Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger (セントラル14)
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prologue

※この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織・国家等は架空であり、現実のものとは関係ありません。

 

 

 

[2002年1月2日 横浜基地 桜の木]

 

 "昨日"の出来事で賑わいが収まらない横浜基地をバックに、俺は二人の女性と相対していた。一人は妙齢、国連軍制服の上に白衣を羽織っている。"ある計画"の責任者で、独り世界を救うために戦っている人。基地の副司令も兼任しているが、基地内で一番権力を持っている人でもある。

もう一人はあどけなさの残る少女、国連軍制服に改造を施している。頭には特徴的な大きな髪飾りを付けていた。

 丘の上に立つ基地の周囲は、ずっと瓦礫と廃墟が続いている。否。まだ一週間前に侵攻してきた■■■■の爪痕や死骸の処理が終わっていない。

荒れに荒れた土地であり、人の住むことのできない場所とも言われている。しかし、俺にとってはかけがえのない思い出の詰まった場所。今いる桜の木の下も、この土地での植生は絶望的であると言われながらも、こうして生き続けている。きっと春には花を咲かせ、坂を彩ることになるだろう。

そんな桜の木の下で、俺は重々しくも口を開いた。

 

「後は、よろしくお願いします。先生」

 

「さようなら、ガキ臭い英雄さん」

 

 薄れゆく俺の躰。タイムリミットが寸前まで迫る。今は存在しない、着慣れた"衛士訓練学校"の制服に身を包み、少女の方に声を掛ける。

 

「■。先生を助けてやってくれ」

 

「……はい」

 

「皆のこと、誇らしく語ってやれよ? 俺にはもう無理だからな」

 

「……はい」

 

 少女はうつむきながら、俺の言葉に小さく答える。その表情がどうなっているかなんて想像に容易い。だが、俺にはもうどうしてやることも出来ない。

徐々に手の向こう側の透明度が高くなり、もう本当に時間がないことを知らされる。

 透けていく俺の躰を見た少女は、スッと顔を上げる。大きな灰色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「私、平和になったら海を見に行きます」

 

「あぁ。いっぱい思い出を作るんだ。■だけの思い出を」

 

 限界まで薄れた俺の躰を、今度は光が包み込んだ。俺はそれでも、届く限り声を出し続け伝える事を諦めない少女の言葉に耳を傾ける。

 

「私、あなたがどこの"世界"にいても、ずっと見ています」

 

「……っ」

 

「私は──────あなたのことを忘れませんッ!! たとえ"この世界"の人たちが忘れてしまったとしても、私は忘れません!!」

 

 もう少女も、妙齢の女性もぼんやりとしか見えない、声を遠くへ行ってしまって聞こえなくても、俺はずっと耳を傾ける。

 

「これが私の気持ちなのか、■■さんの気持ちなのかは分かりません。……ですけど、私はあなたのことが好きでした」

 

 届くか分からない言葉を、俺は口に出した。

 

「そうか……ありがとう、■」

 

 やがて二人の姿は見えなくなり、声も聞こえなくなった。光の世界の中、俺はずっと考えていた事を思い出す。

 

──────本当にこれでよかったのか?

 

 "一度経験した世界"で得た力があった。だが、力があっても俺には覚悟がなかった。だから全てを失った。

全てを失って手に入れたモノは、人類に遺された時間の延長だった。

何もかも投げ売って、ただただひたむきに人類の勝利を、人類の存続のために独りで戦っている人を、また独りにして、全て押し付けて、俺は消えてしまってもよかったのか。

最初は帰りたいと思っていたはずなのに、あれだけ周囲に迷惑を掛けてきた結果が"これ"で本当によかったのか。

否、いいはずがない。

もし叶うのならば……。

 

──────俺はまただ戦える。

 

──────何もかも全て失って、全てあの人に押し付ける形で去ってしまうなんて嫌だ!!

 

──────やり直せるのなら俺は……ッ!!

 

──────■■ーーーッ!!!!

 

※※※

 

[1997年6月8日 横浜市柊町 白銀宅]

 

 瞼が重い。それに温かい。布団の中にいるのだろうか。光の中で漂った記憶はある。その時、"何を考えていた"のかも思い出せる。だが、突然視界がブラックアウトしたのだ。しかし、目を覚ましてみると状況は一変していた。布団の中にいるのだ。

もしかして、ちゃんと俺は"戻れた"のかもしれない。だが、どうだろう。何かおかしい。"戻ってきている"のなら、今日は10月22日。ならば、俺の横にいるべき人がいるはずだ。勝手に家に上がり込み、あまつさえ俺の布団に入っていた──────■■。

目を開いて確認するが、両脇には誰も居ない。嫌な予感が頭をよぎる。確かに、光の中で願ったことはある。しかし、■■■■から開放された俺は"戻っている"はずなのだ。もし、万が一、仮に"戻らなかった"とすればどうする。

決まっている。俺のすることは決まっているのだ。

 勢いよく起き上がり、壁に掛けてある服に手を掛ける。白陵柊学園の制服だ。身支度を整えて自分の部屋から出ようとしたその時のことだ。

劈くタイヤのスリップ音。朝にも関わらず大きな物音を立てた自動車が、俺の家の前に停まったようだ。

 

──────自動車が俺の家の前に停まった?!

 

状況が分からず少し慌てた俺は、脚を引っ掛けて転ぶ。どうやら床に落ちていたゲームガイを踏んで滑ったようだ。

 俺がそんなことをしている間にも、状況は刻一刻と変化していく。

連打されるインターホン。どうやら家に両親がいたらしく、母親の声が下の階から聞こえてきた。

 

『はぁい、どちらさま?』

 

『私こういう者です以下省略!! 上がらせて貰うわ!!』

 

『あ、ご丁寧にどうも……ってちょっと待って!!』

 

 聞き覚えのある声が家に侵入してきたようだ。母さんの能天気な声が聞こえたかと思うと、ズンズンと音を立てながら階段を登ってくる。そして、俺の部屋を勢いよく開いたのは……

 

「ちょっと来なさい!!」

 

「え? あ? ゆ、夕呼センセぇぇぇぇぇぇ?!?!?!」

 

 主観時間、数分前に別れを告げた香月 夕呼であった。

俺は首根っこを捕まれて家の外へ放り出された。そして、投げられて激突した自動車の横で痛みに唸っていると聞こえてくる声。

 

「ちょっとコイツ借りていきます。詳細は追って手紙なり電話なりしますので」

 

「こ、香月さん?!」

 

「あ、鑑のお宅はどちら?」

 

「右隣ですが……?」

 

「では」

 

 回復して立ち上がったのも束の間、今度は隣の純夏の家のインターホンを連打し、出てきたおばさん(純夏の母)を押し退けてズカズカと家に上がり込んだ夕呼先生。すぐに私服姿の純夏の首根っこを掴んで現れ、俺の方に放り投げ……ってちょま

 

「ぐぇ!!!」

 

「あいたーーーーッッッ!!!!」

 

 放り投げられた純夏を受け止めたはいいものの、それなりに質量のあるものを受け止めるとダメージを受ける。よろけて自動車に凭れ、純夏が目を回している間にも話は進んでいく。

 

「鑑を借りていきます。詳細は以下略」

 

「以下略ってちょっと!!」

 

「さぁ、行くわよ!!」

 

 自動車に押し込められ、タイヤスピンしながら自動車は急発進。柊町を駆け抜けて行く。

俺は状況を掴めないまま、夕呼先生に純夏共々拉致られてしまった。

 

「だ、誰か説明してくれぇ~」

 

 俺の声は虚しく車内に響くだけだった。

 



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episode 01

[1997年6月8日 帝国軍白陵基地 正門前]

 

 装甲車に押し込められた俺は状況確認をしていた。一緒に放り込まれた純夏に今日は何年何月何日かを聞き出したところ、「タケルちゃん遂にボケた?」と本気で心配された。バカにされる方がまだマシな程、屈辱を味わったぜ。

心配している純夏曰く、今日は1997年6月8日である。どう考えたって2001年10月22日に飛ぶ筈だったのに、どうして4年も前にずれ込んでいるのか甚だおかしいことだったのだが、それもこれも全て純夏の発言によって消し飛んだ。

 

「確かに今日が2001年10月22日じゃないのは変かもしれないけど、全部タケルちゃんが望んたことだよ?」

 

意味が全く分かりません。ともかく、大暴走する装甲車の中で事情を知っている純夏が説明をしてくれたのだ。

 

「はじめに、私はタケルちゃんが知ってる純夏で間違いないよ。タケルちゃんに分かりやすく言えば"前の世界"の私。まぁ、因果の流入で"元の世界"の私も混じってるけどね」

 

前置きにそんなことを言った純夏は、そのまま話を続けた。

 

「消える瞬間、タケルちゃんは願ったよね? 皆失って得た時間を、自分は役目を終えて香月先生に押し付けるような形で消えるなんて嫌だーって。俺はまだ戦えるんだーって。出来ることがまだあるんだーって」

 

「そ、それは……」

 

あの時、00ユニットである純夏は機能停止していた筈。なのに、何故知っているんだ。俺が光の中、願ったことを。

 

「ま、いいじゃないのさ!! 私もタケルちゃんと同じ願いがあるし、だからこうして一緒に世界を渡ったの。タケルちゃんを助けるために、そして、タケルちゃんが助けるみんなのために」

 

「純夏……」

 

「ま、いろいろ問題が発生してるみたいだけどね。詳しくは香月先生と落ち着いた場所で話すよ」

 

「す、純夏ぁ……」

 

「でも丁度よかったよ。失敗は失敗でも、結果オーライ? ね、香月先生」

 

 今まで純夏との会話に集中していたが、話はずっと聞いていたみたいだ。装甲車を運転してきたのは夕呼先生ではないので、こっちを向いて話を聞いてたみたいだ。ちなみにドライバー姿は見えないが、市街地を爆走中のため全く聞こえない模様。

 

「そーよー? 全く、鑑は白銀の願いを叶えるために、私を巻き込んだわ。横浜基地の桜の木の下で、私は白銀を包んでいたパラポジトロニウム光に取り込まれた。多分だけど、アンタもあの光の中で漂っていたんでしょうね。その間だけ、私もその空間にいた。その時に言われたのよ『こんな終わり、先生も嫌でしょ?』ってね。誰が何のためにそんなことを言ったのかは、その時には分からなかった。だけどあの場には社もいたのよ。社は分かったように『……私は嫌です』って答えた。果たしてそこが終わりなのかは分からなかった。だけど、答えるまでもなかったわね。そうしたらここに居たって訳」

 

 外を見なさい、と言わた俺は、装甲車のハッチを開いて外を見る。そこには見慣れない軍事施設があった。門扉には『日本帝国軍 白陵基地』と書かれている。

 

「ここは横浜基地が建設されるまで私が拠点にしていたところ。まぁ、後で仙台基地に移るんだけどね……。ここの執務室で私は起きた。そして状況を理解したの」

 

「……ループしたことに、ですか?」

 

「そうよ。記憶は保持したまま。状況を確認していたら、血相を変えた社がすっ飛んできて私に報告。私よりも先に目覚めた社が確認を取ってくれていたのよ。そうしたらあら不思議、4年前に遡ってたってワケ」

 

 ケラケラと笑いながら、夕呼先生は俺にあるモノを投げつける。慌てて受け取ると、そこには辞令と共に階級章と衛士徽章が入れられていた。

 

「世の中の女の宿願、若返りを経験させてもらったお礼よ。次いでに、アンタは否応なしに私の元に来るただろうから、先に手を打たせてもらったわ」

 

「先生……でも俺、さっき確認したんですけど、子どもっすよ?」

 

「へーきよ~。表向きは私にスカウトされた天才児って扱いだから。別に今更学校で勉強して訓練兵する気にもなれないでしょ?」

 

「そうですけど……」

 

 辞令は簡単。本日付で国連軍少尉に任官。

 

「それに、アンタにはこれまでの鬱憤を晴らすべく、あちこち駆けずり回って貰うわけよ。そうなれば既に衛士としての技量も実戦経験もある現役衛士で、私の計画を知っているアンタを遊ばせておくわけにもいかないわ」

 

「いやですから俺子ども!!」

 

「聞こえないわ。気合でどうにかしなさい」

 

「科学者が根性論?!」

 

 かなり頭の痛い思いをするものの、横浜基地での夕呼先生とはかけ離れた姿をしている目の前の夕呼先生が、本来の夕呼先生であるかのように思えた。唯我独尊・傍若無人な人であることを、すっかり忘れていた。

 

「まぁまぁタケルちゃん。夕呼先生も気合入ってるんだよ。これまで好き勝手言ってた人たちを叩き潰す気みたいだから」

 

「好き勝手ってまさか」

 

「うん。世界中に"あの爆弾"を落とした後、ラグランジュ点で建造してる跳躍航宙艦で外宇宙に逃げるつもりの人たち」

 

「うげ……」

 

 人類から選別された10万人と共に跳躍航宙艦で地球圏を脱出するのと同時に、地球上の全ハイヴに"G弾"を大量投下することで焦土作戦を立案しているオルタネイティヴ5。俺はそれを目の当たりにしているからこそ、それがどれほど愚かな選択であったのかを理解していた。それと同時に夕呼先生の提唱するオルタネイティヴ4が人類にとってどれほど有益なものであるのかも。

 

「ま、ほぼほぼ私のオルタネイティヴ4も完遂ってところだしぃ。BETAを叩き出す次世代計画を立案するために、発動期間を先延ばしさせながら徹底的に虐めてやるわよ」

 

「いじめっ子の顔してますよ、夕呼先生」

 

「あら、今まで私はいじめられっ子だったのよ? それに、仕返しは当然。やったのならやられることも想定していないとねぇ」

 

 ふふふっ、と怪しい笑みをする夕呼先生を横目に見つつ、純夏の方を見る。さっきまで気が動転したり、自分のことを考えていて気も回らなかったが、ようやく純夏のことを気にすることが出来る。

よくよく見れば、純夏の姿は"俺が前見た時"と変わっていない。そして俺はというと、少々身長が縮んでいた。白陵の制服がブカブカだもんなぁ。筋力は少し落ちているものの、軍人としてなら問題無いレベルだ。元に戻すトレーニングをする必要がありそうではあるのだが……。

 

「というか純夏、身体の方は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよぉ~。あ、でもESP能力は残ってるかな? 流石に量子電導脳はないと思うけど、白陵基地に入ったら香月先生に検査してもらうつもり」

 

「首筋のパーティションもないもんな」

 

「うん。ま、タケルちゃん同様に身長も縮んだし、13歳になっちゃったけどね」

 

 暴走装甲車は入場手続きを終えたらしく、そのまま地上施設で一番大きいところへと着けられた。夕呼先生に降りるよう言われ、装甲車から降りる。そのままどこか連れて行かれるのかと思いきや、夕呼先生は装甲車の近くに立ったままだ。

 

「あれ? 行かないんですか?」

 

「あぁ、ちょっとね。ドライバーが降りてこないから」

 

 さっきまでは不思議には思わなかったが、一体誰だったのだろうか。会話内容はかなりオルタネイティヴ計画に関するものだったので、夕呼先生が話すとは思えなかった。それに、俺たちの会話もかなり機密レベルの高いものだったはず。気にしてなかったが、考慮するべくだったかと後悔する。

 

「……お待たせました」

 

「お疲れ様、社」

 

「霞ぃぃぃぃーーーーっ?!?!」

 

 運転席から降りてきたのは、動かしていた自動車からしたら想像も付かない少女だった。というか夕呼先生は何平然としているんですかね。軍法については学んでいるから知っているにしても、この世界の道路交通法はどうなっているんだろうか。

 

「なーに変な顔しているのタケルちゃん。霞ちゃんは国連軍の軍人だから、資格の中に国際特殊車両運転免許もあるんだよ」

 

「んなもの知るかー!!!!」

 

「……乗り物は、一通り運転出来ます」

 

 やれやれと言いたげに純夏が説明してくれるが、確かに記憶の中ではその資格があるのは俺も知っている。しかし、霞では手足が届かなくて運転出来ないのではないだろうか。

 

「……これは私の装甲車なんです」

 

「うそーん」

 

「……うささん号です。専用のパーソナルマークもあります」

 

 霞が指さした先には、先程俺たちが乗ってきたもの、オルタネイティヴ計画の誘致国が装備を提供しているため、帝国軍でも採用されている装甲車。本来は指揮戦闘車ではあるのだが、国連軍用に塗り替えられたカラーリングの上にデフォルメされたうささんのパーソナルマークが書かれている。

 

「社、車庫には別の奴が戻すから、行くわよ」

 

「……はい」

 

 夕呼先生を先頭に、子どもが3人並んで歩く。建物に入ってから、どうも視線を感じる。どう考えても、夕呼先生が子ども3人連れて歩いているからだろうな。

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 夕呼先生の執務室に到着すると、俺たちはソファーに座るように言われた。霞はどうやらやることがあるらしく、執務室まで来ると何処かへ行ってしまった。

目の前には夕呼先生がコーヒーカップを傾けながら、俺たちに説明を始めようとしていた。

 

「さて、アンタたちにこれからしてもらうことを説明するわ」

 

 執務室には書類や本が山のように積み上げられており、整理も部分的にしかされていない。デスクにはパソコンとペンが転がっており、横浜基地の執務室と同じ様子になっていた。

 

「まず白銀。アタシが春に設立したばかりのA-01に入ってもらおうかと思っていたけど、年齢的に問題しかないからパス。しばらくの間は特務兵として動いてもらうことになるわ。それと同時に衛士としての体作りもしなさい。直近だと大陸、確実なのはBETA上陸の時までには戦闘に耐えうるだけにはなりなさい」

 

「了解」

 

 想像通りではあった。俺の利用価値なんてものはそれくらいしかない。しかし、俺の機動特性はこの世界には存在しないものだ。更に、もし夕呼先生がXM3の開発を行うのならば、俺がいなければ完成には漕ぎ着けないはずだ。

 

「次に鑑。アンタは検査、00ユニットの痕跡がないかの調査をするわ。もしなかったとしてもESP能力があるのなら、そのまま放り出しておくことは危険なの。社と共にオルタネイティヴ4構成員になりなさい。どのみち勉強漬けになるけど、00ユニットだった頃の記憶とかあるの?」

 

「ありますよ。ですけど、体感的には他次元の量子電導脳と並列接続しながら、なにかをするっていうのは無理です」

 

「知識は?」

 

「あ、あはは~」

 

「はぁ……社を付けるから、必要知識を全て叩き込みなさい」

 

「りょーかいでぇす」

 

 一通り俺たちへの今後の説明をし終えた夕呼先生に、純夏が手を挙げる。

 

「はいはーい!! 香月先生ー!!」

 

「なに?」

 

「私、衛士になりたいです!!」

 

「はぁーー??」

 

 純夏はそんなことを口走る。俺としては是非とも反対するが、純夏がどうして衛士になりたいのか理由を聞いてからでも遅くない。

 

「ど、どうして衛士になりたいのかね、純夏クン……」

 

「タケルちゃんが何を考えてるか分からなくもないけど、私は嫌だよ!! 絶対ぜったい、ゼーッタイ嫌!! 私は守られるだけじゃ嫌!! タケルちゃん言ってたじゃないのさ。『純夏は俺の半身だ』って。私もそう。だから私はタケルちゃんと同じところに立つ。そして守られるだけじゃなくて守るよ!! 香月先生は私たちをオルタネイティヴ4のために色々なところに連れて行くだろうし、人前に出ることもあると思う。そこできっとタケルちゃんは色々な人の悪意に晒されるハズ。香月先生は覚悟の上だろうし、"やらなくちゃいけないこと"もあるから何とかするだろうからね。大人だし。でもタケルちゃんは違うじゃん。私が願って"こんな世界"に放り出されて、しなくてもいいことして、傷つかなくていいのに傷ついてさ……。きっと、これからもそういうことがあると思う。だからさ、そんなタケルちゃんの横には私が居るの。1人よりも2人なら怖くないよ!!」

 

「純夏……」

 

「はいはい、イチャコラしないの。それで、私としては別にいいけど、そうすると鑑、アンタは訓練兵からよ?」

 

「えぇ~~!!」

 

 ブーたれる純夏が俺に助けを求めてきた。純夏の思いは分かったし理解した。でもやっぱり反対ではあるのだが、純夏はいくら言っても分からないだろうから、仕方がない。もし共に戦場へ行くのなら、俺が守ってやればいいだけだしな。あと、強引に撤退させる。これに尽きる。もし任官したら夕呼先生に言って、純夏は撤退厳命してもらおう。

 そんなこんなで、今後の大方針が確定した。この後は、出来るだけ今話せる内容を話し合い、細かな方針を決めていくことになった。主にオルタネイティヴ4に直接関わる内容について。兵力・資源・人材・資金を視野に入れた大戦略だ。

会議は時間を気にすることなく続いていき、気付けば夜は更けていった。そして、純夏が活動限界を迎えると、一旦会議がお開きとなったのだった。夕呼先生は、間違っていた数式の訂正作業と報告書の作成、論文の執筆等々を始めるらしい。しかし、部屋を追い出されると思ったら『アンタたちの部屋はないわよ? だって、今朝飛び出して来たままだったからねぇ』と、デスクに着いてパソコンを操作しながらそう言うのだ。結局、隣の仮眠室のベッドに純夏を寝かせ、俺は壁に凭れながら寝ることになったのだった。

 



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episode 02

[1997年6月10日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 昨日の記憶があやふやだ。8日の夜、仮眠室で寝て起きてから、息つく暇もない程に大忙しだった。一応国連軍少尉という肩書は持っているが、基地内を国連軍C型軍装で闊歩するには目立ちすぎる。ただでさえ幼いのだ。そこに国連軍の軍装を着ていたら目立って仕方がない。なので、一先ず帝国軍の軍装を仕立てることになった。一応、国連軍が間借りしている区画では国連軍所属の軍人はいるものの、基本的には帝国軍の軍装を纏っているので、それらに合わせたものになるのだ。この歳で身長が150cm以上ある俺はまだしも、純夏はどうすればいいものかと悩んだ。結局、俺も純夏も低身長という体を通すこととなった。

採寸を行い、近いサイズのモノを取り寄せたら、次は半ば拉致のように連れてかれた俺たちの両親への説明。面倒だったので、当分は内外共に通すことになった設定『帝国大学のすごい学者が俺と純夏の秘めたる可能性を見出したため、将来の帝国のために高等な教育を施す』というものだ。つまるところ、飛び級したというものだった。この説明には俺と純夏両方の両親が涙を流して喜んだそうだ。我が両親ながらチョロ過ぎるぜ……。説明は夕呼先生と夕呼先生の信頼できる腹心が、わざわざ家に行って説明。それらしい言葉を並べたという。次いでにその時渡すための手紙を書かされた。30分で書けなんて言うもんだから、必死になって書いた。

残りは俺の戦術機適性検査と、現段階で何処まで戦えるのかの計測。純夏も戦術機適性検査を受けたが、その後は霞と勉強会ということで別行動になった。管制をしていた夕呼先生がいつの間にか居なくなっていたらしいが、別に苦にも思わなかったために延々とシミュレータで戦闘を行っていた。で、気付いたら筐体に搭乗して数時間が経っていたという。いつまでも帰ってこない俺を心配した純夏が霞と、夕呼先生のところに聞きに行ったという。『あ~、なんかずっとやってるから飽きちゃった。あれ? アイツまだ帰ってこないの?』と。シミュレータルームに確認に来た三人は、疲れを見せずシミュレータで大暴れしていた俺を見て愕然としたという。

そして今、シミュレータから引き摺り出された俺は、得たデータを印刷した後にデータの破棄と完全消去を行い、夕呼先生の執務室に戻ったのだ。

データ確認をした後、純夏にいつまでシミュレータに籠もってるのだと怒られてから記憶が無い。どうやら、気付いてないだけで、かなり疲れていたようだった。

 

「あっはっはっ!!! 正座したまま寝てたのアンタ!!」

 

「そうみたいっすね……」

 

「鑑の説教が長いから、途中から無視してたんだけど、そんな面白いことになってるのなら見てればよかったわ」

 

「見なくていいですからね? 先生はやることあるでしょ?? てか遊ぶな、痛い痛い痛い!!」

 

 で、目が覚めたところ、『何アンタ、座禅してたんじゃないの?』と言われた夕呼先生に説明。無茶苦茶笑われたということだ。ちなみに純夏は仮眠室で寝ている模様。脚が痺れて動けないのをいいことに、夕呼先生がゲラゲラ笑いながら俺の脚を突いて遊んでいる。いい加減止めて欲しいんだがなぁ。

 

「お遊びはこの辺にして、今日からアンタのすることはあんまりないわね」

 

「そうなんですか?」

 

「数式の書き換えと論文、オルタネイティヴ4の報告書類その他諸々。因果律量子論も改訂版の執筆も行うわ」

 

「当面はそっちの方で手一杯って感じですか」

 

「えぇ。数式と論文は私の方で必要なものだし、今の論文は間違いがあるから書き換えが必要。オルタネイティヴ4に関することは、オルタネイティヴ5への牽制も同時に行う必要があるわ。因果律量子論は並列処理コンピュータの理論にも関わりがあるから、どの道必要。結局オルタネイティヴ4に回帰する訳ね。ま、軍事行動に関しては、1年間程休止の予定よ」

 

 A-01の錬成もまだだし、と呟く。

夕呼先生曰く、A-01の設立したはいいものの、現段階では使い物にならないとのこと。集められた衛士は、そのほとんどを帝国軍からの引き抜きで構成されているのだ。しかし、それでも集められたのは一個連隊規模。それは帝国軍全体に及ぶ夕呼先生謹製適性検査を行った結果だとか。その適性検査は至って簡単なもので、私生活から軍事行動に至るあらゆる行動の監視を行い、より良い因果を掴み取りながら生きる衛士を合格とするもの。つまり、運が強い衛士を求めているというのだ。その中から選抜された数百名へ、特命として招集。帝国軍から国連軍への転属意思を持った者のみ採用したという。それが設立時連隊規模であったA-01の正体でもあった。連隊規模しか集めることが出来なかったのだ。

そんな彼らに課している任務は、連隊内部でのチームワークの形成と特殊任務に耐えられるだけの訓練を施すこと。内容は決して軽くはないが、帝国軍出身の彼らでも冷や汗を額に浮かべる程の厳しいものだとか。それに定期報告を受けている夕呼先生も、基準を満たしていないとねちっこく理詰めで責めているらしく、部隊指揮官から末端の衛士まで死に物狂いで訓練訓練訓練三昧だという。

そんな彼らを夕呼先生は「まだまだよ」と一蹴するのだから、怒りを通り越して尊敬されてるとか。学者の癖に分かってる、とかなんとか。

 そんなA-01からは完全に独立した特務兵扱いの俺の配置はかなり特殊だ。A-01はオルタネイティヴ4直属の特殊任務部隊。その存在は隠匿されているが、それ以上に存在そのものがない部隊が設立されていた。

TF-403。タスクフォース403。A-01 オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊という部隊名すら与えられない、完全に機密扱いの部隊。その構成員に現在、俺は席を置いている。主な任務は夕呼先生の指示の元で行われる軍事行動に従事し、目的遂行のために行動する。しかし、その実態はA-01を稼働状態に持っていくための時間稼ぎや、稼働中のA-01部隊が介入することの出来ない任務に投入されるスケープゴート部隊でもある。というのが機密であるが表向きの概要。

本質は別にあり、特務兵として俺を手元に置くための方便なのだ。

 

「アンタはすることないから、基本的には私の使いっ走りね」

 

「そ、ソウデスカ……」

 

 仰々しい部隊に入ったとはいえ、俺は当分いいように使われるだけらしい。早速、今日から書類の印刷やらで走り回ることになったが、まぁ機密フロアから出ることはないから問題ないだろうな。

 

※※※

 

[1997年7月7日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 仮眠室]

 

 今日、夕呼先生は出張だ。純夏を連れて早朝、帝都に向かった。今日はどうやら遅くまで向こうにいるらしく、帰ってくるのは日が暮れて以降になるらしい。霞は事頭を使うことには長けているというが、今の所やることがないらしい。そこで、これまでは出来なかったことをしてみるとのこと。プログラムは元々それなりに知識があったらしいが、本格的な軍事用ソフトウェア開発に手を出しているという。既に始めてから2週間程経過しているらしいが、かなりの速度で上達中とのこと。この調子でいけば、1人でソフトウェア開発を行うことが出来るようになるのも時間の問題らしい。従って、現在はオルタネイティヴ計画用に割り当てられている電算室で缶詰しているみたい。

従って、俺は暇なのであった。

 

「うば~~~」

 

 オルタネイティヴ専用区画の中でも、ほとんどの人が立ち入ることの出来ないフロアで独り、何かの生物のような声をあげていた。

 

「そういえば今日は……」

 

 ふと、今日の日付を思い出していた。今日は7月7日。純夏の誕生日だ。

思い立ったが吉日というもの。すぐさま準備を整えて私服に着替えると、そのまま白陵基地を飛び出すのだった。目標はただ1つ。純夏の誕生日プレゼントを購入することである。

 

※※※

 

[同日 柊町某所]

 

 飛び出してみたはいいものの、そう簡単にいいものは見つかる筈もない。先ず思いついたのは雑貨。しかし、純夏はちゃっかり色々とモノを白陵基地に揃えていた。文房具やら小物入れ、収納。本屋に入ってみたものの、純夏の基本スペックのことを考えて断念。幾ら00ユニットだった頃の知識や記憶があったとしても、現在の低スペック脳ミソでは、活字本の内容を理解出来るとは思えない。よって、本も断念。衣類、本人がいないため断念。あれも駄目これも駄目と店に入っては出てを繰り返し、結局柊町のめぼしい店は全て入ってしまったのだ。最後の最後には骨董品店で壷や掛け軸を見ていた程である。

 

「はぁ……」

 

 朝から歩き詰めで、俺はフラフラと歩いていた。もう日も暮れてしまうため、そろそろ帰ろうとか思っていた矢先、目に飛び込んできたのは小さな雑貨屋。

最後に淡い希望を胸にいだきながら、いざ入店する。

 そして、店外に出た時には荷物が増えていたのだ。

 

「やった……」

 

 出費としては夕呼先生から"一応"給料をもらっているため、そこまでだった。しかし、満足の行く品を購入することが出来た。それは……。

 

「まさかあるなんてな」

 

 そう。うさぎのキーホルダー。前の世界で、俺が木の欠片からナイフで削り出したサンタうさぎや、元の世界で小さい頃にあげたサンタうさぎのキーホルダーとは違うものの、かなりデザインが似ている別のキーホルダーを見つけたのだ。木の端から作ったサンタうさぎの方に似ているが、我ながらツイている。

それと、店であるものを予約してきた。予約というかキープに近いんだが。今度来るのは、今年の10月。その時まで売らないで欲しい、と頼んであるのだ。

 

「不味い。そろそろ戻らないとな!!」

 

 紙袋を片手に、俺は薄暗くなっていた柊町を駆け抜けるのだった。

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 仮眠室]

 

 夕食の時間からしばらくして、夕呼先生と純夏が帰ってきた。夕呼先生は荷物を放り出すと、次にやることがあると言って、パソコンの前に座ったっきり動かない。一方、純夏は「クタクタだよぉ~」と仮眠室に行ってしまう。俺は慌てて純夏の後を追っかける。

 仮眠室は現在、俺たちの部屋になっていた。部屋を用意させるとのことだったが、結局先延ばしになっているため、今も俺たちは仮眠室暮らしをしている。

純夏はベッドに腰掛けて溜息を吐いていた。どう見てもお疲れな様子。だが、時間は刻一刻と迫っている。疲れているところ悪いが、付き合って貰おう。

 

「純夏クン」

 

「んー? なに、タケルちゃん」

 

「時に純夏クン、今日は何の日だか知っているかね?」

 

「今日ー? 今日は香月先生と帝都で帝国上層部にオルタネイティヴ4の経過報告会ぃ~」

 

 駄目だこりゃ……。しかし渡さねばならぬのだよ。

 

「いやいや、何を言っているのだね。そんな君にはこれをあげることは出来ないな」

 

「なになに? なにかくれるの? タケルちゃんが珍しいね」

 

 た、確かに珍しいかもしれない……。

 

「はい、これ」

 

「ありがと。中、見てもいい?」

 

「いいぞ」

 

 紙袋を開け、中に手を入れた純夏。それを掴んで手を引き抜くとそこには……。

 

「っ……!!」

 

 サンタうさぎによく似たキーホルダー。それを取り出した純夏は胸の前でギュッと握り、目を閉じる。何か思い出したのかもしれないが、静かに見ていることにする。

 

「……ありがと、タケルちゃん」

 

「ハッピーバースデー、純夏」

 

「そっか、今日は私の誕生日だったね……。あはは。忙しくてすっかり忘れてたよ」

 

 純夏が幾ら忙しかったとしても、俺は忘れない。何せかけがえのない"半身"なんだからな……。

 この後、純夏と少し騒いだ。BETAがまだ日本に上陸していないこの時期、物資に余裕があるので買い物はそれなりにしやすいのだ。だから、急いで帰る途中にコンビニに寄って買っておいたのだ。本当ならケーキでも用意できればよかったが、なかなか上手く準備に手を回すことが出来なかった。お菓子とジュース、デコレーションは誕生日用ではないがケーキを純夏の前に用意した。それに、忘れてはいけない霞を呼びに行き、ついでに夕呼先生も。きっと無理して食事を抜いたりしているに決まっている。それに、甘いものを食べれば頭もよく回るだろう。

 突貫用意したささやかな誕生会は、純夏も喜んでくれただろう。今回の件で意外だったのは、夕呼先生は参加しないと思ったら参加したこと。しかも出張に行っていた癖に純夏の両親とコンタクトを取り、2人からのお祝いも確保していたことだ。あと、霞がオロオロしていたのは少し可愛そうだったかもしれない。『……何も準備してませんでした』と言っていたから、きっと覚えてはいたんだろう。

 



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episode 03

[1997年8月4日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 8月に入るまで、夕呼先生は大忙しだった。執務室にいる時は、常に何かしら作業をしていた。出張で帝都や国外を出ることも多かった。そんな中、俺はあまり外に出ることはなかった。何故なら軍事基地に俺のような"少年"がいることがおかしいからだ。一応、夕呼先生の執務室までのセキュリティパスを所持している人には、俺たちの表向きの素性は明かされている。しかし機密区画から一歩出れば、俺や純夏は完全に異質な存在だ。本来ならば外で訓練やなんかもしたかったのだが、夕呼先生の厳命で禁止されていた。そもそも機密区画から出ること自体、なるべく避けて欲しいと言われた。

自他ともに認める天才が拾った子ども、という噂は立っているという。噂を気にするような人間ではない夕呼先生ではあるのだが、別のことを気にしていた。俺たちをダシにした妨害工作だ。何処の人間であったとしても、オルタネイティヴ4や夕呼先生への妨害をするならば、本人へ行使するよりも周囲に行った方が効果的であるのだ。そんな夕呼先生への効果的妨害を行うのならば、俺や純夏の存在は格好の餌なのだ。対して、霞を使った工作は効果がないということは前提条件にあるため、行使することはないという。理由は分からないが、霞が正規計画要員であることが理由の1つであるだろう。

というような理由から、俺は基本的に外に出れない。純夏の誕生日の時に関しては、かなり運が良かったとしか言い様がない。夕呼先生の執務室まで来れるセキュリティパスを持った人と仲良くなり、その人を使って基地から出たのだ。戻る時も同様。忙しい中、時間を作って俺に付き合ってもらってありがたかった。今後も時々世話になろうと思う。

 それはともかくとして、そんな俺や純夏の制限が限定解除されることを夕呼先生から伝えられた。俺と純夏の行動範囲が霞と同レベルまで開放されたのだ。機密区画の移動と利用の自由。といっても、そのほとんどが研究区画だったりするのだが。しかも、純夏は以前から自由にそっちを移動していたという。00ユニットのこともあるだろうし、夕呼先生や霞に付いて回っているというのもある。技術士官としての仕事を熟すのに必要だったんだとか。とは言っても、出入りしていたのは電算室くらいだったみたいだが。

 

「じゃ、セキュリティパスの書き換えは終わっているから」

 

「ありがとうございます!!」

 

「機密区画の概要は知っていると思うから、わざわざ説明するまでもないわね?」

 

「はい」

 

「じゃ、私はやることあるから」

 

 そう言った夕呼先生は執務室から俺を追い出した。廊下に出た俺と純夏、霞はこれからどうするかの相談を始める。と言ってもやることは決まっているので、2人に何するか聞いておこう。

 

「純夏と霞はこれから何をするんだ?」

 

「そういうタケルちゃんはどうするのさー?」

 

「……私は電算室です」

 

「お、霞は勉強か?」

 

「……無視するなーーー!!」

 

 霞は軍事用ソフトウェア開発の勉強を続けている。というか、既に勉強もなにもないらしい。ここ数日は籠もってソフトウェア開発を行っているというのが、夕呼先生の話ではある。純夏はそれの手伝いや、自分の勉強を電算室でしているんだとか。夕呼先生に呼び出されたら、そっちに行って色々しているという。その色々が分からないんだが、純夏は何も教えてくれない。

 

「俺はトレーニングかな。資料室の一角を使っての自主トレにも限界があるからなぁ」

 

「あー、不必要なものの片付けをした代わりに使っていいって言われたところ?」

 

「そう。あそこにマットを敷いて筋力錬成」

 

「それ以外では香月先生に呼び出されて小間使いしてるもんね~~」

 

「資料整理、作成、箱詰め、運搬前の状態にしたり、片付け、掃除、洗濯、マッサージ……あれ? 俺っていつから先生の使用人になったの??」

 

「本当、いいように使われてるよね……。仮眠室は私と分担してるけど、結局私たちの部屋の用意は先延ばしされっぱなしだよね」

 

 そんな話を廊下でする。結局3人とも暇といえば暇であるのだ。霞のプログラミングも急ぎという訳ではないみたいだし、純夏も自分で決めた時間を勉強に充てているみたいだからな。

 

「ま、まぁ、いいぢゃないか!! 俺はトレーニングルームに行ってくる!!」

 

 俺たちのセキュリティパスが限定解除されたからといって、今のままではやることは変わらないのだ。

トレーニングルームで俺は永遠と筋力錬成と有酸素運動をやった。純夏が夕食に呼びに来るまで永遠と。バカだと言われたが、確かにバカかもしれない。否定は出来ないな……。

 

※※※

 

[1997年10月22日 柊町某所]

 

 今日も仲良くなった関係者に頼み、基地から出してもらった。流石に2回目となると、結構簡単に出てこれるものだ。前回から更に下調べをしてくれていたらしく、肝が冷えるようなことは一度もなく出ることが出来たのだ。

 向かっているのは、一度訪れたことのある場所。純夏の誕生日プレゼントを購入した小さな雑貨屋。店に入ってカウンターへ向かう。

 

「あの、白銀ですけど」

 

「お、あの時の。頼まれた通りキープしてるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「なんのなんの。あんまり客が来ない店だからね。せっかく来てくれたお客様の願いは、出来るだけ叶えたいのさ」

 

 店主のおばさんが、奥から包を出してきた。中身は分からないが、俺が頼んでいたもので間違いないとのこと。来る日付は前もって伝えてあったので、準備してくれていたんだろう。

 

「プレゼント、喜んでくれるといいな」

 

「はい」

 

「……誰へのプレゼントなんだい?」

 

「え?」

 

 店主のおばさんがニヤニヤしながら問いかけてくる。代金を支払おうと財布を出したが、動きを止めてしまった。別にやましい心積もりはなかったのだが、すぐに答えれるような関係性はパッと浮かんでこないのだ。

 

「妹のような、友だちのような、先生のような……かけがえのない人です」

 

「そうかいそうかい」

 

「あはは。お、お代はここに」

 

「はいはい、ありがとうね」

 

「こちらこそ。では」

 

 少し恥ずかしいと思ったが、すぐに切り替えて料金を支払う。モノとラッピング代。ラッピングは頼んでいなかったが、してくれたのなら置いていくべきだろうし。お代と一緒に置いて、俺はすぐに店を出た。

 次に向かうのは洋菓子店。予約は電話でしてある。後は店で支払いと受け取りをするだけだ。大きい荷物を持ちながら、洋菓子店を目指して歩いていく。

 

※※※

 

[1997年10月22日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 仮眠室]

 

 今日のことに関して、純夏には既に話を通してある。純夏も乗り気で色々準備をしてくれているが、俺の分担は買い出しだった。ケーキは注文、お菓子とジュースは帰りに買い出し。純夏は部屋の飾り付けと、勘付かれないように動くこと。後、話を聞き付けた夕呼先生が色々手を回したみたいだ。

後で聞いた話だが、装甲車をプレゼントしたのは夕呼先生だったみたいだ。基本的に徒歩以外の移動手段は、夕呼先生と共に自動車等の乗り物に乗ること。それ以外は出来なかったらしく、常に軍事施設にいる霞のために、置いていても不審に思われない装甲車をチョイスせざるを得なかったという。

 

『私だってこんなのよりも、もっと普通のをあげたかったわよ』

 

と言っていた。確かに、霞は目立つのは得意じゃないので、こう紛らわす必要があるのだ。霞でも運転出来るようにカスタマイズしたのも先生だという。あげた時、喜んでいるのか分からなかったらしいが、今でなら喜んでいたことは分かるみたいだ。

 ともあれ、俺が帰ってきたら始めるという純夏の作戦は上手くいった。足止めに夕呼先生が買って出てくれたからだ。先生には準備完了の知らせが行っているはずなので、直に仮眠室へ霞が来るだろう。

 

「……」

 

「「ハッピーバースデー!!」」

 

「……失礼しました」

 

「おいおい待て待て!!」

 

 霞が出ていってしまったので、呼び止めに行く。外ですぐに捕まえて、再び仮眠室に戻る。

 

「「ハッピーバースデー!! 霞(霞ちゃん)!!」」

 

「……あ、」

 

 やっと気が付いたようだ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「ほらほら、主役なんだからこっち来いよ!!」

 

「そーだよ!! 今日は霞ちゃんの誕生日なんだから!!」

 

 霞の手を引いて誘導する。3人だけしかいないが、これでも立派な誕生日会。霞、10歳の誕生日なのだ。

 仮眠室は彩られていた。純夏が飾り付けをしてくれたのだ。それも、時間がないので1ヶ月前から夜なべして。前日なんて徹夜だ。俺も手伝いをしたが、『タケルちゃん、ぶきっちょだから別のことして!!』と怒られてしまった。流石に俺の出る幕ではないと、別のことをしていたが……。

 お祝いの言葉をそれぞれ言って、次はお菓子やケーキを食べる。本当なら純夏が料理を用意する予定ではあったのだが、食材を手に入れるタイミングが見つからなかったのと、何度も買い出しに出ているとバレてしまうため、止む無しでお菓子とジュースということになってしまったのだ。

霞と純夏とで小さいテーブルを囲み、どうでもいい話をする。純夏が俺との思い出話をして、流石に霞の誕生日会なので叩くことは自重した。しかし、純夏が調子乗って色々話すもんだから、ついつい叩いてしまった。

まぁ、別に霞が笑ってくれたのならいい。

 

「とまぁ、こんなところで霞にこんなものをあげよう」

 

「……なんですか?」

 

「誕生日プレゼントだッ!! ほら!!」

 

 俺が持って帰るのも一苦労した大きな袋を、霞にポンと渡す。座っている霞がプレゼントを膝の上に乗せたが、お蔭で後ろの霞が全く見えなくなってしまった。

 

「……タケルちゃん、どんだけ大きいの買ったのさ」

 

「いやぁ、純夏の誕プレを買いに行った時、同じ店に置いてあったのを見てビビッと来ちまったんだよ」

 

 純夏の呆れ声に答えつつ、霞の方を見た。既に袋を膝から下ろしており、俺に無言で開けていいかと訴えてくる。それに無言で頷いて返すと、霞は袋を開封した。

袋から出てきたのは、大きなうさぎのぬいぐるみ。前の世界で霞が持っていたものよりも、大きくてかわいいうさぎのぬいぐるみだ。色合いも同じで、丁度いい。それに、あの『うささん』は、霞が寝る時に抱いて寝ていたものだ。この大きさになっているのにも、霞が抱いて寝れるようにという意味も込めてある。

 珍しく目を輝かせている霞に、今度は純夏がプレゼントを渡した。というか、いつの間に用意したんだろうか。

受け取ったのは、そこそこ大きな紙袋。これも霞は無言で開けていいかと聞いてきたようで、純夏は笑って頷く。中から出てきたモノは、バンダナとエプロンだった。胸のところにうさぎの刺繍がされている黒いエプロン。バンダナはエプロンに合わせたのか黒色だ。

 

「……純夏さん」

 

「うん!! 今は忙しいけどさ、霞ちゃん、前に言ってたよね?? 料理をしてみたいって。だから、今はこれくらいしか出来ないけど、いつか一緒に料理しようね!!」

 

「……はいっ、ありがとうございます、純夏さん、白銀さんっ」

 

「うわわっ、泣かないでよっ!! 嬉しくなかったの?! ご、ごめんね!!」

 

「あわあわ、ゴメンな霞!!」

 

 突然泣き出してしまった霞に、俺と純夏は激しく取り乱す。しかし、霞は首を横に振って否定した。

 

「……ぐす、ちがい、ます。うれしくて、あたたかくて……お2人が、とてもあたたかいいろで……」

 

「そっか……」

 

 純夏が霞を抱き寄せて、静かに霞の話を聞く。

 

「……わたしは、こんななのに……ぐすっ、いつもまわりからはさけられて……ぐすっ……でも、お2人はいつも……あたたかいいろで、ぐす……わたしをむかえてくれて……」

 

「うん」

 

「……それなのに、こんな、ぐす……たんじょうびかいまで……」

 

「当たり前だよ。霞ちゃんは私の友だちだから……」

 

「……ありがとう、ございますっ。すみかさん」

 

 おいおい。俺を置いてきぼりにしている2人に、少しいたずらをすることにした。

 

「なんだよ、霞。俺だって友だちだって思ってるぞ」

 

「……はい、白銀さんっ」

 

 そんな少ししみったれた空気になっていると、仮眠室の扉が開く。そこには夕呼先生が、なにかを片手に立っていた。

 

「……あら?」

 

 と呟いたのに、ニンマリと口元を歪める。

 

「なに、アンタたち2人して社のことイジメてたの?」

 

「「どーしてそうなるんですか!!」」

 

「はいはい。私も2人に便乗して用意したわよ、社」

 

 怒る俺と純夏を無視して、夕呼先生は霞のところに歩く。そして、紙袋を手渡した。

 

「はい、渡したから私は戻るわ。3人とも、あんまり騒がないように。じゃ、オヤスミ」

 

 と素っ気なく仮眠室を出て行った夕呼先生を見送り、俺たちは誕生会を再開した。しかし、俺も純夏も気になることがあった。

 

「ねぇねぇ霞ちゃん!! 香月先生から何もらったの?」

 

「……香月博士からも、誕生日プレゼントを貰いました」

 

「開けてみてよ!!」

 

「……はい」

 

 霞は紙袋を開けて、中の物を取り出した。

 

「……本です」

 

「「本って……」」

 

「……戦術機開発に関する専門書です」

 

「「よりにもよって専門書?!」」

 

「……うれしいです」

 

「「嬉しいんだ……」」

 

 うさぎのぬいぐるみ、バンダナとエプロン、戦術機開発に関する専門書。プレゼントを贈られ、霞は表情を変えないが笑っていると嬉しい。

この後も3人での誕生日会は夜が耽るまで続いた。

 



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episode 04

[1997年12月16日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第3シュミレータルーム]

 

 この日まで、俺はずっと身体錬成を続けてきた。トレーニングルームに通って運動、訓練、訓練訓練訓練……。食事は基本的に兵士用のものを食べていた。たまに純夏と共に勉強したりもしていた。結局、一日の大半を錬成・勉強・小間使いをしていただけだったが、今日からそれも卒業である。

俺と純夏が共に14歳を迎えた日、俺は本格的に夕呼先生の命令を受けて極秘作戦を請け負うこととなっていたのだ。それに、今まで錬成があっても戦術機に関わる訓練がなかったのにも理由があるのだ。

 

「じゃあ、β版XM3のシミュレーション運用開始。OSに白銀の機動特性を教育し、先行量産型を完成させなさい」

 

「了解!!」

 

「発案者である白銀はシミュレーションでのデータ収集後は、一昨日搬入させた97式戦術歩行高等練習機 吹雪による実機データ収集を行うこと。既にCPUの換装は済ませてあるわ。実機に移る際、プログラマーの社かプログラマーアシスタントの鑑がOSのインストールを行いなさい」

 

「「はい!!」」

 

「……分かりました」

 

 ぶっちゃけ、夏が終わる頃にはXM3のβ版は完成していた。しかしシミュレーションも実機テストも見送らざるを得ない状況にあったのだ。俺の機動特性はどの戦術機でも行うことが出来るのだが、それでもデータ自体は高機動戦闘を主眼に置いた第3世代戦術機で行うことが無難だったからだ。

それで、データ収集に最適だった機体が吹雪。前の世界でも吹雪でそれを行ったのなら、今回、今手に入る最新の第3世代機 94式戦術歩行戦闘機 不知火を使うよりもいいという判断を夕呼先生がしたのだ。別に不知火の跳躍ユニットをダウングレードしてもよかったらしいが、面倒だからという理由で案が棄却された。

吹雪を入手するという前置きがあり、夕呼先生は機体を手に入れる手回しをしていたということだ。だがA-01発足時に、機種転換訓練で使用したものがあったのにも関わらず、『訓練部隊に回したので余剰機がなかった』ということだった。

シミュレーションデータは簡単に入手出来たが、実機を用意出来なかったという点からここまで開発が遅れた。それに、搭乗する衛士が13歳というのも問題だったらしい。

 帝国斯衛士官学校では元服を終えた少年少女が衛士としての教導を受けることが出来る。基本的には将軍家や将軍家縁者の護衛を任としている城内省管轄の独立武装組織だが、対外的には日本国内にあるもう1つの帝国軍ということになっている。

幼少の頃から武術に触れている彼らの風習を隠れ蓑に、俺を衛士として仕立てるというのが夕呼先生と俺とで相談した筋書きでもあった。何か言われようにも『帝国斯衛軍と同じで、白銀 武も軍事訓練を受けている』ということで、強引に是を言わせるものだ。

 建前は幾らかあったものの、本心としては、俺を実働状態に持っていくというものだった。現段階では俺の存在は夕呼先生の手札にはならないというのもある。それに、俺の目的も果たすことは出来ないのだ。

 

※※※

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 鉛色の空。大地を埋め尽くすBETA。俺は単機で地上を、空を駆け抜けていた。87式突撃砲は唸りをあげ、関節部と電磁伸縮炭素帯(カーボニックアクチュエータ)が激しく伸縮を繰り返す。跳躍ユニットが炎を吐き出し、機体速度が増減をする。走り、跳ね、回る。止まることはない。

BETAの波間を休むことなく駆け抜ける。

 

『データ収集率87%』

 

「ぐっ、ぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 やがて87式突撃砲は36mm、120mm双方の弾が切れる。腰部予備弾倉を取り出すが、今の補給で全てなくなった。

迫りくるBETAに再び照準を向け、跳び上がる。

 

『データ収集率92%』

 

「あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁ!!!! はあぁァァァァァァァ!!!!」

 

 駆けろ、駆けろ。止まることは許されない。既に突撃砲は破棄し、長刀もこれでもかという程振り回した。先程折れたため、切っ先は要撃級の背中に突き刺したまま、半ば折れた長刀を振るいながら突き進む。

 

『データ収集率99%』

 

「……ッ!!」

 

 長刀も投棄。次いでに戦車級が集まっているところにぶん投げ、最後の兵装を装備。二振りの短刀を持ち、いつから入っていたか分からないハイヴを駆け抜ける。

 

『データ収集率100%。データ精査に入ります。……白銀さん、お疲れ様でした』

 

「はぁ……はぁ……」

 

 そんなこんなで、俺はシミュレータルームでシミュレートデータの収集を行っていた。稼働データからバグを探して潰す。これからはそんな単純作業が続く。

網膜投影上に映し出される霞のバストアップ映像から、今後の予定が伝えられた。

 

『……この後、純夏さんとプログラム修正を行います』

 

「はぁ……頼んだ……。次はいつになるか分かるか?」

 

『……明日です』

 

「分かった。じゃあ俺は上がるよ」

 

『……はい』

 

「お疲れ様」

 

 俺は筐体から降り、背伸びをした。夕呼先生に言われてから、すぐに霞と純夏がOSのインストールを始めて、終わったらすぐに俺はシミュレータに乗っていた。それから休憩なしのデータ作業は、時間間隔を狂わせる程に集中していたみたいだ。

 

「午後7時か。シミュレータに乗ったのは2時過ぎだから、正味5時間ってところだな」

 

 我ながら長時間搭乗をしていたようだ。普通ならば3時間程で休憩を入れるが、俺は休憩なしで5時間も搭乗していた。

 

「おぉっと……、あぶねぇ」

 

 そりゃフラフラにもなるな。足取りがおぼつかない。筐体の中で霞と話したが、管制室にいるであろうから直接顔を見てから帰ることにしよう。

管制室を覗き込むと、霞がデータを記憶媒体に保存しており、その隣で純夏がラップトップを弄っていた。

 

