機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望 (UMA大佐)
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第0章
第1話「いつから、主人公がパトリックだと錯覚していた?」


初SSですが、完結目指して頑張って書いていきます。


C.E(コズミック・イラ)70年、誕生前から遺伝子を調整することによって、高い身体能力を先天的に得ることに成功した人間、コロニーに住む「コーディネーター」と、自然のままに生まれてくる人間、地球に生きる「ナチュラル」との間には、大きな溝が生まれていた。

 

コーディネーターは生まれ持った高い身体能力を誇り、ナチュラルを見下す。

 

ナチュラルはコーディネーターの高い能力を危険視し、遺伝子を調整することは禁忌の所業、それによって生まれてくるコーディネーターは「人類の敵」であると恐れる。

 

過激派集団「ブルーコスモス」を始めとする様々な集団がコーディネーターへの悪感情を煽り、コーディネーターもまた、地球からの自立と称して独自の軍事力を拡充、農業プラントとして新たに農業コロニーを建造するなど、両者の負のスパイラルは止まることを知らなかった。

 

故に、この悲劇は必然であった。

「血のバレンタイン」。

2月14日、連合軍が農業コロニー「ユニウス・セブン」に打ち込んだ一発の核ミサイルは、24万3721人の犠牲者を出す。

 

この暴挙に対し、プラント最高評議会議長「シーゲル・クライン」は地球連合に対し、徹底抗戦の意を表明、軍事組織「ZAFT(ザフト)」による武力活動を開始する。

 

そして、幾度かの交戦の後に、ZAFTは、地球に対してある作戦を決行する。

「オペレーション・ウロボロス」。

核分裂を抑止する性質を持つ装置「ニュートロン・ジャマー」を地球に打ち込む。それは、地球にエネルギー危機をもたらした。

結果、地球圏では餓死者を始め、10億人にも昇る多数の死者を出すことになった。「エイプリルフール・クライシス」と呼ばれるその悲劇により、地球の住民の反コーディネーター感情もまた、最悪のものとなってしまった。

 

血で血を洗う悲劇の連鎖は続き、未だ戦いの終わりは見えない中、一人の男が立ち上がった。

 

 

 

ーパトリックの野望 ハルバートン編ー

 

 

 

デュエイン・ハルバートン。

地球連合軍の准将であり、第八宇宙艦隊の司令官でもある彼は、敗戦続きの現状を打開するためにある計画を立案する。

「G計画」。ZAFTで運用され、多大な戦果をあげる人型兵器「モビルスーツ・ジン」を凌駕するMSを開発する計画である。

発案当初は上層部に却下されたこの計画だが、資源衛星「新星」、後に「ボアズ」と改名され、ZAFTによって運用される衛星の陥落に危機感を感じた上層部によって、承認されることとなる。

 

中立国「オーブ」の企業「モルゲンレーテ」をも巻き込んだ、新型MSとその母艦の開発が、開戦から5ヶ月経ってからようやく本格開始した。

このことは劣勢の連合軍の、逆転の兆しとなるのだろうか。それはまだ、誰もわからないことであった。

 

 

 

C.E70 7/14 連合宇宙軍 プトレマイオス基地

 

「ハルバートン提督、上層部から『G計画』実行に関して、正式に許可が降りました。これで新型MS開発を本格的に行えます」

 

 執務室の机に座るハルバートンの目の前で、副官のホフマン大佐がそう報告してくる。

 

「うむ。開発拠点としてJOSH-Aはおろか、このプトレマイオス基地ですら無く、オーブの工業コロニーに決定したことはともかくとしても、ようやく、本格的に取り組めるのだ。加えて、モルゲンレーテから開発への協力をとりつけることにも成功した。これならば半年以内には開発は終了し、戦局を打開する一手となるだろう」

 

 上層部が未だにMSの価値を完全には理解していないために、警備を少なくせざるを得ない僻地で研究を行うことには憤りを隠せないが、以前までのように極秘かつ小規模で研究を行っていたよりは遙かにマシだ。ハルバートンは更に言葉を発する。

 

「取り回しの容易なビーム兵器、高い機動性、そして実弾を無効化するフェイズシフト装甲。これらを有するMSが完成し、高い戦果を出せれば、あの頭の固いモグラ共も少しは考え方を変えるだろう。まったく、何が『コーディネーターの作った兵器など』、だ。敵に優れた兵器があるならば、対抗手段を手に入れようとするのは当たり前の行動だ。有用性なら、とっくにZAFTの連中が示しているではないか。そもそも・・・・」

 

「て、提督?どうかその辺りで・・・・」

 

 ホフマンがおずおずとハルバートンの愚痴を静止しようとする。この提督、一度文句を言い出すと中々止まらないのだ。一年近くMSの本格研究を許可されなかったこと、戦場では何の価値もないモノに予算を費やすこと、etc・・・・。上層部への怒りは中々解消できるものではない。このままでは小一時間、愚痴を聞かされる羽目になる。

 

「む、すまんな。ようやくと思うと、つい、な」

 

 ハルバートンも、自身の欠点には気づいている故に、愚痴をやめる。

 

「なんにせよ、我々はまだスタート地点に立ったばかりなのだ。やることはいくらでもある。」

 

 お前にも、働いてもらうことになる。ハルバートンの言葉に、ホフマンは「はっ」と敬礼する。内心では多忙が約束されていることに対して、気分が落ち込んでいたが。

 

 コンコン、と扉をたたく音がする。

 

「入りたまえ」

 

 失礼します、と言って入室してきたのは、見た目は二〇代後半ほどの、連合の制服を着た男。その襟元には大尉を示す階級章が付けられている。

 

「ユージ・ムラマツ大尉であります。ハルバートン准将に、事前にお伝えした通り、具申したいことがあり、こちらに参りました」

 

「おお、もうそんな時間だったか」

 

 壁に掛けられた時計を見ると、事前にユージがアポイントメントを取った際に、こちらが指定した時刻を示している。

 

「うむ、時間通りだな。傷はもう大丈夫かね?」

 

「はい、医師からも完治したとのお墨付きです」

 

 ユージ・ムラマツは、1ヶ月前に「エンデュミオン・クレーター」と呼ばれるエリアで行われた大規模戦においてメビウス一個小隊を率いてMS「ジン」を2機撃破することに成功したMAパイロットであり、その際に負った傷を癒やすために1週間前まで療養していた第八艦隊所属の士官だ。ジンとメビウスの戦力差を考えると、十分英雄と呼ばれてもよい彼だが、基本的に職務に忠実、礼儀もわきまえているものの自主性が薄いという印象を周りに与えていたはずだ。そんな彼が、どのような意見を具申しに来たのだろうか?ハルバートンは机の上で手を組み、ユージの話を聞く姿勢を見せる。

 

「准将が以前から発案していたMS開発計画が、正式に始まったと聞きました。自分も、その計画に携わらせていただきたいのです」

 

「ふむ・・・・たしか、パイロットの選考はまだ済んでいないのだったな?」

 

「はい、今月中に選考を終える予定です。しかし、ムラマツ大尉はMSに対する適性があまり高くはなく、候補としての優先順位は低かったと記憶しております」

 

「しかし、大尉の戦術眼はすばらしい物だ。でなければ、ジンを撃破することはできなかっただろう」

 

 たしかに、ユージが撃破したジンは、僚機との高度な連携のもとに行われた対MS戦法によって撃破されている。しかし、MAを操縦するのとMSを操縦するのでは、求められる資質は異なってくる。ホフマンはそのことを事前にMS研究者から聞いていたので、ユージをMSパイロットとして登録することに難を示している。まったく才能がない、というわけではないのが言葉を濁す原因となっている。

 

「MSパイロットとしての適性が今は低い、ということでしたら、無理は言いません。しかし、自分をパイロットにしてほしい、という嘆願の他にもお聞きしたいことがあるのです」

 

「ふむ、答えられる範囲であれば教えよう。何が聞きたいのかね?」

 

 ハルバートンは続きを促す。

 

「はい。自分は先の戦いにおいて、MSの脅威というモノをその身に感じました。周りは自分を、MSを倒した英雄などと言いますが、本当に英雄であるなら、自分を含めた小隊員の4名の内、2名を失い、自分もまた、傷を負う、というようなことはなかったでしょう。そして療養中、ジンに対抗するにはどうすればよいのかを考えている内に、一つの疑問が浮かびました」

 

 それは、と一拍置いた後に続ける。

 

「ジンのパイロットは、どのようにMSを手足のように動かしているのだろうか、ということです」

 

 ハルバートンとホフマンは、ユージが何を言いたいのかがわからないでいた。パイロットがMSを動かせるのは当たり前だろう。この男は、我々に何を告げようとしているのだろうか?

 

「失礼、迂遠な言い方をしてしまいました。つまり、自分はこう言いたいのです。人型の機械をあれほどに動かすには、メビウスよりも複雑なプログラム、OSが必要になるだろう、と」

 

 ようやく、合点がいった。つまりこの男は・・・・。

 

「そのOSの開発が、進んでいるのかどうか。それを聞きたいのかね?」

 

「はい。いくらハードが優秀でも、ソフトが低レベルでは宝の持ち腐れでしょうから」

 

 ハルバートンはユージの目をしばし見つめた後に、話し始める。

 

「たしかに、OS開発には中々目処がたっていない」

 

「提督、よろしいのですか?」

 

 ホフマンが静止の声を放つ。MS開発の進捗具合を、簡単に話してよいのか、と。

 

「大丈夫だ、彼は信用できる」

 

 そう己の副官に告げ、話を続ける。

 

「先行研究の時点で、奇跡的に鹵獲に成功したジンから得た情報から、OSに関する問題は告げられていた。複雑極まりなく、とてもナチュラルに扱える代物ではない、とな」

 

「やはり・・・・」

 

 ユージは少し考え込んだ後に、意を決してハルバートンに告げる。

 

「提督、今からでも遅くはありません。OSを開発するためには、とにもかくにも稼働データが必要なはずです。MSパイロットとしての適性が高い人間を集め、データ収集のための部隊を結成するべきです」

 

「ふむ・・・・『G』に先んじてそれを動かすためのOSを開発する部隊、か。データ収集のためのMSはどうする?シミュレーションだけでは十分なものにはなるまい?」

 

「試作MS、『G』というのですか。高性能なそれを開発するのには時間が必要でしょうが、ただ『MSとしての基本的能力を持った機体』であれば、比較的低予算かつ短時間で作れるのではないでしょうか?サンプルとしてジンのデータもあるのですし」

 

「ジンではダメなのか?」

 

 ホフマンはそのことを疑問に思い、ユージに問いかける。

 

「『G』に近い構造の機体でなければ、データ収集に不十分かと。最終的にはその機体で開発したOSが『G』を動かすわけですから」

 

 まあ、どれも畑違いの考えですから想定通りにはいかないでしょうが。と続け、ユージは沈黙する。ハルバートンの反応を待っているのだ。

 自分がどれだけ持論を述べようと、最後に決めるのはハルバートンなのだ。じっと、答えが来るのを待つ。

 しばらくして、ハルバートンは口を開く。

 

「・・・・もとより、遅れている分を取り戻す必要があるのだ。やれることはやるべきだな」

 

「准将・・・・」

 

「ユージ・ムラマツ大尉。これより指令を下す」

 

 ユージは、その指令を一言一句聞き逃さないように、集中する。

 

「連合軍のMS用OSの開発を目的とした部隊を結成し、君をその責任者に任命する。隊員と必要な機材、設備についてはまた後日、追って通達する。それまでは基地の中で待機せよ」

 

 ユージは息をのむ。当然だ。ついこの間まで、MA小隊の隊長でしかなかった自分が、一つの計画の責任者へと任命されたのだから。しかし、辞退は許されない。自分で言い出したことなのだから、責任は取る。それが軍人だ。

 姿勢を正し、敬礼し、返答する。

 

「任務、拝命しました!必ずや成果を出してみせます!」

 

 

 

 

 

 失礼しました、と言って部屋を出る。その後しばらく歩いて、先ほど出てきたハルバートンの執務室のドアが見えない位置に来ると、ユージは大きく背伸びをした。一つ、成し遂げた。その達成感が、体中を駆け巡っていた。

 

「これで少しでも、未来が変わるといいんだが、な・・・・」

 

 そう、彼は未来を知っている。この戦争がどうなっていくのかを、知っている。

 なぜなら、見たから。アニメとして、この世界の物語を知っている。

 彼もまた、神のいたずらか、輪廻転生の失敗かで、前世の記憶を持ったままこの世界に生まれた人間だった。いわゆる、転生者である。メタ的な視点での話になってしまうが、様々な「C.E」で、それぞれ「原作」とは異なる物語を紡ぎ上げてきた者達の内の1人。それがユージ・ムラマツだ。

 

「まだ、なんとかなるはずだ」

 

 彼は何を望み。何を為すのか。その答えは、この物語が続いたなら知ることができるだろう。今はまだ、わからない。

 

 ユージも、ハルバートンも、誰もが。

 

 この物語のスタート地点に立ったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別プラン「MS試験部隊設立」が実行されました。(資金:3000)

 

 

 




誤字や明らかな記述・設定ミスがあったら指摘をお願いします。
自分もss練習中なので、あからさまな批判以外は柔軟に対応したいと思っています。

面白いと感じたらお気に入り登録・高評価をしていただけるとうれしいです。


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第2話「胃痛を越えることで人は成長する」

前回のあらすじ
ユージ(オリ主)は、実験部隊の指揮官になった。以上。


7月17日

 

ユージの意見具申、そして「MS用OSの開発を目的とした実験部隊」の責任者への任命から、3日が経った。

 

ハルバートンが言っていたとおり、本日の昼にその部隊のメンバー、支給される装備、使用許可が与えられた施設、その他もろもろ、多くの資料が与えられたユージは、自室のデスクで唸っていた。

前世でも役所勤めの地方公務員として働いていたため、書類仕事自体は苦ではない。支給された装備なども、ハルバートンが、予算が限られる中で最大限便宜を図ってくれたことがわかる内容だ。

問題は、これから部下となる隊員についてだ。自分含めて、27人。大まかな内訳はこのようになっている。

 

隊長 ユージ・ムラマツ 特務少佐

 

副官 ジョン・ブエラ 中尉

 

MSパイロット候補生 6名

 

MS研究・開発スタッフ 15名

 

通信スタッフ 4名

 

以上27名で、OSを開発していくわけだ。通信スタッフは、与えられた装備品の一つにマルセイユ三世級輸送艦が有ったため、そちらで働いてもらうことになるだろう、とユージは考える。

 

副官のジョン・ブエラも、自分が以前所属していたMA隊からの同僚だ。気兼ねする必要はない。

 

問題はそれ以外のメンバー、つまり、研究員とパイロット候補生だ。

 

研究員は、各部署から厄介者扱いを受ける変人達ばかりが集められているのが、メンバー表と共に送られてきた総評から見てとれる。エンデュミオン・クレーターの戦いで壊滅した第三艦隊から移籍した者など、別の艦隊からのスタッフもいるが、誰もがため息をついてしまうほどに変人、あるいは狂人揃いだ。

第八艦隊の司令官であるハルバートン自身、連合軍のなかでは変人扱いをされている。まあ、上層部にも好かれてはいないので、まともじゃない面子が配属されやすいのだ。

能力は保証されているのが、救いである。だが、パイロット候補生もまた、くせ者揃いだ。

 

一人目、エドワード・ハレルソン少尉。

SEED外伝、MSVシリーズでお馴染みの「切り裂きエド」。恐ろしげな異名に似合わず社交性は高く、陽気だが職務には真面目。何の問題もないように見える。

だが、それは彼のことを、なぜ「切り裂きエド」と呼ばれるようになったかを知らない者の評価である。

この男、なんと以前地球でスピアヘッドという戦闘機のパイロットだった際に、なんとMSディンのコックピットを翼で切り裂いたことがあるのである。

適性検査の結果が良好だったこと、常識はずれな行動力を買われて航空部隊からスカウトされてきたのだと言う。能力は間違いなく、人格も良好。彼の名をメンバー表に見た時、普段は物静かなユージがついガッツポーズをしてしまったほどの逸材だ。

 

二人目、モーガン・シュバリエ中尉。

元々は第八艦隊の所属する「大西洋連邦」ではなく、「ユーラシア連邦」に籍を置いていた戦車乗りだ。

夜間の作戦を好んだこと、また、一見むちゃくちゃに見えるが、高度な予測能力のもとに作戦がたてられていたことから、「月下の狂犬」と呼ばれている。

アフリカで「砂漠の虎」アンドリュー・バルドフェルド率いるMS「バクゥ」の部隊に大敗してから、上官に何度もMS配備を要求した結果、訓練交換士官として厄介払いされてきた彼だが、空間認識能力と呼ばれる資質を持ち、MS戦でも高い戦果を出したエースパイロット。

これもユージは覚えていたので思わず、かの盟主王の如く狂喜しそうになっていた。その後、どんどん胃を痛める情報が飛び込んでくることを知らずに。

 

三人目と四人目 アイザック・ヒューイ少尉と、カシン・リー曹長。

アイザック少尉は白人の23歳男性だ。勤務態度もよく、模範的な軍人だと言う。適性も良好だ。

カシン曹長も、モーガンと同じように東アジア共和国からの訓練交換士官として大西洋連邦に移ってきたパイロット候補生と記されている。黒髪長髪、ボディラインといった外見もよく、22歳と若い彼女は、男性の多い軍隊では人気が出たであろう。──────普通ならば。

彼らには共通点が一つある。それは、コーディネーター、ということだ。よりにもよってナチュラル至上主義者の多い地球連合軍に入隊してしまうとは、いったいどのような理由があったのだろうか。

原作に登場しなかったいかにも訳アリな人物を見たユージは、「上げて落とす」という言葉を思い出した。そして、そういう予感は当たるのがお約束である。

 

五人目 セシル・ノマ伍長。

彼女は月都市コペルニクス出身

彼女はナチュラルでありながら、なんとコーディネーターをも上回る計算能力を持ち、いくつかの大会でも優勝するほどの才女である。ここまではいい。

しかし、その実は引きこもりかつ人見知り。悪人ではないが良いことをしようと自分から動くこともないダメ人間らしい。ハイスクールを卒業したその後、本格的に引きこもり始めたとか。

連合に所属しているのも、軍人の父に強制入隊させられたからだという。顔写真のひきつった笑顔がなんとも魅力的(笑)だ。

ユージは、頼むから最後はマトモであってくれと祈りながら、ホチキスで簡単に留められた資料集の、最後のメンバーが記されたページを開く。

 

6人目 レナ・イメリア中尉

かつてカリフォルニアの士官学校で教官を努めていた女性軍人。原作においても「乱れ桜」の異名を得るほどのエースパイロットとなり、射撃戦を得意としていた。とユージは記憶していた。なんでも、並みのコーディネーターを上回る反射神経の持ち主でもあるとか。

だが、ユージは彼女について、あることを思い出してしまう。

 

 

彼女は、弟をコーディネーターとの紛争で失ってしまってから、強くコーディネーターを憎むようになっているということを。

コーディネーターと、それを憎むナチュラルが。

同じ部隊に配属される。

 

 

なんとも、ハートフル(hurt full)な職場になりそうだ。

そう考えてからユージは、一時間ほど酒を煽ってからベッドに倒れこんだ。

そうでもなければ、やってられなかった。

寝つきが良かったことだけが、救いだった。

 

 

 

 

 

7月21日

 

プトレマイオス基地、第三会議室。普段は簡単なミーティングが行われているそこは、冷たく、重い雰囲気に包まれていた。

その雰囲気の発生源は、言わずもがなレナ・イメリア。自分の転属してきた部隊に、憎きコーディネーターがいると聞いてから、表情には出ていないが怒り心頭といった様子だ。不運にもそのとなりに座ってしまったセシル・ノマは、胃痛との格闘に精を出していた。

エドワードとモーガンもそのことに気づいていたが、触れたら切れそうなレナの近くからセシルに助け船を出すことが出来る者は、この部屋は愚かプトレマイオス基地内にすらいないだろう。

アイザックとカシンは、レナを刺激しないようにだんまりだ。

唯一この雰囲気に包まれていないのは、後ろ側で熱く、しかし小声で議論している一部の研究者だけだ。

 

「地球軍のMSの近接武器として、最もふさわしいのはチェーンソーだ!どんな装甲でも『無敵』だけは存在しない!押し込んでいけばいつかは壊せる!」(ボソボソ)

「これだから脳筋は。一度にスパッと切れるバスターソードこそが至高だとなぜ気づかない?それに、バスターソードなら既に対艦刀(シュベルトゲベール)として開発が進んでいるという実績もある。この話は早くも終了ですね」(ボソボソ)

「そんな取り回しが悪い武器が役に立つものか。アックスが一番に決まっているだろう。取り回しと威力を併せ持った最強武器だ」(ボソボソ)

「俺のドリルは、連合に勝利をもたらすドリルだ!」(ボソボソ)

 

そりゃ、こんなやつらなら左遷されるわな。

おっと失礼、地の文がはいっては興ざめだな。

 

しばらくすると、会議室のドアを開けて二人の男性が入ってくる。1人はユージ・ムラマツだ。もう1人の男性はどうやら副官のようで、中尉の階級章を身につけている。

そのことに気づいた室内の人々は、ユージに向かって敬礼する。小声で議論していた一部のマッドも、同じく敬礼する。公私は分けられるようだ、ということに安堵しながらユージも敬礼し、メンバーが着席したのを確認してからモニターの会議室のモニター前で話始める。

 

「初の顔合わせ、という者もいるから、まずは自己紹介といこう。私はユージ・ムラマツ”特務少佐”。君たちが新しく配属されたこの『第08機械化試験部隊』の隊長を務めることになる。こっちはジョン・ブエラ中尉。私の副官だ」

 

紹介されたジョンは一歩前に出て軽く一礼し、元の位置に戻る。実直そうな人間だという印象を部屋の中にいた人間は感じた。

 

「質問なども多々あると思うが、まずは我が隊が結成された理由について説明していく。質問はその後だ」

 

そういうとユージは、会議室のモニターを起動して、一つの画像を見せる。

見間違うはずもない、ZAFTのジンだ。レナの顔がハッキリと歪む。怨敵の操る機動兵器を見て、平静を保てなかったのだろう。

 

「現在、我ら地球連合軍が戦争状態にある『プラント』の軍事組織、ZAFTでは今画像に写っているジンを始めとして、MSと称される様々な種類の人型機動兵器を戦場に投入している」

 

モニターに、新たに二体のMSが表示され、それを見たエドワードはにやりと笑い、モーガンは顔をしかめる。翼のついたMSはかつてエドワードが戦闘機の翼で切り裂いてやったMSの純戦闘仕様型であり、四足型のMSは、モーガンがかつて苦渋を飲まされた相手だ。

 

「空中戦用MSディン、陸戦用MSバクゥ。ニュートロンジャマーによって既存の兵器の多くが役立たずになった戦場で、高い戦果を出し続けているこれらに対抗するために、デュエイン・ハルバートン准将は連合でもMSを運用すべきと考え開発計画を立ち上げ、つい先日、正式に許可が降りた」

 

モニターに映るZAFTのMSの画像に銃弾が撃ち込まれるようなエフェクトが発生し、『G』の文字が現れる。

 

「『G計画』。それが現在連合軍内で行われているMS開発プロジェクトの名だ」

 

はっと息をのむ声がする。自分達が、連合内でも重要度の高い計画に携わることになったことを今知った者が漏らしたものだ。自分達は、連合の反撃の先駆けとなるのだ。

 

「我々『第08機械化試験部隊』の任務はただ一つ、『G計画』で製造される高性能MSに使われるOS・機動プログラムの開発だ。現在『G計画』で研究が遅れている分野であり、この遅れを取り戻すために、君たちは集められた」

 

ここまでで何か質問はあるか、とユージが問うと、バッと手が挙げられる。

レナ・イメリアのものだ。

 

「イメリア中尉、質問を許す」

 

「ありがとうございます。ではお聞きしますが、なぜ、そのような重大な任務にコーディネーターを参加させているのですか」

 

「必要だから。ただそれだけだよ中尉」

 

「そのような重大な任務に敵を参加させるのですか!?」

 

「おい、レナ中尉・・・・」

 

レナの怒号が、部屋中に響く。アイザックとカシンはうつむいている。おそらく、以前にもこのような経験があるのだろう。ただひたすら、耐えている。エドはいくら何でもハッキリしすぎだと思い、自分の戦闘機操縦の教官だったレナをいさめようとする。

しかし、今まで見たことのなかったのだろう。彼に似つかわしくない、腰が引けた静止だ。モーガンは、じっと黙っている。この場をどう収集するのか、ユージを見極めようとしているのかもしれない。

 

「何度でも答えよう。必要だから招集したんだよ中尉。きちんと説明するから、一度座りたまえ」

 

ユージは静かに言葉を発し、レナも一度叫んだことで冷静さを少し取り戻したのか、おとなしく席に座る。目は鋭いままだが。

 

「実のことを言うと、ハルバートン准将は極秘にMSの研究を始めさせていた。正式に計画が認可されたのも、その成果を足場とすれば、比較的短期にMS開発を進めることができると上層部に判断されたからだ、と聞いている」

 

しかし、と一拍置く。

 

「OS開発は進んでいなかった。ジンに搭載されていたOSが複雑すぎてナチュラルに扱えるものではない、ということに気づいていながらだ。それはなぜか?──────余裕がなかったからだよ。予算も人員も、今以上に少なかったからだ。成果をハッキリ示すために、ハードを優先せざるをえなかった。その遅れが、今影響し始めた。その遅れを取り戻すには、もはや立場がどうのメンツがどうこう、気にしてなどいられない。そうして、『能力があるから集められた』のがこの部隊だ。アイザック少尉とカシン曹長が参加しているのは、そういう理由だからだ」

 

それを聞いたレナの表情は、「理解はしたが納得はできない」という顔だ。

ユージはため息をつき、話し始める。それは、レナにとって爆弾に近い部分に触れるものだった。

 

「君に起きた『不幸』については、聞いている。だが、それを軍務に持ち込むのは褒められたものではないな」

 

「・・・・!不幸、不幸ですって!?あの子が、弟が殺されたことが!?不幸の一言で片付けるの!?」

 

ついに堪忍袋の緒が切れたレナは、上官に対する無礼も気にせずに声を荒げる。

 

「『不幸にも』、車にはねられる。『不幸にも』に通り魔に襲われる。他者の手で命を落としたなら、それは例外なく『不幸』だろう。それに一つ、君は勘違いしている」

 

「私が何を勘違いしていると!?」

 

「憎しみの向きだよ、中尉」

 

「・・・・!?」

 

ユージが何を言ったのか、理解できずにいるレナにユージはさらに語りかける。

 

「さっきの『不幸』な例で言うなら、事故車の運転手を憎むべきだし。通り魔ならより明確にイメージできるだろう。君の言っていることは、今現在でも気軽に触れられる話題ではないが犯人が黒人だから黒人を憎む、と言っているようなものだ。憎むなとは言わない、だが憎むなら弟を殺した者達を憎むべきだ。何かおかしなことを言っているか?私は」

 

「しかし、今も彼らは戦争を仕掛けてきています!」

 

「そうだな、戦争状態だな。『連合とZAFT』が、な。・・・・この際だから皆にも聞いてもらいたい。我々が、何と戦っているのか。どう行動しなければならないのか」

 

そういってユージは近くに置いてあったボトルに口をつける。ここまで長々としゃべっていたせいで、喉が疲れていた。ボトルから口を離して元の位置に置くと、ユージは部屋にいる全員に向けて話し始める。

 

「『血のバレンタイン』、『エイプリルフール・クライシス』。被害規模は大きく違うが、共通していることがある。──────それは、犠牲となった者の多くが民間人だということだ。我々軍人がZAFTと戦っているのは、多くの一般市民の声を聞き、代表して立ち向かっているからだ。これはZAFTも同じだ。プラントの市民を代表して、彼らは戦っている。そして、戦争とは。代表同士がぶつかり合うことで決着をつけるものだ、と私は考えている。そこに一般人が巻き込まれるようなことはあってはならない。それがたとえ、敵国民でもな」

 

それは彼の、ユージが転生する前からの考えだった。

兵士はたとえ、自分が死ぬことになっても文句は言えない。その可能性があることを知った上で、軍に入隊するものだからだ。真に恐ろしいことは、そうではない無辜の人々が殺されてしまうことだ。

 

「兵士ではない人々を殺す、それはもはや虐殺だよ。獣畜生にも劣る行いだ。このまま戦争が続けば、いつかはそうなるだろう。生まれて間もない子供さえも、『コーディネーター』だから殺す。それはもはやこの世の地獄だろう。ハルバートン准将はそれを防ぐために、一刻も早くこの戦争を終わらせるために戦っている。無論、私も同じ思いだ。

 皆、どうか力を貸して欲しい。気に入らない人間が同僚になるかもしれない。家族の敵を、殺すなと言われることもあるかもしれない。だがそれでも、君達が手を取り合わなければより多くの悲劇が生まれる。君たちの力があれば、それを防げるかもしれないのだ」

 

部屋の中は、静まりかえっている。ユージの言葉を聞いて、全員が何かを考えさせられたようだ。

 

「レナ中尉」

 

「はい・・・・」

 

レナもまた、思うところがあったのだろう。先ほどまでの触れれば切れるような雰囲気は、感じられない。

 

「コーディネーターを憎むこと、それをやめろとは言わない。だが、一度だけ。その目で見て欲しい。耳で聞いて欲しい。彼らが本当に、『敵』なのかを。幸いにして時間はまだある。ゆっくりと結論を出せば良い」

 

「了解、しました・・・・」

 

 

 

 

 

「さて、長話をしてしまったが、そろそろお開きだ。最後に、任務の確認と明日からの日程について説明して終わるとしよう。

 我々に与えられた期間は、およそ4ヶ月!それまでにOSを完成させ、新型MSを使い物にすることが我々の任務だ!

 研究スタッフはまず、『MSとしての基礎能力』を備え、かつ『OS開発』に最適な機体の開発を急ピッチで行ってくれ!

 パイロット候補生は、鹵獲したジンの内一機を受領しているため試作機が完成するまではその機体を用いて少しでもMSに対する知識・経験の習得に努めよ!

 通信兵は、同じく受領したマルセイユ3世級輸送艦の通信設備のセットアップ、データ収集を行いやすいように整えてくれ!

業務の開始は明朝0900から!それぞれに指定された場所で取りかかってくれ!以上、解散!」

 

 そう締めて、敬礼。隊員達も同じように立ち上がって、敬礼する。

 思惑はそれぞれ、違うだろう。だが、それでいい。ここがスタート地点、この部隊の物語はまだ始まったばかりだ。彼らがどのような道を歩むのかは、神でさえわからないのだ。

 

「・・・・ん?セシル伍長、どうした?もうミーティングは終わりだぞ?」

 

ユージが声を掛けるが、彼女はうつむいて席に座ったままだ。

 

様子がおかしい。いぶかしんだユージが近づき、絶句する。

 

気絶、している。20才の女性が、してはいけない白目顔を晒している。

まさか、レナの気迫に耐えれなかったとでもいうのか。

 

「・・・・あー・・・・」

 

「・・・・私が、医務室に送ります」

 

「・・・・頼む」

 

気絶させた張本人のレナが、セシルを医務室に運ぶというので任せたユージは、少し呆然とした挙動で部屋を出て行った。

エドとモーガンはその様子を苦笑いしながら見つめ。

アイザックとカシンはオロオロとするばかり。

ジョンはいつの間にか姿を消している。

この光景を見た一部のスタッフは、あることを確信した。

 

 

 

 

 

(この部隊は、今までで一番面白い場所だ・・・・!)

 

 

 

 

 

部屋にたどり着いたユージは。

後日またセシルに説明し直す必要が生まれたことに気づき。

特に明日の準備もせずに。

布団に突っ伏してふて寝した。




シリアス一辺倒だと、ほら。
なにより作者のメンタルが持たないからさ・・・・。うん。



たぶん次回の投稿は、オリキャラ紹介になります。
3話から、本題のMS開発に突入し、「ギレンの野望」ネタが絡んでくるかも。
他の人がどれくらい書くかは知らんけど、導入って疲れるもんすね。

誤字報告・指摘は随時受け付けております。


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第3話「何が出来るかな?」

おら、ようやく開発パートやぞ!


C.E 7/28

 

あれから一週間が経ち、『第08機械化試験部隊』の隊員達は、それぞれの担当する業務に励んでいた。

研究職は試験に用いるMSの設計。

通信兵は自分達の移動拠点となるマルセイユ三世級輸送艦『コロンブス』の機材の調整と、後述のパイロット候補生達のデータ取り。

そしてその候補生達は、与えられた鹵獲ジンを用いてのMSに対する様々な習熟を。

皆、自分の与えられた職務を全うしている。そんな中、ユージは何をしていたのか?その仕事は多岐に渡るようで、実際の内容は一貫したものだった。

研究内容をまとめて、報告書を作りハルバートンに提出する、予算の使い道についてスタッフと協議、パイロット候補生達の状態チェック、etc.

つまり、彼の仕事は部隊全体の動きを把握し、仕事を円滑に進めるためのテコ入れを行い、それらを逐次報告することだ。

それは、紛れもなく、中間管理職さ。

そしてこれは、部隊結成から一週間が経過した時点での、ユージが実施した現場視察の様子を記したものである。

 

 

 

「ふむ、意外と早く出来上がるモノだな」

 

「はい、G計画のデータやジンを回してもらえたことが幸いしました。既に設計自体は完了して、後は作って組み上げるだけです」

 

研究チームリーダーのマヤ・ノズウェル中尉の言葉を聞きながら、ガラス越しに『それ』を見る。

それは、『腕』。そして『頭』だった。

試作MSの部品となるそれらは、今は多数のケーブルを繋がれたまま近くの研究員によって動作チェックが行われている。

腕部は装甲が付いておらずフレームがむき出しだが、時々指が動いていることから、それが動くのだということが見てとれる。

頭部はぱっと見動いているようには見えないが、あの中ではMSを動かすための機材やセンサーが多数積まれているのだという。

ユージは、プトレマイオス基地『第4開発実験室』にまず、視察に来ていた。普段はこの場所でMSの開発が行われており、今は実験スペースをガラス越しに覗ける通信室にいる。

 

「足は出来ていないようだが、上手くいきそうか?」

 

「MSの自重を支えかつ、関節を動かせるモーターの調達に手間取りまして。Gほどではありませんが、きちんとしたものが明日には手に入りますよ」

 

「それは朗報だな。この任務最大の敵は時間だからな、できるだけ早い方がいい」

 

「同感です。それと、こちらが平行して開発されている武装のデータです」

 

そう言ってマヤはタブレットを見せてくる。必要なことを効率よく伝えてくれる能力を見込んでチームリーダーに任命したのだが、功を奏したようだ。

 

「まず、75mm突撃機関銃。口径こそ『イーゲルシュテルン』の弾薬の規格を応用したのでジンの76mm重突撃機銃と同程度ですが、対MSを考慮して火薬量を増した改良型弾薬を採用しており、ジンのモノを上回る威力が期待されています。設計は傑作アサルトライフルのAK-47を参考に、整備性を高めたものとなっています」

 

タブレットに、銃器の設計データが表示される。ジンのものと違い、比較的なじみのあるデザインだ。

 

「ふむ、何かの資料で見た程度のにわかからの質問なのだが、AK-47は整備性が高い代わりに集弾率が低かったのではなかったかな?」

 

「確かにそうですが、あくまで参考にしただけであってそのまま流用などはしてません。少なくとも、3点バースト程度の連射なら問題は出ません」

 

「それはいい。次のも見せてくれ」

 

「はい、こちらをどうぞ」

 

今度はタブレットに、折り畳み式ナイフのようなものが表示される。

 

「対装甲コンバットナイフ、『アーマーシュナイダー』。超振動モーターによって刃身を高周波振動させることで切れ味を増し、物体を破壊する装備です。既に実用化され、一部のMSが運用している資料が見受けられたために採用しました」

 

「プログラマーも言っていたが、我が軍のOSの方向性は基本的に射撃戦がメインになると言うしな。あくまで近接戦は最終手段というわけだ」

 

「はい。それに取り回しもよいです。スカートアーマーにでも懸架させればいいでしょう」

 

原作でも、ストライクガンダムの腰部に格納されてそれなりの戦果を出している。

ユージはそのことを思い浮かべながら、『防御用装備』の欄に目を通す。

 

「最後に、MS用機動防盾か。性能は?」

 

「それにつきましては、むしろライフルのカウンターウェイトとして設計しました。一応MSと同じ装甲材を用いていますが、精々気休めがいいところでしょう」

 

「すまないな、なんとか対ビームコーティング技術資料を工面できればよかったのだが」

 

「所詮、実験機ですからね。実戦を想定していない以上、問題はありませんよ」

 

「そうか、なら良いが・・・・ん?」

 

ユージは、タブレットの画面の端に『近接装備案』というフォルダが表示されているのを発見する。

 

「ノズウェル中尉、これは?」

 

「えっ?・・・・あ"""っ」

 

マヤはタブレットを覗きこむと、あからさまに顔を強張らせた。

 

「見るにアーマーシュナイダー以外にも近接装備の構想があったようだが・・・・」

 

「こっ、これはバグです!そんなものありませんから!はいっ!(昨日消したはず・・・・まさか再インストールした?あのアホども!)」

 

ユージは彼女の慌てている様が気になり、質問を重ねてしまう。それがパンドラの箱だと気づかずに。

 

「・・・・いいんですか?」

 

「せっかく部下が考えてくれたモノなんだ。せめて案くらいは目を通したい」

 

そう言うとマヤは、何かを諦めた顔でタブレットにそのファイルの内容を映し出す。

 

「・・・・これは、いったい?」

 

「・・・・『MS用回転式破斬剣』、らしいです」

 

「私の目には、チェーンソーに見えるんだが」

 

「安心してください、私もです」

 

これを発案したやつは、B級ホラーの見すぎだ。間違いない。まさか、こんなのが他にもあるのか!?

 

「・・・・斬艦刀『善我尊掘刀』。40mサイズの実体剣、対艦刀で実現出来なかった『敵艦への有効打となりうる近接装備』を再設計したものとする・・・・」

 

「彼の目には、取り回しの『と』の字も映ってませんでしたよ・・・・」

 

遠い目をするマヤ。先ほどのチェーンソーが『ごり押し is ジャスティス』なら、こちらは『大きさ=破壊力』と言えるだろう。とりあえず、発案したやつは今度呼び出すことを決めたユージだった。というかネーミング。まさか自分と同じ転生者?ユージは訝しんだ。

 

「・・・・次。

おお、これは中々良さそうじゃないか。『対MS用実体斧ウコンバサラ』。シンプルだが悪くない」

 

「そう思いますよね。私も最初は、引っ掛かりそうだったんですよ・・・・」

 

何かを言いたげなマヤは、内容をよく見ろと促す。

 

「ん?・・・・なにかな、この各所に設置されたスラスターは」

 

「それだけじゃありません、高度な通信機器も取り付けてあるのが、わかりますね?なんでも、投げたらブーメランのように自動で戻ってくる機能をつけたいらしいです」

 

比較的まともそうな外面で誤魔化そうとするあたり、狡猾ですよねアハハ、と空笑いをする。

最後の一つを説明したら、壊れるんじゃないか彼女?

 

「・・・・これ、は」

 

「・・・・はい、ドリルです」

 

「・・・・正式名称は?」

 

「『スーパー・ドリル』」

 

「・・・・私が、バカだったよ」

 

「ご理解いただけて、ありがたく思います」

 

とりあえず、研究が一段落着いたら彼女は特に労おう。ユージはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

「結構、動かせるようになってきたんじゃないかアイク?3日前までは、俺みたいにおっかなびっくりしか動かせてなかったのによ」

 

「ありがとうございます、エドワード少尉。だいぶ、このOSのクセがわかってきましたからね。まだ戦闘は出来そうにないですけど」

 

所変わって、輸送艦”コロンブス”の艦橋。そこでは、プトレマイオス基地領域内の宇宙空間を移動する人型の機械の稼働データ収集作業が行われていた。第08部隊に与えられたジンは今、複座式に簡易改造を施されており、アイザックとエドワードを乗せて真空を飛んでいた。先程の会話は、その二人に依るものである。アイクというのは、エドワードがアイザックに対してつけた愛称だ。

 

「おいおい、エドでいいって言ったろ?」

 

「す、すいません。中々愛称というものに慣れなくて」

 

エドワードの方が年上かつ先任少尉であることも相まって、緊張が抜けないようだ。だが、エドワードのラフな性格であればそう遠くない内にアイザックが愛称で呼べる日が来るだろう。

 

「まあ、いきなりは難しいか・・・・。それより、このOSのクセって?」

 

「えっと・・・・管制!予定に無い操作をしても良いですか?」

 

『こちら管制、トルーマン軍曹。機体に問題が発生しない範疇であれば許可します』

 

「了解。それじゃあ・・・・よっと」

 

そう言ってアイザックが何らかの操作を行うと、ジンの右腕が肘をまげ、ピースサインを取る。そして次々と右手は取る形をサムズアップだったり小指だけを立てたものだったり、と変えていく。

 

「へぇ、そんなことも出来るのか」

 

「はい。ただ、これらの操作が行えること自体が複雑化を助長してるんです」

 

「そりゃ、いったい?」

 

「やれることが多すぎるんですよ。少しスロットルをいじるだけで色々な行動に派生させられるんです。戦闘には使えないアクションにも。たぶん、コーディネーターでもこれを扱える人とそうでない人がいるんじゃないでしょうか」

 

「それなら、ナチュラルに扱えないって言われるのも当たり前か」

 

「そうですね。おまけに操作方を理解したとしても、今度はそれを実戦で使いこなす判断・情報処理能力が必要になってきます。ここから必要なアクションだけを抜き出して自分達のものに組み込もうとしても、かなりのバグが発生すると思います。ひょっとしたら、わざとかも」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「扱える人が少ないなら、敵に奪われても安心でしょうから」

 

「なぁるほど。そりゃそうだ。頭良いな、アイク」

 

「よしてくださいよ、少尉。研究者の人達なら、もっと早く気づいてるでしょうし」

 

そうはいうが、アイザックは少し照れているようだ。誉められ慣れてはいないのだろう。

 

「仲、良さそうですね」

 

「・・・・エドは、誰にでも慕われやすいからね。仲間を作りやすいのよ」

 

そういう会話をしているのは、カシンとレナの女性陣だ。彼女達は、艦橋からジンの動きを観察している。中からと外からでは得られる情報も違う。乗れる機体が無いことからも、そうなるのは当然だった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

会話が途切れる。レナは言わずもがな、カシンも以前までの配属先で、あまり良い扱いを受けていなかったことから、中々関係は進展していないようだ。

 

「・・・・そろそろいい時間ね。食堂にでも行きましょうか」

 

「え・・・・一緒に、いいんですか?」

 

「・・・・同僚と昼食を共にするくらい、当たり前でしょ。あっちも、そろそろ戻ってくる頃合いよ」

 

「そ、そうですね。それじゃあ、ご相伴に預かります」

 

しかし、これらの会話から察せられるように、進展自体はしているようだ。そう遠くない内に、会話からぎこちなさは消えているだろう。

艦橋でその様子を見ていたユージは、そう思った。今隣にいるジョンとも、最初はそうだったのだから。

 

(ああ~、新鮮な男同士の友情なんじゃ~)

(ふぅ、やっぱり気丈系と儚げ系は至高の組み合わせだぜ)

(今日のメニューは何かな。お腹空いてきた)

(なんでこんなアホどもと同じ部署なんだ・・・・!能力があるのが更に腹立たしい)

 

まさか、通信兵達がこんなことを考えているという思考に至らなかったのは、幸せだっただろう(胃痛的に)。

 

 

 

 

 

モーガンとセシルはその間、何をしていたのか?その答えは、プトレマイオス基地内のトレーニングルームにあった。

 

「おら、あと5分だ!そのままのペースで走り続けろ!」

 

「ひぃ、はぁ、むちゃくちゃ、ですぅ!」

 

「返事はハイだけで良いんだ!時間を伸ばされてぇか!」

 

「ひゃ、ひゃい!ごめんなさいぃ!」

 

「パイロット候補生のクセして、体力が無いなんざ問題外だ!これからもみっちり、倒れない程度にしごいてやるから覚悟しておけ!」

 

「ひぃん、あんまりですよぉ!」

 

「あと7分!」

 

「無言で延ばされたぁ!?」

 

この始末である。

順調なはずなのに、ユージはこの一週間気が完全に緩むことはなかった。胃薬の効果も、なんだかなくなってきたような?

 

 

 

そんな部隊だったが、8月4日。ハルバートンが彼らの開発室を訪れる。

ついに連合初のMS、その実機が完成したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発部から、新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

『データ収集用の試作MS開発』必要資金2000

 

我が軍におけるMS運用戦術、その基礎となるMSを開発する。この機体を用いて、MS戦のデータの本格収集を開始する。

 




遂に、我がss初のオリジナルMSが次回登場します。
長年秘めてきた、我が妄想が遂に具現化する!

最後に、本ssでユージの目に映っていたジンのステータスを載っけておきます。

ジン
移動:6
索敵:D
限界:130%
耐久:50
運動:14
武装変更・可能

はい、ほぼ本家ザク2のコピペです。表示されなかった部分は、本ssではマスクデータ扱いってことにしてください。武装は、装備されていれば表示される。という感じになります。ちなみに、メビウスはセイバーフィッシュのほぼコピペ。

誤字・記述ミス指摘、また質問は随時受け付けております。


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第4話「上手にできました?そして、悪夢」

ついにオリジナルMSお披露目じゃい!




C.E 8/4

プトレマイオス基地

 

「ムラマツ少佐、ついに我が軍初のMSが完成したというのは本当かね?」

 

「開発チームからは、そう聞いております。『これで本格的に本題に取り組める』、と開発主任は言っていましたから、目標のラインは超えた仕上がりになっていることでしょう」

 

ハルバートンの質問にそう返答するユージ。

彼らは今、第08部隊が使用している第4開発実験室に向けて歩を進めていた。なお、会話には参加していないがハルバートンの副官であるホフマン大佐もそれに追従している。

そう、ついに第08部隊はMSの駆体を完成させることに成功したのだ。今ハルバートン達がそれを見に行こうとしているのは、その経過報告を受けたハルバートンがそれを一目見ておこうと考えたからである。

 

「結成から2週間ほどで、よもやここまで進むとはな・・・・素晴らしいものだ」

 

「准将閣下が、先行して研究を始めてくださっていたからここまで早く完成させられたのです。現在組み上がっているのは1機のみですが、次いで2・3号機もロールアウト予定となっております」

 

「それは朗報だ。これで、戦争の終結に近づけば良いのだが・・・・」

 

「まったくです」

 

そのように話している内に、彼らは第4開発実験室の扉の前に到着する。この中に、MSが存在するのだ。ユージがカードキーをドアのロックにかざすと、扉のロックが解除され、部屋の中に入れるようになる。

 

「お待ちしていました、ハルバートン閣下、そしてホフマン大佐。隊長もご苦労様です」

 

そういって出迎えるのは、チームリーダーのマヤ・ノズウェル。事前にハルバートン達の訪問は伝えられていたので、取り乱すようなことはない。

 

「君もご苦労、ノズウェル中尉。早速だが、完成したMSとやらを見せてくれるかね?」

 

彼らがいるのは開発室の中の通信室。まずはここを通って、実験スペースへと移っていくのだ。マヤは、実験スペース内をのぞけるガラスの前へと案内する。

 

「はい、それでは、万が一の安全性も考えてこちらからご覧ください」

 

「うむ。・・・・おおっ、これが!」

 

ハルバートンが歓喜の声を挙げる。その視線の先には、一機のMSが完成状態で鎮座していた。

全体的なフォルムは正史での『ストライクダガー』に近いが、頭部だけはツインアイ式になっている。さしづめ、「アンテナのないガンダムタイプ」といったところだろうか。また実験機ゆえそんなものを積む余裕はないとして、頭部に武装が内蔵されている様子は見られない。

全身をライトグレーに染めたその機体について、マヤが解説を始める。

 

「GAT-X0『テスター』。文字通り『試作品』ですね。しかし、今までの研究、G計画、そして鹵獲したジンから得られたデータを元にMSとしての基本性能は、OSの質が高まればジンと互角に渡り合えるほどになっています。装甲材には、チタン・セラミック複合材を用いています。これはジンのものと同等の強度を有しており、安価で調達することができたので採用しました。武装には75mm突撃機関銃を採用しており、この武装はイーゲルシュテルンの弾薬規格を応用したものですが良好な性能を獲得していることが先日の試射実験の結果から判明しています」

 

「壁に架けられている、あれかね?」

 

ハルバートンの質問に、マヤが返答する。

 

「はい。続きまして、近接武装。こちらも、ジンが使用しているデータがあったことから対装甲コンバットナイフ『アーマーシュナイダー』を採用しました。普段は左腕に装備される予定のシールドの裏に懸架する予定です」

 

それを聞くと、ハルバートンは改めてテスターをじっと見る。全身をライトグレーに染めたこの機体は、一見華やかさに欠けた地味なものだ。

しかし、その中に秘められた力は疑いようもなく、これまで何度も苦渋を飲まされてきたジンから感じたものと同じだ。

 

「この1号機に加え、2・3号機も3日以内には・・・・准将?」

 

その様子を訝かしんだマヤが、ハルバートンに声を掛ける。

 

「・・・・君たちのおかげで、ここまでたどり着けた。前もっての研究では実現できなかった、MSの実機開発が、ついに成ったのだ。ムラマツ少佐、ノズウェル中尉、そして、第08部隊のメンバー諸君。君たちは偉業を為したのだよ」

 

ハルバートンは、感極まったといった表情で、第08部隊を讃える。その様子を見てユージやマヤも顔をほころばせるが、ユージはこう返事した。

 

「いえ、閣下。我々はまだ一歩踏み出しただけなのです。我々の目的はあくまでOS開発。それに必要な道具がようやく調達できた、というだけなのですよ」

 

「そうか・・・・そうだったな。だが、その一歩は大いなる一歩だ。これからも、任務に励んでくれ。期待しているよ」

 

それを聞いてユージとマヤは、敬礼をもって返答する。

彼らの使命は、始まったばかりなのだ・・・・!

 

 

 

C.E 8/8

 

『うわああああああっ!なんでここでローリングさせてるんですかあああああああ!?』

『俺は、軽くペダルを踏んだだけ、だぞおおおお!?』

 

『ち、ちくしょう!なんでこんなよちよち歩きしかできねえんだよ!』

『も、モーガン中尉!そこでスロットルを押し出したら、きゃああああああっ!』

『うおおおおおおお!?』

 

『発射!・・・・どうかしら?』

『ちょっと待ってください・・・・ああ、ダメですね。5メートルほどずれてます。動かない的、こちらも棒立ちで撃ったのにこれだけの誤差は実戦では使い物になりませんよぉ、たぶん』

『くっ・・・・!』

『ひょえっ・・・・』

 

以上、上から

 

・エド操縦・アイク複座での宙間活動テスト。

・モーガン操縦・カシン複座での歩行テスト。

・レナ操縦・セシル複座での射撃プログラムテスト。

 

の様子である。以前(第3話)と組み合わせが違うのは、それぞれのパイロット候補生が様々な役割を担えるように組み合わせを何度も変えており、この日はこの組み合わせだったというだけの話だ。実際、候補生全員が一応ジンの操縦自体は経験している。もっとも宇宙空間をまともに動き回らせられたのは、コーディネーターの2人と卓越した情報処理能力を持つセシルだけだったが。

そんな彼らでも、テスターの操縦には苦心しているようだ。それも当然だろう。扱いが難しいとはいっても『完成品』であるジンと、『試供品』であるテスターでは、文字通り完成度が違うのだ。メタ的な視点で解説すると、原作でキラが乗り込む前のストライクガンダムみたいなものだ。PS装甲を展開してジンの攻撃は防げても、ろくな機動をとれない。今彼らが動かしているのはそれよりも更に酷い、そんな機体なのだ。

ちなみに詳しく解説すると、エド達の1号機はスラスターの設定ミスにより過剰出力を出してしまい、胴体を軸に宇宙空間でクルクル360度回転している状態。あれでは姿勢制御に成功しても、口からリバースコース間違い無しだ。

モーガン達の2号機はのろのろとした動作に業を煮やしたモーガンがスロットルを押しすぎたせいで、バランスを崩して前方に倒れ込む状態。気持ちはわかるが装甲が傷ついてしまうからやめて欲しい。あと、内部の配線も崩れる。開発者達と、MS整備兵見習いとして新たに配属されたコジロー・マードック軍曹ら5名はそう思った。

レナ達の3号機は、戦闘においてトップクラスに重要になる射撃プログラムの調整作業。特に問題は発生しておらず地道に進行しているが、上手くいかないことに少し苛立ったレナを見て、複座で観測・プログラム修正をしているセシルはおびえ、胃痛が悪化するのであった。

マヤが言うには、きちんとデータは収集できている。あと2週間もすればOSの骨格となる部分はできあがり、そこに随時必要なものを付け加えていくだけになる、とのことだった。

現状を見る限りでは、とてもそうとは思えないんだがな。

ユージは自室のデスクに座りながら独りごちる。あの様からたった2週間で?なかなか信じられるものではない。しかし、ユージはあくまでMS試験部隊の隊長をやっているだけの一般士官だ。技術畑出身ではない以上、スタッフの言を信じる他はなかった。

それに、他隊の士官からのからかいも少し鼻につく。『マウス隊』。それが今、自分達に付けられているあだ名だ。実験用小動物としてメジャーなマウスから取ったのだろうが、冗談半分でも実験動物扱いされてはたまったものではない。といっても、宇宙空間でのあの姿を見られたなら仕方ないかもしれないが・・・・。

そこまで考えたところで、ユージは自分が眠気に襲われていることに気づいた。時計を見てみれば、現在夜の12時。起床予定が朝7時であることを考えると、これ以上は睡眠不足になってしまう可能性があった。軍人は体が資本である。

そう考えたユージは、作成途中の報告書を保存してからパソコンをシャットダウンし、寝間着に着替えてからベッドに潜り込む。彼の意識は、急速に眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「第14メビウス小隊、出撃!行くぞお前達!」

「はっ!」

「了解です!」

「ZAFTのやつらに、一泡吹かせてやりましょう!」

 

ああ、これは夢だ。しかもご丁寧なことに、ほんの2ヶ月ほど前の新鮮な記憶がもたらす、とびっきりの悪夢だ。

6月2日のあのとき、ユージ・ムラマツ大尉は自身の率いる小隊とともに、MAメビウスで出撃していた。そう、エンデュミオン・クレーターでの戦いへ向かっていった。

あのとき自分達は、敵を撃墜できないでも、今までの戦いでなんとか生き残ってきたのだ。今日も同じ、いや、今日こそジンを倒してみせる。などと考えていた。

今ではユージの元で副官をやっているジョンも、元はこの部隊にいたのだ。

ダニエル曹長。そして、ラナン軍曹。彼らもまだ、この時は生きていた。今でも考えている。今までどおり逃げの戦術を打っていれば、彼らは死なずに済んだのではないかと。

ユージの目には、自身や味方の乗るメビウスのステータスが映っていた。

 

メビウス

移動:6

索敵:D

限界:150%

耐久:20

運動:16

 

武装

レールガン:45 命中45

ミサイル:35 命中40

武装・変更可能

 

ジンに比べれば貧弱と言うしかなかったが、それでも自信があったのは、開戦以来、蓄積されてきたジンのデータからユージが構築した『対MS戦術』があったからだ。他の隊員も、MSとの戦いに対する慣れがあったからか、賛同してくれた。

 

彼らは母艦から発艦後しばらく飛行し、目標を見つける。ジンだ。先行して行われた非誘導ミサイルの弾幕によって散開したのだろう、おあつらえ向きに近くに他のジンは見えない。武装も、

マシンガン:32 命中50

重斬刀:50 命中70

と、オーソドックスなものだ。

 

「よし、あのジンをやるぞ!フォーメーション・ダブルクロス!」

 

ユージのかけ声に対応して、小隊が陣形を変える。

フォーメーション・ダブルクロス。前衛と後衛で隊を分け、前衛が攻撃、後衛はそのカバーと追撃を担当し、二組の前衛と後衛が2方向から挟撃する作戦だ。

メビウスは腐ってもMAと呼ばれる類いの兵器であり、正面からの攻撃にはある程度の耐性を持つ。そんなメビウスの撃墜のほとんどは、背後を取られての重斬刀による一撃によるものだ。メビウスはMSほど機敏に動き回る事はできず、あっさりと背後を取られて脆い場所に攻撃を受けてしまうということが多発していた。

ユージは、その弱点を補うためにこの作戦を考案した。2方向からの攻撃によってジンのパイロットの判断を遅らせ、その隙に4機で集中砲火を浴びせる。万が一前衛が攻撃されても、後衛がカバーに入り、攻撃を妨害する。そうすれば、少なくとも一撃で落とされることはない。

 

「喰らえ、一つ目の巨人め!」

 

そういってジンに突撃するのは、ダニエル曹長。前衛らしく豪快に突き進む姿は、普段の彼らしさを感じさせる。ユージもまた同じく前衛として、ジンに向かう。

ジンは一瞬迷ったそぶりを見せ、その隙にユージとダニエル、2人の攻撃が命中し、次いでジョンとラナンの攻撃がジンの破損箇所に追い打ちを掛ける。ジンは一拍の後に、爆散。ついに、ユージ達はジンを撃墜したのだ。

 

「やった、やりましたよ大尉!ジンを!」

 

「ダニエル曹長、まだ戦いは続いてますよ!気を抜かないでください」

 

「そういうな軍曹、自分もダニエルみたいに喜んでいるのがわかる。口が緩んでな」

 

冷静沈着なラナンの声も、今のダニエルには馬耳東風といったところだろう。なにせ、自分達の部隊で初めての戦果なのだから。

 

「隊長、次が来ます!」

 

ジョンの声につられモニターに目を向けると、こちらに接近する機体が1機。おなじくジンだ。

 

「もう一度だ、ダブルクロス!」

 

同じように、挟撃を仕掛けるが、今度の敵は少しやり手だったようで、前衛の攻撃をかわした後に、攻撃に転じようとしてくる。狙われたのはダニエルだ。

しかし、ダニエル機の後ろからたたき斬ろうとしたジンは、後ろについていたジョンの攻撃を受けて体勢を崩す。その隙にユージ達は陣形を組み直して、再度攻撃。今度のジンも、同じように撃破成功した。

 

「へへ、二機目!さすが隊長の戦術です!どんどんジンを落とせてる!」

 

「よせ、お前達が居なければ、というよりこちらの方が数が多いからできる戦法だ。大したものじゃない」

 

「しかし、その数を見事に活かしています。お見事ですよ」

 

普段は客観的な姿勢を崩さないラナンも、賞賛の声を浴びせてくる。彼らは今、劇的な成功に酔っていた。

 

しかし、これは悪夢だ。その所以が、今から現れる。

 

「お、今度は白いやつですよ。きっと隊長機か何かですよ。ちょうど一機だし、あれをやりましょう!」

 

そういってダニエルは機をそちらに向ける。本来なら独断先行になりかねないが、このときだけはユージも少しばかり、調子に乗っていた。ダニエルと間隔を保ちながら、白い敵に向かっていく。

このとき、踏みとどまっていれば。少しでも慎重にあろうとすれば、そして、ステータスが表示されるのがもう少し早ければ。何かが変わったのだろうか?

 

シグー

移動:7

索敵:C

限界:170%

耐久:90

運動:27

シールド装備

 

武装

マシンガン:60 命中 60

機銃:30 命中 50

重斬刀:75 命中 80

 

パイロット

ラウ・ル・クルーゼ(ランクC)

指揮 11 魅力 5

射撃 12(+2) 格闘 12

耐久 4 反応 13(+2)

空間認識能力

 

ユージが、誰に対して銃を向けたのか理解したのは、既にメビウスからミサイルを発射させた後だった。

シグーはこちらからの攻撃を素早くかわした後に、こちらに斬りかかろうとしてくる。恐ろしく速い挙動でありユージはかわしきることもできず、とっさに操作してもコクピットの左側に直撃を受けてしまった。ユージはそのときにコクピット内に起きた爆発を受け傷を負い、頭も打ち付けてしまう。

シグーはその後、流れるようにカバーに入ろうとしていたラナン機を重斬刀で断ち切る。悲鳴は、聞こえなかった。その間もなく潰されて肉塊となったのだろう。戦場に、花火が一つ増えた。

 

「隊長、ラナン!ちっ、ちくしょー!」

 

「待て、早まるな曹長!」

 

ジョンの制止も意味をなさず、シグーに向かっていくダニエル。シグーはその攻撃をかわし、マシンガンを向ける。

そして、花火がまた一つ。

 

その有様を、ユージは生き残ったモニターから見ているしかできなかった。その後シグーは、何かを感じたかのように別の方向へと向かっていく。

悔しい、憎い、よくも、よくも、よくも・・・・。

そう思いながらも、意識は薄れていく。意識を失う瞬間、ユージは一つの考えを浮かべていた。それは、重傷故に思考が定まらなかったからか、それとも一瞬のうちに仲間を2人殺されてしまったことにより現実逃避していたからか。とにかく、思ったのだ。

 

 

 

 

 

(やっぱ、そうそう上手くはいかないんだよなぁ……)

 

 

 

 

 

はっと目を覚ます。映るのは、自室の天井。汗をかいているのが、見なくてもわかる。うなされていたのだ。

時刻は朝5時。再度眠るには、時間的にも、精神的にも無理そうだった。

ユージは起き上がり、タオルで汗を拭きながら、思う。

二度とあんな、部下をみすみす死なせるような真似はしない。そのために、自分はMSという新たな力を生み出す部隊にいるのだ。

ひとまず、トレーニングルームに行こう。早朝トレーニングと思えば良い。

そう考えてユージは部屋を出る。まるで憎しみを振り払おうと、思考をクリアにしようとするかのように、その足は早足だった。




今回登場した、チタン・セラミック複合材は、ジムに使われているものと同名になります。なんかダガーに使われてる装甲の記述が、見当たらないんですよね・・・・。
ちな、これがテスターの性能になります。

テスター
移動:6
索敵:D
限界:120%
耐久:65
運動:14
シールド装備

武器
マシンガン:40 命中55
アーマーシュナイダー:45 命中60


それともう一つ、感想欄でも時々言われるのですが。
自分はミリタリー初心者かつ、ガンダム知識もそこそこあってもガチとは呼べません。ですから、自分の考えと読者の考えが異なるという場合も多々あると思います。
納得できる意見は参考にしますが、あまりにも自分の考えと違う感想・指摘などが届いた場合は、もうしわけありませんが・・・・。
こちらも、自分のssがどういう方向性でいくべきか悩んでいる途中です。感想への対応をぶん投げていると捉えられるかもしれませんが、どうか、ご理解いただけるよう頑張りたいと思います。

誤字・記述ミスの指摘は随時受け付けております。


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第5話「彼女らが仲良くなったわけ」

遅れて申し訳ない。今回は、コミュニケーション回です。


C.E 8/20

プトレマイオス基地 通路

 

「ふう・・・・」

 

レナ・イメリアはため息をついた。それが倦怠感からくるものではなく達成感によるものであることは、リラックスした彼女の表情からは簡単に読み取れるだろう。

それも当然だ。テスターに乗り始めて早2週間と2日ほど、機体をローリングさせたりきりもみ飛行したり、何度も加速しては急停止したりでコクピット内を汚物まみれにするような日々から、だんだんとそうなる頻度が低下し、ついに今日、誰一人としていかれた機動を取らずに、戦闘機動をとり、模擬戦を行うことにも成功したのだ。ようやく、最初に使っていたジンにアイザックたちが乗った時と同じ程度にはテスターが動けるようになってきた達成感そのままに、彼女はシャワールームに向かっていた。いかれた機動云々以前に、MSを動かすというのは神経をすり減らし、体力を消耗させるものだからだ。

その途中、見知った人物の背中を見つけた。

 

「あら、ノマ伍長。あなたもシャワー?」

 

「ひょうっ・・・・!い、イメリア中尉・・・・」

 

またこれだ。ビクッとした後におずおずとこちらに振り返るその姿から察するに、いまだに苦手に思われているのだろう。

たしかにこちらに非があるのは確かだが、この一か月間で何度も一緒にMSに乗ってデータ収集を行ったりした同僚なのだから、少しは慣れてほしい。それとも、これは彼女の人柄なのだろうか?

 

「さすがに何度も驚かれるとショックね・・・・」

 

「す、すいません・・・・私、昔から”こう”で」

 

「別に責めてるわけじゃないのよ?」

 

「はい・・・・あ、シャワーでしたねぇ。そうですよ。イメリア中尉もですか」

 

「ええ。よかったら一緒に行きましょう?」

 

そういうとセシルは、わかりました、といっておずおずとレナの隣に並ぶ。

これでも進歩したほうなのだ。最初のころは声をかけるだけで一目散に逃げ出している有様だったのだ。

半ば無理矢理に転属させられた隊で最初に受けたリアクションが、自分以外に向けていたとはいえ特濃の殺気だったのなら仕方ないが、ずいぶんレナや他の隊員にも慣れてきたようだ。先日、エドワードと親しげに話していたのをレナは思い出した。

 

「そういえば、昨日エドと何か楽し気に話していたようだけど、どんなことを話していたのかしら?」

 

「ハレルソン少尉と・・・・ああ、昨日のお昼の。たまたま一緒にご飯を食べることになって、たまたまメニューが一緒のカレーライスだったんです。そしたらハレルソン少尉のほうから話しかけてきて、好きな食べ物の話で盛り上がっていたんです。偶然、同じものだったので」

 

「カレーが好きなの?」

 

「いえ、ハンバーガーですよぉ?カレーは、たまたま気分がカレーだったので」

 

「ハンバーガー?少し意外ね」

 

彼女は、たしか連合軍中将の父を持つエリート家系だったはずだ。もっと、こう、ブルジョワなものが好きなのではないかと思っていたのだが。そう伝えると、苦笑しながら彼女は返答する。

 

「あ~、確かに軍に入る前はいいもの食べさせてもらってましたけど、好きかどうかっていうのとは別ですよ。それに、同じ”好き”でも、理由は違いますからね」

 

「どういうこと?」

 

「ハレルソン少尉は、野菜とパンとお肉、一度に一気に食べられるのがいいっていう”好き”。私は、手軽に食事を済ませられるから”好き”ってことです。ついついゲー・・・・PCに触れていると時間を忘れてしまうんですよね~」

 

どうやら、噂や家系の想像からは乖離した人物だったようだ。もっとも、自分以外はそのことにとっくに気づいていたのだろうが・・・・。

 

そんなことを話していると、シャワールームにたどり着く。

どうやら、すでに誰かが使用しているようで、衣類が籠の中に入っているのが見える。しずしずと服を脱ぐセシルと、対照的にさばさばと服を脱ぎ捨てるレナ。そのとき、レナは、セシルが自分を見ていることに気づく。

 

「どうしたの?」

 

「ふぇ?あ、えーと・・・・」

 

言葉が詰まった。その様子から、自分の”痣”のことが気になったのだろう。彼女の体には、頬筋から背中にかけて、まるで花の花弁のような痣があった。

 

「・・・・変なもの見せちゃったわね」

 

「えっ?あ、いえ、そんなつもりじゃ・・・・」

 

「・・・・気にしないでいいわ。もう、だいぶ前のことだもの。いきましょう」

 

「はい・・・・」

 

そうして、二人は浴室に入る。すでに使われている一室からは、長い黒髪が見える。

それぞれ個室に入ると、レナはすでに使われていた方へ声をかける。

 

「お疲れさま、あなたも仕事上がり?」

 

「あ、はい・・・・もしかして、イメリア中尉、ですか?」

 

セシルのような、誰かにおびえているようなものとは違う、生来の落ち着きからくるような静かな声。

レナは気づいた。今、隣の個室にいるのはカシン・リー。自分と同じ部隊の仲間であり、コーディネーターだ。

 

「・・・・リー、曹長」

 

「ご、ごめんなさい!すぐに出ま」

 

「待って!」

 

シャワーを止めて退室しようとするカシンを、レナは引き留めていた。

なぜ、彼女を引き留めた?自分が彼女を、どう思っているか。そして彼女が自分をどう思っているのか。知っているはずだろう。

反対側の個室にいるセシルも、何が起きるかビクビクしているに違いない。

 

「・・・・とりあえず、いきなり出ようとするのはどうなのかしら?」

 

ほら、今も堅いことしか言えないくせに。

 

「す、すいません・・・・」

 

「いや、こっちこそ・・・・」

 

その後しばらく、水が落ちる音だけが聞こえる。最初に言葉を発したのは、意外にもカシンからだった。

 

「・・・・中尉は・・・・」

 

「・・・・何?」

 

「・・・・弟さんを、コーディネーターに殺されたから、憎いんですよね?」

 

ハッと、息を飲む。

カシンの言った通り、レナがコーディネーターを憎むのは、コーディネーターとの紛争で弟を失っているからだ。

 

「・・・・そうよ。それで、そのことを聞いて、何がしたいのあなたは?」

 

「・・・・ただ、知りたいんです。どうしたら、中尉の怒りは静まってくれるのか」

 

それを、いうのか。弟を奪ったお前たちが。

しかし同時に。もう一人、別のことを叫んでいる自分がいるのにも気が付く。

弟を殺したのは彼女ではない、と。

 

「皆さん、言うんです。コーディネーターめ、化け物め、って。宇宙に帰れって、言われたこともあります。おかしいですよね、私、ここに来る前に宇宙に来た事なんて一度もないのに」

 

彼女のことは聞いている。調べた。

元は東アジア共和国所属で、志願してきたのだと。だが、彼女からそれほどの気概を、過ちを犯した同胞を止めるためとか、そんなものは感じられなかった。制服を着ていなければ、軍人だということもまったく察せられないような、物静かな女性。それが彼女の第一印象だった。

それに普段の彼女からは、コーディネーターだとか、優れた能力を持っているとか、そんなことを鼻にかけているようなそぶりもなかった。生粋の軍人である自分たちではまともに動かせなかったジンを、すいすいと動かして見せたのに。

 

「戦争が始まってからしばらくして、大学生だった私の家に軍の人たちが来たんです。『君のご家族は保護している』って。当時の私は、軍人の腰に下げられた銃が怖くて、話をあまり聞いていられませんでしたけど。そのあと、大学を辞めて、軍に入って。そうしてここにいます」

 

それは、あんまりではないか。

保護?監視と人質の間違いだろう。どうりで、彼女から気概を感じられなかったわけだ。無理矢理入れられた軍での仕事に、だれがやりがいを見せられようか。

 

「許してほしい、というわけではないんです。今まで軍で会った人たちは、絶対に許さないっていう人たちが多かったですから。ただ、聞きたいんです。どうしたら満足なのか、私が死ねば、コーディネーターが皆いなくなっちゃえばいいのか。理由もなしに憎まれるのって、結構響くんです」

 

「・・・・」

 

それを聞いて、思う。自分も、彼女に罵声を浴びせた人間たちと同じだと。知らず知らずのうちに、自分も外道となり果てていたんだと。

 

「だったら私、生まれてこない方が「曹長!」・・・・!?」

 

気づけば、レナはカシンの個室に入っていた。驚いた彼女の顔が目に映るが、そんなことは気にしない。言わなければならないことが、あった。壁に手を付けて、彼女が逃げ出さないようにしてから、話し始める。

 

「いい?一か月前の私ならともかく、今の私ならはっきり言えるわ。”馬鹿にしないで”と」

 

「え?」

 

「私の怒りは、弟を殺した奴らにだけ向けられるべきものよ。この痣だってその時に付けられたものだけど、それをしたのも同じやつら。だから、それをあなたが気にするのはお門違い。少なくとも、今はコーディネーターそのものへの怒りなんてないわ。だから気にしないでほしい。それに・・・・」

 

「・・・・」

 

カシンはじっと、次の言葉を待っている。その目を真っ向から受け止めて、レナは言う。

 

「それにこの一か月、同じ仕事をしてきた仲間、じゃないの・・・・。私が言っても、何の説得力もないかもしれないけど、私はそう思ってるわ」

 

「・・・・私は・・・・」

 

カシンは意を決して、言葉を放つ。

 

「私も「あの~、いいですか?」・・・・!?」

 

今の今まで、存在感が迷子になっていたセシルが、個室のドアからのぞき込むように、話してくる。

 

「イメリア中尉も、カシンさんも、いったん、出ません?そろそろお夕飯の時間ですし・・・・」

 

「「・・・・」」

 

とりあえず、三人でシャワールームを出る。

 

その後、夕食を共にした3人だったが、今までよりも気楽に会話を行うようになり、苗字ではなく、名前で呼び合うようになったという。

 

「そういえば、セシル」

 

「どうしました、レナさん」

 

「あなた、カシンとは元からフレンドリーに話していたようだけど、いつそんなに仲良くなったの?」

 

「えっと、カシンさんとは・・・・」

 

「カシンとは?」

 

「一緒に、コクピットでリバースしたことを慰めあった時から・・・・」

 

「・・・・ごめんなさい」

 

「きっと、誰しも通る道なんですよアハハ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん・・・・」

 

「どうした、ノズウェル中尉?」

 

「あ、ムラマツ少佐。戦闘プログラムについてなんですけど」

 

「何かあったか?歩行動作も、宙間機動も、どれも順調にみえたのだが」

 

「はい、それはもちろん。走ったりスラスターを吹かしたり、むしろ戦闘機動だって、パイロットの腕にもよりますけどできるようになってきたほどです。みなさん、素晴らしいですよ」

 

「・・・・何か、あと一つ足りない。といった感じかな?」

 

「はい、お察しの通りです。さすがですね」

 

「何度か戦術を考えていると、不確定要素はつぶしたくなるようになっていただけさ。それで、どんなデータが足りないんだ?」

 

「はい。デブリ帯、つまり、障害物のある戦場でのプログラムがまだ・・・・」

 

「なるほど。デブリ帯がある宙域となると・・・・」

 

 

 

 

 

 

「はい、プトレマイオス基地の領域外。完全に、戦時宙域…いつ敵に会ってもおかしくない場所です」




いつもより短めですが、今回はここまで。少し更新が遅れたのは、展開に少し迷っていたからです。すまそ。

テスターの発達や展開がやたらと早い理由は、スタッフが有能だから、そして、作者が重箱の隅をつつくほどのマメな描写を嫌がったから。許してヒヤシンス。
あと、レナさんの痣については本作のオリジナル設定のつもり。

何か不穏な空気が漂い始めましたが、まあ気のせいでしょう!
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第6話「フラグをへし折れ、マウス隊!」

あらすじ
第08隊は、デブリ帯(戦時宙域)に向かうことになりました。

息抜きにアクシズの脅威vの連邦編をプレイしていたんですけど、あれっすね。
ぶっちゃけ、MS縛るよりも通常兵器を縛ったほうが辛いのでは?(トリアーエズを盾にしながら)


8/23 

輸送船”コロンブス”

 

「本当によろしいのですか?」

 

「何がだ?」

 

“コロンブス”の艦橋で、ユージは副官のジョンの質問を聞き返す。

現在、”コロンブス”は3機の”テスター”を載せて、デブリ帯へと向かっていた。”テスター”を用いて、デブリ帯など障害物の多いエリアでのデータを得るために。

 

「プトレマイオス基地の領域外です。これでZAFTに遭遇したら・・・・」

 

「だとしても、だ。ジョン」

 

そう言ってユージは、持論を述べ始める。

 

「私はあくまで中間管理職、技術畑出身ではない。本職が必要だと言ったなら、それを叶えてやるのが仕事でもある」

 

「しかし・・・・」

 

「ジョン、我々は軍人だ。そして、軍人は任務を全うする者だ。もし、我々が提出したOSを用いたMSがデブリ帯で出撃し、そのときに不具合が発生しても遅いだろう?それは我々の怠慢ということになる」

 

「・・・・わかりました」

 

ジョンはあまり食い下がらない。それが、上司である自分への信頼の証であることは、以前の”メビウス”隊の頃からの付き合いでわかっている。

 

「それに、もし我々が行った時に限ってZAFTと遭遇するとしたら、それは・・・・」

 

「それは?」

 

一拍置いて、答えを口にする。

 

「我々がどんな部隊かが、わかるということだ」

 

 

 

 

「しっかし、デブリ帯ねえ。こないだの誰かさんみたいに、デブリや”コロンブス”にぶつかったりしねえといいんだが」

 

「おーおー、”テスター”すっころばしたおっさんが何か言ってら」

 

エドワードとモーガンが軽口をたたき合う。

ここは”コロンブス”の談話スペース。ベンチや自販機が設置されているここで、パイロット達は目的地に到着するまでの暇を潰していた。

開発スタッフや整備兵は、格納庫で限界まで調整を行っている。戦闘という一瞬に全力を注ぐのがパイロットなら、パイロットが一瞬に全力を注げるようにするのが、裏方の仕事だからだ。

 

「ぶっけた後のセシルの顔は、面白かったぜ?あの後、シートからしばらく立ち上がれなかったらしいじゃねえか」

 

「もう二度と、エドさんとは一緒に乗りたくないと思いましたねぇアハハ・・・・」

 

「少しは落ち着きを持って行動するよう、心がけるべきねエド?」

 

「レナ教官まで・・・・アイク、何か言ってやってくれよ」

 

「あれ、カシン。ひょっとして香水を付けたの?」

 

「う、うん。わかる?レナさんとセシルが勧めてくれて・・・・」

 

「せめて会話に入ってくれよ!?」

 

エドが悲鳴を上げるが、雰囲気自体は和やかだ。

お互い、この一ヶ月で理解しあったのだろう。最初の頃のぎこちなさは見られない。全員、公の場以外では愛称やファーストネームで呼び合うようになっていた。

そんな中に1人の闖入者が現れる。

 

「噂の”マウス隊”の皆さんは、仲がいいようだな?なによりだぜ」

 

「ん?・・・・アラドじゃねえか!久しぶりだな!」

 

現れたのは、壮年の男性。見たところモーガンと同じくらいに見える。

 

「お知り合いですか、モーガンさん?」

 

「ああ、アイク。こいつは・・・・」

 

「自己紹介くらい、できるぜ。俺はアラド・バヤル。元ユーラシア連邦の中尉で、モーガンとは同じ戦車隊でドンパチやっていた仲さ。今は”メビウス”隊の隊長なんてやってる。よろしくな」

 

そういって、アイザックに手を差し出す。アイザックが恐る恐る手を差し出すと、力強く握ってくる。親しみを込めた握手だ、とアイザックは感じた。

手を離すと、アラドはモーガンに話始める。

 

「昔は3人1組で戦車乗り回してたのに、今や小隊長だぜ?どうだ」

 

「バーロー、俺は最新兵器のテストパイロットだぜ?」

 

「最新兵器、ねえ・・・・」

 

アラドはニヤニヤしながら、メンバーを見渡す。

 

「あんだよ?」

 

「いやなに、輸送船にぶつかったり、平らな床でこけたり、ローリングしたりするようなのが、最新兵器とはなってさ!デブリにぶつかんなよ?」

 

「喧嘩なら高く買うぜ?」

 

一瞬、雰囲気が剣呑とするが、アラドはすぐに次の言葉を発する。

 

「すまん、言い過ぎたな。そうならないように、データを取るのが任務だもんな。悪かったよ」

 

それを聞いて、08隊メンバーもアラドへの認識を確かなものとする。彼は、悪い人間ではない。

 

「ったく・・・・こんなやつだが、腕は確かだ。そこだけは保証するぜ?」

 

「おう、俺達がいるんだ、ZAFTが来たって追っ払ってやるさ!だからテスト、頑張れよ!」

 

その後、アラドを交えて会話が再開する。話が弾んでいる中、アナウンスが響く。

 

『あと15分で、目標地点に到着します。パイロットの皆さんは、準備を済ませておいてくださいねー』

 

『・・・・ルー軍曹、もう少しキリッとだな・・・・』

 

『ごめんなさーい、少佐ー』

 

『・・・・』

 

そんな会話が聞こえてきて、パイロット達は動き始める。ここからは、気が抜けない時間。いつ、敵とランデブーしてもおかしくないのだ。キビキビと動き始めたパイロット達だったが、過度な緊張はそこに無かった。

 

 

 

 

 

 

『それでは、ミッション内容を伝える。我々は現在、デブリ帯の中にいる。君たちの仕事は、とにかくこの中を動き回り、デブリ帯でのMS稼働データを取ることだ。30分後、今度は模擬戦形式でやってみよう。このデータが取れれば、OS完成まであと少しだ。万一の場合は、バヤル中尉の第15メビウス小隊と連携してことに当たってくれ。以上』

 

ユージからの通信が、”テスター”と”メビウス”全機に伝わる。

ここは自分達の領域ではなく、いつ敵とこんにちはしてもおかしくないデブリ帯。細心の注意を払いながら、”テスター”3機は動き始めた。それぞれの搭乗者は、このようになっている。

 

1号機 アイザック主座 セシル副座

2号機 カシン主座 モーガン副座

3号機 エドワード主座 レナ副座

 

それぞれ、自分の思うように動かそうとはしているが、デブリにジャマされて中々上手くはいってないようだ。

 

「思った以上に、動かしづらいな・・・・」

「ですねぇ・・・・あ、右40メートルにデブリありますよアイザックさん」

「あ、危ない・・・・ありがとうセシル」

「いえ、それほどでも~」

 

「よいしょ、よいしょっと・・・・」

「おいおい、もっとばあっと動かせねえか?」

「デブリにぶつかっちゃいます。そうなったらエドさんをからかえませんよ?」

「そりゃ嫌だ、慎重に頼むぜ。アラドも見てるしな」

 

「よっ、ほっ、と。どうだ、これならモーガンのおっさんもぎゃふんと言わせてやれるぜ」

「ちょっ、エド!今デブリにかすったわよ?もっと安全にお願い!」

「この後、模擬戦なんだぜ?なにごとも経験経験!」

「ま、やめ・・・・ああもう、私と代わりなさい!」

 

それぞれ四苦八苦しながら行動していたが、しばらくするとぎこちなさが取れ、30分もするころには皆不自由なく動けるようになっていた。

 

「すごいもんですね、隊長。さっきまであんなにわちゃくちゃしてたのに」

 

「まあ、連中もテストパイロットに選ばれるような奴らの集まりだ。あれくらいはできるんだろう」

 

アラドは乗機の中で、部下からの言葉に返事をする。

そう、昔からモーガンはそうだった。自分達では思いつかないような奇策を発案し、次々に成功させていく。あまりの戦術眼に、化け物をみるような目で見る人間もいた。

だが自分は知っている。あいつの戦略は、仲間との絆あってのことだと。エル・アラメインでの戦いが良い例だ。あいつの策と、自分達の絆があったからあそこまでできたのだ。そして敗れはしたが、今、新たな力を得るために努力している。

あいつは、戦車乗りの誇りだ。そう思ったところで、”テスター”が集結し始める。どうやら、模擬戦を始めるようだ。

 

『よし、位置についたな?ライフルに装填してあるのは、ペイント弾になっているな?』

 

ユージからの注意喚起が伝わる。

きちんと、ライフルの銃倉には模擬戦用のペイント弾が装填されてあるのを確認し、”テスター”に姿勢を取らせる。いつでも、戦闘機動を行えるように、盾を構えて備えた姿勢だ。

 

『よし、それじゃあ『待ってください!』・・・・!?』

 

オペレーターの声が、ユージの声に割り込む。尋常な様子ではない。

 

『どうした、トルーマン軍曹!?』

 

『レーダーに感あり!3時の方向、数は・・・・3!』

 

『その方角には?』

 

『他の部隊の航行スケジュールに、該当するものはありません!』

 

『・・・・総員、3時の方向に警戒態勢!姿を隠せ!』

 

『望遠映像・・・・出ます!』

 

コロンブスの艦橋に映し出された映像が、”テスター”と”メビウス”のモニターにも共有される。

はっと息を飲んだのは、誰だろうか。そこに映っているものを、理解できてしまったが故に。

 

『”ジン”が3、内1機は偵察型だと思われます!』

 

ユージは努めて冷静に、状況を分析する。

なぜ気づかれた?偶然?それとも、罠?内通者か何かが居て、ばれていた?ならたった3機ではなく、少なくとも倍の数で来るべきだ。そうではないなら、本当に、たまたま奴らの偵察任務と時間が被ってしまったというのか?偶然にしても、最悪すぎる!いや、奴らがまだ気づいていないなら、まだ勝機はある。だが、奴らの母艦は?まだ近くに伏兵がいるのでは?

考えを巡らせていると、アラドから通信が入る。

 

『少佐殿よお、覚悟を決める時みたいだぜ?』

 

「アラド中尉・・・・そうだな、どのみち、彼らはこっちに向かってきている。ならば・・・・」

 

『思い切りがいいじゃねえか、気に入ったぜ。良い作戦があるんだが、聞くかい?』

 

「・・・・一応、聞かせてくれ」

 

アラドの言葉に、耳を傾ける。

 

『俺らがおとりになる。”テスター”のライフルってのは、”ジン”を確実に撃破できるんだろう?』

 

「な、バカをいうな!確かにシミュレーションではそうだが、実際にはどうだかわからない!それに、君たちが撃破されたら・・・・!」

 

『やらせてやってくれ、隊長』

 

「シュバリエ中尉、あなたまで・・・・」

 

『こいつがこう言うからには、なにか考えがあるんだろう。それに、いきなりの実戦で真正面からいくってのは俺でも怖い』

 

『らしくねえな、モーガン』

 

『言うな・・・・それに、俺達がバッチリ決めりゃ良いだけだ』

 

『モーガンさん・・・・でも・・・・』

 

『自信を持て、カシン。お前の射撃の腕はよく知ってる』

 

『・・・・はい』

 

カシンだけでなく、他のメンバーも覚悟を決めたようだ。腰部に『万が一に備えて』懸架していた、実弾の弾倉をライフルにセットしていく。

 

「・・・・わかった、その案でいこう。但し、条件がある」

 

『なんだい?』

 

「全員、生きて帰れ。以上。作戦開始!」

 

『『『了解!』』』

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい、セシル?」

 

「ぜ、全然だいじょばないです。けど、やるしかないんですよね?」

 

「・・・・うん」

 

1号機は、デブリに隠れながら目標の”ジン”に近づいていく。見たところ、マシンガン装備の普通のジンだ。それが、何より恐ろしい。

”敵”が、目の前にいるのだ。

 

「あたし、ここで戦うのも怖いですけど、逃げ出して、私以外が皆死んじゃうのは、もっと怖くて・・・・だから、はい。頑張ります」

 

「・・・・わかった。補正を、お願い」

 

「はいっ」

 

しばらくデブリに隠れながら、”ジン”の様子を窺う。デブリをよけながら進む”ジン”だったが、何かに気づいたように動き始める。

 

「気づかれた!?」

 

「いや、あっちです!」

 

すると、”メビウス”が2機、デブリの陰から飛び出す。”ジン”はそちらに気を取られているようだ。”メビウス”は”ジン”に近寄らず、”ジン”のライフルをよけながら周囲を旋回する。

やれ、と言っているようにも見える。

 

「セシル!」

 

「タ-ゲットとの距離算出、誤差修正完了・・・・」

 

そうしている間にも、”ジン”が”メビウス”の動きになれ始めたようだ。弾が”メビウス”をかすったのが見えた。

 

「セシル!」

 

「ターゲット、ロックオン!いけます!」

 

「いけえええええええええええっ!」

 

デブリから飛び出した”テスター”が構えたライフルから、弾が3発発射される。

3点バーストによって放たれた弾丸の一つが、”ジン”の脇腹に命中した。まだぎこちなく動いていることから、とどめは刺せていないようだ。おそらく、何が起きたかもわかっていないだろう。

 

「うああああああああああああ!」

 

アイザックは、何度もトリガーを引く。何度も、何度も何度も何度も。

そっと、セシルの手がアイザックの手の上に置かれる。

 

「せ、セシル・・・・?」

 

「もう、大丈夫ですよ・・・・もう、いいんですよぉ」

 

そう言われてモニターを見ると、既に”ジン”は蜂の巣のようになり、動き出す様子はなかった。

 

「僕たち、生きてる・・・・?」

 

「生きてる、生きてるんですよ私達・・・・」

 

アイザックとセシルは、そのまましばらく動けなかった。初めて人を殺したとか、そんな考えは浮かばず、ただ安堵だけがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「カシン、タイミングは俺が指示する。そのとき、撃て」

 

「は、はい」

 

2号機は、長距離偵察型の”ジン”に向かっていく。”メビウス”達は、既に隠れているようだ。カシンは、”テスター”を慎重に進ませていく。やがて、モニターに一つの機影が映る。

間違いない、ターゲットの”ジン”だ。長距離偵察用に、様々なセンサーや狙撃用のライフルを持っているのが見える。

 

「そこだ、そこのデブリに隠れろ」

 

モーガンの指示に従って、デブリに機体を隠す。

準備はできた。あとは、始めるだけだ。

 

「そろそろ・・・・来たっ」

 

モーガンの言葉通り、”メビウス”が2機飛び出す。こちらも、”ジン”との距離を一定保ちながら回避行動を行っている。

モーガンは、じっと見ている。少しの隙も見逃さないように。

 

「モーガンさん・・・・」

 

「まだだ、もう少し、もう少し・・・・」

 

そして、時が訪れる。”ジン”が、完全に背中を向けた。

 

「今だ!」

 

カシンは、トリガーを引いた。

放たれた弾丸は、寸分過たずにジンの胴体を撃ち抜く。

 

「やったか!?」

 

「命中・・・・しましたけど・・・・」

 

モニターを操作して、“ジン”を拡大して映す。”ジン”は、ピクリとも動かない。間違いない、直撃だ。

 

「いよっし、やったぜ!カシン、ナイスだ!よくやって・・・・カシン?」

 

モーガンの目に、かすかに震えるカシンの姿が映った。

 

「もー、がん、さん。私、私・・・・」

 

「・・・・おう、お前はよくやったよ。だから、今は休め」

 

無理もない、ことだ。彼女は、ほんの1年前までただの学生だった。アイザックと違い、覚悟すらできずに軍に入れられたのだ。

殺す覚悟も、殺される覚悟も。

そのことを知っているモーガンは、ただ、休めという。それは、体か。それとも・・・・。

 

 

 

 

 

「そこに待機よ、エド」

 

「オーケイ、っと」

 

3号機は、いたって自然に所定の位置まで機体を進めていた。彼らは元からの軍人、覚悟はできている2人だった。

 

「しっかし、MSでの初陣がまさかの試験中の遭遇戦になるなんてな・・・・」

 

「あら、どこかのバカは戦闘機で近接戦を仕掛けにいったそうよ?なら、今回は大丈夫よ」

 

「おいおい、戦闘機とMSは別だぜ・・・・っと、始まったか」

 

モニターには、”メビウス”2機が”ジン”の周りを飛んでいるのが見える。”ジン”も、”メビウス”に気を取られて意識がそちらに掛かり切りになっているようだ。

 

「エド、落ち着いて狙って」

 

「わかってるよ・・・・」

 

誤差修正、よし。ターゲットロック。あとは撃つだけ。

”ジン”の背中が見える。チャンス到来だ。

 

「今!」

 

「食らえ!」

 

エドワードは、トリガーを引く。

しかしほかの2機と違い、弾が2発出た後に、ライフルがうんともすんとも言わなくなってしまう。モニターからは、『異常発生』の字が表示される。

 

「なんだこりゃ!弾が出ねえ!」

 

「落ち着いて、今状況を・・・・!?」

 

”ジン”が、こちらを向く。完全に、気づかれた。

 

「くっ、こうなったら一度下がって合流「いや、このままいく」・・・・!?」

 

エドワードはライフルを捨てさせ、代わりに盾を構えさせる。

 

「何を考えているの!?」

 

「なに、元戦闘機乗りのなんちゃらを、見せてやるのさ!」

 

”ジン”が敵MSの存在に驚愕しながらも、ライフルを放ってくる。そのうちの何発かは盾に被弾するが、もとよりカウンターウェイト目的の盾。これ以上は持ちそうにない。

”ジン”が腰から重斬刀を引き抜く。こちらを、たたき切るつもりだ。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

エドワードは突っ込む。そして、”テスター”と”ジン”が激突する。

 

 

 

”ジン”の攻撃は、”テスター”の左腕をシールドごと破壊、しかし、左腕の半ばまでで止まり。

”テスター”は、盾に隠しながらその盾から引き抜いたアーマーシュナイダーを、”ジン”の胴体に突き立てることに成功していた。

ジンの動きは、ない。

 

 

 

「いいいいいいいいよっしゃあああああああああああっ!やったぜ!」

 

「・・・・あなた、ねえ・・・・」

 

喜ぶエドワードとは対照に、レナは安堵やら怒りやら呆れやら・・・・。いろいろな感情に襲われているのだった。

 

 

 

 

 

 

奇跡的に、”テスター”も”メビウス”も、全員が生還することに成功した。機体から降りたメンバーは、すぐさま駆け寄る。

 

「レナさん、大丈夫でした!?」

 

「ご無事ですかー!」

 

「カシン、セシル・・・・あなた達こそ、よく無事で・・・・」

 

「へへっ、どうよ!この俺のナイフ捌き!」

 

「どうよ、じゃないですよ!左腕部が取れかけてるじゃないですか、エドさんの”テスター”!」

 

「派手に傷こしらえたもんだ・・・・こりゃ、コジロー達大忙しだぜ」

 

そんなことを話し合いながらお互いの安否を確認しあっていると、マヤがこちらに駆け寄ってくる。

 

「あの、エドワード少尉、レナ中尉・・・・」

 

「ん?どうかしたかい?」

 

「・・・・すみませんでした!」

 

そういって、マヤは頭を下げる。近くにいる研究員達も、どこか申し訳なさそうにしている。

 

「・・・・ライフルの異常のことね?」

 

「はい・・・・原因は、不発弾の排莢に失敗したことです」

 

「あん?」

 

「あのライフルには、イーゲルシュテルンの弾薬規格を流用した弾薬が装填されていました。とにかく、”ジン”のものよりも威力・精度を上げようとして、私たちがライフルと一緒に設計したものです。だけど、もとからあった規格に威力向上のために火薬を増やした結果、威力はともかくとして今回起きてしまったような不発・暴発の可能性を高めてしまっていたことが、さっき異常を起こしたライフルからわかったんです」

 

「おいおい、今までのテストでは・・・・」

 

「はい、うまくいってました。でも今回、初の事故が起きたんです。なので、本当に・・・・」

 

「あー・・・・」

 

異常の原因はわかったが、今度は格納庫がお通夜ムードになる。誰か、どうにかしてくれ。

 

「話は、聞かせてもらったよ」

 

「・・・・少佐」

 

そこにユージが現れる。エドワードは、なんとかしてくれ、というアイコンタクトを送る。

 

「マヤ中尉、弾薬の改良に関しては私も聞いていた。そのうえで許可を出したのは私だ。つまり、責任は私にもある」

 

「そんな・・・・」

 

「他にも、色々あるだろう。弾薬の異常、機体の破損、今回の戦闘で洗い出せた”テスター”の修正箇所・・・・」

 

ユージは、周りを見渡す。誰もが、疲れ切っていた。

 

「今は、ただ喜ぼう。全員、生きて帰れたことを。あとでいいんだ、あとで・・・・」

 

 

 

 

 

船は、まっすぐにプトレマイオス基地へ向かう。疲れ切った戦士たちを、乗せて。




と、いうわけで。初の戦闘回です。初めて書くから緊張した・・・・。
ここまでくればos完成もあと一歩です。ようやく、野望っぽくできる・・・・。

ちなみに、偵察型ジンのステータスです。

偵察型ジン
移動:7
索敵:Å
限界:150%
耐久:50
運動:13

武装
狙撃ライフル:60 間接攻撃可能





誤字・記述ミスへの指摘は随時受け付けております。


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第7話「shadow of abnormal  ~変態の影~」

前回のあらすじ
この中に、本気で敵と遭遇しないで平和にテストできると思ってたやつ、おりゅ?



ポケモン、FE、スマブラ、艦これ・・・・
時々、ドラえもんに出てくる「時門」が欲しくなる今日この頃。


8/31

 

「ついに、ここまで来たか・・・・」

 

ユージは、自室で独りごちる。

あの不意の遭遇戦からおよそ一週間、OS開発は劇的に進んだ。もともと、最後のピースが不足していたために向かったのだ。それが揃っただけでなく、実戦のデータを取ることもできた。

加えて、嬉しい誤算があった。エドワードが撃破した”ジン”は的確にコクピットだけを破壊することに成功しており、残弾が残った良状態のライフルもまとめて鹵獲することに成功したのだ。機体自体は既に鹵獲できていたものが存在するのだが、ライフルを手に入れることができたのが大きい。

マヤ達は弾薬不発事件を経て、手に入れた”ジン”のライフルを参考にしながら、これまで以上に品質チェック・検品に力を入れるようになっていた。弾薬は元のイーゲルシュテルンのものに戻し、代わりに銃のロングバレル化などの再設計を施したことで、結果、威力・精度はそのままに安全性を高めることに成功した。

パイロット達、特にアイザック達新兵も、何かが変わっていた。実戦を経験したことで、自分達が何をしているのか、改めて理解したのだろう。部隊内の雰囲気はそのままに、どこか動きがしっかりとしたものになっていた。実際、新兵組はステータスも以前より向上していた。

 

アイザック・ヒューイ(ランクC)

指揮 4   魅力 8

射撃 9   格闘 10

耐久 7   反応 9

 

カシン・リー(ランクC)

指揮 3   魅力 10

射撃 10   格闘 7

耐久 6   反応 10

 

セシル・ノマ(ランクD)

指揮 9   魅力 6

射撃 7   格闘 2

耐久 4   反応 10

 

といった具合だ。全員、1ランクほど上昇しているのがわかる。この分なら、原作開始時点、ようはヘリオポリス襲撃の頃にはB・Cランクに上がっているかもしれない。モーガン達も、目に映らないだけで成長しているはずだ。こんな”能力”などなくても、それくらいはわかる。

だからこそ、だろうか。当初の任務を完了しつつある我々に、このような指令が下ったのは。

ユージは机の脇に置かれた紙、つまり第08機械化試験部隊に与えられる新たな任務について思う。その脇には、正式な少佐の階級章も置かれている。明日、部隊全員に正式に発表するこれは、今までの任務よりも遙かに危険なものだ。

隊の皆は、ついてきてくれるだろうか?自分は何かができているのだろうか?

運命は、変わっているのだろうか?

そんなことを考えながら、ベッドへと向かう。時間は有限であり、睡眠もまた、時間を削って行う「義務」だから。

義務を果たせ、ユージ・ムラマツ。あの日、散っていった部下の死が無駄でないことを証明しろ。

自分に言い聞かせながら、ユージは眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

9/1

プトレマイオス基地 

 

「久しぶりだよなあ、部隊全員が集まるなんて」

 

「そうなんですかい?」

 

「ああ、コジローのおっさんは途中配属だったけな。研究者・通信士も含めて全員が集まったのなんて最初の時くらいなんだよ」

 

そんなことを話しながら通路を歩くのは、エドワードと、MS整備兵見習いとして途中から配属されたコジロー・マードック。彼らは今、招集命令に従って最初に使われていた第3会議室へと向かっていた。

ちなみにこの2人、意外と仲がいい。お互いに細かいことは気にしない性格だったことや、第08隊のパイロットの中で最も”テスター”を破損させるエドワードに、整備士総出で抗議に行ったときから、良く会話するようになり、現在にいたるというわけだ。

 

「最初の時は、酷かったんだぜ?レナ教官が、『コーディネーターなんか』とか言い出してさ。殺伐、剣呑って言葉がピタリと当てはまるような感じだったんだ」

 

「うーわ、中々想像できやせんねぇ」

 

「だろ?だけど、それをここまで持ち直させてくれたのがムラマツ隊長さ」

 

そう言いながら、あのときのユージの言葉を思い出す。

 

「憎しみの対象をはき違えるな、ってさ・・・・。レナ教官に言ったんだよ。隊長は、そこんところわかってるんだろうな。自分だって、部下を殺されてるってのに」

 

「レナ中尉は、隊長にキレなかったんすか?」

 

「そりゃあ、キレてたさ。それを言いくるめてみせたから、すごいってのさ。今まであの人に、そんなことを言えたやつは一人もいなかったからな・・・・」

 

懐かしさすら感じる。ほんの一ヶ月前のことだというのに。

そんなことを話しながら歩いていると、目的地のドアの前にたどり着く。

 

「ういーす、エドワード・ハレルソン少尉、ただいま到着・・・・あっ」

 

「どうかしましたかい、しょう、い・・・・・」

 

ドアが開いた先に広がっていたのは、自分達以外のメンバーが既に席に座っている光景。

そして、既にモニターの前に置いた椅子に座っているユージの姿。その傍らには、ジョンの姿もある。エドワードが慌てて、敬礼を行う。

 

「も、申し訳ありません!まさか遅刻など・・・・」

 

「いや、ジャストだ少尉、軍曹。たった今、予定時刻となった。だが・・・・次からは5分前行動を心がけるように」

 

部屋の中に架けられた時計を顎で指しながら、ユージは言う。その顔には苦笑を浮かべているが、レナからは突き刺さるような視線が送られる。その左隣に座るセシルは少しトラウマを思い出してしまったのか引きつった表情を浮かべており、右隣のカシンは苦笑いだ。

 

「は、はい!直ちに着席いたします!」

 

「お、同じく!」

 

そういって二人が席に着いたことで、ユージが話し始める。

 

「さて、諸君。今日までの一ヶ月と10日間、よく頑張ってくれた。この短期間にこれだけの成果を挙げてくれるとは、私も考えられなかった。まず、我々の任務であるOS開発の進展について、マヤ中尉!説明を頼む」

 

「はい。それでは、我々の開発したOSについて、説明をさせていただきます」

 

マヤがそう言ってモニターの近くまで歩いて行くと、モニターに様々な画像が映し出される。

 

「今日までの実験・テストの結果、歩行を初めとしたMSの基本動作、宇宙でのAMBAC(可動肢の動作によって反作用を起こし、姿勢制御をすること)を含む機動データ、そして戦闘機動。様々なデータが集まりました。そのデータを用いて作成したOSですが先日、ヘリオポリスでGの開発に携わっているカトウ教授に送信したところ、『まだ改良の余地はあるがこれならGのOSとして用いても、十分に動かせるだろう』と、お墨付きをいただきました」

 

おおっ、という声が上がる。自分達の成果が、認められたのだ。無理もない。

 

「このことをムラマツ隊長からハルバートン准将に報告していただいたところ、『第08機械化試験部隊の任務は無事、達成されたものとする』という言葉をいただいています。皆さん、今まで本当にお疲れ様でした」

 

今度は対照的に、部屋が静まる。

当然だろう、任務が達成されたということは、自分達はまた別の任務に就くことになる。隊のメンバーとも、別々の部署になるのだろう。それは・・・・。

 

「ここからは、隊長。お願いします」

 

「うん、ありがとう中尉」

 

しかし、ユージが話し始めた辺りから、にわかに活気づき始める。

 

「さっきマヤ中尉が話したとおり、我々の任務は完了した。本来なら、隊は解散することになっていた。本来ならな」

 

モニターに、何かのマークが浮かび上がる。

それは、ネズミのようだった。ネズミが牙をむきながら、今にも飛び出してきそうな雰囲気を見せている。

 

「我々『第08機械化試験部隊』に与えられたシンボルマークだ。どうやら、ハルバートン准将は我々を徹底的に使い倒してくれるらしい。

我々の任務は、『試作MSに用いるOSの開発』から更新され、『MSパイロットの教導』、並びに『実戦を含む様々なシチュエーションでのデータ収集』となった!先日のZAFT部隊との戦闘で戦果を挙げて見せたことで、上層部はMSの有用性を確かなものと認めた!そして我々は今や、連合軍内で唯一MSを用いての戦闘に長けている部隊となっている!今後は他の部隊のMSパイロット候補生の教導と、データ収集は建前の実戦が我々を待っている!今までとは比較にならない危険度を伴う任務だ、辞退したいというなら止めはしない!私が他の隊への転籍を都合しよう!辞退する者は手を挙げろ!」

 

その言葉を受けても、手を挙げる者はいない。全員、覚悟を決めたのだ。

どこまでも、この隊で戦い抜くことを。

 

「そんなもん今更だぜ隊長!俺は人呼んで”切り裂きエド”!怖じ気づくかよ!」

 

「調子のいいやつめ・・・・だが、俺もだ。まだまだ俺”達”はやれるぜ」

 

「ここが僕の居場所です・・・・抜けろと言われても抜けませんよ!」

 

「私も・・・・私も!ここで戦います!それが、戦争を終わらせる近道になると思うんです!」

 

「よく言ったわカシン。ええ、こんなふざけた戦争はさっさと終わらせる!」

 

「えっと、戦争はやっぱり嫌ですけど、この部隊でなら大丈夫だって思うんですよねぇ・・・・はい。私も、続けたいです」

 

口々にそんなことを言ってくる部下を見て、思わず目頭が熱くなる。だが、隊長である自分はしっかりしなければ。

 

「ありがとう、皆ありがとう・・・・!今日は良い酒を食堂にそろえている!今日は目一杯リラックスして、明日以降の任務に備えてくれ!詳しい活動日程は、明朝0900に再びここで通達する!」

 

おーっ!という声で騒がしくなる会議室。

その光景を見ながら、ユージはかつての部下を思い出す。

 

(ラナン、ダニエル。俺の新しい部下は、お前達にも負けないくらい最高の仲間になってくれたよ)

 

 

 

 

9/7

暗礁宙域内

 

「くそっ、どうなっている・・・・!」

”ジン”の中で、年若いZAFT兵はぼやいた。どうしてこうなった!?

自分達は、つい1週間程前から頻発し始めた、いくつもの部隊が消息を絶ち始めた事件の調査に来ていた。なんでも、連合の新兵器が実戦投入されたのではないかとのことだ。

馬鹿馬鹿しい、何が新兵器だ。下等なナチュラルなどが何をしようが、大したものなわけがないのだ。

そう思っていたのが1時間前。暗礁宙域に自分達の乗ってきたローラシア級が侵入したとき、異常が起きた。突如、どこからか攻撃されたかのような振動が起き、ついでサイレンが鳴り始める。

そこからは激動の時間だった。船から飛び出した自分の周りを旋回し始める連合の”メビウス”。2機の味方も、同じように”メビウス”に囲まれていた。いつものように楽々と撃墜しようと剣を振るが、当たらない。

回避に専念したなら、こうも当てづらいものか!

そして気づくと、母艦が見えなくなっている。僚機も一緒に、いつの間にかこんなところまで来ていたのか。

彼の不幸は、何と言ってもその傲慢さだろう。ナチュラルのやることなど、という。

だから気づけなかった。

自分達が、分断されたことに。

見下していた”メビウス”達に、おびき出されたことに。

瞬間、僚機の片方が突如爆散する。

撃たれた!?どこから、何に!?

そうこうしている内に、もう一機も爆散する。誰も、何が起きているのかがわかっていなかったのだ。何もできずに、やられていく。

 

「こんな、バカなことがあるか!いや、夢だ!悪夢に違いない!そうでなければ、そうで・・・・!?」

 

現実逃避していたZAFT兵だが、彼もまた突然の死を迎える。

彼が最後に見たものは、ネズミのようなマーク。そして。

モニターが映し出した”ジン”ではないデュアルアイの人型が、こちらに向かって何かを振り下ろす姿だった。

 

 

 

 

 

「よし、これで最後か?」

 

「はい、エドさん。他に敵影は確認できません。後はアイク達が上手くやってくれていることを信じましょう」

 

鋼鉄の斧を”ジン”から引き抜きながら発したエドワードの問いに、カシンは答える。

彼らはこの暗礁宙域で、ZAFTを待ち伏せての奇襲作戦を実行していた。一戦したら、場所を移動する。そしてまた待ち伏せる。この作戦を実行するのは今回で、3度目になる。運良く、今までの戦闘がZAFTの後方に伝わった気配はない。情報の秘匿性が保たれていることを、最大限に活用する戦術だ。

そして彼らが搭乗しているのは”テスター”だが、その外見にはそれぞれ差異がある。

エドワードが乗る機体は、先ほど”ジン”を切り裂いた鋼鉄の斧を装備している。

一方カシンの機体は、バックパックにかぶせるように、大砲がついたユニットを装備しているのがわかる。

 

「無事ですか、エドさん、カシン?」

 

そう言いながら近づいてくるアイクの機体も、その右手に保持しているのはいつものライフルではなく、MSサイズのバズーカだ。ライフルは、後腰部にマウントしている。ローラシア級を攻撃したのも、このバズーカによるものだ。彼は先ほどまでMSと分断したローラシア級の拿捕に取りかかっており、それが無事に完了したことからこちらに合流したのだ。

彼らの機体の差異には、当然理由がある。

今現在、マウス隊の研究スタッフは派閥を形成していた。MSの強化の方向性に関しての意見の相違からだ。

『MSの汎用性は腕があることから武装の持ち替えが容易な点に発している。よって新たな武装を開発するべき』とする、マヤを中心とするグループ。

『それはそうだが、それなら腕以外の、背中とかに別の武器も付ければもっと強くなる』という、かつて『G』の研究で『ストライカーシステム』という新技術を研究していた人物を中心とするグループ。

『近接戦!とにかく近接戦を強化して一撃で破壊するのだ!』おなじみ、変態技術者集団。

それぞれの意見の正当性を証明するために、”テスター”各機に異なる改造を施したのだ。

ちなみに”テスター”は全機一人乗り用に改造されており、残りのメンバーはプトレマイオス基地でパイロットの教導に取り組んでいる。

シフトを組んで交代制で任務に当たっているのだが、意外や意外、一番人気なのはセシルの教導だ。

『ビクビクしていて最初はやりづらいが、説明は一番的確でわかりやすい。あと、かわいい』

だそうだ。ちなみに一番の不人気はエドである。

 

『全機、無事か?直ちに帰投せよ。この宙域から早急に離脱する。大物の拿捕にも成功したからな』

 

通信が飛んでくる。

新たにマウス隊に配備された、ドレイク級ミサイル護衛艦”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋から、ユージが話しているのだ。その隣には”コロンブス”もあり、ローラシア級を牽引しながら撤収の準備を進めている。

 

「よし、いこうぜ。乗り遅れたらたまったもんじゃねえ」

 

「「了解」」

 

”テスター”が全機、無事に帰投する姿を見てユージは安堵する。

今日もまた、上手くやれた。あとはこれを、どれだけ続けられるか・・・・。

だがユージは、忘れていたのだ。

何を?ZAFTの動向?違う、そんなものではない。もっと、身近なものだ。

 

「ふふふふ、やはり近接戦は華になる。これまでの戦いでそれは証明できた。本当はブーメラン機能も付けたいのだが・・・・」

 

「ならば、次に進むべきだということは確定的に明らか」

 

「ふひっ、楽しみですな。あれをお披露目するときが・・・・。それはそれとして、もっとでかくしません?」

 

「おい、ドリルしろよ」

 

変態共が、これ以上おとなしくしているわけがないのだ・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発部から、新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

 

 

「テスター強化案1」資金 2000

近接戦でも良好な能力を示した”テスター”に、重装甲化を初めとする様々な近接戦能力強化を施す。

「テスター強化案2」資金 2000

ZAFTの新世代機”シグー”に対抗するべく、”テスター”をベースとして高機動型MSのテストベッドを開発する。

「テスター強化案3」資金 1500

ZAFTでは既に水中用MSが開発され、実戦に投入されている。これに対抗して、我が軍でも試作水中戦用MSを開発する。

「テスターの砲戦仕様強化」資金 1500

”テスター”に、砲撃戦能力の強化を目的とした強化を施す。

「電子戦型テスター開発」資金 1000

”テスター”に偵察能力を初めとする特殊装備を装備させる。




というわけで、マウス隊の新たな任務が始まりました!
マウス隊のマークは、”テスター”の左肩にペイントされてます。
最後に出てきた開発プランを見てティンっ!ときたそこの君!
・・・・お願いだから、感想欄ではぼかしてね?(ネタバレ防止)



あと、これは感想欄でツッコまれたことなのですが。
自分の感想返しが雑になってきている、ということに関して。
・・・・本っ当に、申し訳ありませんでしたぁ!リアルでのゴタゴタが積み重なって、倦怠感から感想返しを怠っていたこと、心からお詫び申し上げます!
これからの感想返しの基準ですが、
○「おもしろかった」といった旨の、いわゆる「ただの感想」にはこちらの気分で返事するかどうかを決める。
○本作品への様々な「質問を含む感想」に対しては、基本的に返答。できる範囲でだけど。
という風になります。でも、感想はきちんと全部目を通しています!返事がなくても、きちんと皆さんの言葉は見ています!
こんな作品ですが、これからも「パトリックの野望」を応援お願いします!
先日、ついに本作の評価バーに色がついたこともあって、作者のやる気はうなぎ登り中ですので!はい!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第8話「三つの心が一つになったりはしない」

前回のあらすじ
変態ども「ニチャリ(笑)」

シリアスは死んだ!もういない!


9/28

デブリ帯 

 

『いやっふうぅぅぅぅぅ!最高にご機嫌だぜこいつはよ!』

 

『エド、あまり加速しすぎるとデブリにぶつかるぜ?』

 

『またコジローさんにぶつくさ言われても、僕は助けませんよ?』

 

『だーいじょうぶだって!俺だって成長してんだぜ?何度もぶつけねーよ!』

 

”マウス隊”男性陣のそんなやりとりを、ユージは”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋から聞いていた。ただ、気のせいだろうか?副官のジョンの目から見ても、明らかに疲労感を抱えているのが見える。

 

「はあ・・・・」

 

「なにか、あの機体にご不満でもお有りなのですか?隊長」

 

「ジョン・・・・。ああ、いや。機体自体には特に・・・・いや、うーん・・・・」

 

なかなか煮え切らない言葉だ。これも普段のユージを知っていると違和感を感じてしまうものだ。普段の彼は言葉を発するときははっきりと話す。

やはり、あの機体”達”に問題を感じているように思える。

今、この宙域には5機のMSが存在し、それぞれ”マウス隊”のパイロットたちが搭乗している。自分達は、それらの機体の性能試験の為にここまでやってきていた。久しぶりに、”マウス隊”のパイロット総出である。

そのうち2機、アイザックとカシンの機体は増加装甲と背部に大砲を二門増設した、”テスター”の砲撃戦仕様の機体だ。以前から行われていた、機体外部に武装を増設して戦力を強化するプランの発展形で、あの状態では”キャノンD(ディフェンダー)”と呼ばれ、主に艦隊の直掩機として運用されるらしい。これらのコンセプトには特に問題が見られない。

次に、セシルの乗る機体。こちらは基本的には”テスター”と同一だ。だが、やはり背部ランドセルには、ランドセル全体を覆い隠す程度の大きさの装置が後付けされている。なんでもZAFTの”偵察型ジン”のコンセプトの有用性を検証するための改修であり、あの状態では”EWACテスター”と呼ばれるようだ。情報処理能力に長けたセシルが操縦している。近接戦闘はいまだ苦手というから、セシル用に開発されたような気がしなくもない。こちらのコンセプトにも特に問題はないように感じられる。

 

『だがよお、なんで俺は今更”こんなもの”に乗せられてんだ?エドやレナのは出来てて、俺のは”これ”かよ』

 

『ですから、モーガン中尉の機体は既に・・・・』

 

『”あれ”じゃねえ奴だ!あれに比べりゃこっちのがマシだ、ったく・・・・』

 

研究スタッフのうち一人、たしか、『より高い攻撃力を持つ近接戦闘兵装』の開発を何度も進言していたものだったと記憶している。その彼が、モーガンの機体は既にできているというが、当の本人はその搭乗を拒否しているようだ。

ちなみに、今モーガンが搭乗しているのはMSではなく、”メビウス”よりも一世代前のMA、”メビウス・ゼロ”に搭乗していた。なんでも、かの”エンデュミオンの鷹”がこれに搭乗して高い戦果を挙げたことから、再びこの機体の性能評価を行うよう、上層部からの通達があったのだそうだ。”エンデュミオンの鷹”の乗っていたもの以外はほぼすべてが破壊されたようで、これは再生産したものだ。なんでも、モーガンにはこの機体を操るのに必要とされる空間認識能力と呼ばれるスキルがあるらしく、パイロットに任命されたのは必然といえるだろう。

どうせ、いまだにMSの能力を信じ切れずにMAでの戦闘を主眼に置いて戦おうという派閥があるのだろう。

ユージはこの件を受けてそう呟いていた。あれだけの被害を受けておきながら未だに古い考えに固執する”上”には、さすがに政治だのに疎い自分でもあきれざるを得なかった。

だがこれも、ユージが煮え切らない態度を示す理由にはなりえない。となると、やはりあの二機だ。

一つは、今エドワードが搭乗している機体。

見るからに厚い装甲を纏い、真っ赤なカラーリングが施されたその機体は、なんでも開発部が提案した”テスター”の近接戦闘能力強化仕様らしい。

もともと”マウス隊”パイロット全員に行き渡るよう新造していたものの内、一機を改修したもので、近接戦に持ち込みやすいよう前面の装甲を重点的に強化、背部ランドセルには新しく設計したものを用い、前方への加速力だけなら”シグー”にも匹敵するのだという。その新型背部ランドセルを挟み込むように、二つのMS用の斧が懸架されている。あれが主武装となるのだろう。

もう一つは、レナが搭乗している機体。

こちらは堅牢さを感じず、逆に軽快さを感じさせるスマートな白い機体だ。

一本のテールスタビライザーが目立つ新型ランドセルを背負ったその機体は、右手に新しく製造されたMS用グレネードランチャーを構えているのがわかる。デブリ帯をすいすいと移動していくその機体を見てジョンは結論を導き出した。

あれが原因だ。

ジョンがそう結論づけた理由はただ一つ。

その機体の左腕に備えられた、ある武装。

明らかに攻撃に用いるためのものだとわかるサイズ・デザインの。

『ドリル』がその機体の左の二の腕に取り付けられていた。

 

9/15

プトレマイオス基地 第4開発実験室 観測スペース

 

時は、2週間ほど前にさかのぼる。

ユージは、後悔していた。研究スタッフのうち一人から、「ぜひ、隊長に直接見ていただきたい開発プランがある」と言われて、スケジュールを調整してここに来たが。

そこにいたのは、4人の研究者。

”変態4人衆”のあだ名を持つ、筋金入りのあほ共。

最近、おとなしいと思ったら・・・・!

この4人が集まって何かをするというなら、それがろくでもないことなのは確定なのだ。

 

「ご足労いただき、ありがとうございます。さっそくこれをご覧ください」

 

そういってタブレットを差し出してくるのは、何かがぶっ飛んでいるコンセプトに、あたかも常識の範囲内に見える建前をつけて違和感をけしてしまう”狡猾系変態”。

 

「・・・・見るだけだからな。いいな!?」

 

「問題ありません」

 

なんだ、この自信は。戦慄しながら、タブレットを受け取り目を通す。

そこに映っていた三つの開発プランの内、一つに目を通す。

 

「近接戦闘能力強化仕様・・・・前面への重点的装甲強化と、加速力に長けた新型ランドセルが、主な変更点か」

 

「はい。近接戦に持ち込むには、やはり強固な装甲と、敵に近づくための加速力です。装備は、以前開発した『プロトウコンバサラ』を搭載予定です」

 

「ふむ、コンセプト的に妥当・・・・んん?」

 

なんだ、これは。

ありえないものを見たかのように、ユージがうなる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、あの・・・・これは・・・・?」

 

そういってユージが指さすのは、胸部増加装甲の欄。

 

「ああ、それも近接戦用の武装ですよ。至近距離で打ち込めば、”ジン”なんていちころですよ」

 

「そうではない、そうではなくて・・・・できるのか?」

 

「はい?ああ、できますよ」

 

「いやいや、これは・・・・だって・・・・」

 

ユージの目に映るのは、胸部増加装甲に内蔵するという武器の名前。

『装甲内蔵式ビーム砲』にくぎ付けになっていた。

 

「いや、ビームだぞ?『G』計画で開発しているものだぞ?それを、搭載とは・・・・無理だろ」

 

「いや、それがそうでもないのが結果が答えている」

 

そういって別のタブレットを見せてくるのは、とにかく巨大な武器を開発したがることから”大きさ=破壊力系変態”の名を持つスタッフ。眼鏡をかけたその端正な姿からは、本性を読み取りづらい。

 

「威力・精度を犠牲にすれば、装甲内部に収めることもできなくはなくもない。いずれMSにも”イーゲルシュテルン”以上の火器が内蔵されることが考えられるし、近接戦で不意を衝くこともできる。先行実践ってやつなんだが?」

 

絶句。確かに、SEED本編でも”カラミティ”や”レイダー”が機体内部に強力なビーム砲を内蔵している。そのコンセプトを、今実装するというのだ。

この変態どものやばさを再確認したユージだった。

 

「・・・・信頼性は?」

 

「何度もシミュレーションを重ねた上で、あとは実践だけという段階になってますね、と控えめに胸を張る」

 

真の変態は、「できないことは言わない」。とにかく、コンセプトにも問題は見られない。新たなデータ収集と考えれば、この開発プランは通るだろう。

あと、なぜこの変態は時々文法が怪しくなるのか?

 

「まあ、いいだろう・・・・。あと、二つか」

 

そういって、「高速戦闘仕様機」のページに目を通す。

 

「・・・・"シグー"に対抗しうる機動力を持つ機体か。たしかにあれは驚異的だ。"テスター"では対抗しきれない」

 

「でしょう?装甲は可能な限り削って、長期戦を避けるために高火力のグレネードも装備しています」

 

「ああ、それはいい。それはいいんだ」

 

「オーブで開発されたという発泡金属装甲が使えれば、まだマシなものが作れるのですが・・・・」

 

「そうじゃない!私が聞きたいのは、なぜ左腕にドリルが付いているのかということだ!」

 

それを聞き、変態どもは全員首を傾げた。何言ってんだこいつ?と言わんばかりに。

思わずその首を限界を超えて曲げてやりたくなるが、グッと堪えて質問しなおす。

 

「いや、あのだな?ドリルは掘削用の工具であって武器では・・・・」

 

「んんwwwwこの機体にはドリル以外あり得ないwwww」

 

うっとうしく話しかけてくるのは、皆さんご存知"ドリル系変態"。その小柄な体格にふさわしい高い声で答える。

 

「『重さ×握力×速さ=破壊力』の公式が示しているwwww重さを削ぎ落としたこの機体で近接戦に対応するにはwwww高速でドリルで突撃する以上の最適解がないwwwwフォカヌボウwwww」

 

「なんだそのイカレタ公式は!いや、口調!何か普段よりおかしいぞ!?」

 

「ようやくドリルが作れて、テンション上がってるんですよ。口調は大目に見てください」

 

「いや、そこまでするならビームサーベルが出来るまで待てばそっちの・・・・待て。今、『作れて』、と言ったか?『作ろうとしている』ではなく?」

 

"ドリル系"がタブレットを操作する。そこに映っているのは、CGなどではない、実物の写真。

 

「ペヤッwwww出来てなければ提案などしませんぞwwww」

 

真の変態は(以下略

 

「・・・・見るだけ、見るだけだから・・・・」

 

恐る恐る、最後のページを開く。

「水中戦用機体」のページ。そこに映っていたのは。

 

 

 

 

 

まごう事なき、『キャタピラー』。

 

「何故だあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「自信作だ!」

 

そう言って胸を張るのは、いつだかにチェーンソーをMSに装備させようとしていた"ゴリ押し系変態"。結果を求めて何か大事なものを無くしている彼に、ユージは食って掛かる。

 

「おま、お前!これ、足は!?」

 

「有りませんよ、そんなの」

 

絶句するユージを尻目に、説明を続ける変態。

 

「たしかにこの機体には『足』と呼べるものはありません。しかしよく考えてください。この機体を使うのは、水中です。そうなると、水圧に耐えるために装甲を厚くする必要があります。しかし、そうなると機体の脚部に掛かる負担がかなり増えるんですよ。推進エンジンをむやみに増やしても、水中では弱点増やすみたいなものですし」

 

「・・・・うん、それで?」

 

諦めた顔で、ユージは続きを促す。

 

「それなら、いっそ足を付けるより、タンクのようにどっしりしたものにした方がいいとは、思いませんか?」

 

「なるほど、一理・・・・いや待て待て待て。それならZAFTの"グーン"はどうなる。あれには足が」

 

「そりゃ脚部の強度を高くしてるんですよ。水中の敵なんて、のろまな潜水艦だけですから。多少鈍くたって許容範囲内ですよ相手から見れば」

 

「・・・・」

 

どや顔で持論を述べる"ゴリ押し系"に、何も言えなくなるユージ。しかし、横から"狡猾系"が口を出す。

 

「本当は、今作られている『G』レベルのフレーム強度じゃないと水圧に耐えられないから、脚部をキャタピラーにしただけですけどね」

 

「おいぃ!?」

 

その言葉に、露骨に動揺する"ゴリ押し系"。

 

「同士!それを洩らしては・・・・」

 

「問題にもなりませんよ。さあさあ、隊長?まだ武装欄が残ってますよ?」

 

「・・・・ハンドトーピードランチャーに、肩部大型魚雷。武装は堅実・・・・ちょっと待てなんだこの『ズームパンチ』は」

 

「近接戦用の武装です」

 

なんで砲撃に特化させてやらないんだ・・・・。流石にこの黄色の機体がかわいそう、に・・・・・。

そこまで考えて、思い付いてしまった。この一連のプランの、真意に。

アイデアロールに、成功してしまった。

この機体達のコンセプト。装備。そして、カラー。

自分はこれを、知っている。

赤、白、黄。

斧、ドリル、高火力射撃武器に伸びる腕。

かつて、暇潰しに調べものをした時に、このC.Eにも存在していたことを確認した『あるアニメ』。

震えながら、口に出す。

 

「・・・・まさか、もともとは3機の飛行機が合体して1機のMSになるはずだった・・・・とは言わんよな?」

 

4人は顔を見合わせると、やれやれといった顔でこっちに向き直る。

 

「何を言ってるんですか、今の技術でそんなこと、出来るわけないでしょう?」

 

「その通り!」

 

「二人にフォローするが、何もおかしなところはないな」

 

「ドゥフwwww夢を見すぎですぞwwww」

 

それを聞き、安堵する。

 

「だ、だよな。流石に無茶が」

 

「「「「ゲッ〇ー線を見つける方が先だ」」」」

 

見つかったら、作っていたというのか。

ユージ、爆発。

 

「このバカどもが!どこをどうやったらゲッ〇ーロボを作ろうと考えるんだ!」

 

「違います!変形合体しないロボがゲッ〇ーなわけがありません!自分達に出来るのは、それぞれのコンセプトの機体に分けて作ることだけです!」

 

「認めた!貴様認めたな!?スーパーロボットアニメを元に開発プラン組みましたと!」

 

「何が問題か!」

 

「問題しかないから言ってるんだアホ共!」

 

取っ組み合い寸前のユージと"ゴリ押し系"。そこに、"狡猾系"が割って入る。

 

「まあ、落ち着いてくださいお二人。それもこれも、隊長がハルバートン閣下にこれらのプランを報告すれば全てはっきりしますから」

 

「その必要がどこにある!こんなもの、無効に・・・・」

 

「なら、こうしましょう。

もし、これらのプランが一つも通らなければ、我々は今後、真面目かつ大人しく任務に励みましょう。それでどうです?」

 

「なんだと?」

 

「絶対に通らない、というなら。提出しても却下されて終わりでしょう?我々がアピールした通りに、これらのプランを提案していただけませんか?」

 

頭が熱くなっていたユージは、ここで過ちを犯した。

 

「いいだろう、待っていろ!今からプランを提案してくる!それで駄目ならお前らは今後ずっと、日常生活でも模範的な活動をしてもらうからな!」

 

ユージは荒い足取りで部屋から退出する。プラン案が載ったタブレットも一緒に。

 

 

 

 

「・・・・同士、いいのか本当に?もし却下されたら・・・・」

 

「ハルバートン閣下といえどアニメを元にプランを作ったなんて知ったら、激怒するにちがいない。誰だってそうする俺だってそうする」

 

「いや、何も問題はありません。ゲッ〇ーロボを隊長が知っていたのは流石に誤算でしたが、隊長が『自爆する』選択をしなければ、絶対に通ります」

 

「『じばく』は有り得ないwwww『だいばくはつ』一択wwww」

 

 

 

 

通った。開発許可が降りた。そのための予算も、増額された。

そう、パット見のコンセプトはどれも、特に無理があるものではない。

特に、『水中戦用MS』。地上では現在、"グーン"によっていとも容易く制海権を奪われてしまう状態だ。他の戦場は、まだマシな方なのだ。それに対抗する手段は、どんなものであっても欲しい。ということだろう。

需要と供給の問題だ。例えオンボロのエアコンだとしても、夏場、他に何もない時にはそれでも欲しくなるだろう。それと同じ。たとえキャタピラーであっても、何か欲しいのだ。

加えて、もう1つ。

ユージは、『部下がロボットアニメを元に開発プランを作りました』とは、言えなかった。それを言えば、一発で却下されただろうに。その理由はただ1つ。

 

 

 

そんな恥ずかしいことを尊敬する上司に言えるわけない。文字通り、『自爆』だ。下手をすると、部下の手綱を握れなかったことを叱責される可能性すらあるのだ。

ユージは祈った。せめてキャタピラーだけは却下してくれと。その祈りは無残にも、粉々にされてしまったが。

まさか、これまで計算に入れていたというのか。自分の羞恥心までも、想定して?

そして、冒頭に至る。

 

 

 

 

「私は、無力だ・・・・」

 

「隊長?」

 

ジョンのこちらを気遣うような声に、大丈夫だ、と返答する。

通ってしまったものは仕方ない。せめてコンセプトが機能するように祈るしかない。

幸いにも、近接戦闘使用機こと”イーグルテスター”と、高機動仕様機こと”ジャガーテスター”の性能は良好。エドワードとレナも、”テスター”よりも総合的に高性能に仕上がった二機にご満悦のようだ。特にレナの方は、「最近”テスター”の反応が悪い」と言っていたらしく、原作でも”並のコーディネーターを超える"といわれた反射神経に対応できる機体を用意できたのは僥倖だ。

ちなみに、水中用MSもとい、”ベアーテスター”のパイロットに変態共から任命されたのは、何を隠そうモーガンである。キャタピラーを履いた姿を見た瞬間、絶対拒否を決め込んだ。その判断は正しい。

 

「宇宙でも使えるのに・・・・」

 

そうぼやいていた変態共の言葉が恐ろしい。あれで宇宙に出される側になってみろと言いたい。

ちゃっかり、新造したという”大型実体剣”まで、”ヴァスコ・ダ・ガマ”に併走する”コロンブス”に詰め込んでいる。もう、奴らの手綱を握れる人間はいないのだろうか?マヤに至ってはこれらの件を聞いたときに、フリーズしてしまっていた。ねぎらうだけではなく、特別休暇も与えた方がいいかもしれない。

 

「各機のデータ収集、順調です。概ね、想定内の数値ですね」

 

「エリク、”メビウス・ゼロ”の方はどうだ?」

 

「加速性能に関しては、”メビウス”以上。旋回性能に関してはわずかに”メビウス”以下。まあ、前評判どおりですね。あとは、ガンバレルの性能次第ですよ」

 

「つまりモーガン中尉次第、か」

 

”メビウス・ゼロ”の最大の難点は、やはり操縦難度だ。特別な技能が無ければ扱えないなど、どう運用してくれよう。

 

「しかし、思い出しますねえ。まだ一ヶ月程度しか経ってないのに」

 

「ああ、あのときの遭遇戦か?あのときは、本気で死ぬかと思ったよ俺。あのときはMS、というより”ジン”が怖くてしょうが無かった」

 

「”テスター”もー、今より大分弱っちかったですしねー」

 

「無駄口を叩くな、データ収集に集中しろ」

 

「もー、エリックは堅いからー」

 

「エリクだバカもん。だいたい貴様は部隊結成以来・・・・」

 

なんだかんだ、通信兵達もそれぞれ気心が知れる中になったようだ。軽い思い出話など始めている。

たしかに、あの時にそっくりだ

デブリ帯、試作機のテスト、順調な任務・・・・。

 

 

 

 

「だからエリンではなく・・・・ちょっと待て。これは・・・・隊長!エマージェンシーです!」

 

エリクからの、エマージェンシーも。

 

「総員、第二種警戒態勢!何があった、エリク!」

 

「少し時間をください・・・・!」

 

『隊長!私の機体に望遠カメラとセンサーが積まれてます!』

 

「エリク、セシルの機体とリンクさせろ」

 

「了解・・・・映像、出ます!」

 

そして、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋にそれは映し出された。

 

 

 

 

 

 

明らかに、こちらに向かってくる船が三隻。

ZAFTの”ナスカ”級が一隻、”ローラシア”級が二隻。

どう見ても、哨戒任務が目的の艦隊規模ではない。

 

「”ナスカ”級1、”ローラシア”級2!まっすぐ、こちらに向かってきます!」

 

「なんでこんなところに・・・・いや、明白か」

 

「隊長・・・・!」

 

「間違いない、ZAFTは我々を、本気で叩きに来たんだ!第一種戦闘配置!研究スタッフは直ちに”コロンブス”に移乗!ジョン、安全圏まで”コロンブス”の指揮官に任命する」

 

「了解・・・・隊長は?」

 

通信兵達が、こちらを見ている。おそらく、パイロット達も。

 

「・・・・”ヴァスコ・ダ・ガマ”はこれより、”コロンブス”が安全域に到達するまでの遅滞戦闘に入る」

 

「そんな・・・・!」

 

それは、”コロンブス”のために、残った人員を犠牲にするのと同義だ。それは、ユージも自覚している。

今、初めて。”マウス隊”のほとんどに「ここで戦って死ね」と言ったのだ。

 

「どのみち、戦闘は避けられない。”ナスカ”級や”ローラシア”級相手に、”コロンブス”は文字通りお荷物だ。それに、MSパイロット養成は軌道に乗った。”コロンブス”に蓄積されたデータがあれば、MS研究だって継続できる。それには、”コロンブス”よりも目を引く戦力で残るのが最適解なんだ。死ぬつもりは、ないがな」

 

「・・・・了解。非戦闘員は直ちに”コロンブス”に移乗してください」

 

アミカが船内放送を行う。その声からはいつもの間延びした様子は感じられない。彼女も、覚悟を決めたのだ。

”ヴァスコ・ダ・ガマ”は、決死の戦いに向けた準備を始めた。

パイロット達も、MSの装備の調整などを進めていく。

そんな中、ユージは自嘲する。

 

(なにが、死ぬつもりはない、だ・・・・)

 

ユージには、他の誰にも見えないものが見える。

ユージの目には、敵艦隊の中に誰が乗っているのかが見えていた。

 

 

 

 

 

ラウ・ル・クルーゼ(Bランク)

指揮 12 魅力 6

射撃 14(+2) 格闘 14

耐久 4 反応 14(+2)

空間認識能力

 

フレドリック・アデス(Cランク)

指揮 10 魅力 7

射撃 10 格闘 4

耐久 8 反応 6

 

ミゲル・アイマン(Cランク)

指揮 8 魅力 9

射撃 11 格闘 12

耐久 9 反応 11

 

アスラン・ザラ(Dランク)

指揮 6 魅力 10

射撃 10 格闘 12

耐久 11 反応 11

SEED 3

 

イザーク・ジュール(Dランク)

指揮 7 魅力 8

射撃 9 格闘 8

耐久 10 反応 8

 

ディアッカ・エルスマン(Dランク)

指揮 5 魅力 8

射撃 10 格闘 6

耐久 9 反応 7

 

ニコル・アマルフィ(Dランク)

指揮 6 魅力 10

射撃 7 格闘 8

耐久 6 反応 8

 

ラスティ・マッケンジー(Dランク)

指揮 6 魅力 6

射撃 6 格闘 6

耐久 4 反応 6

 

 

 

 

(これで、どうやって生き延びろというんだ・・・・)

クルーゼ隊、襲来。




シリアス「お待たせ^^」
ギャグを書き続けると、シリアスが書きたくなるのが人間だよなあ!?

クルーゼ隊のステータスですが、なんとなくで決めました。得意分野は、ユージに表示されません。味方じゃないなら、表示されないってことです。ストーリーが進むとステータスも変化していきますので、暇な人は比べてみてください。クルーゼのCランクステータスは第4話に載ってます。

これが、今回のオリジナルMSのステータス。長いから、次回の前書きと二つに分けます。

イーグルテスター
移動:6
索敵:D
限界:150%
耐久:120
運動:17

武装
斧:80 命中 60
ビーム砲:70 命中 45

ジャガーテスター
移動:8
索敵:C
限界:160%
耐久:55
運動:27

武装
グレネードランチャー:80 命中 50
ドリル:100 命中 40

なお、これらのステータスはだいたいこんなイメージで書いてるよっていうのを見せてるだけで、ポヤっとしたものです。このステータスでこの活躍はあり得ない、とか言われても困りますので、あしからず。
あと参考までに。一応、パイロットのステータスが2あると機体の性能が10%上がるというのが、ギレンの野望でのルール・・・・だったかな?普通はステータスが二桁あれば十分な強さ、といった所です。

最後に一つ、本編中にユージがキレていたときの口調がかなり荒いですが。
あれが本来の性格です。普段は真面目な軍人をこなしているから堅めですけど。

では、次の更新まで。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第9話「Dead or Alive」

前回のあらすじ
味方部隊数 7(士官7)
敵部隊数 21(士官8)

前回載せ忘れた機体のデータです。

キャノンD
移動:5
索敵:D
限界:140%
耐久:90
運動:11
シールド装備

武装:
キャノン砲:80 命中 60 間接攻撃可能
マシンガン:40 命中 55

見た目は、”テスター”をジムキャノンⅡっぽくした感じ。

EWACテスター
移動:6
索敵:A
限界:150%
耐久:65
運動:15
シールド装備

武装
マシンガン:40 命中60
アーマーシュナイダー:45 命中65

メビウス・ゼロ
移動:7
索敵:C
限界:160%
耐久:40
運動:20

武装
ガンバレル:70 命中 50 間接攻撃可能(要空間認識能力)
レールガン:45 命中 45

次から、本編になります。
それと、一つだけ注意を。

今回からしばらく、シリアスオンリー(真面目)が続くんで。


非戦闘員を乗せて、急速に離脱していく”コロンブス”を見ながら、ユージは思う。

できるなら、全員で逃げたいものだ。

どこの誰が、およそ3倍の敵戦力と戦いたがるのだ。原作では、キラやシンが大多数相手に切った張ったを演じていた。いわゆる、「無双」だ。しかし、ここには。

『ガンダム』はないのだ。主人公達が駆り、絶対的戦力差を覆してきた、希望と絶望の象徴。”イーグルテスター”も、”ジャガーテスター”も。この絶望的な状況を覆しうるほどの性能ではないのだ。

あるのは、MS5機とMA1機。そして、まともに戦いになるかすら危うい護衛艦1隻。

だが、誰も諦めてはいない。通信兵も、パイロット達も。誰もが生き延びるために戦おうとしている。

ならば、彼らの隊長である自分が諦める訳にはいかない。それはただの責任放棄だ。だから、考えろ。

『どうすれば、奴らに勝てる?』

 

 

 

クルーゼ隊旗艦 ”ヴェサリウス”艦橋

 

「本当に、いるのでしょうか。あの中に、敵の新兵器が・・・・」

 

「いるさ。確実にな」

 

”ヴェサリウス”艦長である、アデスの言葉に、ラウはそう返答する。

彼らの前には、現在向かっているデブリ帯を映し出すモニターがあった。

 

「奴らはこれまで、襲撃の度に場所を変え続けた。一度使った場所は二度と使われていない。加えて、奴らの活動領域は月から一定の範囲内を保っていた。そこから、今まで使われていないデブリ帯を洗い出していけば、いつかはたどり着く。それが今だったということさ」

 

「それはいいのですが・・・・やはり新兵を連れてくるのはまずかったのでは?彼らの中には赤服というだけで無く、評議会議員の子息でもある者達がいます」

 

「だからだよ、アデス」

 

「え?」

 

アデスの疑問に答えるラウの顔からは、目元を覆うマスクもあって何も感情を読み取ることはできない。

 

「敵の新兵器が実在するなら、それと相対した経験は今のうちに積んでおいたほうがいい。こちらにはMS18機と、戦艦3隻がある。この戦力に拮抗できる戦力では、デブリ帯に隠れながらの襲撃は行えないだろう。そうするには、身を隠しきれない。おそらく、母艦が2隻程度に新兵器は多くて6つが良いところだろうな」

 

それに、と続ける。

 

「この戦力で返り討ちに遭うなら、それはZAFTを容易に敗北せしめるだけの力だ。そうなれば、今大事にしてやったところで、いずれ名誉の戦死を遂げるだけだろう?それくらいなら、今勇敢に戦わせてやった方がいいというものではないかね?」

 

アデスは絶句した。

この男は、命に対しての敬意が欠けている。そんな気がする。

そう考えたところで、通信兵から報告が入る。

 

「MS隊、全機発艦完了。これより、目標のデブリ帯に向けて前進を開始・・・・デブリ帯から離脱する熱源をキャッチ!我が隊とは別方向、月方面に向かっています!速度から予測される艦種は、連合軍の”マルセイユ3世”級と思われます!」

 

「ほら、いただろう?MS隊は敵艦を直ちに追撃しろ!」

 

ラウの命令に従って、十数機の”ジン”と、先行配備された数機の”ジン・ブースター”が敵艦に向かっていく。鈍重な輸送艦では、逃げ切れまい。

 

『ふん、腰抜けどもが!今息の根を止めてやる!』

 

『おいおい、そんなに逸るなよイザーク。新兵器にやられても知らないぜ?』

 

『そうですよ、突出するのは危険です』

 

『ふん、怖じ気づいたか!だったらそこで見ていろ!俺が初の戦果を挙げる様をな!』

 

『いいのか、アスラン?』

 

『ほっておけ、ラスティ。イザークはああなったら止まらない』

 

MS隊の中でも、赤服を与えられた者達の乗る機体。その中から、一機が突出する。イザーク・ジュールの”ジン”だ。ディアッカやニコルが諫めようとするが、聞く耳を持たない。アスランはもはや、諦めている。

誰もが、楽観視していた。敵は脆弱な輸送艦、楽勝だ。よく見ると、新兵に充てられた”ジン・ブースター”も数機、イザークのように突出している。彼らもまた、戦果を挙げようと躍起だ。

だから、気づけなかった。いくらなんでも、うかつすぎだと。

 

「デブリ帯から、MS隊に向けて進む物体有り!これは、ミサイルです!」

 

「何!?」

 

「ほう・・・・」

 

アデスが驚愕する中、ラウは感心する。未だはっきりとはしていないが、敵の戦力は少数。それでも撃ってくるということは。

 

(戦うつもりか、我々と・・・・)

 

 

 

 

「くそっ、伏兵か!」

 

「落ち着け、数はそう多くない!落ち着いて対処しろ!」

 

「うるさいアスラン、命令するな!そんなことわかって・・・・!?」

 

デブリ帯から放たれた数発のミサイルが、イザーク達の眼前で爆発する。しかし、爆発から想像した衝撃はなく、代わりに、視界が白く染まった。

 

「スモーク!く、この速度では・・・・!」

 

突出していたMSの内3機ほどが、減速できずにスモークの中に入ってしまう。その中にはイザークの機体も含まれていた。

 

「イザーク!おいおいおい、まさかまだ隠れてる奴らがいたってのか!?」

 

「皆さん、注意してください!まずは落ち着いて、イザーク達を・・・・!?」

 

ニコルの言葉を遮ったのは、デブリ帯から連続して放たれる砲撃。それは”ジン”の装甲を容易に粉砕できる威力を感じさせ、煙にツッコまなかったMSを回避に専念させるにふさわしいものだった。

だから「それ」に気づいた者も、気づかなかった者も。素通りさせざるを得なかった。

煙の中にツッコむ、赤い機影を。

 

 

 

 

「くっそー、煙だと?こざかしいことを・・・・」

 

イザークは一人、煙の中で静止していた。周囲の状況がわからない以上、みだりに動き回るのは危険だと、教えられているから。

 

「い、イザーク!なんだこれ!?」

 

「白くて何も見えないぞ!?」

 

レーダーには、自分以外に2つの僚機のものが映る。彼らも、煙の中にいるようだ。

自分達と同時期に配属された者達の動揺した声に、イザークは鼻をならす。

情けない、それでも誇り高きZAFTの兵か。

 

「煙ごときに動揺するな、一度ここから─────」

 

「う゛ぇっ」

 

瞬間、何かが潰れるような音が機器から聞こえる。それは、先ほどまで動揺していた同僚の声、のような。

レーダーに表示されていた僚機の反応が消える。

 

「っ!?」

 

「あれ、おい。どうし・・・・!?」

 

残っていた方も、反応が消えた。そのとき、イザークは見た。

”ジン”や”ジン・ブースター”ではない、まったく別の反応を示す「何か」が。僚機の近くを通り過ぎ、その後僚機の反応がなくなったのを。

 

「こ、これは・・・・!敵、敵か!?」

 

イザークはレーダーを注視する。メインカメラは煙で役に立たない。なら、これしか頼れない。

じっと見る。自分以外の反応を映さないレーダーを。

そして捉える。こちらに向かって高速でツッコんでくる「何か」の反応を。

 

「そこ、かああああああああ!」

 

「何か」がツッコんでくる方角へ、マシンガンを連射する。しかし、「何か」は止まらない。

なぜだ、なぜだなぜだなぜだ!方角からいっても、マシンガンは確実に当たっている!なのになぜ!

パニックに陥るイザーク。もう、「何か」との距離はない。イザークはマシンガンを捨てさせ、重斬刀を構えさせる。

 

「ナチュラル風情が・・・・!?」

 

煙を裂いて現れた赤いMSの攻撃は。

イザークの“ジン”の右肩から先を。

構えた重斬刀ごと粉砕した。

赤いMSは、そのままの勢いで過ぎ去っていく。煙が晴れてきたからだろう。だが、イザークにそのことを考えるだけの思考はできなかった。

生まれて初めての『死』の恐怖に。震えることしか彼にはできなかった。

 

 

 

 

 

「すまん、2機はやったが1機取り逃した!いったん戻る!」

 

「上出来だ!」

 

エドワードの謝罪に、モーガンは答える。

離脱する”コロンブス”をおとりに、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の発射した煙幕弾で敵MS隊を分断。煙の中にエドワードが突っ込み、それ以外はデブリ帯の中からの砲撃で足止めする。危険な役割を担ったエドワードだが、彼からすれば「自分以外の動くやつは全て敵」という状況は、おあつらえ向きだったようだ。

彼の乗る”イーグルテスター”の手には、まるで出刃包丁のような大型の剣が握られていた。

”試作斬艦刀”と名付けられたそれを持って、彼は”ジン・ブースター”2機をたたき切ったのだ。イザークの”ジン”は右腕を失う中破に留まったが、それでも無力化には違いないだろう。

”コロンブス”に積まれていた、あらゆる武装・弾薬。それらは今、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の船体にくくりつけられていた。少しでも戦力の足しになればと、研究班が置いていったのだ。

この武器も、そのうちの一つ。”大きさ=破壊力系変態”が(勝手に)作ったものだ。性能は、遺憾なく発揮されているように思える。

そしてこの作戦の結果、敵MS隊の勢いは低下し、こちらに気を引くことにも成功した。とりあえず、”コロンブス”の撤退は成功しただろう。

 

「よし、第二段階に入る。やつらに、デブリ帯での戦い方を教えてやれ!」

 

ユージからの号令に、了解、という声が帰ってくる。

敵の編成は、”ナスカ”級1、”ローラシア級”2、ミゲル専用”ジン”1、通常の”ジン”10、”ジン・ブースター”と表示された原作に無い機種が6、そしておそらく、”シグー”が1。”ジン・ブースター”2機の表示が消えたことから、エドワードが落としたのはそれだろう。それでも、戦力比は揺るがない。

デブリ帯から出れば数に圧倒され、”ヴァスコ・ダ・ガマ”も敵艦隊に袋だたきにされる。故に、この中に引きこもり、敵の連携をかき乱す。幸いにも、マウス隊のこれまでの戦いはほとんどがデブリ帯の中でのものだった。この中でなら、敵の赤服級とも渡り合えるだろうという程度には自信がある。

 

「さて、どう出る・・・・?」

 

ユージの懸念は3つ。

敵がこちらの思惑に乗ってくれるか。

ミゲル・アイマン、通称『黄昏の魔弾』を抑えられるか。

そして。

ラウ・ル・クルーゼは。いつ出てくるか。

 

 

 

 

 

「ふむ、流石に一筋縄ではいかないか」

 

自軍側の機体2機の反応が消失した。その報告を聞きながら、ラウは独りごちる。

あのデブリ帯からは、なんら気配を感じない。つまり、ムウ・ラ・フラガはあそこにはいない。にもかかわらず2機のMSを撃破された。

久しぶりに、楽しめそうだ。そう感じながらラウは、次の指示を下す。

 

「敵は依然、デブリ帯の中に陣取っているようだ。誘いに乗ってやるとしよう。MS各機は、デブリ帯に突入。スリーマンセルを組んでカバーし合いながら索敵、発見次第敵を撃破せよ」

 

この距離であれば、Nジャマーの影響下でも届く。MS隊は各機スリーマンセルを組み、デブリ帯に突入する。

 

「隊長、ミゲル機がイザーク機を回収して帰投しました」

 

「そうか。・・・・ミゲルはしばらく、突入せずに待機。動きの見えた場所に急行するよう、伝えてくれ。イザークは何か言っているか?」

 

「はあ、それが・・・・錯乱している様子で。よほど恐ろしい何かでも見たようなんです。赤いのが、赤いのがと繰り返すばかりで」

 

普段の自信を感じられないその様子に、やはり君もその程度か、と嘲笑する。せめて敵の正体も話せないのか。

まあいい、奇襲を行いながら全面攻勢に出てこない時点で、敵の数はやはり底が知れるというもの。

マウス隊の作戦は、この時点ではなんらラウの動揺を誘っていなかった。

輸送艦は取り逃したが、本命は元よりデブリ帯の敵だ。敵の正体を明らかにし、可能ならば鹵獲。雑魚に用はない。

 

 

 

 

 

デブリ帯の中を進む3機の”ジン”。先導するベテランの”ジン”に続いて、アスラン機とラスティ機が追従する。

 

「まさか、イザークがあんな簡単に・・・・」

 

「死んではいない、大丈夫さ。それより、警戒するんだラスティ。ここは敵のテリトリーだ」

 

そんなことを話しながら、一行は進んでいく。

それに気づけたのは、僥倖だったのだろう。アスランはふと、後方を映すサブモニターに目を落とす。

いくつものデブリの影、その中でも一際大きなモノの影に、チラリと映ったもの。

それは、銃口。明らかにこちらを狙っている。

 

「っ!散開!」

 

アスランの声に合わせて、散開する。そこを通り抜けていく、一発の砲弾は、別のデブリに命中し、爆発を起こす。

グレネード!あれに当たっていたら・・・・。

全機で、敵の居る方へ集中砲火をかける。しかし、その白いMSはすぐさまデブリの影から移動し、また姿を暗ませる。あの早さ、”ジン”では追いつけない。

連合は、あれだけのMSを開発したのか。アスラン達は慎重に、追跡を始めた。

 

 

 

 

「っち、気付かれるなんて・・・・勘のいいやつがいるみたいね」

 

レナは高速で移動しながら、そう呟く。タイミングは完璧だったはずだ。まさかこの機体に乗っていながら外すとは。いや、敵が1枚上手だった。次だ。まだ負けてはいない。

そう考えながら、次のポイントに機体を隠す。

グレネードはあと、3発。どれだけ落とせる?

 

 

 

 

 

「くそっ、なんだよこれは!?」

 

「ディアッカ、こっちです!」

 

ニコルの声に、そちらへと機体を向ける。デブリの影に機体を隠し、ディアッカとニコルは話し始める。

 

「先輩が、あっという間にやられちまった!敵は少数なんじゃねえのかよ?明らかに4機はいたぞ!」

 

「落ち着いてください、おそらくあれは、連合の”メビウス・ゼロ”と呼ばれるMAの攻撃です。機体から4つの砲台を遠隔操作して、攻撃してくるんです」

 

「くっそ、そんなやつまで・・・・!」

 

そこまで言って、二人ともデブリから飛び出す。一瞬の後、2機が居た場所を攻撃が通り抜けた。

自分達は、まだ狙われている。2機は背中合わせになって、警戒を始めた。

 

 

 

 

 

「ほう、気付いたか。だがな、まだ動きがぎこちねえぞ?」

モーガンはモニターを見つめながら、そう言う。

あれで全機落とすつもりは、最初からない。まだまだ、『狂犬』の策謀は始まったばかりだ。

そこでおびえて震えていろ、その隙に俺達は別の隊をやらせてもらう。

モーガンは、静かに別の獲物を探しにいった。

 

 

 

 

 

「よし、これで3機!」

 

「他に動きはないわ、もうここには”ジン”はいないみたい」

 

アイザックとカシンは、敵部隊の内3機で編成されたチームの撃破に成功していた。彼らの機体はとりわけ鈍重なため、他の隊員と違い2機で作戦を遂行していた。先ほど撃破したのは、”ジン”が1機に“ブースター”が2機。総合的にあまり練度の高いチームではなかったのだろう。トントン拍子にことは進んだ。

残弾はまだある。そのことを確認してから、通信回線を開く。

 

「こちら、アイザック!セシル、次はどこにいけばいい?」

 

「5時の方向、モーガンさんがそちらに向かっています。一度合流してください。その後ポイントDへ移動、そっちにレナさんを追って来た部隊がいます。レナさんの奇襲に対応して見せた部隊です。早急に叩いてください」

 

「わかった、行こうカシン」

 

「ええ」

 

彼らがNジャマー影響下でもスムーズに戦闘を行えている理由は、セシルの機体に積まれた電子戦装備だ。この機体に積まれた高性能レーダーと新型通信機の存在が、高度な連携を可能としている。

セシルの役割は、身を潜めている”ヴァスコ・ダ・ガマ”の護衛兼、司令塔だ。必要な場所に必要な戦力を配置する。大役をセシルはこなしていた。

 

「エドさんは順調に動いてくれてますね・・・・モーガンさんが残した2機は、あまり活発に活動していない。未だに警戒しているみたいですね」

 

冷静に戦力を分析し、それを”ヴァスコ・ダ・ガマ”に伝える。

ユージは戦況分析を聞きながら、思考する。

 

「概ね順調か・・・・なら、次の一手に出るべきか?」

 

だが、イザーク以外はネームドを落とせていない。踏み切るにはまだ不安が残る。だが、時間を掛ければクルーゼが出てくる。

さて、と考えたところで。セシルが焦った声を出す。

 

「待ってください、これは・・・・エドさん!そちらに高速で向かう機体があります!通常の”ジン”じゃありません、おそらくカスタムタイプです!」

 

「くそっ、遅かったか!」

 

デブリ帯の外側から静観していた機体。オレンジ色で塗られたその機体にはあるパイロットが乗っていた。

 

ミゲル専用ジン

移動:7

索敵:C

限界:150%(ミゲル搭乗時200%)

耐久:80

運動:22

 

武装

マシンガン:45 命中 65

重斬刀:70 命中 70

 

クルーゼの乗る”シグー”ほどではないにしても。今のマウス隊パイロット達と一対一では絶対に戦わせたくない敵エース。

「ミゲル・アイマン」が専用機を持って、エドワードのいるエリアに向けて急速に向かっているのがわかった。

 

 

 

 

 

「ちい、あと1機ってところで!」

 

エドワードは担当した敵チームの内、”ジン・ブースター”2機を撃破することに成功していた。あとはこのベテランらしき”ジン”1機というのに!

そのベテランは、こちらを警戒しながら距離を取る。まるで、邪魔にならないように退くみたいだ。

上等だ。エースだかなんだか知らないが、ここで俺が抑えれば他の奴らが楽になる。

そう考え、『敵』のいる方向へ機体を進ませる。ほどなくして、オレンジ色の機体がエドワードの目に映る。『そいつ』もまた、こっちに向かってくる。やる気まんまんだ。

大剣を構えさせ、突っ込む。

 

 

 

「エースって言ったって、所詮”ジン”だろ!」

 

『あれが、ナチュラル共のMSか!』

 

「『切り裂きエド』を、舐めるなよ!」

 

『その力、精々出し切れよ!この、ミゲル・アイマンに敗れる前にな!』

 

 

 

『切り裂きエド』VS『黄昏の魔弾』。

2人のエースが、激突した。




現在の戦況
マウス隊 
脱落無し。索敵も完了済み。しかし、ジワジワと消耗している。敵艦への有効打はまだない。また、エドワードがミゲルと接敵。

クルーゼ隊
敵の奇襲が次々と成功、既に”ジン・ブースター”6機と”ジン”3機(内1機は中破)を失っているが、イザーク以外のネームドは健在。また、母艦は全て健在なのでデブリ帯から出たら集中砲火で速攻で落とされる。序盤のエドワードの奇襲が成功したのは、煙の中に味方もいたから。また、ミゲル以外も体勢を整えつつあり、加えて最強パイロットのクルーゼも未出撃。

はい、ということでクルーゼ隊との戦闘です。あと、2回くらい続きます。



あと、活動報告にも衝動的に載せてしまったんですが。
やっぱり、ガンダムにはギャグ要素は蛇足に見えてしまうんですかね。初めて、感想で「白ける」って書かれちゃいましたよ、ははは。
いや、意外と傷つくもんですね・・・・。他の皆さんの目にとまるのもあれですし、削除させてもらいましたけど。本作の方針を、もう少し考え直してみます。
なので、もし変態共の話を見たいという人がいたなら。ごめんなさい、ここからしばらく変態共の暴走は見れないと思います。
だけど、このままには絶対しません。だって、書きたいんですもん。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第10話「奇策を打つのは、いつでも劣勢側」

前回のあらすじ
『切り裂きエド』VS『黄昏の魔弾』、ファイっ。


「エドさんが、敵エース機との戦闘状態に入りました!隊長・・・・!」

 

「くっ・・・・こうなってはもはや、エドがやつを倒すことに賭けるしかない!」

 

「そんな!自分が救援に・・・・」

 

「お前の機体では、やつに太刀打ちできん。それに、敵のMSはまだお前たちよりも数が多い。エドを救援する余裕はない!」

 

「・・・・っく!」

 

ユージからの叱咤に、アイザックは口をつぐむ。それが正論だと、分かってしまう故に。

今、”ヴァスコ・ダ・ガマ”から離れてしまえば。敵に発見された時にたちまちやられてしまう。ほかの部隊をなんとかしなければ。

 

「セシル、敵部隊の動きはどうだ?」

 

「は、はい。敵部隊は一度、集結を始めました。体勢を整えているようです」

 

「っち、こちらが隠れているポイントの予測を大体洗い出したようだな。となると、次は・・・・」

 

ユージの言葉を遮るのは、振動。船体を隠していたデブリがこちらに軽くだがぶつかってきたのだ。むろん、それが偶然によるものなどではないのは明白で。

 

「敵艦隊より、こちらに向かって砲撃!めちゃくちゃだ!」

 

「落ち着け、エリク!やはり、いぶり出しにきたか!」

 

敵の思惑は簡単、”ヴァスコ・ダ・ガマ”のいると思われる方向へ片っ端から砲撃を加えることで、隠れる場所を潰していく。ただそれだけ。

悪態の一つもつきたいほどに、『強者』の戦い方だ。こちらからは手出しをできない場所に陣取って、圧殺する。

何か手を打たなければ、なぶり殺しにされる。

 

「ランダム回避運動を取りながら、移動開始!ポイントD-3だ。スレッジハマー、発射準備!”ビッグデコイ”を始める!モーガン中尉、準備を」

 

「へへっ、ついに一発かますのか!」

 

「ああ、敵の横っ面をはたき続ける。どのみち、それしか勝つ方法はない」

 

それからしばらくして、”ヴァスコ・ダ・ガマ”が移動を始める。

一発逆転の策、その大役を果たすのは、艦首ミサイル発射管から放たれる対艦ミサイル、スレッジハマーの存在と。

『月下の狂犬』、モーガン・シュバリエの手腕だった。

 

 

 

 

ところ変わって、別のエリア。そこでは、2機のMSが戦闘していた。

その様は互角とは言えず、赤いMS、”イーグルテスター”がわずかに押されている。

 

「くっそ、全然当たらねえ・・・・!パーソナルカラーは伊達じゃねえってか!」

 

エドワードは、MSに構えさせた試作斬艦刀をオレンジの”ジン”に振りかぶる。

だが、当たらない。エドワードの攻撃はむなしく宙を切るばかりであり、今までかすり傷すら与えられていない。

 

「はん、やはりナチュラルの作ったMSなど!」

 

そう嘲りながら、ミゲルは冷静に戦況を分析する。

口では馬鹿にしているが、敵の加速性能は大したものだ。また、装甲もかなり厚い。今まで敵機に撃ちかけたマシンガンの弾は、すべてその装甲に阻まれて決定打となっていない。

加えて、その手に持った巨大な実体剣も驚異的だ。いまだ一発も当たってはいないが、あれに当たれば、文字通りスクラップにされてしまうだろう。加えて、何度かあれを盾にしてこちらの攻撃を防いでいる。剣自体も、かなりの剛性を誇るようだ。

 

(だが・・・・)

 

ミゲルの頭には、既にあの剣を突破する策があった。その策を実行するために、エドワードの機体を「あるポイント」まで誘導する。

 

「ちょこまかしやがって・・・・食らえ!」

 

「かかった!そこだ!」

 

何度目かのエドワードの攻撃を避けながら、ミゲルは愛機の左手に「あるもの」を保持させ、斬艦刀の側面へそれを接射する。

瞬間、斬艦刀が半ばから折れる。

 

「なにっ・・・・ぐあっ!」

 

動揺するエドワードの機体を、ミゲルの”ジン”が蹴りつける。そのままの勢いで、デブリに背中からたたきつけられる”イーグルテスター”。

ミゲルの狙いは、撃破された僚機が保持していた散弾銃だ。それが漂っているのを発見したミゲルはその場所までエドワードを誘導し、連続での使用により耐久力を失っていた斬艦刀に命中させて破壊したのだ。圧倒的な瞬間火力を受けては、斬艦刀であっても一溜りもない。

言うだけなら簡単だがそれには、高速で移動する敵の持つ武器に、攻撃を直撃させるだけの腕がなければできないことだ。

メタ的な視点になってしまうが、専用の”ジン”で出撃できていれば、原作で”ストライク”の奪取を成功させていたかもしれないと言われるだけの腕は伊達ではない。

動けずにいる”イーグルテスター”を見て好機と感じ、右手にマシンガン、左手に散弾銃を構えさせて突撃する。圧倒的弾幕で、一気にケリをつけるつもりだ。

 

「さすがにこれだけ撃てば!」

 

「”イーグルテスター”を、甘く見るなよ!」

 

エドワードがある操作をすると、”イーグルテスター”の胸部装甲の一部がスライドする。そこに隠されていたのは、砲門。今まで隠されていたビーム砲が、突撃するミゲルの”ジン”を捉えていた。

 

「なにっ!くそ、あんなものまで仕込んでいたのか!」

 

数発のビームによって左腕の散弾銃を破壊されるが、機体自体には大きな損傷はない。

”イーグルテスター”に、背部に懸架していた二振りの斧を構えさせながら、エドワードは悟る。

今の俺では、こいつを仕留められない。だが、”イーグルテスター”の装甲はまだ持つ。ならば、やることは変わらない。

 

「もう少し、付き合ってもらうぜ!オレンジ色!」

 

「やるじゃないか、ナチュラル!だが、いつまで持つかな!」

 

両雄の戦いは、まだ続く。

 

 

 

 

 

「くそっ、連合もやってくれるぜ!初の任務が散々だ!」

 

「ぼやくなディアッカ。すでに艦隊からの砲撃が始まっている。敵の戦力も大体知れた、あとは詰めていくだけだ」

 

一方、こちらは終結したMS隊。彼らは敵の母艦が現れるのを、砲撃圏外から待っていた。

依然、こちらの有利は揺るがない。冷静に対処していけば、勝てる。

 

「アスランの言う通りですよ。ミゲルも敵の1機を抑えてますし、大丈夫です」

 

「そりゃそうだけどよ・・・・?」

 

ニコルからの言葉に返事しようとしたとき、ディアッカの目がそれを捉えた。それは、デブリの合間を縫うように、こちらに向かってくる白い機体。

間違いない、敵だ。

 

「来たぞ!連合のMSだ!」

 

「乾坤一擲か?流行らないんだよ、そういうのは!」

 

全機で、そちらにマシンガンを向ける。有効射程に入り次第、撃ち落としてやる。

彼らの目論見は、崩れ去る。その白い敵の後方から、見るからに装甲の厚そうな機体がこちらに砲撃してきたからだ。

 

「散開!当たるなよ!」

 

しかし、とっさのことに反応しきれなかった”ジン”が一機。白いMSはその懐に潜りこみ左腕に設置された、珍妙な武装を”ジン”の胴体にぶつける。

 

「あれは、ドリルか!?なんてものを武器にしやがるんだ!」

 

ドリルで貫かれた機体は、一拍おいて爆発する。推進剤に引火したのだろう。その爆発を隠れ蓑に、白いMSは再び身を隠す。

 

 

 

 

「だから、これを使いたくなかったのよね・・・・!」

 

レナは”ジャガーテスター”のコクピットで、ぼやく。その目に映るのは、左腕部の異常を報告するモニター。

ドリルをぶつけた時に、左腕部のフレームに多大な負荷がかかったのだ。こんなものをつけるくらいなら、せめてアーマーシュナイダーの1本でも取り付けてほしかった。

 

「帰れたら、絶対にあいつらをひっぱたいてやるわ」

 

ドリルを強制排除しながら、そう思う。どのみち、もう一度使ったら左腕ごと壊れるのが目に見えている。ならば、少しでも機体を軽くするほうが優先だ。

後ろ腰にアサルトライフルも懸架しているが、これ以上の戦闘継続は難しい。

 

「モーガン・・・・うまくやってよ」

 

 

 

 

「なかなか、出てきませんな」

 

「これだけ撃っても、姿が見えないとはな。やはり、小型艦か」

 

アデスの言葉に、ラウがそう答える。

これだけ撃っても隠れ続けられるとは。だが、時間の問題だ。

どう出てくる?とラウが考えたところで、通信兵が報告してくる。

 

「ミサイル、来ます!対艦タイプ、本艦に直撃コースです!」

 

「この距離をか?迎撃!」

 

アデスの号令に合わせて、”ヴェサリウス”のCIWS(対空砲座)がミサイルを迎撃し始める。他の船も同じだ。

ほどなくして、ミサイルはすべて撃墜される。ほっと息をついたところで、驚くべき報告が入る。

 

「10時の方向、こちらに接近する機影あり!MAです!」

 

「なんだと!?」

 

 

 

 

「うまく、いきましたね」

 

「ああ、あとはモーガン中尉次第だ」

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ”のブリッジで、エリクとユージがそうやり取りする。

セシル機の高性能レーダーとリンクさせた管制システムで、敵へスレッジハマーを精密発射。しかしそれを囮に、モーガンの”メビウス・ゼロ”が加速力を活かして奇襲をかける。すべてが、個人のスキルに依存した作戦だ。しかし、そうするしか生き残る術はない。

 

「せめて、1隻・・・・いや、航行に支障を与えてくれるだけでも───」

 

そこまで言いかけたところで、オペレーターのうち一人、リサ・ハミルトンが最悪の報告を入れてくる。

 

「敵MS接近!機影は2!セシルさん、迎撃してください!」

 

「ええっ!皆さんを突破してきたんですか!?」

 

そう言いながら、自機にライフルを構えさせるセシル。やらなければやられる。それくらいは、とうの昔に分かっている。

それを見ながら、ユージは自分たちが追い込まれつつあることを感じ取る。

これでいて、まだ敵には余力があるのだ。自分たちに、何ができる?

 

「見つけた!あれが母艦か!」

 

「いくぜラスティ!あいつを仕留めりゃ、大戦果だ!」

 

「こっちに来ないでくださいってば!もう!」

 

ディアッカ・エルスマンとラスティ・マッケンジー。

それと相対するのが、マウス隊の中で最も経験の少ないセシルだというのは、まぎれもない不幸というやつだろう。

 

 

 

 

 

「ここでお前らをやりゃあ、ゲームエンドってもんよ!くたばれ!」

 

モーガンは、ガンバレルを展開し、奇襲に対応できていない敵艦の内、1隻の”ローラシア”級に攻撃する。すれ違いながら確認したところ、どうやらこちらの攻撃は、敵艦のエンジンに一撃与えることに成功したようだ。

反転し、もう片方の”ローラシア級”に攻撃を仕掛ける。こちらは惜しくも、武装にダメージを与えるにとどまったようだ。

 

「惜しい!だが、最後だ。もらうぜ、大物!」

 

最後に、敵艦隊の旗艦と思われる”ナスカ”級をターゲットする。これ以上は、敵MS隊が引き返してきかねない。だから、これで終わらせる!

 

 

 

結論から言うと、モーガンの心配は杞憂に終わった。だが、それは決してモーガン達にとって良いものではない。

白いMSが、”ナスカ”級から飛び出してきた。

その白いMS、”シグー”はそのままの勢いで”メビウス・ゼロ”に向かってくる。

 

「なにっ、こいつは!」

 

当たらない。展開したガンバレルの攻撃も含めて、こちらの攻撃をかわしながら、逆にこちらに銃撃してくる。

辛くも直撃は避けたが、ガンバレルの1機を失ってしまう。

”シグー”は、こちらを気にもせずにデブリ帯へ向かう。それは当然だろう。

なぜなら、態勢を整えた艦隊から、濃密な対空射撃が始まったのだから。

なんとかそれを避けながら、モーガンはデブリ帯へと戻る。

これ以上の攻撃は無理だ。それに、『あれ』を放っておいたら早々に全滅する。そんな予感が、あった。

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか楽しめたが、そろそろチェック・メイトといこうじゃないか。ネズミの諸君?」

ラウ・ル・クルーゼ、出撃。




あ!野生のラスボスが飛び出してきた!
あと1話で、この戦いも終わります。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第11話「A cavalry has come」

前回のあらすじ
クルーゼ「来ちゃった(^^)」
マウス隊「こっち来んな」




「イーゲルシュテルン起動!自動追尾照準、セシルに当てるなよ!」

 

「了解、イーゲルシュテルン起動!」

 

ユージの指示に合わせて、"ヴァスコ・ダ・ガマ"が迎撃態勢に入る。しかし、"ジン"を遠ざける対空兵装のイーゲルシュテルンは、わずかに3基のみ。加えて、相手はザフトレッド。たかがミサイル護衛艦程度の弾幕は容易に突破されるだろう。

 

「セシル、突っ込みすぎるな!"ヴァスコ・ダ・ガマ"を上手く使え!」

 

もはや"ヴァスコ・ダ・ガマ"の命運は、セシル1人に託されたようなものだった。

 

 

 

 

「上手く使えって、言われましても・・・・!」

 

必死に弾幕を張るセシルだったが、2機の"ジン"はすり抜けるようにこちらに迫ってくる。MS戦の経験はなくとも、敵艦の弾幕を掻い潜る訓練はしていたのだろう。積極的に動かないセシルの"テスター"など、対空銃座が1つ増えたようなものだ。

そのままの勢いで、片方の"ジン"は重斬刀を抜き放つ。

 

「初の連合MS撃破の功績は、いただきだ!」

 

「私を、侮らないでくださいよぉ!うおりやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

人は余裕を感じた時に、判断力が低下する。本来、2機で挟撃して確実に敵機を撃破するべき場面で、ディアッカは接近戦を挑もうとする。

そのことに気づいたセシルは、敵に生まれた油断をつくために自分を奮い立たせ、乗機を突撃させる。

この2ヶ月での成長を感じさせる"EWACテスター"の突撃は見事、ディアッカの機体を弾き飛ばす。

 

「うおぁっ!?」

 

「大丈夫か、ディアッカ!」

 

だが、この場に敵は2機。

ディアッカの"ジン"の体勢を崩しても、ラスティがカバーする。

 

「はぁっ、はぁっ、もう、勘弁してくださいよ・・・・」

 

セシルは、他の隊員の援護を期待出来ないこの状況に、少しずつ絶望し始めた。

 

「誰か、来れないんですかぁ・・・・!」

 

 

 

 

「くっ、なんだよこいつ!」

 

「アイク、下がって!・・・・だめ、やっぱり当たらない!」

 

カシンは、突如現れてアイクの機体を攻撃した"シグー"に向けて、ライフルを連射する。

しかし、まるで弾丸が自ら逸れていくと見間違うほどの滑らかなマニューバをする"シグー"には、まるで当たらない。

 

「くっ、あああああああ!」

 

そうしている内に、比較的装甲の薄い後背部に攻撃が命中する。アスランが乗る"ジン"によるものだ。彼は駆けつけた隊長に目を引き付けられたカシンの隙をついて、攻撃を加えたのだ。

敵は、1機ではない。アスラン、ニコル、そして他に2機の”ジン”もまだ健在なのだ。

 

「くそっ、無事かお前ら!」

 

「モーガン、敵艦は!?」

 

「すまん、そいつに邪魔された!その”シグー”はやばい、2人がかりでいくぞレナ!」

 

「それじゃあ、アイクとカシンが!」

 

「そいつを野放しにする方がまずい!アイク、カシン!俺達でこいつを抑える!なんとか踏ん張れ!」

 

数的劣勢に追い込まれ不利な状況にあることなど、高度な戦術眼を持つモーガンが最もわかっている。しかし、それを踏まえてなお、あの”シグー”は2人がかりで挑むべき相手だ。

 

「レナさん、こっちは大丈夫です!」

 

「任せてください、モーガンさん!そっちは任せましたよ!」

 

アイクもカシンも、モーガンの判断には全幅の信頼を置いている。彼らは、2対4の死戦を引き受けることを即決した。それを聞き、レナとモーガンが”シグー”に向かっていく。

こうなった以上、2人で”シグー”を速攻で落とすほかに手は無い。

 

「クルーゼ隊長、援護を・・・・」

 

「いや、大丈夫だアスラン。それより、ディアッカとラスティはどうした?」

 

「彼らは、敵艦の捜索に向かいました。今頃、接敵している頃でしょう」

 

「そうか、ならば君はこの場の隊員を率いて、あの重砲撃機を撃破してくれ。私がこの高機動機とMAを引き受けよう」

 

「了解!」

 

これらのやり取りは、戦闘機動を行いながらのものである。ラウにとってレナとモーガンの攻撃は片手間に対処できるものであり、戦いながら部下へ指示を出すことなど造作も無い。

残酷なほどの経験差が、それを可能としていた。

 

「こいつ、遊んでいるつもりかよ!」

 

「”シグー”相手にグレネードは当たらない、それなら!」

 

「ふふっ、中々やるが、これ以上は持つまい?」

 

モーガンは残ったガンバレル3機を展開し、レナは残弾1発となってしまったグレネードランチャーに見切りをつけ、ライフルを”ジャガーテスター”に構えさせる。

ラウは彼らの攻撃をよけながらアイザックとカシンへ攻撃する機会を窺う。アスラン達がアイザック達を撃破するか、この2機がそれより先に自分を討つか。

圧倒的にクルーゼ隊に有利な賭けが、始まっていた。

 

「全機、敵を包囲しろ!的を絞らせるな!」

 

「了解!」

 

「カシン、背中合わせに!隙を見せたらやられる!」

 

「わかったわ!」

 

それぞれが生き残るための最善策を選び続けても、この有様。もはや限界が見え始めていた。

 

 

 

 

 

そして、それは訪れる。

セシルが弾切れになったライフルの弾倉を換えようとした隙に、ディアッカの”ジン”が急接近する。

 

「そんな!?」

 

「さっきのお返しだ!」

 

そのままの勢いで2機のMSは激突し、”EWACテスター”が後方に弾き飛ばされる。デブリに激突した”EWACテスター”に、反応は見られない。

激突の衝撃で、セシルは気絶してしまった。目の前には、2機の”ジン”がいるというのに。

それを見た“ヴァスコ・ダ・ガマ”では、セシルの意識を呼び戻すために通信を試みる。

 

「セシルさん、応答を!セシルさん!・・・・反応、ありません!」

 

「呼びかけ続けろ!援護はできるか!?」

 

「ダメです、敵機が”EWACテスター”に接近、今撃ったら、セシルさんに当たります!」

 

エリクの言うように、1機の”ジン”が”EWACテスター”に向かっていく。その手には武器は握られていない。

 

「攻撃しようとしていない・・・・まさか!奴ら、セシルを鹵獲するつもりか!」

 

「そんな!?ああっ、残った敵機がこちらに接近してきます!」

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ”に接近する”ジン”。ユージの目には、そのパイロットが「ディアッカ・エルスマン」だということを映し出していた。

 

「ラスティ、そいつは任せた!たっぷり情報を持ってそうだしな!俺はこいつをやる!」

 

「気を付けろ、敵の対空機銃に当たるなよ!」

 

「はん、誰が!」

 

ラスティの警告を一蹴し、”ヴァスコ・ダ・ガマ”に迫る。

彼からしてみれば、もはや敵はデカくてのろまな大物だけ。油断して挑んでもなお、余裕な相手だ。ディアッカはそう思っていたし、実際にそうだった。

 

「敵機、接近!隊長・・・・!」

 

「くっ、南無三!」

 

もはやユージにできるのは、ブリッジに向けてマシンガンを向ける”ジン”を睨むことだけだった。

 

 

 

 

 

 

「中々堅かったが、これまでだなぁ!」

 

「くそっ!増加装甲はほとんど剥がれた、ビームはもうエネルギーが無い、斧は左腕ごと1本消失・・・・!だが、諦めねえぞ!せめてこいつは道連れにしてやるぜ!」

 

ミゲルとエドワードの戦いも、終局を迎えようとしていた。

ミゲルの”ジン”はマシンガンの弾が切れ、ビームがかすめたのか所々の装甲が溶けているのが見える。しかし、行動にはまったく支障はないようだ。武装も、重斬刀がまだ健在している。

対してエドワードの”イーグルテスター”は、何度も攻撃をその身で受け止めたことによって増加装甲はほとんどが破損し、地の装甲が見えている。加えて、左腕は肘から先を破損し、満身創痍といった様子だ。

ミゲルは、重斬刀を構えて愛機を突進させる。このまま一気に勝負を決めるつもりだ。

それにエドワードも答え、愛機を突進させる。その命をかけてでも、ミゲルを倒すつもりだ。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」

 

2つの機影が重なる。

そこに残っていたのは、右腕を根元から切り裂かれた”イーグルテスター”と。

肩口に斧を食い込ませながらも、未だ健在なオレンジの”ジン”だった。

 

「負けた・・・・俺が、完全に・・・・」

 

「ここまで追い込まれるとはな・・・・ナチュラルも、侮れないか」

 

そう言いながらミゲルは、無事な左腕で斧を引き抜き、再び”イーグルテスター”に向かって重斬刀を構えさせる。

 

「お前の事は覚えておいてやるぜ、この俺をMSで苦戦させた、初めての敵としてな!」

 

「くそっ・・・・くっそおおおおおおおおお!」

 

もはや、”イーグルテスター”は満足に動くことすらできない。重斬刀が迫る。

 

 

 

 

 

 

「左腕部損傷、メインスラスター出力低下・・・・!ここまでだというの・・・・!?」

 

「ちくしょう、なんなんだよこいつは!?撃っても撃っても、かすりすらしねえ!」

 

モーガンとレナも、もはや余力はない。

”ジャガーテスター”は元々低下していた機体パフォーマンスの隙を突かれ、被弾。

モーガンの”メビウス・ゼロ”もまた、ガンバレルの全てを損失し、まな板の上の鯉といった様相だ。

 

「残弾数、ゼロ・・・・これ以上は・・・・」

 

「アイク、諦めてはダメ・・・・!ここで私達が諦めたら、2人が・・・・!」

 

アイザックとカシンも、”キャノンD”の装甲が破損し、弾も尽きようとしていた。

絶体絶命という言葉がこれほどふさわしい場面も、そうそうないだろう。

そうしている内に、”ジン”の1機が重斬刀を抜き放ち、アイザックに向かって突進する。このまま一気にケリをつけるつもりなのだろう。そして、アイザックの機体ではその突進をよけることはできない。

 

「アイク───!」

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、俺達がいないだけでこの有様なのかよ?」

 

 

 

 

 

 

アイザックに向かって突進していたジンに、数発のミサイルが命中する。

体勢を崩した”ジン”に向かって、更に攻撃が襲いかかる。”ジン”は間もなく、爆散した。

 

「いったい、何が・・・・!?」

 

ニコルがレーダーを見ると、そこに映る複数の反応。それは、MSの反応と言うにはあまりに小さい。それより一回り小さい、それの正体は。

 

「アラド、さん?」

 

「おーう、無事だったか小僧共!?そして、くたばり損なったみたいだなモーガン!騎兵隊の到着だ!デブリの中なら、俺達でも”ジン”と戦えるんだぜ!?」

 

横合いから攻撃を放ったのは、アラド率いる”メビウス”隊。数は10機に満たないほどだが、デブリ帯をすいすいと移動してみせるその機体に、”ジン”は1機とて攻撃を与えられない。

 

「なんだ、こいつら!?まだ、潜んでいたのか!?」

 

「いや、違います!この敵は・・・・!」

 

 

 

 

 

重斬刀が”イーグルテスター”に命中する直前に、ミゲルの”ジン”に銃撃が襲いかかる。

 

「なんだ!?」

 

ミゲルが銃撃の飛んできた方向にメインカメラを向けると、そこに映っているのは、3機のMS。だが、それは”ジン”ではなく。目の前でとどめを刺そうとしていた敵機に似ている。

 

「アスラン達がしくじったのか?いや、違うな。今まで戦っていた割には、あまりに装甲が綺麗だ。・・・・まさか!?」

 

そこまで考えたが、ミゲルの思考は中断される。更なる攻撃が、飛んできたからだ。

 

「くそっ・・・・あと一歩というところで!」

 

ミゲルは半壊した”イーグルテスター”を一瞥してから、母艦に向かって移動し始めた。

腕には自信があるが、消耗した状態での連戦は好ましくない。そして、そこまで自分を追い込んだ敵の肩にペイントされていたマークを思い出す。

 

「ネズミの部隊・・・・次に会ったときは、必ず仕留める!」

 

 

 

 

 

 

「彼らは、援軍か!?しかし、どこから・・・・?」

 

絶体絶命からユージ達を救ったのは、見慣れた、しかし自分達のものでは無い”テスター”3機。彼らは”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋に向けて銃撃しようとしていたディアッカの“ジン”に銃撃を浴びせ、彼らの窮地を救ったのだ。

 

「なんだ、どこから・・・・!?」

 

「ディアッカ!っくう!?」

 

そして、ディアッカを心配して視線を新たに現れた敵機に注目したラスティに。

動かないはずの”EWACテスター”が盾から引き抜いたアーマーシュナイダーを突き立てようとする。間一髪で気付いたラスティだったが攻撃をよけきれず、脇腹に攻撃が命中する。

 

「くう~、やってくれましたね!”ヴァスコ・ダ・ガマ”、聞こえますか!セシル・ノマ、復帰しましたぁ!」

 

そう、アミカの呼びかけに応じて、セシルの意識が覚醒したのだ。

思わぬ攻撃を受けたラスティ機に、ディアッカの”ジン”が近づく。

 

「ラスティ、大丈夫か!?」

 

「あ、ああ。なんとかコクピットには!だがこれ以上は!」

 

「くそ、グレイトな展開だったってのに・・・・!」

 

ディアッカ達が、母艦に向けて撤退する。それを見たユージは、しかし肩の力を抜かずに、次の行動に移っていく。

 

「被害状況の確認、怠るなよ。アミカ、彼らに通信をつないでくれ」

 

その声を受けて、モニターに”テスター”のコクピットが映し出される。

 

「救援、感謝する。そちらの所属を答えて欲しい」

 

「はっ、自分達は『第10機械化試験部隊』所属のMS小隊です。自分は小隊長のブラッド少尉であります。そちらの部隊に所属する”コロンブス”からの緊急の要請を受けて、『第09機械化試験部隊』と合同で救援にきました!」

 

彼らは”マウス隊”の戦果を受けて新たに設立され、”マウス隊”パイロット達の教導を受けてから自分達と同じようにデブリ帯での襲撃任務に就いていた部隊だということを思い出す。

今回のデータ収集にアラド達が居なかったのも、彼らの部隊についていったからだ。

 

「”コロンブス”が・・・・彼らは無事か!?」

 

「はい、無事プトレマイオス基地の領域内に入れました!敵艦隊にも、現在攻撃が行われています」

 

「敵艦隊に、攻撃・・・・それだけの戦力が?」

 

「隊長、自分の機体、まだ機材が無事みたいです。通信してみますか?」

 

「セシルか。ああ、頼む」

 

そう言ってしばらく、ノイズ混じりではあるがモニターにある光景が映し出される。

 

『やれやれ、どうやら無事だったようだな少佐?急いで来た甲斐があったというものだ』

 

「ハルバートン提督!?それに、そこは?」

 

『”コロンブス”の救援要請に応えて、私を乗せて試験航行中だったこの”メネラオス”も持ち出してきたのだよ。ホフマンも、”カサンドロス”の艦長として来ている』

 

そういってデブリ帯の外の映像が映し出されると、そこにはZAFT艦隊の横から砲撃を加えている3つの戦艦の姿が確認できる。

そのうち2艦は、連合宇宙軍の主力艦である”ネルソン”級戦艦、それぞれ”モントゴメリ”と”カサンドロス”だ。それぞれ、第09・10部隊の母艦として運用されていたのだろう。モントゴメリの方には、「コープマン」が登録士官として、ユージの目に表示されて見える。

 

コープマン(Cランク) 大佐

指揮 8 魅力 6

射撃 7 格闘 3

耐久 7 反応 5

 

得意分野 無し

 

そして、最後の1艦。それは、自分達にはあまりなじみの無い姿だった。

連合宇宙軍次期主力艦艇、”アガメムノン”級戦艦。その船の個別名は”メネラオス”、原作においてもハルバートンが第8艦隊の旗艦として用いていた戦艦だ。

その船体には主砲として、後に”アークエンジェル”にも採用されるゴッドフリートMark71が備えられており、今まさに、その脅威をZAFT艦隊に浴びせている。

 

「今まで、よく耐えてくれた!あとは任せろ!手負いの艦隊に負けるような第8艦隊ではないと、奴らに教えてやる!」

 

 

 

 

 

 

「隊長、これでは・・・・!」

 

アスランの、焦った声が聞こえてくる。

どこからか現れた敵の増援、いずれ他の場所からも続々とやってくるだろう。

サブモニターに、母艦が攻撃されているのも見える。どうやら、時間をかけすぎたようだ。

 

「全機、撤退だ。アデス、撤退信号を放て。これより、本宙域を離脱する」

 

その声を聞いて、残存していた”ジン”が母艦に戻っていく。

アラド達は、追撃しようとはしなかった。今は、ボロボロの”マウス隊”各機を救援する方が優先だ。遠目に、第09部隊の”テスター”が”イーグルテスター”を支えながら母艦に向かっていくのが見えた。

 

「しかし、お前らがここまで追い込まれるなんてな。相当、腕の立つやつらだったのか?」

 

「ああ、かなり、やばい奴だった・・・・アラド、すまねえ」

 

「いいってことよ」

 

歴戦の男達の間に交わされる言葉は、少ない。

戦いの直後は、そっとして欲しい。乾杯は、落ち着いてからだ。

そういった不文律が、彼らの中にあった。

言葉少なく、撤収作業が進んでいく。

 

 

 

 

 

彼らは無事、プトレマイオス基地に帰投した。しかし、彼らの顔は暗い。

今の今まで、いつ死んでもおかしくない戦いを繰り広げていたのだから当然だ。ハルバートンは”マウス隊”に明日までの休息を与えた。戦士には、休息が必要だということが、彼はわかっていた。

 

 

 

 

 

ここは、プトレマイオス基地内に存在するBARスペース。主に非番の兵士達が酒を飲む場所として使うここに、2人の兵士の姿があった。

エドワード・ハレルソンとモーガン・シュバリエ。

2人は、ぽつりぽつりと話し始める。

 

「初めてだ。あんなに攻撃が当たらなかったのは。確実に当たると思った攻撃でも、かすらせるだけが精一杯でな」

 

「なんだ、そっちはかすりはしたのか?こっちはレナと2人がかりでもかすりもしなかったぜ」

 

「おっさんも、ずいぶんきつい相手と当たったみたいだな・・・・」

 

「ああ・・・・」

 

そこでモーガンは、酒の入ったグラスをあおる。

 

「だが、次こそは必ず勝つ。やつの動きは大体把握できた、こっちのMSの性能もドンドン上がっていく。やつらに、俺達をあそこで仕留められなかったことを後悔させてやるさ」

 

「俺もだ。ミゲル・アイマン、『黄昏の魔弾』か・・・・堂々とZAFTが宣伝してやがった。今度あったら、絶対にぶっ飛ばす。そして、やつらに教えてやるさ。『切り裂きエド』は、魔弾すらも切り伏せるってことをな・・・・!」

 

エドワードも、決意と共にグラスをあおる。その目には、純粋な闘志が映っている。

 

「なあ、ところでよ・・・・」

 

「なんだよおっさん?」

 

モーガンは、怪訝そうな顔をしながら、エドワードに質問する。

 

「その『切り裂きエド』ってのは、なんだ?この前からお前が自称してるのは聞いたが、他では聞かねえぞ?」

 

「そりゃそうだろ、今は俺が自称してるだけだからな」

 

「はあ?」

 

そういうと、エドワードは気さくな笑みをモーガンに向ける。

 

「いずれ、ZAFTの奴らにそう呼ばせてやるのさ。『切り裂きエド』を倒さなければ、勝利は無いってな!」

 

「はっ、大言壮語にならねえといいがな」

 

「んだとお!」

 

男達は酒をあおりながら、疲れを癒やしていく。生き残った幸運をかみしめ、次の戦場でも戦い抜く活力を蓄えるために。

 

 

 

 

 

 

「あれは、ただ速いだけじゃなかった・・・・。私達の動きが完全に見切られていた。もっと腕を磨いて、『やつ』に追いつかないと・・・・」

 

レナは、先ほどまでの戦闘を思い出しながら通路を歩いていた。

これまでの戦いで、自分も力を付けてきていた。そう思っていた自信は、たった1機のMSに打ち砕かれた。あの中であの”シグー”にもっとも太刀打ちできるのは、自分だった。自分が1人でも”シグー”を抑えられていれば、モーガン達が連携して”ジン”を撃破して、4人で立ち向かえたかも知れない。既に過ぎたことではあったが、そう考えずにはいられない。

もっと、力が必要だ。仲間達を守るための力が。

そう考えたところで、休憩スペースのベンチに1人の女性が座っているのが見える。

カシンだ。それに気付いたレナは、近づいて声を掛ける。

 

「どうしたのカシン、こんな時間に?」

 

「あ、レナさん・・・・。えっと、眠れなくて・・・・」

 

「無理も無いわ、あんな戦いの後だもの」

 

そう言いながら、同じベンチに腰掛ける。

しばらく無言が続くが、カシンが話し始める。

 

「考えていたんです。もし、あそこで負けてたらって」

 

「カシン」

 

レナが諫めるが、カシンは止まらない。

 

「もし、あそこで死んでたら。皆死んでしまって。そうしたら、もしかしたら。地球の家族の『保護』が外れちゃうんじゃ無いかなって。私の肩には、いつの間にかいろんな人たちの命がかかっていたんだって気付いて、それで、それで」

 

「カシン、もういいの」

 

そういって、レナはやさしくカシンを抱きしめる。ビクッと震えるが、抵抗はない。

 

「戦いは終わったわ。今はそんなこと考えないで休んで」

 

「レナさん、私・・・・」

 

「泣いたって、いいのよ。軍人だって、私だって、泣きたいときがあるのだから。泣けるときに、泣いておきなさい」

 

「ううっ、ああっ・・・・。ああああああああああああああああ・・・・・」

 

そこまで言うと、カシンは泣き始めた。

これまでのコミュニケーションの中で、わかっていたはずなのに。慣れとは、恐ろしいものだ。

彼女が軍人になって、まだ半年も経っていないというのに。彼女は、生来の真面目さでそれを押し隠していたのだ。和解のきっかけになったシャワールームでの一件以来、そういった話は聞けなかったものだから。ついつい、忘れてしまっていたのだ。そして、気付く。自分は一人ではないのだと。

今は休む。そして明日から、仲間達と一緒に強くなっていこう。

その後しばらく、休憩スペースには泣き声が響き続けた。

 

 

 

 

 

 

「セシル、大丈夫かい・・・・?」

 

アイザックは、セシルの部屋のドアの前に立っていた。

食事の時間に、彼女の姿が見えなかったからだ。彼女の気持ちはわからないでも無いが、何か食べなければ体に悪い。そう思い、ここまでサンドイッチやゼリーなど、食べやすいものを運んできたのだ。

しかし、反応はない。もう寝てしまったのだろうか?そう思っていると、ドアが開く。

そこには、目を腫らし、しわくちゃなピンクの制服を着たセシルが立っていた。今まで、その格好でベッドに潜り込んでいたのだろう。

いきなりのことにアイザックは動揺するが、セシルに軽く引っ張られて部屋の中に入る。

 

「セシっ・・・・!?」

 

「・・・・このままで、お願いしますぅ」

 

そのまま、アイザックの胸に顔を埋める。一般的成人男性の身長のアイザックと、いささか小柄なセシルの身長だからこそ、自然とその体勢となる。

 

「・・・・怖かったんです。あのまま、死ぬことが。まだ、いっぱいやりたいこともあるのに。死んだらそれ全部、できなくなってた。それに気付いたら、怖くて、怖くて。ベッドに潜り込んでも、消えなくてぇ」

 

「セシル・・・・」

 

「もう少し、このままで。明日になったら、元通りの、私ですから。コミュ障で、慌てん坊で、機械いじりが趣味の私ですからぁ・・・・」

 

それを聞いて、アイザックは優しく腕をセシルの後ろに回す。恋人とかそういう仲ではなかったが、不思議と、アイザックもぬくもりを欲していた。お互いに人肌の暖かさ、『命』を感じていたかった。

そのままの姿勢で、しばらく二人は立ち尽くした。

その翌日から、二人は顔を見合わせると赤面する光景が見られ始めたが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

「隊長」

 

ジョンの声がする。そちらに顔を向けると、彼が珍しく顔をしかめているのがユージの目に映った。

 

「ん、ジョンか。どうした?」

 

「どうした、ではありません。そろそろお休みになってください」

 

そう言われ壁の時計を見てみると、既に夜の12時を回っている。

ユージは今、第4開発実験室の観測スペースにて、昼間の戦闘のデータを整理していた。そして、気付けばこの時間だったというわけだ。

 

「ああ、そうだな。続きは、また別の時にしよう」

 

「そうしてください。・・・・隊長」

 

「ん?」

 

ジョンは、絞り出すように声を出す。

 

「次は、私に逃げろなどと言わないでください」

 

「・・・・」

 

「これで、二度目です」

 

「・・・・すまなかった。そして、ありがとう」

 

「いえ・・・・」

 

彼らの間に、言葉は少なかった。だが、彼らには長年の付き合いによって言わずとも伝わっていた。お互いの言いたいことが。

戦士達の夜が、更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とんだ、試験航行になってしまったな」

 

ハルバートンは、昼間の戦闘をそう振り返る。”メネラオス”の初めての戦闘があんなものになるとは、誰も想像していなかっただろう。

しかし、それで彼らを救えたのなら。おつりが来るというものだ。

だが。机の上の資料を見ながらハルバートンは嘆息する。

 

「彼らには、もはや長き安息は許されない・・・・こんな戦争は、やはり早く終わらせねばな」

 

資料のタイトルには、こう記されていた。

 

 

 

 

 

『世界樹再生計画』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督、地上本部から、「世界樹再生計画」について参加を打診されています!

ZAFTの攻撃で失われたL1コロニーの宇宙拠点、「世界樹」に代わる新たな中継拠点を設置し、月と地上の連携を強化するのが目的とのことです。予算の投入をご検討ください。

 

 

特別プラン「世界樹再生計画」必要資金 5000

 

・月と地球を結ぶ中継点として、失われた「世界樹」に代わる新たな拠点を設置する。予定作戦期間の短さから仮設拠点のような形にはなるが、これによって宇宙と地球の行き来を現在より容易なものとする。

 

成功条件 

「宇宙ー5」を一定ターン制圧する。これにより、「宇宙ー5」が重要拠点「セフィロト」へと変化する。




と、いうことで。
VSクルーゼ隊、終了となります。

いやあ、ネタバレすると実は、この戦いで戦死者を出すつもりは最初から無かったんですよね。やっぱり、自分で作ったキャラクター達があっさり死ぬ姿って、見たくは無いじゃ無いですか。TRPGのキャラに愛着を持つのと同じですよ。
そう考えると、富野御大ってすげーよな!必要な場面とみれば、躊躇無くメインキャラだろうと死亡させてくんだもん!しかも、それ全部が無駄な死とかでは無く、視聴者の心に刻み込んでいくんだ!

次回以降も、マウス隊の激闘が続く事になります。
果たして、ハルバートンはこの特別プランを成功へと導くことができるのか!?


ついでに、ユージ達一部のキャラは成長してランクが上がってます。次回以降に本格的に描写しますが、ユージ本人のステータスは本人の目に映らないので、ここで。最初のステータスは、「オリキャラ紹介」のところにまとめて載っけてます。

ユージ・ムラマツ(Bランク)

指揮 11 魅力 11
射撃 9 格闘 7
耐久 8 反応 8


誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第12話「苗木の守り手」

前回のあらすじ
アラド「待たせたな!」

ここから、投稿スペースが低下するかもしれません。
たぶん、週1ペースくらいかな?


10/7 

プラント 「アプリリウス・ワン」コロニー

 

「やつらは、何を考えていると言うのだ!まったく・・・・!」

 

送迎用の車の中で声を荒げるのは、プラント最高評議会議員にしてディセンベル市代表、パトリック・ザラ。彼は今、1週間程前から何度も開催されている臨時会議が中断された後、アプリリウス市に取ったホテルに向かっている最中だった。

 

「連合が我々の剣であるMSを独自開発したばかりか、既に実戦投入されているというのに!奴ら、和平交渉を行うべきだなどとのたまいおって!むしろ軍事費を増やして早急に地上を攻略せねば、やつらは態勢を整えてすぐさま反抗作戦に乗り出してくる。今やらねば、やられるだけなのだぞ!?」

 

そう、彼を苛だたせているのは、ZAFTエースのラウ・ル・クルーゼが隊長を務め、自分の息子が所属しているクルーゼ隊が持ち帰ってきたデータをきっかけとした、和平派の台頭だった。

そのデータには連合軍が独自のMSを開発し、実戦投入までしていることを証明するにふさわしい光景が記録されていた。加えて、複数のバリエーションが確認されたそれらのMSが、”ジン”と同等以上の性能を持っているらしいことも、和平派は押し出してきた。

我々が何年もかけて培ってきたMS技術に、敵はこの短期間で追いつきつつある。このままのペースでは、いずれ敗北することは必至だ。残存する資源もけして余裕がある量ではなく、なにより兵の数が中々そろえられない。それが、和平派の掲げる理論だ。現最高評議会議長であるシーゲル・クラインが和平派に寄っているのも、大きな一因だろう。

まったく、愚かなことこの上ない。ここで和平など結んでも、連中はいつかまた、プラントに核を打ち込んでくるだろう。愚鈍なナチュラルが愚かな歴史を繰り返さない訳がない。そして、その煽りを受けるのは我々コーディネーターなのだ。

なんとか対応せねば。

まずは市民への印象操作によって、次期最高評議会議長への就任への布石。なんとかペースをシーゲルから取り戻す必要がある。

そして、新型MSの性能を見直す必要もあった。新たに敵MSという存在が確認された以上、それはもはや必須な行為だ。

そこまで考えたところで、同じく車に乗り込んでいた秘書官が手に持つ端末から何らかの情報を受け取っているのが見える。その顔には、驚くべき事を聞かされたような表情を浮かべている。いや、実際に何か重大な情報を受け取っているのだろう。

 

「どうした、何があった?」

 

「パトリック様、緊急事態です!先ほど、連合プトレマイオス基地から発進した敵艦隊がL1周辺宙域に向けて進軍、警邏に当たっていた部隊を撃破したのちに、何かを建造し始めたとのことです!おそらく、以前我々の攻撃によって崩壊した『世界樹』に代わる新たな中継拠点を築き、宇宙と地上の連携を強化するつもりです!加えて、敵MSと思われる存在も確認されたとのこと、早急に対処する必要があると思われます!」

 

言ってるそばから、これだ!

パトリックは運転手に命じて、議会会場へとUターンした。敵が新たなる拠点を構えようとしているなど、プラント、否、ZAFTが総力で対処すべき事案なのだ。おそらく、他の議員にも同様の報告が入っているだろう。

程なくして会議は再開されたが、連日発生していた警邏部隊の連続失踪などで戦力が低下している、地上への予算を割きすぎて今から宇宙に予算を回そうとしても間に合わないなど、結局まともに案も出ないまま翌日以降に会議は持ち越された。

パトリックはその夜、怒りを少しでも沈めるために酒をあおって、ふて寝した。次回以降の会議のことなど、考えたくもなかった。

 

 

 

 

「『世界樹再建計画』、ですか?」

 

時は遡り、10/4。連合軍プトレマイオス基地の第三会議室。おなじみの会場となったそこで、マウス隊の面々は次の任務について、ユージから知らされていた。

 

「そうだ。かつてL1宙域に存在していた、我が軍の軍事拠点『世界樹』。これを再建するのが我々、この場合は第八艦隊だな、の次の任務になる」

 

ざわざわ、とした声が部屋全体から発せられ始める。

今までは部隊ごとに小規模な任務が連続していたのが、一つの艦隊総出で作戦を遂行するというのだ。この隊で初の、中規模ないし大規模作戦。緊張するなという方が難しいだろう。

 

「隊長、よろしいでしょうか?」

 

「レナ中尉、どうした?」

 

挙手したレナに、質問の許可が与えられる。すっくと立ち上がったレナは、疑問をぶつけ始める。

 

「新たなる『世界樹』、たしかに必要なものかもしれません。しかし、なぜ『今』なのです?拙速を尊ぶならもっと早くに行うべきですし、確実に成し遂げるなら正式な量産MSの配備を待ってから行うべきでしょう」

 

「たしかに、普通に考えればそうだ。しかし、それにもワケがある。複数な」

 

そう言ってから、ユージは会議室のモニターを起動する。

そこに映されていたのは、地球。正確には、青と赤の二色に分けられた地球だ。

 

「これが、現在の地上の勢力圏図だ」

 

「これは・・・・」

 

言葉に詰まるモーガン。

そう、それは。彼が以前見た時よりも。

 

「わかった人間もいると思うが、着実にZAFTの勢力圏は広がっている。なんでも、敵戦力が見るからに増強されているそうだ。やつら、速攻を決めたいらしい。このままでは、新型MSの配備を待たずして戦争が終わってしまうやも、と地上本部はお考えだ。そこで、少しでも敵の思考・戦力を宇宙に向けさせて、地上戦線の維持を図りたいらしい」

 

「それは、なんとまぁ・・・・」

 

苦々しげなセシル。

正直に言ってしまえば、囮になれ、と言われているようなものだ。少なくともこの場の何人かはそう考えた。

 

「それにこの計画に成功すれば、月と地上の連携が強化される。宇宙からは苦しい地上戦線にMSを増援として送りやすくなるし、地上からは資源が打ち出される、というわけだ」

 

「なるほど、それならこのタイミングで決行するのがちょうどいいのか・・・・」

 

アイザックが相づちを打つなか、更にユージは続ける。

 

「ついでに、ヘリオポリスからZAFTの目を引き付けることも、出来るかもしれん。危険な作戦ではあるが、その分の価値はある」

 

「ハイリスク・ハイリターン・・・・」

 

「そういうことだカシン曹長。さてここからは、マヤ中尉、頼む」

 

マヤが立ち上がり、モニターの前までやってくる。

 

「はい、それでは全員、特にパイロットの皆さんは注意して聞いてくださいね。皆さんの機体について大事なことなので」

 

それを聞いて、パイロットの面々が姿勢を改める。皆、先日の大苦戦の影響が尾を引いているのだろう。

 

「まず、モーガン中尉。あなたの機体が用意できました。不肖、バカ共が失礼しました」

 

「まったくだぜ。あんなのには、金もらっても乗りたかねえ」

 

一部のバカ共がブーたれようとしたが、レナが一睨みするとすぐに収まる。レナは先日、基地に帰還した途端に変態共の元へすっ飛んでいき、肉体言語も交えて自らの機体についての総評を突きつけたのだ。そのときの経験が生きて、変態共はしばらくおとなしくすることを決めたのだった。

 

「機体は”キャノンD”の仕様となっています。これまでのデータで、中尉は射砲撃戦を得意としていることが判明していますので、こちらで判断してセッティングしました」

 

「おう、大当たりだぜ。俺もそれを言おうと思ってたんだ」

 

「何よりです。そして、モーガン中尉の機体も含めて皆さんの機体には中規模改修が行われています。作戦の発動に伴い、ハルバートン提督が予算を増額してくれました。それを用いて我々開発チームは、皆さんの機体の各部モーターなどの主要部品を交換しました。この改装により、総合的に10%の性能向上が見込めます」

 

「おいおい、たった10%かよ?」

 

「エド少尉、『たった』とは言いますがね、それは技術者からしてみればかなりの苦行なんですよ?旧世紀の歴史上でも、発明王と謳われたトーマス・エジソンは何千回も失敗してようやく民間に普及させられるレベルの白熱電球の開発に成功しているんです。我々も日夜努力してMSの性能向上に努めてはいますけど、そんなホイホイと性能を上げられるんだったら戦争はとっくに終わっていますよ?我々の敗北という形で」

 

「お、おう。すまん」

 

「それに、これ以上の性能向上は難しいでしょう。そうなると、フレームを変更する必要がありますから」

 

「だったら、換えりゃ良いんじゃねえの?」

 

「そんなことするくらいなら、新しいフレームを使って新しくMSを作る方が効率的です。この際ですから改めて説明しますか」

 

モニターに、二種類のデータが映し出される。それは、”テスター”のデータと『G』の基本データようだ。

 

「”テスター”に使われている機体フレームは、現在『G計画』で製造されている『X-100型』から機構を簡略化して、急遽くみ上げられた『X-0型』です。言い方は悪いですけど、突貫工事で作ったような物です。整備性は高いですけど、拡張性は低く、限界性能はたかが知れています。『G』兵器が完成するのを待って、そちらに乗り換える方が効率的なんですよ」

 

「はーん、なるほどね・・・・そういうことなら、仕方ないか」

 

エドワードは、理解を示した顔をする。さすがに無理難題を押しつけようとは思っていないので、不満はあっても押し隠す。よほど、ミゲル・アイマンに敗北したことが気に掛かっているようだ。

 

「その代わりといってはなんですが、“イーグル”並びに”ジャガー”は、前回の戦闘のデータをフィードバックして、以前よりお二人に合わせたセッティングに仕上がっています。作戦開始までにはまだ数日の余裕がありますので、皆さんは性能の変化した乗機の習熟に努めてください。ですよね、隊長?」

 

話を振られたユージが、続く。

 

「マヤ中尉の言うとおりだ。作戦の開始は3日後、10月7日の1300から。それまで、各自で用いる機材の調整に取り組んでくれ。何か、質問はあるか?・・・・ないようだな。では、解散」

 

ユージの号令に併せて、それぞれの仕事場に向かっていく。

勝負は3日後から。作戦を成功させるために、それぞれのできることを成し遂げていく”マウス隊”。

 

 

 

 

 

そして、時が来た。

10月7日、プトレマイオス基地から艦隊が発進した。

智将デュエイン・ハルバートン率いるその艦隊は、現在連合軍で唯一、独自のMSを擁する第8艦隊。彼らはこれから、相応の期間の持久戦に出向くのだ。

艦隊全体に、通信が開かれる。

 

「第8艦隊司令、デュエイン・ハルバートンだ。これより我々は、ZAFTの攻撃によって崩壊した『世界樹』に代わる新たな拠点を築くまでの防衛任務に就く。この任務は、独自のMS隊と、連戦によって練度を高めたMA隊をも擁する我々にしかできないことだ。他の艦隊はプトレマイオス基地の防衛に専念するため、実質ここに集っているのが全戦力と言って良いだろう。だが、私は確信している。君たち、歴戦の勇士が集ったこの艦隊ならきっと、この任務を果たせると。この作戦に成功すれば、地上との連携が強化され、全面反抗作戦を開始するきっかけともなるだろう。我々が、地球連合軍の逆転の兆しとなるのだ!各員の健闘を期待する!」

 

その演説の後、艦隊はL1周辺宙域に向けて前進を始めた。この戦いは時間との勝負だ。ここから1ヶ月もの間、彼らは戦い続けるのだ。だが、それによって得られる物は多い。艦隊は戦意を大きく向上させながら、戦場へ赴いた。その戦力の内訳は、このようになっている。

 

”アガメムノン級”航宙母艦 1(メネラオス)

”ネルソン級”戦艦 4

”ドレイク級”ミサイル護衛艦 6(ヴァスコ・ダ・ガマ含)

”マルセイユ3世級”輸送艦 6(”コロンブス”含)

 

”イーグルテスター” 1

”ジャガーテスター” 1

”キャノンD” 3

”EWACテスター” 1

”テスター” 9

”メビウス” 30

 

他、拠点建造のための工業用機械多数

 

 

 

 

 

 

「どけどけどけええええええええ!死にたくなけりゃ下がりな!」

 

「今更、その程度の艦隊など!」

 

目標宙域に到達してすぐに、エドワードとレナが発進、突撃する。加速力に優れた2機が前に出るのは当たり前だが、その装備は前回より異なっている。

まず”イーグルテスター”は、両手で構えたガトリング砲を連射しながら突撃する。装甲が厚く、加速性にも優れた突撃機である”イーグルテスター”に合わせて作られた本装備は、弾規格こそアサルトライフルと同じ物だが、連射速度はその比ではなく、瞬間火力で大きく上回る。それはあっという間に警備隊の”ジン”を蜂の巣にする。

”ジャガーテスター”は、グレネードランチャーを右肩背部に背負い、右手にアサルトライフルを装備している。また、左手にはドリルではなく、”テスター”のものと同型のシールドが装備されており、その裏側にしっかりとアーマーシュナイダーが装備されている。レナとマヤが、特に注意を払った箇所だ。またあんな物を付けられてはたまらない。そう感じた二人は、変態共の動向を厳しくチェックした。結果、”ジャガー”はごくごくまともな機体に変化したのだ。変態共が不満気だったのは、言うまでもない。軽快な動きで”ジン”を打ち落とし、敵艦にグレネードランチャーを撃ち込んでいる。

加えて、彼らのステータスが上昇しているのが、ユージの目に映る。

 

エドワード・ハレルソン(Bランク)

指揮 6 魅力 12

射撃 9 格闘 13

耐久 12 反応 10

 

レナ・イメリア(Bランク)

指揮 9 魅力 10

射撃 12 格闘 11

耐久 10 反応 12

 

先日の敵エースとの戦闘が大きな経験となったのだろう、以前よりも良い意味で動きが違っている。性能向上した機体も、乗りこなしているようだ。

他の4人も、じきに成長することだろう。

そうこうしている内に、敵部隊が壊滅したようだ。所詮は警邏隊、中艦隊規模のこちらにはまったくかなわない。

緒戦の滑り出しは好調、だが、ここからドンドンと苦しくなるのだ。

ユージ達”マウス隊”は、一層気を引き締め、警戒レベルを上げながら警備任務を開始し始めた。

 

 

 

 

 

ここより始まった1ヶ月間の戦いのことを、後の人々はこう称している。

”植樹戦役”と。




と、いうわけで。
”マウス隊”は更なる戦いに放り込まれましたとさ。

感想でも時々言われるのですが、”テスター”が正式量産機になることはありえません。それは本文中でも触れてますが、性能の底が浅いからです。”テスター”等のMSの存在が露見した以上、ZAFTも更なる新型を投入してくることは容易に考えられます。そんな中で性能頭打ちの”テスター”を大量生産しても、大した効果は出ないでしょう。
たぶん、そこそこの生産数に収まると思います。後に本命の"ダガー"が控えていますし、"テスター"と"ダガー"ではフレームなどの様々な点で規格が異なって、兵器工場から悲鳴が響きますから。もちろん、流用できる部分もありますけど。
あと、野望シリーズのネタはフレーバーです。本作独自の要素として突っ込んでるだけですので、特に本筋には絡みません。なので、登場人物のステータスの変化とかはそんなに深く考えないで大丈夫です。成長したよってことを明らかにするだけなので。どうしても気になるという方は、過去話を遡るなど独自で調べてください。
ぶっちゃけ、そこまで書くの面倒くさい(ぼそっ)。

この『世界樹再建計画』完了で、「パトリックの野望」序盤戦が終了といったところです。一区切り付くので、そこで今まで描写を忘れてた戦艦とかのステータスでも載っけてみましょうかね。区切りの付いた段階で、設定集などを載せていくことになると思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第13話「ダイジェストでお送りいたします」

前回のあらすじ
連合軍「荒涼とした宇宙という名の砂漠に、オアシス(軍事拠点)を作りたいと思います」
ZAFT「やめろぉ!」


1.「黄昏の魔弾」VS「切り裂きエド」、再び

 

10/13 

L1宙域

 

「デブリを上手く使え!落ち着いて、敵の攻城装備持ちに集中だ!」

 

「一撃でも良い!奴らに本懐を遂げさせるな!」

 

ここ、L1宙域に拠点を再建したい連合軍と。

それをなんとしても阻止したいZAFT。

今から約1週間程前から、両勢力間では何度も小競り合いが行われていた。

連合側はMAとMSで連携しながら、拠点再建の最大の障害となる装備、「バルルス改特化重粒子砲」を装備した”ジン”を集中して狙い、ZAFT側は、「バルルス改」を装備したことで機動力が低下した僚機を他の”ジン”が護衛する。それが両軍の基本戦法となっていた。

 

「お前らはデカ物背負ったやつだけ狙え!他は俺達でやる!」

 

そんな中”マウス隊”の面々は、率先して敵護衛MSの排除に当たっていた。

現在連合側に参加している戦力の中では、最も対MS戦経験の豊富な彼らにこの役目が当てられるのは、当然の帰結だった。

 

「モーガンさん!敵増援、さらに来ますぅ!4時の方向、数は3!」

 

「セシル、観測データをよこせ!砲撃で仕留める!」

 

「どうぞ!」

 

”マウス隊”パイロットは現在、3人1組で二手に分かれて行動している。ローテーションを組んでおり、現在こちら側にいるのは、モーガン、セシル、エドだった。

 

「うぅ・・・・エドさんがいれば・・・・」

 

「泣き言言ってんじゃねえ!あいつは今、俺達よりもやばい鉄火場にいるんだ!おら!1機撃破!接近して残りをやるぞ!」

 

「助けてぇ、アイクさん・・・・」

 

そう言いつつも、セシルは正確に攻撃を敵機に当てていく。この3ヶ月の間に、大分本人の能力も向上したようだ。口調とは裏腹に、その動きに澱みは見られない。

モーガンは言わずもがな、重装甲・高火力な、曰く「肌に合う」MSを手に入れたことで活き活きとしている。

この二人だけではなく、”マウス隊”の面々は『世界樹再生計画』期間中に、多数の戦果を挙げることとなる。

ただ一人、エドワード・ハレルソンを除いて。

それは彼が劣っているという訳では無い。むしろ、他よりも優れている能力と機体を持っているからこそ、彼にしか出来ない役割を担っていたためだった。

 

 

 

 

 

 

「想像以上に早い、再戦だな!『黄昏の魔弾』!」

 

「はん、またお前か!今日はお前に合わせて、とっておきの調整で来てやったんだ。喜べよ!」

 

二つのMSが、モーガン達のいるエリアから少しばかり離れたところで激突する。

エドワード・ハレルソンとミゲル・アイマン。

先月激闘を繰り広げた彼らは、三度まみえていた。

そう、三度。実は、彼らは先月の戦いと現在の戦いの間に、もう一戦繰り広げている。

連合の計画を阻止するための部隊に配属されたミゲルは、二日前にエドワードと激闘を繰り広げていた。しかし、決着は付かなかった。その前に、ZAFT側が一時撤退を決めたからだ。

ミゲルも、まさかこんな短期にエドワードが復帰してくるとは思っていなかったのだろう。また、以前よりも動きの良い”イーグルテスター”の動きなど、複数の衝撃から立ち直り、今、三度目の戦いが始まった。

 

「おっと!?あっぶねえ、バズーカ持ってきやがったか!」

 

「この”キャットゥス”を持ってこなければならないとはな・・・・今日は確実に仕留めるぜ!」

 

今、ミゲルの乗る”カスタムジン”は二つの装備を持っている。

一つは、”ジン”の基本装備である重斬刀。これは何もおかしくない。

しかしもう一つは、「キャットゥス無反動砲」。これは本来、対艦用に用いられる装備であり、MS相手に使用するには不向きな装備だ。しかし、彼はまず、エドワードを倒す事だけを優先した。この武装でなければ、やつの装甲は突破できない。「バルルス改」は、機動性が低下してしまう。

やつを倒さなければ、この妨害作戦は失敗する。ミゲルは、それだけの強敵と認めた。ならば、他の装備はやつを倒すのには邪魔だ。「キャットゥス」も重斬刀も、ただ一機を倒すためだけに。これは他の隊員も承知している事だし、連合側も、ミゲルは最低でも”マウス隊”で無ければ太刀打ち出来ない強敵であることを認め、もっとも対MS戦に長けたMSに乗るエドワードにミゲルの対処を任せていた。つまり、これは両勢力から認められた『一騎打ち』なのである。

 

「いくぜミゲル・アイマン!俺の頭は今、最高にアドレナリンが沸騰してんだ!」

 

「これでも喰らえ、『赤壁』!お前を倒せば、俺の名はますます広まるだろうさ!」

 

エドワードは射撃をよけながらミゲルに接近し、ミゲルは付かず離れずの距離を保ちながら「キャットゥス」による攻撃を加える。

結局、この彼らの戦いも決着は付かなかった。

だが、彼らはここから何度も戦い、その能力をお互いに高めていくことになる。それが後にどのような波紋を生み出すのかは、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

2.「蛇の尾」との出会い

 

10/15

”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦長室

 

『戦力増強?』

 

「はい。そろそろ必要になってきていると考えます」

 

今、ユージはハルバートンと通信を交わしていた。その内容は、激化する戦闘に合わせて戦力を整えようというユージの意見具申だった。

 

『たしかに、日に日に敵戦力が増大しているのは確かだ。しかし、中途半端に戦力を増やしても、焼け石に水といったところだろう。かといって、現状でも第8艦隊総出で計画遂行に当たっているのだ。他の艦隊に増援を要請すると、今度は月の防衛に支障が出る。何か考えがあるのかね?』

 

「もちろんです。ここは傭兵を雇うべきだと考えます」

 

『傭兵、だと?』

 

はい、といって自分の意見の正当性を証明するために話始めるユージ。

 

「傭兵の中には、MSを有する者達も少なからず存在します。そして、対MS経験もそれなりにはあるでしょう。即戦力になり、他の基地の戦力低下を気にする必要もない。連合軍が公的に傭兵に頼るというのは、少々お気に召さないかもしれませんが・・・・」

 

『ふむ・・・・。確かに、軍が傭兵頼りというのはあまり良くない。しかし、出来ることは何でもやっておくべきだな。後悔は先に立たない、というしな。依頼先は、目星が付いているのかね?』

 

「はい。それも、最高クラスの実績を持つ者達を。既に、アポイントメントは取得済みです」

 

『その傭兵の名は?』

 

ユージにしてみれば珍しいことに、自信たっぷりにその名を告げる。

 

「傭兵部隊、『サーペントテール』。私の知る限り、信用がおける最強の傭兵部隊。彼らなら、きっと十分な戦果を挙げてくれるでしょう」

 

 

 

 

 

10/17

”メネラオス”応接室

 

「では報酬は4分の1が前払い、残りは作戦成功後に。また、使用するMSの貸し出しや、その整備などに必要な機材・人員はそちらの都合で動かせるようにしておく、ということで」

 

「ああ、それで問題ない」

 

この部屋の中には、3人の男性がいた。テーブルを挟んで、2人と1人で分かれている。

2人の方は、ハルバートンとユージ。この艦隊の最高責任者としてハルバートンが目の前の『彼』に依頼内容を伝えていく。ユージは、『彼』を仲介したということもあってハルバートンの後ろに立っている。

そして、1人の側。その男は、物静かな雰囲気を漂わせているが、同時に大きな力を秘めていることもわかる顔つきに表情を浮かべずに、依頼を受諾した。

その男の名は、「叢雲劾」。傭兵部隊『サーペントテール』のリーダーにして、C.E最強パイロットの内の一人である。ユージはそのことを、原作から得た知識から知っていた。その能力はもちろん、依頼内容に不備があったり彼らに不利益になるような行動をこちらが採らない限りは、確実に依頼をこなす。傭兵としては理想的な存在だ。

ついでに、ユージの目にも高い能力を裏付けるデータが表示されていた。

 

叢雲劾(Cランク)

指揮 9 魅力 10

射撃 13(+2) 格闘 14

耐久 10 反応 12(+2)

空間認識能力

 

得意分野 ・魅力 ・格闘 ・反応

 

”マウス隊”はもちろん、今まで見てきた中で最高クラスのステータスが表示されているのを見て、彼が味方にいるという安心感と、彼に敵になって欲しくないという不安が織り交ぜになった感情をユージは得る。

彼は淡々と打ち合わせを済ませると、部屋から出て行く。その光景を見ながら、ハルバートンは口を開く。

 

「ふむ、大分ストイックな男だったな。さばさばとしていて、何というか・・・・愛想はない。だが、傭兵としてはそちらの方が好ましいといえるかもしれん」

 

「ええ。それに、彼らはこれまで、殺戮や弾圧のような行いに関係する依頼は、一度も受けていません。信用してもよろしいかと」

 

「連合の制服を着ていることは気になるが・・・・余計な詮索だな。彼らへ貸し出す機体の用意は、出来ているのかね?」

 

「はい。彼らなら、きっと使いこなしてくれることでしょう」

 

 

 

 

 

 

「なるほど。装甲は薄いが、その分機動性はなかなかだな。好みの機体だ。連合軍も中々のMSを造り出したものだ」

 

「劾、あまり飛ばしすぎないでくれよ?こっちは通常タイプらしいからな」

 

第8艦隊が用意したMSの試運転に、劾と、『サーペントテール』所属のMSパイロットである「イライジャ・キール」は繰り出していた。

 

イライジャ・キール(Dランク)

指揮 3 魅力 6

射撃 5 格闘 4

耐久 7 反応 5

 

得意分野 ・格闘 ・耐久 ・反応

 

イライジャの言うように、彼に支給されたのは通常の”テスター”だ。武装にも特に変わったところは無く、アサルトライフル、シールド、アーマーシュナイダーの基本装備だ。

しかし、劾に支給された機体はそうではなかった。彼に渡されたのは、”ジャガーテスター”。”マウス隊”で優秀な性能が発揮されたこと、高いMS操縦能力を持つと目される劾のために、新たに生産されたものだ。ちなみに、ドリルは付いていない。ライトシールドと、その裏にアーマーシュナイダーが懸架されている。

 

「機動性だけなら“シグー”並、火力も十分、機体バランスも良い・・・・。これなら、今後も彼らから依頼を受けることを考えてもいいな」

 

「こっちも、”ジン”よりずっと使いやすいぞ。連合はどんなマジックを使って、これだけのOSを作り出したんだ?報酬の代わりに、この機体が欲しくなるぜ」

 

「働き次第では、交渉して手に入れられるかもしれないぞ。今日中にこの機体をモノにして、ミッションを開始する」

 

「ああ、やってやるぜ!」

 

彼らはこの後、計画終了までの約2週間後まで、独立部隊として戦う事となる。この戦いで彼らが挙げた戦果を見て、連合第8艦隊内では「『サーペントテール』に手を出すな」という暗黙の了解ができあがり、ZAFTもまた、機体にペイントされた蛇のマークを見て、『サーペントテール』に対する戦力評価を改め、彼らの元には依頼が多く舞い込むようになった。

ちなみに、追加報酬として、『サーペントテール』は”テスター”に搭載されているOSを手に入れる事に成功した。このことからイライジャは、原作序盤でよくよくさらされていた醜態の数が少なくなったとか。

 

 

 

 

 

3.気になる彼、気にする彼女

 

10/21 "コロンブス"休憩スペース

 

「ふう・・・・」

 

そっと息をついたのは、カシン・リー。

時刻は今、18時を回ったところ。彼女は計画始動から今日に至るまで、既に2桁を超える出撃を経験していた。今日は特に辛いと感じた日、一日に二回以上の出撃があった日だった。その疲れを少しでも癒やすために、彼女は現在、好物の甘いジュースを休憩スペースで飲んでいた。

彼女がくつろいでいると、休憩スペース内に誰かが入ってくる。

 

「あれ、カシン。君も休憩?」

 

「あ、アイク。うん。今日は流石に疲れたから・・・・」

 

そっか、といって入室してきたアイザックは、自販機の前で自分は何を買おうかと悩んでいる様子だった。彼もまた、この連戦の疲れを取りに来たのだろう。

そこまで考えて、ふと思いつく。あのことを聞くなら、今がタイミングが良いのではないか、と。

 

「ねえ、アイク」

 

「ん?」

 

アイザックは、炭酸系の飲み物を購入してそのままカシンの向かいのベンチに座る。

 

「アイクは、どうして連合軍に入ったの?」

 

「えっ・・・・」

 

「私と違って、自分から志願して入隊したんでしょ?それはどうしてかなって」

 

アイザックとカシンは、どちらも同じくコーディネーターだ。しかし、連合軍に入隊した理由はまったく異なっている。カシンは、アイザックが自分から入隊したという話を他の同僚との会話で聞き、ずっと不思議に思っていたのだ。

なぜ、進んで戦争に参加したのか。連合に入隊すれば、周りからの視線は冷たいモノとなるだろう事は、想像に難くなかっただろうに。

 

「うーん、そっか。カシンにはまだ、話したことはなかったね」

 

「ご、ごめんなさい。気を悪くしてしまったかしら」

 

「いや、全然そんなことはないよ。ちょうど良いから、話しておこうかな」

 

そういって、アイザックは話し始めた。自分が、兵士になることを決めたきっかけを。

 

「僕の両親は、コーディネーターだった。お互いに周りからの厳しい態度にさらされてきた間柄で、そんな中で出会った二人は、自然に仲良くなっていった。二人が結婚を決めたのは、至極当然と言えば当然なことだったんだろうね。二人はその後、大西洋連邦内でも田舎と呼べる地域に移り住んだ。おじいちゃんおばあちゃん、世情に疎い片田舎で二人は暮らし始め、僕もそこで生まれた」

 

「・・・・」

 

カシンは、静かに話を聞いている。きっとこの話が、彼の戦う理由の根幹なんだろう。

 

「だけどね、エイプリルフール・クライシス。あれのせいで、地球上で反コーディネーター感情が劇的に高まっただろう?故郷では、Nジャマーのもたらしたエネルギープラントの停止の影響は少なかったんだけどね。だけど、そこに住んでいた両親は、コーディネーター狩りを始めた連中に見つかって殺された」

 

「それは・・・・」

 

「しかも、二人をかばおうとした人たちもまとめて殺したんだ。小さな街だったから、住民同士の結びつきも強くってね。ほとんど、皆殺しにされた。もう、僕の故郷は地図に載っていない。僕は、カシンみたいに遠くの大学に通っていたから、免れたけどね。たぶん、もう少ししたら、志願しなくても『スカウト』が来ていたんじゃないかな」

 

アイザックの表情は暗い。やはり、何度話しても辛いものがあるのだろう。しかし、彼は話をやめない。

 

「僕みたいな人間は、たぶん2種類に分かれる。親しい人を殺されたことから、実行した人を憎む。もしくは僕のように、その原因となった人たちを憎む。この、どっちかさ。どっちでもない人も居るかもだけど、今のところそんな人は見たことはないね」

 

「アイク、それじゃああなたは・・・・」

 

「そう、そうだよカシン」

 

息を吐いてから、ゆっくりと吸う。アイザックが、自分の中の闇を吐き出そうとしているのがわかる。

 

「僕は、エイプリルフール・クライシスを引き起こしたZAFTが憎くて、許せなくて連合軍に入隊したんだ。復讐のために、銃を取ったんだよ」

 

何も、言えなかった。

流されて入隊した自分と、明確な理由を持って戦場に立ったアイザック。しかし、それを讃えることや肯定することは出来なくて。

彼に、なんと言えば良い?この、人当たりが良く親しい人を大切にする、ありふれた青年に。しかし、その優しさ故に戦う道を選んでしまった彼に、私は。

カシンが考え込んでいる中アイザックは、でもね、と続ける。

 

「隊長は、ユージ・ムラマツさんは。こんな僕を肯定してくれた。復讐を目的として戦ってもいいって。だけど、こうも言ったんだ。それでも、優しさを失わないでくれ。その先には、君のためになるモノはひとつもないって。難しい話だよ。復讐をしても、優しさを失わない。口にするのは簡単だけど、実際には難しい。だけど、隊長が真剣に僕のことを考えてくれているっていうのはわかった。僕は、一人じゃない。今はこの部隊で戦って、戦争を少しでも早く終わらせたい。そして、自分の心との決着を付けたいんだ」

 

「・・・・アイクは、やっぱり強いね。私には、とても・・・・」

 

「カシンは、それでいいんだよ」

 

「え?」

 

アイザックは、優しく語りかける。

 

「僕はこうなってしまったけど、カシン。君にはまだ、家族がいるんだろう?大切な人たちが死んでからじゃあ、全部が無意味になってしまう。無駄になってしまう。僕は君の戦う理由を決めつけたりはしない。けど、失われたらもう、手に入らないものもあるというのは、忘れないで欲しいんだ・・・・」

 

「アイク・・・・」

 

そこで、警報が鳴り響く。

この数週間で、聞き慣れてしまったサイレン。

敵が、攻撃してきたのだ。

 

「行こう、カシン!この作戦が成功すれば、戦争がもっと早く終わるようになる!あと少しで終わるんだ、今が踏ん張りどころだよ!」

 

「アイク・・・・そうだね。私も、今自分に出来ることをするよ!」

 

そういって、二人は駆けていく。戦場に向かうのだ、彼らは。

しかしその足取りは、決して重いものではなく。自分達の使命を背負った者達の、しっかりとした足取りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、10/31。

この日、ZAFTはL1宙域からの撤退を決定した。もはや、これ以上この宙域で戦闘を継続する意義がなくなってしまったからだ。

そう、新たなる「世界樹」が、ここに生まれたのである。

戦時に急造したものであるから、以前この宙域に存在していたものよりも規模は小さく、基地としての機能も、以前の半分ほどとなってしまった。

しかし、ただの軍事拠点としてだけではない、様々な意味があった。

この基地を中継点として、月と地球の間の行き来が容易になる。

そのことによって、宇宙から地上に、MSという新戦力を送り出せるようになる。

これからの主戦場は、地上へと移り変わる。そしてそれは、地球連合軍にとっての福音であり、ZAFTにとっては崩壊への序曲とも言えるものだった。

後にこの戦いは、「植樹戦役」と呼ばれるようになり、この基地も「セフィロト」と名付けられ、長く長く使われていくこととなるのだった。

ここに、地球連合軍の「生命の樹」が誕生したのだった。




ということで、「パトリックの野望」序盤戦、これにて終了となります。次回以降に、「植樹戦役」の後日談や、これまで描写をサボってきた戦艦、輸送艦等のステータス表記が続いて、その後地上での戦いの描写が増えていくことになります。また、ようやく中立コロニーヘリオポリスからの、「彼ら」の戦いも始まることとなります。



本作は、なにかしらのSSを書きたいと思っていた作者が「SEED系列の世界観に、野望ネタをつっこむと面白いのでは?」と考えたことによって生まれました。その過程で、ステータスなどを表記するには、何かの特殊能力が必要だな、という経緯を経て、転生者設定を取り入れることになりました。
私個人の意見を言うなら、転生モノって実は嫌いな部類に入るんですよね。
お手軽に無双出来て、それぞれの作者が原作で気に入らないところをサクッと解決してしまうような、それってようは「あからさまな」デウス・エクス・マキナじゃないですか。結局、物語っていうのは作者自身が神のような存在となってつくられる訳ですから、「誰かの都合良い妄想」から抜けることは、永遠に出来ないんですよ。そこに、さらにそれを助長するっていうのは。物語の登場人物含め、様々な存在への冒涜だと思うんです。だから、ユージを転生者にするのは、結構な葛藤・苦労がありました。
けっして都合良く無双しないように。
チートと呼ばれるようなことはしないように。
そうして、「MS・MAの操縦がそこまで上手くなく、開発チートや内政チートなどの、知識が限界突破している」ようなわけでもない、中間管理職系主人公ができあがりました。彼が現時点でやったことなど、それこそ”マウス隊”を立ち上げたことくらいなんです。
だけど、戦記ものって本来そういうものなはずなんです。少数が無双したところで、大局は変わらない。それが、私の中での「ガンダム世界戦争観」なんです。そういう意味では、「ギレンの野望」はアムロどころか、ガンダム無しでも一年戦争に勝てるという、色々と衝撃的な出会いでした。そういう思いもあったから、この作品は生まれたんでしょうね。まあ、ガンダムというMSやアムロのような主人公自体は、非常に魅力的で好きですけどね。それはそれ、これはこれってやつです。
つまり、これはユージの物語ではなく、”マウス隊”や第8艦隊の物語です。天才、凡人関係なく。様々な人たちが手を取り合うことによって紡がれる物語。どうか、彼らの戦いが決着を迎えるその時まで、「パトリックの野望」を閲覧していただけると幸いです。
とりあえず、無印種の部分までの構想はできあがっています。今後は、原作主人公達も本作に登場し、オリジナル機体もどんどん増えていきます。気長に、次回以降をお待ちください。
それでは、(^-^)/


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第14話「分かたれ、いつかは交わる道」

前回までのあらすじ
重要拠点「セフィロト」が発生しました!
拠点ステータス
収入 200 生産 50


11/2

L1宙域 連合軍軍事拠点「セフィロト」内 多目的スペース

 

「諸君、ありがとう。勇敢なる我が第8艦隊の兵士諸君。本当に、ありがとう」

 

ハルバートンは、ただただ礼を述べ続ける。

それは一つの作戦の終了を意味するものであり、更に成功へと導いた兵士達への、雑じり気のない感謝の表れだった。

以前この宙域に存在していた「世界樹」の6割ほどの規模でしかないが、基地としての機能は十分に発揮されており。

ZAFTもまた、これ以上の攻撃に意味を見出だせなかったのか。昨日の時点で全軍が撤退を完了していた。次にこの基地に攻撃が行われるとしたら、それはもっと強大な敵艦隊が襲ってくるだろう。そうでなければ、この基地を落とすことは出来ない。

 

「今ここに、新たに生命の樹が植えられた。どんなに小さくとも、たしかに我々は、勝利への一歩を歩んだのだ!我々の逆転は、ここから始まる!

私はここに、「世界樹再生計画」の終了を告げるものとする!」

 

基地の中だけでなく、周辺に待機する宇宙船の中でも、勝鬨の声が上がる。

ここまで、長かった。

味方がやられていくのを、逃げながら見つめるしか出来なかった自分達。しかし、今ここに、その屈辱を拭いさることに成功した。自分達は、ついにあのZAFTから勝利をもぎ取ったのだ!

 

「皆、疲れていることだろう。一ヶ月もの激戦を乗り越えたのだ、無理もない。明日には、月から派遣された部隊が新しく駐留部隊としての任に就く。あと一日だけ、頑張ってくれ。この作戦に参加した全員に、三日間の特別休暇とボーナスを用意しているからな!」

 

ハルバートンが多くの部下達から慕われているのは、このように部下への労いを欠かさない点もあるからだろう。第8艦隊所属の兵士達は、休暇中に何をしようか話しだす。

久しぶりに、酒をたらふく飲もう!

とにかく、寝たいな。

月に戻って、コペルニクスに買い物に行きたいな。

そんなことが、”マウス隊”の中でも話されていた。

 

「酒!ハンバーガー!くうーっ、今から楽しみだぜ!」

「久しぶりに、拳銃訓練でもするかな。最近、操縦桿握っているだけだったからな。久しぶりに自分でぶっ放してぇ」

「うーん、どうしようかな・・・・うーん」

「あ、アイクさん!よ、よかったら私とぉ、コペルニクスに行きませんかぁ?こっちには、詳しくないですよねぇ・・・・?」

「たしかに、コペルニクスにいったことは無かったなぁ・・・・案内してくれるの、セシル?」

「はいぃ、私で良ければぁ(ふっふっふ、1stフェイズ終了ですぅ)」

「そういえばそうだったわね。カシン、コペルニクスに行ってみない?宇宙に来てから、まだ行ったことないわよね?」

「そうですね、コペルニクスに行ったことはなかったです。ご一緒させてもらっていいですか?」

(ぐぬぬぅ。このままでは、プランが乱れてしまうかもですねぇ・・・・鉢合わせにならないようにしないと)

 

そんなことを”マウス隊”パイロット達が話し合っていると、アナウンスが更に響く。

 

『ユージ・ムラマツ少佐、並びに”第08機械科試験部隊”所属のMSパイロットは、直ちに基地司令室に参集してください。ハルバートン准将がお呼びです』

 

それを聞いて、不思議に思いながらも、執務室に向かい始めるパイロット達。

いったいどんな用件で?特に呼び出されるようなことはしていないはずだが。

 

「また、どっかにMSぶつけたとかじゃねえだろうな?エド」

 

「いやいや、流石に今そんなことやらかすほど、下手くそじゃないぞ?」

 

「どうでしょうねぇ、エドさんって、時々スロットルを過剰に回すことありますし」

 

「ほんとに、心あたりねえって!少しは信用しろよ、ったく」

 

「というか、それだったら呼び出されるのはエドだけになるはずでしょう?私達全員が呼び出されるのはおかしいわ」

 

「たしかに・・・・隊長が呼び出されるのは、まあわかりますけど」

 

それぞれ、疑問を抱えながら司令室に向かう。

やがて司令室のドアの前に立つ一同。ノックをすると、入りたまえ、という声が響く。全員が部屋の中に入ると、司令室の執務机にはハルバートンが座っており、その隣にはホフマンの姿もある。ユージは既に、机の前に立っていた。

その顔には疑問が浮かんでおり、彼もなぜ呼ばれたのかをわかっていないようだった。

 

「うむ、全員集まったようだな」

 

「はっ、ユージ・ムラマツ以下、ここに集合しました。それで、どういったご用で・・・・?」

 

「うむ、まずはこれを受け取りたまえ」

 

そういって、ハルバートンは小さな箱をユージに渡す。開けても良い、という許可を得てからユージは箱を開けた。

 

「これは・・・・中佐の階級章?」

 

「うむ。此度の戦いでは、君たちMSを運用する部隊の戦果に著しいものがあった。君たちの奮闘あればこそ、この計画は成功したのだ。これは今回の計画の論功行賞だけではなく、今までの戦いでの結果を顧みたものとしてくれ。もちろん、他の隊員にも同様に、1階級の昇進を予定している。パイロットだけでなく、文字通り全員にな」

 

「それは・・・・ありがとうございます!これからも、信頼にお応えしていきます!」

 

ユージに合わせて、全員で敬礼する。

 

「ああ、これからも励んでくれたまえ。さて・・・・では、もう一つの問題に取り組むとしようか」

 

「他にも、何か?」

 

そう言うと、ハルバートンは難しそうな表情を浮かべる。

やりたくないことをやらされるような雰囲気が、漂っている。

 

「実はな・・・・ユージ君だけでなく、君たちパイロット全員を呼び出したのは、上からの指示があるのだ」

 

「上・・・・ですか?」

 

「君たちに下った命令は、『異名とパーソナルマークの考案』、だ」

 

「・・・・は?」

 

その言葉を聞いて、ピンときた者はいなかった。

え、どういうこと?異名?パーソナルマーク?

 

「ようするに、プロパガンダだよ。MSの有用性が示されたら、手のひらを返して君たちを讃える文面と共に、そういった指令が送られてきた。ZAFTの『黄昏の魔弾』のように君たちにも異名を付けて、ZAFTの目を君たちに向けたいのさ。その隙に、量産型MSが揃うまでの時間を稼ぐというわけだ」

 

「・・・・上の方々は、意外と余裕のようですな。一個人の負担を増やして、なんとかなると考えているのですか?」

 

「我々がその分、働くことになっているのだがな・・・・私にも、『MSの有用性に早くから気付いていた智将』などと言って、少将の階級章を送ってきた」

 

ユージの皮肉に愚痴をこぼしながら、ハルバートンは首元の階級章を指指す。確かに、少将を表す階級章だ。

 

「それは・・・・おめでとう、ございます?」

 

「上司に仕事を丸投げされたことの、何がめでたいものか・・・・要は、私の権限を増やすことで私に押しつける仕事の幅を広げたようなものだからな。出来ることは増えたとはいえ、負担も増すことになる・・・・。っと、そうではなかった。とにかく、上は君たちを高く評価している、ということだ。良くも悪くもな」

 

とりあえず、考えてみてくれ。特別休暇の後に、希望があったら伝えてくれ。

そう言った後、ハルバートンは退室を促した。これ以上、引き留めるつもりは無いのだろう。

とりあえず、全員が今日の所は解散した。

 

 

 

 

 

 

 

11/6 

プトレマイオス基地

 

「異名・・・・うーん」

 

アイザックは、一人休憩スペースのベンチで唸っている。

先日、ハルバートンから伝えられた『希望する異名』を考えているからだ。

異名・・・・を。希望するって何だ?自分が考えたあだ名で、周りどころかZAFTからも呼ばれる?

下手なものを希望すると、間違いなく後々大変なことになる。

かといって、自分で決められるなら自分で決めたい。他人から付けられたあだ名が、気に入るものである保証もない。

 

「エドさんは『切り裂きエド』、モーガンさんは『月下の狂犬』か・・・・もとから異名がある人はいいよなあ。かっこいいし」

 

エドワードの方は元々自称していたものだが、彼らしさのある異名といえるだろう。

だったら、自分は・・・・?

そこまで考えたところで、後ろから声を掛けられる。

 

「あれ、アイク。どうしたの、そんなに唸って」

 

「カシン・・・・ほら、ハルバートン提督に言われたやつ。あれを考えていたんだ」

 

「ああ・・・・なるほど」

 

苦笑しながら、隣に座る。彼女も、苦労したのだろう。

 

「異名って言われても、そういうのって自然に呼ばれるものなんじゃないかな・・・・」

 

「そうだよね・・・・そういえば、カシンは決まった?」

 

アイザックの質問に、カシンは答える。

 

「私は・・・・その・・・・『機人婦好(きじんふこう)』って、お願いするよ」

 

「フコウ?」

 

「うん。今よりもずっと昔、私の育った地域でそういう女性がいて、軍勢を率いて戦ったんだって。すごいなって思って、その人にあやかったんだ。機人、つまりMSに乗って、その人みたいに頑張りたい」

 

「へえ・・・・歴史上の人物にあやかる、か」

 

「アイクは、まだ決まってないの?」

 

「はは、お恥ずかしながら・・・・」

 

それを聞いて、カシンは考え込む。少しして、アイザックにこう告げてくる。

 

「ね、じゃあさ。連合軍やZAFTの人たちに、アイクが伝えたいことをあだ名にしてみたらどうかな?」

 

「伝えたい、こと・・・・?」

 

「うん。どうして戦っているのか、みたいな」

 

「・・・・そうか、そうだね。そうするよ」

 

アイザックはベンチから立ち上がる。

 

「決まったの?」

 

「うん。これ以外にない」

 

アイザックが部屋から出ていくのを尻目に、カシンは自販機で、普段は飲まない炭酸飲料を購入した。

 

 

 

 

 

11/9

「セフィロト」宇宙船ドッグ

 

「これで、しばらくはお別れですか」

 

「仕方ねーさ。地上は宇宙以上にピンチらしいしな」

 

そこには、珍しく"マウス隊"が全員集合していた。

目的は、見送り。

これから暫く部隊を離れ、地上での任務に赴く者達を見送るため、また、それを受けるために彼らは集まっていた。

 

「まさか、地上での教導任務とはなぁ。エドの旦那、ちゃんと出来るんすかい?」

 

「余計なお世話だっつーの。コジローのおっさんも、もう少ししたら"ヘリオポリス"に転属だろ?」

 

軽口を叩き合うエドワードとコジロー。

コジロー含む数人の整備兵も、二週間ほどしたら"ヘリオポリス"に転属し、『G』の整備経験をそこで積むこととなる。

彼らは、それぞれの道を歩み始めようとしていた。

 

「・・・・エドの旦那。一つ言っときたいんですがね」

 

「?」

 

「俺は、まだ31ですぜ」

 

「・・・・嘘だろ?あと10足りてなくないか?」

 

「はん、どうせ俺は老け顔ですよ」

 

彼ら以外にも、別れの挨拶を交わしているのが見える。

 

「レナさん・・・・お達者で」

 

「うぅ・・・・レナさんがいなくなると、私出撃できなくなっちゃいますよぉ」

 

「ありがとう、カシン。セシルも、しゃんとしなさい。貴方だって、もうエースパイロットの一人なのよ?」

 

「皆さんがいなくなったらポンコツですよぉ~」

 

こちらは、女性パイロット達のやり取りだ。

地上に向かうのは、モーガン、レナ、エドワードの3人だ。

月ならまだマシで、地上部隊の中にはコーディネーターに偏見を持つ者もまだまだ数多くいる。故に、彼らが地上での教導官兼地上用MSのテストパイロットに任命されたのだ。

 

「セシル、いい?貴方の実力は、皆知ってる。だから、あとは貴女が自信を持つだけ。カシンも、また会う日まで死ぬんじゃないわよ?貴女の故郷の料理を食べさせてくれるっていう約束、まだ果たされてないのだから」

 

「はい、次に会う時には、美味しい麻婆豆腐をご馳走しますよ」

 

「早めに帰ってきてくださいねぇ・・・・」

 

「地上が片付いたら、ね。そんなに情けない顔しないの。カシンに、アイクもいるでしょ?最近、良い仲って聞いたわ」

 

「そそそそそそそそ、それは、その、あうあうあう・・・・」

 

「レナさん、その話詳しく!」

 

「またの機会にね!ふふっ」

 

女性達も、お互いを励まし合いながら別れを済ませていく。この4ヶ月のふれあいで、彼女らの関係が大きく変化していることがわかるだろう。

 

「貴方がいなくなると、不安になりますね」

 

「はっはっは、だろう?俺は強いからな!・・・・なんてな。少しの間さ、地上と宇宙で別れるなんざ。なんなら、俺達が地上にいる間に、プラントを占領してくれてもいいんだぜアイク」

 

「いやいや、僕達だけじゃ無理ですよ」

 

「流石にジョークさ。しかしな、お前達ならこの先大丈夫だ。それだけは確信している」

 

モーガンは、これから彼らが乗り込む降下ポッドに積み込まれるMSに目を向ける。

"イーグルテスター"、"ジャガーテスター"。そして、テスターによく似たMSが積み込まれていた。

 

「陸戦型の"テスター"・・・・俺はこいつで、ZAFTの連中を叩いてくる。犬っころ共を、一つ調教してやるのさ。宇宙は任せたぜ」

 

「任せてください。きっと保たせてみせます」

 

「その意気だ、はっはっは!」

 

バシバシとアイザックの背中を叩くモーガン。

その姿は、まるで師弟のようでもあった。実際にアイザックは、モーガンの戦場での立ち回りから多くを学んでいる。師弟という比喩も、間違っていないかもしれない。

 

「そろそろ、時間だな。全員、整列」

 

ユージの掛け声に合わせて、それぞれ別れの挨拶をしていた隊員達が整列する。

 

「我々はこれから、それぞれ別の道を進むことになる。

地上での戦線に赴く者、宇宙での戦線を維持する者、新たな技術に触れる事になる者。だが、この数ヶ月の間に我々が手に入れたモノは、この先もきっと役に立ってくれることだろう。それがちっぽけなモノだとしても、我々にはかけがえ無いものであり、その小さな何かが積み上がっていくことで、この戦争を終わらせる事が出来る。私はそう、信じている。そのことを忘れずに、これからも生き抜いて欲しい。

最後に一つ、私個人から。・・・・ここまで私に付き合ってくれてありがとう。またいつか、会おう」

 

全員が敬礼を行う。

彼は、ユージ・ムラマツは、けして特段優れた人物では無かった。強烈なカリスマがあったわけでもない。

しかし、彼が部隊を立ち上げなければ、自分達はここにはおらず、あっけなくどこかの戦場に放り込まれて死んでいたのかもしれない。今にいたるまでの経験を得ることもなかっただろう。

また、彼は人の弱さという物をよくわかっていた。そして、強さも。

個々人との関係構築が上手だった。だからこそ、このアクの強い部隊を率いて来れたのだ。

”マウス隊”メンバーは、程度の違いはあれど、自分達の隊長を慕っていた。この隊長の下で働いている間は、死ぬことはない。何の根拠も無く、そう思える。

だから、きっと。今ここで分かれることになっても。またいつか、笑い合える日がくるだろう。

自分達は、最高の部隊だ。

 

 

 

 

こうして、ネズミ達はそれぞれの道に分かれて進むこととなった。しかし、彼らは気付いていない。既に自分達が、物語の重要人物となってしまったことなど。安寧という言葉からは、かけ離れた道を歩むことになってしまったことなど。

しかし、それを気付く事は無いし、必要もない。

彼らが彼らであるなら、その道先が暗いモノであることなどあるわけがない。

『種』が芽吹くまで、あと2ヶ月。芽生えた樹が、どのように成長するのか。

本来の筋書き通りに育つか、あるいは・・・・。

それは、誰にもわからない。この時点では、まだ誰も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発部から新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

 

 

「陸戦型MSの開発」資金 2000

地上戦におけるMS戦のデータ収集も兼ねて、“テスター”を地上用にセッティング、ある程度の量産も視野に入れた機体を新たに開発する。




この作者、わからないこと多過ぎやな(呆)

ということで、序盤戦は完全終了です。現時点での”マウス隊”メンバーのステータスを載っけておきますねー。

ユージ・ムラマツ 中佐 (Aランク)
指揮 13 魅力 12
射撃 11 格闘 8
耐久 10 反応 9

アイザック・ヒューイ(Bランク) 中尉 『アヴェンジャー』
指揮 5 魅力 10
射撃 11 格闘 12
耐久 8 反応 10
SEED 2

カシン・リー(Bランク) 少尉 『機人婦好』
指揮 4 魅力 12
射撃 12 格闘 8
耐久 7 反応 12
SEED 1

セシル・ノマ(Cランク) 軍曹 『ゲームマスター』
指揮 11 魅力 7
射撃 9 格闘 3
耐久 5 反応 12

エドワード・ハレルソン(ランクB) 中尉 『切り裂きエド』
指揮 6 魅力 12
射撃 9 格闘 13
耐久 12 反応 10

レナ・イメリア(ランクB) 大尉 『乱れ桜』
指揮 9 魅力 10
射撃 12 格闘 11
耐久 10 反応 12

モーガン・シュバリエ(ランクA) 大尉 『月下の狂犬』
指揮 13 魅力 11
射撃 14(+2) 格闘 11
耐久 9 反応 11(+2)
空間認識能力

ジョン・ブエラ(ランクB) 大尉 
指揮 7 魅力 7
射撃 9 格闘 5
耐久 10 反応 7

階級の後ろにくっついてるのは、彼らに付けられた異名ですね。レナとセシルは、軍の広報部に任せたらこうなりました。
彼らの最初のステータスが見たいという方は、「オリキャラ紹介」を見ていただければ、比較出来ると思います。まあ、これは「ギレンの野望」ネタをフレーバーとして突っ込んだだけですので、興味があるという人だけ見ればよいかと。

例えば、モーガンは「野望」でいうところのバニング大尉枠。成長幅は狭いが、功績値(敵を倒すと貯まり、一定以上貯まるとキャラクターが昇進する値)を貯めて佐官になれば強い前線指揮官になる、みたいな。
「野望」プレイヤーならわかるはずです、序盤のバニング大尉がどれだけ頼りになるか。

次回は簡単に、戦艦とか輸送船のステータス集とかになると思います。
それが終わったら、SEED本編とのリンクが強くなりだすパートに突入します。地上での描写も多くなっていき、また原作ブレイクすると思いますが、無理のある展開にはしたくないので、そこんところ頑張って執筆したいと思います。

先日何気なく確認したら、本SSのお気に入り登録数が500を超えていました!ありがとうございます!これからも、「パトリックの野望」をよろしくお願いします!

誤字・記述ミス指摘・設定への質問は随時受け付けております。


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第15話「ドッグハント」

前回までのあらすじ
???「2年後に、シャボンディ諸島で!」




11/26

地球連合軍 ビクトリア基地付近

 

「おわああああああああっ!」

 

叫び声を挙げながら吹っ飛んでいくのは、エドワード・ハレルソンの駆る”イーグルテスター”。敵からの攻撃をその身で受け止めた彼だが、尻餅を突いている姿勢ではあるが、目立った損傷はない。”イーグルテスター”の堅さは、地上でも健在ということだろう。

彼は今、アフリカ大陸に存在する「ビクトリア基地」の周辺にて戦っていた。原作では2月に陥落していたこの基地だが、現時点ではまだ陥落はしていない。また、早急の対処が必要な「ある敵MS」が、周辺で多く確認されていることから、地上でのMSデータ収集に最適であると判断されてこの基地に配属された、というわけである。

 

「あら、大丈夫エド?ずいぶん懐かれたみたいね。さっきからあなたに攻撃が集中してるわよ?」

 

「そう思うなら、少しは敵の目を引く機動をしてくれませんかねぇ!?」

 

エドを揶揄するのは、”ジャガーテスター”を駆って戦うレナ・イメリア。彼女もまたビクトリア基地に配属され、戦っていた。

今現在の戦闘ではレナの言うとおり、エドワードの機体へ攻撃が集中していた。とはいっても、エドワードも小回りの効かない機体を上手く操って、被弾は最小限にしている。”イーグルテスター”の損傷自体は軽微だ。だからこその、ちょっとしたからかい。

彼らを苦戦させるのは、現在地上でZAFTが優勢を保っている最大の要因、4足歩行型MS”バクゥ”の小隊である。

彼らは4足に装備された無限軌道で行動することによる安定した高速機動を行う事が出来、背部に装備されたウイングスラスターよる高速旋回能力もまた、”バクゥ”の地上での優位性を確立することとなる。

また、山岳のような険しい地形においても、獣のように四肢を使い走破することが可能であるというのも、”バクゥ”の利便性を向上させていると言えるだろう。

”イーグルテスター”を吹っ飛ばしたのも、”バクゥ”の背後に装備されたレールガンの一撃を受けたからだ。

 

「ほらほら、そのご自慢の斧を、早く駄犬に命中させてくれない?『切り裂きエド』なんでしょ?」

 

「よく言うぜ、三日くらい前にはあんた、たしか”バクゥ”のミサイルで”ジャガー”の左腕吹っ飛ばされてたじゃないか!俺をからかっている暇があんのかよ!」

 

「あらそう。じゃあ・・・・そこっ!」

 

レナは”ジャガー”をジャンプさせ、手に持ったアサルトライフルを”バクゥ”に対して発射する。その射撃はミサイルポッドを装備した”バクゥ”の一機に命中し、誘爆を引き起こす。回避機動を取っていた”バクゥ”だが、レナは難なく命中させたようだ。着地もスマートに決める。

 

「ほら、私はこれで本日二機目の戦果よ?」

 

「・・・・やってやろうじゃねえか。うおおおおおおおおおおお!」

 

”バクゥ”に向かって、”イーグルテスター”を突っ込ませるエドワード。前方への加速能力は優れている”イーグルテスター”は、高速で移動する”バクゥ”との距離を一瞬で詰める。

 

『は、速い!しかし、もらったぞ!』

 

”バクゥ”もまた、急接近する”イーグルテスター”に向けてレールガンを発射する。

しかし。

 

「甘ぇんだよ、そう何度も!」

 

『と、飛んだ!?』

 

”イーグルテスター”はある程度近づいたところで、飛び上がる。レールガンは空を裂き、そのままどこかへ飛んでいく。

 

「おらあああああ!」

 

振り下ろされた斧は”バクゥ”の胴体、コクピットが存在する箇所に命中する。機体が歪み、それきり”バクゥ”は動かなくなる。

 

「これで最後、か?」

 

「今のところはね」

 

彼らは連合地上軍が苦戦させられた”バクゥ”に勝利しても、平然としている。

それも当然、彼らが”バクゥ”と戦ったのは、これが初めてではない。ビクトリア基地に配属されてから、これで3度目の戦闘だ。

彼らにとって、”バクゥ”の相手はすでに手慣れたものだった。加えて、彼らが孤立して戦っていたわけではないこともある。

 

「おーい、大丈夫か?MS乗りさんよ」

 

「そっちは大丈夫だったか、戦車乗りさん?」

 

「余裕で。たかだか”ザゥート”に少しの”ジン”程度なら、俺達でも戦えるさ。いやあ、制空権があるっていうのも最高だな!」

 

敵は何も”バクゥ”だけでなく、宇宙で何度も戦った”ジン”や、砲撃用重MS”ザゥート”も存在していた。だが、バクゥほどの機動性を発揮出来ないそれらのMSは、連合軍の誇るリニアガン・タンク機甲部隊の連携や物量作戦によって、圧殺されるのが常であった。

地上に対応させた"ジン・オーカー"のような機体でなければ、この地上を生き抜くことは出来ない。"イーグル"や"ジャガー"が平然と活動できるのは、設計した変態達が、「ゲッ〇ーは地上で使うもの」という理屈に基づいて、地上戦にも対応できるように作っているからだ。変態脅威の技術力と言わざるを得ない。

そして、地上部隊を悩ませていた敵達。

制空権を奪い、空から襲い来る”ディン”は、最近になって配備され始めた新型戦闘機”スカイグラスパー”によって駆逐され。

地上でも、”バクゥ”の攻撃を引きつけるだけでなく、返り討ちにさえしてくれる”テスター”タイプのMSが現れたことによって、従来の物量作戦を展開できるようになった。

噂ではあるが、密かに水中用MSもまた、どこかの戦場に投入されているという。

これに加えて、”テスター”タイプを凌駕する量産型MSが後に控えているというのだから、連合地上軍の士気もうなぎ登り。反対にZAFT地上軍は、連合軍がついにMSを地上にも配備し始めたことを知り、何割かの部隊の士気は低下していた。頼りにしていた”バクゥ”への信頼が、敵MSの登場によって落ちてきていることも原因だ。

現在、戦線の巻き返しを図るために”テスター”を開発した大西洋連邦は、ユーラシア連邦や東アジア共和国といった同盟国に、開発プラン提供や教導パイロットの派遣などを行っている。これはMSの有用性を早期に連合全体に認めさせることで、いずれ開発される”ダガー”タイプの配備をスムーズに行うための布石であり、その目論見は見事に成功していると言える。

現在はまだ、通常兵器を中心としている戦線の中で、MSをどのように使うかという運用理論の構築をしている最中だ。しかし、それが完了してもZAFTが何の有効策も示せないのであれば。

この戦争の勝者は決まったと言っても、過言では無い。

 

『10時の方向より、敵部隊の増援を確認しました。”ジン・オーカー”や“ザウート”の混成部隊のようです』

 

管制からの報告が届く。これは連合軍が新たに開発した、MS支援用のホバートラックが高性能レーダーを用いて得られた情報だ。戦闘力は無いに等しいが、戦場を広く見通す『目』の役割を担うこの機体は、簡易前線基地としての役割も担っていた。

 

「やれやれ。頼みの”バクゥ”もやられたっていうのに、ZAFTの皆さんは血気盛んでいらっしゃる」

 

「じゃあ、手はず通りに。”ジン”タイプはこちらで引き受けるわ」

 

「俺達は、”ザウート”だな。速攻で片付けたら、援護してやるよ」

 

「そう言って、こないだは俺達も巻き込みかねない砲撃しやがっただろ!もう信じないからな!逆にこっちが速攻で片付けてやる!」

 

「そりゃ頼もしい、期待しないでおくぜ」

 

なんだかんだ口げんかしているが、これは戦況に余裕があるためであり、窮すれば機敏な動きと連携を見せている。MSと戦車、それぞれで役割が違うことを知っているからだ。

動きの速い”ジン”や”バクゥ”をMSが担当し、”ザウート”を”リニアガン・タンク”部隊が仕留める。

彼らは自分達の役目を果たすために、それぞれの戦場へ向かい始めた。

 

「そういえば、モーガン大尉はどうしているかしら・・・・」

 

 

 

 

 

 

場面は変わってこちらは、ユーラシア連邦とZAFTの、欧州戦線。

平野を進む”バクゥ”小隊。彼らは今、友軍が消息を絶ったエリアに向けて進軍していた。彼らの後方には、”ピートリー”級陸上戦艦と、”ザウート”の姿も見える。

”バクゥ”隊が高機動性を活かして、先行して敵部隊の態勢を崩す。そこに母艦や”ザウート”等の砲撃を撃ち込む。それがZAFTの、地上における必勝パターンだった。

これまでは、だが。

 

「隊長、本当ですかね?連合がMSを投入したなんて」

 

「おそらく、事実だ。宇宙でも投入され、連合が月と地球の間に基地を再建することに成功したらしい。宇宙から送り込まれてきた物だろう」

 

「クソっ、ナチュラルがMSを使うなんて・・・・!」

 

「MSの有用性を最も知っているのは我々だ。油断せずに進め、そうすればMSを使い始めて日の浅い連合など、恐るるに足りん」

 

「了解・・・・ん?」

 

”バクゥ”小隊がそんな会話を繰り広げていると、彼らの前にある物が見え始める。

 

「なんだこれ?コンクリートブロックか?」

 

彼らの眼前には、多くの鉄筋コンクリートが並んでいた。それらは四角錐のような形をしており、彼らの足を止めるものだった。よく見ると、自分達の進んできた方向に対して水平になるように配置されているのがわかる。高さはおよそ、2メートルほど。

精々が”ジン”の足首ほどの高さしかないが、全高の低い”バクゥ”では前進するのは困難だろう。

 

「面倒なものを設置してくれたな・・・・一度後退して報告するか。”バクゥ”はまだしも”ザウート”では進むのことすら難しい、どうにかして退かさねば」

 

「こんなもので我々を止められると思うとは、ナチュラルはやはり愚か者の集まりだな!隊長、構うことありませんよ!”バクゥ”には足があるんです、進みましょう!」

 

「おい待て、うかつな真似は・・・・」

 

そこまで言って、”バクゥ”小隊の隊長は気付いた。

コンクリートブロック同士の隙間に、何かが落ちている。ズームして確認して、彼は驚愕する。

なんということだ。あれは、”バクゥ”の脚部────。

 

「下がれ、下がるんだ!これは時間稼ぎではない、キルトラップだ!」

 

「え?」

 

その直後、周囲の土が隆起する。そこから姿を現したのは、彼らには見慣れないMS。頭部にはモノアイの代わりに、ツインアイ。

間違いなく、連合のMSだ。

 

「あ、ああ・・・・!」

 

敵から見下ろされるという気持ちを、彼らは今まで経験したことがなかった。

自分達は、絶対に見下す側なのだと。自分達が強者であることに、彼らは何の疑いも持っていなかった。

今まで潰してきた連合軍の兵士達は、このような気持ちをいつも味わっていたのか。そこまで考えたところで、年若いパイロットの意識は途絶えた。目の前のMSと同様に、地面にカモフラージュして隠れていた他のMSにも囲まれた彼には、複数の方向から浴びせられるライフルの斉射をよける術がなかった。

 

「アーロン!くそっ、いったん引くぞ!敵は4機、数的不利だ・・・・!?」

 

彼らは一度距離を空けて態勢を整えようとしたが、直後、コンクリートブロックで作られたラインの向こう側から長距離砲撃が行われる。その矛先は”バクゥ”部隊ではなく、その後方に向けて放たれた。間断なく撃ち込まれる砲撃に、彼らの身動きは封じられる。

 

「これでは、うかつに下がれん・・・・はっ!」

 

前方には足を封じられるコンクリートブロックのライン、後方は長距離からの砲撃の嵐。この状況を抜け出すための最善手を模索する小隊長は、そこで気付く。

敵MSの姿が、どこにも見当たらない。

どこだ、どこに消えた。そこまで考えた彼は、”バクゥ”の上方に影が差したのに気付いた。

 

「上────!」

 

彼は、否、彼らの体は炎に包まれた。

MS4機による上方からのアサルトライフル斉射をよけることは、この状況ではかなわず。全機残らず蜂の巣にされ、爆発した”バクゥ”小隊の残骸だけがその場に残された。

 

 

 

 

 

「くそが、だから掃除はきちんとしとけって言っただろうが!あそこで気付かれなきゃ、もっと楽に全滅できたんだぞ!」

 

愚痴をこぼしたのは、古巣であるユーラシアに教導パイロットとして派遣された、”陸戦型テスター”を駆るモーガン・シュバリエ。彼はこのユーラシアで、ある戦法を用いて”バクゥ”部隊を撃破していた。

それが、先ほど描写されたコンクリートブロックだ。

”バクゥ”は確かに、地上戦において高い能力を誇る。脚部に取り付けられた無限軌道による高速移動と、脚部自体を用いて行う4足歩行による高い走破性。これらを兼ね備えている。

しかし、モーガンはそこを突いた。

4足歩行を行う場合は、否が応でも無限軌道を用いる場合よりも機動力は落ちる。その状態のバクゥであれば、”陸戦型テスター”でも十分に対処出来る機動性にまで落ち込んでしまうのだ。さらにコンクリートブロックは、”バクゥ”の足を止めるために設置されているが、地面に接する箇所が少ない人型MSであれば難なく移動できるように配置されている。

これはモーガンが考案した、”バクゥ”を倒すためだけの作戦なのである。他のMS、“ジン”が相手であれば何の役にも立たないだろう。ちなみにこの戦法は、かつてC.E以前に存在していたある国が、隣接する敵国との間の防衛線に築いた、対戦車戦法を参考に考案されたものである。

 

「やった、やりましたよ教官!前回に引き続いて、また”バクゥ”をやりました!」

 

「調子付くんじゃねえ。わかるだろ、二回目にして直前に見破られるようになったんだ。ずっと使い続けられる戦法じゃない。また新しい戦法を考えなきゃならん」

 

「いやー、それでもすごいですよ!MS、この”陸戦型テスター”は!あんなに恐ろしかった”バクゥ”を、犬でも見るみたいに見下ろせるなんて!」

 

「それが、MSなんだよ。帰投したらもう一度ジャンプ動作の訓練だ。地上でのMSの強みは、そこにあるんだからな」

 

「「「了解!」」」

 

モーガンの言うとおり、地上におけるMSの強みは、そこにある。

MSは基本、背中にスラスターが付いている。これを用いて、MSは三次元機動を行うのだ。

前方に砲を撃つだけなら、戦車に出来る。空で戦うなら、戦闘機の方が効率がいい。

ならば、MSの強みは。いかに四肢やスラスターを駆使して、立体的な機動をとれるかに掛かっていると言って良い。”バクゥ”の上方ジャンプ力は低く、”陸戦型テスター”であれば”バクゥ”よりも上方に位置して戦うことが出来る。

古来より、戦場では高い位置の方が有利なのだ。そのことを再認識したモーガンは、訓練におけるスラスターを用いた訓練に費やす時間を増やすことを決めたのだった。

ちなみに、今回出撃したモーガン以外の”陸戦型テスター”のパイロットは、モーガンの指導を受けた中でも優秀な成績を残している者達が選抜されている。少しでもMS操縦の経験のある者を増やし、教導パイロットの数を増やすためだ。

彼らの仕上がりで、今後の戦局が左右されると言っても過言では無い。今まで経験したことの少ない教導パイロットとしての仕事だったが、その表情には気概があふれている。

 

「憎たらしい”バクゥ”共を、即時に倒せるようになったんだ。これからの戦場の主役は、やはりMSだな・・・・責任重大だぜ」

 

モーガンはこれ以降も様々な対MS戦術を考案し、ZAFT地上部隊を苦しめる。『月下の狂犬』の名が広まるのは、そう遠い日の話ではない。

 

 

 

 

 

 

彼ら、”マウス隊”の地上への参戦に端を発して、これ以降地上各地で連合MS部隊の姿が確認されるようになる。しかし、それが戦局を大きく揺るがすものではなく、むしろ地上での戦いが激化する予兆であることに気づけた人間は少ない。

そして、宇宙で小さな動きがあった。それは、この世界で見れば小さな動きだったが。

「本来の筋書き」を知る者達からしてみれば、あまりにも大きなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

11/29

工業コロニー 「ヘリオポリス」 極秘MS開発工場

 

「ついに、完成したわね・・・・」

 

「ええ、長い道のりでしたよ」

 

地球連合軍第8艦隊に所属するマリュー・ラミアス大尉は、感慨深げに呟き、近くにいた他の士官もそれに同意する。彼らの目の前には、一機のMSが鎮座していた。

その機体の名は、”デュエル”。

『G計画』で開発された、連合軍の試作MSであり、この世界では”テスター”にその座を奪われてしまったが、本来なら連合軍初のMSとして開発されたその機体は、灰色のまま微動だにしない。しかしその装甲が色づけば、ZAFTのMSの攻撃のほとんどを無効化し、装備したビーム兵器によってことごとくを打ち倒す高性能MSなのだ。

本来ならもう少し後に完成するはずだったその機体は、計画に回された予算が増えたことや増員によって、同時期に開発され始めた兄弟機達よりも一足先に完成した。懸念されていたOSに関しても、”マウス隊”が基礎を構築し、それを「ヘリオポリス」で『G』用に調整したものが積まれており、訓練を受けた者であれば、遺憾無くその性能を発揮できる状態だった。

あとは、実際に運用してみるだけ。しかし、この「ヘリオポリス」には、この機体を操るパイロットがいなかった。

 

「あとは稼働試験を出来れば、他の『G』を完成させるのに役立つんだけど・・・・」

 

「パイロットがいないんじゃ、しょうがありませんよ・・・・あ、そうだ!」

 

マリュー達もそのことには気付いており、どうしたものかと頭を唸らせていた。そこで、技術士官の内の一人が何かを閃いたようだ。

 

「”マウス隊”に、試験をしてもらうっていうのはどうでしょう!連合で最もMS運用に長けた彼らに任せれば、きっと良い稼働データがとれますよ!」

 

「うーん・・・・良い案ではあるんだけど、彼らをこちらに呼ぶか、”デュエル”をあちらに送るかのどっちかよね・・・・」

 

「こちらに呼んで稼働試験を依頼するとしたら、今よりもヘリオポリスでの我々の動きが活発化することになります。ZAFTに気付かれたりでもしたら大変ですよ?」

 

「送り出すにしても、万が一ZAFTに輸送中に奪取されたりしたら・・・・」

 

「かといって、このまま放置しておくのもなぁ・・・・」

 

意見がまとまらない。それだけ、”デュエル”の重要性は高いということだ。この機体の行方次第では、この戦争の勝敗に大きく影響するということがわかっているゆえに、その選択は慎重に行わなければならない。

 

「・・・・ハルバートン提督に、上申しよう。その決断は、我々がするべきものではない」

 

最終的に開発班長の一声によって、ハルバートンに決断が委ねられる事になるのだった。

果たして、ハルバートンはどのような決断をするのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルバートン提督!ついに我々は、『G』兵器の第一号”デュエル”を完成させました!

標準的サイズのビーム兵器、フェイズシフト装甲による高い防御力、ZAFTの高機動型MS”シグー”と同等以上の機動力を兼ね備えた本機は、現時点では間違いなく最強のMSです!

そこで本機の実働データを収集するために、テストパイロットの派遣をお願いしたいのです。あるいは、本機を月基地に送り、そちらで試験を行うという形になっても構いません。一刻も早い、稼働試験が必要なのです!我々は、あなたの指示に応じて行動します。

ご決断を、お願いします。

 

 

 

特別プラン「テストパイロット派遣」と、「デュエル輸送」が提案されました。これらのプランは、どちらかしか選べません。慎重な選択を、お願いします。

 

 

「テストパイロット派遣」 資金 0

「”デュエル”輸送」 資金 3000

 




ということで。
ねんがんの ガンダムが てにはいるぞ!



ハルバートンは、どちらを選択するのでしょうか?
G計画がばれる可能性が高まる「派遣」か。
多少資金はかさんでも、自分達の庭で試験を行える「輸送」か。
一応、選ばれなかったほうが選択された場合の顛末も、次回の後書きに書きます。
いやー、なんとも「ギレンの野望」っぽくなってきましたね!・・・・なってきてるよね?


一応、バクゥとザウートのステータスです。あと、リニアガン・タンク。

バクゥ
移動:7
索敵:D
限界:135%
耐久:80
運動:21

武装
ミサイル:55 命中 60
レールガン:70 命中 50 (ミサイルと選択制)
武装変更可能

ザウート
移動:5
索敵:D
限界:120%
耐久:90
運動:8

武装
主砲:80 命中 40 間接攻撃可能
副砲:50 命中 35
機銃:30 命中 50

リニアガン・タンク
移動:6
索敵:D
限界:125%
耐久:30
運動:8

武装
リニアガン:35 命中 50 間接攻撃可能



・・・・うーん。ちょっと、リニアガン・タンクを強くしすぎたかな?この数値だと、ちょっと。
ZAFT偏が難易度ノーマル時点から、既に他勢力での難易度ヘル相当と化してしまうかも?「野望」に詳しいニキ、教えてクレメンス。
※密かに、修正しました。リニアガン・タンクのステータスを下方修正しています。通常兵器ファンの皆様には、申し訳ありません。だって、こうしないとZAFT軍が泣いちゃう!


誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第16話「『ガンダム』、その証明」前編

前回のあらすじ
welcome to ようこそ!『バクゥパーク』!
今日もどっかんぼっかん大暴れ!(連合が)

さてさて、前回は完成した"デュエル"の処遇について、たくさんの感想が送られてきましたね!
ハルバートン提督は、どちらを選んだのでしょうか?


11/30

連合軍宇宙拠点「セフィロト」 小会議室

 

「……」

 

その部屋の中は、静まり返っていた。この場所には現在、4人の男女がいる。普段の彼らを知っている者からすれば不自然極まりないことに、静かに椅子に座っている。

彼らは、待っているのだ。自らに審判が下される時を。

そして、時は来た。部屋のドアが開き、彼らは現れた。

ユージ・ムラマツとマヤ・ノズウェル。

自分達の上司である彼らが、審判を下すのだ。自分達が作り出した『ある機体』に対しての。

 

「……私は、技術畑の出身ではない」

 

ユージが話始める。その表情から読み取れる情報は、今のところ皆無だ。

 

「私はただの管理職であり、技術的なことに対しては素人同然だ。君達の方がずっと、そういったことには詳しいんだろう。だから、私は君達を裁くようなことはしない」

 

ユージは一拍置いて、続きを話始める。

 

「ならば君達になにかを言う資格があるのは、君達が作り出した機体に乗った者だけなんだと思う。というわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3機作られた"ベアーテスター"に乗って、唯一生還したパイロットからの報告を読み上げていこうと思う」

 

審判がどうとか言ったが、ただの反省会だった。ここに集まっているのは"マウス隊"屈指のイカれ野郎共、通称"変態四人衆"とその上司であるユージ達だった。

彼らが今行おうとしているのは、水中戦闘を目的とした試作MS、"ベアーテスター"の最終評価である。

三つの心が一つになったりするようなロボットの第三形態をモチーフに作られた機体は、果たしてどのような成果を出したのか?

 

「……『水中での活動に問題はない。武装も問題なく扱えた。カタログスペックは発揮出来ている』」

 

変態達は目を輝かせるが、ユージは『だが』と続ける。

 

「『二度と乗りたくない』……だそうだ」

 

「「「「何故だっ!?」」」」

 

「明白でしょうが、このバカ共……!」

 

マヤが怒りをあらわにするが、それを止めようとする者はいなかった。ユージは重ねて、パイロットからの報告を読み上げる。

 

「詳細が載せられている、読み上げるぞ。『味方は”グーン”にあっさりと背中を取られて撃破された。地上で”ジン”に戦車隊がやられている光景が、水中で再現されたような感覚を覚えた。難しいことを言っているのかもしれないが、せめて人型だったらもう少し楽だったと思う』……何か言い訳はあるか?」

 

それに答えたのは、”大きさ=破壊力系変態”。何か釈然としていなさそうな彼の言う分には、

 

「どいせ動けぬ故よって火力ぱうわーを増し増し、なるほどミサオル積まねばならばタンクにするしか無いと思った」

 

翻訳すると、『どうせ動けぬならば、その分火力を増した方が良い。ならばミサイルなどの武器を多く積載できるタンク型の方が効率がいい』ということだろう。

この男は、後の時代の連合軍がやらかしたミスをしたというわけだ。

ここで言う『ミス』とは、"ザムザザー"や"デストロイ"などのMAの存在だ。いずれの機体も、MSに懐に入られて接近戦で仕留められている。悪い意味で時代を先取りしてしまっている。

 

「なぜ少しでもそこで、『”メビウス”や戦車隊が蹂躙された理由』について考えられなかったのよ!?いくら火力と装甲があっても、それ単体では”グーン”以下の機動性しか無いなら、懐に入られて結局過去の焼き直しじゃない!」

 

「俺は謙虚だkら、自分んのギルティは認めざるを得ない」

 

言語機能に障害をきたしているような話し方で自分の非を認める男。他のメンバーもどこか申し訳なさそうにしている。流石に多少は自分達が暴走していたという自覚があるようだ。

そんなにゲッ○ーを作りたかったのか……。ユージはそう思いながら、続けて話す。

 

「ところで『メインウェポンであるはずの肩部大型魚雷が、想定していたよりも微妙な威力・性能だった』ともあるが、何か心当たりはあるか?」

 

「何?きちんとMS一機は確実に破壊できる性能だったはずですが……」

 

ユージから端末を借り受けて、記録映像を閲覧する”ごり押し系変態”。火力に関しては一家言持つ彼にしては本当に珍しく、全くの予想外なことだったようだ。

 

「ふむ……ん?何か、弾速が遅いような……?」

 

「あ、それでしたら私がいじってますよ」

 

手を挙げたのは、”ドリル系変態”。小柄な彼女は、自分が”ベアーテスター”のメインウェポンへ細工したと宣言した。

 

「やっぱりゲッ○ーミサイルといえば、地上・水中問わず発射出来る万能性だと思うんですよねー。だから、地上でも使えるようにミサイルに積む推進材の配率をいじっちゃいました」

 

ギルティ。彼女を除くその場の全員が、そう判断した。

 

「下手人を引っ捕らえろぉ!」

 

「「「イエッサー!」」」

 

ユージのかけ声に応じて、他の変態が”ドリル系”を拘束する。

 

「君はアホですか!それは将来的な構想にしようとは言っていたが、今試行するべきではないでしょう!」

 

「妥協したものに何の価値があるんですか!私はやりますよ!ドンドンやりますよ!」

 

「黄金の鉄のブロックのナイトでもかばえない!反省すろ!」

 

「弾速が無いなら、威力も低下するわな!納得だよ馬鹿野郎!勝手に俺の作った武器をいじるな!」

 

「ちょっと!離してください、セクハラです!てか、同志でしょう!?少しはかばうそぶりを見せても良いんじゃないですか!?」

 

「「「我らの絆は、親友以上で他人未満!自分に益がないなら切り捨てるのみ!」」」

 

「あんた達は最低です!」

 

「……マヤ君。今度休暇が取れたら、飲みに行かないか?良い場所を知っているんだ。大声で愚痴を漏らしても問題のない店でね」

 

「是非とも、同道させて欲しいものですね。この後の始末書を済ませてから、ですが」

 

”ドリル系”をしばらく反省房に入れておくことを決定した辺りで、基地内にアナウンスが響く。

 

『ユージ・ムラマツ中佐、デュエイン・ハルバートン少将からの通信が届いています。至急、通信室に向かってください』

 

それを聞いたユージだが、呼び出された理由にまるで覚えがない。

”第08機械化試験部隊”としての任務は(先の一件を除いて)順調だし、個人的にも問題を起こした訳でもない。

 

「私はこれから通信室に向かうが、そこのアホの始末はしっかりするように。いいな?」

 

「私が見ておきます。やはりこのアホ共から目を離しているのは危険だと、わかりましたから」

 

「頼む」

 

そう言ってユージは部屋から出て、通信室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで唯一生還したパイロットとは、いったい何者なのです?僚機を全滅させられていながら、“グーン”を2機も撃破したのでしょう?」

 

「そういえばそうね。報告書の内容にばかり気を取られていたから、名前を覚えていなかったわ。えーっと、何々……『ジェーン・ヒューストン』というらしいわ。珍しいことに女性パイロットね」

 

「なるほd、アンダースタンした」

 

 

 

 

 

 

 

12/2

プトレマイオス基地 MS格納庫

 

「これが、『G兵器』……全身灰色ですけども、これがフェイズシフト装甲なんですか?」

 

「そうだ。今はディアクティブモードだが、起動すれば設定された電力量に応じた色に変わる。機体名は”デュエル”。強固な装甲と機動力、そしてビーム兵器を標準携行することの出来る、高性能試作機だ。我々に下された任務は、この機体の稼働テストだ。結果如何によっては、そのまま実戦投入することすらあり得る」

 

格納庫内には、ユージや”マウス隊”パイロットの宇宙残留組、そしてマヤがいた。変態共は”セフィロト”で留守番を言い渡されている。変態共にうかつに”デュエル”に触らせてはいけない、そう考えたユージの采配だ。

先日の通信で、ユージはハルバートンからこの任務を行うように言い渡された。

なんでもヘリオポリス側からの上申で、「『G兵器』の雛形となるこの機体だけは、なんとしても稼働データが欲しい。テストパイロットを派遣するか、そちらで試験して、データだけでも送ってはくれないか」と言われたらしく、ヘリオポリスで実験することによる秘匿性の消失を嫌ったハルバートンは、月基地への搬入とその付近でのテストを選択したらしい。地球を挟んだ反対側の方向に位置するヘリオポリスからよく無事に輸送できたものだと思ったが、詳細を知らされてユージは納得した。なるほど、それなら成功するだろう。

そしてその稼働テストを担当するのが、今回の”マウス隊”の任務だ。

ユージの目に、”デュエル”のステータスが映し出される。流石、『ガンダム』といったところか。その数値はそれまで見たどの機体よりも上だ。

 

デュエルガンダム

移動:7

索敵:C

限界:170%

耐久:300

運動:32

シールド装備

PS装甲

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

ゲイボルク:160 命中 55 間接攻撃可能(ビームライフルと選択式)

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:150 命中 75

武装変更可能

 

 

「誰が操縦するんですぅ?」

 

「一応、交代で君たち全員に操縦してもらうことになる。最初はアイク、君からだ」

 

「僕からですか?」

 

「ああ。どうせ全員一度は乗るんだ、面倒だから名前順にした。二番目にカシン、最後にセシルだ」

 

「わかりました。いつからテストするんですか?」

 

「1時間後だ。基本操縦は”テスター”とそこまで変わらないから、マニュアルには軽く目を通すだけでも十分だと判断した」

 

「うえ、そんなすぐにやるんですかぁ」

 

「それだけ、”デュエル”は期待されているってことさ」

 

そして1時間後。

ハンガーにたたずんでいた”デュエル”の鉄灰色の装甲に、色が現れる。白色を基調として、肩や胸部が青く染まる。青と白はPS装甲の中でも出力が高めの色であり、これは”デュエル”が白兵戦を基本に運用されるからだという。

足を踏み出したその機体はスムーズに装備を手にして、カタパルトに足裏を接続する。

 

「”デュエル”は、アイザック・ヒューイで行きます!」

 

射出される”デュエル”は、しばらく宇宙空間を慣性のままに進んだ後に、急停止する。

アイザックは戦慄した。今までの機体とは、比べものにならないレスポンスを実感する。以前に試乗した”ジャガーテスター”以上だ。

 

「アイク、まずはいつもやっているように動かしてみてくれ」

 

「は、はい。基本動作を試してみます」

 

ビームライフルを構えた右腕を、前に突き出してみる。

手足の関節部を曲げてみる。

頭部を動かしてみる。

レスポンスの良さもそうだが、可動域も広い。今までは文字通り人型の機械を動かしているようなものだが、今の気分を例えるなら、自分がそのまま巨人になったかのような。そんな感覚を覚えるアイザック。

一通りの動作を終えた後は、宇宙空間での活動能力、つまりAMBAC機動を実行する。

”テスター”とは比べものにならない機動力だ。”ジャガー”と同等以上の機動力を感じる。

AMBACとは、平たく言えばMSが手足を動かすことによって発生する反作用姿勢制御を行うというものだ。スラスターで加速し、AMBACを行うことでMAよりも機敏に宇宙空間を動き回ることが出来る。それが宇宙空間でMSを最強たらしめたのだ。

”デュエル”はそれを、今までのどのMSよりも機敏に実行してみせる。”ジン”は元々、作業用パワーローダーを前身としたMSだ。それ故にどこか機械臭さを感じさせる動きだったが、『G兵器』はそこから更に発展させて、より人に近しい動きが出来るように設計されている。連合脅威のテクノロジーといったところか。

 

「すごい、すごいですよこのMSは!これなら”ジン”がいくら来ても簡単に撃破できる!」

 

「それは何よりだが、一度バッテリー残量を確認してもらえるか?」

 

「バッテリー…?あれ、結構減ってる?」

 

”テスター”系列の機体を使っている時よりも、心なしかエネルギー残量の減りが早い気がする。もっとも目で見る限りには、誤差と捉えられてもおかしくない量ではあったが。

 

「やはりな。アイク、”デュエル”は確かに現時点では最強のMSだ。しかし、無敵ではない。実弾に対して最強の防御力を誇るフェイズシフト装甲だが、起動している間は何もしなくてもエネルギーを消耗するという弱点を抱えている。”デュエル”に備わっているビーム兵器も強力だが、使用するためのエネルギーは”デュエル”本体のバッテリーから給電される。使えば使うほどに稼働時間は減っていくんだ。”テスター”タイプよりもずっと気を遣って戦う必要があるということだな」

 

ユージの言葉に、熱狂していた心が平静を取り戻していく。

強力な武器には代償が付きものということか。もしこの機体が実戦に投入されることがあれば、今まで以上に慎重に動かす必要があるというわけか。

 

「了解しました、隊長。次は何をすればいいですか?」

 

「ああ、少しその場で待機していろ……来たか」

 

”デュエル”のレーダーが反応する。こちらに接近するのは、どうやらMSのようだ。

 

「MS?あれは……”ジャガーテスター”?」

 

”デュエル”の前方に現れたのは、見慣れた機体。

純白の装甲に、アサルトライフル。背中にはグレネードランチャーを装備しており、左腕にはシールドを装備している。おそらく、その裏にはアーマーシュナイダーが懸架されていることだろう。

 

「これから、目の前の『彼』と模擬戦闘を行ってもらう。ビーム兵器は低出力の訓練モードに設定しろ。実弾はすでに模擬弾を装弾してある。『彼』の機体にも同様の処理を施してあるから、万が一の心配もない」

 

「決着はどう付けるんですか?」

 

「事前に、それぞれの武装と装甲のデータが登録されている。それを元に機体状況をシミュレート、撃墜判定が下された方の負けだ」

 

それを聞いて、目の前の『彼』が操る”ジャガーテスター”が、いつでも戦闘を行えるように体勢を変える。

 

「誰が乗っているかは、教えてくれないんですか?」

 

「ああ。終わってからのお楽しみというところだな」

 

それを聞いてから、アイザックも戦闘態勢を整える。

よくわからないが、ユージの言葉からは何か含みがあるような気がした。つまり目の前の機体には、“ジャガーテスター”であっても自分の操る”デュエル”を撃破しかねないようなパイロットが乗っているということだ。

おそらく、この模擬戦の結果次第で”デュエル”が実戦に耐えうるかどうかを決めるのだろう。操縦桿を握る手に力が入る。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

『……』

 

無言が帰ってくるが、掛かってこい、と言われたような気がした。

 

「それでは、模擬戦を開始する。終了条件はどちらかの撃墜判定が下るか、制限時間を超過した場合とする。……始めっ!」




はい、ということでハルバートンが選択したのは『デュエル輸送』ルートでした!
資金3000は、輸送を成功させた理由と密接に関わっています。どこにそんなに使ったんでしょうね?

ちなみに、「テストパイロット派遣」ルートを選択した場合は。
イベントで襲撃してくるクルーゼ隊をマウス隊が撃退し、イベント後にアークエンジェルとガンダム5機がヘリオポリスに配備され、有能艦長マリューさんも正式に士官として登録されます。
しかし、ラスティ・マッケンジーのような原作キャラが死亡しなかったり、キラ達の参戦フラグが消滅します。ムウさんも第7艦隊所属なので、ハルバートン編である本作では参戦しません。また、原作でのアークエンジェル隊によるエース抹殺イベントが消滅します。
原作「ギレンの野望」のように徴兵イベントでも、キラ達は参戦しません。だって、彼らはオーブ国民ですから。原作みたいにやむなく入隊とかでもなければ、絶対に参戦しません。
その他にも様々なイベントが消滅するので、言うなれば早期攻略向けのルートといったところですね。”マウス隊”パイロットもいるので攻略に支障が出るほどではないですけど、それでもキラやムウは強力なキャラクターです。ミゲルを初めとした強キャラが普通に最終決戦にも参加するので、長期的に見れば「輸送」ルートを選んだ方が良いですね。
ちなみに、これらのプラン提案後に一定ターン放置すると、原作通りにガンダムが4機奪われます。「輸送」ルートでもキラ達の参戦フラグは残るので、原作を再現したい場合以外はおとなしくどちらか選んでおきましょう。




それにしても、いきなり現れた”ジャガーテスター”のパイロット……いったい何者なんだ。
とりあえずヒントに、『条件が同じなら、確実に現時点のアイクを撃破出来る人』とだけ言っておきます。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

追記
ユニットステータス集に書いていた一部機体のデータを修正しました。明らかに弱すぎたり強すぎたりといった機体に修正を加えています。


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第17話「『ガンダム』、その証明」後編

前回のあらすじ
飛べ、(デュエル)ガンダム!

それと、一言だけ。











なんでわかったの?


12/2

プトレマイオス基地 周辺宙域

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

息が上がる。スロットルを握る手に、余計な力が入る。それを自覚しても、力を抜いている暇がない。

"デュエル"と"ジャガーテスター"の模擬戦が始まって、10分が経過した。既に"デュエル"のエネルギー残量は50%近くにまで減ってしまっている。

強い。アイザックは改めて、目の前の対戦相手が自分よりも上の能力を持っていることを認識する。

此方が何発ビームライフルを撃っても、掠りすらしない。牽制のイーゲルシュテルンも同様だ。まるで、自分の考えが読まれているかのように当たらない。

対照的に、あちらの攻撃はことごとく命中する。今まで、これ程正確な射撃を受けた経験はない。

加えて、戦場も慣れたデブリ帯ではなく、ほとんど何もない空間だ。

小細工は、出来ないし効かない。

 

「くっ…一度距離を…!?」

 

距離を取ろうと後退すれば、すかさずグレネードランチャーを撃ち込まれる。PS装甲製の"デュエル"に乗っているから撃墜判定は下っていないが、そうでなければ既に20回は撃墜されているだろう。

アイザックを狙う対戦相手は、ジワジワとアイザックを追い詰めていた。MSの性能差が戦力の決定的差となり得ないことを証明しているかのように、戦いは謎の人物が操る"ジャガーテスター"が有利に事を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、やはりというべきか。それとも、恐るべしというべきか」

 

それを管制室で眺めていたユージは、しかし想定通りといった表情を浮かべる。この場にいる中では、彼だけがアイザックの対戦相手のことを知っていた。

 

「アイクさんが、あそこまで追い込まれるなんて……誰が"ジャガー"に乗っているんですかぁ?」

 

「あれだけの動き、まだ私達には出来ませんよ?」

 

カシンとセシルが、ユージに尋ねてくる。

無理もない。"デュエル"の性能は外側から見ても十分な性能だし、アイザックの操縦技術も知っている。それでもなおアイザックを圧倒出来るパイロットなど、限られるからだ。

 

「君達も、『彼』の戦闘記録は見たことがあるだろう?ほんの、一月ほど前にね」

 

「え?…まさか」

 

「我々は知っているはずだよ、『彼』の頼もしさを。同時に、想像したはずだ。『彼』が敵に回ったら、どれだけ恐ろしいかを」

 

この模擬戦の結果如何で、"デュエル"の行く末は決まる。それだけの期待が、この戦いに寄せられている。

 

(今さらだが、心してかかれよアイザック?そして、学ぶんだ。今お前が戦っているのは、この世界でも5本の指に入るだろうMSパイロットなのだからな。胸を借りるつもりでいけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、駄目だ…偏差射撃もまるで通じないなんて」

 

視点は戻り、アイザックは弱音を吐く。ことごとく自分の狙いが外れていることに、ついに諦め始めたのだ。

このままでは、せっかくの"デュエル"もお蔵入りにされてしまうだろう。目の前の対戦相手に、カシンやセシルが勝てるビジョンが浮かばない。否、"マウス隊"の誰が相手でも、目の前の相手には一対一なら確実に負けるだろう。それほどの強敵だ。

自分がもっと、上手く扱えていれば……。アイザックが絶望に沈みそうになった時、"ジャガーテスター"から通信が入る。

 

『お前の行動は正確だ。しかし、正確だからこそ読みやすい。もっと敵を見ろ、そして敵を誘導するんだ。戦闘とはあらゆる思考の積み重ねによって成立する』

 

「えっ…あっ、はい!わかりました!」

 

なぜ、いきなり対戦相手に助言したのか?その理由はわからないが、彼の助言について思考を走らせる。

敵を見る…観察しろということだろう。アサルトライフルによる攻撃をシールドで防ぎながら、"ジャガー"の動きを注視する。

すると、巧妙にカモフラージュされているが、動きに一定のパターンが存在することに気づく。回避や急旋回を行う際に、ローリングの動作があるのだ。先程よりも、敵の動きを目で追えていることを実感する。

誘導…これは、どうしたものか。

今までは誘導と言えば、味方との連携の中で行うものだった。味方の攻撃を避けた敵に生まれた隙を、自分が突く。あるいは、その逆。

それを一人で行うにはどうする?そこまで考えて、アイザックは決断した。

 

(これが正解とは限らないけども…!)

 

ビームライフルを、少しだけ照準をずらして発射する。偏差射撃とはまた違う、『当たりそうで当たらない』射線での攻撃だ。

当然、その攻撃を避ける"ジャガー"。しかし、ローリング回避した先に既に射撃が向かってきていることに気づく。

なんとか回避に成功したが、続いて放たれた第三射を避けきることは叶わなかった。機体の右脚部にビームの命中判定が下される。

そこからは、"デュエル"の独壇場だった。

撃つ、撃つ、撃つ。

僅かに生まれた隙を逃さずに放たれた、頭部のイーゲルシュテルンをも交えた連続しての攻撃が、"ジャガーテスター"へ命中していく。元々が貧弱な耐久力の"ジャガー"に撃墜判定が下されたのは、至極当然なことであり。

そしてそれは、"デュエル"の勝利を決定付けるモノでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか、勝てたぁ……」

 

「お疲れ様、アイク」

 

コクピットから降りてきたアイザックはその場で尻餅を突くような姿勢で自身の疲労をアピールし、カシンはそれを労う。

模擬戦終了後の現在、格納庫では"デュエル"のメンテナンスが行われていた。"テスター"よりも複雑な構造の内部パーツを点検するのに、整備兵がマニュアル片手に悪戦苦闘しているのが目で見てとれる。

 

「対戦相手に、助けられちゃったよ。あはは…」

 

「話したんですかぁ?"ジャガー"に乗っていた人と」

 

「うん、少しだけね。たぶん、あの人は…」

 

「やはり、気づくか」

 

会話に加わったのは、彼らの隊長であるユージ。彼が頭で促した方向には同じく整備中の"ジャガーテスター"がハンガーに固定されており、コクピットからパイロットが降りてくるのが見える。

その人物はユージ達に近づくと、着ていたパイロットスーツのヘルメットを外して顔を見せる。

 

「やはり、あなたでしたか。傭兵部隊『サーペントテール』リーダー、叢雲劾さん」

 

「いつ、気付いた?」

 

「ついさっき、戦闘終了してからですよ。冷静になって考えてみたら、貴方の戦闘機動には覚えがありましたから」

 

『セフィロト』での戦闘記録、たくさん見ましたからね。とアイザックは続けた。

ユージの目には、劾のステータスが表示される。

 

叢雲劾(ランクB)

 

指揮 10 魅力 12

射撃 14(+2) 格闘 16

耐久 11 反応 14(+2)

空間認識能力

 

圧巻のステータスだ。最初に会った時よりも成長しているのは、『植樹戦役』の時の経験値が加算されたからだろうか?

 

「なんで、模擬戦の最中に助言してくれたんですか?あれも、契約の内……?」

 

「ふっ…俺達の受けた依頼は、ヘリオポリスからの試作MS輸送計画の護衛と、仮想敵役、アグレッサーだけだ。そのやり方に関しては、一切指示を受けていない。いわゆる、リップサービスというやつだな」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「どこかの勢力に肩入れするのは傭兵として失格だが、お前個人にどうしても口を出したくなってしまってな…お前はもっと、腹芸を覚えるべきだ。素直さは美点だが、それだけでは戦場で生き残れない」

 

「はい!」

 

そこまで話して、劾はユージの方を向く。

 

「これでいいか?」

 

「完璧だ。100点中120点を与えたいくらいには、満足いく結果だよ。流石、『サーペントテール』といったところか。

さて…カシン、セシル。この後2時間ずつのクールタイムを挟んで、お前達にも彼と模擬戦をしてもらう。条件は先ほどと同じだ」

 

「了解!」

 

「うぇいっ!?私もですか!?無理無理、無理ですよぉ!」

 

「勝ち負けは問題ではない、彼と戦うこと自体が重要なんだ。たっぷり絞られてこい」

 

「そんなぁ…」

 

ぶつくさと言うセシルを尻目に、劾を観察する。表向きは静かに佇んでいるようだが、何かを探っているような気を感じる。

 

「何か、気になるものでも?」

 

「…あの四人は来ていないのか?」

 

ああ、と思い出す。

そういえばあの変態どもは、『植樹戦役』中に高い戦闘能力を見せつけた劾に直接会いに行き、何度も試作の近接武装の試用を要求していた。劾は毎回淡々と追い払っていたが、印象に残らざるを得なかったようだ。

最先端技術の塊である"デュエル"のテストに来ていないのが不思議なのだろう。

 

「あの四人は、色々やらかしていてね…今回は『セフィロト』に留守番だよ」

 

「そうか…」

 

「何か用でもあったかね?」

 

いや、と言うと劾は"ジャガーテスター"の方に歩いていってしまった。

 

(まったく、俺も道化に成り果てたと思う瞬間だな)

 

ユージは知っていた。劾が気にかけているのは、あの四人ではなく。

その中の一人だということを。

『自分と同じ存在』である彼女を、劾は気にかけているのだ。『世界の外側』を知っている故のジレンマとでも言うべきか、自分も何かしら世話を焼いてやりたくなる。

 

「そろそろ、取り組まねばならんか」

 

「?何がです、隊長?」

 

「いやなに、避けては通れぬものがある、ということを再認識しただけさ」

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

12/5

『セフィロト』反省房

 

「聞こえるかね、アリア曹長。……入るぞ」

 

ユージは月から『セフィロト』に帰還してすぐに、反省房へと足を運んだ。『彼女』に会うためだ。

果たしてそこに、”ドリル系変態”こと、アリア・トラストはいた。だが、その目はこちらを向いておらず、部屋の中に備えられた机に向き合って、これまた備え付けられたメモ書きとペンを使って何かを書いている。一心不乱という言葉がこれほどピタリと当てはまる様もないだろう。ユージに気付いてすらいないようだ。

 

「アリア曹長。アリア曹長。……『フォー・パルデンス』!」

 

ビクッ、とした後に動きを止める彼女は、ゆっくりとこちらを向き始める。

その顔には、おびえたような表情が浮かんでいる。目は見開かれており、立ち上がった足はおぼつかない。

 

「……あ、ああ、ムラマツ隊長ではありませんか。本日は、どのような用向き、で?」

 

「はぁ……いつかはこうなるかもとは思っていたよ。アリア曹長、君、この3日寝ていないだろう?目に隈が……」

 

「それより!見て、見てください!これ、これ、これ!今度こそきちんと出来ました!出来たんです!」

 

彼女は明らかに常軌を逸した様子で、メモ書きを束ねたモノをユージに見せてくる。

ユージはそれを受け取って、流し見する。どうやらそこに書き記されているのは、様々な兵器の設計図のようだった。軽く見ただけだが、『強酸性液散布装置』、『コロニー外郭破壊ミサイル』、『超長距離砲撃用劣化ウラン弾頭』など、目を疑うような兵器の設計図が記されている。

 

「これなら、出来ますよ!コーディネーターを滅ぼせるんです!ええ、ええ!()()()()()()()()()()()()!だから、だからぁ、見捨てないで、ください……私、もっとやれますからぁ……」

 

彼女を反省房に入れて、5日ほど経っている。時折様子を見に来ていた他の変態共が言うには、初日はぶつくさ文句を言っているだけだったが、二日目には部屋の隅で縮こまって動かなくなり、三日目にはこのようになっていたそうだ。さすがにまずいと感じて、『セフィロト』で待機を命じていたジョンに直談判して、一度彼女のいる独房の中に入れてもらったが、やはり変態共の方を向かずに設計図を書き上げていたらしい。メモとペンを取り上げたら、泣き叫び出し、誰の言葉にも耳を貸さずにわめき散らしたと聞いている。

彼女の暴走の原因は、彼女の出生にあった。彼女の目をよく見れば、わかるだろう。───何らかのコードが、瞳孔に刻まれているのが。

優秀な姉達と比較され、けなされ、虐げられ。

そのうち、『誰かの役に立たなければ』という、彼女の遺伝子に刻まれた歪んだ使命感が彼女の中に根付いてしまったのだ。

今回は、それが悪い形で表に出てしまった。それが、今回の騒動の真相である。

 

「……ほう、すばらしいじゃないか。うむ。効率はともかく、より多くのコーディネーターを殺そうという意思が伝わってくる。合格点をやれるな」

 

「ですよね!ですよねですよねですよね!?これなら、私は……!」

 

()()()()()()()()()()()、だがな」

 

「……え?」

 

アリアは固まる。ユージが何を言ったか、理解出来なかったようだ。だが、ユージは逸らずに、言い聞かせるように話していく。

 

「君はアリア・トラストだ。君が生まれた場所の人間達が何を言ってもな。私だけではない、『第08機械化試験部隊』の全員がそれを知っている。君の名前は、アリア・トラストだということを。だから、無理をしなくて良い。ここには君をただ叱責するだけの人間はいない。

問題を感じたなら、指摘してやる。

一人では出来ないことなら、出来る範囲で手を貸してやる。

……もう君は一人ではない。誰も()()と比べたりなど、しない」

 

「私は、わた、し、は……」

 

そのままへたり込む彼女。先ほどまでの狂乱具合が嘘のようにおとなしい。

 

「一度、出ようか。あのバカ共が君を心配している」

 

アリアは、ユージに手を引かれて立ち上がる。半ば無理矢理に立たせたせいでふらついているが、きちんと歩けるようだ。

 

「よし、行くぞ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「おお、心配したぞ同士!ずいぶん目に隈が貯まっているではないか」

 

「俺は謙虚だから、お前はきっと多分絶対無事だと思っていた。だが、心配させるお前に俺の寿命がストレスでマッハだから、はやく謝るべき」

 

「どうやら、少しは立ち直ったようですね」

 

休憩室に、4マイナス1のバカ共が揃っていた。そこに現れた口々にアリアへ向けて声を掛けていく。

 

「……アキラ、怒ってないの?」

 

「報連相をしっかりしていなかったことには、今でも怒っているぞ?だが、仲間のフォローは義務かつ趣味だからな。今度はきちんと、作用するゲッ○ーミサイルを作ろうぜ?」

 

「……ブロントさんは?」

 

「俺たつはミスして放置ナウイング。このままはアワレ忍者にも劣るアウトロードとなるのは確定的に明らか。メイン盾として汚名挽回せぬば。ちな汚名は返上するモノって、それ200年くらい前から言われてる」

 

「……ウィルソン」

 

「あれを作ったのは私()です。ブロントさんに倣うわけではありませんが、汚名は返上しなければなりません。もちろん、連帯責任というのもありますけどね」

 

それを聞いて涙ぐむアリア。

そうだ、そうだった。ここはもう、あの暗くて寒い研究所じゃない。

『フォー・パルデンス』ではなく、『私』を見てくれる人たちがいたじゃないか。

そのまま、泣き出してしまったアリアに近寄る仲間達。

 

(……流石に、これ以上は野暮か)

 

そう考え、ユージは立ち去ろうとする。

実際のところ、アリアには別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

元から自分で抱え込む性質があった彼女だったが、今回の一件で、少しは他人を頼ることを覚えただろう。今度は勝手に行動することはしないだろう。少なくとも、変態達で話し合ってから行動するようになるはずだ。まあ、彼らと自分の中間に位置する彼女には、奴らの手綱という負担を掛けてしまうだろうが。

マヤ君、すまない。

休憩室の外で待機していたマヤに、目配せをする。

苦笑を浮かべているが、あれは「任せておけ」という意味だとユージは知っている。この数ヶ月で、”マウス隊”の中での結束は強まっている。これくらいの意思疎通は出来る。

そのまま退室しようとするが、後ろから彼らの声が聞こえてくる。

 

「私、いや、私達は間違っていたんですね」

 

「ああ。やはりロマンを追及するなら、もっと技術を手に入れてからじゃないとダメだったんだ」

 

「ようやく、話がわかるようになってきましたねアキラ。以前の君なら、ごり押しで解決しようとしていたでしょう」

 

「かもしれん。だが、月にて実験が行われた『G』兵器稼働テストでは良好な性能が確認できたのだろう?ならば、今度は『X0型』ではなく『X100型』のフレームを元に作ればきっと、今度は成功するはずだ」

 

「銀の銅の塊が黄金の鉄の塊へと進化し、”グーン”はアワレ爆発四散する」

 

「……やっぱり皆さん、同じことを考えていたんですね」

 

ぞわり、と。全身の毛が逆立ったのを感じる。これは、今までに何度も味わった感覚。ユージ自身の危機回避能力が警告している。これ以上は聞くなと。

待て、やめろ。綺麗に終わらせろ。頼む。待って?何を言い出す気だ。

 

「ですね。元々、水中でMSを動かすなら『X100型』でなければ実用に耐えられないとはハッキリしていました。ですが、その条件はクリアされた」

 

「後はゴーウィゴーウィヒカリッヘーするだけ」

 

「俺達はバカじゃないから、今度はきちんと人型で“グーン”以上の機動性を持たせられる!この5日間、ずっと設計していたからな!基本構造は任せろーバリバリってやつだ!」

 

「今回の失敗で、水陸両用ミサイルの欠陥はハッキリしました。次は同じ轍は踏みません、キャタピラーを使う必要も無いのです。今度こそ、我々のゲッ○ーを。そう……」

 

待 っ て(ユージの心の声)。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はゲッ○ーポセイドンを作りましょう」

 

「「「やっぱり俺達親友だ!!!」」」

 

「マヤ君!こいつらまとめて、追加で三日間の反省房に入れておいてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、なんで綺麗に終わらせられないんだ……」

 

「もう、諦めましょう。彼らは()()なんです」

 

要らんところまでリブートした変態共を反省房にぶち込み、愚痴を漏らしながらユージとマヤは通路を歩く。反省房の方から、何やら呪詛のようなモノが聞こえてくるような気がするが気にしない。聞こえ無いったら聞こえない。

 

「それより、良いんですか?」

 

「何がだ?」

 

「彼女…アリア曹長のことですよ。勝手にMSの武装を弄って、それで出撃させたなんて。普通なら死刑になってもおかしく無い重罪ですよ?テストパイロットの遺族になんと言うつもりです?」

 

「ああ、そのことか」

 

『セフィロト』内に与えられた、『第08機械化試験部隊』専用のオフィスに入り、自分のデスクに座ると、ユージは話し始める。

ちなみに彼ら専用のオフィスが与えられているのは、基本的に『セフィロト』で活動することが多くなったユージ達に、ハルバートンが都合したからだ。その広さはこじんまりとしているものだが。

部屋の中にいつの間にかたたずんでいたジョンが、二人のデスクにコーヒーを差し出す。

彼は基本、何も言わない。そんなことをしなくても、この二人は自らを変えていける人間だからだ。

 

「戦闘記録を後で見直してみると良い。”ベアーテスター”が撃破されたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「と、言いますと?」

 

「撃破された二機、件の武装を使う間もなく撃破されている。”ベアーテスター”の鈍重さを突かれてな。加えて、威力が低下した魚雷であっても”グーン”相手にはダメージが有効だった。責任があるとすれば、あのような機体を造ってしまった我々全体にある。おそらく、今後は水中戦闘の分野では当てにはされんだろうな。やつらが何を造っても、精々が試作機止まりだろう。我々は、既に『信用の喪失』という形で代償を支払っている。これ以上、彼女個人を追求してもしょうがない」

 

「……それは詭弁です」

 

「だろうな、同意するよ。だがようやく彼女は、他人を本当の意味で信じ始められてきたんだ。それを摘む方が、一番の『最悪』だ。殉職したパイロットには、心の底から申し訳ないと思っているよ。何が何でも、あれだけはハルバートン提督に上申するんじゃなかった」

 

「隊長……」

 

「軽蔑してくれていいよ。横暴人事、汚職軍人とね。自分でも、汚い大人になってしまったと思っている」

 

「後ろめたいことのない人間なんて、この世に何人いるでしょうか。少なくとも、あなたは私が見てきた中でもまだマシな人間だと思いますよ」

 

「世辞でも、救われるよ」

 

ユージは、机の上に置かれていた帽子を被り、目元を隠す。

誰にでもあるだろう。顔を見られたくない時など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これからしばらくして、彼らの部隊に稼働テストを終えた”デュエルが配備され、”マウス隊”に多大な戦果をもたらすことになる。その近くにはやはり変態4人衆が集い、”デュエル”の性能向上にいそしんでいた。しかし、以前よりも他人へ積極的に話しかけるアリア・トラストの姿があったという。




というわけで、初めての前後編、後編でした!
前編への感想欄では、いろいろなことが離されていましたね。今回のあとがきでは、それらへの回答をしていきたいと思います。

※今回も、例に漏れず長いあとがきです。






”ジャガー”のパイロットは、叢雲劾でした!なんでみんな分かったの?(すっとぼけ)
まあ、この時期にこんな強者オーラ醸し出して突然現れるなんて、劾くらいしかできないですけどね。ちなみに、これでも劾は手加減、例えばローリングの多様などの隙を作っています。
察していた方もいらっしゃいましたが、『デュエル輸送』の必要資金3000は、サーペントテールへの依頼料と装備の調達に使われました。具体的には、輸送に使用した偽装民間船と、連合の関与を疑わせないように”ジン”を都合したりですかね。
感想を眺めていたら、ピタリと資金の使い道についても当てて見せていた方がいらっしゃいました。
どこの誰とは言いませんけど、見事正解したあなた!
あなたには、この『GUNDAM 0079 War For EARTH』をプレイする権利と義務を差し上げましょう!ほんと、ラッキーボーイだぜぃ★
(訳:見抜かれたのが悔しいから、八つ当たりします)
知らないっていう皆は、どんなゲームかググって調べてね!




さて、肝心の”ドリル系変態”の暴走についてですが。
先に、変態どものプロフィール紹介を済ませますかね。本編だけだとなんのこっちゃって感じでしょうし。

アリア・トラスト
作者曰く、「ドリル系変態」「量産型倫理観欠如系少女」。
正式名は、「技術発展補助用コーディネーター『パルデンス』№4」。簡単に言うと、戦闘用コーディネーターである「ソキウス」と同じく、用途だけ異なる「連合コーディネーター」。その製造目的は、技術開発系の分野に長けた第1世代コーディネーターのクローン体を量産し、テクノロジー面でもZAFTを上回ろうという、狂気の産物としか思えないものである。「パルデンス」は、ラテン語で「賢者」を表す。
劾が気にかけていたのは、彼もまた、連合に作られた「戦闘用コーディネーター」であり、自分と同じように彼女の網膜にプリントされた管理コードを、植樹戦役の時に発見したから。
彼女たちは「ソキウス」よりも生産数が少なく、4人、つまりアリアの時点で生産がストップしている。これは、ベースにしたのが女性だからか、戦闘用よりも調整の難しい「技術開発補助用」だからか。10体作った内の1体しか人の形にすらならず、残りは肉塊となってしまうほどのコストパフォーマンスの悪さが原因だといわれている。
上の3人には、ナチュラルへの服従遺伝子の植え付けや感情の大部分消去に成功している。しかしアリア、否、4番目の彼女は遺伝子調整に失敗し、感情の消去に失敗したばかりか、予定されていた性能を発揮することができなかった。それでも即刻廃棄されなかったのは、数少ない『生誕』に成功した例だからこそ。
姉たちと比較され、心を持たない道具のような扱いを受ける内に、彼女の中には「暴走した使命感」、つまりどんな形であっても性能を追求し、自分が姉達より劣っていないこと、自分の価値を認めさせようという悪癖が生まれてしまった。
紆余曲折を経て、彼女は第8艦隊に配属される。それは、彼女の教育係を務めていた女性の嘆願と、「出来損ないの廃棄場所にはちょうどいい」という、上層部の思惑があったから。つまるところ、「ハルバートンへの嫌がらせ」である。
そこで過ごすうちにブロントさんと出会い、彼から様々なロボットアニメを布教される。その中で彼女は、圧倒的な力を敵に見せつけるスーパーロボット達の姿を見た。スーパーロボット達の中に、光を見出した。
「こんな機体を自分で作れば、価値を認めさせられる」。純粋な彼女がそう考えた時が、彼女が変態とカテゴライズされた瞬間とも言える。
当然、倫理観に対する教育なども受けて育っていないので、”マウス隊”の面々でもなければ、パイロットのことは単位・パーツとしか見ていない。だって、そうしたほうが『彼ら』は喜んだから。1人を犠牲にしても、100人を殺せる兵器のほうが求められたから。
彼女はまだマシなほうだ。間違いを学習し、これからどんどんと学んでいける「心」があるのだから。彼女の姉たちは、「心」を学ぶ機能すら失われている。
ワン・パルデンスとツー・パルデンスは、それぞれ別の連合軍の秘密工廠に勤務している。
スリー・パルデンスは、デトロイトに本拠を置く、ある大手軍需産業の代表に引き取られたという。スリーを引き取った男、いったい、何盟主王なんだ…。
ちなみに、「アリア・トラスト」という名前は彼女の教育係がつけたもの。この教育係もまた、ブルーコスモスに所属している。コーディネーターに良い思いなど持っていないはずの彼女が、なぜこのような名前を付けたかはまだわからない。
外見モデルは、東方の「フランドール」を髪を伸ばして少し成長させた感じ。最も、モデルの彼女と違ってアリアは実年齢は5歳だが。

アキラ・サオトメ
「ごり押し系変態」あるいは「黄金の精神の持ち主」。
幼いころに見た、数々のロボットアニメを現実にさせようと技術畑に足を踏み入れた。
彼にとって「スーパーロボットの建造」は妄想ではなく、いつか叶える「未来」である。いくら周りに止められても、彼が止まることはない。
だって、あんなにも輝いていたから。スーパーロボット達は、いろいろな方法で世界を救って。世界をあんなに輝かせるロボットを、作りたくなってしまったのだ。もっと、世界をよくしたいと思ったから。
巨大な人型が地上を闊歩し、真に平和に暮らしたいと考える人々を苦しめるなら。
まさしくそれは、スーパーロボットの出番だろう。
彼に、第08機械化試験部隊からのスカウトを断る選択肢は最初から存在しなかった。
彼のあこがれは、止まらない。
自らの夢と現状が、奇跡のベストマッチを果たしてしまった男。実は、変態達の精神的リーダーである。
外見モデルは初代アニメ「ゲッターロボ」の流竜馬。元サッカー部ではない。

ウィルソン・A・ティブリス
「狡猾系変態」「よみがえった夢」。
かつてはかっこいいロボットを開発して、それのパイロットに自分がなることが夢だった。しかし、成長する中でその夢は挫折し、惰性的に働き、軍で給料をもらうような生活になっていた。
かつての夢の名残で第08機械化試験部隊のスカウトを受けたが、そこで変態共と邂逅。かつて自分があきらめたことに全力な馬鹿どもを見て、熱意を取り戻す。才能自体は他の3人よりも劣っているのを自覚しており、彼が選んだのは「夢を可能な限り凝縮し、現実にする」こと。つまり、彼がいなければ他の3人はもっと暴走している。”イーグル”と”ジャガー”が、まだ現実的なコンセプトを保っているのは彼の仕事。
外見モデルは「仮面ライダー555」の琢磨逸郎。

ブローム・フロント
「大きさ=破壊力系変態」「ブロントさん」。
変態どものなかで最も謎が深い人物。
彼の話す言葉はどこかおかしく、慣れなければ理解できない。だが、解読できれば意外や意外、比較的まともなことを言っているのがわかる。あまり親しくない人の前では、携帯しているPDAを用いて筆談のような形で話しているが、その文法がおかしいこともない。
実は、遺伝子調整に失敗して親に捨てられたコーディネーター。彼のような人間も珍しくないというのが、C.Eの救えなさを象徴している。
ジャンク屋の養父に引き取られ、そこで機械に関しての技術を手に入れた。「機械は人のためになるもの」と教えられて育つ。幼少期に読んでいた英雄譚の影響もあり、いつしか彼は「人々を守る黄金の盾」を作り出すことを自身の目的にした。ハンデを背負いながらも工学系の学校を無事卒業し、育ててくれた養父への恩返しの意味も込めて安定した給料を手に入れられる軍への入隊を決める。扱いづらいからと第8艦隊に配属され、そこで自分の趣味でもあるアニメの布教を始め、アリアと出会った。
外見モデルは、「ブロントさん」。
なお「ブロントさん」は自称したあだ名でもあり、「さん」を省くと怒り出す。ユージからは今でも、自分と同じような転生者ではないかと疑われている。
こればっかりは、どこか別の世界から電波でも受け取ったのかもしれない。
作者も、「なんかいつの間にか、ブロントさんもどきが作品内に出現していた」レベルで首をひねる存在。



というわけで、変態どものキャラ紹介でした。いやー、疲れた。
前回の感想には、アリアへの批判が多く確認されています。それはまあ、仕方ないことです。私もこんな奴に命を預けたくないですし。
でも、彼女にはそうするだけの理由があったんです。ほかの誰に何を言われても、常識から著しく外れていたとしてもです。彼女にとっては、自分の有能アピールは死活問題だったんです。命の大切さを、教えてくれる人はほとんどいなかったんです。
そのことは、忘れないでほしいのです。その上で、気に入らない、ありえない、エトセトラの感想を持つなら。
それはぶれることのない、「真実の意見」です。私もこの作品を書き、背負う身です。彼女への批判は私への批判。甘んじて受け止めますとも、ええ。
これからも、どしどし感想をお送りください。私に応えられる範囲であれば、いくらでも返答しますとも。
某ライトノベルのキャッチコピーを借りるなら。
さあ、私たちの戦争(ディベート)を始めましょう?
一応断っておきますけど、ただの悪口は発見次第運営に報告しますからね?そこだけは気を付けてください。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第18話「インターバル」

前回のあらすじ
デュエル「ナイフを刺される事は無さそう。安心安心」

変態共『俺達やっぱり親友だ!』


12/10

『セフィロト』 通路

 

「”テスター”の強化?これ以上は無理と、君が言っていたじゃないか?」

 

”デュエル”が”マウス隊”に配備されて数日、ユージがいつも通りに書類を捌いて、休憩に飲み物を購入しようと通路を歩いていた時の話だった。

”マウス隊”の研究職員の中では最も階級が上の立ち位置にあり、ユージもよく技術面での質問をするマヤ・ノズウェル技術大尉から、そんなことを聞かせられたのは。

 

「確かに、これ以上”テスター”タイプの基本性能を上げるのは難しいです。ですが、さすがに”ダガー”が完成・配備完了するまでの期間、何の手も打たないというのは悪手だと思いませんか?」

 

「まあ、それはたしかに……」

 

マヤの言うとおり、”ダガー”の完成時期はともかくとしても、各地への配備が完了するまではどう見積もっても3月の中旬くらいになるだろうと言われている。

それでも大分早い方なのではないかとも思うが、実は既に各重要拠点では、ある程度の”ダガー”の部品生産は開始されていた。

”ダガー”は、現在ヘリオポリスで造られている”ストライク”の制式量産型MSとして位置づけられている。その”ストライク”も完成していないのに造ってもよいのかという話だが、ここで『G兵器』の特徴とも言える『フレーム共有』が生きてくる。

”ストライク”と基本フレームを共有する”デュエル”からデータが取得出来たのだから、腕部や脚部など今のうちから造れるパーツは造っておこう、という魂胆だ。そうすれば、”ストライク”が完成してから行うべきは、肝心の『ストライカーシステム』を搭載した胴体部を造ること、それだけに絞れる。

だが、それまでのおよそ3ヶ月をZAFTがおとなしくしていてくれる保証はない。むしろ、こちらがMSを配備したことに危機感を感じて新戦力を用意していると考える方が自然なのだ。

だが、”テスター”の性能は既に限界を迎えている。ユージもそのことに悩んでおり、いっそのこと”ストライクダガー”の開発と量産を上申しようかと思っていたところに、マヤが声を掛けてきたのだ。

 

「だが、どうやって解決するつもりだ?何か考えがあるから言ってきたんだろう?」

 

「はい。”テスター”用に武装を新造することで、戦線の維持を図りたいと思います」

 

「武装?」

 

こちらを見てください、と言ってマヤはユージにタブレットを手渡してくる。そこには、これまで開発された”テスター”用の武装データが記されていた。

 

「これまで私達は、アサルトライフル、バズーカ、ハンドミサイルランチャーなどを開発してきました。焼夷弾や拡散弾頭など、バズーカ用に弾を新造したこともあります。ですが、どれも実弾武装というジャンルに限られてしまっています」

 

「それはそうだろう、”テスター”と搭載バッテリーは、ビーム兵器を扱えるようには造られていない。まさかビーム兵器を造るわけにもいかないだろう?」

 

「その、ビーム兵器を造ります」

 

何を言っているのだ、彼女は?今まさに、ビームは使えないと言ったばかりだというのに。まさか、彼女も変態博士化が進んでしまったのかと危惧する。

ユージの反応に苦笑しながら、タブレットを操作する。

 

「何も、”デュエル”のようにビームライフルを持たせようというわけではありません。この結論に至ったのには、ZAFTと連合、両方にサンプルが存在していたからです」

 

「…!『バルルス』と”イーグル”か」

 

「ご名答です。

ZAFTが開発したMS用の対要塞用装備、『M69バルルス改 特火重粒子砲』。

そして、”イーグル”に搭載された胸部ビーム砲。どちらも、武装自体にエネルギーカートリッジが取り付けられています。この仕組みを応用して、外付けバッテリー式のビーム兵器を開発したいと思います」

 

そう、実はMSが扱えるビーム兵器自体は、『G』以前から存在している。

ZAFTの『バルルス』は銃尻に、”イーグルテスター”のビーム砲は増加装甲内部に、それぞれ機体外部にエネルギー供給器官備えることで運用を可能としていた。ただし外付けという措置を取っていることで、カートリッジ分のサイズ増加を避けられず、結果として著しく機体の汎用性の欠落につながることから、あまり使用されることはない。”イーグルテスター”の場合はそれほどサイズが大きくはないが、銃身が短いことや緊急用ということでバッテリーのサイズを小さくしたことで、有効射程の低下を招いている。

『G』でもない”テスター”に、どのようにビーム兵器を搭載するというのか?

 

「目標としては、『バルルス』の小型化といったところでしょうか。長大な割に威力もそこそこといった武器ですが、それでもダウンサイジングすれば使えるものにはなると思います」

 

「うん…まあ、延命処置には十分か?」

 

「言い方はともかく、“デュエル”のライフルと鹵獲した『バルルス』でサンプルは十分取れてますからね。あとは、ユージ隊長の決断だけですよ」

 

「開発費概算は…よし、これなら許可も降りるだろう。許可が降り次第、通達する」

 

「わかりました、それまでは”デュエル”の最適化作業を継続します。それでは」

 

「ああ。バカ共から目を離すなよ?」

 

「言われなくても離しませんよ」

 

変態4博士への愚痴り合いで何度か一緒に飲みに行ったりしていたら、距離が縮まってきたような気がする。気さくに話しかけてくるようになった、というべきか。

ジョンが右腕なら、彼女は左腕のような存在と言えるだろうか?そんなことを考えながらユージは、彼女が通路の曲がり道に消えていくのを見送った。

 

「いつの間にか、名前で呼ばれるようになっていたな……」

 

 

 

 

 

12/16

『セフィロト』 MS研究開発室

 

「「「「自信作です」」」」

 

「前置きを気にしてはもらえないかな!?」

 

いきなり「緊急事態です!」とウィルソンに呼び出されて、慌てて駆けつけたら()()だ。いきなり自信作など言われても、どう対処しろと言うのか?

 

「ふっふっふ、あれからおよそ1週間…反省房から開放された我々は、ついに設計を完成させたのです」

 

「今度は皆でちゃんと報連相したから、変な機構も積んでませんよ!」

 

「その言い草…まさか自信作というのは」

 

「その、まさかだ!」

 

「これをmろ、とお黄金ではないごく普通の板を渡す」

 

ブロントさんの差し出してくるタブレットに映し出されているのは、一つのMS設計図。やはりと言うべきか、タイトルには「水中戦型MS案第2稿」とある。

 

「これによって期待が泳げるようになり、地上からの『はやくきて~はやくきて~』にぃカカカッと駆けつけるナイトがこうして生まれた」

 

「あー、『ご要望どおり、水中で高速移動できるMSが出来た、これで海軍への救援を果たせる』ということですね、これは」

 

「それはいいんだが…お前たち、昨日の今日でもう忘れたのか?」

 

「ああ、”ベアー”の一件で水中戦機に関しての信用がなくなっているということだろう?もちろん、忘れてなどいない。ただ、これは意地だ。俺たちが同じ轍を踏まないという、証明のつもりで作ったんだ。今回は、ハルバートン提督に報告することを嘆願したりはしない。すべて、隊長に任せるよ。とりあえず、見てくれ」

 

そこまで言われては、とユージはタブレットに目を落とす。

”ベアーテスター”の中で一番問題視されていたのは、なんといっても『劣悪な機動性』だ。それがどう変化したのかが、今回の注目点だろう。

 

「”デュエル”から得られた機体データを元に、水中戦用に機体強度を高めたフレームを設計しました。なので名づけるなら、”ポセイドンデュエル”といった感じになりますかね。手足の装甲は普通にチタン・セラミック複合材ですけど、胴体部にだけはPS装甲を用いています。胴体部はコクピットという大きな空間が存在するために水圧による負荷が他の箇所よりもかかりやすく、防御力を高めるためにもPS装甲を採用いたしました」

 

「PS装甲のカットにより、その瞬間”ポセイドン”は哀れにもペシャンコになってしむので深い悲しみに包まれた。全身をPSで固めるよりは動けるんですわ、おっ?」

 

「『PS装甲が切れたら途端に水圧でつぶされてしまう欠点だけは治せなかったのが悔しい。だが、全身PS装甲の機体よりも消費電力は少ないから少しは活動時間にも猶予を作れた』ってブロントさんは言っているね」

 

「なるほど、PS装甲すごいですね。それと、ブロントさんの言葉は一応私にもわかるから解説は挟まなくてもいいぞ」

 

「そうですか?」

 

「伊達に君たちの上司はやっていない。それはいいとして、問題は機動性だよ。さすがに、”グーン”以上のものはあるんだろうな?」

 

「もちろんです!『G』に搭載された超伝導電磁推進システムは、本来空気を吸排出して推力を発生させるシステムです。しかし、空気の代わりに水を吸排出することも可能なんです。元から

、水中でも活動自体は可能だったということから、我々は水中戦用に装甲の形状を調整するのと、スケイルエンジンを各所に取り付けるだけで済みました。いやー、『G』の設計者さん、やりますねぇ!おかげで、大した苦労もなく高性能高バランスの機体を設計できました」

 

一番の問題点が改善できたことを聞いて、ほっと息をつくユージ。変態どもも、さすがにゲッ○ーの再現には限界があるということに気が付いたようだ。

 

「これなら、十分使えるかもな。武装を見せてくれ」

 

「ああ。まずはハンドトーピードランチャー。これは”ベアー”の時点で有用な武器だと証明されているから、そのまま継続採用しました。先に説明しておきますけど、ストロングミサイル枠も別途設計してます」

 

「…実用性は?」

 

ウィルソンの、『どうせ突っ込まれるだろうから言っとくか』といった態度に若干イラッとしながらも、正直に説明しようという気概を買って大人しく聞くことにする。

 

「使い分けですね。基本はハンドランチャー、対潜水艦用の大型ミサイルに、このストロングミサイルを使うといった感じです。これらの武器は連合軍MSのウェポンコネクター規格に合わせて作っているので、使おうと思えば他の機体でも使えますよ」

 

「アサルトライフルとバズーカみたいな関係か、それなら特に違和感もないかな」

 

「それよりも、近接装備ですよ近接装備!」

 

「……」

 

やはりか。ここまできて、暴走するのか。

若干の呆れを感じていると、アキラが補足するように説明してくる。

 

「違う、違うんだ!決して趣味に走ったわけではないんだ。ただ、水中戦は他のどの戦場よりも特異な環境で、ちょっとだけもめるような形になってしまっただけなんだ!」

 

「どういうことだ、アキラ?」

 

「隊長、想像してみろ。水中で斧で切りかかって、それが”グーン”に有効だと思うか?」

 

そういわれて、考えてみる。

”陸戦型テスター”等に標準装備されてる物のような形の、斧。それを水中で。

一瞬の思考の後に、こう答える。

 

「無しだな。水中では勢いが殺されてしまって、斧のように重量を重視する武器など全く怖くない」

 

「だろう?そこで、我々はこう考えた。『勢いがつかなくても威力を出せる武器はないか?』と。そして、三つの武器形状が候補に挙がったんだ」

 

「べひんもすとりヴぃあさんは別物。さしものぐらっとんソードにも最強だが無敵ではないんだが?」

 

今回の件では大きさはあまりアドバンテージにはならない、水中には水中で適した武器がある、ということだろう。ブロームの言葉からは、『自分はあまり携われなかった』という深い悲しみが感じられる。

 

「まず、俺はMS用チェーンソーを考案した。チェーンソーなら、勢いはいらない。相手に押し付ける機体パワーだけだからな、必要なのは」

 

「私は、堅実にアーマーシュナイダーを押します。正直、水中戦では近接戦を意識する必要が薄いのではないかと思うんです。だったら、万一敵に密着された時を考えて取り回しのいいナイフを付けておいたほうがいいと思いまして」

 

「私は槍、いや、この場合は(もり)を設計したんですよ。『斬る』というアクションは水に妨害されても、『突く』というアクションはそこまで影響はないんです。地球でも、漁師の方々がやっていますよね、銛突き漁?今回は、それを参考に銛を設計してみました」

 

アキラ、ウィルソン、アリアの順番でそれぞれの構想を語ってくる。彼らにしては珍しいこともあるものだ。

 

「自分たちでは海で実践できない以上、結論を出すことができません。隊長のお考えを聞かせてください」

 

最後にウィルソンがそう締めて、4人ともこちらの返事を聞く体制を取る。

さてさて、どうしたものか。ユージ的には、なんとかこの機体の開発プランを通してほしいものだと思う。”デュエル”を参考にしただけあって、そのカタログスペックは良好だ。これが作られれば、後の水中戦用MS開発の助けにもなるだろう。しかし、わかりきったことではあるが連合地上部隊からの信用は低下している。彼らから質問された、『水中での最適な近接武装』の答えも、門外漢の自分では答えられそうにない。

さて、どうしたものか。そこまで考えて、ユージの脳裏に閃くものがあった。あるじゃないか、我々への信用問題も、水中での実地試験も。()()()()()()()()()。問題は、相手の出方次第だが…とりあえずその場では答えを保留して、ユージはある人物と連絡を取るために、通信室に足を運んだ。

 

 

 

 

 

「…と、いうわけなんだ。協力してくれないか?」

 

<いきなり連絡してきたと思えば、やはりそういうことか。任せろ、水中戦用MSはどこの海軍でも欲されてるんだ。願ったり叶ったりだよ>

 

「すまない、こちらの尻拭いを任せるような形になってしまうな」

 

<なに、お前には以前”スカイグラスパー”のデータを都合してもらったからな。これくらい、お安い御用さ。”ポセイドンデュエル”の監修と実地テスト、こちらで引き受けるよ。こちらは”スカイグラスパー”の功績で信用があるからな、ここでテストしてからなら、と受け入れてもらえるかもしれん。考えたな>

 

「ありがとう、助かる」

 

<気にするな、仲間だろ?>

 

「はっはっは、いざというところで『俺とお前は仲間じゃなかったのか!?』とかいうことが無いといいんだが」

 

<どういうシチュエーションだそれは>

 

 

 

 

 

12/29

”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦橋

 

「よし、試験飛行を開始しろ」

 

<了解>

 

ユージの目の前、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋の外。そこには、3機のMSが存在していた。その内2機は、”デュエル”と”EWACテスター”だ。しかし3機目のMSは、今まで彼らが見たことの無いMSだった。

そのMSは緑色と茶色の装甲が各所に配置されており、”デュエル”のようにツインアイとV字アンテナを備えた頭部でありながら、”デュエル”よりも無骨さを感じさせる。

何よりも特徴的なのは、腰部から伸びたサブアームに懸架された二つの砲だろう。それぞれの砲の銃尻には、何かを接続するためのコネクターが備わっているのがわかる。

MSの名は、『GAT-X103 ”バスター”』。”デュエル”に次ぐ、『G』兵器第2号機が、先日この『セフィロト』に届けられたのだ。以前と同じように『サーペントテール』による護衛によって届けられたこの機体だが、劾との模擬戦は行われる予定はない。

”バスター”は中・遠距離からの砲撃支援を目的として設計された機体であり、必要なのは武装やセンサーが正確に作動するかどうかの試験が主。そして、試験は障害物が多めの『セフィロト』で行うのがベストであり、『セフィロト』で最も練度の高い”マウス隊”に試験のお鉢が回ってくるのは、当然の帰結でもあった。テストパイロットは、メンバーの中で最も射撃が正確なカシンが担当している。

それにしても、本当に武装が多い機体だ。ユージは、表示されたステータスを見ながらそう思う。

 

バスターガンダム

移動:6

索敵:B

限界:170%

耐久:320

運動:25

PS装甲

 

武装

インパルス砲:200  命中 50 超間接攻撃可能

ビームライフル:130 命中 65

対装甲散弾砲:180 命中 50

ガンランチャー:100 命中 55

ミサイルポッド:60 命中 40

 

機動性は”デュエル”どころか”シグー”未満だが、それでも一般的なMSよりはずっと高い。なにより、多少機動性が低くてもまったく気にならない火力が、本機にはある。

近接武装が無いことだけが懸念だが、他の機体と連携すればほとんど気にならないだろう。この機体は、そもそも前線に突撃する機体ではないのだから。

既に”デュエル”が幾度かの実戦に極秘裏に投入され、高い能力を示している。よって、同じGATシリーズの”バスター”も、試験を終了次第に戦線に投入されることが決まっている。高い火力を活かして、前衛の大きな助けになってくれるだろう。

他の3機は、ここから約1ヶ月後にロールアウトが予定されている。

”ブリッツ”は『ミラージュコロイド・ステルス』。

”イージス”はMA形態への変形を可能とするフレーム。

”ストライク”は『ストライカーシステム』。

それぞれの売りとなっている機能の完成に時間が掛かっており、遅れて参戦することになっているのだ。

 

<戦闘機動に関しては、問題ありません。続いて、武装の試射を開始します>

 

「了解ですー。いやー、すごいですねー。あれみたいなのが、量産されるんでしょー?もう、連合勝ったんじゃないですかー?あの2機以外に、もう3機あるんですよねー?」

 

「うん?ああ、そうだな。あれらの機体が量産されれば、勝利は目前だな」

 

『ガンダム』が自分の指揮する部隊に2機も配備されたことに軽く感動していたユージは、アミカからの軽口に対して生返事で返してしまう。

だが、彼は知っている。このまま順調に、とはいかないことを。

原作では、情報屋『ケナフ・ルキー二』からの情報を入手したクルーゼ隊が、ヘリオポリスにガンダム奪取のために攻撃を仕掛けてくることになる。ユージも出来る限りの働きかけはしているのだが、如何せん中立国のコロニーである故に護衛をおおっぴらに配置できないこと、ユージが以前に進言してから行われた調査でもスパイが発覚しなかったことなどから、あまり大きく状況を変えられなかったこともあり、ユージは原作通り、ヘリオポリスが襲撃されるだろうと目している。

ユージは悩んだが、どうしようも無いなら仕方ないことだったんだ、自分も部隊を預かる身で自由に動けないのだから仕方ないと自分を納得させた。実際、これ以上ヘリオポリスに対して働きかけることは、彼には出来なかった。それが、彼の限界でもあったのだ。

 

(せめて、”ブリッツ”だけでもなんとかしてくれたらな……)

 

彼が最も懸念しているのは、”ブリッツ”の存在だった。

原作ではあれがZAFTに渡ったことで、ユーラシア連邦のアルテミス要塞は陥落した。原作ではそのまま“ブリッツ”が”アークエンジェル”追撃を続行したが、あれが『セフィロト』への奇襲攻撃に利用されたらと思うと、ユージは恐ろしくてたまらなかった。ありとあらゆるセンサーに引っかからないステルスシステムなど、脅威以外の何物にもなり得ない。

加えて、原作通りならZAFTは確実に『ガンマ線レーザー砲 ジェネシス』を建造している。その存在は終盤まで『ミラージュコロイド・ステルス』によって隠匿されており、連合に驚愕と大損害をもたらした。あれが存在する時点で、ZAFTは一発逆転が可能となる。

ZAFTでも『ミラージュコロイド・ステルス』は研究されているが実用性は低く、少しでも動けばバレてしまう程度の物でしかない。

しかし"ブリッツ"の能力は、ZAFTの拙い『ミラージュコロイド・ステルス』技術の完成度を高めてしまい、結果として完全なステルス環境下で、安全かつ確実にジェネシスの建造を行えるようになるだろう。少しでもジェネシスの発見率を高めるためにも、絶対渡してはならないのだ。

ユージは、『ガンダム』を持っていながら何も出来ない自分が歯がゆくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

そんな葛藤を抱えている最中であっても、世界は知らん顔で回っていく。

1月に入ったころから、ZAFTが太平洋・北回帰線戦線を活発化させた。ZAFTの戦略的目標が、東アジア共和国の保有する『カオシュン宇宙港』の攻略であることを看破した連合軍は、急遽MS部隊を含む近隣エリアの戦力をカオシュンに集結させ、防衛線を構築した。

本来の歴史では陥落してしまった重要拠点だが、原作とは異なる箇所が3つ存在した。

一つ目は、MS”テスター”やその陸戦仕様機が存在していたこと。

二つ目に、”スカイグラスパー”部隊が存在していたこと。

最後に。

ユーラシアでの教導任務に一段落つき、東アジア共和国での教導任務に就いていた、『月下の狂犬』モーガン・シュバリエが、防衛任務に就いたこと。

 

これらの要素が、どう運命に作用するかは。

まだ誰にも、わからないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発部より、新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

『”テスター”用ビーム兵器の開発』資金 1000

性能限界を迎えている”テスター”だが、新規にビーム兵器を開発し、装備させる。これにより、MS戦術の幅を広げる事ができる。

 

『水中型MSの再開発』資金 3000

”ベアーテスター”における失敗点を改善し、新たに水中型MSを開発する。

高い性能を持つ”デュエル”を元に開発したことで、ZAFTの”グーン”を全面的に凌駕するMSとなることが予想される。




次回、「カオシュン攻防戦」になります。
たぶん長いから前後編、最悪中編も含めることになると思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。



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第19話「カオシュン攻防戦」前編

前回のあらすじ
ZAFT「カオシュン宇宙港に、イクゾー」(デッデッデデデデ、カーン)

UMA大佐は、ハーメルンの「RTA風小説」の流行りに乗り遅れた敗北者じゃけえ……。
実際、どこから流行広がったんだ?


1/15

地球衛星軌道上 ”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦橋

 

<ハルバートンだ。第8艦隊の諸君、我々はこれより、衛星軌道上の敵艦隊迎撃作戦を開始する。現在、東アジア共和国が所有するカオシュン宇宙港が、ZAFT地上軍の攻撃を受けている。今一度確認するが我々の役目は、宇宙からの降下部隊とその護衛艦隊を迎撃し、地上部隊の負担を少しでも減らすことだ。諸君らの健闘に期待する>

 

ハルバートンの号令を、ユージは”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋で聞いていた。

ハルバートンが先ほど言っていた通り、ユージ達の目的は、宇宙からカオシュン宇宙港に降下しようというZAFTの部隊を迎撃することだ。この宙域には現在、第8艦隊旗艦”メネラオス”を含め、ネルソン級2、ドレイク級4、マルセイユ三世級4という編成の艦隊が存在している。『セフィロト』から急遽発進してきた部隊ゆえにMSの数も12、MAの数も20と、必ずしも作戦を成功させるというには心許ない規模だ。

だが、やらなければならない。カオシュン宇宙港が陥落すれば、物資の補充のほとんどを地上からの輸送に頼っているプトレマイオス基地や『セフィロト』の維持が困難になる。いくらパナマやビクトリア基地のマスドライバーが健在とはいえ、ZAFTにくれてやる義理もないのだ。

もっとも、自分達の作戦が失敗する確率は低いとユージは見ている。

主な理由は二つ。一つは、こちらの方が攻撃するという有利状況での戦いとなること。ZAFT側からしてみたらこの戦いでは、少しでも多くMSを地上に降下させることが勝利条件となる。しかしそれは裏を返せば、地上での戦闘用に調整されたMS、そしてそれらを降下させるための、貧弱な降下ポッドを守らなければならないということ。

たとえ一発の被弾でも、それを原因として大気圏突入中に爆散するかもしれないと考えれば、一瞬でも気を緩める訳にはいかない戦いだ。その点、こちらはその貧弱なポッドに対してひたすら攻撃し続けるだけ。

もちろん、護衛のMSも出撃してくるだろう。そこで、二つ目の理由が活きてくる。

 

<”デュエル”、アイザック・ヒューイ。行きます!>

 

<”バスター”、カシン・リー。発進します>

 

<”EWACテスター”、セシル・ノマ。発進しますぅ!>

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ”の近くを航行する”コロンブス”から、3機のMSが発進していく。

現行するほとんどの機体を上回る、白兵戦用MSである”デュエル”。

その”デュエル”と比肩する性能を持ち、戦艦をも一撃で撃沈させられる武装を備えた”バスター”と、前述の二機には劣るが、高い情報処理能力を誇り、『G』をサポートする”EWACテスター”。

それらの機体を、連合軍全体でも屈指のエースパイロットである”マウス隊”パイロット達が操縦しているのだ。

別に彼らだけで戦いが決まるというつもりでは無いが、多少の無茶を成し遂げられる存在なのは間違いない。

これらの要素もあって、大した戦果も挙げられないというなら。

 

「これで勝てねば、俺達は無能だな」

 

「どうしました、隊長?始まる前から弱音とは、あなたらしくも無い」

 

ユージのつぶやきを聞いたエリクが、怪訝な顔をする。

上官が作戦前に不安を煽るようなことをいったのだから、当然だろう。

 

「いや、すまない。地球のすぐ近くで戦う経験など、私はおろか、ハルバートン提督でもほとんど経験が無いはずだ。だから少し、不安を感じすぎたようだ」

 

「ちょっと間違えたら地球に突入ですか。笑えない冗談ですよ、本当に。私はレナ×カシの行方を見届けるまでは死ねないのです」

 

「……ノーコメントで」

 

冗談なのか、それとも本気で言ったのか。

”マウス隊”オペレーター勢でも、見た目だけなら一番軍人らしい男性士官、"ヴァスコ・ダ・ガマ"操舵手を務めるマイケル・ルビカーナ曹長は平然と言い放つ。

同僚かつ上官であるレナとカシンでけしからん妄想をしているこの男性は他のオペレーター達とは違い、ごくごく普通に”マウス隊”に配属された軍人だ。しかし、その実は先ほど明かされた通り、(ある意味での)危険性は変態4博士にも比べうる。

彼も最初は本性を隠していた人間なのだが、いつの間にか隠さないようになっていた。彼もまた、この部隊を自分の居場所として認めた者の一人なのだろう。

そうだ、何を不安に感じているのだ。

今までも、このメンバーでいくつもの苦難を乗り越えてきたではないか。今回も、今までと同じ。全力を尽くす、ただそれだけだ。

それに、自分達に出来るのは支援だけ。結局の所、自分達がどれだけ頑張ろうが地上部隊が敗北してしまえば、それで終わりなのだ。

 

「モーガンさん、大丈夫でしょうか……今、カオシュンなんですよね?」

 

「大丈夫さ、リサ。私が言うのもなんだが、彼の腕は確かだ。彼が少しでも楽になるように、がんばろう」

 

「そうですね……モーガンさんが簡単にやられる訳ないですもんね。それにきっと、アイク君やエドさんとの絆(意味深)パワーが、彼を守ってくれますよ」

 

もうやだこの部隊。悲しいかな、ユージが頭を抱える回数は、マウス隊結成以前よりも10倍ほどに増えていた。

 

 

 

 

 

「撃て撃て撃て!銃身が焼けるまで撃て!武器弾薬は十分にある!」

 

場面は変わって、地上に移る。

空から襲い来る”ディン”やサブフライトシステム”グゥル”に乗った”ジン”が、海上から地上に降り立とうと殺到し。

陸に立つ”陸戦型テスター”や”リニアガン・タンク”、対MSミサイル搭載車両の”ブルドッグ”、そして基地の対空砲台などがそれらを地上に降ろすまいと迎撃を試みている。

カオシュン宇宙港では、激戦が繰り広げられている真っ最中だった。つい先ほど開始されたZAFTの攻撃は、しかし迎撃の用意をしていた連合軍の抵抗によって、思うように侵攻出来ないでいた。

基地司令のビンバイ・ルイ中将は、水際での防衛戦をZAFTに挑んでいた。それがもっとも有効な戦術であり、同時に、()()()()()()()()()()()()()状況だったからだ。

現在、宇宙港が存在する高雄市に面している海の中には、多数の”グーン”が存在していた。連合軍では未だに”グーン”に真正面から対抗できるMSが開発されておらず、これらのグーンを撃破することは難しい。よってビンバイは海中に対MS用に開発された機雷を散布し、上陸を阻むことにした。

無理に上陸しようにも、高い密度で散布された機雷を避けていくのはZAFT兵にとっても簡単な事では無く、彼らの足を止めらる事に成功したのだった。しかし、それも機雷の数が尽きるまでの話。”グーン”部隊は少しずつ機雷を処理していき、着々と基地に近づきつつある。

そして”グーン”部隊が悪戦苦闘している中、空中では激戦が繰り広げられていた。

”スカイグラスパー”や”スピアヘッド”が、”ディン”と激闘を繰り広げている。連合側は”グゥル”に乗った”ジン”に対して積極的攻撃を行い、”ディン”はその護衛として戦闘機達を迎撃しているのだ。

”ディン”は空戦能力を備えた機体ではあったが、陸上の基地を占領するには少しばかり不適な機体であった。それもそのはず、陸地にはそれなりの数の”陸戦型テスター”や戦闘車両が存在しており、うかつに降り立ってしまえば装甲の薄い”ディン”などあっという間に蜂の巣にされてしまう。

つまり基地を攻略するには、”ディン”よりも近接戦闘力の高い”ジン”を陸地に下ろす必要があり、”ディン”はその上陸支援を行っているのだ。

本来であれば衛星軌道上から降下してきたMS部隊が基地上空から奇襲を行い、その勢いに乗じて航空部隊も攻勢に出るはずだった。しかし衛星軌道上でも連合軍からの迎撃を受けており、ZAFTのその目論見は失敗していた。

無論、数機は降下に成功したポッドもあるにはある。しかし、たかだか片手の指に収まるほどの数の降下ポッドの戦力が戦局を動かせるほど基地の防備は緩くはなく、あっという間に撃破されているのが現状だ。

モーガン・シュバリエもまた、そんな泥沼な戦場で戦う人間の内の一人だった。

 

「ひっきりなしに飛んできやがって、クソが!司令部、まだ”スカイグラスパー”隊は敵母艦を見つけられないのか!?」

 

<現在、捜索中です。敵は複数の潜水艦からそれぞれ別のタイミングでMSを射出、急速に潜水することでこちらの捜索網から逃れているようです>

 

「ちっ、水中戦力が整っていれば……!」

 

ZAFTは次から次にMSを出撃させているが、この宇宙港付近に彼らの大きな基地は存在しない。ZAFTは潜水母艦からMSを発進させ、全て発進させた後にMSを補給しに前線基地へ帰還し、新たなMSを乗せて戻ってくるというサイクルで攻撃を続行しているのだ。

これではいくら連合が敵MSを撃破しても、キリがない。そのことは司令部でもわかっているので、対潜装備を積んだ”スカイグラスパー”隊に母艦を捜索させ、撃破することを試みているのだ。しかし敵もやり手で、中々尻尾をつかませない。

先ほどモーガンが悪態をついたのは、水中で活動出来る戦力があれば、水上と水中で探索の手を広げることが可能となるからだ。現在地上で”ベアーテスター”の後釜が試験されているらしいが、水中用MSというのは簡単にはいかず通常よりも難しいジャンルとなるため、この基地に配備することは叶わなかった。

もう少し、ZAFTには待っていて欲しかったのだがな。モーガンはそう独りごちながら、弾切れを起こしたアサルトライフルの弾倉を新たなものに変えようとした。

しかしその一瞬の隙を突いて、対空砲火をくぐり抜けてきた”ジン”が”グゥル”から飛び降り、モーガンが乗る”陸戦型テスター”に重斬刀で斬りかかる。歴戦の兵士でも回避することが難しい奇襲であり、モーガンも攻撃を避けきることは不可能であるかに思われた。

そこに、横から火線が飛んでくる。その一撃は”ジン”の左肩を吹き飛ばし、撃たれた”ジン”は地面に墜落する。そして弾倉を換え終えたライフルをモーガンが撃ち込み、”ジン”はそれきり動かなくなった。

 

「ふう……助かったぜナミハ」

 

<ご無事ですか、モーガン大尉>

 

「お前のおかげでな。ビームライフルのエネルギーはどうだ?まだいけるか?」

 

<あと4発、といったところですね。もう少ししたら、また補給に戻ります>

 

「おう。余裕がある内に補給しておけよ、いつまで続くかわからんからな」

 

<了解です>

 

先ほどモーガンの窮地を救ったナミハ・アキカゼの”陸戦型テスター”には、普通の機体と違う点が二つ存在していた。

一つは、その手に抱えている武器。銃尻にはバッテリーが接続されており、また、銃身も”テスター”のライフルよりも長い。そしてその銃身の上には、望遠鏡のようなスコープみたいなパーツが取り付けられている。

この武器は先日になって開発された『試製ビームライフル』であり、先行的に量産された内のいくつかはこの基地にも配備されていたのだ。現在、高火力なこれを装備した”陸戦型テスター”達が敵MSを迎撃しており、高い戦果を挙げている。

そしてもう一つ、この武装を装備している機体の頭部は、特別なものに変わっていた。

前述した『試製ビームライフル』は、”デュエル”のビームライフルとZAFTの『バルルス改』を元に開発された装備だ。しかし、バッテリーを外付けして“テスター”でも扱えるようにはなったが、それでもある程度の大型化は避けられなかった。しかし、「ある程度の大型化は避けられない。ならば開き直って機動性の低下があまり気にならない運用が出来るスナイパーライフルにしてしまおう」という結論に至った開発陣の手によって、本装備は射程の延長処置や高性能センサーを搭載するなど、実質『ビームスナイパーライフル』と言うべき代物になっていた。

この装備を扱うために、新たに”テスター”タイプ用に製造されたのが、狙撃戦に対応させた新型頭部だ。

この頭部は狙撃を行う時に、額のバイザーがカメラアイの前に下り、長距離での精密射撃を可能としてくれる。この新型頭部は、”ダガー”が生産された後も狙撃支援機として”テスター”を運用し続けることを可能とすると目されている。

 

「自分で言っといてなんだが、いつまで続くんだ、これは……」

 

だが、そんな装備があってなお、戦況がこちらに傾くことはない。それもそのはず、いかにビームスナイパーライフルといえど沖合の敵潜水艦を狙えるほどの性能は未だ持っておらず、『敵潜水母艦の排除』という勝利条件を発揮することは出来ない。結局、一刻も早く”スカイグラスパー”隊が母艦を沈めるのを期待するしかないのだ。

結局この日は決着が付かず、ZAFTが態勢を立て直すために撤退したのをきっかけにして、カオシュン宇宙港も全体への補給を開始した。

 

 

 

 

 

カオシュン宇宙港司令部では、夜中にも関わらず喧々囂々としていた。議題はもちろん、翌日以降も行われるだろうZAFTからの攻撃に対してどう対応するかだ。

 

「インパイ隊とジウ隊では、まだ見つけられていないか?」

 

「申し訳ありませんビンバイ司令。敵も狡猾で、MSを射出して即時に潜水を徹底しているようで……」

 

「言い訳はいい。奴らの母艦を落としさえすれば、我々の勝利に大きく貢献することとなる。明日以降も引き続き捜索を続けろ」

 

「はっ」

 

敵母艦の捜索を担当していた部隊の隊長達は、上官からの叱責とも取れる言葉にも言い返さない。自分達の役割はそれだけ重要であり、それをこなせなかった自分達に言い訳は許されない。自分達が停滞している間にも、友軍は傷つき、倒れていくのだ。

 

「モーガン大尉、防衛網の前線はどうだ。司令部からではわからない点もあると思うのだが」

 

「芳しいとは言えやせんね。こっちも弾薬を惜しまずに対空砲火をやつらに浴びせてるんですが、それでも基地への降下に成功した奴らが出す被害は半端じゃない。というより、近接戦に持ち込まれたらアウトってところですかね。その部分ではまだZAFTの方が一枚上手です。それに、戦闘が一時休止状態になる少し前に、海からミサイルが数発飛んできてました。早く手を打たねえと、海からも進撃が始まります」

 

モーガンも、普段は使わない敬語を用いて、前線から見た戦場について報告を重ねていく。機雷も無限ではない。いつかは突破されてしまうだろう。そうなれば、空からの攻撃でも手を焼かされているというのに、海から襲い来る”グーン”や”ジン・ワスプ”への対処もしなければならない。そうなれば、手一杯なこちらは完全に()()()だ。

 

「ふむ……大尉の提案によって構築した対空陣地だが、それの効果はどうかね?」

 

「……すいません、あまり効果は見込めませんでした。敵MSにスラスターが備わっているということを、俺が失念してしまうなんて……」

 

「そうか。まあ、いい。大した効果はなくとも、少なくともこちらにとって害となるものではない。多少は着地するエリアを制限するくらいには役だっているだろうしな」

 

モーガンの形成した対空陣地とは、これまた前世紀にある国が実行したものに酷似していた。

着地に適したエリアや比較的手薄なエリアに傾斜した杭を打ち込むことで、敵降下部隊の着地時にある程度の損傷を与えるというものだ。

モーガンは、MSというものを歩兵の延長線上に存在する戦力であると考えていた。故に、かつての大戦で採用された戦法を元に陣地を構築したのだが、モーガンは失念していた。MSが、スラスターを使って空中でもある程度の行動が行えるということを。この対空陣地は、本来降下してくる人間を対象としたものだった。かつての彼らはパラシュートを用いて降下していたために思うように降下出来なかったのだが、MSはその枠に当てはまらない。

結果、対空陣地は思っていたほどの成果を挙げられていなかったのだ。元手も少なかったから基地司令からは特に叱責は飛んでこないが、モーガンにとっては失策と言えるだろう。

 

「内陸防衛部隊からは、どうだ?」

 

「こちらから確認できた限りでは、敵が他のエリアから攻め込んできている様子はありません。やはり、敵は湾岸からの攻略に全力を投入しているのではないでしょうか?」

 

「これまで通りに進めば、な。今日の戦闘で敵も学んだはずだ、正面から攻めるのは難しい、と。翌日以降は、特に警戒しろ」

 

「了解」

 

その後も会議は続けられたが、結局これといった打開策が浮かんでくることは無く、前線部隊の面々は翌日以降も激戦に投じる必要があるために仮眠に赴いた。もっとも、常に警戒態勢が敷かれている状態で仮眠であっても十分に行える者は少なかったのだが。

 

 

 

 

 

1/16

 

そして翌日。再開されたZAFTの攻撃に怒号が飛び交う中、司令部にある通信が飛び込んできた。それは予想されていたことでもあったが、戦力の大半を海上からの攻撃への迎撃に当てている連合軍側からしてみれば、最悪な知らせでもあった。

 

<内陸防衛部隊より、司令部!ZAFT軍の陸上艦艇を確認しました!本基地の北方より進軍中、”ジン”と”バクゥ”の混成部隊です!母艦の数は2,そこまで多くありませんが、我々だけでは防衛が困難です!救援をお願いします!>




うん、やっぱり前中後の3編構成になりそうです。

ついに始まってしまったカオシュン宇宙港防衛戦。原作ではキラ達が覗いていたニュースサイトで陥落寸前の様子が映し出されており、実時間では既に陥落してしまっていた基地ですが、はてさてこの作品ではどっちに転ぶことやら。
そして迫る、「原作開始」というターニングポイント。この世界のキラ達がどのような運命をたどるのでしょうか?

あとそれと、今回搭乗したビーム兵器搭載”テスター”のデータをば。

テスター B装備
移動:5
索敵:B
限界:130%
耐久:70
運動:10

武装
試作ビームライフル:80 命中 80 間接攻撃可能

”テスター”にビーム兵器を試験搭載した機体。
エネルギー供給用のバッテリーを外付けしたことで、ある程度の大型化が行われてしまった。しかし、開発陣が方向転換して「長射程」を目標にしたことによって、実態は「ビームスナイパーライフル」と呼べる代物になった。
長射程の武装と、それを十全に扱えるように新型頭部を試作した。この頭部は通常モードと狙撃に特化したモードでの切り替えが可能となっている。
結果として本機は、前線を退いた後も狙撃などの後方からの支援機として運用することが可能となり、機体を戦争で使い続けられる寿命を伸ばすことにも成功している。
なお、本編で搭乗した”陸戦型テスター”は、本機の装備と頭部を取り付けたものであり、本機とは異なる存在であることを明記する。

イメージで言うなら、ジムの頭部がジムスナイパー2の頭部に変わっているみたいな感じ。ビームライフルは、第08小隊劇中でジムスナイパーがアプサラス3を撃っていたあの武器みたいな形。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第20話「カオシュン攻防戦」中編

前回のあらすじ
作者「(自分が)無知すぎるwww恥ずか死ぬンゴwww」

カオシュンから見て東は山脈と知らなかったワイ、感想欄でそのことを突っ込まれて無事死亡。敵陸上艦隊のやってくる方向を東から北にサイレント修正しました。

あと、今更ながら基本設定の追記をば。
パイロットステータスの「空間認識能力」は、所持者に「反応値+2」の恩恵と、ドラグーンのような特殊装備を使用可能とする効果があります。これくらいしないと、クルーゼがキラに瞬殺されてしまう……。


1/15

ZAFT前線基地 司令部

 

「どうなっているんだ、これは!想定をはるかに超えた損害だぞ」

 

「なぜナチュラル共の対空砲火くらいも潜り抜けられない!”グーン”隊もだ!あの程度の機雷原も突破できないのか!」

 

前線を知らないやつらは、()()だから。

”ボズゴロフ”級潜水母艦”デグレチャフ”の艦長は、前線基地の司令部に対して内心苛立ちを覚える。こちらは必死に戦っているというのに、労いの言葉は一つも無し。たしかに自分たちにも責任はあるだろうが、衛星軌道上からの降下部隊がほとんど迎撃されてしまったことに焦って、基地の予備戦力までも逐次投入し続けることを決定したのは誰だ?その愚策によって、未帰還者を多く出したのは?

母艦を基地と往復させたおかげで前線の兵士たちの何人かは、必要な時に潜水艦に帰投することもできず、そのまま撃ち落とされていったというのに、その責任は棚上げにして自分たちにばかり責任を押し付けようとしてくる。

 

「責任の追及は作戦の後でいいだろう!今話すべきは、どのようにカオシュンを落とすかだ!」

 

「そんなことはわかっている!」

 

なるほど、人に歴史あり。

彼らは今まで、連合との戦闘に敗北した経験がないのだ。だからこそ、現状に対応できない。

「ナチュラルなどは劣等種であり、自分たちの敗北はあり得ない」などと考えているのだろうが、”デグレチャフ”艦長から言わせてもらえれば、それはあまりにも幼稚な考えだ。

ZAFTが今まで有利に事を運べた最大の理由は、Nジャマーによる地球側の混乱があったからだ。たとえ”バクゥ”でも、けして無敵などではない。MSが連合に登場する前から、何機かは通常兵器に撃破される事例があったのだ。

強大な地球連合が態勢を整えたなら、これまで通りにうまくいかないことは明白だ。

 

(せめて、戦力の逐次投入だけはやめて欲しいのだが……)

 

艦長がそこまで考えたところで、会話に入ってくる人間がいる。その男は呆れと嘲りと自信を浮かべた顔で、この場に存在する全員に告げる。

 

「ナチュラルの基地一つ攻略出来ないとは、貴様らそれでもZAFTの一員か?だが、俺が来たからには安心さ」

 

「マルコ・モラシム……!」

 

そこに現れたのは、『紅海の鯱』の異名を持つZAFTのエースであるマルコ・モラシム。()()()の時に備えて、わざわざインド洋から東アジアまで呼び寄せられた彼だが、その()()()の時、つまり遅れてきた彼を引っ張り出さなければならなくなったという事実が、現在の状況を表している。

本来ならZAFTの圧勝を見届けた後にカーペンタリアで休暇を取るはずだった彼は、見るからに不機嫌そうだ。しかし、自分が必要とされる状況の到来自体は歓迎しているようだ。ナチュラルを抹殺する機会は、いくらあってもよいということだろう。

 

「この状況に至ってようやく腰を挙げるんだ。もちろん、何か策はあるんだろうな?」

 

「もちろん。まず、戦力の逐次投入はやめる。いくらナチュラルが矮小だろうが、こちらもそれに付き合ってチマチマ出す必要もない。全力を持って叩き潰す」

 

それくらいなら、誰でも考えつくことだろうがな。

モラシムはそう言うと、こちらの方が本命だと言わんばかりに連々(つらつら)と述べていく。

 

「水中MS部隊は今日と同じく、水中からの攻撃を継続させろ。機雷も無限ではない。

空戦部隊は俺が指揮を執る。小蠅どもの相手は任せろ。

で、肝心の策だ。やつらの基地から見て北側から、”ピートリー級”と”バクゥ”、”ジン・オーカー”部隊を攻め込ませろ。防備の薄くなっている箇所を攻撃すれば、連中は対処の手が追いつかなくなる。そこで生まれた隙を突けば、あとは勝利は目前さ」

 

「陸上戦艦は、”ピートリー”級でいいのか?”レセップス”級は……」

 

「必要なのは、機動力だ。少数精鋭で敵を攪乱し、ジワジワと敵の取れる手段を削っていく。あくまで陸上部隊は、囮なんだからな」

 

「なるほど、それなら少数でも問題ないな!」

 

そのまま会議が進んでいくのを傍目に見ながら、”テグレチャフ”艦長は思う。

 

(いや、普通に考えて一度撤退するべきだろう。今日だけでどれだけの”ディン”を失ったと思っている?”グーン”はほとんど被害は出ていないとは言え、機雷を処理し終えるまでに航空戦力が全滅しない保証がどこにある。一気に攻め落とそうというなら、既に失敗している。だからこその現状だろうに。まさか、敵が他の方向から攻め込まれた時を想定していないと思うのか?たしかに基地周辺よりは規模も小さいだろうが……)

 

しかし、ZAFTは徹底的な実力主義だ。既に失敗した彼らよりも、成功続きのモラシムの方が発言力を持つ。加えて、モラシムは水中だけでなく空中戦においても秀でた能力を持っている。ひょっとしたら、低下した航空戦力の穴を埋めるやもしれないと思わせるくらいには。

とりあえず、『紅海の鯱』の腕を見せてもらうとするか。そう考えながら、”テグレチャフ”艦長は盛り上がる会議を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

1/16

台湾 台南市付近

 

「畜生、嫌な予感ばっかり当たりやがる!」

 

モーガン・シュバリエは絶叫しながら、”陸戦型テスター”にアサルトライフルを撃たせる。

敵は北方から別働隊を攻め込ませる。そう考えたビンバイの采配によって、モーガン機含む4機のMSは、朝方から台南市付近に形成された防衛線に配置された。

そしたら、案の定ZAFTは北方から攻め込んできた。しかしその規模は、”バクゥ”含むMSが2個小隊分、つまり8機と、こちらと比べて2倍というものだった。同じく北部防衛線に配備されていたリニアガン・タンクや戦闘ヘリ、更に自走式リニア砲などと連携することによって持ちこたえているが、如何せん戦力不足であることは否めない。

更に、その後方には”ピートリー”級陸上戦艦が2隻控えている。このままでは、いつ戦線が崩壊してもおかしくない。敵の進軍スピードが芳しくないのは、こちらが前もって陸上戦艦の通るだろうルートに限定して地雷などを埋め込んでいたからに過ぎない。モーガンとしては防衛線全体に地雷を敷き詰めたかったのだが、流石に台南市という市街地も近くにある状況で地雷を多用するのは問題があるという意見があった故に敵の予測侵攻ルートに絞っている。

 

<大尉、敵艦からミサイル多数!>

 

「迎撃!」

 

前線指揮を任されたモーガンの号令に合わせて、味方の陣地から迎撃のための対空砲火が放たれる。しかしそれでも防ぎ切れず、何発かが陣地に着弾した。

 

<このままだと、なぶり殺しにされますよ!基地からの援軍はまだなんですか!?>

 

「来れるならとっくに来てる!だが、未だに敵の潜水母艦の一隻も沈められてねえんだ!”スカイグラスパー”隊が母艦を落とすのを待つ他無い……!」

 

<そんなぁ……!>

 

部下からの情けない声が響くが、モーガンは気にせずに思考を巡らせる。

 

(このまま耐えていても、いずれは突破される。どうにかして敵の進軍を止めるか、撤退させる必要があるな……俺や”マウス隊”の連中だったら問題なく殲滅まで持っていけるが、こいつらにそれを強要するのは馬鹿馬鹿しい。……ん?あの位置は確か……いけるか?)

 

「ツクヨミ1より、全隊!これより30秒後に、スモークディスチャージャー搭載機はありったけのスモーク弾を射出!散布終了後に俺とツクヨミ2・3は敵陸上戦艦『甲』に突撃、敵戦艦を無力化を図る!」

 

<はあ!?狂ったか大尉!>

 

<いくらスモークがあるといっても……!>

 

「ツクヨミ4は、後方より援護射撃!俺が合図したら、ポイントC5にライフルを撃て!」

 

<C5……まさか!?>

 

ツクヨミ4としてモーガンの下で戦っていたナミハは、モーガンのやろうとしていることに気付く。たしかに、()()は今ちょうど良い位置にある。

だが、いくらなんでもむちゃくちゃではないだろうか!?

 

「一応、起動出来るはずだ!……行くぞ!スモーク!」

 

<スモーク散布!ご無事の帰還を、『月下の狂犬』!>

 

「当たり前だ!行くぞ!」

 

<ツクヨミ2、ツクヨミ1に続き突貫する>

 

<ああ、畜生!ツクヨミ3!突撃突撃突撃ぃ!>

 

周辺から一斉に煙幕が吹き出し、連合軍の陣地を圧倒的『白』で覆い隠していく。ZAFT兵達もバカでは無く、様子を窺いながらも動きを止めることはしない。

しかし、その時間が長びくことはなかった。煙が連合の陣地を包んでまもなく、”陸戦型テスター”が3機、後方に控えている“ピートリー”級に向けて突撃を始めたからだ。

ZAFT側もMSの数機は突然の事態にも見事に反応し、迎撃を試みる。しかし3機が飛び出して間もなく、煙の中に残ったナミハや通常兵器の部隊から再開された攻撃に注意を割かねばならなくなり、結果として大した妨害も出来ずにモーガン達の突破を許してしまう。

もちろん、陸上戦艦の直掩に就いていた機体も存在している。そして何より、現在ツクヨミ小隊が突撃を敢行している陸上戦艦からの砲撃が、彼らを襲う。

 

「止まるな、進め進め進め!止まったら死ぬぞぉ!」

 

<くっ……!>

 

<うひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?あた、当たった!ガンって!左肩!>

 

「まだだ、もう少し……よし、今だ!」

 

弾幕を避けきれずに、左肩に被弾するツクヨミ3ことイツキ・ハシモト。彼の悲鳴を聞きながらも、モーガンは何かのタイミングを計っているようだった。

そして、時は訪れた。近くに敵艦からの砲撃が着弾するのも構わずに、モーガンは信号弾を打ち上げる。それを見たナミハは、指定されたポイントをビームスナイパーライフルで打ち抜く。静止目標に当てることくらい、彼女にとっては「お茶の子さいさい」と言えるほど容易いことだ。

ビームが目標地点に着弾した瞬間、大爆発が起きる。そしてその爆発は、その近くに存在していたZAFTの”ピートリー級”陸上戦艦、2隻いる内の『甲』にも及んだ。

モーガンはC5と呼称した位置に地雷が埋まっており、なおかつその地雷の威力も知っていた。敵戦艦が地雷に近づいていることに気付いた彼は、なんとナミハの機体が装備するビームスナイパーライフルの一撃を以て()()()()()()()()()()()()ことで敵戦艦の足を止め、その隙に敵戦艦を無力化するという、あまりにも荒唐無稽な作戦を即断実行してみせたのだ。まさに、『月下の狂犬』たる証明とでも言うべきか。

運悪くエンジン部にその煽りを受けてしまった『甲』は、見るからに動きが鈍くなる。更にこの突然の爆発から、乗員は立ち直っていないようだ。迎撃の弾幕が弱まっている。直掩機も爆発の衝撃で、体勢を崩しているようだ。

 

「今だ!各機、『甲』に対し攻撃!なんとしても無力化しろ!」

 

そう言いながら、さらに敵艦との距離を詰めるモーガン。敵艦は、ここまでスラスターなどを使って全速力で詰めてきたこともあり目前だ。

なんとか体勢を立て直した直掩の”ジン・オーカー”が、モーガン機に向けて銃を向ける。しかし、それよりも先に蜂の巣のようにされて、地面に崩れ落ちる。ツクヨミ2こと、ユウ・アマミがアサルトライフルの連射を浴びせたからだ。

もはや、モーガンを拒む物は存在しない。彼の機体はジャンプして『甲』の艦上に昇り、アサルトライフルを艦橋に突きつける。

 

「残念だったな、小僧共!」

 

 

 

 

 

衛星軌道上 ”コロンブス” ハンガー内

 

「だから、無理だって!」

 

「いくら何でも無茶だカシンちゃん!成功例も無しに……」

 

「お願いします、やらせてください!」

 

そこでは、普段は物静かなカシンが珍しく大きな声を挙げて、整備班に対して何かを要求しているようだった。

既に、衛星軌道上での戦いは終結していた。ZAFTはほとんどの降下部隊を撃破されてしまい、宇宙からのカオシュン宇宙港攻略支援を断念。降下ポッドに搭載されていたMS、占めて36機を連合軍に撃破され、その護衛に当たっていたMSも、18機という数が撃破されてしまっている。なお、そのうち12機は”マウス隊”だけで撃破したものだ。これは別に他の部隊が無能だったという訳では無く、『ガンダム』を所有しかつ、対MS戦闘の経験が豊富な”マウス隊”が敵MS隊との戦闘を率先して引き受けたからであり、”マウス隊”以外のMSも降下ポッドの破壊などで相応に戦果を挙げている。

特にカシンの”バスター”は従来のMSを遙かに上回る長射程かつ高火力な武装を存分に(ふる)い、なんと敵艦9隻の内4隻を撃沈、2隻を中破に追い込んでいる。文句なしの大戦果だ。

それが激戦だったことは明白であり、それ故に、まだ何かをしようとしているカシンに対して注目が集まるのも当たり前だった。

 

「何事?」

 

「あ、マヤ大尉!大尉からも言ってやってください!カシンちゃん、”バスター”でカオシュンに降下したいっていうんです!」

 

「はあっ!?」

 

「地上ではまだ、戦っているんです!カオシュン宇宙港があるのは、東アジア共和国で!モーガンさんも……!」

 

そう、”バスター”がカタログスペックでは大気圏突入可能であることを知った彼女は、あろうことか激戦の後にも関わらず、そのまま”バスター”で地球に降下し、カオシュンの防衛に当たりたいというのだ。

 

「カシン、落ち着きなさい!ユージ隊長も言っていたでしょう、私達に出来るのは支援だけだって!それに、突入出来ると言ったって……」

 

「やらせてください!お願いします!」

 

「何があなたをそこまで動かしているの?普段なら、引き下がるところじゃない」

 

カシンは普段、あまり自分の意思を押し出そうとする人間ではない。基本的に他の人の意見を尊重し、自分はそれをサポートする。それがマヤの知る、カシン・リーだった。だが、今の彼女からはその様子が見られない。

 

「……カオシュンの司令官は、私にとっての恩人なんです。半ば無理矢理入隊させられた軍の中で、コーディネイターの私にもけして差別せずに応対してくれました。今”マウス隊”にいるのも、その人からの推薦があったからです。せめて、実戦から少しでも離れた実験部隊にって……あの人が、ビンバイ中将がいなかったら、私はどこかの戦場に放り出されて死んでいたと思います。だから、私……」

 

「カシン……」

 

「僕からも、お願いしますマヤさん。彼女の願いを……」

 

まさか、アイザックまでカシンを後押しするとは思っていなかった。彼もまた、秩序を重んじるタイプの人間だというのに。

 

「……ああ、もう!それを言うのは私にじゃないでしょう!」

 

叫んで、マヤは小型通信機を取り出す。目当ての人物は他の艦に乗っているが、今は戦闘終了後かつ隣接する艦にいるため、小型の通信機でも会話が通じるのだ。

 

「隊長、聞こえますか!?カシンが単独で地球に降下すると言いだしたんです!」

 

直後、通信機の向こう側から何かを吹き出すような音と<きったね!?><おおー><隊長!?><なんか、とんでもない言葉が聞こえたような?>と、喧々囂々(けんけんごうごう)とする様子が聞こえてくる。少しばかり、タイミングを誤ってしまったようだ。

持ち直したユージに状況を説明した後、マヤは通信機をカシンに渡す。ユージが直接話すようだ。

 

<話は聞いた。……本気か?>

 

「本気です」

 

<いかに”バスター”といえど、所詮はカタログスペックだ。当てにはならん>

 

「絶対に出来ないことは、カタログに書かれません。……たぶん!」

 

<降下ポッドはこちらにはないし、ZAFTの物は全て破壊してしまった。”バスター”のコクピットはさぞ熱くなるだろうな?>

 

「体は丈夫なつもりです」

 

<……君一人がいって、何とかなるのか?>

 

「何もしないより、ずっと良いです。隊長……」

 

<……>

 

通信機の向こうではしばらく、無言が続く。やはり、無理なのだろうか?

しかし、通信機の向こうからユージの声がかすかに聞こえるようになる。断片的に、<提─く。たし──、”メネ──ス”は、───を積ん──したね?>という声が聞こえてくる。内容から察するに、”メネラオス”と通信しているのだろうか?

やがて、ユージの声がハッキリし始める。こちらとの会話を再開するつもりのようだ。

 

<カシン・リー少尉>

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<サーフィンの経験は、あるかね?>

 

「………………はい?」




次で後編、カオシュン決着です。
カオシュン攻防戦の最中に出てきたオリキャラに関しては、後編の後書きで軽く紹介したいと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第21話「カオシュン攻防戦」後編

前回のあらすじ
ガンダム・バルバトス「呼ばれた」
グレイズ・リッター「気がする」

君で大気圏降下するようなしないようなガンダム、はっじまーるよー。


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カオシュン宇宙港 基地司令部

 

「第18ミサイル発射装置、大破!」

「港湾防衛用機雷、残数15%を切りました!」

「第4対空砲座、沈黙!司令、これでは……!」

 

その場所では、様々な悲観的な情報が通信士達から放たれていた。

カオシュン宇宙港では、朝の8時から再開されたZAFTからの攻撃に対して、防衛行動を行っていた。

しかし、敵の行動パターンの変化、また、基地から北側に敷かれた『台南防衛線』に敵部隊が確認され、そこにモーガン・シュバリエを派遣したことなどから苦戦を強いられていた。

敵は戦力の逐次投入を反省したのか、昨日のようにMSが無尽蔵かと錯覚させる程には湧いてこなかった。その変わりに、敵の動きが見るからに変わった。

水中戦MSの動きはほぼ変わらないが、”ディン”によって構成される空戦部隊の動きが見るからによくなった。傍受出来た通信の内容から「モラシム」という単語が聞き取られたことから、この「カオシュン攻防戦」に、かの『紅海の鯱』が参戦した、あるいはしていたという事が防衛部隊に知られることとなった。

マルコ・モラシム、普段は紅海やインド洋などで活動しているZAFTの隊長格。その活躍振りは敵対勢力である連合内においても注視されている。

司令部からではどこにモラシムがいるかはわからなかったが、今日になっての敵の行動パターンの変化、空戦部隊の統率力強化などから、前線に出てきていることは間違いないと思われた。

連合側でモラシムに対抗出来るやもしれない前線指揮官といえばモーガンくらいだが、当の本人は台南にて戦闘中、とてもこちらに戻ってこれる状況ではない。

これはモーガンを北に向かわせてしまった司令部のミス、ではない。()()()()()()()()()()()のだ、少数の手勢で北からの別働隊を抑えられる指揮官は。

カオシュン宇宙港の防衛戦力は既に限界近くまで稼働しており、台南へ向けられる戦力は最小限にしなければならなかった。そこに、モラシムという存在が現れてしまった。個人としてのスキルと指揮官として部隊を有効に動かせる能力を兼ね備えた彼は、かろうじて膠着状態にあった現状を、ZAFT有利に持って行く程の存在だった。”スカイグラスパー”や”スピアヘッド”がモラシムの指揮する”ディン”部隊によって少しずつその数を減らしていき、水中からの侵攻を食い止めていた機雷群もほとんどが処理され、もはやその体を為していない。

加えて、昨日の戦闘では存在しなかった敵がカオシュン宇宙港に牙を剥いていた。

MSを運び続けることに専念していた“ボズゴロフ”級潜水艦が、長距離ミサイルによる攻撃を始めていたのだ。Nジャマーによって誘導兵器が戦場から失われたのは周知されているが、静止目標であるカオシュン宇宙港に打ち込む分には何ら問題とはなっていなかった。次々と、基地の戦力が失われていく。これでは、”スカイグラスパー”隊が母艦を攻撃するよりも先に基地が陥落してしまうだろう。

 

(やはり、”テスター”や”スカイグラスパー”があるだけでは抗えんか。連中の方がMSの扱いに長けているのは当たり前、MSを手に入れて間もない我々では、差を埋めることは出来ていても追い越せるのはまだ先のこと……)

 

だが、敵の損害も相当なものとなっているだろう。ならばそれは、これまでの戦いが決して無意味なものではないということだ。

 

「諦めるな!パッシブソナーを起動して、敵水中戦力への砲撃を開始しろ!それで少しは抑えられる。それと平行して、基地内の全てのデータを破棄、撤収準備を進めろ!───遺憾ながら、当基地を放棄する」

 

「ビンバイ司令、それは!」

 

「これ以上の戦いは、いたずらに被害を拡大させるだけだ!なれば、あとはいかに被害を出さずに戦闘を終わらせるかに掛かってくる。いつか来る反撃の機会のために、皆、屈辱に耐えてくれ……」

 

司令部の中の喧噪が少しだけ収まる。

悔しい。ただ、その感情だけが存在していた。しかし、これ以上打てる手がないのも事実だと、その場の誰もが理解していた。

誰もがビンバイの指示に従って行動し始めようとしたとき、通信士の一人が声を挙げる。

 

「待ってください!当基地の上空に接近する物体有り!これは……シャトルか?」

 

このタイミングでシャトル……?敵か、それとも味方か?誰もがそう思った。

司令部内のメインモニターには、一つの光学映像が映し出されていた。大気圏への突入を完了し、赤熱化していた船体は元の白色を取り戻している。

驚くべきは、そこからだった。なんと、()()()()()()()()()()()()()()が、シャトルの船体から離れ、この基地に向かって落ちてくるではないか!