「お~、霞おつかれ~」

 

「……はい。白銀さんもお疲れ様でした」

 

「5時間も乗ってたなんて、さっき気付いたぞ。いやぁ~、意外と体力が付いててよかった」

 

「タケルちゃん、やっぱり戦術機に乗ると変態になるね。普通、あんなに乗ってられないよ」

 

「変態ってなんだよ!? 俺は普通だ!!」

 

「やーい、変態ぃ~!! 香月先生も『アイツは変態だ』って言ってt」

 

 丁度近くにあったビニールスリッパを折り曲げ、純夏の頭に振り下ろす。スパーンと小気味よい音を鳴らした。

 

「あいたーーーー!! なにすんのさ!!」

 

「俺は変態じゃない!!」

 

「どーしてそんなポンポン叩くのさ!!」

 

「お前が変態呼ばわりするからだ!!」

 

「事実じゃん!!」

 

「ちげーし!!」

 

 そんな言い合いをしていると、霞が『……コピー完了しました。……またね』と言って管制室から出ていってしまう。手伝いをしていた純夏が俺と言い合っているから、1人で始めようとしているんだろう。

 

「純夏」

 

「なにさ!!」

 

「霞、もう行ったぞ」

 

「え? あ、待ってよ~~!!」

 

 今日からこんな日が続くのだ。恐らくβ版XM3完成は半年以内に終わるだろう。XM3の基礎概念は俺、プログラマーは霞、制御系ハードウェアは夕呼先生。ついでに純夏も。開発陣全員が完成形のXM3を知っている人間だ。しかも前回の開発では、時間に迫られていた。先生曰く『開発に費やしたリソースは少ないわよ』とのこと。今回はかなり手を入れて制作している。精巧なプログラミング、入念なテストを行い作り上げるXM3は、きっと前の時よりもいいものに仕上がる筈だ。

独り背伸びをしてシミュレータルームを後にする。

 

※※※

 

[1997年12月30日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第3演習場]

 

 極度の緊張状態だ。管制ユニット内で独り、今か今かと網膜投影映像を見ていた。跳躍ユニット・主機の出力を落としてアイドリング状態にする。

突撃砲のトリガーに掛かっている指と、出力を落としているフットペダルに掛かる足が攣りそうだ。呼吸も徐々に浅くなりつつある。

刹那、レーダーに反応。

 

「っ!!」

 

 望遠映像に移るのは……。

 

「っクソォォォォォ!! 戦闘データが欲しいとか夕呼先生のバカァァァァァァァ!!!!!」

 

『あら、まだ相手も1機だけだからいいじゃない。本当だったら一個中隊とか当てるつもりだったけど?』

 

「夕呼先生ありがとう!! ホントありがとう!! やっぱり聖母だな!! うんッ!!!!」

 

 鬼がいる。やっぱり、どこの世界に行っても夕呼先生はそのままだ。

 一方、状況が激しく動き出していた。俺が乗っているのは吹雪XM3搭載機。既にβ版も佳境に入り、霞曰く「ほぼ完成しました」とのこと。今XM3に必要なのは、ロールアウトまで漕ぎ着くこと。そのためには戦闘経験が必須。それが演習であったとしても、だ。そのため、夕呼先生は模擬戦を企画したのだ。

相手は77式戦術歩行戦闘機 撃震。衛士は……

 

「まりもちゃん……やっぱり強いな!!」

 

 神宮司 まりも軍曹。夕呼先生の親友で悪友。元日本帝国軍富士教導団のエリートで、今は帝国軍白陵基地第207衛士訓練部隊の教官を務めている。そして、俺の恩師の1人だ。

九・六作戦の初陣からしばらくの間、東アジア戦線で暴れまわった歴戦の衛士。初陣から配置転換までの間、大陸で無慈悲に残酷にBETAを狩る様は『狂犬』と言われる程の人物。帝国軍内でも名の知れた熟練衛士。

 まりもちゃんの強さは俺には身に沁みていた。兵科教練、戦術機教習等々実技や、その立ち居振る舞いや心構えまで。訓練生として2回教えてもらっているが、まりもちゃん以上の教官は居ないだろう。

俺はそんなまりもちゃんを相手に戦っているのだ。

 砲撃戦を数合、近接戦を一度している。だが、致命傷を与えられていない。俺もダメージは受けていないが、それだけの戦闘をしてもまだ、撃墜には至っていないのだ。

 チャンスが舞い込む。釣り出しに出たまりもちゃんに突っ込み、近接砲撃戦を仕掛ける。XM3の先行入力とキャンセル、コンボがあれば、常に入力を続けなければならない近接戦で大きなアドバンテージになるのだ。

現に目の前のまりも機の撃震の動きが、俺の吹雪に追いついていないのだ。追いかけ回し、攻撃を繰り出し、誘い、ダメージを与える。離脱しようにも、俺が退路を塞ぐため、行動が制限されている状況だ。

遂に逃げるのを諦めたのか、跳躍ユニットを前へ迫り出しバックブースト。急制動を掛け、正面の崖を蹴ってこっちに飛んできたのだ。

チャンス。すぐに長刀を振り抜く。背部左マウントが持ち上がり、火薬式ノッカーが74式近接戦闘長刀(CIWS-2A)を弾く。弾かれた勢いを殺さずに、上段から長刀を振り下ろす。しかし、ここでまりも機が避けることは想定済みだ。すぐさま方向転換。跳躍ユニットを一方向へ向けて推力を偏向。機体を右回転させ、長刀を横一線。まりも機が方向転換し、こちらに迫っているのは見えていた。

 

『神宮司機、胴体両断。大破。演習終了です』

 

※※※

 

 機体をハンガーに戻すとキャットウォークに純夏が来ていた。企画主催の夕呼先生は別の所にいるのだろうか。管制ユニットを開放して降りると、純夏が俺を出迎えてくれる。

 

「お疲れ様、タケルちゃん」

 

「おー、純夏。ヤバかった気がするんだが、どうだった?」

 

「多分大丈夫じゃないかなぁ。結局勝ったし」

 

「それでいいのか、本当に……」

 

「大丈夫だと思うよ~。それと香月先生から伝言。第5ブリーフィングルームに集合。一度着替えてから来なさいって」

 

「了解。伝言ありがとう、純夏」

 

「どういたしまして~。じゃあ、私は吹雪からデータ吸出しがあるから」

 

「あと頼むな~」

 

 ラップトップを脇に抱えた純夏が、俺と入れ替わりで管制ユニットに入り込んでいく。俺はそれを見ると、そのまま夕呼先生がいるという、第5ブリーフィングルームに駆け足で向かうのだった。

 

※※※

 

[同日 国連軍専有区機密区画第5ブリーフィングルーム]

 

 ブリーフィングルームに入ると、夕呼先生と久々に見る強化装備を着た女性の後ろ姿があった。主観で言えば半年程度だが、体感はかなり長い間会っていないような気がする。

 

「来たわね」

 

「ちょっと香月博士!! 説明を要求します!!」

 

「キャンキャン煩いわね、まりも。アンタの求める説明は、コイツが来てからじゃなきゃ出来ないのよ」

 

 夕呼先生にそう言われたまりもちゃんは、俺の顔を見ると心底驚いた。愕然という言葉の方が当てはまるかもしれない。信じられないものを見た、とも言える。俺を観察したまりもちゃんは、そのまま夕呼先生に掴みかかろうと攻め寄るが、先生はそれをあしらいながら話を始める。

 

「貴女ッ!! この子、国連軍の軍服を……?!」

 

「はいはい。それもこれもアンタに説明するから、ちょっと落ち着きなさい」

 

「ふーっ、……それで、説明をお願いします。香月博士」

 

 流石、切り替えが早い。とはいえ、気になっているのは目に見て分かる。俺と夕呼先生の顔を何度も往復している目を見れば、さっさと説明して欲しいといったところだろう。

夕呼先生はすぐに説明を始める。

 

「まりもには始め、『調子に乗ってる新任少尉がいるから、叩き潰してあげなさい』って言ったわよね?」

 

「えぇ。訓練校を主席で卒業、戦術機適性は通っていた訓練校歴代1位、教官をのして任官した傲慢な新任少尉の相手をしろとおっしゃいました」

 

「で、結果はまりもの惨敗」

 

「そんなことは分かっています!! ですが、あの吹雪の機動は常軌を逸していました。硬直時間もほぼなく、次々に繰り出される複雑且つ奇っ怪な機動制御。挙げ句、光線級がいつ撃ち抜くか分からない空を飛びました。確かに衛士としての技量は新任少尉にしては高いですが、もっと別の要因があるように思えるんです」

 

「流石まりも。気付いているじゃない。そう、まりもが相手にして吹雪には、私の研究の副産物を利用した新OSを搭載してあったの」

 

「新OS?」

 

「正式名称はXM3。特殊な機動概念を持つ衛士の提案を私が採用。先行入力・キャンセル・コンボと呼ばれる機能を追加・最適化したOSと、OSを動かすために必要な演算処理能力を戦術機に与えるため、私の研究からスピンオフした並列処理半導体を使用したCPUを搭載しているわ。分かりやすく言うと、追加された機能以外にも副次的な効果として、戦術機の反応速度が約30%アップしているわ。この意味、分かるわよね?」

 

「え、えぇ……。それだけ反応速度が上がれば、レスポンスがシビアにはなるけど、今よりも繊細な機動が実現できます」

 

「そうね。反応速度向上に加え、処理待ちをしている機動制御シグナルに強制的に介入、別のシグナルの優先度を上げて操作を行う先行入力。実行中・処理待ちの機動制御シグナルを削除することで実行中の動きを中断したり、誤った入力を消去することの出来るキャンセル。衛士の入力した機動制御シグナルをパターン化し、一定の入力以上を行うと自動で機動制御を実行するコンボ。これらの機能によって、これまでの戦術機の制御は格段に簡略・円滑化しているわ」

 

「スタビライザの自動制御で転倒中に受け身を取る強制入力時に実行中の機動制御シグナルを先行入力とキャンセルを行うことで、受け身をキャンセルして倒れた状態で離脱も出来る、ということですか」

 

「そういうこと」

 

「なるほど……。非常に気になるお話ですが、そこにいる子は?」

 

「あぁ、そいつは白銀。OSの基礎概念の持ち主よ」

 

 平然とそう吐き捨てた夕呼先生に、まりもちゃんは遂に目が点になった。恐らく、負荷オーバーでも起こしたんだろう。すぐさま再起動が掛かり、まりもちゃんは俺に話し掛けてくる。

 

「わ、私は極東国連軍 第207衛士訓練部隊教官 神宮司 まりも軍曹です」

 

 階級章を見たらしく、敬語で俺に話し掛けてくる。

 

「俺は極東国連軍……えぇと、俺ってどこの所属ですか?」

 

「……私の助手」

 

「極東国連軍 香月 夕呼大佐相当官付の白銀 武少尉です」

 

 変な肩書になった。始めはTF-403と言いかけたが、一度夕呼先生に確認の意味を含めた視線を送って正解だった。どうやらまりもちゃんには知らせるべきでない話だった。

 

「……っ」

 

「……」

 

 沈黙が俺とまりもちゃんの間に流れる。それを夕呼先生が壊した。

 

「ちなみにさっきの吹雪の衛士、コイツだから」

 

「えぇーーーーっ?!?!?」

 

 まりもちゃんの感情は、このブリーフィングルームで何回切り替わったのだろうか。俺は夕呼先生とまりもちゃんの言い合いを遠目に見ながら、今後のことを考えるのだった。

夕呼先生が俺を人前に出した、ということは、今後はもっと動くことになるという前兆のような気がしてならなかったからだ。きっとそれは危険なことでもあるだろうし、夕呼先生のためになることでもあるだろう。そして、ゆくゆくは俺と純夏のためになることだ。

覚悟を決めなければならない。俺は再び、この世界で戦うことを覚悟した。

 

「も~~!! 夕呼のバカ!! 上層部に知られたらとんでもないことになるわよ!! し、少年兵だなんて!!」

 

「あら、そんなこと言ってもいいのかしら? これでも19よ」

 

「じ、19ぅぅ!?!?!?」

 

 それは嘘。まりもちゃん、夕呼先生の嘘に騙されないで……。

 



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episode 05

[1998年1月4日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第3シミュレータルーム]

 

 私が始めた見た"彼"の印象は複雑だった。幼い顔付き、小さい体躯でありながらも屈強な肉体、その目に宿る意思の強さ。ここまでちぐはぐな人は初めて見た。少しの間、近くに居て印象はすぐに変わった。性格もちぐはぐで、年齢相応の発言もすれば、年齢不相応の発言もする。話していて何処か、私と同い年か年上かと思うような物言い。見えてきた彼の背景と心は、見るに堪えない程ズタボロだった。そう、ひっきりなしに責め立てられる前線の兵士のように。何もかもが憎く、BETAを恨み、世界に絶望したような。大陸に居た頃、時々見かけた壊れた兵士のような姿。かと思えば夕呼が近くに置いている幼子、社 霞や、彼が"スミカ"と呼ぶ女学生くらいの少女の前では、軽口を叩きながらも滲み出るオーラは温かく優しいものだった。

 

『神宮司軍曹。順応教習中に考え事ですか?』

 

「あ、いいえ。なんでもないわ」

 

『そうですか。お疲れでしたら、この辺りで切り上げてもいいんですが……』

 

「大丈夫よ。まだ全然元気なんだから」

 

『あははっ、その様子ならまだまだいけますね。これまでは機動制御の見直しでしたが、もう戦闘演習に入りましょう。ということで霞、ヴォールクデータ。状況、地上陽動50%、支援50%』

 

 げっ。この子、可愛い顔して結構洒落にならない設定を入れてきたわ。しかも、よりにもよってヴォールクデータなんて……。反論をしようとしたものの、すぐさま社少尉が管制室から制御をしてしまう。

 

『了解。ヴォールクデータ。地上陽動50%、支援50%。随伴はF-15C一個中隊』

 

『サンキュー。じゃあ、行きますよー神宮司軍曹!!』

 

 シミュレータ筐体内の映像が切り替わり、ミンスクハイヴの映像が表示される。周囲にはBETAや戦術機の残骸が転がり、私と白銀君の後方にUNカラーのF-15Cが一個中隊出現した。

もう拒否しても駄目だろう。諦めてヴォールクデータに挑むしかない。

 

「……はい」

 

 白銀君の言葉に、なんとか絞り出して出てきた返事がそれだけだった。流石に、いきなりヴォールクデータはキツい。

 

※※※

 

[1997年12月30日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第1ブリーフィングルーム]

 

 白銀君の駆るXM3を搭載した吹雪にこっ酷くやられた日の夜、私は夕呼に詰め寄っていた。丁度PXに顔を出したところを捕まえ、彼女に無理を言って機密区画に通してもらったのだ。

 

「何よまりもぉ~。この頃男日照りで飢えてるからって、親友である私を襲うなんて」

 

「違・い・ま・す!! 聞きたいことがあったの」

 

「ふ~ん」

 

 私のことを揶揄った夕呼は、近くにあった椅子に腰掛けて脚を組んだ。私も近くから椅子を引っ張ってきて、夕呼の前に腰を下ろす。

 

「今日貴女に紹介された白銀少尉のことよ」

 

「あぁ、よりにもよって白銀を……。一応確認は取っておくけど、犯罪よ?」

 

「違ぁーう!! いい加減そこから離れてよ!!」

 

「残念。でも本気だったとしても、アイツは駄目よ」

 

「……夕呼?」

 

「……なんでもないわ。それで、話しって何?」

 

「だから白銀少尉のこと。社少尉のことは何となく話は聞いてるけど、白銀少尉は別よ。彼は軍事教練も受けているみたいだし、衛士としての腕前も本物。新任衛士ですら軽く超える実力よ。熟練衛士に迫る程であると言ってもいいわ」

 

 そう。あの見せつけられた腕前は本物だ。あのこと戦術機操縦に関しては魑魅魍魎が跋扈していた富士教導団でさえ、あそこまで飛び抜けたものは見たことがない。それが新型OSが理由であるかないかに関わらず。それだけ、あの戦術機操縦技術は異常だったのだ。

 

「そうね。アイツはまりものいた富士教導団や本土防衛軍帝都守備隊のエース並かそれ以上よねぇ」

 

「えぇ。だからこそ、彼の腕前に納得がいかないの。年齢にそぐわない能力の数々は、あれで19歳というのは嘘でしょう? 見た目的にも」

 

 私が戦った時間、ブリーフィングルームで顔合わせをした数分間だけで何となく分かってしまったのだ。あの"白銀 武"という少年、おかしすぎる。

 

「まりものその見立ては間違ってないわ。19歳というのは嘘。本当は13歳」

 

「っ?!?!」

 

「言いたいことは分かるわ。彼は少年兵よ」

 

「ゆ、夕呼ッ!! 流石にこれは看過できないわよッ!!」

 

 ひと目見た時から分かっていたが、やはり思い違いではなかった。顔付きと着せられている軍服から、どう見ても少年兵にしか見えなかったのだ。もし、低身長なだけだったとしても、それにしては童顔過ぎた。

そうであって欲しくなかった。前線国家では子どもでさえ、戦場に駆り立てられては散っていたのだ。目の鼻の先まで迫っているとはいえ、日本国内で少年兵なんて許される訳がないのだ。

 

「分かっているわ。だけどね、まりも」

 

 脚を組み直した夕呼は、鋭い目つきで私を睨みつけながら言った。

 

「これは戦争なの」

 

「……でも」

 

「アイツには必要とされる衛士としての知識、異常な戦術機適性、実戦機動に耐えうるだけの体力と新OSの基礎概念を持つ程特殊だわ。アイツは戦場で死ぬ覚悟もある、そう言ったわ。だけど、そんなアイツを衛士として籍を置かせたのは私よ」

 

 それに、と続けた夕呼。

 

「それに、アイツは私の研究にも必要。まりも、アンタは外縁だけでも知っているでしょう? 知ってなければ富士教導団のエリートがこんなところ(帝国の嫌われ者)で軍曹なんていう階級引っ下げて教官してる訳ないものね?」

 

「……えぇ」

 

 あんな子どもまで戦場に立たせなければならない程なのか。そう疑ってしまうが、この眼で見た光景はそれを否定する。人類には余裕がないのだ。未曽有の侵略者に、私たちは守るべき子どもまで駆り立てねばならぬほどであるのだ。

悔しいかった。ただただ悔しかった。

 

「じゃ、この話は終わり。まだ私の助手扱いだけど、時期が来れば少しずつ表に出てくるわ。その時はまりも、アンタに任せることもあるわ」

 

「分かった……」

 

「はい。じゃあ、ここの施錠はよろしくね」

 

 スッと立ち上がった夕呼はそのままブリーフィングルームから出て行ってしまう。残されたのは未だ座っている私と、目の前に残された椅子。

夕呼、椅子を片付けて行かなかった。

 

※※※

 

[1998年1月11日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第4演習場]

 

 相変わらず変態的な機動制御を行う白銀機(吹雪XM3搭載機)を追いかけ回す。今まではすぐに後ろを取られて、追いかけ回されるばかりだったので、ここまで来たのは大きな進歩だろう。

 疾く駆ける。一秒でも遠く、一瞬でも速く。逃げている間でも、相手の隙を見逃すな。平面滑走(サーフェイシング)しながら、障害物の間を縫うように高速移動をする。今、演習場で戦っている2機を見た他の衛士はきっと『あんな動き、吹雪と撃震が出来たか?』と思うはずだ。私の撃震を追いかけ回す吹雪は、それこそ障害物を巧みに使いながら追いかけてくる。さながら障害物競走のように。

平面滑走、短距離跳躍、急旋回をしながら、アクロバットな三次元機動を行う。徐々に詰められていく距離を離す努力をしながら、状況を覆す手立てを探す。

 

「くぅぅぅ……!! ここで、ぇえぇぇい!!」

 

 急角度のインメルマンターン、ハイヨーヨー、急制動しつつ鋭角に旋回。吹雪の目の前まで来ると、そのまま跳躍ユニットが出力全開になり、唸りを上げて急上昇を行う。ついてくる吹雪目掛けて倒立反転、そのまま加速しながら長刀を振り抜く。

 

「あ"ぁぁァァァァァ!!!!」

 

『なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 急上昇していた吹雪が倒立反転したまま落下してくる撃震を回避するため、脇に逸れたところを狙う。白銀君の癖は、ここ2週間の教導で理解した。だからこその攻撃。回避する方向は一定なのだ。そこを狙って、長刀で斬りつける。

攻撃の結果を確認することなく、地面手前で跳躍ユニットの噴射口を地面に向けて出力全開にし運動エネルギーを相殺するが、勢いを殺しきれずに地面へドスンと着地した。

頭上の吹雪を確認すると、左肩部装甲ブロックから腕部まで全てを失い、左跳躍ユニットも脱落していた吹雪が浮いていた。チャンスだ。このまま大破まで追い込む。

 すぐさま飛び上がろうと跳躍ユニットの出力を上げるが、なかなか離陸してくれない。足元を見ると、撃震の脚部が地面にめり込んでいた。強引に脚を引き抜いて、再び吹雪の所在を確認すると、既にすぐそこまで迫っている。

 

「しまった!?」

 

『ぅおらぁぁぁぁ!!』

 

 長刀を構えたまま落下してきたのだ。私がさっきしたことを、そのまま返される。今度は回避することもままならず、撃震をコクピットブロックごと切り裂いたのだった。

 

『神宮司機、コクピットブロック両断。衛士死亡。演習終了です』

 

「……また負けた」

 

 悔しい。ここまでやっておきながら負けてしまったことが。

 

『白銀さんと神宮司軍曹はハンガーへ戻り、第2ブリーフィングルームに集合してください。強化装備のままで大丈夫です』

 

『了解』

 

「了解しました」

 

 今日の演習で何戦目だろうか。年明けから毎日のように、何戦も実機演習を行ってきた。UNブルーの撃震がオレンジ色になるまで演習を繰り返した。整備班長に怒られることもあった。

 届かない。吹雪を駆る白銀君に。XM3を搭載した私の機体でも、大陸からこの方ずっと乗り続けて癖もなにもかも知っている愛機でも。世代差もあるかもしれないが、私の撃震はOBL(オペレーション・バイ・ライト)化や装甲材軽量化、パーツや電子装備(アビオニクス)を最新モデルに換装、対レーザー蒸散塗膜塗布加工がしてあるため、そんなものはあってないようなものなのだ。第2世代水準機と第3世代のダウングレードされた訓練機なんて、差があってないようなもの。なのに、白銀君の吹雪には敵わない。

 ハンガーに機体を戻すと、整備と清掃のために取り付いた整備兵たちが『こりゃ脚部ヤバイな』や『今回も派手に動き回っていたな』と言っていたが、何処からか『あの吹雪の腕を切り飛ばしたのを見た時には、遂にやったと思った。今まで手も足も出なかったことがあったくらいだからな』と。確かに、これまで与えたダメージの中では一番大きいかもしれない。だが、私はそれでは満足しない。やるからには倒したいのだ。

 

※※※

 

[同日 第2ブリーフィングルーム]

 

 強化装備のまま指定されたブリーフィングルームに入ると、既に白銀君と社少尉が来ていた。他には夕呼も来ているようで、近くの椅子に腰を降ろしている。

 

「……神宮司軍曹が到着したので、デブリーフィングを開始します」

 

 社少尉がそう切り出し、デブリーフィングが始まる。

 

「……先程のAH戦闘演習(対人類戦闘演習)によって、β版だったXM3が完成しました。既にバグの除去も終わっています」

 

「そ。……約1ヶ月お疲れ様」

 

「……今後のXM3の扱いについてですが、香月博士から既に指示が出されています」

 

 社少尉はXM3搭載機の数を増やすことを伝えた。決定しているだけで白銀君の吹雪と私の撃震。他にも撃震の4機と吹雪4機、不知火2機が確定とのことだった。私の撃震がXM3搭載機になったことで、白陵基地の撃震旧OS搭載機を新たに回すということになった。今後も増えていく予定であり、最初は夕呼直属部隊に先行量産型を搭載し、実戦証明(コンバットプルーフ)を行うということだった。その先のことは何も言わなかったが、既に予定立てていると思われる。

 XM3が完成に漕ぎ着けたということは、今後白銀君と戦闘訓練を行うこともないということだ。勝ち越しされるのは嫌だ。むしろ、負け越しする方が嫌だ。なんとしても勝ちたい。そう考えている私を尻目に、社少尉が説明を続ける。

 

「……神宮司軍曹には今回の功績によって大尉に昇進。おめでとうございます」

 

「へ? あ、ありがとう……?」

 

 白銀君が夕呼の助手ということは、特殊任務も受けることが多いだろう。何処かのタイミングで再戦を申し出ておかなくてはいけない。

 というか今、社少尉はなんて言った? 私が昇進?

 

「ちょっと待ってください。私が昇進? しかも大尉ですか?! 4階級特進なんて聞いたことないですよ!!」

 

「アンタは訓練生の子守りをしながら、XM3の教導マニュアルを作成して正規兵に教導してもらうから」

 

「なっ?!」

 

「仕方ないでしょ~? 白銀はこんなだし、他にXM3を扱えるのがいないのよ」

 

「……り、了解」

 

「ちなみに訓練生の子守り中は軍曹だから」

 

「……はい」

 

 長年の付き合いで分かっている。夕呼は無茶苦茶なことをする。何度反論しても、何度抵抗しても無意味なのだ。ならば素直に従う方が身のためになる。溜息を吐きながら、私は夕呼から階級章と辞令を受け取る。

 

「霞、俺は?」

 

「……白銀さんは、当面の間は何もありません」

 

「そんなぁ……」

 

 白銀君には当分の間、お暇が与えられたようだ。夕呼曰く、白銀君は対外的には兵士ではないらしい。それを垣間見る出来事は何度もあった。実機訓練の際は、基本的に屋外で降りることはないのだ。管制ブロックを開けるところはハンガーの中だけで、夕呼直属部隊用のハンガーの一番奥でしか開閉することはない。夕呼にそう厳命されているんだとか。しかも強化装備に着替えるのは管制ブロック内。出歩く際は国連軍C型軍装か作業着で、非戦闘員に紛れて出歩いているという。白銀君本人も煩わしく思っているようで、「こればっかりは年齢ですし、仕方ないですよ」と言っていた。

確かにそうかもしれないが、やはり何処か寂しいなと思ってしまう。もっと自由に出歩きたいと思っているだろうし、面識があるのはどうも私と夕呼、社少尉と"スミカ"くらいに見える。

どうにかしてあげたい、と考えつつも私はブリーフィングルームを出て、新たな仕事を始めるのだった。

 



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episode 06

[1998年4月1日 朝鮮半島海南郡沖]

 

 先生、俺はアンタを恨むぜ……。事の始まりは4日前に遡る。

 3月の下旬。純夏と霞の3人で他愛のない話をしていた。俺は年明けにXM3が完成して以来、体作りとシミュレータ訓練、勉強くらいしかしていない。純夏も勉強と並行して筋力・体力作りに燃えており『体が引き締まったッ!!』と喜んでいた。霞もそれに付き合って、程々に訓練を交えつつも、メインの頭脳労働をしている。そんな俺たち3人が話していると、そこに夕呼先生がこう言ったのだ。

 

『アンタ。ちょっと朝鮮半島行ってきなさい』

 

と。拒否する間もなく、準備が進められていた。そして、気付いた時には黄海を航行する戦術規母艦の中に居た。

 夕呼先生から俺に与えられた任務は簡単だ。俺には身分詐称が厳命されており、光州(クアンジュ)作戦に於いて国連軍司令部防衛の強化と陽動を行うこと。所属は極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊 ウェン・リー少尉。ユーラシア極東戦線に於ける激戦の最中、壊滅した部隊がごちゃごちゃに固められて出来た部隊の補充要員として入ることになっている。

先生が『悲劇を止めるならここからよ』と俺に言っていた。つまり、俺がしなければならない事は"そういう事"なのだ。だから国連軍司令部を守れ、という任務が与えられたのだろう。

 

「いいさ、やってやる」

 

 俺はそう呟き、戦術機に乗り込んだ。

 今回、俺が乗る戦術機は吹雪じゃない。モグリであることを悟られないため、極東国連軍光州基地に配備されている戦術機と同系統のものを夕呼先生が用意した。F-15Cだ。これにXM3を搭載して慣らし運転をしてあるものを持ってきている。少々動きが異常になるかもしれないが、俺の生還も厳命されているため、何か言及されるようなことがあれば、どうにかして回避しろとのこと。最悪、処分しなければならないという。それに、万が一撃墜された場合は、管制ユニット内に仕掛けてある時限式C4(プラスチック爆弾)を爆発させろとのこと。OSを機体毎吹き飛ばせとのことだった。

 髪型を少し変え、俺は戦術機母艦から飛び立った。目的地は既に戦闘が開始されている第2防衛線。

 

※※※

 

[同日 光州作戦第2防衛線]

 

 極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊と合流。この時、第2防衛線は混乱を極めていた。既に第13戦術機甲中隊は半壊。合流前は残存機5機という状況にあったが、俺が加わったことで少し持ち直したようだ。

 

『貴官がHQから連絡のあった補充兵か? 俺がこの第13戦術機甲中隊(リザード中隊)隊長 アレックス・ミラー大尉だ。ウェン・リー少尉だったな、よろしくな』

 

「はッ!! よろしくお願いします!!」

 

 アレックス・ミラー大尉。極東国連軍に属するソ連系だという。社会主義思想が嫌になり、国連軍に入ったとか。中年で白髪なナイスなミドルだ。

 

『俺はイ・ヒョンジュン少尉。よろしくな、坊主』

 

「よろしくお願いします」

 

 頬の痩けた韓国人青年のようだ。ソウルに住んでいたが、韓国軍が散り散りに敗走してしまったため、国連軍に籍を置いているという。

 

『イ・スギョン中尉よ。よろしくね』

 

「よろしくお願いします」

 

 こちらは韓国人女性。半島の北の方に住んでいたらしいが、軍がなくなってしまったので国連軍に籍を置いているという。

 

『済まないが残りの2機は後退している。損傷が酷かったのでな。中の衛士も重傷だったみたいで、こっちに戻ってくるのは難しい』

 

 ミラー大尉はそう言って、オープン回線で状況説明を始める。現在、第13戦術機甲中隊の担当戦域にはBETAがいない。全て始末したという。しかし、これから続々とBETAは来るだろうと予想されているとのこと。両隣の戦域でも、第13戦術機甲中隊のように脱落者が多数いるらしく、既に後方へBETAが流出しているというのが現状。第2防衛線残存兵力は、第1防衛線から後退する戦術機甲部隊の支援を行いながら、第3防衛線まで後退。国連軍司令部と背後を進行する民間人たちの誘導を支援せよという命令が司令部から下っているのだ。この際、第3防衛線まで撤退する最中は砲兵部隊や黄海に展開している日本帝国海軍・統一中華戦線・大東亜連合・国連軍混成艦隊による支援砲撃が行われるとのこと。

 既に第1防衛線残存兵力は後退を始めており、少数の戦術機甲部隊が後退中であった。俺たちの戦域に通過するのは、2機のJ-8(殲撃8型)。統一中華戦線所属機。双方共に損傷を受けており、片方には強制脱出(ベイルアウト)して負傷している衛士が搭乗しているという。

 

『リザード1より第1防衛線から撤退中のJ-8。所属と階級、状況の説明を求む』

 

 ミラー大尉が戦術データリンクに映った機影に通信を呼びかける。するとすぐに応答が入った。

 

『トライアド1よりリザード1へ。統一中華戦線 第66戦術航空連隊 (チャン)大佐だ。我々が第1防衛線から引き上げる最後の部隊だ。双方の機体ステータスはオレンジ(警戒)。俺の機体は左腕と右跳躍ユニット、僚機は右脚と頭部が特に状態が悪い』

 

『リザード1よりオールユニット。リザード隊はトライアド隊の2機をエスコートしながら、一度第3防衛線まで後退する』

 

『『「了解」』』

 

※※※

 

 第3防衛線の状況もいいという訳ではなかった。BETAとの戦闘は発生しており、押し潰され掛けていた。トライアド隊の2機は統一中華戦線司令部と連絡を取ることが出来、負傷者を降ろしてから予備機に乗り換えて戻ってくるとのこと。俺たちは第3防衛線の補強のため、戦列に加わり戦闘を繰り返していた。

 XM3を搭載したF-15Cの機動はやはり、旧OS搭載機よりも機敏に動くことが出来る。撤退中にそのことをミラー大尉やイ中尉、イ少尉にも聞かれた。しかし、答えることはせず、『お前の腕がいいんだろうな』とミラー大尉が纏めてしまった。

とはいえ、俺の機体のみ動きが機敏なのは徐々に国連軍部隊内でも広まりつつあった。それに、担当戦域の掃討が終わると、俺たちは他の戦域へ移動しては戦闘を繰り返していた。ミラー大尉が『俺たちの部隊も壊滅したが、機体のステータスに問題はない。ならばすることは味方の援護だ』と言って、司令部の許可の元で転戦することになったのだ。

 

『リザード1よりリザード4(ウェン・リー)は俺と分隊(エレメント)、イ両名はそっちで分隊を組んだ方が機能するだろう』

 

「リザード4了解」

 

『リザード2了解。確かにリザード3との連携の方が安定しますが……』

 

『リザード3了解。俺たちで組んだ方がいいに決まってる。ウェン少尉の機動についていけるのなら、俺はミラー大尉と組むが?』

 

『バカ言わないで。無理よ』

 

『なら言うな』

 

 即席分隊を形成し、第3防衛線を転々としつつあると司令部からオープン回線で通信が入る。日本帝国大陸派遣軍が突如として担当戦域を離脱。避難民を海南船舶ターミナルへの誘導のため、戦術機・戦車部隊が後退。自走砲部隊は変わらず支援砲撃を続けているとのことだった。

これが恐らく『光州作戦の悲劇』だ。大陸派遣軍司令官を務める彩峰 萩閣中将が独断で命令を下したものであり、『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』を実行したまでに過ぎないということだ。戦列を離れることは、1つの軍団としては大問題ではある。しかし、彩峰中将は"成すべきことをした"に過ぎないのだ。人として。だからこそ、それだけ部下が付き従っているといえる。

 行動を起こすのなら今しかない。俺はそう考え、ミラー大尉に上申をすることにした。今、遊軍になっている崩壊した部隊を集結させ、国連軍司令部正面に展開すれば守りきれるかもしれない。

 

「リザード4よりリザード1へ。我々は第2防衛線以前から撤退した戦術機を纏め、日本帝国軍の抜けた穴を塞ぎに行きましょう」

 

『リザード1よりリザード4。理由を聞いてもいいか?』

 

 怪訝な表情をしたミラー大尉から、俺は理由を聞かれた。ここで説得をしなければ、このまま国連軍司令部はBETAに蹂躙されてしまう。それはなんとしてでも避けなければならない。

 

「はッ!! 日本帝国軍の担当していた戦域は押されつつありましたが、残存戦力は一個連隊程でした。しかし、それらの殆どが抜けてしまったとなると、進行中のBETAが最終防衛線を抜け、後方の国連軍司令部に到達してしまいます。各戦線には防衛線から後退してきた戦術機甲部隊が合流をしていますが、どこも手詰まりなはず。ならば、防衛線の支援のために転々としている俺たちが向かうべきです。幸いにして、第3防衛線は徐々に後退中。最終防衛線の戦力増強がなされるため、遊軍となる我々にしかその穴を塞ぐことは出来ません!!」

 

『……まだガキの癖になぁ。よし分かった。リザード1より全負け犬隊(アンダードッグズ)。俺たちは各防衛線で撤退の遅れたMIA部隊だ。司令部も俺たちのことを把握している人間はあまりいない』

 

 負け犬隊。ミラー大尉が第3防衛線で転戦する中、増えていった戦術機たち。それは第1防衛線や第2防衛線から、全滅したと思われていた戦術機たちだ。その実、前線に残って足止めをしていた連中だが、どうにか後方にたどり着いた奴らで出来た臨時編成大隊だった。どの機体も何かしら部位が破損しているものばかりだが、まだまだ戦える者たちでもある。だからこうして、転戦する中で拾ったミラー大尉に付いて来ているのだ。指揮官だったり新兵だったり、J-8やF-15C、MiG-21 bis、MiG-23、F-4E等など。統一中華戦線、極東国連軍、大東亜連合軍といった部隊で成された混成部隊が出来上がった。

 

『リザード1よりオールユニット。これより日本帝国軍が抜けた穴を塞ぐべく、国連軍司令部の正面に展開する。司令部が落ちれば、俺たちがここに来た意味はない!! 俺たちの守るべき民は日本帝国軍に任せよう!! 俺たちはここで死ぬべきではない!! 俺たちはユーラシアに忘れられた戦士だッ!! 俺たちの生き様、俺たちの武勇、俺たちの想いをこの母なる大地(ユーラシア)に刻みつけろッッッ!!』

 

『『『『『応ッ!!』』』』』

 

 周囲に集結していた戦術機が一斉に跳躍ユニットを稼働させる。次々と浮き上がり、頭を向けるのは最終防衛線。国連軍司令部に向かうBETA集団だった。様々な戦術機たちは、そのBETAを殺戮すべく飛び立ったのであった。

 

※※※

 

『……こちら第221歩兵連隊。もう持たない!! 兵士級や闘士級はどうにかなるが、戦車級や要撃級は対処出来ない!! 至急救援を!!』

 

ヌクッテ(韓国語:オオカミ)連隊。残弾2割を切った!!!! もう前線への支援砲撃を満足に行えない!!』

 

『ぐああァァァァァァァ!!! く、駆動系が!! や、止めろ止めてくれェェェェ!!! がぼ』

 

 ボロボロの戦術機甲部隊が国連軍司令部前面の最終防衛線に到着したのは、もう少しで戦線が完全に崩壊する一歩手前だった。数機の戦術機と歩兵・戦車部隊による懸命な戦闘が行われている最中、俺たちは火線の正面に降り立ったのだ。

 

『リザード1より国連軍司令部に通達』

 

 オープン回線を開いたミラー大尉は話しながら、迫り来る戦車級や要撃級を撃ち続ける。

 

『リザード中隊……第2防衛線の第13戦術機甲中隊か!? 奴らは全滅したのでは?』

 

 恐らく国連軍の指揮を執っていると思われる将校の映像が映し出される。その顔には焦りと恐怖からか、脂汗が額から滲み出ていた。

 

『リザード1よりHQ(司令部)。俺たちは、各防衛線から忘れ去られた衛士だ。総勢37機。統一中華戦線、大東亜連合、国連と様々な軍に属しているが、ここが堕ちれば光州作戦の意味が無くなってしまう。日本帝国軍には俺たちの家族を守ってもらう。代わりに俺たちがここを守る!!』

 

『そうか……。最終防衛線を頼んだ』

 

 ミラー大尉はそれに答えることはなかった。

 

『張大佐。弾薬と推進剤は』

 

『推進剤はあまり補給出来ていないが、弾薬は別だ。歩兵の後方に補給コンテナが設置された。突撃砲の補給と、何処から持ってきたのやら長刀まである』

 

『ありがとうございます』

 

 戦域データリンクに補給コンテナの位置が表示される。総数20基。その殆どが突撃砲のものだが、1つだけ長刀のものもある。どうやら第2防衛線にあった日本帝国軍のものらしい。これだけあれば機体が壊れるまで戦い続けることができる。

 極東国連軍司令部正面に展開した戦術機甲部隊は、その損傷からは想像も付かない程の動きを見せることとなった。元々機体自体にあまりダメージのなかったリザード中隊に、予備機を取って戻ってきた張大佐のトライアド隊を中核としていることは一目瞭然だった。所属はバラバラだとしても、そこが守らなければならない場所であると言わんばかりに。他の司令部は撤退済みであり、残すところ俺たちが守る国連軍司令部のみとなっていた。避難民の収容は国連軍の輸送船を使用しているという理由もあり、司令部撤収のための輸送船はまだ接岸出来ていないのだ。

しかしながら、そのような状況下にあったとしても、俺たちは戦い続けた。瓦解すると思われていた国連軍管轄の防衛線は、司令部目前で持ち直していた。戦術機母艦に戻っていた各軍の戦術機も、続々と救援のために最終防衛線に集結しつつある。

そして最終防衛線での戦闘開始からおよそ60分後。国連軍司令部撤収の時間を稼いだ混成部隊と共に、司令部非戦闘員が朝鮮半島から撤退。光州作戦に於ける、最大の危機は脱することが出来たのだった。

 

※※※

 

[1998年4月2日 東シナ海洋上]

 

 俺たちリザード中隊が収容された戦術機母艦には、乗り合わせた他軍の戦術機があった。俺たちは国連軍ではあるのだが、黄海で強襲上陸を務めた大東亜連合と統一中華戦線の戦術機母艦はおよそ7割が轟沈していたのだ。そのため、作戦終了時に戦術機を収容する母艦の数が足りなくなったのだ。

 

「いやぁ、助かった。極東国連軍が強襲上陸の時に使った戦術機母艦が無傷で何隻も残っていたんだろ? 俺たちのところ(統一中華戦線)は搭載機数12機の母艦に16機乗せるもんだから、帰還の時は機体を乗り捨てることもあるんだ」

 

「そら知りませんでした。統一中華戦線の戦術機母艦はソ連のレンドリースとライセンス生産のものがほとんどだと聞きましたけど、数は足りないんですか?」

 

「造船所も明かりが落ちないくらいに働いてるんだが、それでも足りなかったんだ」

 

「張大佐が乗った母艦も?」

 

「もちろん。俺たちの連隊には戦術機母艦が7隻与えられていたが、それでは連隊全機は載せれないからな。甲板に潮さらしにするしかなかった」

 

 戦術機母艦のハンガーに、俺とミラー大尉、張大佐が集まって話をしていた。行きに俺の戦術機を載せていた母艦だが、俺を送った後は光州作戦に参加した国連軍の指揮下に入ることになっていた。俺が帰る時にも、この戦術機母艦を使うようにと夕呼先生に言われていたのでその通りにしている。

しかし、先生も想定外だろう。俺を編入した部隊は俺を残して全滅すると思っていたらしく、また、戦場で共闘した他軍の戦術機を載せることになる等眼中にすらなかった筈だ。俺のF-15Cの秘密を知られる可能性は捨てきれないが、先生への意趣返しのためとでも思っておこう。

 

「しかしなんだ、ウェン少尉のF-15Cはおかしな動きをするんだな」

 

「張大佐……」

 

「詮索はしたくはなかったんだが、単純に興味だ。俺の知っているF-15はあんな動きはしない。設計思想からしても、近接戦闘は開発元からしても考えられないからな。だが、ウェン少尉の戦闘スタイルは俺たち統一中華戦線やその他、自国領土内にハイヴを抱える国にありがちな近接密集戦闘だ」

 

「お、俺の所属していた訓練部隊では、そのようには教わらなかったんです」

 

「はははっ!! なるほどなぁ。そりゃ、砲撃戦向きの機体なのに近接密集戦を行う訳だ。中身()がそう出来てないならな」

 

 ゲラゲラ笑い、俺の肩を叩く張大佐はタバコを吸いながら、一度深呼吸をした。

 

「戦友になったお前らに、恐らく後から聞かされることを先に伝えておこう」

 

 戦場で戦っていた時の雰囲気に切り替えた張大佐は、俺たちが椅子代わりにしていた突撃砲の弾薬箱にもたれ掛かりながら淡々と話し始める。

 

「光州作戦に投入された戦術機、およそ9割を喪失。俺たち統一中華戦線機は残存が俺と僚機になった金中尉が乗っていた予備のJ-8だけ。他の軍も変わらないんだろう? 参加機数が多かった国連・日本帝国軍は帰還機数が多かったとしても、統一中華戦線も他国軍も同じだ」

 

「大東亜連合に組み込まれた朝鮮人民・大韓民国軍も同じです」

 

鉄原(チョルウォン)の奴か」

 

 鉄原。確か朝鮮半島中央にある地域だが、その地名には聞き覚えがある。ハイヴが建設された場所。光州作戦時にはすでに陥落していて、衛星がBETAがハイヴを作っているところを確認しているのだろう。

 

「先程同乗の礼を艦長に言いに行った時、CIC(戦闘指揮所)のレーダーを見たんだ。繰り上げで指揮官になった俺だが、それでも指揮官レベルのブリーフィングには出席している。どれ程の艦艇が参加していたのかを知っているからこそ、撤退している艦艇の数を見るとやるせなくなるな」

 

 俺も夕呼先生からは聞いている。途中で合流する際、眼下で炎上しながら沈んでいく船は数え切れない程見た。だからこそ、張大佐が言いたいことが理解できた。

 

「いつまで経っても、慣れないな……。否。慣れたくはない、な」

 

 そう呟いた張大佐の声が虚しく、機械音と収容できた負傷者や民間人の声で掻き消えていった。

 



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episode 07

[1998年4月7日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 光州作戦に参加するために身分や名前を偽って入った極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊のミラー大尉たちや、作戦中に合流し共闘した張大佐と共に戦術機母艦で撤退した後、統一中華戦線の軍港《基隆港》で再編成と、難民たちの一時的な下船が行われた。

その時に張大佐たちは軍に報告をすると言って分かれ、ミラー大尉たちはホームを失ったということで、一時的に統一中華戦線の台北基地所属になるということだった。汚染洗浄も済んでいないボロボロのF-15Cは、オーバーホール直前レベルまで疲労しているものの、中破・大破している戦術機を優先して運び込むとのことだったので、台北の空を4機編隊で台北基地まで飛ぶことになった。

 台北基地に降り立った俺たちはすぐさま再編成の指令を受け取り、それぞれにミラー大尉から辞令を受け取った。三人は台北基地にそのまま残って、生き残った衛士たちを纏め上げて負け犬隊を存続することになったという。その中に俺の名前はなく、光州まで乗ってきた戦術機母艦の母港である横浜まで行くことになったのだった。

 たった数日間だけだが、共に戦ったリザード中隊の面々や、万全な機体が一機もいないまま国連軍司令部を目指して撤退した各国軍の衛士とは、ずっと前から家族だったように思えて仕方がなかった。

しかし俺にはやらねばならないことがある。光州で連れ添った仲間たちに別れを惜しまれながら、俺は一人で戦術機母艦に戻り、横浜に帰還するのだった。

 

「報告書は読んだわ。アンタみたいな訳アリが入っても不審に思われない場所に放り込んだんだけど、相当前線は酷かったようね」

 

「えぇ……あれが本来のBETAとの戦いなんだ、って戦っている時は実感しませんでしたけど……」

 

 目の前で足を組みながら、俺が戦術機母艦内で書き上げた報告書を読む夕呼先生は、他の報告書らしきものも手に取って読み始める。

多分だが、もう一つの報告書らしきものはA-01が提出したものなのだろう。顔を顰めながら睨みつける様に読み進めている。

 

「……ご苦労さま」

 

「はい。こっちでは何かありましたか?」

 

「特にないわ~。強いて言えば、一人になっても鑑がうるさかったくらいよ」

 

「はぁ……純夏のヤツ……。俺が見ていない間に先生にご迷惑掛けませんでした?」

 

「それも無いわね。むしろうるさくてもやることはやっていたわ。アンタの吹雪とまりもの撃震の整備はあったから、基本そっちに付きっきり」

 

「そう言えば出撃前日まで実機試験はやってましたね。というか純夏のヤツ、戦術機の整備なんてできるんですか?」

 

「アビオニクス系はイジれるようになったみたいよ。社のプログラミングアシスタントをしていたからかしら? それに戦術機でやることなくなると、執務室やらあちこち掃除して回ったりしてたようね」

 

 二組の報告書を机の上に放り投げた夕呼先生は、そのままコーヒーメーカーの前に立ってコーヒーを入れ始めた。

 

「順番が逆になったけれど、アンタの耳に入れておきたいことがあるわ」

 

 再び席に戻った先生は、カップを傾けながら話し始める。

 

「A-01に建前的に試験導入したXM3についてよ」

 

 問題が起きたのだろうか?

 

「当初は一個中隊に与えたXM3だけど、3月下旬には一個大隊にまで膨れ上がったのは知っているわね?」

 

「はい。やはりと言うかなんというか、あれは衛士から見れば画期的なOSですから。直接見たり体験したりすれば、使いたくなるものだと思います」

 

「そうよ。結局連隊全機に導入することにはなっていたんだけれどもね、光州作戦に間に合ったのがその一個大隊だったって訳。それでXM3搭載機と旧OS搭載機の光州作戦時のキルレシオを見たのよ。……10:1よ」

 

「それはつまり……」

 

「えぇ。XM3を搭載した一個大隊が、光州作戦に参加した旧OS搭載機のレシオと並んだわ。参加戦術機数は三個師団相当だったはずだから、そこから単純計算でね。任務は色々与えていたけれど、XM3の実証実験は成功。その上、一個大隊規模の不知火が大立ち回りしたお陰で参加軍から問い合わせが殺到中。まぁ、教えてあげないんだけどね」

 

 俺の担当戦域からかなり離れていたところを担当したA-01が、どんな戦いをしたのかは気になる。俺のことをよそに、夕呼先生は話を続けた。

 

「光州作戦には二個大隊を投入したけれど、未帰還は27。XM3搭載機に限れば4よ」

 

 一度BETAとの戦いになれば、戦術機が戻ってこないなんてことは当然のことであることはよく知っている。知っているからこそ、夕呼先生の言った4機未帰還というのは、とてつもなく大きなことであることは理解できるのだ。

 静かに聞いていた俺は、頭に思い浮かべていたことを口にする。

 

「撃墜機の扱いは、どうなっているんですか? 前の世界では、回収できるところでは回収していたと思うんですけど」

 

「ふぅん……。撃墜された不知火は爆破処分されているわ」

 

「爆破?」

 

「前の世界、11月11日のBETA上陸と12月5日のクーデターの時は国内だったから、全て私が回収したわ」

 

 厳密に言えば、A-01専属チームが回収したのだろう。指示は夕呼先生が出したということだ。

 

「だけど今回は国外。国内なら私の手が届くけれど、一度外に出れば状況は変わるわ。XM3は子飼い部隊の作戦遂行率を上げる意味でも必要なもので、他の国や部隊に渡るのはできる限り避けたいの。前の世界では余裕がなかったけれど、今は余裕はないにしろ猶予はある」

 

「それとXM3を隠匿する因果関係は……反オルタネイティヴⅣとオルタネイティヴⅤ推進派の対策ですか?」

 

「よく考えるようになったわね。その通り。まだ生まれて間もないオルタネイティヴⅣの息を永らえさせなくてはいけないからこそ、XM3は私たちの手の届く範囲でのみ運用することになるわね。当面はA-01だけになるわ」

 

 衛士の生還率があがる要因にもなるXM3を、そんな政治的理由で使わせなくする。そんなことを頭では理解できていた。そうしなければ、オルタネイティヴⅣが中断されてしまうかもしれない。オルタネイティヴⅤに進ませてはいけないからこそ、彼らにスキを見せない意味でも、彼らに力を持たせない意味でも必要なことなのだ。

だが、心は別のことを叫んでいる。今からでも普及させれば、死ぬ人を減らせるかもしれない。前線を押し止めることができるかもしれない。本土に上陸させないようにできるかもしれないのだ。

 ぐっと気持ちを抑え込み、俺は夕呼先生の目を見る。

その目はいつも見てきた目だ。人類を救うため、悪魔に魂を売った。後ろ指を刺されながらも、大多数を敵に回しても、直向きに人類の勝利を願って己の力を使ってきているのだ。

そんな先生の後ろ姿を見たからこそ、俺は抑え込むことができたのかもしれない。力も覚悟もある。理解した。先生と目指す先が同じだと言うのならば、俺も一緒に歩けばいいのだ。

 

「となると、第207衛士訓練部隊の戦術機訓練だけは、まりもちゃんがXM3を教えることになりますね」

 

「……そうよ。既に次の代のが入ってきて訓練を始めているわ。まだ前期訓練中だけれども、総戦技演習が終わり次第XM3よ」

 

「戦術機訓練を受けていない訓練兵が、始めからXM3を使って訓練した時の伸び方は尋常じゃないと思います。俺の代は特別でしたが、きっと今度受ける訓練兵も訓練次第で同じくらい強くなると思います。教えるのがまりもちゃんなら尚更」

 

「XM3を初めから使って、早々にくたばってもらっちゃ困るわ。アンタもあたしも」

 

「そうっすね……」

 

「あたしやることあるからここで終わりよ。アンタは好きなようにしなさい。ひとまずやってもらうことは終わったから」

 

「そうさせてもらいます。失礼します」

 

 XM3はオルタネイティヴⅣの成果物になる、と夕呼先生は言っていた。だからこそ、XM3でなければ得られないメリットをデメリットが霞むくらいに大きいものにしなければならない。先行配備されたA-01の一個大隊では、未帰還機が4機だった。そも旧OSが23機だったのに対して、だ。これは大きなメリットになるだろう。しかし、XM3の真骨頂は反応速度の上昇だけでない、追加された機能にあるのだ。俺はF-15Cで参加したが、夕呼先生からはあまりキャンセルやコンボを多様しないように言われていた。全力機動はなるべく人目に触れないことや、誤魔化しの効く『前線国家で訓練を受けた』がカバーできる範囲だけで実現ができたのみだ。

となれば、次にやることは自ずと決まってくる。夕呼先生のオルタネイティヴⅣが盤石なものとなり、人類が反旗を翻すその時までオルタネイティヴ計画を独走させることだ。

夕呼先生の執務室を出た俺は、荷物を仮眠室に放り入れて純夏と霞のところへ向かうのだった。最初は帰還報告だ!

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有機密区画 電算室]

 

 俺は2人がいるであろう電算室に向かった。というのも、純夏は夜に仮眠室へ戻るまでは国連軍の機密区画内のあちこちにいる。その中でも一番確率が高いのは、霞がよくいる電算室だった。

俺の予想は当たっていたらしく、電算室の扉を潜ると、中からコンピュータのラジエータファンが唸りを上げている中にキャッキャと主に聞き覚えのある声が聞こえてくるからだ。

 

「ただいま~」

 

「あ~~~~!!! やっと帰ってきたーーーー!!」

 

「ただいま、霞」

 

「……おかえりなさい、白銀さん」

 

「無視するな~~~~!」

 

「よう、純夏」

 

「あ、うん……タケルちゃん」

 

 いつものごとく元気に騒ぐ純夏に、物静かにコンピュータのモニタとにらめっこしていた霞が俺をチラッと見てすぐに視線を戻す。あぁ、今仕事中だったのね。俺も少しはプログラミングの勉強をしているから分かるのだが、霞の技術は本当に技術者のソレだろう。タイピングが止まることを知らず、モニタの文字列がどんどん上へ上へと押し上げられていくのだ。

一方、純夏は急に静かになった。俺のことを見てすぐは元気だったのに、ジロジロと俺のことを見渡している。

 

「なんだよ、純夏」

 

「あ、うん……あはは。"前の世界"の記憶があったとしても、全部一緒に出撃したことしかなかったからさ。こうやって私は残って、タケルちゃんを見送ることってなかったから……」

 

「そっか……そうだよな……。ただいま、純夏。俺は元気に帰ってきた。怪我もしてないし、ほら、この通り!!」

 

 純夏に見せつけるように屈伸運動や手を振ったりしてみせた。

純夏が何を思って言ったのかは分かっているつもりだ。だが、どんな返答を願っているのかまでは分からない。分からないが、俺は俺のしたいようにする。俺は何事もなく帰って来れたんだ。

 そんな俺を見た純夏は、フラフラと立ち上がって俺に抱きついた。これまでに何度もしたことあった。だが、"この世界"では初めてだ。俺は純夏の背中に手を回して抱き寄せると、そのまま顔を純夏の顔の横に持っていく。左頬に純夏の赤い髪の毛が当たってくすぐったいが、それが気にならなくなる程に、そして純夏が壊れないくらいに力を入れて抱き締めた。

 

「怖かった……」

 

 たった一言が俺の心に刺さる。純夏が戦場に出た訳ではないが、純夏の記憶の中にはBETAと生身で対峙したものがあるのだ。俺も"前の世界"のプロジェクションで観せられているからこそ、純夏が心で何を思ってその言葉が出てきたのかが理解できる。

できてしまうからこそ顔に出てしまうのだ。言葉にしなくとも雰囲気や表情で相手に知られてしまう。俺は純夏に顔を見られないよう、一層力を入れて抱き締める。

 そんな俺に霞がふとこちらを見て、いつもの様に淡々と話し始めた。

 

「……出撃が決まり、白銀さんの搭乗機が確保できた時、純夏さんは白銀さんの機体に細工をしていました」

 

「細工?」

 

「……はい。白銀さんのF-15ですが、あれはC型だと聞いていると思います」

 

「え? あ、うん。配属が光州基地だったから配備されているのはF-15かF-4だもんな」

 

「……あのF-15を用意したのは香月博士です。CPU換装とXM3インストール作業は白陵基地で私と純夏さんが行いました」

 

 マジか。一度CPU本体諸々、戦術機の制御系を見せてもらったことがあるが、換装作業は霞たちが行える程楽な仕事じゃないのは目に見えて分かる。そもそもCPU自体が大型であるということもあるし、制御するために必要な電力供給は旧OSと少し違うのだ。だからCPUとXM3がセットで運用されて本領発揮するという話は本当ではあるのだが、その実、電源変換ユニットやら諸々も交換するのだ。

 

「……簡単に言ってしまえば、あのF-15は簡易版のJ型でした。短時間であれば近接密集格闘戦も可能です。同じく、長刀も使用可能でした」

 

 嘘だろ。F-15Cだとばかり思っていたから、長刀の使用は控えていたのに……。しかも国連軍司令部の前に展開した時、帝国軍が残していったコンテナに未使用の長刀がこれでもかと死蔵されていたのだ。継戦能力を優先したため、長刀の使用は最後の最後にしようとしていたのに、実は使えましただなんて今聞かされても……。

 

「ウッソだろオイ……。初期装備も突撃砲4門で、撤退まで長刀なんて指一本触れなかったのに……」

 

「……起動シーケンスでステータスに《F-15C Extra》と表示されたはずですが」

 

「見てねぇ……クッソ~~~~! それ見てたら確実に気付いたのに~~~~!」

 

「……ごめんなさい」

 

「いんや、霞は悪くない。気付かない俺が悪い」

 

 気付かなかった俺が悪い。これで霞がイジってくれたF-15Cを撃墜されたなんて話だったら笑えない。恐らく、霞の好意でイジったのだろう。それに、今後もF-15Cには乗ることになりそうだからな。きっとそれまでに霞が色々やってくれるかもしれない。それを期待しよう。

 

「霞ちゃんがC型とJ型のプログラムを比較して、近接格闘戦ができるように書き換えたんだよ~~~~。さっき霞ちゃんが見ていたのだって、F-15Jのプログラムだもんね」

 

「……はい。簡易版しか書き換えてませんので、今回はオルタネイティヴⅣ製のF-15Jを作ります。既にハードの発注は香月博士にしました」

 

「今現在、吹雪持ってるんだけど、オレ……」

 

「いいじゃないのさー。タケルちゃんには必要なんだから。それに吹雪はオルタネイティヴⅣが使ってるけど、白陵基地用でもあるんだから」

 

 俺から離れた純夏はニヘラと笑いながら言う。

 

「わかってらぁ」

 

「ほんとに~~~~?」

 

「お、おう」

 

 端切れの悪い返事を返してしまう。

 

「……次の任務は決まっていないので、白銀さんは通常任務に含めてF-15Cのテストパイロットをしてくださいね」

 

「分かった」

 

「……プログラムの上書きをしてきます。またね」

 

 コンピュータの前から立ち上がった霞は、愛用のラップトップを片手に電算室から出て行ってしまう。純夏は遅れること数秒後、同じくラップトップを片手に霞を追いかけて行ってしまった。

 

「霞ちゃん、待って~~~~!」

 

 電算室に置いてきぼりになった俺は、そのまた数秒後に再起動し、しなければならないことを始める。

まずは自分の処理しなければいけない事務仕事だ。一応表向きはTF-403の部隊長は俺になっているので、部隊宛に回ってくる書類を確認しなくてはならないのだ。と言っても数枚程度なので、確認して次の部署に回すだけだ。

誰もいなくなった電算室の照明を落として、俺は一人仮眠室に向かうのだった。

 



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episode 08

[1998年4月16日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第2演習場]

 

 国内が光州作戦後の趨勢に注目する一方、俺は新聞を読み漁っていた。国内で流通する新聞から、わざわざアメリカの新聞を買ってまで情報収集を行っていたのだ。

目的はもちろん、持ち場を離れた日本帝国大陸派遣軍について。防衛線を放棄し避難民救出を優先したのだ。その結果、戦線が崩壊。最終防衛線の後ろに存在する国連軍司令部壊滅、指揮系統の混乱に追いやった。このことから国連は大陸派遣軍指揮官である、彩峰 萩閣中将が戦犯として日本帝国政府に身柄を要求した。一連の事件から、2001年にはクーデターへと繋がっていったのだ。

この世界では、大陸派遣軍が抜けた穴を、俺が潜り込んでいた戦術機部隊と各国の寄せ集めで対応し、なんとか乗り切る事ができたのだが、それでも被害がなかったと言えば嘘になる。一個大隊規模の戦術機甲部隊が穴埋めをしたと言っても、本来ならば戦車や自走砲等の機甲部隊や万全な戦術機甲部隊が担っていた戦域を、ボロボロかつ多国籍な戦術機甲部隊がカバーできるかと言ったらできないのだ。実際、あの場所に駆けても足止めにしかならなかったからだ。

 難しい顔をしながら新聞を読み漁っているが、俺がどこにいるか忘れている訳ではない。管制ユニット内に新聞を持ち込んだ訳ではなく、搭乗前に読んでいたものを思い出していただけだった。

何故、今管制ユニット内にいるのか。それは夕呼先生に言われたことを遂行するためだ。

 

『確認するわ。アンタにはこれから、A-01と演習をしてもらう』

 

「せ、先生?」

 

『……何よ』

 

「何となく目的は分かるんですケド……」

 

『あらそう? じゃあ、私が求めていることも分かるわね? じゃあ、よろしく~』

 

 網膜投影されていた、夕呼先生のバストアップウィンドウが閉じる。それと同時に俺は大きく息を吸い込んで、思いっきり叫んだ。

 

「どぉして、一個中隊と戦わなくちゃいけないんだァァァァァァ!!!!」

 

 ブリーフィングはなく、ただA-01と戦ってこいと言われた。目的何となくだが分かる。XM3での実戦を経験し、驚異的な生還率を会得したA-01の衛士たちを叩きのめすのだろう。天狗になってもらったら困るのが夕呼先生で、これから戦うことになるA-01の衛士なのだ。驕って挑もうとすれば、どこかで必ずミスを犯して死ぬ。それは初陣の衛士でも言えることなのは、口酸っぱく訓練兵時代の教官に言われて耳にタコができている筈なのだ。ならば、こんなことをする必要はないんじゃないか、とも言える。しかし、夕呼先生は必要だと言った。ということはつまり、その兆候があるということなのだ。ここで懸念材料となりうるであろうものは、なるべく摘んでおきたい。外から見ているからこそ分かることであり、それを正すことのできる立場にいるのならば手を出す。"こちら側"に立ったからこそ、見える景色なのだろう。

 これから始まるAH演習(対人類演習)統合仮想情報演習システム(JIVES)を用いた1対12だ。もちろん、1の側は俺。この演習はかなり平等性に欠けており、A-01側は不知火のXM3搭載機。一方俺は吹雪のXM3搭載機。状況からして、どう考えても俺をタコ殴りにする演習内容。しかし、この場で求められるのは、吹雪による一方的な蹂躙だった。

あまりに過酷な条件を突き付けられたが、慄くことはない。これよりも数段深い地獄を何度も経験している。相手はA-01で精鋭だからと、牙を剥かない訳にはいかない。

操縦桿を握り込み、躰を自然体にし、頭を落ち着かせる。クリアになれば、機体のステータスチェックを再度行う。

 

『演習開始5秒前……3、2、1、演習開始』

 

 CP将校はおらず、カウントダウンも敵側のCP将校のを聞いているだけだ。開始の合図と共に、スロットルを開いて噴射跳躍を始める。時より着地して姿勢を直しながら、戦域をジグザグに縫うように進んでいく。レーダーには何も映っていないが、恐らく相手は俺のことを捉えているだろう。

 刹那、レーダーに反応が出た。近くに熱源を感知。分隊を発見した。UNカラーの不知火だ。

即座に接地し、体を捻って反転する。ビルの廃墟の壁を蹴り飛ばし、発見した不知火の方向へと進路を向ける。

 吹雪は突撃前衛(ストーム・バンガード)装備を選択しており、右手に87式突撃砲、左手に92式多目的追加装甲を保持している。背部にある可動兵装担架システムには74式近接戦闘長刀(CIWS-2A)が2本保持されている。これが突撃前衛装備であり、固定武装として前腕に格納されている65式近接戦闘短刀と合わせて装備されている兵装の全てである。

 視界内に捉えたのは、突撃前衛装備と強襲前衛(ストライク・バンガード)装備の不知火だった。跳躍ユニットの出力は吹雪のものがダウングレードされて低くなっているため、追いかけっこの鬼には向かない。確実に屠るのならば、あちらから接近させる必要があった。しかし、幸いなことに、相手の分隊はこちらに迫ってきている。そうであれば、こちらにはどうとでもやりようはある。ただし相手もXM3搭載機であることを忘れてはならない。

 突撃砲の射程圏内から近接格闘戦圏内まで接近すると、すぐさま追加装甲で36mmチェーンガンの弾を弾きながら射撃体勢に移る。バースト撃ちをこちらもするが、強襲前衛には追加装甲を使われ、強襲前衛には回避運動を取られる。

このままでは他の10機に囲まれてしまう。そう考えた俺は、勝負に出た。

 面倒な敵なのは突撃前衛だ。狙うのならば、まずはこちらが先決。重りにしかなっていない追加装甲を捨て、全速力で突撃前衛に突っ込む。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 交わるその時、背部兵装マウントに左手を伸ばす。火薬式ノッカーによって跳ね上がる長刀を、その勢いを殺さずに振り下ろした。追加装甲によって弾かれた長刀をそのまま逃し、急制動。反転全力噴射を行い、跳躍ユニットのノズルを地面方向に向けた。姿勢はうつ伏せの姿勢。本来かかるはずのない方向からのGに押しつぶされそうになりながらも、そのまま空中で姿勢制御。突撃前衛に反転降下する。勢いを殺さずに長刀を振り抜いて空中倒立、そのまま照準を定めていた強襲前衛に向かって射撃した。

 

『ヴァール3大破、衛士死亡、戦闘不能』

 

 最初に相手の突撃前衛の撃墜アナウンスがCP将校から知らされる。

 

『ヴァール10小破、左跳躍ユニット脱落、戦闘続行可能』

 

 空中で姿勢制御し、突撃前衛を踏み台に突撃前衛に向かって水平噴射跳躍で接近。後ろに控えていた強襲前衛に牽制射撃をし、長刀を振り抜く、すんでのところで躱され、跳躍ユニットを切り落とすこととなった。ここで2機とも撃墜するつもりだったが、少し考え直す必要がありそうだ。

残る11機の不知火に苦戦する未来が脳裏に過った。

 

※※※

 

 初陣の光州作戦を帰還した時、喜びよりも安堵の方が勝った。訓練兵時代に聞かされたことも、配属後の上官から聞いたものとも違っていた。私は聞いて想像して、知りもしないで納得しただけだった。

そして、初めてBETAを見た時には、おぞましい姿をした人類の脅威に圧倒され、直前に迫る死に恐怖した。それからは死にもの狂いで戦い、気付いた時には基地へ帰る母艦の中。脂汗でベトベトになった額に、排泄物パックにはブツが入っていた。だが、記憶には刻まれていた。眼下に広がる惨状。骨伝導スピーカから聞こえてくる、オープン通信で泣き喚く衛士の断末魔。幸い、胃の中身をぶち撒けなかったが、それでも吐き気は催した。

基地に戻ってこれば、いつもの勤務がやってくる。あの戦場はどこか遠いところで起きたものだと錯覚してしまうが、脳裏には光景が焼き付いていた。

 そんなある日。私の所属する連隊を指揮下に持つ、香月博士が私たちの中隊へやってきて言ったのだ。面白い衛士がいる。馬鹿なガキで訓練兵だが、妙に戦術機を操る腕はある。それを鼻にかけているから、可愛がってやれ、と。

中隊長は博士の頼みだからと受け、私たちは演習場へと繰り出した。

 

『ヴァール10小破、左跳躍ユニット脱落、戦闘続行可能』

 

 ステータスは左の跳躍ユニット以外万全。脱落した跳躍ユニットは前方で爆発している。僚機の小隊長はどこへ行ったのか。撃墜判定を受けている。バストアップウィンドウには、悔しそうに顔を歪めている小隊長がおり、本当に撃墜されていることを私に突きつけた。

中隊でも群を抜いて強い小隊長が撃墜? しかも近接格闘戦で? 信じられない。私は揺れる網膜投影された映像で、倒壊したビル群を見ながら息を呑んだ。

あの吹雪、たかが訓練機にしてやられた。しかも私たちには最新式OSのXM3が搭載された不知火が配備されている。負ける筈がない。光州作戦で搭載機のほぼ全てが帰還した、連隊内でも奇跡と言われているOSなのに。

確か、相手の吹雪にもXM3が搭載されていると中隊長がブリーフィングで言っていた。同じ土俵だが、あちらはダウングレードされた機体。きっと跳躍ユニットの主機も、出力が抑制されている筈なのだ。何故だ。

 

『ヴァール10!! 引き返して合流しろ!!』

 

「何故……」

 

『ヴァール10!! 伊隅!! 引き返せ!!』

 

 近付いてくる吹雪を呆然と見ながら、必死に刷り込んだXM3特有のコマンド入力を試みる。何故、訓練機の筈なのに、私たちを上回る動きができる。何故、空を飛んだ。何故、12機相手に臆することなく挑めた。

 

「どうして、どうして……ッ!!」

 

『伊隅!! クソッ!! ヴァール1より全機!! 前に出る!! あの馬鹿を救い出して、態勢を立て直す!! 鶴翼壱形(ウィングワン)で突撃ッ!! 押し込んで、そのまま後退する!!』

 

 あの吹雪は何者なのだ。

 後方から突出してきた中隊が、吹雪に牽制射撃をしながら私の前に躍り出る。厚い弾幕の前には、吹雪も引かざるを得ないようだ。私へ突撃姿勢を取っていたものを、ビルを蹴飛ばして鋭角にターンして離脱する。

 中隊長の怒鳴り声で我に返った私は、手の甲で額に浮かんだ汗を拭った。

 驚異的な機動戦闘力。抑制された機体である筈なのにも関わらず、飛んで跳ねる様な操縦技術。動きに迷いがなく、光線(レーザー)属種がいないように空を飛ぶ。相手は相当な馬鹿なのだろう。そんなことを考える。

 

「申し訳ありません、中隊長」

 

『構わん。……それで、バンディットの衛士をどう見た?』

 

 私はその問に迷うことなく答える。

 

「度し難い程の馬鹿です」

 

※※※

 

 音感センサで探知されるのを避けるために主機を落とし、静かに周囲を探索する。

全てのセンサをフルに使い、11機の不知火を探すことは簡単だった。ヴァール10のコールネームを呼ばれた不知火を救出するため、全機が俺を追い立てるように出現した。流石に相手するのも分が悪すぎるため、後退して姿を晦ましたのだが、彼らは部隊行動をしているためにすぐに見つけることができる。

 振動センサには主脚で移動している様子がキャッチできていた。しかし、俺が単機であるために、相手の位置を割り出すことができない。ある程度の方向を予測し、そちらの地形を頭の中に思い浮かべる。

 移動している相手は振動センサが使えない。ならば俺も主脚移動をすれば、ノイズに紛れて移動することが可能だ。だが、跳躍ユニットを使ってしまえば一瞬で探知される。主機をアイドリングにしてしまえば、赤外線センサに十中八九探知される。APU(補助動力装置)は赤外線センサで熱源をキャッチできないから動かしたまま、静かに情報収集に務めた。

 相手はどうやら小隊毎に分散したらしく、大まかに3つに別れたようだ。この状況で、俺が選ぶべき選択肢は1つしかない。最も分散した隊から離れた小隊に攻撃を仕掛ける。

幸運にも、一番近くで主脚移動している隊が、最も他の小隊から離れているらしい。

 はやる気持ちを抑えながら平常心を心がけ、機体のステータスチェックと突撃砲の残弾を確認する。

機体はオールグリーン。右手の突撃砲の36mm高速徹甲弾(HVAP)は987発。120mm多目的榴弾(MPAT)が6発全弾残っている。不具合もなし。左手の長刀も問題なし。推進剤もまだたんまり残っている。

 深呼吸をして、一番距離の近くなった瞬間を見極める。そしてその時は来た。

すぐさま主機に火を入れ、ロケットモータを点火。屈伸運動の反動で飛び上がり、そのまま空中で姿勢制御。全速で相手の4機小隊へ突っ込む。

 俺の吹雪が動き出したことを感知し、小隊は攻撃態勢に移る。だがしかし、その動きに遅れが生じる。長機の動きに旧OSの癖が残っている。指示を出したが、一歩出遅れたようだ。そのまま長機に向かって120mm滑腔砲を放つ。砲弾は機体に吸い込まれるように飛翔し、炸裂。長機の反応が消える。

120mm滑腔砲の砲撃からすぐにターゲットは切り替えていた。動き始めていた不知火2機の片割れへ36mmチェーンガンの掃射を浴びせながら、前に出た不知火の方には長刀で横一線。胴体が断絶するのを見届ける。すぐさま、残りの1機へ肉薄。振り切った長刀を生き残りへ投げ棄てる。

回転しながら勢いよく飛んでいった長刀を、管制ブロックに食らった残りの1機は、そのまま動きを止めた。

 

『ヴァール3、5、7、8大破、衛士死亡、戦闘不能』

 

 撃破した小隊の不知火の装備を見るに、どうやら後衛を務める小隊だったらしい。最初の方に後衛を潰せたのは、今後の戦況に関わって来るだろう。

 小隊を撃破した俺は、すぐさま離脱を図る。既に連絡を受けた2個小隊がこちらに向かって来ており、先発の3機小隊が突っ込んできていた。内の1機は左跳躍ユニットがない。ということは、3機小隊は前衛の小隊なのだろう。1機は俺と同じ突撃前衛装備だ。

 今交戦してもいいが、欲を言えば態勢を立て直したい。突撃砲の36mm弾倉がほぼ空になっているのだ。弾倉を交換して、もう一本の長刀を持ちたいところだ。

しかし、そうもできない。先程の戦闘では上手く全機撃破できたものの、相手は帝国軍から転属してきた衛士ばかりだ。精鋭であることは間違いなく、そんな彼らに与えられたのは最新鋭第三世代戦術機。鬼に金棒だ。これまでの戦闘で、俺をこれまで以上に警戒しない訳がなく、その分戦闘もやり辛くなることは火を見るより明らかなことだ。

 状況を確認しながら、残りわずかばかりの弾が入った36mmの弾倉を捨ててリロードを行う。長刀を投げていなければ、もっと他の方法を選ぶ羽目になっていただろうと考えつつ、残りの長刀を背部兵装マウントから引き抜いた。これで武器は突撃砲1挺と長刀1本。前腕部のナイフシースに格納されている短刀が2本。心持たない装備だが、もとより1対12だ。気にしない。

推進剤もまだまだ残っている。近接格闘戦も十二分に戦える。ならばすることは決まってくる。

 逆噴射制動で180度回頭すると、追って来ていた3機小隊の不知火目掛けて突撃を始める。姿勢を低く這うように。そして、相手から見える投影面積は小さく。狙い目は手負いの不知火だ。

 小隊は受け止めることはなく、進路から離れて追撃を始めようとする。しかしやらせはしない。跳躍ユニットを前方に全力噴射し、すぐさま方向転換。目標にしていた不知火へ接近戦を仕掛ける。バースト射撃を繰り出し、3発の36mm弾が胸部に着弾するのを確認する間もなく、すぐさま目標を切り替える。次の相手は突撃前衛装備の不知火だ。

 

『ヴァール10、胸部管制ブロック被弾、衛士死亡、戦闘不能』

 

 残った強襲前衛装備の不知火とエレメントを組み、連携攻撃を仕掛けてくる。だが、崩れているのなら付け入るスキはあった。前に出る突撃前衛装備の不知火の攻撃をいなし、そのまま後衛の強襲前衛装備の不知火に長刀を振り抜いた。左肩から右脇腹まで切りつけられた不知火は、そのまま右肩部ごとずり落ちる。

 

『ヴァール12、胸部管制ブロック大破、戦闘不能』

 

 残った突撃前衛装備の不知火にも斬撃を食らわせる。振り向きざまに接近してた不知火へ、跳躍ユニットの起こす運動エネルギーをそのまま乗せた長刀の打撃で叩き切ったのだ。

 

「ヴァール11、胸部管制ブロック大破、衛士死亡、戦闘不能』

 

 これで残るは4機小隊のみ。大して減っていない突撃砲の残弾数を確認し、再び姿を眩ませる。

 撃墜した前衛小隊の近く。ビルの影で、また主機を落としてAPUのみを動かしている。4機の不知火は、俺が姿を眩ませた50秒後に到着したが、俺を見失ったらしい。擱座した不知火のそばにいるため、目視で発見される可能性もある。しかし、離れていったと判断した相手は、そのまま主脚移動に切り替えて移動を開始したのだ。

離れゆく不知火を音感センサで感知しながら、次の手立てを考える。

 恐らく一番最初に撃墜したのは突撃前衛長。今倒した小隊の突撃前衛装備の不知火と戦って確信した。そして、その間に倒した4機小隊は後衛装備。残っているのは中隊長率いる中衛小隊と考えるのが妥当だろう。

中隊長と言えば、歴戦の猛者だ。数ある戦場を経験し、BETAとの戦いに慣れている衛士。そういった衛士ならば、訓練でのAH戦闘にも慣れている。最後に残しておくには厄介な相手だ。

 一度深呼吸して心臓を落ち着かせる。

 こうもなれば、後は当たって砕けろ、だ。

 

※※※

 

 ハンガーに収めた吹雪は跳躍ユニットの辺りに汚れはあるものの、至って正常な状態だ。整備兵に機体を引き渡した俺は、演習終了後に夕呼先生から言われた通り、いつもの作業服姿に着替えて指定されたブリーフィングルームに来ていた。

 

「どこまでかと思えば、アタシの想像を超える変態だったわ、アンタ」

 

「んが?! そんなに全機倒すのは変態ですか?!」

 

「いいえ、上出来。アタシの意図を汲み取ってくれてアリガト」

 

 ということは、相手の中隊の伸びた鼻はへし折ることができたのだろう。劣った装備、数的劣勢だったのにも関わらず、文字通り全滅した中隊。俺よりも先に戻っていた相手の中隊は、出撃前とは雰囲気が丸っきり違っていたようだ。夕呼先生の求めていたものになったということだろう。

 

「……それで、相手はA-01のなんて中隊ですか?」

 

「言ってなかったっかしら?」

 

「聞いてないです」

 

「彼らは第7中隊《ヴァーズ》。陸軍第8師団から転属してきた衛士と白陵基地第207衛士訓練学校卒の衛士で構成された中隊よ」

 

 帝国軍というと本土防衛軍とかではないのだろうか。そんな考えを頭の片隅へ追いやり、気になった後半のことについて聞いてみる。

 

「207卒の衛士がいるんですか?」

 

「えぇ。あなたもよく知っているヤツがいるわ」

 

「この時期だと……伊隅大尉ですか」

 

「そ。今は少尉で新任だけどね。光州が初陣だった」

 

 まだ記憶は薄れていない。脳裏には伊隅大尉の顔が浮かび、今にも声が聞こえてくる。涙は出ない。俺や他の仲間に泣いて欲しくて、大尉は凄乃皇・弐型で自爆したのではない。そうせざるを得なかった。それが人類にとって一番利のある選択だったのだ。

 少し黙ってしまったが、すぐに夕呼先生の方に意識を戻す。

 

「アンタが序盤、手負いにしたのが伊隅よ……。まぁこの話は置いておきましょうか。アンタとヴァーズの演習データは、A-01で共有するわ。まだ強くなってもらわないとね。各隊長にはアンタのあることないこと吹き込んで回してあるから、次A-01と戦う時にはボコボコにされているかもしれないわね」

 

「そうならないように訓練を積んでおきますよ……」

 

「引き続きよろしく頼むわ。明日、他の中隊ともやってもらうわね」

 

「え……」

 

「じゃあね~」

 

「あ、ゆ、夕呼先生ェ?!」

 

 ケラケラと笑いながらブリーフィング室を出て行った夕呼先生を見送りながら、言われたことを反芻する。

明日、他の中隊とも演習をする。それはつまり、同じ条件ということなのだろうか。頭を掻きながら、十中八九そうであることを確信した俺は、減った腹を満たすために食堂へと向かうのだった。

 後日。毎日のようにA-01の中隊を相手することになり、帰ってくる俺の様子はまるで屍のようだと純夏が言っていた。そりゃそうだろう。夕呼先生の課す厳しい任務にも耐えられるように訓練された衛士の中隊規模を相手にしているのだ。言い返す気力もない俺は、布団に倒れ込むと泥のように眠る日が続いたのだった。

 

「タケルちゃ~ん……整備が追っつかないよぉ~」

 

 しかし、純夏にアビオニクスの調整を頼んだんだが、まさか純夏も寝不足になるとは思いもしなかった。連日連夜、呪詛のように追っつかないと文句を言われる。言い返す気にもなれないし、申し訳ないと思っているからな。ただ、静かに寝かせて欲しい。

 



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episode 09

 

[1998年7月8日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 昨日は純夏の誕生日だった。去年はサンタウサギそっくりなキーホルダーをプレゼントしたが、今年は悩んだ挙げ句、滅多に使わない給料を使ってネックレスを買った。1人でジュエリーショップに入るのは戦闘よりも緊張したが、店員さんの応対のお陰で何とか購入することができた。プレゼントを渡した時の純夏の顔は傑作だった。

 純夏と共にハンガーで吹雪の調整を行っていた俺を、霞が呼びに来た。感情の起伏が少ない彼女だが、どうも様子がおかしいことは見て取れた。

 

「……白銀さんと純夏さん、急いでブリーフィング室に行きましょう」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、そして妙な胸騒ぎを感じながらもブリーフィング室に駆け込む。中には既に夕呼先生が来て待っていた。

 状況説明は簡単だ。重慶ハイヴから飽和したBETA群が東進を再開。日本海を横断して、九州へ上陸しようとしている。生憎、台風がやってきていることもあり、海での間引きは上手く行くことはなかったという。これまでも間引き作戦は何度も行われていたが、それも意味はなかったという。

帝国・国連・在日米軍の3軍合同の防衛線の構築と、九州・中国・四国地方の民間人の避難も始められているが、どれだけの人間が逃げれるかは分からないという。

 ループをしている夕呼先生は、BETA日本上陸に向けて動いてはいたものの、まだオルタネイティヴⅣの権限が弱いこともあり、旧知の知り合いの伝手で、当該地域に配属されている帝国軍人に警告する程度しかできなかったという。一応、征威大将軍への経過報告としては伝えられたが、真に受けていなかったということが分かっているらしい。

つまりBETA本土上陸は、前回のループ同様の被害を生むことになる、というのだ。約3000万人が死ぬ。逃げ切れずに。

 

「A-01は動かせないわ。国連軍から白陵基地に留まり、即応体制で待機するように通達があったの」

 

「それは……」

 

「前と同じ。A-01には連隊長が各部隊に連絡を行っている頃だと思うわ」

 

 夕呼先生は表情を変えることなく、平静な様子で話を続ける。

 

「恐らくA-01が動かせるようになるのは、中部地方が突破されるかされないかの瀬戸際のところよ」

 

 そこまでは指を咥えて見ていることしかできないのだろう。歯痒い気持ちを抑えながら、記憶にある本土侵攻の状況を整理した。

 九州に上陸したBETAは、中国・四国地方には進まずに制圧。制圧次第、関門海峡を渡って中国地方へ進出。京都東側では大規模な防衛戦を繰り広げたが、進撃を続けるBETAの足止めは1ヶ月が限界だった。その後、佐渡島ハイヴ建設のため、長野県辺りで侵攻を停滞。数ヶ月のスパンの後、東進を再開。西関東を手中に収めた後、東京を目前に転進。南下を開始すると、伊豆半島まで行き着くと侵攻が停滞。多摩川を挟んで膠着状態に陥る。侵攻を阻止するため、24時間態勢の間引き作戦が開始されることとなった。

ちなみに、長野県でBETA群が侵攻を止めた際に、米軍が日米安全保障条約を一方的に破棄し、日本から在日米軍を撤退させた。これが日本帝国内での反米感情の火付けになったと言われている。

 1回目で必死に頭に叩き込み、2回目で再度確認を行った歴史をリフレインしていた俺に、夕呼先生はあることを命令した。その命令には意味があり、将来的には確実にオルタネイティヴ4の利益になるものだ。

 

「という訳で、アンタにはまたモグリをしてもらうわ。幸い社が好き勝手弄くり回したF-15C Extra(スーパー・イーグル)があるから、日本帝国軍の亡霊にでもなってもらおうかしら?」

 

 F-15C Extra。スーパー・イーグルと名付けられたその機体は、帝国軍白陵基地謹製。否。社 霞が中古のF-15Cをカスタマイズした、1機しかないワンオフ機だ。

光州作戦時には、CPUと電源ユニットを交換し、XM3がインストールされた。また、制御システムを簡単に書き換えられており、短時間だが長刀を扱えるようになっていた。

しかし帰還後、分解整備が行われた時、霞が用意していた腕部関節がF-15J(陽炎)のものに交換され、十分な近接格闘力を得た。また、全身の電磁伸縮炭素帯(カーボニックアクチュエータ)を緩衝張力の高いものに交換し、更に高い設定をすることで機動力と瞬発力を向上。また跳躍ユニットの推力制限を数%開放し、幾らか燃費は落ちるが高機動戦闘力も向上。空力性能を上げるために、前腕部にカナードが搭載された。

霞は知らなかったが、細部は違うものの、後の1999年からアメリカ・ボーニング社のフェニックス構想で得られた、F-15・ACTVと似通ったモノを作ってしまったのだった。

 

「魔改造されたF-15Cに帝国軍迷彩を施して、どこかの戦場で戦えと?」

 

「つまりはそういうことになるわね。……あそこまで弄られていると不審がられるかも知れないけれど、現場の衛士には適当なことを言ってもらうつもりよ」

 

「具体的には? 帝国技術廠が極秘開発中の試作機、とでも?」

 

「それでいいんじゃないかしら? ぶっちゃけ、光州作戦の時にあがった報告を見ている限り、前線国家の戦術機は改造されていることがあるらしいわ。あの作戦にもそれは存在していたの」

 

 戦地改修を受けた戦術機は幾らか実在している。1980年代の東ドイツ軍にいたと報告されている、MiG-23(チボラシュカ)の胴体にMiG-21PF《バラライカ》の頭部を付けた機体が有名だ。

光州作戦時にいた戦地改修機と言えば、途中で合流した負け犬隊(アンダードッグズ)のMiG-21がそうだろう。装甲が飛沫した要塞(フォート)級の衝角から分泌される強酸性溶解によって溶かされた機体を、国連軍の前線基地の整備兵たちが修理した。国連軍であったことから、MiG-21の保守パーツがある訳もなく、F-4の装甲板を無理矢理取り付けたのだ。時々エラーが出ることを無視すれば、普通に扱うことができたらしい。元々MiG-21はF-4R(F-4のソ連向け輸出機)の改修機ということもあり、互換性があったのだろうというのは搭乗している衛士が言っていた言葉だ。

 

「俺のレコーダにでも残っていたんですかね? 分かりました。勿論、駆け込み寺は用意してもらえるんですよね?」

 

「なしって言いたいところだけれど、用意せざるを得ないのよねぇ。何箇所か用意するつもりよ」

 

「了解」

 

「社と鑑にはこれから伝えるから、アンタは準備してきなさい」

 

 夕呼先生にブリーフィング室を追い出された俺は、身辺整理やその他準備を始める。

 出撃前の準備は手慣れたもので、便箋を取り出して遺書を書く準備をする。前回書いたものがまだ残っていたことを思い出し、引き出しから紐で結んだ封筒の束を取り出した。宛名を見て、漏れがないことを確認する。この世界での俺に、友人がどれほど居たかは分からない。だが、確実に言えることは学徒動員が始まっている日本で、学生生活を送れている者は少ないということだ。特権階級やエリート、矢面に立たせるよりも頭を使わせた方が優秀な人材等は大学へ進んでいるらしいが、それも"らしい"止まりで確認したことはない。前線に居るかは分からないが、確実に帝国軍か国連軍に籍を置いていることだろう。

 思ったよりも少ない遺書を並べ、少し思案する。俺は出していた便箋を仕舞うことはせず、新しい宛名で遺書を書き始めた。

 

※※※

 

[1998年7月9日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 A-01とは別部隊であるが機密性の高い俺の戦術機は、同じく他の訓練部隊よりも機密性の高い第207衛士訓練部隊用の戦術機ハンガーの最奥にある、訓練教官用戦術機の更に奥。そこにF-15C Extraは置かれている。

ちなみに吹雪は、訓練部隊のところに紛れている。シェードが掛けられており、訓練兵たちには予備2番機という風に伝えられているらしい。これはまりもちゃんから聞いたことだ。何でも、予備機が2機用意されていることについて、訓練兵から質問されたそうだ。その時に苦し紛れに答えたらしい。彼女たちはそれで納得したらしく、それ以上聞いてくることはなかったとか。とは言っても、訓練兵たちの使う吹雪と同じなのだがな。

まりもちゃんのF-4J(撃震)には寄り付かないらしく、その奥にあるF-15Cには誰も気付いていないという。

 そんなところに衛士強化装備を身に纏い、小さいバッグを肩に掛けて俺はやってきた。前は戦術機とは別で移動したから、基地からは輸送機に乗って出発した。今回も輸送機での移動になるのだが、俺が乗り込んで輸送機に格納しなければならない。

輸送機から降ろされれば、すぐに俺は前線に飛び立つことになる。なので強化装備姿なのだ。勿論、帝国軍のモグリなので、どこからか調達された77式衛士強化装備を着ている。予備も1着用意してあり、機内に持ち込む予定だ。

 F-15C Extraのキャットウォークに上がると、調整作業をしていた霞がひょっこりと顔を出す。

 

「……白銀さん。最終調整は終わっています」

 

「ありがとう、霞」

 

 俺が近寄ると、ヒョイと管制ユニットから出てくる。ラップトップにはまだコードが繋がれており、少しキーボードを叩いて機体からコードを引き抜いた。

 

「……昨夜、この機体がどういう調整がなされているか話したと思いますが、覚えていますか?」

 

「あぁ、覚えてる。言うなれば、高機動型F-15C 霞スペシャルってところか?」

 

「……」

 

「……」

 

 少し戯けてみたんだが、どうやら不評だったらしい。少しばかり眉をひそめている。

 

「……ま、まぁありがとうな、霞」

 

「……はい。頑張ってください」

 

「おう、任せろ! 絶対帰ってくるからな!!」

 

 笑いながら霞に手を振り、管制ユニットを密閉する。着座を行い、衛士搭乗をCPに知らせる。待機状態に入るとキャットウォークが撤去され、ガントリーが開放状態になる。

そのままガントリーが仰向けに倒れて、F-15C Extraが運び出されていく。

 F-15C Extraの管制ユニットは、92式戦術機管制ユニットだ。これには緊急脱出システムとして軽強化外骨格、89式機械化歩兵装甲が搭載されている。寝転ぶ形で機械化歩兵装甲に背中を預け、揺れる機内で外の映像を眺める。

 朝もいい時間で、始業から1時間程経っている。食堂は軍人でごった返していたが、俺は早めの朝食を摂っていたのでバッティングすることはなかった。

 持ち込んだ荷物が音を立てて揺れ、中に入っているジュラルミン製の弁当箱が、荷物室の壁に当たって甲高い音を立てる。

 朝早くに起きた純夏が用意してくれたのだ。機内でも簡単に食べられる弁当だとか。なかなか渡してくれなかったが、どうしてなのかは言葉にしなくても表情を見れば分かった。

 光州作戦の時のように、いきなり行けと言われて慌ただしく出ていく訳ではない。純夏も前日に夕呼先生から説明を受けているのだ。

これから俺がどこへ行くのか分かった上で、そうしてくれた。俺は何か言うべきだったのかもしれない。だが、俺は霞に言った言葉と同じことを言った。絶対帰ってくる。俺は純夏の元に帰ってくるのだ。

 

『白銀、聞こえてる?』

 

「はい、聞こえてます」

 

『そ。じゃあ、よろしく頼むわね』

 

「了解」

 

『じゃあ、TF-403としての最初の任務、防衛戦を展開する3軍の支援並びに』

 

「帝国軍・帝国斯衛軍の要衝の防衛」

 

『……分かっているのならいいわ。本番は京都よ。じゃあ、よろしく』

 

「了解」

 

 確認と小言のために開かれた通信だったが、夕呼先生はバストアップウィンドウを閉じようとしない。

俺は少し間を置いて言った。

 

「あんまり純夏がうるさくするようならば、まりもちゃんにでも頼んだらどうですかね?」

 

『……いいわね』

 

「いいんかい……」

 

 それだけを言うと、ウィンドウは閉じられてしまい、通信は終了した。

 いつの間にか輸送機への積み込みも終わっており、そのまま輸送機はタキシングを始める。満載の軍需物資と、戦術機カーゴに俺を載せて飛び立つ。

目的地は山口県、国連軍防府基地。現在の本土防衛戦司令部が置かれているところだ。

 

※※※

 

[同日 国連軍防府基地 エプロン An-225機上]

 

 BETAの体液で汚れた戦術機が多く並ぶエプロンには、忙しなく機材や部品を運ぶ整備兵の姿を多く見かける。コンテナに入れられたままの俺とF-15C Extraは、87式自走整備支援担架が到着するのを待っていた。

 立ち並ぶというよりも、転がる戦術機を支えるために自走担架は出払っているようで、An-225(ムリーヤ)のコンテナからは下ろしたものの、俺はいつ頃になるか分からないということで、機体から出てAn-225の客室に来ていた。

 客室には医薬品や日用品等の物資が積み込まれており、機体下部の荷物室にも弾薬や大型物資が最大積載量ギリギリまで積まれている。

基地も人手不足らしく、荷降ろしもままならないということもあり、俺は客室から荷物を下ろす手伝いを買って出ていた。

 

「撃震が帰ってくるぞー!」

 

「除染車と化学消防車を呼び出せ!」

 

 開きっぱなしになっているハッチから、外で整備兵の叫ぶ声が聞こえてくる。どうやら九州から撤退してきた戦術機が着陸しに来るようだ。より騒がしくなると同時に、遠くから跳躍ユニットの音が聞こえてくる。どうやら撃震がこちらに来ているようで、音からして2機か3機向かっているようだ。

 医薬品の入ったコンテナを持ち上げて、ハッチの外で待機している帝国軍兵士に手渡ししていると、丁度滑走路に撃震がランディングしてくる様子が見える。

しかしどうだ。BETAの体液で薄汚れた日本帝国軍塗装の撃震が、ふらつきながら危なげに着陸したように見える。だが、それを取り囲むように、近くに駐機していたであろう中途半端に整備された撃震が突撃砲を構えていた。

刹那、36mmチェーンガンの発砲音と共に、聞き慣れた気味の悪い肉の潰れた音が聞こえてくる。

 

「べ、BETAだ!! 戦車(タンク)級が2体ひっついていやがった!!!!」

 

「うわああああ!!!」

 

「う、闘士(ウォーリア)級も1体いるぞ!!」

 

 そんな声を聞いていると、帝国軍兵士が苦笑いを浮かべながら俺に話しかけた。

 

「侵攻が始まって、ここに戦術機が逃げ込んでくるようになってから4度目くらいですよ。九州からくる戦術機は、何とか逃げ切った戦闘力を失ったのばかりらしいですからね。落として来たくても、避難が続いている関門海峡から山陽道付近を飛行しているので、振り落としたりはできないんです」

 

「ここを発った戦術機はどうなんだ?」

 

「防府基地の戦術機部隊は全滅した、と噂で聞いています。たまたまこっちに落ち延びた国連軍のF-15Cの衛士が、直方市で共闘した戦術機部隊がそうだった、と言っていたそうですから」

 

 俺と年の変わらなさそうに見える兵士は、最後のコンテナを俺から受け取って呟く。

 

「頑張って来てください」

 

「あぁ。ありがとう、上等兵。後、俺とそんな年変わらなさそうだから、もう少し砕けた口調でもいいぞ?」

 

「そ、そうなんですか……。自分、上田上等兵です。戦術機乗りを目指して志願したんですが、適性がなかったのでこっちに。俺の分まで、BETAをぶっ飛ばして来てください!」

 

「任せろ!! 俺のことは……(くろがね)でいいぞ。あと、防府基地のこと頼んだ」

 

 コンテナを乗せ終えたトラックと共に、上田上等兵は去った。俺はAn-225の脇に置かれたコンテナを眺めながら、次にできることを考える。

 荷物室のコンテナを下ろしていると、どうやら自走担架が回されてきたようだった。シェードをかけられたF-15C Extraを起き上がらせると、An-225の機長がやってきて言ったのだ。1時間後に、九州へ向かう帝国軍戦術機部隊がいる、と。俺はその部隊に紛れて、一度、九州の様子を見に行くことにした。

 



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episode 10

[1998年7月8日 福岡県道71号 城山霊園]

 

 補給コンテナが幾つも立ち並び、地面には故障で遺棄されている突撃砲が幾つも転がっている。この補給地点には我々、国連太平洋方面第11軍築城基地49戦術機甲中隊が防衛の任にあたっている。

この補給地点を訪れる戦術機部隊は数知れず、そしてそのどれもが欠員を出している部隊ばかりだ。この補給地点も設置時には最前線になっており、それなりの規模のBETA群が度々襲いかかってくる。その度に中隊で何度も退けてきた訳だが、短いスパンでやってくるため気が休まらない。

 防衛任務というのも聞こえがいいが、この補給地点が陥落してしまうと、私たちよりも前線で戦っている部隊の連中たちが丸腰になってしまう。見知った顔ぶれがやってくると「49CP(シールダーズ)はいいねぇ。早々に壊滅しかけて、撤退命令が出たらこれだから」と嫌味ったらしく言われる。

分かっている。私たちの部隊は新兵が多く、福岡市や飯塚市の救援に向かってすぐ、錯乱を起こした新兵がBETAもいないところで大暴れしたのだ。すぐさま精神安定剤を遠隔注射したが、使い物にならないからと後退することになったのだ。

私の中隊は新兵ばかりの中隊。私含めて隊長格の3人も、言うほど経験を積んでいる訳ではない。促成士官教育を受けた際、それは嫌という程私に突き付けられたのだ。

 

『シールド2よりシールド1。隊長、こちらに接近する機影あり。帝国軍のF-15Cのようですね』

 

「シールド2、帝国軍のF-15は日本人向けにカスタマイズされたF-15Jだ。長刀を背負ってるだろう?」

 

 シールド2。任官した際、一緒の部隊に配属になった同期だ。大和撫子と聞く日本人女性とはかけ離れた、かなり陽気な性格の女性衛士だ。ハーフという理由で浮いていた私にも気さくに話しかけてくる、周囲に流されない一面も持っている。こういった作戦行動中は敬語を使うが、普段はもっと砕けた話し方をする奴だ。

 

『わたしも長刀使いたいです』

 

「同感だ。……シールド1より中隊各機。接近するF-15Jには私とシールド2が対応する。他の者は、周囲の警戒を怠ることのないように。また、交代で小休息を取ってもよし。水分補給・栄養補給程度ならばいいぞ」

 

 それだけを伝え、私はすぐさま目の前に着陸したF-15Jを観察する。

 ひと目見て、目の前の戦術機がおかしいことは分かった。あちこちがカスタマイズされているF-15Jだ。一番目を引くのは、前腕部に取り付けられたカナード翼。空力性能を上げて、空中での姿勢制御をしやすくしたのだろう。それ以外にもおかしいところと言えば、その動きにあった。

着地する動作が滑らかだった。滑るように進入し、あまり着地の震動を起こさずに止まってみせたのだ。

 

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。推進剤の補給コンテナは残ってますか?』

 

 帝国軍第207試験小隊。試験小隊ということならば、目の前の変なF-15Jの説明は付く。技術廠が実験機を作ったのだろう。鉄 大和と名乗った少尉は、バストアップウィンドウの映像はSOUND ONLYになっていて顔は見れないものの、声の感じからして少年だろう。色々とちぐはぐで違和感しかないが、ここで波風立てても私たちではどうすることもできない。

 

「国連軍第49戦術機甲中隊、祠堂 カレン大尉だ。推進剤のコンテナはまだ残っている」

 

「ありがとうございます」

 

 戦術データリンクでマップにビーコンを立てる。そこの補給コンテナは推進剤タンクが納められているものなのだ。

 主脚移動で目的の補給コンテナで補給作業を行う鉄少尉のF-15Cを眺めながら、周囲の警戒を続けていると、小休憩中の新任少尉がオープン回線を開いた。

 

『帝国軍のF-15の方、どこから来られたんですか?』

 

 女漁りの好きな少尉だ。初戦闘では大泣きしていたのに、今ではケロッとしている。中隊でも問題行動が多い奴ではあるのだが、悪い奴ではない。私と鉄少尉の会話はオープン回線で行ったが、繋いで聞いていたのだろう。興味を持って話しかけたようだ。

 

『関門海峡を通って、福岡市まで。こっちに寄ったのは、推進剤の補給のためです』

 

『あっちはどうなってました?』

 

『面制圧で穴ぼこになってましたよ。BETAは日豊本線沿いで食い止めているように見えますが、もう防衛線を突破されています』

 

 データリンクでも情報は入ってきているものの、防衛線は日豊本線が最前線のままになっている。恐らくだが、帝国斯衛の戦術機部隊が小倉城で徹底抗戦でもしているのだろう。帝国軍の情報が一切入ってこない国連軍だが、そういった状況はなんとなく想像ができる。

 鉄少尉はそれだけ新任少尉に答えると、補給作業が終わったのかステータスの確認を始めたようだ。

見慣れぬ機体。実験機であることは確かだ。完成されていないが故に壊れやすく、装甲板の塗装に擦れた様子があることから、戦闘を何度かしていることは見て取れる。僚機が見当たらないことは気になるが、普通ならば僚機がいない訳がない。どこかで撃墜された、と考えるべきだろう。

 BETAの体液がべっとり付いた長刀の様子を見た後、何かに気付いたのか近距離通信で鉄少尉が呼びかけた。

 

『接近するBETA集団がいます。ここが落ちるのは困りますから、俺もここで戦いますよ』

 

 その呼びかけと同時に、CPから通信が入った。

 

『CPよりシールダーズ。帝国軍富野基地方面から出現した大隊規模のBETA集団が接近中。城山霊園補給地点付近に後5分。構成種は戦車級と要撃(グラップラー)級のみ。補給地点を死守せよ』

 

 やることは変わらない。補給地点を通過しようとしているBETA共を蹴散らすだけだ。

 

「シールド1よりシールダーズ。まだ、前線から引いてくる部隊も多い。何としても補給地点を死守せよ!」

 

『『『了解!!』』』

 

「鉄少尉。共闘を頼めるか?」

 

『当然です。イーグル1了解』

 

 イーグル。そう部隊識別呼称を名乗った鉄少尉は、BETAが向かってくる方に機体を向けた。

 

※※※

 

 城山霊園補給地点では7機のF-15がBETAとの戦闘を繰り広げている。連戦続きということもあり、新任少尉たちは少しばかり疲労を感じさせるが、私を含めた3人は何とかいつもの調子で戦えていた。

 しかしその中でも眼を見張るのは、鉄少尉のF-15Jだろう。

実験機であるからこそなのか、詳しいことは何も私たちには分からない。しかし、あの異常な機動制御は、これまでの概念をぶち破る様なものにしか見えなかった。

バッタのように飛び跳ね、縦横無尽に駆け回る。そして彼は蝶のように空を舞う。

 

『す、すげぇ……』

 

 誰かが言葉を漏らす。この場にいる誰もが思っていることだった。鉄少尉の動きは、それほどだったのだ。そして、彼の撃破数は加速度的に増えていく。たった1機で私たちを上回る数を捌いていた。戦闘ではなく、呼吸をするようにBETAを打ち捨てていくその姿に鼓舞されたのか、私たちの隊の士気もあがりつつある。

 

「シールド1より中隊各機。イーグル1を支援し、このままBETAを殲滅する。抜けそうなBETAのみを狙え」

 

『『『了解!!』』』

 

 程なくしてBETAの殲滅が終わり、周囲に生き残りがいないことを確認する。小型種、兵士(ソルジャー)級や闘士級は踏み潰すだけでいいので、余裕のある者に任せて、その他はステータスチェックと残弾確認をさせる。

 鉄少尉のF-15Jは、BETAの返り血を浴びて赤黒くなっているが、見る限り損傷はないようだ。それでも擦り傷は増えているため、それなりに接触はある様子。

 

『……長刀が使えなくなりそうだな』

 

 オープン回線が開いたままになっているのに気付いていないのか、鉄少尉の独り言が聞こえてきた。

左手に保持されている長刀の耐久値がかなり落ち込んでいるようだ。背部マウントには突撃砲が1門あるだけで、どうやら予備は持っていない様子。この補給地点には生憎、長刀は用意されていない。国連軍と在日米軍が用意した補給地点ということもあるため、使用できる機体がないから用意されていないのだ。