あれは何だ?MAか?

いや、”テスター”だ!

 

 

 

 

 

あえて言おう、『ガンダム』だ。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、あれは?」

 

搭乗している”ディン”のコクピットの中で、モラシムは疑問を口に出す。

突如基地上空に現れたシャトルから飛び降りるように、一機のMSが落ちてきているのだ。IFFで判別する限りでは、味方ではない。つまり、現れたMSは敵だ。

バカな敵だ。今にも基地が陥落しそうなこの状況でたった一機現れたところで、何が出来るというのだ?しかしモラシムの嘲笑は、次の瞬間驚愕に染まることとなる。

現れた二本角のMSは、降下しながらも背中に懸架していた二つの砲を連結し、ZAFT側に撃ってくる。

恐るべきはその威力と精度であり、大気圏突入後かつ自由落下中という不安定な状況からも、”ディン”を瞬く間に落としていくではないか!

慌てて何機かの僚機を迎撃に向かわせたが、今度は連結していた砲を組み替えて強力な散弾砲を発射してくる。迎撃に向かった”ディン”は、この弾幕を突破出来ずに撃破されてしまった。

 

「ば、バカな!?6機の”ディン”が、3分も経たずに?1機のMSに撃破された?そんなバカな話が、あってたまるか!」

 

あり得ない事態を引き起こした二本角のMSに、モラシム自身も向かっていく。

彼にとって、何もかもが許せなかった。

ナチュラルのMSごときに多くの”ディン”が瞬殺されていること。

しかもそのMSが、たった1機でそれを成し遂げたこと。

そんなあり得ない「怪物」が、よりにもよってもう少しで敵基地を押し切れるというタイミングで現れたこと。

過剰なプライドは、現状を正しく認識出来る頭脳を鈍らせていく。あってはならないのだ、このような逆転劇など。

 

「惨めで矮小なナチュラルは、俺達に駆逐されていればいいのだ!この、劣等種共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

しかし二本角のMSは、こちらが撃った弾丸をまったく受け付けない。それどころか、平然とこちらに向けて迎撃のミサイルを肩から撃ち出してくるではないか!?

いったい、どんな装甲を使っているというのだ!?モラシムは驚愕に捕らわれながらも、そのミサイルの回避に専念する。だが、さらに驚くべき事態が起きる。

なんと、今度は二本角のMSがこちらに向かって進んできたのだ。見るからに、空戦用のMSではない。それでもなお、”ディン”以上の加速力で以て自分に向かってくるMSに、モラシムはこの戦争において初めて、敵に対して恐怖を覚えた。

 

「何なんだ、貴様は……。何なんだ、貴様はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

<……こか……>

 

回線が混戦してしまったのか、どこからか若い女の声が聞こえてくる。

 

<……ていけ>

 

「この声は……まさか、目の前のこいつ!?」

 

敵がこちらとの距離を詰めるごとに、通信もハッキリとしてくる。つまりこの声の主は、二本角のMSに乗っているということだ。

『紅海の鯱』が、声からも小娘だと窺い知れるような敵に負ける?

 

「こんな、小娘なんぞにやられるか!俺は、俺はマルコ・モラシムだぞ!」

 

思わず怒声を挙げるモラシムだが、次の瞬間、それを上回る圧を伴った声が響く。

 

<ここから、出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!>

 

そうして、二本角のMS、”バスター”に搭乗したカシン・リーは。

『紅海の鯱』、マルコ・モラシムの乗る”ディン”の横っ面を。

”バスター”の重厚な拳を以て殴りつけた。

 

 

 

 

 

「あれは、味方なのか?」

 

「わ、わかりません。IFFには登録されていないMSです」

 

ビンバイが司令部内で驚愕を伴って発した疑問に、答えられる人間はいなかった。

絶体絶命の窮地に陥ったタイミングで現れた謎のMSは、瞬く間に多数の”ディン”を撃破し、さらに手練れ(おそらくモラシムの乗っていたであろう)の”ディン”を殴り飛ばし、現在は基地に向かってスラスターを使って減速しながら降下してくる。

ビンバイとしては、このMSを味方と認めたかった。だが、データベースに登録されていない存在を早急に味方と認定するには、基地司令としてはあまりにもうかつだ。

どうするべきか、と考えている間に、そのMSからの通信が司令部に届く。

 

<カオシュン宇宙港、聞こえますか?こちら、連合宇宙軍第8艦隊所属、カシン・リー少尉です。これより、そちらの防衛任務に加えさせていただきたく思います!>

 

「カシン・リー……リー君なのか?」

 

<ビンバイ司令、お久しぶりです>

 

突如現れたMSが、こちらの増援であることに安堵した司令部。しかし、ビンバイだけが驚愕に染まった表情を見せる。

確かに、最近の活躍具合については聞いていた。『機人婦好』という異名を以て喧伝される彼女を見て、本当にこれは彼女なのか?と疑ったほどだ。それほどに、自分の中の彼女のイメージと食い違っていた。

戦いには向いていない、儚げな女性だったはずだ。このカオシュン宇宙港から月に送り出した時まで、そのイメージが崩れることはなかった。

だが、通信から聞こえてくる声からは、そのような気配は感じない。力強い、戦士の声だ。

 

「いったい、君に何があったと言うんだ?以前までの君と……」

 

<……変わってなど、いません。ただ、出会っただけです>

 

「誰とだね?」

 

<仲間と、です>

 

それを聞いて、ビンバイは薄く笑む。なるほど、そういうことか。

 

「……良い仲間と、巡り会えたようだな」

 

<はい!それでは、迎撃行動に入ります>

 

”バスター”は基地に着地し、そのまま背中の砲を空に向けて発射し、残りの”ディン”や”ジン”を撃破していく。”バスター”の登場によって防衛隊は勢いを取り戻した。”バスター”に続くかのように”陸戦型テスター”が、”リニアガン・タンク”が、”ブルドッグ”が、自走砲台が。

無事な者は総力を以て空から襲い来る敵へ対空砲火を撃ちだしていく。

 

「ふふっ、ここまで諦めなかった我々へ与えられた、救いか何かなのかもな。当基地からの撤退命令は、撤回する。戦女神が、我々の奮闘に応じてくださったようだ。最後まで、決して諦めるな!」

 

基地全体から歓声があがり、みるみるうちに士気が上がっていくのがわかる。

反対にZAFT側では、急激に士気が下がっていた。

突如現れた敵の援軍によって、頼みの綱である『紅海の鯱』の機体を含む多くのMSが撃破された。そこに、息を吹き返したかのような敵からの苛烈な対空弾幕。

残る希望は水中部隊だけだが、元々”グーン”は、地上での運用などほとんど考えられていない。かの機体が最強でいられるのは水中限定であり、陸に上がったところで瞬く間に蜂の巣にされるのがオチだ。この状況を打開出来るとは思えなかった。

加えて、最悪の知らせがZAFT兵達を襲った。長距離ミサイルを発射するために浮上した”ボズゴロフ”級が、そのわずかな隙を敵戦闘機部隊によって突かれ、撃沈してしまったのだ。このままでは勝つどころか、無事に帰投出来るかすら怪しい。

誰もがそう思ったところで、沖合から信号弾が上空に打ち出されたのが見えた。”テグレチャフ”からの信号弾だ。その意味は、「撤退」。

普段ならば、ここまで攻め込んでおきながら撤退など、と言って戦闘を継続する馬鹿者もいる。しかし、この時ばかりは全員、おとなしく、かつ速やかに撤退を開始した。

今の自分達で、あの基地を、いや、あの二本角を落とせる気がしなかったのだ。

この敗戦を機にZAFT地上軍の意識は少しずつ変化し始め、それぞれの戦場における行動に慎重さが増したのは、言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 

「包帯もってこーい!」

「こっちに何人かよこしてくれ!瓦礫を撤去したいんだ」

「警戒怠るな!」

 

戦闘終了後のカオシュン宇宙港では、至る所で慌ただしく復旧作業が行われていた。なんとか敵からの攻撃は耐えきったとはいえ、被害は甚大だ。祝勝会を開くには、あまり余裕はなかった。だが、彼らの顔にそれほど陰りは見られない。激闘の末に、勝ち取った勝利だ。嬉しくないはずがない。

その中にたたずむ”バスター”を見つめる目は多い。この機体の参戦によって、一気に戦況が好転したのだ。しかも、ここを救援するために単機で大気圏突入をこなしてみせたのだという。機体自体にも、そのパイロットに対しても。興味津々だった。

やがて、”バスター”のコクピットハッチが開く。そこから顔を出した人物は、ヘルメットを取っていたことも相まって、多くの人間にその顔をよく記憶されることとなる。

鮮やかな黒髪、穏やかそうな表情、すらりとした体躯。

 

「め、女神だ……」

 

誰からともなく、そんな声が挙がった。しかし、それを茶化す者は誰もいなかった。

皆、見とれていたのだ。あれだけの敵を落としてみせたMSのパイロットの、素顔に。その姿に。

宗教の権威が失墜したこのC.Eにおいてなお、そう評するに値する。今日このとき、窮地にあったこの基地を救ってみせたのだ。矮小かつ浅慮な自分達に、『女神』以外にどう評することが出来るというのか。

遠くから、MSを乗せたトレーラーが数台、基地に向かってくるのも見える。そこに乗せられたボロボロの”陸戦型テスター”の上では、”バスター”に向かって手を振る壮年の男性。モーガン・シュバリエが無事に帰還したのだ。

彼は少数の手勢を率いて敵陸上戦艦への奇襲を敢行し、これを撃破。基地の北部から襲い来るZAFT別働隊を見事に撤退へと追い込み、生還したのだ。

もちろん無傷とはいかずに、彼の乗っていたMSは左腕を損傷している。それでも、少数で敵MS部隊と戦艦を追い払って見せた手腕は、今後、連合・ZAFT問わず評価されることになる。

 

この『カオシュン攻防戦』の結果を聞いた者達の感想は様々だ。

この調子でいけば、当初の想定通り連合の勝利で終わるだろう。

いや、ZAFTはこの敗戦で自らを鑑み、更なる戦力向上を果たすはずだ。

様々な意見が飛び交うこととなるが、どれだけ立場の異なる者同士であっても共通していることが一つあった。

それは、『これからの戦いは一層激しくなるだろう』、ということだ。

 

 

 

 

 

1/16

”コロンブス” ハンガー

 

「カシン、無事に降下に成功したそうですよ。それだけでなく、大戦果を挙げたとか」

 

「彼女と”バスター”ならば、出来るだろうとは思っていたよ」

 

そこでは、ユージとマヤが会話を(おこな)っていた。その内容は、単独で地球に降下して、カオシュン宇宙港の救援に駆けつけることに成功したカシンについてのものだった。マヤは見るからに、疲労困憊といった様子だ。

 

「君や他のメカニック・研究員にも、大分苦労させてしまったようだな」

 

「まったくですよ。まさか”バスター”を、大気圏突入用に”メネラオス”に積まれていたシャトルの上に乗せて、大気圏突入させるなんて」

 

カシンの要望に応えるためにユージが導き出した結論は、つまりそういうことだった。

原作でもヘリオポリスからの避難民を乗せて地球に降下するはずだったシャトルだが、今回の作戦において万が一を想定してメネラオスに積まれていたことを思い出したユージは、そのシャトルをハルバートンから許可を得た上で”バスター”をその上に乗せて、大気圏突入を行わせたのだった。

宇宙世紀を舞台とした『機動戦士Zガンダム』でも、ガンダムMarkⅡがフライングアーマーという大気圏突入用の装備を用いて、無事に地球に降下することに成功している。ユージは、シャトルをそのフライングアーマーに見立てて行動したわけだ。なお、シャトルは自動操縦で海に着水した後に回収されることになっている。

 

「シャトルを用いた大気圏突入用の、姿勢制御プログラム。”バスター”への可能な限りの耐熱処理。加えて、パイロット保護のための装置を緊急でコクピット内に取り付ける作業……。これは、ボーナスを期待しても、いいですかね?」

 

「あいにく私は君の給料を差配出来る立場にはいないが、今回の功績はきちんとハルバートン提督に報告しておくよ」

 

「それは、重畳……」

 

そういって、マヤは居住区の方に向かっていってしまった。上官への礼を失するほどに、疲れ果てているようだ。無理を言った自覚もあるため、苦笑を以て見送る。

どちらにしても、この後は否が応でも苦労を重ねることになるのだ。ならば、今のうちにこれくらいの修羅場は経験してもらっていた方がいいと言えなくもない。

一連の戦いで、”デュエル”と”バスター”の性能はZAFTに知られることになってしまっただろう。今後は敵も、どんどん新型MSを投入してくるはずだ。それに対抗するためにも、”マウス隊”も更なる力を手に入れる必要があるわけだ。

「原作開始」と想定している時期も、もはや目と鼻の先まで迫っている。目下のところ重要視するべきは、ヘリオポリス襲撃なのだが……。

そこまで考えたところで、アイザックとセシルの会話が聞こえてくる。

 

「本当に、大気圏突入しちゃいましたよぉ、カシンさん……」

 

「それどころか、速報だとあの『紅海の鯱』も退けたらしいよ。流石、カシンだね」

 

「カシンさんもそうですけどぉ……。すごいですねぇ、”バスター”も。あんな方法で大気圏突入したMSなんて、多分あの機体が初ですよぉ。”デュエル”でも出来ますかねぇ?」

 

「多分、出来ると思うよ。なんて言ったって、『ガンダム』だからね」

 

その会話、否、アイザックの漏らした一言を聞いて、ユージはドキリとしたのを自覚する。

その単語を、なぜ?

 

「アイク、その、『ガンダム』というのは……?」

 

「あ、隊長。えっと、『ガンダム』というのは、その……」

 

「”デュエル”、”バスター”に搭載されているOSが、General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System、というんですけど。その頭文字をつなげたら『ガンダム』って読めるんですよぉ。多分、『G』用のOSなんでしょうけどぉ、なんだかそっちの方がかっこいいかなぁって皆で意気投合して、それ以降は、ですぅ」

 

「つまり、あだ名か……?」

 

「えっと、そうですね。そうなります。”デュエルガンダム”、“バスターガンダム”という風に」

 

それを聞いて、ユージはうつむく。何か気に入らないことでもあったかと、アイザック達はおそるおそる声をかける。

 

「あの、隊長……?」

 

「……ふふふ、ふはははははははは!そうか、そうか!『ガンダム』、か!」

 

今度はいきなり笑い出すユージに、アイザックだけでなく近くにいる全員が訝かしむ。いったい、何がそんなに琴線に触れたのだろうか?

 

「なるほど、『ガンダム』か。大いに結構!」

 

「あの、何かお気に召したのですかぁ?」

 

「気にするな、セシル。ただ、そうだな。『ガンダム』、格好良いじゃないか。そう思っただけだよ」

 

「はぁ……」

 

そして、彼にしては珍しく満面の笑みでその場を離れるユージ。

この珍百景以降、”マウス隊”メンバーの中では、「『ガンダム』にどういう意味があるのか?」という議論が繰り広げられるようになったとか。

 

 

 

 

 

ユージが笑い出したのは、そう難しい理由があるわけではない。

本来のC.Eにおいて、『ガンダム』の名を持つ機体はただ一機を除いて存在しない。それは単純に、セシルが説明したように、OSの頭文字を取って『ガンダム』、という程度の意義しか持たず、個人間で通じるあだ名でしかなかった。

ユージがSEEDシリーズにおいて、明確に不満を抱いていた点である。せっかく『ガンダム』なのだから、もっとその名が出ても良いじゃ無いか、とかつての彼は考えていた。

だが、しかし。こうして、”デュエル”や”バスター”を『ガンダム』と他者が呼ぶ光景を見て、彼は改めて実感したのだ。

この世界は、『ガンダム』なのだと。子供のころに憧れていた、『ガンダム』が存在する世界を、今、自分は生きているのだ。

それが嬉しいような、悲しいような。ユージが笑っていたのは、その感情を上手く他に吐き出すことが出来なかったから。

とりあえず、笑うことにしたのだ。

 

 

 

 

 

そして、少しの時が過ぎ。

C.E71、1/25。物語が、始まる。

その発芽した『芽』が、どのような成長を遂げるのか。




ということで、カオシュン攻防戦、終了です!
次回は番外編を一つ挟んでから、「原作」に”マウス隊”を参戦させたいと思います。野望シリーズの名を冠していながら要素が薄めな本作ですが、最後までお付き合いいただければと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

P.S
活動報告を更新しました。暇だったら覗いていってみてください。


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第1章
第22話「『種』芽吹く時、『邪道』との邂逅」


前回のあらすじ
ユージ&作者「ガンダム、ばんざーい!」

20話近く使ってから原作パート突入するやつ、おりゅ?


最初は、とても小さな変化。

決められた定めを動かすことなど、到底不可能なほど小さなそれは、いつの間にか大きなうねりとなっていた。

『運命』という猫に噛みついたネズミたちは、どのような軌跡を描くのか。その結末を知るものは、まだどこにもいない。

全ての物語は、終わった時にこそ評されるべきものなれば。

 

 

 

 

 

1/25

デブリ帯 ”コロンブス” ハンガー内

 

「まさか僕達にこういう任務が回ってくるとはね……」

 

「しかも聞きましたぁ?噂だとこの任務、隊長が提督に直談判して下されたらしいですよぉ?」

 

「あの隊長が?」

 

そこでは、アイザックとカシン、セシルが各々のMSを眺めながら会話していた。

今回の”マウス隊”の任務は、デブリ帯における新兵のMS訓練だ。そこまではいい。

最近は”セフィロト”の周辺などで試作武装の実戦テストなどを行うような任務が中心だったが、『植樹戦役』以前にもMS操縦の教導はやっていた。MS運用の経験が最も蓄積されている自分達の部隊で教導を行うというのは、新兵を安全に育成するという意味では最善手と言えるだろう。

問題は、なぜ『セフィロト』の近隣ではなく、地球を挟んだ反対側で行うのか、ということだった。ユージに質問したところ、『新兵の長期間任務への耐性強化も目的としている』という答えが返ってきたが、それならそれで別にスケジュールを組めば良いはずだ。

およそ一週間ほど前の『カオシュン攻防戦』から、ZAFTの動きは沈静化した。それもそのはず、あの戦いでZAFTが受けた損害は、地上に限らず宇宙でも甚大だった。

4つの戦艦を失い、更に2つの戦艦に少なくない損害を受けている。加えて、MSの損失も甚大だったことだろう。

つまり、今は比較的こちらに『余裕がある』状況なのだ。新兵の育成だって、一度に複数の経験を積ませてまで行うべきものなのか?アイザックが新兵の時でさえ、きちんと長期にわたる訓練であっても、いっぺんにまとめて行おうとしたものはなかった。いや、もしかしたら自分達の訓練過程と異なっている可能性もあるが……。

『もう一つの可能性』も、無視できなかった。

 

「隊長にしては強行スケジュールな気が……」

 

「……隊長って、何者なんでしょうねぇ」

 

「セシル?」

 

「だって、そうじゃないですかぁ。”メビウス”で”ジン”を撃破……これは小隊での連携を基本戦術にしたとして、MSを運用するためのOSの重要性を、わざわざハルバートン提督のところに直接言いに行ったんですよぉ?今になって思うんですけど、流石に先見性があり過ぎるような、って」

 

そう、それだ。アイザックが懸念しているのが、それだった。

自分達の隊長、ユージ・ムラマツは優秀な軍人だ。自分達という色々と癖のある部下を率いてみせる手腕もだが、自分の部下一人一人とのコミュニケーションもきちんと取る。御陰で、”マウス隊”最初期の不穏な様子は早々に見られなくなり、自分達は周りからエース部隊と言われるまでに成長を遂げた。尊敬できる人物なのは間違いないだろう。先日の”バスター”をシャトルに乗せて降下させる案など、既存の型に捕らわれない柔軟な考えも出来る。

だが、時折不思議な様子を見せるのだ。

セシルが言ったように、OSの重要性を説く先見性。『ガンダム』という単語を聞いた時の、どこか『懐かしげ』な様子(アイザックはそう感じていた)。

まるで未来がわかっているような、いや、それとも既に経験していたかのような……。

 

「じゃあ、今回も隊長は何かが起こると考えている、だから今回みたいに普通とは違う形式で任務を始めたってことかい?」

 

「だって、そうとしか考えられないじゃないですかぉ。今の我々の位置、考えて見てくださいよぉ」

 

アイザックの疑問に、セシルは自分の見解の根拠を述べる。

 

「───ここから比較的近い宙域に、あるんですよぉ?”ヘリオポリス”。あそこでは今でも、たしか試作MSが3機は製造されています。先日の戦いで”デュエル”、”バスター”をZAFTに晒している以上、あちらも情報網をフルに稼働させているはずです。あれから一週間と少し、優秀な諜報部やスパイでもいれば、”ヘリオポリス”の情報をキャッチしていてもおかしくないと思いますぅ」

 

「じゃあ隊長が今回の任務を不自然に調整したのは、”ヘリオポリス”に何か起きて、それを事前に知っているからってこと?」

 

「いやぁ、ただの憶測なんですけどね?正直、”ヘリオポリス”に何か起きるかもってことならハルバートン提督も考えていてもおかしくないことですしぃ」

 

「ふぅん……アイクは、どう思う?」

 

カシンからの質問に、アイザックはこう返す。

 

「僕は……あの人を信じるよ。たしかに怪しいところがあるっていうのは本当だけど、それでも今に至るまで僕たちを導いてくれたのはあの人だ。もしあの人がZAFTのスパイだったとしたら、僕達は最初の戦いの時点で皆死んでる。そうした方が、連合上層部のMSへの信用を落として、結果的にMS配備が遅れる、あるいはなくなっていたかもしれない。あまりにも、連合に対して有益な行動ばかり取っているんだ。実利面でも心情面でも、隊長は信じられる人だよ。いや、信じたい」

 

「ですよねぇ……今回は流石に、深読みしすぎただけですよねぇ」

 

「だけど、セシルの考えは大切なものだと思うよ。私はそういうのは苦手だから、余計にそう思う」

 

「そ、そう褒められると照れますねぇ」

 

すると、談笑を続ける彼らの元へ近づいてくる集団が現れた。

今回、彼らが教導を行う新兵達3人だ。

 

「リー中尉!狙撃のコツとかってありますか?さっきからシミュレーターで訓練してたんですけど、中々上手くいかなくて……」

 

「ちょっとマイク!先にあたしよ。リー中尉、デブリ帯ってどんなことに気を付ければいいとかってありますか?一応教本は全部見たんですけど、まだ不安で……」

 

どうやら彼らは、カシンにMS操縦のコツを聞きに来たようだった。

無理も無い、カシンは『カオシュン攻防戦』での大活躍以来、その容姿も相まって高い人気を誇っているのだ。既に『機人婦好』として知られているカシンだが、その活躍振りから『カオシュンの戦女神』などと言われているとか。

新兵からしたら雲の上のエースオブエース。そんな人間が自分達の教導をしてくれるというのだから、できる限り話を聞きたいというのは、まあ、理解できる。

だが、そんな中で一人だけカシンではなく、こちらに向かってくる者がいる。

 

「ヒューイ中尉、よろしいですか?敵MSとの近接戦についてお聞きしたいことがあるのですが」

 

「えっ、ああ。いいよ」

 

アイザックは、質問してきた男性のことを思い返す。たしか、ベント・ディード伍長といったはずだ。肌の黒い彼は、あまり口を開かない無口な印象を周囲に与えるアイザックよりも若い新兵だ。

彼の質問に答えた後、ふと、疑問に思ったことを聞く。

 

「君は、カシンに何か聞かなくていいのかい?」

 

「もちろん、後で射撃分野について色々訪ねようと思っています。何か?」

 

「ああ、いや。マイケルやヒルダみたいに、カシンに真っ先に聞きに行くかと思っただけだよ。ほら、彼女は有名だから……」

 

「たしかにリー中尉は尊敬出来る人物ですが、今自分が必要としている情報、近接戦の情報はあなたから聞いた方がいいかと思いまして。あなたの近接戦データは、私の目標としている動きにもっとも近かったのです」

 

「そうなのかい?」

 

「はい。私はあなたの動きを一番参考にしておりますから」

 

「め、面と向かって言われると照れるね」

 

今までこのように手放しで讃えてくれる人間は少なかったため、少し赤面してしまうアイザック。

実質『囮』として宣伝されたようなものだが、それでもコーディネイターという理由で妬みを陰ながらぶつけてくる人間も、いないわけではなかった。だから、”マウス隊”以外でこういう経験は少ないのだ。

そこまで考えたところで、気付く。何か、忘れているような……?

 

「……ふふふぅ。私には誰も聞きに来ない。そりゃお二人の方が強いのはわかりますけど、レーダーシステムや電子戦ならお二人にも負けないつもりなんですけどねぇ……」

 

「せ、セシルの良さは……。えーっと、そう。ちょっとわかりづらいだけだよ」

 

誰もアドバイスなどを聞きに来ないことから自嘲を始めたセシルを慰め始めるアイザック。カシンは二人の相手をするのに手一杯で、こちらをフォローできそうにない。

ベントも微かに何かしらのフォローをしようとしているが、付き合いの短い自分がなんといってフォローしたらよいのかがわからないようで、目を泳がせている。そういうところは新兵らしい。

しかし、その時間が長く続くことはなかった。突如として、艦内に警報が鳴り響いたからだ。そして、たどたどしくアイザック達を艦橋に呼ぶアナウンスが行われる。現在”コロンブス”は、新兵訓練艦としても機能している。それゆえに、どこか艦全隊の動きが緩慢になっているのだろう。

 

「なんだ!?」

 

「これは……ブリッジに急ぐよ、カシン、セシル!」

 

「うん!」

 

「新兵の皆さんは、パイロットルームで待機ですよぉ!いざという時は、でてもらいますからねぇ!」

 

「りょ、了解!」

 

的確に新兵に指示を下した後、迅速に艦橋を目指して駆けていくアイザック達。それを見て、新兵組の紅一点ヒルダは呟いた。

 

「かっこいー……」

 

 

 

 

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦橋

 

<ジョン大尉、これは何の警報ですか!?>

 

<落ち着いてください、アイク中尉。隊長、お願いします>

 

そう、警報を出したのは、”コロンブス”と並走する”ヴァスコ・ダ・ガマ”にいるユージだった。

今までずっと、彼が危惧していたこと。それが、運命通りに起こってしまった。しかし、まだ何か出来ることはあるはずだと思い、次の行動を開始するために”マウス隊”の主要メンバーを集めたのだった。

 

「来たか、お前達。早速だが結論から述べていこう。先ほど、国際救難チャンネルを通じて、”ヘリオポリス”の襲撃が知らされた」

 

<───なっ!?>

 

<嘘でしょぉ!?>

 

<”ヘリオポリス”は中立コロニーなのに……>

 

パイロット達からの動揺が聞こえてくるが、ユージはつらつらと自分達の計画を述べていく。

 

「中立云々は、我々が話し合うことではない。今話すべきは、我々がどう行動するかだ。

いいか?現在我々は、最もヘリオポリスに近い場所に位置している部隊だ。そして、“ヘリオポリス”には連合軍の開発した試作MSと、それらを運用するための母艦の完成品が存在するはずだ。連合軍は、一刻も早くそれらの安否をつかむ必要がある。そしてそれは迅速に行われるべきだ。何が言いたいかはわかるな?

───我々は新兵の教導任務を中断し、”ヘリオポリス”に向かう!」

 

<了解しました。進路変更、目標、”ヘリオポリス”>

 

<待ってください、新兵も乗せてですか!?>

 

「事は一刻を争う。ここで彼らを離脱させるために戦力を分散させるのは悪手だと判断した。……当てにしているぞ」

 

<隊長……わかりました>

 

「なお、この判断は全て私の独断であり、他の誰にも責任はないことを断っておく。

”ヘリオポリス”まではわずか半日の距離だ、各員、しっかりとスタンバっておけ」

 

そこまで言って、通信を終了させるユージ。シートに体を沈めると、息を吐き出す。

ついに、始まってしまった。『機動戦士ガンダムSEED』という物語が、始まってしまったのだ。ユージはここまで、少しはうぬぼれていいと自分で思っていた。

”テスター”やMS用のOSを開発したことで、だいぶ本来の筋書きからは外れているはずだ、運命は変わっているはずだ。現に、早期に開発が完了した”バスター”の活躍もあって、”カオシュン宇宙港”の防衛にも成功した。なんなら、『セフィロト』の建造に成功している時点でこの世界は変わっているはずなのだ。

なのに、それでも。こうして、『ヘリオポリス襲撃』は起こってしまった。変わらない運命というものを、突きつけられた気分だった。それとも、他に何かしていれば、この運命を変えられたのだろうか?

そんなことはわからない。だが、それでもわかっていることはある。

───関わることを決めた以上、もはや傍観は許されないということだ。

軍に入ることを決めたその時から、そんなことはわかっている。だから、やれることをやっていこう。

ユージは、慌ただしくなる艦橋内で指示を飛ばしていく。それが、今の『やれること』だった。

 

 

 

 

 

1/26

”ヘリオポリス”跡 ”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦橋

 

「これ……は」

 

「酷い……」

 

モニターが映す惨状に、艦橋内で戦慄する声が響き出す。おそらく、”コロンブス”の艦橋でも同様だろう。

そこには、かつてそこにコロニーがあったという名残だけが残っていた。

そう、そこにもはや”ヘリオポリス”というコロニーは存在していないのだ。壊れたシャフト、打ち抜かれた外郭、宇宙に散乱する車や破壊された建物ばかりが、存在している。これが、この光景が、今から24時間以内に作り上げられた。誰が、そんなことを信じられるだろうか?

ユージも、これほどの光景を見たのは初めてだった。だが、同時に納得もしていた。

やはり、来ていたのだ。『ラウ・ル・クルーゼ』が。

全ての命に怒り、嘲笑う彼ならば、この光景を生み出すことに何のためらいもないだろう。他のZAFT兵なら、コロニーを破壊しないように配慮するはずだ。なぜなら、彼らが戦争を始めた理由こそ、自分達のコロニーを破壊された事に起因しているのだから。

もしかしたら自分が運命に介入した時点で、『かの船』の人事に変化を生じさせ、その人物が陽電子砲をコロニーにぶっ放したのかもしれない。そう、恐ろしいのは、ZAFTが原因で崩壊したわけでもないかもしれないということだ。物語が決められた通りに進んでいるようで、実は所々予定と違う箇所があるなんて、珍しくもないのだから。

とにかく、情報収集が必要だ。そう考えて指示を出そうとしたところで、リサがレーダーに何か捉えたようだ。

 

「これは……隊長、前方に熱源を確認しました。映像に出します」

 

そういってモニターに映し出されたのは、数機のMSと、”コロンブス”と同じマルセイユ3世級の工作艦。

特徴的なのは、船体に『ジャンク屋組合』のマークが張られていることだろうか。そして、その船の周りには。

特徴的な、『赤と青』のMSが存在していた。ついでにもう1機、”ジン”も青いMSの近くにいる。

なるほど、ちょうど()()()()()ということか。まあ、原作でもヘリオポリス崩壊から数時間で駆けつけたということだし、そうなってもおかしくないとは思う。

願わくば、()()と敵対だけはしたくないものだが……。そう考えながら、アミカに通信回線を開くように命じる。

 

「こちらは、地球連合軍第8艦隊所属の”ヴァスコ・ダ・ガマ”だ。そこの船とMS、所属と目的を明かせ」

 

程なくして、通信が帰ってくる。ユージには予想が出来ていたことだが、モニターに映し出された顔を見てそれぞれの艦橋で驚愕が生まれる。

 

<こちら傭兵部隊『サーペントテール』、リーダーの叢雲劾だ。久しぶりだな、”マウス隊”>

 

<”マウス隊”ってーと……おいおいおい、連合のトップエース部隊じゃねえか!なんでこんなとこに……じゃない!劾、あんた知り合いかよ?>

 

<黙っていろ、ジャンク屋。今劾が話している>

 

ユージの想像通り、そこに映し出された顔は「叢雲劾」その人。このタイミングで乗っているMSということは、つまり『そういうこと』だろう。

そして劾側で通信を開いているのは、どこか陽気さを感じさせる男。

ユージの目には、彼らのステータスがありありと映し出されていた。

 

アストレイ ブルーフレーム

移動:7

索敵:C

限界:180%

耐久:220

運動:40

シールド装備

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:150 命中 75

 

叢雲劾(Bランク)

指揮 10 魅力 12

射撃 14(+2) 格闘 16

耐久 11 反応 14(+2)

空間認識能力

 

 

 

アストレイ レッドフレーム

移動:7

索敵:C

限界:180%

耐久:220

運動:40

シールド装備

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:150 命中 75

 

ロウ・ギュール(Eランク)

指揮 1 魅力 8

射撃 0 格闘 10

耐久 8 反応 4

 

 

 

イライジャ専用ジン

移動:6

索敵:C

限界:150%(イライジャ搭乗時200%)

耐久:100

運動:18

 

武装

マシンガン:40 命中 65

重斬刀:70 命中 70

頭部バスターソード:100 命中 50

 

イライジャ・キール(Cランク)

指揮 4 魅力 7

射撃 6 格闘 6

耐久 9 反応 7

 

なんだ、『運動40』って。

いや、たしかにPS装甲を盗用出来なかったから、装甲を軽くして機動力を上げたということは知ってる。だが、40?現状の連合で一番運動性の高い”デュエル”が32だぞ?いくらなんでもやり過ぎだろう。いるかどうかもわからない神に何かを言うなら、「調整しっかりしろ」だ。

そんなことを考えていたユージだが、今はそれどころじゃない、と気づき、劾との会話を始める。

 

「およそ、一ヶ月と少しか。さて、とりあえずこちらで話を聞かせてもらってもいいかな?我々も駆けつけたばかりでね、事情が知りたいんだ。そのMSのことも含めて、ね」

 

<……申し訳ないが、断る。次の依頼まで、そう余裕があるわけでは無いのでな>

 

この時点で、ユージの選択肢は二つある。

一つは、このまま劾達を見逃すこと。

そしてもう一つ。劾達から()()()使()()事情を聴取することだ。

考え込む素振りを見せながら、密かにアイザックと通信を開く。言葉は交わさず、文字だけでの密談だ。

 

(アイク、劾君達相手の勝算は?)

 

<(間違いなく、少なくない犠牲が出ます。あのMSの能力次第ですが、おとなしく引き下がるべきだと、僕は思います)>

 

(了解)

 

自分の切れるカードの中で最も高い能力を持つアイザックがそう言うなら、ユージとしては反論する必要は無い。

 

「そうか、わかった。こちらもこれから仕事なのでね、スマートにいこうか」

 

<即応、感謝する。行くぞ、イライジャ>

 

<ああ、わかった。じゃあなジャンク屋>

 

そう言って、『サーペントテール』は離脱していく。あの部隊を敵に回してまで得たい物など、存在するだろうか?今は、見逃すのがベストだ。

問題は、まだ残っている。

 

「そこのジャンク屋!お前達は別だ、こっちに来い」

 

<いいっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!俺達はたまたまここに来ただけで、なんも悪いことはしてないぞ!>

 

そう、ジャンク屋御一行だ。今のところ、彼らを見逃す理由は何一つ無かった。ほとんど戦闘経験のないロウなど、アイザック達なら余裕で生け捕りに出来るだろうという概算もある。

 

「お前達の仕事については、特に言うことはない。だがな、そのMSは別だ」

 

<こいつが、何だってんだよ?>

 

「それに我が軍の機密情報が眠っている可能性もある。見過ごすわけにはいかないな」

 

<だったら劾にもそれを言えよ!?>

 

「民間人が持って良いものではないと言っている!アイク、発進だ。『ジャンク屋組合』には、後で言っておく」

 

<あー、待って、待ってくれ!こいつは、そう!”モルゲンレーテ”の秘密工場みたいな場所で、見つけたんだ!>

 

「……ほう?」

 

やはり、力の振りかざし所だったようだ。ロウも、流石にこちらと戦って勝てる見込みはないと判断したのだろう。べらべらと話し始めた。

 

<ちゃんと探してないから、多分まだデータとかも残っていると思う!頼む、見逃してくれぇ!>

 

「……どうしますー、たいちょー?」

 

「はん、論外だ。わざわざそんなところを調べなくても、目の前に実物があるんだ。捕まえて情報を吐かせたほうが良い。ですよね、隊長?」

 

アミカとエリクは、そう言ってくる。まあ、普通はそうだ。そうするのがベストだ。

───()()()()()()()()

 

「なるほど、わかった。くれぐれも、その機体の情報を漏洩するなよ?組合でも、情報漏洩は認められていないだろう」

 

「隊長!?」

 

<いいのか?ふいー、良かったぜ、話のわかる奴で>

 

そう言って、ロウと工作艦、たぶん”ホーム”だろう、が離脱していく。

 

「隊長、どういうことですか!データにはありませんが、あれは明らかに『ガンダム』です!見逃していいはずがありません!」

 

「落ち着けエリク。何も、考え無しにあいつらを見逃したわけじゃあない」

 

「ならなぜ……」

 

「まず一つ、『ジャンク屋組合』は参加しているジャンク屋が、戦闘行為の後にそこに残された物を回収することを認められている。これに従えば、彼らへ武力を行使することは我々の条約違反ということになる」

 

「ですが、あれには」

 

「もう一つある。……あの程度のやつら、後からいくらでも捕まえられる。長距離通信を使い、奴らのことを宇宙軍に周知させろ。そうすれば奴らがこちらの不利益になることをしようとしても、早急に対処できる。我々が今すべきことは、試作MSと試作艦の所在確認だ。それも忘れるな」

 

「……了解」

 

渋々、という様子でエリクは引き下がる。

ユージ自身でも、大分無理があるとはわかっている。いくら『ジャンク屋組合』が認可していても、限界という物はある。何かしらの理由を付けて、拿捕するのがベストだ。軍人である以上、そうするべきだ。

そうしなかったのは、後からいくらでも対処出来ること。そして、彼を放っておいた方が、色々と都合がいいからだ。

いくつか利点を挙げていくと、まず『ロンド・ギナ・サハク』を葬ってくれること。密かにオーブの世界制覇を目論む危険分子は、早々のご退場を願いたい。

更に、ZAFTが製造し、海に落としたレアメタルを回収し、『150ガーベラ』という形にしてくれること。ロマン云々を抜きにすれば、PS装甲以上の装甲になりかねない代物を、使いどころが限られすぎる形にして、盛大に「無駄遣い」してくれるのだ。連合が回収できるのがベストだが、それが叶わない場合の保険といったところだ。

他にも、メリットはいくつもある。デメリットになることもあるが、大局的に見れば世界のためと言える行為をしてくれるのだ。この場では見逃すのがベスト、ユージはそう判断した。

 

「とりあえずは目前の問題が解決したところで、次、だな」

 

ロウが見つけた”モルゲンレーテ”秘密工場の捜索、”アークエンジェル”や『ガンダム』の行方。更には、未だに救援が到着していないためにそこかしこに漂っている“ヘリオポリス”の救難ポッド。

それらにどう対処していくか、ユージは熟考を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督、緊急事態です!

試作兵器を製造していた中立コロニー”ヘリオポリス”がZAFTによって襲撃されたとのことです。

近隣を航行していた”マウス隊”が現在、調査に赴いています。報告をお待ちください!




ついに、ついに原作パートです!
ここから、更に物語が加速していきますよ!(たぶん)
あと、アストレイ組もちょこちょこ登場させていこうと思います。

実はカオシュン攻防戦の後、アイザックを除く『マウス隊パイロット宇宙組』は1階級昇進してます。
つまり、アイザックとカシンは中尉、セシルが曹長ですね。

それと今更ですが、PS装甲のアビリティ的説明をしますね。

PS装甲
毎ターン10%のENを消費する代わりに、実体攻撃のダメージを80%軽減させる。

もちろん本編での扱いはこれに限りませんけど、『もし』ゲームだったら、こういうアビリティになるだろうな、私ならする、という妄想です。
ていうか、ほんとにPS装甲を設定通りにすると、ZAFTをハードモードにしすぎる気がするんですよね。まあ、二次創作で何言ってんだって話ですけど。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第23話「chace the Angel」

前回のあらすじ
ユージ「運命を変える!」
  ↓
ユージ「やっぱり、ダメだったよ……」


1/25

”ヘリオポリス”跡 ”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦内

 

「では、監督を頼むぞジョン。72時間経過後もこちらから連絡が無い場合は、『セフィロト』に帰投しろ。……何、心配するな。もしもの場合というだけだ」

 

<……あなたはけして、『絶対に帰る』とは言いませんね>

 

「性分なんだ、すまない」

 

<……了解です。それでは、72時間はお待ちします>

 

「頼む」

 

熟考の結果、ユージは部隊を二手に分かれることにした。

片方は”ヘリオポリス”に残り、救難ポッドの対処や、ロウが言っていた『モルゲンレーテの秘密工場』を探索するグループ。

救難ポッドに関しては、しばらくすればオーブからの救援艇がやってくることが確定している。よって、回収作業が捗るようにできるだけ1カ所にまとめておくことにした。念のため、救難ポッドに問題がないかどうかは外からチェックすることになっているが、それ以外はノータッチだ。自分達で抱え込もうというには、余りにも数が多すぎる。

秘密工場の件に関しては、適任といえば適任な人物達がいるので、彼らに任せておくことにした。

 

<かの”モルゲンレーテ”が擁した秘密工場……先ほどの二機の存在といい、間違いない!ここには、お宝が眠っている!ブロントさん、行くぞぉ!>

 

<デッデッデデデデ、カーン。俺はシー婦ではなきナイト。トラッポに耐性は0なんだが?ラックさがカンストした俺にはきちんとシー婦がいるので、味方を有効活用するのが真のナイトなんですわ、おっ?>

(勇み足は感心出来ない。きちんとトラップの類いが無いか確認しながら堅実に進むべきだ。幸い、そういう工作に長けた人間がいるのだから、彼らの仕事が済んだのを確認しながら行こう)

 

そう、変態4人衆の内2人、アキラとブロントさんだ。

普段は4人まとまって行動している彼らが、なぜ二人で行動しているのか。その理由は、『残りの二人が、手を離せない状況にある』からだ。

どこかから電波でも受信したのか、本来の目的である演習任務にくっついてきたのだ。しかし、本来四人で取り組んでいた作業も手を離すことは出来ない。よって、妥協案として、二手に分かれる事にしたのだ。アリアとウィルソンは今もなお、『セフィロト』で本来の仕事に取り組んでいることだろう。

性格や普段の所業から勘違いされやすいが、変態4人衆の能力は連合内でも上位に位置する。未知の技術の解析なら、この場にいる者達の中で一番適任なのだ。ユージは密かに、「スパ○ボ世界なら、便利技術者枠になりそうだな」と思っている。それくらいには優秀なのだ。

とにかく、探索は彼らと工作技術を持つ隊員達に任せたということだ。

そして、もう一つのグループ。それは、”アルテミス”方面に向かい、”アークエンジェル”を捜索するグループだ。

なぜ、”アルテミス”方面に向かうことにしたのか?ユージが前もって原作の展開を知っていたからというのもあるが、きちんと整合性の取れた理由がある。

一つ、一刻も早く安全圏に到達したいであろう”アークエンジェル”が、一番たどり着きやすい連合の拠点が、”アルテミス”だから。ユーラシア連邦の拠点であっても、一応は味方だ。ZAFTに追われたままでいるよりも、遙かにマシだろう。これは、原作でも語られていたことだ。

そして、二つ目。”マウス隊”がここに到着するまでに、”アークエンジェル”の反応が感知されなかったことだ。もし月基地や『セフィロト』に向かおうというなら、その両拠点のある方向から来た自分達とすれ違っていなければおかしいのだ。つまり、高確率でそのルートは選ばなかったと言える。

なら、後は”アルテミス”くらいしか行く場所はない。言ってしまえば、消去法だ。

次の問題は、戦力分配だ。こちらは、意外にすんなりと決まった。

 

”ヘリオポリス”残留組

”コロンブス”inジョン ”バスター”inカシン ”テスター”in新兵3人組

 

”アークエンジェル”追跡組

”ヴァスコ・ダ・ガマ”inユージ ”デュエル”inアイザック ”EWACテスター”inセシル

 

内訳は、このようになっている。

”ヘリオポリス”に留まるグループには、高い砲撃能力を持つ”バスター”とカシンを配置しておく。もしもZAFTが襲撃してきても、“バスター”があれば長射程からの攻撃で先制攻撃を加えることも出来る。接近されても、現状『ガンダム』でも持ってこなければカシンを倒すことは出来ない。そしてもし奪取された『ガンダム』があっても、最大3機しかない機体を投入して攻撃を加える必要性は薄い。むしろ、奪取した機体を本国に持ち帰る方が先決だろう。

つまり、現状”ヘリオポリス”残留組に攻撃を仕掛けても、うまみは少ないのだ。比較的安全なグループ故に、新兵もこちらにまとめて配置している。

”アークエンジェル”追跡組は、高い情報処理能力を持つ”EWACテスター”と、高い遊撃能力を持つ”デュエル”の2機が、それぞれ戦闘・探索の役割分担を担っている。こちらはZAFTと遭遇する可能性が高く、更に”アークエンジェル”を捜索する必要がある以上、一定の戦闘力と情報能力を備えている必要があった。よって、それぞれの条件を満たせるこの2機と、それを操る2人のパイロットが、追跡組に抜擢されたのだった。

 

「本艦はこれより、宇宙要塞”アルテミス”に向かう。目的は、新造艦”アークエンジェル”の捜索だ。現在考えられる可能性の中で、最も”アークエンジェル”が採る可能性が高い方策だ。48時間の捜索の後に成果が見られない場合は、一度この宙域に戻ってくることとなる。それなりの長丁場だ、覚悟しておけ」

 

了解、という声が響いてくる。だが、余り気乗りはしていないのだろう。

それもそうだ。この惨状を見ても、件の新造艦が生き残っている可能性は低い。そう考える方が自然だ。そんな艦のために多くない戦力を分けるなど、普通の軍人なら違和感を覚える。たとえそれが、自分達のやるべきことだとわかっていてもだ。

だが、ユージは確信していた。必ず、”アークエンジェル”は生き残っている。

自分がどれだけあがいても、”ヘリオポリス”は崩壊してしまった。もしそれが運命の強制力とか、歴史の修正力だとかが働いているならば。”アークエンジェル”は生き残っているはずなのだ。

だが同時に、そう考えている自分を自嘲してもいる。

 

(昨日までは運命を変えるなどと息巻いておきながら、今はその運命を根拠に行動している。もしもこの世界を創造した神がいるとしたら、俺という存在を送りこんだやつがいるなら。そいつはきっと、人間を心底バカにしているな。───まあ、こんな世界は端から見たら狂っているようにしか見えないのだから、バカにするというものだが)

 

ユージの内心など露知らずと言わんばかりに、”ヴァスコ・ダ・ガマ”は”アルテミス”の方向に進んでいく。その方向に希望があると信じて。

───その希望が、予定されている物(主人公にされてしまった存在)だとも知らずに。

 

 

 

 

 

1/26

”ヘリオポリス”~”アルテミス”間宙域 ”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦橋

 

「捜索開始から、37時間経過……。隊長、もう”アルテミス”は目と鼻の先です。もしも”アークエンジェル”が生き残っているとしたら、とっくに入港しているのでは?」

 

「ふむ……。アミカ、何か反応はないか?」

 

「ぜーんぜん、です。”アークエンジェル”どころかZAFTの反応もありませんよー」

 

「やはり、遅かったか……?」

 

捜索を開始していた追跡組だが、その成果は芳しくはなかった。

それもそのはず、”ヘリオポリス”崩壊からこれでおよそ48時間、2日は経っている計算になる。それだけの時間があれば、”アークエンジェル”のスピードがあれば”アルテミス”に到達していてもおかしくないのだ。

だが、ユージは捜索を続けている。その根拠は、やはり決められた運命(原作知識)に基づいたものだった。原作では、“アークエンジェル”が”アルテミス”に到達したのは「1月27日」。そして、今は「1月26日」。運命に縋りきるなら、まだ可能性はあるということだ。

それに、『”アークエンジェル”』の速度なら既に”アルテミス”にたどり着いている計算は、”アークエンジェル”が()()()()()()()()()()()()()場合の話だ。

クルーゼが原作通りに”アークエンジェル”を攻撃していたなら。まだ”アークエンジェル”が”アルテミス”にたどり着く前に合流出来る可能性がある。

もしも”アークエンジェル”がたどり着いてしまっていたら?それは、下手をすると”アークエンジェル”が撃沈している場合よりも最悪のケースだ。

原作では奪取された”ブリッツ”の、ミラージュコロイド・ステルスを用いての奇襲によって陥落してしまう”アルテミス”だが、それがZAFT側に渡っていなかったなら、文字通り”アルテミス”を突破する方法は無いのだ。原作で見られた『アルテミスの傘』への慢心は、けして過信でもなんでもない。

”アークエンジェル”が原作で”アルテミス”に拘留された建前が『認識コードを持っていなかったから』だと言うなら、認識コードを持っているユージ達が向かえば引き渡してくれるのではないかという考えも、あるにはある。

だが、そうなる可能性は限りなく低い。なぜなら、『周辺にZAFTがいるかもしれない』とか適当に理由を付けて『傘』を消さずにいることも、『本当にユージ達が探している艦かどうかを確かめる』とか言って時間を延ばして、その隙にデータを吸い上げるなんてことをするのも可能だからだ。最悪の場合、懐に抱えておきながら『そんな艦はここに存在しない』と惚けることも可能なのが、”アルテミス”という場所だ。

けして入れず、無理矢理に確かめようとすれば、大西洋連邦とユーラシア連邦の関係に亀裂を生じさせる。そもそも、『傘』に阻まれる。故に、ユージ達は諸々の面倒事を避けるためにも、なんとしても”アークエンジェル”を探し出さねばならない。

数時間おきにアイザックがやセシルが捜索のために発進しているが、まったく成果は挙がらなかった。

”ヴァスコ・ダ・ガマ”は両舷のミサイル発射管、X字状に配置されているそこに挟みこむようにして、簡易的なMS用ハンガーを設置している。この改修によって”ヴァスコ・ダ・ガマ”は、2機のMSを一応運用することが出来る。しかし、あくまで『簡易』なのだ。きちんとした整備を行うには心許ない環境で、2機のMSのポテンシャルはどんどん低下していく。

 

(いっそのこと、”アークエンジェル”と”ストライク”は諦めるか?ユーラシアにむざむざ渡してやるのは腹立たしいが、”デュエル”と”バスター”があれば……いや、だめだ。”ダガー”の開発が遅れる。そうなれば、『ガンダム』をおそらく手に入れたであろうZAFTの反撃に、少なくないダメージを負うのは明らかだ。”モルゲンレーテ”の調査次第だが、手ぶらでの帰投とはならないだろう。つまり、無理をしてここまで来ただけの利益は手に入っているはずだ。ならば……)

 

ユージの考えは、ドンドンとネガティブな方向に進んでいく。人間は。物事が上手く進まない時は、目標を下方修正しがちな生き物だ。ユージもその例からは脱していないようだ。

少し早めだが、捜索を切り上げるか。ユージはそう思い、指示を出そうとする。

 

───ならば、それは。たちの悪い神が、愚かに踊り続ける人形へと与えた慈悲(情け)だったのだろう。

 

「ん?これは……隊長!1時方向に熱源を確認!」

 

「っ!確認を急げ!」

 

「IFF照合……該当機種、ありません!」

 

諦めかけたそのタイミングでの、エリクの報告。あまりにも都合が良すぎて、こちらを嘲笑っているだろう神を呪ってやりたくもなる。某『笑顔が素敵な幼女(狂人)』よろしく、存在Xとでも呼称してやろうか。

1分も経たずに、”EWACテスター”の備える高性能望遠システムがその姿を捉える。

突き出た二つの艦首、雄大な翼、そして白亜の艦影。

何度その姿を、画面越しに見ただろうか。何度憧れただろうか。───何度、愚かにも『あの世界に行きたい』などと思っただろうか。この世界を物語として見れた時の、世迷い言だったと、思い知らされたが。

そこに映っていたのは、間違いなく、強襲機動特装艦”アークエンジェル”だ。数十時間の捜索の結果、ついに”マウス隊”は”アークエンジェル”を発見したのだ。

───余計な物もひっついていたが。

 

「……たいちょー、あれって」

 

「嘘だろ……おい」

 

「間違いなく、()()()()()()、あれ」

 

マイケルが言うように、”アークエンジェル”の周りには、多くの火線や爆発が見られた。明らかに、戦闘状態にある。

 

「アミカ、アイクとセシルにつなげ。───アイク、”デュエル”の調子はどうだ?」

 

<良好です。エネルギーも満タン、いつでもいけますよ>

 

「セシル」

 

<こっちもいけます。私も、救援に向かえばいいですかぁ?>

 

「いや、まずはアイクに出てもらう。アイクは”アークエンジェル”の援護と、こちらの存在を知らせるメッセンジャーだ。セシルは”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦上で待機し、本艦の護衛と状況把握の補助だ。本艦はこれより”アークエンジェル”を援護し、ZAFTを撃退する。行動開始!」

 

『了解!』

 

<アイザック・ヒューイ、”デュエル”!発進します!>

 

言うなり、”デュエル”が戦場に向かっていく。

本来は”アークエンジェル”を攻撃する側だった筈の機体が、その艦を助けに向かう。それを見て、ユージも思い直す。

まだ、運命を変えられないわけではない。出来ることはあるはずだ、と。せめて、一人の少年の心が、壊れてしまうような結果にならないように。

それを祈るくらいは、許してくれるだろうか?

 

ストライクガンダム(A装備)

移動:7

索敵:C

限界:175%

耐久:290

運動:35

シールド装備

PS装甲

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:160 命中 75

アーマーシュナイダー:100 命中 50

武装変更可能

 

キラ・ヤマト(Dランク)

指揮 2 魅力 10

射撃 12 格闘 10

耐久 8 反応 12

SEED 4

 

得意分野 ・射撃 ・格闘 ・反応

 

(俺が他に何かしていれば、君が戦争に巻き込まれることもなかったのかな。なあ、キラ・ヤマト(主人公)君)

 

 

 

 

 

「くっそー!なんで、なんでまだ攻撃してくるんだ!そんなに、このMSが欲しいのか!?」

 

キラ・ヤマトは一人、”アークエンジェル”を攻撃してくるZAFTのMS、”ジン”の部隊と戦っていた。なんとかビームライフルで応戦していくが、敵の数に押され、思うように動けていない。

彼が戦いに出るのは、これで4()()()だ。しかも、前の戦いでは親友であるアスラン・ザラと戦うという、悪夢のような経験をしたのだ。

もう、放っておいてくれ。これ以上、僕を戦わせないでくれ。僕の友達を、殺そうとしないでくれ。

そんな思いも虚しく、”ジン”の内1機がキラの乗る”ストライク”の脇をすり抜けていく。たしか、D装備とかいう対艦用の武装をしていたはずだ。

ビームに強いらしい”アークエンジェル”も、強力なミサイル攻撃を受けてはひとたまりも無いだろう。

 

「やめろぉっ!”アークエンジェル”には、”アークエンジェル”にはぁっ!」

 

キラの叫びも虚しく、ミサイルは放たれる。上手く対空砲火の間を縫ったように、ミサイルは”アークエンジェル”に向かって突き進んでいく。

間に合わない───!

 

「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

キラが絶叫する。

誰か、誰か助けて……。その時だった。

”アークエンジェル”に向かって飛んでいくミサイルが、どこかから放たれた火線によって撃ち落とされ、爆発する。”アークエンジェル”へのダメージは、ほとんどない。D型装備の”ジン”も同じく、どこかから放たれたビームによって撃ち落とされる。

いったい、何者だ?”アークエンジェル”には、ビーム兵器を扱える兵器は”ストライク”以外に存在しない。

 

「ミリィ!今のはいったい……!?」

 

<待って、今サイが確認して……えっと、『X102-”デュエル”』?これって……>

 

<”アークエンジェル”、”ストライク”!聞こえますか?>

 

聞き覚えのない男性の声が、新たに聞こえてくる。どうやら、その”デュエル”という存在からの通信のようだ。

”アークエンジェル”でも状況が把握できていないようで、向こう側が騒がしくなる。

しかし、”デュエル”から放たれた通信を聞いた瞬間に、空気が一変する。その変化は、苦難連続であった今までとは打って変わって、希望に満ちたものであったが。

 

<こちら、連合宇宙軍第8艦隊、『第08機械化試験部隊』所属、アイザック・ヒューイ中尉です。これより、そちらを援護します!>

 

「み……味方、なのか?」

 

今までが今までだった故に、素直に状況を呑み込めないキラ。そうこうしている内に、”デュエル”が近づいてくる。

”ストライク”によく似た機体は、”アークエンジェル”を守るように戦い始める。いや、実際に守っているのだ。

 

「あ、あの!」

 

<”ストライク”のパイロットだね?”ジン”を追い払う、もう少しがんばってくれ!>

 

「は、はい……!」

 

優し気な声だ。同時に、力強さも感じられる。

苦しみばかりが続いていた中で助けに来てくれた存在として、純粋な少年であるキラは、顔も見たことのないこの声の主を信じることを決めた。

一緒に戦ってくれる存在がいることによる安心感を感じた故だが、少なくとも自分と同じ場所で、自分と並んで戦ってくれる人がいる。

それだけでも、キラは救われたのだった。

 

 

 

 

 

同じころ、”ヘリオポリス”の秘密工場では。

 

「こ、これは……やった!やったぞ、ブロントさん!」

 

「やはりナイトは前に出るものなので格が違った。俺は高い能力の使い手というわけで謙虚なので、運営からも一目置かれている。たぶん連合で伝説になってる。今の俺がどうやって幸せの絶頂だって証拠だよ?」

(やはり今回は遠出に付いてきて正解だったな。神などは信じていないつもりだが、これは最近真面目に働いている俺たちへの褒美かなにかかもしれない。これほどの成果を得られる部隊など、”マウス隊”以外にないだろうな。あまりにツイていて、不安になってきてしまうぞ)

 

「はははは!きっとゲッ○ー線の導きだ!これは『Dreams Come True』というメッセージだと、俺は受け取ったぞぉ!」

 

変態どもが、なんか変なの(組み立て前のMSのパーツ)を見つけていた。




どうも、人という生き物を心底バカにした邪神兼SS作家です。
例にもれず長いあとがきなので、好きなところでブラウザバックするのが推奨です。

前回描写し損ねた、新兵3人組の紹介をしていきます。あ、ちなみに全員17歳の伍長です。
17でいきなり下士官とか普通は考えられないと思いますけど、これは”テスター”を配備するまでの戦いで兵が少なくなり、とりあえずMSやMAに乗れる人間を増やすために下士官の数を増やそうとした特例が適用されていると思ってください。

マイケル・ヘンドリー(Eランク)
指揮 4 魅力 4
射撃 3 格闘 4
耐久 5 反応 5

得意分野 なし

三人組のお調子者枠。性格だけなら0083のチャック・キースに近い。
「軍に入れば女の子にモテるかも」などと考えて入った、典型的な軟弱者。
カイ・シデン枠になれるかどうかは今後の働き次第。もっとも、ステータスは貧弱極まりなく、せいぜい高級量産機に乗せておくのが関の山。
外見モデルは『ビルドダイバーズ リライズ』のカザミ。

ベント・ディード(Eランク)
指揮 6 魅力 3
射撃 3 格闘 3
耐久 5 反応 3

得意分野 ・射撃 ・耐久

3人組の「一歩引いたポジション」担当。
年の割に落ち着いた性格で、逸りやすい二人を抑えることが多い。
3人組の付き合いは「下士官養成学校(前述の特例)」でルームメイトになった時から。諍いが絶えなかった他2人の間で緩衝材のようにふるまっていたら、いつの間にか固い絆で結ばれていた。養成期間はわずか1年ほどだが、1年も経てば角も取れるということだろうか。
実は”マウス隊”の副隊長であるジョン・ブエラの従弟であり、ジョンとは7歳の差がある。ここだけの話、ジョンは実は外見モデルとなった「チャップ・アデル」と同じく24歳である。
外見モデルは、「ドラゴンボール」シリーズの「ウーブ(青年)」。

ヒルデガルダ・ミスティル(Eランク)
指揮 2 魅力 8
射撃 3 格闘 5
耐久 3 反応 3
SEED 1

得意分野 ・格闘 ・反応

3人組の紅一点。明るい性格で様々な物事にズバズバと切り込んでいくが、あまり一定のラインは越えようとしない。愛称はヒルダ。
実家はブルーコスモスに所属する名家であり、彼女はそこの次女。両親と男3人女2人、合計7人という大所帯であり、ほぼ全員がブルーコスモスメンバー。といっても彼女の家は穏健派であり、精々が「あまりコーディネーターと関わるな」程度しか言われていない。そもそも彼女は生まれてからコーディネーターと直接会ったことが少なく、「会ったことの無い人を、どう憎めと?」状態。実際のところ偏見は持っていない。カシンやセシル、レナを同じ女性兵として尊敬している。
軍に入った理由は、他2人以外には話したことは無い。そのことを質問すると陰のある表情と共に沈黙する。
外見モデルは「FE風花雪月」のヒルダを栗毛にした感じ。

こんなもんでしょうか。
ヒルダの紹介が足りていない面もありますが、ここ以上のことは本編で書いた方がいいと思い、あえてボカしています。
彼女の設定が語られるまで、首を長くしながら本作に付き合っていただけると幸いです。

ついに、原作主人公の登場です。
果たして、この世界のキラはどのような成長をするのでしょうか?ユージはキラとどう関わるのか?
次回以降を、お待ち下さい。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第24話「イザークの屈辱」

前回のあらすじ
邪神「頑張ってるから、アークエンジェル発見させてやるよwwwおまけ付きでなwww」
ユージ「くたばれ」


1/26

軍事要塞”アルテミス”付近 “EWACテスター”コクピット

 

「隊長、アイクさんが”アークエンジェル”と合流しましたぁ!それと敵戦力を確認、”ジン”タイプが6、”ローラシア”級が2ですぅ!」

 

<間一髪というやつかな。流石にあの戦力では、”アークエンジェル”だけでは耐え切れまい。さっさと追い払うぞ!>

 

通信先から、了解、という声が4人分響く。

ここに至るまで1日と半日、鬱憤を晴らしてやろうという思いもあるのだろう。気勢は十分のようだ。

 

「ここまで長かったですからねぇ……。まあ、アイクさんがいるんだからもう勝ったようなものですけど」

 

セシルは現在の戦況を分析した上で、そのように述べる。しかしそれは、驕りでもなんでもない事実だ。『アベンジャー』と呼ばれる彼が、”デュエル”と共にいるのだ。あの程度の戦力で抑えられるものではない。

それにしても、あの機体。たしか、”ストライク”といっただろうか?背中に翼が生えたようなブースターを背負っているが、あれは奪取を免れていたようだ。アイクと一緒に”アークエンジェル”を守って戦っている。

 

「なんですかあの動きぃ……。子供みたいに戸惑っていると思えば、とんでも反応速度で戦闘機動……。超反応はアイクさんみたいにコーディネイターだっていうならまだ納得できますけど、新兵以下の立ち回りの方は……まさか、素人を乗せているってわけじゃないですよねぇ?」

 

そう呟きながらも、機体を戦闘モードに切り替えていく。もう少しで、自身と”ヴァスコ・ダ・ガマ”も戦闘に突入するのだ。もう慣れたと言えば悲しくなるが、この隊では突発的戦闘など珍しくもない。戦闘準備を終えるのは片手間でも出来るようになっている。

ユージからの通信が入る。

 

<セシル、いけるか?いけるようならお前も参戦してくれ。そちらでも確認しているだろうが、今アイクが1機落とした。この調子なら、お前が加わればアイクが敵艦を落としにいける>

 

「了解ですぅ」

 

そう言って、彼女もまた戦場に向かって飛んでいく。

しかし、彼女はまだ知らない。

”ストライク”を現在操縦しているのが、まさかまさかの素人であったことを。

 

 

 

 

 

「ちぃっ、なんなんだよ、こいつ!どこから湧いてきた!?」

 

”アークエンジェル”を攻撃していたイザーク・ジュールは、怒りながら困惑していた。

元々この攻撃は、彼の発案によるものだった。もしも『足つき』を見逃せば、”アルテミス”に逃げ込まれる。

『あれだけの被害と屈辱』を受けて落とせなかったとあれば、彼としてはなんとしても見逃すわけにはいかなかった。幸い敵は先の戦闘で消耗しており、迎撃に出てきたのは白いMSだけ。PS装甲を用いているらしいそいつには実弾は効かないだろうが、母艦を先に落としてしまえば、いずれは実弾だけのこちらよりも先に、エネルギーが切れるだろう。そうなれば、あとはどうとでも出来る。もし上手く捕獲などできれば、自分がパイロットとなることも出来るだろう。そうなれば、現在地上で暴れているというあの『赤い奴』など楽勝だ。

やつにやられてから、自分のプライドはズタズタなままだ。初陣でほとんど何も出来ずにやられ、今回の作戦でもおいしいところはいけ好かないアスランの独り占め。

そんなことが認められるものか。だというのに!

 

「いきなりしゃしゃり出て来やがって!落ちろ、落ちろよお!」

 

彼の乗る”ジン”は、突如現れた青いMSに、マシンガンによる攻撃を加えていく。しかし、そのことごとくが装甲に阻まれ決定打にならない。おそらく、先ほどまで自分が相手をしていた白いMSやアスランが奪取した機体と同じく、PS装甲の機体なのだろう。

よくよく見れば、その機体の盾にはネズミのようなマークがペイントされているのがわかる。今のZAFTに、その意味がわからない兵はいない。

 

「”マウス隊”だと!?なんで、こいつらがここに?」

 

忘れもしない、屈辱の初陣。あの時自分をコケにした機体が所属する部隊のマークを見たイザークは、頭に血が昇る。

何もかもこいつらのせいだ。今ZAFTが窮地に追い込まれているのも、”ジン・ブースター”などというMSもどきを戦線に配置せざるを得なくなっているのも。

そして何より、今でも自分があのときの悪夢を時折見るのも!

───なんでこいつらは、ここぞというタイミングで自分達の前に立ち塞がるのか!?

また1機、青いMSによって味方が落とされた。

 

「このぉ、このぉ……!」

 

<イザーク、撤退信号です!帰還しましょう!>

 

激情に支配されて突撃しようとしたタイミングで、味方からの通信が入る。

ニコル・アマルフィからの声だ。彼は今、重装甲の『”ジン・アサルト”』に乗って、前衛の自分達を支援しているはずだった。

 

「撤退だと!?貴様、わかっているのか!今ここで『足つき』を逃してしまえば……!」

 

<これ以上の戦いは、こちらにとって不毛です!もっと周りを見てください!>

 

「なんだと……!?」

 

むしろ残りの4機全員でかからなければ、1機抑えることすら出来ないやもしれない強敵なのだ。

ここに来てイザークは理解した。

───自分は、自分達は。またしても敗北したのだ。よりにもよって、”マウス隊”の援軍によって。

 

<おいおいおい、流石にやばいんじゃないの!?イザーク!>

 

「ディアッカ……!ちくしょうが、ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

もはや、勝敗は決した。いまここで引かねば、母艦もまとめて全滅させられる。それだけの能力を持っているのが、”マウス隊”なのだ。

屈辱にまみれながらも、イザークは撤退することを決めた。

本来の彼であればこのような状況でも戦い続けただろうが、”マウス隊”の活躍や”テスター”タイプがこの世界で配備されていることもあって、彼の意識を少しばかり変えていた。

たとえナチュラルといえども、慢心して勝てる相手ではない。引くべき時は引かねばならない。それを彼は、エドワードに瞬殺されたあの経験から学んだのだ。

───それに自分で納得出来るかというところまでは、成長できていなかったが。

 

「覚えていろ『足つき』、そして”マウス隊”……いつか絶対に、貴様らを俺の前に跪かせてみせる」

 

憎悪を募らせながらイザークは帰投していき、それに続いてディアッカ達も引いていく。

それが、この戦いの終焉だった。

 

 

 

 

 

「敵MS隊、撤退していきます。敵艦も既に撤退態勢を取っていますし、戦闘終了とみてもいいでしょう」

 

「よし……アイクとセシルに、”アークエンジェル”に着艦するように伝えろ。こちらに戻すよりもそちらの方が効率がいい。それと、スペースランチを用意してくれ。私があちらに出向く」

 

「了解でーす」

 

そこまで言って、一度息をつく。

先ほどの戦闘は、ユージの目にはっきり映っていた。それは他の者のように、ただの画像ではない。

ユージの目にしか映っていない、敵パイロット達のデータも映っていた。

 

イザーク・ジュール(Cランク)

指揮 9 魅力 9

射撃 11 格闘 10

耐久 11 反応 9

 

ディアッカ・エルスマン(Cランク)

指揮 6 魅力 9

射撃 11 格闘 7

耐久 10 反応 9

 

ニコル・アマルフィ(Cランク)

指揮 7 魅力 11

射撃 8 格闘 9

耐久 8 反応 9

 

以前戦った時よりも、成長しているのがわかる。特にイザークは、「指揮」「射撃」「格闘」の数値がそれぞれ2つずつ上昇している。最終的には、SEED値を持たない者達のなかでは最強クラスにまで成長することだろう。

後々のことを考えて、正直ここで落としておきたかったところだが、最優先は”アークエンジェル”の安全確保だ。撤退してくれるというなら、それにこしたことはない。

そこまで考えたところでシートから立ち上がり、スペースランチのある格納庫まで移動を始める。とにもかくにも、今は情報が欲しいのだ。

“ヘリオポリス”で何が起きたのか。なぜキラが原作通り”ストライク”のパイロットになっているのか。ムウの姿が見られないのはなぜなのか。

───原作とどう、変化したのか。

通信で話すより直接聞いた方がいいと判断したユージは、様々な思惑を抱えながら”アークエンジェル”へと向かうのだった。

 

(そういえば、”ブリッツ”の姿が見えなかったな……。奪取したなら、あれを投入しない理由はない。クルーゼ隊ならなおさらだ。おそらく奪取されただろう”イージス”と同じく、既にプラント本国に持ち帰られたのか?それとも、()()()がうまくいったのか?)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 格納庫内

 

「今回もお疲れ、坊主。よく守ってくれたよ」

 

「い、いえ……」

 

”ストライク”のコクピットを出たキラに、一人の整備兵が話しかけてくる。たしか、マードック曹長といっただろうか?あまり話をしたことはないが、”ヘリオポリス”で自分がコーディネイターとバレた時にかばってくれた人間だったことは覚えている。

戦ったことを褒められるのはまったく嬉しくないが、このように自分をねぎらう言葉を掛けてくれるのは、多少なりともありがたい。

 

「あの、”デュエル”っていうのは……?」

 

「ああ、アイクのことか?大丈夫、味方さ。……おっ、噂をすれば」

 

言われて格納庫のカタパルトデッキにつながるハッチの方を見てみると、先ほどの機体、現在の”ストライク”のように灰色になっているが、”デュエル”が搬入されてくる。もう一つのハッチからは、先ほどの戦闘では結局参戦する前に敵が撤退してしまった故に、あまり観察できなかった機体が搬入されてくるのが見える。

 

「ああ、セシルの嬢ちゃんも来てたのか。これで安心だな」

 

「マードックさんは、あの人達と知り合いなんですか?」

 

「ん?ああ、知ってるぜ。”ヘリオポリス”に来る前は、同じ部隊で働いていたからな」

 

そんな会話をしていると、”ストライク”の隣に収まった”デュエル”のコクピットが開き、中から誰かが出てくる。

ヘルメットを取って露わになるのは、先ほどの戦闘での戦いぶりからは想像しづらい、柔和そうな顔。こちらに気付いたらしく、そのまま向かってくる。

 

「コジローさん、無事だったんですね!良かった……」

 

「そっちも息災だったみてえだな。聞いたぜ?この前の戦いで、10機近くMSを落としたらしいじゃねえか。いやー、鼻が高いねえ」

 

「ははっ、やめてくださいよ。あれは”デュエル”の性能があったからです。それと……君が、”ストライク”の?」

 

「あっ、はい。キラ・ヤマトです……」

 

こちらに注意がシフトしたことに、少しの驚きと警戒を抱きながら返答する。

 

「アイザック・ヒューイ中尉です。君がここまで、”アークエンジェル”を守ってくれたんだよね?おかげで、救援を間に合わせることが出来たよ。ありがとう」

 

「いえ、そんな……」

 

キラはそう返答しながら、内心でわずかな憤りを感じる。

救援に来てくれたのはありがたいが、それならもっと早く来てくれなかったものか。先ほどの戦いぶりから見ると、彼が居てくれれば、自分がここに至るまで戦いに出ることもなかったのではないかと思う。

子供染みた『たられば』だが、そう思わざるを得ない。これまで周りの大人達をアテにできることが少なかったこともあり、キラは地球連合軍という組織に対して不信感を持ち始めていた。

 

「……うーん、僕が言うのもなんだけど、若いね。新兵かな?」

 

「えと、その、僕は……」

 

「あー、アイク。これには、色々と面倒な事情があってな……」

 

「新兵どころかたぶん素人ですよぉ、その子」

 

別方向から、間延びした女性の声が聞こえてくる。

キラがそちらを見てみると、やや小柄な女性が、慣性に身を任せてこちらに向かってくるのが見える。パイロットスーツを着ているということは、彼女があの背中に何かを背負ったMSのパイロットということなのだろうか?

 

「セシルの嬢ちゃんも、久しぶりだなぁ」

 

「ご無事で何よりですよぉ、コジローさん。アキラさん達も、心配していましたぁ。今は”ヘリオポリス”で、お宝探しに夢中ですけどねぇ」

 

「相変わらずだな、あの連中も……」

 

「それよりセシル、キラ君が素人って……」

 

アイザックの問いかけに、そうそう、と言わんばかりにキラの方へ向き直る。

 

「初めましてぇ、セシル・ノマ曹長ですぅ。さっそくですけどぉ、あなた軍人さんではありませんねぇ?」

 

「えっと……はい」

 

「えぇ!?」

 

アイザックが困惑した声を挙げる。

それも当然だろう、連合軍の最高機密と言って良いMSを、まさか軍人ではない子供が操縦しているのだ。困惑しない方が不自然というものだ。

 

「どうして、それを?」

 

「私のMSは、情報収集に特化していますからぁ。あなたの動きも記録していたんですけどぉ、セオリーから外れまくった動きなんですもん。高い反応速度や”ストライク”の性能があるからわかりづらかったですけど、新兵以下の動きがところどころ見えましたぁ」

 

「気付かなかった……」

 

「その……僕は」

 

キラは弁解しようとするが、上手く言葉が出てこない。

なんと言えばいいのだ?コーディネイターの自分には、”ストライク”を動かせるだけの能力があったから乗っていましたと言えばいいのか。そんなことを言ったら、またこの船に乗り込んだ時のように銃を向けられるのではないか?

しどろもどろになるキラを見て、セシルはため息をつく。

 

「まあ、ここまで色々と大変だったでしょうし、問い詰めるのは後回しでもいいですかねぇ」

 

「ああ、そうしてやってくれや。坊主にも、この艦にも、色々と複雑な事情があるんだよ……」

 

「でしょうねぇ。ごめんなさいですぅ、キラ・ヤマト君」

 

「いや、すいません、うまく説明出来なくて……」

 

「そうだね、今はキラ君を休ませてあげよう。事情なら……あっ、来た」

 

そう言われてアイザックが指差す方を見ると、スペースランチが格納庫の中に入ってくるのが見える。

着艦したそこから出てくるのは、20代後半くらいの男性。実直そうな外見だ。

 

「隊長さんまで来てたのか……」

 

「マードックさん、あの人は……」

 

「ああ、坊主は知らなかったんだな」

 

「あの人が僕たち、『第08機械化試験部隊』の隊長、ユージ・ムラマツ中佐だよ。同時に、現在連合が投入しているMSに使われているOS開発の必要性を説いた人でもある

 

ムラマツ中佐が、こちらに視線を向けてくる。

その視線から、特に邪なものを感じることは出来なかった。しかし、キラは違和感を覚えたのだった。

───なぜ、彼が自分を見る視線の中に、『哀れみ』のようなものを感じるのだろうか?彼は自分と話すどころか、会ったことすらないというのに。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦長室

 

「初めまして、ムラマツ中佐。現在この艦の艦長を務めております、マリュー・ラミアス大尉です。かの高名な『第08機械化試験部隊』の隊長とお会いできて光栄です」

 

「副長を務めています、ナタル・バジルール少尉であります」

 

「第7艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉です。本来の乗艦が撃沈したため、こちらの艦に乗り込ませてもらってます」

 

「改めて、ユージ・ムラマツ中佐だ。よろしく頼む。……これで、この艦の士官は全てか?」

 

「……はい」

 

ここには現在、アイザックを除く士官が集合していた。目的は言わずもがな、状況把握と今後の方針設定のためである。

ユージの目に、彼らのステータスが表示される。

 

 

 

マリュー・ラミアス(Dランク)

指揮 8 魅力 12

射撃 8 格闘 6

耐久 10 反応 6

 

得意分野 ・指揮 ・魅力 ・射撃

 

 

 

ナタル・バジルール(Dランク)

指揮 9 魅力 5

射撃 10 格闘 4

耐久 7 反応 7

 

得意分野 ・指揮 ・射撃

 

 

 

ムウ・ラ・フラガ(Bランク)

指揮 9 魅力 10

射撃 11(+2) 格闘 9

耐久 16 反応 10(+2)

空間認識能力

 

得意分野 ・耐久

 

 

 

「中佐、よろしいでしょうか?」

 

「何かね、ラミアス大尉?」

 

「その、本当に”アルテミス”に入港しなくて良かったのですか?それどころか、”ヘリオポリス”へUターンしてしまうなど……」

 

現在”アークエンジェル”と”ヴァスコ・ダ・ガマ”は、並走して”ヘリオポリス跡”方面に向かっていた。せっかくもう少しというところで『安全な』場所に逃げ込めるというタイミングでの、突然の方針転換に、疑問を隠せないのだろう。ナタルやムウも、同じような表情を浮かべている。

 

「たしかに、君の疑問はもっともだ。一度”アルテミス”に入港して補給を受けてから、という方向で活動する方が安全策だ」

 

「では、なぜ?」

 

「まず、私達は”ヴァスコ・ダ・ガマ”だけで来たワケじゃない。”ヘリオポリス”跡に待機している別働隊がいる。一定の時間がたっても君たちが見つからない場合は、一度戻る予定だった。その別働隊と合流するためだ。私達からの連絡が無い場合は、独自判断するように言いつけてある。早く連絡を取りたいんだ」

 

「では、補給は?」

 

「我々は元々、新兵の長期遠征訓練のためにこちらまで来ていた。たまたま“ヘリオポリス”襲撃を聞きつけて来たのだが、訓練の内容が内容だからな。何かあってもいいように、物資の類いは多めに持ってきてある」

 

「なるほど……」

 

「お待ちください、中佐。それでしたら、一度我々が”アルテミス”に入港するのを確認してから、その別働隊と共にもう一度”アルテミス”に戻ってくるという方が、時間はかかりますが安全で確実です。違いますか?」

 

「……なるほど、たしかにそういう方法も有りだなバジルール少尉」

 

ナタルの指摘を否定せずに、受け止めるユージ。

ナタルの言っていることも、たしかに有りといえば有りな方法だ。優先すべきは”アークエンジェル”の安全確保であり、そのためには一度安全圏に”アークエンジェル”を置いておいた方がいいということもある。

だが、ユージにはそれをする気はなかった。

 

「だが、忘れていないか少尉?”アルテミス”は、『ユーラシア連邦の要塞』だ。あちらからしたらこの艦と”ストライク”は、さぞかし魅力的だろうな?なにせ、次期主力量産型MSの原型機だ」

 

「……!たしかにそうですが、今は戦時中です。同じ連合内でそのような……」

 

ナタルは、こちらが何を言いたいかを理解したようだ。

だが、それはまさしく『仲間割れ』だ。そんな不毛なことをする軍人など、という思いがあるのだろう。

 

「認識が違っているようだな、少尉。いいか?連合の上層部は既に、この戦争が終わった後のことを考えている。先日の『カオシュン攻防戦』での勝利が、更に助長したようでな。やつらにとって肝心なのは、『戦後』だ」

 

「そんな、バカな!」

 

「はっきり言おうか?今の連合上層部は、その『バカ』だ」

 

徹底的に、自分の所属する組織の上層部をこき下ろしていくユージ。にわかには信じがたいのだろう、ナタルだけでなく、マリューも困惑した表情を浮かべている。

だが、ムウだけは少しばかり心あたりが有るようだ。

 

「たしかに自分も、『せっかくの”ゼロ”を扱えるパイロットなのだから』という理由で、MS転向を受ける間もほとんどなかった時期がありますね。今はそうでもないんですが」

 

「『MA主流派』のことだろうな。なんとか戦場の主役をMSから取り戻したいという連中だが、最近はおとなしくなってきたそうだぞ?……余裕があるから、あーだこーだと騒げているんだ。理解したか、少尉?」

 

「……はい」

 

理解はしたが、納得は出来ないといったところか。ナタルのような軍人家系出身の士官からしてみれば、味方同士で腹の探り合いをしているというのが不可解なのだろう。

だが、ユージは彼女が納得するまでの時間を余裕を与えるつもりはなかった。

 

「それでは、話してもらおうか。

ここに至るまで、何があったのか。『G』兵器はどうなったのか、なぜ君たちがこの艦の責任者を務めることになったのか。───なぜ、民間人が”ストライク”を操縦することになったのか。

なに、ここから”ヘリオポリス”跡まで1日は最低でもかかる。時間はあるから、正確に頼むよ?」




次回、ついに”ヘリオポリス”からここまでの謎が明かされます!

なぜキラがストライクを動かしているのか、ムウはなぜ出撃していなかったのか。
そして、”ブリッツ”はどうなってしまったのか!?
次回、「あの日、あの時、あの場所で」。
お楽しみに!



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第25話「あの日、あの時、あの場所で」

前回のあらすじ
イザーク「おのれおのれおのれおのれぇ!」

(おらほの弘前さくらまつりが、新型コロナのせいで中止になってしまったはんで)
初投稿だ。んだ。
初投稿だはんで、ダイジェスト形式で今回は行くべ。
ぶっちゃけ”ヘリオポリス”編ってほぼ原作通りだから、描写するのタルイんすよね(ボソッ)


①クルーゼ、襲来

 

1/25

”ヴェサリウス” 艦橋

 

「隊長、本当にやるのですか?」

 

「アデス、何か気に掛かることでもあるのかね?」

 

「いくら秘密裏に結託しているとはいえ、中立コロニーです。民間人を避難させるために、警告をしておくべきではないでしょうか?」

 

一般的な軍人のようなアデスからの指摘を、ラウは鼻で笑った。

いまさら何をためらう?何の警告も無しにというなら、既にこちらは10億人を、無警告に殺しているようなものではないか。

 

「連合軍は我々の敵だ。そして、オーブはその連合軍を受け入れて新兵器を開発している。もしそれが場所を貸すだけだったとしても、協力しているというのに違いはあるまい?ならば、オーブも我々の敵ということだ。軍事拠点の近くに民間人を住ませている方が悪い」

 

彼らは今、オーブが所有するコロニー”ヘリオポリス”の付近までやって来ていた。その目的は、『”ヘリオポリス内”で開発されている連合の新兵器を破壊、可能であれば鹵獲』というものだ。

それを聞いた時、ラウは感心した。無論、連合のやり方とオーブのしたたかさに、だ。

連合からしたら、ZAFTの目をほとんど気にすること無く、かつ、オーブの技術力を利用出来る。

オーブにしても、連合に技術協力することで、少なからず独自のMS開発技術を高めることが出来る。もしかしたら、秘密裏に技術盗用などもしているかもしれない。

両国とも実にしたたかで、自分の利益を追い求めている。

ZAFTはナチュラルを憎み、連合はコーディネイターを滅ぼそうとしている。中立を謳う国でさえ、独自の戦力を得るために秘密裏に肩入れをしている。

実に、ラウ・ル・クルーゼが好む展開だった。誰もが憎み合い、腹の内に何か隠している。

『人は滅ぶべくして滅ぶ』。人類に対する自身の結論が正しかったということを再認識出来る。自己肯定感に酔うのは、自分のような()()()でも()()と同じのようだ。

 

「しかし……」

 

「アデス、いいかね?あそこで造られる兵器が完成したら、ZAFTが敗北してしまうと仮定する。そうなれば、プラントに住む同胞達を守れる者はいなくなるわけだ。あのコロニーに住む『敵国の民間人』と、『プラントの全ての同胞』。釣り合うワケがないのはわかるな?」

 

その仮定を防ぐための我々、そのための戦力だ。ラウはそう締めくくった。

現在、ラウは3()()の軍艦を率いて”ヘリオポリス”に向かっていた。自らの乗る”ヴェサリウス”、”ローラシア”級の”ガモフ”、”ツィーグラー”の3隻である。

本来”ツィーグラー”はここには同行せず、合流するのは『低軌道会戦』と呼ばれる戦いの時、そのはずだった。

これは連合軍が”テスター”を戦線投入し、ZAFTを押し返しつつある現在の戦況を鑑みた結果だ。最高評議会ではもっと多くの戦力を投入するべきだという意見もあったが、『仮にも中立コロニーに大軍を派遣するのは憚られる』という意見もあり、結果としてMS搭載艦3隻にMS15機という、()()()()()()でここまで来ることになったわけだ。

本来なら十分過ぎる戦力といえるが、そうとも言い切れないのがZAFTの現状だ。なにせ、”ヘリオポリス”で開発されている新兵器は、先日の『カオシュン攻防戦』で暴れ回った『カオシュンの悪魔』と同型かもしれないのだ。

いわく、単独かつ1回の戦闘で”ジン”や”シグー”を10機以上撃破した。

これまでのMSの常識から逸脱した距離から砲撃を行い、自軍艦6隻を損耗せしめた。

大気圏外から降下して即時に“ディン”を複数機撃破し、あのマルコ・モラシムをも撃退した。

そんな常識外れの能力を持つ機体が生み出されているやもしれないとあれば、この戦力では不安というのもうなずける話だ。

だからこそ『閃光』の異名を持つラウと、『黄昏の魔弾』ミゲル・アイマンを参加させることで、少しでも質的向上を図ったというわけなのだが。

 

「……わかりました。確実に仕留めねばならないとあれば、目をつむる必要があるということでしょう」

 

「わかってもらえて嬉しいよ、アデス」

 

ラウは、存外このアデスという副官が気に入っていた。上官に物申す場合はほとんど無く、あっても今のようにあっさり引いてくる。”ヴェサリウス”の艦長としての能力も十分。

扱いやすい駒というのは、いくらあっても困る物ではない。

 

「時間だ。作戦開始」

 

「作戦開始!MS隊、全機発進せよ!」

 

アデスの号令に合わせて、MS隊が発進していく。

既に小型のステルス輸送機が”ヘリオポリス”付近に到着し、原作通りにアスラン達を含む陸戦隊が潜入を開始している時間だ。彼らを支援するために、MS隊は飛び立っていく。

”ヴェサリウス”の望遠モニターが、”ヘリオポリス”から発進してくるMS隊の姿を捉える。やはり重要拠点だけあって防衛戦力を忍ばせていたようだが、極秘裏というだけあってその数は多くない。10に満たない程度といったところか。

 

(このままでは連合の一人勝ちに終わる、それは余りにも面白くないのでな。せっせと造っていた所を悪いが、台無しにさせてもらおう)

 

 

 

 

 

原作との相違点

①クルーゼ隊の戦力が強化された、しかし連合も秘密裏に防衛戦力を配置していたために、結果的にキラが相対する敵戦力は『質的に』原作とそう変わらないことになる。

 

 

 

 

 

②ブリッツ「これで何もかも終わりだ。任務、完了……」

 

”ヘリオポリス” 道路

 

「よし、これで制圧は完了だな?ならば……」

 

「お、おいイザーク?」

 

慌ててMSを運び出してきた輸送部隊を襲撃したイザーク達は、難なく制圧に成功していた。

曲がりなりにも中立コロニー内にMSを持ち込むワケにもいかなかったのだろう。護衛戦力はミサイル車両の”ブルドッグ”と歩兵くらいであり、”ヘリオポリス”侵入に成功した”ジン”からすればそれは容易くねじ伏せることが出来るものだった。

真正面から、しかも少数で立ち向かわざるを得なかった連合の通常兵器達は蹴散らされ、輸送部隊は完全に制圧されたのだった。

そして一人、横たわる連合のMSに走って行く兵がいた。

そう、イザーク・ジュールである。彼は、「連合の新兵器を奪取してみせた」という栄光を手に入れるために、自らそのMSを操ろうとしていたのだった。

 

「どんな機体かは知らんが、『カオシュンの悪魔』と同型ならば、相当なものなはずだ。これを手に入れれば、ナチュラルどもなぞ……!」

 

そのナチュラルが開発した機体というのは気に入らなかったが、この際細かいことは気にしない。

初出撃で軽度のPTSDを患ってしまったイザークは、ここに至って屈辱に耐えきれなくなった。

尊敬する母に心配をかけてしまったこと、初出撃で瞬殺されたこと、そのことで周りから密かに陰口がたたかれるようになったこと(普段から尊大だったイザークは、何人かの同僚からのウケが悪かった)。

ここで何か戦果を出さなくては、真性の笑いものだ。

イザークは灰色のMSのコクピットを開くことに成功し、その中に乗り込んだ。

 

「コクピット内確認、よし。トラップの類いは無いな。起動スイッチは……これか!」

 

イザークはそのMSの起動スイッチを探り当て、押し込んだ。

───()()()()()()()()()

スイッチを押した瞬間、コクピット内がいきなり赤く点滅し始める。

 

「な、なんだ?」

 

何が起きたのかと思い、正面モニターを見るイザーク。

そこに映し出されていたのは、簡潔な一文。

 

『本機の自爆まで、残り10秒』

 

「……は?いや、待て、なにぃ!?」

 

そこは流石に、アカデミー第2位の成績を誇ったザフトレッド。モニターに浮かんだ文字を見た瞬間にコクピットから飛び出す。

 

「おい、いったいどうし──」

 

「逃げろディアッカ!こいつは自爆する!」

 

「はぁ!?」

 

とにかく、叫ぶ。そして、呼びかける。

───このMSから離れろ、と。

そして、10秒が経った時。

 

───ドゴオオオオオオオオオンっっっっっ!!!!!

 

MSは大爆発した。コロニーに穴を開けるというという程ではないが、その爆発は、イザークの呼びかけに対応できなかったZAFT兵を巻き込んで、ついでに近くに待機していた”ジン”に爆風を浴びせた。

 

「お前、イザーク!いったい何したんだよ!自爆装置の解除に失敗したか!?」

 

「違う、起動スイッチを押しただけでああなったんだ!何かする間もなかった!」

 

「落ち着いてください、二人とも!今は原因追及より、被害把握と救助です!」

 

ニコルにそう言われて周りを見てみれば、とっさに爆発から身を隠せる場所まで逃げられた自分達と違い、爆風から逃げられなかった兵士達が倒れているのが見える。

 

「そ、そんな……」

 

「イザーク、今は行動です!」

 

「あ、ああ。わかっている……」

 

イザークは、自分の行動によって生まれた被害に、呆然とした。

───なぜ、こんなことになってしまったのだ?

 

 

 

 

イザークを擁護するなら、けして彼だけが悪いワケではない。

彼らはMSを奪取するための訓練として、自爆装置を解除するための訓練も受けている。普通なら、原作通りに”ブリッツ”を奪取出来ていたはずなのだ。

原因はただ一つ。「連合が”ブリッツ”に対して、過剰とすら言えるセキュリティをかけていた」、ただ一点に尽きる。

”ブリッツ”の情報を目にした『とあるMS部隊の隊長』が、上司であるハルバートンを通じて、”ブリッツ”が奪取された時の危険性をヘリオポリス側に伝えたのだ。

その結果、現場の判断で、3つのセキュリティキーが用意された。それら全てを解除しなければ。

───何かコクピットのスイッチを押しただけで自爆。

───荷台から引き離しても自爆。

───装甲やパーツを剥がしても自爆。

 

───どうあがいても、自爆。

 

するようになっていたのだった。しかもそのセキュリティキーは、それぞれ離れた場所に勤務する技術士官が所持している。

つまり、イザーク達が”ブリッツ”の奪取に成功するには。

遠く離れた場所に存在する3つのセキュリティキーを使用して、それから行動しなければならなかった。

たとえ運搬していた荷台ごと持ち帰っても、その前提条件をクリアしていない以上、自爆する場所が母艦のいずれかになっていただけだったということだ。

しかし、そんなことをZAFTが知るわけがない。これは、完成直前になって現場の判断で導入したものなのだから。情報収集する間などない。

今回は、イザークが貧乏くじを引いてしまっただけのこと。しかし、失敗は失敗である。

 

斯くしてイザークには、「連合のMSの自爆装置解除に失敗し、味方に被害を出したアホ」という新たな汚名が追加されたのだった。

 

「この、イカレナチュラル共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

原作との相違点②”ブリッツガンダム”、爆殺!

 

 

 

 

 

③変わらなかった筋書き

 

所変わって。

 

「くぅ、いくらPS装甲でも、このままじゃ……!」

 

「うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

”ストライク”は現在、マリュー・ラミアスの手によって動かされていた。”ブリッツ”のセキュリティが異常だっただけであり、こちらと”イージス”のセキュリティは通常通りのものとなっている。

連合軍にとって残念なことに、原作通り”イージス”は奪取され、現在はオレンジに近い色をした”ジン”と戦っている最中だった。

否、戦いというにはそれは余りにもお粗末な物だった。

 

「”ストライク”、なんで!?なんでもっと動けないの!?」

 

「……ああ、もう!どいてください!」

 

「あっ、君!」

 

「こんなところで、死にたいんですか!?早く!」

 

その剣幕に押され、マリューはシートからズレ、そこに少年、キラ・ヤマトが収まる。

 

「……!なんですか、これ!完成したプログラムに、まったく別の未完成なプログラムが干渉してる!ストライカーシステムってなんです!?」

 

「ストライカー……まさか!?」

 

本来なら”ストライク”も他の4機と同様のOSを積まれているので、ナチュラルのマリューでも十分に動かせる物になるはずだった。しかし、ここで問題が発生する。

”ストライク”に積まれたストライカーシステムは、当然だが使用すれば機体の重心が狂う。機体の外側にパーツを取り付けるのだから当たり前だが、“ストライク”はつい先日完成したばかりで、その重心調整プログラムの調整が完了していなかった。結果、元々完成していた『GUNDAM』OSのプログラムとストライカーシステム用のプログラムが干渉し合い、満足に動いていなかったというわけだ。

 

「問題点の洗い出しが間に合わない……!くそっ、こうなったら!」

 

干渉し合っているプログラム同士を調整している暇は、このMSに詳しくないキラにはなかった。よってキラは、決断した。

───今だけでいい!目の前のMSを倒せるだけの動きが出来れば!

 

結論から述べると、キラ達は勝利した。

キラは、素の状態のストライクを動かす、()()()()の為のプログラムを速攻でくみ上げたのだ。

ストライカーシステムも、ビームライフルも、サーベルも知ったことかと言わんばかりの代物であったが、なんとか”ジン”を退けることに成功した。

 

結果として、原作通りにキラは「瞬時にMSを動かすOSをくみ上げる能力」を示したり、「”ストライク”をキラ以外動かせない仕様にしてしまった」。

運命からは逃れられないということなのだろうか?

結局キラは、”ストライク”という『ガンダム』に乗って戦うことになったのだった。

ちなみにこの世界では、ムウはキラを見るなりコーディネイターかと指摘はしなかった。ナチュラルにも使えるOSが普及しており、”ストライク”を動かしただけで断定することは出来ないからだ。

その後”ストライク”のOSを瞬時にくみ上げたことをマリューから聞いて、それから指摘したというだけだが。

 

 

 

 

 

原作との相違点③”ストライク”はある意味原作よりもむちゃくちゃな方法で初戦をくぐり抜けた。悲しいことに、ただそれだけ。

 

 

 

 

 

④それは知っているよ、ムウ

 

”ヘリオポリス”付近 ”メビウス・ゼロ”コクピット

 

「持ちこたえてくれよ、”アークエンジェル”!」

 

ムウは一人、敵旗艦を奇襲する役目を果たすためにデブリの間をくぐり抜けていた。

現在、”ストライク”が敵MS隊を引きつけるために単独で”アークエンジェル”を守っている。自分の活躍次第で、あの艦の運命が変わってしまうのだ。責任重大である。

こそこそと、しかし先を急ぐムウ。まだか?まだだ。まだなのか……!

そして、時は来た。

 

「よーし、あれか!」

 

モニターには、水色の艦体が映し出されていた。間違いなく、敵旗艦の”ナスカ”級である。確認出来る敵艦の中で唯一の”ナスカ”級とくれば、旗艦と断定するに足る。

 

「早く戻んねーと坊主がやばいんだ!速攻で……!?」

 

瞬間、ムウは機体に回避運動を取らせる。つい先ほどまで”メビウス・ゼロ”があった空間を、銃撃が通過していく。

 

「この感覚は間違いない、クルーゼ!まさか、バレていたのか!?」

 

当然、銃撃を放ったのは”シグ-”を駆るラウだった。

原作では完璧に成功した奇襲が、なぜ失敗したのか?その理由は、単純である。

───誰しも、経験のあることへの対応力は高いということだ。

 

「まさか、君たちに感謝することになるとはね、”マウス隊”」

 

そう、モーガンがかつて実行した奇襲攻撃。あの経験がラウに、この奇襲攻撃を気づかせたのだった。

まさかZAFTと連合とのパワーバランスを、現在進行形でひっくり返しつつあるZAFTの仇敵に感謝する日が来るとは、ラウ自身も想像できなかった。

とにかく、これで奇襲攻撃は失敗に終わった。

 

「次はどうするのかね、ムウ?早く私をなんとかしなければ、『足つき』が沈むぞ?」

 

「なんでこのタイミングで、どんでん返してきますかね!失せろクルーゼ!」

 

 

 

 

 

この後ムウは、ガンバレル2機を失いながらもクルーゼの妨害をくぐり抜け、”ヴェサリウス”に痛打を浴びせることに成功した。

だがこの後、原作通りにキラを連れて帰ろうとするアスランを妨害した際に、残りの2機も破壊されてしまった。ガンバレルのない”メビウス・ゼロ”の修理は1日では終わらず、その結果、キラは次の戦いでアイク達が駆けつけてくるまで孤軍奮闘することになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

原作との相違点④モーガンが奇襲攻撃をクルーゼさんに経験させていたせいで、ムウさん痛打。それ以外は概ね原作通り。(※イザーク達は”ジン”で出撃したけど、なんとか生き残った)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⑤????(連合側がまったく確認出来なかったが、確実に原作から変化したことがある。詳細不明)




ということで、色々すっ飛ばした”ヘリオポリス”編でした!
すっ飛ばした部分を見せろ?原作見ろ(無慈悲)。
あと、最後の変化点。これはいずれ明かすつもりですので、聞かれても答えられません。ご了承ください。

雑だし短いしで申し訳ないが、今回はここまで。次回から本編に戻ります。
まずは、ヘリオポリス待機組との合流ですね。
首を長くしてお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第26話「帰ってきちゃったヘリオポリス」

前回のあらすじ
ブリッツ「任務、完了!」
羽の生えたガンダム「いい自爆っぷりだったぞ、後輩!」

白状すると、前話はあのシーンをやるために書いてました。


1/26

“アークエンジェル” 艦長室

 

「……事情はわかった。大分、苦労したようだな」

 

「申し訳ありません中佐、”ブリッツ”や”イージス”を守り切れず、”ヘリオポリス”を崩壊させてしまうなど……」

 

”ヘリオポリス”崩壊に至るまでの事情を聞き終えたユージに、マリューらが頭を下げる。

全員、力不足を痛感しているようだ。その表情は暗い。

 

「最終的に君たちに処分を下すのは私では無く、ハルバートン提督だ。だが私から言わせてもらえれば、君たちはよくやったと思うよ。ミスがあるとすれば、”ヘリオポリス”という防衛戦力を揃えづらい場所で『ガンダム』を開発させた上層部だろうさ」

 

「あの、中佐。恐れながらお聞きしたいのですが、『ガンダム』というのは?」

 

「ん、ああ。『G』のあだ名だよ。OSの名称を略して、『GUNDAM』だそうだ。”マウス隊”の中ではそれで通っているものだからな、ついそう呼称してしまった。わかりづらかったな、すまない」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

マリューは質問に納得したようで、そのまま引き下がる。この話題を引き延ばしても、特に意味はない。

それよりも、話さなければならないことがあるからだ。

 

「君たちの処分などよりも、まずは我々の今後を考えねばな。補給は、この後合流する”コロンブス”からある程度は受けられるとして……」

 

「避難民の扱い、でしょうか」

 

「そうなるな」

 

問題はそこだった。原作と同じように、キラは”ヘリオポリス”の住民が乗った救難ポッドを回収していた。

”アークエンジェル”の物資を圧迫している原因だが、そうなってしまった大本は”ヘリオポリス”でMSを開発していた連合にある。

もしもオーブの救難艇が””ヘリオポリス”跡を離れる前にたどり着ければ、そこで引き渡して終わりなのだが……。

 

「彼らは、そうはいかないな」

 

「……はい」

 

キラ・ヤマトとその学友達。緊急事態により戦いに巻き込んでしまったのは彼らも他の避難民と同じだが、既に”ストライク”や”アークエンジェル”という地球連合の機密に触れてしまっているため、すぐに解放するというわけにはいかないのが現状だった。

 

「彼らには申し訳ないが、プトレマイオス基地か『セフィロト』まで同道してもらう他ないな」

 

「申し訳ありません、非常時につき私が彼らの従軍行動を許可しました。全ての責任は私にあります」

 

「そうしなければこの艦が墜ちていたならば、私でも同じことをしている。報告を聞く限り無理矢理というわけではなく、志願しての行動だったのだろう?なら、その場はそれでいいではないか」

 

「そう言っていただけると、幸いです……」

 

「しかし中佐、貴官がいらっしゃったということは、これよりこの艦の指揮を執っていただけるのですよね?」

 

そう言ってきたのは、ナタル・バジルール。

たしかにこの場でもっとも階級が高いのはユージである以上、そうするのが普通に思える。

しかし、ユージは首を振る。

 

「残念ながら、私は”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦長でもあるんだ。私には複数の艦を指揮する能力は無いよ」

 

「ならば、ラミアス大尉に”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦長を任せるというのはどうでしょうか?」

 

ナタルはやはり、原作通り特に頭が固い時期だったようだ。杓子定規にハマった意見を提案してくる。

無論、整合性がないというわけではない。だが、軍学校で習ったことがそのまま現場で通用するわけではないことを、彼女はまだ知らない。

そして、なにより。

 

「ラミアス大尉が、『あいつら』をまとめきれると思えなくてね……。別に大尉に指揮能力がないというわけではなく、その、なんというか、な……」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。とにかく、”アークエンジェル”は現状のスタッフのままで運用してもらう。私はこの艦の知識がほとんど無くてな。それに戦闘データを見る限り、ラミアス大尉は十分にこの艦の指揮を取れていると思う。適任がいるなら、それに任せるのがいいだろう。なに、重大な決定をする場所では私が責任を取る。少しは、肩の荷を下ろしてかまわんよ」

 

「ありがとうございます、中佐」

 

「気にするな。……それでは一度解散、通常業務に戻ってくれ。ああ、フラガ大尉。君は別だ」

 

「?自分に何か、御用で?」

 

まさかこのタイミングで呼び止められるとは思っていなかったのだろう。頭の上に疑問符を浮かべたような顔でこちらに向き直る。

 

「ああ、いや。私はこの艦の内部構造に詳しくなくてね。かといってラミアス大尉やバジルール少尉には艦の指揮という仕事があるし、そういうことで、君に案内を頼みたいんだ」

 

「ああ、それは構いませんよ。どちらまで?」

 

ムウも気さくに返答してくれる。原作ではキラへ地味にバッドコミュニケーションを連発していた彼だが、やはり軍人としては一級だ。人と人の間の取り方が上手いというか、なんというか。

 

「どこというより、そうだな。ある人物のところへ案内してほしい」

 

「と、言いますと、彼ですか」

 

察しのいいムウの問いに、ユージはうなずく。

()とはここで会って直接話をしておく必要がある、ユージはそう考えていた。

 

「キラ・ヤマト君のところに、案内してほしい」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”食堂

 

「ほんと、どうなってるんだろうなこの船?”アルテミス”ってとこに向かってると思えば、”ヘリオポリス”に逆戻り。俺たち、いつまで乗ってればいいわけ?」

 

キラは、カレッジで同じゼミに所属していた友人であるカズイ・バスカークの声に、内心同意した。

いつまで自分達はこの船に乗っていればいいのだろうか?連合軍の味方が駆けつけてくれたとはいえ、たった1隻だ。もしまた戦闘になったら、再び自分も戦わせられるのではないか?いくらあの”マウス隊”という人達が強くても、ピンチになったら自分を頼りにくるのではないか?

 

「きっと、大丈夫だよ。ダリダさんも言ってたけど、”マウス隊”って今の連合で一番強い部隊だって噂されるくらい強いんだって。守ってくれるよ」

 

「そうかなぁ……」

 

「なんだよカズイ、ビビってんのか?だーいじょうぶだって。ミリィの言う通り、すごい強い部隊っていうのは、さっきの戦闘でわかっただろ?」

 

同じく友人のミリアリア・ハウとトール・ケーニヒが楽観的に語るが、カズイ、そしてキラの不安は晴れない。

 

「それでも、助けに来てくれたんだ。キラを助けてくれたりしたし、来ないよりずっとマシだよ。だろ、キラ?」

 

「え?ああ、うん、そうだね」

 

友人達の中でもリーダーのような位置に収まっているサイ・アーガイルの言葉に、キラは言葉を詰まらせてしまう。

そう、そうなのだ。先の戦いまでに唯一共闘したと言えるムウでさえ、別行動だった。

彼が、アイザックが。初めて自分と肩を並べて戦ってくれた人間なのだ。それだけはたしかなことであり、キラがようやく得られた安心感でもあった。

そんな話をしていると、食堂に二人の男性が入ってくる。ムウ・ラ・フラガと、知らない男性だ。しかし彼らが近づいてくると、キラは思い出す。

───たしか、ムラマツといっただろうか?

 

「坊主、ここにいたか。中佐がお前と話したいんだとさ」

 

「僕と、ですか?」

 

「そうだ。改めて自己紹介をしよう、ユージ・ムラマツ中佐だ。よろしく」

 

「あ、はい。キラ・ヤマトです」

 

手を差し出され、それが握手を求めているということにキラは気づき、その手を握る。

自分よりも大きなそれは、大人の手だ。力強く、しかしやさしく握り返してくる。

手を離したユージは、キラと友人達を見渡す。

 

「そして、君たちが”ヘリオポリス”からこっち、協力してくれた学生かね?」

 

「あ、はい。サイ・アーガイルです」

 

「トール・ケーニヒです」

 

「ミリアリア・ハウっていいます」

 

「か、カズイ・バスカーク、です……」

 

それを聞き終えたユージは、キラ達に向かって頭を下げる。軍人、しかもマリュー達よりも階級の高い男の突然の行動に、キラ達どころかムウも驚く。

 

「ちゅ、中佐どの?」

 

「すまなかった……。君たちが家を失い、この艦で戦うことになったのは我々の責任だ。許してくれとは言わん、これはせめてもの謝罪の表しだ」

 

「あの、その……」

 

「……なんで、”ヘリオポリス”で、あんなの作ってたんすか?」

 

「ちょっと、カズイ!」

 

責めるようなカズイの質問に、ミリアリアが静止する。しかし、カズイは止まらない。

 

「だって、そうだろ!?ねえ、連合がなんでオーブのコロニーでMSなんか作ってんです!?そのせいで、俺達……」

 

最後は尻すぼみになっていったのは、現役軍人を罵倒したようなものだということに気づいたからか。ユージはカズイの目を見て、答えていく。

 

「機密ゆえに詳しくは答えられないが、『あそこでしかできなかったから』、だな。『G』の開発が本格スタートしたのはMSが連合に配備される前だ。なんとしても『G』を完成させる必要があった我々は、中立の殻でZAFTから『G』を隠す必要があった」

 

「それなら連合の、地上の本部とかで作ればよかったじゃないですか!」

 

「……」

 

ユージはそれ以上答えられなかった。否、()()()()()()()()()()()()()

誰が言えるだろう、「上層部がMSに懐疑的だったから、本部や重要拠点でやることが出来ませんでした」と。あるいは、「君たちの国とこっそり協力してMSを開発するにはちょうどよかったから」、などと。

それはもはや、軍の無能や国家間の後ろ暗さを明るみに出すような行為だ。一介の軍人であるユージに、それを話すことなどできるわけもない。

 

「もう、いいじゃないか。俺たちを助けるためにここまで来てくれたんだぞ?」

 

「俺達じゃなくて、”アークエンジェル”をだろ?」

 

「カズイ、もうやめなよ……」

 

「なんだよキラ、お前だってそう思うだろ?この人達がもっと早く来てれば、お前も」

 

カズイの言うことも、もっともだ。自分達が戦場に立つことになったのは連合軍が大本の原因だし、「彼らがもっと早く来てくれたら」と思っていたのも事実なのだから。

だが、わざわざ自分達のところに足を運んで謝罪したこの男にその思いをぶつけるのは憚られた。

キラが言い澱んでいると、ユージが口を開く。

 

「たしかに私達は君達ではなく、”アークエンジェル”を探してここまで来た。それは事実だ。だが、君達のことは命を懸けて守ろう。絶対に、君達を守り切ってみせる。それだけは、信じてほしい」

 

「えっ……あ、はい……」

 

決意表明を言い切ったユージに、カズイもそれ以上口を開くことはできない。

ユージは更に口を開く。

 

「もう一つ、いいだろうか?」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

サイがユージの話を聞く姿勢を見せると、皆それに合わせて話を聞く体勢になる。

 

「この艦は”ヘリオポリス”に向かっているのだが、もしオーブからの救援艇が留まっていたら、そこで避難民の方々には下船していただくことになっている」

 

おお、という歓声が挙がるが、キラは違和感を抱いた。────それならなぜ、この男性は申し訳なさそうな顔をしているのだろうか?

 

「……すまないが、もしそうなっても君達を降ろすことはできない」

 

「ええっ!?」

 

「なんでですか!俺達だって民間人ですよ!?」

 

「どのような形であっても、君達は”ストライク”や”アークエンジェル”の設備を用いて、戦闘に参加してしまった。このままでは君達は、『民間人にも関わらず軍の装備を使用した』という罪に問われる可能性がある」

 

「そんな!俺達、艦長さんの許可を取って……」

 

トールの言い分を手をかざして遮ると、ユージは再び話し出す。

 

「それを回避するために、君達は”アークエンジェル”に乗り込むより前に『既に連合軍に所属していた』という形にすることに決めたんだ。それなら罪には問われない。しかし、今度は君達の除隊手続きが必要になる。それはここでは出来ないんだ……」

 

「じゃあ、どこでできるんですか?」

 

ミリアリアの問いに、ユージは非常に言いづらそうにしながら返答する。

 

「月の『プトレマイオス基地』か、L1の宇宙拠点『セフィロト』……宇宙ならそこしかないな。いずれも、地球を挟んで反対側だ。もしも提督……ハルバートン少将がこちらに来てくだされば、提督の権限でその場での手続きが行えるのだが……」

 

そして始まる、少年達によるユージへの責任追及。ユージは頭を何度も下げるが、簡単には収まりそうもない。

結局サイやムウの仲裁によってその場は収まったのだが、一歩引いてその光景を見ていたキラは、こう思った。

 

(なんだか、前テレビで見たドラマに出てくる課長さんみたいだったな……)

 

 

 

 

 

1/27

"コロンブス" 格納庫

 

「……隊長、お疲れですか?」

 

「ああ、まあな……。結局、世の中で一番精神にクる仕事内容はサービス業ということか、と思っただけだ。気にするな」

 

日をまたいで1月27日。ユージ達は”ヘリオポリス”跡に到着し、”コロンブス”と合流することに成功していた。

残念ながらと言うべきかしょうがないと言うべきか、オーブからの救援艇は既にこの場を去ってしまっており、避難民を下船させることは出来なかった。今は”コロンブス”から”アークエンジェル”への物資の搬入を行っている最中(さいちゅう)であり、その間にお互いに分かれて行動をしていた間の状況報告をしておこうという話になっていたのだが……。

 

「いったいなんだ、『良いモノを見つけた』って……。あいつらは何を見つけたんだ?」

 

「はぁ……なんでも、組み立て前のMSのパーツを見つけたとか」

 

「本当か!?」

 

そう、変態共である。

彼らはユージと連絡が着いたと知るや否や、”コロンブス”に来て欲しい、と言ってきたのだ。また何か問題でも起こしたのかと思っていたが、なるほどそういうことか、とユージは納得している。

 

(たしか原作SEED世界では、”グリーンフレーム”が組み立て前の状態だったような?ということはやつらが見つけたのは”グリーンフレーム”か?)

 

「おお、隊長、それに副隊長!よく来てくれたな!」

 

「無事であったことを知った俺は喜びが有頂天になった。これで今生の別れになったらちょとsYレならんしょkれは……?」

 

「ああ、こちらも無事だったようで安心しているよ。それで、見せたい物とは?」

 

普段と変わらずに声を掛けてくる彼らの姿を見て安心するとは、大分参っている証拠だろうか?ユージは苦笑した。

 

「ふふふ、これを見ろ、隊長!」

 

背後にあった何かを隠すような布をアキラが取り払うと、そこにあったのはやはり組み立て前のMSのパーツ。しかし、ユージの想像していたものと違う点が一つだけあった。

 

()()のフレーム……?」

 

「お、真っ先にそこに食いつくとは通だな隊長」

 

「ああ、いや……あの2機のようなカラーを想像していたものだからな」

 

「こんなに色があるとは謙虚な俺は想像していなかったんだが?おおらくそれぞれ違く役割を担うと言っている樽!」

 

そう、そこに置かれていたのは灰色の腕だった。

これはどういうことかとユージは少しばかり混乱したが、すぐに理解した。これはおそらく、”ミラージュフレーム”の基になった機体、そのパーツだ。

原作ではC.E73年まで所在がわからず、原型機から大規模に改造された機体であるためオリジナルカラーが不明だった『アストレイ試作5号機』だが、ユージの前世において噂されていた『元々は”グレーフレーム”』という説が正解だったということだろう。

”グリーンフレーム”が見つかったとばかり思っていたから意表を突かれたが、どちらにしろこれで”プロトアストレイ”の技術を手に入れられたのは変わりない。大収穫だ。

 

「お手柄だ二人とも。いや、工作部隊の皆もだな。おそらく”モルゲンレーテ”が開発したであろうMSだ、このまま慎重に『セフィロト』まで運ぶぞ」

 

「ん?組み立てないのか?」

 

「そりゃ、そうだろう。いくらお宝といっても、何が仕掛けてあるかわからないんだ。できる限り安全な場所で組み立てる方が良いに決まってる」

 

「oh……」

 

「……なんだ、その『やっちまった』みたいな顔は」

 

ユージは猛烈に嫌な予感がし始めた。なんだ、この変態共、今度は何をやらかしたんだ?

 

「いや、その、だな。実はこれ以外に『もう1機分』パーツを見つけたもんだから、つい」

 

「私が死んでも代わりはいるものというフィールを感じ取った我々はその意を汲んでやっただけなんだが?」

 

ブロントさんは言葉だけ聞くとまったく反省していないようだったが、やっぱり反省していない表情だった。

ふてぶてしいなナイト流石ナイトふてぶてしい。じゃなかった。

 

「つまり、どういうことかね……?」

 

「こういうことだ……」

 

もう一つ存在していた、『シートで隠されていた何か』から、アキラはシートを剥ぎ取った。

そこに存在していたのは。

 

「素組みです」

 

「……お前ら、ほんともう、お前らぁ……」

 

緑色のMS、”アストレイ グリーンフレーム”が、五体満足な状態で横たわっていた。無いと思ったら、やっぱりあった。おそらく変態共のことだから、「これをくみ上げたものが、あちらになります」的なサプライズ企画のつもりで組み上げたのだろう。

だがしかし、普通『MSのパーツ見つけた!2機分あるし、片方組んだろ!』とかなるだろうか?ジョンは止めなかったのか?と思ったが、目を点にしているのを見て確信する。

───こいつら、また勝手に行動しやがった!

 

「ふざけんなお前ら、ほんとさぁ……」

 

「あ、安心しろ!くみ上げたけど、それ以降は何もしていない!ほんとにくっつけただけだ!誰にも迷惑掛けてない!」

 

「シー婦がまたも活躍してトラッ歩サーチした。俺絵は経験が活きたな褒めてやろうとジュースを奢ってやった」

 

きちんと安全は確認したと言いたいのだろうが、問題は『部下が勝手に謎のMSを組み立てていた』ということであって、それは自分の監督責任であるとも言えて、つまり……。

 

「隊長、申し訳ありません……」

 

「ジョン、いいんだ。もう、いいんだ……これが俺の宿命ということだったんだ」

 

「うむぅ……また俺達、何かまずいことをしてしまったか?」

 

「善意は時に人を傷つけることをナイトたる俺は学んだんだが?」

 

ユージが悲嘆に暮れていると、そこに近づいてくる男性がいる。兵站を担当するソムラ・タムラ大尉(50)だ。

普段は厨房でコックなども担当している彼だが、なにやら深刻そうな顔をしている。

 

「あの、隊長。よろしいでしょうか?」

 

「……何かな、タムラ大尉」

 

「”アークエンジェル”への物資提供についてなのですが……生活物資が足りんのです」

 

「なに?”コロンブス”には長期航行を見越して豊富に生活用品、食料も積んでいたはずだろう?」

 

「それはそうなんですが、”アークエンジェル”とその乗員だけならともかく、避難民の皆さんにまで行き渡らせるとなると話が別なのです。想定を超えた量が必要で、特に水が足らんのです」

 

「……」

 

ユージは、深い思考を開始した。

なるほど、つまりあれか。自分は十分な量の物資を積んできたつもりだったが、それは『”アークエンジェル”と乗組員の分』にはなっても、『避難民の分』のことまでは考慮に入れていなかったということか。それはつまり明らかな自分のミスということであって、今からまた”アルテミス”に向かおうとしても「なんで戻ってきたの?」という疑問と共にこちら側の不備をユーラシア連邦に晒して借りをつくることになって補給と引き換えにあちらの要求にある程度便宜を図る必要があって、かといってそのまま『セフィロト』まで向かうのには無理があってまたこのことを避難民達に説明する必要があってクレーム対応報告書提出臨時の物資配分作成アストレイの扱いetcetc……。

 

「いかん、隊長が白目を剥いてフリーズした!」

 

「隊長、頼む!今あんたに倒れられたら俺達全滅だ!戻ってきてくれ!」

 

結局ユージは5分で現実に引き戻され、泣く泣く今後のスケジュールを速攻でくみ上げることになったのだった。

今になってユージは、前世における職場の課長に尊敬の念を飛ばすのだった。

 

(課長、あんたやっぱすげえや……)




ということで、”アークエンジェル”を仲間に加えて”マウス隊”の珍道中が始まりましたとさ。変態共2分の1が見つけたのは緑と灰のプロトアストレイですが、こいつらは今のところ、どうしてくれようか決めかねてます。GP04(ガーベラ・テトラ)みたいにしてもいいし、パーツだけ流用してもいいし、夢が膨らむなぁ。

あ、次回は皆さんお待ちかね、「ポセイドンデュエル」回にしようと思ってます。

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第27話「N or C?」

前回のあらすじ
ユージ君!まずは生活物資の分配を考えてくれ!その次は避難民への事情説明と物資の貯蔵量チェック、終わったらアストレイの調査報告をまとめて!ストライクのOS解析についても進展があるかもだから、変態のところに聞きに行ってくれ!あとそれから……。



思い返してみると、「目的達成のためにとにかく優秀な人材をかき集めた」って、まんま「機動戦艦ナデシコ」ですね。意識したことは無かったんですけど、なんかパクったみたいで恥ずかしい……。


2/1

”アークエンジェル” レストルーム

 

「つ、疲れた……」

 

「お、お疲れキラ……」

 

キラがベンチでうなだれている姿を見て、トールは苦笑いしながら労いの言葉を掛ける。無理も無い、作業の疲れだけでなく、奇妙なコミュニケーションを取らなければならないからだ。こうして友人達と一緒でいられる時間が、これほど癒やされるものだとは思ってもいなかった。

現在、”アークエンジェル”と”マウス隊”は地球連合軍の宇宙拠点『セフィロト』へと向かっていた。”マウス隊”の本拠地のような場所であると同時に、比較的、月のプトレマイオス基地よりも近い場所にあるからだ。まずはそこまで移動してから、次の計画を考えるらしい。

キラ達はなりゆき上ではあるが軍人となってしまい、そこにたどり着くまでは軍人として働かなければならない。もっとも、戦闘に関しては問題なかった。どういうわけかここに至るまで、まったく敵と遭遇しなかったからだ(ユージはZAFTが”マウス隊”の存在を警戒して、うかつに仕掛けられずにいると考えている)。比較的安全な航海の途上で、サイ達の仕事は艦橋でのオペレーター業が主だが、キラはMSデッキで、”ストライク”のパイロットを務めた人間としてデータ収集の手伝いなどをしていた。今は休憩中なのだが。

 

「なんなんだ、あの人達……。”ストライク”のOSについて聞きたいことがあるから来てくれってのはともかく、ストライクの各種武装についてどう思うとか、機体形状はどうとか、挙げ句の果てには好きなアニメはないかとか……。しかも全部答えないと解放してくれないし……」

 

「個性的な人達だったんだな……」

 

サイが言及したのはアキラとブロームのことであり、”ストライク”のOSを見た変態達は、案の定暴走した。

キラのくみ上げた、驚くほど緻密で難解、それでありながら現存するどのOSよりも出来ることが多いOSを見たアキラとブロームは、これでもかと言わんばかりにキラに質問を投げかけた。その勢いと熱量はキラが今まで経験したことがない類いのエネルギーであり、キラは辟易しながらそれをくぐり抜けてきたのだった。しかも、所々”ストライク”と関係のない質問まで混ざってくる。「少年!チェーンソーをぶん回してみたくないか!?」とか、「ほう、お前もナイトか。ならばこのぐらっトンソードを使わrよ」とか、キラには理解が出来ない次元の言葉を使ってくるのだ。特に、銀髪の方。最初はPDAを使って理性的に会話していたのに、段々熱が入ってきたかのように珍妙な言葉で話すようになった。

 

「本当に軍人なのかな、あの人達……」

 

「気持ちはわかるよ、キラ君」

 

「うわっ!?」

 

いつの間にか背後に立っていたユージに驚いてキラは飛び退くが、更に驚愕することになる。

 

「あの、大丈夫ですか?目とか、隈が酷いことになってますけど……」

 

「はっはっは、気にするな。ちょっと3徹したくらいだ、気にすることはない」

 

そう言いながらも足取りは覚束無く、不安を感じさせながら自販機に向かっていき、コーヒーを購入する。無糖・無乳のブラックを買うあたり、更に働くつもりなのだろう。

ミリアリアは不安に思い、声を掛けてしまう。

 

「あの、そんなにお仕事大変なんですか?」

 

「ん?ああ、それなりにな。ほら、こちらの不手際で生活物資が不足してしまっただろう?特に水の使用制限とかで苦労をかけてしまったりとかね。先ほども赤い髪のお嬢さんに文句を言われてしまったりもしたし、あとMSや各艦の稼働状況の報告、”ヘリオポリス”の調査報告書、本来の任務を放棄したことへの書類作成、今後の方針エトセトラ……」

 

淡々と話しながらコーヒーを飲み干し、2つ目の缶を開ける。素人目にもわかるが、このままだと彼は過労死してしまうのではないか?と思わせる疲労度だ。

 

「あの、コーヒーの飲み過ぎは良くないと思いますよ……?」

 

「大丈夫、コーヒー以外にも飲んでるさ。モ○スターエナジーとか」

 

ダメだこれ。とりあえず他の人、マリューでもムウでもいいからこの事を話しておかなければ。その場にいた全員がそう決意した。

カズイも内心で水を自由に使えないことに不満を抱えていたが、この有様を見てもユージに言えるほど鬼ではない。

 

「まったく、ただでさえやらなければいけない仕事が多いというのに、更に仕事を増やすようなことを……。いちいちナチュラルだコーディネイターだで対応を変えたりしていられるか、まったく……」

 

ドキリ、とした。

キラはここに至るまで、コーディネイターだという理由で面倒事に巻き込まれてきたのだ。16歳の少年は、コーディネイターであるかどうかという話題に過敏になっていた。

 

「えっと、それって……」

 

「いや、な。『一部の避難民』が、コーディネイターは1カ所にまとめておけとかなんとか言ってくるものだから、つい愚痴をこぼしてしまって。まったく、馬鹿馬鹿しい話だ」

 

「……」

 

軍人の意見だというなら、まだ理解できた。だが、ユージ曰くその意見は、元は自分達と同じ避難民から出てきたモノなのだという。

中立国であり、コーディネイターの受け入れもしているオーブでは、ほとんどコーディネイターに対する差別はない。だが、戦争に巻き込まれたことでコーディネイターへの悪感情を持ってしまった人もいるのだろう。

キラは悲しかった。戦争や差別が嫌で中立国であるオーブの”ヘリオポリス”に住んでいたはずなのに。つい1週間ほど前まで、皆そのようなモノとは無縁でいられたはずなのに。

戦争とは、穏やかだった人達も変えてしまうのだろうか?アスランが、やさしかった彼が、人を殺せるようになってしまうほどに……。

 

「元は同じ国、同じ場所で過ごしていた同胞だというのに、嘆かわしいと思わんかね?」

 

「……ムラマツ中佐は、違うんですか?」

 

そう、だからこそこの人間が風変わりに見えるのだ。キラが思わず問いかけてしまうくらいに。

ユージ・ムラマツ。”ヘリオポリス”崩壊後に救援に駆けつけてくれた部隊の隊長で、現在のこの艦隊で一番階級の高い人間。だが、敵であるはずのコーディネイター相手にも態度を変えることのない彼の姿は、奇異に捉えられる。

 

「んー……。まあ、休憩がてらに持論でも語るとしようかな。君たちは、この戦争が『何処と何処の戦争』だと思う?」

 

「何って、プラントと地球連合じゃないんですか?」

 

「正解だ、アーガイル君。じゃあ次の問題。地球に住む()()()()()()()()は何人でしょう?」

 

「え!?えーっと……」

 

「あ、俺知ってます。たしか、5億人でしたよね。……あれ?」

 

「惜しいな、ケーニヒ君。開戦前だったらそれで合っていた。現在の人数は凡そ3億3千万人ほど、およそこの1年ほどで3分の1が死亡している。ちなみに、プラントの人口はおよそ6千万人ほどらしい」

 

「それって……」

 

「『コーディネイター=プラント』の図式は成立しないよ。プラントにだって、第1世代コーディネイターの親であるナチュラルが住んでいるだろうしね。なのに、奴らはいかにも自分達がコーディネイターの代表であるかのように振る舞っている。それを多くの人が真に受けた結果、現在の反コーディネイター感情ないし反ナチュラル感情を生み出しているというわけだ」

 

「……」

 

キラ達は、何も言えなかった。

今までそこまで考えたことは無かったし、学ぶ機会も無かった。目を背けていた戦争に、そんな事情があったことなど。

 

「もちろん、地球側にも問題はある。”ブルーコスモス”、聞いたことくらいはあるだろう?」

 

「ええ、まぁ……」

 

「あれも、元々は地球環境の保全を目的として活動する、ありふれた組織だったはずだ。それがいまや、コーディネイター憎しで暴走している。コーディネイターもそれを見て、ブルーコスモスをナチュラルの代表であるかのように誤解する。お互いに悪いところばかり見ているから、憎み合うしかない。まぁ、戦争に至るにはもっと色々な理由があると思うがね」

 

また何も言えなくなってしまう。それが本当なら、人間とはどうしようもない生き物なのではないだろうか?争う必要のないことで争い、命を散らしていく。取り合える手をお互いに振り払う。

少なくとも今の自分達には、『人間はそんなものではない』と否定することは出来なかった。

 

「もしも私がおかしく見えるなら、それは私が、いや、私達がその枠から多少外れているからだろう」

 

()()、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

そこまで話したところで、一度ユージはコーヒーに口を付ける。

 

「『第08機械化試験部隊』には、4人に1人ほどの割合でコーディネイターが所属している」

 

「えぇ!?連合にコーディネイターですか!?」

 

カズイが驚きの声を挙げるが、それは全員にとって共通の驚きであった。

 

「そんなに驚くことでもない。連合にもコーディネイターはそれなりに所属している。たしか、5万人ほどだったかな?」

 

連合軍全体から見ればそれほどの数ではないのだろうが、けして少ないとは言えない数だ。キラ達の場合、この戦争は「ナチュラル対コーディネイター」だという先入観が存在していたため、なおさら意外に感じられる。

 

「まあ、戦争が始まってから増えたということもあるのだが……今はいいか。話を戻そうか。私はかつて、MAに乗って前線で戦う兵士だった。運良く生き延びてきたが、ある戦いで部下を失ってしまってね……」

 

かつての記憶を語るのが辛いのか、暗い影を落とす。この軍人にも、そういう失敗の歴史があったらしい。

 

「どうにかしてMSを連合でも、と思ったんだが……。知っていると思うが、当時の連合ではMSの技術なんて無いに等しかった。特にOSだ。コーディネイター用に調整されたOSは複雑過ぎて、ナチュラルに扱えるものではなかった。そのことを理解した私は、上司であり、唯一MSの研究に積極的だったハルバートン提督に直訴しにいった。そしたら、OS開発のための部隊の隊長に任命されてね。それが、『第08機械化試験部隊』、“マウス隊”の始まりだ」

 

「そんなことが……」

 

「ナチュラルに使えるOSを開発する必要がある、だが、作ろうと思って簡単に作れる代物ではない。ハルバートン提督はOSを開発するために、あらゆる部署から優秀な人材を集めた。人種・性別・性格を問わずに。キラ君、あんなアホ共でも連合でトップクラスに優秀な人材なんだ。性格に難がなければ”マウス隊”ではなく、本部の快適なオフィスで仕事が出来るくらいにはね」

 

「あの人達が、ですか?」

 

たしかに思い返してみれば、彼らの質問内容は非常に高レベルなものだった。ただ、テンションが異常だっただけで。

 

「ああ。ちなみにあの二人、うるさい方はナチュラルで、言語がおかしいやつはコーディネーターだ。お互いに仲は良いがね……つまり、なりふり構って居られなかったんだよ。目的を達成するために、とにかく人材をかき集めた。その結果、比較的コーディネイターの割合が大きくなっただけさ」

 

「問題は、起きなかったんですか?」

 

「起きたとも。だが、共に同じ仕事をしていたり食事でも採っていれば、お互いを知っていける。そうして、今の”マウス隊”があるというわけだ。キラ君。”マウス隊”の隊員に会ったら、『自分はコーディネイターだ』と試しに言ってみるといい。『だから何?』としか言われん。……そろそろ時間だな」

 

ユージはベンチから立ち上がった。また、仕事に向かうのだろう。先ほどよりはしっかりとした足取りだが、本当に大丈夫だろうか?

 

「つまり、だ。ナチュラルだコーディネイターだとかで争うのは馬鹿馬鹿しい、ということだよ。もちろん、これは私の意見であって、他にも様々な意見がある。もっと知りたいというなら、他の人にも聞いてみるといい」

 

ああ、そうそう。ユージはそういって、キラに向き直る。

 

「キラ君。時間があったら、アイクやカシンと話してみるといい。彼らもコーディネイターだからね」

 

「───え?」

 

最後に『爆弾』を残して、ユージは去っていった。

彼らもコーディネイター?自分と同じ?

どうともし難い空気がその場を支配し、いつの間にか全員、それぞれの持ち場に戻っていった───キラを除いて。彼はしばらく、立ち尽くした。

 

「あの人達も、コーディネイター……」

 

だとしたら。

なぜ彼らは、連合で戦っているのだろうか。

同じコーディネイターと、殺し合っているのだろうか。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” MSデッキ

 

「え?連合で戦う理由?」

 

悩んだ末にキラは、直接問いかけることにした。ちょうどPCで作業していた彼女を見つけ、声を掛ける。

カシン・リー。ヘリオポリスに戻ってきた時に、”アークエンジェル”と合流した別働隊にいた女性パイロット。セシルのような女性がパイロットをしていることも驚いたが、カシンはセシルよりも物静かな雰囲気を漂わせているだけに、衝撃はセシルよりも大きかった。しかし、これでも『機人婦好』と呼ばれる連合のトップエースの一人であるとコジローから聞いた。世の中、見た目では判断できないということだろう。

初めて会った時は端正な顔立ちが浮かべる微笑みにドキリとしたが、今は別の理由でドキドキしていた。

 

「はい。……コーディネイター、なのに」

 

困ったように苦笑すると、PCを閉じてキラに向き直る。

 

「ひょっとして、何か嫌な思いをしたの?コーディネイターだってことで」

 

「……はい」

 

「わかるよ。私も、同じような経験があるから」

 

やはり、この女性も『コーディネイターだから』という理由で差別を受けたことがあるのだ。だが、それでも戦い続けている。

 

「じゃあ、どうして?戦わなければいけない理由でも、あるんですか?」

 

「……うん、あるよ」

 

周りを見渡した後に俯いたカシンは、小さく話し始める。

 

「私ね、家族を人質に取られてるの」

 

「え……!?」

 

「お前は高い能力があるから、コーディネイターだからって。ここだけの話だよ?」

 

どうりで、周りを見渡した後に話し始めたわけだ。こんなことを聞かれたら、どう飛び火するかわかったものではない。

 

「幸い、入隊直後の上司は優しい人でね。できるだけ前線から離れた場所に配属してくれたの。”マウス隊”にいるのも、テストパイロットなら実戦に出る機会は少ないだろうって。まぁ結局実戦に出て、いつの間にか異名で呼ばれるようになってるけど」

 

「そんな……じゃあ、無理矢理に戦わせられてるってことじゃないですか!?」

 

「そうだね……」

 

和らいでいた連合軍の印象が、再び拒絶的なものに変わっていく。

この数日で2・3回しか話したことは無いが、それでもこの女性が進んで戦うような人間ではないことはわかる。だのに、無理矢理にこの女性を戦わせるなど、それは外道の所業ではないか。

そんな組織を信じられるものか。

 

「始まりは、最悪だった。なんで戦わなければいけないのかって。人質を取られたりしなかったら、たぶん今こうして軍艦に乗ることもなかったと思う。……でも」

 

「でも?」

 

「私は、戦うよ。たとえ家族が解放されて、戦わなくても良くなっても」

 

それを聞いたキラは、大きな衝撃を受けた。

この女性は、自分の意思で戦うと言ったのだ。たとえ義務でなくとも、ZAFTと。

 

「なんで、ですか。殺し合うんですよ?同じ、コーディネイターと……」

 

「殺したいってわけじゃない。憎んでいるわけでもない。戦わなければいけないってわけでもない。ねぇ、キラ君。私の知り合いに、レナ・イメリアって人が居るんです。その人は最初、私をコーディネイターだって理由で敵視していたの」

 

「……」

 

黙って話を聞くキラ。

この女性は、自分に何を伝えようとしているのだろうか?

 

「”マウス隊”だって今では皆仲良しだけど、最初はそうでもなかった。でも、皆で同じ任務に取り組む内にそういう(わだかま)りは無くなっていった。ナチュラルでも使えるOSが完成した時は、皆でお祝いしたの。ほら」

 

そういって、携帯端末を見せてくるカシン。のぞき込むと、色々な写真が表示されている。

そこに映っている全員が、笑顔だった。ハンバーガーを頬張る黒人男性、勝ち気そうな女性、ボトルを片手にアイザックと肩を組む壮年の男……。果てには、自分よりも年下に見える少女の姿も見える。この少女も、”マウス隊”の一員なのだろうか?

 

「本当に楽しかった。だけど、終わってからこう思ったの。戦争なんてなければって。戦争なんか関係ないことでお祝いしたかったって」

 

「カシンさん……」

 

「だから決めたの、戦うって。戦いを終わらせて、皆と一緒にお祝いしたい。皆と一緒に笑い合いたい。だから、私は皆を守るために、そして戦争を終わらせるために戦う。人が人を殺すなんて許されない行いだけど、何もしなかったら何も変わらないから。皆と笑顔でいられる世界は、ただ待ってるだけでは訪れないから」

 

それを聞いたキラは、納得する。

ああ、この人は強いんだ。腕力とかMSを動かす能力とかではなく、『心』が。

おそらくこの女性は、戦って人を殺す度に心を痛めている。

それでも、受け止めている。痛みを受け止めて、罪を背負って、それでも手に入れたいモノ(未来)があるから、戦える。

 

「キラ君。君が戦ったのはなんで?」

 

「え?」

 

「君も、戦った。言いたくは無いし聞きたくないだろうけど、人を殺した。それでもあなたは、4回も戦ったんでしょう。それはなんで?」

 

「……僕しか、戦えなかったから、です。僕が戦わないと、皆が……」

 

「それだって、立派だよ」

 

カシンはキラと目を合わせる。改めて、綺麗な目だ、と思う。

 

「戦うっていうのは、覚悟が必要なんだよ。それも、人を殺すような戦いは特にね。怖くて、恐ろしくて、それでも剣を取ることができたあなたはすごいと思う。力が有るからじゃない、誰かの命を背負えたあなたの『勇気』を認めているだけ。それだけなんだよ」

 

「───っ!やめてください!僕は、僕は……うぅっ!」

 

「あっ……」

 

キラは、その場から逃げるように走り去った。いや、実際に逃げたのだ。彼女の『瞳』から。

 

(そんなものじゃ、ない。そんな立派なものなんかじゃない!僕は、あなた達のようには……)

 

これ以上、彼女と話していることに耐えられなかった。今まで『戦争』から逃げて生きていたキラには、彼女の覚悟を直視出来なかった。

そうだ、自分は何も受け止めていなかった。あの時打ち抜いた”ジン”の中に、命があったことも、親友にビームライフルを向けたことも。覚悟などせずに人を殺していたのだ、自分は。仕方ないのだと、守るためだと目を背けていたのだ!

誰かに認められるようなことなど、自分は……。

 

 

 

 

 

16歳の少年が現実を直視するには、時間が必要だった。自分のやったことを振り返り、受け止めるための時間が。

だが、世界が彼に余暇を与えることは無い。

『それ』は、世界を正しい筋書きへと戻そうとするかのように、着実に近づいていた。

水の量は残り3日分。ユージ達士官が、デブリ帯の中から水を得ることを決めたのは、キラとカシンの会話の翌日のことだった。

『歌姫』との邂逅は、まもなく。




お待たせしました!続きです!
いやー、原作キャラ視点でも描写って疲れます。オリキャラだったら自分で好きに描写出来るんですけど……。

それと、活動報告での「機体・武装案リクエスト」の募集を打ち切りました。
リクエストの数、ざっと見て40超!メッセージ数はもっとあったのですが、補足メッセージもあったので40超としました。暇だったら数えてみてください(丸投げ)。
全てを出せるかどうかわかりませんし、いくつかは内容が重複しているようなアイデアも見られました。ですが、皆さんの熱意がこもった最高のアイデアがたくさん来て嬉しいです!全部を出すとは確言しませんが、集まったアイデアの中から採用した場合は必ず提案者様のペンネームを載せたいと思います!
本当に、ありがとうございました!好評だったら、またいつか第2回を開催したいと思います!

次回は皆さんご存じ(?)デブリ帯での水ゲット回です。
ネタバレすると、『桃色髪の歌姫』は最初から登場させるつもりでした。ただ、どんな形で登場させようか、活躍させようか悩んだ結果、とりあえず原作通りに出しちゃえ、となったわけです。
賛否両論の多い彼女ですが、この世界ではどのように行動するのでしょうか?
悩めるキラ君の、心の行方は?
そしてユージは過労死するのか、しないのか?
次回に続きます。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第28話「Can't Escape」

前回のあらすじ
カシン「君は頑張った。それでいいじゃない」




2/3

デブリ帯 ”アークエンジェル” 艦橋

 

「襲撃から逃げ延びた先はデブリ帯、そこに残された氷を手に入れる……やはり、気分の良いものではないわね」

 

「仕方ありません。そうしなければ、我々は明日の命も危ういのですから。それに発案こそムラマツ中佐ですが、あなたも賛同したではありませんか」

 

「……ええ、わかっているわ」

 

やはり私は彼女、ナタル・バジルールに嫌われているのだろうか?マリュー・ラミアスは心の中でそうぼやく。もちろん、おくびにも出さないが。

現在彼女達は、地球周辺にを取り囲むように存在するデブリ帯、そこで発見された大量の氷を利用するためにその場所に滞在していた。デブリ帯には破壊された宇宙船の残骸などがある程度まとまって漂っているため、その残骸の中に水が存在することがあるのだ。現在は、MS隊を護衛に付けた船外作業用MA“ミストラル”が、氷の回収作業を(おこな)っている。一応”ミストラル”1機につきMSを1機は護衛に充てられたため、安全面は心配ないだろう。ちなみに本来はナタルも同行する筈だったが、その代わりにジョンが現場責任者として同行している。

たしかに、マリューはこの作業を実行することに賛同した。だが、他に水を補給する方法があったなら、そう思わずにはいられない。どう言いつくろっても、この行為は墓荒らし以外の何でもないのだから。

”ヘリオポリス”からここまで”アークエンジェル”の作業を手伝ってくれている学生達には「生きるために、少しだけ分けてもらう」と言ったが、本当はそうやって自分を納得させたかっただけなのかもしれない。

 

「それにしても、ムラマツ中佐は大丈夫かしら?」

 

「中佐の休息開始から6時間が経過しています。予定ではあと3時間弱で復帰するはずですが……」

 

そう、実はユージはこの場どころか”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋にもおらず、現在は”ヴァスコ・ダ・ガマ”の自室で休息を採っていた。

学生達から「中佐がやばい」と聞いた時には何事かと思ったが、なるほど考えてみればここ1週間ほど彼がゆっくり休む暇など無く、むしろハードワーク続きだったように思える。部隊の最高責任者が離れるというのは少し不安だが、それでユージを倒れさせても仕方ない。そう考えた士官達はユージに半日の休息を採るように上申したのだ。最初はユージも「この非常事態に休んでなどいられない」として働こうとしたが、士官達(主に”マウス隊”)の嘆願により、妥協して9時間の休息を採ることを決めたのだった。

 

「何から何までイレギュラーな事態の連続だったとはいえ、中佐の負担を考慮することが出来ませんでした」

 

「それは私も一緒よ、バジルール少尉。私達は、中佐に頼りすぎてしまった。『セフィロト』まであとどれくらい掛かるかはわからないけど、これからは気を付けていきましょう」

 

「はい」

 

「艦長!あれは……」

 

操舵手を務めるノイマンの声を聞いて、艦の正面方向に目を向ける。

 

「あれは、まさか……」

 

「”ユ二ウス・セブン”……」

 

彼女達の視界に映ったのは、巨大な構造物。かつて人工の海だった場所には、減圧で沸騰したままの状態で凍り付いた莫大な氷の塊が存在し、その氷の塊に囲まれる人工の大地には、農業用と思われる施設の残骸が形を保ったままで佇んでいる。

”ユ二ウス・セブン”。かつてプラントが作り上げた農業用コロニーであり、そして『血のバレンタイン』という悲劇が起こった場所。

地球連合軍の罪の証明が、かつての形を保った状態で存在していた。

 

 

 

 

 

「僕は、どうしてこんなところにいるんだろう……」

 

キラは”ストライク”のコクピットで、そう呟いた。無論、『こんなところ』とはMSのコクピットのことではなく、デブリ帯の中を漂う”ユ二ウス・セブン”のことである。

先ほど”ユニウス・セブン”を発見、探索した後に一度帰投した彼らは、マリュー達から”ユニウス・セブン”で水を補給する旨を聞かされている。当然、学生達の中では猛反発が起きた。

あの場所で何が起きたのか、この世界では知らない人間の方が圧倒的に少ない。あの場所で、”血のバレンタイン”が起きたのだ。そして、それが戦争の引き金となった。

特にキラの場合、親友のアスランの母親が死んだ場所であることもあり、その場所を荒らすような行いは到底認められるものではない。

それなのに、自分はこの場所でMSに乗って、水を補給する手伝いをしている。自分だけではなく、友人達も”ミストラル”に乗って作業を手伝っている。

正直、自分達が手伝う必要なんて無かったと思う。”アークエンジェル”にはその程度の人員は揃っているのだから。それでも手伝っているのは、やはり彼らの影響なのだろうか。

 

『今回は、僕たちだけで作業を行うべきだと思います』

 

『何を言うのですか、ヒューイ中尉。動かせる人員を持て余すほどの余裕など無いのは、あなたも』

 

『いや、アイクの言うとおりだバジルール少尉。……こういう作業こそ軍人の仕事だろう。彼らはあくまで、正規の軍人ではないのだから』

 

『中佐、しかし……』

 

話し合いの中で、休息から復帰したユージを始めとした”マウス隊”の面々からは『正規の軍人だけで作業するべき』という意見が出ていた。この作業に心理的抵抗を抱えるだろう人間は多いだろうから、せめて正規の軍人だけで行うべきだ、と。それにマリューら”アークエンジェル”クルーもナタルを除き同意したことで、キラ達からは作業への参加義務が無くなっていた。

それでも、自分達はここにいる。自分達の意思で。

たぶん、嫌だったのだろう。嫌なことを”マウス隊”に押しつけるだけで、何も行動しないことが。普段は明るい彼らでさえ、この作業に苦い顔を浮かべていたのだ。発案したムラマツも、本当はこのようなことはしたくなかったに違いない。

 

『あの、やります。僕も』

 

『キラ君、別に気にしなくていい。誰だってやりたくない仕事というのはあって、今回それをやらなければいけないのが我々だということなんだ。君は……』

 

『お、俺もやります!』

 

『私も、やります』

 

『君たち……』

 

だから、参加意思を表明したのだ。出来るのに、必要なことなのにやらないということが嫌だったから。

しかし、キラ達は気付いていなかった。それが、『他の人がやるなら自分も』という、無意識が決断させたものだということを。

そしてキラは、後悔することになる。こうして作業を手伝うことになり、”ストライク”にまた乗りこんだことを。

順調に作業が進み、これで水が足りなくなる心配はなくなったと安心した時。キラはコクピットに響いた警戒音を聞いた。

モニターを見てみると、そこにはMSの存在を知らせる表示が出ている。

しかしそれは、味方ではなかった。

 

「”強行偵察型ジン”……!?なんでこんなところに!」

 

キラはデブリの陰に隠れながら、ターゲットスコープを起動して密かに”強行偵察型ジン”をロックオンする。

しかし、キラがトリガーに掛けた指は微かに震えている。キラの呼吸は、どんどん荒くなっていく。

───撃てるのか、自分に?あの中にも、人間が乗っているというのに。ひょっとしたら、自分やアスランと同じ年頃の少年が乗っているのかもしれない。それを、撃てるのか?

キラは初めて、カシンを恨んだ。彼女との会話で、そのことを認識してしまった故に。人殺しをしたということ、そして今から、また人を殺すかもしれないということを。

 

「行ってくれ……どこかに行ってくれ……!」

 

どうしてこのような場所にいるのかはわからないが、見つからなければそれでいい。早くこの場から去ってくれ。そうすれば、戦わなくても済む。

キラの祈りが通じたのか、”ジン”はその場を離れ、デブリ帯の外へと向かっていく。幸い、そちらは友軍の作業範囲からも外れている。キラは危機が去ろうとしていることに安堵し、トリガーから指を離す。

その時だった。“ジン”の横合いから、銃撃が放たれたのは。

 

「───っ!そんな、なんで!」

 

モニターを調整すると、”デュエル”や”バスター”ではない、たしか”テスター”といったか?がライフルを撃っているのがわかる。

キラは強く(いきどお)る。なんで、どうして。

 

「そのままいかせてやらないんだ!」

 

 

 

 

 

時は少しばかり戻る。

 

「うっひゃあ……なんか、そういう雰囲気出てるなぁ……」

 

新兵3人組の紅一点、ヒルデガルダ・ミスティルは忙しなくコクピット内を見渡した。

彼女達も、”ミストラル”の護衛として”テスター”に乗って出撃していた。いつもは大抵、マイケルやベントと3人で行動していたし、今回のイレギュラーな逃避行でもアイザック達”マウス隊”がいてくれたこともあり、基本的に戦えるのが自分だけということはなかった。

だが、今この場で戦えるのは自分しかいないのだ。もし敵と遭遇しても、助けにきてくれるまで時間があるだろう。

その上、水を補給しようという場所が場所だ。まさか、遠征訓練任務から一転して墓荒らしをすることになるとは思っていなかった。

 

「水はあまり使えなくなっちゃうし……あーもー、早く基地でシャワー浴びたーい」

 

ぼやくヒルデガルダだったが、これは彼女なりの平静の保ち方でもあった。実戦経験のない彼女が無音状態に耐えるために、無意識にそういう行動をしているのだ。

彼女の明るく振る舞ったかのような独り言は空しくコクピットに響くばかりであったが、その甲斐もあってか彼女が護衛する”ミストラル”の作業は順調に進み、彼女も特に見逃しなどとは無縁に護衛をこなせていた。

そう、見逃すことはなかった。

 

「んぅ……?」

 

ふと彼女は、モニターが映し出す宇宙空間に違和感を覚えた。

なにか、デブリ帯の中を横切った、ような───?

 

「まさか、ね?」

 

こんな場所にいるのなど、味方だ。そうに決まっている。まさか、ZAFTがこんなところにいるわけがない。

客観的にこのヒルデガルダの思考を見れば、愚かな楽観的思考と評するのは簡単だ。だが、1人でいきなり実戦を経験するという、最悪の事態を想像することによる恐怖から彼女の精神を守ることにはつながっている、かもしれない。

そう思いながらも、ヒルデガルダは”ミストラル”側に、『変なものがモニターに映った』と言ってからその場から少しだけ離れた。もちろん、護衛対象である”ミストラル”が物陰に隠れたのを確認してからである。

 

「護衛対象から離れたなんて知ったら、教官に怒られるだろうなぁ……。いやいや、違うんですよ?ひょっとしたら危ないものが近くにあるかもしれないし、状況を早期に把握するためっていうか」

 

誰に言い訳しているのか、そのようなことを呟きながら『何か』が見えた方向へ進んでいく。盾を構えるのは忘れない。

破壊された”ドレイク”級の残骸を壁にして、密かに様子を探る。”テスター”の頭部が動き、右、左、とゆっくり周辺を見渡す。

果たしてそこに、『敵』はいた。訓練学校で散々その造形を頭にたたき込まされた、”ジン”だ。装備から察するに、強行偵察型と呼ばれる類いの機体に間違いない。

 

「偵察型……それじゃあ」

 

ヒルデガルダはこの時、深読みをしてしまった。

この敵は自分達を探しに来たのだ、自分達の位置を知って攻撃するためにここにいるのだ、と。必然、操縦桿を握る手に力が入る。

 

「……まだ、気付かれてないよね」

 

ヒルデガルダは決意した。今この場で、自分が敵を倒すことを。

下手に通信すれば、気付かれる。かといってこの場から去って味方と合流しようとすれば、敵の姿を見失う可能性もある。

今が、チャンスなのだ。”テスター”にライフルを構えさせる。

その時、”ジン”が振り返る。

別にそれはヒルデガルダを見つけたというわけではなく、別の場所に向かおうというだけであった。事実、ヒルデガルダの方を向いたのは一瞬で、別方向に向かおうとする”ジン”。

 

「ひっ……こ、このぉ!」

 

だが、ヒルデガルダはそれを『気付かれた』と勘違いし、トリガーを引いてしまった。

補足が不十分なまま放たれた射撃は”ジン”に命中することなく通り過ぎ、当然”ジン”はこちらに気付く。

 

「あっ、やば!?」

 

有利だった状況から、一転窮地に立たされるヒルデガルダ。

残念ながら、今の彼女にこの状況を一人で切り抜けられるだけの能力は無かった。

そう、()()()()

 

 

 

 

 

「くそっ、このままじゃ……!」

 

”ジン”がその手に持ったスナイパーライフルを”テスター”に向けて発射するのを見ながら、キラは一度離したトリガーに指をかけ直す。しかし、引こうとしたタイミングで指が動きを止める。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

撃つ。撃たねば。───撃たねば。だが、指は一向に動いてくれない。

本来の歴史であれば引けた筈の引き金だが、”ジン”と戦っているのが”テスター”という戦える存在であり、それなりに抵抗できるということが引き金を鈍くしていた。

───このまま、あの”テスター”がなんとかしてくれるのではないか。そうであれば、自分が撃たなくて済む。

あろうことか、自分は『人を殺す』ことを誰かに押しつけようとしているのだ。そんな自分勝手な感情が存在したことに気付き、キラは愕然とする。

 

「僕は、僕は今……あぁっ!」

 

キラが自分の中の醜い感情に動揺していると、事態が変化する。

”ジン”の放った弾丸が、”テスター”の右足に当たったのだ。”テスター”はそのままバランスを崩し、満足に動けなくなる。

あのままでは、いずれやられてしまう。でも、撃ちたくなんかない。

キラは動揺しながら、“ストライク”を加速させて、”ジン”にぶつける。現実と理想の板挟みにあった末の苦し紛れではあったが、結果としては”テスター”を救う行動にもなったため、最善と言えば最善なのだろう。

 

<ぐあぁっ、なんだこいつ……!>

 

「通信!?なんで!?」

 

キラの耳に誰かの声が響く。

自分は通信機能を操作などしていない。なのになぜ、通信回線が開いているのだろうか?

この時点のキラは知らないことであったが、”ストライク”に限らずMSには標準的に接触回線接続という通信機能が搭載されている。Nジャマーによって通信機能が正常に機能しない可能性が高いこの世界では、確実性の高い通信方法なのだが、不意に敵MSとも回線がつながってしまう可能性も秘めていた。現在の状態は、そういった理由から引き起こされた、言うなれば『事故』だ。

キラはここで閃いた。今ここでこの”ジン”を投降させてしまえば、撃たなくて済むのではないか、と。こちらは高性能かつ実弾を無効化するPS装甲とビーム兵器を備えた”ストライク”なのだ。むこうも、敵わないと知れば戦いをやめるだろう。

 

「こちら、地球連合軍の”ストライク”です!こちらには実弾を無効化するPS装甲とビーム兵器があります!勝ち目はありません、降伏を!」

 

言いながら、ビームライフルを付近のデブリに向けて発射する。放たれたビームはデブリを砕いた。これで、少なくともビームのことはハッタリではないと証明できただろう。

 

<せ、先輩!ビームです!>

 

<騒ぐなバカ!こんなことをして、俺達が投降すると思ったかナチュラル!>

 

”ジン”との通信からは2人分の声が聞こえてくるが、データには複座型と記載されているので、おかしいことではない。しかし、問題はそんなことでは無い。

”ジン”はスナイパーライフルを”ストライク”に向けて弾丸を発射するが、PS装甲にその全てが弾かれる。

 

「やめてください!死にたいんですか!?今度は、撃ちますよ!」

 

そういってキラはライフルを相手に向けるが、実際のところ撃つつもりなど無かった。

例えば強盗が銃を突きつけてきて、手を挙げない人間がいるだろうか?それに、こちらにはPS装甲もあるのだ。このような行いは、自ら死ににくるようなものだ。

 

<ダメです、効いてません!やっぱり、PS装甲ですよ!>

 

<くそ、まさか『カオシュンの悪魔』の同型か!?>

 

「わかったでしょう!?抵抗は無意味です、投降を!」

 

キラは再度、投降を促す。勝ち目の無い戦いなど意味がない、この時点でキラはそう考えていた。

 

<黙れ!そんな罠にかかるものか、どうせ投降しても殺すんだろう!>

 

「そんなこと、しません!」

 

必死に説得を試みるキラだが、相手は耳を貸そうとしない。

 

「なんで、なんで……。そんなに戦争がしたいんですか!」

 

キラは頑固な敵に苛立ち、そう返してしまう。

そしてそれが、決定打となった。

 

<ほざいたな!元は貴様らが戦争を仕掛けてきたのだろうが!その結果が、この”ユニウス・セブン”!貴様らが奪った命だ!>

 

「そ、それは!」

 

<そ、そうだ!お前達が父さんと母さんを殺したぁ!>

 

「で、でも!このまま戦っても死ぬだけです!意味なんてない!」

 

<貴様らはいつもそうだ!無駄だ、意味が無い、と!そう言って、我らの未来を踏みにじってきたのだ!我々は屈しない!>

 

<そうだ、無駄なものか!ここでお前を倒すんだ!そうすれば、同胞達の命は奪われない!>

 

その叫びは、もはや何かを聞き入れる余地などない『怒り』を含んでいた。

キラの軽挙な試みは失敗に終わった。もう、打つ手はない。そして見逃すことも出来ない。

このまま逃がしては、敵の本隊に居場所がバレてしまい、またも”アークエンジェル”を危険にさらすことになるだろう。それは、最悪の中の最悪だった。

”ジン”はこちらにライフルを撃ちながら突進してくる。キラは牽制にビームライフルを放つが、怯む様子はない。

 

「もう、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

キラの叫びも空しく、牽制弾の内一つが”ジン”の脇腹に命中する。通信の先から爆発音が聞こえてくる。おそらく、内部機器に異常が発生し、爆発を引き起こしたのだろう。

 

<ぐびぇっ>

 

<せ、せん、ぱい……>

 

最初、その音が何の音なのかがわからなかった。だが、先ほどの威勢の良い声が聞こえなくなったことから、キラは理解してしまった。

あれは、人が死んだ時の音だ。

キラの想像は正しく、爆発した機器の破片が男の首に突き刺さり、男の命を奪っていた。後部座席に座っていた男にはそれがわからなかったが、それでも理解した。

目の前のこのMSが、先輩を殺したのだと。

 

<こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!>

 

「うわっ!」

 

生き残った男は呆然として動かない”ストライク”に突進する。回避出来なかったキラに、強い衝撃が襲いかかる。”ジン”はそのまま”ストライク”にしがみつく。

 

<……先輩の、仇……!>

 

「あ、ああ」

 

<俺が……俺が皆を>

 

キラは聞いてしまった。生涯に渡って彼を苦しめる言葉を。

それは、『呪い』と呼ばれるもの以外の何でもなく。

 

 

 

<俺が皆を、守るんだ!>

 

 

 

その言葉の数瞬後、”ジン”は突如爆発する。

キラは自分が攻撃したからかと思ったが、そうではないことを理解した。この爆発の仕方は、見覚えがあった。───自爆したのだ。”ヘリオポリス”での初戦のように。

”アークエンジェル”からの通信が届くが、キラは無言で通信回線を切り、ヘルメットを外す。その顔には、多量の汗が浮かんでいた。

 

「僕は……。はぁ、はぁ、はぁ……」

 

この戦闘が始まる前に、自分達は折り紙の花を作り、”ユ二ウス・セブン”への哀悼を示した。

だが、なんだこの有様は?戦争を悲しみ、人を撃つことを愚かといいながらも、自分は今、何を以て事態を解決した?

銃を撃って、解決したではないか。自分で自分の祈りを踏みにじったではないか。自分には、祈ることなど許されなかったのだ。

それだけではない。”ジン”のパイロットの、最後の言葉。『俺が皆を守る』。声を思い返すと、自分とあまり年の変わらないくらいの声だったと思う。

自分は、仕方なく巻き込まれたのだと思っていた。戦争なんて、一部のバカな大人がやるものなのだと。だけど、違っていた。

誰だって、子供だって銃を取れる。大切なものを守るためになら、手に取った銃を撃てるのだ。人によっては、先ほどの彼のように命を捨てることもできるだろう。

結局、自分は特別でもなんでもなかった。『友達を守る』ために剣を振るし、自分の命を守るために銃を撃つ。キラは今、当たり前のことを認識した。

───自分も、戦争をしているのだ。誰かを守るために、人を殺している。自分と同じ、『誰かを守る』ために戦う人間を殺して、今、生きている。

カシンは自分のことを『勇気がある』と言ったが、やはりそんなことはなかった。

自分は、『それ以外に無いから』と仕方なく人を殺すような人間なのだ。そして、その罪を受け止められないでいる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

悲しみと怒り、様々な感情を乗せて、キラは叫ぶ。

それ以外に、どうしたらよいのかを知らなかった。

 

 

 

 

 

この後彼は、一つの救命ポッドを回収することになる。

それが彼にもたらすのは、何なのだろうか。救いか、更なる悲しみか。

だが、あえて一つ言えることがあるなら。それは必然だったのだ。

キラ・ヤマトがキラ・ヤマト(主人公)である限り。その場を漂う救命ポッドを、その中の人間を助けようと考えるのは。

かくして、『ネズミ』は『歌姫』と出会う。




作者「アルテミスの経験が無いから、キラの葛藤が薄くなるのでは……。
せや!敵兵と通信つなげて今際の際の言葉を聞かせたろ!」

次回は、ついにユージ達と『歌姫』の出会い、キラとセシルの対話編を描く予定です。果たして、元引きこもりと主人公の対話は何を生み出すのか?
そして原作外、要は主人公達ではなく、地上での大規模戦とかが見たいな、というそこのあなた!
……第2次ビクトリア攻防戦(劇中で2/13)が、あるじゃろ?そこで色々放出する予定だから、少々お待ちを!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第29話「一人の少年、一人の少女」

前回のあらすじ
キラ「KP、ZAFT兵に説得(30)でダイス振りたいです」
→ダイスロール結果(99)ファンブル
キラ「あっ」



藤原啓治さんのご冥福を、心よりお祈りしております。


2/3

”アークエンジェル” 格納庫

 

「つくづく君は、落とし物を拾うのが好きなようだな」

 

またしても救命ポッドを回収してきたキラはナタルの諦め混じりの声を聞かされるが、キラはそれに対して、何かを言い返そうとは思わなかった。

たしかに物資は有限であり、そんな中で更に面倒事を抱えるようなことをしたのだから嫌みの一つも言いたくはなるのだろう。キラとてそれくらいはわかる。

だが、キラにとって救命ポッドを拾わないという選択肢はなかった。殺すだけ殺した挙げ句、無力な救命ポッドを無視するなんてことをしたら、『自分』が壊れてしまうのではないか、という思いを抱えていたからだ。

マリューら”アークエンジェル”組はまたか、というあきれ顔でその光景を眺めていたが、後から合流した”マウス隊”の面々には、いったいどういう状況なのかがわかっていない様子だ。

 

「電子ロック解除、いつでも開きますぜ」

 

マードックの声を聞き、警備員達が銃を構える。

たしかに見た目は救命ポッドだが、中には”アークエンジェル”を中から破壊するための特殊部隊員が、なんてこともあり得る。しかし中に誰がいるのかを知っているユージだけは、他の人間とは違う意味での緊張を抱えていた。

ポッドのハッチが静かに開く。しかし、中から飛び出してきたのは特殊部隊などではなく、ピンク色の球体だった。

 

<ハロ、ハロ……>

 

突如現れた謎の物体に、警備員達もあっけにとられて銃を下ろす。キラはそれを見て、おそらくペットロボットか何かだと推測する。まるで生きているかのように跳ね回るが、よく観察すると一定のパターンの元に動き回っていることがわかる。手のひらサイズでありながら、中々のクオリティだ。

 

「ありがとう、ご苦労様です」

 

誰もがそのピンクの球体に目を取られていた故に、ハッチの中から聞こえるたおやかな声に驚く。

そこから現れたのは、桃色の髪の少女。長いスカートと髪をなびかせながら出てきた少女は、慣性のままに飛んでいってしまいそうになる。

 

「あら……あらあら?」

 

その様子を見たキラは我に返り、その手をつかみ取る。

細く、柔らかな手だと思った。

 

「ありがとう」

 

少女が向ける微笑みから、キラは顔を背ける。その顔は、わずかに赤みがかっていた。

ふと、少女が不思議そうな表情を見せる。

 

「あら?」

 

少女は、キラの制服を見て不思議がっているようだ。そして辺りを見渡した少女は、周りにいる人物達が、キラと同じような服装を纏っていることにも気付く。

 

「あらあら?」

 

そこでようやく、少女は理解したようだ。ここが、自分の想像していた場所ではないことを。

 

「まあ……これは、ZAFTの船ではありませんのね?」

 

一拍置いて、ナタルがため息をつく音が格納庫内に微かに響く。

その光景を、ユージは目を細めて眺めていた。

 

 

 

 

 

「おい、押すなよ」

 

「なんか聞こえるか?」

 

現在、士官室の前には人だかりが出来上がっていた。その中にはキラも混ざっており、扉に近い人間は聞き耳を立てている。

ここに集まった全員が、部屋の中で行われている話の内容に興味津々だった。

不意にドアが開き、ドアに詰め寄っていた者達は部屋の中に倒れ込む。

キラが顔を上げた先には、あきれ顔のユージ、マリュー、ムウ。驚いた様子の少女とアイザック、カシン。

そして、凍り付くような視線を向けてくるナタルの姿があった。

 

「お前達はまだ積み込み作業が残っているだろう!さっさと作業に戻れ!」

 

一目散にその場から離れていくキラ達。キラは最後に、こちらに向かって手を振る少女を見て、顔を赤くする。

ドアが閉まると、会話が再開する。

 

「失礼しました、それであなたは───」

 

「わたくしはラクス・クラインですわ。こちらは、お友達のハロです」

 

<ハロ・ハロ・ラクス>

 

それを聞いたムウはがっくり頭を抱え、アイザックとカシンは驚きで目を見開く。

無理も無い。『クライン』。それは、現在の世界で大きな意味を持つ名だったからだ。

 

「クラインねえ……。たしか、プラント現最高評議会議長どのも、たしかシーゲル・クラインといったが……」

 

「まあ、シーゲル・クラインは父ですわ。ご存じですの?」

 

確定だ。彼女は間違いなく、現在連合軍が戦っている勢力のトップ、にあたる人物、その娘なのだ。

 

「そんな方が、どうしてこんな所に?」

 

「ええ、わたくし、”ユ二ウス・セブン”の追悼慰霊のために事前調査に来ておりましたの」

 

ラクスが事情を詳しく話し始めたことで、ユージ以外の人間ははっといずまいを正す。ユージは最初から、あまり姿勢を変えることはなかった。

まあ、真相を知っているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「そうしましたら、地球軍の方々の船と出会ってしまいまして。臨検するとおっしゃるのでお受けしたのですが……。地球軍の方々には、わたくしどもの船の目的が、どうやらお気に障ったようで……。些細な諍いから、船内は酷いもめ事になってしまいましたの」

 

なるほど、たしかにもめ事が起こってもおかしく無いような状況だ。連合軍側からしてみれば、『勝手に作った挙げ句に、戦いに巻き込まれることを考慮せずに民間人をとどめておいた』場所でしかなく、それをさも悲劇の舞台であるかのように振る舞うプラント側が気に入らなかったのだろう。まあ、こういった意見は極論だとユージは思うし、いくらでも諍いの理由は考えられるのだが。

その後、ラクスは一人ポッドで脱出させられ、そして今に至ったのだという。

ラクスのポッドを回収したエリアには、比較的新しめの破壊された民間船があったのだが、それをこの少女に言うこともないだろう。その場にいた全員がそう考えた。

 

「そうでしたか……それは、災難でしたな。そして、同僚の非礼をお詫びいたします」

 

「中佐!?」

 

そう言って、ユージは頭を下げる。ナタルはそれを見て動揺の声を挙げるが、これは『敵国の人間に謝罪の姿勢を見せる=敵に弱みを見せる』行為であるため、当然の困惑である。

 

「お顔を上げてください、ムラマツ中佐。わたくしとて、あなた方とZAFTの戦争については存じ上げております。悲しいことではありますが、あれは避けられないことだったのでしょう」

 

「そう言っていただければ、私どもも多少なりとも救われますな。クラインさん、お詫びと言ってはなんですが、我々が必ずあなたを安全な場所までお連れいたします。プラント本国にもお早く帰還出来るように努めますので、それまでは本艦での生活をご了承ください」

 

「そこまでしていただけるなんて……。中佐どのには感謝してもし足りませんわね」

 

ラクスは深く頭を下げる。それは単純に、ユージ達への感謝を示しているだけのようだった。

 

「あなたのような可憐な方にそう言われて、悪い気はしませんな。……申し訳ありません、我々は他にも仕事がございますので、ここで退室させていただきます。それと、何か御用がお有りの時は部屋の外に警備員を待機させておきますので、そちらまでお声をおかけください」

 

「わかりましたわ、中佐。お仕事、頑張ってくださいな」

 

ユージは立ち上がり、会合の終わりを告げる。他の士官達も部屋から出ていく姿を見て、ラクスは小さく手を振る。

士官室を出てしばらくすると、ナタルはユージを問い詰める。

 

「中佐、何をお考えなのですか!あろうことか敵国の人間に対して、自軍の非を認めるなど……」

 

ユージとしても予想が出来た詰問であったため、冷静に言葉を返していく。

 

「報告にあったクライン嬢の乗っていたであろう民間船だが、調査の結果武装の類いは無かったそうだ。それでいて、目的は追悼慰霊。であれば、悪いのは100%こちらだ。これがZAFTのメンバーだというなら話は別だがね」

 

「しかし彼女は!」

 

「父親がZAFTのトップだということだろう?それくらいは知っている。だが、それでも『民間人』だよ」

 

「くっ……」

 

ユージの言うことも、わからないでもない。彼女はたしかにプラントにとって重要な人物だが、戦いに巻き込んで良いような人物ではない。

それでも、とナタルは続ける。

 

「彼女は重要な人物です。それをそのままプラントに返すなど」

 

そこまで聞いてユージは立ち止まり、ナタルを見つめる。

 

「なるほど、つまり君はこう言いたいわけだな?『彼女はプラントとの交渉を有利に進められるカードであり、それを見逃す手はない』、と。驚いたな、今の士官学校では、民間人を人質に取ってでも戦争に勝つことこそが至上である、と教えられているのかね?」

 

「っ!それは……しかし!」

 

「戦争とは非情なもの、私だってわかっているよ。だが最低限守るべきルールというものはあるんだ。それとも、君は連合軍が『可憐な少女を人質に取ることで勝利した』などと後世に言われるようにしたいのかい?話は終わりだ」

 

「……はい」

 

「それに、私が何を言おうとも結局彼女の処遇を決めるべきはハルバートン提督を初めとする将官なんだ。我々は、彼女を提督のところまでお連れすることに専念すればいい」

 

それを聞いて、ナタルも今度こそ沈黙する。たしかに、中佐が最高階級である現在のこの艦隊では、ラクス・クラインは手に余る存在だ。しかるべきところまで連れて行って、しかるべき人間に身柄を預ける。それがベストなのだ。

ユージとしてはなんとかナタルを納得させられたことに安堵しながら、先ほど見たものについて思い出す。

 

ラクス・クライン(Eランク)

指揮 5 魅力 10

射撃 5 格闘 2

耐久 8 反応 5

SEED 2

 

得意分野 ・指揮 ・魅力

 

やはり、彼女も戦いに参加しうる人間なのだということがわかる。おそらくだが、MSにも乗せようと思えば乗せられるのだろう。育ちきれば大体170%まで機体性能を発揮できる計算だ(参考までに、”デュエル”の限界性能は170%。Sランクまで成長したラクスはデュエルの性能を最大限発揮出来る計算)。

だとしても、彼女が戦いに出るようなことにならないようにしたいと思う。

ラクス・クライン。「機動戦士ガンダムSEED」のヒロインの一人であり、作中でも最重要人物。

登場当初は天然なお姫様のような振る舞いでありながら、再登場した時にはどこか超然とした姿の女傑。戦争を終わらせたいと願う人間の一人であり、キラのように信頼出来ると判断した人間に“フリーダム”という剣を託すなど、「ガンダムSEED」という物語において必要不可欠なポジションにある人間。

しかし、前世において彼女はかなり賛否両論な人物だったとも思い返す。

ZAFTの最高機密である”フリーダム”を勝手に個人に渡す。新造戦艦に乗ってプラントから逃げ出す。独自の武装勢力を率いて連合とZAFTの戦いに介入する。他にも、常識外れな行動を繰り返した。

 

(「戦争を混乱させるだけ混乱させて、後は表舞台から引っ込んだ」「戦いは悲しいとか言いながら武装組織を設立してる」「ラクシズ教祖」……だいぶ言われていたな)

 

他にも、様々な批判があったと思い返す。

実のところ、前世におけるユージにも、彼女に対して否定的なスタンスを取っている時期があった。「なんだか超然としていて、理解しづらいキャラクターだな」と。

だが、今はそういうスタンスは取っていない。というのも、かつてのユージがそういう印象を持っていたのは、インターネットの各所でラクスへの批判を聞いている内に、自分も影響されてしまっていたからだ。

割合は少ないが、ラクスという人物を真剣かつ深く考察したスレッドなども存在し、そういったものを眺めていくうちに「ラクスというキャラクターはけして全てを認められる人物ではないが、それでも信念を持ってSEED世界を生き抜いた一個人」という価値観を確立していた。

つまるところ、彼女も戦争さえなければ『ただの歌姫』でいれたはずの人物であり、彼女のような存在が戦争に参加しなくてよい世界にすることが、自分達軍人の仕事なのだ。ユージはそう結論づけた。

そしてなにより、ユージは『ラクス・クライン』というキャラクターは知っていても、『ラクス・クライン』という人間について知っていることなどほとんど無い。会話したこともない人間を一方的に批評するなど、それこそブルーコスモス過激派となんら変わらないだろう。

ユージは、まずはただ一人の少女であるラクスと接していく決意を固めていたのだった。

 

 

 

 

 

『コーディネイターのくせに、なれなれしくしないで!』

 

キラは通路をラクスと共に歩きながら、先ほどの出来事について思い返す。

事の発端は、食堂でミリアリアが避難民の一人であるフレイ・アルスターに、『ラクスの分の食事を持って行って欲しい』と依頼したのをフレイが断ったところにある。

フレイはコーディネイターであるラクスへ食事を届けることを嫌がり、どうしたものかと揉めていたところに、あろうことか当のラクスが現れたことが混乱を加速させた

フレイは『ZAFTの子がどうして出歩いているのか』と驚きの声を挙げ、ラクスは『ZAFTではない』とやんわり応じる。

そして、フレイが言い放ったのだ。『コーディネイターなんだから、同じだ』、と。フレイにとって、ラクスがZAFTであるかどうかなど関係なく、コーディネイターであることを理由に拒絶しているのだ。

キラは悲しかった。戦争から遠く感じられる穏やかな少女であるラクスにも、コーディネイターであるというだけで攻撃的になれてしまう人間がいることが。ナチュラルとコーディネイター。けして変えられない運命を実感した気分だった。

やがてラクスが使用している士官室までたどり着くと、キラはその手に持った食事のトレーをテーブルに置く。結局、キラが食事を持って行くことになったのだ。

 

「またここにいなくてはいけませんの?」

 

「ええ……そうですよ」

 

寂しそうに尋ねてくるラクスに、キラはなんとか笑顔を見せながら答える。

 

「ここはやっぱり地球軍の船で、コーディネイターのこと……あまり好きじゃないって人もいるし。ってか、今は敵同士ですから、しかたないと思います」

 

「残念ですわね……」

 

ラクスは少し()()()()表情を見せながら、呟く。しかし、一転してすぐに笑顔をキラに見せる。

 

「でも、あなたは優しいんですのね。ありがとう」

 

「……違います。僕はやさしくなんかない」

 

キラはラクスの礼を聞いて、急に後ろめたい気分になる。

人の命をいくつも奪って、挙げ句その罪から『仕方ないのだ』と逃げている自分が、優しいわけもない。もし自分がナチュラルだったら、フレイと同じようにラクスを排しようと考えていたかもしれない。

ただ周りに流されてここまで来た自分が、誰かに認められるわけもないのだ。

 

「僕も、コーディネイターですから」

 

ああ、言ってしまった。

ついにキラは、『自分があなたに優しくするのは、同じコーディネイターだからだ』と言ってしまった。次に飛んでくるのは、『なぜコーディネイターが地球軍に』という疑問だろうか?自分だって、連合にも大勢コーディネイターが所属していることをついこの間知ったばかりなのだから、ぼんやりしたこの少女がそのことを知らずに問うてくる可能性は十分にあり得た。

 

「……あなたが優しいのは、あなただからでしょう?」

 

それを聞いて、キラはハッとする。予想が裏切られたというのもあるが、なによりその内容がキラの心に響いた。

コーディネイターだから、ではなく、キラ・ヤマトだから。それは、先日のカシンの言葉と重なった。

 

『力があるからじゃない、誰かの命を背負えたあなたの『勇気』を認めているだけ』

 

何故だろう、どちらも自分のことを認めた言葉の筈なのに、受け入れられないのは。

自分だって好きで戦ってるわけじゃない。しかし、『戦わなければいけない苦しみをわかって欲しい』と思っていたのは事実だ。カシンと目の前の少女は認めてくれたのに、なぜ受け入れられずにいるのか?

この時点でキラの中には、『自分はコーディネイターだから仕方ない』という諦めが芽生えていた。しかし、キラはこれを無意識のうちに『だから戦うことになったのは不可抗力だし、人を殺すことになっても仕方ない』という『逃げ』にも用いていた。

女性達の言葉を受け止めてしまえば、『力を持ったコーディネイター』ではなく、『キラ・ヤマト』が。

人を殺して生きていることを認めることになってしまう。

キラは耐えきれず、半ばムキになって否定しようとした。『知ったようなことを言うな』、と。お前のような戦争を知らない人間に何がわかる、と。

しかし、気付く。───自分もこの少女のことを、名前さえ知らない。

 

「えっと、あの……」

 

「どうなさいましたか?」

 

「……名前。知らなかったなって」

 

一瞬の間。それを聞いたラクスは、ああ、そういえば、と手を打つ。

ラクスはスカートをつまみながら、たおやかに礼をした。

 

「申し遅れましていましたわ。わたくし、ラクス・クラインと申しますの。……あなたのお名前を、教えてくださいな」

 

「……キラ。キラ・ヤマトです」

 

「キラ様、ですわね。わたくしも、先ほどはあなたの事情も知らずに言いすぎてしまいました。よろしければ、もっとお話しませんか?互いを知らないままでいるのは、とても悲しいことですわ」

 

「あっ……」

 

ラクスから差し伸べられる手を見て、キラは知る。

彼女が自分を『優しい』と評したのも、お互いを知りたいという言葉も。全て、彼女の本心から出た言葉なのだと。

彼女は、『コーディネイター』という立場も、『連合軍の兵士』という肩書きも無視して、『キラ・ヤマト』と話をしようとしている。

手を伸ばして、つかみ返したくなる。ふと顔を上げて彼女の顔を見ると、柔らかな微笑みが目に入る。見つめ続けていると、引き込まれてしまいそうで……。

キラは我に返ると、慌てて回れ右をして部屋から出ようとした。

 

ガンっっっっっ。

 

「あだっ」

 

しかし、士官室のドアは自動式であり、一度ドアの前で立ち止まる必要がある。

つまりどういうことかと言うと。キラはラクスに見とれていることに気付いて急に照れくさくなり、照れ隠しのために立ち去ろうとしたが、勢い余って扉とキスしてしまったということだ。

一瞬、ぽかんとした空気が部屋の中に漂う。キラがゆっくりとラクスを振り返ると、心なしかぽかんとしたような表情をしている。

キラは先ほどとは違った恥ずかしさを伴って、今度こそ部屋から慎重に退出する。ラクスが垣間見たその横顔は、赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

「なにやってんだ、僕……」

 

キラは部屋から出ると、そのまま近くの壁に寄りかかる。

本当に、何をやっているのかと思う。ラクスの言葉を聞いてムキになりかけたり、照れ隠しで自爆したり……。

だが、何故だろう。不思議と不快な思いはなく、むしろ楽になったような気がする。───彼女が、認めてくれたからだろうか?

仲のよい友人でも、ここまで共に戦ってきた軍人達でもなく、お互いに名前さえ知らなかった彼女が認めてくれたからなのだろうか。ただの、『キラ・ヤマト』を……。

 

「ラクス・クライン……」

 

その名を、口に出してみる。透き通るような響きがある、と感じた。

もう一度、彼女と話をしたいと思った。ただの『キラ・ヤマト』として。

それにしても、綺麗で細い手だった。もう少しで、あの手を握れたのだろうか。キラは自分の手を見つめる。

 

「おーい、キラ……キラ?」

 

通路の先から駆け寄ってきたサイの声に動揺して、挙動不審になってしまったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

「……」

 

<テヤンデイ!>

 

部屋の中に残ったラクスは、ふと笑みをこぼす。

部屋に入る前はあれほど暗い顔をしていたが、慌てて部屋から出て行く時に見せたのは、どこか親しみが持てる年相応のもの。

不思議なものだと思う。

ベッドに腰掛けながら、更に思いを巡らせていくラクス。

 

「キラ・ヤマト……優しいだけでなく、お可愛いところもある方なのですね」

 

自分も伊達にアイドルをやっているわけではない。自分の容姿が、多少は整っていることは自覚している。

きっと、部屋から出て行く時の姿の方が素なのだろう。そんな彼があのような沈んだ顔を見せるのは、何か辛い経験をしてしまったということは想像できる。

おそらく、コーディネイターであることを理由に辛い思いをしてきたのだろう。先ほどの、フレイという少女との一場面もその一つでしかないのだ。あの場面だけであそこまで沈むことはない、と推測する。

彼のような少年が曇ってしまうような、世界。そのような世界は嫌だと思う。だが、自分に何が出来るだろうか。彼の話を聞いてあげることは出来るだろう。だが、それで根本の原因が絶てるわけでもない。

ラクスは“ユニウス・セブン”まで追悼慰霊に来ていた。だが、結局今の自分に出来ることはそれくらいしかないのだ。戦争終結を願い歌っても、それが戦争終結につながるのだろうか?

知らなければならない。自分が世界に対して何を出来るのか。そして見つめ直さなければならない。自分が、どんな世界を目指しているのか。

今は、出来ることは少ない。だから、せめて。

ラクスは一度目を閉じた後、歌い始めた。

今の自分にはそれだけしか出来なくて、そうするべきで、そうしたいと思ったから。

 

 

 

 

 

「きれいな声だな……」

 

サイの呟きに、同意する。

キラはサイから、フレイの発したコーディネイター蔑視発言に対しての謝罪を受けていた。自分がやったわけでもないのに、やはりサイは律儀だと思う。

歩きながら話をしていたところ、ラクスの歌声が聞こえてきたのだ。サイはそれを聞いて、綺麗だと褒めた。キラもそれに同意する。

綺麗な歌を聴いて、綺麗だと感じるのはナチュラルでもコーディネイターでも一緒なのだ。なぜ、戦争をしてしまうのだろうか……。

しかし、次のサイの言葉を聞いて、キラは凍り付く。

 

「───でもやっぱ、それも遺伝子弄ってそうしたもんなのかね?」

 

きっと、サイは悪気があって言ったわけでは無く、純粋に興味から発言したのだろう。

しかし、それは。気心の知れた友人であっても無意識に『コーディネイターだから出来る』と考えているのだという認識をキラに与えてしまった。

キラの心は、再び暗い闇に落ちていこうとする。

 

「それはぁ、違うと思いますよお?」

 

「え?」

 

不意に後ろから声を掛けられ、キラとサイは振り向く。

そこにいたのは、ギクシャクした関係になってしまったカシン。そして、もう一人。

たしか、セシル・ノマ曹長と言っただろうか?

おそらく、先ほどの発言は彼女のものだろう。カシンは、ああも間延びした話し方をしないのはわかっている。

 

「えっと、ノマ曹長、でしたっけ」

 

「はいぃ、セシル・ノマ曹長ですぅ」

 

「こんにちわ、キラ君、サイ君」

 

「どうして、お二人がこちらに?」

 

そうキラが聞くと、若干困ったような顔をしてカシンが答える。

 

「ほら、先ほどクラインさんが部屋から出てきてしまったでしょ?それを聞きつけたムラマツ隊長が、直接監視する人員が必要だって」

 

「それで、たまたま手空きだった私達を初めとして、ローテーションで女の人がクラインさんの面倒を見ることになったんですよぉ」

 

「ああ……」

 

たしかに、もう一度同じことが起こって騒動を起こされてはたまったものではない。同じ女性の方が気も楽だろうし、ユージの判断は妥当だ。

 

「それで、その、曹長……」

 

「んぇ?あ、そうでしたぁ。クラインさんの歌が、遺伝子弄ったからなんじゃないかって話でしたねぇ。うーん……」

 

チラリ、とカシンを見る。立ち話で済ませるには少しばかり重い話だし、かといってカシンをそのまま付き合わせるのも気が引ける。

 

「セシル。私は先に行ってるから、お話が終わったらこっちに来て」

 

「たはぁ、すいませんカシンさん……」

 

「いいのいいの。じゃ、二人もまた」

 

そう言って、カシンはラクスの部屋の方へ向かっていった。

さて、と言い、セシルは歩き出した。

 

「立ち話もなんですし、あちらに休憩スペースがあるのでそこでお話しましょぉ。時間は大丈夫ですかぁ?」

 

「あ、はい。俺は大丈夫です。キラは?」

 

「え、ああ、うん。僕も大丈夫です」

 

「それはよかったですぅ」

 

セシルはそれを聞くと、今度こそ前を向いて歩き出す。キラとサイは顔を見合わせて不思議そうにした後に、彼女の後を追う。

果たして彼女は、自分達に何を伝えようとしているのだろうか?




なんてこった、キラとセシルの対話やりますって言ったのに…。すまん、ありゃ嘘だった。
……馬鹿やってないで、今回の話の解説にでもいきましょうか。

ユージのラクスへの価値観は、正直いって私のそれと同じです。
つまり、私はラクスのことが嫌いでもなんでもないんですね。一時は否定していた時期もあるんですけど。
ただ、可哀想なキャラクターだと思います。いや、脚本の被害者的な意味じゃなくて。
私個人の拙い考察なんですが、ラクスって本当に物語中盤、キラと再会するまでは戦争に直接関わる気がなかったのではないかと思います。そりゃ、父親がクライン派っていうか穏健派率いて何かやってることは知ってたでしょうけど、それでも戦場に自ら立とうって気はなかったと思います。
それでも戦場に立ったのは、戦争から離れられたはずのキラがもう一度、今度は自分の意思で戦うことを決めたから。キラという優しい人間が苦しみながらも戦いに向かおうとするのを見て、「ただ歌うだけでは何も出来ない」と思ったから。
「思いだけでも、力だけでもダメ」という言葉は、自分に言い聞かせる言葉でもあったのかもしれないと、自分は思っています。
それでも、彼女はやはり戦争をする人間ではありません(少なくとも私はそう思っている)。そんな彼女が戦争に出なくてはいけなくなってしまったことが、なんだか可哀想に思えるのです。
自分から戦争に参加したのはたしかなんですが、そう決断させた『ガンダムSEEDという世界』も悲しいっていうか。
まあ、こんな感じです。異論っていうか意見っていうかは、感想でも個人メッセージでも受け付けます。
ただ、口汚く彼女を非難するのは控えていただければ幸いですね。感想欄を見て、不快になる方がいらっしゃってはいけませんから。(訳:皆がラクスを嫌いとは限らないんだから、自重しろ)

それと、もうひとつ。なんだか妙に初々しいアトモスフィアが漂っていたのですが、いつの間にかああなってました。何を言ってるのかわからないと思うが、俺もさっぱ(ry

次回こそは、セシルとの対話を書ききってみせますから。堪忍してつかあさい!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第30話「とある元引きこもりの持論」

前回のあらすじ
セシル「ちょっとツラ貸せ」

私、最近は色々なことがあってハーメルンでも荒れていたけれど……。皆、もう大丈夫!
おれは しょうきに もどった!


2/3

”アークエンジェル” 談話室

 

「お二人とも、どれがいいですかぁ?なんでも奢りますよぉ」

 

「えっと……じゃあ桃のジュースで。キラ、お前は?」

 

「じゃあ、僕はミルクティーをお願いします」

 

現在、キラとサイはセシルに連れられて”アークエンジェル”の談話室にやってきていた。

この部屋は手空きの隊員らが暇を潰したり他の船員と交流を深めるために備わっているのだが、この非常時にそのような時間を取れる者はおらず、ほとんど使われることはない部屋だった。部屋の中にはビリヤード台を初めとする様々な娯楽用品が置かれているが、それらはうっすらと埃を被っている。

セシルはその場所に置かれていた自販機の前で、二人に飲み物を奢ろうとしていた。どこか誇らしげにしているのは気のせいだろうか?

 

「いやぁ、私って”マウス隊”でも年少なほうなんで、こういう先輩ムーブが出来る機会って少ないんですよぉ。あ、私もミルクティーにしよぉっと」

 

「そ、そうなんですか」

 

サイは距離感を図りかねているようで、セシルの言葉への返しも当たり障りのないものだ。

しかし、キラはふと気になったことをセシルに質問する。

 

「あれ?そういえば、”コロンブス”でしたっけ?あっちに乗ってるっていう人達は新兵で、セシルさんより年下って聞いたんですけど……」

 

それを聞いたセシルは、自販機から取り出した飲み物を抱えたまま固まってしまう。

 

「……ふふふ、たしかに?不肖この私もぉ?”マウス隊”のMSパイロットですから、それなりの腕はありますよぉ?

でもね……。アイクさんやカシンさんに勝てるほどではないんですよぉ。3人ともみーんな、あの二人に質問しにいって……。たしかに私の得意分野って情報戦だからあまり目立つものではありませんけど戦場には絶対必須な役割っていうかだけど目立たなくて皆射撃戦とか格闘戦の話ばっかり話を聞きにいかれてしまって私は一人ポツネンと佇んで端末弄ってるのがお似合いというかそもそも」

 

「(き、キラ!お前なに言ってんだバカ!)」

 

「(ご、ごめん!まさかこんな風になるとは)」

 

キラとサイは、暗黒面に落ちて一人呟き始めたセシルにバレないように相談を始めた。

なんだか、最近上手く人とコミュニケーションを取れないことが多い気がする。キラはそう思った。

 

「……おっと。話があらぬ方向に飛びそうでしたねぇ。ごめんなさい、二人とも」

 

「い、いえいえ!そんなことは!」

 

「は、はい!こっちも不躾に尋ねてしまい、すいませんでした!」

 

どうにか自力で正気に戻ったセシルは、部屋の中にあるバーのカウンターに座り、何かをポケットから取り出し始めた。キラとサイは、その隣に並んで座る。

 

「えっと……あった。これですぅ!」

 

セシルがポケットから取り出した端末には、あるものが映し出されていた。

 

「これは……『ラストファンタジーXV』?」

 

「これって、一昨年くらいに発売されたゲームですよね?」

 

「はい!名作RPG『ラストファンタジー』シリーズの、記念すべき第15作目ですぅ!ハイテク感とファンタジーが複雑かつ違和感なくまとまった世界観、スピーディーなバトル、魅力的なキャラクター……全てがハイレベルなゲームなんですよぉ!」

 

それを聞いて、キラとサイはますますワケがわからなくなる。セシルもそれに気付いているようで、苦笑しながら話を続ける。

 

「こちらの作品なんですけどねぇ……制作スタッフの内5割はナチュラル、残りの5割がコーディネイターなんですぅ」

 

「え……」

 

「グラフィックやキャラのモーションなど、担当する人の技術が大きく影響する部分はコーディネイター。ストーリー構築やアイテムの数値設定などはナチュラルの方が担当していますぅ。そしてこのゲームは、その年のゲームランキングで人気投票№1を獲得したんですよぉ。ちなみに、この年の2位と3位はコーディネイターの制作スタッフが9割を示したゲームですぅ」

 

それが本当なら、地力で劣る筈のナチュラルが、けしてコーディネイターにも劣らない能力を示したことになるのではないか?

 

「でも、コーディネイターのスタッフが多いからってゲームの質が良くなるものなんですか?」

 

「そう、それです。私はそれについて話したいんですよぉ」

 

端末を弄って、今度は別のゲームの画面を映し出す。いったい、いくつのゲームをインストールしたのか?

 

「『ブレイブテール』。こちらもジャンルとしては『ラストファンタジー』と同じRPGなんですけど、評価はそこそこに収まっちゃいましたぁ。制作スタッフは、皆コーディネイターですぅ。しかも、制作のリーダーはクリエーター方面の才能が開花するように遺伝子を調整された人なんですぅ」

 

「そう言うコーディネイターも、いるんですか?」

 

「はいぃ。人間は基本的に、『こう表現すればどういう感情を得る』というメカニズムが存在しますぅ。このリーダーさんは、そういう『感情のツボ』を抑えられるように調整されましたぁ。でも、作品の評価はそこそこ。なんでだかわかりますかぁ?」

 

それを聞かれて、キラとサイはすぐに答えられなかった。彼女の言う『クリエーター系のコーディネイター』なら、人の感情を理解し、高クオリティな作品を作れるはずだと思う。なのに、なぜ?

 

「作品のネームバリュー、ですかね。『ラストファンタジー』はある程度の固定ファンがいると思いますし」

 

「ところがどっこい、老舗の看板を背負っている以上は逆に採点基準が厳しくなるんですよぉ。『この程度の筈がない』って。逆に、まったく新しいタイトルの方が新進気鋭とか言われてある程度甘く採点されやすいんですぅ」

 

「うーん……」

 

「……正解はですねぇ。『情熱』、ですよぉ」

 

「『情熱』?」

 

セシルは端末をテーブルに置いて、ミルクティーを一口飲む。

 

「ふぅ……。物作りの世界で『こうすれば良いモノが出来る』というロジックはあっても、それが最大点とは限りません。あくまでそれは下敷きで、『こういう作品が作りたい』という目標が重なって、ようやく作品が出来上がるんですぅ。このコーディネイターさんは下敷きは完璧に作れても、その上の目標が薄かったんですよぉ。個性、と言い換えてもいいかもしれませんねぇ。歌だって、同じですぅ」

 

「あ……」

 

「こう歌えば、感動させられる。こう歌えば、多くの人に受け入れられる。そんな打算まみれの作品は、100点満点はとれても120点はとれません。そうして作られた120点の作品達が、人間を感動させてきたんですぅ」

 

「……あの、それじゃあラクスさんも、120点を目指している人なんですか?」

 

「さぁ?それはわかりません。私だって、彼女について知っていることは少ないですからぁ。私が言いたかったのはつまり、『遺伝子を操作して生まれたからって、それで優れた作品が生み出せるとは限らない』ということですぅ。これが単純な運動神経とか、IQの話だったら話は別になりますけどねぇ。ゲームでも歌でも、物作りはそんな単純なことではないんですよぉ」

 

それだけは譲れませんしぃ、だからこそこうやって下手な説教っぽいムーブをかましているんですぅ。セシルはそう言って、またミルクティーを飲む。大体、言いたいことは言ったようだ。

キラはそこで気になって、セシルに質問してみた。先ほどの一件を反省してはいたのだが、それでも聞かずには居られなかったのだ。

 

「セシルさんも、何か物作りをしたんですか?」

 

それを聞いてポカンとするセシル。またも失言をしたかとキラとサイがヒヤヒヤしていると、セシルは笑い出す。

 

「うっふふふぅ、それを私に聞くんですかぁ?連合のMS用OSを作り出した“マウス隊”、その最初期メンバーである私にぃ?」

 

言われて見ればそうだ。今現在、連合でMSを運用出来ている最大の功労者の一人が、目の前にいる女性なのだ。多くの人に影響を与える作品(OS)を作った以上、セシルもクリエイターといえなくもないだろう。

 

「あのころは本当に大変でしたぁ。レナさん……同僚の女性はムスッとしているし、アイクさんとカシンさんもどこか気まずそうだし、モーガンさんにはしごかれるし……。やっぱり、ナチュラルかコーディネイターかっていうのは、”マウス隊”にもあったんですよぉ」

 

「カシンさんも、いってました。最初は雰囲気が悪かったって。でも……」

 

「そう、最初の頃の話ですぅ。皆が信じ合って、協力して、だから良いモノと、良いチームが出来た。たしかキラ君とサイ君、学生のみなさんは工業カレッジで同じゼミに所属していらっしゃったんですよねぇ?」

 

「は、はい。ロボット工学のゼミに所属していました」

 

なるほどやはり、とセシルはうなずく。何かを得心したようだが、キラ達にはわからない。

 

「キラ君、私はずっと、不思議に思っていたことがあるんですよぉ。あなたがどこで、あれほどのプログラミングスキルを磨いたのか。きっと、そこでの経験があったからなんですねぇ」

 

「まぁ、こいつは他の皆より色々と教授に仕事手伝わされていたし……」

 

「ああ、カトウ教授によく押しつけられていて……。あの日も……」

 

「んん?今、カトウ教授っておっしゃいましたぁ?」

 

キラとサイが懐かしそうにカレッジの思い出を話そうとすると、セシルは顔をしかめて「待った」をかける。

 

「はい、トシアキ・カトウ教授です」

 

「……その方、たしか『GUNDAM』OSの開発者の一人だったはずですぅ。キラ君、初めて”ストライク”のOSに触った時、見覚えのあるコードなんか有りませんでした?」

 

「え?……ああ、そういえば!」

 

キラが思い返すと、たしかにいくつか見たことのあるプログラムがあった気がする。まさか、あの教授は自分に『GUNDAM』OSを作らせていたのか!?

 

「そりゃあ、初めて見た”ストライク”を動かせるわけですよぉ」

 

「やたら手伝わせてくると思ったら……」

 

「でも、やっぱりすごいよなキラは。あんなすごいMSを動かせるOSを作っていたんだろ?同じゼミにいたのに、俺達は……」

 

キラの心に、チクリと痛みが走る。

教授がOS開発を自分だけに手伝わせていたのも、やはり自分に能力があるからだ。そして、その能力のせいで自分は戦うことになってしまった。

微かに顔を曇らせたキラだが、セシルの次の声にハッと顔を上げる。

 

「サイ君、あなたはキラ君に勝てないと思っていませんかぁ?」

 

「え?えっと……」

 

サイは言いよどむが、セシルは言葉を続ける。

 

「人間、絶対に勝てない誰かとぶつかることは絶対にありますぅ。そこで、どう歩むかなんですよぉ。勝てないからと諦めるか、絶対に諦めずに挑戦し続けるか。諦めなければ夢は叶うとは言いませんけど、それでも勝つ可能性は残りますぅ。勝てないと諦めるのだって、一つの手ですぅ。今まで取り組んでいたものとは違うものを試しにやってみたら、そっちで新たな才能が開花するなんてこともあるんですからぁ」

 

たしかに、それはそうだ。自分にどんな才能があるかなんてわかるはずもない。ナチュラルならの話だが。

生まれる前から遺伝しを調整されているコーディネイターには、最初から最適な道が示されている。

 

「コーディネイターだって、特定の才能が開花しやすいっていうだけで、それ以外にも才能が眠っている可能性はあります。野球選手に向いているコーディネイターが、実は遺伝子調整関係なく料理人の才能も持っていたということが起こりえます。先ほどの『ラストファンタジーXV』にも、そういう人はいますよぉ」

 

「そうなんですか?」

 

「はいぃ。『自分はこの仕事が向いているからじゃなくて、この仕事がやりたいと思ったからやっている』とインタビューしていますぅ。逆に、『この才能を持たせてくれたことを親に感謝する。おかげで、仲間とすばらしいものを作り上げられた。この場所にいられる』という人もいますぅ」

 

それは、なんてすばらしい事なのだろうか。

才能のある無しにかかわらず、やりたいと思ったことに向かって努力する人間が集まり、多くの人に認められる作品を作り出す。本来、人のあるべき姿なのかもしれない。

 

「キラ君は、自分がどんな風に遺伝子調整されたかを知っていますかぁ?」

 

「……そういえば、知らないです。興味もなかったし」

 

「だったら、ナチュラルと変わりませんよぉ。コーディネイターが皆、優れた身体能力を持っているわけでもないですしぃ。キラ君やサイ君は、『やりたい』と思ったから、カトウ教授のゼミに所属したんではないですかぁ?」

 

「俺は、そうですね。自分でロボットを作ってみたいって思ったから」

 

「サイも?実は僕も、昔からの友達が、ロボットを作るのが上手くて、僕も作ってみたいなって……」

 

そう、昔からの友達(アスラン)が。自分も、彼の作ってくれたトリイのようなロボットを作ってみたいと思い、工業カレッジに入学したのだ。自分のある種での原点を思い出し、キラは顔をほころばせる。

 

「だったら、それで良いんですよぉ。才能があるかどうかは関係ありません、自分がやりたいと思ったことをやればいいんですぅ。……大人になっていくほどいろんな物に縛られていくものですから、若い内はそれでいいんですぅ。私も、最近になってわかったんですけどねぇ」

 

「セシルさんのやりたいことって、なんですか?」

 

キラからの質問を受けて、セシルは微笑みながら返答する。

 

「ダラダラしたいですぅ!好きな時に起きて、ご飯食べたり、ゲームしたり、皆さんと適当にお出かけしたり……。他の人にいったら呆れられるんですけどねぇ」

 

「あはは……」

 

たしかに、時折見かける力の抜けた姿を見ると、彼女らしいかもしれない。

 

「だけど、ほら。こうなっちゃったじゃないですかぁ。戦争やってる中でそんなこと、望むべくもないっていうか……だから、戦ってるんでしょうねぇ。実は、やめようと思えばやめれたんですよぉ?」

 

「そうなんですか?」

 

「はいぃ。元々”マウス隊”はナチュラル用OSを開発することが目的で結成された部隊ですぅ。それが済んだら、もうお仕事はありません。それに、隊長も今みたいに”マウス隊”が実戦に出されるようになる前に『隊から抜けてもいい』って言ってましたしぃ」

 

戦いから逃れる方法はあったのに、それをしなかった。

キラは、ひょっとしたらこの人は見かけ以上に強い心を持っているのではないかと思った。

 

「キラ君、サイ君。才能が無くったって、やりたいことをやった者勝ちなんですよぉ、世の中。少なくとも私はぁ、クラインさんの歌が『才能があるから仕方なくやってる』ものだとは感じませんでしたぁ。お二人は、どうですかぁ?」

 

「……俺は、ただ綺麗な歌声だなって思いました」

 

「僕も……」

 

「誰かにそう思わせることが出来るのですから、彼女の歌はきっと、彼女の思いが込められているってことですぅ。彼女のことを私は知りませんけど、そう信じます」

 

自分がそうしたいから、自分がそう思ったから、それでいい。

セシルの言葉は、キラとサイの心にしみこんでいく。

 

「もっとも、個々人の持つ感覚を否定して自分の価値観を押しつけるから、戦争なんて起きるんでしょうけどねぇ……。早く、終わらせたいものですぅ」

 

セシルはそう言ってミルクティーを飲もうとするが、缶の中身が既に空になっていることに気付くと、残念そうにしながら立ち上がる。

 

「そろそろ良い時間ですし、お仕事に戻りましょうかぁ。二人も、休憩時間は終わるころですよねぇ?付き合わせてしまって、ごめんなさいですぅ」

 

「……いえ、ありがとうございました」

 

キラはセシルに頭を下げ、感謝を告げる。

やりたいから、やる。才能というものに縛られつつあったキラには、その言葉が何よりの救いとなった。

思えば”ストライク”に乗り込んだのは偶然でも、自分で戦ったのは、あの時モニターに映ったサイ達を守りたいと思ったからだ。あのとき、自分は”ストライク”で戦えるということを自覚していただろうか?いいや、していない。守りたいと思ったから、行動したのだ。もしかしたら、それがカシンの言う『勇気』だったのかもしれない。

それを思い出せたのは、セシルの言葉を聞いたからだ。だから、礼を言う。

 

「それと、カシンさんに伝えてくれませんか?この間は、すいませんって……」

 

「……承りましたぁ。でも、別の機会に自分でもお伝えするんですよぉ」

 

「はい」

 

それでは、と言ってセシルは部屋から出て行く。

部屋の中には、キラとサイだけが残された。

 

「……なぁ、キラ」

 

「なに、サイ?」

 

サイは立ち上がると、キラに頭を下げる。

 

「済まなかった。俺、無意識に酷いこと言ってた。お前がコーディネイターでも関係ない、友達だって言っておきながら、お前が戦えるのはコーディネイターだからだって思ってた。クラインさんの歌も、遺伝子調整したからだって貶したようなもんだ」

 

「サイ……」

 

「だけど、お前のことを友達だと思ってるのは本当なんだ。お前の助けになりたいと思って、CICの手伝いを志願したのも。クラインさんの歌を綺麗と思ったのも……」

 

「いいんだ、サイ。そう言ってくれたことが嬉しい」

 

「キラ……」

 

サイは頭を上げて、キラの目を見る。初めて出会った時から変わらない、優しさを秘めたまなざしだと思った。

 

「心の中で思ってることって、中々他の人には言えない。それでも話してくれたことが、嬉しいんだ、僕」

 

「……そっか」

 

その言葉を最後に、二人は談話室を出る。

この時の二人に、共通する感情があった。

───自分達は、本当の意味で友達になれたような気がする。

 

 

 

 

 

だが、世界はキラ達に安穏とした日々を許さない。

 

 

 

 

 

2/3

”プラント” ”アプリリウス・ワン” 宇宙船ドッグ

 

「本当に、これだけの戦力で向かうのですか?」

 

「何か不服かな、アスラン?」

 

「いえ……しかし、ラクスの捜索というには些か大部隊過ぎではありませんか?」

 

現在アスランは、”ヘリオポリス”から持ち帰った”イージス”や交戦した”ストライク”の戦闘データを報告した後に、”ユニウス・セブン”追悼慰霊のためにデブリ帯に向かって消息を絶ったラクス・クラインの捜索に向かうための準備をしていた。

自分とラクスが婚約者だからと、彼女を救う騎士の役目を担わされたことは既に受け止めている。しかし、そのための戦力にしては過剰なのだ、現在編成されている艦隊は。そのことが気になって、上官であるラウに質問をしたのだ。

 

「“ヴェサリウス”含む”ナスカ”級2隻に、”ローラシア”級3隻……MSも30機を投入。何か大規模な作戦でも始まるのかという量です」

 

「たしかに、な。……実は、先行して捜索に出ていたユン・ロー隊の”ジン”も戻っていないのだ。もしも連合の部隊が付近にいたなら、生半可な戦力では任務を失敗する可能性が高まる。それを避けるための、戦力ということだよ」

 

最近の連合軍の戦力が増強していることなど、いまや知らないZAFT兵はいない。それを考えれば、なるほど納得がいくというものだ。

『カオシュンの悪魔』を初めとする新型MSのことも考慮すれば、”イージス”を任された自分が行くのは当然と言える。

あれらの機体には、生半可な戦力では太刀打ち出来ない。

 

「それにしても、『あれ』を持って行く必要があるのですか?」

 

アスランの目線の先には、”ヴェサリウス”に搬入されていくMS用の武器が映されている。

その武器は『y』というアルファベットを横に倒したような形状をしており、一見、なんのための装備かはわかりづらい。

 

「”M70バルルスⅡ 特化重粒子砲”……。たしかに以前の”バルルス改”よりも取り回しは比較的良さそうですが、それでも試作装備を実戦で、しかも隊長に使わせようとするなんて……」

 

「そう言うなアスラン。せっかく連合からビーム兵器の技術を手に入れたのだから、早々に普及させたいのだろう。例の計画もあることだしな」

 

「『アイギスプラン』……ですか」

 

アスランの言ったアイギスプランとは、現在ZAFTの兵器開発局を中心に進められている計画だ。

内容は、『重力戦線の活発化並びに連合軍のMS戦線投入という現状を鑑みて、新型MSの開発だけではなく従来のMSを戦況に最適化させた改修を施すことで”プラント”を守るための戦力の質を向上させる』ということが主になっている。

その他にも、『対MS戦を意識した戦術の構築ないし既に考案されているものを整備する』なども内容として予定されている。

要するに、”ジン”などの旧式機に改修を施したり、対MS戦のマニュアルを整備しようという試みである。その一貫が、あの武装なのだという。

MSの腕を挟み込むように保持させるようになっており、銃身上部にセンサー類、下部にバッテリーを搭載しているのだという。中々開発が進まなかったこの武装だが、”イージス”から得られたビーム兵器のデータを元に、急遽の完成を果たしたとか。

 

「これから戦争は、更に激しさを増すだろう。勝つためには、出来る事はやっておくものさ。私とて試作装備を扱うことに不安がないわけではないが、プラントのためにやってみせるさ」

 

「隊長がそうおっしゃるのであれば……」

 

「さて、そろそろ時間だ。急げよ」

 

「はっ!」

 

アスランは敬礼し、”ヴェサリウス”の搭乗ゲートへ向かっていく。

その目には、一点の曇りも浮かんでいなかった。まさかこの後、親友と3度目の戦いを演じる事になるなど、彼は少しも予想していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

この先、運命のターニングポイント。

悲劇が繰り広げられるか、それとも……?




やっと、セシル回が終わりました……。
これからは予告詐欺を控えたい……。

キラがアスランに憧れて云々は、本作独自の設定です。ご了承ください。

それと、最後に出てきた試作装備の簡単な解説です。

○M70バルルスⅡ 特化重粒子砲
MSが扱うには威力も弾数も取り回しも微妙極まりない”バルルス改”をダウンサイジングし、さらに性能を向上させたもの。ぶっちゃけ、連合の”テスター”用ビームライフルと同コンセプト。
だがその性能は折り紙付きで、”デュエルガンダム”等のビームライフルより若干大きめではあるが威力はそれより上であり、バッテリーは銃自体に内蔵されているためにMSの継戦能力の低下は起こらない。
お値段は残念ながらお手頃とはいかないが、バッテリー内蔵の本装備が普及すれば旧式化したMSの戦力を底上げすることが可能とみられている。
わかりやすい形状イメージでいうと、「新世紀エヴァンゲリオン」のy字型ポジトロンライフル。

ここからZAFTも強くなっていっちゃうんだなぁ、これが。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第31話「ターニングポイント」

前回のあらすじ
セシル「情熱無き作品は、尽くが画竜点睛よ」

ラクスの処遇とかビクトリア基地攻防戦のプロットを考えていたら、更新が遅れてしまったぞ……。
これからは本格的に週1投稿になるかも?


2/6

"アークエンジェル" 艦橋

 

それは偶然であり、現在の”アークエンジェル”が待ち望んでいたものでもあった。

 

「……ん?艦長!連合軍の通信周波数に該当する通信が、暗号発信されています!これは……第八艦隊所属艦のものです!」

 

”アークエンジェル”の通信士を担当するロメロ・パルからの報告を聞き、マリューの顔は驚きと喜びが混じったものになる。

 

「本当!?」

 

「はい!”ヴァスコ・ダ・ガマ”にも知らせます!」

 

<その必要はない。こちらでも捉えたからな。発信されている方角を特定しろ>

 

現在は”ヴァスコ・ダ・ガマ”にて業務に取り組んでいるユージがモニターに映り、発信源の特定を急がせようとする。それも当然だ。発信源の方角へ進んでいけば通信をもっと鮮明に行えるようになるし、味方と合流することも出来るのだから。

 

<……ザザッちら、第八か……”モントゴ”……”ークエンジェ”……答せザザッ……>

 

パルは発信源の方角を特定すると、通信をより鮮明に聞けるように試みる。

そこから聞き取れた内容は断片的だが、それだけでも十分わかることがある。───ついに、正式な救援と合流出来るのだ。

物資は先日”ユニウス・セブン”から補給できたとはいえ、限りはある。だが、第八艦隊から正式に派遣されてきたということは、救援のための物資も当然持ってきているだろう。

 

<ふむ……聞き取れた内容から察するに、おそらく救援艦には”モントゴメリ”が来ているのだろう。とすると、指揮官はコープマン大佐か。やれやれ、ようやく肩の荷が下ろせそうだよ>

 

「中佐……お疲れ様です。色々と」

 

<はは、ありがとう大尉。”アークエンジェル”、”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”コロンブス”は”モントゴメリ”を初めとする救援艦隊との合流を目指す!>

 

「はっ!」

 

突如もたらされた福音に、沸き立つ隊員達。それもそのはず、これでやっと予断を許さない状況から解放され、安全に基地までたどり着くことが出来るのだから。

しかし、顔では他の皆と同じように喜んでいるユージだが、その内心は穏やかではなかった。

それもそのはず、もしも運命の強制力だとか何かが働いているなら、先遣艦隊と合流するよりも先に先遣艦隊はZAFTと戦闘になるのだ。しかも、その内1機はアスランの駆る”イージス”。

キラ達の奮戦も空しく先遣艦隊は全滅し、”モントゴメリ”に乗艦していたジョージ・アルスターも死亡。そして、父の死を受けてフレイの精神が段々と歪んでいく……というのが、本来の筋書きだ。

その時は”イージス”を含めてもMSの数は4機、ラウの機体を含めても5機程度がいいところだったので、現在の”マウス隊”の戦力だけでも太刀打ちできる。

というかアスランやラウの存在が問題なのであって、この世界の連合では、既に艦隊で行動する時は必ずMS隊を乗せた輸送艦が1隻は編成に組み込まれるのが当たり前になっている。

”マウス隊”で一部の突出した戦力を抑え、その間に他の”ジン”等を袋だたき。それが理想的ではあった。

 

(そう上手くはいかないんだろうな……)

 

ユージは、次の戦いにおいてZAFTが原作通りの戦力で掛かってきてくれるとは思っていなかった。

理由として、連合宇宙軍が艦隊で行動する時はMS隊が必ずセットだということをZAFTも知っていることが挙げられる。ラクスの捜索にしたって、必ずそれなりの戦力を揃えてくるはずだ。

それに、あのラウが原作通りの戦力で攻撃を仕掛けるだろうか?

そこまで考えたところで、ユージは思考を中断した。

全ては憶測だ。『来るかもしれない敵』におびえているようでは、指揮官失格ではないか。

今は、出来る事をやる。そう決めたユージは、コープマンに提出するための報告書を作り始めた。

 

「出来れば、仕事の負担が減ってくれたらいいんだけどなぁ……」

 

それだけは、切実な願いであった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 格納庫

 

「本当ですか!?」

 

「うん。この分なら、明日にでも合流出来そうだって」

 

格納庫で”ストライク”の整備を手伝っていたキラは、カシンから教えられた吉報に顔をほころばせる。これでようやく一息つけるというものだ。嬉しくない訳がない。

ちなみに、セシルと話し合った翌日にキラはカシンと和解している。

 

「ふへぇ……これで、連日の偵察発進から解放されるんですねぇ」

 

セシルも”ストライク”の近くまで寄ってきて、会話に混ざる。

実は彼女は、ここ数日でもっともMSで出撃した人物でもある。なにせ彼女の乗機は”EWACテスター”。偵察にはぴったりな機体であった。

普段からどちらかというと非活動的な彼女には堪える作業だったようで、出撃の度に気怠そうにMSに乗り込むのは見慣れた光景となっている。

 

「これで、キラ君が”ストライク”に乗って戦うこともなくなるといいんだけどね。救援ってことは、物資も積んできているだろうし」

 

「そうですねぇ。物資を調達する必要は無くなるでしょうしぃ、艦隊で来ているらしいですからMS隊も編成に組み込まれているでしょう。流石にそんな状況では、ZAFTも手を出してこないと思いますよぉ」

 

「……」

 

キラはその会話を聞いている内に、複雑な気分になっていた。

ユージが言っていたように、たしかに先遣艦隊と合流すれば艦隊の安全性は増し、自分が出撃することはなくなるだろう。そして『セフィロト』という場所にたどり着けば、晴れて自分達は自由の身というわけだ。

しかし、彼女達は戦い続けるのだろう。彼女達には戦う理由があって、自分には戦う理由がない。そのことが引っかかっていた。

自分達は安全な場所で、”ヘリオポリス”で平気な顔をして日々を過ごしていた。今だって、あの時間に戻りたいと思う気持ちはある。

だが、「このままでよいのだろうか?」という気持ちが芽生えているのも事実だ。何かを出来るだけの力があるのに、このまま引き下がってもいいのか?

そこまで考えたところで、頭を振る。何をバカなことを考えているのだ、自分は。これではまるで、自分から戦いたがっているようじゃないか。

 

「どうかしましたかぁ、キラ君?」

 

その様子を目に捉えたのは、セシル。彼女はキラの悩ましげな姿を見て、心配していた。

 

「い、いえ。なんでもないです。たぶん、疲れがどっと出てきたんだと思います」

 

「……本当?」

 

カシンの声には、どこかキラを疑うような気持ちが込められているような気がする、しかし、キラはいつもと変わらないように振る舞う。

 

「はい、大丈夫です。そういえば、そろそろ良い時間なので食堂に行きたいんですけど、いいですか?」

 

「良いと思いますよぉ?私達はもう少しこちらで作業してからいきますけど」

 

「うん、そうだね。私達はもう少し……。キラ君、無理はしないでね?何か悩みとかあったら、聞くから」

 

「ありがとうございます、カシンさん」

 

そういってキラはその場を離れ、食堂へ向かっていく。心の内に、密かな悩みを抱えたまま。

そういえば、と一人の男性のことを思い出す。カシンやセシルと同じ、“マウス隊”のエースパイロット。温和で、自分から戦いに出ていくようには到底思えない人。

 

(アイザックさんは、どうして戦っているんだろう……)

 

結局、それも聞けないままで終わるのだろう。というか、終わって欲しい。

キラはなんとなく、アイザックの戦う理由を聞いてしまったら、もう自分は後戻りが出来ないような気がしていた。

 

 

 

 

 

2/7

”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦橋

 

特に何事もなく、翌日を迎えた一行。艦橋に、先遣艦隊からの通信が入る。

<本艦隊のランデブーポイントへの到着予定時刻は予定通り。合流後”アークエンジェル”、”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”コロンブス”は本艦の指揮下に入り、本隊との合流地点へ向かう。あとわずかだ、無事の健闘を祈る>

 

モニターには、”モントゴメリ”艦長であるコープマンの姿が映っている。

これには、”アークエンジェル”だけでなく”マウス隊”指揮下の人員も顔をほころばせた。これで、このトラブル珍道中もお終いだ。

特にマリューとユージは、これで艦隊のトップに立つ苦しみから解放されるとして、ホッと息をついたり肩を回したりしている。

 

<ムラマツ中佐、君たちが”ヘリオポリス”に向かったと聞いた時には、不躾かもしれないが『またか』と思ったものだよ>

 

「言わないでください大佐。自分も、そろそろ”マウス隊”がトラブルの邪神かなにかに呪われているのではないかと考え始めたくらいなのです」

 

<ははっ、それはすまないな。そういえば、君たちを救援するのもこれで2度目だったか>

 

「ええ。あの時も今も、助けられっぱなしですよ」

 

モニターで行われるユージとコープマンの会話を聞いて、両者の間にはこれまでも関わりがあったのだろうことがうかがえる。

ユージは『あの時』、つまりクルーゼ隊との突然の戦闘が起きた時を思い出す。

装備も練度も、今より低質だった。それでもなんとか戦い続けたから、彼らの救援が間に合ったのだ。

そして、今度は立場が逆転することになるのだろう。もしもこの世界が運命通りに進もうとしているなら、既にラウ達ZAFT艦隊は先遣艦隊の存在をキャッチしている。しかし誰も気付いていない以上は、いくら自分が「ZAFTに見つかっている」と言ったところで怪訝そうな顔をされるのがオチだ。

 

<大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力してくれた事に例を言いたい>

 

”モントゴメリ”側のモニターに、別の人間が映り込む。

ジョージ・アルスター。フレイ・アルスターの父親であり、”ブルーコスモス”に所属する人間でもある。彼の死をきっかけにフレイの精神は歪んでいき、やがてキラを救いながらも苦しめていくことになる。

もしも彼が死ぬ、つまり”モントゴメリ”が沈むようなことがあれば、ナタルはラクスを人質にその場を切り抜けようとするだろう。そうなれば、キラは必ずラクスをZAFTに返そうとする。

そうなれば連合が『人質』という非道を行なった事がプラントに知られ、プラント主戦派の勢力が増すことになる。つまり、長期的に見れば不利になってしまうのだ。

心情的にも、軍政的にもやりたくはない。だが、現状を打開出来る有効な手はほとんどない。ついでに言うなら、戦闘が起きるかどうかも定かでは無い。

原作通りに娘を心配するジョージの姿を見ながら、ユージは内心で悩みを抱え続けるのだった。

 

 

 

 

 

ユージの葛藤は、ある意味では杞憂に終わっている。しかし、それは悪い方にだが。

既にラウ達は先遣艦隊の存在をキャッチしており、ユージ達との合流を防ぐために動き始めていたのだった。

 

”ヴェサリウス” 艦橋

 

「地球軍の艦隊が、こんなところで何を……?」

 

「『足つき』が月、あるいはL1の宇宙基地に向かおうとしているなら、どうするかな」

 

アデスの戸惑いを含んだ声に、ラウは独り言のように応じる。

このあたりにZAFTの宇宙拠点は存在しない。にも関わらずレーダーに映し出されるのは戦艦を含む4隻による艦隊だ。それだけの戦力でいったい何をするのかと言えば、今考えられるのは一つしかない。

 

「補給……もしくは出迎えの艦隊……と?」

 

「ふむ……今、叩いておくべきだろうな」

 

「我々がですか?しかし、我々は……」

 

アデスは何かを言おうとするが、ラウは手をかざしてそれを制する。

 

「たしかに、我々の目的はラクス嬢の捜索だ。しかしここで奴らを見逃せばいずれ『足つき』と合流され、今度こそ手出しは出来なくなる。未だに合流出来ていない今だからこそ、それを許さずに一気に仕留めるべきだ。それに……私も後世、歴史家に笑われたくはないからな。全艦に告げる。我々はこれより、敵艦隊への攻撃を行なう。総員、戦闘配置に付け」

 

ラウの命令を聞き、現在ラウが指揮を執る全艦隊が戦闘態勢を取っていく。

”ナスカ”級高速MS駆逐艦2隻に”ローラシア”級MSフリゲート3隻。少し前までは過剰過ぎると言える戦力であったが、連合軍にMSが配備され始めて数ヶ月が経つ現状では、絶対の自信を持つことは難しくなってしまっていた。

”アークエンジェル”と合流される前に潰すことが出来なければ、その優位は覆される。

 

「目に付いたものには、何事も早く対応するべきなのだよ。それが虎であっても、子猫であってもな」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「レーダーに艦影4,捕捉!”モントゴメリ”、”バーナード”、”ロー”、”ネオショー”です!」

 

”アークエンジェル”の艦橋に笑顔があふれるが、パルの顔が怪訝そうになっていくのをマリューは見逃さなかった。

 

「これは……」

 

「どうしたの?」

 

「───Nジャマーです!一帯に干渉を受けています!」

 

冷や水でも浴びせられたかのように静まりかえる艦橋。

無理も無い。その一報が知らせることは一つだけ。───先遣艦隊は、見つかったのだ。

”モントゴメリ”側で得られた、接近するMSのデータが”アークエンジェル”でも映し出される。

 

「な……何だよ、これ!?”ジン”タイプが20、いや24!“シグー”が4、それに……X303”イージス”!?」

 

『えぇっ!?』

 

その報告を聞き、誰もが驚愕する。”ジン”の数もそうだが、敵の中に”イージス”が混ざっていることも彼らの驚愕を助長していた。

ということは、敵の中にはあの”ナスカ”級も混ざっているのか!?”ヘリオポリス”からこちらまで、散々痛い目に遭わされてきた相手だ。忘れる方が難しい。

 

「”モントゴメリ”より入電!『ランデブーは中止、”アークエンジェル”を初めとする艦隊は反転離脱』とのことです!」

 

「けど、あの艦には……!」

 

サイがCICで声を挙げる。

そう、あの艦にはフレイの父親であるジョージ・アルスターも乗っているのだ。ここで離脱するということは、彼を見捨てなければいけないということだ。

マリューは俯いていたが、即座にユージへと確認を取る。

 

「中佐、どうするべきだと考えますか?」

 

<考えるまでもない。全艦で反転離脱する>

 

「……!?」

 

それはある意味、最も予想外な言葉でもあった。

接した時間は短いが、それでもこの上官が情の深い人物であることはわかる。だからこそマリューは、質問を重ねる。

 

「本当に、良いのですか!?先遣艦隊と合流して戦えば……。それに、今から逃げても逃げ切れる保証もないんですよ!?」

 

「ラミアス艦長!」

 

CICからナタルが非難するような声を掛けてくる。上官の命令に反した言動を採っているのだから当たり前だが、マリューは気にしなかった。

今ここで食い下がらなければ、先遣艦隊は完全に壊滅してしまうのだ。

 

<君の言うことはもっともだ。今から逃げても確実に逃げ切れるとは言えんし、彼らを見捨てることになる。だが、忘れてはいないか?”アークエンジェル”が何を背負っているのか。ああ、”ストライク”や他の”G兵器のことではないぞ?>

 

ユージからの問いかけにマリューは少し考え込み、ハッと気付く。

 

「……!民間人!」

 

<そうだ。これは回避出来る可能性がある戦いで、我々は彼らを守るためにも逃げなければならない。リスクを背負うワケにはいかないんだ。……君なら、どうする?民間人を守る義務と、先遣艦隊との合流。どちらも手に入れたいとなったら?>

 

ユージから、難題に近い問いかけが為される。

逃げなければならない。しかし、先遣艦隊を助けにいきたい。

どうする?どうするどうするどうする!?マリューは必死に頭を巡らせるが、良い考えは浮かばない。

 

<難しく考えるな。我々は一人ではない、使えるものも、”アークエンジェル”一つではない>

 

ユージがこぼしたヒントを聞き、マリューは閃いた。

いや、この上官はこの答えを、あるいはより優れた答えをマリューが出すのを期待していたのではないか?

 

「”コロンブス”……あの艦に民間人を移し、後方で待機させれば、”アークエンジェル”と”ヴァスコ・ダ・ガマ”が動けるようになる」

 

<ああ、それもそうだな。それと……その考えは、意見具申と受け取って良いかな?>

 

「ムラマツ中佐、あなたも先遣艦隊と合流するべきと考えるのですか!?」

 

<バジルール少尉、より安全な方ばかりを進んでもそれが最適とは限らない。そういうこともあるんだよ。全艦に通達!これより本艦隊は、先遣隊援護に向かう!非戦闘員を”コロンブス”に移乗させろ!”コロンブス”は後方で待機!……もしもの時は、そちらの判断で艦を動かすことを認める>

 

ユージの号令に合わせて、艦隊が慌ただしくなっていく。

長いようで短い旅路も、ここでターニングポイントを迎えることとなる。そこを生き残れるかどうかは、自分達次第。

そして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

戦闘宙域

 

”モントゴメリ”を初めとする先遣艦隊は、突然の会敵にもかかわらず迅速に戦闘態勢を整えていく。

我らは栄光ある第八艦隊。そして、ハルバートン提督に”アークエンジェル”救援を任されたのだ。日頃の訓練の成果、今こそ見せる時。

たとえこの戦いが死地に赴くものだったとしても、逃がした希望はいつかの未来、連合軍に希望をもたらすことになるのだ。

”モントゴメリ”や”バーナード”、”ロー”からは、内部に格納していたMA隊や外部に係留していた”メビウス”隊、合わせて14機が発進する。

 

<進路クリア。アルファ小隊、ベータ小隊、順次に発進してください>

 

<了解。アルファ小隊、出るぞ!ZAFTの連中に一泡吹かせてやる!>

 

<ベータ小隊、同じく了解。発進する>

 

そして、本来の歴史では存在しなかった筈の”コーネリアス”級輸送艦、”ネオショー”からは、合計8機のMSが発進していく。

現在の連合宇宙軍には、元々MSを運用するために開発された軍艦が”アークエンジェル”しか存在していない。そのため、複数の艦艇で行動する際には必ずMSを運用出来るようにした輸送艦が最低1隻は編成されるようになったのだ。

といっても、連合の艦隊運営の基本コンセプトから離れたものでは無い。もともと、MA母艦である”アガメムノン”級が担当していたポジションにMS搭載艦が代わって配置されただけなのだから。

MS部隊の構成は、通常の”テスター”4機と、その砲戦仕様である”キャノンD”4機による2個小隊。”テスター”が前衛を担当して”キャノンD”を護衛し、”キャノンD”は”テスター”を援護するコンセプトに基づいて構成された部隊だ。

この戦法が構築されたのには、”マウス隊”を初めとするMS試験運用部隊による『ある結論』が深く関わっている。

それは、『どうやっても過半数のナチュラルは、近接戦においてコーディネイターに敵わない』ということだ。

エドワードやモーガン、レナといった優れたパイロットはともかくとしても、やはりナチュラルとコーディネイターの間に存在する基本能力の差は埋めようもない。

そうして構築されたのが、『相手がその基本能力の高さを発揮出来ないように、射撃戦と連携を徹底した集団戦を行なう』ための戦術。

離れた位置から一方的に相手を叩き、能力を発揮する前に殲滅する。それが現在の連合のMS戦術であった。

今回出撃した”テスター”小隊は全機、通常の基本装備以外にも左手に持っている武装があった。

『6連装ボックスロケットランチャー』。この装備は”テスター”の実戦投入が決定してから間もなく開発された装備であり、無誘導ロケット弾を6発まで発射することの出来る武装だ。

対MS用というよりはどちらかというと対艦用のこの装備だが、これから行なわれる行動には必要なのだ。使い終わったあとは投棄されることになっている。

 

「コープマン艦長、全部隊、配置に就きました!」

 

「よし、そのままで待機だ。最大まで引きつけろ」

 

通信士からの報告を聞き、コープマンは今準備している行動の『次』を考え始める。この程度で優位に立てるようなら、既に連合はMS無しでも戦争に勝利しているのだから。

どうあがいても、この数的不利は覆しがたい。”アークエンジェル”と合流しても、それで確実に勝てるかと言われると答えには困る。

コープマンが思考を巡らせていると、隣からがなり立てる声が響く。パニック状態に陥ったジョージの声だ。

 

「か、艦長!”アークエンジェル”と合流しなくてよいのかね!?たしかあちらには、”マウス隊”もいるのだろう!?」

 

これだ。

娘恋しさに権力を振りかざして強引に乗り込み、挙げ句ピンチになったら騒ぎ立てる。

これだから素人を艦にのせたくなかったのだ。

 

「彼らがここに来ても、確実に戦局を打開出来るとは思えません。最悪、あの艦も沈められるかもしれない。そうなれば、ここまで来て結果を悪化させるだけで終わってしまいます」

 

「だが!」

 

「ご心配なく。万が一の時は、脱出艇を用意させていただきます。そうなればあとは……あちらに脱出艇を打ち落とすような狂人がいないことを祈るだけですな」

 

「そんな……」

 

「艦長、敵MS隊が有効射程圏内に到達するまで、カウント10を切りました!」

 

「了解した。総員、攻撃態勢!」

 

コープマンの号令を聞き、全隊が敵が迫ってくる方向へ武装を構えていく。

コープマンは右手を挙げ、その時を待つ。

 

「カウント……3、2、1」

 

「発射!」

 

右手が振り下ろされると、MSやMA、そして”モントゴメリ”、”バーナード”、”ロー”。

戦闘能力を持つあらゆる艦から、ミサイルが発射されていく。

全部隊による非誘導ミサイルの一斉射。それは違うこと無く敵MS部隊へと向かっていく。

そしてそれが、この戦いの火蓋を切ることになった。




めちゃくちゃ難産でした☆
更新遅れて申し訳ありません……なんて言うと思ったか!元々「週Ⅰ投稿が目標」と明記してあるんだ!だから私は謝らない!

イキリおふざけはこれまでにして、実際リアルが忙しくなっているんですよね。これまでのような連日投稿は難しいと思います。
ですが、ご安心ください。元々加速していたペースが本来の速度に戻るだけです。失踪だけは石にかじりついてでもしませんので、あしからず。

それと、劇中で登場した「6連装ボックスミサイルランチャー」ですが、イメージはまんま陸戦型ガンダムが持ってるあれです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第32話「覚悟」

前回のあらすじ
先遣艦隊「野郎ぶっころしてやらぁ!」
ZAFT艦隊「MS30機に勝てるわけないだろいい加減にしろ!」

(映画「ブラックホーク・ダウン」を見て筆が遅れたので)
初投稿です。


2/7

ランデブーポイント

 

「ナチュラルの弾なんか当たらない、当たらない、当たらない……」

 

ZAFT艦隊から発進した”ジン”部隊、その中でも脚部がそのままブースターポッドに換装された“ジン・ブースター”のコクピットで、タカヤはひたすらにつぶやき続けた。

彼は実戦経験の浅い、アスラン達と同期のMSパイロットだった。彼の目は見開かれ、その口はひたすらに「当たらない」という呟きを紡ぎ続ける。

無理も無い。なにせ、彼の目前には地球軍艦隊が放ったミサイルやロケット弾の壁が迫っているのだから。

隙間など見えない弾幕の前に、彼はおびえきっていたのだ。

なんだこれは、話が違う。アカデミーにいたころは、前線のZAFTが成果を挙げたとか、誰々が活躍したという武勇伝しか聞いたことがなかった。噂になったエースは、この弾幕をも突破して敵部隊を蹴散らしたというのか?

 

<落ち着けよ、タカヤ>

 

「せ、先輩?」

 

彼と同じ部隊のMSパイロットが通信を送ってくる。彼は既に何度も実戦で敵のMSと遭遇し、生き残ってきたのだという。自分と2歳ほどしか歳が変わらないのに、その落ち着きようは尊敬出来るものがあると彼は常々思っていた。

 

<こういうのはな、ビビった奴が真っ先に死んでくんだ。避けようと思って避けられる事の方が少ない。それに、何のためにお前の機体には盾が付いているんだ?>

 

言われて、ハッとなる。

それもそうだ。避けよう、避けなければと思って動きがぎこちなくなってしまえば、それこそ攻撃に命中する可能性は高まる。それに盾を構えていれば、物にはよるが敵の攻撃は防げるのだ。

自分がするべきは、冷静さを失わずにこの弾幕を突破し、敵部隊に肉薄することだ。隊長にも、「近接戦では依然我らが優位に立てる」と教えられてきた。ならば、その通りにすれば良いのだ。

 

「す、すいません先輩。もう大丈夫です」

 

<それならいい。……来るぞ!>

 

敵の弾幕がすぐそばに迫っていた。ミサイル、ロケット弾、ビーム。様々な攻撃が、殺意を伴ってMS隊に迫る!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

恐ろしい弾幕にも怖じ気づかず、MS隊は飛び込んでいく。一律して優れた反射神経を持つZAFTのMSパイロット達は、それぞれの方法で弾幕をくぐり抜けていた。

ひたすらに突き進み、直撃弾だけを見切って回避する者がいれば、丁寧にミサイルを迎撃しながら進む者もいる。ナチュラルから奪ったという深紅のMSなどは、なんと自分を壁にして味方を攻撃から守っている。たしか噂では、実弾を無効化してしまうPS装甲を使っているらしい。それなら、この弾幕も恐ろしくないだろう。ナチュラルも大したものを作り上げたものだ。あれに乗っているアスランがうらやましい。

そんなことを考えていると、ふと弾幕(殺意の嵐)が止んでいることに気付く。モニターには、既に敵艦隊の姿が拡大せずとも見えている。

 

「や……やった!くぐり抜けたぞ!生きてる!」

 

自分が敵の弾幕をくぐり抜けられたことを自覚し、歓喜するタカヤ。周りを見ると、何発か肩や足に損傷を負った”ジン”がいるようだが、2・3機が脱落しただけで戦闘継続には問題がない状態だ。

さあ、あとは鈍間なナチュラルを蹂躙するだけだ。そこまで考えたところで、タカヤは先輩の姿が見えないことに気付いた。

 

「先輩、やりましたよ!生き延びたんです、先輩!……先輩?」

 

通信で呼びかけるが、応答はない。

先ほど見渡したばかりの周囲を、注意深く確認する。

すると、”ジン”が1機、部隊の列を離れて飛んでいく姿が見える。あれは、先輩の”ジン”ではないか。

 

「先輩、そっちにいって何を……?」

 

気になって近づいてみる。

そして、その行動は彼の命を奪うことになった。

 

「せんぱ……!?」

 

近寄った”ジン”の胴体には、大きな穴が空いていた。そこは、本来パイロットが収まる筈の場所。そこにあるべきものが無い。

つまり、この”ジン”は。突撃の勢いそのままでパイロットを失い、慣性で漂っているだけなのだ。

 

「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

その事実を認識したことで、タカヤは絶叫した。

認められない、認めたくない、認めない。こんなことがあるものか。自分より優秀な操縦技術を持っていた先輩が死ぬなど、そんなことは。

そして彼は発狂したまま、その人生に幕を下ろした。1機だけ列から離れた挙げ句に動きを止めた愚か者を、連合側が撃ち抜かない道理は無かった。

最後まで彼は知らなかった。どれだけの力を持っていても、逃れ得ぬものがあるということを。99.9%勝利する戦いにも、0.1%の確率での「それ」が存在することを。

そう、彼らは。

不運(ハードラック)(ダンス)っちまった」だけなのだ。

これは珍しいことではない。どんな戦場でも、彼らのように命を散らしていった者達がいる。

人は所詮、0.1%を引かないように神に祈るしかないのだ。

 

 

 

 

 

「タカヤ!……くっ!」

 

アスランはタカヤが乗るMSの反応が消えたことから、自分の同期が命を落としたことを悟った。

どこか格好付けたがりで、無鉄砲。だが、誰より訓練に熱心に取り組んでいた彼。彼も、この戦争で死んでしまったのだ。

 

<全機、攻撃態勢!バカが何人かやられたが、気にすることはない!運が悪かっただけだ!>

 

ラウに代わって前線で指揮をとるMSパイロットの言葉に、愕然とする。

運が悪かった!?自分の同期は、あの陽気な青年は、運が悪かったから死んだと!?

指揮官のあまりな横暴な物言いに、アスランは口を開こうとした。しかし、それを遮るように他のパイロット達が気勢を挙げ始める。

 

<そうだ、ナチュラル共を倒すんだ!>

 

<見ろよ、あいつらのあの様!俺達をあんな攻撃で倒せると思ってたのか?>

 

<今がチャンスだ!>

 

なんと、いうことか。

戦友達は味方が死んだことを少しも気負う様子を見せずに、意気揚々と攻撃を開始したではないか!

たしかに、敵が目の前にいる以上は彼らのように戦闘を継続する方が正しいのかもしれない。しかし、アスランの心にはしこりが残る。

彼らのあの姿は、どこか歪さを感じさせるのだ。人として大事な物を、どこかへ投げ捨ててしまったかのような。彼らも、家族や友人を守る為に立ち上がり、ZAFTに入隊したはずなのに。

アスランは結局、何も言えずに戦いの波に身を任せることになった。和を乱してまで言うべきことではないし、この戦いで生き残ってから言えばいい。

今は戦うしかないのだと自分に言い聞かせながら、アスランは戦う。

誰かを守りたいと思って戦っているのは皆同じだと、自分に言い聞かせる。

 

アスラン・ザラはおよそ兵士として最高クラスの水準を誇る人物だ。それは戦闘力の高さということだけではなく、即座に思考を切り替えられる精神性を考慮したものでもある。そんな彼が未熟だとしたら、彼が自分に言い聞かせながら撃ち抜いた”メビウス”のパイロットもまた、何かを守るために戦っている人間だということに気付かない、否、目を逸らしていること。

相手も人間なのだということから目を背け続けていることに終始する。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 格納庫 ”デュエル”コクピット

 

自分の息づかいだけが、聞こえる。

アイザックは現在、”デュエル”のコクピットで出撃の時を待っていた。既に”デュエル”の各所チェックは済ませてあるので、後は出ろと言われれば出て行ける状態だ。

もどかしい。アイザックはこの時間はあまり好きでは無かった。

戦場ではいつ誰が命を落とすかもわからない。そんな場所に向かうというのに無音でいるというのは、まるで自分が一人で戦場に出向くかのような錯覚を覚えるのだ。

そんなことを考えていると、モニターにユージの顔が映し出される。

 

<もう一度、作戦を振り返るぞ。我々はこれより先遣艦隊の援護を開始する。まずはアイクが”デュエル”で先行し、敵MS隊をかき回す。カシンは”バスター”で遠距離から砲撃援護だ。セシルは新兵3人を率いて艦隊の直掩に向かえ。コープマン大佐と連絡をつなげられたら、こちらの思惑を伝えてくれ。フラガ大尉は遊撃を頼む。”ゼロ”の加速性能の活かし時だ、頼むぞ>

 

<了解!MA乗りの戦いって奴を見せてやりますよ>

 

<こっちも了解ですぅ。……本当に、やるんですかぁ?>

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦橋からユージが話す内容に、セシルはうなずきながらも半信半疑といった様子を見せる。それもそうだ、ユージの立てた作戦というのは、今まで類を見ない常識を越えた内容だったのだ。

 

<現状を巻き返すには、常道では不可能。ならば奇策で挑むしかあるまい?それともお前には、現状を綺麗にひっくり返す良い策があるのか?あるなら是非ご教授いただきたいものだ>

 

<……いや、ありませんけどぉ。流石にラミアス艦長達の負担が大きすぎませんかぁ?>

 

<"アークエンジェル"の性能ならば可能だ。それに何もこの作戦で敵を撃滅しろというわけじゃない>

 

そこまでの会話を、アイザックは口を挟むことなく静かに聞いていた。

たしかに()()()()は常識からは外れているかもしれないが、不可能というわけではないと思えること、特に不備が無い(そもそものリスクがないとは言っていない)ことを考慮しても十分達成出来るものだということがわかっている。

ユージの立てる作戦は、けして不可能なものではない。まるで誰が何を()()()()()()()()()がわかっているかのようだ。

それ故に、アイザックはこのタイミングで口を挟む。

 

「隊長、少しいいですか?」

 

<なんだ、アイク>

 

「……キラ君は、どうするんですか?」

 

そう、その1点がアイザックはどうしても気になった。

先ほどの作戦の中で、キラが何をするかだけが語られなかった。キラと”ストライク”はけして無視出来ない戦力であり、自分の上官がそれを遊ばせておくわけがない。

ユージがこの状況に至って、キラが民間人上がりだという理由で出撃させるのをためらうような人物ではない、ということも知っている。だから、問いかけたのだ。

 

<……キラ君には、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の直掩として待機してもらう。”エールストライク”の機動力ならば、機を見て遊撃手として運用することも出来るからな。いいな、キラ君?>

 

<あ、はい。わかりました>

 

キラはどこか気の抜けたような声で返答する。ユージは少し眉をひそめたが、あまり追求するものでもないと考えたのか、そのまま話を進める。

 

<最後に、何か質問はあるか?無いようなら、これで終わるぞ。……全機、発進!>

 

<作戦開始!MS隊各機は、順次発進してください!>

 

キラの学友だというミリアリア・ハウの声を聞きながら、”デュエル”はカタパルトでと運ばれていく。

カタパルトに脚部が接続され、左右の壁から装備が”デュエル”に装着されていく。───準備完了だ。

 

<進路オールグリーン!”デュエル”、発進してください!>

 

「了解」

 

ふう、と息をつく。大丈夫、自分は一人じゃない。自分だけで出来る事はほとんどないが、仲間と一緒だから大丈夫。皆が目標に向かって行動すれば、作戦は成功する。

操縦桿を握る手に少し力を入れる。恐怖は、自分の動きを阻害してはいないようだった。

 

「アイザック・ヒューイ、”デュエル”、発進します!」

 

 

 

 

 

”モントゴメリ” 艦橋

 

<アルファ2、シグナルロスト!”ロー”にとりつかれます!>

 

<”バーナード”被弾!航行に支障無し!>

 

<うわぁぁぁぁぁ、助けてくれ!>

 

状況は最悪と言って良かった。あちこちから飛んでくる悲報・悲鳴に既に耳が慣れてしまっている。

コープマンはこの戦闘における勝利の可能性を既に切り捨てていた。どんな名指揮官であっても、数的不利かつ混乱状態にある艦隊を勝利に導くことなど出来ない。故にコープマンの頭を占めていたのは、どのようにしてこの戦闘から撤退するかにあった。

だがZAFTからしてもこちらを逃がすつもりはないようで、先ほどから何度か方向転換を試みたが、その度に敵艦隊からの砲撃が予測進行方向に向けて飛んでくる。どうやら敵は、艦砲ではなくMS隊による白兵戦で決着を付けたいようだ。

本来なら始まりの砲撃で8機は持って行きたかったのだが、まさかその半分ほどの損害に済まされるとは!パイロットの全体的な水準も見事だが、特に目を引いたのはあの赤いMS、先日奪われた”イージス”というMSだ。

”マウス隊”が有し、トップエースと称されるほどの活躍の一助となっている”デュエル”、”バスター”の同計画機。実弾を無効化するという防御力も脅威だが、機動性も大したものだ。先ほどからビーム兵器は優先して”イージス”をターゲットさせているが、かすりすらしない。

また1機、”イージス”が”メビウス”を撃墜する。

 

「か、艦長!早く撤退するんだ!」

 

加えて、隣にいる事務次官(役立たず)のわめき声もしゃくに触る。

この際、無理矢理にでも脱出艇に乗せて追い出してしまおうかと考え始めた時である。

 

「9時の方向より、高熱源体接近!これは……”デュエル”です!」

 

「なんだと!?」

 

「”デュエル”といえば……”マウス隊”!よかった、助けに来てくれたのか!」

 

周りはにわかに活気づき始めるが、コープマンは毒づく。

 

「バカなっ!反転離脱しろと言ったはずだぞ!?」

 

”アークエンジェル”という重要な戦艦を担っているにもかかわらず救援に来るなど、何を考えているのだ!?今彼らがやるべきことは、一刻も早く”アークエンジェル”を安全な場所まで運ぶことだというのに!

颯爽と駆けつけた”デュエル”は敵MS隊に切り込み、“イージス”との戦闘に入った。同じ『G』同士であればパイロットの腕次第ということになるが、おそらくZAFTのエースが乗っているであろう”イージス”とも互角に渡り合っているあたりは流石と言える。

遠距離からは高出力のビームが射かけられ、”ロー”に取り付こうとしていたMS隊を追い払う。おそらく、『機人婦好』カシンが乗る”バスター”の遠距離砲撃だ。2人の英雄の登場により士気は向上したが、それでも数的不利にあるのは間違いない。

努めて冷静に現状を整理していると、”アークエンジェル”から発艦したとおぼしきMS隊が接近してくる。その内の1機、通信能力を強化した”EWACテスター”が”モントゴメリ”艦橋の横に取り付いた。

 

<こちら、”ヴァスコ・ダ・ガマ”所属のセシル・ノマ曹長ですぅ!ユージ・ムラマツ中佐からの意見具申を運んで参りましたぁ!>

 

「なんだと……!?」

 

何故救援に来たのかと問い詰めたくなるが、あちらもただ考え無しに助けにきたワケでは無いようだ。

ユージが考えたという作戦を聞いてみると、それを聞いた誰もが驚愕に染まっていく。本気でそんなことをやろうというのか!?

しかし、これに成功すればこの艦隊は無事に撤退することが出来るし、敵艦隊に大打撃を与える事も出来る。そして何より、迷っている時間も無い。

 

「いいだろう、乗ってやる。()()は?」

 

<『ブレイクスルー』ですぅ!それでは、貴艦の防衛を開始します!>

 

通信を終えると、すぐさま近くの”ジン”にライフルを撃ち込むセシル。彼女もまた”マウス隊”パイロットということなのか、その射撃は”ジン”を直撃し、また戦場に一つの花火を咲かせた。

 

「各艦に作戦を通達しろ!我々がやるべき事はただ一つ!耐えることだ!」

 

「了解!こちら”モントゴメリ”、”ロー”、”バーナード”に告げる、我々はこれより……」

 

「左舷、弾幕薄いぞ!」

 

コープマンの指示を聞き、各艦が通達された作戦に従って行動を開始していく。

戦場でもっともやってはいけないことは、棒立ちすること。次点で、躊躇することだ。上官の指揮に従うかどうかを悩んでいるよりも、ためらわずに実行する。それが理想の兵士というものだ。

何かを考えながら戦うなど、考える立場だったり考えられる人間に任せれば良い。

先遣艦隊は混乱状態から一転して、まとまって行動を開始した。

それはひとえに、生き残るために。

 

 

 

 

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦上 ”ストライク” コクピット

 

「なんで、僕だけ……!」

 

<君を何処に投入するかは、こちらで決める。まだ待機していてくれ>

 

ユージの淡々とした声を、もどかしく思いながら聞く。

キラは現在、エールストライカーを装備した”ストライク”に搭乗し、”ヴァスコ・ダ・ガマ”の艦上にて待機していた。その機動性を活かすため、とは聞いているが、皆戦っている中で自分だけそれを傍観しているような今の状況は、なんともじれったい。”ヴァスコ・ダ・ガマ”が作戦のために少し戦域から離れた場所にいることも、それを助長している。

別に戦いたい、殺したいというワケでは無い。無いのだが……。

 

『キラ様も、戦われるんですか?』

 

『だ、大丈夫よね?パパの船、やられたりしないわよね!?ね!』

 

出撃する前に出会った、二人の少女からの声が頭の中でこだまする。

彼女達はあの後”コロンブス”に移乗したから、戦闘に巻き込まれる可能性は低い。故に、心配しているのはそういうことではなかった。

サイから教えられたが、先遣艦隊の”モントゴメリ”という戦艦にはフレイの父が乗っているのだという。今まさに、(キラは知らないことだったが)フレイのたった一人の家族が命を落としてしまうかもしれないのだ。

しかし、”モントゴメリ”を守って戦うということは、またアスランと戦うということだ。戦域には既に”イージス”が確認されているという。親友と、そして同じコーディネイターと命を賭けて戦う。そして、命を奪う。

どっちも嫌だった。しかし、自分に何が出来るというのか。”アークエンジェル”は作戦の為に”ヴァスコ・ダ・ガマ”から離れていってしまった。

キラが一人葛藤していると、ユージが話しかけてくる。

 

<ずいぶん悩ましげだな、キラ君。戦うのは怖いか?>

 

「中佐……えっと、その、それはそうなんですけど……」

 

<……誰だってそうさ。怖い。人を殺すのも、人に殺されるのも。アイク達だって怖い筈だ。それでも、やらなければいけないから、やらなければ失うばかりだから戦うんだ。そうやって皆、覚悟を決めていく>

 

「僕は……」

 

<ああ、それとも>

 

ユージの口から紡がれた言葉を聞いた瞬間、キラは自分の心臓が止まったような感覚を覚えた。無論、実際に止まったワケでは無いのだが、それほどの衝撃を伴っていたのだ。

 

()()()()と戦うのが怖いのかね?>

 

それは、ユージが知る筈の無い名前。3年前に別れ、今は敵同士となってしまった友の名前。

誰にも教えていない筈の名前。

 

「なん……で」

 

<実は、”デュエル”や”バスター”には試作機としてデータ収集を円滑に進めるためにレコーダーが搭載されている。操縦したパイロットがどのような所見を得たかを記録しておくためにね。……当然“ストライク”にも積まれている。ラミアス大尉達は、状況の対処に手一杯で忘れていたようだがね>

 

つまり、自分が今まで戦っている最中にアスランと話していた内容は全て、彼に聞かれてしまっていたということだ。

キラは青ざめた。今更ながら、ZAFTの兵士と交友を持っていることが知られてしまったということは。

また、スパイだと疑われる要因になりかねないことに気付いたからだ。

 

「ぼ、僕は、その……」

 

<……辛かっただろうな。私は記録された内容でしか知らないが、それでも君とアスランの仲が良いものであることはわかる。成り行きとは言え、友人と戦うことは君にとってどれだけ苦痛だっただろう>

 

ユージの言葉を聞き、キラの心は少しばかり安らぎを得る。今まで、誰にも言えなかったこと。友人を守るために親友と戦う事になってしまったことに、同情してくれる人はユージが初めてだったのだ。

だが、とユージは目を厳しい物に変える。

 

<それでも、私は君に二つの選択肢を与えることしか出来ない。友と戦うか、先遣艦隊を見殺しにするかだ>

 

「……!?」

 

<あの敵艦隊に想像通りの人物が乗っているなら、君の力が無ければこの作戦は失敗するからだ。だが、私はそうだとしても君に問わなければならない。……君に、アスランを殺す覚悟はあるか?>

 

「アスランを……ころ、す?」

 

ユージの言葉が心を揺さぶる。

戦うということはアスランとまみえるということであって、戦わないということは今前線で戦っているアイク達や先遣艦隊を見捨てるということに他ならない。

 

<無いならば、私が君を投入することはない。”コロンブス”の護衛にでも回ってもらう。なに、アイク達の実力ならば敵MS隊を煙に巻くことは出来る。先遣艦隊は……わからんが>

 

「そ、そんな!」

 

今まで、自分の力があったから”アークエンジェル”が生き延びれた場面もあった。それだけの力があることは、客観的に自分を見ればわかることだ。アイザックも、戦闘データを見たあとに「君がいなかったら”アークエンジェル”は沈んでいた」と言ってくれた。

うぬぼれかもしれないが、『力』を持っている自分を遊ばせていて良いワケがない。

 

<それはそうだろう。戦場に出て行って、いざ友と相まみえると固まってしまう。銃を撃つでもなく、斬りかかる訳でもない。ただ、戦いたくないとわめきながらのらりくらりと躱すだけ……そんな人間を信じれるか?>

 

ユージの言うことは正論だ。だが、それだけにハッキリと決断するのをためらわせる。

アスランか、アイザック達か。

これまではアスランも本気ではなかったのだろう。キラを殺せる場面でも殺さずに連れ帰ろうとしたことからそれはわかる。

だが、この戦いはアスランだけでなく、他の多数の”ジン”とも戦うかもしれないのだ。そうなれば、流石にアスランでも自分への躊躇を捨ててくるかもしれない。そうなれば、今度こそ本気でアスランと戦わなければならなくなる。

だが……。

 

<私からは、二択を突きつけるしかない。もう一度言うぞ?アスランか、先遣艦隊か、だ。……そして、迷っている時間もない>

 

ユージの目には、ユージにしか見えないステータスが表示されている。

 

イージスガンダム

移動:7

索敵:A

限界:180%

耐久:300

運動:33

シールド装備

PS装甲

 

武装

ビームライフル:130 命中 75

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:180 命中 75

 

アスラン・ザラ(Cランク)

指揮 7 魅力 11

射撃 12 格闘 14

耐久 13 反応 13

SEED 3

 

正直、アイザックが互角に戦えているのは機体性能に開きがないことが大きな要因だ。そうでなければ、既にアイザックは撃破されてしまっているだろう。やはり、このままアスランを抑えておくにはキラの力が必要になってくる。今は、かろうじて互角を保てているだけなのだ。

そして、彼はやってくる。いつもいつも、ユージ達にとって最悪なタイミングで!

 

シグー(ビームライフル装備)

移動;7

索敵:C

限界:170%

耐久:90

運動:25

 

武装

ビームライフル:140 命中 65

重斬刀:75 命中 80

 

ラウ・ル・クルーゼ(Bランク)

指揮 12 魅力 6

射撃 14(+2) 格闘 14

耐久 4 反応 14(+2)

空間認識能力

 

本当に、人へ嫌がらせをする達人だと思う。

 

(頼むから、何かの間違いでくたばってくれないかな……)

 

クルーゼ、襲来。

少年の悩みが解決しない様を、嘲笑うかのように。




今回のサブタイトルは「覚悟」。タイトルに沿って、各陣営それぞれの心情をそれなりに書いてみました。
上手く書けてたかな……。

果たして、ユージの考案した作戦とは?”アークエンジェル”はどこにいったのか?
そして、キラの『覚悟』はどうなってしまうのか?
上手く筆が進めば、GW中にもう1話書けると思います。
それでは、また今度!
良きインドアGWライフを!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

追記
次は「フルメタル・ジャケット」を見ます。


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第33話「ゲームメイク」

前回のあらすじ
ユージ「この作戦、キラが戦わなかったらやばいことになるよなぁ……(冷や汗)」




2/7

戦闘宙域

 

「くっ……!流石にやる!」

 

アスランは現在戦っている敵、”デュエル”に賛辞を送る。

やはり”イージス”と同じPS装甲を使っている機体なのだろう、先ほどから牽制に放っているイーゲルシュテルンは尽くが無効化されている。機動性もかなりのもので、”イージス”の全力機動にもついてくる。

なにより、そんなMSを使いこなすパイロットの腕が問題だ。正確な射撃に加えて、こちらの虚を突くかのような攻撃が織り交ぜられて放たれる。かといって近接戦を挑もうとしても、耐ビームコーティングされた盾を見事に使いこなしてこちらの攻撃を防ぎ、あちらもビームサーベルで反撃してくる。

こういった堅実な戦い方をする敵は総じて厄介だ。けして勝てない相手ではないが、時間が掛かる。別の場所に気を取られようものなら逆に撃破されてしまうだろう。

流石は、音に聞こえし“マウス隊”といったところか。

 

「このままでは味方が……!」

 

現在の戦況は、間違いなくこちらに有利だ。既に敵艦隊はMS隊による包囲がなされており、こちらの艦隊の有効射程範囲内にも程なくして収まる。敵のMS・MA部隊も既に半数以上が撃破されており、防衛能力はほとんど喪失していると言っていいだろう。

しかし、『確実に勝てる』とは言えない。アスランは、そんな胸騒ぎを覚えていた。

現在も遠くから放たれる砲撃は、おそらく『カオシュンの悪魔』によるものだ。既にやつ1機のためだけに3機のMSが撃墜されている。この混戦状態の中を狙撃だけでだ!これを無視することは出来ないと、”シグー”を駆る隊長格が4人がかりで対処に向かっている。

更に、『足つき』から応援にやってきたであろうMS隊の戦力も無視出来ない。1機を除いて動きは稚拙だが、きちんと固まって艦隊中央の”ネルソン”級戦艦を防衛している。一般の兵士だけではあれを切り崩すのはかなりの負担だ。ここに隊長格の指揮があれば話は別だが、彼らは現在『カオシュンの悪魔』の対処に追われている。

けして勝てないわけではない、しかし時間がかかる。

アスランはこの状況を『敵が時間を稼いでいる』と判断した。だが、時間を稼いで何をしようというのか。

アスランの思考はそこで中断させられた。”デュエル”からビームが射かけられたからだ。

なんとかしなくてはいけない、だが目の前の強敵はそれを許さない。

しかし、状況は一転した。”デュエル”にとってまったくの見当違いな方向からビームが放たれたからだ。

 

<ずいぶん手こずっているようだな、アスラン>

 

「く、クルーゼ隊長!?」

 

”デュエル”にビームを射かけたのは、特徴的な形のビームライフルを構えた”シグー”。ラウが現状を見かねて出撃してきたのだ。

 

「申し訳ありません、隊長自ら来られるとは……」

 

<気にするな、それだけの相手だ。ここは連携して叩くぞ>

 

「了解!」

 

良かった、これでなんとかなりそうだ。アスランは安堵した。

まずは”デュエル”を撃破する。それから他に対処すれば良い。

 

<行くぞ>

 

「はい!」

 

アスランが”イージス”のサーベルを展開し、”デュエル”に切り込む。”デュエル”は近づかれる前にビームライフルで迎撃しようとするが、ラウによる援護攻撃がそれを妨害する。これが実弾攻撃であれば無視することも出来たが、生憎と放たれたのはビーム攻撃。当たったら致命傷となるその攻撃を防げば、”イージス”は既に目の前。仕方なくそのままの態勢で防御を試みるが、片手がビームライフルで塞がっているせいで反撃に移れない。そのまま構えた盾ごと蹴りつけられてしまう。

なんとか態勢を立て直して”イージス”にビームを放とうとするが、そこをまた”シグー”に狙い撃たれてしまい、ライフルを破壊されてしまった。ならばと”シグー”に向かう”デュエル”だったが、今度は”イージス”の射撃によって阻まれてしまう。

アスランとラウ、二人のトップエースを相手にしたことで、アイザックは追い込まれていく。

 

 

 

 

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦上

 

アスランか、友軍か。キラは一人悩み続けていた。

親友と殺し合うなど論外だ。しかし戦わないということは、今前線で戦っているアイザック達や”モントゴメリ”に乗り込んでいるというフレイの父を見捨てることになる。

行動してもしなくても、誰かの命が掛かってくることになる。『進むも地獄、引くも地獄』とはまさにこのことだ。

だが、迷っている時間も無い。現に、通信がつながったままの”ヴァスコ・ダ・ガマ”艦橋からは、忙しなく戦況を報告する声が響いている。

 

<”ロー”に被弾、ミサイルユニットで誘爆発生!?ああっ!……”ロー”、撃沈>

 

<先遣艦隊所属機、残存戦力が30%を切りました。MS・MA共に3機ずつしか残っていません>

 

<カシンさんは……”シグー”タイプ4機にとりつかれてます!>

 

<……()()()()だ。今のところはな>

 

モニターの中のユージは特に焦った様子は見せずに、キラを見つめ返す。───キラの答えを待っているかのように。

いや、実際に待っているのだ。自分という戦力が参加するかどうかで作戦を変更すると言っているのだから、それも当然だ。

どうする、キラ・ヤマト。どうすればいい?

 

<キラ君、もう時間は無い>

 

聞きたくない。ユージからの言葉を聞かないように、思わず耳を塞ごうとさえしてしまう。ヘルメットに内蔵された通信機から発せられているのだから、まずヘルメットを取らなければいけないのに。

その様子を見たユージは、帽子のつばで目元を隠しながら話し始める。

 

<……君はどうしたい、キラ君。どんな風にこの戦いが進んで欲しいと思う>

 

「え……?」

 

<アスランの命を奪いたくない、かといってアイク達や先遣艦隊を見捨てることも出来ない。そして私は、どちらかを切り捨てろと言った。だがな……それは、『私』が定めたことだ。君の意見など聞かずにな>

 

この男は、自分に何を言おうとしているのか。キラにはわからない。

ユージは続ける。

 

<つまりだ、君としてはアスランを殺すことなく、アイク達を助けたい筈だ。違うか?>

 

「……はい」

 

<ならば、何故()()()()()()()()()()()と言えない。アスランは殺さないし、アイク達も見捨てない。君は少なくとも”ストライク”を十分に扱えるし、それを実行に移せるだけの力がある筈だ。少なくとも、私はそう考えている>

 

「そ、そんなの出来るわけないじゃないですか!」

 

本当に何なのだこの男は。最悪の二択を迫ったかと思えば、その二択以外の選択を選べと言い出す。

そんな都合のいいことが出来るのなら、人間はもっと上手に生きていける。それが出来るほどの力が、あるなら……。

 

<何故だ?ヘリオポリスで君は、禄に知りもしない“ストライク”を操って”ジン”を撃破してみせた。脱出後の戦闘でも、ほとんど孤立無援の状態にありながら”イージス”を含む複数のMSから”アークエンジェル”を守りぬいた。客観的に見ても、自分には相応の力があるということがわかる筈だ>

 

「でも……でも!僕一人が行ったところで何が出来るって……!」

 

<1人ではない!>

 

いきなりユージから発せられた怒号に、身が竦む。今まで穏やかに話していたところしか見たことが無いキラには、衝撃があったようだ。

 

<君は1人じゃない。”アークエンジェル”も、フラガ大尉も。”マウス隊”もいる。君がこうしたいと言えば、私達も君と話し合うくらいは出来る。君が何かミスをしても、フォロー出来る実力があいつらにはある。……自分が一人で何でも出来るとは思ってはいけない。しかし、無力だと思うのもいけない。重要なのは、自分がその集団の中で何が出来るか、自分の役割が何か、そして、()()()()()()()()()()()()()()、だ。もう一度聞くぞ。()()()()()()()?>

 

「僕は……」

 

キラは一度俯いた後、ゆっくりと顔を上げてユージの目を見る。

 

「僕は、アスランと殺し合いたくなんてない。だけど、あの人達を見捨てることも出来ません。教えてください、僕はどうしたらこれを両立出来ると思いますか……?」

 

ユージは、満足したかのようにうなずくと、話し始める。

 

<言葉に出すなら簡単なことだよ。()()()()()()()()()()()()()、ただそれだけだ。アスランを撃たない、しかし、アスランを他の味方の方へ行かせない。そうすればアイク達が他の敵MS隊を抑えてくれる、”アークエンジェル”が目的を達成するまでの時間稼ぎも出来る。言っておくが、ただアスランを倒すよりも遙かに難しいだろう。……それでも、やるか?>

 

キラの答えは決まっていた。

それで、この場を切り抜けられるなら。アスランを殺さずに、アイザック達も救えるなら───!

 

「やります、やってみせます!」

 

<よく言った!発令!”ストライク”は”イージス”相手に時間稼ぎをしろ!なお、”イージス”に対して攻撃を行なわなくとも一切咎めないことを明言する!……発進!>

 

命令が下った。キラは、操縦桿を握る手に力を入れ、フットペダルを踏み込む。

 

「キラ・ヤマト、『ガンダム』、行きます!」

 

かくして、『ガンダム』は飛び立った。たとえどんな難題でも、その先に自分の願いがあると信じて。

その光景を、ユージは複雑そうに見ていた。

 

 

 

 

 

「お見事ですね、隊長。彼、上手いこと乗ってくれましたよ」

 

「世辞に見せかけた皮肉とは、ずいぶん偉くなったものだなエリク?……私だって、本当はあんなことはしたくなどなかった」

 

「……申し訳ありません」

 

「いや、いい。私が負うべき咎だ。……どう言いつくろっても、道に悩む子供を言いくるめて戦場に送り出したんだ。あたかも彼の望みに応えるかのように、ね」

 

「私は比較的()()()()なので率直に申し上げますが、彼の力が無ければこの戦いは切り抜けられません。そもそも彼に参加しない選択肢などなかった。でしょう?」

 

「……ああ。彼が行かなければ我々は全滅していただろう。離れている”コロンブス”だって、少し探せば見つかるし”ナスカ”級なら追いつける。そして、”コロンブス”を人質にされたキラ君は投降せざるを得なくなる……。本当に彼のことを考えるなら、素直に反転離脱していればよかったんだ」

 

「たいちょー、大丈夫ですよー。私達、皆何かしらの形で人殺してるんですよー?皆仲良く人でなしですー」

 

「ほう、お前にも人を励ます……励ます?ような器用なことが出来たんだなアミカ」

 

「エレカは相変わらず失礼ー」

 

「だから、エリクだといっとろうが!」

 

「……ありがとう。では、我々も準備に取りかかるぞ!そろそろ”アークエンジェル”も準備が出来ているだろうしな!」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

<ああ、助けてくれぇ!隊長が!>

 

<来るな、こっちに来るなぁ!>

 

<いやだ、いやだぁ!>

 

戦況はハッキリ言って、最悪の一言に尽きる。セシル・ノマはそう分析した。いや、もはや分析などではない。こんなことは新兵にだってわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

味方が次々と死んでいき、いつ自分がそうなるかもわからない。先ほど、追い打ちか何かのように”ロー”が沈んだ。新兵達はよく恐慌状態に陥っていないものだ。3人で連携して、敵を落とせないまでも”モントゴメリ”に寄せ付けずに奮戦している。

こんな状況、ずいぶんと久しぶりなように感じられる。最近は”デュエル”や”バスター”が配備されて、どこか安定した戦いが出来ていたものだからなおさらそう思う。

その頼れる仲間達は、現在”イージス”や”シグー”といった強敵に囲まれている。おそらく、こちらに手を貸すことは出来まい。というかあの”シグー”の動き、かつて自分達が苦渋を飲まされた機体のものではないか?こんなところで出くわすとは、なんというアンラッキーか。

だが、もしもあの”シグー”があの時と同一の人物によって操られているというなら、()()()()()()()()()()()()()ことの証明となる。

それまで、こちらが撃破されなければの話だが。

 

「皆さん、落ち着いてくださぁい!こうバラバラだと、撃ってくれといっているようなものですよぉ!?」

 

<ああ……わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?>

 

<いやだ、助けてくれ!父さん!母さん!>

 

こんな有様である。

危機的状況かつ、自分を指揮する人間が既に落とされていることが大分響いている。既に”ネオショー”所属のMS隊は3機ほどしか残存していない。目に映るもの、未だに自分達を包囲出来る数の敵機。

もう、どうしようもない。セシルはそう結論づけた。

そして、普段垂れ目な彼女の目が、スッと細まる。彼女は、”モントゴメリ”に通信をつなげた。

 

「───コープマン大佐。艦隊所属のMS・MA全機の指揮権を私にください」

 

<いきなり何を言って───!?>

 

「速く決断してください。作戦の前に全滅しますよ?」

 

コープマンは、目と耳を疑った。

セシル・ノマ。”マウス隊”所属のパイロットの一人であり、現在”EWACテスター”で戦闘している女性兵士。『ゲームマスター』の異名を持つ者ではあるが、ハッキリ言って目立った活躍は見せていなかった。

先ほどの通信ではどこか間延びした話し方をしていた彼女だが、今モニターに映っている彼女からはそんな様子は感じられない。双子か何かではないかと疑うほどだ。

 

<……君なら何とかできるかね>

 

「やります」

 

返されたのは、やはりこちらに有無を言わせる気のない言葉。

だが、今のコープマンでもわかることがある。それは、この戦場が最悪な状態にあること。そして、自分にそれを解決する能力がないことだ。

 

<わかった、本艦隊に所属する全MS・MA部隊の指揮権を君に委ねる。全部隊に通達───>

 

「もうこっちでやってます。それでは」

 

目を見開くコープマンを無視して、セシルは深い思考を始める。

現在の自軍戦力。”デュエル”、”バスター”がそれぞれ1機。しかし、どちらも敵高性能MSに包囲されており戦力計上不可。”EWACテスター”1機、”テスター”4機、内3機は新兵。新兵は”モントゴメリ”周辺で防衛戦闘中。残り1機は撃破された”ロー”側に未だ残留。”キャノンD”2機、こちらは”ネオショー”付近で戦闘中。内1機は左腕損傷、ライフル消失。”メビウス”3機、現在は戦場をバラバラに飛び回っている。流れ弾に当たる可能性大。”メビウス・ゼロ”、戦場の中心から離れて遊撃に徹している。”モントゴメリ”、”バーナード”共に対空砲台のほとんどを潰されて対空防御不可。”ネオショー”も同じく。

現在の敵戦力。”イージス”と推定いつぞやの”シグー”、”デュエル”が現在対応中。4機の”シグー”、”バスター”が対応中。“ジン”タイプ、16。内、5機は脚部を大型ブースターに換装したタイプ。敵艦隊はまだ離れた場所にいる。射程距離でもおかしくないが、混戦状態では味方にも命中する可能性があるため砲撃不可能状態にあると推測。散発的な動きと”シグー”が全機『ガンダム』タイプに対応中ということから、現在、敵MS隊の指揮を執る者は正式な指揮官ではない、あるいは指揮官がいない可能性大。

周囲。あちこちに散乱するスクラップ(障害物)。そして───。

思考の海から、意識が浮上する。

ここまでの時間、実に1秒。

 

「ヘンドリー機、ミスティル機、ディード機はそのままの状態で応戦を継続。撃破するより撃破されない戦いを心がけてください。アルファ3、今から私とエレメント(2機で構成される、部隊編成の最小単位)を組んでもらいます。ベータ2、ベータ3も同じくエレメントを組み、引き続き”ネオショー”の護衛を継続。対艦装備の敵機体を優先してください。時間稼ぎには十分です。フラガ大尉、残存した”メビウス”の指揮を執って遊撃をお願いします」

 

命令しながらも、”EWACテスター”の操作は機敏に行なうセシル。また1機、”ジン”がセシルの放った銃撃により撃墜された。

次の瞬間、驚くべきことが起きた。別の”ジン”から放たれた後方からの銃撃を頭部を軸に180°縦に回転することでよけたばかりか、逆に反撃で撃墜してみせるセシル。

最初は「小娘が何を」という思いを抱えていた先遣艦隊所属機だったが、彼女の有無を言わさぬ言動と先ほどのアクロバティックな機動を目にし、おとなしく命令に従うことを決めた。

 

「ライフルを回収、残弾……無し。予備弾倉は残存。───アイクさん、これを」

 

辺りを漂っていた”テスター”の残骸から、保持されたままだったアサルトライフルを回収すると、”イージス”に向かって銃撃を行なう。彼らは比較的近い場所にいたため、セシルも援護が出来る。

”イージス”は律儀に銃撃を回避するが、そこで生まれた隙を見逃すアイザックとセシルではなく、先ほど回収したライフルが”デュエル”に投げ渡される。既に予備弾倉は装填済みだ。

これで、”デュエル”が射撃手段を手に入れたことになる。

 

<ありがとう、セシル!>

 

「あの”シグー”の射撃間隔にはそれなりの開きがあります。推定、6コンマ3」

 

<───了解!>

 

セシルの様子に息を飲むが、すぐさま平静を取り戻して戦いに戻るアイザック。セシルに攻撃しようとする”イージス”だったが、それをアイザックは許さずに立ち塞がる。

セシルも特に感慨を見せずに、戦線に復帰した。近くに、アルファ3の”テスター”が接近してくる。

 

<自分達は何を!>

 

「”バーナード”を防衛します。───右後方に敵機。散開!」

 

<───!?>

 

アルファ3はとっさに散開する。すると、先ほどまで自分がいた場所を銃撃が通過していくではないか!

そのまま、セシルは淡々と右後方の”ジン・ブースター”に反撃を加える。シールドに阻まれて致命打とはならないが、少なくない損傷を与えることに成功する。

 

「行きますよ、アルファ3」

 

<え……あ、はい!>

 

感情を動かす様子を見せずに、淡々と”バーナード”を守りながら再び戦い始めるセシル。

その様を見て、アルファ3ことバード・テックスは異質なものを覚える。

なんだ、これは。20にもなっていないような女に、このような振る舞いが出来るのか?このような機動が出来るのか?まるでこの戦いの全てを把握しているような、敵味方関係なく、彼女の手のひらでもてあそばれているかのような……。

しかし、そんな彼女の力がなければ瓦解してしまうような戦場でえり好みが出来るわけもなく。

バードは自分の心を押し殺して、戦線に復帰するのだった。

 

 

 

 

 

『セシルって、対戦系のゲームは遊ばないの?』

 

『ふぁい?』

 

『いや、セシルってよく自由時間とかにゲームで遊んでいるのを見るけど、いっつもRPGとかばっかりだなぁって。ねぇ、アイク?』

 

『え?……言われてみれば、そうかも。FPSゲームとかもやらないね。ひょっとして、苦手なの?』

 

『うーん別に嫌いってわけじゃないんですけど……なんて言えばいいんでしょう。飽きやすいんですよねぇ』

 

『飽きやすい?』

 

『はいぃ。誰も彼も、ちょっと遊んだだけですぐに()()()()()()()()()()()。私は別に弱い者いじめとかは好きじゃない、むしろ嫌いな方なのでぇ』

 

『そ、そうなんだ……』

 

『どのキャラクターがどんなアクションが出来るか、どんな性能なのかが大体わかってからは、それが顕著ですねぇ。皆さん、どんなことをしてくるのかが丸わかりなんですもん。FPSとかもどんな武器使ってもヘッドショット出来ますから、一時期ナイフ縛りでオンライン対戦とかもしてたんですよぉ?9割ぐらいで勝ちましたけどぉ。その点、パーティゲームとかは最高ですねぇ!ああいう運要素の強いゲームだと、どれだけ知っててもひっくり返されたりしまいますからぁ。……一緒にやる人はいませんでしたけどぉ』

 

『ご、ごめん。……今度、いっしょにやる?ゲームとかは詳しくないけど』

 

『いいんですかぁ!やったぁ!これで、ひとり寂しくパーティゲームする虚無とはおさらばですぅ!』

 

『……アイク(小声)』

 

『……わかってる、カシン。いつの間にか、他の人が弱くなってるんじゃなくて』

 

『『セシルが()()()()()()()()んじゃないかな……』』

 

 

 

 

 

”ヴェサリウス” 艦橋

 

「残存MS、19!あっ、いえ!18になりました!」

 

「くそっ、MS隊は何をやっている!敵艦に接近しすぎだ!これでは砲撃で巻き込みかねない!」

 

「半ば混乱状態にある模様です!指揮官は……敵の砲撃MSへの攻撃を続行中!」

 

指揮官が部下を置いて、砲撃MSの対処!?百歩譲って、一部隊がまとまって砲撃MSを対処するならわかる。というかむしろ、そうして欲しかった。

だが、現実には隊を預かるはずの指揮官達は突出して1機のMSを集中攻撃しているという。どう考えても異常な事態だが、自分や“ヴェサリウス”、”ガモフ”に”ツィーグラー”の乗組員以外は特に焦りを持っていないようだ。

 

<何を焦っている、アデス艦長?たしかに敵の抵抗は中々目を見張るものがあるが、それも時間の問題。いずれあの青いMSもクルーゼ隊長達が撃墜してくれるだろうさ>

 

今回の任務で部隊に編入された”ナスカ”級”シュティルナー”の艦長がそう言ってきたことに、唖然とするアデス。

逆だ、逆!これだけの数を投入しておきながら、未だに落とせていないことが問題なのだ!

おまけに、部隊の最高指揮官であるラウが出撃することになってしまっていることに、なぜ危機感を覚えない!彼が出撃したのだって、指揮官が全員突出したことで混乱した戦線を立て直すためだぞ!?それくらいガタガタなのだ、現状の我々は!そのラウは、アスランと共に青いMSに手間取っている。これでは戦線の立て直しなど、夢のまた夢だ!

いっそのこと、撤退信号を挙げるか?いや、ダメだ。ラウの意思を聞かずに行動するのはともかく、『一応は優勢な』この状況でおとなしく引く兵がいるだろうか?

どいつもこいつも、宇宙の防衛戦力という名の第2軍だ。優秀な指揮官の大半は地上に引っ張られていってしまった。そのせいで、個々の腕はそれなりであっても連携を重視しようとする者は少なめだ。なにせ、連携などしなくとも今まで勝ってきたのだから。

()()()()()()()()()のだから。

アデスも、もう少し信じていたかったのだ。まさか思うまい、自軍の兵士、ましてや1艦を預かる艦長でさえこのような楽観的思考を持っているなど!悪夢なら覚めて欲しいくらいである。

たしか、今本国では戦術の見直しや対敵MSを見越した兵器の開発を行なう『アイギスプラン』が検討されているらしい。今回の戦いで生き残れたなら、絶対に『兵士の意識改革』も含めるように上申しよう。ラウならば、現在のZAFTがガタガタだということに気付いてくれているはずだ。彼から上層部にはたらきかけてもらえれば……。

 

「戦域に、新たな反応!これは……”ストライク”です!」

 

その報告を聞き、ついに恐れていた事態が訪れたことを嘆く。

たった1機、あの1機のMSに我々クルーゼ隊は『足つき』の撃破を阻まれてきたのだ。少なくともアスランかラウのどちらかでなければ、対処することは出来ないだろう。そうでなければもう数を頼みに押し切るしかないが、そうした場合敵艦隊に反撃の機会を与えることになる。いや、むしろその方が敵艦隊からMS隊が離れてくれる分、砲撃を行ないやすくなるのか?

そこまで考えて、ふとアデスの頭にある思考が浮かんでくる。

”ストライク”がここにいるということは、当然『足つき』もこの戦場にいるはず。───『足つき』はどこにいるのだ?

 

「───っ!全艦、警戒態勢!」

 

「りょうか……これは!?5時の方向より、高熱源体接近!”足つき”です!」

 

やられた。敵の司令官は自軍のMS・MA隊と艦隊を餌にして、我らの目を『足つき』からそらしたのだ!中々艦隊を撃破出来ないことに焦っている間に、『足つき』は密かに我々の後方に回り込んできていた!

迎撃しようにも、既に艦隊にMSは残っていない。最高指揮官にして予備選力であるはずのラウは、敵エースに()()()()()()()()()()()()

結果、艦対艦という前時代的な戦いに持ち込まれた。

MSを運用することを前提としたZAFTの艦と、古くから艦隊戦のノウハウを蓄積してきた連合軍の艦でだ!

 

<はっ、単艦で何ができるというのだ!目標に照準を合わせろ!返り討ちだ!>

 

バカかこいつは!いや、場数が足りないだけか。

自分が向こう側の指揮官なら、何の策も無しに単艦で敵艦隊に突っ込ませるわけがない。つまり敵は、この艦隊を単艦で撃破ないし突破出来る策を用意している。

そして、その予感は的中したようだ。モニターに映った『足つき』の、足のような部分から何かがせり出してくる。

あれは、砲門だ。

 

「全艦、散開───!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦橋

 

「艦長!”ローエングリン”、1番2番共に発射準備完了しました!」

 

「敵艦隊に動きが見られます!散開する模様!」

 

「このままでは回避されます!艦長!」

 

「わかっているわ!”ローエングリン”の発射と同時に、全速で敵艦隊に突入!()()()()()()()()()()!……撃て!」




お待たせしましたぁ!

今回のセシル無双(?)ですが、実は最近になって入れた設定です。こういう時でもないとセシルの真価が発揮されないので、顰蹙を買うかもしれないことを覚悟した上で入れました。
彼女はぶっちゃけ天然チートキャラです。今まではアイクやカシン、そしてエド達といった優秀なパイロットがいたから全力を出す機会がなかった(自分が全力を出す必要が無い)だけで。彼女に指揮権限を与えれば、その類い希なる情報処理能力と適切な戦術指揮によって1が2どころか10になりかねないほどにです。
どの場所に何があって、味方や敵がどの場所にいるかを常に把握されていたら?それら情報を活かした指揮を行ないながら、自分もエースクラスの戦闘能力を発揮出来る能力があったなら?
そういう存在が、セシルです。
実は、成長しきったセシルの指揮値はユージやモーガンを超えて、ハルバートンに並ぶレベルに設定しましたからね。おかげで、めちゃくちゃ扱いづらいキャラクターになりました。結局、作者視点で見ればマウス隊で地道に情報収集でもさせておくのが一番無難というのが悔しいです。
まあ、彼女が本気を出す場面っていうのは、マウス隊が滅茶苦茶ピンチになるっていうことですけど……。(黒)
あ、ちなみにセシルの目が細まったら本気モードだと思ってください。

さて、長い長い先遣艦隊救援戦も、ついに次回でラストです。
そして、キラ達にはまた一つ、選択肢が生まれます。
果たして、キラ達はどんな道を選ぶのか……?
次回に続くよ?

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

追記
こんな原作追体験みたいな退屈なパート、さっさと終わらせろ?
早く、血みどろで、容赦なく、ひたすらに人的資源を消費する戦いが見たい?
主人公でもなんでもない、それでもそれぞれの願いを抱えた人間達の戦争をよこせ?
安心しろ、安心しろよ。

もう少しで、地獄の「第2次ビクトリア攻防戦」です。


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第34話「もくもく作戦って馬鹿らしいネーミングだけど、やることわかりやすいから1周回って良いネーミングセンスなんじゃないかなと思ってきた」

前回のあらすじ
セシル「でもでもぉ、1種類だけ他の皆さんが弱くならないゲームシリーズがあったんですよぉ!今でもプレイしてますぅ!『アー○ード・コア』ってシリーズなんですよぉ!今は最新作の『アー○ード・コア・へクス』が熱いですぅ!」

あらすじがあらすじになっていないが、無問題。
フロム・ソフトウェアばんざい。(新作はよ)


2/7

“アークエンジェル” ”ヴァスコ・ダ・ガマ”間 戦闘突入前通信 

 

『今回の戦いにおいて、MS隊は囮にする』

 

『囮……ですか?』

 

『そうだ。ZAFTからしたらせっかく自分達に有利な状況に持ち込めたのだから、敗走ないし撤退は避けたいはずだ。連中の指揮官が臆病(ゆうしゅう)であれば話は別だが……。とにかく、自艦隊の艦砲射程圏で艦隊を待機させて、邪魔な直掩を排除してから砲撃で仕留める。それが理想的。MSでチマチマ削るより、そっちの方が効率的だ。だが、それをさせない』

 

『艦隊が砲撃を行えないように、敵MS隊を先遣艦隊に引きつけておくということですか?』

 

『その通りだ、バジルール少尉。いくらZAFTが個々人の能力頼りの民兵集団でも、味方を撃たないという当たり前の常識は持っている。ならば、撃てないようにすればいい。出来れば撃墜ではなく、敵の行動能力を奪うのが好ましい。いくら手足がもがれた役立たずのスクラップでも、その中には味方が入ってるわけだからな』

 

『パイロットが脱出したら、どうします?MSを回収するより、ビーコン出して近くの味方に生身で回収される方が楽ですよ?救助する側からしたら、ですが』

 

『この乱戦状態、いつ弾が飛んでくるかもわからない状態で外に出る確率は低いと思う。実際、君に出来るか?フラガ大尉』

 

『俺ならしませんね。そんなことをして危険度を増すくらいならコクピットで待機するか、いっそ投降します』

 

『だろう?……話が逸れたな。つまり敵としては、艦砲で仕留めたい、だが味方がいるから撃てないという状況まで持っていく。その隙にアークエンジェルは密かに敵艦隊の後方まで移動し、陽電子砲による奇襲を行なう。たしか、未だにZAFTには見せてないんだったな?』

 

『は、はい。使用したのは”ヘリオポリス”で隔壁を吹き飛ばした時くらいです』

 

『陽電子砲の威力であれば、命中すれば確実に敵艦を沈める事が出来る。そうでなくとも、敵艦隊に混乱を与えることが出来るはずだ。そして、一撃を与えた後に”アークエンジェル”は敵艦隊の間を通過して艦隊と合流、我々も”アークエンジェル”からの暗号を受信しだい行動を開始し、先遣艦隊を含む全戦力で()退()する』

 

『撤退ですか?』

 

『そうだ。作戦開始時には既に包囲され、態勢が整っていないであろう先遣艦隊を抱えながらでは敵艦隊を撤退にまで追い込むことは難しい。なら、敵に混乱をもたらしたその隙に撤退して態勢を整え直す方が有意義だ。こちらから仕掛ければ、艦隊戦では連合の砲が射程的に有利だしな』

 

『了解しました。しかし、”アークエンジェル”単艦で敵艦隊を突破、ですか……』

 

『不安か、ラミアス大尉?”アークエンジェル”のスペックはこの場で君が1番知っているはずだろう。それに』

 

 

 

 

 

『戦艦相手に、駆逐艦が護衛も無しに勝てるものか』

 

 

 

 

 

”ヴェサリウス”艦橋

 

「”ショーペンハウアー”、轟沈!敵艦からの陽電子砲です!」

 

「見ればわかる!」

 

アデスが必死に怒号を飛ばすが、それが何の意味もないのは明白であった。

敵艦はよりにもよって陽電子砲などという「対軍・対城兵器」を搭載し、それを我らにぶっ放してきたのだ!

”ヴェサリウス”はとっさに回避行動を命令したために無傷で済んだが、それが間に合わなかった”ローラシア”級”ショーペンハウアー”が陽電子の奔流に貫かれ、そのまま爆散する。

なんということだ!ZAFTに限らずこの時代の宇宙艦艇のほとんどは耐熱性能に優れた装甲を用いているのだが、それをものともせずに貫くあの威力!

 

「クソっ!全艦、敵艦に対し砲撃を開始!生きて返すな!」

 

しかし、陽電子砲という衝撃とそれによって生じた混乱によって艦隊の態勢は崩れ、反撃すらままならない。

驚愕の事実がまた一つ。運良く”ガモフ”が放った火線の一つが『足つき』の右舷に直撃したにも関わらず、無傷だったことである。

おそらく、連合の開発した新たな耐ビーム装甲の1種だ。あれでは集中して何発も撃ち込まなければ、有効打にすらなりはしない。

 

「敵艦、なおも本艦隊に向かって直進!速度、落ちません!」

 

「なんだと!?カミカゼのつもりか!?」

 

いや、そんなわけがない。あの艦は連合の新造艦であり、あれ以外に確認されたものはない。つまり、あれが正真正銘一番艦であり、連中にはそれを基地まで持って行く義務がある。絶対に、やぶれかぶれなどではない。

『足つき』は小さく、しかし鋭く回避運動をとりながら、なおも突き進んでくる。

進んでくる。進んでくる。進んで───。

 

「きたぁ!?か、回避だ!ぶつかる───!」

 

とっさの指示が間に合ったおかげで、”ヴェサリウス”はこれまた被害軽微で済んだ。

しかし最初の混乱から立ち直りきっていない上に、更に敵艦の『衝突も厭わない』暴挙によって混乱を上乗せされた他の艦はそうもいかなかった。

『足つき』の両舷に備わった主砲は、真横を向くことが出来る。しかし、ナスカ級には真横を向ける砲は存在しない。

“シュティルナー”の右側を陣取り、その火力を撃ち込む『足つき』。

超至近距離での主砲の発射と、対空機銃の乱射によって穴だらけにされた”シュティルナー”は貫通した傷痕から火花をわずかに散らせた後に、しめやかに爆散した。おそらく、動力炉か何かに直撃したのだろう。

『足つき』はそのまま艦隊とすれ違い、悠々と連合艦隊が存在する方向に向かっていく。土産にわざわざ、艦体後部に備わったレール砲をこちらに発射しながらだ。おっと、もう一つおまけと言わんばかりにミサイルも吐き出してきた。

 

「回避運動と同時にミサイルの迎撃!レール砲の射角は限られる、ミサイルの迎撃に力を注げ!」

 

『了解!』

 

こちらが必死に攻撃を捌いているというのに対し、『足つき』はなんと堂々とした逃げっぷりだろうか。

我らの攻撃を弾き、”ナスカ”級の装甲を容易に貫通する主砲を初めとした様々な攻撃オプション。そして、1艦に持たせるにしても強大な陽電子砲。それでいてMSを複数機運用可能ときた。

あれが、地球軍の本気か。我らが時代遅れと笑った『大艦巨砲主義』にふさわしい『火力と装甲』とMS運用を両立させるばかりか、そこに機動性まで持たせた『戦艦』。

あの艦に比べ、我々の艦のなんと惨めなことか。奇襲されたとはいえ、たった1艦にズタズタにされるなど。

これが正面からの打ち合いだったなら、話は違ったかもしれない。しかし、『たられば』をいくらしても”シュティルナー”と”ショーペンハウアー”が戻ってくるわけではない。

今の我々に許されるのは、敗北を認め、更なる敵の攻撃に備えて態勢を整えることしかないのだ。

幸いなのは、既に何機か撃破されているためにMSを艦の外側に係留する必要がないことくらい。

アデスは耐えきれず、叫んだ。残念なことに、彼には『自分自身の若さ故の過ち』とかを認めるだけの精神の土壌が出来上がっていなかったのだ。

 

「fucking 『with foot』!(『足つき』のクソッタレ!)」

 

 

 

 

 

 

先遣艦隊付近 

 

「あの光……陽電子砲か。なら、”アークエンジェル”はやってくれたのか!」

 

キラが”ストライク”で救援に来てくれたことで”イージス”のターゲットがそちらに向き、アイザックはビームライフルを装備した”シグー”と一対一での戦闘に持ち込むことに成功した。

”シグー”は味方の艦隊が攻撃されていることに気付いたのか何度も戦場を離脱しようとするが、その度に先ほどセシルに渡されたライフルを進行方向上に撃ち込むことでそれを妨害する。こちらの作戦は「艦対艦」に持ち込むことなのだから、ここで逃がすわけにはいかない。

それに、この敵は逃がしてはいけない。そんな予感があるのだ。今逃がしてしまったら、後に自分達に大きな災厄をもたらすような……。

 

「これで、どうだ!」

 

アイザック自身もよくわかっていない焦燥感に駆られ、ビームサーベルによる接近戦を挑む。

しかし”シグー”はそれをひらりと躱し、逆に蹴りを背中にたたき込んでくる。いくらこちらが連戦で疲れ切っているとはいえ、恐ろしい操縦技術だ。しかも右手に大ぶりなビームライフルを保持したままだというのに。

”デュエル”に乗っていながら、とアイザックは思ったが、それが無意識の慢心だということに気づき、かぶりを振る。

 

「『MSの性能の差は、戦力の決定的な差になり得ない』……隊長も、劾さんも言ってたじゃないか」

 

冷静になり、状況を整理する。

このまま戦っていても、当初の目的通りこの敵を引きつけておくことは出来るだろう。だが、みすみす敵の(おそらく)試作装備を手にした機体を逃がす気にもなれない。

そこで、アイザックは一つの作戦を立てた。

先ほどから何度も、敵は母艦の援護に戻ろうとする素振りを見せている。それをライフルで妨害してきたわけだが、流石に敵もライフルに対しての警戒にも慣れてきたことだろう。

アイザックの作戦は、弾切れを装って敵の警戒を解き、生まれた隙に”デュエル”の最大加速によって近接戦で一気に仕留めるというものだ。”シグー”も重斬刀を腰に備えているものの、あのビームライフルを捨ててとっさに抜くというのは難しいはずだ。

”デュエル”のエネルギー残量も少ない。チャンスは1回だけ。

 

「うまくやれよ、アイク……」

 

サーベルを振る。当たらない。

盾を構えて突進。避けられる。

イーゲルシュテルンで牽制。弾切れを引き起こすだけ。

こちらが何かを企んでいることを、相手に悟らせない。

そして、その時は来た。”シグー”がチラリと体を母艦の方へ向けたのだ。これ見よがしにライフルを向けるが、弾切れを起こしたようなモーションを取らせる。

それを見た”シグー”は、”デュエル”に完全に背を向けて母艦の方へ戻ろうとする。

 

(───ここだっ!)

 

アイザックは”デュエル”にライフルを捨てさせ、サーベルに持ち替えながら“シグー”に向かって全速で突撃した。

そこで驚くべき光景を目にする。

なんと”シグー”はこちらに瞬時に振り返り、ビームライフルを向けてきたのだ。まるで作戦がバレていたかのように……。

いや、”シグー”のパイロットは実際に見破っていたのだ。その上であえてこちらの作戦に引っかかったふりをしていたのだ。

現に、銃口の前には作戦が上手くいったと勘違いしたバカが一人。

 

「あっ……!」

 

アイザックは自分の失策を悟った。今の彼の目には、”シグー”のライフルに圧縮粒子が充填されていく様すら見える。文句なしの直撃コースだ。

人は不慮の事故などで死ぬ間際に、脳が生存するための策を見つけ出そうとして思考速度を上昇させるらしいが、無理なものは無理である(避けられない)

 

(こんなところで死ぬ?僕は、何も為せずに……)

 

ついには『走馬灯』と呼ばれるだろうものが頭を流れていく。

エドワードの笑顔。

モーガンの『やれやれ』といいたそうな顔。

レナのしかめっ面。だが、その奥にはたしかな優しさが含まれていることを知っている。

カシンの穏やかな顔。

そして。

 

 

 

 

 

『アイクさん』

 

 

 

 

 

「───!」

 

死ねるか。死ねるものか。

親を失った。故郷を失った。何もかもを失った。

それでも、手に入れられたものがある。失ったことで得られた、大切な仲間がいる。

彼らを、そして彼女を残して、一人だけで───!

 

「死ぬかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

その瞬間、何かが弾けるような感覚と共に、先ほどよりもスローな世界に突入する。

銃口から今にも放たれようとしている粒子。コクピット内のあらゆる計器の示す数字。全てが止まっているような世界で、アイザックは自分の為すべきことを見いだした。

 

「……!」

 

ついに、”シグー”のビームライフルから熱線が放たれた。

アイザックはそれに対し、わずかに機体を逸らした。

結果、ビームが”デュエル”の脇腹をかすめて飛んでいく。ビームの熱がPS装甲の表面を焦がす。

しかし、それだけに止まった。

結果”デュエル”の前には、ビームライフルを発射して間もない無防備な”シグー”だけが残る。

その発射間隔、実に6秒超。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ビームサーベルが”シグー”を袈裟懸けに切ろうとする。今度は、こちらが直撃コースだ。

ここで、”シグー”も恐るべき反応速度を発揮する。なんと、ビームライフルを盾にしたのだ。

ライフルには”シグー”でも扱えるようにバッテリーが内蔵されている。それが切り裂かれたことで機器に火花が散り、結果小規模の爆発が起こる。

アイザックは冷静に盾を構えて衝撃を殺すが、”シグー”は間合いから離れてしまった。

これで、アイザックは”シグー”を撃破する手段を喪失した。

だが、()()()()

そもそもこの戦いの目的は目の前の強敵を前線に引きつけておくことであって、倒すことではない。あくまで、『倒せるなら倒しておきたい』というだけだ。

アイザックの目には、無事に敵艦隊を正面から突破した”アークエンジェル”の姿が。

そして、この戦い最後の1手を打つべく現れた”ヴァスコ・ダ・ガマ”の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

ここに至って、ラウ・ル・クルーゼは自軍の敗北を認識した。

マニュアル通りの攻撃を無駄に続けるパイロット(愚か者)、きちんと連携をすれば1部隊で十分に抑えることも出来る砲撃MSに対してあろうことか4人がかりで挑む隊長格(かけ算の出来ない愚か者)、5隻も集まっていながら後方に回り込んでいた敵艦に気付かない母艦のスタッフ(数だけの愚か者)

これが本来の目的通りにクライン嬢の捜索だけであったなら、いや、相手が”マウス隊”でなければ、おそらくこちらが勝利を手にすることも出来ていただろう。

しかし現実はこの有様。比較的頼りになるアスランでさえ、親友である『キラ』が乗っているという”ストライク”に抑えられている始末。余談だが、この時点でのラウはまだアスランの言う『キラ』が忌まわしい『キラ・ヤマト』であることを知らない。

虎の子のビームライフルを奪い去った目の前の機体にも驚かされる。あの1射は確実にコクピットに直撃するはずだった。それをかすり傷に抑えた挙げ句に反撃まで加えてくるとは!

このままでは、自分の望む『終末に進む戦争』など夢のまた夢。大局的に見て、もはやZAFTに後が無いのは明白であった。

考えるべきことは多いが、今は目の前の強敵をなんとかしなければならない。残っている武装は既に無力な重斬刀(PS装甲に無力化される)のみ。敵のバッテリーの残量が気になるところではあるが……。

そこまで考えたところで、モニターがこの宙域に近づいてくる何かを映し出す。それは、1隻の艦艇。

連合の”ドレイク”級ミサイル護衛艦であった。

 

「今更、何をしに来たと……!?」

 

ラウの疑問に答えるかのように、敵艦の艦首から数発のミサイルが打ち出される。それはZAFT艦隊ではなく、敵味方関係なく入り乱れるこの場所に向かって飛んできていた。味方がいるにも関わらず撃ってくるのか!?

しかし、ミサイルから煙が吹き出してきたことでラウは敵の目論見を悟った。加えて、新たに現れた敵艦の姿を認めてから敵艦隊が揃って方向転換を始めたことが決め手となった。

 

「これはまさか……!」

 

煙幕から逃れるために各々の方向に逃げ出すMS隊。ラウは一足早く煙幕から抜け出すことに成功したが、そこで自身の予想が正しかったことが証明された。

なんと、MSもMAも艦も、敵と呼べる全てがまとまって一方向に向かって全速で逃げていくではないか!ちゃっかり、そこに『足つき』と先ほど戦場に現れた”ドレイク”級も合流している。

敵は、最初からこちらを倒すことなど考えていなかったのだ。

元々ラウが攻撃を決意したのは、艦隊と『足つき』がバラバラで行動していたからだ。合流される前に片方を仕留めてしまうつもりだった。混戦状態も、面倒ではあったが態勢を立て直しづらいのは敵も同じと考えていたために歓迎さえしていた。

敵は戦闘を無理矢理中断させることで混沌とした戦場をリセットし、態勢を整えた。『足つき』という埒外の特化戦力の存在もあったが、それを含めても見事な手腕であったとしか言いようがない。

そして1方向に逃げ出した敵をまとめて砲撃しようにも、肝心の艦隊は半壊状態。

こちらは2隻の艦と多数のMSを喪失し、残存したものであっても追撃に参加出来るのは”ヴェサリウス”と両手の指で数えきれるくらいのMSばかり。そして、正面からの打ち合いでは数で劣るこちらに不利。

ぐうの音もでない完敗だ。

自らの失態を晒すことにもなるが、そのことを無視してでもこの負けをZAFTに記憶させておく必要がある。

ラウは本国に帰り次第、この戦闘の詳細を報告することを決めた。

 

「いや、なんとしてもあの時、君たちを潰しておく必要があったということかな?ネズミの諸君……」

 

 

 

 

 

「そんなバカな……!」

 

アスランは現実を認めることが出来ないでいた。

それもそうだ。いったい誰が、この結末を予想できたというのだ?ラウであっても、予想出来なかったはずだ。出来ていたなら、そもそも攻撃自体していない。

何がいけなかったのだろう。指揮官がこぞって敵の砲撃MSを対処しに向かっていってしまったこと?ラウと組んでも青いMSを仕留められ無かった自分?『足つき』による奇襲をみすみす許した味方艦隊?

それとも。

 

<アスラン!>

 

「くっ……キラ!」

 

目の前で何度も立ち塞がる、親友だろうか。

彼がいきなり戦場に乱入してきた時は、まだキラが戦争に参加していることに憤った。パイロット不足に悩まされた連合の、強制徴兵か何かによって戦わされているのだろうと思っていた。”マウス隊”と合流したと聞いてからは、新兵だろうキラが“ストライク”から下ろされているのではないか、と淡い希望を持ってさえいた。

にも関わらず、彼はまた戦場に現れた。

おそらく、また連合に無理矢理”ストライク”に乗せられたに違いない。そうでなければ、優しいキラがこうして戦いに出てくることなどありえるものか!

実際に戦い方からもそれがうかがえる。キラは一切攻撃を行なわず、ひたすらにこちらの攻撃を防ぎ、いなし、躱すだけ。そしてこちらが焦れて他の敵をターゲットすれば、それを妨害するために体当たりをしてくる。せめて一矢報いんと”イージス”をMA形態に変形させて高出力ビーム砲スキュラを放とうとしたが、それすらも妨害された。

その動きが今までの『覚束なさと鋭さが混在した』動きではなく、迷い無く機敏な動きであったことは少しばかり疑問であったが、少なくとも誰かを害しようと考えた行動は一切採らなかった。それこそ、キラがキラである証明だ。

 

「キラ、なぜ出てくる!”マウス隊”と合流したなら、なぜお前が!」

 

<アスラン!僕はただ、助けられる人を助けたいだけなんだ!君こそ、なんでこんな風に戦えるんだ!?>

 

「ナチュラルが核など使うから……!」

 

<ZAFTだって、エイプリルフール・クライシスを引き起こしたじゃないか!>

 

それを聞いて、アスランはハッとなる。

たしかに、プラントは20万を超す同胞を失った。しかしアスランは、『エイプリルフール・クライシス』で10億を超える人間が死亡したことも知っていた。知った当時はアカデミーでひたすら戦う能力を磨いていたために気にしないでいたが、戦場に慣れてきてしまった今だからこそわかる。

ZAFTは、自分達よりもずっとたくさんの人間を殺しているのだ。

目を背けていた事実を突きつけられて、動揺するアスラン。

 

<……もうやめよう、アスラン。たしかに、『血のバレンタイン』は許しちゃいけないことだよ。だけど、だからって戦争をしていいわけがない。人を殺していいわけがない>

 

「俺は……いや、だが!」

 

アスランは必死に言い返そうとするが何人もの親を殺された子供(自分自身)を生み出し続けている事実を否定出来ない。

戦士の殻で覆っていたアスランの心に、かすかにヒビが入る。

 

<こんなこと、レノアさんだって望んでいないよ……>

 

その言葉を聞いてアスランが覚えたのは。

()()()()だった。

 

「ふざけるな!お前に母上の何がわかる!」

 

たしかに母、レノア・ザラは戦争を望むような人間ではなかった。いつかコーディネイターが認められる日が来ると考えて自分に出来ることをこなす、尊敬出来る人だった。

だからこそ、連合を許すことなど出来るはずもなかった。

たとえプラントが独自の農業用コロニーを持つことが間違っていたとしても、それを核という絶対悪で無慈悲に踏み潰すことが許されて良いはずがない!

民間人ごとコロニーを消し飛ばすような暴挙を許せるものか!

 

「殺されたから殺す、それが間違いなことくらいわかってる!それなら俺の、俺達のこの怒りはどうすればいいんだ!泣き寝入りをしろ、ずっと核の恐怖におびえ続けろと言いたいのか!」

 

<アスラン、僕は───>

 

<アスラン、撤退だ。これ以上の戦闘に意味はない>

 

キラの言葉を遮るようにラウの言葉が届く。冷静に状況をチェックしてみると、既に敵はキラ以外が撤退を完了しており、味方もほとんどが帰還している。

このままいては、キラの撤退支援のために敵が一部引き返してくる可能性もある。

先ほどのキラの言葉は聞き逃せなかったが、それでも自分に戦って欲しくないという思いがあった言葉だということも冷えた頭が教えてくれた。

 

「っく、キラ!次会った時はもう手加減出来ない!今回が最後だ、MSからは降りろ。次戦場で会ったなら俺は……お前を撃たなければならない!」

 

<アスラン!>

 

「いいな!?」

 

それだけ残して、アスランは“ヴェサリウス”に撤退し始めた。モニターに映る”ストライク”はしばしその場に佇むが、やがて『足つき』の方に向かっていった。

どんどん遠ざかっていく二人。近づけるのは戦場だけ。

アスランはどうしようもなく悲しくなった。

母を殺された怒りを収めることなど出来はしない。だがそのために、昔から変わらぬ優しさを見せる親友と殺し合う。

当初抱えていた『正義』は、どこにいってしまったのか?

求めていた『自由』は、どこまで進めば手に入れられるのか?

わからない……。

 

 

 

 

 

”ヴァスコ・ダ・ガマ” 艦橋

 

「”ストライク”、”アークエンジェル”に着艦しました!」

 

リサの報告を聞いて、ユージは背もたれに体重を掛ける。

”ロー”が沈んでしまったことは残念だが、残存艦隊を救援し、合流することに成功したのだ。それも、自分の部下やキラ、”アークエンジェル”のスタッフを失うこと無くである。紛れもない大戦果だ。

あとは敵がこちらをトレースしてくるかどうかであった。そのままこちらから離れてくるなら良し、追撃して改めて戦闘に持ち込もうとしたなら、あらためて作戦をコープマンらと考える必要がある。

果たしてモニターに映るZAFT艦隊は。艦橋にいる全員が固唾を飲んで注視する。

───敵艦隊は、こちらとはまったく別の方向に進んでいった。

 

「敵艦隊、方向転換。こちらに追撃してくる様子は見られません」

 

「と、いうことは……」

 

一拍の後に、艦橋は歓喜で満たされた。おそらく、他の艦でも同じだろう。

 

「やーりまーしたー」

 

「はっはっはぁ!見たか腐れ民兵ども!艦隊戦の年期が違うんだよ、年期がぁ!」

 

「皆さん、無事で良かったです。最近はアイ×キラという新たな可能性が生まれていたこともありますし(ボソッ)」

 

「我ながら、見事な急角カーブを決められたものです。ボーナスは期待して良いですかね?」

 

各員が思い思いの言葉を発する中、ユージは無言で、モニターに映る敵艦隊に対し。

笑みを浮かべながら、中指を立てた。これほど勤務時間中にこのような行動をとるということは、ご満悦といったところか。艦橋メンバーはそう判断した。

そしてユージの内心は。

 

(ざまぁ見晒せ、クソッタレの変態仮面が。お前の思い通りになどさせるものかよ)

 

二度の屈辱を味あわせられた怨敵に対し、勝ち誇っていた。

セシルによる越権行為の問題もあったが、それは後から考えればいい。考えられる。

今はただ、この喜びをかみしめよう。

 

(思わぬ収穫もあったしな……)

 

 

 

 

 

アイザック・ヒューイ(Aランク)

指揮 6 魅力 12

射撃 13(+2) 格闘 14

耐久 9 反応 11(+2)

SEED 2

 

セシル・ノマ(Bランク)

指揮 13 魅力 8

射撃 11 格闘 4

耐久 6 反応 14

 

キラ・ヤマト(Cランク)

指揮 3 魅力 11

射撃 14(+2) 格闘 12

耐久 9 反応 14(+2)

SEED 4

 

 




あー、疲れた!
これにて、先遣艦隊合流戦終了です!

SEEDに覚醒したアイクとキラですが、これはステータスの通常の数値に加えて()内の数字がボーナスとして加算されるという「ギレンの野望」お馴染みのステータスです。覚醒したランクから1ランク上がるごとに、()内の数値も上昇するという仕組みですね。アイクは次で最大成長のSランクになるのですが、それで()内数値は(+4)になりますし、キラがSランクまで成長した時には(+8)になります。
Aランクの軍人、しかも現役のエースパイロットとCランク時点で数値上はほぼ同等とか、なろう主人公か何かかな?

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております!

カウント、5


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第35話「激闘の行き着く先」

前回のあらすじ
マウス隊『fucking Klueze!』

原作を見返したら普通にアークエンジェルがローエングリンを「サイレントラン」の段階でぶっ放してました。『この世界』ではローエングリンをZAFTに披露したのは先の戦いが初だったということにしてください。
オネガイシマス、ナンデモシマスカラ!


2/8

”アークエンジェル” 格納庫

 

「予想はしていたが、ボロボロだな」

 

「仕方ありませんよ、あの激戦の後です」

 

ユージはジョンと共に歩きながら、格納庫内に鎮座するMSの数々を見てそう呟く。

先の撤退戦から少しの時間が経ち、艦隊は現在デブリ帯に身を潜めていた。なんとか合流には成功したものの、先ほどまで激戦の真っ只中に置かれていた”モントゴメリ”、”バーナード”、”ネオショー”は航行に支障をきたすほどのダメージを負っていた。現在は急ピッチで各艦と搭載MS・MAの修理・整備が行なわれている最中であり、ユージ達は艦長同士でこれからの方針を直接話し合うために、ダメージのほとんどない”アークエンジェル”にやってきたのだ。ちなみに、”コロンブス”はデブリ帯に先回りをして修理を行なう態勢を整えていた。

どうせ1日は動けないし、それなら直接顔を合わせて話すことを話しておこうという形になったのだ。

 

「今から頭が痛いよ……。なんてったって、()()()が艦長会議に参加するんだからな」

 

「アルスター事務次官、ですか」

 

「ああ」

 

いちおう艦隊でもトップクラスの地位を持つ人間だから参加する権利を持つ、というのはわからないでもない。いや、やっぱりわからん。

なんで事務次官が会議に参加するんだ。立ち会うだけとかならありがたいが、変に口を出されても困る。

ユージとしては、”ブルーコスモス”に所属する議員というだけで地球に即刻お帰り願いたかった。何を隠そう、現在彼の部隊には4人に1人の割合でコーディネイターが参加しているのだ。

事務次官が穏健派、「コーディネイターは嫌いだが殺してやりたいとまでは思ってない」ような人物であれば良いのだが……。何か一波乱、来る気がしてならなかった。

 

「隊長、セシルが帰還してきましたよ」

 

ジョンにそう言われて見れば、”EWACテスター”が格納庫に搬入されてくるのが見えた。

デブリ帯に隠れていると言っても、この有様では敵襲を受けたらひとたまりもない。それでセシルが”EWACテスター”に乗って周辺警戒に出撃していた。

 

「まさかあいつが半ば強行で指揮権を掌握するとはな……。そのおかげで損害を減らすことが出来たのは間違いないんだが」

 

「下士官が艦隊直掩機の全てを指揮するなど、前代未聞です。独断先行も加えて、どうされるつもりですか?」

 

これから出席する会議では、「戦闘中に下士官が部隊の指揮権を掌握した」ことの是非についても話されることになっていた。

これはセシルだけの問題ではなく、ユージはセシルに対する監督不行き届き、コープマンは曹長に直接指揮権を委譲したことが問題となるだろう。

 

「どうもこうも……口裏を合わせる他あるまい。それぞれに都合良く落としどころを見つけていかねば、艦隊の運営に関わる」

 

「バジルール少尉に噛みつかれそうですね」

 

「言うな……はぁ」

 

この時期はまだ修羅場をくぐり抜けた経験が少ないせいで、ナタルは非常に形式張っている。まあやることは都合良く戦闘の記録を書き換えることなので、彼女が言うだろう小言には反論出来ないわけだが。

 

 

 

 

 

「ふひぃ……つかれ、ましたぁ……」

 

「へばるならあっちでへばれ!これから整備が始まるんだからな!いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「情報処理能力に恵まれた結果がこれ。お前働き過ぎた結果がこれよ?あとでジュースを奢ってやろう」

(恨むなら、”EWACテスター”を任された自分の能力を恨め。いつの時代もこういう機体のパイロットには負担が掛けられるものだ。今は休んでおけ)

 

「いや、別に望んで手に入れた能力じゃないんですけどぉ……」

 

「何いきなり話しかけてきてるわけ?」

(もういいから黙って休んでろ、な?)

 

「話しかけてきたのあなたですよねぇ!?……ああ、もういいですぅ」

 

”EWACテスター”は他のMSよりも特に精密な機器が多いため、整備にはこうしてアキラとブロントさん(変態)もかり出される。中々にパンチの効いたブロントさんの言葉にセシルも反論しようとするが、その体力も無いのかおとなしく近くにあったベンチに寝転がる。

その光景を見て、誰が想像出来るだろう。先ほどまで彼女が戦闘の指揮を執って、被害を軽微に抑えてみせたなど。

今の彼女の姿を表すなら、「文化部が運動部に混ざって運動した後」というのが当てはまる。要は、オーバーワークということだ。

実際、オーバーだったのだろう。ユージが今まで覚えている中で彼女が()()()()になったのは、精々1回がいいところだ。

かつて”マウス隊”がクルーゼ隊との初戦闘を経験していなかったころ、何度かピンチに追い込まれたことがある。そんな時、セシルは先の戦闘時のように、まるで効率を最優先するような行動と話し方をするようになったのだ。

結果、セシルはまるで戦場の全てが見えているかのような采配と指揮を始め、見事”マウス隊”を勝利に導いたのだ。

これは彼女の『高い指揮官適性』を表すものであったが、彼女が当時伍長、今でも曹長という『下士官』でしかなかったために、適正に見合った地位を持っていなかったことが仇となって記録を改ざんすることになってしまった。

このようなことが横行しては、能力があれば何をしてもいい、というジーン某のような人物が現れかねない。故に、今までは自分が指揮を執っていたと改ざんしてきたのだが……。

 

「そろそろ、潮時だよなぁ……」

 

「と、言いますと。セシルの上級士官昇格ですか?」

 

「ああ。いい加減彼女に相応の地位を与えるべきだと思ってな」

 

セシルは元々、父親がコネを使って『事務職』として任官させた身分だ。戦いに出ないのであればそのままでよかったのだが、成り行き(高い情報処理能力保有)で“マウス隊”に配属され、今に至るという極めて異端な存在だ。

本来はきちんと士官学校を卒業しなければ、尉官以上に昇進することは出来ない。しかし、現在セシルが士官学校に入学して卒業を待つような余裕はない、余裕が出来てからでは時期的に遅いという板挟みにあっていたのだが……。

 

「立て直してきたとはいえ、宇宙軍の人材不足は未だ尚深刻だ。『戦地昇進』をさせるだけの理由はある」

 

戦地昇進とは、戦争中に指揮官がモラールアップ(士気向上を図る)を図るために戦功を挙げた下士官を昇進させることの出来る制度である。

ユージは今回の騒動を、『セシルは戦闘突入前から少尉に昇進していたため、コープマン大佐から指揮権を委譲されたユージが更にセシルに委譲した』という形にすることで収めようとしていた。

こうすれば直接の部下でない下士官に指揮権を委譲したという問題は解消されるし、『下士官が指揮を執った』という事実を隠蔽出来る。

奇しくも、”アークエンジェル”側がキラ達に施した処置と同じように、「元から適切な立場にあった」という風にごまかすというわけだ。

 

(これならバジルール少尉も苦言を呈することはあるまい。なぜなら、自分達も使った手なのだからな)

 

「隊長、アイクとカシンです」

 

ジョンが指した先には、一足先に制服に着替えた二人の姿。

MS戦におけるプロフェッショナルとしてこの後の会議に参加することになっている二人は、その前にセシルの様子を見に来たようだ。

 

「うわ……大丈夫、セシル?」

 

「カシンさ~ん……スタミナがガス欠したので更衣室まで連れて行ってくださいぃ」

 

「お疲れ様、セシル。すごい活躍振りだったね」

 

「アイクさ~ん、ありがとうございますぅ」

 

以前のケースでもセシルはこの状態になったため、二人はそれを心配してきたらしい。力無くカシンにおぶられるセシルと、それを見守るアイク。

ちょうど良いから、これからの話を交えながらセシルを更衣室へ運び、会議室となった艦長室に向かうことにしよう。

ユージはそう考え、ジョンと共に一行に加わった。

ちなみにセシルに戦地昇進の件を伝えると、ものすごく嫌そうな顔をされた。

面倒事が増える?その通りだ、諦めろ。なんなら俺の仕事を取っていっても良いぞ!無理だけどな!

ユージは自爆(叶わない現実に涙)した。

 

「あ、ムラマツ中佐~!ちょうどいいところに!」

 

「ん?……ミスティル伍長?」

 

そんなユージに寄ってきたのは、新兵3人組の紅一点であるヒルデガルダ・ミスティルであった。後ろにマイケルとベントもいるし、3人で”アークエンジェル”に来たようだ。

 

「お前達は”コロンブス”で待機のはずだろう。なぜここにいる?」

 

「聞いてくださいよ、中佐。こいつ、機体が大規模修理中でやることないからって強引にこっちに来たんですよ」

 

「なによ、あんただって一度”アークエンジェル”に乗ってみたい、って乗り気だったじゃん」

 

どうやらこの3人組、自分達の機体が役立たず状態なのを良いことにこちらにやってきたようだ。頭が痛い。

まあ、この程度なら大目に見てやってもいいとユージは考える。彼らが手持ち無沙汰なのは事実だし、この程度で怒っていてはあの変態ども相手に太刀打ち出来ない。

 

「自分は止めたのですが、勢いに負けて……」

 

「まだまだだな、ベント。そういう時は流れに立ち向かうのではなく、流れの方向を調整するんだ。我々に事前に確認を取るだけでも大分結果が違う」

 

「はい、ジョンにいさん」

 

ジョンとベントは親戚同士(従兄弟)で会話している。関係良好なようだ。

それよりも、彼らの目的を確認するべきだということに気付いて向き直る。

 

「それで、何をしに来た?見学が目的なら戻れ。今はその余裕はない」

 

「あ、いや違うんですよー中佐。実はお願いがあって……」

 

 

 

 

 

『それなら俺の、俺達のこの怒りはどうすればいいんだ!』

 

キラは一人、人気の無い展望デッキで先の戦闘について思い返していた。

いや、正確には先の戦闘で戦ったアスランの言葉を思い返していた。

 

「アスラン……」

 

キラは先の戦闘で、見事にアスランの駆る”イージス”を抑えてみせた。結果、”モントゴメリ”が沈むことは無かったし、知人から死傷者が出る事も無かった。十分な成果を挙げることが出来たと言えるだろう。

なんと、()()フレイも何度も頭を下げて礼を言ってきたのだ。「父を救ってくれてありがとう」と。それだけでも値千金だろう。

それでも、キラの心が完全に晴れることはなかった。

 

(僕は、間違ってばかりだな……)

 

キラは先の戦闘で、アスランに戦いの悲惨さを説いたつもりだった。

撃てば撃たれ、憎めば憎まれる。そんな連鎖に彼が捕らわれて欲しくないと思った。

だが、その思いが彼に届くことはなかった。むしろ彼に憎しみを思い起こさせてしまったのだ。これでは、デブリ帯の時と何も変わらない。

結局自分の言葉は上辺だけで、誰の心に訴えかけることなど出来ないのか?戦いから逃げて、平和な場所にいた自分の言葉など……。

 

「───どうなさいましたの?」

 

ふいに間近で声がして、キラはぎょっとなる。

振り向いた目と鼻の先に、ラクス・クラインの無邪気な顔があった。戦闘に出る前と同じ穏やかな笑みを浮かべている。

慌てて飛び退くが、焦ったせいで足下が覚束なくなってしまい、挙動がおかしなことになってしまう。

最悪だ。よりにもよってなんでこんなタイミングで。

 

「───いや、なにやってんですか!こんなところで!」

 

「お散歩をしておりましたの。先ほどまで”コロンブス”というお船の中で窮屈でしたから」

 

「ダメですよ!勝手に出歩いて、スパイとかだと思われたら……!」

 

「でも、このピンクちゃんはお散歩が好きで……だから、鍵が掛かっていると必ず開けてしまいますの」

 

なるほど、何度も勝手に部屋から出てこれたのはそういうタネがあったわけか。キラは思わず頭を抑える。

それにしても、このサイズでずいぶんとハイテクなペットロボットだ。それが気になったキラは、疑問を投げかける。

 

「プラントではその……ピンクちゃん?みたいなのが流行ってるんですか?」

 

「いいえ。ピンクちゃん達は、わたくしの婚約者が作ってくださいましたの」

 

そういえば何時だかに、プラントでは出生率改善のために遺伝子的に良相性な子供達に婚約を結ばせるという制度がある、と聞いた事がある。彼女にも、他人から決められた婚約者がいるということか。

だが、その婚約者がピンクちゃんを作ったというなら、関係は悪くないのだろう。

その婚約者はきっと、ラクスの無事を願っているに違いない。そう考えると、彼女が不憫に思えてくる。

なにせ彼女は、戦争の犠牲者を悼むためにやってきた場所で、敵に捕らわれているという状況にあるのだから。

 

「やさしい人、なんですね」

 

「はい。わたくしがピンクちゃんを『とても気に入った』と言ったら、ピンクちゃんのお友達、何体ものハロを贈ってくださったの」

 

それは少し間抜けではないだろうか?

顔も知らないラクスの婚約者だが、同じ物を何度も贈るというのは不器用な人物であるように思えた。

きっと、彼女の部屋はこのピンクちゃんのようなペットロボットが何体も跳ねているのだろう。それを想像して、キラは少し吹き出してしまいそうになる。

 

「……すいません」

 

「え?」

 

「僕があの時、あなたを見つけなかったら。ひょっとしたら、プラントからの救援があなたを助けていたかもしれないのに。僕が助けちゃったから……」

 

キラは彼女に罪悪感を覚えるようになっていた。

彼女と語り合うたびに、彼女から平穏を奪い去ってしまったのではないか、自分が彼女をこのような環境に導いてしまったのではないかという思いが浮かんでくる。

気付けばキラは、ラクスに自分の思いを打ち明けていた。それは、ラクスの優しさに少しでもすがりたかったからなのかもしれない。

 

「最近の僕は、いつもこうだ。自分勝手に考えて、その行動で他の人を怒らせたり不幸にする。僕は、どうしたらよかったんだろう……」

 

「……本当に、そう思いますか?」

 

「え?」

 

弱音を吐き出したキラの、震える手をそっと自分の手で包み込むラクス。その目には、少しもキラを責めるような意思はない。むしろ、慮るような意思を感じさせた。

 

「辛い経験を、繰り返されたのですね。わたくしはキラ様の苦しみを受け止めることはできません。ただ、お聞きしたいのです。あなたのやってきたことは、誰かを不幸にすることだけだったのですか?少なくともわたくしは、キラ様に救われてよかったと思っています」

 

「あ……」

 

「お話を、聞かせていただけませんか?キラ様が、いったいどんな経験をして、どうして苦しんでいるのか」

 

ラクスの優しさを感じて、思わず涙さえ出そうになるキラ。

ひょっとしたら、この人ならこの苦しみをどうすればいいのかを教えてくれるのではないだろうか?そのように考えたキラは、ラクスに思いを打ち明けそうになる。

すると、展望デッキの入り口の方からこちらに声が掛けられる。

 

「あ、見つけました!見つけましたよクラインさん!って、キラ君も一緒か」

 

そう言ってこちらに寄ってきたのは、アイザックだった。

よく考えたら、ラクスが部屋からいなくなっていたことに気付いたら皆必死に探し出そうとするに決まっている。相当気を揉んだに違いない。

 

「よかった、キラ君が引き留めてくれたのか」

 

「あ、いえ、僕は」

 

「皆、あなたを探しててんやわんやなんです。戻ってもらいますよ」

 

アイザックは少々厳しめにラクスへと言葉を投げかける。

しかしラクスは、首を縦に振らなかった。

 

「ヒューイ中尉、少しだけ時間をいただけませんか?わたくしは、キラ様のお話を聞きたいのです。ほんの少しでいいのです」

 

「えぇ?」

 

アイザックはキラをチラリと見るが、キラは目を泳がせるばかり。そして、ここ数日で得た儚げな印象とは逆な、ラクスの強いまなざしに思うところがあったのか、頭を少し掻く。

ため息をつくと、アイザックは通信端末を取り出して起動する。

 

「隊長、クラインさんを見つけました。()()()()()()()()()()()、必ず部屋までお連れしますのでご心配なく」

 

『時間?いったい何に───』

 

「絶対に連れて行きますので!それでは!」

 

『あ、ちょ、待てア───』

 

そのまま端末の電源を切る。何かユージが言いかけていたが、ちょっと通信環境が良くなかったせいで切れてしまった。

つまり、事故だ。アイザックは自分にそう言い訳した。

 

「……少しだけですからね。それとキラ君、良かったら僕も同席させてもらっていいかい?」

 

「ありがとうございます、ヒューイ中尉」

 

「えっと、いいんですか?」

 

「いいよ別に。隊長はなんだかんだ大らかだから、お叱りで済むと思うよ」

 

そのまま2人は話を聞く姿勢を見せる。

なんだか変なことになってしまったと思いながらも、キラは話し始める。

自分が今抱えているものを。

自分の正義を、信じられなくなっていることを。

 

 

 

 

 

「……なるほど。たしかに難しい問題だね」

 

アイザックは、そういう月並みな言葉しか返せなかった。

キラは全てを話し終えた。

自分が殺人という罪から逃げだしたがっていること。

無駄な戦闘を避けようと説得を試みたが、かえって相手を激昂させてしまったこと。

そして、親友と3度に渡り戦ってきたこと。

今までは誰にもわからない、話せないと思っていたこと。しかし一度話し出すと不思議なもので、堰を切ったかのように言葉があふれてくる。

そしてラクスとアイザックは、時折相づちを打つだけでただ聞いていてくれた。キラはそれが嬉しかった。

ラクスは話し出す。

 

「キラ様は、人を殺そうと思って戦ってきたのですか?」

 

「そんなこと、ないです」

 

「ただ、自分に出来ることを必死に為してきただけ……その結果、苦悩に見舞われているのですね」

 

「キラ君、僕はそのことに対して『慣れろ』とは言わないよ。慣れたら、どんどん深みにはまっていく。人を殺しても、『仕方ない』で済ませられるようになっていく。そうなったら、もう戻れない」

 

ラクスがキラの心情を言い当て、アイザックは『これだけはしてはいけない』と言う。

キラに何かを強制するような言葉ではない。しかし、『答えは自分で探さねばならない』という真実を突きつけている。

難しい話だな、とキラは考える。

 

「……生者が死者に出来ることなど、ありませんわ。彼らは既に、遠い世界に行ってしまったのですから。わたくし達には、せめて彼らが安らかであるようにと祈るしか出来ないのです」

 

「僕も、クラインさんと同意見だね。死者のためだなんだと言って行動しても、結局それは生者のためにしかならない。許しを請うても、言葉が返ってくることはない」

 

「じゃあ、僕は……」

 

どうすればいいのだ。そう聞き返しそうになるが、アイザックは手をかざして制する。

 

「キラ君、僕の場合はね、ただ背負うことを決めたよ」

 

「背負う……?」

 

「そう、背負う。罪を『引きずる』のと『背負う』のでは話が違う。引きずっていたら自分が通った道に跡が出来て、心を暗くしてしまう。けれど一度背負うと決めて歩き出せば、苦しくてもいつかそれが力になる。未来を探し出すための力にね」

 

「未来を、探し出す……。アイクさんも、探しているんですか?」

 

「うん、まだ探している最中。というより、皆見つけていないから戦争なんて起きるのかもしれないね」

 

「……ヒューイ中尉、よろしいですか?」

 

ここで、しばらく沈黙していたラクスが手を挙げる。

ラクスは少しだけ迷う素振りを見せた後に、アイザックに問いを投げる。

 

「中尉、あなたはどのような未来を望むのですか?どうすればその未来が見つかると思いますか?わたくしは、それが知りたいのです」

 

「……ちょうどいいから、話しておこうかな。キラ君にも、聞いて欲しいな」

 

手すりに寄りかかると、アイザックは話し始める。

 

「僕は、ZAFTに復讐するために入った。エイプリルフール・クライシスで両親と故郷を失った、その復讐のためにね」

 

「えっ……」

 

「……申し訳ありません、同胞達の行いが、あなたを戦いに駆り立ててしまったのですね」

 

キラからは困惑、ラクスからは謝罪の声が発せられる。

発言力は段々低下しているとはいえ、ラクスの父はZAFTの党首なのだ。つまり、父の決定がアイザックから大切な物を奪ったということに他ならない。

16歳の少女の、良心の呵責に耐えられなくなった末の言葉だった。

 

「……僕は、仇を討つために連合軍に入った。コーディネイターとして差別されることを覚悟してもね。実際、何度かそういう経験をした。だけど、不思議と折れることはなかったんだ。───気にならないくらいに、憎しみが心の中で渦巻いていたからね」

 

この優しそうな人でさえ、復讐に囚われている。この戦争は、いったい何人に深い傷を刻み込んだのだろうか。いや、そもそも戦争が始まる前から……。

 

「キラ君、クラインさん。……復讐って、悪いことかな」

 

「……難しい、質問ですわね」

 

「大抵の人は、復讐は何も生まないとか無意味だとか言う。だけど、そうじゃないんだ」

 

「そうじゃない……?」

 

「僕たちは、『復讐者』と呼ばれるような人間は、何かを得たいから戦うんじゃない。……奪われたから、奪ってやりたくなるんだ。理不尽を味合わされたから、理不尽な目に遭わせてやりたくなる。そうしないと、自分の気が済まない。いつまでも、未来に進めない」

 

復讐とは未来を探すための行程、その一つに過ぎない。

アイザックはそう言う。何も生まなくとも、意味がある行いなのだと。

ならば、キラ・ヤマトにアスラン・ザラを説得することは出来ないのだろうか。激情を抱えた友を、止めることは出来ないのだろうか。

だが、アイザックはどこか晴れやかな顔で話を続ける。

 

「このことを相談したとき、隊長は『それもいい』って言ってくれたよ。だけど『お前がそれで満足するならな』とも言われたんだ」

 

「えっと、それはどういう?」

 

「復讐のタチが悪いところは、そのために他の全てを犠牲にしかねないところにある。自分だけでなく、他人を犠牲にしても、復讐のためだから仕方ないって考えになりかねないんだ。隊長は、それをわかっていたんだろうね」

 

「……わかる、と思いますわ。以前、そのような方々が街でデモをしていらっしゃるのを見ました。『許すな』、『倒せ』、『勝ち取れ』、と。あの光景を見たとき、どこまでもどす黒い『何か』を見た気がします」

 

「誰も、抑えることは出来ないんだ。一度その思いを持ってしまったら。……だから、復讐というものには二つ、必要なものがある。目的を成し遂げるための『力』と、目的を違わないための『心』がね。別に復讐に限った話じゃない。目的を失った力はただの暴力だし、力がなければ何もできない。思いだけでも、力だけでもダメなんだ。……って、これも隊長の受け売りなんだけどね」

 

アイザックは照れくさそうに言うが、キラとラクス、二人の心にしみこんだ言葉がある。

思いだけでも、力だけでもダメ。なぜか、その言葉に対しデジャブを感じる。

 

「隊長も、このことを他の人から聞いたって言ってたよ。……っと、話が逸れちゃったね。僕が言いたいのは、復讐はするのも止めるのも、思いと力が無ければいけないってこと。だから、キラ君。もしも君が友達を止めたいなら、相応の思いと力を持ってぶつからなければいけない。半端じゃダメなんだ」

 

「アイクさん……はいっ」

 

「ありがとうございます、ヒューイ中尉。……わたくしも、何がしたいか、何をすれば良いのかが少し見えてきましたわ」

 

アイザックの話を聞いた二人は、どこか晴れやかな顔をしている。

アイザックはそれを見て嬉しく思った。失うばかり、奪うばかりだった自分でも、誰かに何かを伝えることが出来たという実感がある。

 

(戦争の前は、教師になりたかったんだったな……)

 

もう、戻れない過去。失った未来。

しかし、新しく手に入れることが出来たものもある。

今はそれでいい。今は戦争を終わらせるために戦うだけだ。

 

 

 

 

 

そこで場面が終われば、おそらくそれがベストだったのだろう。

 

「み、見つけたぞ!」

 

展望デッキの入り口の方から聞こえてくる声に、3人は何事かと振り向く。

そこには、予想だにしない人物が兵を伴って立っていた。

 

「お前が『G』に乗っていたという“ヘリオポリス”のコーディネイターか!何を考えて彼らは……とにかく、来てもらうぞ!コーディネイターなど野放しにはしておけん!」

 

ジョージ・アルスターがその場に立っていた。




心理描写、難しい。難しくない……?

ユージが「思いだけでも、力だけでもダメ」という言葉を聞いたのは、当然ラクスからです。この世界ではありませんけどね。
一応、ユージが「ガンダムSEED」を見ている中で一番印象に残ったセリフという隠し設定です。

なぜジョージが最後に登場したのか、いかにも問題起こす気満々という姿勢なのかは、次回に描写するつもりです。
だってこの人、大きく性格改変とかでもしないとこうなる気しかしないっていうか、そもそもどんな人かわからないっていうか……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

カウント、4


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第36話「姫」

前回のあらすじ
アイク「やるなら徹底的にやれぇ!」
キラ「押忍!」

実はアイクやモラシム、マーレといった憎しみや差別が激しいキャラは攻撃的なステータスに設定しています。
モラシムはまだ公開してないけど。


『……以上で、これからの行動計画についての会議を終えたいと思うのですが、何か疑問や質問はありませんか』

 

『私からはない。どちらにせよ”モントゴメリ”と”バーナード”、”ネオショー”の応急修理が終わるまでは動こうにも動けん。最低でも、あと1日はここで時を待つしかあるまい』

 

『私も、特に問題は無いように思われます』

 

『待ちたまえ!コープマン大佐も、ええと、ラミアス大尉も何を考えているのだ!これでは、”ストライク”のパイロットという問題が残ったままではないか!それに、ラクス・クラインのこともだ!』

 

『事務次官……そのことは既に話し合ったでしょう。()()()()。彼に我々への敵対意思は見られませんし、必ず誰か正規の軍人が彼らの近くで逐次行動を監視しているんです。なんなら、”ストライク”には遠隔で自爆させられる機構も積んでいる。クライン嬢にも監視は付いている。これ以上、何をしようというんです?』

 

『コーディネイターに艦内を自由に歩かせているなど、正気の沙汰ではない!早く営倉にでも入れて行動を制限するべきだ!』

 

『コーディネイターというなら、ヒューイ中尉とリー中尉もコーディネイターです。そして、先の戦闘では彼の尽力もあったからこそ、無事に撤退することが出来たのです。今は問題を新たに生み出すべきではない』

 

『ぐっ……し、しかし!』

 

『どうやら事務次官は、戦闘に巻き込まれたことで少々気が立っておられるようだ。……我々はプロです。彼らが何か良からぬことをしようとすれば、即座に取り押さえられるようになっています。あなたの不安もごもっともですが、我々を信用してください』

 

『……』

 

『(既に何度かクライン嬢は、監視の目をすり抜けて部屋の外に出ているということは話さなくて正解だな。ただでさえクソ忙しいのに、これ以上面倒事を増やしてられるか。あー、ファッキン政治家)』

 

 

 

 

 

2/8

”アークエンジェル” 展望デッキ

 

会議でのそういったやり取りを経て、彼は結局暴走して今に至る。

ジョージの声に合わせて、両隣に控えていた兵士が手に持った拳銃をキラ達に向ける。

アイザックはキラとラクスを背後に隠して守ろうとするが、大した意味を為していないのは明らかだ。

 

「何のつもりですか、アルスター事務次官!」

 

「退きたまえ、ヒューイ中尉!いや、そもそも君たちは、何を考えてコーディネイターの子供を『G』に乗せたままでいるのかね!?それに、そこにいるのはラクス・クラインだろう!」

 

荒い声を受けて、ラクスはビクリとする。

成人男性が声を荒げた時の、極当たり前の反応だ。それを見て、キラもラクスの前に立とうとする。

銃口を向けられていては意味が薄いが、男には張りたい『意地と格好』があるのだ。

 

「これは明らかな越権行為です、わかっているんですか!君たちも、何をしているのかわかっているのか!」

 

アイザックはジョージだけでなく隣の兵士達にも非難の声を浴びせるが、彼らはなんらアクションを取ろうとしないどころか、敵愾心さえ感じられる視線を向けてくる。

ここでアイザックは直感する。───彼らも、ブルーコスモスだ。しかも過激派。

おおかた、都合良くコーディネイターを始末出来る機会が巡ってきたと考えてジョージに便乗したのだろう。本当にどさくさ紛れが得意な連中だ。

こうなった以上、説得は無理と考えた方がいい。そう考えたアイザックは、キラ達に密かに指示を飛ばす。

 

(キラ君、僕が突っ込んで事務次官の動きを止める。一応僕は正式な連合軍人だから、彼らも撃つのをためらうかもしれない。その隙にクラインさんを連れて逃げて)

 

(そんな!)

 

(時間はない、準備を)

 

アイザックの言うとおり、目の前の彼らはいつ動き始めてもおかしくはない。

しかし、彼が本当に撃たれないという確証もない。

 

(どうする───!?)

 

「大体、コーディネイターなどが生まれたから戦争が───」

 

 

 

 

 

「さっきから聞いてれば、何よそれ。笑っちゃうんですけど」

 

 

 

 

 

だからこそ、もう一つの入り口の方から聞こえてくる声には誰もが意表を突かれた。

目を向ければ、ずかずかとこちらに向かってくる少女。女性兵士用の制服を着ていることから、連合軍の兵士なのだと思われる。

アイザックは、彼女のことを知っていたようだ。

 

「ひ、ヒルデガルダ伍長?」

 

「いつからあなたは、軍艦の中で勝手に行動出来るほど偉くなったんですか。そして、彼らを拘束する?男の子の方は私の命を2度も救ってくれた恩人です。クラインさんは遭難していたのを救助されただけ。敵国民に相当しますけど、営倉に入れるようなことでもありません」

 

いきなり現れてジョージに非難を浴びせていくヒルデガルダ。

最初は怪訝そうな顔をしていたジョージだったが、彼女の顔を見ている内に、どんどん顔が青くなっていく。

 

「なんだ貴様は!一介の伍長風情が───」

 

「ば、バカ!銃を下ろせ!」

 

兵士は銃を向けようとしたが、一番意外な人物、ジョージがそれを制する。

銃口を向けられたヒルデガルダだが、ふんっ、と鼻を鳴らすのみで、そのまま歩みを進める。

 

「撃ってみなさいよ、このあたしに。このヒルデガルダ・()()()()()に、撃てるもんなら撃ってみなさい!」

 

「ミスティル……!?」

 

姓名を強調して名乗るヒルデガルダ。それを聞いた兵士は、なんと銃を服の中に隠し、敬礼をする。

 

「し、失礼しましたぁ!まさか、ミスティル家の方がいらっしゃるとは……」

 

「はん、謝るならあたしじゃなくてあっち、アイク中尉達にでしょ。───アルスター事務次官。ここまでの一連の行為は、お父様に報告させていただきます」

 

「そ、それだけは!?」

 

20にもなっていないであろう少女に膝をついて許しを請うジョージ。

それを見て、キラはますます混乱した。

いったい、彼女は何者なのか?

 

「先ほどまでのあなたの行動が、あなたを外務次官に任命したお父様の顔と、ミスティル家の看板に泥を塗るものと知りなさい」

 

「───ミスティル伍長。もう、いいかね」

 

先ほどヒルデガルダが入ってきた方の入り口から、ユージが姿を現す。

どうやら、途中から見ていたようだ。

 

「む、ムラマツ中佐……」

 

立ち上がったジョージが、すがるような目を向けてくるが、ユージは感情を映さない視線を返す。

 

「……どうやら、()()()お疲れだったようですね。そこの君たち。アルスター事務次官を“モントゴメリ”まで連れて差し上げろ。───まさか、嫌とは言うまいな?」

 

そう言われた(おそらく)ブルーコスモスの兵士達は、ジョージを丁寧に立たせて連れて行く。不満げな顔をしていたが、ユージが冷たい視線で睨むとキビキビと動いていた。

どうやら、危機は去ったようだ。キラは、その場を支配していた重苦しい雰囲気が霧散していくのを感じた。

アイザックが、ふう、と息を吐いていると、ユージとヒルデガルダが近づいてくる。

 

「申し訳ありません、クライン嬢。お見苦しい様をお見せしました」

 

そう言って、ラクスに頭を下げるユージ。

先の光景を見ていれば、敵国民に頭を下げるのもやむなしというものだろう。

まあ、基本的にユージ(中間管理職)の頭は軽いのだが。

 

「世界には、人の数だけ思想が存在します。私は今、その一つを見ただけですわ。ですから、どうか頭を上げてください」

 

「ご理解していただいたこと、感謝します。───キラ君も、済まなかったな」

 

「あ、いえ、僕は全然、大丈夫ですから……」

 

そのままキラにも謝罪を重ねるユージ。

その様はまさしく、上司の責任を押しつけられた中間管理職。おそらくこの後、また会議に参加することになるに違いない。

 

「アイク、お前からは後で話を聞かせてもらう。そもそもお前がクライン嬢をさっさと連れてきていれば、こうならなかった可能性もある。……まあ、悪い時間ではなかったようだから、大目には見てやるさ」

 

「すいません、隊長……」

 

「こんなところか……。ミスティル伍長も、世話を掛けた……と、言うべきか?」

 

「気にしないでくださいよ、中佐。あたしが勝手にやっただけですから」

 

「あの、ムラマツ中佐。この人は……?」

 

ラクスはどうやら、『ミスティル』と聞いた時点でピンときたらしく、未だに信じられないといった様子で様子を窺っている。

この場でヒルデガルダが何者なのかを知らないのは、キラだけのようだ。

キラは好奇心を抑えきれず、ユージに尋ねる。

それを聞いたユージは、どこか呆れたような表情をする。

なんで知らないのかと言わんばかりだ。

 

「キラ君……まさか、ミスティルを知らないとは言わないよな……?」

 

「……」

 

「……これからは、もっと新聞を読むことを勧めるよ」

 

気まずそうに沈黙するキラだが、ヒルデガルダは、愉快でたまらないという顔をする。

 

「あっははははは!ちょっと来なさいよマイケル!ここにもあんたと同じ子がいるわよ!」

 

「す、すいません。新聞とかってあまり読まなかったもんで……」

 

「いいのいいの!あたしの名前を聞いた人、ほとんど似たようなリアクションばっかりだから、むしろ新鮮っていうか!」

 

キラの謝罪を笑って受け止めると、ヒルデガルダは制服のスカートを、まるでドレスを着たお嬢様のようにわずかに持ち上げて、自己紹介をする。

 

 

 

 

 

「改めまして、ヒルデガルダ・ミスティルです、キラ・ヤマト君。父は、()西()()()()()()()()を努めてます」

 

「勝手に付け加えさせてもらうが、彼女の家は代々ブルーコスモスの事実上№2を努める家系でもある。要するに、アルスター事務次官の直属の上司だな」

 

 

 

 

 

とんでもないビッグネームが出てきた気がする。

大西洋連邦大統領というと……。

 

「えっとたしか、ジレン大統領、でしたよね?」

 

「そうだな。ジレン・ミスティルJr.大統領」

 

「……」

 

ここに来て、キラは理解する。

目の前の彼女は、正確には彼女の父は。

地球連合軍のトップの一人である、ということを。

 

「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

「おっ、良いリアクションだな」

 

ユージは呑気に評しているが、そんなことを考えている余裕はキラにはなかった。

いや、目の前で朗らかに微笑んでいる彼女が、それほど重要なポジションに位置する人間だとは、思っていなかった。

たしかに外国(忘れかけている読者も多いかもしれないが、キラはオーブ国民である)の政治家などには興味をあまり持たなかったから、大統領のフルネームもおぼろげだった。

だが。

大統領。大統領である。どんなバカでも、どれだけ偉いのかくらいはわかる役職ランキング№1である。対抗馬は王様。

そんな人間の娘が、なぜ軍の制服を着てこんな場所にいるのか?

それに、たしか伍長と言ったらユージは疎かアイザックよりも低い階級のはず。

16歳の少年には、あまりにも情報量が多すぎた。

 

「あっはははは、大丈夫だよ。ミスティルがどうとか言ったけど、あたしはただのヒルデガルダだから。なんなら、ヒルダって呼んでもいいよ」

 

「伍長、あまりからかってやるな。キラ君、彼女はたしかに大層な家系の人間だが、家とは関係無しに軍に入隊している。本人の望み通り、ただのヒルデガルダとして向き合ってやってくれ」

 

「は、はあ……」

 

「それより、伍長。何かキラ君に用があったのではなかったか?だから”アークエンジェル”まで来たんだろう」

 

「あ、そうでした!」

 

思い出した、といわんばかりに手を打つヒルデガルダ。

当然だが、キラにはヒルデガルダが会いに来る理由は見当もつかない。まったく接点は無いはずだが、いったい彼女はどういう理由で自分に会いに来たというのだろうか?

 

「えっと、ね。今回は、お礼を言いに来たの。助けてくれてありがとうって。しかも、2回」

 

「え?」

 

「ほら、デブリ帯での補給中にさ、”ジン”から助けてくれたでしょ?あの時の”テスター”、私がパイロットだったの」

 

ヒルデガルダに言われて思い出す。たしかに、あの時”ジン”と”テスター”の戦いに割って入ったのだった。キラには苦い思い出となった一件だが……。

 

「2回目は、昨日。”イージス”にターゲットされた時は、『あっこれ死んだ』って思っちゃったよ。だけど、君が割り込んでシールドで守ってくれたでしょ?」

 

昨日、アスランとの戦いではアスランを押さえ込むのに必死だったからどの機体に誰が乗っているかは覚えていないのだが、知らず知らずに彼女の命を救っていたようだ。

 

「あの時は、必死で……よく、覚えていないんです」

 

「それでも、助けてくれたでしょ?だから、お礼を言いに来たの。お父さんから『恩を受けたら、必ず返しなさい』って言われて育ったから、これは私の我が儘。ね、ありがとう」

 

そう言ってこちらの手を取るヒルデガルダの顔からは、混じりけの無い謝意が読み取れた。本心からの言葉なのだとわかる。

だが、紹介の中で気になる部分があったのをキラは忘れなかった。

 

「だけど、その、いいんですか?僕は、コーディネイターで……」

 

「いいのいいの。私とあの人達で、違ってるから」

 

「違ってる?」

 

「ミスティル家は『正統ブルーコスモス派』と呼ばれることもあってね。ブルーコスモス結成当初からの活動である、環境保護に力を入れている人達が集まる派閥でもある。アルスター事務次官と同じブルーコスモスではあるが、反コーディネイターとしての姿勢はおだやかなものさ」

 

ユージが捕捉して説明するが、キラにとっては目から鱗が出るような情報であった。

なにせブルーコスモスと言えば、反コーディネイターの代表のような存在である。同じ組織だというのに、派閥というものが違うだけでかなり差があるものだ。

 

「そうそう、お父さんよく言ってたもん。『遺伝子操作技術は認められないが、既に生まれた人間を迫害するのが正しいわけがない。彼らが自然に生きていける世界を目指すべきだ』って。あたしも嫌いって思った人は嫌いだけど、コーディネイターってだけで嫌いにはなれないかな~」

 

つまり、こういうことだろうか。

遺伝子操作を行なうのは人の命を好きに弄ることなので認められないが、生まれた子供に罪はない。その子供が遺伝子に縛られず生きていけるように、支えてあげるべきなのだと。

たしかに、遺伝子操作を受けて不幸になったという人がいるという話は聞いたことがある。

今でこそ活躍しているアイザックやカシンも、遺伝子操作のせいで復讐者となったり戦争にかり出されたりと、不幸になったと言えるかもしれない。

 

「皆がジレン大統領のように考えられたら、良いのだがね……」

 

「ほんと、そうですよ!お父さんに会いに来る人、皆で『コーディネイターは悪だ』とか『滅ぼせ』とかしか言わないんだもん。コーディネイターでもいい人はたくさんいるのに……」

 

「……どうして、このような、憎しみあう時代になってしまったのでしょうか」

 

ユージとヒルデガルダの話を聞いて何か思うところがあったのか、ラクスは話始める。

 

「数は少ないですがわたくしにも、お友達がいます。婚約者も。皆さん、とても優しい方々ですわ。でも、彼らも戦争にいってしまいました。今もどこかで、戦っているかもしれません。どうして、そうなってしまうのでしょうか。優しさを押し殺してまでも、戦わなければいけないのでしょうか……」

 

悲しげに呟くラクスの言葉に、キラとヒルデガルダも物憂げな表情を作る。

アイザックは、違ったようだが。

 

「奪われたからだよ。人命を、資源を、土地を。そして、自由をね」

 

チラリと視線を下に向ければ、彼の拳が硬く握りしめられているのがわかる。

彼もまた、奪われた者。その目の中には、暗い炎が灯っている。

 

「まずプラントは、平和を奪われていた。コロニー内で頻発した反コーディネイターのテロに、プラント理事国はまともに対処しようとしなかった。自分達で政治を行えない彼らにとって独立とは、自分達の身を守る行為でもあったんだろうね。そしてナチュラルは、プラントを奪われた。自由黄道同盟、現在のZAFTが許可を得ずに独立を宣言したことでね。プラントからしたら命が掛かっているわけだから正しい行為でも、彼らが住んでいるコロニーはそもそも、理事国がお金を出して作られた。理事国としては、勝手に資産を盗まれたに等しい」

 

そこまで話して、アイザックは息をつく。

キラ達は気付いていないがユージにはわかった。あれは、憎悪を押しとどめている証だ。アイザックは子供達に自分の憎悪を見せないように、相当気を張っている。

この思いは自分だけが持っていればいい。そんなことを考えているのだろう。

 

「そんなことの繰り返しだ。奪い、奪われ。笑っちゃうよ、なにせ、理事国がコーディネイターのことを慮っていれば、こうはなってなかったかもしれないんだ。互いに歩み寄ろうとしなければ、ドンドン遠ざかっていくだけなのに……」

 

今にもZAFTに対する憎しみを爆発させそうなアイザックだが、それを抑えながら言いたいことは言い切ったようだ。再度息をつく。

 

「ナチュラルはコーディネイターに、コーディネイターはナチュラルに対する理解が足りない。キラ君、クライン嬢、そしてミスティル伍長。難しい話かもしれないが、君たちには『お互いを知ろうとすること』を忘れないで欲しい。きっと、そういうことの積み重ねなんだ」

 

「中佐……はい」

 

「う~ん、難しいことはよくわかりませんけど、偏見は良くない!ってことですよね?だったららくしょーですよ!」

 

「……ムラマツ中佐、ヒューイ中尉。今あなた方に会えて、本当によかったと思いますわ」

 

少年少女に大人の責任を押しつけるようで気が重いが、それでもユージは彼らに託すしかないのだ。

どんな力や知識があっても、自分は所詮、1人の軍人でしかない。

それでもこうして主人公、否、子供達に何かを教えられるなら。

それはきっと、こうして自分が軍人になったことも無意味ではないのだろう。

 

「───見つけたぞ、ヒルダ!っていうか、ムラマツ中佐にヒューイ中尉も……って、うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

「いきなり大きな声を出さないでください、マイケル。失礼しました、ラクス・クラインさんですね?」

 

入り口の方から、マイケルとベントが入ってきた。

ヒルデガルダと一緒にいた彼らにも、ラクス捜索を頼んでいたということをユージは思い出した。

実は、会議における様子からジョージが暴走するのではないかと考えたユージは、ジョージをほぼ確実に止めることの出来るヒルデガルダを捜索に参加させていたのだった。

結果的には丸く収まったが、これが知られたらヒルデガルダの機嫌を損ねてもしょうが無い采配である。

 

「ま、マイケル・ヘンドリー伍長であります!」

 

「……マイケル、あんたひょっとして」

 

やけにマイケルが挙動不審だが、ヒルデガルダは何かを悟ったかのようににやつき始める。

 

「ねえ、クラインさん?こいつ、実はクラインさんの大ファンなのよね。良かったら、サインとかしてあげて?」

 

「うぇい!?い、いやいやいや!そんな恐れ多いことは、とても!」

 

「……ふふっ。はい、わたくしのもので良ければ喜んで!」

 

「ひょう!?」

 

「まったく……ああ、君はキラ・ヤマト君だろう?ヒルダからはもう礼を言われたかな?僕からも、礼を言わせてくれ。僕も君には助けられたからね」

 

「えっと、その、どういたしまして?」

 

「それと、良ければ君の回避機動について聞きたいことがあるんだ。時間があったら、教えてくれないか?」

 

「ぼ、僕のですか?」

 

「ああ。ヒューイ中尉達よりも、なんというか先鋭的だった」

 

「せ、先鋭的?」

 

たちまち賑やかになっていく展望デッキ。

その光景を見て、ユージはアイザックに語りかける。

 

「なあ、アイク。さっき私は、手を取り合うのは難しいかもしれないと言ったな?」

 

「ふふっ、言ってましたね」

 

 

 

 

 

「意外と、難しいことではなかったのかもしれん。……守っていきたいな」

 

「はい。僕も、そう思います」

 

 

 

 

 

ここから、少しの時間が流れた。

ユージはこの間気を揉んでいたが、結局クルーゼ隊の追撃はなかった。

先の戦闘では少なくない被害を与えたことや、奪取された『ガンダム』が1機だけということもあるのだろう。

道中で他のZAFT部隊に遭遇することもなく、“モントゴメリ”を含む先遣艦隊を交えた艦隊は、順調に目的地への航路を進んだ。

ちなみに、ジョージは”モントゴメリ”に監視付きで事実上拘束されることになった。ユージとしては意外なことに、フレイがこの数日間で父親と会話することはなかった。

流石に事のあらましを聞いても、父親を盲信するほど世間知らずではなかったのだろう。暴走した父に代わって、キラに謝罪していた姿は中々に衝撃的だった。

それに、そもそもジョージは穏健派寄りだ。でなければ、ヒルデガルダの父とのパイプを築くことも出来ないのだから。

ZAFTとの戦闘に巻き込まれて気が立っていた彼は、そこを先遣艦隊に紛れ込んでいた過激派にそそのかされてしまい、あのような暴挙に及んだというのが真相らしい。件の過激派兵士は、もちろん営倉入りである。

後日正式にキラへ謝罪をしたことから、もう遺恨は残っていないと見て間違いない。

 

戦いをくぐり抜け、騒動を解決した。

ネズミたちは子供達に自分達の思いを伝え、子供達は未来を考え始める。

そうして芽生えたわずかな希望の芽と共に、艦隊は『セフィロト』へとたどり着いた。

これで連合軍は、次期主力量産MSの試作機とMS運用能力を兼ね備えた最新鋭戦艦の実機、そして、ラクス・クラインの身柄を手中に収めたことになる。

それがどのような未来を引き寄せるかはわからない。ユージにわかっていることは、ただ一つ。

───本来の未来が変わったことだけは、たしかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告します!

”アークエンジェル”が、無事に”マウス隊”と共に『セフィロト』に到着しました!

試作MS”イージス”を奪われてしまいましたが、ストライカーシステムを搭載した”ストライク”は無事だとのことです。

我々はこれで、次期主力量産型MSである”ダガー”を開発することが可能です!

 

 

 

 

 

開発部から、新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

「”ストライク”の量産」 資金 3000

ストライカーシステムを搭載した量産型MSを開発する。

3種類のストライカーを状況に応じて付け替えることで、様々な戦況に対応出来る高性能MSとなると考えられる。

 

 

 

 

 

 

重戦車の試作」 資金 3000

MS以外の兵器の「戦場における役割」を再検証するために開発する。

本機の開発は、開発部内の「通常兵器地位向上委員会」を名乗る派閥によって主導される。




というわけで、ヘリオポリスからの珍道中はこれで終了です。お疲れ様でした!
え、低軌道会戦?やだなあ、マウス隊とキラ達に加えて、基幹艦隊にも相応数のテスターが配備されてるんですよ、この世界?
クルーゼさんがかちこもうもんなら、返り討ちにあいますね。

「機動投機トレーダーSEED」という作品がハーメルンにもあるんですけど、あの作品で語られたことが結構、SEEDの戦争が起こった原因を解決する方法の一つなんじゃないかと思います。
ご都合主義が結構強めな作品ですが、1話だけの短編ということもあって非常に手軽に見れて、かつ作者の主張(私ではない)もはっきりしてるので、暇だったら見るのもいいと思います。
作者のお気に入りに登録してありますんで。はい。



ここから自分語り。
面倒な人はブラウザバック推奨。
私が最初に全話見たガンダムは、「機動戦士Zガンダム」でした。ですが、当時小学生で父の借りてきたZのDVDを見ても、当時アッパラパーだった私には難しくて、「Zガンダムかっけー!」くらいしか考えてなかったんです。
だけど、それでよかったんだと思います。そうでなかったら、私のガンダム観はZのようなシリアスなものに傾倒していったと予測されますからね。
幼い時は、純粋にかっこいいと思ってガンダムを見ていればいいんだと。
小難しいことは、成長して後からかんがえてりゃ良いと。
視聴一回目ではMSのアクションに夢中になって、二回目では登場人物の機微や重厚なストーリーに唸る。
それが、私にとっての「ガンダム」なんです。1粒で2度おいしい(なんだそりゃ)。
おかげで、「ガンダムAGE」も「Gのレコンギスタ」も素直に楽しめましたよ(笑)。

小学生から少しの時間が経って、私は自分でDVDを借りるようになったころ。
私がZガンダムの次に全話視聴したのは……。
「機動戦士ガンダムZZ」でした。
ジュドー達、シャングリラチルドレンが戦争の中で生き抜いていく姿は、鮮烈に映りました。傷つきながらも前に進んでいき、成長していく。
物語の最後にジュドーは、希望を持って木星圏へ旅立っていきました。
ここで、私の「グッドエンド症候群」とも言うべき性が生まれたんですよね。
どんなに辛く苦しい物語でも、最後は明確にハッピーエンドで終わって欲しい。そういう主義が生まれたわけです。
そんな状況で次に見たのが「機動新世紀ガンダムX」なもんですから、私はどうしても「子供の成長」というシーンを入れたくなるんですよ。今回の話も、そういう私の我が儘です。世界に、こうあって欲しい、とね。

MS開発記を期待して読んでくださっている方々には申し訳ないことに、今後もこういう少年少女の機微を描写する回は多々存在すると思います。
ただ、その根底には間違いなく「かっこいいガンダムが書きたい、私なりの戦争を書きたい」という思いもあって。
どうか、最後までお付き合いいただけると幸いです。
それになんといっても、まだまだ書きたいオリジナル兵器がありますしね!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

カウント、3


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第37話「ようこそ少年、このクソッタレな世界に」

前回のあらすじ
ミスティル家二女「この紋所が目に入らぬかぁ!」

リアルが立て込んできてるので、あんだけ期待させること言っときながらビクトリア攻防戦書くの遅れそう……。
わいの人生が掛かってるンや、勘弁してくれ。


2/12

『セフィロト』 艦艇ドック

 

「ついに、帰ってきたな……」

 

「久しぶりの我が家ならぬ、我らが居城だな!」

 

「ナイトがいない『セフィロト』に未来はにい。黄金の鉄の塊で出来た俺はナイトで引っ張りだこなんだが?」

(俺がいない間に、彼らはどう過ごしていただろうか。”アストレイ”の件といい、研究者としてやることは多そうだ)

 

以上、上からユージ、アキラ、ブロームのセリフである。

彼らは無事、『セフィロト』にたどり着いていた。

ユージはここまでの旅路で、原作でハルバートンが死亡した『低軌道会戦』が発生しないかどうかで気を揉んでいたのだが、結局戦いが起きることはなかった。

なんということはない、そもそもハルバートンは救援に駆けつけなかったのだ。既にユージ達“マウス隊”が救援に向かっていることを報告されていたハルバートンは、既に連合宇宙軍でもトップクラスの戦力を持っている第8艦隊を動かさずに、補給物資を積んだ先遣艦隊を送るだけでなんとかなるだろうと踏んでいたのだ。

結果としてあの戦闘(後にユージが取った作戦を元に『エンジェルラッシュ会戦』と呼ばれるようになった)が発生したが、あれは誰にも予想できない戦闘であったため、ハルバートンを責めることは誰にも出来ないであろう。

実際、”ネオショー”が運んできた物資のおかげでユージ達は物資不足に悩まされることはなかったし、あの戦い以降は精々敵の哨戒艦と遭遇したくらいしか戦闘は起きなかった。しかも、その哨戒も早々に撤退しているため、実際は戦闘など無いようなものだった。

 

「ようやく肩の荷を下ろせる……などと思っていられる時間があればよかったんだがな」

 

「隊長はこの後、ハルバートン提督に事の詳細を報告する仕事が待っていますからね。その後には、『セフィロト』を留守にしていた間に貯まった書類を捌かなければいけません」

 

「ここは地獄の1丁目……か。それにしても」

 

ジョンはいつも通り、隊長に現実を突きつける。ユージはこの後もしばらくは仕事漬けという事実に憂鬱になりかけるが、自分の目に映る異変について指摘する。

 

「なんだか、基地全体が騒がしくないか?」

 

「そうですね……たしかに、我々の知っている普段の『セフィロト』よりも、大分騒がしい気がします」

 

そう、騒がしいのだ。それも、尋常ではない。

あちらこちらを兵士や整備兵、研究者が荷物を抱えて走り回り、怒号を飛ばしている。

まるで、ZAFTの大規模攻勢が始まったかのようだ。実際、ユージはこの雰囲気に覚えがある。───あの忌まわしき、グリマルディ戦役の時と同じような雰囲気を感じるのだ。

 

「なあ、そこの君。良ければ話を───」

 

「んな暇あるか!」

 

近くを通り過ぎようとした兵士を呼び止めようとするが、怒号だけを返される。

ユージの階級章が目に入らないほどに忙しかったようだ。そのまま、どこかへ走り去ってしまった。

ユージはこの異常な雰囲気から、佐官である自分への配慮を怠っても仕方ないと結論づけた。”マウス隊”が上下関係の比較的緩い部隊だということもあるが。

 

「早く、ハルバートン提督に会いにいった方が良さそうだな。ジョン、そこのバカ共を連れて研究スペースに向かってくれ。話はマヤ君からでも」

 

「了解しました、隊長」

 

「おつとめご苦労だ、隊長!待っていろ、ウィルソン、アリア!今、お宝を持って行くぞ!」

 

「すごいぞー憧れちゃうぞー。堅い結束の絆で結ばれている俺達でバラバラに引き裂いてやろうか?」

(尊敬するよ、隊長。”アストレイ”の解析や戦闘データの整理はこちらでやっておくから、安心してくれ)

 

見張り役のジョンを含め、変態達を”マウス隊”用にもうけられた専用の研究スペースに向かわせる。

彼らはあれで、意外と周囲への配慮が出来る人間である。”ヘリオポリス”では探究心から少しばかり暴走したが、自分達の拠点にいる時は拠点の中でおとなしくしている。

訂正。『拠点の中で滅茶苦茶に騒ぐが、拠点の外には持ち出さない』が正しい表現である。

つまるところ、そういうこと(ユージが面倒事を抱えるだけ)だ。

 

「”アストレイ”を見て暴走しないといいんだが……」

 

「あの……」

 

「ん?」

 

変態共をジョンに任せてハルバートンのもとへ向かおうとしたユージだったが、後ろから声を掛けられる。

振り向いてみれば、そこにはキラが立っていた。

既に除隊許可証を渡されているはずだが、何故か、連合軍の制服のままである。

 

「どうした、キラ君?たしか、もう少しでオーブまでの連絡船が出発する時間だろう。急いだ方がいい」

 

「……お願いが、あります」

 

そういって、キラはユージに頭を下げる。

そして、その次にキラが発した言葉に、ユージは驚愕する。

 

 

 

 

 

「僕を、連合軍に入れてください」

 

 

 

 

 

『セフィロト』 ハルバートン執務室

 

「コープマン大佐、ムラマツ中佐、そしてラミアス大尉。君たちのおかげで”アークエンジェル”と”ストライク”は守られた。これで我々は、ZAFTへの大反抗作戦を実行するための足がかりを手に入れたことになる。君たちは、まさしく英雄だよ」

 

「自分は、たまたま”ヘリオポリス”に近い場所にいただけです。加えて、本来の任務である新兵達を伴う遠征訓練任務を放棄してです。賞賛されるべきは、”ヘリオポリス”からここに至るまで”アークエンジェル”の指揮を執ったラミアス大尉です」

 

この場所には、6人の軍人が存在していた。

この部屋の主であるハルバートンと、その横に彼の副官であるホフマン。彼らの前に立っているのは、ユージとコープマン、マリューとムウである。

彼らは1時間ほど前にこの場に集い、ハルバートンにここに至るまでの出来事について報告していたのだった。

ちなみに、セシルの指揮権掌握の事実改竄については、ハルバートンの一存で成立した。

良くも悪くも実力主義のハルバートン、むしろ優秀な指揮官適正を持つ人物が発掘されたことを喜びさえした。アラスカの上層部に近い思考を持つ、いわゆる保守派であるホフマンは納得はしていないようだったが、今回の1件で済むのであれば、という結論に落ち着いたようだ。

もともと、自分に不利益が無いならどうでもいい、というある種のステレオタイプの軍人であるホフマンにとって、面倒事はもみ消すに限るということなのだろう。

 

「私も、同意ですな。私の場合は提督から預かった”ロー”を始め、多くの被害を出してしまった無能です」

 

「わ、私はここまでお二方に頼りっぱなしでした。むしろ、及ばず”イージス”と”ブリッツ”を失った身です」

 

ユージとコープマン、二人の賞賛を受けたマリューは謙遜する。

このままでは名誉の譲り合いが始まると考えたハルバートンは、手で制する。

 

「君たちも、苦しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう。そのことへの賞賛は、素直に受け取るべきだ。フラガ大尉も、ありがとう。君が”ヘリオポリス”にいなければ、どうなっていたことか」

 

「自分に出来たことは少ないですよ。もっと力があれば、とこの数日間に何度考えたことか」

 

「ふふ、どうやらこの場には謙虚な人間が集ったらしい。まあ、君たちへの評価についてはまた後でじっくりと行なわせてもらう。肝心なのは、これからだ」

 

「と、言いますと?」

 

ユージが聞き返すと、ハルバートンは姿勢を正し、説明を始める。

 

「ここに到着したことで、君たちの任務は達成された。であれば、君たちは何をすべきか。一人一人、説明させてもらおう」

 

そういってハルバートンが目を向けたのは、コープマン。どうやら、彼からのようだ。

 

「コープマン大佐、君と“モントゴメリ”には通常任務に復帰してもらう。以前と同じように、『セフィロト』周辺での哨戒や衛星軌道上の敵部隊撃破が主となる。よろしく頼むぞ」

 

「拝命しました」

 

コープマンは、先遣艦隊として編成される前と同様の任務に復帰するようだ。

彼はけして目立つ部分はないが、これといった欠点もない人物だ。彼ならば、つつがなく任務をこなしてくれるだろう。

 

「次に、ムラマツ中佐。君と”第08機械化試験部隊”には、新たに遊撃部隊として『セフィロト』と月基地周辺での哨戒任務を与える。試作装備・MSが開発された時には試験を行なってもらうことになるが、基本は遊撃任務だな」

 

「……もう、試験部隊の領分を超えていませんか?」

 

「ふっ、優秀な部隊には働いてもらわねばな。『G』を既に2機も保有しているのだから、なおさらだ」

 

「それはたしかに。了解しました、ユージ・ムラマツと”第08機械化試験部隊”、粉骨砕身の意気で任務に励みます」

 

ユージには、これまで以上の仕事量が舞い込む。といっても、拠点がしっかりとしているだけで”ヘリオポリス”からの逃避行の時よりはマシ。

むしろ異常な仕事量から解放されるので、内心「それくらいの仕事、なんてことはない」とガッツポーズをしていた。

 

「ラミアス大尉。君には、引き続き”アークエンジェル”のクルーとして働いてもらう。元から副長として配属されることになっていたらしいが、艦長としての適正も十分あると報告書から判断した。正式ではないが、艦長に配属されるだろう。後日、正式に任命されるだろう」

 

「私のような、技術士官がですか?」

 

「……如何せん、士官の数が不足していてな」

 

ハルバートンが苦い顔を見せたことから、未だ大戦初期における人的資源の大量喪失から立ち直りきれていないことがわかる。

マリューは、尊敬するハルバートンからの信頼に応えるために、戸惑いながらも正式な”アークエンジェル”艦長への任命を受け入れた。

 

「最後に、フラガ大尉。君の元の所属である第7艦隊なのだが……」

 

「何か、問題が起きているのですか?」

 

「うむ。実は地上本部では『来たる宇宙決戦に向けた宇宙艦艇の増産と艦隊の再編成』を目的とした計画が決定されてね。比較的損害の少ない第4艦隊と第8艦隊を除いて、艦隊を再編することになったのだ。そして、その間優秀な士官である君を遊ばせておくわけにもいかなくてな。第7艦隊から第8艦隊への、転属指令が君宛てに届けられている」

 

「ということは、今後は第8艦隊で戦うことになるのですか?」

 

「うむ。あらためて、よろしく頼む大尉」

 

「はっ、了解しました。これより、第8艦隊に世話になります」

 

新たな上司に敬礼をするムウ。

それを見ていたユージだが、内心の戸惑いを隠せなかった。

自分の記憶には、連合全体での宇宙艦隊の再編、しかもここまでの規模のものは記憶に無かったからだ。宇宙世紀における『ビンソン計画』に通じるものはあるが、C.Eでも似たような計画が行なわれていたのだろうか?

まあ、ムウという優秀な人材が第8艦隊にやってきてくれたのは、掛け値無しに朗報なのだが。

 

「では、48時間内に正式な辞令が下されるだろう。それまでは休息とする。では、解散してくれたまえ」

 

ハルバートンはそう言うと、敬礼する。

ユージ達も敬礼を返し、あとは解散するだけとなった。

しかし、ユージだけは部屋から出ていこうとしない。

 

「提督、よろしいでしょうか?」

 

「ん、何かなムラマツ中佐」

 

「提督に、会っていただきたい人物がいるのです」

 

「提督はこれより重大な会議に出席なさられる。火急の用件か?」

 

ホフマンの言葉に、ユージはわずかに目をそらす。

それもそのはず、彼がハルバートンと会わせたい人物とは、一人の少年でしかないのだから。

 

「火急でないのなら───」

 

「ホフマン、よい。まだ少しは猶予がある。君が私と会わせたい人物とは、誰だね?」

 

「……この部屋の近くに待たせております。こちらに呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わん」

 

ハルバートンから許可を得たユージは、端末を操作してある人物と連絡を取る。

しばらく待っていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。

 

「入りたまえ」

 

「し、失礼します……」

 

ドアの向こうからの声は、若い男性のものだった。

ギクシャクしながら入ってくるのは、声の主として違和感のない少年。

ハルバートンは、彼の顔に見覚えがあった。

 

「たしか君は、キラ・ヤマト君だったか。”ストライク”に乗り込んだという……」

 

「は、はい。キラ・ヤマトです」

 

「彼の話を聞いて欲しいのです、提督」

 

ホフマンはますます顔をしかめる。

彼はブルーコスモスではないが、それでもコーディネイターがいるというのは気になるものなのだろう。

普通に考えれば、上司にコーディネイターの少年をいきなり会わせようとするなどあり得ない。

いったい、どういうことなのか。

 

「……お願いします、僕を連合軍に入れてください!」

 

「君を……?ふむ……」

 

キラの言葉を聞き、ハルバートンはチラリとユージを見る。ユージは自身に向けられた視線に対し、首肯を以て返す。

なるほど。

ユージの言いたいことをハルバートンは理解した。

 

「たしかに私と話しておく必要があることではあるな。君のことは聞いているよ、キラ・ヤマト君。ここまで、”ストライク”と”アークエンジェル”を守るために戦ってくれたとね。申し訳ない、我々の不手際のせいで君たちを戦争に巻き込んでしまった」

 

「ぼ、僕は出来ることをやっただけで……」

 

「その御陰で、我々は戦争を終わらせる『きっかけ』を手に出来たのだ。君が正式な兵士であるなら、勲章が授与されていただろう。そんな君が連合軍に入隊してくれるというのは、願ったりではあるが……」

 

「……」

 

キラは、ハルバートンの言葉を黙って聞いている。その姿を観察し、ハルバートンは思う。───向いていない、と。

細身の体というのもあるが、それ以前に、キラは兵士として向いていない。

戦争をやる人間には見えないのだ。

 

「何故、兵士になりたいのかね?君がここに至るまで経験してきたことが苦しいものであったのは、想像するに難くない。それでも兵士になりたいというのは、どういう理由でかね」

 

ハルバートンの問いに、キラは言葉を詰まらせてしまう。

ユージはその姿をじっと見つめている。彼の目は、キラに向けてこう語りかけていた。

そう聞かれた時、どう答えればいいかは教えている筈だ、と。

時は、キラがユージに嘆願し、ハルバートンのところに向かうのを決めた時点まで巻き戻る。

 

 

 

 

 

『……なるほど、な。たしかに、面と向かって言うのが難しい理由ではあるな』

 

『やっぱり、ダメですか?』

 

『いや、正直に話すべきだね。ハルバートン提督は、嘘で取り繕って納得する人じゃない』

 

『でも……』

 

『一つ、アドバイスをしよう、キラ君。───シンプルイズベスト、だ。提督には素直な言葉をぶつけるのがベストなんだよ』

 

 

 

 

 

「……3年前に別れた友達が、ZAFTにいました。連合軍から奪った”イージス”に乗って、何度か戦いもしました」

 

キラは正直に話すことにした。取り繕った言葉などより、そっちの方がこの軍人の心に届く気がしたのだ。

 

「友がいると知ってなお、敵になることを望むか。その友とは、仲違いでもしたのかね?」

 

「今でも、親友だと思ってます。たぶん、彼も。……僕は、彼を止めたい」

 

「なるほどな……」

 

つまり、間違った道を進んでいる友を正すために、ということだろうか。

ハルバートンは確信した。キラは兵士としては優しすぎるということを。

このような少年を戦争に巻き込んでしまったことを、再び後悔する。そして同時に、キラを兵士にするための思考を始める。

個人としてのハルバートンは優しい少年を巻き込んだことに罪悪感を感じているが、軍人としてのハルバートンは、キラという戦力を引き込むべきだと考えている。

そのためには、キラの心をくじくことなく、かつ兵士としての覚悟を持たせる必要がある。

キラは更に言葉を続ける。

 

「それだけじゃないんです。僕は“ストライク”に乗ってから、”ジン”を何機か倒しました。人を、殺してるんです。……ここで自分だけ平和なところに逃げてしまったら、僕はきっと、自分を許せなくなる」

 

「それはしょうが無いことだ。正当防衛という言葉は、そういう時のためにあるのだからな。……軍隊に入る、兵士になるということは、個人の感情で動くことは許されなくなるということでもある。たとえ君の目の前に件の友人が現れたとしても、接触を試みてはいけないと命令する可能性もある。それでも、兵士になりたいのかね?」

 

「───はい。ここで逃げたら、彼と向き合うことが出来なくなる。そんな気がするんです」

 

その言葉を聞き、ハルバートンは目を閉じる。

先ほど感じた印象とは逆に、目の前の少年からは力強さを感じられた。

覚悟については、どうやら杞憂だったようだ。

 

「いいだろう。キラ・ヤマトの正式な入隊を認める。正式な書類は後日渡すので、それまでは待機しておくように。……ムラマツ中佐、少し、残りたまえ」

 

「はっ。キラ君、悪いがすぐそこの休憩スペースで待っていてくれ」

 

「はっ、はい。えと、失礼しました」

 

キラが部屋から出たのを見計らって、ハルバートンはため息をつく。

 

「面倒な仕事を持ってきてくれたものだな、ん?」

 

「申し訳ありません……」

 

「なに、彼を私に会わせた理由はわかる。兵士短期養成プラン、特別コースへの割り込みをさせたいのだろう?」

 

ハルバートンの言う短期養成プランとは、文字通り兵士を短期間に、かつ大量に養成するためのプランである。

当初は半年での養成を目的としていたのだが、それでは遅すぎるとして、現在は3ヶ月で養成することが常となっている。

ヒルデガルダ達はこのプランの「MSパイロット養成コース」出身であり、このコースの修了者は基本的に伍長などの下士官として配属される。

ユージがキラに参加させたがっているのは、更に特別なコース。

軍において即戦力となり得る人物を、1()()()で兵士として鍛え上げる「特技兵コース」。

修了すればすぐに少尉階級が与えられて実戦に投入されることになるコースだが、既に次回の参加受付は終了している。

そこで、ハルバートンから推薦を受けるという形でキラをそのコースにねじ込もう、とユージは考えたのだ。

 

「それだけではない、オーブへの事情説明も私に任せたい、というわけだ。他国の国民を兵士にするのだから、君の独断でことを進めるわけにもいかないからな」

 

「……おっしゃる通りです」

 

SEED原作においては『低軌道会戦』で命を散らした彼だが、やはり少将まで上り詰めただけのことはある。この程度のことは見抜けて当然といえば当然だ。

 

「まあいい、彼の力はたしかに魅力的だ。君の……いや、彼の望み通りにしてやろう」

 

「ありがとうございます、提督」

 

「よいのですか、提督?下手をすれば国際問題になりかねませんぞ?」

 

「どうにかしてみせるさ」

 

ホフマンからの釘刺しも軽く受け流すハルバートン。それを見たホフマンはかすかにため息をつき、今度こそ沈黙する。こうなった上司がテコでも動かないのは、既に理解していることだ。

 

「彼のような優しい若者が、戦争に出なければならない……自分で認めておきながら、心苦しいものだ」

 

「しかたありません、それが、戦争というものですから」

 

ここでユージは、あるセリフを思い出す。

「機動戦士ガンダム」の中でも、印象的だった言葉の一つであった。

やはり転生などしても、自分は『ガンダム』が好きだということなのだろう。

 

「大人の都合に子供達が振り回され、命が散っていく。───寒い時代だとは思いませんか?」

 

「まったくだ。……はやく戦争を終わらせ、良き時代を築かねばな」

 

 

 

 

 

”マウス隊” 専用オフィス

 

ハルバートンの部屋から出たユージは、なつかしのオフィスへと向かっていた。

まさかキラが自分から軍に入隊することを決めるのは予想外だったが、これでキラという最強クラスのパイロットを自陣に引き入れることに成功したのだ。

あとはキラを、連合内部の闇から守るために何をするかだが……。

そこまで考えたところで、オフィスの入り口に到着していたことに気付く。

 

「まずは、こっちだな……」

 

実はユージ、一つの()()を犯している。タイミングを逃してしまい、ハルバートンから基地中が騒がしくなっている理由を聞くのを忘れてしまっていたのだ。

まあ、ここで部下達から聞けばいいだろう、と考えて入室する。

 

 

 

 

 

「いぇぇえぇぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ここがそう楽園さぁぁぁぁぁぁ!」

 

「チェエエエエエエエエエンジ!うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「追撃のグランドヴァイパー!相手は死ぬ!」

 

ドアを閉める。

この付近の壁は防音素材で出来ているため、室内の音がシャットダウンされる。

落ち着いて、深呼吸。

さあ、マヤ君から話を───。

 

「ここか!ここがいいんだな!?ここに付けるぞぉぉぉぉぉぉ!?入ったぁ!」

 

「レッツパーリイ!ここが我らの、魂の場所だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

夢であってほしかった。

 

「隊長、あなたの帰還を心からお待ちしておりました……」

 

「マヤ君!……大丈夫かね?」

 

「有給休暇を使います。絶対使います」

 

目をかっぴらいて話しかけてくる、頼れる技術者は間違いなくマヤ・ノズウェル。

肩ほどまで伸びた茶髪はボサボサだし、コンディションが最悪なのは間違いない。

 

「アキラとブロントさんが持ってきた、”アストレイ”とやらのデータを見てから、あんな感じですよ……。ただでさえ忙しいっていうのに」

 

「あー……。っと、それだそれだ。マヤ君、いったいこの基地に何が起きているんだ?誰も忙しそうで教えてくれなかったものでね」

 

「ええ!?まだ知らなかったんですか隊長!?」

 

ユージから質問を受けたマヤは、まさかと言わんばかりに驚く。

それほど、重大な事態なのだろうか?