よく見れば、表面にひび割れが確認できる。刃こぼれもかなりしている。あれでは使い物にならないのだろう。

 地面に長刀を突き刺すと、そのままふわりと飛び上がって辺りを見渡し始める。

 戦闘中、度々空を飛ぶことがあったが、光線級のことを知らない訳がない。任官しているだろうし、何より彼は開発衛士。かなりの修羅場を潜り抜けた猛者と考えるべきだ。

だが、それを置いておいたとしても、空を飛ぶことがどれほど危険なのか知らない筈がない。この戦域には無論、CODE:991(光線級警報)は出ている。攻撃は目視できないが、恐らく射線を取るために移動中だろう。そんな相手がいる戦場で、鉄少尉は空を飛んだ。高度50mでも高い程なのに、それよりもはるか上空を。

 

『ごめん。長刀をもらう』

 

 近くで果てた友軍の長刀を拝借したのだろう。撃震の腕が投げ捨てられているのが見える。

 この衛士は私の思っている以上に異常だ。戦術機の動きも、帝国軍としての振る舞いも。武士道なんてものは持ち合わせているとは到底思えず、長刀の振り方も形はない。効率化を求めた動きだけを取り、最適なものを瞬時に選びぬいている。そして、それを叶えることのできるF-15J。あれほど繊細な動きができただろうか。度々見る機会はあったが、もう雑派な動きをしていたように思える。

 鉄少尉が長刀を拾い、突撃砲の弾薬の補給も終えても、BETAは城山霊園補給地点に現れることはない。しかし、戦術データリンクでは、前線がみるみる後退しているのは見て取れる。もう私たちよりも東に友軍のアイコンは存在しない。

 

「シールド1よりCP」

 

『……』

 

「シールド1よりCP!」

 

 後退し、九州側の関門海峡を固める友軍のところへ向かいたいがために、指示を仰ごうとCPに通信を呼びかける。だが、応答する気配はない。CPは築城基地の司令室に置かれている。もし、移転するのならば連絡が来ている筈なのだが、応答がない。

 オープン回線で呼び掛けるものだから、新任少尉たちの表情が陰る。もしや築城基地が陥落したのでは、そんな考えが脳裏を過る。

 

「シールド1より築城基地!! 応答せよ!!」

 

『……』

 

 応答はない。ならば、もう現場の判断を下すしかあるまい。

 

「シールド1より中隊各機。装備の確認を行い、持てるだけ武器を持て。後衛の2人はミサイルコンテナ(多目的自立誘導弾システム)を装備しろ。終わり次第、築城基地を見た後に関門海峡へ向かう」

 

 1度だけだが、こういった場面に直面したことがあった。中隊長を任される前の話になるが、吉林省 集安に配属されていた時のことだ。

その日も重慶ハイヴ周辺から東進してきたBETA群を叩いていた時のことだ。重厚な面制圧ができるから、と砲兵隊の連中が威張っていた。ソウルから補給物資が届いたからだ。だから私たちは安心して撃ち漏らしの処理をしていた。

そんな時、突然CPからの連絡が途絶えたのだ。何事かと思っていたが、気にすることなくBETAの掃討が終わらせた。

程々に推進剤と弾薬を使い切って戻ってみると、駐屯していた集安基地がBETAに食い破られていたのだ。要撃級3体と戦車級5体、幾らかの兵士級や闘士級によって。どこからか抜けたBETAが、即応部隊が出撃するまでもなく警備部隊と非戦闘員を食い尽くしてしまったのだ。

戻ってきた砲兵隊と、前線の生き残りは唖然とし、近くの基地に収容されることになったのだ。

 

「持ちきれなかった分は捨て置け。自立飛行できるコンテナのみ、行き先を関門海峡九州側に設定し、私たちも移動を開始する。……鉄少尉」

 

『は』

 

「元は別部隊。何か任務を与えられているのであれば、我々は先ほど言った通りに行動する。どうする?」

 

 相変わらずバストアップウィンドウにはSOUND ONLYになっているが、返事は少し迷った様子を見せ、すぐに答えを出した。

 

『俺も行き先は同じです。築城基地にも付いて行きます。関門海峡からは別行動になりますが』

 

「あぁ。それでいい。では出発」

 

 移動中BETAに襲われても、彼がいれば生存率は上がる。5人部下を失った中隊でも、関門海峡までは生き残れるだろう。

 

※※※

 

[同日 福岡県道72号北西 門司城跡]

 

 やはり築城基地は陥落していた。元々、九州最後の砦である関門海峡から少し離れていたのだ。機を見て脱出しなければ、BETAの餌食になっていたのは当然だったのかもしれない。

とホームベースが蹂躙されて気落ちした気分を切り替え、関門海峡の九州側である門司城跡は、帝国・国連・米軍が後退を続ける前線の要衝とした地点。無理矢理戦術機エプロンに作り変え、物資集積場を建設してある場所だ。予備機なんかも置かれているという話だったが、私たちが到着した時には地獄と化していた。

私の想定していたよりもBETA群が入り込んでいたのだ。既に72号線を挟んでBETAと対峙している状態。しかも、遅滞戦闘を続けているのは、いずれも何とか動けている戦術機たちだろう。帝国軍を中心に、いくらか国連軍のものが散見される。在日米軍の機体は見かけないが、撤退してしまったのだろうか。

 CPを失った私たちは、そのまま関門海峡にある部隊に加わることになった。国連軍防府基地の司令部は、ロストした戦術機部隊のCP将校が多くいるらしく、私たちにもCP将校を付けてもらえることになったのだ。

 

『CPよりシールダーズ。門司城跡の防衛地点は順次撤退中であり、数刻もしない内に九州から全面撤退をする。現在は関門海峡大橋を渡っている輸送部隊が、山陽本線北側まで撤退したことを確認次第、順次防衛地点の戦術機部隊は後退を行う。シールダーズは第2次防衛線にて、第1次防衛線を抜けた個体の撃破を行え』

 

 聞き慣れないCP将校の声に少し落ち着かなかったが、そうも言っていられない。

 私たちが到着した頃には、この門司城跡に構える関門海峡九州側防衛線も瓦解一歩手前だったのだ。この惨状を見れば、聞かずとも分かるというもの。

新任少尉共は、やっと休憩できると思っていたのだろう。CP将校からの通信を聞き、青い顔をしていた。

このようなことは、BETAとの戦場では日常茶飯事だ。むしろ楽ができることなんて、まずあり得ない。

 腑抜ける新任少尉らの尻を蹴り上げるつもりで、オープン通信で喝を入れる。

 

「貴様ら、ついいつぞやまで"死の8分"を乗り越えただのと喜んでいた威勢はどうした? 連戦続きで疲れ果てたか? 甘ったれるな!! ヒヨッ子の分際で、一度戦場に出たら、すぐに楽できると思うなよ?!」

 

『『は、はい!!!!』』

 

「異星起源種に喰われたくなければ戦え!! そのクソ頭に詰まっているミソを使え!!」

 

 初陣の戦闘から、何度か小規模なものを経験してきている新任少尉。それでも、初出撃から一度も機体から降りていないのなら、まだ初陣の真っ只中だ。8分を乗り越えたからと言って気を抜けば、たちまち光線級に焼き殺されるか、突撃(デストロイヤー)級に轢殺されるか、要撃級の前腕衝角にコクピットごと潰されるか、戦車級に取り付かれて喰われて死ぬかのどれかだ。新任衛士は初陣を生き延びて、初めて半人前になれる。一人前には、何度かの戦闘を経験しなければならないのだ。

 

「なぁに。機体が耐久限界を迎えれば、嫌でも後方に移される。それまでとりあえずは生き延びろ」

 

 それだけを言って通信を切ろうとするが、イーグル1のアイコンが回線に入ってきた。

 

『イーグル1よりシールド1』

 

「イーグル1、どうした?」

 

『ここでお別れです。撤退するよう、命令が下りましたので』

 

「そうか……。少ない時間ではあったが、貴官がいてくれて助かった。ありがとう」

 

『は。では、またどこかで』

 

 数時間もすれば見慣れてしまった動きに、未だに感動しながら見送る。これまで様々な人物に会って来たが、あれほど特徴的な軍人は他にいないだろう。終始聞くことのなかった、まだあどけなさの残る声色についても、バストアップウィンドウの映像が映っていないのも。機密なのは分かる。だが、短い時間でも背中を預けあった仲間だったのだ。

 ふわりと浮き上がり中国地方へと飛び去るF-15J。血塗れになった帝国軍塗装も満足に清掃することなく、どこかの基地へと向かった鉄少尉が見えなくなると、私はオープン回線で全員に呼びかける。

 

「シールド1より中隊各機。イーグル1がいなくとも、我々は我々の任務を全うしよう。戦場は一期一会だ。だが、死んでは次の機会は巡ってこない。まずは本土侵攻を生き延びようではないか」

 

『『『応!!』』』

 

「今こそ我々は新任ばかりのひよっ子中隊から、人類の生存圏と種の存続を守り、BETAを打ち払う神の盾(イージス)となろう!! まずは、撤退する部隊の支援だ!! 全機、兵器使用自由。楔壱型で出鼻を挫く!!」

 

 津波のように押し寄せるBETAを見据え、私たちは最前線の戦列へと躍り出る。万全とは言えない状態ではあるが、それでも他の戦術機と比べればマシな程度。ステータスがイエローでも何のその。推進剤と弾薬が残っているのならば戦える。

 まだ数時間と戦っていない新任少尉たちの顔つきも、いつの間にやらマシなものになったことを感じつつも、未だに減ることのないBETAを睨みつける。初陣が本土防衛というのも酷な話だと思うが、そんな状況は各地で起きる筈だ。私は甘ったれたことを言っていた時のことを思い出し、鼻で笑い飛ばした。

 



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episode 11

 

[1998年7月9日 国連軍防府基地 エプロン]

 

 日付も変わって久しい頃、昨日振りに戻ってきた防府基地の様子は、あまり変わっていなかった。九州が陥落して数時間経っているが、最前線の帝国斯衛軍の小倉城守備隊も撤退してしまっている。つまり、九州地方は完全に陥落した。

俺が途中から行動を共にしていた国連軍第49戦術機甲中隊(シールダーズ)は、別れた門司城跡での撤退支援を行った後の行方は知らない。本土侵攻の最前線にいたのだ。行方が分からないということは、"そういうこと"だと考えるべきなのだ。

 血塗れになっているF-15C Extraが滑走路に進入してくると、地上作業をしている整備兵たちがわらわらと群がってきた。機体に付着している、BETAの肉片や体液を洗い流して除染するためだ。

ガスマスクを被った数人の整備兵たちが水と除染液を掛けはじめて数十分もすれば作業も終了し、そのままエプロンまで歩いて移動する。CPからの指示で、空いている自走整備支援担架に機体をロックすると、そのまま帝国軍の整備兵たちが整備作業を始める。

 管制ブロックを開放して、数時間ぶりの外の空気を堪能する。機密上、俺は機体から降りることができない。特に防衛戦に参加している全軍が集まっているところは特に、だ。

機密漏れや俺の正体がバレることを防ぐためだ。そもそも、齢14か15の少年が乗っていれば、不審がられない訳がないのだ。話し方や振る舞いは18くらいを想定しているものの、姿を見られたならば疑われるのは必至。そうなった場合、瞬く間に逮捕されてしまう。

 

「何だこいつ……。かなり特別なチューンがされてるぞ?」

 

「この陽炎、本当に帝国軍のものなのか?」

 

 帝国軍の整備兵たちが、接続されたコンソールを見ながらそんな言葉を漏らす。純夏・霞曰く、F-15C Extraはフルチューン機なので、あちこちにシステムロックを掛けてある。整備に必要な部分は閲覧できることになっているが、OSやCPU等にはアクセスできないらしい。その他にも付け替え等が行われている部分も多いため、触り慣れた整備兵たちからすれば違和感だらけの機体だろう、ということを言っていた。

だからだろう。防府基地の帝国軍整備兵たちからしてみても、この機体はおかしいところだらけなのだ。

 

「……カスタム機だろう」

 

「班長」

 

「外観も弄り回しているのも見て取れる。中身も相当だ。ならば帝国技術廠が秘密裏に開発を進めている改修機なのかもしれない。あまり詮索はするな」

 

「了解しました」

 

 帝国軍整備兵を纏める班長は、難しい顔をしながら機体を見上げてくる。俺はその顔に見覚えがあった。

班長は事前に知らされていた、オルタネイティヴ4の工作員だったのだ。夕呼先生が用意したという、俺が立ち寄れる整備拠点にいるという情報を撹乱させる人員だ。

見上げてすぐ、班長は少し離れて班員に指示を出した。

 

「できるだけ早く整備を済ませてやれ!! こいつはすぐに移動する!!」

 

 心の中で礼を言い、十分に外の空気を取り込んだ管制ブロックを閉めた。

 

※※※

 

 整備にそこまで時間がかかることはなく、補給の方に時間がかかった。推進剤の補充も十分に終わったのだが、装備の方に遅れが生じていた。突撃前衛装備で防府基地を出撃していたが、帰還する頃には突撃砲が1門になっていたからだ。

補給するのは長刀2本と多目的追加装甲。基本的に使い捨てになる追加装甲も、既に他の機体が持ち出していて、予備もない状態だった。あったとしても、爆発反応装甲を使い終わったものや、かなり歪んでしまっているものしか残っていないのだ。長刀は簡単に手に入ったものの、突撃砲も戦場で拾ってきたもの。かなりダメージを蓄積しており、いつかジャムる(弾詰まり)ような状況になっていたのだ。

 

「突撃砲、準備できました!」

 

「長刀を背部マウントへ格納完了!」

 

 多目的追加装甲がまだ到着しない。整備兵の1人がコンソールからメンテナンス用のヘッドセットを装着してオープン回線を開く。

 

『追加装甲が手に入りませんでしたが、どうしますか?』

 

「……突撃砲をお願いします」

 

『了解』

 

 腰部弾薬庫に満タンに装填された弾倉が次々と入れられていく傍ら、近くの突撃砲にマークが付いた。どうやらコンソールから使用可能な突撃砲を指示したらしい。

 

『マークの付いた突撃砲を使ってください。整備が終わっているものです』

 

「ありがとうございます」

 

『整備完了しました。いつでも出撃可能です』

 

「イーグル1了解」

 

 メンテナンス用ヘッドセットを装着している整備兵や、そのた取り付いていた整備兵たちがコンソールの接続を切ったり、キャットウォークを排除していく様子を見ながら、CPに通信を接続した。

 

「イーグル1よりCP」

 

『こちら防府CP』

 

「防衛線はどうなっている?」

 

『現在、関門海峡大橋を超えられている状況。山口県へ徐々にBETAが侵入しつつあるが、水際で撃破が進んでいる様子。一昨日の台風で出撃できなかった帝国海軍水雷戦隊が爆雷攻撃を行っており、戦術機甲部隊等の地上戦力は自走砲・ロケット砲等の砲兵隊の支援が主になっている』

 

 戦術データリンクから、山口県の九州地方側にいくつもの味方アイコンが表示された。既に門司城跡は陥落しており、下関一帯でBETAを水際撃破している状況だった。

 

『また、状態が良好な戦術機甲部隊は九州地方へ進出し、間引き作戦を継続中だ。現在、帝国陸軍2個戦術機甲大隊ならびに極東国連軍1個戦術機甲大隊、帝国斯衛軍1個戦術機甲大隊の増強連隊規模が間引きを行っている最中だ。在日米軍は国道315号に沿って防衛戦を再構築中』

 

 おおよその状況を掴むことができた。帝国軍と極東国連軍は最前線で戦い、在日米軍は基本的に後方で支援戦闘を行っている構図なのだろう。これが後に、日米安全保障条約の一方的な破棄に繋がったかは分からないが、米軍が戦力を温存しているのは火を見るよりも明らかだった。

 すぐさま方針を決めるべく、どこへ向かうべきか考える。しかしながら、そんな俺の考えを遮るように、防府CPは俺に命令を下した。

 

『防府CPよりイーグル1へ。貴官は九州地方の間引きに参加すること』

 

「……イーグル1了解」

 

 波風を立てないためだ。俺には極東国連軍から独自裁量権を得ているが、帝国軍を名乗っている以上は従わなければならない。ここに来て、帝国軍の皮を被っていることが裏目に出るとは思いもしなかった。

 防府CPのCP将校の顔を思い出しながら、フットペダルに力を入れる。自走整備支援担架のロックが解除されたことを確認すると、そのままエプロンから滑走路へと向かった。

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 因果律量子論の論文の改定もとうの昔に書き終わり、今はオルタネイティヴ4を如何に進め、維持するかに注力している。

これも何の因果か分からないが、因果導体となっていた白銀に巻き込まれた形で世界を渡ったアタシは、2001年よりも4年前のアタシの誕生日まで遡っていた。

 1997年はオルタネイティヴ5が確定した年だ。これと同時にオルタネイティヴ3の時と同様に、必要に駆られて専門部隊を発足することとなる。アタシとしては00ユニットが出来上がった後でもよかったのだが、オルタネイティヴ計画が並立してしまった状況下では、あらゆる事態に対応するために用意しなければならなかった。

 しかし、この世界では時間と資金と圧力に押し潰されそうになることは少なくなった。2001年時点でのオルタネイティヴ4の研究成果と、4年間の世界情勢はアタシの天才的な頭脳にインプットされている。

この状況下であれば、最低4年間は大きな歴史の流れを変えない限り、アタシの掌の上。

 00ユニットの製作は、主席候補になる予定であった鑑を使用できる状況でないため、別の方法を模索する必要があった。しかしながら、あの危機的状況下に於いても、2001年12月31日以降は、研究に時間を多く割くことができた。新技術や新理論を持ち、検証もできているものだってある。切羽詰まっていない今の状況になってからは、時間的余裕を持って研究を進めることができた。

 主席候補である鑑は、素体となった記憶を持っている。これを利用せずして何とする。この世界でも、鑑には00ユニットになってもらうのだ。しかし、量子電導脳を製作する必要もない。あの技術はもう昔のものなのだ。

 

「香月せんせー。ハンガーに来るなんて珍しいですね」

 

「あら。息抜きで散歩するくらいいいじゃない」

 

 目ざとくアタシを見つけた例の鑑は、まりもの戦術機から顔を覗かせてこちらを見る。

 アタシは常に成長を続ける天才。ならば、できる限りのことはしてみせるのもアタシなのだ。

 【00ユニット改】。それが、この世界での00ユニット。そして鑑は、換えの効かない主席素体であるのだ。

 

※※※

 

 例のものができあがってしまうと、後は起動実験やデータ採取を行った後に実戦投入を行うだけ。

つまり、オルタネイティヴ4は終わったも同然なのだ。成功すれば、の話だけれど。しかしアタシの辞書に失敗の文字はない。必ず成功する。

 となると、次に手を付けるべきことは、オルタネイティヴ4を盤石なものにするための戦力だ。

 作業が終わったのか、キャットウォークから降りてきた鑑が、アタシのところに来た。

 

「鑑、アンタ、衛士になるんだっけ?」

 

「はい!」

 

「そ」

 

「……えっと?」

 

「確認しただけよ。それよりも、まりもの機体をイジってたみたいだけど、何かあったのかしら?」

 

「はい。訓練で使う機体ですから、メンテナンスは使う度に行うんですよ。整備班長が言うには、結構使い倒した機体だから、より丁寧に整備しろーって。機械のところは整備兵の皆さんに任せて、私と霞ちゃんでソフトとかを見てたんです」

 

「あー、これ古いのね」

 

 まりもは昔から物持ちのいい子だった。高校生の頃に乗っていたママチャリ、ナントカ号は今でも実家に置かれているとか。どんな名前だったかは覚えてない。現役の頃に聞いた話では、母親のお下がりだとか。そんな20年も使えるなんて、そうあることではない。

そんなまりもの機体だからこそ、長いこと使えているのだろう。

 

「はい! 私と同い年です!」

 

「これ15年も使ってるのね……」

 

 そんなどうでもいい話をしていると、ハンガーの一角のガントリーにシェードか掛けられた戦術機が目に留まる。あんなものがあっただろうか。位置的にはA-01のものではない。TF-403のための場所だ。

 

「ねぇ、アレって」

 

「あー、アレはF-14 AN3ですよ。先生が取り寄せろって言うから、副官の人と霞ちゃんが手に入れたんです」

 

「そんなことも頼んでたわね」

 

 F-14 AN3(マインドシーカー)。オルタネイティヴ4の前身、オルタネイティヴ3の時に製造された戦術機だ。アレにESP発現体と衛士を乗せて、ポパールハイヴ(スワラージ作戦)に投入された。それ以外に用途はなく、結局オルタネイティヴ4に移行してからは使用されなかったもの。

それをアタシは取り寄せた。利用方法はあるにはあるのだが、別に改造される前のF-14でもよかったのだ。しかし、F-14 AN3は国連軍管轄。ノーマルは米軍がモスボール(保存処理)したものがあるだろうが、夢物語を語る連中に欲しいと言っても出し渋る。面倒なわだかまりを生んでも、百害あって一利なしと言う。簡単に手に入るであろう方を頼んだのだ。

 

「アレは使えるようになっているの?」

 

「まだです。動きはするんですけど、ソフトウェアの方がまだ……」

 

「社がやったんじゃないの?」

 

「霞ちゃんは何故か、アレにあまり寄り付かなくて」

 

 ナルホドね。社にとって、あの機体は因縁のようなものがある機体だ。

 

「……ゆっくりでいいわ」

 

「了解です」

 

 さて、そろそろ動き出さなくてはならない。

 幾ら白銀を前線に投入したからと言って、1人の力が大局に大きな影響を与えるとは思えない。精々、数時間やその程度、猶予を引き伸ばすことくらいしかできないだろう。

となると、しなければならないことは1つ。

この辺り(横浜市柊町)は最前線になる。そうなれば、人類の威信を賭けたオルタネイティヴ4をBETAの目と鼻の先で進める訳にもいかない。前の世界でもしたように、一時的に仙台にでも拠点を移す必要があるのだ。

 時間は十分とは言わないが、恐らく1ヶ月以上は持つ筈だ。それまでの間に、オルタネイティヴ4とアタシの研究を更に進めなければならない。程々に資料の整理をしながら、引っ越しの準備でも始めよう。

鑑に別れを告げ、機密区画の廊下を歩きながら、そんなことを考える。

 

「……白銀が帰ってきてからやらせましょう」

 

 片付けなんて柄じゃないわ、アタシ。

 



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episode 12

[1998年7月11日 帝国軍青野原基地 国道312号 第1防衛線 北条町駅]

 

 下関攻防戦と呼ばれている、関門海峡での防衛戦は数日と持つことはなかった。日に日に減っている作戦参加部隊。戦術機は次々と撃墜されていく光景を目の当たりにし、光州作戦でも肌で感じたBETAとの戦闘を思い起こさせた。

 下関から撤退することを決めた日本帝国軍・斯衛軍と国連軍は、国道187号まで司令部を後退させ、それに伴い防衛線も大幅に下がることとなった。

 帝国軍防府基地も撤退に際し、残っていた物資や弾薬を満載にしたトラックが数え切れない程東へ向かい、その中には、初めて基地に降り立った時に話した上田上等兵の姿もあった。

何度か小型種を連れ帰った戦術機がいたそうだが、上田上等兵は対物ライフルで戦車級を倒したと誇らしげに語っていた。

 在日米軍が最前線に立つも、すぐに在日米軍司令部は後退を決断。岩国まで後退する。それから何度も敗走は続き、山口県が陥落。慌ただしくも防衛線を転々としていると、気付いた時の四国にBETAが上陸。本州の戦闘もままならない三軍混成軍は、四国に駐留している最低限の部隊のみで住民を守りながらの戦闘へと突入した。

四国には九州や山口県から何とか逃げ出せた避難民が居た。住民と避難民を守りながら、最低限の人員で守れる筈がない。四国は地獄と化した。

 そんなことを知りもしない俺は、呉攻防戦に参加。日本帝国軍呉支部が置かれており、九州戦線からずっと帝国軍への指示はここから出していた。

 帝国軍は呉を重要拠点としており、周辺地域も国防にとっては必要な施設が揃っていた。特に江田島は帝国随一の火工品生産拠点だ。ここを失えば、帝国の武器弾薬生産量がガクンと落ちてしまう。しかしながら、BETAの前には非力だった。他の拠点よりも踏ん張っては見せたものの、拠点から運び出しきれなかった弾薬諸共誘引したBETAを吹き飛ばした。

結局のところ、どこかの拠点や防衛線で踏ん張って見せても、それが全域で起きている訳ではなかったため、次々と陥落していったのだ。

 そして遂に兵庫県の中央を超えてしまった。もう帝都・京都は目と鼻の先。既にBETA群は広島県・鳥取県を手中に収め、四国も徳島県の一部しか残されていない。現在は国道312号を第1防衛線とし、防衛線以東福知山線までを第1防衛管区としている。それよりも東は第2と続き、国道173号までを今回の最終防衛線としている。京都府亀岡市に臨時の司令部を置き、帝都との連絡線を密に取っている状態だ。

帝国上層部は、この国道173号までの防衛線でBETAの本土侵攻を食い止め、追い返すつもりらしい。しかし、もし食い破られた場合は、帝都決戦も辞さないということは征威大将軍から声明があった。帝国民は帝都防衛に燃え、そして故郷を追われた帝国軍人は復讐の炎を募らせていたのだ。

 

『帝国軍スワロー中隊よりCP。倉敷から撤退したのは俺たちで最後だ』

 

『CPよりスワローズ。推進剤・弾薬の補給後、そのまま第1防衛線に加われ』

 

『スワロー3了解。……クソッ、俺たちは3機しか残っていないんだぞ』

 

 満身創痍のF-4Jが近くをフライパスする。BETAの体液で塗れているのは勿論だが、3機全機が腕や装甲板が脱落している。酷いものだと、跳躍ユニットがない機体まである程だ。

 

『スワロー3よりCP。青野原に予備機はないか?』

 

『予備機はない。全て出払っている。残っているのは、飛ぶのか分からないものばかりだ。それと機械化歩兵装甲は残っている』

 

『機械化装甲歩兵に鞍替えする気はない。……無茶なこと聞いて済まない』

 

『いい。整備兵が使える機体を順次整備しているところだ。出来次第、乗り換えを行って欲しい。それに、愛知から生産された新品も次々と納入されている。舞鶴からF-4Jから再配備が始まっているところだ』

 

 愛知県。もっと広い言い方をすると、東海地方は戦術機の一大生産拠点だ。機械製品の製造に強い企業が幾つも存在しており、軍需産業も盛んだという。不知火も愛知県の工場で生産しているんだとか。

 

『スワロー3よりヘンテコな陽炎(F-15C Extra)へ。我々はここに合流する。コールサインを教えてくれ』

 

「イーグル1よりスワロー3。ヘンテコは勘弁してください」

 

『勘弁な。見慣れないものでな。オレは赤坂 幸中尉。東は東京、南は山口と渡り歩いている。よろしく頼む』

 

「鉄 大和、少尉です。俺も九州からずっとですよ」

 

 色白の青年だった。年はそう離れていなさそうだが、歴戦の雄姿を思わせる雰囲気を漂わせている。

 

『それで、ここの説明を頼めるか?』

 

「えぇ」

 

 バストアップウィンドウにはSOUND ONLYの文字が浮かび上がっているだろうに、そのことを聞くこともなく、防衛線についての説明を求めてきた。

俺は簡単にだが、データリンクを使いながら口頭で説明をする。

 国道312号の第1防衛線。俺が担当している戦域は、比較的後方の近い地点だ。312号よりも西、北条鉄道の北条町駅。市街地であり、補給コンテナが幾つか置かれているところでもある。補給地点はここより更に西にあり、加西IC辺りに用意されているのだ。

担当戦域での任務は、後退する部隊の援護。及び、可能ならば支援攻撃。撤退時には殿を務めることになっている。

勝手に命令を下され、不和を起こさないために従ってここに配置されたのだ。

 下関からこの方、ずっと戦闘続きで整備もままならない。防府基地と呉、倉敷で整備を受けているが、本格的なものは一度も受けていないのだ。ステータスではオールグリーンと表示されていたとしても、システムチェックが行われていない範囲で、かなりダメージを蓄積していることは確かだった。

 

『ここには他の部隊はいないのか?』

 

 北条町駅には俺の他にも部隊は駐留していた。しかし彼らは別命でここを離れ、最前線へと行ってしまったのだ。残っているのは民間人の避難誘導を行っている帝国軍歩兵と随伴の機械化歩兵中隊のみ。彼らのCPは既に後方へ退避している。乗り換えの駅で席を確保しているらしく、折返しの電車が向かっているということは機械化装甲歩兵中隊の隊長から聞いていた。

 

「北条町駅の民間人を守っている歩兵と、随伴の機械化装甲歩兵中隊のみです」

 

『戦術機1機とそれだけの戦力で?! ……確かにここは第1防衛線でも後方に位置するところだが、それはあまりにも』

 

 言いたいことの意味は分かる。そして、赤坂中尉が途中で口を噤んだのも。

 第1防衛線の正面には多くの戦術機甲部隊が展開しており、福知山線沿線に砲兵隊が前線に支援砲撃を行っている。それは、ここで戦闘待機をしている今でも揺れを感知できる程の激しいものだ。

しかし、正面戦力を十分に揃えてしまうと、後衛の部隊が薄くなってしまうのも当然なのだ。部隊は足りない、戦術機も足りない。これからどこまで戦闘が続くか分からない現状、BETAが侵攻していない地域の部隊を全て引き抜くこともできないのだ。

 

「幸いにして北条町駅は無人になる予定です。民間人と歩兵が撤退するのを確認した後、俺は福知山線まで後退します」

 

『そうか……。俺たちはどうするか……』

 

 赤坂中尉と今後の話をしていると、状況が動き出す。

 最前線でBETAの増援があり、受け止めた部隊が壊滅。そのままBETAが雪崩込んできているというものだった。空いた穴を、後方で詰めていた部隊が埋めたが、かなりの量を討ち漏らしてしまっているとのこと。BETA群は東進を続けており、どうやら北条町駅を目指しているというのだ。緊急でCPから迎撃態勢を取り、もう少しで到着する電車を送り出すまで持ちこたえろと命令を受けた。

 ビルの上に上がって望遠カメラで確認をする。遠くに砂塵が確認でき、それが接近中のBETA群であることが分かった。

 

「イーグル1よりスワロー3。BETA群を目視で確認」

 

『スワロー3了解。データリンクで確認した。イーグル1と共に民間人が逃げるまで、ここを4機で守り通すぞ』

 

 ふわりと北条町駅を取り囲んでいた戦術機が浮かび上がり、一斉にBETAのアンブッシュポイントを目指した。

 

※※※

 

[同年7月14日 亀岡市 最終防衛線]

 

 北条町駅は守りきれなかった。4機で対応するにも数が多すぎたため、捌き切ることができなかったのだ。何とか稼いだ時間も10分というところで、駅に到着していた電車に乗り込めたのは半数の民間人だけ。歩兵と残りの半数は駅に取り残されてしまい、予定外に軽くなった電車はBETAを振り切って走り去ってしまった。

駅への籠城を決めた歩兵と民間人たちは、残されていた携帯火器や、機械化歩兵装甲を拝借し武装。時間稼ぎを提案。機械化歩兵中隊を通じでCPに連絡が行き、救援を寄越すまで耐えることとなった。

 赤坂中尉の部下が2人とも撃墜された頃、駅では小型種との戦闘になっていた。機械化装甲歩兵中隊は駅の外でバリケードを作っていたが、速く到着した戦車級や闘士級と戦闘を開始。中途半端なバリケードを内側から建造しながら、歩兵と民間人は戦闘を始めた。

序盤は戦車級を順調に倒していたのだが、不意を衝かれたり気を抜いた時に次々と殺されていった。結果、籠城を選択した歩兵と武装した民間人300人はBETAの腹に収まり、戦闘できない女子ども老人500人と、近くを固めていた100人もあっという間に殺されてしまった。駅は30分で陥落してしまったのだ。

救援が間に合う筈もなく、到着した頃には俺と機体から脱出した赤坂中尉しか残っていなかったのだ。

 救援部隊と共に後退する頃には、青野原基地にBETAが侵入。CPは壊滅してしまっていた。

 今は、京丹後・加西を結ぶラインでBETA群の侵攻を一度食い止めたということもあり、2日前に設置された防衛線以西の残存部隊は、三軍共に部隊の再編成を行っているところだ。

 

「いただきます」

 

 近くに放置されていた物資の中から戦闘糧食を拝借し、持てるだけ持ってF-15C Extraのところまで戻ってくる。

 北条町駅から撤退した俺は、そのまま休息に入ったのだ。このまま戦い続けても、心身共に疲弊し切ってしまっていてば、いつしか撃墜されかねない。気付けば6日間も戦術機に搭乗していたのだ。機体に持ち込んでいた戦闘糧食も既に底を付き、もう機体を降りるしかない状態であったとも言える。風呂にも入れておらず、体中垢だらけでもあるのだ。定期的に管制ユニット内は換気していたので、臭うとかそういうのはないだろう。

 戻ってくると、長いこと着ていた強化装備を脱ぎ捨て、近くを流れている小川に飛び込む。ひんやりと冷たい水が心地よく、森から聞こえてくる小鳥のさえずりがBETAとの戦闘を忘れさせてくれるようだ。清流の中で体を洗い、頭から水を被って汚れを流す。気持ちいいことこの上ないが、欲を言えばお湯がよかった。

 小川から上がり、体を乾かして新しい強化装備に身を包む。適宜自動でサイズ調整を行う強化装備だが、着てきたものと同じものを持ってきたと思ったら、少しばかりブカブカに感じるのは気の所為ではないだろう。連戦と不摂生な生活で少し痩せた、ということだ。

 拝借した戦闘糧食の中から適当なものを選び、管制ユニットの上、胸部の上に上がって腰を下ろす。体液を浴びていると言っても、亀岡に後退してきた際に除染をしてもらっている。それから移動してきたばかりということもあって、鼻に付く硫黄臭なんかも全くしてこない。

ヘッドセットを通して、頭部マルチカメラの映像は見えているため、ついでに周囲の様子を見ながら食事を始めた。

 

※※※

 

 F-15C Extraの外装装甲を外し、内部の駆動系を目視で確認する。確認するまでもなく分かっていることだが、やはりかなり損耗している様子だった。

亀岡に退いてきた時にも、一度整備してもらっている。それでも戦地整備ということもあってか、簡易的なものしかできていない。本格的な分解点検修理を行うのならば、ブラックボックス化した霞や純夏がいる白陵基地まで戻る他ない。

 外装装甲を取り付けし直し、点検工具袋にラチェットとモンキーレンチを放り込んで機体を見上げる。

 

「いつまで持つのやら」

 

 そのようなことを独りごちて、管制ユニットへと戻る。

 現在は第1防衛線以西での部隊再編と間引き作戦が決行されている。先日決まったばかりの第1防衛線の外郭、青野原基地は丁度BETAの最深侵攻地域だったらしい。

救援部隊と共にBETA支配地域へ侵攻。青野原から加西へ押し返すことができたのだ。

 BETAの侵攻が止まったことを確認すると、そのまま俺は現地での再編には加わることはなく、『機密文書と伝令』という体で宮津・丹波・明石に集結していた軍をパスして亀岡まで来ている。

亀岡にはオルタネイティヴ4の息がかかった基地があり、そこで便宜を図ってもらうためだった。

 白陵基地を出る前のことを思い出す。前の世界での本土侵攻が、どのように推移していったのか。日本帝国的には重要な事件であったということもあり、かなり詳細な記録が残されている。

台風の直撃と相まって、重慶ハイヴから東進するBETA群の攻撃が不十分であったこと。そして、民間人の疎開政策が上手くいかなかったこと。これによって、あまり数を減らすことができずに上陸を許してしまい、避難の送れる民間人を守りながら戦うことを強いられてしまった。

 刹那のことだった。帝国軍・斯衛軍・国連軍・在日米軍への一斉通信が入った。オルタネイティヴ4の協力者からの連絡で、第1防衛線でBETA群の侵攻が確認された。俺からは受信しかできないが、その隠匿性の高い通信を受け取った俺は、出発準備を1人で始めるのだった。

 俺に課せられた任務を果たすため。そして、帝国・帝国斯衛軍に恩を売りつけに行く。

そのために俺は戦っているのだ。

 

※※※

 

[同日 最終防衛線 京都・嵐山基地]

 

 第1防衛線で動きがあったことは、基地内の喧騒から察することができる。しかしながら、私たち嵐山補給基地所属 斯衛軍第332独立警護中隊(ファングス)は丹波を越えようと動き出したBETA群にいつでも出撃できるように、即応待機で詰所にしている状態だ。

 本来であればここには、帝都鎮守のために配備された戦術機甲部隊と即応部隊がいた筈。しかし前線へ抽出された戦力を補填するため、繰り上げ任官した私たち半学徒兵が着任している状態だった。

しかしながら、状況は切迫している。前線の状況は戦術データリンクを閲覧することも、データベースにアクセスすることもできないポンコツ(ヘッドセット)では見聞きすることはできない。

唯一、情報を得られる手段は、基地の正規兵の会話や怒号から得られたピースを組み合わせて推理することだけ。

 ただ、嵐山基地の立地や防衛線の様相から推察するに、私たちが出撃するような事態になることは、第3防衛線が突破されるかされないかの瀬戸際。亀岡を突破された時に、それが訪れる。

 

「ねぇ……さっき整備兵が話してるのを聞いたんだけどさ」

 

 そんな会話の切り出し方をしたのは、同じ中隊所属で白百合女学園時代からの友人、石見 安芸。

 

「何かあったの?」

 

 その言葉に反応したのは、恐らくあの中隊長の威圧に怯んでしまった安芸と同じく友人の能登 和泉。隊長を怖がってはいるが、元気があるようにも見えない。許嫁が九州で戦死したとか聞いたが、それが理由だろう。

 

「待機って言っても、やることあるんだから、そっち終わらせちゃおうよ」

 

 口ではそう言うものの、少し興味あり気にしている親友の甲斐 志摩子。

 詰所には他にも私たちと同じように、速成教育を受けて繰り上げ任官をしている新任少尉がいるが、その中でも私と近くで黙々と何かを書いている山城 上総の5人は仲がいい。

 話を聞いたと切り出した安芸が、私たちを手招きして近くへ呼び寄せると、周りに聞こえない程度の声で話し始めた。

 

「九州からこれまでの戦闘について、皆は教官や如月中尉から聞いてると思うけど、なんだか興味を唆られるのを聞いたんだよね」

 

「もったいぶってないで教えてよ。どんな話?」

 

「変なF-15J(陽炎)がいるんだって。あちこちの九州からずっと、生き残ってるとか。いつも単機で転々と戦域を移動して、試験小隊を名乗ってるみたい」

 

 それは、よくある戦場の都市伝説みたいなものだった。

 安芸が言うには、帝国技術廠が開発している新型のF-15Jの試作機で、実戦データ収集を目的に出撃しているとか。試作機でありながら僚機はおらず、そして搭乗する衛士は精鋭中の精鋭。再現不可な機動制御を行い、BETAを蹂躙していく。

 和泉も志摩子も少しばかり興味を持ち、これまでに経験したことのない空気感を紛らわすために盛り上がり始める。

黙々を作業を進めている上総は、興味を無くしたのか、つまらなさそうに作業を再開させていた。

 

「……篁さん」

 

「何?」

 

「石見さんの話を聞いて、何か分かるんじゃないかしら?」

 

 興味がないと思ったのだが、少しはあるらしい。私は安芸の言っていた特徴を思い出しながら、私の知っている範囲で情報を補強していく。

 

「戦術機のことなら……。F-15Jは、F-15Cから長刀を使うためにOSの書き換えと関節、電磁伸縮炭素帯の緩衝張力強化や87式突撃砲に合わせた兵装担架の設計変更がされている。全部日本帝国仕様にするため」

 

「それは講義で習いましてよ」

 

「確認。……全ての改装は上半身に施されたものだと思う。でも、機動力の向上や外見的変化はなかった筈。空力特性を鑑みた、頭部と上腕部のカナード翼取り付けが代表的だけれど、これは日本の戦術機運用思想からくるものね」

 

「それがなされていたF-15Jを帝国技術廠が開発している、と?」

 

「あり得ない。なぜなら、不知火があるもの」

 

 上総は作業を終わらせたのか、ペンを机に置いてこちらを向いた。

 

「ということは、そのF-15Jは不明機ということになるわね。試作機を最前線にずっと置いておくのもおかしいし、何より僚機がいない中での単独戦闘はもっとあり得ないわ」

 

「うん。私もそう思う」

 

「私たちが見ることはないと思うけれど、多分、戦場の都市伝説。幻影でも見ていたのよ、そんな報告をした衛士は。後催眠暗示と興奮剤でバッドトリップでもしていたのでは?」

 

 暗示と興奮剤の併用は、初陣の衛士によく処置されるものだ。それの副作用として、バッドトリップを引き起こすことが時々ある。恐慌状態に陥り、何もできなくなった衛士に施すものとして適切である、と教えられるものだが、副作用は少し触れるだけ。実際に使ってみなければ、その恐ろしさは誰にも分からないのだ。

 

「出現地点もまちまちだし、期待するだけ無駄ね。そんなヘンテコな陽炎ならば、見てみたいものだわ」

 

 そう言って切り上げた上総は、提出してくるとだけ言い残して詰所を出ていってしまった。

 残された私は、まだ少し盛り上がっている3人に声をかけて、作業をするように進めた。後で中尉から雷が落ちるのは、少し避けたいところなのだから。

 



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episode 13

[1998年 7月14日 最終防衛線 亀岡戦域]

 

 第1・第2防衛線は、数時間と持たずして瓦解してしまった。これまでの戦場では、山間部が防衛線に常に含まれていたからか、少しばかり防衛に有利な条件が揃っていた。しかし、第3防衛線以降は比較的なだらかな地形が多かったため、光線属種の餌食になる戦術機や砲弾が後を絶たなかった。

 悪条件化に晒された本土侵攻。日本帝国は万全の態勢でBETAを迎撃できなかったことが、一番の対応ミスだったのかもしれない。

 冷静にこれまでの戦況を分析しながら、夜なのに明るく照らされている戦場を見つめる。

 

『だ、誰か……ッ!! 誰かいないのか?! CP!! CP!! ち、中隊が!! 中隊があああああ!!』

 

『CP!! このままでは絶対防衛線に取り付かれる!! 即時援軍と面制圧を要請する!!』

 

『がぼっ……ち、っくしょう……。痛ぇ……痛ぇ……、生きたまま、喰われる、なんて……嫌だ……』

 

『補給はまだかよ!! もう誰も突撃砲を撃ってないんだぞ!! 短刀1本で中隊規模のBETAをどう殺せばいいんだ!!』

 

 阿鼻叫喚地獄絵図なんて言葉では収まらないような状況が、戦場ではあちらこちらで起きている。俺は助けに行くことができる。だが、課せられた任務を擲ってまではできない。それにたった1機でできることなんてたかが知れている。

増援に来たのが1機だけならば、俺だったとしてもガッカリする。

 戦闘が始まってからどれほど経っただろうか。亀岡戦域から京都へ向かう主要なBETA群、それも単機で対応可能な探知されても後回しにされそうなものを撃破して回っていた。

単機での戦術行動は推進剤と弾薬を加速度的に消費する。これでも節約しながら戦闘を続けているが、4戦を超えた辺りから心持たない状況になりつつあった。大胆な機動制御も使えない、弾をばら撒くこともできない。補給するには、どうにかして補給地点か補給基地に飛び込むしかない。

 各防衛戦には、あちこちに推進剤と突撃砲・長刀の補給ができる補給コンテナや補給地点が用意されている。それは帝国・帝国斯衛軍の、上陸からこれまでの屍の上に築き上げた戦術ではあるのだが、使い手がいなければ置物であることに変わりはない。そして、BETAにとっても収集する資源でしかない。

 

『亀岡周辺の残存戦術機へ。残っている者で部隊を再編し、防衛線を再構築する。集合座標は……』

 

『損傷機は嵐山へ行け!! あそこならば予備機がある筈だ!!』

 

『CPより亀岡に展開する全部隊へ。部隊を再編し、接近中の大隊規模BETA群を迎撃せよ』

 

『畜生、現在再編中だ!! 部隊はバラバラだが、全機が撃震(77式戦術歩行戦闘機 F-4J)だ。連携が崩れることもないだろう。近くの斯衛部隊も合流し、共同で対応する』

 

 西から亀岡に入った俺は、亀岡市街の様子を遠くから眺める。どれも体液だらけ、傷だらけの戦術機が、小型種や群からあぶれたBETAを倒しながら集結していた。

駅前には輸送コンテナが並べられており、先に到着していた戦術機が何かをしているようだった。

 コンテナのハンドルを握ると、残っていた4つを持ち上げて集合していた戦術機に声を掛ける。

 

『デスサイズ1より、亀岡戦域の戦術機部隊へ。これから輸送コンテナを持って後退し、西川に防衛線を展開。BETAを迎え撃つ。先程オープン回線でも言ったが、損傷機は嵐山へ。主脚、跳躍ユニットがない2機が向かうこと。その他は継戦可能だと判断する。該当機は最小編成単位(エレメント)と共に後退。嵐山からの支援砲撃が来ない理由も見てきてくれ』

 

 該当する戦術機の衛士が返事をすると、3機の戦術機が嵐山の方へと飛び去る。どうやら1機はエレメントもいない、単機だったようだ。

 再編された亀岡の戦術機部隊は15機。亀岡周辺にいた戦術機とはいえ、他戦域の部隊も混じっていた様子。本来であれば、亀岡市街には一個大隊相当の戦術機甲部隊がいるはずなのだが、既にその殆どが討ち滅ぼされてしまっているようだ。

 戦術データリンクを見ながら、亀岡の状況が見えてくる。

亀岡市街の戦術機甲部隊は戦域中央軍。担当は帝国軍。その他にも東端と担当している。西端は帝国斯衛軍と帝国軍の混成部隊。東西中央で編成にバラツキがあるのは、恐らく西端は支援砲撃のしやすい火力が集中しやすい地域なのだろう。配置されているのも、かの斯衛とはいえ嵐山補給基地所属の学徒部隊だ。

西端は愛宕砲撃陣地の防衛に注力しており、山間部の警備部隊や装甲車部隊と共に小型種掃討を主に行っている様子。中央は先程のオープン通信を聞いての通り。目的は嵐山砲撃陣地の死守、といったところだろうか。戦域中央軍は嵐山砲撃陣地の西側。侵攻するBETA軍は恐らく、東に砲撃陣地を見つけて方向転換をするだろう。そういった考えがあり、戦域中央軍は集結・再編成し防衛線を再構築するのだ。

 ならば西端を担当していた斯衛部隊の動向はどうなのだろう。

彼らは西端戦域で侵攻する中隊規模のBETA群と接敵、交戦。その後も散発的に浸透を続けるBETA群に対して味方を落とされながらも持ち堪えたが、光線級を掃討後は嵐山補給基地方面に向かって撤退を始めた。補給コンテナも全て空にした様子で、そのまま老ノ坂峠へ向かった。

 嵐山補給基地はどうなっているだろうか。亀岡戦域の補給を担っている嵐山補給基地は、山間部に建設されたもののようだ。山肌をくり抜いて作られた基地は、斜面を見下ろす形で戦術機用カタパルトを2基設置されている。射出される方角は亀岡方面だ。戦況はレーダや戦域データリンクと共に、外を見ることで把握ができる立地だと思われる。

戦術データリンクから状況を確認すると、どうやらCPは置かれていない様子だった。

 戦域中央軍を左手に見ながら、戦域データリンクを共有。補給コンテナの位置を更新する。まだ西の方には使われてない上にBETAが寄り付いていない補給地点が点在している。一度押し出せば、その補給地点を中心に防衛線を押し上げることができる。しかし、このような状況下ではそれも難しいだろう。遠隔操作で補給コンテナを呼び、展開する防衛線の補充にするだろう。

 

『デスサイズ1より、南を移動する帝国軍戦術機へ。貴官は何故後方へ行く』

 

 突然、バストアップウィンドウが表示される。壮年の男性衛士が映し出され、俺にそう訴えかけてきた。

 

『イーグル1よりデスサイズ1。前線から司令部への伝令です。早急に嵐山補給基地へ向かいます』

 

『伝令? その情報を開示できるか?』

 

 オープン通信であるならば、それらしいことを言わなければならないだろう。

 

『申し訳ありません』

 

『……分かった。イーグル1、嵐山に伝えてくれ。亀岡戦域が瓦解するのも時間の問題、と』

 

『了解』

 

 ウィンドウが閉じられる。それと同時に幾つもの閃光と発砲音を捉えた。

 そのまま反転することなく、斯衛部隊を追いかけるように老ノ坂峠へと向かった。

 

※※※

 

[同年同日 絶対防衛線圏内 帝国軍桂駐屯地]

 

 遠くからではあるが、俯瞰して桂駐屯地が見える位置で戦域の様子を見ていた。

 帝国・帝国斯衛軍に恩を売る。その命令を受けてはいたが、結局俺は俺にできる最大限のことをしてきた。だが、単機にできることは大きくなかった。亀岡市街の戦域中央軍に加わることもできたし、何ならこれまでの参加した戦闘全てで言えることだ。北条町駅でのことや、九州でのことも。国連軍や帝国軍と共闘することは何度もあったのだ。

それでも、俺にできることは大きくなんてない。

 あの頃、俺は世界を救うと勘違いしていた。だが、それは俺"だけ"にできることではない。仲間と共に一丸となって成さなければいけないことだった。

 

『停止中の陽炎(F-15J)

 

 接近には気付いていた。しかし、主機も落としていた俺にわざわざ話しかけた。擱座していると思われたのか? それとも、どこかの部隊から抽出された、桂駐屯地の救援とでも言うのか?

 俺の周りにランディングしてきた8機の不知火は、2機が突撃砲を後ろの地面へ向けて構えたまま、その他の6機は周辺警戒をして睨みつけてくる。

 

『こちら帝国軍首都防衛連隊所属の遊弋部隊 ウルブズだ。搭乗中の衛士、聞こえているのなら返事をしろ』

 

「帝国軍第207試験小隊 鉄です」

 

『中身が生きているのならいい。このようなところで何をしている?』

 

 体液で汚れた、特徴的な迷彩が施されている不知火に少し気が逸れる。だが、すぐに持ち直してそれらしいことを答えた。

 

「機体の調子が悪いみたいで、先ほどまで機外で作業をしていたところです」

 

『ほう。見たところ、俺の知っている陽炎とは違うみたいだ。帝国軍の試験小隊ということは、試作機といったところか?』

 

「機密につきお教えすることはできません」

 

 バストアップウィンドウに表示される顔と、コールサインから察するに中隊長。俺は名乗ったものの、相手は大尉だ。

俺がSOUND ONLYになっているところが気になっているだろうが、それよりも確かめなければならないことを、確かめているといったところだろうか。

 この時の俺は油断していた。何故ならば、これまでどこの部隊と接触したところで、部隊名を言って機体のことは機密だと言えばそれで済んでいたからだ。

Need to know。知る必要のない人間に知らせる必要はない。知る必要が出た時、必要な情報だけが知らされる。

 俺は聞き慣れない帝都防衛連隊と、部隊長である彼のことを少しばかり侮っていたのかもしれないのだ。

 

『この戦域には試作機を投入した実戦試験は行われていないと聞いているが、貴官の所属を明らかにしろ』

 

 不味い。疑われている。ウィンドウ越しに睨みつけるオッドアイ、恐らく擬似生体移植された目が獰猛な狼のように睨みつけてくる。

 だが、運が良かった。桂駐屯地内にいる斯衛の学徒部隊に動きがあったのだ。恐らく、近くで瓦礫に挟まっていた突撃級が動き始めたのだろう。橙色の機体目掛けて突撃し、引き倒してしまったのだ。勢いが足りず、機体を轢き裂くことはできなかったようだ。見たところ前腕のナイフシースが脱落しており、武装は何一つとして持っていない。

あれでは3機とも、たった1匹の突撃級にやられてしまう。

 

『チッ! 乳歯共が不味いな。陽炎の、詳しい話は後だ』

 

 ふわりと浮かび上がった不知火たちは、突撃級と戯れている82式戦術歩行戦闘機 瑞鶴に向かって行った。

 

※※※

 

 着座とデータリンク同期、起動シークエンスは何も必要ないが、少しばかり遅れて俺も飛び上がる。向かうのは、突撃級や、付近に潜んでいた戦車級を倒しきった不知火と瑞鶴がいる場所だ。

 何やら話していたようだが、俺が着地する頃には一通り話しは終わっていたようだ。

 

『何だ、鉄』

 

「いいえ。少しばかり話が聞こえていたものですから」

 

 そう言って俺は丸腰の瑞鶴たちに突撃砲と長刀を渡す。

 

「使い古しで済まない」

 

『え……ですが』

 

「俺にはこれがある」

 

 ナイフシースから短刀を2振り引き抜いて見せる。まだ使っていない新品だ。

 俺はすぐさま回線に入り、ウルブズの中隊長に話し始める。

 

「ウルブズの中隊長」

 

『真田だ』

 

「では真田大尉」

 

 真田大尉は顔を顰める。どうやら階級は大尉で合っていたらしい。

 

「あまり詮索されるのはやめて欲しいですね。藪をつついて蛇を出す、と俺は思いますよ」

 

『何を言っているんだ……鉄』

 

 剣呑な雰囲気に変わってしまったが、このような状況下で俺がもし工作員と疑われてしまうことだけは避けたい。斯衛の学徒兵には悪いが、少しばかりその空気は我慢して欲しい。わざわざことわざを使ってまで、そう伝えたのには2つ理由がある。

1つ目は、俺が生きて白陵に帰るため。道中、営巣やら尋問はなしで。そして2つ目は、真田大尉とこの場にいる全衛士のためだ。もしこの機体と俺の秘密が知られてしまったならば、ほぼ確実に()()()は情報漏えいの対策をする筈だ。

帝国軍の不知火は、精鋭にしか配備されない機体。ということは、真田大尉は精鋭。そして、その不知火を連れている中隊の長だ。この戦場で生き残る可能性は十二分に考えられる。もし、生きて帰ったならば、帰った先で俺のことを報告するかもしれない。

俺の伝えた第207試験小隊は存在しない。調べればすぐに知られてしまう嘘だからだ。ならば、詮索しないに限る。

 

『篁、これから貴様らはどうする?』

 

『は……二条城の本陣を目指し、斯衛本隊と合流します。そこで新たな命令を受領します』

 

『貴様らの向かう先は、市街戦の激戦区だ。無論、道中の浸透した敵との遭遇率も高い。ならば、駅に向かうといい。京都駅ならば、臨時の物資集積場になっている。戦術機用の兵装ならば一通り揃う筈だ。それに、運がよければ簡単な機体整備を受けられるかもしれん。帝国軍戦術機甲一個中隊と機械化装甲歩兵一個大隊が守っている。万が一の場合は、壬生駐屯地へ向かえ。助教だった斉藤中尉を探せ。何らかの融通はしてくれるだろう』

 

 会話内容から推察するに、真田大尉は斯衛で教官をしていたのだろうか。

 脳裏にまりもちゃんの顔が過る。何度も教えられ、怒られた。呆れられることもあった。驚かれることもあった。それでも俺の中で先生であり教官であるのはまりもちゃんだけ。そしてトライアルの時、後催眠暗示と興奮剤の併用でバッドトリップした俺は、ペイント弾を装備したままBETAに突撃し、撃墜された。

その後のことも鮮明に覚えている。管制ユニット内で小便をチビって泣き喚いたこと。助けてくれた伊隅大尉に行かないでと懇願したこと。全てが終わった後、まりもちゃんに慰められたこと。そして……。

 

「うぐっ……」

 

『どうした、鉄』

 

「いえ少し。昔のことを思い出しまして」

 

 今後のことを話していた真田大尉と篁少尉の注意が俺に向く。

 俺の機体からはアクセスできないが、この防衛線に参加してからは嫌と言う程見てきたから分かる。それに、彼女たちは新任少尉だろう。恐らく、出撃前に催眠処置がなされており、戦闘中は何度も圧力注射が施行された筈だ。薬物過剰投与の影響は見れば分かる。

少しばかり虚ろな目をしている。眼鏡の能登少尉は眼球が揺れている。緊張状態か何かを必死に考えているか。篁少尉と山城少尉は幾分かマシな状態だが、追いかけてきている俺からしてみれば、よくない状況なのは自明だった。

 ならば、少しばかりここで恥をかくのもありだろう。それに俺は架空の部隊の架空の衛士。別に誰かに伝えられようが、存在しない人間の話だ。痛くも痒くもない。ただ、言えないことも多い。それなりのカバーストーリーを作らなくてはならないな。

 

「俺が任官したばかりの」

 

 そう言いかけた刹那のことだ。

 

『ウルフ2よりウルフ1。師団規模のBETAが接近してます』

 

『了解した』

 

 近接接続された戦術データリンクからBETAの情報が飛び込んでくる。西から接近する師団規模BETA群は、真っ直ぐこちらに向かってきていた。

 

『ウルフ1よりファング小隊ならびに鉄』

 

『は』

 

「はい」

 

 機体を迫りくるBETAの方に向けた真田大尉は、小さく言った。

 

『行け』

 

『……了解』

 

「了解」

 

 俺はどうしようかと考えつつ、戦域図を拡大して見る。

 既に帝都にはBETA群の通過した跡が残されており、西側の補給基地は潰されている。篁少尉らの基地である嵐山補給基地は既に陥落。マーカーはロストしており、恐らくBETA群に蹂躙されている。

現在は琵琶湖付近まで迫っており、山科付近での残敵掃討戦が始まっているようだ。既にBETA群の先鋒は通り過ぎた後。面制圧や砲撃によって、その殆どが討ち倒されている。となると、BETA群後衛である要塞級らがそろそろ市街地に入ってきている頃だろうか。

 すり減った防衛部隊が要塞級の大群を相手にするのは困難だ。それに先程、篁少尉らの瑞鶴とデータリンク共有した際に分かったことだが、彼女たちにはデータリンク制限がかかっているものの、参加中の斯衛部隊のデータが入っていた。そこには、絶対防衛線に配備されている斯衛部隊の半数以上が学徒兵であることが分かっている。

つまり、どこの部隊とも満足なデータリンクができない部隊が、帝都市街にあちこち生存している可能性が極めて高い。

 また、帝国軍も同じような現象が見られる、と思われる。本土に踏み込まれたなら、戦える者は全て動員する判断を下すのも納得できることなのだ。

真田大尉は遊弋部隊と言った。俺が聞いていない間に、篁少尉らにどのような説明をしたか分からないが、恐らく物資の集積と同時に生存者の捜索も任務の内としてあるのだろう。このようなところで孤立している3人を見つけて話しかけるということは、元々教え子であったということを抜きにしても任務を確実にこなしている証拠だ。

 真田大尉らウルブズが飛び去るのを確認すると、俺はそのまま篁少尉に話しかける。

 

「篁少尉が3機を率いている、と見ていいのか?」

 

『は、はい。鉄……』

 

「少尉だ。……3人は京都駅に向かう。そこで兵装を受け取り、御所の斯衛本隊に合流する。そうだったな?」

 

『そうです、鉄少尉』

 

「俺も行こう。短刀があるとはいえ、ほぼ丸腰みたいなものだからな」

 

『申し訳ありません』

 

 先程、真田大尉にどうするか聞かれた時、篁少尉は少し悩んでいた。恐らく、ウルブズが遊弋部隊であることを聞いて、何かを考えていた。それは保護だろう。武装が全て脱落した戦術機が3機、孤立しているのだ。しかし、斯衛本隊に合流すると言った。

つまりそれは、自力でこの状況を打破するため、といったところだろう。繰り上げ任官後も、教官のおんぶにだっこではよくない、そう考えた。

 

「俺はファング小隊と連携が取れない。見ての通りの機体。だから先行する。近接データリンク範囲ギリギリを先行し、前方の様子を確認しながら行く」

 

『了解しました、鉄少尉』

 

「俺もその気持ち、分かるんだ。だが、これくらいはさせてくれ」

 

『え……?』

 

 スロットルを開き、機体を浮かばせる。匍匐飛行の態勢を取り、そのまま京都駅を目指すことにした。後ろに3機の瑞鶴を引き連れて。

 



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episode 14

[1998年7月14日 絶対防衛線圏内 帝都市街西域]

 

 西の方で戦闘が始まった。真田大尉らがBETA群と交戦を始めたのだろう。桂駐屯地を出てから、途中までは跳躍ユニットで移動していた。しかし一帯から山がなくなり、住宅街に入った頃には光線属種から射角が取れるだろうと、主脚移動へと切り替えていた。幸いにして、周囲にBETAは感知できない。震動探知も音紋探知も起動しているが、捉えているのは俺たち4機の主脚移動音だけ。

 周りをつぶさに確認しながら、俺はオープン回線を開いた。

 

「イーグル1よりファングス各機」

 

 破壊された住宅街を見ているのもつまらない。周辺警戒の注意が散漫になるかもしれないが、数km離れたところを同じように移動している彼女たちには、いい暇つぶしになるかもしれない。

 

「さっき言いかけたことを話そうと思う」

 

 オープン回線に3人がアクセスする。

 俺は次に出る言葉が詰まった。何故このようなことをしようと思ったのか。あの黄昏時、大破した吹雪の前に座り込んでいた俺。佐渡島へ向かう戦術機母艦の甲板で、意味もなく空を見上げた俺。そんな俺に言葉をかけてくれた先達。彼女たちのマネをしようと言うのか。それとも、たった数戦の経験がある少尉の俺が、そう大して経験値は変わらないであろう彼女たちに先輩ヅラを吹かせるというのだろうか。

だが、恥のかき捨てだ。それほど変わらない、新任少尉の先輩である俺からの。まだ一人前とは程遠い俺から、何か教えられることがあるやもしれない。

 

「任官したばかりの頃の話って切り出そうと思ったが、別にいいだろう。……俺のいた訓練部隊での話だ」

 

 それからは所属部隊や基地のことを伏せながら話す。違和感だらけに聞こえただろう。それでも、伝えることに意味があると思った。

 

「俺さ、落ちこぼれの訓練兵だったんだ。座学はからっきし、体力錬成もダメダメ、銃の組み立てで部品を紛失。そんな俺を引っ張ってくれた仲間たちと一緒に総戦技(総合戦闘技術評価演習)を突破できたんだ。まぁ、道中もただの蛇に噛まれたのに、毒蛇だとか散々騒ぎまくって、挙げ句に行軍中は熱を出してぶっ倒れた」

 

 ケラケラ笑いながら話す。主観時間で言えば、もう何年も前の話だからだ。

 

「そんな取り柄のない俺にも、1つだけ才能があった。それは、戦術機の機動制御。シミュレータの訓練過程を最速でクリアしたんだ。その時は仲間にも教官にも心底驚かれたっけな」

 

 3人の視線が俺の機体の方に集中しているのが、なんとなく分かる。兵士としてダメダメでも、戦術機の扱いが上手ければ、こんな機体が与えられるのか。そのようなことを思われているようでならなかった。

 

「そんな俺の話を聞きつけた将校が、ある提案をしたんだ。俺たちにシミュレータ時間と訓練機を融通してくれる。飛んで喜んだよ。俺の機動制御はそれだけ有用であると認められた。入力ログは仲間にも共有されて、全員の機動制御技術に貢献できたんだ」

 

 ここからは完全に本当の話を作り変えた話。嘘でもないから、真実味が増していく。

 

「シミュレータを訓練部隊は最速でクリアして、すぐに実機訓練。導入されたばかりの97式戦術歩行高等練習機(吹雪)に乗って、高名な教官の元で訓練に明け暮れた。そんな時だ。実機訓練中、BETAに襲撃されたのは」

 

『っ?!』

 

 全員の表情が強張った。自分たちの訓練と重ねていたのだろうか。

 

「模擬戦中の襲撃だ。近くの演習場に出現したBETAがすぐそこまで迫ってきていた。なんで基地の近くにBETAが出現したのかっていうと、極秘に捕縛していた奴が逃げ出したらしい。事件はもみ消されたものだから、あの時基地にいた人しか知らない」

 

 崩れたマンションを眺め、あの時のことを思い出す。

 

「突然のことで驚いて何もできなかった俺たちに、近くで訓練をしていた正規部隊が命令したんだ。武器庫に行って突撃砲と長刀をありったけ持って来いって。それまでの足止めは自分たちがする、と」

 

 燻る瓦礫を横目に見る。全てに人がいた筈なのに、今では誰1人として残っていない住宅街。聞いた話によれば、避難誘導を振り切って自宅に戻る民間人がいたとか。寺社では読経をしているところもあるという。

 

「初めて見るBETAの姿に、訓練兵だった俺たちは足が竦んだ。でも、行かなくては正規部隊がやられてしまう。なんとか分隊を動かして武器庫に向かったんだ。その道中、俺たちはBETAに遭遇した」

 

 要撃級が数体いたことを思い出す。

 

「そいつを見た瞬間、俺は突撃砲を撃ち始めた。装填されているのが模擬弾であることを忘れてな。塗料で色が変わっていく要撃級に、俺は自分の得意な機動制御を使った。そうしたら、BETAの注意が俺に向いたんだ」

 

 鼻で嗤い、右手に見えるショッピングモールに目を向けた。中で小型種が蠢いているかもしれないからだ。しかしそれは杞憂だったようで、崩れた外壁や落ちた天井があるだけ。

 

「勘違いしていた。その時の俺はBETAを殺せているつもりだったんだ。話を聞いていてなんとなく分かっていると思うが、訓練中の遭遇だ。事前処置なんて受けていない。ピクリとも動かない俺たちに正規部隊が遠隔操作で施した興奮剤のみ。きっと幻覚でも見ていたかもしれない。BETAが殺せている状況を」

 

 もう少しで桂川というところまで来ていた。そろそろ跳躍ユニットで移動してもいいだろう。背の高い建物が増えてきたのだ。

 

「だが本当はバッドトリップしていたんだ。そして俺はすぐに要撃級の前腕衝角で撃墜。主電源もAPUも落ちた影響で、全ての電気系統が使えなくなった。ヘッドセットから外の様子は見て取れないが、俺の乗っていた吹雪を食い破ろうとしていた戦車級の音は聞こえてくる。泣いたよ。喚いたよ。怖い、死にたくないって。小便を漏らして、ガキみたいに」

 

 彼女たちにも覚えはあるのだろう。今回が初陣だった筈だ。想像を超える量で押し寄せるBETA群を目の当たりにした筈だ。

 

「助けられた戦術機の大尉にも、行かないでって懇願したっけな。……これが俺の初陣だ。顔も分からない先任少尉の話を聞いたところで、なんだか分からないと思うけど気に止めておいてくれると嬉しい」

 

『……鉄少尉』

 

 一番最初にリアクションをしたのは、意外にも能登少尉だった。

 

『その時の訓練分隊はどうなったんですか?』

 

「兵装運んで、すぐに撤退。俺が撃墜された以外は被害ゼロ。仲間も興奮剤の投与でどうにかなりそうだった筈なのに、俺の心配してずっと声を掛けてた。だけど俺が足止めをしてるから行けって言ったらしく、先任のところに武器を運びに行ったよ」

 

 自分たちの初陣と比較したのだろう。その様子は見て取れた。

 

「その後は繰り上げ任官をして、新任少尉のまま最前線。ここは能登少尉たちと同じだな。皆同じ訓練部隊出身だろ? 俺もそうだった。仲間たちと一緒の部隊に配属されて、さっき出てきた助けてくれた大尉の部隊に配属になって、気付いたら俺1人だ」

 

 嘘ではない。全員生きてはいるが、俺のいた中隊はいない。ほとんどは訓練部隊にすら入っていない年頃の筈だ。

 俺の言葉に全員が口を噤んだ。状況は俺と篁少尉らの部隊と同じだからだ。

 

「情けねー俺が生き残って、優秀だった仲間たちが先に死んだ。とっつきにくい奴らばかりで、反発して、喧嘩して、いがみ合って、それでも背中を預け合う仲間だから信用して、信頼して、助け合って、それでも生き残れないんだよ」

 

 少し暗い雰囲気になったが、俺の言いたいことは言い切れた。それに、丁度いいタイミングでもある。光線属種からの射線は完全に切れた位置に到着したのだ。主脚移動の方が、返って危険な環境に変わった。

 

「篁少尉たちも、俺と似た経験をしたかもしれない。だから、これは同輩のおせっかいだ」

 

 移動を止め、少し遠くを歩く瑞鶴らの方向を見た。

 

「心を開け。想いも願いも全て口に出して、仲間に聞いてもらうんだ。絶対受け止めてくれる」

 

 目の前で停止した瑞鶴を確認し、俺は指示を出すついでに言う。

 

「後、俺の機動制御がおかしいのは、俺がおかしいからじゃない。俺はSES009、鉄 大和というのは仮の名だ。極秘裏に計画されたスーパーエリートソルジャー計画の、ゼロゼロナンバーを持つ最後のスーパーエリート。遺伝子操作技術によって、戦闘用に遺伝子を操作された試験管ベビーなのさ」

 

『はい?』

 

 3人のリアクションを見て分かった。絶対に滑った、と。

 

「ま、まぁ、気にするな。ここからは飛んで移動する。高度制限は50だ。俺が先行し、市街地の様子を見る。ファングスは俺の後方300を付いて来い」

 

『『『り、了解』』』

 

※※※

 

『こちら帝国軍嵐山基地所属 斯衛軍第332独立警護中隊! 駅駐留部隊指揮所、応答願います!』

 

 オープン回線で応答を何度も呼び掛ける篁少尉の声を聞いたのは何度目だろうか。NOE(匍匐飛行)で市街地を移動しながら、京都駅に駐留していると言う帝国軍部隊に呼びかけを続けていた。もう少しで到着する頃合いだが、如何せん様子がおかしい。

 刹那のことだ。俺はすぐさま回線に入って叫んだ。

 

「全機散解!! 建物の影に注意だ!!」

 

 俺の目の前に、突然要塞級が現れたのだ。

 要塞級はBETA群最後方を移動する種だ。理由としては、その図体からも分かるが、移動速度が他の種よりも遅い。そして、体内に小型種のBETAを抱えており、BETAの運搬も行っているからだ。闘士級、兵士級、光線級を要塞級の死体が吐き出したという記録も残っている。

 両手に保持する短刀のリーチの短さに苦悩しながらも、鞭のように振るわれる衝角を避けながら3機に指示を出した。

 

「ここは任せろ! ファングスは京都駅から兵装をかっぱらって来い!!」

 

 飛び去る瑞鶴たちを見送りながらも、俺は衝角を避けながら切り落とすチャンスを見計らっていた。

変幻自在に振るわれる触手は、俺に衝角を当てて弾き落とすか、衝角先端から分泌される強酸性の溶解液を流し込むかを狙っていた。

しかし好きにはさせない。それなりに乗りなれてきた機体でもあるF-15C Extraは、不知火までとはいかないまでも近接格闘ができる。元々米国製ということもあってか、完成度自体は高いのだ。近接格闘戦を想定していない作りではあるものの、XM3と霞のプログラム変更等の改修によって、それなりの性能を引き出せていた。乗ったことはないが、F-15Jよりも動けているだろう。

 短刀2本では要塞級の撃破は不可能ということは分かっている。だからこそ、衝角を切り落とすことに目標を絞った。

 一度距離を取り、加速して要塞級に突っ込む。衝角を避ける時も、動きは最小限に留めながら速度を殺さずに飛び込んだ。

佐渡島で陽動を買って出た時にも見た光景だが、今は要塞級は1匹しかいない。集中するのは1匹だけでいいと思えば、少しばかり心は楽だった。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 胴体の下を通り過ぎてすぐ、急制動をしてすぐにインメルマンターン。そのまま方向を変えている最中の衝角と触手の付け根を狙い、斬り付ける。

 断面から体液が吹き出し、汚い黄色をした溶解液が漏れ出す。地面に撒き散らされたそれが、周囲に異臭と有害物質を撒き散らしながら蒸発し、自動車ほどの大きさがある衝角が道路に転がった。

 チャンス。そのままの勢いで、要塞級の下をくぐり抜けて京都駅を目指す。先程からオープン回線が静かなことが気になる。もし、駅駐留部隊と合流したのなら、何かしらの連絡が入っている筈だ。

 

「ロスト?!」

 

 戦術データリンクは健在で、接続範囲まで接近したのにも関わらず、データリンク上には何も表示されない。それよりも、近くを歩く、別の要塞級が気になる。

 接近して見てみると、要塞級の頭部のようなところに望遠カメラを向けてみたくなった。

 

「黄色の塗料と装甲片」

 

 すぐさま近くを検索する。嫌な予感がする。そしてその予感は的中した。

 京都駅屋上。そこに黄色の瑞鶴が墜落している。データリンクは生きていないのは分かっているため、目視で確認する。歪んで塗装剥げや欠けが見られる装甲板。完全に沈黙している跳躍ユニット。撃墜されている。

救助をした形跡が見られないことから、恐らくまだ中に篁少尉が乗っている。他の山城少尉や能登少尉の位置を確認する。能登少尉の機体は京都駅前に墜落しており、丁度中から軽強化外骨格(89式機械化歩兵装甲)強制脱出(パワーアウト)してきていた。

 

「こちらイーグル1! 能登少尉! 無事か?!」

 

『くろ、がね、少尉……』

 

 望遠カメラに切り替えて顔を見る。顔色が悪いのは薬物の過剰投与の影響かしれない。鎮静剤が何度か圧力注射されていた様子だったからだ。そして怪我をしている様子もないことから、どうやら機体が動かなくなっただけで済んだようだ。

 

「機体から突撃銃と拳銃は持ち出したか?! 俺の手に乗れ!!」

 

『は……い……』

 

 不味い。様子を見る限りじゃ、完全にバッドトリップしている。薬物も残っていないがために、完全にイカれかけている。朦朧とした意識ではあるが、その足取りはしっかりしていることから察するに、まだ最悪の状態ではないと思う。知識はないが、俺自身に経験があるからこそ言える。まだ大丈夫。

 ゆっくりと掌に乗った能登少尉を運んで、篁少尉の機体の前に下ろす。近くにBETAがいないことは確認済みだ。

 

「篁少尉がまだ中にいる。意識を失っていて、電気系が落ちているようだ。外部から管制ユニットをこじ開けて引きずり出してくれ」

 

『でも……』

 

「機体を失ったからって諦めるな。本隊と合流して、戦うんだろ? それにこの辺りにはBETAがいない。俺は山城少尉のところに行く。ここから反対側の駅東広場だ」

 

『りょう、かい……』

 

 ああは言ったが、戦闘はもうできないだろう。能登少尉の目の焦点が定まっていない。それでも命令をしておけば、多分動ける筈だ。

 すぐに2人のところから離脱し、山城少尉のところへと向かう。そこまで離れていない。少し滑空して着地するだけだ。BETAの反応はあるが、恐らく戦車級。能登少尉の機体から渡した突撃砲を受け取り、そこへ向かう。その時だった。

 

「アラート?! 不味っ!!!」

 

※※※

 

[同年同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 結局、白銀にやらせるつもりだった片付けを自分でやり始めてどれくらい経っただろうか。最近は珍しくも、規則正しい生活を送っている私は、朝食を食べてからすぐに始めていた。

 自分にしか分からないものだけを主に集めて、種類毎にドキュメントケースに入れていく。順番通りに置かれているものだから、そのまま放り込んでいくだけでいい作業だ。ある程度ケースの数が出てくると、コンテナに放り込んでいくだけ。

そこそこ自分の机の1/3が見え始めた頃だった。社と鑑がアタシの部屋に飛び込んできたのは。社は顔を青ざめさせており、一方の鑑は焦燥しているように見える。

 

「何よ、いきなり飛び込んできて」

 

「こ、ここここ」

 

「何? 鶏のマネ? 面白いから出ていきなさい」

 

「ちが、ちちちちが、違います!!」

 

 ワタワタと忙しなく手を動かし、いかに自分が焦っているのかをアピールする鑑。その隣で青ざめたままの社は、呼吸を整えて口にしたのだ。

 

「……白銀さんが」

 

「はぁ? 白銀がどうしたの? 毎日アンタたちが教えて欲しいって言うものだから、1日2回生存確認とどこにいるか教えているじゃない? それでも不満なの?」

 

「……白銀さんが京都で撃墜されます」

 

「は? あの変態衛士サマが?」

 

 巫山戯てみるものの、2人の様子から本気であることが伺える。

 それに鑑が観たのは、未来の京都だ。ESP能力は様々確認されているが、その中でもメジャーなものが未来視。予知能力とも言うそれは、どれほどか先に起こりうる未来を、どのような形であれ能力者が観測することのできる能力だ。オルタネイティヴ3の成果の中に、そういったESP能力を持つESP発現体が確認されたレポートがあったのを覚えている。

後天的に量子電導脳によってESP能力を得た鑑ならば、現在は通常の人間の脳であったとしても、そういった能力を継承していてもおかしくはない。普通の人間としてこれまで生活していたとしても、その記憶が虚数空間から流入し、脳を変質させたと仮説立てれば説明が付く。

とりあえず、アタシは2人の言っていることを信じることにした。

 

「……純夏さんが前の世界から量子電導脳の能力をある程度引き継いでいることは、博士も知っていることです」

 

「そうね」

 

「……ESP能力も勿論、持っているんです。だからその能力で純夏さんは観てしまったんです」

 

「何を?」

 

「……今日の深夜、白銀さんが撃墜されて亡くなる様子です」

 

 確認として、アタシが鑑のESP能力について把握しているのは分かった。しかし、いやだから、どうしてなのかを聞いているのだ。

 それと社の言葉足らずなのは、今でこそマシになったとはいえども、それでも現在の状態でも足りないのは事実だった。

 

「……近くにいた友軍が先に撃墜され、救助に向かったところをやられたんです。周辺に友軍はいません。現地部隊が気付いて救助に向かったとしても、白銀さんは遺体も分からないくらいになっています。だから」

 

「だから何? 救助部隊を送れ、と?」

 

「……」

 

 社は答えない。鑑も黙ったままこちらを見ている。

 白銀が撃墜されるなんてことは、アタシの主観記憶で一度だけ。それも訓練生上がりたての新米の時。トライアル中に出現したBETA相手にバッドトリップしてからのことだ。

 見方を変えてみる。今アイツが乗っている戦術機は、社が手の加えたワンオフ機だ。搭載されているCPUや電源ユニットはアタシ謹製。XM3のメインプログラマーは社、そして鑑。この2人はオルタネイティヴ4の要員だ。塗装が帝国軍のものでも、外見からして怪しさ満点の不審戦術機。そして、あの機体自体が現在のオルタネイティヴ4の叡智を結集した成果でもある。そんなものが、大破して転がっていれば帝国軍が回収しない筈がない。もし在日米軍にでも発見されたならば、オルタネイティヴ4の痛手になってしまう。

中身を見られたらお終い。中には米国製やアタシのところの技術班が作ったものが多分に含まれている。勘がそうとう鈍い奴じゃない限り、アタシが疑われるのは確実。それに、2人に頼まれて毎日集めている情報から分かっていることだが、アイツはこの本土侵攻で目立ちすぎた。戦場を大暴れする陽炎、とまことしやかに噂されている。そんな機体を拾おうものなら、勘が鈍かろうが、噂の機体ということで調査しかねない。

 

「言っとくけど、A-01は出撃させられないわ。動かしたら国連軍上層部からの追求は確実。かと言って、他の国連軍や帝国軍、斯衛軍に言っても動いてくれる保証はない。在日米軍は論外。そんな状況でどうするの? まさか、今日は戦闘しないで欲しいなんて白銀に伝えろ、なんて言わないでしょうね? 今日は絶対防衛線が突破される日。そんな日に、アイツを戦場から引き離したら意味がないの」

 

「それは……」

 

 少し落ち着きを取り戻した鑑が言い淀む。無理もない。他力に頼れる程、今のオルタネイティヴ4は力がない。アタシの直接的なコネも、このような状況では無意味に等しい。

 

「じ、神宮寺先生は……?」

 

「駄目。知ってると思うけれど、まりもは教官よ。今日も訓練兵の尻を蹴り上げることで忙しいのよ。いきなり1日ほっぽり出して帝都に向かえ、白銀をBETA支配地域から救出しろは無理があるの。やれなくもないけれど。さぁ、これ以外の案を出しなさい。それならいいわ」

 

 他にも理由がある。まりもに帝国軍・帝国斯衛軍と接触した時、機密を漏らさない話術で切り抜け、何も知られることなく帰ることは難しい。恐らくヘマをやらかす可能性も考えられる。

 

「う、うううぅぅぅ~~~!!」

 

「唸られて威嚇されても、できないものはできないの。アタシが挙げたもの以外で、聞いた上で可能ならばいいわ」

 

 状況説明をしてから黙っていた社が発言する。

 

「……1つ、あります」

 

「へぇ……、言ってみなさい」

 

 それは荒唐無稽だった。それでも、言ったアタシの条件を全てクリアした案を突きつける。

 

「……私が行きます。()()に乗って」

 

「……()()? あぁ、()()ね」

 

 社の見せた顔は、これまでのものとは違う。覚悟を決めた顔。アタシはこの顔は一度だけ見たことがあった。

そう───桜花作戦の時に。

 



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episode 15

[1998年7月14日 絶対防衛線圏内 京都駅前]

 

 激しく揺さぶられ、網膜投影がブラックアウトする。しかしすぐに復活し、自動でステータスチェックが始まった。

 

「要撃級の前腕衝角?! 最期の力でも振り絞ったのか!?」

 

 体液を大量に垂れ流す要撃級が、銃創から赤い液体を噴き出しながら、再度前腕衝角を振りかぶる。

 回避運動。跳躍ユニットのロケットモータとジェットエンジンを点火しようと試みるが、全く火が点かない。右上に表示されている全身図に目を向ける。

両跳躍ユニットが赤だ。どうやら点火できない程に破損したようだ。

 ならばと腕で、と右手を地面に付き立てる。しかし起き上がれない。右肩から腕が抜け落ちた。前腕衝角は右腕に当たったようだ。装甲板とフレームを破砕し、完全に使い物にならなくされたようだ。左手には突撃砲がある、筈だった。ビルに埋まった銃口は抜けない。

 

「畜生!!」

 

 振り上げられた前腕衝角が何とか振り出した左足が受け止め、威力を相殺する。しかし、もう機体は役に立たない。この攻撃と同時に、要撃級は力尽きたようだ。

 管制ユニット内は赤い警告ランプが点滅し、緊急脱出(ベイルアウト)をシステムが促してくる。

幸い周囲の状況は、頭部カメラユニットが生きているため分かる。

 

「要撃級たった1匹にやられるなんて……クソッ!!」

 

 生きているのはカメラユニットだけ。もう何も動かない。うつ伏せに倒れてしまい、緊急脱出も強制脱出もできない。背中からどうやって脱出しようか。

 そうこうしていると、山城機に群がっていたと思われる戦車級が数体接近してくる。

 

『……ろ……にげ……』

 

「クソ、クソ、クソ、クソォォォ!!」

 

 軽強化外骨格は幸い起動した。俺の声に紛れ、山城少尉の声も聞こえてくる。スノーノイズで聞き取り辛いが、まだ生きているシステムを使って確認する。

 山城少尉は壁に背中から打ち付けられて機能停止した瑞鶴の中に取り残されていた。管制ユニットのハッチが閉まったままだが、あの重傷では動けない。あちこちが痛い筈なのに、必死に何かを訴えかけてくる。

 

『……くろ……しょ……にげて……』

 

「山城少尉!! 諦めんな!!」

 

 どうにかなるはずだ。軽強化外骨格で脱出して、山城機に取り付き、山城少尉を担いで逃げればいい。瑞鶴はF-4Jの改修機だ。恐らく同じ場所に収められている筈。山城少尉のヘルメットが使い物になれば、御の字だ。

 何とか身にまとうことのできた軽強化外骨格で、管制ユニットの内側から背中に向けて力を入れる。押してこじ開ける。装甲が薄く、あまり電子機器の密集していないところだから開く筈なのだ。

 

「開け、開け、開け開け開け!!!」

 

 ミシミシと金属が音を立てる。戦車級が齧っているからなのか、それとも背中の装甲が外れる音なのか分からない。

 

「開け開け開け開け開け開け開け開け開け!!!! 開けえええええええ!!!!」

 

 自力で開くことができ、ヘルメットを被ってそのまま擱座した機体の上で飛び出す。網膜投影は既に切り替わっており、機外の映像は見れなかったが想像通りの状態だった。7体の戦車級がF-15C Extraを取り囲んでおり、ひしゃげた四肢を齧り、管制ユニットのところをこじ開けようとしていたのだ。

 俺の手に持っているのは突撃銃だけ。他の荷物は機内に残してある。そして、万が一のために持っているのはC4の爆破スイッチ。既にCPUが収められている辺りには設置しており、後はスイッチを入れるだけで爆発するようになっていた。

 

「死んでたまるかああああああ!! 俺は、俺はまだ、何もなしていないんだーーーーーー!!!!」

 

 突撃銃を撃ちながら、機体から飛び降りる。3体の戦車級が近寄って、俺に手のようなものを伸ばしてきた。ギリギリのタイミングでそれを避け、走り出す。とりあえず、3体から離れてもう一度機体に飛び乗る。できるだけ戦車級を集めて吹き飛ばしたい。

 瓦礫や動かなくなったBETAの背中、廃車の上を飛び移り、影に飛び込みながら走り回る。

この間だけはヘルメットを被り、呼吸を整えながら走る。

 

「俺はここだ!! クソヤローーー!!!」

 

 機体に戻り、背中の兵装担架に登って戦車級を見下ろす。眼下には15体の戦車級。これだけ巻き込んで爆発したならば、山城少尉の救出ももう少し簡単になるだろう。

 そして絶好のタイミングが訪れた時だった。

 

「戦術機の……跳躍ユニットの音?」

 

 音が聞こえる。この周辺に戦術機に乗っている味方はいない筈なのに。戦術データリンクに更新が入り、その正体が分かった。

 

「UN-Rabbit01……」

 

 ラビッツ。どこかの国連軍部隊だろうか。だが、接近してきたのは1機だけだった。そしてラビット1と近接データリンクで同期が行われると、はるか後方に帝国軍部隊が来ているのも確認できる。

 しかし気は抜けない。俺の目の前にはまだ、餌に集る戦車級がいるのだ。

 

『……ラビット1よりイーグル1。聞こえますか?』

 

「その声は……」

 

 轟々と跳躍ユニットが音を鳴らし、火を吹き、そして"見慣れない戦術機"が姿を表した。秘匿回線を使用し、映し出されたバストアップウィンドウに映し出されたのは、年端も行かない少女だった。

 

『……退避してください』

 

 両腕の突撃砲が俺に集っていた戦車級に銃口を向ける。俺はすぐさま兵装担架から降りて退避する。そして、36mmの雨が戦車級に降り注いだ。

 

「……な、なんで」

 

 しかし、自分が助かったことよりも、俺は気になって仕方がなかった。

 

「なんで霞が戦術機に乗って現れた?!」

 

 霞が戦術機に乗って現れたことが、気になったのだ。それに、見慣れない機体ということもある。あんな機体、白陵基地にあっただろうか。

 

※※※

 

 俺を囲んでいた戦車級を倒し切って、周囲のBETAを確認する。やはり山城機の周りにまだ集っているが、それ以外には確認できない。少し離れたところに要塞級が2体見えるが、それ以外はいないようだ。

 霞が乗ってきた機体、マインドシーカー(F-14 AN3)とか言った機体に乗り込むと、どうやら複座座席になっている様子だ。前方の座席から霞は後方の座席に乗り換え、俺は掌の上で軽強化外骨格を脱ぎ捨てて着座する。

 着座データの更新を行い、起動手順はショートカット。管制ユニットを密閉し、ヘルメットを脱いだ。

 

「聞きたいことは後だ! 霞、少し我慢してくれよ!!」

 

「……はい」

 

 すぐさま跳躍ユニットに火を入れて浮かび上がる。目指すは山城機だ。

 山城機の周囲は暗闇で視界が悪く、何かが蠢いているのは分かるが、詳細な位置は全く分からなかった。頭部カメラユニットに隣接されていると思われるライトを点灯し、その辺りを照らしてみる。

 山城機を取り囲む戦車級が、遂に管制ユニットをこじ開けようとし手のようなものを滑り込ませたところだった。

 

「させるか!」

 

 突撃砲を構え、瑞鶴を避けるように36mmをバースト射撃する。赤い体躯を潰されながら、次々と絶命していく。俺も足を止めたままではなく、適度に主脚移動や跳躍ユニットで飛びながらの掃除だ。

 ある程度片付け終わると、どこからか沸いたのか戦車級の増援が接近し始めていた。俺はすぐさま能登少尉と篁少尉に呼びかける。

 

「イーグル1よりファング2、ファング11! 生きてるか?!」

 

『……はい』

 

『和泉が助けてくれました。大丈夫です!』

 

 生きているようだ。能登少尉から近接データリンクで、俺が下ろした位置から動いていないことが確認できる。

 

『ファング2よりイーグル1。山城少尉が東広場で』

 

「今救出している。戦車級が片付いたところだ」

 

「……ファング3は生きてます」

 

『……今、少女の声が』

 

「気の所為だ。もう少しで帝国軍が来る。どうやら強制脱出したお陰で、HQかCPに要救助マーカーが発信されたみたいだ。山城少尉を2人のところへ運ぶから、3人は回収してもらえ」

 

 俺は一方的に喋り、目の前で壁にもたれ掛かっている瑞鶴を遠隔操作する。しかしどうやら受け付けない様子。篁機同様に電源が落ちているようだ。

 手を使って管制ユニットを強制排除し、ヘルメットを被って機外へ出る。瑞鶴に飛び移り、管制ユニットを覗き込むと、そこには頭から血を流し、強化装備の生命維持装置で強引に覚醒状態にさせられて虚ろな目をした山城少尉がいた。

長い黒髪から血が滴り落ちており、血が目に入って片目が開かないようだ。それに両腕と足が動かせない様子。

自分の緊急脱着用レスキューパッチを使い、とりあえず額の挫傷部位に当てる。左腕と右足が骨折しており、右肩が脱臼しているが、ここでは手当ができない。

 

「あな……た、は……」

 

「仲間が待ってる。死ぬんじゃねぇぞ」

 

 軽強化外骨格の後ろに格納されているヘルメットを取り出し、山城少尉に被せる。慎重に管制ユニットから運び出し、予め広げていた掌に山城少尉をゆっくりと下ろすと、管制ユニットを開いたまま暗闇から脱した。

 篁機が擱座しているところに降り立ち、周囲のBETAを確認して2人に山城少尉を預ける。

 

「篁少尉、能登少尉」

 

『は……ですが』

 

「俺はここまでのようだ。このまま、すぐに到着する帝国軍部隊に引き継ぐ。BETA群が近づいてきているようなんだ。ここには近寄らせないようにするが、彼らが到着次第離脱する。俺の機体もおじゃんになったからな」

 

『い、いえ、そうではなく……何故、国連軍機に?』

 

「答えられない」

 

『……分かりました』

 

「データリンクで確認していると思うが、山城少尉は重傷だ。できる限りの手当をしてやってくれ。頭にはレスキューパッチを付けてあるが、腕と足には何もできなかった」

 

『鉄少尉、ありがとうございました』

 

「おう。またどこかで逢おうぜ! 今度は面白い話でも聞かせてやるよ!!」

 

 回線を切り、機内の換気が終わったことを確認してヘルメットを脱ぐ。

 すぐに霞のバストアップウィンドウが表示され、俺に周辺状況の説明を始めてくれた。

 

「……現在、周辺に小隊規模のBETA群が接近中。その個体の全てが戦車級です」

 

 西の方から戦車級が接近してきていた。その近くには要塞級2体おり、ゆっくりとこちらに向かってきている。

 

「……接近中の帝国軍部隊は、救助隊を乗せたヘリコプターと、その護衛としてメーカー開発実験部隊の戦術機4機。望遠カメラで確認した限りでは、恐らく武御雷です」

 

「1998年にはもう作られてたのか?」

 

「……いいえ。試作機のようです」

 

 ウィンドウに【ライブラリーデータなし】と表示されている。日本帝国が保有している戦術機としては、まだ登録されていないということだろう。

 会話が途切れた時、丁度BETA群と接敵した。霞が乗っていることで、いつもやっているような機動制御はできないだろう。突撃砲斉射による一撃離脱だけで数を減らすことにし、3回の施行でそれは殲滅できた。

 戦域データリンクは未だ回復していないが、もう捉えることのできる距離まで接近してきている帝国軍部隊。俺は離脱することを選び、要塞級が来た方向へと、飛び去ることを選んだ。

 

※※※

 

[同年7月15日 国連軍甲賀基地]

 

 ここは夕呼先生が手配していた、俺のゴール地点。小規模な基地ではあるが、山麓に囲まれた地形は天然の要塞となり、守りに堅いところと言われている。

 滑り込むように機体を着陸させると、整備兵たちが防護服を来て除染作業を始めた。

 

「はぁー……」

 

「……お疲れさまでした」

 

「霞もお疲れ……って!! そうじゃねぇ!?」

 

 俺は霞の方を向くと、「何か?」と言いたげな表情をする霞が俺の顔を見つめていた。

 

「どうして霞が戦術機に乗って現れるんだよ?! というか何コイツ!! 俺何も思わずに乗ってたけど、こんなの白陵基地にいたっけ?!」

 

 霞が手元で何か操作をすると、ライブラリーのある項目が表示された。

 

「F-14 AN3 マインドシーカー?」

 

「……はい。オルタネイティヴ3で使用されていた、戦略強襲歩行偵察機です」

 

「というとアレか」

 

 霞と同じ、人工ESP発現体を搭乗させて、ハイヴの反応炉をリーディングするための部隊に配備された機体。

 

「……そうです。私も乗る予定の機体でした」

 

「スマン」

 

「……気にしないでください」

 

 霞にとっては思い出したくないことだったのかもしれない。もう少し考えて発言するべきだった。

 しかし話は戻る。何故そのF-14 AN3が白陵基地にあったのか、ということだ。霞を乗せてハイヴへ行け、だなんて夕呼先生も無茶なことは言わないだろう。そうなると、いよいよある理由が分からない。

 

「……この機体は博士が取り寄せたものです。どういう意図があるかは分かりませんが、純夏さんが中心となってカスタマイズを行っていました」

 

「純夏がぁ?」

 

「……はい。頭部、肩部装甲ブロック、前腕部の複合センサーポッドは取り外され、F-15C Extraと同じナイフシースに変更。頭部モジュールは重金属雲下でも通信を可能にする、大型送受信機。肩部装甲ブロックには元々搭載されていた、AIM-54 フェニックス(フェニックスミサイル)専用ランチャーが搭載可能な状態に戻しました。その他、F-15C ExtraのデータからXM3を最適化させ、電源ユニットとCPUと一緒に交換されています。ほとんど元のF-14Dと変わらない状態に戻されました」

 

「おぉ……なんだか分からないけど、すごいな」

 

「……ですが、近接格闘戦ができません。設計思想にそういったものの入る余地が残されてなかったんです」

 

 データが切り替わり、新しいものが表示される。

 

「……この機体はF-14 AN4 コアトランスポーター。F-15C Extra(スーパーイーグル)の姉妹機です」

 

「なる……ほど」

 

 全然分からない。結局、どういった理由で作られたのかは分からないが、必要だから夕呼先生が用意したものなのだろう。

それを使って、何故俺がピンチのところに救援として来ることができたのだろうか。

 そんなことを考えていた時のことだ。秘匿回線にコールがかかり、応答してみると耳が割れんばかりの大声が聞こえてきた。

 

『タケルちゃ~~~~ん!!!!』

 

「うぉ?! す、純夏?!」

 

『よかったよぉぉぉ~~~~~~!!』

 

 涙をダバダバ流す純夏がアップで映され驚いたが、何やら訳分からないことを嘆く彼女につい頬をが緩んでしまう。

 

『それでね、整備兵の皆さんに頼んでカスタマイズしてもらった【 ミケネコ スミカスペシャル 】の使い心地はどう?」

 

「へ? ミケネコ スミカスペシャル? 何言ってんのお前? コイツ、F-14 AN4って名前じゃないのか?」

 

『霞ちゃんが運んで、今タケルちゃんが乗ってるソレだよ~~?』

 

「戦術機にけったいな名前を付けるなーーーー!! このバカ!!」

 

『えぇ~~~~。かわいいよぉ~~~~』

 

 コロコロと表情を変える純夏の顔を眺めながら、俺は忙しなく整備兵が動く地上を眺める。

 ここまで色々なことがあった。最初は夕呼先生にアバウトな命令を受けて出撃したが、何だかんだ言って1週間も戦場を渡り歩いたのだ。よく生きていたな、と思うと同時に、これまでに取り零した命のことを考えてしまう。

もしかしたら助けられたかもしれない。そう思うとやるせない気持ちでいっぱいになった。

 

「……それは傲慢です」

 

「霞……」

 

 そんな俺の心をリーディングしたのか、霞が真面目な表情で言う。

 

「……ここまでたくさんの命が失われました。それを全て助けられたかもしれないなんて思わないでください」

 

 視線を手元に落とした霞は、自分の指を絡ませながらポツポツと聞き逃しそうな声で言うのだ。

 

「……白銀さんも彼らと同じなんです。彼らはたまたま運が悪かった。そういう運命にあった。でも、今を生きてる白銀さんは、運がよかった。そういう運命がまだ続いているんです」

 

「でも」

 

「……だから白銀さんは生き残った人として、しなければならないことがあります。そうですよね?」

 

「……あぁ。そうだな」

 

 俺は驕っていた。自分がこの世界をループしているから、と。俺がそうであったとしても、この世界に生きる人にとっては、これが全てなのだ。そして、ループしている俺自身も、今のこの世界が今の全てなのだ。

 俺は気分を入れ替え、管制ユニットを開く。ここならばヘルメットを付けなくても、外の空気が吸えるのだ。

 

「よぉーし。そうと決まれば……アレ? F-15C Extraどうしたっけ?」

 

「……私が遠隔操作で爆破しました」

 

 霞の手には、俺が持っていた筈の爆破スイッチが握られており、それを俺の方に見せている。

 

「じ、じゃあ……この後は?」

 

 俺はすぐに戻り、機体の処理をするものだと思っていたのだが、これではやることが分からなくなってしまう。

 

『補給完了! 高い機体が配備されているなんて、どこの部隊だい?』

 

「……ありがとうございます。あと、部隊は秘密です」

 

『そりゃあ残念だ! このまま離陸しても構わないぞ! 整備兵は退避させてある!』

 

「……はい」

 

 外の整備兵と霞が会話している。補給が終わり、既に出る準備ができていると言っていた。

 

「えと、霞……サン?」

 

「……これから白陵基地に戻ります。そこで予備機体を受け取り、再度京都へ行ってください。博士からの命令です」

 

「な、なんでさーーーーー!!!!」

 

 何となく分かっていたから、そこまで気にしない。それでも、俺自身まだ足りないと思っていた程だ。

 各防衛戦で戦闘に参加してきたが、まだ俺の貢献度はそこまで高くない。たった1機の戦術機でBETAとの戦況をひっくり返せるのならば、今頃人類はここまで追い詰められていないのだ。

ならば、俺は計画のためにも最大限に戦うのみだ。そうだろう、純夏。

 



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episode 16

 

[1998年7月16日 絶対防衛線圏内 京都御所戦域]

 

 あの日、甲賀にたどり着いた俺は、その日の内に白陵基地を目指し移動を始めた。日の出前の移動開始だったが、どうやらその時間帯にはBETA群を退けることに成功したらしく、絶対防衛線では再編成や部隊招集を始めていた。物資や戦術機の運搬で、ひっきりなしに東から西へと鉄道や輸送車両、輸送機が移動をしていた。

そんな中での移動ということもあり、輸送手段が使える筈もなかった。甲賀基地を出た俺と霞は、主脚移動や噴射跳躍を使いながら約450kmを戦術機で移動した。1日がかりの移動で、白陵基地に到着した頃には疲労困憊だった。

 

『白銀。機体の用意はできているわ』

 

 夕呼先生が珍しく出迎えたな、なんて思ったら、それだけを言って自分の仕事に戻ってしまった。俺の見つめる先には、実戦用に調整された吹雪。俺の機体が鎮座しており、既に武装の準備も完了していた。そして例の如く、帝国軍カラーに塗り替えられている。吹雪を装備している国連軍は()()()ことになっているのだ。

 考えてみれば分かるもので、F-15C Extraを失った俺に残された機体は吹雪しかなかったこと。それに、TF-403のために確保されていた戦術機自体もF-15C Extraと吹雪しかないのだ。俺は身支度を整えてすぐに吹雪のところに向かうと、流石に京都へ向かうのは輸送機だということに安堵した。

管制ユニット内で待機しなくてもいいとのお達しだったこともあり、客室で惰眠を貪って向かったのだった。

 

「で、だ……」

 

 これまでのことを思い出し、俺は再度自分の置かれた状況を確認する。

 帝国軍大津仮設飛行場に降り立った俺は、今回は輸送したのが帝国軍の輸送機ということもあって、面倒な手を踏まずに自立整備支援担架に乗せられた吹雪と共に移動。京都御所防衛に就くこととなったのだ。ちなみにこれは夕呼先生のオーダーでもある。建前では「訓練兵が繰り上げ任官して戦闘に参加。生き残った俺は、単独で補充要員として不知火が配属されている部隊へ送り込まれる」ということになっている。ちなみに、名前もこれからは本名を名乗ることになっていた。所属は帝国軍白陵基地 第207訓練部隊。

 

『貴様が補充で来た新任少尉か?』

 

「は、はい! 白銀 武少尉です!! よろしくお願いします!!」

 

『あぁ、よろしくな』

 

 どうして、俺は真田大尉の部隊に配属されているんだ?