 

「……我々がいない間に、何があったんだ?」

 

恐る恐る聞くユージに、マヤは一瞬ためらい、そして口に出す。

 

 

 

 

 

「現在、地上のビクトリア基地にZAFTから2度目の大規模攻撃をしかけられています。問題は、攻撃に参加している敵軍の規模が、想定していた2倍以上で……。持ちこたえるのも限界に近いそうです。また、軌道上からの降下部隊の迎撃に向かった艦隊が大打撃を受け、現在はその再編と撤退してきた艦艇の修理などで忙しいんですよ」




1週間、待たせたなぁ!
リアルが立て込んでいるので、更新が中々進まんぞ……。

今回は結構駆け足気味でしたが、いちおう、これでキラの正式加入が確定しました。
サイ達は、どうしようかな状態ですね。
ていうか今回は適当過ぎる……。
ひょっとしたら、いつか大きく修正するかもしれません。

いよいよビクトリア攻防戦編が近づいてきましたが、いったいZAFTはどんな戦略で挑んできたのか?何故迎撃艦隊が逆に撃退されたのか?などは次回から説明していきたいと思います。
それと、小話をいくつかですね。
次回も1週間以内には更新したいですね。
それでは!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

カウント、2
もう待ちきれん。


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第38話「激戦の予感」

前回のあらすじ
ユージ「なんだか、猛烈に悪い予感がしてきたのう」




2/12

『セフィロト』 “第08機械化試験部隊” オフィス

 

「すまない、耳が悪くなってきたようでね。もう1度聞かせて───」

 

「何度聞いても同じです、隊長。ビクトリア基地は失陥寸前ですし、宇宙艦隊も大きな被害を受けているんですよ」

 

「……」

 

現実はいつだって厳しいということか。神がいるなら全力でファ○クサインを見せてやりたい。───そんなに俺の胃を破壊したいか?

ついでに、4バカ共の発狂音もやかましいことこの上ない。いや、よく見たら4バカ以外にも何人か発狂してる。そんなに、”アストレイ”が手に入ったことが嬉しいか?所詮、技術者は同じ穴の(むじな)ということか。それとも変態は感染する?ジーザス(誰か助けて)

まず君が落ち着け、と自分に言い聞かせてからユージは詳細を尋ねる。

 

「何がどうしてそうなったんだ?まず、迎撃艦隊の敗北からだ。ZAFTはそんなに大規模の戦力を動員したのか?」

 

「そうですね……まず、確認出来た互いの戦力から教えていきます。まず、こちらの戦力から」

 

オフィスに備えられているPCに、データが表示される。

 

「”アガメムノン”級1、”ネルソン”級と”ドレイク”級、そして”コーネリアス”級がそれぞれ3……MSは”コーネリアス”級に満載していたから24機?しかも”アガメムノン”級にはメビウスが24機は積めたはずだろう。それが返り討ちにあったのか?」

 

「はい、返り討ちです。で、ZAFT側の戦力なんですが……」

 

PCに更なるデータが表示されるがそれを見たユージは、ますます不可解、といった顔を浮かべる。

どうやったらこの戦力で返り討ちに遭うのかが不思議で仕方ない。

 

「”ナスカ”級1に、”ローラシア”級2?それに降下カプセル輸送艦……単純に考えてMS62機、しかし降下ポッド内のMSは地上用にセッティングされてなければ、歩くことすらままならないはずだ。つまり、護衛MSは多くて18機、母艦に搭載された分だけのはずだ。伏兵を潜ませようにも、衛星軌道上で隠れられる場所など限られる……」

 

降下カプセル輸送艇とは、MSを4機搭載出来る降下カプセルを11機、合計で44機のMSを輸送することが出来る宇宙輸送艦艇だ。しかしユージが言うように、降下カプセル内のMSは全て地上用にセッティングされているはずなのだ。

つまり戦力にならないお荷物を抱えているZAFTにとって、相当不利な戦いになっていなければおかしい。まさかZAFTが、『ガンダム』クラスのMSを量産出来たわけでもあるまいし(そんなことになったら、連合はとうの昔に敗北している)。

 

「もしも、全てのMSが戦闘に参加出来たら?」

 

「は?それならたしかに、こちらが敗北するかもしれんが……」

 

そこまで考えて、ユージの中に()()()()が生まれる。

もしこれが真実なら、ZAFT側が勝ってもおかしくない。しかし、本当にそんな手を使ったのか?

 

「まさか、ZAFTは最初からMS隊を()()()()()()()()()()()?」

 

「その通りです。戦闘が開始して間もなく降下ポッド内から出てきたMSは、全て宇宙用にセッティングされたとしか思えない機体でした」

 

「降下作戦なんて最初からなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が目的だったのか!?」

 

だとしたら説明が付く。降下ポッドに搭載されていたMSの数が合計44機として、60を超える数のMSが戦闘に参加出来ることになる。

 

「戦闘終了後に降下カプセルが1つ、ビクトリア周辺に降下したのが確認されたそうですが、それ以外の降下カプセルからはMSの発進してきたそうです。おかげでこちらの艦隊は旗艦の”アガメムノン”級に”ネルソン”級を2つ、”ドレイク”級は3隻とも撃沈。更に生還したMSはMAと合わせても5機という大損害を受けたわけですよ。生きて帰ってきたのは、命からがら撤退してきた”ネルソン”級が1隻と、後方に待機していた”コーネリアス”級だけです」

 

悪夢のような被害報告に、目眩すらしてしまう。6隻もの艦艇と多数のMS・MAを、ただの1戦で失ってしまったのだ。

しかも、敵の取ってきた策も問題だ。

ZAFTは以前ビクトリア基地の攻略に失敗している。それだけに今回のビクトリア基地への大攻勢にも、当然それなりの規模のMSが衛星軌道上から降下し、攻略の支援を行なうと誰もが予測したに違いない。

それを、ZAFTは捨てた。宇宙からの支援を捨てて、攻略に挑んでいるということだ。

 

「いや待て、ビクトリアへの攻撃が始まったのはいつからだ?流石に降下部隊無しにビクトリアを攻略しようなどとはしないはずだ。流石に時間を置いて本命の降下部隊が───」

 

「ビクトリア基地への攻撃が始まったのは、一昨日からです。ついでに件の戦闘は、隊長の戻られる20時間ほど前に行なわれました」

 

わー、すごーい。つまりビクトリア基地の堅牢な防御はたった3日で、しかもZAFTの地上部隊だけに陥落寸前まで追い込まれているんだね!

ついでに迎撃艦隊の敗北で、ビクトリア上空の制宙権も奪取されたんだねー!これで連合も宇宙から援軍を送るのは不可能ということかー!

あはは!(白目)

 

「ふんっ!」

 

「へぶっ!?……済まない、悪い癖だな」

 

「いえ。誰だって現実から逃げたくなる時はありますから」

 

バッドニュースが多すぎたために若干精神崩壊しかけたユージだったが、マヤの脳天チョップを受けて現実に立ち戻る。こうなった上司はこうやって無理矢理にでも現実に戻さないといけないのだ。その程度のことは部隊結成からここに至るまでの付き合いで理解している。

帽子をかぶり直して、更なる状況把握に努めようとするユージ。若干、帽子の位置を直す手が震えたままだが。

 

「それにしたっておかしい。ZAFTの地上部隊だけでビクトリアを攻略しようと思ったら、少なくとも北アフリカ中から戦力をかき集めなければいかんはずだ。後方を手薄にしすぎじゃないか、ZAFTは?」

 

「それが……既に報告した通り想定していた2倍の戦力でビクトリアを攻撃しているにもかかわらず、後方基地の防備もそこまで薄くなっていないんです。奇襲をしかけた南アフリカ統一機構の部隊も、返り討ちにあったとか」

 

「ますますわからん。兵士が畑から採れたわけでもあるまいし、ZAFTはどこから戦力を調達してきたんだ?」

 

「現在、地上でも調査中とのことです」

 

ここで言う「想定していた戦力」というのは、何もMSに限った話ではない。

戦争とはMSだけで決着が付くものではない。戦線を把握するための指揮拠点や敵施設を占領するための歩兵、補給線を維持するための輸送機、更に兵士達が消費する生活物資なども用意しなければならない。それらを揃えてようやく戦いが成立するのだ。

そしてそれらをすぐに揃えることは出来ない。特に、兵士。兵士一人を養成するのにどんなに早くてもも2ヶ月は必要(キラは例外)なのに、この急激な戦力増大は異常だ。

 

「わからないことだらけだな……」

 

「更に悪い知らせがあります。……エドワード中尉とレナ大尉が、防衛に参加しているそうです」

 

オーマイゴッド。もっと先に言って欲しい。聞いていたところで出来ることは少ないのだが。

ぶっちゃけるとビクトリア基地が陥落したところで、そのこと自体は原作通りだから、と考えて平静を保とうとしていたところにこれだ。

最低な考えではあるが、基地が陥落しても“ダガー”の数が揃ってから取り返せば良い。

だがあの二人がやられてしまうかもしれないとなれば、話は別だ。

 

「なんであの二人が!?」

 

「南アフリカでの教導の真っ最中だったようで、基地への攻撃が始まる前に独自の判断で向かったそうです。今のところは無事が確認されていますが……」

 

「なんてこった……。クソっ、アリア!ウィルソン!『あれ』はどうなってる!」

 

狂喜乱舞している二人に声をかけると、途端にシュンとおとなしくなる。その反応を見て確信した。───間に合わなかったのだと。

 

「申し訳ありません、攻撃があと1週間遅ければ、間に合っていたのですが……」

 

「アキラとブロントさんがいても、たぶん間に合わなかったんじゃないかな……」

 

「嘘だろ……じゃあ二人は、未だに”イーグル”と”ジャガー”で戦っているってのか?」

 

「はい……」

 

ユージの言う『あれ』とは、地上で戦っている3人用に新たに製造している『ガンダム』のことだ。

GAT-X102(G)、”陸戦型デュエル”。

GAT-X103(G)、”陸戦型バスター”。

現在”マウス隊”で運用されている『ガンダム』2機の地上戦仕様機であり、完成の暁にはエドワードとレナに真っ先に乗ってもらう予定になっていた高性能MS。

最終的にはそれぞれ3号機まで製造することになっていたのだが、アリアとウィルソンはユージ達が”アークエンジェル”と行動を共にしている間、それらの機体の開発にいそしんでいた。

しかし、いくら高性能でも肝心な時に間に合わなければ意味が無い。

 

(くそっ、見通しが甘かった!カオシュンでの敗北を受けて、万全を期すために原作よりもっと時間を掛けてから攻撃に出てくるものだと考えていたのに……!何をやっているんだ俺は!)

 

この時期にZAFTがビクトリアに侵攻してくることを、ユージは知っていたはずなのだ。しかし、運命は変わっているはずだと慢心した結果、部下は不十分な装備のままで戦地に向かってしまった。

もちろん、一介の佐官に過ぎない自分に出来ることは少なかっただろう。”アークエンジェル”の救援に向かったことも、間違いだったとは思わない。

だが、まだ何かが出来たはずなのだ。エドワード達を別の場所へ派遣されるよう働きかけることも、出来たかもしれない。

 

「今は、二人を信じるしかありません。我々は出来ることを、でしょう?」

 

「……ああ、わかっているさ」

 

マヤが沈痛な面持ちで語りかけてくる。彼女も1人の技術者として、エドワード達に『ガンダム』を届けられなかったことが辛いのだろう。

部下が辛そうにしている時に隊長がすべきことは、気丈に振る舞うことだとユージは考えていた。

 

「よし、起きてしまったことはしょうがない。今はエドワード達を信じることにしよう!我々は自分に出来ることをするだけだ。なあ!」

 

この部隊の良いところは、切り替えが早いことだ。

やれることはやった、なら後は信じるのみ。

何度も鉄火場をくぐり抜けてきた仲間を、信じろ。

 

「では最初に”アストレイ”の実働試験を!」

 

「いーや、まずは”デュエル”と”バスター”の改修案からだね!」

 

「おいおい、ここ最近で試作した様々な新兵器のテストが先だぜ?」

 

『さあ隊長!見るべきものは多いぞ!』

 

この部隊の悪いところは、切り替えがいささか早すぎるところだ。

自身を囲む部下達から突き出される様々な書類やタブレットを見て、ユージはガクリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 通路 

 

「え、キラ君も?」

 

「はい。連合軍に入ることになりました」

 

基地内の通路に設けられた休憩スペース。そこには、4人の男女が集っていた。

自らの意思で入隊を決めたキラ・ヤマトと、”マウス隊”にて波乱の遠征を終えた新人3人である。あの一件(外務次官の騒動)以来、歳も近かった彼らはこうして談笑するようになった。サイやトールといった『ヘリオポリス』組も、ヒルデガルダ達が気さくなこともあり、友好を深めている。

彼らはキラが正式に入隊することを聞き、かなり驚いた顔をしていた。彼らから見ても、キラは戦争をするような人間には見えなかったのだ。

 

「誰かから言われたとかじゃ、ねえよな?」

 

「大丈夫です。僕が、自分で決めたことですから」

 

兄貴(ぶろうとする)肌のマイケルはキラを心配するが、そうではないとキラは言う。───自分で、戦うことを決めたのだと。

 

「辛かったら言えよ?相談に乗るくらいなら出来るぜ」

 

「といっても、マイケル達もわずか3ヶ月前に入隊したばかりだからなぁ。自分も1年前に入隊したし、あまり細かいことは教えられそうにないな」

 

「だいじょぶだいじょぶ!素人のあたしにだって出来たんだから、キラ君なら問題無し!」

 

後輩が出来ることで意気揚々としたマイケルと、冷静で落ち着きのあるベント。そして最後においしいところを持っていくヒルデガルダ。

一見してバラバラな性格の彼らだが、だからこそ上手くチームとしてまとまっているのかもしれない。

 

「だいたいヒルダ、お前はいつも楽観に過ぎる。考えついてすぐに言葉に出すのは良くないぞ」

 

「むっ。それを言うならベントだって肝心な場面で優柔不断なところあるじゃん。筆記テストの時にいっつも最後の問題に取り組めないって嘆いてるじゃない」

 

「じっくり、丁寧に問題を解いてるんだ。お前の解答用紙のように穴ボコは嫌だからな」

 

「なんですってぇ!」

 

「まーた始まったよ……いっつもこんな感じなんだよキラ。いい加減、俺のように大人になぁ」

 

『だまってろドルオタ!』

 

「それは関係ないだろぉ!?」

 

マイケル達のやり取りを見て、キラは顔をほころばせる。

たしかに軍隊は厳しいのかもしれないが、こういった和気藹々(?)とした時間もあるのだろう。ある程度の緊張は必要だがそこまで難しく考えることはない。ハルバートンと話す前にユージが言ったとおりだ。

そういえば、とキラはヒルダ達に尋ねたかったことがあるということを思い出す。

 

「僕はまず、月基地での『特別コース』だって聞いたんですけど、ヒルダさん達は何か知ってますか?」

 

瞬間、その場の空気が固まったのをキラは感じた。

空気だけでなく、あれだけ喧々囂々としていた3人は引きつった表情を浮かべたまま動きを止めていた。

何か、まずいことでも言ったのだろうか?

 

「あ、あの……?」

 

「……ああ、そうか。たしかに、キラ君の場合はそこにいくのか」

 

「だよね……『ハーフメタルジャケット』だぁ」

 

「あの、『特別コース』っていうのはどういうことをするんですか……?」

 

よくこの空気で質問出来た、偉いぞ僕。

禁断の質問を出来た自分自身に賛辞を飛ばすキラ。数分後には逆に、なんで聞いたんだ僕、と罵倒しているが。

 

「いや、やること自体は別に、他の養成コースと変わるものじゃない。そういうことではじゃなくて……」

 

「まず、『特別コース』がどういうものなのかを説明しないとね……」

 

ヒルデガルダは近くの自販機から飲み物を購入し、一気飲みする。

話をするだけなのにそこまでの覚悟が要るのだろうか?

キラはゴクリと生唾を飲み込む。

 

「私達も実際に受けた訳じゃなくて知り合いの話なんだけど。『特別コース』は特技兵……ざっくり言うと、『ある特定の分野で秀でた能力を発揮する人』を育てるためのコースなの。知り合いの子はコーディネイター、つまりMSを動かせる能力があるからってそこに入れられたんだけど」

 

「軍からしたら、特技兵っていうのは『即戦力になり得る存在』っていう見方も出来るからね……1ヶ月という期間で、軍で活躍出来るようにしろってお達しが訓練学校の教官達に届いたんだ」

 

たしかに、自分で言うのもなんだがキラは既に何度も戦闘を経験しているどころか、”ストライク”という最新鋭MSを操縦するだけの腕がある。MSで戦えるなら、さっさと戦って欲しいのだろう。その理屈はキラにもわかる。

神妙そうにマイケルが言葉を継ぐ。

 

「だけどな、普通は兵士を養成するのに3ヶ月、どんなに短くても2ヶ月は時間が必要、らしい。それを1ヶ月でやれってなると教官達に取れる手は限られる。で、教官達の中でどういう結論が生まれたかというと」

 

「生まれたかというと……?」

 

 

 

 

 

「教えたことを、遅くてもその日には完全にマスター出来るように、たとえ訓練生の()()()()()()()可能性があろうとも強行される、『超スパルタ訓練』。これが一番単純で手っ取り早いってことらしい」

 

「そこまでやっても上手く育たないことがあるからついたあだ名が、昔の有名な戦争映画から取って『熱されたままの鋼鉄(ハーフメタルジャケット)』。……忘れられないよ、最後にその子と会った時の、光の消えた目が」

 

「あんな子じゃなかった……オドオドして可愛かったのに、今や銃に『ジェイソン』って名前付けて磨きながら話しかけるように……」

 

 

 

 

 

どうやらその『特別コース』とやらは、実際に受けたわけでもない三人に拭えないトラウマになっているらしい。

 

(え?これから僕、人格壊れるレベルで厳しい訓練を受けるの?)

 

冷や汗を掻くキラだったが、いつの間にかなんとか平静を取り戻していた三人から告げられた言葉に息を詰まらせた。

 

「君が君として、『セフィロト』に戻って来れるように祈っているよ、キラ君。その時はお祝いだ」

 

「キラ君……生きて、帰ってきてね」

 

「キラ……がんば!」

 

ひょっとしたら、自分はとてつもなくまずい決断をしてしまっていたのかもしれない。そのことに気付いたキラだったが、今更「やっぱりやめます」などと言えるはずもない。

とりあえず、オーブ本国にいる両親に向けて手紙を書くことにした。

もしかしたら、訓練の後には自分は自分でなくなっているかもしれないから。

 

 

 

 

 

2/13

 

ついにその時は訪れた。

ユージ(オリ主)にも、キラ(原作主人公)にも、他の誰にも、それに介入することは出来なかった。

彼らは何も為せず、ただその時が訪れるのを待つしか出来なかったのだ。

『この戦い』は後の世において、こう評されることになる。

 

───第2次ビクトリア基地攻防戦。あるいは、『本戦役における、もっとも血肉をまき散らした戦闘』と。

 

 

 

 

 

提督、緊急事態です!

アフリカ大陸のビクトリア基地がZAFT軍の攻撃を受け、陥落しました!

両軍の被害は甚大です!

また、ビクトリア基地の防衛に参加していた”第08機械化試験部隊”に所属する『エドワード・ハレルソン』が撃墜され、瀕死の重傷を負ったとのことです!

詳細は調査中ですが、エドワード・ハレルソンを撃破した敵MSはビーム兵器を搭載した()()()()()()M()S()だったそうです!

 

 

 

 

 

開発部から、新兵器の開発プランが提案されました。開発部からの報告をご覧になりますか?

 

「陸戦型ガンダムの開発 1」 資金 3000

高い戦闘能力を示した“デュエル”を陸戦用に調整する。

 

「陸戦型ガンダムの開発 2」 資金 3000

高い戦闘能力を示した”バスター”を陸戦用に調整する。

 




今回は少し短めですが、ここまでです。

みなさん、お待たせしました。
次回から、ついに第2次ビクトリア基地攻防戦です。
結果は既に明らかになっていますが、どうしてそうなったのか。
また、なにがどうして「おぞましい戦闘」と評されるようになったのか?
たぶん、4回くらいに分けて書いていきますね。

そして、もう一つ。
皆さんは、本作のお気に入り登録数1000人突破した時に行なった、「機体・武装リクエスト」を覚えていらっしゃいますでしょうか?
そうです、およそ2ヶ月ほど前に行なわれたあれです。
ビクトリア攻防戦から、ついにそれらの中からいくつかが登場することになります!
いや、ほんとごめん。どう扱うか、めっちゃ悩んだんです……。

とりあえず、内定したものを発表しますね。

「kiakia」様より
『音楽による催眠暗示』

「モントゴメリー」様より
『ノイエ・ラーテ』『810mmMS用迫撃砲』『歩兵用対MSミサイル』

「ms05」様より
『テスタースナイパー』

「あのぽんづ」様より
『重防護型テスター』

「taniyan」様より
『ジン-モンキーモデル(輸出用デチューンタイプ)』

以上、7つがビクトリアで登場します!
皆様の期待に添った活躍をさせられるか不安ですが、精一杯頑張らせていただきます!

ではでは!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

カウント、1
もう、何のカウントか説明する必要はないよなぁ?

注記
今回キラが『ハーフメタルジャケット』の恐ろしさを聞かされる場面ですが、アイク達から新人三人組に変更させていただきました。
本当は『ハーフメタルジャケット』の恐ろしさを経験したアイクとカシンの話だったのですが、「”テスター”開発前にそんなコースが用意されるだろうか?」「違和感を感じる」という感想をいただいたので、数ヶ月ぶりに修正させていただきました。
話の筋は変わらず、「キラがこれから先自分が味わう地獄に恐怖する」というものですので、ご安心ください。


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第39話「第2次ビクトリア攻防戦」その1

カウント、0。
皆様、大変長らくお待たせしました。
散々感想欄で煽ってきた、「第2次ビクトリア攻防戦」になります。

戦争です。一心不乱で容赦ない戦争のお時間です。
血みどろ♪血みどろ♪


─ ここが地獄でないのなら、人間が地獄を想像することは一生掛かっても不可能だ ─

 

幾年が経とうとも、あの時のことを思い出すならばこう語るしかない。

私にとってあの光景とはつまり、地獄の具現である。あの戦い以後も大きな戦闘がいくつか発生したが、おぞましさであの戦いを上回るものはなかった。

あの場には、何もかもを焼き尽くそうとする漆黒の殺意と、その中でも輝きを失わない、一握りの誇りだけが存在していた。

                     

フリージャーナリスト ジェス・リブル

 

2/10

地球軍「ビクトリア基地」 周辺

 

「ふう……ふう……」

 

MS”ジン”のコクピットの中で、アダム・テイラーは息を荒くしていた。

無理も無い。あと数分で、連合軍のマスドライバー基地であるビクトリア基地への攻撃が始まるのだから。

ビクトリア基地の名は、ZAFTの中でも特別な意味を持っている。

ZAFTはかつて、この基地の攻略に失敗していた。敗因は、当時のZAFT軍の地上戦の経験不足と、地上支援の欠如。

慣れぬ地球の環境で散っていった同士達の無念を晴らすのだと、彼は先ほどまで息巻いていた。

しかし、今の彼からはそのような様子は見られない。操縦桿に添えられた指は忙しなく操縦桿を叩いており、顔には脂汗が浮かんでいる。

パイロットスーツの空調は働いているはずなのに。彼は自分の身に起きている異変の原因について考える。

なぜ汗が止まらない?この体の震えはなんだ?武者震いというやつだろうか?

いや、そんなものではない。この冷たい感覚がそんなものであるわけがない。ならば、何か。

───恐怖?彼はそこまで考えて、(かぶり)を振る。

馬鹿馬鹿しい。自分はこれから、プラントを脅かす悪を絶ちに向かうのだ。勇敢に、ナチュラル達と戦うのだ。

そんな自分が、恐怖を覚えるはずもない。祖国を守る勇者たる自分は恐怖などしないのだ。

ならば、この震えはなぜ止まってくれない───?

 

<「クイーンダウン作戦」開始!諸君らに宇宙(そら)の加護があらんことを!>

 

───始まった。

指揮官の号令を聞き、”ジン”や”ザウート”、”バクゥ”が一斉に敵基地に向かって進み始め、”ディン”が飛翔する。アフリカやジブラルタルなど、様々な場所から集まった勇者達。今回の作戦は更に、性能はともかく無くしても痛くない『盾』の存在もある。

そうとも、この勇壮な軍勢の中で何を恐怖することがあるというのか。

体の震えを押さえ込み、自身の”ジン”を進ませる。”バクゥ”ほど地上での機動性があるわけではないが、大地を駆ける足と宙に浮かぶためのスラスター、敵をなぎ倒すための銃と剣を携えたこの機体と共にある我々が、負けるわけがないのだ!

間もなくして、望遠モニターが小高い丘の向こうから敵の防衛部隊が向かってくる姿を映した。あちらにいる二つ目のMSが”テスター”というやつだろうか。よく見れば、増加装甲と大砲を付けた砲撃仕様の機体もある。だが、その数はやはりこちらの部隊に比べて明らかに少ない。

なんだ、たったあれっぽっち。たしか性能は”ジン”とそう変わらないと言うし、数で押してお終いだ。

そう考えていたアダムだったが、次の瞬間には思考を停止させていた。───目の前に、何かが降ってきたからだ。

それは地面に激突し、地面にめり込む。

いったい何が?彼は落ちてきたものに目を向けた。

それは、先ほど飛び立ったはずの”ディン”のようだった。()()といったのは、それが”ディン”であると断言出来なかったからだ。───腕や足が千切れ、残った体にもまんべんなく穴が空いてしまっていて、原型をとどめていなかった。

次の瞬間、落ちてきた残骸は爆発を起こして炎上し始める。推進材に点火でもしたのだろうか。しかし、その衝撃はアダムの思考を現実に引き戻した。

 

「うわっ!?い、いったい何が……」

 

上に目を向けると、空にいくつも花が咲いているのが見えた。

といっても、言葉通りの花ではない。

あれは、爆炎だ。ミサイルか戦闘機かMSかを判別することは出来ないが、何かしらが引き起こした爆発が、まるで花のように見えたのだ。もしや、花火というのはああいうのを言うのだろうか。先ほど落ちてきた”ディン”は、そこから落ちてきたのだ。

アダムは知らぬことであったが、上空では熾烈な空戦が繰り広げられており、現在進行形でいくつもの”スカイグラスパー”や”スピアヘッド”、そして”ディン”が命を散らしているのだ。彼の目の前に落ちてきた”ディン”も、その内の1機。

何度か呆然と足を止めてしまった彼だが、幸運なことに敵に打ち抜かれることはなかった。

もっとも、古いアニメにはこういう言葉も残っている。───『生き延びたとして、その先がパラダイスの筈はない』、と。彼の地獄はこれからなのだ。

ふと彼は、自分が揺れていることに気付いた。MSを走らせている時の揺れではない。もっと小刻みで、なおかつ重厚な揺れだ。

目の前に視線を移すと、足を止めている間に追い抜かれてしまったのか、多数の味方MSが敵に向かって走って行くのが見えた。

アダムはそれを見ても、続こうとはしなかった。その前に、この揺れの正体を突き止めなければならなかった。

敵部隊の方を見る。二つ目のMSがこちらに向かって進んできている。それは先ほどとあまり変わらない光景だ。

その光景に変化が訪れる。丘の向こうから、敵戦車部隊が現れたのだ。

3両。5両。いや、10両。まだまだ増える、15両───。そこで、アダムは数えるのをやめた。

戦車、戦車、戦車。地面を埋め尽くさんと言わんばかりに、戦車の群れがMSに続いて向かってくるのが見える。

自分よりも早く地上戦線に投入された彼が寝る前に武勇伝を語っていたことを思い出す。たしか「地面が3分に敵が7分」の戦場で活躍したなどと言っていたことを思い出す。そこで彼は切った張ったの大立ち回りを演じ、生還するだけでなく敵に大きな損害を与えたとも言っていた。

これを相手に生き延びたというならたしかに武勇伝だ。是非とも代わって欲しい。もっとも、その話を聞いた者は彼が()()()()()ということに気付いた上で、笑いのタネにしていたのだが。

アカデミーで教官達は複数の戦車との戦い方についても教えてくれたが、この数の戦車との戦い方は教えてくれなかった。こんな時は、どうしたらいい?

そして、その時は来た。

”ザウート”の砲撃を以て挨拶(こんにちは、死ね!)すれば、連合の砲撃MS(キャノンD)からの砲撃で以て返礼(お前が死ね)される。

”バクゥ”がミサイルの雨を浴びせれば、”リニアガン・タンク”により電磁加速された砲弾が壁のように襲い来る。

”ジン”や”シグー”が重斬刀を引き抜き、連合の”テスター”が盾を構える。降り注ぐ死の砲撃をかいくぐり、砲弾やミサイルの雨をくぐり抜けながら、両者の距離が縮まっていく。

振り下ろされた剣が盾にぶつかった音が、何故か砲撃音や爆発音よりも響いた気がした瞬間。彼はコクピットに警報が鳴り響いていることに気付き、咄嗟に機体を前に進ませた。

 

「うおっ!?」

 

後ろから轟音が響いたことから、彼は自分が先ほどまで立っていた場所に砲撃が飛来したことに気付く。───咄嗟に前に進んでいなければ、その砲撃に自分が打ち抜かれていたということにも。

目の前には血で血を洗う地獄のような戦場が待っているが、立ち止まっていれば良いマトだし、流れ弾も飛んでくるかもしれない。後ろに下がるなどと言うのは論外だ。敵前逃亡は重罪だし、「臆病者」の誹りも受ける。

前に進むしかないことに気付いた彼は、操縦桿を握る手に力を込める。

 

「へ、へへっ……ナチュラルなんて大したことない、大したことない、大した……」

 

大したことない、と何度も呟くのは、自分に言い聞かせるためだろうか。

目をギュッと閉じて、頭の中で強く思う。───大したことはない!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雄叫びを上げながら、アダムは愛機を前進させる。

進め、進め、進め!

倒れ伏せる味方に目を向けるな!

大破した戦車など踏みつけろ!

弾が当たらないように祈れ!

走れ、走れ、走れ!

思考を極限まで絞り、余計なことを頭からそぎ落とす。

そうして進んでいる内に、目の前に立ち塞がる何かが見える。

ナチュラル共のMS、”テスター”だ。接近するこちらに気付いたのか、ライフルを構えている。

あれは敵だ。自分の命を奪おうとする敵だ。

敵は、倒さなければならない。敵は、滅ぼさなければならない!

目の前に命の危機が迫っている時、人間の思考を埋めるのはただ一つだけ。

誇り、大義、使命。そんなものが存在する余地はない。

殺らねば殺られる。ただそれだけなのだ。

殺せ!

 

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

仲間と同じように”ジン”に剣を引き抜かせ、突撃する。

立ち止まれば死ぬ。死ぬのは嫌だ。だから、死ぬ前に殺せ。ほら、敵は目の前だ。ライフルを撃ってきているが、構うものか。

そして、剣を振り下ろす。鋼鉄を切り裂いた感覚は、当たり前だがアダムに伝わることはなかった。

モニターに映るのは、袈裟懸けに切り裂かれた”テスター”。損傷はコクピットに到達しており、破れた隙間から何か赤っぽい液体が流れ出ているのが見える。

あれがオイルだろうが()()()()だろうが、彼には関係なかった。

彼の中にあったのは、敵を排除した達成感、そして命の危険を排除した安心感のみであった。

ZAFTの大義だとか、人を殺した自分の正当性など、どうでもよい。

自分は生き残ったのだという、喜びだけ。

 

「やった、やったぞ!俺は───!」

 

次の瞬間、アダムの意識は永久に途絶えた。

いつの間にか近くにいた、別のテスターの構えたアーマーシュナイダーが、彼の”ジン”のコクピットを貫通したからだ。

これは1対1の決闘ではなく、多くの命が秒単位で消費されていく軍団同士の戦場。であれば、一つ敵を倒した程度で思考を停止させる愚か者が生き残る道理はない。

おお、なんと美しき(おぞましい)1:1交換。何年も積み重ねた人生が塵のように吹き飛んでいく様の、なんと愉快(悲惨)なことか。

これこそが戦争。

思考をやめれば死ぬ。

動きを止めれば死ぬ。

運が悪かったら死ぬ。

生き残るために必要なのは、止まらないこと。そして、その日の運が良いことを祈ること。

アダムは運は比較的良かったが、思考を停止させた彼の命を、死神は容易く奪っていった。

そしてそれは彼だけでは無い。彼の死は、ほんの一例でしかないのだ。

この後、ビクトリア基地から発進した爆撃部隊が戦場への爆撃を行なった。

爆撃はアダムの遺体を乗せていた”ジン”ごと吹き飛ばしていったが、それを知る者は誰もいなかった。ZAFTには機体を回収する暇も、兵士を探す暇もなかった。こうして、一人の兵士が生きた証は失われたのだった。

MIAが、また一つ。

 

 

 

 

 

後の時代で『第二次ビクトリア攻防戦』と呼ばれる戦いは、こうして始まった。

どうすれば殺せる?どうすれば生き残れる?連合軍とZAFT、両陣営の思考はこの2つで占められた。

もはや止めることは、何者にも出来ない。

 

 

 

 

 

2/11

農村

 

B(ブラヴォー)地点到着、スキャンを開始する」

 

ズシン、ズシンと音を立てながら3機の同じMSが歩いている。ZAFTの開発した”ジン・オーカー”だ。

彼らは現在ビクトリア基地攻略のための補給線を構築するために先行部隊としてこの場所にいた。

2/10日、つまり昨日から始まったこの戦闘では、1次衝突の際に連合・ZAFT両軍に多大な被害をもたらした。

彼らはそこにいなかったが、だからこそこの場所で戦線の構築に当たっているのだ。もしもあの場所にいれば、3人の内最低でも1人はこの場所にはいない。

同僚の話では、「弾丸の暴風警報に砲弾の大雨警報、しまいにゃ爆撃の大雪警報が発令された。生き残ったやつは運がいいやつだけ。たとえトップエースがいても、運が悪けりゃ秒で死ぬような戦いだった」とのことだ。

彼らは「運良く」この仕事を担当することになったためその場にはいなかったが、前線基地は今も床を埋め尽くす死体袋と怪我人に占領されている。

まあ、逆にいえば()()()()で済んだのだが。もしも『盾』無しで戦闘を進めていた場合、基地に運ばれた死体と怪我人の数はもっと増えていたのだから。

 

「───スキャン終了、敵影は認められず。ハート4-1より司令部へ。B地点を確保した」

 

<司令部よりハート4-1、了解した。これよりそちらへ拠点設置部隊を送る。到着まで周辺警戒を継続し、安全を確保せよ>

 

「ハート4-1、了解。これより警戒態勢に移行する。……ふう」

 

<やけに不安そうだな、ハート4-1?そんなにナチュラル共が怖いのか?>

 

ハート4-1と呼ばれた青年は、同僚からのからかいに顔をしかめる。

彼らのコールサインである「ハート」とは、この「クイーンダウン作戦」の指揮官が指定したコールサインのことだ。

トランプのスートに応じて役割が分けられており、スペードは最前線で敵部隊と交戦、ダイヤは前線基地や拠点の防衛、クラブは各部隊の支援という風に区別されている。

そしてハートに区分された者達の役目は、「補給線の確立と維持」である。

戦闘で補給線の確立と維持を軽視した者に待っているのは、満足に戦うことすら出来なくなった挙げ句の無様な敗北のみ。故に彼らには、「ハート(生命線)」というコールサインが与えられたのだ。司令部と通信を行なった彼の場合、「ハートの第四小隊所属の隊員その1」ということになる。

なお、補給線の重要性が理解出来ない者は「インパール作戦」を検索することを勧める。

 

「バカ言え、そんなわけがあるか。今日まで働き通しだし、この作戦が終わったら一度プラントに帰ってゆっくり休むことも出来るかと思っただけさ」

 

<わかるぜ。昼は太陽がガンガン照りつける、夜は寝苦しいし光に虫がたかる。ほんと、コーディネイターに生まれてよかったと思うな。プラントは快適だ>

 

<は、ハート4-2。作戦行動中ですよ?>

 

<おいおい、ハート4-1がチェック終了してるんだぜ?それに、周りにナチュラル一人見えねえ。さっさと逃げ出しちまったんだろ>

 

チェックが終了しているから大丈夫だと言うが、実のところハート4-1は指摘された通り、怖じけていた。いや、不吉な予感に襲われていたといった方が正確だ。

彼はこれまで何度も連合軍の部隊と戦闘してきた。その中で培われた勘が、彼に告げているのだ。───見られている、と。

 

「ハート4-3の言うとおりだ。スキャンはしたが、どこかに潜んでいる可能性はある。警戒を怠るな」

 

<潜むったって、どこに隠れるっていうんだ?たしかに周りには樹があるけどよ、MSを隠せない高さの樹ばっかりじゃないか。建物の中にも反応はなし。これ以上、どこに隠れるってんだ?>

 

ハート4-2の言うことはもっともだ。これ以上隠れられる場所が、どこにあるというのか。

ならば、この拭えない不安はどこから───。

森の中に隠れている様子はない。家の中にも反応は無し。車が数台あるが、そこに隠れているわけでもない。

そこまで考えたところで、彼はあることに気付いた。───()()()()()()()

逃げ出したというなら、人が走るよりずっと速い車を使わない理由はない。しかも、何両かは見えづらい場所に隠されている。

いや、よく見てみれば地面にはタイヤ痕が驚くほど少ない。車が5両はあるのに、まるでほとんど使っていないかのような───。

 

「───っ!地面の下だ!」

 

<へっ?>

 

ハート4-1から言葉が発せられた瞬間、MS隊の周囲の地面の下から人間が現れる。その姿は、これまで何度も戦ってきた連合軍の歩兵そのもの。彼らは地面に穴を掘り、その下に身を隠していたのだ。

穴の中には、人1人で持ち運ぶには難儀そうな砲塔が隠されていた。

あれは、AMSM(対MSミサイル)───!

 

「回避!」

 

<な、なんだこいつら!>

 

<うわぁ!?>

 

とっさに叫び回避行動を呼びかけるも、僚機はいきなり現れた敵歩兵に驚き、動きを止めてしまう。

結果、とっさにスラスターを用いてその場を逃れたハート4-1を除いた2機の“ジン・オーカー”に、あらゆる方向からAMSMが撃ち込まれる。

MSは搭乗者を守るために胴体部の装甲は厚く作られているが、それ以外の部分は意外に脆い。ハート4-2の駆る”ジン・オーカー”は頭部と右腕の関節部に被弾し、大きなトサカが吹き飛ぶ。しかしメインカメラへの直撃は避けたようで、その単眼から光が失われることはなかった。

問題はハート4-3の機体である。彼は運悪く3発のAMSMを被弾してしまった。

右腕の関節部、左肩。そして、左足関節。

機体を支える2本の足の片方が失われ、巨人は轟音を立てながら仰向けに倒れる。

 

<こ、こんな!くそっ!>

 

上体を起こそうと操作するが、すぐに左腕の関節部にミサイルを撃ち込まれる。これは先ほどのAMSMと違い、戦前から連合軍に配備されていたものだった。

FGM-148-2対戦車ミサイル。通称”ジャベリン改”。

西暦の米軍に配備されていた対戦車ミサイルの改良型だが、MSにダメージを与えるには一工夫が要る武装でもあった。だが、今回はその威力を発揮していた。一工夫こと、脆弱な関節部に向けて命中させることに成功したからだ。

威力は高いが持ち運びに難のあるAMSM”リジーナ”と、取り回しは比較的いいが威力がもの足りない”ジャベリン改”。これらを組み合わせることで、歩兵による()()()M()S()()()が確立した。

理屈は単純で、まずは敵MSを待ち伏せて、”リジーナ”の一斉射によって敵MSの動きを封じる。続けて”ジャベリン改”によって敵MSの関節部への攻撃。そして動きを完全に封じられた敵MSへ肉薄し、コクピットをこじ開ける。

この戦法は”リジーナ”のみでの対MS戦よりも敵MSの撃破成功率を引き上げることに成功したが、戦死者数も引き上げるハイリスクハイリターンな戦法である。

だが、リスクに気を取られては殺せない。1機も、1人すらも殺せないのだ。

 

<う、動けない!ハート4-1、4-2!助けて!>

 

<くそっ、こいつらぁっ!>

 

倒れ伏した僚機に、連合の歩兵部隊が近づいていく。その様はまるで、蟻が群がって獲物を食い尽くそうとしているかのようだ。

味方を助けるためにもう1人の味方が地面に落ちたままだったライフルを拾って敵に向けるが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よせっ、ハート4-2!」

 

<なんで止める、4-1!?このままじゃ4-3が!>

 

「今撃てば、4-3にも当たるぞ!」

 

<っ!?>

 

仰向けに倒れた僚機には既に連合兵が取り付いてしまっており、コクピットをこじ開けようとしている。“ジン”を初めとするMSには、パイロットが気絶するなどの不具合が発生した時のことを考えて外側からコクピットを開閉する機能が備わっている。連合兵はそれを操作しているようだ。

近づいて手で追い払おうにも、コクピットを開けようとしている部隊とは別にこちらを”リジーナ”で狙っている部隊がいる。

MSという圧倒的戦力を抱えていながら、今のZAFT兵達は無力だった。これが歩兵ないし戦闘ヘリとの共同での任務であったなら。せめて、対人用の兵装があったなら。そう思わずにはいられない。

しかしそれらは「スペード」による拠点攻略に回されてしまっていて、今はどこも使えない。

そうして動けないでいる内に、ZAFT側にとって最悪の時が訪れた。

 

<く、くそ!こうなったら、一人でも道連れに……!?>

 

自爆装置を作動させて連合兵を道連れにしようとしたハート4-3だったが、その決断は数秒遅かった。

コクピットが外側から強制的に開かれ、何か小さいものを投げ込まれる。

何がコクピット内に放り込まれたのかを確認するまでもなく、コクピット内にいた青年の視界は真っ赤に染まった。

 

<ぎゃぁぁぁぁぁァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?あづい、あづぶぶぶぶぶっぶぶぶぶぶぐるぅ>

 

連合兵が投げ込んだのは、サーメートと呼ばれる兵器。正確にはAN-M14という製品名があるのだが、わかりやすく言うと───焼夷手榴弾だ。

投げ込まれたそれは一瞬で中にいた青年を燃やしていく。運が悪いことがあったとすれば、燃焼温度4000度にも及ぶ高熱で即死するはずが、パイロットスーツによって一瞬でも炎が遮られてしまったことだろう。

その一瞬が青年にこれ以上にない苦しみを与えることになったのは、彼の断末魔を聞けばわかることだ。

投げ込んだ連合兵達はというと、さっさと仕留めた獲物から離れて車に乗り込み、遠くに離れていく。

 

<ランディぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!くそったれのナチュラルどもがァァァァァァァァァァァァ!>

 

「うかつだハート4-2!待て、待つんだガンズ!」

 

仲間を無残に殺された怒りは、もう一人の仲間から冷静さを奪う。毒どころか塵一つ残らない灼熱で仲間を焼滅されたのだから無理も無い。彼は乗機を、バギーに乗って逃げていく敵兵に向かって走らせる。

しかし、それが彼の運命を決定づけた。

どうやって殺してやろうか。

ライフルで撃ち殺すだけでは芸が無い。踏み潰してやるか?

いや、一人一人握りつぶして苦痛を味合わせてやるのがいい。

そんなことを考えながら、スラスターを起動するハート4-2ことガンズ。

───瞬間、彼はコクピットをビームで打ち抜かれてその人生を終えることになった。

先に死んだハート4-3ことランディに比べ、ずいぶんマシな死に方ではあった。一瞬で体が蒸発しては、痛みもクソもない。

 

「ガンズ!?まさか、スナイパータイプか!いったいどこからだ!?」

 

とっさにMSの姿勢を低くすることで、少しでも敵に狙われる可能性を低くする。

望遠センサーを起動させると、およそ10㎞ほど離れた場所に濃緑(こみどり)の敵MSが狙撃銃を構えているのが見えた。

”スナイプテスター”。かつてカオシュン防衛戦にも投入されてナミハ・アキカゼが搭乗した機体よりも、更に狙撃に特化した機体となっている。

かつて数機の”テスター”に試験的に搭載された狙撃用スコープの付いた頭部とビームスナイパーライフルに加えて、バックパックにはライフル用のバッテリーが増設されており、本機の継戦能力は向上している。

さらに左手に装備されるシールドは、地面に垂直に固定出来るように設置用のアンカーが内蔵されている。

つまり、シールドを壁にしながら狙撃出来るということだ。メタ的な視点で説明すると、『輝き撃ち』というやつである。

比較的簡単な改修のみで出来上がるため、残存している”テスター”は”ダガー”の配備が進み次第、この機体や”キャノンD”に改造されていくこととなる。

しかし、そんな事情は今の彼らには関係ない。

今の彼らは、まさに狩人と獲物の関係。

うかつに動けば、ZAFT兵の乗る”ジン・オーカー”は一瞬で”スナイプテスター”に打ち抜かれてしまうだろう。

かといって10㎞の距離を詰めようにも、その間に打ち抜かれてしまう可能性はおおいにある。

僚機が1機でも生き残っていれば話は別だったのだが───。

彼は連合軍歩兵部隊が仕掛けた戦術に戦慄し、その戦術にみすみす嵌まってしまい仲間を失ってしまった自分を、援軍が駆けつけて”スナイプテスター”が撤退するまで責め続けた。

 

 

 

 

 

なお、彼はこの後仲間の断末魔や末路を夢に何度も見るようになり、PTSDを発症することになる。

ショッキングな出来事に加え、狙撃手にしばらく狙われ続けるという経験が原因となったのだろうと言われている。

 

 

 

 

 

2/11

市街地 廃ビル

 

「すげえ……これだけの規模の戦いは初めてだ……」

 

連合軍歩兵部隊のZAFT軍への遅滞戦術は複数箇所で行なわれていた。そのことを彼、ジェス・リブルが知るのは、戦争が終わってからとなる。

彼は今、戦闘で破壊された市街地に存在する廃ビルの一つに身を潜ませていた。

2時間ほど前まではここから離れた場所でMS同士の戦闘などを撮影していたのだが、突如現れた武装集団に追い立てられてここまで逃げてきたのだ。

それにしても、とジェスは先ほど疑問に思ったことについて振り返る。

先ほどの集団は火器で武装こそしていたが、その服装は連合・ZAFTのどちらのものでもなかった。特にジェスが気になったのは、その集団に混じっていた女性の服装。

あれはたしか、カンガという民族衣装の一つだったはずだ。19世紀ごろからビクトリア湖の周辺地域で用いられているもののはずだが、その服装を纏っているということは───。

そこまで考えたところで、ジェスの耳は銃声を拾った。

 

「っ、見つかった!?」

 

しかし、こちらに攻撃が飛んでくる気配はない。気付かれたわけではなく、近くで戦闘が新たに発生したということのようだ。

ガラスの割れた窓から少しだけ頭を覗かせると、ビルの北西方向で銃撃戦が発生していた。戦っているのは連合兵と先ほど遭遇した武装集団のようだ。

両者ともに激しい銃撃を敵に向かって浴びせているが、どうやら連合側が優勢のようだ。武装集団の数が目に見えて減っていくのに対し、連合側の兵士はほとんど脱落することがない。

 

「どういうことだ?あっちの集団、動きがほとんど素人じゃないか」

 

同じく戦闘に関しては素人のジェスでもわかるほどに、武装集団の戦い方はお粗末なものであった。

陣形の組み方、銃の構え方、ポジショニング。まるで銃の撃ち方だけ教えられて、戦場に放り込まれたような雑さだ。

いや、まさか───?

もしも、本当にそうなのだとしたら?本当に、銃の使い方を教えただけの素人が戦場に投入されているのだとしたら?

 

「動くな!」

 

「っ!」

 

後ろから鋭い声を掛けられる。誰かしらに見つかってしまったようだ。声を掛けてきたのは男性らしい。

 

「手を頭の後ろに回し、膝をつけ」

 

「……わかった」

 

言われた通りの体勢を取る。今逆らっても良いことは一つもない。むしろ、こうして警告してくれるだけかなりマシな方だ。

後頭部に堅い物が当たる。その正体は、考える必要はないだろう。

 

「お前は何者だ。ここで何をしていた?」

 

「お、俺はジェス・リブル。フリーのジャーナリストだ。ここには、取材で来た」

 

「取材だと?……証拠は」

 

「俺の右側の胸ポケットに身分証明と名刺が入ってる。それを見てくれればわかるはずだ」

 

「……」

 

後ろから手を伸ばされ、指示した場所が漁られる。お目当てのものを抜き取られ、少し時間をおいてから後頭部の感触が消える。どうやら信じてもらえたようだ。

 

「フリージャーナリスト、ジェス・リブル。たしかに本人のようだな。俺はビクトリア基地所属のルーク・ディッグ曹長。しかし、運が無かったな」

 

「運が無い?」

 

ジェスは立ち上がりながら、ルークの発言の意味を問う。後ろには4人ほどいたが、目の前に立っている白人男性がルークなのは間違いないだろう。声色にふさわしい風格がある。

運が無いとは、どういうことか?

 

「言葉通りだよ、よりにもよって歩兵戦に巻き込まれちまったジャーナリスト君。ここは地獄だ。どうやって敵を殺し尽くすか、それ以外の思考を頭から吹っ飛ばしちまったイカレ野郎どもの祭典。それがここだ。今生き残っていても、次の瞬間には粉みじんに吹き飛んでいてもおかしくない。極めつけに、()()だ」

 

ルークが指した方向には、未だに抵抗を続ける武装集団の姿があった。

その数は最初に見たときよりも明らかに数を減らしており、反比例するように死体の数が増えていることがわかる。

 

「宇宙人共を撃退してやろうと息巻いて戦場にやってきてみれば、そこにいるのは素人集団。まったく、戦争は地獄だぜってのは誰の言葉だったかな?」

 

「それだ。彼らは明らかに素人じゃないか。服だって、どう見てもZAFTのものじゃない。彼らはいったい?」

 

「おっ、取材か?まあ別に隠すようなことでもない。あいつらは───」

 

そこまで言ったところで、彼は耳に付けられたインカムに手を当てる。

その顔がみるみる険しくなっていくのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「どうかし───」

 

Scheiße(ちくしょう)、マジか!おい、ジャーナリスト!ここで悠長に話している暇はなくなった、今すぐ逃げるぞ!」

 

そう言うと、ジェスの腕をつかんで引っ張るルーク。掴まれた痛みに顔をしかめるが、途端に慌ただしくなる周囲の環境も相まって、そのことを咎めることは出来なかった。

 

「おいおい、いったい何が来るっていうんだよ!?」

 

「『エクスキューショナー』が来る!対人……いや、虐殺用装備のMS部隊だ!ここに止まっていたら全滅する!命は惜しいだろ!?」

 

インカムで他の部隊のメンバーにも注意喚起しながら、先ほどまでいた廃ビル3階から階段で降りていく。

1階にたどり着いてビルの外に出ると、未だに武装集団の抵抗が続いているのか、10数人の連合兵が戦っているのが見える。

 

「おい、撤退だ!やつらが来るんだぞ!」

 

「んなこたわかってる!だが、こいつら……!」

 

大声で、向こう側の隊長と思われる男性からの返事が届く。どうやらあの部隊は、武装集団の攻撃によって1カ所に引きつけられているようだ。

動きたくても動けないらしい。

 

「いけっ、俺達は構うな!」

 

「バカを言うな!」

 

「バカはどっちだ!もうすぐやつらが来る!被害を減らすにはこれしかねえんだよ!」

 

「くっ……!」

 

歯ぎしりするルークだが、彼だってわかっている。彼らを助けている余裕は、自分達には無い。

 

「……行くぞ、ジャーナリスト。ひょっとしたら逃げてる最中に、撮れるかもしれないぞ」

 

「……なにを?」

 

味方を見捨てる行為を咎めたくなるが、その表情を見れば、苦渋の決断であったことは一目瞭然だ。それに、自分は部外者。口を挟むことなど出来はしない。

しかし、何を撮れるというのか?

 

「───地獄を、だよ」

 

 

 

 

 

撤退していくルーク達の車両に運良く乗せてもらえたジェスは街から5㎞ほど離れたところにある小高い丘で下ろしてもらい、カメラを構える。一応茂みに隠れているので、運悪く流れ弾が飛んでこない限りは巻き込まれることはないだろう。

いったいこの後、どんな光景を見ることになるというのか。

その答えは、街にやってくる3機の“ジン”によって明かされた。背中に何やらタンクのようなものを背負っているが、いったい何のためのものだろうか───。

”ジン”が、左手に保持した武器を構えた時。

───地獄が、生まれた。

”ジン”が構えた武器。その正体は、MSサイズで作られた『火炎放射器』であった。

『エクスキューショナー』。なるほど、言い得て妙だ。巨人から放たれる業火は、まさしく天罰のようにも見える。

ぞれは果たして、何に対しての天罰なのだろうか。

プラントに住むコーディネイターを軽率に扱ったこと?

核兵器を用いて、コロニーとそこに住む人々の命を奪ったこと?

それとも、未だに戦争を続けていること?

あの場所に地獄の業火をばらまいているということは、敵、つまり連合兵がまだ残っているということだ。

先ほどルークと会話していた、あの男性も───。

いや、それだけではない。

自分達が離れてからそう時間も経っていないということは、まだ銃撃戦が続いていた可能性もある。

ならば、あの武装集団ももろともに焼き払われているのではないだろうか。

 

「いや……そんなバカな。あり得ない。連合軍と戦っていたってことは、ZAFTにとって味方ないし利用出来るってことだろ?まとめて焼き払うなんて、そんな……」

 

頭の中で浮かんだ予想をジェスは否定しようとするが、それを決定づける証拠はない。

わからない、わからない、わからない。

今の自分には、この戦いの『真実』が少しも見えない。

ただ一つ、言えることがあるとすれば。

 

 

 

 

 

ジェスの耳に飛び込んでくる『気がする』悲鳴は。この距離で届くはずもない、体を焼かれる痛みから発せられた悲鳴は。

けして、『嘘』ではないということだけだ。




ということで、ビクトリア攻防戦、その1が投稿されました。
いやー、ここまで長かった。
ずっと、ハードな描写が書きたかったんですよ!ええ!(満面の笑み)

「CEのスターリングラード」とか煽ってた割に、甘いじゃないかって?
HAHAHA。知ってるかい?
まだ、「その1」なんだよ?

それと、予告した通りリクエスト案からいくつか出してみました。

AMSM”リジーナ”は、まあ宇宙世紀のあれと同じですよ。
今回は、”ジャベリン改”という作者のオリジナル兵器と組み合わせてみましたけども。
ぶっちゃけ、あれが正解かどうかはわからないんだよなぁ……。
『モントゴメリ』様のリクエストです。

それと、”スナイプテスター”です。
こちら、ステータスになります。

スナイプテスター
移動:6
索敵:B
限界:140%
耐久:80
運動:10
シールド装備

武装
ビームスナイパーライフル:100 命中 90 間接攻撃可能
スパイクシールド:60 命中 70

カオシュン宇宙港で登場した”テスター B装備”と違い、全身を狙撃用に調整した機体。狙撃用に製造された頭部は、狙撃時にゴーグルがメインカメラの前に下りてくる。
狙撃姿勢を取りやすいように各所の装甲にスパイクを取り付けるなどの改修が施されていたり、センサー類の質を全体的に向上させている。
ビームライフルの有効射程はB装備に装備されたものよりも向上しており、およそ8000m圏内の目標であれば目標が動いていても8割以上の割合で命中させられるらしい。
また、シールドは垂直に設置出来るように設計された新型のものであり、殴打に用いることも出来る。デザインはまんま陸戦型ガンダムのあれ。
『ms05』様のリクエストです。

まだ、ビクトリア攻防戦は始まったばかりですよ……?ふふふ。

それと、ビクトリア攻防戦が終わったらボチボチ全体的な修正を行なおうと思います。いつのまにか設定に矛盾やら説明不足やらが目立ってきたもので……。
そういう「粗」が気になっていた方は、もうしばらくお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第40話「第2次ビクトリア攻防戦」その2

前回のあらすじ
連合・ZAFT「ひゃっはー!汚物は焼滅だぁ!」←誤字ではない

現在、2chで連載されてる某ダイス作品の中に、「アグニバイク」なるものがあったんですよ。
それを見て、ティンときましたね。

この作品に足りないものは!それは!
情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!
そして、何よりも!

火 力 が 足 り な い !



2/12

ZAFT軍「ビクトリア基地攻略前線」

 

「ZAFTに入るんじゃなかった……」

 

クライド・ファッシルはただのZAFT軍兵士である。

他の多数のZAFT兵士と違うところがあるとすれば、別にナチュラルのことを見下しているわけではないということくらい。といっても、それは差別を否定しているわけではなく、「どうでもいい」と思っているだけなのだが。ZAFTには、親や友人達が連合との戦争に乗り気であり、志願しなければいけないと思わせる「無意識な同調圧力」に影響されて入った。

そんな彼だが、今猛烈に殴りたい人物がいる。

パトリック・ザラである。

プラント最高評議会の一員であり、もっぱら軍事面ではトップといっても良い人物である。

何故、彼はパトリックを殴りたいと考えているのか?その理由は、彼が作戦前に実施した演説にある。

 

「なーにが『地上支援の態勢が整った今、脆弱なるナチュラルどもなど鎧袖一触!』だよ。今すぐ前線に来てみやがれってんだ」

 

彼は今、“バクゥ”に乗って前線で戦っている。与えられたコードネームは、『スペード5-2』。だが、そのコードはもはや半分意味を為していない。───彼以外の隊員は既に全滅しているからだ。

 

「───っ!やべっ!」

 

無限軌道を用いて高速機動させていた乗機を、咄嗟に4足歩行モードに切り替えてジャンプさせる。一瞬後に、”バクゥ”が走っていた場所を凄まじい熱線が通り過ぎていく。判断があと0.5秒遅ければ、”バクゥ”はあれに巻き込まれて消滅していたことだろう。

熱線が飛んできた方向を見れば、そこには連合のMS3機と、MSの全高と同等のサイズの大砲が存在していた。

昨日までは戦場で見かけることはなかったが、もしあの砲台の戦線投入が早まっていれば自分がここにいたかどうかも怪しいとクライドは思う。

いったい、何機のMSと何人の歩兵があの砲台に焼かれたのだろうか。というか、なんなのだあれは。

リニアガン・タンクの砲塔部分を取っ払って、別の大砲をくっつけたみたいな()()()()感漂う珍兵器ではあるが、その威力は本物だ───!

 

「うおっ!ちくしょう、当たり前だけど、ゆっくり考えさせてなんかくれないよなぁ!?」

 

敵の隠し球の正体について考えを巡らせるが、敵はお構いなしに熱線を撃ち込んでくる。

敵の正体など、後からいくらでも考えればいい。今は生き残ることに集中しなければ───!

クライドは、乗機のレールガンを敵部隊に向けた。

 

「この戦いが終わったら俺、絶対に除隊してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

クライド・ファッシルはこの戦闘に生き残り、苛烈な戦闘を生き残った勇士『ビクトリア・サバイバー』の1人として勲章を授与されることになる。

しかし、この戦闘を機に退役なり後方勤務なりして前線から離れようと考えていた彼だったが、「エースパイロットの一人」として積極的に最前線に向かわされるようになった。

しかもその度に戦果を挙げてくる(生き延びるために必死に戦っているだけ)ので、最前線の次は別の最前線に飛ばされるという負のスパイラルに巻き込まれるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

2/12

ビクトリア基地 司令部

 

「第2防衛ライン、侵攻率60%!これ以上は危険です!」

 

「E-26地点に敵部隊が侵攻してきました!想定よりも早い……!」

 

「第43歩兵部隊との連絡、途絶!」

 

なるほど、負け戦とはこういうものか。ビクトリア基地司令ブリット・ニエレレ中将はこの基地の陥落が遠い物ではないことを悟った。

彼は前回の基地への攻撃時から司令を務めている老齢の黒人男性であり、守りの戦いに関しては様々な勢力で評価されている優秀な軍人である。また、南アフリカ統一機構の中では珍しく1等兵から中将まで昇進してきた希有な人物であり、多くの兵達から尊敬されている。

そんな彼であっても、此度の戦いは「負け戦」であると断じられるものであった。

彼はZAFTが再びビクトリア基地への攻撃を企てているということを事前に察知して準備を進めてきたのだが、事態が好転する兆しは見えなかった。

最初の一戦で出来る限り敵を消耗させることで侵攻を遅らせる試みは成功したはずだった。そう、()()()()()

確認出来ただけでも百機を超える数のMSと相当数の歩兵を撃破することに成功したし、その後の各エリアでの歩兵による遅滞戦闘も、概ね成功していたはずだった。

しかし、敵の勢いが弱まることはなかった。むしろ、戦闘開始時よりも勢いが強まっているのではないかと錯覚するほどにZAFTの攻撃は苛烈だった。報告では、民兵が戦闘に参加しているとさえ聞いた。

 

「まさか、な……」

 

「報告!ケープタウンから発進した我が方の援軍はディエゴガルシアより発進した敵艦隊からの妨害を受けており、突破は困難とのことです!」

 

「なにぃっ!?」

 

今度ばかりは、ブリットにも想像することは出来なかった。

インド洋チャゴス諸島。その中に存在するディエゴガルシア島には、一つの海軍基地があった。

かつてアメリカ合衆国のインド洋における一大拠点として生まれ、地球連合発足後には連合の拠点として存在していたこの基地であったが、今ではZAFTに占領されて拠点として使われてしまっている。そこから来た艦隊が、希望の芽を潰しに掛かっているのだという。

 

「連中はどれだけの戦力をこの基地の攻略に費やしているというのだ!ジブラルタルどころかカーペンタリアからもかき集めてきたとでもいうのか!?」

 

まさか、あのような急造品まで戦線に投入することになるとは。

ここでいう急造品とは、ビクトリア基地が投入した移動砲台のことである。

現在連合軍の各地上拠点では、来たる大反攻作戦のために制式量産型MSのパーツ生産が行なわれている。ビクトリア基地の工場では生産は担当していなかったが、一部のデータを流用して開発したのがあの砲台だ。

たしか元になった兵器は、『320mm超高インパルス砲「アグニ」』というんだったか。

いずれは砲撃MS用の武装になるという装備を急遽100ほど生産し、リニアガン・タンクの車両部分を台座として移動砲台代わりにしているというわけだ。

敵が固まって侵攻するのを防いではいるが、それも時間の問題だ。消耗した分を超える数で襲い来るZAFTは、いったいどんなマジックを使ったというのか。

ブリットの疑問を解消したのは、次に通信士から届けられた報告だった。

 

「これは……司令!第16観測部隊から報告!ZAFT軍艦艇が、スエズ並びに()()()()より出港したのを確認したとのことです!」

 

「オマーン!?バカな、あそこは……くっくくく、そういうことか。はははっ!」

 

「し、司令?」

 

「やられた……。してやられたのだな、我らは!」

 

突如笑い出した司令を見て怪訝そうにする司令部内の兵達だったが、次にブリットから放たれた言葉には全員が驚愕することになる。

 

()()()()()()()だ。連中、あそこから兵員を調達してきたと見える」

 

「そんな!あそこはたしかに親プラント国ではありますが、中立の姿勢を取っていたはずです!」

 

汎ムスリム会議。アラビア半島を初めとするイスラム系国家による連合国家の一つであり、親プラント国と呼ばれる勢力の一つでもある。他に親プラント国と言えば、ZAFTへカーペンタリア基地のための土地を提供している『大洋州連合』が挙げられる。

地上にNジャマーが投下された後にシーゲル・クラインからの積極的中立勧告を受けてプラントと交易を行なうようになったかの国は、そのためにZAFT寄りの国家として見られていた。

だが、いくらZAFT寄りといってもあくまで『中立』を謳っていたからこそ、戦火に巻き込まれることは避けられていたのだ。平穏を手放してまで、連合と戦うだろうか。

 

「連中からしたら、ZAFTが勝つ見込みがあったからこそ勧告を受け入れたんだ。そうでなかったら、戦後連合から報復を受けるかもしれないのに受け入れるものか。しかし、先日のカオシュン攻防戦でZAFTは敗北した。それも言い訳出来ないくらいにな。それを見た親プラント国の連中はどう思う?」

 

「どう……とは」

 

「『このままだと連合がZAFTに勝ってしまうかもしれない。そうなれば()()()()だ』。私ならそう考える。南米が良い例だ。勧告を受け入れた途端に大西洋連邦に侵攻された。同じようにプラントに与した国家を、連合が許しておくと思うか?」

 

「それは……」

 

あり得ないだろう。敵対勢力を支援していた国家など、見逃しておくはずがない。特に、カーペンタリア基地という直接的な形で支援している大洋州連合も、戦後は必ず報復を受けることになる。

 

「更に言えば今から連合に鞍替えしようにも、プラントからのエネルギー輸出を絶たれれば遅れてエイプリルフール・クライシスが襲いかかるだけだ。……この分だと、ディエゴガルシアからの艦隊にも大洋州連合の艦が混ざっているかもしれんな。民兵の姿があったというが、おそらくアフリカ共同体の連中だろう。……くくく、本当にやってくれる」

 

「し、司令……?」

 

一度俯いた司令が顔を上げた時、誰かが声にならない悲鳴を上げた。その顔が、鬼ですら泣いて逃げ出すのではと思うほど憤怒に染まっていたからだ。

今まで、基地司令のそのような顔を見たことはなかった。

 

「カンガルーの腹で育ったクソ共と、石油飲んで育ったカス共!そして、都合良く利用されていることにも気付かんガキ共が!なんとしてもこの情報を連合全体へ知らせるのだ!奴らは地球を裏切った、とな!───目に物を、見せてくれるわぁ!」

 

『了解っ!』

 

司令の鬼気迫る表情に圧せられたことで、先ほどよりも重い緊張が司令部内を支配する。

これからはZAFTだけでなく、同じ地球に住む者とも戦わなければならない。まだ憶測ではあるが、そのことがプレッシャーとなっているのは明らかであった。

しかし、いくら基地司令が奮い立ったところで現状が良くなるかと言うとそうではない。むしろ、悪化しているかもしれなかった。

追い打ちを掛けるように、司令部にある報告が届けられた。

 

「第76MS部隊からの通信が途絶しました!」

 

「くそっ、また一つやられたか……」

 

 

 

 

 

同時刻

ビクトリア基地 第2防衛ライン

 

「うそ、だろ……」

 

ビクトリア基地所属第77MS小隊の隊長、ロン・ニミダ中尉は目の前の光景を信じることが出来なかった。

自身の操縦するものも含めた4機の”陸戦型テスター”がこの場所に駆けつけた時には既に、先ほどまでこの場所で戦っていた味方の姿はどこにもなく、代わりにその場所に生まれていたのは、今までに見たことがない規模の弾着痕であった。周囲には、第76MS小隊のものと思われるMSの残骸が散らばっている。

敵陸上戦艦の姿は近くに見えないことから、戦艦の砲撃によるものではないことがうかがい知れた。しかし戦艦の砲撃でないというなら、いったい何がこの威力を発揮したというのか。

ロンが呆然としていると、部隊全体が大きな衝撃に襲われる。幸いなことに直撃した者はいないようだが、相当な衝撃だ。

そしてこの衝撃を、ロンは知っていた。その脅威を知っている分、謎の砲撃よりも明確に脅威を感じた。

 

「“フェンリル”だ、ちくしょう!総員、回避運動を取りながら後退するぞ!あんなのに当たったらひとたまりもない!」

 

<<<了解!>>>

 

一月ほど前から、アフリカ戦線では奇妙な兵器の姿が確認されるようになった。『ZMT-1 ”フェンリル”』。それがあの兵器の名前らしい。

”レセップス”級の主砲と同程度の砲を備え、かつ半端な威力の攻撃を通さない装甲を兼ね備えた『モビルタンク』らしいのだが、これが厄介極まりない。というのもあれは火力支援だけでなく、戦線の維持にも一役買っているところがあるのだ。

”フェンリル”は車体後部にコンテナを牽引しているのが常であることがわかっているが、この戦闘ではなんとMS用の予備弾薬や武装をコンテナに搭載して運ばせているらしい。

その様子を確認したMS部隊が直後に壊滅してしまったことで『らしい』止まりの情報ではあったが、この戦闘における敵MS1機当たりの場持ちの良さ、要するに継戦能力の異常な高さを鑑みれば、その情報が正しいものであることは明白だった。

つまり、”フェンリル”を火力支援兼簡易補給部隊として運用しているのだ。マルチタスクにも程があるだろうと思うが、戦艦の主砲が素早く移動しながら砲撃し、ついでにMSに弾薬を補給していくというのは相手にしてみると厄介極まりない。

優先的にターゲットしようにも、直進速度だけなら”バクゥ”に並ぶ『重装甲お化け』が簡単に沈む筈も無く、”フェンリル”に時間を取られれば敵のMS部隊が駆けつけてくる始末。

 

「ああクソ、何が”フェンリル”だ!いつか蹴飛ばしてやるからな駄犬が!」

 

今のロンには、悪態をつきながら逃げることしか出来なかった。

いつの世も、一方的に相手を殴れる側が(間接攻撃は)正義なのである。

 

 

 

 

 

ビクトリア基地 司令部

 

「観測データ、届きました!第76MS小隊は全滅、小隊が展開していた場所には砲撃痕が存在していたとのことです!この威力は……信じられない、推定30in(インチ)(約760mm)オーバー!」

 

「30だと!?何かの間違いじゃないのか?」

 

ブリットとしては、間違いであって欲しいというのが正解だ。”レセップス”の主砲でさえ16in(約400mm)である。となると、ZAFTはそれを上回る口径の砲を実戦に投入していることになる。

もしや、ZAFTの新兵器───?それなら、早急に正体を確かめなければなるまい。

 

「攻撃の正体はなんだ?爆撃か、砲撃か?」

 

「弾着痕も確認出来ているので、砲撃であることはほぼ間違いないかと」

 

「よし、ならば第41、42MS小隊を調査に当たらせろ。もしもこの砲撃が戦線各所で連続して行なわれるならば、戦線の維持どころではない」

 

「了解!」

 

まったく連中は、と内心でZAFTに悪態をつくブリット。

MSに始まりNジャマー、果てには”バクゥ”とあの手この手で連合を追い込んでくることに定評があったものだが、純粋に威力だけでこちらを恐れさせる兵器まで作り上げているとは。

 

「発想力という点では、奴らに勝てないのかもしれんな……」

 

 

 

 

 

ビクトリア基地攻略用臨時拠点 ”レセップス” 艦橋

 

「しかし、よくあんなもの使う気になりましたね?」

 

「おいおい、あんなもの呼ばわりとは。あれも、本国の技術者の皆さんがせっせと作り上げたものなんだよ?」

 

「その技術者からも、『使い潰していい』と言われているではないですか……」

 

「だから、『丁寧に』使い潰してるんだよ」

 

表では呆れた様子を見せているが、マーチン・ダコスタは改めて目の前の男の能力・発想に対して畏怖した。

アンドリュー・バルトフェルド。『砂漠の虎』と呼ばれる優秀なZAFTの指揮官であり、本作戦における指揮官の一人として参加している彼だったが、連合が持ち出してきた”アグニ砲台”への対処として、他の誰もが放置してきた兵器の使用を提案した。

 

「”810㎜迫撃砲”なんて、余りにもナンセンスではありませんか?わざわざMSを4機動員して運んでも、1発撃つごとに弾を手込めで装填する必要がありますし……」

 

そう、それが連合のMS部隊を「消滅」させた砲撃の正体であった。

”810mm迫撃砲”。C.E以前から使われていた歩兵用の”L16 81mm 迫撃砲”の砲口径をそのまま10倍にしたものであり、MS隊の火力向上を目指してZAFT技術者が開発した兵器だった。

その威力は、敵砲台の排除どころか周辺のMSもまとめて吹き飛ばしたことで証明されている。

兵士達や技術者からは『わざわざMS数機に運ばせるだけでなく組み立てさせるくらいなら、戦艦に搭載した方が良いのではないか』という意見も出ていたが、MSの活躍にこだわる上層部の強硬的な意見によって開発された代物であった。

六つほど製造されたこれらの兵器は、地上での試験で『概ね』想定通りの性能を発揮した。概ねという形容詞が付けられたのは、ZAFTのMSが未だ人体と同等の手際で砲を運用することが出来なかったことが原因である。

『MSは歩兵の延長線上にある兵器とする意見もあるが、現在の我が軍のMSは人体ほど精巧には出来ていない(動けない)』と試験を見ていた技術者が言っていたのが印象的だ。

 

「だが、威力と有効射程は十分だっただろう?必要なのは、『敵砲台を手っ取り早く潰すための火力と射程』。ほら、ピッタリじゃないか」

 

そう言いながら、テーブルの上に置かれたインスタントコーヒーを飲むバルトフェルド。

普段は自分で豆を挽いてオリジナルブレンドのコーヒーを作っている彼だが、現在のように大規模戦の時にはインスタントコーヒーを飲んでいる。

本人曰く「そっちの方が気が引き締まる」というが、端からは普段と変わらない飄々とした態度であるため効果があるのかはわからない。

 

「それにしても『実物を発射現場に放置する』のはまずいのではありませんか?」

 

更にバルトフェルドは、連合に対してある仕掛けを残していた。それは、打ち終わった迫撃砲本体をその場に残していくというものだった。

敵に情報を与えるような行為だが、それが有効に働くのだという。

 

「ぜーんぜん?あちらとしては迫撃砲の正体を知ったことで、これからはMS小隊一つに対する警戒度をさらに引き上げなければならない。そうして薄くなった防衛線では、着々と侵攻を進めているこちらの陸上艦隊を止められない。今頃あちらは、どこにどう戦力を配置すればいいかで喧々囂々(けんけんごうごう)といったところじゃないかな」

 

そして、とバルトフェルドは続ける。

 

「あのような装備は、僕たちのようにMS偏重の戦法を採る組織だからこそ採用されるものだ。連合に渡したところで粗大ゴミ扱いされるのがオチさ。仮にあちらがこれの対策を講じても、そもそもZAFTからしても常用化する気はない。あちらはリソースを無駄遣いすることになる」

 

まあ、問題がまったくないわけではないがねと締めくくり、コーヒーをすするバルトフェルド。

やってることは単純なのに、そこにいくつもの企みを潜ませている。

ダコスタは改めて、バルトフェルドの指揮下で戦えることに安心した。───この男の下でなら、どんな敵にだって勝てるだろうと。

 

 

 

 

 

2/12

ビクトリア基地周辺 ZAFT軍臨時拠点

 

時刻は既に深夜になっているが、砲声が止むことはない。今もどこかで誰かが死んでいる。

だからこそ、こうして補給を受けられている時間は大切なのだと思う。一息付けるだけでもだいぶ、心が落ち着かせることが出来るからだ。”ジン・オーカー”のコクピット内で若い男性兵士をそう思った。

この作戦の肝は、親プラント国からも兵士を動員することで一気に戦力を集結させ、短期間でビクトリア基地を陥落させる「短期決戦」にこそある。

今のところ作戦は順調だ。歩兵の不足はアフリカ共同体からかき集めた民兵で補い、海上からの援軍はディエゴガルシアに集結したZAFT・大洋州連合の混成艦隊が迎撃する。

そして、自分も含めた汎ムスリム会議に所属する兵士はMSのパイロットなどやらされている。運良くここまで生き残れてはいるが、やっぱりこんな機体で戦わされるのは嫌だ。

彼が今乗っているのは”ジン・オーカー”ではあるのだが、搭載されているOSは通常のものと異なる。

ZAFTが手に入れた”テスター”のOSを解析して、”ジン”タイプに搭載した”ジン-モンキーモデル”とでも言うべき機体が、今彼の乗っている機体だ。

ナチュラルの自分でもMSを動かせるというのは魅力的だが、それにしたってこんな風に中立の立場を取っていた自分達を動かさないで欲しい。ピンチになった途端にこちらを巻き込むなど……。

男性兵士は若さ故の未熟さから、そう短絡的に結論を出した。

彼は知らない。『親プラント』の立場を取った時点で、既に地球連合は報復を検討していることなど。

そして、ZAFTからの戦争協力を断った場合、プラントからのエネルギー供与が無くなってしまうことを。

彼ら『親プラント国』はシーゲル・クラインによる『積極的中立勧告』を受け入れたことで、エイプリルフール・クライシスの影響を最低限に防ぐことが出来ていた。

それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもあるのだ。

連合が勝てば報復され、プラントからのエネルギー供給が無ければ運営出来なくなる。

ZAFTから「戦え」と言われれば、もはやそれを断る道はない。彼らが生き残る道は、もはや「ZAFTが勝つ」ことでしか残されていない。

だから、参戦した。たとえ、それが自国の兵士をZAFTの盾にしているのだと理解していても。

そして当然、その決断の代償は血によって贖われることとなる。

 

「な、なんだこれ……?」

 

いきなりコクピット内に響いてくるピアノの音に、驚嘆(びっくり)する兵士。どうやら、あらゆる周波数に無理矢理割り込んで流されているようだ。よく聞けば、

兵士には聞き覚えのない音楽であったが、その拠点に務めていたコーディネイターの兵士の何人かには聞き覚えのある曲であった。この、揺るぎようのない荘厳な音楽。

たしか、ショスタコーヴィチの曲であったはず。曲名は───。

拠点に榴弾が撃ち込まれたのは、その曲が流れ始めて10秒も経っていない時のことであった。

 

урааааааааа!

 

拠点内の悲鳴と怒号の二重奏は、たちまち突入してきた兵士達の雄叫びによって押しつぶされていく。

突入してきた兵士達は目に付いたZAFT兵士や民兵、いや、ここまで言ったら自分達以外の全てに対して手に持った重火器を向け、発射していく。それどころか、既に息絶えたと思われる人間にまで数人がかりで銃弾を撃ち込んでいくではないか!

それだけではない。なんと突入してきた兵士達は、手を挙げて投降の姿勢を見せている人間をも容赦なく射殺していった。

兵士はその様をコクピット内で呆然と見ていたが、拠点に設けられた通信室から聞こえてくる出撃命令に応じて機体を動かす。通信室からの声は直後に途絶えたが、その理由は考えないようにする。

拠点の外に出て、唖然とする。

そこでは複数の”テスター”が”ジン”の手足を破壊して動けなくした上でナイフを何度もコクピットに突き刺していたり、バラバラにした”バクゥ”の部品を鉄柱に刺して地面に立てていたりと、あれが人間であったらどんなスプラッターだろうかという光景を生み出していた。

特に拠点の外で燃料の補給をしていた『エクスキューショナー』の”ジン”は、もっと悲惨だ。いや、悲惨なのは”ジン”ではなく、()()()()だ。

なんと、攻撃してきた兵士達は拠点内の人間やその遺体を炎上している”ジン”のところまで引きずっていき、炎の中に突き飛ばしているではないか!?

生きたまま焼かれていくZAFT兵士や見知った汎ムスリム会議の兵の顔がよく見えなかったのが救いである。

そうしている内に、拠点から飛び出してきた自分に目が向けられる。

”テスター”が、兵士達が、血走った目でこちらを見つめてくる。───次は、お前だ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

逃げた。逃げた逃げた逃げた!ひたすらに逃げた。後ろから追ってくる敵のことは、あえて気にしないで一目散に逃げ出した。

もし一度でも後ろに意識を向けたら、その瞬間捕まって炎の中に突き飛ばされるのではないかと思った。

音楽は鳴り止まない。勇壮で、心を奮い立たせてくれるようなその音楽が、怖くてたまらない!

兵士はスピーカーに拳をたたきつけた。流石に音楽は鳴り止んだが、それで現状が解決するわけではない。

気がつけば、拠点からずいぶん離れた場所まで来てしまった。周りを見渡しても、敵どころか味方の姿もない。目の前にはだだっ広い荒野が広がり、後ろには先ほど駆け抜けてきた森が広がっている。……森の向こうでは、今もあの光景があるのだろうか?

先ほどまでの光景が、まるで夢かなにかであってくれればと思う。しかし、自ら破壊したスピーカーがその考えを否定する。

 

 

 

 

 

<───動くな>

 

 

 

 

 

一瞬、心臓を掴まれてしまったような錯覚を覚える。そして、一つ確信したことがある。

今、この声の主に逆らえば、確実に死ぬ───。

言われた通りに動かずにいると、2機のMSが森の中からこちらに近づいてくる。

片方は普通の“テスター”だが、もう1機の”テスター”の色はほとんど黒で塗装されており、一部に赤いラインが引いてある。隊長機か、はたまたエースか。

もう戦おう、逆らおうとは考えられなかった。それで生き残れるなら、そうしている。

 

「た、助けてくれ!投降する!もう戦う意思はない!」

 

<ZAFTは敵だ。プラントを占拠し、地球に牙を向いたテロリストだ。テロリストは排除する>

 

「違う、俺はZAFTじゃない!汎ムスリムの人間だ!」

 

<……ほう>

 

どうやら、話を聞いてくれるようだ。

情報漏洩、売国奴という言葉が脳裏にチラリとよぎるが、それは無視した。生存本能が理性を上回った瞬間である。

 

「あいつらは、ZAFTは協力しなきゃエネルギー供給を断つって言ってきたんだ!それで、政治家達はそれが嫌だから言いなりになった。俺達は、国の政治家達に人身御供として差し出されたんだよ!なあ、頼む、殺さないでくれ……」

 

<……だそうだが、どうする同志(タヴァーリシチ)イゴール?>

 

<ふむ、彼はなんともかわいそうな人間だよ同志ニキータ。国の都合で無理矢理戦わされている。C.Eにもなって愚かな話だ>

 

どうやら、同情を誘うことはできたようだ。

希望の目が見えてきた。このまま、適当に持ってる情報を渡すとでも言えば投降が受け入れられるかもしれない。

 

「そ、それだけじゃない。他にも色んな情報が───」

 

<ところで君は知っているかな?テロリストに屈した挙句にそのテロリスト共と貿易し、エネルギー供与までしてもらっている国があるらしいぞ?>

 

<ああ、それなら俺も知っているぞ同志イゴール。しかもその国はつい最近、中立という言い分すら捨ててテロリスト共に協力してるという噂もある。なんと嘆かわしい。彼の国の志はどうやら地の底に落ちてしまったようだ>

 

<君は実に物知りだな、同志ニキータ。それにもう一つ付け加えておくといい。その国の兵士は、命惜しさに自国を売り飛ばす下劣な精神を持っているらしい>

 

<仕方のないことだろう同士。なにせ我々が飢えや寒さに苦しんでいる間、テロリストから恵んでもらったエネルギーでのうのうと生活していた国の人間だ。恥知らずにまともな精神を期待するだけ無駄というものだ>

 

<そうなると、その国の兵士は何をやってきてもおかしくないな?投降したフリをして、後ろからその腰に付けた剣で切りかかってくるかもしれない>

 

恐る恐るコンソールを操作し、機体の武装をチェックする。

非常に残念なことに、しっかりと重斬刀が装備されてしまっていた。

 

「い、いや、これはちが」

 

<もう遅い>

 

弁明をする間もなく、2機の”テスター”によるライフルの斉射が行われる。

”ジン・オーカー”はたちまちハチの巣のように穴だらけになる。仰向けに倒れ伏した機体のコクピットに、更に2発の弾丸を撃ちこむ黒の”テスター”。

 

<面白い情報をどうもありがとう、名も知らぬ兵士君。これはお礼だ>

 

<しかし、これでハッキリしたな同志イゴール。ついにZAFTは戦争の禁忌に手を出した>

 

<まったく、呆れてしまうよ。ついに同盟国ですらない国に対して兵の供出を迫るようになったか。それを呑んだ国も国だが>

 

<ならば、どうする同士?>

 

<私はただの1兵卒だ。だが、一つだけ言えることがある>

 

黒の”テスター”は”ジン・オーカー”の残骸を足蹴にする。それはまるで、その機体色のようなどす黒い憎しみを発露しているかのように。

 

 

 

 

 

彼らとは友人になれそうにない(奴らは地球を裏切った)




お待たせしました、ビクトリア攻防戦その2でございます。
え、こいつ生きたまま人間焼くの好きだなって?いや、ほんとは毒ガスみたいなBC兵器を使うことも考えていたんですよ。バラバラ解体パーティーとか。ただ、
「『エクスキューショナー』とか、絶対戦場で一番ヘイト集める機体じゃん」と感想で言われたことで、こうなりました。

読者リクエストから今回登場したのは、この2つです!

〇810mm迫撃砲

自衛隊などでも使われている81mm迫撃砲をMSサイズに調整したもの。”レセップス”の主砲の倍の口径を誇り、更にはMS数機でパーツを運び、その場その場で組み立てることによってさまざまな場所で運用することが出来る。
威力と射程も期待通りに完成したが、欠点が存在していた。
それは、『MSが人間ほど器用に動けない』こと。組み立てや装填、照準に要する時間が想定よりも遅れてしまうことが問題となった。これは実際に作ってみてから発覚したものである。
具体的に言うと、”ジン”が1発この兵器を撃つ間に歩兵は迫撃砲を3・4発撃つことが出来る。
しかし、MS隊の運用できる火力の向上という開発目的は達成したこと、MSの性能向上やOS効率化で解決できるであろう問題でもあったため、実戦での運用データを欲した技術部の意向によりいくつかが地上に送られた。
第2次ビクトリア攻防戦では、連合の繰り出してきた「アグニ砲台」を陣地ごと破壊するために持ち出された。アグニが直線でしか撃てないのに対しこちらは仰角を取って発射することが出来るため、一方的に蹴散らすことに成功した。
開発者曰く「もっとこう……いい感じに使える気がする」と改良や後継機の開発には乗り気なようだ。
『モントゴメリ』様のリクエスト。
ちなみに運用方法は、劇場版『ガールズ&パンツァー』のカール自走臼砲を参考にしました。

インスパイアテスター
移動:6
索敵:D
限界:130%
耐久:75
シールド装備
スピーカー

武装
マシンガン:60 命中 60
アーマーシュナイダー:50 命中 70

”テスター”にスピーカー機能(回線への強制割込み機能込み)を取り付けた機体。名前の由来はinspire(鼓舞)から。
前もって音楽による催眠を施した兵士を用意し、この機体が音楽を流すことをトリガーとして兵士の闘争心を掻き立てる、一種の「精神兵装」。
音楽を聴いている最中は兵士達は冷徹かつ激情的な精神性を獲得し、キリングマシーンと化す。兵士が暴走する可能性を秘めているが、比較的手軽に勇敢な兵士を生み出せるために採用された。
デメリットで兵士が投降してきた敵を殺そうが、なんらデメリットにはなりえないのである。ついでに、生き残った敵兵がトラウマを抱えてくれればなおのこと良し。
主に歩兵部隊の随伴・掩護の役目を担った部隊に配属され、敵側に多数の被害をもたらした。
エイプリルフール・クライシスで最も多くの被害者が生まれたユーラシア連邦では特に効果的だったという。(憎しみを持った兵士が特に多いから)

『kiakia』様のリクエスト。
ちなみにステータス「スピーカー」を持っているユニットは、周囲の味方の士気値を毎ターン上昇させる効果がある。
ちなみに士気値が高いと、上昇すれば回避率や命中率が低下する「疲労値」の上昇を防いだり、ユニットの隠し攻撃が発動しやすくなる。
今のところオンリーワンの特性である。

さて、ようやく折り返しに近づいてまいりました。
色々と書いてる最中に反省点が生まれてくる「第2次ビクトリア攻防戦」ですが、これも経験。頑張って書ききります。忙しいけど!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第41話「第2次ビクトリア攻防戦」その3

前回のあらすじ
親プラント国「あっち(ZAFT)につくわ」
連合「激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」

(執筆欲がサンライトイエローオーバードライブして禁断症状を発症したので)
初投稿です。


2/12

ビクトリア基地防衛前線 第8防衛ライン 塹壕

 

「誰か!弾を、弾をくれ!」

 

「なあ、誰か俺の腕を知らないか?さっきから見当たらないんだ。どこにもないんだよ、さっきまでここにくっついてたはずなのに」

 

「ファ○ク!また一人イカレやがった!」

 

「まだモルヒネある!?」

 

「ボーイ、君の腕は少しの間お散歩にいってしまっただけさ!もう少ししたら帰ってくる!だから……帰ってくるまで生き残れ!そおら、また敵さんがおいでなすったぞ!」

 

「弾よこせっつってんだろうが!あのクソどもより先にハジかれてえか!」

 

戦場は混沌に満たされていた。

ZAFTの攻撃が始まってわずか3日ほどしか経っていないのにも関わらず戦線に崩壊の兆しが見られ始めているのは、ZAFTの戦略ドクトリンが基本的に「電撃戦」を主としていることにある。

人的資源を始めとした国力に乏しいZAFTにとって一つの戦闘の長期化はすなわち軍全体を劣勢に追いやるものであり、絶対に避けなければならない。だからこその電撃戦。

時間を掛ければ敵が体勢を整えて反撃してくる。ならば、敵が体勢を整えるよりも先に押しつぶす───。

ジャイアントキリングの定番戦法だが、この戦闘ではそれが成立した。

なりふり構わず友好国や占領地域から兵を供出させ、過去に攻略に失敗した基地であることやカオシュンでの敗退を考慮し、十分以上の戦力を用意した。敵の増援の妨害もほぼ完璧。

そうして始まったこの戦闘、多大な被害を出しながらも開幕戦を制したZAFTはそのままの勢いで陸上戦艦による進撃を開始した。

連合軍の歩兵や補給基地への襲撃などによる妨害はあるが、全体の侵攻を押し止めるものにはなり得なかった。ノリにノった今のZAFTは一つや二つの拠点を失ったところで痛くも痒くもない。

こうして塹壕で敵歩兵(アフリカ共同体の人間が中心)と銃撃戦を繰り広げたところで、それが何の足しになるというのか。

塹壕の中の兵士達を絶望的な空気が包んでいく。

 

「南西より”バクゥ”接近!」

 

「ああ、くそ!MS隊と戦車隊は何やってんだ!」

 

「……もう嫌だ!死にたくない!」

 

鋼鉄の猟犬の接近報告を聞き、ついに一人の兵士が塹壕を飛び出て後方に逃げ出す。その姿からは、大人の男としての矜持も兵士としての誇りも感じられなかった。

 

「バカ、戻れ!……ああ、くそ!全員伏せろ!」

 

逃げ出した兵を連れ戻そうと動き始めていた隊員達は、しかし分隊長の言葉を聞き、すぐさまその場に伏せる。

瞬間、轟音がその場に響き渡り、衝撃と砂埃が彼らを襲う。”バクゥ”の発射したミサイルが塹壕の近くに着弾したのだ。塹壕から飛び出ていれば、今頃は肉塊と化していたことだろう。

塹壕から逃げ出した兵士の姿は見えなくなっていた。たぶん、ミサイルに吹き飛ばされて肉塊ないし肉片となってどこかに散らばっている。

この後、彼らは駆けつけたMS・戦車混合部隊の援護を受けてなんとか撤退することに成功した。その時の心情を従軍記者に聞かれた分隊長はこうコメントしている。

 

「あの時、あの場所で一番安全だったのは、間違いなく塹壕の中だった。嘘みたいだろ?敵歩兵がうじゃうじゃ押し寄せてくるわ、周りにはミサイルが降り注ぐわの塹壕がだぜ?だけど本当なんだよ。───そこにいれば、少なくとも生き残る可能性が0.1%はあったからな」

 

 

 

 

 

2/12

ビクトリア基地 会議室

 

「……今日までの3日間で、いったい何人死んだ?」

 

「非戦闘員を除いても3万人は超えてます。また、非戦闘員や避難が間に合わずに巻き込まれた民間人も含めたら……おそらく、10万人は超すでしょう」

 

ダンっ!と大きな音が鳴る。報告を受けたブリットが、テーブルに拳を打ち付けた音だ。

この会議室の中には今、10を超すかどうかの人間が存在していた。本来であれば30人は参加しているはずなのだが、皆ZAFTの攻撃によって命を落としたか、参加出来ないほどの重傷を負ったかで不参加であった。

将兵の大量喪失に加え民間人の犠牲者多数。加えて、ほとんど低下していない敵軍の侵攻速度。

完敗だ。これ以上ないほどに、ブリット達は敗北したのだ。であれば、すべきことは一つ。

 

「……遺憾ながら。誠に遺憾ながら!当基地を放棄する。各部隊に撤退準備をさせろ」

 

ブリットの発言は、認められる人間と認められない人間の2種類を生み出すものだった。

 

「司令!それでは今日までの戦いは、散っていった者達の思いはどうなるのです!?あと数日しのげば……」

 

「宇宙は敵の策略に嵌まり制宙権喪失、地上は半ば包囲されてしまい、海は完全に押さえ込まれている。───いったいどこから援軍が来るというのかね?」

 

「っく、しかし!」

 

ブリットになおも食い下がろうとするレイブス・ラバルベス少佐はこの場でもっとも若い将校であり、それ故に戦闘の継続を望む。

ここで撤退してしまえばこれまでの犠牲はどうなるのか、ZAFTや本格的に反旗を翻した親プラント国にやられっぱなしでよいのか。

たしかに、レイブスの言うこともわかる。このままでは、奴らにやりたい放題されて終わってしまうのだから。

しかし、だからこそブリットは決断したのだ。これ以上被害を増やさないためにも、逃げることが最適解。

 

「悔しいだろう、辛いだろう。……今は耐え、再起の時を待て。時には勇気ある撤退が求められることもある」

 

「……」

 

ブリットはレイブスを静かに説き伏せた。レイブスは血気盛んな青年将校ではあるが、けして無鉄砲ではない。現に、歯を食いしばりながらも撤退を受け入れて席に座る。

生き延びれば、必ず後の連合にとって有益となるはずだ。その未来を絶やしてはいけない。

 

「他に異論のある者はいないか?……いないようだな。それではこれより、撤退作戦の計画を組み立てる」

 

部屋の壁に取り付けられたモニターに、ビクトリア基地周辺の地図が映し出される。両軍の戦力配置が色分けされ、連合は青、ZAFTは赤で表されるが、すでに基地は全方向が包囲されかかっていた。

西に敵本隊、東にはついに上陸した敵援軍が向かってきているため、撤退する方向としては論外。北はもっとダメだ。敵の勢力圏に向かって撤退するバカがどこにいる。

必然、南に脱出することが決定される。当然ZAFTはそれを見越して戦力を配置しているため、基地の残存戦力のほとんどを使って包囲網を早期に突破する必要がある。

ここで問題となるのが、撤退までの時間をどう稼ぐかである。

敵部隊を突破するにしても、すぐにとはいかない。ちんたらしていれば、すぐに東西から援軍がやってきて袋叩きになってしまうだろう。

ここで考えられる方針は二つ。一つは先ほど挙げられたように、残存戦力を一極集中させること。これは残存戦力に乏しい連合軍にとっては、早期に突破して被害を少なくするか、あるいは突破に失敗して一気に殲滅されるかのどちらかの比較的ギャンブル性の高いものとなる。

もう一つは、部隊を複数に分けてそれぞれ包囲網をくぐり抜けるように撤退させるというものだ。こちらは戦力を分散させることになるが、部隊がまとめて撃破されるという事態にはならない。

どちらを採るべきかで会議室が騒がしくなり始めたころ、一人の青年が手を挙げる。

 

「ニエレレ司令、よろしいでしょうか」

 

手を挙げたのは、レイブスとは正反対に表情が読み取りづらい金髪の男性。

マキシミリアン・ランダス中佐。2週間程前にビクトリア基地に赴任してきた、ユーラシア連邦所属の軍人である。

ユーラシア連邦が開発した『MSを打倒するための新型戦車』のテストのためにやってきた彼と部下達は、しかし他の兵士達からは敬遠されていた。

彼らは”テスター”が配備され始めたころから発足したと言われる「通常兵器地位向上委員会」という非公式団体への所属を公言している。

委員会とは言うが実際にやっていることはハイスクールのクラブのようなもので、仲間内で考案した(彼ら曰く)通常兵器の構想案を開発部にリクエストしたり、通常兵器の有用性を周囲にアピールするといった些細なものが主だった。

問題はその熱意を過剰に発露してしまう人間が多く所属していることであり、通常兵器のアピールをしていたのにいつの間にか上層部への不満を叫び出したり、MSをこき下ろしたりし始める者が多いのだ。

簡潔に言うと、面倒くさい人間が多いのである。

そういう理由もあって、ブリットはマキシミリアンやその部下達に良い印象を持ってはいなかった。

 

「なにかね、ランダス中佐」

 

「ここは一極集中、一点突破で撤退するべきです。我々にはそのための手段があります」

 

ブリットはマキシミリアンと親しいわけではないが、それでも彼が自信を持って発言していることがわかった。

 

「ほう、聞かせてもらえるかね?」

 

マキシミリアンの話した作戦は、普通に考えればあり得ない、好意的に解釈しても珍しいと表現するしかない代物だった。

何よりその作戦の実行をためらわせたのは、その作戦の重要な役割を担うのが、マキシミリアン達がテストを行なっていた『新型戦車』だということだ。

 

「バカな、テストも完了していない戦力を作戦の中枢に組み込むなど正気か!?」

 

「私はもっとも成功確率の高い作戦と、それに必要な戦力を申し上げたまでです。我々が開発した『彼ら』ならば、必ずこの作戦を完遂させられます」

 

「いや、しかし……」

 

ブリットは決断出来ない。彼はこの場でもっとも高い地位にある者。故に、軽率に結論するわけにはいかなかった。

マキシミリアンの策はとんでもない代物であったが、落ち着いて考えて見れば一定以上の有効性があることが認められた。ひっかかるのはやはり、作戦の中核を担う『新型戦車』の存在。

戦車とは何か?

大砲を備えた車両。鋼鉄の装甲を纏った兵器。─敗北した、兵器。

地球連合軍で運用されているリニアガン・タンクは優秀な兵器だ。かつてモーガン・シュバリエがやってみせたように、連携と戦略次第ではMS部隊と渡り合うことも出来る。それは間違いない。

だがそれは十分な数を揃え、練度の高い兵士を搭乗させることでなし得たものだ。

試作兵器の数は3両。練度はともかく、数が足りない。

どうしようもなく、この世界では戦車とは『敗北者』なのだ。

その戦車に命運を賭けることを、迷い無く決断することは出来ない。

 

「司令、なにも私は自分達の成果を見せつけたいから言うのではありません。これよりも有効な作戦があるならば迷い無くそちらを選びます。───他に意見はないのですか?」

 

マキシミリアンは周りを見渡すが、手を頭に当てて考え込む者やマキシミリアンの提示した『新型戦車』のデータを食い入るように見つめる者ばかり。

実際、ブリットにもわかっていた。マキシミリアンの作戦こそが現段階の最適解であり、もっとも多くの兵士を脱出させうる方法なのだと。

結局より成功率の高い作戦が提案されることはなく、マキシミリアンの提案した作戦が採用された。

作戦名はなく単に撤退作戦と呼ばれるだけに止まったが、後の歴史家達はこの戦いのことをこう評することになる。

───『古く、そして新しい時代の始まりを告げた戦い』と。

 

 

 

 

 

2/12

ビクトリア基地 第08格納庫

 

「モーリッツ、ジェイコブ、ヘルマン!いるか!?」

 

その場所では、常に重機の動作する轟音が鳴り響いていた。故にマキシミリアンは声を張り上げたが、その轟音に遮られてしまいお目当ての人物に声を届けられなかった。

現在この格納庫には、マキシミリアン率いる『第14機甲小隊』の試験している『新型戦車』が3両存在していた。マキシミリアンが探しているのは、その3両に車長として乗り込む3人だ。

声が届かないなら仕方ないと歩き出すが、その足取りは確かなものであった。マキシミリアンには彼らの居る場所の検討がついている。

戦車バカ共のいる場所など、戦車の中以外はない。

 

1号車の上に立って搭乗口をのぞき込んでみれば、やはりその場所には車長の姿があった。

モーリッツ・ヴィンダルアルム。この『新型戦車』1号車の車長であり、彼もまた「通常兵器地位向上委員会」に所属する兵士だった。

彼は一心不乱にキーボードを叩いていたが、陰が刺したのを感じて上を見上げる。

 

「ランダス中佐、どうしました?……ひょっとして、出撃ですか!?」

 

モーリッツは希望を秘めたまなざしでマキシミリアンを見つめるが、マキシミリアンはため息をつく。

 

「出撃と言えば出撃だが、喜ばしいものではない。───ビクトリアは放棄される」

 

笑顔から一転、呆然とした表情になるモーリッツ。数瞬後、彼はうつむき、右手をアームレストにたたきつける。

彼もまた悔しいのだ。戦場に立てなかったことが。相棒を戦場で働かせてやれなかったことが。

調整はほぼ終わっていた。この戦闘が始まる前に何度か行なっていた試験運転の甲斐もあり、今ならば想定した通りの力を発揮出来ると断言出来る。

あと少し、あと少しだったのに!

 

「敵軍の侵攻速度が余りにも速すぎた。援軍も望み薄。今回は敗北を認めざるを得まい。だが、戦闘は帰るまでが戦闘だ」

 

「……中佐。もしや我々の出撃とは」

 

「察しが良いな。先ほど決議された撤退作戦において、お前達は中核を担うことになる。危険で、未知数な任務だ。だが……『肝心な時に間に合わなかった愚図』よりも、『遅ればせながらも多くの将兵を救った勇士』の方がまだマシだろう?」

 

深呼吸。吸って、吐く。それだけの動作のはずなのに、モーリッツには何故か難しく感じられた。

喜びを抑えられない。湧き上がる感情を押しとどめられない。

我々は、戦える。

 

「ジェイコブとヘルマン、それと各車両の搭乗員を集めてくれ。第6会議室を借りられた。───今の最大限を、取りに行くぞ」

 

「イエッサー!」

 

彼らは理解していた。自分達が弱者であることを。

彼らは理解していた。弱者でも人は殺せるし、たくさん殺せば英雄になれることを。

彼らは理解していた。戦争に英雄は不要であると。

 

だからこそ彼らは信じていた。英雄でなくともいいことを。

必要な時に必要なものを必要な分使えば、物事の99.9999%は上手くいく。

英雄ではない、『我ら』の魂を見せつけてやるだけでいいのだ。

この、『鋼鉄という名の魂(ノイエ・ラーテ)』と共に。

 

 

 

 

 

2/13

ビクトリア基地包囲網 南方戦線

 

正直、うんざりしている。

こちらに向かってくる敵部隊を見て、若きZAFT兵はそう思った。

いや、向かってくるというのは正しい表現ではない。向かっているのは我々だ。あの『壁』を破壊するために、向かっている。

“ザウート”を駆る彼の目には、まさしく壁と呼ぶにふさわしい敵MSの姿があった。

両手だけに止まらず両肩にまでシールドを装備しているその機体には、おおよそ他の武装が見えなかった。

本当に、盾しかないのだ。間違いない。

おそらくこのMSは連合軍の撤退作戦にかり出されたのだろうが、朝9時から11時まで、占めて2()()()()()()こちらからの攻撃のほぼ全てを受け止めている時点で何かがおかしい。

撃っても撃っても装甲が削れている気がしないが、その機体表面にいくつも付けられた弾痕を見ればそれがPS装甲に包まれていないことがわかる。

つまり小細工無し、単純にむちゃくちゃ堅い。それが、それだけが、それこそが目の前のMSなのだ。『切り裂きエド』の乗るMSを『赤壁』と呼ぶ人間もいるらしいが、目の前のあれの方がよっぽど壁らしい。

それだけならば放置すればいいだけなのだが、その壁の後ろに隠れるようにして他のMSが攻撃してくるのがうっとうしい。

まさしく『自走防壁』と呼ぶにふさわしい有様だが、それにも限界が近づきつつあった。

いくら厚い壁だろうが動けなければ大したことはない。そして、後ろに隠れるMSの数もその数をすり減らし、現在は『壁』を含めてたった3機のMSが孤独な戦いを続けているだけだ。

もう決着はついたようなものだというのに、何故戦いを続けるのだろうか。投降すれば、命は助かるというのに。

少なくとも彼は本気でそう思っていた。他のパイロット達は『壁』からパイロットを引き釣り出して八つ裂きにでもしてやろうかと考えていたが。

だからこそ、気付かなかった。彼らは別に沖縄戦の日本兵(玉砕大好きメン)ではないということを。

目の前の壁は非常に堅く、ZAFT兵達はストレスを蓄積させていた。未だにZAFT内に蔓延る優生学(プライド)もあり、連合側が何かを企んでいることを気付けなかった。

何十発目かになるキャニス短距離誘導弾発射筒の衝撃を受けて、ついに『壁』の右腕は限界を迎え、肘から先が落下する。装甲は耐えられても、内部の機体フレームは耐えられなかったのである。

”ジン・オーカー”がキャニスを構えて接近する。近づいて一気に吹き飛ばすつもりなのだろう。

彼はそれを傍観していた。もう敵に打つ手はない。やっと終わった。

そう、()()()した。むしろ、これが始まりだというのに。

 

 

 

ガボンっ!

 

 

 

『壁』に接近した”ジン・オーカー”の上半身が消失する。ほとんどの兵士には、そうとしか見えなかった。

間もなくして、放心状態から復帰した兵士達は気付く。───敵からの攻撃を受けたのだと。

 

「撃たれた!?どこから───」

 

目をこらして辺りを見渡すと、『壁』の後方、つまりビクトリア基地のある方向から何かがやってくるのが見える。

───それは、戦車と言うにも、いささか大きすぎた。

ごつくて、重そうで、風格があった。

それは、正に、戦車(陸の王者)だった。

 

 

 

 

 

「敵機撃破、次弾装填!お前ら、陸の王者が誰なのかをあいつらに知らしめるぞ!」

 

『アイアイサー!』

 

砲手と運転手のノリのいい声を聞き、モーリッツは口端をつり上げる。そうだ、そうでなければ。

”ノイエ・ラーテ”。正式名称は『71式戦車』。

これこそが『通常兵器地位向上委員会』期待の星。『MSを正面から打倒する』ための戦車。

マキシミリアンの立てた作戦は、ざっくり言うなら『あえて1カ所に集めた敵部隊をノイエ・ラーテで突破、敵の包囲網に穴を開けてそこを全軍で突破する』というものだった。

ハッキリ言って、馬鹿げている。

わざと敵を集めるのはともかく、そこを強硬突破するなどどうやったら思いつくのか。

作戦会議でそう問われたマキシミリアンは、淡々と返した。

 

『防備の薄い場所を狙うなど誰でも考えつくことでしょう。そしてそこを我々が狙えば、敵はそこで時間を稼ぐだけでいい。ならばあえて逆、もっとも厚い場所を突破すればいい。一番守りの堅い場所を突破してしまえば、あとは楽に撤退出来るとは思いませんか?』

 

『そもそも突破出来るだけの戦力がないと言う話だ!この基地の実働戦力は、すでに開戦前の半分を下回っているのだぞ!』

 

『そうですね。我々に余力はほとんど残されていない。そして敵もそう考えているでしょう。───だからこそ、この作戦は有効なのです』

 

『……”ノイエ・ラーテ”の性能は、保証出来るのかね?』

 

『もちろん。あれはそもそも、そういう用途も考慮して作られていますから』

 

『そういう、とは?』

 

『───()()()()()()()です。その点だけでいうなら”ノイエ・ラーテ”は、現在の連合軍で最強の兵器と断言します』

 

そしてこの撤退作戦が始まった。

基地で試験運用されていた”重防護型テスター”はその装甲を遺憾なく発揮し、南方に布陣する敵戦力の30%超を1カ所に集めることに成功した。

あとは、自分達がそれを突破するだけ。ここで言う『自分達』とは、爆走する3両の”ノイエ・ラーテ”のことだけではない。

MS、戦車、戦闘ヘリ、戦闘機。ビクトリア基地の保持していた、あらゆる戦力のことを言う。”ノイエ・ラーテ”の通った後を大軍が疾駆する。目的はただ一つ、生き残ること。

乾坤一擲、しくじれば皆まとめてお陀仏の作戦だが、モーリッツは笑顔を絶やさない。

その笑顔は5割が虚勢、4割威嚇。そして残り1割は心底からの喜びで構成されている。

全員が全力を出さなければ、最善を尽くさねば死ぬ。そんな戦いの先駆けを任されているのだ。

───嬉しくならない戦車乗りなどいない!

 

「さあ来い、ブリキ人形ども!俺達が『戦争』を教えてやる!」




だめだ!UMA司令官は爆発する!(書きた過ぎて)

こらえられなくなって、投稿です……。
だって仕方ないじゃん!このまま黙って見てたらメスガキに侵略されちゃうし!
今度こそ、8月までは書かねえからな!今度こそ!
例によって後書き長いから、飛ばすの推奨。

重防護型テスター

移動:5
索敵:D
限界:140%
耐久:550
運動:1
シールド装備

武装
タックル:200 命中 80

形式番号GAT‐X0HD
”テスター”に防御特化の改装を施した姿。HDとは「ヘヴィディフェンス」の略。
レセップス級の主砲を余裕を持って耐えられる防御力を求めて現地改修された機体であり、異常な程の防御力を誇る。つまり、『フェンリル対策(フェンリルの主砲はレセップスのそれ)』である。コスト度外視で作られているため、現時点では1機だけしか製造されていない。
増加された全ての装甲がファインセラミックス装甲で作られており、MSに採用された装甲材の中ではPS装甲に次ぐ堅さを誇る。
さらに5層構造式になっており、1層目の表面にはラミネート化がされている。そのためビーム兵器に対しても高い耐性を持っているし、第1層だけモジュラー式空間装甲であるため、ラミネート加工が削れて使えなくなった第1層に限ればパージすることでデッドウェイト化を避けることが出来る。これは両手に一つずつ装備した大型重連層防盾甲型『スパルテル』と両肩に装備した乙型『アルミナ』も同様。
圧倒的な防御力を誇るが、火力と機動性は皆無に等しい。壁にするのがいいだろう。
それ以外では使い道がないが、それだけなら他の追随を許すことはない。
ちなみにスラスターを全力噴射することで突進することも出来るが、仮にそれを並大抵のMSに実行した場合、『潰れたカエル』になる。
守りを極めし者。後に変態どもがこの機体のデータを見たとき、全員が「beautiful…」と述べた。

『あのぽんづ』様のリクエスト。
本当は超大質量タックルとかも書きたかったんだけど、泣く泣く断念。
非力な私を許してくれ……(泣)
詳しい情報は活動報告のリクエスト募集のところにあるので、そちらも参照するのをオススメする。
ちなみに作者はこのリクエストを見たとき某『極振りラノベ』を連想した。

”ノイエ・ラーテ”については……ごめんなさい、待ってください。
次回詳しく書きます。
提案者様の熱意がやばすぎて生半可な描写が出来ない。
おかしい。これはおかしい。
こんなに戦車活躍させちゃっていいのかな……?
『ガンダム』なんだよ?

というわけで、次回は「どきっ☆真夏の重戦車祭り~(バクゥの頭が)ボトリもあるよ~」です。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

あー、すっきりした。
俺はリアルに戻るぞ、ジョジョー!


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第42話「第2次ビクトリア攻防戦」その4

前回のあらすじ
マキシミリアン「希望の明日へレディーゴー!(一番防備の厚いところに突撃)」
ZAFT「なにあいつら怖い!」




2/13

ビクトリア基地包囲網 南方戦線

 

「いやっほぅ!どこを見ても敵だらけ、されど我らを阻むもの無し!撃てば当たるの入れ食い大フィーバー!まったく、戦場は地獄だぜ!」

 

”ノイエ・ラーテ”2号車の車長を務めるジェイコブ大尉は、戦闘開始から早々にトリップした。

『第14機甲小隊』の中でもトップクラスの戦争狂である彼にとって、一方的に敵を蹴散らせるこの状況は桃源郷にも勝る心地なのだろう。

 

『ジェイコブ!まともに指揮を執れないと判断したら即刻降りてもらうからな!』

 

「はっ、中佐!落ち着いて、丁寧に、ZAFT共をぶち殺します!」

 

マキシミリアンが後方の指揮車両から警告を飛ばしてくるが、効き目があったかどうか疑わしい。もっとも、どれだけテンションが上がってもしっかりと指揮には従うのがジェイコブという人間である。それは、小隊全員がわかっていた。

 

「敵MS隊、接近!」

 

「慌てるなぁ!ロケット砲やバズーカにだけ注意していればいい!」

 

先ほど1号車が盛大に”ジン・オーカー”を吹き飛ばしたために、現在、敵の注目のほとんどは”ノイエ・ラーテ”に向けられている。

しかし、どの車両も足を止めることはない。知っているからだ。それらから放たれる攻撃のほとんどが、蚊に刺される程度の痛痒にすらなり得ないことを。

”ノイエ・ラーテ”の正面装甲は”バクゥ”のレールガンクラスの攻撃を完全に弾くほどの防御力を誇っている。キャットゥスやキャニスであれば話は別だが、高速で走行する“ノイエ・ラーテ”に命中させるのは至難の業だ。

それぞれの車両は敵から放たれた弾幕のほとんどを無視しながら、更なる攻撃の準備を終えた。

 

「次弾装填、完了!いつでも撃てます!」

 

「照準、接近中の”ジン・オーカー”!定めて定めてぇ……撃てぇ!」

 

2号車が発射するのとほぼ同時に、他の車両も前方に向かって砲撃する。

”ノイエ・ラーテ”の主砲は”ダニロフ”級イージス艦の250mm速射砲を流用したもの。そして”ノイエ・ラーテ”には、この戦争が始まってから「Nジャマー環境下で運用する」ことを前提として作られた新型FCSが搭載されている。

機甲部隊としては常識外の威力の一斉射が、ZAFTのMS隊に突き刺さる。その威力を受け止められる者はこの場には存在せず、MS隊はその戦線をかき乱された。

 

『よーし、第1段階成功!第2段階に移行する!』

 

『了解!』

 

恐ろしい攻撃力を知らしめた”ノイエ・ラーテ”隊だったが、その目的は敵部隊の撃破ではなかった。

撤退作戦を成功させるために更なる策が展開される。統制を乱されたZAFTには、阻止はおろか意図を図れる者さえ存在しなかった。

 

 

 

 

 

「くそ、なんなんだあれは!」

 

突如として戦場に現れた連合軍の新型戦車に対して毒づくことしか出来ない。

あれらの襲撃によって、楽勝ムードはどこかに行ってしまった。今は一転して死の予感がZAFT部隊を襲っている。

戦艦の主砲クラスの攻撃力と、先ほどこちらからの応射のほとんどを受け止めてみせた防御力。身内にも似たような存在がいるからわかるが、あれらはまともに相手するのが馬鹿馬鹿しくなる輩だ。適任を呼んで対処してもらうのが最適解である。

この場合適任とはある程度の火力と機動性を両立させた”バクゥ”のことなのだが、この戦闘に参加している”バクゥ”のほとんどは遊撃部隊として行動しており、この場にはいない。

”ジン・オーカー”を駆る彼は信号弾を持って救援を要請しようとしたが、敵戦車が新たな動きを見せた。

なんと、敵戦車隊はスモークを散布し始めたのだ。スモークとは本来、回避行動のために使われるもの。しかし、敵戦車は回避行動を取らずに爆進し続ける。

あの行為に何の意味があるのか。思考を遮るように、敵戦車は今度は主砲側面から機銃を発射し始めた。

ただの機銃と侮るなかれ。その口径は75mm、”テスター”の装備するライフルと同じである。

そしてそれは”ジン”の装甲を破壊しうる。疑問に答えを出す間もなく、回避行動に集中するZAFT兵達。

幸い、敵戦車はこちらに向かって今も進み続けている。

バカなやつらだ、と笑うことは出来ない。これほど好き勝手してくれた敵が無策で突っ込んでくるわけもないのだ。

しかし、現状の戦力では接近して高威力の武器をたたき込むくらいしか勝ち目がないのも事実。敵に考えがあるとわかった上で、それに乗るしかない。

敵戦車が近づいてくる。その攻撃を避ける。避ける、避ける、避けて、たたき込む───!

 

「───っ!?」

 

()()()()()()()。まるで自分達()がいないかのように、戦車は突っ切っていく。

てっきり、近接戦に持ち込んで何かをするものだとばかり思っていた。自分達を撃破するための何かを出してくると。

しかし、実際にはただ通り過ぎていくばかり。端から見れば防衛線を突破された大失態の場面なのだが、一瞬呆けてしまうZAFT兵達。

気付いた時には、敵戦車はこちらに尻を向けて離れていく姿を見送る自分達。

 

「ば、バカ!やつらを通してどうするんだ!」

 

兵士にあるまじき失態だ。あの速度では追撃は不可能だろうが、せめて後方に連絡なりしなくては。

しかし、行動を始めようとしたタイミングでスピーカーから何かが聞こえてくる。どうやら国際救難チャンネルを通じてこの音声は流れているようだ。

音声?否。それは音楽。

偉大なるショスタコーヴィチが作り上げた、交響曲第5番。

その名は、『革命』───!

 

 

 

 

 

урааааааааа!!!

 

 

 

 

 

煙の中を突っ切って、複数のMSが突進してくる。

理解した。つまるところ、自分達は見逃されたわけでも無視されたわけでもない。ただ、単純に。

自分を殺すのは通り過ぎていった彼らではなく、今目の前で、斧を叩きつけようとしている彼だった。ただ、それだけだった。

せめて痛みはありませんように。

 

 

 

 

 

『デルタ3、攻撃成功。行動を継続する』

 

『デルタ4も同じく』

 

『デルタ6より各機、デルタ5が失敗した。命は拾ったようだが、戦闘継続不可能と思われる』

 

「デルタ1より各機、攻撃を続行せよ。デルタ5は救助が来るまで待機だ。外に出るよりは安全だろう」

 

『了解!』

 

連合軍の撤退作戦、その第2段階。

それは、「”ノイエ・ラーテ”がかき乱した戦線にMS隊が強襲し、本隊の撤退進路の安全を確保する」というもの。

火力と装甲を以てその存在をアピールし、後続のMS・戦車隊から目を逸らす。注意が逸れている隙にMS隊が強襲する。そして、()()()()()()()()()()()()

───杜撰、粗雑、不定。この作戦はそういうものだった。いや、もはや「作戦未満」と称するべきだろう。

”ノイエ・ラーテ”が敵の注意を集められるだけの力を見せられなければ?

敵がスモークの意図に気付いて、対応したら?

乱れた戦列への強襲に滞ったら?

おおよそ軍人の考える作戦ではない。こんなにも確実性の低い作戦を思いつくのは、英雄志望の間抜けくらいだろう。

それでも、ビクトリア基地の将官達はこの作戦を実行した。それは何故か?

答えは一つ。これがもっとも多くの人間を撤退させられる可能性がある作戦だからだ。

彼らはすでに敗北者だ。本来守り抜かなければいけなかった基地を捨てて、敵から逃げ出してきた。

この時点でまず、基地を放棄したブリットはある程度の責任を負う事になる。たとえ、敵がどれだけ強大でもだ。

兵士達にも、単なる敗北以上の苦渋を味合わせることになる。たとえ作戦の内だとしても、自分達の職場であり誇りでもあった基地を明け渡すことになるのだ。それが悔しくないはずがない。後で取り戻せばいいというのも詭弁でしかない。

だからこそ、唯一残った命だけは持ち帰らなければならない。

どれだけ無茶苦茶だろうが、無様だろうが、生き残らなければならない。

その気迫が、「作戦未満」を「作戦」へと押し上げた。

 

「しかし……ロシア閥は流石と言うべきか」

 

強襲に参加したデルタ小隊の隊長を努める兵士は、自分と同じように、いやそれ以上に苛烈に敵部隊と戦っている部隊を見て呟く。

旧ロシア地区出身の彼らの鬼気迫る戦いぶりは、味方を奮い立てるどころか萎縮させかねないものだった。誰も彼もが死にもの狂いで戦っているからそれがわからないだけで。

見習おうとはいかないが、負けてはいられない。自分もやることをやらねば。

混沌とした戦場の中で沈黙を保つ”重防護型テスター”に近づく。

多くの敵戦力を引きつける危険な役割をこなした『偉大な鉄塊』だが、その有様は酷いものだった。シールドは弾痕のない箇所の方が珍しく、右腕は千切れてケーブルが垂れ下がっている。

それでも中のパイロットは生きて救難信号を発していた。まったく、呆れた防御力である。

 

「無事か?」

 

『なんとかな。機体に助けられた』

 

「それならよかった。ほら、さっさと降りてこい。少なくともこっちを狙ってる敵はいない」

 

『ああ』

 

呼びかけに応じて”重防護型テスター”の胸部ハッチが───開かない。ピクリとも動かないのではなく、途中で何かがつっかえたような動きだ。

 

『……すまん、フレームが歪んでハッチが開かない。外からこじ開けてくれないか』

 

「装甲よりも先にフレームがおしゃかになるたぁ、どんな機体だそりゃ……」

 

この鉄塊といいあの戦車といい、無茶苦茶やるのはZAFTの特権だと最近は思えなくなってきた。

デルタ1はその後、10分掛けて歪んだハッチをこじ開けてパイロットを救出することになったのだった。

 

 

 

 

 

『敵第2防衛ライン確認。これより、攻撃態勢に入る』

 

「了解。敵MS隊に照準合わせ。───発射」

 

3号車車長、ヘルマン中尉の号令に合わせて発射された砲弾は、狙った”ジン”からわずかに逸れて近くの地面に着弾する。

ヘルマンは舌打ちをするが、すぐさま狙いを付け直す。『即断即決』を信条とするヘルマンは、一つの失敗の原因解明と反省の素早さにおいて部隊内トップの能力を誇っている。他の仲間への気遣いを忘れないマメさもあり、”ノイエ・ラーテ”車長に選出されたことに反対する者はいなかった。

普段は部下の前で舌打ちなどしない彼だが、そんな彼でもプレッシャーに飲まれるということなのか。無理もないと3号車の操縦手は考える。

こんな状況で普段通りに振る舞える人間などいるものか。

 

「すいません!」

 

「全弾命中など最初から考えていない、次に集中しろ。……マニューバパターン14。やるぞ」

 

「「イエッサー!」」

 

失敗を引きずらず、次の行動に目を向けさせる。思考を止めた者から死んでいくのが戦場であるならば、ヘルマンの下について戦える者は幸運と言って良い。

”ノイエ・ラーテ”3号車がジグザグに動き始めたのと同タイミングで、他の2両もジグザグに動き始める。

考えることは一緒か。ヘルマンは口端をわずかにつり上げる。

 

「目標、前方の”ジン”。───()()()()()()()()()

 

「お任せを!うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

雄叫びを上げながら、標的とされてしまった”ジン”に接近する。当然”ジン”もその手に持ったショットガンで攻撃するが、元からMSの攻撃に晒されることを考慮して設計された”ノイエ・ラーテ”の正面装甲に有効な筈もない。

健気にすら思える抵抗(銃弾)を弾きながら接近する。このままいけば”ノイエ・ラーテ”と”ジン”は激突することになるだろう。

当然、”ジン”は回避を試みる。正面から撃破することを諦めて側面や背面から攻撃しようというのだろう。

実際、ZAFTでは戦争初期の経験からMAや戦車を撃破するにはこのような方法が推奨されている。そのことはZAFT兵捕虜を尋問して得た情報で明らかになっていた。

厚い正面装甲を避けて攻撃する、”ジン”のパイロットの判断は正解だ。

間違えていたのは、”ノイエ・ラーテ”に対する認識。『対MS戦車』として開発されたこの存在に常識を当てはめようとしたことである。

”ノイエ・ラーテ”と”ジン”の距離が縮まる。”ジン”がカウンターを仕掛ける構えを取る。

 

「今だ」

 

本日、何度目かの『驚くべき光景』が生まれる。

たしかに”ジン”は”ノイエ・ラーテ”の左側面を取ったはずだった。無防備な脇腹に銃口を突きつけているはずだった。

そのあり得ない光景を言葉で表すならば、「戦車の側面に回り込んでいたのに、戦車の正面に立っていた」。

250mmの榴弾×2が”ジン”の胴体を吹き飛ばす。”ジン”のパイロットは最後まで何が起きたかわからないままその命を散らすことになった。

 

「やった!成功した」

 

「気を抜くな。戦闘中だぞ」

 

「はい!」

 

”ノイエ・ラーテ”は両側面に片側4つずつ、合計8つの独立した無限軌道ブロックを備えている。

これは”リニアガン・タンク”にも採用されている機構であり、それぞれのブロックには履帯が破損しても走行可能な高性能モーターを内蔵している他、ユニットと繋がった軸を操作して車高を上げることも出来る。

だが”ノイエ・ラーテ”のそれの数は、ユニット1つにつき”リニアガン・タンク”のものを4つ、合計で32機使用とモンスター級の走行力を誇っている。そして機構が複雑になった代わりに、”リニアガン・タンク”以上の『旋回能力』を獲得していた。

その結果、”ノイエ・ラーテ”は『斜め方向への移動』どころか『一瞬での90°ベクトル変更』さえも可能な戦車となった。

ブロックの1つや2つが機能を停止しても残りで十分に走行可能と、今までの常識を置き去りにする高性能を獲得した”ノイエ・ラーテ”に、『通常兵器地位向上委員会』は大いに期待を寄せていた。

もっとも、戦車に乗って戦えるならどこだっていい『第14機甲小隊』の面々はそのことは特に気にしていない。

戦車がある。戦場がある。戦う。

ヘルマンは戦車も同じだと考えていた。(履帯)がある。(大砲)がある。なら敵を粉砕するのみ。

シンプルで実にすばらしい。

 

「敵空中戦用MSが上空より接近。対空戦闘用意」

 

”ディン”が上空から攻撃してきても、ヘルマンは動じない。完璧ではないが、備えはある。

250mm連装砲の上部に取り付けられた独立砲塔を”ディン”に向けて発射する。

”ディン”のパイロットはさぞかし驚いたことだろう。その砲塔から発射されたのはビームだったのだから。

「理想の兵器」を作るために余念の無い設計者達は、あろうことか近接・対空火器として”イーグルテスター”に搭載された試作ビーム砲と同じものを”ノイエ・ラーテ”に取り付けた。射程の短さは改善されないままだったが近接防御火器としてなら十分な威力のそれが、”ディン”に対して牙を剥く。

しかし”ディン”も伊達に人型でありながら連合空軍と渡り合ってきたわけではなく、連射されるビームを回避しながら”ノイエ・ラーテ”との距離を詰めていく。

”ノイエ・ラーテ”は本来、上方からの攻撃に備えるために上部装甲にPS装甲を用いるはずだった。

しかし、予算不足という世知辛い事情が立ちはだかったことで採用は見送られ、結果上部装甲が比較的脆いという弱点を抱えることになってしまっていた。”ディン”にターゲットされたこの状況は、かなりの窮地と言えるだろう。

それでも、ヘルマンは揺るがない。

どこからか飛んできたビームが”ディン”の主翼に命中し、”ディン”は墜落した(地面とキスした)

おまけと言わんばかりに飛んできたミサイルが”ディン”の背部に命中し、推進材に引火したのか爆発する。

”ディン”を撃破した”スカイグラスパー”のパイロットから通信が入る。

 

『必要だったか?』

 

「助かった、礼を言う」

 

『空は大体片付いた、あとは地上だけだぜ?』

 

そう言い残して、”スカイグラスパー”は別の方向に飛んでいった。

これは朗報だ。敵の空中戦力のほとんど撃破されたのなら、ZAFT側の”ノイエ・ラーテ”を止められる手段はほぼ存在しない。

勝利が見えてきた。とりあえず今の情報を僚機に通達することにしよう。そう考えたヘルマンだったが、次の瞬間、マキシミリアンから告げられた情報に目を見開くことになる。

 

『各車へ通達、”レセップス”級が進行ルート上に回り込もうとしているのを確認した!放置すれば撤退行動に支障が出る可能性がある、直ちに排除に向かえ!』

 

ZAFTの誇る大型陸上戦艦の出現を知らされ、”ノイエ・ラーテ”の乗組員達が思ったことは一つ。

───()()()()だ!

元から立ち塞がる者は殲滅すると決めていたが、まさか”レセップス”級という大物が掛かるとは!

これを撃破して友軍の撤退を成功に導いてみせれば、上層部へ『通常兵器研究の価値』を知らしめることに成功し、「通常兵器地位向上委員会」の目的を達することが出来る。

彼らは遠方の”レセップス”に向けて愛機を走らせた。

その手に栄光を手に入れるビジョンと共に。

 

 

 

 

 

ビクトリア基地

 

『……なんとか、ならんかね』

 

「なりませんなぁ」

 

バルトフェルドはモニターの向こうで深くため息をつくかつての上官を見て、自分もため息をつきたい気分になった。彼、ローデン・クレーメルに抑えられない輩を自分がどうにか出来るはずもない。

彼は連合軍が放棄した基地の占領、その後詰めのために専用の”バクゥ”に乗り込んで前線にやってきていた。

基地内に残されていたトラップが順調に解除されているという報告を聞き、気分良く魔法瓶に入れた特製コーヒーを飲もうとしたタイミングで告げられた凶報───手柄を求めて敵部隊を追撃しに向かった友軍の発生───に、真顔になってしまったのも仕方のないことだろう。しかもそれがパイロット数名の暴走ではなく、部隊の指揮官が”レセップス”級と共に向かってしまったという。

どうしてどいつもこいつも、足並みを揃えられないのか?せっかく作戦目標を達成したのだから撤退する部隊の追撃など()()()()にして戦力の保全に努めるべきだろうに。

 

『加えて、撤退する連合の部隊の中に新型戦車の存在が確認されたらしくてな……。かなり暴れ回っているらしい』

 

「ほう……新型の?」

 

『ああ。”ジン”の火力では到底突破できない装甲と艦砲クラスの主砲を備え、ビーム兵器を使用したという情報も入ってきている。ついでに、従来の戦車を上回る機動性もあるそうだ』

 

「そんな敵と最初に戦うことになってしまった方々には、同情せざるを得ませんな」

 

『そんな敵からの被害を、更に増やすわけにもいかん。悔しいが、私にはいい方法が思いつかん』

 

上官は顔を顰めているが、バルトフェルドは一転してケロッとした表情を見せる。

なんだ、それなら今から慌てて何かをする必要など無いではないか。

 

「それなら問題ありませんよ。()()()()()()()()()()()

 

『なに……?』

 

バルトフェルドは今度こそカップに特製コーヒーを注ぎ込む。

 

「手のひらを返すようで恥ずかしいのですが、自分も『ある程度』の追撃の必要性は認めていましてね。()()に言っておいたんですよ。『後ろからつっついてこい』ってね」

 

『彼女……まさか!?』

 

 

 

 

 

「目には目を、歯には歯を。なら……戦車には戦車をってやつですね。彼女に通信をつないでもらえます?たぶん良い感じの場所にいると思うので」

 

一口。……もう少し、コナを増やしても良かったかもしれない。

自分に出来ることは終わった。後は彼女に任せることにしよう。

 

 

 

 

 

「見えた、レセップス級だ!」

 

モーリッツ達はついに、大魚をその視界に収めた。

周りには”ジン”や”バクゥ”が数機たむろしているが、今更それが何の役に立つというのか。

主砲の有効射程に収めるために、速度を上げていく”ノイエ・ラーテ”達。

もう少しで、手が届く。

 

「1号車より各車、これより敵陸上戦艦への攻撃を───」

 

号令をかけようとしたその時、モーリッツは悪寒を感じた。

ゾワっとしたこの感覚は、戦争が始まってから何度か感じたもの。そして、感じた戦場では例外なく強敵と遭遇した。

これは、殺気だ。

 

「緊急停車!」

 

咄嗟の指示が届き、”ノイエ・ラーテ”達は停車する。その直後。

 

ドオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっっっっっ!!!!!

 

とてつもない衝撃が、”ノイエ・ラーテ”前方に発生した。あのまま走らせていれば、直撃していたかもしれない。

レーダーにはこちらに接近してくる敵と、その名前が映し出されている。

 

ZMT-X1 Prototype Fenrir

 

「……ここにきて、『深緑の巨狼』の登場か」

 

『どうする、モーリッツ?』

 

ためらいは一瞬。モーリッツは決断した。

 

「当然、撃破する!”フェンリル”などとは言っているが、宇宙育ちが作ったものなどより我々の作りあげた戦車のが強いということを見せつけてやれ!」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

戦車とは、時代に置いていかれた者。

戦車とは、敗北した者。

しかし、ここに集ったのは『戦車をもって新たな時代を切り開かんとした者達』。

両者の出会いは何を生み出すのか。




おかしい……ガンダムのssなのに戦車が大活躍している……。
いちおう、”ノイエ・ラーテ”諸々の解説をば。



ノイエ・ラーテ
移動:7
索敵:B
限界:160%
耐久:180
運動:12

武装
主砲:150 命中 60 超間接攻撃可能
機銃:60 命中 60
ビーム砲:80 命中 40

連合軍の「通常兵器地位向上委員会」が主導して開発した新型戦車。
見た目は61式戦車5型をアップサイジングし、履帯を8つの走行ユニット化した感じ。走行ユニット1つにつき、リニアガン・タンクの走行ユニット4つが使われている。
「MSを正面から打倒する」ことをコンセプトに設計され、主力戦車であるリニアガン・タンクよりも2周り大きなサイズの「重戦車」となった。
対MS、特にバクゥを仮想的として設定しており、直線速度であればバクゥにも引けを取らない。
主砲はダニロフ級イージス艦が備えている250mm連装砲をノイエ・ラーテ用に調整して搭載しており、火力面は機動兵器として現状最強クラス。
その他にも、イーゲルシュテルンの弾規格を流用した同軸機銃やイーグルテスターのものと同型のビーム砲を近接火器として備える。
装甲もMSの平均的な火力では突破不可能。唯一、薄く作らざるを得ない上部装甲にPS装甲を用いる予定だったが、予算不足で断念された。

製造コストと運用コストがリニアガン・タンクよりも増加したため、大量生産には向かない。しかしMSとは違う方向で有益なデータが獲得できたため、少数生産や後継機の開発、リニアガン・タンクへのフィードバックなど様々な発展プランが検討されている。
また、ビクトリア攻防戦での運用データを元に一部の技術者が「大型MAによる強攻」という戦術の有効性を検証することになった。
この世界におけるザムザザーやゲルズ・ゲーといった大型MAの始祖として位置づけられる。

『モントゴメリー』様のリクエスト。
これを見たとき作者は「これは通常兵器の技術で作られたMAだ」という感想を得た。たくさん並べるには劇中で金がかかるし、ビクトリアで採用したリクエスト案の中では一番活躍のさせ方に悩んだ。
結果、少数生産して敵の防衛線を強攻突破、味方の道を切り開くための兵器という形で登場させることになった。感想欄では「WW1に回帰した運用」と言われたが、正直これ以上の運用方法があるなら教えて欲しい(切実)。

というわけで、第2次ビクトリア攻防戦も次かその次で終結です。
大規模戦闘というものへの理解不足から、描写や設定が杜撰な箇所が多くて、すごく反省点の多いパートでしたが、もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。

果たして、フェンリルとノイエ・ラーテ、最後に残っているのはどちらか?

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第43話「第2次ビクトリア攻防戦」その5

前回のあらすじ
バルトフェルド「化け物には化け物をぶつけるんだよ!」

現段階でのスミレさん(フェンリルのパイロット)のステータスを乗っけておきます。

スミレ・ヒラサカ(Aランク)
指揮 9 魅力 11
射撃 14 格闘 6
耐久 10 反応 9

今回から、スミレさんの乗るフェンリルは制式量産型と差別化するために『プロト・フェンリル』表記になります。


2/13

ビクトリア基地 南方空域

 

『隊長、Cエリアの敵の掃討が完了したとのことです』

 

「連中は航空戦の経験はともかく”スカイグラスパー”に乗り慣れていない。念のため移動拠点に着艦してメンテナンスを受けるように返信しておいてくれ」

 

『イエッサー!』

 

「……といっても、ほとんど方はついたがな」

 

もはや敵が存在しなくなった空域で愛機である”アームドグラスパー”を飛行させながら、アダム・ゼフトルは呟く。

大西洋連邦所属兵の彼らは、ビクトリア基地には”スカイグラスパー”運用のアドバイザーとしてやってきていた。”スカイグラスパー”はベース機となった”スピアヘッド”と同様に扱いやすい機体だが、今まで使っていた機体から新型機へ乗り換えるにはそのための訓練がどうしても必要となる。東アジアとユーラシアでの教導を終えてアフリカにやってきたところを、今回の戦いに巻き込まれてしまったのだった。

当初、”スカイグラスパー”に乗り換えたベテラン兵士を擁する空戦部隊はZAFT側に対して有利に戦えていたが、汎ムスリム会議を初めとする親プラント国の参戦と、それによって増大した戦力を抑えきることは出来ず押し込まれるようになってしまった。

今までこちらが押しつけていたはずの「数の利」を逆に味あわせられたことは非常に癪に障ったが、ここを逃げ切らなければその借りを返すことも出来ない。

その憂さ晴らしとまでに、撤退部隊に襲いかかろうとしている”ディン”部隊相手に暴れ回っていたのだが……。

 

「陸のやつらも、中々やるねぇ……」

 

眼下では、昨今ほとんど見られない光景が作り出されていた。

大地を踏みならすキャタピラ、轟く轟音、衝撃で軋む装甲。

鋼鉄の塊(戦車)殺意(砲弾)を撃ち合う光景など、今時実戦で見れるものではない。

アダムは少しだけ、その戦いを地上で見ることの出来ないことを残念に思った。───なんとなく、これより後にあのような戦いが見られる気がしなかったから。

 

 

 

 

 

『ファ○ク!どこにどれだけ目がついてりゃ、今のを避けられるんだよ!』

 

「ジェイコブ、落ち着け!数の上ではこちらが有利なんだ、慌てることはない!」

 

『……本当にあれは戦車なのか?』

 

現在、”ノイエ・ラーテ”3両は突如表れた”プロト・フェンリル”と戦闘状態にあった。

サイズは同等、火力も互いに互いの装甲を突破出来るだけのものがあるのは理解している。であれば、よほどの腕の差がなければ勝敗は決したようなものである。

にも関わらず、彼らの戦いは拮抗状態にあった。たしかに、”プロト・フェンリル”のパイロットの能力は優れている。『深緑の巨狼』と呼ばれる力は伊達ではない。

しかし、それは他と隔絶するほどの力ではない。互角の戦いになっているのには理由がある。

 

『モーリッツ!”レセップス”に逃げられる!』

 

「わかっている!……っくぅ!」

 

”レセップス”を追撃しようとしても、”プロト・フェンリル”はその隙を見逃さずに必殺の1撃を撃ち込んでくる。そのせいで”レセップス”と”ノイエ・ラーテ”隊との距離は開いていくばかりである。

”ノイエ・ラーテ”の勝利条件は『”レセップス”の撃破による撤退部隊の安全確保』。一方、”プロト・フェンリル”の勝利条件は『ノイエ・ラーテの撃破によるレセップス撃破阻止』。

ここで”プロト・フェンリル”を撃破しても、”レセップス”を撃破出来なければ意味がないのだ。かといって”プロト・フェンリル”を素早く撃破して”レセップス”を追撃しようにも、”プロト・フェンリル”のパイロットは回避に専念し始める。

良い兵士とは自分達の勝利条件を間違えず、ベストの行動を取り続けられる存在である。その点”プロト・フェンリル”のパイロットは、ここで”ノイエ・ラーテ”を引きつけておくことが自分の勝利に繋がるということがわかっている。

スタンドプレーの多いZAFTにも、あれほどの兵士がいるのか。

モーリッツは敵であるにも関わらず、”プロト・フェンリル”のパイロットに対して敬意を持った。

 

 

 

 

 

「残念、外れ……!」

 

スミレは爆走させていた愛機を急カーブさせる。直後、近くの地面に敵から放たれた砲弾が突き刺さる。

正確な射撃だが、実戦経験の少なさが垣間見える。いくら正確でも、それだけなら避けるのは難しいことではない。といっても、今の時点でスミレは手一杯だ。敵に増援でも来れば、自分ではすぐにやられてしまうことだろう。

 

「……!」

 

急停止。目の前に敵弾が着弾。息をつく暇もなく再発進。停車していた場所に別の敵からの攻撃が突き刺さる。

スミレは恐ろしいほどの反応速度で、3両の新型戦車からの攻撃を回避し続けていた。”プロト・フェンリル”が『1人乗り』だからこそ出来る技である。

大抵の戦車を満足に動かすには、最低でも3人は必要だ。操縦手、砲手、そして車長。もっと複雑なものになればここに通信手が追加されることもある。

しかし、一つの機械を複数人で動かすには『あるもの』が発生する。車長の命令が他のメンバーに伝わり、実行に移されるまでに発生する『あるもの』、すなわちタイムラグ。

こういう場合タイムラグは、乗組員同士での連携強化やそれぞれの熟練によって縮めていくことも出来る。

それに対して、”プロト・フェンリル”はなんと1人乗り。操縦、砲撃、通信。それらを1人でこなさなければいけない。

普通なら扱いきれずに自滅するのが関の山。───普通なら。

スミレ・ヒラサカはこの”プロト・フェンリル”を満足に扱えるだけの能力があった。その結果、戦車を動かす上で必ず発生するはずのタイムラグが発生せず、段違いの反応速度で走らせることが出来る。

1秒にも満たないわずかな時間でも戦場では命取り。他の戦車に存在しない特性とパイロットの能力が優れているが故に、スミレ・ヒラサカと”プロト・フェンリル”は『深緑の巨狼』と呼ばれるようになったのだ。

それでも、この状況を続けるには苦しい物がある。スミレはレーダーをチラリと見た。

”レセップス”は連合の撤退部隊に近づいている。護衛のMS部隊もそれなりにいるから、戦闘になってもそれなりに敵へ被害を与えることは出来るだろう。

まったく、さっさと帰ればいいものを。どうせ自分が助けにきたことも「出来損ないの戦車もどきが身を挺して自分のために時間を稼いでくれる」などと都合良く考えているに違いない。

そして、戦闘が終わればいかにも自分が勇ましく戦ったかをアピールするのだ。

はっきり言って助けたくなどない。そのまま囲まれて袋だたきにでもなって欲しい。

が、そんな奴が乗っている”レセップス”は国力に乏しいZAFTでは貴重な大型陸上戦艦。そして護衛についているMSだって大切な戦力なのだ。見捨てればZAFTの勝利は遠のく。

 

「負けられない……負けちゃいけないのよ、あたし達は!それをわかってない!」

 

調子に乗るなら、乗れば良い。成果を求める、大いに結構。

しかし、自分の行動が周りにどういう影響を及ぼすかを考えたことがあるのか!?お前の判断で失われたものが、どれだけの価値があるのかを理解しているのか!?その対価として得られた物に、どんな価値があるのだ!?

大きな怒りを抱きながらも操縦に支障が出ていないスミレ。また1発、敵からの攻撃を避ける。そして彼女は目を細めた。

これまでの分析と自分の勘が確かならば、そろそろ敵は『大きな何か』を仕掛けてくる。そう考える根拠は、敵側の『阻止限界点』だ。

敵の走行速度を考えれば、あと少しでレセップスが撤退部隊に追いつくよりも先に撃破することが難しくなる。

艦砲クラスの砲を備えていても、”レセップス”側が乱戦に持ち込めば誤射の可能性が生まれ、戦いづらくなる。

自分も同じような物に乗っているからわかる。あれらの兵器を一番上手く運用する方法は、前方に敵だけが存在している状況が一番なのだ。

 

「もうちょっとだけ付き合ってもらうわよ、後輩」

 

地球(本場)で作られた兵器に対して、宇宙で作られた戦車にもMSにもなりきれない半端物が掛ける言葉ではない。おそらく、乗っている兵士達もスミレより年上しかいないだろう。

だが、こっちの方が長く走ってきた。多くの敵を撃ち抜いてきた。自分は未だ、お前達よりも先を走っている。

生き残りたいなら、勝ち残りたいなら自分の先を行ってみろ。

 

 

 

 

 

スミレの予想は正鵠を射ていた。

”ノイエ・ラーテ”の最大速度を発揮しても撤退部隊に被害を出してしまう『阻止限界点』までの時間は、ほとんど残されていない。

今のように砲撃しては躱し、砲撃しては躱しを繰り返し続けるわけにもいかない。もっとも、そうなるように立ち回った”プロト・フェンリル”のパイロットも流石だ。

時間はほとんど残されていない。モーリッツが有効な手段を探っていると、ジェイコブからの通信が入る。

 

『なあ、モーリッツ。ひょっとして、()()ならいけるんじゃねえか?まだあいつには見せてないだろ?』

 

『あれ……まさか』

 

「たしかに、まだあれは見せていないが……あからさま過ぎてバレるんじゃないか」

 

『ああ、確実にバレる。だからこそ、一工夫ってやつさ』

 

ジェイコブの話す作戦は、非常にリスキーなものであった。ともすれば、なんてものではない。確実に自分達の中から犠牲が生まれる、そういう類いだった。

しかし、迷う時間もなければ余地もない。

もともと戦争の中で散ることは覚悟してここまで来た。この作戦が撤退する仲間を救うために今出来る最善の手段であるならば、ためらう必要が存在するわけもない。

 

「わかった。じゃあ───」

 

 

 

 

 

「……来た!」

 

敵戦車からスモークが散布される。自分の周りを囲むようにまき散らされる白煙は、みるみる内に”プロト・フェンリル”を覆い隠してしまった。

このスモークにどんな意味があるのか。レーダーを確認してみれば、”レセップス”の方向へ向かっていく反応が3つ。

スミレは自分が()()()()()()ことを直感した。

スモークで視界を遮り、その隙に本命まで全力ダッシュ。”レセップス”を守るために慌ててこちらが追いかけたところを包囲して撃破。

そうだとわかっていても、放置すれば奴らはそのまま”レセップス”に向かってしまうことだろう。

面白い。スモークに対しての警戒心が緩んでいた自分には腹が立つが、作戦に見事こちらを乗せてきた敵に対して賞賛を送る。

だが、自分もあちらにまだ見せていないカードがある。そのカードを通せるかどうかは、自分次第。

 

「勝負よ……!」

 

 

 

 

 

レーダーには、煙の内から出てこようとしている”プロト・フェンリル”を示す反応が確認出来た。

ヘルマンは口端をつり上げる。どうやらこちらの策に乗ってくれたようだ。もっとも、相手側の立場を考えれば乗らざるを得ないのだが。

 

「掛かったぞ。1号車、いいな?」

 

『もちろんだ!』

 

ジェイコブの乗る2号車を先頭として三角錐のような陣形で走行していた”ノイエ・ラーテ”達だが、1号車と3号車はわずかに、かつ徐々にスピードを落としていく。

煙の中から出てきた敵機を2号車が引きつけ、1号車と3号車が敵を挟撃。撃破した後に3両で”レセップス”を追撃。その場で組み上げた作戦にしてはそこそこなものではないかと思う。

それに、万が一この作戦が失敗した時のための()()も掛けている。

 

「来い……来い……」

 

徐々に近づいてくる”プロト・フェンリル”の反応。煙から出た瞬間に1号車と共に挟み込み、撃破する。

士官学校ではこんな戦い方を教えられたことはない。たった1機の強大な敵を撃破するために作戦を組み上げる、実行する。

この部隊に来てから、退屈することはなかった。

戦車のどんなところが素晴らしいだとかを延々と語ってくる戦車バカ。

”ノイエ・ラーテ”ならどんなことが出来るか、どんな風に戦えるかを熱論する戦車バカ。

───そして、そんなバカどもに感化された戦車バカ。

 

「カウント5、4、3……」

 

まだ、戦い足りない。これからも、このバカ共と戦場を駆け抜けたい。

こんなところでは、終われない。

必勝の覚悟を決め、カウントを進めていく。

 

「2、1……撃て!」

 

煙の中から、”プロト・フェンリル”が表れる。しかし、そのタイミングは完全に予測されていた。

1号車と3号車、2両の”ノイエ・ラーテ”から放たれた砲弾は。

その深緑の車体に。

───突き刺さることはなかった。

 

「───なんだと!?」

 

間違いなく、直撃するコースのはずだった。”プロト・フェンリル”が直前である行動を取らなければ。

煙から出る直前に”プロト・フェンリル”はモビルモードに変形、車体に格納されていた人型を露出した。普段は突撃砲、つまり砲塔を旋回させることが出来ない”プロト・フェンリル”だが、この形態に変化することで砲角を操作することが出来るようになる。

その形態になって何が出来るのか。何をしたのか。

”プロト・フェンリル”は、自分の前方の()()に砲弾を撃ち込んだ。タンク形態では不可能な砲角で撃たれた砲弾は地面を吹き飛ばし。

───”プロト・フェンリル”の走行を乱した。

簡潔に言えば、「目の前の地面をわざと荒し、”プロト・フェンリル”の機動を不規則なものにした」。それだけのことである。

しかし不規則なものとなった“プロト・フェンリル”の走行を、正常な軌道で走行するものと予測していた”ノイエ・ラーテ”が捉えることは出来ず。

逆に、”プロト・フェンリル”は乱れた勢いを利用して3号車に近づいてくる。

 

『1号車、逃げろ!奴は───』

 

「クソ、回避だ!仕掛けてくるぞ!」

 

「だめです、間に合いません!」

 

意表を突かれたこともあり、操縦手は咄嗟の対応が出来ない。ここに来て経験不足が仇となったか!

近づいてきた”プロト・フェンリル”、その人型の左腕には武器が握られている。

ヘルマンにはその武器の形状が正確に理解できた。

あれは、”ディン”にも装備されているショットガンだ。

だが、ノイエ・ラーテの側面装甲には”ジン”のライフルに耐えるだけの防御力が備わっている。一撃で突破出来るだけの攻撃力を備えているとは思えない。

そう考えていたヘルマンだったが、近づいてくる強敵がその程度のことに感づいていないなどとどうして言えるだろうか、と考え直す。

MS用ショットガンで”ノイエ・ラーテ”の装甲を突破する。それを可能とする方法。

ある。たしかにある。だが、もう遅い。

既に、”プロト・フェンリル”はターゲットを終えていた。

 

(見通しが、甘かったか───)

 

今まで感じたどんなものより大きな衝撃を感じると同時に、ヘルマンの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

”プロト・フェンリル”が発射したショットガンには、通常の散弾ではないある弾丸が装填されていた。

スラッグ弾。本来散弾を放つ武装でるショットガン用に作られた、『バラけない』弾丸。

命中率を重視した散弾では威力が足りない。そんな状況で用いられる破壊力重視で作られたのがこのスラッグ弾である。

今回、”プロト・フェンリル”は火力支援兼MS用移動武器庫としての役割を与えられていた。

撤退部隊の追撃を行なっていたスミレはバルトフェルドから敵の概要を聞き、その時”プロト・フェンリル”で牽引していたウェポンラックからこの武装を持ち出し、格納していたのだった。

結果、敵戦車の1両に致命打を与えることに成功。装甲の貫通は確認出来なかったが、動かなくなったその様子を見れば安心してもいいだろう。

 

「『均衡は崩れた』!そして!」

 

タンク形態に変形し、突出していた敵戦車に狙いを付ける。

スミレは、モーリッツ達の狙いを完全に見切っていた。”レセップス”を狙っているように見せかけて煙から出た瞬間に狙い撃ってくることを。

そして、隠された()()()()()()()も。

 

「これで詰みよ!」

 

万が一”プロト・フェンリル”を撃破出来なかった時も、突出した車両を1両であろうとも”レセップス”へ向かわせるだけの時間を稼ぐ。

そう、隠された狙いとは『たった1両の決死隊を本命へ向かわせるための時間稼ぎ』。

これまでの戦い振りを見れば、おそらくやれる。たった1両であっても”レセップス”に肉薄することが出来るだろう。

スミレが目標を達成するには、突出した車両を撃破する必要がある。しかしそれを挟撃した2両が阻む。

敵の策を突破するために、目の前の地面に砲撃して自分の動きを乱す。動きの乱れた愛機を乗りこなして、挟み込むために減速していた敵車両に急接近し、スラッグ弾をお見舞いする。

全て、スミレの思い描いていたもの。

もし敵の砲撃を躱せなかったら?愛機を乗りこなせなかったら?スラッグ弾が敵に有効でなかったら?

そんなことは考えない。考えてる暇はない。

それになにより、スラッグ弾が通じるかどうか以外はスミレにとって意味のない思考だ。

()()()()()()()。その確信があった。そして、それが出来るからこそ『深緑の巨狼(エース)』と呼ばれるようになったのだ。

そして、スミレは突出した車両に対して狙いを付けた。

命中すれば、敵はたった1両を残すばかり。”レセップス”の安全を確保した上で、じっくり敵を撃破することが出来る。

無茶な動きをしたことで、走行は未だに乱れている。しかし、それでもこの一撃は命中する。命中させられる。自分には出来る。

確信と共に、トリガーが引かれる。

 

 

 

 

 

『終わらせない!』

 

 

 

 

 

突如として、スミレの前に土砂が舞い上がった。挟み込んでいた2両の内、”プロト・フェンリル”に攻撃されなかった方が前方に砲弾を撃ち込んで妨害を試みたのだ。

スミレはそれに驚くが、トリガーを引く指は止まらない。

発射された砲弾。それは”レセップス”を追う敵戦車へ───。

 

「……はずれ」

 

先ほどまでの必中の確信は、失中の確信へと変わった。

砲弾は敵戦車に向かわず、わずかに逸れてどこかへ飛んでいった。

”プロト・フェンリル”は砲撃によってめくれ上がった地面の上を走行したことで動きに乱れが生まれ、減速をかける。

態勢を整えてレーダーを確認する。スミレは息を飲んだ後、ため息をついた。

 

「抜かれたかぁ……。隊長許してくれるかなぁ」

 

敵戦車が1両、阻止限界点を突破。”レセップス”の方向へ向かっていくのが確認出来た。

そして、そこに残存したもう1両が立ち塞がる。

もう自分ではどうやっても、あの敵を追うことは出来ない。

たしかに1両、敵の戦車を撃破することは出来た。しかし、たとえこれが100両の戦車の撃破だったとしても、自分は敵を防衛目標に向かわせてしまった。どれだけの戦果を挙げたところで、目標の達成に失敗したことには変わらない。

自分は、目の前の戦車達に敗北したのだ。

 

「いや、まあ別にいいけどさ。よく考えたら1両程度なら護衛部隊で返り討ちだろうし?流石にそこまで無能じゃないでしょ」

 

見事な負け惜しみである。スミレの直感は、『あの戦車なら単独でも”レセップス”を撃破し得る』と言っている。撤退する敵を追撃するボーナスゲームとでも思ってるアホと命を賭けて味方の撤退を支援する勇士。モチベーションの違いも明らかだ。

おそらくこの戦闘が初の実戦であるはずの『後輩』にしてやられたのだ。それくらいは言ってもいいだろう。

スミレは、胸の内から湧き上がってくる感情を抑えきれない。

自分の妨害をかいくぐって目的を達した敵への賞賛、自分の目標を失敗に追い込んでくれた敵への怒り。

そして。

ようやく訪れた()()()()()()()()()

敵も理解していることだろう。今から自分(プロト・フェンリル)を通しても間に合わない。

つまり、両者ともに。

何の気兼ねもなく戦える状態にあるのだ。

 

「最初に見たときから、ずっと思ってたのよ。どっちが強いのかって」

 

システムに異常は見られない。砲弾の残りも十分。

相手も覚悟を決めたのか、こちらの側面に回り込むように走り出す。当然そんなことを許すわけがなく、こちらも走り出す。

 

「ちょうど、お互い面倒な縛りがなくなったわけだしさ」

 

”プロト・フェンリル”が走行ユニットを操作してちょうど正面に敵が来るように調整し、”ノイエ・ラーテ”が砲塔を旋回させて敵を照準に捉える。

 

「ガチンコで、やりあおうじゃない───!」

 

返答は、砲撃によって返された。




あと、たぶん2話くらいでビクトリア基地編が終わります。たぶん。

あとノイエ・ラーテの描写について。
本来であれば、スミレさんはこの3両に撃破されてます。いくらスミレさんがAランクまで育ってるからって、性能ほとんど同じなのに一対三で勝てるわけがないですから。
今回ここまで拮抗したのは、互いの状況の違いです。
ノイエ・ラーテがどうにかしてレセップスに追いつかないといけないのに対して、プロト・フェンリルはただ足引っ張って時間稼ぐだけでいいんですから。圧倒的に条件が緩いんです。
次回こそ、完全に対等な条件でのタイマン回となります。
彼らの未来はどうなるのか。どちらが勝つのか。
お待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第44話「第2次ビクトリア攻防戦」その6

前回のあらすじ
スミレ「タイマン張らせてもらうぜ!」




2/13

ビクトリア基地 南方

 

「ダメです、射線から離脱しきれません!」

 

「クソ、流石『深緑の巨狼』……食いついたら離れないというわけか!」

 

走行ユニットが激しく駆動し、地面に履帯の痕を刻み込む。そうして出来た履帯跡を、別の車両が踏みならしていく。

現在、”ノイエ・ラーテ”1号車は”プロト・フェンリル”に追いかけられながら戦っていた。俗に言えば、「ケツを取られた」ということになる。

”プロト・フェンリル”が明確に”ノイエ・ラーテ”を初めとする連合製戦車に劣る点として、「タンク形態では砲塔を旋回させられない」というものが挙げられる。

例えば機体の真横に敵が陣取った場合、”ノイエ・ラーテ”が砲塔を旋回させるだけで主砲を向けられるのに対し、”プロト・フェンリル”は同じ事をする為にわざわざ車体を動かす必要がある。どちらがよりスムーズに行えるかは明らかだろう。

かといって砲塔を真横に向けられるモビル形態では車高が高くなり、砲撃の安定性を欠く。なにより、モビル形態はMSなどに接近される事態に備えた近接戦モードでもある。戦車同士での戦いではあまり有効ではない。

そのことを理解していたスミレは、”ノイエ・ラーテ”の後ろに回り込むような機動を繰り返した。徹底して背後を狙う”プロト・フェンリル”に対し、”ノイエ・ラーテ”の車長モーリッツは距離を離すために車体を急加速させて”プロト・フェンリル”を引き離しにかかった。

本来なら砲塔を旋回させられないというハンデを負った”プロト・フェンリル”には旋回射撃戦(一点を軸として円を描くように撃ち合うこと)を挑むべきだが、モーリッツの脳裏には一撃で3号車を沈黙せしめたスラッグ弾の存在がちらついていた。

モーリッツ達にとって悔しいことだが、操縦技術では明らかに”プロト・フェンリル”のパイロットの方が上であった。”ノイエ・ラーテ”での実戦経験の薄い自分達よりも自分の機体について理解しているだろう敵なら、不意をついて接近してスラッグ弾をたたき込むことも可能だろう。

そう考えたモーリッツは、スラッグ弾を封じるために距離を引き離しにかかった。

この挙動にはスミレも意表を突かれたが、咄嗟にアクセルペダルを踏み込んで加速。結果、”ノイエ・ラーテ”が”プロト・フェンリル”に追われるという現状が生まれた。

やや”プロト・フェンリル”に有利な状況だが、”ノイエ・ラーテ”も砲塔を180°旋回させて応射している。

あちらこちらを飛び交う250mmと400mm砲弾。丁寧かつ大雑把に量産される弾着痕。なぎ倒される樹木。

そんじょそこらの自然災害を鼻で笑えるのではないかと思わせる破壊の嵐が主戦場から徐々に離れていくように移動していったのは、双方の味方を巻き込まないためか。

それとも、気兼ねなく殴り合うためか。

 

「スモークの残量は!?」

 

「あと一回分です!」

 

煙を巻いて振り切ろうにも”ノイエ・ラーテ”はここまで連戦続きで、こういう「鬼ごっこ」に有効な煙幕弾の残弾も残り1回分しかない。

数が限られたカード、使いどころを間違えればそれが敗北に直結する。そんなギリギリな状況だというのに、モーリッツは胸が高鳴っていくのを感じていた。

 

(とんでもない強敵と追いかけっこして、一発でも当たったらお終い。たとえ勝ったとしても無事に本隊にたどり着ける可能性も低い。なのに、なんで俺はワクワクしてるんだ?)

 

まるで、ジュニアハイスクールに通っていたころ家の近くに引っ越してきた女子大学生を見た時のような。いやいや、流石にあれと比べるのは違い過ぎる。

だけど。だけども。それ以外の何で表現出来るだろうか。

撃って、撃たれて。走って追われて、避けて避けられて。

こんな燃えるようで、もどかしい感覚。それこそ『(殺意)』以外に言い表せるだろうか!

 

「なあ、お前ら!お前らはどうだ!今俺はワクワクしてるが、お前らはどうだ!?」

 

「砲弾がかすめる度に、絶頂しそうになりまぁす!」

 

「徹甲弾でも榴弾でもいい!早くあれにぶち込ませてくれ車長!」

 

『指示を!あいつをぶっ殺せと命じろ!』

 

「ぶっ殺せ!完膚なきまでたたきのめし、あいつが最後に見る物を俺達にしてやれ!いくぞぉ!」

 

『アイアイサー!』

 

バカ×バカ×バカ+戦場の兵士のテンション=変態誕生。車長がバカなのに同乗員がバカでないわけがない。

戦車バカが敵の戦車と出会った時に考えることなんて、一つしかないのだ。

『ぶっ殺せ!』だけでいい。

 

「全部をぶつけ合おう!じゃないと、もう俺達は何処にもいけない!」

 

その言葉が敵に対しても向けられていることを、操縦手と砲手は感じ取った。

特に挟むべき言葉はなかった。そんなものは無粋なだけである。

 

 

 

 

 

「ああん、もう!まーたそんな急角カーブとか決めてくれちゃって!ナイスカーブ、それはそれとして当たれ!」

 

そしてこっちにもバカが一人。

戦場と戦争のリアルを知って精神をすり減らす日々を送っていたスミレだったが、本来の彼女は負けず嫌いで男勝り、勝ち気な性格の少女。

ようは、熱くなりやすいのである。

そんな彼女が、「サイズはともかく見た目は正統派、しかもMSと正面からぶつかれる敵戦車」などという存在を目にした時。

しかもそんな敵と余計な枷や条件無しにぶつかれるなんて、そんな状況になった時、どのような化学反応を起こすのか。

 

「あっははははあははははぁ!最高、最高よ!バカの尻拭いのつもりで来たのに、何よこれ、何よこれ!?”バクゥ”よりは鈍いのに当たらない!これが戦車!これが地球!メリー!あたしにこの子(フェンリル)をくれたあなたに感謝ね!」

 

目は血走り、歯を食いしばり、全神経を目の前の敵を倒すために稼働させる。

それでも当たらない。倒れない。まったく、これまで多くの敵を撃ち抜いて築いてきた自信が木っ端微塵だ!

最高だぞお前ら!

 

「今だけは全部、面倒なことを思考からカット!───っとぉ!危ない危ない」

 

テンションを最大限まで引き上げながらも思考は澄み切ったままのスミレ。敵から放たれた砲撃(殺意)を、土砂を巻き上げながら避ける。

見る者がいたなら竦むであろう獰猛な笑みを浮かべながら、スミレはトリガーを引く。

 

「今だけは、あたし()は自由よ。だから……果てるまでやりあいましょう!?」

 

根拠もなく、敵も自分と同じようにこの状況に昂ぶっていることを確信し、言い放つ。今だけは戦い狂いのキ○ガイに成り果てることをスミレは改めて誓う。

放たれた砲弾が敵の車体をかすめた。惜しい!けどラッキー!

まだまだ戦える!ぶつけ合える!

 

 

 

 

お互いに殺し合っている癖に、否、殺し合っているからこそ通じ合う。どちらかが一方的にではなく、お互いに、同じような銃を向け合っているからこそ見える世界。

どこまでも歪な光景だったが、それを指摘する者はどこにもいない。

わかることは、心ゆくまで彼らは戦い抜くだろうということだけ。それだけでよかった。戦士にはそれだけでいい。

そしてこちらにも、戦い抜いた戦士達があり───。

 

 

 

 

 

???内

 

「……んぁ?」

 

ジェイコブはほの暗い空間で目を覚ました。

はて、ここはどこだったか。たしかさっきまで、とても楽しい思いをしていたはずなのだが……。

落ち着け、まずは周囲の確認だ。「ほの暗い」だけで完全な暗闇というわけではない。

そうだ、ここは”ノイエ・ラーテ”2号車の内部だ。右と左の斜めに、操縦手と砲手が座っている。どうやら先までのジェイコブと同じく意識がないようだ。

周囲のモニターを確認するが、何故かレーダー類は機能していない。アンテナが破損でもしているのだろうか。

最後に、外部の映像を映し出しているモニターを見る。

そこはどこかの格納庫のようで、帽子を被った作業員のような男達や緑色の制服を着て銃を構えた男達が……。

 

「ん?緑色?」

 

おかしい。連合軍の制服の中にあのような色のものはなかったはず。そもそもあのデザインと、男達から感じられる殺意は……。

 

「ああ、そういうね。そういえばそうだったわ」

 

ジェイコブは思い出した。

ここは、『”レセップス”の内部』だ。

1号車と3号車が時間を稼いでくれたおかげで、なんとか”レセップス”に追いすがった自分達は、なんとか”レセップス”が撤退部隊と会敵する前に追いついた。

護衛部隊の妨害も『深緑の巨狼』と比べたらそよ風のようなものであったが、弾薬の残りも少ない中でどのように”レセップス”を落とすかとジェイコブが考えていた時だった。

たしか砲手が、

 

「発進用ゲートを狙いましょう!あそこは構造上、脆くなってるはずです!」

 

と言ったのを聞いて、たしかにその通りだと納得して実行に映した。

”レセップス”級は正面のメインゲートを含めて15もの発進用ゲートを備えているため、その中でも特に中央に近い側面に主砲を発射した。

結果命中したゲートは大破、爆発によって大穴が空いた。

そこで何をとち狂ったのか、ジェイコブは「穴に飛び込め!中から吹き飛ばしてやる!」などと指示を出した。

映画の見過ぎと笑われるような指示だが、生憎その場に異を唱えるような無粋者は存在していなかった。

そのままの勢いで飛び込んだは良いが、車体のどこかが突っかかったようで、すっぽり穴にはまるような状況に陥ってしまった。

その時の揺れで、全員気を失っている間に周囲を艦内の兵士に取り囲まれた、ということらしい。

結論:大ピンチ。

 

「あー……こりゃもう無理だな」

 

ジェイコブは恐ろしいほどあっさり、生還を諦めた。

たぶんこの状況から抜け出す方法はないし、あったとしても周りに待機してるだろうMSから逃げ切れるとは思えない。

それに加えてZAFT兵の無法ぶりについては有名だ。投降した連合兵を虐殺したなんて噂もあるくらいだし、ここまで暴れた自分達を許すわけがない。もしくは”ノイエ・ラーテ”の情報を得るために尋問という名の拷問が待っている。

だがまあ、目標は達成してるから問題ないだろう。目覚めてから今に至るまで振動を感じない、ということは現在この”レセップス”は停止しているということであり、進行を止めることに成功したということだ。

あとは、どのように散るか。

 

「おい、おい。起きろお前ら」

 

操縦手と砲手が目を覚まし、周りの状況を確認する。

二人とも目を点のようにしてジェイコブの顔とモニターを見比べるが、やがて肩から力を抜いてシートにもたれかかる。

 

「あっちゃ~、やりすぎちまいましたかね?」

 

「『空いた穴につっこめ!』って言ったどこかの誰かさんもそうですけど、それに悪ノリした俺達も俺達でしたな」

 

「目標は『何がなんでも”レセップス”を止める』だろ?俺は車長として一番だと思う行動を取っただけだ」

 

あっはっは、と笑い合う男達。

思う存分暴れた。連中に一泡吹かせてやった。しかも、味方を救うことも出来たとくれば思い残す事も無い。

 

「……で、どうする?」

 

「やることなんて決まり切ってるでしょ?」

 

「まさか中にいる状態で使うなんては思っていま……したね、ちょっとだけ」

 

彼らは頭の中にある装置の存在を思い浮かべていた。

実験機体や特殊な用途の機体には付きもののそれは、当然この”ノイエ・ラーテ”にも積まれていた。

 

「使うか……自爆装置」

 

この場所はおそらく”レセップス”の格納庫の中。であれば、まだ多少は残っている弾薬も巻き込んで自爆すればかなりのダメージを与えることが出来るはずだ。

 

「俺はこれを確実に起動させるために残るが、お前らはどうする?」

 

「へへっ、イカレタ上官に付き合う部下なんて、様式美じゃないですか」

 

「最後までお供しますよ」

 

まったく、余計なところまでノリのいい連中だ。自ら命を捨てることを決めるキ○ガイは自分一人でいいというのに。

 

「ところで、さっきからうるさいこの通信、どうします?」

 

「開け。ちょっとビビらせてやる」

 

あえて無視していた通信回線を開く。

スピーカーから響いてきたのは、尊大なようでいてどこかおびえた声だった。

 

『自分は”シジウィック”艦長のエルモ・ビートである!ただちに投降し、その戦車から降りてこい!今なら命は助けてやるぞ!』

 

古来からそう言って、実際に助けた例などない。もしくは、助けるような人間だった試しもない。

どうせ”レセップス”をここまでボロボロにした自分達を始末し、残された”ノイエ・ラーテ”を持ち帰ることで艦をボロボロにした過失を補おうというのだろう。

ZAFTにもローデン・クレーメルのように、連合にも知られるまともな軍人はいるが、ここまで典型的なムーブをされると困る。リアクションに。

 

「ああ言ってますけど、どうします?」

 

「昔、訓練学校でアニメオタクの同僚が寮のテレビにアニメを垂れ流してたことがある」

 

「は?」

 

「俺は特に興味も無かったんだが、気に入ったセリフが一つある。───『バカめ』と返してやれ」

 

「あいあいさー」

 

しばらくして、周りの兵士に動きがあった。”ノイエ・ラーテ”にとりついて、外部から強制的にジェイコブ達を引き釣りだそうというのだろう。

おあつらえ向きだ。地獄への道連れは、その人物が敵兵であるならば多い方がいい。

 

「最後に一杯、やりたかったんだがな」

 

「あの世とやらで、好きなだけ飲めばいいじゃないですか」

 

「お供しますよ。あの世なら二日酔いになることもなさそうだ」

 

あのエル・アラメインの戦いの後にこの部隊に配属され、”ノイエ・ラーテ”の開発に携わり、こうして敵地で散ろうとしている。

短いようで濃密で、最高な日々だった。これなら、先に逝った仲間達にも胸を張れるだろう。

俺は最後まで戦い抜いた。最後まで付き合ってくれる部下にも恵まれた。

他にもやり方はあったかもしれないが、反省会はそれこそあの世でやればいい。

 

「グッバイワールド!お先に逝かせてもらうぜ!」

 

そして、ジェイコブは自爆装置のスイッチを押した。

爆発は近づいていたZAFT兵を吹き飛ばし、”レセップス”内の格納庫に甚大なダメージを与えた。

彼らはその命を以て、たしかに任務を達成したのである。

 

(俺はやることやったが、お前らはどうだ?もしも不甲斐ない真似しやがってたら、あの世からたたき出してやるからな?)

 

共に戦った2人の車長へ激励を飛ばし、ジェイコブは炎に包まれながら逝った。

 

 

 

 

 

「部隊の撤退進捗率、80%を超えました!」

 

「まだ20%残っている。まだ気を抜くな」

 

「了解!」

 

マキシミリアン・ランダスは思う。また、部下を失ってしまった、と。

たしかに、この作戦を考案したのは自分だ。目論見通り、相当数の味方を無事に撤退させることにも成功した。

だが、自分の部下達は帰ってこなかった。自分で死地へ送りこんでおきながら悲しむのは滑稽だが、この感覚は忘れられそうにない。

元々『通常兵器地位向上委員会』を結成したのも、以前の部下達の死を無駄にしたくないという思いによるものだった。

たしかに、MSは強力だ。本来宇宙用の兵器であるにも関わらず地上でも高い汎用性を備えている。

今でこそ、それぞれの戦場に特化した兵器───戦車や航空機───で十分対抗出来ているが、汎用性を高めていけばそれらの兵器を凌駕するものが生まれるかもしれない。異星人からオーバーテクノロジーでも供給されたのだろうか?それほどの『発展性』がMSの強みだった。

そのことにマキシミリアンは既に気付いていた。通常兵器ではなく、MSの研究を進める上層部の考え方はけして間違ったものではない。これからの戦場は、MSが主役となる。

しかし、マキシミリアンはそうだとわかっていても組織を結成し、通常兵器の価値をアピールし続けた。

嫌だったのだ。古い、時代遅れの兵器に乗っていたために自分の部下達が死んだなどとは思われたくなかった。

戦車も航空機も、まだまだやれる。その一心だった。

結局のところ、マキシミリアンも古い時代に取り残されていたのだろうか?帰ってこない部下達を思い、歯を食いしばる。

 

「ん?……これは」

 

オペレーターが驚いた声である報告をした。それは、マキシミリアンが今、もっとも求めているものだった。

 

「”ノイエ・ラーテ”3号車の反応です!生きて、帰ってきたんです!」

 

「なにっ、本当か!?」

 

『……ちら、”ノイ……”、……答願う!応答を!』

 

間違いない、ヘルマンの声だ。彼らは帰ってきたのだ!

モニターに映し出された映像には、弾痕や貫通穴が見られるものの、走行してこちらに向かってくる”ノイエ・ラーテ”3号車の姿が映っていた。

後から聞いた話では彼らは『深緑の巨狼』と遭遇し、近距離から攻撃された衝撃で搭乗員が意識を失う事態に陥ったものの、バイタルパート(主要機関)へのダメージは軽微に収まっていたために応急修理し、ここまで撤退してきたというのだ。

他の2両については彼らも知らないというが、ヘルマンはこう言った。

 

「彼らは間違いなく、最後まで戦い抜きました。それだけは確実です。根拠はありませんが、そう感じるのです」

 

なんとなく、それは正しいだろうとマキシミリアンは思った。

あの戦車バカどもは、そういうやつだった。

 

「ヘルマン。……”ノイエ・ラーテ”は、どうだった?」

 

「現時点で『戦車』としては最高です。兵器として、現在の戦況でも通用するものなのは間違いありません。ですが、ZAFTにも”フェンリル”がある以上、圧倒的な性能で居続けることは出来ないでしょう」

 

「そうか……」

 

「だから、研究を続けましょう。MSの研究なら他の誰かがやってくれます。俺達は、戦車がどこまでいけるのかを研究しましょう。きっと、それが許されるだけの成果を”ノイエ・ラーテ”は持って帰りました」

 

ヘルマンの言葉は、マキシミリアンに大きな衝撃を与えた。

そうだ、一回で諦めるようでは軍人失格だ。

今度こそは、次こそは。諦めが悪いと言われようが、知ったことか。

それでも私は戦車を、航空機を作り続ける。そう、決めたのだ。

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「残弾数、3」

 

「エンジンも吹かしっぱなしで、いつ()()火を吹いてもおかしくないですよ」

 

先ほどのチェイスから数分が経過し、現在”ノイエ・ラーテ”と”プロト・フェンリル”はお互いに正面を向いて向かい合っていた。

楽しく激しくチェイスしていた両者だったが、ついに”ノイエ・ラーテ”の走行ユニットの内1機が故障した。

走行に乱れが生まれた”ノイエ・ラーテ”だったが、モーリッツはそれを利用して不規則に蛇行しながら後退した。

要は、先ほどスミレが実行した「わざと車体の軌道を不規則にする」という動作を真似たのだ。

これにはスミレも驚き、緊急カーブを掛ける。一瞬であったが生まれた”プロト・フェンリル”の隙をついて軌道を安定させ、ついに車体正面に”プロト・フェンリル”を捉えることに成功した”ノイエ・ラーテ”。

だがそれは、”プロト・フェンリル”にとっても同じことだった。お互いに砲塔を向け合う、『時代遅れの怪物』達。

ここまで散々撃ち合い、避け、受け止めてきた両者にはわかっていた。───次の一撃が、お互いに最後の攻撃となるということを。

弾があるまで戦い続けられる、そんな兵器は存在しない。無限のエネルギーがあってもだ。

兵器とは、もっと言えば機械とは、連続で使い続ければ続けるほど消耗し、壊れていく。もう履帯は千切れる寸前だろう。それだけの戦いをしてきた。

いつまでも、戦っていたかった。不思議なことに、目の前の強敵のことがたった数時間の戦闘で何もかも理解出来たような感覚さえある。

それでも、終わらせなければならない。自分達は、どちらが勝つことになっても未来へ進まなければならないのだから。

 

「……とどめを掛ける。回り込み、合図と共に『ハーフクロック』だ」

 

「了解」

 

『ハーフクロック』。それは”ノイエ・ラーテ”が今まで一度も見せなかった『決まれば』必殺のマニューバ。

今の”ノイエ・ラーテ”に出来るかという疑問は、考えさえしなかった。

俺の、俺達の作った”ノイエ・ラーテ”は最強だ。たとえいつか、いや、ひょっとすれば今この時、時代においていかれるとしても。

今この時だけは、黒鉄の城にも宇宙戦艦にも負けない最強の兵器なのだ。

ならば、必ず出来る。

 

「───いくぞ!」

 

『アイアイサー!』

 

かけ声と共に、”ノイエ・ラーテ”は動き出す。

それに合わせたかのように”プロト・フェンリル”も動き出した。

お互いに円を描くように、かつ互いに近づきながら同じタイミングで砲弾を撃ち合う。残り2発。

彼我の距離はどんどん近づいていく。またも同じタイミングで撃ち合う。残り1発。距離が縮んでいくことで、互いの砲弾が装甲にかすりあう。

そして、距離が無くなり───。

 

「加速!」

 

ゼロ距離で砲弾を放ち合うかと思われた両者は、しかし。

”ノイエ・ラーテ”が急加速して”プロト・フェンリル”の脇を通り過ぎたことで、”プロト・フェンリル”の砲弾が”ノイエ・ラーテ”にかすることもなく飛んでいく光景を生み出した。

 

「『ハーフクロック』!」

 

そのかけ声と共に、”ノイエ・ラーテ”は()()()°()()()した。

時計の針が半周するかのような超信地旋回により、真後ろにいた”プロト・フェンリル”を正面に捉えた”ノイエ・ラーテ”。

 

「撃て!」

 

 

 

 

 

その時の光景を、モーリッツは生涯忘れることは出来ないだろう。

”プロト・フェンリル”は瞬時にモビル形態に変形し、あろうことか()()()()()()()()()()()

前進していた”プロト・フェンリル”はその勢いのまま地面に突き立てられた右腕を支点として旋回。右腕は負担に耐えきれずに異音を立てながら粉砕したが。

”ノイエ・ラーテ”の最後の砲弾は”プロト・フェンリル”に命中することはなく。

モビル形態に変形した”プロト・フェンリル”が、”ノイエ・ラーテ”に主砲を向けていた。

 

「ああ、クソ……」

 

それだけしか、言葉は出てこなかった。

その直後に、”プロト・フェンリル”の砲弾()が”ノイエ・ラーテ”に突き刺さるのであった。

 

 

 

 

 

ビクトリア基地 南方 

 

『エド!たった今、ビクトリア基地からの撤退部隊の90%が撤退に成功したわ!潮時よ!』

 

「わかってる!ここをかたづけたら、今すぐ……うおっ!」

 

至近に着弾したミサイルの衝撃に、エドワード・ハレルソンは声を漏らす。通信先のレナ・イメリアが心配して声を掛けてきたのに大丈夫だと返事をしたものの、もはや空元気に近い。

彼らは元々、南アフリカ統一機構のケープタウン基地でMS操縦の教導を行なっていた。

そのタイミングでこの戦闘が発生し、彼らはビクトリア基地攻略のためにZAFTが作り上げた仮設拠点や補給線に対しての攻撃による支援を行なっていた。

しかし基地の放棄が決まったことで、その役割は撤退する部隊を支援するために敵部隊を陽動するというものになっていた。

 

「クソ!流石に”イーグル”じゃ限界ってことかよ……!」

 

彼の乗る”イーグルテスター”はエドワードに合わせて調整された専用機だが、流石に激戦の連続をくぐり抜けてきただけあって性能限界が見えてきていた。

エドワードの成長もあり、”マウス隊”でも新しくガンダムタイプの機体を用意することになっていたのだが、それがこの戦いに間に合わなかったのは明らかである。

だからこそ、このタイミングで()と遭遇してしまったのは、紛れもない不幸であった。

 

「新たな敵性反応接近……あれか!」

 

 

 

 

 

「ようやく見つけたぜ、『赤壁』」

 

改変された運命。変わりゆく運命。

その影響が、エドワードに襲いかかろうとしていた。

運命を撃ち抜いた魔弾。その名は。

 

「今日こそ決着を付けてやる!この”シグー・ディープアームズ”でなぁ!」

 

ミゲル・アイマン。死の運命を乗り越えた『黄昏の魔弾』が、ビームを放った。

 

 

 

 

 

隠しイベント「ミゲル生存」 発生

・条件

「ヘリオポリス襲撃」までにミゲルがAランクまで成長




詳しいことはまた次回。
次でようやく、ビクトリア基地編も終了です。

もう少し、付き合ってください。


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第45話「第2次ビクトリア攻防戦」終

前回のあらすじ
ユージ「ついに感想欄で影が薄いと言われるようになりました。オリ主です」

読者諸君!
FGOと艦これにかまけていたら、更新速度が低下してしまうぞ!
これから2次創作なりなんなりを執筆しようと考えている人は要注意だ!


2/13

ビクトリア基地 南方

 

「クソっ、加減しやがれあの野郎!」

 

エドワード・ハレルソン、今世最大のピンチ到来。

彼の頭の中には、そんな感じのテロップが爛々と輝いていた。本人的にはたまったものではない。

 

『どうしたどうした!そんなもんか!?』

 

原因は、いきなり襲いかかってきたZAFTのMS。

”シグー”タイプの両肩にビーム兵器を取り付けたその機体は、しかしそれだけではなく、全体的な性能の底上げが行なわれていた。

いくら”シグー”といえども、エドワードにとってはここに至るまで何度も相対し、屠ってきた存在。それにここまで苦戦するとなると、そう考えるのが自然だ。

堅牢な筈の”イーグルテスター”の装甲は、既に所々に焦げ目が付き、隠されていた内部フレームの一部を露出させていた。エドワードの技量があるからこそそれで済んでいるが、そうでなければ既に胴体に風穴を開けられていることだろう。

エドワードには目の前の機体に、否、その機体カラーに見覚えがあった。

燃える夕日のようなオレンジ色。加えて、確実に敵に対してダメージを与えてくるこの戦い方。間違いない。

 

「やはり、まだ生きていたか!”黄昏の魔弾”ミゲル・アイマン!」

 

 

 

 

 

ミゲル・アイマンは、正史では”ヘリオポリス”にてその命を散らしている。

彼は彼の地にて専用の”ジン”ではなく通常の”ジン”で出撃し、キラ・ヤマトの発露した圧倒的能力の前にあっけなく散る。その筈だった。

それが、何故生きて、更に”シグー・ディープアームズ”などに乗ってここにいるのか?

彼は”黄昏の魔弾”の異名を持つほどのエースパイロットであり、任務の達成を優先させたとは言えあの叢雲劾の機体を撃破するだけの腕前を誇っている。その時の戦いで専用の”ジン”を破損したために”ヘリオポリス”では通常の”ジン”で出撃したのだが、もしもこれが本来の乗機であったなら、”ストライク”の奪取を成功させていたのではないか?という説が浮かぶほどの人物である。

ここで本来の歴史ではあり得ないイレギュラー、ユージ達”マウス隊”の影響が発生する。

結論を言うと「ミゲルがエドとの戦闘経験値を貯めた結果、ミゲルが強くなった」ことで、ミゲルの死亡するルートがこの世界から消滅したのである。

具体的に書き記すとこうなる。

 

①ミゲルがエドと『植樹戦役』で戦いまくった結果、MS同士での近接戦経験が貯まった。

②経験が活きて、劾との戦闘時に乗機に損傷を負うことなく劾の機体を撃破することに成功する。(あくまで自機のダメージを抑えられただけで、劾がZAFTの基地を破壊に成功するという結果は変動していない)

③乗機が万全であること、MS戦の経験が揃った結果、キラとの戦闘で命を落とすことなく生還

 

皮肉にもユージが部隊を結成して介入を決意した結果、連合にとって少なからず脅威となるエースパイロットが生存することになってしまったのだった。

”ヘリオポリス”崩壊後に彼は一度プラントに帰還し、第2次ビクトリア攻略戦への参加を命じられることになる。

乗機を失ったミゲルに対し、用意した戦力から見てもまず間違いなく戦闘に勝てると踏んだ参謀本部は、これ幸いにと連合から奪取した”イージス”のデータを用いて完成させた”シグー・ディープアームズ”の実戦テストをミゲルに命じた。

試作機とは言え高性能MSを手に入れ、更にアフリカで『切り裂きエド』の目撃情報があったことを知った彼はウッキウキのウッハウハで地球衛星軌道上までやってきた。

肩慣らしに連合の迎撃部隊を蹴散らした後、彼は意気揚々とアフリカの大地に降り立ち、ようやくエドワードを見つけた。

そして、冒頭の場面に至るのである。

 

 

 

 

 

「なんてもん出してきやがる、あの野郎!流石に”イーグル”じゃ無理だぜ!?」

 

強固な装甲を持つ”イーグルテスター”も、ビーム兵器に対しては余りに脆すぎる。機動性については言う必要もなく凌駕されている。

頑張って両手で構える試作斬艦刀を振るっても、かすりすらしない。このままではジワジワ削られるのを待つしかない。

しかし、転機が唐突に訪れた。

 

『んおっ?』

 

「っ!?そこだ!」

 

いくらミゲルが優秀なパイロットであっても、慣れない機体に乗っている以上ミスの一つや二つは生まれる。

スラスターによる姿勢制御に些細な乱れが生まれ、着地した際に体勢をふらつかせる”シグー・ディープアームズ”。

エドワードはそれを見逃さず、全速で突撃し、剣を叩きつけようとした。

その時、驚くべきことが起きる。

 

『いよっとぉ!』

 

「なんだと……」

 

”シグー・ディープアームズ”は咄嗟に右手に持ったビームソードを、()()()()()()()()斬艦刀に叩きつける。

刀身に発振したビームによって斬艦刀は中途から断ち切られるが、驚くべきことはそこではない。

斬艦刀は重さによって敵MSを切り裂く武器だが、それは裏を返せば重さが乗っていなければ大して怖くもないということだ。

ミゲルは、重さがほとんど乗っていない状態の斬艦刀にビームソードを合わせるように叩きつけた。これが実体剣同士であっても、”シグー・ディープアームズ”を少しも押しこむことは叶わなかっただろう。

そのことは、完全にエドワードの攻撃が見切られていたことを意味し。

渾身の攻撃さえも通じないという絶望感を、エドワードに与えることになった。

 

『……やはりな』

 

「あ、ああ……」

 

後ずさる”イーグルテスター”に、歩みを進める”シグー・ディープアームズ”。それが、今の彼らの関係を表している。

対等なライバルは、既に強者と弱者に変わってしまっていた。

 

『残念だぜ。お前があの2本角と同型の機体にでも乗っていれば、もっと……』

 

「ちくしょう、ちくしょう……!」

 

”シグー・ディープアームズ”の踏み込みは瞬時に”イーグルテスター”との距離を消し去り。

歴戦(ガタが来ている)の”イーグルテスター”の後退は間に合わず。

ビームソードが”イーグルテスター”の胴体を切り裂くのだった。

 

 

 

 

 

『……ら、……サカ。た……せよ』

 

「……うぐ」

 

頭を揺らすような耳に届き、モーリッツは目を覚ます。

頭がボーっとする。いまいち視界が安定しない。

自分はたしか、『深緑の巨狼』と戦い、そして負けたはずだ。あの怪物の主砲を受けた衝撃は幻ではない。

揺れる視界の中に、運転席と砲手席に座る部下達の姿が見える。わずかに肩が動いていることから、彼らも生きているようだということがわかる。

視界は安定した。すると、途端に雑音のようにしか聞こえなかった通信音声が耳に届く。

 

『こちら、ZAFT地上方面軍第7戦隊所属、スミレ・ヒラサカ。応答せよ』

 

「……こちら、地球連合軍『第14機甲小隊』所属、モーリッツ・ヴィンダルアルム大尉」

 

『やっと繋がった……気絶してたみたいね。動ける?』

 

スピーカーの向こう側から、ほっとしたような少女の声が聞こえてくる。このような少女まで戦場に駆り出すなど正気とは思えない。

しかしモーリッツは、ユーラシアでも軍の雇用年齢を下げる法令が検討されていることを思い出して自嘲する。───どこもかしこも人でなしの碌でなしばかりだ。

 

「動くことは出来る。体はな。───が、投降しろと言われて素直にうなずけるほど頭は柔らかくないつもりでな」

 

『もう無理よ。さっきの攻撃で片側の走行ユニットが全部吹き飛んでるのよ?これ以上は戦えない』

 

たしかに、モニターには”ノイエ・ラーテ”各所の異常の知らせがひっきりなしに表示されている。さきほどの”プロト・フェンリル”の攻撃は、どうやら右側の走行ユニットをまとめて吹き飛ばしたらしい。

だが、それがなんだと言うのか。

 

「悪いがこいつの情報を渡すわけにはいかない。さっさと殺れ」

 

『……お断りよ』

 

「まさか、殺すのが嫌とか言うわけじゃないよな?」

 

『だったら悪い?』

 

それを聞いて、モーリッツは猛烈に怒りを感じた。

こちらは命を賭けて戦っていた。そして、負けた。

別に負けたら死ななければならないというルールはどこにもない。敵国の兵を殺しすぎれば戦後その国の働き手がいなくなり、国が運営出来なくなり、最終的には国そのものが滅ぶ。もっとも、それを目的に戦争をするという場合は問題ではないが。

だが、こちらには死んでも守らなければならないもの(ノイエ・ラーテの情報)がある。ここで愛機ごと散ることになろうとも、それが味方の利となるのであればなんらためらう必要はない。

散ろう。潔く。

だというのに、この少女は殺したくないから殺さないのだという。バカにされているような気分にもなる。

 

「いいか小娘!俺はここに、死ぬことを覚悟してやってきて、敗れた。そして今は、ここでこいつと共に死ぬことも味方のためになると思っているから撃てと言ってるんだ!そっちが撃たないなら、こっちは自爆するだけなんだよ!」

 

『……』

 

「わかったらさっさと」

 

『ふっざけんじゃない、このドアホが!』

 

「!?」

 

いきなりの怒号を浴びて、一瞬縮こまるモーリッツ。スミレはその隙を逃さずにたたみかける。

 

『死ぬことが味方のためになる?バカじゃないのアホじゃないの、碌でなしの考えじゃないの!生きてる方が絶対に良いに決まってるのよ!だって、生きてりゃこうやって走って息を吸って食べて寝て、なんだって出来んのよ!?それに換えることの出来るものなんて私はなに一つ知らないし、知る気もない!その戦車の情報を渡すのが嫌だってんなら、降りたところを破壊してやるわ!そしたら後は、黙って捕虜やってりゃいいだけ!えーっと、あのその、とにかく死ぬ方が良いとか言うな!』

 

なんだそりゃ。少女から発せられた癇癪にモーリッツは呆れた。

説得する気があるんだか無いんだか、とにかく自分の言いたいことを言ったという風の少女。

だが、なんだろう。さっきまで自分の中で張り詰めていた何かが緩んでいくような気がする。それだけ、彼女の言葉からは本音が込められていた。

なんだか馬鹿馬鹿しくなったモーリッツは軽く笑いをこぼすと、”ノイエ・ラーテ”のハッチを開け、手を挙げながら外に出る。

そもそも、気を失っている部下の意見を聞かずに自分だけで何かを決めることなど出来るはずない。

あらためて認めよう。自分達の負けだ。

 

「……捕虜としての待遇は、保証してくれるんだろうな?」

 

『もちろん。これでも、『深緑の巨狼』なんて呼ばれてるのよ?功利主義のZAFTで、戦果を挙げてるあたしに何か言える奴の方が少ないわ』

 

「……」

 

『何よ、そんな呆気にとられた顔して』

 

「……え、いや、お前が『深緑の巨狼』?」

 

『誰と話してると思ってたのよ?』

 

「いや、なんとなくもっとゴツいおっさんが『深緑の巨狼』だとばかり」

 

『ニアピンすら外してるわ、これでもまだ10代よ』

 

この後モーリッツは、スミレが”ノイエ・ラーテ”を破壊したのを見届けてからZAFTの基地に連行され、スミレの顔を実際に目にすることになる。

 

「イメージって、本当に宛てにならないもんだな」

 

先ほどまで激戦を繰り広げていた敵の素顔を知り、それだけしか声を絞り出すことは出来なかったとか。

 

 

 

 

 

「こんなもんか……まあ、最後までしぶといのは()()()けどよ」

 

目の前で仰向けに倒れたライバルのMSを見て、ミゲルはわずかに顔を歪ませながらそう呟く。

”イーグルテスター”の胴体を斜めに奔る傷痕は、しかしコクピットにまで到達してはいなかった。”イーグルテスター”の胸部には小型ビーム砲が内蔵されているのだが、その分厚みが増したことが幸いして、パイロットを守ったのである。

もっとも、エドワードはコクピット内で発生した小規模の爆発に体を焼かれて気を失っているため、あとはビームを撃ち込むなり剣を振り下ろすなりするだけで彼の命は絶たれる。

ミゲルとしても、この決着は少しばかり不本意なものだった。

だってそうだろう?ナチュラルのクセに自分と互角に渡り合い、食らいついてくる強敵。

何度も戦っている内にライバルのように感じるほど評価していた相手を、高性能MSを用いて一方的に倒す。そこに悦びを見出すほど、ミゲルは嗜虐心を持っていなかった。

軍人としての自分は、今ここで確実にとどめを刺すべきと言っている。しかし、戦士としての自分はこの戦いをフェアじゃないと叫んでいる。

 

「……仕方ないよな。俺達は軍人だ、こうなることはお互い覚悟していたはずだろ?」

 

悩んだ末に、ミゲルはライバルにとどめを刺すことを決断した。

一歩一歩、距離を縮めていく。ライバルとの決着を付けるために。

そしてたどり着き、剣を振り上げる。

 

「あばよ、エドワード・ハレルソン。お前は、俺が名前を記憶しようと思った数少ないナチュラルだったぜ」

 

そのまま。剣が。

 

『エドーーーーーーーー!!!!!』

 

「っとお!?」

 

振り下ろされることはなかった。

横合いから発射されたグレネード弾を咄嗟によけるミゲル。

弾が飛んできた方向を見れば、こちらに接近しながらグレネードランチャーを発射する”ジャガーテスター”の姿があった。どうやら、エドワードはまだ死神に魅入られてはいなかったようだ。

ミゲルは敵の増援に対して”ディープアームズ”の肩部ビーム砲を向けるが、モニターが異常を知らせてきたことに舌打ちする。

 

「冷却装置に異常発生!?クソっ、ぶん回しすぎたか!」

 

元々”シグー・ディープアームズ”は完成したばかりでテストも禄に行なわれていないMS。絶対に勝てる戦いだと踏んだからこそ、上層部も実戦テストを承認したのだ。

いつ、異常が発生しても良いように。そしてその時が今訪れた。それだけのことである。

 

「ふん、やはり運の良い奴だ。あの時、最初の戦いでもそうだったな。───生きてるかどうかは知らんが、またお前が戦場に立つ時。その時こそ、決着をつけてやるぜ」

 

だから、これは仕方ないこと。うん、武器が使えない状態で白い奴とも戦うのはさしもの自分でも不安だ。

しょうがないな、これは。けしてホッとしてるわけじゃない。しょうがないから撤退するのだ。だけど、まあ。

願わくば次回は、性能差も余計な茶々もない状況で。

 

 

 

 

 

こうして、後に『第2次ビクトリア攻防戦』と呼ばれることになる戦いは幕を下ろした。

わずか4日間の内に両軍に10万人を超える大量の死者を出したこの戦いだが、何故それほどの被害を出すことになったのかということについて後世の歴史家はこのような言葉で評している。

 

「連合軍もZAFT軍も、互いに今有るものを全力で叩きつけ合った、否、叩きつけ合うしかなかったためである。

連合軍はMSを導入して日が浅く、他の兵器との折り合いがまだついていなかったために。

ZAFTは戦力の大半をMSに依存していたばかりに軍全体の柔軟性に欠け、ついには対人掃討のためにMSを改修するなどという非効率的な行動を取ったために。

加えてZAFTは、指揮系統が異なるどころではない他国から戦力を供出させ、大規模戦闘に参加させるという愚行を犯した。あの戦いでまともに集団行動が出来ていた部隊がいかほどあっただろうか。

また、終盤に連合軍が行なった撤退作戦の追撃戦時、一部の部隊が突出した挙げ句に撃破されたなど、これまでのZAFT軍で問題視されても修正されなかった『スタンドプレー癖』がついに誰の目にも明らかになりもした。

統制なき戦いはただの生存競争、原始的な殺し合いでしかない。この戦闘の勝者はたしかにZAFTだが、より大きな苦渋を飲んだのもZAFTであった。

総評すると、両軍の修正すべき欠点が露呈した戦いであるとも言える。このような混沌とした戦いが2度と繰り返されないことを願う」




ようやく、ようやくビクトリア攻防戦が終わった……!今回、あっさり目の話でごめんなさいね!
やっと主人公達の出番だぞ!前回ユージ達が登場したのって何ヶ月前だっけ!?

そこそこ長く続いてきたこの作品も、次回でようやく第2章です。
次回は、ユージによるこれまでの振り返り的な話にしようと思います。

活動報告を更新しました。良ければ覗いていってください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第46話「戦いの終わりは未だ見えず」

前回のあらすじ
ミゲル「別に、嬉しくなんてないんだからね!エドワードとは互いにベストな状態で殺りあいたいだけなんだから!」


2/16

『セフィロト』 士官室

 

「ふう、こんなものか……」

 

ユージ・ムラマツはPCをシャットダウンし、椅子に座ったままで背伸びをした。骨が小気味のいい音を立てるのを聞くとどれだけ仕事をしたかが実感出来る。

考えることは山ほどあるが、とりあえず今日のところはここまでにしておこう。明日も早い。

そう考え、ユージは上着を脱ぎ捨てるとベッドに潜り込む。

 

 

(ここまで長かった……”テスター”の開発に始まり、OS完成までこぎ着け、ついにはカオシュン宇宙港防衛成功までいった。だが、だからこそ予想がつかなくなってきた)

 

目を閉じながら、ユージは今までのこととこれからのことを考え始めた。

この世界は既に、『原作』と呼ばれる大筋から外れている。

ユージが関わったことで、連合のMS投入の時期は大幅に早まった。そのことがカオシュンの陥落を防いだのは、おそらく間違いない。

だがカオシュンで手痛い目に遭わされたZAFTは、ビクトリアで親プラント国から戦力を供出させる(各国から問い詰められたプラント側は『知らぬ存ぜぬ』で通そうとしていた)などという方法を取ってきた。

戦闘終結の翌日に親プラント国の全てから地球連合への宣戦布告がされた時は驚いたが、それがZAFTの異常な勢力拡大の正体だと思えば腑に落ちる。

むしろ余所から戦力を引っ張ってくるなどというグレーゾーンギリギリな手法を採ったくせに、こちら側にあれだけの被害しか与えられなかったのがユージとしては信じられない。

ビクトリアの指揮官の判断が的確だったのは間違いないが、あれだけの戦力差があればバカでも圧勝出来るのが普通だ。

ようやくZAFTの指揮系統の杜撰さが、誰の目から見ても明らかになったということだろう。───そう、()()()()()()()()

ユージには敵を過小評価出来るほどの理由も余裕も無かった。

 

(『ヘリオポリス』崩壊からおよそ3ヶ月、たったそれだけで”フリーダム”や”ジャスティス”を完成させられるんだ。奪われたのが”イージス”だけでも、あちらに技術革新を起こすには十分なものだろう。精々完成が1ヶ月延びれば良い方……と想定するか)

 

C.E(コズミック・イラ)という世界は、MSが戦争に登場してわずか3年で”ストライクフリーダム”やら”デスティニー”やら、SEED世界最強と呼ばれるようなMSが登場するほどに技術力の向上速度が早いのだ。

今は”テスター”と通常兵器を合わせた数の利、そして”デュエル”や”バスター”といった『ガンダム』の力で上回っているが、それがいつ覆されるかわかったものではない。

そのことは、先ほど資料として”マウス隊”に送られてきた画像を見ればわかる。

 

シグー・ディープアームズ

移動:7

索敵:B

限界:175%

耐久:200

運動:32

 

武装

ビーム砲:150 命中 70

ビームソード:165 命中 75

 

ミゲル・アイマン(Aランク)

 

指揮 10 魅力 11

射撃 13 格闘 14

耐久 11 反応 15

 

PS装甲といった防御オプションが付いていない以外は”デュエル”と互角な性能のMSが、まさかこの時期に投入されるとは。

いくら”イージス”から得た技術があっても、もっと先のことになるだろうとユージは考えていた。

 

(わからないと言えば、この能力もだ。間違いなく()()()()()()

 

まるで『ギレンの野望』シリーズを彷彿とさせる、機体とパイロットの能力を数値化する能力。

誰が何のために持たせたかわからない能力だが、『セフィロト』に帰還してからは、それ以前までは出来なかった「画像を参照することでの能力の発動」が出来るようになっていた。

これまでは映像なり実物なり、リアルタイムで存在する物にしか能力を発動出来なかったこれが、写真のように「過ぎ去った時を映した代物」にも作用するようになった理由。

ユージは、この世界が()()()()()()()()()を迎えたためであると考えた。キラが正式に連合軍に参加することを決めたことか、ビクトリア基地の陥落が()()であるのは間違いない。

ターニングポイントを迎えたことで「何が起きるのか」、あるいは「何が起きたのか」はまだ把握出来ていない。

だが、()()()()()()()()()()

 

(”陸戦型バスター”……本来、あの機体は開発される予定がなかった。あの機体の開発・試験につぎ込む時間さえなければ、エドに”陸戦型デュエル”を渡すことが出来ていたかもしれないっていうのに)

 

元々”マウス隊”管轄で開発する予定だったのは、”陸戦型デュエル”のみだった。機体を新しく開発すること自体は、”テスター”の開発を経験しているため不思議でもなんでもない。試験部隊の領分でないのは認めるが。

だが、陸戦用に調整した『X100型』フレームの設計図が完成した辺りでハルバートンから新たに”陸戦型バスター”の開発を命じられたのだ。

地上での『ガンダム』稼働データ取得という目的を達する上ではまったく必要のない命令に、ユージは疑問を覚えた。

ハルバートンにその事を尋ねても、苦い顔をして口を閉ざすばかり。

結局答えを聞くことは出来なかったが、強力なMSはいくらあっても足りないしということで、大人しく命令には従った。

ハルバートンが口を閉ざした理由を悟ったのは、”陸戦型バスター”に搭載される予定の『武装』のデータを見た時だった。

 

(プロト・シュラークにトーデス・ブロック……間違いない、ハルバートン提督に命令を下したのは”ブルーコスモス”所属の将官だ。そして、後ろにはおそらく……)

 

肩部に搭載されるビーム砲とバズーカの名称は、GAT-X131”カラミティ”の武装と同一のものだ。盟主王ことムルタ・アズラエルがブーステッドマン(薬中)をパイロットにして戦場に投入し、多大な戦果を挙げた3機のMSの内の一つ。

要するに、”陸戦型バスター”は言い換えれば”プロトタイプ・カラミティ”のようなもの。”マウス隊”をこき使って得たデータで、コーディネイターを駆逐するための強力なMSを開発しようというわけだ。

流石にハルバートン提督も、大西洋連邦の大手スポンサーからの圧力を躱しきれなかったのだろう。

そして”カラミティ”は高性能であるが故に扱いが難しく、原作ではコーディネイターかブーステッドマンでも無ければ扱いきれない機体という設定だったはずだ。

 

(であれば当然、ブーステッドマンも作り出しているのだろう。いつまでもコーディネイターであるアイクやカシンが活躍しているのは気にくわないだろうからな)

 

まったく、頭の痛い話である。

高い金を払って出来上がるのが、どれだけ強くても時間制限付きでしか戦えない兵士未満であるなど、真っ当な軍人なら非難と呆れをミックスした感情をぶつけるしかない。

倫理的にも実利的にも、非効率的過ぎる。そんな無駄なことに使う金があるなら、MSの一機でも作って欲しいのが現状だ。

感情で戦争などやられてはたまったものではない……そこまで考えたところで、考えが脱線していることにユージは気付いた。

今のところ言えるのは、「悪の三兵器」の開発が決まったということだ。エドワードの愛機となるであろうソードカラミティの開発もほぼ決まったと見て間違いないだろう。

 

(それに、こっち(マウス隊)に関わってさえこなければ何の問題もない。……大丈夫だよな?事故に見せかけてブーステッドマンをぶつけてくるとかしないよな?)

 

やりかねないのが”ブルーコスモス”だ。より一層の警戒をしなければならないだろう。

 

(まあ、それ以外は比較的順調だ。”ダガー”の生産体制は整ったし、宇宙軍再編計画についても動きがあるらしい。”ジェネシス”の完成する前に決着を付けることが出来たらいいんだが……)

 

あんな一撃で戦争どころか人類を終了させかねない代物に注意を払わない理由がない。

このことを周りに伝えられないのが辛い。もっとも、伝えたところで狂人扱いされるのがオチだろうが。

極論を言えば、ZAFTはこの先の戦闘全てで敗北しても”ジェネシス”が完成すれば逆転出来る。

出力次第では地球の生物の80%を死滅させることも出来るという超兵器だが、これでも60%の出力で放たれた場合の計算なのだ。……たしか。

 

(あれはいつ完成したんだったか?たしか、プロトタイプの”ジェネシスα”も作られているんだったか。あれだって、十分に兵器転用出来る。……くそ、記憶があやふやだな)

 

ユージがこの世界に生まれ落ちて30年近くが経とうとしている。それは、「ガンダムSEED」の記憶をあやふやなものにするのには十分な期間だ。

この先起こりうる大きな出来事については士官学校にいたころ紙のメモに記して保管しているが、変化した世界でそれがどれだけ役に経つだろうか。

 

(いや、この際だ。役に立たないと割り切ることにしよう。ラクス嬢をここまで連れてきてる時点で、何もかもが狂ってる)

 

ここに至るまでの展開で何より大きな変化。それはキラによるZAFTへの返還が行なわれなかったラクス・クラインの存在だ。

戦況が比較的拮抗し安定している現在であれば、彼女にそこまで過激なアクションを取ることはないだろう。

しかし、彼女の存在は向こう側へのジョーカーとなり得る。

 

(今頃、そのことでプラントとの交渉が始まっているだろうな。こればっかりは、予想しようもない)

 

『原作』ではどうだか知らないが、こちらの世界ではまだ過激な”ブルーコスモス”は台頭していない。穏健派であるジレン大統領や冷静に物事を考えられる将官が舵を取っている以上、無理難題をふっかけてあちらを刺激することはないだろうとユージは考える。

そもそも、ユージは軍人であって政治的な考えが得意ではない。考えるだけ無駄、せめてこちらが戦いやすくなる交渉をしてほしいと願うだけだ。

 

(国際問題と言えば、”アストレイ”のこともだ。”マウス隊”で稼働試験が行なわれるのはともかく、まさかセシルの専用機としてあてがわれるとは……)

 

『ヘリオポリス』の秘密工場で発見された”アストレイ”2機分のパーツは、結局連合が使い続ける、要するにネコババすることになった。

オーブが文句を付けようにも、元々”アストレイ”はオーブが『ガンダム』のデータを盗用して作り上げた代物。()()()()()()()()()()()以上は、あちらからは打つ手がない。

そしてZAFTにこのことが露見したところで、大した影響もない。むしろ()()()()()()とすら言える。

なにせ連合とオーブの秘密の関係が露見するということは、ZAFTがオーブを敵に回す可能性が増えるということだ。そうなれば、オーブをこちら(連合側)に引き込みやすくなる。

無論、『オーブの獅子』ことウズミ・ナラ・アスハはそれをしたがらないだろう。中立の立場を維持し続けるために動き続けるはずだ。

それでもいい。ただでさえ資源の足りないZAFTがより多くの勢力を敵に回してくれれば、その分連合が楽になる。つまり、「味方にならなくとも、敵の敵になってくれればいい」ということ。

ユージとて、中立国という立場を取れる国の重要性は理解している。なんだかんだで、敵でも味方でもない国の存在は大切なのだ。

───それはそれとして、少しでもZAFTを削るのに作用してほしいだけで。

 

(大丈夫だよな?カオシュンとパナマが落ちていない現状、連合が無理にオーブを狙う必要もないはずだ。……いや、東アジア、その中でもジャパンエリアの連中は嬉々として侵攻しそうだが)

 

連合内の懸念事項は、なにもブーステッドマンや”ブルーコスモス”のことだけではない。

この世界の連合軍人なら誰でも知っていることだが、基本的に地球連合軍を構成する3つの大国は、それぞれ仲が悪いのだ。しかもそれぞれの国の中にも派閥がある。

大西洋連邦には、旧アメリカ合衆国出身の派閥と旧イギリス出身の派閥。

ユーラシア連邦では、旧ロシア出身の派閥と旧EU出身の派閥。

東アジア共和国でも、旧中国出身の派閥と旧日本出身の派閥。ジャパンエリアとはそのまま旧日本派閥のことを指す。

オーブには再構築戦争時に旧日本から逃げ出した人間の末裔が多く存在しているので、ジャパンエリアから見ればあの国は「裏切り者の国」でしかない。嬉々として戦うと予想したのは、そういうことがあるからだ。

それぞれの国に2つの大きな派閥が存在している上に、互いを良く思っていない。例外があるとすれば、東アジア共和国くらいだろう。

お互いに確執もあるし、大陸国と海洋国という考え方の違いもあるが、実利面ではベストパートナーだからだ。彼らが再び袂を分かつのは、彼ら以外の敵国が存在しなくなった時くらいしか考えられない。

このように、一つの勢力に6つもの思想が存在するのだ。

これまではZAFTに対抗するためにまとまりを見せていたが、”ダガー”の配備などに伴う余裕が生まれれば、結束を乱す輩が生まれるかもしれない。

ただでさえ()()なのに”ブルーコスモス”までここに参入してみろ、混沌を通り越して破滅だ。

 

(ダメだ、考えれば考えるほどネガティブに寄っていく。もっと良いことを考えよう。───そうだ、セシルの機体だ。もう”EWACテスター”ではあいつの能力に合わせられないということはわかっていたが、機動性に優れた”アストレイ”を宛がえたのはいい)

 

あとは、セシルに合わせて機体特性をカスタムしてやるのと、外見を偽装するだけだ。

いくらオーブを巻き込みたいといっても、あからさま過ぎては逆にオーブを巻き込みたいという考えをZAFTに警戒させるだけだ。

バレるにしても、いかに「オーブがこっそり支援してました」感を演出するかが重要なのだ。

 

(専用機と言えば、”デュエル”と”バスター”の改修案……”バスター”はともかく、”デュエル”の方。あれは間違いなく”アサルトシュラウド”だ。ZAFTが施した改修であるはずのあれが、どうして連合で行なわれるんだ?)

 

そう、それだけがいまいちわからない。

『原作』では”ストライク”の攻撃で傷ついた”デュエル”を改修する時に、”ジン”用に作られたアサルトシュラウドという強化装備が使われた。つまり、”デュエル”がこの形態になるためにはZAFTに”デュエル”が存在しなければいけないはず。

 

(いや、そういえば、いつだったかにアサルトシュラウドを良状態で鹵獲できたということがあったな。……待てよ?この世界が『ギレンの野望』に近しい世界線であるなら……)

 

ユージの脳裏に閃くものがあった。

『敵開発プラン奪取』。『ギレンの野望』に存在する、本来自軍で使えない敵勢力の機体を使えるようになるシステムだが、”ジンAS”の開発プランを奪取したからこそ、”デュエルAS”の開発プランが発生したということではないだろうか?

そういうことであれば、今後は敵兵器の奪取にも力を入れる必要があるかもしれない。

 

(ダメだ、やはり考えることが多すぎるな。今考えてもしょうが無いようなこと、推測でしかないものもあるし……いかん、目が冴えてしまった)

 

いっそこのまま、コーヒー飲んで踏ん張るか?そう考えていた時のことであった。

 

<隊長、起きてくださ……ってますね>

 

「いったいどうした、マヤ君?こんな夜更けに……」

 

部屋の中に取り付けられたモニターが起動して、ユージの信頼する技術主任の顔を映し出す。

”アストレイ”の解析をするために働き続けていたはずの彼女がここまで慌てて連絡してくるとは、それほど衝撃的な情報でも入ったのだろうか?

 

「緊急事態です、隊長。実は先ほど……」

 

 

 

 

 

2月17日。その日、世界に激震が奔った。

なんと、地球連合軍とZAFTの間に、3月31日までの()()()()が結ばれたのだ。

具体的な協定内容は以下の通りである。

 

①両軍は3月31日の23時59分までの間、互いに対していかなる戦闘行動も行なってはいけない。

②3月31日にラクス・クラインの身柄とZAFTが奪取した”イージス”を交換する。

 

他にも色々と決まり事はあるが主な内容はこの通りだ。

何よりも人々を驚かせたのは、この提案が連合側から出されたということだろう。

連合軍はZAFTのことを民兵集団として認識しており、まともに交渉をする考えを持っていないというのはそれなりに有名な話だ。そんな連合軍が行方不明だったラクス・クラインの身柄を確保しているということ、あまつさえそのカードを『休戦』のために消費することに理解を示した者は少ない。

大半の人間は「少しの間だが平和になる」ということを喜んだ。だが、少数の人間はこの協定の真実を見抜いていた。

この条約の実体は、連合の必勝の策なのだ。

国力に乏しいZAFTにとって持久戦は鬼門、対する連合は時間を掛ければ掛けるほど力を取り戻していく。その上、"ダガー"の生産体制が整っている。

休戦期間の間にありったけの"ダガー"や宇宙艦隊を用意して、一気に物量で潰す。そういう目論見だった。

数を揃えられないZAFTが勝つには、大戦初期のような圧倒的技術アドバンテージを用意する必要があるが、いくらなんでも1ヶ月強では技術力を向上させるにしてもたかが知れている。

そして何より、この策は反意が生まれづらい。

只でさえ核を用いて『エイプリルフール・クライシス』を招いたとして連合首脳部には民間からバッシングを受けていたのだが、この休戦期間中に未だ混乱が収まらない地域への支援・対応もするということを宣言したため、人々はある程度の溜飲を飲んだのである。

後にこの休戦期間のことを『歌姫の凪』と呼ぶことになるが、協定の実体を把握していた者達は、この期間が『嵐の前の静けさ』であることを悟っていた。このまま両軍の雰囲気が緩和して終戦までいくのではないかという意見は見向きもされなかった。

なお、某"マウス隊"の隊長は「アッパラパーに時間を与えるな!」と憤慨したが、『ジェネシス』のことを他者に伝えられないもどかしさに震えていたという。




これにて、第1章は終了です。
長かった、実に長かった。

ユージの能力が微強化されたのは、第2章でアークエンジェルもといキラ視点になることが多く予想されているので、ユージがセフィロトに引きこもっていても資料整理とかそんな役割で登場出来るようにするためです。
中々出番がねぇなぁ、おい?
まぁ、番外編とかで出番は用意するけども。

まだまだ「パトリックの野望」は続きます。
これからも感想や意見をどしどし送っていただければ、私の励みになります。
応援、よろしくお願いします!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第2章
第47話「『新しい日常』と書いて『地獄』と読む」


第2章、突入。


父さん、母さん。キラです。元気ですか?

先日はいきなり「地球連合軍に入隊する」など手紙で伝えられて、吃驚(びっくり)させてしまったでしょう。ごめんなさい。

僕は”ヘリオポリス”からの道程で色々な物を見て、知りました。そして、「戦争を止めたい」と強く思うようになったということは、以前お伝えした通りです。

その思いは、今も変わっていません。だからこそ今、軍人になるための訓練を受けています。

ですが───。

 

 

 

 

 

「『ヒーロー気取り』!考え事とはずいぶん余裕だな!?そんなに私の訓練は退屈だったかそうか!悪かったな、お詫びにもう10セット梯子登りの回数を足してやろう!どうだ、嬉しいだろう!?」

 

「い、イエスマム!」

 

「元気いっぱいで大変よろしい!おまけで更に10セット、占めて20セット追加!さっさと登れウスノロ!」

 

「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

「気持ち悪い声だすな!更に10回追加!」

 

 

 

 

 

現実は思ったよりも、ずっと過酷でした……。

 

 

 

 

 

2/21

地球連合軍 プトレマイオス基地

 

「ここ……だよね?」

 

キラは1人、通路で佇んでいた。

先日、試験をクリアして正式に地球連合軍に入隊することが決まったキラは、「特別要請コース」での訓練を受けるために月面のプトレマイオス基地までやってきていた。

まずは教官となる人物のところに挨拶に向かえ、ということでここまで来たのだが……。

結論から言うと、キラは迷子になった。流石地球連合の一大拠点というだけあって広大な基地で、教官の待つ部屋を探し出すのは難しいことであった。

同じように地球連合に入隊することを決めたサイとトールはまた別の訓練過程を経るらしく、途中で別れてしまった。

後に残されたのは、人事の人間に渡された紙とにらめっこしながらうろつく少年一人だけ。

 

「いや、こうなるかもしれないと思って15分前に出てきたんじゃないか。おかげで、5分前には着けたぞ」

 

キラはユージから事前に、軍隊に限らず大人社会の中では時間管理が非常に大切であるということを聞かされていた。

「もし一秒でも遅れた場合、殺されると考えて動くといい」とは流石に大げさではないかと思ったが、時間前行動の大切さは飲み込むことが出来た。だからこそ、こうして比較的余裕を以てたどり着くことが出来たのだ。

 

「すーっ、はーっ……」

 

これから1ヶ月もの間、この扉の向こうにいるであろう人物にお世話になるのだ。キラは緊張をほぐすために深呼吸をした。

息を整えて、扉を叩く。

 

『……入れ』

 

部屋の中から、高めの声が響く。

わずかに違和感を感じながらキラは入室する。

 

「失礼します!」

 

 

 

 

 

「よく来たな。とりあえず死ね」

 

「えっ」

 

キラは扉を開けた先には、一人の女性が立っていた。マリュー達が着ていたのと同じ白の制服に身を包んだ彼女はあろうことか。

()()()()()()()()()()()()()

 

「───っ!?」

 

銃口の前から逃れようと、とっさにかがむキラ。しかし、

 

「あでっ!?」

 

後頭部に奔る、何か堅い物で殴られたような痛みと衝撃。

いや、実際に殴られたのだ。銃のグリップで。

かがんだままの姿勢で頭を抱えるキラだが、痛みが和らぐのを待つ時間は許されていなかった。

 

「立て、ミソッカス。いつまで上司の前でうずくまってる気だ?貴様は軍人ではなく、赤ん坊志望だったのか、あぁ?」

 

ドスの効いた声に慌てて立ち上がる。そのままうずくまっていたら殺されていたのではないかと思わせる、恐ろしい声であった。

改めて女性を見ると、背の高さは自分と同じかそれより少し小さい程度の背丈。『可愛い』寄りの整った顔立ちは、しかし絶対零度の視線を伴っている。

 

「確認するぞ、お前がキラ・ヤマトだな?まあ、こんな腑抜けた顔のガキなぞ『特別コース』で来たようなやつ以外にあり得ないがな」

 

「……」

 

「返事ぃ!」

 

「は、はいっ!」

 

キラの頭の中は「?」マークで埋め尽くされていた。

自分は目の前の女性に殺意を抱かれるようなことをしただろうか?何故苛立っているのか?というか、誰!?

 

「っち、人から尋ねられた時はさっさと答えろ間抜け」

 

「えっと……」

 

「何か?」

 

絶対零度の視線が向けられるが、怖じ気づいては謎が一つも解決しない。キラは意を決して、質問した。

 

「あ、貴方は……?」

 

「……ほう」

 

女性の目が細まる。まずい、何かバッドコミュニケーションをしてしまったか!?

 

「えっと、その」

 

「いやなに、気にするな。感心してしまったんだよ、これからお前を教え導く教官の顔も知らなかったということにな」

 

女性は額に青筋を浮かべる。……いや、待って欲しい。

目の前の女性が、この殺気ダダ漏れの女性が!?

 

「いや、だってこれが初対面で」

 

「そうだな、初対面だな。顔を知らなくったってしょうがない。───だからどうした。私が気にくわないと言っているんだ」

 

無茶苦茶である。これが暴論というものか。

呆気にとられていると、女性はキラの胸ぐらをつかんでこう続ける。

 

「いいかクソガキ。───軍隊ってのは理不尽の連続だ。気に入らない上司の命令だろうと、命令は命令。絶対に従わなければいけない。───だから貴様は私に従え。満足に軍の知識も持っていない今の貴様は私の奴隷でしかないのだからな」

 

「───」

 

あまりの物言いに、キラは絶句した。

女性が腕から力を抜いたことでキラは解放されたが、足に力が入りきっていなかったためへたり込む。

 

「だが、私は哀れみ深い性格なのでな?気まぐれに奴隷に自己紹介なんぞをしてやろうと思うのだ。一度しか言わんからよく聞け?」

 

倒れたキラの腕をつかんで無理矢理立たせた後、女性は両腕を後ろに組んでキラに自身の名を告げる。

 

「地球連合軍第37特別教導隊所属、マモリ・イスルギ中尉だ。今日からの30日間貴様の教官を務めることとなった。よろしく、自分から地獄に飛び込む覚悟を決めた『ヒーロー気取り』君?」

 

キラは生唾を飲み込む。この時キラは、ここから30日間は途方も無い苦難が待っていることを悟った。

そこに一つ問題があったとすれば。

その想像も結局は想像でしかなく、現実にはもっと恐ろしい訓練地獄が待っているということを悟れなかったということにある。

 

(どうしよう。訓練が始まってすらいないのに、もう帰りたい)

 

今は無き”ヘリオポリス”の自宅を思い涙をこぼしそうになるキラを、マモリはどこかへ引きずっていくのであった。

 

 

 

 

 

2/23

『セフィロト』 ”マウス隊”オフィス

 

「隊長、”デュエル””バスター”の改修計画の最終案が完成しました。チェックお願いします」

 

「了解した。……ふむ、いいだろう。このままで持っていく」

 

『セフィロト』の中に用意された”マウス隊”のオフィスでは、次に行なわれる予定の『G』兵器実験の準備が行なわれていた。

”デュエル”の方は『原作』でそうなったように”アサルトシュラウド”装備そのままの姿だが、”バスター”はユージが見たことのない姿となっている。

これも自分がこの世界に介入した結果なのだろうか?世界が『原作』よりもマシな状況に近づいていると思いたい。

 

「そういえば、キラ君大丈夫かな」

 

「大丈夫って何が?」

 

同じオフィス内で、アイザックとカシンが作業しながら世間話を始める。仕事中の私語はあまり褒められたものではないが、ユージは作業効率が極端に落ちたりしないのであれば見逃す精神を持っていた。

ユージは二人の会話の内容に興味を覚えたために、聞き耳を立てる。

 

「ほら、今日から『特別コース』に参加するじゃない。プトレマイオス基地について質問された時に聞いたんだけど、キラ君の教官、イスルギ中尉なんだって」

 

「イスルギ……ああ、あの人か!覚えてるよ、MS操縦の教導した時の!」

 

「そうそう。頻繁にこの動きはどうだったか、判断は間違っていなかったかとか聞いて来て、向上心すごいなぁって私は思ってた」

 

「だけどあの人、僕たちにはなかったけど他の人に結構厳しめに当たってなかった?」

 

「そう、それ。言ってることは正論だしわかりやすく説明してるんだけど、言い方が結構キツくて。結構他の人からは顰蹙を買ってたみたいだし、キラ君みたいに穏やかな子って相性悪いんじゃないかなって」

 

「うーん……」

 

話を聞く限り、どうやらキラは気難しい人物から教練を受けることになってしまったようだ。

まあ、軍人になるなら上官からの理不尽は誰もが通る道だ。キラにはいい薬になるだろうと考え作業に戻る。

 

「イスルギ中尉が『特別コース』……すっごくイメージ通りだ。キラ君、帰ってくるころには人格変わったりしてないかな?」

 

「大丈夫……とは言えないよ。なんてったって、『ハーフメタルジャケット』だからね」

 

ほんとに大丈夫なんだろうか。ユージは強烈な不安を感じた。

何かヘマをやらかして、夜中に候補生仲間から袋だたきに遭わないだろうか?

結局その話題は長続きせず、アイザックとカシンの談話は別の話題に移った。

 

「心配しすぎかな……いや、まずはこっちだな」

 

机の上に目を落とす。そこには、一週間後に行なわれる”デュエル”の稼働テストの資料ともう一つ。

───新たに”マウス隊”に編入されるメンバーの資料が置かれていた。

 

(上層部、いや違うな。これはおそらく……。だとすれば何が目的だ?示威か、それとも……)

 

 

 

 

 

2/23

プトレマイオス基地 養成エリア

 

「我らに救いは必要なし!」

 

『我らに救いは必要なし!』

 

「我らは救いを与える者!」

 

『我らは救いを与える者!』

 

「蹂躙しろ!」

 

『蹂躙しろ!』

 

「粛正せよ!」

 

『粛正せよ!』

 

ZAFT(トーシロ)には!?」

 

『ZAFTには!?』

 

「調教を!」

 

『調教を!』

 

プトレマイオス基地は、大西洋連邦がC.E35年に月面へ建設した宇宙基地である。連合宇宙軍が現在保有する最大拠点でもあり、いずれ来るZAFTとの決戦時にはこの基地に多くの艦艇や機動兵器が集結することになるこの基地の地下には、巨大な地下都市が存在していた。

軍司令部としての機能はもちろん、地球に長らく帰還することの出来ない兵士達のストレス解消のために様々な娯楽施設も存在するこの地下都市の、『訓練所』エリアにキラはいた。

キラは現在、『海兵隊』の候補生達と共にランニングを行なっていた。『特別コース』とは言っても、運動能力の強化などといった基礎訓練の際にはこのようにして他のコースに混ざることがある(マモリ曰く『貴様などのためにわざわざ完全独自の指導計画を考えてやると思うか』らしい)。

見た目は普通のランニングだが、些か以上に過激な歌を歌いながら行なわれているところが軍隊らしさを醸し出している。

この歌は「ミリタリーケイデンス」と呼ばれるものであり、軍隊でのランニング・行進・行軍の時に歌われる。これを合唱することにより部隊の士気が盛り上がり、隊員同士のチームワークと助け合いの精神、規律が高まる効果が発生するのだという。

マモリの部下であり教練軍曹に該当する人物であるガーハイムという男に復唱する形で歌っているのだが、キラの声はハッキリ言って蚊の鳴き声か何かと思うほどにかすれていた。足も生まれたての子鹿のように震えている。

当たり前である。キラはほんの1ヶ月前までは、突出したコンピュータ技術を除けば極々平凡な一六歳の少年。そんな彼がいきなりハイスクールの運動部も逃げ出すほどハードな海兵隊の訓練に付き合わされれば、こうもなる。

 

「遅れてるぞ『ヒーロー気取り』!キリキリ走れ!」

 

「はぁっ、い」

 

出来るわけねーだろ。こちとらインドアの理系だぞ?

そう思っても口には出さない。そんなことをしたらこの教官達(サディスト共)は嬉々としてランニングの時間を延ばしたり、トレーニングメニューを増やしたりするのだ。

ただでさえ死にかけなのにそんなことをしたら、本当に持っていかれる。

ちなみに『ヒーロー気取り』とはガーハイムが付けたあだ名である。「MS動かせる程度で戦争しに来た格好つけ野郎」という罵倒キツメ揶揄ダブル盛り悪意増し増しみたいな理由で付けられたものだが、今訓練に混ぜてもらっている海兵隊の中には「微笑みデブ2号」と呼ばれている男性もいた。そちらに比べればマシだと思うしかない。

 

「ガーハイム軍曹、そのカスのことは気にする必要はない。そのカスは貴様が考えるより遙かに愚図で間抜けで、手が掛かる。済まなかったな、余計な仕事を増やして」

 

「イスルギ中尉、小官は大した負担とは感じておりません。───クズ共にカスが混ざったところで、何が負担となりましょうか」

 

その教官共は平然とした顔で並走し、罵倒を混ぜた会話をしている。ついでのように罵倒された海兵隊候補生達から何やら赤いオーラが吹き出て見えたのは、おそらく見間違いではない。

 

(嘘じゃなかった……『ハーフメタルジャケット』。本当だった……!)

 

こんなことが30日も続けば、「能力がある」という理由で軍に入れられた人が耐えられるわけがない。

キツい訓練に、教官からの容赦ない罵倒。更に加えて「特別コース」という響きから少なからず()()()()を持ってくる訓練生。体と精神に同時攻撃を食らっている気分だ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

息は絶え絶え、体はガクガク震えている。

だが、それでも折れるわけにはいかない。

体は愚か、戦争のための知識という点ではこの場の誰よりも劣っているのだろう。結局今の自分は教官()達の言うように、何もかもが足りていないのだ。

そんな自分でも、押し通したいことや叶えたいことがある。そのためにはこの苦難を乗り越えるしか道はない。

それに。

 

「おいおい、そんな有様で大丈夫か?嫌ならやめてもいいんだぞ?───所詮口だけのカスだったというくらいは覚えておいてやろう」

 

「聞いたか?中尉はなんてお優しいんだろうな、ええ?」

 

───この鬼畜共を見返してやらなければ、気が済まない!声を張り上げて速度を上げる。

 

「うっ、おォぉォぉぉぉぉぉぉ!」

 

「やれば出来るなら最初からやれ間抜け!またさっきみたいにへばったら、ZAFTのゴミ共より先に貴様から埋め立ててやるからな!」

 

この後キラは、なんとか海兵隊候補生と同じランニングコースを走りきることに成功した。それを見たマモリは満足げな顔をしながら、更にトレーニングメニューを追加したのであった。

この日の夜、自分の部屋に戻ってきたキラの有様はルームメイト曰く「ボロ雑巾」だったという。

 

 

 

 

 

2/24

『セフィロト』 第3司令室

 

「各員、用意はいいな?これより”デュエル”の強化装備、通称”フォルテストラ”の実働試験を開始する」

 

『了解!』

 

ユージの声に合わせて隊員達がコンピュータを操作し始める。ユージが見つめるモニターには、重厚な装甲を纏った”デュエル”の姿が映っていた。

現在”マウス隊”は、強化された”デュエル”の稼働実験の真っ最中。火力と防御力を強化した”デュエル”、そのステータスがユージの目に映し出される。

 

 

 

デュエルガンダムAS(アサルトシュラウド)

移動:6

索敵:C

限界:175%

耐久:400

運動:32

シールド装備

PS装甲

脱出機能

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

レールガン:100 命中 60

ミサイルポッド:80 命中55

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:150 命中 75

 

 

 

アイザック・ヒューイ(Aランク)

指揮 6 魅力 12

射撃 13(+2) 格闘 14

耐久 9 反応 11(+2)

SEED 2

 

ユージが懸念していた『機動性の低下』は起こっていないように見えるが、そんなわけはない。

 

「スイスイ動いているな。流石アイクといったところか」

 

「そりゃあ、増加装甲には補助スラスターも内蔵されてますからね。宇宙に限定すれば、元の”デュエル”よりも機動性は高いですよ。……宇宙に限定すれば、ですが」

 

「だろうな」

 

アリアが自慢げに説明するが、後半は尻すぼみになってしまう。

おそらくではあるが、”デュエルAS”は地上では機動性が低下してしまうのではないだろうか?いくら補助スラスターがあるとは言っても、素の状態と比べて40t近く重量が増加しているのだ。機動性が低下しないわけがない。

せっかく『ギレンの野望』のようなステータス表示能力があるのに、肝心なところ(地形適正)が表示されていないではないか。ユージは改めて、自分をこの世界に送り込んだ『何か』に向けて舌打ちをする。───やるなら丁寧にやれ。

 

「あとですね、あの装甲にはちょっとしたギミックが仕込んでありまして!……資料に載せてますけど、見てますよね?」

 

「ああ、リアクティブ・アーマーだろう?ちゃんと見てるとも。成長したな、トラスト少尉」

 

「えへん、自信作ですよ?なんてったって、”デュエル”だから出来る特別製ですから」

 

今回試験している”フォルテストラ”は特別製で、通常のものにはない機能が付いている。

それが、爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)。敵の攻撃が着弾した時に、装甲と装甲の間の爆薬が装甲を押しだすことで、ダメージを最小限に抑えるというものだ。

周辺の味方に吹き飛んだ装甲が衝突する可能性も含むこの機構が何故装備されたかというと、それは休戦期間が明けてから予想される「ビーム兵器の台頭」に備えたものだった。

 

「爆発の衝撃でビームの収束率を下げ、PS装甲を貫けなくする……可能なのか?」

 

「シミュレーションではバッチリですが、実戦ではまだなんとも。一応、『ガンダム』タイプのビームライフルには耐えられるように作ってありますけども」

 

「そうか」

 

「……浮かない顔ですね。何か心配事でもありましたか、隊長?」

 

意識しない内に、額に皺が寄っていたようだ。ユージは帽子を目深に被ろうとするが、試験部隊としての制服に着替えているために存在しないことに気付き、ため息をつく。

 

「帽子が無いと、表情を隠せずに困るな。……なあ、”デュエル”の整備・点検は完全なんだな?」

 

「え、はい。ちゃんと点検に点検を重ねてますよ。監視カメラにも不審な人物は映ったりしてませんし。……何か、起きるんですか?」

 

「……ああ。言っておくが、敵襲とかそういった類いではない。───もっとタチの悪いものだ」

 

モニターに映るデュエルは難なく目標をクリアしていき、あとは追加装備のテストを残すだけという段階まで来ている。

───来る。

 

「ん、これは……友軍機?」

 

「どしたのエリエリ~」

 

「エリクだ。いや、友軍のコードを持ったMSが、”デュエル”の試験宙域に接近しているんだ。これは……”GAT-01D”?見たことの無い形式番号だが……」

 

「エリク、試験を続行しろ。その機体はアグレッサー(仮想標的)だ。何も問題はない」

 

「えっ……。し、しかしそのようなプログラムは試験内容の中に───」

 

「聞こえなかったか?───試験続行だ。アイクもいいな?」

 

<りょ、了解。”デュエル”、これより模擬戦を開始します>

 

どこか異様なユージの雰囲気に圧されながら、試験が続行される。モニターの中に映り込んだ()()の姿が映ると、ユージは額に浮かべた皺を更に深くする。

 

 

 

ロングダガー

移動:7

索敵:C

限界:170%

耐久:240

運動:34

シールド装備

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:150 命中 75

 

 

 

スノウ・バアル(ランクD)

指揮 2 魅力 6

射撃 10(+4) 格闘 10

耐久 1 反応 10(+4)

ブーステッドマン

 

得意分野 ・格闘 ・反応

 

 

 

(ついにきたか……”ブルーコスモス”)

 

その場に存在していたのは(まさ)しく、地球連合軍の()そのものであった。




ついに始まりました第二章!
いきなり表れたブーステッドマンは、いったい何が目的なのか?そして、キラはどうなってしまうのか?ZAFTはどうなっているのか?
色々な謎を抱えたまま、次回に続きます!お楽しみに!
各種設定を公開します。

特性「ブーステッドマン」
射撃能力と反応速度にボーナス(固定で+4)が掛かるが、疲労速度が上昇する。
疲労値が80を超えると、「攻撃」「反撃」アクションが出来なくなり、拠点や母艦に帰投しないとこの状態が解除されない。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第48話「憎悪の刃」

前回のあらすじ
?「蒼き清浄なる世界のために、死ねぇ!」
アイク「なんだこいつ!(ドン引き)」




2/24

『セフィロト』 周辺宙域

 

「くっ、この!なんだこいつ!?」

 

『敵機』から放たれたビームを避けながら、アイザックはその動きを観察する。

頭部は”ダガー”に酷似しているが、首から下は”デュエル”に近い。以前ストライカーシステムを搭載した”ダガー”の完成予想図を見たことがあるが、それとは違う。

おそらく”ストライク”ではなく”デュエル”の量産型、それもエース用にカスタムされた機体ではないかと予想する。

その戦い振りは白兵戦に強く作られた”デュエル”のコンセプトに沿ったものであり、動きの機敏さは一般兵のそれとは格が違う。間違いなく、エース格のパイロットが乗っている。

しかしアイザックは、その『敵』に強く違和感を覚える。

 

(なんだろう、動きは鋭いし狙いも的確、なんだけど……前のめりな戦い方だ)

 

そして、似た動きをする人物をアイザックは知っている。

キラ・ヤマト。今はプトレマイオス基地にて訓練を受けている少年の、『高い基礎能力に任せた』戦い方にそっくりなのだ。

 

「まさか、コーディネイター?」

 

『敵』の正体をキラと同じコーディネイター(訓練を受けていない素人)かと想像するが、どうも違う気がする。この苛烈な戦い方はむしろ、記録映像で見た自分の戦い方に近いような───。

 

「っとぉ!考え事をしながら戦える相手じゃないな」

 

すぐ近くを漂っていたデブリに、訓練用に低出力で放たれたビームが着弾する。

キラもこの『敵』も、「地力が高い」というところは共通しているのだ。───”マウス隊”に配属されたての自分が同じ機体を使っても、彼らと同じように動くことは出来ないだろう。

だが、それを大人しく受け入れるほどアイザックは物わかりが良いつもりは無かった。

 

「やってみるさ……」

 

アイザックにあって彼らに無い物。それは、「多様な敵との戦闘経験」。

たしかにこの敵の動きは目を見張るものがあるが、()()()()()()()それだけだ。かつて戦った叢雲劾の方がよっぽど恐ろしい。

”マウス隊”の戦い方を見せてやる。そう決めたアイザックは密かに策を巡らし始めた。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第3司令室

 

「隊長、あの機体はいったいなんですか!?あんなもの、想定にはありませんよ!?」

 

「機体コード照合……ダメ、該当無し!形式番号以外アンノウン!」

 

「隊長……!」

 

部下達からの問いかけに対し、無言を貫くユージ。今まではどれだけ衝撃的な事態であっても何かしらの対応をする彼の異様な佇まいに、周囲は困惑を隠せない。

 

「隊長、たしかあのMSは”デュエルダガー”……一部のエース用に製造・改造された”ダガー”のカスタム機。前もって製造されていた”ダガー”のパーツを用いて作られたものの、その生産数は少ない機体のはずです。それがなぜこのタイミングで、この場所に存在するんですか」

 

技術部所属のアリアは他より早く、介入者の正体に気付いていた。

別に”デュエルダガー”自体は軍内で情報が公開されているし、それがここにあることも多少不可解だがあり得ない話ではない。

問題は、何故このタイミングで表れたのかということだ。それもあの動き、あれは普通のパイロットのそれではない。おそらく、格納庫で待機しているマヤと変態達も困惑していることだろう。

余談だがこの”デュエルダガー”と呼ばれる機体、『原作』では”ロングダガー”と呼ばれる機体である。機体コンセプト自体は『原作』もこの世界も同じなのだが、『ロング』と名付けられる原因である『奪われた機体の名を冠するのは嫌』という理由が消滅しているため、本来の予定通りに”デュエルダガー”と名付けられるに至ったという経緯がある。ユージの眼に表示されているのは、『原作』を基準とした名称だということだ。

 

「……」

 

アリアの問いかけにも、ユージは無言を貫き通すばかり。ただし、眉間の皺はドンドン深くなっていく。

じれったさから、アリアも声を大きくしていく。

 

「隊長───!」

 

「そこまでにしておきなさい、『フォー・パルデンス』」

 

突然その場に現れた男達、その中の一人が発した言葉を聞いた瞬間、アリアは目を見開き、口から言葉にならない言葉を発し始める。顔色はたちまち悪くなり、後ずさり始める。

その様子を見て、気づけない人間は”マウス隊”に存在しない。

今現れた存在は「やばい」と。

 

「……おや、他の場所でモニターすると聞いていたのですが」

 

「ああ、その通り、その通りです。たしかにそのようにするつもりだったのですが、少々気が向きましてね。せっかくですから共に見物させてもらおうかと」

 

先ほど部屋の中に入ってきたのは、白衣を着た3人の男性。その中でも、襟に大佐の階級章を付けた男が前に進み出る。

その男は、これといった特徴を持たない男だった。身長は170㎝前後、顔はわずかに丸みを帯びている。おそらく、東アジア系の血が混じっているのだろうと思われる。

だが、その男の目を見た瞬間にそのような些細な印象は吹き飛ぶ。

その男の右目は怒りの炎で何もかもを焼き尽くされたかのように強膜まで真っ赤に染まっていた。

そして左目には、どこまでも冷たく、そのまま周囲まで凍てつかせるのではないかと思わせる、漆黒の瞳孔が浮かんでいた。

 

「なるほど、気が向いたから。まあ、そのようなこともあるでしょう。ささっ、どうぞこちらに。『第358特別研究部隊』総括、レナード・チャーチル大佐」

 

「ああ、ありがとうございます中佐。流石、()()()()()()美しい血を引いているだけありますね」

 

『……っ!?』

 

ユージが務めて薄っぺらい笑みを保ったままシートに案内するが、彼とアリア以外の誰もが、その言葉に戦慄した。ユージの発した言葉、その中に、けして聞き流せない単語が混ざっていたからだ。

『第358特別研究部隊』。それは連合軍内で広く噂されているが、実在するという証拠を誰も持っていなかったために幻の部隊であるとされてきた部隊。

その役割さえも定かではなかったが、有力説とされていたのが『コーディネイターを抹殺するために、あらゆる手段を用いてコーディネイターを上回る人間を生み出す』こと。

『あらゆる』というところがポイントで、仕事でしくじった軍人はその部隊で人体実験されるのだというブラックジョークが酒の席などでの定番だった。

そんな曰く付き部隊のトップに相当するであろう人物がこの場にいる。いや、それよりも。

なぜこのタイミングで現れたのか?

 

「いやぁ、かなり良い動きをされますね。たしか、バアル少尉でしたか?あれほどの兵が所属されているとは、実に羨ましい限りだ」

 

「歴戦の軍人であるあなたにそう言われると嬉しいものがありますね。それを言うならこちらもですよ、()()相手に中々奮戦していらっしゃる。我々の想定では、既に戦闘は終了しているはずだったのですが……」

 

「おやおや、それは残念な光景をお見せしてしまいましたかね?」

 

「少しばかり。まあいずれそうなるのですから、大したことではありませんがね」

 

オペレーターとしての作業をこなしながら、エリクとアミカは背後で繰り広げられている話に思考を巡らせる。

 

(どういうことだ……話からして、あの機体は彼らが差し向けた物……わざわざこちらに知らせなかったことには意味があるはず)

 

(アリアちゃんの反応を見る限りー、なんかとんでもない関係な気がするー。そういえば、アリアちゃんがどうしてあんな歳で技術部なんかにいるのか気になってたけどー……)

 

(……まさか訓練中に事故に見せかけて、ヒューイ中尉を葬るつもりか!?こちらがそれにいくら抗議したとしても、あちらの背後にはとてつもなくデカい存在がいる。本当に人体実験なんてしてるなら、それこそ……)

 

(なんか、気付いちゃったかもー。アリアちゃんはあの部隊で人体実験かなにかされて、なんやかんやあって第8艦隊まで飛ばされた。その時のなんやかんやがトラウマになって、今みたいに怯えてるんだー)

 

(間違いないな)

 

(とりあえずー)

 

((こいつら、敵だ))

 

アイコンタクトを交わし、いつでも立ち上がれるように準備する。この手の人間は、思い通りにいかなければどんな手に出るかわかったものではないのだ。

そんな輩にユージ達を害させるわけにはいかない。今のところ、ここ(マウス隊)以上に快適に働ける場所は知らないのだから。

 

「どうしたエリク、アミカ。肩が強ばってるぞ?他の部隊から見られているのがこそばゆいのはわかるが、いつも通りで、な?」

 

そんな二人の肩にユージは手を置いた。エリクとアミカも、平常を装いながら返答する。

 

「も、申し訳ありません隊長。まさかこんな場所に、あの(悪名高い)『第358特別研究部隊』の方がいらっしゃるとは……」

 

「たいちょー、エリカはともかく私は緊張なんてしてないですよー?そりゃー、(マッド共の巣窟と噂される)『第358特別研究部隊』の人達が来たのは珍しいことですけどー」

 

「はっはっは、リラックスリラックス」

 

出来るか。二人の思考は一瞬だけ完全にリンクした。

ユージの虚無感漂う笑顔に、その袖を掴みながらもなんとか立っていますという風体のアリア。そしてそんなアリアを見てニマニマと笑っているレナード。

精神的不快指数が上限無しに上がっていくのを感じる。二人がイライラしていると、いつのまにかユージに掴まれている肩に違和感を感じることに気付いた。

通信士として一級の能力を持つエリクとアミカにはわかる。これはモールス信号、特殊な符号を用いる通信手段だが、ユージはそれを指拍で再現している。

 

(えーと、なになに?)

 

(ふむふむ、なるほど)

 

((『合図 を したら 撃て』))

 

この場で一番怒り狂っている人物は隊長だった。よく見たら額に青筋が浮かんでいる。

そりゃそうだ、と二人は納得する。

ユージからすれば、頼れる仲間であるアイザックを見くびられ、成長し始めてるアリアには悪影響しか与えず、ついでに「半分だけ綺麗」とユージの出自(ハーフコーディネイター)をあからさまにバカにしている。

キレる。絶対にキレる。

 

(どうすんのー……隊長激おこじゃん)

 

(落ち着け、隊長だって本気で撃とうとするはずがない。あちらから手を出さない限りは……たぶん)

 

アイコンタクトで簡単に意思疎通をこなすが、一つだけハッキリしていることがある。それは、”マウス隊”で働く内に気付いた、上官の主義ともいうべきもの。

ユージ・ムラマツは絶対にやらない、あるいは出来ないことはそもそも口にしない。───それは先ほどのモールス信号にも言える。場合によっては、本当にレナート達を銃撃するかもしれないということだ。

二人は密かに、銃の安全装置を外した。

 

 

 

 

 

”デュエルダガー” コクピット

 

殺す。殺す。殺す。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

こいつらのせいで。こいつらがいるから。こいつらは。

コーディネイターは、許してはいけない。逃してはいけない。

逃げるな!

ゴミ(デブリ)の影に隠れてこちらからの攻撃を防ごうとするが、そんなままで許すわけがない。ビームサーベルを引き抜き、切り刻もうとする。ああ、また盾で防がれた。

お前達にそんな戦い方はゆるされると思うか。お前達は、もっと卑劣で、あざ笑いながら、蹂躙してきたお前達は、どこ、へ───?

痛い。痛む。頭が酷く。

あれはなんだ?なんの光景?わたしは、だれ?

 

『さあ、あれが君の敵だ。あれを倒せばその痛みは止まるよ。その痛みは、奴らがいるから止まらないんだ。だから……殺せ』

 

……そウ、だ。このイタみは、やつラのせいダ。だカら、コろさネば?

 

「逃げるな、コーディネイタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

「まさか、接近戦にも長けていたなんてね!いや、こっちの方が本命か!?」

 

”デュエルダガー”の猛攻をなんとか躱し、距離を取るアイザック。だが、その言葉からは余裕が感じられない。

アミカ達から密かに送られてきた通信内容によれば、あの機体のパイロットは尋常な存在ではない可能性が高く、注意して欲しいとのことだったが……。

 

「デブリを蹴りつけて加速なんて、味な真似をしてくれるじゃないか!」

 

近接戦に切り替えてからの攻撃は、先ほどまでの正確なだけの射撃よりずっと苛烈で、驚異的だった。

どこまでも張り付いて、ひたすらに斬撃をたたき込んでくる。こちらもビームサーベルを抜いて応戦しているが、いつ拮抗状態が崩れるかわかったものではない。

だが、()()()()()()。あとはそれをどう手に入れるかだ。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第3司令室

 

「いいよぉ、そこだ!……ああ、惜しい!」

 

まるでスポーツ観戦か何かの様相だな、とユージは思う。

ここまであからさまな凶人にして狂人を見れば、転生だとかチートだとか無くたってわかる。───『ブルーコスモス』。その過激派と呼ばれる派閥の、更に先頭を独走するタイプだ。会話が成立しているように見えても、それは見えるだけ。相互理解の「そ」の字すら、彼は理解しえないだろう。

改めて、アイザックと対戦しているパイロットの名前を見る。

スノウ・()()()

たしか、ブーステッドマンの名字は全てソロモン72柱の悪魔から取られていたはず。そしてバアルは、72柱の中でも第1席を誇る悪魔。

 

(おそらく、宇宙世紀における『プロト・ゼロ』に相当する人物なんだろうな。開発した強化人間が実戦投入出来るレベルにまで到達したから、とりあえず連合軍でもトップクラスの腕前を持ち、なおかつコーディネイターであるアイザックと戦わせることでデータを取る。負けても改善の余地が見つかるし、勝てば勝ったで、『それだけの成果を生み出した』という実益と『憎きコーディネイターを上回った』という自尊心、両方得られる)

 

体よく使われていることといい、ここに至るまでの態度といい、気に入らないことばかりだった。

が、しかし。そこまでいってもユージは(青筋を浮かべてこそいるが)焦ってはいなかった。

 

「……ふぅむ、ムラマツ中佐。貴方はあまりこの戦いに興味が無いのですか?」

 

「いえ?予期せずして”デュエルAS”の戦闘データが採れていますし、あちらのMSの動きも実に素晴らしいと思います」

 

「その割には、ずいぶん涼しげな顔をしているようで」

 

ジロリ、と赤い目が向けられるが、ユージは小揺るぎもしない。そもそもたかが模擬戦の結果で一喜一憂してどうなるというのか。

しかし、ユージは嘘を言っていない。この戦いには興味がある。無いのは、この戦いの()()である。

 

「まあ、結果がわかった戦いですからね」

 

「……なんですと?」

 

レナードの顔が怪訝そうに歪むのを見て、ユージはこう返した。

 

 

 

 

 

「うちのアイクに、()()()()()()()です。それでもいい線いってたとは思いますがね?」

 

 

 

 

 

”デュエルダガー” コクピット

 

何故落ちない、死なない、止まらない?

唾棄すべきコーディネイターはこれまでも散々戦わされてきたが、尽くを討ち果たしてきた。

だが目の前ノこいつはなンだ?何をしてモ倒れない、コイツハナンナンダ!?

 

「いい加減に、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

そうこうしていると、唐突に絶好のチャンスが訪れた。目の前を飛んでいた敵が、デブリに脚部を引っかけたのか、バランスを崩したのだ。

敵はフラフラと、覚束なくデブリ帯を進んでいる。

()()は乗機を加速させ、ビームサーベルを振りかぶらせた。

当然訓練用に低出力にしているため、それで目の前の敵が死ぬわけではない。だが、今の彼女の思考の中からそのようなことは抜け落ちている。

排除しなければ。その一念に振り回されている。

 

「ははっ、間抜けが!これで、おわ───!?」

 

敵機の中に存在するパイロットの視線に射止められたような感覚を、彼女(狂戦士)は感じた。

フラフラとした動きは消え失せ、左腕を振りかぶった敵。その直後、敵は驚愕の行動を採った。

左腕に装備していたシールドを、こちらに向けて投擲してきたのだ。MSより一回り小さい程度ではあるが、相応の質量を伴っている。

水平に飛んできたそれを加速している”デュエルダガー”は避けられず、脚部に直撃。立場は逆転し、今度は“デュエルダガー”が不安定な機動をすることになる。

そして、そんな隙を見逃すアイザック・ヒューイではない。

”デュエルダガー”のコクピット、そのモニターにシミュレーション上のダメージ報告が表示される。

胴体にビームライフルが命中、戦死判定。火器の使用にロックがかかる。

私が負けた?こんな奴に!?

頭の中が怒りで埋め尽くされるが、その思考はそれを上回る苦痛で上書きされる。

 

「うあ、ガ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……!?」

 

動悸が止まらない、吐き気がする、頭が痛い!?

喉をかきむしりたくなるが、パイロットスーツにジャマされる。ヘルメットを脱ぐという簡単な思考も、今の彼女には出来ない。

 

「あ、ぁあああァアああアァぁぁァぁァ……」

 

うるさい、消えろ、おま、えは誰、───?

顔の形も髪の色も、何もかもが不明瞭で、しかし悲しげな顔をしている少女の姿が、見えた気がした。

彼女はそのまま、気を失った。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第3司令室

 

「実験終了、お疲れ様でした。両機は基地に帰投、第5格納庫へ。……いや、中々良いデータが取れましたよ。感謝します、チャーチル大佐」

 

「……それは何よりです、中佐。こちらとしても、有意義なデータが採れましたよ」

 

モニターには、何故か動かなくなった”デュエルダガー”を牽引する”デュエルAS”の姿が映っている。中に乗っている人物がどういう存在なのか知っているユージはその理由を察していたが、ここでそのことを話してはただ怪しまれるだけなので、いかにも「何も知りませんよ」という風に見せかける。

『第358特別研究部隊』の面子、特にレナードはいかにも面白くありませんという顔をしていたが、癇癪を起こすまでには至っていないようだ。部屋の中にいた”マウス隊”の面々は、銃にロックをかけ直す。

 

「さて、我々は格納庫へパイロットの様子を見に行こうかと考えているのですが、そちらはどうします?」

 

「既に専門のスタッフが向かっているので、そちらに任せます。我々はやることがありますので、ここで失礼させていただきます」

 

「そうですか、ご苦労様です。……ああ、それと一言だけ、よろしいでしょうか?」

 

「……なんでしょうか」

 

よりどす黒くなったような右目から放たれる怒りに、ユージは真っ向から言葉を叩きつける。

 

「無理のあるものに金を使うくらいなら、その金でMSを作った方が戦争は勝ちに近づきます。そうは思いません?」

 

「……」

 

実体を持っていれば、人1人どころか100人は殺せそうな視線を向けてから、レナード達は去って行った。

自動ドアが閉まり、その先に男達の姿が消えると同時に、オペレーター達は背伸びをしたり、安堵のため息をつく。アリアはへたり込んでしまったが、ユージから差し出された手を取ってなんとか立ち上がる。

 

「はーっ、生きた心地がしませんでしたよ」

 

「あたしもー。てか、やばくない?何がっていうか、何もかもー」

 

「まあ、だろうな。お疲れさん」

 

「隊長も、いいんですか?あんな喧嘩売るみたいに……」

 

「はんっ、あんなものが『喧嘩を売る』の範疇に入ると思うか。───上に行けば、もっと陰険なやり取りが待っているぞ」

 

そういうユージではあったが、眉間を揉み込んでいるあたり、相当緊張していたようだ。

あらためてエリクは、ユージに真相を問う。

 

「隊長、答えてください。隊長は今回のことを知っていたのではありませんか?彼らは何故、ここに来てあのようなことをしたのですか?」

 

「……」

 

「隊長!」

 

語気を強めるエリクに、ユージはぽつりと返す。

 

「慎みある人間は、それについてあまり深く考えるべきではない。───つまりそういうことだ。お前達は今日、極々普通の日常を過ごした、つつがなく実験は進んだ。今は、そういうことにしておけ」

 

それだけ答えると、ユージも格納庫へ向かおうとする。普段はアリアもそれについていこうとするが、まだ平常心を取り戻せていないようで、シートに座りこんで沈黙を保つ。

 

「隊長、せめてこれだけは答えてください。あれは、なんだったんですか。いったい何が乗れば、あんな動きになるんですか」

 

ユージはまたしても頭に右手を伸ばして制帽で表情を隠そうとするが、無いことに再び気付く。

行き場を失った右手で頭を掻きながら、ユージはエリクにこう返した。

 

「我々の新たな仲間だよ。スノウ・バアル少尉、今日からこの部隊に編入されることになる」

 

部屋中の人間がポカンとした表情をするのを見届けてから、ユージは司令室を後にした。

この隊長、とんでもない地雷をとんでもないタイミングで放り込んでいきやがったのである。

 

 

 

 

 

一方そのころ、プトレマイオス基地。

 

「貴様ぁ!何度外せば気が済むんだボケが!貴様が撃った砲弾の一発一発が、国民の血税が基となっている!そして貴様がそれを外す度に血税と、それを当てるための操縦手と車長の努力が無に帰すんだ!それが戦車なんだ!」

 

「す、すいませんマム!」

 

「『申し訳ありません』、だろうが!止まっている敵にも当てられない貴様のような奴がMSに乗るなどおこがましい、10発中10発が当てられるまで寝られると思うなよカス!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」

 

戦車の砲手席に乗せられてしごかれている、哀れにすら見えるキラ・ヤマトの姿があった。

この後彼は10発中7発まで命中させられるようになったが、その報酬は美人教官からの強烈なビンタと、「何故ぶたれたのか、明日までに考えてこい!このウスノロ!」という罵倒だけであった。

キラの苦難の日々は、始まったばかりである。




レナート「クソ共が、私を激昂させるんじゃあない……」
ユージ「うるせえ、バーカ!そっちこそ無駄遣いしてんじゃねぇよ!」

ついに出ました、『ブルーコスモス』と書いて『キ○ガイ』と呼ぶ連中。オリキャラではありますが、まあこういうキャラの1人や2人は原作でもいるかと。

それと、一つお知らせをば。
前回実施して、絶賛をいただいた「オリジナル兵器・武装リクエスト」ですが、予想以上の反響があったこと、「またやって欲しい」という要望があったことから、第二回を開催したいと思います!
詳しい内容は活動報告にて告知しています。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第49話「それぞれの思惑」前編

前回のあらすじ
スノウwith怪しげな白服「よろしくニキー」
ユージ「帰って-」

今回と次回は、いまいち需要があるかわからない地球連合の加盟国やZAFT、オーブの内情について触れていきたいと思います。
その中で、現在開催しているリクエストからもいくつか話の中に登場すると思います。あとがきで解説もするので、よければ最後まで見ていってください。


2/25

大西洋連邦 ホワイトハウス

 

「───では、そのように進めてくれ」

 

『かしこまりました』

 

その男は机の上に置かれた電話機の上に受話器を置く。ただそれだけだと言うのに、気品と剛気を同時に感じさせるのは、その男が傑物だという証明に他ならない。

ジレン・ミスティルJr.。大西洋連邦の現大統領であり、『ブルーコスモス』の№2を兼任する男。鮮やかな金髪をさらりと掻き上げる彼に、秘書が声を掛ける。

 

大統領(プレジデント)、お疲れさまです。午後の予定ですが……」

 

「ユーラシア、東アジアとの会談を終えた後にフロリダへ飛び、宇宙船工場の視察だろう?わかっている」

 

「はっ」

 

秘書の言葉を遮り、自分の記憶を基に今後の予定について淡々と述べる。

本当はこの男には秘書など要らないのではないだろうか。秘書はそう考える。

ジレン・ミスティルJr.。大企業を経営し、いまや地球の一大派閥となった『ブルーコスモス』の№2を代々務めるミスティル家に生まれた傑物。

実直な性格と他者を魅了するカリスマを持ち、生まれ持った地位と資産に甘んじることなく邁進し続ける男。

なによりも特徴的なのは、『ブルーコスモス』でありながらコーディネイターに理解を示し、なおかつ幅広く支持を集めることに成功していることである。

 

「コーディネイターに限らず、人間は生まれる親を選べない。金を積んで尊い生命を弄ぶ遺伝子操作技術は否定すべきものだが、それによって生み出されたコーディネイターもまた、被害者である。かつて先人達は『トリノ議定書』によって新たにコーディネイターを生み出すことを禁じたが、失敗した。私は誓う。今度こそ悪しき因果を断ち切ること、すなわち不必要な遺伝子操作を完全に禁止することを。その先にナチュラルも、そして既に生まれ出てしまったコーディネイターも関係なく暮らすことが出来る世界があるのだ」

 

彼の主張は要約するとこのようになる。

ナチュラルもコーディネイターも関係なく過ごせる世界、それこそが真に蒼き清浄なる世界。

見ようによっては八方美人をしようとしているようにも見えるが、持ち前のカリスマがその言葉に現実味を持たせる。───この男なら、やってくれると。

今大戦の開始後も悠然とした態度で的確な政策を実行し続けており、先日結ばれた休戦協定の際についた異名が『あと1年就任が早ければ戦争を防げた男』。

そんな彼は休戦中も多忙に追われる日々を送っている。むしろ、休戦協定中だからこそ多忙なのかもしれない。

未だ完全に解決していないエネルギー問題に各国との連合加盟国や中立国との関係構築、休戦明けに備えた軍備増産。やるべきことはいくらでもある。

 

「大統領、それと昨日の件なのですが」

 

「昨日というと、戦費引き上げの件か。たしかにかなり粘られたが、議会や国防総省との折り合いは付けられたはずだが?」

 

「……アズラエル財閥より、再考の要請が届いております」

 

例えば、物わかりの悪い味方への対処とか。

『ブルーコスモス』は軍部だけではなく、議会にも一定数存在している。そんな彼らは先日更なる軍拡の必要性について議会で熱心に語ったものの他の議員と真っ向から対立し、大統領からの支持を取り付けるために連絡を取ってきたのだが、ジレンが拒否したことで目論見が頓挫したはずだった。

そして今度は、『ブルーコスモス』でもジレンよりも上の立場にあるムルタ・アズラエルを頼ったのだろう。

 

「やれやれ、私を説き伏せられないからと盟主にすがりついたか。───NOと返答しておけ。既に決定したことだ」

 

「よろしいのですか?」

 

「彼は『ブルーコスモス』の盟主だが、同時に優れた経営者でもある。絶対に無理なことを無理強いするような人間ではない。おそらく、彼らの顔を立てて一応は要請したという体面作りだろう。ハッキリと言えばしつこくは迫ってこない」

 

「かしこまりました」

 

「そんなことより、連合軍の今後の戦略プランについてなのだが……何か、進展はあったかね?」

 

№1を介した要請をもバッサリと切り捨てた彼は、休戦明けに備えた今後の戦争へと話題を移す。

先日『セフィロト』に”ストライク”が到着したことで、次期主力MSである”ダガー”の量産態勢が整った。今の連合、とりわけ大西洋連邦では機体の量産と、『ストライカーシステム』の更なる可能性の追求に力を費やしていた。

 

「はっ。各地の工場では”ダガー”本体とストライカーパックの量産は滞りなく行なわれており、現在は特殊環境下でのストライカーの研究・開発が行なわれているとのことです」

 

「特殊環境下?」

 

「砂漠や水中など、通常の装備では戦闘が困難になると予想される地域での運用、あるいは艦隊防護や突撃などの極々限定された用途で運用されることから、特殊環境下という形でひとまとめにしたようです。いくつか概要が届いておりますが、ご覧になりますか?」

 

「ふむ、そちらの考えには疎いのだが見せてくれ」

 

ジレンがそう言うと、秘書は前もってプリントアウトしていた計画書を差し出す。

それらには、様々な姿をした”ダガー”の姿が記されていた。

 

「ホバーシステムを組み込むことで地球各地を踏破することが出来る性能を持たせた、”パワード・ダガー”、

狙撃・電子戦に対応した偵察用の”ホークアイ・ダガー”、

重砲撃に特化した”ファランクス・ダガー”か。

他の2機はともかく、”ファランクス・ダガー”の役割はランチャーストライカーで賄えるのではないかと思うのだが?」

 

「提案した者が言うには、『ランチャーストライカーは一定の機動力を確保しているため、パイロットや運用次第で器用に立ち回ることが出来る。逆に”ファランクス”は砲撃に特化しているため、艦隊戦などではこちらの方が需要があると思われる』とのことです。ただ、高コストな装備となることが予見されているため、まずは試作機を作って様子見をするとのことです」

 

「そうか……ありがとう」

 

「いえ。それと、MSの配備が進んだことで余り気味の”メビウス”についてですが、偵察機としての改修や、宇宙用に開発されたことに由来する高い機密性を活かして水中戦用MAに流用するプランが提出されています。ご覧になりますか?」

 

「いや、そろそろ昼食の時間だ。フロリダまでの機内で読ませてもらおう」

 

「かしこまりました」

 

そう言って男は机から立ち上がった。

彼は理解している。この戦争が歪なものであると。

彼は分析している。大西洋連邦を脅かし得るあらゆる存在を。

彼は自覚している。自分の決断で世界を動かせることを。

故に彼は揺るがない。自分が揺らぐことが大西洋連邦を揺るがすことを知っているから。

だから、今日も戦うのだ。彼なりの、彼にしか出来ない方法で。

 

「それとミスティル本邸から連絡です。ヒルデガルダ様からのメールが届いたと」

 

「今すぐ家に連絡し私の端末に送信させてくれ、今すぐだ。ハリーアップ!」

 

世界の命運の一端を背負っても揺るがないこの男を揺るがすことが出来るのは、愛する家族からの便りくらいだろう。

これくらいの愛嬌を備えているくらいがちょうどいい、秘書はしみじみそう思うのだった。

 

 

 

 

 

総括「大西洋連邦」

:大西洋連邦はストライカーシステムや余った”メビウス”などの研究・改修を主軸とした戦略に則っている。

これは「”ダガー”を上回る総合性能を持つMSは今大戦で出現しないだろう」という見通しや、既存の兵器を出来る限り応用することでローリスクハイリターンを狙っているため。

全体的にMSを主軸とした戦法にシフトしつつある。

イギリスとアメリカが主となって成立した国家であり、かつての再構築戦争ではユーラシア連邦の母体となったEU・ロシア連合との戦争をきっかけに誕生した。旧アメリカ派閥と旧イギリス派閥の関係は悪くはないが、良いとも言えず、時折火花が散るくらいの関係。

旧イギリス派閥が最近大きなリアクションを見せていないことをジレンは警戒している。

 

 

 

 

 

2/26

ユーラシア連邦 ブリュッセル 

 

「───であるからして、我々は更なる軍備増強を行なう必要があるのである!立ち上がれ、同志諸君よ!今こそ人類の脅威たるZAFT、そしてその尖兵と成り果てた汎ムスリム会議に対し、鉄槌を下す時だ!」

 

Ураааааааа!!

 

その場に集った人々の内、実に半数以上が雄叫びを上げ、議場を揺らす。その熱気は建物全体が揺らぐのではないかと錯覚するほどだった。

しかし、それとは対照的に白けた雰囲気を見せる者達がいる。

ここはユーラシア連邦、ブリュッセルに存在する連邦議事堂。その場には集う人々は2つの集団に分けられる。

ずばり、『旧ロシア出身者』と『それ以外』である。

ユーラシア連邦では、かつて再構築戦争においてその力を奮った旧ロシアとその出身者が大きな発言力を保持している。結果、どのような会議でも旧ロシア派閥の意見が優先されることが多々有り、同じくユーラシア連邦の母体となった旧EU派閥からは大いに不興を買っている。

 

「そのための策として、我らの優秀な技術者達は1つの解答を示した。全兵士の質を大きく向上させるための策、すなわち『パベーダ・プラン』!これらが戦場にもたらされた時、それが我らの勝利となるのだ!同志諸君、今こそ大いなる大ロシアの復活の時だ!」

 

そう宣言する現ユーラシア連邦議長、マキシム・アグーリンの姿を見て、旧EU派閥出身者の面々はこう思う。

 

(勝手にやってろイワン)

 

(巻き込むな全国民アルコール中毒者共)

 

(急性アルコール中毒で皆くたばればいい)

 

(一応)仲間内だというのにこの仲の悪さ、実に頭C.Eである。

なんだ、「兵士の脳内にエースパイロットのデータをインプットしたチップを埋め込むことで兵士の質を向上させる」って。

問題無く異論無く受け入れられるこいつらは、愛国心でもロマンチズムでも、はたまたアルコールでも何かしらに酔っているに違いない。それがこの場にいる旧EU派閥出身者の共通する意見であった。

とは言え、彼らも旧ロシア派閥に好きにやらせるわけではない。彼らなりの方法で手を打っていた。

先日行なわれた『第2次ビクトリア基地攻防戦』において、ユーラシア連邦を中心とした連合軍は敗れ、基地を失うことになってしまった。それだけであれば苦い思い出でしかないのだが、一筋の光明が残されていた。

“ノイエ・ラーテ”と呼ばれる新型戦車が、想定外の大活躍を見せたことである。旧ロシア派閥が報復だ鉄槌だと狂乱している中、旧EU派閥はこれに目を付けた。

 

「大西洋連邦に純粋なMS技術で勝つことは難しい。ならば同じ土俵で競おうとするよりも、別の方向からアプローチするべきである」

 

これが旧EU派閥内での共通意見であった。要するに、それぞれの持ち味を活かす方向にシフトしたということである。

ユーラシア連邦は連合加盟国の中で最大の国土に相応しい兵士数を誇っている。これを最大限に活かすにはどうすれば良いか?その答えは簡単、それだけの兵士を乗せることが出来る数の兵器を作れば良い。

”ノイエ・ラーテ”を開発した「通常兵器地位向上委員会」が以前に提出していた開発プランを再び精査したところ、それに相応しいものが見つかった。

1つは”リニアガン・タンク”の改良型。といってもこれはマイナーチェンジに近いものであり、武装の再設計や装甲強度の見直し、砲塔旋回速度の向上といった細々としたものが中心となる。だが最大の旨みは、新型OSを搭載することによって従来の3人乗りから2人乗りに移行させられるということだ。

戦車は通常、操縦手と砲手、そして車長の3人乗りが基本となっている。ここに新たなる支援OSを搭載することが出来れば、砲手としての役割を車長に兼任させ、2人乗りが実現出来るのだという。

もちろん乗組員の負担が増し、性能が低下するというデメリットもある。しかしそこは各所の再設計や、2人乗りに改良したことによって単純に1.5倍の数を揃えられるというメリットで十分以上に補えるのだという。

2つ目は、”ネッフ”爆撃機。純粋な爆撃機として設計された機体である。

一度Nジャマ-によってズタズタにされた航空連絡網だが、Nジャマ-影響下でも使用可能な通信手段の研究が進んだ結果、以前に比べると少し見劣りする程度には水準を戻すことが出来るようになった。そこに注目し、改めて対地攻撃に特化した爆撃機を設計したのが本機とのことだ。

ZAFTの主力空戦機である”ディン”の攻撃に耐えるだけの装甲と、他を隔絶する積載量を持つ本機はこれからの地上戦を優位に進めるキーパーソンになり得ると設計者は太鼓判を押している。

副次効果として、これまでは”ディン”からの襲撃に対抗するために無理矢理”スカイグラスパー”に爆撃装備を取り付けていたところを、本機の導入によって全ての”スカイグラスパー”を空戦に宛がえるようになるとも書いてある。やらない手は無い。

他にも、現在『アルテミス』では”アルテミスの傘”のシステムをMSに搭載するためのテストが行なわれているという。それさえ完成すれば、宇宙でもイニシアチブを得ることが出来る。

そしてZAFTとの戦争に隠れてこれらを量産し、戦争終結後に旧ロシア派閥などは滅ぼすのだ。

 

(この戦争が終わったら、次は貴様ら狂人どもだ)

 

(精々酔っ払っていればいい、我らが喉元を掻き切る時までな)

 

(今に見ていろアル中原人、全滅だ!)

 

永久凍土すら溶かし尽くすのではないかと思わせる熱狂の中、彼らの命を絶つための刃は密かに研がれていた。

 

 

 

 

 

総括「ユーラシア連邦」

:一番国内が不穏な空気に包まれている連合加盟国であり、一番ZAFTに対して憎しみを抱いている勢力でもある。

エイプリルフール・クライシスによって地球全土で核エネルギーが遮断され、地球最大の国土を誇るユーラシア連邦は最も大きな被害を負った。特にロシアエリアでは、エネルギーの遮断=暖房のシャットアウトを意味し、とりわけ餓死者や凍死者が増えた。このことから旧ロシア派閥はZAFTどころかプラント全てを根絶やしにしかねない程に怒り狂っている。旧EU派閥も大きな損害を負い、国家に対して不信感を抱いた一部の地域ではデモが頻発するなどZAFTに対して大きな怒りを持っているが、それはそれとして旧ロシア派閥が冷静さを失っている今が好機と捉えている。

実質2つの勢力が無理矢理1つにまとまっているような国家であり、戦後が一番不安な国家でもある。

ここまでそれぞれの派閥間での関係がこじれているのは、かつて再構築戦争時にロシアが主導してユーラシア連邦を設立した、つまりロシアがEUを取り込んだためである。

常任理事国の1つであるイギリスの離脱による大幅なパワーダウンと解決しない中東からの難民問題で混沌の渦中にあったEUに、ロシアはアメリカやイギリスを打倒するために同盟を迫った。その要請を躱せるほどの余裕は当時のEUには存在せず、結果として対米英戦線への鉄砲玉とされてしまった経験があり、それ以来連邦内では両派閥間での(しのぎ)の削り合いが繰り返されている。

旧ロシア派閥は兵士へのインプラントによる質的向上を、旧EU派閥は通常兵器の発展を主軸とした対ZAFT戦略を構想として持っている。

 

 

 

 

 

2/25

東アジア共和国 台北市 最高議場

 

「我々はこのように考えているのですが、どうでしょうか?」

 

「ふむ、我らに異論は無い」

 

「ではこのように」

 

その場所は異様な緊張感に包まれていた。

12人の人間が円卓囲み、一見和やかに、かつ円滑に話し合いが進んでいるように見えるが、その場に存在する人間の中で『本物の』笑みを浮かべているのはただ2人だけである。

渡辺銀太(わたなべぎんた)王子轩(ワン・ズシェン)。彼らは東アジア共和国の2大派閥である旧中国派閥と旧日本派閥、それぞれのトップに相当する人物である。

かつて強大なロシアに抗うために同盟を結んだ両国は、当時実質GDP(国内総生産)で2位と3位の国だったこともあり、東アジア共和国内でも大きな発言力を有していた。

この場所は東アジア共和国の「チャイナエリア」「ジャパンエリア」「コリアンエリア」「台湾エリア」から集った、各エリアの代表達が集う会議場なのだが、その議席数はチャイナとジャパンが4つ、コリアンと台湾が2つであることが彼らの力関係を表している。

 

「渡辺代表、これを見て欲しい。先日、チャイナエリアの戦略研究所が提案してきた大型輸送機の開発計画なのだが……」

 

「拝見します。……これは、ずいぶん凄まじい物を提案してこられましたな。輸送機というより、空中要塞ではありませんか」

 

「ええ、まあ」

 

苦笑する王。渡辺は渡された紙の資料を読み進めていく。

 

「MSの数十機搭載が可能な積載量とサイズ、さらにはシャトル中継基地としての機能さえも備える、ですか。予想される開発費用は……これまた凄まじい」

 

「でしょう?私もそう思ったのですが、設計者の意見を聞く限り、必要になると思うのです」

 

「聞かせてもらえますか?」

 

ほぼ2人で進められていく会議だが、他の10人も何もしていないわけではない。

チャイナエリアは資料を見た他エリアのメンバーの動きを注意深く観察し、ジャパンエリアのメンバーは資料を食い入るように精査する。

台湾エリアの人間もジャパンエリアと同じように注意深く資料を見ているが、コリアンエリアのメンバーは刺々しい視線をジャパンエリアに向けている。

 

「我々東アジア共和国は、他の2大国家と比べるとわずかながら国力に劣ります。先月のカオシュン攻防戦で、私は更にこうも考えたのです。今マスドライバーを失ってしまえば、我らは連合における一切の発言権を失ってしまうのではないかと」

 

「たしかに、ビクトリアが陥落したことで南アフリカ統一機構は大きく発言権を削がれ、かの基地を共同開発したユーラシア連邦も大きく力を削がれましたからね。ユーラシアでさえそうなのだから、我らの場合はもっと悲惨なことになる、と」

 

「その通りです。ZAFTだって、1度失敗した程度でカオシュンの攻略を諦めるとは思えません。虎視眈々と機会を窺っているはずです。その時に、他国にアピール出来る何かが無ければ我らは見捨てられるでしょう」

 

「その何かが、これだと?」

 

「はい。超大型輸送機”大鷲(ターチオ)”。これが、我らだけの力があれば、地上で一定の発言力を維持し続けることに成功するでしょう」

 

「大西洋連邦にはMSの研究で、ユーラシア連邦には物量で水を空けられていますからね。独自の強みを確保しておくことは必要でしょう。───それで、チャイナエリアはジャパンエリアに何をして欲しいのですか?」

 

目を細める渡辺に、王は口端をつり上げ、確信する。やはり彼こそ、自分と並び立つに相応しい人物であると。

 

「渡辺議員!何ですかその物言いは!」

 

「控えろ君礼準(クン・イェジュン)。そのような些細なことで会議を乱すものではない」

 

「くっ……」

 

コリアンエリアの議員が激昂するが、かつての宗主国であり現在も実質目上の立場にあるチャイナエリアの王から言われては大人しく引き下がるしかない。

 

「よろしいですか?」

 

「ああ、すみません。率直に言うと、そちらのフジヤマ社から何人か、技術者を派遣してもらえないでしょうか?東アジアでもっともMSの技術に長けた会社であるのは明白、よって力を借りたいのです」

 

「フジヤマ社、ですか。……難しいですね。彼らは今、独自のMS開発のために力を注いでおります。先日”ポセイドン”の陸戦改修型のテスト機がようやく出来上がったばかりでして……」

 

「それは聞いています。しかし、これが完成した暁には我らの地位は盤石となるのです」

 

「……」

 

渡辺は考え込む素振りを見せる。

彼自身としては、この計画に不満は無い。自分達だからこその強みは必ず必要になるし、この”大鷲”はそれを満たすことが出来る価値を秘めている、と考えている。

それが実現可能かどうかが問題となるのだが……。

 

「わかりました。なんとか人員を派遣出来るようにフジヤマ社に要請してみましょう」

 

「ありがとうございます、必ず素晴らしい物が出来るでしょう。───他に議題はありましたかな?」

 

「ジャパンエリアからは特にありません」

 

「台湾エリア、ありません」

 

「……コリアンエリア、ありません」

 

「では、これからも東アジアの共栄のために」

 

その一言を以て会議は終了し、席から議員が立ち上がっていく。クンが渡辺をにらみつけながら去って行ったことを除けば、円満に終わったと言えるだろう。

渡辺と王が最後に円卓から立ち上がる。

そして目を合わせた2人は、ニヤリと野心に満ちた笑みを見せる。彼らは同じ大学、同じ学科で学生生活を送った友であり、ライバルでもあった。

彼らには夢がある。授業の合間に、飯時に、寮部屋での酒の席に語り合った夢が。

ZAFTなど大西洋連邦やユーラシア連邦に任せれば良い。プラントの技術も、今となっては固執するものではない(無論もらえるものはもらう主義だが)。

彼らはこの戦争の先を見据えていた。すなわち───2大国家との戦争を。

ZAFTが起こした様々なイベントは、見事に世界を引っかき回してくれた。半ば凝固しつつあった世界情勢は崩れ、それぞれの国が抱える闇も噴出し始めた。

もちろん東アジア共和国にも言えることだが、自分達が舵取りをやりきってみせればいいだけのことだ。

戦争が終われば、おそらくユーラシア辺りが大きく動き始めるはずだ。この戦争ではできるだけ消耗を抑え、かつ国家の規模を拡大する必要がある。

彼らのさしあたりの目標は、明確に敵に回ってくれた大洋州連合を吸収することである。

かつて先人達が夢に見て、しかし実現することはなかった大いなる野望を叶えるために。

 

((我らが夢見た、『大東亜共栄圏』の実現。いずれ来るその時のために))

 

東アジア共和国はその時のために力を蓄え続ける。

世界を手にするのは、我々だ。

 

 

 

 

 

総括「東アジア共和国」

:共和国を謳ってはいるが実体は複数の国の同盟であり、その中でもチャイナエリアとジャパンエリアがもっとも大きな発言力を持っている。力関係を具体的に示すとこのようになる。

 

チャイナ=ジャパン>台湾エリア≧コリアンエリア

 

なぜこのような力関係になったのか。それはやはり、再構築戦争を起源とするものであった。

元々中国はかの戦争において日本と敵対しており、ロシア・EU連合との戦争状態に陥ったアメリカが日本の防衛を放棄したことで、実質「中国対日本」の関係が出来上がった。

国力の中国と技術の日本、両方が守勢的な国だったこともあって戦争は泥沼化していくと思われた(中国は日本を太平洋進出の足がかりにする目論見があったため、核兵器の使用を渋った)。

ところが、双方が疲弊したところに介入してきた国家が存在する。

ロシアである。EUを米英にぶつけたことで余力のあったかの国は、疲弊した中国と日本を取り込むために戦争に介入、勢いに乗って中国から黒竜江省、日本から北海道を奪い取ることに成功した。

かつて様々な国との戦争で敗北を喫した経験があり「このままでは負ける」と直感した中国と、(自称)平和主義者達がソロモン諸島辺りまで「平和主義の理念を守るために」逃亡したことで戦争に前向きに取り組むようになった日本が急遽結託。

発言優位を保ちたい中国に日本側は強気に応じ、ダラダラ話し合う訳にもいかない中国が日本との対等な関係を認めたために現在の「チャイナ・ジャパン2大巨頭体制」の土台が出来上がった。

空前絶後の同盟は、ロシアを押し返すことは出来なかったものの、押しとどめることに成功。同盟が大きな益となることを理解した双方が対等な関係を維持し続けることを選択、そのまま朝鮮半島や台湾などを取り込んだ。

台湾の扱いに揉めたこともあったが、「一度台湾の独立を認め、その後に東アジア共和国の一部として迎え入れる」ことで、台湾にアイデンティティの保持を認めつつも、自分達の旗下に取り込むことに成功した。

朝鮮半島は日本の扱いが中国と同等であることに反感を持ち問題行動をいくつか起こしたが、「日本が味方になった中国」「9条を踏み倒した日本」によって一気に鎮圧されてしまい、後の発言権の低下を招いた。

ハッキリ言って、この世界でもっとも面倒な成り立ちを持つ国家。チャイナとジャパン、双方のトップが友好的であることから一番国内情勢が安定している国でもあるが、連合加盟国の中で一番不穏なことを考えている国家でもある。

独自の強みを活かす方向性を持ち、着実に地球で勢力を拡大するためのプランを練っているが、戦後を見据えすぎてZAFTへの警戒がおろそかになりつつある。

カシン達エースパイロットの力を重要視し、特別な兵士を養成する「衛士計画」なるものを考案しているという噂もあり、謎も多く抱える。

結論、一番面倒くさい。




長くなったので、前後編に分けます。
後編はオーブやZAFTに焦点を当てる予定です。

以下、今回の話の中で登場した兵器の解説です。
現在開催している「オリジナルMS・兵器リクエスト」の中からもたくさん採用させていただきましたので、興味のある方は覗いていってください!

警告:非常に長いので、細々した設定に興味の無い方はブラウザバックをオススメします。
今回は重大告知の類いもないので、安心してください。



○パワード・ダガー
”ダガー”系のバックパックと脚部を変更し、ホバー移動を可能にしたタイプの機体。
バックパックと脚部のイメージはサンダーボルト版の陸戦型ガンダムS型。
海上と陸上をスムーズに移動可能なホバーは、島々が多い地域や足場が沈む雪原、砂上で有効であると判断されたため、開発が決定した。
しかし本作ではMSをホバーさせられるだけの技術があるかどうかがあやふやなので、開発は多少難航しているという設定になる予定。
「あのぽんづ」様のリクエスト。

○ホークアイ・ダガー
”ダガー”をベースに開発が進められた電子戦・狙撃対応型偵察用MS。
ZAFTの”長距離強行偵察型ジン”をモチーフとした機体で、その役割から単機運用となるため生存性を高めるべく総合的に高い性能を有している。
(センサー類の向上化によってサブパイロットは不要となり、単座型となっている)
電子戦・狙撃対応型偵察用MSと名を打ってあるが、その高性能から電子戦用バックパックを取り外せば戦闘運用は可能。
また、狙撃特化ではなく狙撃“も”行える機体であるため、近距離戦なども行える。
高性能ゆえに高コストな機体にはなってしまったが元々単機での運用のため採用、前線に送られた。
機体カラーはその運用地域によって変更されるが、初期製造機はモチーフに因んで黒。
武装は折りたたみや出力の調整が可能な新型ビームスナイパーライフル、大腿部に備え付けられたホルスターに収められた2丁のビームガンやビームサーベル、そして電子戦用に開発された新型バックパック。
状況に応じてマシンガンやシールド(ダガーのもの)
このバックパックは索敵や情報収集だけでなくジャミング電波を発信したり、パイロットの能力次第でハッキングをかけることも可能な代物。任意でのパージも可能。
「佐藤さんだぞ」様からのリクエスト。

○ファランクス・ダガー
”バスター・ダガー”と同時期に開発され、同機以上の砲撃能力と防御能力を獲得した機体。機体カラーは赤と白のツートンカラー。
しかしその代償として、当然のごとく大幅な運動性の低下や生産コストの増大を招いている。
”バスター・ダガー”に似ているが3本のアンテナを持つ頭部を有している他、全体的にゴツいシルエットになった。特に目を引く大型バックパックは、豊富な武装を十全に扱うための新型冷却装置も兼ねている。
非常に多くの武装を有しており、ここに書き切るのはめんd……困難なので「第二回オリジナル兵器リクエスト」の中の該当箇所を見てくるのがてっ取り早い。
元ネタはラーズアングリフ。
「刹那ATX」様からのリクエスト。

○EWACメビウス
”メビウス”の改修機。主力を”ダガー”に切り替えるにあたって、
既に生産済みの”メビウス”及び生産ラインを無駄にしないための開発プラン。
空気抵抗を考慮しなくともよい宇宙で運用する事に加え、全方位を警戒する必要が有るため球状のレドームを装備している。
また、岩塊やデブリに係留するためのアンカーを装備した簡易腕や、有線カメラユニットなど索敵に用いる機器を充実させている。
これらの改修を施したことで直接戦闘力は非常に低いが、そこはMS以上の加速力で逃げ回るコンセプト。
前述の”ホークアイ・ダガー”が高コストな機体であるため、その穴を埋める目的でもこの開発プランは速やかに実行された。
「1000-Re:Q」様からのリクエスト。

○フィッシュメビウス
これまた不良在庫化しつつあった”メビウス”の流用プラン。高コスト故に量産が難しかった”ポセイドンデュエル”の穴を埋める目的で開発が計画された。
レールガンを排して魚雷を満載。単独戦闘は最初から除外して3、4台でチーム組みポセイドンの随伴機として活用する。援護はもちろんポセイドンの装備を運搬することもできるし有線で無人化して策適用など多用途で用いることが出来ると考えられる。
元ネタは宇宙世紀の”フィッシュアイ”らしく、元々宇宙用に開発された”メビウス”は気密性が高く、水中機に流用出来るのではないかという思考もあり採用。
「ms05」様からのリクエスト。

○『パベーダ・プラン』
”インスパイアテスター”の効果を見て味を占めた旧ロシア派閥が次に着手した計画。
その実体は「優秀な兵士のデータをインプットしたチップを脳内に埋め込み、彼らの能力を再現させる」というもの。
特定の音楽や音声を聞かせることで起動し、脳内のチップが起動した兵士はエースパイロット並の動きが出来るようになる。
弱点としては、一度埋め込んだチップの更新が出来ないこと、データに無い敵機に遭遇した場合動きが極端に鈍くなるなどが挙げられる。
ユーラシア連邦の”ブルーコスモス”が関与しているという。
余談だが、このリクエストに酷似した存在として宇宙世紀の「バイオ脳」技術がある。アムロ・レイの戦闘データをインプットしたバイオ脳をパイロットとしたMS”アマクサ”は非常に強力だったが、トビア・アロナクスの「一度もアムロが見ていないだろう攻撃=初見殺し」によって撃破されている。
「kiakia」様からのリクエスト。

○ネッフ
「通常兵器地位向上委員会」から提出された新型爆撃機の開発プラン。
「ニュー・イラ・フライング・フォートレス」の頭文字から取って”ネッフ”(NEFF)とした。
いうなればC.E版の”デプロッグ”だが、こちらはMSやNジャマ-の存在を前提として設計されているため、総合的にはこちらの方が性能は上であると思われる。
自衛能力強化のために対空レーザーの搭載も検討されているという。
「モントゴメリー」様からのリクエスト。

○ポセイドン陸戦化改修案
「カオシュン攻防戦」で「G」が与えた影響から、「戦後の政治的な発言力の喪失」を予見した「東アジア共和国上層部」により提言された。
当初は政府上層部が「政治的なインパクト」から独自開発に拘っていたものの、用兵側の「早期戦力化の声」と「フジヤマ社」の「MA製造のノウハウしかないために時間がかかり過ぎる」という回答、「ユーラシア連邦」や「オーブ首長国」が既に開発に着手しているとの情報が諜報部門からもたらされた事で路線を変更。先ずは「身の回りの技術を活用」して「G」に近い機体を送り出して「実績」とし、そこで得た技術と知見、経験を基に独自開発をするものとした。
「ポセイドン」の「OS」や「PS装甲」、「フレーム」はそのまま活用。「海洋戦装備」をオミットし武装は「カオシュン攻防戦」で大量に鹵獲されたザフトの武装を連合規格に改定した物や損傷した「リニアガンタンク」の主砲を改修したキャノン砲、「陸戦型テスター」で使用されている「ビームライフル」を採用して早期戦力化を目指す。
元ネタは「08小隊」に登場する「ガンダムEz8」とのこと。
「taniyan」様からのリクエスト。

○大鷲(ターチオ)
「カオシュン攻防戦」で「地上マスドライバー」を本当に失ってしまった場合、「大西洋」や「ユーラシア」から見捨てられてしまう危険性に気づかされた「東アジア上層部」が「フジヤマ社」を巻き込んで「既存の輸送機」を拡大・大型化して建造が進んでいる。
「プラントの打倒」、「プラント理事国」への返り咲きが現状では難しいため「地球連合での発言力の維持」、「再構築戦争」から一部領土を不当に占拠し続けている(東アジア目線)「ユーラシアに対する圧力」を目的として「採算を無視」して「シャトル中継基地」、「空中要塞」としての機能も同時に求められている。
モデルは宇宙世紀の“ガルダ”級輸送機。
こちらも「taniyan」様からのリクエスト。



以上、今回登場がほのめかされた、「オリジナルMS・武装リクエスト」からの採用リクエストです。
繰り返しお伝えしますが、次回はオーブやZAFT、その他の勢力からの目線での話をする予定です。今回登場しなかったリクエストも、そちらで登場するかもしれないし、しないかもしれません。機会はこの作品が終わるまでいくらでもあるので、今登場しなくても気を落とさないで欲しいです。
皆様、多くのリクエスト案、本当にありがとうございます!
現在「第二回リクエスト」を募集中(執筆時点)です。今回の話を見て興味が出たという方も、是非こぞってご応募ください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第50話「それぞれの思惑」後編

前回のあらすじ
地球連合軍、まとまりが無かった(周知の事実)

今回はZAFTやオーブのお話になります。
色々と作者好みに設定を生やしたりしてますが、ご容赦ください。


2/25

プラント 『ディセンベル・ワン』 ZAFT本部

 

「どいつもこいつも……話にならん!」

 

パトリックは激怒した。必ず、かの楽天的な議員どもを除かねばならぬと決意した。

パトリックには「和平」がわからぬ。パトリックは、復讐者(アベンジャー)である。MSを作らせ、兵を侵攻させてきた。

故に「弱腰」に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「奴らときたら、会議で口を開く度に和平和平と……今更そんなものが通ると思うのか?我らは多くを敵に回してきたのだ、そんなこともわからんのか!」

 

先刻までパトリックは、プラント最高評議会の定例会議に出席していた。それぞれの市の運営状況についての議題が終了した直後に、シーゲル・クライン率いる『クライン派』が会議で発言してきたのだ。

 

『ビクトリアを落とすことにも成功したのだし、ここらで連合にも我らの力を示せただろう』

 

『人手の不足が誰の目から見ても明白になってきた。これ以上は戦争どころではない』

 

『せっかく休戦にまで至ったのだから、この勢いのまま和平交渉を進められないだろうか』

 

色々と細かい事情を並べているが、結局誰も彼も、「戦争をやめたい」と言っているのだ。

元から戦争をやめる気などパトリックには無いが、流石に「現実を見ていない」発言の数々に対して辟易しているのだ。

 

奴ら(ナチュラル)我々(コーディネイター)も、奪い奪われを繰り返してきたのだ。───決着を付けなければ気が済むものか」

 

勝利した、敗北したが問題なのではない。何を得て、何を無くしたか。戦争の本質とは結局、そんな単純なものでしかない。

今和平交渉をして、向こうにとってメリットがあるか?我らに一方的に攻められて、一方的に奪われ、我らに対抗出来るだけのMSの用意が出来てきたであろうこのタイミングで。

そんなことを認められる人間がいるものか。失った分の補填をどうにか得なければ、奴らだって戦争をやめられない。

中途半端が許されない段階まで来てしまっているのだ。勝つか、負けるか。

 

「とは言え、まったく理解出来ない意見ばかりというわけでもない」

 

『原作』ではひたすらにナチュラルへの復讐を望む狂人と化し、この世界でもそうなりつつあるパトリックであったが、この時期のパトリックにはまだ多少の冷静さが残っていた。

未だ最高評議会議長に就任していない=プラントの全てを背負っていないこと、満足いく出来ではないがビクトリア基地の攻略に成功していたことなどの要素が存在していたことが理由である。

 

「アマルフィはきっかけさえあればこちらに引き込むことが出来なくもない……だがホワイトは難しいかもしれんな……」

 

『クライン派』『ザラ派』の中にもさらに『積極』『消極』の2つのグループが存在しており、『積極』の人物は何があっても意見を変えることはないだろうが、『消極』の方は問題さえ解決するならどちらに転んでもおかしくない。

今はわずかにザラ派の方が優勢だが、休戦期間を得たことで考えを改める人間も出始めているのが現状だ。

ちなみに、現在のグループ内訳はこのようになっている。

 

『クライン派・積極』

シーゲル・クライン(アプリリウス市代表)

アイリーン・カナーバ(セプテンベル市代表)

アリー・カシム(ヤヌアリウス市代表)

 

『クライン派・消極』

ユーリ・アマルフィ(マイウス市代表)

パーネル・ジェセック(ノウェンベル市代表)

 

『ザラ派・積極』

パトリック・ザラ(ディセンベル市代表)

エザリア・ジュール(マティウス市代表)

ジェレミー・マクスウェル(クインティリス市代表)

ヘルマン・グールド(オクトーベル市代表)

ルイーズ・ライトナー(ユニウス市代表)

 

『ザラ派・消極』

タッド・エルスマン(フェブラリウス市代表)

オーソン・ホワイト(セクスティリス市代表)

 

見ての通り、現在はザラ派の方がどちらかと言えば優勢ではあるのだが、先ほども記述した通り、『消極』に分類される議員はきっかけ次第でどちらに転んでもおかしくはない。

特にオーソン・ホワイト。彼はNジャマ-を開発した人物であり、最初は『積極派』に属していたものの、エイプリルフール・クライシスで地球に住む何億もの人間を殺してしまったこと、そしてその中にはプラント人口の5割を超える数のコーディネイターも含まれていたことを知り、若干精神を病んでしまった。そこを『クライン派』に突かれ、今にも消極派に傾こうとしている人物でもある。

彼が向こうに鞍替えしてしまえば、技術協力を渋る可能性もある。それだけは困る。

今計画している新兵器開発に彼の力はなくてはならないのだ。

 

「しかし、ううむ……いや、今はこちらの方を優先すべきだな。上手くいけば、いくつかは問題を解決できる」

 

そう言って、机の上に置かれている端末に表示されている資料に目を落とす。

『アイギス・プラン』。戦争が膠着、長期化したことで明らかになったZAFTの問題点を解決するために発動した軍策。

これに関しては、パトリックも自身の見通しが甘かったことを認識せざるを得なかった。

 

「まさか連合があれほど早くMSを開発、実戦投入してくるとは……。それだけではない、“スカイグラスパー”という航空機。これも驚異的だ、”ディン”の強みである高旋回能力を凌駕する戦闘力とは」

 

以前は一蹴していた、バーダー開発局の言葉が少なからず正論であったことがハッキリした。もはや”ディン”では現在の連合空軍に対抗することが出来ない。

陸戦に関しても連合側は、MSと戦車等の通常兵器を組み合わせた戦法を生み出し、互角あるいはそれ以上の脅威となって自軍に襲い来る。

何か決定的な手を打たなければ敗北は必至だ。

 

「何はともあれ、まずは指揮系統の改善から始めなければな。もはや階級制を無視することは叶わん」

 

そう、以前から一部の人間より指摘されていた指揮系統の杜撰さが、無視出来ない領域まできていたのだ。

元々ZAFTはパトリックやシーゲルらが立ち上げた政治結社、そこから発展した義勇軍。だからこそ階級制度は存在せず、役職ごとに分けられるくらいが精々だった。

しかし、そのために現場で指揮系統の混乱、新兵の突出、スタンドプレーの頻発を招いてしまった。これまでは結果次第で黙認されていたが、これからはそうもいくまい。

特に一部の兵が暴走するということが問題だ。開戦後に定められた戦時条約である『コルシカ条約』で定められているはずの『投降した敵兵への、条約に則った扱い』、これを無視して虐殺する兵士が存在するのである。

このせいでZAFTには捕虜の数が少なく、先日の休戦協定に含まれた『互いの捕虜交換』にも碌に対応することが出来なかったのだ。

捕虜の面倒を見る負担を無くすことも出来るからと甘く見ていたツケが襲いかかってきていた。よって、これは下手をすれば新兵器開発よりも解決を急がなければならない命題なのである。

 

「しかし、いきなり階級制度を導入したところでそれに兵が合わせられるかという問題もある。現在の体制から乖離せず、かつ指揮系統を改善する……難しいな」

 

パトリックは額に手を当て、考え込む。

この後に控えていた国防会議でもこの議題の解決は難航したが、ある国防委員からの提案が採用されたことでわずかながらに改善が見込まれた。

その内容は至って単純、同じ制服を着ている者達の中でも優秀な実績や能力を示した兵士にバッジを支給し、戦闘や非常時においては彼らの判断を優先するというものだ。

これなら現行の体制からの変化が少なく、兵士にとっても指揮系統がわかりやすくなる。多くの委員にそう考えられたため、この案が採用された。

このアイデアが実行された後の指揮系統を具体的に表すと、このようになる。

 

紫>白(バッジ)>白>黒(バッジ)>黒>赤(バッジ)≧緑(バッジ)>赤≧緑

 

要するに、同じ色の制服を着ていてもバッジを着ている側の意見が優先されるということだ。赤と緑に関してはアカデミー卒業時の成績で色が分けられている程度なので、「どちらかと言えば赤を優先」程度に止まる。

大規模作戦の発動時には更に最高指揮官を示すためのバッジを用意し、指揮権の一本化を図る。

不安は残るが、休戦期間はわずかに1ヶ月ほど。その間に変えられることと言えばこれくらいしか無い。

 

「地上戦力に関しても問題だ……対人戦にMSでは過剰過ぎるが、歩兵の数では圧倒的に負けている。ビクトリアのようにアフリカや中東から引っ張ってくるのも限界がある。いっそ生身の歩兵戦力は特殊部隊などに限定し、陸戦では無人兵器に任せてしまう方が有効かもしれん」

 

この議題に関しても、会議は大いに盛り上がった。

MSに偏重したせいで歩兵に対して的確に対処出来る戦力が不足してしまったというのは、『第2次ビクトリア基地攻防戦』以降かなりの提言が前線から送られていたため、こちらも早急に解決する必要のある問題だった。

これに対し国防委員会は『陸戦用無人兵器』の開発、実戦投入を決定した。

当初は無人兵器に搭載するAIの技術的問題、生産コストが問題視されたこれらのプランだが、用途を限定してAIの単純化を図ること、歩兵戦における人的資源の損耗率を劇的に改善出来ることなどから承認。大洋州同盟などの親プラントにも委託生産させ、急遽前線に配備させることが会議で決定されることとなった。

 

「そしてMS……そう、MSだ。連合の次期主力MSの性能は、”ヘリオポリス”で奪取した”イージス”のデータから、我々が現在開発している”ゲイツ”と同等以上と推測されている……これでは他をどう改善しても()()の完成を待たずして敗北するだろうな」

 

自分達が独立のための決戦兵器として用意したものだというのに、こうも易々と追いつかれては立つ瀬がない。

現行のMS、”ジン”や”シグ-”、”バクゥ”らの改良と新型MSの量産を行なわなければいけないというのは辛いものがある。最大の敵は連合よりも自分達の財布の底だ。

 

「だが、こちらは目処が付いているだけまだマシだ。”イージス”の存在前提というのは気に入らんが、背に腹は代えられまい……」

 

そう、実はMSの改修・開発に関しては目処が付いていた。

俗に言うと『”イージス”量産計画』と呼べるそれでは、

”イージス”のコピー機に航空戦能力を持たせた”ズィージス(ZAFT・イージス)”、

”イージス”から複雑な変形機構を取り除き、純粋な高性能MSとして量産も視野に入れた”アイアース”、

といった機体の開発プランが提案されていた。元にした機体が機体だけに、失敗する確率は低い方だろうからこれらは無条件に承認しようと決めている。

これら”イージス”から得られた様々なデータを元に新型MSを開発するというプランに加えて、バーダー設計局がここぞとばかりにこれまで不採用とされてきた開発プランの再設計したものを提出してきたのだ。

 

「鹵獲した敵戦闘機のデータからより航空戦に適した形になった”インフェストゥスⅡ”、

防空能力に特化した”ザウート・ヘッジホッグ”か。

流石に”ディン”で誤魔化し続けるわけにもいかんし、開発を認めるとしよう。……いや、いっそのことハインライン設計局と共同開発を行なうことで”ディン”に変わる空戦MSのための試金石とするのも有りか?両局長に話をもっていってみるか」

 

他にも、”ジン”にサブアームを取り付けることで火力の増強を図る、実弾火力の向上を図るために50mmマシンピストルや90mm重機関砲などの様々なプランが提案されているが、全てを取り入れるだけの余裕はない。

お財布(軍事費)の中身と相談しながら進めなければ。

本命の()()に掛かる費用もバカにならない。ただでさえ『クライン派』の目をかいくぐりながら密かに進行させているのに、金さえなくなったら完成さえ危うい。

だが諦めるわけにはいかない。それでは、これまでの戦いの全てが無駄になってしまう。

勝つ以外に、プラントの道は許されない。守れない。

 

「……今更、降りることは出来んのだシーゲル。何故それがわからん」

 

 

 

 

 

総括『プラント(ZAFT)』

:みなさんご存じ、民兵上がりの軍隊もどき。ようやく自軍の欠陥に気付いて取り組み始めたが一ヶ月でどれだけのことが出来るか、未知数である。

地球連合加盟各国ほどではないが国内情勢は混沌としており、『ザラ派』と『クライン派』が「評議会議員引き込み合戦」であからさまに対立している。むしろ対立が明確な分、他の勢力ほどドロドロしていないかもしれない。

戦争の長期化とZAFT入隊が志願制である故に、民間の人手が不足。経済状態が悪化している。

 

今更無理に階級制度を導入しても失敗するのは目に見えているため、『バッジ』という形で指揮権の優先力を定めることで妥協した。『バッジ』を付与する条件は

・実戦で結果を出していること

・実戦で冷静さを保つ精神力

・命令を確実に守らせるだけの統率力

上記の3つを主として査定し、条件に合致した兵士に渡されることとなる。

新兵器の開発に関して、歩兵の代替としての無人兵器、通称『オートマトン』の開発で補うことを決定。連合地上軍の歩兵部隊の一般的火力を無効化する装甲と対人用機関砲を装備したこれらを生産することで歩兵の損耗を防ぐことを決定。

”インフェストゥスⅡ”や”ザウート・ヘッジホッグ”といった、低評価兵器を再設計したものだけでなく、”ジン”の改修や新装備の開発など様々なプランが提案されているが、本命は『”イージス”量産計画』で生み出される機体群である。

 

『ザラ派』は極秘裏に「戦争を勝利に導く『何か』」を作っているらしいが、それが何なのかを知る者は当人達しかいない。

いったい、何ネシスなんだ……?

 

 

 

 

 

2/26

オーブ ヤラファス島 オロファト市 内閣府官邸

 

「ウズミ様、もうそろそろお休みになられては如何ですか?仮眠を取られたとは言え、わずか3時間ほどではありませんか」

 

「そうしたいところだが、そうするわけにいかないのが現状だ。それに、せっかく連合とZAFTの両軍が休戦状態にあるのだ。片付けられる時に片付けるべきものを、だ」

 

「……かしこまりました」

 

毅然と返すウズミであったが、秘書の言うとおり休憩を取らなければ体が保たないだろうことは自覚していた。

結局、1時間ほど仕事を継続した後に休憩を取ることにしたウズミは、秘書を部屋から退室させ、座っていた椅子の背もたれに体重を掛ける。

 

「このまま戦争が終われば良いとは思うが、そうはいかんだろうな。両軍ともに、引っ込みが付かないところまで来ている」

 

机の上に載っている資料は、国勢調査結果や他国の情勢をまとめたもの、そして軍事費増加の意見書などの山。

”ヘリオポリス”崩壊、そしてその原因となった『連合とのMS共同開発』の責任を取って首長の座を退いたウズミであったが、その手腕とカリスマに代わるだけの人物が存在しなかったことからこうやって実権は握ったままでいた。

そのようなややこしい状況を作り出した原因である、サハク家の双子について思いを馳せる。

 

「彼らの言うこともわかる。数え切れない被害者を生み、凄惨な戦いが繰り返されるこの寒い時代に、備えが無ければただ飲み込まれるだけであろう。……しかし、彼らはそれ以外の可能性を排除しているように思える」

 

オーブ連合首長国。ソロモン諸島の大小様々な島々からなるこの国は、オーブ建国以前からその地域を支配していた者達の末裔たる『氏族』と選挙によって選出された議員達によって運営されている国である。

しかし議会の方はほとんど形骸化、国内の些末事の解決くらいしか仕事は残されておらず、実際に運営しているのは『氏族』、その中でも代々首長を排出し続けるアスハ家を中心とする一部の人間達だった。

その中でもサハク家はオーブの軍事を司る氏族であり、現在はロンド・ミナ・サハクとロンド・ギナ・サハクの姉弟が次期当主として活動している。

しかし彼らは歴代の当主の中でも強硬的であり、その証拠に『連合とのMS共同開発』を首長であるウズミに知らせず独断専行していた。

 

「力を手に入れた者には相応の責任が発生する。漁夫の利とはいかんのだ」

 

彼らの、『民を守る為の力は必要である』という言葉はもっともだ。自分が今行なっているのも自国の、国民の平和を保つための仕事なのだから。

彼らも自分も、オーブという国とそこに住む人々を守りたいという気持ちは一緒。しかし、始まりは同じ筈なのに違う方向を向いてしまった。

 

「『オーブは他国を侵略しない、他国の侵略を許さない、他国の争いに介入しない』……か。自分の言だというのに自信を持てずにいる私は、果たしてあの時の私と同じ人物なのだろうか?」

 

連合に与すれば、ZAFTから。ZAFTに与すれば、連合から。

どちらかに付いて戦争に参加すればもう片方からは必然と攻められる。そして、オーブはそれぞれの国の盾となって焼かれる。”カーペンタリア”が建設されたことで(結果論ではあるが)明白に連合とZAFTの間の勢力圏に挟まれるようになったオーブを見れば、咄嗟に中立宣言を出したことは間違いでは無いと思っている。あの時のオーブがどちらかに付いてしまえば、瞬きをする間に滅ぼされてしまっていたことだろう。

それに、ウズミだってただ中立宣言を出してそのままにしておくつもりは無かった。MSの開発を最初に命じたのだってウズミだ。中立を宣言しただけで平和が維持できるなどと考える愚か者はいない。

しかし、ここでウズミはミスをした。サハク家とモルゲンレーテ兵器部門が、勝手に連合と共同開発を決めてしまったことだ。

彼らは他国よりも性能の良いMSを作ろうとして、禁断の手段に手を出してしまったのだ。必要なのは、「大した脅威ではない」「しかし攻めるのには一苦労」程度の力で良かったというのに。

弱すぎず、強すぎず。それがウズミの理想的な軍事的備えだった。提出された”アストレイ”のデータを見ると過剰性能だ。しかも聞いた話だと、機動性重視の軽装甲MSだという。

素人のウズミにだって、この機体が守りには向かない機体だということがわかる。

 

「攻撃用MSを作ってどうするつもりなんだ、彼らは……。必要なのは『剣』ではなく『盾』だというのに」

 

半国営とは言え、結局は企業。政府や防衛軍に対しての配慮がなされていない。これをサハクが通したというならもっとマズい。

軍事を司る者が護国に必要なものを見誤るなど笑い話にすらならない。

何より悪いのは、よりにもよって即戦力を求めたばかりに、連合独自の技術たる『GUNDAM.OS』をそのまま”アストレイ”に盗用し、その証拠たる試作四号機と五号機(グリーンとグレー)が連合の手に渡ってしまったことだ。

大統領(ジレン)が穏便に事を済ませてくれなければ、それを盾に連合加盟を迫られてもおかしくはなかった。大西洋連邦に少しばかり貸しを作ることになっただけで済んだのは、単に向こうがその気でなかっただけなのだ。

 

「……限界、かもしれんな。『氏族』の」

 

アスハ家を始めとする氏族は代々オーブの舵取りを行なってきた。特にアスハ家は国民から厚く信頼されており、その信頼に応えるためにウズミも、その父達もその手腕を奮ってきた。

だが、いつしかその信頼は盲信へと変わり、アスハ家もそれに応える能力とカリスマを持ち合わせてしまったせいで、オーブ国民は考えることをやめてしまった。

戦争は余所の国のもの、自分達は関係ない───そのような意識を育んだ責任の一端は、間違いなく自分にもある。

”ヘリオポリス”崩壊の報から数日間はこの官邸の門前や内閣府にデモ隊が押し寄せたものだが、自分が首長の座を退いただけで彼らのほとんどは満足し、今はほとんどの国民が平気な顔をして日々を過ごしている。

”ヘリオポリス”の悲劇があってなお、国民の普遍的意識(平和ボケ)は直らなかったのだ。今日まで上手く「いき過ぎた」結果がこれだ。

無論彼らも守るべき、愛すべき国民に違いない。しかし、あまりに戦争に、世界に対して無理解過ぎる。

 

「我々は、どこで間違えたのだろうか。私に何が出来ただろうか……」

 

『オーブの獅子』などと言われようが人間であることには変わらず。だが、アスハの名がそれを他者から覆い隠してしまう。

多くの国民は愚鈍になり、一部の切れ者はそれを嘲りながら自らも破滅への道を知らず知らずに辿る。

今の自分にそれが変えられるとは思えなかった。夢を託す筈の一人娘はアフリカに飛んで戦士ごっこ(レジスタンス)に明け暮れる始末。

机の上に載った資料の中に描かれた高性能MS”アカツキ”や、敵の上陸を未然に防ぐための”アストレイ水中戦仕様”、新型潜水艦”イブキ”級といった数々の新兵器のデータも慰めにはならない。

ウズミは人知れず悩み続けた。

彼はたしかに人並み外れた優秀な人物であったし、国を、国民を愛していた。彼らを守るために何が出来るかを模索し続けた。

しかし彼には明確な欠点がある。それは1人で抱え込もうとしてしまうこと。責任感の余りに自分一人で何もかもを背負おうとしてしまうことだ。そして、それを察して力になろうとする者や彼を止める者も周りにはいなかった。

歪に、それでいて誰にも気付かれずに成長してきた『平和の国』。

ウズミは、目に見えない『崩壊』の足音が迫ってきていることを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

総括『オーブ』

:たぶん感想欄で一番話題に挙がるだろう国(先制攻撃)。

賛否両論多いウズミだが、「基本的には無能を書きたがらない」作者の性分によって「実は人知れず苦悩していた」属性が付与された。頼むからお前ら(特にウズミとサハク姉弟)殴り合ってでも互いの意見を戦わせてくれ、と思わずにはいられない。

アスハ独裁体制に慣れきり政治に無関心になった国民、首長のイエスマンに成り下がった他の氏族、暴走するサハク家、すごく優秀だけど一人で抱え込む首長。

とんだ地雷国家に成り果てたなぁ、えぇ?

経済的には連合やZAFTなど、他の様々な国と貿易を行なっているために好調。エイプリルフール・クライシスの影響も主な発電が地熱発電だったために少なく、一番恵まれてる(ように見える)国。

しかしそのせいで難民がオーブを目指して押し寄せて来ようとしたり、他の国からの嫉妬や不興を買ったりと、例えるなら「中はぬるま湯、外は猛吹雪」状態。

経済と国防、両方の面で重要なファクターであるモルゲンレーテの手綱を(少なくとも『パトリックの野望』では)政府が握りきれておらず、「高性能だけど、違うそうじゃない」兵器である”アストレイ”などが生まれる結果になった。

仕方なく”アストレイ”を主力とした防衛戦略を練ったりするものの、『絶対強攻ロンド☆ギナミナ』らがこっそり余計なことをしたがるため、ウズミの胃には順調に穴が開き始めている。

ウズミも自分の『一人で抱え込みがち』という欠点には薄々気付いているため、愛娘たるカガリには『他者に頼ること』『より広い視野をもってもらうこと』の大切さを学んでもらいたいと考えている。

信じて送り出した娘が、いつの間にやらアフリカでレジスタンスやってた。何を言ってるかわからねえと思うが……状態になったウズミはストレスで脱毛が加速した。

 

「ちょうどいい性能のが欲しい」云々は、wikiで「ギナ達が連合からの侵略を免れるために協力したことで、アズラエルにオーブの技術力への興味を抱かせてしまった」という記述があったため導入した。

「高い技術力、少ない国力」の国とか誰でも欲しがるに決まっているのだが、盟主王を見くびった挙げ句に「オーブを攻めない」という協定を反故にされたとか。

このSSを書き始めてから、作者のこの国と国民への評価は段々と低下していくばかりである。

 

とりあえず海戦能力の圧倒的不足を補うため、それとこのままだとアークエンジェル組がいない分やばいことになるのが明白なので色々とテコ入れをする予定。

この国をどう書くかに、ガンダムSEED二次創作者としての力量が試される気がする。

 

 

 

 

 

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????

 

<だーから無理って言ったじゃないですか。僕が言ったくらいで簡単にホイホイと国動かすような人じゃありませんよ、あの人>

 

「し、しかしですね。現状の予算では目標を達することが出来ず……」

 

<で、予算を増やせば目標を達することが出来るって?そんな単純なものなんです、君たちの研究?>

 

「は、そっ、え、それは……」

 

<たしかに単純な能力では大概のコーディネイターを上回ってる、それは認めますよ。でもこのデータを見る限りだと、戦いに慣れてる敵にこうやって時間を稼がれたら時間切れで負ける代物じゃないですか。しかもその時間も短いし……これなら、『特別教育プログラム』の方に力を注いだ方がマシでしたかねぇ?リターンは少ないですけど確実ですし、コスパもいいですから>

 

「───っ!どうか、もう一度チャンスを!あと一歩というところなのです、絶対に後悔はさせませ、いや、満足させてご覧にいれますので!」

 

<ふうん?……はあ、仕方ないですね。僕のポケットマネーから融通効かせましょう。これでダメなら……わかってますね?>

 

「もちろんです!全ては、蒼き清浄なる世界のために!」

 

<頼みますよ、ホント。……君たちも所詮、いくつもある内の一つ。換えの効くものでしかないんです。頑張って価値を証明させ続けてくださいね?僕は使えるならコーディネイターでも使うけど、使えないものはサッパリと捨てる派ですから>




先んじて忠告しますけど、余りに汚い暴言などを感想欄で確認した場合は容赦なく運営に報告しますので、注意してください。

大幅にテコ入れ(?)したウズミさんですが、作者の「こんなんだったら良いな」という思考に沿って書かれています。
単なる無能なんて書きたくありませんよ、ほんと。もう見飽きてます。

以下、今回話の中で登場した機体・兵器の解説です。
また長いです。

○陸戦無人兵器
国力に劣るZAFTが繰り出した苦肉の策。モデルは「ガンダムOO」に出てきたオートマトン。
歩兵の一般火力を無効化する装甲と、対人用の機銃を備える。
AI技術の未発達などが指摘されるが、用途ごとに異なる思考ルーチンを組み、その内容に応じた戦場に投入することで補う。

○ズィ-ジス
イージスの完全コピー機の改造した機体。名前は「ZAFT・イージス」を略したもの。
イージスの高い基本性能を向上させると同時に航空戦能力も持たせることで、高い汎用性を持たせる。
イメージはSEEDの「Re版」漫画に登場した、追加パーツを付けたイージス。
主兵装はロングビームライフルとシールドに取り付けた3連ビームクローの他、イージスの内蔵装備は使える。
総合的に後期GATシリーズとも渡り合える性能を獲得している。
イージスを無くしたアスランに宛がうために考案した機体。

○アイアース
ザフトがファーストステージシリーズの随伴機としてエースパイロット用に開発した機体。少数生産され、ザフトの中でもMSの操縦技術が特に秀でているパイロットたちに与えられた。(イザークたちレベルの赤服、ミゲルのような二つ名がついているパイロット、FAITH、など)
ゲイツのように元々開発していた機体にGATシリーズの技術を取り入れたものではなく、イージスを徹底的に解析して一から設計された機体で外見の所々にイージスの面影が見られる。しかし、イージスから可変機構を取り入れていたリジェネレイトとは違い、こちらは可変機構をオミットしている。動力は新型バッテリー。
頭部はイージスと同じくセンサー類が強化されたガンダムタイプだが、メインカメラは今までのザフト機と同じくモノアイとなっている。(いわゆるモノアイガンダム)装甲はPS装甲であり、展開時の基本カラーは、白とネイビーブルーのツートン。パイロットの中には電圧を変更し、自身のパーソナルカラーにしている者もいる。
全体的な性能はゲイツを超えており、搭乗するパイロットによっては後期GATシリーズとも充分に渡り合うことが可能。
武装は
腕部ビームサーベル、
腹部高エネルギー拡散ビーム砲「カリュブディス」
ピクウス近接防御機関砲
後背部に備えたスラスターに内蔵した8連ミサイルポッド
(ブレイズウィザードに近いシルエット)
を基本に、ビームライフルやシールドといったオプション兵装を使い分ける。
「刹那ATX」様からのリクエスト。

○インフェストゥスⅡ
ZAFTに現在配備されている戦闘機の後継機として生み出された航空新戦力。
スピアヘッド以下の性能しかなかった先代よりも航空戦のノウハウが集まった状態で開発が進められたため、飛躍的に性能が向上した。
スカイグラスパーに追従出来るだけの基本性能を誇り、主兵装は連装ビーム砲とバルカン、ミサイルと手堅くまとまっている。

○ザウート・ヘッジホッグ
ザウートは既に前線の兵士からも評価も低く、支援砲撃もジンやバクゥさえあればいいという風潮が既に広まっている。
その為にザウートを支援任務ではなく対空任務を担う為に、ザウートの二連キャノン砲を155ミリ50口径対空連射砲に変更して六門装備(設計局は当初ザウートと同じ四門の予定だったものの「あれ?タンク形態なら更に仕込んでも問題なくね?」と更に増やした)。
脚部、バックパックには複数の四連装対空ミサイルランチャーを装備、腕部にはジンのライフルと口径が同じ76ミリの対空4銃身ガトリング砲を装備(元ネタグフカスタムのガトリングガン)しており、機動力を犠牲にした重装備のヘッジホッグ(ハリネズミ)と化した。
「kiakia」様からのリクエスト。
本来はスカイグラスパー対策という目的もあったらしいが、インフェストゥスⅡの投入によって削られた。
申し訳ない……。

○補助腕
ジンの改修案の一つ。ジンにサブアームを取り付けることで4本の腕による弾幕を張ることが出来るのではないかという目論見がある。
同じく「kiakia」様からのリクエスト。
元のリクエストでは腰辺りに取り付けるらしいが、なんとなく「マブラヴ」の戦術機みたいにイメージしたためそうなるかもしれない。要するに後背部に取り付ける。
腰か後背部か迷っている。

○90mm機関砲
現状のMS主力兵装である76mm突撃銃の威力が不足しつつあることを懸念したZAFTで開発が検討されている装備。(検討中)
威力は上がるが、90mm弾の生産設備を作らなければいけないことがネック。
「モントゴメリ」様のリクエスト。

○イブキ級潜水艦
見た目はガンダムUCに登場するジュノー級潜水艦でMS搭載能力をもった潜水艦。
オーブに潜水戦力が不足しているのは明らかなのでリクエストの中からちょうどいいものを見繕った。
「kiakia」様のリクエスト。……ん?

○水中専用アストレイ
イブキ級の艦載機であり、アストレイブルーフレームスケイルシステムの廉価版機体。基本的機能はブルーフレームスケイルシステムと同じであるが、史実よりも多く水中MSの残骸などを確保出来た(ポセイドンの活躍の御陰)ためにより原作のそれより技術力が高まっている。
武装はスーパーキャビテーティング魚雷発射管とアーマーシュナイダー他、連合やZAFTの機体の装備を解析、オーブで使えるようにしたもの。
「kiakia」様のリクエスト。
違うんや、そうじゃないんや。
たまたま「kiakia」さんのものが多くランクインしただけで、狙ったわけじゃないんや。
本当なんです、信じてください!(必死)

今回と前回に登場しなかったリクエスト達も、いつ登場させてやろうかと機会を見計らってます。
今回登場しなかったことで落ち込む必要はありません、今はその時ではないというだけです。
では次回、またマウス隊やキラ達の視点に戻ります。

誤字・記述ミス指摘や質問は随時受け付けております。


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第51話「アーミーズ・バプテスマ」

前回のあらすじ
ZAFTとオーブ、やっぱりガタガタだった。

パプテマスではありません、バプテスマ(洗礼)です。


3/1

プトレマイオス基地 宿舎

 

「も、もう無理……」

 

「ははっ、お疲れ様キラ」

 

自室に入ったキラは、まるで力尽きたゾンビのようにべしゃりとベッドに突っ伏す。共に入室した少女は苦笑混じりにそれを評するが、彼女もまた疲労の顔を隠せずにいる。

ここはプトレマイオス基地内で宛がわれた、キラ達「特別コース」履修生達の部屋である。部屋は4人部屋、部屋の中には2段ベッドが二つあるが現在「特別コース」を履修している人間はキラと少女しかいないため、上側は未使用のままだ。

 

「ユリカは、よく、平気だよねぇ……。運動、してたとかじゃ、ないんでしょ?」

 

「うん、そこはその、あれだ。僕が健康な体にコーディネイトされてるからってことで」

 

こぼれ落ちる汗が、平時よりもわずかに高い熱を放つ肌を伝う。

少女はベッドの下に入れてある私物の中からタオルを取りだし汗を拭っている。その姿はいささか扇情的であったが、キラはベッドに突っ伏しているためにその姿を確認出来ない。

ユリカ・シンジョウ。キラとほぼ同時期に「特別コース」に参加してきた少女であり、コーディネイター。

歳も17とキラに近く、「暴走する同胞(コーディネイター)を止めたい」という理由で、故郷の”コペルニクス”からここまではるばるやってきたのだという。

キラも幼少期はコペルニクスで育ったので話が合い、ルームメイトとして良い関係が築けていると自負している。

最初は男女同室ということでドギマギしていたが、ユリカが非常にサバサバした性格だったこと、そしてマモリの、

 

『もし間違いなど犯してみろ……ビームライフルの銃口に貴様を詰め込んで塵も残さず消滅させてやるからな』

 

というドスの効いた忠告もあり、ほとんど問題は起こっていない。

ユリカは「戦場だと男女を分けて扱う余裕が無い時もあるらしいし、そういう状況に備えてってことじゃないかな」と推察しているが、そうだとしたら効果はあったようだ。

 

「僕はこれから着替えるけど、キラも早く着替えておいた方がいいよ?そろそろ昼食の時間だからね」

 

「そうしたいけど、今はベッドに癒やされたい……」

 

「癒やされている内に時間無くなっても、僕は知らないよ」

 

しょうが無いかぁ。そう言ってキラは訓練生用の制服を持って近くの男子トイレまでノソノソと歩いていく。

着替えの時はこうやって、キラが部屋の外で着替えるようにしている。ユリカは気にしないと言っていたが、キラが気にするのだ。青少年の健全な精神的にも、マモリの罰的にも。

 

「覗いちゃダメだよ?前みたいに」

 

「覗かないよ!前のあれは事故だしノックを忘れてしまったというかごめんさないというか違うんです教官わざとじゃないんですだから詰め込まないでー!」

 

こうやって時折からかってくることにも慣れたが、その冗談はやめて欲しいとキラは切実に思う。

1週間くらい前に、ノックを忘れたせいで上着を脱いだ状態のユリカとエンカウントしてしまい、本当に詰め込まれかけたのだから。

それ以来、どこからか殺気が飛んでくるような錯覚を覚えるのだ。……ひょっとしたら、本当に飛んできてるかもしれない。

この基地に来て軍人としての訓練を受け初めてからおよそ9日。

キラは男子トイレでの着替えの最中、いつの間にか軍での生活に慣れている自分がいることに気付いた。

 

 

 

 

 

「おーい、キラ、ユリカ!こっちこっち」

 

「サイ、トール!」

 

食堂に着いたキラ達は注文した定食を受け取り、座る場所を探していた。既に席を取っていたサイとトールが2人に声を掛け、歳の近い4人が席を共にする。

彼らはキラと違って『特別コース』を履修していないものの、やはりキラの友人ということでユリカとも交友を深めている。

 

「まーたイスルギ中尉に絞られてきたみたいだな。今度は何をやらされたんだ?」

 

「重い荷物を背負っての遠泳訓練。『その荷物を気絶した戦友と思え!お前の泳ぎで人の生死が変わる!』って」

 

「そう言うなら泳いでる最中にいきなり上から踏みつけたり下に引っ張ったりしないで欲しいよ……そう言ったら『泳いでる最中に敵に見つかれば、こんなものではない!』って。今日だけで何回プールに無理矢理たたき込まれたか……。しかもこれ、今日から定期的にやるんだってさ」

 

「……マジかよ。虐待じゃねえの?命に関わるだろ、それ」

 

「それが、溺れるギリギリ手前くらいで引っ張り上げてくれるから何とも……流石に教導隊に所属してるだけはあるよねぇ。あ、それとキラは今日だけで9回プールに蹴り飛ばされてたよ。良かったね、2桁にいってなくて」

 

「あー……キラ、ドンマイ?」

 

「くっそ他人事だと思ってぇ」

 

サイとトールの2人は『特別コース』訓練生ではないものの、既に実戦を経験していることからやはり1ヶ月の短期養成コースで訓練を受け、キラ達と同じ日に正式に軍人になることが決まっている。艦艇オペレーターや副操縦士という後方職として戦ってきた彼らには、キラ達ほどのハードなトレーニングをこなしていない。そのことを聞いたキラは心底彼らをうらやましがったが、それを見ていたマモリから折檻を受けて以来表には出さないようにしている。

 

「あっははは、でも意外とまんざらでも無かったり?美人だよねぇ、イスルギ中尉」

 

「あっ!トール今彼女持ちのクセに鼻伸ばしたよ僕見たよ!サイ、すぐにミリィに連絡だ!」

 

「任せろキラ!全力で脚色してこいつをどん底にたたき落としてやる!」

 

「待て待て待って!?ミリィは怒ったら、”ジン”なんかよりよっぽど怖くなるんだから!」

 

『問答無用、くたばれリア充!』

 

「ひど!?っていうかそれならサイはどうなんだよサイは!フレイといい仲だって聞いたよ!?」

 

「へぇ、やっぱりやることやってるねぇサイは。で、どう思います唯一独り身のヤマトさん?」

 

「サイ……残念だよ非常に。もう僕たちの見る夕暮れは違う色をしているんだね」

 

「いや待て違うんだなんかあっちの親御さんが乗り気っていうかまだ婚約者候補というかまだ独身で」

 

「何が違うって言うんだよぉ!」

 

「やっぱり仲良いねぇ君たち」

 

訓練が始まったころには誰も彼も疲労困憊、食事を口に黙々と持っていくだけだったというのに、ほんの1週間そこらで、このように軽口を叩きながら昼食を共に出来るようになっている。

どのような苛烈な環境に置かれてもたちまち順応するこれは、ナチュラルもコーディネイターも関係なく持つ「子供特有のバイタリティ」を証明しているのかもしれない。

そしてそのバイタリティは、時に他者を傷つける刃となることもある。

 

「───おいおい、いつからここはハイスクールになったんだぁ?なれ合いなんてするならさっさとお家に帰んな」

 

そう言ってキラ達の座るテーブルに近づいてきたのは、如何にも「柄の悪い」という表現が似合う金髪の青年。後ろには白人男性が2人ついているが、こちらはあまり気が進まないといった様子を見せながら近づいてくる。

 

「えーっと……どちら様?」

 

「……っ!てめぇ、舐めやがって!陸戦隊養成コースのグラン・ベリアだ!コーディネイターのクセに記憶力ねえのかよ!」

 

「覚える気が無い人のことなんて覚えないけど……ああ、そういえばこの間参加させてもらった射撃訓練の後にうっとうしい視線を向けてくる奴がいると思ったけど、あれかな?」

 

これはまずい。煽るような口調でユリカがグラン某に対応しているが、それを見てキラ達は冷や汗を流している。

コーディネイターに対してのあからさまに差別的な発言に加えて、昼食を仲良く摂っている姿を見ただけで突っかかってくる精神性。

もしも彼らが”ブルーコスモス”過激派に属する人間だったら、とんでもないことに成りかねない。最悪この食堂で殺し合いが始まることすら考慮しなければいけない。『セフィロト』にいた時にアイザックやカシンから散々に言われたことだ。

『彼らが常識に則って行動するとは考えない方がいい。だからこその過激派なのだ』と。

チラリと取り巻きの方を見る。もしも彼らが不審な行動を採ろうとした場合は───。

 

 

 

 

 

オロオロ(ひょろひょろとした方はグランに声を掛けようとして出来ずにいる)

 

あわあわ(ぽっちゃりした方は慌てながらも手に持っているハンバーガーを食べ続けている)

 

 

 

 

 

(あっ、これ大丈夫そうだな)

 

キラ達はそれを見て一瞬現状を悟った。

つまりこれはグラン某が1人突っ走って自分達につっかかり、くっついてる2人はそれに巻き込まれたというかくっついてきただけである、ということを。

これなら、適当なタイミングで諫めればいいだろう。グランという男は知らないが、ユリカは本気で言い争いに付き合うつもりはないはずだ。

そうキラが考えていたところで、事態は動いた。───悪い方向に。

 

「そうだそうだ!てめえ、どんな反則使ったら入隊して9割超えのスコアをたたき出すことが出来るってんだ!」

 

「うーん、僕は普通にやっただけだけど……君たちは出来ないのかい?」

 

「あったり前だろうが!それも遺伝子いじくって出来ましたってか!?コーディネイターってのは人殺しも達者なわけだ!」

 

「……あ”?」

 

その場の気温が5度くらい下がった、気がした。

興味・関心というものが1グラムほども入っていなかった視線が一転、睨むだけで人を殺せそうな絶対零度の視線に早変わりする。

コーディネイターだって自分の才能をコーディネイトされていることを受け入れられる人間だけではない。才能を喜んで鍛え上げる人も居れば、やりたいことと才能とが違ったためにどうとも思ってない、あるいは疎ましく思っている人もいる。

だが、どんなコーディネイターだろうと「人殺しの才能を持たせられた」などと言われて怒らない者はほとんど存在しない。

ちなみに、数少ない「怒らない者」が連合に所属して戦闘用コーディネイターの製造に携わっていたことがあったりする。

 

「黙って聞いていれば、羽虫風情がつけあがる……MSパイロット候補である僕に負けた自分ではなく他人に当たり散らす辺りが実にそれらしい。うっかり踏み潰されたくなかったらさっさと消えることだ」

 

「ようやくその気になったってか?人生チーターがよぉ」

 

「ゆ、ユリカ?もうそろそろ……」

 

「止めないでくれキラ。駄犬には調教をっていうだろ?二度と逆らわないようにしてやる」

 

キラがユリカを止めようと声を掛けるが、それを意に介さずにユリカは戦闘態勢に移行していく。

そして、悲劇は起きた。

 

「てめぇは引っ込んでろ、ジャマくせえ!」

 

「あだっ……!?」

 

ユリカをなだめるために立ち上がっていたキラを、グランが突き飛ばす。

キラも陸戦隊の訓練に混ざって体を鍛えてはいるが、訓練を開始してわずか10日ほどしか経っていない状態でグランの突き飛ばしに耐えるほど体は出来上がっておらず、尻餅をついてしまう。

それを見たユリカは、テーブルの上に置かれていたキラの注文したカレーライス(辛口)をグランの顔面に叩きつける。

 

「ばづぅっ!?って、めえ……!」

 

グランがユリカに殴りかかろうとするが、ユリカは素早くその足を払い、グランは仰向けに転倒することになる。

手早く飛びかかったユリカは馬乗りになってグランの顔面に拳を撃ち込んでいく。

 

「おぐ、ぼご、べび!?」

 

「ほらほらぁ、さっきまでの威勢はどうしたんだよヤンキー!僕の目の前で友人に危害を加えるなんて暴挙に及んだ威勢はぁ?」

 

突如始まった喧嘩を見て、なんと周りははやし立て始める。

 

「いいぞ、嬢ちゃん!」

「何やってんだグランそれでも男か立ち上がれ!」

「なあ、どっちに賭ける?俺は嬢ちゃんに50ドル」

「じゃあ俺も嬢ちゃんに30ドル」

「俺はグランに40ドルだな」

 

以前たまたま見たことのある軍隊映画そのもののような光景だが、それの是非を問うている場合ではない。

キラはサイとトールに手を貸してもらい立ち上がるが、その時事態は動いた。

グランが足を振り上げてユリカの後頭部に蹴りを命中させ、怯んだ隙に馬乗り状態から脱出。

思った以上にダメージが大きかったのかユリカはそれに反応出来ず、今度はユリカが腕を掴まれて、グランに投げ飛ばされてしまう。

 

ガシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっっっ!

 

キラ達とは別のテーブルの上にユリカは落下し、その上に載っていた食事や食器をあらぬところにぶちまけられ、割れていく。

グランはそれでも怒りが収まらぬといった様子でズカズカと乱暴に近づいていくが、ユリカはテーブルの上でうめいている。鍛えた男性の腕力で投げつけられたダメージは甚大のようだ。

流石にこれ以上は見ていられない。キラは2人の間に割り込んだ。

 

「やめてくださいよ、もう!」

 

「退けナヨ男!俺はそこの奴とやり合ってんだ!」

 

「退けるわけないでしょう!大体、女の子虐めるのがそんなに楽しいですか!訓練の結果くらいで突っかかって、ご飯滅茶苦茶にして!」

 

「ああん!?言ってくれるじゃねえか、そういやお前もコーディネイターだったなぁ!まとめて軍からたたき出してやらぁ!」

 

いきり立つグランに対しキラもファイティングポーズを取り、応戦の構えを見せる。

毎日内容の異なる訓練の合間合間に行なわれる格闘訓練の御陰で、少しは生身での戦いのための能力もキラは身につけていた。

それを以てしても、目の前の男は生身での戦いの本職として訓練を受けている。自分よりも強いユリカが吹っ飛ばされてる以上勝てるとは思えない。

しかし、ここで必要なのはグランからターゲットを引きつけること。精一杯挑発してユリカから危険を引き寄せることだった。

 

「いいぞー少年!やれやれぇ!」

「今度はグラン対彼氏か!面白い展開になってきやがった!彼氏に70ドル!」

「大穴いったぁ!じゃあ俺も50ドル、彼氏に!」

 

ヤジのボルテージも上昇し、キラとグランが今にも殴り合いを始めようとする。

 

 

 

 

 

「何事だぁっっっっっ!!!」

 

 

 

 

 

互いの拳が顔面に触れる寸前、食堂中に響き渡る怒声が発せられる。

 

「い、イスルギ教官……」

 

『鬼のような』という表現がこれ以上なく似合う表情をしているマモリと、そのすぐ後ろにはトールが立っていた。

こちらに合わせて手を合わせている謝罪するような素振りを見る限り、彼女をこの場所に呼んできたのは彼のようだ。

なんとかこの場を収めようと目上の立場の人間を呼んできたのはわかる。だが何故彼女を呼んできてしまったのだ!?

 

(こんなの、火事を消すために津波を起こしたようなものじゃないか!)

 

見ると、グランも先ほどまでの熱が退いて、青ざめたような顔をしている。

後から聞いた話によると、グラン達は自分達より2ヶ月早く訓練を開始したらしいのだが、それまでの間特別コース履修者が存在していなかったためにマモリが訓練官を担当していたとのこと。

そこでこってり絞られて以来、マモリのことが苦手、というより恐れているらしい。

 

「……説明しろ、ヤマト候補生、ベリア候補生。何が、どうして、こうなっている?」

 

「え、っと、その、これは」

 

「───レクリエーションであります、中尉殿!」

 

「アーガイル候補生、いつ私が貴様に質問した?」

 

なんと恐れ知らずなことに、激怒状態のマモリに対して声を掛けたのはサイ・アーガイル。

ジロリと睨まれるが、サイは続けてこういう。

 

「はっ。しかしヤマト候補生とベリア候補生は現在興奮状態にあり、適切な受け答えが出来るか定かではないため、代理として現状を報告すべきと判断いたしました!」

 

「……ふん、どうやらそのようだな。ベリア候補生、まず貴様は医務室で顔面の治療をしてこい。ヤマト候補生はシンジョウ候補生を部屋にでも連れて行け。その間に話を聞いておく。───逃げようなどとは考えるなよ?」

 

キラとグランは何度もうなずきながら、命令された通りに行動を始めた。

今この場でもっとも高い地位にあるのはマモリで、彼女の命令に逆らうことはすなわち「死」に等しい。

 

「貴様ら!見世物ではないぞ、さっさと散れ!午後の訓練と業務が貴様らを待っている!」

 

その一言をきっかけに、集まっていた人が散っていく。

その日の午後は、どこか不穏な空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「大丈夫、ユリカ?」

 

「ああ、なんとかね。……それに、『大丈夫』かってのは僕のセリフだよ。大丈夫なのかい?」

 

ユリカの言葉に苦笑する。あの後、グランと仲良く拳骨を落とされてからプールにたたき落とされたキラは、水に浸かったまま長々と説教され、今はビショビショの状態で部屋に戻ってきたところなのだ。

投げ飛ばされて背中をテーブルに打ち付けただけで済んだユリカは、この数時間でダメージを回復したようで、今はベッドに腰掛けている。

 

「それにしても珍しいね。ユリカがあんなに怒る姿、初めて見た」

 

「……ついうっかりね。本当は適当にあしらうつもりだったんだけど、カッとなって」

 

ユリカは憂い気に笑い、俯いた。心の底から反省しているという顔だ。

タオルで水滴を拭きながらその様子を見ていたキラは、ユリカにマモリからの伝言を伝える。

 

「そういえば、教官からの伝言があるよ。『18:00(ヒトハチマルマル)、晩飯は食わずに私の部屋の前まで2人で来い』って」

 

「……ごめんね、キラ。僕が買った喧嘩なのに、こんな」

 

「いいよ、別に。元々こうするつもりだったんだから。ユリカだって、あいつから投げられた直後に教官からも投げられたくないでしょ?」

 

「それはたしかにそうだけど……代わりにキラが投げられたじゃないか」

 

「だからいいって。それに、教官からのお仕置きはもう慣れてきちゃったし」

 

「あはは、それもそうだ……」

 

そう言うと、ユリカは上半身をベッドに投げ出し、口を閉じる。

微妙な沈黙は、結局マモリの指定した時間まで続いた。

 

 

 

 

 

「む、来たか」

 

「キラ・ヤマト、参りました」

 

「ユリカ・シンジョウ、同じく参りました」

 

指定された場所に行くと、15分前だがマモリはそこに立っていた。彼女自身の性分でもあるだろうが、教導しているキラ達がちゃんと時間前行動が出来ているかをチェックするためでもあるのだろう。どこか満足気な顔を見れば、そのように推察出来る。

彼女はいつもと変わらぬ地球連合軍の女性士官の格好で、こちらについてくるように言う。

返事をした後はひたすら無言で付いていく。下手に何かを言って「やぶ蛇」状態になるのは勘弁なのだ。

どうやら彼女は地下都市部に用事があるようだ。エレベーターに乗り込み、ここでも無言。

実に気まずいが、声を発するわけにはいかない。

都市部にたどり着き、歩みを進めること10分。

 

「───着いたぞ」

 

そう言ってマモリが立ち止まったのは、とある建物の前。

その建物の入り口の上には、こう書かれた看板が置いてあった。

 

『居酒屋 邪無楼 プトレマイオス基地支店』

 

オーブでは日本語が公用語であるためにキラにはその文字が読めたが、ユリカは「???」という顔を浮かべている。

こっそり居酒屋と読むのだと教えてやるが、それはそれで疑問が浮かんでくる。

いったいマモリは、どういうつもりで自分達をここに呼んだのか?

そう考えている間もなく、マモリは店内に入っていってしまった。慌てて後を追うと、既に彼女は席に着いており、メニューを開いている。

ちなみに店内はそこそこに人が入っており、6つのカウンター席は満杯、3つあるテーブル席も埋まっている。マモリが座っているのは一番奥の席だ。

 

「何をしている、さっさと座らんか」

 

「あっ、はい」

 

混乱続きの2人だったが、立ちっぱなしでいるのもあれなのでマモリの対面側に座る。

マモリは開いていたメニュー表を渡して、「好きな物を頼め、奢りだ」と言う。

 

「え、あ、はい。じゃあ、この担々麺を……」

 

「あ、僕は、その、邪無楼定食って奴を」

 

「飲み物は?」

 

水で良いと言うと、そうかと言って髪を弄り始めるマモリ。

本日何度目かの、沈黙。気まずさにも慣れてきたキラとユリカだったが、テーブルに運ばれてきた物を見て目をひんむく。

黄金の液体がジョッキの中で気泡を内包し、その上には真っ白な泡が鎮座している。

 

「お待たせしました。生ビール、中ジョッキになります」

 

「どうも」

 

それを受け取ったマモリは、ためらうこと無くそれを呑む。

グイっとジョッキに口づけて、勢いよく胃の中に流し込んでいく。

その光景を、キラとユリカは呆然と見るしかない。

 

「───ぶはぁっ!たまらんなぁ」

 

「あの、中尉?」

 

「んん?何だ、まだお前らのは来てないのか?」

 

「あ、いえ、そうじゃなくて……」

 

ユリカがしどろもどろに真意を探ろうとするが、普段が普段だけにためらいを生む。

 

「やれやれ、ハッキリしない奴だな。……まあ、普段の私のせいでもあるか」

 

マモリはジョッキをテーブルに置いて、話始める。

 

「いいか、私がお前達をここに連れてきたのはな、世の中の理不尽さを教えんといかんからだ。それに耐える方法も」

 

「理不尽ですか?」

 

「ああ、そうだ。今日の昼が良い例だろう?いちゃもん付けられて、不当に暴力を振るう。今回の場合は、コースは違えど同じ候補生同士であったから単なる喧嘩で済んだ。だがな、突っかかってきたのがベリア候補生でなく、私やそれより上の階級の者だったらどうなっていた?独房入りで良い方だろうな」

 

「そ、それなら僕だって我慢して……」

 

「シンジョウ。『誰々だったら我慢出来る』ってのはな、『相手次第で我慢しない』ってことだ。そしてそれを続けてると、次第に誰相手にも我慢出来なくなっていく。そんなもんだ、人間」

 

「……」

 

言い返すことが出来ず、押し黙ってしまうユリカ。それを見ながらマモリは続ける。

 

「ヤマト、アーガイルから話を聞く限りお前の判断は戦場では間違った行動じゃない。傷つき、動けない味方から敵を引き離すのはな。だが今回の事態を迅速に解決する最適解はやはり、ケーニヒ候補生がそうしたように、事を収められる人物を呼んでくることだ」

 

それはその通りだ。マモリが来なければ結局自分もグランによって殴り倒され、最悪医務室で治療に専念せざるを得ない展開になっていてもおかしくはなかった。

トールに助けられたようなものである。

 

「お前らの気持ちはわかる。誰だって仲間を傷つけられて怒らないわけが無いし、窮地を見過ごすわけにもいかない。私だってイラっとする時もある。───そんな時こそ、んぐっ、ぷはぁ!これらの出番だ」

 

「お酒、ですか?」

 

「酒に限らん。ゲームに読書、食事にスポーツ。大人になると酒とか……その、あれだ、青少年お断りの何やらも有りだろう。私は酒を選んだ。嫌なことがあれば酒を飲み、良いことがあっても酒で盛り上がる」

 

「趣味でストレスを発散しろ、理不尽はやり過ごせということですか?」

 

「概ねその通りだ。認めがたいことだろうが、大人になるとはそういうことでもある。嫌いな奴より出世して、見返してやろうという気持ちで奮起する奴もいるだろう。ここで重要なのは、最適解など無いということだ。見返してやるのも、じっと耐えるのも当人次第。お前らは若い、若過ぎる。その分、時間はたっぷりあるんだ。お前達なりに大人になっていけ。私が言いたいのは、まあ、そういうことだ」

 

そこまで言い切ると、マモリはジョッキに口を付ける。その姿は、どこまでも「大人」だった。

キラとユリカは顔を見合わせ、互いに苦笑する。

乱暴だし訓練は苛烈だが、この人間なりの愛情なのだろうということがわかったからだ。

 

「むっ、何だその顔は。何を企んでる?」

 

「いえ、何も!」

 

「自分達は幸せ者であると思っておりました!」

 

「ふふん、そうだろうそうだろう。おっ、そろそろお前らの注文も届いたようだぞ。食え食え!イライラしてる時は呑む食う遊ぶに限る!」

 

『はい!』

 

その夜の食事は、滅多に見られないマモリの満面の笑顔と、それに釣られたキラとユリカの笑顔で満ちていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、キラ。そっち持ってくれ」

 

「うん、せーの……!」

 

「ふふへーひひぃ、どんなもんだいばかやろこのやろ……ウチの、せいとは、しぇかいいちぃ……」

 

酔っ払った教官を部屋に連れて行くシーンは、残念なことに定型通りだったが。




深まる友情、鬼教官の愛。
作者の想像する健全な軍隊教練の光景でしたとさ。

○「居酒屋 邪無楼」
コズミックイラ(パトリックの野望)では全世界にチェーン展開する居酒屋。
元はジャパンエリアで店主が細々とやっていたものだったが、その味に目を付けた「狸みたいな男」の勧めと支援を受けて、全国チェーン展開。一気に人気に火が付いて全世界チェーン展開にまでこぎ着けた。
本店の店主はまるでアルプスで生活しているような白髭の濃い「おんじ」というべき姿をしているという。
名物の「邪無楼定食」にはペヘレイと呼ばれる南米原産の魚が使われており、Nジャマ-が地球に投下されて世界的に食事レベルが低下した後も店に出し続けるほどにこだわりのあるメニューでもある。

次回はマウス隊に視点が移ります。

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第52話「we are Civil service.」

前回のあらすじ
マモリ「店長、おかわり!」
キラ&ユリカ『何杯呑むんだこの人……』


人生、何が起きるかわからないものだ。ユージ・ムラマツはぼんやりとそんなことを考えた。

『原作』との乖離激しいこの世界で、もはや自分の知識などはどこまで役に立つか。いや、本来の人間のあり方に戻っただけなのだが。

”ヘリオポリス”の時は遠征任務にかこつけて無理矢理アークエンジェル組と合流し、本来の筋書きから外れることにある程度成功した……と思う。あのような反則技(チート)は何度も機能しない。

『未来』とは、未だ来ていないと書いて『未来』なのだ。

 

 

 

 

 

「ロウ・ギュール、お前には器物損壊とMSの能動的戦闘利用の疑いが掛かっている!これより臨検を開始するが、抵抗した場合は罪状を認めたと思ってもらおうか!」

 

<いいっ!?なんだよそりゃあ!>

 

だから。

こうやってロウ・ギュール(外伝主人公)をしょっぴくことになるなど、3日前の自分に言ったところで、やはり狂人を見る目で見られるだけであろう。

どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

2/28

『セフィロト』 周辺宙域

 

デブリの中を、トリコロールのMSが進んでいく。

その機体はまるで、補助輪無しで自転車に初めて乗った子供のようにフラフラと、時々鋭い軌道を描きながらスラスターを吹かし、目的地へたどり着こうとしている。

しかしそのような危うい動きでくぐり抜けられるほど、デブリ帯というのは安全な領域ではない。

MSを操縦している本人すら予測出来ない鋭い機動を行なうMSはやがてバランスを崩し、近くのデブリへと向かっていき───。

 

<───はい、そこまでですぅ>

 

「あー、やっぱり無理だよこれ。鋭すぎる」

 

激突する直前に周囲の景色が暗闇へと変わり、後に残されているのはモニターの画面だけ。その光景を見ながら、先ほどまでMSを動かしていたパイロット、アイザック・ヒューイはため息をつく。

先ほどまでの光景はシミュレーションによるコンピューター上での出来事であり、アイザックがデブリにMSを激突させるという結果に終わったためにシミュレーションを終了したというのが、今に至るまでの過程である。

シミュレーション用の機械の中から出てくるアイクに、外部からデータを観測していたセシルが近づいてくる。

 

「やっぱり、アイクさんでも使えそうにないですかぁ?“ストライク”」

 

「うん、無理だね。少なくとも今の僕じゃ使いこなせそうにない」

 

先ほどまで仮想空間でアイザックが操っていたのは、先日”ヘリオポリス”から『セフィロト』まで届けられた”ストライク”。アイザックは”ストライク”を、『キラが組んだOS』を組み込んだ状態で動かした場合のシミュレーションを行なっていたのだった。

結果は惨敗。なんとか動かすこと自体は出来たものの、ZAFT製OSの『複雑さ』を更に洗練させたような操縦難易度に振り回され、デブリに激突という結果に終わった。PS装甲で覆われた”ストライク”ならば大破炎上まではしないだろうが、そうでないMSにとっては致命的だし、戦場では隙が生まれることになる。

上手くいけばこのOSを改良・発展することも出来ないかと考えたが、この有様では実現には遠いだろう。結局このOSのデータは参考資料として残されるだけに止まった。

 

「よくこんなの使えるなぁ、キラ君。いや、自分で組み上げたものなんだから当然か」

 

「それにしては高度すぎますよぉ。疑うつもりはないですけどぉ、キラ君って本当にただの学生さんだったんですかぁ?」

 

「……そこのところは隊長達も疑問に感じているらしくてね。出来る範囲で彼についての情報を集めているらしい」

 

”マウス隊”の人間は基本的に他者に対して優しい人間が多いが、それはけして呑気というわけではない。

学生どころかコーディネイターとしても非凡な能力を持つキラに対して疑問を持たないわけが無かった。ユージも暇を見つけては身元を探っているらしい。

もっとも、その姿に違和感を覚える人間も少なくなかった。違和感を持った人間曰く、「なにかしらの当たりがついているようだ」「あらかじめキラについて知っていたのではないかと思うほど迷い無く情報集めを行なっている」と。

まさか「前世でキラの出自を知っていた」などという真相が隠されているとは、誰にも想像出来まい。

 

「へぇ……。悪い情報が出てこないといいですねぇ」

 

「そうだね。そういえば、カシンはどんな様子かな?」

 

そう言いながら、アイザックはモニターを操作して基地の外の光景を映し出す。

そこには、新たに改修された”バスター”がデブリの中を飛び回る姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

「機動テスト終了。これより、武装テストに移行します」

 

カシン・リーの言葉通り、装いを新たにした”バスター”が停止し、新たな得物を腰だめにして構える。

 

バスターガンダム改

移動:6

索敵:B

限界:175%

耐久:320

運動:26

PS装甲

シールド装備

 

武装

インパルス砲:220  命中 55 超間接攻撃可能

ビームライフル:130 命中 70

対装甲散弾砲:180 命中 55

ガンランチャー:100 命中 60

ミサイルポッド:60 命中 40

 

カシン・リー(ランクA)

指揮 5 魅力 14

射撃 14 格闘 9

耐久 8 反応 14

SEED 1

 

得意分野 ・魅力 ・射撃 ・反応

 

GAT-X103B”バスター改”。幾度かの実戦を経て、”バスター”の問題点のいくつかを改善した機体。

”バスター”の特徴である2丁の射撃兵装。実体弾とビーム、それぞれ2種類の弾を発射するこれらの砲には、連結することで更に出力を高めることが出来るという独特の機能が備わっていた。

しかしこの機能、連結の際には時間がかかり、しかも動作中無防備になるという弱点を抱えている。様々な兵装を時々に合わせて使い分けることが”バスター”の強みだが、強みと弱点が一体となってしまっているのだ。

この問題を解決するために”マウス隊”技術陣が導き出した結論は、「最初からくっつけちゃえばいいじゃん」というシンプルなものだった。

”バスター改”は新型のバックパックに、長方形の箱のようなものを背負っている。これは”バスター”に本来備わっている武装の「350mmガンランチャー」と「94mm高エネルギー収束火線ライフル」をその中に収めたもので、名称もそのままマルチウェポンボックスとなっている。

宇宙世紀で例えるならば、フレームランチャーという複合兵装に近い見た目をしていると言えるだろう。

この改修は、最初から砲を一つの箱の中に束ねて収めておくことで連結の手間を減らすことに成功しており、”バスター”をより実戦に適応させた。4つの武装をほぼノータイムで使い分けることが出来るようになった”バスター”は、実力を順調に伸ばし続けているカシンの能力を余すことなく発揮させている。

更に、この改修を行なったことによって左側のアームに空きが生まれたため、”デュエル”や”ストライク”と同型のシールドを装備させられた。これからはビーム兵器が台頭してくるだろうことを考慮すれば、最適な処置と言えるだろう。

 

<こちら管制室。まずは通常モードでの射撃を試してください。問題が無ければコネクトモードでの射撃に移ります>

 

「了解」

 

実験部隊として何度もMSに搭乗し、様々な武装をテストしてきたカシンにとって、この程度の実験でミスなど起きるはずも無い。

少しのトラブルも発生せず、つつがなく実験は終了した。カシンが一息ついていると、通信が入る。

モニターに映った顔は、自分達の隊長であるユージ・ムラマツのものだった。

 

<ご苦労、カシン。改修された”バスター”はどうだ?>

 

「前よりも格段に使いやすいと感じます。連結の手間が省けるのもそうですが、砲身を連結する度に伸びて取り回しが悪くもなっていましたからね。シールドがあるのも有り難いです」

 

<テストは成功と見ていいかな?それは何よりだ。これから出番があるかもしれないからな>

 

出番?

ユージの言葉に違和感を持ったカシンはユージに問いかける。

 

「出番って、この時期にですか?休戦期間中なのに……」

 

<あー、いや、確定ではない。()()()()()()というだけだし、そもそもZAFTを相手にするわけじゃないんだ>

 

「ZAFTじゃ……ない?」

 

モニターの中では、ユージが顔をしかめている。ユージは嫌悪感というより、戸惑いの表情を浮かべていた。

 

<ああ。これから俺達が相手をする必要があるのは……ジャンク屋だ。とりあえず説明するから、帰投したら第3会議室に集まってくれないか?>

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第3会議室

 

「ロウ・ギュール……ですか?」

 

「ああ。その男を調査、場合によっては捕縛することが俺達に回ってきた仕事だ」

 

ユージはアイザックの問いにそう返す。

現在、第3会議室には宇宙に残った”マウス隊”のメンバー全員が揃っていた。

本来はアイザック達MSパイロットやエリクのような艦艇運用メンバーだけで良かったのだが、この際だからキラのOSのシミュレーションや”バスター改”の稼働試験の結果報告会もまとめてやってしまおうという理由で技術部のメンバーも集まっていた。そこまではいつもの光景である。

1人の少女から放たれた殺気が漂う場所があったのを除けば、だが。

 

「……」

 

仏頂面で会議に参加する少女の名はスノウ・バアル。先日”デュエルダガー”に搭乗して”デュエルF(フォルテストラ)”の試験に乱入してきた人物であり、その後は何故か”マウス隊”に配属されたブーステッドマンである。

なお、ユージはステータス視認能力でブーステッドマンであることを知っているが、その他の隊員達は「特殊な訓練過程を経たMSパイロット」としか聞かせられていない。

薬物を用いて強化した兵士などという存在が知れ渡れば大問題である。特に、『原作』ほど”ブルーコスモス”が権力を握っていない今のこの世界では。

そんな少女だが、現在不機嫌度MAX状態で会議室の椅子に座っていた。隣に座っているセシルは「またですかぁ……」と半年ほど前のことを思い出していた。隣に殺気立った女性が座るのは、既にレナで経験済み、どこか達観したような気分で視線を向けないようにしていた。

彼女をひっつれて来た白衣の男達も”マウス隊”に所属しているはずなのだが、普段は何処にいるのだろうか?謎は深まるばかりである。

ユージはそのような雰囲気はものともせずに、話を続ける。

 

「この男には現在、アクタイオン・インダストリーの資源衛星における器物損壊と、MSの能動的戦闘利用の疑いが掛けられている。組合(ギルド)の方に問い合わせたが、『あちらから手を出された』という回答が来ただけで『防衛目的で使った』という具体的証拠は挙がってこなかった。それに納得しない企業側に泣き付かれてな。我々がこの男を直接接触することになる。ここまでで何か質問は?」

 

「よろしいですか」

 

手を挙げたのは、意外や意外、スノウ・バアル。

常に仏頂面で言葉も荒いが、命令や指示には忠実だったこの少女が手を挙げるのは誰も予想していないことであった。

 

「バアル少尉、何か?」

 

「なぜ我々がそのような任務を行なうのでしょうか。我々は”第08機械化試験部隊”、犯罪容疑者の捜査が任務に含まれるとは思えません。別の部隊が担当すべきではないのですか?」

 

たしかに。”マウス隊”隊員達の思考が一つになった瞬間である。

元々はナチュラル用OSを開発するために結成され、一応の完成を見てからは試作MSや武装のテスト(時には実戦テストも含む)へとその役割を変えた自分達。

“アークエンジェル”の捜索・護衛をしたこともあるが、それだって自分達しかいないからやっただけのことである。

何故、わざわざ自分達が一ジャンク屋の捜査などをしなければいけないのか?

 

「たしかに、我々の普段の任務からはかけ離れているな。だがこれには理由がいくつかある」

 

「複数あるのですか?」

 

「そうだ。まず一つ、このロウ・ギュールという男はMSを所持している。しかも”ジン”や”テスター”などとは違う、高性能MSをだ。これを見てくれ」

 

ユージがそう言うと、モニターに画像が表示される。

そこに映っている姿は、”アークエンジェル”護衛に参加した者や技術班には見覚えがあるものだった。

 

「”アストレイ”……しかもこの色は」

 

「”ヘリオポリス”の時の……っ!あいつがロウ・ギュールだったのか!」

 

「やっぱり逃がすんじゃなかったんじゃないのー、たいちょー?」

 

たしかに、あの時ロウを拘束していれば今自分達に面倒事が回ってくることは無かっただろう。その点では、アミカの言うことはもっともだ。

ユージはそれに対して返答する。

 

「たしかに、あの時拘束していれば問題が起きなかったのはたしかだ。しかしあそこで彼らを拘束すれば、下手をすればジャンク屋組合を敵に回すかもしれなかった。民間人を敵に回す可能性があった以上、独断で行動するわけにもいかなかったんだ。すまん」

 

「あー、そういえばあれ民間組織でしたねー」

 

「評判は良くないけどね。『ジャンク屋組合のマークを付けた艦船等は、いかなる国も入国拒否出来ない』……いったい、どうやったらそんな強権を握れるのかしら」

 

マヤを初めとして、技術班達の顔が歪む。

ジャンク屋の仕事は戦争によって生まれた様々なジャンクを回収して修理・販売するいわゆるリサイクル業務なのだが、戦闘が行なわれた現場にすぐさま駆けつけて目を付けた物をかっさらっていく、いわゆるハイエナもいる。”ヘリオポリス”のロウ達の行動速度は、まさしくそう呼ぶに相応しい。彼らの場合は、ロウの仲間である『プロフェッサー』がモルゲンレーテのエリカ・シモンズから”アストレイ”の回収を依頼された故の即応であるのだが。

技術班としては、戦場跡に残されたジャンク(貴重なデータ)を持っていってしまう彼らは天敵なのだ。

もちろんほとんどのジャンク屋は一般的モラルに則って活動しており、回収したジャンクを民間の復興資源として活用している。一部が悪目立ちしているだけだ。

 

「つまり、あそこで彼らを逃がした私の責任を問われているというのも理由の一つだ。そして2つ目の理由。これは単純に、我々が一番動きやすい部隊だというのがある」

 

「動きやすい?」

 

「そうだ。現在、連合宇宙軍では来たる決戦の時に備えて宇宙艦隊の再編計画『ヴィンソン』を発動している。新たに艦隊を編成するだけでなく、新型宇宙艦の建造、旧型艦には対MS戦に対応した改修など、やることは多岐に渡る。”テスター”投入以前から被害の少なかった第8艦隊も、多数の艦艇を更新する必要があってな。改修が後回しにされている艦艇もほとんどは警備任務に回されている。彼らに比べれば時間のある我々がこの任務を受け持つのは、仕方のないことだ。これでいいか、バアル少尉」

 

「了解しました」

 

聞きたいことを聞き終わると、そのまま再び話を聞く体勢に戻るスノウ。

コーディネイターであるアイザックやカシンには刺々しいが、訓練の時のアドバイスはきちんと活かすあたり、根は悪い人間ではないのかもしれない。ユージはそう考えた。

 

「他に質問のある者はいないか?無ければ任務の概要を改めて説明する。

容疑者はロウ・ギュール。容疑は器物損壊とMSの能動的戦闘利用、これらが真実であった場合は拘束するのが我々の任務だ。行方についてだが、先日プラントを訪れた後に地球に向かったという情報が入ってきている。我々は彼らの航路を予測して張り込むことになるな。

この画像を見て分かる通り、容疑者はGATシリーズに比肩する性能の”アストレイ”を所持している。万が一彼がこの機体で反攻を試みてきた場合は……撃墜は許可されている。各自、警戒しながら任務に当たれ。出発は明朝の0900(マルキュウマルマル)。以上、解散!」

 

外伝主人公を逮捕無いし抹殺、そのようなことを自分の部隊で行なうような事態だけは避けたい。ユージに出来ることは祈りが天に通じることを祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

3/1

地球外縁軌道 ”コロンブス”艦橋

 

このようないきさつで、冒頭の場面に至る。

まさかユージも、張り込んでから3時間も経たずに目的の一行と遭遇するとは予想出来なかったが、これは情報の確度が高かったことを喜ぶべきなのだろうと納得させる。

長期任務になることを想定して多めに積み込んだ物資の、そのために資料を用意した時間が無駄になったことは気にしていない。

徒労に終わった分の書類仕事のことなど気にしていないとも。

 

「我々も暇じゃないんだ、さっさと選んでもらおうか!臨検か、拘束か!この二つ以外の選択肢が許されると思うなよ!」

 

<なんかわかんねぇけど、イライラしてねえかあんた!口調が刺々しいぞ!?>

 

「誰のせいだと思ってる!さっさと選べ!」

 

「……隊長、冷静にお願いします」

 

「たいちょー、なんか今日おかしくない?」

 

「ほら、あれだよ。出港前にあの4人に歩兵の宇宙用パワードスーツの資料提出されたから。私もちらっと見たけど、どこの特撮ヒーローって感じの奴だったから怒ってるんだよ」

 

「いや、今日の朝食がマズかったからじゃないですか?」

 

「純粋に寝不足では?」

 

オペレーターや操舵士共が何か言っているが、ユージは無視した。

関係ない関係ない、用意した物資が無駄になったことも変態共がテ○カマンスーツの設計図を提出したことも、余っているからって朝食にオートミールと納豆と紅茶を出されたことも。

何も気にしていないとも!寝不足はあるが!

 

<わ、わかったわかった!臨検だな!?何もなかったら解放してくれるんだよな!?>

 

「地球連合軍人は嘘を付かない!」

 

ユージの剣幕にビビリながら、ロウは臨検を受け入れた。

良くも悪くも自分の感情に素直なロウのことだ、おそらく自分達にやましいことは無いから大丈夫だと思ったのだろう。

だが、それは当人からしたら良くても、第3者から見ても同じとは限らないのだ。

この時期ならロウ達も変な物を持っていないはずだし(”アストレイ”は除く)、何事も無く厳重注意だけで済んで欲しいとユージは思っている。

ユージは仏頂面を崩さないまま、連絡艇でロウ達の母艦”ホーム”へ乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

”ホーム”艦橋

 

「我々を訴えた企業についてですが、これは完全にあちらの逆恨みです。証拠の映像もこちらにあります」

 

そういってモニターに映像を表示するのは、ロウの仲間であり、後にジャンク屋組合の代表に就任することになるリーアム・ガーフィールド。

ナチュラルの兄を持つ奇特な来歴を持つ彼の手によって映し出された映像には、企業側の訴えた内容が虚偽であるという確たる証拠が残っていた。

 

「なるほど、つまりこうか。君たちはある企業に依頼されてジャンクを販売しに向かったが閉じ込められ、MSを渡すように強要された。それに抵抗した結果、向こうの設備を破壊するに至ってしまった、と」

 

概ね、ユージの想定していた通りの真相であった。

前世でASTRAYシリーズの漫画を読んだことのあるユージはこのエピソードに覚えがあり、無駄骨となることが分かっていたためにこの任務には乗り気ではなかったのだ。

他にもこの任務、というよりロウ一行との遭遇を忌避した理由はある。

 

「そうそう、そういうことなんだよ」

 

「ロウ、あんたは黙っていなさい」

 

余計なことを言うんじゃ無い、とロウに釘を刺すのは、C.Eでも屈指の謎を内包する女性こと「プロフェッサー」。本名も出自も何もかも不明、エリカ・シモンズと知人であったり、作品によってはEXA(エグザ)世界からの来訪者だったり、まったく訳の分からない存在だが、ロウの仲間であることだけは揺るがない……はずだ。

ユージは現状この女性をC.Eでもっとも警戒していた。余りにも謎すぎて、もしかしたら自分の出自(転生者)であることを知っていたとしても、何も不思議ではない。もしもそのことを他者に暴露などされたら、何が起きるか分かったものではない。

故に、ロウ一行との接触をできる限り避けていた理由の一つでもあった。

極力彼女と目を合わせないようにしながら、話を進めていく。

 

「これが偽造したものでない、という証拠もないが……エリク、済まないがこの映像を精査してくれないか?」

 

「了解しました、隊長」

 

「頼む。もうしばらく付き合ってもらうぞ、ロウ・ギュール」

 

「うへぇ、マジかよ……。悪事なんて俺達してねえぞ?」

 

「お前達はそう認識していても、他から見たらそうではないこともあるということだ。”ヘリオポリス”の例で言うなら、お前達は崩壊から間もなくやってきただろう?そういう行為を見て『火事場泥棒が目的だったんじゃないか』と勘ぐる人間も少なくない」

 

「そんな、我々は!」

 

リーアムが反論しようとするのを、ユージは手で制する。

 

「別にお前達がそうだと言ってるわけじゃない。だが……そういう人間もいるということだ。ハイエナと同一視されたくなければ、自分達の行動の是非をもっと注意深く判断するんだな」

 

「……はい」

 

「そんな奴がいるのか……ジャンク屋の風上にも置けねえぜ」

 

ロウが右の手の平に左手の拳を打ち付ける。

無意識のうちに自分達がハイエナのように見られていたということは反省するが、意図的にそのような行為に及んでいる同業者がいるということは許せないことであった。

自分達は戦争の「破壊」によって生まれたものを「再生」するのが仕事だというのに、それでは「破壊」を望んでいるようなものではないか。

 

「理解したならいい。既に今更だがあのMS……“アストレイ”のことだってグレー扱いされてるんだ。これからは慎んでだな……」

 

「ん?”アストレイ”って、レッドフレームのことか?」

 

「ああ、”アストレイ”試作2号機、それがお前達が手に入れた───」

 

 

 

 

 

<隊長、すぐに来てください!この船の格納庫です!とんでもないものを見つけましたよぉ!>

 

 

 

 

 

ロウに”アストレイ”に関して簡単に説明しようとした瞬間、通信機からアリアの声が響いてくる。

ロウ達から事情聴取している間、マヤ達技術班は数人の護衛と、ロウの仲間である山吹樹里立ち会いの下で格納庫内に不審なものが隠されていないかの調査を行なっていたのだ。

尋常ではないその声を聞いたユージは目を鋭くし、ロウに拳銃を突きつける。

 

「何も変なものを持っていないはずでは無かったか?どういうことだ!」

 

「ま、待って落ち着け!本当だ、何も変なものは───!」

 

「いいから来い、弁明なら後から好きなだけさせてやる!」

 

その場に数人のスタッフを残し、ユージはロウを連れて”ホーム”の格納庫に向かう。

この時、感づいていれば良かったのだ。せめて、アリア達が何を見つけたのかを聞き返していれば。

普段のユージであればもっと注意深く行動出来たはずなのだが、寝不足で体調不良の現状では詮無きことであった。

 

 

 

 

 

「……あー、トラスト少尉。これは?」

 

「見てください、これ!こんなもの見たことがない、MSサイズの日本刀(サムライソード)なんて……ビューティフォー!」

 

「何で出来ているんだ、これは……しかも何度か使われた形跡がある!」

 

「こんな技術がこの世に存在していたとは……」

 

やっちまった。ユージは手で顔を覆い、微かに首を振る。普段は一緒に頭を抱えているマヤも、今回ばかりは目を輝かせて目の前の『お宝』に関してのメモを書き留めている。

この変態共が声を張り上げるような事態なんて、それこそ『お宝』を見つけた時くらいだということを忘れていた自分に、あきれ果てているのである。

 

(なんで俺は、ガーベラストレートの存在を失念していたんだ!こんなものを見つけたら、こいつら暴走するに決まってるじゃないか!)

 

廃棄衛星『グレイブヤード』の、オーパーツ染みたテクノロジーによって作られたMSサイズの日本刀。

如何にも彼らが好みそうな代物だ。

しかも、ユージの失態はこれだけではない。

 

「いったいこれは!?ていうか、何処で手に入れたんです!?作者は!?」

 

「ああ、ガーベラストレートか?それなら俺が直したものだぜ」

 

その言葉を聞いて、変態共がマッポーめいたアトモスフィアを漂わせながらロウに近づいていく。

ギラギラと目を輝かせながらジリジリと距離を縮めていくのだ、コワイ!

 

『詳しく聞かせろ!』

 

 

 

 

 

ユージが今回犯した、最大の失敗。それは、彼らの目の前にロウ・ギュールを、C.E最大手の変態技術者ならぬ変態ジャンク屋を連れてきてしまったことだ。

バカ(変態共)バカ(ロウ)が交差する時、物語が始まる!




ということで、マウス隊とロウ達の2度目の邂逅です。
あの4人がガーベラストレートなんて見つけて、平然としている筈ないんだよなぁ……。

今回はロウ達に説教染みたことをしました(ユージにさせた)が、別に私はロウ達のこと嫌いじゃありません。
人格的には至極善人ですし、たぶん漫画で書かれている以外の日常では彼らも普通にジャンク屋稼業で働いてるはずですから。
ただ、やっぱりC.Eで生きてる当事者達からしたら気に入らないって部分もあるだろうから、ユージに釘を刺させたというわけです。
ロウ達に限りませんが、この作品は過剰なアンチ・ヘイトは行なっておりませんので。
あしからず。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第53話「グレイブヤード」前編

前回のあらすじ
変態4人組+α『俺達今から親友だ!』


3/4

地球周辺 デブリ帯 “コロンブス”格納庫

 

「ありったけのロマンをかき集め!」

 

「お宝を探しに行くのさ!」

 

『”グレイブヤード”!』

 

イエーなどと盛り上がっている変態4人組に対し、ユージは全力で目を背けることを決めた。これ以上考えることを増やしたくなどなかったのである。

現在”コロンブス”は地球周辺を漂うデブリ帯の中を、あるものを求めて航行していた。

 

「しかし、本当にあったんですね、”グレイブヤード”。てっきり、噂の域を出ないと思ってましたよ」

 

「私もそうさ、マヤ君。『かつて破壊された”世界樹”の一部が廃棄衛星となって宇宙を漂っており、そこは当時として最先端の貴重な技術や情報の宝庫である』……(にわか)には信じがたい」

 

格納庫内で各種点検を行なっていたマヤの言葉にそう返すが、ユージは既に前世で存在自体は知っているので、嘘をついたことになる。

もっとも、知識として知っていても探し出すことになるとは予想していなかったが。

3日前のロウ達との邂逅の後、ガーベラ・ストレートの所以を知った技術者一同は全力でユージ、引いてはその上司であるハルバートンに直談判。

軍内のモラルだとか予算の都合だとかスケジュールとか、そういった数々の問題を踏み倒す、あるいは特急で仕事を終わらせるなどして『”グレイブヤード”の捜索任務』をもぎ取った彼らは、意気揚々として宝島探しに駆りだしたというのが事の始まりである。

ロウは機械を修理することも好きだが、それと同じくらい自分の作ったツールを自慢するのも好きだということを忘れていたユージは猛省している。

 

(まさか、ジャンクを用いてガーベラストレートの試し切りまで披露するとは……ロウの気前の良さというか、なんというか)

 

見事にMSを両断せしめる威力を実際に見せつけられた以上、連合軍としては調査する必要が発生する。

当然だ、そのような技術が万が一ZAFTなどに奪われた場合、それが友軍の脅威となって襲ってこないと誰が保証出来る?自分達にとって役に立たないとしても、先んじて確保しておくだけの価値はある。

もっとも、変態4人組はそこら辺のことは考えずに単なる宝探しか何かと考えている節はあるが……。

 

「まあ、たまにはこういう仕事も良いだろう」

 

「おや、隊長にしては甘いですね?」

 

「なんだかんだ、あいつらも最近働き詰めだ。”ストライク”の新装備の開発、”デュエル”・”バスター”の改修、エドやレナ、モーガンの機体の用意……。自分達で要求した内容とはいえ、任務は任務。仕事をきちんとするなら、態度や動機くらいは大目に見るさ」

 

「……ふふっ」

 

そう言ったユージの顔を見て微笑をこぼすマヤに対し、ユージは首をかしげる。

何かおかしなことでも言っただろうか?

 

「いえ、なんだか最近は顔も穏やかになってきたなと。最初に会ったころから、貴方は何かに追われるように任務に取り組んでいるように見えましたから」

 

「む……」

 

「不安の一つや二つもあるのでしょうが、最近は連合軍全体に余裕が生まれてきましたし、一度肩の荷を下ろしても良いのではありませんか?」

 

右頬を指で掻きながら、ユージは今までの自分を振り返ってみる。

たしかに、何かに急かされるように任務に当たってきたとは思う。

なんてったって、『ガンダムSEED』の世界だ。ナチュラルだコーディネイターだで戦争が発生し、戦場では捕虜の虐殺は日常茶飯事。エネルギー不足で貧困に喘ぐ可能性もあるし、どこにいても安全とは言えない情勢。

挙げ句の果てには核ミサイルだジェネシスだ、人類滅亡待った無しな代物をトーストにジャム塗る感覚で振り回す始末。

『原作』よりマシな世界に少しでも近づけたいなどと考えて連合に入隊したものの、個人の力などはちっぽけなものだった。部下2人の命を犠牲にして、ようやく理解した。

その時から『部下を死なせない』『そのために失敗出来ない』という強迫観念に囚われていたような気がする。

 

「そう、だな。少し根を詰め過ぎていたのかもしれない。休戦協定が有効な内に、里帰りでも考えて見るかな?」

 

「そうしてください。戦争が再開してから倒れられても困りますから」

 

流石に部下に心配されるようになっては隊長としてお終いだ。ユージは一度、休暇を取ることを決めた。

その後もマヤと共に格納庫内を見回っていると、電子端末に着信が入る。

手に取って画面を表示すると、ジョンの顔が映る。ユージの副官である彼は艦橋を任せられていた。

 

「どうしたジョン?」

 

<そろそろ、ロウ・ギュールの提供した情報の座標にたどり着きます。ブリッジにお戻りください>

 

「わかった、今───」

 

ユージが返答しようとしたその瞬間、衝撃的な知らせが耳に飛び込んでくる。

それを告げたのは、”マウス隊”のオペレーターコンビの片割れ、アミカ・ルーであった。

 

<……たいちょー、悪い知らせでーす>

 

「どうした?」

 

神妙な様子のアミカの声を聞いて、何か艦にトラブルでも発生したのだろうかと眉をひそめるユージ。

悪い知らせは、頭に「とびっきり」という形容詞が取り付けられた代物だった。

 

<レーダーに感あり、”ローラシア”級を確認しました。ZAFTの可能性が高いです>

 

 

 

 

 

「総員、第一種警戒態勢!MSパイロットは各自機体に搭乗して待機せよ!」

 

アラートが鳴り響く艦内を駆けてきたユージは艦橋に飛び込むなり、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

まさか、このようなタイミングでこんな問題が発生するとは!