 

※※※

 

 見慣れているといえば見慣れているこの光景を見つつ、俺はブリーフィングに呼び出されていた。

 京都御所の中ではなく、西にある上京中学校があったところだ。ここには御所守護のために集められた部隊の司令部が置かれており、校舎内も簡易的ではあるが兵舎や野戦病院となっている。グラウンドには自立整備支援担架が幾つも並べられており、一角には戦術機の兵装や予備パーツ、小火器、機械化歩兵装甲、果ては予備機まで置かれているような状態だ。対して広くないということもあり、隙間なく敷き詰められているため、通路は狭く通行し辛い。

 呼び出されたところは、その校舎にある1つの教室。あったであろう机や椅子の殆どが撤去されており、幾つか残されているような状態だった。

 この教室に集まったのは全員で9人。隊長の真田大尉と他7人、そして俺だ。俺が入る頃には全員が集合しており、全員の視線が俺の方に向けられる。

 

「先程機上では俺と挨拶しているが、お前ら全員にも顔合わせをしておこうと思う。帝国軍白陵基地 元第207訓練部隊の白銀だ。運悪く防衛線抽出部隊に選ばれて前線へ来て、こっちで他の仲間を全員失ったという。曰く、新任少尉の癖に腕はいいと来たもんだ。でなきゃ、一昨日の防衛線でBETAの腹に収まってる筈だからな。ほれ」

 

「白銀 武です。よろしくお願いします」

 

「機体は吹雪。俺たちの壱型丙よりも格段に性能が劣る機体だが、戦闘終了後にぶっ壊れた乗機と交換したものらしい」

 

 壱型丙とは何だろうか。付けっぱなしのヘッドセットから遠隔でライブラリーデータを確認する。

 どうやら不知火の改修型らしいが、燃費が悪くシビアな操作感で不人気だったらしい。言うなれば高機動型不知火だったようだが、あまりに不人気過ぎて調達数は100も届かない内に締め切られたとか。通常の不知火と見分けるため、フェリスカモフラージュという迷彩塗装を施しているという。

 ただでさえ性能差がある吹雪と不知火だが、そこから更に性能差が開けるという。違う機体を同一部隊に入れると、連携が崩れたりするというが、そういったことは考慮しないのだろうか。

 

「壱型丙の調達命令が出ているようだが、どうやら手に入れるのには時間がかかるという。それに、他の不知火を装備する部隊に配属するか上が協議したが、どこの部隊も再編成の影響で入れることができない。よって、損耗が相対的に少ない我々の部隊預かりとなった。それに壱型丙を装備した部隊とは言え、俺たち全員が揃っていたということでもない。今や3機しかまともに動くのがない以上、5人には同じく吹雪は配備される。よって、長機は壱型丙とし、その他は吹雪で代用する」

 

 俺が初めて真田大尉と遭遇した時、確か8機の壱型丙が居た気がするが、あの後からは欠員は出ていないようだ。

 真田大尉から、隊員の紹介が始まる。やはりというか、彼らは精鋭部隊。年齢層も高めで、夕呼先生くらいの人ばかりだ。厳格な雰囲気。そして、妥協を許さない姿勢が感じ取れる。まさに帝国軍人という雰囲気だ。

彼らを見ていると思い出す人物がいる。沙霧 尚哉。帝国本土防衛軍第一戦術機甲連隊に所属する彼が、オルタネイティヴ5推進派の工作によって煽動されて起きたクーデター事件。沙霧大尉や他の帝国軍人は、真摯に殿下を想い行動を起こした。まるで、彼を見ているような気がするのだ。

 お互いの自己紹介もほどほどに済ませると、吹雪受領書に目を通す。俺のは白陵基地から持ってきた吹雪だが、他の機体は別の基地や不知火の保守パーツ等で組み上げられた機体だ。つまり間に合わせの機体。カタログスペック通りに出力が出るか分からないという。それにしても、戦闘中に壊れるということはないだろう。

受け取りを済ませると、どうやら真田大尉の壱型丙が駐機している辺りに自立整備支援担架と共に運ばれるようだった。

 

「さて。俺たちの配置を説明する」

 

 真田大尉は机に広げられた地図を囲むように言い、赤鉛筆で印を付けられた辺りを指す。

 

「俺たちの任務は御所の守りを固めること。ここが現在の最前線であり、順次前線を押し上げていっている。現在も市街のBETA群掃討が行われており、安全が確認され次第前進する予定だ。これにより、御所の安全を確保していく」

 

 二条城の西側をスーッと指でなぞる。その辺りが、現在帝国軍の戦術機部隊と機械化装甲歩兵部隊が展開中のところだ。

 

「現在、二条城まで前進しているが、今日中には西大路通までを確保する予定だ。俺たちは今日、出撃する予定はない。吹雪を拝領した者は調整を行い、いつでも出れるようにしてしておいて欲しい」

 

 西大路通までというと、明日までには桂駐屯地まで奪還する予定なのだろう。そして京都を取り戻し、続くBETAの攻勢に備える。

 次に俺たちの詳細な配置についての説明が始まった。

 

「俺たちウルフ中隊は、国道162号を奪還するまでは即応待機だ。その後、防衛線の再構築が完了次第、絶対防衛線に配置される。拠点はここ(上京中学校)だ。西大路通まで取り戻せたら、もう少し広く使えるだろう」

 

 すぐに真田大尉から解散が命じられ、吹雪を受領した隊員たちが教室から出ていく。俺はどうしようかと考えていると、壱型丙の衛士たちと大尉に話しかけられた。

 

「白銀少尉。聞いての通りだ」

 

「はい。任官早々、精鋭部隊に配属されたことは嬉しく思います。しかし、皆さんの足を引っ張るようなことにならないように努力する所存です」

 

「あー、いやそういうことを言っているのではない。いやまぁ、一概に間違っちゃいないんだがな」

 

 優しげな雰囲気の中尉が俺の肩を掴んだ。

 

「見たよ、これまでの戦歴。関東から抽出された部隊で、しかも学徒兵だった。これだけを聞けば、たしかに不安はあった。だが、そうじゃない。部隊が全滅させられながらも、1人で戦場を駆け回ったとか。元々、戦術機の扱いは上手かったんだろう? 腕の差で生き残ったと言ってもいい。そこのところは期待してるよ」

 

「高梨中尉……一体、何が書かれてたんですか……」

 

「いやまぁ。普通だよ。訓練兵としては異常かもしれないけれども」

 

 高梨中尉。真田大尉とは付き合いが長いという。詳しい話は聞いていないが、纏っている雰囲気が強者のそれだ。また、高梨中尉の小隊には俺が配属されたため、直属の上司ということにもなる。

 

「そうだとも。向こうの教官も偉く君を買っていた。実機訓練の映像まで送られてきた程だ」

 

 チェシャ猫のように嗤う人の顔が脳裏に浮かぶ。帰還した俺をすぐに蹴り出したあの人だ。

 腕を組みながら、ウンウンと頷いて映像の感想を語るのは副官を務めている堀田中尉。高梨中尉を差し置いて副官であり、ウルフ2でもある。

 

「君の働きには期待している。存分にその武を奮って欲しい」

 

「はい」

 

 2人が去っていくのを見送ると、教室には俺と真田大尉だけが残された。大尉は何かすることがあるのか残るつもりだったらしく、俺はただ単に出ていくタイミングを逃したに過ぎない。

 2人の話し声が聞こえなくなるのと同時に、地図を黒板に貼り付けた真田大尉が、俺を呼んだ。

 

「白銀少尉」

 

「何でしょうか」

 

「……深いことは聞かない」

 

「……は?」

 

 何を言い出すのかと思えば、唐突にそう言ったのだ。

 

「貴様はあの日、京都に居た。そうだったな?」

 

「はい。仲間と共に防衛線に参加していました」

 

 何が言いたいのか分からない。だが、緊張感だけは伝わってくる。真田大尉が言っていることは、確実に俺にとって不利益になることだ。何故かそれは分かった。

 

「だが、詮索はしない。お前も言ったからな。『藪をつついて蛇を出す』と、鉄少尉」

 

「っ……、誰ですかそれ」

 

「分からない訳がないだろう? 恐らく小隊長連中も気付いている。気付いていないのは、他の少尉連中だけだ」

 

 とぼけるだけ無駄だろう。恐らく真田大尉は確信している。鉄 大和が俺であることを。

 

「……気付いたんですか?」

 

「当たり前だ。俺が何年生きていると思っている」

 

 真田大尉には気付かれていたのか。それに中尉の2人にも。だが、分かっていながらも、その話には触れてこなかった。

 

「心配するな。上にも報告していない」

 

「……真田大尉」

 

「お前が何をしているのかは知らない。どこに関わっているのかも、何を目的にしているのかも」

 

「……」

 

「京都駅前に、帝国軍の陽炎と思われる機体が爆散していた。様子から察するに、跳躍ユニットの暴走による爆発ではないことも分かっている。恐らく、管制ユニット内に仕掛けられた爆薬による爆発。アビオニクスは全て吹き飛び、レコーダすら粉々になっていた。そしてその近くで篁たちが拾われたことも聞いている。京都駅で何があって、お前が何をしたのかもな。そして、所属不明の機体がそこから離れるのも確認されていた」

 

 息を呑んだ。覚悟はしていたが、そこまで知られていれば取り繕う必要もない。

 

「借りがある。だから黙っていてやる」

 

 そう言った大尉は背を向け、扉の方へ向かった。

 

「篁たちを救ってくれてありがとう」

 

 そう言い残し、教室から出ていってしまった。

 教室に残された俺は、今後どう身を振ろうかと考える。身の上はバレてしまった。防衛戦での俺がやっていたことがどこまでバレているかは分からない。京都での出来事だけならば問題ないだろうが、一連の本土侵攻での目撃談が出ていれば話は別だ。

何故真田大尉の隊に配属になったのか、そして再び京都に戻すと決めた夕呼先生の思惑が見えない俺は、頭を掻き溜息を吐く。恐らく、残り1ヶ月続くであろう帝都防衛戦について考えながら。

 

※※※

 

[同年同月22日 新絶対防衛線 西京区]

 

 京都奪還に燃えた帝国軍・帝国斯衛軍は、破竹の勢いで前進。BETA支配地域を次々に奪還していった。その結果、宮津・丹波篠山・神戸まで先遣隊が到達した時点で、BETAの再侵攻を確認。防衛線の構築自体は、京都を守る外郭・前絶対防衛線圏内までしか完了していなかった。

 この新防衛線を守護するのは、主に帝国軍・斯衛軍の現地軍と極東国連軍。在日米軍は後方支援に徹し、琵琶湖の第7艦隊が主だった戦力となる。残党在日米軍は滋賀県内で再編を行っており、完了次第戦線の補強として増員される予定だった。

 圧倒的に戦力が足りていない状態での防衛戦。第1・第2防衛戦は早々に瓦解。琵琶湖に展開中の帝国海軍連合艦隊の支援砲撃があったとしても、浸透するBETAに対しては陸上戦力が不可欠だった。

足りていない戦術機、機械化歩兵装甲、警備歩兵。再編された戦力でもここまで持ったのは、今回の侵攻では個体数が激減していたことが理由だろう。

 

『ウルフ1より各機。またもや異星起源種共が御所を踏み荒らさんとしている。俺たちは絶対防衛線に配置され温存されてきた戦力だ。前方からの撃ち漏らしと突破した集団が接近している。京都の街と将軍殿下に我ら獰猛な狼の戦い様、しかとご覧に入れよう。全機抜刀! 目標、前方の大隊規模BETA群!! 突撃ッ!!』

 

『『『応!!』』』

 

 先頭集団の突撃級は数を減らされているが、後続の要撃級と戦車級は残っている。瓦礫の向こう側で蠢くBETA群に対し、たった8機の戦術機が突撃を敢行する。俺はその戦術機部隊で戦っていた。

 真田大尉の隊に入ってから1週間も経っていないが、着任後の様子からは考えられない程に馴染んでいたと思う。大尉や堀田中尉、高梨中尉には、以前の戦闘で遭遇したイーグル1であることが見破られていた。思うところもあっただろうが、その俺に対しても普通に仲間のように接してくれたのだ。無論、他の先任少尉たちもだ。

年齢が一番下ということもあっていじられることも多いが、よくはしてもらっている。

 それに、ここでは今までに経験したこともなかったものも経験しているのだ。まず、訓練部隊から特別扱いされていたところに入れられていたこと。配属先はA-01というオルタネイティヴ計画直属の特殊部隊だ。一番遠い記憶では、訓練部隊をそのまま正規部隊としたこともあったが、略式任官した後のことは記憶の流入の影響か混濁していてハッキリしない。

俺の体感的に、一般部隊配属という経験は初めてであったのだ。座学で習ったことをそのまま体験している。兵舎は男女一纏め、シャワーも共用。プライバシーなんてものは完全に取り払われており、何でもかんでも一緒なのだ。だからこそ、仲間という感覚が身につくのが早かったのかもしれない。

 

『いやぁ、それにしても奴さん(BETA)の物量にはいつ見ても圧倒されますね』

 

『同意するが、口を慎めよウルフ5。戦闘中だ』

 

『へいへい』

 

 BETAの死骸を縫いながら殲滅を続ける。F-15C Extraよりも乗り慣れた機体ではあるが、やはり主機の出力が低いのは気になる。それでも余分な装甲材なんかが取り外されている吹雪での、近接格闘戦はやはりしやすい。これよりも格段に動きが機敏な不知火が、どれほどの戦術機であるのかがよく分かるというものだ。

不知火でこれほどならば、武御雷がどれほどのものなのかは非常に興味がある。そして、不知火 壱型丙にも。

 

『CPよりウルブズ。師団規模のBETA群が東進中。至急対処に向かえ』

 

『ウルフ1よりCP。こちらは大隊規模のBETA群と交戦中だ。他の部隊を当たってくれ』

 

『CPよりウルフ1。他の部隊も同様の状況だ。接近中のBETA群は貴隊の正面に到達する予測だ』

 

『否応無しに交戦する羽目になるのか、仕方ない。ウルフ1了解。……聞いたな、狼共! コイツらをさっさと肉片に変えないと、俺たちがすり潰されちまう。撃破速度を上げ、補給の時間を稼ぐ! 全機、奮起せよ!!』

 

 散らばっていた9機が一時集合すると、戦域を再度分割。ある程度固まっている集団に突撃を刊行する。

 俺の所属する第2小隊は最も西にいる集団だ。銃創のあまりない個体が多く、撃破するには骨が折れるだろう。しかし、最も弾薬と推進剤の消費が少ない小隊だったため、遠くの群衆が選ばれたのだ。

 

『ウルフ3より第2小隊各機、我に続け』

 

『「応!」』

 

 高梨中尉の壱型丙を先頭にBETA群へ斬り込む。属種も関係なくごちゃごちゃになったBETAに対し、劣化ウラン弾を遠慮なしに叩き込みながら、僚機の位置を確認しつつ近接格闘戦に持ち込む。

 左手に突撃砲、右手に長刀を持ち、低く低く這うように飛ぶ。昔ならばできなかったことだが、この世界に来てからも訓練を重ねてきた。できなかったことの多くができるようになっており、その中の1つが噴射地表面滑走を応用した機動だった。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 突撃砲は最小限、振るう長刀も最小限に留める。BETAは殺し切るのではなく、行動不能にするように心がける。突撃級は一度来ているが、それでもBETAによる肉壁は中盤までは効果がある。突撃級の侵攻を遅らせるためだ。しかし、あまり高く壁を作りすぎると、要撃級や戦車級の影になってしまい、奇襲しやすくしてしまう。ある程度のところで止めて、殺し切る方法にシフトしなければならないのだ。

突撃級によって均された市街地で高度を取るのは自殺行為だ。今展開している西京区の西には嵐山がある。山間に光線属種が展開していれば、広い射角が取れた光線属種に丸焦げにされてしまう。だが、BETAでできた壁がそれを塞いでくれる。

 地面を這うように動き続け、時には高い高度に飛び出すこともあった。けたたましく鳴る警報を何度も聞き、それでも一度も光線を浴びることはなく、着実にBETAを捌いていく。

 

『第2小隊、掃討完了!』

 

『こっちはまだだ! 先に態勢を整えろ!』

 

 BETAの死骸の山に埋もれながら、一度集合した第2小隊の面々を観察する。

 全機体液を浴びて汚いが、損傷箇所はそれほどないように見える。装甲ブロックの傷が増えた程度だったり、兵装を失っていたりする程度だ。

 

『ウルフ5よりウルフ9。お前、とんでもない動きをするのな』

 

「そうですかね?」

 

『謙遜するなよ。地面スレスレの噴射地表面滑走を多用したようだが、転倒姿勢のまま動き回るなんて聞いたことがない』

 

「教官が噴射地表面滑走、得意だったんですよ。教導中は否応にも見ることになりますし、これで追いかけられましたからね」

 

『白銀の教官、どんなエリートだったんだ? 俺の教官は大尉のように大陸帰りの人だったが、詳しい経歴は知らない。でも覚えているのは、チビる程怖かったことくらいだ』

 

 脳裏に浮かぶのは、優しく笑うまりもちゃんの顔だった。だが、教官としての表情も知っている。無茶苦茶怖かったし、いつも怒られていた。呆れられることもあった。

だが、それでも俺にとっては最高の教官だった。

 そのまりもちゃんの経歴を思い出す。確か、大陸派遣軍として訓練兵だった頃の部隊の中隊長として作戦に参加。自分以外が全滅。日本に帰るまで、大陸で大暴れして付いたあだ名が【 狂犬 】。日本に帰ってきたら、戦術機操縦の腕を認められて富士教導団へ行き、その後に夕呼先生に呼ばれて国連軍に転属。階級は聞いたことなかったが、部隊を率いた経験があるのなら中尉以上だっただろう。

 

『それで白銀?』

 

「あ、はい。俺の教官だった人は富士教導団出身でした。大陸にも行っていたとか」

 

『贅沢な教官じゃねぇか。その上、教えるのも上手いときたもんだ。そりゃ、こんなのが生まれる訳だ』

 

「教師になるのが将来の夢だったらしいですからね。形は違えど、教える側であることに変わりありませんから、教えるのが上手いのは当然じゃないですか?」

 

『いよいよその教官がどれだけの人材なのか分かるな』

 

 そんな雑談をしながら態勢を整えるために、給弾や移動をしながら残敵索敵を行っていると、第1・3小隊もBETAの殲滅が完了したようだった。

 一度合流し、再度、接近中のBETA群を確認する。

 師団規模で迫るそれは、俺たちが戦闘している間に手空きの砲兵が攻撃をしてくれたようだった。ある程度数は減らされているものの、先頭集団は砲撃から逃れて一足先に到着する様子。

 全機の状態を確認すると、真田大尉から号令が下る。師団規模ならば、これまでに何度も戦ってきた。慢心せず、確実に倒すこと。そう言い切り、CPに連絡を取る。師団規模BETA群に突入する連絡だ。

 

『ウルフ1よりCP。これから師団規模BETA群へ攻撃を開始する』

 

『CPよりウルブズ各機。幸運を祈る』

 

 万全の状態ではないにしても、BETAを押し止めるのに力不足を感じるのは仕方がない。だがそれをカバーするのは、部隊としての練度だったり士気だったりする。俺は思った。この部隊ならば問題ない、と。

 結局、俺が再び京都に戻された理由が分からないが、夕呼先生の思惑が分からない以上は精一杯戦って生き残ることを考えることにしたのだ。

 



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episode 17

[1998年7月22日 新絶対防衛線 西京区]

 

 BETA群の増援、師団規模を撃破した。幸い撃墜も出なかったり、戦闘中に西京区に散っていた友軍が増援に来たりしたため、孤立無援の戦闘にはならなかったのだ。

 だが師団規模BETA群を撃破したところで、防衛線の状況は好転しなかった。迫りくるBETAは物量にものを言わせる異星起源種だ。対する、先の侵攻で瓦解した防衛線を立て直して再編された新絶対防衛線は、以前の三重に構えられた防衛線よりも脆弱だったのだ。戦術機や機械化歩兵装甲、砲兵、警備兵や非戦闘員まで、ありとあらゆる兵科の人員が不足した状態での戦闘だったからだ。

割と善戦した西京区だったが、長岡京は食い破られた。前線を維持するため、西京区の戦線は後退。淀川まで全軍後退を余儀なくされたのだ。

 

『今後の動きについて説明する』

 

 そう切り出したのは、真田大尉だった。今は簡単な整備を受けている最中で、西京区から撤退してきた時に大尉も含めてそれなりにダメージが蓄積されていたのだ。ステータスもオールグリーンとは言わず、システムはどこかしらの変調を訴えている状況でもある。

 機体に纏わり付いている整備兵が、機械油で汚れている顔を拭かずに作業を続けている様子を眺めながら、機内での簡単なブリーフィングに集中した。

 

『司令部は我々に遊弋任務を与えた。いつも通りではあるが、今日は少し訳が違う。防衛線の拡大や、先の戦闘の影響で京都にある推進剤が少なくなっている。バカ食いするコイツの世話をしながらの任務では、機体が統一されていないこともあってか、遊弋を満足に行えないという判断がくだされた。よって俺たちは京都市内限定での遊弋を行うことになっている。担当戦域は御所以西の市街地全域。場合によっては淀川を超えることもあり得る。救出できる友軍は可能な限り救出するつもりだ』

 

 戦術データリンクに部隊内での更新があった。京都市街全域に円が描かれており、そこがウルフ中隊の遊弋範囲になる。

 

『同時に輸送コンテナの回収や、状態のいい突撃砲・長刀の回収も行うことになっている。よって、各自携帯できる兵装は最低限となる。突撃砲1挺と長刀1本になるが、これは再編中の現状で兵装が行き渡っていない部隊への供出になる。各自状態のいいものを置いていくことだ』

 

 俺は機体に装備されている兵装を確認する。突撃砲が1挺に長刀が2本。背部マウントの長刀を下ろしていくことにする。

 

『それでは簡易整備後に行動開始。再編された防衛線まで前進する』

 

『『『「了解」』』』

 

※※※

 

 遊弋任務は順調に進めていた。輸送コンテナを幾つか見つけて後方へ送り返し、撃墜されたり強制脱出された戦術機からは突撃砲や長刀を拾ったりもした。戦場でゴミ拾いをしている感覚になるが、これをしなければ戦闘中の部隊がたちまち武器を失って数を減らしてしまう。それだけはなんとしても防がなくてはならないのだ。

 そんな任務も、時間が経つに連れて必要もなくなってくる。徐々に押し込まれつつあり、西京区からも既に撤退している。中京区や上京区に部隊が密集しており、弾幕が厚くはなっているが、結局のところこの戦域にしか戦力が集中していない。他の放棄された戦域からも続々とBETA群が押し寄せて来ており、迫りくる物量に微力ながらも抗っているような状況だ。

後続のBETA群には、琵琶湖に展開している帝国海軍連合艦隊の艦砲射撃が、京都の砲撃陣地を援護する形で数を減らすことに貢献している。

 

『これ以上、京都を侵される訳にはいかない!』

 

『斯衛部隊の助力に感謝する。帝国軍だけでは力不足だ』

 

『よい。征威大将軍を守護するのが我らの任務。殿下と陛下がおわす帝都に踏み込む異星起源種を黙って見過ごすことはできまい』

 

『山科の部隊は来れないのか?!』

 

 追い込まれた状況になっても、京都で戦う軍人は皆、何故か弱音をあまり吐かない。

 それはウルブズも同じで、俺たち二条城を背に戦っている。しかし俺たちよりも前で戦っている部隊はもういない。先程戦っていた帝国軍部隊がすり潰されてしまったところなのだ。同じ戦域には斯衛軍も戦っており、赤の瑞鶴が率いている中隊が奮戦しているところだ。

 正面戦力が2個戦術機甲中隊のみとなると、津波のように押し寄せてくるBETA群には歯も立たない。二条城に残っていた戦力の殆どは、御所守護のために後退させているからだ。

そして司令部からも二条城の放棄を命令されており、殿を務めていたウルブズと斯衛部隊が残っている。

 斯衛部隊は先の帝都防衛戦に参加していた正規兵半分と学徒兵半分で構成された部隊だ。京都市を中心に配備されていた戦力ではあるが、絶対防衛線を踏み越えた後は彼らが中心となって戦っていた。あの日、嵐山で孤立した彼女たちもその中に含まれている。

 

第301独立警護中隊(タロンズ)は先に引きません。俺たちが先に御所に後退しましょう! 彼らは斯衛ですから!」

 

『分かっている。……ウルフ1より中隊各機。二条城を先に後退する。タロン1、先に失礼する』

 

『タロン1より帝国軍へ。すぐに征く』

 

 長髪を後頭部に結った美形の男性衛士だが、涼しい顔をしながら瑞鶴を操っている。

 五摂家に近い有力武家出身の衛士だが、二条城で合流して短い時間の間共闘しただけでも分かる程に腕の立つ衛士だった。驕らない性格らしく、全く慢心をしない戦い方ということもあってか、少し臆病な程にも見える。しかし、それがこれまで生き残らせてきた所以なのだろう。

中隊を率いながらも、今回の編成では脱落者が少ないということが、指揮能力の高さから伺える。どこか懐かしい香りのする指揮をするのだ。

俺たちは後ろ髪を引かれながらも、上京中学校まで後退した。

 交戦域に入った上京中学校も既に集積物資の搬送が完了しており、補給コンテナだけが置かれている状態になっていた。既に、付近にはBETAとの交戦跡も残されており、数体死体が転がっている。

ここでは突撃砲と長刀の補給を済ませると、データリンクの更新だけを行って御所の正面に集合した。

 御所西側には戦術機や機械化装甲歩兵、戦車、警備部隊が集結していた。主に帝国軍・斯衛軍が展開しており、国連軍・在日米軍は御所の周囲に展開している。琵琶湖に展開している第7艦隊の艦載戦術機部隊のF-14Dが、すぐ後ろでフェニックスミサイルを撃っているところだ。

 しかしながら、初めてフェニックスミサイルを見たが、あれならば確かに支援砲撃並の攻撃力を持っている。小規模ながらもBETA群を殲滅できていることがその証拠だ。

だがそれでも、圧倒的に数が少ない。様子を見る限り、フェニックスミサイルの搭載数は6発が限界。それを6機小隊で運用しているため、36発が最大射撃量となる。

 

『米海軍第103戦術歩行戦隊(ジョリー・ロジャース) アーチャー1より京都守備隊へ。次が支援の限界だ』

 

『第29独立警護中隊、了解。支援感謝する』

 

 飛び去るF-14Dを見流し、御所守護の長をする人物から全体に通信が入る。

 

『ホーンド1より京都御所に展開する全部隊へ』

 

 バストアップウィンドウに表示されたのは、青色の強化装備を来ている男性衛士だった。

 

『陛下、殿下は御所をお離れになる。それと同時に我々の撤退をお下知なされた。しかし、我々は最後まで諦めることはない。在日米軍、ならびに国連軍部隊から順次撤退を始めていただきたい。最期まで残るのは我々(帝国斯衛軍)だけで十分だ』

 

 陽も落ち始め、空が茜色に染まる。それは京都が燃えているからだけではなく、もう少しで夜になる頃だ。戦い始めて7時間は経っている。それだけ経っているのに、不思議と喉の乾きや空腹感はあまり感じられない。

これから暗くなっていくと、その闇が戦闘に支障をきたすようになる。街が燃えているから、幾らかマシかもしれない。それでも、日中の戦闘よりも危険であることに変わりない。

 

『……ブレイブ1了解。我々(在日米軍)は所定の後退地点まで撤収する』

 

『スパルタン1了解。ただ、ギリギリまでいさせて欲しい。日本は私たちの第2の故郷なんだ』

 

『貴官らの助力に心からの感謝を。其方らの振るった武勇、誠に素晴らしかった。散った同胞も誇らし気に見ていることであろう』

 

 ホーンド1の衛士は、戦闘指揮を執りながら米軍と国連軍を見送ると、残された部隊にも指令を下す。

 

『ホーンド1より帝国軍並びに斯衛軍部隊へ。機械化装甲歩兵部隊は機甲部隊と警備部隊を護衛しながら後退すること。帝国軍の戦術機部隊はもう少し付き合ってもらうぞ。彼らの撤退が完了する頃には、米海軍がもう一度来る。F-14Dを護衛しながら後退したまえ。殿は我らが務める。さぁ、行け!!』

 

 それは事実上、帝都放棄の命令だった。この京都に留まっている部隊は、御所を守護している俺たちしか残されていない。正真正銘、最期の防衛部隊だったのだ。残された戦術機も多くなく、負け戦は目に見えていた。それでも、できる限り帝都を永らえさせるために戦った。

 次々と機甲部隊や警備部隊が機械化装甲歩兵部隊に守られながら撤収していくのを眺めながら、九州からこれまでの戦闘を振り返る。

 初動が台風の影響で失敗していた。それ故に九州では防衛線構築もままならないまま、民間人を守りながら戦うことになった。俺が踏み込んだ戦場は関門海峡が近かったからか、逃げ遅れた人は少ない。それでも戦闘地域を集団で歩いていたり、自動車で移動している民間人は何度も見かけたのだ。そんな中を戦った。

中国地方では、撤退できた九州地方の部隊と一丸となって戦った。それでも食い止めることはできなかった。天然の要害となる筈だった中国山地も、想定されていた程に力を発揮することはなかったのだ。

戦略的要衝を幾つも失いながら、最後の防衛線では西日本の全戦力を投入した総力戦だった。一番深く関わったのも、この防衛戦だった気がする。

 

『今一度の踏ん張り処、各員奮励努力せよ!』

 

 喝を入れられた、御所に集まる40機余りの戦術機は、迫り来るBETAの津波を睨み付けた。

 

※※※

 

 ジョリー・ロジャースが再度京都に到着する。その頃には、もう御所に突撃級が侵入しているような状況だった。陽もすっかり落ち、空を街を燃やす炎が照らす。暗い影は熱線映像を見ながら、なるべく撃墜された機体や炎を見ないようにする。

 

『こちらセイバー1。クソッタレのBETAがうじゃうじゃいる所為で、発射位置まで近付けない! インペリアル・アーミー(帝国軍)! その拠点は包囲されているぞ!』

 

 米海軍の衛士に言われなくても分かっている。できるだけ守っている京都御所への籠城を選択した俺たちだったが、数分前にはBETAによって退路を塞がれてしまったのだ。

退路を確保しようとも、削れに削れて今や残存戦術機は20機もいない。俺の所属するウルフ中隊も、もう中隊と言っていい程にも戦力は残っていないのだ。真田大尉ら指揮官3人と俺、もう1人だけ。後の帝国軍機は全て撃墜されてしまい、他の戦術機は斯衛軍の瑞鶴ばかりだ。

 

『ホーンド1よりセイバー1。予定発射地点からでなくてもよい。できるだけ近付いて撃ってくれ』

 

『セイバー1了解。行くぜ、野郎共ォォォ!!! フェニックス……発射ァァァァァァ!!!!』

 

 セイバー隊がフェニックスミサイルを撃ったのは、予定射撃地点からかなり後方の地点。元々長射程ミサイルということと、重金属雲濃度が低下しているこの戦場では、その機能を十全に扱うことができるからだった。軌道衛星のGPS誘導を受けた36発のフェニックスミサイルは、白い尾を引きながら御所の正面で炸裂。子爆弾をばら撒きながら捲れ上がったコンクリートに刺さった。散らばった子爆弾は次々に炸裂していき、後続のBETA群を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。

 

第103戦術歩行戦隊長(セイバー1)より帝国斯衛軍。これが最後の手土産だ、幸運を祈る』

 

『ウルフ1より帝国軍機へ。これより山科を抜け、琵琶湖まで撤退する。俺たちの役目はここまでだ』

 

 俺と隣の吹雪が跳躍態勢に入る。だが近くの壱型丙は動こうとしない。

 

「ウルフ9よりウルフ1! ホーンド1の命令です!! 撤退しましょう!!」

 

『ウルフ1よりウルフ6、9。俺たちはここに残る』

 

 射撃体勢のまま、頭部モジュールだけをこちらに向ける。体液に塗れ、右の角が折れた不知火は跳躍ユニットに火を入れないのだ。

 データリンクを通し、何故逃げないのかが分かった。もう壱型丙に推進剤が僅かしか残されていないのだ。それは他の指揮官機も同じで、何かしら欠損していて逃げられる状態だと言うのに、逃げるだけの推進剤は残されていなかったのだ。

 

「推進剤が……」

 

『あぁそうだ。だから俺たちは、御所を守って九段へ逝く』

 

「大尉!!」

 

 ウルフ6の衛士も小隊長たちに逃げるよう言うが、誰も聞きやしない。そうこうしていると、ジョリー・ロジャーズは山科を抜けて琵琶湖へと飛び去ってしまい、京都にはもう俺たちしか残されていなかった。

 

『ホーンド1よりウルフ1。何故斯様なことを申さなかった』

 

『は。コイツはじゃじゃ馬な上に、大食らいと来た。俺たちが節約していれば、他の戦術機は好きなように動ける。それに白銀、ウルフ9の動きをご覧になったかと思います』

 

 まさか……。

 

『ウルフ9の動きに制限をしてしまえば、戦線維持に支障が出ましょう。奴には全力で戦ってもらった訳です』

 

 ただでさえ高機動をする俺の推進剤消費が激しいからと、自分たちは抑えて戦闘をしていたのか。

 

『成程。ならば、共に戦おうか。帝国の狼よ』

 

『『『応!』』』

 

『ウルフ6・9。其方らは引け』

 

 ここで躊躇してしまうのは、俺が部隊に留まり過ぎたからだろうか。操縦桿を握りしめ、歯を食いしばる。自分の決断の弱さが恨めしい。しかしそれでも、九州からここまで俺は見捨ててきたのだ。衛士や他の軍人、そして民間人さえも。それは俺の目的、俺たちの目的のために。俺がここで退場するのを良しとしないからだ。

 

『聞いているか、ウルフ9』

 

「……はい」

 

 ウルフ6の衛士。俺よりも少し年上の男性衛士だ。彼も握り込む操縦桿に力んでいるのだろう。震える声で続けたのだ。

 

『俺は残る』

 

「……え?」

 

『死にたかねぇが……死ぬつもりもねぇ。それは大尉たちも同じだ。だから、最後まで一緒に戦う。抗命なんかクソ喰らえ。多分、明日の俺がどうにかしているだろうな』

 

 そういい、ウルフ6は大尉らに言ったのだ。

 

『ウルフ6よりウルフ1。俺は引かないです。最後までここでBETAを殺してから、一緒に帰りましょう』

 

『……ウルフ6』

 

 ここで感情に流されては駄目だ。残りたいと訴える感情と、身の安全を確保するために今琵琶湖に引くという理性が喧嘩をする。だが、俺はこれまで理性的に生きてこれたことがあまりなかった。

だからだろう。俺の感情が勝ってしまったのだ。

 

「ウルフ9よりウルフ1。俺も残ります」

 

『ウルフ9お前は……』

 

「死ぬつもりはないです。ホーンド1、そうですよね?」

 

『うむ。そのつもりはないな。戦場で散ることが美徳とは思わん』

 

「ならそういうことです。俺もそう思いません」

 

 再び戦列に戻った俺は、突撃砲を構えてBETAに対峙する。もう言ってしまった。腹は元より決まっている。ならば実行するのみ。ここまで、相変わらず夕呼先生の真意は分からないが、可能な限り戦って生き残ればいい話なのだ。それの方が簡単で分かりやすい。

 

『閣下。頃合いにございます。お下知を』

 

 オープン回線に入ってきた人物に心当たりがある。しかし、どこか雰囲気が違うように思える。その考えはすぐに頭の隅に追いやった。

 今一度集結した残存戦術機に、ホーンド1が号令を出す。

 

『うむ。───皆の者、これが最期の攻勢ぞ。殿を預かる我が斯衛と帝国の戦い、この千年の都に刻み付けて征け!!』

 

※※※

 

[同年同月23日 帝国軍大津基地]

 

 燃え盛る帝都から、俺たちは撤退できた。ジョリーロジャースの撤退から何とかBETAを押し留め、琵琶湖からの艦砲射撃でとどめを刺す方法を取った。結果的に、突撃級・要撃級・戦車級など主だった戦術機に対抗できるBETAは撃破し、要塞級は砲撃によって吹き飛んだ。その他、兵士級や闘士級は瓦礫の下や配管等に残されたため、撃破することを断念し撤退することとなった。

 撤退できたのは10機にも満たない。第29独立警護中隊からは5機。ホーンド1や、見覚えのある雰囲気を持った赤い瑞鶴の衛士を含んだ5人。帝国軍は真田大尉他指揮官は全員生還。その他には俺だけだった。ウルフ6は戦闘中に跳躍ユニットを何かにぶつけたらしく、不調をきたして満足な機動戦闘を行うことができなくなった。そして要撃級の攻撃を避けることができずに、前腕衝角が管制ブロックを直撃。ユニット内まで拉げてしまい、衛士はそのまま潰されてしまったのだ。

 ボロボロになった9機の戦術機は大津まで撤退を開始したのだが、俺たちのマーカーを取られてたらしく、迎えの帝国軍が来た。飛べなくなった機体は迎えの機体が抱え、飛べる機体は自力で大津まで撤退することができたのだった。

 ここで俺は司令部から命令を受け取る。大津から機体を持参し、甲賀基地まで向かうこと。ウルフ中隊は実質解散。再編が行われるまで待機を命じられたのだ。

 

「白銀少尉。ご苦労だった」

 

「いいえ。お世話になりました」

 

 大津基地のエプロンの一角。除染作業と簡単な整備を受けた吹雪を背に、俺は真田大尉らと話をしていた。

 

「部隊を失い、再編された後にまた部隊を失う。上層部は訓練兵を来たるべきところに戻す、と決めた訳だ」

 

「そうみたいですね」

 

 高梨中尉と堀田中尉が見守る中、真田大尉は頭を掻きながら尋ねてくる。

 

「結局、俺たちだけしか残らなかった訳だが……聞いてもいいか?」

 

「まぁ……いいですよ」

 

 雰囲気で分かった。きっと、俺について踏み込んだことを聞いてくるのだと。だが、俺は断らなかった。真田大尉が聞きたいことを聞いた後でも、それを答えるかはその時決めればいいのだから。

 

「結局、お前は何者なんだ? 話したから分かっていると思うが、高梨も堀田も気付いている。無論、俺もだ。14日の時は、答えられないと言った。今はどうなんだ?」

 

 真田大尉も分かっているのだろう。俺の身の上がハッキリしないことや、経歴が全て欺瞞であることも。それがどこから指示されているのかは分からなくとも、相手が確実に自分よりも上の人間であることも。

それを俺は分かっていながらも、機密であることを理由に俺は話さなかった。真田大尉らは知る必要がなかったからだ。

 その上で、俺は今どう答える。彼は再度俺に問うたのだ。

お前は何者なのだ、と。

 

「俺は……」

 

 正直に言って、真田大尉らがどういう人間なのかは気付いている。大陸帰りの精鋭で、それ以上でもそれ以下でもないということを。

 

「『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』」

 

「っ……」

 

「俺の上官だった人が言った言葉だ。お前が成そうとしていることは、国のために成すべきことなのか? そして、国はそれを人のために成してくれるのか?」

 

 その言葉に覚えがあった。否、俺の心に深く刻み込まれている。その言葉は彩峰、彩峰 慧の父親である彩峰 萩閣の言葉だ。そして気付いた。真田大尉は彩峰中将の元、大陸で戦っていたことを。

 

「……俺がすることは、人のため国のためになることだと信じています」

 

「そう、か……」

 

「彩峰中将は」

 

「っ?!」

 

「彩峰中将は今、どうされていますか?」

 

 俺は聞きたくなってしまった。抑えられなかった。光州作戦の悲劇、帝国軍を率いて大東亜連合の避難救助へ加勢したことが原因で国連軍司令部の陥落を誘発してしまい、指揮系統を大きく混乱させてしまったのだ。

 

「光州作戦での敵前逃亡に問われたが、幸いにして前線で取り残された部隊が抜けた穴を埋めた結果、司令部が陥落せずに済んだ。この事から、降格処分で済んだ。大東亜連合と共に孤立した国連軍救助や避難救助を行い、斯衛軍1個大隊を失ったことの責も問われたが、それも降格処分で済んだという。上層部へ直訴が相次いだからだろう。もっと重い処分を下していれば、帝国軍や斯衛軍の一部が謀反を起こすとでも思ったんだろうが……」

 

「そう……ですか」

 

 新聞を読んだりして調べてはいたが、こうして直接聞くのとでは情報の質が違う。

 今回、俺が動いたことによって悲劇は回避できた。そう確信できた。銃殺にもならなかった。中将のところに出向き榊 是親、榊 千鶴の父親が国の未来を語って死んでくれと頼むこともない。この事件から続く、一連のものを止めることができたのだと理解した。

だがそれでも、将軍の復権を望む者がいて、そこに付け入る者もいることに変わりはない。将軍を取り巻く状況は何ら変わりないのだから。

 時計に目を向けると、そろそろ出なければならない時間になっていた。地面に置いていた荷物を持ち上げる前に、真田大尉に敬礼をする。

 

「お世話になりました」

 

「あぁ」

 

 腕を下ろして荷物を持ち上げ、吹雪の前に足を進める。喧騒とするエプロンの中、背後から小さくはあるがハッキリと声が聞こえた。

 

「ありがとう」

 

 俺はその言葉に答えることはなく、吹雪に搭乗するのだった。

 



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episode 18

 

[1998年7月23日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 真田大尉らに別れを告げ甲賀基地に向かった俺は、俺の到着を待っていた輸送機に機体ごと搭乗。そのまま白陵基地に帰還した。どうやら夕呼先生から帰還命令が出たようなのだ。

 それまでの疲れを癒やすが如く客室で惰眠を貪り、白陵基地の滑走路に降り立った。

 その後は大変の一言に尽きた。吹雪を早急にハンガーへ片付けた後、管制ユニット内の掃除を行う。それが終われば、荷物とゴミを持って機密区画に行き、そこで身辺整理。ゴミの片づけ、帝国軍の制服や強化装備の片付け等々を済ませる。

そうしたならば、今度は夕呼先生から執務室に来るように言われていたので、執務室に出向いた。

 

「あら、おかえり」

 

「ただいまです。……えっと」

 

「……なによ」

 

「この状況は一体?」

 

「あー、アンタなら何となく分かるんじゃない?」

 

 執務室へ入って、俺は足を止めてしまったのだ。それは俺が出撃する前に片付けさせられていた執務室が、見るも無残に荒らされていたこと。そしてこの部屋の主は、荒れた中の一角でコンテナを組み立てていたのだ。

 夕呼先生から分かるだろうと言われて、考えを巡らせる。別に深く考える必要もなく、俺でなくとも分かることなのですぐに気付くことができた。

 

「引っ越しの準備ですか?」

 

「そうよ。もう少ししたらここも最前線。アンタを本土侵攻に放り込んだせいで、アタシもリアルタイムで戦況は把握しているわ。前回は大慌てで準備したものだから、今回は余裕を持って事に当たっているワケ」

 

「……そうですよね」

 

 コンテナを組み立て終わった彼女は、そこにポイポイと書類の束を放り込んでいく。見てられなかったということもあってか、俺がコンテナの方に行くとあっさりとそれを渡し、自分はソファーの方へ行ってしまった。

 

「既に仙台の方に拠点を移す準備は済んでるの。オルタネイティヴ4の基幹部は全て移設予定だし、もう始まっているわ」

 

「それで中枢メンバーでないと閲覧不可な書類を自分で片付けていたんですね」

 

「そうとも言えるわね。ただ白銀にやらせるつもりだったし、暇だったからアタシが主に扱うものはもう済んでいるわ」

 

 指差した方向には、既に積み上がっているコンテナが幾つかある。そこには重要書類が収められているだろう。

 

「今残っているのは、あまり関係ない資料もあったりするもの。分別と整理が面倒だからね。こっちに来てから任せていた白銀にやらせようと思ったんだけれど、少し考え事をする時はこうやって自分でやっていたのよ」

 

「いや、自分でやってください」

 

「嫌よ。……それでアンタに帰るように言ってから、社と鑑にも引っ越しの準備は始めさせているわ。昨日のことだし、もう終わってるんじゃない?」

 

「そうっすか……」

 

 コーヒーカップを片手に高みの見物、といった様子の夕呼先生を尻目に片付けを引き継ぐ。

いや確かに、こっちに来てからはこういったのを俺にやらせていたが、帰ってきたその日にやらせるものだろうか。そんなことを考えはするものの、相手はかの香月 夕呼だ。彼女ならやらせる。間違いなく。

 そんなことを頭の中で考えながらも、手を動かし続ける。しかしながら慣れたもので、みるみる内に書類の分別とドキュメントケースに収めてコンテナに入れていくのは進んでいく。

 

「霞や純夏にはやらせなかったんですね」

 

「社にやらせるのはなんかね。それに鑑はやってくれるって言ったんだけど、アンタが撃墜されてからは電算室とハンガー以外には自分の部屋しかいかなくなったもの」

 

 そう口を尖らせる夕呼先生に苦笑いを向ける。おそらく副官等には任せられなかったのだろう。書類を持ってこさせたりはするものの、そもそもこの執務室はセキュリティレベルがかなり高い。それこそ、本来は彼女しか入れない程なのだ。しかしここに簡単に出入りできる俺や霞、純夏は特別であり、その特別である所以がオルタネイティヴ4中枢メンバーであるからに他ならないのだ。

 

「で、オルタネイティヴ4がどこまで進んでいるかなんだけど」

 

「この流れでする話じゃない?!」

 

 書類が散乱する執務室で、夕呼先生は淡々と語った。

 

「とりあえずメインプランは変わらず、BETAに対する諜報戦を仕掛ける。これは国連のお偉方や帝国政府に話したことと変わらないわ」

 

「ですが俺たちは世界を渡っています。正直聞いてませんが、地球上の全ハイヴデータとBETAの配置図は手に入っているんですか?」

 

「無論。ただ、鑑は覚えていなかったし書き出せなかった。鑑が認知できる範囲で覚えられなかったの。アンタもよく分かってんじゃない?」

 

「えぇ。純夏はバカですから」

 

「そう、鑑はバカ。だから膨大なデータを覚えられなかった。でも、鑑の脳は別よ。彼女の海馬には前の世界で得られた情報が保存されていたの」

 

 俺は思わず手を止めて夕呼先生の方を見てしまう。そんな俺の様子を見ても、彼女は説明を止めなかった。

 

「幸いにして彼女の脳にある記憶領域は余裕があった。空きスペースにインストールされる形で保存されていて、当然今の彼女にその記憶を見ることはできなかった。当然よね。だって、今の彼女が記憶したものではないんだから。量子電導脳でもないんだし」

 

「純夏が覚えていなかったのなら、何故先生はそのことが分かったんですか?」

 

「社が見たのよ。鑑の脳に不自然なものが記憶されていたことに」

 

「……リーディングで見つけたんですね」

 

「そうよ。それで引き出しを開けてみればビックリ、2001年12月末のBETAとハイヴに関するデータが保存されていたの」

 

 俺は世界を渡った時のことを思いだす。光の世界で漂っていた時、どこからともなく純夏の声が聞こえたのだ。

あの時の純夏は、前の世界の純夏で間違いない。それに言っていたのだ。俺が願ったことを聞いていた。そして、一緒に渡ったのだと。

 夕呼先生の前の世界で得たデータが、どこで手に入るのかが分かったことで、話は次へ進んだ。

 

「そういう訳で、ぶっちゃけオルタネイティヴ4当初の目的である、対BETA諜報活動は()()()()では成功。00ユニットによる反応炉へのリーディングがなかったんだから当然よね」

 

 ケラケラと笑い、飲みきったのであろうコーヒーカップを机の上に置いた。

 

「でも、肝心の00ユニットがない。これじゃ、成功したなんて言えない。だから次の00ユニット製作が必要になるわ」

 

「ということは、素体候補として一番の純夏を」

 

「んな訳ないでしょ。ここでアンタが謀反を起こしたら、出処の分からない情報しか残らないわ。それに、その情報も未来のことであって、書き出した社自体の画力のなさや正確性の低さから精度の低いものになるわ。だから、アンタとの利害を一致させなければならない以上、これまでの手段は選べないのよ」

 

 笑いを引っ込めた夕呼先生は、足を組んで話を続けた。

 

「そこで次なる00ユニット開発を始める必要があった。そもそも一度完成している技術であるから、そこからスピンオフさせるだけでよかった。ということはつまり、"掌サイズの半導体150億個分の並列処理装置"を作り上げる必要があるの」

 

「ですがそれは前回製作した量子電導脳のことじゃ?」

 

「そう。あれも"掌サイズの半導体150億個分の並列処理装置"よ。と言っても、掌には収まらない程度に大きい代物になったけどね」

 

 そうだ。前の世界では、純夏の脳幹を量子電導脳に置き換えたのだ。それによって純夏はヒトではなくなり、生物根拠も生体反応も"0"になった。

 

「だから今度は素体候補に付けるオプションパーツのような形になるわ」

 

「オプションパーツ?」

 

「そう。例えば、ヒトに纏わせる、とか。衣類のように着させて、どこかに量子電導脳を装着し、使用している素体候補から生物根拠と生体反応を隠蔽するもの」

 

「ステルスみたいなものですか」

 

「それに近いわね」

 

 話をしながらの片付けなので、話が頭に入り辛いかと思っていた。だが、どうやら意外とすんなり聞いていられる。俺自身に予備知識があったからだろう。会話内容自体は難しいものではあるのだが、扱っている分野は俺が関わったものだ。そうなれば、嫌でも覚えることになる。

 

「量子電導脳の小型化。そして直接接続するのではなく、インターフェイスを噛ませることになる。素体候補専用の装備ということになるわね。これを"00ユニット改"と呼ぶことにしたわ」

 

「純夏専用の量子電導インターフェイスユニット、みたいな?」

 

「そんな感じね。最も、前回のものは量産が効かないものだったけど、今回は量産が可能よ。でも今回の00ユニットにも弱点はあるわ」

 

 ODLのことかと考える。量子電導脳の冷却には、脳髄液の代わりにODLと呼ばれるBETA由来反応炉産の液体を使用している。これが劣化することで、量子電導脳のリーディング情報を蓄積し、浄化作業のために反応炉へ戻す必要がある。この浄化作業によって、BETA側へ人類の情報が漏れ出してしまうのだ。

 そもそも量子電導脳製造の技術は、ヒトを脳髄だけの状態で生き長らえさせることのできるBETAの技術から派生されたものであって、量子電導脳を稼働させるには必然的にBETAの技術を頼らざるを得ないのだ。

 夕呼先生は、00ユニット改の弱点にODLを使用しなければならないことを挙げるのだろうか。少し不安になりながらも、耳を傾ける。

 

「00ユニット改は専用装備よ。鑑用に作ったものは、鑑にしか使うことができない。搭載される量子電導脳は鑑のESP能力を増幅するもの。それ以外のヒトが使えば、ただの装飾品になるわ。なぜなら、鑑のESP能力を増幅するためだけに調整されるからね」

 

「ということはODLを使用するということはないんですか?」

 

「いいえ。結局、ODLは量子電導脳の冷却には必要なの。無論、冷却するということは劣化もするわ。そうなった場合、反応炉を通して浄化作業を行う必要が出てくる。ということは、使用者のリーディング情報がBETAに流出することになるわね」

 

「素体候補を殺すか殺さないか、という違いしか改良することができなかった、ということですか?」

 

「そんな訳ないじゃない。量子電導脳を使えばODLは劣化するけれど、それは今までの00ユニットとは違って、感情等に振り回されないのよ。どれだけ使用したとしても、一定の速度で劣化していくわ」

 

「ガソリンエンジンのエンジンオイルみたいなものですか」

 

「そんな感じね。より、機械らしくなったということかしらね」

 

 話しながらも動いていた手は休むことはなく、ある程度のところまで片付けは進んだ。夕呼先生が組み立てたコンテナには全て、書類が収められる程度には終わったのだ。

 ここら辺で一区切りすることにし、背中を伸ばして軽く動かす。コキコキと音が鳴る腰を抑えながら、今まで座り込んでいた床に視線を落とした。

 

「さて、一区切りついたようね」

 

「はい。半分くらいは片付いたんじゃないですか?」

 

「続きは別の日にでもして頂戴。オルタネイティヴ4の話はここまで。ここからは、アンタの話よ」

 

 床から立ち上がり、夕呼先生の正面のソファーに腰を下ろす。

 何度も座ってきたソファーだが、ずっと戦術機のシートに座っていたということもあってか、柔らかいソファーに思わず息が漏れる。

そんな俺をことはお構いなしに、夕呼先生は話し始める。

 

「今回アンタに課した任務は、帝国軍・斯衛軍の要衝防衛。そう言ったけれど、本当の目的は別にあったの」

 

「というと?」

 

「アンタが戦場を渡り歩くことで、よりよい因果を引き寄せる素体を探すこと。これはアタシの方でやっているから、まぁ確認程度で行っていたわ」

 

 やはり、本当の目的は別にあったようだ。

 

「そして、不審な戦術機とその衛士に興味を持たせること」

 

 それはどういう意味なのだろうか。

 

「勿論、行く前のアンタに言ったことも目的としてはあったわ。でも優先度は低い。アンタが戦場にいれば、それはアンタが勝手にやってくれることだったからね」

 

「確かに……」

 

 それは確かにそうだ。九州から渡り歩いた戦場では、結局激戦区であったり要衝にいることが多かった。意識していないだけで、そういったところを転々としていたのだ。

 

「前者の方は、結果は良好。今後損耗が予想されるA-01の補充として確保しているわ」

 

「というと、俺みたいによりよい因果を引き寄せる存在を見つけた、ということですか?」

 

「えぇ。そして後者についても、結果は良好よ。むしろ、アタシの想定以上の成果よ。というかやりすぎ。最初は戦場の都市伝説として語られるに過ぎなかったアンタの話は、実際に遭遇した衛士たちが生き残ることで真実味を帯びて拡散。噂話として帝国軍・斯衛軍・国連軍・在日米軍にまで広がったわ。正直米軍に嗅ぎ付かれるのはもう少し後の方がよかったのだけれど、もう済んでしまったことを悔やんでも仕方ないわ。アンタのF-15C Extraとアンタの第207試験小隊、鉄 大和という名前は広まった。都市伝説から伝説に姿を変えてね」

 

「伝説に?」

 

「試験機単機でBETAを狩り尽くす、凄腕の衛士。彼が現れた戦場は、持ちこたえることが難しかったとしても時間稼ぎにはなり、共に戦った衛士はアンタの機動制御を見て刺激を受ける。精鋭ならすぐに気付く筈よ。アンタの操る機体の動きは、自分たちの機体では再現できない、と」

 

 それは当たり前だ。XM3が搭載されている前提の動きなのだから。

 

「それでどこの誰なのか調べる。所属は帝国軍第207試験小隊。技術廠の試験機を使っている試験部隊だ。ならば詳細を知りたければ、技術廠に連絡をすればいい。こうしてアンタとF-15C Extraは衛士や指揮官らに興味を持たせることができた」

 

「……トライアルの再現、ですか」

 

「そうよ。表立って行動できないのは仕方なかったけれど、アンタが所属と名前を偽っていたのは、アタシ専属の機密部隊であればお偉方も納得するからね」

 

 俺が本土侵攻で行っていたのはXM3のトライアルだったのだ。しかしそう考えると、少し引っかかる点が生まれてくる。

 

「トライアルの再現だったとしたら、何故不知火じゃなかったんですか?」

 

 そう。何故帝国軍を偽ってトライアルをしたのなら、不知火ではなかったのか。帝国の風潮を考えれば、そちらの方が帝国軍としても受け入れ易い筈なのだ。

 

「帝国軍塗装のF-15(陽炎)は目立つの。たとえそれが普通の機体だとしてもね」

 

「成程」

 

 つまり、不知火にしてしまうと腕の立つ衛士として処理される可能性もあったのだろう。そして、帝国軍のF-15は調達数が少ない。それ故に戦場での目撃数も少ない。となると、目撃した衛士や兵士たちの記憶に残りやすい、といったところだろうか。

 

「それと、あんまりアタシが要求するもんだから出し渋られちゃってね。A-01から取り上げてもよかったんだけど、それは止めておいたわ」

 

「用意できなかっただけかい!!」

 

 本音は用意できなかっただけだったらしい。それならば、京都に再出撃した時のように、吹雪でもよかったのではないだろうか、とも考える。

しかし吹雪だったとしても、それはそれで問題になったかもしれない。そもそも高等練習機ということ。そして、そんな練習機が何故単機で戦場を彷徨いているのか、不自然なものになってしまうからだろう。

 

「ま、そんなところね。アンタはアタシの意図を知ってか知らずか、要求以上に仕事してくれたわ。とりあえず、出撃は仙台に行くまではないから安心なさい」

 

「は、はぁ……」

 

 珍しく褒められて拍子抜けするが、仙台まで出撃がないって、それって数日くらいしかないんじゃないだろうか。もしかして、仙台に行くや否や戦場に逆戻りとかそういうのだろう。

聞かなくても分かるこれからの予定を悟り、俺は早めに純夏と霞の顔を見ることを心に決めた。

 

「これからの出撃は第207試験小隊やら鉄 大和やら偽名を使う必要はないわ。普通に国連軍、白銀 武でいいわよ」

 

「了解です」

 

「じゃ、アタシはご飯食べてくるわ」

 

 そう言い残し、スッと立ち上がった夕呼先生は執務室から出て行く。それを見送った俺は大きい溜息を吐いて、ポロリと漏らす。

 

「……つまり、これからも出撃なんだよなぁ」

 

 そう遠くない未来、また単機で出撃する光景が用意に想像できた俺は、床に大の字になって寝転がった。

 ひんやりしていて気持ちいい床に、戦い詰めだった俺の体は急激に睡魔に襲われて、気付いた時には眠ってしまったのだった。

 