モニターにはしっかりと”ローラシア”級MSフリゲートの姿が映っている。ジャンク屋組合に所属するのであれば艦体に組合のマークが記されているはずだが、それが無いとなればもはや可能性はほぼ二つに絞られる。

海賊か、ZAFT正規軍か。海賊であるならまだいい。戦闘したところで任務後の報告書が一枚増える程度だ。

だがZAFTであった場合、話は別だ。休戦期間中であるために双方手が出せず、千日手になる可能性が高い。

 

<ムラマツ中佐!何故MS隊を発進させない!>

 

既に”デュエルダガー”に乗り込んで待機しているスノウからの通信が届く。

ユージは若干苛立ちながら答える。

 

「今は休戦期間中だ、いたずらに相手を刺激することはない」

 

<しかしZAFTがいるんだぞ!あいつらが!>

 

「黙れ!許可するまでMSの発進は許可しない!そもそもZAFTと断定されたわけでもないんだ!」

 

<……くっ!>

 

舌打ちをしながら通信を閉じるスノウ。舌打ちをしたいのはこちらだと悪態をつくが、現実問題あの艦の正体をはっきりさせなければならない。

どうしたものかと悩んでいるところに、通信士のリサ・ハミルトンの報告が届く。

 

「”ローラシア”級より通信要請が届いています。……開きますか?」

 

「何か仕込まれてはいないか?」

 

「チェックしましたが、特に細工などはされていません。普通の通信のようです」

 

「よし、開け」

 

モニターに強面の男の顔が映し出される。

黒髪で切れ目のその男は、こちらと通信が繋がると同時に声を掛けてくる。

 

<こちらはZAFT軍第56警邏隊の”ノージック”、艦長のライエル・アテンザだ。貴艦の所属と航行目的を問う>

 

ライエル・アテンザ(Bランク)

指揮 12 魅力 7

射撃 10 格闘 1

耐久 8 反応 6

 

最悪だ。ZAFTの黒制服を着ているだけならまだZAFTからの脱走兵なり退役軍人なりの可能性もあったのに。

ユージは言葉を慎重に選びながら返答を始める。ステータスを見る限り、それなりの指揮能力がある。衝突を避けられるかもしれない。

 

「こちら地球連合軍第8艦隊直轄、第08機械化試験部隊所属の”コロンブス”。艦長のユージ・ムラマツだ。航行目的は黙秘する」

 

<第08……”マウス隊”か!>

 

「そう言われることもある。そちらこそ何故このような場所にいる」

 

<そちらが黙秘するなら、こちらも黙秘するまでだ。それとも無理矢理聞き出してみるか?>

 

ライエルの言葉を聞いて、押し黙るユージ。

こうなるから嫌だったんだ!どっちも目的を答えることも、力で聞き出すことも出来ない。まさしく八方塞がりだ。

しかしユージは、向こう側の意図に感づいていた。

 

「(どう見る?)」

 

「(間違いなく、我々と同じ目的です)」

 

筆談でジョンと相談するが、ジョンの導き出した答えが自身と合致したことにわずかに眉をひそめる。

”グレイブヤード”。ZAFTもデブリ帯に隠された技術の情報を聞きつけて探しに来たに違いない。

そうでなければ、どうして地球のほど近いこの宙域に”ローラシア”級など派遣するものか。

 

「……我々は、そちらとの衝突を避けたい。どうだろう、ここはお互いに見なかったことにでもするというのは」

 

<普段であれば何をバカな、と一笑に付すところだが……。こちらも休戦協定を破棄してまで行動するつもりはない。それに、輸送艦一隻とはいえ”マウス隊”を相手に、”ローラシア”級一隻で挑む気にはなれんよ>

 

「賢明な判断だ。では、いずれ戦場で」

 

通信回線を閉じると同時に、”ノージック”が反転するのが見える。どうやら、大人しく退いてくれるようだ。

ユージはゆっくりと息を吐き出す。

 

「生きた心地がしないというのは、正にこういうことを言うのだろうな」

 

「まさかこんなところで戦争再開か、ともなれば当然でしょうね」

 

「他人事だと思ってないかジョン?」

 

「はははそんなまさか」

 

「……まあいい。ともあれこれで───!?」

 

その瞬間、再びアラートが鳴り響き始める。モニターに映る”ノージック”はこちらに背を向けており、狙われているというわけではない。

ならば、何故アラートが鳴っている!?

 

「状況報告!」

 

<隊長、マズいです!バ、バアル少尉が!>

 

格納庫に止まっているマヤの声を聞いて、ユージは最悪一歩手前の事態にまで至っていることを理解した。

 

 

 

 

 

許せない。

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。

私はこんなにも苦しんでいるのに、何故あいつらはのうのうと生きている。

あれだけ嘲笑っていたのに、私達を踏みにじったクセに。

同じMSを敵に回すとこれか?敵が強くなったらそそくさと逃げ出すのがお前達のやり方か?

許してはいけない、許したら、あれは何だったというんだ。あの悲鳴は、こびりついて離れてくれないというんだ。

殺せ。殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセ。「

ダカラ、ワタシガコロサナケレバ。

蒼キ清浄ナル世界ノタメニ

 

 

 

 

 

「アームが千切れるぞ!」

 

「バカお前、そんなもんほっとけ!踏まれるぞ!」

 

「ブリッジ、ブリッジ!”デュエルダガー”が!」

 

「落ち着いて避難を!こんなところで死ぬなんて笑い話にもならないわ!」

 

マヤは怒号や悲鳴飛び交うその場所で、誰にも負けない音量で指示を飛ばす。

”コロンブス”格納庫内はパニック状態にあった。スノウの搭乗した“デュエルダガー”が、アームを引きちぎって動き出そうとしているからだ。

まさか、このような暴走を起こすとは!マヤは歯がみする。

スノウが持つZAFTへの、いやコーディネイターへの憎しみについては理解しているつもりだった。だがまさか、このような強硬手段に出ようとするほどのものだとは思っていなかったのだ。

普段は刺々しくもまともにコミュニケーションが出来る分、認識が甘くなっていたようだ。

 

「隊長!そちらから”デュエルダガー”のシステムに介入して止められませんか!?」

 

<無理だ!”デュエルダガー”のシステムは他の機体とは別系統のプログラムで動いている、その機体だけは無理なんだ!逃げろ!>

 

思わず舌打ちをするマヤ。そういえばそうだった。

あの白衣連中、整備だ修理だはやらせるクセに、コクピット周りだけは触らせなかったのだ。特殊な機材が積んでるとかなんとかご大層な事をのたまっていたが、その結果がご覧の有様だ。

そうしていると、ついに”デュエルダガー”がアームから解放されて動き出す。まっすぐに発進ゲートに向かっているところを見る限り、出撃するつもりのようだ。

誰と戦おうとしているのかは、明白だ。

 

<───そこまでだ、少尉!>

 

その前に立ち塞がったのは、アイザックの乗る”デュエルF”。彼は艦橋からアームを解除してもらい、暴走する”デュエルダガー”を取り押さえるために立ち塞がったのだ。

 

<邪魔ヲスルナァ!>

 

ここで”デュエルダガー”は、右手に取ったビームサーベルを起動するという暴挙に及んだ。

ビームライフルでないだけマシといえばマシだが、そんなものを狭い格納庫内で振り回されては何が起きるかたまったものではない。

 

<くっ、錯乱しているのか!?>

 

<邪魔ヲスルナラ、マズハオ前カラ───!>

 

 

 

 

 

「……ちっ、所詮試作品か」

 

 

 

 

 

<ガッ、アア……!?>

 

突如として”デュエルダガー”は動きを止め、崩れ落ちた。

突然の事態に誰もが呆然とするが、そこに近づいていく一団を見て我に返る。

スノウとともにやってきた、白衣の男達が、”デュエルダガー”のコクピットに近づいていく。

 

<───はっ!?き、危険ですから近づかないでください!>

 

我に返ったアイザックが警告するが、白衣の男達は無視して”デュエルダガー”のコクピットを開く。

男達は中から気絶したスノウを引っ張り出すと、何処かへと連れていってしまった。

誰も彼もが現状を正しく理解出来ずにいる中、ユージはその様子を艦橋のモニター越しに、じっと見つめていた。

 

 

 

 

後日 某所にて

 

 

「死人が出なかったからいいものの、そちらの不手際で発生した損害です。補填はしてもらえるのでしょうね?」

 

<ええ、もちろん。我々の崇高な研究で生じたものであっても、被害は被害ですから>

 

「それに、あのようなもの(パイロットスーツに麻酔)を仕込んでいるならもう少し早めに使って欲しかったというのが本音です」

 

<それについても重ね重ね。なにせ予定にない投薬ですから、検体のコンディションが悪化するのを防ぎたかったという理由がありましたもので>

 

「次からは即断即決が出来る者を付けておくべきでしょう。それでは」

 

<ええ、お達者で>

 

暗転。モニターから光が消える。

男は誰が見ているわけでもないのに、帽子で目元を隠す。

 

「……クズめ」

 

 

 

 

 

”コロンブス”格納庫

 

「損害は軽微、”デュエルダガー”が破壊したアームを除けば、ほとんど無いようなものですね」

 

「問題は格納庫内で味方のパイロットが暴れたこと、か」

 

格納庫内では作業用のワークローダーや作業員が走り回り、破壊された機材の撤去や修理を行なっていた。

先ほどまで物資や装備の点検を行なっていた場所で、今度は損害の確認のために来る。人生とは本当に奇特なものである。ユージは破壊されたアームを見ながらそう思った。

このような有様では、休暇など夢のような話ではないだろうか。

 

「……隊長」

 

「言いたいことはわかる。聞きたいこともな」

 

声を掛けてきたマヤに、ユージは顔を向けずにそう答えた。

言外に、「何も話すつもりはない」という拒絶の意思を表明している。

 

「しかし、彼女は異常です!ナチュラルでありながらというのは置いても、あの反応速度!ZAFTへの異常な攻撃衝動!このままだと……」

 

「そうか。一介の部隊長でしかない私には難しい話だな」

 

「隊長!彼女はいったい───」

 

「マヤ・ノズウェル大尉」

 

平時よりも遙かに重いトーンで、ユージはマヤの言葉を切って捨てる。

部隊の誰からの質問にも真摯に対応するユージを知っているマヤでさえ、このような声は聞いた事は無い。

 

「私は君のように技術畑出身ではない、無知蒙昧の輩だ。戦うことと書類の整理くらいしか能の無い男だ。そんな私には、この言葉を送るしか出来ない。『深淵を覗く時、深淵もまた貴方を覗いている』。……深入りするものじゃない」

 

「……はい」

 

マヤはそれを聞いて引き下がった。

ユージがこうも頑なに語ろうとしない、拒絶する。

それだけで、この会話を続けることがどれだけ危険なことなのかの察しも付くというものだ。

 

「……よし、被害詳細はこんなものかな。ブリッジ、そろそろ見えてきたか?」

 

<こちらブリッジ、ちょうどいいタイミングですよ、隊長。───”グレイブヤード”です>

 

ユージが端末で艦橋と通信すると、その画面に”コロンブス”の前方を映した映像が表示される。

”グレイブヤード”。現在は『セフィロト』が存在している宙域、そこに存在した宇宙都市”世界樹”の一部が分解し、デブリ帯の中を漂うようになった廃棄衛星。

そこには、かつての最先端の貴重な技術や情報が眠っていると言われていた───。

 

 

 

 

 

”グレイブヤード”内

 

<隔壁のロック、解除出来ました>

 

<動体反応無し、安全確保。……本当に、こんなところにあの刀が?>

 

<同志ロウの話では、破損してからはここに放置されていたガーベラストレートを彼が直し、ここの主から譲り受けたとの話だ。……心が踊るな!>

 

「気を抜くな。あちらからしたら我々も、ここを狙って襲撃しにきた無法者と変わらないだろう。早くコンタクトを取って、敵ではないと分かってもらわなければならん。周辺警戒は続けろ」

 

『了解』

 

ユージは作業用MA”ミストラル”の操縦席から指示を飛ばす。

”マウス隊”はかつてドックだったであろう場所を発見し、そこに”コロンブス”を停泊させ、代表メンバーを探索に向かわせていた。

探索にはユージ、変態4人組、そして”デュエル”に乗り込んだアイザックが参加しており、4人組は2人ずつ”ミストラル”に乗り込んでいるので、機体構成的には”デュエル”一機、”ミストラル”三機と戦闘はアイザックに丸投げする形になる。ちなみに、”フォルテストラ”は今回邪魔になるので取り外されている。

”デュエルダガー”はパイロットであるスノウがまだ復帰していないので、カシンとセシルが周辺警戒に当たっている。万が一ZAFTに攻撃などされてはたまったものではない。

 

<しかし、ここがかつての“世界樹”、その一部とは……こういうのって、ジャパンエリアの(ことわざ)で『栄枯盛衰』と言うんでしたよね?>

 

「まあ、そうだな。『どんなに隆盛した都市や文化、一族もいずれは衰退する』……そういう意味では正解だ。よく知っているな、トラスト少尉」

 

<ふっふーん、ジャパニーズアニメ-ションを原語で視聴するために勉強しましたからね!そういうなら、隊長だってよく知ってましたね?大西洋連邦出身なのに>

 

「ああ、それは私が───」

 

ユージが何かを言いかけたところで、アイザックが何かに気付く。

 

<───隊長、前方に動体反応を感知しました。おそらく……>

 

「お出ましか。アイク、()()()()()()()くらいあしらえるな?」

 

<もちろん>

 

そう言って、アイザックは”デュエル”に構えを取らせる。どうやら、迎え撃つようだ。

前方から、一点の光が迫ってくる。その正体は、少し前まで連合地上軍にとって悪夢そのものだった”バクゥ”のカメラアイ。

”バクゥ”は加速しながら”デュエル”に迫り来る。”デュエル”はそれを受け止めようとするが、その犬型の頭部の上に立つ男性に気付き、わずかに”デュエル”の操縦桿を引いた。

”バクゥ”だけであれば適当に捕まえた後にどこかにたたき伏せ、中の人ならぬ犬を捕まえようと思っていたが、こうなると話は別だ。下手に叩きつければ、男性が勢いのまま放り出されて死んでしまう可能性もある。

なので。

 

<ぐぅ、うぅ……!>

 

腕部だけでなく脚部も操作して、できる限り突進の勢いを殺す。

難しい動作ではあるが、アイザックの腕と、”バクゥ”を動かす存在のことを考慮すれば出来ないことではない。

しかし、本番はこれからである。

 

<チェストぉ!>

 

なんと”バクゥ”の頭部に立っていた男性は飛び上がり、その手に持った日本刀で”デュエル”の腕部に斬りかかる。

 

<っ!?>

 

咄嗟に”デュエル”の腕を引いたアイザック。刀は手の甲に命中するが、もしも引いていなければ装甲の隙間に命中して、手首の接合部を切り裂かれていただろう。

そういうことが出来る人物だと、話には聞いている。

 

「───頼もぅ!我々は地球連合軍の”第08機械化試験部隊”です!蘊・奥(ウン・ノウ)殿ですね!?ロウ・ギュールの紹介で参りました!我々に戦闘の意思はありません!」

 

そこに飛ぶユージの声。それを聞いて、男性はいったん動きを止める。

話を聞く気になったようだ。

 

<……ロウの知り合い、ときたか。しかし、何をもって証拠とする?>

 

「先ほどの動き、お見事でした。事前に話に聞いていなければ、ウチのエースパイロットでもダメージを負っていたところでしょう。これでは不足ですか?」

 

<ダメだな。それだけなら、以前に追っ払った奴らから聞き出していてもおかしくはない>

 

「であれば……その”バクゥ”の正体について、では如何ですか?」

 

<……ふん>

 

男性は刀を収め、着底した”ミストラル”の中から出てきたユージの前に歩み出る。

マジマジと見ずとも分かるほどに、男性は老いていた。そのような体であの身のこなし、「日本刀を振るう技術」のエキスパートとして”世界樹”に招かれただけのことはある。

 

「改めまして。”第08機械化試験部隊”の隊長を務めております、ユージ・ムラマツという者です。ここには略奪などではなく、純粋な調査のためにやってきました」

 

「ムラマツ……?。……ふん、話くらいは聞いてやろう。蘊・奥だ」

 

差し出した手を握り返してくれるくらいには、対話してくれる気になったようだ。なんとか、第一関門突破というところであろうか。ユージは安堵した。

ちなみに、ユージの言う”バクゥ”の正体とは、動かしているのが伝八という名の犬ということである。

こればっかりは、ロウ達の他にはほぼ知らない情報であったと言えることも、彼の信用を得た理由である。

 

 

 

 

 

「なるほど、ガーベラストレートの技術を学びたい……と」

 

「はい。ロウ・ギュールの所持していた刀は素晴らしい一品でした。どのようにして作られたのか、興味があったものでして」

 

蘊・奥に連れてこられたのは、彼が”グレイブヤード”内で拠点として使っている小屋だった。

畳が敷かれたその部屋で、ユージ達”マウス隊”と蘊・奥は正座の状態で向き合っている。ここは人口重力装置が働いている場所なので、ユージとジャパンエリア出身のアキラ以外は全員むずがゆそうな表情を浮かべている。

 

「はるばるこんな所までやってきた心意気は買うが、無理な話だ。帰ってくれ」

 

『そんなぁ!?』

 

蘊・奥の言葉を聞いて一気に詰め寄る変態共。ここまで来たら何が何でも手に入れようという意気込みが感じられる。

それはともかくいったん離れろと思う。蘊・奥ドン引きではないか。

 

「頼むじいさん、いや、マスター蘊・奥!あの技術があればゲッt……いや、人類そのものの技術レベルが発展するんだ!」

 

「お前頭悪いなこんなところで眠らせるなんてとんでもないその浅はかさは愚かしい!俺は信用にポイント振ってるし不良だからバイクにも乗る!」

(考え直してください、こんなところであの超技術を腐らせることはない!絶対に悪いことには使わないので、どうか我らを信じて託してくれませんか!)

 

「高周波振動をさせているわけでもないのにあの切れ味、絶対にあの技術は発展させられるはずなんです!こんなところで技術の進歩を止めても良いのですか!?」

 

「蘊・奥氏の!かっこいいとこ見てみたい!それ、ガーベラガーベラ!」

 

「……どうするんですか、隊長?」

 

「もうどうにでもなってくれ……」

 

アイザックの問いかけにも投げやりになるユージ。こうなってしまったら蘊・奥がウンとうなずかない限り引かないだろう。

幸い、蘊・奥は相当な悪人でもなければ殺人などはしない人間だ。こうなったらあちらが折れるかこちらが折れるか、チキンレースを傍観してみるのもいいかもしれない。

しかし意外なことに、この光景を見て蘊・奥は笑いをこぼす。

 

「……ふっ、ははは!まさか、このような気持ちの良いバカ共がまだ残っていたとはな」

 

「まだ……ということは我々の他にも?」

 

「うむ。そもそも我らは人類の総合的技術発展を目指すために”世界樹”に集められたのだ。あの頃は面白かった。バカ共が集まって、バカをやって、それが日常で……」

 

「……」

 

ウィルソンの問いにそう答え、過去を懐かしむ様子を見せる蘊・奥。それに釣られて、しんみりした雰囲気を見せる4人。

彼らとて、盛り上がって良い場面かどうかの判別くらいは付く。

 

「───だからこそ、ガーベラストレートの技術を渡すことは出来ん。あの力は、戦争のために作ったものではないのだ。純粋に、人間の進化のために生まれたあれらを、儂の一存で軍の人間に渡すわけにはいかん」

 

「……そんなぁ」

 

「アリア、これは仕方ない。……突然押しかけて申し訳ありませんでした、蘊・奥殿」

 

ここまできては、もう譲歩してくれそうにない。それを悟ったウィルソンは、諦めの付かないアリアの肩を叩く。

 

「だが、そうだな……。条件次第では、渡しても良い」

 

「リアリー!?」

 

途端に目の色を変えて詰め寄る4人。何処までも欲望に忠実である。

 

「うむ。その条件とは……」

 

『条件とは!?』

 

固唾を呑んで続きを促す4人に対し、蘊・奥はニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらある人物を指差す。

 

 

 

 

 

「ユージ・ムラマツと言ったな!お主が儂と立ち合って勝てたら、ガーベラストレートの秘伝、貴様らに渡してやろう!」

 

グリンっ、と4対の目が自身をロックオンするのを認識して、ユージはため息をつく。

 

(本当に、どうしてそうなるんだ……)




ということで、グレイブヤードにやってきました変態共。
どうしてユージが立ち合うことになったのか、蘊・奥に目を付けられたのか。それは次回に明かすこととしましょう。

初めての試みとして、アンケート機能を用いてみることにしました。
簡単なアンケートなので、気軽にお答えください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております!


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第54話「グレイブヤード」後編

前回のあらすじ
蘊・奥「いざ尋常に、勝負!」
ユージ「いやそこで何故俺ぇ?」

今回、ユージにご都合設定が生えます。


3/4

”グレイブヤード”

 

「いや、何故に?」

 

ユージは思わず間の抜けた声を発してしまう。

何故自分が蘊・奥と立ち合わなければいけないのか?わざわざガーベラストレートの秘伝を賭けてまで?

まあ、()()()()()()()()()()

 

「ふん、すっとぼけるのは上手いな、ええ?()()()()よ。貴様の顔はあやつによく似ておるのぅ」

 

「あー……ご存じでいらっしゃった?」

 

「うむ」

 

それを聞いたユージは、顔に手を当てて天を仰ぐ。

まさか自分の出自を知る人物がこんなところにいるとは思わなかったのだ。

 

「隊長、どういうことですか?この方とお知り合いで?」

 

「いや、その、初対面ではあるんだが……」

 

歯切れの悪いユージの姿を見て疑念を持つアイザックと4人組。そんな彼らに構うことなく、蘊・奥はあるものをユージに投げ渡す。

細長いそれは、どう見ても蘊・奥の持っているものと同じような日本刀であった。

試しに柄を握って鞘からわずかに抜いてみると、紛う事なき真剣の証明たる輝きを放っていた。

 

「……真剣でやるのですか?」

 

「使ったことはあるのだろう?」

 

「……」

 

ユージの問いを聞き流し、小屋の外に出て行く蘊・奥。如何にも「やれやれ」と言いたげなユージもそれについて行くと、小屋には事情を飲み込めていない5人が残るばかりであった。

いったい、自分達の隊長は何者なのか?

 

 

 

 

 

小屋の外に5人が出てくると、蘊奥は既に刀を抜き放ち中段で構えている。剣先を相手の目に向けるように構えることから「正眼の構え」とも言われ、攻防バランスの整っていることから剣道などでも多用される構えだった。

対するユージは渡された刀を未だに抜かず、棒立ちのままでいる。

それは素人だからというより、未だに立ち合いに乗り気ではないという意思の表れのようであった。

 

「あの、真剣はともかく、せめてサシでやりたいのですが……」

 

「見届け人は必要であろう」

 

「聞く耳持たず、というわけですか。……アイク、悪いがこれを持っていてくれ」

 

そう言うとユージは、被っていた制帽をアイザックに投げ渡す。

覚悟を決めた様子でユージは刀を鞘から抜き放ち、まるでバッティングポーズに似たフォームで刀を構える。

個人的趣味で剣道について調べたことがあったアキラは、それが「八相の構え」と言われる攻撃的な構えであること、そしてそれが競技剣道では有効打になりにくい、()()()()の構えであることを思い出した。

ジリジリと擦り足で蘊・奥の左側に回り込むように動くユージに対し、蘊・奥も回り込ませまいと合わせて動く。

円を描くように両者は移動しているが、徐々に両者間の距離は縮んでいく。互いに、回り込むと同時に少しずつ相手に近づいているのだ。

緊迫した雰囲気の中、その光景を見守る外野一同。アイザック以外は戦闘の素人であったが、誰もがこの勝負の決着が一瞬で付くと理解していた。

ウィルソンが思わず、唾を飲み込む。

ゴクリ、という音が響いた瞬間。

 

「───っ!」

 

ユージは一気に踏み込み、目の前の老人を袈裟懸けに切り捨てようとする。

しかし蘊・奥は即座に反応し、自身の刀でその斬撃を防いだ。

ユージはそのまま力で押し込もうと体重を掛けるが、蘊・奥はユージが体重を掛けきったタイミングでユージの刀を受け流し、左に回り込む。

攻撃の失敗を悟ったユージは即座に距離を取ろうとするが、蘊・奥は猛追し、連続で斬撃を浴びせる。

ユージはそれを刀で防ぐが、徐々に体勢を崩していく。

そして。

 

「あっ……!」

 

アリアが思わず発した声を以て、決着がついた。

重々しい金属音を上げて弾き飛ばされた刀が地面に突き刺さる。その刀の主がどちらであるかは明白であった。

無手となったユージの喉元に、蘊・奥が刀を突きつけている。

 

「……参りました」

 

「うむ」

 

蘊・奥が納刀するのを確認すると、ユージはその場に尻餅を付くようにへたり込んでしまった。あの一瞬の攻防が、どれだけの負担になったかがわかるというものである。

 

「た、隊長!お怪我はありませんか!?」

 

「無い。この御仁がそのような下手を打つものか」

 

なんとか立ち上がったユージはアイザックから帽子を受け取り、目深に被る。

わかりきった結果ではあったが、それでも負ければ悔しいものだ。

 

「うむ、未だ未熟なお主に負けるほど衰えたつもりはない。しかも貴様、踏み込みが甘かったぞ。さては日々の鍛錬をサボっておったな」

 

「……最近、軍務が立て込んでおりまして」

 

「そんなことだと思ったわい。しかし……筋は中々良かった。以後は鍛錬を怠らぬように」

 

「……時間を見つけるところからですな」

 

さて、と蘊・奥は4人組に顔を向ける。

 

「約束は約束、ガーベラストレートの秘伝は渡さぬ」

 

「そんなぁ……」

 

「いやしかし、うーん」

 

「ギブアッポするしかないんdがあ?」

 

「ていうか隊長は何者なんです?」

 

それぞれが残念そうに(一人は疑問)をぼやく中、蘊・奥は手を挙げて制する。

 

「まぁ待て、話はまだある。そもそもお主ら、何か思い違いをしとらんか?」

 

『思い違い?』

 

「うむ。儂が当時、”世界樹”に招かれたのは、『日本刀を振る技術』の専門家としてだ。『刀を作る』専門家としてではなくな」

 

「っ!ということは!?」

 

「ガーベラストレートを作る技術はたしかに持っているが、ガーベラストレートを作ったのは()()だ」

 

蘊・奥の口から放たれた言葉は、その場にいる多くの人間を驚愕させるものだった。

今の今まで、この老人が作ったものとばかりに思い込んでいたこちらの落ち度であると反省させると同時に、「ならばその、ガーベラストレートを作った人間は何者なのか?」という疑問が浮かんでくる。

 

「ガーベラストレートを作り上げたその男は”世界樹”が崩壊する数日前に、地球に残した妻の体調が悪化したことで故郷に戻った。それ以降のことは知らんが……」

 

蘊・奥はチラリと視線をユージに向けた。ここから先はお前が話せ、ということだろうか。

ユージはため息をつきながら、話を引き継ぐ。

 

「その男は今、故郷のジャパンエリアで包丁作りの仕事に就いているよ」

 

「な、何故知っているんだ隊長?」

 

アキラの疑問に対し、ユージは観念したように答える。

 

 

 

 

 

「その男の名は村松誠一郎(むらまつせいいちろう)。『最後の刀鍛冶』と称される刀剣製造のプロフェッショナルにして……私の祖父だ」

 

 

 

 

 

「いやー、まさか隊長にそのような謎が秘められていたとは!このアリアの目を以てしても見抜けなんだ!」

 

「教える必要が無かったからな」

 

”デュエル”や”ミストラル”を置いておいた場所に向かう道中で、アリアは感嘆の言葉を漏らす。

ユージの衝撃的なカミングアウトの後、蘊・奥はこう続けた。

 

『儂は儂の意地として、ガーベラストレートの秘伝を軍人であるお前達に渡すことは出来ん。しかし元々ガーベラストレートを作ったのは誠一郎だ。あやつが教えるというなら、止めるつもりはない。あやつもまた堅物だが……秘伝が欲しいというなら、あやつくらい説き伏せてみよ』

 

つまり、教えを請うなら自分よりも適任がいるという情報を教えてくれたわけだ。なんだかんだで自分達を認めてくれたということだろう。

 

「隊長は知っていたんですか?お爺様が”世界樹”に務めていらっしゃったと」

 

「いや、知らなかった。祖父と言っても住む国が違っていたからな。学校の長期休暇の時などに遊びにいったくらいの関係だよ。もっとも、その度に刀の使い方を教えられていたんだがな。さっき見た通り、達人には軽くあしらわれる程度でしかない」

 

なるほど、とユージの剣の腕前に納得する一同。

刀剣製造のプロフェッショナルから教えられたというなら、ある程度の実力も納得出来る。いやあの老人(蘊・奥)は別だが。彼は明らかに生まれる世界を間違えている。

 

「ああ、なるほど!隊長の名前の響きがジャパンエリアっぽいと時々思ってたんですが、そういうことだったんですね」

 

「そういうことだ。ジャパンエリア出身の父が大西洋連邦に移住して、そこで母と結婚して私が生まれて……。いわゆる、日系アメリカ人なんだよ私は。それなりにあの国には縁がある」

 

ユージも転生して間もないころは、慣れない北米暮らしということで苦労していた。そんな中、時々のジャパンエリアへの旅行が癒やしになったものだと過去を振り返っていると、通信端末に着信が入る。

送り主は“コロンブス”艦橋。

何か起きたのだろうかと首をかしげ、通信を開く。

 

「こちらムラマツ。何かあったか?」

 

<隊長、出来れば急いでお戻りください!>

 

「落ち着けリサ、何があった?」

 

それなりに修羅場をくぐり抜けてきた通信士のリサの声には、明らかに焦りが感じられた。

そのためユージは、まずは落ち着きを促す。

 

<す、すいません>

 

「落ち着いたか?なら報告だ。もう一度聞く、何があった?」

 

 

 

 

 

<えっと簡単に言うと、MSで周辺を警戒していたセシルさんが無許可で発砲、隕石を破壊しました。本人が言うには、”コロンブス”に直撃コースで向かっていたので迎撃したそうなのですが……>

 

 

 

 

 

”グレイブヤード” 港跡

 

「暇、ですねぇ……」

 

<そうだねぇ>

 

セシルは乗機のコクピット内でそう呟く。彼女は現在カシンと共に”グレイブヤード”の周辺を警戒しているのだが、この宙域がそもそも人気の無い場所だということ、停戦中であるためにZAFTからの奇襲もそこまで警戒する必要が無いということもあって、絶賛暇を持て余すもとい気が抜けているのだった。

もちろん自分達の仕事が大切であることは、兵士として何度も戦ってきたわけだから重要なものだとわかっている。そうだとしても、この退屈は耐えがたいものなのだ。

 

<だけど、私達が暇なのはいいことだよ。それより、”ストライク”の調子はどう?>

 

「ばっちしですぅ。流石『ガンダム』だけはありますねぇ」

 

カシンの言うとおり、セシルが現在乗っているMSは、いつもの”EWACテスター”ではなかった。

GAT-X105”ストライク”。3週間ほど前までキラが搭乗し、戦っていた機体。

現在はOSをキラの作り上げた物から、ストライカーシステムに対応した『GUNDAM.OS』に入れ替え、”マウス隊”で試験運用されていた。パイロットにはセシルが選ばれたが、これは様々なストライカーの試験を行なう都合上、優れた情報処理能力を持つセシルが適任であること、そして成長しているセシルの能力に”EWACテスター”が追いつかなくなったためでもある。

現在”ストライク”が装着しているストライカーも、セシルの適正に見合ったものであった。

 

ライトニングストライクガンダム

移動:6

索敵:A

限界:175%

耐久:290

運動:32

PS装甲

 

武装

レールカノン砲:200 命中 90(超間接攻撃可能)

バルカン:30 命中 50

アーマーシュナイダー:100 命中 50

 

セシル・ノマ(Bランク)

指揮 13 魅力 8

射撃 11 格闘 4

耐久 6 反応 14

 

得意分野 ・指揮 ・射撃 ・反応

 

『”ストライク”のパワー容量を150%増す』という軍の要求に基づいて製造されたこの装備は、友軍機へのバッテリー供給を目的としており、後腰部から伸びるように設置された大型バッテリータンクがそれを可能としている。

それと同時にこの装備は長距離狙撃用としての武装も含まれており、そのために両肩を挟み込むようにストライカーから伸びる多目的コンポジットポッドと、両腕部にレールカノン砲『ホワイト・フェザー』を分割して備え付けている。

コンポジットポッドには測距離センサー・バーニア・放熱機構の機能が複合されており、これらを用いて、宇宙空間では一万㎞にも及ぶという最大射程距離と、友軍MSへのエネルギー供給という役割を全うするのだ。

『原作』では連合傘下企業のIDEX社が完成させられず、モルゲンレーテが完成させた代物であったが、この世界では連合のMS技術レベルが『原作』よりも向上したために完成に至った代物であったりする。

 

「この子のセンサーは”EWACテスター”と比べてもかなーり良いモノですぅ。私にはピッタリの装備なんですよぉ」

 

<良かったね。ずっと私達ばっかり『ガンダム』に乗ってたから、実は少し気にしちゃってて……>

 

「ふっふっふ、この”ライトニングストライク”を手に入れたセシルにかかれば、どんなMSもイチコロですよぉ」

 

誰が見ている訳でもないMSのコクピットの中で胸を張るセシル。その胸は平坦であった。

 

<だけど、最終的には”ストライク”はキラ君に返すんでしょ?ずっとは使えないっていうのがね>

 

「うっ、痛いところを」

 

そう、実は”ストライク”とセシルの別離は決まってしまっている。

というのも、かつて『セフィロト』に帰港した時に”ストライク”のオーバーホールした結果、”ストライク”の各部に掛かる負担が限界ギリギリまで高まっていたことが発覚したのだ。

それはつまり、キラは”ストライク”の性能を限界まで発揮出来るということであり、元々工業系大学の学生として機械に対する理解の度合いが他の多くの兵士よりも高いキラは、短期養成終了後に”ストライク”のテストパイロットとしての内定が決まっているのだ。

この際”ストライク”は諦めるにしても、せめてライトニングストライカーだけは欲しいなぁ。セシルがそう思っていると、モニターにチラリと映る物があった。

こういう時は大抵が宇宙を漂うゴミが光を反射しただけなのだが、妙に胸騒ぎがしたセシルはセンサーを起動してその方向を注視する。

そこには、いた。

 

「───”長距離偵察型ジン”?」

 

あの特徴的な肩のレドームは見紛うはずもない。今まで何度も戦闘したことがあるのだからなおさらだ。

十中八九あの”ローラシア”級から出撃したMSだろうが、こちらを窺っているのは何故だ?まさか戦闘を仕掛けようというわけではあるまいし。

 

<どうしたのセシル?>

 

「ああいえ、実はあっちに偵察タイプの”ジン”が───」

 

そう言うが早いか、”ジン”はどこかに去って行ってしまった。

これまたおかしい。何がおかしいかというと、その”ジン”はこちらに気付かれたから逃げた、という様子ではなかったのだ。

これは、そう。まるで何か、目的を達したからと言わんばかりに……。

セシルに育まれたパイロットとしての勘が告げている。このままだと、何か非常にまずいことになると。

 

<セシル?”ジン”がどうしたの?>

 

カシンの呼びかけを無視して、”ライトニングストライク”の各種センサーを最大限稼働させ、『異常』を探し始めるセシル。そして、彼女はとんでもないことに気付いた。

隕石。それもMSより1回り大きなサイズのものが一つ、向かってきているのだ。それも、港跡に停泊している“コロンブス”に向かって。

しかもご丁寧に、もしもそれに激突すれば”コロンブス”くらいなら轟沈せしめるだろう速度で。

 

「───っ!?」

 

思わず目を見張るが、隕石が向かってきている現実は変わらない。しかもこの速度なら、残り20秒ほどで激突するだろう。しかも、今気付いているのは自分だけ。

見開かれていたセシルの目が細まる。

今からセシルがやろうとしていることには、少しのミスも許されない。

 

”ライトニングストライク”の両腕部に分割して備え付けられたレールカノン砲を結合、展開させる。残り15秒。

展開したレールカノン砲を起動し、隕石に向けて構える。残り10秒。

レールカノン砲の出力を最大まで引き上げ、狙いを定める。残り5秒───!

 

「ファイア!」

 

セシルの放った砲弾は、果たして隕石に命中。

最大出力で放たれたそれは隕石を粉砕し、無数の細かな隕石へと変貌させる。

 

「ふいー……なんとかなりましたかぁ」

 

<セシル!?何があったの!?>

 

<こちらブリッジ!発砲が確認されたが、いったい何事だ!?>

 

肩の力を抜いてシートにもたれかかろうとしたセシルだったが、そういえば誰にも言わずに隕石破壊を実行したもんだから、他者から見たらいきなり自分がどこかしらに発砲したように見えるだろう、ということに気付いた。

退屈を持て余してはいたが、こんな形で忙しくなるのは流石に想定外であった。

 

「やれやれ、ですねぇ……」

 

機体状況を確認してみれば、いきなり最大出力で発射したことでレールカノン砲に掛かった負担は大きく、「ERROR」の五文字を表示している。

これについても報告しなければいけないということに、肩を落とすセシル。そこでふと気付いた。

───あの”ジン”は、結局何のためにこちらを監視していたのか?

 

 

 

 

 

”ノージック”艦橋

 

「……隕石、破壊されたようです」

 

「ふーむ、『まさか』と言うべきか、『流石』と言うべきか。……後者だろうな」

 

「良かったのですか艦長、あんなことをして」

 

「あんなこと、とは?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とした、一連の行動のことですよ。これは明らかに休戦協定違反です」

 

「私には君が何を言っているのか、さっぱりわからんな。()()()()()()()()()()

 

「事故ですか?」

 

「そう。たまたまあの輸送艦を沈められるサイズの隕石が、たまたま速度を付けて、たまたま停泊していたあの艦に衝突しそうになった。そんな事故だよ」

 

「……ジークとナバスの”ジン”を見られていても、その言い訳は通るでしょうか」

 

「通る、というか通す。たしかに私はあの二人の手で観測、隕石に取り付けた小型スラスターで確実に命中するように遠隔で微調整させた。が、その証拠が何処にある?休戦協定中とはいえ怪しげな敵艦が妙な場所でコソコソ何かをやっている、それだけで見張る理由になるだろう?隕石とは無関係さ。取り付けたスラスターもまとめて破壊してくれたあのMSに感謝しよう」

 

「2年ほど貴方の副官を務めておりますが、『面の皮が厚い』とはこのことを言うんだ、と何回思ったでしょうね」

 

「君が知らないなら私も知らないさ。さて、帰るとするか」

 

「”グレイブヤード”の調査はどうするのですか?」

 

「そりゃ君、十中八九あの廃棄衛星がそれだろうよ。だが今から向かったところであの部隊に怪しまれるだけだ。『目的の衛星は見つけましたが、連合に先にたどり着かれてしまい、休戦協定を破るわけにもいかないので帰ってきました』と正直に言うのが一番だよ。ついでに隕石を破壊したあのMS、あれも『偶然にも敵が試作装備の試射を行なっているところを発見しました!』とでも言ってデータを提出すればいい。こうすれば目的は達成出来なかったものの、連合の新戦力についてのデータをわずかでも持って帰ったことになる」

 

「いったい何食って育てば、そこまで悪辣に物を考えられるようになるんです?」

 

「朝と昼と夜に一杯ずつミルクを飲めばいい。どうしたら縛りのある状態でも敵を倒せるか、どうやって倒してやろうかをワクワクしながら考えられるようになる。……今度は戦場で会おう、”マウス隊”」

 

 

 

 

 

”コロンブス” 後部展望スペース

 

「隕石による被害はほとんど無し、それよりも、破損したレールカノン砲の方が問題か……」

 

ユージは一人、その場所で端末とにらめっこをしていた。

自分の祖父がガーベラストレートの制作者だということもそうだが、セシルの突然の発砲とその事件に関しての報告書を読む必要が生まれ、色々と現状を整理するために人気の無いこの場所で作業をしているのだった。

すでに”コロンブス”は”グレイブヤード”を発進し、『セフィロト』への帰路を辿っていた。”グレイブヤード”は遠く離れ、今や肉眼で確認することは出来ない。

 

「……休戦協定中というのに、やってくれる」

 

ユージはセシルの報告書の内容と当時の状況を照らし合わせ、”コロンブス”に襲いかかろうとしていた隕石の正体が、ZAFTからの攻撃であると見抜いていた。

いくつもの偶然を重ねた結果の事故であると判断するより、意図的な物と考えた方が有意義ということもある。

おそらく、セシルが見たという”強行偵察型ジン”の正体というのも、この隕石を正確に”コロンブス”まで誘導するための観測手だろう。おそらく小型のスラスターか何かを取り付けていたのだろうが、レールカノン砲が隕石を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったので、確認する術が無い。

セシルを咎める気はない。そもそも”コロンブス”が破壊されてしまっていたら、MSは補給を受けることも基地に戻ることも出来ず、いずれ物資とエネルギーが尽きて敵に鹵獲されるかもしれなかったのだから。

それにしても、この攻撃を実行したのは先ほどのZAFT艦の艦長なのだろうか?確認出来たステータスも、ZAFT兵にしては高い指揮能力だった。

 

「こういう指揮官が一番怖いんだ、正面戦闘も出来る上にルールの穴を突く戦法も採れる。……休戦明けが怖いな」

 

ユージがううむと唸っていると、展望スペースのドアが開いて入ってくる人物がいた。

そこには昼間”デュエルダガー”に搭乗して暴走し、白衣の男達に連れて行かれたスノウ・バアルが立っている。

 

「バアル少尉、目が覚めたか」

 

「ムラマツ中佐……。申し訳ありませんでした」

 

本当に昼間暴走した少女と同一人物なのだろうか?やや憔悴した様子を見せながらこちらに頭を下げて謝罪するスノウの姿に、ユージも戸惑いを隠せない。

どうやらあの白衣の連中はいないようだし、少し踏み込んでみるのもありだろうか。

 

「あー、もう大丈夫なのか?”デュエルダガー”から出てきた時、やけにぐったりとしていたが?」

 

「はい、あれは特別な麻酔でしたので。2時間ほど前に目が覚めたのですが、わずかに倦怠感がある以外は問題ありません」

 

そういうとスノウは展望スペースの窓の近くにまで寄り、窓の外を眺め始める。

 

「……少尉、落ち着いて答えて欲しい。君の憎しみは、私の命令に背き、艦に被害を与えることになろうとも晴らしたいものなのかね?」

 

「当然です……奴らは、私、の……?」

 

途端に頭に手を当てて苦しげにするスノウ。

おそらく、「私の」の次には「家族」でも「友人」でも、「何かを奪われた」という言葉が続くはずだったのだろう。苦しんでいるのは、トラウマ的体験を想起でもしているのだろうか。

 

「済まない、いきなり過ぎたな。無理に答えなくともいい」

 

「いえ、大丈夫、です。少々、立ちくらみしただけですので」

 

「なら、いいが……」

 

「……隊長、よろしいでしょうか」

 

スノウから質問が来るとは少々予想外だったユージだが、話を聞く態勢を取り、続きを促す。

普段は誰に対しても剣呑とした雰囲気を崩さないスノウだが、今ばかりは参っているということなのだろうか?

 

「私は奴らに、ZAFTに大切な物を奪われた、はずなんです。しかし、そのことを思い出そうとすると、途端に痛みが……!」

 

「ふう、む。記憶障害か何かを引き起こしているのだろうか。そのことは、()()には?」

 

「言ったのですが、『その痛みも喪失も、奴らを倒せば全て解決する』とだけ。だから私は、奪われた何かを、取り返さなくては……」

 

「……」

 

ユージはその言葉に嫌な予感を覚えた。

スノウ・バアル。ソロモン72柱の悪魔、その第一位に該当する悪魔の名を与えられたブーステッドマンの少女。

以前ユージはスノウがこの世界における「プロト・ゼロ」、つまり実戦投入された最初の強化人間に該当する人物だと考えていた。そしてプロト・ゼロは強化を受ける際に元々の記憶を奪われ、敵であるジオン軍に対しての過剰な敵意を植え付けられていたはずだ。

もしも、それがこの少女にも該当するのだとしたら?彼女はもしかしたら、自分でも制御出来ない憎しみに振り回されているのではないか?

気になることは他にもある。目の前のスノウは、食い入るように窓の外を見つめているのだ。

まるで、何かを探し出そうとしているかのように。そしてその何かに、ユージは心あたりがあった。

 

「“グレイブヤード”、か?」

 

「……はい。既に調査任務を終え、用は無いはずなのです。ですが、『あそこに何かがある』と、私の中の、何かが……」

 

「そうか……。ガーベラストレートを除いても、あそこは失われた情報の宝庫だ。もしかしたらまた、赴くことになるかもしれない。今回の暴走のことを考えると難しいかもしれんが、その時は君も任務に参加出来るように掛け合ってみよう」

 

「隊長……感謝、します」

 

そう言うと、スノウは再び窓の外を眺め始める。ユージもしばらくその隣で、宛ても無く宇宙を眺め続けた。

偶には、何も考えずにボンヤリとするのもいいだろう。




※今回スノウがグレイブヤード内部に侵入していた場合、ユニットとして使用不可能になる可能性がありました。

勘の良い読者の皆様はスノウの正体に勘付いてきたかもしれませんが、それらに対する言及は展開予想として運営対応される可能性があるので、どうしても書きたいという場合は個人メッセージで送ってくれると有り難いです。



それと、前回の感想欄で蘊・奥のステータスが知りたいというメッセージがあったのでここに載せます。
ぶっちゃけ、これ以降は出番があまり無い人物ですので。
それと今回のユージとの立ち合いですが……お願いだから剣道警察の方は深く突っ込まないでください()。

蘊・奥(ランクS)

指揮 0 魅力 12
射撃 0 格闘 20(最大値)
耐久 5 反応 10

得意分野 ・無し



アンケートの集計の結果、僅差で「設定回や番外編は独立するべき」という意見が多かったので、近々新しくそれらをまとめた物を別作品として投稿することになると思います。
流石に色々とっちらかってきた気がするので……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第55話「中東、燃ゆ」

前回のあらすじ
蘊・奥「日本にガーベラストレートの作者いるよ」
変態4人組「ガタッ」

久しぶりの更新だ、待たせたな諸君!
次の展開に死ぬほど悩んだので、とりあえず中東を燃やすことにしました。
ガンダムSSで展開に迷ったら、とりあえずドンパチさせとけばいい。これは真理だ。


【挿絵表示】


アッアッア、バアルちゃん可愛い……。こんな子が戦闘中は歯を剥き出しにして狂戦士と化す辺りがいい……。良くない?
「Dixie to arms」からいただきました、スノウ・バアルの支援絵です!
彼女の活躍はこれからだ!


皆さんは汎ムスリム会議、という国家のことを知っているだろうか?

元々はアラビア半島からパキスタンまでのイスラム諸国による連合国家であり、反大西洋連邦色の強い経済・軍事同盟、そして親プラント国でもある。正直「ガンダムSEED」という作品ではそれ以上に物語に関わることは無く、設定上は存在しているというだけの勢力でしかない。

だがこの「パトリックの野望」世界線では少々事情が異なる。

 

というのもこの世界では連合軍が”テスター”や”スカイグラスパー”、”ノイエ・ラーテ”といった新戦力を次々と投入しているため、両軍間の戦力差はほとんど無い、どころか逆転されてしまっていた。

その証拠に、本来の歴史では問題無く攻略出来ていたはずのカオシュン宇宙港は未だ健在であり、ZAFT司令部でもビクトリア基地のZAFTだけでの攻略は不可能に近いと判断されていた。……そう、ZAFTだけでは。

戦力が無いなら余所から引っ張ってくれば良いじゃない。そう考えた司令部は最高評議会タカ派筆頭にして、自分達の最高指導者であるパトリックを通じて、親プラント国に対して参戦要求を出した。

始めは各国も反発していた。それはそうだ、元々戦争に巻き込まれたくない、エネルギー問題を解決したいと考えてZAFTからの積極的中立勧告を受けたのに、いざ劣勢になったら戦力を寄越せなど、都合のいいことこの上無いではないか。

しかしこの、まるで都合の良いATMに対するような要求を各国は呑まない訳にはいかなかった。

ここで要求を蹴ってZAFTが敗北すれば、連合軍は戦後、嬉々として自分達に対して制裁あるいは侵略を行なうだろう。そして要求を無碍にされたZAFTは、おそらく中立の条件として提示したプラントからのエネルギー供給を絶つに違いない。

行くも地獄、引くも地獄。かくして親プラント諸国は、実質的に命を他国に握られた状態で参戦することになったわけである。

 

話が多少ズレてしまったが、要するに汎ムスリム会議という国も他国同様にプラント側について参戦せざるを得なかったということだ。そして各所から戦力をかき集めたZAFTは、なんとかビクトリア基地を攻略することに成功し、連合軍との間に休戦協定を締結した。

ほんの一ヶ月程度の間ではあるが、両軍との間に戦闘が起きることは無い。この報に世界中の人々は安堵し、兵達はつかの間の休息をかみしめた。

しかしそれは「連合とプラント間」でだけの話。

()()()()()()()()()()()()()は、何も禁じられていないのだ。

汎ムスリム会議にとって不幸だったのは、なんといっても立地だろう。

オセアニアを支配する大洋州連合を攻めるには、地上におけるZAFT最大拠点であるカーペンタリア基地の存在がネックとなる。少しでもZAFTに流れ弾が飛んでいってしまえば即戦争再開、せっかくの休戦協定(準備期間)が台無しである。

北アフリカを支配するアフリカ共同体も同様に、半ばZAFT支配されているようなもの。侵攻など出来よう筈も無い。

故に、ユーラシア連邦と東アジア共和国に隣接し、なおかつZAFTに流れ弾が飛んでいくという懸念も少ないこの国は格好の獲物であった。

技術でも物量でも劣り、なおかつ侵攻しても問題無い敵対勢力に対して、連合は大量生産した戦車や戦闘機、更には実戦データが必要なMSを惜しみなく投入。「一ヶ月しかない、ならば一ヶ月で落とす」の精神を以て蹂躙を試みたが、そうは問屋が卸さない。

明らかに速攻ですり潰されるのがわかりきっていた汎ムスリム会議首脳陣は、ZAFTに対して援助を要請。「お前らの要請に応じて参戦してやったんだから、何かしてくれよ!」ということである。

ZAFTからしたら、カーペンタリアの土地を提供してくれる上に、オセアニアという広大な領域を安全圏としてくれる大洋州連合に比べると、汎ムスリム会議という存在は正直どうでもいい存在だった。戦力もビクトリアでそれなりに消耗したし、やられるならせめて少しでも敵を道連れにしてくれればいい、それくらいの認識しかない。アフリカ共同体にいたってはそんなのいたっけレベルで無視されていた。

だがここで、司令部はあることを思いついた。

 

「汎ムスリム会議に売りつけたってことにして、試作兵器を投入して戦闘データを取るのはどうだろう」

 

休戦明けに備えて何か少しでも戦力を増強したい司令部はこれを直ちに承認、いくつかの試作兵器と、身分を偽装されたパイロット達がこの国に派遣されることとなる。

結果、汎ムスリム会議という国家は後世の歴史家にこれらの称号で評されるようになった。

 

『万国兵器博覧会 ~試し撃ちを添えて~』

『休戦中に戦争出来る国』

『自分の土地で他人に実弾サバゲーを楽しまれた国』

 

国民からしたら不名誉極まる称号であったが、どれも的を得た称号であった。

この文章はそんな不憫な国家で起きた戦闘、その一部を記したものである。

 

 

 

 

 

3/10

イラン中部 イスファハーン州

 

監視塔で望遠鏡を構えていた男は視界に映った物を見て、ついにこの日が来てしまったかと嘆き、望遠鏡を放り出した。

 

「司令部に伝えろ!我、『女帝』を確認せり!」

 

その場には男の他にも数人の兵士がいたが、その言葉を聞いて動揺しない者はいなかった。すぐさま司令部に報告を飛ばした後に、一目散に逃げ出す。

それほどに恐ろしい物が、迫ってきているからだ。

望遠鏡に映ったそれは、およそ300mほどの高さを持ち、横幅は2000mにも及ぶ巨大な物体であった。

それだけならば少しばかり背の低い山か何かと誤認するやもしれないが、それは微かに揺れながら、男達のいる監視塔の方向に近づいていた。

もっと近づいて見ると、それは山などではないことがわかる。

一本の巨大な鋼鉄の樹木、その底部からは根のように8本の足が伸びており、それらが前後左右に移動することで巨体を運んでいる。

中腹からは枝のように巨大な甲板が広がっており、その上には何機ものMSや戦闘機、輸送機が乗せられている。

そしてこれは巨木のどの箇所にも言えることであったが、至るところから巨大な砲身が伸びていた。

”エカチェリーナⅡ”。それがこの山のように巨大で、鋼鉄で出来た樹木の名。正確な分類をするなら、まさしく陸上移動要塞とも言うべき代物である。

この恐るべき要塞はかつて再構築戦争の折に、ユーラシア連合の主導権を握ったロシアが開発、2機が建造されてそれぞれ日本と中国に対して投入された。

日本に投入された機体は当時の自衛隊の手によってなんとか破壊されたが、中国に投入された機体は破壊されることなく終戦を迎えたために、終戦から60年ほどが経過したこの時代でも現存していた。

ユーラシア連邦はあろうことかこれに近代化改修を施し、対ZAFTに投入することを決定したのだ。

本来はジブラルタル基地攻略のために使われる筈だったのだが、突然の休戦協定の報に予定変更、ヨーロッパに向かっていたところを南下して汎ムスリム会議との戦争に使われることになったのが、この恐るべき女帝がこの場所にいる理由である。

Nジャマ-のせいで長距離誘導兵器は使えず、また近づけばその恐るべき対空砲火と直掩機の手で一瞬で叩き潰されるこの要塞の存在によって、既にイランから東に位置するトルクメニスタン・パキスタン・アフガニスタンは陥落し、こうしてイラクの中央部まで侵攻される羽目になったのだ。

 

「くっそ、司令部からの返答はまだなのか!?」

 

「未だに……いえ、来ました!『これより防衛戦を開始する。貴官らは直ちに後退するべし』、と」

 

「よっしゃぁ、すぐに逃げるぞ!あんなの相手に抗戦しろとか言われたら無許可離隊するところだったぜ!」

 

その場における司令官に位置する人物がこのようなことをのたまっても、それを咎めようとする兵士はいない。

当たり前だ、あんな巨木相手に人間がどう太刀打ちしろというのか。

”エカチェリーナⅡ”からしたらMSですら蟻以下、微生物のようなものでしかない。それに歩兵である自分達が立ち向かう?馬鹿げている!

”エカチェリーナⅡ”は、重い足音を一定の間隔で響かせながら近づいてくる。その速度は時速50kmほどだが、ここで疑問が浮かんでくる。

なぜ、たった時速50kmほどの速度しか出していないこれが見えただけで、ここまで慌てて逃げ出す必要があるのか?その理由は二つある。

一つは、”エカチェリーナⅡ”の最大射程は36kmであり、その気になればあの場所から彼らのいるところまで攻撃を行なうことすら可能だから。

もう一つは、”エカチェリーナⅡ”はあくまで移動要塞であり、その先陣には必ずMSや戦車、戦闘機の大部隊が位置しているからである。

望遠鏡を握っていた男は全速力で仲間と共にジープに乗り込む。

すると、遠目に何か土煙のような物が上がっているのが見えた。あれこそは先陣を切る化け物戦車隊の上げているものだ。

 

「出せ出せ、速く出せぇ!来てるんだよぉ!」

 

さて、今日は何人の味方が死ぬんだろうか。急発進するジープに振り落とされないように椅子にしがみつきながら、男はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

「全速前進!立ち塞がる全てを排除して、我らが”女帝”の道を整えろ!」

 

『了解!』

 

派手に土煙を巻き上げながら、ヘルマンは愛機たる”ノイエ・ラーテ”の車長席で声を張り上げる。

彼が現在指揮しているのは、ビクトリア基地での戦績を評価され、晴れて量産が決定した”ノイエ・ラーテ”によって構成された機甲部隊である。

ヘルマンはビクトリアで投入された”ノイエ・ラーテ”の中で唯一帰還した車両の車長であり、現状ではもっとも”ノイエ・ラーテ”に精通していることから隊長に抜擢されたのだった。

 

「前方に敵部隊を確認!MS・戦車の混合部隊のようです!」

 

お出ましか。ヘルマンは眼鏡を掛け直し、指示を出す。

 

「各車展開、楔形陣(パンツァーカイル)!有効射程に入ると同時に斉射、敵陣をかき乱す!」

 

その言葉に従って各車両が扇形のように広がっていき、その巨砲を放っていく。

ヘルマンの乗る車両以外は試作品から更にコストカットを図られた『J型』と呼ばれるものであり、主に足回りの簡略化が行なわれている。

しかしそれ以外の基本性能はほとんど変わっておらず、MS、特に”バクゥ”と互角以上に渡り合える基本性能は保たれているこれらの斉射は、敵陣に着弾、その近くにいたMSや車両を吹き飛ばし、無数の弾着痕を生み出す。

それが何度も、短いスパンで繰り返されるのだから、敵にする汎ムスリム会議からしたら地獄以外の何物でもない。

 

「今だ!ヤークト隊、突撃!」

 

しかしそれだけで終わらないのが『通常兵器地位向上委員会』、もといユーラシア連邦である。

扇形に広がった”ノイエ・ラーテ”隊の合間をすり抜けるように前方に突出していくのは、やはり”ノイエ・ラーテ”であった。

しかしその砲塔は従来の物ではなく、固定砲塔のいわゆる「突撃砲」式になっている。

”ヤークト・ノイエ・ラーテ”と呼ばれるこの機体は、砲塔の旋回機能を無くした代わりに460mm口径の大砲を有し、さらに構造がシンプルになったことで各所の装甲を厚くされている。

本来は砲兵部隊として固定標的を撃破するのに用いられるべきこの機体を、侵攻部隊は敵陣破壊のために、文字通り「突撃」に用いることにしたのだ。

正面装甲は少なくとも”フェンリル”の主砲に数発耐えることの出来る厚さを持っているため、敵MS・戦車隊にこれを止める方法はない。

 

<畜生、側面からなら!>

 

それでも防衛部隊は果敢に攻める。当たり前だ、ここを突破されたらもうイランに後が残されていないのだから

ZAFTから購入した”バクゥ”の機動性を駆使して、突撃を続ける”ヤークト・ノイエ・ラーテ”の側面を取る兵士。

 

<これなら!>

 

<───惜しかったなぁ!?>

 

レールガンを発射しようとする寸前、”バクゥ”に砲弾が命中し、推進材に引火する。

盛大に爆発した”バクゥ”、その爆炎の中を突っ切って、人型が躍り出る。

”パワードダガー”。大西洋連邦の次期主力MSである”ダガー”の背部と脚部にホバーユニットを取り付けたことで、高速ホバー移動を可能とした機体である。

汎ムスリム会議攻略はユーラシア連邦を中心に行なわれているが、その他の勢力が何も手出しをしないなどということはない。

既に連合軍ではホバー移動を行なう車両を開発し、指揮車両として実戦に投入しているが、ホバーユニットをMSに装備させるには色々と技術的に不安が残っていた。

そこで大西洋連邦は脅威度が低く、かつ実戦のデータが取得出来るであろう汎ムスリム会議に対してこの機体を実験的に投入することを決定したのだった

ホバーユニットは”ノイエ・ラーテ”への追従が可能な機動力を与え、戦車隊との連携力を強化することに成功した。腕部には大きな変化がないので武装の選択も自由自在であり、先ほど”バクゥ”を撃破したのは『原作』でストライクが用いたバズーカである。

情報の流出が懸念されたものの、そもそも”ダガー”は装備するストライカーによって性能と用途をガラリと変える機体であるので、たかが一種類の装備のデータが流出したところで痛くも痒くも無い。

 

「パワード3、援護に感謝する」

 

<なーに、それが仕事だ。小回りが効かないところは俺達でカバーってな!>

 

多少試作機から足回りが劣化した”ノイエ・ラーテ”シリーズであったが、この”パワード・ダガー”の存在がその弱点を無いも同然としてしまった。

正面から受け止めることは出来ず、側面から攻めようとしてもこの”パワード・ダガー”に阻まれる。

上から攻める?”アームドグラスパー”の群れにたたき落とされるだけである。

 

<それに、そろそろ()()が出てくるころだろ?早めになんとかしねぇと被害が───!?>

 

”パワード・ダガー”パイロットの言葉を遮るように、近くに砲弾が落ちてくる。

前方を見ると、多数の”フェンリル”がこちらを待ち受けるように展開しているのが見えた。

ZAFTがライセンス生産を認めたことで親プラント国でも生産されるようになった”フェンリル”だが、これは”ノイエ・ラーテ”シリーズに真っ向から対抗出来る数少ない戦力であることもあり、各地で奮戦していた。

問題はそれだけではなく、その周囲にいるMS隊も大きな障害であった。

明らかに、そこだけ動きが良いのである。いくらこちらのナチュラル用OSを参考に開発したのだとしても、一つ飛び抜けて動きが良い。

しかも装備もいい。見たことの無い機体はもちろん、ビーム兵器を使用出来るように改造されたらしい”シグ-”などもいる。

どうせ身分を偽造か何かしてZAFTのパイロットを紛れ込ませているのだろう。それがわかっていても証拠が無いので追求は出来ないし、敵は少しでも追い込まれていると判断したら撤退してしまうため、証拠を掴むことも出来ない。

 

「前方に第2陣を確認、攻撃開始!今日こそ腕の一本はいただいていくぞ!」

 

<MSの相手はMSだ、”フェンリル”は頼んだぜ!>

 

そう言うと、”パワード・ダガー”はバズーカを構えて前方に向かっていった。ヘルマンはそれに少し後方から追従し、援護射撃を行なう。

本番はこれからだ。

 

 

 

 

 

同日

イラン セフィードルード川

 

その集団は、川を遡るように進んでいた。脚部にエアクッション型揚陸艇のような装備を付けたこの機体は”ダガーDD”。河川部や沿岸からの揚陸能力を強化されたこの機体は気密処理や塩害対策もされており、広い行動範囲を誇る最新鋭機でもある。

カスピ海側から侵攻した部隊から発進したこの小隊は、新たな拠点を建設するための斥候役として、イランを流れる中では2番目に長いこの川を遡っている最中であった。

突如、水中から伸ばされた腕が”ダガーDD”の脚部を掴んだ。”ダガーDD”はそのホバー機能によって広い範囲を行動出来るものの、その安定性は低く、襲撃者は難なく水中に引きずり込むことに成功する。

襲撃者の正体は”ジン・ワスプ”、その改良型であった。

”ジン”のライセンス生産を許可された各国は地球上にそれぞれ海洋国としての面を兼ねることから、水中型の”ジン・ワスプ”の改良に着手した。

”ジン・ワスプ改”と呼ばれるこの機体は従来機よりも深い深度で活動出来るだけでなく、機動力を向上させることにも成功しており、戦後「優良現地改修機」として高い評価を受けることになる。

”ダガーDD”を引きずり込んだ”ジン・ワスプ改”は近接戦用に開発された銛を構えると、”ダガーDD”のコクピットに向けて突き刺そうとする。

川底に仰向けに倒れてしまった”ダガーDD”は咄嗟に盾を構えてこれを防御、結果銛が盾に突き刺さり、抜けなくなる。

”ジン・ワスプ改”はそのまま体重を掛けて押し切ろうとするが、”ダガーDD”は背部スラスターを全力で噴射。逆にこれを押し返した。

いくら水中では有利といっても所詮は”ジン”、最新機種の”ダガー”のパワーには敵わず押し返され、今度は逆に川壁に押しつけられてしまう。

その後はもはや消化試合であった。”ダガーDD”はビームサーベルを右手に持って”ジン・ワスプ改”に近づくと、胴体にそれを押し当て、起動する。

水中ではビームは大幅に減衰してしまうが、極短時間であればビームサーベルも展開出来る。

”ジン・ワスプ改”はコクピットを貫かれたことで目から光を失い、ズルズルと倒れ込む。

後に残ったのは、無造作に盾から銛を引き抜こうとして出来ず、墓標を立てるように”ジン・ワスプ改”の胴体に突き刺す”ダガーDD”のみであった。

 

 

 

 

 

3/11

イラン南西部 フーゼスターン

 

「おらよっと!……こんなもんか?」

 

ミゲル・アイマンは”テスター”を”シグー・ディープアームズ”のビーム砲で撃ち抜きながらそう呟く。

第二次ビクトリア基地攻防戦ではあまり満足な戦いが出来なかった彼は汎ムスリム会議への増援(という名の兵器実験部隊)に参加し、そこで猛威を振るっていた。

明らかに動きの違う上にオレンジカラーが特徴的な”シグー・ディープアームズ”を見て連合側は即座にパイロットが『黄昏の魔弾』ミゲル・アイマンであると看破、ZAFTに事情説明を求めたが、「この機体はあくまで汎ムスリム会議に売却した機体であり、カラーは向こう側が勝手にそのままで使ってるだけ。ミゲルは関係無い」と主張、やはり証拠が無いため追求は終了した。

というのもこの男、MSパイロットの質が高いZAFTにおいて異名を持ち、独自のカスタマイズをすることが許可されているエースパイロットであり、機体もGATシリーズに対抗しうる性能があるので、捕縛など試みようものなら逆に返り討ちになるのである。

現に今、ミゲル対策に出撃した部隊の一機である”テスター”が撃破されたのだが、この前日には”ダガー”だけで構成された小隊が撃破されている。

 

「しかしいくら撃墜されて介入の証拠を残すわけにはいかないっていっても、こんな場所で戦って何の意味があるってんだ。イスファハーンは昨日突破されたっていうし、そっちの方が良かったような気もするぜ」

 

参戦すればほぼ死が待っている戦場に飛び込みたいと言って許されるのは、この男やそれと同格以上のパイロットだけであろう。

どんな場所でも確実に戦果を挙げ、生きて帰ってくる。それを続けられるこの男は現状のZAFTでも最高クラスの戦力であるのは間違い無い。

 

<アイマン隊長、こっちも片付きました。いやー、連合のMSっていっても大したことないですね>

 

「だろ?たしかに性能は結構いいけどよ、結局MSは腕だ。ナチュラルのほとんどは雑魚だぜ?落ち着いて戦えば負けやしねえよ」

 

近づいてきた3機の”ジン・オーカー”、その内の一機からの通信に、自信満々に返すミゲル。

彼はMS操縦の腕は言うに及ばず、ナチュラルを見下してはいても戦況を冷静に分析して行動出来る思考力も持ち合わせていたため、最近になってZAFTで施行されたバッジ制度に基づいてバッジを与えられている。

MS小隊の隊長となった彼はこの場所で実戦データの取得に勤しんでいたが、どうやら部下も問題無く対処出来たようだった。

MSの技術が向上しているのは連合だけではない、ZAFTもまだ生来の学習能力の高さを活かしてOSや基本性能のアップデートに努めているのだ。

だが、ミゲルの部下達は一つだけ理解していないことがあった。

「ほとんどが雑魚」ということは、「雑魚しかいない」ではないのである。

 

<ですね。それじゃいったん基地にでも───!?>

 

言葉を言い切る間もなく、どこからか飛んできたビームによって撃ち抜かれる”ジン・オーカー”。

ミゲルは咄嗟に周囲を警戒し、レーダーに目をやる。

いや、その必要は無かった。その暇も無く、赤いMSが『何か』を振りかぶって上方から”シグー・ディープアームズ”に斬りかかったからである。

その一撃を受け止められないことを直感したミゲルは瞬時に回避、『何か』が地面に衝突し、土煙が上がる。

 

<なんだこいつ!?>

 

<敵か、ならば……!>

 

生き残った部下達がライフルを射かけるが、赤い敵MSはそれを気にする様子も無く『何か』を振るい、土煙を振り払う。

現れたMSは全身の赤い装甲と頭部のツインアイ、そして2本の角が特徴的であったが、それよりも目を引いたのは、その右手に持った『何か』こと、巨大な剣である。

まるで巨大な鉈の刀身に持ち手を付けたようなそれは、当たれば確実にMSを引き裂いてしまうだろう迫力を持っていた。

その後方からは、やはりツインアイと2本角が特徴的なMSが近づいてきていた。こちらは緑や黒といったカラーの装甲で覆われており、両肩から突き出すように装備されている2つの大砲が印象的であった。おそらくあの砲で、”ジン・オーカー”を破壊したのだろう。

コンピュータが導き出した、目の前の機体らの正体は、GAT-X102”デュエル”と、GAT-X103”バスター”。ミゲルは、おそらくそれらの陸戦改修機であると察した。

そして同時に、それらの機体に誰が乗っているのかも。

 

「……はっ、お早い帰還じゃないか。本当にナチュラルかよ?……お前達は後退しろ、俺もすぐに追いかける」

 

<し、しかし>

 

「黙れ!今はお前達の世話してやる余裕なんて無い、さっさと逃げろ!」

 

ミゲルの迫力に呑まれ、部下2機は大人しく拠点に後退していった。

それを見届けたミゲルは”シグー・ディープアームズ”にレーザー重斬刀を引き抜かせ、油断なく構える。

この敵を相手に、油断など生まれるはずもない。

 

「新しい機体に剣を引っさげてきたんだ、がっかりさせるなよ?エドワード・ハレルソン!」

 

 

 

 

 

 

<エド、いったん引くわよ。奇襲が失敗したのだから>

 

「いや、このままだ。このまま奴を仕留める」

 

エドワードは新たな愛機、”陸戦型デュエル”に剣を構えさせながら、同じく“陸戦型バスター”に乗り換えたレナに返答する。

 

<何を言ってるの、貴方まだ病み上がりなんだから無理はさせられないわよ。またジェーンにひっぱたかれたいの?『心配させるな』って>

 

「うっ、それを言われると……いや、やるぞ。ちょうど2対1で有利なんだ、この機を逃すわけにはいかねぇ」

 

たしかにジェーンのビンタは強烈で何度も食らいたいわけではないが、それでも絶好の機会を逃すわけにはいかない。そう考えてエドワードは言い返す。

一瞬、本気で迷ったが。

 

<たしかにそうだけど……仕方ない、速攻で片付けるわよ>

 

「……速攻で片付けられるなら、な」

 

目の前の”シグー・ディープアームズ”を見据えながらエドワードは言う。

目の前の機体に自身の好敵手が乗っている証拠など無かったが、あの動きは奴の物だ。これまで何度も戦ったのだから間違えよう筈も無い。

 

「本当は1対1でやり合いたいが……我が儘言ってると味方に被害が出る。悪いが仕留めさせて貰うぜ!」

 

新たに手に入れた剣、試作斬艦刀二型『バルザイ』を振りかぶり、”シグー・ディープアームズ”に向かって直進する。

対する”シグー・ディープアームズ”もレーザー重斬刀を構え、迎撃の姿勢を取る。

 

「新しくなった『切り裂きエド』の力、たっぷり味わっていきやがれ!」

 

両雄、激突。




というわけで、汎ムスリム会議の受難でした。
ちなみにこの後、ミゲル君は無事にガンダム2機(inエース)から逃げ切りましたとさ。

今回出たオリジナル機体、ならびにリクエストで募集した機体の解説を行ないます。例によって長いので、ここでブラウザバックして大丈夫です。





○エカチェリーナⅡ(ドゥヴァ)
ユーラシア連邦の世界最大規模の移動要塞兼陸上戦艦兼空母である。
外見は一本の木に根のように伸びた8本の移動用脚部、幹から枝のように伸びる砲台群と3枚の発着用カタパルトが枝のようにつけられている。カタパルトは時計の針のように移動することが可能。
 大きさは全長2000メートル(発着用カタパルト収納時は1000メートル)、高さは300メートル、といった巨体を誇る。ハリネズミのような夥しい対空機銃と対空・対地ミサイル、極めつけに56センチ主砲13門、ビーム砲台11門、三枚の羽に見える発着用カタパルトからは艦載機(戦闘機は80機)とMS(50機)が展開される。8本の移動用脚部を使用し、大地を地盤ごと破壊しながら踏破する様は圧巻の一言である。
再構築戦争の折にロシアによって開発、日本と中国に投入されたものを改修し、汎ムスリム会議に投入したもの。
動力は核分裂炉から、宇宙艦艇に採用されている核融合炉複数に換装されている。
元々弾道ミサイルを迎撃出来る対空性能を持っていたが、Nジャマ-によって長距離誘導兵器の効果が激減したことで再利用することを決定、再改修されることが決まった。
元ネタは、アーマードコアFAのスピリット・オブ・マザーウィル。
ガンダム世界でACネタ出すのかと悩んだが、この世界のロシアならやっててもおかしくねえなと考え採用。
詳細は活動報告の「第2回オリジナル兵器・武装リクエスト」を参照すべし。
「今日は晴れ」様のリクエスト。

○ダガーDD
気密処理、塩害対策、化学物質(CE世界の海とか汚そうだし)が施されたストライクダガー。
膝から足首までLCACのホバー式で水面を滑走し、揚陸艦からの展開機能や河川部沿岸部で機動力を高める為作られた。
海は超えられないし高波くらえばドボンするから嵐や台風は天敵であり、ドーバー海峡やジブラルタル攻略を想定に含んでいる。
東アジアの中国や日本、大西洋のイギリスやユーラシア軍など需要先は多いと思う、というか大河や海峡が多いからヨーロッパはいる。
あといつかやるだろう北アフリカ解放や欧州の解放で使えるだろうし、多少手間はかかるが脚部以外大きく変わらないと思うから生産性的には大丈夫だと思う。

元ネタはノルマンディー作戦で作られたシャーマンDD。……らしい(ここまでリクエストのコピペ)。
「Dixie to arms」様のリクエスト。いつかやるかもしれないヨーロッパ奪還作戦で、再登場するかも?

○ジン・ワスプ改
"ジン"のライセンス生産権を獲得した「大洋州」を始めとした親プラント国が、水中用MS"ジン・ワスプ"を改造、改修し深度での戦闘も可能にした機体になります。

機体開発時にはなかった「新型バッテリー」を採用し、マテリアルに「チタンセラミック複合素材」を採用、コクピット部分には「大洋州」で極秘開発されていた「チタンセラミック複合素材」の後継素材を採用する事で水圧の問題を解決。姿はあまり変わらずに深度での戦闘も可能にしました。

また、「ZAFT」では重視されなかった「日本泳法」や「水球」、「アーティスティックスイミング(シンクロ)」などの「泳法」のモーションを取り込む事で"グーン"や"ゾノ"とは異なる不規則でありながら細かい動きと「ハイドロジェット推進」と合わせて使用した今までにはあり得ない方向転換が可能になりました。

【武装】
基本的には"ジン ワスプ"を踏襲していますが、バッテリーの換装と素材の変更で可能になった追加ラックで重武装化が可能になっています。
また、敵MS"ポセイドン"が出現した事で近接戦闘用の「銛」を装備しています。銛の手元には射出機構があり距離を幻惑する事もできます。
詳しくは「第2回オリジナル兵器・武装リクエスト」を参照すべし。
「taniyan」様からのリクエスト。



○陸戦型デュエル
陸戦における『G』兵器の有用性を検証するために開発された機体。
元の”デュエル”から宇宙用の機構を取り外しており、若干性能が向上している。また、PS装甲の色が出力最高クラスの赤であるため、防御力も高い。
試作機がエドワード・ハレルソンに支給されたが、彼がこの機体で多大な戦果を挙げたことで、3号機まで増産されている。
なお、エドワードの乗る1号機には、試作斬艦刀二型「バルザイ」が装備されており、これは広い刀身に対ビームコーティングが施されているため盾として用いることが出来るだけでなく、刀身が展開することでレーザー発生装置を展開することが可能であり、実体剣とレーザー刀を使い分けることが可能な、高性能近接武装である。
なおこの装備を見てユージ・ムラマツの発したセリフ、
「ここは覇道財閥じゃねぇんだよ!」の意味を理解出来た者は少ない。
作者のオリジナル機体で、以前にも話に上がった機体。

○陸戦型バスター
これも”デュエル”と同じく陸戦型に改修された機体だが、現在開発中の新型GATシリーズの武装のテスト機としての側面も持っている。
背中から両肩に掛けて突き出すように装備されているビーム砲「プロト・シュラーク」を主武装とし、腕には電磁バズーカ「トーデス・ブロック」を装備している。
盾とビーム砲を兼ねた「ケーファー・ツヴァイ」の装備も検討されたが開発が間に合わず、左腕はパイロットの好みに合わせて様々な装備を持たされる。
1号機はレナ・イメリアによって運用されたが、同じく3号機まで増産される。
作者オリジナル機体。



ユニットステータスです。
後日、番外編のステータスまとめに移そうかと思ってます。
そして素晴らしいリクエストを送ってくれた読者の皆様に多大な感謝を。

エカチェリーナⅡ
移動:5
索敵:A
限界:120%
耐久:2000
運動:1
搭載:15

武装
大型ビーム砲:300 命中 35
副砲:200 命中 40
ミサイル:150 命中 30

パワード・ダガー
移動:8
索敵:D
限界:155%
耐久:200
運動:28
シールド装備
ラミネート装甲

武装
バズーカ:150 命中 60
バルカン:25 命中 40
ビームサーベル:150 命中 70

ジン・ワスプ改
移動:7
索敵:D
限界:140%
耐久:100
運動:17

武装
魚雷:90 命中 65
銛:80 命中 60

ダガーDD
移動:7
索敵:C
限界:150%
耐久:200
運動:25

武装
ビームライフル:120 命中 65
バルカン:25 命中 40
ビームサーベル:150 命中 70

○捕捉説明
この機体はユージの眼では確認出来ないマスクデータ、「地形適正」が非常に優秀という隠し設定が付与されている。

陸戦型デュエル
移動:7
索敵:C
限界:170%(エドワード搭乗時220%)
耐久:320
運動:35
シールド装備
PS装甲

ビームライフル:130 命中 70
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:150 命中 75
斬艦刀:250 命中 55

陸戦型バスター
移動:6
索敵:B
限界:170%
耐久:340
運動:28
PS装甲

武装
ビームキャノン:220 命中 60
バズーカ:140 命中 50
ミサイル:60 命中 40
アーマーシュナイダー:100 命中 50

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第56話「過ぎゆく日々」

前回のあらすじ
連合地上軍「他人の土地で水平花火大会を開きました!とっても楽しかったです」
汎ムスリム会議「ふざけんな」

非戦闘回もとい伏線回です。


3/9

『セフィロト』 宇宙船ドック

 

「ここに来るのも久しぶりだな……」

 

この場所に来るために乗ってきた宇宙船を降り、辺りを見渡しながらモーガン・シュバリエは呟く。

MSの地上における戦闘データ取得、そして地上部隊へのMS教導のために地球へ降りたはずの彼は今日、隊長であるユージに呼び戻される形でこの『セフィロト』に帰還していた。

MS用新装備のテストも兼ねて、激化が予想される地上戦線に備えて新しいMSを用意してくれたらしい。そのことを聞いたモーガンは地球からここまで、まるで遠出の予定がある子供のように高揚しながらやってきたのだった。

 

「どんだけ作戦を練っても、流石に”テスター”じゃ限界が来てるからな……良いタイミングで呼んでくれたぜ」

 

「あっ、いた!モーガンさん」

 

懐かしいその声に振り向くと、そこには部隊設立から何度も共に戦ってきた仲間達、アイザックとカシンが立っていた。アイザックの後ろに若干隠れるように、セシルもいる。

部隊設立当初、戦闘に耐えられるようにしごいた時の苦手意識が抜けていないようだ。そのことに気付いたモーガンは、クスリと笑いをこぼす。

地上では何度も、教導したパイロット達の死に目に立ち会うことになってしまったが、彼らはかつて別れた時と変わらず、壮健でいてくれた。そのことが嬉しく思えたのだ。

 

「おう、お前ら!久しぶりだな。元気にしてたか?」

 

「はい!」

 

「なんとか元気ですぅ。……ゲームする時間は前より削られましたけど」

 

「そりゃ良かった。ところでセシル、てめぇはちゃんとトレーニングしてたんだろうな?」

 

「ぎくっ……も、もちのろんじゃない、ですか。アハハ」

 

挙動不審なセシルの様子と、苦笑いを浮かべるアイザックとカシンの表情を見て、モーガンは確信する。

こいつ、サボってやがった。

 

「パイロットは体が資本っつったろうが!ったく、こりゃ一度体力テストでもしてみたほうが良いかもしれんな?」

 

「げげぇ!勘弁してくださいよぉ」

 

「だからサボるなっていったのに……」

 

そんな風に和気藹々としていると、彼らに近寄ってくる人物がいる。

モーガン達が目を向けると、そこにはいつものように、ユージ・ムラマツの姿が。

 

「久しぶりです、モーガン大尉」

 

「ジョン?」

 

なかった。

いつもだったらここでユージが現れて本題に入るのだが、今回現れたのは彼の副官のジョンのみで、どこにも姿が見当たらない。

はて、どうしたことだろうかとモーガンが首をひねっていると、ジョンが説明を始める。

 

「隊長は昨日、5日間の休暇兼出張のため地球に向かいました。ちょうど入れ違いになったということですね」

 

「休暇?」

 

「はい。最近の隊長は働き詰めで禄に休暇も取っておりませんでしたし、休戦が空けたらますます忙しくなることは明白です。そしてちょうど地球に赴く必要も生まれたので、その用事を足すついでに、ということです」

 

なるほど、言われてみれば納得である。

連合軍で公的にMSを運用したのは”マウス隊”であり、実戦経験と知識、そして技術に長けた”マウス隊”は各地に引っ張りだこである。

そんな部隊の隊長であるユージは、なおのこと激務に襲われていたのだろう。先月聞いた話だと、”アークエンジェル”という新型艦の護衛の際に、数日間徹夜で艦隊を運営したらしいし、休める内に休んでおくというのは良いことであろう。

 

「モーガン大尉に機体を渡すのと、試作装備のテストは私が隊長から監督者に任命されていますのでご安心を。なに、いつもの4人組の作ったものをテストするわけではありませんから気を楽にしてください」

 

「それが一番の朗報だぜ」

 

かつて、脚部が脚部の体をなしていない”ベアーテスター”を乗機として宛がわれそうになった経験のあるモーガンは、心底から安心する声を出した。

モーガンとアイザック達はジョンに案内されて、格納庫に歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

「壮観だなぁ、こうもピカピカの最新鋭機が並んでるとよぅ」

 

『セフィロト』内には”マウス隊”専用の格納庫が用意されているのだが、その途中にある一般部隊の格納庫を見て、モーガンは呟く。

そこには、ついに本格量産が開始された“ダガー”がいくつも並んで立っていた。

これらの機体は1機1機がカタログスペックではベースとなった”ストライク”と同等、ストライカーシステムも勿論搭載されている。

生産性の向上のためにPS装甲は使われていない代わりに、胴体にラミネート装甲を用いることで、むしろ耐ビーム防御能力だけなら”ストライク”以上というこれらの機体は、休戦明けに一挙に戦場に投入されることになっている。

ユージが先日この光景を見た時も、思わず感嘆の声を漏らしてしまっていた。

 

105ダガー

移動:6

索敵:C

限界:150%

耐久:200

運動:25

シールド装備

ラミネート装甲

 

武装

ビームライフル:120 命中 65

バルカン:25 命中 40

ビームサーベル:150 命中 70

 

ユージの眼(ステータス閲覧)から見ても、この性能である。運動性だけは”シグ-”の27より少し低い程度だが、それ以外の全てで凌駕している。

更に言うなら、これはまだストライカーを取り付けていない素の状態でのステータスだ。ここから更に各種ストライカーを付け替えることにより、”ダガー”は幅広い戦局に対応出来る万能機体となるのだ。

”ゲイツ”の性能がいかほどかは知らないが、これを圧倒出来る性能というのは早々出る物ではないだろうという感想を持ったユージは、肩の荷をいくらか下ろした気分になって地球に向かったとか。

 

「現在は各部隊の機種転換が行なわれておりまして、完了しだい各艦隊に配備されることになるそうです」

 

「艦隊……そうか、そういえば宇宙艦隊の再建が進んでるんだったな。今はどんな塩梅なんだ?」

 

「さあ、私にはなんとも……隊長の予想では、おそらく第3艦隊までの再建は目前ではないかと言っておりましたが」

 

「へぇ……?」

 

通路を歩きながら尋ねるモーガンに、ジョンは曖昧に答える。

連合宇宙軍は緒戦からユージ達が”第08機械化試験部隊”を設立するまでの間に戦力の大部分を喪失していた。そのため月周辺の防衛を主な任務とする第4艦隊と、新設されたばかりで明確な役割を持っておらず、遊撃艦隊として大規模な戦闘に参加してこなかった第8艦隊以外はほぼ壊滅状態といってもおかしくはない状況にまで追い込まれていたのである。

それがいまや第1から第3艦隊までの再建が目前に迫っているとは、身内事ながら大したものだとモーガンは思った。

 

「っと、着きました。こちらです」

 

ジョンに案内されて入った場所は、『セフィロト』完成後すぐに地球へ降りてしまったモーガンにはなじみの薄い、”マウス隊”専用の格納庫であった。

そこにはここまでの道筋で見てきたのと同様に”ダガー”が1機置いてあるだけだったが、それこそがモーガンの求めていたものであった。

 

「待っていましたよ大尉」

 

「おう、マヤ。あいつらは一緒じゃねえのか?」

 

入るなり声を掛けてきた”マウス隊”技術主任のマヤに返事を返しながら、いつもの4人組はいないのかと疑問をぶつける。

マヤは苦笑しながら、彼らもまた休暇中であると返した。

 

「『この機に参考資料を熟読することでこれからの戦いに備える』と言って、部屋に籠もってしまいましたよ。また4人で昔のアニメを漁っているだけです」

 

「あいつらは変わらねえなぁ……。で、こいつが?」

 

親指で示しながら問うモーガンに、マヤはうなずく。

 

「はい。見た目こそ普通の”ダガー”と変わりませんが、中身はモーガン大尉に合わせてチューニングしてます。さしずめ、”ダガー・マッドドッグカスタム”といったところでしょうか」

 

そう、これこそがモーガンに用意された新しい剣。

味方との連携を主軸におくモーガンのスタイルに合わせてカスタムされ、モーガンが乗ることでのみ真価を発揮する機体である。

 

ダガー・MDカスタム

移動:7

索敵:B

限界:150%(モーガン搭乗時200%)

耐久:210

運動:32

シールド装備

ラミネート装甲

 

武装

ビームライフル:120 命中 70

レールキャノン:140 命中 55

マイクロミサイル:80 命中 50

バルカン:25 命中 40

ビームサーベル:150 命中 70

 

本体の改良点は指揮官機として通信機能の強化と各部パーツへの微調整のみだが、新造された”マッドドッグストライカ-”が目を引いた。

ストライカーの内訳としては増加スラスターを中心として左側にレールキャノン、右側に8連装マイクロミサイルポッドがマウントされており、機動性と実弾火力を向上させている。

 

「マイクロミサイルは”バスター”のものと同じ弾頭を用いており、弾幕を張る上では十分な性能があります。また左肩のレールキャノンは今後ZAFTにも装備したMSが増えてくることが予測されている、耐ビームシールドへの対抗策として装備しました。我が軍で採用されている耐ビームシールドは一撃で破壊することが可能です」

 

「状況に応じて使い分けろと。いいじゃねぇか、気に入ったぜ」

 

モーガンの心底満足したという反応を見て、マヤも顔をほころばせる。

ここ数日根を詰めて調整に取り組んだ甲斐があったというものだ。

 

「ありがとうございます。それとこの機体は全てのパーツが通常の”ダガー”と共有されているので、マニュアルさえあれば現地のパーツを用いて修復も可能なんですよ」

 

「ますます気に入った。早くこいつで戦いたいぜ」

 

「モーガンさん、まるで子供みたいに目が輝いてますねぇ」

 

新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃぐモーガンを見てセシルが呟く。それだけモーガンがこの機体をうれしがっているということだ。

モーガンが喜ぶのも無理は無い。『ガンダム』と同等の性能を発揮することが出来る上に修理も容易、こんな機体が自分のために用意されたともあれば、はしゃぐのが生粋のMSパイロットというものだ。

さっそく試し乗りを、というところでマヤからストップが掛かる。

 

「待ってください大尉、まずこちらの装備からテストを行なってもらいます」

 

「おう、どれどれ……なんじゃこりゃ」

 

「そう言いたくなるのもわかりますけど、まずは説明をさせてください。この”ガンバレルストライカー”は……」

 

 

 

 

 

3/9

東アジア共和国 ジャパンエリア

 

「ここに来るのも久しぶりだな……」

 

ユージは年期の入った木造建築を前にしてそう呟く。

モーガンが専用カスタム機を手に入れてはしゃいでいるころ、ユージはある人物を探して東アジア共和国の片田舎までやってきていた。

見た目はユージが転生する前、いわゆる「現代」における片田舎の一家屋そのものだが、それは見た目だけであり、中身はC.Eの技術で作られたハイテクな家屋である。

「古き良き日本の原風景を保存するため」としてジャパンエリアの田舎などでは、最新の技術で作られた木造平屋建てという、矛盾したような家屋が多数見られるのだが、ユージの尋ね人はその内の1つに、1人で住んでいた。

彼は荷物を背負ったまま、広い庭に佇む小屋、「工房」まで足を進めた。

近づいていくと、何か金属を金具で叩くような甲高い音がユージの耳に飛び込んでくる。ユージは小屋の室内引き戸をスライドさせて、中の人物に声を掛ける。

 

「久しぶりだな、爺さん」

 

「……勇治(ユージ)か」

 

室内で熱した金属を金槌で叩いていた人物は、ユージの「この世界における」祖父。

そして、『あの』ガーベラストレートの作者であるという、村松清十郎であった。

 

 

 

 

 

「なるほど、話はわかった」

 

そう言うと清十郎は緑茶をすする。ユージはその様子を緊張しながら見守っていた。

2人は家の中の居間でちゃぶ台を挟んで向かい合っており、現在は事情を説明し終えたユージが清十郎の答えを待っている最中だった。

”グレイブヤード”を訪れたこと、そこで蘊・奥と出会ったこと、そして清十郎がガーベラストレートの作者であると聞いたこと……。ユージが語ったのはそこまでだったが、清十郎はそれでユージがここまで来た目的を察したようだ。

 

「大方、ガーベラストレートの技術を提供してもらいにきた、というところだろう?」

 

「……ああ」

 

「勇治よ、前々から言っておるはずだ。もはや刀に、そして剣士が存在する意義は失われたのだと。……儂は協力しない」

 

想像はしていたが、祖父はガーベラストレートの技術を渡すつもりは無いようだ。

いまや世界にただ一人となってしまった刀匠であり、それだけ自分の仕事に誇りを持った清十郎にとって、この世界はまったく度し難いものであった。

ナチュラルだコーディネイターだで世間が騒ぐのを白い目で見つめ、やはり理解しがたい理由で戦争が始まる世界へ唾を吐く、それが村松清十郎という男である。

話を持ってきたのがユージであるから穏当に対応しているが、もしこれが別の誰かであったなら刀を持ちだしてでも追い返しにかかっただろう。

だがそこで簡単に諦めるほどユージも柔ではない。

 

「爺さん、たしかに今の世界は度し難い。しょうも無い理由で憎み合い、戦争を始めるんだからな。だが、そんな中でも純粋に平和を願って戦っている奴らがいるんだ。守りたいものがあって戦ってる奴らが。そんな奴らに力を貸して欲しいというのは、おかしいことか?」

 

「そんな奴らがいたとして、儂が力を貸すことを決めたとしよう。それで?戦争が終わるというのか?たかが刀を打てるだけの儂が力を貸して?」

 

「んなわけねーだろ。たしかにあんたの力を借りただけで戦争が終わるわけじゃない。というよりあんたは……怖いんだろ?自分の打った刀が戦争に使われて、徒に死人を増やすのが」

 

「……」

 

ユージの、家族だからこその無遠慮な問いに、無言を返す清十郎。

その通りだった。

戦場に誇りというものが失われて久しく、如何に敵を効率的に殺傷するかのみを追求して武器が作られるこの時代に刀は、剣士の誇りが存在する場所はどこにも無い。そう思っていることも事実ではあったが、一番の理由はユージの語った通りだった。

自分の作った武器で命が失われるのは耐えがたい。かつて“世界樹”に赴いてガーベラストレートを製造したのは、あくまで人類の技術、その発展のためであり、やはり人殺しのためなどでは無かった。

妻の体調悪化を理由として開戦から数ヶ月前に”世界樹”を去ったが、心のそこで安堵していた部分があるのは間違い無い。───これで、戦争に関わることはない。自分の技術が戦争に利用されることは無いのだと。

 

「爺さん、戦場から誇りが失われたのは事実だ。だがそのままにしておいて良いのか?違うだろ?」

 

「だが、刀などで何が出来る。ただ鋭く切れるのみで、折れやすい日本刀。そんな技術が加わったところで……」

 

「塵も積もれば山となる。あんたはそういったこともあるよな。つまり、そういうことだ。……頼む、戦争を終わらせるためにあんたの力を貸してくれ、村松清十郎」

 

頭を下げるユージを前に、瞑目する清十郎。しかしユージにはここで引くつもりは無かった。

何秒か、あるいは何分か。沈黙の後に、清十郎は口を開いた。

 

「……しばらく、考えさせてくれ……」

 

その言葉を聞いたユージはうなずき、立ち上がる。

 

「俺はもうしばらく、2日ほどこっちに滞在する。それまでの間に決断してくれ」

 

「……」

 

ユージはそう言い残し、家から外に出ていく。

普段の清十郎は頑固者だが、”世界樹”で切磋琢磨した仲間達の死や、激化する戦争を前にはその精神も揺らぐということなのだろう。

時間が欲しい、その一言を得られただけでもユージにとってたしかな進歩であった。

ユージが家から離れていくのを確認すると、清十郎は懐から1枚の写真を取り出して、しみじみと呟く。

 

「儂はどうすればよいのだ、どうするべきなのだ……」

 

その写真の中、”世界樹”で仲間達と共に撮った写真に写る清十郎の顔は、写真を見つめる現在の彼とはかけ離れた、自信に溢れた顔をしていた。

 

 

 

 

 

3/11

プトレマイオス基地 訓練兵宿舎

 

<トリィ!>

 

「へぇ、よく出来たペットロボットだねぇ」

 

「でしょ?」

 

その部屋の中には2人の男女と、1匹ならぬ1機の、金属で出来た鳥が羽ばたいていた。

2人の男女とは言うまでも無くキラ・ヤマトとユリカ・シンジョウなのだが、金属で出来た鳥ことペットロボット『トリィ』が羽ばたいているのが、普段とは違う点であった。

普段はキラが訓練生活に集中するために電源を切っているのだが、偶然電源の切られたトリィを発見したユリカが動かしてみせて欲しいと言ったために、久しぶりに部屋の中を羽ばたくに至ったのだ。

 

「主人に設定された人間とその近くにいる人間を認識してるのか。凝ったプログラミングじゃないか。キラが作ったの?」

 

「いや……友達が、”コペルニクス”に住んでいたころの友達が、作ってくれたんだ」

 

「”コペルニクス”に……てことは、作った当時まだ13かそこら?随分と高度な技術をお持ちだったようだね、その友達は」

 

驚きの表情を浮かべるユリカに、キラは苦笑を隠せない。

()は何時、どんなことにも全力で取り組む人だった。

勉強でも、遊びでも、こういった工作でも。なんでも出来る()はキラにとって憧れだったし、一緒に過ごす日々は輝いていた。

手加減とか手を抜くとかそういうのが苦手という、妙な不器用さがあった事も覚えている。

この間知り合った()の婚約者から聞いた話だと、婚約者に気に入られたペットロボットの同型を送り続けたこともあり、今では同じようなペットロボットが家中を転がり回っているのだとか。

そんな()が、今、戦争をしていて。人を殺して。そして、自分も彼と戦うことになってしまった。

 

「ほんと……すごかったんだ。スポーツも出来て、勉強も出来て、僕はそんな彼にお世話になりっぱなしでさ。……」

 

「キラ?」

 

複雑そうな表情を浮かべるキラに、ユリカは心配そうに声を掛ける。

 

「ああ、えっと……。そうだ、ユリカは”コペルニクス”に友達とかいるの?」

 

「え?ああ、いるよ。親友と言って差し支えない人が、ね」

 

ユリカは、キラが話題逸らしのためにした不自然な質問に答える。

親友のことを思い返しているのだろうが、その顔はどこか誇らしげであった。

 

「彼女は綺麗で、優しくて。しかも歌も上手いんだ。彼女に比べたら僕なんか比べものにならないよ」

 

「ユリカが比べものにならないって、相当なものだと思うんだけど」

 

そこら辺の男性よりも頼りになって、各訓練を好成績で突破する普段の彼女を知っているキラには、どうにもその親友とやらがどんな人物なのか想像が付かなかった。

だがユリカは、それでもその親友がすごいんだと力説する。

 

「いや、能力もすごいんだけど、心がね。ほら、僕ってこの通り口調が他の女の子とは違ってさ。だから上手く女子の中に溶け込めなくて、孤立してたんだよね」

 

「うーん、そうかなぁ。別に変じゃないと思うんだけど」

 

「ありがと。で、1人寂しく日々を過ごしていた僕と仲良くしてくれて、他の女の子達ともつながりを作るのを手伝ってくれてさ。今の僕がいるのは、その子のおかげなんだよ」

 

誇らしげに語るユリカに、キラはなんとなくシンパシーを感じた。

()のことを語る自分と今のユリカの姿が、なんとなくダブって見えるのだ。

 

「なんだか、僕達って似てるところがあるねぇ」

 

「たしかに。この子を作ったっていう友達も、すごい人だったでしょ?なんて人なの?」

 

キラは一瞬迷うが、この際だからユリカに打ち明けてもいいかもしれないと考え、()の名前を口にする。

名前を聞いたからと言って、彼女が()と関わりを持っているとかいう可能性は低いのだから。

 

「……アスラン。アスラン・ザラていうんだ」

 

「ふぁっ!?」

 

それを聞いたユリカは、なんと腰掛けていたベッドからずり落ちてしまった。

いきなりおかしな行動をとったユリカを心配し、キラは駆け寄る。

 

「ユリカ!?い、いったいどうしたの?」

 

「……はっ!キラ、アスランって、あれかい?アスラン・ザラ?プラント最高評議会議員パトリック・ザラの息子の?」

 

「え、う、うん。お父さんのことはよく知らないけど、たぶんそのアスラン・ザラだよ。ていうか近い近い!」

 

こちらに顔を近づけて勢い良く問いただすユリカに半分引き気味、半分照れ気味に答えるキラ。

如何せんユリカは、コーディネイターとかそういうのを抜きにしても魅力的な少女なので、健全な青少年であるキラは顔を逸らさざるを得ない。

キラの悲鳴に気付くと、ユリカはハッとなり、若干顔を赤くしながら離れる。

 

「あ、その、ごめん……」

 

「やけに食いついたけど、ユリカってアスランと知り合いなの?」

 

「え!?あっ、うん、そうそう。”コペルニクス”にいたころに、少し話しをしたことがあってさ。あは、あはははは」

 

キラはしどろもどろに答えるユリカを見て、彼女とアスランの間に関係があったことに驚きつつ、得心がいったかのように微笑んだ。

 

「なるほど、そういうことかぁ」

 

「っ!?な、何がかな?何か変なことでも?だいたい、僕がアスラン・ザラのことを知っていたからどうということは、ないんじゃないかな?」

 

その反応を見てキラは確信した。

やはり、この少女は。

 

「隠さなくてもいいよ。……うん、青春ってやつだよね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

”コペルニクス”にいたころの彼は成績優秀、スポーツ万能、そしてルックスも優れているということで女子にモテていた。親友のキラに、彼の好きな物を聞きにくる女子がいたほどだ。

おそらく、ユリカもその1人だったということだろう。

冴え渡る自分の直感が怖い。

 

「……ああ、まあ、そういうことでいいよ」

 

得意げになるキラを見るユリカの顔が浮かべていた、安堵半分、呆れ半分という表情が印象的であった。

 

 

 

 

 

翌日、キラがユリカと共にいつも通りマモリからしごかれていた。

今日の訓練メニューは、アサルトライフルを初めとした装備一式を背負った状態での行軍訓練であったが、午前の部が終了すると、マモリがキラを呼びつける。

 

「ヤマト、お前は午後の訓練に参加しなくていい」

 

「えっ!?」

 

そんなバカな。教導大好き、生徒いじめが趣味のマモリが言ったその一言に、キラは驚愕する。

明日はスペースデブリの雨でも降るのではないか?

 

「何をそんなに驚くことがある。その代わり、1300(ヒトサンマルマル)になったら、この場所まで行け」

 

「へ……?」

 

そう言ってマモリは、地図らしきものが書かれたメモを渡してくる。

今時紙で伝えるとは、珍しいこともするものだ。

とにかく、自分は午後この場所に行けば良い、ということはわかった。

 

「ああ、そうそう。……今日出来なかった分は、明日以降ミッチリ仕込んでやるからな」

 

表現するなら、ニッコオォォォォォォリ、という凶悪な笑みを浮かべるマモリを見て、キラは安心してしまった。

なんだ、いつも通りの教官じゃないか。

そして明日以降の自分に襲い来る苦難の日々を想像し、涙するのだった。

 

 

 

 

 

「ここ、だよね?」

 

午後になり、キラはメモに書かれた場所にたどり着いていた。

それにしても、ここまで来るのは大変だった。道中やたら行なわれるボディチェックであったり、所属表明であったりと、とにかく時間を食われることが多かったのだ。

念のためかなり早めに部屋を出発したはずだったのだが、それでもここまでたどり着くのに時間を使い、結局ギリギリになってしまった。

それだけ重要な案件なのだろうと思うが、一応一介の兵士に過ぎない自分を呼ぶような用件なのだろうか。

ドアの脇に備えられたインターフォンを押すと、透き通るような少女の声で返事が返ってくる。

 

<はーい、今参りますわー>

 

「……?」

 

なんとなく聞き覚えのある声にキラが首をひねっていると、ドアが開く。

その顔を見てキラは、ともすると、午前にマモリから聞いた内容よりも多大な衝撃を受けるのだった。

 

 

 

 

 

「お久しぶりですわね、キラ」

 

「ら、ラクス!?」




書きたいこと多過ぎて、だけど時間は足りなくて。
ギュッとまとめた結果がご覧の有様です。

あ、ちなみに“ダガー・マッドドッグ”のイメージは「アーマード・コア」に登場するアナイアレイターというACです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第57話「If I back to the past」

前回のあらすじ
ラクス「私ですわ」
キラ「君だったのか」


3/11

プトレマイオス基地 秘匿区画

 

「な、なんでラクスがここに!?」

 

「いやですわキラ。そんな、お化けを見たような態度」

 

困惑するキラとは対照的に、ラクスはどこまでもマイペースに微笑んでいる。

ラクスは現在、休戦協定に実行力を持たせるための人質として、連合軍が丁重かつ極秘裏に保護しているはずだ。それが、何故自分の目の前のいるのか?

冷静になって考えれば、この月基地こそがラクスを隠していた場所なのだということに気付けるはずなのだが、予想外な人物との遭遇によって混乱しているキラにはその解答にたどり着けない。

 

「さぁさぁ、そんなことより、キラ。───お出かけいたしましょう?」

 

「へ?お出かけ?」

 

混乱するキラを置き去りにして、ラクスは話を進める。

 

「ええ。実は私、『セフィロト』で貴方達と離れてからずぅっとこの場所で、日がな1日、歌ったり歌詞を書いたりして過ごしていたのですけど、退屈で退屈で……どこかに遊びに行きたいと言ったら、誰かと一緒なら良いと言われたので、お呼びしましたの」

 

「へ、へぇ……?」

 

若干混乱したままであったが、なんとなく状況が飲み込めてきたキラ。

つまり、長い人質生活に飽きたラクスの付き添いで、自分が呼ばれたということなのだろう。それで良いのか連合軍。

一応人質の立場にあるはずのラクスと、それを条件付きとは言え認めてしまう軍。今日まで学んできた軍隊の常識とかそういうのが音を立てて崩れていくような気がするキラであった。

しかし、これはチャンスと言えるのでは?

どうせ明日以降も鬼教官による地獄のしごきが待っている。ならば今日、できる限り息抜きをして、万全の態勢で挑むべきなのではないか?

同室のユリカには悪いが、今日は訓練のこととかを抜きにして、ラクスと共に外出することを楽しむのがベストなのではないだろうか?

 

「どうでしょうか、キラ。私と一緒に、お出かけいたしませんか?」

 

「うん、わかったよ」

 

そうと決まれば即断即決。

考えようでは、プラントに留まらず広く人気がある歌姫との、デート、と取れなくもないのだ。

婚約者のアスランには悪いが、いずれ、そう、いずれ出来るはずの恋人とのデート練習としてラクスに付き添うのは有りの筈だ!

最近恋人だとか婚約者だとかとに関する惚気がキツくなってきたサイとトールへの不平不満を解消するためにも、今日は思いっきり堪能して───!

 

「俺もいるぞ!」

「あたしもいるわ!」

「つまり、僕もいるよ」

 

ラクスの背後から、マイケル、ヒルダ、ベントのいつもの3人組が姿を見せた時、キラは自分の目論見が跡形も無く爆破されたことを悟った。

 

(ああ、うん。別に『2人で』とは言ってないもんね……)

 

ちくせう。

キラは上を向いて顔に手を当てることで、胸の内からあふれ出る涙だとか青春のほとばしりだとか熱いパトスだとかを堪えた。

 

 

 

 

 

「おっかいもの~、おっかいもの~♪わたくし、“コペルニクス”は初めてですわ~」

 

「あたしは何回か行ったことあるけど、結構良い感じのお店が並んでたわ。この際だし、遊び尽くすわよ!」

 

「はいっ」

 

「……女共って、なんで買い物だとかでここまではしゃげるんだ?」

 

「そんなこと僕に聞かれても……」

 

ラクスとヒルデガルダ、2人の年頃の女子がこれから向かう街について盛り上がっている中、会話に入れない男達は密かに顔をつきあわせ、理解出来ないものに対する疑問をひそひそと話し合っていた。

現在キラ達は、月面の連合軍プトレマイオス基地から、同じく月面に存在する中立都市”コペルニクス”に向かう連絡船に乗り込んでいた。

”コペルニクス”はプトレマイオス基地からほど近い場所にあり、なおかつ気楽に地球と行き来が出来ない基地の兵士達が赴きやすい場所にあることから、定期的に連絡船が行き交っている。キラ達はその内の一つに乗り込み、”コペルニクス”に向かっているのだ。

 

「何のお話をしてますの?」

 

「えっ?あっ、いや、別に……」

 

「気にすること無いわよラクス、どうせ街でナンパしようとか考えてるだけだから」

 

「あらあら。マイケルさんはナンパをなされますの?応援いたしましょうか?」

 

「いや、しねーから!?」

 

キラは久しぶりにこのメンバーで和気藹々としていられることを嬉しく思ったが、微かに疑問に思ったことを、会話から一歩引いた雰囲気を漂わせるベントに尋ねる。

 

「ベントさん達も、ラクスに呼ばれてきたんですか?」

 

「うん。僕達はあれから『セフィロト』で訓練を続けながら、自分達が正式にどこかの部隊に配属されるのを待っていたんだけど、昨日ホフマン大佐……ああ、ハルバートン提督の副官の人に呼び出されてね。ある重要人物の護衛が任務だって言われて、あれよあれよという間にこうなってたわけさ」

 

「重要人物……ってラクスですよね」

 

「まあそうなんだけど。大方、ラクスに違和感を持たれないように自然な形で護衛を付けるために親交のある僕達が呼ばれたんだろう」

 

自分達が呼ばれた理由については納得がいったが、それはそれでキラは不安を覚える。

いくらなんでも、素人に毛が生えた程度の自分達にラクス、敵性勢力の最高指導者の娘の護衛など任せられるだろうか?というか、一応人質のはずなのにラクスを出歩かせていいのか?

そのことをベントに尋ねてみると、このような言葉が返ってきた。

 

「うーん、ラクスの境遇は結構複雑なんだよなぁ。まず連合軍、もといそのバックに付いているプラント理事国が、プラントやZAFTを正式な国家や交戦団体と認めていないということは教わっただろう?」

 

「はい」

 

一応”コルシカ条約”で捕虜の取り扱いや大量破壊兵器の使用禁止などが定められているが、それはあくまでプラント理事国同士が互いに課した制約である。つまり「プラント理事国の支配するプラントでも適用されなければならない」、従って「プラントの1政党であるZAFTの所属者にも適用されなければならない」という、かなり無理矢理な形でプラントにも適用を求めているのだ。

このような不自然な条約を作らなければいけなかったのには、当然理由がある。

まず前提としてプラント建造のための費用を支払った理事国はプラントの独立を認めるわけにはいかない。先月までただの学生だったキラは当初「独立を認めておけばこんな戦争が起きなかったのではないか」と思いもしたが、マモリらの話を聞いていると「それは無理だ」ということを理解した。

支出した費用も回収し終わってないのに独立など認めれば、費用を出した国家は大損である。その費用を回収し終えるまでは、プラントの独立など認めるわけにはいかない。

しかしMSやNジャマ-といった脅威を抱えるZAFT(民兵)との『戦争』を成立させる、つまりルールを制定するにも色々と問題があった。

有史以来「民兵との戦闘に関する条約」などというものが制定されたことなど1度も無く、従来の条約に基づいた場合はZAFTを正式な交戦団体として認める、つまりプラントを正式な国家として認める必要がある。

こうした矛盾を解決するために制定されたのがコルシカ条約である。

要するにZAFTは依然として連合軍から見れば民兵、あるいはテロリストでしかないのだ。

 

「だからラクスはZAFT、民兵のトップの娘として扱われているわけじゃない。彼女が特別扱いされているのは、プラント最高評議会議長の娘という立場があるからだ。最高評議会自体は理事国の認めた行政機関だからね、偉い政治家の娘さんを特別扱いするのは当然だろう?」

 

「うーん、納得がいったような、いかないような」

 

「……もっと言えば、ここで彼女に優しくしておくことで連合に対して好感情を持って貰い、それを帰した後でプラントに広めて貰うという目的もあるんじゃないかな」

 

キラは、なるほど、と得心した。

ここでラクスを手厚くもてなすことで、彼女にプラント内で反戦活動をしてもらいたいというわけだ。彼女が半ば道具扱いされているように思えてむっとするが、それが大人、自分よりも高い目線から戦争に携わっている人間の見方だということはわかっている。『血のバレンタイン』や『エイプリルフール・クライシス』のように大勢の死者を生み出すようなことに比べれば遙かにマシだ。

あれらの事件のせいで、多くの人が戦争に囚われたのだから。

キラの親友、アスランも。

 

「こーら、何2人だけでこそこそと話し合ってんのよ」

 

キラがわずかに顔を歪ませていると、ヒルデガルダが不満そうにキラ達へ顔を近づける。

会話に加わらずにコソコソと話しているキラとベントが気に入らないようだ。

 

「す、すみません。ちょっとベントさんに質問したいことがあって」

 

「そうなの?」

 

「うん、ちょっとね。マイケルにもこの勤勉さを見習って欲しいよ」

 

「なんでそこで俺に飛び火させるんだよお前は……」

 

無事に話を逸らすことが出来たキラに、ラクスが話しかける。

 

「キラは今、基地で兵隊さんの訓練を受けているのでしたわね。よろしければ、訓練の様子を教えていただけませんこと?」

 

「ああ、うん。いいよ」

 

「あ、それ俺も気になるわ。どんなことやってんだ特別コースって。やっぱり鬼みたいな教官にしごかれまくってんのか?」

 

「特別コースはかなーりハードだっていうもんね。で、そこんところどうなの?」

 

「……マイケルさん、ヒルダさん。あれは鬼じゃないです。そんなもんじゃない。例えるなら───大魔神です」

 

『本当に何があった!?』

 

そのまま話題はキラの訓練生活へと移る。一行は大いに盛り上がったり、キラの経験した様々なしごきの内容に震え上がったりした。

キラは、こんな光景がどこでも見られるようになればいいのに、と願った。

今のように、かつての自分とアスランがそうだったように。

 

 

 

 

 

3/11

月面都市”コペルニクス”

 

「やっぱりこうなるのか……」

 

「覚悟はしていたことだろう……?」

 

キラとマイケル、ベントの3人は市街地中央、広場に設置してあるテーブルに突っ伏していた。原因は言うまでもなく、年頃の女子2人のショッピングに付き合わされたからである。

あっちこっちに飛び回り、目星を付けた店に入っては服やら雑貨やらを手に取り、買い物籠に放り込んでいく2人の少女に付き合わされ、3人の脚部負荷は限界ギリギリまで酷使されている。今は2人がトイレから帰ってくるまで荷物の見張り番という体で休んでいるが、テーブルの上をほとんど覆い隠すように積まれた荷物の数々を見れば、キラ達にどれだけ負担がかかったかがわかるというものだろう。

 

「ヒルダの奴、俺達に荷物押しつけやがって……なーにが『レディの荷物を持って差し上げるのがジェントルメンでしょ?』だ。お前みてぇなレディがどこにいるんだよってんだ」

 

「家柄はかなーり立派ですけどね。奔放というかなんというか」

 

「あはは……前にも”アークエンジェル”で思ったことありますけど、結構ラクスもバイタリティありますよね」

 

「ほんっとそれ。言葉遣いも身のこなしも優雅なんだけど、根本的にアクティブっていうか……やっぱイメージって宛てになんねぇな」

 

「マイケルは実際に会うまで、ラクスのことを清楚で大人しい人だと思ってたんですよキラ君。ま、半分イメージ通りで半分外れといった有様ですが」

 

「あー、わかります。第一印象とかなり違いますよね」

 

「な、キラもそう思うだろ?」

 

5人で過ごす時間も楽しいが、同性だけで話す時間というのはまた別の楽しさ、気楽さがある。

そんなことをキラが考えていると、遠くの方で何か言い争うような声が聞こえてくる。自分以外にも聞こえているのか、周りからはざわざわとした声がし始めた。

 

「なんだ?」

 

「喧嘩でしょうかね?」

 

マイケルとベントが怪訝そうに声の聞こえてくる方向に顔を向けるが、人だかりに阻まれてその先の光景を見ることは出来ない。

しかし、一応ラクスの護衛として来ている立場としては、万が一ラクスに危害が及ばないようにこの声の元を知る必要があった。

 

「2人は荷物を見ていてください。僕が見てきます」

 

「おう、頼む」

 

「危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだよ」

 

「はい」

 

何が起きてるかを確認するだけならと、キラは自分から騒動の正体を確かめることにし、2人に荷物を任せて人だかりをかき分けて進み始めた。

押し分けた人々に謝罪をしながらもなんとか進んでいくと、徐々に声が大きく聞こえるようになっていく。

人だかりの最前線に到達して顔を出すと、そこには1人の男性と3人の男女が言い争っている光景が広がっていた。

 

「な、何がおかしいっていうんだ!コーディネイターが戦争を起こしたのは事実だろ!」

 

「だからって、全部がそうだと思われちゃたまらないってことなんだよ!」

 

「そうよ、私達をプラントの連中と一緒にするな!」

 

会話の内容から察するに、取り囲まれている側の男性が「この戦争はコーディネイターが起こした」とかそんなことを言って、それが気に入らなかった3人と言い争いになったということだろう。

この“コペルニクス”は永世中立都市であり、戦火に巻き込まれないようにと移住してきたコーディネイターがそれなりに居住している。

”コペルニクス”市運営が人口過多化を懸念して早期に移民制限を設けたおかげで問題はほとんど起きていないが、それでもこのような小規模の小競り合いくらいは起きるということだろう。

キラはその光景を見て顔を顰めるが、関わろうとせず足早に立ち去ろうとする。

キラはあくまで騒動の元を確かめるために来たのであって、目的を達した以上ここに留まる理由は無い。今自分は、ラクスの護衛としてここに来ているのだ。

何も思わなかったというわけではない。生まれ育った”コペルニクス”でもこのような争いが発生するようになってしまったということは、キラの心に深い影を落とした。

しかし、キラに何かが出来るわけでも無い以上、ここは立ち去るのがベストなのだ。どうせ騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけてくるだろう。

そう考えていたキラだが、何か堅い物が柔らかい別の何かにぶつかるような、そんな鈍い音がその場に響いたことで状況が一変する。

 

「うぐっ!?やったな、やっぱりお前達も野蛮じゃないか!」

 

「俺達の言い分をはねのけて一方的に罵倒するようなお前には、こうしなけりゃわからないんだろ!二度とふざけたことが言えないようにしてやる!」

 

ついにコーディネイター側が手を出してしまったらしい。コーディネイター達は言い争っていた男性を取り囲み、複数人で暴行を加えようとしている。

わかっている。ここで自分が何かをしてしまえば、世話になっている人達を始め、各所に迷惑を掛けることになる。

わかっている、はずなのに。

 

「───やめてくださいよ、こんなところで!」

 

気付けば、男と男女の間に割って入り、手を広げていた。

頭では非合理的だと分かっていたが、それでも飛び出さざるを得なかったのだ。

 

「な、なんだよお前!」

 

「そりゃ野蛮って言われたら怒るでしょうよ!でも、実際に暴力を振るってしまったら本当に野蛮じゃないですか!もっと省みてください!」

 

「うるさい、そこを退け!言葉で言って分からないからこうするんだ!」

 

「言葉を無くして何を解決出来るんです!?言葉で解決しなかったから、戦争だって起きたんですよ!」

 

「黙れ黙れ、邪魔なんだよ!」

 

キラは3人ににらみつけられ、怒鳴られながらも、一歩も退かない。

普段からマモリの罵倒・しごきに晒されている身からすると、こんなものはチワワやポメラニアンがキャンキャン吠えているのと変わらなかった。

ついに1人の男が焦れたようにキラに拳を振るうが、キラはそれをつかみ取り、軽くひねり付けて男性の動きを止める。

 

「ぐぐっ、やめ、いっで!?」

 

「な、なんだこいつ……」

 

「だから、止まってくださいって!」

 

これまたマモリからのしごきを受けたキラには、素人の拳など大した障害ではない。

キラは男性の動きを止めたまま、コーディネイター達に絡まれていた男性をキッとにらみつける。

 

「貴方も!なんでこんな情勢で、そんなにデリカシーが無いんです!?」

 

「わ、私はだなぁ!」

 

「この人達だって普通の人間です!そんな風に言ってたら怒るに決まってるじゃないですか!」

 

「───はい、そこまで」

 

口論が、突如割って入ってきた男性の声によって中断される。

声のした方に目を向けると、いかにも「特長の無いことが特徴」といった風貌の東洋系の男性が、ラフな格好で立っていた。

 

「これ以上喧嘩するのは、オススメ出来ないなぁ。あっちの方から警備員の人達が来てるのが見えるよ?」

 

「んなっ、ああくそ!おい、行くぞ!」

 

「いででで……」

 

「……ふん」

 

男女も頭が少しは冷えたのか、大人しくさっさとその場を立ち去る。

絡まれていた男性も警備員が近づいているという言葉を聞いて顔を青ざめさせ、そそくさと逃げるように立ち去った。

 

「いやぁ、珍しい物が見れたもんだ。ナチュラルとコーディネイターの争いは見慣れてるけどね」

 

「あの、あなたは……?」

 

「うん?私はただの見物人。通りすがりのお兄さん以上おじさん未満で、ごく普通の成人男性だよ。特に気にする価値も無い」

 

そう言うと男性はキラの耳元に顔を近づけ、囁く。

 

「それより、早く戻るといい。()()()()()()()()()

 

ただ一言。何の変哲もない言葉のはずなのに、それがどうしてか恐ろしくてたまらない。

気付けば周囲の人だかりはまばらになり、多くの人々は日常へと帰還していた。

キラは直感した。彼らが人払いをしたのだと、彼らはずっと自分達を見ていたのだと。

よく考えてみれば、いや、考えるまでも無いことだった。戦争の行方を左右する要人の護衛を、素人に毛が生えた程度の自分達だけに任せるわけが無い。

()()に、見られていたのだ。

 

「さて、私も用事があることだし、ここらでお暇しようかな。それではね」

 

男性はそう言い残し、街中に姿を消していった。

結局キラは、マイケル達がキラを呼びに来るまで、その場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

「お前なぁ……いくらなんでも無鉄砲過ぎるだろ」

 

「すいません……」

 

「いいじゃないの別に。男らしいわよキラ君!」

 

ラクス達と合流したキラは街を歩きながら、彼らに事のあらましを説明した。

何故そのような無茶をしたのかと心配をかけてしまったことを申し訳なく思うと同時に、キラは自分があの喧嘩に割って入った理由を得心した。

 

「……嫌、だったんです。あんな風に、言葉一つで喧嘩しちゃうのが。ナチュラルだコーディネイターだって、僕は……」

 

「……キラ」

 

ラクスは悲しげにキラを見つめる。

実は彼女がいきなり外出したいと言い出したのには、自分の目でこの”コペルニクス”の様子を観察したい、という思惑もあった。

そんな中で、このようにナチュラルとコーディネイターに別れて争うような事例を知ってしまったのだ。人種差別からは遠い中立都市であってもこのような事件が起こるのだから、地球がどうなっているのかは想像に難くない。

これが戦争なのだ。その災いは戦場だけに留まらず、あらゆる場所に広がり、そしてふとした際に爆発してしまう。

自分が立ち向かおうとしているのは、まさにこういうものなのだ。果たして、自分に何が出来るのか?

ラクスが考え込んでいると、後ろから左肩を叩かれる。

 

「?」

 

振り向こうとしたラクスは、左頬に妙な感触を覚える。何か柔らかく、細い物で頬が突かれているようだ。

果たしてその正体は、ヒルデガルダの右手の人差し指であった。よくエレメンタルスクールの子供がする()()いたずらが、ヒルデガルダの手で行なわれているのである。

 

「ヒ、ヒルダさん?」

 

「だーめよラクス、今は楽しいお買い物の時間でしょ?」

 

そのままヒルデガルダは両手でラクスの両頬を優しく掴み、軽く引っ張ったりする。

 

「フィ、フィルファふぁん?」

 

「辛気くさい顔してたら、幸せは逃げていくんだって私のお母様は言ってたわ。だから笑うのよ、負けないぞって。こんなのへっちゃらだって」

 

そう言うとヒルデガルダはラクスの口端に指を当てて、口をつり上げるように動かす。

 

「何を悩んでるかってのは、わかるつもりよ。だけどさ……こうやって、あたしとラクス、ナチュラルとコーディネイターが一緒に笑い合えるってだけで、そこまで深刻に考える必要は無いって物よ。違う?」

 

「ヒルダさん……私は」

 

「そうと決まれば、レッツゴー!もうあんまり時間も無いし、どこ行く?」

 

そう言って、ヒルデガルダは一行の先頭に躍り出る。

先ほどまでの暗い雰囲気を払い去ってしまったヒルデガルダの姿は、この場の誰からも光り輝いて見えた。

 

「……ありがとうございます、ヒルダさん」

 

「だからもういいんだってば。で、どうする?」

 

晴れやかな表情を浮かべるラクス、そんな彼女を見ていると、キラはある場所に行きたい衝動に駆られた。

 

「えっと、すみません。お店とかじゃないんですけど、一カ所だけ、寄っていってもいいですか?」

 

「うんうん、全然オッケー!」

 

「ここから近いか?流石にヘトヘトなんだが……」

 

「はい、ちょうどここから近いから大丈夫ですマイケルさん」

 

 

 

 

 

キラ達がたどり着いたのは、ある一本の並木道であった。

街路樹は花を付けてはいないが、もう少ししたら綺麗な花を付けるのだろうということが予想される。

ベントはこの木が、桜という樹木であることを思い出した。

 

「キラ君、ここは?」

 

「……別に、大した場所ってわけじゃないんです。名所っていうほどの場所でもなくて。ただ、この場所で()と別れたんです」

 

『!』

 

彼らは既に、キラが連合軍に参加することを決めた理由を聞いていた。

この”コペルニクス”は、キラが生まれ育った街。そして、キラが()と呼ぶ親友と過ごした街。

親友と、別れた街。

 

「また、笑い合えるのかな。彼とも」

 

「出来ますわ、きっと」

 

ラクスがキラの手を取り、微笑みかける。

会って間もない自分達でも、こうやって笑い合えるのだ。昔からの親友同士に出来ない理由が無い。

 

(アスラン……いつか、きっと)

 

この桜並木で、いつか笑い合ったように。

キラは戦争を止めたいと願った思いを、今一度思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3/12

プトレマイオス基地 訓練生宿舎

 

「おはようカス共!今日も楽しい楽しい訓練日和の素晴らしい1日だなぁ!とりあえずこの襲撃を乗り切ってみせろ!でなければ死ね!」

 

「ちくしょう!どうして雰囲気とか寂寥感とかそういう大事な物をぶち壊していくんだこの人はぁ!」

 

「ぼやく暇は無いよキラ!訓練の前に医務室送りにされたくないでしょ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

どれだけ覚悟を新たにしようが、現実が、日常がいきなり変わるなんてことはない。

また一つ、世界を学んだキラであった。

 

 

 

 

 

同時刻

『セフィロト』 第3工作室

 

「見てください聞いてください、そして恐れおののきたまへ!これこそが、我々が夜も寝ないで昼寝して書き上げた新型MSの設計図!その名も!」

 

「”マジンガンダム”!」

 

『ゼェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェット!!!!!』

 

「黄金の黒鉄の城はつまり最強。これ、ウチのシマでは常識な?」

 

「だからあんた達はもう少し落ち着きを……うわちょ、結構いかすわねこれ……」

 

「……早く帰ってきてください。隊長。自分には彼らの手綱を握れません」




最後の最後でシリアスをぶち壊したのは、私の軽挙妄動によるものだ。
しかし後悔はしていない。

更新が遅れて申し訳ありません、色々とリアルが立て込んでいて……。
もう少ししたら、きっと余裕が生まれるはずなんです。そう信じたい。

ちなみに、現時点の本作におけるメンタル最強キャラはヒルダだったり。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第58話「禍戦の気配」

前回のあらすじ
キラ&ユリカ「やっぱり、今回もダメだったよ」(in医務室)



3/16

プトレマイオス基地 周辺宙域

 

「くそっ、振り切れない!」

 

<キラ、援護するからその隙に離脱して!>

 

現在、キラ・ヤマトはMSに乗って『敵』に襲われている最中だった。

『敵』は容赦なくこちらにライフルを連射してきており、しかも狙いが正確なため、既に何発か腕部や脚部に被弾してしまっている。

幸いにして機体の動作に支障は出ていないが、このままではじり貧である。

”テスター”に搭乗したユリカが『敵』に向かってライフルを射かけるが、『敵』はそれを無駄の無い動きで回避、逆にユリカの機体の背後を取ってしまう。

 

<早い!?>

 

お返しと言わんばかりに『敵』からライフルがユリカの機体に向けて放たれるが、伊達に特別コースへの参加を認められていないと言わんばかりにユリカはそれを避けていく。

『敵』の中のパイロットは、ニヤリ、と笑うと、機体の後ろ腰にマウントされていた物体をユリカの機体の進行方向へ投げ放った。

 

「ユリカ、回避だ!誘い込まれて───」

 

キラが咄嗟に警告を飛ばすが間に合わず、投げ放たれた物体───スモークグレネードが爆発する。

『視界が塞がれるようなことがあればその時点で終わりだと思え。そうなるのが嫌なら、常に周りをよく見ておくことだ、周囲の状況をよくわかっていれば、視界が無くても比較的安全な方向に向けて抜け出すことが出来るかもしれない』。

ユリカはそう教えられたことを思い出して、先ほどまでの『敵』と味方(キラ機)の位置を思い出し、キラとの合流を図ってその方向へと向かっていく。

 

<───甘いな>

 

その瞬間、ユリカは失策を悟った。

コクピット内のレーダーからユリカ機の反応が消えると、キラはユリカが『敵』によって撃墜されたということを悟る。

 

「ユリカっ!くっ、どこから来る……!?」

 

ユリカは煙の中でやられた。そして『敵』はまだ煙の中にいる。

どこから来る?右か、左か。それとも上下?

油断なくライフルを構えていると、煙の中から、キラから見て左側に向けて何か突き出るものがある。

 

「そこだっ!」

 

キラは瞬時に狙いを定めて、煙の中から出てきた『それ』にライフルを発射した。

発射された弾丸は寸分違わず標的を撃ち抜く。

───撃破されたユリカの”テスター”を。

 

「なっ!?しまっ───」

 

<逸ったな、愚か者め>

 

警告音がコクピット内に響き渡る。

煙の中から『敵』がライフルを発射すると、囮に釣られて敵に晒していた無防備な右腕に弾丸が命中し、使用出来なくなる。

それはつまり、右腕に保持していたライフルを使えなくなるということで。

 

<詰みだ>

 

煙の中から急接近してきた『敵』が、致命的な隙を作り出したキラの機体に向けてライフルを構える。

銃口が光ったのを視認した瞬間、コクピット内が暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

<───ここまでだな>

 

女性の声が響くと、コクピット内に光が戻り、周囲の状況を映し出す。

 

『You're down』

 

モニターに映るその文字を見て、キラはため息をつく。

これで4連敗。キラとユリカが『敵』───マモリ・イスルギと2対1での模擬戦連敗記録を更新した瞬間であった。

 

 

 

 

 

「あーあ、またダメだったよ」

 

「コンバットパターン7と13の組み合わせならいけると思ったのになぁ」

 

肩を落として通路をとぼとぼと歩くのは、先ほどマモリに完敗したキラとユリカのコンビ。教官を交えた簡単な反省会は既に済ませたが、この後に本格的な反省会と講習が待ち受けていることを考えれば、こうなるのも仕方ない。

そう、先ほどまでの戦闘は単なる訓練、2人とマモリとの模擬戦闘でしかない。全員同性能の”テスター”に搭乗して行なわれるこの訓練が行なわれるのは既に4回目だが、キラ達は一度もマモリから勝利を奪えていない。

1ヶ月ほど前まで一般人だったユリカはともかく、”ストライク”を乗りこなす腕と、何度か実戦を経験もしているキラまでもが敗北した理由は、機体が全員”テスター”であることに尽きる。

もっと詳しく言えば、マモリの方が”テスター”に対する理解度が高いためにキラ達は敗北を喫し続けているのだ。

キラは”テスター”に乗り始めて日が浅く、また、”ストライク”を操縦した時の感覚が体に染みついてしまっている。そのせいでキラの反応速度に機体が追いつかない、動きが鈍いという事態が頻発し、一回目の模擬戦は戦闘という形にすらならなかった。

対してマモリは連合に”テスター”が配備され始めたころから同機を使い続け、やはり数度の実戦も経験している。キラ最大の武器(反応速度)が活かせない以上、物を言うのはやはり経験なのであった。

 

「だけど、前回よりはいいところまでいったよね。一発左足に当てられた」

 

「結局その後、あっさり逆転されたけどね」

 

「前回よりは一歩前進でしょ」

 

キラ達だってやられっぱなしではない。

訓練の度に相手の動きを観察し、対策を立て、自分の使うMSについての理解を深める。そうすることでマモリとの差は、新人としては恐ろしい速度で詰まりつつあった。

それでも2対1でキラ達を圧倒するところは、やはり教導隊ということだろうか。噂では教導隊に所属する兵士は、全員”マウス隊”と比肩しうるMS操縦技術を持っているらしい。

次はどんな作戦で挑むかなどを話し合っていると、ユリカが突然駆け出し、通路に備えられている窓までたどり着くと、外を眺めて感嘆の声を漏らす。

 

「どうしたの?」

 

「見なよ、キラ。連合軍の新型戦艦だ」

 

そう言ってユリカが指差す方向には、”アークエンジェル”や以前見たことのある”ネルソン”級よりも巨大な寸胴型の艦艇が、ドックに駐留しているのが見えた。

ドッグの広さと比較すると、およそ500mほどはある全長には、”アークエンジェル”にも装備されていたゴッドフリートMark71が複数、目に付く範囲では6基は装備されているのが見える。

他にも様々な武装が取り付けられている。各所にこれでもかミサイルと配置されたミサイル発射管や対空機銃などが目を引くが、一番注目を集めるのはやはり、艦首から大きく突き出た砲門だろう。

 

「すごいなぁ……あれが噂の”ペンドラゴン”級かぁ」

 

「ユリカ、知ってるの?」

 

「え?ああ、うん。ちょっと知り合いから聞いてね。従来の戦艦、”ネルソン”級なんかをはるかに上回る総合火力に、全身に施されたラミネート装甲による鉄壁の防御力。目玉は艦首に備えられた新型陽電子砲『コールブランド』。いずれ行なわれるプラント本土攻略戦に投入されるんだってさ」

 

新型戦艦の性能もそうだが、キラは同僚の耳聡さにも感心した。

日々の訓練で精一杯の自分に対して、ユリカは新型戦艦の情報や、それを入手出来る知人を作っている。本当に、自分と同じ素人だったのだろうか?

 

「───驚いたな、その情報が公表されることになるのは、戦争再開後のはずなんだがね」

 

すると、通路の先からこちらに向かって男性の声が投げかけられる。

明らかにこちらに向けられていた言葉に反応して顔を向けると、意外な人物がそこには立っていた。

 

「ムラマツ中佐?」

 

「久しぶりだな、キラ君」

 

そこに立っていたのは、”マウス隊”隊長を努めるユージ・ムラマツその人だった。

たしか“マウス隊”は『セフィロト』を拠点に働いているはずだが、なぜこの基地にいるのだろうか?

 

「ムラマツ……もしかして、ユージ・ムラマツ中佐ですか?あの”マウス隊”の?」

 

「ん、君は……」

 

「初めまして、ユリカ・シンジョウMSパイロット候補生です。こちらのキラ・ヤマト君とは同期であります」

 

ユリカがユージに敬礼する。それを見つめるユージは心なしか鋭い。

例えるなら、そう、何か目に見えない物を見ようとしているような……。

 

「中佐?」

 

「っ、ああ、済まない。たしかに私は、ユージ・ムラマツだ。シンジョウ君といったか、よろしく頼む」

 

キラの声にユージはハッとなり、すぐさま手で敬礼を制する。

何か考え事でもしていたのだろうか?

 

「名指揮官として名高いムラマツ中佐に会えて、光栄です」

 

「そんな大したことはした……かもしれないな。だが、それは優秀な部下の存在があってこそ出来たものだ。私は大したことはしていないよ」

 

「ご謙遜を。『エンジェルラッシュ会戦』における”アークエンジェル”単艦での奇襲は有名ですし、大気圏突入シャトルを風よけにしてMSを降下させる咄嗟の判断力、MAのパイロットとしても対MS戦術を考案するなど、貴方が優秀でないと言うことの方が難しいですよ」

 

控えめに言っても優れた容姿をしているユリカに褒めちぎられ、ユージはバツが悪そうに帽子を目深にかぶり直す。

ユージがかつて”メビウス”のパイロットとして戦っていたこと、そしてグリマルディ戦役で部下を失っていることを聞いていたキラは、これ以上この話をするべきではないと考え、話を逸らそうとする。

 

「そういえば、中佐はどうしてこの基地に?普段は『セフィロト』に勤めているはずじゃ?」

 

「おお、それだそれだ。キラ君、実は君に用があって来たんだよ」

 

「僕に?」

 

以前、”アークエンジェル”にいたころならまだしも、今の自分はただの訓練生だ。そんな自分にユージが会いにくるような用事があるものだろうか?

 

「ああ。訓練を終了したら君は”ストライク”のパイロットとして配属されるとは聞いていたかね?」

 

「えっ!?えっと、今知りました」

 

「そうか、まあ今教えたから問題はないな。本題は、”ストライク”共々どの部隊に配属されるか、ということなんだよ」

 

それを聞いてキラは居住まいを整える。

既にユージには入隊した目的、『アスランを止めたい』ということを伝えている、それが上手く働いてくれていれば良いのだが……。

緊張するキラに、ユージは未来を告げる。

 

「キラ・ヤマト候補生、貴官は訓練終了後、第八艦隊管轄『第13MS実験部隊』に配属される。この部隊の任務は、新型『ストライカーシステム』の地上運用試験が主となる」

 

「地上……ですか?」

 

「ああ、そうだ。”ストライク”の量産型である”ダガー”が中東戦線で『ストライカーシステム』の有用性を示したことで、上層部はシステムの更なる研究の必要性を認めた。そこで、拡張性が高く、基本性能も高い”ストライク”を用いて新型ストライカーの研究を、地上で行なうことになったんだよ」

 

そこまで言うと、ユージはキラの耳元に口を近づけて、ユリカに聞こえないように囁く。

 

「……試験はハワイ諸島を初めとする大西洋連邦領内で行なわれる予定だが、近頃、ハワイ基地周辺では赤いMAが高速で飛行している姿が目撃されている。技術部は画像を解析して、このMAが”イージス”に連なる技術が使われている機体と判断した」

 

「!」

 

「もしもそれが真実なら、”イージス”に搭乗したことがある()が、これに乗っているかもしれないな」

 

そこまで言うとユージはキラから離れる。

キラは、ユージやその上司であるハルバートンに感謝した。可能性は低いが、アスランと話をする、止められるかもしれないというだけで、十分だった。

今にして思えば無理のある入隊理由だったが、配慮してくれただけでも嬉しい。

 

「それだけなら別に、わざわざここに来なくてもメールで辞令を出すだけでもよかったのだがね。『第13MS実験部隊』の設立に伴って、経験豊富な”マウス隊”メンバーから数人、そちらに移籍することになったんだ。ここに来たのは、そのメンバーの穴を埋めるためでもある」

 

「つまり……スカウト?」

 

そうなるな、とユージは肯定し、ユリカの方を向く。

 

「君もどうだろうか?実は今回の移籍で、MSパイロットも移籍することが決まっていてね。その欠員分も埋めたいと考えているんだが」

 

「えっと……申し訳ありません、自分は月軌道の防衛部隊への配属を希望していまして、そちらの希望にお応えすることは……」

 

「そうか、そういうことであったら仕方ないな。……優秀な人材が手に入るかもと思ったが

 

また何かをぼそっと呟くユージだったが、キラとユリカの耳には正確に聞き取ることは出来なかった。

この人物はたしかに優秀なのだろうが、時折何を考えているのか分からない時がある。

 

「月方面に希望するということは、”ペンドラゴン”のこともそっちの伝手で聞いたというところかな?」

 

「ええ、まあそんなところです。たしか”ペンドラゴン”級は3隻建造されるのでしたか?」

 

「……そんなことまで知っているのか。そうだ、ここにある1番艦”ペンドラゴン”に続き、”ガウェイン””ランスロット”が新たに建造されることが決まっている」

 

「こ、これをあと2隻もですか?」

 

多数の砲塔に加えて全体をラミネート装甲化、それに加えてユリカが言うには新型陽電子砲まで装備するとなれば、1隻建造するのにも莫大なコストが掛かっているはずだ。

それを更に増産すると聞いて、キラは驚きの声を挙げるが、ユージは更に告げる。

 

「驚くのはまだ早いな。本当なら”ペンドラゴン”級は12隻建造される予定だった。しかし……」

 

「しかし?」

 

「……それぞれの国の派閥に別れて、次期主力艦艇の選定で揉めに揉めてな」

 

ユージが言うには、この”ペンドラゴン”の他にも様々な主力艦艇の建造計画が提案され、しかもそれらが連合加盟国の派閥ごとにわかれていたせいで、大いに揉めたのだという。

実際にそれらの艦に乗りこむことになる兵士からすれば、規格は統一されていた方が艦隊の足並みを揃えるという点でも有り難い。

だが技術者や各国の上層部からすれば、主力艦艇として自分達のプランが採用されることは、来たる宇宙決戦における功労者としての誉れを受けることになる。

そして何よりも、「『僕の考えた最強の戦艦』を戦場で活躍させたい」、そう考えた技術者達は血で血を洗う抗争を繰り返し、ついには規格統一を諦めて、それぞれ独自で建造することとなった。

それで良いのか、連合軍。

 

「統一されていれば、12隻の”ペンドラゴン”がそろい踏みで円卓の騎士ごっことしゃれ込めたんだろうがな。結局予算不足で3隻までと決まったんだ」

 

「……他にも、このような艦が建造されるというのですか?」

 

そう質問するユリカの顔は、強ばっていた。

たしかに、こんな大砲や対空砲を多数構えた化け物と同程度の性能の戦艦がいくつも建造されていると聞けば、例え味方であると分かっていても戦慄するものだろう。

 

「ああ。たしかユーラシア連邦は『アルテミス』で”アレキサンダー”級を3隻、東アジア共和国はジャパンエリア管轄の宇宙ステーション『第二呉軍港』内部の工廠で、”扶桑型”を4隻建造しているはずだ。どれもこの”ペンドラゴン”級に劣らず、極めて強力な艦艇だとか」

 

それが本当ならば非常に心強いのだが、同時にキラは疑問を覚えた。

たしかに今は、ZAFTと(実質的に)戦争状態にある。かといって、そこまで軍備を増やそうとすることの意味があるのだろうか?

マモリやその他の教官から聞いた話では、MSとNジャマ-、2つの巨大なアドバンテージを失ったZAFTとは真面目に戦えば負けないとのことであった。

MSや”アークエンジェル”といった、既にある程度優秀な物が出来上がっているのに、そこから更にこのような戦艦をいくつも作る意味があるのだろうか?

そのことをユージに聞くと、ユージは渋い顔をしながらこう返した。

 

「上の方々は、既にこの戦争に見切りを付けているのさ。ZAFTを倒した後、つまり連合加盟国だった者達の間で起きる戦争に備えて様々な戦力を用意してるんだ。まったく、ZAFTも余計なことをしてくれたと恨み節をぶつけたい気分だよ。これでは地球圏を引っかき回した挙げ句に各国の緊張に罅を入れて、より不安定な戦後への道を作りだしたようなものじゃないか」

 

「……そりゃ、そうでしょうけども。それではZAFTの兵士達が不憫に思えてきますよ。自分達は必死に戦ってるのに、肝心の相手は片手間で相手をして、戦争の次を見ているなんて」

 

ユリカがボソボソと呟く言葉を、キラは意外に思った。

普段は教官を初めとした目上の人間の言うことに口を出さないユリカにしては、珍しく反論するようなことを言う。

ユリカの言葉にユージは、しかしこう返す。

 

「そういうことは、他の人間の前では言うなよ?敵に回ってしまった者に対して同情的、共感的な事を言えば、思想調査が入りかねない」

 

「……はい」

 

「奴らの気持ちはわからないでもない。いつまで経ってもプラント内の治安を回復しようとしない理事国に対し、怒りを抱くのは自然なことだ。理不尽に抗おうとする権利は誰にだってある。しかしな」

 

理不尽に対して理不尽で抗おうとすれば、やはりより巨大な理不尽によって押し潰されるのが世界というものなんだよ。

ユージはそう言うと、何処かへ去ってしまう。キラとユリカは、それをただ見送るしか出来なかった。

必死に戦って命を散らす兵士がいて、それを単なる数字の増減と認識する立場の人間がいる。

今のキラには、勇壮に見えた目の前の白亜の戦艦の姿が、どこか虚しいものに感じられた。

この艦も、自分も、戦争の駒でしかないということは代わらないのだから。

 

 

 

 

 

「少し、話しすぎたかな」

 

ユージは『セフィロト』に帰還するための連絡艇の中でそう呟いた。

あの後、新たに”マウス隊”に編入する人材にある程度目星を付け、艦のシートに腰を落ち着けたユージは、キラ達との会話を思い出していた。

まさか連合とZAFTでこれほどの差が生まれるなど、この世界に生まれた時には想像も出来なかったことだ。『原作』では終盤に至るまで、常に連合に対して優位を保ち続けたZAFTが、もはや片手間扱い。

そうなったことに自分が多少なりとも関わっている、それは間違い無く事実だ。それでも、ここまで戦争が優位に進むとは。

勿論、ZAFTで建造されているであろう”ジェネシス”の脅威は無視出来ない。それでもこのペースで行けば、完成前にヤキン・ドゥーエを攻略出来るかもしれない。

希望が見えてきた。先日言われたことだが、少しリラックスしてみればたしかに物の見方も変わってくる。技術者としても社会人としても優秀なマヤが自分の配属されたことが最大の幸運だったのかもしれない。

 

(想像に反して、優秀な人材も見つけたしな)

 

ユージは、先ほど確認したユリカの能力を思い返した。

 

ユリカ・シンジョウ(ランクB)

指揮 9 魅力 11

射撃 10 格闘 10

耐久 7 反応 12

 

『ギレンの野望』で連邦系勢力に属するキャラクターはそこまでステータスが高くなかったのだが(ホワイトベース隊は除く)、先ほど見たユリカのステータスは十分にエースと呼べるものだ。

”マウス隊”はよく育ったし、”アークエンジェル隊”を味方にすることも出来た。おまけに連合は『本家』の連邦と同様に、優秀な艦長が何人かいるのを確認している。

勝てる。あとは、自分達が死なないように立ち回るだけだ。

そう考えたユージは、仮眠を取る事にした。

『セフィロト』に帰れば、また山ほどの仕事に追われることになるのだから。

 

 

 

 

 

ユージ・ムラマツはたしかに軍人として優秀な部類だ。

しかし、その根底には現代日本人として培われた倫理観、『自罰的精神』が根付いている。

彼は今後、それこそ死ぬまで、とある『致命的失敗』を悔やみ続けることになる。自身の観念に心を焼かれ続けることになるのだ。

『禍戦』の時は、すぐそこに。




次回から、状況が変化し始めます。
それが皆さんの望ましいものではないのでしょうが、それがこの『パトリックの野望』流ですので……。

今回、いくつか『オリジナル兵器・武装リクエスト』から採用させていただきました。まだ話の中に出てきただけではありますが、登場した時にあらためて紹介させていただきます。



○”アレキサンダー”級准強襲要塞戦艦
「蒼翼の雫」様のリクエスト。
この度、ユーラシア連邦派閥の主力宇宙艦艇として採用を決定しました。

○”扶桑”型超大型宇宙戦艦
「モントゴメリー」様のリクエスト。
同じく、東アジア共和国派閥の主力艦艇として。

お二方、素敵なアイデアをありがとうございます!いずれ、宇宙艦隊戦の時には存分に活躍させられるように努力いたします!
詳しい設定はどちらも『第2回オリジナル兵器・武装リクエスト』に載ってありますので、気になった方はそちらをご覧ください。
……なに?解説をサボるなって?
いいですか、これはサボってるわけではありません。ただ単純に、原案を見た方がわかりやすいと思ったからそうしてるだけです。適材適所だからなんです。
……けして!「あれをここに書いたら、下手な本編より文字数が多くなる」ことを危惧しているとか!
そのようなことが有ろう筈がございません!



”ペンドラゴン”級は私のオリジナル艦艇です。

”ペンドラゴン”級超弩級戦艦
大西洋連邦の主力艦。設計を担当したのはイギリス派閥である。
”アークエンジェル”級は優秀な艦艇ではあるが、来たる宇宙要塞攻略戦においては更なる火力が求められる。
そう考えた技術者達によって作られたのが、この”ペンドラゴン”級である。
高速戦艦としての面を持つ”アークエンジェル”とは違い、完全に艦隊決戦用に設計されており、総合火力は”アークエンジェル”とは段違い。
小回りでは”アークエンジェル”の方が優位だが艦隊戦ではこちらの圧倒的優位と、一長一短となっている。
とはいえ単艦での運用が最適な”アークエンジェル”と違ってこちらは他に多数の護衛が付くことになるので、機動力の低さはそこまで問題ではない。
主砲としてゴッドフリートMark71を装備、上部3基、側面2基、下部1基している。これらは全て前方に向けることが出来、単純に”アークエンジェル”の3倍の火力を発揮出来ることになる。
更に後方にも2基備えているので、合計で8基のゴッドフリートMark71を備えていることになる。
他にもバリアントMark8改を10基側面に備えており、実弾火力も十分。
目玉は艦首の新型陽電子砲「コールブランド」であり、これは1門で”アークエンジェル”に搭載された2基の「ローエングリン」と同程度の性能を持っており、発射間隔も「ローエングリン」と比べて10秒ほど速く、これを連射することで敵艦隊の単艦での殲滅さえも可能とするという。
問題は、これら多数の武装や「コールブランド」に容量を取られてしまったので、MS運用能力が無いこと。これは他国の主力艦艇と比べて明確に劣る点ではあるが、開発者は「味方と一緒に行動するから問題無い」と開き直った。
負け惜しみとも言う。

長々と解説しましたが、これらが活躍し始めるのはもっと後のことなんですよねぇ。
展開が……展開が遅い!
更新速度を上げたい!(切実)

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

追記
扶桑型の建造場所、当初は佐世保だったのですが、感想欄で複数人に「佐世保にそんなデカイ船造る広さ無いよ」と言及されたので、『ガンダムSEED』公式に無い宇宙ステーションの存在をでっち上げました。
なんだ、最初からこうしてればよかったんやな!(ガンギマリ)


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第59話「急転直下」

前回のあらすじ
戦争なんてそんなもん。
兵士は駒であって、偉い人に操られて、その対価にお給料を貰うだけの簡単なお仕事です。




3/21

プトレマイオス基地 周辺宙域

 

「ユリカ、パターン12でいく、追い込むよ!」

 

<OK、任せて!>

 

2機の“テスター”が、逃げるもう1機の”テスター”に同時にライフルを射かける。

しかし打たれた側の”テスター”は、熟練を感じさせる動きで射線と射線の間に存在する安全圏(セーフティポイント)を駆け、逆にライフルをキラの”テスター”に向けて発射した。

もっとも、マモリ・イスルギであればこの程度はやってのけると知っているキラとユリカにとって、それは予想出来たことでしかない。

 

「掛かった!」

 

マモリが想像通りの動きをしたことを認めたキラは、自身の”テスター”に盾を構えさせ、迫り来るマモリの”テスター”に突撃する。

開発当初はそれこそカウンターウェイトでしかなかったシールドだが、戦争が進むにつれて改良が進み、今では”ジン”のマシンガンに十分耐えうるだけの防御力を備えていた。そしてそれは、実戦でのデータに基づいて判定が下されるこの模擬戦にも反映されている。

十分な防御力を備えた盾を構えての突撃(チャージ)が、銃弾を無効化しながらマモリの”テスター”に迫るが、やはりこれもマモリの目には破れかぶれの一手にしか映らず、そのまま上を飛び越えられる形で、キラの”テスター”の背後を取る。

 

<成長無しか貴様、捉えたぞっ!>

 

<───こちらも、です!>

 

ハッとなるマモリ、しかしその反応が操縦桿に伝わるまでのわずかなタイムラグが、彼女の運命を決定づけた。

一見破れかぶれなキラの突撃は、しかしそれさえも2人によって仕組まれた作戦に組み込まれた1工程でしかない。

マモリならこの突撃にどう対処するか、これまでの数度の模擬戦から得られたデータを元に予測を立てた2人は、片方が囮となってマモリを誘導し、隙を見せたマモリを撃ち抜くという作戦を立てた。

無防備なマモリの”テスター”に、ユリカの”テスター”が発射した銃弾が襲いかかる。

 

<ぐぅっ!?だが……>

 

その射撃によって右腕の破壊判定が下されるが、即座にマモリは”テスター”の残った左腕にアーマーシュナイダーを引き抜かせ、キラの”テスター”に斬りかかろうとする。

右腕が使用不可能になると同時に、その手に保持していたライフルも喪失判定が下された。さしものマモリもライフルと右腕無しで2機を相手することは出来ない。

せめてここで1機落として、少しでも勝ちの目を残すための1手であった。

 

「───流石です、教官」

 

<っ!?>

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

キラ達は囮にならなかった側が仕留め損ねるだろうということを念頭に置いて、2段重ねの作戦を立てていた。マモリがこの1撃をしのぐだろうということを前提に、囮がすぐさま追撃態勢に移るのだ。

つまりどういうことかというと。

無防備な背中を晒しているはずのキラの”テスター”は、180度縦に回転することで、マモリの”テスター”に逆さまに向き合う姿勢を取っていて。

銃口を、右腕を奪われた”テスター”に向け終わっているのだった。

 

<……やるじゃないか>

 

マモリにしては非常に珍しいことに、率直に褒める言葉を言い終わるや否や、銃口から弾丸が彼女の機体に向けて放たれた。

マモリ・イスルギ機、胴体に直撃弾多数につき、撃墜判定。

訓練開始から1ヶ月経とうとする2人の、その短すぎる訓練期間に比べて、破格の成果であった。

 

 

 

 

 

「やったねキラ、初の白星、いやさ金星だ!」

 

「うん、正直あれで通用しなかったらもう無理だろと思ってたけど……なんとか上手くいったよ」

 

キラとユリカの2人は、普段の訓練生用の、白のシャツに迷彩柄のズボンに着替えて通路を歩いていた。

彼らはこれから、先の模擬戦の反省を行なうために普段は講義に用いられる部屋に向かっているのだが、その足取りは軽い。

それもそのはず、今回ばかりは上手くやったという自負があり、その証拠も既に掴んでいるからだ。

 

「あの『もにょり歪み』が出てるし、流石に今回は罵倒無しでしょ。間違い無い」

 

「こうやってコソコソ話してるのがバレたら、一瞬で大魔神になるだろうけどね」

 

彼らの言う『もにょり歪み』とは、マモリが訓練中に時々見せる表情のことであり、例えるなら「喜びでキリッとした表情を保てない結果、にやけと仏頂面の中間のような奇妙な表情」と表現出来る代物であった。

これが出た後の反省会では罵倒が飛ばず、淡々と評価されてで終わるのだが、それはマモリからの「文句なし」という賛辞であるということには気付いていた。

酒を飲んだ後の彼女の醜態を知っている身としては、普段の彼女は教官と生徒という立場を保とうとして厳しく当たっているだけであり、本当は生徒を思いやっている人間なのだということは知っている。

そんな彼女からの無言の賞賛は、どことなく心地よいのだ。

スキップでも始めそうな浮かれ気分で歩みを進めるユリカだが、曲がり角から現れた人物とぶつかりそうになってしまう。

 

「おっと、ごめ……!?」

 

「うおっ、いやこっちも……!?」

 

激突の危機を回避したユリカだが、激突しそうになった人物、グラン・ベリアの顔を見て言葉を止めてしまう。

数週間前に食堂で喧嘩した2人は、訓練過程が異なることもあってあれから話し合いをする時間が設けられず、遭遇したら気まずそうに顔を逸らすだけの関係となっていた。

そんな彼らは言葉に困り、たじろいでしまう。そんな2人を見かねたキラは、助け船を出すことにした。

 

「あーもー、ほら、ユリカ。言うんじゃなかったの?」

 

「……うー」

 

キラは以前、ユリカからグランへの謝罪をどうするべきかについてキラに相談を持ちかけていた。

事情はどうあれ、先に手を出したのはユリカからなのだ。いつまでも遭遇する度に基地内に気まずい空気を生み出す今の状態は良くない。

 

「……あのよ」

 

「っ!?な、何かな」

 

どうにかしてユリカに会話を始めさせようとしていたキラだったが、グランが会話を切り出したことでその思考は不要のものとなった。

まさか彼から話を切り出してくるとは思っていなかったキラとユリカは軽く警戒しながら、言葉の続きを待つ。

 

「その……悪かったよ、いきなり喧嘩売って」

 

続く言葉も、キラ達にとっては驚くべきものであった。

実際に会話したのは短い時間でありながらも、この男から謝罪が行なわれるとは想像も出来なかったために。

 

「訓練開始して1ヶ月も経ってない奴に、射撃訓練で負けるとは思っていなかった。正直、嫉妬してた。だからその、スマンかった」

 

「……こっちも、あの時は熱くなりすぎたよ。ごめん」

 

一度会話が始まれば、今までの逡巡はなんだったのかと思うほどにすんなりと和解する2人。

数週間に渡った確執は、こうして終着を迎えたのだった。

 

「お前も悪かったな、こっちの勝手で振り回してよ」

 

「あ、えっと」

 

「何かあったら言ってくれ、正直何言われても仕方ねえって思ってる」

 

言葉に迷うキラに、グランは言葉の続きを求める。

それを聞いたキラは、ためらいがちにグランに問いかけた。

 

「いや、()とは、大分違うなって……」

 

「……さっきも言ったけどよ、あの時は嫉妬で目が曇ってたってのと、俺が気を張りすぎてたってのがある」

 

「気を張りすぎてた?」

 

ユリカの問いかけにグランは、ああ、と返す。

 

「俺の後ろにひっついてた2人、覚えてるか?俺もあいつらも、南米の出身でな。知ってるか?今の南米は、酷えことになっちまってる」

 

「……『エイプリルフール・クライシス』?」

 

「ああ。あれのせいで南米のエネルギーは不足して、おまけに一度プラントに対して中立を表明しようとしたばっかりに大西洋連邦に侵略されてさ。で、ストリートチルドレンだった俺達は、真っ先に政府に売られた。反抗しません敵対しません、貴方たちに従いますって意思表明のためにな。文句を言おうもんなら銃殺刑ってやつだ」

 

「それは……」

 

たしかに南米、南アメリカ共和国は連合加盟国の1つだが、そこに至るまでには大西洋連邦の侵略という過程が挟まる。

『エイプリルフール・クライシス』でエネルギーに困窮した彼らはそれを解決するためにZAFTからの積極的中立勧告を受け入れ、中立の立場を取ろうとしたが、それを良しとしなかった大西洋連邦によって侵略され、半ば無理矢理連合に加盟させられたのだ。

そして、加盟した以上はZAFTとの戦争に参加を強制させられる。とは言っても他の加盟国と比べて大した戦力を持たない南米は、協力の証として兵士やその候補を連合に差し出したのだ。

それはここにいるグラン・ベリアと、その子分も同じ。

 

「国からしたら余分な人間を追い出せるし、忠誠も示せるってことだ。こういうのってあれだろ、ジャパンでは『一石二鳥』ってんだろ?」

 

国からしたら、俺達は石ころ同然ってことだけどな、とグランは笑う。

自分達は、捨て石にされたのだと。

 

「だがな、俺達は勝手に差し出されて、どうでもいいところで死ぬなんてごめんだ。俺もそう変わらんが、あいつらは単純で、このままだとどこかで死んじまう。死なせたくねぇ、俺が守ってやらねえとって思ったら周りの奴らが敵に見えてよ。それで……俺より上だって思うお前が出てきて、八つ当たりした。だから」

 

「……もういいよ」

 

グランが謝罪を重ねようとするのを、ユリカは手で制する。

 

「皆、事情があって戦ってる。誰かを守るためだったり、敵を倒すためだったり、お金のためだったり。だから今重要なのは、君がどうして喧嘩腰だったのかじゃない。互いに『ごめん』って謝ることだ。僕も謝った。それでいいじゃないか」

 

「いや、しかし……」

 

「どうしても謝りたいっていうなら、そうだなぁ」

 

ユリカは指を自身の顎に当てて、いたずらっぽく笑う。

 

PX(酒保)で、お菓子奢ってよ。今は祝杯を挙げたい気分なんだ」

 

「……!ああ、それくらいならいいぜ。お前もどうだ?」

 

「え?あ、うん、じゃあ僕もご相伴にあずかろうかな」

 

「よっしゃ、任せろ!それなりに貯めてるからどんときやがれ」

 

グランとユリカが並んでPXの方へ向かっていくのを見て、キラは微笑ましい気持ちになる。

やっぱり、全然不可能なことじゃあないのだ。ナチュラルとコーディネイター、否、人間同士で笑い合うなんてことは。

きっと人間は、世界はどこかで大きく間違えてしまったのだ。こうやって話し合っていれば全部は無理でもいくつか解決出来たことを、言葉を放棄したばっかりにこじらせて、こんな世界になってしまった。

それでも、きっとまだ間に合うはずなのだ。まだ理性は機能しているはずなのだ。

それがきっと───。

 

(僕達もまた、笑い合えるよね?アスラン)

 

今は遠く、もしかしたら地上にいるかもしれない友に向かって、キラは呟くのだった。

 

 

 

 

 

3/23

プトレマイオス基地 小講堂

 

学校の教室の半分程度の広さの一室、その場所にいるのは、たった3人の人間のみであった。

ちょうど1ヶ月前から今日まで、『特別訓練コース』を過ごしてきた者達。

すなわち、キラ・ヤマト、ユリカ・シンジョウ、そして彼らの教官『であった』マモリ・イスルギの3人である。

今日を以て、彼らは生徒と教官の関係ではなくなるのだ。

今日は、訓練生達の卒業式の日であった。

 

「キラ・ヤマト少尉!貴官は3月25日より”第13MS実験部隊”の強襲機動特装艦”アークエンジェル”の艦載機、試作MS”ストライク”のテストパイロットとして配属されることになる。貴官の奮闘を期待するものである」

 

「はっ、光栄であります!」

 

キラが前に進み出て、マモリから卒業証書を受け取る。

たかが1枚の紙切れだが、不思議な重みが感じられる1枚であった。

 

「続けて、ユリカ・シンジョウ少尉!3月25日より連合宇宙軍第4艦隊に配属、月軌道防衛の任に就くこととなる。同じく、貴官の奮闘を期待する」

 

「粉骨砕身、努力します」

 

同じく、ユリカが前に進み出てマモリから卒業証書を受け取る。

後は、教官としての最後の言葉を残すのみだ。

 

「……正直な、私はお前らを、訓練開始から数日の間にドロップアウトさせてしまいたかった」

 

マモリはぽつりぽつりと語り出す。

曰く、さっさと追い出してしまいたかったのだと。

 

「お前らを見てると吐き気がした。戦争に参加した友を救うだとか、生まれ育った街を守りたいとか、そんな考えで入隊しようなんて奴の席なんて用意したくなかった。───そんな優しい考えを持ってる奴らが戦争に参加するなんぞ悪夢だった」

 

「……」

 

それは、紛れもなくマモリ・イスルギの本心であった。

戦争に参加するには、自分の生徒達は優しすぎる。特にキラ・ヤマト。訓練を施してる間、いつも見ていたからマモリにはわかる。

この少年は天才だ。大凡何をやらせても即時に技術を吸収し、自分のものとしてしまえる天賦の才を、彼は持っている。

しかし、その精神は致命的に戦争に向いていなかった。

 

「だがお前らは訓練を耐えきった、くぐり抜けた。私には止めることなど出来ないのだと思い知らされたよ。お前達は想像してたよりもずっと、心が強かった。だから、色々とたたき込んだ。せめてその命を散らすことがないように、理想を追い続けられるように。そしてお前達は、それもこなした」

 

はあ、と息を吐いた後、マモリはキッとキラ達を見つめ、嘆願するようにこう言った。

 

「もうお前らに私がしてやれることは無い。お前達は少年少女から、戦士になった。そしてこれが、私が教官として言える最後の言葉だ。───生き残れ。バカみたいに綺麗な理由で戦うことを決めたんだから、バカみたいに生きあがけ。……最後に言わせてくれ。お前達の教官になれて幸せだった」

 

そう言うと、マモリは敬礼する。

まるで旅立つ我が子を見送る母親のように、その姿からは確かな『愛』が感じられた。

感極まったキラとユリカは、敬礼を返しながら、こう返す。

 

「───自分達も!貴方という教官に出会えて幸せでありました!」

 

「絶対に、生き抜きます……!」

 

教官であった女性から愛を受け取った2人は、何があっても生き抜くことを決めた。

それこそが、ここまで自分達を育て上げたマモリ・イスルギへの、最大の恩返しであった。

雛鳥の巣立ちにも似たその光景は、人間に社会が生まれたその時から、何度も繰り広げられたものであったけれども。

今日を生きる3人にとっては、掛け替えのない一瞬であった。

 

 

 

 

 

「おかしいな……どこにいったんだろ、ユリカ」

 

キラは1人、プトレマイオス基地の通路をさまよっていた。

あの卒業式から既に数時間が経過し、標準時間で17時になろうとしている。

サイやトール、和解したグランらで卒業を祝して簡単なパーティを計画し、既に準備を済ませていたのだが、未だにユリカが姿を表さないのでキラが探しに来たというのが、ここにいる経緯であった。

しかし、中々見つからないとはいえ、こんなところまで来る必要があっただろうかとキラは自問自答する。キラが今いるここは、“コペルニクス”との連絡船などの軍艦以外が使用する港口だった。

流石にここにはいないだろうと早々に見切りを付け、キラは今度は訓練所周辺を探しにいこうと決めた。

───その時である。

 

「───ユリカ?」

 

「っ、キラ?」

 

T字路の曲がり角の辺りで、緊張した面持ちで辺りを見渡すユリカを発見したのは。

めでたく訓練生活を卒業した日だというのに、引きつったような調子でキラに反応するユリカは、焦ったような声でキラに問いかける。

 

「な、なんでこんなところに?いるのかな?」

 

「ユリカこそどうしてこんなところにいるのさ?もう皆待ってるよ」

 

「……そうか、そういえばもうそんな時間だったか」

 

今度はホッとしたように振る舞うユリカに、違和感を感じるキラ。

彼女がこのように不自然な態度を取る場面は、この1ヶ月の間で記憶に無い。いつだって彼女はサバサバ、きっぱりと物事に向き合う人間だった。

キラは彼女が現れたT字路の先が気になり出した。

 

「何か、あっちにあるの?」

 

「ううん、なんでもないよ。じゃあ、行こうか」

 

目を離した一瞬でユリカの態度は普段通りの飄々としたものに変わっていたが、それが逆にキラの違和感を助長する。

 

「どうしたのキラ、そっちには何もないよ?」

 

「え、ああ、うん……」

 

ユリカに促されてキラは元来た道を戻り始めるが、それでも言い表しようの無い違和感が拭えず、去り際にチラッと後ろ、T字路の方を見た。

すると、何人かの作業着姿の男達が、宇宙船ドッグの方へ足早に向かっていくのが見えた。

それだけなら何ら不思議な光景ではない。このプトレマイオス基地は連合宇宙軍最大の拠点であり、それを軍内部だけで維持するのは困難で、所々で民間の業者が作業に従事しているのだから。

だが、その内の1人が肩に担いでいるものを、見過ごすことは出来なかった。

それは10代半ばの少女くらいのサイズで、人形のように手足を揺らしていて、頭部からは桃色の髪が生えていた。

どこからどう見ても、気絶したラクス・クラインであった。

 

「───っ、ラクスっ!?」

 

その声に反応して、男達の最後尾を走っていた男がキラ達の方を向き、懐に手を入れる。

嫌な予感のしたキラは、咄嗟にユリカの体を掴んで横道に倒れ込む。

ピシュっ!!!

いきなり引き倒されたユリカが悲鳴を挙げるが、キラは空気の抜けるような音がした直後、壁に何か堅い物がぶつかるような音がするのを聞いた。

もしもあれが勘違いでなければ、先に挙がった空気の抜けるような音は、消音装置(サイレンサー)を付けた拳銃の発射音。いや、その後に続いた衝突音を考慮すれば、確実にそれだ。

そのことが意味するのは、つまり。

───発砲。

 

「き、キラ!?」

 

「しっ、静かに!」

 

ユリカを後ろにかばいつつ、キラは通路の先を窺う。

ピシュっ、ピシュっ!!!

少し顔を出してみようとするが、即座に通路の先から発砲されるため、詳しい状況を把握出来ない。

使える物は無いかと辺りを見渡しても、武器と言えるようなものがそこらにホイホイと転がってるわけもなく、仕方なしにキラは近くに置いてあった消化器を手に取った。

何も無いよりはマシだ、そう考えて両手で構えて通路の先の敵へ注意を配るが、そこでふと気付く。

───発砲が止んでいる?

 

「キラ、よくわかんないけど、これはマズいよ。早く逃げよう」

 

「しっ、待って。発砲が止んだ」

 

もしかしたら、こちらに見切りを付けて立ち去ったのかもしれない。恐る恐る通路の先を窺うキラ。

 

「……!?」

 

「ったく、処理は済んだ───!?」

 

バッタリ。文字にすればそれが相応しい。

まるで1つ2つほど昔の恋愛シミュレーションのように、キラとその人物はぶつかりそうになる。

シミュレーションと違うところがあるとすれば、ゲームなら男と女がぶつかりそうになるところだが、この場合は同性だったこと。

そして男の手には、トーストの代わりに拳銃が握られていることであった。

お互いにこうなるとは想定していなかったためか、一瞬固まってしまう両者。その一瞬からいち早くキラが立ち直ったことが、両者の命運を分けた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「なんっ!?」

 

キラは男の頭部に向けて思い切り消化器を振り回した。

男はその手に構える拳銃をキラに向けて発射するだけでキラに勝利することが出来たのだが、人間の反射神経に逆らうことは出来ず、咄嗟に左腕で頭をかばってしまう。

鈍い音と共に男は怯み、キラはその隙を突いて拳銃を握った男の手に組み付く。

男の手を極めることでなんとか拳銃を取り落とさせることには成功したが、直後に男が壁に向かって走り出す。

壁に叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべながらもキラは足払いを掛けて男を横倒しにする。

そこから先は取っ組み合いだ。キラは男に馬乗りになって男の顔面を殴りつける───自分の命が賭かった状況で躊躇するなとマモリから教えられたので、死なない程度には人を殴れるようになった───が、咄嗟に腰ポケットから小型のナイフを取り出したことで、その状況は一変する。

男がキラに向かってナイフを振り回すと、キラは反射的に体を引いてしまい、今度は男がキラに飛びかかり、その顔面にナイフを突き立てようとする。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「ぐうっ、ユリカ!助け……!?」

 

男に馬乗りになられ、男の手を掴むことでナイフを食い止めるキラ。だが、上から体重を掛けられていては思うように力を込めることが出来ず、次第に押し込まれていく。

近くにいるユリカに助けを求めるキラだがユリカは腰を抜かして呆然と見るばかりで、動こうとしない。突然の事態にパニック状態にあるのだろう。

ユリカの助けが得られないとなると、もうキラに打てる手は無い。このまま迫り来るナイフが突き立てられ、ゲームオーバーの時を待つしかなかった。

 

(くそっ、こんなところで僕は……!)

 

 

 

 

 

「そのまま動かすなよ、ヤマト!」

 

 

 

 

 

聞き慣れた女性の声が響くと共に、男の体が横に向かって吹き飛ぶ。いや、倒れ込む。

声がした方へ目を向けると、そこには口から煙が昇っている拳銃を構えたマモリ・イスルギの姿があった。

マモリは素早くキラの方へ近づくと、男の頭部に弾丸を撃ち込む。既に1発頭部に命中して即死だったはずだが、念入りにマモリは2度撃ち(ダブルタップ)する。

わずかに飛び散った血液がキラの顔に付着し、キラはビクッと竦んでしまった。

 

「無事か、怪我は!?」

 

「あ、え……、はいっ、大丈夫です教官」

 

「ふぅ……中尉と呼べ、ヤマト」

 

安堵のため息を漏らしながらも、冷静に呼び方を訂正するマモリ。いつも通りの頼れる恩師を目にして、キラは体から力が抜けていくのを感じた。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「……貴様が中々戻らないからと、ケーニヒ2等兵に捜索を頼まれてな。片手間に探してみればこの有様だ。何があった?」

 

周りには腰を抜かした教え子2人と、その教え子達に襲いかかっていた作業着姿の男性の死体。よく見ると銃痕が壁に付いてるし、それを為したであろう拳銃も転がっている。

教え子の危機とは言え即死させたのはマズったか、と顔を顰めるマモリは、キラに事情説明を求める。

 

「……あっ!マズいんです、マズいんですよ中尉!この人達に、ラクスが」

 

「ラクス?……ラクス・クラインか?たしかにこの基地に捕らえているという噂はあったが……連れ去られたというのか!?」

 

「はい、こいつらの1人に担がれて……」

 

それを聞くとマモリは、死体の服を漁り始める。

胸ポケットに入っている身分証、これは違う。ただの作業員が拳銃持って兵士に襲いかかる訳がない以上、偽装に違いない。一応懐にしまい込む。

ズボンのポケットを漁ってみると、そこからは四つ折りになった紙を見つかった。手触りからして、おそらく写真だろうか?

それを広げて、マモリは絶句する。

信じられない、これはあり得ない。いや、だが、認めざるを得ない。

 

「……くくくっ、ハハハ!なんてこった、この大間抜けが!いや、そんな奴らにしてやられた我々はもっと間抜けか?ええいっ、クソ!ファ○ク!」

 

普段の姿からは想像出来ないほどにマモリは心底愉快そうに、否、はらわたが煮えくりかえると言わんばかりに笑う。

不審そうにするキラにマモリは紙を手渡して、見てみろと目で訴える。

そのまま通信機を取り出してどこかへ通信を始めるマモリを尻目に、キラもその紙を見てみる。

やはり、絶句した。

統一された緑色の制服を着た複数名の男女が、宇宙空間を背景にして写っている集合写真であった。おそらく、宇宙船の中で撮ったものであろう。

その制服には見覚えがあった。見間違う筈も無い。

そして、背景の宇宙空間に写る物。

砂時計のような形をしたそれは───!

 

「HQ、HQ!こちら、MS戦技特別教導隊所属のマモリ・イスルギ中尉!民間の作業員に紛れてZ()A()F()T()()()()()()()()()()!ラクス・クラインも連れ去られた!繰り返す、当基地にはZAFTが侵入している!───奴ら、最悪の手段(協定破り)を取ったぞクソッタレ!」




一方的な戦いが好きになれない私から、ZAFTへボーナスタイムをプレゼント。
次回から、第一章最終盤に突入です。


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第60話「月面大スペクタクル」

前回のあらすじ
マモリ「ZAFTが紛れ込んでたのよ!どうして気付かなかったの!?」
基地司令部「バッキャロー!」(コスモ並感)


3/23

プトレマイオス基地 連絡船ドッグ付近通路

 

ZAFTが紛れ込んでいる。キラは、マモリの言ったことが信じられなかった。

だってそうだろう?ここは連合宇宙軍の最大拠点で、今は休戦中で、しかもそれはまだ継続していて───。

 

「───了解した、連絡員を残す。自分はこれより潜入部隊の追撃に当たる。なに、単独では危険?ラクス・クラインの身柄が抑えられているんだ、見過ごすわけにいくか!」

 

通信機に十分に怒鳴り散らしたマモリは通信を切ると、床に転がった拳銃を拾い上げ、残り弾数を確認する。ZAFTで正式に採用されているものではなかったが、連合で使用されているものでもなかった。

ちなみに現在の大西洋連邦は、かつて35年もの間制式採用されていた拳銃ベレッタM92の直系機種であるベレッタM192が使われている。見た目は傑作機M92と同様だが、素材がステンレスから強化プラスチックに変わっているなどの改良が施された、信頼性の高い機種だ。

今マモリが拾い上げたものは、かつてイスラエルで使用されていたジェリコ941に似ている。マモリはそれが、ジェリコ971という後継機であることを知っていた。

───それが非正規兵御用達の代物であることも。

死体からは予備弾倉が2つ出てきた。

 

「さて、と。ヤマト少尉、シンジョウ少尉。お前達はここに残り、これからやってくるMPに事情を説明した後に安全な場所まで退避しろ」

 

「りょ、了解。……あの、教官は?」

 

「奴らを追う。ヤマト、奴らは”コペルニクス”との連絡船の方へ向かったんだな?」

 

「それはそうですけど、まさか1人でいくつもりですか!?」

 

「当たり前だ、貴様らのような素人を連れて行くわけにはいかん」

 

キラが驚きの声を挙げるが、マモリはしかめっ面で淡々と返す。

たしかに一度も生身での戦闘を経験したことのないキラ達を連れていくという選択は、あまりよろしいものではないのかもしれない。

しかし、敵は服数人いる。キラが咄嗟に確認出来た限りでもこの死体含めて5人以上はいたのだ。

それをマモリだけに追撃させるというのは、余りにも無謀だ。

 

「自分も行きます、きょ……中尉を1人で行かせるわけにはいきません」

 

「ダメだ、お前達は……」

 

「自分は、もう、()()()()()()()()?」

 

命がけの戦いも、ましてや人殺しなんて、とっくに経験済みだ。

キラはそう言って、マモリを説得する。

マモリは少し逡巡した後に、キラに自分の使っていた拳銃と、その予備弾倉を渡す。

 

「貸す。こっちのに比べれば、そっちの方が使い易いだろう。壊すなよ?」

 

「……!はい!」

 

すぐに弾倉を引き抜き、残弾数を確認する。

ベレッタM92に似たこの拳銃は弾倉の中の9mmパラペラム弾の数も15と共通している。

マモリから渡されたこの銃には、あらかじめ薬室内、つまり弾倉を抜いていても装填することの出来る1発含めて2発が発射済みなので、予備弾倉も含めて29発発射可能ということになる。

貴重な29発、慎重に使わなければなるまい。

 

「私とヤマトは、これから連中を追撃する。シンジョウ、お前はここで待機し、MPの到着を待て。いいな?」

 

「りょ、了解しました」

 

マモリはそう言い残すと、足早に通路の先、ZAFTと思われる集団の後を追い始める。

キラもそれに着いていき、その場にはユリカ・シンジョウと物言わぬ死体のみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

<こちら、ディーバレスキュー01。状況を報告せよ>

 

……。

 

<なに?……っち、だから素人を寄越すなと言ったんだ。いや、奴に任せた俺のミスか?>

 

……。

 

<了解した、()()()()()()()()()()。貴様も早々に離脱しろ>

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

潜入部隊の後を追うキラとマモリは、油断なく拳銃を構えながら通路を進む。時折廊下に転がっている兵士や職員の死体がキラに言い様のない不快感をもたらすが、マモリはチラリと視界に入れるのみで足早に進んでいく。

やはり教導隊に選ばれるような人物は違う。感心したキラは、ふと疑問に思ったことを尋ねてみることにした。

 

「きょ……中尉。質問よろしいでしょうか?」

 

「言ってみろ」

 

マモリは視線を前方に向けたまま、キラに質問の許可を与える。

幸いと言うべきか近くに敵の気配も無いので、マモリは教え子の疑念を払拭することを決めていた。

 

「中尉は、なぜあの敵をZAFTと断定したんですか?」

 

「写真は見ただろう、わざわざ説明しなければわからんかボケが」

 

「そりゃわかります。砂時計をバックにZAFTの制服着てるなんて、軍人なら誰だって。……わかりやすすぎませんか?」

 

プラントを背景にした写真、その中には射殺された男の姿も映っていた。男がZAFTの構成員だという明らかな証拠。

()()()()()()()()()()

休戦協定中の敵の拠点に潜入するというのに、あのようなあからさまな証拠が出てくるのがかえって不自然だというのは、ある程度の教育を受けたキラにはわかっていた。

だがマモリはあの時、ためらいなくZAFTのメンバーだと司令部に断言した。

 

「あれじゃあまるで、ZAFTの構成員ですとアピールしているみたいです。もしかしたら───」

 

「私が、連中をZAFTだと判断したのにはいくつかの理由がある」

 

キラの言葉を遮り、マモリが話し始める。キラはその言葉に耳を傾けた。

 

「まず1つ、敵はラクス・クラインの身柄の確保が目的らしいということ。殺害が目的だというならわざわざ体を運ぶ必要も無い。2つ目にわざわざお前達を殺害しようとしたこと。もしも黒幕がユーラシアや東アジア、連合の主導権を狙う者であるというなら、わざわざ作業員として紛れ込み、”コペルニクス”の連絡船を使う必要が無い。もっと楽に連れ出せる。このような面倒なことをしてでも身柄を確保したい勢力となると、ZAFTくらいなものだろう」

 

「なるほど。……でもそれだと」

 

「ああ。ラクス・クラインの救出部隊というには、余りにもお粗末だと言うんだろう」

 

そう、そうなのだ。潜入部隊の正体がZAFTという可能性がもっとも高いのはいいとしても、それはそれで疑問になるのがそこだ。

プラント最高評議会議長の娘、そしてプラントのトップアイドルでもあるラクスを救うのに、あのようなミスをする輩がいるというのが、どうしても引っかかるのだ。

救出する気があるのかどうか疑わしくさえある。

 

「……もしかしたら、失敗しても構わないのかもしれない」

 

「え?」

 

「既に、彼女にそこまでの価値が無く、救出に成功しても失敗してもいいのだとしたら?それはつまり、プラント国内では既に……」

 

マモリがそこまで言ったところで、通路が揺れた。否、通路がではない、基地全体が揺れているのだ。

『月震』という月独特の地震が起きることもあるにはあるが、弱い揺れが長時間続くのが特徴な『月震』と違う、散発的で強い揺れが連続して起きる。

 

「中尉、これって……」

 

「ちいっ、やはり潜入部隊だけではなかったか……!」

 

程なくして、基地全体にサイレンが響き始める。

プトレマイオス基地、第一種戦闘態勢。

それは、仮初めの平和が砕かれた瞬間に他ならなかった。

 

 

 

 

 

時は少し遡り、マモリ達が潜入部隊の追撃を始めたころ。

プトレマイオス基地の司令部は突如舞い込んだ敵襲の報を受け、混乱状態にあった。

休戦協定中というのもあるが、なぜこの基地にラクス・クラインが捕らえられていることがZAFTに漏れたのか、どうやって侵入してきたのか、そもそも本当にZAFTの仕業なのか。

判断材料が少ないこともあるが、とにかく潜入部隊を基地から出さないためにMPを出動させることを決めたところで、基地周辺のレーダー観測員がそれを捉えた。

 

「ん、隕石?よりによってこんな時に面倒臭い……自動迎撃装置は正常作動中、問題は無いな」

 

これまで何度も繰り返してきた作業であるため、この迎撃が成功することに疑いは無かった。

かくして迎撃用のミサイルが隕石に向かって飛んでいき、迫り来る隕石に命中する。

小さな爆炎が宇宙空間に広がるが、次の瞬間、それを何かが突っ切ってくる。

 

「んっ!?な、なんだあれは!?」

 

「報告!」

 

「隕石の影に……いや、バルーンで隕石に偽装したのか!?所属不明艦が当基地に接近中、データ照合……ダメです、該当ありません!」

 

前方に大きく突き出た艦首が特徴的なその艦は、船体中央から3連装の砲塔をせり出してくる。よく見れば、艦橋らしき部分を挟み込むように配置された2連装の砲塔も、こちらを向いているではないか!

 

「総員、第一種戦闘配置!所属不明艦に告ぐ、貴官らの所属と目的を明らかにせよ!」

 

不明艦からの返答は、砲撃によって為された。

 

 

 

 

 

「各艦、鶴翼の陣を形成しつつ砲撃開始。間違っても指定エリアには当てるなよ?各艦の奮闘を期待する」

 

奇襲を仕掛けた所属不明艦、”アテナイ”級巡洋戦艦1番艦”アテナイ”の艦長にして作戦の司令官、ライエル・アテンザの指示に従い、()()に施された偽装がほどけていく。

先ほどまで偽装されていた”アテナイ”の後方から、同じように隕石がプトレマイオス基地に向かった飛んでくるが、それらは全て、隕石に見せかける偽装を施されたZAFT艦隊。たちまちバルーンが破裂して真の姿を晒していく。

”アテナイ”を貴艦として”ナスカ”級4隻、”ローラシア”級2隻の中規模艦隊。それが、『ラクス・クライン救出作戦』に参加する陽動艦隊の総勢であった。

ライエルの副官は、この作戦に乗り気ではなかった。作戦の意義はどうでもいい、上が協定を守れと言えば守るし、破れと言えば破る。

気にくわないのは作戦に参加する戦力についてである。

新型艦があるのはいいとしても、たった7隻で連合宇宙軍の本拠地を攻撃?それはいったい何という名前の刑罰なのですか?

もっと解せないのは、この作戦にあっても自分が副官を務めるライエル・アテンザは顔を顰めることすらしなかったことである。

 

「ここからが、本番ですね」

 

「そうとも、ここで得られるのはあくまでボーナス、そこどれだけ上手くやれるかだよ。港口を潰せ、一隻たりとも発進させないつもりで撃つんだ」

 

ライエルの指示に従い、艦隊は基地に対して攻撃を加えていく。

『そもそも敵艦を発進させない』、それこそがライエルが司令官として取った選択であり、作戦を成功へと導くためのベストな手段であった。

 

「艦隊と真正面から戦ったら負けるなら、そもそも真正面から戦わなければいい。そもそも戦いの盤面に上げてやらない。……悪いが、我々も死にたくは無いのでね。屈辱を抱えて死んでいってくれたまえ」

 

「艦長、物憂げに格好付けてるところ申し訳ないのですが、敵艦隊です。おそらく定時監視周回の艦が集まったものでしょうね」

 

「まあ、そうなるな」

 

自分の作戦を妨害しかねない存在が現れたことにライエルは苦笑を隠せない。

そりゃそうだ、たかが奇襲に成功した程度でペースを握り続けられるとは思っていない。作戦には確実に妨害が入って然るべきだ。

 

「敵艦隊は”ネルソン”級2に”ドレイク”級3、おっと、基地からもMS隊が出撃してきましたね。どうします?」

 

「無論、応戦だ。各艦からMS隊を発進させろ、守備隊の迎撃を食い止める。艦隊は……我々がなんとかしようかね」

 

「……了解しました」

 

その一言を皮切りに、”アテナイ”は敵艦隊へと向かっていく。

基地への攻撃の手を緩めるわけにはいかないが、敵艦隊を迎撃しなければならない。

ちょうどライエルには、”アテナイ”単艦で艦隊を食い止めるだけのビジョンがあった。司令官が前に出ることの善し悪しはケースバイケースだが、この場合は”アテナイ”が食い止めるのが最適だと判断したからそう使うというだけなのだ。

 

「あれのテストも兼ねて、ね。───”マイスタージンガー”、照準」

 

「了解、”マイスタージンガー”発射準備」

 

”アテナイ”の大きく突き出た艦首から、一つの砲門がせり出していく。

通常のビーム砲よりも一回り、いやさ二回りほど巨大なその大砲は、プラント本国で先日開発され、この”アテナイ”に先行搭載された新兵器。

連合軍の新型艦の性能に脅威を感じたZAFTが作り出した、必殺の兵器。すなわち───ZAFT製陽電子砲である。

 

「陽電子バンクチェンバー臨界、マズルチョーク電位安定」

 

「よーしよしよし、では……放て」

 

ライエルの号令を受け、砲門にため込まれた陽電子の塊が敵艦隊に向けて迸る。

その威力は”アークエンジェル”に搭載されたものに勝るとも劣らず、命中した”ネルソン”級を1撃で撃破せしめた。

その威力に慄いたのか、艦隊は2つに別れて狙いを分散させようとする。

それこそが、ライエルがこの1撃に求めた結果であった。

 

「今だ、MS隊発進!分散した艦隊など恐れるに足りん、各個撃破しろ」

 

その命令に従って、艦体の左右の発進口からMSが射出されていく。

一度に4隻もの敵艦とその護衛部隊を敵にするのは危険だが、2隻ずつに分けてしまえば大したことではない。戦争初期にNジャマ-によって従来の通信機能を無効化された連合艦隊は連携を乱され、MSによって各個撃破された。

かつてNジャマ-が行なったように、ライエルは陽電子砲の威力で敵艦隊を分断したのだ。

もちろんそれは敵艦の艦長も理解しているだろうが、固まって動いても陽電子砲に命中する可能性が高まるだけである。

ライエル・アテンザの恐ろしいところは、『敵がそう考えて動くだろうということを考慮して陽電子砲を放った』という点だ。

 

「えー、”マイスタージンガー”の調子はどうかな?」

 

「砲身冷却中、また陽電子チェンバー内への陽電子充填も行なわれておりますが、再使用には53分の猶予が必要です」

 

「1時間弱で1発かぁ……。まぁいい、仕事はしてくれたしな」

 

「後は地道に潰していくだけです、踏ん張りどころですよ」

 

副官の言葉に、ライエルは顔を顰める。

 

「やなんだよねぇ、そういうの、明確な時間制限の無い持久戦。この作戦の成功条件を言ってみたまえよ」

 

「『ラクス・クラインの救出』です」

 

「そう、それ。たかが1人の女の子連れてくるだけで、なんで艦隊引っ張り出さなきゃいけないのさ。そのクセして潜入部隊の中には自分達の所属を明かす代物を忍ばせる間抜けを入れる……やだねぇ、上のお考えって」

 

「やる気を出せ……というのは今更ですが、そこまでにしといた方がいいですよ。他の兵のやる気も削がれます」

 

「いやさぁ、いかにも大義ありますって面して兵士諸君に指示するこっちのことも考えてってこと」

 

「どういうことです?」

 

副官が話の筋をつかめずに困惑と共に疑問をぶつけると、ライエルは心底不愉快だという表情を隠さずに答える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、至上として出したくはないんだよ。たぶん今回の作戦の『本命』はプトレマイオス基地の宇宙船ドッグだ。だけど公言するのには問題があるから姫の救出なんてヒロイックなもので覆い隠す」

 

「それは……」

 

「そしてこのプトレマイオス基地を初めとして、()でも『本命』に成功したとしてそれが何になるかって、私には1つしか思いつかないんだよねぇ。まったく、この戦争をどうにか出来る一手、()()()()()殿()は宛てがあると見える」

 

そう言うとライエルは艦長席の肘掛けに頬付いて、本心の正反対に位置するであろう言葉を吐く。

なぜ本心の正反対と断言出来たかというと、それなりの付き合いである副官にはその表情が、ヤケクソに近いものであると分かった故に。

 

「あー、戦争たーのし」

 

「本当にあんたの頭の中どうなってるんです?」

 

 

 

 

 

「やあ皆。俺だ、クライド・フォッシルだ。今日は隊の皆と月面に遠足に来たんだ!これから始まるのは、楽しい楽しいMS戦(レクリエーション)だよ☆あっははは!」

 

「トリップするなら終わってからにしてください。レクリエーションで死にたくないでしょう」

 

整備兵からの呆れ混じりの目線が染みるなぁ。主に平常心に。

死んだ目でMSの起動準備を進めながら現実逃避するのは、かつて第2次ビクトリア基地攻防戦で生き残り、『ビクトリア・サバイバー(実戦経験豊富なベテラン)』として見られるようになったために離隊しようにも出来なくなった、哀れなクライド・フォッシル。

案の定激戦区へ回されることになった彼の次の任務は、基地から発進してくる敵MS部隊から艦隊を護衛することだった。

艦隊の攻撃が途切れたら、敵基地の艦隊が出撃してきてゲームオーバー。潜入部隊が時間をかけ過ぎても、やはり徐々に増えてくる敵部隊に押しつぶされてゲームオーバー。撃墜されたら生きてても救助なんてする余裕は無いだろうし、これでもゲームオーバー。

やはりこれクソゲーなのでは?クライドは訝かしんだ。

 

「せっかくの新型なんですから、有効活用してくださいね?」

 

「ちくしょう、他人事だと思ってぇ」

 

現状を嘆くクライドだったが、救いはある。彼に回されてきたMSが新型だということだ。

正式名称は”ゲイツA型”というこの新型は”シグ-”を上回る総合性能を持ち、連合の次期主力MSだという”ダガー”とも渡り合えると整備兵は言う。

たしかにその手に持ってるレールガン”シヴァⅡ”は”テスター”を1撃で破壊出来るらしいし、右腰に付けられたレーザー重斬刀の威力は数々の試作機からのお墨付きだ。

クライドは知り得ないことだが、これは本来の歴史、『原作』では存在すらなかった機体だ。

”ヘリオポリス”から奪取したMSの性能を考慮すればきちんとビーム兵器を持たせるべきである。だがそれが判明した時点での”ゲイツ”は精々シグ-に毛が生えた程度の性能しかなく、設計を見直す必要が出来た。

しかしそれを実現出来るころには戦争の大勢は決しているだろうから、場つなぎ的な意味でこの機体が配備されることになったのだ。『PS装甲機に対抗出来る』としてレーザー重斬刀が装備こそされているが、それも苦肉の策でしかない。

『レーザー重斬刀で対抗出来る』ではなく、『レーザー重斬刀でしか対抗出来ない』が正解だ。射撃武器はもれなく全て実弾である。

それでも、戦局を鑑みて配備せざるを得なかったというのが、ZAFTの世知辛さを表していると言えよう。

そんなことは露知らず、クライド・フォッシルは機体を発進口まで運ぶ。

───せめて、『”ダガー”を凌駕する』くらいは言って欲しかったけどな!

心の中で文句を言う彼だが、けして口には出さない。そんなことを言うと誰彼に怒られるのは目に見えている。

あるいはそこでハッキリと口に出せる人間であれば、きっぱりとZAFTを退役することも出来たのかもしれない。そう思いながら、クライドは出撃していくのだった。

 

「クライド・ファッシル、“ゲイツ”、出るぞ!頼むから帰ってくるまで沈むなよ!?」

 

 

 

 

 

『セフィロト』

”コロンブス”艦橋

 

「発進準備、発進準備!」

 

「MS隊はいつでも出撃出来るようにスタンバっておいてください!」

 

いつものオペレーター面々が忙しなく機材を操作し、通信機に叫ぶ中、ユージ・ムラマツは艦橋に足を踏み入れる。

 

「状況は!?」

 

「発進準備が完了するまであと2分、観測機器は最大稼働させてますよ!」

 

「わかった」

 

エリクの報告を聞いたユージはそれを聞くと、通信機を操作して副官のジョンを呼び出す。

ジョンは現在、”マウス隊”のオフィスにて待機しているはずだった。

 

<隊長、ご指示を>

 

「ジョン、お前はそこで待機だ。留守を任せる」

 

<了解です>

 

現在”コロンブス”にはユージと、MSの整備要員としてマヤも乗り込んでいる。

”マウス隊”の中でも上位権限を持つ3人の内2人が乗り込んでいるのだから、1人は基地に残しておきたい。そう考えたユージの指示の意図をくみ取ったジョンは、速やかに了承する。

 

「頼む。……しかし、解せないな。なぜ奴らはこのタイミングで協定破りなど」

 

「ただラクス・クラインの居場所を掴んだから救出しようっていうなら、楽なんですけどね。この作戦を考えたバカが相手にいるとわかりますから」

 

「マヤ君、MSは良いのか?」

 

「既に準備万端ですよ、何回こんな状況になったと思ってるんです?」

 

「それもそうだな」

 

艦橋に現れたマヤの言葉に納得するユージ。緊急出動などもう慣れっこというのは悲しいことだったが。

ちょうどいいので、ユージはマヤと、この騒動におけるZAFTの狙いを相談することにした。

 

「マヤ君、連中の狙いはなんだと思う?」

 

「判断しかねます。これがZAFTによるものだとすれば特に」

 

「だな。こんな真似をして手に入れられるのがラクス嬢の身柄だけというのは割に合わん。正体不明な集団の方が、想像の余地があるだけやりやすさも感じる」

 

「『休戦協定破り』というカードは、有利にも不利にも働く鬼札です。それを切るということは、手に入れられるメリットが大きいということ。いや、しかし……」

 

頼れる技術部のトップでさえ結論が出せないという現状はわずかにユージの不安を掻き立てるが、今はとにかく月基地を救援しなければならない。

目先の問題を解決することを優先したユージの元に、発進準備が完了したという報告が届く。

 

「よし、”コロンブス”発進!これより月基地への救援に向かう」

 

『了解!』

 

”コロンブス”のエンジンがうなりを上げ、前へ前へと艦体を押し出していく。

その時、ユージは自分の心の中に一つの疑問が生まれたのを感じた。

 

(やはりこの襲撃は杜撰だ。いくら奇襲に成功しても、この『セフィロト』は月と地球の中間、すぐに駆けつけられる。そのことは連中も理解しているはずだ)

 

それはこの拠点の長所の一つ、『月基地と密接していることで、片方に何かあればすぐに駆けつけられる』ということ。

戦略ゲームで例えるなら、「ターン終了までにどれだけ敵拠点の戦力を削っても、次のターンには増援が駆けつけてくる」という難攻不落の拠点なのだ。

にも関わらず、月面にだけ戦力を差し向ける?

そこまで考えたところで、ふと艦の外に視線が向く。

見慣れた格納庫、いつも通りに発進する自分達に敬礼する艦外整備士達。何もおかしなことは無い。

そのはずだった。

”コロンブス”の行く手の反対側、『セフィロト』内部に通じるドアの一つ。そこに立つ小柄な人物の存在だけが、異物感を醸し出していた。

遠目にはその人物の背丈くらいしかわからない。

しかし、ユージには、その人物が。

ニヤリ、と笑ったのが見えた。

 

「───っ!総員、衝撃に備えろ!」

 

「えっ───」

 

突然の指示に戸惑う艦橋メンバー達だったが、ユージの指示に従って各々耐ショック姿勢を取る。

次の瞬間、”コロンブス”は大きな衝撃に襲われた。

 

 

 

 

 

 

提督、緊急事態です!

ZAFTが、休戦協定を破って複数の拠点に同時に攻撃してきました!

宇宙では月面プトレマイオス基地と『セフィロト』に、そして地上でも、ハワイ諸島とイギリスエリアに対して攻撃が開始されたと報告されています!

プラント政府からはこの攻撃に対して、「連合軍が卑劣にも()()()()()()()()()()()()()ことに対し遺憾の意を表する」との声明が出されています!




たった一度しか切れないカード、最大限活用するのは当然だよなぁ!?

今回登場したユニットの情報とステータスを載っけときます。

アテナイ
移動:8
索敵:B
限界:170%
耐久:550
運動:12
搭載:6
アンチB爆雷

武装
主砲:170 命中 60
副砲:120 命中 50
ミサイル:80 命中 45
機関砲:40 命中 45
陽電子砲:300 命中 40 (砲撃武装)

○ZAFTが開発した新型巡洋戦艦。
”アークエンジェル”との戦闘で得られたデータから、もはや新型MSを開発するだけでは戦争に勝てぬと悟った司令部からの命令で造られた。
参考にした”アークエンジェル”とは違って宇宙でしか使用出来ないが、単純な性能では比肩する。
主砲として新型のビーム砲”オデッセイ”、副砲として”ペネーローペ”など様々な新兵器が搭載されているが、試験的に搭載された陽電子砲”マイスタージンガー”の威力は絶大で、連合軍の艦艇を1撃で沈めることも可能。
しかし発射間隔は一時間弱で1発と非常に長く、使いどころを見極める必要がある。
見た目のイメージ的には大型の翼とインパルスシステムの無いミネルバといった感じで、もしもこの世界でミネルバが造られることがあったならこの艦がプロトタイプとして位置づけられる。

ゲイツA型
移動:6
索敵:D
限界:150%
耐久:180
運動:24
シールド装備

武装 
レールガン:130 命中 60
レーザー重斬刀:170 命中 65

○ZAFTの新型MS。
奪取した”イージス”の性能を鑑みて早急にビーム兵器を標準搭載したMSを量産する必要があると司令部は判断したが、この世界では”テスター”始め連合軍のMSが早期投入、しかもそれらの性能が”ジン”や”シグ-”を凌駕することから、「早々に新型を投入しなければ、完成を待たずして敗北する」と結論。結果、場つなぎ的な意味でこの機体が投入された。
とは言っても基本性能は優秀で、武装として採用されたハンドレールガン”シヴァⅡ”は”テスター”であれば1撃で破壊出来る威力を持つ。
対PS装甲としてはレーザー重斬刀が装備されているのみだが、そもそもPS装甲MSは連合でも量産が難しいことから、大きな問題では無いとされた。ビームライフルを標準搭載出来なかった言い訳とも取れるが、連合軍の主力MS”ダガー”はビーム兵器に高い耐性を持つので、結果的には最適解であったと取れる。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

追記
活動報告、更新しました。


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第61話「幻日」

前回のあらすじ
ZAFT「協定破り絶許!」
連合「???」


3/23

イギリス海峡

 

時は、ZAFT艦隊が月面の連合軍プトレマイオス基地に襲撃を開始する30分ほど前にまで遡る。

大西洋連邦軍デヴァンポート海軍基地に所属する“デッシュ”偵察機が、「あるもの」を発見した。

この”デッシュ”偵察機は宇宙世紀に登場するものとほぼ同一の機体であり、皿のようなシルエットが特徴的な本機は、Nジャマー環境下でも性能を発揮出来るように改修されている。

レーダー官として搭乗していたレオ・スタングレイ三等兵曹は、南西方面のレーダーに動体反応が引っかかったことを、操縦士であるマックス・グラドス一等兵曹へ伝える。

 

「一曹、南西方面に動体反応があります」

 

「なに?ったく、また海賊船か何かか?」

 

そうぼやきながら、反応があった地点に機体を向かわせる。

この1ヶ月余り、彼ら偵察兵の仕事は楽なものだった。

敵勢力であるZAFT軍とは休戦中、たまに反応があっても、大抵は民間船や先ほど言ったように海賊船の発するものがほとんど。そしてそれらは航空偵察機であるこの機体に対して有効な攻撃手段を持ち合わせていないため、警備部隊がやってくるのを上空で待機するくらいしかやることが無いのだ。

かといって定期偵察を欠かすことは、軍隊として論外。そうして航空偵察兵は、退屈な数時間を狭いコクピット内で過ごすことになるのだ。

まあ、楽なのはいいことだ。戦争中といったって誰だって死にたくないし、何より給料は楽でも忙しくても変わらない。

退屈に関する不満も、そう考えれば紛れるというものだ。

ボンヤリとそんなことを考えながら反応があった地点に近づく。しかし、そこには何もなかった。

 

「何もないじゃないか。おい、本当に反応があったんだろうな?」

 

「はい、間違いありません。たしかに記録にも……やっぱりあります」

 

そう言われても、見えないものは見えないのだから仕方ない。

”デッシュ”の速度で迫ったのだから、たどり着くまでの間にレーダー圏外に逃れたとは考えにくい。

マックスに考えられる可能性は2つ。1つ目は、漂流物の中でも巨大な何かをレーダーが捉えてしまい、そこら辺を探せば見つかるかもしれないということ。

2つ目は、レーダーに引っかかったものがすぐさま沈降し、レーダーが届かない水中に未だ存在していること。もっとも、これは現状()()()()()ものだ。

海賊程度が潜水艦など持っている筈も無いし、同じ連合軍でこの海域を通過する潜水艦がいるという話は聞いていない。

敵対勢力であるZAFTの潜水艦など、ますますあり得ない。たしかにこの辺は未だ領域区分がハッキリしていない海域ではあるが、だからこそ、そんな場所に潜水艦を持ってくるというのは両軍間の空気を刺激するだけで、なんら意味のある行為ではない。

おそらく前者、漂流物をレーダーが拾ってしまったのだろうと、マックスは結論づける。

 

「きっと、漂流物か何かが引っかかったんだろう。時間も良い具合だし、そろそろ───」

 

「待ってください、これは……何か、浮かんできます!」

 

レオがそう言った数秒後、海面に黒々とした、鋼鉄の鯨が浮かび上がる。

まさか本当に潜水艦が登場するとは思っていなかったマックスだが、その形状を確認して目が飛び出そうになるほどの衝撃を受けた。

 

「嘘だろ、”ボズゴロフ”級?なんでZAFTが……」

 

MSを8機搭載可能とする大型潜水母艦、”ボズゴロフ”級。ZAFT軍が運用するその艦艇は、今現在、もっともあってはならない存在だった。

ZAFTがなんでこんなところに?

混乱の渦中にたたき込まれるマックスだが、更に驚くべきことが起きる。

 

「一曹、更にこちらに向かってくる反応を確認しました。これは……”ボニート”?」

 

新たに現れたのは、連合軍が開発した戦争初期の海戦における敗北を鑑みて開発された対潜哨戒機”ボニート”。

カツオドリの名を冠するその機体は良好な対潜能力を誇り、水中MS”ポセイドン”と協同でZAFT潜水部隊をいくつも葬ってきた、頼もしい存在だ。

だが、今ここにいるのは何故だ?

このエリアをあの機体が飛行するなどという話は聞いていないし、対潜出動というならなぜ単機でやってきたのだろうか?

レオに命じて、所属不明機のとの通信を行なおうとする。

 

「こちら、デヴァンポート基地所属”第3航空偵察部隊”のシーガル2。そちらの所属と目的を明らかにせよ。繰り返す───」

 

何度か呼びかけるが、その”ボニート”は何の反応も返さない。それどころか、”ボズゴロフ”級にドンドンと近づいていく。

あれではまるで、今から攻撃を仕掛けようとしているようなものじゃないか!?

 

「何をしようとしている、待て、待て待て待て!」

 

 

 

 

 

<蒼き清浄なる、世界のために>

 

 

 

 

 

その言葉をきっかけに、”ボニート”は対潜魚雷を投下した。落とされた魚雷は違わずに”ボズゴロフ”級に落下、命中する。

マックスの脳がその光景の意味を理解するのに、数秒を要した。

対潜魚雷が、ZAFTの潜水艦に命中した。撃ったのは連合軍の対潜哨戒機。両軍は休戦状態である。

 

「───っ!今すぐ逃げるぞ、掴まってろ!」

 

レオに警告を飛ばすや否や、すぐさま基地に向けて愛機を飛ばすマックス。

レオは未だに衝撃の光景から立ち直っていなかったが、急加速をその身に受けたことで正気を取り戻す。

 

「───っはぁ!?」

 

「ようやく立ち直ったか、今すぐ基地とコンタクトを取れ」

 

「一曹、あれはいったいどういうことなんでありますか!?」

 

思いっきり顰めた表情をしながら、マックスは返答する。

自分自身も、認めたくないことではあったが、現実が変化することはない。

 

「今ある現実をそのままに受け止めるならな、こうなる。……戦争再開だ、クソッタレ!」

 

「そんなぁ!?」

 

必死に基地に機体を向かわせるマックスと、基地への通信を試みるレオ。

急速に”ボズゴロフ”級を離れていく”デッシュ”だが、彼らがもう少しこの場に留まっていれば、更なる衝撃的な光景を見ることが出来ただろう。

次々と海面に浮上してくる、複数の”ボズゴロフ”級という光景を。

偽りの平穏が、破られた瞬間であった。

 

 

 

 

 

「艦長、全艦隊浮上完了しました。”インフェストゥスⅡ”を順次発進させます」

 

「うむ。……ついに、やってしまったな」

 

「勝つためには仕方ないこと……などと言っても、すっきりするわけではありませんからね」

 

「現状に不満を持っていた連合のコーディネイター兵を裏切らせ、わざと条約を破らせる……なるほど、一人芝居とは考えたものだな司令部は」

 

イギリス海峡に展開した潜水艦隊、その旗艦をつとめる”ボズゴロフ”級潜水母艦”テグレチャフ”の艦長は、薄暗さと騒々しさが同居した艦橋の中で皮肉気に呟く。

その有様からは、今回の『作戦』を立案した上層部に対する不満がありありと感じられた。

 

「おまけに、わざと他の偵察機を呼び寄せて”ブルーコスモス”を匂わせる発言を通信越しに記録させることで、連合内部に不和の種を蒔く……いやほんと、考えてますよね」

 

隣にいる副官も、今回の作戦内容について良い感情を持っていないらしい。

 

「不満かね?」

 

「ええ、おおいに。というか、司令部の神経を疑ってしまいますね」

 

「……素直だな」

 

「だって、未だに取り繕おうとしてるってことでしょう?わざわざ相手に破らせるように見せるって。まだ私達に『正義』が必要なんですか?」

 

余りにも素直。もしや、こういう態度をプラント本国でも取っていたからこそ、こんな場所(最前線)に配属されたのだろうか?

正直言うとこういう副官の方がやりやすいのはたしかだが。何かの間違いでコーディネイター至上主義者など来られるよりは遙かに良い。

 

「人は自分が『正義』の側に立っていないとむず痒いものなのさ。犯罪者がなぜ犯罪を犯せると思う?」

 

「千差万別です」

 

「それは視野が狭い者の発言だな。───それが『正しいこと』だからだよ。食うに困る、楽に金を得たい、人を殺したい……全部まとめて、『思うようにならない世界が悪い』」

 

要するにだ、と男は自分の副官に向き直り、自身の結論を告げる。

 

「『敵』が『悪』でないと、誰も戦わないということだ。それは非常に、人間らしいことだと思わんかね?」

 

旧人類(ナチュラル)を見下しておきながら、そういうところだけは全く進歩していないんだ。男は、潜水母艦の艦長などをやっている一兵士はそう吐き捨てる。

新人類などというなら、戦争などしないで済ませることは出来なかったのだろうか?

通信兵が一報を告げる。

 

「艦長、付近に機体を着水させたインテリジェント0が保護を要求しています」

 

インテリジェント0、とは今回の作戦で大役を果たした”ボニート”のパイロットのことを指し、連合軍から見たら裏切り者に当たる存在だ。

コーディネイターというだけで厄介者扱いをされていた彼に、プラントへの移住と市民権、そして働かなくとも生きていけるだけの金という餌をぶら下げたら、あっさりと裏切りを決めたらしい。

そんな人間にインテリジェント(利口者)というコードネームを与えるとは、なるほど司令部も分かってるじゃないか。

悪態しか出てこない司令部に対する、唯一と言って良い評価点だった。

 

「どうしますか?」

 

「彼もまた、理不尽な世界に立ち向かった『正義』だ。丁重にもてなすとしよう。……魚雷は流石にもったいないな、機銃を掃射しろ」

 

騙して悪いが、そうすることも計画の内だ。

数秒後、イギリス海峡にまた一つ漂流物が誕生した。

 

 

 

 

 

3/23

プトレマイオス基地

 

「これで2度目、しめて8人……」

 

マモリは舌打ちを交えながら、敵兵の死体を漁り、予備弾倉をつかみ出した。

彼女と共に敵兵の突然の邂逅を乗り切ったキラは、どうしてこうなっているのかと諦観を含んだ疑問を頭の中で巡らせる。

先ほど、ZAFTの特殊部隊と思われる集団の追撃を決めたマモリとキラは、彼らが向かったと思われる”コペルニクス”との連絡船が留めてある発着場へと急いでいた。

しかしその途中、突如として基地が揺れたかと思うと、あちらこちらで銃撃や悲鳴、怒号が飛び交い始めたのだ。かくいう彼らも、マモリの言うように2度も敵と遭遇し、これを撃退している。

キラも、既に2人ほど敵兵を銃殺していた。平時はあれほど嫌だと思っている殺人も、戦場で銃を握れば考える余裕がなくなってしまうということはキラの心に深い影を落とすが、マモリに話しかけられたことでその思考は中断される。

 

「おい、ヤマト。……本当に、やれるんだな?」

 

「はい、こんなになってしまったら、もう戻る方が危険ですから」

 

マモリは侵入してきた敵がラクス救出のための部隊だけでないことに気付くや否や、キラに待避を命じていた。

救出部隊だけであれば、まだ敵の行方を追跡するだけで、自分がフォローしてやれば危険は無いと思っていたマモリだが、襲撃が基地全体に及ぶとなれば、いつどこから敵が現れるかわからない。

そうなれば自分でもカバーはしきれないと判断したための指示だったのだが、次の瞬間には敵部隊と遭遇し、うやむやの内になってしまったというのが、新兵のキラを今も連れている理由だ。

ここまで来れば、発着場までもう少し。キラの言うように、むしろ進んだ方が危険は無いと言えるだろう。

 

「それならいい。もう少しで発着場だ、発着場にも警備員はいるが、連中もそれは織り込んでいるだろう。まずは連絡艇が発進してしまったかどうかを確認せねば……っ!」

 

マモリの言葉を遮って、再び基地が揺れる。月軌道に現れた敵艦隊からの攻撃が続いているのだ。

とは言え、敵も大艦隊を連れて奇襲を行なうのは無理だろうから、規模はそこまででも無いはずだ。となれば、ラクスを連れた連絡艇が発進することを阻止してしまえば、それだけで連中の目論見のいくつかは頓挫させられる。

 

(いや、むしろラクス・クラインの身柄は()()()で、本来の目的は……)

 

この攻撃の目的について、マモリはうっすらと真相にたどり着きつつあった。

しかし、前方から銃撃音が聞こえたことで、思考を切り替えざるを得なくなる。

既に目前まで迫った格納庫の方向からそれが聞こえてくるということは、まだ敵が格納庫を制圧していないという証拠に他ならない。

格納庫にたどり着くと、そこは既に血や銃痕が辺りに散らばる戦場となっていた。

各所に置かれているコンテナを壁にして警備員と特殊部隊員が銃撃を繰り広げており、周辺には死体がいくつも転がっている。

 

「……っ、酷いなこれは」

 

「あれは───ラクスっ!」

 

マモリはその惨状を見て顔を顰めるが、連絡艇の方を見たキラは、ラクスと彼女を方に担いで連絡艇に乗り込む男の姿を見た。

 

「……さい!……たくしを……って、……すると……のです!」

 

ラクスは担がれた体勢のままで兵士の背中を叩いて抵抗する。今回の作戦は、当たり前だが彼女にとって不本意なものであったようだ。

銃を向けるキラだが、ラクスへの誤射の危険性を考えれば撃つわけにはいかない。

 

「ラクス……くそっ!」

 

「ヤマト、ラクス・クラインのことは後回しだ!どうせ奴らは管制室を占拠しなければゲートを開けることは出来ん、警備員達と共同で制圧するぞっ!」

 

それ以外に、出来ることは少なそうだ。

キラはマモリと同じようにコンテナに身を隠しながら敵に向けて銃を発射する。

なんでこんなことをするんだと、何の意味があってこんなことが出来るんだと、戸惑いと怒りを混ぜた銃弾は放たれた。

 

 

 

 

 

プトレマイオス基地 司令室

 

「第4ブロックで火災発生、直ちに消火に向かえ!」

 

「第7コンピュータ室から違法アクセス、データを吸い出すつもりか!?」

 

「第2ドッグに侵入された、“ガウェイン”が危ない!」

 

「”ボストン”出港せよ、奴らを生かして返すなぁ!」

 

室内のあちこちから悲鳴と共に伝えられる情報の数々が、プトレマイオス基地総司令ドラング・ノマの思考をかき乱す。

基地内で安全だと言える場所はどんどん少なくなり、代わりに被害報告の数だけが増えていく。今もまた、”ネルソン”級を係留していた港口が1つ潰された。

 

「クソっ、どうしてここまでしてやられている!?観測班はいったい何をしていたというんだ!」

 

「奴ら、隕石に偽装して接近してきたようで……」

 

「見た目だけだろう、何も電波を発していなかったとでも言うか!?」

 

「はっ、その、そうとしか……」

 

狂人共め!

電波を発する艦内の電子機器のほとんどをシャットアウトすることで、こちらのセンサーを欺く。言葉にするのは簡単だが、実際にやれと言われたらドラングは「NO」と返すだろう。

宇宙空間で(センサー)を失うということは、その場を留まっているように見えて高速で宇宙空間を移動している隕石群から身を守る手段を失うということだ。

人類が宇宙に進出して間もないころ、隕石を回避出来ずに宇宙船が沈んだという事例は後を絶たなかった。月軌道は定期的にスペースデブリの掃除が行なわれているとはいえ、自らそのような選択を取れる人間は狂人と言って差し支えないはずだ。

 

「それにしても、敵はどうやって基地の内部にまで侵入出来たのでしょうか?」

 

ドラングの副官が隣で呟く。

彼は無能というわけではないのだが、いわゆる上司への忖度と書類仕事の手際の良さを評価されて昇進を重ねてきた男だ。そんな彼には、ZAFTが侵入に使った手段について思い当たらない。

仮にも連合宇宙軍の最大拠点、そういった外部からの人の出入りについては細心の注意を払っていたはずだ。

そう、()()()()()

 

「おそらく、地下都市部を経由して侵入してきたのだろうな。基地内部への出入りはともかく、あそこには軍人以外にも兵士の家族や出店している飲食店の従業員、つまり民間人も比較的出入りが容易だ」

 

それにしたって、更に”コペルニクス”をも経由してやってくるのだから、今回の襲撃には”コペルニクス”運営の中にも関与している人間はいると見た方がいいだろうか?

いや、それよりも先にやるべきことがある。

 

「未だに、()()()の正体は明らかにならんか?」

 

内通者。

敵性勢力を欺いて内部に潜入し、秘密裏に味方へ情報を渡す存在。スパイ。

基地に忍び込むだけならば、先の手段を用いることだけでも達成出来る。だがラクス・クラインの居場所を突き止めた上にそこまで兵士に気取られること無く特殊部隊が潜入出来るとなると、もはやスパイの手引きがあるとみて間違い無い。

『セフィロト』にも襲撃が行なわれていると聞いたが、娘は大丈夫だろうか?

娘が戦場でエースパイロットとして活躍しているということは知っているが、生身となれば話は別だ。せめてMSに乗り込むことさえ出来ているならば、少しは安心出来るのだが。

 

「……見つけました、これです」

 

モニターに画像が映し出される。

警備員を暗殺してラクス・クラインを連れ去る集団、そして、その少し前方。

兵士がいないことを確認して、集団を案内するその女性が着ている服は間違い無く。

 

「これは、我が軍の───!?」

 

 

 

 

「リロード!」

 

マモリがコンテナの影に隠れるのに合わせて、キラは銃撃を行なう。キラが敵部隊へ銃撃する間に、マモリはリロードを済ませ、再度射撃を開始。

この動作も、何度目だろうか。

現在キラ達は、警備部隊と共に特殊部隊を挟撃して銃撃戦を行なっているのだが、状況は段々と悪くなりつつあった。

腐ってもZAFT、つまりコーディネイターの特殊部隊が相手だ。2人や3人ならともかく、5人以上集まって連携を行なわれてしまえば、中々押し込むには至らない。

加えてこちらの装備もよろしくない。向こうは小型ではあるがアサルトライフルを持っているのに対し、こちらは拳銃のみ。道中に転がっていた死体から武器を拝借しようかとも思ったが、見たことの無い銃種であったために断念せざるを得なかった。

それに対して敵は贅沢にも手榴弾なんか投げて来るのだから、ますますたまらない。

自分達より先に戦闘を開始していた警備員も、既に半分ほどは戦闘不能へと追い込まれており、壊滅するのも時間の問題と言えるだろう。

これが本当に、身分証明(集合写真)を持ち込む隊員が所属するような特殊部隊か!?明らかに練度が高いじゃないか!

キラが脳内で不満をぶちまけていると、マモリが近づいてきて銃声に負けない音量で話し出す。

 

「クソ、こうなったら連絡艇のエンジンを破壊して無理矢理にでも止めるか!?」

 

「危険です、2重の意味で!」

 

エンジンに傷を付けて発進出来なくするというのは悪く無い案だが、素人が適当に壊していいものではないのは確かだ。そもそも、それが行える場所にたどり着くのだって困難なことである。

日々の訓練でよく聞いていたマモリの舌打ちだが、これほどまでに苛立ちが込められたものを聞くのはキラも初めてだった。

厳しかった訓練を思い出して身震いするが、そんな暇は無い。

 

「だがこれではじり貧、何か変化が欲しいな……」

 

マモリはコンパクトミラーを用いて、身を隠しながら敵集団の様子を窺う。

敵は練度こそ高いが、数は少ない。1人でも削れれば、それを機に一気に攻め込むという選択も取れるのだが……。

キラ自身も、まさかここまで苦戦を強いられることになるとは思っていなかった。

元々マモリ、そして随伴したキラの役割は特殊部隊の追跡であって、撃破ではない。精々が警備部隊が到着するまでの時間稼ぎがいいところ、そのはずだった。

しかし現在、基地全体に敵の部隊が潜入してきているために司令部はてんてこまい、こちらに援軍を送ることは難しいのだろう。

何か、きっかけさえあれば───。

 

「中尉、キラっ!」

 

そう思った瞬間、予想だにしなかった人物の声が耳に届く。

後方を見れば、なんとそこには警備部隊への連絡員として残されたはずのユリカ・シンジョウの姿があるではないか。

 

「ユリカ、なんで!?」

 

「シンジョウ、何故ここに来た?」

 

「報告は既に済ませました、僕も参加します」

 

息を切らしながらそう言うユリカ。どこからか調達してきたらしく、右手には拳銃を構えている。

 

「ああっ、クソ、悩んでいる暇は無いか!とにかく数を減らす、援護しろ!」

 

「了解です」

 

マモリも釈然としない様子ではあったが、もう一押しが欲しいところでのユリカの参戦は有り難いものなのは間違い無い。

敵部隊の方へ向き直り、銃撃を再開しようとするマモリ。キラもそれに合わせて、援護射撃の体勢に入る。

ユリカはMSパイロット候補生でありながらも、凡百の歩兵に勝る銃の腕前を誇っている。そんな彼女が味方に付いたなら、心強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、教官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しく銃撃音の響く空間で、布と肉を裂く音が、何故かキラには鮮明に聞こえた。

横を見ると、呆然とした表情をしたマモリが目に入る。

その背中にはナイフが突き刺さっており、刺さっている箇所を起点として、赤い液体がマモリの制服を染めていく。

いったい、誰が?

後方には敵などいなかったはずなのだ、それを、誰が。

いや、もう分かっているはずだキラ・ヤマト。お前は既にマモリを、彼女に刺さった凶刃を見た。

ならば、襲撃者の顔が目に入らない筈が無い。現実を見ろ。

敬愛する教官を刺したのは。

 

「ユリ……カ?」

 

そこに立っているのは、キラがよく知っている飄々とした顔ではなかった。

無表情で、感情を見せない、女の顔。

そんな顔をした(ユリカ)が、マモリを背中から刺している。

 

「……お前、だったか」

 

「……」

 

マモリは何処か納得したような表情で呟く。

ユリカはそんな彼女の腕から拳銃をもぎ取ると、それをキラに向ける。

 

「どういう、こと」

 

「こういうことだよ、キラ」

 

拳銃を向けられている、その光景をキラの精神は理解出来ない。

なぜ、ユリカがそんなものをこちらに向けている?

 

「動かないでくれよ、もう少しで片が付く」

 

「何、やってんの……?教官が、ナイフ、あれ?刺したのは……」

 

立っていられない、目眩がする。

キラがその場にへたり込むと同時に、何かが爆発する音と、数発の銃撃音が響く。

音が、止んだ。銃撃戦が終わったのだ。それが意味することは、つまり。

 

「終わったみたいだね」

 

ユリカは管制室の方へ向かっていく。

現状を理解出来ない、否、理解を拒んでいるキラは、そんな彼女に手を伸ばす。

今出たら、撃たれる。

しかしそんなことはなく、ユリカは転がっている死体を避けながら管制室に到着、発進ゲートの内扉を開く。

宇宙船のゲートは万一の事故に備えて多重に重なっているため、内扉を開けただけでは空気が無くなるなどという状況にはならない。

しかし、そこから外扉を抜けられてしまえば、今度こそラクスの身柄は奪われてしまう。

既に特殊部隊は全員乗り込んでしまったようで、後に残されているのは、呆然とするキラ、血を流して倒れているマモリ、そして、連絡船の方へ向かうユリカのみであった。

 

「───っ、ユリカっ!」

 

ここまでくれば、キラでも動かざるを得ない。無防備なユリカの背中に、銃を向ける。

本当に撃つつもりはない、それでも向けたのは、そうでもしなければ、彼女はこのまま去ってしまうだろうということが分かっていたからだった。

 

「どうしてだ、なんで、君がこんな!?」

 

「……なんで、か。君は頭の回転が速いけれど、兵士には向いてないね」

 

こちらを向き直る彼女は、無表情ではないけれども、どこか泣きたそうな顔を見せている。

呆れるような、悲しいような、なんとも言えない表情のユリカは、キラに自分の正体を明かした。

 

「まさか、特殊部隊と言っても内部からの手引き無しにラクスを連れ去れると思うのかい?

入隊して間もない訓練生が最新鋭戦艦の情報を持っていたことに、銃を初めて握った人間が抜群の成績を見せたことに疑問を持たなかったのかい?

そして……教官を後ろから刺す、なんてことをする人間が、スパイ(裏切り者)以外の何者であるっていうんだい?」

 

「スパイ……そんな、いや、だって!」

 

食事を共にした時の笑顔も、訓練後に見せた労いの言葉も。

共にMS戦でマモリを倒すために作戦を練ったあの時間も。

───全部、嘘だったのか!?

欺いていたっていうのか!?

 

「改めて、自己紹介をしよう。キラ・ヤマト少尉」

 

やけっぱち、諦念、投げやり。

そんな表現が似合う彼女は、ユリカはこう告げるのだった。

 

 

 

 

 

「ZAFT軍第14特殊工作部隊所属、ユリカ・フジミヤだ。シンジョウっていうのは、母方の姓でね。……これでも、赤服なんだよ?」




伏線は、色々と張っていたつもりです。
アスランのことを聞いて挙動不審になるとか、「歌の上手い友達がいる」とか。
たぶん、前々回の話を書くまでに気づけた人は少ない、といいなぁ?

一応、今回登場したユニットのステータスをば。

デッシュ
移動:6
索敵:A
限界:120%
耐久:20
運動:14

武装
無し

ボニート
移動:6
索敵:B
限界:140%
耐久:80
運動:10

武装
対潜魚雷:135 命中 75

ほぼ、本家「野望」の”ディッシュ”と”ドン・エスカルゴ”からのコピペです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

P.S
サブ連載、始めました。
スーパー系もいけるという方は、覗いていってもらえると嬉しいです。


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第62話「別離と激突」

前回のあらすじ
ユリカ「楽しかったよ、君との友情ごっこ」


3/23

プトレマイオス基地 連絡艇格納庫

 

「フジミヤ……いや、ZAFT?だけど、君は───」

 

「”コペルニクス”市民じゃないのか……だろ?」

 

聞かれると思っていたよ、とユリカは言う。

今日までの1ヶ月間、世間話という形で何度か”コペルニクス”に関する思い出話をユリカとしたキラは、それが嘘や誤魔化し、でっち上げではないということを理解していた。

あれは、実際に“コペルニクス”に住んでいた者でなければ話せない内容だった。

 

「全部が嘘っていうでもないんだ。10歳の頃に父親に引き取られてプラントに引っ越したんだけど、それまでは普通に”コペルニクス”市民をやっていたよ」

 

その話を聞いて、キラはユリカが話してくれた過去について、思い当たることが1つあった。

 

「歌の上手い友人がいる、って言ってたのはまさか……」

 

「そう、ラクスだよ。口調もそうだし、昔の僕は周囲の子達に馴染めなかったって話はしたよね?ラクスは、そんな僕の、プラントでの初めての友達さ。……そして囚われた彼女の行方を探り、助け出すために、僕はここに潜入した」

 

そう言うと、ユリカは連絡艇の方を向く。

話は終わりだ、言外にそう言われた気がした。

 

「───っ、待て!」

 

銃を向けてユリカを止まらせようとするが、どうにも銃身がブレて定まらない。

何度も訓練した、ここに来るまでに何度も発射した。それでも、腕の震えは止まらない。

 

「……撃てるのかい、僕を?」

 

「撃つさっ!僕達を騙して、教官を刺して、基地をこんなに滅茶苦茶にして……逃がすもんか!」

 

「だろうね。……普通の軍人なら、撃てるだろうね」

 

「……やめろ、待て、ヤマト……」

 

いつの間にか、腹部を刺されてコンテナにもたれかかっていたマモリがこちらに這いずりながら近づいてきていた。

這いずった後の地面に赤い線が引かれていることが、彼女の受けた傷の具合を知らせている。

 

「止めないでください、ユリカは、僕が!」

 

「私が……撃つ!これは私の失態だ、ゴホッゴホッ!?」

 

キラはマモリの制止を無視して銃を撃とうとするが、その指は引き金を引こうとしない。

 

「……そうだ。ねえ、キラ?」

 

良いことを思いついた、という声色に反して、その表情は未だに泣き出しそうな、寄る辺の無い顔をするユリカ。

次の瞬間、驚くべき内容の言葉を口にする。

 

「僕は教官を撃つよ、10秒後にね。それまでに、僕を撃ってごらん?」

 

「……は?」

 

「いくよ?じゅーう、きゅーう……」

 

ユリカは右手に持ったままだった拳銃の弾倉を確認し、コッキング。

これにより、ユリカの拳銃はほぼ確実に撃てるようになったということが分かる。

 

「はーち、なーな……」

 

「いや、ちょっと待って待て待て待て……」

 

「ヤマトぉ、私に、銃を……ゴホッ!?」

 

マモリがうめく声が聞こえる。

キラは、まだ頭が情報を処理出来ていなかった。

 

「ろーく、ごー……」

 

ユリカは、拳銃をマモリに向けた。這いずらなければ動けない女1人、外す方が難しい。

ここまでくれば、混乱していたキラも理解する。

 

「よーん、さーん……」

 

ユリカは、撃つ。教官を、マモリを撃つ。

それを防げるのは、自分だけ。

 

「にー、いーち……」

 

「ユリカぁっ!!!」

 

拳銃を向け直す。残弾は確かめながら撃っていた、3回は殺せる。

ユリカの指は、既にトリガーに力を込め始めていた。

 

「ぜー……」

 

「っ!」

 

キラは、目を力一杯に閉じた。

 

 

 

 

 

パァン!

 

 

 

 

 

乾いた音が、響いた。

響いたのは、1度だけ。

 

「……」

 

キラは目を開けた。

 

「……ほらね、やっぱり」

 

「なんの、つもりだ、シンジョウ……!」

 

そこには、煙を立ち上らせる拳銃を持ったユリカと、近くの床に弾痕が発生しているものの、生きているマモリ。

キラは結局、撃てなかった。

ユリカは、確実に当たる距離にあった標的(マモリ)に銃弾を外した。

 

「君は戦争に向いてないよ、キラ。すぐに離隊した方が良い。……じゃ」

 

何も出来なかったキラに、哀れみを込めた視線をぶつけたユリカは、今度こそ連絡艇の方に向かってゆく。

もう、キラは何もしようとしなかった。

 

「くっ、ヤマト……!」

 

呆けたキラからマモリは拳銃をもぎ取り、ユリカの背へそれを向ける。

しかし、1発も発射することは無かった。

 

「ち、ちくしょう……!」

 

キラの視界には映っていなかったが、その目には涙が浮かんでいた。

それは悔しさから来るものだったが、おそらく、どのような悔しさから来る涙であるかを判断出来る人間はいないだろう。

スパイと気付かずのうのうと教練していたことか、裏切られたことか、それとも、教え子を撃てない自分自身への不甲斐なさ故か。

結局ユリカ・シンジョウ、否、ユリカ・フジミヤは1発も銃弾に晒される事無く、連絡艇の中に消えていった。

しかし、キラは見た。見えてしまった。

本来なら離れたユリカの口元の動きなんて詳細に理解出来る筈も無いが。

 

ごめん

 

ユリカの口元は、そう動いたように見えた。

 

「あ、ああ……」

 

連絡艇がゲートの向こうに運ばれていく。

キラは手を伸ばすが、その行為に意味は無い。

閉じていくゲート、消えていく連絡艇。

───完全に、ゲートが閉じる。

 

「うあ、あああ……」

 

キラはへたり込んで、泣き出した。

何も出来なかった自分、裏切られた怒り、そして、最後に見えた口元。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

なんで、謝ったりするんだ。謝ったりするくらいなら、なんでスパイなんかした。

裏切るくらいなら、なんで友達になったんだ───。

キラはその場にうずくまり、ひたすらに泣いた。

それだけしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

『セフィロト』

”コロンブス”艦橋

 

「───っ!」

 

どこからか、女性の叫ぶ声がする。それは、自分の体を揺すっているようだった。

今は何時で、此処はどこだろうか?思考がハッキリしない。

 

「───長っ!」

 

次第に、女性の声が明瞭に聞こえるようになってきた。どうやら、自分に呼びかけているらしい。

頭が、痛い。

 

「───隊長、しっかりしてくださいっ!」

 

意識が完全に覚醒する。痛みの度合いも跳ね上がるが、そんなことを気にしていられない緊急事態であることも思い出した。

自分は、ユージ・ムラマツは、そして『セフィロト』は。

───襲撃されたのだ。

 

「うぐっ、はぁっ、はぁっ……マヤ、君?」

 

「良かった……目が覚めましたか?まったく、隊長が部下をかばってどうするんですか」

 

マヤは安堵と呆れを混ぜ合わせた溜息を漏らす。

そうだった、自分は急激な揺れに見舞われた艦橋で、バランスを大きく崩したマヤをかばったのだった。

揺れの割に艦橋の内部にはそこまでダメージが及んでいないらしく、頭に手を当てるが、出血の類いも無い。

つまり自分が気絶していたのは、単純に頭を壁か床に打ち付けたから。

 

「恥ずかしいところを見せたな、今更頭を打って気絶など……」

 

「いえ……そんなことより、指示をお願いします。現在、我々は攻撃を受けているのですから」

 

見渡すと、頼れる艦橋組は全員健在で、それぞれの機材に向き合って何かしらの作業を行なっている。

そして、窓の外には破壊された格納庫の光景が広がっていた。

 

「マイク、”コロンブス”は動きそうか?」

 

「無理ですね、艦体が歪んでいる上に擱坐しています」

 

操舵士であるマイケル・ルビカーナの報告、これには苦い顔をせざるを得ない。これで月面への救援という選択肢は完全に消え失せたも同然となった。

まあ、未だに続いているであろう攻撃のことを考えればとっくに無くなっていたのだろうが。

 

「リサ、司令部からは指示は来ているか?」

 

「『出れる部隊は直ちに外部の敵部隊を排除せよ』と。ただ、基地の内部でも戦闘が発生しているせいで部隊の展開が遅れているようです」

 

「……そもそも、奴らはどこから紛れ込んだ?」

 

月面の”プトレマイオス”基地であれば、地下都市経由であったり”コペルニクス”経由だったりで入ることも出来るだろう。だが、この『セフィロト』は話は別だ。

L(ラグランジュ)1に浮かぶこの宇宙基地の周辺に他のコロニーの類いは存在しない。『セフィロト』の前身たる『世界樹』の崩壊の際に、戦闘に巻き込まれて軒並み破壊されてしまった。

考えられるとすれば、時々入港する月面や地球から補給艦、その物資に紛れるくらいだが、これはそれぞれ検閲が行なわれている。

 

「おそらく、月基地の兵站部に潜入した工作員と“コペルニクス”市の運営に紛れ込んだ間者の仕業ですね。”コペルニクス”経由の物資であれば、その2つを抑えてしまえば通過することは難しくありません」

 

エリクの考察に、なるほどとうなずく。

流石に宇宙空間を飛んで来て張り付いたなどとは考えられないし、地球からここまで潜入するのも現実的ではない。

消去法で、月からの物資に紛れてきたと考えるしかない。

もしや、『セフィロト』内にも工作員が紛れ込んでいたのだろうか?

際限なく膨らむ疑問を、頭を振って追い出す。

今、自分がやるべきことは他にある。

 

「アミカ、MS隊は、アイク達はどうなっている」

 

「全員無事です、機体にも問題は発生してません。……というかー、さっきから出撃させろってうるさいですー」

 

「つないでくれ」

 

「了解ー」

 

モニターにアイザック達MS隊の顔が映る。

リーダーを務めるアイザックを筆頭に、歴戦の兵士であるカシンとセシルも動揺の表情を隠せないでいるが、ただ1人、スノウ・バアルだけは闘志を漲らせたまなざしを向けている。

おそらく、指示を待っているのだろう。───「殺せ」の一言を。

 

<隊長、どうしますか?僕達はいつでも動けます>

 

「決まってる、敵部隊の排除だ!」

 

<でもでも、ゲートが壊れて出れないんですよぉ>

 

「”コロンブス”はもうダメだ、破棄する。お前達は格納庫内の兵員の待避を完了次第、ゲートを破壊して出撃だ。セシル、”ストライク”はどうだ?」

 

<既にエールストライカーを装着済みですぅ>

 

次々と飛び込んでくる情報を整理しながら、最適解と信じた命令を矢継ぎ早に下していくユージ。

そんな彼に、スノウが話しかける。

 

<隊長>

 

「……アイク達から離れすぎるな、それさえ守るなら構わん。好きにやれ」

 

<了解しました>

 

スノウはそう言うと、さっさと通信を切ってしまった。

通信画面が途切れる寸前、その口元に僅かに笑みが浮かんでいるのをユージは見逃さなかった。

 

「……フォロー、頼むぞ」

 

『了解』

 

先ほどまでとは違った種類の不安感を醸しだしながら、全MSパイロットの通信が途切れる。

さて、ここからどうしようか。

基地内の敵の排除にいくというのも手だが、門外漢の自分達が加わったところで何にもならない。大人しく、陸戦隊に排除を任せるのが吉だ。

 

「総員待避、非戦闘員は各自シェルターに向かわせろ。我々は第5司令室に向かい、戦闘指揮を続行する」

 

『了解!』

 

ユージがそう言うと、艦橋内部では各自重要データの持ち出しや破棄が開始された。

ユージはノーマルスーツを引っ張り出しながら、最後に残った疑問について思いを巡らせた。

気を失う前に見た、ノーマルスーツを着た人物。おそらく敵だったのだろうが……。

 

(あの人物、女……にしても、小さかったような)

 

 

 

 

 

<格納庫内の隊員は、これで全員かい?>

 

<うん。これで、いけるね>

 

アイザックとカシンの会話を、スノウはコクピット内でじっと聞いていた。

この時をどれだけ待ちわびただろうか。

 

(やっと殺せる)

 

憎きコーディネイター、否、ZAFTを殺せるのだ。歓喜に右腕が震えるが、それを左腕で抑える。

もう少しの辛抱だ、それだけ我慢するのだ。

あの時のように暴れなくとも、すぐそこに敵がいて、あとはGOサインが出されるのを待つだけ。

 

<じゃあ、発進口を破壊するけど……バアル少尉、体に異常を感じたら、すぐに下がるんだよ?>

 

「勿論です」

 

それは心配ない。

限界が来たら、そもそも何も出来なくなるほどの苦痛に見舞われるのだから、大人しく引き下がるしか出来ない。

しかし、それまでの間は……。

アイザックの乗り込んだ”デュエルF”が、右手に構えたビームライフルを壊れたゲートに向ける。

 

<全機、発進!>

 

爆炎と共に飛び立っていくMS達。

襲撃部隊の1機であろう”ジン”を見つけたスノウは、狂喜と怒りを乗せてビームライフルを向ける。

 

「お前らは敵だ、宇宙を壊す、そんなお前達は私が殺してやるっ!」

 

 

 

 

 

「ったく、やっぱりこうなるのか!いくよ、カシン、セシル!」

 

<任せてっ!>

 

<知ってましたよぉ!>

 

敵を見るや否や、スノウの駆る”デュエルダガー”は突撃してしまった。

目的が基地を襲撃してきたMS部隊の排除であるため、それを忠実に実行していることには問題は無いのだが、1機で突撃するのは危険が伴うことだ。

何度も訓練や模擬戦を共にしているために今更その実力に疑問はないのだが、いかんせん実戦経験の類いは無いのだという。

実戦では何が起きるか分からない。敵が罠を張るかもしれないし、思いも寄らない新兵器を持ち出してくるかもしれない。

それを回避するためにも、連携は重要だというのに!

アイザックは舌打ちをしそうになるが、考え方を変えて、スノウが前衛で攪乱を行ない、自分達が援護しているのだと思うことにした。

スノウはライフルやサーベルを駆使して敵MSを攻撃し、既に3機ものMSを撃破している。だが、撃ち漏らした敵に狙われるといった危ない場面も見受けられた。

彼女がそれに気付いているか、そしてその上で対処出来ると無視しているのかは分からないが、危なっかしい戦い方だ。

そういった敵に対してはこちらで射撃を加えることで対処しているが、いつまでも続けられる戦い方ではない。

 

<こちらラプター3、”ジン”に挟まれてる、誰か援護を!>

 

助けを求める声が、通信回線を通じて聞こえた。

見ると、2機の”ジン”に追われる”ダガー”、ランチャーストライカーを装備した機体が追われているのが見える。

性能差は歴然だが、数の利はその差を容易に縮める。

加えて、追いすがる2機の”ジン”は十分に連携が取れており、単独での対処は難しいかもしれない。

そこに、”デュエルダガー”が接近する。

 

<おお、たすか……!?>

 

そして、そのまま通り過ぎた。

”デュエルダガー”の向かう先には3機の敵MSの姿があり、その中には見慣れない新型(ゲイツA型)も見られる。

”ダガー”のパイロットは一瞬呆けた声を出すが、”ジン”の弾丸が機体をかすめたことで、意識を敵に向け直す。

 

「クソ、セシル頼む!」

 

<任されてぇ!>

 

スノウのフォローをセシルに任せ、アイザックとカシンは2機の”ジン”を速やかに撃破する。

連携が上手く出来たとしても、アイザックとカシンの2人の前にはなすすべも無く倒されるしかない。

自分の危機が去ったことを確認すると、”ダガー”のパイロットは2人に通信を行なってきた。

 

<助かったぜ……にしたって、あいつはいったいなんだってんだ!?目の前で味方がピンチってのに……>

 

「……すまない、自分達がフォローに入るからと、彼女にはあちらの部隊を相手にしてもらうように命令した。こちら、”第08機械化試験部隊”所属のアイザック・ヒューイ中尉だ」

 

味方の窮地を見過ごしたスノウに対して、不満をぶちまける”ダガー”のパイロット。

後々に面倒事に繋がるかもしれないので、アイザックは誤魔化しを入れることにし、でまかせの言葉を吐く。

ついでに、相手方の階級が自分よりも低ければ、それを意識してくれるだろうという見込みもあったため、階級についても言及した。

 

<第08……ああ、”マウス隊”!それなら納得……です>

 

「説明が遅れてすまなかった。外から見た限りだと機体の損傷は軽微だが、念のため一度補給するといい」

 

<了解、後方に下がります>

 

男は階級よりも”マウス隊”のネームバリューに気を引かれたようで、かしこまった話し方を始めた。

これ幸いと後方に待避を命じるアイザック。これで、味方の窮地を救うことは出来た。

 

<アイク、これって……>

 

「……きっと、彼女は意図的に無視したんじゃない。視界に入ってすらいなかった……好意的に見ると、僕達が対処すると思っていたのかもしれないけども」

 

もしかしたら、とアイザックは続ける。

 

「より敵の多い方に向かうことを、優先しただけかもしれない」

 

その有り様は、まさしく狂戦士(バーサーカー)のそれ。

敵も味方も関係無く引っかき回し、多くを傷つけ、多くに畏怖され、そして破滅的に死ぬ。

もしかしたら、あれも自分にあり得た姿だったのかもしれない。

アイザックはもしもの自分、”マウス隊”と巡り会わなかった自分を想像し、戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

「NフィールドにてMS隊の被害、増大しています」

 

「流石、立ち直りも早いな。……いいだろう」

 

「隊長、どちらへ?」

 

「鋭い牙を持った獣が走り回っているのなら、牙から身を守る盾が必要だ。私が奴らを抑えよう。()()にも一仕事頼んでおいてくれ」

 

「……了解しました」

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第5司令室

 

「……クリア!敵影、見当たりません」

 

エリクが拳銃を持って室内に突入するが、敵が潜んでいるということはなく、無事に目的地にたどり着いた“マウス隊”のメンバーは、すぐさまそれぞれの役割に応じた席に座り、機材を操作し始めた。

ユージはまず戦況を把握するために、中央司令室に通信をつなぐ。

 

「中央司令室、応答願う!こちら、第5司令室より”第08機械化試験部隊”のユージ・ムラマツだ!」

 

<ムラマツ中佐、無事だったか!>

 

画面に映し出されたのは、この『セフィロト』の基地司令を務めるアンソニー・エイハム大佐の顔だった。

初老の黒人男性の顔面には、安堵の表情が浮かんでいる。

 

「状況はどうなっていますか、基地の内部は!?」

 

<奴らの侵入経路は不明だが、幸いなことに数は少ない。奴らはドッグや格納庫内に破壊工作を仕掛けていったが、今は第9ブロックで抵抗している。陸戦隊が対処中だ>

 

「そうですか……敵艦隊の規模は?」

 

<確認出来た数は5、”ナスカ”級3隻と”ローラシア”級2隻だ。我が方から発進出来た艦艇は無く、現在はMS隊が応戦しているが……状況は、悪いな>

 

そりゃあそうだろう、ここまで綺麗な奇襲を決められてしまっては、逆転は非常に難しい。

おまけに奇襲に参加したMSの中───これはユージの『能力』ありきの情報でもあるが───には、足が棒の”ドラッツェ”擬きこと”ジン・ブースター”が存在しないどころか、”ゲイツA型”とかいう新型まで出てきているのがわかった。

ビームライフルは装備していないようだが、まさか”ゲイツ”を投入してくるとは!ユージは歯がみしながらも、思考を巡らせる。

敵は明らかに精鋭部隊ないし経験豊富な部隊を引っ張り出してきている。だが、本気でこの基地を落とそうというには余りにも貧弱な戦力だ。

いくらZAFTが連合軍に比べて圧倒的少数の戦力しか持っていないとしても、本気でやるならこの倍は持ってくるべきだ。自分(ユージ)ならそうする。

経験豊富な少数部隊で奇襲───目的は基地の制圧ではない?

そうする、あるいはそうしなければいけない理由───戦力の温存?

ここで宇宙軍の戦力を温存する理由───後に何か、宇宙軍を動かす大規模作戦を計画している?

地球のマスドライバーを制圧する、と見せかけてアラスカ基地を攻略する『オペレーション・スピットブレイク』か、それともついに”ジェネシス”の開発ないし利用に踏み切って、その防衛のため?

あるいはまったく別の何かを狙っている?

分からない。変化した世界と『原作』のすりあわせが間に合わない。

ユージが考え込んでいると、オペレーター席に座ったエリクは更なる凶報を告げる。

 

「敵艦から新たに発進する機影を確認、これは……73%の確率で、GAT-X303”イージス”!?」

 

ほんの一瞬、ユージの思考が止まる。

情報が確かであるなら、アスランと”イージス”は地球にあるはず。ここでアスランが出てくるとは考えていなかったユージはモニターに目を向け。

むしろそうであってくれた方(アスラン襲来)が、マシだったのではないかと絶望した。

 

 

 

 

 

ズィージスガンダム

移動:7

索敵:A

限界:200%

耐久:360

運動:40

シールド装備

PS装甲

変形可能

 

武装

ロングビームライフル:180 命中 75 間接攻撃可能

スキュラ:240 命中 60 間接攻撃可能

バルカン:30 命中 50

ビームクロー:190 命中 70

 

ラウ・ル・クルーゼ(Aランク)

指揮 13 魅力 7

射撃 16(+2) 格闘 16

耐久 4 反応 15(+2)

空間認識能力

 

 

 

 

 

「嘘やん」

 

それだけしか、ユージは言えなかった。

 

 

 

 

 

「っ、なんだ!?」

 

スノウ達の方へ向かおうとした矢先、横から放たれるビームを避けるアイザックとカシン。

それはおそらく牽制だったのだろうが、通常のビームライフルよりも高出力の1撃だった。当たれば、ある程度はビームにも耐性を持つPS装甲といえどひとたまりもない。

下手人を確認しようと敵を見たアイザックは、絶句。

そこにいたのは、見覚えがあるような無いような、定かで無い機体。

大きく突き出たトサカ状のセンサーとデュアルアンテナ、そしてツインアイ。各所の造形には確かに”イージス”の面影があるのだが、肩や膝の形状は大きく変化している。

腹部にも砲門を覗かせており、おそらくMS形態でも”イージス”の必殺兵器”スキュラ”を放てるようになっているのだろう。

装備しているライフルと盾もイージスのそれより肥大化されており、それぞれ強化されているのだということが一目で分かる。

そしてなにより、もっとも大きな変化。

───その機体は、純白に染まっていた。

目の前の敵は強い、アイザックは自身の第六感が訴えかけてくるのを自覚した。

かつて敗北しそうになった強敵の姿と、目の前の白い”イージス”が重なって見えたのも、おそらく単なる錯覚ではあるまい。

 

「ラウ・ル・クルーゼ……!」

 

『エンジェルラッシュ会戦』と称された戦いの後にムウから聞かされたその名を口にしたアイザックの額を、汗が伝う。

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

裂帛を上げながら敵に斬りかかるスノウ。愛機たる”デュエルダガー”は彼女の意思を忠実に代行し、目の前の”ゲイツ”の胴をビームサーベルで横薙ぎにする。主が蒸発した”ゲイツ”だった物は、力なく漂い始めた。

これで、5機目。スノウはニヤリと口端をつり上げ、次なる獲物目がけて躍りかかる。

狂戦士に標的として選ばれた”ゲイツ”はこれをシールドで防ぎ、右手に持っていたレーザー重斬刀で反撃を加えようとするが、斬りかかる直前に前もって自身の盾を排除していた”デュエルダガー”は、左手で2本目のビームサーベルを抜いてその右手を切り落とし、”ゲイツ”の胴体を蹴って吹き飛ばす。

攻撃の手を緩めない”デュエルダガー”の姿を目にして、接触回線が作動してしまった”ゲイツ”のパイロットが声を漏らす。

 

<ぐうっ……こ、こいつは鬼か!?二刀の、悪鬼……!>

 

「悪鬼?そうか、そう見えるか!」

 

悲鳴にも思える声を聞いたスノウは更なる哄笑を上げる。

敵は自分に怯えている。恐怖している。

これまで散々に味あわされた感覚を敵に与えている、それだけの力が自分にはある!

喜びと怒りと悲しみ、そして少しの悲嘆を混ぜて少女は告げる。

 

「だったら私は鬼となる!貴様ら全員を引き裂いて、その血の一滴たりとも残さずに喰らい、この世界から消滅させる鬼だ!」

 

それが自分のしたいことで、それだけしか出来ないのだ。

そういう存在になり果てたのだ、貴様らがそうしたのだ!

理性をかなぐり捨て『鬼』と化した少女は、その凶刃を敵に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

「これが、スノウさんの力……」

 

スノウを追いかけてきたセシルは、辺りに散らばる敵機の残骸を見て、驚異の声を漏らす。

高い基礎能力を持っていることは訓練で理解していたつもりのセシルだったが、それが何の縛りも無く振われた結果を目の当たりにして、驚かない者はいるまい。

自分が付いてくる必要があったのだろうかと一瞬本気で考えるが、彼女が戦える時間には限りがある。そうなった時は、自分の出番だろう。

見れば、既に右腕を失った”ゲイツ”に迫り、切り捨てようとしているのが見えた。

しかしスノウは、チリチリとした感覚が自分の中を奔るのを感じ取った。

生理的感覚のそれではないその感覚には覚えがある。というか、この数ヶ月で散々に感じてきたものを間違えるわけは無い。

称するなら、殺気───!

 

「避けてくださいスノウさんっ!」

 

 

 

 

 

味方、そう認識する女の声を聞いた『鬼』は咄嗟に操縦桿を引き、機体を踏みとどまらせる。

直後、自分と敵の間をビームが奔った。

もし一瞬でも機体を止まらせるのに遅れていたら、おそらく自分は生きてはいるまい。

若干の冷静さを取り戻した『鬼』、スノウはレーダーを確認した。

接近する機影は3つ。内1つは、先ほど警告を飛ばしてきたセシルの駆る”ストライク”のもの。

そして遠くより、赤と青、2つの機影が接近してくる。おそらく先ほどの攻撃を繰り出してきたのは、狙撃機らしき青い機体だ。

右腕を失った”ゲイツ”との距離が離れていくが、もうスノウにとってその敵はどうでもいいものだった。

先ほどの射撃を現在よりも離れた位置で放ったのであれば、それは並大抵のパイロットに出来るものではない。

エースだ。そしてそれを葬ることが出来れば、敵にとっては大層痛手に違いない。

強い敵と戦いたいわけではない。弱い敵を相手にしたいわけでもない。

より大きな苦痛を、屈辱を、恐怖を与えたいだけだ。

 

「泣け、わめけ、震えろ!それが私の力、私を生み出した力の源だっ!」

 

 

 

 

 

スノウのこれまでの判断に、実は大きな間違いは無い。

味方から突出して攻撃するのも、”デュエルF”や“バスター改”といった射撃型の機体の支援を受けること前提で考えれば奇手ではないし、基地を攻撃する敵を片端から切り捨てていくのは、味方の発進の援護に繋がる。

1つだけ誤りがあった。ほんの少し見積もりを間違えた。

───現れたエースは、彼女が考えるよりも強力だった、ということだ。

 

「避けられた……良い勘をしている」

 

<いやーははは、あれ抑えろって?ちょっと帰りたくなってきた>

 

「ぼやくな!落とせと言われてないだけマシだ、時間稼ぎ!」

 

<それも嫌だ。……けどさ、俺達で抑えねえと、マズいよな>

 

「そうだな。味方は被害拡大、基地内部に潜入した隊員が脱出する時間も稼げず拘束、捕虜にされれば良い方だろうな」

 

<後味悪くなりそうだな。……不安しかねぇけど、いくかぁ>

 

「お前が不安になるなら、皆不安になるさ。私も正直怖い」

 

<あー、それについては問題ないだろ。俺いるし>

 

「それもそうだな。それじゃあ、いつもどおり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がお前を支えるから、守ってくれよ?ネイアム(私の王子様)

 

<全身全霊を賭けて守ってやるよ、リーシャ(お姫様)

 

『ディオスクレス』、襲来(アタック)




(ZAFTのテコ入れは)もうちょっとだけ続くんじゃ。
最後に出てきた2人は、外伝第7話の彼らですね。

それとズィージスの見た目については、漫画版『RE:』に登場した大気圏内用装備のイージスのそれをイメージしてください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第63話「パールハーバー・リターンズ」

前回のあらすじ
クルーゼ「今夜は……帰りたくないな」
マウス隊『もう帰ってくれ頼むからっ!』

今回は一拍挟んで、ハワイ基地奇襲作戦の様子をお届けしたいと思います。


3/23

ハワイ諸島 オアフ島 ヒッカム空軍基地

 

「スクランブルを掛けろ!」

 

「対空システム起動、オールグリーン!急げよ!」

 

「MS隊よりも戦車隊だ、寄せ付けないんだよ!」

 

基地のあちこちで怒号が鳴り響く。

突如として開始したZAFTの奇襲に対応するために基地全体が慌ただしくなる中、新人パイロットのリチャード・イエーガーは寝ぼけ眼で宿舎の自室のドアから顔を出し、目の前を走り去ろうとする同僚に声を掛ける。

 

「おーい、いったい何だよこの騒ぎは?今日は何かの訓練でもあったっけか……?」

 

「これが訓練に見えるかボケェ!ZAFTが攻めてきたんだよっ!」

 

「はあ?いやいや、今は……」

 

「休戦協定が破られた!」

 

それを聞いたリチャードは、パチクリ、と何度か瞬きをし。

絶叫する。

 

「どうしてそうなったぁ!?」

 

「俺が聞きてえよ!とりあえずお前は顔を洗って身なりを整えてこい、スクランブル掛かってるぞ!」

 

リチャードは泡を食ったように部屋の中に戻り、準備を進めていく。

顔に冷水をぶつけて強制的に目を覚ましたリチャードだが、その思考は混乱で埋められていた。彼は今日、完全にオフのつもりでいたので、この混乱もしょうが無い。

どうして?ていうか実戦かよマジかよ、俺こないだ訓練終了したから初めてなんですけどミサイルどころか機銃も実弾撃ったこと無いんですけどマジですかそうですか?

制服の袖に腕を通したところでリチャードは、非日常的な騒がしさの中に聞き慣れた甲高い音が混ざるのを聞き取った。

これは、”スカイグラスパー”や”スピアヘッド”、戦闘機の飛び立つ時の音だ。

窓の外に、次々と飛び立っていく戦闘機の群れを認めたリチャードは、今度こそ実感した。

───マジのマジで戦争かよ!?

パニックが頂点に達した彼は、一周回って冷静になった頭で考え、タバコを吸い始めた。

非日常の中でも変わらない味があることに安堵し。

 

「クソッタレが」

 

ジェシカ(最近出来た恋人)とのデートが始まる前から台無しだ。

今日のスケジュールを完全にぶち壊されたことを呪い、リチャードは唾を吐き捨てるのだった。

 

 

 

 

 

ハワイ諸島 南方空域

 

「クソ、やはり出てきたか”インフェストゥスⅡ”!」

 

“アームドグラスパー”を駆るアダム・ゼフトルは、またしても不慮の奇襲を受けたことを嘆いていた。

かつて第2次ビクトリア基地攻防戦でもやむを得ず戦闘に参加することになったという経験を持っている彼だが、その時の方が今よりもマシだと考えるのは、現在自分と仲間がドッグファイトを繰り広げる敵戦闘機の存在が原因だ。

これまで彼らが戦場で見る敵と言えば、空中戦が可能なMS”ディン”や”インフェストゥス”戦闘機くらいのものだった。それらは純粋に空中戦のために作られた戦闘機である”スカイグラスパー”の前では脅威となり得ず、それ故に開発からここまで”スカイグラスパー”は空の王者であり続けたのだ。

しかし、今自分達が戦っているのは敵の新戦力である”インフェストゥスⅡ”、文字通り”インフェストゥス”の後継機となる存在である。

汎ムスリム会議攻略戦の最中に、当該国が開発し───勿論連合側は実際にはZAFTが開発したと気付いていたが───戦線に投入した新型戦闘機が、今こうして太平洋にも姿を現したのだ。

元々ZAFTではMSに偏重して開発が行なわれていたこともあるが、旧型である”インフェストゥス”には、洋上母艦を持たないZAFTが運用出来る戦闘機という制約が課せられていた。

”インフェストゥス”は機体全体を変形させることで優れた艦載収納性を誇っていたが、その代償として戦闘力は”スピアヘッド”に劣る程度のものしか発揮出来なかった。

しかしこの”インフェストゥスⅡ”は、その艦載収納性という利点を捨て、純粋な戦闘機として設計されている。

これによって水準から大きく劣っていた火力と航続距離を改善、更に”ディン”や”インフェストゥス”から得られたデータを参考に作られたこの機体は、”スカイグラスパー”隊に大きな障害となって立ちはだかった。

 

「奴らも、小型とはいえビーム兵器を搭載してきたとはな……だが!」

 

アダムは左右上下に機体を動かして敵機からのビーム攻撃を躱しながらも右方向にブレイク(急旋回)し、背後についた”インフェストゥスⅡ”を惑わせる。

如何に性能が向上したとは言え、空戦のノウハウの量は未だに連合軍側に軍配が上がる。急旋回から今度は自分が敵機の後ろを取る形にしたアダムは、冷静に中距離用空対空誘導弾の照準を行なう。

 

「そう易々とやられるか!」

 

放たれた誘導弾は”インフェストゥスⅡ”に命中する───直前、撃ち落とされる。それを為したのは、”インフェストゥスⅡ”と共に襲撃してきた”ディン”の持つショットガン。

ZAFTは”ディン”と”インフェストゥスⅡ”の混成部隊で攻め込んできていた。

”ディン”は空戦の王者の座を”スカイグラスパー”に奪われこそしたものの、未だに優秀な対地攻撃能力を持っている。言ってしまえば単純に上から下に撃ち下ろすだけなのだが、古来より戦闘において高所は絶対有利、「上から攻撃出来る」というだけでも”ディン”は優秀だし、それに”ディン”でも”スカイグラスパー”に対抗出来ない訳では無い。

『ある程度は自衛出来る爆撃機』である“ディン”を”インフェストゥスⅡ”が護衛する、これがZAFTの新たなる戦術であった。

 

「ちょこざいな……!」

 

<こちらグラスパー4、後ろを取られた!援護を頼む!>

 

「グラスパーリーダー了解、援護する!」

 

アダム達も簡単にやられるつもりはない。面白くなってきた、とアダムは笑った。

”スカイグラスパー”を手に入れた時はこれでZAFTに一泡吹かせられると思ったが、そこからずっと空戦では苦戦と言えるほどの苦戦は無かった。それは軍人としては喜ばしいことであったのだが、1戦闘機パイロットとして、より歯ごたえのある敵を求めていたのも事実。

ZAFTの兵士よ、今まで見てきた”スカイグラスパー”が、全力であるなどと思ってくれるな。

『大空の支配者』の名を与えられたこの機体の本領は、これからなのだから。

 

 

 

 

 

大空で熾烈な争いがくり広げられている一方で、海面下でも静かに戦端が開いていた。

まるで鯨の群れのように押し寄せる”ボズゴロフ”級、そして大洋州連合の保有する潜水艦による艦隊は、ゆっくり、しかし着実にハワイ諸島に近づきつつあった。そして連合も、それらを迎撃するために虎の子の潜水艦隊を発進させる。

”ボズゴロフ”級から多数の”グーン”部隊が発進、迫る敵艦隊に向けて魚雷を発射していく。連合側も負けじと魚雷を応射、海中で衝突した魚雷が爆発し、大きな衝撃を生み出した。

(あぶく)のカーテンを抜けてZAFT潜水艦隊に迫るのは、連合軍が開発し、圧倒されていた水中での戦闘に光明をもたらした海神、”ポセイドン”。

その後ろに付き従う”メビウスフィッシュ”は、『G』兵器を基に開発されたためにコストが高い”ポセイドン”のサポートをするために、第一線から退いた”メビウス”を水中戦用に改修した機体である。

”メビウスフィッシュ”は性能面、特に防御力という面では”グーン”に劣るものの、”ポセイドン”の持つハンドトーピードランチャーを調整したものを装備しているので、火力面では十分な物を獲得している。

とはいえ、その戦術は至ってシンプルだ。

 

「魚雷一斉発射用意。3、2、1……発射!」

 

”メビウスフィッシュ”部隊の隊長の号令に合わせて、魚雷群が発進してきたZAFTのMS部隊に襲いかかる。

並べて、撃つ。数的優位による面制圧こそが”メビウスフィッシュ”の最大の強み。

敵が10の”グーン”を持ち出したなら、50の”メビウスフィッシュ”をぶつける。それが可能なほどには”メビウスフィッシュ”は生産性も高かった。

しかし、魚雷の群れを避けながら連合水中部隊に迫る緑の機影がある。

重装甲でありながら水中では高い運動性を発揮するZAFTの水中MS、”ゾノ”だ。かつて”ポセイドン”を駆る『白鯨』ジェーン・ヒューストンが戦闘し、痛み分けに持ち込むしかなかった強敵の制式量産型は、戦場に投入されてからこれまで、”ポセイドン”と水中の王者の座を奪い合っていた。

”ポセイドン”が銛を構えて突撃し、”ゾノ”はそれをクローで迎撃する。銛がたしかに“ゾノ”に命中したものの、その装甲に阻まれて致命傷を与えることは出来ず、逆に頭部を鋭利な爪で貫かれてしまった。

別の場所では”ゾノ”のフォノンメーザー砲をかいくぐって接近した”ポセイドン”が、”ゾノ”の推進器に魚雷を命中させ、行動不能状態に陥らせた。

小回りの”ポセイドン”と膂力の”ゾノ”、両者の戦闘力はほぼ互角。

であれば、大勢を決するのは覚悟の差。

そしてこの場には、強い覚悟───狂気と言い換えてもいい───を持つ男がいた。

 

「来たな連合の小魚共!」

 

意気揚々と”ゾノ”を駆って戦場を突き進むのは、『紅海の鯱』ことマルコ・モラシム。

ハワイ諸島への電撃侵攻作戦を確実に遂行するために参加を命じられた彼だったが、彼の頭の中には()()()()()卑劣な真似をした連合、飛躍させてナチュラルへの怒りが渦巻いていた。

 

「自分達から申し出た休戦協定まで破るとは、そこまでして我らコーディネイターを滅ぼしたいのか!断じて許さん、滅ぼされるのは貴様らだ!」

 

他の可能性が存在するとは微塵も考えずに、ひたすらに戦うモラシム。

彼はけして頭が回らない人間ではない。バッジの授与こそ見送られたが、そもそも能力の無い人間に1部隊の隊長が任されるわけがない。

協定違反が発覚する前からZAFT軍では大動員が行なわれており、発覚から間髪入れずに反攻作戦。()()()()()()()反攻作戦だということは、誰の目から見ても明らかだった。

だが、モラシムは気付かない。いや、()()()()()()()()

モラシムにとってこの戦争は、自由や正義のためとかに行なわれる物では無かった。極端に言えば、プラントに住む同胞のためでもなかった。

彼を突き動かすのは、恩讐。この戦争は、報復。

なぜ自分の妻は、子供は殺された?核まで使って”ユニウス・セブン”を破壊する必要はあったのか?

ああ、あったんだろうな。戦争ってそういうものなんだろうからな。もっと言うなら、気に入らない奴がいれば殺そうと思うのはそこまでおかしなことでもない。誰もが理性でそれを押しとどめているだけなんだろうが。

───知ったことか。

モラシムにとって家族は全てだった。全てをなげうってでも守ろうとした、誇り、輝き、宝物、愛だった。

それを奪われた。たった1発のミサイルで。

あの時、彼の中で最優先されるべき事柄は塗り替えられたのだ。

守護から、復讐へ。

何もかもを燃やし尽くす。何もかもを踏み潰す。何もかもを、殺し尽くす。

後のことなど知ったことか。それだけが全てだ。

 

「───うぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!!」

 

だから、死ね。

そこを退けとは言わん、速やかに静かに絶望にうめきながら死んでいってくれ。

それだけでいい、それだけがいい。

ナチュラルもコーディネイターも地球人も宇宙人も男も女も老人も若人も皆皆皆みんなみんなみんな。

俺をジャマする奴は、水底に沈んでいってしまえばいい。

狂える鯱は、目の前の小魚(メビウスフィッシュ)を食い散らし、海神を騙る人形(ポセイドン)を引き裂き、その先の(潜水艦)に迫る。

 

「我らの怒りを思い知れぇっ!」

 

 

 

 

 

数時間後、ヒッカム空軍基地に潜水艦隊が継戦能力を喪失して撤退を開始したという情報と、ZAFT潜水艦隊、並びに()()()()が北上しているという情報が伝わった。

また、敵航空機の迎撃に発進した航空戦隊も戦闘続行が不可能となり、一時撤退が決定された。

太平洋の宝石、美しい海。かつて旧世紀における最大の海洋戦争の引き金が引かれたこの地が再び戦火に見舞われることを、誰もが直感した瞬間である。

 

 

 

 

 

ZAFTハワイ侵攻部隊 旗艦”エアーズロック”艦橋

 

「ハワイ諸島到達まで、残り30Km!」

 

「総員、第一種戦闘配置!潜水艦隊が切り開いてくれた血路だ、戦果を挙げるぞ!」

 

『了解!』

艦隊が足早に大海原を掛けていく様は、戦艦がどっしり、重厚に進むのとはまた別の魅力がある。

連合軍による妨害が自軍の潜水艦隊によって退けられたことで、ZAFT艦隊の士気は十二分に挙がっていた。

彼らが現在乗艦しているのは、ZAFTと大洋州連合が共同で開発した”エアーズロック”級陸上巡洋艦である。

陸上と銘打っているもののその行動範囲は水上も含んでおり、これはホバーを用いて航行するためであり、最大で6機のMSをその艦内に収めることが出来るこの艦は、ZAFTの戦術が明確に変わり始めたことの証拠でもあった。

これまでZAFTでは海に面した拠点への攻撃には”ボズゴロフ”級潜水母艦あるいは”ヴァルファウ”型輸送機でMSを輸送し、攻撃させるという徹底したMS偏重主義に基づいたロジックが存在していた。

しかし『カオシュン攻防戦』における敗退や宇宙の『エンジェルラッシュ会戦』で”アークエンジェル”が猛威を振ったことによって、ZAFTは艦艇自体の作戦行動能力というこれまで目を向けていなかったものに目を向けなければならなくなる。

ZAFTの基本戦術である『MSを主軸とした電撃戦』に対応しつつ、それを十全に支援することが可能な艦艇として新たに開発されたのが、この”エアーズロック”級だ。

全長132mと小柄ではあるもののその分小回りは効くし、艦を動かすのに必要な最少人数は操舵士、通信士、オペレーターと艦長の3+1人のみ。双胴式艦体の左舷側からは200mm連装砲が備わっており、この武装を使って陸上、対空の支援を行なうことも可能となっている。

加えて左舷側のMS格納庫とは別に右舷側には航空機の格納庫と簡易滑走路が備え付けられており、これによって艦内に3機、艦外に1機を駐機させて合計4機のVTOL戦闘機を運用することも可能と、その機能は多岐に渡る。

MS中心の戦術を維持しながらもそこに柔軟性を加えた点は、後の世にも評価される艦艇である。

 

「第2次航空部隊発進、真珠湾の再現をしてやれ!」

 

「艦長殿!一言申しますとその真珠湾攻撃を行なった軍隊は最終的に敗北しており、非常に不吉なのでもっと別の言い回しをして欲しいのであります!」

 

「構わん構わん!歴史は塗り替えるもの、我々はナチュラルより優れているらしいのできっとたぶんおそらく同じ轍は踏まないだろうと思いたいなぁ!」

 

「どっかヤケクソになっていませんかぁ!?」

 

歴史好きな操舵士の悲鳴を笑い飛ばすが、”エアーズロック”艦長のバルタザール・レグは内心で、まったくその通りだと自嘲する。

操舵士が言ったように、かつてこの艦隊と同じように真珠湾に奇襲を行なった軍隊は敗北しているが、その他にも似ているところはあった。

かつての軍隊は宣戦布告を行なうことをしないまま奇襲を行なったし*1、ZAFTは明らかに準備を済ませた上で協定違反へのカウンターアタックを実施した。

どちらにせよ相手側がカンカンに怒り狂うのが目に見えているのだ、ヤケクソになって何が悪い。今更ながら、本当に司令部はこの戦争に勝つないし終戦の手筈があるのか心配になってきた。

 

「第2次航空部隊、全機発進完了!」

 

オペレーターの声に窓の外を見れば、戦闘機や”ディン”、”グゥル”に乗ったMSや新型が、真珠湾に向かって飛んでいくのが見えた。

その光景はなんとも勇ましい物だったが、これから彼らが作り出すだろう、そして味わうだろう地獄を想像すれば、空白しささえ感じられる。

なんでこうなったのだろうか。戦争が始まってから幾度も繰り返した問いを、バルタザールは今一度、自分自身に問いかけた。

 

 

 

 

 

ハワイ諸島 オアフ島南西エリア

 

そこでは、いくつもの対空砲台が空に向かって殺人花火を打ち上げていた。

いくら奇襲が完璧に近い形で決まったと言っても、それで全てが解決したわけではない。航空部隊と潜水部隊が稼いだ時間は、基地の防衛システムを起動し、防衛部隊が出撃するのに十分な時間を稼いでいた。

連合軍水中部隊を突破してきたZAFT水中部隊も引き続き攻撃には参加するが、ある存在が邪魔となって思うように進めずにいた。

というのも連合軍は海底に特殊な機雷がしかけており、その排除に手間取っていたのである。

1m、あるいは3mの小型機雷は敵機の反応を捉えると海底から急速浮上し、その体の上に備わった爪で敵機に張り付き、一定時間が経過すると爆発する仕様になっている。

とりわけ厄介なのは、1つ張り付いたらその1つが特殊な信号を発し、近くの機雷を誘導してしまうということだ。このせいでZAFT水中MSは1発も被弾するわけにはいかず、上陸部隊の安全を確保するために掃海作業に従事せざるを得なくなる。

しかし攻撃の手を緩めてしまえば連合の体勢を整える時間を与えるだけのため、航空部隊による攻撃が継続していた。

 

<ちくしょう、取り付けない!>

 

<対空砲を潰せ!艦隊からの支援砲撃はまだ来ないのか!?>

 

<安全な場所の確保に手間取ってるんだってよ!>

 

<それじゃ俺達、ここで七面鳥()になれってことかよ!?>

 

本来なら上陸部隊による対空砲台の無力化に成功した後が自分達の仕事だ。これでは順序が真逆の無駄死にである。

幸い、海底機雷の存在が早めに発覚したために被害はまだ大きくない。敵に時間を与えるのは業腹だが、無理に強行すれば被害は増すばかり。

一時後退の命令を出すなら今、そう考えて航空部隊指揮官が声を発しようとした瞬間である。

 

<───クリムゾン0、突貫する>

 

<アスラン、待たんか貴様!>

 

年若い兵の多いZAFTの中でも特に若い、少年兵らしき声がスピーカーから響いてくる。

その直後、深紅の戦闘機───それにしても大型の機影だが───が対空砲台に向かって、まるで流星のように急速に降下していく。

 

「な!?待て無茶だ───」

 

<指揮官殿、こちらはザラ隊デルタ1、イザーク・ジュールだ。今降りていったのはウチの隊長なんだが、我々も続いて対空砲の強硬排除に取りかかる。援護を頼む>

 

”グゥル”の上に乗った白と青の機体が、指揮官の乗る”ディン”に近づく。

指揮官はその機体が、本国で開発されたばかりの最新鋭機”アイアース”であるということに気付いた。そしてパイロットの名乗った部隊名にも聞き覚えがあった。

 

「ザラ隊……あの実験部隊か!いやしかし、あの弾幕を突破は無理だ、危険過ぎる」

 

<心配無用、我々の機体はPS装甲製でビームを除けばそこまで怖くない。それに……奴があの程度で落ちるものか>

 

そう言うと彼と他2機、合計で3機の”アイアース”も、『隊長』を追って弾幕の中に突っ込んでいってしまった。

指揮官は一瞬呆気にとられてしまうが、それどころではないと頭を振り、指示を出す。

 

「各機、今突っ込んでいったバカ共を支援しろ!バカであっても無駄死にはさせるなぁ!」

 

 

 

 

 

基地に向かって急降下していく赤い戦闘機、巡航形態の”ズィージス”の中で、アスランは心臓が平時よりもずっと早く拍動する中で、やけに落ち着いている自分がいることに気付いた。

不思議な感覚だった。PS装甲で出来ていると分かっていても目の前に迫るミサイルや砲弾への怖さは消せないし、ビームなんてなおさら、しかも自分はその真っただ中に突入中。

正直これが正しいことなのかは分からない───たぶん間違いだ───が、なんで実行してしまったのだろうか。

自信、驕り、自暴自棄。この中でもっとも当てはまるものがあるとすれば、たぶん自暴自棄だろう。

アスランにだって分かる、この戦闘の引き金となった協定違反が仕組まれたものであるくらいは。

まるで協定が破られる時が分かっていたように準備が進められ、実際にそうなった。これで気付くなと言われる方が難しい。

もっとも、分かっていた上で無視している人間が大半なのだろう。……これを発案しただろう父のように。

認めたくなかった。ZAFTがそこまで追い込まれてしまったことも、意図的な協定違反を黙してしまえる上層部も、父が変わってしまったことも。

 

(父上……どうして、こうなってしまったのでしょうか)

 

いかにタカ派と呼ばれていても、父はたしかな優しさを持つ人間だった。1人の人間として不当な扱いに立ち向かう(こころざし)も持っていた。

今の父は違う。勝利のために手段を選ばず、優しさを怒りに変えた復讐者だ。

そんな父の期待に応えるために、自分はZAFTに入った筈だった。しかし、今はそうではなかったのかもしれないと思う。

きっと、()()が理由だったのだ。

このままでは父も死んでしまうのではないか?あるいは、自分の知らない誰かになってしまうのではないか?それがたまらなく怖かった。だから、たとえ将と兵の関係であっても、つなぎ止めるために、兵になったのではないか?

その答えはいやにしっくりときた。だから、怖くてもこうやって危険に飛び込んでいくのだ。

父を、唯一の肉親を狂わせたままで死ぬわけにはいかない。戦争を終わらせ、あの微笑みを取り戻すまで、死ぬわけにはいかない。

だというのに、だからこそ。

この(対空砲火)は、邪魔だ。

 

「戦い抜いてみせる……全てが終わるまで、俺は死なないっ!」

 

何かが自分の中で弾ける感覚と共に、全てがスロウリィに感じられるようになる。

ミサイルの壁を突っ切り、時折混じるビームを躱し、アスランは進む。

前へ、前へ、前へ!

気付けば、目の前に対空砲台があった。アスランは即座に”ズィージス”をMS形態に変形させ、ビームライフルを照準、発射する。

熱線を撃ち込まれた対空砲が爆散し機能を失うのを見届けずに、アスランは次の対空砲台をターゲット、次々と破壊していく。

近くの”ダガー”、”テスター”がそれを妨害しようとするが、”ズィージス”はそれを意に介さずにすり抜け、次々と対空システムを破壊していく。

そして”ズィージス”に気を取られたMS隊、あるいは”ズィージス”の進行方向とは別にある対空砲台を、3機の”アイアース”が掃討していく。ビームライフルや背部のミサイルポッドを発射して手早く敵を処理していく様からは、彼らもエースないしそう呼ばれるに足る能力を持っていることを察せられる。

幸運にもコクピットへの直撃を避けた”テスター”のパイロットは、機体から命からがら脱出すると、今もなお蹂躙を続ける深紅の機体を見て、恐れおののきながら呟く。

 

「俺達は、何を敵にしたんだ……?真っ赤な、真っ赤な……」

 

アスラン達の活躍も相まって、航空部隊は無事に沿岸の制圧に成功、上陸部隊が安全の安全を確保した。

この戦闘でアスランと”ズィージス”は23機のMSと14機の対空砲台、他多数の戦果を挙げる。

生き残った兵の話から、突如として現れ、全てを焼き尽くすようなその戦いぶりを見せつけたことは連合にも知れ渡った。

パイロットの正体も相まって連合軍は彼を敵エースパイロット『紅凶鳥(クリムゾン・フッケバイン)』として認定、要注意戦力としてマークされることを、アスランはまだ知らない。

 

 

 

 

ハワイ諸島 ハワイ島エリア

 

主戦力は南西だが、ZAFT作戦司令部は陽動も兼ねてこちらにも部隊を派遣していた。

ヒッカム空軍基地が存在するのはオアフ島だが、その他の諸島を無視していいということはない。特にこのハワイ島はハワイ諸島と呼ばれる島々の中でも最大の面積を誇り、また、もっとも南方に位置することから南太平洋の警戒を担当するのはこの島に存在する拠点だったことから、派遣が決まったのだ。

しかしそれだけにハワイ諸島の中ではヒッカム空軍基地に次ぐ規模の拠点であり、充実した戦力の前にZAFTは攻めあぐねていた。

今もまた、風の強い岩海岸に上陸した“ゲイツA型”をソードストライカーを装備した”ダガー”が対艦刀で切り捨てる。

 

<これで3機目、連中、どれだけの戦力をつぎ込んでいるんだ!?>

 

<落ち着け、連中の主戦力はオアフだ。だとすればこちらはマシ、いつか限界が来る。むしろ、こっちを片付けてあちらを助けに行くくらいの気概でいろ>

 

<りょ、了解>

 

その機体に近づいていく2機の”ダガー”。それぞれエールストライカーとランチャーストライカーを装備しており、エールストライカーを装備している機体が隊長機のようだ。

制式量産機ではあるが比較的高価な”ダガー”のみで構成されるこの小隊は、精鋭部隊と言っても差し支えないだろう。

だからこそ、()は目を付けた。

超電磁加速された砲弾が突如として飛来し、隊長機の右肩から先を吹き飛ばす。

 

<ぐあぁっ!>

 

<なんだ!?>

 

レーダーを見ると、こちらに急速で接近する機体の反応がある。

どうやらその機体は飛行しているらしかった。”ディン”にしては高い火力を持っていると感じた”ソードダガー”のパイロットはその接近する機体を目に捉え、絶句する。

その機体は先ほど自分が切り捨てた機体と同じ”ゲイツ”タイプであったが、大きく違う点がいくつかあった。両腰に取り付けられた砲、あれで隊長機を砲撃したらしい。

まず、”ゲイツA型”は緑主体の機体色であるのに対し、この機体はライトブルーが基本。

そしてその背中には”グゥル”をコンパクトにしたようなバックパック、いや、『リフター』と呼ぶべきものが付いている。

見慣れない装備の敵機に対して”ランチャーダガー”は背負った『アグニ』を数発発射するが、その機体は鮮やかに避けながら接近し、左手のシールドと一体化したガトリングを発射してくる。

支援機である”ランチャーダガー”を守るために”ソードダガー”も盾に内蔵されたロケットアンカー『パンツァーアイゼン』を発射する。

青い”ゲイツ”は驚くべき反応速度でシールドから抜き放った偃月刀のようなヒートサーベルでワイヤーを切断、そのままの勢いで狙いを”ソードダガー”に変更し、右手から何かを発射する。

 

<なにっ!?>

 

「これで決まりだ!」

 

発射されたそれはワイヤーにつながれており、”ソードダガー”の装甲に張り付くと同時に高圧電流を流し、機体の制御系をショートさせる。

護衛が全滅した”ランチャーダガー”に迫り、ヒートサーベルで両脚部を切断、行動能力を奪い去る。

 

「ははっ、この機動は最高だなぁ!”ジン”とは違うね、”ジン”とは!」

 

青い”ゲイツ”こと、”ゲイツ・インヴォーク”に搭乗していたパイロット、ハイネ・ヴェステンフルスは自分に宛がわれた機体の性能に歓喜の声を挙げると、行動不能にした”ダガー”3機に対して投降勧告を行なう。

別に人命を重視したとかではない。やりたくはないがハイネは殺せと言われれば割り切って殺せるし、殺すなと言われれば敵を殺さずに事を為せる、優秀な兵士だ。

今回も、そうだというだけ。

”ダガー”の鹵獲を命じられたから、そうするだけだった。

 

「ただ、なぁ……」

 

1つだけ不満があった。

他の人間には取るに足らないことかもしれないが、彼的には外せないこだわり。

 

「オレンジに出来てれば、なぁ……」

 

このままでは、本格的にあの後輩のカラーとして定着してしまうではないか。

先に始めたのは自分なのに。

 

 

 

 

 

この3時間後、ハワイ島の南部、オアフ島の西端が制圧された。このことを受けた司令部はハワイ諸島での継戦を断念。

予想だにしなかった、ハワイ諸島撤退の実行が決定された。

*1
詳しくは『対米覚書』を閲覧のこと




なんとか年内最後の更新、間に合った!
更新遅くなって申し訳ない……(泣)。

今回登場した機体や武装の解説とステータスを載せます。”インフェストゥスⅡ”や”エアーズロック”等は既に解説済みなので、無しです。
長いので興味が無いという人はスキップ推奨。





○耐海中浮上機雷-深淵
第2回「オリジナル兵器・武装リクエスト」より、「ムッシー」様のリクエスト。
1m~3mまでのバリエーションサイズのある球体型機雷。上下に4対の爪がある。
海中散布後で海底まで沈み、下部4本の爪で海底にひっつく。独自のソナーがあり、索敵範囲内にひっかかった物体に対し、急上昇し上部4本の爪で対象にくっつく。その後、約1分の間、特殊信号を発生させ周囲の機雷を一斉に誘引させる。その後、連鎖爆破。
実験した結果として1mサイズ50発、3mサイズ約10発ぐらいでMSの海中行動不能にさせる威力がある。

シンプル故に安価で量産がきく。また、広範囲にバラまく事で制圧能力もある程度ある。
味方機体に特殊信号の送信機を積んでいないと反応される。

○ゲイツ・インヴォーク
同じく第2回より、「佐藤さんだぞ」様のリクエスト。
ビーム兵器搭載前のゲイツの設計データを基に、テスターとの戦闘記録やイージスの機体データなどの類を用いて作られた対MS用MS。

PS装甲非搭載MSとの戦闘を前提に作られており、ビーム兵器を搭載していない代わりに総合的な機体性能の底上げが行われている。
また、実弾兵器が主になっているため、弾切れの状況下でも戦えるよう近接向きなMS。
初期カラーはライトブルー。

武装は頭部バルカン
バックパックの代わりに装備されたリフター“ゴースト”
ヒートサーベルを収納したガトリングシールド
両腰に取り付けられたレールガン
前腕部には脱着可能な3連装ガトリング砲
右腕部にはヒートワイヤー
(状況に応じて、重突撃機関銃や無反動砲、脚部ミサイルポッドなどを装備する場合もある)

特にリフター“ゴースト”はSFS“グゥル”の発展させた装備であり、メインスラスターとして機能することは勿論のこと、分離し上部に乗り込むことも可能(無線および有線遠隔操作機能付き)。
また“ゴースト”にもバッテリーを搭載することでエネルギーの節約と共有化、出力の向上化に成功している。
武装としてはバルカンおよび着脱可能なミサイルポッド。
(これをさらに発展させたのが、“ジャスティス”の“ファトゥム00”)
モデルは”グフ・カスタム”と”火器運用試験型ゲイツ改”。

以上、2つのアイデアを採用させていただきました。
素敵なアイデア、ありがとうございます!



最後にステータス。

アイアース
移動:7
索敵:B
限界:175%
耐久:400
運動:36
シールド装備
PS装甲

武装
ビームライフル:150 命中 70
ミサイルポッド:120 命中 60
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:165 命中 75



ゲイツ・インヴォーク
移動:8
索敵:C
限界:180%
耐久:180
運動:32
シールド装備
飛行可能

武装
ガトリングシールド:100 命中 55
レールガン:200 命中 45
ガトリング:80 命中 50
ヒートサーベル:210 命中 75
ヒートワイヤー:150 命中 50(防御無視)



エアーズロック
移動:6
索敵:B
限界:140%
耐久:350
運動:10
搭載:6

武装
主砲:120 命中 45
※外見モデルは「ガンダムX」に登場したフリーデン。



アスラン・ザラ(Bランク)
指揮 8 魅力 11
射撃 14(+2) 格闘 16
耐久 15 反応 15(+2)
SEED 3

イザーク・ジュール(Bランク)
指揮 11 魅力 10
射撃 13 格闘 12
耐久 12 反応 10

ディアッカ・エルスマン(Bランク)
指揮 7 魅力 10
射撃 12 格闘 8
耐久 11 反応 11

ニコル・アマルフィ(Bランク)
指揮 8 魅力 12
射撃 9 格闘 10
耐久 10 反応 10

ハイネ・ヴェステンフルス(Bランク)
指揮 11 魅力 12
射撃 12 格闘 12
耐久 8 反応 14



では、これにて。
何か質問がある場合はどしどし送ってくださると有り難いです。
皆さん、良いお年を!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第64話「灯火」

前回のあらすじ
「これは演習では無い!」




3/23

ハワイ諸島 オアフ島西部 ワイアナエ市

 

「くたばれ、ZAFT野郎共め!」

 

「司令部、司令部!こちら第27陸戦隊、指示を……ちくしょう、回線が切れやがった!」

 

「もうダメだ……俺達ここで死ぬんだ!」

 

悲鳴と銃声だけが、その場に響き渡っていた。

島の西側に上陸したZAFT部隊の侵攻を阻止するために出撃した陸戦部隊だったが、どれだけ撃って敵の数は減らず、しかしこちらの戦力は削れていく。

ハワイ島の拠点も陥落寸前、一部の部隊は撤退を開始しているという。これで、救援の可能性も潰えたということだ。

今はこうやって市街地に侵攻してきた敵部隊と戦っているが、それもすぐに終結してしまうだろう。

 

「来たぞ、オートマトンの第2波だ!」

 

「もう火力なんぞ残ってねえんだぞこっちは!」

 

ZAFTがこの戦闘で投入してきた新戦力、自動戦闘機械(オートマトン)。長方形の箱に足を4つ取り付けたようなその機械は、元はプラントコロニーの自動整備機械として作られたものだった。

およそ100万を超す人間が暮らすゆりかご、しかしそれは作るのも維持するのも簡単なことではない。

そこで開発されたのが自動整備機械であり、これは普段は自動でコロニーを整備してくれる。異常が発生した場合はコントロールセンターに通報し、未然に事故を防ぐことが出来るのだ。

人の生活を守るための機械が、戦争に転用される。それも戦争の性と呼べるのかもしれない。

本来整備用の装備が内蔵されていた長方形の中には5.56mm対人機関銃が内蔵されており、「武装している」「ZAFTの制式装備ではない」などの条件に合致する人間に対して自動で攻撃を加えるように設定されていた。

これに対して通常装備の歩兵では対抗は難しい。機体に用いられている装甲を突破するには対物ライフル級の火力が必要で、通常の対人銃撃戦を考慮した連合兵では手榴弾のような爆発物を用いるくらいしか打てる手は無い。

物を直すための道具を捨てた戦闘機械から、今、銃弾が発射される。

 

「ぐあっ!」

 

「ライアン!ちくしょう、ちくしょう……」

 

オートマトンの機銃掃射に1人の連合兵が巻き込まれる。幸いにして致命傷には至っていないが、それでも自力で動くのは困難だろう。

オートマトンがゆっくりと近づいてくる。止めを刺すためか、あるいは無力化を確認して後方の兵士に報告するのか。

どちらにせよ、自分達の所属していた部隊は自分達を残して全滅している。打てる手は無い。自分だって、銃を捨てて手を後ろに回しているから撃たれずに済んでいるのだ。

惨めだった。多くの仲間を殺され、唯一残った仲間が苦しんでいる中で自分は生き残るために手を挙げているしか出来ない。

 

「ちくしょう……!」

 

それでも、敵を見据え続けた。目を閉じず、さりとて現実を受け入れず、起死回生の一手を探し続けた。

───だからだろうか。自分達がこの場から生還出来たのは。

 

『オオオオオオオオオオオオッ、ラアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

オートマトンの横手から、人型の何かが飛び出し、オートマトンに激突する。

人間に出しうる速度の限界を超えたその突撃による衝撃は重厚なオートマトンを吹き飛ばし、横転させる。

飛び出してきたそれは右手に持っていた銃、マクミランTAC-60対物ライフル*1を発射する。対人用の拳銃は無効化出来る装甲でも、12.7mmの対物級の威力を受け止めることは出来ず、貫通。オートマトンは物言わぬ鉄塊と化した。

 

『無事か?』

 

「えっ、あっ、ああ……」

 

『そりゃよかった。早く後退しろ、ここはもう保たん』

 

突如出現し、オートマトンを撃破したそれは一見ロボットか何かに見えるが、人間の男性のようだ。

よく見ると分かるが装甲の隙間に緑色の布のようなものが見え、実態は宇宙服の上に装甲を貼り付けたような存在だと分かる。

おまけに背中にスラスターが取り付けられており、先ほどはあれを起動して高速で突撃したようだ。

キュイィィィィィィィィィンと脚部のローラーダッシュから音を立てながらその場を後にする彼の後ろ姿を見て、戦友に肩を貸しながら安全圏への待避を図る男は、あれが最近一部の陸戦隊に配備されたパワードスーツだということを思い出した。なんでもビクトリア基地での歩兵戦で大打撃を受けた陸軍が開発したものだとか。

とにかく、自分達は助かったようだ。それだけ分かっていれば十分だ。今は、退かねば。

後ろの方から新たに雄叫びと破砕音が聞こえ始めたが、そんなものに耳を貸す余地は無かった。

 

 

 

 

 

オアフ島 ヒッカム空軍基地 港湾部

 

ZAFTの攻撃は、ワイアナエ市の攻略を待たずとも真珠湾への侵攻を開始するほどの勢いを持っていた。

空軍基地と銘打ってはいるが、この基地は正確には空軍と海軍の2つを抱える統合基地であり、相応の規模の海洋戦力も持っている。そのため、基地司令から出された迅速な撤退命令に基づき、港湾部には脱出を目論む艦艇あるいは潜水艦がひしめき合っていた。

増援が到着する前に基地が陥落する。そう判断した司令官による命令だったが、具体的な計画の1つすら作る時間が無かったため、基地内は混乱状態にあった。

今もまた、1隻の大西洋連邦の輸送型潜水艦が脱出を試みているものの、中々出港出来ずにいる。

 

「助けてくれ、”ディン”が来る!」

 

「落ち着け、まだ入れる!」

 

「やめろ、押すな!?」

 

この潜水艦は基地内の人員を脱出させるために留まっているのだが、すでに沖合や上陸地点から飛び立ってきた“ディン”や”インフェストゥスⅡ”、あるいは上陸し始めた”ゾノ”の攻撃が近くまで迫っていた。

今もまた、潜水艦が係留されている地点の近くに砲弾が落着、近くにいた連合兵が複数人、紙のように吹き飛ばされる。

 

「もうだめだ、俺達みんなここで死ぬんだ!」

 

「弱音を吐くな!大丈夫だ、さっさと乗って脱出しちまおう!」

 

恐怖に耐えきれずに発狂し出す兵まで現れ始める。水中から飛び出した”ゾノ”が、そんな彼らの近くに降り立つ。

既にこんなところまで侵攻されていたのか。無力な兵士達に向けて”ゾノ”がその凶悪な爪を振りかぶる。

しかし、その爪が彼らに振り下ろされることはなかった。”ゾノ”の背後に現れたMSがビームライフルを数発射かけ、動きの止まった”ゾノ”を潜水艦とは別方向の海中に突き飛ばしたからだ。

一瞬の間の後、”ゾノ”の落ちた場所から大きな水柱が挙がる。どうやら水中で爆発を起こしたらしい。

兵士達がホッと息をついていると、”ゾノ”を撃破したMSから声が響き始める。外部スピーカーから発しているらしい。

 

<危ないところだったな、無事か?>

 

「……ああ、無事だ!あんたは何者だ!?」

 

<連合軍第17機械化試験部隊、隊長のユウ・アマミだ。たまたま目に入ったから援護したが、こちらも手一杯だ。早めに撤退してくれ>

 

そう言うと、その青い胴体が特徴的なMSは別の方へ駆けていってしまった。

促された兵士達は、ひとまず目の前から危険が排除されたことある程度の落ち着きを取り戻し、冷静かつ迅速に潜水艦に乗り込んでいく。

 

「あれが、東アジアの『ガンダム』か……!」

 

 

 

 

 

<ア~マミたいちょー!こちらツクヨミ2ことイツキ!そろそろ俺達だけで抑えるのにも限界があるので早く助けに来て欲しいかなって!>

 

<ぼやかない!隊長、お気になさらず>

 

「すまない、今戻る」

 

新たな愛機を駆って、ユウ・アマミは戦場を駆け巡る。

先ほどは偶然目に入ったから助けに入ったが自分達もそう余裕があるわけではない。右腕に持たせたビームライフルを背部のサブアームに懸架させ、代わりにアサルトライフルに持ち替えさせながら、ユウは反省した。

ユウが現在操縦しているMS『一式歩行戦闘機”須佐之男(スサノオ)”』は、東アジア共和国が開発した初の純国産MSだ。その性能は大西洋連邦の『G』兵器にも劣らないどころか、一部性能では上回ってさえいる。

MS開発において大西洋連邦に劣っていた東アジア共和国は、早急に高性能MSを手に入れる必要があった。

大西洋連邦は言わずもがな、ユーラシア連邦も”ノイエ・ラーテ”を始めとする通常兵器の大量増産で戦力を整えつつあり、このままでは戦争に勝っても次の戦争、つまり連合加盟国間で起きるだろう戦争に敗北してしまうということは容易に想像出来たからだ。

 

『地球連合等と謳ってはいても所詮は影で相手の腹に肘を喰らわせ合うような関係、戦争が終結すれば次に兵器を向けるのは他の加盟国』

 

少なくとも東アジア共和国の首脳陣はそう考え、それに備える必要があると考えた。

しかし大西洋連邦の工業力、ユーラシア連邦の数の暴力に対抗するために、自分達が進むべき道はどのようなものか?

首脳陣はこの問題を『1つ1つの戦力の質的向上』で解決することに決めた。

量で勝てないなら質で。それしか取れる手が無かったという事実からは目を背けつつ、まずは大西洋連邦から供与された”ポセイドン”をコピー、陸戦用の機体を開発することが決定された。

そうして生まれたのが”須佐之男”の原型ともなった『零式歩行戦闘機”伊弉諾(イザナギ)”』、別名”東アジアガンダム”である。

最初は”デュエル”から発展した”ポセイドン”を再び陸戦用に改修するという矛盾を孕んでいたため、劣化『G』兵器程度の性能しか持っておらず、武装も”テスター”や鹵獲したZAFT機のものを使い回すなど、お世辞にも高性能とは言えなかった。

しかしユウ達を始めとする複数の実験部隊が実戦でデータを集めたことで、ついには『G』兵器と同等以上の”須佐之男”という成果が結実した。

今回は大西洋連邦との合同訓練……という名目で”須佐之男”のお披露目を行なおうとしていたのだが、予想外の戦闘に巻き込まれてしまったというのが、東アジア共和国所属のユウ達がハワイ諸島にいた理由である。

 

<来ましたよ、”グゥル”付きが3,”ディン”が4です>

 

ツクヨミ3ことナミハ・アキカゼが更なる敵の来訪を告げる。ユウは冷静に増援部隊を捕捉し、アサルトライフルを射かける。

”須佐之男”が生まれた経緯は前述の通りだが、具体的な機体コンセプトを一言で表すならば、「より実戦向きになった前期GATシリーズ」である。

高コストなPS装甲は”ポセイドン”と同じく胴体にのみ採用することで生産性を向上させているのは言うに及ばず、一番特徴的なのは背部のハンガーユニットだ。

左右に1基ずつ武装を懸架することが可能で、必要に応じて併設されたサブアームによって必要に応じて武装を取り替えるこれは、ストライカーシステムを分析した東アジア共和国技術部の意見によって開発された。

 

『ストライカーシステムは機体コンセプトをまるごと変える、それよりもあくまで武装選択の自由度を上げるだけに止めた方が現場に即しているのではないか?』

 

実際、ストライカーシステムは画期的なシステムではあるが、運用には手間が掛かるという弱点がある。

バッテリーも内蔵するストライカーを生産する費用、ストライカー自体の整備要員、ストライカーを運用する設備……これらの負担を負うことを避けて開発されたこの機構は、現場の兵士からは概ね好評だった。

近接戦が得意なパイロットは実体剣、弾幕を張りたいならアサルトライフル、狙撃をしたいならビームライフルや狙撃銃。

手軽に機体に個性を生み出せるこのシステムに欠点があるならば、状況に応じて咄嗟に武器を持ち替える判断力だが、”テスター”配備当初から戦い続けたユウには懸念する必要は無かった。

ユウはイツキとナミハの”陸戦型テスター”と共に上空から迫り来る敵機を迎撃するが、流石にZAFTもヒッカム基地という要所を攻撃するのに生半可なパイロットを選出はしないということか、数機のMSが基地に降り立つ。

いや、もうこれは練度の差というレベルの問題ではない。既に()()()()()現状では被害を抑えるなどという思考も愚かでしかなく、必死になって出来ることは逃げ出すことだけ。

だが、それでもいい。ユウは接近してきた基地に降り立った”ゲイツA型”を、左手に持たせた実体剣で切り捨てながら、そう思う。

 

「この程度、こんなものは苦境などではない」

 

ユウはかつて、MA”メビウス”のパイロットとして戦っていたパイロットだ。

”メビウス”に乗ってプラント(血のバレンタイン)を、L1(世界樹攻防戦)を、そしてZAFTとの衛星軌道上での戦い(オペレーション・ウロボロス)を戦い抜いた。

しかし、それで得られたものなど何1つ得られなかった。

戦友を失い、守るべきものを守れず、ついには地球にNジャマーを投下されるのを防ぐことも出来なかった。

あの頃は何も出来なかった。何も出来ずにそのまま負傷して後方に回されている間に自国の資源衛星も奪われ、今は敵の要塞とされている。

今の自分には、力がある。抗うことの出来る力がある。

撤退すること、撤退を援護するしか出来ない?それは結構、何も出来ないよりはずっと良いではないか。

生き恥をさらして生き延びてきた。ならばこれも恥の1つに加わるだけだ。

 

「逆転の機会は必ず来る、それまで耐えるだけだ」

 

<そりゃ何時です!?今にも俺達死にそうなんですけど!>

 

イツキが弱音を吐くが、ユウはそれにこう返した。

 

「生き残れたら分かるさ。だから……今は戦え!」

 

<あーっ、ちくしょうが!やってやりますよ!>

 

<元からそのつもりです!ほら、次が来ましたよ!>

 

「ツクヨミ1、敵増援部隊との戦闘を開始する!」

 

負ける戦いにはもう慣れた。そうなれば勝利の味が欲しくなるのが人間というものだ。

いつか手に入れる『勝利』をつかみ取るために、極東における海神の名を冠する機械人形は、基地に降り立った敵部隊に向けて刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

この戦闘を生き延びた彼らに待ち受けるのは、栄光か。

それとも……『蒼』の因果か。

 

 

 

 

 

「あいつら、行けたか?」

 

「ああ。人員も機体もピンピン、五体満足で逃げられたよ。あとはこいつらだけだ」

 

そうか。この基地に勤めている中では1番の年長である老歩兵はタバコに点火しながらそういった。

水上艦艇も潜水艦も、果てには航空機も去ったヒッカム空軍基地。もはや基地は陥落したようなものだった。

それでもこうして残っているのは、どういった理由があるのだろうか。

老兵と呼ばれる齢に至った兵士達は、酒を飲んでいたりタバコを吸ったり、あるいは思い出話をしながら、最後に基地に残ったイージス艦が出港しようとしている様子を見つめる。

既に基地司令部の機能は喪失していた。爆撃用装備を付けた”ディン”の攻撃が、偶々直撃したためであった。

『時間をかけて練り上げた作戦でも予定通りに進行することは少ない』と言うが、ZAFTもまさかここまで予定外に上手くいくとは思っていないだろう。

突然の出来事に基地はただでさえ崩壊しかけていた統率を完全に失い、次々と戦力を削られていった。無事に逃げ出せたのが半分、残り半分は次々と海に沈んでいった。基地に転がる”テスター”や”リニアガン・タンク”の残骸の数も少なくはない。

そして、自分達もそこに加わるのだ。

 

<皆さん、出港準備が出来ました!皆さんも早く、機を捨てて乗り込んでください!>

 

「あぁ?だからなんべんも言わせんなっての。逃げ出すのが遅れたイージス艦が1隻、援護も無しに今から逃げ出せるわけもなく……」

 

「俺達がかかしになって引きつけてやるから、その隙に逃げ出せって話になったんだろうが」

 

<ですが……ですが!>

 

イージス艦の艦長が必死になって老兵達を説得しようとしている。

彼はこの基地に配備されていたイージス艦の艦長の中ではもっとも若輩だ。故に出港準備に手間取り、更には艦が流れ弾に見舞われるというトラブルに見舞われたために最後に撤退することになった、おそらく今日1番の災難に見舞われた人だろう。

そんな彼だからこそ、自分の不手際をフォローするように囮とならんとしている老兵達を見捨てることは出来なかった。

 

「気にすんなって。……まあ、正直に言っちまうと囮半分と意地半分ってところだな、俺達が残るのは」

 

<意地……?>

 

「この基地はよぉ、長らく、それこそC.Eになる前、俺の親父や爺さんの代から太平洋の平和を守ってきた場所なんだ。エレメンタリー(小学生)だって知ってる真珠湾攻撃でズタボロにされても、立ち直ってな」

 

そんな場所がたかが奇襲1つ受けただけですんなりと落ちるってのは、癪だろ?

老兵は笑いながらそう言い切った。

俺達がこれから死ぬのは単なる意地の問題でしかないと、断言したのだ。

 

「今のお前にはわからんかもしれんがな、艦長殿。未来のお前にもきっと、何かの意地のために命を捨てる選択肢が目の前に浮かぶことがある。それを前にしてどうするか。そこでお前の軍人としての全てが決まるとだけ覚えておけ」

 

「そうそう。俺達のこたぁ、『理屈蹴っ飛ばしたアホ老害』の一例とでも覚えて、それでいっちまいな」

 

<……そう思えたら、どれだけ……>

 

本音を言えば、自分だってこの場に残って戦いたかった。死ぬと分かっていても、敵に背を向けて逃げ出すなんて嫌だった。

だが、自分は艦長だ。自分の指揮するこの艦の乗組員、そして生き延びてこの艦に乗り込んで来た残存兵の命を預かっている。

そんな彼らの命を救うには、どうしてもこの老兵達の意地に縋って逃げ出すしかないのだ。

まさかこの後に及んでZAFTに捕虜にしてもらえるなんて考えられるわけもない。少なくともこの艦長の中でのZAFTに対する印象は地の底に落ちていた。

 

「頼むよ、艦長さん。俺達のことを慮ってくれるっていうんならよ……黙って、さっさと失せてくれや」

 

<……わかりました>

 

ついに決心した艦長はの号令に従って、イージス艦が湾の外に進み始めた。湾の外に陣取ったいくつかのZAFT艦隊もそれを確認したのか、砲塔を動かし始める。おそらく“ディン”が駆けつけるのも時間の問題だろう。

老兵達の役目は、それらの目を引いて無事に味方を逃がすことである。

 

「おーい、お前本当にそれ乗れんのか?」

 

<あったりまえだ、これでも元航空機パイロットだぞ!むしろ今の奴らはこんないい機体に乗って戦って負けてたってのが信じられん>

 

今は整備兵に転向したものの、かつては戦闘機に乗って空を駆けた老兵が笑って言う。どうせ置いていくならと”スピアヘッド”に乗り込んだ彼は自信満々にそう言う。

攻撃を受け続けてボロボロになった基地の滑走路だが、VTOL機の”スピアヘッド”にとってはそれは大した問題ではない。

 

「おい、なんで”ダガー”が残ってるんだ?」

 

<こいつにつけた装備が重くって、外す暇も無かったらしくってなぁ!せっかくだからと貰ってきちまった>

 

かつて戦車兵として戦った男は、基地に放棄されるはずだった”ファランクス・ダガー”のコクピットで堂々と無断搭乗を自白する。

まあ何もしなくても破壊されるか鹵獲されるかなのだから、問題はあるまい。

MSの動かし方などよく分からない。まあ、歩かせて、武器弾薬をぶちまけることが出来れば上々だろう。説明書を読めばそれくらいは出来る。

 

<よっし、こいつはまだ使えるぞ>

 

昔はイージス艦の戦闘システムの管制官だった男は崩壊した基地の防御機構の中で生き残っていた対空砲台を発見し、システムを再起動する。

男が現役だった時代のイージス艦には、精々が海を荒らす海賊の掃討くらいしかやることは無かった。せっかく学んだ技術を少しは活かせる機会を得られたことを喜ぶべきか、それとも嘆くべきだろうか?

 

<まだまだこいつらが活躍出来るって見せてやらねえと。なあ、そうだろう?>

 

<むしろここが稼ぎ時さ>

 

<ちくしょう、せっかくそのデカ物に乗れるいい機会だと思ったのによ>

 

ある男達は基地に放棄された”ノイエ・ラーテ”に乗り込んで、沖合の敵艦に照準を定める。

”ノイエ・ラーテ”の主砲は元々艦艇の装備だったのだから、十分に射程圏内だ。命中させられるかどうかは腕次第だが。

”ノイエ・ラーテ”への搭乗権を巡るコイントス勝負で敗れた男達は2人乗りに改装される前だった”リニアガン・タンク”に乗り込んでいる。

別に悔しくなんかないやい、こっちの方が乗り慣れてるから全然気にしてないやい。

 

<これさぁ、昔見たことあるような気がするぜ。なんだっけな、近代戦史だっけ>

 

<あれじゃね?ほら、日本が使ったってやつ。たしか……回天だっけ?>

 

<ああ、それそれ。……いやカミカゼ(特攻兵器)と一緒にされたらこいつらが可哀想だろうが!>

 

弾を撃ちつくし損傷し、帰投したものの時間が無く放棄された”メビウスフィッシュ”に乗り込んだ男達がいる。

男達にとって潜水艇の操縦とは多くの人間が協力して行なうものだが、個人で動かせてしかも戦闘まで出来るような代物が生まれるとは、人生分からんものである。

一応魚雷は積んだが、どうせ素人の自分達では動かすしか出来ない。

仕方ないが、こいつらには可哀想な目にあってもらおう。

 

「お前らぁ、準備は出来とるかぁ~?」

 

『とっくに!!!』

 

準備万端、なら始めよう。

死出の道を、笑顔で歩もう。

笑顔で、未来で輝く灯火を見送ってやろう。

 

「じゃあ……逝こうや」

 

老いた自分から、若い君へ。

歩みを止めてしまった我々から、未だに歩み続ける君達へ。

願わくは、その未来に光あれ。

 

 

 

 

 

この1時間後、大西洋連邦ヒッカム空軍基地から一切の抵抗が消失、基地は完全に陥落した。

最後にこの基地から出港したイージス艦はいくつもの損傷を負いながらも、無事に味方と合流。安全圏までの離脱に成功する。

遠く、望遠鏡があっても見えないだろう水平線の彼方。

たしかにそこには、理屈や道理では語れない誇りが存在していた。

そしてその誇りは。

───灯火となって、若者達を照らす。

*1
マクミランTAC-50対物ライフルの後継機という設定




今回は色々と無茶苦茶な展開になったと自覚しておりますが、これは「書きたいシーンを書く」ことを優先したためです。
手抜きになってしまったこと、深くお詫びいたします。

今回登場したオリジナル兵器の解説を載せておきます。

○歩兵用装甲服・軽/重タイプ
第2回オリジナル兵器・武装リクエストより、「モントゴメリー」様のリクエスト。
第2次ビクトリア攻防戦においてエクスキューショナーを始めとするZAFTの暴虐的な対人戦法に対抗するための装備を陸軍歩兵部隊が要求、それをお馴染み「通常兵器地位向上委員会」が叶えたもの。
簡単に説明すると『ノーマルスーツの規格を流用した装甲服』であり、耐熱性と対NBC防御を備えている。
物理的防御力は、至近距離からの拳銃弾、中距離以遠からのライフル弾に耐えることが可能であり、ZAFTの主要な歩兵火器の大半をシャットアウト出来る。
ヘルメットは簡易FCSを含めたヘッドアップディスプレイになっており、連合国で使用される各種歩兵装備に対応している。
今回登場したものは「重装型」と呼ばれるタイプであり、装甲パーツを追加し、バッテリー駆動する完全な意味での「パワードスーツ」である。
背中のスラスターや脚部のローラーダッシュを用いて高速で戦場を駆けることが可能だとであり、機動力も備える。
更に今回は従来型の12.7mm対物ライフルを装備したが、本来の装備は『20mmリニアライフル』であり、当たり所次第ではMSの破壊すら可能と、攻撃面でもハイスペックになっている。
これらの欠点は言わずもがな、高価だということである。
特に「軽装型」であればともかく、パワードスーツとして見るにも「重装型」は非常に高価で、日夜「戦車や航空機を量産したい派」や「歩兵の気持ちになって派」、「いやMSで置いていかれるわけにもいかんだろ派」で討論しているとかなんとか。

○一式歩行戦闘機”須佐之男”
「taniyan」様のリクエスト「ポセイドン陸戦化改修案」を元に生まれたオリジナルMS。
本編で説明した通り、零式歩行戦闘機”伊弉諾”をテストベッドとして得られたデータを基に開発された機体。
水中戦用機から陸戦機に改修された”伊弉諾”と違って完全に陸戦機としてのポジションを確立しており、その性能は前期GATシリーズを超える(拡張性では試作機としての面が強い前期GATシリーズに軍配が挙がる)。
特徴は背部のハンガーユニットであり、状況に応じて武器を持ち替えることで流転する戦況に対応することが出来る。この機構の元ネタは「アーマード・コアV」シリーズにおけるACのハンガーユニット。
外見イメージとしては頭部がガンダムタイプのジム・ドミナンス。

「モントゴメリー」様、「taniyan」様の両名には多大な感謝を。
素敵なアイデア、ありがとうございます!

次回からは再び宇宙に視点を変えます。
いい加減に展開を動かしたい……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第65話「破滅の種子」

前回のあらすじ
『光あれ』


3/23

『セフィロト』周辺宙域

 

そこでは、いくつもの光条が飛び交っていた。ビームが、ミサイルの引く発射炎が、レールガンの軌跡が、『戦場』を彩っていた。

それらは互いに目標を捉えることを叶えられず、どこかへ飛んでいくかデブリに命中して粉砕していく。

驚くべきは、並のMSが10機集まってで作れるか、といったその光景を作り出しているのがたった3機のMSであり。

2対1という差がありながらも、不利な側が有利な側を手玉に取っているということである。

 

「カシン、右から回り込んでくれ!」

 

<やってる!>

 

デブリを盾にして射線を遮りながらも、アイザックの駆る”デュエルF”は『純白の仇敵』へライフルを撃ち返す。

しかしその敵はそれをすれすれで───ギリギリにというよりは、完全に射線を見切ったように───回避、アイザックの射撃を囮とした”バスター改”の放ったビームと徹甲弾の連射をも避けていく。

流石にここまで避けられると、連合軍のトップエースという自信も薄れていくというものだ。隔絶的な操縦技術を見たアイザックは顔を引きつらせてしまう。

先ほどZAFT艦隊から発進してきたこのMSは、機体色が白であるということや各所の造形が異なっていたものの、”ヘリオポリス”で奪取されたという”イージス”、あるいはその発展機だということが分かっていた。

第5司令室に到着したというユージ達の情報もあるが、何度か変形機構を駆使した回避を見せられれば分かる。

アイザックはその光景に怒りを覚えた。

 

「それは、僕達のだろう……!」

 

敵の機体を奪うこと、それ自体は別にあり得ない話ではない。強力な敵が現れれば鹵獲して研究するのは当たり前だし、そうしなければ味方の被害が増えていくというならためらう必要など無い。元を辿れば“テスター”を始めとする連合のMSも鹵獲した”ジン”を研究して完成したのだから。

だが、なるほど。言葉で聞くのと実際に目にするのでは話が違うものだ。

味方が、友軍が、仲間が心血を注いで作り上げた機体、その後継機を勝手に作られるというのは。

───非常に腹が立つ!

 

<アイク、このままじゃ埒が明かないよ!?>

 

「このままだ、カシン!倒せなくっても、こいつが他にいかせるわけにはいかない!」

 

<だけど、それじゃあ……!>

 

「信じるしか、ない……!」

 

自分達しか目の前の敵を食い止められないなら、他の味方が救援に来てくれることを祈るしか無い。

しかし、目の前の敵の戦闘能力は並のパイロットでは対処出来ず、足手まといになるだけだ。

セシルとスノウの2人であれば問題無いが、あの2人は別の敵と戦闘中。

わずかに思案するアイザックだが、目の前の敵、”ズィージス”を駆るラウ・ル・クルーゼは見逃さなかった。

 

『隙を見せるとは迂闊なことだな、<アヴェンジャー>!』

 

”ズィージス”の腹部から、MS形態でも発射出来るようになった580mm複列位相エネルギー砲『スキュラ』が放たれ、”デュエルF”に突き進む。

アイザックは咄嗟にシールドを構えてそれを防ぐが、既に”ズィージス”の攻撃を何度も受け止めていたシールドに、ついに限界が訪れたのか、シールドは破砕され、”デュエルF”本体にも余波が襲いかかる。

 

<アイク!>

 

「だい……じょうぶ!外装だけだよ」

 

アイザックの言うように、増加装甲である”フォルテストラ”はボロボロだが、本体への被害は少なく、精々が左側のブレードアンテナが折れた程度のものだった。

役目を果たした増加装甲を排除して素体状態の”デュエル”が現れるが、装甲を外して少しは身軽になったところで、”ズィージス”をどうにか出来るようになる訳でもない。

むしろ盾と増加装甲を失ったことで、防御面に更に気を遣わなければいけなくなった。

絶体絶命、その言葉がアイザックの脳裏によぎる。

 

『ふふふ……この際、1人くらいは脱落させておくというのも……!?』

 

余裕のある態勢でビームライフルを構えていた”ズィージス”だが、何かを感じ取ったかのようにその場から飛び退く。その直後、”ズィージス”のいた空間を数条のビームが横切っていく。

増援の部隊が来たのかと考えたアイザックはレーダーを確認するが、接近してくる反応の数は1つ。味方なのは間違い無い、しかしあれはMS1機による弾幕だとは考えづらかった。

いや、1機だけ存在する。単機でありながら1個小隊規模の火力と弾幕を張ることが出来るMSが。

 

<また貴様か、クルーゼ!>

 

『お前もMSに乗るようになったのかね?ムウ・ラ・フラガ』

 

「フラガ少佐!?」

 

”メビウス・ゼロ”をそのまま背中に接着したような奇妙な機体、”ガンバレル・ダガー”に乗ったムウ・ラ・フラガが救援に駆けつけたのだ。

司令室でその光景を見ているユージの目には、ステータスが表示される。

 

ガンバレル・ダガー

移動:7

索敵:C

限界:175%

耐久:200

運動:32

シールド装備

ラミネート装甲

 

武装

ビームライフル:120 命中 70

ガンバレル:180 命中 75 (要空間認識能力)

バルカン:25 命中 40

ビームサーベル:150 命中 70

 

ムウ・ラ・フラガ(ランクA)

指揮 10 魅力 11

射撃 12(+2) 格闘 10

耐久 18 反応 11(+2)

空間認識能力

 

得意分野 ・耐久

 

<少佐、下がってください!MSに乗り換えて間もない貴方では……>

 

<リー中尉か!なーに、心配するなこれでもそれなりにはやれる>

 

カシンの言うとおり、ムウがMSパイロットとして正式に転向したのは1週間前、3月16日のことだ。

ムウが如何に歴戦の兵士だとしても、そんな状態でクルーゼと戦わせるなんてことは出来ない。

しかしムウは言う。

 

<それに……あいつの動き、俺にはなんとなく分かる。お前らよりも多く戦ってきたからかな?とにかく、俺が落とされる前に3機で落とせばいい。だろ?>

 

理由は定かではないが、ムウはラウの攻撃を防ぐ手立てを持っているようだ。

それに加えて、ムウは”メビウス・ゼロ”のパイロットの中で唯一生き残ったパイロット。ガンバレルを用いたオールレンジ攻撃は頼もしいのも事実だ。

 

「……わかりました。自分が前衛を務めますので、少佐はカシンと援護をお願いします」

 

<ああ、任せろ。今日こそあいつとの因縁を絶ってやる!>

 

心強い味方の参戦は、アイザックとカシンに光明となった。

しかし、彼らは知らない。クルーゼの目的はあくまで()()()()であるということを。

何の時間を稼いでいるのか?それは当然。

───味方の脱出の、である。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第2研究エリア

 

「誰か、いませんか!?無事な方は返事をしてください!」

 

”マウス隊”副隊長のジョン・ブエラは、生存者に向けて呼びかけを続けていた。

彼がユージから与えられた使命は”マウス隊”の残留人員の統率。しかし彼は1人でこの場を進んでいた。

既に”マウス隊”の非戦闘員のほとんどは安全なシェルタールームに待避済みだが、数人はこちら側に来て『ある機体』の調整に参加していたために、安否の確認が取れていないのだ。

通信で確認しようにも内部に潜入してきた工作兵によって設備の一部を破壊されてしまい、ジョンを始めとする複数人が捜索を始めたというのが、彼が現在この場所にいる理由である。

油断なく拳銃を構えるジョンだが、肩の力は抜けている。

というのも、既に潜入してきた敵部隊の多くは『セフィロト』の警備部隊によって排除されており、このエリアでの戦闘は終息している。今ジョンがしているのは、どこかに隠れたままの研究員が残っていないか、単なる確認作業である。

その筈だった。

T字路を曲がると、その場には凄惨な光景が広がっていた。

仰向けに倒れた白衣の男性、辺り一面に飛び散る血痕。

そして、()()()()()()()

肩ほどまで伸びた黒髪に白いブラウスとスカートを着たその少女は、死体に向けて呆然とした顔を見せている。

 

「なっ、これは、いったい……」

 

「……はぁ、あっ?」

 

少女は凄惨な場面を見たためか、それとも拳銃を構える男性兵士が現れたためか、わずかに震えている。

それを見たジョンは、拳銃を下ろして少女に問いかける。

 

「落ち着いてください。私は”第08機械化試験部隊”のジョン・ブエラ大尉、この基地に所属する兵です。何があったんですか?」

 

「あの……あたし……ここにいるパパに会いたくて……それで、”コペルニクス”から……」

 

「密航、したと?」

 

「だけど、そろそろ着いたかなってなって、外に出たら、こうなって、て……」

 

どうやら少女は”コペルニクス”から密航してこの基地に勤めているという父親に会いにきた、らしい。たどたどしく少女が話した内容を要約するとそうなる。

それを聞いたジョンは、スッと目を細めると、少女にゆっくりと近づいていく。

 

「そうでしたか……それは大変でしたね。立ち上がれますか?安全なところまで案内しますから、そこで話を聞かせてもらいます」

 

少女はコクリとうなずくと立ち上がり、ジョンに追従する姿勢を見せる。

しかしジョンは、少女から5mほど離れた場所で立ち止まり、問いかける。

 

「ところで、1つ良いですか?」

 

「……?」

 

 

 

 

 

「懐に隠した武器を、床に置いてもらいます」

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

何を言っているのか分からないという顔を少女は見せるが、ジョンは更に言葉を続ける。

 

「父親に会いたくて密航?しかもZAFTにこれまで見つからなかった?……嘘にしたってもっと吐きようがあるでしょう。現実にそんな少女が存在するわけがない。それともZAFTではそんなやり方を教えているんですか?」

 

銃を少女に向けるジョン。

少女は俯いて、しばらく沈黙する。少女が武器を抜いても即座に射殺出来るように、ジョンは一挙一動見逃さずに銃を構え続ける。

唐突に少女の肩が震え始める。……なるほど、そういうタイプだったか。ジョンは目の前の少女がどのような人物か得心した。

 

「───アハハハハっ!だよね、そうだよね!こんな雑~な嘘が通じるわけ無いもんねぇ?」

 

「なるほど。貴方、愉快犯ですね?」

 

顔を上げて満面の笑みを見せる少女に、ジョンは素直な感想をぶつける。

良くも悪くも、”マウス隊”という環境は奇人変人の巣窟だ。変態4博士を始め常識では測れない性格の人間がそれなりにいる。そんな場所にいれば、相対する相手がどんな人物なのか、表面的なことくらいは読み取れるようにもなる。

目の前の少女は()()だ。”マウス隊”の変態共とはベクトルが違う。

彼女は、最初からこの嘘が通じるとは思っていなかった。必ず失敗すると分かっていた。

でもやった。

面白そうだから、『いきなり基地に現れた少女』を前にした基地の人間が、どのような反応を見せるかが気になるから。自分の命の掛かった状況でそんなことをする人間は、正に異端と呼ぶしかあるまい。

それとも。

───絶対に生き残る自信があるからそんなことが出来るのか?

 

「愉快犯~?そう見える?見えちゃう?」

 

「ええ。今まで何人か変人を見てきましたが、彼らとは比べたくも無いほどに。……貴方は異常だ」

 

「何を以て異常と言うやら……ま、いいや。それなりに楽しめたし、もう帰るね」

 

「動かないでください。まさかこれが目に入らないわけじゃないでしょう?」

 

ジョンは銃を見せつけるが、少女はそれを鼻で笑う。少しも脅威に感じていないようだ。

理解が出来ない。いったいなんだというのか。───自分は今、何に銃を向けている?

 

「うんうん、分かるよ?およそ5mという距離、私が何かやる前にその指を引くだけで対処出来る。私は詰み……なのに、()()()()()。そう考えてるんでしょ?」

 

「っ、動くな!両手を頭の上で組んで膝をつくんだ!」

 

図星を言い当てられ動揺するジョン。普段は誰に対しても付けている敬語が外れるくらいには動揺している姿を見て、少女は嘲笑う。

 

「ああ、そうそう。そういえばそこでこんなもの拾ったんだ~。おじさん、”第08機械化試験部隊”ってところの人なんだよね?」

 

まるで道ばたに落ちていた小銭を見せびらかすように、少女は懐からある物を取り出し、ジョンに見せつける。

それをジョンが見間違えるはずがない。ジョンでなくたって見間違えることは無いだろう。

それは連合軍に所属する兵士の誰もが持つもの。つまり身分証。

そして、少女が見せつける身分証に張られている顔写真。ジョンには見覚えがあった。

 

「この人も、”第08機械化試験部隊”の人らしいんだよね~。あっちで死んでたよ?」

 

少女は太ももに取り付けていたナイフホルダーからナイフを抜き。

()()()()()()()()を見せつけながら、ジョンに告げる。

 

「まあ、私が殺したんだけどね?」

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

ダァンっ!

 

 

 

 

 

『セフィロト』第5司令室

 

「残存する潜入部隊は第6格納庫に立てこもって、抵抗を続けているようです」

 

「第6格納庫?あそこには“ミストラル”が置いてあったな。それで脱出するつもりか?……いや、俺達の考えることじゃないな。とりあえず、内部の敵は一掃されたと思っておくに留めよう」

 

ユージは次々と飛び込む情報の数々を自分達で対処出来るか否かを判断しながら、現れたイレギュラーについて考えていた。

 

シグ-・カストール

移動:8

索敵:B

限界:160%(リーシャ搭乗時210%)

耐久:150

運動:34

 

武装

ロングビームライフル:175 命中 80 間接攻撃可能

マシンピストル:70 命中 50

ナイフ:80 命中 40

 

リーシャ・グリマ(ランクA)

指揮 11 魅力 14

射撃 16 格闘 11

耐久 7 反応 14

SEED 1

 

シグ-・ポリデュクス

移動:8

索敵:C

限界:170%(ネイアム搭乗時220%)

耐久:160

運動:36

シールド装備

 

武装

マシンピストル:70 命中 50

レーザー重斬刀:180 命中 70

スパークナックル:150 命中 35

 

ネイアム・ウィルコックス(ランクA)

指揮 4 魅力 11

射撃 5(+2) 格闘 14

耐久 11 反応 14(+2)

SEED 2

 

ユージの知識の中に、あのような人物や機体の情報は存在しない。

それだけならまだしも、キラやアスラン、それにアイザック達と同様にSEED因子の保持者であるということがユージを困惑させている。

 

(またしても、SEED……アイク、カシンに出会った時もそうだが、意外とSEEDに目覚めうる人物は存在するということか?なら何故『原作』では……この世界だけの話なのか?それとも、描写されなかっただけなのか……。いや、今考えることじゃないな)

 

問題はSEED因子を保持、片方は既に覚醒までしている2人が、スノウ&セシルのコンビを苦戦させているということだ。

純粋な機体性能では互角だが、パイロットの技量、そして連携能力では完全に上をいかれている2人は大苦戦しており、何かしらの手を打たなければいずれは撃墜されてしまうのは明らかだ。

幸い、ムウがアイザックとカシンに合流してクルーゼと戦い始めていた。流石にクルーゼといえど、高性能機に搭乗したエースパイロット3人と同時に戦うことは難しい。

早急にクルーゼを追い払い、3人の内の誰かがセシル達に合流してくれれば逆転出来る筈だと考える。

更に戦場全体で、奇襲から立ち直った『セフィロト』の部隊が次々と戦闘に参加しつつある。

 

「はぁっ!?」

 

このまま何事もなく終わればいいのだが……。そう考えていたユージだが、アミカが突如として焦りの声を挙げる。

 

「どうした?」

 

「第2研究エリアに格納されていたMSが起動して第6格納庫に侵入、潜入部隊の乗り込んだ”ミストラル”を抱えて逃げ出したって!司令部大混乱です!」

 

「嘘だろ!?第2格納庫……まさかあれか!?」

 

これはつまり、敵に第2格納庫内のMSが盗まれた、と見て間違い無い。そして、ユージにはその機体に心あたりがあった。

第2研究エリアには、自分達と同じく実験部隊として活動する”第12機械化試験部隊”で運用されるはずだった、()()()()が格納されている。

 

「第6格納庫からMSが発進!これは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ストライク”!?」

 

そう、”ストライク”である。

現在はセシルが乗り込み、キラをパイロットとして地上での試験に使われる予定の機体は”ヘリオポリス”で開発された1号機。

そして奪われたのは最近生産され、『宇宙空間専用ストライカーを試験する』予定だった、いうなれば『”ストライク”2号機』と呼ばれる機体だったのである。

 

(2号機は奪われる……お約束(ジンクス)といえばお約束だがなぁ……!)

 

よりにもよって”ストライク”が奪われるというのは、結構致命的だ。何と言っても、現在の大西洋連邦の主力MSの原型となった機体である。

しかもこれで傑作と名高い『X-100型フレーム』の技術がZAFTに渡ることになるし、なんならZAFT製”ストライク”と名高い”テスタメント”の開発が早まる可能性もある。

色々な意味で、逃がすわけにはいかない。無力化あるいは撃墜を命じようとしたユージ。

 

「奪取されたのは”ストライク”の2号機だ!絶対に逃が……ぁがっ!?」

 

それは、唐突にして理不尽な頭痛によって中断される。

なんだこれは?こんなもの知らない。

例えようの無い違和感。脳をかき回すような痛み。

そして、吐き気のするほどの殺意が、自分の中から湧き上がってくる。

敵なのは間違い無い。しかし、これほどの殺意を抱くような理由はないはずだ。

そもそも自分は何に対してこんな衝動を抱いている?

 

「隊長!?どうしたんですか!?」

 

「ヒューイ中尉、MSを奪われました!そ機体は敵です、無力化を試みてください!」

 

こちらを気遣うマヤ、アイザック達へ呼びかけるリサの声が正確に聞き取れない。

グワングァンと、音自体が揺れているような感覚と共に、ユージの意識は急速に遠のいていく。

完全に意識が消失するその時まで、見慣れた筈のステータス表示が異常を指し示し続けていた。

 

(お前、は。いったい、何者───?)

 

 

 

 

 

ストライクガンダム

移動:6

索敵:C

限界:170%

耐久:290

運動:30

シールド装備

PS装甲

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

バルカン:30 命中 50

アーマーシュナイダー:100 命中 50

武装変更可能

 

 

SCX-Type666(ランクB)

指揮 10 魅力 4

射撃 12(+2) 格闘 14

耐久 11 反応 13(+2)

SEED 1

空間認識能力

 

unknown unknown unknown unknown unknown unknown

danger danger danger

unknown unknown unknown unknown unknown unknown

danger danger danger

unknown unknown unknown unknown unknown unknown

danger danger danger

 

 

 

 

 

『ラウ、お待たせ~』

 

ビームライフルが、対装甲散弾砲が、ガンバレルが”ズィージス”を追い込みつつあったその最中。

突如として横合いから射かけられたビームを避けたアイザックは、ビームを発射した機体を確認して驚愕する。

 

「”ストライク”……!?」

 

<ヒューイ中尉、MSを奪われました!その機体は敵です、無力化を試みてください!>

 

司令室からリサが目の前のMSに関する情報を伝えてくる。向こう側が騒がしいが、何か起きたのだろうか?

いや、そんなことよりも奪われたという”ストライク”に対処しなければ!アイザックは優先順位を設定し、味方にオーダーを飛ばす。

 

「カシン、フラガ少佐!僕があの”ストライク”を抑え……!?」

 

しかし、それを遮ったのはやはり”ズィージス”の射撃だった。そして、敵艦隊の方角から信号弾が打ち上げられる。

どうやら敵は目的を達成したようで、先ほどの”ストライク”の射撃は”ズィージス”を集中砲火から解放するための牽制であったらしい。

 

『ところで、その機体はどうしたんだね?』

 

『へっへ~、かっこいいでしょ?武器も一緒に置いてたから貰ってきちゃった』

 

『……軽挙妄動でそれを実現出来るのは、世界広しといえど君くらいかな?』

 

『いいじゃん、別に。どうせ何か盗ってくるのは予定通りなんだし』

 

『まあいい、帰投したまえ。君用に調整されていないその機体では満足に動けまい』

 

『はーい!』

 

”ストライク”は役目は果たしたと言わんばかりに敵艦隊に向けて進み出す。”ズィージス”は無防備な背中を守るようにその前に立ち塞がった。

 

「やらせるか!カシン、狙撃で落とせるか!?」

 

<やってみる!>

 

<俺達は、あいつの相手だな!>

 

”デュエル”と”ガンバレル・ダガー”が”ズィージス”の相手をしている間に”バスター改”の狙撃によって”ストライク”を撃墜する、アイザックの立てた作戦はそういうものだった。

邪魔者のほとんどいない状況での狙撃、カシンの射撃能力があれば、それは問題無く遂行出来るはずだった。

 

<ダメ、避けられる!後ろに目が付いてるっていうの……!?>

 

しかし、当たらない。必中を期してカシン(エースパイロット)が放つ一撃が、掠りもしない。

カシンは自分の中から湧き上がってくる違和感、あるいは嫌悪感を抑えることが出来ない。

───自分は今、何と戦っている?あの機体を操縦しているのは、本当に自分と同じ人間か?

 

『アハハハ!鬼さんこちら~』

 

通信が繋がっているわけではないが、何故か”ストライク”のパイロットから煽られた気がする。というより、その不規則な挙動から悪意が感じられるのだ。

MSによる戦闘機動セオリー、その枠をギリギリ超えるか超えないか。“ストライク”の機動を例えるならそれが近い。

 

(この動き……なんで?なんで……()()()()()()()って思うの!?)

 

経験は無いが知識と能力がある。その2つが他を圧倒しているために、キラは初の実戦でミゲル・アイマン駆る”ジン”を撃退することが出来た。

結局”バスター改”の砲撃が”ストライク”に当たることは無く、”ズィージス”を落としきることも出来ず。

 

『あ~、楽しかった!じゃあね、ネズミの人達!……次は、もっと楽しませてね?』

 

『セフィロト』の態勢が立ち直る直前まで戦い続けた艦隊、鮮やかな引き際を見せつけて、悠々と帰って行く。戦闘し続けたアイザック達にそれを追撃する余力もなかった。

完敗である。基地を守り切りはしたが、敵の目的はそうではなかった。

 

「くそっ……!」

 

アイザックに出来たのは、拳を自分の太ももに打ち付けて、悔しさを痛みで誤魔化すことだけだった。

 

 

 

 

 

<落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!>

 

”デュエルダガー”が鬼気迫る気勢で赤い”シグー”に斬りかかるが、”シグー”はそれを左手の盾で受け止め、右手に持ったレーザー重斬刀で反撃する。

セシルの駆る”ストライク”も狙撃機らしき青い”シグー”に迫るものの、赤い”シグー”が横合いから阻み、青い”シグー”との距離を詰められない。

味方を庇った隙に”デュエルダガー”が赤い”シグー”に斬りかかるが、今度は守られている青い”シグー”が的確に援護射撃をして”デュエルダガー”を寄せ付けない。

性能にそこまでの開きは無いが、連携力では完全に上をいかれていた。同じ能力を持つ者達が同数に別れて争うならば、勝負を決めるのは連携だ。

その点、セシル達は始まる前から敗北していた。

 

「バアル少尉、これではじり貧ですぅ!」

 

<ならばどうすると!ここから巻き返すには、ここでどちらかを落としておくしか無い!>

 

だから具体的にどうやって落とすかという話をしたいんだ、私は!

セシル・ノマという人物は軍人にしては極めて温厚な人物だが、今ばかりは怒鳴りつけたい気分だった。それをしないのは、単純にしてる暇がないだけである。

スノウは完全に頭に血が昇ってしまっている。おまけに、PS装甲を用いている”ストライク”はバッテリー残量がそろそろ危険域に到達しつつあった。

かといって補給に戻る隙も無いし、第一そんなことをしてしまったら『イノシシムシャ』となったスノウが突っ込んで、あの2機に殺されるだけだ。ユージがスノウの戦い方を見て呟いた言葉だったが、実に的確だと思う。

救いと言えば、2機の”シグー”が積極的攻勢に出てこないことだ。やはり敵の狙いは、時間稼ぎらしい。

セシルが狙撃に対する回避行動をしながら思案していた時のことだった。

敵艦隊から信号弾が打ち上げられ、それを見た2機の”シグー”が後退を始めたのだ。

どうやら、耐久戦が終わった(敵が目的を達成した)らしい。ほっと息をつく間もなく、追撃しようとするスノウの前に出て諫める。

 

<何故邪魔をする、ノマ少尉!奴らは……>

 

「はいはい、今は敵の追撃よりもやるべきことがあるんですよぉ?ボロボロの基地の復旧と、補給ですぅ」

 

<ぐっ……だが!>

 

「だがもしかしも無しですぅ!」

 

頭に血が昇ったスノウ1人を行かせるわけがない。セシルはそう続けようとする。

 

<奴らを逃がせば、この先、どこかでまた死ぬんだ、殺されるんだ!それはダメなんだよ!許しちゃいけないことなんですよ!それ、をぉ……!?>

 

……どうやら、タイムリミットが来たらしい。普段はいつ()()なるか、それこそ先ほども懸念していたことだったが、今はベストタイミングで来てくれたことが有り難い。

パイロットが気を失ったことで動かなくなった”デュエルダガー”を掴んで、”ストライク”はボロボロの『セフィロト』に向かって進み始めた。

痛々しい『セフィロト』、自分達の戻る場所を痛ましそうに眺めるセシル。

 

「そういえば、パパは無事ですかねぇ……?」

 

セシルはふと、父のことを思い出した。

自分の命を守ることに精一杯で、プトレマイオス基地で戦っている父を案じることを忘れてしまっていた。

それだけギリギリの戦いだった。昔の自分なら、きっとこの後泣いて部屋に閉じこもってしまうだろう程に。

変わってしまった自分と世界に、セシルは震える声で呟くしかなかった。

 

「この世界は、どうなってしまうんでしょうねぇ……」




次回、『禍戦』の終息。
ムウさんは新たな部隊への配属をきっかけに少佐に昇進しています。

個人的嗜好で言わせてもらうと、キラもオリ主も曇らせてこその『ガンダムSEED2次創作』だと思う。
何が言いたいかというと、今回のオリキャラがユージの宿敵です。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております!

p.s 活動報告を更新しました。


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第66話「野望」

前回のあらすじ
ラスボスの顔見せ回。



今回は前半と後半で温度差があるので、ご注意ください。


3/23

月面 プトレマイオス基地周辺宙域 ”アテナイ”艦橋

 

「アテンザ艦長!ディーバレスキューより暗号通信です。『我、騎士の使命を果たせり』」

 

「は~、やっときたか~。それじゃ潜入している全部隊に通達。『カラスが鳴いた』でお願い」

 

「はっ!」

 

通信士からの報告に肩の力を僅かに抜いたライエルは、続けて指示を出す。

『カラスが鳴くから帰りましょ』。この作戦に対するライエルのやる気の程が窺える『撤退』の暗号文である。

この詩を教えてくれた音楽家の友人も、今では地球の何処かで戦っている。まったく、嫌な時代だ。

 

「……ん?どうした?おい、いったい何があった!」

 

「どうかした?」

 

様子がおかしくなった通信士に気付いたライエルは眉をひそめながら報告を求める。

せっかく比較的綺麗に終わったのだから、さっさと帰りたい。

もっと言うなら、No More 残業。

 

「それが、敵基地の宇宙船ドッグの破壊を担当していた部隊なのですが、どうにも錯乱しているようで……」

 

「はあ?……とりあえず貸してくれる?」

 

通信士からインカムを受け取ったライエルはそれを耳に当てる。

 

「おい、いったい何があった?」

 

<……こちら、クラーケン1。もうダメだ、残っているのは俺だけになっちまった。皆、殺された!あいつら、普通じゃないんだ!>

 

「落ち着け。とりあえず何処にいる?場所次第では救援を───」

 

<ダメだ!絶対に来るな、来させるな!奴らは鬼だ、俺達を絶対に許しはしないし、何人増えようが関係無い。皆、皆殺される!……ああっ、もうそこまでぇ!>

 

様子がおかしいのは、通信先の人物だけではなかった。

通信機越しに何か異様な音が聞こえてくるのだ。何か固い物を切り裂いているような……。

いや、実際に切り裂いているのだろう。宇宙船でもMSでも、工業製品に触れたことのある人間なら誰でも分かる。

あれは高周波カッターが金属を切り裂いている音だ。おそらく、クラーケン1が隠れているであろう場所に踏み入ろうとしているのだ。

 

<ああ、もうダメだ、お終いだ。あいつらには手を出すべきじゃなかったんだ!変に欲張ろうとしたから……戦果なんて、命に比べれば!>

 

「……最後に何か、言い残すことは?」

 

ライエルは隊員1人の救助に掛かる労力と時間、そのメリットを考慮した。した上で、「もう助からない」と死の間際にある兵士を見殺しにすることを決めた。

自分が生き残れればいい、そんなことを考えるほど下衆ではないものの、流石に彼を助けることは出来そうもなかった。

せめて遺言だけでも持って帰ろうとしたのは、精一杯の慈悲だった。

 

<……それしか、もう何も出来ないな。じゃあ、ディセンベル3のアンヌ・ボーラーにこう伝えてくれ。……アンヌ、君の元に帰ると約束したのに、俺は破ってしまった。子供が生まれなくてもいいと君は言ってくれた、それなのに俺は裏切ってしまった。本当に済まない。俺のことは忘れてくれ……そして、新しい幸せを掴んでくれ。以上だ>

 

「分かった。必ず、一言一句違わず伝えよう」

 

<ありがとう……ああ、もう扉が壊される寸前だ。だが、ただではやられないぞ。必ず1人は道連れにしてやる!最後に、1つだけいいか?>

 

「なんだ?」

 

どれだけ無謀でも、間違っていても、命を捨ててでもあがこうとする人間は輝かしい。

せめて死にゆく者の意思を聞くだけ聞いてやろうと思ったライエル、。

───彼は今後、この時の決断を死ぬほど後悔することになる。

少なくとも、このエピソードを綺麗なままで終わらせられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

<ナチュラル共の戦艦に手を出すな。変態が編隊を組んで、襲ってくるぞ……>

 

 

 

 

 

「なに?」

 

次の瞬間、金属扉が倒れる音と共に、激しい銃声が鳴り響く。

銃弾が壁に、何かの機材に、そして肉に命中する音がして、静かになる。

 

<───やった>

 

どうやら死兵となった男は通信をつなげっぱなしで逝ってしまったらしく、聞き慣れない、しかし確実に人を殺した後の男の声が聞こえてくる。

 

<やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!我らが『王』に剣を向けた蛮族共を討ち滅ぼしたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!>

 

<<<yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!>>>

 

「……は?」

 

通信機の先にいるのは、紛れもないキ○ガイだということが判明した。

 

<麗しき超重装甲、たくましい主砲!そして崇高なる陽電子砲!もはや兵器ではない、芸術!かの白亜の女王に比べりゃルーブルだパルテノンだなぞカビカビの遺物!>

 

Yes(その通りだ)!>

 

<だがこうして蛮族は打ち払われた、白衣を、そしてツナギを着る我々の手でだ!諸君、何故かわかるか!?我々が正義だからだ!この闘争が正しいからだ!>

 

Yes(全面的に同意)!>

 

<“ペンドラゴン”に栄光あれ!連合宇宙艦隊に栄光あれ!───素晴らしき大艦巨砲に、栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!>

 

<<<YAAAAAAAAAAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!>>>

 

「……」

 

ライエルは無言でヘッドセットを外し、通信を切断した。通信先でどのような光景が広がっているのか、彼の脳はそれを考える前に思考は中断した。これ以上思考を続けたら確実に彼は廃人と化していただろう。

怪訝そうな顔をする通信士にそれを返しつつ、艦長席に戻る。定位置に座った彼は右手を顔に当てて上を仰ぎ、溜息をついた。

 

「はぁっ……」

 

「どうされましたか?」

 

心配してるのかしていないか分かりづらい顔で、自身の副官は尋ねてくる。普段は冗句を飛ばしてもつれない返事を返してくれない男だが、今はこの淡々とした態度が現実感を取り戻すのにちょうどいい。

 

「たぶん、たぶんなんだけどさ」

 

「はい、なんです?」

 

「……今日、絶対悪夢見るわ」

 

「本当に何があったんです?」

 

私が聞きたいよ。世の中には、自分の理解の及ばない人間がまだまだ大勢いるもんだなぁ!

ライエルはその言葉をぐっと飲み込んで、全艦隊に撤退命令を発令した。

これ以上、1秒でもこの場には留まりたくなかった。

 

 

 

 

 

”アテナイ” 艦長室

 

バシィっ!!!

室内に乾いた音が鳴り響く。

もしかしたら、自分は世にも珍しい光景を目にしたのかもしれない。ライエルはそう思った。

だって……()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、逆にどうすれば見れるのかというレベルで珍しいに違いないから。

 

「人を叩くなんて、初めてですけれども。───とても酷い気持ちになるのですね、ユリカ」

 

「……」

 

現在、プトレマイオス基地を奇襲したZAFT艦隊は、プラント本国に向かっていた。

()()()の目標を達成した以上、それ以上残って作戦を継続する理由が無いし、ラクスがこの艦にたどり着いた時点で既にプトレマイオス基地の防衛網は復旧しかけていた。そうなればたった7隻の艦隊でしかない自分達は袋だたきに合うだけである。

損害はMS4機撃墜、3機が中破、14機が小破。そして”ローラシア”級が1隻轟沈と少ないとは言えない被害だが、連合宇宙軍の総本山を攻めてこれなら上々と言って良いだろう。

───しかし、室内の雰囲気はもれなく最悪だった。

人質の身から晴れて救出されたラクスにことのあらましを説明した後に部屋にご案内。それでお終いのはずだった。

ライエルは案内役としてユリカ・フジミヤを選んだ自分の失策を悟った。

大方、内心で憤慨していたところに気を許せる友人が現れたことで、かえって『爆発』を誘発させてしまったというところだろう。

 

「あなた方は、いえ、ZAFTは何を考えてこのような暴挙に及んだのです?休戦協定を破棄してまで、事を起こすだけの理由があったのですか!?」

 

「クライン嬢……ですから、協定に違反したのは連合ですと」

 

「今の状況で連合が協定を違反する理由があると?それに聞き及んだ話では、違反が発覚したのは昨日のことだそうではありませんか。昨日の今日で複数の重要拠点に攻め込むだけの戦力を揃えられるとは思えません」

 

流石、シーゲル・クラインの娘だけはある。ライエルは舌を巻いた。

メディアに露出する際には呑気な雰囲気を醸し出していた彼女がこうも変わるとは。普段のそれは演技なのか、それともどちらも本当の彼女なのか。しかも、頭もそれなりに回るときた。

 

「誰の目から見ても、ZAFTが協定違反が起きると知った上で行動していたと映ることでしょう。これでZAFT、引いてはプラントへの信用は完全に失われた。……それを分かってやったというのですか!?お父様はいったいなにを……!」

 

ユリカはライエルに詰め寄るラクスを諫めようとするが、ライエルは手で制する。

頭は良いが、今のプラントは理解が足りていない。ライエルは少女に『真実』を突きつけることにした。

 

「残念ながら、既にシーゲル・クラインに出来ることはありませんよ」

 

「……なんですって?」

 

目を見開き、まったく理解が出来ないという顔を見せるラクス。今日だけで『ラクス・クラインの貴重な表情集』が販売出来るのではないかと思いながら、ライエルは話す。

既に、貴女の知っているプラントは存在しないのだと。

 

「『シーゲル・クラインは秘密裏にナチュラルと通じ、ZAFTの情報漏洩と引き換えに自身らの安全の保証を取引していた。これはプラント全国民に対する裏切りであり到底許せる行いではない。よって彼を解任し、強く正しきパトリック・ザラがこれからのプラントを導く』。……こういう筋書きになっていましてね。きっと今頃、貴女のお家は怖ーい兵隊に囲まれていると思いますよ?」

 

「なっ……!」

 

「貴女はもはや、プラント最高評議会議長の娘ではない。───無力な歌姫なんですよ」

 

驚きの余りに足から力が抜け、倒れそうになってしまうラクスをユリカは後ろから支える。

ユリカは咎めるような視線をライエルに向けた後、「……ラクス様はお疲れのようですので、お部屋まで案内します」と言い、ラクスの手を引いて部屋を退出した。

 

「……はぁ。我ながら、損な役を演じたなぁ」

 

ライエルは自嘲した。

あのままでは、彼女はプラントにたどり着いてすぐに最高評議会に乗り込む勢いだった。いや、()()彼女ならもっと慎重に立ち回るだろうか。

とにかく、彼女には現実を受け入れさせる必要があった。

『悪のナチュラルから勇者によって救出された歌姫』として大人しくするならそれで良し。現場としては任務に支障が出ないなら何でもいいのだが。

しかし、もしも彼女が現実を知った上で『先導者』としての道を歩くなら?

それはそれで、面白くなるような気がする。

 

「どっちにしても、身の振りようは考えとかないとなぁ……」

 

どうすれば生き残れるか、この戦争を乗り越えられるか。そのための考えを巡らせながら、ライエルは仮眠を始めた。

良い考えはきちんと脳を休ませないと浮かばないのだ。

 

 

 

 

 

”アテナイ”の居住区。ユリカはラクスの手を引いてそこを歩く。

2人の間に会話は無かった。有るわけも無かった。

片や、自身が囚われの身となることで戦争を僅かでも鎮火出来ると信じていた少女。

片や、囚われた親友を救うために敵地へ潜入し、その願いを踏みにじった少女。

気兼ねなく話し合えるはずの2人。今もこうして、手をつなぎ合っているはずの2人。

───どうしようもなく、遠かった。

 

「……こちらです。あと1日もすれば本国に到着するので、それまでお待ちください」

 

「……」

 

<ハロ!ハロ!>

 

とてつもなく遠く思えた道のりを歩き、ユリカはある一室の前で立ち止まる。そこは、ラクスのために用意された来賓室のような場所であった。

大人しくしていろ───そういうことなのだろう。おそらく、プラント本国に帰還してからも。

ハロ(ピンクちゃん)も、本来は取り上げられるはずだった。そうされなかったのは、部屋の前に警備員を常に配置することと引き換えだった。

それに、最高評議会議長の娘という立場を失っても、ラクス・クライン個人の人気が失われたわけではない。余りに締め付けては、ファンからの不興を買いかねない。

ただでさえ地力で劣るのに、足並みを乱すわけにはいかないというライエルの判断(面倒事は避けたい)だった。

 

「……ユリカ」

 

「……なにかな?」

 

ラクスの声は、声色は親友に対するものだった。だから、ユリカは親友として応える。

 

「”コペルニクス”にお出かけした時、キラが話してくれました。月基地で新しい友人が出来た、と」

 

「……っ!」

 

歯がみをするユリカ。

まさか今ここで、もっともされたくない話を振られるとは思ってもいなかった。

 

「まさか、とは思いました。しかし同じ名前、覚えのある性格、このタイミングで地球軍に入隊するという不自然さ……わたくしでも気付けます。キラの話す友人が貴女で、何を目的としているのか」

 

「……やめようよ、その話は」

 

「とても頼りになると、何度も助けられたと……」

 

「やめないか!」

 

なおも言いつのるラクスに対し、ユリカは強く拒絶する。

それは努めて冷静であろうとしていたユリカにとって失敗であり、ユリカの真意を探ろうとしていたラクスにとっては答えそのものであった。

ハッとしたユリカはラクスに背を向け、部屋の外のパネルに手を触れる。

 

「ユリカ……」

 

「失礼しました。何か用のある時は、部屋の外の警備員に声をおかけください」

 

目的を果たしたはずなのに胸を締め付ける思いに蓋をしたくて。悲しそうなラクスの顔が、もう見たくなくて。

ユリカは扉を閉め、部屋の前に到着した警備員に任を引き継いだ後、自分の部屋に駆け込んだ。

 

「はぁっ……!」

 

ベッドにもたれかかると、ユリカは息を思い切り吐き出した。

まさか、こんなことになるとは思っていなかった。

きっかけは、親友であるラクスが『血のバレンタイン』の慰霊のために”ユニウス・セブン”へ向かい、そのまま消息を絶っていたこと。

気が気でなかった。親友を守るための力を身につけるためにZAFTに入ったのに、そのためにハードな訓練を乗り越えたというのに、自分は何も出来ないでいる。

友の危機に何も出来ずにいる、いや、もしかしたら既に友は命を落としているかもしれない。焦りと無力感に苛まされながら日々を過ごしていた時のことだった。───休戦協定の締結と、その人質としてラクスが囚われているという情報が入ってきたのは。

当然、自分に出来ることは何かないかと行動を開始した。アカデミーでも上位20位以内の好成績で卒業したこと、そして()()()()()()もあってなんとか手に入れた機会(チャンス)こそ、プトレマイオス基地に潜入しての情報収集任務だった。

連合軍が即戦力を求めて実施していた『特別コース』なるものは、”コペルニクス”出身かつ若年のユリカが潜り込むのにおあつらえ向きだったというのが、ユリカが選ばれた最大の原因である。

”コペルニクス”内の協力者を介してプトレマイオス基地に堂々と赴いたユリカだったが、ここで誤算が生まれる。

 

「まさか、さぁ……」

 

自分以外に、特別コース受講者がいるとは思ってもいなかった。たった1ヶ月の訓練で実戦に送り出される、そんなことを誰が好き好んでやるというのだ。───いて、しまったのだ。

キラ・ヤマト。”ヘリオポリス”の崩壊から生き延び、あろうことかMSに乗れてしまったために戦闘に参加し、何をどうしたらそうなるのかそのまま連合軍への入隊を決めた少年。

まさか自分以外に参加者がいるとは思っていなかったユリカは、なし崩しに同世代の異性との同室での生活を始めざるを得なくなってしまう。

出会ったころから飄々とした態度でキラと接していたユリカだが、内心ではいつ不自然に思われないか不安で仕方なかった。

訓練の際にも、既にZAFTで訓練を受けていたことを悟られないように、必死にクセを隠し、矯正していた。……銃の訓練でボロを出した(好成績を出した)のは、最大の失敗である。

何よりの誤算は、自分が存外に絆されやすい性格だったということである。

 

「キラ、サイ、トール、グラン……」

 

キラは一緒に生活している内に、純粋でからかい甲斐のある、一緒にいて楽しい友達となった(なってしまった)

サイ、トールの2人はキラの元からの友人だけあって、キラを通じて自然と友人となった(なってしまった)

グランは出会った当初の印象は最悪だったけれども、ああ見えて意外と面倒見が良い兄貴肌で、訓練にも真面目に取り組む、良い意味で向上心の強い男だった。

彼とも、先日友人になった(なってしまった)

そして、不審な点がいくつも見られただろうに、真摯に訓練を施し、アカデミーの頃よりも更に自分をスキルアップさせてくれた、マモリ・イスルギ。今までで最高の教官だった(そんな彼女をナイフで刺した)

───彼らを裏切って、自分はここにいる。

 

「この有様で、何処に『諜報の適正有り』、なんだか……本当に適正があるなら、今こうしていることもないだろうに」

 

いずれ裏切る敵と仲良くなって、自分は何がしたかったというのか。

自分の手で殺すかもしれない相手のことを知って、何を望んでいたのか。

───無駄、無駄、無駄なことだ。既に終わったことだ。後戻りは出来ないことだ。

今も遠ざかっているプトレマイオス基地、そこにいるだろう『敵』のことを思って、何の意味がある。

 

「頼むから、折れたままでいてくれ。うずくまっていてくれ。次に会った時は……今度こそ、撃たなければならなくなる」

 

もっとも、そうはならないのだろう。

たとえ友と信じた女に裏切られようと、敬愛する教官が動けなくなっても。

彼は立ち上がるのだろう。あの教官に教えられた男が、そこまで柔な筈が無い。やはり見通しの甘い女だと、ユリカは自嘲する。

この苦悩は自分が作り上げたものだろう?

この後悔は自分の行動の結果だろう?

それを嘆くなんて……滑稽としか言いようがない。

 

「ああ、まったく……吐き気がする」

 

 

 

 

 

3/24

プラント 「アプリリウス・ワン」 クライン邸

 

「これで満足か、パトリック?」

 

シーゲル・クラインは円形テーブルを挟んで向こう側に座る男、パトリック・ザラに問いかける。───望み通り、戦争に歯止めは効かなくなったぞ?、と。

派手すぎず、しかし調和の取れた景観の部屋の中には、彼ら2人だけが存在していた。

勿論、部屋の外には多数の兵士が配置されている。ネズミ一匹たりとて通す気も無いし、逃がす気も無い布陣だ。

では何故、プラントを裏切った()()()()()()()()危険人物のシーゲルと、新たな指導者となる予定のパトリックが2人きりでいるのか。

その答えは簡単だ。───パトリックが望んだ、それだけのことである。

 

「そうだな。イングランドはロイヤルネイビー(大西洋連邦イギリスエリア海軍)の予想以上の抵抗に遭ったためにデヴァンポート基地の制圧までしかいけなかったが、それ以外は概ね順調、予定通りだ」

 

「威力絶大にして最悪のカードを切ったにしては、大きな戦果はハワイ諸島制圧だけのようだが」

 

「ハワイ諸島は要地だ。大きな戦果だよ」

 

戦果を誇るパトリックだが、その顔に喜色は無い。

まったく真意を感じ取れない表情のままでテーブルの上に置かれた紅茶を飲むパトリックの姿に、シーゲルは立ち上がってテーブルに両手を叩きつけ、激昂する。

 

「それで何が解決するというのだ!この奇襲が如何に有効だったとしても、連合の地力の高さを鑑みればハワイなど2ヶ月、早ければ1ヶ月もすれば奪還される!イギリスエリアとてそうだ、このような中途半端な攻撃に何の意味がある!?精々向こうの海軍の動きが多少鈍る程度ではないか!」

 

シーゲルの言ったことは的確だった。

どれだけ派手に見えようとも、ZAFTが一連の奇襲で得られた物は少ない。

月基地を陥落させるでもなく、かといって地上の重要拠点もハワイ以外は大した物を手に入れたわけでもない。あらゆる国家からの印象が最悪になり、どうあがいても講話など不可能、そんな状態に陥ったにしては不釣り合いな戦果なのだ。

しかしパトリックは表情を変えない。

 

「その通りだな、まったく。……それが目的なのだから」

 

「なに?」

 

「月基地の方も目標は達成している。せっかく再編が完了しつつあった連中の宇宙艦隊も、この奇襲によって再び編成し直さなければなるまい。これでおそらく、3ヶ月は宇宙の侵攻を遅らせられただろう。いや、地上に金を割く必要もあるからもっと……」

 

「パトリック……何を、言っているんだ?」

 

シーゲルは、もはやパトリックが何を考えているのか少しも読み取ることは出来なくなっていた。

そんなシーゲルを嘲笑うでも、哀れむでもなく、パトリックは告げる。

 

「無論、算段だとも。勝つためのな」

 

「お前は、まだそんなことを言っているのか?現状を見ろ、いや、お前の方が詳しいはずではないか。連合は次々と新兵器を開発、否、量産すらしてきている。戦争序盤に稼いだアドバンテージなどもはや存在しない。ここからどう勝つというんだ」

 

「ああ、まったくその通りだ。だからこそお前は連合との講和を声高々にし、そのための策を打ちだしていた」

 

シーゲルとてプラント最高評議会議長に選ばれた男、ただ会議で「講和せよ」と叫ぶだけの凡愚ではなく、具体的な方針を持っていた。

休戦終了後に月面を始めとする宇宙の完全制圧作戦を実行、その戦果によって講和を有利に進める。シーゲルは最高評議会議長の座から降りることになる前にその方針を確定させようとしていた。

連合がそれで講和を受け入れるかはともかく、現状から逆転して完全勝利を目指そうとするよりは現実味のある策だった。

 

「しかしな、シーゲル。そこが認識の違うところなのだよ」

 

「何が言いたい?」

 

しかし、パトリックはシーゲルの考えを見当違いであると言う。

 

「もはや地上の制圧は不可能。しかしお前の方策では完全独立は怪しい。───私は、勝ちたいのだ。勝たなければいけないのだ」

 

「何故だ、何故そこまで勝つことに拘る?我らの悲願はプラントの平和と自治権獲得、そうではないのか?お前はこの戦争に勝利して、何が欲しいというのだ」

 

パトリックは紅茶をテーブルの上に置き、シーゲルの目を見据えた。

 

「……シーゲル、お前は生まれて初めて守りたいと思ったものを奪われたことはあるか?しかも、それを自分達の自作自演であると言われたことは?」

 

「レノアのことか。無論、私にも怒りはある。彼女を、“ユニウス・セブン”に住まう24万3721人の命が奪われて、黙ってなどいられない」

 

「それは私も分かっているよ。だが、私は一切の妥協をしないと決めた、ただそれだけなのだ。ようやく気付いたんだよ、このぬるま湯のような時間(休戦期間)を過ごして」

 

テーブルの下に隠した拳を強く握りしめ、パトリックは更に言いつのる。

 

「私は大西洋連邦で生まれた。私は、あの場所での日々が恐ろしくてたまらなかった。コーディネイターであると周囲に知られることが、いつ過激な”ブルーコスモス”に襲われるか。そして、そんな自分を疎ましそうに親の目が」

「疎むくらいなら何故コーディネイターにした?禁止されている遺伝子操作を、高い金を払ってまで行なった?奴らは結局、『優秀な息子』というステータスを欲していただけだった。あんな奴らから生まれたなど、吐き気がする」

「絶望しかなかった。能力を発揮すればコーディネイターではないかと疑われ、隠したら隠したで親に失望される。『この程度しか出来ないように生んだ覚えはない』と、奴らの目は言っていた」

 

淡々と、しかし暗い感情を練り込みながら、パトリックは憎悪を吐き出す。

彼にとって、『生きる』ことこそ地獄そのものだった。

 

「プラントに押し込められたその時もそうだった。不当に高い空気税、現場のことを考えない理事国、加えて何時テロが起きて巻き込まれるか分からない。レノアは、絶望の中にあった私に唯一与えられた『光』だった」

 

パトリックは、レノアに救われたのだと語る。愛しそうに、懐かしそうに。

今は無き妻のことを語る姿は、かつてレノアと交際を始め、仲睦まじく日々を過ごしていた時から変わらない。

どのような格好がデートに相応しいか。彼女へのバースデープレゼントには何を選べばいいか。自分のような人間が彼女と共に人生を歩むことは、幸せにすることは出来るのか。パトリックの数少ない友人だったシーゲルは、よく相談を受けていたものだ。

結婚して息子が生まれる時にはどんな名前がいいか、うんうんと唸っていたこともある。アスランと名付けられた息子もまた、パトリックの『光』となった。

どれだけ苦しい環境でも、間違い無く言える。

あの時、彼らは間違い無く『幸福』だったのだ。

 

「だが、レノアは奪われた。ナチュラル共の、たった1発の核によってな!警告すら無かった!

奪うくらいなら何故与えた!?何故私に希望を持たせたというのだ!」

 

徹底的に、妻の死は貶められた。

あのコロニーでは生物兵器を研究していたのだと。核を用いて攻撃されたのは当然の報いであると。そもそも、ZAFTの演技ではないのかと。

それだけで、十分だった。1人の男が決意するには。

どれだけ狂っていると言われようと、どれだけ荒唐無稽に思われても、たとえ意味が無かったとしても。

 

「私がしたいのはな、シーゲル。───復讐なのだ。たとえ何を犠牲にしたとしても、どのような屍山血河を作り出すことになろうとも、最後には何も残らなかったとしても。私は、この世界に復讐しなければならないのだ」

 

「……パトリック、お前は」

 

「ここに来たのは、別れを告げるためだ。輝かしき過去(思い出)と決別するために、な」

 

そう言うと、パトリックは懐から拳銃を取り出し、シーゲルに銃口を向ける。武器を持たないシーゲルには、何をする事も出来ない。

もはやこれまでか。シーゲルはそう思い、しかし視線だけは逸らさないようにパトリックを見据える。

 

パァン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、シーゲルの体に痛みが生まれることも、意識が暗転することも無かった。

パトリックはシーゲルの後ろ……壁に取り付けられていた鏡を撃ち抜いたのだ。

 

「さらばだ……パトリック・ザラ。これより先には、微かな『光』すらも枷となる。───私は、闇を進むのだから」

 

そう言うとパトリックは、幽鬼と化した男はシーゲルに背を向けて部屋の出口に向かう。

シーゲルは思わず手を伸ばすが、決定的に道を違えた友を踏みとどまらせる力など有るわけもない。

 

「ではな、シーゲル。もうこうして話すこともないだろうから言っておこう。こうして道を違えてしまったが、君は私の、最高の友だったよ」

 

これより先の道に、友は不要だ。

全てをなげうってでも、私は復讐を成し遂げる。

たとえ地球がなくなろうとも、プラントが滅ぶとしても構うものか。このような考えを持つ人間の切り札が『創世』の名を冠しているのは皮肉的だが、それも一興だろう。

何があっても、叶えたい願いがある。

 

 

 

 

 

この世界を壊すのは、自分だ。




Q.結局、パトリックは何を決めたの?
A.本当は全てを滅ぼしたいのだと気付いたので、開き直って絶滅戦争することにした。

第2章もあと3、4話で終わりそう。
完結はいつになるやら……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第67話「決意の少年」

前回のあらすじ
https://img.syosetu.org/img/user/275847/75801.png

またもやファンアートをいただきました!
このイラストを見ていただければ、たぶん前回どんなだったか思い出すと思います!


3/24

月面 プトレマイオス基地

 

「止血帯を持ってこい!こっちだ!」

 

「痛え、痛えよぉ……」

 

「第18ブロックに火災だ!早く消火しないと!」

 

「瓦礫を退けるんだよ!早くしろ!」

 

悲鳴が、怒号が、混乱の声が基地のどこからも聞こえる。キラは負傷者を乗せた担架を運ぶ手伝いをしながら、どうしてこうなってしまったのだろうかと考える。

見慣れた筈の通路は血痕や銃痕で彩られ、一昨日までの平穏を感じさせることは無い。窓から外を覗けば破壊されたMSや艦艇の残骸を撤去する”ミストラル”や作業用パワードスーツ”グティ”の姿が見える。

これを引き起こしたのは、ZAFTで。そのZAFTを手引きしたのは、昨日までの1ヶ月を共に過ごした、戦友と思っていた少女で。

 

「あっ……!」

 

「うぐっ……」

 

「おい、ぼけっとするな!床だって綺麗じゃなくなってるんだ、足下には注意しながら歩け。今、俺達が運んでいるのは人命なんだぞ!」

 

考え事をしながら歩いていたためか、床に散らばっていた瓦礫に足を引っかけてしまう。幸いにも転倒はしなかったが、今キラは怪我人を乗せた担架を持っていた。

もしも自分が転んで担架から怪我人が転げ落ちてしまえば、傷が悪化、あるいは打ち所を悪くしてそのまま死亡してしまうかもしれない。

そんな状況で考え事をしていた自分を恥じ、キラは同じ担架を持っていた医療班に謝罪してしっかりと担架を持ち直し、再び歩き出す。

兵士(少年)に悩む時間は与えられない。

 

 

 

 

 

普段は会議室として使われるその部屋は、今は医務室に入りきらない怪我人を寝かせておく部屋として使われている。

キラ達は担架からゆっくり、慎重に怪我人を床に敷いたシートの上に寝かせる。

 

「これでよし。後は医者の仕事だ」

 

共に担架を運んできた男に手振りで「もういい」と言われたキラはその部屋から出て行く。今はどこも手が足りていないため、こうして本来はMSパイロットであるキラも何処かしかの手伝いをしているのだ。

部屋を出る直前、チラリと部屋の中を見る。

医務室に運ばれるのは重傷の兵士と決まっているため、酷い怪我をしている兵士の姿は見えない。

それでも、部屋の中には所狭しと怪我人が並んでいる。医療従事者の数が足りていない───先の奇襲でも何人か殺害された───こともあり、未だ治療が行なわれていない怪我人の方が多いくらいだ。

これが戦争なのだろうか。この1ヶ月で兵士として少しは成長出来たつもりだったが、それも結局()()()でしかなかった。

自分も、戦場に出たらこのような光景を作ることになるのだろうか?治療が行なわれずに延々と苦しむ兵士を、そもそも治療すら受けられずに死んでいく兵士を生み出すことになるのだろうか?

そういえば、マモリも「敵に同情するな、するのは自分が死んだ後か戦後にしておけ」と口を酸っぱくしたように言っていた。それは、この光景を生み出すことから目を背けろという意味だったのだろうか。

いや、そんな筈は無い。あの女傑はそのようなことを言うはずが無い。人殺しという罪から逃げることを、マモリ・イスルギは良しとしない。

きっと彼女は知っていたのだ。いや、実戦を経験したことのある兵士なら誰もが知っていたのだ。敵に同情しながら戦える人間なんて存在しないのだと。

───そんなことを考えながら戦ってしまえば、人の心は壊れてしまうのだということを、彼女は知っていたのだ。

 

「うぷっ……」

 

キラは自分の中から吐き気が湧き上がるのを感じ、近くのトイレへ駆け込んだ。

洗面器に自分の胃の内包物をぶちまけたキラは、鏡に映る自らを罵倒した。

 

「何が、アスランを止める、だ……そのために、何人を殺すことになると思っていたんだ、キラ・ヤマト……」

 

アスランを、戦火に身を投じた友を止めたいという思いは、きっと間違っていない筈だ。

間違っていたのは、自分の見積もり。

友を止めるため、救うためと、入隊届(殺人同意書)にサインをしていた自分自身。もしも過去に向かうことが出来るなら、真っ先に1ヶ月前の自分をぶん殴ってやる。

そこでキラは頭を振った。

何をバカなことを。時間が戻るなんて、どこまでいってもSF(空想)だ。もしもそんな装置が存在している、あるいは、未来で生まれるなら、きっと世の中はもっと良いモノになっていたはずだ。

あり得ない妄想に時間を使っている暇など無い。今も、どこかで人手が求められている。

だが、その前に。

キラはトイレを出て、ある場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「誰だゲロぶちまけたままトイレから出て行きやがったのはぁ!」

 

「す、すいません!」

 

その前に、やらかしたことの後始末をする必要はあったが。

 

 

 

 

 

「彼女のことなら心配ない、今は麻酔も効いて眠っているが、直に目が覚めるだろう」

 

「そう、ですか……」

 

呼吸器を付けられたまま眠るマモリの姿をガラス越しに見ながら、キラは恩師が窮地を脱したことに安堵した。

担架運びを手伝い始める前に、キラはマモリをこの場所に担ぎ込んだ。

既に医務室は逼迫し始めているところだったが、幸か不幸か、マモリは治療を優先されたのだ。マモリがナイフで背中から刺されたということの他に、換えの効きづらいMSパイロットであることが考慮されたのは想像に難くない。

ともあれ、マモリは命の危機からは脱したのだ。ホッと息をつくキラに軍医は告げる。

 

「しかし奇妙なものだった。たしかに、イスルギ中尉は背中から刺されていた。しかしその割には……」

 

「なんです?」

 

「重要な臓器には傷が付いていなかったんだよ。まるで、意図的に避けたみたいに」

 

目を見開くキラ。

その心中には「何故」という戸惑いと「やはり」という直感、矛盾する2つの感情が同居していた。

ユリカは格闘・近接戦闘訓練でも優秀な成績を残していた。そのユリカが警戒していない状態のマモリに致命傷を与えられなかったということはあるまい。何故彼女は、マモリを殺害しなかったのか?

だが、ユリカにマモリを殺す気が無かったというのは当然のことでもある。殺す気があったなら、最後にマモリへの銃撃をわざと外しはしない。

たしかに、自分は撃つことすら出来なかった。だが、彼女だって撃つ気があっても殺す気はなかったのだ。

───ますます、彼女のことが分からなくなった。

 

「どうした、君?気分が悪そうだが……」

 

狼狽するキラを心配して軍医は心配の声を掛ける。キラは「大丈夫です」といって部屋を出て、そのまま近くのベンチに座り込む。

 

「ユリカ……僕はもう、分からないよ……」

 

 

 

 

 

「6番のドライバーを持ってこい!ネジもな!」

 

「酷えな……配線がズタボロじゃねえか。ライフルでとにかく破壊したってところか?」

 

「クソ、ZAFTめ……!」

 

悩んでも答えが出ない問いをキラは後回しにして、今度は格納庫までやってきた。

“ダガー”や”テスター”、”メビウス”がいくつも並んでいた格納庫も、特殊部隊の破壊工作によって見る影も無い。

破壊されたMSの手足が宙を漂い、爆発に巻き込まれたらしき作業員の死体が転がる。

ここでも人手は足りていない。キラは早速、電動ドリルを片手に壁の補修作業を行なっている作業員に声を掛ける。

 

「何か、手伝うことはありませんか?」

 

「ん、ああ、それなら7番レンチを……!?」

 

声を掛けられてキラに何かを言おうとした作業員だが、振り向いてキラの顔を見た途端、表情を険しくして口をつぐんでしまう。

 

「……いや、いい。こっちは別にお前に任せるようなことはねえから、どっかいっちまいな」

 

「え……でも」

 

「いいからいけっってんだろ、コーディネイター!」

 

その声は、機械の動作音が鳴り響く格納庫の内部に響き渡った。

キラは作業員の剣幕に押されて後ずさりするが、何かが背中にぶつかって後退を中断させられる。

振り向くとそこには、憎しみの籠もった表情でキラを見下ろす別の作業員が立っていた。

 

「俺は知ってるぞ。お前らの片割れ、あの女がスパイやってたんだろ!」

 

「俺達はのうのうと、敵の使うMSの整備やってたってことだ」

 

「お前らのせいで……!」

 

次第にキラの周りに集まってくる作業員達。如何にキラが格闘訓練を受けているとしても、同時に3人以上の男にリンチされては抵抗などしようもない。

他の作業員達といえば、遠巻きにこちらを見つめるか、見ない振りをするかのどちらかだ。

前者は「怒りはあるが自分で手を下して後から咎められるのが嫌だ」という消極的加害者であり、後者は「どんな形であれ巻き込まれたくない」という、典型的傍観者。

この場に、キラの味方は存在しなかった。

 

「おい、何やってんだお前ら?」

 

───ただ1人を除いて。

今にも暴力が振われようとしていたその時、キラを取り囲む作業員達の外側から声が掛かる。キラはその声に聞き覚えがあった。

男達が向いたその先には、無精髭を生やした壮年の作業員が立っていた。

その男は主にパイロット候補生の用いるMSの整備を担当することが多いベテラン作業員で、他の作業員からは「おやっさん」と呼ばれ慕われている人物だった。

キラとユリカも、何度かお世話になったことのある人物である。

 

「おやっさん、だってこいつ……!」

 

作業員の1人が、湧き上がる怒りを抑えられずにくってかかろうとするが、男は一睨みするだけでそれを止める。

 

「今やるべきことは何だ?基地を、艦を、MSをMAを直すことだろうが。お前らの仕事はいつから魔女狩りになった?あぁ?そんなことはお前らじゃなくて保安部がやることだ。時間を無駄にしてるだけなんだよお前らは。───分かったらさっさと仕事に戻りやがれ!」

 

怒濤の剣幕に押された男達は、キラを睨みながらも各々の作業に戻っていく。

男の言ったことは正論だったし、キラ(コーディネイター)への怒りよりも自分の仕事への誇りを優先出来るだけの理性は残っていた。

男は首を動かして、キラに格納庫の外まで付いてくるように促す。

キラもこれ以上この場に留まることが良いとは思えなかったため、大人しくそれに付いていくことにいくことにした。

格納庫の扉が閉まって、完全に作業員達の姿が見えなくなってから、男はキラに向き合う。

 

「……悪かったな、ウチの若いのが」

 

「いえ……あの怒りは、きっと当然のものです、から」

 

彼らの仕事は、戦えない自分達の代わりに戦ってくれるパイロットの使う機体を整備することだ。パイロットは整備士に命を預け、整備士はパイロットに命を預ける。それ故に、互いに信頼関係とそれぞれの仕事への誇りを尊重しなければならない。

ユリカの裏切りは、そこに真っ向から唾を吐いたようなものだ。

どれだけの屈辱だっただろうか。自分達が丹精込めて整備していたMSに乗っていた女が、自分達の基地を滅茶苦茶にされたというのは。

 

「お前さんが裏切ったってわけじゃない。だが、あの嬢ちゃんと同じ人種(コーディネイター)ってだけで、怒りが抑えられなくなる奴らの気持ちも、分からないでもないんだ。それだけ……」

 

「……すいませんでした。僕は、軽率に動きすぎた。ここには、しばらく来ません」

 

「……すまん」

 

キラは男に頭を下げて、格納庫とは反対の方向へと歩いて行く。

あまりにも軽率過ぎた。自分が、自分達(コーディネイター)がどう思われるかを失念していた。

消沈しながら去るキラに、男は声を掛ける。

 

「───坊主!今こんなこと言われたって困るだけかもしれんがな、お前らの機体、整備し甲斐があったぜ!整備する度に存分に使い尽くして帰ってくるのは、悪い気分じゃなかった!」

 

男の声に、キラは立ち止まる。だが、それだけだった。

キラは振り向かず、そのまま再び歩き始めた。

心のよりどころを求めるように。

 

 

 

 

 

あてどなく、基地の中を歩くキラ。

手を貸してくれと言われれば真剣に手伝うが、それ以外は覚束ない時間を過ごしていた。

何のために戦うのか、自分はここに居て良いのか、何をしたいのか。暗闇の中を歩くようにキラは悩み続ける。

 

「───ふざけんな!」

 

また、どこかで争い合う声が聞こえる。

今度はなんだろうか。誰と誰が、貶し合い、傷つけあっているのだろうか。

昨日まで、同じ場所で働いていたもの同士で、なんのために?

 

「裏切ったのがコーディネイターだからって、俺達まで一緒にされてたまるか!」

 

「そうだ!プラントの連中には俺達だって迷惑してんだ!」

 

「うるせぇ、そうやって甘い目で見られて調子に乗るから裏切り者なんて出るんだろうが!」

 

「コーディネイター共は出て行け!」

 

なるほど、自分達以外のコーディネイターにも飛び火していたのか。

キラは1種の諦観と共にその光景を見やる。

少し開けた場所で同じくらいの数の集団が、ナチュラルとコーディネイターに別れて言い争っていた。

ユリカ(コーディネイター)が裏切ったことで、先ほどの格納庫でも見られたように他のコーディネイターにも疑惑が及んでいる。

ただ一度の裏切りがここまで影響するとは、殺して殺されての実戦とはまた別の恐ろしさがあるものだ。

 

「大体、俺は遺伝子を弄ってくれなんて誰にも頼んでないんだ!勝手にやられたことを何でゴチャゴチャ言われなきゃならねぇんだよ!」

 

「その強化された能力を使って、今まで生きてきたんだろうが!図々しい!」

 

「黙れ!俺だって、俺だって本当はやりたいことがあった!なのに……!」

 

もう見ていられない。しかし、自分が何かをしようとしても逆に炎が勢いを増すだけなのは明らかだ。

先ほどの格納庫のことを思い出し、キラはそのまま集団に背を向けて歩み出そうとする。

 

バシャアッ!

 

水音が響き渡る。

振り向くと、集団の先頭に立って今にも殴り合いを始めようとしていた男達が水浸しになっており、目をパチクリと瞬かせている。

そして、水を掛けた下手人、バケツを持っている男は、つい先日友となった男。

 

(グラン……?)

 

「───いい加減にしてくださいよ、先輩方。周りは見えるでしょう」

 

「な、んだお前……!」

 

「引っ込んでろ、新兵!お前の出る幕じゃ」

 

「周りは見えているでしょう!ほら!今も倒れてうめいてる奴らがいる!扉が故障して閉じ込められた奴も、壊れた機械を直したり、使い物にならなくなったそれを運んでる奴らも!殴り合うってんなら全部終わってからにしてくださいよ!今こうしてる余裕なんて無いって、先輩方なら分かるでしょう!?」

 

バケツを放り捨てて叫ぶグランに、やはり納得出来ないでいる両陣営だったが、軍人としてのプライドか、各々散らばっていく。

グランは一息をついた後に、先ほどの光景を外側から見つめていたキラの姿を認めた。

キラは無意識の内に後ずさりをする。

当たり前だ。彼になんと言えばいい?何が出来る?

先日、ようやくすれ違いを正して友になれた男に、同じく友になった少女が裏切ったことを、どう告げればいい?

言いよどむキラに、グランは静かに声を掛ける。

 

「……よう、キラ。時間あるか?」

 

 

 

 

 

たどり着いたその部屋は、本来だったら、訓練過程修了祈念パーティーが開かれているはずだった部屋だった。

食堂で用意してもらったチキン、グラスに注がれたままのコーラが置かれたテーブルを見やりながら、グランは部屋に元から備わっていたソファに座り込む。キラも、部屋の中に置いてあった椅子に座り込んだ。

 

「聞いたよ。……あいつ、スパイだったんだってな」

 

「……うん」

 

「そうかぁ……」

 

グランはソファにもたれかかって、天井を見つめる。

数秒後、グランは息を吐いて話し始める。

 

「道理で、銃使うのが上手かったわけだ……」

 

「……赤服だったんだってさ」

 

「なおさらだなぁ」

 

そこで、グランは奇妙なことをし始める。

突如、笑い出したのだ。

 

「グラン?」

 

「ああ、すまんすまん。いや、おかしくってさぁ。俺は訓練生のくせに、本職に喧嘩売ってたわけだ。勝てなかったのも、無理だったとは言わねえけど、別におかしなことじゃなかったんだなぁ」

 

くつくつと笑うグランに、キラは疑念を隠せない。

彼は、何を言おうとしている?

 

「昨日さ、お前が探しにいってしばらくして、俺の端末に連絡があったんだよ。あいつから」

 

「……なんて?」

 

「『絶対に部屋を出るな』ってさ。馬鹿馬鹿しいと思わねえか?これから襲おうって基地の、俺達にこんな連絡寄越すなんてさ」

 

「……」

 

それを聞いて、やはりキラは何も言えなかった。

 

「あいつは俺達を裏切った、それは間違い無い。だけどよぉ、初めて俺がお前に突っかかった時、あいつ本気で怒ってたよな?後から裏切ることになってた、お前のためにさ。あれは、あのパンチは演技のために出来るもんじゃなかったぜ?」

 

そもそもスパイが事を大きくしてどうするんだよ。グランはそう言って、再び笑う。

そこに、ユリカへの悪感情は感じられなかった。

 

「どうしようか……俺、あいつのこと憎めそうにないんだ」

 

どうしようもなく、どうしようもないことしちまったのにな。

そう呟くグランへ、キラは驚いたような視線を向ける。

 

「なんだよ、その目は」

 

「いや……てっきり、『裏切り者は許さねえ』とか言うかなって」

 

「お前……いや、まあ、ぶっちゃけそういうつもりは無いでもないんだが……あー、クソ。頭悪いから何言えばいいかわかんねー」

 

ガシガシと頭を掻くグランと、それを微笑ましそうに見つめるキラ。

事が起きる前と後で、それでも変わっていないものがある。友人関係になったのは数日前だが、きっとグラン・ベリアという人間はこういう人間だったのだ。

憎む理由があって、それでも憎むことが出来ない。そんな彼らしさが、どうしようもなく羨ましく見える。

遺伝子操作などでは得られない『何か』が、あるような気がした。

 

「そんで、結局、さ。俺はこのまま、どこかの陸戦隊に配属されることになると思う。マルコ(ヒョロヒョロ)、それにボーロ(ポッチャリ)と一緒にな。今回は生き延びられたけど、あいつら、見てやんねーとだから」

 

「グランらしいね」

 

「何を知ってんだよ、俺の。……だから、たぶんあいつと会う機会は、俺には無い。だけど、お前はあいつと同じMSパイロットだから。もしあいつに、万が一出くわすようなことがあったら。そん時は……」

 

「その時は?」

 

「……ぶん殴っといてくれ、俺の分。俺は手加減が下手だから、自分でやったらやり過ぎちまう」

 

憎んではいないが、それはそれでぶん殴る。

先ほどまで悩んでいた自分がバカに思えてくる、どこまでもシンプルかつ整合性の無い結論に、キラは笑みをこぼす。

そうだ、それでいいのだろう。元々、アスランという敵を止めるという目的で入った軍だ。

今更『更に1人増える』くらい、大したことは無い。

もしかしたら、いや、間違い無く彼女が連合に捕まったら処刑されてしまうだろう。そこは甘く考えられない。

だが、それでも。

やれるだけやってみようと思った。最後にどんな結末が待っているとしても、自分の出来ることと、責任を負える範囲内で。

───足掻いてみよう。

 

「いやだね。ユリカは見つけたら引っつかんでくるけど、グランの頼みは聞けないよ」

 

「んなっ」

 

「今のうちに、手加減を練習しておくんだね。それは、誰かに任せるものじゃないでしょ」

 

「……あいつみたいなことを言いやがる」

 

「それはどうも」

 

たった1ヶ月、されどかけがえ無い1ヶ月。

彼女ならそう言うだろうと分かるくらいには理解していたし、そのつもりで言った。

 

「絶対に、ユリカを連れ戻す。それで、怒って、泣いて……それからのことは、それが済んでからにしよう」

 

キラだって、出会えるという根拠は無い。

もう2度と会えない、そっちの方があり得る。

無謀な試みだ。

 

(知ったことか)

 

足掻く自分を、笑いたければ笑え。

幼稚だと罵りたければ、好きなだけどうぞ。

そんなことで、この思いは折れない。

また1つ、少年が『願い』を抱え込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

「そういえば、話をするために呼んだの?」

 

「いや、実はここの片付けを手伝って欲しくてな……。マルコもボーロも、サイにトールも他にやることあるらしくって」

 

「……まずはそれからだね」

 

 

 

 

 

3/25

 

「そう、か」

 

「はい。そう決めました」

 

翌日、キラは再び医務室へ訪れていた。───マモリ・イスルギの意識が戻ったことを教えられたからだ。

いくら急所を避けていたとはいえ、背中から刺されて失血で意識を失ったにも関わらず、傍目からはピンピンしているように見える。軍人ということを加味しても驚異的な強靱性(タフネス)だ。

マモリは事の顛末とキラが新たにした決意を聞き、しばらく黙り込む。キラはベッドの傍らで椅子に座り、マモリの言葉を待った。

彼女もまた、何を言うべきか、何を決断するべきなのかを迷っているのだろうから。

 

「……正直に明かそう。私は教導官としては新米のペーペー、お前達が最初の教え子だった」

 

「知ってます」

 

「えっ」

 

「邪無楼で呑んだ(酔っ払った)時に、言ってましたよ」

 

そうだったかぁ、とマモリは笑う。

 

「教導の経験があって、しかもMSの操縦も出来るなんて人間は今も少ない。当然だな、そういうことが出来そうな兵士は“テスター”完成前に戦没していたんだから」

 

MSを本格的に配備したことで立ち直りつつある連合軍の中で、未だに深刻な問題として残り続けていることでもあった。

20代中頃という軍では比較的若いマモリが教導官という立場になったのも、そのことが大いに影響している。

だから、余裕が無かったとマモリは語った。

 

「自分の教導した奴らが、その教えを元に戦う。……そして、死ぬかもしれない。だけど、だけどな……そんなの割り切れるわけが無いだろう。私だってなぁ、本当は…」

 

「それも聞きました。いきなり責任重大だったんですよね」

 

「ああ。だから、できる限りでやった。お前達が死なないように、生きて帰ってきてくれるように。お前達は最高だった。やれと言われたことを出来て、どうしたらもっとよくなるかを考える頭もあって、自慢の教え子だった」

 

「だから、撃てなかったんですよね」

 

マモリは頭を抱えながら、それでもコクリとうなずいた。

彼女は自分の中の葛藤、教え子を想う『愛』と任務をこなせなかった兵士としての『誇り』の衝突に苦しんでいるのだ。

軍人として、彼女はあの場でユリカを撃っていなければいけなかった。たとえ自慢の教え子であったとしても、その力が敵に回った時の恐ろしさも理解出来るからだ。

それでも、教え子を殺さずに済んだことに対して、安心してしまった。

 

「何もかもが悔しくてたまらない。あの場で撃てなかった上に安心している自分自身も、『敵』を撃てなかったお前も、わざと弾を外したユリカも。私が未熟だったからだ」

 

「……僕は、そう思いたくないです」

 

もう、見ていられなかった。

敬愛する教官が自罰的になる姿も、その葛藤も、そのままにしておくつもりはなかった。

否定しなければいけなかった。

 

「軍人としては、教官の言うことは正論です。敵になったなら、撃たなければいけない。だけど、……僕達、人間なんですよ。やらなきゃいけなくて、それが出来る状況で、それでも出来ないことがあるから人間なんですよ」

 

「ヤマト……」

 

「軍人として失格でも、貴方の人としての決断が嬉しいんです。……いや、まあ。人を殺す仕事を選んでおいてなにを言うのかって話ですけど」

 

そろそろ行かないと。

キラは立ち上がり、部屋の外に向かう素振りを見せた。

基地内各所で手伝いに奔走していた彼の元にも、本来のMSパイロットとしての命令が下されたのだ。彼は今日の内に『セフィロト』へと出発しなければいけなかった。

 

「───ヤマト」

 

「はい」

 

そんなキラを引き留めたマモリは、彼の目を見据える。

何かを迷いながらも、彼女は口を開いた。

 

「もしも、もしもだぞ?シンジョウに会ったら、伝えてくれないか。『鍛え直しだ、お前も、私も』と」

 

「……分かりました。それと、僕は鍛えてくれないんですか?」

 

「何を言う」

 

マモリは笑い、キラに向けて敬礼を送る。

いつもと変わらない、だからこそ『送り出す』のに相応しい、綺麗な海軍式敬礼だった。

 

 

 

 

 

「お前はもう、十分に立派だよ」

 

キラは無言で敬礼を返し、部屋を去った。

もはや、彼の中に迷いは存在していなかった。あるのは、ただ一つの決意。

どこまでも、この世界を生き抜くという決意だった。




良くも悪くも、人間って正しさだけで動けないから人間なんだということ。
次回は番外編の更新になると思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第68話「窮鼠」

前回のあらすじ
覚悟ガンギマリキラ爆誕。

今回は『セフィロト』側の視点でお送りします。


結局、自分は『覚悟』が出来ていなかったのだと思う。

今まで何人も殺して、殺されて。

新しい仲間と新たな敵が現れて。

だから、考える暇なんて無かったのだ。───どういう世界に自分がいるのかを。

そして、考えることを放棄した愚者に鉄槌(世界の原則)は振り下ろされる。

この世界は、いつだって残酷で気まぐれで。

───唐突に、希望や絶望を産み落とすのだという事実が、ユージ・ムラマツの精神を直撃した。

 

 

 

 

 

3/25

『セフィロト』 

 

「して、やられたものだな」

 

ハルバートンは自身の副官であるホフマンを連れて、基地内を歩き回っていた。

暇を潰しているというわけではなく、破壊された基地の内部を見て回って現状を正確の把握するように努めているのである。

 

「”アガメムノン”級が1、”ネルソン”級と”ドレイク”級がそれぞれ3、か。MS隊に至っては”ダガー”、”テスター”合わせて11機が大破ないし要修理……”マウス隊”が早期に対応に出ていなければ、もっと被害が増えていたやもしれん」

 

「それだけではありません、閣下」

 

ホフマンがただでさえ神経質そうな顔を顰め、情報を補足する。

 

「我々が『セフィロト』救援のために席を空けた途端に、プラント本国から巨大艦船が発進したのが確認されております。おそらく、衛星軌道上に陣取るつもりでしょう」

 

「今から急いで向かっても遅い、か……。『セフィロト』の防備を固める必要もある、歯がゆいな」

 

一連の奇襲において、ハルバートンは、そして彼が率いる第8艦隊は何処にいたのか?彼らは今や連合宇宙軍でも有数の精鋭として呼ばれるようになっており、居合わせていれば確実に敵部隊を追い払えただろうに。

勿論、それには事情があった。彼らは衛星軌道上において、パナマから打ち出されてきた物資を護送する任務に就いていたのだ。

月面を始め宇宙でまともに生活資源を生産することの出来る設備はプラント本国くらいにしか存在しないため、連合軍は地球から物資を打ちだしてやる必要がある。

「オペレーション・ウロボロス」も、それを封じてしまうことで月面の維持を困難とし、連合との交渉に持ち込むことが狙いだったのだから、その重要性は言わずもがなでる。

司令部ではZAFTは第8艦隊主力が月面及び『セフィロト』から離れているタイミングを見計らう、あるいは事前に知っていたのではないかと想像し、ますますスパイ狩りの勢いを強めているらしい。

潔白が証明されるまではコーディネイター兵士に対して何らかの制限を課すことも考えていると聞くが、どのような結果が生まれるかは予想出来ない。

 

「月面の被害は更に甚大です。『エルビス作戦』のために集結していた戦力のおよそ3割が行動不能に追い込まれたとか……」

 

「実質、1から振り出しか。ZAFTめ、やってくれる……!」

 

司令部は休戦が終了してから即効で戦争を終結させるための艦隊を編成していた。それがここまで被害を負わされたとなると、立て直しに数ヶ月は掛かるだろう。

特に、プラント本国侵攻作戦は大西洋連邦が主導で行なうことになっていた。面子を潰された大西洋連邦と他主要2カ国との間に、何らかの問題が発生することも考えれば、もっと掛かるかもしれない。

月基地と『セフィロト』の立て直し、今後大幅に増加すると思われるZAFTによる通商破壊作戦への対処、衛星軌道上の制宙権の奪還。

ざっと挙げただけでも、これだけのことをやらねばならない。ハルバートンは眉間を指で揉んだ。

懸念事項は他にもあった。

 

「それにしても、オーブは何故このタイミングで主力MSの発表など行なったのでしょうか?」

 

ZAFTの奇襲が全世界に知れ渡ったすぐ後に、オーブは中立姿勢維持の意思表明と主力MS”M1アストレイ”の発表を行なった。

ハワイ諸島が陥落したことで、完全にZAFT勢力圏内に孤立する形になってしまったオーブ。そんな中でも中立を継続しようとする姿勢は尊敬するやら呆れるやらだが、その姿勢と主力MSの公表とが結びつかない。

だってそれは、ZAFTに対して『爆弾』を抱え込むことを強要しているようなものだからだ。

誰だって、自分達の勢力圏内に脅威が存在したまま放置したままにはすまい。

おまけに、”M1アストレイ”に連合とのMS共同研究で手に入れた技術が使われていること、その性能が高い水準にあるだろうことは明白だ。

 

「いや、オーブのあの行動は最適解だ。私はそう思う」

 

しかし、ハルバートンはオーブの行為が最適解であると断じる。

そこにはたしかな確信と根拠が存在していた。

ハルバートンが語ったことを要約するとこうなる。

 

如何に今回の奇襲が完璧に成功したといっても、未だに地力ではZAFTよりも連合の方が上だ。

更にハワイが北米にも東アジアにもアクセス出来る要地なのは間違い無いが、裏を返せばどこからでもアクセス出来るということに他ならない。

そのことを考えれば、連合が早期にハワイ諸島奪還のために動くだろうことは想像に難くない。

そしてその場凌ぎでZAFTへ恭順してしまえば、早期に奪還されるだろうハワイからオセアニアのカーペンタリア基地までの間に位置するオーブは連合に攻められる。

ZAFTへの怒りが最高潮に至った連合が手心を加える筈も無い。

 

「しかし、連合に恭順を示すのも明らかに悪手だ。理念に関係無く、オーブは中立姿勢を維持することでしか未来を得ることは出来ない」

 

「そこまでは分かります。しかし、それと公表にどのような関係が……?」

 

「───時間稼ぎだ」

 

中立を維持するためには、ZAFTに対して「攻めたくない」と思わせることが必要となる。

もしもオーブが自国産MSの存在を明かさなければ、戦力を低く見積もったZAFTは嬉々としてオーブの高い技術力を得るために侵攻を開始するだろう。

そうなってからでは遅い。もしも隠していた”M1アストレイ”によって撃退することが出来たとしても、被害を負ったままでZAFTが引く筈も無く、今度は確実にオーブを攻め落とせる戦力で掛かってくる。

しかしここで”M1アストレイ”の存在を公表すると、話が違ってくる。

中立姿勢を維持している国と戦端を開くということは、それをするに見合うメリットがあるということに他ならない。

”M1アストレイ”という高性能機(と見積もるべき)を相手にしてまで得たいものがあるか。あるいは、そのために発生する被害を許容出来るか?

『原作』でムルタ・アズラエル率いる連合艦隊がオーブに攻め込んだのも、オーブの保有するマスドライバー『カグヤ』を手に入れるという目的があったからこそだ。

今のところ、ZAFTがオーブから手に入れたいと思うようなものは少ない。

 

「それに、オーブ攻略のために注ぐ力など奴らには無い。手に入れたハワイ諸島、維持するのにどれだけの労力を割かねばならんと思う。オーブにかかずらっていれば、海軍はその隙にハワイを奪還するよ」

 

攻略に必要な労力、手に入れられるメリット、残しておくべき余力。

ZAFTに対してそれら全ての要求水準を下回らせることで、オーブは平和の維持に成功したのだ。

余談だが、後の歴史家はオーブのこの行動を『最適解としての全方位背水の陣』と称したという。

 

「後は、ハワイ奪還後に連合との加盟・恭順を示すも、もとのまま中立を維持するも有り、だ。この決断力、流石『オーブの獅子』といったところか」

 

「しかし、中立姿勢を維持するということはこれまで通りどちらの陣営とも交易するということでしょう?虫のいい話です、甘い蜜を吸い続けようなどと」

 

「それが彼らの戦い方だ。敵を作らないことで平和を維持する……並大抵の努力では為せんよ」

 

「はぁ……そうでしょうか?」

 

「そうだとも」

 

なにせ、敵を作らないということは味方を作ることも難しくなるということなのだから。

一方に味方をすれば、それに敵対するもう一方を敵に回すことになる。そして敵を作りたくないなら、味方も思うように作れない。

結局、方向性が違うだけでオーブはオーブで苦労している。

加えてオーブは群島国家であるから自力で全てを賄うのは難しく、国家の発展を目指すなら他国との交易は必要不可欠だ。

その同盟国も、今のところは同様に中立を表明しているスカンジナビア王国くらいしか存在しない。

『中立による平和』と『国家の発展』は二律背反。それを分かっていても、彼らは理念を貫き通すため、彼らなりの『戦い』をすることを選んだのだ。

 

「それに、まだ何か隠し球を持っている。そう思うよ、私は」

 

「”M1アストレイ”は、囮だと?」

 

「ああ。いくら高性能といえども、”アストレイ”は装甲が薄い。あれを防衛の頼りにするとは思えん」

 

現在、連合軍の手元には2機の”プロトアストレイ”───”グリーンフレーム”と”グレーフレーム”───がある。

既に(変態共が勝手に)素体として組み上げた”グリーンフレーム”から得られた情報によると、”アストレイ”は防衛には不向き、むしろ攻撃・遊撃向けの性能であることが分かっていた。

もしも何らかの追加装備を施して空中飛行が可能となるならば軽量化にも頷けるが、今のところその気配は無い。

ならば、別の何かを隠しているに違いない。

MSを本格開発する上で早々にオーブの技術力に頼ったハルバートンは、オーブという国を過小ないし外側から見たままの評価をする気は無かった。

デュエイン・ハルバートンという男は、政治には無頓着だったがいざ戦争となれば輝く男だった。

そんなことを話しながら、通路を歩いていた時のことである。

 

「隊長、隊長!」

 

「参ったな……いや、気持ちは十二分に分かるつもりだが」

 

「現状じゃなおさらだぞ、早く立ち直ってもらわないと」

 

「しかし、なんて言えば良いんだ……?」

 

たまたま居住区を通りかかったところ、ある部屋の前に人だかりが出来ているのをハルバートンは発見した。

そこに集まった面々にも覚えがある。───皆、”マウス隊”の隊員だ。

その中から技術班の代表であるマヤ・ノズウェルがハルバートンを発見して近づいてくる。

 

「あっ、ハルバートン提督……お疲れ様です」

 

「うむ。……やはり、こうなったか」

 

ハルバートンには、この人だかりが生まれた理由について察しが付いていた。

無理も無いことだ。()の心痛は推し量ることも難しい。

 

 

 

 

 

「ブエラ大尉が、戦死したそうだな……」

 

 

 

 

 

扉の外から聞こえるガヤガヤ声が止まない。

おそらく、自分を心配してきているのだろう。そう自惚れるくらいには慕われているはずだ。

だが、どうにも力が湧かない。頭が「立ち上がれ」と命令を下しているのに、体が反応してくれないのだ。

 

(軍法会議に掛けてやろうか?いや、自分で自分を軍法会議に掛けるってなんだよ?)

 

意味不明な一人芝居(現実逃避)を始めるほどに、ユージは参っていた。

行方の知れない隊員の捜索のために単独行動を取り、そして戦闘終了後に血まみれで廊下に倒れているのが発見された。

首筋を鋭利な刃物で切り裂かれ、即死だったとのことだ。

……想像したことが無いわけではない。戦争をやっているのだ、そういうこともある。

ダニエルとラナン、“メビウス”小隊の隊長として初めて出来た部下達。自分とジョンと彼らの4人での日々は、ある意味では今以上に大変だった。

人を指揮するなどということは士官学校以来久しい経験であり、付き合い方を探りながら仕事をこなさなければいけなかったからだ。そのおかげで、”マウス隊”を指揮するのも少しは楽になったのだから、良い経験である。

そして、その時の3人は既にこの世には存在しない。

結局、想像は想像でしかなかった。もう、あの『刻』を知っているのは自分しかいないのだ。

考えれば考えるほど、嫌なビジョンばかりが浮かんでくる。

もしかしたら、次はアイザックが、カシンがセシルが。

マヤが、あの4人が、そして”マウス隊”の皆が。

───死んでしまうかもしれない。

 

「───っ!」

 

急いで、洗面所まで駆け込む。

間一髪、腹の内包物を部屋にぶちまける前にたどり着いたユージは、思い切り吐いた。

言い方は悪いが、先に死んだ”メビウス”隊の2人が死んだ時はここまで崩れはしなかった。

MS隊を早期に発足することを考える余りに落ち込んでる暇が無かったというのもあるが、ジョンが生き残って支えてくれたから、というのも大きいだろう。

 

「なあ、ジョン……俺はいったい、何をすればいい……?」

 

鏡に映る自分は正に幽鬼と称するに相応しい容貌をしている。

行き先を見失い、彷徨うだけの存在だ。

そのまま先ほどまで腰掛けていたベッドに戻るも、そこから何が出来るというわけではない。

俯き続けることしばらく、壁に備え付けられたモニターから音声が漏れ始める。部屋の前に立った何者かが、通信機能を起動したのだ。

 

<ムラマツ中佐、私だ。ハルバートンだ。……話は聞いている>

 

まさかハルバートンまでやってくるとは想像していなかった。

彼も今は『セフィロト』の立て直しに忙しいはずなのに……。いや、そういうならば中佐であり1部隊の指揮官である自分こそ働いていなければならないというのに。

 

<ブエラ大尉の戦死、たしかに悲しいことだ。私は彼のことを少ししか知らないが、実直で真面目な、良い兵士だった。……このままでいいのかね?>

 

ハルバートンは穏やかに、諭すように言葉を紡ぐ。

 

<彼も、君も。そして、君の部隊の誰もが覚悟を持って戦っていた筈だそれは何のためだ?誰かを、何かを守りたいからではないのかね?>

 

守りたい物。……そういえば、一度もジョンにそれを尋ねたことは無かったということをユージは思い出す。

実は、そういう話にならなかった訳ではない。”メビウス”隊時代には、お調子者のダニエルに聞かれたことがあるのだ。

「何故軍に入隊したのか」と。

まさか「未来でほぼ確実に起こる戦争に備えるため」などとは言いづらかったため、ユージは毎度(とぼ)けていたのだが、その時点で話が途切れてしまうためにジョンに尋ねる機会が無かったのだ。

彼は、何のために戦っていたのだろうか?

 

<……悲しむ時間も、我々には残されていない。やるべきことは多い。君が、立ち直ることを信じているよ>

 

通信が終了した。

ハルバートンは多忙だ、一声掛けてくれるだけでも十分に気を遣われていると思っていいだろう。

それでも、立ち上がる気力は湧いてこない。

我ながら女々しいことだ。何時までもウジウジと悩み、部屋に籠もったままでいるなどと。

それだけジョン・ブエラという存在がユージ・ムラマツにとっては大きな存在だったということだ。

 

「俺は……これから、戦っていけるのか……?」

 

一度悪いことを考え始めたら、もう止まらない。

この先いったい何人死ぬのか?

『原作』よりも酷いことになるんじゃないのか?

なんでこの道を選んだ?

一つの迷いは多くの疑念と後悔を呼び、思考を負の海へと沈めていく。

どうしようもない恐怖に体が支配され、精神が破綻しそうになる。───まさにその時であった。

部屋のドアがいきなり開いたのだ。

ドアはロックしていたのだから、当然のごとく不法侵入だ。しかし、ユージには不法侵入者に対応しようという気も湧かなかった。

せめて顔を上げてその顔を確認しようとして、なんとか成功する。

 

「マヤ君……」

 

そこには、マヤ・ノズウェルが無言で立っていた。

明かりを付けていない部屋の中にいれば、必然としてマヤが部屋の外からの光を背負っているようにすら見える。

ユージは思わず笑ってしまった。この光景は、前世で見たことのある光景だったからだ。

 

(まるで『鉄血のオルフェンズ』だな……じゃあ俺はオルガ・イツカか?)

 

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の劇中にて、主人公の三日月・オーガスが自身の所属する勢力『鉄華団』の団長であるオルガ・イツカに発破を掛けに来たシーンにそっくりだった。

ビスケット・グリフォンという頼れる団員を失ったオルガ・イツカ。

ジョン・ブエラという長年の付き合いの副官を失ったユージ・ムラマツ。

───シチュエーションまで、そっくりだ。

もっとも、自分がオルガ・イツカほど行動力が優れているとは思わないが。

 

「……ドアのロックは?」

 

「外しました。MSに比べたらそれほど難しい工作でも無かったので」

 

「無作法、じゃないかな」

 

「失礼しました。ですが……こうでもしないと何も動きそうにありませんでしたので」

 

マヤは淡々と、無表情で告げる。

───お前を引っ張り出しに来た(状況を動かしに来た)のだと。

 

「皆さん、待ってますよ。貴方も……副隊長も、いなくて。何をすればいいか分からないでいるんです」

 

「……」

 

「指示を」

 

マヤは感情を見せない。淡々と、「お前は立ち上がらなければいけない」という事実を突きつける。

まったく、吐き気のする展開だ。この世界にいるやもしれぬ神はオリジナリティに欠ける上に意地が悪い。

『鉄血のオルフェンズ』ではこの後、オルガ・イツカは「止まらない」ことを決意し、そこから先は……自分が語ることではない。

しかし、自分は彼とは違う。誰もが同じようにすれば立ち上がれるというわけではない。

自分は、そこまで強くない。

 

「マヤ君……もう、無理だ。俺は怖くてたまらない。次はいったい何を失うんだ?」

 

「隊長」

 

「ジョンだけじゃない、麻痺していた感覚が戻ってきてる。今回で6人、今までと合わせて13人。人が死ぬのに慣れていた。……今になって、ぶり返してるんだ」

 

「隊長」

 

「ああ、やめてくれ頼むから。そう呼ばれるだけで吐き気がするんだ。もうこれ以上、何かを背負って戦える気がしない」

 

「隊長」

 

「そうやって俺を呼ぶんじゃないと言って……!?」

 

つかつかと歩み寄ってきたマヤはユージの胸ぐらを掴み、ユージの視線がマヤの顔を映すように体を動かす。

 

「歯を食いしばれ……!」

 

パァンッ!

 

───マヤ・ノズウェル渾身のビンタが、ユージ・ムラマツの左頬を直撃した。

 

「いい加減にしなさいよあんた!あんたの悲しみはそりゃあ格別でしょうけど、皆悲しむ暇なんて無いって気張ってやってんのよ!?」

 

「……あ?」

 

「呆けるなぁっ!」

 

いきなりビンタされたことに理解が及ばず呆けたユージに、それすら許さないと言わんばかりに今度は右頬にビンタする。

ユージの両頬に紅葉が2つ出来上がった。

 

「死んでった人達全員に、あんたとブエラ大尉の関係みたいに大切に思う人達がいる!今日を生きるために、悲しみを背負ってでも戦っている人達がいる!それを、あんたはここで何をしている!?」

 

「っ……無理なものは無理なんだよ!俺はあと何回、その『大切』を背負わなければいけない!?

こんな思いをする人間なんて今時珍しくもない、だがそれこそ異常だ!こんなもん背負ってまで戦争なんて出来てたまるか!」

 

「今までだってやってきたことでしょう!今更逃げ出すなんて許されるものと!?」

 

胸ぐらを掴み、掴まれた両者は至近距離で言葉をぶつけ合う。

今日までの2人を知っている人間ならば確実に目を剥く、それほどに激しい口論だった。

だが、そこに一切の虚飾は存在していない。

 

「そうさ、今までだってやってきた!……その意味も知らずにな!」

 

「そこを都合が良いと言うんです!

今までは知らなかった?

今は知って後悔している?

詭弁、後付け、こじつけ!貴方は結局、ブエラ大尉が死んで悲しいというのを大げさに言っているだけだ!」

 

「うるさいうるさい、うるさぁい!ああそうだよ悲しくて力が入らないんだよ、ほっといて欲しいんだよ!」

 

ついに、ユージは本音を吐き出した。

そう、結局のところ単なる言い訳でしかなかった。

ジョン・ブエラという長年の戦友が散ったということが悲しくて、辛くて。

だけど、それだと余りにも幼稚だったから言葉で飾っていただけだ。

ただそれだけを吐き出すことが、大人になってからはどんどんと難しくなっていく。

今、ユージ・ムラマツという『大人』がため込んでいたモノが噴出しているのだ。

 

「大体、どいつもこいつも俺の気も知らず好き勝手やりやがって!きっといけると、これで大丈夫だと思った矢先にこの様だ!

ナチュラルでも使えるOSが開発された。敵も強くなっただけだった!

トップガン部隊?たかが1部隊に出来ることなんかどれだけある!?

あとは何をやればいいんだよ!何をすれば安心出来るんだよ!?」

 

「また1人で勝手に抱え込む!そんな大きな悩みがあるっていうなら話しなさいよ!

人は言葉無しで誰かを理解出来るように生まれてないんです!」

 

「言って信じるものか!」

 

そう、それこそがユージの抱える歪み。

『原作』、つまりこの世界の本来辿る筈だった未来を知っている。

誰が信じる?この世界が創作の中であるなど。

それは自我の否定に他ならない。この世界が何者かの指先一つで根底から変わってしまうかもしれないなど、人間の意識には耐えられる筈がない。

ユージは隠し続けた。理解されるはずがない、と。

それは無意識の内に、他者との決定的な『壁』を造り出した。ジョン・ブエラの死をきっかけとしてその存在が確定した。

その壁は強固で、誰の言葉もユージに届かない。

筈だった。

 

「皆、皆、貴方に命を預けてここに来たんです!ここにいるんです!

───何を信じられる、信じられない、じゃない!貴方の言うことは信じなければいけないんです!

私は、私達は!貴方の言うことを信じる義務があるんです!」

 

「んなっ───」

 

「貴方の義務は誰かの命を背負うことなんかじゃない。誰かを信じることです。

死んでこいと命じた誰かが生きて帰ってくることを、願うことなんです」

 

マヤはユージを放し、諭すように告げる。

『壁』に罅が入る。

 

お前は必死に頭を使って考えなければならない。仲間に死んでこいと命じるのが嫌なら。

 

お前は先頭に立たなければいけない。仲間はお前の歩んだ後を進むしかないのだから。

 

お前は仲間を信じなければいけない。何故なら……仲間がお前を信じているのだから。

 

そして、それが難しくなってしまったというなら。

 

「貴方は、後ろを向いたって良いんです。

そこには私達がいます。貴方が引っ張ってきた、私達(仲間)がそこに立っています。

話してみてください。どれだけ荒唐無稽な話でも、信じます。

他でもない、貴方が信じていることなのですから」

 

その言葉を聞いたユージは、何かを迷うように視線を所在なさげに目を動かし。

観念したかのようにマヤの目を見た。

 

「っ……」

 

どうしようもなかった。押し込めていた何かが、ダムが決壊したようにあふれ出てくる。

ユージはまるで子供のように泣き出しながら、マヤにすがりついた。

余計なことは何も考えたくなかった。

今はただ、自分を受け入れてくれる人の(ぬく)もりが欲しかった。

 

「うぅ、ぐぁ、ひぐっ……」

 

「いいんですよ、今くらいは。どれだけみっともなくたって、貴方が今まで頑張ってきたことは分かってますから」

 

「マヤ、くん、俺は、俺はな、卑怯者なんだ」

 

「そうなんですか」

 

「色んなことを知ってるくせに、自分はその器じゃないと、理由を付けて逃げて、投げ出して……」

 

「勇者か賢者のつもりですか?」

 

「違う、違うんだ、そういう奴らは、他にたくさんいて……」

 

「そうです。貴方は勇者でも賢者でもなく、”第08機械化試験部隊”の隊長なんですから」

 

「俺は、隊長失格だ」

 

「私達は貴方以外に隊長を持つ気はありません」

 

「話してしまいたかった、誰かに分かって貰いたかった。……誰かに信じてもらいたかった」

 

「信じてます」

 

「マヤ君、話して、打ち明けていいのかな、俺は?」

 

「いくらでもどうぞ。今の貴方にそれが必要なら」

 

マヤ・ノズウェルは、何を言われても信じると言い切った。

『壁』に生まれた罅、そこから、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。

 

(こんな俺を笑ってくれ、ジョン。たった一つ、簡単にできる筈の決断も、俺はお前の死というきっかけが無ければ出来なかったんだ───)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別コマンド『演説』 必要資金3000

自軍ユニットの『士気』を向上させる。

実行しますか?

 

>YES NO




信頼する副官の死をきっかけに、色んなモノが吹き出してきてしまったユージ。
そんな彼に必要なのは自分を問答無用に受け入れてくれる『誰か』だった。というお話。

次回、第2章最終話『立ち上がれ、勝利のために』。
お楽しみにお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第69話「立ち上がれ、勝利のために」

前回のあらすじ
こんな世界に生まれて、後に起こる災厄の知識を持ってたら、そりゃ「ふざけんな!」ってなるよね。

ようやく、第2部最終話です。


3/26

プトレマイオス基地

 

「機材のセット、完了しました」

 

「うむ、ご苦労」

 

準備が終わったことを知らされたハルバートンは、講演台の場所まで歩みを進める。

これから彼は、ZAFTの奇襲によって大打撃を受けた連合軍を鼓舞するために演説を行なうのだ。

聞いた時はどうして自分なのかと思ったが、上層部は「英雄」を欲しているとのことだ。

第8艦隊はMSの早期戦線投入に成功、以降も様々な作戦を成功させている精鋭艦隊として扱われている。

その第8艦隊の司令でありMSについて高い先見性を持っていたハルバートンは前線の兵士からは評価が高く、そんな彼の演説には一定の効果がある。

 

「まったく、私にはそういうことは不向きだというのにな」

 

ハルバートンは政治に関しては疎い方だと自覚している。彼は士官学校を卒業してからここまで、現場一本でのし上がってきた。

思えば、随分と遠いところまで来たものだと思う。開戦前までハルバ-トンは、自分が将官クラスにまで上り詰めることが出来るとは思っていなかった。

佐官から将官に昇進するためには実績だけでなく、他の将校との()()も重要になってくる。要は政治闘争だ。

疎いだけでなく、軽く嫌悪すらしていた。そういうことをしてのし上がるのは兵士達の命をチップに自分達のことばかり考える輩だという偏見も持っていた。

だから自分は大佐が限界、そう思っていたところでこの戦争だ。

開戦当初はやはり大佐として1隻の艦艇の艦長でしかなかった彼だが、MSの価値に早期に気付いてMSの開発計画を提出したこと、そして彼以上の階級を持つ将校達が開戦初期に多数戦死したために、准将階級と第8艦隊提督という地位を得ることが出来た。

御陰で出来ることは増えたが、その分やるべき義務も増えた。薄汚い政治闘争にも少しずつ巻き込まれている。

だが、そこで一つ学んだことがある。

とても単純で、だからこそとても大切なことを。

 

「本番10秒前、9、8……」

 

台本は一応あるが、軽く流し読みしただけで放り投げた。

やれコーディネイターを許すなだの、やれ報復をだのと短絡的に過ぎると思う内容だったからだ。

それよりかだったら、自分で考えて、自分の口で言う言葉の方が人の心に伝わると思った。

 

「3,2、1……どうぞ」

 

そして、演説が始まった。

 

 

 

 

 

勇敢なる連合軍兵士の諸君、私は連合宇宙軍第8艦隊提督のデュエイン・ハルバートン少将だ。

僭越ながら、諸君らに向けて演説などさせてもらう。先の事変の後始末で忙しいかもしれないが、流し聞きでもいいので少しばかり耳を傾けて欲しい。

 

世界というものは、様々な人々の働きによって成り立っている。男も女も、老いも若いも関係無くだ。

軍隊で例えよう。

前線で銃を手に取って弾丸を発射する者。

軍医や兵站のように後方で戦線を支える者。

敵の手の及ばない安全な場所で、しかし前線の兵士達が満足に戦えるように作戦を練り、軍を勝利に導く者。

どれが欠けても、軍隊というものは成立しない。誰もが使命を遂行するからこそ、軍隊という1つの軍隊(世界)が成り立つのだ。

だからこそ前線の兵士は後方を信じなければいけないし、後ろにいるものはその信頼に応える為に全力を注がなければならない。

 

だが、これはなんだ?

この戦争は、いったいどうしてしまったというのだ?

最初は戦争ですら無かった、紛争が良いところだった。

MSはたしかに驚異的ではあったし、宇宙戦闘の有り様に一石を投じた。しかし、それを含めても宇宙の片隅での問題で済む筈だったのだ。

「血のバレンタイン」。あそこから全てが狂いだした。1発のミサイルが全てを変えてしまった。

ここで責任問題について語るつもりはないが、紛争が激化して戦争になるきっかけは間違いなくあの事件だ。

核に怯えたZAFTはNジャマーを作り、報復としてそれを地上にばらまいた。そう、「エイプリルフール・クライシス」だ。

10億を超える死者を生み出してなお、彼らは足りぬと言う。

大切な人を奪われた苦しみを知りながら、それを免罪符とするように更なる虐殺を行い、当然としているのだ!

そして彼らは自分達を『正義』と騙り、『自由』を餌に市民に武器を取らせる!

更に彼らは、「勝利のため」として先の奇襲を行なった。

彼らは「連合側が先に協定をやぶった」と言うが、我々にそうするメリットが無いことも、そして協定違反から有無を言わさず、かつ電撃的に行なわれた作戦を見れば作為があったのも明らかだ!

戦争の早期終結を願う身内の意見も封殺し、自らの属する社会を狂気の道へと誘ったのだ!

 

悔しくはないか?一部の人間の暴走に付き合わされているこの現状が。

腹立たしくはないか?暴走する人間達が自分のことをゲームの駒にしか思っていない現状が。

たった1発の核をエゴのために撃ち込んだ者達も、自らの狂気に市民を巻き込む者達も。

誰も彼もが、自分のことしか考えていない!

今起こっているこれは、たしかに戦争だ。だが私は、それを連合対ZAFTという単純な図式には当てはまらないと思っている。

我々が良識を持って秩序(Law)を守る軍人だと言うならば。

彼ら、自らの欲望のままに動き混沌(Chaos)をもたらす者達こそが、我々が本当に戦わなければならない存在なのだ!

 

これを聞いている諸君らの中にはピンときていない者も存在しているかもしれないが、結局のところ私が言いたいのは、「より良い世界を作るために力を貸して欲しい」ということだ。

地球圏には多くの問題があるが、真っ先に片付けなければいけない問題はなんだ?───そう、ZAFTだ。

プラント内で頻発するテロになんら対応しなかった理事国に怒る気持ちも、ある程度は理解出来る。

だが、彼らはそこで最悪の手段を取った。

言論による理知的解決ではなく、武力による野蛮な解決方法を取ったのだ!

彼らは自らを進化した人類であると驕るが、それは大いなる勘違いだ!

そして、そのような大馬鹿者共が、この世界にもっとも大きな混沌をもたらしている!

 

諸君、今がその時なのだ!

この世界の人間社会が数多く抱える問題に立ち向かうべき時、すなわち人類をステップアップさせる時だ!

まずは、ZAFTという歪みからプラントを解放することから始めよう。

そして、次こそは戦争が起きないような世界を作っていこう。

そうすることで、ようやく人類は『宇宙世紀(コズミック・イラ)』に相応しい存在として在れる!

それこそが、本当の勝利と呼べるのだ!

 

立ち上がれ、勝利のために!

君達全員が、よりよい『未来』を作る英雄となるのだ!

 

 

 

 

 

「───カット!素晴らしい演説でした、提督」

 

「ありがとう、世辞でも嬉しいよ」

 

ハルバートンは広報の兵士からの言葉にそう返す。

応援演説の筈だったが、最終的に何処かズレていたような気がする。

ともあれ、自分の言いたいことは言い切った。後はなるようになるだけだ。

 

「おべっかなどではありません!本当に、感動しています。きっと前線の兵達にも提督のお心は伝わったでしょう」

 

「そうだといいのだがな」

 

この兵士は若い。目の前に(理想)をぶら下げれば、ホイホイと付いていくだろう。

その点では自分と先ほど痛烈に批判したZAFTの間に違いは無い。

 

「て、提督!よろしかったのですか?」

 

「ホフマン、よろしかったとは何のことだ?」

 

「先ほどの演説です!ZAFTだけでなく、『血のバレンタイン』についても批判するなど……」

 

なるほど、ホフマンが危惧することについてもハルバートンは理解出来る。

核攻撃を批判するということは、それを実行した者達───“ブルーコスモス”に対して批判するのと同義である。

 

「ふんっ、連中に何を考慮してやる必要がある?Mark.5核ミサイルの無断使用……それだけに留まらず、下手クソにしか使えなかった愚か者共だぞ」

 

それもハルバートンの本音であった。

核兵器などというものは、抑止力でなければならない。再構築戦争(第3次世界大戦)を経て、再び人類はその認識を確たるものとした筈だった。

そしてそれを使わなければならないとすれば、圧倒的暴力によって何もかもを焼き尽くす必要が生じた時。

言ってしまえば、中途半端だったのだ。「血のバレンタイン」とは。

どうせ撃つなら徹底的に滅ぼしてしまえばいいのに、たった1発撃っただけで狂人共は満足してしまったのだ。

その先に、どのような世界が待っているかも予想せずに。

核兵器自体も気に入らないが、加えて中途半端に運用した連中にはもっと腹が立つ。

 

「むしろこれで大々的に動いてくれた方が、私としてはやりやすいよ。患部は明らかな方がいい」

 

それを聞いたホフマンはもごもごと何かを言いたそうに口を動かすが、やがて観念したように溜息を吐く。

 

「正直に申しまして、私は貴方の言うところの安全な後方で温々(ぬくぬく)としていたかった。なんで貴方の副官となってしまったのかと後悔もしたことがあります」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「私は出世したかった。いや、今もより高い地位に就いて権力を手にしたいと思っている。───しかし、貴方の下で働くことになった瞬間から、とっくに目論見は破綻していたのでしょうね」

 

「それは、済まないことをしたな」

 

「ええ。ですから、こちらもヤケにならせてもらいます。

絶対に戦争に勝ってください。活躍してください。でなければ、私は『英雄の副官』という立場すら手に入らなくなる」

 

あくまで自分の欲望に従うのだと、ホフマンは言う。

一種の開き直り、そんなふてぶてしさがハルバートンは好ましく思えた。

 

「言われるまでもない。私は、私達は勝つよ。それが軍人の義務だ」

 

「そうしてください」

 

そして2人は歩み始めた。やるべきこと、やらなければいけないことはまだまだあるのだ。

だが、そう問題にはならないだろう。

利用する者、される者。

人を使う者、人に使われる者。

お互いの信条を理解し合った彼らに、絶えず未来への道は開けているのだから。

 

 

 

 

 

「くひひっひ、きゃははははは!!!!

すごいよラウ今の聞いたラウ!?あたし達大馬鹿者だって!」

 

「ああ、聞いているよヘキサ」

 

ハルバートンの演説は、遠くプラント本国にも放映されていた。

情報統制を行なっているために民間の公共放送は行なわれていないが、ZAFTの指揮官クラスには閲覧許可が出されている。

ラウは本国の自宅でその演説を視聴し、混迷を深める世界を観察していたところを、茶色がかった黒髪の少女の襲撃(じゃれつき)に見舞われたのである。

ソファに座るラウの首に後ろから抱きつき、楽しそうに笑うその姿は休日の父親と娘の団欒の光景に見えるが、少女が連合軍の基地から単独でMSを奪取する能力を持っていることを知っていれば、そのような感想は抱かないだろう。

ヘキサ・トリアイナ。ラウに抱きつく少女は、周囲からそう呼ばれていた。

彼女は最近になってラウが重用し始めた兵士で、あらゆる面で高い戦闘適正を持っていることからMSパイロットだけでなく、先の事変のように潜入しての破壊工作に参加することもある。

常に仮面を付けて外さないラウのことを嫌っている者達の中には『愛玩人形』と揶揄する者もいたが、ヘキサが連合の試作兵器である”ストライク”を奪取してからは、そういった言葉も減った。

少女が少女たるのは、外面だけだと気付いたからだ。

 

「ねえねえ、これからどうなるかな!?

たくさんの艦隊に攻め込まれちゃうのかな!?

たくさんの殺意に無茶苦茶にされちゃうのかな!?

そうなったら、そうなったらきっと、うん!

───とっても()()()よね!」

 

「どうだろうな。君は攻められるよりも、攻めることの方が好みだと思うのだが」

 

「どっちも好き!あたしが勝つもん」

 

「自信満々だな」

 

ラウは苦笑するが、その言葉に(たしな)めの意は込められていない。

彼女の自信は至極当然のモノだ。

 

「だってあたしは、ヘキサ・トリアイナ(6の数字を3つ持つ者)だから」

 

知恵を持つ『獣』に、人は勝てない。

ヘキサ(少女の姿をした獣)は、瞳の中に()気を浮かべながら嗤う。

自分は勝つのだと断言する。

 

「随分愛らしい『獣』がいたものだ。だが、君だって分かっているだろう?この戦争でZAFTが勝つ可能性はどう見積もっても五分を超えないと。それは賢いモノの見方が出来ていないのではないかね?」

 

「あれ、ZAFTを勝たせるなんて言ったっけ?あたしは勝つけど、ZAFTは知らないよ」

 

「ほう、ではどこかに亡命でもする算段が?」

 

「犬猫が人間に可愛がられることで生存権を手にしたのと同じよ。これでもいい顔してると思うんだけど?」

 

少女はそのままソファを乗り越えてラウの膝にまで移り、何かをねだる子猫のような仕草を見せつける。

自分の愛らしさも武器か。

ラウはその光景に微笑ましそうに口元を歪めるが、同時に懸念を抱く。

彼女はたしかに天才だ。開花すれば『獣』に相応しい能力を発揮し、人類に禍をもたらすだろう。

だが、まだ子供だ。

 

「たしかに、君は魅力的だがね」

 

「でしょでしょ?」

 

さて、どうしたものか。

彼女は初の実戦を経験したことで自信を付けたようだが、元から自信家だったこともあってか些か過剰に過ぎる気がする。

誤った自信を身につけたままで失敗することも、普通の子供ならば矯正のための第一歩となり得る。

しかし彼女のいる場所は戦場であり、一度の失敗が取り返しの付かない結果になることも珍しくはない。

どのように諫めたものだろうか?ラウが少女の導き方を思案していたところで、部屋の中に新たな人間が姿を現す。

 

「ラウ、あんたはもっとビシッと言うべきよ。『あんま調子乗るな』って。変なところでこの子がリタイアするのも嫌でしょ?」

 

「エンテお姉ちゃん!」

 

ヘキサはラウの膝からピョンと跳ね起き、現れた女性に抱きつく。

女性の名はエンテ・セリ・シュルフト。20代前半に見える彼女だが、平均的顔面偏差値の高めのプラントおいても人目を引く容姿をしていた。

その髪は老婆のように白く、目は鮮血のような赤に染まっている。一言で表すなら、アルビノ体だ。

そんな彼女だが、愛らしく抱きついたヘキサを乱雑に引き剥がし、ラウの隣に座る。

 

「ひっつくな、暑苦しい」

 

「酷いよお姉ちゃ~ん」

 

「やかましい。大体、たかだか1回の実戦をくぐり抜けた程度で何でも出来るって思い込むような奴は嫌いなのよ」

 

エンテもまた、ラウやヘキサ同様に闇から生み出された存在。

とある実験施設から逃げ出した彼女をラウが拾い上げたのは、気まぐれという小さなモノには由来していなかった。同情などであるともラウは思いたくない。

彼女を生み出した人間達は彼女を『失敗作』と断じた。このような存在が生み出されたこと自体が汚点であると。

自分を生み出した男も、このような出来損ないが『自分自身』である筈が無いと言っていた。

ならば、彼女にもきっと有るはずだ。───この美しく、そして醜い世界を裁く権利が。そう思ったからこそ、拾い上げた。

エンテは愛用する扇子を開き、自分を扇ぐ。

暑苦しさを誤魔化すためというだけではない。訳あって体温の調節機能に難を抱える彼女には、必須の道具だ。

やはりZAFTに所属している彼女は普段は空調機能内蔵のノーマルスーツを着ているので、実際に使う姿を見るのは稀だが。

ラウはその姿を見ることの出来る数少ない人間の内の1人だったが、扇子に違和感を覚える。

 

「おや、新調したのかね?」

 

「ん、使()()()からね」

 

実はこの扇子は特別製で、骨の一本一本が即効性の毒針となっていた。

彼女はプラントコーディネイターの中でも群を抜いて高い身体能力を誇るため、時折対人戦闘に駆り出されることもある。

しかしその身体能力故にこの暗器を使わずとも大抵の人間を制圧出来るはずであるが……。

 

「君がそれを使うとは、珍しいこともあるじゃないか」

 

「最っ高に楽しかったけど、最っ低な気分。だって殺せなかったんだもの」

 

「……()かい?」

 

「お察しの通り。───マグナウェル・ローガン。初めてやり合ったけど、あれはもう怪物の領域ね」

 

エンテという対人戦において最高クラスのカードを切って倒せない相手、かつ、この情勢で戦闘する可能性のある人物。そうなれば、ラウには1人しか思いつかなかった。

マグナウェル・ローガン。白服を与えられたZAFT兵にしてMSパイロット。通称、『クライン派の最大戦力』。

生身での戦闘もこなせる上に高水準、人格者なので慕う人間も相応数と、称号に違うところの無い傑物だ。最近では、地上で投入された自動戦闘機械(オートマトン)を真正面から『素手』で破壊してみせたという。

リーダーであるシーゲルからの信頼も厚い彼だが、ラウは()()()()彼のことが苦手である。

 

「事故に見せかけてアイリーン・カナーバを殺るはずが、ご破算よ。シーゲル・クラインがあっさり拘束された時点で違和感を感じるべきだったわ。あれがいなかったなら当然だもの」

 

「シーゲル・クラインが指示を出したのか、それとも独自に判断して行動したのか。どちらにしても、厄介だな」

 

「ねーねー、お姉ちゃん。そのローガンって人、強い?」

 

「強いわ。少なくとも今のあんたじゃMS持ち出さないと勝てないくらいにはね。興味湧いたからってちょっかい出すのは止めときなさい」

 

「はーい!」

 

元気よく返答する少女に、エンテは眉をしかめる。

エンテは強い人間が好きだ。そして、弱い人間が大嫌いだ。

だが、ヘキサという少女は彼女の目から見ても異質だ。

すがすがしい程に戦闘、そして勝利を欲するヘキサは好ましく思えるはずなのだが、どうにも()()気がするのだ。

違和感を解消するために時々()()()()()()()やってるが、一向に改善の気配が見えないのも苛立ちを醸造する。

 

「まあ、いいわ。どうせシーゲルの身柄が抑えられている時点でクライン派は動けないし」

 

「そうだな。そして……これからが本番だ」

 

ラウは立ち上がって台所に向かい、そこから持ってきた瓶を2つテーブルに置く。

片方は赤ワイン、もう片方はリンゴジュースだ。

 

「おそらく、もうこのようにして集まり、談合する機会は訪れないだろう。景気づけに1杯どうだろうか?」

 

「おー、なんだかお高そうなお酒!」

 

「……あんたって、結構そういうところは俗物的っていうか、オーソドックスな感性してるわよね」

 

「私も常に他人と違う行動を取りたがるような天邪鬼ではないさ。ヘキサ、君のはこっちだ」

 

「え~?あたしもお酒飲みたーい」

 

「あんたには早いわよ」

 

グラスとコップを取り出し、酒とジュースを注いでいく。

苦笑する男とグラスを片手にくつろぐ女性、はしゃぐ子供。

それだけ切り取れば朗らかな一家団欒の光景に見えるが、彼らの本質を知っていればけしてそのような感想は出てこないだろう。

彼らの最終的な目的地は、どれもバラバラ。その中でも共通する一点が存在するからこそ、彼らは集っているのだ。

だが、それもいいだろう?

ラウは目的も主義も違う3人が集まり、今だけは同じ方向を向いているという奇縁に笑みをこぼす。

果たして、世界は滅茶苦茶になってしまうのか、醜いまま変わらないのか。

それとも、輝ける何かを手に入れて一歩先に進むことが出来るのか。

昔はただただ破滅を望んでいた自分がこのように変わるのだ、彼女達がどのような道を歩んでいくのかも見てみたい。

 

(ままならないものだな)

 

見たい、見届けたいと思う物があるというのに、思うように生きることの出来ないこの(からだ)

───せめて、この戦いの終局までは保ってくれるといいのだが。

 

「それでは……」

 

「ちょっと、ラウ。1つ忘れてることがあるわよ」

 

「?」

 

「乾杯には音頭が必要でしょ。あのヘタレドクターみたいに、あんたもやってみなさいよ」

 

唐突に揶揄される友人(ギルバート)も災難だな。

内心で軽く同情しながら、ラウはこの場に相応しい音頭を思案する。

そうだ、どうせなら。

 

「ならば、いっそのこと3人それぞれ異なるものを唱えるというのはどうだろう。全員、そちらの方がすっきりすると思わないか?」

 

「さんせーい!あたしもやってみたい」

 

「はあ?まあ……いいけど」

 

「では、私から」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、(妄執)勇気(無謀)に満ちた世界に」

 

「……願い(呪い)渦巻く、この世界に」

 

混沌(Chaos)が嘲笑うこの世界に!」

 

『乾杯!』

 

キィンっ!

破滅の跫音(きょうおん)は、いやに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、心配を掛けたな」

 

『隊長!』

 

“第08機械化試験部隊”のオフィス、その場に現れたユージに向けられた視線には、多大に安堵が込められていた。

自分がそこまで慕われているとは思っていなかった、あるいはその自信が無かったユージは顔を綻ばせる。

 

「隊長、その……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫とは断言出来ないが、『皆が頑張ってる中、俺だけが落ち込んでるわけにはいかない』。……そうやって空元気を出せるくらいには、なんとか」

 

心配そうに声を掛けてくるウィルソンに対し、ユージは力弱い笑みを見せる。

心の重しは少なくなっただけで、無くなったというわけではないのだ。

いや、きっと無くしてはいけないものなのだろう。

きっとそれは、ユージ・ムラマツがそうであり続けるためのファクターだ。

 

「まあ、今のところはそれでいいのではないですかね?」

 

「マヤさん、何やったか丸わかりですよ……」

 

妥協したというには満足そうな顔をして、ユージの後ろから現れたマヤに対し、アリアはユージの顔に咲いた紅葉を指差す。

時々この技術主任は肉体派になるのだ。以前その洗礼を浴びたことのあるアキラは身震いする。

 

「皆、少しだけ俺の話に耳を傾ける時間をくれないか?」

 

ユージの言葉を聞き、居住まいを正す隊員達。ユージには、それがどうしようもなく嬉しかった。

 

「俺達は仲間を失った。ジョンだけじゃない、ロバート、デビット、ドロシー……先の奇襲だけじゃない、これまで多くの仲間が命を散らせていった。

それでも、俺は歩み続けようと思った。戦争を終わらせようと思った。1個人に何が出来るかとかそんな問題には意味が無い、やろうと思ったんだ。

きっとこれからも、ここにいる何人か、あるいは全員が命を落とすような事態に見舞われるかもしれない。あるいは、そうする必要が生まれた俺がそういう指示を出すかもしれない。

皆は、それでもいいか?」

 

ユージの言葉を聞き終えた隊員達は一瞬ポカンという顔をすると、苦笑だったり、人を小馬鹿にする顔だったり、とにかく笑みを見せていく。

 

「何を言い出すかと思えば……」

 

「俺達の隊長って、意外とバカだったんだなって」

 

「おいぃ、今のお前ら聞いたか?」

 

「俺らのログにはバッチリ残っちまったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『当たり前だろ、バーカ!』

 

「なんど言わせりゃ気が済むんすか、あんた。俺達ゃ天下の”マウス隊”、何処からも受け取り拒否の特急危険物の集合体!」

 

「この部隊でいいか、じゃなくてここじゃないと働けないし、なんなら働く気もないんだよなぁ」

 

「もっと自信持てよ、隊長!俺達が『隊長』って認めるくらいには、あんた慕われてるんだぜ?」

 

「まったく、なんだお前ら……」

 

まったく、屈辱だ。

いつも突拍子の無いことをやらかして、その後始末で忙しくするような奴らのクセに。

一見まともそうに見えることもある変態と、所々本性を見え隠れしている変態と、ありのままの変態の集いのクセに。

───目頭熱くしてくれるじゃないか。

 

「なら、言うべきことは1つだな?」

 

「ええ。今ならきっと、どれだけクサいセリフでも皆全力で乗ってきますよ」

 

「そうかな……そうかも。

よし、じゃあ、お前ら……。

 

 

 

 

 

俺に、付いてこい!」

 

『イエッサー!』

 

これで、彼らを導いて進まなければいけないという荷物を背負った。

もう逃げることは出来ない。だが、ユージはそれで良いと思った。

もう、1人で背負う、否、1人で背負っていると思う必要は無いと思ったからだ。

マヤはユージに近づいて、小声で告げる。

 

「当てにしてますよ、隊長」

 

ついにユージは、自分がこの世界の行く末についてある程度の知識を持っていることを他者(マヤ)に明かした。

不思議なくらいに、マヤがすんなり受け入れていたことが印象的だった。

 

『まあ、18mのロボットが大地を闊歩して戦争なんてやってる世界です。そういうこともあるでしょうね』

 

それに加えて、ユージが時々見せる奇妙な言動や行動がそれだけで説明が付くのだと、マヤは言った。

そこまですんなり受け止められるとは思っていなかったユージがそのことを言うと、マヤは笑った。

 

『だって、信じると言ったでしょう?貴方の言うことを切って捨てるのは簡単ですが、それは自分自身の言葉に逆らうことです。吐いた言葉を飲み込んだりはしませんよ』

 

(俺は、皆のことを見ているようで見ていなかったのかもしれないな。だけど、これからは……)

 

ユージはポケットに入れた1枚の紙を触る。

それは昨日、マヤに真実を打ち明けた後に渡された物。

ジョン・ブエラの遺書であった。

 

(俺はこの思いを忘れない。背負って、前を向いて……きっといつか、成し遂げるよ。お前の信頼に答えられるように)

 

 

 

 

 

拝啓、ユージ・ムラマツ殿

 

家族に送るものとは別に、貴方にも用意いたしました。

余計な重荷となるようでしたら、即刻破棄してもらって結構です。

 

私はずっと、貴方が何かを隠していると思っていました。

何か、大きく、途方も無い物を見ているような気がしていました。

”メビウス”隊のころから、これを見ているだろうその時まで、ずっとです。

 

でも、私はそれでも良いと思いました。

貴方が仲間を重んじるその姿に嘘偽りは無かったからです。

何かに喜び、何かに悲しむその姿は、よくある人間の姿だったからです。

そんな当たり前が出来る人間は、このご時世だと少ないのです。

だから、皆、貴方のことを信じて、戦えているのです。

 

結局、この手紙を見られている時点で貴方が戦う理由を知ること無く私は逝ってしまったのでしょうが。

どんな思いがあったとしても、貴方は大丈夫だと、思いながら逝ったはずです。

 

誰もが貴方を信じています。

信じているから、貴方の力になってくれます。

ありふれた人間の貴方は、だからこそ当たり前な希望になり得るのです。

そしてそれが成るのは、貴方が誰かを心底から信じられたその時です。

願わくば、その時が訪れるように。

 

最後に、1つ。

どこにでもいるような私から、ありふれた貴方へ。

その道行きに。

───光あれ、と。




勇者でも魔王でも、神でも悪魔でもない、ありふれた誰かの言葉だからこそ力になるということ。

ここから長い後書きとなります。
面倒な方は読み飛ばしてくださっても大丈夫です。



本当はハルバートンじゃなくて、パトリックの演説にするかと考えてました。
そしてパトリックの映った画面に拳を叩きつけて「貴様には負けんぞ……!」というキラとか書こうかと。(元ネタは冒険王版『機動戦士ガンダム』)
雰囲気ぶち壊しになるのでしませんでしたが。

ちなみに、以前に読者の皆様から募集したオリジナルキャラクターの内から2人、登場させていただきました!
エンテ・セリ・シュルフトとマグナウェル・ローガンの2名です!
投稿してくださった「ビルゴルディγ」様、「刹那ATX」様のお二人には、多大な感謝を!
そして、これからも何人か順次登場させていく予定です。
他の参加者の皆様も気長にお待ちください!
活動報告に原案が載っていますが、ネタバレ含むので閲覧することはオススメできません。

それと第3章に向けて、いくつかレイアウトを変えていくつもりですが、作風が大きく変わるというわけではないということを先にお伝えしておきます。
具体的には、

①前書きのあらすじパート
②本分の随所に見られる日付と場面の箇条書き

をカットしたいと。
特に②は、side使いと揶揄されているような気がしますので。
作品の質を上げるために、色々とやっていこうと思います。

-追記-
②の修正ですが、今のままでも良いという意見をいただいたので、やはりこのままで継続していくことになりました。

では、後日投稿予定の第3章でお会いしましょう。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第3章
第70話「新たな出会い」


ようやっと第3章突入です!



天国……いや、人殺しである俺達が天国にいけるとは思えないが、地獄に落ちてるとも思いたくないので、ここは北欧風にヴァルハラと呼称しておこう。

ヴァルハラのジョン、見ているか?俺は、ユージ・ムラマツはなんとか前を向いて生きていくことが出来ているよ。

皆が信頼してくれているということをようやく受け止められたし、マヤが更に頼れる存在になったんだ。

戦争を終わらせようって、決意を新たにも出来たんだ。

だけど、だけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だ、艦隊突撃ぃ!全艦の大火力を以て決着を!」

 

「待て待て待て大馬鹿野郎!なんでそこで突撃を選択するんだ!」

 

「何を言います!勇壮たるMS隊によって敵艦の戦闘能力は既に喪失しており、まさしくまな板の上の鯛!なればこそ、艦砲でとどめを掛けることがMS隊を支援することに直結するのは極自然なことではありませんか!」

 

「なんのために“バスター”の火力があると思ってんだ!そも輸送艦である本艦をバカ正直に突撃させようとするんじゃない!」

 

「仮装巡洋艦なのですが……仕方ありませんな。では」

 

「分かってくれたか」

 

「まっすぐいって突撃、こっそり背面に回って突撃、蛇行しながら接近し機を見て突撃。好きな物を選んでください。オススメはまっすぐいって突撃です」

 

「突撃の方法にケチ付けたわけじゃない!」

 

「落ち着いてください、隊長!?」

 

「離せマヤ!この突撃バカを今すぐミサイルにくくりつけて飛ばしてやるんだ!」

 

 

 

 

 

「ふははは!よいか下郎共!

貴様らに足りない物、それはぁ!

情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!

そして何よりもぉ!

脚部愛が足りない!

つまりどういうことかというと時代はランディングホイールだ!」

 

「違いますね、ここは足を4本に増やして山岳部における移動適正を高めた機体を作るべきです」

 

「ナイト的には重量2脚にするのがバランス的にベストな最適解。時代はキックを求める」

 

「おい待てブロントさん、ブーストチャージならガチタン以外ありえんぞ。石川御大もパワー系はタンクの3と言っている」

 

「あれはもはやキックではなく交通事故だと常ウェイズ言って言うタル!」

 

『どう思う、隊長?』

 

「念のため聞いておく。……お前らのそれは平均的MSパイロットが使えることを想定しているか?」

 

『身体は闘争を求める』

 

「答えになってないんだよ!今度はリアル系にかぶれやがって!」

 

「どうどうどう!落ち着いてください隊長!」

 

「離せマヤ!イレギュラーは排除せねばならん、早急にだ!」

 

 

 

 

 

またバカが増えました……。

なんでこの部隊にはまともな奴が少ないのだろうか?

マヤも怒ると世紀末バスケしだすし……。

まあ、なんだかんだで。

───我々は、我々らしく、今日もこの世界を生きているよ。

 

 

 

 

 

3/27

『セフィロト』

 

「ようやく、通常業務に復帰出来てきたな」

 

「ええ。基地の機能も90%まで復旧したそうです。『宇宙の交番』復活ですね」

 

「『交番』?なんだそれは」

 

「月基地が警察署、ここは『交番』なんだそうです」

 

「ああ、そういう」

 

数日前まで弾痕や赤い何かで彩られていた通路が綺麗になっている様を見ながら、ユージとマヤは歩みを進める。

5日前にZAFTの手で行なわれた奇襲から、宇宙ステーション『セフィロト』は早くも立ち直りつつあった。

元々この場所への攻撃は月基地への攻撃を成功させるための陽動のようなものであったらしく、被害は他の拠点と比べればそこまでのものでもなかったというのが、早期の復旧の要因である。

そして基地機能が平常に戻ったということは、そこに務める兵士達の平常業務も戻ってくるということ。

ユージ達もまた、自分達に新たに与えられた装備の確認のために港口に向かっていた。

 

「しかし……残念でしたね、隊長。本来ならば”アガメムノン”級が配備されるはずだったのに」

 

「ああ……ついにまともな戦力として艦を使えると思ったタイミングでこれだからな」

 

本来ならばユージ達にはMS母艦としての機能を持たせられた”アガメムノン”級航空母艦とか”ドレイク改”級が1隻、配備されるはずだった。

MSとパイロットの質は文句なしだが、これまでの”第08機械化試験部隊”にはMS相手には力不足の”ドレイク”級とそもそも戦闘能力のない”マルセイユ3世”級がそれぞれ1隻ずつしか無かった。

そこでハルバートンは艦艇戦力を強化することでより多くの戦術を取れるようにと、新たな母艦を用意していた。

しかし、本来配属されるはずだった”アガメムノン”級だが、先の奇襲によって小さくは無い損傷を受けてしまい、船渠入りとなってしまったのだ。

幸いなことに”ドレイク改”級は無事だったが、今度は肝心のMS母艦が存在しないという事態に陥ってしまう”マウス隊”。

元から使っていた母艦の”コロンブス”も大破したので、さてどうしたものかというところで、ユージ達になんとか回ってきたのが……。

 

「おっ、これか」

 

「たしか、”コーネリアス”級を改造したものでしたね」

 

港口にたどり着いたユージとマヤは、そこに停泊している艦艇を見て声を上げる。

”コーネリアス”級仮装巡洋艦、その艦級で呼ばれるこの艦こそが、”第08機械化試験部隊”第2の旗艦となる。

この艦は名前から察せられるように、”コーネリアス”級補給艦を改造したものだ。

元々”アークエンジェル”級建造の際に参考元になった艦でもある”コーネリアス”級は、高い輸送能力を持っていた。そこに目を付けたのが、宇宙艦隊再編計画に参加した技術者達だ。

”ドレイク”級ミサイル護衛艦や”ネルソン”級宇宙戦艦はMSどころか”メビウス”も戦場に普及しきっていないころに設計された旧式の設計ということもあり、それを「MSの運用を可能な艦艇にする」というのは、難しい上に気乗りしないことだった。

しかし”コーネリアス”ならば少し改造することでMSを運用可能に出来るし、なんなら拡張性も高いから武装を施すことも出来る。

そして、余った艦は来たるべき決戦に向けて魔改造……という目論見があったかどうかは定かでは無いが、とにかく出来上がった物がこれだ。

推進力の強化と装甲のラミネート化以外には基本性能は大きく変化しておらず、武装も同じ。

”アークエンジェル”にも搭載されたエネルギー収束火線砲「ゴットフリートMk.71」を2基、後にロウ達の母艦となる”リ・ホーム”なら作業用クレーンが設置されている箇所に備え付けられた他、対空機関銃「イーゲルシュテルン」が数基取り付けられている。

あくまで応急の改装艦であるためにまだ火力は低いが、それでも”コロンブス”より性能は上だ。

廃艦が決まってジャンク屋組合に引き渡した愛艦のことを思うと少しの哀愁が漂うが、あの艦も精一杯働いた筈だと思うことで感傷を振り切る。

 

「そして、奥にあるのが”ドレイク改”級か。おおっ、”ヴァスコ・ダ・ガマ”も改装が終わっているのか」

 

「これで、やっとまともに艦隊として戦闘も行えるようになったということですか。……やっぱり技術試験部隊の規模じゃないですよね、これ」

 

「それだけ評価されていると思いたいな」

 

前述の通り、”ドレイク”級は設計が古く、MS運用を視野に入れた改造は難しい。ユージ達の使っていた”ヴァスコ・ダ・ガマ”は一応MSを2機搭載出来るように改造されていたが、それも艦外に係留出来るようにした程度だ。

技術者達は早々に見切りを付け、代わりに艦そのものの戦闘力を向上させる方向に舵を切った。

これら”ドレイク改”級駆逐艦は、なんといっても艦体を挟み込むように備え付けられた大型の砲台が目につく。

110cm単装リニアカノン「バリアントMk.9」。”アークエンジェル”に搭載されたMk.8型のマイナーチェンジ版だ。

Mk.8で問題視された『短時間連続発射によって使用不能となる』という弱点を解消するために冷却システムを強化されている他、砲身の延長によって射程距離と精密性を高めている。

代償としてMk.8よりも大型化し、折りたたんで格納するということが不可能になったことが挙げられるが、十分な強化だ。

 

「艦名は”アバークロンビー”というそうです。アバークロンビー級モニター艦に倣ったというわけですね」

 

モニター艦というのは要するに、小柄な艦艇に相対的に大型の砲塔を搭載した艦のことを指す。

沿岸部における対艦戦闘や対地攻撃を目的としているモニター艦だが、その特徴として航洋能力が低いことが挙げられる。

その点、この”ドレイク改”級はたしかに大型の砲は装備したが、機動力の低下は起こっていない。ゆえに駆逐艦として扱われることとなった。

 

「まさか、この1年で戦隊のトップかぁ……人生、分からんものだな」

 

「おや、ご自慢の()()があってもですか?」

 

「自分自身のことまで分かってたまるか。第一……ここで話すな」

 

「分かってますよ」

 

いたずらっぽく笑うマヤ。

まったく、自分達のいるこの世界、あるいはそれに近しい世界が物語として扱われていると知ってもこの有様。

……正直、羨ましくなる。ああいう強さを持てる人間というのは限られているものだ。

 

「ところで、こっちの”コーネリアス”級の名前は決まってるんですか?」

 

「ん、いや。まだ決まっていないんだ。こちらで決めて良いということになっている」

 

「何か候補は?」

 

「そうだな……

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”、なんてどうだろう」

 

「隊長って、物に愛着持つタイプですよね」

 

「そうだな、中々物を捨てられないことがあるよ」

 

空回りな責任感とかな。

ユージはそう言って”コロンブスⅡ”の搭乗口に向かおうとして、マヤに耳を掴まれてそれを中断させられる。

力は込められていないから大したことはないが、痛いものは痛い。

 

「いでで、なんだいったい」

 

「まったく、貴方は気を抜くとすぐにそう弱音を吐こうとする。未来云々を語る前にそこから変えていかなければ」

 

「……母親みたいなことを言う」

 

「あの変態共を纏めていれば、世話焼きにもなります」

 

呆れたように笑うマヤに、ユージは肩を竦める他無い。

前世でなんども視聴した『ガンダム』シリーズだったが、例外なく女性の精神が強かったことだけは覚えている。

自分もまた、そんな強さと温かさに救われたわけだが、そのままでいようという気にはどうもなれなかった。

男はいつだって、女に良いかっこつけたがるものなのだから。

 

「それなら、戦争が終わったらたっぷりねぎらってやらないとな」

 

「期待してますよ、ユージ」

 

ユージ達がそのような会話をしているところに、1人の男性が近づいてくる。

黒髪でエネルギッシュ、わかりやすくワイルドなその男性は少佐の階級章を制服の襟元に付けていた。

男性の敬礼にユージ達も返礼し、男性が口を開く。

 

「お初にお目に掛かります。”第08機械化試験部隊”のユージ・ムラマツ中佐殿でありますか?」

 

「ああ。貴官がカルロス・デヨー少佐か」

 

ユージはこれまで、第08機械化試験部隊隊長としての役割と”コロンブス”、”ヴァスコ・ダ・ガマ”等艦艇の艦長を兼任していた。

一介の佐官が艦長と隊長を兼任するという異常な人事も、戦争初期の敗戦続きで人材が少なかったためであったのだが、さすがにこれ以上部隊規模を拡張していくとなればユージの手に負えない仕事量となるため、艦長業務を任せられる人材として転属してきたのがカルロスだ。

 

「かの”マウス隊”で母艦の艦長という大任をいただけるとは光栄です、全力で職務をこなします!」

 

「そこまで気張る必要もないよ。今後しばらくは大規模な作戦も無いだろうし、じっくりと部隊に慣れていけばいい」

 

「はっ、そういたします!」

 

言葉ではそう言うが、やはり威勢が衰えることはない。

”マウス隊”でも珍しい、直情径行タイプの人間のようだと第一印象を持つユージ。

カルロスは”コロンブスⅡ”を見上げる。

 

「いやあ、本来ならオフィスで着任の報告を先にするべきなのでしょうが、ついに1艦の艦長かと思うと自分を抑えられませんでな!名はなんと?」

 

「”コロンブスⅡ”、先の奇襲で大破した艦の名前を継がせたよ。デヨー少佐は宇宙艦艇が好きなのだな」

 

「それはもう!」

 

キラキラと少年のような目でユージに迫るカルロスを見て、ユージは嫌な予感を覚えた。

この空気には覚えがある。そう、これは。

 

(変態共が趣味を語り始める時の雰囲気───!)

 

傍らのマヤに助けを求めようと振り向くが、忽然と姿を消していた。

危機管理能力の高さは流石だが、即行で上官を見捨てるとはどういう了見だ貴様。

 

「よいですか隊長、そも戦艦とは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ということなのです!」

 

「ああ、そう……」

 

30分以上ノンストップで続けられた宇宙戦艦アピールに、ユージは「ああ、そう」botと化すことで精神を守っていた。

一応自分もそこそこのガノタの自負があったが、オタクの中でもライト層とヘビー層が存在していることを思い知らされる。

 

「むっ、生返事はいけませんね。戦隊司令となったのですから艦艇方面への理解も深めていただきませんと」

 

「それは、まあそうだろうが」

 

「来たるZAFT共との決戦の際にもっとも重要な存在を担うのは艦艇なのです。そもそもMSが優位を得ることが出来た最大の要因はNジャマー環境に当時の艦隊が不慣れであったことが……」

 

「……少佐は、MSは嫌いかね?」

 

つい、口を出た言葉。

下手をすると今後の部隊内に不和を呼びかねない言葉をユージは自省したが、カルロスは笑い飛ばす。

 

「何をバカなことを言います。MSは革新的な兵器です、宇宙に留まらず地上でも運用可能、しかも優秀なパイロットが乗れば1機で何機もの敵機を打ち倒すことが可能、正に新時代の宇宙戦闘機と呼べるでしょうな」

 

しかし、とカルロスは言葉をつなげる。

 

「どれだけ強力な兵器であっても、それを圧倒的に上回る数を揃えて、堅実な戦略で采配してやれば、順当に打ち倒せるものなのです。隊長も10機のMSを相手に1機のエースを突撃させるような真似はしないでしょう?」

 

「それはそうだ、無策でエース頼みなど」

 

トップエースを何人も抱え込んだ部隊の隊長ではあるが、エースがエースとして活躍出来るのは環境や条件が整っているから、つまり実力を十全に発揮出来るからという意見を持っている。

そういう意味では、エースという存在はむしろ集団対集団でこそ活きる存在と言えるだろう。お互いに持っているカードの数が同じなら、より個々の質の高い側が勝利するのが当然だ。

戦略を戦術でひっくり返せるレベルの化け物(主人公共)がちらほら生まれるというのがおかしいのだ。

 

「更に、敵対する存在に対して有効射程距離で勝るということは、一方的に攻撃を加えられるということ。そうすれば、開戦時には機動兵器の数が同じでも先制攻撃によって敵の数を減らし、結果的に数的優位状況でMS隊も戦わせることが出来ます」

 

「『敵より遠くを撃てる砲を持っている側が勝つ』、だったな」

 

「そう、要は役割分担なのです。MSはMS、艦艇は艦艇。我々が上手く操ってやればいいのです。そして、一大決戦の場では戦艦こそが主役となるべきなのです」

 

なるほど、そういうタイプか。ユージは得心した。

カルロス・デヨーはMSの価値を大いに認めている。その上で、戦艦こそが主役となるべきなのだと言いたい人物なのだ。

なるほどなるほど。

 

(───ふざけんな一番面倒なタイプじゃねーか!)

 

ただMSを嫌っているとか、時代の違いについて行けない人間だとかの方がやりようはある。

MSの有用性を見せつけて心を折ってやるでもいいし、それがダメなら徹底的に干して窓際族に追いやってしまえば少なくとも余計なことはしない。

この手のタイプは「戦闘における最適解を選び取る」のではなく、「最適解を自分好みに改変しようとする」から厄介なのだ。

戦艦が活躍出来る作戦考案だったり、環境作りだったり、それらを他の人間の迷惑にならないように狡猾にこなすのだ。

そういう人間は封じ込めるよりも、上手く熱意を誘導してやることが出来れば益をもたらす。

つまり、カルロス・デヨーを上手く働かせるには誰かが手綱を握ってやる必要があり。

それを為すのは必然。

 

「また、貧乏くじかぁ……」

 

「どうしました隊長、浮かない顔ですが」

 

あんたが原因だよ。

例に漏れず奇人変人だった新任艦長を前に天を仰ぐユージだった。

 

 

 

 

 

「絶対に許さんからな」

 

「ユージが迂闊なことを口にするからです」

 

「ぐぅ」

 

ユージは逃げ出したマヤと合流し、“マウス隊”オフィスに向かう道中で恨み節をぶつけていたが、すぐに止めた。

どうやっても口で勝てる気がしなかったからだ。

 

「……まあいいだろう。ところで、君は聞いているか?技術部に新たに配属される隊員」

 

「名前と簡単なプロフィールだけは。

ヴェイク・アムダ少尉。元は地上で陸戦兵器の開発に携わっていたそうです。が……」

 

「が?」

 

マヤは非常に言いづらそうな表情を見せながら続ける。

 

「その、『委員会』所属を表明しております」

 

「よし、突き返そうか」

 

「落ち着いてください」

 

マヤの諫めに応じず、ユージはその場でうずくまって頭を抱える。

今時、連合軍内で『委員会』と言えば『通常兵器地位向上委員会』のことを指すというのは当然の常識である。

人間にはこの世の全てが理不尽に見える時が訪れることがあるが、今まさにその時が訪れていた。

 

「神様俺に何か恨みでもあるのか?なんでよりにもよって『通常兵器地位向上委員会』の奴らがここに飛ばされてくるんだよ!火に油どころの問題じゃねーだろ!」

 

「はぁ……本人に確かめたら如何です?オフィスはもうそこですよ」

 

「いきたくねぇ……」

 

「我慢してください、隊長でしょ」

 

首根っこを掴んで、マヤはユージを引きずっていく。

上官にする行為ではないが、残念ながら”マウス隊”隊員と分かった時点で咎める兵士は『セフィロト』にはいなかった。

ついにマヤは”マウス隊”オフィスの前にたどり着き、ドアを開けようとする。

 

『───んだとゴラァ!』

 

部屋の中から怒号が聞こえた瞬間、ユージは立ち上がって部屋の中に入る。

ZAFTの魔の手を心配したわけではなく、単純に面倒事の発生を察知して規模の拡大を防ごうという、悲しいことになれてしまったルーチンをこなすためであった。

 

「今度はいったい何があった?」

 

「隊長!」

 

変態4人衆の筆頭ことアキラ・サオトメが怒り顔でユージを向き、部屋の中の男性を指差す。

よく見ればブロームとウィルソンも怒り顔だ。

 

「なんとか言ってやってくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはははは!ネズミ共の親玉が出てきたか!」

 

「何を言えっつーんだよ」

 

高笑いを上げる金髪オールバックを見てユージが漏らした声であった。

なんで聖帝がいるんだよ。

ここはいつから世紀末になったんだよ。

ていうか白衣の上に更にマントを被ってるってどういうファッションセンス?

 

「我が名はヴェイク!『通常兵器地位向上委員会』人型兵器研究員にして、帝王の血を引く者!」

 

「あーはいはいついにあからさまな奴がご登場ですね即刻出て行けぇ!」

 

「落ち着いてください隊長」

 

「中身だけでなく外見まで変態を抱え込めるかぁ!」

 

憤慨するユージと後ろから脇を抱え込むマヤ。お決まりの光景である。

 

「聞いてくれ隊長!このパチモン、いきなり現れたと思ったら俺達に喧嘩を売ってきたんだ!」

 

「どうせゲ○ターを貶されたとかそんなんだろ」

 

「なんで分かった!?」

 

「で、ウィルソンはバトロイド形態不要論でも唱えられたか」

 

「我々の性癖を知り尽くしている、さすが隊長ですね。いやまあその通りなんですけど」

 

「で、ブロントさんは……」

 

「C.E71年、俺は怒りの炎で包まれた!ぐらっトンソードあリソース無駄使いではないんだが?」

(こいつ大剣なんてデカいだけで資源の無駄遣いだとか使えないとか言いやがった!)

 

「まったく、下郎共の考えることが余りにもしょうもなさすぎてついつい言葉が漏れてしまったわ!ふは、ふははははっ!」

 

それだけは同意だよ。

ともあれ、部隊内で問題事を引き起こしたことに関してユージは見逃すつもりは無い。

 

「で、サウ……じゃなかったアムダ少尉。たしかにこのアホ共の言っていることはネジを太陽系外まで吹っ飛ばしたようなことだというのは間違い無いが、部隊内に不和をもたらしたのは事実だ」

 

「ふふふ、貴様も無理に取り繕わなくてよいぞ隊長。貴様も辟易していたのだろう?このスーパー系キチ共に。よい機会だ、この場で矯正してやろうと言うのだ」

 

「いやたしかに辟易はしてたけどそういう問題ではなくてだな」

 

「聞け、下郎共!」

 

こいつ話聞かねータイプだな。ユージは確信した。

今にも制裁を始めようとしているマヤを制しつつ、聖帝擬きが何を言おうとしているのか様子を見守る。

最悪、後で全員懲罰房にでもぶち込めばいいかという考えがあるのは言わずもがなである。

ユージは面倒事が嫌いだった。

 

「ゲッ○ーだと?夢を見るのも大概にしろ、いったい何処にあの変態ギミックを再現する技術があるというのだ?

形状記憶合金などというレベルではないぞ?そもそも3機の戦闘機を合体変形させる必要が何処にある?

最初から別々の3機として作ってしまえば良いではないか」

 

「ぐぬう!?」

 

「バトロイド形態に変形するのは対巨人種戦闘を見越したというが、ならば何故VF-1には近接戦闘装備に碌な物がなかったのだ?

戦闘機なら戦闘機、人型なら人型として設計した方が結果的に構造に問題も生まれづらいのではないか?ん?」

 

「人型と戦闘機を使い分けるからいいんでしょうがリアル厨め……!」

 

「そしてぇ!大剣を持って切り込む?

貴様どこのイングランド出身だ?バグパイプを吹かしながら戦う時期はとっくに過ぎ去っておるわ!」

 

「ロマン全否定そしてエドワード全否定!

いきなり飛び火する中尉に同情を隠せない!」

 

「飛び火させたのはお前だろうが」

 

ユージはツッコミながらも、ある予感を抱く。

このパチモン、口調はともかく言っている内容はまともだ。

これはもしや。

 

「高い能力を持っていながら、アニメと現実の違いも分からんとはな!

その能力を活かしたいというなら、前線で戦う兵士のことを考えて実用性重視で物を言え!」

 

『ぐぬう!?』

 

「もしかしたら、外レアと見せかけて激レアだったか!?」

 

「隊長……」

 

ついに現れたまともな考えの技術者(この際見た目は置いておく)を前に感動を隠せないユージと、そんなユージに同情に満ちた視線を向けるマヤ。

何故そのような視線を向けるのか。いや、彼女からすればこのパチモンを管轄下に置かねばならないという心労が待っているのだから当然と言えば当然か。

 

「良いか、兵士達が求めるのは安定性の高い銃!そして利便性だ!

貴様らのそれはただの独りよがりだ!」

 

「そうだそうだ、もっと言ってやってくれ」

 

「ついでに、前線でも容易に修理出来るような安全性があれば整備兵も満足!」

 

「ほんと、そうだよ」

 

「ぐうっ、ここぞとばかりに隊長が合いの手を入れてくる!そんなにふざけた物を作った覚えはないのに!」

 

「お前こないだエド少尉にモーニングスター送ってただろうが」

 

しかも名前は「ミョルニル」。まさかの『原作』トップクラス変態兵装をまさか身内(アキラ)が作り出すとは思わなかった。

というかなんで『原作』では高機動強襲用MSである”レイダー”に搭載したのか。

悪役感の演出のためか?

 

「隊長」

 

「ん、どうした」

 

マヤが後ろからチョイチョイとユージの服の裾を引っ張る。

本当に残念そうな顔をしながら告げる言葉は、これから先の喜劇を見越していたのかもしれない。

 

「期待しすぎると裏切られた時の衝撃が半端ないですよ」

 

「いや、たしかにそうだろうが」

 

「言うことは言いました、ちょっと席を外します」

 

そしてマヤはオフィスから去って行った。

ヴェイクはなおも言いつのる。

 

「そう、そうだとも!貴様らに足りないのはリアル志向!

派手さに惑わされて男のあるべき道も見失ったか!」

 

「……ん?」

 

「土埃にまみれる機体、弾痕残る装甲、無骨に担いだ機関銃!

これこそが真の浪漫というものよ!」

 

何か、話がおかしな方向に向いてきた気がする。

というか変態共もさっきの怒りが嘘のように食いついているではないか。

 

「重厚さと利便性、そして機動力!

これらを兼ね備えた機体、それはつまり───」

 

「待って?(切実)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボト○ズは良いぞ!」

 

『俺達今から親友だ!』

 

「結局スーパー系変態にリアル系変態が合流しただけじゃねえか!」

 

先ほどの険悪さが嘘のように和気藹々し始めた変態共に、ユージは慟哭する。

油断した罰と言わんばかりに、変態共が癒着を深めていく光景には絶望しか見いだせない。

 

「ゲッ○ーは最高だが、リアル系も勿論好物だ!

今日は寝かせんぞ、夜通しアーマ○ド・コア大作戦だ!」

 

「良かろう、この俺の帝王的アセンを存分に見るが良いわ!」

 

「アーマード・トルーパー!そういうのもあるのか!

カレトヴルッフ作る時のジャンクの余りがありますし、ここはいっちょ!」

 

「素晴らしい目の付け所だ素晴らすい!

シェイクを奢ってやろう」

 

「……(呆)」

 

「また隊長殿が泡を吹いておられるぞ!」

 

「ほっとけ、どうせしばらくしたら再起動する」

 

「よーし、いつも通り仕事するぞー。変態共は隊長達に丸投げしときゃいい」

 

他の研究員達も、早々に自分達の仕事に戻っていく。

彼らは「面倒事は上司に丸投げすればいい」という真理に早々に至っていた。

ちなみに、なんだかんだで彼らも時折悪乗りして変態共に混ざってやらかすことがある。

”マウス隊”所属研究員の称号は伊達ではないのだ。

 

「ふは、ふははははっ!良い、良いではないか”マウス隊”!

ビバ、コズミック・イラ!」

 

「ダレカ、タスケテ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったのに……」

 

マヤはオフィス近くのベンチで端末を眺めながら、オフィスから伝わってくる熱気に「やはりこうなったか」という諦観を抱く。

ここに飛ばされてくる人間がまともな訳がないというのに。

即行で見捨てた隊長のことに合掌しつつ、思い出したようにあの場にいなかった少女、そして仲間達のことについて思いを巡らせる。

 

「あの子達……”アークエンジェル”でもやっていけるかしら?」




変態が仲間になりたそうにこちらを見ている……。
どうしますか?

YES >NO

しかし、逃げられなかった!





今回、『オリジナルキャラクター募集』の中から「モントゴメリー」様のリクエストした「カルロス・デヨー」(元はカルロス・リー)を採用しました!
素敵なリクエスト、ありがとうございます!
また、オリジナル兵器募集の方からも「モントゴメリー」様の『アバークロンビー級打撃艦』について一部設定を採用、
「taniyan」様の『コーネリアス級仮装巡洋艦』を採用しました!
重ね重ね、感謝です!

ヴェイクこと聖帝のパチモンについては、後日設定を解説したいと思います。
次回はキラこと”アークエンジェル”サイドの描写となります。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第71話「大天使の元に集う勇士」

お父さん、お母さん、お元気ですか?キラです。

前回からおよそ一ヶ月ぶりの手紙になりますが、こちらも込み入った事情があったので、ご容赦ください。

あれから、色々とありました。

恩師と呼べる人との出会い、親友と呼べる人との別れ、そして……。

色々ありすぎて、手紙で伝えきるのは難しいので、現状、自分がどういう状況にあるのかを手短に説明します。

僕は、今───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」(じとーっ)

 

「……えっと」

 

「ちっ」

 

「えぇ……」

 

銀髪の女の子に睨まれながら、MSパイロットやってます。

どうしてこうなったのか、分かりません。

 

 

 

 

 

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『セフィロト』 第5ドック

 

「2人も“アークエンジェル”に配属されるなんて思ってなかったよ」

 

「おいおい、”ヘリオポリス”からここに着くまで誰が副操縦士やってたと思ってんの?」

 

キラは『セフィロト』の港に降り立った。───サイ、トールの2人と共に。

本来なら3人はそれぞれ別の場所に配属されることとなっており、離ればなれになることを残念に思っていたキラだったが、連絡艇に乗り込んだタイミングで2人の姿を見つけた時には驚いた。

なんでも、先の奇襲で本来”アークエンジェル”の艦橋要員として務める筈だった人間が負傷、入院してしまったことが原因なのだという。

そこで”アークエンジェル”に関して他よりも知っているサイ、トールの2人が急遽”アークエンジェル”隊に編入されることになったのだとか。

もうすぐ出番というタイミングでこのアクシデント、あの艦は呪われているのではないのだろうか?

 

「まあ、トールは副操縦士じゃなくて戦闘機パイロットとしてだけどな」

 

「むっ、いいだろ別に。肩書きは『副操縦士兼航空機パイロット』なんだから」

 

その中でもトールは一風変わったポジションに落ち着くことになった。

元々は”アークエンジェル”での経験を活かして艦船の操縦士としての訓練をこなしていたのだが、その途中で航空機操縦への適正を見いだされ、航空機訓練課程も同時に履修することになったらしい。

 

「よく2つも訓練課程こなせるね……」

 

「キラほどじゃないさ。それに、航空機の方はともかく艦艇操舵についてはそこまで難易度が高くなかったんだ。複雑な操作や咄嗟の行動以外はコンピュータがオートマでやってくれるし」

 

昔は艦艇も、艦橋には何人もいないと動かせなかったらしいが、近年の艦艇はコンピュータ技術発展のおかげで少人数でも動かせるようになっている。

いかに工業大学の学生とはいえ、素人のサイ達がオペレータや副操舵士をこなせたのはその点が大きい。

だとしても、2足のわらじを履くことになるトールの負担は非常に大きくなるのではないだろうか?

そのことをキラが聞くと、トールはこう答えた。

 

「ああ、それは大丈夫。あくまで本操舵士2人の補佐だし、それも2人の内のどちらかが席を外している時の代理みたいな感じだから、どちらかというとパイロットの方に比重を置いてるんだよ」

 

「でも、それは……」

 

彼も戦闘機で戦場を飛び回るということ、つまり危険が増すということだ。

 

「そりゃあ俺も怖いけど、艦橋にいた時だって怖かったさ。それなら何処にいたって同じだし、出来ることは増やしておきたいんだ。……教官には、『調子に乗るな』って言われちゃったけどさ」

 

「トール……」

 

「でも、『精一杯出来ることをやるだけでいい』って言われたからさ、そうするだけだよ」

 

「そうだな……ミリアリアを残して死ねないもんな」

 

「まあね」

 

このリア充め。

サイと2人で軽く小突きながらじゃれ合っていると、3人に近づいてくる集団がある。

 

「キラ君達ひっさしぶり~!」

 

「おいーっす」

 

「元気そうで何よりだよ」

 

「ヒルダさん!それに、マイケルさんにベントさんも」

 

かつての逃避行の折、友誼を結んだ3人がキラ達に近づく。

 

「やー、こないだぶりだけど随分印象変わったね皆。特にキラ君」

 

「前はヒョロヒョロの如何にもインドア少年って感じだったのにな。……やっぱ、特別コースの賜物か?」

 

「あはは……まあ、そんな感じです」

 

「サイにトールも……は、あまり変わらない、かな?」

 

「酷っ!?」

 

「そうですよ、サイはともかく俺は戦闘機パイロットとして訓練積んだんですから」

 

「トールお前……!」

 

久しぶりの再開に、喜びを分かち合うキラ達。

かつてこの『セフィロト』で別れて1ヶ月ほどしか経っていないが、その間にはいくつも語るべき出来事があった。

しかし、話ばかりをしているわけにもいかない。

 

「それより2人とも、忘れてないよね?」

 

「?」

 

「忘れるって何を?」

 

ヒルデガルダとマイケルは首をひねる。マイケルはその様子を見て溜息をついた。

 

「僕達はここにキラ君達を案内しに来たんじゃないか。なんでこの短時間で忘れるのさ」

 

「……あー、そうだった」

 

「そういやそうだったな?」

 

「そんな記憶力でよく軍隊入れましたね……」

 

『んだと!?』

 

「あのー、案内って?」

 

そのままだとお馴染みの面子での喧嘩が始まりそうだったので、キラは話の方向を是正するために横やりを入れる。

この3人、「喧嘩するほど仲が良い」を地で行く集まりなのだ。

 

「ああ、これから”アークエンジェル”隊結成の集会と会議があるから、その会議場まで案内しようって感じだよ」

 

「あーそうそう、そんな感じ」

 

「ふっふっふ、聞いて驚きなさい!なんとあたし達、”アークエンジェル”隊に編入されることになっていたのよー!」

 

「本当ですか!?」

 

サイ、トールに続き彼らも”アークエンジェル”に配属されるとは予想していなかったキラは驚きの声を挙げる。

実力に疑問があるとかではなく、純粋に知り合いが同じ部隊に集まってくるということには奇縁を感じざるを得ない。

いや、もしかして。

キラはそこであることを推測した。

ヒルデガルダは現大統領の娘で、おおっぴらに言うことは出来ないが前線に出すのは軍上層部からはよろしくない。

だからこそ”アークエンジェル”隊という実験部隊に編入させる(押し込んでおく)ことで、体裁を整えつつ安全を確保しようとしたのではないだろうか?

そこまで考えて、キラは頭を振る。

もしそうだったとしても、一兵士の自分がどうにか出来るものではないし、そもそも何か問題があるわけでもない。

考える必要のあるものではないのだ。

 

「そういうことで、同じ部隊に参加するっていうキラ君達を呼びに来たのよ!」

 

「ありがとうございます、わざわざ」

 

「気にすんな、大したことじゃねえ」

 

会議開始まで時間もそこまで余裕があるわけでもないので、早々に移動を開始し始める。

道中も会話が途切れることは無かったが、サイはふと疑問に思った。

 

(有り難いには有り難いんだけど、わざわざ案内するような距離かなぁ。『セフィロト』には前も来たことあるけど、月基地とかに比べればそこまで広々してるわけでもないし……)

 

 

 

 

 

「とうちゃーく!ここだよ」

 

ヒルデガルダはあるドアの前で立ち止まる。ドアの上には『第4会議室』と書かれたプレートが取り付けられていた。

事前にキラ達に渡されていた資料に記されていた通りの名前なので、間違えているということは無さそうだ。

 

「あっ、そうそう。なんてったってMSパイロットは部隊の華だから、最前列で決まりだからね?」

 

「え?あっ、はい」

 

「よし、じゃあ、開けるよ?」

 

やたらと挙動が不審なヒルデガルダ。よく見ればマイケルとベントの2人も様子がおかしい。

まるで、立ったままスタートダッシュに備えているような……。

ヒルデガルダがドアの横のパネルを操作し、ドアを開ける。

───瞬間、キラ達は部屋の中から冷風が漏れ出したような錯覚を覚えた。

寒気とも、怖気とも言えるそれは、ある少女から発せられていた。

 

「……」

 

『……』

 

その少女はうっすらと光を反射する長い銀髪をたたえ、胸部は豊かな双丘をほこっていた。全世界規模で集計しても、100人中99人は美少女と例えるだろうその少女。

しかしその眉間には常に皺が寄っており、腕は硬く体の前で組まれている。

見れば少女から発せられる雰囲気に当てられたためか、少女の後ろの席に座るものであっても一言も発さずに静かに座っている。

少女の真後ろに座っている男性、たしかダリダ・ローラハ某はひたすらに俯いてプレッシャーに耐えている様子だ。

そう、()()()()()()()

少女の前には席はない、つまりヒルデガルダの言うことが正しいのなら少女もMSパイロットであり、これから共に戦うことになる仲間、なのだが。

 

「あっじゃあ私ここね」

 

「俺はここで」

 

「ごめん、キラ君、トール君……」

 

「俺はオペレーターだから……」

 

仲良し3人組と何かを察したサイは早々に席に着いてしまい、残されたのはやっと事情を飲み込んだキラとトールの2人。

なるほど、残された2人はようやっとここまで少しだけ感じていた違和感の正体に気付いた。

少女は列の左端に座っており、その隣は空席。

 

((生け贄に捧げやがった、あの人達!))

 

おそらくあの3人は自分達を迎えに来る前にこの部屋にたどり着き、少女と遭遇したのだ。

しかし少女の発するプレッシャーに耐えきれず、しかし少女を避けるように座るのも何か気まずい。

そこで事情の知らないキラ達を案内するという口実の元に一度部屋を離脱し、まんまとひっかかったキラ達を生け贄に捧げることで少女の席の隣が空くという『気まずい空間』の発生を防ごうというわけだ。

”ヘリオポリス”でリーダーポジションを務めていたサイも早々に部屋の空気を読み解き、さっさと通信士達の集まる席列の中でもなるたけ少女から離れた席に着く。

残されたのは、キラとトールの2人だけ。

2人は部屋の中から見えず、かつ声も聞こえないように小さくしながら話す。

 

「お、お前逝けよキラ」

 

「無理無理無理、あんなプレッシャーに当てられながら会議とか絶対無理!ていうかそういうならトールが逝ってよ」

 

「俺はほら、戦闘機パイロットだし?ていうか副操縦士だし?それにミリィもいるし?」

 

「あー、なんだか唐突に、トールが月基地で美人の女性士官に何度か見とれていたってことをミリィに話したくなってきちゃったなぁー?」

 

「それは反則だろ!」

 

必死に友人を生け贄に捧げようとする友情、プライスレス。

もっともこれは仲の良い友人同士だからこその会話なので、よい子の皆は真似をしてはいけない。

 

「……ここで雌雄を決するしかないみたいだね、トール?」

 

「ああ、そうみたいだな……」

 

パキポキとお互いに拳を鳴らし、闘志を表明するキラとトール。

その目には平時の穏やかさは残っておらず、あるのはただ1つの漆黒の意思のみ。

 

「やめてよね、本気を出したらトールが僕に敵う訳ないだろ?」

 

「だが彼女いない歴イコール年齢だ」

 

「あはははは」

 

「はははは」

 

「……」

 

「……」

 

今、空気が弾ける。

 

 

 

 

 

「「じゃんけんポン!!!」」

 

これで、どちらが貧乏くじを引いても恨みっこ無し。正々堂々、勝負!

キラはともすれば実戦並の気迫を出しながら、平手(パー)を突き出す。

 

(きっといける絶対いけるこれでもしごかれてるし動体視力自信あるし何より人間は追い込まれた時複雑な思考に難が生まれて単純な手しか出せなくなるしつまり理論的にいってパーかグーのどちらかが来る確率大勝てなくとも相子(あいこ)には持っていける筈───!!!)

 

 

 

 

 

「……」(ゴゴゴゴゴ)

 

「……」

 

なんであそこでパーを出したんだ5分前の僕。

斯くして、冒頭の場面に至るキラであった。

 

 

 

 

 

キラが気まずい空間に放り込まれて30分、続々と現れる”アークエンジェル”隊メンバーと思われる人々。

しかし、誰もが気まず空間に取り込まれて会話はまばら、あるいはヒソヒソ話だけという地獄空間が続いていた。

 

(最新鋭艦のクルーに選ばれたやったーってなったのに、なんでこんなことになってんだ……)

 

(おうち帰りたい)

 

(誰か和ませろ、頼む、全ての人の魂の安らぎのために……!)

 

(ちくわ大明神)

 

(あー、やっぱりこうなったかー。エリトなんとかしなよー)

 

(エリクだバカもん)

 

(ていうか変なの混じってないか?)

 

退かず進まず、奇妙な膠着状態にあった室内だが、ある人物の登場によって状況が変化する。

 

「皆、集まってるようだな……」

 

現れたのは、憔悴した様子のユージ・ムラマツ。

何故かグッタリとした彼の登場にキラは首を傾げた。

彼は“マウス隊”の隊長の筈、何故”アークエンジェル”隊の会議に姿を現すのか?

ユージに続いて何人かの士官が入室してくる。その中にマリューやムウといった見知った人々がいるのに安心するが、1人見慣れない人物がいることに気付く。

その人物はどう見ても初老といった様子で、既に退役していてもおかしくないような男性だった。

襟元に大佐の階級章をつけていることから、これまで会った中ではハルバートンに次いで階級が上の人物ということになる。

 

「とりあえず、私の出番はもう少し後になる。まずは結成集会を済ませてくれ。では、お願いします」

 

「ん、はい」

 

そう言うとユージは部屋の隅に立ち、代わりに初老の男性が前に立つ。

 

「初めまして、皆さん。私はヘンリー・ミヤムラ大佐、先日までは後備役という立場にいたものですが、この度”アークエンジェル”隊の隊長として就任することとなりました。戦場に立つのはしばらくぶりですが、よろしくお願いします」

 

なるほど、彼が自分達のトップということになるのか。階級的には順当だが、「先日までは後備役」という言葉が気に掛かった。

大雑把に予備役というのは平時は民間社会で生活し、非常時に軍に招集されて軍務に取り組む兵士のことを指す。

その中でも、予備役を経た上で「実質引退したようなものだが一応は軍籍が残っている」ような存在が後備役と呼ばれる。

それはつまり、「後備役を招集しなければならない」事態に陥ったということを意味していると取ってもいい。

それほどに先の奇襲で連合軍が負ったダメージは大きいのだろうか?

 

「とは言え、あくまでまとめ役として隊長の座についたようなものです。現役の皆さんに比べたら役立たずも良いところなので、『一応いるだけ』と思っても結構ですよ」

 

穏やかそうに卑下するその姿に、ここにいる全員が戸惑いを隠せなかった。

咳払いをしたユージが解説する。

 

「あー、ミヤムラ大佐は結成して間もないこの部隊の統括として、ハルバートン少将直々に誘致された御方だ。現役時代には海賊の多数検挙等の成果を挙げるなど、経験豊富なベテランなので敬意を持つように」

 

「そこまで大したことはしていませんよ、中佐」

 

そういうことか。キラはユージの説明を受けて納得する。

先の逃避行でユージが一時的戦隊司令として振る舞ったように、本来は艦長が部隊のトップを兼任するということは少ない。

艦長としての業務と隊長としての業務を兼任するというのは並大抵の労力では為せず、ユージのようにカフェイン漬けとなるのが当たり前だ。

それを避けるため、そして部隊の総括という『責任者』のポジションを用意することで、隊の運営をスムーズにこなせるようにするということだろう。

 

「私のことより、話を進めましょう」

 

そう言ってミヤムラはその場を退き、他の者に自己紹介を促す。

なるほど、一歩退いて穏やかに部下達を見守るスタイルらしき彼ならば、いざ意見決定の際に部下達からの反発も起きづらい。

見るからに平均年齢の低いこの部隊では必要な人物だろう。

そして自己紹介が進み、部隊内人員構成が明らかになる。

 

○隊長

ヘンリー・ミヤムラ大佐

 

○艦長

マリュー・ラミアス少佐

 

○副長

ナタル・バジルール中尉

 

○正操舵士

アーノルド・ノイマン少尉

マイケル・ルビカーナ少尉(”マウス隊”より移籍)

 

○オペレーター

アミカ・ルー少尉(”マウス隊”より移籍)

エリク・トルーマン少尉(”マウス隊”より移籍)

 

○CIC

ジャッキー・トノムラ曹長

ダリダ・ローラハ・チャンドラII世曹長

サイ・アーガイル2等兵

 

○通信士

リサ・ハミルトン少尉(”マウス隊”より移籍)

 

○艦載機パイロット

ムウ・ラ・フラガ少佐

キラ・ヤマト少尉

ヒルデガルダ・ミスティル軍曹

マイケル・ヘンドリー軍曹

ベント・ディード軍曹

トール・ケーニヒ2等兵(副操舵士と兼任)

スノウ・バアル少尉(”マウス隊”より移籍)

 

○整備班

アリア・トラスト少尉(班長)(マウス隊より移籍)

コジロー・マードック曹長

etc

 

○軍医

フローレンス・ブラックウェル中尉(”マウス隊”より移籍)

 

以下、各所メンバー。

……”マウス隊”から移籍したメンバー多くない?キラの第一印象はそれに尽きた。

特にブリッジ要員などは、”マウス隊”オールスター勢揃いと言ってもいい。

どうしてこれほど移籍者が多いのか疑問に思っていると、ユージが口を開く。

 

「あー、ここにいる多くは”第08機械化試験部隊”からの移籍者が多いことを疑問に思っているかもしれないが、これは交換留学のようなものだ」

 

曰く、”アークエンジェル”級はいまだ1隻しか完工していない希少な艦艇で、その操縦経験を積める機会は少ない。

よって一時的に”マウス隊”から移籍させて”アークエンジェル”級運用の経験を積ませることが目的なのだという。

その割には艦橋要員以外にも移籍者が多いが、まあ、そこも何かしらの意図があるのだろう。

 

「これで、大体は紹介し終えたでしょうか。では、この部隊の任務について改めて。私から説明させてもらいます」

 

ミヤムラはそう言うと、スクリーンを起動する。

そこに羽根の生えた盾のような紋章が映し出され、キラはそれがこの部隊の隊章なのだろうと理解した。

 

「我々”第31独立遊撃部隊”の任務は、地上の各特殊環境下における試作装備の試験並びに地上各地での遊撃です。……本来は前者、装備の試験のみが任務だったのですが、事情が大きく変化しました」

 

なんでも、先の奇襲は世界各地の戦線に大きな影響を及ぼし、こうやって予備役の老兵を招集しなければいけない程度には連合軍は追い込まれてしまったのだという。

そんな中で最新装備を有した”アークエンジェル”隊をのんびりと試験だけ行なわせておくわけにもいかず、また、本来拠点とするはずだったハワイ諸島も制圧されてしまったことから、任務内容は更新された。

地上と宇宙を問わず運用可能な”アークエンジェル”と新型MS、それらを地上の困窮した戦場に派遣することで戦線の安定化を図りつつ、各種装備の実戦データを取得する。

それが、”アークエンジェル”隊の任務となったのだった。

 

「先の奇襲で我が軍は大きな痛手を負い、結果として本部隊の役目も危険度を大きく増すこととなりました。しかし、我々は兵士です。たとえどれだけ危険だとしても、勝利するためには顧みずに戦場に赴かなければいけません。しかしそれをくぐり抜けることが出来たその時、皆さんは類い希なる存在に成長出来ているでしょう。私はそれを望んでいますし、そのために全力で職務に取り組む所存です。

まあ、つまるところ私が言いたいのは『命を大事にしつつ、全力で任務に取り組もう』ということなのです。

たとえ任務に失敗しても生きていれば挽回は可能ですし、そうして人は成長していくものなのですから」

 

穏やかに、かつしっかりと自分の思いを伝えていくミヤムラ。

なるほど、ハルバートンが直々に出向いたという話も納得出来る。

この老兵はそれだけの価値を有する人物だ。キラは会って間もないが、そう直感した。

 

「それでは、”第31独立遊撃部隊”結成集会はここで締めさせてもらいます。───ムラマツ中佐」

 

「はい」

 

それを最後にミヤムラは脇に退き、代わりにユージが前に立つ。

 

「ここからは、私から説明させてもらう。なんといっても、次の作戦は私達”第08機械化試験部隊”と君達”第31独立遊撃部隊”での合同任務となるわけだからな」

 

いきなり合同任務?キラが疑問に思っていると、スクリーンが別の物を表示する。

それはぱっと見、宇宙要塞のように見えた。

しかしキラはその考えを否定する。よく見れば要塞というには不自然なことに背部に推進器のようなものが見えるからだ。

 

「数日前、衛星軌道上に出現した大型敵機動兵器だ。技術部はこれをZAFTの大型空母と判断した。コードネームは『バハムート』」

 

それは、かつてとある神話で世界(地球)を背負い支えていたという海の怪物の名。

そしてユージの『眼』には、この怪物の正しい名前が表示されていた。

───”ゴンドワナ”。それがこの巨大な機械の怪物の真の名前であり、本来ならば2年後の世界で登場するはずだった存在だ。

ユージは更に解説を続ける。

 

「この暫定大型空母は艦内に船渠機能を備えているらしく、”ローラシア”や”ナスカ”といったZAFT艦艇を整備することが可能だ。連中は『バハムート』を衛星軌道上に常駐させることで拠点として活用しているらしく、我々は衛星軌道上の主導権を奪われた形になる。既に偵察も行なわれたが『バハムート』の周囲には常に艦隊が取り巻いており、生半可な戦力では返り討ちに遭う確率が高い」

 

つまり”ゴンドワナ”が存在する限り衛星軌道上の艦隊に被害を与えても修理されて戻ってきてしまうし、そもそもその周囲の艦隊を突破しなければいけないということだ。

正式な要塞ではないから維持には相応の手間が掛かるだろうが、即興策としては面白い手と言えるかもしれない。

相手する側としては非常に面倒臭いが。

 

「おまけにこいつに主導権を握られているせいで思うように地上と宇宙を行き来することも難しくてな。完全に封鎖されてるわけではないからすぐに宇宙が干上がるということはないんだが、それでも地球に降下するのは容易ではない。そこで、我々の出番というわけだ」

 

スクリーンが再び切り替わり、電子マップといくつかの光点が表示される。

作戦説明の際に使われるシミュレーション画面だ。

その中では”マウス隊”と思われる光点群と”アークエンジェル”と思われる光点がそれぞれ別方向から進行している。

 

「今回、我々”第08機械化試験部隊”が『バハムート』に対して陽動攻撃を敢行する。君たちはその隙を突いてアフリカ大陸に降下、以後は現地の部隊と協力しつつ任務に取り組んでもらうことになっている。

しかし、それも降下に成功した場合の話だ。当然敵も易々とは通してはくれまい。我々が陽動を掛けると言っても敵戦力は大多数、”アークエンジェル”に対しても妨害攻撃を仕掛けてくることは容易に想像出来る。

要するに、我々が引きつけられなかった分は君たちに対処してもらう他無いということだ。

初戦闘が衛星軌道上というのは不安かもしれないが、どうか切り抜けて欲しい。

以後、本作戦は『エンジェル・フォーリング』と呼称、3月29日の1000(ヒトマルマルマル)より開始する。

各員の健闘を祈る」

 

”第31独立遊撃部隊”として最初の戦い、それは、始まる前から波乱を予感させるものだった。




ということで、新生アークエンジェル隊の紹介回となりました。
アークエンジェルの大気圏降下作戦、何のトラブルも無い筈が無く……。

それと今回、「オリジナルキャラクター募集」より、「アキ飽き」様のリクエストされた『フローレンス・ブラックウェル』を採用決定いたしました!
素敵なリクエスト案をありがとうございます!
具体的な人物は次回以降説明していきます。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第72話「ドキッ☆美少女だらけのアークエンジェル隊【ポロリもあるかも?】」

ねぇよそんなもん。


3/28

”アークエンジェル” 医務室

 

「ンー!ンンッ、ンー!」

 

「大人しくなさい、貴方もMSパイロットでしょう」

 

医務室。病気であったり、怪我であったりを治す場所。

そこは人から苦しみを取り除く為の場所であり、人に『憩い』を与える……はずだった。

しかし、今この部屋にある物はというと。

───ベッドに縛り付けられて猿轡(さるぐつわ)を噛ませられたキラ・ヤマトと、その傍らに立って注射器を構える白衣を着た女性。

こんなもんから『憩い』が得られてたまるか。

キラ・ヤマトはベッドの上で体をよじらせながら、妄想で天に向かって唾を吐いた。

 

「大丈夫、安心なさい。───痛みは一瞬です」

 

「ン” ン” ン” ン”ーーーーーッ!!!?」

 

さて、自分(キラ・ヤマト)は今年に入ってから何回、「何故こんなことに」と唱えただろうか?

 

 

 

 

 

場面は数刻前まで遡る。

キラは正式に自分のMSとなった”ストライク”をチェックするため、”アークエンジェル”の格納庫に赴いた。

既に艦は『セフィロト』を出港し、地球に向かって進行していた。なにせ作戦の決行は明日の午前10時、実は時間に余裕は無い。

 

「わっ、増えてる」

 

「前はあんまり来たことなかったけど、たしかに増えてるなぁ。しかも全部”ダガー”タイプだぜ」

 

キラ、そして共に格納庫へやってきたトールが驚きの声を挙げる。

最初に乗り込んだ時は”ストライク”とムウの”メビウス・ゼロ”だけだったのに、今は空きハンガーのほとんどが埋まっており、充実した戦力を感じさせた。

しかもその全てが高性能機の”ダガー”タイプ。以前のように”イージス”と”ジン”部隊を相手に孤軍奮闘を強いられることも無いだろう。

だが、1つだけ目につくものがあった。

それもまた”ダガー”タイプではあったのだが、背中にストライカーシステム用のコネクタが備わっておらず、また、各所の装甲も厚みが薄い。

あんな機体、聞いた事があっただろうかと首をひねっていると、ヒルデガルダが近づいてくる。

無重力を実感させるふわりとした動作でキラ達の前に降り立ち、口を開く。

 

「おいっすー、キラ君トール君。キラ君達も、乗機の調整?」

 

「あ、はい。ヒルダさんの機体はあれですか?」

 

「そ。コールサインはワンド2よ。ちなみにマイケルはワンド3、ベントはワンド4」

 

「へー、MS隊は『ワンド』なんですね。俺はペンタクル1でしたよ」

 

ヒルデガルダの説明を受けて、トールはそう応える。

キラはそこで疑問を抱いた。

自分に与えられたコールサインはワンドでもペンタクルでも無かったからだ。

 

「あの、僕はソード1なんですけど……」

 

「あれ?あたしはてっきりMS隊はワンドで統一されていると思ったんだけど……」

 

「ほら、あれじゃないか?キラの機体は特別だから」

 

なるほど、装備の試験を行なう機体と通常の艦載機ではコールサインが別々のようだ。

それにしても、ワンド()ペンタクル(硬貨)ソード()。これらには何の意味があるのだろうか。

キラが疑問を口にすると、ヒルデガルダが答えた。

 

「んー、たぶん小アルカナじゃないかな。杖、硬貨、剣……たぶんCICとかが聖杯(カップ)でしょ」

 

「小アルカナ?」

 

「タロットカード占い、知ってる?あれって簡単なのだと22枚でやるんだけど、もっと複雑に78枚でやる場合もあるのよね。で、タロットには22枚の大アルカナカードと、56枚の小アルカナカードがあるの。更に小アルカナにも4種類あって、それがさっき言った奴」

 

『……』

 

「な、何?」

 

説明し終えると、何故か驚いたような顔をしているキラとトールに、ヒルデガルダは戸惑いの声を挙げる。

2人は顔を見合わせると、遠慮がちにヒルデガルダに話す。

 

「えっと、その……物知りだなぁって」

 

「なんていうか、占いとかってあんまり信じて無さそうっていうか、アウトドア派だと思ってたもんで」

 

「……いや、まあ、言いたいことは分かるけどさ」

 

ヒルデガルダは僅かに顔を歪め、苦言を呈する。

彼女自身、性格と余り結びつきづらい知識を持っていることに自覚はあった。

 

「あたしだって昔は、それこそお淑やかな女の子だったのよ。その時の趣味がタロットってだけ」

 

「おし」

 

「とやか」

 

キラとトールは想像の中で、今よりも若干背が小さく、フワフワとした服装のヒルデガルダを描こうとする。

……1秒で無理と悟った。

同性のようにマイケルらと(つる)む普段の姿から想像出来るものではなかった。

 

「あ、疑ってるでしょ」

 

「ソンナコト、アリマセンヨ」

 

「あたしだって頑丈な堪忍袋の緒がキレることはあるんだからね!こうなったら、今度占ったげるわ。あたしのタロット捌きを見れば、嘘じゃないって分かるでしょ」

 

(それって結局、タロットの腕がハッキリするだけでイメージの払拭に繋がるわけではないのでは……?)

 

キラは心の中でツッコミを入れる。

あとその『頑丈な堪忍袋の緒』、いつもの2人(マイケルとベント)相手に結構あっさり切れてませんか?

そんな風に話しているところに近づく人間が1人。スノウ・バアルが歩み寄ってくる。

いや、歩み寄るというのではなく、単に自分の通り道に邪魔者が立っていることに苛立っているというように見えた。

 

「何を突っ立っている、邪魔だ」

 

「あっ、ごめん……」

 

「謝るくらいなら最初からやるな。ちっ……」

 

舌打ちをしながらそう言うと、スノウは自分の機体、特殊な”ダガー”の元に向かっていってしまった。

あの機体は彼女の機体だったようだ。

 

「うわー……キラ、なんかやっちゃったの?やたら刺々しそうだったけど……」

 

「……」

 

キラ自身には、彼女に何かをしたということは無い。

しかし、心あたりはあった。

昨日行なわれたミーティングの後、キラはスノウに呼び止められていた。

そこで、こう言われたのだ。

 

『妙な真似をすれば、“ストライク”のパイロットだろうと私は撃つ……自分の振るまいには気をつけるんだな、コーディネイター』

 

自分は彼女にコーディネイターであると言った覚えは無いし、会議でも口にされることはなかった。

しかし、彼女はそのことを知っていた。

自分のことを知っている誰かから聞いたのかもしれないが、それにしたってあの剣呑さ。

コーディネイター、あるいはZAFTに対して大きな怒りを抱いているらしい少女が自分に対して敵意を抱いているのは間違い無い。

 

「スノウちゃん、あそこまでトゲトゲしてたっけな?」

 

「ヒルダさん、話したことあるんですか?」

 

「うん。『セフィロト』でね」

 

ヒルデガルダは歳が近い同性ということもあり、何度か話しかけてみたらしい。

しかしその時はあそこまで冷たい雰囲気を漂わせておらず、どちらかといえば戸惑いがちに会話していたとのことだ。

だからこそ、昨日の会議の時点で部屋の中の空気を凍てつかせていた時には驚いたとか。

 

「やっぱり、僕がコーディネイターだから……ですかね」

 

「キラ君、それは」

 

「いえ、いいんです。そういう目で見られるような立場にあるんだって、分かってますから」

 

ジョージ・アルスターの時のように問答無用で実力行使(未遂だったが)されなかっただけまだマシだ。

それに、ヒルデガルダの話から察するところ、自分とそれ以外で余りにも態度が違い過ぎるということもなさそうである。

 

「今は言葉で解決出来そうにないです。だから、まずは行動で『僕』を分かってもらおうと思います」

 

「……キラ君、やっぱり変わったね」

 

何処か自身を優しげに見つめるヒルデガルダに、キラは苦笑を返す。

変わったというより、『身につけた』が正しいだろう。

 

「戦う目的が生まれただけですよ。それ以外、なんにも変わってません」

 

 

 

 

 

スノウ・バアルはブーステッドマン(強化人間)である。

筋骨隆々の陸戦隊にも引けを取らない筋力、卓越した反応速度の他にも、様々な能力が薬物を始めとする様々な『処置』によって強化されている。

そして、その中には当然、聴力も含まれていた。

スノウは先ほどのキラ達の会話を、十メートル以上離れた”デュエルダガー”の元で聞き取っていた。

 

「……ちっ」

 

気に入らない。

コーディネイターのくせに、何故そのようなことが言える。

コーディネイターのくせに、何故自分の非を認める。

コーディネイターは悪だ。コーディネイターは人類史における癌細胞そのものだ。

そうだ、そうでなければならない。

でなければ、でなければ。

 

 

 

 

 

ワタシタチハ、ナゼ、フミニジラレタトイウノ?

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

ああ、まただ。また、頭の中をムカデが這いずり回っているような感覚が。

この頭痛はなんなのだろうか。最近は特に発生する頻度が増えた気がする。

 

「ドクターに……いや、無駄か」

 

どうせ、「それはコーディネイターがいるからだ」と言われてお終いだ。

彼らが自分にコーディネイターを抹殺させたいのは自覚している。

だが、それにわざわざ刃向かう理由も無い。コーディネイターを排除しなければと、自分でも思っているからだ。

……本当に?

 

「本当に……気にくわない」

 

コーディネイターである以前に、そのあり方が気にくわない。

自分は目覚めてから一度だって、あんな風に。

───「戦う目的がある」と、自信を持って言えたことがない。

 

 

 

 

 

「そこの貴方。キラ・ヤマト少尉ですね?」

 

ヒルデガルダとの会話を切り上げ、今度こそ”ストライク”の元へ向かおうとしていたキラ。

しかし、横から掛けられたその声に足を止められる。

顔を向けると、そこに立っていたのは白衣を纏った女性。

短く整えられた黒髪に切れ長の目、スラリとした体系で、街に出れば男女問わず衆目を集めるだろう人物から声を掛けられたキラ。

ドギマギしながら答える。

 

「あ、えと、はい」

 

「先日のミーティングの時にもしましたが、改めて自己紹介を。

私はフローレンス・ブラックウェル中尉。この度”アークエンジェル”の軍医として着任しました。以後、よろしくお願いします」

 

そういえば、とキラは思い出す。

隣に座っていたスノウからのプレッシャーに圧されて所々うろ覚えだが、軍医が女性兵士ということはギリギリ記憶出来ていたのだ。

 

「よろしくお願いします、ブラックウェル中尉」

 

「では、さっそく1つよろしいでしょうか?時間はあまり取りません。

……貴方次第ですが

 

最後に付け加えられた言葉に首を傾げるが、キラは特に深く考えずにうなずく。

 

「いいですよ。何をすればいいんですか?」

 

「そうですか、では

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方の血液を渡してください」

 

「えっ、いやですけど」

 

唐突に掛けられた言葉に、即時の否定を返すキラ。

その瞬間、キラの意識は闇に落ちていった。

後に、この光景を自分の機体のところから偶然見ていたムウはこう語った。

 

「何が起きたかを説明するのは簡単だ。

ブラックウェル中尉は素早くキラの後ろに回り込み、手刀を首筋に当てて気絶させた。

いくら無警戒だったとはいえ、特別養成コースで鍛えられたキラが何も抵抗出来ずに制圧されるたぁ驚いたよ。

それにしても、恐ろしい速さの手刀だった。俺でなきゃ見逃しちゃうね(反応実数値13)。

あの時から、俺達”アークエンジェル”隊の中では『絶対に軍医に逆らうな』という不文律が出来上がったのさ」

 

 

 

 

 

そして、冒頭の場面に至る。

 

「ンンー!」

 

「こら、暴れないでください。針が外れたらどうするのです」

 

抵抗しようにも体は包帯か何かで縛られており、精々よじるくらいしか出来ない。

そうこうしている間にも、針はどんどん迫り来る。

 

(もうダメか……!)

 

心の中で両親への謝罪、アスランを止められずに逝く後悔などを始めてしまったキラ。

キラにはもうそれ以外に出来ることは無かった。

そう、キラには。

 

「───はい、そこまでです!」

 

この時、キラは本気で神の存在を信じたくなった。

救いの手を差し伸べるかのように医務室に飛び込んできた少女の声によって、フローレンスが動きを止めたのだ。

 

「どうしました、トラスト少尉。私はこれから採血を開始するところですが」

 

「見た目がやばいっていうのと、今後のゴタゴタを予防するためです。落ち着いて説明すれば縛ったりしなくて良いんですよ。とにかく、いったん彼を解放してあげてください」

 

渋々といった様子でキラの拘束を解くフローレンス。拘束が解かれた瞬間に部屋の隅までいって防御態勢を取ったキラを責められる人間はいないだろう。

ドアの前にいた少女はやれやれと言いたそうに溜息を吐きながら口を開いた。

 

「ほらこうなった。”マウス隊”のころのクセでしょうけど、問答無しにやるのはやめた方がいいですよ?」

 

「しかし、急を要することなのです」

 

「何のために採血するかくらいは説明するべきですね」

 

「むっ……たしかにスムーズにことを運ぶにはそうする方が適切でした。申し訳ありません、ヤマト少尉」

 

先ほどまでの強硬姿勢はどこへやら、深々と頭を下げるフローレンス。

次から次へと流れ込んでくる情報の濁流に、キラの頭は混乱しっぱなしである。

 

「私はクルーに発生しうるあらゆる事態に対応するため、また、現在の健康状態を確認するために採血を行なおうとしていたのです。説明不足で申し訳ありません」

 

「すいませんヤマト少尉。フローレンスさん、以前エドさん……面倒な患者さんに手を焼かされていたので、言葉より先に手が出る気質が強くなっていたんですよ」

 

「はぁ……具体的に何が面倒だったんですか?」

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

くわっと目を開くフローレンス。

勢いに圧されるキラを置き去りにしてフローレンスは愚痴り始める。

 

「まったくなんですかあの方は!パイロットのくせに出撃後の健康診断は受けず、報告書はいつも『特になし』ばかり!

大体、常日頃からハンバーガーハンバーガーのTHE・アメリカンな食生活!体が資本という言葉を知らないに違いありません!

御陰で何度実力行使しなければいけなかったか、考えるのも嫌になります!

そもそも……」

 

「わ、わかりましたわかりました!酷いもんですね!」

 

これ以上は愚痴愚痴愚痴のオンパレードになる、そう判断したキラは落ち着かせようとする。

 

「そう、酷いのです!だからこそ、私は声を大にして言うのです!───健康第一、と!

ヤマト少尉、貴方の健康のために、血を渡しなさい!さぁ、早く!」

 

「い、イエスマム!」

 

鬼気迫る勢いではあるが、今度はきちんと通常サイズの注射器を持ち出したフローレンス。逆らって良いことなど何もなかった。

キラは椅子に座って腕を出しつつ、思った。

 

(絶対、絶対にこの人には逆らわないぞ───!)

 

あと、『エドさん』とやらは会ったら絶対1発ぶち込む。

それくらいは許されていいはずだ。

 

 

 

 

 

「意外と、すんなり終わった……」

 

「フローレンスさん、ああ見えてどんな状態でも患者さん第一ですからね」

 

医務室から解放されたキラと、その隣を少女が歩く。

意外なことにフローレンスの採血は丁寧に行なわれた。些か勢いのありすぎる気性だが、腕は信頼していいだろうとキラは判断する。

それよりも、今のキラには大きな疑問が生まれていた。

───この少女は、いったい何者なのか?

 

「えっと、それで君は……?」

 

「おや、そういえば自己紹介がまだでしたね。ミーティングの時には他のお仕事を片付けていた最中ですし」

 

少女はそう言うと、キラの前に躍り出てかわいらしく敬礼する。

 

「この度”アークエンジェル”隊の整備班長を任されました、アリア・トラスト技術少尉です」

 

「あっ、キラ・ヤマト少尉です……って、えぇ?」

 

キラは条件反射で敬礼するが、その衝撃的な情報への驚きは隠せなかった。

目の前の少女はどう見ても未成年、どころか中学生程度の見た目をしている。いくら連合軍が追い込まれているといっても、15歳以下の、しかも少女を兵士として入隊させるようなことはあるまい。

それに加えて、どう考えても技術班長という肩書きは似合わない。

 

「私と初めて会った方は皆さん驚かれますけど、ご安心ください。これでも軍籍上は15歳です。……あっ、そういえばこないだ16歳に更新されたんでしたね」

 

「16……いや、それより、班長?」

 

キラがそう言うと、若干不機嫌そうに顔を歪めるアリア。

年齢よりも、能力を疑われたことの方が気に入らないようだ。

 

「むっ、信じていませんね?自分で言うのもなんですが、そこそこは使えますよ?以前は”マウス隊”で働いていましたし」

 

「”マウス隊”で?」

 

「ええ。むしろこの部隊に配属されたのはそれが大きいです。GATシリーズに触ったことのある人間なんて少ないですから」

 

たしかに、”ストライク”を始めとするGATシリーズは現状の連合軍屈指の高性能機かつ、その緻密な機体構造から整備難易度の高い機体だ。

その点、”マウス隊”には”デュエル”、”バスター”という2機のGATシリーズが配備されており、整備経験のある者は多いだろう。

 

「まあ、見た目のことで色々と言われるのも慣れてますし、そこのところは今後の働きで払拭していくとしましょう。───そんなことよりも!」

 

ずいっとキラの顔に自身の顔を近づけるアリア。

鮮やかな紅目に見つめられたキラは息を飲むが、そんなことは気にせずにアリアは言葉を続ける。

 

「ヤマト少尉!これから”ストライク”の操縦系に現在の貴方のデータを読み込ませる作業があります。フローレンスさんに拉致されて早々で申し訳ありませんが、付き合ってもらいますよ?」

 

「えっ、まあ、その、いいけど」

 

「そうと決まれば、善は急げの精神でいくとしましょう!レッツゴーですよ!」

 

「ちょっ、待っ……!」

 

アリアはそう言うとキラの手を引いて走り出す。キラはよろけつつも、なんとか走り出すことに成功した。

なんとなく、これからの航海が波乱に満ちた物になるような予感をキラは抱くのだった。

 

「ああ、それと私は整備班長に加えて”ストライク”の武装試験責任者でもあります。───よろしくお願いしますね?」

 

───本当に、どうなってしまうのだろうか?

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ” 艦橋

 

「結論から言おう。───まともに相手はしない」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

心底意外そうなリアクションを取るのは、先日晴れて”コロンブスⅡ”の艦長に就任したカルロス・デヨー。

どうやら彼には、この方針に不服なようだ。

ユージは溜息をついた。どうやってこの大艦巨砲主義者を納得させたものか、その労力を想像したからだ。

 

「少佐、君の気持ちは分からんでもない。聞いたところによると君は”コロンブスⅡ”が初めて艦長を務める艦だというし、その分張り切ってもいるだろう。だが、そもそもこの戦いで艦船を活躍させるのは難しいんだ。分かるな?」

 

「……もちろん、分かっております。本作戦における我々の役割があくまで”アークエンジェル”降下までの時間稼ぎであるということ、そもそも正面からやり合えるだけの戦力が我々に無いことは」

 

忸怩たる、といった様子で言葉を紡ぐカルロス。

彼は紛れもない大艦巨砲主義者ではあったが、今はそれが最善ではないと理解していた。

 

「我々の戦力は10にも満たない数のMSと3隻の艦船、しかも戦艦や空母ではなく巡洋艦と駆逐艦のみ。それに対して、『バハムート』からは”ローラシア”でも”ナスカ”でも好きなだけ出せる」

 

衛星軌道上に居座った”ゴンドワナ”の厄介なところは、常にその周囲に30を超える艦艇が待機していることだ。

当然、MSの数もそれに比例して増加する。

こちらの3隻に対して、相手は2倍の6隻でも3倍の9隻でも好きなだけ出せるのだから、マトモな戦闘などは望めない。

 

「なに、役割が無いわけではない。今回はMSも、艦も、何もかもを使わなければいけない困難な任務だというだけだ」

 

非常に名残惜しそうな顔をみせるものの、カルロスは大人しく引き下がる。

 

「うぅむ、たしかに今回は分が悪いですな。しかし、それなら何か作戦はあるのですか?」

 

「ああ。むしろ、そこでこそこの艦の出番なんだよ。───マヤ、準備は出来ているか?」

 

そういってタブレットを取り出したユージは、画面に映ったマヤに話しかける。

マヤの後ろからは何かしらの作業を行なっている作業音が響いており、マヤ自身も忙しない様子を見せていた。

 

<進捗率80%といったところでしょうか、明日の作戦には間に合わせますよ!>

 

<フハハハ、絶賛超過駆動中の俺!>

 

<つべこべ言わずにこのパーツを組み込め!ここでは1つのミスが2を通り越して4倍弱点につながるぞ!>

 

<んんwww確1以外あり得ない(1撃で致命傷)www>

 

変態共も絶好調、『準備』は進んでいるようだ。

準備と言えば、()()()()についても聞いておかなければ。

 

「ブロントさん、秘匿機体(ヒドゥンフレーム)の調子はどうだ?」

 

<bあっちりな状態に仕上がってるのは誰の目から見ても確定的に明らか。お前、心配こきすぎた結果よ?>

 

ここで言う秘匿機体とは、ようやく完成したセシル専用機、すなわち『カスタムアストレイ』のことを指す。

サンプルの少ない機体をベースとして改造したこと、特殊装備を複数搭載したことから完成が遅れていた機体だが、なんとかこの作戦に間に合ったのだ。

”ストライク”も結局借り物のようなものだったため、ついに自分の専用『ガンダム』を手に入れたセシルはウッキウキで調整作業に参加しているとか。

とにかく、打てる手は全て打った。あとはなるようになれ、だ。

 

「1発ぶち込んでやろうじゃないか、あのデカ物に」

 

モニターに映る画像、その中の”ゴンドワナ”を睨みながらユージはそう言った。

横っ面に痛打を浴びせるのだけは自信がある。その点だけは間違い無く。

───“マウス隊”は、最強だ。




次回、ゴンドワナ艦隊相手の陽動作戦開始です。
投稿が遅れてすみませんでした。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第73話「『ネズミ』対『神魚』」

3/29

”ゴンドワナ” 司令室

 

「”第9警邏隊”より入電!『セフィロト』方面より接近する艦隊を確認したとのことです」

 

「ほう、1週間足らずで行動に移るか。流石だな」

 

ZAFTが決戦用に建造していた超大型空母“ゴンドワナ”、現在は衛星軌道上の移動要塞として運用されているそれの司令室は下手な拠点の司令室よりも広々としており、数多くのスタッフが務めている。

そんな場所の1番高い場所、この巨大な『怪物』の中でもっとも大きな権力を持つ人間が座るべき場所。

そこに座っていたのは……年端もいかぬ少女。

斯くも異常な光景だったが、他のスタッフがそのことを咎めることは無い。なぜなら、それが正しい光景だから。

少女、クロエ・スプレイグが、もっともその場所に相応しいということを理解しているからだ。

 

「敵戦力は”コーネリアス”級が1、”ドレイク”級が2!”コーネリアス”、”ドレイク”共に火器が増設されているとのことです」

 

「───陽動だな」

 

オペレーター達からの報告を受け、クロエは即断する。

真正面からの攻略は論外として、威力偵察というにも戦力が少ない。あんな戦力ではこの艦隊の1割ほども実力を引き出せまい。

であれば、こちらの目を引く陽動が目的。囮だ。

となると『本命』は何か?

パナマ、カオシュン共に監視部隊から動きがあるという報告はされていない。

宇宙艦隊での作戦となれば、やはりやることは限られる。

 

「”第11警邏隊”にWエリアに向かわせろ。おそらく本命はそちらからやってくる」

 

「了解しました」

 

大艦隊での”ゴンドワナ”攻略作戦、その可能性もあるにはあるが、低いとクロエは見ていた。

あの襲撃から1週間も経っていないにも関わらずそれだけの作戦行動が起こせるとは思えなかった。

あと考えられる可能性は、宇宙から地上へ、何かしらの物資なりを降下させること。

 

「司令、”第11警邏隊”より入電!Wエリアに接近する艦あり!分析の結果、連合軍”アークエンジェル”級の可能性大とのことです」

 

「『足つき』か……。降下カプセルか何かを牽引しているか?」

 

「確認できません」

 

クロエの予測通り、敵はそこにいた。

たった1隻でやってくる、しかも降下カプセルも無いということは、おそらくだが”アークエンジェル”級には大気圏降下能力があるという可能性もある。

どちらにせよ、無視するつもりは無い。

 

「”第11警邏隊”は後退させ、”第4遊撃艦隊”を向かわせろ」

 

「第4……”ナスカ”級を3隻もですか?」

 

1人のオペレーターはクロエの指示に疑問を抱くが、クロエは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「『1円を笑う者は1円に泣く』……だったか。所詮小銭とバカにする人間は、その小銭を理由として痛い目を見るという意味の、東アジアの(ことわざ)だ」

 

「はぁ……」

 

「私は硬貨1枚、ましてたった1隻とて軽んじるつもりはないということだ。いいから向かわせろ」

 

「了解しました」

 

「ああ、それと陽動艦隊の方だが……」

 

勿論、囮の方への注意も忘れてはいない。むしろ数としてはそちらの方が多いのだから、無視する理由がないのだ。

どちらも叩き潰す。それがクロエの結論である。

そうして”ゴンドワナ”を旗艦とする衛星軌道上制圧艦隊の脅威を大きく見せつけてやれば敵は”ゴンドワナ”攻略のために長大な準備時間を用意しなければならない。───ZAFT上層部、否、パトリックの目論見通りに。

 

(本当に、これでいいのか?パトリック隊長……)

 

彼女はZAFT結成よりも更に前、「黄道同盟」だったころからの古株でもある。だからかつてのパトリックのことも知ってるし、現在のパトリックに違和感も持っていた。

彼女は両親から真に愛されて生まれてきたコーディネイターだった。

両親は彼女が健やかに育つようにと、「クロエ(若々しく美しい)」と名付け、真心を込めて育てていた。

彼女自身も、両親のことが大好きだった。両親が施してくれたたった1つの遺伝子操作の恩恵───健康な体のおかげで、病気に罹るということもなく健やかに育った。

だが、そんな彼女の人生は、たしかに祝福されていた筈の人生は、たった1人の医者の好奇心によって狂わされていた。

「平均よりも長い寿命に遺伝子を操作出来る」とうそぶいた医者に両親が騙された結果、彼女の体の成長は幼年期で止まってしまった。

皮肉にも、名前通りの運命(合法ロリ)を背負わされたということだ。

 

(思春期には周囲からのいじめ、高校卒業間近に両親はブルーコスモスのテロで死亡、ハイエナのような親戚に財産はむしり取られ……絵に描いたような『不幸な人生』だな)

 

ここまで来ると笑えてくるが、何の因果か自分はこうして生き続けている。

金が無くても入学出来る士官学校にクロエが入学したのは必然だが、自分なんぞに目を付けた奇特な人間の推薦で軍大学に入学して艦隊運用術を修めることとなった。

だが、やはり神は彼女のことが嫌いのようだった。

ハンデ付きの自分なんぞに目を掛けてくれた恩師は学歴の低さを理由に冷遇、挙げ句自分はプラントなんて僻地に飛ばされる始末。

───まあ、それでも、そうだとしても悪いことばかりではなかった。

両親には愛された、恩師と呼べる人物に出会えた、そしてその理想に賭けてみたいと思える同志に恵まれた。

「コーディネイターが安心して暮らせる国」「遺伝子操作を理由に差別されない国」。

シーゲルらが唱えたのはただの理想論だったが、当時世界の全てを呪っていた自分には効果覿面だったのだ。

 

(青臭いけれども、無性に輝いて見えた。ああいう風に足掻いてみたかった)

 

そう思って黄道同盟、そしてZAFTにも参加した。シーゲルらは、心の底から歓迎してくれた。

祖国に対する未練はまったく無かった。持つ理由が無かった。

そこからは苦労の日々であった。……いや、本当に。

士官学校での経験を活かして素人(ただのかかし)を最低限軍事的行動の出来るレベルにまで育て上げるのは大変だったし、MSとかいう人型兵器を主流にすると聞いた時は「頭大丈夫ですか?」と真顔で質問してしまったこともある。

まぁMSに関しては技術者の熱心なプレゼンと、「どうせマトモにやりあっても連合とは戦えない」という理由もあって受け入れたが、傾倒するのはどうかとクロエは思った。

宇宙ではいい、新たな技術が世に出るときは常に懐疑の目にさらされるものだから。

地上戦に持ち込むと聞いた時には呆けてしまったが。

 

(しかも『コーディネイター優生論』なんぞを大真面目に信じる奴らの多さといったら!)

 

だったらなんで「健康」以外は持たされてない自分がこうやって司令なんぞ出来る?

思春期だから調子に乗りやすいのは分かるけど、限度があるだろ!戦争やってんだぞ!?

若さ故の過ちにも程があるだろうが!

挙げ句の果てにパトリックとシーゲルは決裂、『あんなもの』を大真面目に切り札にする始末。

本当に、どうしてこうなった?

 

「あの、司令?」

 

オペレーターから掛けられた声にハッとなるクロエ。

急に黙り込んでしまった自分の姿を訝かしむ視線に囲まれていたことに気付いたクロエは、コホン、と咳をして意識を切り替える。

そうだ、どれだけ現状がおかしくなっても自分の仕事を忘れてはいけない。

この宙域で不埒なことをさせない、それが使命だ。

 

「いや、すまない。───陽動艦隊の方には”第5”と”第6”の遊撃艦隊を向かわせろ。両サイドから挟みこむように。それと、後方に”第9警邏隊”を控えさせろ。寡兵で攻めるということは何かしらの企てはあるのだろう、後詰めだ」

 

「了解しました」

 

衛星軌道上において遊撃艦隊は機動力に優れた“ナスカ”級3隻、警邏隊は”ローラシア”級2隻で構成されている。当然、MSは可能なだけ積んだ状態でだ。

3隻の敵に対して自軍から8隻、しめて48機を投入する。普通ならこれだけの戦力差があれば勝利は確定したようなものだ。

クロエはけして油断していない。盤石を期している。

だが、神はまたしても彼女に試練を与えていた。ここまで来るとむしろ「神様、好きな子に意地悪したくなる男子説」まで浮上しそうである。

彼女に与えられた試練、それは。

───囮となったのが、とんだ『毒ネズミ』だということだ。

 

「さあ来い、半端に我らに挑むとどうなるのかを教えてやる!」

 

 

 

 

 

(───どうしよう、真剣な場面なんだけど和むわ)

 

(わかりみに溢れる。ちっちゃい女の子が頑張って声張ってる感が素晴らしい)

 

(合法ロリ可愛いよ合法ロリ)

 

何人かのオペレーターから注がれる生暖かい視線にクロエが気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

”ナスカ”級 艦橋

 

「敵艦隊、接近!間もなく射程距離に入ります」

 

「ふん、たった3隻でちょっかいくらいは出せると思っているのか?甘く見られたものだ」

 

”第5遊撃艦隊”の”ナスカ”級の内1隻、その艦長を務める男は鼻を鳴らす。

命令の内容に不服は無い。倍の数で囲んで数の暴力で叩き潰す、それだけだ。

シンプルだが確実で、現場としては有り難いくらいである。

気に入らないのは、敵の少なさだ。

陽動とはいえたった3隻で自分達の領域に足を踏み入れることがどれだけ愚かなことか教えてやる、そういった意気込みに溢れていた艦長だったが、オペレーターからの報告に眉をひそめる。

 

「敵艦隊より”コーネリアス”級が突出しています」

 

「なに?」

 

たしかに、モニターに映る敵艦隊の中から1隻、改装された”コーネリアス”級が1歩先に出るのが見える。

何をするつもりだ?男が訝かしんでいると、”コーネリアス”級の左舷艦首、おそらく艦載機の発進口と思われる部分が開いていく。

MSを発進させるのかと思ったが、MSが出てくることは無く、代わりに何かがせり出してくる。

猛烈に嫌な予感がした男は、操舵士に回避運動を命じようとした。

残念ながら、それをするのには一拍遅かったが。

 

「敵艦より、高エネルギー反応!これは……」

 

「───回避だ!」

 

操舵士が舵を切る。直後、敵艦から放たれた光がこちらに向かって伸び、右舷を掠めていった。

 

「右舷に命中、第3エンジン停止!」

 

「ダメージコントロール!───陽電子砲だとぉ!?」

 

敵艦から放たれたのは、間違い無く最近になってZAFTで実用化された陽電子砲だった。

たしかに『足つき』に搭載されていたという情報はあるが、連合軍はあれを”コーネリアス”級にまで積めるのか!?

とにかく、今は自分達の安全を確保することが先決だ。次弾が発射されては満足に動けないこの艦は足手まといでしかない。

 

「艦を後退させろ、足を引っ張るだけになる!第2射に備えるんだ!」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「───とか、考えてくれていると良いんだが」

 

ユージはぽつりと呟いた。

若干にやけたカルロスがそんなユージに声を掛ける。

 

「いやぁ、聞いていたよりも素晴らしいものですな陽電子砲!こうやって敵艦の射程外から圧倒する、まさに大艦巨砲斯くあるべし!といった心持ちであります!」

 

「満足していただけたようで何よりだよ。コストは高くつくだろうが、これからの艦隊戦において陽電子砲は重要な存在になるに違いない」

 

”コロンブスⅡ”に施された改装プランの中に陽電子砲『ローエングリン』の実装は含まれていない。これはひとえに、ユージの思いつきの結果である。

ユージがこの陽電子砲を見つけたのは、単なる偶然であった。

最近になって開発された新型陽電子砲───環境への負荷が低いとされている───に換装した”アークエンジェル”から取り外された、従来のローエングリン。ユージはこれを”コロンブスⅡ”に取り付けることを考えついた。

『原作』の時点で”コーネリアス”級の改造艦である”リ・ホーム”に陽電子砲が搭載されていたことを思い出したことがきっかけであったが、それを2日足らずという短時間で運用可能にしたのは、流石”マウス隊”の誇る変態技術者といったところか。

しかし、問題が何も無いわけではない。

 

<フハハハ!36時間でポン付け出来るとはフハハハハー!……あれ、ちょっと待って?なんか集積回路焼け付いてない?>

 

<しかもエネルギー負荷が艦体に流れ込んでますね、これ。……すいませーん、ローエングリンどころか主砲もしばらく使えそうにないです!>

 

元々運用を想定していない艦に突貫工事で取り付けた陽電子砲である。無理矢理に使用したその代償は大きかった。

無理矢理”コロンブスⅡ”のエネルギー回路を繋げて発射したことで、なんと主砲であるゴッドフリートの使用も制限されてしまったのだ。

 

「如何いたします?流石に主砲の使えない状態でなんとかしろと言われても困りますが」

 

「ま、心配するな。考えはある」

 

先ほどまでの上機嫌はどこへやら、顔を顰めながら尋ねてくるカルロス。

不安になる気持ちは分かるが、とりあえず()()()()()()

”マウス隊”でやっていく以上、こんなのは別にピンチでもなんでもなく、ただの平常運転だ。

 

「”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”アバークロンビー”の両艦は敵艦隊Aに対して砲撃を開始、押し込めろ。カシン、頼む」

 

<了解しました、隊長。アイク、セシルも気を付けて>

 

<そっちこそ、無理はしないでね>

 

<ご武運を、ですぅ>

 

そうしたやり取りの後、カシンの駆る”バスター改”が発進し、後方に控えていた2隻の駆逐艦と合流する。

ユージの取った作戦は、もはや昨今のジャイアントキリング定番戦法となった『分断して叩く』というものである。先の月面基地攻防戦でZAFT艦が取ったのと同じだ。

敵はまさか”コーネリアス”級に陽電子砲が搭載されているとは思わず、ほぼ無警戒の状態で接近してくるとユージは予測した。

そこに痛打を浴びせることで敵の戦列を乱し、そこにMS隊を派手に暴れさせることで敵の目を引く……というのが当初の想定だった。

しかし敵は手堅く、こちらと同数の艦隊をそれぞれ2方向から挟撃させるという戦術を採った。

最初から分断されてこそいるが、これでは痛打を浴びせたところでもう片方の体勢を崩すことは出来ない。

そう考えたユージは仕方なく、陽電子砲を撃ち込んだ側には僚艦2隻とカシンを付け、徹底した遠距離攻撃による時間稼ぎをさせることにした。

幸いにも“ナスカ”級は実弾兵器に乏しく、アンチビーム爆雷の多用でその火力を大幅に制限出来る。

それに対して”ドレイク改”級は全ての火器が実弾で統一されているため、何も制限されることはない。多少は時間を稼げるだろう。

問題は、無傷なもう片方の艦隊だ。

 

「さてさてさてさて……どうするかな」

 

「向こうは無傷の駆逐艦3隻とMS隊、対するこちらは主砲の使えない巡洋艦1隻とMS2機……毎回こんな戦いばかりしていたんですか、この部隊は?」

 

「うーん……今までの中でも結構キツい盤面かな」

 

これだけの戦力差を強いられるのはあの時、初めてクルーゼ隊と戦闘し、全滅一歩手前の事態に陥った時くらいだ。

あの時はハルバートンらが救援に駆けつけてくれたが、今はそんなものは望めない。

こちらが優位に立ち回れるデブリ帯どころか、障害物もほとんど無い。

 

「だが……やれないわけじゃないさ。MS隊を発進させろ」

 

 

 

 

 

まったく、やってくれるものだ。”ゲイツA型”に搭乗する男は舌打ち混じりにそう考える。

ナチュラルというだけでバカにするというような若気は無いが、それでも敵部隊のしでかした事には悪態を吐かざるを得なかった。

まさか”コーネリアス”級に陽電子砲を搭載するとは。最近になって本国で建造態勢が整いだした”アテナイ”級が欲しいところだ。

陽電子砲は威力、射程距離共に現状最強の武器だ。持っているだけで戦場の主導権争いに大きく有利に立てる。

だが、いくら最強の武器を持っているとはいえ数ではこちらの方が圧倒的に上だ。

お前達のお家芸(数の暴力)を味あわせてやる。そう考えていた男だったが、その思考は唐突に中断させられる。

 

<ぐあっ!?>

 

<ガンマ3、ロスト!これは……ビームによる長距離狙撃だ!>

 

<各機散開!>

 

射程距離の暴力は艦艇に留まらず、MSも同様だった。

光学センサーを最大稼働させて敵艦の存在する方向を見ると、敵艦上に1機のMSが、狙撃用のライフルらしき物をこちらに向けているのが見えた。

奇妙な機体だった。

鋼鉄のマントに見えるパ-ツで全身を覆っており、機体形状を正確に図ることは難しい。隠されていない頭部には特徴的なV字アンテナとツインアイが見えるので、連合の『G』タイプなのは間違い無いが。

狙撃銃はマントの一部が展開して隙間を作っており、そこから腕を出して構えている。

それに加えて、未だに艦砲でやり合うような距離にも関わらず当ててくる狙撃能力。

間違い無い、エースだ。

 

「数はともかく、腕は良いのを揃えてきたとでもいうか?各機、狙撃に警戒しつつ前進───」

 

<上方より、高熱源体接近!>

 

その報告を聞いて、男は敵の狙いを悟った。

狙撃によってこちらの注意を引き、その隙に別働隊が近づいて奇襲……ありふれた戦法だ。

しかし、しかしだ。

 

<この機体、速いぞ!?>

 

ありふれた戦法だからこそ、地力が見えてくる。

最適なタイミングかつ最速で接近してくるその敵に気付いた時には、既に遅かった。

上方を見上げた”ゲイツA型”、そのメインカメラが捉えたのは。

青い装甲が特徴的な『G』と───その両手が構えた大型ガトリングガン、その銃身が回転を開始している姿だった。

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ” 甲板

 

「うわぁ、派手に暴れてますねぇアイクさん」

 

同僚にして想い人、そして連合軍屈指のエースでもあるアイザックの戦い振りを見て、セシルは呑気に呟く。

なお呑気なのは口調のみであり、その手は機敏に動き、初めてお披露目する愛機をなめらかに操縦している。

”アストレイ・ヒドゥンフレーム”。それが彼女の駆る機体の名前だ。

『ヘリオポリス』で回収した2機の”プロトアストレイ”、その内”グレーフレーム”を改造して作り上げた本機は、実験機でありかつセシル専用機として調整されている。

その最たる変化は、やはり機体を覆うコートのような装備と新設計の頭部だろう。

機体を覆うこの装備の名称は「試作防御兵装 ナーク=ティト」、耐ビーム、耐実弾の両方を兼ね備えるという触れ込みの装備だ。

『フェイズシフトコアアーマー』という新技術の理論が元に使われており、曰く、

 

「装甲の破壊とはつまり装甲が変形するということなんだから、装甲内部に格子状のPS(コア)を埋め込んで変形を押さえ込むことが出来れば少ない電力、少ないコストで高い防御力を実現出来るのではないか?」

 

とのことだ。

ナーク=ティトはそのPSCアーマーを内蔵した装甲で出来ており、また、内部に埋め込むことで今までPS装甲と相性の悪いとされていたラミネートコーティングを併用することが可能となっている。

外面はラミネート装甲、内部にはPSCのハイブリッド装備ということだ。

あくまで試作装備ということもあって実戦でどのように働くかは分からないが、”アストレイ”の低めの防御力は十分に補うだろう。

ちなみに構造的にはバックパックから伸びる2本のアームにシールドが取り付けられており、状況に応じてアームが動作して防御形態と近接戦形態を使い分けることになる。

防御形態時でも一部装甲が展開して腕を動作させることは出来るが、近接戦では流石に邪魔になるので装甲を展開する必要があるというわけだ。

ついでに防御形態ならば機体の前面が覆われるので、「連合が”アストレイ”の技術を有している」ということが露見するのを防ぐ効果もあるとか。

まだ、あの国には(中立)を保って欲しいのだろう。

 

「それじゃ、もう一発!……左腕、命中するも有効打ならず」

 

そしてもう一つ。

新しく開発された新型頭部には高性能センサーと新型通信装置を始めとする電子戦装備が満載されており、セシルの能力である高い指揮能力と射撃能力をサポートしている。

特徴的なのは後頭部に縦に収まった円形パーツだが、今この装備が活かされることはない。

今必要なのは、遠くを捉えることの出来る目だ。

 

「頑張ってください、アイクさん……」

 

貴方の背中は私が守ります。だから。

───絶対、帰ってきて。

 

 

 

 

 

「ナイスな援護だよ、セシル!」

 

セシルの狙撃はたしかに有効打にはならなかったが、”ゲイツ”の左腕に命中してその体勢を崩すことに成功していた。

アイザックはその隙を見逃さずにガトリングガンを発射。”ゲイツ”は上手くコクピットを庇ったものの他の箇所が75mm弾で吹き飛ばされていき、行動出来無くされる。

本当ならそのまま止めを刺すところだが、今は大多数の敵に囲まれてそれどころではないので放置する。

 

「”デュエル”、仕上がってるな……!」

 

現在アイザックが操縦している”デュエル”も、『フォルテストラ』とは別の仕様に変更されていた。

といっても、通常の”デュエル”からバックパックを変更しただけのことである。

便宜上”デュエル改”と呼称されるこの改装は、素の”デュエル”から約15%の推力強化に成功した。更に予備の推進材を搭載したプロペラントタンク、そしてパワーエクステンダーをも内蔵しているため、全体的に継戦能力が向上している。

『フォルテストラ』と違って見た目では分かりづらいが、確実な強化だ。そして、低めの火力についても現在装備しているガトリングガン『クルージーン』で補われている。

より白兵戦仕様として完成度が高まった本機、しかし未だに敵MSの数は10を下回っていない。

既に5は敵機を撃墜、あるいは戦闘不能状態に追い込んでいるから残りは多くても13機の筈だが、それを援護ありとはいえたった1機で捌ききれというのも中々に酷い話だ。

 

「やってみるさ……!」

 

幸い、敵に”アイアース”タイプは確認されていない。

こちらを舐めているのか、あるいは数が揃っていないのか……とにかく、ビーム兵器を標準搭載しているというあれらがいないなら、PS装甲の堅さを活かして多少の無理は通せる。

それに何より。

 

「無謀な戦いなんのその!───”マウス隊”だぞ、僕達は!」




良くも悪くも、ユージはエース部隊の指揮官として仕上がってます。
つまり、自分の持ち札が多少の無理が利くと分かっているからこそこんなギャンブル性の高い戦法が採れてしまうということなんですね。
たぶん普通の艦隊を任せても、並かそれ以下の指揮しか出来ないと思います。

ちなみに裏話として、アストレイをネタに大西洋連邦はオーブにゆすりを掛けて、結果として新型ローエングリンやパワーエクステンダーを手に入れていたりします。



今回、新たにオリジナルキャラクターとして1名、採用いたしました。
「モントゴメリー」様リクエスト、『クロエ・スプレイグ』です!
まさか書き始めた当初はZAFT艦隊司令に合法ロリを宛がうとは思っていませんでしたよ……(遠い目)。
これから、活躍させていきたいと思います!

それと「オリジナル兵器・武装リクエスト」からも、採用したものがあります。
「蒼翼の雫」様作、『PSC』です!
色々と原案からカットされた描写もありますが、採用いたしました。
素敵なリクエスト、ありがとうございます!



それと最近になって影の薄くなってきた野望シリーズ風ステータスですが、近日改めて記載したいと思います。
少々お待ちください。

今回登場した”デュエル改”と”アストレイ・ヒドゥンフレーム”のイメージですが、

○デュエル改
→ガンダム5号機のバックパックとガトリングを装備

○ヒドゥンフレーム
→ガンダムデュナメスのGNフルシールドとスナイパーライフルを装備した灰色のプロトアストレイ

みたいな感じになってます。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第74話「初陣」

とある方の感想の影響で、私の中でクロエがCV:田村ゆかりで固定されました。
どうしてくれる。(どうもしねぇよ)


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“アークエンジェル”艦橋

 

「敵艦隊、近づく!」

 

「MS隊は直ちに発進準備、お願いします!」

 

「やはり、見逃してはくれんか」

 

モニターに映る3隻の”ナスカ”級を捉え、ミヤムラは呟く。

ハナからすんなりと事を運ばせてはくれないだろうと思っていたが、まさか初戦から戦力比1:3の戦いを強いられることになるとは。

 

「総員、第一戦闘配備!」

 

自分の隣、艦長席で命令を飛ばすマリューの姿を横目で見やる。

既に何度か戦闘を経験しているとはいえ、”アークエンジェル”は正式な作戦行動はこれが初めてだ。緊張の1つもするものだろう。

加えて、この戦闘をくぐり抜けた先、大気圏突入こそが本番ということも大きい。

 

「ラミアス艦長。肩の力を抜け……と言われて抜けるようなものではないのだろうな」

 

「ミヤムラ大佐……そう、ですね。何もかもが初めての試みだらけですので」

 

マリューはおずおずと返答する。

この状況で緊張せずにいられると断言出来るほど、彼女の肝は太くなかった。

そもそも忘れがちだが、彼女は本来技術者である。人手不足かつ『G』の運用に最も長けた”アークエンジェル”級に対する理解が深い、そのために艦長職となってしまったが。

つまり、後方こそが彼女の本来の戦場なのだ。

それでも今艦長席に座っているのは、奇特な運命のイタズラによるものである。

 

「はっはっは、私もだよ。この歳になって新型艦に乗り込んで、そこの部隊の隊長をやれなどと言われる。まったく、奇妙な人生だ」

 

「はぁ……」

 

「だが、だがな艦長。確実に言えるのは、何もかもを背負う必要は無いということだ。───思うように指揮をしてごらんなさい。責任を負うために私がいるのだからね」

 

「ミヤムラ大佐……分かりました」

 

これでいい。ミヤムラはうなずき、MS隊へ指示をするために通信機を手に取った。

自分はあまり出しゃばるべきではない。それは、若芽を潰すということに他ならない。

マリューは先ほどまでの不安さが嘘のように……とはいかないが、マシな顔つきで思案している。

 

(ラミアス艦長、君がどう戦うのかを見せてもらうとするよ)

 

少しの時間考えた後、マリューは顔を上げて声を発する。

 

「───ローエングリンを起動して。それとワンドチームには全機ランチャーストライカーを」

 

なるほど、そう行くか。

ミヤムラは通信機を起動した。

 

 

 

 

 

<よし、今回の作戦をまとめるぞ>

 

久しぶりに座る”ストライク”の操縦席は、なんだか妙にしっくり来る気がする。ムウの声を聞きながらキラはそう思った。

正確には“ストライク”には昨日の時点で調整のために乗り込んでいるのだが、シチュエーションの違いだろう。

そう、自分はこれから。

───戦いに出るのだ。

キラは気を引き締め、話に耳を傾ける。

 

<まず、”アークエンジェル”がローエングリンを発射して敵部隊を牽制する。当たれば御の字だが、敵もバカ正直に喰らってくれるほど甘くはないからな。

次はランチャーストライカーを装備したワンドチーム全機で砲撃支援を開始、発進してきた敵MS隊を攪乱する

最後はソードチームによる切り込みだ。シンプルだがもっとも堅実な作戦と言えるだろう。

目標は敵艦1隻の撃破だが、これはあくまで暫定的なものだ。最終的に”アークエンジェル”が降下さえ出来ればその時点で俺達の勝ちなんだからな>

 

<大気圏突入かぁ……ほんとに出来るんですかね?>

 

<そんなの俺だって知らん。だが、ラミアス艦長始めスタッフやエンジニアの皆様が出来るっていうなら信じるしかないんだよ>

 

マイケルの言葉を切って捨てるムウ。だが、この艦に乗り込む大半の人間が思っていたことでもある。

そう、”アークエンジェル”には大気圏突入能力が備わっているのだが、それを実際に為したわけではない。

全て、理論上の話なのだ。

 

<結構ビビリよねぇ、マイケルって>

 

<なんだとぉ!?>

 

<喧嘩を始めないでください、作戦前ですよ>

 

<<だってこいつが!>>

 

いつもの軽い口喧嘩も、よく聞けば全員声が震えている。

『ヘリオポリス』”以来、この艦は呪われているのではないかと思うほどに困難に見舞われている。

───上等だ。

このくらいの困難、乗り越えて見せなければ戦う目的がどうだのと(のたま)う資格はあるまい。

 

「『時には開き直ることも大切だ』、教官に教えられました。きっと、なんとかなりますよ。今は出来ることをしましょう」

 

<ま、概ねヤマト少尉の言うとおりだ。───なるようにならぁな>

 

キラの言葉をきっかけとして、隊員達の顔つきも若干だがほぐれる。

再会した時に一皮むけたとは思っていたが、まさか「最年少の自分が張り切る姿を見せることで、年上に奮起を促すことが出来る」ということまで考慮に入れていたのだろうか?

本当に多芸、否、多才な奴だ。その本音を漏らさずにムウはキラに同意する。

 

<こちらCIC、以後の作戦行動中はカップ0と呼称します。これより通信士として皆さんをサポートします、リサ・ハミルトン少尉です。改めてよろしくお願いします>

 

モニターにアジア系の女性の顔が映る。

CICからの通信が来たということは、もうじき始まるということか。

 

<ローエングリンへのエネルギー充填が完了しました。MS隊は直ちに発進し、砲雷撃戦に備えてください。健闘をお祈りします>

 

<ワンド1、了解。───いくぞ、お前ら!>

 

『了解!』

 

ムウの乗る”ダガー”が発進ゲートまで運ばれていくのを眺めていると、新たに通信回線が開かれる。

先ほどまでの全体での回線ではなく、1対1での通信だ。

モニターに映るのは、先ほどまでの会話に参加しなかったスノウ。

 

「何か用ですか、バアル少尉」

 

<……分かっているな、コーディネイター。この作戦の成否は私達、ソードチームの切り込みが成功するかに掛かっていると>

 

「……はい」

 

雰囲気は刺々しいものの、会話の内容自体は至極マトモだ。スノウなりに作戦を成功に導こうという気概はあるらしい。

 

<知っているだろうが私の機体は装甲が薄い、そこで……>

 

「僕が前衛、壁を務めればいいんですよね」

 

<……そうだ>

 

「分かりました。発進後に”ストライク”のバックに付いてきてください」

 

キラがそう言うと、スノウは意外そうな顔をする。

何かおかしなことでも言っただろうか?

 

「どうしました?」

 

<……なんでもない。もう一度言っておくが>

 

「妙なことをすれば……ですよね。大丈夫、分かってますよ。それと、僕からも一言いいですか」

 

<なんだ>

 

胡乱げに言葉を返すスノウに苦笑するキラ。

変に勘ぐるのはやめて欲しい。本当に、些細なことなのだから。

 

「僕の名前はコーディネイターじゃなくて、キラ・ヤマトですよ。お先に行きます」

 

<……>

 

僅かに目を開くスノウの姿を尻目に、発進シークエンスに移るキラ。

以前は、この過程がたまらなく嫌だった。

友達を守る為とはいえ、やりたくもない殺し合いなどさせられるのだから、それは当然だ。

今だって、戦うのは嫌だ。今度こそ誰か死んでしまうかもしれないし、ともすればその誰かが自分になってしまうかもしれないのだから。

だが、それでも進み続けると決めたのは自分だ。

エールストライカーが”ストライク”の背部コネクタに接続されたのを確認し、軽くスロットルを動かしてスラスターの調子を確認する。……問題無し。

 

<進路クリア、”ストライク”発進どうぞ>

 

今までは、誰かの都合に振り回されて戦ってきた。

だからこれは、ある意味では初陣だ。

───自分の意思で戦うと決めてから、初めての戦いだ。

さあ、高らかに宣言しよう。これからの道を歩いていくために。

 

「ソード1、『ガンダム』行きます!」

 

 

 

 

 

まったく気に入らない。

何が『自分の名前はコーディネイターではない』だ。

そんなこと、知っている。知って、その上で『コーディネイター』と呼んでいるのはあの男も理解しているだろうに。

前衛を任せる(盾にする)という宣言も意に介していないようだ。

 

「……ふん」

 

良いだろう。

お前が『違う』というなら見せてみろ。そうすれば……まあ、『敵候補』から『使える弾よけ』くらいには扱いを変えてやってもいい。

スノウは一度目を閉じて深呼吸をし、そしてカッと開く。

思考のスイッチを切り替えるためのルーティーンだ。以前より頻発していた『味方相手の暴走』にはスノウ自身も悩まされており、ユージ始め何人かの”マウス隊”メンバーに相談したことで、この行為を習慣付けることに成功した。

これで、()の効果が切れるまでは冷静に戦える。

さあ、自分の機体もカタパルトに接続された。あとは、出るだけだ。

 

<進路クリア、”デュエルダガー・カスタム”、発進どうぞ>

 

そういえば気に入らない理由はもう一つあった。

『今は出来ることをするしかない』、その一言に共感してしまったことだ。

ともあれ、今自分がするべきことは1つ。

───斬って、斬って、斬り尽くす。それだけだ。

 

「ソード2、出るぞ!」

 

 

 

 

 

「クソっ、なんて日だ!」

 

クライド・フォッシルはいつものように悪態を吐いた。

彼は自分が呪われていると確信していた。するしかない。

月面基地への攻撃作戦も無事に終わり、しばらくは連合も大きな動きは出来ないだろうと上官に聞かされたのがつい3日前。

普通に行動起こしてるじゃないか、連合軍!おまけに敵は、あの『足つき』こと”アークエンジェル”!?

そして何より彼にこの日を厄日だと確信せしめたのは、そんな艦に対して攻撃を行なう栄誉ある(笑)部隊の中に彼も含まれていたことだ。

 

<ど、どうするクライド!?これじゃ、とても白兵戦なんて!>

 

「回避しながら接近するしか無い、ていうか反則だ反則!

なんでMSがポンポンと艦砲クラスの砲撃を行なえるってんだよ!?」

 

彼と彼の所属するMS隊の面々を苦戦させているのは、敵艦、正確にはその周囲に展開するMS隊からの砲撃だ。

本国から回されてきた情報によると、あの『アグニ』とかいう大砲は連合軍が主力としている”ダガー”の砲撃戦用装備の1つであり、コロニーを内側から外郭まで貫通してしまうほどの火力を秘めているらしい。

いくらこちらが耐ビームシールドを備えているとはいえ、うっかり受け損なってしまえばあっという間に蒸発してしまうだろう。

たった1隻の戦艦を落とすだけなんて楽勝、こっちは3倍の数がいるんだ。そんなことを言っていた奴もいたがその兵士の機体はついさっき反応が無くなった。

悲しいには悲しいが、残念ながら態度に出す余裕は無い。

 

<火が!かあさ……>

 

今もまた、1機の”ジン・ブースター”が撃墜された。

アカデミーでの訓練課程を終えて間もない新人だったと記憶している。

クライドは会って間もないが、陽気で家族思いの良い奴だということは分かっていた。

そういう奴に限って早々に死んでいく。クライドはこの世の無情と、「明日は我が身」という表現がピッタリな現状を呪った。

 

「この戦いが終わったら、俺、退役するんだ!」

 

 

 

 

 

<あ、当たった!>

 

「いよぉし、これで3機!だがまだ戦力比は2:5だ、油断するなよ!」

 

<<了解!>>

 

部下達に指示を飛ばしながらもムウの手は休むことなくトリガーを引く。

せっかく敵が手を出せない距離にいるのだ、今のうちに吐き出す物は吐き出しておかねば損というものだろう。

モニターには前方に向かって次々と放たれていく火線と、それらに一方的に襲われる敵MS隊の姿が映っている。

哀れと感じつつも、ここで手を緩めては逆にこちらが数の差で一方的に嬲られるだけだということをムウは理解していた。

 

「撃て撃て、撃ちまくれ!その分切り込みやすくなる!」

 

そこでムウは、微かな異変に気付いた。

本当に僅かであるが、先ほど敵MSを撃ち抜いたベントの動きが鈍っているように感じられたのだ。

 

「どうしたベント、もっと撃て!」

 

<えっ、あっ、了解です……>

 

通信越しに聞こえるその声からは、明らかに覇気が抜けていた。

そういえば、とムウは思い返す。

彼、そしてマイケルとヒルデガルダの2人は先の『ヘリオポリス』からの道程で戦闘を経験しているものの、たしか確認撃破は1つも無かった。

あの戦闘はかなりの混戦状態だったので、もしかしたら流れ弾の1つや2つは当たっているやもしれないが、彼はこれが初めて。

───初めて、人を殺したと実感したのだ。

 

「ベント、色々と()()ものがあるかもしれんが、今は生き残ることだけを考えろ。いいな?」

 

<……はい>

 

さて、自分が初めて敵を殺した時はどうだっただろうか?

ショックは受けたが、たしかそこまで尾を引いたというのは記憶に無い。

───そんなことを引きずる余裕が無かっただけかもしれない。

 

「っと、あいつらにああ言った俺がこんなんじゃカッコつかんだろ」

 

今、彼らのトップに立っているのは自分だ。1番歳を取っているのも自分だ。

指揮官が迷う素振りを見せれば、部下は不安になる。

 

「カッコつけるのも、仕事の内か。───そろそろ頃合いか。ワンド2、3は一度艦内へ戻れ。頼むぞソード1、ソード2!」

 

 

 

 

 

「了解、ソード1突貫します!」

 

<ソード2、了解>

 

キラはペダルを踏み込み、”ストライク”を加速させる。

ムウ達の砲撃によって敵MS隊は陣形を乱され、その防御網に穴が生まれている。切り込むなら今だ。

久しぶりに乗る“ストライク”は”テスター”よりも断然反応が良い。

 

「これなら!」

 

攻撃の勢いが弱いところを見つけ、そこに”ストライク”を突っ込ませる。

あっという間に眼前に迫る”ゲイツ”。パイロットは突如現れた”ストライク”に驚いたのか、わずかに動きが硬直する。

 

<こ、こいつ”ストライク”───!?>

 

「少尉!」

 

<分かっている!>

 

”ストライク”は勢いを殺さずに”ゲイツ”とすれ違い、代わりに”ストライク”の後ろから現れた機体が”ゲイツ”を両断する。

スノウが駆る”デュエルダガー・カスタム”は彼女の適正に合わせて改造が施された、高機動タイプの機体だ。

”第31独立遊撃部隊”で『ソード』のコールサインが与えられたのは2人にはそれぞれ異なるデータを収集する任務がある。

例えばキラことソード1には「地上戦用試作ストライカーの試験」が目的とされている。

それに対しソード2、スノウの役割は「標準的なMSを特定の個人の長所に応じた改装をすることの意義」の検証。つまり、パーソナルカスタマイズ(パイロット適応改装)を行なうことに意味があるかどうかを検証するということだ。

これは元々スノウと”デュエルダガー”の戦闘データを分析していた”マウス隊”技術陣が「スノウは盾を余り使わない」ということに気付き、

 

「どうせ使わない盾なら取っ払って、代わりに機動性を増したらいいんでねぇの?」

 

という意見が生まれた結果行なわれた改装である。

何故かすんなりと白衣連中(スノウの取り巻き)から許可が得られたことに疑問を抱く者は多かったが、改装自体はスムーズに行なわれた。

といっても行なわれたのは機体各所にスラスターを増やすことの他には僅かに装甲を薄くした程度(それもコクピットなどのバイタルパート(重要箇所)を除いている)で、精々がマイナーチェンジといったところだろう。

しかし元の”デュエルダガー”自体が高性能MSでもあったこと、そして何よりスノウ・バアルが高い操縦能力を持つため、十分な強化と言えるだろう。

 

<なんだこいつ、速───>

 

<遅いな、コーディネイター!>

 

”デュエルダガー・カスタム”は素早く敵のレールガン射撃を躱しながら接近し、両手に持ったビームダガーでX字状に2機目の”ゲイツ”を切り捨てる。

爆散する”ゲイツ”から飛び退きつつビームダガーを腰の定位置に戻し、代わりに後腰部のマシンピストルを構えて弾丸をばらまく”デュエルダガー・カスタム”。

この機体は機体本体に加えて武装面でも接近戦用に変更されており、主兵装に2丁のマシンピストルと、刀身の長さを変えられるようになったビームサーベル兼ダガーを持っている。

より攻撃的になった”デュエルダガー・カスタム”、しかしそれに気を取られる余裕などZAFT側に許される筈もなかった。

 

<ちくしょう、なんで当たらない!?>

 

<PS装甲だ、まずはPS装甲をどうにか>

 

<そんな余裕があるか!>

 

”デュエルダガー・カスタム”が安全に得意の距離に持ち込めるように壁となったキラと”ストライク”だが、こちらもエールストライカーを装備したことによる高機動性を活かして“ゲイツ”や”ジン”に対して射撃を加えていた。

ZAFT側も”ストライク”がPS装甲ということを知っているのでレーザー重斬刀による近接戦に持ち込もうとするが、”ストライク”に意識を向けた一瞬の隙をスノウは見逃さず、死角から接近されて切り裂かれる。

 

「───今!」

 

そして、ついに”ストライク”の照準が1機の”ゲイツ”の胴体を捉える。

あとは引き金を引くだけで。

 

『俺が、皆を守るんだ!』

 

一瞬だけ、トリガーを引く指から力が抜ける。

かつて、何も覚悟が出来ていなかった頃の記憶。自分を、そして友の命を守る為と”強行偵察型ジン”を撃った時の記憶がよぎった。

 

(───ごめん!)

 

躊躇ったのは、僅か0.1秒。

引き金は引かれ、モニターの中で”ゲイツ”が爆散する。

申し訳ないという気持ちも、人を殺した罪悪感もある。

だが、命を踏みにじることを選んだのは自分だ。……踏みにじってでも、手に入れたい未来があるからと選んだのだ。

キラは迷わない。そんな気持ちでいてもいい場所ではないと知っているから。

 

「まずは1つ!」

 

”ストライク”は新たな敵に照準を向けてライフルを放つ。

少年は、大人の階段を昇り始めていた。

 

 

 

 

 

”ナスカ”級駆逐艦 ”ムーア”艦橋

 

「MS隊の被害拡大!艦長、これでは……!」

 

「分かっている!ええい……」

 

”ムーア”の艦長であり、”第4遊撃艦隊”の指揮官を務めるグレッグ・ロバーツはオペレーターの悲鳴に顔を顰めながら怒声を返す。

不快にもなる。なにせ、最初からここまで常に敵にペースを握られっぱなしなのだから。

敵のやっていることは『常にこちらの有効射程外から先制攻撃を加える』という、ただそれだけだ。

こちらの艦砲の射程距離に入る前に陽電子砲、MS隊の有効射程外から砲撃戦装備のMSで攻撃、そして今度は砲撃に目が眩んだMS隊に白兵戦用MSを切り込ませる。

敵はたしかに数は少ないが、その場その場での最適な行動を選択している。良い指揮官がいる証拠だ。

 

「仕方あるまい、MS隊を後退させろ!」

 

「し、しかしそれでは」

 

「艦砲射撃で押しつぶす!奴らは1隻こちらは3隻、そこは変わっていない!」

 

「了解!」

 

敵部隊がペースを握り続けるというなら、一度状況をリセットしてしまえば良い。

 

(MS隊が後退して射線が空けば、存分に数の暴力を味わわせてやる!)

 

そうしてから改めてMS隊を前進させてやれば、後はなるようになるだろう。

未だに数ではこちらが上なのだ。

しかし、グレッグは1つだけ思考の範疇から外しているものがあった。───敵もまた、ペースを握られてしまったら不利であり、そうはさせまいと理解して動くということだ。

 

「敵艦、増速!本艦に向かってきます!」

 

「なにっ!?」

 

モニターに映る敵艦は、たしかに、徐々にこちらに近づいているように見える。

何をするつもりかは、明白だった。

 

「次は艦艇による格闘戦(至近距離での撃ち合い)か!?クソっ、VLS起動に対艦弾を装填しろ!」

 

ようは、ラミネート装甲の防御力頼みに接近しようというわけだ。以前の『エンジェルラッシュ会戦』ではそういう戦法を採ったと聞いている。

本来ならMS隊が敵艦の動きを止めてそこを砲撃で仕留める予定だったが、今MS隊は後退させている。『足つき』の突撃を止める手段は、無いも同然だった。

この時ばかりは機動力に優れた”ナスカ”級よりも”ローラシア”級の方が欲しくなる。あちらの方が実弾火器が多いからだ。

別に”ナスカ”級が悪いという意味ではない。ようは適正の問題だ。

 

「敵艦、更に加速!これは……」

 

『足つき』は突如として下方向に舵を切り、こちらの射線上から逃れる。

あれは移動性能が優れているのか、それとも優秀な操舵士がいるのか。どちらにせよ、敵艦はこちらに狙われている窮地を脱したというわけだ。

それだけではない。

構造上”ナスカ”級の真下を狙える武装はビーム兵器の主砲と数基のCIWS(対空火器)のみであり、そのいずれもが『足つき』には有効打たり得ない。

対する『足つき』には、真上を狙える砲が備わっている。

 

「いかん!回避運動───」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

『足つき』は”ナスカ”級と同等の速度で接近し、ついには”ムーア”の真下を取る。

次いで訪れる2つの衝撃。ここにきてグレッグは、敗北を悟った。

 

「両舷に被弾、推進システムに異常発生、エンジン出力低下!艦長……!」

 

「これ以上の戦闘は不可能か……撤退する、信号弾撃て!」

 

痛打を与えていった『足つき』は、速やかに距離を離していく。惚れ惚れする程の1撃離脱戦法だ。

こうなってはもはや”ムーア”は足を引っ張るだけで、ここに留まる意味は無い。

グレッグはこれ以上の被害拡大を避けるために撤退を指示する。

敵の狙いは未だ不明だが、たった1隻の艦相手にこれだけの被害を強いられることになるとは想像も出来なかった。グレッグは己の未熟を悔いるが、それも生き残らなければ意味は無い。

しかし、ここで驚くべき事態が発生する。

 

「待ってください、これは……」

 

「これ以上の戦闘は不毛だ、続けるならたとえ1隻でも奴は我々を食い破ろうとしてくるぞ」

 

「違います!”ゲルブ”が突出、『足つき』に向かっているんです!」

 

「なんだと!?」

 

オペレーターからの報告に驚愕するグレッグ。たしかに、モニターに映る僚艦は増速を掛けているようだ。何機かのMSもそれに続いている。

すぐさま通信回線を開いて”ゲルブ”艦長に怒声を叩きつける。

 

「なんのつもりだ、撤退と言ったはずだぞ!」

 

<ロバーツ隊長、今ここで奴を見逃せばもっと多くの被害が出る!そんな確信があるんだ!

───”ゲルブ”はこれより、特攻を掛ける!申し訳ないが、脱出させた若いのを頼む!>

 

「脱出艇確認!艦長……」

 

「バカ戻れ、そんなことが許されると思っているのか!これ以上被害を拡大させることはないんだ!おい!」

 

「通信、切断されました……」

 

「ああクソ、ロマンチズムに酔うんじゃない!───”パリボク”に連絡、脱出艇の回収をさせろ!」

 

今の”ムーア”では”ゲルブ”からの脱出者救助も満足に行えないため、残ったもう1隻の僚艦に救助を命じる。

”ゲルブ”は艦長含め『血のバレンタイン』で家族、特に子供を失ったことをきっかけに入隊してきた中高年の兵士が多い。

なるほど、子供達を失った恨みやら圧倒的な『足つき』への恐怖が相乗して特攻など掛けるわけか。随分と見上げた覚悟だ。

 

(───とでも言うと思ったか!ふざけるな、こんな戦いで”ナスカ”級1隻無駄にする必要があるわけないだろ!)

 

こんなの何てクロエ(艦隊司令)に報告すればいいんだ?

 

(『男やもめ達が愛国精神発揮して特攻かましました』……ダメだ、クロエ教官が何言ってくるか予想も出来ん!

良くて部隊を統制出来なかったことへの厳罰とバッジ剥奪、艦長権限剥奪すらあり得る!)

 

グレッグはクロエがZAFT黎明期に教官役として活動していたころの教え子の1人であり、その優秀さは30歳という若さで戦隊司令を務めていることからも明らかだ。

だからこそ一見子供のように見えるクロエの実力は十分に理解しているし、怒ればどれだけ恐ろしいかということも理解している。

グレッグは鮮やかな青髪───遺伝子調整による生まれつき───をガシガシと掻く。正直、良い手がまったく思い浮かばなかった。

 

「なるようになれ、だ。───予定変更無し、撤退するぞ」

 

結局、グレッグは厳罰覚悟で”ゲルブ”を見捨てることにした。下手に付き合って更なる大惨事を引き起こす必要も無い。

それに。

 

(怒られるのが怖くて戦隊司令など出来るか)




新生アークエンジェル隊の初陣でした。
もうちっとだけ続くんじゃ。(大気圏降下作戦)

”デュエルダガー・カスタム”とスノウのステータスです。

デュエルダガー・カスタム
移動:8
索敵:C
限界:170%(スノウ搭乗時220%)
耐久:200
運動:45

武装
マシンピストル:140 命中 60
バルカン:30 命中 50
ビームダガー:165 命中 75



スノウ・バアル(Cランク)
指揮 3 魅力 7
射撃 11(+4) 格闘 12
耐久 2 反応 12(+4)
ブーステッドマン

以上、強化されたデュエルダガーと1ランク上がったスノウのステータスです。
デュエルダガー・カスタムのイメージは宇宙世紀の「ジム・ライトアーマー」と「ピクシー」を足して2で割ったような感じです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けてります。


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第75話「灼熱の『蒼』」

3/29

”アークエンジェル”艦橋

 

「敵艦からの攻撃、止みません!」

 

「ちくしょう、俺達の言えたことじゃないけどあいつら正気か!?」

 

まったくその通りだ、マリューは”マウス隊”から転属してきたエリクの悲鳴に全面的に同意した。

もういいだろう、なんでそこまで目の敵にして攻撃を続けてくるんだ?

”ナスカ”級の主砲から放たれたビームが艦橋を掠めていく。

操縦席に座るノイマンと、エリクと同じく”マウス隊”から転属してきたマイケル(パイロットの方と名前が被るからマイクでいいと自称した)には感謝の念しかない。今に至るまで、後方から迫り来る敵艦からの砲撃に直撃弾が無いのは彼らの必死の操舵のおかげというのが多分に存在していた。

 

「ラミアス艦長、ZAFTというのはこうまで血気盛んなものなのかね?」

 

「流石にあの艦がおかしいだけです!」

 

「そうか。ところで、何か打開策はあるかね?”ナスカ”級はMS輸送と前面火力くらいしか無いが、その前面火力に後ろから突っつかれてるのだが」

 

「今考えてます!」

 

”アークエンジェル”の長所は多機能性と高い基本性能だが、やはり火力の大半を前面に集中させているだけあって攻勢に強くても守勢には弱い。

このまま副砲のバリアントを撃ち続けても射角が限定されているために不毛、回頭をかけて正面に捉えるなどと悠長なことをやっているわけにはいかない。

ならば、どこかで大きく軌道変更を掛けるか?

 

「MS隊は!?」

 

「現在ソード1、ソード2が敵MS部隊と交戦中!ワンド各機は艦内待避しています!」

 

出し所を誤ったか!マリューは自分の失策を悟った。

ローエングリン、アグニによる砲撃で敵部隊を攪乱させることには成功した。

白兵戦用MSによる敵部隊への切り込み、成功。

敵艦への近接砲撃、これも成功。これによって3隻の内2隻が戦闘から脱落することになった。

彼女の失策とはあらかた砲撃支援を終えたMS隊の内2機を艦内にいったん戻し、エールストライカー装備に変えさせておくことで、万が一敵MSが”アークエンジェル”に接近してきた場合への備えとすることだ。

変えた時点でさっさと出撃させておけば良かった!大事に抱えておいたところで結局使えないのでは意味が無い。

”アークエンジェル”にこんな加速をさせている中でMSを放り出せば、経験の浅い2人だと最悪バランスを崩して大気圏に突っ込む。

おまけに、艦外で砲撃支援を続行させていたムウとベントの2人もエネルギー切れにより補給に入らざるを得なくなった。

出撃ゲートは既にヒルデガルダとマイケルの2人の機体で埋まってるから後部ハッチから格納させたが、あそこはあくまで緊急着艦用であって満足に補給・整備が出来る場所ではない。

 

「ラミアス艦長、聞きたいことが1つあるのだが」

 

「なんでしょうか!?」

 

そんな中、ミヤムラは平時と変わらない穏やかな口調で問いかけてくる。

状況が切羽詰まっているためにマリューも思わず声を荒げてしまったが、ミヤムラは平然としたままでこう告げた。

 

「後部格納庫のワンド1、4の機体なのだが、彼らにあそこから砲撃をさせるのはどうだね?」

 

「はっ……しかし、あの場は緊急着艦用の場所であって補給が行える場所では……」

 

「バッテリーの供給さえ出来ればメインウェポンが使えると思うのだが、これも無理か?」

 

「そうで……、……?」

 

緊急着艦用、補給が出来る場所では無い、バッテリーだけでも。

マリューの頭の中でいくつもの単語がよぎり、1つの結論へと彼女を導いていく。

 

「あっ」

 

やはり初陣のプレッシャーというのは侮れないものだ。こんな単純かつ試してみるだけの価値はあることに気づけないのだから!

マリューはすぐさまシートに備え付けてある通信機を起動し、格納庫の技術屋連中に連絡を取った。

 

 

 

 

 

”ゲルブ”艦橋

 

「『足つき』からミサイル!」

 

「撃ち落とせ!いいか、絶対に奴のケツから離れるんじゃあないぞ!」

 

「了解です艦長!ホールド&ロック(掴んで離さない)、絶対に1発ぶち込んで沈めてやります!」

 

ここにいる全員が、生きる理由を無くした人間だった。大雑把に言ってしまえば、復讐者だ。

『血のバレンタイン』、第1次・2次ビクトリア攻防戦、カオシュン。彼らがそうなった要因を上げ連ねていくなら、ここから更に遡って掘り起こすことも出来る。

法律も軍規も、彼らには関係無い。

だってそれらは守りたい物があるから、手に入れたい物があるから誰もが従うのであって、そのどちらをも持たない彼らには他人の糞ほどの価値も無い。

だからこういう(何もかも投げ捨てる)ことだって出来る。艦も、MSも責任もなんもかんも知らん。

───こんなはずじゃなかった、こうなる筈の無かった『世界』にグーパンたたき込めればそれで満足だ。

だから、『血のバレンタイン』で義理娘と孫を失ったハルヒコ・サトー艦長は前進を命じた。そうするべきだと思ったし、何より軍規は彼を『生』へ縛るに値しないものだった。

しかし、『生』を捨てれば強くなるかというとそんなわけは無い。

 

「こ、これは!?」

 

CIWS(近接防御機関砲)がミサイルを撃ち落としたかと思ったら、”ゲルブ”の前面は白い何かで包まれた。

不慮の事態にうろたえるオペレーターを、ハルヒコは叱咤する。

 

「ただの煙幕だ、怯えるな!」

 

「どうしますか、艦長?」

 

「我らがうろたえたこの隙に、『足つき』は体勢を整えて反撃に打って出るつもりなのだ!ならば前進あるのみ!」

 

『オォーーーーーーっ!!!』

 

普通に考えれば、煙の中にわざわざ突っ込む必要など無い。

だが、彼らは戦いに酔ってそのことに気付かない。

結局彼らは、「勇敢に戦う自分達カッコイイ!」をやって、そのままで死んでいきたいだけなのだから。

そしてその報いは当然のように訪れた。

 

「煙、抜けまぁ……!?」

 

果たして『足つき』はそこにいた。だが、予想した光景とは違うものが2つ映っている。

1つは、思ったよりも敵艦との距離が縮まっていたこと。しかも、”ゲルブ”の射線上から離れてはいない。つまり減速を掛けたということだが、そうした理由は2つ目の『想定外の光景』が説明してくれる。

敵艦の後部ハッチ、そこに”ダガー”が姿を現し、その背中に背負った大砲を”ゲルブ”に向けているということが2つ目の異常だった。

直後放たれたアグニの1撃は”ゲルブ”の正面、特に装甲の薄い場所───MS発進ゲート───を貫いた。

格納庫内を圧倒的破壊エネルギーが駆け巡り、そこを基点として艦内の至る所に火が燃え広がっていく。

そしてそれが、格納庫の真上に位置する艦橋に及ぶのは当然のことだった。

ハルヒコらの体を炎が包み、数秒の苦しみを味あわせた後に”ゲルブ”は爆散した。

何もかもを無くして、何もかもを捨てた人間らしく、綺麗さっぱりと消えていった。

 

 

 

 

 

「ビンゴォゥ!やっぱり最後はこれ(火力)だな!」

 

ムウは作戦が上手くいったこと、つまり彼の撃った砲撃で敵艦の撃沈に成功したことへの歓喜の声を上げる。

マリューの作戦はこうだ。

まず後部ハッチに応急的に電源供給用コネクタを設置、”ダガー”へのエネルギーを供給して砲撃を可能にする。

次に煙幕を敵艦の前方に展開して一度視界から自分達を消し、その間に後部ハッチを開放して砲撃姿勢を取らせた。これで後方に張り付く敵艦への有効打を用意することが出来る。

まさか敵が煙幕に突っ込むとは想像していなかったものの、マリューはそこで緊急減速を指示し、敵艦との距離を縮めた。

何のために?無論、アグニを至近距離でたたき込むためである。

煙から抜け出た敵艦は仰天したであろう、なにせいきなり眼前に大砲構えたMSが現れるのだから!

閉まっていくハッチの隙間から、敵艦が爆発炎上していく光景が垣間見えた。

おそらく今の”アークエンジェル”を前方から撮影すれば、『爆散する敵艦をバックに悠々と宇宙を進む白亜の戦艦』という良い画が撮れることだろう。

 

「なんとか、なったかね」

 

モニターの外では、いきなり難題を突きつけられながらもこなしてみせた整備士、技術スタッフの面々がわちゃくちゃとしているのが見える。

予定外に無い作業のせいで、大気圏突入に備えて固定していた機材のいくつかを使う羽目になり、再び固定作業を行なっているのだ。とりあえず手を合わせて同情の姿勢を見せるムウ。

とはいえ、もう後は問題も起こらない筈だ。母艦を失った敵MSは戦闘を継続出来なくなるし、何より今外に出ているのは期待の若手2人(キラとスノウ)だ。彼らの腕なら問題なく終わらせられるだろう。

とりあえず、自分達の機体を固定しなければ。ムウは格納庫へのゲートへと機体を進ませる。

 

<隊長、あの>

 

「今はいい。いいんだよ、ベント」

 

<はい……>

 

用意出来た電源供給用コネクタは1つだったのでムウが砲撃したが、おそらく2つ用意出来たとしてもベントが撃てたとは思えない。

さっきの”ナスカ”級だって、対処手段はいくつもあった。なまじ余裕があると、途端に人間の決断力は鈍るものだ。

まして、さっき初めて殺人を実感したベントに、何十人も乗っているだろう”ナスカ”級を撃ち抜けと命じるのは酷だろう。

 

(やるせねえなぁ……ま、それも俺の仕事か)

 

そう、今は撃つのを躊躇ってもいい。それくらいならフォローしてやれる。

今ならまだ引き返せる。こんな、殺すか殺されるかの世界に慣れる必要は無い。───言い換えれば、慣れるのだって自由ということなのだが。

可愛い部下はどんな選択をするのか。憂い気に思案するムウの元に、ある報せが飛び込んでくる。

 

<少佐、緊急事態です!>

 

「今度はなんだってんだ、ハミルトン少尉?」

 

 

 

 

 

<ソード2……バアル少尉が重力に捕まりました!>

 

 

 

 

 

時は少々遡り、キラとスノウは4機のMSと戦闘を繰り広げていた。

 

「くそっ、こいつら……!」

 

スノウはいらだたしげ舌打ちをするが、それで何かが好転するというわけでもない。

先の大立ち回りとは反対に、今度は数的不利状況下に置かれたキラ達が若干追い込まれている。

敵も先ほどの奇襲から態勢を立て直したということもあるが、それ以上に───。

 

「はっ、はぁ、はぐぁ……!」

 

”デュエルダガー・カスタム”の動きが、誰の目からも見れば分かる程に鈍っているのだ。

 

<ソード2、どうしました?ソード2!>

 

「うる、さい。騒ぐな……!」

 

キラが心配して通信回線を開いてくるが、忌々しげに返答してそのまま通信を切る。

何が起きているのか、それを知りたいのはスノウの方だった。

 

()の効果はまだ続くはずだ。戦い始めてまだ1時間ほども経っていないというのに、何故ここまで消耗している?)

 

計器を見ると、外部温度計の数値が跳ね上がっているのが見えた。───これが原因か!

途端、スノウは自分の体から多量に汗が噴き出ていることを実感した。

戦闘中、何度も乱高下を繰り返したことで機体温度も徐々に上昇していたため、体温の上昇した体が大量に発汗。

そのために、本来もっと効果時間が続く筈の薬の効果が、切れ始めてきたということだ。

仮設ではあるが、そう考えるしかない。いくら考えたところで、()()()()()()()が間近という事実は変わらないのだから。

今はまだ戦闘機動が取れるが、その時が訪れてしまえばたちまち、禁断症状の苦痛によってまともに操縦桿を握れなくなるだろう。

───そうなる前に、鏖殺しなければ!

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁっっっ!」

 

雄叫びを上げながら弾の切れたマシンピストルを投げ捨て、代わりにビームダガーを持って”ゲイツ”に斬りかかる。

しかし、精細を欠いた今のスノウの攻撃を”ゲイツ”は盾で受け止め、反撃にレーザー重斬刀を振りかぶる。

 

<くたばれ、薄汚いナチュラル!>

 

「お前が、シネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

罵り合い、切りつけ合う2機のMS。

しかし、精細を欠いているのはお互いに言えることであった。

元々命を捨てて戦ううつもりでいる”ゲイツ”のパイロットがあまり防御に気を払わなかったこともあるが、”デュエルダガー・カスタム”の獲物は両手で持つ2本のビームダガー。

手数の多さに押され、ついには剣を握る右腕を切り裂かれる。

 

<ぐうっ、まだぁ!>

 

”ゲイツ”のパイロットはそれでも諦めずに残った左腕で”デュエルダガー・カスタム”の頭部をつかむ。

 

<貴様らが、貴様らさえ……!>

 

彼もまた、連合の杜撰な統治下に置かれていた時代のプラントで、『ブルーコスモス』のテロによって子の命を奪われた『被害者』だった。

憎悪の炎を燃やしてこの場に立っている。

───スノウの知ったことでは無かった。

 

「私ニ……フレルナァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

2本のビームダガーが”ゲイツ”のコクピットに突き刺さり、パイロットを蒸発させる。

力を失った”ゲイツ”を蹴飛ばし、それが爆発するのを見届けるスノウ。

 

「ハァ、ハぁっ、はあ……流石に、これ以上は……」

 

それなりに手こずらされたが、それでも勝ったのは自分だ。スノウは一息ついて、戦闘の継続が極めて困難であることを悟り。

───その一息の隙から、隙が生まれた。

 

<もらったぞ!>

 

「っ!?」

 

ガクン、と揺れたかと思うといきなり高度計の数値がドンドンと下がり出したことに気付いたスノウ。

そう、()()()()()()()()()

虎視眈々とスノウを狙っていたのは、左腕と右脚を失った”ジン”。

戦力的価値が低下したことでヘイトが低下した彼は、スノウが”ゲイツ”を撃墜して一息をついた瞬間、その隙をついて”デュエルダガー・カスタム”の右足に飛びつき、地上に向かって進み始めたのだ。

無論、それが何を意味しているのかも理解した上で。

 

<俺じゃあお前は倒せない、だから地球に焼いてもらうことにした!ほら、お前らの好きな蒼き清浄なる世界でじっくりローストされてこい!>

 

「くっ、離せぇ!」

 

”デュエルダガー・カスタム”は再びビームダガーを振うが、大気の風に煽られていること、また脚部を掴まれて不安定な姿勢ということもあって中々上手くいかない。

そして、その時は来た。

 

<離せ?ああ、離してやるよ!もう終わってるんだからなぁ!>

 

ようやくビームダガーが”ジン”の腕を切り裂いた時、既に高度計はデッドラインを割っていた。

今からでは、離脱出来ない。それだけの加速が付いてしまった。

 

「……っ、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

<そうだ、そ……が欲しか……たんだ!心底悔しがり……がら死……でいけ、ナチュ……ル!そ……こそ、マリーを……したお前らに相応……い末路だ!>

 

それきり、”ジン”のパイロットとの通信回線は切れてしまった。

正直、それで良かった。

うるさいだけで耳を傾ける価値も無いと思ったし、これ以上、あんな声を聞いてはいたくなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

”デュエルダガー・カスタム”に大気圏突入能力は無い。

重力から抜け出すだけの推力も無い。

どうしようもなく……詰んでいた。

 

「絶対に、死ぬものか……絶対に、死ねない!」

 

それでも、スノウは諦めなかった。ペダルを思い切り踏み込んでスラスターを噴かし、重力から逃れようとする。

自分は今、何者でもない。

『スノウ・バアル』というのは識別するための記号でしかなく、『名前』では無いのだ。

『名前』、つまり『自分』を取り戻すどころか、知ることさえ出来ないまま、死の運命を受け入れる?

まっぴらごめんだ。

しかし、どれだけ決意が固かろうと不可能な物は不可能。

徐々に下がり続ける高度計に焦りは止まらない。

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!こんな、こんな、暑い、熱い、嫌だよぅ……」

 

ついに何も出来ないことを心底から悟ったスノウは、体を抱えてうずくまる。

()()()とは逆だ。

あの時は、ただひたすらに寒かった。周りには暗黒の空間が広がっていて、自分はただそこを漂うばかりで、今以上に無力で。

少女に残る記憶の残滓。───あの時も、誰も助けに来てくれなかった。

 

「もう、嫌だ……誰か、誰か……」

 

赤子のように泣きじゃくるスノウ。

ただひたすらに、スノウは求め続けている。

 

「誰か、助けてよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<少尉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!>

 

聞こえない筈の声が、聞こえた。

何も無い筈の空間に、()()はいた。

それは、伸ばされなかった手を伸ばしていた。

───”ストライク”が、こちらに向かって手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無茶ですよ、ソード1!>

 

「このまま何もしないわけにいきません、行きますよ!」

 

<やめろキラ、お前まで燃えつきるぞ!>

 

スノウが大気圏に掴まったと聞き、キラはすぐさま救助に駆けつけようとしていた。

既に”エールストライク”の推進力でも抜け出せない領域まで高度が下がってしまっていると聞いたが、それなら”ストライク”を盾代わりに大気圏を降下しようと考えるキラ。

カタログスペックの話でしかないが、PS装甲は熱エネルギーに対してもある程度有効だ。理論上、大気圏降下は出来る。

リサやサイは止めようとしていたが、キラは止まろうとしない。

何の覚悟もしないまま、責任を負うことを厭うて説得を試みたところで何の意味もなかった。

恩師に銃を向ける友に、何の行動も出来なかった。

助けたいと心底から思っている。

そのための力もある。

なら、キラが止まる理由は存在しなかった。

 

<待て、ヤマト少尉!バアル少尉に続いてお前まで失うわけには───>

 

「彼女はまだ生きてます!」

 

<もうどうしようもない、帰投しろ!これは命令だ!>

 

ナタルがキラを引き留めようとするが、既に”ストライク”は”デュエルダガー・カスタム”に向けて機体を進めようとしていた。

 

<少尉!くそっ、誰でもいい、ヤマト少尉を連れ戻せ!>

 

「僕はまだ……彼女に名前を呼んで貰ってないんだ!」

 

<───エクセレント、最高ですよヤマト少尉>

 

突如として通信回線に割り込む声。

幼い少女のような高い声、キラには覚えのある声だった。

 

「トラスト少尉?」

 

<シチュエーションも完璧、本人のやる気十二分。ならばご覧あれ、技術者道!コジローさん、あれを!>

 

<このクソ忙しい時に仕事増やしやがって!坊主、無事に帰ってきたらPXで何か奢れよ!>

 

”アークエンジェル”から何かが射出される。

戦闘機にしてはやけに縦に薄いそれは、まるでスペースシャトルの底面だけを切り取ったような造形をしていた。

 

「これは?」

 

<こんなこともあろうかと!積み込んでいたMS用試作大気圏突入装備、通称『フライングアーマー(飛行装甲板)』です!耐熱性に優れるだけでなく、大気圏突入後もある程度の防御力を発揮することの出来る優れものですよ!>

 

それが本当ならば、スノウを救出出来る可能性はかなり上がるだろう。

キラはアリアに感謝するが、同時に疑問を覚える。

 

「だけど、大気圏突入装備の試験はスケジュールに含まれていなかったような……」

 

<甘い、甘いです。『戦闘発生の可能性がある大気圏突入作戦』と聞いた時点で”マウス隊”なら誰だってこれを持ってきますよ。”マウス隊”で予定通りいくことなんて、他のどの部隊よりも少ないんですから>

 

<ちょっと待て、たしかそんな装備は搭載装備リストには無いぞ!>

 

<バジルール中尉、今は気にしない気にしない!>

 

たしかに、ただでさえ試験部隊なんてトラブルの起こりやすいイメージのある部隊に所属していたなら警戒心が発達するのかもしれない。

通信先でナタルが動揺しているのが聞こえるが……キラは細かいことは気にしないことにした。

なにはともあれ、準備は出来た。

あとは、()()だけだ。

 

「ありがとう、少尉!」

 

<ほらほら、そんなことより!>

 

「分かってる。───これより、ソード1はソード2の救援に向かいます!」

 

<おい、少尉!……まったく、どうしてこうなるんだ!司令、よろしいですか!?>

 

通信回線を閉じたキラは、モニターに映る”デュエルダガー・カスタム”を見据える。

既に機体全体が赤くなりだしている。もう、時間はない。

 

「今いくよ、少尉……!」

 

 

 

 

 

<なんで、なんで!?>

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃない!手を伸ばして!」

 

フライングアーマーのおかげで熱の問題は概ねクリア出来たが、今度は大気に煽られて思うように”デュエルダガー・カスタム”の方に進めない。

加えて、”ストライク”は”デュエルダガー・カスタム”に右腕を伸ばしているために片腕でフライングアーマーを操らなければいけない。

 

<来るな、こっちに来ないでぇ!来たら───>

 

「フライングアーマーならいける!だから、手を!」

 

<降りられたとしても、何処に降りるかは分からない!>

 

「降りてから考えればいい!」

 

<孤立無縁になるかもしれない!>

 

「うるさい!助かりたいか助かりたくないか、どっちだ!?」

 

<そういう問題じゃ───>

 

「そういう問題だ!あとは、君が手を伸ばすだけなんだよ!」

 

<……っ!>

 

何かを決めたのか、ようやく手を伸ばしながらこちらに向かって機体を進めようとするスノウ。

先ほどと変わらずに風は強烈だが、それでも距離の縮まるペースは早まる。

少しずつ、少しずつ、手と手が近づいていく。

 

「あと、少し……!」

 

<嫌だ、届いて、届いて、助けて……!>

 

もう少し、あと少しが遠い。

 

「っ、るぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁァァァァァァァァァ!!!」

 

もう止めたのだ、半端に手を広げることは。

なんでもかんでも出来るほど長い手が欲しいというわけではない。今は、今だけは。

目の前の、1人の女の子の手を掴めるだけの力があればいい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、かんだ!」

 

がっしりと、鋼鉄の手と手が繋がった。

それを確認したキラはエールストライカーをパージし、”デュエルダガー・カスタム”が背中に来るように引き寄せる。

バッテリー残量に不安は残るが、エールストライカーがある状態で2機のMSを乗せることは出来そうにない。

 

「冷却装置最大稼働、融除材ジェル展開、突入角調整……頼む!」

 

<あ、わたし、あ……?>

 

「しっかり掴まってて!」

 

スノウは茫然自失となっているものの、機体のバランスは保たれている。

もうこれで、何も出来ることは無い。

 

「なんとかなるさ、生きていれば……」

 

キラの眼前には、どこまでも雄大な『蒼』が広がっていた。




というわけで……半ば無理矢理感もありましたがアークエンジェル、いざ地上へ!
こっから先は地上のアークエンジェルと宇宙のマウス隊で描写が別れていくことになります。
次回こそ、本当に衛星軌道上戦の終結です。

活動報告、更新しました。
そこそこ重大な報せなので、興味のある方は覗いていってください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第76話「斯くして天使は舞い降りた」

ようやく大気圏突入作戦編終了です。


3/29

衛星軌道上 

 

「くそっ、こう数が多いと……!」

 

”ゲイツ”、”ジン”の混合部隊からの攻撃を捌きながらアイザックは舌打ちをする。

PS装甲頼みに突撃したが、戦闘も中盤にさしかかり、内蔵バッテリーのエネルギー量も減少しつつあった。

ガトリングも既に弾切れでビームライフルに持ち替えて応戦しているため、余計に消耗が加速しているのもアイザックの焦りの要因だ。

加えて、そろそろ別働隊の方も限界に近いだろう。

ここでいう別働隊とはカシンや”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”アバークロンビー”らの足止めを担ったチームを指すのだが、あれは”バスター改”や艦艇による遠距離攻撃で敵を近づけないようにして時間稼ぎを行なっている。

戦闘開始から時間が経てば、弾幕をかいくぐって白兵戦を仕掛ける敵MSもあるだろう。

そうなればその敵の対処に動かねばならず、砲撃がおろそかになり、接近するMSの数も増えて……崩壊する。

そのような考えごとをしていたせいだろうか。ついに、アイザックを無視して”コロンブスⅡ”の方へ向かう”ゲイツ”を2機、通してしまう。

 

「っ、しまっ───!?」

 

とっさに追いすがろうとするが、それを他のMSに遮られてしまい、距離を開けられてしまう。

そうなれば、もはやアイザックに出来ることは無かった。

 

「くそっ、セシル!そっちで頼む!」

 

 

 

 

 

「任されましたよ、アイクさん……!」

 

通信が繋がっているわけではない。しかし、たしかにそう言った筈だという確信を持ってセシルは呟いた。

アイザックは現在、5機以上のMSに囲まれて孤軍奮闘中。であれば、その渦中から外れてこちらに向かってくる敵はセシルが倒さなければならない。

セシルは白兵戦が得意ではない。部隊内で1対1の模擬戦でもすれば確実にビリになるだろうし、今乗っている機体も基本戦術は狙撃。

それでありながら、2機の”ゲイツ”を相手取らなければならない。

 

「”ヒドゥンフレーム”のベール、少し脱ぐとしますかぁ!『アトラク=ナクア』起動!」

 

だが、今彼女が乗っているのは彼女のために改装された”アストレイ”だ。

狙撃だけの一芸屋ではないことを見せてやろうではないか。セシルは()()()()を起動した。

 

 

 

 

 

<敵母艦に接近中、いけるぞ!>

 

<砲撃も飛んでこない、まさか使えないのか?好都合だな!>

 

2機の”ゲイツ”に乗るパイロット達は事前の打ち合わせ通りに分散し、2方向から”コロンブスⅡ”、そしてその甲板上に陣取った”ヒドゥンフレーム”との距離を詰めていく。

たしかに高精度の狙撃は厄介だが、1度に飛んでくる攻撃は1発だけ。加えて狙撃の厄介なところは意識外の方向から高速で弾丸が飛んでくる点にある。

位置はハッキリしている、直掩機もいないMSの狙撃ならば、2機で十分に対処可能だ。

 

<これでも喰らえ!>

 

ついに”ゲイツ”のレールガンの有効射程距離に捉えた。放たれた弾丸は”ヒドゥンフレーム”のガードコートによって防がれるものの、”ヒドゥンフレーム”の体勢は崩れる。

その隙にもう片方の”ゲイツ”が抜剣しながら接近に成功、絶好のチャンスが到来した。

 

<これでおわ……!?>

 

必墜の確信をした”ゲイツ”パイロット達だったが、突如とした斬りかかった方の”ゲイツ”の体勢が崩れたことで、疑問を抱かされる。

どこからか放たれた攻撃が背部スラスターに直撃したのだが、それを誰が為したのか?

”コロンブスⅡ”の対空機関砲?体勢が崩れた”ヒドゥンフレーム”を除けば唯一脅威となり得る存在を意識外に置くわけがない。

”デュエル”か”バスター”が援護に駆けつけた?それもない。”バスター”は依然として別働隊の足止めに徹しているし、”デュエル”も同じくMS隊によって足止めされている。

であれば、『それ』を為したのは必然、”ヒドゥンフレーム”に限られる。

試作有線遠隔操作式レーザー砲『アトラク=ナクア』。”ヒドゥンフレーム”の新型頭部に搭載された装備であり、空間認識能力に優れないパイロットでも使えるように開発されたオールレンジ攻撃用兵器である。

超越的(メタフィクション)な視点を持つ者には、『インコム』と表現するとわかりやすいだろう。

”メビウス・ゼロ”などに搭載される有線式オールレンジ攻撃兵装『ガンバレル』は火器とスラスターを内蔵し、それらを有線遠隔操作することで敵の予想外の位置から攻撃を加えることが出来るという強力な兵器だった。

しかし複数の子機を自在に操るには、自分の周囲の空間、そこに存在する物体の位置や自機との距離を正確に把握する『空間認識能力』に長けているパイロットの搭乗が不可欠。

故に実際にガンバレルを搭載した”メビウス・ゼロ”の生産数は少なく、技術発展の歴史に埋もれていく技術……だった。

 

「1つを極むることで強うなる、これはナイトのダイレクトな直感」

「決められた動きしか出来ないんですか、しかしそれで十分dしょう?」

「ハイスラァ!」(小型ビーム砲開発成功)

 

ある変態(ブロントさん)が目を付けるまでは。

 

複数動かすのはかなりの負担?じゃけんまず1機動かすところから始めましょうねぇ。

多角的な動き?死角から攻撃させるだけなら複雑な操作などいらないな(確信)。

サイズ?小型ビーム砲にしてしまえば少なくとも弾倉を搭載する必要がなくなるね。

 

こうして様々な要素をそぎ落とし、しかしそれに変わる要素を継ぎ足していった結果生まれたのが『アトラク=ナクア』である。

使用したのが”ヒドゥンフレーム”、つまり優れた空間認識能力を持たないセシルであることからも分かる通り、この装備を使うのに特別な素養はいらない。

更に射出するのがスラスター・レーダー・火器など様々な機器を内蔵した兵装ユニットではなく、直径2m弱の円形小型ビーム砲なので敵から視認される可能性も低下しており、不意を打つという意味ではガンバレルよりも優れている部分がある。

勿論、弱点も相応にある。

インコム内のエネルギーが枯渇したら一度充電するために頭部へ格納し直さなければならないし、先述した通りガンバレルよりも複雑な動きをさせることは出来ない。

精々、敵を一瞬驚かせるだけにしかならない。

しかし、この場では問題にならなかった。

 

<あっ……>

 

()()驚き、動きが乱れた”ゲイツ”。

その胴体に、”ヒドゥンフレーム”がライフルを発射するには、()()で十分だった。

コクピットを撃ち抜かれた”ゲイツ”は力なく漂い始め、やがて”コロンブスⅡ”のイーゲルシュテルンで穴だらけにされていった。

 

<き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!>

 

残された”ゲイツ”は、しかし離れては敵の利になると判断して直進し続ける。

実際、その考えは正しかった。既にタネの割れたインコムの脅威度は低下しており、2方向から射撃が来るということに気を付けていれば問題無い。

”ゲイツ”のパイロットは”ヒドゥンフレーム”が狙撃用の機体であり、接近戦に弱いと踏んだ。

しかし、その考えは()()的外れだった。

たしかに”ヒドゥンフレーム”はセシル・ノマ専用機としてカスタムされているし、彼女の適正に合わせて電子戦・狙撃戦に強く調整されている。

だが、”ヒドゥンフレーム”はそれ以上に『試作兵装実験機』としての面があるのだ。

セシルはすぐさまスナイパーライフルを手放し、バックステップして”ゲイツ”の斬撃を回避。

空いた両手で、両腰に付けられたホルスターから2丁の拳銃を取り出す。

 

「───『クトゥグア』、『イタクァ』!」

 

100mm口径自動拳銃『クトゥグア』、そして90mm口径回転式弾倉拳銃『イタクァ』。

”ヒドゥンフレーム”に装備された近・中距離用射撃兵装であり、『あるコンセプト』に基づいて開発された試作実弾兵器でもある。

これらの装備が開発された経緯には、『MSに装備可能なビーム兵器の普及』という、兵器開発者の誰しもが無視出来ない事実が関係している。

現状、ZAFTでビームライフルを装備するMSは”ズィージス”、”アイアース”などの試作機や高級機に限られているものの、そこまでこぎ着けているのであれば全量産機への普及は時間の問題だ。

()()()()()()()。問題はそこではない。

そうなった時、ありとあらゆる勢力が研究するのは何か?

───()()()()()()である。

ビームは通常装甲の兵器では1発当たれば撃墜、PS装甲であっても大きなダメージは免れない強力な兵器だ。

連合・ZAFT共にその脅威については認識しているし、だからこそ対ビームコーティングのほどこされたシールドやラミネート装甲などの耐ビーム技術の研究が活発することは必然である。

『クトゥグア』と『イタクァ』は、その先を見据えた兵器だ。

耐ビームが普及するならば、次は()()()()()()()が研究される可能性は大いにある。

現在の戦局でMSのビーム兵器に対するもっとも効果的な防御手段は耐ビームコーティングシールド。

ならば、そのシールドを破壊するための装備を作ることにどれだけの効果が見込めるか?それを検証するために、これらの装備は作り出された。

つまりこの2丁の大型拳銃は、『対耐ビーム兵器』なのである。

 

<そんな、シールドが……!>

 

2丁の拳銃による射撃はシールドを破壊する……に留まらず、貫通してその先の”ゲイツ”にも巨大な弾痕を刻み込んでいく。

”ゲイツ”のパイロットが最後に見た光景は、シールドに開けられた穴の先から、ツインアイを鋭く光らせる”ヒドゥンフレーム”が拳銃を発射する姿であった。

 

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「”ヴァスコ・ダ・ガマ”より信号弾確認、『これ以上の継戦は不可能と判断し、予定通り後退する』とのことです」

 

「限界か……」

 

オペレーターからの報告に顔を顰めるユージ。たった1機と2隻による足止め、その無茶な戦法に限界が訪れた瞬間だった。

ここまで保っただけでも想定以上の結果だ。ここからでは確認出来ないが、予定通りなら”アークエンジェル”も大気圏突入を開始している頃合いでもある。

なら、あとは自分達が撤退するだけ。

しかし、敵もここまで好き放題にやられてあっさりと返してくれる筈もない。少しでも背を向ければ一気に押し込んでくるだろうとユージは推測した。

なにかしらの切っ掛けが必要だ。

 

「とはいえ、いつも通りにやるだけか。───信号弾打ち上げ、緑を3に赤が4だ」

 

ユージが指示したのは、事前に取り決めていたある戦法を実行に移すという合図の打ち上げだった。

この戦法は以前にも使ったことのあるものだったが、命令する度にユージの胃はキリキリ痛む。

自分の無能を証明するようなものだからである。

 

「本当にやるつもりですか……?」

 

「カルロス君、よく見ておいて欲しい。俺達、いや俺はこういうことしかさせられないんだよ」

 

 

 

 

 

”ナスカ”級 ”キェルケゴール”艦橋

 

「敵艦よりコンテナの射出を確認……いえ、コンテナが分解しました!」

 

「なんだと?」

 

「コンテナの中身は、どうやらMS用のバズーカのようです。”デュエル”タイプに確保されました」

 

このタイミングで”デュエル”への補給が行なわれたことに”キェルケゴール”の艦長は疑問を覚えずにはいられなかった。

戦闘が始まってから相応二時間が掛かっている。であれば戦いっぱなしの”デュエル”に行なわれるべきは武装よりもエネルギーの補給であり、普通の指揮官ならば一時後退を命じるべき場面だ。

 

「ここでバズーカを補給する意味がどこに……まさか!」

 

男も3隻の”ナスカ”級を擁する戦隊の司令であるため、ユージの狙いを看破する。

もしも自分の予想が正しければ、次に敵艦が行なうのは───。

 

「敵艦、増速!」

 

「やはりきたか!全艦、”デュエル”に対して照準を定めよ!」

 

「”デュエル”にですか?」

 

「復唱せんか!目標、”デュエルガンダム”!」

 

鬼気迫る剣幕で指示を出す艦長の姿に気圧されながらも、艦橋クルー達は速やかに行動していく。

”デュエル”のエネルギーはおそらく、そう多くは残されていない。そんな状況でバズーカ、つまり対艦装備を補給するということは、必然やるべきことは限られる。

ようするに敵の司令官は、こちらの艦隊に穴を空けてそこから一気に戦域を離脱する腹づもりなのだ。

そして、それを為すのは”デュエル”。

 

「気狂いめ……我らとてそこまで無謀なことはさせんぞ」

 

この戦法には大きすぎる欠点がある。”デュエル”の働きが不十分であれば、戦隊に一挙に囲まれて袋だたきに遭うということだ。

()鹿()()()()()

消耗している”デュエル”を、よりにもよって敵戦隊の前面に押し出す?いくらなんでもやり過ぎだ。

半分パイロットに「死ね」と言っているようなものではないか。

 

「”デュエル”、こちらに向かってきます!」

 

3隻の”ナスカ”級の砲門が”デュエル”、その奥の”コロンブスⅡ”の方向へ向けられる。

いずれの”ナスカ”級も、”コロンブス”からの砲撃が再開したとしてもすぐさま散開出来るように配置した上でだ。

手こずらされたが、これで終わりだ。「砲撃開始」の一言が発せられようとしたその時のことである。

 

「敵艦よりミサイル、いや、これは……!?」

 

”コロンブスⅡ”から放たれた数発のミサイルが”デュエル”を追い越し、そして炸裂する。

すると、炸裂した箇所に煌めく何かが散布された。間違い無い、あれはアンチビーム爆雷の輝きだ。

こちらからのビームも遮られてしまう代わりに、敵からのビームを無効・軽減することの出来る防御兵器。これを”デュエル”の前に展開することで、突入をサポートするということか。

男はユージの狙いに気付くが、「無謀」という感想を覆すには至らない。

アンチビーム爆雷は特殊な粒子でビームを防ぐ、しかしビームを受け止める度に粒子は拡散して徐々に効果を失っていくという弱点も抱えている。

加えて、炸裂した地点からも戦隊からの距離は離れている。爆雷の効果圏外に出たところを一斉に砲撃すればいい。

男は構わず砲撃を命じようとして、

 

「敵艦より更にミサイル、同じくアンチビーム爆雷と思われます!」

 

「なんだと!?」

 

”コロンブスⅡ”から続けて放たれたアンチビーム爆雷が、1発目よりも更に戦隊に近づいた地点で炸裂する。

男はここで、ようやくユージの狙いに気付く。

要するに、順次アンチビーム爆雷の壁を”デュエル”の前に展開し続けることで、こちらから向けられるビームを無効化し続けようということだ。

時間が経てば効力が無くなるというなら、そのたびに補充してやればいい。

言葉にすればそれだけなのだが、それにはMSと母艦の息がピッタリ合い、最適なタイミングで”デュエル”の前に爆雷を撃ち続ける必要がある。

”デュエル”も母艦からの援護を信じて、命を託して進み続けなければならない。

 

「ぬっ、く……ディスパール(迎撃ミサイル)装填、奴らの足を止めろ!」

 

艦体側面のVLSから迎撃用の小型ミサイルが飛んでいくが、”デュエル”は頭部バルカン砲で迎撃もしくは身体で受け止めることでその弾幕をくぐり抜ける。

なんという反射速度、集中力、そして胆力。

───イカレている。

 

「”デュエル”、接近!」

 

そして、モニターにではなく、強化ガラスを隔ててすぐそこの宇宙空間に。

”デュエル”は、『ガンダム』はたどり着く。

 

(これが、エースか……!)

 

直後、炸裂弾が艦橋に飛び込み、そこにいた人間達を吹き飛ばしていった。

その有様は皮肉にも、大戦初期の連合軍とZAFTとの位置を逆転させたようだった。

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「最大船速、ただちに現宙域を離脱する!」

 

『了解!』

 

ユージの号令によって、船体に大きく加速Gが掛かる。

モニターにはアイザックが1隻の”ナスカ”級を潰し、迎撃のために近づいていた”ジン・ブースター”をゲイボルグ(バズーカ)の砲身で殴り飛ばしているのが見える。

アイザックは”マウス隊”の中ではエドワードに次いで切り込み役として優れた能力を持っている。そのことを理解していたユージは、この戦闘における切り札としてこの作戦を立案していたのだが、やはり渋い顔をせざるを得なかった。

先のアンチビーム爆雷の連射において、数発アイザックの機動とタイミングがずれていたものがいくつかあったのだ。

アイザックが適宜フォローしていたとはいえ、やはり人員交代の影響は無視出来ない。エリク達ならば狂い無く為せた筈だ。

しかし、ユージは頭を振ってその考えを追い出す。

そもそも、こんな戦法しかさせられない自分にこそ責任がある。ユージはそう考える。

 

「MS隊、着艦しました」

 

「よし。これよりポイントC(チャーリー)にて分隊と合流する」

 

徐々に遠ざかる敵部隊を確認し、肩を回すユージ。

更に息を大きく吐いたユージは、艦長席で怪訝そうな顔をするカルロスに顔を向ける。

 

「で、どう思った?」

 

「どう、と言われましても……率直な意見を申し上げるなら、『絶対に学校や大学では教えられないだろうな』、でしょうか」

 

「だろうな。俺もこんなもの教える教官がいたら、そいつの授業は片肘付いて受けてるよ」

 

エースの力量頼みで強行突破?

アンチビーム爆雷を順次発射して壁を張り続ける?

少しでも狂いがあれば失敗するようなものは作戦とは呼ばない。というか、カルロスは呼びたくない。

そういう一極賭けは、もはやそれ以外にどうしようもない状態になってこそ行なわれるべきものの筈だ。

 

「しかし、私はこういうやり方しか出来なくなってしまったのさ。エースの戦い方はそれなりに知っているが、真っ当な部隊の指揮では感覚が違って苦戦するだろう。今までは、精々2隻を指揮するだけで済んだからそれでもよかったのだがな」

 

これからは3隻、しかも一定以上の戦闘力を持つ艦隊を指揮しなければならない。

そうなれば、これまで通りの指揮のやり方では足りなくなってしまう。ユージはそのことをよく理解していた。

 

「今から覚えようとしても、精々付け焼き刃にしかならん」

 

「……」

 

カルロスはじっと続きの言葉を待っている。

きっと彼は、ユージ・ムラマツは大事なことを言おうとしている。

 

「君は艦隊の指揮という点では私よりもずっと上と見込んでいる。丸投げとは言わないが……アテにしてるよ」

 

「……なるほど、よく分かりましたよ隊長」

 

「?」

 

「貴方は、人をおだてるのが得意のようだ。───そんな言い方をされたら、やる気になってしまうでしょう」

 

戦場で戦う兵士にとって、欲しいものは究極的に2つへ絞り込むことが出来る。

1つは、欲しい物を欲しいタイミングで渡してくれる兵站。

そして2つ目は物わかりの良い上官だ。

その点、”マウス隊”は1つ目はどうか知らないが2つ目はクリアしていると言えるだろう。カルロスはそう直感した。

 

「”コロンブスⅡ”、”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”アバークロンビー”。これら3隻の指揮、やりきってみせましょう」

 

「そうしてくれ。……さて、と」

 

ユージは戦闘態勢が解除された艦橋の窓に近づき、ある方向を見る。

そちらでは、”アークエンジェル”が大気圏突入を行なっている筈だった。

おそらく、あの艦にはこれからも様々な禍戦が待っていることだろう。『原作』よりも戦力が増えてるといっても、それは敵も同じだ。

だが、きっとあの艦の行き着く先には希望があるのだ。今は、そう信じる以外に出来なかった。

ユージは姿も見えない白亜の大天使、そして少年達に向けて敬礼する。

どうかその道行きに、僅かでも光がありますように。

 

 

 

 

 

”ゴンドワナ”艦長室

 

質実剛健と絢爛豪華、ちょうどその中間に当たるような雰囲気の広々とした空間。そこには2人の人間がいた。

直立不動、しかし冷や汗を流すグレッグ・ロバーツ。

そして執務机に両肘を付き、顔の前で手を組むクロエ・スプレイグの2人である。

ちなみにこの執務机はクロエの体格に合わせた特注品であり、子供が無理して大人の机を使っているようには見えないように作られていたりする。

おかげで、グレッグはクロエからの重圧を違和感なく受け止めることが出来るのだった。

 

「今回の敗戦、貴官は何が原因だと考える?」

 

「……本官の指揮能力の不足にあると考えます」

 

「ほう、その結論に至ったのは何故かな?後ろでちょこんと座るだけだった私にもよく分かるように教えてくれ」

 

組まれた手で隠されたその顔がどのような表情を浮かべているか窺い知る事も出来ないグレッグだったが、間違い無く言えることがある。

……クロエ(艦隊総司令官)は確実に怒っている。

 

「まず、敵部隊の攻撃可能距離を誤った認識で以て戦闘に臨んだことが挙げられます。陽電子砲への対応は出来ても、敵MSが並んで砲撃戦を仕掛けてくること、そして陣形の崩れたMS隊に白兵戦用MSが切り込んでくることへの対処に遅れました」

 

「ふむ、つまり?」

 

「終始、敵のペースでした。私の落ち度は敵に対して有効な切り返しが出来なかったこと、そこに集約するかと思われます」

 

「たしかに、君の指揮能力は優秀だったが突発的な事態に弱いという弱点があったなぁ。自分で付けた総評だというのに忘れていたよ」

 

じっと次の言葉を待つグレッグ。

しかし、クロエが発した言葉に目を見開く。

 

「ならば、やはり今回の敗戦は私の不手際だ」

 

「そのようなことはありません!司令の采配は十全でした、我々が至らないばかりに……」

 

「かつて私は、師と呼んだ人間からこう言われたことがある。『前線で戦う兵士が求めるのは、欲しいものを欲しい時に手に入る兵站と物わかりの良い上官』だとな」

 

クロエは組んでいた手をほどき、グレッグの目を見つめる。

そこにはグレッグを責めるような意図は感じられず、代わりに自省の感情だけが感じられた。

クロエ・スプレイグという女性は誰かに責任を求めるよりも先に自らの責任をきちんと見つめる人間だった。

彼女が怒りを覚えているのはまず自分自身、次いで部下を満足に戦わせることの出来ない現状だった。

 

「お前に”アテナイ”が渡せていれば、先手をみすみす打たせることも無かった。敵MSの砲撃にも、同等の射程距離を保つ銃や防ぐことの出来る防御装備があれば無理なく距離を詰められただろうな。言いたいことが分かるか?」

 

「……」

 

「それを用意出来なかった我々全体の負けということだ。だから、貴様だけの責任ではない。とはいえ敗北は敗北だ。どちらにせよお前の艦はしばらく修理中で使えん、であれば謹慎が妥当なところか」

 

処分は追って伝える。クロエはそう言うと、椅子を回転させて背を向けてしまう。

グレッグは黙って敬礼し、部屋から退出していった。

 

「……足りない」

 

ぼそりと、クロエは呟いた。

連合宇宙軍の戦力に対する認識も、装備も、何もかもが足りていない。

元々、ここまでこじれる筈では無かった。『オペレーション・ウロボロス』で地球からエネルギーを奪い、それで和平交渉の席に着かせるというのが初期の戦略構想だった。

しかし連合が徹底抗戦を示し、地球に直接足を下ろさなければいけなくなったところからおかしくなった。

限られた人的資源、伸び続ける戦線、敵MSの実戦投入……。

逆転の一手はいくつか用意されていると聞いているが、ハッキリ言ってクロエは()()()()()に縋りたくは無かった。

しかし、もはやそれくらいしか逆転の策が思いつかないのも事実。

 

「……仕方ない、か」

 

せめてあと2ヶ月は保たせてみせよう。その決意を固めつつクロエは椅子から降り、通信室へ足を運ぶ。

”アテナイ”級の更なる増産要請と、『クロエ』の待ち望む()()()()を催促するためである。

 

「開発コード『ウラノス』……か。ようやくうなずいてくれたのは有り難いが、私は戦前からこれを求めていた筈だぞ、パトリック隊長」




次回、第77話『紅の集結』。
マウス隊回です。アークエンジェル隊回は少々お待ちください。

以下、オリジナルユニットのステータスになります。
長いので興味の無い方は飛ばしても大丈夫です。

デュエルガンダム改
移動:8
索敵:C
限界:180%
耐久:300
運動:42
シールド装備
PS装甲

武装
ビームライフル:130 命中 70
ゲイボルク:160 命中 55 間接攻撃可能(ビームライフルと選択式)
ガトリングガン:140 命中 60
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:160 命中 75

アストレイ ヒドゥンフレーム
移動:7
索敵:A
限界:190%
耐久:200
運動:47
ガードコート装備(オールレンジ攻撃を除く全ダメージを半減)

武装
ビームスナイパーライフル:180 命中 85 間接攻撃可能
インコム:100 命中 70 間接攻撃可能
ハンドガン×2:200 命中 50
ビームサーベル:150 命中 75

○裏設定として、ヒドゥンフレームの各種装備の名付け親はブローム(ブロントさん)となっている。
この他にも腕部と脚部に近接戦用装備を取り付けようとしたがユージが「詰め込みすぎだ馬鹿!」と却下したことにより断念。
……サンプルとして素体のまま保管されているグリーンフレームに目を付けているとかいないとか。

コーネリアス改(コロンブスⅡ)
移動:7
索敵:B
限界:160%
耐久:450
運動:10
ラミネート装甲
アンチビーム爆雷
武装
主砲:180 命中 60
機関砲:50 命中 40

カルロス・デヨー(Bランク)
指揮 10 魅力 9
射撃 10 格闘 0
耐久 10 反応 7

得意分野 ・指揮 ・射撃
不得意分野 ・格闘

以上です。
今回も閲覧していただき、ありがとうございました!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第77話「紅の集結」前編

今回は前後編です。


3/31

L4宙域 ”コロンブスⅡ”艦橋

 

「司令、もう少しでランデブーポイントに到着します」

 

「了解した。周辺警戒を怠るなよ」

 

”アークエンジェル”の大気圏突入作戦の陽動作戦から2日が経ち、ユージ達”マウス隊”はL4宙域にやってきていた。

このような主戦場から離れた場所に彼らがやってきたのは、()()()()が理由だった。

 

「本当に来るのでしょうか?」

 

「さてな。こういう場合は半々といったところだが」

 

「半々?」

 

「本当に来るか、罠のどちらかだということだよ」

 

カルロスが若干気の抜けたような調子で振った話に、ユージは肩を竦める。

ハルバートンから下された任務の内容は、『ZAFTのクライン派と接触すること』だった。極秘任務であるため、”コロンブスⅡ”単艦での任務である。

戦闘になる可能性が低く、また政治的側面の強い任務ではやる気があまり出ないのも無理は無い。艦長の仕事はきっちり行なっているのでユージはカルロスの態度を咎めるようなことはしない。

なんでも、先の奇襲から間もない頃に現地のスパイがクライン派と接触し、極秘での会談を申し出てきたのだとか。

L4はその密会場所として、“マウス隊”は実際に対面する『使節団』としての役割を担わされたのである。

罠かもしれず、加えてプラント内での影響力を大きく低下させたクライン派。プラント内の情報を得る窓口になるかもしれないとはいえ、そんな存在にハルバートンが出張るわけにはいかない。

しかし、こちら(連合軍)にとって有益になるかもしれないとなれば下手な部隊を向かわせるわけにもいかない。

”マウス隊”が選ばれたのは隊の戦力と知名度、要するに「高名な部隊を派遣することで誠意の証とする」ためだ。

過大評価ではないだろうかとユージは思うのだが、カルロスはそうではないと言う。

 

「この部隊への評価は妥当だと思いますよ、私は。連合初のMS開発の立役者、パイロット達はいずれも単独で戦局を打開しうる能力の持ち主、技術部のメンバーも粒ぞろい……影響力は十分にあります」

 

「そうかな……そうかも」

 

「加えて、隊長は戦争初期から”メビウス”で戦い続け、有効な対MS戦術を生み出した『英雄』ですからね」

 

「……『英雄』、ねぇ」

 

本当に『英雄』だったら、素晴らしき戦友達を死なせることは無かった筈だ。

結局、自分はどこまでいっても凡人だ。出来る事は真に『英雄』と呼ばれるべき者達の戦う環境を整えてやるくらい。

 

「隊長が『英雄』ですか、あまり想像出来ませんね」

 

「マヤ、準備は済んだのか?」

 

「ええ。『物資』の検査も、非常事態(罠だった時)への備えも万全です」

 

艦橋に新たに現れたのは、ユージが信頼し、ユージの持つ『知識』をある程度明かしたマヤ・ノズウェル。

彼女は格納庫にてMSや機材の点検を行なっていた。作業が一段落したので艦橋にやってきたマヤは、ユージは『英雄』ではないという。

 

「この人は『自分でなんとかしよう』ってよりも『出来る誰かにやってもらおう』ってタイプ、言っちゃなんですけど他力本願なんですよ。その『出来る誰か』へのサポートは手厚く行なうから立派に見えるだけで」

 

「ズバッと言うな君は……」

 

「人を引っ張るでもなく、人の上に立つでもなく、人の背中を押し出す。そのクセして背中を押したことが本当に正しかったのかウジウジと悩む、面倒臭い人ですよ」

 

「マヤ、俺何か怒らせるようなことした?」

 

「結論を聞いてください。───そういうところがほっとけないって話ですよ」

 

「……あのー。隊長と技術主任は、その、()()で?」

 

胸焼けでもしたような表情のカルロスは握りこぶしから小指だけを立ててみせる。

ユージはバツが悪そうに頭を掻き、それとは対照的にマヤはイタズラっぽく微笑む。

 

「この人が臆病でさえなければ、ですね。───お客さんがいらっしゃいましたよ」

 

マヤの指差した方向のモニターにはたしかに、プラントで使われている貨物シャトルの姿が映っていた。

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”格納庫

 

”コロンブスⅡ”とシャトル、それぞれから連絡艇が発進していく。

シャトルからは『物資』受け渡しの責任者が、シャトルに向かっていく方には『物資』に何か仕込まれていないかを確認するためのスタッフが乗っていた。

格納庫に並んだユージ達の前に連絡艇が着地し、側面のハッチから数名の人間───全員、ZAFTの制服を着ている───が降りてくる。

その中でも、特に目を引くのが中央に立つ白服の男だ。

バッジを付けていることから上級将校相当であることが窺えるその男の制服は、男自身の筋肉で今にもはち切れそうになっている。

更に唇は男性にしてはいやに鮮やかで、口紅を使っているようだったし、髪型はポニーテールに整えられている。

総括すると、『濃い』男が立っていた。

男は手を差し出しながら挨拶する。

 

「初めまして、あたしが使節団リーダーを任せられたミルキー・ウィンターローズよ。よろしくね♪」

 

「うおぉ、これは……」

 

「筋肉もりもり、マッチョマン、ですね……」

 

「だ、大丈夫ですよぅ。敵じゃない、ですよねぇ……?」

 

当然のようにその『濃い』口から放たれた女言葉に、”マウス隊”メンバーのほとんどは固まる。

しかし、周囲をまったく意に介さず前に出てその手を握った男がいる。───ユージである。

 

「こちらこそ初めまして、ウィンターローズさん。地球連合軍第8宇宙艦隊直轄”第08機械化試験部隊”の隊長を務めるユージ・ムラマツ中佐だ」

 

「あら……」

 

握り返しながらも、『濃い』男は不思議そうにユージを見つめる。

 

「何か?」

 

「いえ、大抵の人はあたしと会ったら固まるんだけど、貴方は違うのね」

 

「ははは……慣れ、ですかね」

 

今更このような『濃さ』で動揺していたら”マウス隊”の隊長など務まるものか。

つい最近は聖帝もどきまでやってきたよ、ちくしょー。

 

「あら、あらあらあら!そんな人はラクスちゃん以来よ~♪」

 

「まあ、貴方ならば彼女との親交もあるのでしょうねウィンターローズさん。いや……()()()()さんとお呼びするべきかもしれませんが」

 

ミルキー・ウィンターローズと名乗ったこの男性、当たり前だが本名ではない。

この男性の真の名前は、マグナウェル・ローガン。『クライン派の最大戦力』『薄紅の破壊神』という異名を持つ、ZAFTの中でも屈指の兵士である。

高い戦闘能力と指揮能力を併せ持ちながら人格者としても知られており、休戦中にZAFTと交換した捕虜の中には彼によって捕虜とされた者達も多い、極めて真っ当な軍人だ。

ユージがそれを知っていたのは前もってクライン派から派遣されてくる可能性の高い人物をピックアップしており、その中に彼も含まれていたからだ。

彼は軍人としても優秀だが、明白にクライン派であるとみなされており、シーゲル・クラインからの信頼も厚いため、来る可能性は高いと踏んでいた。

 

「そう呼ばれるのはあまり好きじゃないのよね、可愛くないから。出来ればミルキーって呼んで欲しいわ」

 

「……ウィンターローズさんで、いかがでしょう?」

 

「ミルキーの方が呼びやすいと思うのだけど……まあいいわ」

 

さしものユージも、いきなり目の前の男を『ミルキー』呼びすることは出来なかった。

極めて平常心を保つよう心がけながらも、冷静に『能力』で視界に表示されるステータスの把握に努める。

ステータスが表示される者(ネームド)は彼だけではなかった。

 

 

 

マグナウェル・ローガン(ランクA)

指揮 13 魅力 12

射撃 9 格闘 14

耐久 16 反応 11

 

ヒルダ・ハーケン(ランクC)

指揮 9 魅力 9

射撃 7 格闘 10

耐久 9 反応 7

 

ヘルベルト・フォン・ラインハルト(ランクC)

指揮 5 魅力 6

射撃 8 格闘 8

耐久 9 反応 6

 

マーズ・シメオン(ランクC)

指揮 6 魅力 7

射撃 7 格闘 7

耐久 10 反応 8

 

 

 

マグナウェルだけではなく、『原作』のdestiny時代において”ドムトルーパー”を駆った3人組も、今回の使節団に混ざっていた。

たしか無印時代からクライン派だったという設定もあったので、ユージは「そういうこともあるか」と納得する。

というか流石にこちらの世界に生まれてから30年近く経っているのに(ノートなどにこっそりメモとして残したりはしているが)、メジャーではない人物のことまでは把握しきれない。

 

(たしか、リーダー役のヒルダ・ハーケンが同性愛者だったかな)

 

本当に、それくらいしか覚えていないのだ。

出来れば得意分野なども把握しておきたかったが、厳密には味方ではないために表示されることはない。

そんなことよりも、気に掛かることがあった。

この場には姿を現していないが、ユージの『能力』の有効範囲内にいればしっかりと表示されている。

 

「……操縦席の者は、呼ばなくて良いのですか?」

 

「あら、よく分かったわね。あの子は艇内で待機よ、色々と複雑でね」

 

「そうですか……」

 

たしかに自分達の前に顔は出しづらいだろう。

出来れば会いたかったが、仕方あるまい。

 

<隊長、『物資』に怪しい反応はありません。おそらく安全かと>

 

「分かった、搬入を開始してくれ」

 

色々と話題は逸れてしまったが、本題は()()()だ。

複数の”ミストラル”によって”コロンブスⅡ”に搬入されてきたのは、全身が灰色に染まった鋼鉄の巨人。

ツインアイとトサカのように突き出たアンテナ部分が特徴的なその機体……”イージス”の姿を複雑そうに見る。

 

「たしかに、GATX303”イージス”、返還したわよ」

 

「ああ、確認したよ。こんな形で連合に帰ってくるとはな」

 

「それについては、申し訳ないと言う他に無いわ。シーゲル殿はたしかに休戦協定を守ろうとしていたし、当然この機体も返すつもりでいたのよ」

 

「……パトリック・ザラの暴走を許してちゃしょうがないだろ」

 

ふとユージの後ろ、つまり”マウス隊”側から呟き声が漏れる。

ユージがキッとにらみつけるが、誰が言ったのかまでは聞き取れなかった。

せっかくこちらに友好的姿勢を見せようとしている相手に、それは完全に悪手だ。

しかしマグナウェルは怒りを露わにすることはせず、むしろ一歩前に出て頭を下げた。

 

「謝ったってどうしようもないのは分かっている、それだけのことをしでかしたのも。───それでも信じて欲しいの。プラントにもこの戦いを終わらせたいと、平和を願う者が残っていることを」

 

「……ウィンターローズさん、部下の非礼をお詫びします。あなた方が危険な綱渡りをしてこの場にいることも、理解しているつもりです」

 

すぐに埋まる溝ではない。それだけの業を、お互いに積み重ねてしまった。

しかし、いずれは埋めていかねばならない溝だ。

どれだけ時間が掛かったとしても、必ず。ユージはその旨をマグナウェルに伝える。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ。……そろそろ時間ね」

 

そう言うと、マグナウェルは踵を返してスペースランチに向かって歩き出す。

ユージの言うとおり、この場での会合は非公式かつトップ(シーゲル)が拘禁されているクライン派にとって非常に危険な行為であった。

あまり長々といるわけにもいかない。

 

「また会えることを祈っているわ。今度もまた、戦場でないところで」

 

「ええ、心底思います」

 

クライン派の一同が乗り込んだスペースランチはふわりと浮かび上がると、再び気密扉の方へ向かって進んでいく。

結局、スペースランチの操縦席に座っている者の姿をユージが目に納めることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ~♪」

 

「無事でなによりです、ミルキーさん」

 

「当たり前よぅ、あたしを誰だと思ってるの?それに、噂に聞くネズミの親玉さんもいい男だったからね~」

 

「そう、ですか……」

 

「それと……彼、貴方のことに気付いていたみたいよ。知り合いだったり?」

 

「……一度だけ」

 

「はあ……だから言ったのよ。『貴方にスパイなんて似合わない』ってね。顔見知りと戦うなんて出来ないでしょうに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“コロンブスⅡ”艦橋

 

「なんていうか、色々とすごかったですね……色々と」

 

「そうかぁ?」

 

「隊長、感覚が麻痺してるんじゃないですか?」

 

「そうかな……そうかも……」

 

遠ざかるシャトルを見送りながら、カルロスはユージに話しかける。

たしかに、冷静に振り返ってみれば強烈に過ぎる見た目だったと思う。が、初対面の相手に対して挙動不審な様子を見せるような失礼な真似を出来るわけもないし、問題が無かったならそれでいいだろう。

 

「それにしても、本当によく分かりませんね。連中、今更こんなもの渡してきてなんだというのです?」

 

「”イージス”か?いいじゃないか。奪われた物が返ってきたんだ、喜んでおくところだ」

 

「それはそうです、ですけど、なんで”イージス”なのかという話です」

 

カルロスはなおも言いつのる。

”イージス”にわざわざ危険な密会をしてまで渡すような価値は無い筈だ。

 

「だってそうでしょう?先の奇襲、『三月禍戦(マッチ・ディザスター)』で連中が投入してきた新型機の中には、”イージス”の量産型と思われる機体もあったそうじゃないですか」

 

「……”アイアース”タイプか」

 

「はい。それに隊長達は、ZAFT独自の強化発展型と思われる白い”イージス”タイプとも交戦したんですよね。それだけの機体が開発されてるってことは、もう連中にとっては用無しということです」

 

そしてそれは、連合軍にとっても同じだとカルロスは言う。

たしかに”イージス”本体は強奪されてしまったが、”アークエンジェル”が『セフィロト』に到着した時点でその機体データは手に入っているし、それを基に再生産を行なうことも不可能では無い。

実際、『原作』においてアクタイオン・インダストリーがそのデータを用いて再生産・改修を行なって発展機である”ロッソイージス”を開発している。

それなのに、こんなところで返してくる意味が分からない。

 

「んー……機体そのものに注目すればそうとしか捉えられないが、メッセージ性があると見たな、私は」

 

「メッセージ性?」

 

「ああ。今回彼らから私達に届けられたのは、別に”イージス”だけというわけではない」

 

ユージは懐から小さな長方形の物体を取り出す。

USBメモリー等から発展したその小型記録媒体には、クライン派が収集した最高評議会が決定した予算案やプラント内経済活動の動向、そして僅かではあるがZAFTの各地に点在する拠点についての情報が詰まっている。

むしろこちらの方が本命で、”イージス”は言ってしまえばオマケといったところか。

 

「要するに彼らはこう言いたいのかと思うんだよ。『我々はきちんと協定を守るつもりでいたし、”イージス”も返すつもりでいた。こうなった全ての責任はザラ派に有り、我々は彼らとは違う』、と」

 

「……ごますりですか」

 

ザラ派の強硬手段によって大きく変化してしまった今のプラントではもはやクライン派が主導権を握るのは不可能に等しい。

ならば、せめて戦後の自分達の立場をよくするために動こうというのはある意味当然の考え方かもしれない。

もしくは、『暴走してしまった祖国を止めるためにあえて汚名を被る覚悟をした』と言うことも出来るかもしれないが、得てしてそういう考え方は多くの人間から疑念的に捉えられるものだ。

 

「だが、大事なことだ。これで我々はプラント内に探りを入れるのにクライン派という窓口を得られたし、戦後プラントの統治だって彼らに面倒なことを任せて戦前の体制に速やかに戻すことも出来る……かもしれん」

 

「戦後って……こんなことしてたら裏切り者扱い確定じゃないですか。そんな連中に統治なんて出来るんですか?」

 

「出来るさ。『speak softly and carry a big stick(棍棒を携えて、穏やかに話し合おう)』、昔っからの常套手段だ。能力がある奴が仕事をやって、その周りを怖ーい男達が囲んでいれば何も起きやしない」

 

反抗的な態度を見せれば、バンっ。ユージは右手で銃のような形を作り、おどけてみせる。

現代日本で生まれ育った記憶のあるユージからすれば唾棄すべき棍棒・砲艦外交だが、ここまで戦局が悪化してしまうとそうしなければ連合加盟国の市民達が納得すまい。

どうやっても混乱が避けられないというなら、結局のところ恐怖による支配が最短で事を納める方法なのだろう。───その後もずっと長く続く禍根の種となるのも間違い無いが。

前例(東西ドイツ)は41年でようやく解決したが、今回はどうなるのやら。

 

「結局、政治ですか。嫌なもんですね」

 

「私だって好きなわけじゃない。だが、そうするしかないということも分かるようになったつもりだ。───それに、これも所詮は取らぬ狸の皮算用さ。まずはZAFTに勝たねばならん」

 

そう、結局これはユージの憶測でしかない。

ならばそれを延々と続ける意義は薄く、また、ユージが考えるべきことでもなかった。兵士は目の前の任務を片付けて、明日を迎えられるようにするだけだ。

そういう意味ではユージもクライン派も変わらないのかもしれない。───自分達のことで精一杯という意味では。

 

「さて、いつまでもくっちゃべってるワケにもいかん。我々は多忙だからな。任せるぞデヨー艦長」

 

「アイアイサー。きっちりかっちり、安全かつ快適なクルーズを提供いたしますとも」

 

ユージは艦橋から退出し、格納庫へ向かう。

爆発物などのわかりやすい罠が仕掛けられていなかったとはいえ、完全に”イージス”が安全と分かったわけではない。

検査結果の確認、そして報告書の作成。

やるべきことはいくらでもあるのだ。

 

 

 

 

 

4/2

『セフィロト』 ”第08機械化試験部隊”オフィス

 

「ふーんふふんふん、ふんふんふーん♪」

 

「やけに上機嫌ですね、隊長」

 

「そりゃあそうだろう。ようやくあの3人に負担が集中する体制が変わるんだからな」

 

柄にも無く鼻歌を歌いながら書類を捌くユージにウィルソンが声を掛ける。

任せられた仕事を終えて日課である趣味の可変MS設計をしていた彼だったが、ここまで浮かれながら仕事をするユージの姿は珍しいことであった。

とはいえ、無理も無いことだとウィルソンは思う。

 

「ああ、たしか今日来るんでしたね。追加パイロットの皆さん」

 

ユージが浮かれているのは、ついに、”マウス隊”にMSパイロットが追加で配属されることが決定し、今日がその日だからである。

本来ならば先週、それこそ3月25日には配属されているはずだった。しかし『三月禍戦』の影響を受けてそれどころではなくなってしまい、今日まで延びていたのだった。

特に痛いのは、新人に宛がわれるはずの”ダガー”がZAFT特殊部隊の破壊工作によって使用不可能にされてしまったことだが、それも解決した。

 

「ああ。”ストライクダガー(急造品)”を宛がうことになってしまったのは残念だが、まあ”テスター”よりはマシだ。十分な戦力だよ」

 

”ストライクダガー”。本来ならば『原作』において主力量産機となるはずだったその機体は、その出自故にこの世界での誕生は望み薄だった。

『短時間で数を揃えるために正式量産機である”105ダガー”を更に簡素にした機体』なのに、既に十分な数の“(105)ダガー”が量産されていたためである。

しかし『三月禍戦』によって大西洋連邦は大きな被害を受け、早急にその穴を埋めるために行動せざるを得なくなり、その結果、戦力を補うためとしてこの”ストライクダガー”の量産が急遽決定したのだった。

 

「まあ、いいんじゃないですか?腕と足があってビームも使えるなら十分MSやれると思いますよ。新人整備士の練習にも程良さそうですし」

 

「……興味無さそうだな」

 

「ぶっちゃけて言うと、あんな発展性の無い間に合わせ量産機に興味を持てません。整備とかはきちんとやりますけど、研究者なら誰でも同じだと思いますよ」

 

「そりゃあ、”ダガー”から必要な部分だけを抽出したみたいな機体だしな」

 

たしかに、ウィルソンら変態技術者達からすれば『ガンダム』タイプを弄っていた方がずっと楽しいしやりがいがあるのだろう。

増員されてきた整備士達にベテランを混ぜて整備させるのがちょうどいいか、ユージがそう考えていると、入り口の脇に据えられたモニターが起動する。

 

<失礼いたします!ベンジャミン・スレイター少尉であります、入室してもよろしいでしょうか?>

 

「入れてやれ、話は聞いている」

 

ドアの近くにいた隊員に指示をしてドアを開けさせると、3人の男が入室する。

やる気に満ちた若々しい男性を先頭に、無骨な壮年男性とやる気の無さそうな青年が続き、ユージの机の前で立ち止まる。

 

「お初にお目に掛かります、この度”第08機械化試験部隊”にパイロットとして配属されました、ベンジャミン・スレイター少尉です。ゴンザレス曹長、ウォーカー伍長と共に、本日からお世話になります!」

 

「ブレンダン・ゴンザレス曹長です。よろしくお願いします」

 

「ども、ジャクスティン・ウォーカー伍長です」

 

 

 

ベンジャミン・スレイター(ランクB)

指揮 10 魅力 9

射撃 9 格闘 9

耐久 9 反応 10

 

得意分野 無し

 

ブレンダン・ゴンザレス(ランクB)

指揮 8 魅力 8

射撃 7 格闘 10

耐久 11 反応 7

 

得意分野 無し

 

ジャクスティン・ウォーカー(ランクD)

指揮 6 魅力 4

射撃 7 格闘 5

耐久 8 反応 6

 

得意分野 ・反応

 

 

 

無骨そうなブレンダンと、気迫の無いジャクスティン。そしてそれをまとめる活気に満ちたベンジャミンと、非常にわかりやすい面子だ。

表面上では穏やかに話しているユージだが、内面では飛び回りそうな勢いで喜んでいた。

 

(ようやく、ようやくまともな奴らが来た!今回はヴェイク(聖帝もどき)の時のように確認を怠るということもしていないし、能力も保証されている!)

 

ベンジャミンとブレンダンは元々”メビウス”乗りだったところを転科してMSパイロットになった、つまり実戦の経験者。

ジャクスティンの方はこの間までヒルデガルダ達と同じような訓練生だったが、訓練ではMSに高い適正を示した期待の新人とユージは聞かされていた。

実力も人柄も十分。『我が世の春』とはこのことか。

 

「知っての通り、我々は試験部隊という名を背負っているが実戦任務に赴くことも多い、忙しい部隊だ。覚悟はしておくように」

 

「我らも軍人、命の奪い合いをすることへの覚悟は出来ているつもりです」

 

「ならいい」

 

たしかに、ベンジャミンとブレンダンには忠告する必要もそう無いだろう。既に”メビウス”で実戦を経験している彼らなら、とっくに覚悟は出来ている。

気怠そうにしているジャクスティンは、どうだろうか。

 

(まあ、これから考えていけばいいか……しばらくは大きな作戦も無いだろうし)

 

「それでは、格納庫に向かってくれるか?2日後君たちには試作機の仮想的(アグレッサー)をやってもらうことになる。その前に自分達の機体に慣れておいた方がいいだろう」

 

「了解しました!」

 

敬礼をして部屋の入り口に向かおうとするベンジャミン達。

しかし、ユージは彼らを呼び止めた。

 

「そういえば、君たちのコールサインについてだが」

 

「コールサイン、ですか?」

 

「ああ。実はまだ決まっていなくてね。君たちに希望があればそれに合わせてもいいのだが」

 

そう、実はまだコールサインが決まっていなかったのだ。

急いで決める必要があるわけでもないということもあり、今の今までユージの思考からすっぽ抜けていたのだが、ふと思い出したユージはベンジャミン達から希望を募る。

なんでもいいのなら、ある程度本人達の希望を聞いてもいいかと気まぐれに聞いたユージ。

 

「希望が通るのですか?」

 

「ああ、よっぽど変なものじゃなければな」

 

「少尉、ならば()()でよいのではありませんか?」

 

「そうだな曹長、()()でいいか」

 

「俺は別になんでもいいですけど……」

 

「?」

 

「ああ、いえ。実は我々は訓練課程の中で同じグループだったのですが、そこでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スカーレットのコールサインで呼ばれていたので、よろしければ此方でもそうしていただけるとやりやすいかと」

 

「……うん?」

 

なにか、おかしな物を聞いてしまった気がする。

他からすれば何も妙なところは無いし、ユージも一瞬聞き逃しそうになってしまったが、たしかに、彼は。

 

「えと、今なんと?」

 

「ですから、スカーレットのコールサインで呼ばれておりました。私がスカーレット1で」

 

「自分がスカーレット2です」

 

「俺が、スカーレット3ですね」

 

「全員でまとめて『スカーレット隊』などと呼ばれていました」

 

「……そう来たか~」

 

絶対に神は自分のことを嘲笑っている。ユージはそう確信した。

そんな方向(ガノタ限定のネタ)で攻めてくるなんて反則だ。




新キャラのコールサインに特に深い理由はありません。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第78話「紅の集結」後編

感想欄の皆、スカーレット隊って言葉に反応してるなぁ。
何かあったっけ?()


4/4

『セフィロト』 第5指令室

 

「MS隊各機、トレーニングモードで起動完了を確認しました」

 

「よし、それではこれより、GAT-X103”バスター”の強化プランAの稼働試験を開始する」

 

ユージの号令を皮切りに、俄に慌ただしくなる室内。

先日の”アークエンジェル”支援のための陽動作戦においてカシン・リーと”バスター改”は足止めでありながらMS4機を撃破する戦果を挙げたが、その中で彼女は”バスター”の限界を感じ始めていた。

いかに『ガンダム』といえど、激化していく戦争と成長していく各軍の技術力を前には膝を屈せざるを得ない場面も多くなる。

率直に言ってしまえば今の”バスター”は『砲撃戦能力とPS装甲という長所があるが、他は並かそれ以下』という機体になってしまったのだ。

特に、装甲と限界性能以外は“ストライク”に匹敵する”ダガー”が量産されているというのも大きいだろう。

しかしカシン・リーと”バスター”という組み合わせは未だに───特に東アジア共和国で───高いネームバリューを持っており、あっさり他の機体に乗り換えさせるのもどうかという意見があったことから、”マウス隊”が次に取り組む任務がこのようになったのだった。

 

「カシン、”バスター”の調子はどうだ?」

 

<ためしに動かしただけですけど、問題無いように思えます>

 

モニターに映る”バスター”の姿は、初期の連結砲を装備していたころとも、”バスター改”とも違っていた。

まず、背中に背負っている物が違う。

背中のバックパックには砲の代わりに筒のような中型ミサイルランチャーを装備している。これはミサイルコンテナ『スタークレーゲン』、”マウス隊”技術者が開発した”バスター”の新装備である。

通常時はランチャーストライカーにも搭載されている350mmミサイルが6発、左右で合計12発が装填されているが、コンテナの中身を機材ごと入れ替えることでマイクロミサイルや大型対艦ミサイルに変更することも出来る。

敵からすれば実際に撃たれてみることでしかどんな弾頭が搭載されているか分からず、対艦攻撃機と思って近づいてみたら実際にはマイクロミサイルをばらまかれて迎撃される、といった一種の偽装効果が期待されるのだ。

とはいえ、それはこの装備が普及することがあればの話であり、この”バスター”1機で使われた程度では意味が無いのだが。

そして1番に懸念されていた『近接戦能力の欠如』だが、これは”バスター”が両手に1丁ずつ装備したバヨネット(銃剣)付きビームライフルによってある程度改善されている。

見た目は後の時代において作られる筈の”ヴェルデバスター”が装備していたものに酷似しているが、この装備には連結機構が存在しておらず、機能性で劣るといったところか。

しかしビームライフルとしての性能は十分に保持しており、扱いやすさから俄に評価を上げつつある”デュエル”のビームライフル同様、運用結果次第では量産も視野に入る優良武器だ。

これらの装備を持つことで砲撃支援機から前線火力支援機に姿を変えたのが、”バスターガンダム・アサルトスタイル”だ。

 

「───納得いきません」

 

しかし、そこに異を唱える者もいた。

ユージの隣に立つ、マヤ・ノズウェルもその1人である。

 

「”バスター”の近接戦能力を補う必要性、それは、ええ、了解していますとも。───そのために本来の持ち味である砲撃戦能力を無くすというのはどういうことなのか、ということです」

 

「たしかに、今の”バスター”は以前までよりもガラッと変わっているな。見た目はそこまででもないが」

 

「それだけじゃありません。”バスター”のPS装甲はエネルギーを多く消費する武装に合わせて出力を低くすることで、継戦能力を少しでも高めようとしています。しかし今の”バスター”は実弾、しかもエネルギー消費量が少ないミサイルが多く装備されているんですよ?率直にいって、アンバランスです」

 

たしかにマヤの言うとおり、今の”バスター”は()()()()だった。

わざわざ”バスター”をあのように改修するよりも、”ダガー”を1機、カシン用に調整してやった方がよほど効率的だと。

 

「まあ、そこは今後の課題じゃないか?素人意見だが、片方のミサイルコンテナを外して強力なビーム兵器を積むとか、そういうことも出来るだろう」

 

「出来ます、出来ますけど……」

 

「……とにかく気に入らない?」

 

「はい」

 

ユージが自分の弱さをさらけ出した女性は、なるほど美点である故に誰かに疎まれる性格をしていた。

目上の人間に対する敬意を持つことも礼儀も知っているが、それはそれとして気に入らない物には気に入らないとハッキリとケチを付ける。

それはおそらく、(ねんご)ろな相手に対しても。

 

(これは、苦労しそうだ……)

 

ユージが頭を掻いていると、オペレーターとして新たに配属されたオリヴィア・マイルスから声が掛かる。

 

「隊長、”アサルトスタイル”の機動データの収集が完了しました。問題が無ければ、このまま予定通り模擬戦に移行いたしますが、よろしいでしょうか?」

 

「……ああ、うん」

 

「どうしました、貴方らしくもない」

 

どこか気の抜けた返事を返すユージに、マヤが眉を潜める。

色々と目が面倒の掛かる我らが隊長ではあるが、仕事をしている最中にこのような姿を晒すのはよほど理解しがたい状況に追い込まれた時くらいだ。

ちなみに、その『理解しがたい状況』を作り上げる割合は8割越えで変態4銃士(いつもの奴ら)(最近1人増えて5銃士になった)である。

 

「いや、その、なんだ……初めてだから、大丈夫かなー、と」

 

「そりゃ彼らも模擬戦とはいえこの部隊で初めての任務ですけど、貴方がそこまで緊張するほどのことでは……」

 

「うん、えっと、分かってるよ、うん?」

 

やはり、何かがおかしい。

一昨日までは新しくMSパイロットが来るということを喜んでいたはず。今になって何故、なんとも言えない微妙な表情を浮かべるのか?

 

「300秒後に模擬戦を開始します。スカーレット隊は直ちに出撃し、配置についてください」

 

やはり分からない。

何故か『スカーレット隊』という言葉を聞いた瞬間、更に顔を顰めるユージに、マヤもまた肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

『セフィロト』第3格納庫

 

<にしても初任務が模擬戦でボコられろだなんて、ほーんと俺達ツいてないっすよね>

 

<ぼやくなジャック。それに撃破されることなど求められていない>

 

「ブレンダンの言うとおりだ、ジャック。我々は試作機の仮想敵として模擬戦を行なうだけだ。勝敗は関係無い」

 

まったく、とベンジャミンは溜息をつく。

せっかく”マウス隊”という実験部隊とは名ばかりのトップエース部隊に配属されたというのに、チームの中でもっとも若手のジャクスティンがやる気を出さないのではこちらも困らされてしまう。

才能は間違い無くある奴なんだがなぁ。

 

<だってそうじゃないっすか。こっちは量産機、しかも数を揃えるための急造品なのにあっちはガンダムですよ?しかもパイロットは『機人婦好』カシン・リー。無理です、はい>

 

<質で大きく劣ることは間違い無いだろう。だが、その分は数の利と連携で補えばいい>

 

「そうだ、俺達は俺達の強みを活かして戦うだけさ。それに……『英雄』と呼ばれるカシン・リー相手に、俺達がどれだけ戦えるか試してみたくもある」

 

乗り慣れた“メビウス”では対抗しきれないと言われ、最初は憤りを持たずにはいられなかった。ZAFTの真似をして手に入れた力の価値を認めたくないという思いもあった。

しかし、実際に戦ってみればMSにはMSの利点があるということを知り、興味を抱くようになった。

そして、宇宙空間を自在に進んでみせるMSを乗りこなしてみせるとベンジャミンは決意したのだ。

詰まるところ、『自分達の力を試してみたい』というところに終着するのだが。

 

「所詮は模擬戦などという考えは捨てろ、ジャック。本番のつもり、そして勝つつもりで戦うんだ。───負けるよりは、勝つ方がずっといいだろう?」

 

<ま、そりゃそうっすけどね>

 

<最初からそう言っておけ>

 

そう、自分達は自分達らしく戦うだけだ。

試験の結果として申し分ないデータを提供してやろうではないか!

 

「よし、いくぞお前達!───スカーレット隊、発進!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スカーレット隊、全滅!」

 

「……うん」

 

知 っ て た 。

いや、彼らが弱かったということはない。けっしてない。

普段から”マウス隊”という最高峰のMSパイロット達が集う環境下に置かれれば、パイロットの大凡(おおよそ)の実力は把握出来るつもりでいる。

ゆえに、今回の模擬戦の結果はカシンの立ち回りの上手さが大きいというだけの話だ。

ユージは冷静に先ほどまで行なわれていた模擬戦について振り返る。

 

「固まり過ぎず、かつばらけ過ぎず。お手本のような編隊飛行をしていたスカーレット隊に対し、カシンはスタークレーゲンのミサイルを一斉射。カシンの上手いところはただ撃つだけじゃなく、周辺のデブリにも何発か命中させることで破片による攪乱を織り交ぜていたところだな」

 

「流石に訓練課程において『デブリの破片を生み出して攪乱してくる敵への対処方法』なんてところまでは教えてませんからね……」

 

それを受けたスカーレット隊の面々だが、流石実戦を経験している者は状況を把握してそれぞれ対処し始める。……ただ1人を除いて。

1番の若手かつ実戦未経験のジャクスティンは突発的事態に対応出来ず、足を止めてしまった。カシンはそれを見抜き、死角に回り込んでジャクスティン機を撃墜。これで数の不利を多少軽減された。

残りの2機は味方がやられても動揺を抑えて挟み込むように連携攻撃を仕掛けるが、カシンはすぐに移動して2機を正面に捉えると、今度は”バスター”に元から備わっていたミサイルを発射。

ベンジャミンとブレンダンは頭部バルカンによる迎撃とシールドによる防御を併用してそれを防ぐが、カシンは更に上を行く。

 

「シールドで防御しているベンジャミン機を蹴りつけて加速し、ブレンダン機に急速接近して銃剣で一突き。残ったベンジャミン機は順当に性能差と手数の多さを押しつけて撃墜、と。これまたお手本みたいな”アサルトスタイル”の使い方だな」

 

「……うーん」

 

機体特性を最大限活かしてみせたカシン、しかしマヤは不満、否、不可解そうに顔を顰める。

 

「どうした?」

 

「えっと、ちょっとカシンに通信してもらっていいですか?」

 

「はい」

 

オリヴィアが機材を操作すると、モニターにカシンの顔が映し出される。

ヘルメットを脱いで一息吐いていたところだったようだ。

 

「ご苦労、カシン。お疲れのところ悪いが、マヤからお前に聞きたいことがあるみたいなんだ。いいか?」

 

<え?はい、大丈夫ですけど>

 

「別に文句があるとかではないの、カシン。ただ気になったことがあって。……あれ、貴方の戦い方じゃないわね?」

 

マヤがそう言うとカシンは苦笑し、肯定する。

 

<そうですね、ちょっとレナさんの戦い方を真似してみました>

 

「……なるほど、言われてみればレナの戦い方に似ていたような気もするな」

 

”マウス隊”初期パイロット勢は誰もがトップエース級のMS操縦能力を持っているが、それぞれ際だった個性を持っている。

たとえばエドワードの場合は敵部隊への切り込み能力。機体と自身を信じて『まっすぐいってぶっ飛ばす』という点では”マウス隊”の中に並ぶ者はいない。

モーガンは類い希なる指揮能力、セシルは電子戦への適正。

そしてレナは、「ここぞ」というタイミングの見極めが上手いという個性がある。

高機動で攪乱し、ベストタイミングでミサイルを乱射することで大きな損害を与えるのが得意戦法でもあったはずだ。

それを考慮すれば、なるほど、今回のカシンの戦い方はレナのそれに似ているようにも思える。

 

「隊長、残念ながらこのプランは不採用に終わりそうです。カシン専用機として”バスター”を改装する筈が、レナさん用の機体になってる時点で何かおかしいです」

 

「うーん……カシン、とりあえず戻ってくれ。スカーレット隊の諸君もご苦労、御陰でいいデータが採れた」

 

<了解しました>

 

モニター越しにピシッと敬礼するベンジャミン。模擬戦開始前に意気込んでいただけあって意気消沈していないかと思っていたが、表情を見る限り杞憂だったようだ。

 

(いや、そう見えるだけかもしれないし、何より他2人がどうなっているかも気に掛かる。……それにしても)

 

なんとなく予想はしていたが、本当に瞬殺されるとは。やはり『スカーレット隊』には呪いでも掛かっているのだろうか?

しかし、模擬戦の中では特に問題のある行動を取っていたわけではないし、何よりカシンが短期決戦を目論んで仕掛けたことが大きいように思える。

問題は、「これが実戦でも働いてしまったらどうしよう」ということであって。

 

(……しばらくは様子見、かな)

 

たかがチーム名、されどチーム名。

どちらにしろ、彼らを活かすも殺すも自分の肩に掛かっているというわけか。

ユ-ジは密かに、しかし大きく溜息をついた。

 

 

 

 

 

「ところでマヤ、カシンに合った機体ってなんだと思う?」

 

「……正直、難しい質問ですね。彼女は射撃が得意ですが、近接戦も出来ないわけではありません。最初は総合的な能力を鑑みてカシンさんに”バスター”を任せましたが、そもそも”バスター”という機体自体がそこまで相性が良くないような気もします」

 

「砲撃に偏りすぎてるから?」

 

「そういうことですね」

 

「ちなみに、マヤ的にはどんな機体が彼女に合ってると思う?」

 

「射撃寄りな万能型、という意味では……そうですね。エールストライカーを装備した”ストライク”に強力な射撃武器を持たせたような、言うなれば『高速射撃機』が最適かと思います」

 

「なるほど……この件、あいつらに持っていってみるか」

 

 

 

 

 

4/5

『セフィロト』 ”第08機械化試験部隊”オフィス

 

「なんか静かですね~、そして妙に珍しく慌ただしいですねと分析したが、何があったよ?」

 

「おっ、ブロントさんは知らなかったのか?」

 

「ナイトもたまには穴熊に一時転職してみるようなこともある。あと僅かに少しで『レムリア』と『アトランティス』が完璧に完成された設計図を書けるんですが?で、なにがあったよ?」

 

「第1艦隊司令……に、なる予定の将校が地球からたどり着いたんだとさ。数日前から少し話題になっていたんだが、具体的に何時来るのかは防諜対策で味方にも伏せられていたんだよ」

 

「ほう、第1艦隊司令がもうついたのか! はやい! きた! 提督来た!」

 

「で、いったん『セフィロト』を経由して月基地に向かうってんで、隊長含む何人かはそのお出迎えってわけだ。特にデヨー艦長は知り合いらしくてな、ウキウキしてたよ」

 

「黄金の鉄の塊で出来ているナイトやアkラに声が掛かっていないyうな気がするんですが? おいィ、お前らには聞かされていますか?」

 

「『お前らだけは絶対来るな、オフィスで大人しくしていろ』とのお達しが出てるな」

 

「お前それでいいのか?」

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第1格納庫

 

格納庫内の気密扉が完全に閉じたことを確認し、ユージ達はハルバートンを先頭にしてそのシャトルへ近づく。

前日になっていきなり本日に来訪すると聞かされたこともあるが、ユージの心臓はドクドクと速く脈を打っていた。

なにせ、第1艦隊司令である。

いずれ行なわれるであろうプラント攻略作戦で陣頭指揮を取る事になるし、連合宇宙軍のトップと言っていい。当然、ハルバートンよりも階級は上。

下手な振る舞いをすると、何が起こるか分かったものではない。

 

(特に変態4銃士なんて出したら何が起こるやら……待機命令を出しておいてよかった)

 

そんなことを考えていると、シャトルの扉が開いて1人の男が降り立つ。

見るからに高齢で、髪はほとんど白髪。

しかしその目には、力強さが宿っていた。

 

「お久しぶりです、オルデンドルフ中将」

 

「うむ、久しいなハルバートン君」

 

ハルバートンが前に出て手を差し出すと老人───オルデンドルフもしっかりとその手を握り返した。

どうやら、知己の間柄だったようだ。

ユージの『眼』にステータスが表示される。

 

 

 

ウィリアム・B・オルデンドルフ(ランクS)

指揮 18 魅力 16

射撃 7 格闘 0

耐久 7 反応 5

 

得意分野 ・指揮 ・魅力

不得意分野 ・格闘

 

 

 

老体のためか直接な戦闘力は並以下だが、それを補って余りあるほど指揮能力を持っているようだ。

能力面では問題無し、となればあとは人格面だが……。

 

 

 

 

 

「いやしかし、こうして私の前に君が艦隊司令として立つことになるとは思っていなかったよ。君は上司の顔を窺うというのは苦手だったからな」

 

「私も、出世は望めないだろうなと感じていましたよ。何かしらの因果が巡り巡って、このようになっておりましたが」

 

「はっはっは、相変わらずだな!これで大艦巨砲の良さが理解出来ていればなぁ」

 

「またそれですか……中将、何度も言っておりますが、大艦巨砲主義というのは今の時代に通用するものではないと……」

 

「MSという『新型戦闘機』に制宙権を取られたのが敗因だ、こちらにもMSがあれば戦艦は無敵となるのだ!」

 

「戦艦を作る金と資源があるならそれでMSを作った方が成果を挙げられます」

 

「航空機は消耗しやすい、戦艦ならば強靱に戦い続けることが可能だ」

 

「どれだけ装甲が厚くても航空機に取り付かれれば絶対絶命、大火力も当たらなければ意味も無し、それらの条件をクリアしても金が掛かる。”アイオワ”や”ミズーリ”の二の舞になるだけです」

 

「戦艦には他の艦種に無い、突破力もある! それは航空戦術ではけして為せないのだよ」

 

「ならば駆逐艦を使えば良いでしょう」

 

「それこそすぐに沈むではないか!それにNジャマーのせいで誘導兵器の大半が役に立たなくなった以上、やはり決定打となるのはより大きな火力と射程を備えられる戦艦は必要なのだ!」

 

「ですからそれはMSを用いることで……」

 

 

 

 

 

(ダメかもしれん)

 

まさかまさかの大艦巨砲主義者である。いや、仕方ないのかもしれないが。

近頃は『Nジャマーによって誘導兵器が役に立たなくなった』という事実と『MSなんて敵の作った物に頼りたくない』という心理もあって出会う機会も増えてきたが、まさか実戦部隊のトップに立つ人間が()()だとは。

しかも、ハルバートンとの会話の勢いがドンドン激化しているような気もする。ひょっとして、良い関係ではないのか。

とにかく、周りの兵達もどうしていいものか困惑顔をしているし、この場を納めなくては。

しかし、どうやって?

 

「───お二人は仲が良くないのですか?」

 

『む?』

 

一瞬、思考が停止する。

 

(誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?そんなこと聞くなもしこれで関係悪化したらどうするんだお互いに艦隊司令なんだぞ仲が悪いとか悪夢だろう空気読めぇ!)

 

どこからか響いてきた女の言葉にユージは冷や汗を掻きながら内心で絶叫する。

もしこれでどちらかが悪印象を植え付ける発言でもしようものなら派閥が生まれて面倒臭いことになるのは確実だ。

しかしハルバートンとウィリアムは顔を見合わせて首を傾げると、

 

「「いや、そんなことは無いが?」」

 

と答える。

 

「大艦巨砲の良さを分からないのは至極残念だがハルバートン君は頭ごなしに否定するのではないしな。話すのに熱中していると仲が悪いと思われることもあるが」

 

「まあ、人間は誰しも拘っていることで話しているとヒートアップするものですからな。しかし、そのような誤解をされるのは喜ばしくはない。とりあえずこの場は納めておきましょうか」

 

「そうするか」

 

はっはっは、と互いに笑い合うウィリアムとハルバートン。

本人達からすれば純粋に討論しているだけなのだろうが、端から見ている者達からすればヒヤヒヤ物なので控えて欲しいものだ。

問題は解決したが、今度はまた別の問題が残っていた。

 

「それで、そちらの者は?」

 

ハルバートンがウィリアムの後ろに目をやると、先ほどの空気の読めない発言(結果的に問題は無かったが)を飛ばした下手人が立っていた。

おそらくキラ達とそう歳の離れていないだろう長い銀髪を携えた少女、しかしただ者では無いと見破るには、その襟元に付けた少佐の階級章だけで十分だった。

どこぞの兵士の家族が戯れにその衣装を身に纏っている、というには佐官の階級章は過分だ。

 

「ああ、紹介を忘れていたな。彼女は私の教え子の1人だよ」

 

「初めまして、リーフ・W・ウォーレスと申します。若輩者ながら、この度”ペンドラゴン”級1番艦”ペンドラゴン”の艦長へ任命されました」

 

ぺこり、と頭を下げる少女、リーフ。

しかしその発言の中にはとんでもない文言が含まれていた。

 

「“ペンドラゴン”の!?」

 

「ああ、私が任命したのだよ」

 

ウィリアムの言葉にハルバートンは更に衝撃を受ける。

 

「本気ですか中将!リーフ・ウォーレスの噂は私も聞いたことがあります。15歳にしてオックスフォードを飛び級で卒業し、そのまま軍に入隊した後も高い能力を見せていると。……しかし少佐、かつ17の少女を旗艦の艦長に据えるなど!」

 

「本気だよ、ハルバートン君。私が第1艦隊司令に任命されるにあたり、彼女を乗艦の艦長にすることを条件にした。───彼女ほどの逸材にこの戦争を経験させぬままというのは、余りにも惜しすぎる」

 

「……貴方がそこまで言うのなら、たしかなのでしょう。しかし……」

 

「問題無い。今はまだ未熟だが、私もいるからな」

 

ハルバートンとしては酒も飲めない歳の少女に”ペンドラゴン”の艦長を、いや、もっと言うなら戦場に出ることも苦々しいことだった。

自分もキラ達を兵として受け入れたことはあるが、それにしたって試験部隊として後方で働いてもらうことで戦場に駆り出されることが無いように配慮したつもりだ。もっとも、時勢の悪化によって戦場に駆り出さざるを得なくなったが。

ウィリアムは大艦信者の頑固者ではあるが、そういう面ではハルバートンと考えを同じくする筈だった。

その師が、そうだと分かった上で巻き込むということは、それだけの価値をこの少女に見いだしているということに他ならない。

 

「ウォーレス君、君は出来ると思っているのかね?」

 

「───それが命令ならば」

 

「……はぁ」

 

諦めたように息を吐くハルバートン。

ウィリアムはそんなハルバートンの肩を叩く。

 

「心配するな、私が付いているのだからな」

 

「あなたが巻き込んだのでしょう……『生まれついての艦乗(ふなの)り』の力が衰えていないというところを見せていただきます」

 

「任せろ、ZAFTとかいう木っ端共は16インチ砲で粉砕してやるとも」

 

良くも悪くも自信満々なウィリアムだが、ハルバートンは知っている。

こういう時の師の判断は概ね成功している、と。

あるいは、自身の後継者が現れたことを喜んでいるだけかもしれないが。

再び話に若干置いていかれている周りの者達の中、ユージはウィリアムの判断が正しいということを理解していた。

 

(なるほど、たしかにこれほどとは……多少の倫理をすっ飛ばしてでも引っ張り出したいのが分かるな)

 

 

 

リーフ・W・ウォーレス(ランクE)

指揮 10 魅力 6

射撃 3(+2) 格闘 3

耐久 5 反応 5(+2)

空間認識能力

 

得意分野 ・指揮 ・魅力 ・射撃

 

 

 

これまでユージは何人かの指揮官タイプのネームドを見てきたが、初めて、ともすれば今後お目に掛かることが無いかもしれない、『指揮ステータスが最大値(20)に到達しうる』人間だ。

というか純粋な指揮能力では『ギレンの野望』シリーズにおけるレビル将軍と同等である。

 

(連合上層部もようやく本気になった……と見て良いのか?)

 

着々と強化されつつある味方陣営にユージが内心で喜んでいると、リーフはハルバートンの前に立ってその手に持っていた袋を差し出す。

 

「つまらない物ですが、兄弟子へ贈り物をと思いましたので差し上げます」

 

「む、ありがとう。ところで中には何が入っているのだね?」

 

「私の好みの茶葉と、最近イギリスエリアで流行っているパンジャンドラム型クッキーを同封しております」

 

「そ、そうか……」

 

色々とつかみ所の無い性格であるようだが。

なんだろう、ウィリアム・B・オルデンドルフの教え子というのは皆こうなのだろうか?

なんとも言えない感情がわき上がる一幕だった。

 

 

 

 

 

「そういえば、もう1週間か。……”アークエンジェル”はどうなっているのやら」




『紅』いMSと『紅』い部隊と、『紅』茶の国からの使者。

今回、『オリジナルキャラクター募集』の中から『ウィリアム・B・オルデンドルフ』を採用いたしました。
「モントゴメリー」様からのリクエストです、感謝します!
彼とその弟子であるリーフの設定は後日書こうと思います。

それと今更ですが、ファンアートをいただいたので紹介をば。

https://img.syosetu.org/img/user/275847/78572.png

フローレンス・ブラックウェル(イメージ画)だそうです。
「Dixie to arms」様からいただきました!素晴らしいクオリティだ素晴らしい……。
次回は彼女が初っぱなから登場する予定です。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第79話「心を近づけるために」

ここからしばらく”アークエンジェル”隊編です。


身体が重い。キラは、暗い視界の中でそんな風に考えた。

動く気がしないとかそういうことではなく、言葉通り、本当に身じろぎが上手く出来ない『重さ』が身体に襲いかかっているのだ。

いったい、自分に何が起こっているのだろうか。そもそもここは何処だろうか。

そもそも、自分は先ほどまで何をしていたのだったか?

思考がそこまで進んだところで、キラは極々単純な行動をすることを決めた。

───目を開けてみればいいだけじゃないか。

目を開けようとすると、途端に思考が明瞭に、そして直前までの出来事を思い出し。

 

「───っ!」

 

キラ・ヤマトは身体を起こした。

 

 

 

 

 

3/31

”アークエンジェル” 医務室

 

「はぁっ、はっ、ここ、は?」

 

たしか自分は、重力に囚われた”デュエルダガー”を救出しようとしていた筈だ。

たしかに、たしかにその手を掴んだ。そして、共に重力の井戸に落ちていった……。

しかし今キラがいるのはMSのコクピットではなく、清潔感溢れる1室。そこのベッドの上に横になっていた。

そこまで理解したところで、勢い良く起こしたキラの身体が無理矢理にベッドに押し倒される。

 

「ぐぅっ!?」

 

片手で自身を押さえつけた犯人の方をキラが見るとそこには。

───冷たい目でキラを見つめる、フローレンスの姿があった。

 

「え、あ……」

 

「動かないで」

 

そのままフローレンスはペンライトでキラの目を照らす。

瞳孔に異常が無いか、あるいは光を当てられたことでキラが異常を起こさないかを確認するためである。

念入りにそれを行なったフローレンスは息を吐くと、身体をそのままにするようにキラに言った後に手を離す。

圧力から解放されたキラはその通りに、そして確認のためにフローレンスに問う。

 

「あの、ブラックウェル中尉。ここは……?」

 

「”アークエンジェル”の医務室です。……何がどうなったのかは説明するので、身体を動かさないように。貴方はまだ安静にしている必要がありますから」

 

フローレンスはキラの寝ているベッドの近くに椅子を寄せると、カルテに何かしらの記述を行ないながら話し始めた。

 

「”アークエンジェル”は貴方がバアル少尉を救出するために向かってしまった後、貴方達を救助するために大気圏突入を行いながら移動を開始しました」

 

「っ、そうだ!少尉、スノウ・バアル少尉は───」

 

「そこも説明します。というか、覚えてないのですか?突入が成功した後、貴方の方からあのフライングアーマーというものを操作して”アークエンジェル”に着艦したと聞きましたが」

 

そこまで聞いたところで、キラは朧気ながら思い出す。

そうだ、たしか自分は視界がグラグラと揺れる中、それでも”アークエンジェル”の姿を見つけたのだった。

風に煽られながらもなんとかフライングアーマーを操作して、そして。

 

「記憶障害か、それとも意識が朦朧としていたのか……とにかく、機体から下ろされた貴方とバアル少尉は意識を失っていました。そして貴方はこちらで、バアル少尉は……()()()()()()()がいるので、そちらで治療を行なっています。一昨日のことです」

 

何処かいらだたしげだが、フローレンスの言ったことが本当であるならば。

自分は彼女を救うことが出来たのだ。

 

「良かった……」

 

キラはホッと息を吐き、そう呟いた。

しかしフローレンスはカルテを書く手を止めて、キラをにらみつける。

 

「良かった?なにが良かったというのです?───”アークエンジェル”を危険に晒したことを踏まえても『良かった』と言える立場にあるのですか、貴方が?」

 

「え……」

 

「貴方と”ストライク”は、”アークエンジェル”隊に与えられた任務である『地上用ストライカー運用試験』のための機体としてこの艦に積まれています。もしも”ストライク”が欠けたなら、その時点で任務は失敗になる。分かりますね?」

 

他にもある、とフローレンスは言った。

 

「そして”アークエンジェル”は任務をこなすためにベストを尽くす必要があった。”ストライク”を失う、あるいは敵の手に渡るような事態を避けるために強引な操舵で突入軌道を変え、貴方たちを救出する必要があったわけです。この艦の全員の命を賭ける危険な行為を行なう必要が生まれたのは、貴方の行動に端を発しています」

 

「っ、でも」

 

「その行動にどんな意味があったにしろ、それでより多くの人を危険に晒すことになる。そのことを理解していたのですか?……その上で行動した、と言えますか?」

 

もうキラには何も言えなかった。

たしかにスノウを救おうとして、救うことは出来た。しかし、その行いが大勢の仲間を危険に晒すということが頭から抜け落ちていた。

何時か、訓練生だったころにマモリに言われたことを思い出す。

 

『軍隊においてスタンドプレーなどは許されん。それは()の利点、隊である意味を失わせることであるからだ。ましてや個人の独走で他者を危険に晒すことなど以ての外だ。私が教えているお前達はそのような愚を起こすとは思わんが……』

 

キラが何も言えずに俯いているが、フローレンスは更に言いつのる。

 

「それだけではありません。”アークエンジェル”は当初予定していた降下地点から僅かに北に逸れ、ZAFTの勢力圏ギリギリに降下しました」

 

「ええっ!?」

 

ならば、今こうしている間にもZAFTの手が迫っているということではないか?

キラは反射的に身を起こそうとしたが、凍てつく視線に縫い付けられて身体が固まる。

 

「動くなと何度言ったら分かるのです?それに、貴方が動くようなことはありません。幸いにも現地部隊が”アークエンジェル”の撤退援護を行なってくれたおかげで、我々は無事に南アフリカ統一機構の勢力圏へ撤退することに成功しました。今は整備中です」

 

そういう意味では、南アフリカの部隊にも負担を強いたことになる。

これが軍隊、これが戦争。たった1人の独断が大勢の人を振り回した。

 

「そして、ヤマト少尉。私が1番不愉快に思っているのが何かを教えます。……貴方が、()()()()()()()()()()()()()救出に向かおうとしたことです」

 

フローレンスは命を救うことを生業としている。これまで何人もの命を救い、そして何人もの命が失われていくのを見てきた。

軍隊になど、戦争をする場所で働いているのだから当たり前だが、その中で彼女は理解したことがある。

 

「自分1人の命すら保証出来ない人間に、いったい誰を救えるというのです?自分は確実に生き残る、人はそういう確信あるいは保証無しに他者に気を遣える程、強くはありません。ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、それは一緒なのです」

 

フローレンスの言うことは、全てが正論だった。

幸運にもフライングアーマーが存在していたからなんとかなったが、そうでなければ今頃スノウは、そしてキラも”アークエンジェル”どころかこの世にいるかさえ怪しかった。

今更ながら、自分がどれだけ危険な綱渡りをしていたのか、そして仲間にもそれを強いたことを理解し消沈するキラ。

 

「理解しましたか?───では、ここからは軍人ではなく、(フローレンス)の意見を言わせてもらいます」

 

そう言われてキラがフローレンスを見ると、先ほどの冷徹な視線はどこにも存在せず、代わりに暖かいものを感じさせる穏やかな笑顔を浮かべるフローレンスがそこにいた。

 

「貴方は母艦を危険に晒した、それはけして見逃せません。ですが……私という人間は、『純粋に誰かの命を救うために行動出来る人間』に出会えたことを、嬉しく思っているのです」

 

「中尉……」

 

「きっと貴方は、これからも誰かの命が左右されるような状況に何度も遭遇するのでしょう。ですが、その度に無茶を繰り返すのはけして許しません。許してはならないのです。貴方自身のためにも」

 

フローレンスがキラの手を握る。

そこには体温があった。『命』が、あった。

『命』が存在していることへの『歓喜』があった。

 

「だから、強くなってください。少なくとも自分の命を保証出来るように、仲間のことをちゃんと見ておけるように。そもそも味方が危機に陥る前に気づければ、危険な綱渡りをする必要もありません」

 

この人は、心底から自分を案じている。

だからこそ正論で自分を糾弾するし、正論で諭す。そして、自身の言葉で肯定する。

キラにはフローレンスの思いがヒシヒシと感じられた。

 

「……はい」

 

「分かっていただけてなによりです」

 

「その、中尉」

 

「なんですか?」

 

「……すみませんでした、それと、ありがとうございます」

 

フローレンスは僅かに笑うと、ひとまず休めとキラに言ってから机で仕事を再開した。

たしかに、目を覚ましたとはいえ少なくとも24時間は眠っていたということは、それだけ身体に負担が掛かっていたということだ。

”アークエンジェル”も安全な場所に到着したというし、ここは休んで、体調を整えておくのが良いだろう。

安心感に包まれているからか、再び睡魔に襲われ始めるキラ。

 

(目を覚まして動けるようになったら、トラスト少尉達にお礼を言って、ミヤムラ大佐達に謝って、それから……)

 

たくさん、あるなぁ。

そんなことを考えながらキラは眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

4/1

”アークエンジェル”司令室

 

「まずは無事を喜んでいることを伝えるよ、ヤマト少尉。───呼ばれた理由は分かっているね?」

 

「はい」

 

1日が経過し、身体を動かすのに問題が無いことがハッキリしたキラは、すぐさま司令室に呼び出された。

今この場所には、5人の人間が揃っている。

キラの他にミヤムラ、マリュー、ナタル、ムウ。

この5人で集まって話すこととなれば、それは1つしかない。

 

「ヤマト少尉、君が行なったのは歴とした命令違反だ。当時、既に帰還命令が出ていたのは承知していた筈だ。にも関わらず、君はそれを無視してソード2の救出に向かった。何か弁明は?」

 

「ありません。司令の仰られた通りだと」

 

「うむ。君たちを救出するために我々が無理な降下を行なわざるを得なくなったのも、そしてその尻拭いに現地部隊が駆り出され、南アフリカ統一機構に借りを作ったのも、君の行動がきっかけだ。それを踏まえて、君には何か処分を与える必要があるのだが……」

 

ミヤムラは一度そこで言葉を句切る。

彼もまた、キラの善性を「善い」と思える人間だった。

しかし、それを理由にキラの勝手を見逃すということも出来はしない。

加えてキラは”ストライク”のパイロット。迂闊な判断をすれば任務に支障も生まれよう。

十分に考えた、と自分で判断した後に、ミヤムラは再度口を開いた。

 

「しかし、君の行動によって我々が失わずに済んだもの、スノウ・バアル少尉の命と”デュエルダガー・カスタム”の存在も大きい。加えて、予期せずしてMSによる大気圏突入のデータを取得することも出来た。そして”ストライク”を十全に扱うには君が最適だと思われる。───これらの理由によって、最終的な判断はこう下されるべきと判断した」

 

ミヤムラはしっかりとキラの目を見て、結論を下す。

 

「キラ・ヤマト少尉の問題行動に関しては『3ヶ月の減俸』を罰とし、厳重注意の後に通常任務へ復帰されたし。ただし次に同じような行動をした場合は、通常よりも重い罰が与えられると思うように」

 

「はっ。温情をいただけたこと感謝いたします。二度とこのようなことが無いよう、気を付けます」

 

内心でホッとしながら、キラは敬礼を返した。

最低でも懲罰房入りは免れないと思っていたところで減俸のみで済む、これはキラにとって嬉しい誤算だが、次からもこうしてもらえるわけではないというのは言われている。

チラリと周りの様子を窺うと、マリューやムウもホッとしているが、ナタルは微妙に不満そうだ。

 

「うむ。ではフラガ少佐、頼むよ」

 

「はっ。ヤマト少尉、付いてこい」

 

「はい」

 

そうしてキラが部屋から出て行った後、ナタルはミヤムラに対して口を開く。

 

「司令、本当にこれで良かったのですか?」

 

「今(いたずら)に問題を大きくするのは、我々にとっての害でしかないよ」

 

「ですが……」

 

なおも食い下がろうとするナタル。

生まれが軍人家系、本人も模範的軍人であることを良しとする彼女にとって軍規とは絶対であり、基本だ。

彼女から見てキラへの咎めの内容は、「甘い」と言わざるを得ない代物であったのだ。

 

「バジルール中尉、規則とは集団を効率的に動かすため、集団を守るために存在するのだ。それは分かるね?」

 

「勿論です」

 

「ならば、今ヤマト少尉に厳罰を与えてその動きを縛ることが集団の活動に制約を与えるとしたら、君はそれでも、規則通りに彼を裁くべきだと思うかね?」

 

要するに、ナタルの理屈では順序が逆なのだ。

規則は人を罰するためにあるのではない。集団を円滑に動かすためにある。

規則が重石となることこそ避けなければいけない。

 

「だからこそ人を裁くということは難しい、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「司令……」

 

「結局、『理想』と『現実』の戦いなのだよ。なに、君達はまだまだ若い。自分なりに折り合いを付ける時間はいくらでも有る筈さ。……そろそろ仕事に戻るとしよう」

 

ナタルは釈然としない様子で、しかし綺麗な姿勢で敬礼をし、部屋から退出していく。

ミヤムラの言葉が響いたのは、ナタルだけではなかった。

 

(『理想』と『現実』か……)

 

先の戦闘で自分(マリュー)も、敵部隊のイレギュラーな戦いに翻弄された。

最終的にはミヤムラの疑問───助言もあって窮地を脱したが、せっかく艦内に抱えていた戦力を有効に扱えないままで終わってしまったのは、未だに鮮烈な苦さを彼女に与えている。

 

(こんな有様ではダメね……もっと、頑張らなくちゃ)

 

自分に活を入れ直し、ナタルと同様に敬礼をして部屋を出るマリュー。

その後ろ姿を、ミヤムラはいつも通りの穏やかな微笑みで見送った。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”通路

 

司令室から出てしばらく経った時、ムウはふと立ち止まった。

後ろに付いていたキラもそれに合わせて立ち止まる。

 

「なあ、キラ」

 

「はい」

 

ゆっくりと振り向いたムウは、いつもの飄々としたナリを潜めてキラに話しかける。

 

「ちょーっと目をつむって、歯を食いしばれ」

 

「……はい」

 

言うとおりに目をつむり、歯を食いしばった。

ムウが自分に怒りを覚えるのは当たり前だ。自分の指揮下にある人間が勝手に危険な行動をしたのだから。

しかし、キラが予想していた箇所、頬に衝撃が飛んでくることは無く。

───代わりに頭頂部に飛んで来た。

いわゆる『拳骨を落とされる』というものである。

 

「うごっ」

 

殴り飛ばされる覚悟は出来ていたが、少しばかり予想と違う場所に飛んできたことで情けない悲鳴を漏らすキラ。

拳骨を落とした張本人であるムウはその様子を見てフッと笑い、続けてキラの頭をガシガシとかき回す。

 

「心配掛けやがってっつーのと、よく2人で帰還した、っての。2つ合わさってちょうど良い案配はこんなもんだろ。フローレンス中尉とミヤムラ司令に絞られた後だ、俺からはこんなもんで済ましてやる」

 

「っ、はいっ」

 

流石に鍛えた軍人の拳骨は痛いが、それで十分だということなのだろう。

 

「お前は俺の部下なんだ、部下は上官の機嫌取りだって仕事なんだ。……俺の前で勝手に死ぬようなことはすんな、俺が不機嫌になる。いいな?」

 

「肝に、命じます」

 

「おう」

 

そう言うと、ムウは再び前を向いて歩き始める。

ひたすらにパイロットとして、エースと呼ばれる存在として戦ってきたムウには、、気の利いた言葉を持ち合わせる余裕は無かった。人を教え導くなんて以ての外だ。なので、自分なりのやり方で意思を伝えることにした。

その背中は飄々と、かつガッシリとしており。

それを見てなんとなく、「この男が隊長で良かった」と。

キラは思うのだった。

 

 

 

 

”アークエンジェル”ブリーフィングルーム

 

「よう、戻ったかキラ!」

 

「マイケルさん、心配かけてすみませんでした」

 

「お前が無事ならそれでいいんだよ、それで!」

 

バシバシとキラの背中を叩くマイケル。

背中に衝撃と痛みが与えられるが、キラはそれを笑って受け止めた。

ムウのように不器用に伝える人間もいれば、このようにハッキリと親愛を示してくれる人間もいる。

この痛みは、そういった人々が心配してくれていたという事実だった。

 

「本当はもっと早く駆けつけたかったんだけどよう、その、ブラックウェル中尉が……」

 

「『医務室では静かに』って、ね……いやぁ、怖かった。殺されるかと思ったよ、ほんと」

 

ベントは恐怖で身震いをした。

キラが目を覚ましたと聞いて駆けつけたは良いが、入室したと思った瞬間いつもの3人全員が麻酔銃を撃たれ、先ほどのセリフを聞きながら廊下に転がされていたのだから、無理も無い。

よほど深い眠りだったのか、その時寝たままでいた自分は幸運だったと、キラは空笑いした。

きっと般若のようなその表情を見てしまっては、再び眠りに就くことは困難だっただろう。

 

「だけどホントに良かったよ、キラ君。もー、今度からはやる前に言ってよね」

 

「言ったところでお前にゃ何も出来んだろ」

 

「あ”あ”!?」

 

ヒルデガルダとマイケルが口論を始めるが、それを見てキラは安心感を得る。

ああ、本当に良かった。

フローレンスには叱られたが、それでもキラはこの場所に無事に戻ってこれたことを喜んだ。

死んだら、もうこの光景を眺めることも出来ないのだから。

 

「あっ、そうだそうだ、馬鹿に構ってるんじゃなかった」

 

そう言ってヒルデガルダは、部屋の隅に向かい、そこからある人物の手を引っ張ってくる。

気まずさ全開といった様子の、スノウ・バアルの手だった。

 

「ほら、スノ……バアル少尉。言いたいことあるんじゃなかったですか?」

 

「分かった、分かっているから離せ軍曹っ」

 

もどかしそうに自分の手を掴んでいたヒルデガルダを振り払い、スノウはキラに向き合う。

最初に目を合わせ、しかしどこか所在なさげに視線をあちこちに振りまくスノウ。

手遊びをしている辺り、何か迷っているようだった。

 

「えっと、その、なんだ……」

 

「ほら、ファイトっ!」

 

横からヒルデガルダの茶々が入る。

やがて何かを決心したのか、再びキッとキラを見つめるスノウ。

 

「……先日は貴官に助けられた。感謝する」

 

「えっと……どういたしまして?」

 

「それだけじゃないでしょっ」

 

「……キラ・ヤマト少尉」

 

スノウが絞り出すように発した言葉、それは紛れもなく自分の名前。

名前を呼ばれるというだけ、それだけではあったのだが。

キラにとっては価千金と言って良い報酬だった。

 

「今後ともよろしく、バアル少尉」

 

キラはそう言って手を差し出すが、スノウは一瞥して鼻を鳴らす。

 

「勘違いするな、別にまだ、お前を認めたというわけじゃない。ただ、その……あれだ。『裏切り者候補』から『使える肉盾』に格上げしただけだからな」

 

「ははっ、まだまだ先は長いかな?」

 

「……ふんっ」

 

スノウはそっぽを向いて席に座り、黙り込んでしまう。

だが、先の戦闘の前に感じていた敵意のようなものは大分和らいだ気がする。

どうやら彼女から信頼を得るには、相応の時間が必要なようだった。

 

(でも、第一歩かな)

 

それでも、先には進んでいる。それだけ分かれば、キラには十分と思えた。

 

「あー、いけるかなと思ったのになぁ」

 

「お前そういうの趣味悪いと思うぞ」

 

「ヒルダのそういうゴシップァー(のぞき魔的気質)なところ、嫌いじゃ無いけど好きでもありませんよ」

 

「なによう、こういうのが嫌いな女の子なんていないわよ」

 

「まあ、なんだ。仲が良くなったようで何よりだな!」

 

部下同士の仲が良くなることは良いことだが、この後も予定がある。

ムウはそう判断し、柏手を打つ。

 

「別に仲が良くなったというわけでは───」

 

「はいはいもう分かったから先に進ませろ」

 

スノウを抗議を聞き流し、ムウは部屋に備え付けられたモニターを起動する。

ここからは、お仕事(軍人)の時間だ。

少年達も先ほどまでの和やかな雰囲気をしまい込み、戦士としての自分に切り替える。

 

「それじゃ、ミーティングを始めるとするか。つっても、キラ以外は既に聞かされてる内容だから他の奴らにとってはおさらいってことになるんだがな」

 

「そうなんですか?」

 

「貴様がグースカ寝ぼけてる間にな」

 

「少尉、話を拗らせるな」

 

たしかに、地上に降りてから3日は医務室に籠もっていたのだからその間に話が進んでいたとしてもおかしくはない。

キラが1人納得している間にも話は進んでいく。

 

「続けるぞ?俺達が協力、もといしばらく世話になる南アフリカ統一機構の目的は、首都の奪還だ」

 

モニターに映るアフリカ大陸が、連合とZAFT、両勢力の支配地域ごとに色で分けられていく。

南アフリカ統一機構、文字通り南アフリカと一部東アフリカを支配する連合加盟勢力の首都はケニア共和国のナイロビ。

しかし、モニターに映るナイロビのあるエリアは赤く染まっている。

既にZAFTの手に落ちてしまった、ということだ。

 

「ナイロビは『3月禍戦』後に落とされたんだが、ビクトリア基地陥落後に休戦協定締結が前線に伝わる前に前線基地を築かれてしまった事も大きな要因となっている。こっちがアタフタしてるところに、慌てて出てきたZAFT地上軍がなし崩しに攻略したってわけだ」

 

「なし崩し?」

 

「ああ。どうやら先の奇襲、ZAFTの中でも伝えられていた奴とそうじゃない奴がいたらしくてな。味方が動いたのに合わせて慌てて出てきたってことだよ」

 

流石にそれは足並みが揃っていないというレベルではないのではないか?

ZAFTの本質が義勇軍あるいは民兵ということは教わっていたが、いくらなんでも行き過ぎだとキラは感じた。

ZAFTも一枚岩ではない、ということか。

 

「で、連中も慌てて動いただけあってまだ防衛体制が確立していない。現地部隊で早々に奪還しようとしたらしいが……これが現れた」

 

そういってモニターに映し出されたのは、地上で猛威を奮っていると散々聞かされた”バクゥ”。

だが、一箇所だけ以前までとは違う箇所が存在していた。

 

「ビームサーベル!?」

 

「連中はよりにもよって”バクゥ”の頭にビームサーベルを搭載しやがった。こちらの主戦力である”ノイエ・ラーテ”は強力な戦車だが、ビーム兵器に対しては有効とは言えない」

 

モニターに次々と映し出されていく写真、そこにはビームサーベルで溶断されたと思われる“ノイエ・ラーテ”の無残な姿が映っていた。

つまり”バクゥ”は、サーベルを起動して敵とすれ違うだけで致命傷を与えられる、より驚異的な存在になったということか。

 

「とは言え、”ノイエ・ラーテ”は装甲だけでなく火力・射程にも優れる。近づけなければいくら”バクゥ”ったってやりようはいくらでもある」

 

「にも関わらず撃破されている、ということは……」

 

「そう、攻めるってのはざっくり言うと前に出るってことだ。そうすりゃ”バクゥ”と接近するリスクは多くなる。”ノイエ・ラーテ”が返り討ちにしてる例もあるが、接近戦で不利なのは間違い無い」

 

攻めるには不利だが、守る分には射程と火力、そして物量から有利。

現地部隊とZAFTは膠着状態に陥ってしまったのだ。

しかも南アフリカには”ダガー”の配備数が少なく、”ノイエ・ラーテ”に追従出来る”パワード・ダガー”はほとんど無いに等しい。

これは連合側が『休戦終了後に短期決戦を仕掛ける』ことを主軸に置き、ZAFTの2大地上拠点であるジブラルタル基地とカーペンタリア基地の方に主力を向けていたことが仇となった。

 

「”アークエンジェル”は2日後、ZAFTが戦線を上げるために建設中だという前線基地の攻略作戦に参加する。その際に懸念されるのは、やはり”バクゥ”の存在だ」

 

お互いに決定打が無い状態で現れた”アークエンジェル”に求められているのは───。

 

「俺達はパワードストライカーの機動性で”ノイエ・ラーテ”に追従、”バクゥ”から彼らを守るのが役目だ。重要な役目を担うことになるが……」

 

ムウはそこでいったん言葉を切り、部下達の顔を見渡す。

誰も怯えることなく、作戦を成功に導こうという気概を露わにしていた。

 

「既に何度も鉄火場をくぐり抜けたことがある俺達なら、不可能じゃない。南アフリカの連中とZAFTに、俺達の力を見せつけてやろう」




「最近作風ブレてきてますね(意訳)」と言われてしまった……反省。
自分でもハッとなったので、しばらくは真面目にいきたいと思います。

それと現在実施しているアンケートなんですが、結果が偏り過ぎたので「ムルタ☆ダイアリー」を除いてもう一度集計したいと思います。
皆、盟主王好きなんやなって……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第80話「荒野を走る死神の列」

投稿に遅れたのは全て私の責任だ。
なので私は謝罪する。
……すんませんでした!


4/2

地球連合軍 モザンビーク基地

 

「すっげ、あれが”ノイエ・ラーテ”ってんだろ?」

 

「実物を見るのは初めてですが、なるほど壮観ですね……」

 

キラ達MS隊パイロットは現在、モザンビークに設けられた基地の倉庫までやってきていた。

ミヤムラ、マリューらが明日行なわれる作戦の打ち合わせを行なっている間、現地部隊との顔合わせをしておこうというムウの指示に従ったためである。

現在地上軍の主力となっている”ノイエ・ラーテ”は、その車体を構成する大半のパーツが既存兵器の物の流用ということを感じさせない威厳を以て並んでいた。

 

「250mm砲だっけ?すごいわよねぇ、あんなの当たったらMSじゃ木っ端微塵よ」

 

「それでいて装甲も厚い……が、なぁ」

 

「どれだけ威力があっても当たらなければ意味は無い。装甲とて攻撃を防げなければ無いのと同じだ」

 

「スノウちゃん、声」

 

しかし、遠慮など知らんと言わんばかりにスノウは切って捨てる。

たしかに”バクゥ”を前にしては不利なのは間違い無いが、それにしたって言い方という物はあるだろう。

開けっぴろげに言うスノウにヒルデガルダが諫めるが、当の本人は何処吹く風と言った様子で更に言葉を続ける。

 

「『ちゃん』は止めろと……そもそも事実だろう。そうでなければわざわざ”アークエンジェル”を地上に呼ぶ理由も無い」

 

現在のアフリカ戦線では東のインド洋、西の大西洋共にZAFTの影響があり、思うように物資を運ぶことすら出来ない、誰が見ても孤立している状況下にある。

特にネックとなっているのは、赤道連合の存在だ。

東南・南アジアの国家からなる連合勢力であるのだが、ちょうど連合軍勢力圏とインド洋を分断するように横に広がっているため、ユーラシア大陸側からアクセスを行なうのが手間なのである。

1番妨害がされずらいだろう宇宙からの降下でさえあれだけ手こずったのだから、地上ではどれだけ苦心しているかが窺い知れる。

 

「常に事実を言ってれば事態が良くなるっていうわけじゃないぜ。共同で作戦を行なう相手の心証を悪くするのも()()だろ?こういうのは余計なことをベラベラ話さないで、パパッと『よろしくお願いします』くらい言っとけば良いんだ」

 

「そういうものでしょうか」

 

「そういうもんだ。おっ、あれか?」

 

そんなことを話しながら歩いていると、基地内に建てられた倉庫の1つにたどり着く。

1台の”ノイエ・ラーテ”が納まったそこに、今回の作戦へ参加する戦車隊の隊長が待機しているとのことだった。

 

「───失礼します」

 

ムウが先陣を切って入ったその部屋は、「戦う男の部屋」という表現がもっとも相応しい場所だった。

床に散らばった何かの食べかすや紙、ゴチャゴチャと拳銃や酒缶が散らばる机。

そして、ソファで寝そべって資料らしき紙束を捲っているイタリア系男性。

 

「ん”ー?ああ、話には聞いてるな」

 

「”第31独立遊撃部隊”の、ムウ・ラ・フラガ少佐、以下6名。作戦に参加させていただきます」

 

ムウの後ろで敬礼をするキラ達へ多分に疑惑の混じった視線を向けながら、男も立ち上がって敬礼を返す。

 

「ミケーレ・コッポラ少佐。第144機械化混成連隊の大隊指揮官をやってる」

 

「明日はよろしくお願いします」

 

ムウは一貫して腰の低い態度でミケーレに接する。

同じ少佐ではあるが、ムウの方が年齢も少佐に昇格したのも後。軍隊に限らず、同じ階級の場合は先任の方が立場は上となる。

その姿を見てミケーレは、しかし鼻を鳴らす。

 

「『エンデュミオンの鷹』とか言われてるらしいが、こんなところでボーイスカウトの引率とはな。どんな奇妙な道筋を辿ったのやら」

 

「んなっ……」

 

「っ……!」

 

あからさまな侮辱にマイケルやスノウが憤るが、キラやヒルデガルダは手をかざして制する。

ヒルデガルダはここで問題を起こしたところで何の意味も無いということを直感していた故であるが、

 

(まあ、これくらいはあるかもとは思ってたかな)

 

キラにとっては、この程度の侮辱は想定内であった故の行動である。

設立されたばかり、しかも宇宙軍管轄だというのにアフリカに降りてきた部隊などが懐疑的視線に晒されるのは当然だ。

それに。

 

(耐性、付くもんだなぁ……)

 

敬愛する教官からの愛(罵倒慣れ)のおかげというのも多分にあった。

 

「まあ、色々とあったもんでしてね。それと私はボーイスカウトの引率ではなく、MS隊の隊長としてここに来たんですが」

 

「どうだかな……まあいい。仕事さえしてくれるなら何だろうと知ったことではない」

 

そう言うとミケーレは再びソファに腰掛けて資料を眺める作業に戻ってしまった。

勿論キラにも、宇宙からなんとか降りてきてこの態度を受けたことには腹の一つも立つ。これから共同戦線を築こうというのだから尚更だ。

しかし、相手からは「なんか宇宙から来た変な奴ら」程度の認識しか得られないのも事実。

この場はグッと言葉を飲み込んでおくしかなかった。

 

「了解しました。ボーイスカウトなりに、仕事をこなすとします。ほら、いくぞ」

 

袖にされながらムウはそう言い、後ろに控えていた部下達に退室を促す。

何かを言いたそうな何人かを手で制しながら部屋の外に押しやる。

十分にミケーレのいた場所から離れ人目にも付きづらい倉庫の陰にたどり着くと、当然のようにスノウは噛みついた。

 

「何故言い返さない少佐!あれでは言われっぱなしじゃないか!?」

 

スノウの言い分ももっともではあるのだが、ムウは頭を掻きながら反論する。

 

「あのさぁ、あそこで反論したところで却って話がこじれるだけだろ?それに、あんなの小手調べみたいなもんだ。あの程度の嫌みにいちいち噛みつくような奴が指揮下に入ってたらそれこそ面倒だろ」

 

「今回は隊長の意見に賛成かなー?戦争やってるって時に反骨精神旺盛な人がいたら、指揮する人は何時暴発するかってヒヤヒヤものだもん」

 

普段はマイケルやベントと連んでいるヒルデガルダだが、名家生まれだけあって公の場における人間関係構築の困難さについては人並み以上に知っている。

だからこそ、余計に話を拗らせないために話をさっさと進め、打ち切ったムウの決断は正解だ。

ヒルデガルダはその旨をスノウに伝えるが、スノウはなおも納得していないようだ。

 

「しかし……しかしだな!」

 

「まあ、落ち着けよ。……ぶっちゃけ、俺もあの少佐殿の言い方には腹が立ってる。しかし今の俺達が何言っても大した物にはならん」

 

だから。

ムウは人の悪そうな笑みを浮かべながら、隊員達に向かって言い放った。

 

「───俺達の実力を見せつけて、黙らせてやりたくなった。きっと愉快だぜ?」

 

 

 

 

 

4/3

タンザニア南部 ZAFT軍前線基地

 

タンザニアのムトワラ州、その中でもモザンビークとの国境線───南アフリカ統一機構が成立してからは「旧」国境線が正確───にほど近い場所。

そこでは現在、ZAFT軍の前線基地が構築されていた。

現地住人を雇ったり作業用オートマトンを用いたり等して、着々と基地としての機能が整っていくその光景は、しかしその基地の司令官となる人物の顔を歪ませるばかりであった。

 

「上は何を考えてるんだ……?これだけ戦線を広げても、維持する余裕も無ければ更に攻め込む余裕も無いのなんて百も承知だろうに」

 

「『グリニッジ標準時線に沿って地上を分断し、連合の連携を絶つ』と聞いておりますが……」

 

「バカか、そんなのに何の意味があるんだよ」

 

司令官と副官は、仮設テントの下で団扇を仰ぎながら言葉を交わす。

クーラーなんて都合の良いものは近くに停留している”ピートリー”級陸上巡洋艦の中にしか無いし、3日前にそこら辺から買ってきた扇風機はつい1時間ほど前にご臨終した。

不良品を掴んできた部下にも腹が立つが、一番腹が立つのはよりにもよってこんな場所に飛ばした上層部である。

ひたすらに暑いし、そこら辺を名前もよく分からない羽虫が飛び交っている。

プラントに居た頃は熱気に当てられて「我々選ばれた人類は地球から巣立つべきなんだ」とか騒いでいた司令官だったが、今ではまったく別の理由で同じ文言を吐くだろうという確信を持っていた。

こんな場所からはさっさとおさらばしたい。

人間が何年も住むような場所ではないのだ。

 

「大がかりに準備した物ほど、実際には大して役に立たないなんてことは()()だ。わざわざ丁寧に制圧しなくたって南アフリカは既に半死人だし、そんなことする余裕があるなら他の場所に送るべき戦力があるだろ」

 

「はぁ……そんなものでしょうか」

 

「そんなもんだ。お前も実務ばっかじゃなくてもっと積極的にだなぁ……」

 

司令官は自意識というものが些か欠如した副官に向かって小言を飛ばそうとした。

まさにその時である。

───基地内に警報が鳴り響いたのは。

すぐさま通信機を手に取って、”ピートリー”級の艦橋につなぐ。

 

「どうした!?」

 

<南方警戒線より報告、連合軍の部隊が接近中!先頭には空中を飛行する大型の艦艇、おそらく宇宙から降下した”アークエンジェル”級と思われるものが確認されました!>

 

「本気か!」

 

つい先日に衛星軌道上で戦闘が発生したこと、そして1隻の宇宙艦、“アークエンジェル”が降下してきたということについては聞いていた。

だが彼も含めて多くの指揮官が「大きな影響は無いだろう」という結論に落ち着いたのだ。

───たった1隻に何が出来る?

 

「油断していたな……まったく、有史以来もっとも人間を殺してきたものが油断というのに。……コンディションレッド、ボサボサしてるんじゃないよ!」

 

 

 

 

 

タンザニア南部 ZAFT前線基地南方

 

「ったく、連合の皆さんは血の気が多いこって……」

 

愛機に乗り込みながら、男は呟いた。

何が何やら、訳の分からないうちに南アフリカの首都を陥落させたのが10日ほど前のこと。この前線基地の建造なんて1週間前に始まった。

たった1週間、その程度の時間であの大敗を忘れたというのならさすがに連合軍の司令部が愚かすぎて前線の兵士に同情するが、そうではないのだろう。ビクトリア・サバイバー(歴戦の兵士)たる彼には、激戦の前に感じられる特有の空気(プレッシャー)というものがヒシヒシと感じられた。

 

「まあいい、強化された”バクゥ”の前には意味がないって教育してやるよ」

 

彼の愛機である”バクゥ”には、休戦期間中に頭部へのビームサーベル増設が行なわれていた。

”ノイエ・ラーテ”の登場により火力の不足が指摘されていた”バクゥ”だが、この改装で”ノイエ・ラーテ”の装甲を突破出来るようになり、一気に戦場での立場は逆転した。

なにせ、あの強固な重戦車が横をすれ違うだけで倒せるのだから!

接近するまでが一苦労とは言うが、男にはそれを為すだけの自信と実績があった。

なので、彼が今戦場で恐れているものは()()()1()()である。

”バクゥ”を駆って前線へ足を進めていると、遠くからでもよく分かる特徴的な艦影、”アークエンジェル”がその白亜の巨体が見えてきた。

そして、彼はこのプレッシャーの正体を知った。

”アークエンジェル”のその下方に、砂煙を立てながらこちらに向かってくる人型の影。それこそが、彼が戦場で唯一恐れるものなのだから。

 

「なるほど、そりゃ悪寒もするわな!───『長靴(ホバー)履き』がいるぞ、気を付けろ!」

 

 

 

 

 

<各機、ソード1を先頭にトライフォーメーションで前進!”バクゥ”共を追い散らせ!>

 

「了解!」

 

<りょ、了解!>

 

ムウの取った作戦はシンプルで、『PS装甲持ちかつもっとも戦闘能力に長けた”ストライク”を先頭に敵部隊に突入する』というものだった。

未だに”バクゥ”にはビームキャノンの類いは装備されていない、つまり”ストライク”には射撃は有効ではない。他MSの被害を抑えるためにも、”ストライク”が前面に出るのは当然のことだった。

問題はそこではなく、作戦の要であるパワードストライカーが3機分しか無い、ということの方が大きかった。

”アークエンジェル”はストライカーシステムを運用することを前提として建造された艦ではあるのだが、それにしたって容量の限界というものがある。

エール・ソード・ランチャーの基本3種に加えて、地上試験予定の試作ストライカーパックも積むとなると、バランスを取るためには仕方の無いことであった。

そしてこのパワードストライカーを装備して”バクゥ”部隊と相対する栄えある役目(貧乏くじ)を担うのは、”ストライク”のパイロットであるキラとMS隊長のムウ。そして。

 

<ちくしょう、やっぱこえぇ……!>

 

ワンド3こと、マイケル・ヘンドリー軍曹。

客観的に見て役者不足ではないかと思わされるこの選出にも、当然理由があった。

といってもその理由は至ってシンプル、「マイケルがもっともパワードストライカーへの適正があった」からである。

キラとムウを除いてもっとも腕が立つのはスノウだが、彼女の機体は非ストライカーシステム搭載機である”デュエルダガー・カスタム”。

自然と残された3人の中から選ぶことになったのだが……。

 

『わっ、とぉ?ほりゃぁ!』

 

ヒルデガルダはそもそもパワードストライカーの操作性に対してまったく適正が無く、

 

『これは……すいません、自分には使えそうにないです』

 

ベントは使うことこそ出来たものの、「じっくりと狙いを定めて撃つ」という自らの基本戦い方(スタイル)に合わないとして辞退。

結果、目を張るようなものは無いがそつなく使ってみせたマイケルが消去法的に選ばれたのだった。

 

<落ち着けワンド3、俺達はソード1の撃ち漏らしを叩けばいい>

 

<そりゃ、分かってますけど……!>

 

ムウが声を掛けるも、マイケルの怖じ気は中々取れない。

それも仕方ないことだろう、今のマイケルが担っているのは戦局全体を左右しうる重要な役割なのだから。

1人ではないとはいえ、その肩にのしかかるプレッシャーは相当なものだ。

ならば、彼に言うべきことは1つだろう。キラは口を開いた。

 

「マイケルさん」

 

<お、おう>

 

「前は僕が切り開きます。───背中を任せました」

 

<……!よ、よし任せろ、やってやるぜ!>

 

キラの激励を聞いたマイケルは、まだ恐れが取れきってはいないものの、自分を奮い立たせる。

能力面はともかく、キラ達に対して兄貴分として振る舞うマイケルには、「頼りにしている」という言葉は何より効果的だった。

 

「お願いします!」

 

<───来るぞ!>

 

ムウの言葉通り、“バクゥ”の群れは既に目の前に迫っていた。

キラは”ストライク”にバズーカを構えさせると、”バクゥ”部隊……ではなく、その前面に砲弾を撃ち込む。

当然その砲弾は”バクゥ”を撃破するどころか掠りすらしないが、自分達の方向に飛んで来た砲弾から逃れるために”バクゥ”部隊は散開する。

キラはその隙を見逃さず2発目の砲弾を発射、一番砲弾に近かったために大きく動きを乱してしまった”バクゥ”を吹き飛ばす。

 

「1つ!」

 

自軍側よりも数の多い集団を相手にする時、まずやるべきことは敵の連携を乱すことである。

キラはマモリから教わったことを思い返す。

 

『普通にやれば戦争では数の多い方が勝つ。だが、ただ多ければいいというわけでも無い。分かるな?』

 

『最適な指揮と連携が必要、ですよね?』

 

『そうだ。西暦よりも以前、テルモピュライと呼ばれる地で行なわれた戦いでは、数で劣るギリシア軍が狭い地形でファランクス(密集陣形)を敷く等、その場に適した戦法を採ることで時間を稼ぐことに成功した*1。この稼いだ時間がギリシア軍全体の勝利に繋がった。言いたいことは分かるな?』

 

『どれだけ敵が強大でも、戦術次第でやりようはある……』

 

『そうだ。もっとも、1番いいのはそんな数で劣る状況に陥らないことではあるのだが……それはお前達の考える事ではないのでな』

 

確認出来た限りでは、”バクゥ”の数は10機前後といったところ。

1つ1つ潰していけば問題はない数だ。

イーゲルシュテルンで牽制しつつ、更にバズーカを発射する。

 

「2つ!」

 

順調に”バクゥ”の数を減らしていく”ストライク”、その後ろからビームサーベルを起動した”バクゥ”が襲いかかる。

───しかし、横合いから飛んでいた砲弾がその機体を吹き飛ばし、”ストライク”を守った。

ムウの駆る”パワード・ダガー”の放ったものだった。

 

<おーおー、見せつけてくれちゃってさ!いくぞワンド3、俺達は連携プレイで叩く!>

 

<了解!>

 

たった1機ですら驚異的な”ストライク”だが、その周りには2機の”パワード・ダガー”が控えていた。

彼らが”ストライク”に迫る”バクゥ”を迎撃することで、”ストライク”はその戦闘力の大半を攻撃に注ぐことが出来る。

3機の人型の通った跡には、かつて”バクゥ”だったものが次々と生み出されていった。

 

「───3つ!」

 

 

 

 

 

「やるじゃないか、アークエンジェェェェェェェル……!」

 

ホバートラックの上から双眼鏡でその様を見ていたミケーレは、あまり()()にしたくはなかった味方の活躍にほくそ笑む。

宇宙から降りてきたばかりの小綺麗な部隊に何が出来るとか、これまで地上でヒーコラ言いながら戦ってきたのは自分達だとか色々言いたいこともあったが、それはそれとして自軍の優勢は素直に喜ばしい。

”アークエンジェル”から支援砲撃が放たれて”バクゥ”が吹き飛ぶ様も痛快だ。

しかし、ただ喜んでいるばかりではいられなかった。

 

「大隊、前へ!MS乗り共に遅れを取るなぁ!」

 

この作戦の主役はあくまで自分達陸軍なのだ。”アークエンジェル”隊にだけ活躍させるわけにはいかない。

急発進した車両に揺られながら、ミケーレはアドレナリンの活気に満ちた歓喜の表情で叫ぶ。

ようやくの出番だ!

 

「タァァァリホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 

 

 

 

 

「E4地点にバリアント照準、てぇっ!」

 

「MS隊、更に前進します!」

 

「10時の方向より”インフェストゥスⅡ”接近、数は4!」

 

コリントス(対空ミサイル)で撃ち落とせ!」

 

MS隊の活躍には、母艦たる”アークエンジェル”の働きの影響も大きかった。

戦場全体の把握とそれに応じたMS隊への指示、必要となったら支援砲撃、移動拠点として出来ることをやりきっている。

時折空から襲来する”インフェストゥスⅡ”や“ディン”は南アフリカ所属の”スカイグラスパー”隊が迎撃しているため、”アークエンジェル”はそれらの役割をこなすのになんら支障は存在していなかった。

”スカイグラスパー”と言えば、”アークエンジェル”にもトールの駆る”スカイグラスパー”が配備されているのだが、彼は現在出撃していない。

トールも、彼にしか出来ない役割をになっている。

 

「”ストライク”、エネルギー残量が3割を下回りました!ペンタクル1、発進してください!」

 

<了解です!待ってろキラ!>

 

通信士として奔走するリサから友の危機を聞かされた少年が飛び立っていく。

 

<こちらペンタクル1!ソード1、お届け物だぞ!>

 

<ソード1了解、ドッキングシフトを開始します!>

 

構造上、防御力の大半をPS装甲に依存する”ストライク”はエネルギーの消耗も激しい。

よってパイロットは常にエネルギー残量に気を払いながら戦う必要があるのだが、ここで”スカイグラスパー”本来の役割が活きてくる。

パワードストライカーをパージした”ストライク”がジャンプすると同時に、”スカイグラスパー”が装備していたエールストライカーを投下。

空中換装を成功させた”ストライク”は、エールストライカーから供給されるエネルギーを元手に、バズーカから持ち替えたビームライフルを乱射する。

 

「ほう、見事なものだな……あのように瞬時に機体特性を変えられるとは、戦場の変化を感じるよ」

 

艦長席の隣のシートに腰掛けるミヤムラの賞賛に、”ストライク”を始めとするGATシリーズを作り上げたマリューは微笑む。

自分達の成果が認められるというのは、物を作る人間としてそれ以上に嬉しいものは無いからだ。

 

(もっとも、あそこまでスムーズに出来るのはパイロットの腕もあると思うけどね……)

 

しかし感慨に耽っている時間は無い。

戦場は常に流動的に動いており、”アークエンジェル”にもまだ役割が残されているからだ。

 

「第144機械化混成連隊より通達、『所定の位置に到着、露払いを開始する』とのことです」

 

「承知した。MS隊を下がらせろ」

 

「了解!」

 

1分後、敵陸上艦隊に対して砲弾の豪雨が降り注いだ。

”バクゥ”という天敵を気にすることなく、悠々と歩みを進めた”ノイエ・ラーテ”が牙を剥いたのだ。

その”バクゥ”についても、ムウ達MS隊の活躍によって連携を乱されたことで攻撃が散発的になり、そこを各個撃破されていた。

如何に”バクゥ”とはいえ、1機ずつ孤立しているところを叩いていけば十分に一般部隊でも対処が可能だ。

ともあれ、ZAFTが建設中だという前線基地はあらゆる防衛戦力を剥がされ、残っているのは予備戦力として残っている一部の機体のみ。

 

「ソード2、ワンド2、ワンド4の各機は出撃、()()()()()()()()()()()!」

 

これが最後の仕上げ。

ZAFTが再構築戦争時代の軍事拠点を再整備して拠点を建造しているという情報を得た参謀本部は、あろうことかMS隊を乗り込ませてそのまま基地の設備を乗っ取ってしまおうという大胆不敵な作戦を練っていたのだった。

再整備なだけあってその建造はスムーズに進んでいるようだし、それなら自分達で有効活用しようというのは、なるほど利に叶っているようだった。

そして、基地に残っている敵部隊に襲いかかるのは、ここまで温存されたことで闘志に満ちているスノウ・バアル(二刀の悪鬼)

この戦闘の勝敗は、既に決着しているようなものだった。

 

 

 

 

 

その後に語るべきことは、こと()()()()()()少ない。

”デュエルダガー・カスタム”を先頭とする”アークエンジェル”MS隊第二陣は基地内の”ジン・オーカー”複数機を悠々と撃破し、基地施設内部も歩兵隊によって制圧。

快勝といって差し支えないものだった。

……スノウ・バアルが、投降の意思を見せている敵兵に向けてイーゲルシュテルン(頭部バルカン砲)を発射しかけ、それをキラが制止したことで両者間の空気が緊張したことを除けば。

*1
『テルモピュライの戦い』より




いや、本当にお待たせしました……。
恥を上塗りするようでなんですが、これからも投稿間隔はしばらく空くと思います。
リアルって辛いね……。
以下、長い後書きが入ります。



今回、『オリジナルキャラクター募集』企画から1人採用いたしました。
「バカルディ・ラム」様より、「ミケーレ・コッポラ」少佐です。
素敵なリクエスト、ありがとうございます!

そして、皆さんお待ちかね(?)。
次(の次)に投稿する番外編の内容に関するアンケートの結果発表です!
次は「ムルタ☆ダイアリー」で確定です……盟主王好きだね君達。

それではまず、第3位。
「S.I.D」、43票!
ユーラシア連邦特殊部隊の『黒い』お話が、第3位でなりました!
あくまで第3位、更新する順番というだけなので、必ず更新されます。その時をお待ちください。

続いて第2位。
……。
「プライベート・アスハ」、58票!
オーブ軍特殊部隊による馬鹿娘連れ戻し大作戦のお話が、第2位です!
アンケート最初の方では1位だったので逃げ切るかなと思ってましたが、少しばかり意外な結果に。
これもいずれ更新します。

そして、第1位。
「Thunder clap」、62票!
徐々に「プライベート・アスハ」に追いついていき、最終的には1位に輝きました!
内容は「???」となっており、ワーストかなと思っていたのですが……結構皆さん、知ってる人はいるってことですかね?
それとも怖い物見たさで投票?
ともあれ、1位です。

というわけで、番外編の更新順は以下の通り!

「ムルタ☆ダイアリー」
 ↓
「Thunder clap」
 ↓
「プライベート・アスハ」
 ↓
「S.I.D」

の順で更新していきます!
投票に参加した方も、そうでない方も気長にお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第81話「ティーンエイジャーズ・コンフリクト」

4/3

タンザニア南部 元ZAFT前線基地

 

「なんとか、お互い生き残れたなぁ……」

 

「……そうだね」

 

戦闘が終了して数時間が経ち、空が暗黒に染まった時間帯。

しかし基地の敷地内は多数のライトに照らされ、その下でせわしく車両や人が行き交う様子を、マイケルとベントは展望デッキの手すりに寄りかかりながら眺めていた。

ZAFTが整備していた前線基地は連合軍によって占領され、今は連合で運用するために整備しなおしている。この旧世代の遺物を使えるようにするために働いていたZAFT兵達には申し訳ない気もするが、仕方あるまい。

だって、戦争をしているのだから。

 

「お前見てた?俺がビシッと”バクゥ”吹き飛ばすところ。初戦果だぜ初戦果」

 

「……そうだね」

 

「気ぃ抜けてんな。ま、しょうがねえだろうけど」

 

何を言っても同じような文言を繰り返すベントに溜息を吐くマイケル。この展望デッキで合流してから30分ほど経つが、ずっとこの調子なのだ。

つい1週間ほど前から、ふと見やると考え事をしているようになったが、それと関係があるのだろうか?

 

「……なんか、悩み事あるなら聞くぞ?」

 

「ありがとう、でも、これは僕の問題だから」

 

それを言われると、もうどうしようもない。

そうか、と返してまた窓の外を眺め始めようとするマイケル。しかし、ベントが言葉を紡ぐ。

 

「ごめん、やっぱり相談、してもいいかな」

 

「全然いいぞー」

 

マイケルの気楽そうな返答にホッと息を吐くと、ベントは話し始める。

 

「昼間のことなんだけど……」

 

 

 

 

 

<敵基地に接近! MS隊はただちに発進し、基地内の敵MSを排除してください!>

 

『了解!』

 

時を少し遡り、ZAFT基地攻略作戦の最中のこと。

キラ達先発隊と戦車隊が敵基地へのルートを切り開いたことで基地への直接攻撃の用意が整った。スノウ、ヒルデガルダ、ベントの3人は艦橋からの指示に従い、発進していく。

 

<らぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!>

 

<な、なんだこい───!?>

 

カタパルトから打ち出された勢いそのままに基地の敷地内に侵入した”デュエルダガー・カスタム”が、その手に持つ2本のビームダガーで”ジン・オーカー”を3分割する。

機動力に優れる地上の王者”バクゥ”も、空から標的に襲いかかる”ディン”も、鈍足だが拠点防衛には有用な”ザウート”もいない。今ここにあるのは、進化する地上戦線に置いていかれ、半ば作業用MSとなった”ジン・オーカー”のみだった。

銃を向けながらも及び腰の敵MS隊に、スノウの駆る”デュエルダガー・カスタム”は更に斬りかかる。

そして鬼神のごとく暴れ回る”デュエルダガー・カスタム”に目が引きつけられている間に、ヒルデガルダとベントの”ダガー”は安全に着地する。

 

<オッケー、A地点確保! ベント、いいわよ!>

 

「了解!」

 

ヒルデガルダの”ダガー”がショットガンを構えて周辺警戒に当たっている間にベントの”ダガー”がしゃがみ、背中のストライカーを地面に下ろす。

すると、そのストライカーから続々と連合軍の歩兵が姿を現し始めた。

これこそがキャリアーストライカー。ストライカーシステム搭載MSによって陸戦隊を敵地へ運び、制圧するための装備。これもまた、”第31独立遊撃部隊”に下された『試作ストライカーの性能試験』の一環である。

迅速に歩兵を展開するためのプランの1つとしてこのストライカーは作成され、こうしてその機能を果たしていた。

欠点としては『MSの背中に背負われるので、揺れが酷い』ということが挙げられる。

この作戦に参加した陸戦隊員はほぼ全員が「揺れをなんとかしろ」という感想を得たのは当然とも言える。

 

「陸戦隊の皆さんは全員降りたようです! あとはこのまま……」

 

<敵MSの掃討ってわけね!>

 

「……っ、はい!」

 

ヒルデガルダの言葉は、たしかにその通りであった。しかし、ベントは言葉を詰まらせてしまう。

彼の目に、頭に、自分の攻撃に貫かれて爆散する”ゲイツ”の姿が焼き付いてしまっていたために。

 

(ばかっ、今はそんなことを考えている場合じゃ……)

 

頭を振ってためらいを捨てようとするが、彼が幻影を振り切ろうとする間にも事態は進行していた。

 

<っていっても、スノウちゃんがズバズバ斬っていってるからあまり仕事は無さそ───>

 

<油断したな、ナチュラル!>

 

建物の影から、ヒルデガルダの”ダガー”に斬りかかる影が1つ。重斬刀を両手で構えた”ジン・オーカー”だ。

ヒルデガルダは驚きながらもショットガンを発射するが、距離が近すぎたせいで弾丸は”ジン・オーカー”を捉えられず、咄嗟に盾でその一撃を受け止める。

”ダガー”と”ジン・オーカー”、2機のMSの性能差は歴然であったが、奇襲であることと”ジン・オーカー”が体重を掛けて押し込んでいるために両者は拮抗したつばぜり合いを見せている。

 

<うわっ、ちょっベント、ヘールプミー!?>

 

「ヒルダ! くそっ……」

 

ベントは自機の装備するビームライフルを”ジン・オーカー”に向けて構えた。

ロックオンが完了したことをモニターが告げる。

 

「……!」

 

ライフルから粒子の弾丸が発射され、その弾丸は”ジン・オーカー”の()()を吹き飛ばす。

右肩を吹き飛ばされた”ジン・オーカー”、しかしその動きは止まらず、右肩を欠損すると同時に地面に落ちた剣を拾い上げ、なおも戦闘を継続しようとする。

その間にヒルデガルダの”ダガー”は距離を取り、ショットガンを構えていた。

 

「もうやめろ、そんなナリで戦うつもりか!」

 

<黙れ! お前達みたいな奴らがいるから、こんなことになったんだ! お前らが俺達の”ユニウス・セブン”を……!>

 

「お互い様だ! 僕だって、お前達に……」

 

剣を左手に構えて走り出す“ジン・オーカー”。標的となったのは、当然ベントだ。

その疾走は、しかしヒルデガルダの放ったショットガンによって遮られる。

左腕も吹き飛ばされ、散弾であるが故に胴体にもいくらかの弾丸が浴びせられた。おそらく、コクピットのパイロットも常体ではないだろう。

それでも、止まらない。

 

「と、止まれっ! 止まるんだ!」

 

<ベント、なにくっちゃべってんのよ!?>

 

ヒルデガルダがベントを叱咤するが、彼女もどこか怖じけたような声色だ。

無理もない。2対1かつ武器どころか両腕も無い、そんな状態でも戦おうなどと言う人間は、まさしく『狂人』と呼ばれる類いの人間だ。

なまじ有利な状況下にあり、正常な判断力を保持する2人では気づけない。

この敵は、既に常識は通じない(正常な思考ではない)のだと。

 

<ぐだ、ばれ、なぢゅ───>

 

<───ベントさん!>

 

その歩みは、横合いから射かけられた一条のビームによって止められた。コクピットを貫かれた”ジン・オーカー”は糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

<2人とも、大丈夫ですか!?>

 

エールストライカーを背負った”ストライク”が2機の近くに降り立つ。どうやら、先ほどの射撃はキラが放ったものらしかった。

彼がここにいるということは、既に敵防衛線のカタは付いたということなのだろう。

 

<う、うん。あたしは大丈夫。それより……ベント!あんた、どういうつもりよ!>

 

「えっ……」

 

<えっ、じゃないでしょ! ()()()()()()()()()()っつってんのよ!>

 

ヒルデガルダの詰問がベントに降りかかる。

ベントの腕があれば、ヒルデガルダの言うように両腕の無い”ジン・オーカー”程度、容易に撃ち抜けた筈だ。

その心に、迷いさえ無ければ。

 

<それは……その……>

 

あやふやな態度のベントにヒルデガルダは更に怒りを募らせるが、戸惑いながら事態を見守っていたキラが何かを発見する。

基地から撤退していくZAFTの車両目がけて、2丁のマシンピストルを乱射する”デュエルダガー・カスタム”の姿だ。

戦意を失った敵を撃つという行為にキラは眉をひそめるが、止めようとはしなかった。逃げのびた敵は、いずれまた新たに銃を取って攻撃してくる可能性が高いからだ。味方のためを思うのなら、どれだけ嫌な思いをしてもやらなければならない仕事だ。

なぜなら、彼らは軍人なのだから。

しかし、ここでキラは目を剥くこととなった。射程範囲外にまで逃げた敵部隊をにらみつけていた───「こういう表情をしているだろう」という憶測に過ぎないが───スノウは、怯えた目で両手を挙げながら建物から出てくるZAFT兵の姿を眼下に見つける。

そして、そのまま手に持ったマシンピストルを彼らに構えた。

 

<っ、いけない!>

 

すぐさま”ストライク”を走らせ、ZAFT兵達と銃口の間に入り込むキラ。

もしかしたら、あくまで銃口を向けただけで発射するつもりは無かったのかもしれないが、キラには不思議な確信があった。

彼女なら、撃つ。

 

<……なんの真似だ、ソード1>

 

<武器を下ろしてくれ、ソード2。既に決着は付いた。必要以上の示威行為は、良くないと思う>

 

<そこにまだ敵がいるだろう>

 

<ダメだ! 投降している兵を撃っては……>

 

<武器を隠し持っている可能性がある!>

 

次第に苛立ち混じりの言葉を吐くようになるスノウ。キラの説得に耳を貸そうとせず、何かと理由を付けて投降した兵を撃とうとしている。

売り言葉に買い言葉、キラも段々とスノウへの苛立ちを隠せなくなろうとしていた。

その時である。

 

<お前ら、何やってんだ! 戦闘終了だ、終わってんだよ!>

 

2機の間に、ムウの”ダガー”が割り込む。

周りを見れば、既にこの場にいる兵士達以外は拘束され、敵司令部も完全に制圧されていた。

おまけに戦闘終了命令まで出ているとなれば、MS隊に出来ることはもう無い。ここからは陸戦隊の仕事だ。

 

<……了解>

 

<了解です>

 

スノウも、流石に命令に逆らってまで攻撃するつもりは無かったようで、大人しく”アークエンジェル”に向かう。

この時、ムウはたしかに、部隊内に不穏な空気が生まれだしたことを感じ取っていた。

 

<ったく、若いってのはこれだから……>

 

その一部始終を、ベントは黙って見ているしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「なるほど、帰投してからの微妙な空気の理由はそれか」

 

そして、現在に至る。

自分の命の危機を前にしても躊躇ってしまった自分と、投降しようとしている敵兵すらも撃とうとしたスノウ。撃つべき者を撃てなかった自分と、撃つべきではないものまで撃とうとしたスノウ。

どちらか片一方だけであれば話は別だったのだろうが、生真面目なベントは自分のあり方とかそういうもので悩み始めてしまったのだ。

 

「あの時、僕は最悪な行動をした……と思ってる。自分どころか味方の命も危険な状態で、何もしないでいるなんて。脚部を破壊して無理矢理動きを止めることも……いや、やっぱり撃たなきゃいけなかったんだ、自爆のリスクも考えれば」

 

何もしないのは、時には何かをして失敗するよりも悪い結果を生むことがあるんだ。ベントはそう吐き捨てた。

 

「かといって、バアル少尉みたいにためらい無く生身の人間に銃を向けられるような人間になりたいわけでもない」

 

「そりゃそうだろ。手ぇ挙げてる人間を撃てたらそれはそれとして問題だっつーの」

 

「だけど、あの時の僕に必要なのは、やっぱり少尉みたいに行動出来る決断力だった」

 

「……ったく、お前は真面目に考えすぎなんだよ」

 

マイケルは静かに溜息をついた。

この男は、出会って1年も経っていないけれども友だと確信出来る男は、物事を深く考えすぎる。無鉄砲な自分(マイケル)とは大違いだ。

自分やヒルデガルダが気楽そうに振る舞えるのは、ある意味彼の御陰といってもいい。訓練生時代には何度もその思慮深さに助けられた。もっとも、ヒルデガルダはあれでいて深く物事を考えた上で即決することも出来る女だが……。

何はともあれ、何度も助けられた友が悩んでいるというなら、それをなんとかしようとしてやるのが男だろう。

 

「なあ、ベント。お前はたしかにやらかしちまったかもしれない。撃つべきところで撃たなかったかもしれねぇ」

 

「……うん」

 

「だがよ、俺はこう思うわけだ。───別に、それでもいいじゃねぇかって」

 

懐疑的な視線を向けてくるベントに、落ち着け、とマイケルは平手でを向ける。

 

「お前が悪く無かったって言いたいんじゃねぇよ。何が起きていたとしても、お前は生き残ったんだろ?ヒルダもピンピンしてる。だから、失敗したと思うんなら次に活かせばいいんじゃねぇのってことだ」

 

どれだけベントが悩もうと、それは既に過ぎ去ってしまったことなのだから、その反省を次に活かせればそれでいい。マイケルの言いたいことは結局そういうことだった。

深く考えたわけではなく、単純に自分ならそうするという持論を語っただけであったが、これが実は最適解だった。

既に起こってしまった事態に対して深く考え過ぎることで生み出せるものは少ない。それを続けるくらいならば、すっぱりと割り切って前に進む方が建設的だ。

 

「次、か……」

 

「そう、次だよ。まだまだ戦争は続いてるんだから、深く考え過ぎてるとやられるぞ」

 

「そう、だね……。ありがとうマイケル、少しだけどスッキリしたよ」

 

まだ憂いは残っているが、先ほどよりはその色も薄くなったベント。

兵士としての義務の重さにもがいていた少年、しかし彼は、否、彼らはそれを1人で背負っているわけではなかった。

 

「そりゃ何よりだ。……まあ、相談くらいならいつでも乗るぜ」

 

「頼りにしてるよ」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”食堂

 

「うーん……」

 

一方、キラも夕食を摂りながら頭をひねっていた。

ちなみに本日のメニューはボボティーと呼ばれる南アフリカの伝統料理で、挽肉にカレー粉やスパイスや卵などの食材を加えて焼き上げたものである。

工程のいくつかを短縮した上で簡単に調理できるように袋詰めとされたインスタントの食品だったが、軍用糧食としては十分美味な代物に仕上がっている。一緒に出されるイエローライスとの相性も抜群だ。

十分に満足いく食事、しかしそれを前にしてもキラの顔は晴れない。言うまでも無く、スノウとの雰囲気の悪化が原因である。

 

「どうしてこうなるかなぁ」

 

あくまでキラの憶測でしかないが、あのまま放置していればスノウはZAFT兵を撃っただろう。それを止めることに問題など無い筈だ。

しかし、それを言ったとしてもスノウは素直に受け止めないだろうし、何より問題なのは、「実際にはやっていない」ということである。

あくまで示威のために銃を向けていたのだと言われてしまえば、何を言うことも出来なくなってしまう。しかし、何もしないでいればスノウは再び同じような行動をするかもしれない。

キラから見て、彼女は決して『悪人』ではない。初対面時のように一方的に敵視されることは無くなったし、話しかければきちんと返答してくれる。

おそらく、過去に何かしら()()()()()のだろうと思うが、それを話してもらえるほどの関係というわけでもない。

しかし、この狭い艦内で同じMSパイロットとしてやっていく以上、早々に関係は修復しなければならない。

キラが溜息を吐いていると、その向かいに1人の男が座る。夕食のトレーを持ったムウだ。

 

「いかにも、悩んでますってツラだな」

 

「隊長……」

 

「スノウのことだろ?」

 

頷くキラに、だよな、とムウは言いながら言葉を続ける。

 

「俺も、お前達の関係が悪化している現状はあまりよろしくはないと思ってる。で、だ。スノウとの関係を修復するための秘策があるんだが、どうする?」

 

「え?」

 

この問題の難しい点は、スノウ側に明確な弱みと言える箇所が存在しないことだ。

キラの言ったことは正論だが、スノウが実際に撃ったわけでもない。あくまで可能性の話に留まっているからこそ、厄介なのである。

それをあっさり解決する方法があるというのか?それを尋ねると、ムウはあっけらかんと『秘策』を明かした。

 

「えぇ……本当に大丈夫ですか?」

 

「いけるいける。ま、やってみろ」

 

ムウの楽観的な態度に不安になりながらも、結局それ以外のアイデアが浮かばなかったキラは、半信半疑ながらも『秘策』を実行することにしたのだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦内通路

 

「あ……」

 

「む……」

 

バッタリ。キラとスノウは、その表現がもっとも相応しいシチュエーションで遭遇した。

キラと出会ったスノウは露骨に顔を歪めて立ち去ろうとするが、キラとしてはそれを見逃すわけにはいかない。

 

「……あのっ、バアル少尉!」

 

「……なんだ」

 

不機嫌そうにしながらも、キラの方を向いて話を聞こうとするスノウ。どうやら、完全に拒絶されているわけではないようだった。

関門を1つ突破したような気分になりながら、『秘策』を使用した。

 

「……ごめんなさい!」

 

「……はぁ?」

 

いきなり謝られることで困惑するスノウ。その様子を気にせず、キラはさらに言いつのる。

 

「たしかに少尉の言うとおりでした。まだ武装解除もしていない敵兵を警戒するのは当然だし、()()()()()()()()のだってそうです。僕が早とちりしただけでした!」

 

「えっと、ちょっと待て、貴様は何を言って」

 

「本当にすみませんでした!」

 

ひたすらに頭を下げるキラとひたすらに困惑するスノウ。

この状況を生み出すことこそが、ムウの『秘策』だった。

 

『───謝っちまえば良いんだよ、先に』

 

『えっ?』

 

『押してダメなら退いてみろ、ってな。どっちも自分が正しいって思ってこじれてるなら、まずは自分から一歩譲る姿勢を見せて切掛を作っちまえばいいんだ。そうすりゃ相手も、少なくても話を聞こうって気になる』

 

『でも……』

 

『ああ、そのまま自分がひたすらに悪いってことを言ったって、そりゃ()()()()を言ってるようなもんだ。そこで、こうするんだよ』

 

ムウから教えられたことを思い出しながら、キラは次の段階に移る。

 

「……分かったなら、それで」

 

「───少尉があの場面で撃ったりするわけありませんよね」

 

「っ!?」

 

スノウの言葉を遮っての発言は、彼女の激情に火を灯すには十分だった。

しかし、ここでスノウは気付く。

あの場面でスノウは、『敵がまだいる』『武器を隠し持っている可能性がある』と言った。しかし、『実際に撃つ』とは言っていない。

───ここでキラの発言を否定してしまえば、『あの時撃つつもりだった』と言ってしまえば、キラと自身の形勢は一気に相手に有利となる。軍規違反を起こそうとしていた自分と、それを止めようとしたキラというポジションが確立してしまう。

スノウの頭脳は、この場面における最適解を導き出した。

 

「……そう、だな」

 

「ですよね!」

 

それは、()()()()にすること。この問題を穏便に解決するにはキラの言うとおり、『キラが早とちりしていた』という形で事態を終わらせることが最適解だった。

スノウだって、同じパイロットとの関係悪化が長期続くのは良くないということは理解している。

キラが僅かに口端をつり上げているのを見て取ったスノウは、嵌められた、ということに気付いた。

 

「それと、もう1つ聞かせろ。……誰からの入れ知恵だ?」

 

「フラガ隊長から」

 

「そうか」

 

この少年は高い能力があるクセにバカだ。でなければ、たった1機で大気圏に引きずり込まれようとしている自分を救出しにくるものか。無鉄砲と言い換えてもいい。

そんな人間に、こんな搦め手が使えるとは思えなかった。

 

「ちっ」

 

「その、ごめんなさい。でも、なんとかしたくて」

 

この言葉に、スノウは悪態を吐く気すら無くした。

スノウも、あの状況でどちらに問題があったかというと、それは自分だと分かっている。助言を受けたとはいえ一歩譲る姿勢を見せられた以上、これ以上事態を引っ張るのは些か以上に無様だ。この問題は、ここで終わりにしようと決める。

それはそれとして。

 

「なら、もう1つ言っておくことがある」

 

首を傾げるキラに、スノウは吐き捨てた。

 

「───その話し方(敬語)を止めろ。不愉快だ」

 

この男はバカだ。にも関わらず丁寧ぶった話し方をされると、むず痒くなる。

スノウ自身もよく分かっていない意図が込められたその言葉をぶつけられたキラは目を瞬かせ、微笑みながら応える。

 

「そうするよ、少尉」

 

「……ふんっ」

 

ズカズカと通路の向こうに去って行くスノウ。その後ろ姿を見送りながら、キラは胸をなで下ろす。仲間との関係が悪化したままで戦うという事態は避けられたようだ。

 

「良かったね、仲直り出来て」

 

「うわっ!? ヒ、ヒルダさん」

 

後方からひょっこりと姿を表したヒルデガルダに驚きの声を挙げるキラ。

どうやら、先ほどのスノウとのやり取りを覗かれていたようだった。

 

「ごめんごめん、でもそんなに驚かなくてもよくない?」

 

「す、すみません……」

 

「で、どうだったの?」

 

「はい?」

 

何が進んだというのだろうか。キラが首を傾げるのを見て、ヒルデガルダは補足する。

 

「スノウちゃんとはどうなったのって話」

 

「ああ……えっと、なんとか解決しました」

 

「……それだけ?」

 

ヒルデガルダは何を聞きたがっているのだろうか。よく分からないキラだったが、そういえば、と思い出す。

 

「敬語はやめろ、って言われましたね」

 

「……ふーん」

 

それを聞いたヒルデガルダは、ニヤリとしながらキラの肩を叩く。

 

「やるじゃん、キラ君」

 

「はい?」

 

彼女が何を言おうとしているのかが分からない。

女の子の考えることってよく分からない。先ほどのスノウの要求も含め、キラはぼんやりとそんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被検体が対象Yと接触した。どうする?」

 

「コーディネイターなどを相手に絆されるようではな……調整が足りなかったか?」

 

「構うことはない。データは十分に取れているし、()()()()()()()()使()()()()だ。使える内は使う、それでいいだろう」

 

「そうだな、主任に報告するだけに止めよう」

 

「ああ。全ては」

 

『───蒼き清浄なる世界のために』




心理フェイズ回です。
次回からはきちんとMS戦とかやってくので、気長にお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第82話「呵責」

4/4

タンザニア南部 『元』ZAFT前線基地改め地球連合軍前線基地

 

「せっかく作戦が終わったというのに、終わればすぐ次の任務とはな……老体には応えるよ」

 

「申し訳ありません、私達がもっと強ければ大佐をこのような場所にお連れしなくても良かったのですが……」

 

ZAFTを排除し、今度は連合軍による整備が開始された基地の敷地内を1台のジープが走り抜ける。

後部座席に腰掛けるミヤムラの漏らした言葉に対しマリューは申し訳なさを感じた。既に戦場から退いた筈のヘンリー・ミヤムラがこうして再び戦場に出てくることになったのは、若者である自分達が不甲斐ないせいだと思ったからだ。

 

「すまない、当てつけのような形になってしまったな。君達のせいなどでは無いよ。ただ、時勢が悪かったということなのだろうさ」

 

「しかし……」

 

「なに、現役時代にも多忙の経験はある。むしろ良いリハビリになってるよ。それに、この歳で新感覚を味わうことになるとは思っていなかった」

 

「新感覚、ですか?」

 

ああ、とうなずきながらミヤムラは基地の敷地内を見渡す。

ミヤムラは軍に入隊してから今日まで宇宙軍一本で働いてきた。連合軍で採用されてそれなりに時間の経っている”リニア・ガンタンク”に現在の重力戦線を支える”ノイエ・ラーテ”を初めて見たのは先日だし、アニメーションの産物だと思っていた巨大人型ロボットが資材を担いで基地内を歩き回る光景など想像も出来なかった。

この戦争が終わるまで生き残っていれば今度こそ退役するのだろうが、家内への土産話としては十分に過ぎるだろう。

そのためにも、早く戦争が終わるように任務をこなさなければ。

やがてジープは、司令部として選ばれた建物の入り口に停車した。これからここで、”アークエンジェル”の行く末が話し合われることになるのだ。

 

「では、いこうか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

4/5

”アークエンジェル” 格納庫

 

「弾けろ、フレームっ!」

 

「飛び散れ、オイルっ!」

 

「これこそがTHE・肉体派、”ストライクガンダム”の神髄だ!」

 

「全員まとめて掛かってこんかい!」

 

『”コマンドー・ガンダム”っ!!!』

 

でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!

……と書かれたプラカードを掲げながら盛り上がる技術スタッフ達。若干ドン引きしているMSパイロット達を尻目に話は進んでいく。

 

「はい、というわけで”ストライク”の新装備に関する打ち合わせのお時間です。後ろの人達は気にしないでください。連日の強行軍(徹夜)のせいで頭が可哀想になってしまっただけですので」

 

「は、はぁ……」

 

アリアはそう言うが、後ろでクラッカーを鳴らしたり「うぇwwwうぇwww」と奇声を挙げるなどする整備士達を気にするな、というのは無理がある。

整備班の副リーダーのような立場にあるコジローはというと、顔に隈が出来てはいたものの平然としていた。本人曰く「”マウス隊”にいた頃にもう慣れた」とのことだ。

修羅場をくぐり抜けてきたのはパイロットだけではないということか。

 

「”コマンドー・ガンダム”。正式名称を”重装パワードストライクガンダム”と呼ぶこの形態は、見ての通りパワードストライカーに更なる重装備を施した形態です」

 

背中に背負った2丁のバズーカ、腕部の側面を覆い隠すように取り付けられた12連装ミサイルポッド、一見して前面をカバーするための増加装甲……に見えるマイクロミサイルポッド。

明らかに1機のMSに備わる火力としては過剰なそれらを、アリアは明るい表情で解説していく。

キラはその姿に若干の違和感を覚えるが、今は茶々を入れるべき時ではないと自制し、解説を聞き続けることにした。

 

「この強化プランのコンセプトは『単機でも敵基地の戦力を壊滅させうる装備』というもので、概算ではありますがおよそ単機でMS3個小隊(約10機)と同等の火力を発揮することが可能です」

 

「1ついいか?」

 

手を挙げたのはスノウ。アリアに促されて、彼女は自身の疑問を述べ始める。

 

「コンセプトは分かった。問題は、『そもそも必要なのか?』ということだ」

 

MSに積められるだけの火力を積む、それはいい。機動力に関しても元がパワードストライカー装備なだけに、最低限は確保されているのだろう。

しかし、それを用意することの意味があるのか?というのが問題だった。

三月禍戦(マッチ・ディザスター)』でかなりの損害を受けたとしても、それでも物量では連合の方が圧倒的に有利なのは変化していない。この装備のように強力な『個』に頼るような装備は、むしろZAFTで用いられるような代物だった。

それを連合軍で用いる意味を、スノウは問うている。

 

「仰ることは分かります。この装備を運用するくらいなら、そもそもMS10機揃えた方が戦略の幅も広がりますし、不確定要素も潰せますからね。ですが、こう考えてみてください」

 

「?」

 

「───MS10機分の火力を発揮出来るこの装備を、複数の“ダガー”に施したなら? 過剰と思える程の火力でも、それによって部隊全体の火力を底上げすることが出来れば、その分他のMSには異なる役割を担わせることが出来るとは思いませんか?」

 

つまりアリアは、「3機分の火力が必要な場面でこの装備があれば、他の2機に異なる役割を担わせられる」と言いたいのである。

そもそもこの部隊の任務は「特殊なストライカーの運用試験」であり、実際に役に立つかどうかを考えるのは彼らの試験結果を見た上層部なのだ。スノウの意見は真っ当なものだったが、彼女が発言するには不適切な内容であった。

 

「次の作戦、ソード1はこの装備で出撃してもらうことになります。また、シミュレーションでは火力を存分に発揮するためには単機であることが望ましいという結論が出ていますので……」

 

「ちょ、ちょーっと待った! いくらなんでもキラ君だけを戦わせるのは見過ごせないっていうか!」

 

「勿論、不慮の事態を想定してバックアップの用意はしてもらうつもりですよ。あくまで一番前に出て貰うってだけですから」

 

ヒルデガルダが危険を訴えるが、アリアは支援はすると言って耳を貸さない。

言っていることは間違ってはいないのだが、キラは違和感を捨てられなかった。必要なのは認めるが、たった1機を敵陣に突撃させることに対してなんら呵責や迷いを持っていないようだったからだ。”コマンドー・ガンダム”やキラの実力に自信を持っている、というわけでもないだろう。

この数日、”ストライク”の整備や調整に参加している時にはそのような違和感を持つ場面は無く、キラの中では「少し風変わりな女の子」という印象に留まっていた。

この違和感を感じさせる姿こそが、彼女の本性ということなのか?

 

「隊長もなんか言ってやってよ、このままだとキラ君が……」

 

「……バックアップってのは、何をする予定なんだ?」

 

「上空に予備のストライカーを装備した”スカイグラスパー”を配置、装備に不具合が見られた場合に備えます。また、後方にランチャーストライカー装備の”ダガー”を2機、予備戦力としてソード2の”デュエルダガー・カスタム”を含む3機のMSを用意します。これで、大凡の状況には対応可能かと」

 

「そうか。……なら、俺は口を挟まん」

 

ムウは作戦に消極的反対の姿勢を見せていたが、反論材料が潰されているのでは口を挟むことは不適切と判断し、口を閉じる。

キラが危険だというのはたしかだが、そもそも危険性の無い戦闘など無い。ましてや”第31独立遊撃部隊”は実験部隊の要素もあるのだから、この程度のリスクは背負って当然だ。

それはそれとして、不慮の事態においてはためらい無く行動するつもりだが。

 

「隊長まで……マイケル、ベント。あんた達も何か……」

 

「───やります」

 

ヒルデガルダはなおも納得出来ない様子でいたが、キラは彼女の言葉を遮って決意表明をした。

 

「攻撃予定の敵拠点の規模は、見た限りではそう大きなものではありませんでした。”バクゥ”タイプに気を付ければ、この装備なら十分に任務をこなせると思います」

 

「でも……」

 

「後ろをお願いします、ヒルダさん」

 

キラがそう言うと、ヒルデガルダは溜息をついて「お手上げ」の姿勢を見せ、アリアに向き直る。

 

「何かあったら、すぐすっ飛んでくからね?」

 

「勿論、それをお願いしようと思ってました。それと……私も、難しいことを言ってることは自覚していますから」

 

では、と会釈をしてアリアは”ストライク”の方に去って行った。話すべきことは話したということだろう。

アリアの漏らした最後の一言がキラの心に少々引っかかったが、今の彼にはするべきことがある。

 

「───やると決まったからには成功のための準備をしようぜ。ほら、行くぞ」

 

「此処にこの戦力を配置する、後は好きに戦え」と言われただけで戦争に勝てる筈も無い。パイロット同士での綿密な打ち合わせがあってこそ、作戦を成功させることが出来る。

()()の中で取りうる()()を見つけることが、今のパイロット達の仕事だった。

ミーティングルームに向かうパイロット達の後ろ姿をアリアは見つめ、程なくして機体に向き直った。

 

 

 

 

4/6

中部アフリカ コンゴ民主共和国

”アークエンジェル” 艦橋

 

「中部アフリカに侵入しました。敵性反応は確認出来ません」

 

「うむ。しかし、また一匹狼に逆戻りとはな」

 

「致し方のないことだと思います。ここから先、通常の機甲戦力の出番は少なくならざるを得ませんから」

 

眼下に広がる険しい大地を見据えながらのミヤムラの言葉に、マリューはそう返す。

現在、”アークエンジェル”は前線基地から西の方角、中部アフリカ方面に向かって飛行していた。これは大気圏内で飛行可能かつ2個小隊規模のMS隊を有する”アークエンジェル”だからこそ担うことが出来て、なおかつ陸戦隊では不可能な任務が下されたからである。

 

「アフリカ大陸、特に中央部は険しい山脈が広がってますからね。戦車を持ってきてもマトモに使える地域の方が少ないですよ。先日の作戦は、たまたま戦車が使える地形だっただけで……」

 

「へー、エリリン詳しーんだ」

 

「エリクだ馬鹿もん。少し調べれば分かる」

 

艦長席の斜め後ろに位置するオペレーター席に座る2人、”マウス隊”からの移籍組であるエリクとアミカの漫才に、マリューはクスリと笑ってしまう。

これから”アークエンジェル”が担う任務の難易度を理解しても飄々としている胆力は流石と言うべきだろう。

加えて、エリクの言うことは正論だった。

アフリカ大陸の中央部は険しい地域が多く、”ノイエ・ラーテ”等の戦車隊は行動が大きく制限されてしまう。輸送機で運ぶにしても思うように動けず、結局砲台になるのが関の山だ。

それに対してMSはあらゆる地形をその2本の足で踏破することが可能であり、特に制限を受けることはない。基本的には装甲・火力で”ノイエ・ラーテ”に劣るMSの、陸戦兵器としての明確な利点だった。

 

「だからこそ、我々にしか出来ない役割なのだ。根気強さが求められるぞ」

 

”アークエンジェル”に下された新たな任務。それは、中部アフリカ地域における単艦での攪乱だった。

現在、アフリカ大陸の連合地上軍は、南アフリカ統一機構の首都であるナイロビ並びにビクトリア基地奪還作戦に向けて戦力の集結を始めていた。

ここでネックとなるのが、西アフリカ地方からのZAFTの侵攻である。

ナイロビとビクトリア基地はどちらも東アフリカに存在するため、そちらに戦力を集中させてしまうと西側が手薄になり、そこを起点として南アフリカに侵攻されかねないので、不用意に動くことは出来ない。

そこで白羽の矢が立ったのが”アークエンジェル”であり、元々宇宙用の戦艦であることも相まって現在の連合軍艦の中では最高の無補給継続航行能力を持っているこの艦が攪乱作戦実働艦に抜擢されたのだ。

 

「出来る限りの地形のインプットと潜伏地点(ラークポイント)の洗い出し、お願いね」

 

『了解』

 

そしてこの東西アフリカを分断する山岳地帯は、自由に飛び越えることの出来る”アークエンジェル”からすればある程度の広ささえあれば好きな場所に艦体を隠すことも出来る、絶好の潜伏地点と化すのだ。

Nジャマーの影響で通信能力が制限されるというのも追い風になっている。正に怪我の功名といったところか。

そして、”第31独立遊撃部隊”の記念すべき初めての単独任務の攻略目標となっているZAFT軍基地は、どんどん近づいていた。

 

「では諸君、大胆にいこうじゃないか」

 

 

 

 

 

ZAFT地上軍第28物資集積所

 

その姿を最初に認めたZAFT兵は、果たして幸運だったのか不幸だったのか。

彼はこの拠点に配属されているMSパイロットだが、やることと言えばこうやって愛機である“長距離偵察型ジン”のコクピットから周りを適当に見渡すくらい。

太平洋やヨーロッパ、そして宇宙では今も同胞達が命を賭けて戦っているのに、自分達は敵の影も見えない辺鄙な物資集積所で、日がな一日暇を持て余している。

勿論、これも立派な任務だということは分かっている。だが、それでも気が抜けるのは仕方無いだろうとも思っていた。

だって、どこから敵が来るというのだ?

南方には南アフリカ制圧のための前線基地、北はプラントへ協力しているアフリカ共同体。西の大西洋はジブラルタルの精鋭が網を張っている。そして東には険しい山脈。

()()()()()()()()()()

楽観的思考のままで、彼はその日も複座型の愛機の操縦を担当する相方と駄弁っていた。

そして、その時は訪れた。

 

「ん……あれなんだ?」

 

「あれって、どれだよ?」

 

「だーかーら、あっちの空に、なに、か……」

 

目を向けた方向には、翼を広げた鳥のような影が浮かんでいた。

いや、鳥ではない。鳥はあんなに大きく無いし、伸び伸びと飛ぶものだ。

あれは、まるで。

 

「───っ! 敵襲、敵襲ーーーーーーー!!!」

 

暇を持て余しているとはいえ、軍人としての自負がある基地のZAFT兵達は直ちに戦闘準備を始める。

しかし、そんな彼ら目がけて突っ走る機影が1つ。

機体のあらゆる箇所に火器を満載し、全身火薬庫と化した”ストライク”、もとい”コマンドー・ガンダム”がZAFT兵達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

「こちらソード1、これより攻撃とデータ収集を開始します!」

 

キラが最初に行なったアクションは、肩部に装備した12連装ミサイルポッドの一斉射。

パワードストライカーのホバー機能によって補われているとはいえ、それでも重量の大幅増加は避けられない。それにNジャマーの影響でミサイル(誘導兵器)の大半は命中率が低下している。故にMS戦でのミサイルの扱いは、「遠距離からばらまく」か「確実に命中する距離でぶちまける」のどちらかが定石となっており、キラは前者を選択したのだった。

敵拠点のMSの数は先の戦闘とは比べるべくもなく、片手で数えられるかどうか、といった程度しか確認出来ない。

 

「……これならっ」

 

ミサイルを撃ち尽くしたキラは即座にミサイルポッドをパージすると、左手に固定する形で装備されたガトリング砲『ハーゲル』を敵MS部隊に向けて発射し始める。

まだ多少の距離はあるが、それでも通常のMSの装甲を容易に貫通する90mm弾頭が高速で襲い来るのだから、ZAFTからしたらたまったものではない。

ミサイルとガトリングの乱れ打ちによって”ジン”───”バクゥ”や”ゲイツ”の存在は確認出来なかった───は数をどんどん減らしていき、ついに残り3機にまで追い込まれる。

誰から見ても既に勝敗は付いていたが、それでもキラは攻撃の手を緩めない。

彼が撃たないと誓っているのは投降した兵だけであり、戦闘の意思がある者、あるいは逃げ延びて別の場所で戦おうという意思が残っている者を逃すつもりはさらさら無かった。

戦争に参加するとはそういうことであり、キラはその覚悟を既に終えている。

『ハーゲル』の残弾が僅かになると、更にそれすらもパージし、後背部に懸架している2丁のバズーカを両手に保持して発射する。放たれた砲弾は1機の”ザウート”とその周辺の物資を吹き飛ばし、生み出された爆炎が生身の兵士達を焼いていった。

肉の焼ける匂いと意味を為さない呻き声がその場に満ちるが、攻撃は止まらない。

 

「残り、2つ!」

 

バズーカを放り捨てた”ストライク”の更なる1手は、胴体や膝に取り付けられたマイクロミサイルの全弾発射。

止まらない。

止まらない止まらない止まらない。

───攻撃(ストライク)は、止まらない。

全身でマイクロミサイルの雨あられを受け止めた”ジン”が崩れ落ちる。残りは、”強行偵察型ジン”のみ。

装備のほとんどを使い果たし、身軽になった”ストライク”。ホバー走行による高い機動性を完全に引き出した”ストライク”は、そのまま”強行偵察型ジン”の懐に飛び込み。

 

がぎぃんっ!!!

 

腰から抜き放ったアーマーシュナイダーを”強行偵察型ジン”のコクピットに突き刺す。先ほどまで呑気に駄弁っていたパイロット達は、何が起こっているのかも分からないままに頭から胸元までを引き裂かれ、死んだ。

キラは目をつむり、何かを堪えるような素振りを見せるも、頭を振って思考を切り替える。

───自分で、選んだ道だ。

 

「……敵性MSの反応、確認出来ず。これより帰投します」

 

<お疲れ様です、ソード1。フラガ少佐、お願いします>

 

<ったく、まさか本当に1人で片付けちまうなんてな……それはそれとして、ポンポンと武器を捨てんな!拾うの誰だと思ってんだ!>

 

後方からムウとヒルデガルダの”ダガー”と、”デュエルダガー・カスタム”がやってくる。

生存者がいた場合、投降勧告を出すためというのと、小規模ではあるが物資集積所だったようなので、何か持ち帰れる物が無いかを捜索するため。そしてムウの言うように、”ストライク”がパージした武装を回収するためである。

 

(もっとも、この有様じゃあ()()()はやるだけ無駄かもしれないけど……)

 

破壊し尽くされた、ZAFTの拠点()()()場所。

この中を生きているとなれば、それは相当な幸運を持っているか、あるいはかなりの不運に見舞われた人間だ。

こんな有様では、生き延びていてもきっと大けがをしているか、トラウマを抱えるか、あるいはその両方に見舞われるに違いない。

これを、あの少年が、キラ・ヤマトが為したという事実に、ヒルデガルダは悲しげに顔を歪める。

 

(キラ君……こんなことをしてまで、成し遂げたいことなの?)

 

実際に触れ合った時間は短くとも、ヒルデガルダにとってキラは大切な友人であり仲間だ。だから、断言出来る。

───あの少年は、けして人殺しにはなりきれない。

これからも彼は戦い続け、その度に心を痛めていくのだろう。

『自分で選んだことだから』と、『こんな悲しみを抱く権利など自分には無い』と。

 

(だったら、それを支えるのが仲間ってもんよね)

 

戦場で心が傷つくことが避けられないとしても、何時いかなる時も安らぎを得てはいけない、などということは無い筈だ。

一緒に笑い合える努力をしよう。せめて、MSから降りている時くらいは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪”ストライク”の強化プラン、通称”重装パワードストライク”の試験運用結果について≫

記述者 キラ・ヤマト少尉

 

:武装の過剰搭載、本装備について論じる場合この言葉が真っ先に出なければならないだろう。

個々の装備はどれもが高品質であり、特にアームガトリング『ハーゲル』は”ストライク”に限定せず、他のMSにも装備可能かつ高い攻撃力を持っており、一定数生産する価値があると思われる。

問題はそれを含む多数の兵装を扱うことが困難だということだ。それぞれの装備ごとに有効射程距離がバラバラで、パイロットには高い情報処理能力と判断力が求められる。

加えて、使用に値するシチュエーションも限定されることが予想される。

現在の連合軍では最低単位3機で1小隊を組むことが推奨されており、よほどのことが無ければその定石が崩されることは無い。

本装備の開発目的の1つに『単機に火力を集中させることで部隊の取りうる戦術の幅を広げる』というものがあるが、実際に運用した結果、逆に戦術の幅が狭くなりかねないという私見を表明する。

また、全身に実弾火器を装備することによって被弾時の誘爆の危険性があるのも大きな問題だ。運用したのがPS装甲を備えた”ストライク”であるから問題は無かったが、”ダガー”がこれを装備する場合、それだけで大きなリスクを伴う。

本装備を有効活用する最適解は機動性を活かして敵陣に強行突入することである。汎用性においてはランチャーストライカー装備に劣り、拠点防衛においてもファランクス装備の”ダガー”で事足りる。

だが、前述した操縦難易度の高さと誘爆の危険性を鑑みると、やはり量産するだけの価値は無い。

本装備の使用が積極的に求められるシチュエーションがあるとすれば、『使用可能なMSが1機だけしか存在せず、最後に一花咲かせるくらいしか出来ない』ような状況であり、やはり現実的では無いし、そもそもそのような状況に陥った時点で戦術的敗北を喫しているのは疑いようもない。

なお、けしてこの装備が無価値と言いたいのではなく、価値を認めた上で量産の必要は無いのだということを述べておきたい。

有用では無いが有力。

無力ではないが無用。

まるで、ペーパーテストにおける難題の尽くを正解しておきながら、基本的な問題を間違えるような歪さが感じられる。

以上の分析を以て、本装備に関する結論を述べるとすれば次の一言に尽きる。

───『残念』と。

 

 

 

 

 

≪この報告書に関する、運用試験責任者であるアリア・トラスト少尉からのコメント≫

 

:ヤマト少尉の試用結果と実際の戦果が余りにも上等すぎるため、生産価値が無いと断言することが困難。更なるデータ収集が必要と判断される。

もう2回くらいこれで戦ってください。




次回は”マウス隊”もといユージ視点です。
以下、コマンドー・ガンダムのステータス。

コマンドー・ガンダム
移動:7
索敵:C
限界:180%
耐久:300
運動:32
PS装甲

武装
アームガトリング:160 命中 65
バズーカ:200 命中 60 間接攻撃可能
ミサイル:170 命中 50 間接攻撃可能
マイクロミサイル:70 命中 45 
バルカン砲:30 命中 50

:”ストライク”の強襲用装備。正式名称は”重装パワードストライク”。
ホバー走行による高機動性と大幅に増加した火力を併せ持っているが、如何せん操縦難易度が高く、有効活用出来る者はコーディネイターであっても限られる。
しかし十全に性能を発揮した場合は本編のような無双や単機での敵拠点壊滅が可能という、ある種のロマン装備。
イメージとしてはガンダムヘビーアームズ(EW)のイーゲル装備に近い。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第83話「ネズミ達の一幕」

今回はマウス隊回です。

※後半にインモラルな描写がございます、ご注意ください。


4/6

『セフィロト』 “第08機械化試験部隊”オフィス

 

どうも下郎の皆さん、ヴェイクです。ふは、ふははははははっ!

 

オフィスに入室して早々に高笑いを挙げるパチモンに、しかし他の職員達は「またか……」という視線を向けるばかりで大して気に留めていないというのはおかしいと、ユージは切実に思った。

そして後ろに控える変態共を見て、悟った。第1艦隊司令の出迎えというイベントを終えてしばらくは小休止か、といったタイミングで4人が集まっている。───絶対に何かよからぬことを企んでいる。

 

「で、今度はいったい何を持ってきたって?」

 

「ふふふふ、そのようにこちらに視線をくれずに塩対応をされると……何がなんでもこっちを向かせてやろうという気になってしまうじゃないか、ん?」

 

「落ち着いて安心しろ欲しい、消して奇妙なおかしい物を持ってきたわけじゃない、無いとが保証sる」

 

「そうか。ところでブロントさん、こないだ持ってきてた『馬型に変形するMS』の開発企画書だがボツにしといたぞ」

 

「絶対に許されない! アブソルートリィ(絶対にだ)!」

 

「ええい、話を脱線させるでないわブロントさん! 天翔十字鳳するぞ!」

 

「で、何を持ってきたって?」

 

自分から話を脱線させておきながら平然と話を戻そうとするユージ。

変態達に一方的に話させると会話の主導権を奪取されるため、このように変態同士で争わせておき、その隙に主導権を握る。”マウス隊”の隊長を務めているウチに身につけたスキルの1つである。

 

「とりあえずヴェイクはブロントさんを抑えておいてください。持ってきたのはこれ、”バスター”の仕様変更案ですよ」

 

「”バスター”の?」

 

「ええい、貴様! この聖帝に指図をするな、というか手を貸してほしいっていう!?」

 

ユージの疑問の声に対してウィルソン(一見常識的変態)が差し出したのは、つい先日に行なわれた”バスターガンダム・アサルトスタイル”の模擬戦データと意見がまとめられた1枚の紙だった。

性能自体は悪く無かったものの、パイロットであるカシンの適正に合わないということや、”バスター”にやらせるような役割ではないという意見がまとめられており、結果的に正式採用はボツになったはずだったのだが……。

 

「これがどうかしたか?」

 

「隊長、先の模擬戦で問題になったのは『”バスター”にやらせるようなことではない』という問題でしたね?」

 

「ああ」

 

「ヴァーディクト・デイをやんややんやとエンジョイしていた私達は、そこであることを思いついたんですよ。”バスター”の適正に合わせつつ、仕様を大きく変更することの出来る改装計画をね」

 

ゲームやってる最中に思いついたとか絶対に禄でもない、とユージはこめかみに手を当てて頭痛を堪えるような姿勢を見せる。

しかし、なんだかんだで変態四天王達+αがまったく使えない物を出してきたことは……結構あるが、話を聞こうと続きを促す。

 

「現状の”バスター”は強力な実弾砲とビーム兵器を兼ね備えた、砲撃支援機としては十二分に優秀なMSです。本来なら改善するような要素はぱっと見ありません。強いて言うなら近接戦用装備が無いというくらいですか」

 

「しかし、そこで俺達は逆転の発想を得たんだ! 『今の時点である程度完成しているなら、あえてバランスを崩してみるのも有りではないか』と!」

 

バンッ、とユージの机を叩くアキラ。

ここでようやくブロームが落ち着いたようで、ブロームとヴェイクがホワイトボードを持ってきてそこに何かしらを書いたり貼り付けたりを始める。その様子を見て、他の技術者達も集まってくる。

ちなみに、パイロット勢はこの時MSシミュレーターで訓練を行なっており、この場にはいなかった。

 

「機動性を捨てて、完全に砲撃戦仕様、それもただの砲撃戦仕様ではなく対艦攻撃特化型に改造するプラン!」

 

「その名も”バスターガンダム・オーバードスタイル”。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」

 

「オーメル仲介人かお前は。……一応聞くが、VDのどこから着想を得た?」

 

元ネタに寄せて絶妙に人の神経を逆なでするような話し方をするウィルソンに若干イラッとしながら、疑問をぶつける。

ガチタン仕様の機体縛りでもしたのだろうか?そこまで考えて、ユージはあることを思い出す。

あるじゃないか。それ以外の全てを投げ捨てたかのような、一撃に全てを捧げたかのような代物が。

 

「”アークエンジェル”とかですね、ほら、ミサイルとかレールガンとかバンバン使うじゃないですか」

 

「……はい」

 

「船が、すごいふっといの」

 

「ああ、うん、ふっといミサイルね」

 

『あれ、MSにも積んでみたくないっすか?』

 

「っていう? ふはっ、ふははははははっ、えふっ、ゴホっ、ちょむせた!」

 

「マヤ、いますぐあの白衣連中を呼んでくれないか? 活きの良いモルモットがいるってな」

 

「隊長、彼らは”アークエンジェル”にバアル少尉が移籍した際に全員『セフィロト』から退去しています」

 

「畜生、お前ら全員バカだバカ! バーカ!」

 

「はーい、精神安定剤の出番ですねー」

 

 

 

 

 

4/9

『セフィロト』周辺宙域

 

「えー……それでは、これよりGAT-X103”バスター”の『超長距離対艦・対拠点攻撃用装備』の運用試験を開始します」

 

<りょ、了解です>

 

後ろで顔に手を当てながら天井を仰ぐユージをチラチラと気にしながら、管制官の声が部屋の中に響く。

モニターの中に映る”バスター”は、普段の”バスター”を知っている者も、そうでない者も頭の上にクエスチョンマークを浮かべるだろう様相を呈していた。

といっても、機体本体に大きな変化が起きているというわけではない。大きく変化したのは、その背中だ。

右後方側には折りたたまれた巨大なレールのような装置が取り付けられており、時折プシュプシュと煙を吐き出している。

左後方側に取り付けられているのはそれとは対照的に見た目は特に違和感の無い筒状のコンテナだが、そこに何が積まれているのかを知っている者からすれば、まるでエアガンのガワを被せたデザートイーグル(大口径自動拳銃)のような印象を得ることだろう。

 

「なんであいつらはあれを3日で用意出来るんだ……」

 

「趣味と仕事が両立している類いの中でも、とりわけ優秀な能力の持ち主ばかりですからね。2・3日の徹夜くらいは屁でも無いんでしょう」

 

「君もなんだかんだノリノリだった気がするなぁ」

 

「決まったからには私もやりますよ」

 

実際、隣で腕を組んでいるマヤを含め技術スタッフ達は実に頼りになる。性格・経歴無視のエキスパート達を選りすぐったという言に嘘は無いと断言出来るだろう。

ユージはふと、この部隊が結成されてまだ1年も経っていないということを思い出した。たしか、結成したのは去年の7月だったか。ハルバートンの元にMS早期研究の有効性を直訴しにいった時は、このような部隊の隊長になっているとは予想出来なかった。

もしもあの時、直訴しに行っていなければどうなっていただろうか?