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episode 19

 

[1998年7月24日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 電算室]

 

 夕呼先生の執務室で寝てしまった俺は、早朝に目を覚ました。俺が寝てしまった後、誰も執務室に来なかったようだった。結局起きるまで俺は執務室の床で転がっていた。

 硬い床で寝たためにあちこち痛い体を起こし、俺は寝ぼけ眼になりながらも昨日のことを思い出した。

 これまでのオルタネイティヴ4の動きは、前回とは違い加速度的に事が進んでいる。そして、夕呼先生は00ユニットの改善案を用意していた。詳しいことは俺には分からない。それでもオルタネイティヴ4を実行することは、BETAに人類の戦略情報を流すという意味では大博打に等しい。俺の予測ではあるが、今回の世界でも甲1号、新疆ウイグル自治区のカシュガルにあるオリジナルハイヴへの侵攻作戦は立案・実行される筈だ。00ユニットの影響をなるべく減らすために。

 シャワーも浴びずに、床に寝転がって寝ていたことを思い出した俺は、シャワー室に駆け込んで身嗜みを整える。

 執務室から帰った後にする予定だったことも、大急ぎで片付けた俺は、朝食も食べずに電算室に行くことにした。純夏は何故か知らないが、電算室やハンガーに居ることが多い。そうでなければ、やっと確保された官舎の部屋。家もそうだったが、こっちに来てからも俺と純夏の部屋は隣同士。俺の部屋を出てすぐに、純夏の部屋がある。

 まだ起床ラッパも聞こえないような早い時間に目が覚めた俺だったが、色々していたら結局起床ラッパが聞こえて久しい時間になっていたのだ。純夏が寝坊していなければ、いつもいる場所にいるだろう。当たりを付けた俺は、近い電算室から覗いてみることにしたのだ。

 煌々と照明が転倒している電算室は、数人の技師の他に見慣れた後ろ姿があった。

 

「よぉ」

 

「あ」

 

 俺の顔を見てアホ面を晒している、赤毛の少女。純夏は何やら難しいコードを打ち込んでいるコンピュータから視線を外し、俺の顔を見上げていた。

 その頭を小突くと再起動したのか、特徴的なアホ毛を稲妻形に変形させる。

 

「何すんのさ!!」

 

「わはは!! 俺の顔を見て呆けている純夏が悪い!!」

 

「バカ!」

 

「ごめんごめん」

 

 そんなやり取りをして、俺は空いている隣の椅子を引き出して腰掛けた。

 

「ただいま」

 

「……おかえり」

 

 そう言うとそっぽ向き、画面に視線を戻す。

 何やら気付いたら機械の虫になっている純夏だが、これも夕呼先生に言われていることだから仕方ないのかもしれない。量子電導脳だった過去の能力を使い、生身としてもそれ相応の知識や頭の回転を要求されたのだ。

戦術機に乗る、と言い出して久しいが、衛士を目指してかなり時間も経っている。自主訓練も続けているので、俺には及ばないまでも訓練兵としてはそこそこのところまで来ているだろう。

 そんな純夏の横顔を眺めた俺は、とりあえずこれまでのことを話し始める前に、礼を言うことにした。結局、甲賀基地で秘匿回線を使って話した時も、俺は状況を半分くらいしか理解できていなかった。

 

「"あの時"、助けてくれてありがとう。純夏」

 

「……え?」

 

「霞に聞いたんだ。"それ"使って、なんか感じ取ったんだろ? 俺が撃墜されるって。だから、夕呼先生を説得するために直談判したって聞いた。どんな手を使ってでも、俺がここで脱落するのを阻止するために」

 

「タケルちゃん……」

 

 霞が助けに来た時、俺は諦めては居なかったが、冷静に自分の状況を分析していた。助かる見込みは低い、そう考えていたのだ。だから山城少尉を救出してから、全員で徒歩行軍。篁少尉が行くと言っていた、斯衛本隊合流に付いていくつもりだったのだ。それでも駄目なら、あの3人を見捨てて俺だけでも、どこか友軍がいるところまで逃げるつもりだった。だがそれは俺の心が許さなかった。すぐそこに救えるのに、見捨てるなんて。道中、そんな場面は幾つもあった。京都に至るまでに、そのほとんどを切り捨ててきたというのに。

だから霞がF-14 AN4に乗って現れた時は、心底驚いたのだ。何故霞が、今このタイミングで戦術機に乗って京都に来たのか。

 

「オマエじゃなくて、霞が乗ってきたっていうのは締まらなかったけどな。……だからありがとう」

 

「うん。どういたしまして」

 

「本当に助かったよ」

 

 そう言って話題を切り替える。今度は、俺が防衛戦に参加している間、純夏は何をしていたのかを聞く。

 

「それで、純夏は俺がいない間に何をしてたんだ?」

 

「え? あー、いつもと変わらないよ? タケルちゃんに教えてもらった訓練やって、こことハンガーを行ったり来たり。目が回りそうで大変、とまではいかないかなぁ?」

 

「いつもと変わらねぇ……。それ以外は?」

 

「んー……あ、整備する機体がなくなっちゃったからさ、第207訓練部隊の訓練機の整備を手伝ったりしてたよ? 私たちが来る前に1機駄目にしたらしいんだけど、代わりの機体が入ってきたから、そっちの整備を手伝ったりとか」

 

 純夏は相変わらず、整備の手伝いもしているようだ。そもそもアビオニクス系がいじれるようになった純夏は、霞について俺のXM3搭載機の整備をしていた。基本的にはTF-403やまりもちゃんの機体だけだったが、その範囲は広がりつつあると言う。

A-01の整備の手が足りない時には、時々整備班に頼まれて手伝っていることもある、と純夏は言っていた。何だかんだ言って、衛士になるより先に整備兵になる方が先な気がしなくもない。

 

「今思い出したんだけど、第207訓練部隊の撃震にXM3が搭載されたよ。香月先生の指示だけど、今期の訓練兵からXM3の戦術機になるって」

 

「そう言えば4月辺りにそんなこと言ってたなぁ……。というか訓練機になった奴って、まりもちゃんの旧OSが載ってた撃震じゃね?」

 

「多分そうだね。神宮寺先生の撃震は2機あったけど、今は1機になってるからさ」

 

 話しながらでも手を動かしていた純夏の手が止まる。どうやら作業が終わったらしい。

 

「よし、っと!! ん~~~~!! 終わったあぁぁぁ!!」

 

「お疲れー。この後どうするんだ?」

 

 俺は電算室で純夏を見つけたから、とりあえずすることはない。夕呼先生に呼ばれてもないからな。

 

「これから朝ごはん? 起き抜けで来たから、お腹減っちゃって……」

 

「おう、なら俺も付き合うぜ!」

 

「何、まだ食べてなかったの?」

 

 コンピュータの電源を落とし、データを保存したハードディスクと書類やペンをドキュメントファイルに入れた純夏は立ち上がった。

 俺もそれに呼応するように立ち上がる

 

「向こうじゃずっと戦闘糧食ばっかりだったからな。クソ不味いもんばっかり食って参ってたんだよ。それに昨日帰ってきてからは、夕呼先生に呼び出されてずっとそっちだったし。あの惨状を見たら、帰れなくなってなぁ」

 

「あー……今執務室汚いもんね……」

 

「おう。んで、執務室の床で寝ちまった。早起きしなきゃ、夕呼先生に踏みつけられるところだったぜ」

 

「ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くよ~~~」

 

「悪い悪い、疲れてたからなぁ」

 

 そんな話をしながら俺たちは電算室を離れ、PXへと向かった。

 

※※※

 

[同年同月同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 純夏と朝食を食べ終わると、そのまま一緒にハンガーへと向かった。どうやら霞がここにいるらしい。純夏のアホ毛が遂にレーダーになったのかと思ったのだが、どうやら彼女と同じく行く場所は少ないという。

 忙しなく整備兵が動き回るハンガー内では、帰還して間もない俺の吹雪の整備が行われていた。整備兵の人波に紛れて、背の低い特徴的な銀髪とツインテールが揺れているのが見えた。

 

「おはよー、霞ぃー」

 

「おはよう、霞ちゃん!」

 

 俺たちが霞に近づいても気付く気配はなく、ラップトップとにらめっこを続けていた。吹雪の管制ユニットから伸びるコードは、キャットウォークにあるコンソールと整備兵が囲んでい見ているラップトップ、そして霞のラップトップに繋がれていた。

どうやらデータの吸い出し作業か、システムチェックでもしているのだろう。あまり表情が豊かではない霞も、この作業にはかなり真剣な雰囲気を周囲に撒き散らしていた。

そんな霞に俺たちが声をかけると、ハッと顔を上げてうさ耳のような髪飾りをピコピコと動かす。

 

「……おはようございます、純夏さん。おかえりなさい、白銀さん」

 

「うん、おはよー!!」

 

「ただいま、霞」

 

 簡単な挨拶だけを交わし、純夏が霞のラップトップを覗き込む。

 バカだとは思っていたんだが、流石に慣れた様子で画面を見る純夏。ここで「分かんない」なんてことは言わないだろう、そんなことを考えつつも自分の愛機を見上げる。

 外装の擦り傷は増え、塗装ハゲも大きくなった吹雪。元々帝国軍塗装が施されていたが、いよいよ塗装の剥げた部分は鈍い銀色が照明を反射している。エッジ部分に至っては削れて変形していたり、欠けているところもある程だ。その状態から、それほど激しい戦闘をしていたということになるだろう。

 近くでカタカタとキーボードを叩く霞が、小さく息を吐いて手を止めた。

 

「……純夏さん」

 

「何?」

 

「……機動データの精査は終わったんですか?」

 

「あ」

 

 純夏は慌てて持っていたハードディスクを霞に渡す。どうやらハンガーに来た用事は、霞へ物を届けるためだったらしい。

 霞は小さく礼を言うと、手早くハードディスクをラップトップに接続し、作業を再開させる。俺にとっては何をしているのかさっぱり分からないが、霞と純夏は理解しているのだろう。畑が違うのなら分からないのも当然だが、ここは俺の出る幕ではなさそうだった。

 ふとTF-403のハンガー、第207訓練部隊用の戦術機ハンガーの奥に目を向ける。並んでいるのは、部隊を分けるように配置されたまりもちゃんの撃震。その左から入り口に向かって、訓練機が並んでいる。俺が見上げている吹雪を見上げ、そのまま右へと視線を向ける先には、F-14 AN4が機体を覆うようにシェードが掛けられている。そして、本来であればそこにあった筈のF-15C Extraはもうない。

TF-403のために確保されたハンガーは4つ。俺が出撃するまでは1つが空いていたが、どうもF-14 AN4の隣にシェードの掛けられた機体がもう1機あった。

 俺はそちらの方に歩き出し、機体の確認をする。そもそもTF-403は俺しか編成されている衛士、軍人がいないのだ。しかし4機分も空きが確保されているのは、F-14 AN4のように用途不明で確保された機体を置くために過ぎないのか、はたまたオルタネイティヴ4直属の夕呼先生の息が直接かかった機体を置いていくためなのか余分に用意されていたのだ。

 シェードを全て剥がすことはせず、足元からペラっと捲って中に入って見上げる。見えるのは、俺のよく知る機体だった。

 

「不知火……」

 

 まだ外装が新品なのか、塗装も施されていない不知火がそこに佇んでいたのだ。置かれている場所から察するに、この機体は俺の機体だ。

 足首の関節に近づいてよく見てみると、どうやら外装だけではなく機体そのものが新品だった。稼働させたことによる擦れもなく、綺麗な状態だったからだ。

 シェードを潜って外に出ると、再び機体を見上げる。

 この機体を用意したのは夕呼先生だ。そして用意された機体がオンボロの中古品でもなければ、どこかでホコリを被ってモスボールされていた訳でもない新品の機体。ということはつまり、この機体を使うような状況が発生するということに他ならない。

また無理難題を吹っかけられるのだろうな、などを考えて目を閉じる。そして思い出した。

 

「あ……」

 

「どしたの、タケルちゃん?」

 

 丁度純夏が近くに来ていたようで、俺の間抜けな声を聞いて疑問符を文字通り頭上に浮かべた彼女の顔を見て俺は駆け出した。

 夕呼先生は仙台へ引っ越しをすると言っていた。もう既にその準備は済んでおり、オルタネイティヴ4の基幹部の移設も進んでいるとまで。ということは、早ければ今日中にも引っ越しが始まる。ハンガーにはその様子は見られないが、その気になれば数時間で準備も整うだろう。ならばしなければならないのは先生の執務室の整理と、俺の部屋の準備だけだ。俺の部屋はまだしも、執務室の惨状は未だ健在で、俺は半ば睡魔に負けて寝てしまったのだ。

 

「ちょ、どこに行くのタケルちゃ~~~~ん?!」

 

「執務室!! 片付けさっさとやんねぇと!!」

 

 そんな捨て台詞とハンガーに残し、俺は執務室を目指した。

 

「……引っ越しは月末なんだけどなぁ」

 

 純夏の言葉も聞こえる筈がなく、俺はゆっくりやっても間に合う執務室の片付けを必死の形相で行っていた、と後に夕呼先生は言っていた。まだ6日も余裕あるのにねぇ、と優雅にコーヒーを飲みながら言われたのは、全ての書類の片付けが済み、コンテナを入り口近くの壁に積み上げた後のことだった。

 



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episode 20

[1998年8月1日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 ついさっき運び込まれたコンテナから荷解きをすることもなく、俺と純夏は執務室で部屋の主と相対していた。

 

「さて、引っ越ししてきた訳なんだけども」

 

 そう切り出した夕呼先生は、純夏の目の前に書類を差し出した。何かのリストかと思ったが、どうやら違う様子。

純夏は苦笑いをしながら読み進め、最後まで行き着くと先生に尋ねた。

 

「……なんですかコレ?」

 

「え~。見て分からない?」

 

「いや、分かりますけども……」

 

 書類を見ていない俺からは判断できないが、純夏の関わっている何かだろうか。

 うんうん唸る純夏を横目に、俺は夕呼先生の方に視線を向けた。そうすると、答えるように彼女は話し始めたのだ。

 

「前に話した00ユニット改の件よ」

 

「あぁ。確か、"量子電導インターフェイスユニット"でしたっけ?」

 

「そ。アンタには話したけど、前の世界で使った00ユニット用強化装備をカスタマイズする予定ではあるわ。鑑に見せたのは、00ユニット改についてね。彼女には一切情報を伝えてなかったから、今が初めてになるのかしら」

 

「伝えてなかったんですか……」

 

「仕方ないじゃない。白陵にアンタたちを連れてきてからは、アンタは衛士になるための鍛錬とアタシの小間使。鑑は人間の脳ミソに詰め込めるだけの情報を詰め込んでもらってたんだから。その上に戦術機が弄れるようになっていたり、アンタ同様に基礎訓練を自主的にしていたんだから、教えるタイミングはほとんどなかったのよ」

 

 唇を尖らせ、まるで親に怒られる子どもが言い訳をしているかのように、夕呼先生は純夏に説明しなかった理由を語った。

確かに、純夏は忙しそうにしていたことは覚えている。"疲れた"とかはよく言っていたが、本当に疲れていたからそう言っていたのだ。

 

「それで鑑。内容は見たわね?」

 

「……はい」

 

 書類を見た純夏の表情が少し暗いのは気の所為だろうか。分からないが、強引に聞いたところで恐らく答えてくれないだろう。純夏から書類を受け取った夕呼先生は、そのまま書類に火を付けて煤汚れてない灰皿に置いた。

 

「さて。00ユニット改については、アタシと鑑でやるとして……それ以外のことは白銀にも動いてもらうわ」

 

「というと?」

 

「本土侵攻はまだ終わらないわ。今の所は前の世界と同じように事が動いている。となると、今後起こりうることは想像するまでもなく確定した事実として起きるわ」

 

「……佐渡島と横浜ですか」

 

「そういうこと。後退を続ける三軍に、急に進路変更をするBETA群のために佐渡島へ展開するように言える訳もない。そして、多摩川までBETAには来てもらうことになる」

 

「目的はG元素の確保。凄乃皇の燃料と量子電導脳の制作に必要なんですよね」

 

「えぇ。それに加えて、あまりここで歴史改変をするつもりはないわ」

 

 そういい切った夕呼先生の瞳は、いつもの色が宿っている。つまりそれは、冷徹な心と覚悟を持っていること。日本帝国民3000万人超を引き換えに、10億人を救う極秘計画の責任者としての顔だった。

 俺はそれを見慣れた訳ではない。だが、昔とは違う。どういう思いを持っているのかは、少し位は汲み取ることができるのだ。親友にも開かせなかった秘密を知る俺だからこそ。

 

「……少しは成長したようね」

 

「えぇ。少しは……ですけど」

 

「……前にも言ったと思うけれど、仙台に来た時点でアンタの休暇は終了よ」

 

 次のどこに行けと言われるのだろうか。仙台に来るまでの間、ずっと考えていたことだったが、結局分からなかった。相手は夕呼先生なのだ。俺の予測を軽く飛び越えたことを言ってくることは自明だった。だからこそ、予測できない。

 

「A-01のガス抜き、ヨロシク」

 

「え?」

 

「また、A-01の連中の相手をしてきなさいってコト。前の演習からそこそこ時間が経っているじゃない? いい加減使い物になっているか気になるところだから、適当に揉んで来なさい」

 

「ま、マジかぁ~~~~」

 

「マジよ」

 

 前回のA-01との演習を思い出す。吹雪で1個中隊の不知火と戦う演習だ。幾つも部隊があるから、俺は何回も演習をしなければならない。しかも相手はさしものA-01だ。精鋭の名は伊達ではなく、かなり強い。俺の知っている衛士はわずかどころか伊隅大尉、今は伊隅少尉しかいないが、それでも彼女を育ててきた先達であることは変わりない。

 

「あのー、不知火使っちゃ駄目ですか?」

 

「ん? あー、白陵でアレ見たのね。その件は鑑と社に聞きなさい。私は定期的に上がる報告しか知らないから、詳細は彼女たちしか知らないのよ」

 

「後で聞いときます」

 

 純夏に目配せをすると、丁度こちらを見ていたようで頷いた。

 

「そろそろアタシもやることあるから、アンタたちはしなきゃいけないことをしなさい。また何かあれば呼ぶわ」

 

 夕呼先生はそう言い、俺たちの退出を促す。俺と純夏は揃って執務室を出ていくことにした。

 入り口近くに積み上げられたコンテナはどうするのかを考えながら、近い内に片付けに来なければならないことを頭の片隅に置いておく。

 

※※※

 

[同年同日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]

 

 TF-403のために用意された格納庫は小さい。A-01と隣合わせに置かれているが、極秘計画の専任部隊であるA-01よりも機密性の高いTF-403のために色々と特殊なセキュリティーが用意されているという。これは引っ越し中に霞から聞いた話ではあるのだが、A-01の人間ならば入ることはできるらしい。しかし、A-01には入場を固く禁じているらしく、佐官であっても入ることはできないという。それでも入場することはできるのだが、入場管理が厳格に行われているため、すぐにバレてMPに連行。即刻営倉に放り込まれるんだとか。

別に大したものは置かれていないと思うんだが、それほどまでに重要視する理由というのも分からない。確かにA-01では活動できない任務を遂行することを目的に設立された部隊ではあるのだが、そもそも構成員は俺だけなのだ。

謎の格納庫と、そこへ出入りする少年という組み合わせはA-01の衛士たちの興味を惹かない訳がない。

 白陵基地にいた時は、第207訓練部隊のハンガー奥を使わせてもらっていた。

あの時は共有しているから訓練兵に興味を持たれるのは仕方なかった。だからいつも機体にはシェードがかけられていたし、見に行こうものなら整備兵から怒られていたという。

今は仙台基地に移ってきたばかりということもあってか、A-01で元気な衛士らは基地内を探検していたようだ。

 

「……どう見ても年下だよな?」

 

「作業着姿だから整備兵でしょ? 新しくウチのところで整備するのかな?」

 

 俺はTF-403のハンガー前で男女の日本人衛士に絡まれていた。2人の胸には衛士徽章(ウィングマーク)がある。

 "あの時"、PXで絡んできた少尉連中とは違い、嫌味な態度や表情は伺えない。ただ興味があるだけのように見える。

 俺は2人を目の前にして言葉が出なかった。それよりも頭の中では別のことを考えていたからだ。

 俺の格好は国連軍の作業着姿だ。上は支給される黒のノースリーブ。下はUNブルーのパンツ。軍靴。夏場にハンガーで整備をしている整備兵となんら変わりのない姿。

しかし腰に巻いているパンツとセットになっている上着には階級章が付いており、2人が見れば俺が少尉であることはすぐに知られてしまう。

 この格好でTF-403の衛士だと言うことも考えた。しかし、夕呼先生からは特に何も言われていない。体外的には先生の付き人のように扱われている。その事実があった上で「そこのハンガーの機体の衛士」とは言えない。

 

「名前、なんて言うの?」

 

 片方の女性衛士がそう尋ねる。

 

「……白銀 武です」

 

「そう、白銀くん。どうしてここに? あなた、A-01の関係者でしょ? このハンガーは立ち入り禁止なんだけど」

 

 女性衛士は襟章から、この2人が少尉であることは分かる。少尉であるということは、A-01で開示されているオルタネイティヴ4の機密情報のレベルも低い筈だ。

 だが、気にすることはない。Need to know、彼らには知る必要のない情報なのだ。

 

「俺はここの立ち入りを許可されているので大丈夫です」

 

「そう、なんだ」

 

 俺は振り返ってハンガーのゲートを潜ろうとする。しかし、背中から女性衛士の声が聞こえた。

 

「ここ、何があるの? ハンガーだから戦術機だと思うんだけど」

 

 また答えにくい質問をしてきた。

 彼女の言う通り、ここには戦術機が収められている。俺の機体だけであり、吹雪や不知火は彼女たちも見慣れたものだろう。しかし、F-14 AN4となると話は別だ。

その機体は夕呼先生が秘密裏に取り寄せた機体で、あの時のA-01でも建造の事実を知らなかった凄乃皇と同じように、教える必要がないと判断されたものなのだ。

一度戦場に出てはいる機体だが、搬出も帰還も人目につかないように配慮されていた。そう考えると、教える必要はないと考えるのが妥当だろう。

だが、あまり秘密にしてしまっても、余計に勘ぐられてしまうこともある。ならば、彼女たちが知っている程度の情報のみを立ち上げて嘘をでっち上げるしかない。

 

「あるのはそちらのハンガーと変わりませんよ。不知火と吹雪が置いてあるだけです」

 

「なるほど。こっちに収まらなかった機体を入れてるんだね! 予備機とかかな?」

 

「そんな感じです」

 

 自分で勝手に解釈してくれたから、余計な誤魔化しをせずに済んだ。

 今度こそゲートを潜り抜け、TF-403のハンガーに入る。

 A-01のハンガーほど中に整備兵はおらず、俺を加えても10人はいない。8人ほどが不知火に取り付いており、1人だけが足元でラップトップとにらめっこをしていた。

画面を凝視しているのは例に漏れず霞だったが、今の表情は険しくは見えない。

 

「霞~~」

 

「……白銀さん。博士との話はもう良かったのですか?」

 

「おう! さっき終わったところだ。それでなんだが……」

 

 俺は夕呼先生に言われていることを伝える。途中までハンガーに来ていた純夏からは「ハンガーに着いたら説明するから」と言われているものの、彼女が忘れ物をしたとかで自分の部屋に戻ってしまった。

 

「いつかは分からないんだが、A-01との演習があるんだ。それまでの間に不知火を使えるようにできるか?」

 

「……私が整備を統括している訳ではないので、正直分かりません。CPUと電源ユニットの交換、XM3のインストールは既に終わっています」

 

「じゃあ整備の人に聞いてみるよ。サンキュな、霞」

 

「……はい」

 

 不知火を整備しているのは、白陵基地からの顔馴染みだ。俺が戦術機に乗ろうが、何も言わずに完璧な整備をしてくれる優秀な人たち。

 俺が近い内にA-01との演習に不知火を使うことを言うと、2日くらいで稼働できるとだけ教えてもらった。

どうやら電磁伸縮炭素帯の調整や、主機の点検・試運転が終わっていないらしい。それらを全て済んで引き渡せるのが2日後ということらしい。

 

「それにしても博士もやるなぁ。新品でまっさらなら不知火を用意するなんて。愛知直送だったぞ」

 

「そうみたいですね。白陵で見た時は塗装もまだだったようですが」

 

「あぁ。あの時は組み立てで精一杯だったからなァ。こっちに来てから本格調整だ」

 

 UNブルーに塗装された不知火を見上げながら、壮年の整備兵は油まみれの顔を拭く。

 装甲板の塗装はこっちに着いてからすぐに行われたようで、組付けはさっき行われたばかりだという。

装甲板を外していたのなら、先に電磁伸縮炭素帯の調整をすればよかったのだが、A-01と共用のものらしく、どうやら調整に必要な器具の調達に時間がかかったらしい。

だから多少前後はするが、できることを進めていたという。

 

「それにしてもお前さん、F-15はどうした?」

 

「あ、あぁー」

 

 そういえばこの整備兵は、俺のF-15C Extraの整備もしていた人物だ。本土防衛に出たっきり戻ってこないとなると、心配するのも仕方ない。

 

「京都で撃墜されまして……爆破処分してきました」

 

「ったく。博士から好きにイジっていいって言われてた機体だから、皆好き勝手やってたのによぉ。……まぁ、お前さんの命の方が大事だ。しょうがない」

 

「ははは……」

 

 確か霞が主導でカスタマイズしていた、という話だったのだが、どうやらそうでもなかったのかもしれない。

 

「霞ちゃんのお願いを聞いていたばっかりだったがな!! ガハハハハハ!!!!」

 

 というのは思い違いで、本当に霞が率先して改造をしていたようだ。

 機械油の臭いが染みた手で、俺の頭を乱暴に撫でると、一言俺に言った。

 

「よく帰ってきたな」

 

「……はい」

 

「あの機体は役に立ったか?」

 

「えぇ」

 

「オンボロもやっぱり役に立つじゃねーか」

 

 そう言い残すと、整備兵は不知火に取り付いている他の整備兵に檄を飛ばす。

 

「お前ら、さっさと整備進めろ!! またA-01をぶっ飛ばしてくるってよォ!!」

 

 ヤイノヤイノと野次が飛んでくるが、俺は苦笑いを浮かべて、先達たちのA-01の精強さを思い出して冷や汗を浮かべた。

 



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episode 21

 

[1998年8月4日 国連軍仙台基地 第3演習場]

 

 今日はA-01との演習日だ。どうやら俺の不知火が使えるようになるのを見計らうかのように予定が入れられており、演習が試運転と言わんばかりだ。

 今回の演習形式はJAVESを用いた俺対1個中隊だ。夕呼先生がA-01にどのように相手である俺の情報を伝えているか分からないが、いい印象を持たれていないのは確かだ。

相手とオープン回線は開始まで繋がれており、表情も見れる状態になっている。一方で、相手も俺の声は聞こえるが顔は相変わらずSOUND ONLYになっているのだとか。

 

『俺たち相手に不知火1機ですかい? 冗談ですか、大尉』

 

『冗談な訳あるか。それに以前にも似たようなことがあっただろう?』

 

『光州作戦から帰ってきた後にやった吹雪ですか? アイツは博士の用意した変態だったって話じゃ?』

 

『その変態が今度は不知火に乗っている。博士曰く、アイツを倒せないのならまだまだね、だそうだ』

 

『クソっ……。ですが俺たちはアレ以来研鑽を積んできました。あの変態吹雪にだって負けません!』

 

『あぁ。その気概で頼む』

 

 なんだか俺のことを変態変態と言ってくれているが、俺の機動制御は変態じゃないと思うんだがどうなんだろうか。

俺の疑問は誰に聞いても、返答が1種類なのは解せないが、俺はここでもA-01を叩き潰さなければならない。

 あの演習以来、A-01の衛士たちは猛訓練に励んでいたと聞いている。それはつまり練度が向上していると見て間違いないだろう。

だが、XM3を本当に使いこなしているのかは分からない。そればかりは、A-01の現状を聞いた時点では判断できなかったのだ。

 

『変態衛士サマはだんまりなようで? 前回は口も聞いてやくれませんでしたからね』

 

 相手の中隊長に俺のことを煽るような発言をしていた男性衛士は、そう俺に対して言ってきた。

 ここで相手の土俵に上がる必要はない。そう思っていた。

 

「機密なもので。それは勘弁してください、少尉殿」

 

『……ブッヒャッヒャッヒャ!! 声からしてガキじゃねぇか!!』

 

『抑えろスルーズ10。申し訳ないな……えっと、変態衛士』

 

 ゲラゲラと笑うスルーズ10に注意した大尉は、俺のことをそう呼んだ。どうやら俺の名前は知らされていないらしい。夕呼先生が教えなかったということは、知る必要がないのだろう。

 しかしながら、変態衛士呼ばわりされるのは解せない。確かに他の衛士とは違う機動制御を行うが、旧OSで流れるように自然な動きを実現させる斯衛の衛士の方がよっぽどか変態だと思う。最も、今はそれを行う武御雷は実戦配備されていない。

 今のところは呼び方にケチを付けたところで、代わりにどう呼ばせるかは思い付かない。我慢して話をするしかなさそうだった。

 

『変態衛士。香月博士はなんと言っていた』

 

 バストアップウィンドウに浮かぶ大尉の表情は、引き締まって真面目なものへと変わっており、それは他の隊員にも言えることだった。

 

「特には。使い物になっているか確かめて来いとは言われています」

 

『手厳しいな、相変わらず……』

 

「それがあの人ですからね。……そろそろ準備はよろしいですか?」

 

『あぁ』

 

 CPから開始前の連絡が入る。既に位置に着いていた俺は、話していた大尉たちとの通信も切断する。

 俺が乗っている機体は、愛知の工場から白陵基地に持ち込まれた新造機の不知火だ。白陵では組み立てまでを済ませ、仙台に移ってからは調整や塗装が行われた。既にXM3の搭載、CPUと電源ユニットの交換は済ませてあり、F-15C Extraで得られたデータや蓄積されたフィードバックから関節の硬さなどを除けば、最適化された機体に仕上がっている。

装備は突撃前衛。強襲前衛でも良かったが、慣れている突撃前衛を選んだ。

 

『CPより40301。その機体は新造機です。慣らし運転をしていないので、無理をしないようにしてください』

 

 俺に就いたCPは霞だった。機体について再度注意が入る。

 

「40301了解。最初は慣らしながら、徐々にぶん回してみる」

 

『……無理をしないでください。ではJAVES起動、演習を開始してください』

 

 網膜投影に変化はないが、JAVESが起動したことを確認する。そのままスロットルを開放し、機体を浮き上がらせた。

 

※※※

 

 開始地点から少し移動すると、主機を落として廃ビルの間に入って息を潜める。今回もステージは市街地だ。

 レーダーに機影は捉えていないが、それも時間の問題。相手はこちらが1機であることは知られている。また、一度戦ったことのある相手だ。訓練に励み、恐らくではあるが、演習データから研究も行っているだろう。

ならばすることは1つしかない。

 跳躍ユニットを全開、一気に建物よりも高く飛び上がり、走査レーダーを起動する。肉眼で捉えるのと同時に、レーダースコープに敵を捉えた。

すぐさま銃撃を浴びせられるが、跳躍ユニットと姿勢制御で弾幕を躱していく。

マズルフラッシュの数を数えながら、敵がどのような隊形にいるのか確認した。

 

「密集隊形……!」

 

 開始位置からは移動していると思われるが、隊形は各小隊毎に楔形を取っており、それが近距離ではあるがまばらに展開している状態だ。

移動中や浮き上がっているということもなく、完全に足を止めて打ち上げている。

 舐められている。俺はそう感じた。

 前回は短期間の間に何戦も経験しているためか記憶が曖昧で、いつどのタイミングで彼らと戦ったなんて分からないのだ。

割と全ての演習で善戦していた記憶があるが、相手がどう感じ取っているかは分からない。俺とA-01の演習が終わった後でも、夕呼先生はあまり感想やその後の様子を教えてくれなかったということもある。

 すぐさま噴射降下、地表スレスレで逆噴射制動で速度を殺すと、廃ビルを蹴って強引に方向転換。噴射滑走で敵小隊に肉薄する。

多目的装甲を構えながら、突撃砲をバースト射撃し、敵への牽制を行う。

 突如空から落ちてきたかと思えば、そのまま突進を敢行したことに泡を食ったのか、回避運動を行いながら射撃を繰り出してくるも、そのほとんどが見当外れの方向に飛んでいき、数発が多目的装甲に当たった。

 横切るのと同時に、前傾姿勢から脚部を前方に突き出して廃ビルを蹴る。屈伸運動をしてその反動で180度方向を変えた。目標は動きの遅れている不知火だ。

多目的装甲を横に振り抜き、バースト射撃をすれ違いざまに叩き込んだ。

 

『スルーズ7、胴体切断、致命的損傷。大破』

 

『スルーズ9、管制ユニットに被弾、衛士死亡』

 

 一気に2機を食い、勢いを殺さずに過ぎ去る。しかし気が変わった。噴射滑走から反転倒立し、残った2機に向き直る。

XM3の真骨頂は近接格闘戦だ。高機動戦や一撃離脱では持ち味を活かし切れないのだ。

 静止し、残っている2機を見る。こうしている間にも、8機が襲いかからんと集結しているが、初撃を躱して逃げれる自信があった。

 

『舐めてるのか、野郎……ッ!!』

 

 オープン通信で、顔を真赤にしている男性衛士のバストアップウィンドウが表示された。

相手は目の前で静止しており、ピクリとも動かない。数的劣勢であるにも関わらず、囲まれることもよしとしているからだろう。

 ここで俺は夕呼先生の目的を思い返す。

 この演習はA-01のガス抜きを目的としているが、その他にも練度向上やXM3の扱いの上達がある。

まだXM3搭載機の機能を十全に使いこなせていない彼らに、発案者であり使い手でもある俺に力を存分に振るって見せつけるのだ。

旧OSではできない動きを再現し、実用的に使って見せる。それが今の俺に求められていることだった。

 

『スルーズ1より各機へ。何故か知らないが奴は動きを止めている。今のうちに包囲し、叩き潰す!!』

 

 右手で保持していた多目的装甲を捨て、背部マウントから長刀を引き抜いた。

 

『多目的装甲を棄てやがった……!?』

 

『奴の動きは常軌を逸しています!! 考えられる可能性を超えて、対応しなければなりません!!』

 

 丁度いい。新造機であり、この世界に来てから初めての不知火だ。俺がどこまで成長しているのか確かめてやる。

 

『と、突撃砲まで!?』

 

 右手に携えていた突撃砲も地面へ棄てた。

 両手には長刀のみ。飛び道具は捨て、残る武装は両腕のナイフシースにある短刀のみだ。

周囲には10機の不知火。状況は最悪だが、XM3を使い熟せていない相手だ。頭に相当血が登って正常な判断もできないだろう。

 長刀を肩に担ぐように振り上げて肩部装甲ブロックに乗せ、右手を前へ突き出す。

 

『なっ、』

 

 このような動きは戦術機にはできない。しかし、XM3を使えばできる。

 

『かかって来い、だと……?!』

 

 掌を空に向け、親指以外のマニピュレータをクイクイと握り込んで、開いてを繰り返す。その動きは人間であれば意味は1つしかない。挑発だ。かかって来い、と、相手を煽る仕草だ。

 

『舐めんなッ!!』

 

 一斉に襲いかかってくる不知火の中で、一番近くにいた機体へ長刀を振り抜く。相手は挑発に乗っては来たが精鋭だ。予備動作で感づいたのか、機体を少し傾けた。

宙を切る長刀をそのまま振り抜き、そのまま右から近づいてきていた機体へ刃先を向けた。

相手の機体、腰部弾倉ボックスに穂先が掠る。

 半包囲された時点で俺は膝を曲げて、そのままロケットモータに点火した。

 空へ飛び、包囲の穴目掛けて噴射降下しながら残りの長刀を背部マウントから引き抜く。

飛び抜き様には、打撃支援装備の不知火へ長刀の腹を向けて横を抜き去る。

 

『スルーズ11、胴体断絶、大破』

 

 3機目の撃墜を確認し、そのまま戦域を飛び去るなんてことはしない。包囲を抜けて着地すれば、再び噴射跳躍で鋭角に方向転換。敵集団に吶喊する。

 敵部隊は混乱はしないまでも、動揺した様子でワンテンポ動きが遅れた。

 これみよがしに、手近な機体へ長刀を向ける。上段斜めから斬り抜き、勢いを殺すことなく、腰を捻って、近くにいた僚機と思われる機体へ下段切り上げた。

伸び切った腕部の電磁伸縮炭素帯は縮力で反対ベクトルに作用する。上段から振り下ろした速度よりも早く長刀が切り上げられた。

 

『スルーズ12、管制ユニット損傷、衛士死亡』

 

『スルーズ3、管制ユニット損傷、衛士死亡』

 

 次々と撃墜数が増えていく。敵も残すところあと7機にまで減っていた。敵は部隊を後退させ、体勢を立て直すらしい。

 ここで後退を許してしまうよりも、一気に叩いてしまえる余力は残っていた。

 前回もそうだったが、相手が幾ら精鋭とは言えども、XM3を使い熟せていないのだ。ましてや彼らは元日本帝国軍の衛士であったとしても、本土防衛軍帝都守備連隊ほどの練度は誇っていない。

俺がこれまでに経験してきた対戦術機戦闘自体が、帝国軍の精鋭ばかりのクーデター軍だけだったことが理由になるのだろう。また、その他はヴァルキリーズや第207訓練部隊等、自分のホームとも言える部隊での訓練しか経験していなかったということもある。

 だから前回の時点で、吹雪単機で不知火1個中隊を全滅させること自体が異常であって、今回は訓練機でない不知火を使っているからこそ、遅れを取ることのない戦闘ができているのだ。

 

『どうなっていやがる……。吹雪の時よりも動きが機敏だ』

 

『アレでも抑えられていたという訳ですか』

 

 突撃砲で牽制射撃をしながら、後退する不知火に向かって、噴射跳躍をする。今度も上空へ飛び、上から襲いかかった。

 既に使った戦法ではあったが、相手に確実に肉薄できるのだ。長刀を構えながら狙いを定めた機体へと襲いかかる。

 

『スルーズ1、左腕部脱落』

 

 咄嗟に回避されたため、右手の長刀は中心から少しズレたところを切り裂いた。肩部装甲ブロック諸共、武器と共に左腕部が地面へと落ちていった。

 すぐさま振っていない長刀を横薙ぎにすると、隻腕の不知火は噴射急制動と噴射反転で距離を置かれる。

カバーする形で、別の機体がバースト射撃を繰り出してきたが、構わず追跡をした。

 振り下ろしていた長刀をそのまま空に振り上げ、勢いを乗せて長刀を再度上段で振った。そのまま握っていた掌を開き、長刀は回転しながら飛んでいく。

流石に飛んでくる長刀には対応できなかったのか、隻腕の不知火の胴体へと突き刺さった。

 

『スルーズ1、管制ユニット大破、衛士死亡』

 

 武器が左手の長刀と短刀のみになってしまう。残っている敵は6機。長機を撃墜したため、連携がガタガタになっている今がチャンスだろう。

 

『コ、コイツ、長刀だけでここまで……?!』

 

『指揮を引き継ぐ!!』

 

 ステータスは逐次確認しているが、被弾した様子は一切ない。関節の異常もなく、至って正常な状態だ。推進剤の残量もまだまだ残っており、全力戦闘は可能だ。

数度の上空への噴射跳躍で消費したものがほとんどで、それ以外ではあまり使っていないのだ。

 NOEでビルの合間を縫いながら周囲を確認すると、どうやら2機が俺を追跡しているらしく、他4機をロストしていた。

 相手は2機をチェイサーに俺をアンブッシュポイントへ誘導するつもりなのだろう。他の場合を考えるまでもなく、突撃砲の威嚇射撃で進路誘導をされていることに気付く。

 俺はそれにあえて乗った。相手の土俵に上がった上で、叩き潰すつもりなのだ。

散解されれば各個撃破は困難になるが、纏まっているのならば叩きやすい。それに、俺は飛び道具を持っていない。敵はそこをアドバンテージとし、中・近距離での砲撃戦を仕掛けてくるだろう。

 予測されるアンブッシュポイントを算出し、誘導にわざと乗りながら反撃のチャンスを見定める。そしてその時はやってくる。

 市街地の中にポツンと存在する公園だったところ。そこに誘い込まれた俺は、攻撃を待つことなく待機しているであろうポイントへ飛び込んだ。

 

『嘘ッ?!』

 

『スルーズ5、胴体断絶、大破』

 

 胸から腰までを斜めに切り落とした不知火が撃破判定を食らう。

 立ったままになっている下半身を蹴り倒し、そのまま再び公園へと踊り出る。隠れていた不知火が3機出てきており、目の前には5機が並んでいる。

 迷うことなく残敵へ飛び込む。平面で回避運動を行う敵機に三次元機動をしながら、近い敵に手当り次第長刀を振るう。それでも敵は砲撃戦を選んでおり、少し距離を取りながらバースト射撃を繰り出す。

 高機動ばかりしていると推進剤はみるみるなくなっていくが、気にすることはなかった。敵機は1機、また1機と突撃砲を捨て始めていた。

数的劣勢でありながらも、5機相手に機動戦をする俺を相手に、リロードをする余裕はなかったからだ。

 近接格闘戦を相手が選べば、こちらのものだと言わんばかりに機動制御で翻弄して見せる。

 

『スルーズ10、管制ユニット大破、衛士死亡』

 

『スルーズ6、胴体断絶、大破』

 

『スルーズ8、胴体断絶、大破』

 

『スルーズ5、管制ユニット大破、衛士死亡』

 

 そして残すところ1機となった。

 アンブッシュポイントになっていた公園には、4機の不知火が転がっている。どれも真っ二つにされており、もう動くことはない。向かい合う不知火も、既に武器は長刀1本となっていた。

 俺は左手に持っていた長刀を後ろに投げ、右手の長刀を地面に突き刺した。

 

『な……』

 

 ナイフシースから短刀を2本抜き、左手を逆手、右手を順手に持つ。

 

『なめるな……ッ!!』

 

 相手の不知火は両手に握り込んだ長刀を上段に構えながら、水平噴射跳躍で突っ込んでくる。

 後少しのところでひらりと躱し、回転運動をそのまま続けてすぐ後ろで振り返ろうとする不知火の左足を切り落とす。

ガクリと姿勢を崩したが、間髪入れずに支え手になっていた左腕を落とすと、そのまま右足を落として、最後に右腕を落とした。

 四肢をもがれた不知火が公園に転がり、まだ光の灯っている頭部モジュールに短刀を突き立てると同時に演習終了の通信が入った。

 

『……演習終了。お疲れ様でした、白銀さん』

 

 淡々とした霞の報告を聞き、俺は深く息を吐く。地面に転がる不知火を見ながら、思わず呟いてしまった。

 

「これでいいんですかね、先生……」

 

 脳裏に「やっぱりアンタは変態よね~~~~」とチェシャ猫のように嗤う夕呼先生の顔が浮かんだ。そしてすぐ、それは本当のこととなるのだった。

 



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episode 22

 

[1998年8月10日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]

 

 数日の間に分けて行われたA-01との演習も恙無く終わり、6日間戦い続けた不知火は分解整備が行われることになった。

荷解きも終わり、夕呼先生の執務室に居たところでやることのない俺は、ハンガーに来て整備の様子を眺めていた。

 演習に関してだが、夕呼先生の評価はハッキリ言って分からない。ただ、A-01の練度に不満があることだけは伝わった。

同型・XM3搭載機である上に、1対12という形式であるのにも関わらず、A-01は全敗したのだ。全ての中隊と戦った後の戦績では、俺の被撃墜は0。小破すらも1回ある程度だった。

一方で、A-01は数的劣勢な上に近接格闘戦で完封されてしまっている。初戦以降も基本的には長刀しか使っていない俺を、彼らは一度も撃墜することができなかったからだ。

 A-01内がどのような様子になっているのかは分からない。しかし、いい顔をしない衛士は少なからずいるというのは、何となく察していた。

変態衛士という言葉で片付けることはできるが、条件は同じ相手に中隊で襲いかかっても勝てないからだ。なまじ経験がある精鋭であるが故に、外へ理由付けをしたところで、結局のところ自分に理由があることは理解しているのだ。

 

「もおおぉぉぉぉーーーっ!! 蓄積データの吸い出しが終わんないよぉ~~~!!」

 

 純夏や霞ならば、先生から何か聞いているかもしれない。

そう思った俺は、キャットウォークの上でラップトップを睨みながら吠えている純夏を見上げた。

 見慣れた国連軍C型軍装姿で頭を抱えながら叫ぶ純夏は、機体のハードディスクに保存されている蓄積データの吸い出し作業をしていた。

装甲板や外装パーツの取り外しが進み、キャットウォークが機体に取り付けられたからだ。

作業着姿の整備兵がせわしなく動き回っているが、胸部辺りのキャットウォークにはアビオニクス系を弄る整備兵しか使わない。今回は管制ユニットの点検は既に終わっているからだ。また、アビオニクスを点検する整備兵は頭部モジュールの方に取り付いており、レーダーやセンサーに付きっきりになっているのだ。

整備兵に混じって軍装姿のままキーキー叫んでいるのは純夏だけで、整備兵たちはそんな彼女に意を介さない様子で黙々と整備を進めていた。

 そんな彼女を邪魔したら悪いと思い、霞を探す。

 どうやら不知火の分解整備に霞は参加していないらしく、辺りを見渡して見ると、隅に置かれたデスクに腰掛けているのが見えた。

俺はそちらに向かい、霞の腰掛ける椅子の隣に座った。

 

「よぉ、霞」

 

「……こんにちは、白銀さん」

 

 淡々と返事を返してきた霞だったが、俺の顔を見ることはない。どうやらラップトップの画面に集中しているようだ。

当然ではあるが、俺には何をしているのか分からない。深く聞いたところで理解できるか分からないので、俺は早速本題に入ることにした。

 

「霞はA-01について何か聞いているか? 今回や前回の演習についてや、XM3に関わることでいいんだ。何かあるか?」

 

 霞は俺の顔を一度見ると、ラップトップに視線を戻す。

 元々表情の多い娘ではないが、それなりに長い付き合いになってきている。少しばかりの顔の動きや仕草、雰囲気で何となく読み取ることができるようにはなっていた。

 忙しい時に俺が話しかけてきたことには、特に不快や不満は思っていない様子。画面の方に視線が戻ったのは、解答に困っているからか、もしくは頭の中で整理しているかのどれかだ。答える気がない、ということもあり得ないように思えた。

 

「……XM3は評判がよく、部隊の生存率の向上にも繋がったことは、白銀さんも知っていることだと思います」

 

「そうだな。光州作戦時に投入された2個大隊の被撃墜機数は27。内1個大隊がXM3を搭載した不知火を乗機にしていて、それに限れは4機。36分の4は異常な数字だ」

 

「……はい。また、XM3の売りである『先行入力』・『キャンセル』・『コンボ』の機能を使いこなすため、日夜特訓を重ねていると聞いています。XM3を円滑に動作させるために導入された新型CPUや電源ユニットによる副次効果として『即応性3割増し』から得られるものから、より繊細な入力と機動制御を行うことによって、売りを全て理解せずに運用している衛士が多いのも事実としてあります」

 

「それは考えられたことでもあるよな。一応、配備する際に注意されていることだと思うんだけど?」

 

「……マニュアルにも記載されていることがらですから、繰り返し読み込んでいるのならば頭に入っている筈です。CPUと電源ユニットによる恩恵がXM3の長所ではない、と。皆さん頭では理解しているようですが、それを身体に反映されていないんです。意識的にXM3を使おうとしているのは大尉以上の中隊長や大隊長と新任衛士だけ。それ以外の衛士は何かしらを全く使用していない状態にあります」

 

「ナルホドな。XM3については分かった。A-01自体はどうなんだ?」

 

 俺がそう言うと、霞はタイピングしていた手を止めた。何かあったのだろうかと言葉を待つが、返事はすぐに帰ってくる。

 

「……白銀さんの思惑通り、とは行かなかったみたいです。光州作戦後と、今回の演習で意識が変わったのは、先程も言ったように大尉以上の人と新任衛士だけです。それ以外の方は白銀さんに対して敵愾心を燃やしているものの、白銀さんに殲滅されてしまった理由をXM3を使い熟せていないことだとは思っていないようです。あくまで皆さんはXM3を使い熟せており、白銀さんに破れたのは白銀さんの乗機を不知火とは別物だと考えていること。そして、白銀さん自身が経験の浅い新任であることからくる幸運ではないかと思っているようです。今回の演習で通信ができたこと、白銀さんの声を聞いて年少者と判断したことが理由となるようです」

 

 つまりはこうだ。自分たちは上手く使えているつもりであり、自分たちの敗因は俺が不知火の革を被った別物の上等な機体に乗っている、もしくは俺のビギナーズラックだ、と思っているらしい。

 確かに演習の直前、相手から俺のことを貶めるような発言はあった。それを諌める中隊長や大隊長の声も毎回聞いている。そして、全ての部隊に言えることだが、XM3を十分に扱うことができれば回避できた攻撃も回避できていなかった。

 

「……博士はA-01に招集、再度A-01に対する再訓練を命じました」

 

 演習結果を見て判断したのだろう。まさか隊長を通して連絡する手段は取らず、自らが彼らに命じたのだ。強い反発は想像に容易いが、それも込でやったのだろう。

 

「……A-01から反発は少しありましたが、概ね従っているようです。再度座学から見直し、シミュレータから訓練、実機演習は当分先になるようです。そのため現在、A-01の不知火は大規模分解整備を行っています」

 

 実機で訓練を行わないのならば、使うのが当分先である不知火の分解整備が行われるのも頷ける。前の世界では12機だけだったこともあり、分解整備を行うにしても大した工期を取ることはなかった。しかし今は連隊規模を抱えるA-01だ。108機の戦術機を整備するには時間が必要になる。

 

「……これと同時にA-01に対してのみ、白銀さんの存在が知らされました。今まで演習で相手にしていた単機の吹雪、不知火の衛士の存在と、その所属もです」

 

「このタイミングでか?」

 

「……はい。今後、A-01と白銀さんは何らかの形で共闘する可能性があるのではないか、と考えられます。連携を円滑に行うことと万が一の場合に備えてのことだと思います」

 

 夕呼先生が何を考えているのか分からない。俺はまだ14になったところだ。そんな少年兵と言える衛士の存在を公にしてしまえば、オルタネイティヴ4と夕呼先生の立場が悪くなる。

しかしながら、オルタネイティヴ3の件を考えれば世論の風当たりが悪くなるというだけで、結局極秘計画である性質上、関連組織に情報を開示したところで大した問題にはならないのだろう。

 

「どの程度の情報開示だったんだ?」

 

「……白銀さんの氏名、所属部隊、経歴くらいです。経歴に関して言えばほとんどがダミーになります。一応、第207訓練部隊卒ということになっていますが、帝国軍ではなく国連軍になっています。前の世界の情報のままではありますが、現在のA-01に配属される新任少尉の全員が帝国軍第207訓練部隊卒です。確認のしようがありませんし、白銀さんのデータの機密レベルは高く設定されています。その他にXM3発案・開発衛士、光州作戦・本州防衛戦参加、その他の戦歴は閲覧不可です」

 

「表面だけ見れば精鋭だな……」

 

 苦笑いをして返す。

 

「……ですが階級は少尉、任官から1年経っていないです。また、TF-403は極秘不正規部隊であり、白銀さんはその最期の生き残りということになっています。皆さん、複雑そうにしていました」

 

「複雑かもしれないな……」

 

 その話自体、俺自身が複雑に感じてしまうのだ。

 TF-403は極秘不正規部隊であり、俺は最期の生き残り。まるで"ヴァルキリーズ"のようだ。

 不安気に俺の顔を覗き込む霞に、俺は努めて明るくリアクションした。

 

「でもまぁ、間違っちゃないし、俺は元々TF-403に1人の衛士だ!! 最も、基本的には夕呼先生の小間使だしな」

 

「……そうですね」

 

「そこは否定してくれ!!」

 

 ハッと思い辺りを見渡して見たが、よく考えたら俺たちの話している内容はかなり機密レベルの高いものだ。万が一聞かれでもしたら、不味いことになるかもしれない。

 

「……気にしなくても大丈夫です。この喧騒の中ならば聞かれません。それに、ここには盗聴器の類いはない筈です。博士が調べさせてましたから」

 

「そうか。サンキュー、霞」

 

「……どういたしまして」

 

 少し視線を反らして、キャットウォークの上にいるであろう純夏の方に目を向ける。

 どうやら蓄積データの吸い出し作業は終わったらしく、今度はそのままアビオニクス系の点検を始めているようだ。ハードウェアは整備兵に任せ、ソフトウェアの方を見ている様子。変わらずラップトップの画面を注視しており、その表情は真剣だった。

 

「……これまでの任務」

 

「ん?」

 

「……これまでの任務でも分かっていたことです」

 