こうして愛すべき馬鹿共と共に仕事をすることもなく、”テスター”が生まれることもなく、キラ達の物語が変わることもなく。

そして、隣に佇む女性と(ねんご)ろになることもなかった。その様子を想像すると吐き気さえしてくる。

ユージは横目にマヤを見つめていたが、それに気付いたマヤはジト目でユージを見つめ返す。

 

「どうしました、隊長?」

 

「いや、君のような女性と出会えて私は幸せ者だなと」

 

「貴方にしては珍しい率直な口説き文句ですね。2週間ほど前にワーワーと私に縋って泣いていた時とは大違いです」

 

「それを持ち出すのは反則だろう……」

 

ユージは思わず、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまう。

あの時はもっとも信頼する副官であるジョンが戦死したり、自分の行動のせいで戦争が更に拗れたのではないかととことん悲観的になっていた。死んでしまいたいほどの胸の痛み、それを和らげてくれたのが女性(マヤ)の温もりだったのだ。

『原作』でキラがフレイ・アルスターに縋りついたのも頷ける話である。あの『温かみ』は、()る。

 

「あの~……準備、出来てますけど」

 

オリヴィアから遠慮がちに放たれた声を聞き、我を取り戻す。

オリヴィア含め、先日転属してきた何人かはまだ”マウス隊”の空気に慣れていない。そんな中で隊長であるユージもこの有様では彼らも困惑してしまうだろう。

立ち上がって咳払いをし、なんとか空気の正常化を図る。

 

「あー、うん、済まなかった。気を取り直して、試験を始めようじゃないか」

 

「やれやれ、ウド印のブラックコーヒーのお代わりを頼む直前だったぞ隊長。ではカシン、システムを起動してくれ」

 

<分かりました、アキラさん>

 

カシンが”バスター”の背部装備を機動するスイッチを押し込むと、たちまち変化が起きた。

折りたたまれたレールが展開して真上に伸び、コンテナから押し出された物体───艦対艦ミサイル『スレッジハマー』がレールにセットされる。ちなみにこのミサイル、本来”アークエンジェル”級で運用される物よりも爆発力の強く、火器の知識に長けた隊員によるお手製の改造品だったりする。

 

「隊長が休戦期間中に導入してくれた各種成形機のおかげで、既存の生産ラインに依存せずに独自性の高い弾頭を作成出来るようになりましたからねぇ。“マウス隊”様々(さまさま)ですようぇっへっへっへ」

 

「おかげ様のおかげで『クトゥグア』と『イタクァ』の開発に成功し、ナイトも喜びが鬼なった」

 

「……俺は墓穴を掘ったか?」

 

何を今更、という顔をマヤに向けられては、ユージにはもうお手上げだった。

もしかしたら自分はワーカーホリックなのかもしれないとユージは思った。口では変態達に振り回されるのを厭うような言葉を吐いておきながら、こうやって新しい機材(おもちゃ)を導入しているのだから。

一度精神科に罹ってみよう、と決意をしたところで、カシンから武装の展開と照準が完了したとの報告が入る。

 

「大丈夫かカシン? 『不明なユニットが接続されました』とか表示されていないか?」

 

<えっ、あぁ、はい。特に問題は無いかと思われます>

 

「やだな~、隊長。こういうところでふざけたら次回以降通してもらえないじゃないですか~」

 

「俺達だって学習するんですよ!」

 

「ふははははははっ! 直前まで”バスター”のバイザーをはじけ飛ばすギミックを積もうかどうか悩んでいたとか、そんなことはないっ!」

 

調子に乗りだす変態達を聞き流しながらも、ユージは実験の最終フェーズに到達したことを確認した。

あとは、ユージが実際に発射許可を出すだけだ。

 

「”バスター”に不備は無いか?」

 

「そこは心配しないでくれ。俺達が入念に整備したからな」

 

「よし……カシン、お前のタイミングに任せる」

 

<分かりました。……MS用試作型対艦ミサイル『インドラ』、発射!>

 

カシンがトリガーを引くと同時に、”バスター”の背中に組み上がった発射台からミサイルが垂直に発射され、標的として用意された”ナスカ”級の残骸に向かっていく。

発射されたミサイルはしばらく上昇し、定められたプログラムに従って方向を転換。内蔵したカメラが捉えた標的にそのまま向かっていき───。

 

「おおっ……」

 

次の瞬間、宇宙に火の玉が生まれた。

ベースとして用いられたミサイルは『スレッジハマー』だった筈だが、ユージにはそれが同じ物であると信じられなかった。

それほどの威力だった。核とは流石に比ぶべくもないが、それでも1機のMSに装備させるには、文字通り過剰(オーバード)だったのだ。

 

「素晴らしい、想像以上の成果だ!」

 

「残骸とはいえ”ナスカ”級を1撃で……相当なものですね」

 

「ああ……威力はな」

 

ユージは内心で、この装備の不採用と研究継続のための算段を立て始めた。

強力な装備なのはたしかだが、装備が展開して発射段階になるまでに時間が掛かりすぎる。使うとすればデブリ帯など視認が困難な場所での不意打ちだろうが、それにしたってわざわざこの装備を持ち出すよりもランチャーストライカーなどの砲撃装備で連続しての攻撃を行なった方が良いだろう。宇宙空間ではビームの減衰が起こらないのだから尚更だ。

しかし、ビームと違ってミサイルであればその中身によって色々な運用が可能という利点もある。

”オーバードスタイル”の実験で得られたデータがあれば、より効率的にMSの手で大型ミサイルを運用するための装備を作れるという将来性も見越しての『研究継続』の判断だった。

 

(ん? ……まさかな)

 

大型ミサイルの発射用装備といえば、とユージはあることを思い出す。

『原作』のdestiny時代に連合軍で運用されたMS用装備の中にマルチストライカーというものがある。劇中ではもっぱらmk5核ミサイルを発射するために用いられていたストライカーだが、”オーバードスタイル”のデータを使えば、作り出せてしまうのではないか?

『原作』通りに進むとは限らないが、もしも連合がNジャマーキャンセラーを手に入れて核の力を取り戻した場合、マルチストライカーwith核ミサイルを装備した”ダガー”が量産され……。

 

(やっぱり止めようかな、研究継続……)

 

ノーベルやアインシュタインの二の舞にはなりたくない。

しかし、ユージの考えを置き去りに変態技術者達は大喜びでデータの収集や次回作の構想を練り始めていた。

 

「ヒュージミサイルはあれでいいとして、次はどうします? マルチプルパルス?」

 

「いや、あれは全方位に発射するからダメだ。それよりヒュージキャノン(Giga cannon)を……」

 

「グラインドブレードはどうだ? 刀身にPS装甲材を使えば強度は確保出来る」

 

ウキウキと話し合う変態技術者達だったが、ユージとしてはそれを見逃すわけにはいかない。

予算交渉をするのが誰だと思ってるんだバカ共、「”マウス隊”だから」ってことで融通効かせてるところもあるんだぞ。これ以上仕事を増やさないためにも、ここで歯止めを掛けなければ。

 

「おいお前ら、いい加減に……」

 

「まずはマスブレードを作るべきよ。ローコストだし、最終的にはエド中尉のところに送りつければ成果出してくるから」

 

『それだっ!』

 

「何でお前まで混ざって変態やってるんだよマヤぁ……」

 

 

 

 

 

4/11

『セフィロト』 オフィス

 

今でこそMS運用・研究のエキスパートとして名を馳せる”マウス隊”こと”第08機械化試験部隊”だが、結成される前は当然MSの知識に長けた人物はほとんどいなかった。『ほとんど』と形容したのは、隊が結成される前からハルバートンの指示で極秘裏に進められてきた『G』計画から転属してきた人間もいるためである。

加えて彼らは、MSの早期実戦投入のために各所から集められた。であれば当然、入隊前のそれぞれの得意分野も異なる。

休戦期間中に”マウス隊”の元に舞い込んだ1つの計画、それは「Nジャマー環境下でも運用可能な偵察機の開発プランの提示」であった。

といっても、ユージはこの計画に隊を参加させるつもりは最初は無かった。パイロットも技術者もMS運用に集中させたいという思惑や、部隊内に新しく負担を抱える必要も無いだろうと判断したためである。幸いにも計画参加への打診がされたというだけで、断りやすい状況だったというのもあった。

しかしそこに「待った」を掛けたのが、かつて”メビウス”シリーズの開発・研究に参加した経験のある技術者Aと、航空機への造詣が深いB、そして”テスター”に搭載されるセンサー類の開発を主導したCだった。

彼らはどこからか聞きつけたこの計画の概要を聞き、ユージに対して参加を直談判したのである。

 

「こんな面白……有意義な計画に参加しないなんてもったいない!」

 

「水くさいじゃないですか~こんなすんばらしい計画を蹴るなんて~」

 

「……やろう」

 

前世が押しに弱いと言われる日本人であり、その気質が抜けきらなかったユージは、この談判に対し「普段の業務に差し障りの無い程度に止めること」「構想が出来上がった場合、真っ先にユージにそれを見せること」等を条件に計画への参加を決めた。……決めてしまった。

「MSに飽き足らず、今度は偵察機かよ……」という視線を投げかけたホフマンの姿が印象的であったとユージは後に語った。

そして今日、その構想案が提出されたのだが……。

 

「なるほど、却下」

 

Why(何故)!?』

 

「俺がお前達になんと言ったか、覚えてるか?」

 

ユージが自分の机の上で手を組みながら問うと、計画担当者の3人は首をひねる。完全に忘れているらしき様子を見たユージは溜息を吐きつつ、説明する。

 

「俺は『全部品を完全新規で設計するのは負担が掛かるから、既存品との兼ね合いにも十分に注意を払うように』と言った筈だ」

 

「え~? それだったら十分に配慮してるじゃんか~」

 

「ああ。きちんと”グラスパー”タイプの部品を使っているぞ」

 

「……使った」

 

なるほど、話の食い違いポイントはそこか。

ユージはまたしても、部下と自分の()()()()()について頭を悩ませることとなった。

 

「───機首とコクピット内装ぐらいしか流用部分が無いだろうが! こんなもんほっとんど完全新規みたいなもんだ!」

 

「ええ……コクピットも結構お金かかる部分なのに」

 

「そういう! 問題じゃ! 無いっ!!!」

 

ユージが机を叩く音も、四天王が毎度のごとくやらかす度に響くために皆慣れてしまい、なんら効果を為さない。

 

「まあ、落ち着けよ隊長。ゆっくり深呼吸だ、なっ?」

 

再度溜息を吐くユージ。Aがまるで幼子を諭すかのように語りかけてくるのはそれはそれで腹が立つものの、一度落ち着くべきだというのはたしかに正論だった。

マヤが持ってきたアイスコーヒーを飲み干したところで、Bが説明を始めた。

 

「そもそも~、考えてみてくれよ隊長~。地上では既に”デッシュ”が配備されてるし、第一線から退いた”メビウス”の一部を偵察仕様の“EWACメビウス”に改修する計画が立ち上がってるだろ~?」

 

「それがどうした?」

 

「だったらさ~、って考えたわけ~。……わざわざここから更に偵察機を開発する意義って、な~に?」

 

言われて見ればたしかに、とユージは顎に手を当てて考え込む。

既に宇宙でも地上でも偵察機が用意されている。にも関わらず、計画への参加を打診されたのはBが例に挙げたような偵察機が出揃ってからだ。

新たにここから開発する意義とはなにか?

 

「そこで~我々なりの考察なんですけど~。たぶん上層部は~新時代のスタンダードを求めてたんじゃないかと思うんですよ~」

 

「……思う」

 

B達の言い分を要約すると、この開発計画は連合軍上層部が戦後を見据えた取り組み、その一環ではないかとのことだった。

”デッシュ”も”EWACメビウス”も、元になったのはどちらもCE60年代の機体で、構造は古い。特に偵察用に改造しているとはいえ、本来は戦闘用に開発された”メビウス”の場合は、あくまで延命処置のようなもの。

三月禍戦(マッチ・ディザスター)』が起こる前の連合は、”ダガー”の量産態勢が整ったことによる楽勝ムードもあり、ZAFTとの戦争への注意をおろそかにしてしまった。だから、このような計画を流暢に実行したのだろう。

とはいえ、『三月禍戦』のような掟破りの襲撃が起こると予想することは、出来たかもしれないが難しかった。仕方のないことといえばその通りだ。

 

「つまり、このZAFTとの戦争にかこつけてそれら試作機のデータを取り、次の戦争に備えようとしたのではないか、ということだ」

 

「……ことだ」

 

「うーん、意外と当たってそうな……」

 

「ならば、ということで我々は流用する部品を多くするよりも、多少コスト増しになったとしても高性能かつ発展性のある機体を設計するべきという結論に落ち着いたというわけだ」

 

彼らの説明を聞き、ユージも段々と文句を付けようという気は無くなり、上に提出してみようかと思い始めていた。

通らないならばそれはそれで良し、通ったならば戦場に高性能偵察機が登場することになる。戦場で偵察機、引いてはその活躍で得られる情報がどれだけ重要なのかは、言わずもがなである。

なんだかんだで部下に甘いユージなのであった。

 

「そういうことなら、まあ、いいか」

 

「おおっ、分かってくれたか!」

 

「夜も寝ないで昼寝して~で設計した甲斐がありましたよ~」

 

「……グッド」

 

そういえば、とユージはあることを思い出した。

機体の詳細を確かめることを先にしてしまったために、肝心の開発コードを尋ねていなかったのである。

 

「どれど……。……ん?」

 

「どうした?」

 

「……この機体の名は、その……」

 

「ああ、”スノーウィンド”と名付けたんだ。イカすだろ?」

 

「……戦闘妖精?」

 

『That's right!』

 

「そっかぁ……」

 

「良かったですね、まだマシな方じゃないですか」

 

マヤの慰めは、全く慰めになっていなかった。

変態達(かれら)に常識を求めたユージが間違っていた、ただそれだけのことである。

 

 

 

 

 

4/12

『セフィロト』 上級士官用個室

 

宇宙空間では昼や夜といった概念は存在しないも同然だが、人間である以上は必ず一定のリズムで眠気に襲われる。時計の針の回りでしか判別することは出来ないものの、今は間違い無く夜として認識されるべき時間帯。

電気の消えたその部屋で、ユージは机の上に置かれたパソコンに向き合い、キーボードを叩いていた。

その顔は『真剣』という表現がこれ以上に無いほどに合致する表情を形作っており、その指は時折止まりながらも一心不乱に画面に文字を打込み続けている。

 

「───きちんと寝るのも兵士の仕事。そう言ってませんでしたか、貴方?」

 

左肩に寄りかかる形で、マヤが顔を覗かせる。首筋にさらりと触れる黒髪がくすぐったい気持ちにさせるが、それでもユージは作業を止めなかった。

 

「スマン、できる限り早くに進めておきたいものでな」

 

「……『プロジェクト・RX』、ね」

 

ユージが熱烈にハルバートンにプッシュしているこの計画は、『連合軍が現在有する技術の粋を尽くし、最高性能のMSを建造する』ことを目的とするものだった。対外的にはユージは「連合軍のMS開発の限界を検証する」ためと言っているが、真相はそうではない。

マヤはユージの秘密───『前世』と『機動戦士ガンダムSEED』に関する知識の保有───を知っている。だからこそユージがこの計画を推し進めようとしているのが、ただ1人のためだけであるということも理解していた。

 

「それほどのものなんですね、キラ君の能力は」

 

「ああ。……”ストライク”で戦い続けることは不可能だろう」

 

本来の筋書き、『原作』においてキラはオーブ近海にてアスラン率いるMS隊と戦闘をした際にマルキオ導師によって保護され、プラントにたどり着く。

そこでラクス・クラインと再会し、紆余曲折あってラクスから核動力MS”フリーダム”を託されることになる。

しかし……。

 

「この世界でキラ君が”フリーダム”を手に入れられる可能性は低い。クライン派の動きは大分制限・監視されているようだしな」

 

「運命が変わったから、ですか?」

 

「ざっくり言えばそうなる」

 

そう、現状でキラが”ストライク”に代わる新しい『剣』を手に入れる可能性は0に等しかった。

”アークエンジェル”が今いるアフリカ大陸からオーブを経由してアラスカ基地に向かうような予兆は存在せず、また、アスランはアスランで『紅凶鳥』と呼ばれる、ネームバリューだけなら『砂漠の虎』に並ぶトップエースになり、『原作』のようにわざわざ”アークエンジェル”だけに()()()()()()()()余裕は無い。

しかし、最終的にはプラントないしZAFT宇宙要塞『ヤキンドゥーエ』に攻め込むころには、ZAFTは核動力MSを作り出しているだろう。

如何にキラといえど、MSの性能が低ければその力を発揮しきることは出来ない。

───必要だった。”フリーダム”に代わる(ガンダム)が。

そのための『プロジェクト・RX』。キラに『ガンダム』を与えるための計画。

 

「時間が無い……無いんだよ」

 

ひたすらに計画書を作成するユージ。そんなユージの姿を見たマヤは、溜息を吐きながらユージの首を動かし、自身の顔を視界に捉えさせる。

 

「なにを───」

 

有無を言わさず、口の中に暖かい何かが侵入してくる感覚がユージを襲った。首を向かせたマヤが口づけたのである。

 

「ぷはっ……」

 

「仕事は大切ですけど、殿方が女性を手持ち無沙汰にさせておくのは、あまり褒められたことではないと思いますよ?」

 

「それは……悪い」

 

「素直な人は好きですよ」

 

そう言われてはユージには反論のしようもない。

あれだけ()()()()()()くせに、目を覚ましたら男はこちらに見向きもせずに仕事に没頭している光景が広がっている。マヤでなくとも、女性ならば自分に魅力が無いのかと怒って当然の行為だ。

素直に非を認めて謝る()に満足した()はベッドに寄りかかり、艶やかに足を絡ませる。

 

「……2回戦、いきます?」

 

目の前でそのようなことをされては、放っておく者は男どころか生物ですらないとユージは思考の中で断言する。

立ち上がってベッドに向かおうとして───。

 

<隊長、夜分に申し訳ありません。早めにお耳に入れておくべきと思われる案件がございまして……>

 

部屋に備え付けられたモニターを叩き割りたくなったユージは、きっと間違っていないだろう。

幸いにも、モニター付き通信装置にはプライバシー保護のために許可無く映像が流れることはなく、音声のみであったために通信先に部屋の中の様子を知られることはない。

これ以上ないほどに顔を顰めながら、()()()()()()()()ではないだけマシだと思いながら通信装置に向かう。

 

「いったいなんだオリヴィア、こんな夜更けに」

 

<地上派遣部隊のイメリア大尉から、隊長に極秘でご覧にいただきたいものがあると。画像ファイルが1つと、文書が1つです>

 

「レナ大尉から? 分かった、こちらに送信してくれ」

 

間もなくして、ユージの端末に1つのファイルが転送されてくる。

夜勤の苦労を労いながら端末に向き合うユージと、不満そうにしながら裸身にシーツを巻き付けて端末をのぞき込むマヤ。

開封された画像を見た瞬間、ユージはハッと息を飲んだ。

 

「これは……結構荒い画質ですけど、MSですね。背中のウェポンラックを見る限り、東アジアの”須佐之男”タイプに酷似していますけど……ユージ?」

 

「嘘だろ……」

 

上を向いて溜息を吐く男の姿から、マヤはただならぬ何かを感じ取った。

ユージの『眼』……機体や一部パイロットのステータスが見えるという、一見戯言のような能力が()()を見て取ったのだろう。

 

「もう知らん……こんなんキャパオーバーだ」

 

突如立ち上がったユージはマヤを抱き上げ、ベッドに向かう。

半ばヤケクソ染みたその動きは、現実逃避の証拠だった。

 

「あの、ユージ……?」

 

「明日だ明日、今の俺はムシャクシャしてるんだ」

 

「でも……」

 

「良いから……な?」

 

「……もう。明日になったら説明してくださいね」

 

男女のシルエットが重なるのに、そう時間は必要なかった。

夜は、更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユージの『眼』は、たしかに1機のMSの姿を映していた。

撮影者から遠ざかっていく姿を映したその画像。そこには。

───蒼いMSの姿が映っていた。

 

 

 

 

ブルーガーディアン Type01

移動:8

索敵:C

限界:190%

耐久:250

運動:46

シールド装備

Pシステム

 

武装

ビームライフル:150 命中 75

グレネードランチャー:200 命中 60

バルカン:50 命中 50

ビームサーベル:165 命中 75

実体ブレード:120 命中 70

 




前半中盤おふざけ回、後半しっとり回。
まあユージも男ですしおすし……。

というわけで。
次回更新するのは番外編の方、「Thunder clap」となります!たぶん前後編になるかと思います。
本編をお待ちの方には申し訳ありませんが、ご容赦ください。


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第84話「迫り来る牙の脅威」

http://syosetu.org/img/user/275847/81176.png
「Dixie to arms」様からマヤ・ノズウェルのファンアートをいただきました!
毎度昇天しております!


「来たわよ、隊長……って。またコーヒーブレンドしてたわけ? またダコスタに文句言われるわよ、カフェイン臭いって」

 

「おっ、来たかスミレ君。いやぁ、こればっかりは止められないんでねぇ」

 

「あっそ。で、私を呼んだのは何?」

 

「ほら、あれあるだろ? ”アークエンジェル”。倒してこいってお達しが来てね」

 

「”アークエンジェル”……ああ、噂のあれ? 『神出鬼没の大天使』? とびっきりの厄介事ね」

 

「だが、僕達向きだよ。呼んだのはその相談さ。『どうやって倒す?』って」

 

「相談……する意味ある? 隊長だけでなんとかしそうだと思うんだけど」

 

「とんでもない! 言い方はアレかもしれないけど、君は僕の指せる駒の中では最強の1手だよ? しかも実力だけでなく、言うべきことはしっかり目上にも言える胆力がある。意見を聞くことに意味があるのさ」

 

「随分高く買ったものね、MS乗れないポンコツを。まあいいわ。で、どうするワケ?」

 

「その前に……一杯どうだね? 今回のブレンドは君の好みに合わせて、カフェラテにしてみたんだが」

 

「いただくわ。……もっと甘い方が好みよ」

 

「子供だねぇ」

 

「ほっといて」

 

 

 

 

 

4/13

アフリカ大陸中央部

”アークエンジェル”

 

「その物資は3番倉庫だ! 間違っても落とすなよ!」

 

「班長、補給された弾薬量ちょっと合わないんですけど……」

 

「ごらぁマイケル馬鹿野郎! 偽装を引っかけるなっつってるだろうがZAFTの前にテメエ殺すぞ!」

 

<初めてやるんだから、細かいことなんて完璧に出来るかよ!>

 

「おいキラ、そんな慌てなくていいから落ち着いて運べ」

 

「は、はい!」

 

喧噪の中、キラは両手に物を抱えてあちこちを動き回る。

現在、”アークエンジェル”は潜伏している山間部にて補給を行なっていた。

先の戦闘から一週間が経過したが、その後も”アークエンジェル”は2つのZAFT軍の拠点を襲撃、その全てを陥落させてきた。

その内2回は”コマンドー・ガンダム”形態で出撃したものであり、やはり出撃の度に戦果を挙げて帰ってきたキラであったが、3度目の出撃でついに”コマンドー・ガンダム”の欠点、それも『戦闘に関しない』ものが明らかとなり、正式に試験を終了することとなった。

それは、『部品の摩耗率』と『弾薬の消費量』である。

”コマンドー・ガンダム”、正式名称”重装パワードストライク”は通常のパワードストライカー装備に追加武装を取り付けたものである。しかし、それに伴ってスラスター出力を向上させた結果、ホバーユニットの部品の摩耗率が上昇するということが明らかとなったのだ。事前にその可能性は指摘されていたものの、これまでの実践テストで明らかになったというわけである。

そしてこれも当然と言うべきか、弾薬に注がれるリソースにも限度がある。追加した武装の大半はミサイルで、それを出撃の度に全弾発射していれば───それが最適解だとしても───弾薬費がバカにならない。『有力ではあっても無用』という、キラの言葉の正当性が証明されたということだった。

しかし、戦果自体は高い物を示したために、何かしらの特殊用途装備の開発には活かされるかもしれない、という旨をキラは聞かされていた。

ここでの役目を終えた装備類は、補給物資を空輸してきたVTOLに積み込まれることとなる。

C/OV-70強襲VTOL”ヘルハウンド”。大西洋連邦のとある軍需企業が開発したという機体で、名前の通り本来は強襲作戦を目的として作られている。武装は船体前面に取り付けられた2門の機関砲のみだが、MSは3機まで輸送可能かつ既存の輸送機よりも機動性に長けており、現在は増産が進められているとか。

そして今は、”アークエンジェル”の生命線である。

補給が絶たれてしまえば、どんなに強壮な艦体でもたちどころに張り子の虎(ハリボテ)と化す。しかし”アークエンジェル”は現在単艦での攪乱作戦という隠密性の高い任務を実施している。おおっぴらに補給することは出来ない。

そこで補給役に選ばれたのが、この”ヘルハウンド”なのだ。

”ヘルハウンド”は既存の輸送機よりも一度に運べる物資量は僅かに劣るが、その分速度に勝る。隠密かつ迅速に活動する”アークエンジェル”の補給役としては最適解なのである。

だが、いくら高速で運べると言っても積み込むのにもたついていては話にならない。なので、キラを始めとするMSパイロット達もこうして作業にかり出されているのだった。

 

「ん……スノウ?」

 

そんな中、キラは自分と同じように荷物運びにかり出されているスノウの姿を見つけた。

フラフラと歩いているように見えるが、大丈夫だろうか。持っている荷物は遠目に見た限り医薬品のようだが、もしも落としたらフローレンスに『指導』されてしまうだろうし、心配になる。

しかし、荷物の重さで震えているというようでもない。

キラは心配になって近づき、声を掛ける。

 

「バアル少尉、大丈夫?」

 

「……」

 

「少尉?」

 

やはり、何か様子がおかしい。

戦闘時にはよく凶暴になるスノウだが、それ以外は生真面目に職務を全うする少女だった筈だ。今もキラが隣で荷物を持ちながら並歩しているのに無反応のままである。

 

「少尉、少尉ってば。───バアル少尉!」

 

「ひゃッ!? わっ、とっと、あぁ!?」

 

埒が明かないと思ってキラは声を大きくして呼びかけるが、それがマズかった。

我に返ったスノウは突如大声を出したキラに気を取られ、ただでさえフラフラとしていた足取りを更に悪化させる。

キラは反射的に手を差し伸べようとするが、自分の両手も塞がっているので不可能。

そのままの勢いでスノウの手から医薬品の入った箱がこぼれ落ち───。

 

 

 

 

 

「次からは気を付けるように」

 

「「はい……」」

 

キラとスノウは順々に医務室から出る。

結局、医薬品を床に落としてしまったキラとスノウはそれを持って医務室に直行、フローレンスに謝罪に向かう事にした。

幸いにして、落としたものが比較的安価なものだったり破損がほとんど無いということもあってフローレンスは大きく問題にすることをしなかったが、その代わりに『指導』が飛んで来たのは言うまでも無いことである。

フローレンスの『指導』には大雑把に2種類がある。

1つは説教だけで済む言論的指導。そしてもう1つは、()()()()を交えた物理的指導。

今回は前者で済んだが、もしも後者だった場合、キラ達は今頃医務室の外ではなく、ベッドの上に縛り付けられていただろう。その光景を想像したキラは思わず身震いをする。

 

「……その、ごめん。下手に声掛けて」

 

「謝るな……ボケッとしていた私にも責任はある」

 

とぼとぼと通路を歩く2人。

キラは教官(マモリ)からの罵倒である程度タフになっていると自負していたが、フローレンスの『指導』は別方向のキツさがあった。

 

「覚束ない足取りをしていることを心配するのは結構、ですがそこから先へ思考を飛ばすことは出来なかったのですか?」

「もしもバアル少尉が落とした物資が医薬品ではなく実弾で、落下の衝撃で暴発でもしたら?」

「そもそも、自分が何かしらの作業をしている時に別のことに手を出そうというのが無茶であると分かりませんか?」

 

むしろストレートに罵倒してくる分、マモリの方がマシな一面もあったかもしれない。いや、やっぱりどっちもキツい。

スノウに至っては「白昼からふらついているとは……診察を開始します」と言ってベッドに縛り付けられそうになっていた。

時折生身での戦闘訓練を行なったりもするので、スノウのその華奢な体躯に似合わない剛力をキラは知っているのだが、それを物ともせずに拘束を完了しそうになったフローレンスには恐怖さえ感じた。

 

「そういえば、少尉はなんでふらついてたの? 体調が悪いとかじゃ……ないか」

 

「もしそうだったら、私は今頃あの部屋でベッドに縛り付けられていただろうな……」

 

スノウも、恐怖がぶり返したのか震えていた。

溜息を吐いて平静を取り戻し、話し始める。

 

「貴様に話す筋合いは無い……と言いたいところだが。そもそも私が放心していたせいでこうなったんだ。話すべきかもしれんな。……分からないんだ」

 

「分からない?」

 

「ああ。物資を運んで、他の隊員達と話して、そんなことをしていると、なんだろうな……()()()があるような気がしたんだ」

 

既視感があった、というだけなら呆ける理由にはならないだろう。キラはそう思ったがスノウは更に話し続ける。

スノウが明かした情報は、キラを驚愕させるに十分なものだった。

 

「既視感程度で……と思うだろう。だが、私には……記憶が無いんだ」

 

「え!?」

 

「ああ、おかしいと思うだろう? 記憶も無いのに既視感など……」

 

「いや、いやいやいやちょっと待って? 記憶が、無い?」

 

「……言っていなかったか?」

 

コテン、と首を傾げるその姿は戦い振りからは想像出来ないほどに可憐だったが、それが気にもならないほどにキラは狼狽していた。

だって、記憶喪失である。

 

「記憶喪失? あの、ドラマとかで『頭を打ったせいで何も覚えてないんだ』とかやってる?」

 

「ドラマとやらのあれこれは知らんが、まあ『何も覚えてない』というのは合ってるな。私が覚えているのは、ここ1年程度のものくらいしかない」

 

人間は誰しも、記憶を紡ぎながら生きている。それがその人の歴史、生きた証となるのだ。

しかし、目の前の少女はそれを失っているという。

キラは、踏み込みすぎではないかと思いながらも更にスノウに尋ねる。

 

「なんで、そんなことに?」

 

「さぁな。『私』が最初に目を覚ましたのは逆に気持ち悪くなるほど白く清潔な病室で、目にしたのは漆黒の服の女だ。名前はなんと言ったか……まあ、その女に誘われて軍に入った」

 

「そ、そう……」

 

いきなり明かされる、同僚の衝撃的事実。それにキラは困惑しっぱなしだったが、最後に1つだけ聞いておきたいことがあった。

 

「えっと、記憶喪失っていうのは分かったけど、なんでそこから軍に……?」

 

ピタリ、と歩みを止めて俯くスノウ。

何か、マズいことを言ってしまっただろうか。それなりに関係は良好になってきたと思ったが、それでも踏み込み過ぎたか?

 

「あの、スノウ?」

 

「……ああ、すまない。今すぐ貴様を殴り殺したい衝動に襲われてな」

 

どうやら、地雷は地雷でも特大の物を踏み抜いたらしい。キラはこの時、死を覚悟した。

だが、スノウがこちらに襲いかかってくることはなかった。どうやら事情はキラが思うよりずっと複雑なようだった。

 

「いや、お前に問題があるわけじゃない。そう、お前には、無いんだ。……軍に入った理由、理由か。私がコーディネイター、いや、ZAFTが憎くてたまらないからだ。それだけしか、無かったからだ……」

 

私の記憶を奪ったのは、奴ららしいからな。そう言い捨ててスノウは歩き去っていく。

キラは1人、呆気に取られながら立ちすくむのだった。

 

 

 

 

 

4/14

“アークエンジェル”会議室

 

結局、キラはスノウに声を掛けられないままに一日が経過した。

今は会議室で、明日行なわれるZAFT軍拠点襲撃作戦の会議が行なわれており、キラは時折チラリとスノウの方を見るが、当の本人は澄まし顔でムウの説明を聞いている。

 

「そんじゃ、次は……おい、キラ? ボケッとすんなら待機時間の時にしな」

 

「あっ、す、すみません少佐」

 

「連日の作戦行動で疲れてるのは分かるがな、そこんところはしっかりしてくれよ?」

 

大事な作戦会議で別のことに気を取られるなど、マモリがこの場にいたらキラを殴り飛ばしていたことだろう。

元から真面目に何かに取り組むということは少ない方のキラだが、今は自分だけではなく他の仲間達の命も掛かっているのだ。頭を振って意識を切り替える。

 

「よし、じゃあ今度こそ……アリアの嬢ちゃん、頼む」

 

「任されました! さてさて、今回のビックリドッキリ……じゃない、試作装備はこちらです!」

 

アリアはウキウキとした様子で、先ほどまで地図を映していたスクリーンを操作する。

スクリーンに映ったものは、長砲身の実弾砲を2門搭載した見慣れぬストライカーの画像。

 

「こちら、試作ストライカー『ドッペルホルン』となります。見ての通り砲撃戦仕様の装備ですね」

 

「へぇ~、アリアちゃんにしては大分おとなしめなような」

 

ヒルデガルダの言うとおり、アリアの性格をある程度知っている者であれば疑問に思う程度には、その装備は()()()()()()()。余計な装備は付いておらず、やることがわかりやすいシンプルな形状だ。

しかし、キラはそれを違うと分析する。

 

「トラスト少尉、いいかな?」

 

「はいはい、なんでしょう?」

 

「これは()()()()()()()()()()?」

 

「流石いい目の付け所してますね、ヤマト少尉」

 

ドッペルホルンストライカーは、カタログスペックでは優秀な装備に思える。

ただしそれは、宇宙空間で使用した場合の話だ。

 

「後方に比重が偏っている……宇宙ならともかく、地上でこれを使うとなればかなり安定性と機動力が削られると思うんだけど?」

 

「それはそうでしょう。それを検証するんですから」

 

ドッペルホルンストライカーは本来、宇宙空間において平均の高い耐ビーム防御性能を誇る艦艇群を撃破するために開発されたストライカーだ。しかしその高い砲撃性能は、地上でも一定の活躍が見込めるのではないか?という意見が持ち上がってきた。

宇宙では強力なビーム兵器だが、地上ではというとあまり評価は芳しくない。その理由を大まかに挙げると以下の3つに絞られる。

 

①弾が直線でしか飛ばない=山間部ではちょっと強いだけ

②地上では大気に影響されてビームの収束率が低下し、有効射程が狭まる。砂漠などでは熱対流によって軌道自体も大きく逸れるという報告も有り。

③実弾火器よりも高度な整備態勢が求められ、故障が起きやすい。

 

そこで地上軍は、実弾火器であるために強力な弾丸を山なりの軌道で放てるドッペルホルンストライカーに目を付けた、というのが試験対象装備に抜擢されたあらましである。

ちなみに「強力な砲というなら既に250mm連装砲を備えた”ノイエ・ラーテ”があるじゃないか」という意見が『通常兵器地位向上委員会』から挙げられたが、「その”ノイエ・ラーテ”が活動出来ない山間部などでの選択肢としては有りではないか」という意見とぶつかるという小衝突が起きていたりする。

 

「まあ、選択肢はいくらあっても困りませんよ。こと戦争においては特に」

 

「それはそうだろうけど……重力下における姿勢制御と照準補正プログラムはちゃんと調整されてるんだよね?」

 

正直言って気が乗らないキラではあったが、やれと言われた以上やるのがパイロットとしての筋だろうと自分を納得させる。

先日まで複数回行なわれた”コマンドー・ガンダム”による単独突撃に比べれば負担は少ないだろう、ということもあった。

 

「あ、それなんですけどね」

 

「うん」

 

「きちんとプログラムはしてる筈なんですけど、実際に動かしてみないと分からないこともあるかもしれないじゃないですか。

なので、()()()()()()順次補正も掛けていってください」

 

「バカなの?」

 

思わずキラの口からシンプルな罵倒が飛び出たが、周りの人間も同じような顔をしているから問題ないだろう。

ただでさえ気を張る戦闘中に高度な計算・情報処理能力を求められるプログラム補正を行なえとは、そんじょそこらの()()企業が裸足で逃げ出しそうな物言いである。

 

「いくらテストパイロットだからって、無茶振りさせすぎじゃないかなぁ!? 戦いながら自力で調整しろって正気で言ってる!?」

 

「いやぁ、いけるかなって」

 

「おいおい、マジで言ってたのかよ……『”マウス隊”の無茶振りプリンセス』は未だ健在だったか」

 

苦笑いをするマードック。彼も整備現場の副リーダーとしてこの場にいたが、苦笑いするだけでアリアを窘める素振りを見せない。

もう完全に諦めきっている。

 

「マードック曹長も何言ってんですか! 知ってたなら止めてくださいよ!」

 

「無駄ですよヤマト少尉! 既にラミアス艦長から『MS戦をこなしながらOSを構築出来る』という証言は取っているんですから!」

 

「艦長ぅ!?」

 

死にたくない一心でなんとか必死にこなしただけというのに、この扱いはあんまりではないだろうか。キラはそう思いながらマリューの方を見るが、申し訳なさそうにするばかりで力になってくれそうにない。

 

「じゃあ聞きますけど、出来るんですか、出来ないんですか!?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………出来ませんっ!」

 

自分の能力と予想される作業の困難さ、作戦における自分のポジション、そして実際にやるとなった際の面倒くささを考慮した長考の末にキラが出した答えは、「出来ません(めんどくさいです)」だった。

 

「はいダウトっ! 決定、決定で~す!」

 

「ミヤムラ司令!」

 

「これが若さかね……まあ、いいんじゃないか?」

 

「ちくしょう、最後の希望がっ!」

 

結局、「実際に似たようなシチュエーションで似たような作業をクリアしたことがある」という建前に飲み込まれてしまい、キラの仕事が1つ増えるという結果に終わる。変態技術者にかかればテストパイロット(モルモット)の人権は無いに等しかった。

「戦場で余計なリスクを出す必要は無いだろう」という意見も出たが、「後方支援だから激戦にはならないし、護衛も付ける」と見事にカウンターを喰らったキラは、泣く泣く戦闘時の自身の負担を下げるためにプログラムの調整に自主参加することになったのである。

当然、スノウへ意識を向ける余裕など消滅済みなのであった。

 

「明日には作戦決行ですからね~」

 

「いつか労基に訴えるから覚悟しておきなよトラスト少尉!」

 

 

 

 

 

4/15

中部アフリカ コンゴ民主共和国

 

密度高めなスケジュール、かさ増しされるキラの負担と懸念事項が複数ある中で行なわれた、ドッペルホルンストライカーの重力下運用試験を兼ねたZAFT拠点襲撃。

しかし、いざ蓋を空けてみれば順風満帆と冠せるほどに作戦はスムーズに進んだ。

”ストライク”や”アークエンジェル”といった強力な砲撃能力を持つ戦力による支援砲撃は敵拠点の戦力を削ぐことに成功、MS隊の強襲を助ける。

キラという一大戦力が前衛から抜けたものの、ムウはマイケルとベントに敵MSの連携撃破の指示を徹底させ、危なげなく敵MSの数を減らしていった。そしてなにより。

 

<いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァっ!!!>

 

最高速度ではトップの”デュエルダガー・カスタム”の特性を活かして敵部隊を攪乱しつつ、近接戦においてはキラを凌駕しうるスノウが高速で敵MSを刻んでいったことの働きが大きかった。

大きな被害は無く、ストライカーの試験も成功───後にドッペルホルンストライカーは地上用に調整された『ver.G』の開発が決まった───した。作戦は大成功と言って良いだろう。

ただ1人、機動性の低下した”ストライク”の護衛という名目で後方に配置されたヒルデガルダを除いては。

 

「なんであたしだけ……」

 

マイケルはどこかぎこちなさもあったが、他のパイロット達は十分に活躍し、経験を積むことが出来た。しかし、後方に待機していた自分にはそのようなことは無い。

まさかこの配置は、自分の『家』に関係するのだろうか?

現役大統領かつ『ブルーコスモス』№2の娘であるヒルデガルダは、色々なところで過保護にされることがあった。今回も()()なのかもしれない。

”アークエンジェル”の司令部はけしてそのような人物達ではないと思いつつも、心の中で生まれた疑念は払拭しきれない。

自分はまたしても、()()()()にしかなり得ないのだろうか?

 

<ワンド2、敵部隊からの降伏信号と撤退の指示が出ました>

 

後ろから”ストライク”に乗ったキラが近づき、ヒルデガルダに伝える。

 

「そっ。……はぁ」

 

<どうかしましたか?>

 

溜息の音を聞いてキラが問いかける。今回の作戦は大成功だというのに陰鬱なオーラを出すヒルデガルダは、キラには不思議な物に映っただろう。

能力はともかく自分の方が先輩、情けない姿を晒すわけにいかないだろう。

 

「あー、いや大丈夫大丈夫(だいじょぶだいじょぶ)! なんでもないよ」

 

<……ヒルダさん、何か悩みでもあるんですか?>

 

「ホントに大丈夫、平気だから」

 

<どんな悩みを持ってるのかは分かりませんけど、僕で良ければ話は聞きますよ。あっ、勿論嫌じゃなければですけど……>

 

本当に、優しいんだなぁ。

キラの心配を受けたヒルデガルダは、いったん目を閉じて深呼吸をし、肩の力を抜く。

たしかに、自分だけでため込むよりも誰かに相談しておく方がいいかもしれない。どんな小さなことでも、それが何時肥大化して大問題に繋がるとも知れないのだから。

ついでに、スノウやあの2人(マイケルとベント)を呼んで新人パイロット間での意見交換会をやってみるのもいいかもしれない。

 

「んー……。じゃあ、戻ったらちょっと───」

 

 

 

 

 

<あー、隊長? 救援に来たは良いけど、大分遅かったみたいよ?>

 

<あっちゃー……元から期待はしてなかったけど、まさかここまでとはねぇ>

 

<で、どうする? 今なら一撃は撃てると思うけど>

 

<任せるよ。()()()()()()()、君にね>

 

 

 

 

 

<っ! ヒルダさん、避けて!>

 

「えっ?」

 

突然言われたヒルデガルダは、気を抜いていたこともあってキラの言葉に対応出来ない。

モニターには”ストライク”がドッペルホルンを外しつつヒルデガルダの機体に近づき、そのまま突き飛ばす。

 

「ちょっ───!?」

 

次の瞬間、“ストライク”は画面から消え去った。

ヒルデガルダの”ダガー”目がけて放たれた攻撃によって吹き飛び、”ダガー”の前方から姿を消したためである。

シールドを粉砕され、その攻撃を体で受け止めた”ストライク”は地面をバウンドしながら転がっていく。

勢いが収まった”ストライク”だが、その機体は動こうとしない。どこかしらの電装系に問題が生まれたのか、それとも。

中のパイロットに何かあったのか。

 

「カ、カップ(CIC)! こちらワンド2、ソード1……キラ君が、キラ君がっ!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「どこから!?」

 

「ただいま、弾着角から索敵中……出ました! 北東に”フェンリル”を確認しました! 距離およそ8000!」

 

「”ストライク”の回収を急げ!」

 

突如として襲いかかってきた脅威に、艦橋は慌ただしくなる。

望遠モニターの中には、砲身から煙が上がらせている大型戦車の姿があった。

 

「『ウォンバット(大気圏内用ミサイル)』装填、『バリアント』照準!」

 

「了解!」

 

「待ってください、これは……敵機転換、離脱しようとしています!」

 

「なんですって!?」

 

言われてモニターを見ると、たしかにこちらに背を向ける”フェンリル”の姿が映っている。

”フェンリル”の直進速度は”バクゥ”と互角、今からでは間に合うまい。

ランチャーストライカーを装備したマイケルが『アグニ』を射かけるが、”フェンリル”は最小限の動作で回避し、距離を空けていく。

そして、レーダーが完全に”フェンリル”の反応を映さなくなった時。

通信士のリサから奇妙な声が挙がる。

 

「国際救難チャンネルを通じて、本艦にメッセージが送られてきました! 簡単なチェックではありますが、トラップが仕込まれている可能性は低いかと」

 

「ど、どういうことなの……」

 

「このタイミング……偶々、じゃないよな」

 

「ふむ……」

 

艦橋やCICのメンバーが様々な反応をする中、マリューは決断する。

 

「……メッセージを開封して」

 

「分かりました」

 

意を決して封を切る。

メッセージの内容は、至ってシンプルなものだった。

 

『虎と狼より、大天使に愛を込めて。

 

 P.S 好みのコーヒー豆などはございますか?』

 

虎、そして狼。

ネズミと聞いて”マウス隊”を思い浮かべる者は多いが、それと同様に、この2種類の生物の名を聞いて震えない連合軍兵士はいまい。

それは、アフリカ大陸どころかZAFT全体で見ても『最強』の呼び声高い者達の称号なのだから。

 

「敵は……”バルトフェルド隊”」




更新が遅れていた理由は活動報告にて記載しました。
遅れて申し訳ありません……!

本編のちょっとした小話として、実はキラがあんまりにも無双するから他のパイロット達が経験を積めないことを憂慮したミヤムラがマリューやアリア達にそのことを仄めかした結果、「キラの負担を無理なく上げつつ後方支援に特化させる」ことで他のパイロットの出番を増やそうとしたことが、ミヤムラの

「(こんな方法で問題解決を図るとは)これが若さかね……」

という発言に繋がっていたり。

「第三回オリジナル兵器・武装リクエスト」より一つ、採用いたしました。
「Dixie to arms」様より、「ヘルハウンド」です!
素敵なリクエスト、ありがとうございます!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第85話「山間に潜む」前編

長くなりそうだったので前後半です。


4/15

中央アフリカ山間部 ”アークエンジェル” 医務室

 

「んぅっ……?」

 

頭を押さえながら、キラ・ヤマトは体を起こした。まだハッキリしない意識ではあったが、そこが医務室のベッドの上だと分かる。

さて、自分はどうしてここにいるのだったか。たしか自分は戦闘中に試験装備の調整をするという無茶振りをこなしつつ戦い、そのまま戦闘は終了した。

 

(そうだ……段々と思い出してきたぞ)

 

戦闘終了を確認して帰還しようとした矢先にドッペルホルンストライカーの高性能センサーが敵の存在を見つけたのだ。最悪なのはその矛先が自分の護衛をしていたヒルデガルダ機に向かっており、回避は間に合わないと判断して敵とヒルデガルダの間に割り込んで、そして。

 

「くぅー……」

 

そこまで考えたところで、キラはベッドの傍らに椅子を置いて眠っているヒルデガルダに気付いた。

どうやら自分はヒルデガルダの命を救うことに成功したようだった。そのことにホッとするも、今度はまた別の問題が生まれていた。

 

(どうしよう……起こした方がいいのかな)

 

うつらうつらと船を漕ぐ彼女の口元からは、僅かに白っぽいものが垂れていた。……よだれである。

推測ではあるが、姉御肌の彼女はこの場所に担ぎ込まれた自分を案じて見舞いか何かに来てくれたのだ。だが、彼女自身も戦闘後のプレッシャーから解放されたばかり。その精神的疲労から居眠りをしてしまったのだろう。

もしもここで起こしてしまえば、彼女はよだれを垂らしながら居眠りをしている姿という羞恥的光景を見られたことを理解してしまう。

女性に恥をかかせるなど、『”アークエンジェル”紳士同盟』に参加している者としては到底出来なかった。ちなみにこの同盟、他の参加者はムウとマイケルとベント(独身男性)である。サイとトール(彼女持ち)は入れてやらない。

 

(ここは黙って、寝たフリでも───)

 

「おや、起きていましたかヤマト少尉」

 

バシュッ、と自動ドアが音を立てて開き、そこからフローレンス・ブラックウェルが姿を現す。

あっと思う間もなく、音に反応したヒルデガルダはうっすらと目を開ける。

 

「んぁ……?」

 

眠たげに空いた目が映したのは、「マジか」というような顔でドアの方向に目を向けるキラ。

可愛い後輩が目を覚ましたことに歓喜するのも束の間、自分の口元に違和感を感じて手で拭う。そこには、自分の口から垂れていたと思しきよだれが付着していた。

そして、キラが身を置いているベッドの頭側と入り口は対角線上にある。つまり、必然として、キラの視界には、よだれを垂らす自分の、醜態が。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ! あのっ、そのっ、お疲れ様でしたぁ!」

 

みるみるうちに顔を赤くしたヒルデガルダは、すぐさま立ち上がってドアの近くに立つフローレンスを押しのけるように立ち去ってしまった。

 

「……ヤマト少尉」

 

「……はい」

 

「まさかとは思いますが、このような場所で軍規の()()()を損なうような行為などは」

 

「してませんっ!!!」

 

その後、全力でフローレンスに釈明を行なうキラの姿が10分ほど見られた。

 

 

 

 

 

「なるほど。そういうことであれば問題は無いようですね」

 

なんとかフローレンスの誤解を解いたキラは、自分が気絶してから何があったのか、フローレンスから説明を受けた。

敵戦車“フェンリル”の400mm砲の直撃を受けた”ストライク”はPS装甲の防御力によって装甲貫通は免れたものの、着弾の衝撃を受け止めきれなかった。

その勢いのままに吹っ飛び、パイロットの自分は頭を打ち付けて気絶。ヘルメットがあったから数時間気絶するだけで済んだものの、そうでなければ頭部に甚大なダメージを負い再起不能になっていたかもしれないと聞かされ、ゾッとする。

 

「ヤマト少尉、私は今、怒っています。分かりますね?」

 

「……はい」

 

ついこの間、『確実性に掛ける行為をしてまで何かを為そうとするな』と言われたばかりだというのに、キラはまたしても自分の機体を盾にして味方を助けた。

こればっかりは叱られても仕方ない。そう思っていたキラだったが、続けて放たれた言葉は、キラの予想から外れていた。

 

「ですが、今回は説教をしません」

 

「え?」

 

「貴方の行動が、あの場では最適だったと判断出来るからです」

 

”ストライク”でさえあのように吹っ飛んだ攻撃だ、防御力で劣る”ダガー”が受けていれば吹っ飛ぶどころか上半身が消し飛んでいただろう。

あの場で何もしなければ、今頃ヒルデガルダの体は無数の肉片にまで分解されていただろう。そう考えれば、耐実弾防御力で大きく勝る”ストライク”で庇ったのは最善の行動だ。

自分の安全を重視してキラが何もしなければ、フローレンスは軽蔑……まではしないものの失望くらいはしたかもしれない。

 

「反省出来るところはあるかもしれませんが、後悔はしなくてもいいでしょう。だから説教はしません。しかし───」

 

「次からは同じ轍を踏むな、ですよね」

 

「よろしい。では、診察を開始します」

 

その後は簡単な身体検査が行なわれたが、特に深刻な問題は見受けられなかったために医務室からは早々に解放された。こういう時ばかりは、頑丈に生まれた体に感謝だろう。

部屋から出てしばらく歩くと、見慣れた姿を通路脇の休憩スペースに見つける。

先ほど走り去っていったヒルデガルダだ。

 

「あっ、えっと……おはよう?」

 

「おはようございます、ヒルダさん」

 

困ったようにこちらを見るヒルデガルダ。

彼女はベンチから立ち上がって何かを言おうとしているが、言葉に詰まる。

なにかしらの躊躇いがあるようだ、とキラは察した。

 

「その、さ。なんて言えばいいのかな、さっきの……医務室じゃなくてね? 戦闘の時の……」

 

「さっきブラックウェル中尉に見て貰いました。大丈夫だって言ってましたよ」

 

「あ、そっかぁ」

 

その後も何かを躊躇う様子を見せるヒルデガルダ。

しかし、観念したかのように溜息を吐く。

 

「これで、3回目だね。助けられたの」

 

たしかに、彼女とのファーストコンタクトは『エンジェルラッシュ会戦』の後、彼女が『ブルーコスモス』を追い払った時。その時には「2回助けられた」ことへの感謝を述べられた。

今回で、3回目。

 

「あたし、ダメだね……自分の力で何でもしてやるって息巻いて、それでこれだもの」

 

そんなことは無い、とキラは咄嗟に言おうとするものの、ヒルデガルダはコロッと表情を変える。

 

「ごめんごめん、こんな辛気くさいこと言おうとしたわけじゃないの。うん、ごめん。勝手に落ち込んでるのを聞かされたって迷惑なだけよね」

 

「ヒルダさん───」

 

「とりあえず、大丈夫ってのが分かって良かったよ! それじゃ、もう時間も遅いしここら辺で! まったあっしたー!」

 

キラには───キラでなくとも分かるだろうが───それが『空元気』であるように思えた。

スタスタと足取り軽く去って行くヒルデガルダに、キラが掛けられる言葉は存在しなかった。有るわけもなかった。

彼女をそうしたのは、自分だったから。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 司令室

 

「まさか『砂漠の虎』とはね……」

 

その場所には、4人の男女が集まっていた。

ヘンリー・ミヤムラ。マリュー・ラミアス。ナタル・バジルール。ムウ・ラ・フラガ。”アークエンジェル”の重鎮が勢揃いで何をやっているかというと、それは今後の部隊の方針を決める会議に他ならない。

とはいえ、それを積極的に意見を述べようとする者は現在のこの場にはいない。

ミヤムラは普段からおっとり、悪く言えば呑気なために言葉数は少ないが、他3人の言葉も少ないのは、『予想できなくはなかったがまさか本当に来るとは思っていなかった強敵』の登場が原因である。

 

「アンドリュー・バルトフェルド。ZAFT軍アフリカ方面軍所属”第3独立遊撃部隊”、通称”バルトフェルド隊”の隊長。そして、現状のZAFT軍最強部隊と目される存在、か」

 

「諜報部が集めた情報によると部隊は中から大隊規模。軍団性、つまり『集団の力』と機動力を両立させた構成であると推測されます」

 

「アフリカ方面軍所属とはされているが、時折『ジブラルタル基地』を経由して戦局の詰まったユーラシア方面に顔を出すこともあるらしい。なお、その場合も確実な戦果を出す、か。厄介な奴らに目を付けられたもんですね、俺達も」

 

ナタルが話した内容に追従する形でムウが自身の感想を述べるが、それに反論する気持ちがある者はいなかった。

なにせ、()()バルトフェルド隊である

ZAFT軍の地上進出が本格化し始めたころに、今では誰もが知る陸戦の王者”バクゥ”───もっとも、その座を奪い取ろうと虎視眈々としている者達もいるが───を用いた高速機動戦術で、『月下の狂犬』と呼ばれるモーガン・シュバリエ率いる高練度の戦車隊を蹴散らしたところから、彼らの躍進は始まった。

地形やMSの機体特性を活かした高度な集団戦法、攻め時や引き際を見極める観察力による部隊に発生する損害の少なさ、そしてそれを指揮するバルトフェルド本人のMS操縦能力。

どれを取っても高水準、正に最強と言って良いだろう。

 

「この場合は逆に考えることにしましょう。我々が彼らを引きつけていることで、東アフリカ方面に彼らが出てくることは無いのだと」

 

「”バクゥ”を中心とする彼らが、高低差の多い東アフリカに現れるとは思いづらいですが……」

 

「どうかな。奴らの強みは何も”バクゥ”だけじゃない。通常の”ジン”や”ゲイツ”を扱わせても一流だぜ?」

 

若者達がそれぞれの所見と考えを話し合うが、ミヤムラは口を出そうとしない。自分はあくまで裏方であると位置づけているためである。

年季とそれに伴う経験があるとはいっても、宇宙に限られる。素人に近い自分が下手に口を出すのは良くないだろう。

とはいえ、一言も話さないというわけではない。

 

「純然たる事実として、我々が、その”バルトフェルド隊”に目を付けられているということが確かだ。これはつまり、ZAFT軍にとっても我々が放置出来ない存在になったということに他ならん。

見つかってはいけないが、目立たなければならない。その点で”第31独立遊撃部隊”は立派に任務をこなしている」

 

「司令……」

 

「やることは変わらんよ、とどのつまりな」

 

”バルトフェルド隊”に狙われた、というのはたしかに無視出来ない要素ではあるが、”アークエンジェル”がやるべきことは『アフリカ西部における陽動・攪乱』だ。

敵が注目すればするほどその本懐は達しやすい。

 

「慎重さを忘れず、しかしこれまで通りに戦えばいい」

 

「……そうですね、私達も冷静さを若干欠いていたようです」

 

そこからは定例通り、どの拠点を襲撃するか、またどの装備を試験することが可能であるかの話し合いが行なわれた。

ミヤムラはそれを穏やかに見守っていたが、その心中では、アンドリュー・バルトフェルドという男に対する警戒度を一気に引き上げていた。

 

(恐ろしい相手だ……”アークエンジェル”の『単艦での陽動』という役割的に簡単に撤退を決められない(西アフリカへの楔を抜けない)ことを理解している。その上で自分達のネームバリューがどのような意味を持つのか理解し、あまつたった1つのメッセージで我々の行動を硬直化させた。あの一撃、”フェンリル”という戦車を操る者の腕も驚異的だ。もしも私が彼らの立場にあれば、次に取る行動は……)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「こりゃマズいですね……」

 

「マズいよなぁ……」

 

アリアとコジローは並んで溜息を吐く。

彼らの名誉のために述べると、けっして彼らが何かをしでかしたとか、勝手に何か妙な改造をMSに施して失敗したとか、そういうわけではない。

彼らの目の前には、電力をシャットアウトされて灰色になっている(フェイズシフトダウン)”ストライク”がハンガーに立てかけられていた。

その左腕は取り外されている。その理由は勿論、昼間の”フェンリル”からの一撃である。

 

「シールドを一瞬で粉砕してそのまま胴体に……の、筈なんですけどね。受け止めた一瞬でどれだけの負荷が掛かったのやら……」

 

「こりゃ酷いぜ、関節の部品が一部圧壊してやがる」

 

「マズいですよこれは……大事なことなので2回言いますけど」

 

”ストライク”はただでさえGATシリーズの中でも機構が複雑な機体だ。整備に掛かる手間は他のMSよりもかかる。

それだけではない。”アークエンジェル”の目的の1つが『”ストライク”の各種特殊装備の重力下における試験』である以上、“ストライク”が使えないのでは話にならない。

幸いにして”デュエルダガー・カスタム”以外のMSは無理の無い戦法で戦っていたために整備の負担が少なく、整備能力の大半を”ストライク”に注ぎ込むことが出来る。

治さなければならない。早急に。

一応予備の四肢パーツなどはあるが、それに頼ってばかりでいるのは整備士としての腕が廃るというものだ。アリアとて研究スタッフとしての活動の傍らで整備を行なうこともあり、能力は十二分にある。

 

「野郎共、今日はっていうか今日も徹夜ですよ!」

 

『えぇ~~~~~~~~~~~~~!?』

 

「文句言ってねえでやれや! 整備士魂ーーーーーーーっ!」

 

こういう時にコジローの存在は頼りになるものだ。アリアは人間関係のなんたるかを学んだような気がした。

アリアだけではその小柄な体躯も相まって整備士達にプレッシャーを与えることは難しいが、大の男でありベテラン整備士のコジローが怒鳴り声を上げればあら不思議。キビキビと働き始めるのである。

もっともこの艦の連中は口ではぼやいていても仕事はきっちりするので心配はしていなかったが。

 

「そんなに面倒だと言うなら、楽にしてあげますよ! アリアちゃん謹製、『対PS装甲用試作ドリルアームver.4』!これを”ストライク”に取り付ければ修理の負担大幅カット、加えて”ストライク”の戦闘力は数倍に跳ね上がる!」

 

「作業中止! まずこのじゃじゃ馬主任を取り押さえろ!」

 

”アークエンジェル”格納庫は、今日も今日とて賑やかであった。




短いですが今回はここまで。
もうちょいしたら更新ペース戻していこうと思います。

『対PS装甲用試作ドリルアームver.4』
○アリアの開発した(変態)装備。『コードギアスR2』を見て思い立ったらしい。
なお、作った後から「これビームサーベルでいいじゃん」ということに気付いたとかなんとか。
モデルは『コードギアス』シリーズに登場する”パーシヴァル”が装備する『ルミナスコーン』。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第86話「山間に潜む」後編

お待たせしました……。
そしてお待たせしまくった挙げ句に日常回です。


4/16

”アークエンジェル” レクリエーションルーム

 

「それでは、第一回タロット占いのコーナーを始めさせていただきたく思います! 主催はあたし、ヒルデガルダちゃん!」

 

『イ、イエー?』

 

『深緑の巨狼』の襲撃から一夜明けた今日、キラ達若手パイロット組はレクリエーションルームに集まっていた。

強敵の登場によってそのスケジュールや戦略に見直しが必要となった”アークエンジェル”は一時活動を停止、一部の艦橋用員と整備士勢を除いて休息状態となっていた。当然、パイロット達も例外ではない。

トレーニングや機体調整等やることが無いではないが、それでも本分は戦闘時にある。ようするに暇をしているのだ。

そこにヒルデガルダが声を挙げ、こうしてレクリエーションルームに集まって彼女の趣味に付き合う形で暇を潰そう、というのがここに至るまでの経緯であった。

キラとサイがセシルの話を聞いた頃とは違って室内は清掃が行き届いており、ビリヤード台の方向からはノイマンやダリダ・ローラハ・チャンドラ2世達がキューでボールを弾く音が響いてくる。暇をしているのは子供達だけではないということであった。

 

「それにしても、マイケルさんが参加してるのは驚いたな。占いとかってあんまり信じない方だと思ったんだけど」

 

「んー?」

 

トールの言葉に内心で同意するキラ。

いかにも活発な体育会系青少年といったマイケルが、ヒルデガルダの占いに参加するというのは少々の驚きがあった。

 

「俺も最初はそんな感じだったんだけどよー、意外と当たるんだわこいつの占い」

 

「占いの忠告を無視すると訓練教官に叱られることが多かったもんね、マイケル」

 

「このヒルダちゃんの占いを無視するからよ。祟りよ祟りよ~」

 

「ふん……このC.E(コズミック・イラ)にオカルトなど。よくもまぁ、夢中になれるものだ」

 

やれやれと呆れる様を見せるスノウ。

出会ったばかりにはどこか他者と壁を作っている雰囲気を漂わせていた彼女だが、こうやって集まりに参加してくれるというのはたぶん良いことだろう。

 

「なんだ貴様。何がおかしい?」

 

「いや、別に?」

 

「チッ……」

 

キラの目線に気付いたスノウは舌打ちをし、そのまま腕組みをしてソファに体重を預ける。

 

(なんだか、彼女の保護者みたいな感じになっちゃってたな)

 

「とりま、やってみよっか」

 

ヒルデガルダは持ってきていた小さめのケースからカードを取り出し、それをテーブルの上に置き、丁寧に混ぜ始めた。

 

「今からやるタロット占いは、22枚の大アルカナカードを使ったものよ。本当は78枚の小アルカナカードも使うのもあるんだけど、難易度高いし、大体は大アルカナでも出来るから」

 

「アルカナってなんですか?」

 

「んー、ラテン語で『秘密』『神秘』とかいう意味で使われてる言葉らしいわ。タロット占いだとカードを通じてその『秘密』を明らかにする、読み解くのが目的って感じね」

 

サイの質問に答えつつも、ヒルデガルダがカードを混ぜる手は丁寧かつ澱み無い。混ぜている本人の顔からも、どこか清廉さが感じられる気がする。

占いが趣味だと聞いた時もそうだが、普段は朗らかで活発な彼女の印象が変わるものだ。そうキラが考えていると、準備が終わったようだった。

 

「これでよし、と。それじゃまずは……キラ君。これ引いてみて」

 

そう言って、テーブルの上に山札の形に整えられたカードを指差すヒルダ。

単なる遊びだと思っていても、多少の緊張感があるものだ。僅かに緊張しながら、キラは山札の一番上のカードを表にする。

 

「……『吊られた男(ハングドマン)』?」

 

「『吊られた男』の正位置、ね」

 

表にしたカードにはⅫの数字と、逆さに吊られた男の姿が描かれていた。

 

「『吊られた男』の正位置が示すのは『試練』『努力』。きっと近々、キラ君にとって試練と呼べるものが訪れる。だけどそれに対して急ごしらえで何かをしようとするんじゃなく、たゆまぬ努力や忍耐をもって立ち向かうのが吉でしょう……ってところかな」

 

「努力かぁ……」

 

「キラって意外とサボり魔なところあるもんな。カレッジの講義でも何回か代返頼まれたことあるし」

 

「へぇ、ちょっと意外かも」

 

「ト、トール? それは秘密にしてって言ったじゃん?」

 

努力することが好きではないと自覚出来ているが、それでもこういう形で知人に明らかになるのは恥ずかしい。思いがけない流れ弾である。

その様子をヒルデガルダは笑いながら眺めているが、キラに対して更に言葉を付け足した。

 

「でも、あたしは結構キラ君っぽいかなと思うよ? 『吊られた男』の絵には『自ら試練を受け入れて吊されている』って意味もあるの。目的を持って兵士になった(試練を背負った)キラ君には、ピッタリじゃない?」

 

「そ、そうですか?」

 

「うん。でも気を付けてねキラ君。タロットには正位置の反対、逆位置っていう、要するにカードが上下逆さまの状態でドローした状態もあるんだけど、『吊られた男』の逆位置が指し示すのは『報われない苦悩』『徒労』。何をしてもダメってことだから」

 

報われない苦悩。キラに当てはめるならばそれは『親友(アスラン)を止められない』ということだろう。

あの親友は、兄貴分のように思っていた中々に不器用な性格をした親友はきっと自分で止まることは出来ない。もしもそのまま、突き進ませてしまったなら……。

頭を振って、『最悪』を描き始めた妄想を追い出すキラ。

 

(いや、それを止めるのが僕の目的じゃないか)

 

「ついでに、あたしオリジナルのスプレッドもやってみないキラ君?」

 

「スプレッド?」

 

聞き慣れない言葉に頭を傾げるキラに、ヒルデガルダは説明をし始める。

タロット占いにおけるスプレッドとはつまりカードの並べ方であり、その並べ方次第で占えることも変わってくるのだという。

先ほど行なってみせたのは『ワンオラクル』、1枚のカードだけを使ったシンプルなスプレッドであり、簡単な悩みを解決したり現状に対する理解を深めるのに役立つのだとか。

 

「あたしのオリジナル……題して『ミスティルスプレッド』は、過去と現在、そして未来。それぞれの時間で直面する問題を洗い出すために作ったもの」

 

「それぞれの時間、ですか?」

 

「例えば『過去』なら、何かやり忘れていたことだったり、隠されていた謎が近々降りかかってくる。

『現在』なら、解決するために行動を開始しなければならないことがある。

『未来』は、いずれ対面することになる障害がどういうものかを明らかにするって感じね。

さっき引いたカードも使うからここまでで4枚なんだけど、ここに『助けになってくれる存在』を指し示す1枚を付け足して、合計5枚のカードを使ったスプレッドよ。試してみる?」

 

「せっかくなので、お願いします」

 

段々と気分が乗ってきたキラは、ヒルダの誘いに乗ることにした。

お任せ、といって『吊られた男』を除く21枚のカードを再び混ぜ始めるヒルダ。

山札の形に整えられたそれらから再びキラが4枚のカードを引くと、結果はこのようになった。

 

過去:『(タワー)』の正位置。

現在:『愚者(フール)』の逆位置。

未来:『正義(ジャスティス)』の逆位置。

助けとなってくれる存在:『女教皇(プリエステス)』の正位置。

 

「ほうほう、これは……とりあえず、『現在』の問題からいこっか。

『愚者』の逆位置……これは『夢想』『無計画』『無謀』を指し示しているの。キラ君か、それとも親しい他の誰かかは分からないけど、確固たる地盤が築けていないままで行動して問題が起きたってことだから、それを解決するために動こうって感じ。心あたりある?」

 

と言われるが、キラには思い当たることが無かった。

何か無謀なことをしたことは……大気圏突入時のことはフローレンス達に窘められたし、”コマンドー・ガンダム”での単機突入はそもそもそういうコンセプトだから仕方ないし、ドッペルホルンストライカーの戦闘中のOS調整もなんだかんだ出来たし。

 

(……あれ?)

 

思い返せば、意外とあるような気がしてくるキラ。

いや、しかしこれらは全て解決したはずだ。うん、違う。きっと。

 

「なんとも言えなさそうな顔……とりあえず、無計画な行動は控えるって感じで良いと思うよ。で、『過去』なんだけど……」

 

なんだか言いづらそうにするヒルデガルダ。

なんと言おうかと迷っているようだったが、やがて決心を固めたように口を開く。

 

「うん、ズバッと言っちゃう。簡単に言うなら『どう足掻いても絶望』です」

 

「!?」

 

驚愕に目を見開くキラ。それも仕方の無いことだろう。

どうやっても取り返しの付かないレベルの大問題が過去にあります、などと言われたのだから。

 

「『塔』は22枚の大アルカナの中で唯一、正位置でも逆位置でもネガティブな意味合いを示すアルカナ。正位置の場合は『事故』『崩壊』『ショック』。たぶんだけど、唐突に衝撃の事実が明らかになるって感じかな。ちなみに逆位置だと常に不安定な立場に置かれるって感じの意味合い」

 

それを聞き、キラは渋い顔をする。

所詮遊び。スノウのようにそう切って捨てることは出来たが、それにしたって運が悪いと気分もいいものではない。もしこれで占いが的中でもしていたらと思うと尚更だ。

しかし自分の過去に大問題など言われても、思い当たる節はやはりキラにはない。『コペルニクス』で生まれてからここまでの人生で、何か見逃していたことでもあっただろうか?

 

「で、最後に逆位置の『正義』についてなんだけど……これは、うん。ZAFTとかじゃない?」

 

「なんか急に雑だなテメー」

 

「いや、正直言ってそれくらいしか思いつかないし……」

 

マイケルの茶々にヒルデガルダはそう返す。実際、今自分達が戦争をしている相手なのだから合っているといえば合っている。

『正義』の逆位置。その指し示すものは、『罪』『不正』『不平等』。

(アスラン)は、いったいどんな『正義』に従って戦っているのだろうか。あるいは、持たないまま戦っているのだろうか。

 

「で、最後に助けとなってくれる『女教皇』なんだけど……『聡明』で『神秘的』、そして『判断』に優れる女性……これは間違い無くあたしのことね!」

 

『それはない(と思います)』

 

「あんたらいっぺん表出なさい」

 

同時に否定の言葉を吐き出すマイケルとベント。しかしその意見には心の中でキラ、そしてサイとトールも同意していた。

他二つはともかく、明らかに『神秘的』ではない。

 

「まあ百歩譲ってあたしじゃないとしても、そういう人がいざと言うときに助けになってくれるかも?ってことは覚えておけば良いと思うかな。ただ『女教皇』の逆位置が指し示すのは『批判』『冷徹』。冷静すぎる余りに無神経な人に見えたりすることもあるから、そこが注意ね」

 

「へぇ……」

 

「こんな感じかな。どうどう? 暇潰しにはなったでしょ?」

 

「そうですね……少しハラハラしました」

 

実際に当たるかはともかく、神妙な雰囲気に身を置くという経験はキラにとって珍しいものだった。

ジュニアハイスクールの頃に同級生の女子達の一部が好んで占いをやっていたことを思い出す。当時は理解出来なかったが、なるほど、これはこれで面白みがあるものだ。

 

「所詮はただの札遊び。そんなもので未来や過去が分かってたまるか」

 

「むむぅ。それじゃ、スノウちゃんもやってみない? 当たらないかどうか」

 

しかし、そんな雰囲気を割って裂くのがスノウ・バアルという少女。ただの遊びと切り捨てる彼女に、しかしヒルデガルダは口を尖らせながら山札を差し出し、ドローを促す。

『セフィロト』にいた時からの付き合いもあって、そういう性格だと理解しているヒルデガルダには、この程度の貶しは容易に看過出来るのだった。

女子特有の付き合い、というのとは少し違う気もする。どちらかといえば、世話焼きな姉とぶっきらぼうな妹のようだ。

そしてスノウも、そんな関係は苦手ではないらしく、鼻を鳴らして山札からカードをドローする。

 

「……これはどういう意味なんだ?」

 

「どれどれ……」

 

スノウがかざしたカードを見て、ヒルデガルダは顔を若干強ばらせる。

カードには、『審判(ジャッジメント)』の文字とXXの数字が、逆さまになって描かれていた。

 

「……『審判』の逆位置が指し示すのは、『警告』『罰』『罪の償い』。えっと、その、言いにくいんだけど……」

 

「……」

 

それを聞いたスノウは思いきり顔を顰め、ヒルデガルダにカードを返し、無言で部屋を出て行った。

 

「あー、そのー……」

 

「え、えっとその、ヒルダさん! 良かったら俺も占ってみてくれませんか? 恋愛占いとかもあったら嬉しいんですけど!」

 

微妙な雰囲気になる一同だったが、トールが一声を発したことでなんとか空気を持ち直す。コミュニケーション能力に長けた彼がこの場にいることにキラは密かに感謝した。

斯くして”アークエンジェル”隊の若者達は、一時の休息を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

「『罰』だと……?」

 

スノウは艦内通路を歩く。

無心に、あてどなく歩く。───まるで、自分自身の内面を象徴するがごとく。

『警告』だと? それは何に対してだというのだ。殺人か?

『罪の償い』? 償うべき罪があると言うなら教えて欲しい。まさかZAFT共と戦っていることに対してではあるまい。もしそうだとしても、キラがそのカードを引かないのはおかしい。

スノウは憤りとも戸惑いともつかない言葉を吐き捨てる。

 

「自分のことすら理解していないこの『私』を、誰が何の罪で裁くと言うんだ……」

 

出来るものならやってみせて欲しい。

罪を裁くということはすなわち、自分の過去(記憶)を教えてくれるということに違いないのだから。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「ほうほう、そんなことがあったのですか」

 

タブレットとにらめっこをしながら機体の調整をするアリアは、その目元に浅い隈を作っていた。きっと昨日から今に至るまで、ずっと作業をしてくれていたのだろう。

他の整備士の面々も含め感謝の念が絶えない。キラは”ストライク”のコクピットでキーボードを叩きながらそう思った。

午前中を他のパイロット達と過ごしたキラは、午後になって格納庫を訪れていた。前回の戦闘で左腕部に甚大なダメージを負ってしまった愛機”ストライク”の調整を手伝うためだ。

コクピットに籠もって淡々と作業をしていたキラに、アリアが「何か気晴らしになるような話はないか」と話を振ってきたことが、冒頭のアリアの言葉に繋がっている。

 

「うん。トールが『恋人』の正位置を引いて『良縁でしょう』って言われてた時は思わずダーツの的にしてやろうかと思っちゃったよ」

 

ちなみにマイケルも悪乗りしてダーツ盤の前にトールをくくりつけようとしていたりして雰囲気的には盛り上がった。

バイオレンスな教官(マモリ)に鍛えられたことで若干自身もバイオレンス思考になりつつあるキラなのであった。

 

「おや、ヤマト少尉もそういうミーハーなことに興味あったんです? てっきり部屋に籠もってパソコン弄ってる方が好きなダウナー系列かと思ってましたけど」

 

「ひっどい偏見だなぁ……」

 

キラは苦笑するが、否定はしなかった。

友達と一緒に遊んだり作業をすることも好きだが、時々1人でひたすらにパソコンに向き合いたい時もある。

そういう意味ではアリアの言うことも的外れではない。

 

「ていうか、そういうトラスト少尉はどうなのさ」

 

「えっ、まさかこのちんちくりんボディに男っ気があるとでも? それともまさかヤマト少尉……私はアウトでしょ」

 

「いや違うからね? そういうんじゃなくって休日とかは何してんのかなーって」

 

アリアが両腕で自分の体を抱く仕草をするが、キラは冷静にそれを対処する。

アリアは(自称)15、6歳と言っているが、正直に言うと中学生、最悪小学生だと言い張っても受け入れられる可能性があるレベルの小柄な少女だ。

そんな少女に()()()()()()()()の関心を向けるなどすれば一発で牢屋行き、最悪キラの場合は月からマモリが引導を渡しに来る可能性まであるのだ。

「教え子の不徳は師の不徳、こいつを殺して私も死ぬ」とかやってもおかしくない。

 

「んー、休日ですか。もっぱら研究のためにロボットアニメを見たり、後はMSや新装備の設計とかですかね」

 

「設計まで出来るの?」

 

目の前の少女が優秀だというのは、この数週間でキラは十分に理解しているつもりだった。

まさか、一般の整備士よりもずっと複雑な知識を求められる設計まで出来るとは。

なるほど、『ヘリオポリス』で初めて”アークエンジェル”に乗り込んだ時にムウが自分をコーディネイターと当たりを付けてくる気持ちも分かったかもしれない。キラはそう思った。

 

「いやいや、設計が出来るっていうのと実際に採用されるていうのは別ですよ。でもでも、今研究してるのには自信があるんですよ! これが実現すればMSという兵器の限界を更に向上させることが出来るんです!」

 

「限界を向上?」

 

「現在のMSより自由、かつ負荷の大きな動作と機動が可能となるんです!」

 

アリアは興奮しながらズイッとキラの方に顔を寄せる。

その後もしばらくマシンガンのように自分の設計しているものや興味のある物について口を動かし続けるアリア。キラはそれを興味深そうに聞き入っていた。

怠け癖があるとはいえ元は工業カレッジ所属の学生、その手のメカ話には興味がそそられるのである。

 

「ふふふ、まさかここまで私の話に付いてきてくれる人が“マウス隊”以外にいるとは思いませんでしたよ!」

 

「褒められてる?」

 

「はい。大抵の人は私が話し出すと気持ち悪そうにしてそそくさと去って行くものですから」

 

「えっ?」

 

アリアの言葉に違和感を覚えるキラ。その様子に気付いたアリアは、やってしまった、というような顔をしながら説明する。

 

「あっ、えっと、その。ほら、私ってご覧の通り、些か軍には不適切な見た目じゃないですか? 世間一般的に私みたいな少女が嬉々として兵器について語るのって、やっぱり奇異の視線に晒されるんですよね」

 

まあ、そういうだけの話です。

そう言ってアリアは自分の作業を再開した。明らかに、気まずそうにしている。

 

「……良かったらまた何時か、君のしてる設計について教えてくれない? すっごく興味あるんだよね」

 

「……私にですか?」

 

「えっと……君の趣味に、で良いのかな?」

 

「……」

 

僅かに、沈黙。

目の前の少女が自身(キラ)を見る目に含まれているのは、警戒か、それとも興味か。

アリアは僅かに考え込む仕草を見せた後、パッと明るい笑顔を見せる。

 

「───そういうことでしたら、いくらでも! でも、覚悟してくださいね? 何を隠そう、私は”マウス隊”の中でも『話し始めたら止まらない奴ランキング』のトップ3常連なんですから!」

 

「は、ははは……お手柔らかに」

 

どうやら、一定の信頼は得られていたようだ。

キラ自身も上手く説明出来ない『ミステリアスさ』を持つ少女、アリア・トラスト。度々彼女に抱く『違和感』の正体も、何時かは分かる時がくるのだろうか。

そうして、その日の午後は過ぎていった。

戦争をしているとは思えない、賑やかではあったが穏やかな時間であった。

 

 

 

 

 

4/17

”アークエンジェル”艦橋 CIC

 

「お疲れ様」

 

「あ……どうもです」

 

差し出された缶コーヒーを、サイはあくびをかみ殺しながら受け取った。

時刻は午前4時前後。もうしばらくすれば太陽も山の陰から顔を覗かせる時間帯。普通の人間なら寝入っているはずの時間帯にサイと、コーヒーを渡した通信士のリサ・ハミルトンがCICにいる理由は単純、夜警である。

何時いかなる時でも不足の事態に対応するために、CIC担当の兵は幾つかのグループで交代をしながら、レーダーとにらめっこしているのだ。

しかし、人間である以上は夜中に眠気に襲われるのは必然。それに抗うためのコーヒー、そして世間話であった。

 

「サイ君も大変だね。キラ君トール君もそうだけど、まだ16とかそれくらいの歳なんでしょ?」

 

「そうですね、俺は17です」

 

「17かぁ……私がそのくらいの時は、のほほんとしてたなぁ」

 

当たり前のように学校で授業を受けて、友達と喫茶店で駄弁って、こっそり秘密の趣味に熱を上げて。

戦争なんて想像もしてなかった当時の自分が、そのように過ごした青春。───彼ら(サイ達)は、そんな青春を戦争なんかに費やしている。

老けた考えと言われるかもしれないが、リサはそれがどうにも物悲しかった。

 

「……ねえ、サイ君。辛くはない?」

 

「うーん……まあ、正直言うと辛い、ですね。いつ大砲とかビームとかミサイルとかが飛んで来て艦橋に直撃して、自分が死んだことにも気付かずにあの世にいくのかって、不安になったりもします」

 

コーヒーをすすりながら、サイは答えた。

 

「でも、もう知っちゃいましたから」

 

「?」

 

「もう、目を背けられないんだってこと、知っちゃいましたから」

 

サイはコーヒーを平らな場所に置き、リサに向き直る。

レーダーから目を離すのは良くないことだが、どうせ反応があればアラームが鳴るので問題は無い。

 

「『エンジェルラッシュ会戦』の時、フレイ……ああ、分かります? アルスター外務次官の娘さんで、俺のガールフレンドなんですけど」

 

「あー、あの人」

 

記憶の中から、娘のために宇宙に上がってきたという男性のことを拾い上げる。

”ブルーコスモス”だったりキラやアイザックと揉めたという話も聞いたが、娘思いの父親ではあった。

 

「その子が、泣いてたんです。『良かった』って。それを見て気付かされたんですよね……好きな女の子の父親が、いつ目の前で死んでもおかしくなかったんだって」

 

「それは……」

 

仕方の無いこと、といえばそうなのだろう。

目の前で親を殺される子供、その逆。そんな光景と戦争は、切っても切り離せない。自分も”マウス隊”で何度も通信士として戦ってきたが、それまで何度も、敵MSが撃墜される姿を見てきた。

あの中にも、誰かにとって大切な人が、『命』が乗っていたはずなのだ。

 

「今はそういう世界なんだって、分かって。何かをしないといけないって気持ちに駆られて。そんな時に、自分から軍に入るって言ったキラを見て」

 

怠け癖があって、若干天然が入ってて、───自分よりも高い能力があるのも鼻に掛けずに友人としていてくれた。

そんなキラが自分から戦うことを選んだ時、サイ自身も決意を固めたのだという。

 

「俺、キラみたいにMSを動かせるわけじゃないですし、トールみたいに戦闘機パイロットの才能があるわけでもないですけど。やっぱり、好きな女の子がいつ涙を流してもおかしくない世界って、いやじゃないですか。それをなんとかしたくて……すみません、なんかクサい話になっちゃいましたね」

 

「……凄く、立派だと思うな。私はそう思うよ、サイ君」

 

好きな女の子のために、命を賭けられる。

漫画のようで、サイの言うようにクサくて、それでも尊いもの。リサはそういう、キラキラしたものが好きだった。

なんとなく、自分達が生きるこの世界も悪くないと、そう思えるから。

 

「あとは、まあ。……あいつら2人だけだとなんだか危なっかしいし、俺が後ろで支えてやらないと」

 

「っっっ!!!!!!!!!」

 

恐ろしい速度で顔を上に向けるリサ。

 

(あっっっっっっっっっっっっぶない! 尊みで鼻からブラッディなストリームが吹き出るところだった!)

 

リサは、()()()の尊みも大好物だった。というか、それが原因で”マウス隊”まで飛ばされてきたのである。

どこを探しても『閉鎖的空間で生活を共にし、時には衝突しながらも不意に芽生える男達の友情。次第に友としての立場に甘んじているのに耐えられなくて……』などという光景が見たいがために艦艇通信士としての道を志した女などリサ・ハミルトン以外にはいまい。

弟分のように思っている友人を支えるために自分も軍に入る。

こういうのも、()()()()()()である。ストレートでフラッシュである。

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでもない、なんでもナッシングだから……」

 

奇妙な動作をし始めた同僚の女性を尻目に、ふと時計を見やると、もう少しで交代の時間となるのが分かった。

 

 

「そろそろ時間みたいですね。コーヒー、ありがとうございます」

 

「いいのいいの、それくらい。でも出来ればカレッジ時代の話とかまた今度聞かせて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビィィィィィィィィィィィッ、ビィィィィィィィィィィィッ!

 

直後、いやに響く音を鳴らし始める機材。

サイは顔を強ばらせながらオペレーター席に座り、レーダーを見つ始めた。リサも真剣みを帯びた表情で後ろからそれをのぞき込む。

 

「サイ君、これって!」

 

「第6索敵センサーに感あり。 熱源……MSサイズが3! ハミルトン少尉、お願いします!」

 

言うや否や、リサは自身のシートに座って機材を立ち上げ始めた。

サイは躊躇無く、あるスイッチを押し込む。

敵襲を告げる緊急警報、そのスイッチを押した瞬間、艦内に甲高いアラートが鳴り響き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「場所を特定してすぐに強襲……隊長にしては随分と急いた運びですね。普段は結構ゆったりしてるのに」

 

「ん? んー……ダコスタ君さぁ。君、夏休みの宿題はいつ終わらせるタイプだった?」

 

「は?」

 

「だーから、夏休みの宿題だって」

 

「……毎日少しずつ、コツコツと進めてましたけど」

 

「つ……堅実だねぇ」

 

「いま『つまんない』って言おうとしませんでした?」

 

「気のせいだよ気のせい。あれと同じだよ、あの(ふね)は。後回しにすればするほどプレッシャーと期限に追い詰められて、結局間に合わなくて提出も出来ないっていう破滅が待ってるやつ」

 

「あの艦を放置すれば、待っているのは破滅と?」

 

「過大評価にしたって、早々に片付けるに限る案件だろう?」

 

「それはそうですね。……ところで、隊長は宿題はいつ片付ける派でした?」

 

「僕かい? 僕は夏休み中盤にガーッと片付けるタイプだったよ。それが一番()()()と思ったから」

 

「楽しい……ですか?」

 

「夏休み開始直後は、学校から解放された喜びで遊びまくった。

で、中盤になって飽きてきたら宿題をまとめて片付けた。

そうして空気をリセットしたら、あとは夏休み明けまで何を気にするでもなくまた新鮮な気持ちで遊び放題。

……今はまだ、中盤だ。今のうちに、面倒な宿題(足つき)は片付けてしまおう」




劇中でヒルデガルダのやってたタロットを始め、作者のタロット知識はにわかのそれです。細かい突っ込みはあってもスルーして欲しい……。

次回は金曜の17時までに更新するよ!
出来なかったら桜の木の下に埋めて貰っても構わないよ!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第87話「急襲」

4/17

”アークエンジェル”艦橋

 

「敵の規模は!?」

 

「現在確認されているのはMSが3機です。威力偵察の可能性もありますが、いかがいたしますか?」

 

艦橋に駆け込んできたミヤムラに、マリューが敬礼しながら返事をする。

現在”アークエンジェル”では、設置式の索敵センサーがMSの反応を感知したため戦闘態勢を取っていた。夜明け間近という奇襲にはもっとも都合の良い時間帯の出来事ではあったが、それを理由に撃破されるなど洒落にもなっていない。兵士達もこういう事態に備えて迅速に起床する訓練を受けているため、戦闘準備は完了している。

しかし、マリューは絶妙な()()()()を感じていた。敵の目的が読めないからだ。

 

「たしかに、敵襲といっても確認出来ているのは3機のみ。こちらへの奇襲には余りにも少ないが、かといって伏兵の可能性もある。MS隊総出であれば速攻で叩き潰せるだろうが、艦からMS隊を引きつけることが目的だとすれば……。……ラミアス艦長、君はどうするべきだと思う?」

 

ミヤムラはマリューに判断を求めた。

これはただ他人任せにしているのではなく、あくまで自分はご意見番に徹し、若者達に主導性を持たせようという思いがあるためである。マリューもそれは薄々と理解していたため、僅かに考え込んだ後、自分の考えを話し始めた。

 

「どちらにせよ、単艦での陽動作戦を行なっている本艦の場所が割れている時点でこの場所からは離れなければいけません。早急に発進準備を進めますが、それまで敵をこちらに近づけないよう牽制を掛ける必要があると思います」

 

「どのように牽制を行なうのかね?」

 

「MS隊の内から数機を反応があった方向に向けて進行させ、簡単な警戒線を敷きます。残りのMS隊は本艦の防衛に専念して貰います」

 

「よろしい。ならばそのようにしたまえ」

 

そう言うと、ミヤムラは自分の席にどっしりと座り込む。どうやら、問題は無いと判断されたようだった。

マリューはCICを介して指示をMS隊に伝え始めるが、内心では不安を拭い切れていなかった。

()()()()()()()での敵との遭遇。先日の一件と何の関係も無いとは思えない。

必ず何かある。そう感じながらも、マリューにはそれ以上のことが出来なかった。

 

「“ストライク”の修理も完了していないっていうのに……!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”より南西方面 山岳地帯

 

「お前ら、分かってるな? 俺達の役割は敵MS隊を”アークエンジェル”に近づけないことだ! 深追いはするなよ!」

 

『了解!』

 

先ほど、ムウはCICから通達された簡易防衛線構築の命令を受け、その実行メンバーを選出してから出撃した。

スノウは()()()()()のせいで持久戦には向いていない上に、動けるメンバーの中では小回りが一番効くために待機。

ベントは僅かに精神的不調を抱えていること、そして彼の得意な砲撃戦は艦の防衛に有効と判断して待機。

必然、選出されたメンバーはマイケルとヒルデガルダ、そして指揮を執る自分の3人となる。敵MSの数も3、こちらも3。数の上では互角だが、それとはまた違った理由でムウは一抹の不安を抱えていた。

 

<今日こそ、上手くやってやるんだから……!>

 

何かしらの焦りがあるのか、ヒルデガルダが前のめり気味なのだ。

”アークエンジェル”が発進準備を終えるまでの時間稼ぎで良いのだが、もしかしたら敵に必要以上に気を取られ、踏み込み過ぎるかもしれない。

 

(マイケルだけ連れて行くべきだったか……?)

 

自分の部下達の中でも、とりわけマイケルの戦い方には特長と呼べる物はない。しいて言うなら、ヒルデガルダと並んでムードメーカーとして部隊内の緊張感を和らげるくらいか。

しかしムウは、マイケルを強く評価していた。特長は無いが、安定した戦いをしてみせるからだ。

前衛が不足していれば前衛に、傷ついた味方がいればそのカバーにと、安心して多方面への仕事を回すことが出来る。今回の戦闘でも、おそらく大きなヘマをすることは無いだろう。

ランチェスターの第三法則、つまり攻者3倍の法則*1というのもあるし、時間稼ぎをするだけというならマイケルだけを連れて行くのは十分()()な選択だった。

しかし、そうなると今度はヒルデガルダを艦の防衛に回す───つまり自分の目の届かないところに配置するということになる。自分がフォロー出来ないというのも、それはそれで不安だった。

何より、今のヒルデガルダだと「自分も連れて行け」と言い出しかねない。

 

「ったく、考えることが多くてやんなっちゃうぜ……! そろそろ目的地点だ、全機、警戒態勢!」

 

そうこうしている内に、索敵センサーの存在していた位置が近づいていく。索敵センサーは敵の存在を探知した直後に破壊されたらしく、今は何の反応も送ってこない。

敵もバカではない。感知された地点からバカ正直に”アークエンジェル”へ近づいていけば、迎撃準備が出来ている自分達とかち合う羽目になるからだ。

であれば、敵の動き方は大まかに2つ。1つは、こちらとの接敵を避けて遠回りに”アークエンジェル”の方に向かう動き。

そしてもう1つは───。

 

<───うわっ!? 野郎、撃ってきやがった!>

 

待ち伏せして自分達を叩き潰す。どうやらこの敵は、後者だったようだ。

 

「落ち着け! 陣形を乱さず、敵の確認に努めろ!」

 

ファーストアタックは許してしまったが、逆に言えば初手という絶好の機会を相手は取りこぼしたということだ。

愛機である”ダガー”のメインカメラが、木々や山に隠れながらこちらに攻撃を行なった山岳迷彩仕様”ジン・オーカー”の姿を捉える。

 

<”ジン”なんか、今更!>

 

「前に出るなヒルダ! 敵の全滅が目的じゃないんだぞ!」

 

<っ……了解>

 

ソードストライカーから対艦刀を引き抜こうとするヒルデガルダを制する。かろうじて言葉で押し留まったが、今にも飛び出していきそうな雰囲気はそのままだ。

何か切掛があれば、()()してもおかしくはない。

 

「早め早めでお願いしますよぉ、エンジンルームの皆さん!」

 

”アークエンジェル”が発進準備を終えるまで、およそ15分。

普段ならあっという間のはずなのに、今のムウには時間がゆっくりと進んでいるようにすら感じられた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「牽制チームが接敵しました! 数は3、”ジン”タイプのみだそうです!」

 

エリクから伝えられた情報に、マリューは安堵する。

”ゲイツ”タイプではなく、旧式の”ジン”タイプ。それなら殲滅は無理でも、MS隊が返り討ちになることは無いだろうと思ったからだ。

もしかすると、本当にただの偵察だったのではないだろうか?

しかし、次にサイから発せられた情報にその楽観思考は打ち砕かれることになる。

 

「これは……第4センサーに反応! こちらも同じく、MSサイズが3……あっ、センサーからの反応が途絶しました! おそらく、破壊されたと思われます!」

 

「第4……北北西ですね。どうします艦長?」

 

アミカはそう言ってくるが、こちらには既に自由に動かせる駒がほとんど無い。

艦長席に備え付けられた受話器を手に取って格納庫に通信をつなぐマリュー。

 

「ラミアスです。”ストライク”の修理はまだ掛かりそう?」

 

<もう少し待ってください、あと10……8分! 最終調整だけなんです!>

 

「5分で済ませて。……仕方ありません、ペンタクル1、ケーニヒ2等兵に出撃命令を伝えて! 内容は『北北西に確認された部隊の偵察』!」

 

「了解!」

 

少しして、右舷ハッチから”スカイグラスパー”が飛び立っていくのが見えた。小回りを優先してか、ストライカーは付けていない。

これでどうにか、最低限の対処は出来た筈。新たに確認された敵の動きが分かれば、艦の防衛に回しているスノウを向かわせるなどして対処も出来る。

しかしマリューは歯がみをするしかなかった。戦力を小出し()()()()()()()という感覚が拭えなかったからだ。

何か、敵の思い通りに動かされているのではないか?

不安を覚えてチラリとミヤムラを見ても、彼は手元の地形図を睨んだまま、何も言おうとはしない。

不安を拭えぬまま、トールからの報告が届いた。

 

<こちら、ペンタクル1! 確認出来た限りでは、”ジン”が2……いや3機です! 動きはありません!>

 

「……ケーニヒ2等兵、何か気付いたことはある?」

 

<え?>

 

マリューの質問にモニター越しに首を傾げるトール。

今必要なのは、情報だった。どんな小さなものでも欲しかった。

 

「どんな小さなことでもいいの、何か不思議に思ったことは?」

 

<……なんだか、()()()()()って感じですね。動きが少ないんです。偵察しにきた筈なのに、逆にこっちが観察されてるような気分です>

 

トールの話を信じるなら、やはり北北西の部隊も本命というわけではなさそうだ。しかし、そうなるとやはり「引っ張り出されている」という妄想が現実味を帯びてくる。

とりあえず目を離すワケにもいかないため、トールにはそのまま敵の有効射程外からの偵察続行を命じておくマリュー。

そんな中、沈黙を保っていたミヤムラが口を開いた。

 

「ラミアス艦長。直ちにMS隊とケーニヒ2等兵を帰還させるべきだ」

 

「えっ……」

 

「ここにきてようやく確信できた。これまで確認出来た2つの部隊は、やはり陽動だ。南西と北北西、2方向からの部隊を順々に投入することによってこちらの戦力の分析と引き離しを行なったんだよ。ならば、次に行なわれるのは当然───」

 

「っ、これは!?」

 

レーダーを見つめていたCICのチャンドラ2世が驚愕の声を挙げる。それを聞いたミヤムラは痛恨たる思いを顔ににじませながら呟いた。───遅かったか、と。

 

「対空レーダーに反応! 5機のMSがこちらに向かって接近中、いずれも”ディン”タイプ!」

 

「おまけに脚部に対地攻撃用ミサイルポッドを増設してるみたいです! 間違いありませんよ、()()です!」

 

次々と変化する状況。マリューも必死に頭を働かせて次の一手を考えるが、変化はそれを上回る速度で行なわれていく。

 

(5機ならバアル少尉とディード軍曹の2人、そして”アークエンジェル”の対空火器で対処出来る……いや、ここまできて本命がたった5機の”ディン”だけなわけがない。早急に離陸しようにも、フラガ少佐達を置いていくわけにもいかない! せめてヤマト少尉が動けるようになれば……!)

 

今となっては仕方のないことだが、この戦いでは自分達は致命的なミスを犯した。最善策は、『逃げること』だったのだ。マリューは悔恨のあまり思わず爪を噛んでしまった。

敵部隊の目的がなんであれ、さっさと飛んで逃げてしまえば良かった。なまじ敵の戦力が少ないからと、こちらの戦力なら十分対処可能だからと欲をかいた結果が現状である。

艦橋内に更なる報告が響き渡る。もはや誰の声を聞いても悲鳴にしか聞こえない。

 

「ちくしょう、やっぱりあれだけなワケがなかった! 艦長! 第3、第8センサーが此方に向かって飛翔する物体を複数感知しました! MSサイズではありません、おそらくZAFT軍の攻撃ヘリ”アジャイル”です!」

 

 

 

 

 

「くそっ、こいつらちょこまかと……!」

 

間違い無く、今の自分は()れている。まるで羽虫のように”アークエンジェル”に群がる”アジャイル”隊に向けて銃弾をばらまきながら、スノウはそう思った。

ベントと2人で緊張感に苛まされながら艦の周辺を警戒していたところに、いきなりの”ディン”部隊による奇襲。

明らかに戦い慣れしている部隊だった。

初手でこちらに向かって脚部に装備していた空対地ミサイルを発射、こちらがその迎撃に手間取っている間に重石となったミサイルポッドを排除し、近中距離射撃戦を挑んで来た。その過程のなんとスムーズなことか!憎きZAFTではあるものの、そこには素直に感心するしかあるまい。

それでも、十分に対処可能な相手だった。ベントの射撃能力は防衛戦においても十分に活かせるし、”アークエンジェル”の対空火器もあった。何より、自分の射撃の腕───格闘戦の方が得意ではあるが───への自信もあった。

しかし、こちらに僅かに残っていた余裕を奪い去ったのは、普段は事務的に処理しているような”アジャイル”攻撃ヘリだった。

山脈を越えて上から襲い来る”ディン”に対し、”アジャイル”は山脈の合間を縫うようにやってきた。

まるでタカとハチの群れに同時に襲いかかられているような気分になるスノウ。加えて、彼女には別の焦りもあった。

 

(保ってくれ、私の体!)

 

些か以上にダーティーな手段で手に入れた能力は、自分に時間制限を与えた。それを過ぎれば、自分は壊れた人形以下の役立たずへと成り下がる。

加えて、今現在のように焦燥感を感じている場合は、ストレスによるものなのかタイムリミットが更に早くなるという事が分かっている。

スノウは、自分が情けないことを言っているという自覚を持ちながらも叫ぶしかなかった。

 

「ソード1は……あの()()()()()はまだか!」

 

 

 

 

 

<もしもーし! こちら格納庫のアリアでーす!>

 

それはまさしく、マリュー達にとって福音だった。

 

<すいません、5分は無理でした。でもまぁ、許してください。7分で終わらせましたから。───『ガンダム』出せます!>

 

思わず握り拳を作るマリュー。

ずっと欲しかった打開のためのピースが、ようやく揃った。

受話器を取って、直接キラに通信を繋げる。今は1秒だって惜しい。

 

「ヤマト少尉!」

 

<こちらソード1、発進準備が出来ました!>

 

「現在、本艦は”ディン”と”アジャイル”による混成部隊から攻撃されて離陸が困難な状況にあります。”アジャイル”の対処にはバアル少尉が当たっているため、ヤマト少尉は上空の”ディン”への対処をお願いします!」

 

<ムウさ……フラガ少佐達は!?>

 

「後退信号は発射済みです! 彼らの自力での帰還が難しい場合は応援を出すことになりますが、時間との勝負になります。早急に”ディン”への対処を!」

 

<了解!>

 

これで、打てる手は打った。後はその場その場でやっていくしかない。

若干の安堵を見せるマリュー。艦橋にいる他のスタッフ達の間にも、ほんの少しだけ和らいだ空気が流れる。

そんな中、唯一顔を険しいままにしている人物がいた。

ミヤムラである。

 

(……もしも私がこの作戦における向こう側の指揮官だったら、これだけでは済ませない。ここまでで、ついに本艦の打てる有力な手は()()()()()。それは裏を返せば、もう打てる手がないということだ。

気付けラミアス艦長。敵は確実に、まだ切り札を抱えているぞ───!)

 

 

 

 

 

「カタパルト強制排除!」

 

背中にエールストライカーを付けた”ストライク”。その足を固定していたカタパルトとの接続を解除し、一歩を踏み出した。

カタパルトでの発進をしないのは、この山間部で電磁カタパルトによる加速などしたら、その勢いのまま山に激突してしまうからである。

いつもとは勝手の違う出撃、加えて味方は窮地に陥っている。自分の役目もそれなりに重大だ。これほどペースの狂う出撃は経験したことがない。

それでも、やるしかない。

 

「上手くやれよ、キラ……」

 

自分で自分を鼓舞し、一度目を閉じて深呼吸をする。

その目が開いた時、そこにいたのは1人の戦士であった。

 

「───キラ・ヤマト、『ガンダム』いきまーす!」

*1
「有効な攻撃を行なうには攻撃する側が3倍の戦力を用意する必要である」とする法則、拠点攻略戦への法則であり野戦の場合はランチェスター第一法則を参照する。




約束は守る男だぜ、俺はよ……。
次回更新も金曜の17時を予定。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第88話「Q.天使とは何を以て天使なのか」

4/17 

中央アフリカ 山脈地帯

 

「出てきたぞ! 例の白いの、“ストライク”だ!」

 

愛機である”ディン”を操りながら、チームリーダーの男は僚機に警戒を呼びかけた。

これまで集めた情報で、あのトリコロールのMSが驚異的な戦闘力を持っていることは把握済みである。たとえ自分達が有利な空中に陣取っていたとしても、警戒をするに十分な相手だ。

それにしても、と彼は舌を巻いた。驚異的なのは”ストライク”だけではない。その僚機や、母艦である”アークエンジェル”だって十二分に難敵だ。

艦橋やエンジンを守るように配置された対空機銃砲座の弾幕は装甲が脆弱な”ディン”には掠るだけでも致命的だし、甲板の上に陣取った砲撃戦装備の”ダガー”が放ってくる強力なビームは言うまでも無く必殺である。

低空から接近して敵艦の懐を攻撃する”アジャイル”戦闘ヘリも、機敏に動き回るカスタム機の放つマシンピストルによる銃撃で徐々に数を減らしている。あの機体も、単独での戦闘力は”ストライク”に並ぶとして要注意だ。

しかし、だとしても依然として有利なのは自分達の側だ。

 

「おっと!」

 

自分目がけて放たれたビームを、男は間一髪で避ける。このビームは”ストライク”によるものだった。

なるほど、たしかに良い腕をしている。間合い一つ離れた位置にいる自分を指揮官機と見抜く戦術眼も中々だ。

男は冷や汗をかいた自分を自覚しながらも、それでもにやりと笑ってみせた。

 

「”バルトフェルド隊”なんだぜ、俺達は!?」

 

彼の自信の理由は、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

「避けた!?」

 

キラは自分の攻撃が失敗したことに若干の驚きを覚えた。

マモリ・イスルギという教官のもとで基礎を得て、ここまでの実戦で磨かれたキラの射撃能力は文句なしに最高峰のものとなっていた。キラ自身もたしかに必中を確信して放たれた射撃、それをあの指揮官機らしき”ディン”は紙一重で避けてみせたのだ。

驚愕による僅かな硬直、その隙をついて他の”ディン”からの攻撃が”ストライク”に襲いかかる。

 

「ぐうっ……!」

 

PS装甲の御陰でダメージは0に等しいが、着弾の衝撃まで消せるものではない。

揺れる機内で、キラは思考を巡らせる。

 

(考えろキラ……! 自分よりも高いところを飛び回る”ディン”相手に、どうすれば勝てる!?)

 

エールストライカーの推進力があれば一時的に”ディン”と同じ高度にまで飛び上がることは可能だろう。しかし、エールストライカーには滞空能力が無い。

”スカイグラスパー”の登場によって空という戦場から追われた”ディン”が、今でも一定以上の評価を維持しているのは、『上から下にそれなりの火力を叩きつけ()()()()()』点にあるのだ。

トールの駆る”スカイグラスパー”が唯一対等に渡り合える存在ではあるのだが、今は彼も別の仕事にかかりっきりのために増援は期待出来そうにない。

 

「……やるしかない、か」

 

キラの研ぎ澄まされた思考は、彼に()()()()を思いつかせた。

それはけしてパイロット訓練の際に教わるようなことではなかったし、マモリだって実際に見れば激怒するかもしれない。

だが、手早く敵を片付ける必要があった。離れた場所の仲間達を助けにいく必要もあった。

まるで()()()()()()()()()()()()()全能感も後押ししてくれた。

ならば、躊躇う理由は無かった。

キラは飛んだ。

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

 

先ほどまで地上から射撃してきていた”ストライク”が突如として飛び上がってきた時、それを目撃した全員が驚愕に目を見開いた。歴戦の”バルトフェルド隊”といえど、今までそんな無謀なことをしてきた敵と出会ったことは無かったからだ。

 

「自由飛行も出来ない身で、この”ディン”相手に空中戦を挑もうというのか!?」

 

その言葉には、「不利な戦い方を選んでも自分達に勝てる」という思い上がりを持った”ストライク”に対する怒りがこれでもかと詰まっていた。

しかし、この悪名高い白いMSは、これまで単機でいくつもの味方を葬ってきた存在でもあった。

警戒はする。それはそれとして、舐めた行動には怒りをぶつけさせて貰おう───!

 

「そんなナリで俺達の領域に踏み入ろうってのか、えぇ!?」

 

マシンガンと散弾銃の連射を、”ストライク”は盾で受け止める。

右手に持ったライフルを撃ち返す余裕も無いようだ。その様を笑っていた男だったが、次第にその顔へ困惑をにじませていった。

 

(おかしい。何故失策を悟って下りようとしない?)

 

此方からの攻撃を受け止めるしか無いのだから、普通は態勢の不利を悟って減速し、地に足を付けようとする筈だ。

にも関わらず、“ストライク”は減速しない。盾を構えたまま、隊長機である自分のところまで向かってこようとしている。

まさか、このまま体当たりでもしようというのだろうか。そう考えた男の予想通りに”ストライク”は男の目の前まで迫り、そして。

()()()()()()

 

「っ!?」

 

まるで意味がわからない。あの勢いのままいけば、確実に自分の居る高度まで届いたはずだ。

勿論そうなった場合の対処法も男は思いついていたが、肝心の敵がそれをせずに落ちていってしまうなど、誰が想像出来るだろうか。

だが、男は”ストライク”……正確には、”ストライク”の落ちていった方向を見て、三度驚愕させられることになる。

 

<あっ!?>

 

男は”ディン”攻撃隊のリーダーとして、もっとも高い位置に陣取っていた。そう、()()()()

”ストライク”の落ちていった方向、そこには、”アークエンジェル”への攻撃を優先していた味方の”ディン”がいた。

あろうことか”ストライク”は、その”ディン”を踏みつけ、再びスラスターを点火したのだ!

ここまできて、ようやく男は”ストライク”のパイロットの狙いに気付いた。

スラスターは使い続ければその熱を処理出来ずにオーバーヒートし、機能を一時停止させてしまう。それを避けるためには、所々でスラスターを休ませる必要がある。

突進と見せかけた急上昇はただのブラフ(引っかけ)

本命は、隊長機よりも下の位置にいる”ディン”を踏み台にすること。

スラスターを休ませ、より高く、より強く上昇するために───!

 

「はっ……」

 

ついに”ストライク”は隊長機を抜き去り、この場の誰よりも高い場所に飛び上がった。

自由に空を駆ける翼を持った”ディン”よりも、更に高い場所。

 

「そんなん有りかよ───!?」

 

夜明け近くの、青みがかってきた空を背景(バック)に。

”ストライク”はツインアイを瞬かせ、ライフルを両手で構えた。

 

 

 

 

 

「キラ君が、あんな戦い方を……」

 

マリューは驚きのあまり、階級を付けて呼ぶことすら忘れて言葉を紡ぐ。

”ディン”を踏み台にして高度を稼いでからの”ストライク”は圧倒的だった。

エールストライカーの滑空能力を活かしてなめらかに舞い降りながら、その手に握ったライフルから正確無比な射撃を放っている。その動きは、さながら空中でダンスでも繰り広げているのではないかと思うほどに華麗だ。

いきなり上下の立場が逆転した”ディン”隊はこの事態に動揺、”ストライク”への対処に掛かりきりとなっている。”アークエンジェル”への攻撃の手は、もはやその数を当初の半分以下にまで落とした”アジャイル”くらいしかいない。

そしてその”アジャイル”も───。

 

<こちらワンド4よりソード2へ! ”アジャイル”の相手は僕に任せて、フラガ隊長達の元に!>

 

<……任せる!>

 

一瞬の考慮の後に、”デュエルダガー・カスタム”がムウ達の戦っている方向に向かって駆けていく。

これで、ムウ達の救援という問題にも対処出来た。北北西に陣取ったMS隊については結局有効な手を打つことは出来なかったが、それでもトールがその場で監視を続けている以上、何か動きがあれば今なら対処は可能だ。

───切り抜けた。そう実感し、安堵で息をつくマリュー。他にも何人か、同じようにしている者達がいる。

しかし、そうではない者もいた。

エリク・トルーマンやアミカ・リー、マイケル・ベンジャミンといった”マウス隊”移籍組と、ヘンリー・ミヤムラである。

彼らは状況が好転したにも関わらずその肩から力を抜こうとせず、モニターをにらみつけたり、あるいは離陸準備を進めている。

 

(なーにか、変だよねぇ……)

 

歴戦のオペレーターであるアミカの中には、歴戦であるが故のある種の()のようなものが身についていた。

彼女を始め、”マウス隊”にいたことのある者達は大なり小なり窮地に追い込まれた経験がある。その度に戦術や自分達の能力を活用して切り抜けてきた。

しかし、それまでの経験と現在の状況で異なっていることがある。

それは、達成感とも安堵ともつかない、なんとも名付けがたい『感覚』が来ないということだ。『空気が変わっていない』、と表現することも可能かもしれない。

この攻撃の意味はなんだ?

威力偵察? NO。それにしてはあまりに戦力が過剰。

この戦力で十分だと判断しての攻撃? それもおそらくNO。単機で1つの拠点を壊滅させうる”ストライク”がいるということを知ってこれなワケがない。

一番あり得るのは嫌がらせ(ハラスメント)だが、これはこちらを撤退に追い込むには不確実だ。こちらがどこかしらから補給を受けていることは向こうも察しているだろうし、何より嫌がらせは継続して行なうからこそ意味があるものだ。今のZAFTにその余力があるだろうか?

そうなれば、この『空気』が変わらない理由は1つ、『”アークエンジェル”の撃滅』に絞られる。

 

(だけどここからどうやって”アークエンジェル”を沈めるつもり? ”フェンリル”による超長距離砲撃……あり得なくはないけど、この山岳地帯では射線が限られる。山なりに砲弾を撃ち込むにしたって……)

 

とにかく、今は飛び立つのが先決だ。

既に位置が割れている以上留まる意味が無いのはとっくの昔に明らかとなっている。それに、「『空気』が変わらない」などという不確定な理由で場を混乱させるのも避けたい。

肩の力を抜けないのは、戦闘が終わっていないからだ。きっとそうに違いない。そんなアミカの思考は、レーダーに新たに1つの光点が生まれたことによって止められる。

いや、1つではない。2つ、3つとドンドン増えてくる。

 

「艦長! 新たにこちらに接近する物体を確認しましたー!」

 

「えぇ!?」

 

それを聞いたマリューも驚愕に目を見開く。

既に大勢は決まった筈。ここで新たに戦力を投入する意味がどこにある?

これでは徒に戦力を消耗するだけではないのか?

 

「……そうか! そういうことか!」

 

その隣で、ミヤムラもまた拳をアームレストに叩きつける。

老齢故にその拳に勢いは無かったが、痛恨といった様子を見せるミヤムラ。彼が何に気付いたのか、それをマリューが問おうとした時、モニターに()()()は映し出された。

 

「え、えぇ……」

 

「ははっ……嘘だろ。ここまでやるか?」

 

開いた口が塞がらなくなったマリューと、その後方のオペレーター席で苦笑いをするエリク。

それも仕方のないことだろう。『まだ何かある』と身構えていた”マウス隊”メンバーでさえ、予想だにしない『切り札』がやってきたのだから。

 

「……”アークエンジェル”1隻のために、()()()()()()なんて引っ張り出すか!?」

 

先ほどの”ストライク”よりも更なる高み、手の届かない天空。

そこを飛行する20機余りの爆撃機が、”インフェストゥスⅡ”の護衛を付け、”アークエンジェル”に襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”より西方にて

”バルトフェルド隊” 仮設指揮所

 

「なんとまあ、大胆な手ですね……MSや戦闘ヘリで敵をその場に留めておき、そこをエリアごと爆撃するなんて」

 

「そうかなぁ?」

 

ポリポリと頭を掻くバルトフェルド。それを見てマーチン・ダコスタは、本日何度目か分からない溜息を吐いた。

その場に設置されたモニターには、バルトフェルドの推測通りに推移する戦場の様子が映し出されている。

 

「MS隊第一陣による敵機動戦力の誘引、第二陣による様子の窺い、そして本命……に()()()()()足止め部隊。ここまでの全てが、絨毯爆撃のための布石だなんて誰にも読めませんよ」

 

「読まれたら困るよぉ、せっかく借りてきた爆撃機なんだからさ」

 

それはたしかにそうだ。ダコスタは内心で頷く。

連合軍の大規模作戦が間近に迫る中、爆撃機編隊という貴重な戦力を引っ張ってくることに成功したのは”バルトフェルド隊”のネームバリューと、この任務の重要性を相手方に説き、頭を下げたバルトフェルドの努力の賜物なのだ。

ZAFTでは運用ノウハウがほとんど無いため、経験を積ませるという意味合いもあるにはあったが。

これらの爆撃機をどこから持ってきたのかというと、当然どれもZAFTの開発したものではない。『三月禍戦』で連合軍から鹵獲した”ネッフ”爆撃機であったり、あるいは同盟国家から払い下げられた旧式の爆撃機をかき集めて、編隊を組めるだけの数を揃えたのだ。

あくまで戦術の1つとして起用出来る筈だと揃えたは良いが、当然の問題として浮上してくるのが『人手不足』だが、これも”オートマトン”の自動運転技術の流用により早くに解決した。

元々司令塔(コマンダー)から下される大まかな指示に従って集団で行動する”オートマトン”と、複雑な機動を行なう必要がない爆撃機は相性が良かったのだ。

現在”アークエンジェル”に向かって飛んでいく20機ほどの爆撃編隊の中にも、実は実際にパイロットが搭乗している機体は実に5機ほどしかない。

今のZAFTにおいてもっとも求められているのは強力なMSではなく、人材だ。彼らに経験を積ませられる機会が来たとくれば、なるほどバルトフェルドの目の付け所は意外と順当であったかもしれない。

 

「でも、いいんですか? 『せっかくの獲物なのに1発しか撃ってない!』ってスミレがぶー垂れてましたよ」

 

「えぇ!?」

 

「なんで驚くんですか」

 

「いや、だってさ? 彼女は立派に仕事を果たしたよ? 彼女が痛烈なファースト・アタックをたたき込んでくれた御陰で、あの艦は空への注意をおろそかにしたんだからさ」

 

『深緑の巨狼』の名は連合軍内でも広く知れ渡っている。

その本人に一度狙われたのだ。いくら山岳地帯という戦車を運用するには向かない地帯であっても、輸送機で空輸し、絶好のポジションから砲撃を行なうということも不可能では無いのだから、警戒をせざるを得ない。

まさか”アークエンジェル”の兵士も、最初の”フェンリル”の砲撃からここに至るまでの過程、その全てがこの男の想定から大きく外れることなく進んでいたとは思うまい。

 

「わざわざあの辺に”フェンリル”を持っていくより、最初から飛んでって吹き飛ばしてくれる爆撃機の方が楽だし確実だよ」

 

まあ、あの”ストライク”の動きには流石に驚かされたがね。

そう言いながら、つまらなさそうにインスタントコーヒーをすするバルトフェルド。きっと彼にとって、あの”ストライク”の奮戦もある程度は想像通りだったのだろう。

 

「でも、爆撃で本当にあの艦を仕留められますかね?」

 

「んー、どうだろうね。半々ってところかな?」

 

「えぇ……」

 

「別に完全に撃破する必要なんか無いんだよ。飛べなくなるだけで、あの艦は終わったようなもんだ」

 

艦橋でもいいし、エンジンでもいい。なんなら翼でもいいだろう。

敵地に侵入して飛行不可能になるということは、神出鬼没の難敵から格好の獲物へとその身を転じることに他ならない。運が良ければ、艦と艦載機を拿捕することも可能であるかもしれない。

あの艦がいる場所は連合側ではなく、ZAFT側なのだ。持久戦でもなんでも好きに料理出来る。

 

「天使や悪魔が畏怖されたのは、羽根が付いてて空を飛べる(人には出来ないことが出来る)からだ。───羽根を捥がれてしまえば、後は囲んで棒で叩くだけで殺せる只人とどう違うって?」

 

信仰というもののほとんどが衰退したC.Eだが、もしも神がいるとしたらきっとこの男のことが嫌いなのだろう。

平和に無駄な時間を過ごすことを何よりも好むアンドリュー・バルトフェルド。しかし彼の戦いの才能は底知れず、また、その戦いには無駄が極めて少ない。

相反する二面性を持つ男はマグカップを置き、近くに置いておいたコーヒーメーカーを起動する。

 

「せっかくブルーマウンテン(コーヒーの王様)を用意したっていうのに、これじゃ飲み応えが無いかもしれないな~」

 

重要な任務の後にはその重要度に応じて格の高いコーヒー豆を用意し、手ずから煎ったそれから作ったコーヒーを飲む。

彼にとって一種のお約束(ジンクス)と化したこの行為は、それを知る者からは喜ばしいことに───そして連合軍からは憎々しいことに───阻まれたことは無いまま、継続中であった。




次回で決着です。
長くて前後編どころか前中後編になってしまった……。



なんとなく、バルトフェルドのステータスを作成してみました。
比較対象として最近またしても影が薄くなり始めたユージ君のステータスを載せておきます。

ユージ・ムラマツ(Sランク)(成長限界)
指揮 15 魅力 13
射撃 13 格闘 9
耐久 12 反応 10

アンドリュー・バルトフェルド(Aランク)
指揮 16 魅力 15
射撃 14 格闘 16
耐久 14 反応 14

得意分野 ・指揮 ・格闘 ・反応

なんということでしょう。オリ主かつ連合最強部隊長のクセになに一つ勝ってるところがありません!
成長性さえもです!
まあ、こんな感じに想像しながら書いてますよというお話。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第89話「傷だらけの飛翔」

4/17

”アークエンジェル”より南西部 山岳地帯

 

<今すぐ後退しろ、隊長! これ以上の戦闘は……!>

 

「分かってる!」

 

せっかく救援に駆けつけてくれたスノウに対して荒い口調になってしまうムウ。それもその筈、”アークエンジェル隊”は今まさに、壊滅の危機に陥っているのだ。

付かず離れずの巧妙な戦い方をする敵MS隊に自分達が引きつけられている間に”アークエンジェル”は敵対地攻撃部隊の襲撃に遭い離陸を妨害され、そうこうしている間に爆撃機の編隊まで飛んで来たという。ここでムウが取るべき行動は”アークエンジェル”まで後退することなのだが、それが困難な理由が2つあった。

1つは、前述した通り敵MS隊のやり口が巧妙で迂闊に背中を見せられないこと。

そしてもう1つは───。

 

「ヒルダ! 突っ込みすぎるなって言ってるだろ!」

 

<っく、でも!>

 

「冷静さを取り戻せ!」

 

戦闘前からの懸念、つまりヒルデガルダの危うさがここで露わとなってしまったのだ。

戦闘開始からここに至るまで何度かヒルデガルダは無闇矢鱈と敵への接近を試みていた。自身の乗機に装備させているのが近接戦仕様のソードストライカーとはいえ、敵の陣形が崩れていない状態で切り込んだところでそれは無理攻めでしかない。おまけに視野狭窄になったのか、戦線を下げるのに絶好のタイミングで踏み込もうとして、結局状況が変わらないなんていう事態にも発展した。

未だに被害が生まれていないのは”ダガー”の優秀な基本性能の高いこと、そして敵が消極的姿勢を取っているということに終始する。

 

<埒が開かないな……隊長、私が攪乱する。その隙に後退、どうだ?>

 

「頼むっ!」

 

<ああ。───しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァっ!>

 

ムウに確認を取った後のスノウの行動は正に神速。

小回りと瞬間速度では”ストライク”も上回る”デュエルダガー・カスタム”の機動性を遺憾なく発揮し、両手に構えたマシンピストルから弾幕をばらまきながら敵の目を引きつけ始めた。

敵MSも隙を見せれば一瞬で狩られるということを理解しているのか、こちらへの注意を向ける余裕は無さそうだ。ムウはそのように判断し、僚機に呼びかける。

 

「今のうちだ、退くぞ!───ヒルダ! 分かってるだろうな!?」

 

<……了、解!>

 

ギリッ、と通信越しに聞こえてきた不快な音を聞き、ムウは舌打ちをする。

歯ぎしりをしたいのはこちらだ。

しかし、そのような悪態をつく前にやらなければいけないことがある。

ムウは務めて平静を保つよう心がけながら”アークエンジェル”に向かい始めたが、内心にこびりついた部下の問題解決に奔走しなければならないことへの倦怠感を捨て去ることは出来そうになかった。

 

<あたしは……あたしだって……>

 

ヒルデガルダ・ミスティル軍曹。

公式撃墜数、未だ0。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「くそっ、あの高度じゃあ”ストライク”では対応出来ないぞ!」

 

「ワンド4は直ちに迎撃態勢を取ってください! 早く!」

 

「慌てるな、『バリアント』起動! 牽制を掛けるんだ!」

 

突如として襲来した爆撃機の編隊に艦橋は紛糾するが、マリューは指示を出し、冷静に対処を試みる。

一般的なビームライフルでは大気の影響を受けて照準がズレることもあってこの場では頼りに出来ないが、幸いにして、先ほどの”ストライク”の飛翔よりも更に高い高度から襲い来る敵への対処方は幾つかある。

その内の1つが、”アークエンジェル”の誇るレールガン”バリアントMK.8”だ。実弾兵器であるが故に大気の影響も少なく、また爆撃機の動きが機敏ではないこともあって十分に対処は可能としている。

開閉口が展開してその砲塔がせり出てくるが、事態はその数を2機にまで減らした”ディン”隊の行動で変化する。生き残っていた隊長機が“”ストライクに対して突貫、機体をぶつけることでその動きを封じたのだ。

”ストライク”という最大の障害を一時的に封じることに成功し、残ったもう1機の”ディン”が”アークエンジェル”に肉薄、その胸部に温存していた多目的ランチャーから小型ミサイルを一斉に解き放つ。

放たれたミサイルの内1つが『バリアント』の基部に命中、機能不全を引き起こした。

 

「『バリアント』1番、被弾! 射角が取れません!」

 

「嘘でしょぉ!?」

 

艦橋内の悲鳴の音量が更に上昇する。

それをなした張本人である”ディン”隊は、先ほどまでの粘り強さは何処へやら、一目散に飛び去ってしまった。

上空の爆撃機に気を取られた瞬間に行なわれた攻撃、そして早々の後退。まさか、これも『砂漠の虎』の読み通りだというのだろうか?

いや、間違い無い。あの”ディン”隊の目的は”アークエンジェル”の離陸妨害、そして爆撃機に対して有効な対空火器を潰すことだったのだ。

マリューが戦慄している間に、ついに爆撃機編隊が”アークエンジェル”の上方に到達した。

上方に段々と増えていく黒点。その1つが1つが大きな痛手になる爆弾であり、それらはたしかな殺意を伴って”アークエンジェル”に降ってくる。

 

「───『ヘルダート』、上方に発射!」

 

『バリアント』によって爆撃機の数を減らすことさえ出来なかった現状、『ヘルダート(迎撃ミサイル)』による対空防御もほとんど悪あがきのようなものだった。

爆撃とは『ただ敵のいるところに爆弾を落とすだけ』でしかない。しかし、それ故に誘導ミサイルのようにデコイを用いて狙いを逸らすということも出来ない。

やれることはやった。もはやマリュー達に出来るのは、「どうか当たりませんように」と祈ること、それしか無かった。

 

「来ますっ!」

 

アミカの悲鳴の直後、艦体が大きく、断続的に揺れ始める。

辺り一面に爆発炎が広がり、夜明け前の暗闇の中の”アークエンジェル”を照らした。

 

<ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 

甲板上に立ち、ランチャーストライカーに備わる120mm対艦バルカン砲を放ち爆弾の迎撃を試みるベントだが、それも焼け石に水。

爆弾を撃ち落とすどころか至近距離で発生した爆発によって吹き飛ばされ、機体ごと地面に叩きつけられてしまった。

 

<ベントさんっ! くっ……!>

 

懸命にライフルを連射するキラとてそれは同じこと。こちらの射撃は禄に当たらないが、敵は『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』理論で爆弾を雨あられと降り注がせてくる。

そして、まるでナイフを喉元に突きつけられた悪寒がキラを襲う。

必死に操縦桿を操り、向かう先は”アークエンジェル”艦橋、その真上。

 

<がぁっ!?>

 

艦橋に直撃するコースにあった爆弾、その落下コースに割り込んだ”ストライク”とキラに襲いかかったのは、予想よりもずっと大きな衝撃。

PS装甲の”ストライク”本体は無傷でも、中のパイロットはそうはいかない。真上に位置していたために艦橋の上に叩きつけられ、キラは思わず息を吐き出してしまう。

当然ながらその衝撃は艦橋内の乗組員にも襲いかかる。

 

「耐えるんだ! ここを耐えさえすれば、まだ十分に打開出来る!」

 

普段は温和なミヤムラの必死の指示も、幾重にも響く悲鳴によってかき消されてしまう。

悲鳴を挙げていない”マウス隊”移籍メンバー達でさえ、衝撃に備えるために両手で頭を覆って必死に時間が経つのを待つしか出来ずにいるのだ。仕方のないことではある。

しかし、ミヤムラの言うとおり、爆撃は無限ではない。

次第に揺れの数は少なくなり、収まっていく。

艦橋の上で”ストライク”が機体を起こす振動を切掛に平静を取り戻し、矢継ぎ早に被害状況を報告し始める。

モニターには被害状況を示す艦体図が表示されていたが、どこもかしこも赤く表示されている。(ダメージレベル高)

 

「『イーゲルシュテルン』3から7、9、11から13までが被弾、使用不可能! くそったれ、16基中8基もかよ!?」

 

「第27ブロックで火災発生、消火活動急げ!」

 

「左舷エンジンに異常発生、出力11%低下! 離陸はかろうじて可能ですが、高度が……!」

 

「ワンド4、滑落! 回収急げ!」

 

聞こえてくる報告は、どれもが耳を覆いたくなるような痛ましさをマリューに与えるが、それでも最悪ではない。

最悪は、脱したのだ。

 

 

 

 

 

「隊長、なんか普通に耐えられてますけど」

 

「あっれー!? これで十分だと思ったんだけどなぁ」

 

「ほら見なさい、あたしを省いて大物狩りなんかするからよ。あたしだったら1発だったわよ」

 

「爆撃編隊に戦車で張り合うなよスミレ……」

 

「いやー、驚いた。ここまでやって落ちないとは、”バルトフェルド”隊過去最大の難敵だね。

ところでダコスタ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()2()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あと160秒ほどですね」

 

 

 

 

 

「だ、第2波接近! 数は先と同程度です!?」

 

サイが悲鳴のような声を挙げる。否、実際に悲鳴だった。

既にこちらの対空火器も、護衛のMSも半壊状態。そのくせに相手方は先ほどと同規模の爆弾を降らせてくるというのだ。次は確実にやられる。

唯一対抗出来そうな”スカイグラスパー”も、搭乗しているのは実戦での空対空戦の経験に乏しいトール。突っ込ませたところで護衛の”インフェストゥスⅡ”に阻まれて終わりだ。

そして先ほどの攻撃で発生した問題により、”アークエンジェル”は浮上するのに更なる時間を掛ける必要が出来た。

山岳地帯という地形は周囲を山に囲まれており、守りに強い。しかしそれは、守る側にとっても『移動しづらい』という弱点を与えることになる。

この場合、半端な高度では”アークエンジェル”は下手に飛ぼうとすれば辺りの岩肌に艦体をぶつけ、最悪そのまま墜落してしまう。

よって真上に浮上し、十分な高度を稼ぐ必要があるのだが、先ほどの報告にもあったように浮力が低下している現状では迅速な行動は難しい。

もはやこれまでか。

マリューが諦めかけた、その時である。

 

「───『ローエングリン』起動、並行して本艦の使用可能な全兵装も起動だ! 急げ!」

 

「えっ!?」

 

「っ、了解!」

 

突然の指示にマリューが戸惑う中、エリクとアミカは行動を開始、直ちに陽電子砲発射態勢を整えていく。

 

「な、なにを!?」

 

「もはや真っ当な方法での窮地からの脱却は不可能。ならば……奇策を以て事に当たるのみ」

 

「そ、それが『ローエングリン』の使用とどう関わってくるというのです!?」

 

「高度が足りないというなら、足りるようにするまで」

 

すっとミヤムラが指を指した方向には、”アークエンジェル”の前方を、まるで塞ぐかのように泰然とする山があった。

 

「……まさかっ!?」

 

「壁があるなら、砕くまで。『ローエングリン』を含む現在の本艦の全火力で目の前の山を粉砕し、必要高度を引き下げる!」

 

ミヤムラの打開策は、もはや賭けの領域にあった。

たしかに、上手くいけば山の標高を削り、”アークエンジェル”に上昇と前進を同時にさせることで斜め上に飛び立っていく形を作り出してこの窮地を脱せるかもしれない。

『ローエングリン』を以てしても目の前の山を崩せる確証は存在しない。浮力が足りずに岩肌に激突するかもしれない。リスクが高すぎる。

だが、マリューにそれ以上の打開策は思いつかなかった。拳を固く作り、無力に打ち震えるしかなかった。

それでも、やるべきことは残っている。それまでは、下を向くわけにはいかなかった。

 

「本艦はこれより急速浮上、現領域を離脱する! MS隊の収容を急げ!」

 

 

 

 

 

「ベントさん、ベントさん! くそっ、気を失っているのか……!」

 

<キラ、無事か!>

 

動きを止めたベントの”ダガー”を前に四苦八苦するキラの元に、ようやくムウ達が駆けつける。

流石に“ストライク”1機で”ダガー”を迅速に運び込むのは難しい。こうなればコクピットをこじ開けて中のベントだけでも……とキラが考えて始めた時、絶好のタイミングであった。

 

「隊長、ワンド4は気絶している模様! 運ぶのを手伝ってください!」

 

<任せろ! ワンド2、3は先に艦内に! モタモタすんなよ!>

 

『了解!』

 

次々と”アークエンジェル”のハッチに飛び込んでいく”ダガー”を尻目に、ムウの”ダガー”と協力してベントの”ダガー”を抱える”ストライク”。

キラが心配しているのは、ベントのことだけではなかった。

 

「ソード2は!?」

 

<後から追いついてくる! いくぞ、1、2の……>

 

2機で飛び上がり、スペースに余裕のある後部着艦ハッチに飛び込む。

これで後は、”インフェストゥスⅡ”を警戒して着艦を遅らせているトールの”スカイグラスパー”と、スノウの”デュエルダガー・カスタム”だけだ。

 

<全兵装、使用可能! 司令!>

 

<全兵装を前方に集中! 目標、目障りな壁!>

 

その直後、先ほどまでの爆撃とはまた違う衝撃がキラ達を襲った。

 

「くうっ!?」

 

<今だ! エンジン全開、飛び立てぇっ!>

 

浮遊感が全身を襲う中、キラだけは別のものに気を向けていた。

飛翔し始めた”アークエンジェル”の後方から迫る機影、すなわち”デュエルダガー・カスタム”に気付いたのである。

 

「ソード2、急いで!」

 

<分かっている!>

 

怒鳴り声で返答が帰ってくるが、その声にも焦りが含まれていた。

ここにいる全員が、例外なく必死になっていた。

 

<届けぇっ!>

 

飛翔する”デュエルダガー・カスタム”。それと同時に、”アークエンジェル”が前進を始める。

 

「───少尉ぃっ!」

 

<ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>

 

壊す勢いでスノウはペダルを踏み込み、”デュエルダガー・カスタム”をハッチまで向かわせる。

伸ばされた右腕は、僅かに届かず───。

 

<あらよっと!>

 

僅かな不足を、2つの腕が補った。

”ストライク”と、ムウの”ダガー”がその腕を掴んだのである。

 

<間一髪、だな!>

 

<……感謝します>

 

息を荒くしながらムウに感謝を示すスノウ。その息は激しく乱れている。

彼女はもう1つの敵(肉体の時間制限)とも戦ってきたのだ。その消耗具合は他のパイロットの比では無い。

ホッと息を吐くキラ。段々と閉じていくハッチの隙間から、先ほどまで自分達がいた場所を燃やし尽くす業火が見えていた。

自分達は、今日もまた、生き残ったのだ。

直後、ガリガリガリッ、という音と衝撃が艦内に響き渡る。

まだ敵の奥の手が残っていたのか、と警戒するキラの耳に飛び込んできたのは、整備士達の悲鳴。

 

<あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ、底面が山肌に擦られる音ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!>

 

<船渠に入ったら艦艇整備士達に白い目で見られるやーつ!>

 

<あっはっはっはっは! せっかく直したMSもまたまたまた修理地獄だよクソがぁっ!>

 

「……」

 

どうやら、杞憂であったようだ。

キラは合掌しながら、ふとあることに気付く。

出撃前に見た時刻と、今現在の時刻がほとんど変化していないのだ。おおよそ、3、40分といったところだろうか。

 

「たった、それだけしか……」

 

1時間にも満たない戦闘をこれほど長く感じたのは、何時ぶりだろうか。

キラは段々と眠気が襲ってきていることに気付く。起床したのはついさっきだというのに、無理矢理起こされたようなものであっても、十分に睡眠時間は取っていた筈なのに、眠気を感じる。

それだけの疲労が、あの短時間に襲ってきていたのだ。

 

「これが……戦争、か」

 

 

 

 

 

”バルトフェルド隊” 仮設指揮所

 

「……逃げられちゃいましたね」

 

ダコスタのぼやきに反応する者は誰もいなかった。

これまで狙ってきた獲物は、尽く討ち取ってきた。いつも通りだったら、この辺りにはコーヒーの匂いが充満して、我らが隊長が飄々とした顔でそれを堪能している筈だった。

しかし、今目の前に広がっているのは全く異なる光景。

バルトフェルドが、あのコーヒーフリーク極まったバルトフェルドが。

挽いたコーヒーを1口も飲まず、地面に捨てているのである。

 

「あーあ、もったいない。あたしはわかんないけど、良い豆だったんじゃないのそれ?」

 

「そうだよ。───だからこそ、捨ててるんだよ」

 

スミレのぼやきにバルトフェルドはそう帰す。

作戦は失敗に終わった。そんな有様でこのコーヒーを飲むことは出来ない、許されない。

しかしここで取っておくというのもまた、まるで作戦に「あそこでこうしていれば良かった」という未練を引きずるような気がしてならないのだ。時間の経ったコーヒーが劣化するのが耐えられない、というのもあるが。

 

「これはケジメってやつだよ。今捨てたコーヒー、失った装備……そして兵達の命。何1つとして無駄では無かったことの証明のために、ね」

 

「ふーん。……それだけじゃないでしょ?」

 

分かっちゃうかぁ、とバルトフェルドは頭を掻く。その顔に浮かんでいた表情は、怒りも悲壮でもなく、歓喜。

失われたものを考えれば、このような顔をするべきではない。それは自覚していたが、抑えられなかったのだ。

何を?───ようやく巡り会えた強敵への闘争心と、期待を。

 

「やっぱり僕って戦争向いてないね。思い通りに事態が動くのが最善なのに、思い通りにならない敵がいるってことに、ワクワクしちゃうんだからさ」

 

「そうでなくっちゃ!」

 

パンッ、と拳を反対の手の平に打ち付けるスミレ。それを見て笑みを深めるダコスタ。

そうだ、この場では取り逃したが、それは自分達の本来の土俵では無かった。

次こそは”バルトフェルド隊”が、『深緑の巨狼』が、そして『砂漠の虎』が恐れられる所以を教えてやろう。

ダコスタの視線、その先には。

───オレンジの4足歩行型MSが、縄張り(仮設司令部)を守るように鎮座していた。




これにて、バルトフェルド隊との第一戦は終了となります。
アークエンジェルの無茶苦茶な切り抜け方が引っかかるかもしれませんが、ご容赦ください。
作者の脳ではこうでもしないと、あの状況を切り抜けさせられなかったのです……。

次回はいったん番外編更新の方に移ろうと思います。
いい加減「Thunder clap」の後編を更新していかないとね……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第90話「羽休め」

久しぶりの本編更新、たいへんお待たせしました……!
色々ありましたが、病気などとは無縁に、週一更新目指して頑張っていきたいと思います。


4/18

中央アフリカ 山間部

 

「こりゃまた、随分と、はぁ……」

 

「そう言いたくなる気持ちは分かるよ」

 

ミヤムラは今回の補給の責任者の唖然とした顔に苦笑を返すしかなかった。

それも仕方の無いことだった。彼らの視界に映っているのは、先の補給の時と比べて一目瞭然なほどに傷ついた”アークエンジェル”の姿なのだから。

“バルトフェルド隊”の襲撃から一夜明けて、”アークエンジェル”は複数設定しておいた潜伏ポイント───特に、緊急離脱が行ないやすい場所───にて、定期補給を受けていた。

ただでさえ物資の搬入などで慌ただしいところを、今回は艦の修理にかり出された者達の怒号も混ざるのだから、やかましいことこの上ない。

 

「話は聞いています。”バルトフェルド隊”と思しき部隊からの襲撃を受けたのでしたね?」

 

「あくまで予想でしかないがね……直前での『深緑の巨狼』からの砲撃に加えてあの規模の襲撃を行えるとなると、そうだろうと見て良い筈だ」

 

「だとしたら快挙ですよ。”バルトフェルド隊”に狙われても損傷を受けるだけで済んでいるなんて、アフリカで長く奴らに苦しめられてきた我々からすれば十分な快挙です」

 

補給責任者の言うことも、半分正解で半分不正解というところだった。

たしかに、”バルトフェルド”隊と言えば現在のZAFTの中で最精鋭と呼ばれるに相応しい部隊だ。ZAFT版の”マウス隊”と言っても良いだろう。そんな彼らから奇襲されても逃げおおせたなら、誇れることかもしれない。

しかし、彼らがもっとも得意とする戦法は”バクゥ”を用いた高速機動戦である。相手の十八番(おはこ)を引き出していない以上、褒められても釈然とした気持ちしか湧いてこないものだ。

 

「それに、あなた方がこのエリアで攪乱を行なった結果として奴らが現れたのであれば、やはり素晴らしいことです。おかげで東アフリカへの戦力集結はやりやすくなっていますから」

 

「おお、それは朗報だ」

 

”アークエンジェル”の役割は『ナイロビ奪還作戦に向けた戦力集結が完了するまでの攪乱』である。それが順調に進んでいるというのは良い報せだ。

ミヤムラが更に尋ねたところ、戦力の集結が完了するまでに必要な期間はあと一週間ほどだという。

 

「”アークエンジェル”がこのような状態で言うのは心苦しいのですが、あと少しでナイロビ奪還作戦の準備が完了します。そうなれば奴らも西アフリカから完全撤退せざるを得ません」

 

「ナイロビからビクトリアは近い。ナイロビの守備は勿論、ナイロビが落ちた時に備えてビクトリアにも戦力を集めておかなければ、勢いのまま奪還されるだろうしな」

 

「そうなってくれれば楽でいいのですがね。そのカギとなっている”アークエンジェル”の支援は全力で遂行させていただきます」

 

「助かるよ」

 

「それともう一つ。近頃、地上の各地で強力な新型4足MSが確認されています。”バクゥ”の強化型か何かとは思うのですが、だとすれば()()”バルトフェルド”隊に配備されていないワケがありません。これまで以上に警戒する必要があるでしょう」

 

バッドニュースだ。ミヤムラは苛立たしげに、老体を支える杖でコツコツと地面を叩く。

先の戦闘でアンドリュー・バルトフェルドの指揮能力に関しては大分理解出来た。だからこそ、件の新型MSとは戦う前からどれだけの脅威になるかが想像出来てしまう。

しかも、そのような脅威を相手にするかもしれないというのに肝心の母艦はこの有様。作戦の続行、それ自体は修復を武装とエンジン、主要箇所(バイタルパート)に集中して施すことで可能だが、この規模の損傷は本来船渠入りが当たり前なのだ。

 

「辛い一週間になりそうだな……」

 

 

 

 

 

「───というわけで、叱られこそしなかったですけど、小言を言われちゃって……」

 

<ははっ、しゃーないしゃーない。身を挺して爆撃から艦を守るなんてしてりゃあな>

 

ミヤムラが補給責任者と話をしているころ、キラはマイケルと共にMSに搭乗して、”アークエンジェル”の修復作業に参加していた。

元々MS自体が人型作業用機械から発展した代物であるから用途としては問題ない、むしろ人型機械の正しい使い方をしているとさえ言えるだろう。

それでも、節電のためPS装甲を起動せずに溶接用のビームトーチを握りしめている”ストライク”の姿は、普段の戦いっぷりを知っている者達には違和感が感じられるものだった。

 

「いや、本当怖かったんですからね?『貴方は私の堪忍袋の耐久テストでもしているのですか?』って、威圧感たっぷりで」

 

キラが退屈しのぎにマイケルに話しているのは、前日の戦闘の後に行なわれたフィジカルチェック時の話である。

PS装甲を持つ”ストライク”だからこそ問題は無かったものの、敵の攻撃から味方を守るという行為を何度も繰り返されては軍医であるフローレンスにとってはたまったものではない。

しかし、キラがそこまでしなければならない敵だったということは、戦闘後の分析から判明しているため、フローレンスとしても全力で戦ったキラを叱るということは憚られる。

よって小言だけで本人は済ませたつもりなのだが、それだけでもキラ達を震え上がらせるには十分なものだったのだ。

 

<ははは、何時か大噴火したりしてな?>

 

「そんなになったら医務室どころか”アークエンジェル”全体が溶岩まみれになるかもしれませんね」

 

<───楽しくおしゃべりしてるところ悪いんだけど、作業の方は進んでいるのか? サボりは営倉入りだぞ~?>

 

キラとマイケルの会話に割り込んできたのは、CICにて自分の仕事をするサイ。

戦闘中ではなくとも、オペレーターの仕事は溢れている。サイは”アークエンジェル”修復作業の進行状況をチェックしてまとめる作業の真っ最中だった。

とはいえ彼1人でこの作業をこなしているわけではなく幾つかのパートに分けて他のオペレーターと共同で行なっている。

なのでこの言葉はサボっていないか釘を刺しにきたのが半分、息抜きに友人との駄弁りに混じりに来たのが半分ずつ含まれている。

 

「お生憎様、順調そのものだよ。そういうサイこそ僕達だけに構ってていいの? 忙しいって聞いたけど」

 

<こっちも一段落ってところだな。キラ達もそのエリアの修繕終わったら戻っていいってさ>

 

<おっ、マジ? 腹減ってきてたし、戻ったら食堂行こうぜ>

 

「ですね。今日はカレーライスらしいですよ」

 

朗らかに会話しながらも作業を進めていく2人。

ふと気になることが生まれたキラは、そのことについて口にした。

 

「ヒルダさんとベントさん、どうなったかな……」

 

<ベントの方は大丈夫だろ、念のための検査入院って話だし。ヒルダの方は……ありゃ尾を引きそうだな>

 

本来ならば共に修復作業に参加している筈の仲間達は、それぞれ異なる理由でこの場にはいなかった。

ベントは先の戦闘で愛機ごと滑落した際に頭を打ち付けて気絶している。後遺症などの恐れは低いとのことだったが、数少ないMSパイロットのケアは万全にするべきとフローレンスが主張したことによって検査入院が決定し、今は医務室のベッドに横たわっている筈だ。

しかし、ヒルデガルダの方はそうはいかない。

先の戦闘で連携を乱すような振る舞いを何度も見せた彼女を待っていたのはムウからの叱責、その後も報告書に加えて反省文の提出も命じられていた。

今も彼女は自習室で原稿用紙と格闘している筈である。

 

<まあ、一度頭を冷やすにはちょうどいいさ。最近のあいつ、なんかおかしかったからな。キラもなんか覚えがあるだろ?>

 

「覚え……」

 

たしかに、無いわけでもなかった。

キラが”フェンリル”の砲撃から庇ったあの日、ヒルデガルダはやけに自分を卑下するようなことを言っていた。

何時も快活な彼女のことだからとあまり気にしていなかったが、今となってはその判断が誤りであったことは間違い無い。

 

「……大丈夫でしょうか、ヒルダさん」

 

<俺も心配だな……休憩時間にヒルダさんの様子を見に行ったんだけど、見るからに調子悪そうだったし>

 

キラとサイが心配の声を挙げるが、マイケルはそれを笑い飛ばす。

 

<なーに、心配すんな。さっきも言ったろ、頭を冷やすにはちょうどいいって。こっちがお節介焼こうと思った時には自分で立ち直ってる奴なんだ、あいつは>

 

「……でも」

 

<お前らの気持ちは分かるさ。仲間が落ち込んでたら何かしてやりたいって思うだろ? だけど、それが常に落ち込んでる奴のためになるってわけじゃねーんだ。1人で考える時間ってのも、大事だぜ>

 

「……」

 

キラは目を瞬かせる。画面の向こうのサイも同じようなポカンとした顔をしているあたり、考えていることは同じらしかった。

普段のヒルデガルダと()()()()()()時からは想像出来ないほど、マイケルのことが大人びて見えたのだ。

 

<おーい、どした?>

 

<あ、いや……なんだか、大人びてるなぁって>

 

<いつもの俺はそうじゃねえってのかよ……>

 

今度は口を尖らせて拗ねた様子を見せたマイケル。そちらはいつもの見慣れた顔、快活な青年のものだった。

同じ人物でも、今のマイケルのようにギャップを感じさせるのだ。ならばきっと、普段は周囲を賑やかすヒルデガルダも1人になりたいと思ったりすることがあったり、そうした方がいいこともあるのだろう。

それに、自分よりもヒルデガルダと長い時間を過ごしたマイケルが言うのだ。信じるだけの価値はあるかもしれない。

 

「そうですね、とりあえず今はヒルダさんはそっとしておこうと思います」

 

<ん? おお、そうそう。そういうことにしとけ。どうせ飯でも食ったら元通りになってるさ>

 

<ホントに大丈夫かなぁ……>

 

 

 

 

 

“アークエンジェル”食堂

 

「……」

 

その日、食堂に現れたヒルデガルダは思いっきり顔を顰めながらカレーライスを食べるでもなく、スプーンでかき混ぜていた。

女心に疎い自負があるキラでも分かる。ヒルデガルダは現在、絶不調継続中である。

「こんな筈ではなかった」という表情をしながら、マイケルは恐る恐る声を掛ける。

 

「な、なあヒルダさん……?」

 

「あ”? なにか用?」

 

「なんでもないです……」

 

あえなく撃沈し、食事を共にしていたキラとサイの元に戻ってくるマイケル。

そんな彼を迎えたのは、弟分のように思っている2人の少年からの疑惑の視線だった。

 

「ほんとに、大丈夫なんですよね……?」

 

「……」

 

「マイケルさん?」

 

「……」

 

その後の昼食がどこか気まずさを感じるものになったのは言うまでも無いことだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「……くそっ、またダメか!」

 

トールは「shot down(被撃墜)」の文字が表示されたモニターをにらみつけながら背もたれに体重を預けた。

先ほどから何度も挑戦しているが、中々スコアは伸びない。

 

「やっぱ、向いてないのかなぁ」

 

時刻は19時を過ぎて間もない頃。他のパイロット達が各々の時間を過ごしている中、トールは夕食を終えてから今に至るまで航空シミュレーターに張り付いて航空戦の自主訓練を行なっていた。

しかしその結果は芳しくなく、大抵は敵戦闘機を1機撃墜して終わり、悪い時には何も出来ずに撃墜される、とシミュレーションの中の話ではあるがトールは被撃墜マークを量産し続けている。

ガシガシとトールが頭を掻いていると、唐突にその視界にドリンク容器が映り込む。

後ろからそれを差し出したのは、ムウだった。

 

「よっ、根詰めてんな」

 

「あっ、隊長……いただきます」

 

ドリンクを受け取ったのを確認すると、ムウはモニターに視線を移す。

 

「かれこれ1時間は張り付いてるが、いったん休憩入れた方がいいぜ? やりすぎは却って毒だ」

 

「はは……でも、これくらいしないと、やってけないですから」

 

「……昨日の戦闘か」

 

ムウは、トールが空戦シミュレーターに張り付いている理由について心あたりがあった。

昨日の戦闘においてトールがやったことは、ムウ達が対処に向かった後に現れた”ジン”部隊の監視。それだけである。

無論、それが重要な役割だったのは言うまでも無い。戦場において動きを把握出来ない敵部隊が存在するということは、ともすれば自軍より倍の規模の敵軍を相手にするよりも恐ろしいことなのだから。

しかし、それで本人が納得出来るかどうかはまた別の問題である。

 

「昨日の戦闘……最後、俺、何も出来ませんでした。たった1人、戦闘機(スカイグラスパー)に乗っていたのに」

 

「当たり前だ。爆撃機だけならともかく”インフェストゥスⅡ”が護衛に付いてたんだぞ? お前を突っ込ませたところで犬死に以外ありえねえよ」

 

「それでも……」

 

トールは飲み干したドリンク容器を両手で握りつぶす。その仕草からは、わざわざ言葉に出す必要も無いほどに『悔しさ』が感じられた。

もしも自分にもっと力があったら? もしも自分に航空戦の経験があったなら、爆撃部隊を攪乱するとかそういう風に”アークエンジェル”を援護することも出来たのではないか?

トールも、自分がキラではない、キラのように戦える人間ではないことは分かっている。それでも、と苦悩せずにはいられないのだ。

今のままの自分では”アークエンジェル”で戦い続けることは出来ない。少しでも出来ることを増やさねば。

潰した容器を脇に置いたトールは再びシミュレーターに向き合おうとするが、ムウはトールの肩を掴んで静止する。

 

「気持ちは分かった。だが、1人でやり続けても疲れがたまるだけだ」

 

「隊長……」

 

「───代わってみろ。俺も戦闘機についてはそれなりに覚えがある。他の奴の操縦法を脇から見てみるのも、意外と勉強になったりするんだぜ?」

 

はいっ、と返事をして立ち上がるトールと入れ替わりにムウはシミュレーターと向き合う。

実のことを言うと、ムウが実際に戦闘機を操縦した経験は少ない。

それもそのはず、ムウは入隊当初こそ空軍に在籍していたところを、MA適正があることが発覚したことから宇宙軍に移籍したのだ。

本来ならばそのように地上から宇宙へ移籍するということは無いのだが、開発されたばかりの”メビウス・ゼロ”を扱える人間は少なく、パイロットを急遽揃える必要があった。

そういう経緯で今のムウは宇宙軍に在籍しているのだが、元は空軍所属のパイロット。昔取った杵柄である。

それになにより、ひたむきに何かを努力している可愛い部下に、カッコイイところの1つくらいは見せてやりたかった。

 

「そんじゃまあ、いっちょやってみますか!」

 

この後しばらく、トールとムウはシミュレーターに張り付いて訓練を続けた。

今よりも強く、仲間達の力になれるように、と。

 

 

 

 

 

4/19

”アークエンジェル”会議室

 

「それではこれより、作戦会議を始めます」

 

司会進行役のナタルがそう言うと部屋の中が暗くなり、間もなくしてモニターに光が灯る。

これで何度目かになる作戦会議だが、普段と違う点があった。1日が経過してなお機嫌が直った様子を見せないヒルデガルダである。

 

(大丈夫かな……ヒルダさん)

 

彼女の近くに座っていたキラは密かに彼女の様子を窺うが、昨日食堂で見かけた時と様子はあまり変わっていない。

あからさまな行為までは行なっていないが、例えるなら「むすっ」という雰囲気を漂わせたままなのだ。

しかし、ナタルはそのことに気付いているのかいないのか、つつがなく会議を進めていく。

 

「今回の作戦は、移動中の敵部隊の奇襲だ。東アフリカに集結していた連合軍部隊の集結が完了しつつあるということは事前の資料にも記述されている通りだが、ZAFT側もそれに気付いたのだろう。西アフリカに展開していた部隊を後退させ、守備を固めようとしているようだ」

 

「ん? てことは……俺達がここにいる意味ってか、目標はもう達成してるのか?」

 

「『東アフリカへの戦力集結に向けた攪乱』という意味では、そうなります」

 

ムウが言うとおり、当初の”アークエンジェル”の目的は既に達していた。

それに加えて現在の”アークエンジェル”の消耗度合いも考えれば、本格的な設備は見込めなくとも、安全に整備が行える場所まで撤退するのが吉だ。

 

「しかし、今回襲撃を行なうのはただの敵部隊ではありません。西アフリカに広く展開していたZAFT軍、その大多数が集結して移動するのです。これを叩くことが出来れば、後々のアフリカ戦線は連合軍側にかなり有利なものとなるでしょう」

 

「ですがそれほどの規模の部隊と言うなら、なおさら本艦だけでの襲撃は無謀なのでは?」

 

ナタルの言葉にスノウが反論をぶつける。

たしかに、ナタルの言うような規模の敵部隊を相手にするというのなら、”アークエンジェル”だけで相手にするのは無謀に過ぎるだろう。

しかし、そこでミヤムラが待ったを掛ける。

 

「それについては、私から説明させてくれ」

 

曰く、ZAFTはこの大規模移動の際に部隊を大まかに2つに分けており、それぞれ平野部と峡谷地帯を進行。

”アークエンジェル”が襲撃するのはこの内の平野部を進行する部隊だ。

なるほど、とキラは思った。

2つの部隊に分けられていることで少しハードルが下がったのもあるが、平野部であれば障害物も少なくMS隊も活動しやすい。

峡谷のような足場が不安定な場所でも活動出来るのがMSの強みではあるが、それでも平野の方が戦いやすいのは明らかだ。

それに何より、これまでの襲撃と同じような戦法が採れるのが大きい。

速攻で襲撃した後、”アークエンジェル”の機動性で急速に離脱する。”アークエンジェル隊”ではもはや鉄板戦法だ。

 

「だが、問題もある」

 

そう言ってミヤムラがモニターに表示したのは、一見してオレンジ色の”バクゥ”のようなMSが映った画像だった。遠くから撮影した物のようで解像度はあまり高くない。

 

「諜報部が入手した情報によればこのMSの名は”ラゴゥ”、ZAFT軍が開発した新型4足MSだ。”バクゥ”が限定的に装備していたビーム兵器を恒常的に装備し、機動性でも“バクゥ”を上回っているとされる」

 

ミヤムラの言葉を聞いた面々からざわめき声が挙がり始める。

現在の地上戦線において”バクゥ”は数多くのMSや戦車を葬り続けている強敵。その機体の強化発展型が現れたとなれば、動揺もする。

 

「今はまだ確認された数は少ないが、大がかりな作戦だ。出てくると思った方が良いだろう」

 

「……()()も、来るでしょうか」

 

ムウの言葉に出た()()、それはわざわざ説明する必要のある人物はいなかった。

”バルトフェルド隊”。一昨日の奇襲では彼らに煮え湯を飲まされ、命からがら逃げ出してきたのだ。

先の奇襲では山岳部という地形だったからこそ現れなかったが、平野部となれば向こうも”バクゥ”や、件の新型を投入することを躊躇わないだろう。

 

「たしかに、その可能性は十分にある。”バクゥ”の出てこない峡谷地帯を進行する部隊を狙うという選択もあった。───だが私には、そこで()()のような選択をすることが、悪手に思えてならん」

 

「それは……」

 

「ZAFTが我々を脅威と認識しているのは、ここに来て疑いようもない。だからこそ”バルトフェルド隊”がやってきたのだろうしな。そして私がアンドリュー・バルトフェルドならば……平野部よりもむしろ、峡谷の側に罠を敷く」

 

こちらが脅威を認識して避けて通ろうとすれば、それが最大の隙となる。ミヤムラはそう言った。

 

「それと、ここまで話を進めてきてなんだが、なにも敵部隊を全滅させようという気はない。流石に手数が足りないからな。制限時間付きの奇襲……まぁ、いつもの奴だな。」

 

「敵のペースに乗っからず、あくまで自分達のやり方でってわけですね……だったらこれ以上何かを言うのは蛇足ですか」

 

ムウは納得した様子で椅子の背もたれに寄りかかった。これ以上言うことは無い、という意思表明だろう。

 

「他に何か意見のある者は?……いないようだな。では、これより作戦の具体的内容について説明を開始する」

 

ミヤムラが再び自分の席に座ったことで司会進行役に戻ったナタルが説明を開始した。

危険性は高いが、やるだけの価値はある……否、やらなければならない作戦なのだ。キラは覚悟を決め、握り拳に力を込める。

 

「作戦は3つの段階に分けて行なう。第1段階は本艦による遠距離からの先制攻撃だ。まずはこれで敵部隊を攪乱する。

第2段階。MS隊をA(アルファ)B(ブラボー)に分け、Aはエールストライカーを装備して機動力を以て敵本隊に強襲を掛ける。Bは突入したAの援護だ。

そして第3段階でMS隊は本艦に帰還し、急速離脱する。現在の”アークエンジェル”ではダメージを負い続けるのは避けなければならんからな。

作戦決行は2日後の1100(ヒトヒトマルマル)だ。それまでMS隊は機体の調整とシミュレーションを徹底するように。

各員の奮闘を期待する!」




金曜日までに投稿出来なかったのは私の不徳です……。
戦闘シーンは次回に。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第91話「スピーディー・バトル」

4/21

西アフリカ コンゴ

 

「ホークアイ3よりコマンダーへ。定時報告、異常なし。引き続き警戒に当たる。……あ”ー。やってらんねえよ」

 

「お疲れさん」

 

ジープの運転手である相方から渡されたペットボトルを受け取り、(あお)る。

男はZAFTに所属する兵士だったが、今ほど入隊を後悔したことは無かった。

 

「ちくしょー、なんで俺達、地球にわざわざ降りて来てやることがこれなんだ……?」

 

「しゃーねーよ、もはや俺達のお家芸だろ? 『機体はあっても人は無し』ってな」

 

「おっかしーな、1年前くらいはハッピーだったと思うんだけど」

 

『悪の連合を倒して自由を掴む』というフレーズに心躍ってZAFTのスクールの門を叩いたあの時が懐かしい、と男は思った。

今の男の任務はアフリカ大陸の西から南にかけて展開されていた自軍部隊を集結させるための大移動、その周辺警戒役である。

それだけ聞けば楽な仕事のように思えなくもないが、いかんせんアフリカの気候はコロニー育ちのZAFT兵達には堪えるのだ。

 

「こんな仕事、現地人達にやらせるんじゃダメなのか……?」

 

「いやダメだろ普通に考えて。素人に見張りやらせた挙句に肝心なことを見落とされでもしてみろ、死んでも死にきれねーぞ」

 

現在、総人口6000万人前後のプラントではこれまでの戦争での死者の増加もあって常に人材不足に陥っており、それはZAFTに対しても言えることであった。

それを解決するために、ZAFT上層部はある期を境に積極的に現地人を組織に引き入れるようになった。流石にMSに触らせるようなことはしないが、配食やPX(売店)の店員など、あまり正規人員を遊ばせておきたくない業務などにはそれなりの比率で現地人の姿が見られるようになったのは2、3か月前後の話である。

男はこの見張り作業もそうしたらどうだろうと考えたが、見張りには見張りで「視界内に映ったものが即応するべきものかどうかを判断する能力」が求められる。

流石にありえないだろうが、鳥と敵の戦闘機を見間違えるようなことがあってはならないし、あるいは勝手に「大したものじゃない」と判断して報告をしない、という事態を起こされても困る。

結論から言うと、男のボヤきは全く無駄な行為なのであった。

 

「なあ。……来るかな」

 

「さあ、な。個人的には峡谷の方の部隊に向かってほしいが」

 

男達が警戒してるのは、現在のアフリカZAFT軍を震撼させている”アークエンジェル”の存在だ。

突如としてやってきて、何もかもを焼き尽くす純白の大天使とその配下。これまで彼らの襲撃した場所は全てが物資集積所や補給所などの兵站の役割を担っていた。

彼らの狙いがZAFTの兵站破壊とかく乱なのは火を見るより明らかであり、彼らからすれば男達は格好の獲物だ。

 

「なあ、おい」

 

「口数多いな。ビビってんな?」

 

「茶化すな。……俺達、これからどうなるのかな」

 

「……今は、無事に目的地にたどり着けることだけ祈ってろ」

 

「そうする」

 

相方の言葉にうなずいて再び双眼鏡をのぞき込み始めるが、男は内心で奇妙な虚しさを覚えていた。

祈る? 何に?

神様とやらが自分達を守ったり救ってくれるとは思えなかった。当たり前だ。

コーディネイターが生命を冒涜しているとか、ジョージ・グレンが『エヴィデンス01(羽クジラの化石)』の化石を木星から持ち帰ってきたことで宗教を失墜させたとか、そんなことではない。

───宇宙に出てもわざわざ地球に戻って戦争をしている人間達を導こうとする物好きがいるものだろうか。いや、いない。

 

「……ん?」

 

男の視界に、こちらに向かってくる何かが見えた気がした。

いや、向かってきている。血相を変えて男は双眼鏡の倍率を上げ、その姿をはっきりと捉えた。

 

「祈る暇も無かったぞくそったれ! ホークアイ3よりコマンダー、奴さんおいでなすったぞ! こちらに向かってくる機影を確認、数は3!」

 

「ぶっ、マジかよ!?」

 

「ふざけてこんな報告できると思ってんのか!」

 

男達が肩に力を入れた直後のことであった。

───輸送部隊の周りに、砲弾とミサイルの雨が降り注いだのは。

 

 

 

 

 

<ワンド1より各機へ、”アークエンジェル”からの支援砲撃の着弾を確認、これよりVフォーメーションで敵輸送部隊への強襲を開始する!>

 

『了解!』

 

キラはペダルを踏み込み、”ストライク”を更に加速させる。向かう先は突如として奇襲を受けたことで混乱している筈の敵輸送部隊だ。

ついに始まったZAFT大規模輸送部隊への襲撃作戦、その大まかな段取りはこのようになる。

 

①後方に控えた”アークエンジェル”が『バリアント』やミサイルなどの対地攻撃可能な武装による攻撃を行ない先手を打つ。

②奇襲を受けて混乱している敵部隊にエールストライカー装備のA(アルファ)チームが強襲、片端から物資を焼き払う。

B(ブラヴォー)チームが続けて攻撃を開始、Aチームが護衛MS隊に包囲されることを防ぐと同時に敵部隊に被害を与える。

④後方から増速して現地に到着した”アークエンジェル”にMS隊が飛び乗り、急速離脱。

 

今回キラが配置されたのはAチーム、敵輸送部隊に切り込む役割を担うこととなった。

そう、Aチームである。つまり、今の”ストライク”はエールストライカーを装備しているのだ。

アリアの開発したストライカーや武器を装備していない、プレーンな状態である。

 

『今回、ヤマト少尉はエールストライカーで出撃してください』

 

その台詞が発せられた時、間違い無く”アークエンジェル”を激震が襲った。

エールストライカーで出撃しろ? 変な武器も持たせない? ()()アリアが? ザ・無茶振りプリンセスのアリアが?

すわ重大な病気か、あるいはZAFTによる精神攻撃かと周囲の人間が騒ぐのを甚だ不本意そうにしながらアリアは説明した。

 

『本当は私だって試したい装備があったんですよ。でもですよ……整備修理の連続で、試作装備の調整までやる暇があったとでも?』

 

要するに、”バルトフェルド隊”による襲撃のせいで実戦試験を行なう余裕が無い、というのが理由だった。

このような場面で”バルトフェルド隊”に救われることになったとは思わず、キラは何とも言いづらい苦笑いを浮かべていた。

後からキラが聞いた話によるとマルチプルアサルトストライカーという名前らしいが、なんとなくキラは嫌な予感を覚えていたりする。

 

(正直言うと、有り難いかな……!)

 

今回の作戦は時間との勝負になる。”アークエンジェル”が到着するまでの数分間で、可能な限り敵部隊に被害を与えなければならないのだ。

”コマンドー・ガンダム”あたりで出撃出来れば都合が良かったが、今は装備を補給部隊に引き渡してしまっているので使えない。そうなると、妙な装備をぶっつけで使わされるよりもクセの無いエールストライカーで出撃する方が遙かにやりやすかった。

とはいえ物資を攻撃する役割は、愛機にバズーカを装備させて出撃させたムウ、そしてショットガンを装備させたヒルデガルダに任せた方が良いだろうとキラは判断した。

キラは出撃前にムウに耳打ちされた言葉を思い出す。

 

『キラ、今回お前はヒルダのサポートに徹しろ。ただし、そうとは悟られないようにな』

 

『え?』

 

『今のあいつは()()に飢えている。自分が部隊にいる意味とか、そういうのに悩んでいるんだ。ここらで良いカッコつけさせて、ついでに自信も取り戻して貰わんと後々に支障が出る。頼むぞ』

 

たしかに、ヒルデガルダの精神的不調は既に彼女とある程度親しい人物ならば誰でも知っていることだ。

マイケルやベントは彼女の自力での復帰を信じているようだが、キラとしては何かをしてやりたいという気持ちがあったためにムウの指示を了承する。

 

「MSは自分がやります、ワンド1、2は車両を!」

 

<頼む!>

 

<え……あ、うん、了解!>

 

ヒルデガルダは若干戸惑うものの、キラの言葉に頷く。

今の彼女にも、この場面で躊躇うことがどれだけ愚かなことであるかを判断出来るだけの冷静さは残っていた。

キラの視界には、”アークエンジェル”からの砲撃による混乱から立ち直りつつある敵部隊と、それを守るように疾走する複数の”バクゥ”の姿があった。

どうやら噂の”ラゴゥ”は出てきていないらしかった。

キラはその内の1機に狙いを定め、トリガーを引いた。

 

「1つ!」

 

 

 

 

 

「あたしだって……!」

 

早速キラが爆炎を生み出し始めている姿を見たヒルデガルダは、ジャンプして移動速度を速めた輸送車両群の真上にジャンプ、装備したショットガンを彼らの頭上から乱射する。

たちまちに車両に穴が開き、弾薬か何かに引火したのか1つの輸送車両が爆発を起こして宙を吹き飛んだ。その光景を見たヒルデガルダは、無意識の内に口端をつり上げる。

自分だって、やれる。高揚した気分のままでヒルダは輸送部隊の前方に陣取った。

そこでヒルデガルダは、ある武装を使用する。

 

「喰らえっ!」

 

次の瞬間、”ダガー”のつま先の砲口から12.5mm砲弾が発射され始めた。『MSの火力ではオーバーキルである』として”ダガー”に搭載された、12.5mm対人機関砲によるものである。

当然のことながら、50口径は対人を通り越して対物にも十分に通用する砲弾であり、走行していた車両は次々に穴だらけにされ、爆炎を挙げ始めた。向こう側でムウの”ダガー”もバズーカを敵が密集している部分に撃ち込み、一掃している姿が見える。

作戦は完璧に進行していた。自分はそれに貢献出来ているのだ。

自分はけして、お荷物ではない。後ろからただ見ているだけの『お嬢さん』ではない!

 

「やった、これで……?」

 

強烈な肯定感に浸るヒルデガルダ。しかし、彼女の目はある物を捉えた。

胴の下半分から先が千切れ飛んだ男の死体を抱えた、自分と同じくらいの年頃の少女の姿を。

少女は男を揺さぶるが、男は何の反応も返すことはない。

 

「あ……あ?」

 

ふと、視界に映る彼女と目が合った気がした。

無論、直接目が合ったわけではない。少女はあくまで”ダガー”を見ているだけだ。ヒルデガルダではない。

仲間の命を奪った巨大な悪魔の姿を、憎悪を込めて睨んでいたのだ。

少女は何かしらを叫びながら男の死体が持っていた拳銃を剥ぎ取って”ダガー”に乱射するが、そんなものがMSに通用する筈もない。

 

「ば……ばっかじゃないの!? そんなもん効くワケないでしょ! さっさと逃げるなり、なんなり……」

 

ヒルデガルダはそこで言葉を打ち切った。

どの口がほざく。少女が無謀な行為を始めた原因は、彼女の仲間を殺した自分だと言うのに。

やがて弾を撃ちきった少女は俯くが、程なくして今度は自分の腰から銃を取り出し。

───自らの頭部に銃口を押し当てた。

 

「まっ───」

 

少女の体が、男の死体に重なるように倒れ込む。

それは既に、少女ではなかった。

少女()()()()()、だ。

 

「……うっ」

 

制限時間は刻々と経過している。今も、戦っているキラやムウの姿が見える。遠くには、こちらに接近するBチームの姿も見える。呆然とする暇は無い。

だが、それでも。

 

「う゛ぉ、げぇっ、えぇっ、ぷふぅ、うぅ……」

 

ヒルデガルダは、吐いた。

戦果がどうとか、仲間がどうとか、目の前の戦場とか、脳裏に焼き付いたあの少女の視線とか。そういったもの全てひっくるめて。

気持ち悪くて、仕方なかった。

 

 

 

 

 

<ヒルダ? おい、ヒルダ!?>

 

動きを止めたヒルデガルダの”ダガー”を見て、ソードストライカーを機体に装備させたマイケルが不安そうに声を掛ける。

早々に事態の収拾を付けた方がいい。そう判断したスノウはマイケルに命令を出す。

 

「ワンド3、ワンド2の援護をしろ。こちらは当初の予定通りにいく」

 

<スノ……了解だソード2!>

 

上官として命令をしてきたと判断したマイケルは普段の名前呼びを言い直し、ヒルデガルダの元に向かっていく。

これで良いだろう。スノウは改めて自らの獲物である敵MS隊に目を向け直す。

 

「ワンド4、支援射撃を頼む」

 

<任せて!>

 

ベントはいつも通り、使い慣れたランチャーストライカーでの砲撃支援を開始する。Aチームを誤射する危険があるために『アグニ』による攻撃の頻度は控えめだが、慎重かつ正確な射撃によって敵MSの動きは僅かに硬直する。

 

「───いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやっ!」

 

そして、スノウ・バアルの前で動きを止めることはすなわち、死を意味する。

ベントの支援のもとで次々と人型MSを切り捨てていくスノウ───”バクゥ”はキラによってあらかた撃破されていた───だが、自分の中の()()()を拭い去ることが出来ないでいた。

 

(この、奇妙な感覚は……)

 

オカルトなどは信じていないスノウだったが、それでもこの感覚は、けして科学的に説明出来る物では無い、と彼女は考える。

なぜなら、彼女はこの感覚に覚えがあった。この感覚の正体を彼女は知っていた。

初めて感じたのは『自分』が目覚めて間もない頃、どこぞの『施設』で、同じように強化された男を相手にしての戦闘訓練の時。

目が血走った男が、ナイフをこちらに向けて突進してきた時のことだった。

これは、この感覚は。

 

殺気(プレッシャー)……何処から?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい、手際良すぎだろ草通り越して芝生えるわ」

 

「そのキモい話し方止めろキモオタ。ネットスラングはネットで使いやがれ」

 

「あ? なに喧嘩売ってんの? 仕事前に空気悪くするとかねーわ、マジでねーわ」

 

「喧嘩してんじゃないバカ共。……にしても、隊長の読み通りだったか」

 

「『連中の初手はたぶん遠距離からの砲撃だから、戦いが始まってからしばらく経つくらいまでは少し離れた場所で様子見』。読み通り過ぎてこえーよ」

 

「こっちは念のためで、確率的には峡谷の方に来ると思ってたっぽいけどな……ま、十分だろ。()()()()()

 

「自信満々かよ、引くわ」

 

「いちいちうるせーデブだな……」

 

「やめろってのが聞こえないならその耳ちぎってミミガーにしてやるわよ。───殺し合いなら終わってからにしなさい。いくわよ」

 

「へーへー」

 

「いや、一番怖いのあんただよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()に真っ先に気付いたのは、やはりスノウだった。

高速で近づいてくる3つの動体反応は、”バクゥ”の基本速度を上回る速度でこちらに向かってきている。

 

<カップからMS隊へ、北方より接近する機影を確認した。数は3、その後方に更に1……これは!>

 

通信でサイが驚愕の声を挙げる。

無理も無い。()()()は作戦会議の際に聞かされた、最新の脅威なのだから。

 

<照合完了、接近する機体はZAFT軍地上戦用MS”ラゴゥ”!>

 

「お出ましか……!」

 

大天使の前に、3頭の猟犬が立ちはだかった。




次回も金曜の夜に投稿を予定しています。
やっつけみたいな話が続いて申し訳ない……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第92話「迫撃!トリプル・ラゴゥ」

4/21

西アフリカ 峡谷地帯

 

「……来ませんでしたね」

 

「来なかったねぇ」

 

「……仕掛けたトラップ、無駄になっちゃいましたね」

 

「それならそれでいいだろう、使わずに済むということは、我々が安全に目標地点にまで到着出来る確率が上がるってことなんだから」

 

「『奴らは”バクゥ”や”ラゴゥ”を警戒して峡谷地帯の方に向かってくるだろう』って、誰が言い出したんでしたっけ」

 

「そりゃ君、今回の物資移動作戦の責任者に決まってるじゃないか。極めて順当な予想だったと思うよ? 外れてるけど」

 

「貴方も賛同してたじゃないですか……」

 

「僕は『その可能性は大いにあるだろう』って言っただけで、『絶対来る』とは言ってないよ。ま、今回は敵の()()()()()が勝ったってだけさ」

 

「どうするんですか。ルート上にトラップ仕掛けまくった()()()と違って、()()()はほとんど無防備ですよ」

 

「困ったねぇ。あちらの資源がやられてしまったらナイロビどころかビクトリアの防衛も危うくなってくるよ」

 

「ですよね」

 

「だから、まあ。()()をあっちに向かわせておいた。最低限の保険としては十分だと思うけどね」

 

「……同情しますよ、”アークエンジェル”側に。あいつら、相当意地汚いですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4/21

西アフリカ コンゴ

 

3頭の猟犬(ラゴゥ)の動きは、正に迅速果断と称するべきものだった。

 

<えっ、なに……きゃあっ!?>

 

先頭の機体から放たれたビームが、散漫としていたヒルデガルダの”ダガー”を直撃する。

幸い、”ダガー”の胴体部には耐ビーム性能の高いラミネート装甲が用いられているため、目に見える損傷は皆無だった。

しかしビームといえども質量が全く存在しないわけではないため、衝撃を受けた機体はそのまま倒れ込む。

 

<ヒルダっ! この野郎ぉ!>

 

ヒルデガルダをダウンさせた”ラゴゥ”隊の次なるターゲットは、ヒルデガルダの援護のため彼女に近づいていたマイケルだった。

怒りに駆られたマイケルは装備していたアサルトライフルを”ラゴゥ”部隊に向けて発射するが、“ラゴゥ”部隊は素早く散開し、マイケルの”ダガー”を取り囲む。

マイケルが何かを考える暇を与えること無く、3方向から同時にビームサーベルを起動して獲物に飛びかかる”ラゴゥ”達。

 

(嘘、これ、死───)

 

迫り来る光刃を前にして、マイケルは死を意識する。「あっさり過ぎる」とか「つまんない人生だったな」とか、そういう事を考える余裕は無かった。

それだけ、”ラゴゥ”達の手並みは鮮やかに過ぎた。

 

「マイケルさんっ!」

 

そんな彼を救ったのは、キラによる意図的な誤射。

キラは瞬時にどの”ラゴゥ”を撃ち抜いてもマイケルの死が避けられないことを悟り、あえてマイケル機の脚部を射撃し、態勢を崩したのだ。

膝裏を撃ち抜かれたマイケル機はバランスを崩して後ろに倒れ込み、結果として”ラゴゥ”のビームサーベルが切り裂いたのは、転ばないよう踏ん張り切れず、咄嗟に上に向かって伸ばされた左腕のみだった。

 

<へえ、故意の誤射で助けるなんて味な真似をするのね>

 

<あれが噂の『ガンダム』? やべー奴じゃん>

 

<おめーにだけは言われたくねーだろうよ。ま、お手並み拝見といこうや>

 

自分達の攻撃の失敗を悟った”ラゴゥ”達は、倒れ伏したヒルデガルダ機やマイケル機には目もくれずに”ストライク”の方向へと向かう。

 

「なんだ、こいつら───!?」

 

キラは突如として現れた強敵を前に、戦慄の声を漏らした。

 

 

 

 

 

「俺達は眼中に無いってわけか……!」

 

ムウは苛立たしげに操縦桿を握る手に力を込める。

現れた3機の”ラゴゥ”は倒れ込んだヒルデガルダとマイケル、そして未だ五体満足のムウ達を無視して”ストライク”に向かっていく。

キラと”ストライク”が自分達の中では抜きん出た実力と安定感を持っているということはムウも認識していたが、相手にもそう認識され、()められるというのは不愉快な事実に変わりない。

眼中に無いというなら、盛大に横やりをいれてやろうではないか。ムウはそう考えてバズーカを愛機に構えさせるが、突如として彼の脳裏を冷たい感覚が貫く。

 

「っ───!」

 

咄嗟に機体を後退させた直後、眼前を艦砲クラスの砲弾が飛んでいった。

あと少しでも機体を動かすのが遅れれば、今頃あの砲弾は”ダガー”の上半身を消し飛ばしていたに違いない。

襲撃者の正体はサイが告げる。

 

<続けて接近する機影あり! 99.87%の確率で”フェンリル”と断定!>

 

「なるほど、な……!」

 

連中も、自分達を無視して”ストライク”と戦えるとは思っていなかったらしい。車体にしっかりと()のエンブレムが描かれた”フェンリル”を見て、ムウは唾を飲み込んだ。

確認出来た限り、向こう側の援軍は”ラゴゥ”3機と『深緑の巨狼』のみ。他に何かしらのトラップを仕掛けている可能性も無いではなかったが、その可能性は低いとムウには思えた。

きっと、どんなトラップを仕掛けるよりも、やってきた彼らが全力を発揮出来る環境にしておく方がずっと強い。

下手な策略を巡らせるようではかえって彼らの足を引っ張るだけだろう。

 

<隊長、私はソード1の援護に向かう。いいな?>

 

「頼む」

 

スノウからの上申を、ムウは即座に了承した。

スノウの機体は機動力では”アークエンジェル”のMS隊中トップだが、それに比例して武装はマシンピストルにビームダガーと貧弱。重装甲かつ高速で疾走する”フェンリル”の相手は分が悪い。

許可を得たスノウは機体を翻してキラの援護に向かおうとするが、その眼前で突如として炎が燃え上がる。

スノウの行く手を遮るために、”フェンリル”が彼女の前方に焼夷弾を撃ち込んだのだ。

 

<こいつ……!>

 

「簡単には通しませんって?……上等だ!」

 

 

 

 

 

「こいつら、強い……!」

 

一方、3機の“ラゴゥ”に囲まれたキラは苦戦を強いられていた。

1機1機は”ラゴゥ”との初遭遇ということを考慮しても問題無く対処出来るレベルなのだが、互いに死角や隙をフォローし合い、連携して”ストライク”に襲い来るのだ。

複数の敵に襲いかかられること自体は、かつてキラが兵士になる前、『ヘリオポリス』から脱出して間もない頃にアスランの駆る”イージス”を含む敵部隊との戦闘で経験している。

しかしこの敵達は、あの時戦った敵部隊よりずっと質が良い連携を行なっていた。

加えて、今の”ストライク”の装備がエールストライカーというのもキラにとって向かい風となっていた。

エールストライカーは極めて癖や弱点が少ない装備なのだが、その分他の装備と比べて爆発力は無い。

これがもしも”コマンドー・ガンダム”形態であれば、その豊富な火力を以て現状の打破を図るという選択が出来たかもしれない。

なんにせよ、無い物ねだりをする意味は無い。

 

(ムウさん達は……ダメだ、無理っぽい!)

 

一瞬の間隙を縫って目線をやると、ムウ達は”フェンリル”らしき戦車に足止めされているようで、援護は望めそうになかった。現状、打つ手無しだ。

しかし、キラにはこの苦境を切り抜ける算段があった。

 

「残り、182秒……!」

 

キラが待ち望む瞬間、それこそが”アークエンジェル”の到着する時間である。

今頃”アークエンジェル”は全速でこの場所に向かってきているだろう。ブリッジクルーがMS隊の苦戦を視認してさえくれれば、こちらを支援してくれる筈だ。

それまでの時間を生き延びさえすれば、後はジャンプして”アークエンジェル”のハッチまでたどり着くだけでいい。

それだけで、自分達はこの戦闘に勝利出来る。

 

「そう簡単には、いかなさそうだけど……!」

 

キラは左腕の、何度もビームを受け止めて摩耗したシールドを投げ捨て、空いた左手にビームサーベルを握らせる。

キラ・ヤマトのこれまでの人生において、もっとも苦しい3分間の始まりだった。

 

 

 

 

 

<くっ、捉えきれない……!>

 

「これはもう操縦テクニックとかだけじゃねえな……!?」

 

一方、”フェンリル”と戦闘していたムウ達も苦戦を強いられていた。

左腕部を切り落とされたマイケルは戦闘の邪魔にならないように一線引いた場所に離脱し、ヒルデガルダは未だに復帰せず。

従って”フェンリル”とはムウ、スノウ、ベントの3人で相対していた。しかし───。

 

<当たれっ!>

 

ベントが駆る”ダガー”の『アグニ』が火を噴くが、”フェンリル”はドリフトでの急カーブを行ない、逆に反撃を行なった。

高速戦闘中故か、流石に命中精度は低下してベント機に命中することはなかったものの、現状まともな有効打が『アグニ』しか無い以上、なんとかして命中させなければ事態は動かない。

しかし相手は『深緑の巨狼』スミレ・ヒラサカが操る”フェンリル”。何かしらのカスタマイズが施されているのか、記録されているものよりも大きな速度を出している。

何かしらの()()をムウが求めた、その時である。

 

<───うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァ!!!>

 

突如として女の叫び声が響く。

何かしらのトラブルが発生したまま転倒し、そのまま存在を忘れ去られていたヒルデガルダ機が、近くを通った”フェンリル”に飛びかかったのだ。

 

「ヒルダっ!?」

 

ムウと同じく存在を忘れていたのか、あるいは障害にならないと判断していたのか、”フェンリル”もヒルデガルダの動きに対応出来ず、取り付かれてしまう。

だが、高速で疾走する”フェンリル”に掴まり続けるのは余りにも困難だ。左右に車体を揺らした”フェンリル”から手が離れてしまい、ヒルデガルダの乗る”ダガー”は地面に叩きつけられてしまった。

しかし、このヒルデガルダの奇襲と呼ぶべき行為によって、”フェンリル”の動きにたしかに隙が生まれたのを、ムウは見逃さなかった。

 

「チャンスか!」

 

”フェンリル”の移動先を予測してムウが放った弾丸は、乱れが収まっていない”フェンリル”に命中。爆炎が”フェンリル”を包み込む。

如何に強靱な“フェンリル”といえども、対艦攻撃にも用いることの出来るバズーカ弾の直撃を受けてはタダでは済まない。

あの『深緑の巨狼』を、自分(ムウ)が仕留めた。いまいち実感は湧かないが、それでも戦闘はまだ終わっていないと、ムウは部下達に指示を出すために口を開こうとし。

 

「───っ」

 

ゾワリ、と。ムウの神経を悪寒が奔った。

フラガ家の人間が先天的に所有するという奇妙なシックスセンスが、全力で警告を挙げている。

ムウはバズーカを愛機に構えさせ、未だ立ち上る爆炎に向き直る。

 

<や、やりましたね、隊長!>

 

「……構えろ、ベント」

 

<え?>

 

「来るぞっ!」

 

直後、爆炎を貫いて砲弾が放たれた。

前もって構えていたムウはかろうじて回避することに成功するが、そのことへの安堵よりも、爆炎を裂いて現れた()()の”フェンリル”を見たことによるショックが上回る。

何故? 確実に”フェンリル”ならば撃破ないし、中破程度には持っていける火力があった筈だ。

ムウは考えを巡らせ、そして()()()()()()に気付く。

 

「まさか……P()S()()()か!?」

 

通常の”フェンリル”を遙かに上回る防御力を有し、更にZAFTが所有していると確認出来ている技術。そうなるともはやPS装甲以外に考えられるものは無い。

そして、その予想は的中していた。

これは、()()()()()()()()()()()()()()

今や疑う者のいないエースとしての名声を手に入れたスミレのために、ZAFTが彼女の愛機へと強化改造を施した、彼女だけが乗ることを許された機体。

それがこの機体───”フェンリル・ミゼーア”なのである。

 

 

 

 

 

「痛っ……」

 

ヒルデガルダは先ほど打ち付けた頭を振り、痛みを追い出そうとする。

しかし痛みは簡単に消えない。心の中の苛立ちも同様に、むしろ増してさえいるような錯覚すら起こす。

先ほどの”フェンリル・ミゼーア”への奇襲は、冷静に考えて行なわれたものではなかった。

累積した戦果への渇望、目の前で見せられた敵兵自殺に対するショックなどのストレスを処理仕切れなくなったヒルデガルダの脳が、他者への攻撃衝動という形で放出しようとした結果が無謀な奇襲なのである。

半ば無意識の内に行なわれたこれ(奇襲)は失敗するものの、振り落とされた時の衝撃を受けたことで若干の冷静さを取り戻すことに成功したヒルデガルダ。

 

「まだ、まだやれる……!」

 

<───あら、女?>

 

聞き慣れない女の声が響く。

通信機能を操作すると、『味方』カテゴリーに登録している機体からのものではない。それでありながら通信が繋がるとすれば、先ほど取り付いた時に接触通信装置が誤作動したとしか思えない。

つまり、この通信の先にいるのは。

 

「……『深緑の巨狼』!?」

 

<ま、そう呼ばれてるみたいっ、ね!?>

 

ヒルデガルダの通信に応えながらも、”フェンリル・ミゼーア”の機動に乱れは生まれない。

 

<で、あんたは敵と呑気におしゃべりする余裕があるワケ?>

 

「何を!」

 

<でなきゃ、あんな投げやりな奇襲が出来るわけもないし>

 

「敵のあんたに、何が!」

 

挑発とも取れる言葉にヒルデガルダは言い返そうとするが、直後にヒルデガルダの方を向いた”フェンリル・ミゼーア”から放たれた砲弾が真横を掠めて飛んでいく。

ひゅっ、と息を詰まらせるヒルデガルダ。それを知ってか知らずか、『深緑の巨狼』は言いつのる。

 

<───自棄(ヤケ)になってる奴なんかに、負けるようなワケが無いのよっ! すっこんでなさいお嬢さん(フロイライン)

 

「───っ!」

 

お嬢さん。それは、今ヒルデガルダがもっとも言われたくない言葉だった。

頭に血が昇り、再び”フェンリル・ミゼーア”に向かっていこうとするヒルデガルダだったが、それを制する者がいる。

左腕を切り落とされ、戦線から一歩引いたマイケルだ。

 

<ヒルダ、落ち着け! そろそろ()()んだぞ!?>

 

「来る?」

 

<忘れたのか!?───()()()()()()()だ! もう少しで”アークエンジェル”が来るんだ、タイミングミスったら置いてかれるぞ!>

 

もしそうなれば、奇襲によって半壊したとはいえそれなりの規模を保っている輸送部隊によって包囲される最悪の事態に陥ってしまう。

ヒルデガルダには、”フェンリル・ミゼーア”を相手にしながらタイミングを合わせて”アークエンジェル”に飛び移ることが出来る自信は無かった。

いつの間にか”フェンリル・ミゼーア”との回線も切れてしまっている。

 

「違う……あたしは、お嬢さんなんかじゃ……!」

 

俯くヒルデガルダの言葉を聞く者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「残り、71秒……!」

 

キラはモニターの端に映るタイマーを見やった。

盾を捨てて手数を増やしたは良いが、身を守る手段を捨てた代償は大きかった。

”ストライク”の各所の装甲は既にいくつかビームが掠めたことによる焦げ跡が出来ており、フェイズシフトダウンを起こしている箇所もある。エールストライカーの右翼はとっくに折れていた。

この3機の”ラゴゥ”の戦い方は、小型肉食獣の狩りのそれだ。集団で襲いかかり、じわりじわりと獲物を追い詰め、やがて致命的な一撃で仕留める。

そしてキラは、その時が近づいていることも感じ取っていた。

 

(そろそろ集中力が切れてくる……そうなった時が、勝負かな)

 

ここまでの戦闘で、キラは敵の()()()()に気付いていた。

攻撃に2機、支援に1機。敵はその基本態勢を変えていないのだ。

2機が攻撃に全力を費やし、1機がそれをフォローする。

基本に則った戦い方ではあるのだが、彼らはその役割を瞬時に入れ替えることが出来るのだ。

例えばAとBが攻撃に全力を注ぎ、Cが支援している場合。獲物が状況の打開を図ってCを狙えば、即座にAかBがCと役割を入れ替えて、Cへの攻撃を妨害する。

その時々によって役割を交換出来る技量を持つ彼らは、常にベストポジションから攻撃し続けられる。獲物が力尽きるその時まで。

三心同体と呼べるほどに練り上げられた連携力を持つ彼らを打倒するのは容易なことではなかった。

おそらく、”アークエンジェル”が到着するまでのこの1分ちょっとの時間で彼らは仕掛けてくる。

それをどう切り抜けるか。考えるキラの視界に、()()()が映り込む。

 

「あれは……あれなら!」

 

 

 

 

 

<おいピザデブ、分かってんだろうな?>

 

「うるせーよ陽キャ失敗末路男。そっちこそしくじるなよ」

 

ピザデブと呼ばれた男、ラングは()()()()()チームを組まされた男、ベイルに言い返す。

”ラゴゥ”に乗り換えてから日は浅いが、それでも”バクゥ”よりも更に強力なこの機体に乗った自分達3人を相手にして未だに生き残っている”ストライク”を相手に気を抜くなどということは出来ない。

 

<おしゃべりだったら、この戦いの後で2人仲良くあの世に送ってやるからその時やりなさい。優先順位を間違えるんじゃないわよ>

 

誰が聞いても鋭さを感じることの出来る女性の声が、今にも始まろうとしていた口論を中断させる。

ラングとベイルの2人は優秀なMSパイロットだが、協調性というものが他のZAFT所属パイロットと比較しても無い方だった。彼らが曲がりなりにもチームとしてまとまっているのは、リーダー役を務めるライム・ライクの存在あってこそである。

内心では「スミレにコンプレックス感じてる年増女」と悪態を吐くラングだが、戦場においてライムに逆らっても何も得はしないことは理解している。

 

「へーい、分かってますよっと……?」

 

口喧嘩をしながらも攻撃を継続していたラングだったが、不意に獲物───”ストライク”が動きを見せる。

横っ飛びにベイルが放った攻撃を躱すと、そこに墜ちていた物体、先ほど切り落とされた”ダガー”の左腕を手に取り、そこからシールドを剥がして自分の左腕部に取り付けたのだ。

同じ連合軍MSなのだから、そういうことも可能だろう。

 

「そういうのに頼るってことはよぉ!」

 

しかし今のラングには、それが追い詰められた獲物の悪あがきにしか見えなかった。

たしかあのタイプのシールドは先端を射出してアンカーとして用いることが出来たと記憶しているが、それがどうしたというのだ。

今更になって手数が1つ増えたところで、逆転など許すわけもない。

 

<いくわよ、トライアングルアタック!>

 

『おうっ!』

 

トライアングルアタック……それは、これまでは攻撃役と支援役に別れていた彼ら全員が攻撃役に回り、一気に獲物を仕留める必殺ムーヴ。

敵を3機で取り囲み、限りなく同時に近いタイミングで3方向から繰り出すこの連携攻撃で、彼らは確実な戦果を挙げてきた。

油断なくシールドを構える”ストライク”。しかし、精神的疲れによるものと思われる一瞬の隙を彼らは見逃さなかった。

 

<───今っ!>

 

ライムのかけ声に合わせて、”ストライク”に襲いかかる3機の”ラゴゥ”。

しかし、そこでラングは信じられない物を見た。

まるで、一瞬で疲れが取れたかのように機敏に反応した”ストライク”は一瞬で背中のストライカーを排除。

それを、真後ろから接近していたベイルの”ラゴゥ”に向かって()()()()()()()()()()

 

<んなぁっ!?>

 

当然、予期せぬ飛来物に激突してしまうベイル機。肝心の”ストライク”はストライカーを蹴った反動による勢いも合わせて包囲網を脱出し、今度は獲物を見失ったラングの”ラゴゥ”に向かってシールド『パンツァーアイゼン』のアンカーを射出、その機体を捕縛する。

まだ終わらない。なんと”ストライク”は勢いを弱めずに機体全体を駒のように回し、アンカーの先の”ラゴゥ”を振り回す。

 

「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」

 

突如として過剰なGに晒されたラングを待っていたのは、更なる衝撃。回転の勢いをそのままに、ライムの”ラゴゥ”に機体をぶつけられたのだ。

”ラゴゥ”の重量は約70トン。勢いのまま何かにぶつかるだけで十分に質量弾となり得る。

まさかこのような方法でトライアングルアタックを切り抜けられるとは。

3機の”ラゴゥ”のパイロット達は”ストライク”とそのパイロットの実力を見誤っていたことを認めると同時に、激昂する。

潰す。今ここで、自分達を虚仮にしてくれた目障りなMSを、完膚なきまでに───!

 

 

 

 

 

「僕達の、勝ちだ!」

 

何かが自分の中で弾けたような感覚に任せて行なった賭けに成功したキラは、高らかに宣言する。

なんとかトドメの一撃を回避したが、もうあのような阿漕(あこぎ)な真似はさせてくれないだろう。

しかしキラは、自分達の勝利を確信していた。───タイムリミットが訪れたのである。

キラの言葉の直後、戦場にミサイルが飛来し白煙がその一帯を包み込む。遂に到着した”アークエンジェル”が援護のために放った煙幕弾だ。

 

<こちらカップ! MS隊各機は直ちに帰投してください!>

 

リサの声に合わせ、キラは仲間達と共に上に飛び上がる。

ほとんど速度を落とさない”アークエンジェル”に飛び移るこの作業は、シミュレーションで一番練習していた箇所でもある。失敗は許されない。

 

「ソード1、着艦しました!」

 

危なげなく”アークエンジェル”の右舷ハッチに飛び込む”ストライク”。

仲間達の安否を知るため、キラは通信に耳を傾ける。

 

<ワンド1、着艦だ!>

 

<……ワンド2もです!>

 

<ワンド4、着艦です!>

 

<あっぶね! ワンド3、飛び込みセーフ!>

 

<ソード2、着艦した>

 

仲間達も皆、無事に戻ってきたようだ。

ホッと息を吐いたとところで、揺れが”アークエンジェル”を襲う。

 

<第13ブロックに被弾! ”フェンリル”からの追撃です!>

 

<うろたえるな! 面舵一杯、”アークエンジェル”は急速離脱する!>

 

少しの動揺も見せないミヤムラの命令に従い、”アークエンジェル”は飛び去る。後に残されたのは、多くの物資を破壊され、統率力も喪失しかけた輸送部隊と、獲物に逃げられた狩人達の怨嗟の声だけだった。

斯くして、この戦闘の幕は下りた。

ZAFT輸送部隊はこの強襲で輸送していた物資の5割強を喪失、そのことは後のナイロビ防衛戦に大きく影響することとなる。

また、この戦闘の結果を受けてZAFT軍は”アークエンジェル”に対する脅威度を更に更新するのだが、当の本人達はそのようなことは知らず、それぞれに異なる思いを抱いていた。

作戦が成功したことを喜ぶ者、生きて帰れたことに安堵する者、戦闘中の自分を振り替える者。

そして。

 

「あたしは、あたしは……」

 

───無力感に泣く者。




遅ればせながら更新しました……。

やり過ぎたかとも思いますが、スミレのフェンリルがアップグレードです。
下に通常版とのステータス比較を置きますね。

フェンリル
移動:7
索敵:B
限界:160%
耐久:200
運動:10
変形可能

武装
主砲:180 命中 50 (射程4)
マイクロミサイル:40 命中 55



フェンリル・ミゼーア
移動:7
索敵:B
限界:130%(スミレ搭乗時180%)
耐久:400
運動性:12
変形可能
PS装甲
????

武装
主砲:220 命中 65 (射程4)
マイクロミサイル:40 命中率 60

果たして、キラ達はどのようにこの難敵に立ち向かうのか。
気長に次回以降をお待ちいただけると幸いです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第93話「始まりの思い」

大変長らくお待たせしました。


4/23

中央アフリカ 市街地

 

「それじゃ、頼んだぞ」

 

「了解です」

 

「ここじゃ軍人っぽさは隠しとけって」

 

キラにそう言うと、ノイマンは他の数人の船員達と共にジープで走り去ってしまった。

ガヤガヤとした喧噪の中、残されたのは私服姿のキラ。そして───。

 

「そ、それじゃいきましょっかヒルダさん」

 

「……うん」

 

目立ちすぎないよう地味に、しかし彼女の魅力を殺しきらないパーカーを纏った私服姿のヒルデガルダ。その肩には力が感じられず、彼女の事情を知らない通りすがりの一般市民にも『落ち込んでいる』という事が計り知れる程だ。

これからキラは、彼女を伴って幾つかの物品を購入しなければならない。

 

(どうして、こうなっちゃったのかなぁ……)

 

 

 

 

 

4/22

”アークエンジェル”幹部会議室

 

「食糧が無い?」

 

事態は一日ほど遡る。

当時”アークエンジェル”の幹部会議室で次の作戦に向けての会議を行なっていた時のこと、開口一番に料理長のビムラ・タムラから告げられた言葉に、マリューは驚きの声を発した。

それもその筈、食糧を含む物資の補給が行なわれてからまだ一週間も経っていないのに、どうして食糧不足などという事態が起きるのか。

ちなみに、ビムラは”マウス隊”旗艦の料理長であるトムラ・タムラの弟であり、その顔つきは双子のように似通っている。

 

「はい。一昨日の戦闘の最後、撤退する時に”フェンリル”からの砲撃を受けたでしょう? その時、ドンピシャで食料保存庫の有る区画に命中してしまったようで……。特に、塩が足らんのです」

 

「塩か……」

 

ナタルが顎に手を当てて悩ましそうにする。

人間が生存するに当たって、塩は必要不可欠。しかし”アークエンジェル”の任務の都合上、頻繁に補給を要請するということは出来ない。

そうなると何処かで調達する必要があるのだが……とナタルが考えていると、ミヤムラが口を開いた。

 

「タムラ君、保管庫がやられたといっても、非常糧食の類いは他の場所にも保管されていた筈だな?」

 

「ええ、それは確かです。しかし乗組員のメンタルも考えると……」

 

「───ならば話は早いですね。すぐに調達に向かいましょう」

 

異論は許さぬといった雰囲気で発言したのは、フローレンス。

船医である彼女の役目は直接的な怪我の治療だけではなく、船員のメンタルケアも含まれている。

自らの仕事に誇りと責任を持つ彼女からすれば、もはや食糧の調達は決定事項であった。

 

「待てブラックウェル中尉。貴方の言いたいことは分かるが、今は次の作戦に集中するべきで……」

 

「兵士から食を取り上げたとして、そのような兵士が満足に働けると思いますかバジルール中尉? 船医として、補給は必須であると考えます」

 

「非常糧食があるのなら、それを用いればその分次の作戦に向けての準備時間が取れる。その上、()()()()()()()()()()()()()()()()予定なのです。補給はその後でも……」

 

「───2人の言い分は分かった」

 

このままではヒートアップして口論になりかねない、そう判断したのか、ミヤムラが口を挟む。

流石に最高指揮官を蔑ろにしてまで口論をする気はないのか、フローレンスとナタルは口をつぐんだ。

 

「私としては、ブラックウェル中尉の意見が優先されるべきだと思う。この地域のZAFTは、ほぼ撤退している。必要な分を調達する機会があるというなら、それを利用しないことは無いよ」

 

「ご考慮感謝します、ミヤムラ司令」

 

「司令がそう仰るのなら、私としては言うべきことはありません」

 

「バジルール中尉、たしかに非常糧食でも対応は出来るかもしれないが、『もうそれに頼る以外どうしようもない』という状況で使うものなのだ。年寄りのお節介だが、心に留めておいてくれ」

 

釈然としなさそうなバジルールだったが、ミヤムラの言葉は、長年軍艦の艦長を務めていた経験に裏打ちされた正論だった。

士官学校の時も「頭が固い」と教官に言われたことがあるナタルは、反省の念を抱くと共に気持ちを切り替えて会議に向き直る。

 

「すいません、そういうことでしたら自分から1つよろしいでしょうか」

 

MS隊指揮官として会議に参加しているムウは、食糧調達にヒルデガルダを参加させて欲しいと言った。

ヒルデガルダの精神的不調は、既に限界に達している。戦闘後に行なわれた面談に基づいて判断されたことだった。

 

「何人かは気付いてるかもしれんが、ヒルダ……ミスティル軍曹のここ最近の不調は早急に解決を図るべきことだ。かといって閉塞的な艦内ではあまり改善は見込めそうになくてな……。街にでも出して、リフレッシュさせてやりたい」

 

「しかし、それでは本艦の戦力が……」

 

「あ、それは私視点だと良いアイデアと思いますよ。どうせヒルダさんの機体含めて、整備で動かせない機体はそこそこ有りますし」

 

アリアの言うとおり、現在MS隊は整備士達の手で整備・修復作業中。ヒルデガルダが居ても居なくても、動かすことは出来ない。

ならば、少しでも調子を整えるためにここは多少強引な手法を用いてでもメンタルケアを図るべきとのことだった。

 

「ついでに、ヤマト少尉あたりも同行させた方が良いかもしれませんねぇ。”ストライク”も出撃NGですし、ヒルダさんのお相手は必要でしょうから」

 

こうして、キラとヒルデガルダの食糧調達班への同行が決定したのだった。

 

 

 

 

 

このようなやり取りがあったことは露知らず、キラとヒルデガルダは歩みを進める。

食糧調達の名目に基づく外出だったが、実際にはヒルデガルダのメンタルケアが目的である以上、キラ達に任されたことは少ない。

早々に近くの店舗から必要な調味料などを仕入れたキラ達は、あてどもなく露店が建ち並ぶ大通りを歩いていた。

 

「えっと、時間余っちゃいましたね、ははは……」

 

「……そうだね」

 

「ははは……」

 

「……」

 

何時もの快活さはどこへやら、何を話しても「そうだね」くらいしか返してくれないヒルデガルダを前に、キラは溜息を吐かないようにするので精一杯だった。

普段だったらそこまで対人(関係)能力が高くない自分が声を掛けるまでもなく、彼女自身が率先して引っ張っていってくれた筈だ。相当に参っているらしい。

外出前にフローレンスに言われた言葉をキラは思い出す。

 

『いいですかヤマト少尉。ミスティル軍曹は現在、極めて不安定な状態にあります。彼女が復調するのも、そのまま腐ってしまうのも貴方の対応次第です。色々と押しつけてしまう形になってしまうことは船医として恥ずべきことですが、彼女のケアには貴方が最適だと判断しました。どうか彼女をお願いします』

 

適任と言われた理由は、分からないでもない。

マイケルやベント達はヒルデガルダともっとも近しい仲と言えるが、それ故にヒルデガルダ側が冷静に対応出来るかどうかが怪しい。以前の食堂での一件(情けない姿)から、マイケルに関しては尚更そうだと思われた。

かといってそこまで親密ではない人物に相手をさせても何の意味も無い。

そこでヒルデガルダと程々に親しく、かつ同じMSパイロットである自分が抜擢されたのだろう。キラはそう考える。

面倒事を押しつけられた形になるわけだが、同じ部隊の仲間かつ友人として何かしてあげたいという思いは十分にある。

心を閉ざしかけているヒルデガルダと、さてどう話したものかと悩んでいたキラの目に服飾品の露店が映る。

 

「あ、見てくださいヒルダさん。この地方特有のアクセサリーらしいですよ」

 

「……ん」

 

僅かにだが、声に覇気といえるようなものが戻ってきたように聞こえた。

以前『コペルニクス』でラクス達と共に買い物をした時に、ヒルデガルダはかわいらしいアクセサリーを目を輝かせて見つめていた。そのことを思い出して話のタネにしてみたキラだが、手応えはあったようだ。

 

「集合時間まで結構時間ありますし、良かったらぶらっと見ていきません? 自分も()()で結構気が滅入っちゃって……気を紛らわしたいんですよね」

 

「え、でも……」

 

「なんなら何か、プレゼントしますよ! それなりにお金はありますから!」

 

「……良いの?」

 

「はい!」

 

僅かに顔を綻ばせ、それじゃあ少しだけ、と言ってヒルデガルダは店先に置かれたアクセサリーに視線を移す。

ヒルデガルダの不調は、度重なる戦闘のストレスによるものだと考えられると聞かされている。

ならばいったん戦場から離れ、こうして穏やかに自分の趣味に没頭出来る時間を作ってやるのが良いのかもしれない。そのためなら、少しの出費くらいは必要経費だろう。

 

「それじゃあ、少しだけ……」

 

 

 

 

 

「んっん~、はぁ。久しぶりにテンション上げちゃった」

 

「は、ははは……楽しんでくれたようで何よりです」

 

その後、キラはヒルデガルダの買い物に付き合ったのだが、彼は1つ忘れていることがあった。───大抵の女子の買い物は、掛かる時間が男子よりも長いことである。

けして多くないとはいえ男手として荷物持ちをすることになっていたキラは、荷物を抱えた状態でヒルデガルダの買い物に付き合わされた。疲れた様子を隠しきれないのは当然のことである。

今は集合時間まであと少しの時間があるため、簡単な軽食でも取ろうということで屋外にテーブルを構えた喫茶店で休憩している。

 

「いや、ほんとごめんねキラ君。あたしこういうのに夢中になると視界せまくなっちゃって……」

 

オマケに、ヒルデガルダは甘えるのが上手い。

上流階級生まれということもあって人を使う事に手慣れているし、それでいて労りやその分の報酬を出す事も忘れないため、男を「もう少しくらいは良いかな」という気にさせてしまうのだ。

ある意味ではキラのこの疲労も、自業自得と言えなくも無い。

 

「でも、良かったです」

 

「え?」

 

「最近のヒルダさん、暗い顔してること多かったですから」

 

キラがそう言うと、ヒルデガルダは僅かに顔を曇らせ、気まずそうに顔を逸らしてしまう。

人の内面にずけずけと切り込むようで気は進まなかったが、心を鬼にするつもりでキラは言いつのる。

 

「たぶん気付いてると思いますけど、今日の買い出し、ヒルダさんのメンタルケアの面もあったんです」

 

「……ま、だよね」

 

「マイケルさんは、ヒルダさんなら自力で立ち直ってくれるって言ってました。……でも、多分今のヒルダさんはそれが難しいくらい追い込まれてる。違いますか?」

 

「……」

 

ヒルデガルダは静かに溜息を吐くと、キラの目を見て話し始める。

 

「あたし、自分が信じられなくなってきちゃったのよ」

 

「自分が……」

 

「そう。……最近のあたしは、戦果を求めて躍起になってた」

 

聞けば、実家にいた頃のヒルデガルダは軽い劣等感に悩まされていたのだという。

2人の兄は父の跡を継いで政治や企業経営の道を歩いており、弟も何かやりたいことを見つけたと言って何かを始めた。姉はなんと『ブルーコスモス』の穏健派幹部として活動しており、自然環境保全のための活動を取り仕切っている。

戦争が始まってからは尚更、誰もが忙しそうにしていた。───何もしていないのは自分だけ。

家族のため国のため、何かをしなければならない、そう考えたところで小娘でしかない自分に出来る事は限られる。

 

「で、無我夢中で色々とやってたら、軍隊にってわけ」

 

「前から少しは聞いてましたけど結構すごいことになってません?」

 

「そうかもね。で、父さんあたりはあたしが後方に配置されるように色々と働きかけてたっぽいんだけど、なんとMS操縦適性が基準値に満ちちゃってたのよね。パイロット不足解消のため、パイロットコース」

 

それでも現職大統領の娘に何かあってはならないと比較的安全な試験部隊に配属されたが、『三月禍戦』の影響で最前線に立つことになったヒルデガルダ。

そこで見た物は、どうしようもなく残酷な『現実』だった。

 

「よくある話よ……本当に、よくある。現実を知らない『お嬢さん』ね」

 

「ヒルダさん……」

 

「こないだの戦闘で、ハッキリと自覚しちゃったのよ。『ああ、あたしも命を数で考えるようになったんだな』って。軍人としては正しくても、あたしは……」

 

そう言うと、ヒルデガルダは両手で顔を覆い隠し、テーブルに突っ伏してしまう。

ヒルデガルダの言ったことは、キラにもけっして無関係な話ではなかった。

戦闘の最中、撃墜したMSの数を数えるようになったのは何のためだろう。戦況を正確に把握するために口頭で確認する、というのはおかしくは無いが、そこに一種の()()()を感じてはいなかったか?

暴走する友を止めるため、と言えば聞こえは良いが、その過程でやっていることは人殺しだ。もう何度も思い悩んだことであっても、キラにはどうしても割り切ることが出来そうになかった。

 

「こんな気持ちで戦場に出て、人を殺して、仲間にも迷惑掛けて……『こんなんじゃダメだ』って、頭の中でループして」

 

「……」

 

「あたし、間違ってたのかな。何かしようとしてこんなになるなら、最初から何もしない方が良かったのかな?」

 

「───それは、絶対違います」

 

キラは、ヒルデガルダの問いかけをハッキリと否定した。

それだけは違うと、否定しなければならなかった。

 

「何も行動しなければ何も起きない。でも、それは結局『その場に自分がいなかった』っていうことにしかならないんです。世界のどこかで起きている『何か』から目を背けているだけです」

 

「それは、そう、だけど……」

 

「ヒルダさんは今、『自分は正しいのか』と苦しんでます。……僕も時々、そうなることがあります。だからこそ言えることもある」

 

ここで一度、キラは深く息を吸い、そして吐いた。

 

「───最初に抱いた『何かをしなきゃ』って思い、それ自体が間違ってるなんてことは無い……って」

 

「キラ君……」

 

「ヒルダさんが『何かをしなきゃ』って思ったのは、自分のためですか? そう思って、軍に入ったんですか?」

 

「それは……違う」

 

そうではないのだ。キラはここまで戦いを共にくぐり抜けてきたヒルデガルダがそのような人物とは微塵も思っていなかった。

きっと、ヒルデガルダは責任感が強いのだ。自分だけ平和に生きているという現状に甘んじることが出来ないのは、そういうことだ。

だからこそ、『正しくあらねばならない』という思いも人より強いのだろう。

自分のために動けて、だけど他人のためならもっと動ける。そういう人物なのだ。

ならば、そんな人間を支えるのが仲間の役目だろう。

 

「なら、大丈夫です。誰かのために戦えるヒルダさんが、誰かのためにと立ち上がったなら、それはきっと間違ったことじゃない。ちょっと道を外れてしまっただけです」

 

「……そうなのかな。あたし、間違ってない?」

 

「僕はそうだって思います。僕だけじゃない、マイケルさんやベントさん、ムウさんにトール、サイ……皆、ヒルダさんが間違ってる道と知って歩く人だなんて思ってません」

 

だから、自分を信じてあげてください。

キラの言葉を聞いたヒルデガルダは椅子の背もたれに寄りかかり、空を見上げた。

本日の空模様は快晴……とは言えない。幾つかの雲が青空を遮っている。

まるで、今の自分の心中のようだ。“アークエンジェル”に乗り込む前の自分にはなかった(迷い)が、心中でぷかぷか浮いている。

 

(それもいいかな……)

 

だけど、その雲の先にはきっと、たしかに抱いた願い(青空)がある。

だったら、今はそれでいい。ヒルデガルダはそう思った。

 

「───っしゃ!」

 

ヒルデガルダは気合いを込め、両手で左右の頬を軽く叩く。

 

「ごめん……それと、ありがとキラ君。全部がスッキリしたわけじゃないけど……少し、吹っ切れたかも」

 

「ヒルダさん……」

 

「なんだか急にお腹すいてきちゃったかも。さっきはアクセ買って貰っちゃったし、ここはあたしが奢るわよ」

 

そういってヒルデガルダがテーブルに据え付けられたメニューを手に取ろうとしたその時、不意に声が掛けられる。

声を掛けられた方を向くと、この喫茶店の店員らしき黒人男性と、その後ろに一組の男女が立っているのが見えた。

 

「すいませんねお客さん、今店が混雑しておりまして……相席、という形にしてもらってもいいですか?」

 

「えっ、まあいいですけど。良いよねキラ君」

 

「ヒルダさんが良いなら、僕は気にしませんよ」

 

「おお、そりゃ良かった。ここのケバブは絶品でね、しばらく此処には来れそうも無いし、断られたらどうしようかと思ったんだよ」

 

「えっ、まさかあたし、ケバブのために連れ出されたワケ?」

 

キラ達が承諾すると、空いた席に男女が座る。

 

「いや、本当に済まないね、せっかくの逢瀬を邪魔してしまって」

 

「お……えっと、そのあたし達はそうじゃなくってあの」

 

「ただの友達ですよ」

 

「うわ……この上司、会ったばかりの人間にズケズケしすぎ……」

 

「……」

 

「あの、どうかしましたヒルダさん?」

 

「別にぃ。()()()友達だもんねぇ」

 

「?」

 

「ほう、これは……」

 

「あら~……」

 

何故か少しだけ機嫌を悪くしたヒルデガルダを不可解そうに見つめたキラだが、どうにもその事情が分からない。

流れを変えようと、男女の方に話を振るキラ。

そこでキラは、あることに気付く。

 

(この人達……)

 

男女、特に浅黒い肌の男の首が、()()()()()()()()()()のだ。

そして、キラはそういう人間に覚えがあった。というより、キラも最近はそういう首になりつつあった。

───MSや戦闘機のパイロットは、操縦時に掛かる高Gに耐えるため、首に筋肉が付いて太くなりやすい。

 

 

「あの……お2人はどのようなご関係で?」

 

「おっと、矛先変えかな? 信頼関係バッチリの上司と部下だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ、スミレ君?」

 

「そうね、頭の中が読めないことと職場をよくコーヒー臭で満たすこと、それと思いつきで行動するところ以外は信頼してるわよ」




長期の空白期間を作ってしまい、申し訳ありませんでした。
色々とリアルのゴタゴタが解決してきたので、更新ペースを戻して参ります。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第94話「果たして、その邂逅は必然だったのか」

4/23

西アフリカ 市街地 喫茶店

 

「ま、この店のケバブが美味しいのは事実ね。拘りが無いなら頼んでみるのも良いと思うわよ」

 

「あ、そうなんですか? じゃあオススメされてみよっと。キラ君はどうする?」

 

「……じゃあ、そうします」

 

ヒルデガルダの問いかけに、キラは生返事しか返せない。

それもその筈、()()相席をすることになった2人の見知らぬ男女は、首が太い───より正確には筋肉がしっかりついている───のだ。その筋肉の付き方は、高G下に晒されるパイロットによく見られる物。

キラはそのことを訓練生時代にマモリから教えられたのだが、訓練課程の違い故かヒルデガルダは気付いていないようだ。

 

「すみません、ちょっとトイレ行ってきますね」

 

「いってらー」

 

先ほどのやり取りのおかげか、目に見えて快活さを取り戻したヒルデガルダ。

彼女の性格ならば、自分がいない間も持ち前のコミュニケーション能力で男女との会話もこなせるだろう。そう考えると、むしろ何も気付いていない状態の方が自然な会話が出来て都合が良いかもしれない。

そう考えながらキラは店のトイレの中に入り、便器の蓋を上げずに座ると、小型無線機を取り出す。

偶々元パイロットがこの地域に住んでいたという可能性もあるにはあるが、それでも早々に合流した方が良いのは間違い無い。

キラは無線機のスイッチを入れようとして───。

 

『ううっ、漏れる漏れる~。少年、急いでくれよ~』

 

ドアの外から聞こえてきた男の声を聞いた時、キラは心臓が飛び出そうな錯覚を覚えた。間違い無い、あの浅黒い肌の男の声だ。

 

「す、すいません。もう少し待ってください」

 

『早く頼むよ~』

 

キラはこの時、男が自分を見張りに来たのだと思った。

おそらく席に残った2人には、「なんだか自分もトイレに行きたくなった」などと言ってきたのだろう。2人に違和感を感じていないヒルデガルダは、特に気にすることも無かった筈だ。

とにもかくにも、キラはこれで秘密裏に連絡を取るという手段を封じられたことになる。どれだけ声を小さくしてキラが言葉を発しても、ドアの前に立たれてしまえば聞き逃す方が難しい。

通信機をしまい込み、その代わりに、懐に忍ばせた拳銃の安全装置に指を掛ける。

 

「───すいません。今でますね」

 

トイレの水を流す音に合わせて、キラは安全装置をONからOFFに切り替えた。

通信は出来なかったが、これで銃をいつでも抜けるようになった。水を流す音に合わせたのは、万が一にも安全装置を切り替えた音から拳銃を持っていることを悟られないようにするためだ。

そうして、何食わぬ顔でキラは個室から出た。

 

「お待たせしました」

 

「すまんね、急かして」

 

いえ、と言ってキラは席に向かおうとする。

その後ろ姿に、男は声を掛けた。

 

「ああ、そうだ少年」

 

「なんでしょうか?」

 

「───使っているトイレの個室と危ない物にはちゃんとカギを掛けておくべき。そうは思わないかね?」

 

キラが思わず立ち止まった間に、男は個室に入ってしまった。

キラは、自分が冷や汗を流しているのを自覚した。

 

 

 

 

 

「おかえり~」

 

「悪いわね、あのオッサンに急かされたでしょ?」

 

「いえ……」

 

なんとか平静を保ちながら、キラは自分の席に座った。ヒルデガルダに何事も起きていなかったことにホッとしながら、キラは周囲の様子を探る。

自分達以外の客は勿論、屋外の席であるため道を歩く人々まで探るが、幸か不幸かこちらを監視するような様子は見られない。

 

(まさか、2人だけで来たってわけじゃあるまいし……)

 

この周辺地域からは殆どZAFTは撤退してるが、連合軍が支配しているというわけでもない。ZAFTの構成員が紛れようと思えばそれは容易く実行出来るだろう。

キラが密かに警戒を強めている間に男もトイレから戻り、料理が出てくるまでの間の暇潰しとして世間話が始まる。

 

「へぇ、こちらには出張で?」

 

「何をするにも、ほら、お金って必要だろう? 生活のため上司の命令に従って泣く泣く……」

 

「よく言うわよ、現地でしか堪能できない物を目聡く見つけてエンジョイしてるくせに」

 

曰く、2人は同じ会社で働く同僚で、この地域には出張でやってきたらしい。

男は内縁の女性を比較的戦禍の小さいアジア地域に住ませており、その生活費を稼がなければならないと溜息を吐く。

 

「いやほんと、戦争のせいで色々と大変だよ。戦争なんてなければ一緒に暮らせてたのにさぁ」

 

「苦労、されてるんですね……」

 

「いやほんと、なんで戦争なんか起きちゃったんだろうねぇ」

 

男の言葉はキラもよく考えることだった。否、この世界に生きる者のほとんどが考えることの筈だった。

この戦争は、回避出来なかったのか?

他にやりようは無かったのか?

 

「この戦争はZAFTが理事国に対して仕掛けたものだが、その理由は理事国がプラントに過剰な圧力を掛け、なおかつ労働者達に不当な扱いをしていたからだ。───はたして、どっちに問題があると言えるのだろうね?」

 

「そりゃ、どっちもだと思いますけど」

 

男の問いかけにキラは言葉を詰まらせたが、ヒルデガルダはあっさりと返答した。

 

「戦争は政治的最終手段って言うじゃないですか。言葉でどうにもならなくなったから、殴り合って解決しようってんですよ。でもそこで余計に被害を出しまくるから戦争って最悪なんですよ」

 

理事国のトップとシーゲル達で殴り合ってれば良かったのだ、とヒルデガルダは言った。

その光景を想像したのか、男は吹き出した。

 

「くっくくくく、そりゃいいね。そうなってくれてれば余計な被害なんか無い、指導者達が青タン作るだけで済むってわけだ」

 

「それをどうしてこんな規模に、しかも長引かせるのか……って感じです」

 

「そりゃそうだ。君の言うとおりだよ。……そこで正しい行動が出来ないのが、人間の性なんだろうな」

 

男は愉快そうに、しかし諦念を含ませる声で話す。

 

「実際、戦争はここまで来てしまった。なあ、どうやったらこの戦争は終わると思う?」

 

店員がケバブを運んでくる様子を尻目に、男はキラ達に問いかける。

キラは『(アスラン)を止める』という目的のため軍に入隊したが、戦争その物を止めるために何かをしたいという気持ちはあった。

訓練生時代にマモリからも「戦争は両軍トップの政治で決着する」と教えられている。

 

「通常の戦争ならば、どちらかの軍の目的達成か戦争継続不可などの理由によって講和会議などが行なわれ、決着する。だが、この戦争の根底にあるのは政治以上にナチュラル、コーディネイター間の蟠りだ。

大っ嫌いな相手に向ける矛を収めるってのは、簡単じゃないぞ?」

 

「それは……」

 

「あのさぁ、ごちゃついた話をするのもいいけど、ケバブ来たし食べたら?」

 

「おおっ、そうだそうだ」

 

男は先ほどまでの圧するような雰囲気を霧散させ、ケバブに目を移す。

キラも同じようにケバブに目を移すが、その頭の中を占めていたのは、ある場面の映像だった。

 

『俺が皆を、守るんだ!』

 

目の前で仲間思いの少年が乗った“強行偵察型ジン”が自爆した光景は、忘れようと思って忘れられる物ではない。

もしも、戦争の終わりが近づいたとして、全員がそれを受け入れられるわけもない。必ず、敗北を受け入れられずに戦い続ける人間はいるだろう。

そうなったら、どうやって戦争は終わるのだろうか。そして、アスランがそうであった場合、自分は彼を撃てるのだろうか?

命を奪うことで、止めるしか無いのだとしたら……?

 

「おいおいスミレ君、ケバブにはヨーグルトソースと決まっているだろう? 悪いことは言わないから、その手に持ったチリソースは下ろすんだ」

 

「は? 部下の食事にもケチ付けるとかパワハラ?」

 

ふと気付くと、目の前で男女がパチパチと火花を散らしていた。とはいえ、あくまでコミュニケーションの一環なのか剣呑さは無い。

先ほどまでの空気とのギャップをキラが感じていると、同じように男女のやり取りを見つめていたヒルデガルダが何かを思いついたように指を鳴らす。

 

「キラ君、ちょっとそっちのナイフ取って?」

 

「え、ああ、はい」

 

「ありがと」

 

ヒルデガルダはナイフを受け取ると、自分のケバブを半ばから半分に切り分け、それぞれにヨーグルトソースとチリソースを掛けた。

 

「こうすればどっちも食べられるじゃん」

 

「あ、それいいかも」

 

スミレと呼ばれた女性も同じように、ケバブを半分に切り分けて2種類のソースを掛ける。

こうすれば、どちらの味でも食べられるというわけだ。

 

「こういうのとおんなじですよ」

 

「ん?」

 

「どうやって戦争を……ってやつですよ。人って好きな物が出来るとそれに拘るけど、2つある内のどっちかしか知らないから意固地になる。ならどっちの味も知って、互いに理解していくしかない」

 

「戦争してる相手のことを知らないといけない、ということかね?」

 

男は再び、ヒルデガルダに問いかける。

ヒルデガルダは真っ向からその視線を受け止め、言い返す。

 

「嫌いな相手よりも、知らない相手との方が仲良くなんて出来ませんよ。意外と話してみたら気が合う奴だった、なんてこともありますし」

 

「あ、それ僕も覚えあります」

 

キラは月で出会い、今は宇宙の何処かで陸戦隊として戦っている筈の友、グラン・ベリアのことを思い出す。

彼も最初は、MSパイロット候補生でありながら陸戦隊候補の自分よりも優秀な成績を収めるユリカに対する嫉妬から険悪な関係となっていたが、最終的には和解することが出来た。

それはグランが、日々の訓練生活の中でユリカやキラ達の人となりを知ったからである。

 

「戦争してしまうのが人間の性なら、面倒な手順を踏んでも和解していかないといけないのも人間。今やってる戦争も、きっとその()()()()()の過程ってことなんだと思います」

 

「……この戦争の果てに、和解があり得ると?」

 

「ただただ相手が滅びるまでやる戦争なんてあり得ませんよ。憎しみがどうとか以前にそもそも戦えなくなって、その内『こんなんやってられっか!』ってなるのがオチです」

 

「なるほど、なるほどなぁ……」

 

何かを考え込む男、その眼前にスミレはナイフを差し出す。

 

「ん?」

 

「あんたも、1つに拘ってみるのを止めてみるのもいいんじゃない?」

 

徒っぽく問いかけるスミレ。

やたらめったらとヨーグルトソースを押してくる上司への意趣返しが込められているのだろう、楽しげだ。

実際、ここでナイフを受け取らないという選択をすることは難しい。他3人が半分に分けている中で1人だけ1種類の味だけで食べるというのは、疎外感を創出するからだ。

しかし、男は唸りながらもそのナイフを受け取らない。

 

「いーや、それだけは無いね! 僕は断固ヨーグルトソース派を貫くよ!」

 

「何を意固地になってんだか……」

 

「あはは……だけど、そうやって1つのことに夢中になれるっていうのも、いいことだと思いますよ」

 

結局その後、不穏な空気が漂うこともなく和やかに食事は進んだ。

ちなみに食べ比べの結果キラはチリソース派に決まり、男は口を尖らせて拗ねた。

 

 

 

 

 

「なんだよぉ……ヨーグルトソースだってなぁ……」

 

「はいはい、何時までも拗ねてないの」

 

食後のコーヒーを飲みながらそっぽを向く男に、スミレは呆れた様子を見せる。

戦時中とは思えない穏やかな雰囲気に包まれながら食事を終えたキラ達。食後のコーヒーを味わい、解散しようとしたところで男がキラ達に声を掛ける。

 

「そうだ、最後に1つ、いいかね?」

 

「はい?」

 

「戦争が何故始まってしまうのか、どうすれば戦争が終わるかについてはもう聞いただろう?───君達が戦う理由はなんだね?」

 

キラは空気が僅かに緊張したのを感じた。

 

「えっ、と……」

 

「……」

 

ヒルデガルダは空気の変化には気付くものの頭が追いつかず、助けを求めてスミレを見るが、彼女も男と同じく無言で返答を待っている。

「どうして話してないのに軍人であると分かったのか?」という疑問が頭を占めていたヒルデガルダを庇うようにキラは前に立ち、男に応えた。

 

「僕は……僕の望む世界のために戦っています」

 

「ほう?」

 

「家族や仲間、そして親友が戦争なんかせず、穏やかに笑って生きていけるような世界が、僕は欲しい」

 

最初は「アスランを止めたい」、その一心で戦っていたキラだが、戦争の真の非情さを知ったこと、そして仲間達との戦いの日々の中でその考えは少し変わった。

すなわち、大切な人達が笑って生きられる世界のために戦う。そのために戦争を止めなければならないから、兵士として自分はここにいるのだ。

キラのその言葉を聞き、男は一瞬、悲しげに顔を伏せる。

 

「そっかぁ……しくじったかな」

 

「あんたが言い出したんでしょ、『これから戦う強敵がどんな奴か知りたい』って。……覚悟を決めなさい」

 

スミレが発破を掛けたことで男は溜息を吐き、頭をポリポリと掻いた後、立ち上がった。

男はサングラスを外しながらキラ達に語りかける。漆黒のガラスに隠されていたその先には、キラ達の想像していた通りの飄々としたまなざしがあり、そして。

───徐々に湧き上がろうとする燃える闘志が映っていた。

 

「ありがとう、話に付き合ってくれて。君達が勇敢で、確固たる信念を持って戦っているということがよく分かった。本当は君達のような若者と戦いたくないし、手製のコーヒーをごちそうしたいくらいだよ」

 

だが。

 

「確固たる信念……いや、そこまで大層なものではないか。譲れない物というのは我々にもある。次に会う時が君達の最後だと予告しておこう」

 

「───っ!」

 

ここにきて、ヒルデガルダはようやく理解した。

自分が今まで軽やかに談笑していた相手は、飄々とした男とその部下であるスミレは。

紛う事なき、『敵』なのだと。

 

 

 

 

 

「……自己紹介をしていなかったね。僕はZAFT地上軍第11戦闘大隊長、アンドリュー・バルトフェルド。『砂漠の虎』……なんて呼ばれてるらしいね」

 

 

 

 

 

「あなたが……『砂漠の虎』」

 

まさか、ここ最近苦しめ続けられてきた”アークエンジェル”隊の宿敵と呼べる男が目の前にいるとは。

キラは油断なく、いつでも懐の拳銃を抜けるよう備えたが、男はクルリと背を翻し、立ち去っていく。

スミレもそれに付き従って去ろうとするが、立ち止まってヒルデガルダの方を向く。

 

「……こないだとはまるで違うわね。不調だった?」

 

「何を……」

 

「無謀にこのあたしの”フェンリル”に飛びかかってきた時とはまるで違うのが分かるってことよ。

あたしはスミレ・ヒラサカ。『深緑の巨狼』の方がわかりやすい?」

 

先ほどと比べれば度合いは落ちるが、キラ達は再び衝撃を受けた。

特にキラは、目の前の女性が駆る戦車の一撃で意識不明にまで追い込まれたこともあるのだ。あの一撃によるショックは忘れようとしても忘れられない。

 

「今度はマジで潰しに行く。あんたが()()()()じゃないっていうなら、証明してみなさい」

 

「っ……!」

 

それだけ言い残し、スミレはバルトフェルドの後を追って去っていく。その背を撃とうとすれば出来たかもしれないが、マモリに鍛えられたとはいえ1ヶ月のにわか仕込みでしかないキラには反撃を喰らうビジョンしか思い浮かばなかった。

それ以上に、「撃ちたくない」という思いがあった。

残された2人はしばし立ち尽くし、やがてヒルデガルダが口を開いた。

 

「ねえ、キラ君」

 

「……なんですか、ヒルダさん」

 

「あたしさ、色々と迷走して、キラ君に励まされて、また一からスタートだって思ってたのよ」

 

ヒルデガルダは拳を固く握りしめながらキラに話す。

その目の奥には、先ほどのバルトフェルドのものに勝るとも劣らない闘志が燃えさかっていた。

 

「スタートして最初の目標、さっそく見つけたわ」

 

「それは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしは……あいつに勝ちたい。勝って、前に進む!」

 

ヒルデガルダの誓いが、たしかに青空の下に響いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

ヒルデガルダが打倒スミレを誓ったその時、キラ達とは別行動で物資を調達していたノイマン達の元に奇妙な来訪があった。

彼らの邂逅が何を意味するのか、それを知る者は今このとき、誰一人としていなかったのである。

 

「いやー、どうもどうも。自分、ヘク・ドゥリンダと言います。こっちは由良 香雅里(ゆら かがり)。早速でなんですけど……保護してもらえませんかね?」

 

運命の渦が、廻り始めた。。




はい……認めます。
時間的余裕と一緒にやる気も減退しています。
なので次回はマウス隊回です。

今回、以前に開催した『オリジナルキャラクター募集』で集まった案の中から先行登場させていただきました。
「車椅子ニート(レモン)」様からのリクエストで、「ヘク・ドゥリンダ」です!
素敵なリクエスト、感謝します!
そして彼が何故アフリカにいるのか、彼が伴う由良香雅里とは何者なのか()、それについては……近日番外編で更新する予定の「プライベート・アスハ」で語られます!
気長にお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第95話「オペレーション・チェンジ・ゲッター」

息抜きということで、マウス隊回です。


『創らせろ』

 

「っ……!」

 

ユージ・ムラマツは複数の白衣を着た研究員達に詰め寄られていた。

研究員達はそれぞれ、「ストライキ、ナウ!」「個性を大事に」「早乙女研究所に移籍しても良いのか」と書かれたプラカードを持っている。

 

「変態技術者達って何時もそうですね……! 中間管理職のことなんだと思ってるんですか!?」

 

なぜユージがこのような、ネットでよく見かける青年向け漫画のバナー広告のような台詞を口走る事態に追い込まれているのか。

事の発端は30分ほど前に遡る……。

 

 

 

 

 

4/17

『セフィロト』 第4格納庫

 

「これで言うのは何度目になることやら、どこでどんな因果が絡むか分からんものだな」

 

「どこかの誰かさんが絡まれたがりですからね、仕方有りません」

 

暗に「この隊に持ち込まれるトラブルって結構お前絡みのことあるぞ」とマヤに揶揄され、ユージは肩を落とす。

彼らの目の前には、2機の暗灰色のMSが佇んでいた。

 

 

 

イージスガンダム

移動:7

索敵:A

限界:180%

耐久:300

運動:33

シールド装備

PS装甲

 

武装

ビームライフル:130 命中 75

バルカン:30 命中 50

ビームサーベル:180 命中 75

 

 

 

ブリッツガンダム

移動:7

索敵:C

限界:175%

耐久:240

運動:30

シールド装備

PS装甲

ミラージュコロイド・ステルスシステム

(攻撃時命中率に+20%、回避時回避率に+20%)

 

武装

ビームライフル:130 命中 70

ランサーダート:100 命中 50

グレイプニール:80 命中 50

ビームサーベル:180 命中 70

 

 

 

”イージス”、そして”ブリッツ”。本来は連合軍から失われてしまった2機の『ガンダム』。

この世界においても片や強奪、片や奪取を防ぐために自爆と一時的に失われてしまったこれらのMSだが、”イージス”はクライン派の手によって返却、“ブリッツ”は”アークエンジェル”が持ち帰ってきたデータを基に再建造という形で連合軍の元に戻ってきたのだった。

 

「しかし、この2機を我々に実戦テストさせるとは……上は俺達を便利屋扱いでもしているのか?」

 

そう、現在ユージを悩ませているものは、これらの2機のテストが自分達に任されたということであった。

開戦当初は自分達しかいなかったMS実験部隊も、今ではそこそこの数が存在している。『三月禍戦』の折に強奪された”ストライク”も、テストを行なうことになっていたのは”マウス隊”以外の部隊。

にも関わらず、なぜ自分達にばかりこういった曰く付きのMSを任せようとするのか、ということをユージは愚痴る。

 

「しょうがないことだと思いますよ。”イージス”も”ブリッツ”も、物が物ですから」

 

マヤが冷静に、書類に目を落としながら指摘する。

”イージス”は連合に協力的な組織を経由しているとはいえ、一時は敵に運用されていたMS。進んで運用したがる部隊はあるまい。

対する”ブリッツ”も、その身に秘めた技術が技術だった。

 

「『ミラージュコロイド・ステルスシステム』……理論と実機こそ既存のものでしたが、このレベルで完成されているのは驚愕しかありません。本体性能こそ”ダガー”の投入によって埋もれかけですが、このシステムがあるだけで一線級ですよ」

 

”ブリッツ”が完成する以前にも、”ジン戦術航空偵察タイプ”というZAFTの機体がこのシステムの搭載に成功しているが、それでも視認を不可能とする粒子(コロイド)の定着率に難を抱え、完全に停止していなければ透明な状態を維持出来ないというレベルの完成度だった。

しかし、”ブリッツ”は透明な状態で移動し、武装を運用することも可能なのだ。その気になれば、まったく無警戒な状態の敵艦に忍び寄って対艦装備を叩き込むことすら容易に行える。

無論、電力に難を抱えるために常時展開し続けることは出来ないという弱点こそあるが、それを補って余り有るメリットがある。

───この世界においては、余りにも危険過ぎる代物だった。

 

「万が一この技術がZAFTに渡っていれば、この戦争の結果を左右していたとしてもおかしくはありませんでしたよ。自爆装置が作動してホッとしています」

 

「そ、そうだな」

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでも」

 

当時”ブリッツ”の自爆装置はそれぞれ離れた場所にいる3人の責任者の持つセキュリティキーを同時に押し、そこからも厳重なロックを解除していかなければ即自爆するという堅牢なセキュリティが施されていたのだが、何を隠そう、そのように働きかけたのはユージ自身である。

ハルバートン経由で”ブリッツ”の情報が開示された時にユージはさも「ぱっと見た程度ですが」という雰囲気を醸し出しつつ提言したのだが、その結果が某主人公機(ウイングガンダム)も斯くやと言わんばかりの自爆というのは、なんとも言えない感情をユージに抱かせていた。

しかし、その御陰で出撃の度に「透明な敵機に近寄られて何が起きているかも分からず死ぬのではないか」という恐怖に襲われる危険が無くなったので、ユージは後悔しなかった。

 

「何はともあれ、責任重大ですよ。万が一この機体が奪われたら……」

 

「プレッシャーを掛けるな、頼むから」

 

「失礼しました。ですが、それだけ評価されているということですよ」

 

それはそうだろう。ユージはマヤの言葉に内心で同意する。

絶対に奪われたくない、でも実戦でのテストはしたい。

ならば、()()()()()()()()()()のが最適解だ。

 

「そろそろ、『実験部隊』の肩書きが外れるかもな」

 

「かもしれませんね。3人ものトップエースを抱える部隊を実験部隊の枠に押し込めておくのは損ですから。絶対最前線(地獄の一丁目)に放り込まれますよ。……でも」

 

マヤは言葉を区切り、周りの視線が自分達に向いていないことを確認した上でユージに寄りかかり、耳元に口を近づける。

 

「ちょっ」

 

「───それでも、導いてくれるんでしょう?」

 

アテにしてますよ。そう言い残すと、呆気に取られるユージを置いてマヤは格納庫の出口に向かっていってしまった。

ユージは、たとえこの戦争でZAFTに勝てても、マヤ・ノズウェルという女性に勝てる日は来ないのだろうな、と思いながらその背を追うのだった。

 

 

 

 

 

マヤに追いついて”マウス隊”のオフィスに向かう道中、ユージはある疑問について口にした。

 

「そういえば……あいつら、最近ヤケに静かだな」

 

「言われてみればたしかに……戦争も佳境にさしかかったことだし、ようやっと落ち着きを取り戻した、とかは……」

 

「あの連中に限ってそんなことがあると思うか? この間も元気に食堂でどこからか仕入れてきた『DX超合金アクエリオン』を片手にあーだこーだ言ってた連中だぞ」

 

ゲッター、もといスパロボ狂いの変態技術者達が、複雑な変形機構を持つ”イージス”という絶好のサンプル(おもちゃ)を見逃すわけはない。

そう考えていたからこそ、ユージは何時何処で彼らが暴走しても対応出来るように備えていた。

しかしユージの心労を嘲笑うがごとく彼らは静謐を保っており、一種の気味の悪さを創出しているのだった。

 

「そうね……私もちょっと疲れてたかもしれないわ。あいつらへの警戒を怠るなんて」

 

如何にも自分が変態技術者に振り回される側であると振る舞うマヤだったが、彼女も時々変態技術者の暴走に混ざっていることを知っているユージは、そうだな、と生返事を返すことしかできなかった。

しかし、何事も起きていないということは杞憂に他ならない。ユージがそう結論づけて歩いていると、ある人物の姿が目に映った。

目的地である”マウス隊”オフィス前に立ち尽くすその女性は、余らせた白衣の袖を振り回して退屈そうにしていたが、ユージ達の姿を目にすると胡乱げな笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「おやおや、隊長とノズウェル主任じゃないか。新しいサンプルの視察とやらは終わったのかい?」

 

「まあな。それよりお前こそどうしたパレルカ少尉」

 

女性の名前はアグネス・T・パレルカ。最近になって新しく”マウス隊”に配属されてきた女性研究員の彼女は、やはり”マウス隊”に相応しい変人だった。

彼女がこの部隊に配属された理由はただ1つ。───彼女を引き取る部隊がどこにも無かった、というだけである。

 

『驚異的な発展速度のMS開発技術、その恐竜的ともいえる進歩を前にしてはいずれパイロットがMSに追いつけなくなる』

 

そういった持論を持つ彼女はパイロットの能力を一時的に強化する薬品───いずれも人体に危険な成分は未使用───を開発していたのだが、その開発の過程で多くの失敗事例を生み出した。

酷い時には被験者の体の一部が発光するという謎の怪現象まで引き起こす薬品を作り出したアグネス。加えて彼女も軍の規律というものに無頓着な性格であることも相まって左遷。

回り回って”マウス隊”に転がり込んできたのだった。

 

「いや、それがね。先輩達が『準備があるから外に出ていろ』って言うんだよ」

 

「……」

 

顔に手を当てて天を仰ぐユージ。

何度目だろう、このパターン。

マヤが同情的にユージの肩に手を置く。これはユージを引き留めるためのものであった。抑えておかなければ、ユージは何処かへ走り去ってエナジードリンク片手に現実逃避を始めるのだということを彼女は知っていた。

 

「マヤぁ……」

 

「諦めなさい」

 

「はい……」

 

同情的に、しかしぐいと背中を押すマヤとそれを面白そうに見つめるアグネス。

二対の視線に見送られながら入室したオフィスの中は暗かった。

 

「……今度は、何が狙いだバカ共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勇気は~あるか、希望はあるか!?』

 

突如として灯ったスポットライトの光の先には、マイクを握りしめて熱唱するウィルソンの姿があった。

混乱するユージにたたみかけるように、新たなスポットライトが灯る。

 

『しん~じる、心にぃ~!』

 

その先に立っていたのは、右手にマイク、左手にドリルを携えたブローム(ブロントさん)

きっと今の自分の目は死んでいる、ユージが虚無的感覚に包まれていると、新たなスポットライトが灯る。

そこに立っていたのは変態技術者筆頭、アキラ・サオトメであった。

 

『明日の~た~めに、戦う~のならっ!』

 

そして、ついに部屋全体の灯がつく。

気付けばユージは、思い思いのプラカードを握りしめた研究員達に取り囲まれていた。

 

『いま~がそ~の、と、き、だっ!!!』

 

「───と、いうわけで!」

 

そうして、冒頭の場面に至る。

 

「……ここはいつも()()なのかい?」

 

「今日は特に酷いわね。まあ、よくあることよ」

 

ドアの外、マヤとアグネスの会話が、ユージには途方も無く遠く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ボイコットということですかな……?」

 

「隊長、口調が崩れてるぞ」

 

「誰のせいだと……!」

 

ユージは怒りにまかせて机を叩くが、それで事態が変化するわけもなかった。

変態技術者達の言い分をユージがかみ砕いてまとめたものは、以下の通りになる。

 

○最近の仕事はある物を使えるようにするというような作業ばかりで面白く無い。

○『三月禍戦』から立ち直り始めている今こそ、チャレンジャーとしての自分達を思い出すべきだ。

○てかゲッター創って良い?

 

どれもこれも軍人、というより良識ある社会人としてあるまじき発言だったが、ユージには彼らの言い分を一蹴することが出来ないでいた。

理由の1つは、『更なるMS技術の発展』が必要という認識がユージにはあること。

いずれ戦場に姿を現すかもしれない核動力MS、それに対抗するには最低でも後期GATシリーズ級の性能が欲しい。『原作』ではそれに加えて強化人間(ブーステッドマン)のパイロットがいてやっと対抗出来たのだから、備えはいくらでも欲しかった。

もう1つの理由、それは……。

 

(こいつらが拗ねたら部隊全体が崩壊するんだよなぁ……)

 

MSの大規模修理や強化パーツの調整、戦況に合わせた装備の設計と開発etc.。彼らの仕事は多岐に渡る。

もしも彼らが働くことをやめてしまった場合、たちまちに”マウス隊”は凡百の部隊以下にまでその力を落とし込んでしまう。

他の追随を許さない技術力と気性難を併せ持つ、そんな彼らをまとめ上げられているからこそ今の”マウス隊”があるのだった。

加えて、ユージがタチが悪いと考えている部分がもう1つある。

 

「で、計画は練ってあるんだろうな?」

 

「勿論だ!」

 

彼らは、自分の我が儘を通す時にはきっちりと相手が受け入れるだけの準備をしてから事を起こす。

時折それすら省いて行動することもあるが、致命的な事態は避けているあたりが周到で、ユージの胃を痛める要因となっていた。

 

「俺達はここまで、色々とゲッターを創るために思考錯誤していた。だが考えてみろ……無理だろ、少なくとも現時点では」

 

「今更っ!?」

 

うんうんと頷いている研究員達を見たユージは「本当はこいつら各分野のスペシャリストとかじゃなくて、迷い込んだバカが偶々傑作のアイデアを思いついてただけなんじゃないかな」と考え始めていた。

まさかあの意味不明な変形機構とよく分からないエネルギーを持ち、無機物なのに繭を作って地下深くに潜行したり勝手に火星に飛んでいくようなとんでもロボを本当に作り出そうとしていたのだろうか。

 

「ああ。俺達の今の技術力じゃあモーフィング変形の再現は無理だった……それは認めよう」

 

「”イーグルテスター”とかはどうなるんだ」

 

「あれは、まあ試作品ですよ。合体変形した時のモーションデータ作成に使えるかと思って。それと趣味です」

 

「そもそもゲッターロボに斬艦刀なんて持たせないだろ~? うっかりだな隊長も~」

 

「隊長も歩いて歩くと棒にぶつかり昇り出す、極めて稀でレアなこともあるものだと俺ぁ思う」

(訳:隊長がそんなうっかりをするなど、珍しいこともあるな)

 

「………………まあ、いいだろう」

 

趣味で創ってあの性能か、とユージは溜息を吐いた。

今更、エドワード・ハレルソンと”イーグルテスター”の組み合わせがどれだけZAFTにダメージを与えたのかを知らない人間はこの場にいない。

 

「その事実に、俺達は『DX超合金ゲッターロボ號』を弄っている時に気付いた。当初は深く絶望したよ、どう頑張っても、この戦争が終わるまでにゲッターを創ることは出来ない、と」

 

「だろうな」

 

戦争が終われば部隊は解散、豊満な予算と頼れる仲間達とは離ればなれとなり、今よりもゲッターロボ開発という目標の達成は困難になる。ユージには理解出来ないが、深く絶望するだけの理由にはなるのだろう。

しかし、そこでめげないのが変態技術者。絶望の中から新たな境地を見いだしたのだという。

 

「だから、俺達は目標を思い切って、断腸の思いで、奥歯が砕けるほど歯ぎしりしながらも、目標を切り替えることにした」

 

「未練ありまくりだな……」

 

「その結果が、これだ!」

 

ブロームとウィルソンが運んできたホワイトボードを、アキラが叩いて回転させる。

再び叩くことで回転を止めると、そこには『CG計画』と、デカデカと書かれていた。

 

「我々にはゲッターは無い、だが、『ガンダム』があるっ!!!」

 

「可能な限りゲッターロボのエッセンスを詰め込む……いわゆるゲッターナイズした新型『ガンダム』の開発計画を、我々は提案する」

 

ゲッターロボの開発を諦める代わりに、それっぽい『ガンダム』を全力で創る。それが、稀代の変態達が立てた究極の妥協点だった。

ユージはヴェイク(聖帝もどき)が高笑いしながらさりげなく渡してきたプレゼン用資料を流し見する。

最初は顔を顰めながら、段々と引きつった笑顔を浮かべながらユージは資料を読み進めた。

 

「……1つだけ、確認する」

 

「なんなりと」

 

()()()()()()?」

 

資料を流し見しただけではあるが、ユージは彼らの暴論を受け入れることを決めた。

もしもこのMS達が完成したなら、その時は。

───”マウス隊”は、誰もが異論を挟むことが出来ないほどの、『最強』の部隊になる。

それは連合だけの話ではなく、ZAFTを含めた上でだ。

 

「当然だ。俺達を誰だと思っている?」

 

「まあ、問題はまだまだ多いですが……なんとかなるでしょう」

 

迷い無く、出来ると言い切った。

ならば、彼らの上官になってしまった自分(ユージ)のやるべきことは1つ。すなわち、彼らの背を押し出すことである。

それも優しくなどはけっしてない、カタパルトで射出するかのような勢いで。

 

「条件がある。けして通常業務をおろそかにしないこと。これは当然だな」

 

「もちろんだ、隊長」

 

「きちんと、戦争が終わる前に完成させろ」

 

「ぶっちゃけると8割がた設計図が出来上がってるので、特に時間は気にならないな」

 

「この話は上に持っていくが、受け入れられなかった場合は諦めろ。いいな?」

 

「……………………………………ああっ!」

 

最後の問いに若干の間があったが、ユージはそれで納得することにした。

この変態技術者達は嘘を吐くことはしない。出会って1年も経っていないのに、ユージはそれが断言出来た。

 

(この際、自重は投げ捨てるべきということだな)

 

それは一種の諦め、あるいは悟りに近かった。

ユージはこれまで、癖のある部下達を制御しようと務めてきたが、それは間違いだった。

()()()()()()()()()()のが、最適解だったのだ。そして何より。

 

(こいつらは俺なんかが御せるような奴らじゃない。……もうどうにでもなれ)

 

「それでは諸君、最初の目標を発表といこうじゃないか!」

 

いつの間にか用意されていたプロジェクターが、壁に()()()の完成予想図らしきものが映し出していた。

 

 

 

 

 

「手始めに開発するのは、広域火力支援用MS強化装備”CG-03ユニット”だ! 少なくとも、”ゴンドワナ”攻略作戦までには間に合わせるぞっ!」

 

『応っ!』

 

「……まあ、ユージがいいならいいけど」

 

「くくくっ、退屈だけはしなさそうだねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、『CG計画』のCGって何の略なんだ?」

 

C・G(チェンジ・ゲッター)

 

「いや、やっぱり未練たらたらだろ」




伏線回、ということになるのでしょうか。
やっつけ感の残る話になりますが、とりあえず更新です。
予定では、次は番外編の更新になると思います。

誤字・記述ミス指摘は随時うけつけております。


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第96話「開戦の狼煙」

何ヶ月ぶりかの本編更新です。
本当にお待たせしました……。


4/23

”アークエンジェル” 小会議室

 

「さてと、諸君……早速でなんだが、解決した問題と新たに増えた問題について話し合っていこうじゃないか」

 

ミヤムラはその部屋に集ったメンバーを見回し、口を開いた。

誰もが複雑そうな表情を浮かべており、彼らにややこしい問題が襲いかかっているということが窺える。

 

「まず、タムラ料理長」

 

「はい。昼間の買い出しの御陰で、食糧の不足は解消出来ました。次に補給するタイミングまで、保つことでしょう」

 

これは吉報だ。

”アークエンジェル”は先の戦闘でモビルタンク”フェンリル”からの砲撃を受けた際に食糧庫に被害が及んでしまい、食糧不足に陥っていたために買い出しに出たのだが、これで問題無く任務を続行出来る。

もし調達に失敗していれば、船員は味気の無い非常糧食で空腹を満たすことになっていただろう。

 

「ふむ……では、フラガ少佐。ミスティル軍曹は、問題無く任務に出せる状態かね?」

 

「はい。彼女の精神状態は回復した、と自分は思います」

 

この買い出しに参加したヒルデガルダ・ミスティルも、戦闘中に歩兵を殺傷したことが原因でPTSD(トラウマ)を発症しかけていた。

その解消の意味も込めて、親しいキラ・ヤマトと共に外出させたのだが、何が契機となったかは分からないものの、無事に復調したということをムウは語った。

船医のフローレンス・ブラックウェルも、彼女自身が簡単にカウンセリングした結果としてムウに同調したことにより、(かね)てからの問題はあらかた解決したのだった。

しかし、それでも彼らの顔が晴れやかとは言いがたいのは、新たに飛び込んできた問題の内容が、それらとはまた違ったベクトルかつ複雑な事情を内包していたからである。

 

「『東アジアからの家出娘が実家に雇われた傭兵団と共に保護を求めてきた』……絶対、なんかありますよね」

 

ムウの言葉に、その場にいる全員が同意した。

彼らのリーダーらしいヘク・ドゥリンダと名乗った男とその部下達は、由良香雅里(ゆらかがり)という金髪の少女と共に、“アークエンジェル”隊が食糧調達を行なった町にて保護を求めてきたのだ。

娘を束縛しようとする両親と、それに反発して家出した娘。物語の題材としてなら一定以上の価値があるだろうが、現実の話としてそれにリアリティは全く感じられない。

なおかつ、家出先がよりにもよって激戦区でもあるアフリカ大陸という事実が、ミヤムラ達の疑惑を更に深めていた。

 

「しかし、彼達の持っていた身分証明書に()()()()()()()()()()。この艦は大西洋連邦のものであるが、同盟を結ぶ東アジア共和国の民間人ともなれば保護しなければ軋轢を生む。はてさて、どうしたものか……」

 

今は”アークエンジェル”のゲストルームに待たせているが、彼達の処遇をどうするかという結論は早くに出すべきだ。

ミヤムラ達が唸っていると、部屋の入口に備え付けられたパネルからブザー音が鳴った。

この部屋への入室を望む者がいるらしい。ナタルがパネルを操作すると、そのモニターに少年の顔が映し出される。

 

「ヤマト少尉か。今は会議中だが、急ぎの用か?」

 

<はっ。先ほど保護を申し出てきた一団について、1つ申し上げておくべきかと思いまして……>

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 食堂

 

「お、戻ってきた」

 

「お帰り、キラ」

 

「うん、ただいま」

 

キラは食堂で見知った友人達の姿を見つけると、彼らの近くに座った。

時刻は19時を過ぎ。兵士は明日以降あるいは夜間の仕事に備えて食事を済ませているべき時間にも関わらず、キラは会議室に一度向かってからこの場所に来た。

会議室にいる上官達に伝えておくべきことがあったからである。

 

「で、なんて言ってた?」

 

「それがさ、サイ……ミヤムラ司令が『ボーナスを期待しておきなさい』って」

 

「マジか!?」

 

先に食事を始めていたマイケルが驚きの声を挙げるが、その気持ちはキラも一緒であった。

 

「ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言っただけなんだけど……」

 

そう、キラは既に、町で保護を申し出てきた由良香雅里なる少女と出会っていたのだ。

それも町ですれ違ったなどという程度ではない。むしろ、忘れようと思っても忘れられないだろう。

彼女とは『ヘリオポリス』が崩壊したその日に出会い、意図せぬ形で別れたのだから。

 

「どんな風に会ったの?」

 

「えっと、『ヘリオポリス』が崩壊した時に、僕達の所属してたゼミの教授を訪ねてきたお客さんがいて、それがあの子だったんです。サイにトールも、覚えてるだろ?」

 

「……あっ、そういえば!」

 

「あの日は色々ありすぎて、中々思い出せないこともあるんだよな……」

 

ヒルデガルダからの質問に答えると、キラと同じゼミに所属しており、その日も同じ場所にいたサイとトールも思い出す。

たしかに、帽子を目深に被った少年が1人、ゼミのカトウ教授の元を尋ねてきていた。

あの頃は少年だと思っていたが、キラの言うことが本当ならば少女だったのだろう。

キラは更に話を続ける。

 

「あの日、ZAFTが攻めてきて僕達も逃げようってことになったんですけど、あの子が1人で工廠エリアの方に行っちゃって、それを追いかけたんですよ」

 

「うわ、無茶するねキラ君」

 

「そうですね、でも、心配で……。その先で、”ストライク”や”イージス”、そしてそこで戦うラミアス艦長達と会ったんですよ」

 

思い返せば、随分と危険なことをしていた。

見ず知らずの少女のことなど放っておいて、友人達とシェルターに向かう選択肢もあった筈だった。

しかし、それでもキラは、少女を追うことを選んだ。

少女が心配だったというのは本当だ。しかし、今にして思うと、誰かが自分の背を押していたような気もしてくる。

『追え、そして巡り会え』と。

そしてキラは、そこで(ガンダム)と出会ったのだ。

 

「聞けば聞くほど、とんでもない人生歩いてんなお前……辛くなったら言えよ?話なら聞くぜ。まあ、聞くだけで終わるだろうがな!」

 

「なっさけな……そこは流石に『力になってやる』くらい言ってみせなさいよ」

 

「うっせぇ」

 

そのまま口論を始めるマイケルとヒルデガルダ。

キラはそれを見て、少しだけ口元をつり上げる。ああ、いつも通りの光景が戻ってきた、と。

あの日(ヘリオポリス)から、色々なことが起きた。

親友との望まぬ形での再会。

頼れる大人達との出会い。

差別的なナチュラルから向けられた敵意。

恩師から授けられた様々な知恵と力。

そして、友と思っていた、否、今でも友と信じている少女の裏切り。

それらは時にキラを支え、時にキラを傷つけた。それでもキラは、自分が幸福だと確信を持って言える。

だって、彼らと出会えたのだから。

 

「……」

 

1つだけ気がかりなのは、一団の端の方で会話に混ざらずに黙々と食事を続けるスノウ・バアルのことだ。

彼女が無愛想なのは別に何時ものことだが、最近はそれに加えて体調も悪そうに見える時があるのだ。それも、日に日に頻度が増している気がしている。

心配になって声を掛けても「問題無い」の一言で会話を終わらせてしまうため、それ以上は聞こうにも聞けなくなってしまう。

 

「……ジロジロと食事中の他人の顔を見るのが趣味か、お前は?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて」

 

「ふん……何を考えているか少しは分かるが、私は問題無い」

 

そう言って、スノウは食事に戻る。

最近は話を振れば会話をするようになったスノウだが、それでも決定的な部分には踏み入らせないようにしているとキラは感じていた。

 

(もっと、頼って欲しいんだけどな)

 

ともかく、今は解決出来るようなことではない。

ならば、()()()()()()()()について考えなくては。

 

 

 

 

 

4/25

中部アフリカ コンゴ民主共和国 チセケディ刑務所

 

どうして、自分はこのようなところにいるのだろうか。若いZAFT兵は戦闘ヘリ”アジャイル”の整備をしながら考える。

ここはチセケディ刑務所。15年ほど前に発生した()()()()が切掛となって設立された、新しい刑務所だ。

その事件とは、従来のワクチンを無効化するS2型インフルエンザの流行と、それがジョージ・グレン暗殺に対するコーディネイターの報復であるという噂で発生したコーディネイター排斥運動である。

元から紛争行為が頻発していたアフリカ大陸で、更にこのような事件で犯罪者が大幅に増加してしまい、新しく作られたのがこの場所だ。

しかし、今は刑務所としてではなく、ZAFTが獲得した連合軍の捕虜を収監しておくための場所となっている。

本来であればきちんとした収容所に収監するべきなのだが、ZAFTが地上侵攻を開始してから1年ほどしか経っていないために収容所を用意出来なかったのである。

加えて、収容所建設に投入する人材も、資源も存在していなかったことは語るまでも無い。

 

「帰れんのかな、俺……」

 

配電盤の蓋を閉めながら、彼はぽつりと呟いた。

いまやZAFTアフリカ方面軍はほとんどが中央アフリカから撤退しており、残されているのは重要度の低い任務に就いている者達ばかり。

ただでさえ戦争に人材を投入して産業に影響が出ているZAFTでは、捕虜やその収容所の維持費などは余計な負担でしかない。戦争が激化している今では尚更である。

だから、捨てる。

この基地でも明日には撤退が行えるよう準備が進められており、彼もその時に備えて準備を進めているのだ。

もっとも撤退先は、現在連合軍が反攻作戦を計画しているナイロビだ。安全などとは程遠い。

自分もMSに乗ってナチュラルと戦い、国を守るのだと意気込んでみたところで、結局は自分よりも優秀な人間にその枠は奪われ、今はこうして見捨てられた場所で逃げ出す準備をしている。

情けないとか恥ずかしいといった気持ちを超越し、虚無的感情に沈むZAFT兵。

彼のやる気を削ぐ物は他にもある。

 

「貴様、なんだその態度は!」

 

耳障りな金切り声が、”アジャイル”やバギーを停めている一帯に響き渡る。

声の主は、この基地のMS隊で唯一”ゲイツ”を駆るMS隊の隊長。

しかし、この基地で彼のことを慕う人間は1人もいなかった。

 

「態度って、撤退準備を手伝ってくださいって言っただけですけど!?」

 

「お、俺は作業の監督という大事な仕事があるんだ!そんなことに時間を割けるか!」

 

このように傲慢かつ幼稚な思考を晒すことを憚らない彼だが、”ゲイツ”を受領しているだけあって実力はある……ということもなかった。

彼自身は激戦をくぐり抜けてきたベテランを自称しているが、実際は味方の影に隠れて戦いをやり過ごしてきただけだということを会話した全員が察している。

本当に誇れる戦果を挙げているなら、あんな風に怯えた態度を常に取るわけがないからだ。

そもそも、ああいう人間が隊長に配置されている時点でこの場所に向ける関心などは無かったのだろう。

最初から、無関心。泣いて気分が晴れるタイミングはとっくに逸した。

 

(まあ、それも明日までだ)

 

たとえ撤退する場所が激戦区だろうと、このままこの場所で腐っていくよりはマシだ。

出来るなら兵士として勇敢に戦いたいし、更に言うなら生きて帰りたい。

気持ちを切り替えて整備を再開しようとしたその時、基地内にサイレンが響き渡った。

 

「なんだ、何が起きた!」

 

MS隊長が狼狽した声で周りを見渡していると、アナウンスが響く。

それは、今、刑務所内のZAFT兵がもっとも聞きたくない報せだった。

 

<敵襲、敵襲!東方よりこちらに向かってくる飛行体あり!報告にあった、”アークエンジェル”級と思われる!ただちに戦闘配置に移行せよ!>

 

どうやら、若いZAFT兵のささやかな望みは叶いそうになかった。

 

 

 

 

 

カップ(CIC)よりMS隊各機へ!本作戦の目的は『捕虜の奪還』です!こちらから許可があるまでは攻撃は控えてください!>

 

『了解!』

 

”アークエンジェル”より出撃したMS隊は地面に着地すると、そのままゆっくりと目的地であるチセケディ刑務所に前進し始めた。

本来、速攻を得意とする彼らが一見して悠長に見えるペースで前進しているのは、CICのリサ・ハミルトンが言ったとおり、刑務所に被害を出す事を避けるためである。

下手に何時も通り攻撃すれば、救出する対象がいなくなってしまう(刑務所ごと捕虜が吹き飛ぶ)のだ。

それに、敵を刺激して下手な行動に移られるのも困る。

 

<へっへっへ、俺のマグナムが火を噴くぜ!なーんてな>

 

マイケルが意気揚々と愛機である”ダガー”に掲げさせたのは、MS用大型自動拳銃『クトゥグア』。装弾数7発の大口径拳銃である。

本来は“マウス隊”に配備されている”アストレイ・ヒドゥンフレーム”が装備するものだが、大抵のMSの装甲を一撃で破壊可能な威力を備えていること、そしてマシンガンやアサルトライフルと違って弾丸がばらまかれるということがなく、今回のように周辺への被害を抑えたい任務での有用性が見込まれて量産されたのだ。

ちなみに、同じく”ヒドゥンフレーム”が装備するリボルバー式拳銃『イタクァ』の方は、リボルバーという特異な形状が忌避されて量産は見送られている。

 

「はあ、いいなぁ……」

 

それを見ながら、キラは”ストライク”のコクピットで溜息を吐く。

彼が駆る”ストライク”の背中には現在ストライカーが装着されておらず、代わりに、長大な大剣をその手に持っていた。

これこそが、今回キラが”ストライク”で評価試験を行なうように命じられた大型実体剣、XM404『グランドスラム』である。

『ヘリオポリス』崩壊と共にデータと実物が失われてしまったこの武器だが、”マウス隊”の手で復元され、今はこうして”ストライク”の元にあった。

キラが不満をこぼしているのは、「何故アーマーシュナイダーで十分な代物を今更試験させるのか」ということに起因している。

性能はある程度保証されているとはいえ、出番を増やすためにビームライフルは愚か、『クトゥグア』も装備させてくれないのはどういう了見か。

 

『いやー、すみませんねヤマト少尉。ブロントさんがどうしても試験して欲しいって言って聞かなくて』

 

出撃前のミーティングでアリアがそんなことを言っていたが、宇宙に再び上がった時はその『ブロントさん』の胸ぐらくらい掴んでもいいかもしれない。キラはそう思った。

そのようなことを考えていると、MS隊はいつの間にか、刑務所のすぐ近くに到着していた。

刑務所の防衛部隊は、”ゲイツ”が1機に”ジン・オーカー”が3機と貧弱極まっており、本来の”アークエンジェル”隊であれば1分もあれば殲滅可能なほどである。

どうやら、中央アフリカからZAFTが殆ど撤退しているというのは事実らしかった。

 

<我々は地球連合軍所属、”第31独立遊撃部隊”だ。チセケディ刑務所のZAFT諸君、直ちに武装を解除し投降したまえ>

 

ミヤムラが呼びかけるが、刑務所側から帰ってくる反応は無い。

無視を決め込んでいるのか、それとも対応に迷っているのかは分からないが、”アークエンジェル”側もそう時間に余裕があるわけではない。

キラは”ストライク”に『グランドスラム』を構えさせ、ジリジリと近寄っていく。こちらに引く意思がない、ということを知らしめるためである。

すると、ここで動きがあった。

”ゲイツ”がレーザー重斬刀を抜き放ち、”ストライク”に向かってきたのだ。

その動きはお世辞にも巧いとは言えず、「近接戦のマニュアルに従っています」と評するべきものだった。

イスルギ教官が見たら激怒するだろうと考えながら、キラは通信回線を開く。

 

「こちら”第31独立遊撃部隊”所属、”ストライク”です。抵抗は止めて、投降してください」

 

<うううう、うるさい!我々はZAFT軍だ!貴様らナチュラルなんぞに!>

 

恐怖で冷静さを失っているのかは知らないが、そんな物に付き合う気はキラにはなかった。

 

「もう一度言います、投降してください。さもなくば───」

 

<わぁぁぁぁぁぁぁっ!あああああああああっ!>

 

話にならない。キラは攻撃とも言えない攻撃を易々と避けながら、周囲の反応を窺った。

どうやら恐慌状態にあるのは目の前の”ゲイツ”のパイロットだけで、他はまだ冷静に考えられるらしく、キラ達に銃を向けながらも迂闊な行動は避けるようにしているのが見えた。

ならば、目の前の”ゲイツ”さえ止めればそのまま事態を収拾出来るだろうか。

 

「こちらソード1、応戦の許可を求む」

 

<こちらカップ、反撃を認める。ただし、機体を爆発させることは避けるように>

 

「了解!」

 

 

 

 

 

<ヒルダ、あいつ(キラ)の動き、見てるか?>

 

「え?」

 

キラと敵機の戦闘───と言うには稚拙だが───を見守っていたヒルデガルダは、不意にムウから声を掛けられる。

たしかに、何が起きてもフォロー出来るように注意していたが、それがどうしたのだろうか。

 

<お前、よくソードストライカー使うだろ。だったら、あいつの立ち回りは参考になる筈だ>

 

「……了解」

 

たしかに、今の”ストライク”はストライカーを装備せずに『グランドスラム』のみを装備しているなど、ソードストライカーに近い状態だ。参考に出来るところはあるだろう。

周囲への気を配りながらも、ヒルデガルダは”ストライク”の動きを観察する。

敵の振り回すレーザー重斬刀を最低限の挙動で躱し続ける”ストライク”。”ゲイツ”が焦れて、剣を振りかぶったその時である。

”ストライク”は一切の澱みなく、敵機の胴体に『グランドスラム』を突き入れた。

刺された”ゲイツ”は一瞬固まったかと思うと、ダラリと腕を下ろして沈黙する。爆発は、起きなかった。

敵機の隙を見逃さず、最大の一撃を叩き込む。それこそがソードストライカー、対艦刀の扱い方なのだということをヒルデガルダは理解した。

 

「流石に、全部真似しろって言われても無理だけどさ」

 

剣を引き抜く”ストライク”の姿を見つめていると、事態は一気に動く。

動かずに控えていた“ジン・オーカー”が、刑務所に対してライフルを向けたのだ。

 

<う、動くな!捕虜がどうなっても───>

 

<いいわけないだろう……!>

 

”ジン・オーカー”のパイロットは、何が起きたかを理解する間もなくこの世を去った。

MS隊に続いてこの基地に接近してきていた”アークエンジェル”、その甲板上にて狙撃体勢を取っていたベントの狙撃が、コクピットを直撃したのだった。

傑作狙撃銃『バレットM82』をMSサイズに大型化させたようなその実弾狙撃銃も『クトゥグア』と同じく、周辺への被害を抑えるために開発・装備されたものだが、一撃の威力はMSの装甲を貫通して余りある。

また1人、他人の命を奪ったことに震えるベント。しかし、操縦桿から手を放すことはせず、次の標的に照準を移す。

彼は出撃する前に、町から帰還して何かが吹っ切れたヒルデガルダからこのように言われていた。

 

『マイケルはああ見えて遠慮しがちなところあるけど、あたしは違うわ。ハッキリ言うわよベント、選びなさい。殺すか、殺されるかよ』

 

衛星軌道上で”ナスカ”級を落とした時から自分が殺人に迷い始めていることを、付き合いの長いヒルデガルダは気付いていた。

訓練生時代からの付き合いだから気付いて当然と言えば当然なのだが、それでもヒルデガルダが何も言わずにいてくれたのは、自分が立ち直る筈だと信じていてくれたからなのだ。

しかし、事ここに至ってそんな時間は残されていないのだという現実を、彼女は突きつける。

 

「甘えていたんだな、僕……」

 

誰かが言わなければならなかったことを、ヒルデガルダは言ってくれた。

”バルトフェルド隊”を始めとして、おそらくここから先は激戦が続いていくだろう。そんな中で迷い続けている自分に背中を預けたいと思う人間が何処にいる?

自分の意思を尊重して静観してくれたマイケルと、損な役割を買ってくれたヒルデガルダ。そして、自分の射撃に信を置いてくれているキラ達。

彼らの命と、見ず知らずの敵の命。天秤に掛けるまでもない。

殺さずに済む選択肢など、軍に入隊した時点でなくなっていたのだ。

 

「こんな戦争、早く終わらせないとな……」

 

その後、チセケディ刑務所の制圧は滞りなく行なわれた。

絶対エースの”ストライク”に加えて高性能量産機”ダガー”の小隊、それに加えて狙撃手までいるのでは、残った”ジン・オーカー”2機では何をしたところで意味は無い。

斯くして”アークエンジェル”隊は刑務所内に残されていた63人の捕虜の奪還と共に、基地内のZAFT兵47人を捕虜とすることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「モーリッツ・ヴィンダルアルム中尉!いらっしゃいませんかー!?」

 

騒々しい格納庫内をアリアは歩いて回り、ある人物を探す。

格納庫内は解放された元捕虜の連合軍人と、”アークエンジェル”隊が捕虜とし、今は拘束して独房の部屋割りが決まるのを待つZAFT兵でごった返しており、身長の低い彼女には人一人を探すのも苦労であったが、声を聞きつけてある男性兵士が彼女の前に姿を現す。

 

「自分が、モーリッツだ。どうかしたかい?」

 

「ああ、探しましたよ中尉。アリア・トラスト少尉です、”マウス隊”のMS技術者ですが、今は”アークエンジェル”隊に出向しています」

 

差し出された手を戸惑いながら握り返し、モーリッツは疑問をぶつける。

どういった理由で自分を探していたのか、と。

 

「”第14機甲小隊”、いや、今は”第14機甲戦隊”の皆さんから貴方に贈り物です。『戻ったらすぐに戦線に復帰してもらう、それまでにこいつに触っておけ』だそうです」

 

「贈り物……?」

 

「まったく、ちょうど良いから()()()も載せていけなんて軽々しく補給のついでに置いていくようなものでもないでしょうに……」

 

彼女に導かれて向かった先は、格納庫の中でも後部搬入口に面したスペース。

本来は資材の搬入やMS隊の緊急着艦に使われるスペースとして使われるその場所に鎮座するある物を見て、モーリッツは目を見開いた。

 

「おお……これは……!」

 

所々戦車と言うにも、いささか大きすぎた。

記憶と違う箇所もあるが、見間違える筈も無い。自分は2ヶ月前の『第二次ビクトリア基地攻防戦』において、『彼』と共に戦ったのだから。

───それは、戦車というにも些か大きすぎた。

ごつくて、重そうで、風格があった。

それは正に、『陸の王者』と呼ぶに相応しい威容を称えていた。

 

「”ノイエ・ラーテ”……!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦橋

 

「……」

 

任務を達成し、捕虜も獲得。あとは、目的の連合軍基地に向かっていくだけ。

にも関わらず”アークエンジェル”の艦橋は、奇妙な沈黙が支配していた。

そこにあるのは達成感などではなく、まるで嵐がすぐそこまで迫ってきているかのような緊張感だった。

 

「……静か、ですね」

 

CICのサイがポツリと呟く。だが、その言葉に頷く者はいなかった。

誰もがこの緊張の正体について、無意識下で結論を下していたからだ。

『彼ら』が仕掛けてくるとすれば、今しかないと。

そして、その予想はすぐさま現実のものとなった。

 

「───レ-ダーに感あり!前方に大型艦の反応!これは……”レセップス”です!」

 

「っ、やはり……!」

 

そして、彼らは来た。

大天使の翼をもぎ取り、その首に食らいつくために。

 

「回頭、面舵20!振り切───」

 

「右舷に反応!いや、左舷にも……!」

 

「嘘でしょ……どこに隠れてたワケ!?完全に包囲され掛かってるじゃん!」

 

マリューはすぐさま”アークエンジェル”の進行方向を変えて戦闘を避けようとしたが、その直後に敵の出現が告げられる。

しかし敵はそれを見越して左右に陸上駆逐艦”ピートリー”級を配置していたのだ。

方向転換して一度逆方向への逃走を彼女が考えた瞬間、艦が大きく揺れる。

 

「どうした!?」

 

「後方より砲撃!これは……”フェンリル”です!しかも、2()()!?」

 

これで、”アークエンジェル”の逃げ道は全て塞がれた。

戦艦クラスの主砲を持つ”フェンリル”をわざわざ2両も用意するとは、どうやら彼らは自分達を高く評価しているようだ。マリューは苦々しく顔を歪め、指示を出す。

 

「───総員、第一種戦闘配置!我々はこれより、”バルトフェルド隊”との戦闘に突入する!」

 

『大天使』と『虎』。

敵対する二軍、その最高峰に位置する二隊による激闘の火蓋が今、切って落とされた。




繰り返し、お詫び申し上げます。
長い間、大変お待たせいたしました……!
これからは週一更新ペースに戻していくように努力いたします。
次回更新は一週間後の2月4日を予定しています。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

P.S 活動報告を更新しました。


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第97話「砂漠の虎達」前編

お待たせしました。
”バルトフェルド隊”戦、ついに開幕です。


4/25

”アークエンジェル” 女性用トイレ

 

洗面台で手を洗いながら、由良香雅里───否、カガリ・ユラ・アスハは虚ろな視線を鏡の中の自分に向ける。

鏡の中の自分からは生気というものが失われており、夜に出会えば大抵の人間は少なからず怯えるだろう。

しかし、そんな見るも無惨な自身の有様を見ても、カガリは力無く笑うことしか出来なかった。

 

「ははは……情けないなぁ……」

 

もしも自分がもう1人いれば、全力でそいつと殴り合っただろうし、殴られることを許容しただろう。それほどまでに、カガリは自己嫌悪していた。

冷静になってみれば、たしかに『明けの砂漠』にいた頃の自分は冷静さを失っていた。

僅かばかり支援した程度で自分を持ち上げてくれる彼らの中で、歪んだ自尊心を育てていた。怪しい男の口車に乗ってでも手に入れたMSを、一時の感情で台無しにした。

『全部、お前(カガリ)のせいだ』。ヘクの言葉は、残酷なまでに正論だった。

オーブからこのアフリカまで迎えに来てくれた彼の言葉に耳を貸さず、自分の立場を深く考えもしなかった。ヘクが助けてくれなければ、自分は今頃あの世に旅立っていただろう。

誰かの助けが無ければ生きていけない小娘が、何を為すと言うのか。

挙げ句の果てに、東アジア共和国民のフリをして連合軍艦に乗り込む始末。今もトイレの外には、監視役の女性軍人が控えている。

 

「惨めだ……」

 

うなだれるカガリ。

そんな彼女の耳に、甲高い音が鳴り響く。

カガリはあずかり知らぬことだったが、これは”アークエンジェル”において敵襲を表すものだった。

 

「申し訳ありません、ただちに部屋にお戻りいただけますか」

 

「あ、ああ……」

 

女性軍人に連れられて、用意された部屋まで戻ろうとするカガリ。

その道中、彼女は慌ただしく艦内を駆ける兵士達の声を聞いた。

 

「おい、マジかよ!?」

 

「こんなことふざけて言えるか!」

 

「ちくしょう、なんつータイミングで仕掛けてきやがる『砂漠の虎』め……!」

 

ドキリ、とカガリの心臓が跳ね上がる。

彼はたしかに『砂漠の虎』と言った。そしてこの警報と艦内の雰囲気とくれば、考えられるのは1つだけ。

 

(あいつらが、攻撃してきている───!?)

 

かつて『明けの砂漠』が戦い───実際には、道ばたの石ころ程度にしか考えていなかった、憎き『砂漠の虎』が、今この艦に襲いかかろうとしているのだ。

復讐の炎が彼女の精神に灯ろうとしていた。

この艦は連合軍の、おそらく新型艦だ。ならば武器は豊富にあるだろう。

せめて一太刀でも、そう考えるカガリ。

 

『───また、全てを台無しにするのか?』

 

燃え上がる憎悪の炎に、冷水が掛けられた。

今、自分は何を考えていた?カガリの動悸が激しくなっていく。

 

『今度は誰を犠牲にして、自分のツケを支払うつもりなんだよ、え?なあ、お姫様』

 

この場にいない筈のヘクが、たしかに自分(カガリ)を責め立てる。

上手く呼吸が出来ない。足がふらつく。前を歩いていた女性兵士がカガリの異常に気がつくが、カガリの耳に心配の声は届かない。

見下ろしたその手に、血が滴っている。拭っても拭っても、何処からか溢れてくる。

 

『なぁ、カガリ……』

 

いつの間にか、ヘクの声はまったく別の誰かに変わっていた。

その声を聞き違える筈がない。なぜなら、その声の主を死地に誘ったのは、紛う事なくカガリなのだから。

母親思いの青年、アフメドを、殺したのは───。

 

『次は、何人の()()を殺すつもりなんだ』

 

「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!?」

 

その後、カガリは過呼吸を引き起こし、女性兵士に担がれる形で船医室に連れられていった。

フローレンスは極度のPTSD(トラウマ)によるパニック症状と判断してカガリを落ち着かせるために手を尽くすが、この後しばらく、カガリは自らが生み出した幻聴に苛まされるのだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「おい、どうなってんだ!?」

 

「何がだ!?」

 

MS隊の発進準備が進む中、ある男が近くを歩いていたマードックを呼び止める。

男は先ほどチセケディ刑務所から解放された連合軍兵士だったが、怒り半分、疑念半分といった剣幕で()()()を指差す。

 

「”スカイグラスパー”だよ!なんで片方だけしか発進準備を進めない!?」

 

「ありゃ予備機だ!パイロットがいねぇんだよ!」

 

マードックの言うとおり、”アークエンジェル”には2機の”スカイグラスパー”が配備されているものの、片方にはパイロットがいなかった。

三月禍戦(マッチ・ディザスター)』の折にパイロットが負傷してしまったこと、その後新たに”アークエンジェル”にパイロットを配属させる余裕が無かったことで予備機となっていたのだった。

地上に降りてしばらくはMS隊の支援だけでも十分に役割を果たせていたのだが、先の山間における”バルトフェルド隊”の襲撃によって、”アークエンジェル”の航空戦力の手薄さは表面化してしまっている。

弱点と分かっている物をつつかない程、甘い相手ではない。

 

「なんだ、そんなことか。ブリッジに通信するにはどうしたらいい?」

 

「はぁ?」

 

「パイロットがいないのが問題なんだろ?だったら問題ない。───ここにいるからな」

 

そう言って男は、自らを指差した。

 

「”第3航空試験隊”、通称『グラスパーズ』のイーサン・ブレイク中尉だ。ヘマやって一度落ちちまったが、この艦の中じゃ一番マシだと思うぜ?」

 

 

 

 

 

<───と、いうわけでブレイク中尉には緊急措置として”スカイグラスパー”の2号機に乗ってもらうことにした>

 

<よろしく頼むぜ!>

 

<そりゃ有り難いですけど……>

 

ミヤムラから伝えられる言葉に、愛機のコクピットでムウ達は頼もしさと同時に一抹の不安を覚えていた。

たしかに万全の準備で挑んで来ているであろう”バルトフェルド隊”相手に、手薄な航空戦力を補ってくれるイーサンの参戦は心強い。

だが、一度撃墜された人間という情報がどうにも引っかかるのだ。

 

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

<心配は無用さ、隊長さん。落ちたっつっても、ありゃ事故みたいなもんだ>

 

「いや、俺が聞いたのはブランクの話なんだが」

 

聞いたところによると、彼はかつて『第2次ビクトリア攻防戦』の最中に新兵の騎乗した”スピアヘッド”と翼が接触し、墜落した乗機から緊急脱出したところを捕虜にされてしまったのだという。

 

<それと、ブランクだったか?───なおさら心配無用だ、俺は”スカイグラスパー”が開発さ(生ま)れたてのころから乗ってたんだぜ?たった2ヶ月、ブランクにもなりゃしねぇ>

 

自信満々に言うイーサン。

ムウは結局、彼の言うことを信用することにした。というより、信用せざるを得なかった。

たとえイーサンが新兵だとしても、これから相手にする敵の前では貴重な戦力に違いないのだから。

 

<それと、彼らにも手伝って貰う>

 

<こちら、ユーラシア連邦”第14機甲小隊”に所属していました、モーリッツ・ヴィンダルアルム中尉です。恥ずかしながら先ほどまで捕虜の身となっていましたが、“ノイエ・ラーテ”で皆さんの一助となりたいと思います>

 

貴重な戦力といえば、彼らの駆る”ノイエ・ラーテ”もそうだ。

”アークエンジェル”の後方から猛追し、今も砲撃を仕掛けてきている”フェンリル”と正面から打ち合えてかつ、”アークエンジェル”に置いていかれないだけの機動力を備える”ノイエ・ラーテ”の参戦は喜ばしい。

 

<それでは、作戦を説明する。MS隊、”スカイグラスパー”、”ノイエ・ラーテ”、”アークエンジェル”。そのどれが欠けても我々の勝利はない。そのことを、肝に銘じて欲しい>

 

 

 

 

 

<”ストライク”、発進準備!装備はマルチプルアサルトストライカーで!>

 

ミヤムラから作戦を聞き終えたキラはその内容を頭の中で反復しながら、溜息を吐いていた。

この戦闘における自分の役割を考えれば、この装備はたしかに、今ある装備の中では最適と言えるかもしれない。

しかし、それでも、彼はこの装備で出撃することに躊躇いを感じてしまっていた。

 

「せめて”コマンドー・ガンダム”で出られればなぁ……」

 

<仕方ありませんよ、あれは補給のついでに下ろしちゃったんですから>

 

アリアの言うとおり、高速機動を行いながら圧倒的弾幕を形成出来る重装パワードストライカーは既に”アークエンジェル”には無い。

その他の試験装備を積み込む際に、入れ替わりで下ろしてしまったからだ。

 

「それでもさぁ……」

 

<グチグチ言うなんて、男らしくありませんよー。それに、どうせ使いこなすでしょう?>

 

「君は僕を便利な武装試験マシーンか何かと思ってるのかい?」

 

信頼されているのは嬉しいが、自分にだって限界はある。キラは抗議の視線をモニターに映るアリアに向けた。

しかし彼女の表情は、その言い草に反して真剣だった。

彼女はこれまで何度も激戦を経験してきたが、それは自分の力でとは言えない。

彼女に出来ることはMSの整備と武装開発。一度戦闘になってしまえば、自分達の整備した機体とそのパイロットを信じて送り出すしかないのだ。

モニターに映る自分とそう歳の変わらない少女の命を、キラは背負っているのだ。いや、アリアだけではない。

この艦に乗る全ての船員が、自分達の肩に掛かっている。

 

<緊張してるみたいですね、ヤマト少尉。……実際に戦場に出るわけではない私には、その気持ちが分かるとは言えません>

 

それでも、と少女は続けた。

 

<それでも、忘れないでください。貴方はけして1人で戦っていません。”マウス隊”の皆さんでさえ、そうだったのですから>

 

「トラスト少尉……」

 

<……それじゃ、良質なデータを持って帰ってきてくれることを期待してます!いってらっしゃい!>

 

最後の最後で雰囲気を壊す台詞を吐いたアリア。

キラにはそれが、キラを緊張させないように彼女が努力した結果なのだということが分かった。

アフリカにおける日々は、アリア・トラストが少し変わったところがあるだけで、誰かを(おもんばか)れる普通の少女なのだということを、キラに教えていたのだった。

そうしている間に、ついに”ストライク”の武装が完了した。

『完璧』なる姿を手に入れた”ストライク”がツインアイを瞬かせる。

 

「……ソード1、”パーフェクトストライクガンダム”!───行ってきます!」

 

 

 

 

 

<後部ハッチ開放!”ノイエ・ラーテ”、降下準備!>

 

時を同じくして、格納庫の後部では”ノイエ・ラーテ”の発進準備が進められていた。

発進準備というが、今も後方から”フェンリル”に追われている”アークエンジェル”には地上に降ろしてから発進させるような暇はない。

では、どうするのか?───()()()のである。

落とすと言ってもそのまま自由落下させるのではない。

降下用バルーンを備えた台座の上に”ノイエ・ラーテ”を置き、台座ごと射出。落下の勢いをバルーンで軽減させることで降下させるのだ。

 

「また戦場で”ノイエ・ラーテ”に乗れるなんて夢のようだが、復帰戦でまさかバルーン降下するとは予想出来なかったな」

 

「いいじゃないですか、戦場にはイレギュラーは付きものですよ」

 

「なんなら、生きて帰ったら空飛ぶ戦車でも作ってみます?『通常兵器地位向上委員会』に持っていけば、意外と通るかもしれませんよ?」

 

「それは果たして戦車と呼べるのだろうか……」

 

”ノイエ・ラーテ”の車内には車長のモーリッツだけでなく、モーリッツと同じくビクトリア基地からの撤退戦で捕虜となった操縦手と砲手もいた。

久しぶりの実戦、しかし彼らの中に緊張は見られない。

それもその筈だ。捕虜とされた時点で諦めかけていた実戦への復帰が叶っただけでなく、雪辱を晴らす機会にも恵まれたのだから。

敵は『砂漠の虎』。であれば、()()が出てこない筈が無い。

 

「さっさと出てきた方がいいぞスミレ……でなければ、俺達が食い荒らしてしまうからな。”ノイエ・ラーテ”、発進!」

 

 

 

 

 

「はっはー!ようやくの出番だぜ!」

 

荒れた地面を何機もの”バクゥ”が疾走する。

彼らこそは”バルトフェルド隊”の誇る”バクゥ”戦隊。これまで数々の戦線で地球連合軍を苦しめてきた精鋭集団である。

個々の能力、連携精度、実戦経験。どれを取っても一流の彼らだが、この数日はフラストレーションをためていた。

その原因は、バルトフェルドが中々自分達を引っ張り出さなかったことにある。

最初は”バクゥ”の機動に不適な山間部での戦闘だったからまだ分かる。

だがその次の大規模輸送部隊の護衛戦では、戦いやすい平野部であったにも関わらずエース達を差し向けるだけで終わってしまったのだ。

これには彼らのプライドも傷つけられ、直訴を考えさえした。しかし、隊長の言った一言が彼らを押しとどめた。

 

『次で決める』

 

山間部で敵戦力を測り、平野部で敵エースの実力を見定めた。

何のことはない、彼はいつも通り、確実に事を運ぶために自分達を動かさないでいただけだった。

 

「期待には応えてやらねぇとな!」

 

<どうせあのカフェイン中毒、特に期待とかしてねぇからやめとけって!>

 

<そうそう!『勝つと分かっているのに期待なんかしないよ』とか言うぜ!>

 

各々、自らを奮い立たせていく兵士達。そんな彼らをある衝撃が襲う。

”アークエンジェル”からまず発進したのは、連合軍の誇る制式量産型戦闘機”スカイグラスパー”。

情報では1機しか確認されていなかった筈だが、2機目も飛び立っているところを見るに、どこかしらで機体やパイロットを補充したのだろう。オマケに片方はエースパイロットの証と言ってもいい”アームドグラスパー”仕様だ。相手をする空戦隊にとって厄介極まりないだろう。

しかし、その次に登場したMS、”ストライク”の姿が問題だった。

あの翼は間違い無くエールストライカー、高機動戦用の装備だ。

しかしあの背負っている大剣と大砲は、ソードストライカーの対艦刀とランチャーストライカーのビーム砲に違いない。

なるほど、高機動性と火力の両立を図るに当たってとりあえず基本的なストライカーを全部合体させたのか。

それを見たZAFT兵は得心し、声を合わせて叫んだ。

 

「「「バカかあいつら!?」」」

 

それぞれの装備はそれぞれで使い分けて強いのであって、それら全てを同時に使って強いわけではない。

出来ることが増えたと言えば聞こえはいいが、実際にでは増えた選択肢の内半分も使いこなせず、中途半端に終わるのが関の山だ。

自分達よりも戦争経験値が貯まっている筈の連合軍があのような愚策を用いるとは。呆れるやら、侮っているのかと怒るやら、反応を見せる兵士達。

しかし、彼らは一つだけ考慮から外していることがあった。

それは、「どれも中途半端に終わるのはあくまで一般論である」ということ。

増えた選択肢の中から最適解を選び続け、崩れた機体バランスをものともしない操縦技術を持つ者がパイロットであれば弱点は消え失せ、無双の存在が生まれるということである。

要するに、彼らはキラ・ヤマト(常識外れ)の存在を知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ターゲットロック、発射!」

 

カタパルトで打ち出された直後にキラが行なったのは、”アークエンジェル”に向かって疾走する”バクゥ”の群れに対して320mm超高インパルス砲『アグニ』を発射することだった。

砲口から解放されたプラズマエネルギーが“バクゥ”目がけて発射され、外れたエネルギーが地表を焼いていく。

『アグニ』はその高威力を発揮するために多大なエネルギーを消費するが、現在”ストライク”が装備するマルチプルアサルトストライカーには合計5機のバッテリーパックが装備されており、ある程度の連射が可能となっている。

キラは次々と『アグニ』を発射するが、これはやみくもに放っているわけではない。

 

<───うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!>

 

<そこかっ!>

 

一見するとただ乱射しているようにも見えるが、キラは後続のMSが発進を終えるまで敵を攪乱するために発射していたのだ。

実際、”ストライク”に続いて射出された”デュエルダガー・カスタム”と、ヒルデガルダの乗る”ダガー”2号機は無事に着地、戦闘を開始している。

スノウの駆る”デュエルダガー・カスタム”は通常の2丁マシンピストルの他にも、後ろ腰に”デュエル”用ビームライフルをマウントすることで継戦能力を強化している。

対するヒルデガルダの駆る”ダガー”はいつも通りソードストライカーを装備している他にも、”ダガー”用のビームライフルを装備して射撃能力を強化するなど、それぞれにこの戦闘に合わせて細部を変えていた。

 

<おらおらおらぁ!そこをどけやぁ!>

 

<お前ら、”アークエンジェル”から離れすぎるなよ!お互いにカバー出来る時はカバーし合うんだ!>

 

彼女達に続いて射出されたムウとマイケルの駆る”ダガー”2機は、地上を高速ホバー走行可能なパワードストライカーを装備している。

しかし武装の方は統一されておらず、ムウ機はストライクバズーカとシールドを装備し、マイケル機は両手に2丁のアサルトライフルを構えていた。

このアサルトライフルは連合軍のMS開発黎明期から”テスター”で運用されてきた傑作機であり、今も改良が進められているために威力・装弾数共に申し分ない。

 

<電源供給ケーブル接続!ワンド4、配置に付きました!>

 

最後に発進したランチャーストライカー装備のベント機は、地上に降りず”アークエンジェル”の甲板に昇り、普段は格納されている電源供給ケーブルを腰の電源供給コネクタに接続して『アグニ』を構えた。

彼の役割は”アークエンジェル”から供給されるエネルギーを活かした砲撃支援である。あらゆる方向に気を配る必要があるため、重要な役割だ。

もっとも、この作戦においては誰もが重要な役割を担っているのだが。

後部から発進した”ノイエ・ラーテ”が地上に無事に降下したのを確認し、ムウは声を上げる。

 

<よし、”アークエンジェル”の進路は確保した!ライン上げていくぞ!>

 

全方向から包囲を仕掛けてくる”バルトフェルド”隊に対し、”アークエンジェル”隊の取った戦法は正面突破。

包囲が完成する前に敵旗艦であるレセップスを撃破し、そのまま敵の追撃を振り切るのが彼らの目論見だった。

”アークエンジェル”の状態が本来のものであれば高度を上げて地上戦力を無視するということも出来るのだが、残念ながら”アークエンジェル”のエンジンは連戦で不調を訴えており、高度が上がらない=地上戦力を無視出来ない。

更に敵部隊と比較して少数戦力である”アークエンジェル”には全ての敵と真正面から戦闘することは不可能に近い。

正面突破こそが、もっとも勝率の高い戦法なのだ。

だがそれは敵も想定している筈の戦法であり、かつ()()()()()が関門として立ちはだかることになる。

敵部隊の長にして切れ者。そして世界全体で見ても10指に入り得るMS操縦能力の持ち主。

アンドリュー・バルトフェルドその人が、文字通り彼らの前で待ち構えている。

 

 

 

 

 

”レセップス”艦橋

 

「んー……」

 

「正面突破ですか。向こうの指揮官も中々やり手ですね」

 

自身の顎に手を当てて何かを考え込む素振りを見せるバルトフェルド。

彼の副官を務めるダコスタが冷静に分析を行なう中、何かが引っかかるような表情を浮かべるバルトフェルド。

そんな彼をダコスタが怪訝そうに見つめるのも、”バルトフェルド隊”ではいつものことである。

 

「どうしたんですか?またコーヒー関連の悩みとかだったらぶっ飛ばしますよ」

 

「流石に今はそうじゃないよ。豆は持ってきてるけど……ああ、そういうことか」

 

悩ましげな表情から一転、ポンっ、と右拳を左掌に当てた何かを閃いたバルトフェルド。

彼は艦橋の出入り口に向かいながら、ダコスタに告げる。

 

「いやさ、やっぱり向こうの指揮官って攻めてくるタイプの人間だなぁって。ライム・ライク達に出番だぞって言っといてくれ」

 

「もう彼女達を出すんですか?」

 

ライム・ライク率いる3機の”ラゴゥ”チームは、3機揃えばあの化け物染みた”ストライク”とさえ渡り合うエース。

ZAFTトップエースである”バルトフェルド隊”で()()()()()()()彼らを早々に投入するのか、とダコスタは驚きの声を上げるが、バルトフェルドはそれを気にせずに続ける。

 

「そうしないと”ストライク”を先頭にして包囲網を食い破られる。何より、相手の作戦は早々に潰すに超したことはない。それと、僕も出るから“レセップス”は任せたよダコスタ君」

 

「隊長自ら……分かりました、ご武運を」

 

バルトフェルドは戦場に自ら愛機で出ることもあれば、”レセップス”でどっしりと指揮を取り続けることもある。

彼の行動に一貫性はない。あるとすれば、「彼にとって常に最善だと思える行動を取っている」というくらいだ。

そのことを知っているダコスタはバルトフェルドを見送ると、正面モニターに向き直った。

 

(本当、心底同情するよ”アークエンジェル”)

 

彼が、アンドリュー・バルトフェルドが自ら出撃して戦闘に参加する。

それがどれだけ敵にとって脅威となるか。もっとも理解しているのは、常にバルトフェルドの隣で彼の補佐を行ない、戦いを見てきたダコスタ本人だった。

”レセップス”格納庫にて、「砂漠の虎『()』」を率いる『王』の愛機が、静かに機械仕掛けの単眼(モノアイ)を瞬かせた。




というわけで、前編でした。
中編は1週間後の2月11日に投稿しようと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第98話「砂漠の虎達」中編

4/25

”アークエンジェル”艦橋

 

「『ウォンバット』、撃てー!」

 

「左舷より”ディン”接近、数は3!」

 

「『イーゲルシュテルン』の自動追尾を切れ!アルゴリズムを解析されてるせいで効果が薄い、ランダム射撃!」

 

「ワンド2、ヒルダさん!”アークエンジェル”から離れすぎないように!」

 

”アークエンジェル”の艦橋内は、怒号が絶えず飛び交っていた。

それもその筈、”アークエンジェル”は今、ZAFT地上軍最強と名高い”バルトフェルド隊”から攻撃を受けているのだ。ブリッジクルー達に休息を挟む暇など存在しない。

特に、艦長のマリュー。彼女は各所から上げられる報告を1つ1つ捌き、対処するための指示を出さなければならない。

戦闘に直接繋がる問題に関しては副長であるナタルがCICを仕切ることで負担が軽減されているが、それでも今の彼女には他のことを考える余裕は無いだろう。

 

(彼女が優秀なおかげで、私は考えることに集中出来る。有り難いことだ)

 

ミヤムラはそんな彼女の様子を横目で確認しながら、戦局を分析する。

まずは航空戦。先ほどから”ディン”の編隊による攻撃が行なわれているが、これはトールとイーサンが駆る”スカイグラスパー”、そして甲板上から『アグニ』による砲撃を行なっているベントの連携で被害は抑えられている。

特にイーサンの働きは目覚ましく、6機ほどの”ディン”の内3機を押さえ込んでいる。元”グラスパーズ”の自負は伊達ではないということか。

次に、”アークエンジェル”の直援に付いているムウとマイケルの2人。こちらも、前進を続ける”アークエンジェル”に並走しながら、”バクゥ”隊の接近を防いでいる。

急遽出撃が決まり、バルーンで降下させるという無茶な提案を呑んでくれた”ノイエ・ラーテ”も、後方から”アークエンジェル”を猛追する2両の”フェンリル”への牽制を行なっている。

最後に、”アークエンジェル”の進行方向を切り開く役割を担ったキラ達。

マルチプルアサルトストライカーを装備した”ストライク”とキラは正に縦横無尽の働きを見せており、前進しながら何機もの”バクゥ”を屠っている。

キラに付いていきながら、切り開かれた進行ラインを維持するスノウとヒルデガルダも、奮戦している。

スノウは持ち前の機動性を活かして”バクゥ”を攪乱・撃破している。比してヒルデガルダはというと、撃破には持っていけていないが踏み込み過ぎず、甚大なダメージを負うことを避けている。

激戦ではあるが、今のところは何もかもが作戦通り順調に進行していた。

 

(……()調()()()()

 

”アークエンジェル”隊にたしかな実力があるのは間違い無い。だが、ミヤムラは違和感を拭えないでいた。

 

(”インフェストゥスⅡ”が出てこないのは、彼らが本来陸戦隊であって航空戦は専門外だからという可能性がある。しかし、人型MSが少ない……否、いない。機動戦で置いていかれるのを避けた?いや、それでも進行方向に配置して壁にするだけでも効果はある筈だ。ならば考えられるのは奇襲……どこで仕掛けてくる?)

 

考えれば考えるほど、どんな可能性もありうるような錯覚をする。

”バルトフェルド隊”という存在に過度に脅威を感じているというのではない。この錯覚を誘発させるだけの積み重ねさえも、彼らの手札の1つなのだ。

ミヤムラは『戦闘とはカードゲームに似ている』という持論を持っている。それもトランプではなく、TCG(トレーディングカードゲーム)のように、お互いに全く異なるデッキで遊ぶタイプのものに。

始まった時点では相手の手札はまったく予想が付かないが、それは自分達も同じ。

今の状態をTCGで例えるなら、『盤面は良いが手札が尽きた』状態といったところだろう。

対して相手は、『程々の盤面だが手札が豊富』。これがどれだけ恐ろしいか、ミヤムラは現役時代の海賊掃討戦や他国との小競り合いで理解している。

 

(さて、どう出てくるか……)

 

今のミヤムラには、即興で組んだ作戦が成功することを祈るしかないのだった。

 

 

 

 

 

「うわっ、うわわ、わわわーーーーーーっ!?」

 

一方その頃、トールは2機の”ディン”を相手に必死に奮闘していた。もっとも、トール側から攻撃出来るような隙はほとんど無いために逃げ回っているのが実情だが。

それもその筈、トールにとってまともな航空戦はこれが初めての機会なのだ。むしろ、初陣でベテランの”ディン”2機相手に逃げ回ることが出来るだけでも上々といったところだろう。

 

(ちくしょう……こいつら、シミュレーションが話にならないくらい強いじゃんか!)

 

本来はトールの駆る”スカイグラスパー”と”ディン”では前者が有利とみなされるが、敵はこれまで、何度も”スカイグラスパー”と戦闘し、生き延びてきたベテラン。新兵の”スカイグラスパー”など易々とあしらえる。

これが”バルトフェルド隊”。ZAFT地上軍最強の部隊。

しかし、トールに泣き言は許されない。

今”アークエンジェル”に攻撃を仕掛けてきている“ディン”は6機。その内3機を飛び入り参戦のイーサンが駆る”アームドグラスパー”が抑えている。

もしも自分かイーサンが落ちれば、その分の”ディン”が一気に”アークエンジェル”に殺到するのだ。

甲板上で砲撃支援を行なっているベントの“ダガー”も時折援護砲撃を行なってくれているが、彼もフリーな状態にある“ディン”から攻撃を受けていた。

助けを求めても、どこも自分のことだけで手一杯なのである。

 

「くそっ、こんなところで死ねるもんかよ!」

 

自分(トール)がここにいるのは、ZAFTから地球を、仲間達を守る力を手に入れるためだ。

”アークエンジェル”隊の仲間。オーブ本国で無事の帰還を願ってくれているだろう家族。そして、ミリアリア。

入隊を決めた時は必死の形相で止められたが、それでも彼女は自分の選択を応援してくれた。

いつも弱気だったカズイも、何かをしようとモルゲンレーテ(国営企業)で働いているという。彼らのためにも、負けるわけにはいかない。

しかし、彼はけして特別な存在ではない。

”ディン”からの攻撃を大ぶりに回避した”スカイグラスパー”、しかしその前に別の”ディン”が現れ、銃を向ける。

トールは2機の”ディン”に追い込まれたのだ。ハッと息を飲むトール。

今にも引き金が引かれそうになったその時、銃を構えた”ディン”にミサイルが命中した。

被弾した”ディン”は、翼を失って浮力を失いながらも体勢を維持しつつ地上に墜落していく。

 

<無事か、ルーキー!?>

 

ミサイルを放ったのはイーサンの”アームドグラスパー”。

彼は3機もの”ディン”と渡り合いながらも、トールのサポートをしたのだ。

 

「ブレイク中尉、ありがとうございます!」

 

<良いって事よ!こっちはさっき1機落とした、これで2機だ!>

 

どうやら、渡り合うどころか1機返り討ちにしていたらしい。逃げ回るのが精一杯だった自分と比較し、少しだけ気落ちするトール。

だが、朗報に違いない。

 

<生き残り続けろケーニヒ2等兵!その内俺が全部落としてやる!>

 

「りょっ、了解!」

 

何度も戦ってきた正真正銘のエースであるイーサンと自分で比較してもしょうがない。それよりも今は、この戦場を生き残ることを考えなければ。

トールは頭を振り、残った”ディン”との戦闘に戻るのだった。

 

 

 

 

 

「2つ!……ちっ」

 

”ストライク”が右手に握ったビームライフルで”バクゥ”を撃ち抜きながら、キラは舌打ちをした。

彼の役割”アークエンジェル”の進路を切り開く、つまり最前線で襲い来る敵を捌きながら前進を続けることなのだが、想像以上に戦果を挙げることが出来ないでいた。

マルチプルアサルトストライカーを装備して重量が増加したことに起因する機動力の低下もあるが、襲い来る”バクゥ”のどれもが高い練度を備えており、ここに至るまでで2機の”バクゥ”しか撃墜できていないのだ。

キラが撃ち漏らした分だけ、後方の味方の負担が増えていく。

勿論、味方の実力を低く見ているというわけではない。これまでの戦いをくぐり抜けてきたことで、キラだけでなく彼らの実力も大きく伸びていた。

しかし、それを鑑みても敵の戦力が高すぎるのだ。量は勿論のこと、質も平均よりずっと高い。

 

(まだか……まだなのか?)

 

キラの焦りを助長しているのは、それだけではなかった。

ミヤムラが立てた作戦を実行に移す上で、どうしても相手に依存せざるを得ない条件が1つあった。

あの3機の”ラゴゥ”。チームを組んでいるであろう彼らに、出てきて貰わなければならないのだ。

緻密な連携でキラの”ストライク”を窮地に追い込んだこともある彼らの居場所がハッキリしなければ、この作戦は実行に移せない。

 

<───来た!来たぞキラ、お前の前方から3機分の反応!”バクゥ”よりも早い、”ラゴゥ”だ!>

 

焦りが増していたキラに、サイが吉報を告げる。

 

「了解!───ソード2!」

 

<既に控えている!>

 

この作戦において、ともすればキラ以上に重要な立場にあるといっても過言ではないスノウ。

彼女は”ストライク”から僅かに後方に位置し、今は後ろからサーベルを展開して迫ってきた”バクゥ”をジャンプで回避しつつマシンピストルで蜂の巣にしている。

そして、遂に3機の“ラゴゥ”がキラ達の前に姿を現した。

 

<前回はよくもやってくれた……今回こそジワジワとなぶり殺しにしてやる!>

 

<怖っ……ま、やることはその通りなんだけどさ>

 

<ヘマすんなよピザデブ>

 

やる気満々といった様子でキラを包囲しようとする3機の”ラゴゥ”。

そんな彼らと相対してキラが取った行動は、ビームライフルを投げ捨て、後腰部に懸架していた信号拳銃を取り出すことだった。

わざわざライフルを捨てて何をするのかと訝かしむ”ラゴゥ”達。彼らが何かをしようとする前に、キラはその信号拳銃を()()()発射した。

 

<これは───!?>

 

次の瞬間、周囲は煙で包まれた。”ストライク”が発射したのは、煙幕弾だったのだ。

煙に紛れて自分達を撃破するつもりか。そう勘ぐった”ラゴゥ”チームのリーダーであるライム・ライク。

早急に煙を脱しなければ、そう考えて彼女は“ストライク”のいる方向とは逆の方向に機体を向かわせ、煙から脱出する。

 

<ちっ、どうするライム!?>

 

<落ち着け、煙は直に晴れる!>

 

動揺しながらも僚機が生存していることを確認しつつ、ライムは今も煙の中にいるであろう”ストライク”に対する警戒を厳とする。

右か、左か、正面か、それとも上か。

どの方向から仕掛けてきても、”ストライク”に対応し改めて包囲するつもりでいたライム。しかし、彼女は1つ見落としていることがあった。

煙の中にいたのは、”ストライク”と彼女達3機()()()()()()

煙がまき散らされた瞬間に、突入した存在がいたことを。

煙の中から飛び出した存在と、その方角を確認してライムは目を見開いた。

 

<”ストライク”じゃないっ!?>

 

煙の中から飛び出したのは、スノウの駆る”デュエルダガー・カスタム”。

煙を脱したその機体はライム達のいずれでもなく、彼女達がやってきた方角、つまり”レセップス”の方向へ向かった。

 

<まさか……>

 

それを見たライムは、自分達が嵌められたことを理解した。

ミヤムラの立てた作戦は至ってシンプルだった。

彼は派手な装備とそれに相応しい戦闘力を持つ”ストライク”を囮として、”デュエルダガー・カスタム”による司令塔(レセップス)への奇襲を行なわせたのだ。

”デュエルダガー・カスタム”の機動力、特に瞬間速度はエールストライカーを装備した”ストライク”を超える。

加えて、今の”デュエルダガー・カスタム”は後腰部に”デュエル”のものと同一のビームライフルを装備している。

ビームライフルの下部に取り付けられたグレネードランチャーで”レセップス”を行動不能にし、司令塔を失って”バルトフェルド隊”が動揺している隙にMS隊を回収して安全圏まで離脱。それが彼の立てた作戦だ。

進行方向上には、救出した連合兵を回収するための輸送機とその護衛部隊が控えている。彼らの助力もあれば、ジャンプすることの出来ない”ノイエ・ラーテ”を回収する時間も稼げるだろう。

敵を引き連れていくかもしれない彼らには災難だが、ミヤムラは使えるものは使う算段でいた。

もっとも、そこまでのことはライム達には預かり知らぬこと。

慌てて”デュエルダガー・カスタム”を追おうとした彼女達の前に、高出力のプラズマエネルギーが撃ち込まれる。

”ストライク”が『アグニ』を発射して、彼女達の追撃を阻止したのだ。

 

<こいつ……!>

 

「ここから先には、行かせない!」

 

信号拳銃を後腰部に再び懸架した後に、”ストライク”は対艦刀を引き抜いてライム達の前に立ち塞がった。

 

(頼んだよ、バアル少尉……!)

 

 

 

 

 

「邪魔だ、退け!」

 

弾丸をばらまきながら、スノウの駆る”デュエルダガー・カスタム”は”レセップス”に向かって突き進む。

道中には護衛の”バクゥ”や”ジン・オーカー”、加えて”レセップス”からの砲撃も飛来するが、”デュエルダガー・カスタム”の機動力と強化人間(ブーステッドマン)であるスノウの反応速度を捉えることは出来ない。

数々の妨害を乗り越え、遂にスノウは、”レセップス”を射程範囲に収めた。

 

「終わり、だ!」

 

弾が切れたマシンピストルを捨て、”デュエルダガー・カスタム”は後腰部からビームライフルを手に取り、”レセップス”の艦橋目がけてジャンプする。

あとはライフルの銃身下部に取り付けられたグレネードランチャーを撃ち込むだけで、この戦闘の大勢は決する。スノウはそう思っていた。

それはけして間違いではなかった。

 

<ま、そうはならないんだがね>

 

ゾワリ、と。

悪寒を感じたスノウは咄嗟に後方に姿勢をずらす。

直後、目の前を通り過ぎた刃が”デュエルダガー・カスタム”のビームライフルを破壊していった。

 

「なんだ、と……!?」

 

地面に着地した”デュエルダガー・カスタム”。そのモニターには、先ほどの攻撃を行なってきた敵の姿がハッキリと映し出されていた。

ユラユラとまるで生き物のように揺れる実体剣。それはワイヤーを通じて敵の尾部に繋がっていた。

背中には2門のビームキャノンとミサイルポッドを背負い、その前両脚にはビームサーベルの発振機らしきものが取り付けられている。

そして何よりも特徴的なのは、その機体色。

”ラゴゥ”がベースと思われるその機体は、たしかに”ラゴゥ”同様にオレンジ色だった。しかし、通常の”ラゴゥ”よりも、ずっと深く、暗い、まるで血のような色をしていた。

 

<さてと……試運転くらいしかしてないけど、この機体の力を確かめさせてもらおうかな!>

 

その機体のコクピットでパイロット───アンドリュー・バルトフェルドは、普段の飄々とした有様からは想像出来ない、獰猛な肉食獣の如き笑みを浮かべる。

”ラゴゥ・デザートカスタム”。砂漠(デザート)戦仕様という意味ではない、『砂漠の虎』が乗るために作られた専用機。

その牙が、”デュエルダガー・カスタム”に対して剥かれた。

 

 

 

 

 

<───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?>

 

「っ、ソード2!?」

 

通信回線越しに聞こえたスノウの悲鳴に、キラは作戦の失敗を悟った。

助けに行かなければ。そう思うキラだったが、それを阻むようにキラに3方向からビームが射かけられる。

現在キラは3機の”ラゴゥ”に包囲、波状攻撃を受けており、とてもではないが助けにいける状態ではない。だがここでスノウを失うということは、心情は勿論として戦力的にも大ダメージとなる。

 

「やるしか、ないか……!」

 

 

 

 

 

キラは先日のアリアとの会話を思い返す。

以前にこの3機の”ラゴゥ”と戦闘した後に、キラはアリアと共に彼らへの分析を行なっていた。

 

『まさかここまで、ヤマト少尉の”ストライク”がボロボロにされるとは思いませんでしたよ。厄介な敵ですねぇ』

 

『次に遭遇した時までに、対策をしておきたいんだ。何かアイデアはないかい?』

 

『あるにはありますけど……その前に、彼らが敵部隊の中でどのような役割を担っているのかをまとめていきましょうか。私も研究者の端くれ、説明したがりですので』

 

アリアは格納庫の何処からかホワイトボードを持ってくると、そこに2色のマグネットを取り付け始めた。

マグネットを相対する2軍のように配置すると、アリアは口を開いた。

 

『この三色(トリコロール)のマグネットが”ストライク”、青が他のMS隊の皆さん、赤が敵部隊と考えてください』

 

自軍側の陣形を、”ストライク”を先頭として他の味方がそれに続くようにアリアはマグネットを動かした。

 

『これが、”アークエンジェル”隊の基本戦術です。もっとも総合戦闘力の高い”ストライク”を先頭にして他は”ストライク”をサポートといった形になります。ですが……』

 

アリアは3個の赤いマグネットを移動し、三色マグネットを包囲するように配置した。

三色マグネットが身動きが出来ない状態になったところでアリアは新たに赤いマグネットを貼り付け、自軍よりも数を多くしてしまう。

先の戦闘で”アークエンジェル”隊が陥りかけた状況だ。幸いにも死者は出なかったが、もう少し時間が経っていればこのホワイトボードのマグネットのように敵の増援が到着し、隊に犠牲が出ただろう。

 

『エースである”ストライク”が押さえ込まれて、他の皆さんは大ピンチ。スノウさんも実力的にはキラさんに並ぶエースではありますが、彼女はムラがありますからね。ぶっちゃけ粘られればどうとでも対処されます』

 

スノウ本人が聞けば、事実ではあるから否定はしないだろうが間違い無く不機嫌になることをスパスパと言っていくアリア。

キラも苦笑いするが、むしろこのように遠慮無く物を言う方が話合いがスムーズにいく場合もあるので、そのまま続きを促す。

 

『話は変わりますが、部隊の指揮官、それも作戦を立案するような人間にとって嫌な敵ってどんな存在だと思います?』

 

『……自分達より数倍の物量の敵、とか?』

 

『それは誰でも嫌ですが、そうなったらむしろさっさと逃げ出すという選択肢も採れますし、逃げられないなら逃げられないで作戦を固めることが出来ます。正解はですね、()()()()ですよ』

 

動かし方次第では数値以上の働きを見せるエースの存在は、敵に回した場合厄介極まりない。

自分達の作戦にとってイレギュラーになり得る、そんな存在を指揮官はもっとも嫌うのだとアリアは言う。

 

『ウチの隊長……あ、ムラマツ中佐の方ですね。彼はそこら辺の見極めが()()()()()上手かったので、敵エースの存在には早急に対処出来ましたが、他の人間にはそうはいきません』

 

実際はユージは見極めが上手かったというより、自身の『ステータス表示能力』という不正(ずる)を用いて敵エースの存在をいち早く感知、部下であるアイザック達に対処させていただけなのだが、そのことをアリア達が知る由も無い。

 

『で、もしも……もしもそんな敵エースが現れた際に、ほぼほぼ封じ込めるような存在が自軍にいたら、どうなると思います?』

 

『どうって……』

 

それは、その指揮官にとっては極めて戦いやすくなるのではないだろうか。

なにせ自分の戦術や戦略を崩す可能性の高いイレギュラーを封じ込めることが出来るのだから。そこまで考えたところで、キラはアリアが何を言いたいかに気付いた。

 

『もしかして、あの3機は……』

 

『そうです。高度な連携と戦略、そして物量を併せ持つ”バルトフェルド隊”。彼らほどの力があれば、どんな戦場でも計画通りに戦えれば勝てるでしょう。計画を乱す敵エースを封じ込めるのが彼ら……()()()()()()なんです』

 

3機の”ラゴゥ”達の役割は、敵エースの撃破ないし封じ込め。

撃破出来るなら撃破するし、そうでなくとも彼らがエースを封じ込めている間に他の味方が敵の主戦力を殲滅し、エースがいてもどうにも出来ない状況に持っていくことも出来る。

1%の逆転の可能性すらも残さない、それが彼らなのだ。

 

『”マウス隊”の頃にも何度か、似たようなことがありましてね。まあ、そう言う時の対処方は概ね2つです。1つは地道に連携を崩して1機ずつ対処。そしてもう1つは───』

 

 

 

 

 

「『アグニ』へのエネルギー充填完了、発射角調整……」

 

キラは敵の攻撃をかいくぐりながら、アリアの提案した『策』実行のための準備を整える。

この『策』の実行は速やかかつスムーズに行なわなければならない。そうでなければ効果は失われ、キラはジリジリと追い詰められることになる。

 

<こいつ、やっぱり私達の動きを……!ラング、ベイル!トライアングルアタック改だ!>

 

<仕掛けるのか!?>

 

<やらなきゃ殺られる!>

 

自分達の動きを分析、対策されていることに焦りを感じたライム達は三位一体の必殺攻撃であるトライアングルアタック、それも前回キラに対して仕掛けたものを改良したものを実行に移す。

流れるように連続攻撃を仕掛ける以前のものと違い、今回はほぼ同時に別方向から仕掛ける連携攻撃に仕上がっており、ライム達は必殺の自信を持っていた。

しかし、トライアングルアタックを仕掛けるに当たってほんの僅かにズレた連携の隙を見抜き、キラは砲身にエネルギーを貯めた『アグニ』を構える。

次の瞬間、ライム達は目を剥いた。

『アグニ』の砲身の前半分が変形、パラポラアンテナのように変形したのである。

 

「『アグニ』拡散照射モード、発射!」

 

キラがトリガーを引いた瞬間、本来収束して放たれる筈だった臨界プラズマエネルギーが、広範囲に渡る破壊の嵐をまき散らす。

コロニーの外壁さえ貫く威力は拡散されても多大な効果を発揮し、ラングの”ラゴゥ”の翼を撃ち抜いた。

”ラゴゥ”の翼には加速のためのブースターが取り付けられているため、ラング機はバランスを崩して転倒する。

 

<ラング!?>

 

<何しやがったぁ!>

 

連携の出鼻を崩された怒りに震えながらも、残りの2機は”ストライク”に立ち向かう。動けないラングから注意を逸らす為だ。

次いで”ストライク”は右肩のコンボウェポンポッドより2発のミサイルを発射した。ここで、ライム達は更に驚愕に包まれることになる。

ミサイルが彼らの目前に着弾したと思った瞬間、視界が爆炎に覆われたからだ。

”ストライク”が発射したのは、高温を発するスーパーナパーム弾だったのである。

反応が遅れたライム機は炎に包まれ、転倒してしまった。

 

<なんなんだ、何を持ってきてんだお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!>

 

<待てベイル、1機では───>

 

残ったベイル機は果敢に”ストライク”に立ち向かうが、それこそが”ストライク”───キラの狙い。

3機で襲われれば確かに恐ろしい。だが、1機ずつであればキラの実力で十分に対処出来る。

それでも念を押すことにしたキラは、右手の対艦刀を手放し、代わりにビームサーベルを抜き放つ。

対艦刀は動きが大振りになる。それを厭うて小回りの効くビームサーベルで迎撃するつもりか、とベイルは踏んだが、それは間違いであった。

ここに至るまで2つも予想外のアクションをしてきた”ストライク”が、順当な戦い方をするわけも無かったのだ。

”ストライク”の握るビームサーベルの柄が伸び、その先端に、刃が生えたビームの球体が形成される。

それは(サーベル)とはとても言えず、むしろ。

 

(ジャベリン)───>

 

衝撃と共に、ベイルの体は消滅した。

飛びかかった”ラゴゥ”がその頭部から発振したビームサーベルで”ストライク”を切り裂く前に、”ストライク”の繰り出した突きのカウンターが”ラゴゥ”のコクピットを直撃したからである。

突き入れが深く抜けないと判断したキラは柄を手放し、距離を取る。次の瞬間、槍が刺さったままの“ラゴゥ”は爆発した。

 

<ベイルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?>

 

<こん、ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!>

 

『アグニ』のダメージから復帰したラング機が仇討ちに燃えて”ストライク”に向かうが、”ストライク”は()()()()()にアーマーシュナイダーを抜き放ちつつ、飛びかかってきた”ラゴゥ”を正面から蹴り飛ばした。

ひっくり返った”ラゴゥ”のコクピットに、投擲されたアーマーシュナイダーが容赦なく突き刺さる。

 

<ベイルの、仇、さえ……>

 

上半身と下半身を分かたれながらも、ラングは血涙を流しながらコクピットに貼っているチームで撮影した写真に手を伸ばした。

常日頃から喧嘩し、協調性が無い彼らだが、仲間意識はたしかに存在していたのだ。

伸ばされた手は写真に触れることなく、力無く落ちる。

 

「……残り、1機」

 

ゆらりと金色の視線をライムに向ける”ストライク”。

ライムの目には、今の”ストライク”が悪魔にしか見えなかった。

 

<は、ははは……もう笑うしか出来ないな>

 

諦め混じりの弱音を吐くライム。

それでも、彼女は機体を立ち上がらせた。

逃げるためではなく、目の前の悪魔に立ち向かうために。

 

<1人になろうが、あたし達は役割を遂行する。……隊長の元にはたどり着かせない!>

 

実力があっても協調性の無い彼女達は、どんな部隊でも鼻つまみもの扱いだった。

それでも彼は、アンドリュー・バルトフェルドは取り立て、大役を任せてくれた。その恩に、誇りに報いるため、引くわけにはいかない。

彼女の覚悟を感じ取り、キラは”ストライク”に対艦刀を拾い上げさせ、受けて立つ構えを見せる。

 

<……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!>

 

背中のビームキャノンで”ストライク”の動きを制限しながら、”ラゴゥ”は突き進む。

そして、”ストライク”が目前に迫った”ラゴゥ”はそのコクピットを両断するために飛びかかり───。

 

<楽しかったよ、隊長───>

 

あっさりと、対艦刀で両断された。一瞬の後、”ラゴゥ”は爆散する。

爆炎に包まれながら、”ストライク”はその姿を現す。

無傷。ライム達にとっては悲惨なほどの現実が、そこにはあった。

 

「くそっ……使わされすぎたな」

 

だが、キラにとってはそうではない。むしろ、彼らの働きはここから先の戦いに暗い影を落としていた。

 

『初見殺しを()()()叩きつければいいんですよ』

 

アリアの提示した策は、正にこの一言に尽きた。

どんなに強い敵であっても、初見の武器に対する対応力は無い。それを連続で撃ち込み続ければ、必ず限界が訪れる。

その点、今回の”パーフェクトストライク”は()()()()()の存在だった。

なにせ、今”ストライク”が装備しているマルチプルアサルトストライカーは、変形した『アグニ』から分かるように()()()()()()()

この装備を見た瞬間に「おもしれー装備(やつ)」と判断した”マウス隊”技術者面子が、「どうせマトモに量産なんか出来ないだろうからアレンジしようぜ」と悪乗りを重ねた結果生まれた、マ改造*1品なのである。

拡散照射可能な『アグニ』に始まり、ガンランチャーには超高温を発するスーパーナパーム弾を装填。極めつけにはビームサーベルにジャベリンへの変形機能を取り付けた本ストライカーは、『初見殺しを連続で叩きつける』に合致していたのだった。

しかしキラは、ライム達との戦闘でこのほとんどを消費してしまった。

『アグニ』は本来組み込まれていない拡散照射機能を無理に使ったことで砲身を強制冷却中、一定時間は発射不可能となったし、ビームサーベルは一本喪失。ガンランチャーは撃ちきり式なので帰還しなければ補充出来ない。

この状態で、バルトフェルドと戦わなければならない。

 

「ソード2……無事でいてくれよ」

 

それでも、キラは前を向く。

どれだけ不利な状況でも、仲間の命を見捨てる理由にはなり得ない。キラは”ストライク”を”レセップス”に向けて前進させた。

陣営も強弱も関係無く、この戦場では誰もが、仲間のために戦っていた。

 

 

 

 

 

「おかしい……」

 

”アークエンジェル”より僅か後方にて、追撃を掛ける2両”フェンリル”と砲撃戦を行なっていた”ノイエ・ラーテ”車長のモーリッツは、違和感を覚えていた。

彼は”フェンリル”の内、どちらからも(プレッシャー)を感じることが出来ないでいた。つまり、彼の直感は今ここで戦っている相手のどちらも、『深緑の巨狼(スミレ・ヒラサカ)』ではないと訴えていたのだ。

流石に”バルトフェルド隊”だけあって強敵ではあるのだが、どうしてもスミレと比較すると弱く感じられてしまう。

ならば、スミレは何処にいる?

自分がスミレを動かせる立場にいるとすれば、彼女を何処に配置する───?

 

「……まさか!?」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

それは、突如として起こった。

艦が突如として揺れたかと思うと、高度を落とし始めたのだ。

 

「何が起こった!?」

 

「メインエンジンに被弾、高度が維持出来ません!」

 

「何処からだ!?」

 

「南東からです!」

 

南東方向には、敵艦や”フェンリル”の存在は確認出来なかった。にも関わらず、攻撃が行なわれたのはそちらからだとオペレーター席のエリクは告げる。

どうやって、”バルトフェルド隊”は”アークエンジェル”にとって脅威となる存在を秘匿していたのか?

その答えは、早々に明かされた。

 

「待ってください、敵機の反応をキャッチ!これは、この出現パターンは……『ミラージュコロイド・ステルス』!?」

 

「なんだと!?」

 

連合軍で開発された”ブリッツ”レベルのものでなければ実戦投入は出来ない筈。それとも、ZAFTはZAFTで『ミラージュコロイド・ステルス』を研究し、完成度を高めていたのか?

その疑問を解決するために頭を働かせる余地は、彼らには無かった。

 

「くそっ……総員、対ショック体勢!これより本艦は、不時着する!」

*1
マウス隊が改造したという意味




やめろ、そんな目で私を見るな諸君……。
投稿予告を破った責任は感じているつもりだ、だからそんな冷たい目で私を見ないでくれ……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

P.S 後日、新規ユニットのステータスを加筆したいと思います。


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第99話「砂漠の虎達」後編







4/25

”フェンリル・ミゼーア”コクピット

 

「命中……っと」

 

モニターの中に映る、黒煙を上げながら高度を落としていく白亜の巨艦”アークエンジェル”を見ながらスミレは窮屈そうに体を伸ばし、凝りをほぐす。

なにせ、この待ち伏せを成功させるために4時間も狭い車内に縮こまっていたのだ。体のあちこちから小気味のいい音が響く。

 

「『ミラージュコロイド・ステルス』、意外と使えるものね。動いたらバレる光学迷彩なんて、さして意味もないと思ってたけど」

 

スミレの専用機”フェンリル・ミゼーア”は、”プロトタイプ・フェンリル”にPS装甲や『ミラージュコロイド・ステルスシステム』等の特殊機構を搭載した機体である。

無論、連合軍の”ブリッツ”でも成し遂げられていないようにPS装甲と『ミラージュコロイド・ステルス』は同時に展開することは出来ない。それどころかZAFTの『ミラージュコロイド・ステルス』は技術が十分に発展しておらず、少しでも動けば可視光線や電磁波を偏向する粒子(コロイド)が装甲表面から剥がれて透明化が解除されてしまう程度のものでしかない。

だが、この”フェンリル”のように重戦車へ分類出来る存在にとってはそこまで致命的というものではなかった。

というのも、”フェンリル”の主砲の口径は400mm。実弾ではあるが戦艦の主砲級の威力を誇り、その一撃は戦局を変化させるに足る。”プロトタイプ・フェンリル”を開発し、”ミゼーア”への改修を行なったバーダー技術局はそこに目を付けた。

 

『ワンアクションで透明化が解除されるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

敵が透明な状態で待ち伏せし、無警戒な状況の自分達に戦艦の主砲級の一撃を叩き込んでくる。敵に回す側からすればたまったものではない。

加えて、もう1つ敵にとって絶望的な事実が付け足される。

 

王手(チェック)、掛かったわよ?」

 

スミレ・ヒラサカと”フェンリル・ミゼーア”の組み合わせは、透明化などなくても十二分に脅威ということだ。

彼女はアクセルペダルを踏み込み、”ミゼーア”を前進させる。

この戦いに決着をつけるために。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「総員、衝撃に備えよ!」

 

マリューの指示がされた直後、その場にいた全員を多大な衝撃が襲った。

全長350mを超える飛翔体が墜落した余波は凄まじく、乗組員の半数超は備えていてもその場に留まりきることが出来ず、床に放り出されたり随所に体を打ち付けるなどの無様を晒しているが、そのようなことを気にする人間は誰一人としていなかった。

当然だ。この戦いの根本である「逃げる」が破綻したのだから。

 

「くっ……被害状況知らせ!」

 

「右舷エンジン付近に着弾した模様……しばらく浮上は不可能です」

 

「整備班を向かわせて!なんとしても、修理を」

 

そうは言うが、言った本人であるマリューにもそれが難しいということは分かっていた。

修理に掛かる時間はどれほどか。程度にもよるが、1時間を切るということだけはあるまい。

そして、その1時間があれば()()は容易に”アークエンジェル”を制圧出来るだろう。

 

「に、しても……あいててて」

 

「大丈夫かね、アミカ少尉」

 

「だーいじょうぶです。それより、なんで()()()()()()んでしょうね」

 

「たしかに……先の一撃、私達は全くの無警戒だった。やろうと思えばこの艦橋を吹き飛ばすことだって出来た筈なのに、何故?」

 

後方の”フェンリル”2両と戦闘していたモーリッツの報告を信用するなら、後ろの2両は囮で、先の一撃を放ったのが『深緑の巨狼』で間違い無い。

そして彼女の腕ならば一撃で”アークエンジェル”を撃沈出来た。にも関わらず、実際には一時的に浮上不可能なレベルに追い込む程度。

 

「……どうやら、私達は戦争の行く末を左右しかねない存在になってしまったらしい」

 

ミヤムラがポツリとこぼした言葉にその場の全員が耳を傾ける。

思い立ったら要領を得ない言葉を漏らしてしまう口癖は結局この歳まで治らなかったな。そう思いながらミヤムラは説明し始めた。

 

「おそらく、彼らは“アークエンジェル”を鹵獲するつもりだ」

 

「鹵獲!?」

 

「道理で攻撃の被害が半端なワケだ、後々から自分達で直して使うつもりなんだから」

 

「その通りだトルーマン軍曹。しかし、それだけでは70点といったところかな」

 

ミヤムラは言った。彼らの真の目的は”アークエンジェル”を鹵獲し、()()()()()()()であると。

”アークエンジェル”級はこの時点では唯一大気圏内飛行能力と戦艦並の火力を兼ね備えた艦艇だ。2個小隊程度のMSに加え戦闘機を運用することも出来るし、なんなら単独での大気圏突入能力までも備えている。

もしも、そんな”アークエンジェル”級を彼らが手に入れた場合、どんなことが起こりうるか。

 

「───敵陣の中枢に、直接乗り込むことが出来る。カオシュンやパナマといったマスドライバー基地、そして地球連合軍本部JOSH-Aにも。彼らお得意の電撃戦がますます捗るというわけだ」

 

これまでもZAFTは降下ポッドを用いてMS隊を宇宙から地上に送り込むことがあったが、それは降下部隊が確実に地上部隊に回収してもらえる保証があってのものだった。

”アークエンジェル”級なら降下して作戦を終えた後は自分で基地に撤退することも出来るし、その通信機能を活かして臨時の拠点として用いることも出来る。

最悪の場合は特攻覚悟で敵陣に突っ込み、陽電子砲を乱射するだけでも敵部隊には多大な被害が生まれる。

攻撃という点では万能と評することが出来る”アークエンジェル”は、ZAFTには喉から手が出るほど欲しい代物の筈だ。

 

「最悪の場合、あたし達が戦犯になる可能性もあるってことですか!?」

 

「このまま彼らの目論見通りにいけばな。だが、そうはさせんさ。信号弾を打ち上げてくれ、内容は『我、救援求ム』だ。もしかすれば、遠方からこちらを観測している部隊が気付いてくれるかもしれん」

 

「……気付いてくれるでしょうか」

 

「……さあ、祈るしかないな」

 

苦しそうな顔をしながらミヤムラは答えた。

彼は諦めるつもりなど無いが、それでも現状がどれだけ絶望的かということは分かっていた。

敵部隊の数は自分達の倍以上。透明化に加え、以前の戦闘でPS装甲も持っていることが判明した『深緑の巨狼』。そして、アンドリュー・バルトフェルド。

これらの障害を乗り越えて自分達が生還するビジョンが浮かばなかった。

 

(この歳になってこれほどの戦場に巡り会うとは……分からんものだ)

 

 

 

 

 

 

「おらおらおらぁぁぁぁぁぁ!どうしたZAFT共、掛かってきやがれ!」

 

雄叫びを挙げながらマイケルは愛機が両手に持ったアサルトライフルを乱射、敵MS隊の接近を防ごうとする。

マイケルが地上を高速機動可能な”パワード・ダガー”に乗っていることもあり、歴戦の”バルトフェルド隊”であっても中々に近づけないようだった。

しかし、それもライフルの残弾が尽きるまでの話。

現在発射されているアサルトライフルには通常の弾倉よりも多くの弾丸を装填できるドラムマガジンが取り付けられているが、それでも、動けない”アークエンジェル”に押し寄せてくるMSを全て撃破するにはまるで足りなかった。

 

<無駄弾を使うなマイケル!今は誰もフォローになんか入ってやれないぞ!>

 

「分かってますよ!でもこいつら、わらわらと……!」

 

ムウからの警告が飛ぶが、それはマイケルも承知の上だった。

しかし、こうでもしなければマイケルの腕では敵MS隊を抑えておくことは難しいのだった。

 

「ちくしょう、どっからこんなに」

 

先ほどまでは影も形も見えなかった”ジン・オーカー”に攻撃を加えながら、マイケルはポツリとこぼす。

彼達は”アークエンジェル”が不時着するまで一度も人型MSと遭遇していない。”アークエンジェル”が正面突破を選ぶと予測したバルトフェルドが待ち伏せのために配置していたからだ。

それはつまり、『この場所に”アークエンジェル”が墜落すること』もバルトフェルドの計画の範疇ということになる。

 

「やられるか、こんなところでよぉ!」

 

奮闘を続けるマイケルの前に、また1機”ジン・オーカー”が現れる。

その機体はマイケルの”ダガー”と同様、両手にマシンガンを装備していた。

 

「なんだパクリかこの野郎!”ジン”程度がそんな猿真似をしようが───」

 

次の瞬間、マイケルは4()()の銃口を向けられていた。

最初から見えていた両手の2丁と、”ジン・オーカー”のバックパックから伸びた2つの副腕の構える2丁のマシンガンが同時にマイケルをターゲットしたからである。

この機体は旧式化の進んだ”ジン”シリーズの改修案の1つ、特に火力面の補強を狙ったサブアーム増設プランに基づいて改造された1機なのだが、そのようなことはマイケルには関係なかった。

 

「オーマイゴ───」

 

次の瞬間、4つの銃口から放たれた弾丸の嵐がマイケルを襲った。

 

「ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!?」

 

 

 

 

 

「ぐあっ、かぁ!?」

 

視界が揺れる中、スノウは悲鳴を挙げた。今の悲鳴は、敵の尾部から伸びたワイヤーブレードに絡め取られ、そのままの勢いで投げられた衝撃によるものである。

スノウの前に突如現れた“ラゴゥ”のカスタム機、”ラゴゥ・デザートカスタム”はスノウがこれまで遭遇したことの無い性能を持って彼女に襲いかかっていた。

背中に背負ったビームキャノンは従来機のものより連射速度を強化したものであり、その上に重なるように8連装のマイクロミサイルポッドが装備されている。

頭部に備わったビームサーベルは勿論、この機体は前脚部にもビームサーベルを搭載しており、より広い範囲をサーベルで攻撃することが可能となっている。

機動性の強化といった強化も施されているが、もっとも特筆すべきは、尾部に取り付けられたテールブレードの存在だろう。

この装備は、プラント本国で開発された『新型量子通信システム』を組み込んだことで、まるでそれ単体で生物のように自在に動かすことが出来る試作装備だ。

今は超硬質ワイヤーを介して操作しているが、システムが完成した暁にはNジャマーの影響で封じられていた無線誘導兵器の限定的復活も可能とされている。

無論、ある程度は技術的問題も抱えている。

それは、ワイヤーブレード操作の難易度の高さ。生物のように自在に操ることが出来るといっても、それを実際に扱える人物はパイロットの平均能力の高いZAFTでも限られる。

だからこそ、この装備は彼───アンドリュー・バルトフェルドの専用機に搭載されたのだ。

現在のZAFTにおいて、考え得る限りでは3本の指に入るだろう腕前を持つ男は、難なくこの装備を操っていた。

 

「くそっ、なんなんだこいつは!?」

 

放り投げられてすぐに体勢を立て直し、ビームダガーを構える”デュエルダガー・カスタム”。

しかし、現在の状況は圧倒的にスノウの不利だった。

射撃武器のほとんどを喪失している上に”デュエルダガー・カスタム”自体も長期戦は不得手な機体。加えて、パイロットであるスノウの問題もあった。

スノウは徐々に自らの反応速度が低下している事実を認めていた。

疲労によるものではない、自身の身体能力を高める薬物の効果が切れ始めていたのである。

 

(どうする……)

 

ここでスノウが取れる手段は2つ。

1つは、後退して薬物の補給も兼ねて”アークエンジェル”の防衛に就くこと。

そしてもう1つは、命を捨てる覚悟で目の前の機体を撃破すること。

強化人間(ブーステッドマン)であるスノウをここまで追い込む腕前となれば、この”ラゴゥ”のパイロットはアンドリュー・バルトフェルド本人と推測することが出来る。

そうでなくとも、この敵ほどの戦闘力を持つ兵士はそうそういない。道連れにしてでも落としにいく価値はあるとスノウは考える。

普通に考えれば、撤退するのが筋だろう。一度帰投して万全の状態で”アークエンジェル”や他のMS隊と共闘するのが最適解だ。

だが、もしもこの敵が自分(スノウ)を追撃してくるようなことがあったら?

そして、”アークエンジェル”とMS隊のところまで到達してしまったら?

自分はともかく、キラ以外のMS隊は易々と撃破されてしまうだろう。如何に激戦をくぐり抜けてきたといっても、この”ラゴゥ”はレベルが違う。

だが、このままここで戦えば自分の命はない。

 

「……ふん、釣りが出るくらいだ」

 

そしてスノウは、後者の(愚かな)選択をした。この場で、敵を道連れにすることを選んだのである。

自分の命と引き換えにするだけでアンドリュー・バルトフェルドを討ち取れるとすれば大戦果だ。そう考え、攻撃を避けながら機を窺うスノウ。

そして、その時は来た。

真正面に”ラゴゥ・デザートカスタム”を捉えたスノウはペダルを踏み込み、”デュエルダガー・カスタム”の最大速度で迫る。

敵も同じように”デュエルダガー・カスタム”を正面に捉えているが、スノウには勝算があった。

 

「真正面には、尻尾は振れまい!」

 

射出角度の問題か、”ラゴゥ・デザートカスタム”が真正面を向いている時には厄介なテイルブレードは飛んでこない。

そのことを察し、スノウは全速力で”ラゴゥ・デザートカスタム”に迫る。

敵から放たれたビームが掠りながらも、スノウは突進を止めない。

遂に敵との距離が200mmを切る。そこまで来れば、既にスノウの距離だ。

 

「お前は、ここで───!」

 

───その筈だった。スノウの思考が一瞬止まる。

 

(何故、()()()()()()()()()()()()()?)

 

真正面にはテイルブレードは飛ばせない筈では無いのか。混乱した思考だったが、スノウは理解した。理解()()()()()()

何ということはない、最初から真正面に飛ばすことは出来たのだ。ただ、使わなかっただけ。

それをスノウは弱点と勘違いしてしまった。あるいは、勘違いするように誘導されただけかもしれないが。

それを回避する術は、もはやスノウには残されていない。

 

(死───)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ソード2っ!>

 

気にくわない男の声が、聞こえた。

命中する直前にその刃は軌道を変え、”ラゴゥ・デザートカスタム”本体に迫る飛翔体を弾き飛ばす。ソードストライカーの装備であるビームブーメラン『マイダスメッサー』だ。

スノウはハッと我に返り、その場を飛び退く。

 

<ごめん、遅れた!>

 

「……はんっ」

 

安心感と同時に、スノウは呆れを込めて鼻を鳴らした。

この男は何故、ここぞという場面でばかり駆けつけるのだろうか。これでは何時になっても素直に礼を言うことなど出来そうにない。

 

「何処で油を売ってたんだ、ソード1?」

 

<ごめん、背中の荷物が重くってさ!>

 

障害をはねのけ、遂に”ストライク”が”ラゴゥ・デザートカスタム”と相対する。

”デュエルダガー・カスタム”を庇うように前に出る”ストライク”。5基あったストライカーの追加バッテリーパックは既に2つとなっているが、それでもスノウには、”ストライク”が千の兵よりも頼りになるように見えた。

 

<ソード2は一度補給へ。……あの機体は僕が抑える>

 

「……了解した」

 

キラの言うことを素直に受け止めるスノウ。

本当は彼女もその場で戦いたかったが、”デュエルダガー・カスタム”はそもそも短期決戦向けの性能をしている。エネルギー残量も既に半分を切っている以上、補給に戻るのは必要なことだった。

それは、パイロットであるスノウにとっても同じ事。肝心なところで薬の効力が切れてしまえば足手まといになる。

 

「見ていたかもしれんが、奴の尻尾……意外と小回りが効く」

 

<うん、気を付ける>

 

機体を後方の”アークエンジェル”に向けるスノウ。

最後にぽつりと、彼女は言葉を投げかけた。

 

「……死ぬなよ」

 

<勿論>

 

”デュエルダガー・カスタム”が飛び去る間際のその一言は、スノウにはどうしようもないほどに悔しく思えた。

自分ではどうしようも無かった先ほどまでの絶望感を、吹き飛ばしてしまったのだから。

 

 

 

 

 

「うわったぁ!?」

 

そのころ、マイケルは情けない悲鳴を挙げながらマシンガンの掃射から逃げ回っていた。

無理も無い。2本のサブアームを増設した”ジン”の改良機、”ジン・クアットロ”の登場によってマイケルを襲う銃火の数は単純にMS4機分も増えてしまったのだから。

マシンガン以外の武装を排除した漢気溢れるこの機体だが、パイロットも大分この機体に習熟しているようで、マイケルは”パワード・ダガー”の機動性を以てしてもその攻撃範囲から逃げられずにいた。

それに加えて、他のMSの相手もしなければならないのだ。とっくに平均的な一パイロットの負担できる領分は通りすぎってしまっている。

とうとう、敵MSから放たれた弾丸が”パワード・ダガー”の脚部に取り付けられたホバー推進用のユニットに命中、機体はつんのめって転倒してしまう。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

格好の獲物目がけて、”ジン・クアットロ”は自慢の弾幕を浴びせた。

PS装甲ではないとはいえ高級量産機である”ダガー”の装甲は固く、各所に弾痕が刻まれるだけに留まったが、このまま何もせずにいればマイケルは確実に命を落とすだろう。

 

「やられるかよ、こんな、こんなところで!」

 

負けじと撃ち返すマイケル。奮闘する彼だったが、機動力を失ったことで既に敵部隊によって包囲されつつあった。

もはやここまでか。操縦桿を握るマイケルの手に力が入った瞬間である。

ビームサーベルを展開してマイケルに近づいてきていた”バクゥ”が、突如として前半身と後半身に分かたれた。

何処からか飛来した砲弾が、”バクゥ”の胴体に徹甲弾を直撃させたのである。

”アークエンジェル”側でそれが出来る存在はただ一つ。

 

<無事かルーキー!?>

 

そう、モーリッツの指揮する”ノイエ・ラーテ”である。

彼らは後方から”アークエンジェル”に迫っていた2両の”フェンリル”を行動不能状態に追い込み、マイケル達の元に駆けつけたのだ。

今頃は走行ユニットが破損した車両からパイロットは逃げ出しているだろうが、”ノイエ・ラーテ”の試験搭乗員を務めたモーリッツ達を相手にそれで済ませているところは、流石“バルトフェルド隊”といったところだろう。

続けて、別の”バクゥ”にも一本のビームダガーが突き刺さる。

 

<すまない、今戻った!>

 

たった今、スノウが”アークエンジェル”の元に帰還したのだ。

使い物にならなくなった走行ユニットをパージしつつ、マイケルは自機を立ち直らせる。

 

「ソード2は!?」

 

<前方で敵エースと交戦中だ>

 

いつもながら、キラにばかり面倒事が向かっているような気がする。

自分よりも年下のキラに負担を背負わせていることをマイケルは歯がゆく思ったが、自分はキラとは違うし、今のキラに出来ないことをするだけだと思い直した。

 

「だったら、あいつがちゃんと帰ってこれるようにしないとな!」

 

<ついでに、もう一踏ん張り頼む。……一度補給する>

 

「おう、任された!」

 

スノウが()()()()()()長期戦に向かないことを知っているマイケルは、スノウの頼みを了承し、”デュエルダガー・カスタム”が着艦するのを見届けてから改めて敵に向き直った。

キラが戦っている。スノウも絶対に戻ってくる。

ならば、持ちこたえてみせよう。凡人である自分(マイケル)だが、エース達が事を成し遂げるまでの時間稼ぎくらいは出来る。

 

「悪いが、時間を稼がせてもらうぜZAFT共!」

 

 

 

 

 

マイケルが奮起している一方で、別の場所では因縁の対決が行なわれようとしていた。

 

<レーダーに接近する反応……これは”フェンリル”か!ならばっ>

 

<活きの良い奴がいる……あの()()()()()具合、まさか!?>

 

<リベンジマッチだ、スミレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!>

 

<また、あんた達かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!>

 

”フェンリル”と”ノイエ・ラーテ”。

同じ時代、巨大な人型が跋扈する戦場においてなお輝いてみせた2つの戦闘車両。

その2両に初めて乗り込み、戦った者達。

両者の奇妙な因縁は、やはり奇妙な形で再戦を果たそうとしていた。

 

 

 

 

 

「バアル、あの体たらくはなん───」

 

「寄越せ!」

 

コクピットから出てすぐに、スノウは待機していた研究員の一人の手から何らかの薬液───その詳細をスノウは知らないし興味も無い───が詰まった小瓶(アンプル)を奪い取り、飲み干す。

男達が何かを言おうとしていたが、今のスノウにはそんなことを考慮してやる必要性を感じられなかった。

 

「貴様、その態度はなんだ!誰のおかげで戦えると───」

 

「お前ら()守るために戦っているんだろうが!余計なことをゴチャゴチャ言う暇なんぞ持て余すんじゃない!」

 

この状況下でよくプライドにまみれた物言いが出来るものだ、とスノウは薬の影響で再び研ぎ澄まされ始めた頭で考える。

先の山間部における”バルトフェルド隊”の奇襲においても、彼らは戦闘後にスノウへ不満を漏らしていた。戦闘後で極めて昂ぶっている強化人間に対してそのようなことをするなど、どんな拍子に八つ裂きにされてもおかしくはない。

彼らには致命的に、危機感という物が足りていなかった。あるいは、足りていないような凡百の人材だからこそ”アークエンジェル”に乗せられて激戦に巻き込まれているのかもしれない。

 

「言いたいことがあるなら戦闘後に聞く!もっとも、戦闘後に私達が生きているかは知らんがな!」

 

「なっ……」

 

呆気に取られる男達の姿が閉じていくコクピットハッチで遮られ、スノウは溜息を吐く。

何故補給のために戻った場所でこのような思いをしなければならないのか。薬の副作用によるものとは別の頭痛が彼女を襲うが、時間もそうあるわけではない。

 

「再出撃、よろしいか!?」

 

<簡易チェックなら……でも推進材の充填は完了してません>

 

「十分だ!」

 

”デュエルダガー・カスタム”にも”ストライク”と同じ超伝導電磁推進式のスラスターが装備されており、空気を吸排出することで推進することが出来る。

しかし、瞬間的な加速を求めた結果”デュエルダガー・カスタム”には推進材を用いるスラスターも搭載されているのだ。それが完全な状態ではないということをアリアは告げるが、スノウはそれでも構わないと返答する。

充填が終わるまでの時間で味方がやられては意味が無い。

発進位置まで移動するまでの間、スノウは艦橋から送られてきた現在の戦況を確認する。

 

(”レセップス”は未だ健在、敵MS多数、2方向から”ピートリー”級も接近……絶望的だな。空はあのイーサンという男が抑えているのか?そして”フェンリル”……これは”ノイエ・ラーテ”が対処している)

 

この混迷とした戦場で、自分がするべきことは何か?

限られた活動時間で、自分は何をするのがもっとも効果的だろうか?

僅かに考えた後、スノウは艦橋に通信回線を開いた。

 

「ブリッジ、ソードストライカー……いや、対艦刀を出してくれ」

 

<対艦刀?>

 

通信に応答したサイに、スノウは不適に笑った。

 

「ああ。”レセップス”を仕留め損なったからな……挽回してくる」

 

 

 

 

 

<足つきからMSが出た、さっきのだ!>

 

<おいおいおい、ありゃあ……!>

 

対艦刀を装備して再出撃した”デュエルダガー・カスタム”は、まっすぐに()()()()に向かっていく。

 

「母艦は落とす、そうすれば貴様らも戦ってはいられまい!」

 

スノウの狙い、それは”アークエンジェル”に接近している敵陸上駆逐艦を撃破することだった。

動けない”アークエンジェル”にとって艦砲射撃は非常に脅威となる。それを止めるのに、高機動の”デュエルダガー・カスタム”は適任だった。

加えて、敵母艦を狙うことによって敵MS隊の目から”アークエンジェル”やムウ達を逸らすことも狙いにある。

前方から迫り来る敵MS隊と、その奥に控える駆逐艦。たとえスノウがどれだけスペシャルな存在だったとしても、命を落とす確率の方が高いだろう。

だが、彼女は獰猛に笑いながら立ち向かう。何が彼女を駆り立てたのか。

ZAFTを抹殺する為か?それは勿論。

仲間を守る為?スノウ本人は否定するかもしれないが、彼女はたしかに仲間への情を持ち始めていた。それもあるだろう。

だが、何よりも彼女が受け入れがたいことがあるから、彼女は突き進む。

あの、どうしようもなく純朴なくせに、戦いたくない筈なのに戦場に立ついけ好かない男(キラ・ヤマト)が、自分が手も足も出なかった敵を相手に時間を稼いでいる。

あふれ出る闘志と共に、彼女は吠えた。

 

「たたっ切る!全員だ、1人の例外もない!」




俺は……なぜあんな無駄な時間を……。(三井並感)
はい、更新です。
これほんとにあと1話でバルトフェルド戦終わるかなぁ……。

忘れた頃にやってくる、「オリジナル兵器・キャラクター募集」より採用したアイデアの紹介です!
「kiakia」様より、『MS用の補助腕』を採用させていただきました!
それと実際に補助腕を取り付けたオリジナルMSとして「ジン・クアットロ」を登場させました。以下は紹介みたいなものです。



○ジン・クアットロ
旧式化が進んだジンの改修プランの内の1つ。
単純に補助腕を積んだバックパックに換装しただけではあるが、本編で見せたように1機で4丁もの武装を扱うことが出来るなど、火力面での増強が図られた。
しかし戦局に大きな影響を与えることが出来るほどのものではなく、少数が生産されただけに留まる。
バルトフェルド隊に配備された機体は主に敵部隊の攪乱に投入された。
夜間や霧が出ている等、視界不良な戦場において小隊規模の火力投射を行うことで、敵部隊に「あの場所には敵部隊が潜んでいる」と誤認させ、敵の目から本隊の存在を隠し通すなど、一定以上の戦果を挙げたようだ。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第100話「砂漠の虎達」終編

毎度長らく、お待たせしました。
今回は、今までで最長の文字数となります。


「速い……!」

 

紙一重でテイルブレードを避けながら、キラは目の前の”ラゴゥ・デザートカスタム”を分析する。

先ほどから右肩部の『120mm対艦バルカン』を発射し何発かは命中させているのだが、まるで意に介していないところからキラは敵もPS装甲を搭載していると判断し、舌打ちをする。

現在の”ストライク”はビームライフルを装備しておらず、有効な攻撃手段が限られているからだ。

 

「冷却はもう出来ている……あと一発ならいけるか」

 

その内の1つ、『アグニ』の存在がキラを悩ませていた。

先ほどの拡散照射の影響で砲身が強制冷却状態にあった本装備は、命中すれば確実に”ラゴゥ・デザートカスタム”を撃破せしめるだろう。

しかし、この長大な武装を”ラゴゥ・デザートカスタム”に命中させるのはキラといえども至難の業だ。

また、『アグニ』自体の重量による機動性の低下も無視出来るものではない。

 

「くっ、この!」

 

飛来するテイルブレードを左腕のシールドで弾きながら、キラは機を窺う。

戦闘の中でキラは、”ラゴゥ・デザートカスタム”の隙と呼べる点を見いだしていた。

それは、「複数種の攻撃を同時に行なうことはない」ということだ。

そう見せかけているだけのブラフではないか、という考えもよぎったが、キラの直感は否定していた。

通常の”ラゴゥ”と比べて一割は向上しているだろう機動性と多様化した武装、加えてあの自由自在なテイルブレード。

間違い無く操作は複雑化している。自分があの機体に乗れと言われても、1人では乗りこなす自信がない。

実際、もしも複数種の攻撃───例えば、ビーム砲で攻撃しながら接近してテイルブレードで攻撃するなど───が可能であったなら、キラはとっくに死んでいる。

”ラゴゥ・デザートカスタム”は敵を刈り取れる機会を逃すような存在ではない。自身(キラ)の生存こそが、彼の推測の根拠だった。

 

(もしも、僕があの人だったなら)

 

キラは、”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットが誰であるかを察していた。

あの飄々とした態度の裏で鋭い刃を隠し持つ男性なら強敵と遭遇した時、常道と邪道、正攻法と奇策を使いこなして確実に敵を仕留める方法を選ぶ。

そして、PS装甲で固めた”ストライク”を確実に撃破するために、その頭部や脚部に備わったビームブレイドでトドメを刺しに来る。その時が、キラにとってもチャンスとなる。

あくまで憶測に基づいた算段ではあったが、今のキラには、これが上手くいくことを願うしかなかった。

 

 

 

 

 

「これも捌くか、流石だな!」

 

一方、”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットであるバルトフェルドは敵MS”ストライク”のパイロットに対し感嘆の声を漏らしていた。

実戦への投入は初だが、自分と”ラゴゥ・デザートカスタム”の組み合わせを前にこれだけ戦える人間はそうそういないだろう。

久しぶりに相対する強敵との戦いに笑みを漏らすバルトフェルド。しかし、唐突にその視界が揺れる。

 

「ぐうっ……やはり、きついな」

 

キラの推測は、ある程度的中していた。バルトフェルドは、ある程度無理をして”ラゴゥ・デザートカスタム”を操縦していたのだ。

“ラゴゥ・デザートカスタム”は性能が強化されるのに比例して操縦者への負荷も増大しており、それは本機を専用機として用意されたバルトフェルド本人にとっても言えることだった。

本機の搭乗者は出撃前に()()()()()を服用することを推奨される。この薬物は人体に悪影響のある成分は含まれておらず、カフェインやブドウ糖といった覚醒作用をもたらす成分で構成されており、開発者曰く「高級エナジードリンク」とされている。

 

(奇特なコーディネイターもいるものだ、と思っていたが……中々どうして、有用だ)

 

須く病原菌などへの耐性を持つコーディネイターばかり、かつ常に大気を管理させたプラントにおいて、薬物への研究はどうしても疎かにされがちだ。

そんな中でこの薬物を完成させた見ず知らずの研究員に、バルトフェルドは感謝の念を送った。

───そうでもしなければ、おそらく今頃()()()()()()()()だろうから。

しかし、そこまでしても本機の性能は100%発揮されてはいなかった。

今でこそOSの改良により1人でも十分に動かせるようになった”ラゴゥ”だが、元々は2人乗りが前提の機体。それは、改良機である”ラゴゥ・デザートカスタム”にとっても同じ事だった。

それでも、開発チームは「本機の性能を100%発揮することは可能」とした。

バルトフェルドが地球で出会い、そこからZAFTに協力するようになったある女性が、射手(ガンナー)として乗り込んでさえいれば。

 

「こんな僕を、君は笑うかな」

 

もしも彼女が乗り込んでいれば、今頃”ストライク”は撃破され、”アークエンジェル”の制圧も完了していただろう。

───もしも彼女と共に戦っていれば、バルトフェルドでもどうしようもない()()()()()が彼女を撃ち抜いていたかもしれない。

アンドリュー・バルトフェルドは恐怖したのだ。自分が死ぬことよりも、愛した女性が死ぬことを。

今頃は東アジア共和国の辺境に身を隠しているであろう恋人のことを思い、息を吐く。

最後まで残ると言い続けた彼女を半ば無理矢理に送り出したことに後悔は無い。後悔しているのは、喧嘩別れのような形で別れてしまったこと。

生き延びてみせる。その時はもう一度、彼女の微笑みを見たい。

 

「悪いが、ここで死んでもらう!」

 

ジャンプしていた”ストライク”が着地しようとした時、バルトフェルドは”ストライク”の足下を狙ってテイルブレードを放った。

如何に高い姿勢制御能力があろうとも、着地する足場が整っていなければきちんとした形で着地することは難しい。

果たして、テイルブレードによって斬り抉られた地面に着地しようとした”ストライク”は姿勢を崩し、隙を晒してしまう。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

コクピットを切り裂いて確実に仕留めるために、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に飛びかかった。

そこでバルトフェルドは驚くべき光景を見ることとなる。

”ストライク”は後ろ側に崩れた姿勢のままで背中と足裏のスラスターを点火し、()()()()()姿()()()地面を滑るように滑空を始めたのだ。更には、背中に背負った大砲を”ラゴゥ・デザートカスタム”に向けているではないか。

隙を作り出して攻撃したバルトフェルド。しかし今はその立場は逆転し、飛びかかりに失敗して隙だらけの”ラゴゥ・デザートカスタム”を敵の大砲が狙っている。

崩れた体勢を維持しつつスラスターを制御して後ろに飛び退き、”ラゴゥ・デザートカスタム”に反撃しようとする。そのようなことが出来るのはコーディネイターでもかなり限られる。

敵パイロットの能力に改めて驚愕すると共に、この攻撃を回避するためにバルトフェルドの体は半ば無意識に操縦桿を操作し、ペダルを踏み込んだ。

 

「っ、はぁ!?」

 

揺れる視界。否、揺れるどころではない。

視界が()()()()()。これまでくぐり抜けてきた激戦の中でも感じたことのない感覚に一瞬吐き気を覚えるが、気合いで押さえ込みバルトフェルドは反撃を試みる。

射出されたテイルブレードが”ストライク”の大砲を破壊するのを確認したバルトフェルドは”ストライク”と距離を取り、そこで改めて息を吐く。

彼が行なったのはバレルロールという、本来航空機が行う機動だ。

螺旋を描くように空中で一回転するこの挙動も、翼部に取り付けられた可動スラスターによって可能だと言われていた。

実際に使用することは無いだろうと笑っていた過去の自分を、バルトフェルドは鼻で笑った。

 

「ふっ……まさか、やるとは思ってなかっただろう!?」

 

モニターに映る”ストライク”も、どこか動揺を隠せないでいるのが見て取れる。

”ストライク”からすれば、確実に命中する筈だった攻撃を、しかもバレルロールで回避されるのは想定出来なかったのだろう。

まさかやった本人も動揺しているとは想像出来まい。バルトフェルドがほくそ笑んだところで、彼はモニターが機体の異常を示していることに気付いた。

どうやら先ほどのビーム攻撃は拡散して放たれたものだったらしく、それが翼の一部を掠めていったらしかった。

 

「必死なのだよ、君達も、我々も……!」

 

バルトフェルドは苦々しく呟いた。彼はある程度の苦戦は覚悟していたが、まさかこれほどまでに粘られるとは思っていなかったのだ。

彼にとって特に計算外だったのは、”ストライク”と”デュエルダガー・カスタム”以外のMS隊の存在である。

単純に考えて3倍を超える物量、そして自慢の精鋭達が攻撃を仕掛けているにも関わらず、未だに”アークエンジェル”を制圧したという報告が入ってこない。

バルトフェルドはけして、彼らを見くびっていたわけではない。”アークエンジェル隊”の成長性が彼の予想を大きく超えてしまっていたのだ。

ここにきて彼はそのことに気付いたが、それでも問題はないと判断する。

”アークエンジェル”が墜落したという時点で、既に”バルトフェルド”隊の勝利は()()確定と言って良い。

如何に堅牢かつ強壮な兵に守られていえども、その場から動けずにいるのならば何時かは限界が訪れる。

加えて、万全の態勢で挑んだバルトフェルド達に対して”アークエンジェル隊”は不意の遭遇戦で準備が不全。

 

「勝ちは貰ったぞ」

 

操縦する度に襲い来る強烈なGと”ストライク”からのプレッシャー、その2つに晒されながらも虎に見紛うばかりの獰猛さを失わないバルトフェルド。

しかし、次に”レセップス”から送られてきた通信内容を聞き、如何なる時でも崩れることが無かった彼の笑みが、遂に崩れるのであった。

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

<Cチーム、奴を包囲し……ダメだ、突破されている!?>

 

<誰かあの機体を止めろぉ!>

 

”デュエルダガー・カスタム”が戦場を駆ける。走り、飛び、そして敵を切り裂きながら、獲物を目指して。

如何に”バルトフェルド隊”が精鋭揃いといえども、今の鬼気迫る様相のスノウを止めるには至らず、母艦への接近を止めようと近づいた機体はその尽くが対艦刀で真っ二つに切り裂かれ、その骸を晒していた。

こういった状況でスノウを止められる存在であるエースキラー隊は既に全滅しており、スミレ・ヒラサカの駆る”フェンリル・ミゼーア”もバルトフェルドの”ラゴゥ・デザートカスタム”も他の敵と交戦しており、駆けつけられる状況では無い。

”デュエルダガー・カスタム”がその凶刃を、陸上駆逐艦”ヘンリー・カーター”に突きつけるのは時間の問題だった。

 

<MS隊は本艦に構うな、“アークエンジェル”の攻撃に専念しろ!───総員、退艦準備!>

 

もはや逃れることは叶わないと理解した”ヘンリー・カーター”艦長は指示を出すが、一歩遅い。

ズシン、と艦が揺れたと感じた時には、既に”デュエルダガー・カスタム”は艦橋の正面に立ち、対艦刀を振りかぶっていた。

二刀の悪鬼(トゥーソード)』などと言われていたが、一刀でも十分に強いではないか。

艦長は一瞬後に自らが死ぬことを理解し、最後に発するべき言葉を選択した。

 

<楽しかったぞ、アンドリュー・バルトフェ……!>

 

自身よりも年下ながら尊敬する上官への敬意を込めた言葉は、最後まで言い切ることは出来ず、その前に対艦刀の刃が”ヘンリー・カーター”艦橋を叩き潰した。

たった1機でMS隊に守られた敵艦を撃破するという偉業を為した”デュエルダガー・カスタム”とスノウ。しかし、彼女の奮戦も虚しく均衡は一気に崩れる。

 

<わぁっ!?>

 

”アークエンジェル”の上空で戦闘していたトールの”スカイグラスパー”が、遂に被弾したのである。

 

「ペンタクル1、被弾!」

 

「トールっ!?」

 

<くっ……こちらペンタクル1、不時着します!>

 

幸いにも被害は軽微、トール自身にも大きなダメージは無かったようで、グラグラと揺れながらも着陸態勢を取ることに成功する”スカイグラスパー”。

しかし、これでトールと戦闘していた”ディン”がフリーな状態になってしまった。”ディン”はまっすぐ”アークエンジェル”の艦橋を目指す。

それに気付いたイーサンは止めようとするが、元々彼が相手をしていた”ディン”のチームが彼の”アームドグラスパー”を妨害し、仲間の支援を行なう。

今の”アークエンジェル”は動けないだけでなく、いくつかの対空砲も潰されてしまっており、”バルトフェルド隊”のパイロットであれば突破は難しくない。

 

「敵MS接近!」

 

「迎撃っ!」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

ここまで奮戦していた”アークエンジェル隊”だが、遂に限界が訪れたのだ。

”アークエンジェル”に接近していた”ディン”が、脚部のミサイルポッドを解放する───。

 

 

 

 

 

<まさか、まだ生き残っていたとはな……>

 

 

 

 

 

ミサイルが発射される直前に、何処からか飛来したビームが”ディン”の胴体を貫き、”ディン”は爆散した。

 

「な、何が起こったの……?」

 

マリューが動揺の声を漏らす中、CICのリサは”アークエンジェル”に繋がった通信があることに気付く。

それは間違い無く、地球連合軍由来のコードで送られてきていた。

 

「っ、こちら”アークエンジェル”!」

 

<───こちらは”第404特殊作戦隊”、通称『S.I.D(シド)』です。オペレーターの……『ジョーカー』とお呼びください。これより貴隊の援護を開始します>

 

『ジョーカー』を名乗った声の主は、声に起伏が感じられない少女のものだった。

モニターには『Not Imaged』と表示されるばかりで実際にどのような姿をしているのかは不明だが、返答はたしかに、”アークエンジェル”に福音をもたらすものだった。

 

 

 

 

 

強襲VTOL”ヘルハウンド” 格納庫

 

「あら~……どうします『キング』?結構()()()()ですよ、”アークエンジェル”」

 

「援護するに決まっているだろう『クイーン』。俺は後方から狙撃する、お前は切り込め。『ジャック』、お前は『クイーン』の援護だ」

 

「りょ、了解……!」

 

<MS投下後、本機は離脱、“アークエンジェル”とのコンタクトを取ります>

 

「了解した」

 

時間は少々遡り、”第404特殊作戦隊”の使用する”ヘルハウンド”格納庫には3人の兵士が集っていた。

彼らはユーラシア連邦系列の特殊部隊であり、現在は上層部からの密命を受けて”アークエンジェル”の元に向かっている。

()()()()()とは違うが、味方が危機に陥っており、なおかつまだ助かる見込みがあるのであれば、同じ地球連合軍に属している以上助けないわけにはいかない。

 

「『ジャック』さん、そんなに緊張してたらすぐ死んじゃいますよ?ほら、リラックス、リラーックス♪」

 

「……逆に『クイーン』はリラックスしすぎじゃないか?」

 

「私は慣れてますしぃ、何より……緊張なんかして動きが鈍ったら、たまったものじゃないですよ」

 

彼らはお互いをトランプのカードになぞらえたコードネームで呼び合う。

隊長である『キング』と、その下に『クイーン』、『ジャック』と続き、オペレーターに『ジョーカー』。基本的にはこの4人で任務をこなしていくことになるが、『ジャック』ことジャック・リゲードは彼らになじめないでいた。

その理由はシンプル。───他のメンバーが全員、曲者という言葉を10重ねても足りない曲者揃いだからである。

『キング』こと、タツミ・コラール・クラウチは無表情かつ無感動、必要とあれば自分も他人も任務達成のために使い潰す、「機械よりも機械らしい」と評される兵士。

『クイーン』こと、エヴィ・アラストールは一見して白金髪(ブロンド)のゆるふわ美少女───そして軍服の上からでも分かるくらいに豊満───だが、その本質は殺戮を楽しみ、敵兵の血に酔うサイコパス。

『ジョーカー』に至っては、ジャックは本名すら知らない。肩に掛かる赤毛髪をツインテールにまとめた美少女だが、その声は常に平坦、かつ顔を合わせても温度を感じさせない視線を他者に向ける。

とりわけジャックの胃を痛める原因となっているのは、この面々の中で自分がもっとも年上ということだった。

自分よりも年下にも関わらず異常な精神と能力を持つ者達と、何故ジャックは共に戦わなければならないのか。それはまた別の話で語られるだろう。

そして何より、ジャックが心配するべきことは他にある。

目前に迫る戦いを生き延びることだ。

 

「戦闘行動開始。”メンインブラック”、発進する」

 

「”バスタード”、発進しまーす。……ふふふ、今日はどれだけの血を浴びることが出来るんでしょうか」

 

「死にたくねえなぁ……”へロス”、行くぞ!」

 

 

 

 

 

<な、なんだこいつら───>

 

<あっはははははぁ!今日も元気にご苦労様でーす!>

 

タツミの駆る”メンインブラック”による狙撃に続いて敵部隊に切り込んだのは、エヴィの駆る”バスタード”。

”バスタード”は”ストライクダガー”に近接戦闘用の改修を施した機体であり、背中にはソードストライカーが固定化されている。

この機体は『三月禍戦』の影響で不足した”ダガー”の穴を補うために開発されたものであり、ベース機の”ストライクダガー”に大きな個性を持たせているが、対艦刀を主武装としているためにパイロットには常に危険が伴う。

しかしエヴィは恐怖を感じていないかのように率先して突撃し、立ち塞がる”ジン・オーカー”を両断していく。

派手に暴れる”バスタード”とは対照的に、”メンインブラック”はその名の通り漆黒の増加装甲でフォルムを隠蔽した謎の多い機体だ。

主武装は形式番号不明のビームスナイパーライフルであり、今も”バスタード”に接近していた”バクゥ”を狙撃して戦果を挙げている。

これはけして”バスタード”を援護しているのではない。

対艦刀を主武装としている”バスタード”は、その特性状”バクゥ”などの4足獣型MSに近づかれると不利を強いられる。”バクゥ”もそれに気付いて接近戦を仕掛けようとしたところを狙い撃っているのだ。

つまり、タツミは単に”バスタード”に引きつけられた”バクゥ”を狙い撃っているだけなのだ。

それが結果的に、「人型は”バスタード”、”バクゥ”は”メンインブラック”」という風にチームワークとして昇華されているだけなのである。

 

「『ジョーカー』、俺どうしたら良いと思う!?」

 

<知りません>

 

<好きにしろってんなら今すぐ帰還してぇんだけど!?>

 

<敵前逃亡は銃殺刑です。毎回同じようなことを喚く余裕があるなら、さっさと敵部隊に突っ込んでください。『クイーン』という手本がいるでしょう?>

 

<あんなん真似出来るかっ!>

 

泣き言を言うジャックだが、その動きは堅実さを崩しておらず、僚機の攻撃で仕留めきれなかった敵MSにトドメを刺すことで後顧の憂いを絶っている。

彼の駆る”へロス”だけはユーラシア連邦が独自で開発した機体でありおかしな事はない。おかしいのは、彼のような人間が『S.I.D』に所属しているという現実のほうである。

突然の闖入者によって”バルトフェルド隊”は、ついにそのチームワークに乱れを作り出してしまった。彼らの頭の中にはいくつもの(クエスチョン)マークが浮かんでいる。

何故、このような都合の良いタイミングで”アークエンジェル”側に救援が到着したのか?バルトフェルドは何故新たに指示を出さないのか、あるいはバルトフェルドが指示を出せない緊急事態にあるのか?

ZAFT地上軍最強と名高い”バルトフェルド隊”だが、そんな彼らにも弱点が存在している。

彼らは自分達の指揮官が最強であることに疑いを持っていないが故に、バルトフェルドの立てた計画の中に全く存在しない事象が起きた時に対応力が低下してしまうのだ。

 

<どうする!?>

 

<指示は必ず来る、それまでは凌ぐんだよ!とりあえず”ピートリー”側に集まっておけ!>

 

無論、能力が低下しているとしても“バルトフェルド隊”として高い能力を持つ彼らは即応し、バルトフェルドを信じてできる限り長く戦えるように行動した。

未だに健在のもう一隻の陸上駆逐艦を守り、いつでも攻勢を掛けられるようにと彼らは集結し始める。

それは、ここまで延々と苦境に立たされ続けてきた”アークエンジェル隊”にとっては初の好機でもあった。

 

「敵部隊が集結を開始し始めました!」

 

「好機だ!『ウォンバット』装填!───撃てっ!」

 

”アークエンジェル”から放たれたミサイルが敵部隊目がけて殺到し、その内何機かに命中するのを確認した艦橋内で歓喜の声が挙がる。

ようやく見えた光明だ、それも無理は無い。

とはいえ、まだ戦闘は続いているのだ。あるとは思えないが油断をされてはたまらないとミヤムラが口を開きかけたその時である。

 

「司令、あれを!」

 

ノイマンの指差した方向には、赤い尾を引きながら天に向かって打ち上げられた煙幕弾の軌跡が残っていた。

赤い煙幕弾、それは、以前に作戦会議でキラが提案し、採用されたある戦術の合図。

会議に参加していた面々の過半数が顔を顰めたものだったが、戦術として有効な場面はあるだろうとされていた。もっとも、これまではその戦術を使うまでも無く任務を達成してきたために使われなかったのだが、それを使えという合図が昇った。

つまり、キラでさえ、そこまで追い込まれるだけの敵がいる。

ミヤムラの決断は早かった。

 

「『ウォンバット』発射用意、それと……煙幕弾もだ!」

 

 

 

 

 

「気付いてくれるといいけど……」

 

煙幕弾を発射し、弾切れとなった銃を投げ捨てながらキラは呟く。

『アグニ』を失ったキラにはもはや有効な射撃手段は存在せず、先にも増して警戒心を高めた”ラゴゥ・デザートカスタム”は迂闊に近づこうとはしない。

幸いなのは、向こうもPS装甲を使っている都合上、”ストライク”のバッテリー切れを狙った遅延戦法は採ってこないことだ。

既に背中のストライカーに取り付けられていた予備のバッテリーパックも全てを使い切っており、完全に”ストライク”の電源にのみ依存して戦っている以上、時間稼ぎは今のキラがもっともされたくない選択だ。

 

(残り、10、9、8、……)

 

キラは”ラゴゥ・デザートカスタム”から射かけられるビームを回避しながら、その時が来るのを待つ。

そして、その時は訪れた。

 

<なんだとっ!?>

 

瞬間、”ストライク”諸共”ラゴゥ・デザートカスタム”は爆炎に包まれた。

キラ達の取った戦術は至ってシンプルであった。煙幕弾の発射地点───自分(ストライク)を目印として”アークエンジェル”にミサイルを撃ち込ませたのである。

正史においても同様に、ナタルが”ストライク”を巻き込むのを構わずにミサイルを敵部隊に発射したことがあったが、今回はそもそもキラが自ら提言したことであったため、「味方に撃たれた」という精神的ショックは発生しない。

精神的ショックを受けたのはむしろ、バルトフェルドの方であった。

 

<自分から的になりに……>

 

PS装甲を搭載しているとしても、後ろから味方に撃たれるというのは、撃たれる側にも撃つ側にも多大な精神的負荷をもたらす。

事前に打ち合わせしていたとはいえ、それを即行出来る。

バルトフェルドは遂に、”アークエンジェル隊”が自分の想定を上回ったことを認めざるを得なくなった。

動揺するバルトフェルド。しかし、自分の周囲の状況が大きく変化していることに気付き、舌打ちをする。

 

<やってくれる……>

 

いつの間にか、”ラゴゥ・デザートカスタム”は煙で囲まれてしまっていた。おそらく、ミサイルによる攻撃の中に煙幕弾を織り交ぜていたのだろう。

 

(何処だ、何処から来る!?)

 

煙で視界が遮られている以上、目視での発見は不可能に近い。バルトフェルドはレーダーを見た。

敵を示す光点が自機の真後ろに表示されているのを確認した時には時既に遅し。

次の瞬間、”ラゴゥ・デザートカスタム”は一気に後ろに引っ張られた。

”ストライク”の左手に備わったロケットアンカー『パンツァーアイゼン』が”ラゴゥ・デザートカスタム”の右足を拘束、牽引し、その勢いのままに空中に放り投げる。

 

<しまった……!>

 

「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

空中に浮かび上がった”ラゴゥデザートカスタム”目がけて”ストライク”は対艦刀を振りかぶりながら飛び上がった。

如何にバレルロールさえ可能な”ラゴゥ・デザートカスタム”といえど、空中戦が得意というわけではない。そして、一度()()()()()()が出来ると分かっている以上、キラが攻撃を外すこともあり得ない。

 

<くっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあっ!>

 

しかし、バルトフェルドも伊達に『砂漠の虎』と言われているわけではない。

避けられないと悟った直後、空中で僅かに体勢を立て直し、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に直進した。

狙いは、敵の攻撃をできる限り受け流しつつのカウンター。

避けられないならば、その前に仕留めるのみ。

 

「「───っ!」」

 

一瞬の交叉の後、両者が地面に降り立つ。

”ストライク”はエールストライカーの羽根とエンジンを破壊され。───”ラゴゥ・デザートカスタム”は機体の右側の部位のほとんどを破壊されていた。

右前足、右翼、ビームキャノンのあった場所からは火花が散っている。右後ろ足は直撃を避けたために辛うじて立てているが、誰の目から見ても限界なのは間違い無かった。

 

「ストライカー排除、姿勢制御プログラム切り替え……あの一瞬でこんなにやれるのか」

 

キラは”ラゴゥ・デザートカスタム”のパイロットに対して感嘆の言葉を漏らす。

先の一瞬の攻防を制したのは間違い無くキラだった。

まさか切り裂かれて落下しながらもテイルブレードを射出し、ストライカーの推進器を破壊するとは。キラの頭の中に、先日喫茶店で出会った朗らかな男性の顔が過ぎる。

 

「……こちら、地球連合軍の”ストライク”です。撤退してください、これ以上の戦闘は危険です」

 

途切れ途切れではあるが、”アークエンジェル”側の戦局が好転したという情報も入ってきている。

これ以上の戦闘は泥沼化していくばかりで双方にとって得が無い。それはお前達も理解している筈だとキラは呼びかける。

無論、キラに言われるまでもなくバルトフェルドはそのことを理解していた。

 

<ははっ、若いくせに肝が据わっているとは思っていたが、まさか”ストライク”のパイロットだったとはな>

 

「その声……やっぱり、アンドリュー・バルトフェルド」

 

<先日の喫茶店以来だな、少年>

 

予想外とは言ったが、バルトフェルトはキラが“ストライク”のパイロットであることを薄々感づいていた。

嫌な時代になったものだ、20にもなっていない少年少女が、こうまで戦争の才能を発揮するなど。

やるせなさを感じながら、バルトフェルドは”レセップス”に通信をつないだ。

 

<ダコスタ君、無事か?>

 

<そりゃこっちの台詞ですよ隊長!”ヘンリー・カーター”が大破、更に敵の援軍が到着して()()()()()()なんです、指示を!>

 

それを聞いたバルトフェルドは、静かに溜息を吐いた。───潮時だ。

 

<そうか……じゃあダコスタ君、命令だ>

 

<はいっ>

 

<───撤退だ。なんとしても”レセップス”と残存MS隊を無事に持ち帰れ>

 

<……はっ?>

 

戦いの流れは完全に”アークエンジェル”側に傾いた。これ以上戦えば全滅もあり得る、そう考えての指示だったが、ダコスタは一瞬理解が出来なかったように呆けている。

いや、実際に理解が出来なかったのだろう。彼の中でバルトフェルドは最強のパイロットであり指揮官であり、撤退するにしても後々の布石とするためのものだと認識するほどだ。

今のように「ただ生き延びるために逃げろ」という内容での撤退命令は、到底受け入れがたいものだった。

 

<全軍撤退。もう一度聞き返すことは許さないよ>

 

<……わかり、ました>

 

有無を言わさない口調で命じ、ついにダコスタも敗北を認識したのだろう、力無く了承し、撤退準備を開始した。

それでいい。バルトフェルドは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

MS隊は元より、高練度のMS隊も今のZAFTでは値千金の戦力だ。これ以上無謀な戦いを続けて消耗するわけにはいかない。

最低限の指示は出来た。後は、盛大に幕を引くだけだ。

 

<それでは、もう少しだけ付き合って貰おうか>

 

「……なんで、貴方は!」

 

バルトフェルドはこの時を除いて”ストライク”を、否、そのパイロットを倒せる機会は無いということを直感していた。

キラの恐ろしいところは、未だに発展途上ということだ。今こそ互角に戦えているが、いずれは自分を凌駕するパイロットに成長するだろう。

そうなれば、ZAFTには多大な被害が生まれる。一兵士としてバルトフェルドはそれを看過出来なかった。

 

「もう止めてください!その機体は限界です、投降を!」

 

<残念ながら、それは出来ないな。君は強い、そしてこれからもっと強くなる。今のうちに摘んでおかなければ、後々ZAFTに大きな影を落とすだろう>

 

「買いかぶりです、個人にそんな力があるわけも無い!」

 

<そう思っているのは君だけだ!君は自分がZAFTで何と呼ばれているか知っているか?───『白い悪魔』だ!この地上に降りてからどれだけの戦果を挙げてきたか理解しているか、少年!>

 

「くっ、バルトフェルドさん!」

 

キラは苦渋の表情を浮かべる。

たしかに、自分は多くの損害を与えてきたかもしれない。しかしこうまで脅威視されるのは予想外だったのだ。

戦争を終わらせたい、そして友を止めたいと願い必死に戦ってきた結果、敵兵の畏怖を煽り立て、決死の覚悟をさせてしまう。

自分の強さが、戦いを助長している。

 

(こんな、こんなことって!)

 

苦悩するキラ。しかし、バルトフェルドはキラが迷いに答えを出す暇を与えようとはしなかった。

残ったスラスターを点火し、”ラゴゥ・デザートカスタム”は”ストライク”に立ち向かう。

そこに合理性などはなかった。あるのは、「仲間を守る為に戦う」という不退の意思のみだった。

 

<ここで君は仕留める!それが、ZAFTという組織に所属した私という兵士の、最後の仕事だ!>

 

 

 

 

 

<あんの、バカ隊長!>

 

一方、”フェンリル・ミゼーア”を駆るスミレはバルトフェルドに対して悪態を吐いていた。

撤退命令を出しておきながら自分は残って強敵と差し違えようとするなど、全隊員への侮辱に等しい。───自分達がそんな薄情者に見えるのだろうか?

とはいえ、撤退の判断自体は間違っていない。

不思議なほどタイミング良く現れた敵増援の存在は”アークエンジェル”との戦闘で疲弊していた部隊にとって大きな脅威だ。加えて、敵MSの奮戦によって陸上駆逐艦を落とされたのも痛い。

今のスミレに出来るのは味方の撤退支援。そしてもう一つ、やらなければならないことがある。

 

<絶対行くから、待ってなさいよ……!>

 

勝手に殿を務めようとするバルトフェルドの救援に向かうことだ。

早急に駆けつけて2人で戦えば、”ストライク”も撃破出来るだろうし、最悪撤退補助にはなる。

バルトフェルドは否定するだろうが、高練度の部隊も陸上戦艦も、彼が運用してこそのものだ。スミレはそう考えている。

皮肉なことに、バルトフェルドとその部下達は、互いに互いを高く評価しているがために、互いを救おうとすれ違いを起こしていたのだった。

しかし、そんなスミレを思惑通りに行動させない存在がいる。

 

<旋回速度を上げろ、砲塔の旋回速度だけじゃ間に合わない!>

 

<任せろ!>

 

<向こうは手一杯だ、押し切るぞ!>

 

<<アイアイサー!>>

 

今スミレが戦闘している”ノイエ・ラーテ”搭乗者の面々は、連合軍でもトップクラスに戦車戦を熟知した存在だ。一度戦闘しているからこそ、スミレにはそれがよくわかっている。

彼らは何度か”ノイエ・ラーテ”の主砲を命中させているにも関わらず装甲が貫通できていないことから、”アークエンジェル隊”から知らされた『”フェンリル・ミゼーア”にはPS装甲が搭載されている』という情報が正確だと確信すると、攻撃を”フェンリル・ミゼーア”の走行ユニットへ集中させ始めた。

いくら装甲が固くとも、内部機器への衝撃によるダメージは蓄積される。走れない戦車などただの鉄塊でしかない、それをよく理解しているからこその行動だった。

加えて、PS装甲は展開しているだけでもエネルギーを消費する。

この勝負の結末は、”フェンリル・ミゼーア”が有効弾を命中させるか、”ノイエ・ラーテ”が走行不能に追い込むかの2つに絞られたのだった。

 

「す、すごい……」

 

その光景を、ヒルデガルダは食い入るように見つめていた。

『S.I.D』の増援によって既に敵MS隊のほとんどが撤退しつつあり、殿の”フェンリル・ミゼーア”を残すのみとなっていた。あとは”フェンリル・ミゼーア”を撃破するだけで”アークエンジェル”の安全を確保出来るのだが、そのあまりの戦いぶりに、”ノイエ・ラーテ”以外の戦力は手出しをすることは出来ずにいたのだった。

2両はお互いに有効打を与えるために近距離での砲撃戦を行なっており、援護射撃をしようにも”ノイエ・ラーテ”に当てる可能性があった。

余力を残した『S.I.D』の面々も手出しをする気はあまりないようで、遠巻きに眺めている。

2両の戦車達は、隔絶された戦場にいた。

 

「……いや、でも、このままだと」

 

しかし、ヒルデガルダはそう思っていなかった。先ほどから戦闘を観察していた彼女は、あることに気づいたのだ。

”フェンリル・ミゼーア”はこれまで、一度も()()()()()()()。つまり、備わっている筈の両腕を使っていないのだ。

MSの携行火器では”ノイエ・ラーテ”の装甲の突破が難しいというのもあるだろうが、ヒルデガルダはどうしても疑念を拭えなかった。

”フェンリル・ミゼーア”の挙動を見逃すことがないように、ヒルデガルダは人生最大に集中して観察していた。

 

<残りエネルギー……ちっ!>

 

<いいぞ、もう一度接近しろ!>

 

ヒルデガルダの存在など視界に入っていないと言わんばかりに、2両の戦闘は激化していく。

ここまでの激闘で”フェンリル・ミゼーア”の残りエネルギーは3割を切っていた。加えて、個人で”フェンリル・ミゼーア”を操縦しているスミレの集中力もすり減っている。

対する”ノイエ・ラーテ”側も、”フェンリル・ミゼーア”との機動戦で消耗している。”フェンリル・ミゼーア”との戦闘前から戦い続きの”ノイエ・ラーテ”も、各部のパーツが消耗していたのだった。

 

<……チャンスは、一度だけ>

 

先に勝負を仕掛けたのは、スミレの方だった。

小細工など一切ないと言わんばかりに、”フェンリル・ミゼーア”は”ノイエ・ラーテ”に疾走する。PS装甲頼みの突撃だったが、”ノイエ・ラーテ”が有効打を持ちえない以上は最適解と言えるだろう。

 

<来るぞ、備えろ!>

 

対する”ノイエ・ラーテ”も、宿敵からの()()に受けて立つ構えを見せる。この状況は、かつて敗北を喫した戦闘の結末によく似ていた。

お互いに最後の一撃を命中させるために接近し、そして……一瞬の攻防を”フェンリル・ミゼーア”が制した。

 

<なんだとっ!?>

 

最後の最後で”フェンリル・ミゼーア”は変形、その車体に格納されていた人型の上半身を露出させながら大きく左に進路を変化させる。

無論、その程度の変化は”ノイエ・ラーテ”側も予測していたことであったために驚くべきことではない。

”ノイエ・ラーテ”の旋回性能をもってすれば、大幅な進路変更程度は対処出来る。

 

<戦車戦なら、間違い無くあんた達の方が上。でも……>

 

その次に”フェンリル・ミゼーア”が取った行動が、勝敗を決した。

”フェンリル・ミゼーア”は右手を”ノイエ・ラーテ”に向けたかと思うと、その腕を()()()()。射出された腕は本体とワイヤーで繋がっており、ワイヤーを介して本体から送られる信号に従って”ノイエ・ラーテ”の砲身に掴みかかる。

 

<勝つのは、わたしだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!>

 

<くっ!?>

 

右手が”ノイエ・ラーテ”の砲身を掴んだのを確認したスミレは、今度は右側に舵を切った。

これによって”フェンリル・ミゼーア”は、”ノイエ・ラーテ”を中心点として円を描くような軌道で走行することになる。

無理矢理な方向転換を行なった弊害として右腕のワイヤーが千切れた時には、既に”フェンリル・ミゼーア”は“ノイエ・ラーテ”の後方を通過し、その左側を取る事に成功していた。

予想を尽く外れた軌道に翻弄された”ノイエ・ラーテ”側に、向けられた砲から逃れる術はもはや無かった。

 

<ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?>

 

車体後部に直撃弾を受けた”ノイエ・ラーテ”は炎上しながら回転し、周辺の木々をなぎ倒しながら完全にその動きを停止する。

強敵の打倒を確認するや否やスミレは機体を変形させるボタンを押し、バルトフェルドのいる方向を向いた。

 

<待ってなさい、今、迎えに行くから───>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こ、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

次の瞬間、”フェンリル・ミゼーア”は衝撃で揺れた。

 

<なっ!?>

 

何事かとモニターを確認すれば、モニターに表示されていたのは『外的要因によって変形不可能』の一文が表示されているではないか。

それを為したのは、ヒルデガルダ・ミスティル。

極限まで集中していた彼女は、”フェンリル・ミゼーア”に生まれた唯一の隙───半人型形態での砲撃後の硬直を見逃さなかったのだ。

構造上、”フェンリル・ミゼーア”は人型を露出させている状態で砲撃を行なう場合、車高が増してしまうことでバランスが崩れやすくなってしまう。

そのため、砲撃時にはバランスを保つために速度を低下させなければならないのだ。

絶好にして唯一のタイミングを見計らったヒルデガルダは『パンツァーアイゼン』を残った”フェンリル・ミゼーア”の左腕に向けて射出、拘束に成功したのだった。

 

<このっ、放しなさいよ!>

 

「放す、もんか!」

 

スミレは機体の左手を掴まれたまま、アクセルを踏み込んだ。

右腕が千切れている以上、”フェンリル・ミゼーア”がこの拘束を自力で振りほどくには、それしか方法がなかった。

最高時速100㎞を超える速度を発揮出来る”フェンリル・ミゼーア”に引きずられる形でヒルデガルダの”ダガー”は動き出す。

ガリガリと地面に引きずられる脚部が悲鳴を挙げるが、ヒルデガルダの集中は途切れなかった。

 

(考えろ、あたしがあいつなら次はどうやってこの状況を打開する!?)

 

集中が極限まで高まったその時、彼女は自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

思考が限りなくクリアになり、普段はあたふたしながら操作するコクピット内の機器が澱み無く動かせるようになった自分に違和感を覚える暇もなく、その時は訪れる。

 

<いいっ、かげんっ、はなれ、ろっ!>

 

全力で走行していた”フェンリル・ミゼーア”は、突如として急停止する。

その反動で牽引されていた”ダガー”はバランスを崩し、拘束は解ける。そう考えての行動だったが、スミレは更なる驚愕に目を見開くことになった。

なんと”ダガー”はその反動を活用しつつ”フェンリル・ミゼーア”に飛びかかり、組み付くことに成功したのだ。

 

<嘘っ───>

 

たしかに、不可能な動きではない。

”フェンリル・ミゼーア”が急停止するタイミングを看破し、更にその反動を活かしながら飛びつくだけの姿勢制御能力を持っているのであればの話だが。

 

「あたしは……」

 

完全にノーマークだった相手がそれを為したことにスミレが思考を停止した瞬間、”ダガー”はビームサーベルを振りかぶる。

灼熱の光刃を振り下ろしながら、ヒルデガルダは吠えた。

 

「あたしはっ、『お嬢さん』じゃ、ないっ!!!」

 

如何にPS装甲といえど、ビームサーベルの直撃を受けとめることは出来ない。

振り下ろされたビームサーベルは人型形態と車両部の結合点に突き刺さり、車体内部を焼いていく。

 

<そんな……>

 

機器の電源が落ち、暗くなっていくコクピットでスミレは現状を信じられないでいた。

仮にも『深緑の巨狼』と呼ばれた自分が、このような形で敗北するなど、想像も出来なかった。

だが、当然と言えば当然なのかもしれない。スミレは自嘲する。

本来戦車に備わっていない『腕』を用いて勝利し、そして、『腕』を狙われて敗北する。

戦車乗りにも、MS乗りにも、彼女はなれなかった。

 

「中途半端だったな、最初から最後まで……」

 

 

 

 

 

どうして。”ストライク”の正面装甲表面をビームサーベルで焼かれながら、キラは頭の中でひたすらそう唱え続けていた。

後ろ足以外、右半身のほとんどを失ったと言ってもいいのに、”ラゴゥ・デザートカスタム”の猛攻は止まらない。現に”ストライク”の各所はビームサーベルによる切り傷で一杯だ。

損傷する前よりも苛烈になったとさえ思わせる気迫に、キラは受けに回ることしか出来ない。

 

「っ、もう止めてください!これ以上戦う意味なんて……」

 

<意味?意味ならあるとも。───君を倒せるならな!>

 

もう戦う意味は無いと叫ぶキラを、バルトフェルドは否定する。

キラを倒すことはそれだけの意味があると、バルトフェルドは本気でそう考えているのだ。

 

<君は以前、あの喫茶店で大切な人達が笑って生きていけるような世界のために戦っていると言ったな!それは誰だって一緒だ!>

 

「くうっ!?」

 

<力ある者が自分達を脅かすならば、誰も守ってくれないなら、立ち上がるしかないじゃないか!君の力は危険なんだよ!>

 

言の刃と共に足下へ飛んで来たテイルブレードをジャンプで避けながら、キラは『パンツァーアイゼン』を射出する。

しかしワイヤーをテイルブレードで切り裂かれてしまい、使い物にならなくなってしまった。

”ストライク”に残された武装は、その手に握る対艦刀と『アーマーシュナイダー』、そしてこの状況では役に立たない頭部バルカン砲だけ。

 

(いや、もう1つだけある)

 

決着を付けるための作戦を組み立てながらキラは反論する。

 

「積極的に戦いたいなんて思いませんよ!話し合いでなんとか出来るなら、どれだけ!」

 

<僕もそうさ!だが、僕も君も軍人で、上から戦えと命じられれば従うしかない!>

 

それはたしかに正論だ。

必要なことだと思ったから、キラは軍に入隊した。しかし、軍という社会の中に入ったのならば、その場所でのルールに従わなければならない。

それでも、とキラは叫ぶ。

 

「命令されたことをそのまま実行するだけなら、兵士なんてロボットでいいじゃないですか!そうじゃないのは、考える必要があるからでしょう!?」

 

<っ───>

 

「貴方は考えることを放棄しただけだ!殺すか殺されるかしかないと、諦めたんだ!」

 

キラは”ストライク”に対艦刀を捨てさせ、近くに落ちていたエールストライカーの残骸に飛びつき、そこに残っていたビームサーベルを抜き取った。

 

「僕は諦めてなんかいない。殺さなくてもいい命まで殺すなんて、まっぴらごめんだ!」

 

<だが、戦う以上死人は出るものだ!>

 

「だとしても!」

 

向かってくる”ラゴゥ・デザートカスタム”にビームサーベルを構えながら、キラは叫ぶ。

 

「───僕は、諦めないっ!!!」

 

<おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!>

 

裂帛の叫びと共に”ストライク”に飛びかかる”ラゴゥ・デザートカスタム”。

その瞬間、キラは自分の中で何かが弾ける感覚を覚えた。

澱み無く行なわれた操作によって”ストライク”が持つビームサーベルはビームジャベリンへ変形し、”ストライク”はそのまま投擲体勢を取る。

 

<なにっ───>

 

ビームジャベリンを投げつけられた、とバルトフェルドが認識したのは、その投擲が自機に命中してからだった。

空中で被弾し、勢いを殺された“ラゴゥ・デザートカスタム”はそのまま地面に落下する。

 

<どういう、ことだ>

 

未だに自身が生存していることをバルトフェルドは不思議に感じていた。

”ストライク”の攻撃は、”ラゴゥ・デザートカスタム”のコクピットを避けて下半身をうがっていた。

脚部を動かすためのモーターが破壊されてしまっているため、どうやっても動くことは出来ない。

 

「これ以上の戦闘は、不可能な筈です」

 

<はははは……これが、君なりの、やり方かね?>

 

バルトフェルドは、キラがわざとコクピットを外したのだと悟った。

無理矢理動けなくして、戦う手段を奪ってからの、ある種の傲慢ささえ感じる投降勧告。

だがそれは、キラの意思が、本物だということの証明に他ならなかった。

 

<僕の負けだな……>

 

遂にバルトフェルドは、自身の敗北を認めた。それを聞いたキラは安堵の表情を浮かべる。

しかし。

 

<そして、これが幕引きだ>

 

「えっ───」

 

<自爆装置を起動した。あと10秒で爆発する>

 

このまま投降したとしても、バルトフェルドは『砂漠の虎』の名があまりにも売れすぎていた。

キラはともかく、連合軍の兵士にどのような目に合わされるかも分からないし、それなりにZAFTの情報も握っている。

いじめ抜かれた上で死刑が待っているなら、この場で戦士として散りたかった。

 

「馬鹿な真似はやめ───」

 

通信回線を切り、バルトフェルドは目を閉じる。

 

(すまんね、諸君。戦争の終わりも確かめていないのに、向こう側にいくことになりそうだ)

 

先に散っていった部下達、そして残していくだろう部下達に謝罪しながら、バルトフェルドは静かにその時を待った。

このような強敵と戦い、死んでいく。自分のような碌でなしには十分な最後だろう。

自爆まであと5秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンディ───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する女の、声が聞こえた気がした。

バルトフェルドは目を開き、無意識に緊急脱出レバーを引いた。

コクピットハッチが吹き飛び、シートごと射出されるバルトフェルド。

次の瞬間、”ラゴゥ・デザートカスタム”が爆炎を巻き上げる。

 

<うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?>

 

ノーマルスーツの背中に取り付けられた推進装置を用いて、バルトフェルドはなんとか”ストライク”から離れて飛んでいく。

しかし、力の全てを使い果たし、PS装甲すらもダウンした今の”ストライク”とキラには、それを追いかける術は無いのだった……。




はい、色々とお待たせしました。
これにてバルトフェルド隊戦、『ひとまず』終了となります。

今回は以前に募集したオリジナル機体とオリジナルキャラクターをいくつか登場させました!
「タルタルソースa10」様より、『GAT-01-バスタード』を採用いたしました!
実際に原作に登場してもおかしくないようなオリジナル機体の設定で、書いてて楽しかったです!
そしてオリジナルキャラクターについて。
「章介」様の『タツミ・コラール・クラウチ』、「佐藤さんだぞ」様の『エヴィ・アラストール』を登場させました!
これらのキャラクターは、いずれ番外編『S.I.D』にて更に取り上げる予定です。
気長にお待ちください!

久々に機体能力値でも書いてみようかと。

パーフェクトストライクガンダム
移動:6
索敵:C
耐久:500
運動:30
シールド装備
PS装甲

武装
アグニ:220 命中 60
対艦バルカン:140 命中 70
スーパーナパーム:160 命中 50
対艦刀:200 命中 70
ビームジャベリン:120 命中 99

参考にしたのは「ギレンの野望 アクシズの脅威V」に登場するテム・レイ専用機の「ガンダム・フル装備」です。
武器を増やしただけなのになぜか通常のガンダムより耐久も上がる謎機体ですが、まあ例の回路でも摘んでたんでしょう。
他にもステータスとか色々と書きたいのですが、ゴチャっとするので今回はここまでに。
それでは、また次回に。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第101話「激闘を超えて」


【挿絵表示】


車椅子ニート(レモン)様よりいただいたファンアートです!
番外編で主役を張ったヘク・ドゥリンダ(上:大人、下:少年時代)とのことです、感謝しか勝たん!

ちなみにステータス。

ヘク・ドゥリンダ(ランクB)
指揮 11 魅力 10
射撃 12 格闘 13
耐久 11 反応 13

得意分野
・指揮 ・格闘


4/26

中部アフリカ ”アークエンジェル” エンジンブロック

 

「エンジンの調子はどう?」

 

「腹立たしい話ですが、あと半日もすれば応急修理はなんとか終わります。ここまで綺麗な壊し方をされると笑えてきますね」

 

マリューの問いかけに、整備兵は苦々しげに答える。

戦闘が終了しておよそ8時間が経過し、すっかりと日が落ちた時間帯になったが、”アークエンジェル”の中からは未だに大勢の乗員の声が響いていた。

今の”アークエンジェル”は飛行不可能という致命的状況に陥っており、それが治り安全圏まで脱出するまではこの喧噪が止むことはないだろう。

 

「綺麗な壊し方?」

 

「はい。こちら、被害状況の詳細になります」

 

「……たしかにね」

 

整備兵の言う「綺麗な壊し方」という例えに、マリューは納得した。

損傷が()()()なのだ。少しの修理で飛行可能な状態まで復旧可能なほどに。

かつて『ヘリオポリス』で”アークエンジェル”の開発に携わっていたこともあってオブザーバーとしてこの場に呼ばれたマリューだが、その必要は無かったと言って良いだろう。

マリューの見た限りでは、現状の人員でも十分に対処出来るだけのダメージなのだから。

 

「ミヤムラ司令の予測は正しかったということかしらね」

 

「”アークエンジェル”の鹵獲でしたっけ?たしかに、それならこの損傷具合にも納得ですよ。自分達で使えるようにしておきたいでしょうから」

 

「『深緑の巨狼』……敵ながら、見事な砲撃能力だったわ」

 

感嘆の声を漏らすマリュー。

後々に自分達で直して使うつもりだったとはいえ、スミレの砲撃は正確だった。

彼女が本気だったならば、艦橋を撃ち抜くことは容易いことだった。マリューはそのことを改めて理解させられたのだった。

 

「とはいえ、危険な状況なのは間違い無いわ。キツいかもしれないけれど、出来るだけ早くお願い」

 

「任せてください、せっかく”バルトフェルド隊”に真正面から勝利したんです、こんなところで死ぬんじゃ勿体ない」

 

ニッと力強く笑う整備兵に軽く敬礼し、マリューは艦橋への道を辿った。

後始末に追われて激務続きではあったが、今、艦長である自分が責務から離れるワケにはいかない。

 

「うっ……」

 

歩いている途中、目眩を感じたマリュー。

足取りも覚束ないまま、彼女は足を縺れさせ───。

 

「ドクターストップをかけさせていただきます」

 

倒れ込む直前に、誰かに肩を支えられるマリュー。

顔を上げれば、そこにはフローレンスの顔があった。

 

「ブラックウェル中尉……」

 

「申し訳ありませんが、これより6時間の休息を取っていただきます。既にミヤムラ司令には許可を得ています」

 

「だけど、私は」

 

「今の貴方に艦を任せたいと、私は思いません。……ご自愛ください」

 

フローレンスにも、現状がどれだけ危険であるかは理解出来ていた。

故にこそ、彼女はマリューに休めと言う。

艦長の働きが悪い艦など、どれだけ他の船員が優秀でも大したことは無いのだ。

結局、けして譲る気を見せないフローレンスにマリューも折れ、休息を取ることにしたのだった。

 

「……分かりました。部屋まで、連れていってちょうだい中尉」

 

「勿論です艦長。ムラマツ中佐に睡眠導入剤(腹パン)を度々使わされた私としては、物わかりが良くて助かります」

 

「ふふ……想像出来るわね」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 休憩スペース

 

<……と、いうわけでラミアス艦長はしばらく席を外すことになった。私のような門外漢では頼りないだろうが、現状の報告を頼む>

 

「構いませんよ。現状、正直に言うと、艦長がいてもいなくても大して変わりませんから」

 

モニターの向こう側に映るミヤムラに向けて、アリアは肩を竦めて見せた。

彼女は現在、彼女の居城とも言うべき格納庫から少し離れた通路に設置された休憩スペースにて、その手に持ったタブレットを用いてミヤムラと話していた。

ともすれば上官への侮辱とも取られかねない言葉だが、ミヤムラが顔を顰めたのは別の理由によるものだった。

 

<それほど酷いのかね、MS隊は?>

 

「今、それなりに装備の整ってるZAFTの部隊に襲われでもしたらアウトですね。無事に動ける機体なんかほとんどありませんよ」

 

彼女の言葉の真意は、正しくその通りだった。

現在も整備兵がフル稼働して傷ついたMS隊の修理作業に取りかかっているが、現状で戦闘に出せるような機体はほとんど存在していなかったのだ。

彼女が格納庫を離れてこの場所で話をしているのも、今の格納庫は怒号と作業音に埋め尽くされているために話が出来るような環境ではなかったから、というのもあった。

”アークエンジェル”は飛べない、MS隊も動けない。

このような状況では、マリューが艦長席に座っていたとしても意味はほとんどない。現状の”アークエンジェル隊”に出来ることは、修理を急ぐことだけなのだから。

 

「”ストライク”は機体全体の装甲に多数の損傷、フレームもかなり摩耗しています。

”デュエルダガー・カスタム”も似たような状態ですが、こちらは論外ですね。今は()()()()()()()()()()()()()

”ダガー”隊の損耗も無視出来ません。特にミスティル軍曹の機体、あれはもはやスクラップ同然ですよ」

 

実際に見たアリアには、そのことがよく理解出来ていた。

両脚は“フェンリル・ミゼーア”に引きずられたことでモーターが圧壊寸前。左腕も”フェンリル・ミゼーア”を拘束し続けるために『パンツァーアイゼン』を使用し続けた結果、千切れかけだった。

かといって胴体と右腕も無事ではなく、それまでの激戦に晒されたことで損傷している。

MSに詳しいものならば、誰が見てもスクラップ行きが妥当という有様なのだった。

 

<うむ……”スカイグラスパー”はどうかね?>

 

「MS隊に比べればまだマシですね。イーサン・ブレイク中尉が搭乗した機体は被弾がほぼ0、ケーニヒ二等兵の機体も、上手く不時着したようで、ダメージはそれほどでもありません」

 

とは言え、”スカイグラスパー”1機で出来ることは大幅に限られる。

やはり戦闘可能とは言いがたいのが現状だった。

”ノイエ・ラーテ”に関しても同様だ。

先の戦闘で”フェンリル・ミゼーア”の主砲の直撃を受けたと思われた”ノイエ・ラーテ”だが、入射角が良かったこと、そして本体の頑強さが幸いして操縦者達の負ったダメージは少なかった。

”ノイエ・ラーテ”を開発した『通常兵器地位向上委員会』が、「優れた兵器は使う人間の安全を保証するものである」を信条の1つとしていたからこその結果であった。勿論、彼らの操縦技術もあってのことだが。

しかし、やはりと言うべきか機体ダメージが大きいということは変わらないため、戦闘に出すことは出来ない。

そもそも、”アークエンジェル”はMSを運用するための母艦であり、”ノイエ・ラーテ”の修理には適していない、というのが最大の難関だった。

 

「詰まるところ、結論は変わらず『戦闘不能』ということです」

 

<ううむ……。彼ら、『S.I.D』と言ったか?力を借りられれば良かったのだがな……>

 

「薄情ですよねぇ、『本来の任務がある』なんて言って、みーんな連れてっちゃったんですから」

 

”アークエンジェル”に残された最後の希望は、戦闘の最中に突如として現れた特殊部隊『S.I.D』。

しかし、彼らも既に”アークエンジェル”から立ち去っている。

 

<仕方あるまいさ。ナイロビ奪還作戦のために、人手はいくらあっても足りんのだろう>

 

『S.I.D』の隊長であるタツミは、彼らは元々、”アークエンジェル”がZAFTから奪還した捕虜を輸送する部隊の護衛が任務なのだと言った。

”アークエンジェル”を救援した理由は艦内に多数の捕虜がいたということが大半を占めており、後々に”アークエンジェル”の元に駆けつけた輸送艇に捕虜、そして半壊した”ノイエ・ラーテ”と()()()を積み込んだ後はさっさと元の基地へと帰還してしまったのである。

そして、個人的にアリアがもっとも悔しがっているのは、ドサクサ紛れと言わんばかりに持っていかれた()()()についてであった。

 

「いや、でも”フェンリル”まで持っていきます!?あれ撃破したの、私達(大西洋連邦)ですよ!?」

 

そう、『S.I.D』はヒルデガルダが撃破した”フェンリル・ミゼーア”を持っていってしまったのだ。

 

『今の”アークエンジェル”にこの機体を保持する余裕は無いでしょう。()()()()()()()()、我々が引き取らせていただきます』

 

たしかに、言っている内容におかしな事は無い。

自分達の機体の整備で手一杯な”アークエンジェル”が抱え込んでいても負担でしかないし、かといってそのまま放置いていればZAFTに回収されてしまうかもしれない。

加えていうならば、ヒルデガルダがやったことは言ってしまえば『漁夫の利』に近く、”フェンリル・ミゼーア”を追い込み、隙を作ったのは”ノイエ・ラーテ”だ。

しかし、技術者魂が内で燃えるアリアにとっては、絶好のオモチャを取り上げられたに等しいのだった。

 

「あ~……オリジナルの、しかも魔改造された”フェンリル”ぅ~」

 

<ははは……まあ、彼らが持っているという事実はあるのだし、後々情報の開示請求をするのがいいだろう>

 

「本当に開示してくれますかねぇ……」

 

「おーい、嬢ちゃん!そろそろ戻ってきてくれねえか!?」

 

アリアがベンチで溜息を吐いていると、マードックに声を掛けられる。

”ダガー”の整備だけならば他の者でも出来るのだが、”ストライク”や”デュエルダガー・カスタム”は特殊な機体だ。

整備班長であるアリアの力が無ければ、十全に整備は難しい。

 

「はーい、只今!というわけですので」

 

<うむ。一刻も早く、MS隊を復旧させることに努めてくれ>

 

ミヤムラとの通信を終え、アリアは格納庫の方へと向かって歩き出す。

その顔には未だに燻る技術者魂と、不可解な動きを見せた『S.I.D』への疑念が表情として浮かんでいた。

 

(はてさて、彼らの()()()()()は、果たしてなんだったのでしょうね)

 

まずアリアが疑問に思ったのは、『援軍に駆けつけるタイミングが()()()()()()』だ。

たしかに、”アークエンジェル”が墜落してすぐにミヤムラが救援要請を出していたため、駆けつけること自体はあり得る。

だが、彼らは”アークエンジェル”から回収した連合兵の護衛が目的だといった。

元々の予定合流地点から駆けつけてくるには早すぎる。まるで、”アークエンジェル”が”バルトフェルド隊”に攻撃を受けることを知っていて、()()()()()()()()()()()()()()()かのようだ。

おかしな所は『S.I.D』の装備もだった。

彼らの機体の内1機は”へロス”。ユーラシア連邦が独力で開発した量産型MSであり、ユーラシア連合に属する彼らが保有していてもおかしくはない。

問題は、他の2機だ。

GAT-01B/SS”バスタード”。”ストライクダガー”にソードストライカーを固定化し、各部を接近戦用に調整したマイナーチェンジ機。

この機体は前線に配備された”ダガー”が、3月23日の『三月禍戦』の際に損耗したことを受け、急遽簡易量産機である”ストライクダガー”の開発・量産が決まってから作られたものだ。

実際に戦闘に配備されるには、どれだけ早く見積もっても4月中旬に入ってからになるだろう。

それを、”ストライクダガー”を開発した大西洋連邦ではなく、ユーラシア連合(外様)の部隊が所有していた。

技術者だからこそ感じられる違和感が、そこにはあった。

 

(それにあの機体、”メンインブラック”でしたか。装甲で偽装していましたが、あれは間違い無く()()()()……)

 

それは、アリアにとって非常に見覚えのある機体だった。

GAT-X102[G]”陸戦型デュエル”。”マウス隊”が開発を主導し、エドワード・ハレルソンの愛機となっているその機体は、やはり大西洋連邦のものだ。

ユーラシア連邦の部隊でありながら、大西洋連邦の新型MSを運用する。

答えの出ない疑問にアリアの額が顰められた。

 

「ま、今は目の前の仕事に集中しましょうかね」

 

とはいえ、一介の技術者でしかない自分が考えても仕方のないことである。

アリアはそう考え、格納庫へと足を踏み入れた。

彼女の戦場はここであり、政治の絡むようなことはないのだ。

 

「A班とB班は引き続き”ダガー”、それも負担の少ない機体から優先して修理!C班は武装のメンテナンス!

D班は私と一緒に”ストライク”の整備です!───こっからが戦争ですよ、私達の!」

 

 

 

 

 

アフリカ モザンビーク基地

 

「”アークエンジェル”は無事、捕虜も無事、更には”バルトフェルド隊”も撃破。めでたしめでたし……珍しいこともあるもんですよねぇ」

 

窓の外の光景を見ながら、エヴィは咥えたタバコに火を点けた。彼女の近くに座る『ジョーカー』が顔を顰めるが、気にした様子は無い。

この場所は、アフリカ大陸東部に位置するモザンビーク基地。

外では捕虜の身分から解放され、無事に帰還を果たした兵の歓迎会が行なわれている。

しかし『S.I.D』の面々はそこに混ざることはせず、移動拠点として用いている”ヘルハウンド”の待機室にて休息を摂っていた。

 

「珍しいって?」

 

「いやぁ、私達の任務でスッキリ終わることって殆ど無いじゃないですか?」

 

エヴィからの返答に、ああ、と納得の声を返すジャック。

たしかに、普段の彼らの『仕事』のことを考えれば、不自然なほど綺麗に終わったと言って良いだろう。

もっとも、事の運びによっては今回もそうなる可能性はあったのだが。

 

「あー、興味あったんだけどなぁ……”アークエンジェル”」

 

煙を吐き出しながら、折りたたみ式の簡易シートに寝転がるエヴィ。

大西洋連邦が保有する最新鋭MS母艦である”アークエンジェル”は、同じ連合兵の中でも注目の的だ。

アフリカ大陸での戦果の数々が周知され始めており、兵の士気を高める役割も担い始めている艦を、しかしエヴィは異なる方向からの興味を示す。

彼女にとって”アークエンジェル”は強力な味方であると同時に、『落とし甲斐のありそうな獲物』でもあったのだ。

 

「まぁ、俺も正直驚いてるよ。まさかまだ生き残って、戦い続けてるなんてさ」

 

「あー、もうちょっと遅くに着いてればなぁ」

 

「『クイーン』、作戦の目的と自分の願望を混同するのは止めるべきです」

 

あの場で孤軍奮闘する”アークエンジェル隊”の元に『S.I.D』が駆けつけた理由はただ1つ。

すなわち、『ZAFTの“アークエンジェル”入手阻止』である。

彼らはユーラシア連邦においてさえも認知度の低い特殊部隊であり、通常とは異なる情報網を利用している。

”アークエンジェル”がZAFTの精鋭部隊に狙われていることを察知した『S.I.D』は急行、”アークエンジェル”の拿捕を防ぐことに成功した。

しかし、そのための方法は()()()()()()()()()()()

最悪の場合、彼らの手で”アークエンジェル”の破壊が行なわれる可能性もあったのだ。

今回は偶々ダイスの目が良かっただけに過ぎない。

 

「特にあの機体、”ダガー”の高機動カスタム機!」

 

「ああ、強かったな」

 

「ふふふ……ジャックさんは、私とあの機体、どっちが強いと思います?」

 

「……ノーコメントで」

 

戦闘狂(ウォーモンガー)その物のエヴィだが、ジャックは慣れた様子で返事をして、その手に持った雑誌に目を落とす。

『S.I.D』の中では唯一常人としての思考を持つジャックだが、エヴィの物騒な言葉に大した反応を見せることは無い。

彼女がもっとも苛烈になる時が、ZAFT兵を拷問する時だということを知っているからだ。否、もはや拷問は()()()であり、彼女なりの処刑といって良いだろう。

人の尊厳を徹底的に奪い去られていく様を知っているのに、今更言動で動揺する筈もなかった。

 

「連れない……あ、じゃあ『ジョーカー』ちゃんは?」

 

「副流煙を垂れ流すのを止めたら答えてもいいです」

 

ちぇっ、と拗ねて窓の外の光景に目を移すエヴィ。

果たして彼女の目が映しているのは、近づくナイロビ奪還戦に向けて前夜祭に参加する味方側の兵士なのか。

それとも、ウインドウショッピングでもするように、『盾』でも見繕っているのだろうか。

 

「───揃っているようだな。『ジェントルマン』からの指示が来た、出発の準備をしろ」

 

『了解』

 

そして彼らは、再び闇の中に歩みを進め、表から姿を消した。

それらは、影のように───。

 

 

 

 

 

アフリカ大陸某所 野営地

 

「隊長、無事で何よりです!」

 

「……」

 

一方その頃、撤退した”バルトフェルド隊”は予め用意しておいた野営地に集結を果たした。

周りを見渡し、”ヘンリー・カーター”の面々がいないことを悟ったバルトフェルドは、静かに息を吐いた。

 

「隊長……」

 

「───終わりだ」

 

バルトフェルドは部下達の前でヒラヒラと両手を振り、これ以上は何も用意していないことをアピールする。

 

「ほらほら、撤退準備だ。遠足も戦争も帰るまで、って言うだろ?」

 

「ここで退くんですか、何も手に入っちゃいないのに!?」

 

「だったらなんだよ、もっかい『足付き』に仕掛けてみるか?この有様で?」

 

彼らの周囲に佇むMSに、傷の付いていない物は1機としてなかった。

咥えて、隊のエースであるスミレも、エースキラー3人衆もいない。

これでは、どれだけバルトフェルドが優秀な指揮官だったとしても、勝つことなど出来はしない。

 

「ぶっちゃけ、上から睨まれてるんだよね僕。必要だからって”フェンリル”2両借りてきたのを壊したし、そもそも3回失敗してる時点でもう次はないっていうか」

 

だから、終わりだ。

バルトフェルドの言葉を聞いた兵士のリアクションは多様だった。

最強だと信じてきた自分達の敗北を受け止めきれず泣き出す者もいれば、歯を食いしばり堪える者もいて、バルトフェルドを見定めるかのような視線を向ける者もいる。

いい部隊だった、とバルトフェルドは思った。

時に笑い、争い、そして勝ち残ってきた、最高の部隊だったと今も信じている。

だが、”バルトフェルド隊”は終わりだ。

 

「”レセップス”も返上だなぁ。たった1隻の船を何度も取り逃がした挙げ句、逃げ帰ってくるような奴に任せておいてくれる筈もない」

 

「あの、隊長。何をなさっているんですか?」

 

独り言を呟きながら何かの準備を進めるバルトフェルド。

怪訝に思い声を掛けたダコスタに、バルトフェルドは大したことは無さそうに言葉を返す。

 

「ん?ああ、なに、ちょっと”アークエンジェル”に()()()()掛けようと思ってね」

 

「……は?」

 

周囲からの「何言ってんだコイツ」という視線を浴びながら、バルトフェルドは言葉を続けた。

 

「いや、だからさ。悔しいじゃん、何度も負けてさ。でもまた皆で行って被害出すワケにもいかないじゃん?だから1人で───」

 

『ふっざけんなこのカフェイン中毒!』

 

一斉に浴びせられる怒声に耳を塞ぐバルトフェルドだが、その意思はたしかなようだった。

苛立ちを更に募らせる隊員達は、矢継ぎ早に怒りをぶつけていく。

 

「俺達置いて自分だけ特攻だぁ!?んなこと許されると思ってんのか!」

 

「俺達ってそこまで役立たずですか、1人でいった方がいいくらいに!?」

 

「ホウ・レン・ソウはどこいったんだよ!」

 

『納得いく説明をしろー!さもなきゃ付いてくぞ!』

 

バツが悪そうに頭を掻くバルトフェルド。

困った、どうやら自分(バルトフェルド)は想像以上に慕われていたらしい。

 

「……本当なら、死んでる筈だったんだよ」

 

最強の敵と戦い、敗れた。そして死を受け入れて自爆装置のスイッチを押した。

にも関わらず、彼は生きている。生き残ってしまった。

 

「女の声が聞こえてしまったんだ。それに引っかけられちゃってさ、死に損なった。

僕は自分が大好きでさ、コーヒー好きの自分とか、指揮官の自分とか、大切にしてるんだよ。……戦士としての自分を裏切った、ツケを払いに行くってだけ」

 

だから付いてこさせるワケにはいかない、とバルトフェルドは言った。

自分は”バルトフェルド隊”の隊長としてではなく、1人の戦士として私闘を挑むのだと。

軍人としての責務を放棄して、再びの戦いを挑みにいくのだと。

それを聞いた隊員達は、やはり呆れかえった。

やっぱり、わかっていない。

 

「じゃあ俺ZAFTやーめた!」

 

「なんだ、お前もか?実は俺も、たった今辞めるところでな」

 

「最近のZAFTきな臭ーし、俺も一抜け」

 

次々に制服を脱ぎ捨てる隊員達を前に、バルトフェルドは驚きを隠せない。

 

「は、あの、君達?」

 

「よっしゃ、皆これからどうする?」

 

「そうだな……バカに付き合ってバカするか」

 

「例えば?」

 

「天使様をぶち殺しにいく、とか?」

 

「いや、待て待て待て!?」

 

『待たない』

 

バルトフェルドの周りの兵士を代表して、ある男が進み出る。

彼は、戦争初期からバルトフェルドに付き従って戦い続けてきた男だった。

 

「俺達が付いていくと決めたのはZAFTじゃない、あんただ。最後まで付き合うぜ大将」

 

「女の声に引っ張られた、結構じゃねーか。堂々と生きて帰ってやれよ」

 

「……はははは」

 

それを聞き、笑いをこぼすバルトフェルド。

やはり、自分は幸せ者だ。

憎しみと悲しみに染まり、未だに終着点も見えないこの世界、この戦争で。

かけがえの無い絆があるのだから。

 

「じゃあ、行こうか」

 

たとえ、牙や爪を引き抜かれ、頭だけになったとしても。

───我々は、『砂漠の虎』だ。




ということで、本作のバルトフェルド隊はラル大尉リスペクト強めでいくことになりました。
『S.I.D』の面々に関してはいずれ番外編で話を書いていこうと思っています。

次回、『バルトフェルド、特攻』。
気長にお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第102話「バルトフェルド、特攻」前編

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”アークエンジェル” パイロット待機室

 

時刻が深夜10時を回ったころ、カチャカチャ、と小さな金属が擦れる音だけが部屋の中で反響していた。

その部屋の中にいるのは4人、ムウ、マイケル、ベント、そしてキラのMS隊男性パイロットの面々だ。

ムウは部屋の中に備え付けられた簡易ベッドに寝転がり、マイケルは椅子に座って近くのテーブルに頬杖を付いて落ち着かなさそうにしている。

そしてベントも持ち込んだ小説に目を落としている。もっとも、マイケルと同じように集中は出来ていないのだが。

ならば、音を立てているのは金属音を出しているのはキラ以外に存在しない。

 

「……なぁ、キラ」

 

「はい」

 

「その、なんだ……いったん手を止めたらどうだ?」

 

マイケルは遠慮がちにキラが手に持つ物───分解されたベレッタM192拳銃を指差す。

キラは今、マイケルと同じようにテーブルに着き、その上で拳銃の整備を行なっていたのだった。

拳銃を整備する手を止めずにキラは返事を返す。

 

「あ、すいませんうるさかったですか?もうすぐ終わりますので」

 

「あー、その、そうじゃなくてだな……」

 

たしかにキラの手は澱み無く動いており、銃の整備も8割方は終わったところだった。

しかし、マイケルの言いたいのは、整備の音が耳障りだとかそういうことではない。

その行為自体が、気になってしょうがないのだ。

 

「えっと、要するにだな……お前も昼間、滅茶苦茶戦っただろ?今は疲れを取ることに専念した方がいいんじゃないか、みたいな……」

 

キラを慮るようなことを言うマイケル。しかし、真相はそうではない。

目の前で銃を整備されていると、まだ戦闘が終わっていないよう、未だに何処かから狙われているように思えて落ち着かないのだ。

歯切れの悪いマイケルの言葉から、その言葉に隠された真意を悟るキラ。

 

「ごめんなさい、マイケルさん。でも……必要なことだと思うので」

 

「つってもよ、今銃の整備してもしょうがないんじゃないか?いや、分かるぜ?銃の整備は大事だ。けどさ……ここら辺からZAFTは撤退しつつあるわけだし、敵なんて」

 

「───あの人なら、来ます」

 

マイケルは、ジッと自分を見つめて言い返すキラに僅かに怯んだ。

なんとなく、マイケルにもキラが言う()()()が誰だかが分かった気がして、更に言い返す。

 

「でも、でもよ……あいつら、昼間の戦闘で大分消耗してる筈、だぜ?分からんけどさ」

 

「それでも、来ます」

 

「だから……なんで?」

 

問い返されたキラは、僅かに目を伏せて考え込む。

いつの間にか、顔を上げて自身を見つめているベントと、目を閉じながらも会話に意識を傾けているムウ。

3方向から注目される中、キラは一言だけ返した。

 

「あの人が、『砂漠の虎(アンドリュー・バルトフェルド)』だからです」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”独房

 

「……何の用?」

 

「何よ、いやに刺々しいわね。一緒にケバブ食べた仲じゃない」

 

あの戦闘の後、外側から”フェンリル・ミゼーア”のコクピットハッチをこじ開けられたことで、スミレ・ヒラサカは捕虜として”アークエンジェル”の独房の中に入れられた。

今は部屋の中の簡易ベッドに寝転がり、訪問者……ヒルデガルダに言葉を投げかける。

 

「当たり前じゃん、今何時だと……いや、時計無いから分かんないけど、深夜でしょ。そんな時にわざわざ来るなんて、バカでも勘ぐるわ」

 

「そりゃたしかに」

 

クスッと笑うヒルデガルダ。

素直に言葉を受け止められ、スミレはますます顔を歪めた。

 

「……で、何しに来たワケ?今、あたし絶賛不機嫌なんだけど」

 

「やけに大人しく捕まったって聞いてたんだけど、意外とそうでもなかった?」

 

「ふんっ、牢屋に入れられて機嫌が良くなると思う?」

 

「それもそうね。でも安心して、用事はすっごくシンプルだから」

 

そう言った後に、ヒルデガルダは深呼吸をして、スミレに戦闘終了後からずっと聞きたかったことを尋ねる。

 

「あたしは、あんたの目から見て……『お嬢さん』に見えた?」

 

「───」

 

ポカンと呆けた表情をした後に、スミレは静かに笑い始めた。

あの戦闘で大分苦しめられただろうに、仲間も傷つけられただろうに、出る言葉が()()か?

どうやら自分の目は曇っていたようだ。こんな紙一重(バカか大物)な人間に気付かなかったとは。

無性におかしくなって、スミレは笑う。こんな風に、純粋に笑える機会は、久しぶりな気もする。

 

「むっ……あんたが言ったことでしょう、『お嬢さんじゃないなら証明しろ』って」

 

「ふっ……”フェンリル”にMS引かせてジェットスキーやらせるような奴が、まだそんなことに拘ってんのかと思って」

 

「あんたねぇ……」

 

「───名前、改めて聞かせてよ」

 

微笑みながら、しっかりと自身を見つめ返すスミレの瞳。

ヒルデガルダは溜息を吐きつつも、笑顔で宣言した。

 

「あたしはミスティル。……ヒルデガルダ・ミスティル。ヒルダで良いわ」

 

「そ。じゃあ、ヒルダ。1つだけいい?」

 

続きを促したヒルデガルダに、スミレは、挑発的に、しかし懇願するように言った。

 

「生き残りなさい。この戦争を、世界を。あんたみたいな奴がいるならこんな世界も悪く無いと思えるし、何より……あたしに勝ったあんたが、途中で脱落するなんて許さない」

 

「……頼まれなくたって、生きてやるわよ」

 

まっすぐに自身を見つめて宣言したヒルデガルダに、スミレは何処か安心したように笑うのだった。

心残りは、今も本国のバーダー設計局で働いているだろう親友のことだけ。

 

(ごめん、メリー。……あたしはここで、リタイヤみたい)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”後部甲板

 

「こちらC班。提示報告、異常なし。どうぞ」

 

<こちら艦橋(ブリッジ)。了解、引き続き任務を続行せよ。どうぞ>

 

「C班了解。オーバー」

 

無線の電源を切った先輩隊員を尻目に、男はマグカップに魔法瓶からコーヒーを注いだ。

彼らは”アークエンジェル”のMP*1。本来、艦内の秩序維持を仕事としている兵士達だ。

そんな彼らだが、現在は全10名のメンバーの内、6名が艦の外に出て暗視仕様の双眼鏡を持って周辺を監視していた。

”アークエンジェル”は多数のセンサーを備えている他にも、現状のように非安全地帯に留まる場合は、周辺に多数の監視機器を設置することで万全な監視網を敷くことが出来る。

しかし、その作業に使われるMSや重機は、整備に用いられて今は使うことが出来ない。

よって、穴の空いてしまった監視網を補うために彼らは駆り出されたのだった。

 

「どうぞ」

 

「さんきゅ。……ふー、やはり眠気覚ましのコーヒーは偉大だな」

 

「昼間は色々、大変でしたからね」

 

実は、”アークエンジェル”のMPの仕事は比較的楽な部類に入る。

”マウス隊”からの移籍者など艦内秩序を乱しかねない者はいるが、なんだかんだいって”アークエンジェル”は最新鋭艦であり、その人員も選りすぐり。要するに問題が起きるような事自体は少ないのだ。

その御陰で彼らの通常業務は普段、滞り無く行なわれているのだが、今回のような非常時にはその限りではなかった。

MSや艦の修理や『S.I.D』への奪還した捕虜の引き渡し、果てには怪我人の医務室への移送。

人手が不足し、彼らが駆り出されるのは必然だった。

 

「にしても、敵、来ませんね」

 

「来る方がおかしいんだよ」

 

”アークエンジェル”の現在地は中央アフリカのコンゴ民主共和国、その南端に近い場所だ。

連合軍の攻勢に押されたZAFTは大半が撤退しており、攻撃される可能性は少なかった。味方から離れてわざわざ”アークエンジェル”に攻撃を仕掛けてくるなど、バカの所業一歩手前と言って良いだろう。

しかし、(バカ)は来た。

 

「……強かった、()()()ですね、『砂漠の虎』」

 

「なんだ、含みのある言い方しやがって」

 

不明瞭な言葉を吐く後輩隊員に、先輩隊員は溜息を吐く。

幸いにも今のところは敵の姿は無い。後輩の相談に乗ってやるくらいは出来そうだった。

 

「MSがあんなボロボロになるまで戦って、死にそうになって……あの子、バアル少尉なんか帰還したと思ったら倒れちゃったんでしょう?でも、俺達はその間、銃持って()()()()の部屋の前に突っ立ってただけじゃないですか」

 

MPに最初から任命される兵士は殆ど存在せず、基本的には転科希望者が様々な身辺調査や試験に合格することで任命される。

加えて、功績が目立ちにくい役割でもあり、昇進が難しいとして転科を希望する者は少ない。

20代前半の後輩隊員が転科を希望したのは、彼が出世を諦め、楽な方向に向かいたがったからだった。

そんな彼だが、自分よりも年下の少年少女が傷付きながらも戦っている姿を見て、自分の事が恥ずかしく感じられてきたのだ。

 

「なんか、何やってんだろうって感じになってきちゃって───」

 

「このアホぅ」

 

弱音を吐く後輩に先輩がプレゼントしたのは、後頭部への強めのチョップだった。

 

「何すんですか……」

 

「MPの仕事で楽してる自分と、あの子達を比べて嫌になったってんだろう。それがアホだっつーんだよ。───世の中、楽な仕事なんかどこにもねーんだ」

 

たしかに、MPの仕事自体はシンプルだ。だが、それがイコールで楽な仕事かというとそうではない。

彼らが仕事を怠れば、艦内で如何に犯罪が横行しようとも放置され、それがいずれ、大きな歪みとなる。

何気ない仕事に見えても、大きな意味を担っている。それは、どんな仕事でも同じことなのだ。

 

「だから、お前が楽してると思ってるなら、それはお前が『楽しよう』と思って働いてるからだ」

 

「……」

 

後輩隊員は、言い返すことが出来なかった。

実際、最初に働き始めた時には初めてやる仕事の連続で後悔したこともあった。

でも、何度もこなす内に慣れてきて、手も抜くようになっていって。

 

「負い目を感じるなら、明日からはもっと真剣に働くんだな。それだけでいいんだよ」

 

「……っす」

 

それだけ言って、先輩隊員は双眼鏡による監視に再開した。

必要以上に踏み込まないでくれる先輩に感謝しつつ、後輩隊員も監視作業に戻る。

しかし、程なくして彼の視界に奇妙な物が映り込んだ。

 

「ん?先輩、なんか車……バギー?が向かってくるんですけど」

 

それを聞いた先輩隊員はすぐに同じ方向に双眼鏡を向け、舌打ちをした。

そのまま、迷わずに無線を起動する。

 

「こちらC班、艦橋、聞こえるか!?北東よりこちらに向かってくる車列を確認した!指示を請う、どうぞ!」

 

<なんだとっ!?……確認した!追って指示を出す、監視を続行せよ!>

 

「了解、監視を続行する!」

 

無線を手放した彼はすぐさま携帯していたライフルの安全装置を解除、いつでも発砲出来るようにする。

戸惑いながらも後輩隊員は先輩隊員に習い、ライフルの安全装置を外しながら疑問をぶつける。

 

「なんで来るんだよ、ていうか本当に敵ですか!?」

 

「馬鹿野郎、こんなタイミングで車列組んで軍艦に近づいてくるんだぞ、敵以外にあるか!」

 

加えて、バギーで襲撃を仕掛けてくるというのも中々に妙手だ。

”アークエンジェル”のセンサーは優秀だ。しかし、流石にバギーのような小型の機械の反応まで読み取ることは出来ない。

それを補うためのセンサーも、今は敷かれていない。

MP達がこうして駆り出されていなければ、致命的なまでに接近に気づけなかったかもしれない。

 

「真剣にやっててよかったって、そう思うだろ?」

 

後輩隊員は、やはり頷くしか出来なかった。

艦外の兵士全員に対する艦内への待避命令と、全隊員に白兵戦へ備えるよう命令が下ったのは、ここから1分後のことだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” パイロット待機室

 

時間は少々遡る。

スミレとの会話を終えたヒルデガルダは、部屋に入室した時、首を傾げた。

何故か、ムウ以外のパイロット全員が黙々と銃の整備を行なっているのだ。

 

「なにやってんのあんた達……」

 

「……見りゃ分かるだろ」

 

「ははは……なんだか、やらなきゃいけない気になってね」

 

キラの方をチラリと見ながらベントは言う。

おそらく、先に整備を終えたであろうキラに影響されて整備を始めたのだろうとヒルデガルダは当たりを付けた。

そのキラが、ヒルデガルダの方を見て話しかける。

 

「お帰りなさい、ヒルダさん。……用事は、済みましたか?」

 

「……ん、まぁね」

 

カフェテリアでバルトフェルド達と別れたあの時、ヒルデガルダはキラだけに決意を表明していた。

『あいつらに勝ちたい』、と。

ヒルデガルダとスミレの間で行なわれたやり取りについてキラは知らないが、きっとそれは、ヒルデガルダにとって大事な物だった筈だ。

だから、キラはヒルデガルダの返事を聞いた後に何も言わなかった。彼女が良いと言うなら、それでいいと思ったから。

その配慮が、ヒルデガルダには嬉しく感じられた。

 

「そういえば、隊長は整備しないんですか?」

 

「ん?俺は昨日整備したばかりだからな」

 

「いいんですか~?いざという時使えなくなっても知りませんよ~?」

 

「普段から定期的にやってれば、銃に問題なんか起きねーんだよ」

 

口元に手を当ててからかうヒルデガルダに、ムウは呆れながら反論する。

普段はノリが軽く、軍人らしからぬところを見せるムウだが、仕事には真面目だ。彼が言うなら、わざわざ気分で整備する必要もないのだろう。

 

「てか、お前はどうなんだよ?しっかり整備してんのか?」

 

「ぎくっ」

 

「……」

 

「……あ、あはは」

 

ムウにツッコまれ、ヒルデガルダは苦笑いする。

最近の彼女は”バルトフェルド隊”との決戦に意識を裂きすぎており、MS戦以外への意識が疎かになってしまっていた。

正直に言うと、以前に銃の整備をしたのが何時かは覚えていない。

 

「ったく……人に何か言う前に、自分のことをなんとかするんだな」

 

「はーい……じゃあ、あたしも───」

 

そう言ってヒルデガルダが銃を取り出そうとした、その時のことである。

 

<緊急事態発生!所属不明のバギー数台が本艦に向かって接近中、敵部隊と認定する!敵の目的は白兵戦と思われる、乗組員は直ちに白兵戦の準備をせよ!繰り返す───>

 

鳴り響くアナウンス。それは、あり得てはならない報せを告げるものだった。

 

「敵襲!?白兵戦って……」

 

「───行きましょう」

 

「え、おい!」

 

戸惑うヒルデガルダを尻目に、キラは立ち上がって扉から外に出て行く。

その後を全員で追いながら、マイケルがキラに問いかける。

 

「待てよ、何処に行くんだ!?」

 

「格納庫です。もしかしたら、1機くらいは動けるようになってるかもしれない。それに」

 

「それに、陸戦隊が艦内で暴れてる間に本命のMS隊や敵艦が来るかもしれない。だろ?」

 

「はい」

 

ムウがキラの隣に並びながら言葉をつなぐ。

この状況で攻撃を仕掛けてくるような相手は”バルトフェルド隊”しかいない。そして、彼らには未だに”レセップス”やMS隊などが残っているのだ。

白兵戦を仕掛けてきたのは”アークエンジェル”の監視網をかいくぐって内部に突入、攪乱しつつMS隊の発進を阻害し、本命で一気に勝負を決めるためだとキラは考えたのだ。

 

「全く、隊長は俺なんだぜ?先にやられちゃ立つ瀬無いでしょ」

 

「す、すいません」

 

「だが、現状ではベストの行動だ。それも訓練で叩き込まれたのか?」

 

「……まぁ、その、はい」

 

月での濃密な訓練生生活を思い出し、一瞬顔を引きつらせるキラ。

そんな様子を気にすることも無く、ムウは歩みのペースを上げる。

 

「とにかく、いつでもMSを動かせるようにしておく必要があるってことだ。何より俺達はMSパイロット、ならMSの近くにいないとだろ。急ぐぞ!」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦橋

 

「まさか、使うことになんて……」

 

サイはCICの自分の席で、僅かに手を震わせながら自身の拳銃の弾倉を確認する。

考えたことが無いワケでは無い。”アークエンジェル”は揚陸艦としての役割をこなすことも出来る母艦であり、揚陸後に艦を放棄して乗組員も敵基地に乗り込む可能性があるからだ。

だが、全く覚悟の出来ていない状態で敵の方から乗り込んでくるということを、サイは考えたことがなかった。

あるいは、考えることを避けていたのかもしれない。

 

(やっぱりすごいよ、あいつ(キラ)は)

 

ここまでの激戦をオペレーターとして戦い抜いてきたのはサイも同じだ。しかし、銃を握って初めて分かることもある。

人の命を奪うことは、とても怖いことだ。

自分と同じように、喜び、怒り、哀しみ、楽しむことが出来る存在を、ただのタンパク質の塊に変えてしまう。そのことに恐怖を感じない人間がいていい筈がない。それほどに恐ろしい行いだ。

それでも、キラは戦場に自ら踏み入った。今、サイが感じているだろうことを、同じように味わっただろうに。

否、キラだけではない。

ヒルデガルダも、マイケルも、ベントも、サイと同い年でありながらMSに乗って戦っている。トールも、数ヶ月前まで自分と同じように学生であり、キラほど才能があるわけでも無いのに、”スカイグラスパー”に乗って戦っている。

おそらく、サイが今感じている以上に恐怖を持っていただろうに。

そんな彼らのことが、どうしても眩しく見えてしまう。

 

「せめて、自分のことくらいは守れるくらいでいないとな」

 

震える手を押さえ込み、サイはぎこちなく笑う。

彼らと比較してどうする。自分には自分の仕事があるだろう。

彼らの友として、自分のことくらいはやってみせなければ。

 

(ミリィ、カズイ、フレイ……皆ともまた合おうって約束したもんな)

 

サイが決意を新たにしている中、CICの外ではマリューやミヤムラ達が最後の話し合いをしていた。

 

「ミヤムラ司令は第2艦橋に移動してください。あそこが一番、敵に侵入されづらい筈です」

 

「うむ……この老体では役に立てそうも無い、大人しく引っ込んでいるとしよう」

 

マリューの言葉にミヤムラは頷く。

ミヤムラは80近い老人であり、とても白兵戦に耐えられるような体では無い。そのため、安全な場所に隠れるのは当然のことだ。

現在彼らがいる第1艦橋と違い、第2艦橋は艦外に露出しておらず、更に艦内の中枢というもっとも侵入が難しい場所であり、ミヤムラがそこに移動するのは当然の帰結と言えるだろう。

 

「司令、護衛いたします」

 

「頼む。最後に1つだけ言わせてくれ……死ぬなよ」

 

『了解!』

 

ミヤムラが去って行くのを見届けると、残された艦橋メンバーは準備を始める。

勿論、襲い来る敵と戦うための準備だ。

 

「艦外カメラに敵影を確認しましたー。……やっぱり、ここに向かってきてますね」

 

「そりゃそうだ、狙わない理由がない」

 

心底嫌そうに声を出すアミカとエリクのオペレーターコンビ。

普段の戦闘では複数の対空砲台やMS隊、そして”スカイグラスパー”に守られた第1艦橋だが、今はもっとも無防備に近い場所だった。

今の”アークエンジェル”を守る物は何もないからだ。

それでもマリュー達が艦内で敵を迎え撃つ判断をしたのは、訓練され、実戦経験も豊富だろうコーディネイターの部隊を相手に戦うには、遮る物の無い外よりも、狭く隠れる場所も多い内部の方が有利と判断したからだった。

 

「艦内の状況は?」

 

「現在、各区画でバリケードを築いています。また、MP隊から重火器の使用許可が求められていますが……」

 

「……背に腹は代えられないわ。重要区画を除く全区画でのレベル2火器の使用を許可します」

 

”アークエンジェル”では対人火器にそれそれレベルが設定されており、レベル2には軽機関銃や手榴弾を始めとする爆発性の火器が設定されている。

艦内の被害拡大が予想されるが、それを厭うて人的被害が増えては笑い話にもならない。

外だけでなく内も傷つく”アークエンジェル”を憂いマリューが溜息を吐いていると、更に情報が届く。

艦内で保護している、東アジア国籍の由良 香雅里を名乗る少女、その護衛であるヘク・ドゥリンダから自衛戦闘の許可が求められているとのことだ。

マリューは迷った。

キラの話を考慮すれば、彼女は間違い無く今後の戦争の行く末に大きく影響するだろう人物だ。しかし、そのために部外者の艦内での戦闘を許可しても良いものだろうか?

僅かに逡巡し、マリューは決断する。

 

「いいわ、許可します。ただし、必要以上の範囲を行動することは控えるよう伝えて」

 

「いいんですか?」

 

「今は手が足りないわ、自分達で守るというなら守ってもらいましょう。それに、彼らのいる場所も第2艦橋に近いわ。多少は守りやすい筈よ」

 

「分かりました」

 

これが本当に正しい判断であるか、マリューには分からなかった。

ただ、1つだけ分かっていることがある。───迷う時間はもう無い、ということだ。

ドンっ!という音と共に艦橋が震える。

艦橋のすぐ外で、何かが爆発したのだということは、この場にいる誰にとっても想像に難くないことだった。

 

「っ、総員、戦闘態勢!」

 

すぐさま、艦橋内の物陰やシートの裏などに隠れ、正面の隔壁に銃を向けるマリュー達。

この隔壁は戦闘時に艦橋を保護するために起動するものだが、その隔壁が若干歪んでいるのが見て取れる。敵歩兵が、すぐ近くに爆弾を設置して起動したのだ。

艦橋を保護するとはいえ、装甲に比べれば遙かに脆弱な隔壁は、次の爆発に耐えられそうになかった。

 

「来るわよっ!」

 

マリューが叫んだ瞬間、隔壁が破壊され、外の空気と共に銃弾が艦橋内に飛び込んできた。

大天使の懐で、本来の世界では起こることの無かった生身の兵士による戦いが始まった瞬間だった。

*1
military policeの略




ついに始まってしまった生身での戦闘回。
果たして、キラ達は無事に格納庫にたどり着けるのか。
そして、マリュー達は艦橋を守り切れるのか。
次回の更新を気長にお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第103話「バルトフェルド、特攻」中編

はい、案の定投稿間隔空きました。
……仕方ないやん、アーセナルベースめっちゃおもろいんですもん。


4/26

”アークエンジェル” 艦内通路

 

「敵は第12ブロックから侵攻しているぞ!」

 

「進ませるな!そうすりゃ勝手に弾が切れて自滅していくだけだ!」

 

叫ぶ兵士のすぐ近くを銃弾が掠めた。男性兵士は舌打ちをしながらバリケードに身を深く潜める。

”アークエンジェル”艦内では現在、至る所で銃声と怒号が飛び交っていた。無理も無い、タダでさえ昼間の戦闘で疲弊しているところに、予想外の攻撃を仕掛けられたのだ。

接近に気付いてバリケードを築くものの、そもそも現在の”アークエンジェル”に対人戦に長けた兵士はほとんどいないことも相まって、戦局は若干だがZAFT優位に進んでいた。

 

「ちくしょう、まるで火力が足りてねえ!おい、援軍はまだか!」

 

「ダメだ、第17ブロックの方からも侵入されてる!こっちに回す戦力なんて残ってねえだろうよ!」

 

Holy shit(くそったれ)!」

 

悪態を吐きながら男達は物陰から拳銃を撃ち返すが、次の瞬間にはその10倍はあろうかと錯覚する弾幕に襲われる。

当然のことだが、普段から艦内で拳銃以上の装備を持ち歩くことは基本的に禁じられている。

そして、ZAFT部隊が速攻での奇襲を仕掛けてきたために”アークエンジェル”の兵士は十分に武装する暇もなく、自前の拳銃だけでの戦闘を強いられていたのだった。

対するZAFT側はそんなことお構いなしにアサルトライフルや軽機関銃を使用し、連合兵達を圧倒していた。

しかし、そんな状況を打破する一手が訪れる。

 

「お待たせしました!」

 

「おい、てめぇどこ行って……!?」

 

先ほどから姿が見えなくなっていた少し年下の同僚が姿を現し、その場にいた兵士達はぎょっと目を剥いた。

その青年兵は、爛々と目を輝かせながら、隙間から手榴弾がはみ出た───おそらく、他にも色々と詰め込んでいる───リュックを背負い、両手には機関銃を抱えていたのだ。

明らかに興奮状態にある青年兵はリュックを床に置き、手榴弾を差し出す。

 

「さっき、武器庫から貰ってきました!使ってください!」

 

「……言いたいことはあるが非常時だ!よくやった!」

 

兵士達はリュックからそれぞれ装備を取り出し、物陰に隠れながら好機を窺う。

現在、敵は制圧射撃*1を行なっている。給弾のためにそれが途切れた時が、彼らにとって逆転の好機となる。

 

「今だ!」

 

兵士達が一斉に手榴弾を敵部隊の側に向かって投げ放ち、その隙に青年兵は持ってきた機関銃、M240B機関銃をバリケードの平面に固定する。。

 

「由緒正しき7.62mm弾を喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」

 

「やれやれぇ、ぶっ放せぇ!」

 

形勢逆転、今度は”アークエンジェル”側が制圧射撃を行なう側に回る。

壁に命中したり跳弾した弾が壁や床に弾痕を刻み、整備士が見れば間違い無く悲鳴を挙げるだろうダメージを刻み込んでいくが、そんなことを考慮する余地が彼らに残っている筈が無い。

パワーバランスの変化に喝采の声を挙げる連合兵士達。だが、そのままで済ませてくれるような人間が“バルトフェルド隊”にいるわけもなかった。

気前よく連射されていた機関銃弾が突然途切れる。弾が切れたのだ。

 

「リロード……っと!?」

 

「何やってんだバカ……ふせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

弾を補充しようとする青年兵士。しかし、その手つきは滑らかとは程遠い。

あくまで彼らは艦艇の乗組員であり、対人戦に秀でているわけではないのだ。使い慣れない機関銃の装弾に手間取るのは当然だった。

そして、先ほどの光景を焼き直すかのようにZAFT兵が手榴弾を投げつけてくる。

咄嗟に隠れようとして成功する者もいれば、反応が遅れて逃げ切れなかった者も生まれる。

 

「あが、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

「くそっ、目がかすむ……!」

 

「落ち着け、怪我した奴を引っ張って後退するぞ!」

 

目を押さえて苦しむ味方を引っ張りながら、連合兵達は後退を開始した。先ほどの爆発でバリケードが限界を迎え、崩壊してしまったからだ。

必死に負傷した味方と共に物陰に隠れた男は、ふと、先ほど機関銃を持ってきた青年の姿が見えないことに気付いた。

素早く周囲を窺い、彼はそれを見つける。

───床に転がった機関銃の残骸と、そのグリップを握ったままの形でひっついている、人間の右腕を。

 

「っ……くそ!」

 

こみ上げる吐き気を抑え込み、必死に銃を敵兵に向けて発射する。

次の瞬間には、自分が()()なっているかもしれない。

自分の命が掛かっているこの状況で、悲しむ暇など残されてはいなかった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦橋

 

「第7ブロックで爆発を確認しました!爆発の規模から、おそらくRPG*2によるものかと思われます」

 

「大盤振る舞いね!貰ってばかりで、心苦しくなるわ!」

 

CICから挙げられてくる報告に、マリューは皮肉を漏らす。

現在、艦橋内部とその外では銃撃戦が繰り広げられており、艦橋内部の損傷やマリュー達の足下に落ちている空薬莢の数は加速度的に増していた。

艦橋正面に空けられた風穴はその数を増やしており、2方向から行なわれる射撃にマリュー達は必死に撃ち返すも、状況は極めて芳しくなかった。

 

「くそっ、切り返せない……!」

 

「どうすんの、これじゃじり貧だよ!?」

 

穴からは死角となる物陰に隠れながらエリクとアミカが悲鳴を挙げる。その原因は、戦闘時に下ろされるシャッターにあった。

”アークエンジェル”の艦橋内部は普段は強化ガラスで外の空間と隔たれているが、戦闘時には脆弱なガラスを保護するためにシャッターが下ろされる。

しかしそのシャッターは至近距離での爆発で穴を空けられたばかりか、骨格が歪んだことが原因で挙げることも出来ない。

しかもZAFTは持ってきた爆薬などで好き放題に爆破出来るのだ。シャッターは今や、ZAFT兵にとっての強力な壁として機能してしまっていた。

防げた筈の無様さにマリューは歯がみをするが、何も打開策がないわけではない。

CICの内部に隠れながら、マリューはサイに問いかける。サイは銃撃から身を隠しながら、必死にノートPCを介して艦内の状況をマリュー達に知らせていたのだ。

 

「クレンダ中尉の班の動きは!?」

 

「現在、第4ブロックを通過中!あと少しで非常口にたどり着きます!」

 

CICの内部に隠れながら、マリューは隣のサイに問いかける。サイは銃撃から身を隠しながら、必死にノートPCを介して艦内の状況をマリュー達に知らせていた。

クレンダ中尉とはMPの1人であり、現在彼は数名の部下と共に小隊を編成し、艦外に繋がる非常口を目がけて走っていた。

彼らが外から艦橋を攻撃しているZAFT兵を攻撃してくれれば、この状況を打開出来る。

奮戦しているだろう味方を信じて、マリューは拳銃の弾倉を交換する。

 

「苦しいけれども、頑張って耐えるわよ!」

 

「はい!」

 

サイの返事に頷き、マリューは再び銃を敵に向かって発射し始めた。

キラやトール、ここにいるサイのような少年達が必死に戦っているのだ。大人の自分が怠けられる筈もない。

マリューの一念が通じたのか、マリューの発射した弾丸が艦外から僅かに顔を覗かせていたZAFT兵に命中する。

兵士はそのまま足を滑らせて艦橋から脱落していった。

 

「やった!」

 

「気は抜かないで!まだ、たったの1人よ!」

 

歓声を挙げるクルーをマリューは制する。彼女の言うことは正確だった。

───戦いはまだ、始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 格納庫

 

「お待ちしておりましたよ、ヤマト少尉!」

 

「トラスト少尉、機体は?」

 

「最悪一歩手前ですが、なんとか!」

 

格納庫内にたどり着いたキラ達を、ヘルメットを被ったアリアが出迎える。

その顔には笑みが浮かんでいるが、それが不安の裏返しのヤケッパチからくるものだということは、誰にも理解出来た。

格納庫の内部でも、既に整備士達の武装やバリケードの設置が半ば完了しており、遠からずこの場所も戦場になることを予感させる。

 

「手早くいきましょう。動かせるのは”ストライク”と”ダガー”が1機、マイケルさんのです。他は動かせる状態じゃありません」

 

「なんで俺のが?」

 

「一番MS隊でヘイトを買い辛かったからです」

 

先の戦闘では、他の”ダガー”隊はそれぞれに攻撃を集中させるだけの理由があった。

ムウは優先して落とすべき隊長機であり、ベントはランチャーストライカーの高火力装備をしていたため、積極的に攻撃が加えられていたのだった。

結果的に、一番被弾や負荷の少なかったマイケルの機体だけは戦闘可能状態にまで復旧出来たのである。

 

「なので、申し訳ないんですが他のMS隊の皆さんには格納庫の防衛を手伝って貰おうと思います」

 

「ちっ、動かせねえんじゃ仕方ねえか。武器は?」

 

「向こうに。でも時間が無くて、数が不足してます」

 

「分かった。キラ、お前にMS隊の指揮権を一時的に委譲する。出来るな?」

 

如何にムウといえどマイケルの、他人のために調整された機体に乗って出撃しようという気にはならなかった。

それくらいなら使い慣れた本人に任せた方が良いと考え、MSに乗れない自分の代わりに、自身に次ぐ階級のキラに臨時指揮官を任せようとする。

実際の指揮経験などキラは持っていないが、幸か不幸か他の味方はマイケルのみ。ならば2人組(ツーマンセル)の感覚で出来るだろうと考え、頷いた。

 

「やってみます」

 

「頼んだぞ。───行くぞ、ヒルダ、ベント」

 

やることが無くなってしまったムウは、同じくMSに乗り込めない2人を引き連れて武器弾薬が集められて分配されている場所に向かおうとする。

2人はそれに頷いて追従しようとするが、立ち止まってキラとマイケルの方に振り返る。

 

「キラ君、マイケル……無事で」

 

「あたし達はこっちで頑張るから、そっちも頑張ってね」

 

2人からの言葉にキラとマイケルはうなずき、アリアに先導されながら乗機に向かって走り始めた。

もしかしたら、これが今生の最後の対面かもしれない。それは当人達にとっても分かっていた。もっと言葉を交わしたかった。

しかし、そんな時間は残されていないということを彼らはよく理解していたのだ。

彼らは少年ではなく、軍人だった。

 

「良いですか?現在の”ストライク”は各部品の摩耗と整備不足によって、概算で2割近く性能が低下してる状態と考えてください」

 

「2割……」

 

「いつもの調子でぶん回してたら、あっという間に()()()()になりますから気を付けてください」

 

外側から見る“ストライク”の装甲は、昼間の戦闘で付いた傷が付きっぱなしになっていた。

これから乗り込むと考えると不安しか無い有様だったが、それでもこの状態にするまで整備士達が全力を注いでくれたのだ。むしろ2割の性能低下で済んでいることを、キラは感謝した。

キラがよく見ると、アリアはタブレットを持つ手を震わせている。キラの視線に気付いたアリアは、彼に苦笑いを見せる。

 

「あはは……分かります?」

 

「……うん」

 

「戦争やってるくせにっては思うんですけど、実際に撃ち合うってなったら震えて怯え出すっていうのも馬鹿馬鹿しい話なんですけどね……」

 

「……早く安全なところに隠れた方がいい」

 

”ストライク”のコクピットに乗り込みながら言うキラの言葉に、アリアはどこか投げやりな言葉を返した。

否、()()()()()()

 

「もうこの艦で安全な場所なんて残ってませんよ。それでは、お気をつ───」

 

けて、と言おうとしたタイミングで言葉は中断された。

格納庫内のドアの1つが爆発し、そこから銃撃が開始されたからである。

ついに敵は、格納庫にまで到達してしまったのだ。

 

「え───」

 

突然の状況に事態をハッキリ認識出来ないアリア。

彼女は技術者としての力量は高かったが、咄嗟の判断力には欠けていた。

そしてキラは、”ストライク”のコクピットの前という、格納庫内で最も無防備かつ開けた場所に立つ彼女にライフルを向けるZAFT兵の存在を認識した。

 

「少尉っ!」

 

「きゃあっ!?」

 

咄嗟にアリアの腕を掴み、コクピット内に引き込むキラ。直後、アリアの立っていた場所を銃撃が通過していく。

ホッと息を吐き、コクピットハッチを閉じるスイッチを押す。

PS装甲は非起動状態(ディアクティブ)であっても多少の頑強さはあり、歩兵火器程度で破壊することは困難だ。ましてや周囲から攻撃を受けている状況下でZAFT兵もわざわざ”ストライク”を狙うことはしないだろう。

ひとまずの安全を確保出来たことでキラは息を吐いた。

 

「あの……」

 

耳元で聞こえた声にキラは一瞬思考停止した。

考えれば当然のことだが、キラは先ほど、アリアを銃撃から守るために”ストライク”のコクピットに引きずりこんだ。

ここで計算外だったのは”ストライク”のコクピットの狭さだ。

”ストライク”を始めとするGATシリーズの機体は、どれも試作機としてデータ収集のために様々な機材をコクピット周りに搭載している。その影響で、通常のMSよりも機内が狭いのだ。

勿論、通常時は1人で乗るために問題にはならないことではあるのだが、現状はキラとアリアが無理に同乗している状態であるため、2人が自由に動けるスペースはほぼない。

結論、アリアがキラに抱きつくような形になっていた。

 

「あっ、えと、ごめん緊急事態的なあれっていうか……その……」

 

「いえ、別に……」

 

何故か機内に漂う気まずい空気。

キラの状況判断はけして間違ってはいないのだが、同年代の女子と密着する事態に対して彼の精神的防御力はけして高くはない。

訓練生活中にユリカという、やはり同年代の少女と生活を共にしたことはあっても、このように直接触れることは少なかった。

加えて、彼の性格は『ヘリオポリス』の工業カレッジ学生の時から大きく変化していない。

ナードの少年にこの状況は劇薬に等しかった。

 

「きゅ、窮屈ですし、ちょっと脇に避けますね」

 

「う、うん」

 

「んしょっと……あっ」

 

「っ!!?!!!!?!???!??」

 

せめて少しでもスペースを作ろうとアリアが身じろぎするが、無理に飛び込んだ影響で崩れたままの体勢だったため、却ってキラと体を縺れさせてしまう。

結局キラはこの後、艦橋との通信が繋がるまで、機械油に紛れた少女の香りや衣服越しでも感じられる女子の柔らかさと苦闘することになる。

彼もまた、兵士であると同時に少年であった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”医務室付近通路

 

「ちくしょう、撃たれた!」

 

「落ち着け、防弾チョッキ着てるだろ!」

 

「着てても痛えもんは痛えよ!」

 

「そりゃそうだ!」

 

キラが悶々としている頃、医務室付近のこの場所でも、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

今も襲撃前に武装することにした船員の1人が肩に銃撃を受け、その痛みに苦しんでいるが、それでも彼らは戦うことを止めない。

否、()()()()()()のだ。

 

「しっかりしろ、ここを突破されたら……。後ろには戦えない怪我人しかいないんだぞ!」

 

医務室やその付近には、昼間の戦闘で撃墜されるも生還したトールを始めとして多くの怪我人が集められている。

もしも彼らがこの場所を突破されれば、戦えない者達が危険に晒されるのだ。であれば、どれだけ不利でも退くワケにいかない。

しかし敵も決死の覚悟で挑んで来ているだけあり、防衛側が反撃に転じることを許さない。

銃の弾丸を装填する隙は小さく、時折手榴弾を投げて防衛側のバリケードの突破を図ってくるのだ。

既にこの場所に来るまでも2箇所のバリケードを突破されており、防衛側にとって認め難いことではあったが、突破も時間の問題と言えた。

 

「チクショウ、せめて、せめて少しでも反撃の機会があれば……」

 

「───目を閉じ、耳を塞ぎなさい」

 

突如聞こえてきた指示に男達が首を傾げていると、防衛側の奥、つまり医務室の方角から、何かがZAFT側に向かって飛んでいく。

反射的に指示通りに行動出来た者は幸運だ。

その直後、その空間を激しい閃光と金斬り音が埋め尽くしたのだから。

何者かが、鎮圧用手榴弾(スタングレネード)を投げ込んだのだ。

 

「───っ!?」

 

両手で耳を塞ぎ、金斬り音から鼓膜を防護していた船員達は、白衣を着た何者かがバリケードを飛び越し、ZAFT兵の方向に向かって行くのを見た。

ZAFT兵と思しき怒鳴り声と銃撃音が金斬り音の中に混ざり、そして金斬り音と共に消えていく。

 

「っはぁ、なに、が起きた!?」

 

「ZAFTは……」

 

「───拘束具を持ってきてください!早く!」

 

戸惑っている船員達の元に女性の声が響く。

声の主は、先ほどまでZAFT兵が身を隠していた曲がり角の向こうにいるようだった。

数人が警戒しながら向かうと、その場所には胴体を撃ち抜かれたZAFT兵の死体が2つ。

そして。

 

「クソが、なんなんだこいつはぁ!?」

 

「大人しくしなさい。貴方達は病気です。直ちに治療を行ないたいところですが、残念ながら今はその余裕がありません。なのでしばらく拘束させてもらいます」

 

ZAFT兵をうつ伏せに組み伏せ、その頭部にデザートイーグル*3を突きつけるフローレンス・ブラックウェルの姿があった。

状況に戸惑いつつも手錠を使ってZAFT兵が拘束されたのを確認すると、フローレンスは数人の船員に声を掛ける。

 

「そことそこ、そして貴方。力を貸してください、これより船内の負傷者を救助に向かいます」

 

「えっと、それは良いんですが……」

 

「なにか?」

 

「着いてくるんですか……?」

 

Origin-12ショットガンに弾倉を装填するフローレンスに引き気味になりながら船員は尋ねる。

何故この軍医は、世界最速の連射速度を誇るとされたショットガンを使う準備を進めているのだろう。

そして、何故そのショットガンが医務室の中から取り出されるのか。常備しているのか?そしてそれは船医としての仕事のどういった用途で使うものなのか?

 

「当然です。既に医務室近辺の患者への応急手当は完了しました。ならば後は、船内各所の患者を救出するべきです」

 

「いや、仰る通りではあるんですが……」

 

「では行きますよ。他の皆さんは引き続き防衛をお願いします」

 

「あっ、はい……」

 

動揺から立ち直れない船員を引き連れて、フローレンスは銃撃音の響く方向へ向かって走り始めた。

フローレンスを追って選ばれた船員達が駆けていくのを見ながら、後ろ手に拘束されたZAFT兵は船員に尋ねる。

 

「なあ、連合の軍医ってのは、皆()()()()なのか……?」

 

『断じて違う』

 

残された船員達が声を揃えて返事をしたことに、ZAFT兵は心底安心した息を吐いた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 特別区画

 

「なんとかしろ、MPだろ!」

 

自分の後ろ、それも射線の通らない場所から喚く研究員に弾丸を撃ち込みたい衝動に駆られながら、男は必死にZAFT兵に向かって銃撃を繰り返す。

先ほどまで艦外で先輩MPと共に目視による監視を行なっていた彼は武装を完了して迎撃のために移動している最中、研究員に声を掛けられた。

その話を要約すると、『自分達を安全な場所まで護衛しろ、しかし検体や研究データ保護のためにしばらくは動けないのでそれまではこの場所で防衛しろ』とのことだった。

こんな状況下で何を言っているのかと男は思ったが、一応彼らも船員であることからその場での防衛を開始したのが、ここに至るまでの経緯だった。

 

「先輩、増援は!?」

 

「……ダメだ、どこも手一杯で来れそうにない!」

 

「泣きてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

彼が弱音を吐くのも当然のことだった。今現在、この場所を守っているのは自分と先輩の2人だけなのだから。

むしろ、敵が白兵戦においても高度な能力を誇るコーディネイターであることも考慮すれば、未だに防衛戦が成り立っているのが奇跡ですらあった。

先輩隊員とて弱音を吐きたいのは同じであり、なおかつ研究データなどのために余計な手間を取らせる者達など放り出してしまいたかったが、それが出来ない理由がある。

 

「せめて()()()が逃げる時間くらいは稼げ!やれるだろ!?」

 

部屋の中には、先の戦闘の後に気を失ってしまったスノウもいる。

16歳の少女を残していけるほど、男達は意地を失ってはいない。

 

「やりゃいいんでしょ、やりゃあ!」

 

「その意気だ!」

 

男達が奮起する中、研究員達は部屋の中で紛糾していた。

 

「くそっ、早くしろ!このままでは皆殺しにされるぞ!」

 

「大丈夫だ、これで……」

 

薄着でベッドに横たわり、うなされるスノウの腕に研究員は注射器を刺し、その中の液体を注入する。

この液体は普段の薬剤よりも多量の成分が含まれており、使用者の体への負担も大きいために研究者達も使用には乗り気ではない代物だった。

しかし、この状況から生き延びるためには、なんとしても目の前の少女(生体CPU)に目覚めてもらう必要があった。

 

「さぁ、起きろ!起きて奴らを皆殺しにするんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤダ、ヤメテ、トメテ、イタイ。

イタイ、イタイ、イタイ。

イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。

……コワイ。

 

『なら、殺さなきゃ』

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コ ロ ス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貸せ」

 

「あぁ!?……えっ?」

 

後ろから聞こえてきた平坦な声に怒鳴り返す男だが、その声の主に気付き、困惑の声を挙げる。

彼の後ろには薄着のスノウがユラユラと立っており、その手には、男が背中に背負っていた戦斧が握られていた。

 

「ちょ、何やって」

 

男が言葉を発しきるより前にスノウは跳躍。

()()()()()()()敵の弾丸を避けて接近する。

 

「なんだこい───」

 

「───ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

そこから先の光景を、2人のMPは「まるで獰猛な獣による狩りのようだった」と後に語った。

斧で敵兵の首を切断し、蹴りで成人男性を5メートル近く吹き飛ばして壁に叩きつけ、掴んだ男の首を握りつぶす。

終いには壁に叩きつけられて苦しむ兵士の元に一飛びで到達し、顔面に跳び蹴りを叩き込む。

壁に真っ赤な花が咲いたみたいだ、などと男が思ったのは、目の前の光景を作り上げた存在の正体を正しく理解したくなかったからかもしれない。

首から上を失った死体が崩れ落ちるのを確認した後、再びユラユラとした足取りで、(スノウ)は何処かへ歩いて行った。

MP達はそれを追いかけようとしたが、後ろから手を掴まれてそれを阻まれる。

 

「何をやっている、さっさと私達を───」

 

「何やったんだお前らぁ!」

 

守れ、と言おうとした研究員の手を振り払い、男は研究員を壁に突き飛ばした。

咳き込む研究員の胸ぐらを掴み、男は怒りのまま詰め寄る。

 

「あんなのがテメエらの研究成果とやらか、ふざけんな!人をなんだと思ってたら()()()()()が出来る!」

 

「げほっ、貴様、こんなことをして、ゆるさ」

 

「許されたくもねぇよお前らなんぞに!」

 

感情にまかせて振りかぶった拳を、先輩隊員が掴んで止める。

何故止める、と振り向いた男だが、先輩隊員は首を振り、研究員達を安全と思しき方向へ誘導を始めた。

 

「なんで俺達、こんな奴らを」

 

「スマン。正直言えばあのまま殴らせてやりたい気持ちはあった」

 

ポツリとこぼした先輩隊員の言葉に、男は耳を傾ける。

 

「だが、あのまま殴らせたら、撃っちまいそうだったからな。……スマン」

 

表情の死んだ顔でそう言った先輩隊員に、男は「自分が正常である」という安心感を得て、自嘲する。

そんなことがどうしたというのか。

『異常』な人間によって殺戮機械へと変えられてしまった少女に、何が出来るわけでもないのに。

 

 

 

 

 

混迷を極める戦場と化した”アークエンジェル”艦内。

しかし、そこに更なる凶報が届く。

MS3機と、”ピートリー”級陸上駆逐艦が1隻、”アークエンジェル”目がけて接近している、と。

*1
対峙している敵勢力に対して間断のない射撃を加え続けることによって敵の自由行動を阻止し、味方の行動機会を作るために行われる攻撃

*2
携行型対戦車ロケットランチャー

*3
.50AE弾を使用する世界最強クラスの威力を誇る大型自動拳銃




というわけで、中編です。
たぶんあと2話くらい掛かります()。
ほんと話進まねえなこの小説。

現在のアークエンジェル艦内の様子
①艦橋が銃撃戦の真っ最中で機能停止。
②出撃可能MSが2機。
③格納庫内でも銃撃戦が発生。
④軍医が船員複数名を引き連れて艦内で救助活動を開始。
⑤スノウ、暴走。

頑張れキラ。
特にお前が頑張ってどうにかなることとか無いけど、とにかく頑張れ。
ちなみに今のスノウは肉体のリミッター的な物が外れているので危険。
他作品で例えるなら、コードギアスのスザクが斧持って半ば理性消失した状態で艦内練り歩いてるようなもんだけど、まあ、頑張れ。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第104話「バルトフェルド、特攻」後編

4/26

ZAFT軍ビクトリア基地 司令室

 

<以上が、ここに至るまでの経緯です>

 

「なんと、馬鹿な……!?」

 

華美とは言えない執務机の上に拳が叩きつけられ、その上に置かれた書類が何枚か床に落ちる。

しかし、この部屋の主であり、ZAFT地上軍アフリカ方面隊の総指揮官を務めるローデン・クレーメルにはそのことに気を払う余裕は無かった。PCの画面に映る男───マーチン・ダコスタも悲痛そうに顔を歪める。

アンドリュー・バルトフェルドの副官でもある彼が何故ローデンと通信しているのか。

それはひとえに、上官からの指示に従ったからだった。

 

「本当に、行ってしまったのか。君達に”レセップス”を任せ、命を捨ててでも『足つき』を落とす、と」

 

ダコスタが頷く。それを見てローデンは両手で顔を覆い、嘆いた。

どうしてこんなことになってしまったのか。嘆くローデンにダコスタは言葉を紡ぐ。

 

『3倍近い戦力差を持ち込みながら返り討ちにあった負け犬ならぬ負け猫ですが、せめて当初の任務くらいは果たしてみせます』

 

ローデンへの伝言を残し、更に部隊に配属されて間もない新兵や白兵戦の経験が少ない者をまとめてビクトリア基地に向かうようにと、バルトフェルドはダコスタに言いつけた。

そして3機のMSと、”ピートリー”級陸上駆逐艦だけ持って、『足つき』こと”アークエンジェル”撃破のために向かってしまった。

その際に貴重な”レセップス”を失わせてはならないとして、ダコスタ達に持ち帰らせたのだが、ローデンからすればそれこそが愚策とバルトフェルドに怒鳴りたくて仕方なかった。

 

「おのれアンドリュー……なぜそこで自己を低く見積もる!」

 

バルトフェルドの率いる部隊こそがZAFT地上軍最強の部隊であることは、もはや疑う者のいない事実だ。

作戦を成功させるために他部隊へ強引な姿勢を見せることもあったが、確実に戦果をたたき出してきたこともあり、能力主義のZAFTの象徴とも言えるだろう。

そんな部隊が、万全の状態で挑んだにも関わらず、返り討ちにあった?

 

「───”レセップス”1隻程度、使い潰せば良かったではないか。それで落とせるというなら、何故使わなかったのだ!」

 

もはやローデンには、バルトフェルドが”アークエンジェル”を撃破することを祈るしかなくなった。

”バルトフェルド隊”を超える脅威が敵として存在し続けるなど、悪夢でしかないというのに。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” カタパルト

 

<キラ、無事だったか!……なんで、トラスト少尉も?>

 

「深い……深い事情があったんだサイ……」

 

「あはは……お邪魔してます」

 

モニター越しに困惑するサイに、キラは苦渋の表情を見せる他無かった。

敵兵の銃撃から身を守るために緊急的に避難したはいいものの、その後も迂闊に機外に出るわけにもいかず、結局”ストライク”の中が一番安全だとしてアリアを乗せたまま出撃することになってしまった。

危険であるとしてキラは断固拒否しようとしたが、”ストライク”から出ることの方が危険であるとアリアに説き伏せられてしまい、結局こうして2人乗りで出撃することになったのだった。

 

<色々あったんだろうけど、事態は急を要するんだ。今”アークエンジェル”を守れるのはお前達しか……うわっ!?>

 

画面の向こうが煙で包まれ、キラの顔からサッと血の気が引く。

 

「サイ!?返事をしてくれサイ───」

 

<ちょ……待…てろ!お返…だ、喰ら…!>

 

ノイズ混じりの叫びと共に銃声が響く。どうやら、反撃を行なっているようだった。

少しの時間をおいて、サイが再び画面に姿を現す。

所々汚れてはいるが、無事であることにキラは安堵した。

 

<スマン、待たせた!話を戻すけど、今”アークエンジェル”には3機のMSと、少し離れたところに敵艦が接近してきてるのが確認されてる。キラ達には迎撃を頼みたいんだ>

 

「3機?昼間の戦闘ではもっと生き残ってたと思うんだけど……」

 

「再戦には耐えられない、あるいは伏兵か……何らかの事情があるのでしょうが、ひとまずそのことは脇に寄せときましょう。今の”アークエンジェル”には、確認出来てるだけの戦力でも脅威ですから」

 

「たしかに……サイ、使える装備は何がある?」

 

アリアの説明にひとまず納得し、キラは”ストライク”の装備を調えようとする。

 

<今はストライカーもまとめて整備中で、使えるストライカーは予備のエールが1つだ>

 

キラは苦々しげな表情を見せた。

出撃可能なのは自身とマイケルの2機のみ、その片方はストライカーの恩恵を受けることが出来ないとなれば、無理も無いことだった。

しかし、マイケルは躊躇わずキラにストライカーを譲った。

 

<なら、それはキラが使ってくれ。俺が使うよりもそっちの方が良い>

 

「分かりました。マイケルさんは支援をお願いします」

 

<おう、任せろ!>

 

性能が低下していても、”ストライク”にはPS装甲のアドバンテージがある。前線を張るのは当然のことだ。

キラ達が手早く戦闘の算段を付けていく様を目にして、否が応でもアリアは、MS戦が近づいてくることを感じ取る。

 

(どうしよう……怖い)

 

今までも散々戦いには参加してきた。それでも怖いと感じるのは、『キラ達が敗北すれば終わり』という実感があるからだろうか。

僅かにアリアの手に力が込められることに気付かないまま、話し合いは終了を迎えた。

敵はもう、近い。

 

「カタパルトは使わないでいく。……しっかり捕まっていて」

 

「はいっ」

 

アリアがしっかりと姿勢を整えたことを確認し、キラは前を向いた。

 

「OK。……キラ・ヤマト、『ガンダム』いきますっ!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「艦内の状況はどうなってるの!?」

 

「現在、ブラックウェル中尉率いる部隊を始めとして各所で反攻に転じている模様!」

 

「分かったわ、皆もう少し踏ん張って……いやちょっと待って!?」

 

サイからの報告を思わず聞き返してしまうマリュー。

船医が率先して戦闘に参加していると聞いてそうならない艦長もいないだろう。この戦いを生き残れたとしても、フローレンスが死傷したら誰が負傷者を治療するというのか。

 

「どうしてブラックウェル中尉が前線に出ているの!?」

 

「分かりません!しかし、既に侵入してきた敵兵を8人は無力化することに成功しているとのことです!」

 

「~~~っ!……やむを得ません、ブラックウェル中尉にはそのまま戦って貰って!」

 

どう考えてもおかしな状況だったが、艦橋の敵の対処の時点で既に手一杯のマリューに細かいことを考える余裕があるわけもない。

フローレンスとは後でたっぷり()()をしようとマリューが決意した時、サイから新たなる報告が為される。

 

「クレンダ中尉から通信!『艦外に出ることに成功した、これより艦橋に取り付いた敵兵への攻撃を開始する』と!」

 

直後、艦橋の外側から放たれる銃撃の量が減少したのをマリュー達は感じ取った。

銃撃の音が激しいために聞こえないが、クレンダ中尉率いる遊撃隊が攻撃を開始したのは明らかだった。

 

「今よ!奴らを艦橋から排除するわ!」

 

『了解!』

 

マリューのかけ声に合わせ、艦橋内のクルー達が一斉に銃撃の勢いを増す。

戦いの流れは、確実に変わり始めていた。

 

 

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

「くっ……この!」

 

耳元で少女の悲鳴が響く中、キラは必死に操縦桿を駆使し、重斬刀の一撃を”ストライク”に受け止めさせる。

出撃したキラはすぐさま敵MS隊と会敵し、戦闘を始めていた。

 

「やっぱり、厳しいかも……」

 

事前に知らされていたことではあるが、今の”ストライク”の性能は低下しており、普段の感覚で操縦することは出来ない。

訓練生時代にキラが乗った”テスター”よりマシといったところか。少なくとも、現在キラが戦闘している”ジン”3機と相対するには心許ない。

 

<キラっ!くそ、当たれってんだよ!>

 

マイケルも”ダガー”を駆り、後方からビームライフルで懸命に”ストライク”の支援攻撃を行なうが、有効弾は未だ無い。

連携して敵を集中攻撃しつつも視野を広く持ち、仲間同士でフォローし合う。

長く長く、戦ってきた者達でなければなし得ない戦い方だった。

だからこそ、キラは苛立たしげに舌打ちをする。

 

「なんで、こんなっ!」

 

これだけの練度を誇りながら、何故このような無謀な戦いを挑んで来たというのか。

教官に教えられたこと以上の軍事知識はないキラであっても、今回の場合は一度退き、態勢を整えるのが正解であると分かる。

それでも攻めるのは何故か。

作戦失敗の責を負わされるのが嫌だった?バルトフェルドの性格からしてそれは考えづらい。

今が好機だと判断した?ならば何故”レセップス”を持ち出さない?

歩兵が侵入してきているのに関わらずMSで攻撃を仕掛ける理由は?歩兵ごと”アークエンジェル”を潰すつもりでもあるというのだろうか。

あらゆる行動の中に混在する合理性と矛盾。それを突き詰めていった結果、キラはある考えにたどり着く。

 

「これじゃまるで、特攻じゃないか……!」

 

<ほう、気付くか?>

 

不意に聞こえた男の声に、キラは目を見開く。

昼間にも死闘を繰り広げた男の声だ、どうして忘れられようか。

 

「バルトフェルドさん!?」

 

「えっ、この声が!?」

 

<……女連れでMSに乗るとは、僕もそうしとけば良かったかな?>

 

「これは違っ……じゃなくて!」

 

やれやれといった仕草を見せる目の前の”ジン・オーカー”。この機体にバルトフェルドは乗り込んでいるのだろう。

ペースを崩されつつも、キラはバルトフェルドに疑問をぶつける。

 

「貴方はなんで、こんな戦いを!」

 

<おいおい、軍人が命令に最後まで従うのは当然───>

 

「こんな戦い方、貴方らしくない!」

 

ビームサーベルを抜き放ち、バルトフェルドの”ジン”に斬りかかるキラ。”ジン”はそれを軽々と避け、タックルで”ストライク”を吹き飛ばす。

転びそうになるのをスラスター噴射で支え、そのままマイケルの”ダガー”の元まで後退し、油断なくサーベルと盾を構える”ストライク”。

同じように態勢を整えつつ、バルトフェルドはキラに言い返す。

 

<『僕らしさ』とやらを語れるほど仲が良くなった覚えは無いが……まあ、それは認めるよ>

 

「だったら何故!」

 

<色々な()()()()や妥協や……その他諸々、君には分からんことが原因でね。こんな作戦になってしまった>

 

<へえ、こいつが隊長の言ってた『面白い坊主』ですか?>

 

<たしかに、女連れてMSなんて乗る奴は面白ぇや!そういや俺達の知り合いにもそんな奴がいたな?アンドリュー・バルトフェルドってんだけど>

 

僚機の肩を小突くバルトフェルドの”ジン”。

戦場にあるまじきやり取りだが、キラ、そしてマイケルは油断をすることは出来ないでいた。

彼らから向けられる殺気は、微塵も衰えていないのだから。

 

「投降は……してもらえないんでしょうね」

 

<律儀だなコイツ……ここに来て投降呼びかけるとか>

 

<真面目君ってやつか?少しはウチの隊長に分けてやりたいくらいだ>

 

軽口を叩きながらジリジリと移動し、確実に攻めの姿勢を見せていく”ジン”達。

 

<生憎だが……まともな思考って奴はとっくに捨てちまったよ!おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 

裂帛の叫びと共に、左右から同時に”ストライク”に斬りかかる“ジン”。

避けるか、防ぐか。僅かに逡巡した後、キラは前進を選んだ。

左右の”ジン”に目を取られた一瞬で、”ストライク”の正面に陣取っていたバルトフェルドの”ジン”がマシンガンを向けるのが見えたからだ。

銃撃を盾で受け止めつつ、再びの斬撃を繰り出すが、”ジン”はサーベルを握る”ストライク”の右腕自体を抑え込み、それを防ぐ。

 

「くっ!」

 

<見え見えだぞ、少年!>

 

動きが固まった瞬間、ストライクの後ろから2機の”ジン”が斬りかかる。

 

<キラッ!>

 

マイケルが咄嗟にライフルで支援射撃を行ない、2機の妨害をする。

その隙にキラは後退し、再び”ジン”達と向かい合うような形になる。

このまま堂々巡りが続けば、いずれ接近してきた敵艦の攻撃で”アークエンジェル”は仕留められる。

あるいは、それが狙いなのかもしれない。

 

(どうする、どうする……!)

 

<───キラ、1ついいか?思いついたことあるんだが>

 

悩むキラにマイケルがあることを提案させる。

それは作戦というにはあまりにも粗末なものだったが、この膠着状況を打破するだけの意外性を感じさせるものではあった。

 

「たしかに、それなら……」

 

「ゲホッ、ゲホッ……後でラミアス艦長や司令が苦い顔しそうですけど、私的にはOKです。命あっての物種、どーんとやっちゃってください」

 

アリアの言葉を聞き、キラはマイケルの『思いつき』に乗っかることにした。

確実性のあるものではないが『前線における最大のタブーは躊躇うこと』と教えられていたからだ。

また、問題はもう1つある。

 

「ごほっ、えほっ……」

 

同乗しているアリアの体調が悪化してきていることだ。

普段からMSでの機動戦に慣れているキラ達と違い、アリアは完全に素人。その体に掛かる負担は相当なものだろう。

 

「ごめん少尉、もう少しだけ我慢して」

 

「はい……いっちゃってください」

 

自身に縋り付く手の力が強まるのを感じながら、キラは”ストライク”の態勢を変えていく。

サーベルを構えながら、盾を前面に押し出すようにして、如何にも『突撃します』といった構え。

同時に、マイケルの”ダガー”もライフルを構えて支援する構えを見せる。

 

<やれやれ、またPS装甲頼みの突撃か?芸がな───>

 

バルトフェルドの言葉を最後まで聞かずに、キラはスラスターペダルを踏み込んだ。

直後、急激にキラとアリアの体に襲いかかるG。アリアは目を閉じ、ジッと耐えることしか出来ない。

 

<うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!>

 

マイケルもライフルを捨ててビームサーベルを抜き放ち、キラに追従する形で突撃を開始する。

とはいえ、ZAFT側にとって想定出来ない事態ではない。むしろ無理に均衡を崩そうとするこの行為こそ、愚策としか思えなかった。

”ストライク”を1機が抑えている間に、”ダガー”を2機で落としてしまえばいい。

そう考えていた彼らだが、、直後予想だにしない事態に直面する。

 

「ここだ!」

 

なんと”ストライク”は背中のエールストライカーをパージし、真正面の”ジン”に向けて進ませたのだ。

 

<なにっ!?>

 

驚きの声を挙げるバルトフェルド。その間に”ストライク”は進路を変え、自身から見て右側に陣取っていた”ジン”へ標的を変えた。マイケルも同じように、左側の”ジン”に狙いを定める。

正面の敵にストライカーをぶつけ、その間に両側面の”ジン”を落とす。それこそが、マイケルの『思いつき』だった。

 

<面白え、来やがれ!>

 

急遽ターゲットされた“ジン”は重斬刀を装備して”ストライク”を迎え撃つ姿勢を見せる。

しかし悲しい哉。

 

<クッソ……楽しかったぜ、たいちょ───>

 

歴戦のMSパイロットといえども、パイロット能力に差がありすぎた。

胴を斜めに切り裂かれた”ジン”が爆炎を挙げる。

これで、”ジン”の残りは2機。

 

<俺だって、”アークエンジェル隊”なんだよ!>

 

反対側でも、マイケルが”ジン”を撃破していた。

反撃を覚悟で突っ込んだのだろう、その右肩には深々と重斬刀が突き刺さっている。しかし、左手に持ったビームサーベルはたしかに”ジン”の胴体を貫いていた。

これで、残るはバルトフェルドの1機のみ。マイケルもこれ以上の戦闘は難しいだろうが、大きな問題ではない。

性能が低下していてもPS装甲を持つ”ストライク”と、ただの”ジン”。

実際に戦うまでもなく、勝敗は明らかだ。

 

「……」

 

もう、言葉は無かった。

キラには分かっていた。何を言ったところで、目の前のMSの中にいる男が退く筈はないと。

 

『───っ!』

 

重斬刀を振りかぶって真正面からの突撃を挑んだ”ジン”。

”ストライク”はそれを僅かにかがんで躱し、右手に持ったビームサーベルを振り上げ、突き出された”ジン”の両腕を切り落とした。

両腕を絶たれ、それでも”ジン”は諦めずに”ストライク”にタックルを行なおうとする。

 

「諦めが……悪い!」

 

しかし、残酷なことにそれも『無駄』でしかない。

”ストライク”はビームサーベルを振り下ろし、無防備な背中に突き刺す。キラの狙いが正しければ、確実にコクピットにダメージが及んだ筈だ。

そして、それは正しかった。

”ジン”はそのまま崩れ落ち、活動を停止した。

 

「……」

 

やるせない思いで、キラはそれを見つめた。あの日、何気ない街角の喫茶店で出会った男の笑顔が脳裏に過ぎった。

これが、この有様が、あの男の最後なのだ。

 

「……敵艦を、叩かないと」

 

後腰部に懸架していたビームライフルを装備し、既にその姿が見えてきた陸上駆逐艦に向かおうとするキラ。

それを引き留めるように、”ジン”から通信が繋がる。

 

<───、───?>

 

「……え?」

 

僅かに聞き取れたその声に、キラは固まった。

 

<なあ、少年……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”第25ブロック

 

「……よくやってくれたよ、ビゼット。あの世で会ったら、君の好きな酒を奢らせてくれ」

 

役割を失った通信機器を捨て、男……アンドリュー・バルトフェルドは、血に満ちた通路を歩き出す。

通路を赤に染め上げる血は、彼の歩いた後に転がる数人の連合兵の死体から流れ出ていた。

最初の奇襲も、MS隊による本命()()()()()()()も、そしてこの後予定されている母艦による”アークエンジェル”への特攻も。

全て、全て、全て。

 

「『たった1人の本命を確実に通すための陽動』なんて……思わないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、やられた……!」

 

既に事切れた”ジン”を脇目に、キラは”アークエンジェル”の方を向く。

キラの予想が正しければ、バルトフェルドは既に艦内に侵入している。大勢の部下達という囮に、キラ達の視線が引きつけられている間に。

その作戦は、たしかに意外性があった。普通に考えれば、たった1戦力という手札を通すためにこれほどの囮は用意しない。

キラが測り違えていたのは、単純なことだった。

 

「普通じゃないんだ、あの人は……!」

 

どうするべきか。

バルトフェルドがどこに居るのか、”アークエンジェル”のどこを目指しているのか、何が目的なのかがまるで分からない。間違い無く言えることは、たしかな脅威だということだ。

しかし、遠くからは確実に陸上駆逐艦が迫りつつある。身動きの取れない”アークエンジェル”は、格好の的だろう。

 

<───落ち着け、キラ!>

 

マイケルの声を聞き、キラは若干の落ち着きを取り戻した。

マイケルは右腕が動かなくなった愛機を懸命に操り、”ストライク”に近づく。

 

<いくら『砂漠の虎』ったって、結局は1人の人間だ!カップ(CIC)に連絡して放送でも掛けてもらえばすぐ捕まる!>

 

「あっ……」

 

敵の大胆な策に振り回され、冷静さを失っていたことを自覚していくキラ。

ここで血迷ってバルトフェルドを追うのは論外で、躊躇う時間すら余計でしかない。

バルトフェルドを追うのは他の人間でも出来る。陸上駆逐艦を止められるのは、キラと”ストライク”しかいない。至って単純な話だった。

 

「……すみません、冷静さを失っていました」

 

<いや、誰でもそうなるだろうよ。俺は流石にこれ以上戦うのは無理だ。戻っていいか?>

 

「分かりました」

 

”アークエンジェル”の方に戻っていく中破した”ダガー”を見送りながら、キラは自省した。

ムウから指揮権を委譲されていながら、この様とは情けない。

しかし、そのまま長々と考えている暇は無かった。頭を振って思考を切り替え、キラは”アークエンジェル”に向かってくる敵を見据える。

最後に、キラは自分の服を強く掴んでいるアリアに声を掛けた。

 

「大丈夫?」

 

「はい。……お願いします」

 

「分かった。───行くよっ!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”中枢区画

 

「ちくしょう、案外、連合軍も頼りにならない!」

 

「でも、聞こえてくる限りでは優勢っぽいですよ!」

 

ヘク・ドゥリンダはバリケードに隠れてアサルトライフルの弾倉を入れ替えながら叫んだ。その声に負けない大きさで、ヘクの部下であるワイド・ラビ・ダナガが戦況を告げる。

戦闘前に自衛権を許可された彼らは、護衛対象である少女を部屋の中に匿いながら、侵入してきたZAFT兵との戦闘を開始していた。

PTSDを発症して少しばかり錯乱していたものの、大人しく部屋の中にいてくれるだけでもヘク達、守る側としては有り難いことである。

そうして始まった戦闘は当初拮抗していたものの、次第に武器弾薬が息切れしてきたZAFT兵に対してヘク達も余裕を感じてきた時のことである。

状況を大きく変える一手は、唐突に打たれた。

 

「っ、スモーク!」

 

前線で弾幕を張っていたホースキン・ジラ・サカトが叫ぶ。次の瞬間、周囲一帯は白煙に覆い隠された。

 

「落ち着け!弾幕を張り続けろ!」

 

「でも、敵が見えないんじゃぁ」

 

「近づけさせなければそれでいい!」

 

混乱する部下を叱咤しつつ応戦を続けるヘク。

白煙が途切れ、味方が1人も脱落していないことにヘクが安堵した時、ワイドが驚きの声を挙げる。

 

「おい、おいおいおいおい……嘘だろ!?」

 

「どうした!」

 

部屋の中をのぞき込みながら驚愕の声を挙げたワイド。

その姿にヘクが覚えていた不安は、彼にとって極めて残念なことに、的中してしまう。

 

 

 

 

 

「───姫さん(カガリ)がいない!煙に紛れてどっか行っちまったんだ!」

 

「なんて日だクソッタレ!?」




更新頻度が著しく落ちてますが、私は元気です。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第105話「激闘の果て」

ようやく、VSバルトフェルド戦も終了です。
長かった……。


4/26

”アークエンジェル”格納庫

 

「きゃあっ!?……んもぅ、最悪!」

 

近くで発生した爆発をバリケードの陰に隠れて防いだヒルデガルダが悪態を吐く。乙女の髪が傷んだらどうしてくれるのだ。

”アークエンジェル”の格納庫内では、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

兵士の数では圧倒的に勝る”アークエンジェル”側だが、しかし中々に攻めきれずにいたのは、ここが彼らのホームグラウンドだということが大いに影響している。

 

「あー!ふざけんなそれを盾にするんじゃねぇ!?」

 

「その機材いくらすると思ってんだアホンダラー!」

 

そう、ここで戦っているのは、そのほとんどが整備士なのだ。

当然彼らも軍人ではあるので銃の扱いもそれなりには使えるし、戦闘の基本は理解している。

しかし、心構えはそうではなかった。この場所に存在する物品にどれだけの価値があるかをよく理解しているが故に、発砲を躊躇ってしまうのだ。

これが一般的な歩兵であるならば、必要な時には躊躇わず発砲し、敵を撃破していただろう。

だが、この状況に焦りを感じているのはZAFTも同じこと。

 

「なあっ!……弾、くんね?」

 

「断る!自分で盗ってこい」

 

「つれねー!一緒にヤケクソ突撃してる仲間に、なんて態度だばっきゃろー!」

 

そう、ついにZAFT兵達の弾薬が底をつき始めたのだ。

元々”アークエンジェル”側もそれを見越して長期戦を挑む努力をしていたが、ようやく身を結んだのである。

倒した連合兵から武器を奪うなどして誤魔化しもしてきたZAFT兵だが、それにも限界はある。

戦局は確実に、”アークエンジェル”側に傾いていた。

 

「連中、目に見えて弾幕が薄くなってきたな……」

 

「きっと弾切れが近いんですよ!」

 

拳銃の弾倉を交換するムウにベントが返事をする。幸運なことに、パイロットの面々に負傷者はいなかった。

余談だが、今ムウが身を隠している機材はMSの精密部品をその場で現場で加工することの出来る希少な一品であり、一部の整備士からは怒りの視線をぶつけられていたりする。

更に”アークエンジェル”側に朗報は続く。

 

<ワンド3、帰還したぜ!>

 

左肩を損傷した”ダガー”を操って、マイケルが格納庫内に帰還したのだ。

傷ついていても、歩兵にとってMSは大きな脅威となる。対MS装備を持っていない、あるいは消耗した状態であれば尚更のことだ。

対する”ダガー”も、流石に爪先の12.5㎜機関砲を発射するワケにはいかないが、この狭い格納庫内であれば敵のいる場所に拳を叩きつけるだけでも十分に有効な一撃となる。

ボロボロになってなおも威容を誇る”ダガー”に、動揺を隠せないZAFT兵達。

そして、マイケルは躊躇わずにZAFT兵目がけて拳を振り下ろした。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

咄嗟にZAFT兵達は飛び退くも、隠れる場所をいきなり失ってしまうこととなる。

そして、それを見逃すほど”アークエンジェル”の、加えて機材を破壊されたことに怒り心頭な整備士達は甘くなかった。

 

「今だぁ!このクソ共を撃滅しろぉっ!」

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

たちまちに浴びせられる弾幕に、1人、また1人とZAFT兵達が倒れていく。

あらかたの敵兵が倒れ伏したことを確認し、ムウ達は油断なく銃を構えながら敵兵に近づく。

 

「……これで、終わった、んですかね?」

 

「格納庫内は、そうだろうな」

 

「ふぃ~、疲れた……」

 

その場に座り込むヒルデガルダ。彼女の体や衣服は、戦闘の余波で生じた煤で所々すすけていた。

碌な対人戦の経験も無いままに生身の戦場に巻き込まれてしまった彼らだが、なんとか生き延びることが出来た。

フッと笑ってムウが銃を下ろした時、ムウは見た。

───死体だと思っていた敵兵の腕が動き、座り込んだヒルデガルダに手を差し出しているベントに向けて、その手の拳銃を向ける瞬間を。

 

「っ、ベント!」

 

銃声がまた一つ、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

「皆、無事?」

 

『はい!』

 

誰1人として欠けることなく激戦をくぐり抜けられたことに、マリューは安堵の溜息を漏らす。

先ほど、艦橋に取り付いたZAFT兵達は、艦橋内部のメンバーと艦外に回り込んだメンバーによる連携攻撃によって排除された。

すなわち、”アークエンジェル”の管制能力が回復したということである。

 

「こちらCIC、各部状況知らせ!」

 

「接近してくる敵艦は、ソード1によって対処された模様!」

 

「残存する敵部隊は第9ブロックに集結している模様、直ちに部隊を編成させて対処させます」

 

矢継ぎ早に指示が艦内に下され、僅かずつではあるが艦内の安全が確保されていく。

銃弾ですっかりボロボロにされてしまった艦長席に腰掛けたマリュー。そこへナタルがやってくる。

 

「艦長、機関室から良い報告です。この攻撃による機関室への被害は軽微、予定されていた時間より僅かに伸びますが作業はいつでも再開可能とのことです」

 

「最良の知らせね。応急修理期間が伸びてモタモタしている内に再度攻撃が、なんてことになったら目も当てられないわ」

 

「同感です。ですが、何処かに伏兵が潜んでいる可能性は未だに存在します。ご注意ください」

 

「ええ」

 

そう、未だに戦闘が完全に終わったわけではないのだ。マリューは思わず肩から抜けていた力を入れ直す。

こういう時、ナタルのように副官の存在が有り難い。

出会った当初はやりづらさを感じていたマリューだったが、現在はナタルの生真面目さを素直に評価出来るようになっていた。

味方の勢力圏に逃げ込み、安全を手に入れた時には必ず何か労おうとマリューが決意していると、突如としてCICのサイが驚きの声を挙げる。

 

「本当ですか、マイケルさん!」

 

「どうした、アーガイル2等兵」

 

マイケルから告げられた驚愕の情報を、サイはマリュー達の方を向いて報告した。

 

「マイケ……ワンド3より報告!敵部隊の隊長、アンドリュー・バルトフェルドが既に艦内に侵入している可能性有りとのことです!」

 

「なんですって!?」

 

マリューは、先ほど自らに言い聞かせた言葉を思い返した。

未だに、戦闘は終わっていない。

この後彼女達は、次々と発覚する問題の対処に奔走することになる。しかし、そうであっても彼女達は幸運だった。

実際には、彼女達の想像するよりもずっとずっと、重大な事態が発生しているということに気付かずに済んだのだから。

 

 

 

 

 

「よし、これで!」

 

その頃、キラは”アークエンジェル”に向かって接近してきていた”ピートリー”級陸上駆逐艦の制圧に成功していた。

通常であればMS1機で挑むには危険な相手であるが、”ストライク”とキラ・ヤマトの組み合わせ相手に持ちこたえるには、些か役者不足だった。

ビームライフルで走行ユニットや各部砲台を次々と撃ち抜かれ、”ピートリー”はもはや置物以上の役割を果たすことはない。

それを為した張本人であるキラはというと、心底安堵したように溜息を吐いた。

 

(あのまま進ませていたら……)

 

キラの目には、”ピートリー”が特攻を仕掛けているように見えていた。

実際、そうなのだろう。なにせ武装をあらかた潰しても止まろうとする様子は見えず、慌てて移動に必要な機関を潰して回る羽目になったのだから。

自分のすぐ横で顔色を悪くしているアリアが、技術者としての観点から攻撃するべき場所を指示してくれていなければもっと時間が掛かったかもしれない。

 

「ヤマト……しょう、い……”ピートリー”、級は……?」

 

「大丈夫、止まったよ。これ以上は何も出来ない」

 

「そ……げほっ、ですか、良かった……」

 

喋るだけでも辛そうな様子を見せるアリア。───限界だ。

ここまで、非戦闘員でありながら戦闘機動の負荷に耐えてみせたアリアに感謝しつつ、キラは”アークエンジェル”の近くで”ストライク”を(ひざまず)かせる。

ここから先は、『ガンダム』は必要ない。

 

「トラスト少尉、ここで待っていて。戦いが終わったら、必ず迎えに来るから」

 

「……」

 

言葉は無かった。しかし、コクリと頷いたのを確認し、キラは”ストライク”のコクピットから地面に降り立ち、拳銃を構える。

 

「これ以上の戦いは無意味な筈……何が貴方を駆り立てるんです、バルトフェルドさん」

 

キラにはどうしても、この無謀な戦いを仕掛けてきた人物と、あの喫茶店で出会った強敵『砂漠の虎』とが結びつかなかった。

これまで何度も苦しめられてきたのだ、それくらいは分かる。

確実に勝てるだけの戦力を用意しつつ、なおかつ被害を最小限に抑えるための策を用意する。それが『砂漠の虎』だ。

だからこそ彼らはこれまで生き延び、着実に経験を積み、ZAFT地上軍最強の部隊とまで言われるようになったのだから。

この戦いには、それが感じられない。ただ戦って、そして死んでいくためのものだ。

 

「こんなの、もう戦争じゃない……」

 

”アークエンジェル”に複数存在する乗降口の1つから艦内に進入するキラ。

足を踏み入れたそこには、キラが一度嗅いだことのある匂いが漂っていた。───血の匂いだ。

 

「うっ……」

 

壁に出来た銃痕やこびりついた血液、そして床に転がる死体が、ここで凄惨な戦いが行なわれたことを証明していた。

『三月禍戦』の折にキラも白兵戦を経験しているが、そうでなければ吐いていたかもしれない。

努めて死体の顔を見ないようにしながらキラは通路を進む。

もしも───たとえ何度かすれ違っただけだとしても───顔見知りが死体となっていた場合、立ち止まってしまうかもしれないから。

ただでさえMS戦の後ですり切れた精神が更に蝕まれていく。

それでも、キラは立ち止まらない。

あの陽気な、それでいて誰よりも『戦争』の才能に恵まれてしまった男とはこの手で決着を付けなければならない。そうでなければ、キラは自身が納得出来る結末を迎えられないのだ。

 

「っ、足音……」

 

ペタペタと通路を歩く音をキラの耳は捉えた。

艦内を裸足で歩いていることに若干の違和感を覚えつつも、キラは通路の曲がり角を慎重にのぞき込み、足音の主を確認する。

そして、安堵した。

 

「バアル少尉?良かった、無事で───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テキ。

テキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキテキ。

ワタシノ、テキ。

ドコ?ドコ?

テクテク、テクテク、サガシテ、アルイテク。ワタシハ、アルイテク。

10ニンメハ、ドコ?

ドコ、ドコ、ドコ?

コーディネイターハ、ドコ?

 

 

「バ ア ル 少 尉 ? 良 か っ た 無 事 で ───」

 

キラ・ヤマト。ショウイ。ソード1。コーディネイター。

イタ。

10ニンメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コ ロ サ ナ キャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「っ!?」

 

瞬間、キラは自分の中で何かが弾ける感覚を覚えた。

キラは、この感覚に覚えがあった。この状態の時は頭がクリアになり、いつも以上の力を発揮することが出来るようになる。

そして、この感覚はいつも、死が間近に迫った時に。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ふる、う゛ぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥ!!!」

 

全てがスローになった視界の中、振り向くと同時に飛びかかってきたスノウ。その目からは、完全に正気が失われていた。

その標的となったキラは、まずその右手に握られた斧への対処を図った。

 

『斧は一撃の破壊力が大きいため、扉や障害物の破壊にも用いることが出来る武器だ。加えて、刀剣や槍よりもコンパクトに収めることも出来るため、現代でも使用する兵は一定数存在する。石器時代からの人間の友といったところだな。更には───』

 

かつてキラが月で訓練を受けていた時のことである。

近接戦闘訓練の折に、教官のマモリは斧についての説明を行ないながら、斧を訓練場に設置された的に投げ放つ。

放物線を描きながら斧は飛翔し、的の中心に突き刺さった。

 

『投擲も出来る。だが、斧はその万能性とは裏腹に弱点も存在する。それは───』

 

(───直撃させることが、難しい!)

 

斧は刀剣と違って刃の幅は狭く、槍のように柄の長さ(リーチ)を活かして遠巻きに突き刺すことも出来ない。

更に、その威力を発揮するには出来るだけ力を込めて振る必要もあり、対人戦ではナイフに一歩譲る。

それらを踏まえてマモリがキラに伝授した対策は、()()()()()()()()()()()

相手の懐に飛び込んでしまえば、斧はもはやその威力の半分も発揮することは出来ないのだ。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「がっ!?」

 

平静さを失ったスノウはキラの繰り出したタックルを避けられず、そのまま床に倒れ込む。

起き上がる前にすかさずキラは馬乗りになり、抑え込みにかかった。

しかし。

 

「なっ……力、強っ!?」

 

「あ”ぁぁぁぁぁぁ、ぐるぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

暴れるスノウの力は常人のそれを遙かに上回っており、ほんの少しでもキラが力を抜けば即座に脱出し、キラを殺害せしめることを容易に想像せしめた。

キラが抑え込みに成功しているのは、腕力に加えて体重も掛けているからである。

加えて、スノウは首を動かしてキラに噛みつきを仕掛けており、下手に動けばキラは大きなダメージを負うだろう。

こうなっては、キラ独力での解決は難しい。

 

「くそっ、少尉、落ち着いて!僕が分からないんですか!?」

 

「がぁっ、ぐるるるるるるる、う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

スノウの暴れようを見て、キラは早々に説得を諦めた。

明らかに錯乱しており、言葉でどうにか出来る状態ではない。鎮静剤などの外部要因に頼ろうにも、他に動ける人間が近くにいない以上は考えるだけ無意味。

何か、ショックを与える必要がある。ほんの少しでもスノウの感情に、殺意以外の何かを生み出す。

キラの思考が導き出したのは、スノウ同様に、自らが動かすことの出来る唯一の部位を用いることだった。

 

「この……落ち着、け!」

 

「がっ!?」

 

スノウが噛みつきを繰り出すために力を貯めた瞬間、キラはスノウに頭突きを繰り出した。

正面からの頭突きの威力、そして頭突きの勢いを殺せずに後頭部が床に当たったことにより、僅かながらスノウの思考に混乱が生じる。

キラは、額をスノウの額から離さず、スノウの吐息がハッキリ感じられる距離で言葉を発する。

 

()()()()()()()()()?言ってみろ、スノウ・バアル!」

 

「あぁっ、あ、はっ、はっ……?」

 

「僕が敵に見えるか!僕はコーディネイターで……それでも、君の仲間だ!」

 

至近距離で放たれる言葉は、たしかにスノウの殺意を削いでいった。

僅かずつスノウの目に正気が戻っていき、斧を握る手からも力が抜けていく。

 

「キ……ラ。キラ……?」

 

「そう、そうだ。僕は、キラだよ」

 

スノウが手放した斧が床に転がり、カラン、という音が鳴る。

 

「キラ……キラ、キラっ」

 

「うわっ、えっ?」

 

スノウが落ち着いたと判断して離れようとするキラ。

しかし、スノウはキラを抱きしめる。

先ほどの大型野生動物のような力はまるで感じられず、その見た目通り、怯える少女のような弱々しい抱きつきにキラが困惑していると、スノウがポツリポツリと言葉を漏らし始めた。

 

「いや、いやぁ……。いかないで、私を1人に、しないで……死んじゃ、いやぁ……」

 

「……」

 

一度も見たことの無いスノウの姿に、キラは何も言えなかった。

この弱々しさの中に、キラが知る普段の彼女の苛烈さの答えがあるのだろう。出来ることならば彼女の側にいてやりたい。

しかし、キラにはまだするべきことがあった。

優しく腕を解きながらキラはスノウに語りかける。

 

「大丈夫、大丈夫だから……僕は死なないから……」

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

「……少しだけ、ここで待っていて。必ず、戻るから」

 

いやいやと首を振るスノウ、しかし、弱々しいままの力でキラを引き留めることは出来ない。

キラが知る由もないことだが、彼女を強化している薬剤の効果がちょうど薄れ始めていたのだ。

どちらにせよ、今のキラには都合のいいことである。

スノウを壁に寄りかからせた後、キラは地面にいつの間にか落としていた自分の銃を拾い上げ、先を急いだ。

俯いたスノウの顔からこぼれ落ちる液体に、気付くことはしなかった。

 

 

 

 

”アークエンジェル”中央区画

 

「何処だ……何処に、いる……」

 

震えた手で銃を持ち、カガリは歩く。

煙幕が生じた隙に部屋を抜け出した彼女は、当てもなく、1つの目的を果たすために歩き回っていた。

すなわち、アンドリュー・バルトフェルドの殺害である。

「敵は”バルトフェルド隊”である」という情報が艦内放送で知らされたことが、この状況を作り上げたのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

彼女の理性が、彼女自身に告げている。

『行くな』と。

カガリが今こうしている、そのことがもっとも危険であり、ヘク達にも大いに迷惑を掛けているのだと。

しかし、カガリは止まらない。止まれない。

 

『ハハハ、馬鹿な奴。そんなことをして俺達が喜ぶワケないって知ってるだろうに』

 

「うる、さい……」

 

『無駄で無意味……その方がまだマシだ。お前のやっていることは、それ以下の行いだ』

 

「黙れ……」

 

『カガリ、どれだけの恥を上塗りするつもりなのだ?お前はアスハの娘なのだぞ?』

 

「黙れぇ!」

 

()がカガリを責め付ける。

彼女の周りには誰もいない。声など聞こえる筈が無い。

それでも、彼女だけには聞こえるのだ。

アフメド(自分が死なせた少年)の声が。

ヘク(自分を守る者)の声が。

ウズミ(自分が敬愛する者)の声が。

それらが、自分を非難してくるのだ。僅か齢16の少女の精神で耐えられる負荷ではない。

そして、カガリにはそれが自らの後悔が生み出す()()()()だということが分かっていても、正しい解決法を知らなかった。

バルトフェルドを分かりやすい元凶に見立て、それを殺して全てを解決した……と()()()()、短絡的な方法。それに縋ってしまったのである。

 

「全部、あいつのせいだ……そうだ、全部───」

 

 

 

 

 

「あ」

 

「え?」

 

バッタリと。

突然に。

前振り無しに。

廊下の曲がり角で。

───カガリとバルトフェルドは遭遇した。

 

 

 

 

 

「がぁっ!?」

 

当然のように先に行動したバルトフェルドは即座にカガリを組み伏せ、その頭部に銃を突きつける。

抵抗しようにもカガリの右腕はねじり上げられ、何かしようとすれば逆に痛みが奔るだろう。

躊躇なく引き金を引こうとしたバルトフェルド。しかし、何かに気付いたように眉を潜めた。

 

「んー?君、どっかで……」

 

「くっ……バルト、フェルドぉっ!」

 

必死に頭と眼球を動かし、バルトフェルドをにらみつけるカガリ。

拘束の力は弱めずに頭をひねったバルトフェルドは、得心した。

あのレジスタンスの中に混じっていた、異国のお姫様だ。

 

「ああ、いつの間にか死んでたかなと思ってたけど、こんなところにいたんだ?───カガリ・ユラ・アスハ君?」

 

「なっ……」

 

「『なんで』って?あのさぁ、アフリカ系列の男達が集まったレジスタンスの中に、1人だけ東洋風の女の子がいるってなったら、少しは調べようと思うじゃん?判明した時には頭抱えたけど」

 

自分の素性が筒抜けだったことに目を見開くカガリ。そんなカガリを尻目に、バルトフェルドは言葉を続ける。

 

「なるほどなるほど……あの時のやけに動きのいい”テスター”のパイロットは、君を連れ戻しに来た護衛……それも腕利きのコーディネイターってところかな?君が血気盛んに出てったから、慌てて飛んで来たってわけだ」

 

「……」

 

バルトフェルドの推察は完全に的中していた。僅かな情報からここまで推理してみせるバルトフェルドに、カガリは驚きと恐怖を隠すことが出来ない。

───自分達は、こんな男を相手に戦いを挑んでいたというのか!?

否、戦いだと思っていたのは、カガリ達だけである。

バルトフェルド達にとっては、「本番前の雑事、あるいは練習相手」としか見られていなかったのだから。

 

「ま、都合のいい話ではある」

 

「なんだと……?」

 

「───今ここで君を殺せば、連合とオーブに不和を生めるかもしれないだろ?『連合軍艦が保護した中立国の要人が戦闘に巻き込まれて死んだ』、みたいな?どうせ死にに来てるようなもんだし、せめてもの置き土産にはちょうどいい」

 

ゴリ、と。カガリはたしかに、銃口(死神の鎌)が自分の頭に突きつけられたことを理解した。

自分は今、憎き仇敵に、紙に吐き出したガムを捨てるように、あっさりと殺される。

そしてその瞬間、たしかに、カガリは自分の中で何かが弾けるのを感じた。

 

 

 

 

 

「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!???」

 

 

 

 

 

オーブもアスハもヘクもアフメドも父も関係無い。

今はただ、生き延びたい。

カガリは泣いた。カガリは叫んだ。カガリはもがいた。

ねじられたままの右腕がミシミシと悲鳴を挙げるが、そんなのは今の彼女にとって気を払うべきことではない。

命が保証されなければ、全てが無意味だ。

 

「うおっ!?急に、なにを……!」

 

カガリの無様に過ぎる抵抗は果たして、彼女の余命を延ばすことに成功した。

急に激しく、自傷すら厭わずに暴れ出したカガリを前にバルトフェルドは銃口を逸らしてしまい、放たれた弾丸はあられもない方向に飛んでいった。

予想以上の抵抗に再度押さえつけようとするバルトフェルド。しかし、カガリは普段彼女が発揮出来る以上の、火事場の馬鹿力とも呼ぶべき力を発揮し、中々思い通りに動かない。

だが、元々が完全にバルトフェルド優位な体勢だったために、数秒後には再び銃口がカガリの頭に押し当てられる。

 

「あああ、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???」

 

「ええぃ、この、いい加減に───」

 

 

 

 

 

「カガリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 

 

 

 

突如、バルトフェルドの左肩を銃弾が撃ち貫いた。

カガリのなりふり構わずの抵抗と悲鳴が。必死に稼いだ数秒が。

───ヘク・ドゥリンダ(最強の護衛)を、この場に間に合わせたのである。

 

「ぐっ!?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

カガリに命中しないように細心の注意を払いながらヘクはバルトフェルドに銃を連射する。

咄嗟に通路の曲がり角に逃げ込まなければ、今頃バルトフェルドは蜂の巣にされて絶命していただろう。

対するヘクも、追撃はしようとせずカガリの体に腕を回して引きずるように、バルトフェルドとは反対側の曲がり角にまで連れて行く。

 

「くそ、しくじった……!」

 

撃たれた左腕を止血しながら廊下を進み、バルトフェルドは悪態を吐く。

『軍服でもない若い女が何故軍艦にいるのか』、そんなことに気を取られて呑気にベラベラと話していたツケがこれだ!

遠ざかっていく足音に安堵しつつ、ヘクはカガリの様子を窺った。

 

「カガリ、無事だった───」

 

か、と続けようとしたヘク。しかし、それはカガリが抱きついたことによって遮られる。

 

「はーっ……はーっ……」

 

「……ったく」

 

ヘクは困ったように、空いてる左腕でカガリの頭を撫でた。

今回もこうして振り回されたワケだが、今はそれをとやかく言う気にはなれなかった。

今の彼女は、恐怖に震え、泣きじゃくる子供でしかない。

 

「よーし、よーし……大丈夫だからな」

 

「わた、私は……はーっ……へ、ク……」

 

「大丈夫だ、大丈夫だからな……」

 

高い授業料ではあったが、これで彼女も分かっただろう。

戦いとは、とても恐ろしいものなのだと。

それでカガリが折れて安全に過ごすことを望むなら、それはそれでいいだろう。ヘクは全力でカガリを守るだけでいい。

だが、カガリはおそらくそれを望まないだろうということも、ヘクは知っていた。

彼女は、この恐ろしさをオーブの人々(大切な人達)が知ってはならないと思うから。そのために、戦えてしまえる人間だから。

なんにせよ、自分は彼女を支えるだけだ。

もはや、彼女の母親の遺言だけで守っている、というワケでもないのだから。

 

「あなた、達は?」

 

「あー……なんか、敵の親玉っぽい奴はあっちいったよ」

 

それに対して、こちらはどうだろう。

騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう少年兵(キラ・ヤマト)は油断なく周囲を警戒しながら、ヘクに礼を言ってバルトフェルドの去った方向に走っていった。

『ヘリオポリス』で戦いに巻き込まれた後に何を思ってか連合軍に志願したと聞いた時にはどうしてそうなったのかと頭を抱えたが、立派に戦士の風体をしているではないか。

いったい何処の誰がどうやれば、僅か1ヶ月ほどで素人をあそこまで育て上げられるのだろうか。

 

「兵士の才能……だけじゃねぇな、ありゃ」

 

どちらにせよ、ヘクが彼にしてやれることはそう多くは無い。そのことが、ヘクには複雑に感じられた。

守りたかった者は守れず、守ろうとしている者達は自分から困難に飛び込もうとする。

そのクセして、その目の中に感じられる『光』は、同じものなのだ。

 

(どんだけ弄くってようが……ヴィア博士、あんた達やっぱ親子だよ)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”資料室

 

「バルトフェルドさん!」

 

「おやおや……もう来たのかい」

 

「……こちら、キラ・ヤマト少尉。アンドリュー・バルトフェルドを資料室にて発見しました」

 

けして扉の陰から顔を出さず、キラは持ち歩いていた通信機を用いて艦内に情報を流した。そう遠くないうちに味方が集結してくるだろう。

資料室はその名の通り、敵味方の戦力に関する情報や通信記録など重要な情報が集められた場所だ。

そのため、情報の保護という観点から艦中枢部に配置されているのだが、今はバルトフェルドの最後の砦となってしまっていた。

 

「もう諦めて投降してください。これ以上───」

 

「『戦う意味なんてない』……だろ?」

 

「……はい」

 

「だったら話すことは無いよ。いい加減学習したまえ」

 

言葉を投げかけながら、チラリ、とキラは顔を出す素振りを見せる。

その瞬間、バルトフェルドは弾丸を発射し、キラの顔のすぐ近くの壁に着弾させる。

手負いの獣とはよく言ったものだ、とキラは舌を巻く。下手を打てば、狩られるのは自分だ。

膠着状態に陥っていると、バタバタと複数の足音がキラの耳に聞こえてくる。

 

「ヤマト少尉!」

 

「ブラックウェ……ル、中尉?」

 

「何故疑問形なのですか」

 

「キラ、大丈夫か!?」

 

呆然とした声でフローレンスを呼ぶキラ。

彼女の中からは「軍医が白衣を赤く染め、なおかつ散弾銃を装備した状態で現れた時にどう思うか」という想定が抜け落ちていた。

フローレンスの後ろには他にもマリューやサイ達他の連合軍兵の姿も見られる。

艦長であるマリューまでもこの場所に来ているということは、残る問題はバルトフェルドのみとなった、と見ていいだろう。

 

「私は”アークエンジェル”艦長のマリュー・ラミアスです。艦内における戦闘は全て終結しました。あとは貴方だけです、速やかに投降しなさい」

 

「……そっかぁ、僕だけになっちゃったかぁ」

 

しみじみと呟くバルトフェルド。しかし、闘志を折るまではいかなかったらしく投降する素振りは見せない。

 

「生憎だが、『最後の一兵になっても戦え』と言ってるんでね。指揮官である僕自身がその言葉を違えるワケにはいかないんだよ」

 

「ですが───」

 

「アンドリュー・バルトフェルド、貴方は病気です」

 

説得を続けようとしたマリューを遮り、フローレンスが言葉を挟む。

 

「おいおい、いくらなんでも酷すぎないかい?いきなり人を病人呼ばわりなんてさ。それに、いったいなんの病気だって言うのかな?」

 

「生存を考慮しない作戦、それにまったく疑問を抱かずに参加する兵士、そして単身潜入する総指揮官。───私には、貴方達が死に場所を求めているようにしか見えません。末期戦の兵士によく見られる症状だと記憶しています」

 

「……」

 

「もう一度言います、アンドリュー・バルトフェルド。貴方達は病気です。人間が自ら死に向かおうとするなど、あってはなりません」

 

確固たる意思で自らの意見を述べるフローレンスに、バルトフェルドは何も言い返せない。

たしかに、自分は病気なのかもしれないと思った。

こんなにも、「何も考えたくない」と思ったこともない。

 

「どうして、こうもままならないのかね……」

 

数秒後、カラカラと銃が扉の外にまで滑り出てきた。

それを投降の合図と判断したキラ達は、驚愕に目を見開く。

銃を手放した彼の掲げた右手に、最後に1つだけ残った武器……手榴弾が握られていたからだ。

入ったばかりの入り口から慌てて逃げ出すキラ達に笑いながら、バルトフェルドは言った。

 

「だが、今ここにいるのはアンドリュー・バルトフェルドだ。『砂漠の虎』だ、戦士だ。それらしい死に方というものがある」

 

「貴方は───それでいいんですか!?遠くに恋人さんがいるんでしょう、残して逝っていいんですか!?」

 

咄嗟に放ったキラの言葉は、たしかにバルトフェルドの額に皺を生んだ。

『砂漠の虎』が愛した女。初耳の情報に他の兵士の間でざわめきが生まれるが、キラは構わずに言葉を続ける。

 

「目の前の現実から目を背けたくなる気持ち、少しは分かるつもりです!それでも、そこで未来を諦めちゃダメなんですよ!」

 

「未来、か……あると思うかね?僕が連合軍にどれだけ被害を与えたかは理解しているだろう?十中八九、処刑だろうさ」

 

「っ……それは」

 

たしかに、バルトフェルドの言うことは的を得ていた。

彼の活躍や名声は、それに比例する連合軍兵士の屍を積み上げることで成立していた。良くて終身刑だろう。

どちらにせよ死ぬ以外の選択肢がない。そう言われては、キラにはどうすることも出来ない。

言葉に詰まるキラ。しかし、そこに救いの手を差し伸べる者がいた。

護衛を伴ってこの場に現れた、ヘンリー・ミヤムラだ。

 

「アンドリュー・バルトフェルド君!私は”第31独立遊撃部隊”司令官、ヘンリー・ミヤムラ大佐だ!───その命、私に預けてみる気にはならんかね?」

 

「……なに?」

 

「君が生きてこの戦争を終えられるかもしれない選択肢を、我々は提示出来るということだ」

 

バルトフェルドは耳を傾けた。

この大佐を名乗った老人の言葉には、たしかな自信が感じられたからだ。

 

「現在我々は、君の部隊の隊員16名を拘束している。『深緑の巨狼』もだ。このままいけば、彼らは戦後厳罰を受けるだろう」

 

「人質のつもりで?言っておきますが大佐殿、我々に死を恐れる者は───」

 

「単刀直入に言う、こちら側に付く気はないかね?」

 

ピシリ、とその場の空気が固まった。

それもそうだろう、何処の誰が、敵エース部隊の指揮官に正直に裏切りを薦めるというのか。

()()フローレンスでさえ、目を丸くしているではないか!

 

「君ほどの男がこちらに付くならば、私は最大限の便宜を図るし、おそらく上層部も歓迎してくれるだろう。なにせ、敵エースが寝返るのだからな。公表してZAFTの士気を低下させるも良し、隠して敵中枢に潜り込ませるも良しの鬼札……捨てるには惜しい」

 

「……その対価が、我々の戦後の立場の保証と?」

 

「そうだ。君も、君の部下も、君の恋人も守る最大の手段だ」

 

「天下の連合軍ともあろうものが、随分と卑怯なことをするものですな。プライドは無いものと見える」

 

「手段を選ばない、とは言わない。私も『血のバレンタイン』や『エイプリルフール・クライシス』のようなことはあってはならないと考えているとも。だが、穏便に物事を解決出来る方法があるなら、どれだけ卑怯と罵られようと構わん」

 

どうするか、とミヤムラはバルトフェルドに迫る。バルトフェルドは、ただ一度だけ、溜息を吐いた。

 

(ああ……負け、だな)

 

キラに絆され、フローレンスに説教された。

そして、ミヤムラは手を差し伸べた。戦士としてあるまじき道へ誘うその手は、たしかにバルトフェルドにとって魅力的に見えてしまっている。

目を閉じ、思い浮かべるのは。

 

『隊長!』

 

『バルトフェルド!』

 

『アンディ……』

 

自分を、自分などを慕ってくれた仲間達の声。

そして、誰より守りたいと願った女性の声。

 

「やはり、僕は中途半端だったらしい……」

 

戦士のように勇ましく、誇り高く死ぬ。

そう決めていたのに、醜く生き足掻こうとしてしまうのだから。

この後、アンドリュー・バルトフェルドは正式に連合軍へ投降。ミヤムラの宣言を以て、戦闘終結が確定した。

激闘の果てに、彼らが掴んだものとは───。




お、終わった……ついに……。

次回は後日談的な話でさらっと流そうと思います。
いったんアークエンジェルから視点を移したい……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第106話「一寸先は…」

ようやく、対バルトフェルド戦完結です。


4/26

”アークエンジェル”艦橋

 

「この艦って、呪われてるのかもしれないわね……」

 

「そう思いたくなる気持ちは分かりますよ、艦長」

 

苦笑しながらエリクはマリューに言った。

バルトフェルドを無事に捕縛することに成功した彼女は艦橋に帰還し、状況報告を受けていた。

 

「機関室からの報告は既に受け取った通り、あと1時間もすれば修理は完了します」

 

「何故、彼らは機関部への攻撃をしなかったのかしら?それが私達にとって一番されたくないことだって、彼らも分かる筈」

 

「おそらく、艦内の制圧を優先したのではないでしょうか?エンジンが直っても、飛ばす人間がいなくなるわけですから」

 

「そうかしら……」

 

なんとなく、マリューにはそれが正しく無い気がしていた。

彼らは「戦争をしに来た」、というよりも「戦いに来た」方が正しいように思えたのだ。

どちらにせよ、彼女の想像の中でしかないし、それこそ捕縛した本人達に聞けば良いことだろう。

思考を切り替え、マリューは報告の続きを促す。

 

「さてと……それじゃ、悪い報せを聞かせてくれる?」

 

「……まぁ、たしかに悪い報せばっかりですけどね、ここからは」

 

溜息を吐きながら、エリクは報告を再開した。

 

「まず死傷者の数ですが、艦内スタッフ17名の死亡が確認されました。他にも負傷者の数は50人近く……今は医務室周辺や寝台のある部屋に集めて処置中です」

 

艦長として、艦の被害よりも頭の痛くなる報告だった。

”アークエンジェル”級の艦内スタッフを務められる兵士は少ない。新造艦かつ技術実証艦でもある”アークエンジェル”級は、その分従来の艦とは勝手が色々と違ってくるからだ。たとえ人員補充を要請したとしても、一朝一夕にはいくまい。

加えて、ここまでアフリカでの戦いを共に生き残ってきた仲間達の死は、マリューの心を強く打った。

 

「また、格納庫における銃撃戦でフラガ少佐が左腕を負傷したと報告されています。ディード軍曹を庇った際の負傷だとか……命に別状は無いそうです。ただ、しばらくMS戦は無理と」

 

「えぇっ?」

 

傷口に塩を塗るとはこの事か。マリューは驚きの声を挙げる。

キラやスノウほど撃墜スコアを稼げる訳では無いが、ムウが抜けるのはある意味で先の2人が抜けるよりも痛い。

高い空間認識能力から来る状況把握能力と致命傷を避ける防御能力は勿論のこと、パイロット達の中で正式な軍事教育と指揮経験を持っているのは彼だけなのだ。

元々は比較的安全な場所で試作品のテストを行なうための部隊だったツケが、ここに来て現れた形となる。

加えて、何度かアプローチを掛けられて気になっている男でもあるムウの負傷は、更にマリューの不安を掻き立てた。

 

(陸戦隊の配備も考えないと……)

 

本来なら戦闘艦に配属されてしかるべき陸戦隊、つまり生身での戦闘の専門家がいなかったことも、多数の被害が生まれた遠因だ。

ミヤムラを介して今度こそ配属を要請するしかない。

考えるべき問題が山積みであることにマリューは頭を抱える。

 

「───それは、なんとかなるのではないかな?」

 

話をここまで黙って聞いていたミヤムラが口を開く。

艦橋内の全員が疑問を持った目でミヤムラを見つめると、彼は説明を始めた。

 

「なに、単純な話だよ。フラガ少佐の離脱はたしかに痛いが、動かせるMSの数を考えれば、ポジティブに考えることは出来るというだけだ」

 

「動かせる機体……」

 

「ああ、そういうことですかー。つまりMSに乗れないフラガ少佐と、MSを失ったミスティル軍曹……ニコイチ的に、彼女に少佐のMSを任せようってことですよねー?」

 

戦闘が終わったことで落ち着いたのか、普段通りの間延びした口調で話すアミカ。

ヒルデガルダの搭乗していた”ダガー”は半ばスクラップ同然という評価を受けており、修復不可能という判定を受けていた。

つまり、大局的に考えればMSの数とMSを動かせる人員の数がそれぞれ1ずつ減っただけなのだ。

 

「無論、フラガ少佐とミスティル軍曹が同じ役割をこなせるわけではない。だが、悲観するほどではないと私は考えるよ」

 

「たしかに……」

 

「まぁ、独立性の高い我が部隊では、1人の離脱それ自体が大きな問題となるのは間違い無い。しばらく休養も欲しいところだな……」

 

「ていうか、今まで目を逸らしてきましたけどー……()()、どうします」

 

そう言って手をかざし、艦橋全体に視線を誘導するアミカ。

激しい銃撃戦に晒された艦橋内は至る所が損傷しており、正常に機能するかどうかは、誰の目から見ても答えが明らかだった。

下がったまま戻らなくなり、敵が爆破したことで大穴が空いたままの防護シャッターから時折室内に吹き付ける風が肌身に染みる。

 

『はぁ……』

 

艦橋内に集うありとあらゆる人員が、一斉に溜息を吐いた。───問題は、山積みだ。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”通路

 

「いやー、意外と元気そうだったな少佐!」

 

「はい。撃たれたって聞いた時は血の気が引きましたけど……元気そうで良かったです」

 

一方、キラ達パイロットの面々は医務室を出て食堂へ向かっていた。彼らは先ほど、銃撃戦で負傷した医務室までムウの見舞いにやってきたのだ。

幸いなことに傷は浅く、早ければ1ヶ月で完治するだろう、と手当を行なったフロ-レンスは言った。

むしろ問題なのは、ムウが負傷する原因となってしまったベントがムウに平謝りを始めたことの方だ。

元々責任感の強い彼にとって、信頼する上官の負傷の原因が自らを庇った故であるならば仕方のないことではある。

 

『ベントが死ぬのと俺が怪我するのだったら、後の方が良いに決まってるだろ?』

 

負傷して包帯を巻かれた左腕をポンポンと叩きながら、ムウはそう言った。

 

『むしろ、これから忙しくなるって時に暇しちまって、悪い気がするくらいだぜ?お前ら、俺がいなくて泣き出すなよ?』

 

ジョークを交えながらキラ達を揶揄するその姿は、少年達に『大人』を感じさせるには十分なものだった。

もっとも、その後に「どうせなら酒でも飲んでくつろぎたい」と発言したがために、「患者が飲酒を求めるとはどういうことか」とフローレンスの手によってデザートイーグルを頭部に突きつけられたせいで台無しだったが。

今回の銃撃戦における敵兵撃破数でトップを取った人間が何故軍医をやっているのだろうか。そこには、キラ達にまるで理解し難い現実が広がっていた。

 

「にしても、しばらくはフラガ隊長が戦線離脱かぁ……キツくなるなぁ」

 

「俺達の指揮って、やっぱCIC(カップ)が直接指揮すんのかな?それとも……キラが?」

 

「流石に艦橋じゃないですか?僕も指揮なんてほとんど出来ませんし、それこそ緊急事態とかでもないと……」

 

「あれ……スノウちゃん?」

 

雑談をしながら彼らが歩いていると、目的地である食堂の入り口に立っているスノウの姿をヒルデガルダが見つけた。

彼女は既に先ほどの薄着からピンクの女性用制服に着替えており、腕組みをして壁に寄りかかっている。

何処と無く、不機嫌そうだ。

 

「あ、少尉……よかった、元気になったんだね」

 

「……」

 

彼女はマイケル、ベント、ヒルデガルダの順番に視線を向け、最後にキラに、怒りを伴った視線を向けた。

これにキラは若干動揺しながらも、話を続ける。

 

「えっと、その……ご機嫌いかが?」

 

「いいように見えるなら、いますぐ眼科に罹れウスラボケ」

 

「……キラ君、何かやっちゃった?」

 

チッ、と舌打ちをするスノウ。困惑するキラに、ヒルデガルダが耳元に顔を近づけ、小声で質問する。

そう言われても、とキラは困ったように視線を泳がせる。───はたして、自分は彼女の逆鱗にどのようにして触れてしまったのか。

視線を泳がせた先のマイケルとベントは口笛を吹いたり頭を掻いたりと役に立ちそうにない。そも、独身同盟(笑)に頼ろうとしても無駄なのだが。

 

「……嘘つき

 

困惑するキラの耳は、たしかにスノウが小さく漏らした言葉を捉えた。

───嘘?自分が、彼女に?

僅かに考え、そして気付く。

 

『必ず、戻るから』

 

たしかにキラは彼女との約束を破っている。それも、つい先ほどしたばかりの約束を。

 

「あっ……ごめん!ゴタゴタしてて、その……」

 

「いや、気になどしてないさ。所詮、その程度のことだったのだろう?『白い悪魔』殿は多忙だからな」

 

「そんなこと無いよ!でも、……すみませんでした」

 

深々と頭を下げるキラと、その姿をじっと見つめるスノウ。

どうすればいいのか分からず、固唾を呑んで事態を見守る周囲。

やがて、スノウが深々と溜息を吐いて沈黙を破った。

 

「不毛だな」

 

「え?」

 

「今の状況がだ。お前が自分の言ったことを簡単に反故にするような人間でないことくらい、嫌という程分からせられている。……次は無いぞ、キラ」

 

「っ!……うん」

 

それだけ言い残し、スノウは去っていった。おそらく、仮眠を取りに向かったのだろう。

半ば暴走状態だったとはいえ、彼女も艦内に侵入してきたZAFT兵を多く排除した功労者だ、疲労は相応だ。よく見れば、足取りも平時より僅かながら乱れている。

 

「……なにが、あったんだキラ?」

 

「……秘密です」

 

微かに微笑みながら、キラは食堂に入っていった。マイケルとベントもそれを追う。

最後に食堂に入ったヒルデガルダは、スノウの去っていった方を見やる。

 

(いつの間にか、()()って呼び捨てにするようになってるじゃん。……ライバル、出現かも?)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 牢屋

 

「……なにか弁明、ある?」

 

『やっちまったぜ!』

 

「ざっけんじゃないわよこのド阿呆共!」

 

スミレ・ヒラサカは激怒した。

必ず、この阿呆共1人1人にドロップキックを叩き込んでいかなければならぬと決意した。

しかし彼女がいる空間と、彼ら、捕らえられた”バルトフェルド隊”の面々のいる空間は壁で仕切られており、出入り口は施錠されているため、彼女に出来るのは牢の格子をガシャガシャと鳴らすことだけであった。

やがて、格子を鳴らすことにも疲れたスミレは頭を抱え始める。───どうしてこんなことになってしまっているのか。

 

「なにやってんのよ、あんた達、もうさぁ……」

 

「いやぁ、許してやってくれよスミレ君。彼らを扇動したのは僕なんだから」

 

隣の牢屋から呑気そうな声を出すのは、この事態を引き起こした張本人であるバルトフェルド。

彼は簡易ベッドに寝転がり、早くもその場所の雰囲気に馴染み始めていた。

 

「それもそうねこのカフェイン中毒。コーヒー飲めなくて暴れ出すんじゃないわよ」

 

「あぁ、それは大丈夫だよ。さっき交渉成功して得用だけどコーヒー差し入れてもらえることになったから」

 

「んなところで無駄に高い能力発揮してんじゃないわよ……」

 

はっはっは、とまるで悪いと思っていなさそうな笑い声が癪に感じられるスミレ。

彼女からすれば、捕らえられた心労と「これで戦争(人殺し)しなくていい」という安心感から深い眠りに就いていたら、いきなりの銃声や爆発音でたたき起こされたのである。

加えて、無謀な突撃をした理由を聞いてみたら「戦いたくなったから」などと聞かされる始末。

これが天下の”バルトフェルド隊”の末路かと思えば、少し泣きたくなってくる。

 

「ま、そんなに気にしなくていいと思うよ?連合側も、僕とその配下の部隊なんてカードを雑に切って捨てるなんてことはしないだろうさ」

 

起き上がりながらバルトフェルドはそう言った。

その目には、獲物を仕留める好機を待つ虎のような鋭い光が宿っている。

 

「人質の交換に使うもよし、わざと解放してZAFTに潜り込ませるもよし。前者に関してはZAFT兵の悪癖を考えると難しいかもだろうけど……ま、どちらにしろ君達の安全はしばらくは保証されてるだろうよ」

 

「そう上手くいく?連合の内部にだって、過激な連中がいるわけでしょ」

 

もしかしたら、連合内部の狂人が衝動に任せて暴挙に出るかもしれない。

しかし、バルトフェルドは笑ってみせる。

 

「動物園の檻の中にいようが、虎は虎だ。───迂闊に近づけば、怪我をする。彼らが油断するならそれはそれでやりようもある」

 

「強がりにしか聞こえない……と言いたいところだけど、意外とやれそうって思っちゃうあたり流石よね。最近は色々と浮き沈み激しかったけど、ようやく復調?」

 

「かもね」

 

負けたことで、荷が下りたというべきだろうか。

日が経つごとに増していくプレッシャーから解放されたという意味では、キラ達に感謝することも出来るかもしれない。

仲間を殺されたことに、思うことはある。だがそれは、向こうにとっても同じ。

どんなに苦しくても、生きていかなければならない。戦わなければならない。

 

「まったく……面倒なもんだね、人生っていうのは」

 

そう呟くバルトフェルドの顔は、言葉とは裏腹に晴れやかさを感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

「司令、発進準備が整いました。”アークエンジェル”、いつでも飛翔可能です」

 

マリューの言葉を受け、ミヤムラは頷いた。明け方、太陽が出始めたタイミングで、遂に”アークエンジェル”のメインエンジンが復旧したのだ。

彼らはこれから南アフリカ大陸における地球連合軍の一大拠点、ケープタウンまで向かうことになっている。そこで補給と修理を受けるのだ。

ついにこのアフリカの大地ともお別れだ。隊員達の胸には名残惜しさとも言うべき感覚が生まれていた。

しかし、彼らは行かなければならない。───この戦争を、一日でも早く終わらせるために。

 

「”アークエンジェル”、発進!」

 

そうして、“アークエンジェル”は飛び立った。

”ストライク”に破壊された陸上駆逐艦の装甲に夜明けの灯が反射し、”アークエンジェル”を煌めかせる。

それはまるで、戦いを終えた陸上駆逐艦から、これからも戦い続ける”アークエンジェル”への、エールのようでさえあった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4/27

地球連合軍宇宙ステーション 『セフィロト』

 

「”バルトフェルド隊”は投降、隊長以下19名を捕縛に成功。また、他国の要人と思われる人物を保護中、か……」

 

自室の机でパソコンに向かいながら男、ユージ・ムラマツは溜息を吐いて背もたれに寄りかかった。

現在”アークエンジェル”に乗艦しているアリア・トラストを始めとする複数名は”マウス隊”からの出向という形で乗艦している。そのこともあって、彼らの上司であるユージの元にも”アークエンジェル”からの報告が届けられているのだ。

 

(他国の要人は、おそらく『お転婆お姫様』として……バルトフェルドの身柄拘束、これは『原作』に存在しなかった事柄だ。確実に連合軍にとってプラスに動いている。……()()()()()

 

連合軍の誰もが喜ぶであろう情報を聞いても、彼の表情は暗かった。

それもその筈、『原作』と彼が呼ぶ本来この世界が辿る筈だった筋書きを知っている彼にとっては、『原作』から外れるそのことが危険な綱渡りなのだ。

『原作』においてバルトフェルドはキラ達に敗れた後に重傷を負っていたところを、地球に降りてきたロウ・ギュール達ジャンク屋に救助され、その後どうにかして『プラント』に帰還している。

その後シーゲル・クライン達と結託して『敵に敗れつつも生還したZAFTの英雄』という身分を隠れ蓑にしつつ秘密裏に活動、最終的にZAFTの開発した高速艦”エターナル”を強奪してキラ達に合流、以後は『3隻同盟』として活動することになるのだ。

だが、こうして連合軍に身柄が拘束された以上、そうなる可能性は限りなく低くなった。連合軍上層部が彼を懐柔してスパイとして送り込むなどすれば、0ではないが。

 

(個人的には、そうなってくれた方がいいんだがな。───くそっ、何をするにしても『ジェネシス』の存在が目の上のたんこぶだ!)

 

ムシャクシャとして頭を掻くユージ。

彼がここまで『原作』との乖離を複雑に考えているのも、ZAFTが開発し終盤に登場した大量破壊兵器、γ線レーザー砲『ジェネシス』の存在が原因だ。

発射されれば、出力次第で地球上の8割超の生物───人類以外を含めた───を滅ぼすことが出来る、『ガンダム』シリーズ屈指の破壊力を持つそれは、開発されてしまえばその時点で連合軍の敗北が半ば確定してしまう。

どれだけ『原作』から離れて戦争が優位に進もうが、『ジェネシス』を止められなければ全て無意味。

彼が『原作』から乖離することを覚悟で”マウス隊”結成をハルバートンに進言したのは、速攻で戦争を終わらせて『ジェネシス』の完成前に決着を迎えられれば、という狙いがあったためだ。

だが、相次ぐトラブルや予想外の展開によって、もはや『原作』における最終決戦が起きた日まで、時間は半年分も残されてない。*1

 

「……朗報が素直に喜べないなんてな」

 

つくづく、自分の境遇を呪いたくなる。ユージは自嘲した。

『原作』の知識に振り回され、物心ついた時から、いずれ起こることがほぼ確定している戦争に備えてきた。それでも脅威を取り除けているかどうかが疑わしい。

無力感、あるいは徒労感に包まれることにも慣れつつある自分に嫌気が差すのも無理は無かった。

だが、それでも始まってしまった物語から逃げることは出来ない。

もっとも、逃げ出す気もない。守るべきものが有る限り、逃げるなどということが出来る筈が無いのだ。

 

「出来ることを、やっていくだけだな……」

 

そう呟いて、ユージはロックを解除した机の引き出しから2つの資料を取り出す。

その表紙には、それぞれこう記述されていた。

 

『GAT-X203”ブリッツ”実戦運用試験』

 

可変速ビームライフル(Variable Speed Beam Rifle)開発計画』

 

この2つの兵器の実戦試験が、3日後に行なわれる予定となっていた。

 

「どうか……」

 

自分達の努力が、身を結びますように。

ユージには、不安を伴って祈り続ける以外に出来ることはなかった。

*1
『原作』における最終決戦こと『第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦』は9月26日




次回からは、ユージ達”マウス隊”の方に視点を移していきます。
何ヶ月ぶりだろう……(遠い目)。

”マウス隊”と言えば、この前ハーメルンに投稿され始めた
『機動戦士ガンダムSEED ~哀・戦士~』という作品に、”マウス隊”の名と”テスター”が登場しました。
作者である「GF少尉」様から自作品における使用を打電された時は驚愕しましたが、”テスター”を『パトリックの野望』とも違ったフレーバーで活躍させてくれて、「こういうのも有りだったか」と感嘆させられています。
てっきり、ジンや奪われたガンダムにボコられる端役だと思ってたこともあり、予想外でした。
未視聴の方は良かったら見てみてください。1話あたり2~3000字で手軽に楽しめる作品となっておりましたので。

それでは、次回をお楽しみに。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第107話「宇宙を奔る雷」前編

何ヶ月ぶりかのマウス隊主軸回です。
皆さんは、本作品の主人公の名前を覚えていますでしょうか……?


4/30

”第08機械化試験部隊”旗艦”コロンブスⅡ” 艦橋

 

「まっさか、俺達がこいつを使う日が来るとはなぁ……」

 

「むしろ最適解だと思いますよ」

 

モニターに映る機体、格納庫内で最終点検を受けている”ブリッツ”を見ながら、ユージは呟いた。

彼ら”マウス隊”は現在、”コロンブスⅡ”と2隻の改ドレイク級ミサイル護衛艦を伴って、ある場所を目指していた。

その場所とは、『プラント』本国と地球の間に位置する暗礁宙域だ。

現在、地球の衛星軌道上にはZAFTの超大型空母“ゴンドワナ”が陣取っており、定期的に本国から”ゴンドワナ”への物資輸送が行なわれている。

”ブリッツ”の実戦試験の相手としてはうってつけの存在だった。

 

「まぁ、たしかにMS試験のプロかつ実戦経験豊富となれば、俺達……というよりアイク達が適任ではあるのか」

 

「生半可な相手は奇襲されても普通に返り討ちにしますからね。”デュエル改”、”バスター改”、そして”ブリッツ”……3機も『ガンダム』あるんですから」

 

「ああ。だが……なんだか妙にやる気無くないか、あいつら?」

 

”ブリッツ”の近くで作業している研究者達を指さしながら、近くでタブレットを操作しているマヤに向かってユージは問いかけた。

 

<おーい、そっちのレンチ取ってくれー……>

 

<おーう……>

 

<はぁ……ダル>

 

真面目な軍人がいれば、間違い無く叱責していただろう様相で作業する研究員達。

普段のやかましい彼らを知っているユージからすれば、”ブリッツ”という研究者として極上だろう素材を前にやる気を見せない彼らの姿は予想外だったのだろう。

しかし、ユージ以上に彼らを知るマヤはその訳をつまらなさそうに説明した。

 

「あぁ……それは簡単ですよ。ぶっちゃけ、()()()()()からです」

 

「つまんないって……”ブリッツ”がか?」

 

「はい」

 

マヤ曰く、”ブリッツ”は最初から完成度が高く、弄る要素があまり無いところが()()()()()()とのことだった。

”ブリッツ”は『ミラージュコロイド・ステルス』という特殊なシステムを運用すること前提で設計されている。

下手に追加パーツを取り付けても粒子(コロイド)の定着バランスが崩れて透明化を維持出来なくなったり、武装に関しても同様の理由で精々対戦艦に特化させるくらいしか出来ない、それも『ミラージュコロイド・ステルス』に対応した新規格で作る必要がある。

そもそも、透明化によって敵の弱点に近づくことが出来ればそこに攻撃を叩き込むだけで大抵の敵は撃破出来る。

結論、最初から完成した代物、しかも他人が作ったものとなるとやる気が出ないのも無理はない、ということだ。

 

「それと、とりわけやる気がない連中はあれですね。飽きてきたんでしょう」

 

更に、マヤは重ねて説明を続けた。

クリエイターとしての面が強い者達が集った”マウス隊”ならではの問題だが、少なくないクリエイターは『飽き性』でもある。

それは単に1つの物事に取り組み続けられないという意味ではなく、「次から次へと作りたいもの、やってみたいことが思い浮かぶのでそちらに気を取られてしまう」のだ。

 

「たしかに、今は『CG計画』に全力を注がねばならない時だからな……自分のやりたいことにいつまでも取りかかれないのは、ストレスフルだろう」

 

「……ま、やる気を失っていない奴らもいますけどね」

 

<おいおいお前ら、だらしないぞ!>

 

<ふはははは!この程度の作業もこなせないようでは”マウス隊”の名が泣くぞ、ん?>

 

画面の中では、”マウス隊”の中でも変態四天王の1人であるアキラ・サオトメと、どこぞの聖帝のような見た目のヴェイク・ハケットが声を出して仲間達を鼓舞している。

特にアキラは、現在”マウス隊”で進行されている『CG計画』の発案者兼計画主任でもあるため、いかにも絶好調という様子で作業している。

彼を筆頭として『CG計画』に乗り気な研究員達は精力的に働いているため、今回の実戦テストにおいて問題は無い。

しかし、隊長として対処しておくべき案件なのは間違い無いことも事実だった。

 

「少し、様子を見てくる。艦長、頼む」

 

「お任せ下さい」

 

「いってらっしゃいユージ」

 

”コロンブスⅡ”の艦長を務めるカルロス・デヨー少佐が敬礼したのを確認し、ユージは格納庫へ向かった。

何かをしてないと落ち着かないのだろう。自分の上司にして男女の仲でもある男がいないところで溜息を吐くマヤ。

そんなマヤを見て、女性オペレーター達がニヤニヤと声を掛ける。

 

「前から気になってたんですけど……ノズウェル大尉って、隊長のどこを気に入ったんです?」

 

「うぇっ!?あの、えっと、そのー……え、バレてる?」

 

「いやどこでバレないと思ったんですか?」

 

タブレットから思わず手を離すほどに動揺するマヤ。無重力であるが故に、その手か離れたタブレットが宙を漂い始める。

3人集まれば姦しい、とはよく言ったもので、上司がいなくなった途端にこの始末である。

加えて、”マウス隊”は基本的なルール・マナーを承知していれば気安いコミュニケーションなどをしても咎められることがない部隊だ。誰かに止められることも無いまま、女性隊員達は会話を続けた。

 

「いや分かりますって。隊長と話してる時とそれ以外で結構違いますよ雰囲気。それに隊長の部屋から朝出てくるところも……」

 

「あー……そっかぁ……見られて」

 

「ていうか、隊長のどこを気に入られたんです?」

 

「え、それは……なんていうか、その、こう、……ほっとけない、ところ、とか?『この人は1人で色々やらせると潰れるな』っていうのが分かっちゃったっていうか……支えたくなるというか」

 

「……ノズウェル大尉、隊長と会えて良かったですね。典型的なダメンズキー*1じゃないですか」

 

「……しょうがないじゃない!もう少しで三十路、家族からは『結婚はまだか』と催促され、研究に集中出来ない日々!そんなところに現れた優良物件よ!?好きになってもいいじゃない!」

 

「いや別に責めてませんけど……」

 

(……隊長、早く戻ってこないかな)

 

艦橋で突如始まった姦しいやり取りに、カルロスを筆頭とする男性陣は頭を抱えた。

”マウス隊”は、今日も平常運転である。

 

 

 

 

 

”ナスカ”級高速駆逐艦”スピノザ” 艦橋

 

「もしもーし、ちょっといいかしらー?」

 

「……何の用だ」

 

”スピノザ”の艦長を務める男は、艦橋にズカズカと現れた女性に苛立たしげに問いかけた。

この艦は現在、()()()()()()を遂行するために2隻の”ローラシア”級を伴って目標地点まで向かっている最中であり、その任務内容からいつ戦闘になってもおかしくないため、全体がピリピリとした感覚で包まれている。

そんな中で空気を読めないのか、あるいは読んだ上で壊しているか分からない陽気な声で艦橋に踏み入られては、苛立つのも無理は無い。

無粋な闖入者にして、今回の任務に特別に組み込まれた女性───エンテ・セリ・シュルフトは、その手に持つ畳まれた扇子をクルクルとペンのように回しながら、艦長に話しかけた。

 

「いや、あとどれくらいで目標地点に着くかな、ってね?」

 

「わざわざそんなことを聞きに来たのか?早く持ち場に戻れ!」

 

「しょうがないじゃない、どうせ作戦が始まってもしばらくは暇なんだもの。MSの調整は済んでるし」

 

初めて会ったのはつい2日ほど前のことだが、男はエンテのことを激しく嫌っていた。

いるだけで社会や集団の和を乱すような性格と、他人を値踏みするような目つき。加えて、灰色の目と白髪(アルビノ)の容姿が嫌でも目に付く。

『プラント』において、遺伝子欠陥の特徴であるアルビノはある意味ではナチュラル以上に差別を受けやすい。何故なら、「コーディネイターは遺伝子操作技術によって生まれた新人類である」という思想を持つ人間が一定数いる『プラント』では、アルビノはその技術の欠陥を証明するようなものだからだ。

にも関わらず、エンテはZAFT内で好き勝手に振る舞っている。

それが許されるだけの能力を持っているからだ。それがプライドの高いZAFT兵達から殊更に嫌われる原因でもある。

また、噂の範疇ではあるが()()ラウ・ル・クルーゼの愛人とも言われている。好きになれという方が難しい。

男が内心でどう思っているかなど気にする素振りも無く、エンテは扇子を回す手を止めながら言葉を続ける。

 

「それと、もう1つ。忠告をと思って」

 

「ふんっ、何を言おうというんだ。周りに敵などいない、貴様の出番など……」

 

男の言葉を遮るようにエンテは扇子を開き、言い放った。

 

「───5時の方向(右斜め後ろ)にご警戒を。目に見えぬ死神が、忍び寄ってきているでしょう」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ” 艦橋

 

僅かに時間は遡り、”マウス隊”の視点に戻る。

既にユージ達は目的のデブリ帯に到着し、静かに獲物が通りがかるのを待っていた。

いつ敵が来るか分からない日数を要すると予測された任務だったが、まさか到着して30分で引っかかるとは予想出来なかったユージは、しかしその顔を強ばらせる。

変に自分達に都合良く事態が動いている時は、大体が不吉の予兆でもあると身に染みていたからだ。

しかし、そうだと分かっていても実戦テストを中断してまで優先するほどの物ではないと考え、ユージは試験の開始を宣言した。

 

「これより、GAT-X207”ブリッツ”の実戦運用試験を開始する。この任務は今後の戦争の動向に左右しかねない重大な任務だ、各員、気を引き締めていくように!」

 

「進路クリア。ノマ少尉、発進どうぞ!」

 

<セシル・ノマ、”ブリッツ”、発進しますぅ!>

 

開いたハッチから出撃していく漆黒の『ガンダム』、”ブリッツ”。

ユージの眼には、そのステータスがしっかりと映っていた。

 

 

 

ブリッツガンダム

移動:7

索敵:C

限界:175%

耐久:260

運動:33

シールド装備

PS装甲

ミラージュコロイド・ステルス

(自分攻撃時に命中率+20%・敵攻撃時に回避率+20%)

 

武装

ビームライフル:140 命中 70

ランサーダート:120 命中 50

グレイプニール:100 命中 60

ビームサーベル:150 命中 75

 

セシル・ノマ(Aランク)

指揮 15 魅力 9

射撃 13 格闘 5

耐久 7 反応 16

得意分野 ・指揮 ・射撃 ・反応

 

 

「これがゲームだったら、公式反則ユニットみたいなもんだよなぁ……」

 

『ギレンの野望』シリーズ準拠でMSやパイロットのステータスが見えるようになる能力を持つユージは、苦笑いしながらそう言った。

命中率が上がるということはつまり、命中する敵に与えるダメージが上がるということだ。回避率が上がるというのも同じく、防御力ないし体力が増えるのと同じ。

ゲーム的に言えば”ブリッツ”は、実質攻撃力と体力が2割ずつ増えている機体なのだ。ほぼ”デュエル”と同じ基礎ステータスを持ちながらそんな特殊能力を持っているのは、反則と言うしかないだろう。

そんな機体に、セシル・ノマという優秀なパイロットが乗り込んでいるのだ。不安に思う必要など何処にあろうか。

 

「敵艦隊は未だこちらに気付いた様子はありません。潜伏しているので当たり前と言えばそうですが……いやはや、つまらない結果に終わりそうですな」

 

「かもな。戦争がつまらないのは個人的に有り難いことだが、”ブリッツ”が、『ミラージュコロイド・ステルス』が世界に広まった時のことを考えると寒気がしてくるよ」

 

宇宙空間であれば電源と推進用の低温ガスが切れない限りは透明のまま移動が出来て、各種センサーにも反応しない。

もしもそんな機体が大西洋連邦から流出して複数の勢力に渡れば、どうなるかなど火を見るより明らかである。

 

「戦争の後に待つのは戦争、それもとびっきりに()()()()()、か。10年ほど前なら『この世界は平和だ』と、小さな問題を見なければ言えたのにな……どうしてこうなったのやら」

 

「戦争に勝つために作った技術が次の戦争を呼ぶ、そういうものでしょう。私は自分が金食い虫のまま終わらなかったことに安堵しておりますがね」

 

ユージの呟きにカルロスが応える。

戦争が終われば、地球連合軍は解散し、再び異なる国家の軍隊として散っていくことになるだろう。

そうなれば、次の敵は同じ連合加盟国だったもの同士となる。それらがどれだけ驚異的か、戦争の中で味方として見せつけられるからだ。

そして、抑止力となり得る筈の核兵器はその意義を失ってしまった。

『ミラージュコロイド・ステルス』は、戦争に発展しない程度に暗躍するのにうってつけと言えるだろう。

 

「まぁ、流石に『ミラージュコロイド・ステルス』は封印処置が妥当でしょうね。軍隊が運用するのは勿論のこと、万が一テロリストの手にでも渡れば、9/11事件*2の再来待ったなしでしょうし」

 

「ま、そうなって欲しいよ」

 

「それより、問題はこっちですよ」

 

マヤはそう言って、ユージにタブレットを見せつける。

そこに映っていたのは、とある武器の設計図。ユージも最初見た時には、驚いて視線を釘付けにされた代物だ。

可変速ビームライフル(Variable Speed Beam Rifle)、通称『ヴェスバー』。本来はこの世界ではなく、宇宙世紀と呼ばれる世界で開発されたビーム兵器。

ビームの射出速度や収束率を操作することで、貫通力の高い高速・高収束のビームや、破壊力の大きい低速・低収束のビームを撃ち分けることが出来るこの兵器だが、なんと発案者はこのマヤだった。

宇宙世紀でもMSが登場してから30年近く経って開発された代物を、まさか自分の恋人が作るとはユージも予想出来なかった。

今回の”ブリッツ”運用試験は、この『ヴェスバー』の試験も兼ねられているため、マヤもやる気がある方だったが、今は溜息を吐いている。

 

「『ヴェスバー』がどうかしたか?」

 

「このままだと、試験することなく”ブリッツ”だけで終わります。どうにかしてください」

 

「どうにかって言われても……」

 

ここから『ヴェスバー』が運用される───ちなみに現在は”バスター”が装備している───事態になってしまうということは、”ブリッツ”が敵艦隊を撃破し損ねるということだ。

しかし、マヤも本気で言っているわけではなかった。

なにせ、”ブリッツ”のステルスを見破れる技術など()()()()()()()()()()

それは、これまで再建造と稼働試験をしてきた彼らが一番よく知っている。

 

「どこかで機会は見つけるから、な?」

 

「はぁ……ま、しょうがありませんね」

 

2人のやり取りを、艦橋内のクルーは「まるで急な仕事でデートを中止されたようだ」などと呆れながら見つめていた。

1分後に何が起こるかなど、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

「うわぁ……本当にここまで近づいても気付かれてませんよぉ……」

 

一方、”ブリッツ”に乗ったセシル・ノマはステルス状態のまま敵艦隊に近づくことに成功していた。

いつもはこれほど近づけば対空システムが鬼のように飛んでくるため、それがないZAFTの宇宙艦を見るのは新鮮な気分になるセシル。

しかし、のんびりと眺めているわけにもいかない。バッテリーも低温ガスも有限なのだから。

普段は頼りなさげな雰囲気のセシルだが、彼女も『ゲームマスター』の異名轟かせるエースパイロット。無防備な小規模艦隊を相手に手間取る訳もない。

敵艦隊の旗艦らしき”ナスカ”級、その右斜め後ろの方に回り込む”ブリッツ”とセシル。

あとは機関部の脆い場所に徹甲弾(ランサーダート)を撃ち込んでやればそれだけで目の前の敵艦は撃沈出来る。セシルは”ブリッツ”に右腕の複合兵装システム『トリケロス』を構えさせた。

 

「……あれぇ?」

 

おかしなものが見える。セシルは首を傾げた。

何故か、”ナスカ”級の対空システムが起動しているように思える。ついでに、艦側面のVLS(ミサイル発射システム)も起動しているような。

まるで、自分がここにいることが分かっているように。

 

「───っ!」

 

セシルが”ブリッツ”のステルスを解除してPS装甲を展開したのと、”ナスカ”級が対空砲の弾幕とミサイルを、”ブリッツ”のいる方向に発射してきたのは、ほぼ同時だった。

宇宙空間に姿を現した”ブリッツ”に殺到する弾幕。それらはPS装甲に防がれるが、セシルの思考は「何故バレたのか」という疑問で埋め尽くされていた。

特に不可解なのは、まるで「大体その方向にいるだろう」という当てずっぽうが偶然当たってしまったかのような、そんな気味の悪さを感じさせる敵艦の挙動。

異常な状況は、セシルの思考を打ち切らせた。

 

「このままだと、MSが……逃げないとぉ!」

 

”ブリッツ”に気付いた敵艦隊がMSを出撃させてくる前に、セシルは味方の元に後退することを決めた。

その前に敵艦を撃破することも考えはしたが、出来ても1隻沈めるのが関の山。その間に他の敵艦から出撃してきたMSに包囲されれば、如何にセシルといえども無事ではいられない。

加えて、彼女が現在乗っているのは“ブリッツ”、連合軍の最高機密に等しい機体だ。万が一奪われるようなことがあってはならない。

急いでその場を離脱し、デブリ帯の方へと向かっていく”ブリッツ”。

気味の悪い不可解さを残しながら。

 

 

 

 

 

“コロンブスⅡ”艦橋

 

「どうなっている!?」

 

「どうやら、敵艦隊に”ブリッツ”が発見された、ようですが……」

 

「そんなことは分かっている!───何故、バレたんだ?」

 

動揺しているのは、セシルだけではない。”マウス隊”で驚かない者は1人もいなかった。

どのようにして”ブリッツ”の奇襲が事前に防がれたのか、誰も説明することは出来なかった。

分かっているのは、奇襲に失敗した”ブリッツ”がこちらに戻ってきているということ。

そして、敵艦隊から出撃したMS隊がそれを追撃している、ということだ。

 

「くそっ、今は原因究明よりも対処か。アイク、カシン!聞いての通りだ、頼む!スカーレットチームは艦隊の護衛だ!」

 

『了解!』

 

ユージから下された命令に従い、出撃準備を終えていたMS隊が発進していく。

”ブリッツ”を無事に収容するまでの時間稼ぎだが、彼らならば十分にこなせるだろう。そう考えるユージだが、先ほどよりも強い疑念が渦巻く。

───大丈夫なのか、本当に?

既にこちらの目論見が派手に外れている以上、その考えも危ないかもしれない。万が一に万が一が重なる、ということも、あり得るだろう。

ユージは通信機を起動し、格納庫のアキラに通信をつないだ。

 

「アキラ。……いつでも()()()()を動かせるようにしておいてくれ」

 

 

 

 

 

”スピノザ”艦橋

 

「まさか、あれほどの『ミラージュコロイド・ステルス』を完成させているとはな……」

 

「それをどうにかするための、今回の作戦よ?じゃ、私も用意があるから」

 

扇子をしまい込み、艦橋を出て行くエンテ。

いきなり『何もないところを撃て』と、しかも特務隊権限を用いてまで命令したエンテに反感を持った艦長だが、こうして実際に敵が姿を現した以上は何も言えない。

彼女には何らかの確信があった。それだけが確かだ。

───ともあれ、これで自分も()()()()()()()()()()()()

そう、これは全て、しくまれた罠なのだ。

この艦隊は、不幸にもネズミ達の狩り場に迷い込んでしまった獲物ではない。

 

「これより、『ネズミ退治(マウス・デストロイ)』作戦を開始する!」

 

ネズミ達を逆に狩るために現れた、ハンターなのだから。

*1
いわゆるダメ男が好きな人間。DV男と付き合う女性に多いとかなんとか

*2
2001年9月11日にアメリカで起きた、複数の旅客機が同時にハイジャックされたテロ事件




誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第108話「宇宙を奔る雷」中編

先週は更新出来ず、申し訳ありませんでした。
初めての決算作業で色々と頭もおかしくなっておりましたが、更新再開していきます。


4/30

デブリ帯

 

<くそっ、どこに隠れやがったんだ……!?>

 

<敵は『ミラージュコロイド・ステルス』で透明になっている、僅かな反応や違和感も見過ごすな!>

 

隕石や艦艇の残骸が漂うその空間を、合計12機のMS編隊がくぐり抜けるように、かつ何かを探しながら進んでいく。

彼らは、先ほど”ブリッツ”が攻撃に失敗した艦隊から出撃してきたMS隊だ。

彼らの目的は罠に掛かった”ブリッツ”、そして”マウス隊”を撃滅すること。しかし、それはけして容易なことではない。

 

1機の”ゲイツ”が油断なくレーザー対艦刀を構えながら、破壊された”ローラシア”級の残骸の陰を確かめる。

敵の姿が見えないことに安堵した瞬間、彼の意識は永遠に刈り取られた。

『ミラージュコロイド・ステルス』を発動して透明になった状態で近づいてきた”ブリッツ”に、背後からサーベルで撃破されたからである。

 

「まず、1機!」

 

<いたぞぉっ、いたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!>

 

味方が撃破されたことを察知してすぐさま”ブリッツ”に向けて射撃が加えられる。

しかし、未だにZAFTではビームライフルを標準装備した量産MSは存在しないため、透明化を解除してPS装甲を展開した”ブリッツ”には碌なダメージも与えられない。

悠々とその場を離脱し、隕石の陰に隠れる”ブリッツ”。

しかし、パイロットであるセシルの心は焦りで満ちていた。

 

(残り11機……流石に私1人では無理ですねぇ。その前に”ブリッツ”のエネルギーが尽きますぅ。ていうかワンミスで死……うぅ、アイクさん、カシンさん、スカーレットチームの皆さん、隊長、助けてぇ……)

 

セシルが焦りを感じる理由は2つ。

1つは、”ブリッツ”のエネルギー切れ。”ブリッツ”は最大で80~90分の『ミラージュコロイド・ステルス』連続展開を可能としているが、それは戦闘を考慮しているものではない。

ただ展開するだけでその時間なのだ。戦闘行動も含めれば更に時間は削れる。

それに加えて、低温ガスの残量も問題となってくる。

 

『ミラージュコロイド・ステルス』でもスラスターの熱を隠すことは出来ず、たとえ透明になっていても熱を探知されてしまうとその隠密性は失われてしまう。

そのため、透明になっている時は熱を発生させない低温ガスを用いて移動するのだが、その残量が半分を切っているのだ。

そうなればもはや『ミラージュコロイド・ステルス』を用いても意味が無い。10を超える敵MSに囲まれてなぶり殺し……ならまだ良い方。

”ブリッツ”を鹵獲されてしまうやもしれない。

 

「それだけは勘弁なんですけどぉ……」

 

チラリと隕石の陰から敵部隊の方を窺うセシル。

先の失敗は繰り返さないと言わんばかりに最低でも2機以上の徒党を組んで”ブリッツ”を探す敵部隊。しかも、どの集団に攻撃を仕掛けてもすぐに他の集団が救援に駆けつけられる位置についている。

いくら”マウス隊”がデブリ帯での戦闘を得意としていても、これで攻撃するのは命知らずの所業に他ならない。

 

(それに……)

 

セシルの2つ目の懸念は、敵部隊の数が()()()()()()()ことだった。

ZAFT艦は基本的に6機のMSを搭載可能だ。そして、先ほどセシルが確認した敵艦の数は3隻。

───6機、足りない。

艦隊の護衛に回しているのかもしれないが、セシルの勘は「何かある」と囁いていた。

 

<セシル!>

 

遠くから飛来した極大のビームがZAFT部隊に向かって飛んでいく。カシンの乗る”バスター改”が、背中に装備された試作ビーム兵器を高出力で放ったのだ。

破壊力が大きいその一撃は弾速を犠牲にしているため、気付いたZAFT兵の号令によって避けられる。

カシンの目論見通りに。

 

<今のうちに離脱を!>

 

<ここは僕達が抑える!>

 

「はいっ!」

 

カシンは最初から敵を撃破するためではなく、敵部隊の統率を乱し、”ブリッツ”の逃げる隙を作り出すために攻撃していた。

その意図を理解したセシルは早々にその場を離れ、全速力で母艦の”コロンブスⅡ”へと向かう。

それを追いかけようとする”ゲイツ”の前方を遮るように、アイザックの駆る”デュエル改”が立ちはだかった。

 

<ここを通りたかったら、僕達を倒してからにするんだね!>

 

 

 

 

 

「取り逃がした……!」

 

ZAFTのMS隊、その隊長を務める男は舌打ちをした。

まだ完全に作戦が失敗したわけではないが、それでもZAFTにとってあの黒い機体(ブリッツ)を取り逃がしたのは痛い。

あれだけの戦闘力と透明化を両立するのは、今のZAFTでは不可能だ。もしもあの機体が正式に量産されてしまえばと思うと、男は身震いをせざるを得ない。

まぁ、今はそれどころではないのだが。

 

<ナーダ!ちくしょう、こっちは12機いたんだぞ……なんでもう3機も落とされてんだよ!>

 

<焦るな、落ち着け!敵は”マウス隊”なんだぞ!>

 

これで3機。敵は合計で3機のMS、しかも1機は既にこの場を離脱して相手にしているのは2機だというのに、既にZAFT側の戦力は12機から9機、最初の4分の1を削られていた。

そのパイロット達も、けして腕が悪いわけではなく、実戦への参加経験を十分に持つ者達ばかりだというのに、この有様。

その原因は、射撃支援機(バスター改)の構えるビーム兵器だ。

 

<なんっ───>

 

今もまた”バスター改”の発射したビームが、盾を構えた”ゲイツ”を、()()()()()()火の玉に変えた。

”ゲイツ”の構える盾は耐ビームコーティングが確かに施されているのに、あのビーム兵器はそれを物ともせずに貫き、それどころかその先のMSをも撃破してしまえる威力を持つのだ。

”ブリッツ”を逃がす際に放たれた高威力ビームを放ったのも”バスター改”だとすれば、現在”バスター改”が背負っている武装は1つしかないため、1つの武器で2種類の弾を撃ち分けたということになる。

この調子で暴れ続けられた場合、”マウス隊”を撃滅するどころか逆に撃滅させられるのは時間の問題と言えた。

操縦桿を握る手の力を強くしながら、男は今回の作戦の要となる()()()()の到着を待ち望んだ。

 

「まだか……『雷』はまだなのか!?」

 

 

 

 

 

<カシン、次はあの”アイアース”だ!>

 

「OK!」

 

アイザックの言葉に頷き、カシンは照準用スコープをのぞき込む。

最初は適当に相手をしつつ、“ブリッツ”の帰投を確認次第撤退するつもりだったカシン達。

しかしそんな本人達の思いと逆行するかのように、敵を圧倒しているのはカシン達の方だった。

 

「……そこっ!」

 

”バスター改”が腰だめに構えた武器───『ヴェスバー』から、通常よりも早いビームが”アイアース”に向けて連続で放たれた。

1発目と2発目が”アイアース”のすぐ横を通り過ぎる。これはわざと外し、敵の動きを牽制するためだ。

3発目が”アイアース”の構えた盾に命中した後に貫通、その先の左腕ごと破壊する。流石に”アイアース”、ZAFTが”イージス”を元に開発した高級量産機だけあって、”ゲイツ”の装備する盾よりも高品質な盾を装備していたのだろう、即撃墜とは至らない。

そして、4発目が”アイアース”の胴体を捉え、その胸に穴を空けた。

 

「”アイアース”を、こんな簡単に……」

 

その威力にZAFT兵達は恐れおののいたが、それを操るカシンも同様に戦慄せざるを得ずにいた。

『ヴェスバー』の弾が敵の耐ビームを貫通するのは、言ってしまえば()()()()だ。

 

C.E(コズミック・イラ)における対ビーム盾の仕組みは、装甲表面の耐ビームコーティングと、共振現象を起こす固有振動数を持った特殊鋼材を組み合わせることでビームを屈折・拡散するというものとなっている。

故にこそ、ビーム兵器が両軍に広く普及し始めたこの時代であっても、対策となる実弾兵器の開発は何処でも進められていたのだ。

しかし、そこに「待った」を掛けたのが、”マウス隊”技術者陣の取りまとめ役であるマヤ・ノズウェルだ。

 

『ビーム兵器で正面から対ビーム盾を突破することは可能か』

 

その疑問に対する一種の解答として出されたのが、この『ヴェスバー』の高速射出モードである。

対ビーム盾は、命中したビームを屈折・拡散させて無効化している。高威力のビームであっても無効化出来るのは、高出力故にビームの収束率が低くなってしまうなどして拡散出来てしまうからだ。

───ならば、ビームが拡散しきる前にそのコーティングの一点に過剰な負荷を掛ければ、突破は可能なのではないか?

コーティングが拡散するよりも速くコーティングを貫通し、特殊鋼材の振動を物ともしない収束性を持ったビームならば?

そうして、レアメタルを始めとする資源と開発資金と時間を消費して出来上がったのが『ヴェスバー』だ。

 

問題は1つ作るので最低でも5~6機のMSが作れてしまうだけのコストが掛かることだが、これについては然したる問題ではない。

責任者であるユージが、「金を融通するにも限界はあるんだぞ」という表情を浮かべる上司(ハルバートン)に土下座する勢いで頭を下げるだけで済むのだから。

ついでに”マウス隊”の方に資金を持っていかれた他の部隊から睨まれることもあるが、これについては誤差の範囲内と言えよう。

それが許されるだけの成果を、”マウス隊”は挙げてきたのだ。

 

「これは……ちょっと、強力()()()かな」

 

現在の”バスター改”は本来装備している武装類を取り外し、右背部に『ヴェスバー』、左背部に予備のエネルギータンクを背負う形になっている。

『ヴェスバー』の正式名称は可変速ビームライフルなのだが、通常のライフルのように連射するには、MS1機から供給されるものだけでは足りず、別個にエネルギー源を用意しなければならないのだ。

だが、それで十を超えて十二分だったのだ。開発した人間達が『完成した』と言う頃には、どれだけの化け物になっているのか。カシンには想像もつかない。

 

「っと、それどころじゃない、ね!」

 

思案しながらも、カシンは自機に向けられた攻撃を避ける。

『ヴェスバー』をどう扱うかも、全てはこの場を切り抜けてからだ。カシンはそう考えて戦闘に集中し直した。

カシンは気付いていない。自分達が、()()()()()()()()()()()()()()物を考えていたことに。

彼女とアイザックの技量があればそれは十分可能だったが、今回に限っては彼女は気付くべきだった。

この戦闘に、明らかにZAFT側が企みを持っていることに。そして、3隻いた艦隊から12機しか出撃していないことに。

 

<あれは……?>

 

アイザックが何かに気付いたような声を発する。

レーダーを見れば、後から発進してきただろう2機の”ジン”が、MSよりも大きな何らかの装置を持って、戦場に近づいてきているのが分かった。

その装置が何なのか、カシン達は知らない。

だが、培われてきたパイロットの勘は、最大級に警戒を促していた。

 

「任せて、私が……!?」

 

カシンが装置に攻撃を加えようとした瞬間、”バスター改”への攻撃が激化する。

明らかに”バスター改”を妨害しようという動きだ。これでは、”バスター改”にはどうしようもない。

”デュエル改”もどうにか対処を試みるも、先ほど撃破したのとは異なる”アイアース”の猛攻を捌くので手一杯だ。

 

「どうするつもり……!」

 

カシンが戸惑いの声を発した瞬間。

───宇宙に、『雷』が奔った。

 

 

 

 

 

「せ、成功したか……!」

 

”アイアース”のパイロットも務めるMS隊隊長は、モニターに映るもの───装甲色が灰色に変わり、動かなくなった”デュエル改”を見てホッと息を吐く。

その、本来有り得ない光景こそが、彼らの作戦の成功を知らせていた。

 

「『グングニール』……有効だったようだな」

 

『グングニール』。北欧神話のオーディン神が持つ槍の名を持つその装置の正体は、ZAFTが開発した新型EMP(電磁衝撃波)兵器だ。

EMP自体には旧世紀から対策が存在しているおり、”デュエル改”と”バスター改”にもそれは施されている。

しかし、宇宙でしか製造出来ない特殊な圧電素子を用いたこの『グングニール』を防ぐことまでは出来なかったようだ。”ナスカ”級の格納庫をMS3機分埋めてまで持ってきた兵器なのだから、効果が無かったら困りものである。

実際、内部機器を電磁波で破壊され尽くした2機のPS装甲も、通電が止まったためにフェイズシフトダウンしてしまっている。

 

<やった、やったぞ!>

 

<俺達が、忌々しい”マウス隊”を、『ガンダム』を倒したんだ!>

 

隊員達の歓喜の声が聞こえ、隊長である男も思わず頬を緩めるが、気を抜くわけにもいかない。

作戦は、無事に帰投するまでが作戦なのだ。

 

「よし、それではグレンとハルキム、お前達が『ガンダム』を拘束しろ。───これより、『ガンダム』の鹵獲を開始する!」

 

『了解!』

 

開発されてから多少時間が経過したとはいえ、『ガンダム』は高性能機だ。そのパイロットも連合で5本の指に入るだろう強者達。

手の内に収めてしまえば、如何様にも出来る。

加えて、”バスター改”の装備するビーム兵器(ヴェスバー)の威力は絶大だ。ZAFTで開発することが出来れば大きな戦力になることは間違い無い。

部下の”ゲイツ”が2機の『ガンダム』を拘束したのを確認し、部隊は母艦への帰投を開始した。

 

本当ならば”ブリッツ”もここで捉えてしまいたかった隊長だが、問題はないと考えている。

なぜなら、戦闘が開始したことを確認次第、遠方に控えていた3隻の”ナスカ”級が駆けつける予定になっているからだ。

そちらには18機のMSがきちんと搭載されているため、エースを欠いた今の”マウス隊”で対処することは不可能である。

気付かれるのを避けるために遠方に待機させていたので、到着に20分ほど掛かるが、然したる問題ではない。

何故なら、既に勝敗は付いたようなものなのだから。

 

「これより、MS隊は”スピノザ”に帰還する!」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「何が起こった!?」

 

「電波障害発生、敵がEMP兵器を使用したと思われます!」

 

”ブリッツ”が”コロンブスⅡ”に着艦した直後、それは起きた。

あらゆる電子機器にノイズが発生し、艦内の電気が点滅したのだ。明らかな異常事態である。

そして、ユージには敵部隊が用いたEMP兵器に心当たりがあった。

 

(まさか『グングニール』……このタイミングでか!?)

 

『原作』において『グングニール』は、地球連合のパナマ基地をZAFTが攻撃した際に用いられた兵器だ。だからこそ、ユージも前世の知識で存在自体は知っていたものの、まさかという気持ちでいた。

───”マウス隊”を潰すために、こんなものまで使ったのか!?

だが、現実問題として『グングニール』を使われたのは事実。

そして、”コロンブスⅡ”よりも『グングニール』に近い場所にいたであろう2機のMSがどうなったかも。

 

「望遠機能復帰……ああっ、”デュエル”と”バスター”が!?」

 

未だノイズが奔るモニターに映し出されたのは、自慢の『ガンダム』2機が、抵抗出来ずに連れ去られていく光景だった。

ここで、ユージの中には2つの選択肢が存在していた。

1つ目は、アイザックとカシンを助けに行くこと。

そして2つ目は、2人を見捨てて、速やかにこの場から撤退することだ。

 

(今なら、安全に”ブリッツ”と、『グングニール』の情報を持ち帰れる……)

 

”ブリッツ”を、『ミラージュコロイド・ステルス』の技術を敵に渡すことだけはなんとしても避けなければならない。

加えて、『グングニール』の情報を持ち帰ることで、連合軍全体に対策を促すことも出来る。

そして、実は”デュエル”と”バスター”の2機が失われても、現時点では大した損失ではないのだ。

高性能とは言っても、既に連合軍は後期GATシリーズを始めとする更なる高性能機の開発が進められている。

『ヴェスバー』の技術が渡るのも痛いが、如何に『プラント』であっても『ヴェスバー』の高コストを解決することは出来ず、少数のMSに配備されるに留まるだろう。

あとは、あの2人を、アイザックとカシンを見捨てるだけ───。

 

「馬鹿か、俺は!───カルロス艦長、指揮を頼む!」

 

「どちらへ!?」

 

()()()()!」

 

すぐに艦橋を飛び出し、格納庫へとユージは走った。

あの2人を見捨てる?部隊設立当初から共に戦い続けた戦友を?

一瞬でもそんなことを考えた自分を(くび)り殺してやりたいくらいだ!ユージは自分への怒りを吐き出すように走った。

 

(走れ、ユージ・ムラマツ!───ここで戦友2人救えない男が、この世界に抗えるものか!)

 

そして、彼は息を切らしながら格納庫にたどり着いた。

 

「やはり来ましたね、大馬鹿者。───準備は出来ていますよ」

 

予め格納庫で準備を進めていたマヤ・ノズウェルが手で差した、その先。

そこに、ユージの()があった。万全の状態で、それは乗り手が乗り込むのを待っている。

後は、ユージが心を決めるだけだ。

 

「スマンが、逝ってくる!」

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

順調に母艦へ帰投していたMS隊、その隊長は、自分達を追ってくるような反応があることに気がついた。数は1。

 

(馬鹿な奴らだ。たった1機で俺達と戦い、なおかつ『ガンダム』を奪い返すつもりか?)

 

ひょっとしたら補給を終えた”ブリッツ”が戻ってきたのかもしれないが、探し出そうとしていた先ほどとは違い、迎え撃つ分には対処出来なくも無い。

 

(いざという時には『ガンダム』を盾にするのも手だ。その場合は万が一破壊されても惜しくない白兵戦機(デュエル)から……)

 

隊長の思案は、しかし()()()()()が生じたことで中断させられる。

”ブリッツ”にしては、否、MSにしては()()()()

『ガンダム』と使用済みの『グングニール』を牽引しているとはいえ、ZAFT部隊が5で進んでいるとすれば、近づいてくる反応は10を超え、15を超える速度で迫ってきているではないか。

敵の新型MSかと疑ったが、それならば何故、先ほどの戦いでは出張ってこなかったのか。

そうしている間にも反応は近づき、そして、ついにモニターがその姿を映し出す。

 

「……MAだと!?」

 

 

 

 

 

「んんんんんぬおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

過剰なGに体を晒しながら、ユージは操縦桿とフットペダルを操作して敵部隊に近づく。

彼が乗っている機体、その名は。

 

「”エグザス”、ならばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

”エグザス”。本来の歴史であれば2年後に登場するこのMAに何故ユージが乗っているのか。

発端は、連合軍の広報部が「トップエース部隊の隊長であるユージ・ムラマツに専用機があった方が見栄えが良いのではないか」と考えたところからであった。

 

「隊長である自分が出撃する事態があるとは思えない」

 

そう言って最初は断っていたユージだが、技術部からの「貰えるものは貰っておけ」という突き上げ───実際は新たなオモチャを欲しただけ───を喰らい、ハルバートンの許可も降りたことで、専用機を手に入れることとなったのだ。

しかし、ユージは元MA乗りであってもMSを動かすことは出来ない。素質は問題ないが、MS操縦訓練を受ける暇が無かったのだ。

そこに目を付けたのが、かの”ノイエ・ラーテ”等を輩出した『通常兵器地位向上委員会』だ。

何処かから───十中八九、『委員会』メンバーでもあるヴェイク経由───このことを聞きつけた彼らは、

 

「”マウス隊”の隊長ほどの人物がMAに乗って活躍でもすれば、より多くの人間がMS以外の通常兵器に目を向けるかもしれない!」

 

そう考え、試作機が完成していた”エグザス”の提供を申し出たのだ。

先の時代に開発されている筈の”エグザス”がこの時点で存在しているのも、ひとえに彼らの努力の賜物である。

とは言え、ユージが”エグザス”を運用する上で大きな問題もあった。

”メビウス・ゼロ”の後継機である故に“エグザス”にも搭載されているガンバレル・システム。それを扱うのに必要な『空間認識能力』を、ユージは持っていなかったのである。

よって、この”エグザス”はユージが扱えるように改造が施されていた。正真正銘のユージ専用機でもあるのだ。

 

機首下部には本来の2連装リニアガンに代わって2連装ビーム砲を装備しており、この時点で十分な火力を備えている。

問題のガンバレル・システムは撤廃、その代わりに専用のウェポンポッドが取り付けられた。

ウェポンポッドはガンバレル同様に機体にX字状に配置されるが、上の2機には45㎜高速機関砲、下の2機には12連装マイクロミサイルランチャーが内臓されており、武装のバリエーションも豊富である。

機首も専用の物へと改造されており、なんと横方向にビームサーベルを展開することが出来るようになっていた。これにより、この機体はすれ違い様に敵MSを切り裂くことを可能としている。

もはや”エグザス”を元にした新型機であると評された本機を、改造を担当していた者達はこう名付けた。

”エグザス・アサルト”、と。

 

そして、”エグザス・アサルト”には明確に原型機を超える長所が存在する。

ウェポンポッド後部に搭載されたブースターが、ガンバレルの機能を取り除いた分パワーアップしており、更なる加速性能を発揮することが可能、という点だ。

 

「射角設定……軌道予測完了……連続発射間隔0コンマ5秒……射撃開始!」

 

ユージの設定した通りにミサイルが射出されていくが、驚くべきことに、ミサイルは前に飛んでいかない。

並走しているのだ。それはつまり、今の”エグザス・アサルト”がミサイルと同じ速度で進めるほどの機動力を持つ証明である。

そうして放たれたミサイルは、しかし敵部隊を狙ったものではない。近くに動けない”デュエル”と”バスター”がいるのだから当然でもある。これは単なる牽制だ。

いきなりの襲撃に混乱するZAFT部隊を”エグザス・アサルト”はそのまま通り過ぎ、大きめの隕石にワイヤーアンカーを射出、突き刺す。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

スイングバイ*1の要領でぐるりと方向転換した”エグザス・アサルト”の先には、突然の事態に対応出来ずにいるZAFT部隊。

極限まで研ぎ澄まされたユージの眼は、”デュエル”にほど近い位置の”ゲイツ”に目を付けた。

 

(俺は、天才じゃない。神様転生にありがちなチート能力なんかはしょっぱい代物(ステータス表示)だし、たった1人で無双出来る才能を持っているわけでもない)

 

それでも、彼はたしかにこの世界を生き抜いてきた男だった。

そして生き抜くために培われたMA操縦技術は、そう簡単に失われたりはしない。

MSを上手く操縦出来ない?艦長としてもそこそこ?哀れな中間管理職?

───知ったことか!

 

「アーマー乗り、舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

誇りを胸に行なわれた決死の突撃。機首からビームサーベルを発しながら行なわれたそれは、たしかに”ゲイツ”の胴体を両断した。

 

<なんだとっ……>

 

「ぐっ”っ”っ”っ”っ”っ”っ”っ”っ”!」

 

意識が飛びそうになるのを気合いで耐えたユージは機体を方向転換させつつ、霞む視界の中、左右に2機備わったワイヤーアンカーを”デュエル”と”バスター”に射出、牽引を開始した。

事態に対応し始めたZAFT部隊は当然それを妨害しようとするが、遠くから放たれたビームによって遮られる。

”ブリッツ”から愛機である”アストレイ・ヒドゥンフレーム”に乗り換えたセシルが、敵部隊をそのビームスナイパーライフルの射程に捉えたのだ。

 

「セ、ジル……まが、せたぁ!」

 

 

 

 

 

「任されましたぁ!」

 

高速で自分の脇を通り過ぎていく”エグザス・アサルト”を見送り、セシルは正面を見つめた。

そこには、”エグザス・アサルト”を追撃し、”デュエル”と”バスター”を奪い返そうと迫ってくるZAFT部隊の姿があった。

この時点で6機のMSを失っている以上、成果無しに帰るわけにはいかないのだろう。

ユージが撃破した分、『グングニール』を持ち帰るために離れた機体の分を合わせても、敵MSは残り6機。たった1機で相手をするには無理がある。

 

「───あなた達には、今から私の主催するゲームに参加してもらいます」

 

セシルの目が、スッと細まる。この状況に憤っているのは、セシルも同じだったのだ。

”ブリッツ”を奪わせないために自分が戦闘に参加できずにいる間に、思い人と、貴重な同性の戦友を奪われるかもしれなかったのだから仕方のないことではある。

そして、MSパイロットどころか普段は出撃することの無い自分の隊長があれだけ奮戦したのに、自分は何も戦果無しなど認められるわけがない。

普段は気弱で引きこもり体質なゲーマーの彼女だが、彼女にも、”マウス隊”の一員としてのプライドがたしかに存在していたのだった。

 

「私が狩人(ハンター)、あなた達が獲物(モンスター)のハンティングゲームです。八つ当たりですみませんね……こういう時はこう言うんでしたっけ?

『サッカーやろうぜ、ボールはお前な』と」

 

”ヒドゥンフレーム”の前面を隠すように展開された防御用ガードコート。

その裏で、それぞれ両手に握られた2丁の大型自動拳銃が、鈍く煌めいていた。

*1
天体の運動と万有引力を利用し、宇宙機の運動ベクトルを変更する技術




1話辺りに毎回1万字も書くから投稿遅いんだよっていうのはわかってるんですけどね……とりあえず、更新です。
ギレンの野望でヴェスバーが登場したら「敵ユニットのシールド無効化」とかの特性付いてるかもなと深夜テンションで妄想してる日々です。(なお、そんなことしたらゲームバランス崩壊不可避)

エグザス・アサルトとユージのステータスを載せておきます。



エグザス・アサルト
移動:9
索敵:C
限界:180%
耐久:150
運動:52

武装
2連装ビーム砲:150 命中 75
マイクロミサイル:80 命中 60
機関砲:70 命中 55
ビームサーベル:160 命中 80
???(隠し武器):250 命中 30

ユージ・ムラマツ(Sランク)(成長限界)
指揮 15 魅力 13
射撃 13 格闘 9
耐久 12 反応 10



ちゃんと主人公を主人公らしく活躍させたの、いつ以来だろう……()。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第109話「宇宙に奔る雷」後編

4/30

”スピノザ”艦橋

 

(あーあ、何やってんだか)

 

騒然とするその場所で、エンテ・セリ・シュルフトは1人だけ、呆れた目で周囲を見ていた。

せっかく秘密兵器(グングニール)を使ってまで追い詰めたというのに、たった1機のMAの出現で全てがひっくり返されるなど、笑い話でしかない。

だが、笑い話とは恥に恥を塗ってようやく成立してしまうものだ。

このままでは戦果無しで帰ることになってしまうと、焦って追撃を開始するなど、大局が見えていない証拠である。

 

(もう少しで到着する後続の艦隊を待っていれば、余裕を持って対処出来たっていうのに……敵艦より”ナスカ”級の方が速いってこと、忘れてんの?)

 

打てる手を堅実に打っていけば、勝てる勝負だった。しかし、今は僅かに”マウス隊”へ光明が差し始めている。

()()()()()()()()ではないか。

 

「───私も出るわ」

 

「なに?」

 

「このまま突っ立ってて後から責任押しつけられるのは嫌よ、私は?」

 

サラリと『このまま何も出来なければお前は無能だ』という皮肉をぶつけながら、エンテは艦橋を出て行った。

傍若無人な振る舞いに艦長は歯がみをするが、『グングニール』を回収し終えるまで何も出来ないのも事実。

艦長は、憎々しげに悪態をつく他無かった。

 

殺人ウサギ(ヴォーパルバニー)め……!」

 

 

 

 

 

(なんだ、何が起こっている……どうしてこうなった!?)

 

自分の息づかいの音だけが、嫌に反響して聞こえる。まるで光の無い洞窟の奥底に立っているかのようだ。

男はこの作戦に参加したMSのパイロットであり、現在は愛機の“ゲイツ”を駆ってデブリ帯を彷徨っていた。近くに友軍機は存在していないが、それには理由がある。

()()()()()()()()()のだ。どこからともなく放たれた弾丸に貫かれて。

 

奪還された2機の『ガンダム』を奪い返すために追撃を開始したはいいが、MS隊の隊長は6機残っていたMS隊を3機ずつ、2部隊に分けて進撃させた。

1部隊が敵を引きつけている内にもう片方が敵艦隊を強襲するという、それなりに定石に沿った戦術だった。

それが仇となったのだ!

 

「一瞬で、あんな一瞬で2機もやられるなんて……」

 

 

 

 

 

男のチームは陽動を掛ける側。敵を引きつけることが役割だったために、何時襲われてもおかしくはなかった。

そのために、警戒は厳としながら進んでいた。

 

『くそっ、あんな悪あがきをしやがって……!』

 

『落ち着けよルーキー。実戦なんてどんな想定外が起こってもおかしくはない』

 

『でも、あれだけ苦労したのにみすみす逃すなんて……』

 

()()逃がしちゃいないさ。予定は変わったが、この後敵艦を抑えて、増援が到着するまで持ちこたえればいい』

 

数分前、男は他2人のメンバーと共に会話しながら敵が逃げた方向へと向かっていた。

この部隊に配属されて間もない新人がぼやいていたが、先任の男達はそれをなだめすかす。

そう、たとえ『ガンダム』を奪い返されようが、未だにZAFTが優位なのは間違い無いのだ。増援が到着するまでの10~20分、敵艦をその場に留めてしまうだけで勝利は確定する。

 

そんな中、敵部隊に使える戦力はというと、先ほどのMAと機体前面を装甲で覆い隠した狙撃用MS、そして精々が艦隊護衛の量産MS数機がいいところだろう。

護衛の3機を除けばたった2機、しかも片方は『ガンダム』の回収を優先して動けない。

たとえ敵がどれだけの凄腕だろうが、狙撃用のMS1機で6機のMSをこの短時間で撃破出来る訳がない。男はそうタカをくくっていた。

それが間違いだと思い知らされたのは、その10秒後だった。

 

『それじゃ手柄が……』

 

新人らしい増長した言葉を窘めようとした直後、ザザッという音と共に新人の声が途切れた。

何かと振り返れば、新人の乗った”ゲイツ”は力無くその手足を投げ出し。

───その腹に空いた、銃弾が貫通した跡の穴を見せつけていた。

その後ろからヌッと姿を現したのは、男達が探していた相手。

機体前面を装甲で覆い隠した、”アストレイ・ヒドゥンフレーム”である。

その装甲の一部が展開し、その隙間から突き出した腕に握られた大型リボルバー拳銃から煙が上がっているのが見えた瞬間、男は絶叫した。

 

『っ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』

 

残された2機の”ゲイツ”が必死に銃撃を行なうが、”ヒドゥンフレーム”はヒラリとそれを躱し、デブリ帯の中へと消えていく。

 

『ちくしょう、狙撃機じゃねぇのかよ!?』

 

男達の反応が遅れたのは、”ヒドゥンフレーム”が狙撃用MSだと勘違いをしていたことにある。

”エグザス・アサルト”の大立ち回りの後に差し込まれた高精度の狙撃は、男達に狙撃を警戒させた。まさか、接近戦を仕掛けてくるとは思っていなかった。

”ヒドゥンフレーム”のパイロットであるセシルはその隙を突いたのだ。

加えて、これはセシルに限った話ではなく”マウス隊”全員に言えることだが、彼らが実戦に投入されたばかりの頃、彼らは待ち伏せを仕掛けやすいデブリ帯での戦闘を多くこなしていた。

デブリ帯で敵に気付かれることなく接近するのは十八番と言っても良い。

そんなことは露知らず、男達は機体同士を背中合わせにして更なる攻撃に備える。

 

『どうする!?』

 

『どうするも何も、やるしかねぇだろ!俺達が戦わなきゃ、あいつは別働隊の方にいくだけだ!』

 

『だが、これじゃ……』

 

敵が近距離戦も仕掛けてくるということが分かった以上、男達はあらゆる方向、あらゆる距離からの奇襲を警戒せざるを得なくなった。

最大限まで引き上げられた警戒、しかし、セシルにとってそれは、好都合なことでしかない。

 

『反応……っ!』

 

センサーが感知した方向に銃を向けるも、そこには”ヒドゥンフレーム”の姿は無く、先ほど撃ち抜かれた新人の”ゲイツ”の残骸が漂っているばかり。

───次はお前がこうなる番だ。

そう言われているような気がして、男達の精神力は削られていく。

次の瞬間、レーザーが片方の”ゲイツ”の脚部に命中した。

セシルがしたことは簡単だ。”ゲイツ”の残骸を残った敵の方に向けて押し出し、敵がそれを”ヒドゥンフレーム”と誤認した隙に頭部から射出したインコムで攻撃しただけである。

 

『あっ、わっ、バランサーが!?』

 

MSを動かす上で非常に重要な脚部、それも防御の薄い膝裏を攻撃されたことで機能不全が起きたのだろうか。攻撃された”ゲイツ”の動きがぎこちなくなる。

無傷の”ゲイツ”がフォローしようとするも、それを見越して”ヒドゥンフレーム”は既に移動を終え、再びインコムによる攻撃を加える。

 

『ああっ、わぁぁ、はぁっ……!?』

 

『くそっ、くそっ、くそがぁ!』

 

まるでいたぶるように、執拗に加えられる攻撃に男達が錯乱しかけた、その時。

ふと、攻撃が止んだ。

 

『あ、あ……?』

 

『……なん、だってんだよ』

 

どういうことだろうか。このまま攻撃を加え続ければ、自分達を撃破することなど容易いだろうに。

レールガンを構えて周囲を警戒する2機の”ゲイツ”。だが、いつまで経ってもこない攻撃に、男達は息を吐く。

───もしもこの時、男達が早々に母艦まで後退することを選んでいれば、その先の運命も少しは変わっていたかもしれない。

()してや、2機の”ゲイツ”の上方から少しずつ向かってくる隕石に気付いていれば。

 

『……はっ!?』

 

気付いた時にはもう遅かった。

デブリの陰から飛び出した”ヒドゥンフレーム”は片方の”ゲイツ”を蹴り飛ばし、そして。

脚部のダメージによって満足に動けない方の”ゲイツ”に向けて、右手のリボルバー拳銃を発射した。

 

『まっ───』

 

て、と続けられる筈だった言葉は、破壊音によって中断された。

時間にして、3分も経っているかどうか。そんな短時間で、男は2機の僚機を失ってしまったのだ。

もう言葉は出なかった。こんな化け物を相手に、たった1機で時間稼ぎが出来るわけもない。

男はすぐさま、味方と合流するためにスラスターを全開にしてその場を立ち去ろうとした。

 

 

 

 

 

『残り11発。……4()()()()()()()ですね』

 

 

 

 

 

年若い女の声に男の思考が一瞬停止する。

幸いにも足はスラスターを操るためのフットペダルを踏み込み続けてくれたが、男は一瞬後に、女の言葉の意味を悟った。

 

(やばい、やばいやばいやばいっ!あいつ、ダメだ、勝てない、逃げなきゃやられる!)

 

つまり、あの敵(セシル)にとってこれは『ゲーム』なのだ。

1機につき、1発。敵は、自分達を拳銃弾で仕留めるゲームをしているのだ!

新人も、先ほど殺された仲間も、1発で殺されている。

たかが1機の狙撃機?とんでもない!

 

『あんな化け物、どうしようもあるかよっ!?』

 

 

 

 

 

そうして場面は戻る。

ただ1人生き残った男は、別働隊と合流するために機体を進ませていた。

艦隊の方へ向かう選択肢もあるにはあったが、どちらかと言えば別働隊の方が近かったこと、そして、一刻も早く安心を得るための行動である。

陽動の役割を放棄したことを問題にされるかもしれないが、どっちにしろあんな怪物相手に1機で立ち向かったところで瞬殺されるのが関の山。

それよりも敵の脅威を伝えることで、自分の生存率を高めることを優先するのは、生物として真っ当と言えるだろう。

 

「あっ……いた!」

 

周囲を警戒しながら進み、遂に彼は別働隊の反応を捉えた。

自分達に近づいてくる機体を確認したのか、隊長機から通信が届く。

 

<むっ、貴様は別働隊の筈ではなかったか?何故ここに……>

 

「隊長、奴は───!?」

 

返答するために口を開いた瞬間、男は光と熱に包まれた。

男は、最後まで自分が、別働隊の元へと案内させるために生かされた『生き餌』にされていたことに気付くこともなくこの世を去ったのだった。

 

 

 

 

 

「残り3機。運が良かったです、別働隊のところに案内してくれるなんて」

 

セシルは、モニターに映る”ゲイツ”が自身の狙撃で腹を撃ち抜かれ、火の玉になるのを見届けつつそう言った。

そう、()()()だ。

 

「私は一度も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう、ここまでの全てがセシルの思い通りに進んでいた。

最初にユージの撤退を援護するために狙撃を見せつけたことで、ZAFT部隊は”ヒドゥンフレーム”を狙撃機と勘違いした。

実際の”ヒドゥンフレーム”は『狙撃戦に向いた装備を備えている機体』というだけで、”プロトアストレイ”由来の高い白兵戦能力は何一つ失われていないのだ。

そうして敵が狙撃を警戒している間に接近、ハンドガンで2機の“ゲイツ”を撃破した。

 

ここで、セシルは更に仕込みを加えた。

狙撃機と思っていた敵に接近戦を挑まれた挙げ句に2機を瞬殺される。それだけでも衝撃的だというのに、その敵に『残り4発で十分』と言われたら、どう思うか?

───平常心を失っている者ならば、『自分達をハンドガンだけで仕留めるつもりなのだ』と思い込むのも無理は無い。

そうなれば、今度は不意の接近戦に注意を傾けなければならなくなり、狙撃への警戒が緩む。

敵の心理すらも利用し、自らの思い通りに事を進めるこの戦い方故に、セシルは『ゲームマスター』の異名を持つエースパイロットなのだ。

もっとも、この戦い方を見た者はほとんどがその場で戦死しているために、認知度は低いのだが。

 

「さて、残りの3機はどう仕留めますかね……」

 

セシルは残った敵MSに対して狙撃を続けながら、この先の展開を予想していた。

しばらくMAに乗っていなかったユージがあれだけやれたのは良い意味で予想外だったが、それでも何かしらの無理はしている筈だ。

そうなれば、艦隊の総指揮を取るのはおそらく”コロンブスⅡ”の艦長を務めるカルロスだろう。

おそらく離れたところに待機していただろう敵の増援がたどり着く前に速やかに、かつ確実に撤退するために彼はどう決断するだろうか。

 

「まぁ、順当にいくなら()()()でしょうか」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”格納庫

 

「空気の注入完了確認、気密隔壁を解放します!」

 

「電磁カッターを持ってこい!EMPを受けたならコクピットをこじ開ける必要がある!」

 

「救護班急げ!」

 

一方その頃、無事に”コロンブスⅡ”へと帰還した”エグザス・アサルト”と2機の『ガンダム』の元には大勢の船員が駆けつけていた。

EMPを受けてほぼ全ての電子機器にダメージを受けた『ガンダム』からパイロットを救出する必要がある。

しかし、現在船員を焦らせているのは『ガンダム』の方ではない。

 

「ユージっ!……っ、ドクター!」

 

”エグザス・アサルト”のハッチを開けたマヤ・ノズウェルが見たのは意識を朦朧とさせながらグッタリとシートに体を預けるユージの姿だった。

端から見ても、あの”エグザス・アサルト”の機動は無茶をしていると分かる物だった。

久々に実機へと搭乗したユージは、常人ならば途中で失神していてもおかしくないだけの負荷が掛かっていたのだ。

それでもこうして母艦にたどり着き、なおかつ意識を残しているのは、精神力のタフさを称える他にない。

 

「眼球が赤い……典型的なレッドアウト*1だな。よくここまで保ったものだ……。担架を用意しろ、医務室に運ぶ」

 

「命に別状は……」

 

「ない。直ちに対処すればな」

 

”アークエンジェル”に移籍したフローレンスの後にやってきた壮年の船医は、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に丁寧に診察を行なった。

彼の言葉を聞き、ホッと息を吐くマヤ。

 

「だが、しばらくは出撃は控えた方が良いだろうな。何度もこんな風に戦っていれば、寿命が縮む」

 

「時間がないからとノーマルスーツも着ずにいくなんて真似、二度とさせません」

 

「……マヤ

 

「ユージ、無理しないでください」

 

か細い声でユージがマヤを呼ぶ。

マヤが制止しようとするが、ユージはマヤが持つ通信機を指差す。

 

カル……ロス……

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「それで、隊長は『任せる』とだけ言ったんだな?」

 

<はい>

 

「委細承知した。ノズウェル大尉にはそのまま『ガンダム』の緊急整備を頼みたいのだが……出来るか?」

 

<勿論です、今は生き延びること優先ですから>

 

通信を切り、カルロスは顎に手を当てて考え始めた。

ユージが気を失う直前に自分に残した言葉、『任せる』。

彼が指揮を執れない現状、この艦隊でもっとも高い階級を持つのはカルロスだ。となれば、代理で艦隊全ての指揮権を任せられたと見ても良いだろうとカルロスは結論づけた。

 

(あのEMP兵器は、確実に『ガンダム』を鹵獲するために使用されたものだろう。我々を潰すためだけにあんな隠し球を用いるなど、普段なら臆病ZAFTと笑い話だが、自分達を脅かしたのは事実だ)

 

そして、もしもこの戦いがZAFTによって仕込まれたものだとすれば、敵が合計3隻の小艦隊だけで有るはずがない。

必ず増援がいる。そう仮定するべきだ。

いつ来るかは分からないが、そう遠くない内にだろう。

 

(増援艦隊が全て”ナスカ”級なら、こちらの足で振り切ることは出来ない。ノマ少尉の帰還を待ってからでは尚更……スカーレットチームは全機健在、ならば───)

 

「あの、艦長?」

 

考え込むカルロスに、不安そうにオペレーターが声を掛ける。

1分1秒が惜しいこの状況で上官が言葉を無くせば、不安に思うのは当然だ。

そんな彼らに、カルロスはニヤリと笑みを見せ、声を張り上げた。

 

「諸君!」

 

『は、はいっ!』

 

「───”マウス隊”らしい()()()をしにいくぞ!」

 

 

 

 

 

「残り、1機」

 

自分の僚機が火の玉に変えられる瞬間を目撃し、隊長機の”アイアース”が動揺した素振りを見せる。

しかし、セシルはそれを見ても、無感動に残った敵の数を呟くのみ。

むしろ頭の中は『これから味方が既に開始しているだろう行動に対して自分はどう動くか』という思考が大半を占めてさえいた。

残った”アイアース”さえも、今の彼女の前では『多少面倒な障害物』程度でしかないのだ。

 

(おそらく隊長は限界、カルロス少佐辺りに指揮権を臨時に委譲しているはず。少佐の思考なら───)

 

”アイアース”の射撃を軽々と避けながら思考するセシルだが、流石にいつまでも時間を無駄にするワケにいかないと判断し、ガードコートを纏って”アイアース”に向かっていく。

これまでのらりくらりと───かつ、”ゲイツ”を撃破していった───相手が一気に勝負を決めに来たことに驚きつつも、”アイアース”は機敏に反応し、ビームサーベルで迎え撃つ姿勢を見せた。

 

「……」

 

直後”アイアース”は、胸部から原型機である”イージス”からコピーしただろうビームを発射する。

これまでの戦いでガードコートの防御力を察していた”アイアース”のパイロットは、バカ正直にビームサーベルを構えて待ち構えるなどとはしなかったのだ。

───セシルの想像通りに。

 

「くっ……!」

 

セシルは放たれたビームのスレスレを掠めるようにして突撃を続ける。

来ると分かっている攻撃など、怖い筈もない。

セシルとて、”第08機械科試験部隊(連合軍最強)”の一員なのだ。

まったく勢いを殺さずに突き進んでくる”ヒドゥンフレーム”を、今度こそビームサーベルで迎え撃とうとする。

一瞬の攻防を制したのは、”ヒドゥンフレーム”だった。

 

「生憎、パリィはフロムの例のあれ*2とかで慣れてるんですよ……!」

 

ビームサーベルが直撃する瞬間に、セシルはガートコートを展開した。すると、どうなったか?

ビームサーベルが、弾かれた。

元々”ヒドゥンフレーム”のガードコートは、通常装甲の内部に鉄筋コンクリートと同じ原理でPS装甲の骨格(フレーム)を組み込み、更に装甲表面に耐ビームコーティングを施すことで、ビームと実弾の両方に耐性を持たせた試作装備だ。

つまりセシルは、実質的に耐ビームシールドのようなものであるガードコートの開閉ギミック*3を利用し、敵の攻撃を弾いたのだ。

そして、耐ビームシールドと違う点は、腕に保持する必要がないこと。

ガードコートが覆い隠していた”アストレイ”独特のマッシブなシルエットが明らかとなると同時に、”アイアース”のパイロットは、その両手にビームサーベルが握られており、今正に振われようとしている光景を目にした。

ガードコートが前面を覆い隠していたがために、”アイアース”側にその攻撃への備えはなかった。

 

「終わりです……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<まだ終わりじゃないのよね、これが!>

 

「っ!?」

 

セシルが咄嗟にレバーを引いていなければ、今頃”ヒドゥンフレーム”は、何処からか飛んで来た弾丸に命中していただろう。

敵はちょうど”ヒドゥンフレーム”と”アイアース”の間の僅かな隙間を通すように、狙撃したのだ。

同時に、セシルはそれを為した相手に対して戦慄を覚えた。

 

(少しでもズレていれば、味方を……)

 

誤射をも恐れずに放たれたその一撃から読み取れる情報は1つ。

───この敵は、とびっきりの狂人だ。精神も、腕前も。

しかし、モニターに映し出されたその姿を見た時、セシルは更なる衝撃に包まれることとなった。

おそらく、セシル以外の誰が見ても驚愕に包まれることだろう。

その機体が、その『顔』が持つ意味を、その力を、身を以て知っているからだ。

 

「───『ガンダム』!?」

 

 

 

 

 

「あはっ、まあ簡単にはいかないわよね……そうこなくっちゃ」

 

“ヒドゥンフレーム”を狙撃した張本人であるエンテは、笑った。

蛇のように、狼のように、獅子のように。

 

<貴様、なんのつもりだ!味方ごと……>

 

「さっさと帰んなさい。……次は当たっちゃうかもね?」

 

<な───>

 

エンテは有無を言わさずに、”アイアース”からの抗議の通信を切った。

複数で挑んでおきながら全滅しかける程度の雑魚はただ目障りでしかない。余計な手出しをする前に母艦に帰投させるのが一番だ。

また余計なことを言い出さないうちに、エンテは、愛機がその両手で保持する対艦狙撃ライフルを用いて”ヒドゥンフレーム”を射撃し始めた。

”アイアース”と分断するように放たれる狙撃を前に”ヒドゥンフレーム”は”アイアース”の撃破を諦め、懸架していたビームスナイパーライフルで応射し始める。

何か言いたそうにしていた”アイアース”も、今の自分がやれることはないと判断し、母艦への帰投を始めた。

 

「それでいいのよ、それで!」

 

そう、これでいい……否、()()()()()のだ。

おぞましき願いによって生み出され、アルビノと蔑まれ、心の中に闇を持つ同士達と共に世界を嗤う。

どうしようもなくおぞましい自分(エンテ)が、もっとも生の実感を得られる時が今なのだ。

 

「これで、邪魔なく戦えるわねぇ!?」

 

その機体の名は、”クレイビング”。

『渇望』の名を持つ機体(ガンダム)を駆り、エンテ・セリ・シュルフトは『強敵(ヒドゥンフレーム)』に襲いかかった。

*1
全ての血流が頭に集中する現象。発症時は眼球の毛細血管が赤く染まる

*2
俗に言うソウルシリーズ

*3
イメージ的にはデスサイズヘルのアクティブクローク




またも更新間隔を空けてしまったこと、誠に申し訳なく思います……。
もはや謝罪芸と呼ばれても仕方有りませんね、これ。

今回登場したオリジナル機体の設定を載せておきます。
一応、私のオリジナルです。
長いし本筋に関わらないので読み飛ばしても大丈夫です。



ZGMF-XX03
クレイビングガンダム

ZAFTが開発した試作MS。『クレイビング』は『渇望』の直訳。
現在開発が進められている『ファーストステージ』と呼ばれる核動力搭載型機体群の内、その役目を終えて解体された試験機のフレームを通常動力機として調整した上で新型ブースターを背中に取り付けている。
本機の形式番号である「XX(トゥーエックス)03」の由来は、「ZGMF-X03A」を原型としていることから。

本機の特徴は背中に取り付けられた試作エンジン「サターン」による高機動力。
巨大な単発エンジンはその高出力のためにジンやゲイツでは扱いきれず、最悪空中分解しかねない代物だったが、核動力に耐えうるフレームの本機は問題無く扱うことが可能となっており、バッテリー駆動のMSで本機を上回る機体は両軍に存在しない。

弱点は、エンジンに電力を供給するためにPS装甲との両立が出来ず通常装甲となっているために防御力が低いこと。
特に背面装甲は一部フレームが露出している箇所もあるため、かすり傷でも致命傷になりかねない。

もう1つの弱点として、「じゃじゃ馬」と呼ぶに相応しい操縦難度の高さが挙げられるが、元々エンテのために開発されたような機体なので実質問題にはなりえない。
強者との戦いを『渇望』する彼女に相応しい機体と言えるだろう。

コンセプトは「ケンプファー」と「ヅダ」を足して2で割らないガンダム。
色はエンテのイメージカラーに合わせて白い装甲と赤いツインアイ。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第110話「宇宙を奔る雷」終編

4/30

デブリ帯

 

「なに、このMS……!?」

 

懸命に狙いを定めても、”ヒドゥンフレーム”の射撃は敵機に掠りすらしない。

”アイアース”にトドメを刺し損ねた原因でもあるこの敵は、セシルの知るどんなMSよりも速かった。

敵機の背中に見える大型の単発エンジンがそれを可能としているのだろうが、それを御しきるパイロットの腕前も驚異的だ。

 

「そこっ!」

 

セシルはここで、敵の近くのデブリへといったん狙いを定めた。デブリを破壊することで破片をまき散らし、敵機の動きを制限しようというのだ。

しかし、ここでセシルは自分の目を疑う現象に遭遇する。

放たれたビームは、たしかに狙い通りデブリに命中し、破片をまき散らした。

だが、敵機は驚異的な反応速度でそれを躱し、”ヒドゥンフレーム”に向けて両手で構えた対艦ライフルを放つ。

 

「あれを躱す……いや、そんなんじゃない。まるで───」

 

その敵機の動きに違和感を覚えたセシルは、その正体を確かめるべく手を打った。

機体の前面を覆い隠すことの出来るガードコートの裏面には、幾つかのハンドグレネードを懸架することが可能となっている。

その中からセシルは煙幕を手に取って起動し、周囲はたちまち煙に包まれた。

”ヒドゥンフレーム”を見失った敵機は、足を止めることなく周辺を警戒する。

 

「……デブリの陰から出た瞬間、それなら」

 

セシルは敵機の進行方向を予測し、大きめのデブリに身を隠しながらその時を待った。

いくら敵の反応速度が高くとも、本体ではなくその進行方向にビームを発射する形であれば、気付いた時には既にビームは発射されている。

つまり、見てから避けるということが不可能となるのだ。

 

「到達予測時間カウント開始。10、9、8……」

 

”ヒドゥンフレーム”頭部に搭載された高性能レーダーが目的の場所に向けて移動しているのを確認したセシルは、トリガーに指を掛けながらじっとその時を待った。

敵の性能は分からないが、このデブリの中で静止状態の”ヒドゥンフレーム”の位置を探るのは難しいのか、大きく動きを変化させる様子は見られない。

そして、その時は来た。

 

「3、2、1……!」

 

”ヒドゥンフレーム”が放ったビームは、岩陰から姿を現した敵機へと向かい、そして。

───まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、敵機はビームを回避した。

 

「っ!」

 

セシルは確信した。それが荒唐無稽な考えだとしても、それを納得させるだけの能力をこの敵は持っている。

この敵は、この『ガンダム』は。

 

「私の動きを、予知している───!?」

 

 

 

 

 

「今のは、少しヒヤッとしたわよ!」

 

獰猛に笑いながら、ビームを回避したエンテは視線の先の”ヒドゥンフレーム”をにらみつけた。

エンテは、何もかもが楽しくて、嬉しくて仕方なかった。

自分の能力を存分に活かせる機体、そしてそんな自分と渡り合う強敵。全てが、エンテを昂ぶらせる。

 

「”クレイビング”……くふっふふふ、良いモノ貰ってきたじゃない、ラウ!」

 

ZGMF-XX03”クレイビング”。それが、エンテの乗るMSの名だ。

ZAFTが現在開発している『ファーストステージシリーズ』と呼ばれる機体群は、現在数機の試作機が作られており、実戦配備に向けて極秘裏に試験が行なわれている。

その中でも、既に試験を終えて解体を待つのみとなっていた機体のフレームを流用したこの機体は、ラウ・ル・クルーゼが自身のパートナーたるエンテの為に用意した物だ。

()()()()()()()()()()()は取り除かれているとはいえ、ラウが試作機をわざわざ都合した理由は1つ。

彼女がその能力を発揮するためには、既存のMSではどうしても足りなかったからである。

 

───『空間認識能力』。

空間内の物体を素早く、正式に感知するこの能力は、いくつかの特徴を持っている。

個人差はあるが、遠くにいる味方や敵機の位置を認識することや、人によってはテレパシーを送ることも可能とされており、旧世紀に存在していたソビエト連邦が研究していた超能力の正体だとも言われているこの能力を、エンテも持っていた。

だが、彼女は遠くに存在する物体を感知することは出来ない。テレパシーを送ることが出来るわけでもない。

ましてや、『空間認識能力』を持つ者の中でも数少ない()()()()が出来る人間でもない。

 

「見えてるのよねぇ、そこぉ!」

 

エンテの空間認識能力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

セシルの予測はあながち間違ってはいない。

通常であれば敵からの攻撃を認識してから回避は行なうものだが、エンテはその1つ手前、トリガーを引く直前の段階で殺気を感じ取り回避行動を始めているのだ。

”ブリッツ”による奇襲を先んじて防いだのも、この能力によって透明になった”ブリッツ”からの殺気を感知していたためである。

彼女と相対した者からすれば、「銃口を向けた時には既に回避を始めている」という理解しがたい光景を目にすることになる。

 

(機体が私に付いてくるって、サイコー!)

 

これまで彼女が、人並み外れた戦闘能力を持ちながらも()の戦場に出てこなかったのは、その反応速度に対応出来る機体が存在しなかったからだ。

しかし、『ファーストステージシリーズ』のフレームを素体として造られた”クレイビング”はその条件をクリアすることが出来た。

 

「止められるもんなら、止めてみなさいよ!私と、”クレイビング”をね!」

 

 

 

 

 

”スピノザ”艦橋

 

「『グングニール』、収容完了しました……」

 

「そうか……運搬してきた2機には、補給の後に戦闘用装備で再出撃の準備をしておくよう伝えてくれ」

 

一方、”スピノザ”の艦橋は重いムードに包まれていた。

それもその筈、彼らはこの戦闘を切り抜けることが出来たとしても、明るい未来が待っていないからだ。

自分達の半分以下の数のMS部隊相手に10機超のMSを失った挙げ句、確実に戦果を得るためにと任された新兵器さえも、餌食とした『ガンダム』を敵MAに奪われたのだ。

未だにMS絶対優位論を捨てない、あるいは、捨てられない上層部が聞けば憤慨するのは間違い無い。

 

(まさか、連合があのような新型MAを開発していたとはな……”コスモグラスパー”とやらにも手を焼かされていたというのに)

 

艦長は最近になって宇宙で確認され始めた連合軍の新型MAのことを思い出した。

地上でZAFT地上軍を苦しめている戦闘機“スカイグラスパー”を改修したその機体は、たかが戦闘機、しかも地上用を改修したものとバカにした愚か者共を既に何人も屠っている難敵だ。

対MS戦では力不足だった”メビウス”とは違い、最初から対MSを考慮して開発された”スカイグラスパー”の改修機が弱いわけがない。

大戦初期はMSの機動力と小回りで接近して撃破することも容易に出来ていたが、対MS用のヒット&アウェイ戦術を始めとして様々な戦術が確立した今となっては、迂闊に飛び込むのは自殺志願者と変わらない。

 

(MSでも並ばれつつあるというのに、加えて他種の兵器面でも成長を続けているとはな。マンパワーの違いか……)

 

最大の問題は、それらMS外の技術も発展しているのに、肝心のMS開発技術でさえも拮抗しているということだ。

ZAFTが1000人の技術者をMS開発に投入しているとしても、連合は3000人の技術者を、MS以外の分野にも均等に投入することが出来る。

MSを先に開発・実戦投入したアドバンテージなどは既に失われており、これでは勝ち目などあるわけがない。

唯一の希望が『ファーストステージシリーズ』、そして、現在秘密裏に開発が進んでいるという新兵器の存在だ。

詳細を知る者が「あれが完成すれば、戦争は終わる」と豪語するそれが待ち遠しい、と艦長が溜息を吐いた時、新たなる報告がされた。

 

「艦長、ハーディン機が戻りました」

 

ハーディンは今回の作戦においてMS隊副隊長の役割を担っていた男で、”アイアース”を任される優秀なパイロットでもある。

ハーディン以外のMSが見えないことから、おそらく撃墜されてしまったのだろうと艦長は再び眉間に皺を寄せた。

 

「ハーディン君、状況は?」

 

<部隊は、私を除いて全滅……シュルフトが救援に来ていなければ、私も……>

 

「そうか……とにかく帰還し、補給を受けてくれ」

 

<了解>

 

モニターに映るハーディンの顔もまた苦渋に包まれている。

自分だけが生きて帰った、その経験はどの兵士にも等しく負担となって襲い来るものであり、仕方の無いことでもある。

ハーディンの”アイアース”が帰還し、さてどうしたものかと艦長が思案していると、オペレーターが驚愕の声を挙げた。

 

「か、艦長!10時の方向より近づく反応有り!数は3です!」

 

「なにぃっ!?」

 

援軍が到着するには些か速すぎる。ということは、その反応の正体が敵であることは間違い無い。

まだ『ガンダム』も復帰していないだろうに反撃に打って出る敵の大胆さ、そして決断力に艦長は舌を巻いた。

まだ接敵するまでに時間はあるのでMS隊への補給を続行させつつ、敵の正体を探らせる。

 

「照合完了!”ストライクダガー”3機のMS小隊です!」

 

「”ストライクダガー”か……」

 

”マウス隊”の割にはごく普通の機体だと、肩すかしな気分になった艦長だったが、頭を振った。

たかが”ストライクダガー”などと言えるほど余裕は現在の艦隊には存在しない。なにせ、今の艦隊には動けるMSが3機しか存在せず、しかもその内の2機は”ジン”なのだ。

『グングニール』運搬だけなら十分と判断した手痛いしっぺ返しだが、MSの数では互角。十分に対処可能と踏んだ艦長は出撃命令を下した。

───その判断が、間違いであることに気付かずに。

 

 

 

 

 

「敵MS隊を確認!ブレンダン、ジャック、用意はいいな!?」

 

<いつでもいけます>

 

<オーライです>

 

デブリを避けながら敵艦隊に向かって進む3機の”ストライクダガー”。

これらの機体とパイロット達はスカーレットチームと呼ばれ、普段は”マウス隊”エースパイロットが前線で暴れている分、母艦の護衛を担当しているチームである。

MS操縦訓練課程でこの3人がチームを組み、その時に用いられていたコールサインがチーム名の由来だが、何故それを聞いた時にユージが苦笑いしたのかは未だ謎のままである。

そんなスカーレットチームは、現在()()()()を担うために行動していた。

チームリーダーであるベンジャミン・スレイターの、操縦桿を握る腕に力が入る。

 

(まさか、このような大任を担うことになるとはな……)

 

『ガンダム』2機は未だに復旧していない。”ブリッツ”は健在だが、動かすのは最終手段。となれば、残るはスカーレットチームしかいない。

自分達が役割をこなせなければ、その時点で”マウス隊”の命運は尽きる。

 

「やってやれないことではない筈だ」

 

チームリーダーのベンジャミンと、ブレンダンの機体は通常通りビームライフルを装備しているが、チーム最年少のジャクスティン、愛称がジャックの彼が乗る機体はバズーカを装備している。

何も知らなければ、これが対艦攻撃用の装備として敵は判断するだろう。

モニターに、艦隊から出撃してきた敵MS隊の姿が映し出される。

 

「”アイアース”1つ、”ジン”2つ……やはり、敵もそう余裕があるわけではないぞ!」

 

<はぁ~、良かった。これで実はまだ隠し球がいます、とかだったら終わってましたよ>

 

ジャクスティンの言葉にベンジャミンは頷いた。

出撃前の簡易ミーティングで、代理指揮官となったカルロス・デヨーが語っていた推論を思い出す。

 

『EMP兵器はそれなりのサイズがあり、最初の”ブリッツ”の奇襲で確認出来なかったということは内部に格納していたからだろう。ならば、敵MS隊の数はそこまで残っていない筈だ』

 

そしてアイザックやカシン、セシル達が大幅に敵MS隊を削っていたために敵MSの数は大幅に少なくなっているだろう。

カルロスの推論は的中しているといって良かった。

もしも敵部隊に更なる余力があるなら、いかに”アイアース”がいるとはいえ敵と同数のMS隊しかぶつけないということは無い筈だからだ。

 

<リーダー、射程圏内です>

 

「まだだ、慌てずに敵を引きつけろ……」

 

<撃ってきましたよ!>

 

「焦るな!そう簡単に当たりはしない」

 

アイザック達のレベルであればともかく、一般的なMS戦では離れた場所からの攻撃が直撃するということは少ない。

更にこの宙域では多くのデブリによって射撃が妨害されるので、慌てて攻撃しても無駄弾を使うだけとなる。

 

「やはりな、敵はデブリ帯での戦闘にそこまで経験値があるわけじゃない」

 

ベンジャミンが余裕を持って指揮が行えている理由は、もう1つある。

普段”マウス隊”が拠点としている『セフィロト』は地球と月の中間宙域に位置しているが、そこにはかつての激戦で発生した多様なデブリが漂っている。

彼らはそこでMSの訓練を日常的に行なっているため、デブリ帯における戦闘経験値が他の兵と比べても多いのだ。

加えて、()()()()が彼らに大きな自信を持たせていた。

 

「アイク中尉達に比べれば大したことはないな!」

 

<いつも虐殺されてる甲斐があるってもんですよねー!>

 

そう、彼らの模擬戦の相手は、試作兵器を装備したアイザック達トップエース。

それと比べては、敵が今撃ってきている攻撃など手を抜いているか、遊び気分で戦場にやってきたとしか思えないのだった。

とはいえ、実戦では何が起こっても可笑しくはない。

ベンジャミンは敵の攻撃が自分の近くを通り始めた時を見計らい、命令を下した。

 

「今だ、攻撃開始!」

 

十分に引きつけ、遂にベンジャミン達は攻撃を開始した。

スカーレットチームとZAFT部隊との間で火線が飛び交う。

『ガンダム』が繰り広げる、時に優雅、時に苛烈な戦いと比べれば拙いそれらは、しかし1つ1つが確かな殺意と共に撃ち出されていた。

 

<くっ、こんにゃろ!>

 

その中で特に敵からの攻撃が集中している機体があった。

ジャクスティンの”ストライクダガー”だ。

彼の機体はバズーカを装備しており、スカーレットチームの中ではもっとも対艦攻撃力が高い。

余力の無いZAFTからすれば、真っ先に墜としたい機体なのは間違い無いだろう。

加えて、バズーカはビームと比べれば明らかに弾速が遅く回避しやすい。

一番墜としやすい機体に攻撃を集中させるのは、当然と言えた。

 

「ジャック、1機いったぞ!」

 

<了解っと!>

 

1機の”ジン”がジャック目がけて肉迫したことが、状況を動かした。

その“ジン”は右手でマシンガンを乱射しながら左手に重斬刀を握り、一気に勝負を決める心づもりだ。

ベンジャミンとブレンダンはジャクスティンの援護……には向かわず、むしろその”ジン”と他2機を分断するように位置取りを行なった。

 

”ストライクダガー”と”ジン”の間に大きな性能差は存在しない。

にも関わらず援護に向かおうとしないのは、何らかの考えがあってのことなのは明らかだった。

接近してくる”ジン”を前にジャクスティンは、冷静にバズーカの弾倉を交換する。

 

<おらよ!>

 

話は変わるが、実弾武器のメリットとは何か?

ビーム兵器の場合は「弾速が速い」「高威力」などが挙げられる。

対する実弾兵器は威力、弾速、共にビーム兵器に劣るが、明確に数値として表れにくい部分が秀でていた。

 

例えば、整備性。MS用のビーム兵器は開発されて間もなく、整備技術を有する整備士がいなければ維持が難しい。

更に部品1つ1つが実弾兵器より高価なために、満足に扱える部隊はそこまで多くはないのだ。

それに対して実弾兵器は古くから使われてきた技術の延長線上であり、整備ノウハウも蓄積されているので、前線で使われやすいのだ。

そして、もう1つ。

───実弾兵器は物にもよるが、弾倉を入れ替えるだけで武器としての特性を変化させることが出来るのだ。

 

<散弾に自分から突っ込むなんてなぁ、迂闊なんだよ!>

 

先ほどまでジャクスティンが発射していたバズーカの弾はたしかに対艦攻撃用の弾だった。

しかし、入れ替えた弾倉に装填されていたのは対MS用の散弾。

それに気づけなかった”ジン”は、弾倉を入れ替える前の弾と同じように回避しようとし、散弾を避けきることが出来ず、右半身を散弾で穴だらけにされた。

その後”ジン”はバランスを崩してデブリに激突し、爆発した。

接近戦を仕掛けるために加速していたことが仇となったのだ。

 

<よし、1機撃墜!>

 

<気を抜くなジャック。我々の役割は……>

 

「ブレンダンの言うとおりだ。我々は敵を撃破するのもそうだが、ここで戦い続けることにこそ意味があるんだからな」

 

味方を失って動揺した様子のZAFT部隊に向き直り、ベンジャミンは油断なく盾を構えた。

タイムリミットは、あと幾ばくか。

 

 

 

 

 

(どうするか……)

 

一方その頃、セシルはデブリの陰に機体を隠しながら、必死に思考を巡らせていた。

ここまでセシルが”クレイビング”に与えられた有効打は0、かすり傷すら負わせられていない。

ここまでの戦いでセシルが分かったことは、敵機は何らかの手段で自分の攻撃を予知していることだけだ。

辛うじて牽制射撃に対する反応は鈍い、つまり『直撃弾以外に対する反応はそこまででもない』ということだけは見抜けていたが、今この場に限って言えばそれはあまり意味のあることではなかった。

 

(策を巡らせて戦う私と、予知しているみたいに致命の一撃を回避し続けるあのMS……相性は最悪なんてもんじゃありませんね)

 

どれだけ策を巡らせても、肝心の一撃が通らないのでは意味が無い。”ヒドゥンフレーム”が手数で圧倒する機体では無いのも向かい風だ。

これが集団対集団であるならまだやりようもあった。本来、彼女は1人で活躍するエースではなく、仲間を動かして戦場を優位に進めるタイプのパイロットなのだから。

しかし、今は彼女1人。どうしようもない。

かといって、セシルが戦いを避けて逃げ回ってばかりいれば、敵が標的をセシル以外へと移しかねない。

 

「チョキでグーに勝てって言われてる気分ですね、これ」

 

ヘルメットのバイザーを上げ、コクピットに備え付けてある飲料を口に含むセシル。

戦場で休息に消耗するエネルギーを補充するためだけに作られた薄っぺらい味だが、むしろそれがセシルの思考をまとめる一助となる。

一息吐き、何かを決心するセシル。

 

「勝たなくてもいい……時間を稼ぐだけ……」

 

 

 

 

 

「何か……企んだわね?」

 

思考を巡らせながらエンテは周囲に視線を配る。

 

(もっと武器持ってくるべきだったかしら)

 

本来の”クレイビング”の戦闘コンセプトは、「高速で敵部隊に接近し、携行した多数の実弾火力によって敵部隊を殲滅する」という、強襲用MSのそれだった。

しかし本日が”クレイビング”の初戦闘だったこと、敵が1機だということもあり、エンテは最低限の装備である対艦ライフル以外の火器を持ってこなかったのである。

対艦ライフルの弾数もそこまで多いわけではないため、適当に撃ってあぶり出すということが出来ないのである。

 

「とはいえ、相手も連戦でエネルギーに余裕があるわけでもないだろうし……どうしたものかしら───!?」

 

殺気。

センサーを見れば、自分の後方から向かってくる反応が1つ。

なるほど、射撃戦がダメなら近接戦でと考えたのだろうか。

 

「バカの考えることねぇ!」

 

たしかに純粋な射撃戦と比べれば攻撃を当てやすいかもしれないが、それはエンテにとっても同じこと。

何より、エンテにとっては射撃戦よりも格闘戦の方が得意分野だ。

最低限の労力で5機ものMSを撃破してみせた相手にしては単調な手を使うとエンテは思い、対艦ライフルを機体の背中に懸架させ、代わりにビームサーベルを構える。

 

「接近戦だってあたしは───なっ!?」

 

迎え撃とうとした直後、()()()()()()()()()自分目がけて放たれたビームをエンテは避けた。

そのタネは至ってシンプル、予め設置しておいたビームスナイパーライフルを、セシルが遠隔で操作して発射しただけの話。だがここでエンテは、自分が、少なくともMS戦では未熟ということを思い知らされることとなった。

エンテの『敵から向けられる殺気を読む』能力は、あくまで生身の人間が発する殺気しか感知出来ない。

つまり、今のように敵本体と離れた場所から撃たれた攻撃に対しては能力が働かないのだ。

 

「まずっ……!」

 

エンテの動揺はセシルにとっても予想外のことではあったが、そこを見逃すセシルではない。

左手に握ったリボルバー拳銃『イタクァ』を発射しながら、”ヒドゥンフレーム”が近づく。

態勢を崩した”クレイビング”に、光刃が迫る。

 

 

 

 

 

<舐める、なぁっ!>

 

「なっ───」

 

予想以上に遠隔起動したビームスナイパーライフルの一撃の効果があったことに驚きつつも、セシルは行動を途中で中断することはせず、ビームサーベルで斬りかかった。

しかしここで、セシルは敵パイロットの反応速度の高さを思い知らされることとなる。

態勢を崩した”クレイビング”は、横薙ぎに振われたビームサーベルを、上体をエビのように剃らせることによって回避、その勢いのままに”ヒドゥンフレーム”をサマーソルトキックで蹴りつけたのである。

確実に命中すると思われた一撃を回避されたセシルは、なおも『イタクァ』で反撃を試みるも、既に体勢を立て直していた”クレイビング”の行動の方が速かった。

ビームサーベルで左腕を切り落とされた”ヒドゥンフレーム”はそのまま蹴りつけられ、デブリに叩きつけられた。

 

「あぐっ……!」

 

<惜しかったわね>

 

苦悶の声を挙げるセシルがモニターに見たのは、自機を踏みつけたままビームサーベルをコクピットに突きつける”クレイビング”の姿。

従来の機体であれば、間違い無く命中していた一撃を回避する目の前の機体に戦慄すると同時に、間近に迫る自身の死に震えるセシル。

 

<でも、これで終わりよ!>

 

(アイクさん……!)

 

もう避けられない。助からない。

モニターに映る敵機がビームサーベルを突き入れようとする姿を前に、セシルが目尻に涙を浮かばせながら目をギュッと閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸か不幸か、運命は彼女を見捨てなかったようだ。

 

<なっ!?>

 

何かに動揺した敵兵の声が聞こえた───いつの間にか接触回線が起動していたらしい───瞬間、セシルがレバーを引いて抵抗を試みた。

動揺した敵機は”ヒドゥンフレーム”の足掻きを封じきることが出来ず、“ヒドゥンフレーム”は窮地から脱することに成功する。

とはいえ、既に”ヒドゥンフレーム”の左腕は切り落とされており、射撃兵装も頭部インコムのみ。

あと一押しで撃破出来る筈の”ヒドゥンフレーム”を前に、しかし”クレイビング”は放置してどこかへ飛んでいった。

その方向に敵艦隊が存在することを知っていたセシルは、バイザーを上げて涙を拭いながら笑みを浮かべる。

 

「やってくれたんですね、皆さん……!」

 

 

 

 

 

”スピノザ”艦橋

 

「なんだぁ!」

 

「て、敵艦からの攻撃です!」

 

”スピノザ”の艦橋は現在、混乱に包まれていた。

襲撃してきた敵MS部隊を迎撃するために出撃したMSが1機撃破され、ついに撤退の判断を下しかけた時のこと。

突如として艦体を揺れが襲い、艦内のあちこちから被害報告が挙がり始めたのである。

これが敵からの攻撃ということは明らかだった。

 

「どこからだ!」

 

「敵艦隊を発見……艦隊の直下です!」

 

「くっ……!」

 

これはZAFTに限った話ではないが、宇宙艦は下方向に対して有効な攻撃手段を兼ね備えている物は少ない。

人間が宇宙に進出していなかった頃の造船経験がそのまま宇宙艦にも一部引き継がれてしまったからだ。

故に、下方向からの攻撃には最大限の警戒をしなければならない───!

 

「敵艦直下、急上昇!」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「全艦、全火力を敵艦隊に投射せよ!出来るだけ()()()()()()()()()()のを忘れずに!───突撃だぁ!」

 

『了解!』

 

まさかここまで上手くいくとは!カルロスは胸の高鳴りを抑えることが出来ずにいた。

MS隊を囮に密かに接近し、急襲。やったことはただそれだけだが、カルロスの目論見は現在全てが成功していると言って良い。

 

「怖かっただろうな、スカーレットチームが!なにせ『MSによる敵艦への肉迫』を先にやり始めたのはお前達、その怖さはよーく分かっているだろう!だからこそ、お前達は過剰に反応する!」

 

加えて、敵艦隊の指揮官は予想だにしなかった筈だ。

エースパイロット達が自由に動けない、しかも虎の子のMS隊も出撃させた艦隊が、MS隊の護衛も無しに突撃を行なうなど。

その考えは通常正しいものだが、この場合に限っては正しいものではなかった。

”マウス隊”は、自分達が生き残るのに最善の策があるのならば躊躇わずに実行出来るのだから。

 

「オルデンドルフ師よ、貴方の言うことは正しかった!」

 

カルロスはかつて恩師から教えられた事を思い出していた。

曰く『これからの戦争は変わる。だが、変わらないものもある』。

『変わる』のは、戦闘のペース。

Nジャマーの登場によって戦争は発展した近代戦争からWW2の時代にまで逆行したが、むしろMSという異色な存在によって、予想外の事態がより多く発生しやすくなった。

対して、『変わらないもの』とは?

先人達が培ってきた知恵と経験から来る鉄則が、この戦場でも生き残っていた。

 

「どんなに高性能な戦艦だろうが……位置取りが甘ければ容易く崩れる!柔らかい下っ腹を容易く敵に見せるな、素人(ヌーブ)共が!」

 

「敵艦隊との距離、残り500!」

 

「───総員、衝撃に備えよ!」

 

幸いにも、敵艦隊と”マウス隊”艦艇に接触は無かった。

後方に遠ざかっていく敵艦隊を見れば、1隻も落とせてはいないが、どれも少なくない損傷を受けており、曳航して貰わなければ乗組員達は生還出来ないだろう。

 

「目標達成!信号弾打ち上げ、『ポイントSにて集結』と!MS隊を収容した後、ただちに現宙域を離脱する!」

 

「了解!」

 

やがて予定ポイントに集結したMS隊を収容し、艦隊は『セフィロト』に向かい急速に進んでいった。

 

「今日の私は運が良い。『一瞬で決着が付く艦隊戦』を知ることが出来たのだから」

 

そう言いながらカルロスは、帽子を被り直した。

奇遇にも、その仕草は、彼の隊長であるユージ・ムラマツの物に似通っていた。




次回で、この話のまとめを行ないます。
更新が遅くなり、誠に申し訳ありませんでした……!
こんな後回し癖がついた作者ですが、これからも『パトリックの野望』を愛読していただけると幸いです。

また今回予定していたクレイビングとエンテのステータス表記ですが、次回に回したいと思います。
申し訳ありません。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。



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第111話「佳境」

前回載せそびれたクレイビングとエンテのステータスです。

クレイビングガンダム(A装備)
移動:9
索敵:C
限界:200%
耐久:180
運動:52
武装変更可能

武装
対艦ライフル:220 命中 80 間接攻撃可能
バルカン砲:50 命中 40
ビームサーベル:180 命中 75

エンテ・セリ・シュルフト(ランクB)
指揮 4 魅力 7
射撃 10(+2) 格闘 14
耐久 4 反応 14(+2)
空間認識能力

得意分野 ・反応
不得意分野 ・耐久(成長しない)

分からない人向けに説明しますと、高性能ヅダと典型的強化人間枠みたいな感じの数値です。


4/30

デブリ帯

 

<本当にあるんだろうな、シュルフト!?>

 

「うっさいわね、管を巻く暇があるなら手を動かしてなさい……はぁっ、ふぅっ」

 

苛立たしげに返答した後に、エンテはヘルメットを脱ぎ捨ててパイロットスーツの胸元をはだけさせる。

 

(なんて、煩わしい……)

 

”マウス隊”と激戦を繰り広げたZAFT艦隊は、増援艦隊と合流を果たしていた。

今は、最後の”マウス隊”奇襲によって損傷した艦艇の修理、あるいは自力航行が不可能な艦艇の牽引準備の最中である。

本来は消耗した”マウス隊”にトドメを刺すために控えていた増援艦隊だが、自力で動けない同胞を見捨てることは出来ず、追撃も断念されたのだった。

狙ってこの事態を引き起こしたのなら、敵の指揮官は中々の()()()と言えるだろう。

 

「さすが、”マウス隊”、ってところかしらね……」

 

周辺警戒のために未だに“クレイビング”に搭乗して周辺警戒に当たっているエンテは、見る者が居れば誰もが()()と理解出来るほどに消耗しきっていた。

これは戦闘の疲れもあるが、彼女の体質が大いに関係していた。

 

彼女の身体能力は平均的なコーディネイターを軽々と上回る。

素早い身のこなし、華奢な体躯に似合わない怪力、そして空間認識能力。

これらの能力の代償、それは「体温調節機能の障害」。

彼女は頻繁にパイロットスーツを着て回るが、それはパイロットスーツに内蔵された体温調節機能をアテにしてのものだ。

先の戦闘でも、彼女は自分の体がいつ異常体温を発してしまうか不安を抱えながら戦っていたのだ。

 

「まぁ……さっきので、実戦での連続戦闘時間も、測れた……と、思えば」

 

愛用の鉄扇を取り出して仰ぎ出すエンテ。

MS戦では初めての緊迫した戦闘に、彼女はたしかに昂ぶっていた。

───闇の中を進んできた彼女の人生。その中で、戦いだけは虚しさを忘れさせてくれた。

死ぬならば、血湧き肉躍る戦いの中で、無慈悲に。

その時の為にも、この経験を次に活かそうと彼女が決意していた時、新たに通信が届く。

 

<シュルフト、あったぞ。たしかに()()()M()S()()()()()

 

「だーから、言ったでしょうが……回収よろしく」

 

エンテは増援艦隊が到着してから、そのMS隊にある物を探させていた。

それは、先の戦闘で切り落とした”ヒドゥンフレーム”の左腕。

普段はガードコートで覆い隠されている”ヒドゥンフレーム”だが、エンテとの戦いでは機体の隠匿を考える余裕などなく、ガードコートを解除しての近接戦も行なわれた。

そしてエンテは、その時に目にした『オーブの機体である”アストレイ”』のシルエットを見逃さなかった。

明らかに連合の機密であるその機体の左腕を確保したという戦果があれば、少なくともこの戦いにおいてエンテが責任を押しつけられることはない。

 

(あの機体……”ブリッツ”だっけ?の、ミラージュコロイド・ステルスを見抜いた時点で仕事はしてるんだけど……。あたしも余計なものに足を取られたくないのよね)

 

 

 

 

 

5/2

『セフィロト』 会議室

 

「なるほど……新型EMP兵器、そしてZAFTの『ガンダム』か……」

 

「はい。私は『ガンダム』の方は直接見ていませんが、交戦したセシル・ノマ少尉の証言によれば、純粋な性能では現行のGシリーズを上回り、開発中の後期型と同等以上だろうとのことです」

 

ユージの前に座るハルバートンは、渋面を浮かべた。

『セフィロト』に無事帰還したユージは1日の時間を置いて、滞在していたハルバートンに先の戦いの報告を行なっていた。

敵の新兵器(グングニール)の存在を始めとする情報を持ち帰り、10を超える敵機を撃墜した”マウス隊”だが、それを手放しで喜べるほど彼らは呑気ではなかった。

無事に逃げられても、将来的な問題は残ったままだからだ。

 

「EMPの方は全軍に周知して対策を講じるとして、敵新型MSの存在が気に掛かる。数では圧倒しているとはいえ、万が一『ガンダム』を量産などされては友軍に多大な被害が生まれるだろう」

 

「彼らの生産力でそれが可能でしょうか?」

 

「分からん。だが戦争は常に予想を超えていくものだ。ほんの3年前まで、誰がMSなどという人型兵器が戦場の主役になるなど想像出来た?」

 

「……仰るとおりです」

 

つまり、「常に最悪の想定をし続けろ」ということをハルバートンは言いたいのだ。

しかし、ユージはあの機体───”クレイビング”については量産の可能性は少ないだろうと踏んでいた。

 

(あんな”ヅダ”と”ケンプファー”を足して割らないみたいな機体を量産する奴がいてたまるか)

 

ユージの『眼』は、たしかに”ヒドゥンフレーム”が記録していた敵機の姿から、パイロットを含めてのステータスを捉えていた。

PS装甲が無いだけならともかく、素の耐久力で”デュエル”の半分近くなどという機体は危なっかしくて下手に使えない。

それを十全に扱えるパイロットが乗っていたからこそセシルは苦戦したのだとユージは結論づけた。

だが、ZAFTが()()()()()()『ガンダム』を作ったという事実が問題なのだ。

 

(もう”Xアストレイ”……いや、”ドレッドノート”は完成してるんだろうな。つまり……連中は核の力を取り戻したと見るべき)

 

ニュートロンジャマーキャンセラー。核分裂反応を封じるNジャマーに、唯一抗う手段。

───その気になれば、ZAFTはいつでも保有する核を兵器として振るえるようになってしまった。

『血のバレンタイン』でプラント国民に核への忌避感が根付いていなければ、躊躇わずにその力が振われていただろうと考えれば、ユージは身震いを禁じ得なかった。

 

「それで、話は変わるが……君達が今進めている計画の方はどうかね?」

 

ハルバートンが言っているのは、”マウス隊”技術者達が立案した『CG計画』と、『RX計画』のことだ。

『CG計画』は多数の実験的機構を搭載した、いわゆる技術実証計画としての面が強い。

『RX計画』はそれに対し、今ある技術を用いて限界まで性能を引き上げた機体を作り出すものだ。

どちらも極めて強力なMSを作り出すという目的には違いないのだが、共通する問題を抱えてもいた。

 

「機体フレーム自体はほぼ完成しています、が……」

 

「やはり、()()が問題かね?」

 

ユージは重々しく頷いた。

現在の完成度はどの機体も80%ほどと完成は間近、の筈が、想定しているスペックを発揮するためには、どうしても現在のバッテリー技術では不満が出てしまうのだ。

それこそ、核動力でもなければ5分も保たず木偶の坊と化してしまうだろう。

 

「その一点さえクリア出来れば、すぐにでも完成する筈なのですが……」

 

「流石の”マウス隊”でも、難しいものはあるか……」

 

溜息を吐くハルバートン。

この計画を続けさせるか、それとも中断させるかを彼は迷っていた。

”マウス隊”の能力については最早疑う余地は無い。性格はともかく優秀な技術者やパイロットの集まった部隊だ。

しかし、それはそれとしてこの戦争に投入出来るかどうか定かではない代物を研究させ続けることも問題となる。

少しだけ逡巡した後に、ハルバートンは決断した。

 

「完成出来れば、ZAFTの『ガンダム』に対抗出来るかね?」

 

()()()()()

 

「───分かった。予算は減らさせてもらうが、計画を続行してくれたまえ」

 

MSに対する最適な対抗手段はMS。大戦初期からMSの脅威を間近で見てきたハルバートンはそのことが身に染みていた。

今、この計画を打ち切るのは悪手でしかない。

 

「了解しました。必ず、ZAFTとの決戦には間に合わせてみせます」

 

「頼む。───それはそれとして、ムラマツ中佐。この後は?」

 

「本日はこれから、先日の一件に関する報告書の作成に取りかかる予定ですが」

 

「休みたまえ」

 

「しかしまだ仕事が……」

 

「いいから休みたまえ。まだ高G負荷によるダメージが回復仕切っていないのだろう?」

 

ハルバートンは、職務に対して実直かつ、あの癖の塊のような隊員を纏めているユージ・ムラマツという士官を高く評価している。

だからこそ、若干ながら足取りがフラフラとしている彼をそのまま働かせるようなことは出来なかった。

今彼が倒れたら、いったい誰があの癖の塊のような技術者達を纏められるというのか。

ハルバートンの意図を表情から読み取ったのか、ユージは渋々といった様子で了承した。

 

(休ませられる内に、休ませておかねばな……)

 

ハルバートンは手元のパソコンに映った画像……近々予定されている、()()()()()の資料に視線を移し、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

「分かりました、この後は休息に専念させてもらいます。ただ……」

 

「む?」

 

「───1つだけ、早急に解決せねばならない仕事があるのです」

 

 

 

 

 

『セフィロト』居住区

 

目的の部屋の前に立ったユージは一度だけ深呼吸をし、入り口の横のパネルを操作した。

 

<どうぞ、入ってくれたまえ>

 

「……失礼する」

 

入室した先で椅子に座っていたのは、アグネス・T・パレルカ。

『三月禍戦』の後に”マウス隊”に配属された女性研究員である彼女は、椅子の肘掛けに両手を預けた体勢でユージを迎える。

 

「おや、隊長じゃないか。どうかしたかい?」

 

「ああ。実は、今日と明日で休みを取る事が決まってな。その前に一仕事片付けておこうと」

 

「仕事熱心は良いことだが、働き過ぎじゃないかな?まあ、深くは言わないけども」

 

そう言うとアグネスは椅子から立ち上がり、机の上のティーポットから2つのカップに紅茶を注ぎ込む。

注ぎ終わると片方のカップをユージに差し出した。

 

「どうも」

 

「どういたしまして。だが、その一仕事とやらで何故私のところに来るんだい?それほどの火急の用件となると、私には見当も───」

 

 

 

 

 

「単刀直入に言おう。───()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

ユージの言葉を聞いたアグネスは一瞬だけティーカップを口元に運ぶ手を止め、ユージの顔を真顔で見つめると、溜息を吐いた。

 

「……なんで、私だと?」

 

アグネスは、至極あっさりと、自分が裏切り者であることを明かした。

 

「あっさりと認めるんだな」

 

「ここで言い訳を続けても、時間の浪費だからね。それに……確証があるからこそ懐に銃を隠し、扉の外にもMPを控えさせているんだろう?」

 

アグネスの言うとおりだった。

ユージは懐に拳銃を隠し持っているし、扉の外には完全武装のMP隊が控えている。確信を持っていなければ、ここまでする必要はない。

穏やかな様子で自白したアグネスに、ユージは複雑な表情を浮かべながら説明を始める。

 

「まず最初から説明していこう。先日の戦闘でZAFT側の動きに不自然なところがいくつもあった。

”ブリッツ”による奇襲が実行前に見破られたこと、そして新型EMPが投入されたこと……おかしいだろう。

まるで、あの日、あの時、あの場所で”ブリッツ”の実戦試験をやると分かっていたかのような行動だ。

もしも俺がZAFTの指揮官だったとしたら、何らかの確証がなければ連合軍に新兵器を晒すようなことはしない。

新兵器を晒すデメリットを鑑みても投入するメリットがあるなら、話は別だがな。必然、情報の流出は疑われる」

 

「まあ、妥当だね」

 

「次に、ナチュラルであるかコーディネイターであるかだな。敵は完全にZAFTの部隊だった。情報を売った人間がナチュラルだとは考えづらい。

コーディネイターならともかく、ナチュラルのスパイを作戦の後まで生かしておく理由が無いだろうからな。

そして、その事に気づけないマヌケが、”マウス隊”に来れるわけが無い」

 

うんうん、と頷きながら紅茶を飲むアグネス。

その姿からは、この後自分がどうなるかを想像出来ているとは思えなかった。

だが、ユージには分かった。短い期間ではあったが、彼女も大切な部下だった故に。

アグネスは、全てを悟った上で平静でいるのだ。

 

「あとは芋づる式に、コーディネイターかつ”ブリッツ”の情報に触れられる人間を調べていけば……結果は、ご覧の通りだ。

不自然なデータのやり取り、経歴詐称の発見……。調査部は優秀だったよ。

まさかとは思ったさ。『三月禍戦』の後にも大規模内部捜査があったというのに、それを掻い潜っていたスパイが、よりにもよって”マウス隊”の中に紛れ込んでいるんだからな」

 

「あの時はヒヤヒヤしたよ。なにせ、スパイである私にも事前通告が無かったんだからね。せっかく目論見通り”マウス隊”への配属が決まったのに、台無しにされるところだった」

 

「……やはり、ZAFTで間違い無いのか」

 

「まぁね。ZAFT軍第5諜報部隊実働調査員№4、コードネーム『may』。それが私のZAFTにおける肩書きさ。ちなみに本職は薬剤師だ」

 

「……そうか」

 

ユージがポケットの中に手を入れて何かを操作すると、すぐさま部屋のドアが開いて数名のMPが入ってくる。

アグネスは特に抵抗する素振りを見せず、立ち上がるとすんなり後ろ手に手錠を掛けられた。

そのまま部屋から出て行こうとするアグネスとMP達を、ユージは呼び止めた。

 

「1つだけ聞かせてくれアグネス。先日の戦い、出撃する前の私に栄養剤を渡したな?『最後まで意識を保っていられるように』と。何故、仕込まなかった?」

 

ユージは”エグザス・アサルト”で出撃する前に、アグネスから手製の栄養剤を受け取り、摂取していた。

そのおかげもあってユージは意識を朦朧とさせつつもアイザック達を連れて帰還することに成功したのだが、今考えれば不自然極まりない。

ユージの言うとおり、その時点で栄養剤に毒でも仕込んでおけば”マウス隊”には万に一つの勝機も無くなっていたのだから。

 

「そうだねぇ……気まぐれ、かな?99.9%勝敗が決しているのだから、どうなるか最後に試してみたかった、とか」

 

「お気に召す結果だったかな?」

 

「勿論。薬剤師冥利に尽きる結果だったよ。それと、私からも1つ。……君達との日々は楽しかったよ」

 

その言葉を最後にアグネスはMPに連れられ、何処かへ消えていった。

主を失った部屋の中で、ユージは渡されたティーカップを口元に運ぶ。

紅茶は、温くもなければ冷めてもいない、なんとも中途半端なものだった。

 

「……淹れたての間に、飲んでおけば良かったな」

 

 

 

 

 

5/4 

『セフィロト』”マウス隊”オフィス

 

「───と、いうことがあったんだよ」

 

「まさかこの部隊にスパイが紛れ込んでたなんてな……諜報部はどうなってんだ、諜報部は!」

 

「ワッカさんもそうだそうだと言っているようななんですがが?ほら見たことかいきなりスパイの卑劣な行動が終わってしまっていたログは確保したからな逃げられない」

 

「……で、そのアグネス・T・パレルカさんがなんでこの場に平然といるのか教えていただいてもいいかな?」

 

2日後の”マウス隊”オフィスには、平然とした様子でアグネス・T・パレルカの姿があった。

愉快そうに自分が逮捕された時の様子を語るアグネスに、ユージは眉をひくつかせる。

 

「ふふ、そんなこと……私が持っていたZAFTの機密情報と、『少々の』金銭を取引材料に保釈されたに決まっているじゃないか」

 

『最低なんだコイツ!』

 

「はーっはっはっは!リスクケアくらい考えているとも!」

 

アグネスは元々自分が本国で冷遇、まではいかなくとも窓際族のような扱いを受けていたと語った。

遺伝子操作によって生まれた時から病気への高い対抗力を有するコーディネイターにとって薬物や薬剤師の需要は少なく、それを積極的に研究する彼女は異端そのものだったのだ。

扱いも悪ければ、研究設備もイマイチ。アグネスがナチュラルの多い国家への移住を試みるのは時間の問題だった。

 

「そんな時、スパイをやらないかというお達しがあってねぇ。実態は体の良い厄介払いだったのだろうが、渡りに船とはこのことだ」

 

現在の『プラント』は入国・脱国の取り締まりが厳しい。そんな中、スパイになれば堂々と脱国して連合圏に潜り込み、薬剤の研究に携われる。

即断したアグネスはZAFTからの申し出を即座に受け入れると同時に、冷遇されて暇だった時期に収集していたZAFTの機密を持ち出し、そして今に至るということだった。

 

「元々今回の一件も、ZAFTへの義理立てで実行したようなものだからね。もしも作戦が成功していたら、それはそれで適当なタイミングで雲隠れしていただろうさ」

 

「帰属意識皆無かよ……」

 

「逆に聞くが、あんな国家擬きに私が帰属意識を持つと思うかい?」

 

堂々と胸を張るアグネスに、ユージは呆れて言葉を無くしてしまった。

2日前のあのやるせなさを返して欲しい。

しかし、ユージには聞かなければならないことがあった。

 

「しかし、よくもまぁ自分で情報売り飛ばした奴らの中に平然と混じっていられるもんだよ……」

 

「それについては言い訳しない。私のやったことは、ハッキリ言って最低だ。人道にもとる」

 

「なら何故……」

 

「私を動かすのはただ1つ。技術者としてのプライド、さ。───見てみたくなってしまったんだよ。君達”マウス隊”の行く末に何が待っているのか」

 

ユージはその言葉から確信を得てしまった。

その赤い瞳の中に、見慣れたものを見つけてしまったのだ。

───飽くなき探究心、”マウス隊”技術者の誰しもが有する狂気の光を。

彼女は、来るべくしてこの場所(マウス隊)に来たのだ。

 

「……どっちにしろ、お前がここにいる時点で上層部は許可を出しているんだろう。今更どうしようもない。というか、お前達はいいのか?」

 

ユージは納得した。だが、他の隊員はどうだろうか。

自分を売り飛ばした相手を再び同僚として見ていけるだろうか。それを無視することは出来ない。

 

「うーん、正直言うとすんなり許しちゃいけないという思いはある」

 

「だろうねぇ。君達が望むなら、殴る蹴るくらいは甘んじて受け入れるよ」

 

両手を広げて無抵抗をアピールするアグネス。

その姿を見た技術者達は円陣を組み、ヒソヒソと話し合い始めた。

 

「どうする?流石に裏切りの前科者を受け入れるには……」

 

「───だが、話を聞く限りだと窮地に陥ったのも彼女のせいだが、隊長を助けたのも彼女だろう?単純に敵だと切って捨てるには……」

 

「むしろ今まで“マウス隊”の中に裏切り者が出なかったことの方が不自然だしなぁ」

 

『たしかに……』

 

「いや、でもなぁ……」

 

大抵のことは笑い飛ばす彼らでも、今回ばかりは簡単に許してはいけないことなのだろう。

数分後、円陣を解いた技術者達を代表してアキラが話し始めた。

 

「アグネス。結論を言うと、お前を今まで通り信頼しきることは出来ない」

 

「うん」

 

「だから、()()()()()。『CG計画』も『RX計画』も、パイロットに掛かる負担は計り知れない機体になってしまった。だからこそ、お前の力は必要だ。───技術者なら、態度よりも実績で示せ。それが、俺達流だろう?」

 

「承知した。そういうことなら、誠心誠意働くとしよう。今度は、最後まできっちりとね」

 

どうやら、技術者達の間では何かしらの納得がされたようだった。

とはいえ、全員がそれを許すというわけでもないだろう。この後、艦艇スタッフやアイザック達と、彼女が謝罪しなければならない人物は大勢いるのだから。

 

「そういえば、監視役みたいなのはいないのか?再犯防止の……」

 

「それは、私です」

 

「うおぁ!?」

 

背後から突如として掛けられた声に、ユージは驚嘆の声を挙げる。

後ろを振り向けばそこには、長い黒髪と金色の眼の若い女性が音も無く立っていた。

 

「この度、アグネス・T・パレルカの監視役として出向してきました。フィー・マンハッタン少尉です。無礼をお許しください、昔から影が薄いと言われるもので」

 

「あ、あぁ、よろしく頼む。……これは?」

 

自己紹介した女性、フィーはユージに何かのリモコンを手渡した。

フィーは同じ物を取り出し、誤作動防止のカバーを開けてスイッチを押し込む。

 

「あばばばべべばべばべばっらっばだだだだっ!?」

 

「ご覧の通り、パレルカ少尉の首輪や腕輪、服装に内蔵された装置から電撃を発するための起動スイッチです。不審な行動を取った場合、躊躇わず押してください」

 

「あー……致死性は?」

 

「ご安心ください。出力は弱と強があり、今のは弱です」

 

ピクピクと泡を吹きながら痙攣して床に倒れるアグネスの姿からは、この装置が処刑装置を兼ね備えていることが察せられた。

 

「これからは私が一挙一投足を見逃さずに彼女を監視いたします。ですので、”第08機械化試験部隊”の皆様は何ら気にせず彼女を使い潰してください」

 

「ふ、フィー君、さすがに、デモンストレー、ションで、ながさな───」

 

「おや、戯れ言が聞こえますね?」

 

「だだだだあら”ら”あだあだだだだだぎおんんンんんぅ!?」

 

「……まぁ、お手柔らかにな」

 

自分の部隊がますますカオスになっていくだろうことを予感し、ユージは溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5/3

『セフィロト』某所にて

 

「失礼します」

 

「……おや、君のような女性がこんな場所に来るとは思わなかったよ。女優か何かと言われた方が納得出来る」

 

「おや、随分と元気がありますね。拷問された後とは思えません」

 

「ふふふ……連合では、貧弱な女性を裸に剥いて縛り付ける殴る蹴る踏みつける、()()のことを拷問と呼ぶのかい?」

 

「……」

 

「ごふっ……分かった、減らず口は止めよう。だから無言で殴りつけるのは止めてくれ……実は、結構キツいんだ」

 

「そうですか。じゃあ後一押しで、その口も割れますかね?精神面でも、物理的にも」

 

「そんなことをされては、私は恥も外聞もかなぐり捨てて泣き叫ぶだろうねぇ。『お願いだから、殺さないでください』と」

 

「その割には冷静なんですね。恐怖で感情が麻痺でもしましたか?」

 

「君にとっては不本意だろうが、そうじゃない。私は先ほどまで叫んでいた筈だよ?───『話の分かる人間さえ連れてくれば洗いざらい話そう』と。そして、それに焦れて君が来た。違うかな?」

 

「どうとでも、ご想像通りに。それで私が貴方の言う『話の分かる人間』だとして、いったい何を話そうというんです?」

 

「勿論、情報さ。私はZAFTの機密情報を持っている。それも、とびっきりのものをね。ああ、それと少しばかりの()()()も差しだそうじゃないか。ここに来る前に流した情報の対価として貯めていたものだが、ヒト1人解放するには十分な額だと思うよ」

 

「……我々がその要求を受け入れたとして、貴方は何を望むのです?」

 

「勿論自由……と言いたいところだが、少し違うな。───私を“マウス隊”へ戻してくれ。やり残した仕事がある。勿論、好きなように監視してくれて構わない」

 

「理解出来ませんね。裏切った部隊に戻りたがるなど、”マウス隊”のメンバーに袋だたきにされると思うのですが」

 

「技術者の性さ。理解する必要は無いよ」

 

「……いいでしょう。たかが1人の人間、しかも正体の割れたスパイなどどうとでも出来ます」

 

「懸命な判断だ。もしも全てが終わった後に君が生きていたとして、私を殺していれば必ず後悔していただろう。『あの時殺さなければ良かった』とね」

 

「そうですか。で、結局あなたは何を話してくれるんです?」

 

「ふふふ、急かさないでくれたまえよ。……ところで、君はなんと言うんだい?」

 

「あー……フィー・マンハッタンと言います」

 

「あからさまに『今考えました』と言わんばかりの名前だねぇ。まあいい、それではフィー君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジェネシス』って、知ってるかい?」




次回から新章です。

それと、途中あるキャラの台詞が誤字してるように思われるかもしれませんが誤字ではありません。
設定通りです。(ブロント語擬き)

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第4章
第112話「新たなる戦場」前編


今回から新章です。

それと前回のあるキャラの描写について物議を醸し出すことがありました。
ひとえに自分の想像力の至らなさが招いた事態でありますので、今後は同じようなことが起こらないように細心の注意を払って執筆を続けていきたいと思います。


4/28

南アフリカ ケープタウン基地 ”アークエンジェル”休憩室

 

「見ろ、ケープタウンだ!」

 

「大きな都市に来るのも久しぶりですね」

 

マイケルの声にその場の全員が誘われて窓から覗いた先には、アフリカ大陸屈指の大都市の町並みが広がっていた。

ベントの言ったように、”アークエンジェル”がこのような大規模都市に寄港するというのは初めての事態だ。

現在、”第31独立遊撃部隊”こと”アークエンジェル隊”はアフリカ大陸での任務を終え、激戦の傷を癒やす整備のためにこのケープタウン基地に寄港した。

本来は大西洋連邦派閥の”アークエンジェル隊”が南アフリカ派閥のこの基地に寄港することは考えづらいことだが、元々”アークエンジェル”隊がアフリカに降りたことが南アフリカ大陸からの要請だったため、気兼ねなく寄港出来るのだ。

 

「この間も食糧補充のために街に寄ったりはしたけど、あの時はキラとヒルダしか降りられなかったからなぁ。今回は羽休めが出来ると良いんだが」

 

「あんたは羽休めする暇があるなら訓練でもしてればいいんじゃないの~?」

 

「そっくりそのまま返すぜ、俺達の中で唯一機体をお釈迦にしたお嬢さん」

 

「それ言ったら戦争でしょうが!」

 

「はいはい落ち着いてください2人共」

 

いつものように喧嘩(じゃれ合い)を始めるマイケルとヒルデガルダ。キラはそれをにこやかに見つめていた。

今でこそこのように安全な場所で気楽にいれるが、彼らはつい2日前まで敵地にいたのだ。

失った物もあるが、こうして顔なじみでくつろげているのは幸運なことに違いない。

 

「あはは……残念ながらそうはいかないと思いますよ?」

 

水をさすように休憩室に入室してきたのは、若年15歳ながら”ストライク”地上運用試験のリーダーを務めるアリア・トラスト。

頭にクエスチョンマークを浮かべたマイケル達に、アリアは隈が浮かんだ顔を苦笑いで歪ませながら話し始めた。

 

「たしかに今日は休暇でお休み出来ますけど、明日からは”アークエンジェル”本体の修理が本格的に始まる予定ですからね……それにMS隊の皆さんも駆り出されることになりました」

 

「えぇ~!?」

 

「なんで俺達が駆り出されるんだよぉ!?」

 

「ケープタウン基地も今は大規模作戦の準備で忙しいんです。自分達で出来る所は自分達でやるってことで」

 

各々嘆くMS隊の面々。

そんな中、アリアはキラに向き直る。

 

「あ、キラさんは明日別行動でお願いします」

 

「え?」

 

「うぇぇぇぇぇぇ?なんでキラ君は別なのよ~?」

 

ヒルデガルダからの問いにアリアは、ふっふっふ、と不適な笑いを返す。

その姿を見たキラは直感した。───絶対めんどくさい奴だ。

 

「勿論、テストパイロットの本願として試作ストライカーのテストに付き合って貰うんですよ!」

 

 

 

 

 

4/29

”アークエンジェル”

 

「結局、キラの奴はアリアと一緒にどっかいっちまって、俺達ゃせっせかMSで修理か……軍人は辛いね」

 

<ボヤボヤ言わない、男の子でしょ!>

 

「ポリコレだー、男女差別だー……」

 

<諦めなよマイケル。ヒルダも慣れない機体に苦戦してるみたいだしさ>

 

<あーん、もうっ!この”ダガー”、なんかペダルとか重くてイライラするー!>

 

翌日、マイケル達は修理が完了したそれぞれの愛機に乗って、”アークエンジェル”の修復作業に参加していた。

ヒルデガルダだけは既に修復不可能なレベルまで機体が大破していたため、負傷したムウと機体をトレードする形で機体を確保することになっている。

しかし、機体の調整がまだムウのものから変更されていないために操縦には一苦労しているようだ。

 

「にしても酷くねーか?場所と道具は貸すから修理は自分達でやれって、薄情だぜ南アフリカの連中」

 

マイケルの言うとおり、現在”アークエンジェル”の修復作業に参加しているのは”アークエンジェル隊”のメンバーがほとんどで、南アフリカの人員は少ない。

これでも南アフリカの仇敵である『砂漠の虎』を倒した部隊なのだから、もう少し配慮してくれてもいいのではないか。

マイケルがぼやいていると、ベントも苦笑しながら返事をした。

 

<仕方ないよ、今は南アフリカも自分達のことで手一杯なんだから。安全な場所で修理と補給が出来るだけマシと思わなきゃ>

 

<あー、そういえばもう少しでナイロビの奪還作戦が始まるんだっけ?>

 

「そりゃ、まぁ自分達の首都を取り返そうってんだから気合いも入るだろうけどよー」

 

”アークエンジェル隊”がいる『南アフリカ統一機構』は、アフリカの南部と東部の国々による統一国家だ。

その首都にはケニア共和国の首都でもあるナイロビが当てられているのだが、現在ナイロビはZAFTによって占領されてしまっている。

『三月禍戦』の折、防衛体制が不十分だったためである。

ZAFTの自作自演と予測されているこの事件によって首都を奪われた南アフリカの兵士達の怒りと、その奪還作戦におけるモチベーションの高さはマイケルにも容易に想像出来た。

 

「……俺達、次はどこ行くんだろうな」

 

<さぁ……いきなりどうしたの?>

 

マイケルがポツリと漏らした言葉にベントが反応する。

珍しく歯切れの悪い調子で、マイケルは話し始めた。

 

「こうやって見れば、”アークエンジェル”ボロボロだろ?」

 

<それはそうでしょ。アフリカに降りてからちゃんとした修理なんてしてなかったんだし>

 

「そうだけど、そうじゃなくてよ……。俺達もこの艦に乗って、何度も死にそうになりながら戦ってきたじゃねーか。次の戦場も、やっぱりまた激戦地なのかな、ってさ」

 

モニターに映る”アークエンジェル”は、弾痕であったり、爆炎にあぶられた焦げ痕だったり、大小様々な損傷を負っている。

”アークエンジェル”でなければ何度も轟沈していたに違いない。

それはつまり、”アークエンジェル”でなければ耐えられない戦いをくぐり抜けてきたということだ。

 

マイケルは、自分がそこまで腕が良いMSパイロットだとは思っていない。

キラやスノウといった勢力でもトップクラスのパイロットに、MSが戦場に姿を現す前から活躍していた歴戦の兵士であるムウは言うに及ばない。流石にあそこまで自分がやれると思うほど自惚れられない。

しかし、訓練課程からの腐れ縁2人にも水をあけられていると、最近感じられてきたのだ。

ベントは以前から評価されていた射撃能力に磨きが掛かってきたし、ヒルデガルダは先日、『深緑の巨狼』を仕留めるという快挙を達成した。

───なら、自分は?

 

「いつか、どこかで、俺も死んじまうのかなってさ……」

 

<マイケル……>

 

これからも”アークエンジェル”で戦っていくとしても、自分(マイケル)はそこで何が出来るのだろうか。

なんてことは無い場面、なんてことはない攻撃で死んでしまうのではないだろうか。

不安をこぼすマイケル。

 

<───人間、いつかは死ぬわよ>

 

ヒルデガルダが言った。

 

<寿命で死ぬかもしれないし、交通事故で死ぬかもしれない。ひょっとしたらイカレたクソ野郎が乱射した銃に撃たれるかもしれない。そんなこと考えて生きてなんかいけないでしょ、考えても疲れるだけよ>

 

「……」

 

<結局、人間は出来る事少ないんだからさ。悩むならせめて後悔しない生き方について考えたら?>

 

ヒルデガルダの言葉は正論だった。

いつ訪れるかも分からない『死』について延々と怯えているよりも、今を大切にするべきという考え方は、彼女が軍に入隊する前からのものだ。

生来からの確固たる考えを持っているヒルデガルダは、だからこそ強い。

 

「そんなもんか……そんなもんだよな……」

 

マイケルは、確固たる考えを持って生きているわけではない。

特に将来やりたいことがあるわけでもなく、軍に入隊したのも、困窮しかけた家を支えるためでしかない。

そんなマイケルには、ヒルデガルダの言葉はいやに眩しく感じられてしまうのだ。

 

<だいたい、マイケルのくせにシリアスに考え過ぎなのよ。いつもはちょっと考えたらすぐに別のこと考え出すのに>

 

「そういうお前は、ちょっと良いこと言ったら調子乗り出すじゃねぇか。そういうとこだぞお前がモテないの」

 

<別に彼氏とか今は欲しくないしー!ていうか、あたしに釣り合う奴がいないだけだしー!>

 

<だったら過剰なリアクションしなければいいのに……>

 

あっという間にいつもの調子を取り戻す3人。

マイケルは自信家というわけではないが、それでも自信を持って言えることがあった。

───自分(マイケル)は、友人には恵まれてる方だ。

 

<ほら、くっちゃべってないで早く修理済ますわよ!そしたらケープタウンの町並みに繰り出すから、付き合いなさい!>

 

「へーへー、付き合えばいいんだろ付き合えば。ったく……」

 

口調とは裏腹に、マイケルの表情は清々しいものだった。

 

「そういえば、()()()()はどうしてるんだろうな?」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”牢屋

 

「我々はー、捕虜に与えられる正当な権利としてー、早急なる食事の用意を希望するー!」

 

「どうせどっかの基地には着いて補給してるんだろー!飯が無いとは言わせねえぞー!」

 

「働き盛り食べ盛りの兵士の腹なめんな、おらー!」

 

MP隊の若い兵士は、額に大きな歪みを作りながら両耳に人差し指を差し込んで音をシャットアウトしようと試みた。

しかし、10人以上の男性の声を封じるには、余りにも無力な抵抗でしかなかった。

 

ここは”アークエンジェル”艦内の牢屋。今この場所には、30人あまりの兵士達が詰め込まれていた。

先日の戦闘で捕虜とされた”バルトフェルド隊”の生き残りである。

しかし、捕虜とされたにも関わらず、兵士達は落ち込むどころか大きな態度で看守に抜擢されたMPに向かって騒ぎ立てていた。

この図太さも、彼らがトップエース部隊であった所以なのだろうか。

 

「うるっせぇな!もう少しで届くから待ってろって言ってるだろうが!」

 

「『もう少し』っていつだよ!何時何分何秒、地球が何度回った時~!?」

 

「ガキかお前らは!」

 

MPが携帯しているアサルトライフルをカチャリと向ければ、先までの喧噪は何処へやら、口笛を吹いたり隣の兵士と世間話を始めたりと(比較的)静かにくつろぎ始めるではないか。

MPは確信した。───おちょくられている、と。

 

「お前ら、よく敵艦の中でそんな態度出来るもんだな……俺でなかったら銃殺されてるかもしれないぞ」

 

「心配すんな。───相手は見てやってる」

 

「ふざけんなよテメエ!?」

 

思わず格子越しにニヤニヤ笑う兵士の襟首を掴もうとするMP。しかし、なんとかその衝動を抑える。

飄々とした態度に騙されて気軽に手を出せば、あっという間にその手を掴まれて返り討ちに遭うだろう。

牢屋のカギ自体はこの場にいない他のMPが持っているので脱走の心配はないが、MPが人質にされてはその限りではない。

この油断の出来ないところは、流石”バルトフェルド隊”と言ったところか。

 

「ちっ……ところで、奥に転がってる『砂漠の虎』さんは何やってんだ?死んだ蝉の真似?」

 

指を差した先には、虚ろな眼でブツブツと何かを呟いている、アンドリュー・バルトフェルドの姿があった。

牢屋に入れられた直後は「何捕まってんだテメエ!」と同じ独房に入れられた部下達にもみくちゃにされていたかと思えば、今度はあのような姿を見せている。

変人達の親玉はやはり変人ということなのだろうか。同じ変人達の親玉でも、以前MPが『セフィロト』で見た”マウス隊”の隊長は疲れ切った眼を見せながら真面目に働いていたものだが。

 

「あー、気にすんな。どうせカフェインが切れただけだろ」

 

「キリマンジャロ……モカ……グアテマラ……」

 

「ほらな?ちなみに、今みたいにコーヒー豆の種類を呟き始めたらレベル2の禁断症状だ。レベル3になったら仏像みてえな顔になるぜ」

 

「あっ、そう……」

 

相当なコーヒー好きだったのだろう。MPもどちらかと言えばコーヒーが好きな方だが、それでも理解しがたいほどには。

 

「……得用コーヒーで良ければ、少しは都合してもいいが」

 

そんな姿を不憫に思ったのか、あるいは自分達を散々に苦しめた強敵の情けない姿を見たくなかったのか、そんなことを口にするMP。

その言葉を聞いた瞬間にバルトフェルドは勢い良く立ち上がり、鉄格子越しに跪く。

 

「自分の力の及ぶ限り、なんでもすると誓おう」

 

「ざけんなこのクソ隊長!戦士の誇りはどうした誇りは!?」

 

「戦士としてのアンドリュー・バルトフェルドは死んだ。───今の僕はコーヒー好きのアンディだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ふざけろ!そんな上司、修正してやる!」

 

「ちくしょう、うるさくなっただけじゃねーか!」

 

早く誰か来てくれ、そして自分を解放してくれ!

そんな悲痛な思いを誰かが聞き届けたのか、自動ドアの入り口が開く。

 

「おつか───なんだこの状況は?」

 

「俺が聞きたいですよ……」

 

入室してきたのは、元からいたMPの先輩だった。

彼は牢屋の中で発生している取っ組み合いに困惑しつつ、トレーに乗せていた袋を手に取る。

 

「よく分からんが、こいつらの飯持ってきたぞ」

 

それを聞き、取っ組み合いに参加していたZAFT兵やそれを観戦していたZAFT兵士達がやいのやいのと騒ぎ始める。

敵地であろうともこの自由さを保てることは尊敬するべきなのかそうでないのか、MP達には判別が付かなかった。

MP達が辟易としていると、ZAFT兵達が入っているのとは別の牢屋の中から声が掛けられる。

 

「あっ、今日のご飯来た?ちょうどお腹減ってきてたのよね」

 

スミレ・ヒラサカ。『深緑の巨狼』と呼ばれたZAFTのエースであり、捕虜となった兵士達の紅一点だ。

彼女の入っている牢屋には彼女1人が入っており、彼女は実に伸び伸びとした様子で捕虜生活を送っている。

 

「ちくしょう、広々とした独房で伸び伸び過ごしやがって。ずりーぞスミレ!」

 

「おーほほほ、ごめん遊ばせ~?で、今日のご飯は?」

 

「……ケバブだよ」

 

ガサガサと袋からケバブの包まれた紙を取り出す先輩MP。

このケバブは以前補給に訪れた街で購入した食材を使って作られたものだ。

古くなった食材から使うのは古来からの常識である。

 

「ケバブ~?あたし達、ケバブにはうるさいわよ~?」

 

「文句あるなら食わなくてもいいぞ」

 

「冗談、冗談よ。で、ソースは?」

 

「喜べ、チリソースとヨーグルトソースの2種類選べるぞ」

 

「!……へぇ」

 

その言葉を聞いたスミレは何故か隣の牢屋に視線を移す。ドネルケバブのソースに何か含みでもあるのだろうか。

鉄格子の一部を開き、注意深く中にドネルケバブと飲料を入れてゆく。

軍用の得用コーヒーをまるで天からの恵みのように恍惚とした表情で受け取るバルトフェルドに若干引きつつも、2人は食事を配り終える。

 

「隊長、ソース何にします?たぶん人数分ありますけど」

 

「ばっかお前、隊長はヨーグルトソースなんて常識───」

 

「……いや、チリソースを貰えるかな?」

 

『なにぃ!?』

 

ZAFT兵達の間でざわめきが広がっていく。

このアンドリュー・バルトフェルドという男、コーヒーもそうだが食全般に関する拘りが強いのである。

そんな男が普段と趣向を変えることを疑問に思ったのだろう。カフェイン不足の後遺症か何かを疑われるバルトフェルド。

 

「隊長、正気か!?」

 

「カフェインが足りていなかったせいで……くっ!」

 

「ケバブに何のソース掛けるかで正気を疑われるのは僕くらいかな……ちょっとした気まぐれだよ」

 

苦笑いしつつもバルトフェルドは受け取ったケバブにチリソースを掛け、かぶりつく。

モグモグと咀嚼しているバルトフェルドにスミレが声を掛ける。

 

「チリソースのお味はいかがー、隊長?」

 

「……偶には、いいんじゃない?」

 

そのやり取りの意味を知るのは、この場に2人だけだった。

 

 

 

 

 

ケープタウン基地 第4格納庫

 

「あっ、キラさーん!こっちですー!」

 

一方その頃、キラは”アークエンジェル”を離れて基地の格納庫の前までやってきていた。

既に“ストライク”は”アークエンジェル”から搬出され、格納庫の中で試作ストライカーを装備した状態で待機しているという。

 

「アリア、試験はここで?」

 

「はい。”ストライク”の調整は既に終わってるので、後は実際に動かしてみせるだけですよ」

 

そう言ってアリアはキラに試作ストライカーの説明書を手渡す。

そこに書いてある内容を見たキラは、僅かに目を見開いた。

そのストライカーは、これまでとは根本的に異なる代物だったからだ。

 

「水中戦闘用のストライカー?いや、まあ、理解出来ないわけじゃないけど……なんで?」

 

「ま、そこについては移動しながら説明しましょう」

 

キラが疑問に感じたのは、「既に”ポセイドン”が存在するのに、わざわざ水中用ストライカーを作る意味があるのか?」という点だ。

”ポセイドン”は”デュエル”をベースとして開発された水中戦用MSであり、GATシリーズとしての高い基本性能を有する傑作機として評価されている。

多少コストはかさむという弱点があるが、旧式化した”メビウス”を水中戦用に改修した”メビウスフィッシュ”とのハイローミックス*1によって補うことで、ZAFT水中部隊と渡り合っているこの機体で十分ではないのだろうか。

 

「それはその通りです。正直にいうと、このストライカーは大量生産するような物ではありません」

 

アリアの説明によれば、このストライカーは”アークエンジェル”級で運用するからこそ活きる装備とのことだった。

”アークエンジェル”級はその万能性と特異生により、単艦による任務が多くなる。

そうなれば運用出来るMSの数は”アークエンジェル”に搭載出来るだけに限られてしまい、その内の1機を水中戦用の”ポセイドン”で埋めてしまうのは余りにも無駄が多い。

 

「単艦で出来ることが多い”アークエンジェル”だからこそ、その搭載MSにも万能性が求められる、ということですよ」

 

「なるほど……」

 

「っと、着きましたよ」

 

アリアの視線に釣られて目を向けた方向には、説明書で見た通りの姿の”ストライク”が屹立していた。

 

「これが、試作ストライカーであるアクアストライカーを装備した、”アクアストライク”です」

 

”アクアストライク”は、これまでのストライカーの中ではもっとも『全身を使った装備』だった。

背中のコネクターには水中を快足で進むための水中ジェットが接続されている。しかし、それだけに留まらず四肢にも何らかの装置が搭載されているのが分かった。

 

「四肢のそれがスケイル・システムですね。魚の(スケイル)に見立てた機器を操作して推力を発生させるものです。オーブから流れてきた技術ですよ」

 

「他国の技術使っていいの……?」

 

「今更ですよ。……ぶっちゃけると、オーブもGATシリーズ開発に協力する時、いくつかこっちから技術盗ってますから。”M1アストレイ”、ご存じでしょう?」

 

アリアの言葉を聞いて、キラは若干母国に対して呆れを抱いた。

現在の世界情勢で中立を貫くのには多少は後ろ暗いことも必要なのだろうが、そんな調子でいるから『ヘリオポリス』が襲撃されたのではないだろうかと思わざるを得ない。

なお、実際には一部氏族の独断に基づいていたり、ハルバートンを疎んだ上層部の当てつけ混じりで『ヘリオポリス』が選ばれたり、代表首長が胃を痛めながら責任を取って辞任したりなど混沌とした背景があるのだが、それをキラが知る由は無かった。

 

「基本性能は”ポセイドン”と同等ですが、あくまでカタログスペックでの話です。キラさんにはこれより、水中で実働試験を行なってもらってから、インターバルを挟んだ後に”ポセイドン”との()()()を行なってもらいます」

 

「模擬戦?」

 

キラが驚きを示したのは、これまでのストライカーの試験は大体が慣し運転の後に実戦試験に移行していたからだ。

ZAFT領での攪乱という”アークエンジェル隊”の任務との兼ね合いもあったためだが、それにしても珍しいことだとキラは思う。

 

「はい。やはり、いくらキラさんでも水中戦の経験はありませんからね。いつもよりは念入りに、というわけです」

 

「いつもは実戦で使いながら調整しろとか無茶振りしてくるもんね」

 

「出来てるでしょう?」

 

どうやら、これからも彼女(アリア)の無茶振りは続いていくようだと察したキラは苦笑いを浮かべた。

すると突然背後から何者かに飛びつかれる。

 

「なになになに、ひょっとしてこの子がこの機体のパイロット?」

 

「えっ、若っ!ちょっと君何歳?お姉さんに教えてみなさい」

 

「……はぁ」

 

何事かと後ろを見ると、金髪をポニーテールに纏めた女性と青いメッシュを入れた短い黒髪の女性が自分の体をペタペタと触っているのが分かった。

彼女達から若干距離を置いて、長い黒髪の女性が呆れた眼で見つめているが、その反応から察するに、彼女達の行動はよくあることなのだろう。

そして、彼女達は全員、連合軍女性士官の制服を身に纏っていた。

 

「えと、貴方達は……」

 

「ああ、お待ちしていました。”マーメイズ”の皆さんですよね?」

 

「おっと、こっちも可愛いお嬢さんが。貴方がアリア・トラスト少尉?」

 

「はい。キラさん、この方々は───」

 

「───大西洋連邦管轄”第1海戦小隊”、通称”マーメイズ”。あんたの模擬戦相手を務めるのは、あたし達さ」

 

ツカツカと1人の女性が歩いてくる。

襟元に着いた階級章は中尉のものであり、それを見たキラは敬礼を行なう。

 

「”第31独立遊撃部隊”所属、キラ・ヤマト少尉です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「整った敬礼じゃないか、嫌いじゃないよ。───ジェーン・ヒューストン中尉だ。『白鯨』なんて呼ばれてる。よろしく頼むよ」

*1
高額高性能な兵器と低額低性能な兵器を組み合わせて戦力を構成する構想




2週間ぶりの更新、お待たせして申し訳ありませんでした。
ここからしばらく、またキラ達の物語に戻ります。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。



P.S 今回やろうとして出来なかったネタ

マイケル「ところで、なんかこのMS用工具ゴツくないか?」

ベント「組み替えたら実体剣になりそうですよね……」

ヒルダ「『カレトブルッフ』とかいう名前だし、確信犯でしょ」



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第113話「新たなる戦場」後編

4/29

ケープタウン基地司令部 司令室

 

「入りたまえ」

 

『失礼します』

 

その部屋のドアがノックされたのを聞きつけ、部屋の主が入室を促す。

年老いた、深みのある目の老人を先頭に3人の男女が入室してくる。

 

「”第31独立遊撃部隊”隊長の、ヘンリー・ミヤムラ大佐です」

 

「同じく、”アークエンジェル”艦長を務めるマリュー・ラミアス少佐です」

 

「副艦長のナタル・バジルール中尉です」

 

「うむ、よく来てくれた。この基地の司令を務めるブリット・ニエレレ中将だ」

 

ブリットが差し出した手を、ミヤムラがしっかりと掴んだ。

 

(とっくに引退した船乗りと聞いていたが……さび付いてはいないと見た)

 

現在、ミヤムラ達”第31独立遊撃部隊”の面々は、次の作戦についての会議を行なうためにこの部屋に訪れていた。

本来はMS隊の隊長であるムウもこの場にいるべきなのだが、怪我人を歩き回らせるわけにもいかないと拘束(ドクターストップ)が掛かっていたためにいない。

 

「お会いできて光栄です、ニエレレ中将。第2次ビクトリア攻防戦における活躍は聞き及んでおります」

 

「ふっ、皮肉かね?10万人を超えるあの戦いを命からがら逃げ延びてきただけだというのに」

 

「ええ、基地の防衛戦に参加していた兵士達の多くと共に逃げ延び、被害を抑えることに成功したと」

 

「あれは、運が良かっただけだ。偶々持っていたカードをヤケクソに切ったら意外なほどに活躍を……いかんな、本題はそうではないと言うのに」

 

「歳を取るのは嫌なものですな」

 

「まったくだ」

 

ハッハッハ、と笑う2人。

しかし、ミヤムラの後ろに立ってその様子を見つめるマリューとナタルの精神は緊張しきっていた。

この南アフリカの地では、いかに同じ地球連合軍といえども”アークエンジェル”は外様だ。

下手に機嫌を損ねて対応を変えられるのは非常に困る。

そんな2人の緊張を見て取ったのか、ブリットは2人に苦笑を向ける。

 

「そっちの2人も、そう緊張することはない。派閥の違いに一々ピリピリする性格ではないし、何より『砂漠の虎』を撃破した英雄を不当に扱ったりはせんよ」

 

「は、ご厚意に感謝します」

 

「立ったままではますます落ち着けないだろう。向こうの中会議室に準備をさせてある、そちらで、紅茶でも飲みながらじっくりと会議といこうじゃないか」

 

 

 

 

 

「ふむ、質の良いアッサムですな。今の情勢で手に入れるのは難しいでしょうに……」

 

「分かるかね?」

 

「ええ、引退してしばらく、凝っていたことがありましてな」

 

場所を中会議室に移し、1つの長机を挟んで紅茶を楽しむ面々。

緊張で最初は味が良く分からなかったマリューとナタルも、アッサムティーの特徴である芳しい香りを嗅いだことで若干リラックスしていた。

ブリットはそんな2人を微笑ましく見つめる。

 

(まだ若いな。だが、彼らの力は本物だ)

 

これまで幾度となく自分達を苦しめてきた『砂漠の虎』を撃破し、あまつ拘束までしてみせた彼らの力があれば、この作戦も成功出来る。

ティーカップをテーブルに置き、ブリットは口を開いた。

 

「さて、一息ついたところで本題に入ろうではないか」

 

壁に備え付けられたモニターに世界地図が写り、その一点が拡大して表示される。

そこは、インド洋だった。

太平洋と大西洋に並ぶ3海洋であり、現在はZAFTが大部分を支配するこの海域の中心にその島はある。

 

「ディエゴガルシア島……インド洋の要衝だ。この島の基地の攻略作戦が1週間後に予定されている」

 

「そこに我々も参加する、ということでしたな」

 

「そうだ。既に第8艦隊のハルバートン少将から承認は得ている」

 

ブリットの話によると、南アフリカの連合軍はナイロビ奪還作戦のために準備を進めているが、それにはあと1つ、必要なことがあった。

それは、ユーラシア大陸からの補給線確保だ。

地球連合軍に参加している国々の中でも、南アフリカ統一機構はユーラシア連合との関わりが深い。ビクトリア基地も、この2勢力が共同で建設・管理していたものだ。

また、ナイロビの奪還作戦に参加している軍人もユーラシア大陸からの参加者が多い。

───だからこそ、補給線の確保がしたいのだ。

 

「MSに戦車、戦闘機に爆撃機、長距離攻撃装備……攻撃を実行するには十分な戦力だが、補給が滞れば無敵の軍隊も木偶の坊だ。そして、C.E(コズミック・イラ)にあってなお、もっとも多くの物資を運ぶ方法は海上運輸なのだ」

 

「そして、ユーラシアから輸送を行なうにはどうしてもディエゴガルシア島が邪魔になる……ということですか」

 

「そういうことだ。インド洋の中心に位置するこの島を落とせば、インド洋のパワーバランスは一気に崩れる」

 

作戦の重要性を力説するブリット。

たしかに重要な作戦だ。ディエゴガルシア島が落ちればユーラシアからの海輸が可能となり、後のビクトリア基地奪還戦でもその補給線は有効に働くだろう。

また、ZAFTと同盟関係にあるオセアニアにも、ディエゴガルシア島を基軸として攻め込むことが可能となる。

確保した側に大きく戦局が傾くことから、「インド洋のハワイ*1」と評する者もいるほどだ。

 

「なるほど、作戦の重要性は分かりました。しかし、”アークエンジェル”がその作戦に参加しても、さして働けることは少ないように思えますが……」

 

「いいや、”アークエンジェル”には他に担うことの出来ない重要な役割を担って貰いたいのだ」

 

「と、言いますと?」

 

「……囮、だ」

 

ミヤムラの眉が僅かに動いたのをブリットは見逃さなかった。

囮になれ、と言われて気分の良い人間はいないだろう。現に、マリューとナタルは驚きで目を開いている。

勿論命令であればやるだろうが、士気は落ちるのは避けられない。

 

「勘違いしてもらいたくないのだが、囮と言っても使い潰すようなことをするわけではない。そもそも、そんなことをすればハルバートン少将を敵に回すことになる」

 

ブリットの理屈はこうだった。

”アークエンジェル”は現状で唯一、大気圏内を飛行可能な戦闘艦だ。多彩な攻撃オプションを備えており、対地攻撃力も十分にある。

加えて、ZAFTの英雄たる『砂漠の虎』を撃破したという実績も持つ。───確実に、敵の注意を引くことが出来る。

 

「”アークエンジェル”に航空戦力が引き寄せられれば、その隙に海上艦がディエゴガルシア島に接近し、砲撃を叩き込むことが出来るのだ。勿論、”アークエンジェル”には南アフリカの威信に掛けて十分な戦力を護衛に付ける」

 

「なるほど、たしかにZAFTからすれば”アークエンジェル”を無視する道理などありませんな。しかし、万が一こちらの意図に気付いて敵が海上艦に狙いを定めれば?」

 

「その時は、”アークエンジェル”が基地に攻撃を加えればいい」

 

たしかに、”アークエンジェル”の能力ならば十分に可能だ。

空と海、両方の敵を処理出来なければ基地の陥落は免れない。数で劣るZAFTからすれば相手にしたくない戦法だろう。

だが、その戦法には1つ欠点がある。

海面下からの攻撃をどう対処するか、という点だ。

 

「ならば、あとの問題は水中MS部隊ですが……当てはあるのですか?」

 

「勿論だ。”ポセイドン”12機、“メビウスフィッシュ”64機を揃えた。加えて”マーメイズ”も駆り出した」

 

「”マーメイズ”……部隊の全員が女性で構成された、水中戦のプロフェッショナルですか」

 

「知っているのかね、ラミアス少佐」

 

「はい、噂には……」

 

最近になって軍に復帰したミヤムラは預かり知らぬことだが、”マーメイズ”は連合内ではそれなりに有名な部隊だ。

水中戦において多数の敵MSや潜水艦を撃破していることから『海の”マウス隊”』と称えられることもある、と以前にマリューは聞き、同じ女性として僅かながら誇らしく思っていたのだ。

そんな彼女達と同じ作戦に臨めるというのは、たしかな安心感がある。

 

「”アークエンジェル”と”マーメイズ”……これらの戦力に加えて、南アフリカ海軍の全力を挙げて作戦の準備を進めてきた。どうか、力を貸して欲しい」

 

 

 

 

 

4/30

ケープタウン基地 第4格納庫

 

「……そういうわけで、あたし達がここにいるってわけさ」

 

「ははぁ、なるほど……”マーメイズ”が模擬戦相手になってくれると聞いて驚きましたけど、そんな理由があったとは」

 

「まぁね。でも、()()()でも手を抜いたりはしないから安心しな」

 

一方その頃、アリアとジェーンは世間話をしながら”アクアストライク”の稼働試験を行なっていた。

水中カメラが映し出す”アクアストライク”の姿は、何時もの鬼神の如き戦いぶりからは想像出来ないほどに緩慢だったが、それは仕方の無いことである。

 

「キラさーん、初の水中はどんな感じですかー?」

 

<不思議な感覚だ……重力があるからたしかに上下もあるんだけど、宇宙のような定まらないところもある……>

 

「それが海ってもんさ。話は聞いてただろうけど、1週間後にはあんたにも海でドンパチやって貰うことになるんだ、今のうちに慣れときな!」

 

<りょ、了解!>

 

「必要だったらOS弄っちゃっても構いませんよ」

 

戸惑いながらも水中に適応しようと励むキラ。そんなキラを、アリアは信頼を込めた視線で見つめる。

それに気付いたジェーンは、ちょっとした好奇心を持ってアリアに話しかけた。

 

「随分と信頼してるみたいだね。……ひょっとして、()()かい?」

 

小指を立てて見せるジェーンに、アリアは苦笑を返す。

 

「そういうんじゃありませんよ。いや、魅力が無いとかじゃありませんけども」

 

「にしてはやけに熱っぽいじゃないか」

 

「うーん……なんというか、キラさんはヒーローって感じなんですよね」

 

「ヒーロー?……あの坊やが?」

 

「普段はちょっと気弱っていうか、押しが弱い方っていうかなんですけどね」

 

だが、アリアは知っている。

いざ戦いとなれば、キラは誰よりも強く、頼れる存在になるのだ。

最初は上手く戦えなくともすぐに補正し、初めて使う装備にも対応してみせるその能力もさることながら、味方との連携も行なえる器用さも併せ持つ。

アリアにとっては、仲間達から深い信頼を得て、強敵を打ち破るキラはヒーローそのものなのだ。

───自分のような、人殺しの兵器を弄って喜ぶ人でなしと違って。

 

「ま、実際に戦うところを見てない私には何とも言えないか。とはいえ、あの坊やが『砂漠の虎』を倒したってのは間違い無い。流石に無いとは思うが、先に盗られないように気を付けた方がいいかもね」

 

「盗られる、と言うと?」

 

「……『紅海の鯱』さ」

 

『紅海の鯱』マルコ・モラシム。

連合軍における水中のプロフェッショナルが”マーメイズ”なら、彼はZAFT版。

いや、先にその名を馳せたのはモラシムの方が先なのだから、”マーメイズ”の方を連合版『紅海の鯱』と呼ぶべきだろうか。

 

「次の戦い、おそらくZAFT側も察知している筈だ。ハワイも大事だが、インド洋の防衛も大事。───可能性は十分にある」

 

「”アクアストライク”と言えども、”ポセイドン”と大きく性能が変わるわけではありません。流石に、苦戦は避けられないでしょうね」

 

「ふっ、まあ心配しなくても大丈夫さお嬢ちゃん。モラシムが出てきたら私達がやる。譲るつもりはないよ」

 

「勝算は?」

 

「ある。なにせ、こっちには『新型』があるからね」

 

ジェーンは自信に満ちた笑みを見せる。

まだ数度しか乗っていないが、あの機体の性能は“ポセイドン”以上だ。

そしてもう1つ、ジェーンにとって勝算と呼べるものがあった。

 

「それに、向こうは1人だ。『鯱』がどれだけ恐ろしかろうが、『人魚の群れ(マーメイズ)』には敵わないってところを見せてやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、あんたたしか”マウス隊”からの出向って言ってたね?」

 

「はい、それが何か?」

 

「───”ベアーテスター”を作った奴が誰か、知ってるかい?一発キツいの叩き込んでやらないと、あたしの気が収まらないんだが……」

 

「……いやー、ちょっと存じ上げないですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水圧による推定機体負荷を修正……スケイルシステムの動作率上昇……よし、これで」

 

OSの調整を終えたキラは操縦桿を握り、”アクアストライク”を動かす。

先ほどまでの緩慢な動きと違い、伸び伸びとした動きを見せる”アクアストライク”。

 

「スケイルシステム、すごい物なんだな……」

 

”アクアストライク”の四肢に取り付けられたスケイルシステムは、機体が真横にスライド移動することすら可能と出来る。実際にスライド移動を試したキラは感嘆の言葉を漏らした。

コロニー育ちのキラに泳ぎとは縁遠い……と思われるかもしれないが、実はそこまで縁遠いというわけではない。

というよりも、月基地で訓練生活を送っている間に教官であるマモリに叩き込まれたのだが。

 

『泳げない軍人なんぞ木偶の坊以下だ!1週間以内に見れたものに仕上げられなければ私が沈め殺してやるぞ!』

 

あの時ほど、物覚えが良い方で良かったと思ったことは無いとキラは語った。

そのおかげもあってか、泳ぎ方をまるで知らないキラは服を着たまま人並みに泳げるようにはなったのだ。

とはいえ、人とMSでは出来ることが違うのだから初めて経験することも多い。

 

<へぇ、本当に水中初体験?意外と出来てるじゃん>

 

キラが”アクアストライク”の動きを確かめていると、通信回線が開く。

その先には、パイロットスーツに身を包んだ女性の姿があった。

先ほどキラをペタペタと触っていた2人の女性の内、金髪をポニーテールに纏めた方だ。

 

「あっ、どうも……えっと」

 

<エレノア・リングス少尉よ。よろしく>

 

レーダーには起動状態の”ポセイドン”が3機水中にいることが示されていた。

エレノアの機体の両隣の”ポセイドン”からも通信回線が開かれる。

 

<イザベラ・ディスミス少尉だよー。今日から1週間、よろしくー>

 

<……林凜風(リン・リンファ)少尉>

 

<あたし達はリンリンって読んでるよー>

 

おそらく、イザベラが黒髪にメッシュを入れた方で、凜風の方は自分にボディタッチをする他2人を眺めていた方だろうとキラは当たりをつけた。

名前と顔を一致させていると、エレノアがキラに問いかける。

 

<自己紹介も済んだところで……ヤマト君、水中はどんな感じ?>

 

エレノアから尋ねられ、キラは少し考えた後に返答した。

 

「なんていうか、重力のある宇宙っていうか、奇妙な感じですね」

 

<へぇ、宇宙で戦ってたこともあるパイロット特有の感想ね>

 

少し触れただけではあるが、キラからすればそう表現するしかなかった。

宇宙のような機動が行えるが、下へ下へと落ちていく。

まだ水深が浅い場所で動かしているだけだが、実際に動かすとなれば、光の届かない深海に引き込まれていくのだ。

その感覚だけは、実際に戦ってみなければ分からないだろう。

 

<なるほどね……たしかに、飲み込みはいいってわけだ>

 

<これは、教え甲斐ありそうだね>

 

「え?」

 

<話は聞いてるかもしれないけど、君や私達は1週間後にディエゴガルシア島攻略作戦に参加する。それまで、試作装備のテストも兼ねてあたし達が水中戦のイロハを叩き込むってわけよ>

 

たしかに、その話は聞いていた。

初めての水中戦で戦えるかと緊張していたキラだが、”マーメイズ”に教導してもらえるなら少しは和らぐ。

これからの1週間、なんとかして水中戦の技術をモノにしなければならない。

 

<とりあえず、最初は私達の動きを真似るところからやってみようか!>

 

<……頑張って>

 

「───お願いします!」

 

激闘まで、1週間後。

 

 

 

 

 

5/1

”アークエンジェル”通用口

 

「いやー、連合軍の皆さんにはお世話になりまして……」

 

ペコペコと頭を下げるヘク。

言葉や態度とは裏腹に、「さっさとこの場所から離れたい」という意思があるのは、見る人が見れば明らかだった。

『家出した東アジア共和国の名家令嬢を保護するため』として”アークエンジェル”に助けを求めたヘク達だったが、今となってはその判断は完全に間違いだったとしか言えないだろう。

なにせ、『砂漠の虎』率いる部隊というZAFT最精鋭を相手にドンパチした挙げ句に白兵戦にまで持ち込まれ、()()()に至っては殺されかけたのだ。こんなことになるなら、当初の予定通り独力でこのケープタウンを目指すべきだった。

しかし、そんな緊急事態の連続との日々もこれで終わりだ。

 

(このケープタウンからなら民間の航空会社が東アジアまでの便を出している。そこまでいけば適当なタイミングで姿を消して、オーブまで行ける!)

 

このご時世、きちんと機能している国際空港は少ない。

戦争に巻き込まれることを恐れる航空会社は少なくないし、客も戦争を恐れて数を減らしてしまっているからだ。

だが南アフリカの中でも大都市のケープタウンからは、数少ないが機能している国際便が存在する。

何はともあれ、当初の目的地にたどり着くことは出来たのだ。

 

(つつがなく後腐れ無く、迅速にこの場を立ち去り、飛行機に乗る!ミッションコンプリート、おじさんの試練、完!)

 

そんなことを考えていたヘク。

───だからだろうか。複数の黒スーツの男達が、ヘク達を囲むようにじわりじわりと接近し、包囲しつつあることに気付くのが遅れたのは。

気付いた時には、異様な雰囲気の黒服達がヘク達の周りを取り囲んでいた。

 

「えーと……ご用件は?」

 

「いやぁ、申し訳ないねヘク・ドゥリンダ君。ちょっと国に帰るのは待って貰うことになった」

 

黒服達をかき分けて姿を現したミヤムラ。

その表情はいつも通り穏やかなものだったが、その目はまるで笑っていなかった。

最悪の事態が起こりつつあると理性が告げていたが、それでもヘクは必死に取り繕う。

 

「ちょっと何が起こってるのか分からないんですが、保護した民間人を強制拘束なんて軍人のやっていいことじゃないですよね?機密保持のためっていうなら昨日山ほど書類書かされましたし、今更何を言いがかりつけて拘束なんて」

 

「民間人は民間人だが……連合加盟国の、ではないだろう?」

 

ヘクの額を汗が伝う。

しかしヘクは内心の焦りを務めて出さないようにしつつ反論を続ける。

 

「ですから、東アジアの民間人だということは伝えているでしょう?ライセンスだって───」

 

「カガリ・ユラ……()()()

 

ミヤムラの放った言葉……1人の少女の名を聞いた瞬間、ヘクの表情から作り笑いが消えた。ヘク達護衛が守るように囲んでいる少女、由良香雅里……否、カガリ・ユラ・アスハも体をびくりと震わせる。

周囲を探るが、今目に見える範囲以外にも黒服達が控えており、一縷の隙も無い。

 

「由良香雅里さんの、本当の、オーブにおける名前だろう?いやはや、一国の首長一族の娘さんがこんなところまで家出とは、君達も大変だったろう。ああ、そういえば君の本名もドゥリンダではなくヘク・オシ・サトミと言うんだったね?アスハ家専属のボディガードを務める家門の跡取りの名前と一致している気がするな?

それで、まだ何か言い訳が出来るのかな?オーブ防衛空軍の一等空尉、ヘク・オシ・サトミ君?他の者達も、聞いたところによるとオーブの氏族出身らしいじゃないか。1人1人名前を読み上げていってもいいんだが……」

 

「……」

 

もう、どうしようもない。

 

「あっちゃぁ……こりゃ、詰みっすかね?」

 

「おお、なんということだ……この僕の麗しき、そして隠しておくべき名が露見してしまうなど……」

 

「くっ……」

 

「ど、どうしよう……?」

 

「無理だ、こうなってしまってはな……」

 

自分がカガリの救出と護衛のために引き連れてきた兵士達……オーブの下級氏族の面々も諦めの声を漏らす。

彼らも軍人だ。───もう手遅れということくらいは理解出来ていた。

 

「まさかとは思うが……()西()()()()()()()()を、こんな雑な偽装で欺けると思ったのかね?」

 

大西洋連邦とは、『再構築戦争』の後に当時のアメリカ合衆国とイギリスが中心になって生まれた連邦国家だ。

それはつまり、両国の保有する諜報機関が曲がりなりにも1つにまとまるということ。

───CIA(中央情報局)MI6(秘密情報部)、世界最強の諜報機関2つを、大西洋連邦は保有しているのだ。

少しでも違和感を持たれた時点で、既に敗北していたということである。

 

遠い目で、ヘクは空を見上げる。

憎たらしいほど快晴の空に、血を吐きながら疲れ切った顔で笑みを浮かべる今回の依頼主……ウズミ・ナラ・アスハの顔が浮かんで見えた。

きっとこのことを知ったら彼は更に胃を痛めることになるだろう。

 

「申し訳ありません、ウズミ様……任務、失敗です……」

*1
「パトリックの野望」世界でハワイは様々な拠点にアクセス出来る要衝となっている




次回、ディエゴガルシア島攻略作戦が始まります。
前中後の3編構成になると思いますが、気長にお待ちください。

それと大西洋連邦がCIAとMI6を保有してるってのは完全に私の私見ですので、もし間違いなどあればそれとなく教えていただけると幸いです。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第114話「インド洋を紅く染めるモノ」前編

お待たせしました、ディエゴガルシア島攻略戦です!
色々と現実が立て込んでおりまして……(汗)。


5/6

ケープタウン基地 タラワ級強襲揚陸艦”ルツーリ”艦橋

 

「提督、お時間です」

 

「うむ……」

 

ヘリー・ラベアリベロ中将は自身の副官の声に応えつつ、窓の外に広がる景色を眺めた。

埠頭には南アフリカの誇る兵士達が立ち並び、”ルツーリ”を始めとする艦隊に向かって敬礼を送っている。

これより、ヘリー率いる海軍艦隊はインド洋に進出し、ZAFTが支配するディエゴガルシア島基地に対する攻略作戦を実施するのだ。

 

「壮観だな……。そうは思わんかね?」

 

「万感の思いであります。こうして再び、立派な水上艦隊を見られるなど」

 

アフリカに限った話ではないが、『エイプリルフール・クライシス』の折に投下されたNジャマーの影響で原子力を採用している艦艇のほとんどは使い物にならなくなった。

ZAFTが戦争序盤における海戦で圧倒的だったのは、Nジャマーの影響を免れた旧式艦で挑まなければならなかったからだ。

しかし、現在はNジャマーの存在を考慮して改修が施された艦艇である”タラワ級強襲揚陸艦”や”デモイン級イージス艦”など、十分に戦うことの出来る艦艇が存在している。

そして何より、今は連合軍にも水中機動戦力が存在しているのだ。

自らの指揮する艦隊の威容に、ヘリーは震えた。勿論、歓喜によるものだ。

 

「ニエレレ中将は第2次ビクトリア基地攻防戦にて、被害を抑えた上で撤退戦を成功させてみせた。陸軍の中将がやって見せたのだ……海の我々が、遅れを取るわけにはいかんな」

 

 

 

 

 

5/7

インド洋 ”アークエンジェル”格納庫

 

「よーし、集まったな」

 

左腕を包帯で釣ったムウの前に、キラ達パイロットが集う。

艦隊がケープタウン基地を出港して既に1日が経過し、”アークエンジェル”もそれに同道、戦闘が始まるまでおよそ1時間という海域にて、パイロット達による最終ミーティングが行なわれようとしていたのだ。

 

「それじゃあ、今から最終ミーティングを始めるぞ。つっても、作戦に大きな変更は無い。各々の役割をこなしつつ生き延びていれば、いずれは勝てる戦いだ」

 

「いいですよねー、隊長は。こんな時に負傷で離脱中なんて」

 

「いいだろ、名誉の負傷だぜ?」

 

戦場に出られないムウをヒルデガルダが揶揄するが、ムウはシニカルに笑いながら左腕を掲げてみせる。

ヒルデガルダも本気というわけではなく、戦闘前の軽いコミュニケーションのつもりでしかない。その証拠に、周りのパイロット達は苦笑している。

スノウだけは溜息を吐いて呆れているが、その様子からは気負う様子は見られない。

何かと体に問題を抱えがちな彼女だが、今はベストコンディションのようだ。

 

「っと、それと……イーサン、調子はどうだ?」

 

「いつでも行けますぜ、隊長。“アークエンジェル隊”だろうがどこだろうがイーサン・ブレイクはやっていけるってところを見せてやりますよ」

 

彼はイーサン・ブレイク中尉。元は”スカイグラスパー”の試験運用を行なっていた部隊『グラスパーズ』に所属していた腕利きの戦闘機パイロットだ。

かつてZAFTの捕虜となり、そして”アークエンジェル隊”の活躍によって解放された筈の彼が、何故この場に立っているのか。

事の経緯は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

『ブレイク中尉!いらっしゃいますか、イーサン・ブレイク中尉!』

 

『ん、ブレイクは俺だが……』

 

ケープタウン基地に着いた時、イーサン・ブレイクは無事に下船手続きを終え、あとはケープタウンで大西洋連邦からの指示が届くまで待機している予定となっていた。

しかし、そんな彼に待ったが掛かる。

 

『ああ、こちらにいらっしゃいましたか。貴方宛に辞令が届いてます』

 

『辞令?……あ”ぁ”!?』

 

渡された封筒の中から出てきた紙には、信じがたい事が書かれていた。

 

 

 

○辞令

イーサン・ブレイク中尉

5月3日付で”第31独立遊撃部隊”への転属を命ずる。

 

 

大西洋連邦空軍 マルティノス・バンパー准将

並びに”第3航空試験隊”隊長 アダム・ゼフトル大尉

 

P.S 新兵の機体と接触事故を起こした挙げ句捕虜になるような阿呆は『グラスパーズ』に要らん。

天使様のところで鍛え直してこい。

 

 

 

『あの……ガイル顔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

 

 

突如として下された転属命令(クビ宣言)に慟哭したイーサンだったが、この采配は複雑な事情が絡んだ末のものである。

まず、追伸で彼の元上司であるアダムが述べたように、彼の腕が悪いが為に転属させられたという意図は一切存在していない。

アフリカ大陸における戦闘を通じて航空戦力が手薄という弱点が発覚した”アークエンジェル”は、当然のように”スカイグラスパー”のパイロット補充を要請した。

しかし、現在は大規模作戦の準備のためにどこもかしこも人手が足りない状況。そんな状況で”アークエンジェル”にパイロットを補充する余裕などない。

そこで白羽の矢が立ったのが、ちょうど捕虜の身分から解放されて”アークエンジェル隊”と共におり、なおかつ”スカイグラスパー”の扱いに長けたイーサンだ。

既に『グラスパーズ』がイーサン抜きでも活動出来るように再編が終わっていたこともあり、隊に復帰してもあぶれることになるイーサンを”アークエンジェル隊”に移籍させるのは、渡りに船だったのだ。

 

「ま、何処だろうがやることは変わんねえさ。改めてよろしく頼むぜ」

 

そういって親指を立てるイーサン。

いったん命令が下れば彼も軍人として逆らう気はない。むしろ、航空戦力の手薄さを懸念していた”アークエンジェル”に自分を配属することはベストだとさえ考えていた。

持ち前の気さくさもあり、ベテランパイロットとしての風格も伴う彼は既に部隊内で受け入れられている。

 

「よろしくお願いします、ブレイク中尉」

 

「おう、空は任せな。トールも、まあそれなりに見れるようにはなったしな」

 

「あははは……手厳しい」

 

イーサンの隣に立つトールが苦笑いする。

正式に部隊に転属してからまずイーサンが行なったのは、トールの特訓だ。

トールは基礎的な航空技術は身につけていたものの、MS隊の支援を主だったために航空戦においては力不足だった。

これから先、激化していく戦いの中でそれでは生き残っていけないと考えたイーサンの誘いにトールはためらい無く頷いた。

自分の力不足を実感していたトールに、頷かない理由はなかった。

 

「でも、アームド装備は使えるようになりましたからね。これからは俺もやってやりますよ」

 

「使えるってだけだろ?俺から言わせりゃまだまだってところだ」

 

その目の中に確かな自信を感じさせるトール。特訓を経て一皮むけたということらしい。

そんなやり取りをしている間に、艦内放送が鳴り響く。

 

<本艦は間もなく、戦闘領域に到達します。パイロットは直ちに機体に搭乗してください>

 

「っと、時間か。───最後にもう一度だけ言う。絶対に死ぬな、生き延びろ。これは俺の絶対命令だ。いいな?」

 

『了解!』

 

「よし、それでは搭乗開始!健闘を祈る!」

 

ムウの声と共にパイロット達は各々の機体に向かって走っていく。

今、彼らにとって初となる大規模作戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

ディエゴガルシア島 ZAFT軍基地 司令室

 

「広域レーダーに感あり!間違いありません、敵艦隊です!」

 

「遂に来たか……!」

 

モニターには望遠モニターが捉えた連合軍の艦隊が映し出されていた。それを見た基地司令のフォード・リンバンは思わず親指の爪を噛む。

予想が出来なかったことではない。ディエゴガルシア島がどれだけの戦略的価値があるかなどというのは、基地司令であるフォードがもっとも知っている。

それでも信じられないという思いがあったのは、ひとえに、これまで一度もこの基地が攻撃を受けたことが無かったからだ。

 

(くそっ、くそっ、くそっ……ここは安全だと思っていたのに!)

 

フォード・リンバンは小心者だった。

戦場で挙げた功績と言えるようなものは無く、八割程度の労力で補給任務などの裏方の仕事をこなして今の地位にも就いた男だ。

基地司令を勤め上げる能力は十分に備わっていたが、性根が伴っていなかった。

 

彼が基地司令に就いた当時は、ちょうどZAFTが勢いにのって支配地域を増やしていた頃。

その時はインド洋の連合軍は大人しかったし、当然、敵と言える敵などいるはずもなかった。

しかし、今は違う。

連合軍は海洋戦力を整え、このディエゴガルシア島基地を攻め落とそうと迫ってきている。

そしてそれを迎え撃つのは、実戦経験の無い自分が率いる守備隊。

 

「……あっ、待ってください!敵艦隊の内1隻が飛翔しました!”アークエンジェル”だと思われます!」

 

「なんだと!?」

 

”アークエンジェル”のことはフォードも聞き及んでいた。

たった1隻で”バルトフェルド隊”を返り討ちにし、中でも、『白い悪魔』と揶揄される『ガンダム』タイプの機体は数多くの同胞を単機で撃破したスーパーエースだと聞き及んでいる。

海戦においてはどうか知らないが、けして、たかが1隻と侮ってはいけない相手だった。

戦う前から圧倒されかかるフォード。

 

「……コンディションレッド発令!ナチュラル共の艦隊など恐れるに足りない、迎え撃て!」

 

『了解!』

 

それでも、フォードは声を張り上げた。

彼は楽をしたがる小心者だったが、司令としての役割を放棄するほど不真面目な人間ではなかったのだ。

加えて、彼には1つの勝算があった。

 

「狼狽えるな!所詮水上艦隊など水中からの攻撃には無力、いい的だ!」

 

この地上戦線において、陸戦では”ノイエ・ラーテ”、空戦では”スカイグラスパー”らが登場したことでパワーバランスは連合軍に傾いてしまった。

しかし、水中戦においては未だにパワーバランスは拮抗している。

そして、今この基地には()()()がいる。

 

<リンバン、敵艦隊の規模は分かるか?>

 

モニターが切り替わり、パイロットスーツ姿の男が映し出される。

マルコ・モラシム。『紅海の鯱』の異名を持つこの男は、ZAFT水中戦におけるプロフェッショナルだ。

粗暴な性格もあって優先指揮権が認められるバッジは授与されていないものの、その能力は疑うものではない。

南アフリカの動きが活発化していることに備え、各所に頭を下げて連れてきた()()()()()。この男がいるということが、フォードの心に僅かな光明をもたらしていた。

 

「水上艦隊は8隻、内1隻は”アークエンジェル”だ。おそらく、潜水艦隊もいるだろう」

 

<"アークエンジェル"……!面白い、それくらいこなくてはな!>

 

”アークエンジェル”の名を聞いても恐れるどころか、闘志を漲らせるモラシム。その姿を見て僅かに安堵を覚えるフォード。

水中戦を彼率いるMS隊が抑えてくれるなら、自分は海上戦力の対処に専念するだけでいい。

 

「頼むぞ、モラシム」

 

<当たり前だ。ナチュラル共なぞ皆殺しにして、魚の餌にしてやる>

 

モニターからモラシムの顔が消え、フォードはふぅと息を吐く。

しかし、フォードは知らない。

連合軍が、モラシムの参戦を予想していたことを。

『紅海の鯱』を狩るために、人魚達を呼び寄せていたことを。

 

 

 

 

 

輸送型潜水艦”アルゴー” 出撃ドッグ

 

「あんた達、用意は出来ているね!?」

 

<勿論!>

 

<いつでもいけますよ、姉御!>

 

(しぃ)

 

乗機のコクピットにて、ジェーンは部下に呼びかける。

モニターにはMSを水中に送り出すために水がたまっていく様子が映っており、出撃まで猶予は殆ど無いことが分かる。

 

「アフリカからZAFTを一掃する切掛になり得る一大作戦だがやることはいつもと変わらない、分かるね!?」

 

<<<歌声に釣られた馬鹿共を、一匹残らず刈り尽くす!>>>

 

「そうだ!私達は”マーメイズ”、船乗り達を惑わせ、船を沈め、深い深い海の底に誘う怪物さ!」

 

人魚のイメージと言えば大抵の人間は「美しい」と評するかもしれないが、その美しい歌声で男を惑わせ、破滅させる怪物として描かれることもある。

麗しい見目の隊員達で構成されていながらも、いざ戦いとなれば数多のZAFT兵達を葬り去ってきたからこそ、ジェーン達は”マーメイズ”と呼ばれるようになってきたのだ。

だが、今回に限っては僅かに話が違った。

彼女達が向かう先には、恐ろしい『鯱』がいるかもしれないのだから。

 

「もしもマルコ・モラシムが出てきたら、抑えられるのはあたし達だけだ!魚雷は温存しておくんだよ!」

 

<大丈夫です、あのクソ野郎用の魚雷ならいくらでもありますから!>

 

<今日こそあいつを海の藻屑にしてやれるかと思うと、ワクワクが止まりませんね!>

 

モラシムは連合海軍にとって不倶戴天の敵だ。

隊長であるジェーンは珊瑚海にて発生した『珊瑚海海戦』で多くの仲間をモラシムによって殺されており、モラシムへの復讐を誓っている。彼女が初期から水中用MS開発に参加したのもその為だ。

 

無論、モラシムに対して怒りを抱いているのはジェーンだけではない。

金髪をポニーテールで纏めたエレノア・リングスもジェーンと同様に『珊瑚海海戦』の生き残りであり、同じようにモラシムへの恨みは深い。

黒髪にメッシュを入れたイザベラ・ディスミスは『カサブランカ沖海戦*1』にて”グーン”に蹂躙されている。

”グーン”の開発にはモラシムが搭乗した”ジン・フェムウス”のデータが活かされているため、恨む理由は十分にある。

闘志漲る部下達。しかしジェーンは、僅かに気遣うように最後の1人、林凜風(リン・リンファ)に声を掛ける。

 

「リンリン……逸るんじゃないよ?」

 

<大丈夫です、皆に迷惑は掛けませんから>

 

凜風はもの静かかつ穏やかな女性だ。本来なら軍に入隊することもなく、一般人として生活しているべき人物でもある。

だが、とある海戦にてモラシムが彼女の婚約者の乗った軍艦を沈めたことが、彼女の運命を変えてしまった。

ナチュラルであり、戦いに向いた気性でもない彼女が”マーメイズ”に所属しているのは、ひとえに彼女の執念と、それに伴う努力の成果故だ。

ジェーン以上に深い憎しみをモラシムに抱いている彼女が戦いの中で目を曇らせるのではないかとジェーンは心配したが、それは懸念に終わりそうだと判断する。

───凜風は、これ以上に無い程にベストコンディションだ(冷徹に殺意を研ぎ澄ましている)

 

「ならいい。───聞き飽きたかもしれないが、もう一度言わせて貰う!死ぬな、殺せ!もう一度、全員で笑おう!」

 

<<<了解っ!>>>

 

<こちら管制室!注水完了、発進よろし!>

 

「よーし、”マーメイズ”発進!刈り尽くせ!」

 

ジェーンの乗機、連合海軍肝いりの新型MS”フォビドゥンブルー”の目に光が灯った。

その手に構えた銛は、果たして、獰猛な鯱を貫けるのか。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

<ハッチ開放!ワンド3、ワンド4は発進後艦上にて対空防御に参加してください!>

 

<了解!ベント・ディード、発進します!>

 

<マイケル・ヘンドリー、行くぜ!>

 

威勢良く出撃していく2人の声に、キラは操縦桿を握る手に力を込める。

マイケルとベントの”ダガー”はランチャーストライカーを装備して出撃し、”アークエンジェル”の艦上にて対空砲火に加わることになる。

海上艦を守るために敵航空部隊を引きつける役割を担う”アークエンジェル”は激しい攻撃に見舞われることが予想されるが、2人の力を信じるしかない。

 

<続いて、ペンタクル1、ペンタクル2、発進してください!>

 

2機の”スカイグラスパー”がカタパルトに接続され、今か今かとエンジンを震わせ始める。

 

<トール、この規模の戦いだと俺もお前をフォローしきれない!その時は死ぬ気で踏ん張れ!>

 

<は、はい!>

 

イーサンがトールに発破を掛けた。

これまで直接的な戦闘は避けてきたトールにとっては初の大規模航空戦となる。

イーサンに直接指導されてきたとはいえ、トールが緊張するのは当然だった。

 

「大丈夫だよ、トール。南アフリカの部隊だって援護してくれるし、”アークエンジェル”は頑丈な船だ」

 

<キラの言うとおりだ。戦いなんてのは生き残ること優先で、敵を倒すなんてのは二の次なんだよ>

 

キラと、艦橋にて戦いを見守るムウからの声援を聞き、トールの目に力が漲る。

緊張はしているが、彼もこれまでの戦いをくぐり抜けてきた”アークエンジェル”隊の一員だ。

タフさを身につけた彼は、精一杯の笑顔と共に親指を立てて見せた。

 

<進路クリア!ペンタクル1、発進どうぞ!>

 

<おう、先に行ってるぜトール!───ペンタクル1、テイクオフ!>

 

イーサンの”アームドグラスパー”が飛び立っていく。

次は、トールの番だ。

 

<ペンタクル2、発進どうぞ!───トール、死ぬなよ!死んだらミリィに言いつけてやるからな!>

 

<こんな所で死ぬもんか!───ペンタクル2、発進します!>

 

管制官を務めるサイの軽口に強気に返しながら、トールの”アームドグラスパー”も飛び立っていく。

次は、自分(キラ)の番だ。

この瞬間だけは慣れない、とキラは思った。

殺し殺されの戦場に出向くのだから慣れたいわけではないが、この()()()()は不快だ。

 

<キラさん、何度も説明しましたけど背中の()()は最終手段にしてくださいね>

 

モニターに映るアリアが言う()()とは、数日前に調整が完了した試作水中戦用装備だ。

背中の水中ジェットに急遽取り付けられた()()は持ち手が付いていることから近距離戦用の装備と分かるが、刀身保護のために普段は鞘のようなパーツで覆われており、全容を確認することは出来ない。

だが、キラはアリアに言われるまでも無くこの装備を使うことは避けるつもりでいた。

これまで試験してきた中でもとびきりのキワモノだったからだ。

 

「まさか、君から『使うのは避けろ』って言われるとはね」

 

<水中戦用の装備は、ハッキリ言って”マウス隊”の苦手分野なんです。性能は保証しますけどね>

 

「余裕があったら使ってみるよ」

 

<そうしてください。───ご武運を>

 

敬礼で見送るアリアに、キラも敬礼を返す。

実際に近距離戦になったとしても、『アーマーシュナイダー』があることもある。何も問題は無い。

バルトフェルドとの戦いでボロボロになった”ストライク”も、整備班達の奮闘で十全な状態を取り戻した。

ならば、あとは勝ってくるだけだ。

 

<ソード1、発進どうぞ!慣れない海なんだ、無茶はするなよ!>

 

「勿論。───ソード1、行きます!」

 

 

 

 

 

インド洋 上空

 

「くそっ、大天使だかなんだか知らないが、ここで好きにやれると思うなよ!」

 

“インフェストゥスⅡ”のパイロットは視界に映る白亜の宇宙艦に毒づいた。

彼は何度もこの地球で戦いを経験したベテランパイロットであり、航空戦に関しては相応のプライドを持っていた。

だからこそ、宇宙から降りてきた挙げ句にアフリカで暴れ回った”アークエンジェル”に対しては、まるで部外者に割ってこられたような苦々しさを感じているのだ。

 

「C.Eに天使の出番なんぞない、ここで落としてやれ!」

 

『おぉっ!』

 

”アークエンジェル”を見たZAFT兵達が奮い立つ。

しかし彼らは知らなかった。”アークエンジェル”は、彼らが想像する以上に。

───衝撃的な一手を打ってくるのだと。

 

<”アークエンジェル”に動きあり!艦首が開いて……>

 

「っ、全機散開!避けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後の世に『ディエゴガルシアの戦い』と呼ばれる戦端は、”アークエンジェル”によるZAFT航空部隊への、容赦ない陽電子砲の一撃により切って落とされた。

*1
原作では『第一次カサブランカ沖海戦』と呼ばれる戦い




次回は遅くても2週間以内には更新したいと思います……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております!


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第115話「インド洋を紅く染めるモノ」中編

5/7

インド洋上空 ”アークエンジェル” 艦橋

 

「『ヘルダート』、てーっ!」

 

「左舷より敵機接近、数4!」

 

「撃ち落とせ!」

 

”アークエンジェル”の艦橋は、喧々囂々と戦況を告げる声が飛び交っていた。

現在の”アークエンジェル”は戦闘の初手に陽電子砲を敵航空部隊に撃ち込んだためにヘイトを向けられており、猛攻に晒されているのだ。気を抜く暇は無い。

だが、”アークエンジェル”に注目が向いているということは作戦が順調に進んでいるということでもあった。

 

「艦隊の侵攻率は!?」

 

「予定進路を進行中、順調です!」

 

”アークエンジェル”が攻撃を引きつけている間に、海上を進む南アフリカの艦隊は、敵基地の存在するディエゴガルシア島に向かって進んでいた。

ある程度まで近づけば、艦隊からの砲撃で敵基地を攻撃することが出来る。敵の指揮機能を奪ってしまえば、勝ったも同然だ。

 

「マイケル、大雑把に撃つな!味方も飛んでんだぞ!」

 

<い、イエッサー!>

 

<マイケル、今度は右舷から来るよ!>

 

<あーくそ、少しは落ち着けお前ら!>

 

艦橋の正面、その斜め下に見えるスペースにはマイケルとベント、2人の”ダガー”が必死に襲い来る敵航空機に向けて対空砲火を浴びせている。

甲板上という広くは無い足場での戦いに苦戦しているようだが、今のところは大きなダメージも無く戦えているのは、南アフリカの航空部隊が”アークエンジェル”の防衛に参加していることも大きかった。

 

<よし、ミサイルを使わせた!いけるぞ!>

 

<くっ、こいつらしつこ……ぎゃっ!?>

 

”スピアヘッド”で構成されたチームが”ディン”を撃ち落とした。

この機体も地上戦初期には”ディン”に対抗出来ずに多数が撃破されてしまったこの戦闘機だが、”スカイグラスパー”という”ディン”と対等以上に戦うことが出来る後継機が登場したことで対MS空戦のデータが集まり、対抗戦術が生まれたことで”ディン”と戦えるようになっていた。

 

<おーおー、アフリカの連中もやるねぇ……よっと!>

 

<ブレイク中尉、すごい……俺だって!>

 

無論、”アークエンジェル隊”の戦闘機パイロット達も黙ってそれを見ているわけではない。

イーサンはあっさりと”インフェストゥスⅡ”を撃破してみせ、トールも堅実に”アークエンジェル”へ近づこうとする”ディン”に攻撃を加えて妨害している。

敵を撃破することは勿論だが、一番の目的は”アークエンジェル”の防衛。

飛び抜けた力量は無いが、堅実に任務をこなそうとするトールは十分に優秀な兵士と言えるだろう。

今のところは順調、”アークエンジェル”の被害は軽く、本命の水上艦隊にも被害はほとんど無い。

 

「水中戦……ソード1は?」

 

「通信が不安定なために詳細は分かりませんが、信号はキャッチ出来ているので健在と思われます」

 

あとは、水中だけ。

今の地上戦線では陸戦においても航空戦においても連合軍側が押しているが、水中だけはそうもいかない。

色々な理由があるが、もっとも大きな理由としては連合軍は”ゾノ”を、ZAFTは”ポセイドン”を上回る機体を開発出来ていないからだ。

だからこそ、水中戦の行く末がこの戦いを左右すると言っても過言ではない。

眼下に広がる青い大海原。その下でどのような戦いが繰り広げられているのか、海上で知る者は誰一人存在しなかった。

 

 

 

 

 

<敵MS隊、接近!>

 

<よーし、”メビウス・フィッシュ”各機、魚雷発射用意!……撃て!>

 

この作戦のために各地域から集められた64機の”メビウス・フィッシュ”、その全てから、対MS魚雷が発射された。

”メビウス・フィッシュ”は両側面に合計4発の魚雷を装備しており、それらは”グーン”程度ならば容易く撃破出来る威力を秘めている。

64×4、合計で256発の魚雷がZAFTの水中MS部隊に襲いかかった。

 

<やられた!?……かあさ───!>

 

<水が、入って、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 

避けきれずに水疱と化していく”グーン”が何機も生まれるが、両軍共にそれに気を払う者は少なかった。

256発の、しかし、細かい狙いを付けたわけでもない無造作な一斉射。

そんなものを避けられない弱者に、水中戦を生き延びることが出来るわけがないからだ。

連合軍としても、生き残った機体が単純な数で押し切れない相手であることが分かるので、そちらに注意を向けなければならない。

弱者は生きることも出来なければ、認識すらされない。

もっとも過酷で、残酷。それが『海』なのだ。

 

「始まった……!」

 

”ポセイドン”の部隊が前に出たのを確認したキラは、”アクアストライク”を同様に前進させる。

魚雷の斉射を生き残った”ゾノ”を相手取ることが、連合軍水中MS隊の仕事だ。

”アクアストライク”に気付いた”ポセイドン”から通信が届く。

その“ポセイドン”は背中に通常の水中ジェットのみならず、更に魚雷を内蔵した水中ジェットを装備しており、火力を増強した”重装型ポセイドン”と呼ばれる機体だ。

 

<そこの機体、”ストライク”だな?話は聞いている、当てにさせてもらうぞ>

 

「はい!」

 

水中においては”アークエンジェル”からの指示を聞くことは難しいため、キラには現場判断での行動をすることが最初から許可されている。

命令系統は違うが、水中戦においては素人と言ってもいいキラは”重装型ポセイドン”パイロットの指示を聞くことに決めた。

 

<良い返事だ。俺の機体は見ての通り重装型、火力はあるが機動力は低い。攪乱を頼めるか?>

 

「了解です」

 

<よし。……行くぞ!>

 

”重装型ポセイドン”のパイロットの声に合わせて、キラは”アクアストライク”を前進させる。

やがて、魚雷の群れを突破してきた敵部隊の第一陣の姿がキラの視界に映った。

その中の1機、”ゾノ”が目聡く”アクアストライク”と”重装型ポセイドン”の姿を見つけたのか、音波ビーム兵器であるフォノンメーザー砲を発射してくる。

PS装甲のおかげで魚雷はほぼ無効化出来る”アクアストライク”だが、フォノンメーザー砲だけは例外であり、絶対に避けなければならない攻撃だ。

 

「……いける!」

 

しかし、キラはそれをスレスレに回避し、最短ルートで”ゾノ”との距離を詰めていく。

数日前から”マーメイズ”の面々から特訓を受けていたことで水中戦の経験値が蓄積していたこともあるが、この動きを可能としているのは、スケイルシステムの恩恵である。

魚の鱗のように装甲表面のパーツを可動させることで自由自在に水中を移動出来るようになるこのシステムを、キラはものの数日で使いこなしていたのだ。

対する”ゾノ”はというと、”グーン”より機動性が向上しているとはいえ、特に目立ったシステムなどは積んでいないために動きに変化は生まれづらい。

本物の魚と見紛う鮮やかさで”ゾノ”に接近する”アクアストライク”。

 

「そこだ!」

 

すれ違い様にキラは”ゾノ”の背部、推進器の集中する箇所に魚雷を命中させた。

装甲の厚い”ゾノ”はこれを耐えるが、推進器へのダメージを受けて泰然と出来るワケもなく、動きに隙が生まれる。

そこに魚雷が殺到して”ゾノ”を爆発で包み込み、次の瞬間には”ゾノ”自体を爆発させた。

”アクアストライク”の後方から好機を窺っていた”重装型ポセイドン”によるものだ。

 

<やるじゃないか!流石、『白い流星』といったところか?>

 

「機体のおかげですよ」

 

<謙虚なんだな>

 

即席ペアにも関わらず連携を成功させた2機。

”重装型ポセイドン”のパイロットからの賛辞に、キラは照れながら返事をする。

実際、スケイルシステムの効果は絶大だ。この装備と、この装備に慣熟する時間が無ければこう上手くいっていないだろう。

 

<まぁ、まだ始まったばかりだ。この調子でどんどんいくぞ!>

 

「了解!」

 

男の言葉にキラは頷いた。

そう、戦いはまだ始まったばかりなのだ。魚雷の数も限られており、注意しながら戦わなければならない。

気を締め直し、キラは戦闘を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「活きの良い獲物がうじゃうじゃと……狩り尽くすよ!」

 

『了解!』

 

一方、ジェーン達”マーメイズ”も敵部隊との戦闘を開始していた。

ジェーン達に気付いた”ゾノ”が向かってくるが、ジェーンは獰猛な笑みを浮かべながら機体を加速させた。

 

<なんだこいつ、”ポセイドン”じゃ……!?>

 

「遅いんだよ!」

 

その勢いのままに”ジェーン”は”ゾノ”に接近し、右腕に持たせた銛を突き込む。

何度も戦っているからかその一撃は過たず”ゾノ”のバイタルパートに命中し、撃墜せしめた。

 

ジェーンが今搭乗している機体は”フォビドゥンブルー”。連合軍が開発した『後期型GATシリーズ』の1機である”フォビドゥン”を水中戦に特化させた機体だ。

なんといってもその特徴は、背部に背負ったバックパックに搭載された『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』だろう。

このシステムは装甲表面に発生させた磁場でビームを曲げることが出来るという強力なシステムなのだが、”フォビドゥンブルー”はその磁場を利用して水圧や抵抗を軽減することで、高い水中戦能力を獲得しているのだ。

『原作』においては、深海で電力が尽きて『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』とTP(トランスフェイズ)装甲が使えなくなった場合、水圧で圧壊する欠点が存在していたことから『禁断の棺桶(フォビドゥン・コフィン)』と呼ばれる本機だが、この世界では”ポセイドン”の戦闘データでこの欠点はある程度改良されている。

 

<オリバー!くっ、新型機か!?>

 

「見え見えの攻撃に当たるか!」

 

もっとも、ジェーン・ヒューストンの能力が合わされば、そもそも欠陥があるとすら思えないのだが。

『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』による抵抗軽減の効果は凄まじく、単純なスピードではスケイルシステムを装備した機体すら超える。

その機動性を活かしてジェーンはもう1機の”ゾノ”から放たれるフォノンメーザー砲を悠々と回避してみせる。

 

<よそ見は厳禁ってね!>

 

この戦場に現れた『人魚』は1人ではない。

”フォビドゥンブルー”に注意を向けていた”ゾノ”は横合いから飛んで来たフォノンメーザー砲に撃ち抜かれて爆発する。

 

「やるじゃないか、エレノア」

 

<お褒めにあずかり光栄です、ってね!やっぱ”ゾノ”を1撃っていうのは楽ですね!>

 

今回”マーメイズ”の”ポセイドン”3機は、試作されたフォノンメーザー銃が装備していた。

”ポセイドン”が証明したことでもあるが、主な攻撃手段が魚雷となる水中ではPS装甲が強力な防御手段となる。

そのため、いずれZAFTが投入してくるだろう『PS装甲の水中MS』に備えて開発されたのが、このフォノンメーザー銃だ。

エネルギーは消耗するが、擬似的にビーム兵器のように扱える本装備の意義は大きく、現在生産が進められている装備である。

 

「消耗は激しいんだ、気を付けて使いなよ」

 

<了解です!>

 

<───3時の方向、更に敵機!>

 

「よし、いくよあんた達!」

 

ジェーンを先頭に、”マーメイズ”達は更なる獲物を求めて突き進む。

一糸乱れぬ連携で海中を蹂躙していくその姿は、人魚(マーメイド)を超えて、1匹の大魚(リヴァイアサン)のようですらあった。

しかし、彼女達の目的は雑魚などではない。

もっと大きく、獰猛な()なのだ。

 

 

 

 

 

<“グーン”だ、抜けてきた!>

 

<連携で仕留める!行くぞ!>

 

互いの水中MSが激突する中、その合間を塗って連合軍の母艦に突き進む”グーン”。

それを見つけた”メビウス・フィッシュ”の小隊は、即座に仕留めに掛かった。

 

<な、こいつらMAの癖に……!>

 

”グーン”のパイロットは”メビウス・フィッシュ”達にフォノンメーザー砲を射かけるが、それらは当たることはなく、むしろ反撃の魚雷を必死に避けなければならなくなった。

体躯で大きく勝る”グーン”、しかし数の差には勝てずジリジリと追い詰められていく。

 

()()()()()()だ、行くぞ!>

 

小隊長の号令に合わせて行動を開始する”メビウス・フィッシュ”達。

先行する2機の”メビウス・フィッシュ”が、2方向から”グーン”に魚雷を射かける。

当然それを回避しようとする”グーン”だが、この時既に、彼の運命は決まっていた。

 

<逃げたつもりか?甘いんだよ!>

 

”グーン”は魚雷を避けた。しかし、それは誘導されてのもの。

避けた先には既に魚雷が放たれており、今度は避ける事が出来ず被弾する”グーン”。

 

<たかが……MAごときにっ!?>

 

敗北が信じられないと言わんばかりの言葉、それが彼の最後の言葉となった。

先行して攻撃した”メビウス・フィッシュ”2機が再び陣形を組み、”グーン”に魚雷を発射していたからだ。

ユージ・ムラマツが考案した『複数機のMAによる対MS戦術』であるフォーメーション・ダブルクロス。

2機のMAによる十字砲火(クロスファイア)を連続することによって確実にMSを撃破する戦術は、海中においても有効だった。

 

かつて”ジン”相手に1:5の撃墜比(キルレシオ)という屈辱を味合わされていた”メビウス”は、改修されて水中に戦場を移すと同時に躍進を遂げていた。

一方、”ポセイドン”の登場によってそれまで水中の王者だった”グーン”はその立場を完全に追い落とされてしまっていた。

それもその筈、”グーン”の役割はあくまで鈍間(のろま)な潜水艦に高速で接近して魚雷を至近距離で撃ち込むというもので、対MS・MA戦闘などまるで考慮していないのだ。対MAも考慮していた“ジン”とは話の根底から違っているのである。

加えて、”メビウス・フィッシュ”の機動力は“グーン”と大差がない。

同等の機動力を持ち、なおかつ多勢で襲い来る”メビウス・フィッシュ”相手に生き残れるわけがない。

 

<撃墜を確認……よし、補給に戻るぞ!>

 

『了解!』

 

とはいえ”メビウス・フィッシュ”も相応に魚雷を消耗しており、母艦に帰投しようとする。

”メビウス・フィッシュ”の本来の役割は”グーン”の撃破ではなく、”ポセイドン”らが敵MSを撃破した後の母艦攻めなのだから、それは当然の行動だ。

しかし、それは彼らにとって致命的な隙となる。

 

<なっ、ぎゃ!?>

 

突如として断末魔を挙げ、反応を喪失した”メビウス・フィッシュ”。

僚機に何が起こったかを確かめるために反応した一瞬で、更にもう1機の反応が途切れる。

一瞬で半壊した小隊の生き残りは、そこに()()の姿を見た。

 

「ふんっ、所詮は小魚か」

 

『鯱』が乱雑にその凶悪な爪で”メビウス・フィッシュ”を3枚卸にしたのは、マルコ・モラシム。

彼が搭乗する機体は間違い無く”ゾノ”ではあったが、その形体は大きく様変わりしていた。

カラーリングはまるで本物の鯱を思わせる黒と白に彩られており、両腕の爪はより大きく、凶悪な形になっている。

更に両肩アーマーには開閉口らしきものが備わっており、何かしらの武装を搭載していることが窺える。

この機体の名は”ゾノ・オルカ”。(オルカ)の名が示すとおり、マルコ・モラシムに与えられた専用カスタム機である。

 

<なんだこいつは!?>

 

<わからん、が、逃げるぞ!>

 

敵わぬと見て逃げ出す”メビウス・フィッシュ”達。

その判断は正しかったが、もはや意味を成さないものでしかなかった。

 

<はやっ───!?>

 

「お前らが遅いんだ、クズ共が」

 

全力で逃走した”メビウス・フィッシュ”に”ゾノ・オルカ”は一瞬で追いつき、その爪で力任せに引き裂いた。

通常の”ゾノ”であればこの状況からも味方の元まで逃げることは出来る。しかし、”ゾノ・オルカ”は機動力さえも大きく向上させていたのだ。

残る1機の”メビウス・フィッシュ”は全力で距離を取ろうとするが冷静ではなく、逃走する方向で致命的選択をしてしまう。

逃走する先にあるのは、()()()()だ。

 

「まず、1匹だ!」

 

無造作に進路の途中にあった小魚(メビウス・フィッシュ)を切り裂き、”ゾノ・オルカ”は体を倒した巡行形態へ移行し、潜水艦に迫る。

”メビウス・フィッシュ”のミスは、母艦の方向へ向かってしまったこと。

これでは、モラシムは”メビウス・フィッシュ”を撃破するために付けた加速を殺さずに潜水艦に直進出来てしまう。

つまり、モラシムの撃破効率を高めてしまうのだ。

肩アーマー内の開閉口が開き、中からスーパーキャビテーション魚雷が姿を見せる。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

母艦の護衛についていた”ポセイドン”が魚雷を発射するが、そんなもので今のモラシムを止められるわけがない。

”ポセイドン”を弾き飛ばしながら”ゾノ・オルカ”は魚雷を発射し、Uターンする。

結果など見る必要もない。モラシムこそ、”グーン”の基本となる戦術を戦争初期からこなしてきたベテランなのだから。

爆散する潜水艦をバックに、愕然とする”ポセイドン”や”メビウス・フィッシュ”に向かって、威嚇するように腕を広げる”ゾノ・オルカ”。

 

「さぁ来い、ここが貴様らの死に場所だぁ!」

 

 

 

 

 

「今の爆発は!?」

 

”アクアストライク”の頭部には、通信が難しくなる水中での使用に特化した通信ユニットがヘルメットのように増設されている。

キラはMSやMAのものよりも大きな爆発を感知し、通信機器を操作する。

 

<ダメだ、効いてない!たすけ───>

 

<まさかこいつ、『紅海の鯱』か!?>

 

<母艦に近づけるな、やられたらお終いだぞ!>

 

阿鼻叫喚といった様相が窺えるが、聞き覚えのある単語をキラは耳にした。

『紅海の鯱』、それはたしか、ジェーン達”マーメイズ”因縁のZAFT軍エースパイロットだった筈だ。戦線を抜けて自軍母艦に迫ったのだろう。

このまま敵母艦を攻めるべきか、それとも味方の救援に向かうか。

 

<危ない!>

 

ここまで共に戦っていた”重装型ポセイドン”パイロットの声と同時に”アクアストライク”を衝撃が襲う。

敵からの攻撃によるものではない、”重装型ポセイドン”が”アクアストライク”を突き飛ばしたのだ。

直後、”重装型ポセイドン”に複数の方向から光条が浴びせられる。

 

<ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 

フォノンメーザー砲によるものだとキラが気付いた時には”重装型ポセイドン”は各所を撃ち抜かれていた。

直後、爆発。

キラが迷った一瞬の隙に───キラが迷って隙を晒した為に───名前も知らない1人のパイロットが死んだのだ。

他の誰でもない、キラを庇って。

 

「あ、あぁ……!?」

 

呆然としそうになるが、2度も同じ轍を踏むキラではない。

戸惑いを封じて、第2射を避ける。

 

<ちっ、()()()の方しかやれなかったか>

 

気付けば”アクアストライク”は3機の”ゾノ”に囲まれていた。どうやら、3機がかりでキラを仕留めるつもりのようだ。

砂漠で相対した3機の”ラゴゥ”のことが思い返された。キラの顔に汗が滲み始めた。

 

「くっ……!」

 

<このマーレ・ストロードが『白い悪魔』に引導を渡してやる。行け、お前ら!>

 

 

 

 

 

「がぁっ!……弱いな、ナチュラル共!」

 

”ポセイドン”の胴体にフォノンメーザー砲を撃ち込みつつ、モラシムは嘲り笑う。既に2機の”ポセイドン”を含む戦力がモラシムによって撃破されていた。

───蹂躙するのも嫌いではないが、敵が弱すぎるというのも考え物だ。弱い相手を嬲ったところで、自分(モラシム)の激情が収まるわけでは無い。

 

(どれだけ足掻こうがナチュラルは所詮ナチュラルか)

 

所詮ナチュラル。そう見下す程にモラシムの怒りの炎は燃え上がっていく。

こんな奴らに自分の妻子は殺されたのだと思うだけで、何もかもを壊し尽くしてしまいたい衝動に駆られるのだ。

自分達がやったことが原因で自分の子供と同じ歳の子供が死んだとしても、彼は気にも留めないだろう。

それが当然の報いだから。自分達の復讐が正しいのだから。……正しくなければならないのだから。

あの日(血のバレンタイン)から、とっくに彼の論理は破綻し、狂っていた。

 

「むっ!?」

 

そんな彼の元に数発のフォノンメーザー砲が射かけられ、それと同時に銛を装備した見たことの無い機体が”ゾノ・オルカ”に突進してくる。

フォノンメーザーはあくまで支援射撃、本命はこの突進と見抜いたモラシムは、正面から突進してきた機体を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた……見つけたぞ!今日こそ引導を渡してやる、マルコ・モラシム!」

 

「そのエンブレム……”マーメイズ”とやらか、面白い!」

 

ジェーン・ヒューストン。

マルコ・モラシム。

『原作』では相対することの無かった両雄が今、激突する。




次回は水曜の祝日使って早めに更新したいと思います。

久しぶりにオリジナル兵器リクエストからアイデアを引っ張り出してきました!
『骨までうまかったぜ』さんからのリクエストで『重装型ポセイドンガンダム』です!
すごく登場させやすくて扱いやすいリクエストでした、感謝します!

もう2年以上前かぁ……またリクエスト企画開きたいなぁ……。
無理かなぁ、まだまだ使ってないリクエストあるもんなぁ……。
でも、やって欲しいって人いたしなぁ。……

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第116話「インド洋を紅く染めるモノ」後編

5/7

インド洋

 

「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

雄叫びを挙げながら”フォビドゥンブルー”がバックパックに装備するフォノンメーザー砲を発射するジェーン。

その砲口は宿敵、マルコ・モラシムの駆る”ゾノ・オルカ”へと向かっていた。

しかし、”ゾノ・オルカ”はその巨体には似合わない機動性で悠々とその一撃を避ける。

 

「くっ……強化されたハイドロジェットかい!?だったら……あんた達!」

 

『了解!』

 

ジェーンのかけ声に合わせて行動を開始する“マーメイズ”。何度も共に戦ってきた彼女達には、今ジェーンが何を求めているかも理解出来るのだ。

各々にフォノンメーザー銃を放ち、”ゾノ・オルカ”を誘導していく。

3機もの”ポセイドン”からの攻撃を避けていく機動は流石『紅海の鯱』と言うべきか。モラシムでなければ既に被弾しているだろう弾幕。

しかし、”マーメイズ”にとっては避けられることも折り込み済みだ。

 

「そこだ!」

 

”フォビドゥンブルー”のバックパックに備わった魚雷を発射するジェーン。ジェーンに合わせて他の機体も魚雷を発射する。

これが”マーメイズ”の必殺コンビネーションだ。

3機で獲物を誘導しつつ隊長のジェーンが最適な攻撃ポイントに移動し、攻撃する。

ジェーンの魚雷を避ければ、僚機が発射した予測回避コースに放たれた魚雷、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()に命中する。

どう転んでも魚雷が直撃し、撃墜は免れない陣形。

 

<ちょこざい、なぁっ!>

 

「なにっ!?」

 

それを、モラシムは力任せに突破した。

ジェーンの放った魚雷に真正面から突っ込み、爆発をものともせずに”フォビドゥンブルー”を弾き飛ばしたのだ。

弾き飛ばした衝撃で銛を破壊される”フォビドゥンブルー”。

しかし、ジェーンはそんなことよりも大きな衝撃に包まれていた。

 

「魚雷の直撃だよ!?」

 

どんなに頑丈な装甲でも、”フォビドゥンブルー”のスーパーキャビテーティング魚雷の威力を無力化するなどあり得ない。

───否、1つだけある。

()()がどれだけ頼りになるかは、一番最初に”ポセイドン”に乗った自分(ジェーン)がよく知っている。

 

「まさか……PS装甲か!?」

 

”ゾノ・オルカ”はマルコ・モラシムのためにカスタムされた機体。

ただ1人のためであるからこそ、PS装甲が搭載されることはおかしなことではなかった。

”ポセイドン”や”フォビドゥンブルー”は胴体にしか搭載していないPS装甲、それを”ゾノ・オルカ”は全身に備えている。

消費電力はかさむが、そのために専用のバッテリーまで増設しているため、稼働時間に大きな影響は無い。

単純な性能で考えれば、現在の水中で最強のMSは間違い無く”ゾノ・オルカ”である。

 

「予想はしていたが……これは手こずりそうだ」

 

 

 

 

 

一方その頃、キラはマーレ・ストロード率いる3機の”ゾノ”と戦闘していた。

”ポセイドン”と同等の戦闘力を誇る”ゾノ”3機に囲まれるのは、極めて危険な状態にあると言えるだろう。

しかし。

 

<くそっ、なぜ当てられない!>

 

「……この敵?」

 

”ゾノ”の発射するフォノンメーザー砲、魚雷、そして本体による格闘攻撃。

その全てが、”アクアストライク”を捉えきれない。

このような状況になった原因は、”アクアストライク”の性能が抜きん出て高いからでもなければ、マーレ達の腕が悪いからでもない。

───純粋に、キラの戦闘能力の高さ故である。

 

「なんだ……()()?」

 

3機もの敵から集中攻撃を浴びせられても、キラの中に焦燥感が生まれることはなく、むしろそのことをキラ自身が不思議に思う始末。

それもその筈、キラはケープタウン基地で、マーレ達よりも高練度の”マーメイズ”との模擬戦を何度か経験している。

それだけではなく、以前の実戦においてもキラは高い連携戦闘力を誇った3機の”ラゴゥ”(エースキラー)と戦っている。

あの3機と比べれば、目の前の”ゾノ”はひたすら数の暴力で圧殺しようという意図しか感じ取れない。

これまで積み重ねてきた戦闘経験が、キラに余裕を生み出していたのだ。

 

「これなら、持ちこたえられそうかな……!」

 

装備しているのが実弾兵器だけということもあり、”アクアストライク”のエネルギー残量にも余裕があった。

それよりもキラが不安なのは、魚雷の残弾数だ。

”アクアストライク”の装備する魚雷発射用の銃に装填できる弾数は6発。

後腰部に接続出来る予備魚雷4発と合わせても、僅か10発しかないのだ。その内既に6発は撃ちきっている。

 

(”ポセイドン”と違って”アクアストライク”は機体に装着するパーツが多いから、予備のカートリッジを積むのも難しいんだよな。かといってフォノンメーザー銃だとエネルギー消耗が……)

 

ここでキラが3機の”ゾノ”を引きつけておけばその分味方の負担が減る。

もし”ゾノ”が”アクアストライク”を諦めて他の場所に戻るなら、それはそれでキラも補給を試みる余裕が生まれるだろう。

戦闘が終わった後の報告書に書く内容を考えるほどに余裕があるキラ。

だが、どんな戦闘でも想定外は起こるものだ。

 

<ちっ、それなら……お前ら!>

 

3機の”ゾノ”の間で何らかのやり取りがあったのか、”アクアストライク”への攻撃を止めて別の方向へと向かい始めた。

その方向には連合軍の潜水艦隊が存在している。

目の前の猪口才な敵を相手にしているよりも、その後ろの本隊を狙った方が効率的。そう考えるのは当然のことだった。

 

「っ、行かせるか!」

 

無論、キラがそれを見逃す筈も無い。が、残弾の少ないキラでは満足に妨害も行えない。

潜水艦隊に向かう”ゾノ”と、それを追う”アクアストライク”。

無意識に事態を甘く見ていたキラは自分を罵倒した。

 

(戦場は目の前だけじゃないっていうのに、僕ってやつは!)

 

 

 

 

 

”アーカンソー”級イージス艦 ”ラマポーザ”

 

「艦対空ビームシステムの発射間隔をもっと縮めるんだ!狙って撃ったって当たらん、それくらいなら牽制くらいに考えた方が良い!」

 

「それでは砲身の冷却が間に合いません!」

 

「ならば片側一門ずつ撃たせるようにしろ!出来る筈だ!」

 

「了解!」

 

如何に”アークエンジェル”が敵航空部隊を引きつけているとしても、海上艦隊を素通りさせるわけがない。

この”ラマポーザ”の艦橋も他の艦と同様に、”ディン”部隊からの攻撃を受けていた。

未だに優秀な攻撃能力を持つ”ディン”に張り付かれる”ラマポーザ”。しかし、連合軍で進化しているのは何もMSや航空機だけではない。

 

”アーカンソー”級は、本来の歴史では”デモイン”級イージス艦の主砲を連装ビーム砲に変更したバリエーション艦でしかなかったが、この世界においてはより対空に特化した艦として進化しているのだ。

主砲である対空ビーム砲は威力を若干抑えた代わりに連射速度を上げており、本来両舷に2基だけであった25㎜対空ガトリング砲も6基にまで増設している。

艦橋下に配置された対艦ミサイルランチャーも対空ミサイルランチャーに換装されているため、生半可な腕では1発も攻撃を命中させることも出来ずに撃ち落とされるだけだろう。

代わりに対艦攻撃能力は落ちているが、それこそMSや航空機といった他戦力にそれを任せることで、“アーカンソー”級は鉄壁の対空防御力を誇っていた。

 

「水中センサーに反応、敵MS浮上してきます!」

 

「なにっ!?」

 

とはいえ、鉄壁なのは海面より上の話。

海中から急速浮上した”ゾノ”が艦橋前方に飛び乗り、その爪を振り上げて艦橋を潰そうとする。

思わず手を挙げてしまう艦長。

 

『やらせるかぁっ!』

 

しかし、同じように水中から飛び出してきた”アクアストライク”が”ゾノ”にタックルし、再び水中にたたき落とす。

大きな揺れが連続して”ラマポーザ”を襲い、乗組員達は近くの手すりや壁を頼りに体を支えなければならず、そうでないものは体の一部を打ち付けた。

 

「くっ……状況は!?」

 

「艦への被害軽微、航行に支障ありません!」

 

「よし……戦闘続行!もう少しだ、もう少しでディエゴガルシア島が射程範囲に入る!けして脇目を振らず、今はただ突き進め!」

 

海面下では、今も激戦が繰り広げられている。そこに手を出す方法は彼らにはない。

ただ、仲間の勝利を祈るしか無いのだ───。

 

 

 

 

 

「くそっ、こいつら!」

 

キラは”アクアストライク”にアーマーシュナイダーを持たせ、先ほど突き落とした”ゾノ”に突き立てようとする。

しかし、海中の”ゾノ”はその巨体には似つかわしくない敏捷性を発揮してそれを避け、”アクアストライク”を弾き飛ばした。

 

「ぐあっ!?」

 

普段のキラであれば、先ほどのような無茶な攻撃を行なおうとはしなかっただろう。

しかし、キラには無理をしても”ゾノ”を止める必要があった。

 

<助けてくれ、”ゾノ”が……ぎゃぁっ!?>

 

潜水艦隊の近くには、魚雷を消耗した”メビウス・フィッシュ”も複数機、補給のために存在していた。

”ゾノ”は残弾数の少ない”アクアストライク”を無視して、弱小の”メビウス・フィッシュ”隊への攻撃を始めたのである。

護衛の”ポセイドン”も存在しているが、如何せん”ポセイドン”の多くは今も前線で戦っているために、近くには1機しかいない。

エースである”マーメイズ”がモラシムに掛かりきりになっている現状も、ZAFTにとって追い風となっていた。

 

「やめろぉっ!」

 

最後の魚雷を発射して、”メビウス・フィッシュ”をクローで切り裂こうとした”ゾノ”への攻撃を行なうキラ。

その一撃は”ゾノ”の動きを阻害し、”メビウス・フィッシュ”への攻撃を中断させる。

 

<あがくな、劣等種が!>

 

しかし、逃げた先に回り込むように別の”ゾノ”が現れ、”メビウス・フィッシュ”をクローで切り裂いてしまった。

気付けば周辺には“メビウス・フィッシュ”も”ポセイドン”もいなくなっていた。キラが戦っている間に逃げられた機体もいるだろうが、少なくない数が撃破されたのは間違い無い。

再び3機の”ゾノ”に囲まれるキラ。先ほどと違うのは、既に”アクアストライク”は射撃武装を持ち合わせていないということ。

頭部の『イーゲルシュテルン』は撃てなくもないが、水中での威力などたかが知れているし、そもそも”ゾノ”の装甲を貫徹することなど不可能だ。

 

(どうする?こいつらの動き自体は大したことじゃないのは分かってる、このまま時間を稼ぐか?いや、また別の場所に向かわれるのがオチだ!)

 

思案するキラ。そんな彼の元に通信が届く。

通信先は、自分を取り囲む”ゾノ”の内の1機だ。

投降勧告でもするつもりだろうか。しかし、水中に限定しなければ有利なのは連合軍側だ。そんな余裕があるとは思えない。

高確率で何らかの罠だ。しかし、時間稼ぎには使えるかもしれないと考えキラは通信に応じる。

 

<ふん、やっと回線を開いたか。ナチュラルは一々動きがトロいな>

 

「……お生憎様、僕はコーディネイターだよ」

 

第一声からこのヘイトスピーチ。キラは通信相手が極めて面倒な人間だと確信した。

横柄な態度の男はマーレ・ストロードを名乗り、キラに話しかける。

 

<コーディネイターのくせに連合軍に所属するとはな、裏切り者め>

 

「コーディネイターの総数と『プラント』の総人口を考えれば、どっちが裏切り者なのか分かると思うけどね」

 

<地球などに残る奴は時代を読めない愚図共だ。だから連合軍などに騙されて俺達と戦っているんだろう>

 

(……頭が痛くなってきたな)

 

本当にこのマーレという男は自分と同じ人間なのだろうか。無意識の内に目元をひくつかせてしまうキラ。

たしかにプトレマイオス基地での訓練生時代にもコーディネイターであるという理由で差別されたことはあったが、ここまでハッキリとした差別意識を見たことはない。

これには、プトレマイオス基地が月面に面しており、地球ほど差別意識が根付いていないことも大きかったのだが、今のキラに知る由は無かった。

とはいえ、わざわざ通信を繋げてきたということには理由があるはずだ。

 

「そんな下らないヘイトスピーチを聞かせるのが目的ってわけじゃないよね」

 

<勿論だ。……コーディネイターだというならちょうどいい>

 

次にマーレが発した言葉は、キラの思考をフリーズさせた。

 

 

 

 

 

一方その頃、ジェーン達”マーメイズ”とモラシムの戦いは膠着状態に陥っていた。

”マーメイズ”は実弾兵器が無効化される現状に決め手を欠いており、有効打が与えられず。

対するモラシムも、4対1という状況下でありながら有効打を受けずに戦闘を成立させている驚嘆すべき戦いぶりを見せているが、”マーメイズ”の連携を崩すまでには至っていなかった。

 

(どうする……まだ奴に見せていない、その上でPS装甲を貫ける手段は()()。だが……)

 

ジェーンの駆る”フォビドゥンブルー”が持つPS装甲を突破出来る武装は、バックパックに内蔵されたフォノンメーザー砲のみ。それ以外は実弾兵器だ。

しかし、部下達の駆る”ポセイドン”は違う。

彼女達の機体にはフォノンメーザー銃以外に、もう1つ、PS装甲を貫通出来る武装が装備されている。

だが、それを使える距離にまでモラシムが易々と接近させてくれるかというと、そうではない。

 

<隊長、()()を使いましょう!モラシムはあれを見ていない、今なら───>

 

「ダメだ、危険過ぎる!下手に近づけばタダじゃ済まないよ!」

 

<でも、このままじゃ!>

 

エレノアとイザベラがジェーンに迫るが、それでもジェーンは首を縦に振らなかった。

たしかに、モラシムを撃破するには絶好の、またとない機会だ。

秘密兵器を知られていないこともそうだが、万が一ここでモラシムを取り逃がしてしまえばモラシムは別の場所で友軍を蹂躙するだろう。軍人として、それだけは許すわけにはいかない。

───だが、信頼する部下の命を犠牲するという選択が出来るほど、ジェーンは非情では無い。

 

(PS装甲だって無限に続くわけじゃない、いずれはバッテリーも切れる!……それまで持ちこたえられるか?)

 

敵のエネルギー切れを狙うには、ジェーンの機体、”フォビドゥンブルー”では不安を拭えない作戦だ。

”フォビドゥンブルー”は水中にて高い運動性を有する機体だが、それはバックパックに接続された特殊兵装『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』ありきのもの。

こちらも性能に見合う電力消費量を誇る装備であり、持久戦を挑むのには間違っても向いているとは言えない。

 

<考え事か、生意気な!>

 

「っ、しまった!?」

 

ジェーンが考えを巡らせた僅かな時間。それを見逃すようなモラシムではなかった。

”フォビドゥンブルー”に突進する”ゾノ・オルカ”。ジェーンはそれを避けられず、咄嗟に受け止めた左腕部があっけなくクローで破壊され、吹き飛ばされる”フォビドゥンブルー”。

 

<これで、まず1匹!>

 

モニター一杯に映る”ゾノ・オルカ”。

宿敵を前に隙を見せた自分を呪いながら、生き残るために最大限に脳を働かせて生き残る最善の方法を探すジェーン。

しかし、彼女の脳が導き出した答えは、どう足掻いても死は免れない、という無慈悲なものだった。

脳裏に恋人の顔が過ぎる。

 

(こんなところで……エド!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<隊長……!>

 

一瞬にして”ゾノ・オルカ”が視界から消え去る。

”ゾノ・オルカ”に組み付いて押し出し、ジェーンの命を救ったのは、凜風の”ポセイドン”だった。

 

 

 

 

 

 

<リンリン!?>

 

狼狽するジェーンの声が聞こえるが、今の凜風には返事をする余裕がなかった。

ずっとずっと、追い求めていた仇が、すぐ目の前にいるのだから。

 

「この距離なら!」

 

<女の……っ!?>

 

動揺する男の声が聞こえる。これが、殺害する瞬間を何度も夢に見てきた男の声。

凜風は思わず、鼻で笑ってしまった。

高々女の声が聞こえた程度で、女が戦場に出てくる程度で動揺する男を、今までずっと追って来たのだから。

───そうしたのは、お前だろうに!

 

「死ね、モラシム……!」

 

凜風の”ポセイドン”は後腰部に接続していた細長い筒のような物体を手に取ると、それを”ゾノ・オルカ”に押し当てる。

その筒にはスイッチのようなものが存在しており、”ポセイドン”はそれを押し込んだ。

直後、”ゾノ・オルカ”の装甲表面に亀裂が生じる。

 

<なんだとっ!?>

 

動揺するモラシム。

”ポセイドン”が使用したのは、フォノンメーザー砲を筒状にした試作兵器『トリトン』だ。

通常のフォノンメーザー銃や砲と比べれば射程など有って無いようなものだが威力は十分であり、今のように敵機と密着した状態では銃よりも有用だろう。

そして、フォノンメーザー銃と同様にこの武器はPS装甲にダメージを与えることが出来る。

フォノンメーザーピックとでも呼称されるこの装備を、凜風は何度も撃ち込む。

 

「このまま、魚の餌にしてやる……!」

 

<ダメだ凜風、退け!>

 

撃ち込む度にダメージを負っていく”ゾノ・オルカ”に凜風は顔を喜色に染める。

もう少しで恋人の仇を討てる。その思いは、憎悪は、制止しようとする隊長の声さえ聞こえなくしてしまう。

これが、彼女の命運を分けた。

何故、ジェーンは『トリトン』の使用を渋ったのか。

───()()()()()()()使()()()()必要があるからだ。

 

<この、雑魚がぁっ!>

 

一瞬のことであった。

”ゾノ・オルカ”が体を回転させて“ポセイドン”を弾き飛ばす。

体勢を立て直した凜風の”ポセイドン”に、”ゾノ・オルカ”は無慈悲にクローに内蔵されたフォノンメーザー砲を撃ち込んでいく。

肩、足、胴体と被弾していく”ポセイドン”。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

コクピットの内部機器が爆発して凜風を傷つける。

 

<凜風っ!>

 

<無事か、無事なら返事を───>

 

<次は貴様らだ!>

 

<邪魔、するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 

コクピットの中に水が浸入してくる。

凜風は、喉からこみ上げてくる熱い液体の感覚から悟った。───もう、助からない。

それでも、きっと自分のやったことは無駄ではない筈だ。ならば、後は仲間達が自分に気を取られるようなことが無いようにしなければ。

 

「みん、な……」

 

<っ、リンリン!?>

 

最後の言葉を振り絞る凜風。

もう時間はない。どんどん視界が暗くなっていくこの感覚は、眠るようでいて、まるで違う。

 

「もら、しむ、ころ……ごほっ、ぐぶ」

 

<喋るな、今助ける!>

 

体が冷えていく。

心が止まっていく。

魂が沈んでいく。

 

「おね、ぐふっ、がい……」

 

暗い視界の中。

あまり力の入らない腕を動かし、機器を操作する。

”ポセイドン”の背中に装備された対艦魚雷『ストロングミサイル』の発射準備が出来た。

自分をここまで連れてきてくれた上官の顔が過ぎる。

 

(隊長、最後まで一緒に戦えなくてごめんなさい)

 

モニターに亀裂が入っているせいか、狙えている自信はない。

共に戦った仲間達の顔が過ぎる。

 

(エレノア、イザベラ……私が居なくなったからって、部屋の掃除とかサボったりしないでね)

 

それでもいい。無駄な足掻きだとしても、きっと仲間達はそれをチャンスに変えてくれる。

一週間ほど訓練に付き合ったルーキーの顔が過ぎる。

 

(似てたな……あの子。君は、大切な人を守れるように……私みたいにならないでね)

 

画面は割れててもロックオンは出来た。後は、引き金を引くだけ。

色々な顔が過ぎった。思い出が通り過ぎていった。

やっぱり最後に浮かんだ顔は、彼だった。

愛しい人。将来を誓い合った人。

遠い場所だけれど、同じ海だ。ならば、共に同じ場所で散れるのは、意外と幸福なのかもしれない。

 

(やっと、貴方に……貴方の所に……)

 

目を閉じる。引き金を引く。

それらと同時に、”ポセイドン”が限界を迎えて圧壊する。

そうして、林凜風(リン・リンファ)は海の泡となった。

 

 

 

 

 

「は……?」

 

<聞こえなかったのか?───ナチュラル共の船を沈めてこい、そうすればお前も仲間として受け入れてやる>

 

聞き返したキラを、マーレは嘲笑う。

要するに、裏切って自分達の側に付けとマーレは言っているのだ、と。

キラが気付くのに1秒も掛かってしまったのは、仕方の無いことかもしれない。

 

「本気で言っているのか、君は……?」

 

<躊躇っているのか?ナチュラル共など何人死のうが意味などない。むしろ何故お前はそっちで戦っている?>

 

「戦争を終わらせるために決まってるだろ……!」

 

キラの中に僅かに湧き上がる衝動。

それはとても黒くて、今までに覚えの無い感覚。

 

<予想以上にバカだな。ナチュラル共が俺達に勝てるワケがない、今は少々状況が悪いが、いずれはZAFTが勝つ>

 

「どうやって勝つっていうんだ」

 

<仲間になってから教えてやるよ>

 

段々とその黒い衝動はキラの心の中に貯まっていく。

この感覚はとても危険なものだ。だが、それを知ってなおキラは押しとどめようという気にはならなかった。

 

<ちっ……何故そこまでナチュラル共を庇う!何もかも俺達コーディネイターに劣ったサル共に、無様に死んで楽しませる以外の価値があるわけないだろう!>

 

 

 

 

 

マーレが過剰なまでにヘイトスピーチを行なっているのは、敵を挑発して動きを単調にさせるためのものだ。

中々に動きの良い”アクアストライク”を相手に長期戦を挑むのは得策ではない。

それならば、このようにして裏切りを唆すことで敵を苛立たせ、動きを単調にしようという思惑があったのだ。

実際に裏切ればそれはそれで良し。これまでも何度か成功した1手だったからこそ、マーレは今回も同じように実行した。そこに大した重みはない。

 

マーレ・ストロードは不幸だった。

通常の兵士だったらそれで良かったかもしれない。

動きが単調になったかもしれない、無様な姿を笑いつつ撃墜できたかもしれない。

だが、目の前の”アクアストライク”にだけは。

───絶対に、してはならない小細工だったのだ。

 

 

 

 

 

「……よーく、分かったよ」

 

ここに来て初めて、キラは自分の中のどす黒い感覚の正体に気付いた。

これは……殺意だ。

 

<ほう、何がわかった?>

 

「君達が遊びのつもりでここにいるって事かな」

 

殺意を抱いたことがないわけではない。これまでにだって何度も人を殺してしまっているし、それは否定しない。

だがこれは違う。

誰かを守る為、作戦を遂行する為、戦争を終わらせるため。そのために抱かなければならなかった殺意と、明確に異なる。

不快で、苦痛で、それでいて虚無的。

キラは初めて、純粋な怒りと憎しみで殺意を覚えていた。

 

<あ……?>

 

戸惑うマーレの声を聞きながら、キラはスイッチを押し込んだ。

キラは自分を庇って撃墜された”重装型ポセイドン”のことを思い返す。

彼は自分(キラ)を庇い、散った。味方だから、仲間だから。

そんな彼を、殺したのが、()()()()()

彼だけではない。きっと先ほどマーレ達が蹂躙した”メビウス・フィッシュ”だって、きっと彼らは嘲り笑いながら蹂躙した。

 

「君達は、絶対に殺す……!」

 

キラがスイッチを押し込むと同時に、”アクアストライク”の背部ハイドロジェットに接続されていた装備の、()が外れる。

それは、無数の小さな刃が一定間隔で張り付いた刀身の、およそ剣というよりは工具のような見た目をしていた。

”アクアストライク”がそれを両手で掴み、持ち手のスイッチを押すと同時に、刃が高速回転を始める。

”アクアストライク”最後の手段、試作型MS用回転刃『ヘルファイター』。

『ゴッドスレイヤー』のコードで開発されたそれを、人はチェーンソーと呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊びでやってるんじゃないんだぞっ!!!」




次回、ディエゴガルシア島攻防戦決着。

何故ここまで話が進まないのか。
それは、私が思いつきで文章を増やしまくっていくからです。
許して欲しい……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第117話「インド洋を紅く染めるモノ」終編

5/7

インド洋 ”アークエンジェル”艦橋

 

「作戦進行率、70%を突破!ディエゴガルシア島、有効射程圏内に入ります!」

 

「『バリアント』起動!これより、敵拠点への砲撃を開始します!」

 

アミカの報告を受け、マリューは即座に命令を飛ばした。

イーサンとトールの”アームドグラスパー”や南アフリカの航空部隊の奮戦で、”アークエンジェル”に大きな損害も無く敵基地の存在するディエゴガルシア島に進行することが出来ていた。

その上、”アークエンジェル”には対地攻撃能力も備わっている。

ならば、次にするべきは1つだけだ。

 

<こちら”ルツーリ”。ディエゴガルシア島を有効射程圏内に収めた>

 

<こちら“ツツ”、同じく!>

 

<”ムベキ”だ、いつでも撃てるぞ!今こそ、インド洋から奴らをたたき出す時だ!>

 

「艦長!『バリアント』起動完了、敵防御陣地に照準しました!」

 

「───撃てっ!」

 

”アークエンジェル”が副砲『バリアントMK.8』を発射したのを皮切りに、これまで敵部隊からの攻撃から守られてきた南アフリカ艦隊から大量の対地ミサイルが発射される。

ほぼ健常な状態の艦隊から放たれたミサイルの雨がディエゴガルシア島沿岸の防衛施設に着弾し、そこに存在する物を際限無しに吹き飛ばしていく。

 

「敵防衛施設、沈黙!」

 

「いける……作戦の第二段階に移行、MS隊による敵拠点の制圧を開始します!」

 

 

 

 

 

ディエゴガルシア島 沿岸部

 

<敵艦よりMSの発進を確認した!迎撃……うおっ!?>

 

”アークエンジェル”から飛び立った2機のMS。それらを迎撃するために数機の”ジン”が武器を向けるが、直後に飛来したミサイルに翻弄されて阻害されてしまう。”アークエンジェル”が着陸援護のために発射したものだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

裂帛の叫びを挙げながら、ヒルデガルダの”ダガー”がカタパルトで射出された勢いそのままに突撃し、対艦刀で”ジン”を切り伏せた。

ヒルデガルダの”ダガー”はエールストライカーを背中に装着しており、その滑空性能を発揮し、まだ離れた場所に存在する”アークエンジェル”からディエゴガルシア島にたどり着いたのだ。

対艦刀は本来エールストライカーには付属しないが、ヒルデガルダの要望で対艦刀のみを装備している。

 

<こいつ……がぁ!?>

 

勢い良く切り込んできた”ダガー”に他の”ジン”が銃を向けるが、突如として胴体を切り裂かれる。

ぐらりと上半身が腰から落ち、爆発。

爆炎を背景に、両腕にビームダガーを構えた”デュエルダガー・カスタム”が、鋭くカメラアイを光らせた。

 

「ありがと、スノウちゃん!」

 

<戦場ではソード2と呼べ>

 

ヒルデガルダに返事をするスノウ。内容こそ叱責するものだったが、言葉に刺々しさは感じられない。

意外なことではあるが、スノウは人付き合いが悪い方では無い。

”アークエンジェル”内でも疎ましがられている白衣の男達の所に行く時以外は作業の手伝いを頼めば承諾してくれるし、会話も程々には付き合う。

時折コーディネイターやZAFTに対する憎しみを発露することや過去の経歴が不明な点以外は、至って常識人なのだ。

歳の近いヒルデガルダと良好な関係に至るのは、当然のことと言える。

 

「ごめんごめん!」

 

<だが、良い動きだったな。アフリカでコツでも掴んだか?>

 

「そんな感じかな。さ、もっといこう!」

 

リラックスした様子で会話を終え、再び敵MS隊に向かって切り込んでいくヒルデガルダ。スノウもそれに呼応し、ヒルデガルダに注目するMSを優先して切り伏せていく。

彼女の駆る”デュエルダガー・カスタム”は、元々高い機動性を活かして敵機に急速接近し、一撃離脱することを主眼に置いた機体だ。

スノウ本人の高い戦闘能力故に正面切っての戦闘でも十二分に戦果を挙げていたが、本来はこのように、僚機の影に隠れつつ敵戦力を削っていくのが役割なのである。

そして、注目を集めるヒルデガルダ本人もアフリカにおける『深緑の巨狼』スミレ・ヒラサカとの戦いを経て戦闘能力が向上している。

対するZAFTの防衛部隊は、これまで一度として襲撃の経験が無かったディエゴガルシア島に配属されていた弱卒揃い。

乗りに乗ったこの2人を、止められるわけがない。

 

<ふ、ぼやぼやしていれば置いていくぞ!>

 

「冗談!そっちこそ置いてかれないでよね、ソード2!」

 

 

 

 

 

「こいつ……相当消耗してるだろうに、まだやれるのか!?」

 

島への上陸が始まった。しかし、水中では未だに激戦が続いている。

ジェーンが驚きの声を挙げたのは、マルコ・モラシムと”ゾノ・オルカ”が余りにもタフだと感じた為である。

凜風の捨て身の攻撃で装甲のあちこちに損傷が生まれており、残り電力量だって少ないだろうに、その戦い振りは今戦い始めたかのように獰猛さを保っている。

”マーメイズ”達の機体がフォノンメーザーを次々に発射していくが、いずれも決定打に至らない。

 

<よくも凜風を!>

 

<絶対……絶対ここで殺しきる!>

 

エレノアとイザベラが、凜風が撃破されたことに冷静さを欠いている事も向かい風だ。

加えて、ジェーンの駆る”フォビドゥンブルー”も左腕を破損しており、決め手に欠ける。

 

(どうする……あれは───!?)

 

ジェーンの視界に、海底方向から何かが上昇してくるのが見える。

間違い無い、”ポセイドン”の『ストロングミサイル』だ。この状況であれを撃ち出せる存在は1人だけしかいない。

凜風が既にこの世に存在しないだろうことは、反応が消失したレーダーが告げている。しかし、最後の最後まで彼女は、凜風は戦い続けたのだ。

───行くしかない!

 

「エレノア、イザベラ!───合わせろ!」

 

 

 

 

 

「魚雷だと?」

 

自身に向かってくる『ストロングミサイル』の存在を感知したモラシムは、それを嘲笑った。

それが、先ほど沈めた”ポセイドン”から放たれたものであることを理解し、それがまったく自分にとって直撃するコースになかったからだ。

 

(馬鹿な女だ、当たるわけも無い魚雷を撃つなど)

 

あれだけ損傷し、禄に狙いも付けられないだろう状況で魚雷を撃っても意味など無い。まぐれ当たりを狙ったにしても、味方の方が多い戦場でやるにはリスクの方が勝る。

所詮はナチュラルか。モラシムはそう考え、その悪あがきの存在を頭の中から消した。

精々、その魚雷の通過するコースに近づかないようにするだけでも十分だ。

───その筈だった。

 

「っ!?」

 

掠りすらせずに虚しく通り過ぎていった魚雷が、何も無い場所で爆発したことでモラシムの思考に微かな乱れが生じる。

何が起こったのか、事実だけを述べるならば。

”フォビドゥンブルー”が、魚雷を撃ち抜いて起爆したのである。

 

(なんだ、どういうことだ?何故あの魚雷を撃った?俺は勿論、他の奴らにも当たってはいないぞ?)

 

敵機の不可解な行動に思考を()()()()()()()()モラシム。

しかし敵機からの攻撃が止んでいるわけではない為、深く思考を続けるわけにはいかない。

 

「ちぃっ、下らんことに気を取られた……!」

 

敵に隙を見せた自分を恥じながらも回避行動を続けるモラシム。

その数秒後、彼は自身の失策と、”マーメイズ”の狙いに気付く。

”ゾノ・オルカ”のレーダーが高速で接近する反応を知らせるアラートを鳴らす。それは、先ほど魚雷を撃ち抜いた”フォビドゥンブルー”のものだ。

 

(速いっ!)

 

これまでに見たことの無い速度で接近する”フォビドゥンブルー”。ジェーンはこれまでの戦いで”フォビドゥンブルー”の最高速度を見せていなかったのだ。

しかし、モラシムが驚愕したのはそれだけではない。

”フォビドゥンブルー”の突撃を回避することも、迎撃することも容易に行える。今の”フォビドゥンブルー”は左腕を失っており、接近戦で”ゾノ・オルカ”に勝てる見込みなど無い。

問題なのは、”ゾノ・オルカ”と敵部隊の位置だ。

3方向から自身を狙う”マーメイズ”。それらの攻撃を的確に対処しなければ、敗北は必至。

 

(あの魚雷は、まさかこの為……!?)

 

あの魚雷の起爆は意味が無い。()()()()()この状況に追い込まれたのだとモラシムは直感した。

あの爆発でモラシムは一瞬思考を鈍らせた。あまりにも無意味な行為に、「何かあるのではないか」と裏を探ってしまったからだ。

その隙に”マーメイズ”は行動し、この状況を作り上げた。

この戦争全体で見ても最高峰の連携能力を前に、しかしモラシムは笑う。

ここで”マーメイズ”を倒してしまえば、水中戦における自身の最強が証明されるからだ。

 

「受けて立ってやるぞ、小魚共ぉ!」

 

モラシムの決断は早かった。

まずは向かってくる”フォビドゥンブルー”を対処、その後に”ポセイドン”を撃破する。

如何に新型といえど左腕を失った状態で”ゾノ・オルカ”に勝てるわけもなし、むしろ接近してくれるなら”ポセイドン”も誤射を恐れて射撃を鈍らせる可能性が高い。

”フォビドゥンブルー”がバックパックから放った魚雷を回避しつつ、”ゾノ・オルカ”は接近し、両腕のフォノンメーザー砲を向ける。

 

(ギリギリまで距離を詰めてフォノンメーザー砲を撃ち込むつもりだろうが、それならば両腕を使える俺の方が有利だ!)

 

予想通りに射撃の勢いを弱めた”ポセイドン”を確認しつつ、”フォビドゥンブルー”を狙うモラシム。

だが、彼の予想はまたしても裏切られた。

”フォビドゥンブルー”は射撃する素振りを見せず、”ゾノ・オルカ”に組み付いた。

 

「なにっ!?」

 

更に驚愕、”フォビドゥンブルー”はそのままの勢いで海底に向かって沈降し始めたではないか。

“ゾノ・オルカ”は”フォビドゥンブルー”にフォノンメーザー砲を向けるが、いつの間にか接近していた”ポセイドン”2機がその両腕に組み付きつつ、やはり沈降を始める。

如何に”ゾノ・オルカ”といえど、3機がかりで押し込まれれば力負けしてしまう。

そこでようやく、モラシムは敵の狙いを悟った。

 

「貴様ら……()()()()()()()気か!」

 

 

 

 

 

「半分、正解だよ……!」

 

力一杯にペダルを踏み込みながら、ジェーンは獰猛な笑みを見せた。

『ストロングミサイル』を起爆する引っかけ(ブラフ)はアドリブだが、この状況自体は想定されていたものだ。

敵は『紅海の鯱』。どれだけ対策を練っても確実とは言えない強敵だ。

そして、強敵への対策は何時だって、敵の予想を上回るものでなければならない。

 

「インド洋の深さの平均は3890(メートル)、PS装甲が無ければすぐに圧壊する人類未踏の領域さ!全身にPS装甲を纏っているようだが、果たしてバッテリーが保つかな!?」

 

<貴様らとて同じことだろう!>

 

モラシムの言うとおり、”ポセイドン”が水圧で潰されずにいられるのは胴体のPS装甲が耐圧殻としての役割を果たしているためだ。

水深が10m深くなるごとに物体に掛かる圧力は1気圧増す。これが1000mともなれば約101気圧。

これを(トン)に換算した場合の数値は1000t。

現在”ゾノ・オルカ”と”マーメイズ”のMS3機は水深200m地点を下回ったが、それでも既に200tもの圧力が機体に掛かっているのだ。

 

<知るか、死ね!>

 

<お前には、二度と日の目を見させない!>

 

そうと知りながら、3機のMSは押し込むことを止めない。

モラシムは、ここにきて初めて、恐怖を覚えた。

水深は300mを越えた。

 

「何を動揺する!───これまで散々、貴様がやってきたことだ!」

 

<なにを───>

 

「貴様が仲間を殺したから、私達がお前を殺す!それだけだと言っているんだよ!」

 

水深200mを下回ってしまえば、人間は日の光を感じることは出来なくなる。

周囲を取り巻く暗黒は、まるでモラシムを冥界に誘う死神の抱擁のようだ。

水深400m。

 

<くっそ……隊長、これ以上は!>

 

<機体が軋んできた!?>

 

ここで、”ポセイドン”2機が限界を迎えた。

PS装甲のおかげで圧壊はしないとしても、単純に400t近い負荷が掛かっているのだ。

むしろ、本格的な潜水艦でもないのにここまで保った時点で奇跡と呼ぶべきだろう。

 

「よくやった、こっからはあたしが決める!」

 

<<ご武運を!>>

 

”ポセイドン”は”ゾノ・オルカ”を押さえつける手を離し、上昇し始めた。

───”フォビドゥンブルー”を残して。

 

「さあ、地獄の入り口までランデブーといこうじゃないか!」

 

<正気か!?>

 

「この上なく!」

 

更に”フォビドゥンブルー”は”ゾノ・オルカ”を下へと押し込む。

水深500m。

それを超えてもなお、2機のMSは沈んでいく。

深く、深く、深く。

 

「お前はここで終わりなんだよモラシム!」

 

<……ふ、はっはっはぁ!そうかもしれんな、だが貴様も同じだ!この水圧ではもはやまともに動くことすら敵わん!PS装甲が効いているというだけで、MSではマトモに動くことさえ出来ない水圧が掛かっている!>

 

モラシムの言葉は事実だった。

両腕が自由になった”ゾノ・オルカ”が”フォビドゥンブルー”を排除しないのは、正確には水圧に押さえつけられて出来ないからだ。

このまま、2機は身動きも取れず、ゆっくりと死に向かう以外の道は残されていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言ったろ、『地獄の入り口まで』ってな。───そっから先はお前だけで逝け」

 

冷え切った言葉と共に、”フォビドゥンブルー”が離れていく。

身動きが出来ない”ゾノ・オルカ”とは対照的に、”フォビドゥンブルー”の動きに不自由さと言えるものは無い。

むしろ、煽るように”ゾノ・オルカ”の周囲を旋回さえしてみせるではないか。

 

<なん……>

 

呆気に取られた声に、ククク、と笑いが止まらないジェーン。

どうせこのまま死ぬなら、冥土の土産に聞かせてやろうではないか。

 

「このMS、”フォビドゥンブルー”に搭載されている特殊装備『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』には、ミラージュコロイドを制御する能力がある」

 

本来はそのコロイド制御能力を持ってバックパック両側の稼働装甲表面に磁場を形成し、敵機からのビームを曲げて防ぐことを目的とするこの装備だが、別の使い道もある。

それは、形成された力場が周囲の水分子に干渉することにより、水圧や抵抗を減免するというもの。

そして、機体に掛かる水圧による負荷が無くなるということは。

 

「無理矢理PS装甲で耐えてるそっちと違って、この機体は理論上無制限に潜水が可能なんだよ。なにせ水圧を『耐える』んじゃない、水圧を『無くしてる』んだからね」

 

<……>

 

無言だが、呆気に取られているのが分かる。

このまま満足に動けずに死んでいく様を見物するのも魅力的ではあったが、戦いはまだ終わっていない。

 

「じゃ、あたしはこの辺で」

 

<は……貴様、待て!>

 

「待たない」

 

”ゾノ・オルカ”が攻撃しようとするが、腕は満足に動かないし、魚雷を発射などしようものならその瞬間に魚雷が水圧で潰れて爆発し、自爆することになる。

つまり、モラシムが生きるも死ぬも、ジェーンの手に委ねられたのだ。

どれだけ屈辱でも、モラシムは彼女に縋らなければならない。

───たとえ、それが無理であると理性が理解していても。

 

「お前も散々に奪ってきたんだろ?『待て』『止めろ』って言ったあいつらの命をさ。今更自分だけは生きたいって?」

 

<……!>

 

言い返す言葉は無かった。その通りだったからだ。

これまでいくつも沈めてきた連合の水上艦、モラシムはその救命ボートさえも沈めていったからだ。

MSの腕部で直接たたきのめしたこともあれば、至近距離で魚雷を爆発させて恐怖を煽ったこともある。

モラシムはそれを悪だと思っていない。憎きナチュラルには何をしてもいい、そう思っていたからだ。

そんなモラシムの命乞いを、いったいナチュラルの誰が聞くと言うのか。

 

「ま、安心しなよ。このまま深海に放置してもいいんだけど、確実に撃破したって証拠が無いと後味が悪い。───直接殺してやる」

 

そう言って、ジェーンは”ゾノ・オルカ”にフォノンメーザー砲の砲口を向けた。

 

 

 

 

 

ジェーンの宣告を聞いたモラシムは、顔面を怒りで赤く染めながら歯を食いしばった。

今まで散々に見下してきたナチュラル、しかも女になすすべ無く殺される時を待つしかないという状況は彼にとって屈辱でしかない。

しかし、数秒が経った後に彼は一転して笑い始めた。

 

「はーっはっは!俺を殺すか、それもいいだろう!さあ、殺すがいい!」

 

態度を一変させたモラシム。彼には何かの策が残っているわけではなかった。

今まで散々に敵を殺してきたのだ。どれだけ不愉快であっても、その逆もあり得ることは認めざるを得ない。

ならば、精々堂々と死んでやろうではないか。

最後の最後まで自分のプライドを折ることは出来なかった、一抹の不快感を抱かせるために。

 

「だがな、俺が死のうと戦争全体が変わるものか!この戦争、勝つのはZAFTだ!」

 

<……>

 

「殺せ!今まで俺が殺してきたように、今度は貴様が殺す番だ!」

 

身動きが取れない中でも叫んでみせるモラシム。

そこには、もう生きる未練など無いというヤケッパチの感情が大いに含まれていた。

 

(そうとも、これでようやく、あいつらの元へ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<───やっぱ、やーめた>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

”フォビドゥンブルー”が機体を翻し、上昇を始める。

”ゾノ・オルカ”への興味が失せたかのような挙動に、呆けた声を漏らしてしまうモラシム。

そんなモラシムを、ジェーンは嘲り笑う。

 

<なんであんたの言うこと聞いてやらなきゃなんないのさ。あーあ、残念。いきなり阿呆みたいなこと言い出すから萎えちまった>

 

「な、き、貴様!ここで俺を殺さねば───」

 

<こっからあんたがどう生還するっていうのさ。味方が助けに来るこでも祈るかい?>

 

「俺を殺すのではなかったのか!?」

 

<少し違うな。私達はね……お前に最大限の屈辱を味わいながら死んで貰いたいんだ。じゃ、そういうことで>

 

それきり、ジェーンは何一つの関心を向けることなく上昇していった。

それはまるで、地面に這いつくばる、足のもげた蝗虫(バッタ)に対する態度のようでいて。

モラシムにはその程度の価値も無い、ということを言うようで。

 

「───ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

正気を失い、モニターに拳を叩きつけるモラシム。当然、そこに映る”フォビドゥンブルー”には何の痛痒も生まれない。

モラシムが喚く間にも、機体はどんどん沈んでいく。

コクピットの中にはアラートが鳴り響くが、それもモラシムの苛立ちを煽ることしか出来ない。

拳をコンソールに叩きつけても、アラートは止まない。

 

「何故だ……何故だ何故だ何故だ!?」

 

拳を握り、自問自答するモラシム。

彼には、どうしてこのような状況に陥ってしまったのかが理解出来なかった。

自分は、自分の怒りは正当なものの筈だ。そうでなければならない。

───でなければ、あの時失われた妻子の命は、何処で報われればいいというのだ!

 

「あ……?」

 

狂気の果てに、モラシムはそれを見た。

彼女が見える。口づけを交わし、生涯を共に生きようと決めた妻が。

あの子が見える。星のように煌めく笑顔が、抱き上げたその温もりが愛しい愛娘が。

 

「何故だ……何故泣く!?」

 

2人は泣いていた。モラシムを見て、泣いていた。

モラシムには、もう彼女達の涙の理由が理解出来ない。

彼女達が、何故モラシムを見て涙を流すのか。何故、自分(モラシム)がその涙を拭うことが出来ないのか。

復讐鬼と化したモラシムに理解出来る筈が無いのだ。

 

「何故だ……」

 

手を伸ばしても、虚しく空を切るばかり。

そしてアラートが、ピー、という無慈悲な音を鳴らすと同時に。

虚空に伸ばした手ごと、“ゾノ・オルカ”のコクピットがモラシムを潰し始めた。PS装甲がダウンし、水圧が”ゾノ・オルカ”を潰し始めたのだ。

 

「どうして……」

 

そうしてモラシムも、この海の泡の1つとなった。

最後の最後に彼が妻子の姿を見たのが慈悲であったのか、それとも罰であったのか。

脳裏に過ぎった光景は、平和だった頃に、家族3人で過ごした穏やかな日々。

 

(どうして、俺は、こんなところに……)

 

 

 

 

 

「やった……遂に、やったんだよ、あんた達……」

 

水面に向かって浮上する”フォビドゥンブルー”。そのコクピットで、ジェーンは胸に手を当てながら涙を流していた。

あの日、所属していた部隊をモラシム率いる水中MS隊に壊滅させられた時から胸の中でくすぶり続けていた炎が、ついに消えたのだ。

ジェーンが”ポセイドン”や”フォビドゥンブルー”の試験を行なっている時も、”マーメイズ”を率いて戦っている時も、何処かでモラシムに味方が殺されていた。

もう、それを気にする必要も無いのだ。

 

(でも……まだ、終わりじゃない)

 

たとえモラシムが死んだとしても、それで戦争が終わるわけではない。それは、先ほどモラシムが言った通りだ。

復讐から解放された後も、この戦争が終わるまでは戦い続けなければならない。

だが、彼女は1人ではない。

頼れる部下も、愛する男もいる。

 

「最後まで戦ってやるよ、あんた達の分までね」

 

<……ちょう、隊長!聞こえますか!?>

 

<無事ですか、返事をしてください!>

 

心配そうな部下の声がジェーンの耳に届く。

どうやら、浮かんでくる間にやられていたなんていうマヌケなオチにはならなかったらしい。

 

「聞こえてるよ。それより、戦いはどうなった?」

 

<隊長!……はい、既に一部の部隊が島への上陸を始めました!そろそろケリが付くと思います!>

 

「そうか……一度”アルゴー”に帰投する。まだ戦いは終わっていないんだ、手早く補給して備えるよ!」

 

『了解!』

 

部下達を率いて母艦に帰っていくジェーン。

その心には、一点の迷いも無かった。

 

 

 

 

 

(なんだ、なんなんだこいつは……!?)

 

マーレ・ストロードには眼前の光景が受け入れられない。

いつも通り、適当に挑発して動きの悪くなった相手を、3機がかりで撃破するだけの筈だった。

この戦闘自体はZAFTの負けだとしても、『白い悪魔』と呼ばれる敵を撃破さえすれば、少なくともマーレの評価は上がると踏んでの行為だった。

だが、目の前のこの光景はなんだ?

 

<くそっ、こいつ動きがますます……!>

 

<そっちから追い込め!……ダメだ、避けられた!?>

 

魚雷の弾が切れた”アクアストライク”は、あろうことかチェーンソーなどというゲテモノ極まる武器で近接戦を挑んで来た。

最初は無謀さを笑ったマーレ達だが、先ほどまでとは打って変わったキレのある挙動でマーレ達の攻撃を避け、切り裂こうとしてくるのだ。

翻弄される3機の”ゾノ”。そして遂に、その時が訪れる。

 

<くっ、どこにいった……なに!?>

 

”アクアストライク”の動きを見失った”ゾノ”。しかし、その直後に機体全体に衝撃が奔る。

”ゾノ”の真上から現れた”アクアストライク”は、逆手に持ったチェーンソーを”ゾノ”に突き刺した。

切り裂かれる装甲表面から、火花の代わりに大量の泡が発生する。

 

「この、離れろ!」

 

マーレともう1機の”ゾノ”が”アクアストライク”を狙うが、その頃には”アクアストライク”は離脱していた。

 

<あぁ、水が!マーレ、助け───>

 

恐怖に塗れた声が響くと同時に、切り裂かれた”ゾノ”が潰れていく。

水圧で潰されているのだ、とマーレが理解した時には”ゾノ”は爆散していた。

マーレはここで、2つの理由で恐怖を覚えた。

1つは”アクアストライク”の、”ゾノ”に最低限のダメージを与えて耐圧殻を破壊するだけの技量に。これによってチェーンソーへの負荷は最小限に済み、戦闘を継続することが出来る。

もう1つは、そうすれば最低限の消耗で済むとはいえ、敵パイロットを水圧で潰し殺すと理解した上で実行しただろう残酷に。

 

「ば、化け物か……!?」

 

チェーンソーの刃を回転させながらマーレ達を見下ろす”アクアストライク”。

そのツインアイが、鈍く煌めいた。

 

 

 

 

 

「まず、1つ……」

 

キラは淡々と、命を奪ったことを確認するための言葉を呟く。

その心中には戦争を、モラルを侮辱したマーレ達への怒りが燃えていたが、それとは対照的に彼が操縦する”アクアストライク”の動きのキレは良くなっていった。

彼は今、急速に水中戦の経験値を獲得していた。

 

「次!」

 

ペダルを踏み込み、”アクアストライク”を加速させるキラ。

バッテリー残量がまだ保つことを確認しつつ、彼は残った2機を仕留める算段を立て始めた。

 

(2機とも仕留めるには、逃げる隙を与えちゃいけない。相手の理解の外から攻める必要がある)

 

“アクアストライク”の残る武装はチェーンソーを除けば『アーマーシュナイダー』1本と『イーゲルシュテルン』のみ。

チェーンソーを振り回すだけでも1機は持っていけるだろうが、チェーンソーは敵を確実に撃破出来るダメージを与えるのに時間が掛かる。

そうしている間に逃げられたらアウトだ。目的は達せられない。

 

(あんな奴らは、残さず殺しておかないといつまで経っても戦争が終わらない)

 

普段の彼からは到底考えられない、恐ろしいほどの残酷な思考。

彼の中の『戦う才能』が穏やかな少年を殺戮マシーンへと変えているのだ。

戦争を終わらせるために殺戮する。その思考がどれだけ、本来の彼のものから逸脱しているか、今のキラには気づけない。

 

「……来た!」

 

僚機を落とされてなお、2機の”ゾノ”は果敢に魚雷やフォノンメーザー砲を発射して”アクアストライク”を撃墜しようと試みる。

しかし、今のキラにとってはそれすらも追い風にしかならない。

攻撃を避けながら、キラは『イーゲルシュテルン』を発射した。

水中ではほとんど威力の出ないイーゲルシュテルンで撃ったのは、”アクアストライク”に向かって放たれていた魚雷の一発。

如何に威力が落ちていようと、魚雷にぶつかれば爆発させるくらいの衝撃にはなる。

 

<なんだと!?>

 

そこからの”アクアストライク”の動きは驚嘆以外を生み出さないものだった。

なんと彼は、爆発した魚雷の爆発で生じた衝撃を背に受けることで、”アクアストライク”を加速させたのだ。

敵機の予想を超える速度で迫った”アクアストライク”は『アーマーシュナイダー』を抜き放ち、それを”ゾノ”のモノアイに突き立てる。

センサー部は装甲を薄くしなければならないため、抵抗なく刀身が押し込まれる。

 

(ここだ!)

 

続けざまに、もう1機の”ゾノ”目がけてチェーンソーを振りかぶる”アクアストライク”。

”ゾノ”は冷静さを取り戻してはいない。絶好の機会だった。

 

「これで───!?」

 

必殺を確信した瞬間に、揺れる”アクアストライク”。

何事かと見渡せば、『アーマーシュナイダー』を突き立てた”ゾノ”が”アクアストライク”の右足を両腕で掴んでいるではないか。

最低限のダメージで事を済ませようとしたが故に起こる、イレギュラー。

 

<マーレ!今のうちに……>

 

「くそっ、離せ!」

 

キラが咄嗟にとった行動はどこまでも理性的だった。

引きずりこもうとする”ゾノ”を、敢えて押し込むようにして力を加えて体勢を崩したのだ。

”アクアストライク”はその勢いのままに”ゾノ”の両腕を振りほどきチェーンソーを突き立てた。高速回転する刃がコクピットに到達し、パイロットを二分割する。

それを引き抜いたキラは、あることに気付く。

 

(追撃が、来ない?)

 

大きな隙を晒したというのに、”アクアストライク”は攻撃を受けていないのだ。

あのマーレという男なら嬉々として撃ち込んでくる筈。そう考え、機器を操作して辺りを探るキラ。

やがてモニターには、マーレの”ゾノ”の姿が映った。

───”アクアストライク”から離れていく“ゾノ”の姿が。

 

「っ……!」

 

キラの心中、そこで黒く燃えさかる炎が再び勢いを増す。

あの男は、あの卑怯者は。

仲間を見捨てて、逃げたのだ!

 

「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

「ひいっ……!」

 

マーレは恐怖の余り、ついに初の悲鳴を漏らした。

加えて言うならば、下半身の方からもアンモニア臭のする液体を漏らしていたのだが、今の彼にそれを認識する余裕などない。

逃げなければ、あの化け物から逃げなければ!

全速力で”ゾノ”を後方に、ディエゴガルシア島よりも先の、撤退支援のためにやってきた艦隊の存在する方向に進ませる。

 

(もうディエゴガルシア島は無理だ!)

 

まだマーレに余裕があった時に聞いた通信でさえ、知らせるのは友軍の不利を伝える物ばかりだったのだ。今更戻ったところで捕まって捕虜となるか、海の藻屑にされるのがオチだ。

母艦の反応は既に消失している。

それならば、せめて少しでも生き延びる確率を高める選択として後方艦隊に向かうだけだ。

こればかりは、銃後の備えをしっかりしていた、あの不甲斐なさを滲ませる基地司令に感謝するしかない。

 

<───待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!

 

思わずビクリと震えてしまい、スロットルをすっぽ抜けかけてしまうマーレ。

スピーカーの先から聞こえてきたのは、紛うこと無く、”アクアストライク”のパイロットである『白い悪魔』のものだった。

先ほど、通信回線を開いた時に記録された周波数を使って逆に通信回線を開いてきたのだ。

 

逃げるな、卑怯者っ!お前が、お前みたいな奴がいるから、僕も、皆も、彼も、こんな戦争をしなきゃいけなくなったんだ!

 

スピーカー越し故にノイズ混じりで聞こえるその声からは明確な怒りが、憎悪が感じられた。

 

お前だけは殺してやる!二度と、生きて海を出られると思うな!

 

「───わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

結局、マーレ・ストロードは生還を果たした。そこから先のマーレの記憶は定かではない。

明確に覚えているのは、ひたすら力強くペダルを踏み続けたこと。

そして、小便を漏らしながら、友軍を見捨てて逃げてきたマーレに対する周囲の兵士からの侮蔑の視線だけだった。

 

 

 

 

 

<───ソード1、聞こえるかソード1!?>

 

キラに冷や水を浴びせるかのごとく、サイの声が響いた。

 

<たった今、ディエゴガルシア島のZAFT軍拠点が投降勧告を受け入れた!一度帰投してくれ!>

 

耳を疑うキラ。

帰投?今ここで?あの男も殺せずに!?

反論を試みるも、彼の中の理性が制止を掛けた。

機体のエネルギー残量も気付けば危険域に入っており、どのみち、追撃は諦めるしかなかった。

 

「……ソード1、了解。帰投する」

 

<了解。……何かあったのか、キラ?>

 

「何でも、ないよ。何でも……」

 

<そう、か。……”アークエンジェル隊”の皆無事だ、早く戻って来いよ>

 

「うん……」

 

通信を切ったキラは、周囲に敵性反応が無いことを確認してからオートプログラムを起動し、機体を浮上させ始めた。

MSは複雑な機械だが、このような簡単な行動を取らせることはオートでも出来るのだ。

その中で、キラはヘルメットを外し両手で頭を抱えた。

 

「くそ、くそぉ……」

 

キラの心の中は、様々な感情が渦巻いていた。

マーレという危険な男を取り逃がしたことによる後悔。作戦が無事に終わったことへの安堵。

そして、ためらい無く、否、憎しみに委ねて人を殺そうとした自分への恐怖。

 

「僕は……」

 

 

 

 

 

ディエゴガルシア島攻略作戦は、基地司令による投降勧告受諾という形で幕を下ろした。

戦闘自体は終始連合軍優位に進んだが、両軍共に被害は大きく、中でも被害が大きかったのは、やはり水中戦力だった。

後に『ディエゴガルシアの戦い』と名付けられるこの戦いについて、後世の軍事評論家はこう評した。

 

『どこまでも蒼く美しい海の水面下は、途方も無く赤黒い憎悪で染まっていた』




次回エピローグ的な回を挟んで、ディエゴガルシア島攻略作戦編を終了とします。
モラシム撃破の下りは、紆余曲折の果てにライブ感で書き上げました。

それと、今回からしばらくは1週間に1回の更新を目安にした文字数少の回を投稿していこうと思います。
もっと積極的に投稿していかないと、忘れられちゃいそうですもんね……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第118話「憎み、傷つき、悲しんで」

ディエゴガルシア島編、エピローグ的何かです。


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ディエゴガルシア島海岸 タラワ級強襲揚陸艦”ルツーリ” 艦橋

 

「提督、島全域での武装解除が完了しました」

 

その言葉を聞き、この戦闘の総指揮を執っていたヘリー・ラベアリベロ中将は、本日初の溜息を吐いた。

それは安堵の念を強く感じさせるものであり、投降勧告をZAFT側の基地司令のフォード・リンバンが受諾してからスムーズに事が進んだことに喜びを感じているのだということの証左でもあった。

差別主義蔓延るZAFTにおいてこれほどスムーズに武装解除が進んだ理由は、なんということはない。───抵抗が出来るほど島が広くないのだ。

ディエゴガルシア島の面積は36㎢ほどしかなく、これは東アジア共和国におけるトーキョーシティにおける葛飾区とそう変わらない面積である*1。その上、建物もそう多いわけではない。

これではどれだけ優れた兵士であっても匙を投げる、どころか取り落とすレベルの話なのだ。

 

「ようやく、といったところだな。これで我々も、明確に自分達の戦果だと主張出来るものを得られたわけだ」

 

ヘリーの言うように、『南アフリカ統一機構』は明確な戦果を求めていた。

国民への喧伝や他国へのアピールもあるが、一番は戦後の報酬のためである。

要するに、

 

『我々はこれこれこういった形で戦争勝利に貢献しました。だから私達にも褒美をください』

 

と他の連合加盟国に主張するためだ。

連合加盟国の内、『大西洋連邦』『ユーラシア連合』『東アジア共和国』の3カ国は元からプラント理事国、つまりZAFT撃破後に戻るプラント関連の利権を当てに戦争をしているが、『南アフリカ統一機構』にそのようなものは無い。

『ユーラシア連合』との繋がりや北アフリカ諸国こと『アフリカ共同体』との対立が理由で連合に加盟している。しかし、プラントに関しては戦前ノータッチと言っても良いほどに関与していなかったのだ。

それでは戦後どこから報酬を得るかと言うと、順当に行けば『アフリカ共同体』となるが、正直これだけの戦争に参加して得られるものとして、『アフリカ共同体』は余りにも不十分に過ぎた。

かといって他の国家から毟るにしても、オセアニアを支配する『大洋州連合』は地理的に遠く不便であり、イスラム諸国連合である『汎ムスリム同盟』も一番魅力的だった天然資源はとうの昔に枯渇気味。

必然、プラント利権からの()()()()を狙うしかない。

 

「『大西洋連邦』の援護有りと言えど、作戦の主体になったのは間違い無く南アフリカだ。これで政治家共も少しは納得するだろうさ」

 

「あとは、首都(ナイロビ)とビクトリア基地の奪還にどれだけ貢献出来るかですか?」

 

「そうだが……それは陸軍に期待するしかあるまい。それらの戦いで我々に出来るのは支援が精々だ」

 

自分達に出来ることはやったというヘリー。それは間違い無く正論であった。

それよりも、彼にはやるべきことがある。

この戦いで生まれた損耗の確認だ。

 

「提督、艦隊各所からの被害報告書纏めです」

 

「うむ、ご苦労。……やはりな」

 

渡された報告書の中には、勝利の喜びに陰りをもたらすには十分なものが記されていた。

 

まず、艦艇の被害。

”アーカンソー”級イージス艦2隻と潜水艦1隻撃沈、更に2隻が中破判定を受けた。今回の作戦に参加した艦艇は南アフリカのものだけで10隻だから、5分の1が失われたことになる。

空中からの攻撃は”アークエンジェル”や航空隊が引きつけていたから少なかったが、やはり大きな損傷の殆どは水中からの攻撃によるものだった。

幸いにして数少ない強襲揚陸艦かつ今回の作戦の旗艦である”ルツーリ”に被害は無いが、海軍全体で見れば大きな痛手となる。

 

次にMS。これはもっと酷かった。

参加した”ポセイドン”12機───”マーメイズ”は含まないが、その内5機が撃墜されて3機が中破判定。他の機体も少なからず損傷は受けている。

“ポセイドン”は原型が”デュエル”だけあって高価であり、易々と補充は効かない存在だ。

そもそも各地からかき集められるだけ集めたわけだから、ケープタウン防衛などの最低限の守りを除けば南アフリカのほぼ全ての”ポセイドン”が集結したと言ってもいい。

そこに、この被害。支援が精一杯と先ほどヘリーは言ったが、それさえこなせるか怪しくなってきた。

 

”メビウス・フィッシュ”に関しても被害は甚大で、64機中21機が撃墜、6機が中破となっている。

実に、3分の1が失われたのだ。

本来は魚雷を一斉射した後に母艦に戻り補給を受け、前線は”ポセイドン”が担当する、という想定だったために被害がここまで大きく成るはずはなかったのだが、作戦中盤に敵MS隊の突出を許してしまい、これほどの被害が生まれたとされている。

その敵MS隊にはマルコ・モラシムも含まれており、敵エースによる蹂躙を許してしまったのが、後に本作戦における最大の反省点であるとされた。

 

幸いと呼べるのは航空戦力の被害が殆ど存在していなかったことで、これは”アークエンジェル”への攻撃を敵部隊が優先したことが理由だろうとヘリーは推測した。

地上でも飛行可能と言えど、元は宇宙用の”アークエンジェル”は艦体のほぼ全方向に対応出来るよう『イーゲルシュテルン』を配置しており、死角らしい死角は存在しない。

これの攻略に手間取った上で連合軍の航空隊からの攻撃を受けたのだから、被害が少ないこともある意味では当然と言えた。

だが、問題は具体的数字に依らない所にあった。

 

それは、戦死した兵士達の練度である。

作戦を必ず成功させるために、参加させた兵士達は個々の練度も重要視された。

貴重な”ポセイドン”のパイロットは勿論、”メビウス・フィッシュ”のパイロット達だって、少なくとも3回は戦闘を経験したことのある兵士達だったのだ。

たった3回、されど3回。

それだけの戦闘経験を持つ兵士達を失ったのは、ある意味では機体の損耗以上に痛手となる。

 

「予想していなかったわけではなかった、が……」

 

散っていった仲間達への情という意味でも、貴重な人的資源の損耗という意味でも、ヘリーは悲痛な面持ちとなった。

だが、彼は次いで、衝撃を伴った情報を耳にすることになる。

 

 

 

 

 

ディエゴガルシア島 仮設拠点

 

「おい……おいおいおい。こりゃどうなってんだ?」

 

男が手にしているのは、獲得した捕虜のリストだ。それを見て、彼は怒りや戸惑いが混ぜこぜになった言葉を吐いた。

ZAFTには階級制がない。

指揮官が誰であるかを示すために服の色で区別してこそいるが、建前的には全員同階級ということになる。

だから捕虜としたZAFT兵士が多い場合には手っ取り早く分類するために、連合軍では捕虜リストに名前の他に年齢も記すことになっていた。

彼は、そこに並んだ年齢を表す数字を見て困惑したのだ。

 

「こいつは16、こいつも16、あいつは15……ガキばっかじゃねぇか!?」

 

捕虜となったZAFT兵士の中で、18歳未満の兵士の割合が多すぎたのだ。

これはいったいどういうことか。捕虜としたZAFT兵の中からマトモに会話が可能な者を捕まえて話を聞く兵士達。

応じたのは、18歳の兵士だった。

彼は懇切丁寧に、しかしどこか自暴自棄を窺わせる態度で話した。

 

「ああ、それはプラント特有の問題が絡んでいてですね。

プラントでは15歳で成人と認められるわけですが、ここに『ZAFTは厳密には正式には軍隊ではなく義勇軍である』ということが絡んできます。───無いんですよ、15歳を超えて間もないような、そんな若い国民が入隊を志願した場合に(はじ)く制度が。

そう、おかしいでしょ?普通の国家の、普通の軍隊だったらそんな若者を駆り出すのはそれこそ追い込まれに追い込まれた果ての最終手段で、そうでなければ兵士にはしない、最悪でも前線には向かわせない。

いやまぁ、他の国の軍隊について詳しいわけでも無いのでテキトーに言ってます。すいません。

 

でも、ZAFTは義勇軍。厳格な審査も無ければ、そもそも()()()()()()人間を弾く理由も無い。

で、ZAFTに入隊して彼らがどうなるかって言うと、アカデミーと呼ばれる士官学校に入学してそこで軍事を学ぶわけですが……『三月禍戦』の頃から、課程を短縮して卒業させられる兵士が増えてきまして。

かく言う自分もその口ですが、その結果として、他国の皆様から見れば目を剥く平均年齢の軍隊が出来上がる、ってわけです。

 

でも、全ての基地で()()だってわけでも無いです。普通にカーペンタリアやジブラルタル、あるいは今だとハワイ辺りはきちんとアカデミーを卒業した先輩方が集結しているでしょう。

代わりに、このディエゴガルシア島みたいに上から価値が低いと見られた拠点には速成兵士が配属されていく、と。

実際、これまでこの島に攻めてくるような敵もいなければ、仮にあっても水中戦でケリが付く場合がほとんどでしたからね。それなら基地のスタッフは未成熟でもなんとかなると判断されたんでしょう。

そうして、この有様です。

 

実際にはもっときちんとした兵士もいるにはいたんですが、戦闘が始まってから基地司令が何かと理由つけて後方の撤退支援艦隊まで次々と送り出していっちゃいまして。

『この基地は遠からず陥落するから、せめて君達だけでも』とかなんとか言ってましたが、あのヘタレ司令のことです。どうせ本音は『お前らみたいな戦う意思のある奴がいるとスムーズに投降出来ないからさっさとあっち行け!』ってところでしょう。

楽だったでしょう、基地の制圧は?戦う意思のある奴は皆撤退済みなんですから、当たり前です。

 

……なんでここまでベラベラと話すかって?

いやぁ、実は自分には16の弟がいまして。そいつが『ZAFTに入って戦うんだ!』とか抜かすので危なっかしいからと自分がくっついて入隊したんです。兄弟揃ってです。

でも、先ほど言ったように繰り上げ卒業させられて。当たり前ですけど、人事は兄弟だからと配慮なんかしてくれやしません。

───弟が何処かの戦場であっけなく死んだことを、仲間と上官の愚痴を叩き合っているところで唐突に聞かされました。

それ以来、馬鹿馬鹿しくなっちゃいましてね。

 

もう1つ、打算もあります。ええ、自分の待遇について。

戦争が終わったら、自分をプラントに帰してくれるように掛け合って欲しいんですよ。

……兄弟揃って死にました、なんて、両親が不憫です。

どうか、殺さないでください」

 

 

 

 

 

『なんということだ。なんということだ。

我々は敵基地ではなく、ハイスクールを攻撃していたのだ』

 

この報告を受けた時、ヘリー・ラベアリベロ中将は報告書を持った手とは反対の手で顔を覆い、このような言葉を漏らした。

彼には、今年ハイスクールに入学した15歳の孫娘がいた。

 

 

 

 

 

「すいません、大西洋連邦のジェーン・ヒューストン中尉を知りませんか?」

 

知らない、という兵士に礼を言いながらキラは辺りを見回した。

戦いが終わり、落ち着いたキラはジェーン達”マーメイズ”を探していた。彼女達との模擬戦の経験が無ければ、生き残ることは出来なかっただろうからだ。

兵士達で混雑する中、キラは歩き回る。

探し始めてから数分、キラはジェーン達の姿を見つけた。

 

「ヒューストン中尉!」

 

「……ああ、ヤマト少尉か」

 

彼女達は未だ疲れを垣間見せており、彼女達がどれだけの激戦をくぐり抜けてきたのかが窺えた。

だが、キラはあることに気付く。

林凜風の姿が見えないのだ。

 

「あれ、林少尉は……?」

 

「……」

 

彼女達の反応を見て、キラは失言に気付いた。

当たり前の質問をしただけと言えばそうなのだが、それがどれだけ彼女達にとって、して欲しくない質問だったか。

 

「逝っちまったよ……」

 

「ぁ……」

 

水筒から水を飲みつつ、ジェーンは話す。

 

「バカな奴だった。あたしをピンチから救った、それだけで済ませとけば良かったのに……あいつは、モラシムに仕掛けてしまったのさ」

 

「『紅海の鯱』……」

 

「結果、あいつは返り討ちに遭って、あっさりとな。……復讐心に囚われなきゃ、こんなことにはなっていなかったかもしれないが」

 

復讐心に囚われた。凜風の死因を聞き、再びキラの心に曇りが生まれる。

おそらく彼女は復讐を理由として戦っていたのだろう。今の時代、そう珍しい話では無い。

連合もZAFTも、況してやナチュラルもコーディネイターも関係無く、復讐者は生まれるのだ。

 

「だが、あいつがモラシムを仕留めるチャンスを作ってくれたのも事実だ。それだけは認めなきゃならん」

 

「……」

 

「言っとくが、同情は要らないからね。どういう理由があったにしろ、こういう結果になったのは紛れもなくあいつの選択が理由だ」

 

ジェーンはぶっきらぼうに、しかし何処か慮るようにキラに語りかける。

がさつな女兵士といった第一印象のジェーンだが、目下に対する配慮が出来る器量も備えていた。

だが、キラの心を曇らせた根本的な理由はそこにはない。

キラは先ほどの戦闘で、紛れもなく憎しみの力で戦った。相手を憎んで、戦った。

自分も凜風と同じように死なない保証など何処にも無かったのだ。

 

「……あんたも、色々とあったみたいだね。なあ、ヤマト少尉。一つだけ頼まれてくれ」

 

「はい……?」

 

「あんたがもし、ここから先誰かを憎んだ時、そんなことがあったら。───少しでいいから、林凜風っていう女がいたってことを思い出してやってくれ。誰かの道を決定する指針として役立ったなら、あいつも少しは報われるだろうさ」

 

ジェーンの言葉に、キラは頷くしかなかった。

 

「隊長、そろそろ……」

 

ジェーンの傍らに控えていたエレノアがジェーンに声を掛ける。

彼女達は”マーメイズ”、連合軍最強の水中戦のプロフェッショナルだ。いつまでも同じ所に留まっているわけにもいかない。次の戦場が彼女達を待っていた。

そして、それはキラも同じ。

 

「分かった。……ま、そういうことだ。もう会うことも無いだろうが、元気でやりなよ」

 

「じゃあね、キラ君。もし戦争に関係無く会いたくなったら、いつでも会いに来てね!」

 

「そういうこと言ってたら凜風が化けて出てくるわよ。『私が居なくなってもこの有様か』って。……でもまあ、私も同じ気持ちかな。バイバイキラ君。何時か何処かの、平和な場所で!」

 

キラにウインクをしたりしながら、”マーメイズ”は去っていった。

後に残されたのは、複雑な気持ちでそれを見送りながら立ち尽くす、ただ1人の少年の姿だけだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦長室

 

「……()()ですか!?」

 

驚くマリューに、ミヤムラは頷いた。

今後の”第31独立遊撃部隊”の方針を話し合うためにこの場に集まった”アークエンジェル”将校達、しかし、ミヤムラから伝えられた方針は常識からは大きく外れたものだったのだ。

 

「ああ。『第31独立遊撃部隊』はこのまま『赤道連合』領域内を通過して東進、東アジアのカオシュン宇宙港を目指すことになる。『赤道連合』も既に許可済だそうだ」

 

「そんなバカな……単艦で、他国の領空を通って通行するなど、聞いたことがありません!」

 

「そりゃ、カオシュンに行くなら最短通路はそうなるんでしょうが……」

 

上層部からの指示が理解出来ずに困惑する一同。

一方、ミヤムラは薄らと命令の意図を理解し始めていた。

 

(カオシュンに向かわせる……つまりマスドライバーで”アークエンジェル”を宇宙に上げようというのか。だが今“アークエンジェル”を上げる意味は……なるほど、どうやら上層部は我々を使いこむつもりらしい)

 

これまで通り、”アークエンジェル”は激戦地に放り込まれると言うことだろう。

そして、次なる激戦地は。

 

(ハワイ……か)

 

 

 

 

 

翌朝、簡易修理を終えた”アークエンジェル”は東に向かって飛び立った。

南アフリカに多くの光明をもたらし、更なる戦場へと向かっていく”アークエンジェル”に、兵士達は手を振り続けた───。

 

 

 

 

 

5/8

”アークエンジェル”通路

 

「まったく、あいつらは……」

 

あくびをかみ殺しながら、スノウは自室に向かって歩いていた。作戦成功を祝って、ヒルデガルダ達が女子会を開催し、スノウは先ほどまでそこに参加していたのだ。

苦言を呈しながらも、その顔に浮かんでいるのは穏やかな苦笑。

彼女としても、女子会は楽しめるものだった。

 

「にしても、朝までやることは……?」

 

スノウは、自分の視界に異常が生まれていることに気がついた。

いきなり揺れたかと思うと、ドンドンと横倒しになり、地面に近づいているのだ。

やがて地面と視界が限りなく近づき、スノウは衝撃を感じた。

 

「……?」

 

違う、衝撃だけではない。痛みもある。おかしくなったのは視界ではない。

自分(スノウ)の体その物がおかしいのだ。

そのことに気がつき、スノウは体を起こそうと試みるも、体が動かない。

次第に、呼吸も正常なものではなくなっていくスノウ。冷や汗も浮かんでくる。

自分の体なのに、スノウには何も分からない。

 

(どうなって……いる。私の、体、は───?)

*1
葛飾区の面積は34.8㎢




次回は、いったんマウス隊の方に視点を移してお送りします。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第119話「再会、マウス隊」


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車椅子ニート(レモン)様からファンアートをいただきました!
主人公(重要)のユージ・ムラマツのイラストです!
変態研究者に振り回される彼にピッタリの表情だと思います!


5/8

『セフィロト』 第3ポート

 

「待っていたぞ、3人共」

 

「通信でならそれなりに機会はあったけど、直接会うのは久しぶりだな隊長!この間はMAに乗って死にかけたって?」

 

久方ぶりの再会を喜び合うユージとエドワード。その後ろには、レナとモーガンの2人もいる。

地上に派遣されていた”マウス隊”パイロット達が、遂に役目を終えて帰還を果たしたのだ。

ユージの目に、彼らの成長した能力が数値となって表示される。

 

 

 

エドワード・ハレルソン(ランクS)

指揮 8 魅力 16

射撃 11 格闘 17

耐久 16 反応 12

 

 

 

レナ・イメリア(ランクS)

指揮 11 魅力 12

射撃 16 格闘 13

耐久 12 反応 16

 

 

 

モーガン・シュバリエ(ランクS)

指揮 15 魅力 12

射撃 15(+2) 格闘 12

耐久 10 反応 12(+2)

空間認識能力

 

 

 

流石『原作』でも名を馳せたエース達とでも言うべきか、戦闘に関するステータスはどれも高水準であり、相応しい機体さえ与えれば十二分に活躍してくれるだろうことが窺える。

本来はステータスの下に得意分野が表示される筈だが、それが無いのは、もうランクS(成長限界)で意味が無いから故か。

今この場にはいないが、アイザック達のステータスは以下の通りとなる。

 

 

 

アイザック・ヒューイ(ランクS)

指揮 7 魅力 14

射撃 15(+4) 格闘 16

耐久 10 反応 12(+4)

SEED 2

 

 

 

カシン・リー(ランクS)

指揮 6 魅力 16

射撃 16(+2) 格闘 10

耐久 9 反応 16(+2)

SEED 1

 

 

 

セシル・ノマ(ランクS)

指揮 17 魅力 10

射撃 15 格闘 6

耐久 8 反応 18

 

 

 

やはりこちらも高水準、エースと名乗るに相応しいステータスだ。

特にアイザックとカシンの2人はSEED因子持ちらしく、()(かっこ)の中の数字が更に加算される。

これならば、今”マウス隊”で開発が進められているMSが完成さえすれば、無双に相応しい活躍をしてくれるのは間違い無い。

 

(まあ、数値はあくまで参考だ)

 

逸る心を抑えるユージ。

たとえ彼らが優秀だとしても、相応しい機体を用意したり、適切に働かせられるかはユージ次第なのだ。

ゲームのような数字が見えても、これはけしてゲームではない。そのことをユージは再び胸に刻む。

 

「先の出撃の件は、あまり弄ってくれるな。最適解ではあったが、指揮官としてどうかしていたのは間違い無いからな」

 

「おいおい、俺はむしろ褒めたつもりなんだぜ?『流石俺達の隊長だ!』ってな」

 

「違いないわね。MAで敵MS隊に突撃するなんて、他にやる指揮官はきっといないわ」

 

「ふっ、まあ安心しろ隊長。俺達が戻ってきた以上、再び隊長に出撃させるまで追い込まれるようなことは無いも同然だ」

 

「頼もしいな、モーガン少佐。───3人とも、またよろしく頼む」

 

それぞれに挨拶を交わし、再会を喜ぶ一同。

しかし、エドワードは不思議そうに辺りを見渡した。

 

「だが……出迎えはあんただけか?」

 

周囲には作業員達の姿はあるものの、ユージ以外の”マウス隊”メンバーの姿は無い。

彼らの性格ならば揃って出迎えに来るものだとエドワードは思ったが、ユージは苦笑しながら事情を説明する。

 

「本当はその筈だったんだがな……」

 

ユージの言うところによれば、今の”マウス隊”は『CG計画』と『RX計画』という2つの案件を抱えており、手が空いている人間が非常に少ない。

そのために、代表してユージが出迎えに来たのだ。

 

「それに、お前達の帰還パーティの準備もあるからな」

 

「なるほどなぁ……」

 

「もう少し時間は掛かりそうだ。その前に、お前達の機体でも見ていくか?」

 

断る理由は無かった。

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第3格納庫

 

「『第2世代型ストライカー開発計画』?」

 

「ああ。次の作戦ではそれを使って貰うことになる」

 

エドワードの疑問にユージが答えていく。

この計画自体は“マウス隊”発案のものではないのだが、実験部隊として高いポテンシャルを持つ”マウス隊”の、それもナチュラルのパイロットに使って欲しいとして実験装備が送られて来た。

 

「従来のストライカー、特にソードとランチャーの2つについてだが『肩部ハードポイントが必要かどうか』で議論が為されたらしくてな」

 

「たしかに、納得出来る話ですね」

 

レナが相づちを打ちながら頷く。

ソードとランチャー、この2つのストライカーを装備した場合、ソードなら左肩にビームブーメラン、ランチャ-なら右肩に複合兵装(コンボウェポンポッド)が取り付けられる。

しかし、このように肩に装備すること前提のストライカーが増えてしまった場合、ある問題が生まれる。

今後開発されるストライカーシステム対応機も、肩部にハードポイントを備えなければならないということだ。

 

当然の話だがMSに機能が1つ増えれば、その分整備士の仕事は増える。

肩部にストライカー用のハードポイントがあることも例に漏れず、整備士の仕事量を増やしてしまうのだ。

その割に肩部の装備使用率が高いかと言うとそうでもない、というのが計画の発端である。

 

「ソードもランチャーも、極論を言えば対艦刀と『アグニ(高エネルギー砲)』を使えればそれで仕事が成立してしまうからな。そうなると、もはや肩部の装備は重量バランス調整のための重りにしかならない」

 

「地上でストライカーを使ってる奴らも、メイン武器以外を使いこなせてる奴らは少なかったしなぁ。豪華な重りでしかないってのは道理だ」

 

「だろう?だから、『背中のコネクタだけで成立するストライカーで統一しよう』と生まれたのがこの計画だ。……と、着いたぞ」

 

ユージの視線の先には、それぞれ異なるストライカーを装備した2機の”ダガー”が佇んでいた。

周囲の整備士に声を掛けつつ、ユージは3人に説明を続ける。

 

「右が『エールソードストライカー』、左が『エールランチャーストライカー』だな。モーガン少佐の機体はまた別枠だ」

 

「エールと合体させたのか……頭が良いのか悪いのか」

 

「少なくとも、作った奴は頭が良い方だと思うよ」

 

エドワードの呆れ顔に、苦笑を返すユージ。

実際、開発コンセプトは子供のそれと本質が同じであるのは間違い無かった。

全部載せ(マルチプルアサルトストライカー)はストライカーのコンセプト自体を破壊しかねない代物だったが、3つではなく2つならば十分に纏まった装備になるのではないかとして作られたこれらの装備は、意外なほどに纏りがあった。

 

エールソードストライカーはエールとソードを合体させたものであり、「高い機動力を以て敵陣に切り込み、対艦刀で白兵戦を仕掛ける」ことをコンセプトとしている。

通常のエールストライカーではバッテリーが備わっている箇所*1に対艦刀が備え付けられており、見た目から言えば両側のスラスターで対艦刀を挟み込むような形になる。

勿論このままではストライカーの強みである『ストライカー内蔵バッテリーによる稼働時間延長』が無くなってしまうため、ビームサーベルを取り外して代わりにそこへ小型のバッテリーを1機ずつ取り付けることで問題は解消した。

ビームサーベルは無くなってしまったが、それよりも強力な対艦刀があることや、量産機の”ダガー”には腰にビームサーベルが元々備わっているため大きな問題にはなり得ない。

ビームブーメランはそもそも使い所が限られる装備であるために完全に廃された。

問題は、エールランチャーの方だ。

 

「なあ、隊長。……これ、ランチャーじゃなくね?」

 

「気付いてしまったか……」

 

そう、実はエールランチャーストライカーは、『エールとランチャーを合体させる』という意味では完全に失敗しているのだ。

主たる原因は、『アグニ』の取り回しの悪さだ。

『アグニ』はその絶大な火力と引き換えとして2つの難点を抱えている。

1つ目は、エネルギー消費の重さ。そして2つ目は、長大な砲身を扱うためにサブアームなどが必須ということだ。

 

「ランチャーばっかりは、『アグニ』を扱うために余計なものを合体させられないからな……仕方なく『アグニ』以外の射撃武器を搭載して、コンセプトだけは成立したという風にするしかなかったんだ」

 

「エールランチャーとは名ばかり、実体はエールストライカーの射撃戦仕様とでも言うべき代物ね」

 

「そういうことだ」

 

第1世代ストライカーの中でもランチャーだけはしばらく生産されるだろうというのが、”マウス隊”スタッフ内の見解だった。

実際、生産ラインが縮小しつつあるソードとエールとは異なり、ランチャーだけは生産ラインがそのままに維持されている。

 

「若干のケチは付いたが、ストライカーとしての性能は十分さ」

 

エールランチャーのコンセプトは「エールの機動性を以て前線機に追従しつつ火力支援を行なう」というものであり、いわば前線支援機とでも言うべき装備となっている。

ビームサーベルを取り外した代わりに、両肩の上から突き出すように小型のビームキャノンが配置されており、この『120㎜単装ビームキャノン』は威力こそ『アグニ』に及ばないが、ビームライフル以上の威力と連射性を両立させた優秀な武装だ。

また、主翼の中腹にはミサイルを取り付けられるように改造が行なわれており、状況に応じて更に火力を増すということも出来る。

 

「エールソードが切り込み、エールランチャーが支援。分かりやすいコンセプトだろう?」

 

「そうだな……1つツッコむなら」

 

「なんだ?」

 

「───やっぱ、ビームサーベル外すんだな」

 

「まあ……”ストライク”ならともかく”ダガー”はなぁ……」

 

4人はしみじみと頷いた。

腰にビームサーベルを備えている機体がエールストライカーを装備するとビームサーベルが4本になってしまう問題は、パイロットの誰もがどうにかならないかと考えていた点だったのである。

そういう意味でも、これら2種のストライカーの開発は大きな働きと言えよう。

 

「思ったんだが、こうして第2世代型が開発されているってことは、将来的には全部背中だけで対応出来る機体で揃えていくってことか?」

 

「それが問題でな……整備するのは手間だが、やはり肩を始めとして全身にハードポイントを備えている方が、取れる戦術は増えるだろう?」

 

現在地上で”アークエンジェル”が試験を行なっている”コマンドー・ガンダム(単機強襲用装備)”や”アクアストライク(水中戦用装備)”などがそれだ。

これらの装備は背負い物だけでは到底コンセプトを実現出来ず、全身にハードポイントを備えていなければならない。

 

「だから、少数生産で第1世代ストライカーにも対応した機体を作り、それを特殊部隊などに使わせる方向でいくそうだ。そうすれば、生産ラインも全てが無駄にならずに済む」

 

「なるほど、効率化が進んでいるわけね」

 

「そういうことだ、レナ。話を戻すが、エールソードはエド、エールランチャーはレナに使って貰うことになる。機体は”ダガー”だ。モーガン少佐にはまた別に機体を用意しているが、調整中でな。待っていてくれ」

 

「ガンバレルストライカーとかいうのとは違うのか?『エンデュミオンの鷹』が一度使ったって聞いてたんだが」

 

「それとは違うな。一応、後々にモーガンにも使って貰うことになるが」

 

モーガンの疑問はもっともで、ユージ自身も『原作』通りガンバレルストライカーが任せられるものだと考えていたのだ。

しかし、『第2世代型ストライカー開発計画』とはまた別に”マウス隊”に任せられた試験計画がある。

モーガンの機体はその調整が済むまでお預けだ。

 

「しかし、久しぶりに量産機に乗るんだなぁ」

 

「地上では”陸戦型デュエル”と“陸戦型バスター”だったものね」

 

エドワードとレナは、地上において2機の『ガンダム』タイプに搭乗して各種武装の試験などを行なっていた。

どちらも地上でしか扱えないために地上の部隊に払い下げてきたのだが、基本性能では間違いなく”ダガー”以上。

”ダガー”が悪い機体というわけではないが、それでも久しぶりの宇宙戦で『ガンダム』に乗れないというのは、少なからずプレッシャーになるのだろうか。

 

(一応、『ガンダム』の手配はしているんだが……)

 

ユージが思案していると、格納庫内にアナウンスが響く。

 

『”G-3”、帰還します。スタッフ一同は受け入れをお願いします!』

 

格納庫の扉が開くと、そこから灰色の機体が姿を現す。

灰色といってもPS装甲のそれとは異なる明るめのライトグレーで塗装されているその機体は、エドワード達を僅かに驚愕させた。

機体色こそ違うが、その機体は間違い無く”ストライク”だったからだ。

 

「ありゃあ”ストライク”じゃねーか!新しく作られたのか?」

 

「ああ。とは言っても、実戦にはとても使えるものじゃない、実験用の機体だけどな」

 

「───”ストライク3号機”、通称”G-3”よ、エドワード中尉」

 

管制室の方向から飛んで来たマヤが降り立つ。

彼女は先ほどまで、”G-3”の機動データを分析していたのだ。

 

「マヤ、久しぶりね」

 

「そちらも壮健で何よりよ、レナ」

 

女性士官同士で再会を喜びつつ、マヤは説明を続けた。

 

「”G-3”は発泡金属装甲と、ある試験的技術の実証機として開発された機体よ」

 

「発泡金属?オーブ独自のマテリアルと聞いていたけれど、製造に成功したの?」

 

「そんなところね」

 

マヤが若干目を逸らしながら肯定する。

正確には一から製造したわけではなく、『ヘリオポリス』で手に入れた2機の”プロトアストレイ”を分析してコピーしたという方が正しく、単なるコピーでしかないためだ。

加えて品質もオーブが製造した物より悪い物も多く、今”G-3”に使われている発泡金属も、質の良い物を厳選しているのである。

 

「試験的技術の方は、アリアが”アークエンジェル”に乗り込む前に残していった理論が元になっているわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その名も、『マグネット・コーティング』。関節部の可動摩擦面に磁力コーティングを施すことで抵抗を減らし、機体の反応速度を向上させるものよ」

 

『マグネット・コーティング』。その名をこの世界で初めて聞いた時、ユージは目を見開いてしまう程の衝撃を受けた。

それは本来『宇宙世紀』にて生み出される筈の技術だったからだ。

それが施されているかどうかで機体の評価が大きく変わるほどの代物であり、初代『ガンダム』に施されて以降、ほとんどのMSに施されたというこの技術は、なるほどC.Eでも生まれないというわけではないのだろう。

もしもこれが宇宙世紀同様の効果を発揮するなら、アリアはMS史に名を残してもおかしくない。

 

「今は試験段階だけど、完成すればMSの性能を飛躍的に伸ばせる筈よ」

 

「……なぁ、あれって実戦には」

 

「残念ながら、諦めてもらおうか」

 

エドワードが好奇心を多分に含んだ視線を”G-3”に向けるが、ユージはにべもなく否定した。

 

「話に聞いた限りだと、結構な高性能なんだろ?使わない手は無いと思うんだが───」

 

「なるほど、エドワード・ハレルソン中尉は、防御力の大半をPS装甲に依存していた”ストライク”の装甲を、発泡金属装甲()に換えた”G-3”に乗りたいと!

いやー困ったな、かすり傷1つでも致命傷になりかねないこの機体に乗って実戦に赴きたいとは!

エドワード中尉はたしか、致命傷になる攻撃を見極めて、耐えられる所は装甲で受けつつ切り込むスタイルだったと記憶しているが、相性最悪のこの機体に!

乗りたいと!」

 

「───いやー、やっぱり堅実・安心の量産機だよな!試作機なんて好んで乗るもんでもないぜ!」

 

あっはっは、と笑い合う2人。

”G-3”は”ストライク”をベースに開発しているため、たしかに機動力では現在の連合軍でもトップクラスと言って良い。

しかしユージの観点から、否、技術者ならば誰もが口を揃えて言うだろう。

 

()()に乗れは『死んでこい』の意だ」

 

そんなものに、自分の部下を乗せたくは無い。ユージはあくまで技術実証用に留めておくつもりだった。

エドワードも関心が多少ある程度だったために、すっぱりと諦めた。

彼がつい数日前まで乗っていた機体が何だったのかをツッコみたい気持ちに駆られたユージだが、特に問題はないだろう。

 

「まあ、実戦には使えないけど搭乗者のデータは多いほど良い物よ。いずれ3人にも試乗してもらうわ」

 

「うへぇ、マジかよ……」

 

「戦えというわけじゃないんだ、気楽にいけ。……そろそろパーティの準備も済んでいるころだろうし、会場に───」

 

 

 

 

 

「おい、聞いたか?」

 

「ああ。こうしちゃいられねぇ、行こうぜ!」

 

「全速前進だ!」

 

俄に騒がしくなっていく格納庫。

自分の作業を終わらせた技術者達が、機材を律儀に片付けた後にどこかへと去っていくではないか。

ユージがマヤの方を見るが、彼女は首を振って関知していないことを知らせる。

この時点で、ユージの脳はある結論を導き出していた。───変態技術者案件だ!

 

「おい、何があった?」

 

同じく何処かへ向かおうとしていた技術者の肩を掴んで止めるユージ。

僅かに興奮した様子のその技術者から話を聞きだそうとする。

 

「おっと、隊長。なんか、地上に滞在しているロウ・ギュールから贈り物が届いたらしくてですね。今、変態技術者四天王が緊急で招集を掛けているので見に行く途中ですよ」

 

「なんだと!?そんなこと、俺は知らんぞ!?」

 

「秘密連絡網によるものですから。じゃ、そういうことなんで」

 

そう言うと、その技術者も何処かへと向かって行ってしまう。

それを見送ったユージは、静かに崩れ落ちた。

 

「なんで、また隊長に秘密の連絡網とか築きあげてんだよぉ……」

 

「この間潰したばかりだったから、油断したわね。まさかここまでリカバリーが早いとは……」

 

実はこのような事態は以前にも発生しており、主に変態技術者達がユージやマヤの目を盗んで趣味に走るために、秘密の連絡網を作っていたことがあったのだ。

きちんと成果を出した上で行動しているのと、『”マウス隊”だから』と見逃されていなければ、部隊が解散されていてもおかしくない所業である。

先日に潰したばかりだったのに、既に復旧されているという事実が、ユージの精神に多大なダメージを与えていた。

 

「……なんか、うん。変わんなくて安心するよ」

 

「安心感すら覚えるわ。それと同じくらい、不安にもなるけど」

 

「こりゃ、前よりも騒がしいことを覚悟しておくべきかもな」

 

以前と変わらず、苦労するユージの姿を見て、帰還した3人は各々の感想を述べるのだった。

*1
エールストライカーの白いパーツ部分




ということで、マウス隊視点の方に移って数話ほど更新してまいります。
はたして、ロウからの贈り物とは。

それと、テンポ重視で省いたG-3ストライクのステータスです。
長くなるので興味ない人はスキップ安定です。



G-3ストライク
移動:8
索敵:C
限界:220%
耐久:160
運動:52
シールド装備

武装
ビームライフル:130 命中 75
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:160 命中 80
アーマーシュナイダー:100 命中 55

特殊な機体であるためにストライカーは専用に調整したエールストライカー以外装着出来ない、出来ても能力を発揮出来ないという機体です。
比較用に通常ストライクのステータスも載せます。

ストライクガンダム(A装備)
移動:7
索敵:C
限界:175%
耐久:290
運動:35
シールド装備
PS装甲

武装
ビームライフル:130 命中 70
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:160 命中 75
アーマーシュナイダー:100 命中 50
武装変更可能



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第120話「太陽の鋼」

明けましておめでとうございます!(遅)
今年も「パトリックの野望」をよろしくお願いします!

今回の話には原作アストレイシリーズにおける独自解釈が多大に含まれておりますのでご注意ください。
あくまで、私個人の解釈です。


5/8

『セフィロト』通路

 

「……今度は暗号化した回覧板か」

 

「まさかアナログに紙面でやり取りするとは予想外だったわね……」

 

気怠げな顔で通路を進むユージとマヤ。

突如として舞い込んだ、『ロウ・ギュールから何かが届いた』という報せを受け、その『贈り物』とやらを調べるために彼らは歩いているのだが、その過程で技術者達が勝手に独自の通信網を、それも一度潰したにも関わらず再度作り上げていたことが発覚したために頭を抱えているのだった。

追従するエドワード達は、『また敵より味方の行動に悩まされてんな』と、何処か諦観を感じさせる表情でユージを見つめていた。

 

「何気ない日常的やり取りの合間に暗号を挟めるやり口、発案者はイギリスエリア出身の可能性が大ね。皮肉とか考えさせたら右に出る人種はいないもの」

 

「言葉遊びの腕を磨くより先に、昼食と晩食をマトモにする努力を奴らはだな……」

 

「───ん、勇治(ユージ)か」

 

曲がり角から姿を現したのは、動きやすさを重視した和服に身を包んだ老人だった。

連合軍の制服を着ていないことはともかく、どう見ても軍属とは見えないその老人はユージに気付くと親しげに声を掛ける。

 

「おう。『ピュアーライト』の調子はどうだ?」

 

「所詮は『ガーベラストレート』の焼き直し、道具が揃っている以上は滞るものか。もうほぼ完成しとるよ」

 

「流石だな」

 

「あの……隊長?そちらのご老人は……」

 

おずおずと尋ねるレナ。

地上から帰還したばかりの3人は初対面だったことに気付いたユージは、苦笑しながら紹介する。

 

「そういえば、お前達は初対面か。村松清十郎(むらまつせいじゅうろう)、4月から“マウス隊”で協力してもらってる民間協力者であり、俺の祖父だ」

 

「うむ、世話になっておるぞ」

 

老人の正体は、ユージの祖父であり、この世界においては()()『ガーベラストレート』の原作者でもある清十郎だ。

連合軍とZAFTが休戦していたユージが、東アジアに隠居していた彼を連れてくることに成功していたのである。

当初は戦争に自分の技術が使われることを恐れて乗り気ではなかった清十郎だが、ZAFTが『三月禍戦』を起こしたことを知り、『このままでは今以上に取り返しが付かない事態になる』と奮起してユージの誘いに乗ったのだ。

 

「公的な扱いとしては、実体刀剣製造のプロフェッショナルということになっているな」

 

「所詮は微力の老いぼれだが、よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします。ところで、『ピュアーライト』とは?」

 

レナの疑問にユージが説明を始める。

『ピュアーライト』とは清十郎の能力と実績を示すサンプルとして作られた、二振り目の『ガーベラストレート』のことだ。命名の由来は『加州清光』からきている。

名前が違う以外の差異はほとんど存在しない、言うなれば『原作者』直々に作った『ガーベラストレート』のコピー。

連合軍勝利のために役立つことは間違い無いだろうと、ユージは考えていた。

ちなみに、この『ピュアーライト』を製造する過程で得られた技術の一部が流出し、後期GATシリーズのとある武装の開発に用いられていることをユージが知るのはもう少し後のことである。

 

「実体剣か……なあ隊長、俺に試しに使わせてみてくれよ」

 

『切り裂きエド』として名を馳せるエドワードが目を輝かせながら言うが、ユージの答えは「NO」だった。

 

「残念ながら、お前の思っているものとは違うと思うぞ。日本刀は、重さで断ち切るようなものじゃないからな」

 

「十全に扱うには特殊な技術が必要なのよ。試しにモーションデータを組んでるけれど……エドの適正には合ってないわね」

 

エドワードが好んで使う対艦刀、そして斬艦刀は、それぞれに多少の差異はあれども敵機を質量で叩き潰すための武装だ。

大胆なように見えて細やかなテクニックが感じられるエドワードの剣だが、向いている武装ではないのは間違い無い。

それを説明されて肩を竦めるエドワードを脇目に、話を続けるユージ。

 

「モーションデータの方はどうだ?」

 

蘊・奥(ウン・ノウ)氏の協力もあって進んではいるけれど……奥氏も言っているとおり、パイロット自身が刀を使えなければ思ったものにはならないでしょうね」

 

今回の『ピュアーライト』開発には、『グレイブヤード』の番人である蘊・奥も協力している。

宇宙に上がった後に清十郎が『グレイブヤード』に向かい、旧知の2人は再会していた。

そしてかつての仲間達の墓に線香をあげた後に、奥を説得した。

 

『儂はこの戦争を終わらせたい。頼む、力を貸してくれ』

 

そう言って深々と頭を下げた清十郎の頼みを、奥は承諾した。奥も、今の世界を放置していいものでは無いと思っていたのだ。

とは言え、奥の協力があっても簡単に習得出来るようなものでもないのが、刀を振る、ということだった。

───前途多難、だな。

ユージは肩を竦めた。

 

「ところで、爺さんは何処に行くんだ?」

 

「ん、技術者同士の秘密回覧板に載ってた『贈り物』とやらを見に行く途中だが」

 

「……爺さん、あんたもか」

 

 

 

 

 

『セフィロト』 第8格納庫

 

「おっ、隊長。遅かったな?」

 

「誰のせいだと思ってるんだ貴様ら……」

 

怒りと疲れが混ぜこぜになった表情で、変態四天王筆頭ことアキラ・サオトメを睨むユージ。

既に”マウス隊”に所属する技術者のほぼ全員が、ロウ・ギュールからの『贈り物』と思しきコンテナを取り囲んで中身について議論していた。

 

「貴様らには後でたっぷりと話を聞かせて貰うが……今は、こっちが先だな。危険物ではないのか?」

 

「金属反応は出てますけど、それ以外はなんとも……でも、流石に危険なものを送ってくるとは思えませんがね」

 

たしかに危険なものではないかもしれないが、とユージは頬を掻く。

ロウ・ギュールが技術者達と仲が良いことは知っていたが、わざわざ軍事基地に送ってくるような代物となると、警戒せざるを得ない。

 

(参った……『アストレイ』シリーズは『ときた版』しか読んでないから、イマイチ知識が穴抜けなんだよな)

 

前世ではそれなりのガンダムオタクだった自負はあるユージだが、それでもカバーしきれないのが、長い歴史を誇るガンダムシリーズである。

とりわけ『アストレイ』シリーズは媒体が複数存在しているために、一番メジャーな『ときた洸一』による漫画シリーズしかユージは読んでいなかった。

よって、何の手がかりも無しに中身を推察することは難しかった。

 

「そもそも、ロウ・ギュールは何処からこれを送って来たんだ?」

 

「『ギガフロート』からですね」

 

更に顔を顰めるユージ。

『ギガフロート』とは全長10㎞に及ぶ移動可能な人口島であり、民間マスドライバー施設を保有している重要拠点だ。

マルキオ導師と呼ばれる有力者が主導して『ジャンク屋組合』が作ったこの施設だが、戦略的価値の高さからZAFT、そして地球連合の両軍から襲撃を受けていることがユージの顔を顰めた原因である。

 

というのもこの『ギガフロート』、当然ながらマルキオ導師や『ジャンク屋組合』の資金力だけで建造出来るものではない。

数々のスポンサーが付いて計画が開始したものであり、その中には最大勢力である地球連合軍も参加しているのだ。

つまり、地球連合軍の視点で言ってしまえば、金だけ払って『ジャンク屋組合』に『ギガフロート』を持ち逃げされてしまったということになる。

 

「まあ、地球にいるなら一番安全に宇宙に物を送れるのは彼処だけでしょうし、そもそも彼も『ジャンク屋組合』の一員です。都合が良かったんでしょうね」

 

「うーん……連合軍人としてはなんとも言えんな」

 

「『ギガフロート』のことなら、上層部の自業自得だろう。いくら金を出してようが、計画の主導者はマルキオ導師だ。その彼の意向に背いて軍事力で接収なんてしようとするから、あんな事になるんだ」

 

肩を竦めるアキラ。

どんな背景があったとしても、結局連合軍がやろうとしたことは『武力を用いた民間施設の強制接収』でしかない。

その結果が『ジャンク屋組合』の態度硬化と国際世論悪化であり、これを簡単に解決する方法は存在しないのだ。

取り消せない上層部の失態に溜息を吐くも、本題からずれていることに気がついたユージに、アキラが何かを手渡す。

 

「そういえば、ロウ・ギュールからの手紙が付属していたぞ」

 

「……見せてくれ」

 

 

 

 

 

久しぶりだな、”マウス隊”の皆!

隊長さんは今も胃薬欲しくなる顔してんのか?

人も機械も同じで、無茶し過ぎ、させ過ぎは良くないぜ!

 

俺は今『ギガフロート』を拠点に色々と活動してるんだが、面白いものが手に入ったんだ!

たぶんZAFTが事故って宇宙から落とした物なんだろうが、紆余曲折あって今も俺が持ってる。

 

で、これを使って、見た奴の度肝を抜く代物を作ってやろうと思って設計してたら、少しだけ余ることが分かったんだ。

倉庫の隅で保存しておいても良かったんだが、せっかくだからお裾分けしようと思ってよ……余った分は全部そっちに送った。

そんなに量は無いから大丈夫だと思うが、念のため言っておくと軍事利用とかは止めてくれよ?

 

それじゃ、出来上がったら見せに行くぜ!

その時はよろしくな!

 

ロウ・ギュールより

 

 

 

 

 

「これはまた……厄ネタか?」

 

「紆余曲折ってことは、たぶんZAFTとやりあった可能性あるよな……流石の悪運だな」

 

「”レッドフレーム”を手に入れた時も、僕達が他のことに手一杯だったって幸運に恵まれてるしな……」

 

技術者達が手紙に書かれていた内容について思い思いの感想を述べていく中、ユージは1人だけ得心していた。

宇宙からZAFTが落とした代物となればある程度内容は絞り込めてくるし、ユージの想像が当たっていればの話だが、彼の知りうる『知識』の中にも該当する物が1つあった。

 

「……よし、開けてみよう」

 

「いいんですか?」

 

「勘でしかないが、たぶん安全なものだ」

 

普段ならば念に念を重ねたチェックをしようとする筈のユージが軽い態度でいるのを、訝かしむ技術者も数人いた。

だがこの場では好奇心が勝ったこと、そしてユージに対しては全幅の信頼を置いていたこともあり、コンテナを開封する。

果たして、そこに収まっていたものは、何かの金属の塊だった。

それは、ユージの想像に合致するものでもある。

 

(……やはり、レアメタルか)

 

『原作』において、ロウ・ギュールはZAFTが紛失した何かしらのレアメタルを取得している。

そのレアメタルを使って150mサイズの日本刀『150(ワンフィフティ)ガーベラ』を作り出したのだ。

手紙の中に記されていた『見た奴の度肝を抜く代物』とは、ほぼ間違い無く『150ガーベラ』のことだろう。

ユージが頷いていると、金属を調べていた技術者の1人が奇声を挙げる。

 

「こ、れ、は!?」

 

「どうしたウィルソン?」

 

変態四天王の1人であり、密かに他の3人と比べれば影が薄いことを気にしている彼。

ウィルソン・A・ティブリスは尋常ならざる様子で、金属の正体を告げた。

 

「これは……『ソル・チタニウム』じゃないか!?」

 

 

 

 

 

「『なぜなに”マウス隊”』のお時間ですゴラァ!」

 

急遽運び込まれたホワイトボードに手を叩きつけつつ、ウィルソンが叫ぶ。

普段は物静かなウィルソンの変貌は、その場を()()()()会議多発地帯へと変貌させた。

 

「ウィルソンの奴、なんか変なものでも食ったのか?キャラ崩壊してるじゃないか」

 

「きっと影が薄いことを気にして、はっちゃけちゃったんだよ。高校デビュー失敗みたいな感じになってるけど」

 

「でも、なんだかんだあいつも目立つ奴の影でできる限り好き勝手する側だったろ?なんで今更キャラ変する必要があるんだ?」

 

「そこぉ!話は黙って聞け!それと影の薄さは別に気にしてない!してないったらない!」

 

一喝して周囲を静めるウィルソン。

ごほん、と一息吐いてから彼は話し始めた。

 

「失礼、テンションが上がりすぎてしまいました。ただ、このレアメタルがそれだけヤバいものだということは察して貰えたかと」

 

「『ソル・チタニウム』とか言ってたよな?聞き馴染みが無いんだが、何が凄いんだ?」

 

『原作』ではレアメタルとして表記されておらず、この金属の具体的内容についてユージが知ることは少ない。

分かっているのはZAFTが製造したものだということ、そしてMSの装甲に使われた場合は、撃破が極めて困難な機体が出来るということだけである。

ユージの疑問に、ウィルソンは説明を始める。

 

「『ソル・チタニウム』は、近年になって宇宙空間で発見されたレアメタルです。一つの隕石から採れる量は少なく、サンプル数の少なさから具体的性質も判明していませんでした。しかし、太陽に近ければ近いほど、隕石から採れる量も質も上がっていくということが分かったんですよ」

 

「太陽の近くで……だから、『ソル(太陽)・チタニウム』か」

 

「はい。まだ仮説段階ですが、太陽風の影響を受けて変質したのではないかと言われています」

 

続けて、ウィルソンは『ソル・チタニウム』の更なる性質について話し始めた。

太陽の名を持つこのレアメタルは別名『適応金属』と呼ばれており、与えられた衝撃に応じて自らを構成する分子構造を変化させる性質をも兼ねていた。

衝撃を与えればその衝撃に適応して硬度を増し、熱を加えれば熱に強くなる。

熱については元から太陽風の影響を受けているのだから当然と言えるかもしれないが、低温環境下ですら適応して分子構造を変化させた時、実験していた技術者は、掛けていた眼鏡が体の震えで落ちたことにも気がつかなかったほどのショックを受けたという。

 

「……ちなみに、もしもMSや戦車の装甲に使われた場合はどうなる?」

 

「そうですね……内部機器の摩耗だとか、搭乗するパイロットの問題を考慮しなければ……極めて破壊困難、一見して『無敵』のMSが出来上がるかと」

 

ユージは『ソル・チタニウム』の特性が明かされていくほどに、自分の心胆が冷えていくのを実感していた。

予め、知ってはいた。

”ロードアストレイΩ”。支配者の遺伝子を持った男が設計した、『王道(ロード)』の名を持つ異端の”アストレイ”。

『ソル・チタニウム』を用いた装甲を搭載したこの機体は、それ1機で戦争の抑止力になりうるとさえ言われていたのだ。

もしもロウがこれを取得して150ガーベラという形で盛大に『無駄遣い』していなければ、この合金を装甲にしたMSがZAFT側に登場していたかもしれないと思えば、ユージの恐怖は当然のものと言えよう。

 

「万が一、これを用いたMSが量産などされてしまえば……」

 

「同士ロウ、もしかしなくとも超絶ファインプレーしてた?」

 

「おいおいおい無法すぎんだろ、汚いなZAFT流石ZAFT汚い」

 

技術者達の中でも動揺が広がっていく。

それを見たウィルソンは、至って冷静な態度で説明を再開した。

 

「先にも言いましたが、完全ではありません。いくら装甲が固かったとしても、その内側の機械やパイロットは消耗していきます。それに、装甲が破壊されなくても衝撃まで殺しきれるかは別の話です」

 

「と、言うと?」

 

「地上でエドさんが試験していた『ミョルニル』、覚えてますか?PS装甲対策に作られたあれみたいに、内部への衝撃ダメージを優先した武装で殴り続ければ、いずれ内部が限界を迎えます」

 

「なるほど……」

 

「もっと言うなら、出来る人は限られますが鎧通し(アーマースルー)……装甲の継ぎ目や関節部を狙い撃つことでも対処は可能です」

 

もっとシンプルな方法もある、とウィルソンは言った。

それは、『ソル・チタニウム』同士を()()()()()()()

与えられた衝撃に応じて適応する『ソル・チタニウム』同士を衝突した場合、互いに適応し合おうとした結果なのか、本来は一瞬で完了する筈の分子構造の変化が一瞬で終わらず、繰り返され続けるという性質があるというのだ。

無論そのタイムラグも短い時間ではあるのだが、その一瞬だけ必要破壊係数が下がり、破壊しやすくなるのだという。

 

「そうなれば後は、質量と速度で勝る方が衝突に打ち勝つだけです」

 

「なるほど……」

 

頷くユージ。

『原作』において、完全体の”ロードアストレイΩ”を倒すには倍のレアメタルを有している必要があると描写されているが、それはこういうことだったのだろう。

レアメタルの質量差でぶん殴る。最高に頭が悪い最適解であった。

他に考えられる方法は、『原作』で『150ガーベラ』が破壊された時のように規格外の負荷を掛けて無理矢理に破壊するくらいだろうか。

 

「ところで、ZAFTは『ソル・チタニウム』をどこで手に入れたんだ?」

 

「それも簡単なことです。水星よりも更に太陽に近い場所、そこに『ソル・チタニウム』の精錬施設があるんですが、施設の管轄は『プラント』なんですよ」

 

「つまり、『プラント』を支配しているZAFTなら好きに出来る、ということか」

 

そこで、ユージはあることに気がついた。

太陽にほど近い場所にある精錬施設。───太陽の、近く。

 

(まさか、『太陽近辺に設置された砲台』というのもこの『ソル・チタニウム』に関連していたりするのか?)

 

『原作』において、その概要だけが明かされたエピソード『太陽砲台』。

太陽近くに設置された謎の砲台を破壊するために劾が”ブルーフレーム・フォース”で出撃するという話なのだが、何故太陽の近くに砲台が設置されているのかなど、細かい描写がされないままなのだ。

もしもその理由が『ソル・チタニウム』精錬施設防衛のためであるというなら、辻褄が合うのだ。

劾が破壊に向かったのも、死んでも構わない傭兵である劾にZAFTが依頼したのだとすれば、これもまた辻褄が合う。

何故破壊するに至ったのかは、何かしらの理由で制御不能に陥り、施設に近づく物を無差別に攻撃するようになってしまって破壊しなければならなくなったから、だろうか。

 

(所詮妄想に過ぎないと言えばそうなんだが……)

 

前世でも知ることの出来なかった謎の一端に触れられたような気がして、ユージは僅かに気分を良くした。

謎がひとまず解決したところで、意識を目の前の会議に戻す。

 

「安心して欲しいんですが、これほどの良質な『ソル・チタニウム』の精錬は相当の時間が掛かります。少なくとも今大戦でZAFTが『ソル・チタニウム』を用いたMSを大量投入、なんてことはたぶんないので安心してください」

 

ホッと息をなで下ろす一同。

『ソル・チタニウム』については周知された。ならば、次の話題に移るのは必然。

 

「で……これ、どうする?」

 

「……正直言うと、武装転用は難しいですね」

 

その場の全員が、今まで放置されている『ソル・チタニウム』を見る。

コンテナに収められているのだが、そのコンテナのサイズは軽自動車が2つ入るか入らないか程度しかない上に、そのコンテナに満杯でいるというわけでもない。

要するに、極めて少量しかないのだ。

本当に余ったものを送ってきただけ、といった様相であった。

 

「今のところサンプル送りが安定ですかね……薄くのばして盾の表面に貼り付けるとかも有りそうですけど、そうなると破壊係数が下がって、結果的に微妙なものになっちゃいますし」

 

一同の結論は、『放置安定』となった。

すぐに使い道の結論を出せるような物でもなければ、量もない。

だが、ロウ・ギュールが何かを作ろうとしているのを(ほぞ)を噛んで待つしかないという事実は、技術者集団のプライドに火を付けた。

 

「こうしちゃいられん、さっさと『CG計画』の方に戻るぞ!」

 

「自慢するだけ自慢しやがって!今に見てろよ……!」

 

「そういえばウィルソン、なんで『ソル・チタニウム』なんてもの知ってたんだ?」

 

「大学で金属について勉強していたのと、VF-1(バルキリー)の開発に役立つかと思いまして」

 

「お前まだ諦めてなかったのか……」

 

技術者達がやる気に満ちて各々の仕事場に戻っていく中、1人だけコンテナに再び収容される『ソル・チタニウム』を鋭い視線で見つめていた人物がいた。

清十郎である。

 

(あの量でも、刀身に混ぜ込む分には……くくっ、この老骨もまだ燃えられたか)

 

 

 

 

 

「そういえばユージ。貴方の『知識』には、ロウ・ギュールが『ソル・チタニウム』を使って作る物についても?」

 

「持ってる分全部使って150mの日本刀作るぞ」

 

「バカなんですか?」

 

「安心しろ、前世でも皆そう思ってたから」




新年明けて初の更新が作者の講釈垂れ流す回になってしまったのは申し訳ない……。
次回はもっとアクセル踏んでいくので、よろしくお願いします!
次回、「隼の名を持つガンダム」。
お楽しみに。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けて下ります。



追伸
「水星の魔女」の第一期最終話、皆さんは見ましたか?
凄かったですね!(^^)


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第121話「隼の名を持つガンダム」

ついに、マウス隊完全オリジナルの『ガンダム』が登場です。


5/9

『セフィロト』 第4管制室

 

「『スカーレットチーム』、全滅!」

 

「ふむ、10分52秒。中々だな」

 

停止したカウントを見つめながら、満足げにユージは頷く。

現在、彼と数人のスタッフはこの場所で模擬戦のデータを計測していた。

模擬戦は3対3で行なわれており、一方はお馴染みの『スカーレットチーム』。

もう一方は、地上から帰還して間もないエドワード達だ。

 

<あぁ~、またダメだった……>

 

<ぼやくなジャック。模擬戦は事後のミーティングまで終わらせてこそ……>

 

チームにおける最年少であるジャクスティンのぼやきを、年長のブレンダンが諫める。

しかし、その声にも何処か覇気が無い。

それは当然のことで、彼らが敗北したのは、歴戦のパイロットと言えども先日まで地上で戦っていた者達なのだから。

これまでずっと宇宙で戦ってきて、なおかつ普段からアイザック達と模擬戦をしていたことに起因する自信があったのだが、結果はいつも通りの全滅。

落ち込んでも仕方が無いことではあった。

 

「彼らには酷かもしれんが、しっかり成長自体はしているんだよなぁ……」

 

「エド達を相手に10分以上持ちこたえられるだけでも、かなり上澄みの方なんだけどね」

 

ユージの隣でマヤが肩を竦める。

彼女の言うとおり、連合軍どころか戦争全体で見てもトップエースに分類される猛者であるエドワード達を相手にしたと考えれば十分に優秀な成績だ。

加えて、戦いの途中経過も非常に見応えのあるものだった。

 

先手を打ったのはエドワード達だ。レナとモーガンから援護射撃を受けつつ敵部隊に切り込み、早期決着を狙った。

この戦法は“マウス隊”結成当時から彼らが得意としたものであり、今回の模擬戦の舞台となったデブリ帯においては定石と言っても良い。

だが『スカーレットチーム』はその猛攻を凌ぎきり、反撃に転じる構えまで見せた。これが出来る部隊も、両軍全体で見ても限られるだろう。

結果的には分断からの各個撃破に戦術をシフトしたエドワード達が勝利したが、双方の現在の実力を図る意味ではこの模擬戦は大成功だ。

 

「エド達も、久しぶりの宇宙戦でも問題無く戦えていたようだし、次の作戦は問題なさそうだ」

 

「感心するのはいいけど、『本番』は次だってことを忘れないでね」

 

「分かっているさ」

 

マヤの言うとおり、彼らの模擬戦はあくまで()()()

次に予定されている試験の方が、重要度は高い。

なにせ、最初から最後まで”マウス隊”が手がけた初の『ガンダム』の稼働試験なのだから。

 

 

 

 

 

<システムオールグリーン。”プロトG1”、起動完了しました>

 

モニターには、赤と白で彩られた1機のMSが移っていた。

全体的に鋭角的な印象を与える姿形のそのMSは、『CG計画』に基づいて開発されたMSの1号機にあたる存在だ。

『CG計画』のCGは『Change Getter』の略。その名の通り、変態技術者達が『ゲッターロボ作りてぇ!』という情熱に起因している。

切掛こそ褒められたものではないが、完成した本機───正式名称は決定していないために仮称”プロトG1”───へ掛けられた労力は計り知れない。

 

『CG計画』の機体は、スーパーロボット”真ゲッターロボ”の各形体をモチーフとして開発されており、”プロトG1”の姿からもそのことが窺える。

頭部には『ガンダム』特有のV字アンテナが額に備わると同時に、”ゲッター1”系列に近い2本の大きな角が斜め後方に突き出ていた。これもタダの飾りではなく、高性能センサー類が詰まっている。

胸部中央の緑色のクリスタルセンサーと合わせて、白兵戦用MSでありながら高いセンサー性能を誇っているが、これは迅速に戦場全体の様子を把握し、直ちに駆けつけることを可能とするためだ。

また、腹部には何らかの開閉ギミックが備わっており、その下に何が備わっているかは、『ゲッターロボ』という物を知っていれば想像に難くない。

 

若干の違和感を抱かせるのは四肢の形状であり、”真ゲッター1”のように膨らんではおらず、”デュエル”や”ストライク”のようなスマートなデザインに収まっている。

かといってパワーが低いかというとそうではなく、その内側のフレームはほぼ完全新規設計であり、そのパワーはGATシリーズを優に上回る数値だ。

仮にこの機体と”デュエル”が両手を組み合って押し合いをした場合、”デュエル”の両腕が先に負荷に耐えきれず圧壊するだろうという予測が出ているほどである。

 

そして本機でもっとも目を引く箇所は、なんといっても背中の大きな翼のようなパーツだろう。

まるで悪魔のような漆黒の翼は”真ゲッター1”のそれよりもむしろ『ガンダムW』シリーズの”ガンダムデスサイズヘル”のそれに酷似しており、実際の運用方法もそちらに依っている。

この翼には”ヒドゥンフレーム”の防御兵装『ナーク=ティト』で試験運用された『フェイズシフトコアアーマー』の技術が用いられており、骨子のように組み込まれたPS装甲が翼全体に高い防御力を与えている。

更に”ヒドゥンフレーム”の『ナーク=ティト』同様に耐ビームコーティングも施されたこの翼は、防御装備として極めて高い性能を誇っているだけでなく、姿勢安定用の機構も兼ね備えるなど、本機の生命線と言ってもいいだろう。

 

その翼の間に配置されるように背負った1本の棒は、本機の主兵装である『試作高出力ビーム戦斧”ヒーツ”』だ。

”ゲッター1”系列の代名詞と言える斧だが、流石にリスペクト元と同じように体から飛び出て来るという脅威の伸縮性を再現することは出来ず、背中に背負うという形になっている。

使われている技術的には通常のビームサーベルと同様のものだが、それを2重3重にと展開し、圧倒的な破壊力を1機のMSに付与する代物だ。

大抵のMSの耐ビームシールド程度ならば紙のように引き裂けるとはいうが、実際に振われた姿は未だ誰も見ていない。

 

「”真ゲッター1”をモチーフに開発された『ガンダム』、か……『スーパーロボット大戦』でもやらないような代物だな」

 

「スーパーロボット大戦……?」

 

「ああ、そういえばそんなのもあったな」

 

マヤが疑問の声を、そしてアキラが懐かしむような声を発する。

そう、実はこの世界では『スーパーロボット大戦』シリーズの知名度は恐ろしく低いのだ。

『マジンガーZ』や『ゲッターロボ』といったロボットアニメこそ存在したが、如何せんその2つに並んで御三家と称されるほどの『ガンダム』シリーズが生まれなかったことは、本シリーズに多大な影響を与えていた。

「あらゆるスーパーロボット達を指揮するSRPG」と謳われる『スーパーロボット大戦』において、『ガンダム』のような主人公達が軍に属していることを違和感無しに組み込める題材が無いことは致命的だ。

『超獣機神ダンクーガ』のように主人公が軍属のアニメもあるにはあるが、『ガンダム』ほどのネームバリューを持たない彼らでは、残念ながら役者不足と言わざるをえない。

正に、「知る人ぞ知る」レベルの展開しか出来なかった『スパロボ』シリーズの有様に、少なからずユージも哀愁を漂わせた過去を思い出す。

 

(いや、それだけじゃないな……)

 

『ガンダム』が生まれなかった影響で生まれなかったロボットアニメは数知れず。

改めて、『ガンダム』がもたらした世界の影響というものをユージは実感する。

 

(あるいは、『ガンダム』のように『地球人類同士が宇宙戦争をする物語』が存在していれば、この世界も戦争を避けられただろうか)

 

そんな夢想をしたユージは、しかしそれを振り払う。

前世も合わせれば60近い生を送ってきた。だからこそ、人類がそれほど簡単な生物ではないことも分かっている。

アニメの1つや2つで後の戦争が回避出来るなら、苦労はしない筈だ。

妄想を否定したユージは現実に立ち返り、試験の指揮を再開する。

既に”プロトG1”は発進しており、指示を待つばかりとなっている。

 

「───いよいよだね。専門外ではあるが、私も些か高揚してきたよ」

 

「アグネスか」

 

入室してユージに声を掛けるアグネス。その後ろには、監視役のフィーの姿もある。

彼女はいつも通り、少し余った白衣の袖を揺らしながら楽しそうに言葉を紡いだ。

 

「アイザックには、渡してきたか?」

 

「勿論。ま、彼はものすごく嫌そうな顔をしていたが」

 

”プロトG1”に搭乗しているアイザックは、その直前にアグネス謹製の薬液を摂取している。

カフェインを始めとした様々な成分を内包した、アグネス曰く「高級気付け薬」だが、その効果はユージお墨付きである。

動かしただけで多大な負荷がパイロットを襲うと予測されている”プロトG1”、使える物は何でも使わなければならなかった。

避けられない問題も、当然あった。

 

『───ふざけないでください!なんで敵のスパイの作ったものなんか飲まなければいけないんですか!?』

 

アグネスはかつてZAFTのスパイであり、実際に彼女の手で”マウス隊”は窮地に陥ったこともある。

悪印象で済めば良い方で、直接アグネスに危害を加えようとする者が現れるのも必然。

況してや、アイザックはZAFTが引き起こした戦争の影響で暴徒と化した民衆の手で、両親を殺害された過去を持ち、ZAFTに対して深い憎しみを持っている。

事情を知らされた瞬間に目の前のアグネスに飛びかかろうとしたアイザックを、ユージはフィーと2人がかりで押さえ込んだのだ。

もしもそれを止めなければ、アグネスは死ぬまで殴られていた事は想像に難くない。

 

「ま、隊長命令だからね。そう言ったら彼も黙って薬を飲んでくれたよ」

 

「迂闊な発言はするなよ。……何度も庇ってはやれんぞ」

 

「勿論。まだこんなところで死ぬワケにはいかないからねぇ」

 

「どうだかな。……マンハッタン少尉、面倒を掛ける」

 

「お構いなく。これが仕事ですので」

 

表情を変えず、平坦な口調で返答するフィー。

謎の多い彼女だが、職務に対する姿勢は真面目そのもの。その点についてユージは心配していない。

時々アグネスに非致死性の電気ショックを与えている姿は新たな“マウス隊”の名物になりつつあるが、それこそが彼女が真面目に仕事をしているということだろう。

 

「ふふ、クールだねぇフィー君。時折鏡の前で銃を構えながらポーズを取っているとは思えあばばばばばばばばあばばばばば」

 

「あれは射撃姿勢の自己診断をしているだけです。さも私が青少年的心理の持ち主かのように語るのは止めてください」

 

「ほどほどになー……」

 

頭を振って思考を切り替えるユージ。

この雰囲気は嫌いではないが、今は真剣にやらなければならない。

 

(さぁ、見せてくれ。『簒奪者(ゲッター)』の似姿として生み出された『ガンダム』の力を)

 

 

 

 

 

(まったく……いくら”マウス隊”だからって、隊長も何を考えているんだ?)

 

その頃、”プロトG1”のコクピットにて試験開始の合図を待つアイザックは、内心でユージに対する愚痴を漏らしていた。

先ほど、いつもと変わらない───それこそ、裏切りが発覚する前からの───胡散臭い微笑を携えながら、薬液を差し出してきたアグネスに対して、アイザックは未だに怒りの炎を燃やしていた。

信頼出来る仲間達との触れ合いもあって、戦闘時以外は穏やかな青年の様相を見せるアイザック。

しかし、彼は元々復讐者として連合に入隊した男だ。

たとえ他の誰が許したとしても、彼にはどうしてもアグネスを認めることが出来ない。

 

(前々から思ってたけど、”マウス隊”の皆は一度でも身内になったら甘いんだ。特に隊長。彼の美徳でもあるけれど……)

 

<アイク、聞こえるか?>

 

放っておけばいつまでも愚痴が続いただろうアイザックの思考に、ユージの声がストップを掛ける。

試験を行なう準備が出来たということだ。アイザックはひとまずアグネスのことを思考の端に追いやり、操縦桿を握る手に力を込める。

 

「はい、聞こえます。いつでもいけますよ」

 

<分かった。……それではこれより、試作MS”プロトG1”の機動試験を開始する>

 

今回の試験の内容は至って単純で、予め配置された模擬標的を近接攻撃で順々に攻撃していくというものだ。

目標設定時間は3分ほどだが、アイザックには問題無くこの試験をやり遂げるだけの自信があった。

というのも、彼はこの形式の試験を”デュエル”で何度もこなしたことがあり、どのような武装を用いても3分以内でクリアすることが出来るようになっていたからだ。

 

(でも、気は引き締めておかないとね)

 

初めて動かすMSで慢心するほど、アイザックは増長していない。

カタログスペックは把握しているが、それだけでもこの”プロトG1”の性能は凄まじいものだった。

再度計器のチェックを行ない、異常がないことを確認したアイザック。

 

「いきます!」

 

彼は、フットペダルを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ド ワ ォ

 

 

 

 

 

「───」

 

一瞬、ほんの一瞬だけアイザックは、()()()()

知覚も出来ないほどの空隙、一瞬のことであった。

直後、彼は自分の中で何かが弾ける感覚を得た。

アイザックはこの感覚に覚えがあった。過去に、何度か経験したことのあるものだった。それが起きるのは、決まって強敵や苦境と直面した時のことだった。

即ち、命の危機が迫っている時である。

 

「───っ!?」

 

我に返り、操縦桿を操作する。

”プロトG1”が『ヒーツ』を手に取り、目の前にあった模擬標的を切り裂いた。

それで止まることなく、”プロトG1”は次々に模擬標的を切り捨てていく。

 

<すごい……”デュエル”の倍以上のペースです!>

 

<だが、あれは……アイクの動きじゃないぞ!?>

 

<機体の運動性に振り回され掛けているのか……!>

 

通信の先でユージ達が何かを言っているが、その内容をアイザックは理解出来なかった。

そのような物に思考リソースを割く余裕など無かったからだ。

 

「くっ……!」

 

搭乗し、動かすだけでパイロットを危機に追いやる怪物のような”プロトG1”。

アイザックとて、危機に陥った際の特異な感覚による補正が無ければ、機体の制御を失って追突事故の1つは起こしていたやもしれない。

だが、アイザックは笑っていた。獰猛に、歓喜するように。

彼の本能が、このMSこそ求めていた『力』だと叫んでいた。

全てを屠り得る、最強の『力』だと。

 

<これ以上の機動はパイロットに危険です、試験の中止を……>

 

<今あいつの集中を乱してみろ、それこそ危険だ!……続けるしかない>

 

<それがベストだ。それに……見ろ隊長。もう最後の1つだぞ>

 

気付けば、模擬標的の残りも1つとなっていた。

今回の試験はあくまで近接戦闘機動の試験だが、最後の標的だけは近接戦ではなく、射撃武装で破壊することになっていることを思い出し、アイザックは武装を切り替える。

『ヒーツ』を背中に背負い直した”プロトG1”は、腹部のシャッターを展開し、そこに隠されていた砲口をさらけ出す。

『ジェネレーター直結式400㎜超高インパルス砲”ドラゴン”』。

『アグニ』と同様の原理で臨界したプラズマエネルギーを発射する武装だが、ある程度の量産を見越して作られた『アグニ』とは異なり、こちらは機体同様のワンオフ品。

その破壊力は『アグニ』を超えるとされているが、未だに戦闘出力で放たれたことはない。

 

(ターゲット……ロックオン!)

 

それを、今ここで撃つ。

位置的に言えば、自分の座っているシートの下に臨界したプラズマエネルギーが、今か今かと解き放たれる時を待っていた。

その身のうちの危険な衝動に従い、アイザックはトリガーを引いた。

 

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 

 

 

第4管制室

 

「機動終了……記録は、34秒。信じられない、”デュエル”でも1分を切ることは出来なかったのに」

 

「……」

 

モニター越しに見たその光景に、ユージは呆然と口を開け、突っ立っていることしか出来なくなっていた。

『ドラゴン』から発射されたプラズマエネルギーは模擬標的を、完全に消滅させてしまった。戦艦の装甲なみの強度を誇った模擬標的を、である。

間違い無く、既存のMSのどれもを上回る火力だ。

桁外れなのは『ドラゴン』だけではなく、『ヒーツ』もだ。

『ヒーツ』が紙のように切り裂いていったのは、一般的なMSに装備される対ビームシールドと同様の対ビーム処置が施されていた。

つまり、MSでは真正面から防ぐことはほぼ不可能と言っていいということだ。

 

「うーん……ま、こんなものか」

 

それを、ユージの隣で見ていたアキラはなんということはない調子で感想を零すだけに留めた。

マヤは通常のMSを遙かにこえるこのMSの力を見たことで多少戦慄しているようだったが、やはりユージほど動揺はしていない。

これはむしろ、「想定はしていたが実際に見ればやはり圧倒される」といった類いのもので、覚悟はしていたというところだろうか。

 

「お前は……お前らは、これでも満足いってないのか?」

 

微かに震えた声で、ユージはアキラに問いかける。

ユージの様子に気付いたアキラは、苦笑しつつ答えた。

 

「まぁ、あくまで『ゲッター』の似姿だしな。()()がどれだけヤバいか、隊長はご存じだろう?」

 

「そうだが……今ここにある時点で、あのMSはおそらく最強の機体だ」

 

「そうか?……ほら、見てみろ」

 

アキラがモニターを指差す。

そこには、エネルギーが不足してPS装甲がダウンし、灰色になっていく”プロトG1”の姿があった。

たしかに『ドラゴン』の火力は凄まじいもので、MSの持てる武装の中では最強だ。しかし、それを十分に扱うには、従来のバッテリーによるものでは余りにも役者不足に過ぎる。

 

「一発撃っただけでダウンする、そんなものを実戦で使えるか?1分にも満たない時間しか最強でいられない、そんなものを俺達は『簒奪者(ゲッター)』とは呼べない」

 

「……そうか」

 

「それに、だ。『ドラゴン』な、実はあれでも妥協したんだぞ?本当は、一撃で新宿を消し飛ばせるくらいのものを目指した。……流石に、技術が足りなかったが」

 

その言葉に、ユージは溜息を吐くしか無かった。

今は「彼らが味方で良かった」という安堵に縋るのが、精神的平和を保つ最良の手段だったからだ。

 

「アイク、聞こえていたら返事をしろ」

 

<……はい>

 

「感想は後で聞く。今機体を回収させるから、それまでは待機していろ」

 

<了解……>

 

放心した様子のアイザックの声に、ホッと息を吐く。

管制室で観測していた限り先ほどのアイザックのバイタル、つまり体調は危険域ギリギリの状態だったが、今は若干落ち着いてきている。

アイザックの命に危険は、今のところは無いということだ。

 

「まさか、機動試験でここまでハラハラさせられるとはな……」

 

「まぁ、元にした物が物だしね。データはこっちでまとめておくから、アイクの出迎えに行ってあげてください」

 

「ありがとうマヤ、助かる」

 

礼を言いながら退室し、”プロトG1”の帰還する予定の格納庫に向かうユージ。

その後ろを付いてくるアキラが、ユージに声を掛ける。

 

「そういえば、名前はどうする隊長?」

 

「名前?」

 

「”プロトG1”ですよ。正式な名前は決まってないんです。何も無いなら、仮名称で『イーグル』とか付けときますけど」

 

歩きながら顎に手を当てて思案するユージ。

ZAFTのように大それた名前を付けるのは気恥ずかしいし、かといってそのまま鷲の名を付けてしまうのは、捻りが無い気もする。

良くも悪くも小市民の気質も持つユージは、鷲の属する猛禽類の中から良いものは無いかと探った。

 

(ホーク)……鷲とあまり変わらないな。(ストリクス)も、賢者って風じゃないし)

 

少し思案した後に、ユージは頷いた。

あの驚異的なスピードと攻撃性、それでいてスマートな機体フォルム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───(ファルコン)。“ファルコン・ガンダム”」

 

「ほう、無難に纏めてきたな。でもまぁ、いいんじゃないか?」

 

隼の急降下時、即ち獲物に攻撃を仕掛ける際のスピードは時速400㎞に迫るとさえ言われており、これは地球全体で見ても最速のものだ。

加えて、ユージの魂の故郷とも言える日本では電車や戦闘機など、速いものに対して隼と名付けられることがある。

そのことを思い出したユージの名付けは、それなりの好印象で収まったようだ。

 

「……ん?」

 

しばらく歩き、格納庫にたどり着いたユージ達。

そこには既に”プロトG1”改め”ファルコン・ガンダム”の姿があり、整備点検が始められていたが、それを見た瞬間にユージの視界に”ファルコン・ガンダム”のステータスらしきものが表示される。

不思議なことに、試験が始まる前までは表示されていなかったにも関わらずである。

 

(名前が正式に決定していないと、表示されないのか?細かいな……)

 

未だに詳細が掴めていないこの能力に辟易しつつ、ユージはステータスを注視した。

 

 

 

 

 

ファルコン・ガンダム

移動:9

索敵:A

限界:220%

耐久:500

運動:62

PS装甲

ガードコート(射撃ダメージ30%カット)

 

武装

腹部プラズマ砲:360 命中 70(間接攻撃可能)

ビームガトリング:220 命中 60

ハイパービームアックス:500 命中 80

ダブルトマホーク:200 命中 65

電流放出:150 命中 60(MAP兵器)

 

 

 

 

 

「……加減しろ、バカ共」

 

 

 

 

 

5/10

『セフィロト』 アグネス・T・パレルカ用研究室

 

「ふむ、君がここに来るとはね、ヒューイ少尉?」

 

「……」

 

「で、何の用かな?流石にこの場で暴れられるのは困る。うっかり危険な薬物を零したりすれば大惨事だ」

 

「そんなことはしないよ。第一、マンハッタン少尉がいる前で君を襲えると思うかい?」

 

「賢明な判断だね。で、本題は?」

 

「……昨日の機動試験、最初に”プロトG1”を動かした時に僕は失神した」

 

「聞いているよ。そこからあれだけの機動をしてみせるのは流石だと思うね」

 

「最初から最後まで、機体に振り回されっぱなしだった。……でも、普通に乗っただけだったらたぶんそうはならなかった」

 

「うん?」

 

「たぶん、僕が最後まで意識を保てたのは君の薬の影響もある。だから……その……ありがとう」

 

「マメだねぇ。……紅茶でもいかがかな?」




Q.ファルコン・ガンダムってどんだけやばいの?
A.一年戦争でバチバチやり合ってる中、唐突にキュベレイinハマーンとタイマン張れるレベルの奴が出てきた。

やり過ぎたとは思ってるが、後悔はしない。
それに燃費最悪で3回くらい戦ったらすぐガス欠するし、大丈夫大丈夫!

次回は本編ではなく番外編の方を更新したいと思います。
具体的には、南アフリカのナイロビ奪還作戦を書こうかと。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第122話「再会の空」

久しぶりの本編更新です。
皆さん、お待たせしました!


5/9

インド洋上 ”アークエンジェル”甲板

 

「ん~、潮風が気持ちいい♪」

 

甲板に出てきたヒルデガルダは、日光と潮風を浴びながら体を伸ばすように背伸びをした。その際に、彼女の体の一部分───形の良い胸部───がタンクトップ越しに存在を主張している。

さりげない風に顔を逸らして「見ていませんよ」と言いたげなマイケルとベントの2人は後でからかってやろうとヒルデガルダは決意しつつ、パラソルとサマーベッドの準備を始める。

 

「なぁ、なんでわざわざ外でくつろごうなどと言い出したんだ。こんなのは暑いだけだろう?」

 

「あれ、スノウちゃん暑いのダメだった?」

 

「ダメというわけではないが……」

 

半分疑問、半分不満といった表情でパラソルの設置を手伝うスノウ。

現在、”アークエンジェル”は上層部からの命令によってインド洋を東進し、『東アジア共和国』のカオシュン宇宙港を目指していた。

インド洋におけるZAFT軍の要衝であるディエゴガルシア島は既に陥落しているが、それでも今”アークエンジェル”がいる場所はそれよりも東、つまり未だにZAFTと遭遇する可能性がある海域だ。

にも関わらずヒルデガルダが船外でくつろごうと言い出したことが、スノウには理解出来なかった。

 

「なーに、こんな良い天気ならZAFTもきっと日なたぼっこしてるよ」

 

「そんなわけがあるか。だが、たしかにZAFTも我々に手を出している余裕は無いかもしれんな」

 

ディエゴガルシア島陥落の際に、相当数のZAFT兵が基地からの脱出に成功していることが捕虜からの尋問で明らかとなっている。

わざわざ”アークエンジェル”に()()()()()を掛けに来るくらいなら、脱出した兵士達の回収に労力を費やすだろうという見方もけして間違ったものではなかった。

もっとも、だからといって油断していいという道理にはならない。スノウが不満そうにしていたのはそう言う理由だった。

 

「まぁまぁ、スノウちゃんも一度やってみようよ。きっとリフレッシュ出来るよ」

 

「……しょうがないな」

 

ヒルデガルダの薦めを断り切れず、スノウは組み上がったサマーベッドに寝転がってみる。

暑い外よりも空調の効いた船内でくつろいだ方が良いのでは無いかと考えていたスノウだが、実際に試してみると、なるほどと思わされる。

直射日光を遮るパラソルの下で、夏特有の暑さと時折吹いてくる潮風の涼やかさ。そして時折聞こえてくる海鳥の鳴き声は、たしかに心穏やかな気持ちにしてくれる。

 

「まぁ、いいんじゃないか」

 

「でしょー?」

 

隣で同様にくつろぎ始めたヒルデガルダ。

実のことを言うならば、ヒルデガルダが外でくつろごうと言い出した理由の半分はスノウの休息のためである。

───スノウは昨日の早朝、廊下で倒れた。

幸いにも通りがかった兵士に発見されて医務室に担ぎ込まれたのだが、船医であるフローレンスが本格的な診断を始めようとした時、「スノウの専属スタッフ」を名乗る白衣の男達が有無を言わさずに連れていってしまったのだ。

 

『医者としてこれほどの屈辱を受けたのは初めてです』

 

ショットガンを手にそう言って、白衣の男達に宛がわれている部屋に押し入ろうとしたフローレンスを止める方が大変だったのは余談である。

ともかく男達の処置を受けたらしいスノウは復帰したのだが、精神面での不調は残っていた。ヒルデガルダはそれを見抜いていたのだ。

閉鎖的な船内よりも開放感ある船外の方を選んだのは、そういう理由もあった。

 

(だけど……こっちはもう少し複雑そうかな?)

 

ヒルデガルダの視線の先には、マイケル達と共にバーベキューの準備を進めつつも、何処か浮かない様子のキラの姿があった。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

少しの時間が経ち、キラは座り込んでただ海の方を見ていた。

後方ではヒルデガルダや合流してきたトール達が、消費期限が近づいた食材を使ってのバーベキューを楽しんでいるが、今のキラにはそれを楽しめるだけの余裕が無かったのだ。

 

『───お前だけは殺してやる!!!』

 

先の海戦で、キラはZAFTのマーレ・ストロードというパイロットを心の底から憎んで殺そうとした。

今となっては下らない挑発に引っかかってしまったのだと気づけているが、それでも、皆が必死になっているこの戦争で未だに「下らないナチュラルは死んで当然」と見下した調子のマーレはどうやっても認められないのだが、キラの悩みはそこには無い。

あの時、キラは相手が同じ命ある存在だということを無視した。

たとえ相手がどれだけ恐怖を抱いたとしても関係無い、むしろ良い気味だとすら思っていた自分に、今のキラは恐れを抱いていた。

 

(もし……もしまた同じような相手と戦うことになったら)

 

自分はまた、同じように憎しみを抱いて戦うことになるのだろうか。

憎しみを抱くことは間違いではない、と誰かは言っていた。実際、仲間を殺された復讐心で『紅海の鯱』マルコ・モラシムと戦っていたジェーン達も、別れ際には何処かサッパリした様子で、未来に進もうとしていた。

だが、あの時の憎しみは未来に進もうとか、過去にケジメを付けるだとかが一切無かったのだ。

あのようなどす黒い感情が自分(キラ)の中にあることが、恐ろしい。

 

(もしも、()がそれを向けてきたら、僕は……)

 

戦えるのだろうか。───アスラン・ザラと。

彼は母親を殺されたことを切掛としてZAFTに入隊したと思われる。ならば当然、連合軍への怒りは持っている筈だ。

以前会った時はまだキラが戦争に巻き込まれた民間人だったからこそ、彼も本気ではなかった。

だが、今は違う。キラは自分の意思で軍人として戦っている。

そんな自分に、彼もどす黒い憎しみをぶつけてくるだろうか。もし、そうなったなら。

 

キラとアスランの付き合いは長い。本当の兄弟のように、共に幼年期を過ごしてきた。

そんなアスランから憎しみをぶつけられることが耐えられるだろうか。否、それだけならまだいい。

もしも彼が、自分の仲間の命を奪ってしまったなら?マイケルやベント、ヒルダ、トール、サイ、ムウ、イーサン……かけがえのない仲間達の命を彼が奪ったなら?

自分(キラ)は、彼を憎んでしまうのだろうか。

 

「……僕は、彼と戦えるのかな」

 

再び溜息を吐くキラ。

今更悩んでも仕方ないことだと、理性は教えてくれていたが、それでも中々割り切れないことはある。

 

「おーい、どうかしたかキラ?はやくしないと、肉が品切れしちゃうぞ」

 

様子のおかしいキラを慮り、トールが近づいてくる。

このまま悩み続けるのもどうしようもない話であるし、何より辛気くさい顔で場の空気を乱すのもよろしくない。

一度頭をスッキリさせるためにも、宴に混ざるのが正解だろう。

 

「ごめんトール、今そっちに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いぃご身分ですねぇ……」

 

まるで地獄の底から這い上がってきた幽鬼のような声がその場に響いた。

全員が驚きと共に船内に通じるドアの方を見やると、そこには。───ふらふらと、俯きながら近づいてくるアリア・トラストの姿があった。

 

「我々が連日のデスマーチ……もとい作業に勤しんでいる中、宴会とは……ふふっ、アリアちゃん見境無く暴れ出しちゃいそうです☆」

 

「あー……ご苦労、さん?」

 

「どうも、フラガ少佐。ノンアルとはいえビールでバーベキューかますとは、怪我も治ってきたようで何よりです」

 

俯いている顔に前髪が掛かって見えづらいが、間違い無く今のアリアの目は正気を失ったものになっているに違いない。

そもそも、彼女はどうしてこんな有様になっているのだろうか。訝かしんでいる間にもアリアはフラフラと移動し、若干引き気味のキラの前に立つ。

 

「でもアリアちゃんは許してあげます。何故なら───」

 

「……何故なら?」

 

問い返すキラ。

がばりと顔を上げてキラを見るアリアの顔は、予想通り何かネジが飛んだような笑顔だった。

そして、その顔をキラは知っている。───確実に、面倒事だ。

 

「探し求めていたモルモ……テストパイロットが今、目の前にいるからです!───さぁ、楽しい楽しい新装備運用試験のお時間ですよ!」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「そーらーを自由に、とーびたーいなー♪」

 

『へいっ、ジェットストライカー!』

 

またしてもテンションが何処か可笑しくなっている技術者達を前に顔を引きつらせながら、キラは新たな装備を身につけた”ストライク”を見上げる。

『ジェットストライカー』と呼ばれる新しいストライカーパックは、MSに飛行能力を付与する試作装備だ。今はたたまれているが、起動時には2枚のウイングが展開するようになっている。

 

「というわけでですね、ちょうどインド洋を横断しきるまでに少し時間があるので、その合間に試験飛行してもらおうかと思いまして」

 

「へへっ、アリアの嬢ちゃんに振り回されるのはいつものことだが、まさか他のMSの整備と並行して準備しろってのは堪えたぜ。……よく考えたらいつものことだったわ、がっはっは!」

 

「えっと、お疲れ様です」

 

若干やつれて見えるマードックを労いつつ、キラは疑問をアリアにぶつける。

 

「でも、いいの?わざわざ新装備、それも飛行用のストライカーなんて、ZAFTに見つかるかもしれないこの場所で……」

 

「むしろ見せつけるのが目的なので、問題ありませんよ」

 

曰く、ここで試験飛行を行うことには単なるデータ取りに留まらず、ZAFTに心理的プレッシャーを与える意味合いもあるらしかった。

今でこそ『東アジア共和国』が開発したSFS(サブフライトシステム)”筋斗雲”によってMSを高速で戦場に輸送する方法もあるが、”ディン”のようにMS単独で飛行、進攻できる機体の強みは健在だ。

つまりここで試験飛行を行うことは、『連合軍も同じことが出来るようになった』という事実を見せつけることで、ZAFTに余力(リソース)を消費させることの方が真の狙いなのだ。

 

「それに、『ジェットストライカー』は既にその戦術価値から量産が決まってますからね。後は実際の飛行データをできる限り取得して全体に反映させるだけなんです」

 

「なるほど……対策しようとしてもその時には遅い、って感じなのか」

 

「そういうことです。”スカイグラスパー”と同じ有線式誘導ミサイルを翼に取り付けることも可能なので先制攻撃を仕掛ける場合の火力増強も出来る、といった感じに手堅くまとまってますよ」

 

幽鬼のような様相でいきなり連行された割には装備の癖は少なかったため、安堵するキラ。

───ここで『重装パワードストライカー』のような装備を出されたらどうしようかと思ったが、これなら何とかなりそうだ。

それに、これはこれで気分転換になるかもしれない、とキラは考えた。

1人で延々と悩むよりも何か仕事をしている方が気も紛れてスッキリするかもしれなかった。

 

「ところでさ、アリア」

 

「はい?」

 

「この試験飛行って、急遽捻じ込まれたものだよね?ていうか、捻じ込んだの君だよね?」

 

「……そうですね」

 

「じゃあ君や他の人達が草臥れてるのって、君のせいなんじゃ……」

 

「……あなたのような勘のいいモルモットは嫌いですよ」

 

 

 

 

 

<通信良好、システムオールグリーン。準備完了ですよ>

 

<こちらカップ(CIC)、了解。これより、『ジェットストライカー飛行試験』を開始します>

 

「こちらソード1、了解。いつでもいけます」

 

”ストライク”のコクピットで最終点検を終えたキラは、操縦桿を握りこんだ。

試験の行程はシンプルだ。2機の”スカイグラスパー”が先行して出撃し、周辺の安全を確保。その後”ストライク”が発進し、一定時間飛行する。それだけだ。

いつものように実践で戦闘データを取る必要も無い───この段階では『ジェットストライカー』は単なる移動用として開発されており、戦闘は非常時に限られるため───ので、正直なことを言うならキラは拍子抜けしてさえいた。

 

<ペンタクル1、発進するぜ。さっさと終わらせてバーベキューの続きだ>

 

<ペンタクル2、発進します。初めて飛ぶからって落ちるなよキラ?>

 

一足先にペンタクル1(イーサン)ペンタクル2(トール)が”スカイグラスパー”を駆って飛び立っていく。今回は戦闘の可能性が低いため、特にストライカーなどは装備していない素の状態だ。

特にトールは、戦闘機とMSでモノが違うとはいえ自分の方が空という舞台に慣れているという自負もあってか珍しく先輩風を吹かしており、それが少し微笑ましさを感じさせている。

だが、キラが空戦に関して慣れていないというのは事実だ。ここは遠慮なく、()()に頼るとしよう。

 

<”スカイグラスパー”からのデータを受信、周辺情報を更新……完了。周囲に敵影はありません>

 

<じゃあキラさん、お願いします。あ、一応最後にもう一度言っておきますけどエンジンの出力は上げすぎないでくださいね?あくまで試験飛行ですし、そこはまだ調整が完璧ではないので、エンジントラブルが起きますので>

 

「流石に試験飛行でそこまではしないよ」

 

<どうでしょうねぇ。なんだかんだで限界まで機体をぶん回すのがキラさんですし>

 

<ん”ん”、準備が整っているなら試験を始めるべきだと思うが>

 

何処か弛緩した空気が漂う中、ナタルが咳払いをして試験開始を促す。

最初の頃は肩に力が入りすぎている堅物軍人だったナタルだが、最近では”アークエンジェル”におけるTPOを理解したらしく、そこまでクルーを締め付けるようなことはしなくなっていた。

今では気を引き締めるべき場面で気を引き締めてくれる、頼れる副長だ。

 

<あ、すいません副長。じゃ、どうぞ>

 

「了解。───ソード1、発進します!」

 

いつも通りカタパルトで射出される感覚が体に降りかかる。

射出された”ストライク”───『ジェットストライカー』を装備しているので”ジェットストライク”───の翼が展開し、PS装甲が色づく。いつもと違うのはここからだ。

いつもと違い、落ちていく感覚ではなく浮遊感を覚えるキラ。

 

「飛翔翼の展開完了。飛行システムに問題無し……外側から何か異常はありますか?」

 

<視覚的には異常を確認できません。試験の第一段階はクリアしました、続けて第二段階に移行してください>

 

「了解」

 

試験は3段階に分かれており、第一段階では「そもそも飛べるか」を確認することが目的だ。

それが済んだら第ニ段階である「飛行を一定以上継続出来るか」に移行し、最後の第三段階で「きちんと帰還出来るか」を試験していくことになる。

 

「……これ、面白いかも」

 

初めて飛行という物を体感したキラは、未知の感覚に感動を覚えた。

以前、山間部で”バルトフェルド隊”と戦闘した際に”ディン”を踏み台にして高く飛び上がるということはしたキラだが、その時は「飛行」というより「滑空」だったため、新鮮な気分でいた。

眼下に広がる大海、ほどよく雲が浮かぶ晴れた空を、”ジェットストライク”は飛んでいく。

気分転換になればと思っていたキラだが、想像以上に効果があったようだ。

 

<どうだヤマト少尉、『飛ぶ』ってのはいいもんだろ?>

 

”ジェットストライク”の隣にイーサンの”スカイグラスパー”が並んでくる。

実際に飛んでみると、イーサンが戦闘機乗りとしてどれだけ優れた飛行技術を持っているのかがキラには分かった。

今、こうして並びかけてくる際の動作の滑らかさも、膨大な飛行時間と戦闘機の知識があってこそのものだ。

 

「そうですね、なんだか不思議な感覚です。『地に足のついた』って言葉の意味が分かるというか……楽しいですね」

 

<ははっ、初飛行で『楽しい』か!そりゃいい、お前さん戦闘機の方でもやっていけるぞ。どうだ、戦闘機乗りに転科してみるか?>

 

<勘弁してくださいよ中尉~。これでキラがホントに乗り換えたらすぐに俺が抜かされちゃいますよ>

 

<お前もその分強くなりゃいいんだよ!>

 

「あははは……」

 

同じように並びかけてきたトールの”スカイグラスパー”も交えて、3機は飛んでいく。

戦争中だと思えない空気だが、それがキラには心地よかった。

 

(戻ったら、誰かに相談してみようかな)

 

悩みが消えたわけではないが、誰かに相談することは出来る。───自分(キラ)は1人ではないのだから。

だが、キラは未だに気づいていない。自分の『運命』が、想像を遥かに超えて困難な道のりだということを。

キラとアスラン。どんな過程を辿り、どんな結果になろうとも。

2人は、ぶつかり合う『運命(さだめ)』にある。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”艦橋

 

一方その頃、”アークエンジェル”の艦橋ではオペレーター達が計器に目を配らせ、異常がないかどうかを随時確認していた。

たしかに周辺に敵影は見えないが、潜水艦などを目視で捉えることは不可能だ。

地上で活動することが決定した折に搭載されたソナー探知機に反応は無いが、油断はできない。

 

「来ますかね、ZAFT」

 

「むしろ来てくれないと困る。ま、大勢で来られるのはもっと困るんだがな」

 

「でも偵察くらいは来ると思うな~。なんだかんだ私達、有名人だし~?」

 

「そりゃそうだ。『砂漠の虎』を撃破した上に、海戦でも成果を挙げたわけだからな。囮としちゃ最適だ」

 

彼らには余裕があった。

これまでの激戦を乗り越えてきた経験がそうしていたのだが、けして驕りではない。

その証拠に、会話しながらも機材から目を離していない。

そしてだからこそ、その反応に即座に気づくことが出来たのだ。

レーダーの1つが甲高い音を発した瞬間に、弛緩した空気が一瞬で引き締まる。

 

「レーダーに感あり!水中じゃない……航空機?」

 

「民間機か?」

 

ナタルの問いかけに、問われたダリダ・チャンドラ2世が首を横に振る。

 

「いえ、こんな速度を出せる民間機はありません。データ照合を開始……ん?」

 

「どうした?」

 

戸惑いの声を漏らすダリダ。

ナタルの問いかけに彼が返した答えは、艦橋内の一部クルーの緊張度を一気に引き上げた。

 

「照合結果が……GAT-X303”イージス”の可能性73%?」

 

「”イージス”だと?」

 

「……敵の正体がわかりました」

 

エリクの発言に視線が集中する。

忘れられるはずもない。高速で飛行可能で中途半端な照合率。それは、彼らがあの『三月禍戦』で戦った存在だ。

『ガンダム』に乗ったアイザックとカシンの2人を相手にしながら、けして譲らない戦いぶりを見せたあのMSの名は。

 

「おそらく、”ザフト・イージス”……」

 

「───”ズィージス”!ZAFTがコピーした”イージス”のカスタム機ね……」

 

「その通りです艦長。そして、地上でその機体を駆るのは……」

 

現在、確認されている”ズィージス”は2機。片方は宇宙でラウ・ル・クルーゼが搭乗している。

そしてもう1機の方は、地上で、あるエースパイロットの乗機として知られ、()()()()()()連合軍の注目を集めている。

 

「『紅凶鳥(クリムゾン・フッケバイン)』、アスラン・ザラ……!」

 

『運命』はいつだって、人のことを考えてはくれない。




久しぶりに本編の方を投稿出来ました!
週一投稿を目指して、調子を上げていきたいと思います!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第123話「こんなにも近くに君がいるのに」

5/9

東インド洋上

 

キラが咄嗟に操縦桿を傾けたのは、ただの勘によるものだった。モニターが映す光景の中にキラリと光る物を見つけた瞬間、僅かに悪寒を覚えたのだ。

そしてその直後、『ジェットストライカー』を装着して飛行している”ストライク”の横を、高出力のビームが奔っていった。

『アグニ』程とは言わないが、それでも直撃していれば”ストライク”でもただではすまなかっただろう威力だった。

 

「な、ん……!?」

 

<キラ、大丈夫か!?今の、撃たれたのか……?>

 

<散開しろお前ら!───2撃目が来るぞ!>

 

いち早く状況を悟ったイーサンの言った通り、2発目のビームが飛来する。

今度はそこまで大きく避ける必要もなく、”ストライク”と2機の”スカイグラスパー”からほど近い場所を通り過ぎていった。敵も多少は勘で撃っているということだろうか。

キラ達が態勢を整えている間に、”アークエンジェル”からの通信が届く。

 

<ソード1、ペンタクル1、ペンタクル2、聞こえるか!?>

 

「サイ!」

 

<良かった、無事みたいだな!接近してきているのは””ズィージス”、ZAFTがコピーした”イージス”を改良した機体だ!>

 

<おい、つまりパクリMSってことかよ!?>

 

サイからの情報を聞いたイーサンが悪態を吐く。

”ズィージス”が実戦投入されたのは3月末。その頃のイーサンはZAFTの捕虜となっていたため、知らないことも多いのだ。

そして、次にサイの口から放たれた言葉がキラの思考を停止させる。

 

<それと……”ズィージス”のパイロットは……>

 

<ん、どうしたサイ?>

 

<……ZAFT軍最高司令官パトリック・ザラの息子、アスラン・ザラの可能性が高い、と>

 

「───ぇ」

 

ドクン、と心臓が高鳴る。

サイが遠慮がちに告げたその名前は、キラが戦争に参加すると自ら決めた理由その物なのだから。

サイもその事を知っていたからこそ、言葉にするのを躊躇ったのだ。同じく、事情を知っているトールも動揺しているようだ。

 

<マジか……難しい相手だな>

 

事情を知らないイーサンからしても、対処に困る案件だった。

なにせ、敵軍の最高司令官の息子だ。政治的価値は十二分にある。撃墜出来るからといって撃墜していいものでもない。

 

<しょうがねぇ……おい、2人共聞いてるか?ここはいったん”アークエンジェル”と合流するぞ!何をするにも、それからだ!>

 

<りょ、了解です!>

 

戸惑いながらも、トールは指示に従った。イーサンの下した指示は的確だった。

そもそも彼らがこの場にいるのは『ジェットストライカー』の運用試験を行なうためであり、戦闘ではない。

”アークエンジェル”と合流すれば、対空火器の豊富な”アークエンジェル”との援護も受けながら次の一手を打てる。そういった冷静な判断によるものだった。

だが、ここでキラは驚きの行動に出る。

 

<キラ、お前何を───>

 

なんと、”アークエンジェル”に向かう”スカイグラスパー”とは対称的に、”ズィージス”がいる方向に向かって飛んでいくではないか。

突然の命令無視にイーサンも動揺を隠せない。

 

「このままだと”アークエンジェル”と合流する前に落とされます!自分が注意を引くので、その隙に!」

 

<なにバカなこと言ってんだ!ああくそ、戻れ、もど───>

 

キラは通信を切った。

軍人として最低限だが訓練を受けたキラがこのような暴挙に出たのは、確かめるため。

やがて遠くに見えていたシルエットが、ハッキリとキラの目に映り出す。

紅い機体色。まるで1本の槍のように鋭角的かつ細長い形状。”イージス”の強化型だと一目で分かるその機体は、”ズィージス”に違いない。おそらく、先ほどの射撃は機体前方に突き出すように取り付けられているビームライフルから放たれたものだろう。

そして、”ズィージス”は高速飛行の勢いのままにMS形体に変形し、”ストライク”に向かって来た。

 

「くっ!?」

 

”ズィージス”の左腕に取り付けられたシールドにはニードル状のパーツが取り付けられている。

それを用いた刺突を、キラは辛うじてシールドで防いだ。突進の勢いが乗って強烈な衝撃だったが、キラはこれをチャンスと言わんばかりに通信を試みる。

ほとんどのMSに搭載されている接触回線を介すれば、敵MSとも通信回線を繋げることが出来る。

 

「アスラン……アスラン・ザラなのか!?」

 

<───>

 

「答えてくれ!」

 

必死に呼びかけるキラ。

当然だ。ここまでの苦悩も、それでも戦いを止めない意思も、彼が発端なのだから。

 

<……キラ・ヤマト>

 

「アスラン……!」

 

聞こえてきた声は、間違い無く(アスラン)の声だった。

 

「アスラン、僕は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<───何故、お前がまだ軍にいるんだキラ!?>

 

その叫びには、困惑と、悲嘆と、そして……明確な拒絶の意思が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、なぜここにアスランがいるのか?

彼は先日、連合軍によって攻め落とされたディエゴガルシア島から撤退してきた味方を回収する部隊に同道していた。

”バルトフェルド隊”が敗れた今、最精鋭と名高い”ザラ隊”が撤退支援のために来るのはおかしいと思うかもしれないが、それは元々彼らがディエゴガルシア島に増援として駆けつけるために向かっていたからだ。

要は、想定以上に早くディエゴガルシア島が陥落してしまったために、手持ち無沙汰になってしまったということである。

わざわざインド洋まで来て何もせず帰るというのもバツが悪いため撤退支援を行なっていたのだが、アスランは回収した部隊の兵士からある話を聞いてしまった。

 

『”アークエンジェル”が現れた』

 

”アークエンジェル”。初めて存在が確認された時以来、ZAFTには苦々しい存在だ。

『エンジェルラッシュ会戦』と名付けられた戦いでは、『閃光』ラウ・ル・クルーゼ率いる5隻の”ナスカ”級による艦隊を半壊させられた挙げ句に敵戦力の大半を逃し、地上に降りてきたと思ったらアフリカ各地の補給線を荒らし回った。

終いには”バルトフェルド隊”を壊滅させるなど、大天使どころか疫病神のように扱われているのが”アークエンジェル”だ。

他の誰もが”アークエンジェル”に対する怒りをわき上がらせている中、アスランだけは全く別の感情を抱いていた。

 

("アークエンジェル"……ならば”ストライク”も?)

 

”アークエンジェル”が戦果を生み出す度に、その艦載機である”ストライク”の名声も否応なしに高まった。

あれに乗っていた幼なじみは、戦争に巻き込まれただけの民間人だ。今はとっくに降りて、オーブ本島か『コペルニクス』あたりにでも移住している筈。

───なのに、不安が消えない。

伝え聞いた”ストライク”の戦いぶりが、ナチュラルどころかコーディネイターでも出来るか疑わしいものだったというのも疑いに拍車を掛けた。

 

思い悩む彼の元に、更なる情報が舞い込む。”アークエンジェル”が東進するというものだ。

陽動か、あるいは別の目的があるのかは知らなかったが、これをアスランはチャンスと捉えた。

自分の乗機”ズィージス”ならば高速で飛行し、”アークエンジェル”に奇襲を仕掛けることも可能だ。上手くやれば、艦載機が出てくる前に艦橋だけを射貫いて動きを止めることも出来るかもしれない。

そうでなくとも、強行偵察を行なうだけの理由はある。

 

斯くして、アスラン単独での強行偵察が決定したのだった。

隊の仲間であるイザークは喧しく制止しようとしたが、結局は止めることは出来ず、舌打ちをして見送るに留まった。

結局、彼が強行偵察を実行する本当の狙いを見抜ける人間はいなかったのだ。

 

(キラ……お前がいる筈は無いよな……?)

 

 

 

 

 

「なんで……どうして!」

 

そうして、今に至る。

本当は”アークエンジェル”を強行偵察し、可能であれば動きを止めてインド洋に孤立させるのが狙いだったアスランだが、まさか進行方向上に既に艦載機が展開しているとは予想出来なかった。

だが、ある意味では好都合だったのだ。その艦載機の中に、”ストライク”が混ざっていたのだから。

そうして、幾つかの好都合の果てにたどり着いた真実は、もっとも受け入れたくはなかったものだった。

 

「お前は軍人じゃ無い筈だ!何故、今もここにいる!?戦っているんだ!?」

 

<君を、止めるためだ!>

 

「はぁ……!?」

 

キラの言葉を理解出来ず、思わず操縦桿を握る手から力が抜けるアスラン。

その隙に”ストライク”は”ズィージス”を押し返し、一度距離を取った両者。

 

<君なら気付いている筈だ、今のZAFTは、この戦争はおかしくなっているって!>

 

キラの更なる言葉が更に心を揺らす。

たしかに、今のZAFTは何処かおかしな行動を取っている。アカデミーの養成期間短縮など最たる例だ。

あのような明らかに劣勢であると示すような行為は、以前までのZAFTであれば忌避されていた筈だった。しかし、今では平然と行なわれている。

要は形振りを構わなくなっているのだ。まるで『何か』を待っており、それが成ればそれまでの犠牲などどうでもいいと言わんばかりに。

その先に待っているものが、果たしてコーディネイターの未来なのだろうか?

 

<前に言ったことは、謝る。安全な場所で呑気に過ごしてた僕なんかが、君のお母さんの気持ちについて語ったところで不愉快なだけだったと思う。……でも、これ以上はダメだ>

 

「キラ……」

 

<これ以上は、もう戻れなくなる。だから止めに来たんだ>

 

昔と変わらない親友の声に安心感を抱いてしまうアスランを、誰が責められようか。

遊撃部隊として、エースパイロットとして、そしてパトリックの息子としてプレッシャーを受け続けるアスランの精神はたしかに弱っていたのだ。

 

 

 

 

 

お前も私の元から消えるのか、アスラン

 

 

 

 

 

「───戯れ言を言うなっ!」

 

<アスランっ!?>

 

言われたことも無いのに、何故かハッキリと、父がそう言った。

アスランはハッキリとキラを拒絶する。自分の中の本心(よわね)を、圧殺する。

戻ってはならない、進まねばならない。そうでなければ、今までの全てが無駄になってしまう。

 

「俺を止めるだと……お前はそのために何人のコーディネイターを、同胞を殺してきたんだ!?」

 

<そ、それは……>

 

「お前の言葉は矛盾している!俺の戦いを止めると言いながら、お前は他の誰かの命を奪っているんだぞ!」

 

罵倒をぶつける度に、心に激痛が奔る。かつての優しい思い出に罅が入っていく。

 

「もういい、お前とは会話が成り立たない。そもそも、最初からこうしていなければならなかったんだ」

 

<アスラン、僕は───>

 

「口を開くな、そんなことよりも銃を構えろ!───そうやって、殺してきたんだろう!?」

 

痛い。辛い。苦しい。

それでも、戦わねば。そうでなければ。

父は、今度こそ1人になってしまう。

 

「キラ……俺が、お前を殺す!」

 

 

 

 

 

「くっ……やるしかないのか」

 

会話による説得は失敗してしまった。

ここから先は容赦無い攻撃に晒されながらこの場を切り抜ける方法を探すしかない。キラはペダルを踏み込んで一度”ズィージス”から距離を取ろうとするが、”ズィージス”はすかさずMA形態に変形して”ストライク”にビームを射かけてきた。

 

(ごめん、アリア!)

 

アスランを相手に加減など出来るわけもなく、キラはエンジンの出力を挙げた。アリアから制止されていたことではあったが、非常事態なのだし仕方あるまい。

戦う態勢を整えたキラは、”ズィージス”の動きを分析を開始する。

交戦例が少ないためにデータが不足しているというのもあるが、”ズィージス”の性能は未知数だ。少しでも見落としがあれば命取りとなる。

 

「元の”イージス”より空戦能力で遙かに上回っている……でも、基本設計が同じなんだ」

 

雲を利用して身を隠しつつ、一撃離脱戦法で”ジェットストライク”を翻弄する”ズィージス”。

バインダー部に新たに取り付けられたレールガンも織り交ぜて攻撃を加えてきており、今のところ隙という隙は、攻撃を回避して離脱していくほんの一瞬だけになる。

だが、キラが言った通り原型が”イージス”である”ズィージス”のMA形態は、()()もほぼ一緒だ。

 

(”イージス”のMA形態は高速急襲用……推進力を一方向に集中している。つまり、旋回能力は低い(小回りは効かない)!)

 

───攻撃をジャストタイミングで回避し、その後の一瞬の隙を狙い撃つ。

好機が訪れるまで、キラは攻撃に耐え続けた。

前、右、左、上、上、前、左、下、上───。ビームを防ぎ、レールガンを避ける。

 

「───そこだっ!」

 

ようやく訪れた好機。

後方から”ズィージス”が突進してきたタイミングで、キラは“ストライク”の足裏に備え付けられたスラスターを点火、()()()()()()()()()()()()()()

これによって推進力を一気に殺された”ストライク”は急激に減速する。

 

<なにっ!?>

 

キラは、自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

後方から迫ってきた”ズィージス”が”ストライク”の横を通り過ぎていく光景も、マニュアル照準用のターゲットカーソルの移動するモニターも、全てが鮮明かつゆっくりと見える。

何度も味わってきたこの感覚は、キラに万能感を与える。

 

(外さない、今なら───)

 

ゆっくりと移動するカーソルが、”ズィージス”の増加スラスターに重なる。コンピューターがそれを認識するよりも先に、キラはトリガーを引いていた。

あの箇所なら、命中しても飛行能力を失うだけで済む。

ゆっくりと、銃口から光が放たれ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<───舐めるなぁ!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚くべき反応速度で”ズィージス”を変形させたアスランは、同様に”ストライク”にビームライフルを発射。

キラが必中を確信して放ったビームは”ズィージス”のビームとぶつかり合い、相殺された。

 

「えぇっ!?」

 

<くっ……>

 

ビーム同士の衝突が激しい閃光を生み、2人の目を眩ます。

 

「あのタイミングから間に合うのか……!?」

 

動揺するキラ。

まさかビームをビームで撃ち落とすなどという離れ業を、しかもあの状況で繰り出してきたことを思えば仕方のないことであった。

───今のアスランは、何かが違う。

実際アスランは、キラと同様に自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えていた。普段よりも、感覚が研ぎ澄まされていたのだ。

そして、これでキラは最大のチャンスを逃してしまった。

 

(どうする……どうする!?)

 

あれほどの反応速度で対応された以上、次は狙う場所を選んで攻撃することは難しい。いや、そもそも攻撃を命中させられるかどうかすら怪しい。

思考するキラ。しかし『凶鳥』はその隙を見逃さない。

先ほどのお返しと言わんばかりに、左腕のシールドに取り付けられたビームサーベルを起動しながら、”ストライク”の上方より襲いかかる。

 

「な、しまっ───」

 

<これで、終わりだ!>

 

ガクン、とキラは機体が揺れるのを感じた。アスランの攻撃が命中したに違いない。

アスランの攻撃は完璧に入った筈だ。きっと数瞬後には”ストライク”が爆散し、自分の命もそこで終わる。

アスランを止めるという目的も果たせず、仲間達と最後まで戦い抜くことも出来ず、情けなさに一杯になるキラ。

 

(ちょっと待て、なんだか様子がおかしいぞ?)

 

いつ来るかと身構えていた爆発の衝撃が、いつまで経っても来ない。

よくよく見れば、アラートは鳴っているが機体本体にダメージが発生したなどという表示も無い。

ならば、アラートの発生箇所は何処か?

 

「『ジェットストライカー』……被弾じゃなくて、エンジン停止!?ま、さ、か───」

 

脳裏に、アリアの言葉が再生される。

 

『一応最後にもう一度言っておきますけどエンジンの出力は上げすぎないでくださいね?あくまで試験飛行ですし、そこはまだ調整が完璧ではないので、エンジントラブルが起きますので』

 

『エンジントラブルが起きますので』

 

 

 

 

『エンジントラブル』

 

 

 

 

 

「───落ちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

アスランが相手だからとエンジンを限界まで動かした『ジェットストライカー』は限界を迎えていたのだ。

結果として軌道が乱れたことが、アスランの致命の一撃を躱すことに繋がったのだが、当の本人は知る由も無い。

 

「予備回路、ダメだ起動しない、消火機構間に合わない!───緊急着水っ!」

 

勢い良く海面に突っ込む”ストライク”。

その様を、”ズィージス”は呆然とした様子で滞空しながら見下ろすのだった。

 

 

 

 

 

「なん、だ?墜落したのか……?」

 

突如として黒煙を吹き出し、海面に墜落した”ストライク”を見ながら、アスランは思う。

 

(不具合か何かは知らないが、今のあいつは身動きを取れない。今なら、簡単に───)

 

ターゲットサイトは、既に”ストライク”を捉えていた。

後は引き金を引くだけで、”ストライク”は撃ち抜かれる。ZAFTで開発されたロング・ビームライフルの威力は強力だ。”ストライク”は確実に墜とせる。

 

「くっ、どうして……なんで、撃つと決めたのに……」

 

それでも、引けない。

照準の先にいるのは敵でしかないのに。自分の前に立ち塞がる壁でしかないのに!

───でも、キラ・ヤマトだ。

 

「っ───」

 

アスランは、自己嫌悪で自害してしまいたくなった。

殺すと言いながら殺せない。先ほどまでの熱は何処にいってしまったのか。

いや、先ほどの攻撃だって本当に殺意を持って行なっていたか?自分の全てが疑わしくなる。

 

「……くそ」

 

結局彼は、キラを撃つことは出来なかった。

帰還するためのエネルギーが足りなくなるとか、そんな言い訳を用意して。

結局のところ、彼は穏やかな世界の象徴(キラ・ヤマト)を撃つことが出来なかっただけだ。

 

 

 

 

 

「アスラン……」

 

飛び去っていった”ズィージス”の軌跡を見つめながら、キラは悔しさに額を歪ませた。

強くなったと思っていた。それでも、何も出来なかった。

あんなにも、近くにいたのに。今だって、親友だと思っているのに。

───2人の間には、どうしようも無い距離が生まれてしまっていた。




投稿が送れたこと……謝罪しよう。
でも事情があったんです……詳しくは活動報告にて。
次回以降は更新頻度戻る予定なので、どうかよしなに、よしなに……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第124話「少年、懲罰房にて」

5/10

『赤道連合』領 海域東南アジア 海上

”アークエンジェル” 懲罰房

 

「おっと、見てくださいキラさん。フィリピン海軍ですよフィリピン海軍。『赤道連合』で唯一MSを保有する彼らを引っ張ってくるとは、彼らもピリピリしてるってことですかね」

 

「いや、流石に2人でその窓を覗くのは無理があるかな……」

 

小さな円窓に張り付いて外の光景に目を輝かせるアリアに、キラは溜息を吐く。

現在、”アークエンジェル”はインドや東南アジアの国々が一つになった勢力『赤道連合』の領海内を進んでいた。

『赤道連合』は地球連合・ZAFTのどちら側にも属さずに中立の立場を貫く希有な勢力だ。しかし、『オーブ』のように毅然とした意思で中立を貫いているというわけではない。

単にどちらかに味方をするということが出来るほど能力も、国家共同体としての纏まりも無かっただけの話である。

だからこそ、現在の”アークエンジェル”のようにガチガチの戦闘艦が自国領海内を通過する行為も、『戦闘行為を行なわない』という約定を交わすだけでまかり通るのだ。

いつもならば目を輝かせて早口で解説し始めるアリアの話に付き合うところだが、今はそんな気分になれそうもなかった。

 

「ノリ悪いですねぇ……こんな美少女と部屋で2人きりだというのに」

 

「自分で言う?」

 

「まぁ、そうですね。そんなに関心というか、その手の方面に執着が無い故に客観的に言えると言いますか。……所詮は借り物の容姿ですし

 

クルリと回って白衣をはためかせるアリア。

鮮やかな金髪に、アルビノ以外では極めて珍しい煌めく赤目。それらの土台となる容姿も整っており、本気でオシャレに取り組めば周囲を魅了すること間違い無しといったところだが、生憎と本人にその気が無いようだ。

最後の言葉はよく聞き取れなかったキラだが、本人が「どうでもいい」と言っていることに深く突っ込むのも野暮と感じ、適当な相づちを打つ。

 

「そんなことより、早くレポートを書いちゃってくださいよ」

 

「はいはい……」

 

会話を打ち切られたキラは肩を竦め、膝の上に置いている端末に視線を移した。

そもそも、何故キラがこんな場所───懲罰房にいるのか。

時間は昨日、海面に不時着した”ストライク”と共にキラが回収されたところまで遡る。

 

『キラ・ヤマト少尉に、3日間の懲罰房入りを命ずる!』

 

帰還後、キラはMPによって身柄を拘束され、簡易軍事裁判の場となった艦長室まで連れてこられた。そして、3日間の懲罰房入りの処分を受けたのだ。

罪状は『上官からの意図的命令無視』、そして『私的理由による敵兵との通信』の2つである。

一度”アークエンジェル”まで後退するという命令を出したイーサンの命令に背き、戦闘を継続したのは明確な命令無視だ。キラの階級は少尉、イーサンの階級は中尉である。

それに加えて、回収された“ストライク”のレコーダーにはアスランとの通信記録も残っていた。私的な理由で敵兵と通信を行なうのも、立派に軍規違反だ。

 

この2つの軍規違反を犯しておきながら、懲罰房入りで済んでいるのは奇跡ですらあった。

命令無視に関しては、襲来した”ズィージス”の機体特性を考えれば、むしろ”アークエンジェル”から離れた場所で戦う方が得策であったことから現場判断では理に適ったものであるということで片が付いた。

私的通信については難しいものだったが、ハルバートンが部隊の最高指揮官であるミヤムラにキラの事情を事前に伝えていたことや、アスランの身柄は撃墜するよりも捕縛する方が得であるということで情状酌量の余地があると判断されたのだ。

 

加えて、キラの人格とこれまでの戦績も考慮されて罰が大幅に軽減された。

罰を下したミヤムラを始めとして”アークエンジェル隊”の中でキラを悪く見ている人間は()()()()()()()()()しかおらず、また、キラがZAFTとの繋がりを持っていると疑うには、彼はあまりにも戦果を挙げすぎた。

何処の誰が、繋がりのある組織のトップエース部隊(バルトフェルド隊)を撃破するのに多大に貢献するだろうか。

キラのこれまでの行動が、この奇跡的に軽い罰を勝ち取ったのである。

 

とは言え、これはあくまで信頼という()()を切り崩すに等しい行為でしかない。

同じような行為を繰り返せば人はキラを「平然と命令無視を繰り返す人間」として認識するだろう。その後に待っているものは想像も憚られる。

 

『成果を出せば全てが許されるワケではない。歴史上、そういう人物がどう呼ばれるようになったか教えよう。───暴君(タイラント)だ』

 

君がそうならないことを祈る、とミヤムラは退室するキラに言った。

力があれば、それが出来ることを周囲に知らしめれば、周囲はそれを考慮した上で行動してくれる。

だが、それも行き過ぎれば人の輪を崩すことになる。年長者としてのミヤムラからの忠告は、キラの心に自省心を生み出した。

懲罰房に入れられた後、キラは自分に問いかけ続けた。───果たして今回、自分はどう行動するのが正しかったのかと。

そんなキラの元にアリアが訪れ、『ジェットストライカー』の運用レポートの作成をしろと言ってきたのが、現在より1時間前のことである。

 

「懲罰房に入れられたからといって労働から逃れられると思わないことです!整備班ではキラさんの軍規違反なんかより、『ジェットストライカー』を壊したことの方で怒ってるんですからね!」

 

「うん……その、ごめんなさい」

 

「謝罪するなら、せめて良質なレポートを()()()()ください。不幸中の幸い、空戦データに関しては良い物が取れてますから」

 

プリプリと怒った様子を見せるアリアに、申し訳無さと同時に感謝を覚えるキラ。

正直なことを言えば、あのまま1人で悩み続けるよりもこうして作業をしている方が気が参らずに済む。

 

「それにしても、瞬く間に連合のトップエースに躍り出たキラさんと、ZAFTのトップエースであるアスラン・ザラが幼なじみとは……世の中狭いもんですねぇ」

 

「そうだね……正直、彼と別れたあの時はこんなことになるとは思ってなかったよ」

 

「事実は小説より奇なり……人は『空想』をあり得ない物とバカにしますが、いつだって『空想』を超えていくのが『現実』です」

 

「『現実』か……そうだよね」

 

今更になるが、ようやくキラは『現実』を受け入れられた。

自分は、友と戦ったのだ。殺すつもりはないとはいえ、撃ったのだ。それが『現実(あり得て欲しくなかったもの)』。

ならば、自分のやろうとしていること、願っていることは極めて『現実』的では無い(『空想』に近い)のだろうか。

そもそも、自分の意思で戦っているアスランを止めることは、本当に───。

 

「───正しいのかな」

 

こぼれた言葉は、不安の現れ。

軍人として正しいかどうかは、言うまでも無いことだ。間違っている。

ならば、人としてはどうだろうか。

人殺しとなった自分が、同じく人殺しの友を殺さずに止めることは、単なる傲慢ではないだろうか。

 

「さぁ?」

 

キラの呟きを、アリアはと切り捨てる。

アリアはストンとキラの隣に座り、話し始めた。

 

「キラさんの悩みは分かりますよ。アスラン・ザラを殺したくはない、でもそれが単なる我が儘(間違い)でしかないんじゃないかと迷ってる。違いますか?」

 

「……分かりやすかったかな?」

 

「それなりに。───いいじゃないですか、我が儘で」

 

そもそも、我が儘とは欲望の言い換えだ。

美味しい物が食べたい。好みの異性と付き合いたい。趣味に邁進したい。他にも色々あるが、そのどれもが我が儘と言えるだろう。

美食も、異性も、何もかもが限られた資源(リソース)だ。それを自分の物にしたいというだけで、本来は我が儘なのだ。

その我が儘を叶えるために『努力』が必要なのだ。アリアは微笑みながらそう言った。

 

「キラさんは自分の我が儘を通すために、いっぱい『努力』してきました。本当は面倒くさがりで軍人なんて絶対に向いてない、それでも叶えたい我が儘。今は、突っ走ることも有りかと」

 

「でも……その『努力』が間違っていたら?」

 

「間違った努力なんてものは有りませんよ。間違うのはいつだって『結果』です。そして、その『結果』が間違いであるかどうかは全てが終わって振り返れるようになってからです。───人は全てを見透かす『神』ではないのですから、そこら辺割り切って進み続けるのも有りかもしれませんよ?」

 

「けど……」

 

「何より……キラさんには間違えそうな時に止めてくれる人達がいるじゃないですか。それなら、大丈夫です」

 

キラの脳裏に、いくつもの顔が過ぎった。

サイ、トール、ヒルデガルダ、マイケル、ベント、ムウ、イーサン。そして、スノウ。

いくつもの戦いを共にくぐり抜けてきた彼らは、キラが完璧では無いことを知っている。

もしも自分が間違えていたら、彼らは止めてくれるだろうか。

 

「そうかな……そう、だといいな」

 

「そうですよ。私もしょっちゅう”ストライク”を改造しようとして止められるてますし」

 

「それは反省した方がいいんじゃないかな……」

 

「でへへ……まぁ、要するに『間違いかどうかなんて気にせず突き進め!』ってことです」

 

───もしかしたら、自分は少し抱えすぎていたのかもしれない。

キラは、懲罰房から出たら誰かに相談してみることを決めた。きっと、話さずにいるよりはずっと良いはずだ。

理想が叶うか叶わないか。間違っているのか、どうか。

 

「アリアは、すごいね。僕とそう変わらない歳の筈なのに、色々と」

 

「いやぁ、それほどでも。ちょっと前までは感情の無い人形みたいな根暗だったんですよ?」

 

根暗なアリアと聞いたキラは、苦笑した。

嘘を言っているわけではないだろうが、キラには想像出来そうもない。

キラにとってのアリアは、MSのことになると早口になったり、やたらとドリルに拘ったり、なんだかんだで面倒見が良い少女でしかないのだから。

 

「む、信じてませんねその顔は」

 

「ごめんごめん、ちょっと根暗な所が想像出来なくて。でも物静かなアリアはそれはそれで可愛いかもね」

 

「にゃ”っ」

 

「どうかした?」

 

「いえ、お気になさらず。……古いライトノベルじゃないんですから

 

自分の顔の良さに気付いていない鈍感男が現実に存在していることに、今度はアリアが苦笑する。

これでは、将来彼が女性と付き合った時にその女性は大いに苦労させられるだろう。

 

「だいたい、レポートの進捗はどうなんですかキラさん。おしゃべりは私も大好きですけど、手も動かして貰わないと」

 

「任せて、すぐ仕上げる」

 

そう言って、キラは晴れやかな顔でキーボードを再び叩き始める。

軽やかなタイピング音が、房の中で響いた。

 

 

 

 

 

”ボズゴロフ”級潜水母艦”ボズゴロフ” パイロット用個室

 

「キラ……」

 

アスランは1人、ベッドに座り込んで俯いていた。

彼を悩ませるのは、勿論キラ・ヤマトのこと。

 

「俺が間違っているっていうのか……」

 

彼は戦う前に、「自分の戦う理由はアスランを止めるため」だと言っていた。もっとも戦争から離れている筈の友が、自分を止めるために戦争に近づいてきたのだ。

洗脳だとか、そういう類いのものであったならどれだけ良かっただろうか。間違い無くキラは正気だった。

ならば、彼は今の自分(アスラン)を間違っていると考えているということになる。

 

「間違いかどうかなんて、何度も考えたさ」

 

その上で、この道を進むと決めたのに。今更に揺らいでしまっている。

誰かに相談するということは、出来そうにない。

ZAFTの最高指揮官であり、今の『プラント』の最高指導者も務めているパトリック・ザラの息子である自分が戦いを迷っているなど、それだけでも士気に影響を及ぼす。

辛うじて維持出来ている戦況で、マイナス要因は極力排除しなければならない。

既に、アスランには自分の意思で動く自由は無いのだ。

 

(お前が羨ましいよ、キラ)

 

自分の意思で戦うことを決められる彼が、どうしようもなく羨ましい。

正しいと信じた道を進める『自由』が、羨ましい。

自分を縛るものの正体は、いったいなんだろうか。───『正義』か?

『正義』を信じて、縛られているのだろうか。

 

「それでも分からない……分からないんだよ」

 

弱音を見せることは許されない。だから、こうやって心が削れていく。

彼は孤独たらんとして、事実、孤独だった。

 

 

 

 

 

<こんこん、ノックで~す。隊長、いらっしゃいますか~?>

 

思案するアスランの耳に、ひょうきん調子の声が届く。

知っている声だ。というか、アスランはこの声の主がどうしようもなく苦手だった。

 

「……どうした?」

 

<あ、いましたね~。少し報告したいことがありましてね?>

 

「分かった、入っていい」

 

「───失礼いたしまーす」

 

一拍置いて入室してきたのは、年若い少女。

成人年齢の低い『プラント』でさえ成人していないだろう小柄な少女は、いたずらっぽい視線をアスランに向ける。

 

「お疲れのところでしたね、そういえば。改めます?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ遠慮無く」

 

重心を安定させないフラフラとした姿勢で立つ少女は、2週間ほど前にアスランの部隊に配属されたZAFT兵だ。

エース部隊として扱われている───つまりそれだけ激戦に放り込まれているこの部隊に、年若いアスランよりも更に若い少女を配属することは、当然ながら隊内で反発を生んだ。主に、イザークが。

 

『大丈夫ですよ、なんなら試してみます?』

 

そう言ってイザークを挑発した彼女は、なんとシミュレーター上だがイザークをMS戦で破る能力を見せつけた。

それだけではない、その体躯からは想像出来ない身体能力と戦闘技術を持っていることも判明したのだ。能力主義のZAFTでこれだけやられれば、認めるほかに選択肢はなかった。

加えて、以前の上官だったラウ・ル・クルーゼのお墨付きときたではないか。

斯くして、予定調和のごとく少女は部隊の仲間入りを果たした。

 

「司令部からの命令が届きました。ハワイに向かい、防衛作戦に参加しろとのことです」

 

「ハワイ……ついに来るのか」

 

「えぇ。敵も味方もドンパチ、フィーバータイムです」

 

「……陽気だな。間違い無く死地だぞ」

 

「だからいいんじゃないですか」

 

やはり、アスランはこの少女に好感を抱けそうに無い。

迷い続けているアスランに対し、少女は戦争をすることになんら躊躇いを持っていない。むしろ、望んでさえいるかのようだ。

曲がりなりにも『守る』ために戦っている兵士達やナチュラル憎しの兵士達が大半を占める中で、少女は『戦い』自体を目的としている。

同じ『自由』でも、こうも違うものか。

 

「それともう1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の『ガンダム』、ようやく調整が終わったんですよ」

 

眉をピクリと動かすアスラン。

少女は部隊に配属される際に、()()()M()S()と共にやってきた。色々と複雑な事情のある機体だからとこれまで慎重に調整を重ねていたのだが、それが完了したようだ。

だが、一点だけアスランの気に掛かることがあった。

 

「『ガンダム』はやめておけ。それは連合軍側の使う愛称だ」

 

「えー、かっこよくていいと思いますけどね」

 

「なら、せめてイザークとかがいる場所では使わないでくれ」

 

「怒りそうですもんね。『敵が誇りとしている言葉を平然と使うな馬鹿者!』とか」

 

「そういうことだ」

 

まるで、首輪の外れた『獣』だ。

少女は誰に対しても態度を変えない。配慮などしない。

だがその奔放さの中に、どうしようもない深淵が存在しているように思えてならないのだ。

 

「用は終わりか?今のうちに休息を取っておきたいんだが」

 

「おっと気が利かない部下で申し訳ありません。それではごゆっくり」

 

来た時と変わらない様子で退室しようとする少女。

しかし、部屋を出る直前で少女はアスランに向かって振り返る。

 

「あ、そうそう最後に1つだけ。───“ストライク”と、戦ったんでしたよね?」

 

「っ……あぁ」

 

「どうです、強かったですか?」

 

「あぁ……強かったよ」

 

「そうですか。……次は、私も連れていってくださいね?」

 

そうして浮かべた笑顔は、僅かに狂気を感じさせるものだった。

焦がれているような、憎んでいるような、なんとも言えないその表情。それを見たアスランは、自分が少女を苦手としている最たる理由に気付いた。

その姿が、どうしようもなく幼なじみに被って見えるのだ。

 

(どうして、()()()()()()()なんて思ってしまうんだろうか)

 

彼が、少女のような狂気を孕んだ笑顔を浮かべるわけはないのに。

 

 

 

 

 

「……ふふ」

 

アスランの部屋から今度こそ退室した少女───ヘキサ・トリアイナの口から笑い声が漏れ出す。

純粋な、どこまでも純粋な少女の、狂える嬌笑。そこに含まれるのは、紛れもない歓喜。

 

「ようやく……ようやくだね……」

 

夢見心地のままにヘキサは歩き出す。

彼女の頭の中には、次なる戦いへの待望と、『ヘキサという意識』が生まれた瞬間からずっと、ずっとずっとずっと望んでいた相手と邂逅することで占められていた。

 

「もうすぐ会えるから、その時は───」

 

───いっぱい遊ぼうね、キラ()()()()




ヘキサ・トリアイナって誰だっけ?という方は次のことだけ覚えておけば大丈夫です。
①やたら強い戦闘狂の鬼畜ロリ(若干キラに似てる?)。
②以前にユージの副官を殺している。
③クルーゼのお気に入り。

次回はマウス隊視点を挟みますね。
着々と進むハワイ奪還作戦の準備の様子をお届けしたいと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けて降ります。


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第125話「反撃の狼煙」

今回はマウス隊回です。


5/11

『セフィロト』 ”マウス隊”オフィス

 

「ん、酸味が強いな……だが癖になる味だ」

 

「お気に召しましたか?」

 

「あぁ。流石だな、フィー少尉」

 

目の隈が殊更に目立つようになってきたユージ・ムラマツはホッと息を吐き、コーヒーを煎れてくれた女性、長い黒髪が特徴的なフィー・マンハッタンに礼を述べた。

本来の任務は以前スパイ行為が発覚したアグネスの監視役という彼女だが、意外なことに曲者揃いの”マウス隊”の空気にも自然に溶け込んでいた。

空気の読み方、あるいは距離感の見極めの能力が長けている彼女は、時に親身に、時に事務的に隊員達と接することが出来る。流石に専門的なことでは話に混ざれないことも多いが、十分にコミュニケーションが取れていると言えよう。

そんな彼女だがコーヒーには拘りを持つらしく、ガブガブと得用コーヒーをかっ喰らうユージの姿は気に障ったらしく、こうして私物のコーヒーメーカーを用いて煎れたコーヒーをユージに馳走していたのだ。

 

「今回はグアテマラに比重をおいて配合してみました……」

 

「なるほど、どうりでフレッシュな甘みも感じるわけだ。デスクワークにうってつけだな」

 

「隊長はコーヒーの知識をお持ちなのですか?」

 

「最近は余裕が無いからやっていないが、凝った時期があってね。最低限の知識は身についたよ」

 

「そういえば、長期休暇で世界を巡る美食家な面もあるのでしたね……」

 

和やかに会話を続けるユージとフィー。───だが、ユージは心の中の僅か1%で彼女に警戒を抱いていた。

フィーのコミュニケーション能力は極めて優れている。()()()()()()()

単純な人柄や性格では済まない、明らかに訓練を積んだ者の()()だ。

証左として、先ほどフィーが述べたユージの趣味に関して、実際に話したことのある人間は少ない。彼女は類い希なる会話術で”マウス隊”各員から情報を引き出し続けているのだ。

 

(今は世間話のネタ程度で済んでいるが……アグネスの監視ついでにこちらの情報を引き出したいのか?)

 

連合軍も、けして一枚岩ではない。連合軍のトップエース部隊である”マウス隊”から情報を引き出したがっている勢力は数知れずだ。

フィーのバックに付いている勢力が何処かは知らないが、このような搦め手を使ってくる時点で一物抱えていることは明らかである。

信用と信頼のバランスが難しい曲者、それがフィー・マンハッタン特務少尉という女性だ。

 

(とは言え、露骨に損得勘定をしだすような人間でもないし、今のところは下手を打たないよう気を付けるくらいか)

 

少しの思案の後、ユージは現状維持を選択した。

隊員達の中にもフィーの特異性に勘づいている者はおり、彼らは各々のやり方でフィーとのコミュニケーションを成立させている。

万全に管理された爆弾、というのが現段階のフィーの扱いだ。間違いを犯さなければ爆発はしないが、それでも油断は出来ない。

今は、ただ仲間として接するのが最適解だ。

 

「美食家というほどではないが……フィー少尉のコーヒーは美味い。こんなコーヒーを飲みながら平和に仕事が出来ているのは、前線の兵士に申し訳ないくらいだ」

 

「平和……ですか」

 

チラリと、フィーはユージから視線を外す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはははははっ!見よ、これこそがC.Eに誕生した初のアーマード・トルーパー、”聖帝印のスコープ・ドッグ”である!」

 

「すげぇぇぇぇぇぇっ!かなりスコタコ*1だよこれ!」

 

「あ”あ”あ”あ”あ”、ローラーダッシュの音ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「まぁ戦闘とかは流石にさせられないですけどねー」

 

「聖帝は引かぬ、媚びぬ、顧みぬ!そんな些事は知らんな、ふはははっ!」

 

「……ん、なんか焦げ臭くね?」

 

「おい、エンジンから火ぃ吹いてんぞ!?」

 

「煙ってやがる、安物使いすぎたんだ……!」

 

「皆下がれ、聖帝擬きが爆発する!」

 

「───ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「それ銀河万丈じゃなくて玄田哲章───あ、資材置き場に突っ込んだ」

 

 

 

 

 

「ビーム砲だ!」

 

「ドリルだ!」

 

「今の技術力で『ゲッター』を名乗れるドリルが作れるわけないでしょ、いい加減に現実を受け入れなさい!」

 

「やだぃやだぃ、絶対”CG-02”にはぶっといドリルを積むんだぃ!」

 

「実用性って言葉はご存じ?」

 

「うるせー、知らねー!大体実用性とか言い出したら『MSって本当に人型で良いの?』とかに発展するから無しってこないだ決めただろうが!」

 

「……どうやら、私達は相容れないようね」

 

「ふん、そんなもの最初から分かっていたことだろう。こうなったら決着の方法は1つ……」

 

『───決闘(デュエル)っ!』

 

 

 

 

 

「アグネス・T・パレルカ、貴様、盛ったな!?」

 

「体がなんかポリゴンショックみたいなことになってるじゃねぇか!───いやホントに何飲ませた!?」

 

「発光するだけならまだマシでしょ!あたしなんか、髪を自在に動かせるようになったわよ!」

 

「あーっはっはっはっは!徹夜テンションで作ったものだから覚えてないねぇ!」

 

『ザッケンナコラー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へい、わ?」

 

「平和だろ?」

 

「……一度、精神科に罹ることをオススメします。それではごゆっくり、私はアグネスさんを制裁してきますので」

 

「あぁ」

 

その後、ユージは電流を流される女性の悲鳴をBGMに心ゆくまでコーヒーを堪能し、そして。

───”マウス隊”管轄各所の惨状に頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セフィロト』通路

 

「まったくあいつらは……思わず現実逃避してしまったじゃないか」

 

「慣れとは恐ろしいものね」

 

「君も先ほどノリノリで騒動の中心に立っていたような気がするんだが」

 

「しょうがないじゃない、物わかりが悪いんだもの」

 

悪びれない恋人に「泣けるぜ」と何処ぞの合衆国エージェントのように頭を振り、ユージは歩みを進める。

オフィスのゴタゴタを片付けた彼は、マヤを伴って『セフィロト』の第1ポートに向かっていた。

 

「しかし、ようやく第1艦隊が復活するのか。多少は胸が熱くなるな」

 

「第4、第8以外の艦隊は軒並み機能停止状態にあったわけだからね。これでようやく、宇宙でも打って出ることが出来る」

 

現在、連合軍はZAFTに対する大規模反攻作戦の準備に勤しんでいる。

『セフィロト』も地球衛星軌道上を制圧しているZAFT艦隊を撃滅するための最前線として機能しており、今日も、月での再編成を終えた第1艦隊を受け入れるための作業の真っ最中だ。

連合宇宙軍の主力である第1から第3までの艦隊は戦争初期にZAFTによって大損害を負わされており、実質名前だけ残った壊滅的有様となっていた。第1だけとはいえ復活したのは、連合宇宙軍にとって朗報と言う以外に無い。

()()()()()()だと諦められている”マウス隊”以外は、第1艦隊受け入れのために慌ただしそうにしている。

 

「腹が立つほど要領良いんだよな、あいつら……」

 

「好き放題やってるように見えて自分達で負える責任の範疇で事を済ませるようにするのは、技術屋にとって必修よ」

 

先ほどの騒動を思い出しながら、ユージは溜息を吐いた。

盛大に資材置き場に突っ込んだ“スコープドッグ”に似せた人型作業用機械も、一部の隊員が小休止の合間に趣味で作っていた物だが、これについて出費はほぼ存在しない。

何故なら、制作を主導している研究員のヴェイクの「ジャンク品から作り出せてこそ”スコープドッグ”よ!ふはははははっ!」という拘りによって、本来の研究の過程で生み出されたジャンク品ばかりを使っているからだ。

余り物の野菜を分けてもらう感覚で軍の備品を使わせるのは問題ではあるのだが、如何せん許可が降りている以上は認めざるを得ない。

 

「どや顔を決めてる所を悪いが、君も騒動の渦中にいた側だということを忘れるなよ。……まだ決まっていないのか?」

 

「いえ、その……既に決まってはいるのだけど、拘りの強い一部のメンバーが、ね。発作のようなものだから気にしないで」

 

「そういうものか……」

 

マトモに考えるだけ時間の損だと悟ったユージは、適当に会話を打ち切った。

彼らが言及しているのは『CG計画』で開発されている2号機の装備についてだ。

2号機は”真ゲッター2”、ご存じ片腕がドリルとなっている高速戦闘に適正があるスーパーロボットをモチーフとしているのだが、現実的に考えてしまうとどうしてもドリル要素が脚を引っ張ってしまうのだ。

百歩譲って真面目に搭載する価値があるドリルの開発に成功したとしても、物理攻撃を無効化してしまうPS装甲を相手に役に立たない程度の性能が求められる。

やたらと長い議論の果てにたどり着いた結論は、「ドリルのように高い貫通力を持つビーム兵器を搭載しよう」というものだった。

 

「威力は十分な筈なんだけど……やっぱり消費電力が、ね」

 

「難しいか……」

 

「えぇ。いっそのこと武器自体にバッテリーを付けようかって話にもなっているんだけど、今度はかさばって……」

 

このように、開発は難航しているのだった。

一応の完成を見ている1号機”ファルコン・ガンダム”は勿論のこと、3号機に相当する機体ですら既に完成しているというのに、である。

もっとも、3号機に関してはそこまでエネルギー消費を気にする必要が無かったということもあり、実は”ファルコン・ガンダム”よりも早くに完成していたりする。首尾良く進めば、次の戦いの時にはお披露目できるだろうとユージは踏んでいた。

 

「……どうにか、手に入れられたりしないかしら、『Nジャマーキャンセラー』」

 

「出来たらとっくにやってるさ」

 

「そうよね……はぁ」

 

ユージの持つ『原作』の知識に縋ってみるマヤだが、このやり取りも既に何度も行なわれたものであり、不毛とわかりきった問いだった。

可能性があるとすれば、既に開発に成功している筈のZAFTから奪取するくらいのものだが、最高機密であろうNJCを奪取するのも無謀な試みである。

ままならない現実に揃って肩を落としつつ、ユージは腕時計に目を向けた。

 

「ん……そろそろか。急ぐぞマヤ、もう少しで第1艦隊が到着する」

 

「余所に見せられない隊員達に代わってイベントに出席……中間管理職の辛さが少し分かってきたかも」

 

「ご理解いただけて何よりだ。さ、ペース上げていくぞ」

 

 

 

 

 

『セフィロト』第1ポート

 

ユージ達が到着して間もなく、ゲートを通過してその艦は姿を現した。第1艦隊旗艦の”ペンドラゴン”だ。

 

 

ペンドラゴン

移動:7

索敵:A

限界:180%

耐久:900

運動:9

搭載:6

アンチB爆雷

ラミネート装甲(ビームダメージ25%軽減)

 

武装

主砲:350 命中 60

副砲:200 命中 55

ミサイル:120 命中 50

機関砲:80 命中 40

陽電子砲:500 命中 50(砲撃武装)

 

 

 

全長500mを超える”ペンドラゴン”は西暦1900年代初頭に登場したドレッドノート級戦艦を思わせる縦長の艦体に合計6基の『ゴッドフリートMk.71』を備え付けており、連合軍が保有する艦艇の最大火力を大きく更新している新型宇宙戦艦である。

他にも多数のミサイル発射管や対空機銃を備える、新型のラミネート装甲を用いる等々、開発を主導した大西洋連邦の威信を賭けた本艦の最大の特徴は、なんといっても艦首に備わった陽電子砲『コールブランド』だろう。

”アークエンジェル”に搭載された『ローエングリン』で得られたデータを基に開発されており、ただでさえ強力な陽電子砲を更にパワーアップさせたこの装備は、今後の大規模艦隊戦で大いに活躍することを期待されている。

 

「正に、宇宙戦艦だな」

 

「1隻だけでも十分勇壮ですが、本来なら3隻あったかと思うと溜息が出ますね」

 

「まったくだ」

 

本来は同時期に建造が進められていた2番艦”ガウェイン”と3番艦”ランスロット”も就航している筈だったが、『三月禍戦』の折に拠点に潜入したZAFTの破壊工作を受けてしまっていた。

”ペンドラゴン”は建造スタッフ達の奮闘によって守られたが、この2隻は本戦争中には間に合わないだろうと見られている。

完成していれば大きな戦力となるのは確実だっただけに、残念に思う兵士は多い。

 

「───本っ当にそう思いますよ。クソッタレ共のせいでケチが付きました」

 

「おおぅ、いつの間に」

 

2人の背後からカルロス・デヨーが忍び寄り、ZAFTに対する怒りを露わにする。

本格的な艦隊運用の術を学んでいないユージに代わって”マウス隊”の3隻の艦艇を取りまとめる彼は、MSによる機動戦全盛期に艦隊戦を挑みたがる変わり者だ。

しかし、以前に”デュエル改”と”バスター改”が鹵獲されかけた一件では艦隊を見事に運用して事態を乗り切ることに貢献しており、能力の高さは疑いようもない。

 

「ああ、思い出すだけでムカムカしてきます。”ガウェイン”と”ランスロット”、完成していれば3隻による一斉射でZAFT艦隊など一捻り……いや、粉砕する素晴らしい光景が見れたのに」

 

「合計18基の『ゴッドフリート』の一斉射か、たしかに要塞とかでなければ大抵のものは粉砕出来そうだ」

 

「でしょう!?MSの戦場における役割の重要性は重々理解していますが、火力を発揮する要因として戦艦を充実させないなど愚の骨頂!何より敵を物ともせず悠々と宇宙を進む戦艦の姿は友軍を鼓舞する意味でも……」

 

「分かった、分かったから。ほら、停泊してしばらく経ったからそろそろ提督がお見えになるぞ」

 

カルロスがこの調子で話し出すとキリがないことを理解していたユージは適当に話を切り上げつつ、”ペンドラゴン”以外の艦艇に目を向けた。

連合軍の主力艦である”アガメムノン”級は確認出来た限りでも6隻は存在しており、その全てがMS発進用カタパルトを前方に備えた後期型となっている。

”ドレイク”級、”ネルソン”級といった旧式艦も軒並み改修されており、“ドレイク”級は”マウス隊”で運用されている”ヴァスコ・ダ・ガマ”、”バーナード”の2隻同様に『バリアントMark9』を増設して火力を向上させている。

”ネルソン”級は連合軍の主力戦艦でありながら旧式化してしまっていたものの、大型ビーム砲や単装副砲といった主立った火力要因を大型化するなどのアップデートが施されており、火力だけは戦艦の名に恥じないものとなった。

以前にカルロスが解説していたが、MSどころかMAの運用能力さえ取り払い、その容量を使って武装のアップデートが進められたらしい。

MS全盛期とは思えない、大艦巨砲への回帰を”ネルソン”級は果たしたのだ。

 

(『原作』だと、どの艦艇もMSを運用出来るよう改装されていたっけな……これも俺の行動の影響ってことか?)

 

”ドレイク”級も”ネルソン”級も、『原作』の『destiny』時代においては本来運用出来ないMSを運用出来るようにする改造が施されていた。艦自体の能力が向上してはおらず、『原作』の地球連合軍はMSやMAの数に物を言わせる物量戦に舵を切ったのだと考えられる。

しかしこの世界ではZAFTの快進撃が早々にストップしてしまい、連合軍も冷静に自軍の戦力を整理することが出来た。

このおかげで『原作』同様にZAFTを物量で上回りつつ、多様な戦力を揃えることにも成功しているのだ。

 

(まぁ、一番驚いたのは()()だがな)

 

ユージが次に視線を向けたのは、”ペンドラゴン”に並んで入港してきた、2()()()”アークエンジェル”級だ。

 

 

 

ドミニオン

移動:8

索敵:A

限界:170%

耐久:600

運動:12

搭載:8

アンチB爆雷

ラミネート装甲(ビームダメージ25%軽減)

 

武装

主砲:180 命中 60

レール砲:120 命中 50

ミサイル:80 命中 40

機関砲:50 命中 40

陽電子砲:300 命中 40(砲撃武装)

 

 

 

メタトロン

移動:8

索敵:A

限界:170%

耐久:600

運動:12

搭載:8

アンチB爆雷

ラミネート装甲(ビームダメージ25%軽減)

 

武装

主砲:180 命中 60

レール砲:120 命中 50

ミサイル:80 命中 40

機関砲:50 命中 40

陽電子砲:300 命中 40(砲撃武装)

 

 

 

2番艦”ドミニオン”、そして3番艦”メタトロン”。

『原作』にも”ドミニオン”は登場しているが、ネームシップである”アークエンジェル”が連合軍から離反した上に”ドミニオン”も撃沈されるなどの理由があり、以降の同型艦は開発されていない。

しかしこの世界で”アークエンジェル”は離反するどころか各地で戦果を挙げ続けており、なおかつ実験艦として性能の高さを証明し続けてもいるため、3番艦以降の同型艦も建造が決定している。

”メタトロン”は”アークエンジェル”では赤く塗装されていた箇所を蒼く染めており、なおかつ”ドミニオン”と艦橋が同じ形状をしている。

センサー類の能力が”アークエンジェル”より強化されているという設定に従ってか、”アークエンジェル”ではBだった索敵能力がAとなっているのが明確な差別点か。

 

「いいなぁ、”アークエンジェル”級……」

 

「”マウス隊”には配備されたりしないんですかね?」

 

「ただでさえ予算取りまくってるのに”アークエンジェル”級まで回されたら、却って申し訳ないくらいだよ。カルロスはどう思う?」

 

「自分は”コロンブスⅡ”でも構いませんよ。なんというか、個人的にあの見た目は気取ってる気がしてあまり好みではないので」

 

あの2隻は次の作戦に参加した後に、アフリカでの”アークエンジェル”と同じように宇宙で敵補給線への攻撃などの任務に就くことになっている。

単艦で出来る事の幅が広い”アークエンジェル”の運用法としては最善だろう。

ユージ達がそのようなことを話していると、“ペンドラゴン”の乗降口が開いて中から老人と年若い少女がタラップを使って降りてきた。

第1艦隊司令のウィリアム・B・オルデンドルフ中将と、その弟子であるリーフ・W・ウォーレス少尉だ。

ウィリアムはリーフの才能を高く評価しているらしく、18にもならない彼女に”ペンドラゴン”の艦長を任せようとしていたのは連合軍内でも物議を醸しているらしい。

 

 

 

ウィリアム・B・オルデンドルフ(ランクS)

指揮 18 魅力 16

射撃 7 格闘 0

耐久 7 反応 5

 

得意分野 ・指揮 ・魅力

不得意分野 ・格闘

 

 

 

リーフ・W・ウォーレス(ランクC)

指揮 14 魅力 10

射撃 7(+2) 格闘 5

耐久 7 反応 7(+2)

空間認識能力

 

得意分野 ・指揮 ・魅力 ・射撃

 

 

 

「1月ぶりだな、ハルバートン君」

 

「久しぶり、というには短すぎますかな。月はどうでした中将?」

 

軍大学でウィリアムから教えを受けたハルバートンが一歩前に出て握手を交わす。

仲が悪いどころか良い方ではあるが、スタンダードな艦隊を主軸とするウィリアムと、MSによる機動戦を主軸とするハルバートンは議論を白熱させやすいため、周りの士官が咄嗟に諫められるように待機しているのがユージには少し可笑しく思えた。

 

「まぁ、悪くは無かった。兵士達の士気は旺盛で周辺施設も拡充している、何より質の良い紅茶を安定して手に入れられるのが良い。───おかげで、納得いく艦隊に仕上げられたとも」

 

「それは良かった。次の作戦は大物取りとなりますが、覚悟はよろしいですかな?」

 

「望むところだ。”ゴンドワナ”と言ったか?」

 

「えぇ。ZAFT側の司令官はクロエ・スプレイグ……かつてあなたの愛弟子だった者です」

 

「くっくっく……まさか彼女(あやつ)と実戦で、しかも敵同士になるとはな」

 

クロエ・スプレイグは戦争初期のZAFTの攻撃作戦の多くを成功させてきた名将と言われている女性将校だ。ハルバートンが言うには、彼女もウィリアムの愛弟子らしい。

つまりウィリアムは次の戦いで、弟子と共闘して別の弟子と戦うという奇妙な体験をすることになるのだ。そのことに気付いて笑っているのだろう。

 

「提督、そろそろ……」

 

「ん、そうだな。それではこちらへ、オルデンドルフ中将」

 

「うむ」

 

ハルバートンの副官であるホフマンが耳打ちをする。時間が押しているということだ。

そう、時間が無いのだ。

本来であれば、第1艦隊の再編計画には第8艦隊との演習も予定に含まれていた。それを短縮してまで”ゴンドワナ”撃破のために動き出したのは、ZAFTの一大作戦を察知したためである。

 

(ようやく連合軍も『ジェネシス』の存在と恐ろしさを理解したということだな……)

 

刻一刻と世界の危機が迫っていることを、ついに世界が認識し始めた。

大きな時代の()()()の中にいるのだと、ユージは静かに拳を握り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督、司令部より『オペレーション・ブルースフィア』への参加を要請されました!

この作戦は、ZAFTに支配されたハワイの奪還と、衛星軌道上を制圧しているZAFT艦隊を撃滅することを目的としています。

作戦が成功すれば、地球上におけるZAFTの勢力を大きく削ぐことが出来るでしょう。

参加を検討してください!

 

『オペレーション・ブルースフィア』 必要資金 5000

 

参加しますか?

Yes 

No

 

*1
スコープドッグ系列のATに対するあだ名




大変お待たせしました。
ようやく、『パトリックの野望』当初のコンセプトに沿った大規模作戦を書けそうです。
色々な兵器や人物が出てくるターニングポイントとなる予定ですので、楽しみに次回をお待ちください!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第126話「忍び寄る影」

5/13

東アジア共和国 カオシュン宇宙港 ”アークエンジェル” 格納庫

 

「こっちに3番ドライバー持ってきてくれ!」

 

「なぁ、この武器の弾規格は何だったっけ?」

 

「この配線を仮留めしてたのは誰だぁ!?」

 

“アークエンジェル”の格納庫はいつも通り、否、いつもよりも増し増しの騒がしさを保っていた。

それもその筈、明後日の5月15日にはハワイ島を奪還する『オペレーション・ブルースフィア』が実行される予定となっており、”アークエンジェル”もその作戦に参加することになっている。

一大作戦を目前にやらなければならぬことは多いのだ。

 

「マイケル、ボーッとしてる暇なんぞあるのか!?」

 

「いや、違……少し休ませて……」

 

「明後日に死んでも良いなら好きなだけ休みやがれ!」

 

「マイケル、もう少しやったら区切りが良いから、それだけやろう」

 

「もうモーターの回転音聞きたくねぇよぉ……」

 

このように、普段は待機しているパイロット達も作業に駆り出されている。

彼らも普段から鍛えている軍人であるから体力も十分備わっているのだが、その彼らが消耗していることから作業のハードさが察せられるだろう。

また、別の理由から辛そうな態度を見せる者もいる。

 

「フラガ少佐、そっちのカッターを……大丈夫ですか?」

 

「うぅ、音が()()()()()()響いていやがる……」

 

「いくら休暇って言っても、食堂で酒盛りなんかするからですよ。ミヤムラ司令にも叱られたんでしょ?」

 

「仕方ねえだろ、『ジャック・ダニエル』*1のシングルバレルなんて持ってこられたらよぉ……」

 

”アークエンジェル”がこのカオシュン宇宙港に入港したのは2日前のことであり、昨日は乗員全員に休暇が許されていた。

張れて懲罰房から解放されたキラはヒルデガルダ達と共に高雄(カオシュン)市を観光などしていたが、ムウは一部の乗組員達を集めて酒盛りをしていたのだ。

節度は守って飲んでいた筈だが、まさか監督役を自称して参加してきたマリューが悪酔いして状況を混沌とさせるとは思うまい。今頃はムウと同じように頭を抑えながら艦長業務を遂行しているだろう。

まさしく鉄火場と呼ぶに相応しき格納庫。そんな中、キラは───。

 

「最近MSの動きが鈍いと感じてきているそこの貴方、そんな貴方にピッタリな装備がありますよ!」

 

「はは……お手柔らかに」

 

どこぞのテレビショッピング番組のようなテンションのアリアと、試作ストライカーの調整を行なっていた。

 

「その名も、『アクセルストライカー』!単なる機動性の向上だけではなく、動作自体を高速化させる第一世代型ストライカーですよ!」

 

キラの目の前には、背中や手足に複数のパーツを取り付けた”ストライク”───”アクセルストライク”があった。

アリア曰く、このストライカーの本質は文字通り『加速(アクセル)』させることにある。腕や脚を動かす際に手足のパーツに内蔵されたブースターを点火し、本来そのMSが持つ敏捷性を増すことが出来るのだ。

この加速力は主に1対1の近接戦にて有効であり、対峙するパイロットは不規則に動作が加速する”アクセルストライク”を相手に立ち回らなければならない。

 

「ちなみに腕のパーツは表面に耐ビームコーティングが施されているので、シールドとしても使えるんですよ。名付けるならシールドブースター、といったところでしょうか」

 

「うーん……面白いコンセプトではあるんだけど、”ストライク”を虐めすぎてない?」

 

操縦難易度の高さは今更なので無視するとしても、『アクセルストライカー』一番の問題は、装着したMSの機体寿命を著しく縮めることだ。

本来出す事の出来ない動作速度を出すということは、機体に想定以上の負荷を掛けるということだ。

丁寧に整備すれば10年は使える機械も、無理な改造を施して出力を上げれば1年で寿命が訪れる。

 

「たしかにおいそれと使える代物ではありませんが、対ZAFT戦線においてはある程度の有用性が見込まれてるんですよ」

 

「どういうこと?」

 

「『対エース用』、ということですよ」

 

ZAFTのMSは、()()()()()()()()()()()()平均的に連合軍のMSを上回る。

例えば、ほぼ同性能とされている”ダガー”と”ゲイツ”だが、1対1で戦えば70%超えの確率で”ゲイツ”が勝つとされている。縮まったとは言え、ナチュラルとコーディネイターでは基本的能力で差があるからだ。

勿論、数で圧倒的に上回る連合軍が1対1で戦うというケースになることは少なく、たいていの場合は1機の”ゲイツ”を3機以上の”ストライクダガー”が圧殺するのが各線戦における基本となっている。

しかし、そんな基本を超えるイレギュラーとなるのがエースという存在だ。

 

「現在のZAFTの戦術ドクトリンは先制攻撃、あるいは突出したエースによる敵軍の戦線攪乱から一気にゲームエンドまで持っていく速攻型になっています」

 

「なんだか、”バルトフェルド隊”みたいだね」

 

「というか、彼らの戦術が広くZAFT内で普及してきたんですよ。隊で十分に連携が取れているなら、一番成功率と兵の生残性が高い戦術ですから」

 

相手にペースを握らせずに一気呵成で畳みかける。言葉にするのは簡単だが実際にやるには難易度が高い戦術だ。

だがZAFTは個々人の能力の高さでこれを実行に移せるのだ。失敗する部隊もいるが、回数を重ねれば重ねるほど戦術は洗練されていき、連携も強化されていく。

そしてこの戦術の成功率を高めるのがエースという存在であり、それを打ち崩すための『エースキラー』の1つがこの『アクセルストライカー』なのだ。

 

「『エースキラー』と言えば、”バルトフェルド隊”にもいたよね。3機の”ラゴゥ”」

 

「そうですね。3機がかりとはいえ、あと一歩までキラさんを追い詰めた相手ですから覚えてますよ。……やっぱり、あそこで”バルトフェルド隊”を撃破出来ていたのは大戦果ですね」

 

もし”アークエンジェル隊”が”バルトフェルド隊”を撃破出来ていなかった場合、また新たな戦術を生み出されて連合軍全体を苦しめていたかもしれない。

そう考えれば、アリアの言うことは事実だ。

 

「話が逸れましたが、つまり『アクセルストライカー』とは機体寿命を考慮から外しても使う価値のある存在……敵エースを確実に倒すための装備なんですよ。勿論、加速力以外にも魅力はあります」

 

そう言ってアリアは”アクセルストライク”の背後まで歩いて移動し背中のパーツを指差す。

そこにはコンパクトな形ながら高い出力を誇るランドセル型ブースターと、それを挟むように懸架された2本の剣があった。

 

「『フラガラッハ』。『ソードストライカー』で運用された対艦刀(シュベルトゲベール)よりサイズはダウンしていますが、十分な威力を持つレーザー対艦刀ですよ」

 

対艦刀は”ジン”の重斬刀を参考に開発されており、その用途はレーザーで溶断した装甲を大質量の実体剣で叩き切るというものだ。対艦というだけあってその破壊力はMS相手には十二分なものとなる。

その破壊力を対MS戦で有効に扱えるよう、サイズをコンパクト化したのがこの『フラガラッハ』なのだ。

余談だが、この『フラガラッハ』の後継となる武装が後の時代で”ストライク”の系列機に装備されることはユージを除いて誰も知らない。

 

「主な仮想的はPS装甲持ちの敵MSですね。先日遭遇した”ズィージス”とも、これなら渡り合えるでしょう」

 

「っ……」

 

”ズィージス”。『紅凶鳥(クリムゾン・フッケバイン)』。───アスラン・ザラ。

正直なところ、キラは未だにアスランと戦うということを受け入れられてはいなかった。

 

「まだ、迷っていらっしゃるんですか?」

 

「……うん」

 

「敵に回ったとはいえ幼なじみと戦うなんて、覚悟が出来る方がおかしいとは思います。それでも、相手もそうだとは限りません。せめて戦えるだけの能力だけは身につけておきませんと」

 

アリアの言うことは、悲しいことに事実だった。

真意はどうあれ、アスランはキラを殺すと宣言した。ならば、()()なのだと仮定して応じるしかない。

 

「大丈夫ですよ。誰も1対1の決闘ではなくて戦争をやっているんです。キラさんだけで抱え込む必要はありません」

 

「そう、だね」

 

「それに、アスラン・ザラと次に出会う時が来るかどうかも分からないんです。出会ってから考えた方が良いですよ。無いかもしれないことに考えを回すなんて無駄です」

 

おそらく、アリアなりに気を遣っているのだろう。

アリアの言うことは事実だ。前回の遭遇だって偶然に偶然を重ねた結果のような機会だというのに、また偶然が起きると考えるのは都合が良すぎる。

だが、自分(キラ)の中の何かが言っているのだ───そう遠くない未来、再び2人は邂逅すると。

ひょっとしたら、『運命』とでも言うべき何かが存在するのかもしれない。そして、運命の指し示す先にあるのは。

 

「───考え込むの、禁止です。そんな暇があるなら調整手伝ってください」

 

葛藤するキラの顔を両手で挟み、グリっと”アクセルストライク”の方を向かせるアリア。

 

「なんとか”アクセルストライク”を実際に動かしてみる時間は確保出来ました。調整に使える時間は少ないんですから、キリキリと動いていきますよ!」

 

「え、ちょ、まっ」

 

「待ちません!」

 

 

 

 

 

「何をやっているんだかな、あいつらは……」

 

キラがアリアに引っ張られていく様を、スノウは”デュエルダガー・カスタム”のコクピットで呆れながら見ていた。

彼女も機体の調整中だったのだが、他の機体と違って装備を付け替える必要が無いこともあってすぐに終わってしまい暇していた時に、偶々この光景が目に入ったのである。

 

(随分と、私も絆されたものだ)

 

出会ったばかりの頃はコーディネイターであるからと言う理由で一方的に敵視していたキラのことを、スノウは悪しからず思っていた。

そもそも、ああも甘っちょろいくせに仲間を守るためには全力を出せるような男が、裏切り者とかである筈が無いのだ。

無論、スノウ自身が変わりつつあるのだという自覚もある。先日、若手パイロット達と共に高雄(カオシュン)市を周遊した時も、思いの他はしゃいでしまった。

まるで、普通の少女のように。

 

「……『私』は、どんな人間だったんだろうな」

 

スノウ・バアルとしての記憶は、1年分しかない。

彼女にとって最初の記憶は、白い部屋、ポツンと置かれたベッド、ワケも分からずそこに座る自分。

そして、不気味なほどに神秘的な微笑みを見せる()()の女。

それ以前の記憶は存在しない。

 

『君の記憶が存在しない根本の原因はZAFTにある。───真実を取り戻したいなら、戦って勝ち取るしかない。もっとも、それが君のためになるかどうかは知らないけどね?』

 

記憶が無くても本能が訴えていた。この女は危険だ、信じてはいけない、と。

それでも戦うしかなかった。苦痛を伴う訓練、耳障りな研究員達の言葉に耐え、言われるがままにZAFTへの憎しみを募らせた。

それ以外に無かったから。私は、ワタシは、わたしは───。

 

「っ……またか」

 

ここ最近になって、スノウは奇妙なフラッシュバックを経験するようになっていた。暗い空間で、ただ1人漂うというものだ。

そんな経験をした覚えはスノウに無い。だとすれば、この覚えの無い記憶は『私』のものに違いない。

そして、フラッシュバックが起きる時は決まって頭痛がするのだ。

まるで、自分の中の何かが「思い出してはいけない」と言っているようで。

 

(……それなら、そうでもいいかもしれない、のではないだろうか)

 

思い出してはいけない記憶を無理に思い出すよりも、信のおける仲間と戦争を戦い抜く方がいいのではないだろうか。

そもそも『ZAFTが原因だ』ということ自体、自分の体を弄くり回したあの気狂い研究者共が勝手に作った妄言で、実は記憶を奪ったのは奴らではないのか?

極めて良識的な仲間達に囲まれていたためか、スノウは自分の周囲を俯瞰して見れるほどに精神的余裕を獲得していた。

今になって、自分が()()異常なのかを理解出来るようになっていたのだ。

 

<スノウちゃーん、今大丈夫ー?>

 

「ん……どうした?」

 

ヒルデガルダの呼ぶ声に応じ、スノウは機外に出た。

どうせ模擬戦に付き合ってくれというのだろう。対艦刀のような大振りな武器を好むヒルデガルダでは高速戦闘を得意とするスノウと相性が悪いのだが、「却って練習になる」といって挑んでくるのだ。

 

(軽く、一捻りしてやるかな)

 

僅かに微笑みながら、ヒルデガルダの方に向かうスノウ。

もはや記号にあらず、彼女は『スノウ・バアル』としてのアイデンティティを獲得し始めていた。

───それが、少女にとっての苦しみになるということを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「検体の様子は?」

 

「もうダメだな……もう我々の制御下からは外れかけている。暗示の効果も消えかけて、ほとんど形骸だ」

 

「まぁいい、データは十分に収集出来た。それに、元々限界が近いわけだしな。最後に、束の間の自由を謳歌させてやろうじゃないか」

 

「仮初めの、ですがね」

 

「だが、無駄にはならんさ。───全ては、蒼き清浄なる世界のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”通路

 

「いやー、流石ですねキラさん。ものの30分である程度動かせるようになるとは!」

 

「ねぇアリア、君ひょっとして僕がテストすること前提で装備とか試験してない?」

 

「そりゃしてますよ、キラさんでなくても出来ることなら他の人にやらせる方が効率いいでしょう?」

 

艦の外で”アクセルストライク”の動作試験を終えたキラとアリアは、再び”アークエンジェル”に戻ってきていた。

いつも通り初見の装備をすぐに習熟するキラに、アリアは全幅の信頼を寄せるようになっていた。

自分の作ったものを万全に使いこなし、なおかつもともと理工系ということもあって自分の話に付いてきてくれるのだ。そうなるのは当然と言えよう。

 

「いっそキラさん専用機とか作っちゃって───」

 

 

 

 

 

「やぁ、久しぶりだねアリア・トラスト」

 

 

 

 

 

その声が響いた瞬間、和やかな雰囲気は最初から存在しなかったかのように霧散した。

恐ろしい、とかではない。嫌悪感が湧く醜悪な声だったとかではない。むしろその逆。

美しい。声だけしか認識していないにも関わらず、そう思わせる魔性の魅力。

恐る恐る振り向いたキラの視線の先にいたのは。

 

「アリ……ア?」

 

そこに立っていた女の印象を語るなら、『黒衣の女』。その一言に尽きるだろう。

どこまでも鮮やかな、それでいて光を写さずに(とらえ)えていると思わせる金髪。健康な人間の動脈を掻き切った時に吹き出る血液のような赤い目。遍く男を引きつけ、そのまま破滅まで自ら進むことを選ばせてしまうようなプロポーション。

だがキラに最大の衝撃を与えたのは、彼女の顔が、隣に立つ少女と全く同じものだったことだ。

差異を探すなら、伸びた前髪が右目を覆い隠しているところ、そしてアリアが常に纏っている白衣を反転させたような黒衣を纏っているところだろうか。

 

「ふふ、そう言う君はキラ・ヤマト……『白い流星』と言われる『ガンダム』乗りか」

 

「貴方は……?」

 

徐々に警戒心を増しながら問いかけたキラ。

女は愉しそうに、口を妖艶に歪ませながら自らの名を宣った。

 

「ラディアナ・フォールン。アリアの……まぁ血縁者さ」

 

そう言ってラディアナはツカツカとアリアに歩み寄り、アリアの顎をくいっと上げる。

優しく、しかし無理矢理に顔を上げられたアリアの表情は、恐怖と困惑に染まっていた。

 

「で、君はいつまで黙っているんだい。久しぶりに知己と出会ったんだから、何かしらのリアクションはしないといけないよ」

 

「……お、久しぶり、です」

 

「そんなに怖がらないでくれよ……私は君に、何も酷いことをしたことは無いだろ?」

 

同じ顔でいるのに、全く対照的な表情を浮かべる両者。

詳しい事情はまるで分からないが、それでもキラはアリアとラディアナの間に割って入り、アリアを庇うように立った。

このままラディアナのペースで動かれてはマズい、そう直感したからだ。

 

「申し訳ありませんが、乗艦許可証はお持ちですか?もし無いのであれば、たとえ乗組員の親族であっても無断侵入の疑いで連行しなければならないのですが」

 

「勿論、あるとも」

 

懐から取り出されたものは、たしかに乗艦許可証だった。

正式なVIPに失礼な振る舞いをしてしまったことに気づいてキラは顔を歪めるが、ラディアナは特に気にした様子も無くアリアに話しかける。

 

「咄嗟に不審者から庇う……いい仲間じゃないか。昔と違って友人も増えたみたいで何よりだよ。それも1人は『大西洋連邦』大統領の娘とはね。繋がりは多いに超したことは無い」

 

「───あの人達にはっ」

 

咄嗟に出た言葉を最後まで言い切ることは出来ず、詰まらせてしまうアリア。

葛藤しているのだ。仲間を守りたいという気持ちと、『ラディアナに反抗する』という行為への恐怖で。

基本的に物事はハッキリ言うアリアがこうなるということは、それだけ恐ろしい存在ということの証明となる。

 

「続ける言葉は『手を出さないでください』、かな?───心外だなぁ。君が勝手に怯えるならともかく、さも私が非人道的な人物であるように吹聴されては。おかげでほら、キラ・ヤマト君がこわーい顔で私を睨んでくる」

 

「……どういったご用件で、”アークエンジェル”へ?」

 

キラはラディアナ・フォールンがどういう人物であるのか知らない。だが、ハッキリ分かったことがある。

彼女は、ここにいてはいけない人物だ。

基本的には温厚な性格のキラがこうなのだ、もしここにヒルデガルダがいたなら、もっと苛烈な態度で対峙していただろう。

そんなキラの姿勢を微笑ましいものを見るように一瞥した後、ラディアナは口を開いた。

 

「いや、実は今回アリアに会いに来たのは物の()()()でね。この艦に乗り込んでいた白衣の研究員達、彼らへのメッセンジャーが本命なんだ」

 

「あの人達に?」

 

「ああ。私は彼らの上司とも顔が効いてね、偶々にもその話を聞いて立候補したんだよ。”アークエンジェル隊”にも興味はあったし」

 

あの白衣の研究員達は、未だに”アークエンジェル隊”の異物だ。スノウを利用して何かしらを企んでいるのは明らかで、好印象を持つ乗組員は存在しない。

最高司令であるミヤムラに対してさえ、彼らが使用している部屋には立ち入れないのだ。そんな彼らの上司が、まともな人間とはキラには思えなかった。

 

「さて、私はここらで退散しようかな。用事は済ませたし」

 

「……出口までの案内は必要ですか?」

 

「不要だよ、お気遣いどうもありがとう。───またね、アリア」

 

まるで感謝していない態度でおどけるように返答し、ラディアナは背を向けて歩き出した。

しかし、彼女は途中で立ち止まって振り返る。

 

「そうそう、最後に1つだけ」

 

言いながらラディアナは黒衣のポケットから小型───USBメモリ程度の───記録媒体を取り出し、アリアに向けて放った。

アリアはあたふたとしながらもそれをキャッチする。

 

「君の開発した『アクセルストライカー』……だっけ?───欠陥品だよ、あれ」

 

「え───」

 

「その中には私が纏めた改善案が入っている。なに、今日中に多少は対策出来るさ」

 

「いきなり何を……部外者のあなたがどうやって『アクセルストライカー』の情報を見て、改善案を出せるっていうんです」

 

「───出来るから、黒衣の女(ラディアナ・フォールン)なのさ」

 

そう言ってラディアナは振り向き、今度こそ振り返ることなく去っていった。

後に残されたのは、困惑するキラと、震えながらも手の中の端末を握りしめるアリアだけだった。

 

「……あの人は、いったい」

 

「彼女は、ラディアナ・フォールン。『黒衣の女(レディ・イン・ブラック)』と呼ばれる天才研究者、です。そして」

 

アリアは端末にジッと視線を落としながら、彼女の最も忌まわしき偉業を語った。

 

「Mk.5核弾頭ミサイルの設計や、Nジャマーの原型となる装置を開発した人。……彼女の生み出した技術が、10億を超える人間を結果として死に至らしめたんです」

 

 

 

 

 

人は誰もが『影』を持つ。『影』は、どこまでも付いてくる。

少年達はそれに立ち向かわなければならない。しかし、覚悟をするには時間が足りない。

血と硝煙で満ちる島、ハワイ。この島を取り戻すための戦い。

───『オペレーション・ブルースフィア』が始まる。

*1
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たいへん長らくお待たせしました。
途中で書き直したばっかりに……。反省します。

さて、アクセルストライクのステータスは次回に持ち越すとして、今回は連合軍側のオリキャラであるウィリアム・B・オルデンドルフと弟子であるリーフ・W・ウォーレスの簡単な解説を挟みたいと思います。
とある方からの指摘で気付いたのですが、まだ解説していなかったので……。
特に読まなくても本編に影響は無いので、飛ばしてしまっても大丈夫です。



ウィリアム・B・オルデンドルフ
再建された地球連合軍第一宇宙艦隊の提督を務める男性。階級は中将。
軍に在籍する中では高齢であり、本来は戦場に出てくるような人物ではないが、戦争序盤の戦いで優秀な将校を失ってしまった連合軍からの要請で着任した。
大鑑巨砲主義者ではあるが頭が固いわけではなく、より有効な手段があるのならばそちらを優先する優れた指揮能力を持つ。
だが対艦巨砲主義者。弟子達も多くは対艦巨砲主義者。
”ペンドラゴン”のことを「最も新しき『女神』」と崇拝している。

以前はブリテン島に存在する軍大学での教師を務めており、教え子に第八艦隊提督であるデュエイン・ハルバートンやZAFT軍宇宙艦隊の名将クロエ・スプレイグ達を持つ。
現在はリーフ・W・ウォーレスの才能に着目しており、彼女を育て上げることが自身にとって最後の仕事であると考えている。

軍大学校長になる前は『大西洋連邦』宇宙艦隊の指揮官であり、花形部署や出世コースとは無縁だったが努力で補い、今の地位にまで上り詰めた努力の人。そんな彼を慕う人間は多い。



リーフ・W・ウォーレス
ウィリアムの副官を務める少女。美しい銀髪と涼やかなつり目が特徴的な美少女。
軍人の家系に生まれている。

実はギフテッドと呼ばれる異常に知能が発達した人間であり、知能指数で同年代の人間を遙かに超えている。ナチュラルであるかコーディネイターであるかは彼女にとっては些細な違いでしか無い。
その知能を以てすれば軍人としての教育も難なくこなせるため一族は諸手を挙げて喜んだが、他のギフテッド同様に他者とのギャップに悩んでいた。

しかし、特例で飛び級入学した軍大学でウィリアムと出会い、模擬戦で打ち負かされたことを切掛けに彼を尊敬するようになり、今は超えることを目標に生きている。
ウィリアムからの思いも前述した通りであり、師弟関係は良好。
肝心の対艦巨砲主義について、実はイマイチ理解出来ていないが、理解する努力は続けている。

ウィリアムとの出会いで「自分も1人の人間だ」と認識したため、他者との関係構築も良い物にするべく努力している。
が、独特のセンスで贈り物などを選ぶため変人という第一印象を受けることが多いようだ。



誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第127話「オペレーション・ブルースフィア」 1

5/14

ハワイ諸島上空

 

<なんだあれは!>

 

<撃ち落とせないのか!?>

 

<無理言うな!>

 

『大西洋連邦』の領土にして太平洋の要衝、そして現在はZAFTによって占領されているハワイ諸島。

現在、この島に存在するZAFT部隊は例外なく混乱の渦中にあった。

『オペレーション・ブルースフィア』なる大規模作戦を実行に移した連合軍が攻めてくるのを今か今かと待っていたところを、甲高い音が空から響いてきたからだ。

 

『まさか巡航ミサイルか?』

 

兵士達の想像を裏切り、見上げた空に存在していたのは1機の航空機だった。

おそらく強行偵察にやってきたのだろうその航空機を撃ち落とすために出撃したZAFT航空隊。しかし、その試みは徒労に終わった。

最終的には30を超える航空機が出撃したが、誰1人として攻撃を掠らせる事も出来なかったのだ。

 

航空機の正体は『FXー31MR ”スノーウインド”』。”マウス隊”の隊員数名が基礎設計を行なった、カナード付デルタ翼の試作偵察機である。

休戦期間中に立案された『Nジャマー環境下における新型偵察機の開発計画』に基づいて開発されたこの機体は”スカイグラスパー”の系列機ということになっているが、その実体は、機首やコクピットを流用しただけの完全新規設計の高級機だ。

けして敵に撃墜されない機動性と、超音速機動中でもデータを収集出来る電子戦装備を兼ね備える”スノーウインド”だが、最大の問題は扱えるパイロットが少ないということだ。

従来の偵察機である”デッシュ”偵察機と比較して、単純に3倍以上の機動性を誇るこの()()()()()を乗りこなせるパイロットは少ない。

パイロットの負担軽減を目的として自動操縦AIが搭載されたのは当然と言えたが、ただでさえ高くついた開発コストが更に増したのは言うまでも無いだろう。

 

「───敵部隊の配置情報、取得完了。直ちに帰投する」

 

それを差し引いても投入する価値があるのが、この”スノーウインド”だ。

確度の高いデータを収集して確実に持ち帰る。それが出来るのは現状”スノーウインド”だけなのである。

結局ZAFTは“スノーウインド”を撃墜することも、妨害らしい妨害をすることも出来ずに役目を果たさせてしまう。

───『オペレーション・ブルースフィア』は静かに、しかし確実に連合軍側が一歩リードを果たす形で始まった。

 

 

 

 

 

カオシュン宇宙港 ”アークエンジェル” パイロット待機室

 

<本艦はこれより、マスドライバーによる大気圏離脱を行ないます。搭乗員は物資の固定作業を完了させ次第、直ちに体を固定してください。繰り返します───>

 

アナウンスでサイの声が繰り返し響く。キラはそれを、静かな室内の座席に座って聞いていた。

 

『……』

 

その場の誰もが、口を開かない。普段ムードメーカーとして場を盛り立てるマイケルさえもだ。

それもその筈、彼らがこれから行なうのは、人類史上初の戦術行動なのだ。

 

(”アークエンジェル”は大気圏離脱後、衛星軌道上に集結した降下部隊と共に()()()()()()()()。降下部隊の指揮管制を行なう、か。”アークエンジェル”だからこそ出来ることだけど……)

 

”アークエンジェル”は試作艦故に多機能だ。MSの運用能力や陽電子砲の搭載、大気圏突入能力……挙げていけばキリが無い。

単艦で運用するには手に余る程の高性能な指揮管制能力もその1つ。”アークエンジェル”は単艦で準旅団クラスの自軍を指揮することも出来るのである。

降下部隊は降下完了後に”アークエンジェル”を拠点として、敵陣中枢で暴れ回るのが仕事だ。

いわば、大気圏越しのエアボーン作戦。───不安にならない方がおかしい、危険度の高い作戦だ。

 

「……出来んのかな、降下作戦なんて」

 

キラと同じように体を座席に固定したトールがポツリと漏らす。

彼も降下完了後に”アームドグラスパー”で出撃し、”アークエンジェル”を空からの攻撃より守ることになる。同じく”アームドグラスパー”で出撃するイーサンと共に、たった2人でだ。

エアボーン自体が敵陣にその部隊だけで乗り込み、暴れ回っている間に味方が地上から駆けつけてくれるまで耐えるという危険な戦術だ。

成功すればたしかに大幅に勝利に近づくが、失敗すれば当然、お陀仏。

───それまでの間、自分(トール)は耐えられるのか?

 

「何度もブリーフィングしたろ。俺達の出番は地上の部隊が敵戦力をある程度引っ張り出してからだ。降りた時には俺達に構う暇なんか無くなってるだろうさ」

 

イーサンが励ましの言葉を掛けるが、それでもトールの不安は晴れない。イーサン自身も僅かに緊張しているのか、いつもより声に張りが無い。

いつもは毅然としているスノウでさえ落ち着かない様子でいる。誰も彼もが、不安に思っている。

 

「───俺は、『ヘリオポリス』でこの”アークエンジェル”と出会って、何度も鉄火場をくぐり抜けてきた」

 

そんな中口を開いたのは、隊長であるムウだ。

 

「『ヘリオポリス』からの脱出戦、『エンジェルラッシュ会戦』、大気圏突入した時の遭遇戦……挙げ句の果てに”バルトフェルド隊”に狙われた時には、ついに俺の悪運もこれまでかと思ったほどさ」

 

「……」

 

「だが生き延びて、今ここにいる。今回もなんとかなる、なんて言うつもりはない。今回もなんとか()()。俺達なら出来る、自信を持てトール」

 

「……はい」

 

「それに、俺達が乗っているのは大天使(アークエンジェル)様なんだぜ。下手な女神の祝福より、効果ありそうだろ?」

 

ニッと笑うムウ。その笑顔に陰りは無い。

それを見たトールは覚悟を決めたように、同じくニッと笑い返した。

 

<こちら艦橋(ブリッジ)、艦長のラミアスです。打ち上げ準備が完了しました、5分後に本艦は大気圏を離脱します。最終安全点検を終え、速やかに───>

 

いよいよだ。マリューの声を聞いたムウ達は今度こそ口を紡ぐ。

そこから発進するまで、誰も口を開かなかった。しかし、先ほどとは違って決意に満ちた表情を浮かべている。

もはや、言葉は不要だった。

 

<5、4、3……”アークエンジェル”、発進!>

 

 

 

 

 

衛星軌道上 ”アークエンジェル” 艦橋

 

「大気圏離脱完了、これより降下支援部隊と合流します」

 

「ん~、久しぶりの無重力。”マウス隊”の皆は元気にしてるかな、エリック・デア・フォーゲルバイデ?」

 

「だからエリ……ちょっと待てもうそれは間違いとかいうレベルじゃないだろう!?」

 

「変化球~」

 

大気圏離脱を終えて間もなく、いつも通りの漫才を繰り広げるアミカとエリク。

その光景にクスリと笑みを零しつつ、マリューは目の前に広がる星の海に視線を移した。

 

(こうして宇宙に戻ってくるまで、本当に色々とあったわ……)

 

どうせすぐ地球にUターンすると分かっていても、感慨深さを抑えることは出来ない。

本当に、ここまで来るのに色々とあったのだ。

しかし、今こうしている間にも地上では戦端が開かれている。

気持ちを切り替え、艦長としての表情に戻るマリュー。

 

「ゴホッ、ゴホッ……」

 

「お体は大丈夫ですか、ミヤムラ司令?」

 

「ああ、気にするな……老いとは残酷だな」

 

隣で咳き込むミヤムラにマリューが声を掛ける。

ミヤムラは既に65を超えた老人だ。そんな彼にとって大気圏離脱は体に相当の負荷が掛かったに違いない。

だが、一度引退を決め込んだとはいえ彼も軍人だ。そのタフな精神力を以てすぐに持ち直してみせる姿は、言葉とは裏腹に衰えを感じさせない。

そうこうしている内に、予め決められた地点にて降下支援艦隊と合流する”アークエンジェル”。

 

「ははっ……『”ゴンドワナ”攻略に主力をつぎ込むから支援は少なくなる』って聞いてましたけど、これは……くくく」

 

「たしかに戦力の『単位』では最小限だけどさぁ……」

 

アミカとエリクは笑いを堪えようとして堪えきれない。いや、その場にいる全員が同じ気持ちだった。

たしかに戦力の規模で言えば最小限だ。輸送艦を改造した仮装巡洋艦1隻に”ドレイク”級が2隻では、いくらなんでも降下を妨害しに来るZAFTを舐めているとしか思えない。

だが、実情を知る者からすれば全くの茶番でしかなかった。

なにせその3隻は、間違い無く『最強』の名を冠するに相応しい一団なのだから。

 

<こちら”コロンブスⅡ”、”第08機械化試験部隊”隊長のユージ・ムラマツ中佐だ。再会を祝いたい所だがそうも言っていられない───テンポよく進めようじゃないか>

 

 

 

 

 

"アークエンジェル" 格納庫

 

「ダムゼル・エンケンス大尉と以下30名、これより”第31独立遊撃部隊”指揮下に入ります!」

 

『よろしくお願いします!!!』

 

「うむ、よろしく頼む」

 

格納庫に立つミヤムラの前に30名の兵士が立ち、一矢乱れぬ敬礼をする。これから共に戦うことになる彼らに、出迎えた船員達も敬礼を返した。

以前の”バルトフェルド隊”による白兵戦を受けて、”アークエンジェル”は『歩兵戦力が少ない』という弱点を露呈した。

その報告を受けたハルバートンが手配したのが彼ら歩兵小隊だ。30人と若干少な目だが、あくまで艦を動かすための人員がほとんどを占める”アークエンジェル隊”では貴重な戦力だ。

況してや、”アークエンジェル”の次の任務は敵陣中央への強襲なのだから、歩兵戦力を配属しておかない理由がない。

 

「”アークエンジェル”の戦いぶりはこの宇宙にも届いておりました。この艦で戦えることを光栄に思います」

 

「全員が必死になっていたら、いつの間にか名を上げていただけだ。覚悟したまえエンケンス大尉、この艦は中々にハードだぞ?」

 

「望むところであります」

 

ミヤムラから差し出された手をしっかりと握り返すダムゼル。

その光景を尻目に、何人かの人間がMPに連れられて、ダムゼル達が”コロンブスⅡ”から”アークエンジェル”にやってくる際に用いられた連絡艇に乗せられていく。

”バルトフェルド隊”の隊員だ。彼らはダムゼル達と入れ替わりに連絡艇で”コロンブスⅡ”まで運ばれ、そこで待機しているまた別の船によって『世界樹』まで移送させられる手筈となっている。

 

「おー、弱点を早々に補ってくるとは流石だねぇ正規軍は」

 

両手に手錠を掛けられているにも関わらず飄々とした態度を崩さないアンドリュー・バルトフェルド。連合軍との裏取引によって、彼はこの後『プラント』にスパイとして帰還することになっている。

祖国と呼べる『プラント』を裏切ることに何も感じていないわけではないが、部下の命には代えられないし、何よりもバルトフェルドはこの戦争を早く終わらせる必要があると感じていた。

 

(ほんと、羨ましい限りだ。欠員が出れば補充、足りない戦力があれば補充……さすが、Nジャマー投下後も戦争に注力しただけのことはある)

 

彼は『プラント』の中でもとりわけ優秀な人間だ。だからこそ分かってしまう。───どう足掻いてもZAFTの負けは避けられない、と。

単純にリソース量が違い過ぎる。1の犠牲で5を削っても、すぐに10を補充されてしまうのでは割に合わない。

犠牲を少なくするためにも色々と出来る事はやってきたが、この有様を見れば微々たる物でしかないことが分かる。分かってしまう。

 

(だからこそ、早く戦争を終わらせる必要がありますよ、と。……あーやだやだ、責任重大だ)

 

 

 

 

 

「おっ、いたいた。キラ!」

 

「えっ……グラン!?」

 

また、別の場所では驚きの再会もあった。

グラン・ベリア。キラ達と同時期に月の『プトレマイオス基地』で新兵として訓練を受けていた男だ。訓練生になる前からの付き合いだという2人、通称『ひょろ』と『ぽっちゃり』もグランの後ろから姿を現す。

 

「月基地に配属されてたんじゃ……」

 

「ああ。なんだかいきなり『お前転属な、行き先は”アークエンジェル隊”』って言われて、あれよこれよという間に、さ」

 

「た、大変だったんだね……」

 

「そりゃこっちの台詞だよ。『砂漠の虎』をぶっ飛ばしたって聞いた時は驚いたぜ、『そこまでやったか!』ってな」

 

「いやほんと、なんで生きてるのかな僕……」

 

今思い返しても、生き残れただけで奇跡という激戦だった。そういえばこのタイミングで移送されるとは聞いていたが、おそらく普段と変わらない態度でいるだろう。

最後まで苦戦させてくれた強敵に思いを馳せていると、グランが僅かに神妙な雰囲気を醸し出す。

 

「白兵戦にまでなったって聞いた時は、正直悔しかったんだぜ?『俺達はキラ達に何もしてやれない』ってな」

 

「グラン……」

 

「だが、こうして”アークエンジェル隊”に配属されたんなら話は別だ。白兵戦ならこのグラン・ベリア様に任せとけ!」

 

「うん、頼りにしてるよ」

 

MS戦が主体の”アークエンジェル隊”では歩兵であるグラン達が役に立つ機会は稀だろう。

しかし、その()に備えていなかったばかりに、”バルトフェルド隊”に乗り込まれた時はピンチになったのだ。

たった30人でも、彼らは対人戦のプロなのだ。遠慮無く頼りにしよう。

ふと、グランが何かを思い出したように口を開く。

 

「そういや、ほれ」

 

「何これ?」

 

グランがキラに渡したのは、小さなメモリーディスクだった。

 

「……イスルギ教官、復帰したんだよ。それの中にお前宛のメッセージが入ってる」

 

「えぇ……」

 

恩師であるマモリ・イスルギの復帰を聞いたキラの第一声は戸惑いであった。

『三月禍戦』の際に背中を刺されて入院していた筈だが、あれから2ヶ月と経っていない。驚きの回復力である。

本当に彼女はナチュラルなのだろうか?

そういえば、とキラもあることを思い出す。

マモリが入院することになった原因。つまり、スパイとして連合軍に潜り込み、教え子だからと油断していたマモリの背中を震えながら刺した少女のことを。

 

(ユリカ……君は今、どこで……)

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 会議室

 

「───これより、『オペレーション・ブルースフィア』における降下部隊の最終会議を開始する」

 

ミヤムラの言葉を聞き、部屋の中に兵士達は姿勢を正して大型モニターに視線を移した。

室内には“アークエンジェル”の乗組員ではない兵士もいた。降下部隊に参加するMS隊の兵士達だ。

彼らは”アークエンジェル”とは別に用意された降下ポッドを用いて降下することになっている。

 

「水上艦隊がハワイ諸島に対して攻撃を開始した後に、我々は”アークエンジェル”を司令塔としてオアフ島中央部の平原に降下、南下して真珠湾基地への攻撃を行なう。何か質問は?」

 

数人が手を挙げる。この質問の内容如何で生存率が違ってくる、手を抜くわけにはいかないのは当然だ。

 

「ふむ、では君から」

 

「”第442戦闘団”所属第1MS小隊のジャン・キャリー中尉です。大気圏内に突入後、ZAFT航空隊による攻撃が予想されておりますが具体的対応策はありますか?」

 

質問を行なったのはジャン・キャリー。『煌めく凶星【J】』の異名を持つエースパイロットだ。

彼やその部下が所属する”第442連隊戦闘団”は、第二次世界大戦時に多くの日系アメリカ人が中心となって構成された同名の部隊にちなんで名前が付けられた部隊である。

なぜこの名前が付けられたか。それは、部隊内のほとんどの兵士がコーディネイターで構成されているからだ。

かつての日系アメリカ人と同様に差別や偏見に晒されながら戦う彼らは、”テスター”完成までは唯一まともにMSで戦えたために激戦区に投入され続けていた。

その過程で反コーディネイター思想の将校によって危機に陥ったこともあり、自分達が捨て駒でないことを確認作業は必須だ。

 

「安心してくれ、高高度戦闘に対応した部隊が降下支援に参加してくれる。100%ではないが、無防備に敵陣に突っ込むことはない」

 

「俺からもいいだろうか」

 

続けて手を挙げたのは、奇妙な風体の男だった。

たしかに連合軍の士官制服を着ているのだが、階級章は付けておらず、オレンジ色のサングラスを掛けているなど正規の軍人らしからぬ姿を見せている。

それもその筈、彼は軍人では無い。()()なのだ。

 

「『サーペントテール』の叢雲 劾君だな。何か疑問が?」

 

「降下するタイミングについても聞きたい。ただ乗り込んでいってもオアフ島の守備隊に袋だたきにされて終わりだ」

 

連合軍はこの『オペレーション・ブルースフィア』において、手を抜くつもりはなかった。その証拠として最強の傭兵部隊と言われる『サーペントテール』を雇ったのだ。

劾の言うとおり、降下するタイミングも非常に重要になってくる。

早くに降下すれば孤立無援の状況に自ら飛び込むだけであり、かといって遅くなりすぎればそもそも降下する意味が無くなる。

 

「それについても問題はない。海軍の侵攻率が一定を超えて、沿岸部に敵MS隊を引っ張り出した頃合いに降下する手筈だ。地上からの合図が来るまでは待機だな」

 

「分かった」

 

それを聞いただけで、劾は椅子に座った。

元々『サーペントテール』は確実に成功する、あるいは成功させられる依頼しか受けない。

そんな彼が敵陣への降下という危険な依頼を承諾したのは、連合軍とZAFT、双方の用意した戦力を分析し、作戦内容を事前に精査した上で『問題無い』と判断したからだ。

劾の質問が終わった後も、何人かの兵士が手を挙げて質問し、ミヤムラはそれにつつがなく応じていく。

 

「他に質問がある者は?……いないようだな。ムラマツ中佐、降下支援の部隊から何か言うことはあるか?」

 

<そうですね……敵部隊がどう出てくるか次第ですが、我々は少数です。場合によっては守り切ることが出来ないと判断して降下自体を中断する可能性もありますが、よろしいでしょうか?>

 

「無論だ」

 

ミヤムラはそう言うが、その場にいる兵士の殆どは同じことを思った。───お前達で無理なら誰が出来るんだよ、と。

実際、少数で事に当たるというなら”マウス隊”を超える部隊は連合軍内に存在しない。降下妨害にやってきたZAFT側に同情したくなる兵士は少ないだろう。

加えて、以前まで地上の任務に当たっていたパイロット達も宇宙に帰還してフルメンバーで揃っている。これで負けるようならそもそも降下作戦自体が間違いだ。

実際、これまでの質問の中にも「”マウス隊”だけで大丈夫なのか」というものが出てこなかったことが、彼らの強さに対する信頼を現している。

 

「よし、それではこれで最終会議を終了する。諸君、これは極めて危険な作戦となる。だが、私は成功を確信している。───なぜなら、各員が成功に向けて最大限の努力をしているからだ」

 

ミヤムラの言うとおり、『オペレーション・ブルースフィア』は連合軍の威信を賭けた戦いである。

用意出来る限りの戦力を「これでもか」と用意し、作戦綱領や計画を何度も精査し、敵軍の分析をしつこく繰り返した。

連合軍側の誰もが、あの『三月禍戦』で味合わされた屈辱を晴らすために最大限の努力をした。

正しい努力は報われる。それを証明するための戦いでもあるのだ。

 

「ZAFTの奴らに見せつけてやろうではないか。我々の怒りと意地と、誇りをな。以上、解散!」




ついに始まるハワイ奪還作戦編……ですが、ここで皆さんに報告したいことがございまして。
以前に開催した「オリジナル兵器・キャラクター募集」企画を再び開催しようと思います!
活動報告を更新したので、詳しくはそちらに。

前回出来なかったアクセルストライクのステータスを載せておきます。
比較用にズィージスのステータスも。



アクセルストライクガンダム
移動:8
索敵:C
限界:200%
耐久:300
運動:48
シールド装備
PS装甲

武装
ビームライフルショーティ:150 命中 70
バルカン:30 命中 50
フラガラッハ:240 命中 75
アーマーシュナイダー;100 命中 50

ズィージスガンダム
移動:7
索敵:A
限界:200%
耐久:360
運動:40
シールド装備
PS装甲
変形可能

武装
ロングビームライフル:180 命中 75 間接攻撃可能
スキュラ:240 命中 60 間接攻撃可能
バルカン:30 命中 50
ビームクロー:190 命中 70


近接戦ではアクセルストライク、射撃戦ではズィージスの方が上といった感じで書いてみました。
はたして、この2機が対峙する時はくるのか……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第128話「オペレーション・ブルースフィア」 2

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


5/14

太平洋 ハワイ諸島より東方地点 

”タラワ”級強襲揚陸艦”ジェームズ・クック” 艦橋

 

「”スノーウインド”帰還、取得データの反映を開始します」

 

「うむ」

 

地球連合海軍第1艦隊の司令官を務めるカール・キンケイド中将はうなずき、水平線の先に存在するハワイ諸島の方向を見据えた。

現在、数十隻の艦艇で構成される第一艦隊はハワイ諸島の東から進軍しており、今は偵察から帰還した試作偵察機”スノーウインド”が獲得した敵軍の配置情報等を共有している最中だ。

実戦を経験した数は少ないカールだが、この情報があるかないかで作戦成功率が大きく上下することくらいは知っていた。

 

(まさか、この老骨を引っ張り出してくるとはな)

 

カールは御年60を超える初老の男性軍人であり、本来だったなら前線に出てくる人間ではない。実際、数ヶ月前までは軍大学にて生徒達相手に教鞭を奮っていた。

そんな彼が第1艦隊の司令官に就任して前線にやってきたのは、未だに戦争序盤の人的資源の大量損失から立ち直れていない証拠だった。

Nジャマーの力によってZAFTは連勝を重ねられたのは周知の事実だが、とりわけ被害が大きかったのが海軍だ。

 

『エイプリルフール・クライシス』以前に就航していた水上艦艇はほぼ全てが核エネルギーによって駆動していたため、ほとんどが役立たずのガラクタに成り果てた。これによって海軍はNジャマーの影響を受けなかった旧式艦艇でZAFTと戦わなければならなくなる。

結果は惨敗。戦力を大きく削られ、慣れない旧式艦艇で戦いを挑んだ海軍を迎え撃ったのは、ZAFTの投入した水中MS達。

海中を高速で機動し、ノロマな艦艇に魚雷を撃ち込んでいくこれらの存在によって連合海軍は壊滅的被害を受けた。ジェーン達”マーメイズ”が結成された原因でもある。

そして、この大敗北によって散った命の中にはカールの教え子達もいた。

 

(卑怯とは言わん。戦争だからな)

 

カール自身はコーディネイターというものに偏見は無い。それどころかコーディネイターを教え子としていたこともある。

だからこそ、Nジャマーの力と水中MSで勝利したZAFTを否定する気は無いし、むしろ感心さえしていた。無論、原発を停止させて大量の餓死者を出したことはけして許す気は無いが。

だが、カールは思うのだ。───無念だっただろう、と。

普段の厳しい訓練で得た物を何一つ活かせず、ただただ蹂躙されていった仲間達、教え子達はどれだけ屈辱だっただろうか。

それを晴らすために、カールは再び戦場に立つことを決めたのだ。

 

「Nジャマー環境下を前提に開発された艦艇、新たなる航空戦力、そして水中MS……さぁ、同じ土台に立ってやったぞ」

 

同じ物を持っているなら、後はそれを敵より多く揃え、そしてそれを十全に運用するだけの知識を持つ方が勝つ。

さぁ、当たり前のように勝ってやろう。それが散っていった者達への手向けとなる。

 

「───これより、『オペレーション・ブルースフィア』第一段階を開始する!」

 

 

 

 

 

輸送型潜水艦”ジミー・カーター” 格納庫

 

<作戦指令を受理しました。MS隊、発進準備!>

 

カールが発した命令によって、全ての艦は戦闘態勢を取り始めた。

この”ジミー・カーター”もその1つであり、この艦は水中MS隊の母艦としてこの作戦に参加していた。

しかし、格納庫内には主力である”ポセイドン”は1機も存在していない。

MS隊を発進させるために注水され、段々と水が貯まっていく格納庫内には、”フォビドゥンブルー”に似た装備のMSが3機、静かに出撃の時を待っていた。

これらの機体の名は”ディープフォビドゥン”。ジェーン・ヒューストンの駆る”フォビドゥンブルー”の制式量産機である。

”マーメイズ”の戦闘データを基に開発され、先行量産された数機がこの『オペレーション・ブルースフィア』に投入されているのだ。

 

「システム起動。TP装甲並びに『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』、正常動作を確認」

 

その内の1機に、オリオン・ワイズマンは乗り込んでいた。

彼は大西洋連邦出身の軍人であり、士官学校を卒業して早々にMSパイロットとして抜擢された士官だ。

 

「各種パラメータ、正常値を維持。……水中MSのパイロットになるのは予想出来なかったけど、良い機体じゃないか、”ディープフォビドゥン”」

 

実戦では初めて乗る機体だが、シミュレーションは相応にこなしていたオリオンは、これならいけそうだ、と笑みを浮かべた。

MS操縦に適正のある軍人はあちこちに引っ張りだこであり、オリオンも水中戦の経験が多いわけではない。

しかし、最新鋭機を任された彼の実力は確かなものだ。加えて普段からの態度も実直であり、模範的軍人として厚く信頼されている。

 

<ワイズマン少尉、新型の調子はどうだ?>

 

「問題ありません。これなら十全に働けそうです」

 

“ジミー・カーター”艦長からの通信が届き、快い返事を返すオリオン。

 

<それなら良かった。そいつの力をコーディネイター共に思い知らせてやってくれ>

 

「……了解しました」

 

続けて艦長から発せられた言葉に僅かに眉をひそめるが、通信映像では感じ取られることはなかったようだ。通信が切れた直後に溜息を吐くオリオン。

オリオンはコーディネイターに対して特に偏見は持っていなかった。それは家族も同様だ。

だからこそ艦長のコーディネイター蔑視と思われる発言にも繭を潜めたが、それについて口出しをする気も無い。

コーディネイターを嫌う人間にも種類がある。優れた才能を持つコーディネイターに嫉妬したり恐れる者もいれば、『エイプリルフール・クライシス』で大切な人を失ってコーディネイター全体を憎むようになった人間もいるのだ。

また、純粋に地球に住んでいるコーディネイターの方が多いという事実を知らない人間もいる。それらに一々ツッコんでいたらキリが無い。

 

(でもまぁ、連合軍にもコーディネイターはいるんだから少しは考慮して発言して欲しいもんだ)

 

そんなことを考えていると、いつの間にか注水が終わっていた。あとは、小隊長を務めるオリオンの合図でいつでも出撃出来る。

これまで彼が参加した作戦の中でも、この『オペレーション・ブルースフィア』は最大規模だ。今更になって恐怖心が鎌首をもたげてくるが、頭を振ってそれを追い出そうと試みる。

 

(落ち着け、やれることはやっただろう?)

 

自分自身にそう問いかけ、覚悟を決めるオリオン。

そう、やれることはやった。ならば後は突き進むだけだ。そうやって今までだって生き残ってきたではないか。

それでも死んだのなら、それは運が悪かっただけである。そうなったらあの世で笑い話にでもすればいい。

何より、自分よりも年下の少女も戦場に出ているのだ。士官学校を卒業した自分が真っ当に軍人をやってみせなければ、そちらの方が笑い話である。

 

(ヒルデガルダ……君も、上手くやるんだぞ)

 

親の縁で知り合った少女の健闘を祈り、ついにオリオンは口を開く。

勇ましく、軍人として、戦いに赴くために。

 

「───ワイズマン隊、出撃!」

 

 

 

 

 

”タラワ”級強襲揚陸艦”ヘイハチロウ” 艦橋

 

「侵攻率20%を突破しました!」

 

「まだ20%か……」

 

開戦してから数時間が経過し、連合海軍第2艦隊の旗艦である”ヘイハチロウ”に視点が移る。

あらゆる艦艇から火砲が放たれ、目下の海中では、今まさに水中機動戦力による激闘が繰り広げられている最中だ。

第2艦隊はハワイ諸島の西側から侵攻しており、第1艦隊とはハワイ諸島を挟み撃ちにしている格好になる。

『東アジア共和国』の派閥が中心となっている第2艦隊だが、司令を務める宮坂 大知(みやさか たいち)中将は渋面を浮かべていた。

理由は簡単で、思ったよりも攻撃に勢いが無いのである。

 

「”カイシュウ”が被弾しました!損傷は軽微ですが……」

 

「何処からだ?」

 

「は?」

 

「どんな攻撃で被弾したかと聞いている!」

 

「し、失礼しました。敵陸上施設からの攻撃によるものです」

 

練度の低い船員に苛立ちを持つ宮坂だが、今はそれよりも考えなければならないことがある。敵陸上基地からの攻撃だ。

当たり前だが、ハワイ諸島の防衛網は西側に重きが置かれている。仮想敵であるアジア・ユーラシアに備える必要があるからだ。ハワイ諸島を占領しているZAFTもその設備を使っているために、第2艦隊は苦戦を強いられているのである。

逆に東側に対する防衛網は貧弱であり、第1艦隊は特に問題無く進撃出来ている。明らかに割を食った形になる第2艦隊だが、そうするだけの理由と、それを可能にする手札が彼らにはあった。

 

「そろそろ出番か……通信を”比叡”に繋げ」

 

 

 

 

 

<敵艦隊より突出する艦艇あり!……データベースに登録されていない艦種です!>

 

<なんだと!?>

 

第2艦隊から突出した3隻の艦艇を認識した時、ZAFT側の部隊は困惑した。

現在の海戦の基本は水中MSや航空機といった機動戦力が主流となり、艦艇と言えばもっぱらイージス艦(対空)強襲揚陸艦(輸送)のために運用されるのが常だ。

にも関わらず、その3隻は突出してきた。

 

<何かある、迎撃しろ!>

 

<ダメです、MS隊が接近出来ません!>

 

ZAFT側の指揮官は対処を命じたが、完全に物量で上回られている状況でイレギュラーに対処するだけの余裕はZAFT海軍には無かった。

3隻の艦の正体は、『東アジア共和国』が開発した新型艦だ。

その名も、『”金剛”型攻撃駆逐艦』。そう、()()()なのである。

 

これらの艦艇は『エイプリルフール・クライシス』後の艦隊再編計画に基づいて設計・開発された。だが、その開発過程には大きな問題があった。

それは、『水中MSに対する有効打を有していない』という点である。如何に強力な水上艦であっても、無防備な水中から攻撃されてはひとたまりもない。

加えて、ZAFTの主戦力は水中MSとその母艦である潜水艦であり、駆逐艦の敵となる水上艦はほとんど存在していなかったのだ。

このために、試作した1番艦である”金剛”が完成した段階で一度計画は停止しており、そのまま時代遅れの艦として消えていく……筈だった。

 

しかし、この場には3隻の”金剛”型が存在している。一度停止した計画が、()()()()の登場によって再開したのである。

”エアーズロック”級陸上巡洋艦。ZAFTが投入したこの艦艇は陸上・海上を問わず移動可能なホバー艦であり、”金剛”型の敵役として最適だったのだ。

このことを受けて新たに3隻の”金剛”型───それぞれ”比叡”、”榛名”、”霧島”の名を与えられた───が開発され、こうして実戦に投入されるに至った。

 

「主砲、有効射程内!」

 

「───ってー!」

 

”比叡”艦長の号令に従い、”比叡”の180mm速射砲が火を噴く。

2つほどの飛沫が上がった後に、1隻の”エアーズロック”級の艦艇に爆炎が立ち上る。直撃だ。

他の”エアーズロック”級が反撃するが、”エアーズロック”級もZAFT艦艇の常に漏れずMSや航空機の輸送に特化している艦艇であり、勢いは弱い。

それに対し、”比叡”、”榛名”、”霧島”の3隻は勇猛果敢に前進を続けながら高精度の砲撃を撃ち込み続けている。ZAFT側の水上艦隊は、この予想外の存在に完全に圧倒されていた。

 

「ヨーソローっ!はっはっは、恐るるに足らずZAFT共!」

 

大道寺 正介(だいどうじ せいすけ)少佐は自身が艦長を務める”比叡”の主砲が敵艦を捉えたことを受け、喝采を挙げた。

昔から軍艦が好きで、それが高じて海軍の船乗りになった彼だが、まさかこの時代に駆逐艦の艦長になって砲撃戦などが出来るとは思っていなかった。

 

(これだよこれ、近代のミサイル駆逐艦とかも嫌いではないんだが、やはり軍艦といったらこうじゃなくちゃ!)

 

ミサイルや艦載機、その他のハイテク機器を用いた近代の艦艇も嫌いではないが、大道寺という男はやはり砲撃というものにロマンを感じる男だった。

勿論、『東アジア共和国』もロマンで動いているわけではない。”金剛”型駆逐艦は、なにも対艦攻撃にだけ用途を向けた艦ではないのだ。

前進を続けた3隻は遂にハワイ諸島、その最北端に位置するカウアイ島に備わった陸上基地を射程に捉えた。

 

「対地攻撃ミサイルをVLSに装填!───攻撃開始!」

 

直後、”金剛”型3隻の主砲とVLSから放たれた砲火の全てが陸上基地に向けて放たれる。

『”金剛”型()()駆逐艦』と名付けられたのは、対艦だけに留まらず対地攻撃においても高い攻撃能力を誇るからだ。

そして、駆逐艦としての快速を活かして戦場を駆け回り、必殺の一撃を叩き込む。それが、”金剛”型なのである。

 

「主砲着弾!VLSも一部迎撃されましたが、有効です!」

 

「やったぜ!」

 

思わずガッツポーズをしてしまう大道寺だが、軍の船乗りならば誰もがその気持ちを理解出来るだろう。

なにせ、自分達が乗る艦の攻撃で敵の基地施設を吹き飛ばしたのだから。

その喜びに水を差すように、”比叡”全体が揺れる。ZAFTの水中MSによる攻撃が命中したのだ。

 

「ダメージコントロール!」

 

「損害は軽微、航行に支障ありません!」

 

大きな戦果を挙げてみせた”金剛”型だが、当然弱点はある。

それは、攻撃能力は高いがそれに反比例して防御力は低いということだ。

駆逐艦である”金剛”型は艦艇としては高い機動力を誇るが、あくまで艦艇に限った話でMSや航空機などの機動兵器には及ばない。加えて、攻撃力を重視しているために対空システムなどもイージス艦である”アーカンソー”級に比べれば貧弱だ。

つまり、”金剛”型はそれらの天敵から身を守る手段、あるいは守ってくれる味方が無ければ、あっさりと沈められてしまう危険性を帯びているのである。

だが、この場には多くの味方がいる。

 

「第4航空隊が援護してくれています!」

 

「よーし……ならば攻撃を続行、カウアイ島の敵拠点を叩けるだけ叩いていくぞ!」

 

『了解!』

 

“金剛”型の実戦投入が決定されたのは、このように他の部隊からのフォローが効くからというものもある。

航空部隊や水中部隊からの援護を受けられるのならば、”金剛”型は軽快に位置を変えながら敵の大型目標に対して攻撃を加え続けられるのだ。

しかし、彼らの奮戦ぶりの最大の理由は、彼らの高い闘志にこそある。

この『オペレーション・ブルースフィア』は、連合海軍にとっては初の大規模作戦だ。

今まで煮え湯を飲まされてきた相手を思いきりぶん殴っても良いという状況で、いきり立たない兵士がいるものだろうか。

 

「覚悟しろよZAFT共……倍返しなんかじゃ物足りないほど、俺達は溜まってんだぜ!」

 

 

 

 

 

衛星軌道上 ”ゴンドワナ”艦橋

 

「敵艦隊接近!」

 

「推定される戦力規模は、序数艦隊(ナンバードフリート)が2つです!」

 

「間髪入れずか……コンディションレッド発令!」

 

苦々しげに、ZAFT艦隊司令のクロエ・スプレイグは迎撃命令を出した。

 

(流石、地球連合というだけはある。まさか『三月禍戦』から2月足らずで立ち直り、こうして地上と宇宙の2方向で大規模作戦を仕掛けてくるとはな)

 

クロエは両腕を組み、シートに体重を預ける。

悪意ある遺伝子操作によって小学生高学年ほどで体の成長が止まるというハンデを背負わされながらも、ZAFT宇宙艦隊の司令という座を勝ち取った彼女だが、今回ばかりは負け戦だろうと踏んでいた。

純粋に、戦力に開きがある。

かつて彼女が指揮を取った『「世界樹」攻防戦』で、連合軍は第1から第3までの宇宙艦隊を投入した。

この戦いではNジャマーが初めて実戦で投入されたこともありZAFTが勝利を収めたが、ZAFTにとっても被害は大きかった。

 

(こちらだけがMSと、Nジャマーの恩恵を受けられた戦いでも()()()だったんだ。MSを始めとして新たなる戦力を手に入れた艦隊を相手にするのは厳しいと言わざるを得んな)

 

加えて、クロエの警戒心を引き上げるニュースが先日飛び込んできたことも多いに彼女の頭を悩ませていた。

ウィリアム・B・オルデンドルフ。彼女の師と呼べる軍人が、再編された連合軍の第1艦隊司令に着任したという内容だ。

彼が優れた指揮能力を持っていることもそうだが、自分(クロエ)に艦隊指揮のイロハを叩き込んでくれた人物と戦いたいわけが無い。

なにせ、自分のやり口を知り尽くしていると言ってもいい相手である。世話になった心情的にも、極力戦いたくなかった。

 

(まぁ、やるしかないんだがな)

 

とは言え、クロエもあっさりと引き下がるわけにはいかない。

敵が強いから、相性が悪いからすぐに諦める?───そんなものは軍人失格だ。

たとえ勝てないと分かっていても自分の出来ることがあるなら実行し、少しでも自軍の勝利に繋がるチャンスを模索する。それが軍人のあり方だと信じていたし、師にもそう教わった。

 

「し、司令!」

 

クロエが思案していると、通信士の1人が驚愕しながらクロエに報告する。

 

「どうした?」

 

「本艦に向かって、国際救難チャンネルで通信が届いています。発信元は……敵艦隊からです!」

 

溜息を吐くクロエ。通信主が分かったからだ。

 

「……繋げ」

 

「えっ、しかし」

 

「良いから。どうせ、大した内容じゃない」

 

クロエに言われた通信士は訝かしみながらも、通信回線を開いた。

果たして、そこに映っていたのはクロエの想像通りの人物。

かつて会った時よりも幾分か老け、より伸びた顎髭を撫でる老紳士、ウィリアム・B・オルデンドルフだ。

 

<久しいな、クロエ君。いや、ZAFT艦隊司令、クロエ・スプレイグ閣下とでも呼べば良いのかな?>

 

「お久しぶりです、オルデンドルフ(先生)。そういう貴方こそ、第1艦隊司令ではありませんか。老骨に鞭打って出陣とは、血気盛んにも程があるでしょう。艦隊司令の席よりも車椅子の方が良いのでは?」

 

<ふふふ、この状況でも闘志は揺らいでおらぬか。結構、結構>

 

愉快そうに笑うオルデンドルフ。

対するクロエもにこやかに微笑みながら挑戦的な言葉を返すが、内心ではオルデンドルフとの会話で何かしらの情報を引き出せないか思案していた。

 

「それで、どのような意図があってこの通信を?」

 

<当然、降伏勧告だよ。戦の前の儀礼はしなければな>

 

「それでは、丁重にお断りさせていただきます」

 

<だろうな>

 

再び笑うオルデンドルフ。

仕掛けてくるなら、ここからだ。

 

「用件がそれだけならば、さっさと───」

 

<パトリック・ザラは、本当に君の信じられる相手かね?>

 

オルデンドルフの言葉を聞き、クロエはかつて、軍大学でオルデンドルフに言われた言葉を思い出した。

 

『軍人は軍全体の、引いては国家のために尽くすものだ。しかし、ただ盲目になってはいけない。尽くすべき国家が狂ったならば、軍も狂っていき、それが全体の敗北に繋がるのだから』

 

つまり、オルデンドルフはパトリックが狂っているのではないかと言いたいのだ。狂った頭が国家全体を敗北に誘おうとしている、と。

 

「───馬鹿馬鹿しい」

 

彼女は師の言葉を切って捨てた。

たしかに彼は狂っているように見えるかもしれないし、やろうとしていることは間違い無く狂っている。

だが、パトリックの戦友としてクロエが言えることは1つだ。

パトリック・ザラは、間違い無く正気だ。正気で、世界を滅ぼそうとしている。

 

「彼を信じると決めて今この場に立っている。それが分からないとは言わせません」

 

<そうか……ならいい>

 

クロエの言葉を聞き、オルデンドルフは満足げに頷いた。

かつての弟子は、今の敵。それも、自分達の全力を向けるに相応しい極上の敵だ。

 

<ならば、全力で叩き潰すまでよ。貴軍の健闘を祈る。───精々足掻け、小娘>

 

「それでは、存分に足掻かせてもらいましょう。───戦ってる最中にポックリ逝くなよ、ジジイ」

 

互いに敵意をぶつけ合った後に、通信は切れた。

───戦う前から師弟関係を利用して揺さぶりを掛けてくるとは、流石はオルデンドルフ師だ。

罵倒はしたが、それは敵対するということの証明でしかない。クロエは今でも、オルデンドルフを尊敬している。

 

「弟子として出来る最大の恩返しは、師匠を超えることか」

 

闘志を奮い立たせるクロエ。

だが、敵はオルデンドルフだけではない。序数艦隊が2つということは、第1艦隊の他にもう1つ艦隊が参加していることになる。

十中八九、第8艦隊。連合宇宙軍で現状、もっとも多くの実戦をこなした最精鋭であり、自分の兄弟子であるデュエイン・ハルバートンの指揮する艦隊だ。下手をすれば第1艦隊よりも厄介かもしれない。

面白いではないか。

艦橋内の誰もが、クロエを見つめている。彼女の号令を待っている。

いつも通りに命じてくれ、と。

 

「さて、諸君。───奴らに我々の戦いを見せてやるとしようか」




次回から本格的にドンパチ賑やかにしていくつもりなので、気長にお待ちください!

以前に開催した『オリジナル兵器・キャラクター募集』より、『オレオブラザーズ』様のオリキャラである「オリオン・ワイズマン」を登場させてみました。
素敵なアイデアをありがとうございます!

今回登場した”金剛”型駆逐艦について、簡単に補足説明をば。
○純粋な水上艦艇で見ればC.E最強、というコンセプト。
実は本来の仮想敵はZAFTではなく、同じ連合加盟国の面々。
エアーズロック級というちょうどいい囮がいたために実戦に投入されたが、元々は「他の連合加盟国もイージス艦とMS母艦しか使ってないし、だったら我々だけが駆逐艦を持っていたら海洋戦略で有利になれるのでは?」という意図があったり。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第129話「オペレーション・ブルースフィア」 3

5/14

地球連合軍第1宇宙艦隊 旗艦”ペンドラゴン” 艦橋

 

「通信、終了しました」

 

久々に再会した弟子は、以前と変わらず狂犬だった。そのことを知れたことに満足し、オルデンドルフは椅子の背もたれに深く体を沈める。

彼の隣に立っているリーフは、何かを思索しているようだった。

 

「どうした、リーフ?」

 

「いえ、私にとって姉弟子になる方だったわけですから何かしら挨拶でもしておくべきだったかと思いまして」

 

「ははは、今から戦いになるというのに緊張感の無い奴だ。だが、必要は無いだろう。『未だに師の基で学んでいる小娘と話すことなど無い』と言われて終いだろうさ」

 

和やかに見える会話だが、艦橋内にいる人間は彼ら以外の全員が緊張を伴った面持ちでいた。

それもその筈、あと数分もすれば敵艦隊、しかも衛星軌道上をほとんど制圧することの出来る規模のものと戦い始めるのだ。このような場で緊張していない人間は、2種類に限られる。

1つは、リーフのように未だに実戦を経験していないがために緊張出来ない者。

そしてもう1つは、幾度もの修羅場をくぐり抜けたことで余計に緊張することが無くなった者だ。

そして、オルデンドルフは間違い無く後者の側である。

 

<───オルデンドルフ提督、よろしいですか?>

 

そんな彼に新たに通信を繋げてきたのは、やはり彼の弟子であるハルバートンだった。

今回の作戦は第1艦隊と第8艦隊による合同での戦いとなるため、最後の打ち合わせのために通信を繋げてきたのだろう。

 

「どうかしたか、ハルバートン君」

 

<もう少しで開戦ですので、最終チェックをと。それでは、当初の予定通り砲撃戦の後に我々が前に出る、ということでよろしいですね?>

 

「ああ、変更は無い」

 

事前に組み立てられていた計画の内容は、こうだ。

まず第一段階として艦隊による砲撃を行ない、ここで可能な限り敵の戦力と勢いを削ぐ。たしかにZAFT艦隊の規模は強大だが、序数艦隊2つで攻撃を仕掛けている以上、総力では連合軍の方が上であるためにここは問題無くこなせる。

次の第2段階でMSを出しての機動戦となるが、ハルバートンは今回、第8艦隊が前衛を担うことを提案していた。

第1艦隊は『大西洋連邦』派閥が威信を賭けて再建した肝いりの戦力だが、如何せん実戦経験は少ない。

そこで、実戦経験が豊富な第8艦隊が負担の大きい前衛を担当することで第1艦隊の損害を抑えつつ経験を積ませることを進言したのだ。そして、オルデンドルフはそれを了承した。

 

<機動戦においては下手な火力支援はMS隊の邪魔になります>

 

「分かっている。タイミングと連携が重要、と言いたいのだろう?」

 

<はい>

 

「心配せずとも余計に出しゃばるような真似はせんよ。その代わり、たっぷりと学ばせて貰うさ」

 

ハルバートンはそれを聞くと敬礼し、通信を終えた。

───さぁ、これで長い長い準備期間が終わる。

オルデンドルフは、歓喜の震えを抑えられずにいた。

 

「さて、老いて飢えた我が魂に、今一度、火を灯さねばな。───全砲門、開け!」

 

ゆっくりと、”ペンドラゴン”の前面に位置する砲塔が稼働し、前方にいるであろう敵艦隊の方向へ砲口を向ける。  

”ペンドラゴン”だけではない。第1艦隊と第8艦隊、、この場に集う全ての艦艇が、ZAFT艦隊に砲口を向け始めていた。

 

「『コールブランド』、エネルギー充填率90%突破。いつでも撃てます」

 

艦首に備わった新型陽電子砲『コールブランド』も、その圧倒的な破壊力を解放する時を待っている。

あとは、オルデンドルフが号令を飛ばすだけだ。

 

「諸君、雌伏の時は今ここで終わる。ここから先は、払わされた代償に対する対価を奴らに、ZAFTに請求する時だ。派手にいこうではないか。───攻撃開始!」

 

次の瞬間、”ペンドラゴン”を始めとする連合軍艦隊のあらゆる艦艇から、ビーム、ミサイル、リニアガン、そして陽電子砲が放たれていった。それとほぼ同じタイミングで、ZAFT艦隊からも砲火が飛んでくる。

攻撃の数は連合軍が勝るが、戦場を飛び交い始め、両軍の間の空間を埋めていくそれらは、1つ1つが宇宙における最強機動兵器であるMSを容易く撃破してしまえる殺意の現れだ。

やがて、それらの勢いが弱まってくると新たな動きが生まれる。

 

<MS隊、順次発進!>

 

今も続いている砲撃の合間を縫うように、前衛についた第8艦隊の艦艇からMS隊が出撃していく。

これまで何度も修羅場をくぐり抜けてきた第8艦隊の精鋭に、味方からの攻撃に当たるようなマヌケはいない。そして、それはZAFTにとっても同じ。

”ナスカ”級や”ローラシア”級、そして少数混じっている”アテナイ”級から発進してきたMS隊が連合側のMS隊を認識する。

徐々に距離が詰まっていく、双方のMS隊。立場を異にする鋼鉄の巨人達が、武器を構える。

 

<接敵するぞ!ZAFTの坊ちゃん共に、由緒正しき戦い方を教授してやれ!>

 

<来たか、連合の老害共!新しい時代を歩むのは我々だと、思い知らせるのだ!>

 

それぞれの集団の先頭を進むMSが、互いに構えた銃を同時に発射したのを皮切りに、巨人達はぶつかり始めた。

───それはまるで、戦争の歴史を逆再生しているかのようであった。

誘導兵器を封じられ、大鑑巨砲が活躍する時代に逆行し、人型が銃や剣を取り、殺し合う。

どこまでいっても、人は闘争を捨てられないのだろうか?

後に、『スター・トゥギャザー会戦』と呼ばれる戦いの始まりである。

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「始まったか……」

 

遠目に見える戦火を見て、ユージは呟く。

ついに、『原作』にも存在しなかった大規模作戦が始まるのだ。否が応でも緊張するのは避けられない。

加えて、”マウス隊”が担う役割も重要だ。

 

「”アークエンジェル”にはいつでも降下出来るように伝えておいてくれ」

 

「了解」

 

”コロンブスⅡ”の隣に陣取る白亜の巨艦、”アークエンジェル”。この艦とその近くにまとまっている複数の降下カプセルを守り切るのが、”マウス隊”の役割だ。

彼らが無事に降下することが出来れば、地上のハワイ諸島攻略はグッと楽になる。

『原作』よりも強化された”アークエンジェル隊”に、叢雲・劾の率いる傭兵部隊『サーペントテール』、それに加えて『煌めく凶星【J】』ことジャン・キャリーが率いる部隊も降下作戦に参加しているのだ。これを返り討ちにするのは現状のZAFTでは不可能だと断言出来る。

しかし、そんな彼らも現在は降下カプセルの中に機体を固定し、無防備を晒していた。

 

「責任重大、だな。まさか変態研究者共(あいつら)の相手をするより胃が痛むことがあるとは思わなかった」

 

「私達だけで降下部隊の護衛なんて、評価されてる証拠だろうけど……最低でも5隻は来ると見た方がいいわね」

 

「あぁ。マトモに当たれば危険だ」

 

マトモに当たれば、だが。ユージがそう言うと、マヤも「待ってました」と言わんばかりの表情を浮かべる。

”マウス隊”はたしかに強い、連合軍の中でも最精鋭と言って良いだろう。しかし、質はともかく数は少ない。

当然のことながら、数倍の規模の部隊と戦うことは出来る限り避けたいことなのだ。

 

「”グリズリー”の組み立ては?」

 

「既に完了、あとは”デュエル”を接続するだけね」

 

にも関わらず、彼らはここに立って敵を待ち構える姿勢を崩さない。勝利に向かう公算があるからだ。

モニターには、“コロンブスⅡ”の横に付けるように待機する大型機動兵器の姿があった。

これこそが”マウス隊”の今回の切り札、『CG計画』試作第3号機”グリズリー・ユニット”である。

既に完成している第1号機”ファルコン・ガンダム”と同じように『真ゲッターロボ』をモチーフに開発されており、原型となった”真ゲッター3”と同様に豊富な火力を有している本機だが、一個のMSではなく、MSに外付けする強化装備として完成した。

イメージとしては、後に登場することになるだろう”ミーティア”のようにMSの背部に接続することになる。

 

「改めて見ると、デカいな……全長50m近くあるんだったか?」

 

「えぇ。大型ブースター、マイクロミサイル、そして追加バッテリー……諸々を詰め込んだらこうなったわ」

 

ユージの言うとおり、この”グリズリー・ユニット”の正確な全長は48mも有り、元が輸送艦である”コロンブスⅡ”でも輸送するのに難儀したほどの代物である。

そのため、『セフィロト』からこの場に持ってくるまでも幾つかのパーツに分割して輸送しなければならなかったのだ。

だが、今回のように少数で多勢を迎え撃たなければならない状況にはもってこいのスペックをしているため、実戦投入が決定された。

 

背中に接続する大型ブースターは出力だけならば宇宙艦にならぶ規格外の代物であり、直進するだけならば通常の機動兵器では追いつけない速度を発揮することが出来る。

火力面においても豊富に備わっており、装着したMSの肩上に乗るよう配置された2門の”スキュラ”は乱射するだけで敵部隊にとって脅威となるだろう。ブースターに内蔵された複数のバッテリーから電力が供給されているため、エネルギー切れを考慮する必要もない。

勿論”真ゲッター3”譲りのミサイル弾幕を張ることも可能だ。

ブースター外周部に備わったミサイル発射管は瞬時に大量のマイクロミサイルを発射する。その数、なんと180。

 

『休憩中、ルビコン3*1に行ってたら良い感じに思いつきました』

 

開発者の1人の言である。ユージが頭を抱えたのは言うまでも無い。

しかし、そんなトンデモミサイルを差し置いて目を疑うのが、MSの両腕を挟み込むように配置されたパーツだ。

『試作型対MS用握滅マニピュレーター”ギガントマキア”』。その名の通り、MSを()()()()ための装備である。

名前にそぐわぬ見た目もしており、他の『ガンダム』世界で例えるならば”ガンダム・ダンタリオン”の『ギガンティックアーム』を更にサイズアップさせたような形状だ。

 

『本当は大雪山おろしとか出来るようにしたかったんですけどね……あ、でもPS装甲機だろうと、装甲ごと内部フレームを握りつぶせるので大抵のMSは倒せますよ!』

 

開発者の1人の言である。その言葉はユージの腹痛を加速させた。

───たしかに強力だが、そもそも大抵のPS装甲機はビーム兵器で対処出来るのでこの装備は余計であるとしか言えない。

そう反論しようとしたユージだが、そこで抜かりないのが”マウス隊”所属の研究者である。

既に開発計画は通っている上に、取り外しも出来るから実際に使ってみてからでも何の問題も無いし、その気になれば空いたスペースに別の武器を積める。そう言われ、ユージは引き下がるしかなかった。

 

「これでも妥協の産物なんだけどね。本当はこれを運用する専用のMSも開発する筈だったのに……」

 

「予算が無いならしょうがないさ」

 

当然、これだけの物を開発するのには高いコストが掛かる。開発途中で予算不足を理由に仕様が変更され、”グリズリー・ユニット”として完成したのは当然の帰結だったと言えよう。

とは言え、こういった形で完成したことにも利点はある。

なんとこの装備、接続するMSに適切なOSが積まれているならば()()()M()S()()()使用可能なのだ。

今回の戦いでは“デュエル”に接続するが、その気になれば”テスター”にも接続出来る。

 

(型落ちしたMSの延命処置プランとしても有り、か。……たぶん、これが”ゲルズゲー”とかに繋がっていくんだろうな)

 

ユージがまだ見ぬ未来に思いを馳せていると、ハッチから出撃した”デュエル”が”グリズリー・ユニット”の方に向かっていく。

”デュエル”本体にも僅かながら改良が施されており、胴体部には増加装甲らしきパーツが備わっていた。

これもただの増加装甲ではなく、内部には『ユーラシア連合』が保有する光波リフレクター技術を参考に開発された小型リフレクターが内蔵されている。

流石に『ユーラシア連合』の独自技術の塊である光波リフレクターをそっくり再現することはすぐには出来ず、効果範囲も防御力も連続使用可能時間も本家には及ばないが、コンピューターが直撃弾を判別して瞬間的にバイタルパートを防ぐという形でなら有効と判断され開発された。

極めて近いものに”Ex-Sガンダム”のIフィールドシステムが存在するが、またしても気軽に強力な新技術を開発してみせた研究者達には、遂にユージも苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 

(大量のミサイル、高火力ビーム兵器、トンデモ近接武器、極めつけに防御フィールドか……なんで”真ゲッター3”をモチーフにして”デンドロビウム”が出来上がるんだ?)

 

そうこうしている内に、”デュエル”と”グリズリー・ユニット”の接続が完了したようだった。

モニターには”デュエル”に乗り込み、実戦で初めて”グリズリー・ユニット”を使うことになるアイザックの姿が映っていた。

彼はいつも彼が着ている蒼い連合軍制式パイロットスーツではなく、それより一回り大きめの耐Gスーツに身を包んでいる。宇宙艦並の推力の装備を使う以上、必須の装備だ。

 

「調子はどうだ、アイク?」

 

<機体も自分も、いつでもいけますよ>

 

「試運転した時に分かってるかもしれんが、”グリズリー・ユニット”の機動力は凄まじいからな。十分に気を付けろ」

 

<あー、えっと……了解>

 

「やけに歯切れが悪いな?」

 

怪訝そうに問うユージに、アイザックは苦笑いしながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<”ファルコン・ガンダム”よりはキツくないので、たぶん大丈夫かな、と>

 

「やっぱりあれ封印するべきなんじゃないかな?」

 

「ZAFTが封印させてくれるような相手だったら、そうかもしれないわね」

 

無慈悲なマヤの言葉に、ユージは戦闘前にも関わらず溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”格納庫

 

「パラメーター、各部モーターの動作、いずれも正常。PS装甲も、問題無し」

 

間もなく戦闘を始めようとしている”コロンブスⅡ”。その格納庫内に存在する1機のMSに、セシル・ノマは乗り込んでいた。

その機体の名は”イージス”。”デュエル”、”バスター”らと同じように『G計画』に基づいて作られたGATシリーズの1機であり、この世界では唯一『ZAFTに奪われたことがある』という汚名を背負ってしまった悲運のMSだ。

『クライン派』と呼ばれる一団との裏取引によって連合の手に戻った本機は、これまた不遇なことに運用する機会に恵まれなかった。

現在のZAFTでは”イージス”の違法コピー機でもある”ズィージス”や変形機構を取り除いた量産型の”アイアース”が主力として運用されており、言ってしまえば連合軍全体で“イージス”には良いイメージが無かったのだ。

そんな本機に何故セシルが乗り込むことになったかと言うと、彼女の本来の乗機である”ヒドゥンフレーム”が、改修中だからである。

 

「”ヒドゥンフレーム”の改修が間に合っていれば、良かったんですけどねぇ」

 

以前、ZAFTが”マウス隊”を追い詰めた際の戦闘で”ヒドゥンフレーム”は左腕を失った。

修理するだけならば簡単だったのだが、セシルはそれだけでは満足出来なかった。

 

(あの敵……ZAFTの高機動の『ガンダム』。少しでも戦いが長引いていれば、私は死んでいた)

 

セシルも”マウス隊”初期メンバーの一員として相応の実力者だ。しかし、エンテ・セリ・シュルフトの操る”クレイビング”には禄にダメージを与えられなかった。

幸いにも全員で生還出来たが、セシルだけは心に痼りを残していた。───このままで良いのだろうか、と。

そんなセシルが一念発起して”ヒドゥンフレーム”の改修を提案した所、見事に通ったのである。

 

『そんなに……僕達の力が見たいのか……』

 

CICからたたき出されそうな調子の研究者達に任せるのは少し……否、大分不安に思ったセシルだったが、ともかく”ヒドゥンフレーム”は今は使えない。

そこでお鉢が回ってきたのが、持て余されていた”イージス”である。

腐っても『ガンダム』、”ダガー”よりも上の性能やPS装甲を兼ね備えている本機は、代替機としては贅沢でさえあった。

加えて、頭部に多目的センサーユニットを備えていることも、類い希なる情報処理能力を持つセシルには都合が良かった。

こうして、”イージス”にセシルが乗り込むことが決まったのである。

 

<セシル>

 

機体の最終調整を終えたタイミングで、アイザックからの通信が届く。

今は艦外で待機している彼がこうして通信を繋げてきた理由はただ1つ、恋人を案じてである。

 

「どうかしましたかぁ、アイクさん?」

 

<あ、いや調子はどうかなと……”イージス”も実戦で乗るのは初めてなわけだし、あまり無茶は……>

 

しどろもどろになるアイザックの姿に、クスリと笑みを零すセシル。

彼がこうして通信を入れてくるのは初めてではない。その度に、こうして挙動不審になるのが少し可笑しく思えたのだ。

おそらく、私事で通信を使っているのが後ろめたいのだろう。そんな生真面目なところも、セシルは好きだった。

 

「大丈夫ですよぅ、私だって“マウス隊”なんですよぉ?」

 

<でも……>

 

「それに、今回は皆さんいますぅ。───全員揃った”マウス隊”の力を見せてやりましょうよぉ」

 

本来は臆病なセシルらしからぬ勇ましい言葉。それが彼女の覚悟の現れだということに気づけないアイザックではない。

そう、彼女だって、”マウス隊”(最強)の一員なのだ。

 

<……うん、そうだね。ごめん、余計なことを言った>

 

「それに、心配なのはアイクさんのほうですよぅ」

 

今回の戦いの段取りは、まず”グリズリー・ユニット”を装着した”デュエル”が敵部隊に強襲を仕掛け、陣形を乱す。

そこに他のMS隊が追撃を加える、というものだ。

セシルの言うとおり、一番危険な役割を担っているのはアイザックなのである。

 

<そうだね。でも……>

 

「でも?」

 

<本当は良くないのかもしれないけど、負ける気がしないんだ、今の僕達>

 

僅かに呆気を取られたセシルは、再び笑みを零した。たしかにその通りだ。

 

<───いちゃついてる所を申し訳ないが……来たぞ、敵艦隊だ>

 

通信に割って入ってきたユージの声に2人は顔を赤くするが、続いた言葉にすぐさま頭を切り替えて戦士の顔になる。

遂に、戦いが始まるのだ。

 

<手筈通り、アイクは先行して敵部隊に強襲を仕掛けてもらう>

 

<了解です。じゃあ、セシル。───行ってくる>

 

「はい。……いってらっしゃい、です」

 

<……アイザック・ヒューイ、行きます!>

 

次の瞬間、モニターに映る”デュエル”は徐々に加速していき、やがて凄まじい勢いで飛び出していった。

次は、自分達の番だ。

 

<よっしゃ、俺達もいくぜ!───エドワード・ハレルソン、出るぞ!>

 

<久しぶりの宇宙だけど、何も問題無いわ。私達が揃っているのだから。レナ・イメリア、発進します>

 

<ったく、なんでこんな重い物つけていかなきゃなんねぇんだよ……モーガン・シュバリエは”フルアーマー・ダガー”で行くぜ!>

 

<じゃあ、先に行くねセシル。───カシン・リー、行きます!>

 

頼れる仲間達が、アイザックに続くように出撃していく。

深呼吸をして、目を閉じ、両手を組み、祈る。───どうかまた、全員で生きて帰れますように。

再び目を開けた彼女の目に、恐怖は無かった。

 

「セシル・ノマ、”イージス”!───行ってきまぁす!」

*1
『アーマードコアⅥ』の舞台となる惑星




来週中に……もう1話更新します……。
(訳:お待たせして大変申し訳ありません)

”グリズリー・ユニット”を装着した”デュエル”のステータスは次回の冒頭に載せたいと思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。



P.S
今回に限らず、最近は書きたいことが多いのにそれが書けないということも多いので……分かりづらい所、説明が足りてないところもあるかと思います。
できる限り感想欄やメッセージ機能で対応していく所存ですので、寛大な心で『パトリックの野望』をこれからもよろしくお願いいたします。


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第130話「オペレーション・ブルースフィア」 4

色々と折れた心を接着しながら投稿しました。
前回から時間が経って「どんな話だったっけ」という方のために簡単なあらすじを説明すると、

①連合軍、ZAFTに占領されたハワイを奪還するために大戦力を集めて「オペレーション・ブルースフィア」を発動する。
②キラ達、アークエンジェル隊もその作戦に参加するべく衛星軌道上で待機中。
③ユージ達オリジナル主人公組はその護衛。
④それとは別に、衛星軌道上に陣取るZAFT艦隊を攻略するべく連合軍の第1・第8艦隊が戦闘を開始。←今ここ




8/14

地球衛星軌道上

 

<敵MS隊を確認、これより攻撃を開始する!>

 

規律だった動きで進むのは、地球連合宇宙軍第8艦隊のMS隊だ。

無機質なゴーグル状のカバーに覆われたカメラアイを備える鋼鉄の巨人達は、目の前に迫り来る()をその視界に捉えていた。

 

<来たぞ、第8艦隊のMS部隊だ!>

 

迫り来るZAFTの迎撃MS隊は、第8艦隊よりも動きの統率は取れていないようだったが、個々の動きの機敏さでは勝っているように見える。

一部例外はあれど、自然のままに生まれたナチュラルと、遺伝子操作をその身に受けて生まれ出たコーディネイターの違いが如実に出ていると言えよう。

しかし、この場に集ったそれぞれに共通して理解していることがある。

───今、この瞬間、この場を支配している『死』の気配の前では全てが等しく平等だと。

 

<“ゲイツ”は俺達(ベテラン)がやる、新兵共は”ジン”を狙え!大丈夫、”ストライクダガー”でも”ジン”よりは性能が上だ。確実に1機ずつ落としていけばいい!>

 

先頭を駆ける”ダガー”に乗ったパイロット───”テスター”が配備され始めた頃から生き残っている熟練者───が声を張り上げて指示を出した。

彼の”ダガー”の背中にはマイクロミサイルポッドとグレネードランチャーを備えたストライカーが装着されていた。

『マッドドッグストライカー』。元々はモーガン・シュバリエの為に開発された専用ストライカーだったものの、機体の重量バランスを大きく変えずに火力と機動力を増すことが出来ることから量産されたストライカーだ。

他にもマッドドッグストライカーを装備している機体は複数見られ、前線の兵士から高く評価されていることが分かる。

しかし、新しい武器を持ってきているのは連合軍だけではない。

 

<待て、一部の”ゲイツ”が見たことの無い武器を……!?>

 

何かに気付いた連合兵の呟きの直後、連合軍MS部隊に向かって()()()()()が飛来する。───ビームによる攻撃だ。

そのビームに命中した者はいなかったが、それ以上の衝撃を連合軍MS部隊に与えていた。

 

<遂に、ZAFTもビームライフルを……!>

 

この世界では、『原作』と異なり早期に連合軍がMSを配備し始めたことによって様々な食い違いが発生していた。

その1つが、ZAFTのMS”ゲイツ”だ。このMSは本来、連合軍の開発した『G』の性能とその正式配備に対応するために開発が遅延し、戦争終盤まで実戦投入が遅れてしまったという設定があった。

しかし、この世界では”ストライク”の制式量産機である”ダガー”が早期に投入され、前線を維持するためにビーム兵器を扱えない”ゲイツA型”という機体が実戦配備されている。

要するに、この世界における”ゲイツ”は()()()()()()()()()()筈なのだ。

その前提が今、崩れた。

 

<───各員へ告ぐ、一部の敵MSがビーム兵器を装備している!>

 

突如として伝えられた情報に動揺が広がっていくが、それを戒めるべく指揮官達は指示を出す。

 

<落ち着け、敵がビームを使ってこようがやることに変わりは無い。必ず複数機で掛かれ、単独では戦うな>

 

<”ストライクダガー”のシールドはビーム耐性がある、むしろチャンスと思え!>

 

士気が落ちないようにそれぞれに発破を掛けていくベテラン兵達。

だが、頭の中では新たな敵に対応した戦術の練り直しを始めていた。

 

 

 

 

 

<───撃ったのは誰だ、あんな当てずっぽうが当たるか!>

 

対するZAFT側のMS部隊はというと、ビーム兵器を装備した”ゲイツ”という隠し球を持ってきたというのに不安が漂っていた。

それも仕方の無いことだろう。遂にビーム兵器を装備することに成功した”ゲイツB型”───『原作』における”ゲイツ”───だが、そのパイロットの多くは実戦経験の少ない新兵(ルーキー)なのだから。

勿論、これにもワケがある。

ZAFT側にとって敵主力となる”ダガー”は、耐ビームシールドに加えて胴体周りに耐ビームコーティングを備えているなど、ビームに対して高い防御力を持つ機体だ。加えて、その簡易量産型である”ストライクダガー”でさえ耐ビームシールドを標準装備している。

つまり、“ゲイツB型”は実戦との噛み合いがそこまで良くないのだ。

 

<いいか新兵共、ブリーフィング通りだ。前衛の俺達が攪乱するから、お前達は1機ずつ丁寧に落としていくんだ>

 

<間違っても”ダガー”に撃つなよ、”ストライクダガー”を狙え!───”ダガー”は俺達の獲物だからな、横取り厳禁だ!>

 

このことを受けて、ZAFT側のMS戦術は新たに練り直されることとなった。

”ゲイツB型”はたしかに”ダガー”との相性は良くないが、その性能は新型機として相応しいものを備えている。それこそ、”ストライクダガー”などは1対1であれば余裕を持って撃破出来るほどだ。

ならば、”ストライクダガー”の対処を”B型”にやらせ、旧式となった”A型”が”ダガー”を対処すれば良いのではないか。その結論に至るのは、至極当然のことだった。

不幸中の幸いというべきか、”ゲイツA型”は主装備は実弾兵器のレールガンであり、耐ビーム装備の影響を受けない。

加えて”A型”に乗っている兵士達は連合軍MS部隊との戦闘経験を相応に積んでいる者が多かったため、新兵に高性能機を宛がって生残性を向上させることにも繋がる。

 

 

 

 

 

『より多く、より早くベテランを()った方が勝つ!』

 

連合軍とZAFT。敵対する者同士でありながら、至る結論は同じだった。

連合軍側からすると、たしかにコーディネイターは1人1人の基礎能力では自分達に勝るが、経験の浅い新兵であればどうとでも対処出来る。それこそベテランであっても、数倍の物量をぶつければ障害にはなり得ない。

一方、ZAFTからしても基礎能力で劣るナチュラルなどは1対1ならば容易く御せる存在だ。無論、複数を相手にする場合は話が別だが。

だからこそ、ベテランという単純な数値で表せない戦力を早急に排除し、それぞれの有利を押しつけられるようにする必要がある。

示し合わせたかのようにベテラン同士、新人同士に別れて銃口を向け合う両陣営。

 

『喰らえっ!』

 

1つ、また1つと光条の数が増えていき。

────それに比例して、火の玉の数も増えていった。

 

 

 

 

 

”ゴンドワナ”艦橋

 

「第9ブロックに被弾、損傷は極めて軽微!」

 

「”マーティノー”が被弾、後退します!」

 

「戦線に穴を空けるな、”トクヴィル”を向かわせろ!……想定の範疇ではあるが、その中でも最悪に近いな」

 

ZAFT艦隊旗艦”ゴンドワナ”、その艦長席に座るクロエは幼い顔立ちを歪めて臍を噛んでいた。───もっと戦力を集められていれば、と。

とは言え、この場の戦力だけでもZAFT宇宙軍のリソースを大きく削ってかき集めたのだから無理な過程である自覚はあった。余計な妄想に時間を費やした自分を叱咤し、戦況を分析するクロエ。

 

(陣形は保てている。だが、何も手を打たないでいればいずれは崩れ去るだろう。さすがオルデンドルフ師、MSを絡めた艦隊運用でも手堅く攻めてくるな)

 

クロエの見立てにおいて、この戦場でもっとも優先して対処するべきは敵艦隊からの砲撃だ。

MS隊は現在でも十分に奮闘している。精強と知られている第8艦隊のMS隊を相手にしているのだ、拮抗でも十分な働きと言えよう。

しかし、これだけ大規模な戦場ともなればMSが奮戦するだけでは到底勝利には届かない。

艦隊による砲撃が必要なのだ。MSを切り込ませ、大物を仕留めるというZAFTの戦術を通すには。

 

(だから艦隊戦想定の艦種を増やすべきと言ったんだパトリック……いかん、また過ぎたことを)

 

クロエも、この状況に備えて砲撃戦能力に長けた艦を開発するべきだという考えを持っていたが、ZAFT総司令のパトリックに進言したことがあった。

しかし、「リソースが足らない」という何度直面したか分からない理由で断念していたのだ。この場合のリソースとは、物的・人的の両方の意味である。

しかし、クロエの口元には笑みが浮かんでいた。

あくまで「最悪に近い」であって、想定の範囲内ではあったからだ。

 

「ここからが本番だ。───()()()です、オルデンドルフ師。貴方の弟子が、リハビリに付き合って差し上げましょう」

 

 

 

 

 

連合宇宙軍第1艦隊旗艦”ペンドラゴン” 艦橋

 

「作戦進行率8%、予定よりも遅れています」

 

「問題は無い、作戦を継続せよ。───左翼の動きがまだ固いな……実戦経験の問題か」

 

”ペンドラゴン”艦長を務める少女、リーフからの報告を聞きながら、第1艦隊総司令官を務めるオルデンドルフは泰然と顎髭を撫でる。

彼の率いる第1艦隊は、『大西洋連邦』の威信を賭けて建造された”ペンドラゴン”級戦艦を始めとして最新鋭の戦力を多く集めた大艦隊だが、実戦を行なうのはこれが初めてだ。

訓練をいくら積んだところで、実戦経験が伴わないのであれば張り子の虎でしかない。

事実、敵艦隊を上回る規模かつ、連合宇宙軍最精鋭と言って良い第8艦隊に前衛を務めて貰っても戦線を拮抗させられている。

優勢ではあるが、流れを掌握出来ているとは言えない。

 

「提督、”ダンカン”と”ヴェンジェンス”を前進させて左翼側への圧力を増やしてはどうでしょうか」

 

「リーフ艦長、その選択は上に立つ者として相応しいものではないな。貴官も初の実戦で緊張しているようだが、上の人間の動揺は敵に付け入る隙を与えるだけだぞ?」

 

「……申し訳ありません」

 

謝罪するリーフに、僅かに笑みをこぼす。

リーフは間違い無く天才だ。これまでオルデンドルフが見てきた中で最も才能があり、メンタルも安定している。

そんな彼女でさえ、普段は絶対にしないであろう凡庸な進言をする程度には動揺しているのだ。

先にリーフが名を出した艦を前に出せば、たしかに作戦の遅れを取り戻すことは出来るだろう。

だが、本陣には隙が生まれる。それを見逃すような相手では無い。

 

(やはり、彼女を艦長に推して正解だったな。上層部を説得するのは骨が折れたが……)

 

本来であれば少尉階級であるリーフが”ペンドラゴン”の艦長に据えられることは絶対にあり得ない。オルデンドルフが第1艦隊総司令を就任する条件として、無理矢理にねじ込んだのだ。

たしかに彼女は若く戦争の経験も浅いが、それはイコールで多くの経験を積む機会に恵まれているということでもある。

オルデンドルフは彼女の師として、教え子を育てる絶好の機会を逃すつもりは無かった。

そして、それはリーフにとっても同じ。

 

(……師の言うとおり、先の進言は愚策に過ぎましたね。少しばかり遅れているとしても、確実に進んでいるのだから)

 

リーフは己の失言を恥じていた。

海軍の家系として、そしてオルデンドルフの弟子として、いずれ大西洋連邦軍の将になると志しているリーフにとって先の進言は自身の未熟を証明するものでしかない。

戦場の一部の状況だけを見て行動するなど、普段の自分ならば絶対に取らない選択だ。

 

(両翼に広がった艦隊は、着実に敵艦隊を追い詰めている。徐々に与えるダメージが増えているのは事実……でも)

 

現在の戦況を振り返り、リーフは違和感を抱いていた。敵の動きが()()()()()()()()()()()()()ような気がするのだ。

連合艦隊は、敵艦隊を半方位するように両端に圧力を掛けるように攻撃を加えている。敵艦隊の分散を防ぎ、一箇所にできる限り纏めるためだ。

一箇所に集めた敵軍を一気に殲滅する。王道の戦略と言えよう。───()()()()()()()()()

作戦が始まる前に、リーフはオルデンドルフから、敵将であるクロエ・スプレイグについて聞かされていたことがある。

 

『あやつはな、言うなれば攻撃的な指揮官なのだ。敵が強固な陣を敷いている時、順調に事を為している時にこそ輝く。どこから噛みついてくるか分からんぞ?』

 

その人物評と戦況が一致しない。

かと言って、敵艦隊に妙な動きがあるわけでもない。事前に作戦領域外に展開された偵察部隊からも、特に異常は報告されていない。

前後左右、そして上からも、敵が何かを仕掛けている気配は感じられない。

 

(……上?)

 

そこまで考えて、リーフは気付いた。

あるではないか。この衛星軌道上という戦場において、唯一警戒が甘くなる方向が。

リーフは以前、衛星軌道上にて発生した戦闘という条件下での盤上演習にて、オルデンドルフに敗北している。

 

彼女(クロエ)も師から教えを受けている……ならば、確実に知っている筈!)

 

そう考えれば、この違和感にも納得がいく。

敵は、クロエは自分達を誘い込んでいたのだ。

振り向いた先のオルデンドルフは、ニヤリと笑っていた。その笑顔が、教え子が正解にたどり着いたことを喜ぶ時のものであると知っていたリーフは確信する。

この状況を確実にひっくり返すための手は、あれだ。

 

「───『下』ですっ!」

 

 

 

 

 

<全コンテナの固定、完了。作業員は直ちに待避せよ。繰り返す───>

 

リーフがクロエの狙いに気付く直前、とある場所では何かしらの作業が進められていた。

その場所では、ZAFTの隊員が複数のコンテナを次々とレールに固定しており、アナウンスに従って次々にその場を離れていく。

 

「お前ら、見落としはしてないだろうな!?」

 

「当然ですよ、マヌケなナチュラルじゃないんですから!」

 

「マヌケにナチュラルもコーディネイターもねえから言ってんだ!」

 

走りながら現場監督らしき人物が若い作業員に怒声を飛ばす。

怒鳴っている人物も本気で激怒しているわけではない。ここに至るまで何度もチェックを重ねているのだ、これで失敗したなら運が無かったと言うしかないだろう。

 

<カタパルト、正常作動。電磁レールの電位値、基準値をキープ>

 

<全システム、オールグリーン。───『ハビリス』、射出開始!>

 

十分に距離を取った作業員達の見つめる先では、数㎞にも及ぶ巨大構造体が先ほどまで彼らが最終点検を行なっていたコンテナを次々と宇宙に向けて撃ちだしていく光景が広がっていた。

マスドライバー『ハビリス』。ZAFTが地球連合軍から奪取し、運用している唯一のマスドライバー。

そう、ここはビクトリア基地。アフリカ大陸における一大拠点であり、遠からぬ未来に激戦が繰り広げられるであろう地だ。

 

「まさか、連合軍も想定していないでしょうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて、どうだろうな。過去に全く例が無いというわけでは無いらしいぞ」

 

「えぇ……」

 

「よく言うだろ、『革新的なアイデアというものは、大抵は先人達が既に思いつき、敢えてやらなかったことだ』ってよ。高コストに加えて精度もそこまで高くない」

 

「じゃあ、なんで今やるんですか?」

 

「こんな奇策でもないと勝てないような相手ってことだろ。ま、俺達はやることはやった。後は、上の奴らの仕事さ」

 

 

 

 

 

「地球、アフリカ大陸より本艦隊に向かって飛翔する物体を確認!」

 

「やはり……迎撃開始!」

 

「くっ、ははは……。あの小娘、師に向かって問題を出すとはな」

 

リーフの推測通り、『ハビリス』から放たれた物体が艦隊に飛来する。

間一髪で気付いたリーフの指示によって迎撃の砲火が放たれるが、如何せん距離が離れていることや、重力に引かれてまっすぐ飛ばない物が多く、効果は薄かった。

 

「まさか、本当に仕掛けてくるとは」

 

「そのまさかをやるのが、クロエ君の長所だ。必要と判断したら躊躇いなく……うん?」

 

そこまで言いかけて、オルデンドルフは違和感を抱いた。

この奇策は、かつてオルデンドルフがクロエに教授したものだ。

衛星軌道上に展開した敵艦隊に向けて、もっとも警戒の薄い下方向、つまり地球から攻撃するというこの奇策には欠点がある。

 

それは、マスドライバーで打ち出すという方法を用いているがために正確に目標を定めることが出来ず、それ単体では効果が薄いということだ。

故に、他に何かしらの策を用意しておかなければ空撃ちに終わるのだが、この攻撃に合わせて敵艦隊が動くような様子は無い。更に別の方向から仕掛けてくる様子も無い。

 

(この攻撃だけで効果が見込めるということだろうか。だとすれば、打ち出されてきた物体の正体は……っ!)

 

───やってくれたな!

オルデンドルフは舌打ちをした。それは教え子に対する賞賛と、嫉妬が大いに入り交じるものだった。

 

「『ラウンズ』を出撃させろ、早く!───食い荒らされるぞ!」

 

 

 

 

 

<───偽装解除、攻撃開始!>

 

地球から打ち出されてきた物体……物資輸送用の大型コンテナが、1発の弾丸も命中していないにも関わらず分解する。

そこから現れたのは、連合軍艦隊にとっての天敵───ZAFTのMS隊だ。

クロエはマスドライバーを用いて、コンテナにMS隊を載せて地球から打ち出させたのだ。

 

<ちくしょう、最悪の乗り心地だった!>

 

<その甲斐はある。見ろ、連中の懐に潜り込めるぞ!>

 

コンテナの中から飛び出た”ジン”や”ゲイツ”は勢いのままに連合艦隊の方へ向かっていく。地上から宇宙に打ち出されたばかりだというのに、その動きに澱みは無い。

マスドライバーは有人の弾体を打ち出す方法としてはかなりの加速が掛かる乱暴な方法*1であり、それはC.Eの時代においても変わりの無い事実だ。当然、打ち出された人間に掛かる負荷も少なくない。

しかしコーディネイター、それもMSパイロットになれるだけの適正を持つ者は高い耐G能力を持っている者が多く、この負荷に耐えられる。

コーディネイターの強みを活かした、ZAFTらしい戦術と言えよう。

だが、対する連合軍を率いているのは名将ウィリアム・B・オルデンドルフだ。易々とことを運ばせるようなことはしない。

 

<くそっ、正気か奴らは!?>

 

<正気で地球に戦争を仕掛けたりはせんだろうよ!───こちら『ラウンズ』、これより征伐を開始する!>

 

連合軍艦隊から飛び出してきたのは、第1艦隊の防衛を担当する部隊、通称『ラウンズ』と呼ばれるMS隊だ。

戦場の女神と呼ばれ一部の船乗りに心酔されている”ペンドラゴン”を守護する騎士団たる彼らは、最新鋭のMSに優秀な人材を集めた精鋭部隊だ。

その換えの効かなさから前線への投入は慎重にしなければならないが、すぐそばまで迫る敵を相手に出さないわけにはいかない。

 

<”ペンドラゴン”の美しさに少しでも(かげ)りが生まれることがあってはならん!>

 

『ラウンズ』の指揮官、オーキンス・オーキンレック大尉は、イギリス王室近衛兵の制服を思わせる赤と黒に塗られた”ダガー”を駆って部隊の最前方を突き進む。

MSは歩兵の延長線上にある兵器と言われている。なればこそ、オーキンスは最速で敵に向かっていくのだ。

古来より、前に出ない臆病な将についてくる兵などいないのだから。オーキンスは騎士の家系の子孫であり、殊更にこういった傾向が見られる人物だった。

女神の喉元に食らいつかんとする魔犬(ザフト)と、それを迎え撃たんとする騎士(ラウンズ)がぶつかり合う。

 

<遺伝子を弄った程度で、我らの積み上げてきた歴史が超えられると思うな雑種!>

 

 

 

 

 

”ゴンドワナ”艦橋

 

「ふむ……流石ですね、オルデンドルフ師」

 

渾身の奇策に対応してみせた師の慧眼を、クロエは素直に称えた。

如何に名将といえど、知っている戦術に見せかけた初見の戦術という罠は見抜けまいとクロエは考えていたが、流石に見くびっていたようだと反省する。

───だが、どうということはない。

 

「予定通り、カルナスの部隊に向けて合図を出せ。このままでは、はるばると打ち上げられてきた同胞達が孤立してしまうからな」

 

「了解しました」

 

「さて、思わぬ奇襲に対応して息を吐いているところ申し訳ありませんが、まだまだ終わりではありませんよ?」

 

───戦いは、まだ始まったばかりなのですから。

*1
Wikipediaより




久しぶりの投稿で色々と忘れたり忘れられたりしている「パトリックの野望」ですが、連載を再開していきたいと思います。
とりあえず、目標は今月中に次の話の投稿を……。
スローペースな展開で申し訳ありませんが、次からは派手にやるつもりなのでよろしくお願いいたします。

誤字・記述ミス指摘やネタバレにならない程度の質問は随時受け付けております。


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第131話「オペレーション・ブルースフィア」 5

5/14

衛星軌道上 ZAFT艦隊

 

「長距離光学センサーに感あり、敵艦隊です」

 

「あれが『足つき』か……MS隊を発進させろ!」

 

荒い画質でモニターに映った白亜の巨艦(アークエンジェル)を睨むのは、この艦隊の司令官を務める男だ。

現在、地上のハワイ諸島では連合軍による反攻作戦が行なわれており、その規模は、この戦いの結果次第で後の地上戦の趨勢を決定するとも言われている程である。

男が率いているのは、そんな地上戦において大きな役割を担うであろう、敵降下部隊の妨害をするための艦隊だ。

ハワイで懸命の防戦を行なっている同胞達を救うための任務とあって、その士気は一兵卒にいたるまで高い。

 

「なるほど、『足つき』は地上でも飛行可能らしいし、降下部隊の移動司令部として使うつもりか。まったく、便利なものだな」

 

───我々にも分けてもらいたいものだ。

連合軍の狙いを看破した司令官は、発言とは裏腹に不敵な笑みを見せる。

『足つき』と言えばバルトフェルド隊を単艦で撃破してみせた大敵だ。撃沈すれば、それだけで最高級の勲章を授与されるのが確実とされるほどに。

大気圏突入という、もっとも無防備になるタイミングで遭遇出来たことは天恵に違いない。

 

「しかし、奴らは本気なんですかね?」

 

「ん?」

 

「『足つき』がいることには驚きましたが、それ以外は大したことが無いように見えます」

 

副官の漏らした言葉は、司令官も頷かざるを得ないものだった。

敵艦隊の数は”アークエンジェル”を除けば4隻。しかも、1隻は降下部隊のための大気圏突入ポッドを運んできたと考えれば実際に戦力に数えられるのは3隻がいいところだろう。

対するZAFT艦隊はというと、”ナスカ”級が6隻にMSも満載して36機。戦力が不足しがちなZAFTでは、大盤振る舞いと言って良い。

数で上回られるのが常だったZAFTからしてみれば、不自然極まる布陣だ。

 

「油断するべきでは無いが……これだけの作戦だ。もしかしたら、連合軍も手が回らないところがあったんじゃないか?」

 

ハハハ、と朗らかな雰囲気が艦橋を漂う。

勿論、戦いの前にリラックスさせるためのジョークとしての発言だが、それでも僅かに油断している。

しかし、彼らを責めることが出来る者がいるだろうか。倍以上の数で敵に攻撃しようというところで、まったく油断せずに挑める者がいるとすれば、それはなんとしても敵の全てを滅ぼしてやろうという、狂気に身を委ねた人間くらいだ。彼らはそこまで狂いきっていなかった。

だが、この場合は狂っていた方がマシだったかもしれない。

この後、彼らを襲ったのは、常識では量りようがない集団だったのだから。

 

「MS隊、全機発進完了しました。いつでも仕掛けられます」

 

「ようし……攻撃開始、手始めに艦隊による砲撃を───」

 

「待ってください、敵艦隊に動き……いや、大型の物体が接近してきます!」

 

「大型の?……詳細を報告しろ」

 

「これは……MSか? だが、この速さは……」

 

レーダーを見つめながら怪訝そうに話すオペレーター。実際、敵機を示す光点はMSを遙かに超える速度でZAFT艦隊に迫っていた。

レーダーだけで判別することは困難であると判断した司令官は再びモニターに視線を移す。───そして、絶句した。

 

「な、な、あれは……!?」

 

そこに映っていたのは、たしかにMSだった。連合軍の開発した”デュエル”だ。

しかし、背中に妙な物がくっついている。否、そのサイズを考えれば”デュエル”の方がくっついているようなものだ。

他にも腕部や肩部に妙なパーツを装着した()()が、接近してくる敵機の正体だ。

当然ながら、この場にいるZAFT兵達の中にそんな敵と遭遇したことのあるものはおらず。

ただ、誰でも分かる事実が1つだけあった。

 

「ガ……『ガンダム』が、来る!」

 

 

 

 

 

「きつ……い……でも、いけ、るっ!」

 

容赦無く自分に襲い来るGに耐えながら、アイザックはフットペダルを踏み続けて”デュエル”を前進させる。

現在の”デュエル”は”マウス隊”の誇る変態技術者達が開発した強化ツール『グリズリー・ユニット』を装備していた。この装備はスーパーロボット”真ゲッター3”をモチーフに開発されたものだが、その実態は些か異なっていた。

まず、原典の”真ゲッター3”は高い防御力と圧倒的ミサイル弾幕、そしてゲッターパワー漲る両腕によってあらゆる敵を粉砕するパワー型のスーパーロボットだ。

しかし、『グリズリー・ユニット』の場合は背中に装着した大型ブースターポッドがミサイルポッドを兼ね備えており、MSとしては異常な推進力を備えている。

優秀なコーディネイターであるアイザックでさえ気を飛ばしそうになる加速力は、”真ゲッター3”というよりも、C.E版の”デンドロビウム”のようだった。

 

「ターゲットロック……攻撃開始!」

 

アイザックがトリガーを引くと、”デュエル”の肩に装着された砲身から圧倒的威力のビームが敵部隊に向かって飛翔した。

両肩に装備されている『580mm複列位相エネルギー砲 スキュラ』は、PS装甲のMSさえも撃墜しうる武装だ。これをアイザックは、交互に一門ずつ連射していくことによって敵部隊に圧力を加えていく。

大型ブースターポッドの内部に内蔵された複数のバッテリーからエネルギーが供給されているため、エネルギー切れを気にする必要はない。

あくまで牽制として放たれた砲撃なので、敵MS隊は悠々と回避しつつ応射してくる。

30を超えるMSの攻撃に加えて、敵艦からも砲撃が飛んでくる。普通のMSであれば、圧倒的火力差に押しつぶされてしまうだろう。

 

「光波リフレクター、起動」

 

アイザックがスイッチを押すと、機体前方に淡く輝く光の膜が張られた。

”デュエル”の胴体に取り付けられた追加装甲に内蔵された、光波リフレクター発生装置によるものだ。

機体に直撃するコースの弾を瞬時にコンピューターが判断し、瞬間的にリフレクターの出力を上げて防御力を高めるこの装備は、正面突撃を行なう『グリズリー・ユニット』には欠かせない装備だった。

光波リフレクターで守備を固めながらも大推力を十全に発揮して敵部隊との距離を詰めていく”デュエル”。

その射程圏内に、敵部隊が収まった。

 

「全ミサイル、最終安全装置解除。熱感知追尾システム起動完了……いける!───ミサイル、ストォォォォォォォォムっっっ!!!」

 

トリガーを押し込んだアイザック。次の瞬間、大型ブースター各所のハッチが展開し、夥しい数のマイクロミサイルが敵部隊に向けて発射されていった。

“真ゲッター3”の必殺技、『ミサイルストーム』を模したこの武装が一度に発射する弾数は、180。戦艦級でもそうそうは発揮出来ない火力だ。

おまけに、発射されたミサイルはこの武装のために新規設計された新型だ。威力、誘導能力共に既存のミサイルよりも上回っている。

 

<これ、全部ミサイルかよぉっ!?>

 

<おちつけ、宇宙空間でそうそう当たるものでは……ぎゃっ!?>

 

ミサイルの雨あられに襲われた部隊は混乱状態に陥り、1つ、また1つとミサイルに命中していく。

冷静に対処していけば被害は最小限に抑えられただろうが、物量が与えるプレッシャーは想像以上に人に動揺をもたらす。ここで2機がミサイルで撃墜された。

 

「キャッチ!」

 

<え、なん───>

 

そして、ミサイルを避けていた1機の”ジン”を、”デュエル”の両肩に取り付けられた試作兵器『ギガントマキア』が()()()()()

MSをスクラップするのに使われる工作機械を実戦転用したこの装備に掴まれたMSの最後は決まっている。

空気があれば、ビシッ、メギッ、という音が聞こえてきそうな有様で潰れていく”ジン”。パイロットは既に潰れて死亡し、肉塊に成り果てていた。

『ギガントマキア』が”ジン”の残骸を投げ捨てると、直後に”ジン”の推進材に引火して爆発を引き起こす。

 

「く……っはぁ。はぁ、はぁ……これは、流石にキツいな」

 

一度敵部隊から距離を取り、一呼吸を入れるアイザック。

ハッキリ言って、『グリズリー・ユニット』の加速力は、ナチュラルだコーディネイター云々が誤差でしか無いほどに人体には酷だ。

それでもアイザックは、この装備を十全に使いこなしていた。

 

(”ファルコン・ガンダム”に乗った経験が、まさかここで活きるなんて)

 

そう、アイザックはこの『グリズリー・ユニット』以上に暴れ馬な『ガンダム』に乗った事がある。

”真ゲッター1”を模したあの機体は、コーディネイターであるアイザックが薬物(合法)を摂取していなければ満足に動かすことも出来なかった。

たしかに『グリズリー・ユニット』は高推力ではあるが、常にあらゆる方向に内蔵をシェイクしてくるようなあのMSよりはマシだと考え、アイザックは戦いに意識を戻す。

 

「さて、と」

 

正面から突撃してきた”デュエル”の手によって、敵MS部隊は現在混乱の渦中にある。

アイザックは当初の計画通りに、敵MS部隊───ではなく、更に後ろに控える艦隊の方に機体を向かわせる。

 

(これでいい。目論見通り、敵部隊は混乱した。これで───)

 

『彼ら』が、思う存分に暴れられる。

アイザックが暴れている間に、5機のMSが戦場に向かってきていた。

彼らこそは”マウス隊”結成当初からのパイロット達。

地球連合軍最強のMS部隊が、生け贄と化したZAFT兵達に襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

「良い感じじゃないか、アイク!」

 

まず、専用に調整された”ダガー”を駆るエドワード・ハレルソンが切り込んだ。

2種類のストライカーの特性を合体させた『エールソードストライカー』。その機動力を以て敵陣に突入した彼は、手頃な”ゲイツB型”に対艦刀で斬りかかる。

”ゲイツ”は盾でそれを受け止め、払いのける。腕はそれなりに立つようだ。

今の”ダガー”は両手で振った対艦刀を弾かれた状態であり、大きな隙を晒している。

そこに、”ゲイツB型”の腰に取り付けられた新装備『エクステンショナル・アレスター』が射出された。絶対絶命のピンチだ。

 

「おっと、面白い武器じゃねぇか。だが!」

 

しかし、エドワードは咄嗟に脚部のスラスターを活用して、逆上がりをするように機体を回転させて攻撃を避けた。

こうなると、今度は『エクステンショナル・アレスター』を伸ばした”ゲイツ”の方が隙を晒してしまう。

エドワードは加えて、伸びきったケーブルを掴んで引っ張り、更に敵の体勢を崩した。

 

「貰ったぁ!」

 

2度目の斬撃を切り抜ける術を、”ゲイツB型”は持っていなかった。

横薙ぎに振られた対艦刀が”ゲイツB型”の胴体を真横に一閃。2つに別れた”ゲイツB型”はスパークしながら爆散する。

 

「絶好調!───次に斬られたいのは誰だぁ!?」

 

次へ、次へと敵を切り伏せていくエドワード。彼の二つ名、『切り裂きエド』の名はけして伊達では無いと言わんばかりの戦いぶりだった。

 

 

 

 

 

「エド、前に出すぎるなと何度も言ったわよ!」

 

エドワードに続いて、『乱れ桜』ことレナ・イメリアも攻撃を開始する。

彼女の駆る”ダガー”には『エールランチャーストライカー』が装備されており、『アグニ』には劣るものの高い攻撃力を誇る2門のビーム砲が装備されていた。

 

「そこっ!」

 

両肩のビーム砲を避けた”ジン”の回避行動を予測してビームライフルを発射する”ダガー”。”ジン”は呆気なくビームで撃墜された。

近接戦は不得手と見た”ゲイツA型”がレーザー重斬刀で斬りかかるが、レナの駆る”ダガー”をそれを華麗に回避して蹴りで反撃し、吹き飛んだ”ゲイツB型”にビームを射かける。

ビームを撃つ。避けた先に更にビームを撃つ。反撃を捌く。教本に載せられているような淡々とした戦いを、レナは的確にこなしていく。

1対1では敵わないと判断した2機の”ゲイツB型”が2方向から攻めるが、レナは後退することなく、むしろ踏み込んだ。

 

<なっ、こいつ!?>

 

「数少ないコーディネイターの同胞を、果たして撃てるかしらね!?」

 

ビームライフルを手放してビームサーベルを抜き放ち、”ゲイツB型”の腕を破壊した”ダガー”は、なんとそのまま後ろに回り込み、もう片方の“ゲイツB型”と自機の間に”ゲイツB型”を配置する。

ただでさえ連合軍に対して数で大きく劣るZAFTにとって、同士討ちはあり得てはならないことだ。

その躊躇の隙に、”ダガー”は盾にしていた”ゲイツB型”を蹴り飛ばして躊躇う敵機にぶつける。

 

「喰らえ、宇宙人共!」

 

『エールランチャーストライカー』の両翼にはミサイルランチャーが装備されている。レナはそれを、衝突した2機の”ゲイツB型”に発射する。

一塊になっている所をミサイルに襲われた2機の”ゲイツB型”は機体各所にミサイルの直撃を受け、間もなく爆散する。

 

「進化した人間と言っていたのだもの、宇宙で散るのは本望でしょう?」

 

教本のような丁寧な動きと、実戦経験に基づいた応用戦術。

そこに、家族をコーディネイターの手で奪われた者の怒りが加わっているのだ。今の彼女を止めるには、この場にいるZAFT兵達では力不足だった。

 

 

 

 

 

「重装甲が悪いとは言わんが……これはイマイチだな!」

 

自身の乗機に対する不満を漏らしながらも”ジン”を穴だらけにするのは、『月下の狂犬』と呼ばれるエースパイロット、モーガン・シュバリエだ。

彼の駆る”ダガー”は、普段よりも更に装甲を追加していた。

”フルアーマー・ダガー”。事前に”デュエル”などでデータ取りが行なわれていた『フォルテストラ(追加装甲)』を参考に、連合軍が開発した艦隊決戦を見越した装備である。

主兵装は右腕に装着された『57mm二連装高エネルギービームガン』、そして両肩から大きく突き出るように装着された『90mm対MSガトリング砲”ザライスンレーゲン”』*1

艦隊に近接戦を仕掛けてくる敵MSをこれらの装備を用いて迎撃するのだが、現状ではその役割を果たせるか怪しい、というのがモーガンの評価だった。

 

「目の付け所は悪く無いが、宇宙空間でこの反動を制御するのは……ああ、くそ、またズレた!」

 

主兵装である『ザライスンレーゲン』はたしかに通常装甲のMSを相手にする分には十分な火力を備えており、耐ビームシールドにも効果的ではあるものの、毎秒50発の弾丸を発射する反動は凄まじく、機体の動きを鈍らせてしまうのだ。

加えて、豊富な弾薬を供給するドラム型弾倉を装備するためだけに背中のストライカーシステムを使っているのもモーガンは気に入らなかった。

ストライカーは装着する物にもよるが、内蔵された追加バッテリーによる稼働時間の延長という恩恵を得られる。

しかしこの装備の場合、機体バランス安定のためにバッテリーが内蔵されておらず、機動力低下を防ぐスラスターも無いため、ガトリングを使えなくなった場合はデッドウェイトと化してしまう。

せめてビームガンとガトリングが逆だったなら、と思わずにはいられない。

 

「おっ!?」

 

そんなことを考えていると、1機の”ゲイツA型”が弾幕を掻い潜って”フルアーマー・ダガー”に接近を試みているではないか。

モーガンが苦心しながら攻撃を加えるが、”ゲイツA型”のパイロットはベテランのようで、ダメージを最小限に抑えながらレールガンで反撃してくる。

流石”フルアーマー・ダガー”というだけあって厚い装甲は本体に攻撃を通さない。それを見て取って、”ゲイツA型”はレーザー重斬刀を抜いて近接戦を試みた。

 

「ちっ、こんな時に限って」

 

ここで、不運がモーガンを襲った。『ザライスンレーゲン』が弾詰まりを起こしたのだ。

ビームガンを射かけるが、弾幕の圧力が消えたことを好機と見て”ゲイツA型”が加速する。

絶対絶命のピンチだ。レーザー重斬刀が振りかぶられ───。

 

「───おらよ!」

 

だが、その刃がモーガンの命を奪うことは無かった。

咄嗟に前方に加速したモーガンの”フルアーマー・ダガー”は右肩を前に突き出し、タックルを”ゲイツA型”に命中させる。

レーザー重斬刀は大きく突き出た『ザライスンレーゲン』の砲身を切り飛ばすだけに留まった。

普通ならここで距離を取って仕切り直すところだが、”フルアーマー・ダガー”にはもう1つ、左腕に装着された武器が残っていた。

 

「貰ったぁ!」

 

モーガンは”ゲイツA型”の腹に当てた()()の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

『まさか、そんなものを───』

 

接触回線が起動したのだろう、敵パイロットと思しき声が響く。

”フルアーマー・ダガー”の前には、腹部に大きな穴が空いた”ゲイツA型”が漂っていた。

 

「……俺もまさか、使うとは思っていなかったさ」

 

”フルアーマー・ダガー”の左腕に装着されていたのは、『炸薬式徹甲杭”ビギニング”』*2。───まさかのパイルバンカーである。

接近してきた敵機の攻撃を装甲で防ぎ、カウンターで命中させることを目的として装備されたものだが、使い勝手が悪すぎるのが難点だった。

実際、一部の変態技術者が「何卒(なにとぞ)!」とごり押ししてくるから装備したのであって、モーガンも使うつもりは無かった。

状況が状況だったために使用したが、そうでなければ別の銃器でも装備していた方が遙かにいいだろう。

 

「とは言え、ガトリングが使えないんじゃ能力半減だ。すまんが、俺は下がるぜ」

 

不満を持ちながら、モーガンは母艦に向けて後退を始めた。しかし、そのことが彼の評価を落とすことは無い。

先ほどの”ゲイツA型”を含めて、モーガンは既に4機の敵MSを撃墜している。初乗りかつ、問題を抱えた機体に乗って、である。

”マウス隊”でもっとも多くの戦闘経験を積み重ね、自らの直感を信じる胆力を兼ね備えるモーガンにとっては、それでも不満のある戦果だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「モーガンさんが離脱しました、火力が減るので注意が必要ですよぉ……!」

 

戦場を赤い『ガンダム』が駆け抜ける。『ゲームマスター』セシル・ノマの駆る”イージス”だ。

この世界でも1機だけZAFTに奪取されてしまったこの機体は、以前に『クライン派』との裏取引で返却されたものだ。

ZAFTに奪取されて情報が渡ってしまった今となっては戦略的価値の薄い機体だが、優秀な機体であることに変わりなく、愛機が強化修復中のセシルに代用機として宛がわれたのである。

 

「”ヒドゥンフレーム”よりも前に出る機体ですけど、なんとか……!」

 

気弱な発言とは裏腹に、正確無比な射撃を浴びせていくセシル。本来の乗機である”アストレイ・ヒドゥンフレーム”が狙撃機のためか、1発ごとの正確さを重視した撃ち方をしている。

並のコーディネイターを遥かに超える情報処理能力を有する彼女の役割は、”イージス”の機動力と通信能力を活用した遊撃だ。

 

「エドさん、狙われてます!」

 

一瞬でMA形態に変形した”イージス”が、エドワードの”ダガー”を後ろから狙う”ゲイツB型”目掛けて『スキュラ』を発射する。

発射された『スキュラ』が”ゲイツB型”のライフルを右腕ごと破壊するが、彼女はそこから更に加速し、体当たりを仕掛けた。

MA形態の”イージス”の突進に弾き飛ばされた”ゲイツB型”が体勢を崩し、再びMS形態に変形した”イージス”がライフルでそれを打ち抜く。

 

<わりぃセシル、助かった!……おい、大丈夫か?>

 

「うえぇ……シミュレーションでは普通にやれましたけど、結構、瞬間的にぃ……」

 

通信画面を開いた先のエドワードは、むしろセシルを心配する言葉を口にする。

先のモーガン同様に初めての機体を使いこなすセシルだが、一瞬のうちに”イージス”の高加速を味わったことにより、グロッキーになっているようだ。

そこを見逃さずに狙う”シグー”を、横から飛来したビームが撃ち抜く。

 

<大丈夫、セシル?>

 

”シグー”を撃破したのは、『機人婦好』ことカシン・リーの”バスター改”だ。

両手で保持しているビーム兵器『ヴェスバー』は、複数種類のビームを発射することの出来る高性能ビーム兵器であり、正面から耐ビームシールドを貫通することも可能となっている。

そんな『ヴェスバー』を操るのは、高い射撃能力を持つ”バスター”と、”マウス隊”最高の射撃能力を持つカシンの組み合わせだ。

既に彼女は、敵部隊が他の”マウス隊”に注意を引かれているところを狙い撃つことで6機もの敵MSを撃破していた。

 

「すみません、カシンさぁん……」

 

<大丈夫、もう終わりそうだから>

 

カシンの言葉通り、既に戦場は終局に向かっていた。

モーガンが離脱したとはいえ、この時点で1人当たり最低でも4機、合計で24機のMSを撃墜している。そこに加えて、アイザックは単独で艦隊に攻撃を開始しており、3隻の”ナスカ”級を撃沈していた。

未だに10機程度のMSが残っているが、その程度の数的優位は”マウス隊”フルメンバー相手には何の足しにもならない。

”アイアース”が混ざっていればもっと手こずっていたかもしれないが、それはおそらく”ゴンドワナ”艦隊の方に回されたのだろう。この戦場には確認出来なかった。

 

「それにしても皆さん、久しぶりの宇宙戦だっていうのに大暴れしてますねぇ……ほんとにずっと地上で戦ってたんですかねぇ?」

 

<おいおい、俺達が実戦に出始めた頃は、こんな風に宇宙での乱戦ばかりだったろ?───身体に染みついてるのさ!>

 

エドワードの言うとおり、”マウス隊”はデータ収集のためにOSが未完成であっても戦う必要に迫られることも多々あった。

そんな中で彼らが選んだ戦術が、デブリ帯における待ち伏せ・先制攻撃・敵の連携阻止を徹底したものだった。それが一番、生き残る確率の高い戦術だった。

デブリ帯ではないが、今このシチュエーションは正に彼らがもっとも得意とする状況なのだ。

 

<1機抜けたわ!>

 

とは言え、全てを完璧に進められるわけではない。

1機の”ゲイツB型”が、後方の”マウス隊”母艦の方に向かっていったのだ。誰がどう見ても破れかぶれの突撃だった。

咄嗟に反応して狙いを定めるセシル達だったが、そこに通信が届く。

 

<───こちら、スカーレット1。迎撃は任せてください、そのための『スカーレットチーム』です>

 

 

 

 

 

<ちくしょう、聞いてない、”マウス隊”が再集結してるなんて、聞いてないぞ!>

 

つい10分ほど前まで「たった3隻の艦隊なんて楽勝」と余裕の態度でいたZAFT兵は、左腕を失った愛機”ゲイツB型”を、”マウス隊”の母艦である”コロンブスⅡ”目がけて進ませていた。

既に部隊は壊滅状態に近く、母艦も奇妙な装備の”デュエル”に襲われて撃沈されていた。こうなってしまっては、もうどうしようもない。

生き残っている彼らに許されている選択肢は『投降』か『死』か、この2択だけだ。

そして、彼は『死』を選んだ。生きて虜囚となることを、彼のプライドは良しとしなかった。

 

<せめて……せめて一太刀……!>

 

幸か不幸か、艦隊からの迎撃の勢いは大した物では無く、傷ついたMSでも回避が可能な程度のものだった。

前線のMS隊に誤射しないようにしているのだろうか。ZAFT兵は、望外の幸運に笑みを作る。

───もう自分に生き残る道は無いが、”マウス隊”の母艦を沈められれば、それは後の味方の助けとなるだろう。

 

<うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!>

 

 

 

 

 

「フォーメーション、パターン8で行くぞ!」

 

『了解!』

 

ZAFT兵の前に、3機の”ストライクダガー”が立ちはだかる。

ベンジャミン・スレイター少尉、ブレンダン・ゴンザレス軍曹、ジャクスティン・ウォーカー伍長の3名で構成される『スカーレットチーム』だ。

規模が拡大した”マウス隊”に新たに配属されてきた彼らは、この戦闘において艦隊の護衛を担当していた。

 

<どけぇ、雑魚共!>

 

”ゲイツB型”はビームライフルを連射するが、”コロンブスⅡ”を撃沈することに思考を占有されている状態で放たれたビームの精度は悪い。

『スカーレットチーム』各機はビームを避けつつ散開し、3方向から反撃のビームを加えていく。

 

「無理に当てようとしなくていい、追い込むんだ!」

 

ベンジャミンの言葉に従い、3機の”ストライクダガー”の射撃は徐々に包囲網を狭めるように狙いを”ゲイツB型”に集束していく。

最初は外れ弾ばかりの弾幕を嘲っていたZAFT兵も、『スカーレットチーム』の狙いに気付いて顔を青ざめさせた。

 

<くっ、こいつら……!?>

 

やがて、3方向から放たれたビームがほぼ連続して”ゲイツB型”に突き刺さる。シールドを左腕ごと失った”ゲイツB型”に、これを防ぐことは出来ない。

全身をビームで貫かれた”ゲイツB型”は、間もなく爆散した。無謀な突撃の、当然の末路だった。

 

「こちらスカーレット1。敵MSの迎撃に成功しました」

 

<こちら”コロンブスⅡ”。降下部隊を含めて被害は確認されませんでした、引き続き警戒をお願いします>

 

「了解」

 

ベンジャミンは通信を済ませると、再び油断なく前方を睨んだ。

 

「我々『スカーレットチーム』がいるんだ、簡単に母艦を沈められると思うなよ」

 

 

 

 

 

”コロンブスⅡ”艦橋

 

「……若干、敵部隊に同情してしまいますね」

 

「上官としてはその言葉を咎めるべきかもしれんが、同意だな」

 

艦長のカルロス・デヨーが漏らした言葉に、ユージは苦笑を返した。

実際、”マウス隊”のパイロットが全員宇宙に帰還しているという事実をZAFTが知る機会は、今が初だろう。

フルメンバーの”マウス隊”、しかも大作戦に向けてトンデモ試作装備を持ってきている。相手方からすれば、理不尽極まる布陣だ。

 

「”マウス隊”初期メンバー、それもパイロット達は誰もが異名持ちのトップエースだ。これまでは最低でも誰か1人が艦隊の防衛に付かなければならなかったんだが、今は『スカーレットチーム』がいる」

 

「本来彼らが持っていた『攻撃力』の全てを、ようやく全力でぶつけられるようになったということ?」

 

「そういうことだ」

 

ユージはマヤの言葉を肯定した。

どんなに優れたMS隊でも、母艦を撃沈されてしまえばどうとでも対処が出来る。実際、これまでの戦いでMS隊を無視して母艦を狙われることも何度かあり、大抵の場合は手こずらされていた”マウス隊”。

しかし、今は『スカーレットチーム』がいる。色々と不安な名前ではあっても、普段からアイザック達にしごかれて身についた実力は伊達ではないのだ。

 

「敵艦隊、全艦撃沈を確認しました」

 

「分かった、残存する敵MS部隊に投降勧告を───」

 

「……今、最後の敵MSが撃墜されました」

 

再びユージは苦笑し、頭を軽く掻く。

───これからは、あらかじめ投降勧告をするべきだろうか。彼らの腕では、ユージが言葉を発するまでの短時間で残った敵を全滅させてしまう。

 

「手加減しろ、とは言わないがな……まぁ、いいか。全員無事だし」

 

「本官としては手加減して欲しいですな。これでは艦隊の出番がありません」

 

不満そうなカルロスへ、つい「無い方がいいんだよ」と言いかけるユージだが、口を(つぐ)む。

大鑑巨砲を愛する彼にそんなことを言ったらヘソを曲げてしまうだろう。

 

「隊長、格納庫から通信が……」

 

<───なんとかしてくれ隊長! こいつら、破損した装備と一緒にパイルバンカーを外せっていったらボイコットを始めやがったんだ!>

 

<<<それを外すなんて、とんでもない!>>>

 

「またか、あのバカ共!」

 

忘れてはならない。”マウス隊”が最強の部隊であり続けるためには、頭のネジが緩い変態技術者達の手綱を取らなければならないということを。

艦橋にて部隊の指揮を取り、デスクで書類を片付け、ハルバートンに頭を下げて予算を認可してもらい、そして暴走する変態達を鎮圧する。

”マウス隊”隊長、ユージ・ムラマツ。もしかしたら、隊で一番『戦っている』と言えるのは、彼なのかもしれない───。

*1
ドイツ語で「切り裂く雨」。たぶん

*2
ビギニングの意味は始まり、あるいはとっつき




次は、2週間以内に投稿します。
また、返信は出来ていませんが感想欄も欠かさず目を通しています。いつも愛読していただき、感謝の念が耐えません……(泣)。
次回は、久しぶりに地上へ視点を移したいと思います。



また、ここで『グリズリー・ユニット』を装備したデュエルのステータスを記載したいと思います。
参考までに、素体のデュエルのステータスも載せておきます。
長いので興味の無いかたはスキップ推奨です。どうせフレーバーテキストなので。

デュエルガンダム(グリズリー・ユニット装備)
移動:10
索敵:B
限界:190%
耐久:500
運動:47
PS装甲
光波リフレクター(回避選択時、射撃ダメージ半減)

武装
スキュラ:270 命中:50 間接攻撃可能
バルカン:30 命中:50
破砕アーム:400 命中:60
ミサイルストーム:180 命中:60(MAP兵器)

デュエルガンダム
移動:7
索敵:C
限界:170%
耐久:300
運動:32
シールド装備
PS装甲

武装
ビームライフル:130 命中 70
ゲイボルク:160 命中 55 間接攻撃可能(ビームライフルと選択式)
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:150 命中 75
武装変更可能



ギレンの野望でいうところのデンドロビウムみたいに運用するユニットをイメージしています。
敵陣に突っ込んで豊富な防御スキルで耐えて、ミサイルストームをぶちまける……みたいな。ギレンの野望でそんなプレイしたら、即袋だたきですけどね(笑)。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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第132話「オペレーション・ブルースフィア」 6

気付いたら劇場版公開まで2週間切ってるってマジ?


5/14

太平洋 ハワイ諸島沖 

”アーカンソー”級イージス艦”ロドニー”艦橋

 

「砲撃、来ます!」

 

「総員、対ショック体勢……うおっ!?」

 

自艦の横を通り過ぎていく破壊の渦に、思わず悲鳴を漏らしてしまう”ロドニー”艦長。

幸いなことに、この攻撃で沈んだ艦艇は存在しなかったが、艦長は舌打ちをしてしまう。

 

「まさか、あんなものを隠していたとは……!」

 

地球連合海軍は現在、東西からハワイ諸島に対して攻撃を加えていた。

想定される彼我の戦力差は少なく見積もっても3倍以上とされており、連合軍の勝利は揺るがないものと見なされている。その前提自体は崩れていない。

しかし、それでも現在の連合海軍は、大苦戦を強いられていた。

艦長の視線の先、ハワイ諸島の州都が存在するオアフ島の海岸には、見慣れない兵器が存在している。

 

()()()()()()()()()()()()など……奴ら、こちらの都合はお構いなしというわけか」

 

ZAFTが開発した『自走式陽電子砲台”マルドゥック”』。それが現在、連合海軍を苦しめている存在の名前だ。

ZAFTが独自開発した陽電子砲『マイスタージンガー』を改造したこの自走砲台は、連合海軍の進軍がある一定のラインを超えたところで姿を現し、艦隊に向けて攻撃を始めた。艦隊が有効射程距離に入るまで待っていたのだ。

それだけならば大した問題ではないが、ここでZAFT軍は新たな戦力を投入した。”グーン”攻撃隊だ。

対MS戦も十分にこなせる”ゾノ”に敵MSを対処させ、旧式化してきた”グーン”を対艦攻撃に集中させることで戦力の効率的運用を図ったのだ。

海上を陽電子砲に狙い撃たれ、海中からは”グーン”が襲い来る。加えて、”マルドゥック”を排除しようにも敵MS隊が積極的に妨害を仕掛けてくるようになった。

 

(マズいな……)

 

───それでも、連合海軍の優位は揺らいでいなかった。

新兵器を投入しているのはZAFTだけではない。水中では新型MS”ディープフォビドゥン”が次々と敵MSを撃破している最中だ。

加えて、ZAFTの無法によって占領されてしまったハワイ諸島を奪還せんと、兵達の士気も高い。

そして、そもそもの数が違う。

多少時間は掛かるだろうが、この状況を脱するのは容易いことだ。

 

しかし、連合海軍には時間を掛けられない理由があった。

それは、『この作戦が民衆に対するアピールでもある』ということだ。

この『オペレーション・ブルースフィア』のために連合軍が掛けた手間暇費用は、今大戦で最大のものとなっていた。軍事・民間問わず様々な人間がこの作戦を実行するために身を粉にしている。

 

『勝てて当然、求められているのは圧勝』

 

もしも、それだけの意気込みで実施された作戦で苦戦などしてしまえばどうなるだろうか。

徒に被害を出し、敵部隊に損害を与えられず、そんな戦いをしてしまえば。───結果は、火を見るより明らかだ。

民衆は不甲斐ない軍に対する信頼を揺らがせるだろう。そうして厭戦気分を募らせた結果に待つのは、国内からの突き上げだ。

国内の纏まりが無くなってしまえば、敵につけいる隙を与えることになる。それだけは避けなければならない。

 

「政治の絡む戦場は好かんが……時間を掛けられないのは全く以て同意だ。───ミサイル発射準備、狙いは大雑把でいい!」

 

艦長はまず、”マルドゥック”の排除を最優先に考えてミサイル攻撃を指示した。陽電子砲の精度はけして高くは無かったが、何度も放たれれば水上艦の被害は増すばかりだ。

実際、あの砲撃によって既に2隻の”アーカンソー”級が撃沈されており、他の艦にも少なからず被害を生まれている。

だが、そうしてくるだろうことはZAFT側も織り込み済みだったのだろう。

開閉したミサイル発射口目がけて飛来した”ディン”が散弾銃を撃ち込み、誘爆したミサイルが”ロドニー”の艦上で爆炎を挙げる。

 

「くそっ、やはりやらせてはくれないか……誰でもいい、何でもいいからあの砲台を止めろ!」

 

 

 

 

 

”タラワ”級強襲揚陸艦”トモサブロウ”艦橋

 

「艦長、格納庫から通信が届いています」

 

「繋げろ」

 

地球連合海軍大佐であり、”トモサブロウ”の艦長である工藤 久昭(くどう ひさあき)は、モニターに目を移した。

そこには、通信回線が開かれた格納庫を背景に1人の男が映っていた。

 

<艦長、どうか出撃許可をいただけませんか>

 

「正気かアマミ中尉、この砲火だぞ?」

 

男───ユウ・アマミ中尉の正気を久昭は疑った。激しい攻撃に晒されているのはハワイの東側から攻撃を仕掛けている艦隊だけではなく、西側から攻撃を仕掛けている彼らも同じだったからだ。

現に、今も海岸から陽電子砲を放つ”マルドゥック”の姿は忌々しいほどに健在だ。ZAFTはこの移動砲台を複数製造し、東西の海岸に配置していたのである。

対地攻撃能力を持つ艦に対する攻撃も激しく、こんな状況でMS隊を出撃させようものなら瞬く間に撃墜されるだろうことは、想像に難くない。

 

<ここで尻込みをしている暇は無い、と認識しております。むしろ、M()S()()()()()()この状況の打開が行えるものかと>

 

「……根拠は?」

 

<敵も、『MSの突撃による状況の打開』という選択は想定していても、早急に対処することは困難だと思われます>

 

ユウの言い分は、全くの的外れとも言えなかった。

海岸線に陣取っている敵MSの数は案外と少ない。海岸から艦隊に向けて攻撃を放っても距離が遠く、効果が薄いからだ。

MSが戦艦などに対して有効な火力を発揮するには近づく必要があるが、海上に陣取る艦隊に対してそれが行えるのは、空を飛べる”ディン”や水中MSでなければ難しい話だ。

結果、現在の海岸には”マルドゥック”の他に”ザゥート”が陣取って砲撃を行なっているだけとなる。

つまり───。

 

「今、MSで強襲を仕掛ければ大した妨害も無くあの砲台を破壊出来る、ということか」

 

<はい>

 

「私としてはそうなってくれれば万々歳だが……君の()()は、いいのかね?」

 

久昭は眉を顰めながら問う。

ユウ達は特殊な任務を帯びたMS部隊、俗に言う『モルモット隊』だ。扱うMSも、何か()()()()()()()が搭載されているらしいと、久昭は聞いていた。

万が一、撃墜されてMSごとそのシステムが破壊されても、久昭は責任を取りたくは無い。そういう意図を込めての問いだった。

 

<問題ありません。こいつは……『ブルー』は、より多くの戦場を越える必要がある>

 

それは、必ず任務を達成して戻るという意思表示だった。

ユウがそう言うのであれば、久昭から言うべきことは無い。なにより、今この場で求められている優先事項を間違えてはいけない。

最優先は、状況の好転だ。

 

「分かった、君に任せる。───武運を祈る!」

 

 

 

 

 

「ツクヨミ1、発進する!」

 

”トモサブロウ”の側面発進口から、()()MSが姿を現す。

”ブルーガーディアン1号機”。東アジア共和国の主力MS”須佐之男”に酷似したその機体は、手始めに”トモサブロウ”を攻撃していた”ディン”を1機撃ち落とす。

 

「次!」

 

直後に”ブルーガーディアン”は大きく飛翔し、”トモサブロウ”よりも前方に位置取っていた”アーカンソー”級の甲板に着地。これを繰り返して、ドンドンと海岸に近づいていく。

 

<なんだ、あの蒼いMS!?>

 

八相飛び(ハッソー・フライ)のつもりか、時代錯誤のナチュラルめ!>

 

”ブルーガーディアン”の存在に気付いた”ディン”が攻撃を仕掛けるが、回避、あるいは左手の盾で受け止めるなどして()()()()ことで、“ブルーガーディアン”は勢いを殺さずに前進を続ける。

機体の性能ということも勿論あるが、パイロットのユウ・アマミは”テスター”が地上戦線に投入され始めた頃から戦い続けてきたエースだ。ナチュラルであっても、その戦闘経験は並のコーディネイターの比ではない。

 

(海岸まで、あと少し……使()()()だな)

 

しかし、その快進撃も足場となる艦艇が減少することで止めざるを得なくなる。

足場が無いのでは”マルドゥック”に近づけない。そして、近づいたと言っても海岸まではまだ距離があり、MSの有効射程には入っていない。

もう出来ることは無い。───普通のMSならば、だが。

 

 

 

 

 

「『プラントシステム』、起動!」

 

 

 

 

 

ユウがコクピットに取り付けられたスイッチを押すと、仄かな変化が”ブルーガーディアン”にもたらされる。『G』由来の緑のツインアイが、()()()()()()

次に、モニターに映し出される機体の各種数値を示すゲージが上昇した。機体に掛けられていたリミッターを解除したのだ。

機体に掛かる負荷も上昇するが、そうでなければ、この『システム』に機体が付いてこられなくなる。

 

「ぐっ……!」

 

苦悶の声を挙げるユウ。

ユウが味わった感覚を表現するなら、「頭の中の存在しない何かを、無理矢理に弾けさせられている」とでもいうようなものになる。

ユウはこの感覚が苦手だった。これが好きになる人間などいるものかと思うほどに強烈な違和感があるのだ。

しかしその恩恵とでも言うべきか、ユウの思考・反応速度は平時と比較して遙かに上昇していた。

 

「行くぞっ!」

 

”ブルーガーディアン”は飛翔した。先ほどまでの”ブルーガーディアン”よりも勢い良く、天高く。

その先には、いきなり性能が向上したように見える”ブルーガーディアン”の様子を窺っていた”ディン”がいた。

 

<はっ、えっ、なん───>

 

反応が遅れた”ディン”のコクピットをシールドの先端で突き刺した”ブルーガーディアン”は、次の足場に狙い定める。

”ブルーガーディアン”の向かう先には、SFS”グゥル”に乗った”ジン”の姿があった。

 

<こいつ……!>

 

「良い物に乗ってるじゃないか、借りるぞ!」

 

”ジン”を蹴り飛ばした”ブルーガーディアン”は、再び飛翔する。

先ほどまでの光景の焼き直しのようであったが、敵部隊のど真ん中を縦横無尽に暴れ回る”ブルーガーディアン”の姿は、その異常性を両軍に知らしめる。

 

「───届く!」

 

そして、ついに”マルドゥック”を射程に収めた”ブルーガーディアン”。右手のビームライフルを構えて狙いを付ける。

しかし、ここに来て”ブルーガーディアン”のことを侮る兵はいない。

“マルドゥック”の周囲に”ザゥート”が集まり、対空砲火を始めた。その内の一射が、”ブルーガーディアン”のライフルを破壊したのだ。

”ブルーガーディアン”本体に傷は付いていないが、残された射撃手段は頭部バルカン砲と右背部のウェポンラックに懸架したマシンガンのみ。

 

「その程度で、『ブルー』を止められると思うな!」

 

ならば、()()()()()()()

シールドを捨てた”ブルーガーディアン”は、左背部のウェポンラックから日本刀型の実体剣を抜き放ち、右手にも右腰から抜いたビームサーベルを構える。

二刀流となった”ブルーガーディアン”は大きな水しぶきを上げながら浅瀬に降り立ち、”マルドゥック”に向かって突撃を始めた。

”ザゥート”達が必死に弾幕を張って抵抗するが、『プラントシステム』を起動した”ブルーガーディアン”は現行最強格のMSだ。機動性が劣悪な”ザゥート”では、奇跡でも起きなければ刃が立たない。

 

「これで……終わりだ!」

 

護衛の”ザゥート”を切り捨てつつ、遂に”マルドゥック”の元にたどり着いた”ブルーガーディアン”。

飛びかかる勢いそのままに”マルドゥック”に取り付いた”ブルーガーディアン”は、ビームサーベルを”マルドゥック”に突き刺す。

 

「オマケだ」

 

それだけに留まらず、ダメ押しと言わんばかりに損傷した箇所に頭部バルカン砲を発射した”ブルーガーディアン”。

飛び退いた直後、”マルドゥック”はスパークして火花を散らしながら爆発した。これで、連合艦隊の進軍を阻む最大の障害は取り払われた。

MS単機による敵防衛線の中枢破壊、紛れもない快挙だというのにユウの表情は晴れない。

まだ戦闘中ということもあるが、それ以上に『プラントシステム』を使用したことによる負荷が大きいのだ。

 

(それだけじゃない。何故だ……無性に、()()()

 

『怖い』でも『辛い』でもない、『悲しみ』。それが、ユウの心の中で渦巻く。『プラントシステム』を使った後は、いつもこうだ。

”ブルーガーディアン”専属のスタッフ曰く、このシステムの詳細を知る者は開発者であるアンジェリカ・イザヤ博士しかいない。

そしてイザヤ博士は、元ZAFTに所属していた脳科学者である、とも言われている。

実際に会ったことは無いユウだが、このようなシステムを開発した人間がマトモである筈がない、という確信だけは持っていた。

 

「それでも……今は、力が必要なんだ」

 

ZAFTとの戦いで散っていった戦友達の無念を晴らすためにも、今は使えるものは何でも使うしかない。

たとえ、それが呪われた力であっても───。

 

 

 

 

 

地球連合海軍第1艦隊旗艦”ジェームズ・クック”艦橋

 

「たしか、アズラエルの私兵を載せた艦があったな」

 

「は……?」

 

「出させろ。幸運にも、目標は明らかだ」

 

カール・キンケイド中将は決断した。───手段を選ばずにこの戦局を打開することを。

時間を掛ければ問題無く突破出来るとしても、その時間を掛けることが問題となるのだ。被害が増えるのも望ましくない。

その点で言えば、アズラエル財閥の息が掛かっている例の部隊を投入するには適切と言えた。

 

「長時間の戦闘には耐えられない、なおかつ精神的に不安定……それだけのデメリットを背負っているのだ。ここで活躍出来なければ、そんな兵士に価値など無い」

 

 

 

 

 

<敵MS接近、この速さは……!?>

 

その戦場に変化が訪れたのは、すぐだった。

連合海軍のある艦艇から発進した3機のMSが、近場の敵を撃墜しながら侵攻を開始したのだ。

ZAFT軍は否が応でも注視しなければならなくなった。

被害の多さもそうだが、そのMS達の頭部の形状が、看過していいものではないことを知らしめていたからだ。

 

<3機の『ガンダム』だと!?>

 

 

 

 

 

<分かっているな、E-01。あの砲台を破壊さえすればいいんだ。それだけしたら、あとは速やかに帰投するんだぞ。いいな!?>

 

「……あぁ?」

 

<貴様、その態度はなんだ!>

 

「あー……もーしわけありませんでした」

 

胡乱げな研究員を相手にE-01と呼ばれた青年……オルガ・サブナックは苛立たしげに返答する。

自分達のお目付役としてこの戦場にまで付いてきた彼は明らかに荒事に不慣れらしく、オドオドとしていた。

そのクセして、自分達に命令する時だけは強気にふるまってみせようとするのだ。そんな所をオルガは見下していたし、そんな男に命令される立場の自分自身にも腹が立っていた。

 

「シャニ、クロト! 上官様から有り難いお達しだ!『余計に暴れ過ぎんな』だとよ!」

 

<はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!……よく聞こえなかったけど何か言った、オルガ?>

 

<はんっ、向かってくる奴だけ殺せって言うんだろ? じゃあ全員殺せってことじゃん。───滅殺!>

 

───ダメだこりゃ。

オルガは早々に匙を投げた。彼ら『ブーステッドマン』達の指揮官役として多少は教育を受けた自分と違い、彼らが教えられているのは敵を殺すこと、それだけなのだ。

それでも、指示に従うだけの知能はある。ならば上手いこと使っていく他あるまい。

目に付いた敵を片っ端から墜としながら海岸線に近づく3機。当然、その迎撃のためにZAFTも3機に浴びせる攻撃の密度を上げていく。

 

「シャニ、壁」

 

<だる……自分で避けられないの?>

 

「さっさとやれよ!」

 

オルガの怒声に、渋々といった様子で禍々しい鎌を持った『ガンダム』、”フォビドゥン”が近寄る。

“フォビドゥン”は現在の連合軍では珍しく単独飛行可能、かつ『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』というビームに対して最強と呼べる防御装備をも備えたMSだ。それでいて火力も相応に高く、空飛ぶ城塞と呼ぶに相応しい。

『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』を内蔵した2枚の稼働装甲を前に出した”フォビドゥン”を撃破することは、陽電子砲でもなければ不可能だ。

”フォビドゥン”の影に隠れつつ、オルガの駆る『ガンダム』、”カラミティ”が全ての火力を解放する準備を進めていた。

 

「3カウントで離脱しろ。3、2、1……」

 

<はいはい。派手で綺麗なの、頼むよ>

 

「───おらぁっ!」

 

”フォビドゥン”が飛び退いた直後、”カラミティ”のあらゆる武装が海岸のZAFT防衛線に向かって火を噴いた。

プラズマ・バズーカ弾が、高出力ビームが、破壊力の塊じみた赤いビームが、哀れな生け贄と化した者達を吹き飛ばす。

人も戦車もMSも、何もかもを瞬時に焼き尽くしたその威容は、正に『災厄(カラミティ)』と呼ぶに相応しい。

 

「あん?」

 

<やれてないじゃん。ダッサ>

 

それでも、”マルドゥック”は健在だった。近くにいた”ジン”や”ザウート”が、身を挺して”マルドゥック”を守ったのだ。

西側で”マルドゥック”を攻略した”ブルーガーディアン”と違い、オルガ達は敵MSに対しても攻撃していた。要するに、余計なことをして時間を使ったがためにZAFT側に守備を固める時間を与えてしまったのだ。

圧倒的な火力に晒されたZAFT部隊は、それでもオルガ達に銃を向けて抵抗の意思を見せる。

───健気な努力だ。オルガは嘲笑った。

どうやらZAFTでは無駄死にという言葉を教えていないらしい。

 

<圧殺!>

 

更なる絶望を叩き込むために、天空から飛来した漆黒の『ガンダム』、”レイダー”が左手のハンマー『ミョルニル』を振り下ろす。

勢い良く打ち出された鉄球が向かう先は、ZAFT兵達が命を捨てて守った”マルドゥック”。

高速回転する鉄球が、既に損傷していた砲台にトドメを刺す。大きく凹んだ装甲から火花が散り、爆発を引き起こした。

この理不尽な襲撃者の手で、ZAFT兵達の命を賭けた奮闘は意味を喪失した。

 

「もくひょうたっせー。戻るぞ」

 

<えぇー、僕まだやれるんだけど?>

 

<俺もまだいけるよ。てかこいつら、ウザいくせに弱すぎ>

 

文句を言う2人にオルガは舌打ちをする。

たしかに余裕はある。機体にも、自分達の体にも。

”カラミティ”のコクピットには他の2機と異なり、『ブーステッドマン』である3人の時間制限を把握するための計器も備わっていた。それを見れば一目瞭然だ。

 

(どーすっかな……ここで戻んねーと、あいつらウルセーだろうな)

 

オルガは3人の中でもっとも強化度合いが低く、ある程度は思考を冷静に保てる。何かボロを出す前に帰還するべきと彼の理性は言っていた。

しかし、本能は他2人と同じく『戦わせろ』と叫んでいた。

3人は今日が初の実戦であり、それまではずっと苦しい投薬と訓練だらけの毎日を過ごしてきた。───こんなものでは、まるで鬱憤を晴らすのには足らない。

これまで苦しい思いをしてきた分、少しは楽しませて欲しいという思いがあったのだ。

 

「……おっ?」

 

思案するオルガ。その目が、レーダーに映る光点を認識した。

おそらく、敵の増援だ。海岸に到達した自分達を排除するためにやってきたのか、それともデカ物(マルドゥック)を守る為に出撃したものの、とっくに護衛対象が破壊されていたノロマか。

オルガはニヤリと、意地が悪そうに笑った。

ちょうど、()()()()()()()()()()()からだ。

 

「……あー、こちらサブナック少尉。敵の増援を確認した、味方の上陸を支援するため迎撃する」

 

<なっ、待てE-01───>

 

返事を聞かず、オルガは通信を切った。───後でテキトーに「戦闘の影響で通信が切れた」とでも言っておけばいい。

とにかく、大義名分は出来た。

 

「……ってわけだ。もう少し遊んでいこうぜ」

 

<へぇ、やるじゃんオルガ>

 

「クスリが切れそうになったらすぐ撤退だ、分かってんだろうな?」

 

<少しは時間制限があった方が面白いよ!───どっちみち瞬殺しちゃうけどね!>

 

3機の『ガンダム』が、禍々しく瞳を輝かせながら、増援部隊に襲いかかる。

遊び疲れたかのように3機が悠々と去っていった後には、無数の鉄くずが散らばるのみだった───。

 

 

 

 

 

衛星軌道上

”アークエンジェル”艦橋

 

「通信、きました! 『審判(ジャッジメント)』です!」

 

CICからサイが伝えてきたのは、彼ら”第31独立遊撃部隊”の出番を告げる符号だった。───愚かなるZAFTに『審判』を下せ、と。

海軍がついにハワイ諸島の海岸に到達し、温存されていた敵のMS部隊を引き釣り出したのだ。これで、降下部隊による敵陣への急襲が行なうことが出来るようになった。

司令官たるヘンリー・ミヤムラ大佐が立ち上がり、号令をかける。

 

「これより、本隊は大気圏内に再突入を行ない、ZAFTに占領されている真珠湾基地に対する攻撃を行なう。……各員の健闘を祈る!」




次回の更新……劇場版の公開日までには……間に合わせます……。

今回登場したブルーガーディアンについては、「C.Eでもこういう変なシステムついてる機体とか外伝あっても良いのに」という思いが発露したものです。
いつか、単独で番外編を書いてみたいなぁ…完結が遠のく…。

それと簡単なアンケートを実施します。
自分の抱える悩みの解決に皆さんの力を借りるようで心苦しいのですが、参加していただけると嬉しいです。
期限は次回投稿日までということで。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けて下ります。


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第133話「オペレーション・ブルースフィア」7

5/14

衛星軌道上

”アークエンジェル” 格納庫

 

「……」

 

通常のMSよりも狭い”ストライク”のコクピット内で、キラは目を瞑り、瞑想していた。

これより”アークエンジェル”は地球、ハワイのオアフ島に降下する。その島に存在するZAFT軍基地を強襲を仕掛けるためだ。

敵陣中枢に飛び込むも同然であり、極めて危険な任務になる。───しかし、やるだけの価値があるものだった。

 

(オアフ島はハワイの中心地だ、そこさえ落とせばZAFTの戦力は大きく低下する。戦いを早く終わらせるためには、必要なことだ……)

 

出来ることは全てやった。”アークエンジェル隊”が率いる降下部隊への支援も約束されている。だから、そこについての心配はしていなかった。

キラが瞑想をしているのは、何かしらの予感とでも言うべきものがあったからだ。

───きっと、(アスラン)も来る。

理屈では無い直感がキラの中で警鐘を鳴らしていた。

 

(今度は……見逃してくれないだろうな)

 

以前に戦った時は海上、しかも周囲に他者がいなかったがために見逃してくれたのだ。キラはそう考えていた。

しかし、今回はそうもいくまい。

戦いたくはない。しかし、戦う以外に道は無い。キラが戦うと決めた時からそれは決定事項だ。

 

「よし……」

 

キラはこれ以上の瞑想に意味が無いことを悟り、目を開けた。

───どうせやることは変わらないのだから、後は全力で駆け抜けるだけだろう。

 

(ちょっと前の僕じゃ、こんな風に決断出来なかっただろうな)

 

4ヶ月ほど前までの、ただの工業カレッジの学生だった頃の自分を思い出して苦笑するキラ。

 

<作戦直前で思い出し笑いか? 随分と余裕だな、ソード1>

 

「あぁ、ごめん。ここに来るまで、色々あったなぁってさ」

 

<……まぁ、それは事実だが>

 

キラを諫めるように開いた通信画面の先で、スノウは憮然(ぶぜん)とした表情を見せる。キラの言葉に納得出来るところもあったからだ。

この奇妙な信頼関係がある少女とも、出会って2ヶ月も経っていない。にも関わらず気楽な調子で話せるのは、ここに至るまでの経験がとても濃密なものだったからだ。

戦って、傷ついて、それでも立ち上がって。そうして仲間となっていった少女。

否、スノウだけではない。

 

<なになに、作戦前のおしゃべりタイム? ヒルダさんも混ぜてよ>

 

<単に、気の抜けた奴を諫めていただけだ>

 

2人の会話に混ざって来たヒルデガルダも、アフリカでの大陸で大きく成長した仲間だ。

生来の人の良さに強さが備わり、部隊の頼れるムードメーカーとなった彼女の明るさにはキラも助けられている。

 

<いいじゃねぇか、無駄に固くなっているよりはさ!>

 

<今回も危険な戦いではあるけど、他の味方からの支援も十分にある。キラ君を見習って、僕もリラックスしておかないとな>

 

マイケルとベントの2人は、実力ではメンバー内で低い方だが、キラ達を信じて自分の役割に集中する頼れる仲間だ。

また、同性かつ自分と歳の近い彼らとのコミュニケーションは、スノウ達とはまた違った安心感をキラにもたらしてくれる。

 

<───時間だ。お前ら、準備はいいな!?>

 

そんな和やかな雰囲気を引き締めるのは、ついにMS乗りに復帰したムウだ。

アフリカでの最後の戦いで左腕を銃撃された彼だが、なんとかMS戦を行なっても問題無い程度にまで回復したのだ。

乗機をヒルデガルダに渡していた彼のために新しく”ダガー”が配備されており、これで”アークエンジェル”隊の戦力は完全復活したと言って良いだろう。

彼が指揮官として戦場を見てくれているおかげで生き延びられた場面も少なくない。

 

(───大丈夫だ)

 

自分は1人ではなく、仲間がいてくれる。キラの問題も、一緒に背負おうとしてくれる仲間が。

なら、きっと大丈夫だ。今回も、きっと乗り越えられる。

 

「準備、出来てます!」

 

 

 

 

 

<トール、少しいいか?>

 

ムウによる作戦の手順確認が終わった後、愛機である“アームドグラスパー”の各種数値をチェックしていたトールの元に通信が届く。

アフリカで仲間になったイーサン・ブレイクだ。

”アークエンジェル隊”の仲間になってから日が浅い彼だが、卓越した航空機の操縦技術を持ち、高い協調性も持つ彼は受け入れられていた。

特にトールは、同じ航空機乗りとして師事を受けていたこともあって慕っていた。

 

「は、はい。なんでしょうかイーサンさん」

 

<無理を言うことになるかもしれないが……今回の戦い、出来る限り俺の動きから学ぶつもりでやってくれ>

 

「え?」

 

<たぶん、今回がお前達と一緒に戦う最後の機会になるだろうからな>

 

イーサンの言葉が理解出来ず、目をしばたたかせるトール。

罰が悪そうに、イーサンは続ける。

 

<成り行きでこの隊に入隊した俺だが、本来は大西洋連邦空軍の所属だ。お前らは宇宙軍だろ?>

 

「あ……」

 

言われてみればそうだが、イーサンはあくまで空軍一本でここまで生きてきた男だ。宇宙での戦いは専門外ということになる。

そして、この『オペレーション・ブルースフィア』が終われば”アークエンジェル”は宇宙に帰還することになるだろうと見られている。ハワイを奪還することさえ出来れば、あとは地上の部隊だけで残るZAFT地上軍は対処出来るからだ。

おそらく、この戦いの後にイーサンには転属命令が下るだろう。

複雑な感情を抱くトール。

イーサンには航空機の使い方について色々なことを教えて貰っている、師弟のような関係だ。別れを素直に受け止めたくないのは、仕方の無いことだった。

 

<お前はまだまだ未熟だ、俺も中途半端なままで別れるのは心苦しい。だから、今回でできる限り多くを学び取れ。───生き延びるために>

 

「イーサンさん……」

 

<なーに、未熟だがお前は筋が良い!───きっと大丈夫さ。戦争が終わったら、今度はみっちり鍛えてやるよ>

 

「っ……はい!」

 

イーサンの笑みに、笑みを返すトール。

そう、今回の戦いで別れるとしても、それは永遠ではない。戦争さえ終われば、またいつだって会える筈だ。

気合いを入れ直したトールは、今度は”アームドグラスパー”のチェックをするのではなく、じっと出撃の時を待つようにした。ここまで幾度もの点検を行なったのだ、問題が起こるとすればパイロットの方だろう。

準備は万端だ。トールはそう思った。

───その決意に、致命的な見落としがあることに気付かないまま。

 

 

 

 

 

ハワイ諸島上空

 

<敵降下部隊を確認した、これより攻撃を開始する>

 

高度2万メートル近い上空で、大気圏突入を完了した”アークエンジェル”と降下カプセル。そこを狙って攻撃を仕掛けようとする者達がいた。

ZAFT地上軍の高高度戦闘部隊。自分達の十八番と言えるMSの降下戦術の有用性をZAFTは理解しており、その対策のために用意された戦力だ。

”インフェストゥスⅡ・高高度戦闘仕様”に搭乗した彼らはまっすぐに降下部隊の元に向かい、今にも牙を剥こうとしている。

 

<───やらせるかよ、素人共が!>

 

そこに待ったを掛けるのは、地球連合空軍の高高度戦闘部隊の”スカイグラスパー・ハイオルティチュードストライカー装備”の編隊だ。

『ハイオルティチュードストライカー』はストライカーと名付けられてはいるが、実際は”スカイグラスパー”のために開発された装備であり、2万メートルを超える高高度で戦うためにロケットブースターを装備している。

万能戦闘機の面目躍如と言わんばかりに現れた”スカイグラスパー”の編隊に対し、ZAFT側の取った行動は、直進だった。

”スカイグラスパー”の存在を気にせず、降下部隊への攻撃を優先しようというのだ。

 

<奴らの機体、一部の動きが悪い……AI制御の無人機か!>

 

<なるほど、いざとなりゃぶつけてでも降下部隊を止めるってわけか。───やらせねえよ!>

 

高高度での作戦を完遂させるために、連合軍は精鋭達を集めた。彼らは敵機の挙動の不審な点を見逃さず、敵の狙いを見抜く。

高高度における戦闘は極めて危険であり、人的資源の量で大きく劣るZAFTとしてはできる限り避けたい。

そのため、この場に存在する”インフェストゥスⅡ”の多くは無人機であり、事前に定められた標的に対する攻撃を行なうだけの存在だ。

”スカイグラスパー”はその中に含まれていない。

 

<1機も逃すな、撃ち落とせ!>

 

 

 

 

 

<あぁ、ジョン・レイの降下ポッドがやられた!>

 

<くっ、脱出を……>

 

<ダメだ、あれはもう……>

 

───誰かの悲鳴が聞こえる。キラは努めて感情を動かさないように目を瞑り、じっと耐えた。

”アークエンジェル”に乗っているキラ達と違い、降下ポッドに乗り込んでいる兵達はその無防備な姿を晒している。”スカイグラスパー”も全力で防衛に当たってくれているだろうが、それでも防ぎ切れない攻撃は存在するのだ。

彼らを待ち受けるのは高高度戦闘機だけではない。地上に配置されているだろう対空施設もまた、大きな脅威だ。

 

(早く……早く……!)

 

操縦桿を握る手に力が入る。緊張の証だ。

自分を落ち着かせようにも、耳に飛び込む悲鳴の数々がそれを許さない。

それでも、キラはじっと自分の出番を待ち続けた。

 

<───高度、1万2000メートル地点を通過!>

 

<アンチビーム爆雷、投下開始!>

 

<ソード1、発進準備!>

 

カッと目を開くキラ。遂に、出番が来たのだ。

 

「いつでもいけます!」

 

<アンチビーム爆雷の爆発と同時に射出する。……死ぬなよ、キラ>

 

キラは通信画面の先のサイにサムズアップで返答し、最後に敬礼で締めた。キラ・ヤマトとして、1人の軍人として戦う決意を示すためだ。

それに応えるように、サイも敬礼を以て返す。

 

<アンチビーム爆雷、起爆を確認!───発進どうぞ!>

 

「ソード1、”コマンドー・ガンダム”、いきます!」

 

勢い良くカタパルトで打ち出され、直後に真下に自由落下を始める”重装パワードストライク”……もとい、”コマンドー・ガンダム”。

アフリカ大陸で使用した後に一度補給部隊に引き取られたこの火力重視の装備だが、今回の作戦でキラが担う役割がために再度”アークエンジェル”に配備されたのだ。

その役割とは、『単独での先行降下』。文字通り、”コマンドー・ガンダム”だけで先に降下し、着陸地点付近の敵を排除することが目的だ。

普通に考えれば1機にやらせるような仕事ではないが、様々な条件を考慮した上でこの案が実行に移されたのだ。

 

「アンチビーム爆雷は正常に機能しているな……有り難い」

 

PS装甲を持つ”コマンドー・ガンダム”ならば、ミサイルや機銃は無視して降下することが可能だ。

それに加えて、降下し始める前に“アークエンジェル”から投下されていたアンチビーム爆雷のおかげで、対空ビーム砲は”コマンドー・ガンダム”に届く前に拡散してしまう。

防御の面での問題をクリアした後の問題は火力だが、単機で敵基地を殲滅することも可能な”コマンドー・ガンダム”にとって考慮する必要はない。

要するに、”コマンドー・ガンダム”だけが安定して降下し、制圧する火力を保持することが可能だったのだ。

 

「取得データと地図の照合完了、無誘導ロケット弾の着弾地点指定……」

 

キラの手が忙しなくキーボードを叩き、敵の対空施設が存在するだろう地点をロックオンしていく。

マルチロックオンシステムなどという物が無い”コマンドー・ガンダム”が複数の敵を正確に撃つためには、全ての標的を手動でロックオンする必要がある。

降下しながらそんなことが出来るのはキラしかいないというのも、このプランが採用された理由だろう。

 

「今だっ!」

 

高度計が2000メートルを切ったタイミングで、キラは”コマンドー・ガンダム”の全身に取り付けられた無誘導ロケット弾を全弾発射した。

単機でMS中隊以上の火力を発揮する”コマンドー・ガンダム”のそれは、物量と正確性を両立しながら敵陣地に降り注いでいく。

 

<『白い悪魔』め、よくもっ!>

 

降下してきた”コマンドー・ガンダム”に”ディン”部隊が襲い掛かる。今は”コマンドー・ガンダム”に攻撃してきているが、もう少し時間が経てば降下部隊に牙を剥くだろう。

キラは標的を切り替え、左手のアームガトリング『ハーゲル』を発射する。

 

「死にたくないだろ、退いてくれ!」

 

<こいつ、あんな重装備で何故ここまで空中戦が出来るんだ!?>

 

自由落下の勢いを殺さずに、しかし敵からの攻撃を避けつつ反撃してくる”コマンドー・ガンダム”に戦慄するZAFT兵達。

もはやナチュラルだコーディネイターだを超えた超越的技量、そこに怯えを覚えてしまっては、ただでさえ気流に流されて不安定な攻撃の精度が更に低くなる。

 

「パラシュート展開!」

 

散発的な攻撃を悠々と回避するだけでなく、ついでと言わんばかりに”ディン”を複数撃墜しながら、キラは”コマンドー・ガンダム”の背中に取り付けられたパラシュートを起動した。

一気に自由落下の勢いが殺され、その分の衝撃がキラを襲うが、それでもキラの手が止まることは無い。

パラシュートを開いたことによって落下軌道が変化した”コマンドー・ガンダム”は、ロケット弾で破壊しきれなかった対空砲やミサイルシステムに、右手のビームライフルを発射していった。

 

「敵対空陣地の制圧率、90%突破!」

 

そのことを確認したキラはパラシュートを切り離し、地面に向かって斜め方向から着地する。

周囲の木々をなぎ払いながら着地した”コマンドー・ガンダム”。

ガション、と音を立ててビームライフルと『ハーゲル』を構えた先には、僅かに残った対空砲台と、懸命に”コマンドー・ガンダム”に立ち向かおうとする敵MS隊の姿だった。

 

「───これより、残存戦力の殲滅を開始します」

 

 

 

 

 

<化け物め……!>

 

眼下で味方を蹂躙していく”コマンドー・ガンダム”の姿を見て、”ディン”のパイロットは歯ぎしりをする。

ヒロイックな赤、青、白のトリコロールをしたそのMSは、その印象とは逆に容赦なくZAFTの同志達を吹き飛ばしていった。怒りはあるが、それ以上に恐怖がある。

───本当にあれを操っているのは人間なのか?

しかしながら、彼もまたZAFT軍人としての矜持を持つ1人の兵士だった。このまま敵を放置しておくわけにはいかない。

 

<各機、あの『ガンダム』を止め……!?>

 

指示を出そうとした隊長機の”ディン”は、全てを言い切る前に上から振ってきた何者かに翼を撃ち抜かれ、そのまま墜落していった。

上を見上げた者達の目に映ったのは、翼のようなユニットが目立つ、『ガンダム』のような青いMSの姿。

───最強の傭兵、叢雲 劾の操る“アストレイブルーフレーム・セカンドL”だ。

一定以下の高度に到達した降下ポッドは分解し、内部のMS達を放出していたのだ。

 

「下ばかりを見て、注意力が足りないな。敵は”ストライク”だけではないんだぞ?」

 

見下す意図があるわけでも無く、ただ事実を言い捨てる劾。

”ブルーフレーム・セカンドL”は淡々と両手に持った実弾ライフルを構え、次々と”ディン”を撃ち抜いていく。

このライフルはマイウス・ミリタリー・インダストリー社が開発したMS用実弾ライフル*1であり、系統で言えば”ジン”が装備する76mm重突撃機銃と同じ型の武装だ。

同社は半ば『プラント』の国営とでもいうべき企業だが、劾は傭兵としての伝手を使ってこの武装を入手したのだ。

単発発射式で扱いの難しいこの武装だが、劾は悠々と使いこなし、”ディン”を撃ち落としていく。

 

<俺もいるぜ!>

 

劾に気を引かれている”ディン”隊に、更なる襲撃者が襲い掛かる。イライジャ・キールの操る専用の”ジン”だ。

落下の勢いを付けて振り下ろされた重斬刀は”ディン”を裁断し、空に花火を咲かせる。

 

「イライジャ、地上を頼む」

 

<任せろ!>

 

劾の一言で、イライジャは降下の勢いを強める。劾よりも先に地上に到達するためだ。

「援護するので先に地上に降りて安全を確保しろ」、劾の言葉に込められたそんな意図を、イライジャは間違えること無く読み取った。

長い間、共に戦ってきた戦友だからこそ為せる連携だった。

 

「降下ポッドの損耗数は1か……」

 

他の降下ポッドからも続々と連合軍のMS達が姿を現していく光景を見ながら、劾は冷静に戦局を分析する。

敵陣中枢に突入する部隊は激しい攻撃に晒される。実際、ZAFTが戦争初期に実施した『第1次ビクトリア基地攻略戦』では、地上部隊の支援が無かったことや連合軍の高高度迎撃部隊の手で多くの戦力を撃破されたことが敗因だ。

そのことを理解していただろうZAFTも迎撃部隊は出していたようだが、結果は降下ポッドを1つ撃墜したのみ。

これはZAFTが無能なわけではない。連合が、地力で上回っていたのだ。

 

「連合も本気か……」

 

勝てる。ここまでの戦況の分析から導き出された客観的結論と、劾の傭兵としての勘がそう告げていた。

だが、()()()()で劾は勝利を確信出来ずにいた。

 

(何処だ……何処から、誰を狙っている?)

 

劾が勝利を確信出来ない一点、それは、何者かの『殺気』が原因だ。

まるで、人類全てに向けるべきそれを個人に向けたような。

自分(ガイ)に対してでは無い。それだけは、傭兵として戦っている間に磨かれた空間認識能力もあって分かる。

 

(戦いながら探る他に無いか……)

 

<劾、片付いたぞ!>

 

「分かった」

 

イライジャの声に答えて”ブルーフレーム・セカンドL”を向かわせる劾。

チリチリと、余波だけで首筋を焼くような殺気。───だとしても、彼らのやることは変わらない。

彼らは『サーペントテール』。どんな敵が現れようと、障害となるならば取り除き、依頼を完遂する傭兵なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと会えるね、お兄さん?

*1
形状のイメージはアーマードコアⅥの初期ライフル




劇場版SEEDを見に行ってない人は悪いことは言いません。
見にいってください。
僕らのC.Eが待っています。

今回地味に再登場したコマンドー・ガンダムの降下シーンですが、『アルドノア・ゼロ』11話の降下シーンを一部参考にしております。
戦闘描写が素晴らしいロボットアニメなので、暇だったが見てみることをオススメします。
最終話らへんの展開は賛否ありますが……。

あと、活動報告を更新しました。劇場版絡みなので、良かったら覗いていってください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。


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