 タイピングしていた霞の手は止まっており、しかし視線は画面に向けたままポツリと言葉を漏らす。

 

「……TF-403はオルタネイティヴ4のための任務ならば何でも遂行する部隊です。そうA-01にも説明されました」

 

「そう、だな。今の処、単機で激戦区だけどな」

 

「……激戦区なのはA-01も同じです。ですが、白銀さんは"単機"です。僚機もいなければ、部隊もいない。CP将校すらいません。光州作戦ではいきなり潜入任務。幸い、後ろ暗いところではなかったようですが、今後はそういった部隊への潜入も考えられます」

 

 霞の言っていることは、俺にも想像できていた。いきなり光州作戦で潜入任務、同陣営の別部隊に身分を偽って入り込んだ。それがもし、明らかに敵対している陣営の部隊だったならば? 後ろ暗いところのある部隊だったら? そうなった場合、光州作戦の時程上手くいかないだろう。

 

「……オルタネイティヴ4のための潜入任務や、激戦区での単独行動。それがTF-403に与えられる任務です。それが全て人類の生存と勝利に繋がる足掛かりになります」

 

 確認するように霞は言って続ける。

 

「……A-01の皆さんにもこのことは伝えられています。A-01では耐えられない任務をTF-403が代わりに受けている、と」

 

「それは……そうかも知れないが。これまでに受けた任務は、俺でなくても問題なかったんじゃないか?」

 

「……白銀さんでなくてもよかったかも知れません」

 

「んが」

 

「……ですが、香月博士の思惑を汲み取って作戦に参加し、帰ってくることができるのは白銀さんだけです」

 

 俺は察しの悪い方ではあるのだが、確かに夕呼先生の考えを汲み取って行動できているかもしれない。大陸派遣軍が開ける穴を塞ぐこと。XM3の実戦試験とトライアルを行うこと。帝国に恩を売ること。00ユニット素体候補を探すこと。俺が行動することで、それら任務は完遂されていった。最も、00ユニット素体候補を探すことに関しては、俺自身は見抜けないまでも、一応遂行することができていたようだったが。

それでも、俺はそれだけのことを行った。俺だけにしかできないことをやったのだ。

 

「俺でなくとも問題ないこともあったが、そうかもしれないな」

 

「……そんなことありません」

 

「そうか?」

 

「……はい」

 

 大きく息を吐く。TF-403の存在理由を考え、自然とそうしてしまった。

 元々、俺を身近に置くための方便だった。それを表向きでは、A-01の予備的な扱いする部隊、とされていた。その表向きの理由が、設立した本人の手で変えられてしまっていた。しかし事は悪い方向へと動いてしまっている。片や崩壊すると分かっている作戦への投入、片や様々なタスクを抱えての防衛戦参加。A-01と比べ物にならない程、任務の難易度は高く、それに比例するように生存率は落ちていくのだ。

TF-403はA-01のスケープゴート部隊なのだ。より難易度の高い任務を遂行する、帰還率最低の戦場へ赴かなければならない部隊。

 

「ま、大丈夫だろ。今後想像できる任務もそう多くないと思う。明星作戦、本土奪還はあるだろう。他には想像したくないが、政治的なものとかある……のか?」

 

「……分かりません」

 

「だよなぁ」

 

「……恐らく異動命令が出ます」

 

「は?」

 

 霞は唐突に切り出した。俺は思わず呆けてしまったが、すぐに気を引き締める。

 仙台に引っ越しした後は休暇ではなくなる、と言っていた。それはA-01との演習が入っていたからとも考えていたが、演習後も音沙汰がなかった。終わったのは昨日の話ではあるが、別に待機だとか言われていない。

 

「……帝国軍白陵基地です」

 

「この前引っ越してきたばっかりなんだケド??」

 

「……私も詳しいことは分かりません。ですが、一時的に白陵基地へ出向することになると思います。これは確実です」

 

 霞は整備されている不知火を見上げ、いつもの調子で話す。

 

「……いつのことか分かりません。ですが、佐渡島が陥落した後になります」

 

「分かった」

 

「……はい」

 

 それだけ言うと、ラップトップを閉じた霞は立ち上がって俺の方を向いた。

 

「……またね」

 

「あ、おう、またな」

 

 ラップトップを抱えて格納庫から出ていく後ろ姿を見送り、俺しかいないデスクで独りごちる。

 

「まだ始まったばかりだ」

 

※※※

 

[1998年8月14日 帝国軍長浜仮設基地 屋外ハンガー前]

 

 あの日、鉄少尉(イーグル1)から救出された後、五摂家が1つ祟司家嫡女の祟司 恭子様率いる帝国軍救出部隊によって回収された私たちは、BETAを退けた京都市街のある野戦病院で目を覚ました。近くには私と同じく生還し、軍医からメディカルチェックを受けている衛士たちに囲まれていた。

 あの時救出された私、和泉、山城さんの3人は、一時的に恭子様の斯衛軍第3大隊の庇護下に置かれた。私は負傷していなかったが、重傷の山城さんはすぐさま手術が行われ、戦術薬物によってまともな受け答えのできなかった和泉は軍医のところへと連れて行かれた。斯く言う私も、同じく軍医のメディカルチェックを受けることになったのだが。その途中でどうやら眠ってしまったらしい。

 そんなところで目を覚ました私に待ち構えていたのは、戦術薬物の投与によって気付くこともなかったことだった。私たちが守っていた嵐山補給基地はBETAによって陥落。斯衛軍第332独立警護中隊は私たち3人の除いて全滅。

後者については、当時の私は重金属雲下でのデータリンク障害で発見できなかったのだと思っていた。だから斯衛本隊に合流すれば如月中尉や、他の生き残りと合流できると考えていたのだ。しかしそれは誤りだった。

如月中尉以下私たちの除く残存機は嵐山補給基地直掩に向かう途中、私たちが通過しようとしていた老ノ坂峠で光線級照射によって全機撃墜されていたことが分かった。

 後のことは簡単だ。山城さんは重傷のため、戦列復帰はしばらく無理だと判断されたが、私と和泉は事後処置によって戦線復帰が言い渡された。

第3大隊指揮下の生き残り中隊に編成され、京都防衛戦に再投入。一度実戦を経験した私たちは、新任よりも少しばかりは役に立っただろう。誰かが撃墜され、誰かが補充される。それの繰り返しを目の当たりにしながら、京都で戦った。

 

「唯依……」

 

「分かってる。悔しいよ……私は、私たちはまだ、手が届くのに」

 

「忠道の仇、皆の仇、まだ足りないよ……」

 

「うん……」

 

 手荷物なんてない。否、私にはお父様から頂いた懐中時計。和泉には彼女の許嫁の写真が入れられたペンダント。それくらいしか物はなかった。支給された斯衛軍の軍装と、少し着ただけの強化装備を持って流れ着いた仮設基地に羽根を下ろした。

 和泉は初陣で機内にペンダントを持ち込んでいたが、私は基地に置いてきていた。奪還できた基地の中から見つけ出した懐中時計だけが、それまでの私の歴史を刻んだモノだった。

長らく大津で進退を繰り返していたが、BETA侵攻を抑えきれずに放棄。琵琶湖対岸の長浜に異動してきたのだ。荷物は最小限、そう命令された私たちはそれだけを持って来たのだ。

 

「……ねぇ、唯依」

 

「何?」

 

 戦闘時ではない時、和泉は遠くを見る目になることが多くなった。それは初陣前よりも遥かに。

 彼女の心中に何が渦巻いているのかは想像に容易い。だが、私はそのことについて聞く気はなかった。私は医者じゃないし、家族でもない。

 和泉は私に呟くように言った。

 

「これからどうなっちゃうんだろう……」

 

 それは私も何度も考えてきたことだった。戦闘時でない時。基地内で食事している時や、寝床で仮眠をしている時。隣に並ぶ友人や知り合って間もない戦友たちの顔を眺めながら。

皆、焦燥し切っていた。目の前で友人を、家族を、愛する人を失っている。そんな中で生き残った、私と同じ学徒兵たち。正規軍人ならば違ったかもしれない。それでも、私たちは満足に訓練も終えていない"学徒兵"なのだ。

 京都の街を歩いた時に見かけたことがあった。砲撃でできた穴に、黒い死体袋を放り込んでいる様子を。それを見てか、ふと頭の中に浮かんだフレーズがあった。

 

「いつからだろう。生者が死者の数を数えるのをやめたのは……」

 

 和泉には聞こえていなかったようだ。

 私は切り替えて答えた。

 

「分からないよ……。でも私たちは斯衛の衛士。だから戦わなくちゃいけない。この国と国民と、皇帝陛下や将軍殿下を守護するのが私たちの任務なんだから」

 

「そう……だね……」

 

 静かになった和泉は、胸の前で両手を握り込んでいる。十中八九ペンダントを握っている。私はその様子を見て、右のポケットに入れていた懐中時計に布越しに撫でた。

 



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episode 23

 

[1998年8月16日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 00ユニットの製作をできるだけ進めておこうなんて考えて、アタシしか入ることのできない部屋で作業を終えた。

 グレイ・ナインがなければ量子電導脳は製作できない。最も、アタシの手元にはナインはおろかG元素自体がない。現在のG元素保有国はアメリカだけということもあり、政治的取引で手に入れることも難しいだろう。現在、凄乃皇を製造するためにXG-70bとXG-70dをオルタネイティヴ4の権限で接収するために交渉中でもあるのだ。これ以上アメリカに要求するには何かしら貸しを作るか、アメリカから取り上げる最もな理由を作るしかない。しかし現状、アタシにそれをする手立てはないのだ。

 G元素を手に入れる手段はある。それに、これは決めていたことでもある。

 前の世界通りにBETAの侵攻を許し、G元素が生成されるハイヴを建造させる。横浜と佐渡島を明け渡すのだ。

 BETAの好きにさせるつもりは毛頭ない。だが、これも確実に手に入れるのならば仕方のないこと。アタシは人類を救うためならば鬼にでも悪魔にでもなる。神だって殺してみせる。

それと、オルタネイティヴ5推進派やオルタネイティヴ4反対派の好きにさせるつもりもない。だから、横浜ハイヴ攻略時にG弾を落とさせるつもりもない。

 自分他数人しか入室することのできない執務室に入ると、数日しかいないがいつもと違う雰囲気を感じ取った。

 

「……いるんでしょ、鎧衣」

 

「おや、バレていましたか」

 

 棚の影から姿を現したのは、今どきあまり手の入らない上質なスーツに身を包んだ壮年の男。自称帝国の犬であり、帝国情報省外務二課 課長の鎧衣 左近。食えない男だ。

 

「本日も相変わらずお美しいですな、香月博士」

 

「はいはいアリガト。……それで要件は?」

 

「いつもならば食ってかかるとまではいかないまでも、悪態を吐くところではありませんか? 流されるとさしもの鎧衣 左近、傷つきますぞ」

 

「御託はいいわ」

 

「……アメリカ政府との交渉はほとんど確定のところまでは取り付けました。現在、"バージニア"では1機が倉庫から出されて分解中。もう1機は凍結解除申請中とのこと」

 

「確定なんでしょうね?」

 

「勿論ですとも。私がこの目で確認してきました。それと"アーリントン"から"ノーフォーク"への輸送部隊の手配、第2艦隊の船団護衛任務も確認しています。しかし、ひと押し足りませんですなぁ。分解中のものは分解整備という建前で行われております」

 

「奴らの目的は?」

 

「1998年7月14日。帝国軍白陵基地から、予定にない戦術機が1機出撃しましてね。どうやら京都を目指したそうですな。しかも見慣れぬ機体、見慣れぬ装備ときたもんです」

 

「そ。アタシは研究室に籠もっていたからね、そんなことがあったなんて知らないわ」

 

「おや、そうですか? ではこの話はどうです? BETA本土上陸から京都まで、各戦場で目撃されたF-15Jの話。いつも単機で現れ、1機で戦術機部隊並みの働きをして姿を消す。他のF-15Jはおろか、最新鋭の戦術機ですら再現不可能な機動制御は衛士の腕か。もしくは、機体に何か秘密でも? 上陸が確認された次の日、白陵基地からは輸送機が飛び立ってましたな。積載していたのはF-15。はて、このF-15は一体なんだったのでしょうな」

 

「知る訳ないでしょ、アタシが」

 

 大ぴらに動いていたことが全て、アタシが手を引いていると帝国は睨んでいるのだろう。F-15Jの話は全て、白銀のF-15C Extraのことなのだ。

 

「それは残念です。計画の専任部隊に、新しい部隊が設置されたと聞いていたものですから、てっきりその部隊の機体なのかと」

 

「機体はないわよ。部隊は設置したけどペーパーユニット、人員をプールするところよ」

 

「成程。……では知りたいことも知れましたので、私は情報省にでも戻ります。近い内、2機とも輸送ができるといいですな」

 

 鎧衣はそれだけ言い残すと、アタシの机によく分からないこけしのようなものを置いて去ってしまった。

 こけしのようなモノを手にとって見てみる。インディアンが作った木造彫刻柱のようなもののようだ。先端の造形が変な顔をしていて気味が悪い。

机の隅にそれを置いて、椅子に腰掛ける。

 

「ほぼ確定、か」

 

 鎧衣にはオルタネイティヴ4がかなり進んだことを伝えてある。だからこそ、これまでに交渉していたものの接収を進めたようだ。もう少しすれば運び出しも可能になるだろうが、アタシとしては本位ではない。

運び出すのならば、来年の秋前が丁度いいだろう。

 

※※※

 

[1998年10月3日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 A-01のガス抜き以来、特段出撃することもなく定期的に機体を動かしたり、霞と純夏の戦術機カスタムに付き合わされたり、時々A-01相手に演習をしたりしていた。

 前線の情報は逐一入っており、徐々に東へ後退を続けているのを歯痒く感じていた。しかし、俺が喚いたところでどうすることもできない。俺が出撃したところで、前線には戦術機が1機増えただけで何ら変わること等ないのだ。

だったら俺のするべきことがあるだろう、と毎日訓練や基地内ではあるが何ら変わらない日常を全力で楽しんだ。

 しかしながら、衛士になると張り切っていた純夏だが、自主訓練が功を奏したらしい。いっぱい食べていっぱい働き、いっぱい寝て、いっぱい訓練なんて生活を続けていた。そんな普通の訓練兵ならば体験しないような毎日を過ごしていると、みるみる身体ができあがっていったのだ。

細くてもしなやかな筋肉。いくら走っても余る体力。しかしそれだけである。

幾ら自主訓練をしていても、比べる相手や教官がいなければ満足なものにはならないのだ。

 今の純夏はバカだ。だから俺が毎日の自主訓練を俺が見て、かなりキツいものをやらせていたとしても、本人はそれで訓練になっていると本気で思っている。

俺も教官をできる程経験を積んだ訳でもなければ、人に教えるのも上手いと思ったことはない。だから俺は純夏に「訓練部隊に入る準備」と言ってあるのだ。そもそも座学を教えていないしな。

 

「今期の第207訓練部隊が任官したら、仙台に移設するわ」

 

「そうなんですか?」

 

 執務室の整理をしていると、夕呼先生がそんなことを言い出した。

 最近の夕呼先生は、基本的に暇をしているというか余裕が見て取れる。時々熱が入って、研究に没頭することもあるくらいで、規則正しい生活をしているようなのだ。

 床に散らばった資料を片付けながら、俺は夕呼先生の話に耳を傾ける。

 

「そーよ。前線が岐阜まで後退して時間が経っているの」

 

「……長野に入れば侵攻が停滞しますね」

 

「えぇ。そうしたらアメリカが日米安全保障条約を一方的に破棄して在日米軍を引き上げるわ。既にその動きは捉えているのよ」

 

「歴史は繰り返す……使い方は違いますが、オルタネイティヴ4を遂行するためには必要なことですよね」

 

「アメリカを敵に回しておくには、もう少し日本で戦力を削って欲しいところではあるのだけれど、そうも工作できないから仕方ないのよ。前の世界でも、アタシは工作して失敗したし」

 

「そうだったんですね……」

 

 既に岐阜以西はBETAの手に落ちているのだ。現在は中部の3軍と関東全域・東北から捻出された帝国軍が前線で攻防を繰り広げているんだとか。

帝国軍司令部を松代に移してから、そこそこ時間が経っているという。

 

「関東にBETAが入ってから、A-01を出すって話覚えてる?」

 

「覚えてます。ずっと出さないのも内外的に問題あるんですよね?」

 

 カタカタとパソコンに何かを入力しながら、夕呼先生はそんなことを切り出した。もうそろそろ準備をしなければならないのだろうか。片付ける手を休めることなく、00ユニットに関連する資料を見た。

 

「その時にTF-403も出撃よ。これまでとは違って、A-01に同行」

 

「単独行動じゃないんですね」

 

「当たり前よ。関東圏での戦闘は帝国軍と国連軍がごちゃごちゃになって戦うの。司令部は別々でも、担当戦域がとっ散らかってて結局どこのHQからの指示も受けることになるわ。アンタみたいな不審機体、速攻序盤に手空きの部隊に囲まれて連行よ」

 

「酷い……」

 

「ま、アンタも知っての通り、関東圏での戦闘は多摩川絶対防衛戦で守りきれる」

 

 その理由が、恐らくA-01の投入なのだろうか。それまで度重なる防衛戦で疲弊と摩耗を繰り返している前線部隊にとって、損傷のほとんどない連隊規模の戦術機甲部隊は頼もしい増援なのだ。

 

「早いとこ、アタシの手駒はまとめて置きたい、ってのがA-01に伝える内容」

 

「指揮系統が独立してますからね、A-01って」

 

「……それとアンタには他に頼みたいことがあるのよ」

 

「頼みたいこと?」

 

「そ」

 

「いつもの奴ですか?」

 

「んな訳ないでしょ。いや、それもあるけど、わざわざ頼まなくてもアンタは見せつけてくるに決まってるわ。……アンタに頼むのは、撃墜されたA-01の戦術機の爆破よ。そうでなければ、CPUと電源ユニットのある部分を破壊するだけでもいいわ」

 

 悪びれることもなく、夕呼先生は言い放った。

 

「と言っても、やるのは戦闘が終わった後よ。アンタは単独ないし残存A-01部隊と共に、撃墜機体の捜索と破壊をするだけ」

 

「そこまでして帝国と国連にXM3を渡さない、と」

 

「今はまだね。興味をできるだけ惹いて、カードを切る。今はまだその時ではないの」

 

 夕呼先生の考えていることは分からない。だが、俺からしてもまだXM3を外に出すには早すぎると思うのだ。

まだもっといいタイミングで、大きなリターンになる使い所がある筈なのだ。それにXM3の開発が止まっているのにも理由がある筈なのだ。俺の機体に搭載されているXM3からは、戦闘後必ずデータの吸い出しが行われているが、アレは蓄積データを解析して次のものへ繋げるためだろう。

 

「今月中には待機命令を出すだろうから、それまでは暇してていいわよ」

 

「了解」

 

 A-01は極秘部隊だ。存在していることにはなっているが、所属する衛士の素性が明かされることはない。甲21号作戦で凄乃皇弐型と共に佐渡島で自爆した伊隅大尉は、死亡理由を「教導中の事故死」と処理された。前の世界でもあったことだ。あの後も、ヴァルキリーズの先任は次々と亡くなったのだ。きっと同じような内容を遺族に送っていたに違いない。

分かっている。分かっているからこそ、遺体も遺品も焼却処分されることを分かっているからこそ、XM3のために戦って死んだ戦友の亡骸を雑に扱うことができるのだ。

ドキュメントファイルに纏めた書類を閉じながら、俺は近くに落ちていた戦死通知書を見つめた。

 

※※※

 

[1998年11月21日 国連軍仙台基地 エプロン]

 

 訓練が予定されていた戦術機部隊が発着することはあれど、ほとんど出入りがないエプロンには世界各地に国連軍があれどここでしか見ることのできない、国連軍仕様の不知火が堂々たる佇まいで整列している。

 俺はその列に紛れていた。

 

『これよりA-01は西関東防衛線へ進発する』

 

 連隊規模の不知火が列を成し、それぞれに搭乗する衛士は険しい表情を浮かべていた。その目に映っているのは、今も侵されんとしている故郷の光景だった。

 全員の通信回線で訓示をしているのは、A-01を任されている連隊長。白陵基地やここに引っ越してからも何度か見る機会があったが、こうしてまじまじと顔を見るのも始めてだ。

経験豊富な国連軍の衛士で、元々帝国軍の衛士でもあった。彼もまた、夕呼先生の策略によって国連軍へ転属になった内の1人なのだ。

 

『光州作戦からこれまで、我々はBETAによって祖国を侵されるのを黙ってみていることしかできなかった。しかし、香月博士はこの怒りをぶつける機会を与えてくださった』

 

 A-01はほとんどが日本人で構成されているが、少なからずBETAによって故郷を追い出された人もいる。だからこその言い回しなのだ。日本人は現在進行系であり、それ以外は過去形。分かっているからこその言葉選びをしている。

 

『我々は未だ未熟だ。XM3という画期的なOSを頂戴したにも関わらず、発案者・開発者の満足行く程の練度を得られていない。まだA-01たる資格を得ていないのだ。それでも、この実戦に於いてその勇姿を見せろとのご命令だ。ならば応えようではないか。我々はただあぐらをかいて訓練していたのではないことを。関東へ向かい、帰還した我々は誰1人として欠けないことを』

 

 夕呼先生はXM3について、自分はCPUと電源ユニットを提供したに過ぎないと伝えている。発案者はオルタネイティヴ4の人間であり、開発も同じく夕呼先生の部下が作ったことになっているのだ。そして、その双方がA-01の技能について満足していないことも。

技術者畑の人間が実戦のなんたるかを知っているのかと憤慨するところかもしれないが、彼らは夕呼先生の言を知っているのだ。技術者でありながらも、実戦を考慮した上で無茶なことを言う。できないのかと挑発するのだ。それを彼らは見返えそうと奮起していた。

 

『今回の任務はTF-403も加わり、不甲斐ない我々のために力を貸してくれる。我々は試されていることも心しておくように』

 

 CPから一斉に出撃命令が下る。

 

『A-01、出撃!!』

 

 109機の不知火が一斉に飛び上がり、仙台の空を埋め尽くす。目標は国連軍館山基地。東北から捻出された国連軍部隊が一堂に会する前線基地の1つだ。

 A-01から遅れること、俺も彼らの後を追うように噴射跳躍を開始したのだった。

 



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episode 24

[1998年11月21日 国連軍久留里基地]

 

 佐渡島陥落の報せは10月下旬頃には届いていた。実に呆気ない最期だったらしい。

 長野まで進出したBETA群は北進を開始。福井・石川県を落として能登半島東端の珠洲市から日本海へ潜行、佐渡島へ渡った。帝国軍と国連軍は早々に石川県放棄を決めていたため、あまり抵抗をすることがなかったことから、呆気ない陥落だったのかもしれない。

 佐渡島へ渡ったBETAは侵攻停止。これは佐渡島にハイヴを建設しているからだと思われ、偵察衛星から建設は確認されたため確実となった。

 これを機と見たのか、アメリカ政府は日米安全保障条約を一方的に破棄。残存在日米軍を米海軍第7艦隊毎引き上げることになった。横須賀基地はもぬけの殻となり、長野県に展開していた守備隊も徐々に後退していったのだ。

 日本帝国政府は強い反発とアメリカ政府に対する非難が当然のように始まり、国際世論にもアメリカの行いに疑問があがった。しかし、アメリカはアメリカ至上主義の国だ。また、BETAに攻められていようが、国力が世界で一番ある。当然のことながら、何処吹く風の態度で強引に傍観者へと移ったのだ。

しかしながら、在日米軍司令部は帝国軍と極東国連軍に置き土産を置いていった。F-15C含む戦術機やその予備パーツ、突撃砲・戦車・自走砲・ロケット砲等の弾薬、医薬品・日用品・食料まで。引き上げに際し、輸送艦や空母に載せきれないから任せた、と。

帰還後どうなったかは分からないが、米軍の将や引き上げていった米軍の軍人たちへの評価はそれほど悪くはなかったのだ。

 そうこうしていると、佐渡島ハイヴの建設が落ち着き、これと同時に長野県に停滞していたBETA群が南下を開始。関東北東部で防衛戦が始まったのだ。

これをしている間に首都機能の移転やら色々始まり、俺たちに直接関わりのあるものとして第207訓練部隊が仙台に移ったり、オルタネイティヴ4の研究施設移転も完了した。

 俺を含めたA-01が仙台を出撃した頃には、首都圏が戦場になっている頃だったのだ。泥沼の防衛戦は経験しているが、前線の陥落速度が速いのは、恐らく守備隊の質の低下やそもそもの頭数が絶対的に不足しているからだと考えられる。

 俺たちが降り立った基地はまだ後方ということもあって、基地内もそこまで雑多になっていない。

久留里基地のエプロンには、数時間前に到着したA-01とTF-403の不知火が特別に用意されたという区画に駐機してある。それぞれには簡易点検と推進剤の補給が行われていた。仙台からの移動分を補充し、いつでも出撃できるように準備しておくためだ。

遅れるように、CP将校らを乗せた輸送機や保守資材等も到着し、エプロンには簡易的ではあるが兵舎や資材置き場が作られた。

 

「よぉ」

 

「こんにちわ~」

 

 管制ユニットにある緊急用の突撃銃を点検確認している俺の元に、1組の男女がやってきた。格好は国連軍の作業着ズボンにフライトジャケット、襟章を見てから胸のウィングマークを見て、A-01の衛士であることをすぐさま理解する。

 突撃銃を作業していた机の上に置き、彼らの方を見て俺は思い出した。

 仙台基地に移ってすぐのこと、ハンガー前で話しかけてきた2人組だったのだ。あの時は勝手に俺のことを整備兵だと勘違いしていたが、この状況や事前に俺のことを聞いているという霞情報から推察するに、見かけたから話しかけたということろだろうか。

 

「こんにちは」

 

 無難に返事をして2人を再度観察する。やはり、どこかの衛士たちのような雰囲気は全く感じられない。

 俺の目の前までやってくると、いじっていた突撃銃を見下ろした。

 

「その突撃銃、よく整備されているというか防錆コーティング剥がれてきてないか?」

 

 確かにコーティングは剥がれてきているかもしれない。元々管制ユニット備え付けの突撃銃はなかったのだ。不知火が運び込まれた白陵基地で整備兵が気付き、基地のお古を収めてくれたのだ。

 お古とはいえまだまだ使えるものだったというのだが、引き渡されたモノを見れば作動しないことは一目瞭然。サビはしていないものの、手入れがされていないことはひと目見ただけで分かった。

結局整備をしては試射して、調整しては試射をすることを繰り返していた。そのため、俺の機体の突撃銃は故障しやすいものだという認識があった。何度も何度も点検しなければ気が済まなくなってしまったのだ。

 そういった突撃銃であるのならば、コーティングが剥がれてきているというのも納得ができる。何度も何度も拭き上げたり磨き上げたりしていれば、その分表面は摩耗してくる。コーティングが剥がれるということは、使い込まれた突撃銃であると言えるのだが、衛士は滅多に持つことのないものと考えれば、訓練部隊の突撃銃のような俺の突撃銃にそういう感想を持ってもおかしくはないのだ。

 

「まぁ……よく整備しますからね」

 

「そうか。気休めくらいにしか思えないが、少尉の言う通りかもしれないな」

 

 男性衛士は机の側から俺の不知火を見上げ、左肩に印字された識別番号を口ずさむ。

 

「……TF-403-01。タスクフォース403、か」

 

 TF-403。部隊名称も与えられていない極秘不正規部隊。A-01よりも部隊構成員が少なく、それ故に情報も少ない、ということになっている。

 

「白銀少尉」

 

「なんですか?」

 

 アッパーレシーバーを閉めてピンで固定し、ボルトの様子を見ていると男性衛士が俺の方を見ていた。

 

「君がTF-403の衛士であることは知っている。しかしな……あの俺たちを負かせた吹雪や不知火の衛士とは思えないんだ」

 

「……俺は間違いなくTFー403の衛士ですよ。まぁ、少尉の言わんとしていることは何となく分かります」

 

 今年で15歳。初見では整備兵と間違われたくらいだ。この歳で衛士になっている日本人はほとんどいない。それこそ、戦時徴用で繰り上げ任官になった斯衛軍の訓練兵くらいだろう。

 整備の終えた突撃銃を机に置き、油で汚れた手をぶらつかせながら男性少尉の問いに答え続けた。

 

「ですがお2人の聞いている通りです。それにあなた方は極秘計画(オルタネイティヴ4)実行部隊(A-01)。俺も別部隊ではありますが、同じく極秘計画の実行部隊です。説明にもあったと思いますが、俺たちは計画のためならばどんな戦場にでも赴きます。時には非人道的な任務や、苦渋の決断を他の部隊よりも迫られることがあるでしょう」

 

「分かっている。分かっているから、俺も所属しているんだ」

 

「ならば分かると思います。それは敵だけではなく、味方にも向けられるんですよ。"大佐"はそのためならば、自分の手が幾ら汚れようが厭わない。その手で民間人を手に掛けることもありますよ」

 

「……」

 

 男性衛士はもちろんのこと、黙って聞いていた女性衛士も苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

「俺の話でしたね。……まぁ、連隊を通して聞いている通りです」

 

 どのような話になっているのかは、霞から断片的にしか聞いていないから全体像は俺にも分からない。だが、夕呼先生のことだから、変な脚色をしていたりすることは間違いない。訂正するのにも疲れるし、そのままの方がいいだろうなんて考えながら2人の反応を観察する。

 

「……じゃあ白銀くんは、XM3発案と開発衛士で、光州にも参加して、その上、今回の本土侵攻にも前々から参戦していたってこと?」

 

「はい。XM3の発案は俺ですけど、開発は極秘計画要員の人が行いました。開発衛士も、結局俺しか務まらないことだったので俺が。光州にはA-01とは別で任務が与えられていましたが、最後は一緒に戦ってたんじゃないですかね? あの時は不知火に乗ってなかったので分からないとは思いますけど……。今回の件も機密でお教えできませんけど、光州の時から乗っていた機体が駄目になるくらいには」

 

 悲痛な心情が顔に浮かび上がっている様子。十中八九勘違いしているだろうが、訂正するとなると骨が折れる。少し様子を見ることにした。

 

「……それであの強さかぁ。国連軍の訓練部隊ってどんな訓練をしているのかな? 白銀くんがTF-403の衛士であれだけ強いってなると、相当な訓練なんだろうなぁ」

 

 俺の所属していた訓練部隊。国連軍第207衛士訓練部隊は、訓練兵の少ない部隊だ。そもそもA-01専用の訓練部隊ということもあるため、いわゆる選ばれた人間しか所属することができない。

 

「普通の訓練部隊ですよ。歩兵としての基礎訓練に、総戦技を終えたら適性検査をして戦術機。2人の出身部隊と変わらないですよ」

 

「そうなのかなぁ。……私の訓練部隊、と言ってもA-01に来る新任少尉たちは皆、同じ教官から扱かれるんだけど、あれ以上に厳しいのかって思うと寒気がしてくるよ」

 

「少尉の訓練部隊ですか。俺のいたところの教官もそうですよ。無茶苦茶厳しくて、怖くて、それでいて優しい教官でしたよ」

 

「分かるなぁ。訓練兵時代は鬼教官とか言って嫌ってたりしてたけど、卒業してみるとね」

 

「えぇ」

 

 今頃仙台で新しい訓練兵に怒鳴り散らしているであろうまりもちゃんの顔が脳裏に浮かんで見える。

 恐らくではあるが、A-01と同時に設置された第207訓練部隊の教官は最初からまりもちゃんだ。恐らく、目の前の2人もまりもちゃんに扱かれたのだろう。少し青い顔をしているが、表情は誇らし気だ。

気持ちはとても分かる。俺も同じ教官の元で育てられた衛士なのだから。

 

「まぁでも、俺は満足に教育課程を終わらせていない繰り上げ任官した新任少尉です。そこは少し違うかもしれないですね」

 

「繰り上げ任官?」

 

「訓練兵の間に実戦を経験しているんですよ。配属後もすぐに大規模作戦でしたし」

 

 これだけ話せば、恐らく2人の頭の中で推測が始まっているだろう。

 訓練兵だった頃に実戦を経験しているということは、光州作戦時に繰り上げ任官をしているということ。光州で生き残った後、本土侵攻に投入。どこかのタイミングで夕呼先生に拾われ、XM3の開発に携わった、と。

 俺は急かすように話を強引に切り替えることにした。これ以上、俺の話自身の話をしたところで仕方がないからだ。

 

「そう言えば、お2人の名前は?」

 

「私、遠乃 優莉」

 

「兵藤 直也」

 

 遠乃 優莉と兵藤 直也。俺が知らないのも無理はない。前の世界で、俺が来た時には2人とも戦死か復帰できない状態になっていたのだろう。

 

「改めて、俺は白銀 武です。よろしくお願いします」

 

 不知火を見上げながら、2人にここへ来た訳を聞き出す。

 

「そういえば、何故ここに?」

 

「特に理由はないんだ。ただ、あの時ハンガーの前で会った君が衛士だということが信じられなくて、こうして会いに来てみたの。そうしたら、本当にいたから驚いちゃった。同じ強化装備だし、TF-403の不知火の足元にいれば疑う余地もないよね」

 

「そうでしょうね]

 

 A-01とは違い、TF-403は戦闘員が俺だけしかいない。CPも基本的には付いていない。それは実戦部隊で最前線で戦うのならばどうなんだという話ではあるのだが、今回に限って言えばどこかしらの部隊へ一時的に所属することになっている。指揮権は独立しているものの、やることは防衛戦だ。遊撃も遊弋もする必要がなく、戦域に留まって戦うことになる。京都防衛戦と同じような状況になるのは必至だ。

話を戻すが、整備兵も基本的にはA-01の整備兵が俺の機体の整備を行う。そのため、TF-403に割り当てられた区画には人がいない。だから2人は、俺が正真正銘TF-403の衛士であると認めることができたのだ。

 

「あ、そういえば白銀くんが一時的に組み込まれるの、私たちのヴィリヴェーズなんだよ。戦場でもよろしくね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 ヴィリヴェー中隊。演習の記憶を掘り起こして思い出す。特別強い訳でも弱い訳でもなかった、A-01の中では一般的な強さの中隊だろう。

ただ、妙に目がいい印象があった。それ以外では特にない。

 

「最初はデリングスって話だったけど、今回は私たちよりも若い新任少尉がいるからって、そっちは外されたみたい」

 

「そうだな。鳴海と平、だったか。2人の面倒を見るのに精一杯とかなんとか」

 

 これまで黙っていた兵藤少尉が話に入ってきた。

 鳴海に関しては聞き覚えがある。速瀬中尉関係で聞いたような気がするが、話した内容もそこまで多かった訳ではないのであまり覚えていない。平に関しては、鳴海以上に聞き覚えがなかった。

 

「それはともかくとして、これから一緒に飯でもどうだ?」

 

「はい。ご一緒します」

 

 俺が突撃銃を置いてから何もしていないのを見てか、兵藤少尉が誘ってきた。断る理由もない俺はすぐに応え、突撃銃を管制ユニットに片付けると強化装備からいつもの作業着とフライトジャケットに着替えてA-01の仮設食堂に向かったのだった。

 

※※※

 

[同年同月22日 埼玉県 国道299号 秩父戦域]

 

 長野県松本市で停滞していたBETA群が再度侵攻を開始した連絡を受けたA-01は久留里基地から全力出撃。一度は奥多摩に展開したものの前進し、秩父西部の田村に陣を張っていた。

この戦域で戦っているのは、中部と関東の帝国軍と北陸の国連軍部隊だった。北関東の部隊に吸収されたものの、無傷である部隊は後方に配置し、吸収された部隊は前衛に配置している。

地の利がある彼らが前衛にいた方が何かと都合がいい、というのが司令部の方便だ。だが実際には、元々自分らの指揮下にあった戦力を温存しておくためだった。また、前衛配置となった部隊は旧式装備であったり、かなり耐久値も限界が近いものが多かったりするというのも実情であったりもする。

 持ち回りで機上待機をしており、先程交代したばかりだ。俺が一時的に配属されたヴィリヴェー中隊とデリング中隊が間隔を開けて、西側の山岳地帯を睨みつけている。近くには他の国連軍部隊も展開しており、帝国軍部隊は秩父南部の方に展開している。

理由としては、山梨県南部の富士吉田に帝国軍富士教導団が展開しており、長野県陥落前にも出撃し戦果を上げていた。また、東京が近いという理由もある。後方帝国軍部隊後方には小田原・相模原・入間とそこそこ大きな帝国軍基地が点在していることも理由として挙げられる。後退しても再編成や連携の取りやすさを考慮したのだろう。

一方で国連軍部隊はというと、防衛戦でも北方の外縁部に集中配備されている。帝国軍との取り決めではあるのだが、いかんせん支援の手が薄くなる内陸部であり、最寄りの基地も少ない。かなりやり辛い状態にあることこの上なかった。

 

『しっかし、前線はどうなっているんだろうな? さっきも損傷の激しい戦術機が後退するのを見たが、あれじゃあすり潰されるのも時間の問題か?』

 

 ヴィリヴェー中隊の衛士がボヤく。全員が心の内で思っていることを口に出したらしい。振動センサーには微弱ながら戦闘でしか発せられないモノを検知している。それが段々と近付いてきていることも。

 

『前衛に配置されていたのは、北陸の国連軍部隊。基本装備はF-15CかF-4EかJだ。それに絶対数も足らないと聞く。そう遠くないタイミングで俺たちの出番も来るだろうな』

 

『帝国軍の方は少し善戦しているみたいだけど、かなり根性論で押し通しているみたいね。それに太平洋から艦砲射撃もあるみたい。射程距離内なら面制圧もできているみたい』

 

 そんな声がオープン通信から聞こえてくる。俺も接続はしているものの、答えることはない。静かに遠くの尾根を睨んでいるだけだ。

 

『大佐からのオーダーは、東京の防衛。後は好きなようにしていい、ということになっている』

 

『大尉はどう思いますか。今回の出撃は?』

 

 そんな通信に中隊長も混じってきた。機上待機は暇ではあるが、基本的に即応待機と変わらないために私語を注意することはないのだ。戦闘時に切り替えれば問題ないということなのだろう。

 

『連隊全体としては、恐らく奥多摩辺りまで攻められないと出撃命令は出ないか、もしくは関東を破られるまで出撃はないんじゃないかと言われていた。だから今回の出撃は大佐の気まぐれか、もしくは悪い癖でも出たんじゃないか?』

 

『そういえば、白銀に負けて以来実機訓練は片手で数える程しかしてませんからね』

 

『仕方ないだろう。俺たちがXM3の性能を十二分に発揮できていないのだから。これだけの物を与えられておいて持ち腐れていれば、大佐であろうと怒るのは当たり前だ。それに、俺たちが使いこなせていないというのは本当のことだからな』

 

『その使いこなせていないってのが気に食わないですよ。確かに白銀の動きはXM3であれば再現できるかもしれませんが、俺たちには無理だ。根本からして違いますよ』

 

『変わらんよ、俺たちとは』

 

 俺の話を持ち出した小隊長の疑問に、大尉が返事を返す。聞いてはいたが、小隊長の様子を見る限り本当に気に入らない、といった様子のようだ。

 

『BETAの侵攻が確認される前、兵藤と遠乃が白銀と話したようだ。白銀の不知火は、俺たちの機体と何ら変わりないものだという。吹雪もそうだ。機種転換で乗った吹雪と同じ。アレにCPUと電源ユニットを載せ替えて、XM3をインストールしただけのものだそうだ。俺たちが敵わなかったのは、XM3に対する理解や熟練度が足りなかった。もしかしなくても、衛士としての腕も及ばない』

 

『そうはいいますがね大尉』

 

『貴様の言いたいことは分かる。だがな、事実として同じ不知火を使った白銀に中隊毎ではあるが連隊を全滅させられているんだ。その事実があった上で、大佐が不満足なのも当然のこと。どれだけ掛けて開発されたのか分からないXM3にCPUと電源ユニット。これだけの物を与えられて、今まで通りなんて都合が良すぎる。俺たちは極秘計画のためにも、その力を使いこなさなくてはいけないんだ』

 

『……分かってますよ、大尉。帰ったらまた訓練漬けですよね』

 

『そうだ。もし撃墜なんかされてみろ。仙台で白銀少尉直々で蹴り回してもらうからな』

 

『それは勘弁して欲しいです!』

 

『ということで頼めるか、白銀少尉?』

 

 急に話を振られたが、話は聞いていたのですぐに答える。

 

「了解。上官とか無視して蹴り回します」

 

 ここで俺はふと思い出した。純夏が言っていたことだ。

 

「あ。不知火であやとりできたら、蹴っ飛ばすのを弘前辺りで勘弁してあげますよ」

 

『ちょ!? 戦術機であやとりなんかできる訳ないだろ!!』

 

「開発に携わった技術者ができると言っていたので」

 

 機上待機も暇になってきたところだったということもあり、一度BETAに攻められて廃墟になった秩父の街の適当な切れた電線を探す。

 突撃砲と多目的追加装甲を傾いたビルに立て掛け、切れた電線の両端を結び、手に通した。

前の世界で霞と遊んだことを思い出しながら、適当に箒を作って見せてみる。

 

「旧OSでは握ったり、開いたり、つまんだり、掴んだりすることが基本動作でそれ以外はやりませんからね。XM3はそれ以外のこともできるようになっているんですよ」

 

『不知火があやとりをしてるというのは何とも言えない光景だが……本当にできるんだな?!』

 

 戦術機があやとりをしている光景なんて、かなり変な場面かもしれない。中隊全員がポカンとした表情をしている。俺は気にすることなくほうきを解き、梯をやってみた。

少し苦戦はしたものの形になったため、そのまま見せてみる。

 

『……それがXM3を使いこなす、ということなのか?』

 

「まぁ、近いですね。キャンセルと先行入力でできますが、コンボは別です。蓄積データから自動で機体が動作しますが、積極的に使っていかないと意味がないですからね」

 

『コンボはどうなんだよ』

 

「コンボは主に回避で使う機能です」

 

『急に実戦の話をするなよ』

 

「まぁ、他にいい説明の仕方を思いつかなかったので。……コンボはさっきも言いましたが、回避の時に使うのが有効ですね。同じ動作をする場面もコンボとして処理して、動作の最中にキャンセルと先行入力を入れれば、かなり動きにキレが出ますし人間的になります」

 

『白銀なら、例えばどんな時に回避を使うんだ?』

 

「えー……どんな時でも使いますよ。混戦時はそうですし、光線級の回避でもいくつか用意しておけば問題ないです」

 

 全く分からん、と言いた気な小隊長の表情に苦笑いを浮かべ、大尉の方に視線を向けた。

 

『大佐から聞いた話だし、俺たちも実際に演習で見たが、白銀は空を飛ぶ。光線級がいる戦場でも空を飛ぶとのことだ』

 

 通信がざわつくが、大尉は気にすることなく話を続けた。

 

『光線回避にもXM3は使える。旧OSの乱数回避機動よりも使いようによっては、回避率が高いという。実戦データも白銀が実際に取っているとのことだ。光線を回避しろとは言わん。だが、使いこなしてみせろ』

 

 電線を捨て、突撃砲と多目的追加装甲を拾い上げて、再び尾根の方に視線を向けた。

 全員警戒しているものの、口ではXM3の話ばかりをしている。戦闘機械であった戦術機があやとりをして見せ、それがXM3を使いこなすことでできることだと言ってしまえば、話題は自然とそちらへと向かっていってしまう。

そんな中隊の声を聞きながら、俺は迫り来るBETAにチリチリと闘志を燃やし始めたのだった。

 



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episode 25

[1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域]

 

 BETAが秩父に接近してきたのは、機上待機を交代してから10時間程経ってからのことだった。休憩に入って、強化装備のままお手洗いや給水をしていると、急報が入ったのだ。

 師団規模のBETA群が八ヶ岳・天狗岳を越え、御座山、諏訪山と東進を続けているという。また、南下も同時進行しているらしいという情報もあった。

これに対するは、秩父戦域に展開している国連軍2個戦術機甲連隊と地上戦力で対処することを司令部から命令が下された。

 こうして戦闘が開始された訳ではあるのだが、国連軍司令部の作戦配置に問題があった。

俺たちの配置されている秩父戦域は山と山に囲まれた谷に位置しており、松本から東進するBETA群は両神山を越えてからは秩父方面に視界が開ける。

一度侵攻されたこともあってか、BETAの侵攻路の山岳地帯は掘削と面制圧によって、かなり標高が落ちているからだ。

つまり、本来であれば自然の要害となるはずだった山岳地帯は、奇しくもBETAによって有利な状況を作り出してしまっていた。そして、この事実に国連軍司令部は気付いていなかった。

A-01を通して再三連絡したのだが、そのような事実はないの一点張り。これにより、実力による配置転換もできない八方塞がりな状況のまま防衛戦へと突入することとなったのだった。

 

『オーディン1よりA-01に告ぐ! 秩父市街戦域を放棄し、残存国連軍部隊と共にときがわまで後退する!』

 

『HQよりA-01! 何をしている!! 持ち場を離れることは重大な軍規違反並びに敵前逃亡であるぞ!!』

 

『頭の弱い司令部の命令なぞ聞いていられるか!!』

 

 A-01の連隊長を兼任している第1大隊の崎山 健三中佐が国連軍司令部の指揮下から外れ、そのまま後方に控えていた防衛線まで後退したのだ。

これまでの間にA-01は2個中隊半を撃墜されており、全ての機体がKIAしていた。その他にも同じ戦域に配置されていた国連軍部隊も半数が失われており、本来であればまだ保てたであろう戦域を司令部の失策でいたずらに兵力を失っただけになったのだ。

 ときがわまで後退した国連軍残存部隊は、そのまま東松山と日高を結ぶ防衛線に合流。第1防衛線の山岳地帯に配置することとなったのだ。

 

『テュールズ、エイルズは全滅。その他中隊にも幾らか撃墜が出たか……』

 

 撤退の殿を務めた俺は、撃墜された友軍機の確認を全て済ませていた。

 基本的に撃墜された機体の大半は光線属種の攻撃によるものだった。管制ユニットが融解、ごっそりと消え去っていた。

撃墜された機体からXM3の残骸を発見される訳にはいかないため、夕呼先生からは破壊任務が言い渡されていたが、その必要もないものがほとんどだった。

光線級によるもの以外だったとしても、残る全ては突撃級や要撃級に潰された後、戦車級によってバラバラに食い散らかされてたということもあり、破壊する必要もない状態になっていたのだ。

 全てのKIAを目視で確認した俺は、殿を共に努めたヴィリヴェー中隊と遅れてときがわ戦域に後退することができた。

 1戦を交えた後ではあったのだが、A-01の空気は久留里や奥多摩から秩父に移った直後とは全く違う様子に変わっていた。

 

『もう2個中隊もやられるなんてな』

 

『やめてよ……どうしてよ……』

 

『別にテュールズもエイルズもA-01の中では精鋭だったんだ。それが一度にあんなやられ方するなんて』

 

 テュール中隊・エイル中隊は日本人ばかりで構成されているA-01の中で、珍しく多国籍な部隊だった。極東国連軍の中から選ばれた衛士ばかりで構成されていたということもあるが、日本帝国籍の外国人も中には存在していた。国内では少し訳ありとして処理されがちな衛士を集めたということもあるのだが、彼らはかなり士気が高い部隊でもあったのだ。

そんな中隊が、連隊長のオーディン中隊やその他新任少尉たちが配属されている中隊を逃がすためだったり、救出のためだったり。BETA梯団を受け止める受け皿になったりもした。だからか全滅するのは必然だったのかもしれない。

 その他にも新任少尉やそれなりの経験を積んでいる衛士も撃墜されてしまっていた。その事実を受け止め切れていないのは、未だに生き残っている新任少尉らだったのだ。

 

『お前らいい加減にしろ!! これが戦場なんだよ!! グジグジ言ってる暇なんてねぇんだよ!!』

 

 そんな新任少尉を見かねてか、どこかの部隊の中尉が怒鳴った。

 

『中々出撃命令を出さない博士に業を煮やしてただろうが!! お前らの待ちに待った実戦で、仲間が何十人と消えたくらいでメソメソしてんなよ!! 当たり前なんだよ、これが実戦で最前線なんだよ!!』

 

 言い方は酷い。それでも真剣さは伝わる。俺が今までに掛けられた言葉とは違う、別の重みを感じた。

 

『運が良いとか悪いとか、熟練とか新任とか、そんなモノはBETAの前では無意味だ。だからお前らは目の前のことだけに集中しろ』

 

『生きて帰るのよ。そして戦い続けるの。皆の生き様を、私たちが語り継がなくちゃいけないの。いい?』

 

 次々と先任たちが恐怖に慄く新任少尉たちに言葉を投げかける。

 出かかった言葉を押し込めた俺は、並ぶバストアップウィンドウを見てから戦域データリンクを確認する。

 重金属雲からは脱出していることもあってか、周囲の部隊とのデータリンクは正常に接続できている状況にあった。それによって、最前線での状況が逐一更新されていく。

いち早く進展があったのはやはり秩父戦域だった。戦闘部隊の大部分がときがわまで撤退してしまったこともあり、BETA群は秩父市街東部を早々に突破。分厚い山間部からの砲撃によって、それなりに削ることができたという報告は入ってきている。

 ときがわに展開しているのは、秩父から後退してきたA-01と一個増強大隊規模。地上戦力も、市街地でゲリラ戦を行う予定だった機械化歩兵が1個大隊残すのみとなっている。

 

『レジメント・リードより連隊各機。命令を下す』

 

 戦術データリンクによって、現在俺たちが展開しているときがわ戦域のマップデータが表示された。現在確認できている友軍戦力は秩父から撤退しただけとなっており、山や丘に隠れる形で分散配置されている。

BETAの進路は山間部を通過して、真っ直ぐときがわに向かってくる予想だ。

 また、帝国軍が展開している南部に向かったBETA梯団はそのまま南下を続けており、既に戦闘状態に突入しているという。これを支援するため、日高以南の国連軍は帝国軍の支援を開始したとのこと。

これによって、国連軍は東松山・ときがわ・日高の部隊だけで師団規模BETA群に対処しなければならなくなっていた。

 BETA群を効率よく被害を最小限に留めて殲滅する方法を模索した、東松山・日高の国連軍司令部は、限られた火力と装備を用いた防衛戦を強いられていた戦場の教訓を活かすことを決断。予備部隊は控えさせるものの、砲撃と航空戦力による面制圧を主目的にした作戦を提案することとなった。

司令部が欠員の出ていない戦術機甲中隊に対し、光線級吶喊(レーザーヤークト)をするように命令を下したのは。勿論、残りの部隊は光線級吶喊の陽動のために前衛を引きつける。

 

『我々はときがわ戦域でBETA群を受け止める。後続の光線属種を引き摺り出し、光線級吶喊を行う部隊の露払いを行う。これには1個大隊を当て、残りの部隊でBETA前衛の足止めを行う。露払いは伊藤の大隊に任せる。ある程度のところまで誘導が完了次第、俺たちの方に合流しろ』

 

『了解』

 

『伊藤大尉の大隊をα2とし、陽動に残る俺たちをα1とする。α1は各中隊に別れ、後方の機甲部隊と協力し遅滞戦闘を行う。できる限りときがわにBETAを引きつけ、この戦域での面制圧を目指す』

 

 マップデータが変わり、西北西からアイコンが進み出る。

 

『極東国連軍いわき基地から、B-52戦略爆撃中隊によるときがわ戦域に絨毯爆撃を行う。この時までに、南方に進出したBETA梯団に光線級が確認されていないか、帝国軍によって排除されていることを前提としている』

 

 36個のアイコンがときがわ戦域を旋回し、北東方面へと飛び去る。

 

『絨毯爆撃と砲兵による面制圧の後、遅滞戦闘を行っていた部隊は攻勢に打って出る。残敵掃討を行いながら、可能な限り前線を押し返す』

 

 崎山大佐の希望というよりも、国連軍司令部の希望としては秩父以西まで取り戻したい様子ではある。しかし、十中八九その希望は通らないだろう。

 予備作戦も無論用意している。

 もし、帝国軍が甲府で光線級の排除ができなかった場合、ときがわへ飛来する戦略爆撃中隊は光線級の餌食になるのだ。

現状、南下中のBETA梯団に光線級は確認されていないため、恐らくではあるが作戦は可能であろうというのが司令部の見解だ。

戦略爆撃中隊が壊滅してしまった場合、司令部は東松山と日高の放棄して常総あたりまで後退し、態勢を立て直すことになる。

 帝国側としては、この失敗した場合に起きることはできるだけ避けたいところだ。

何故なら、西日本からの避難民や国内の生産拠点等を北関東や東北に一時的に移し、東南アジアやオセアニアへ疎開させる用意をしているところだったからだ。これらが壊滅してしまうと、帝国は立ち行かなくなってしまう。

そうなれば帝国は低下した国力を回復する術を全て失うことになるのだ。

 帝国軍は南下するBETA梯団に対し、富士教導団の一隊が挺身突撃隊として突入。光線級の存在を目視で確認するらしい。

 今回のBETA攻勢は、奇しくも国連軍の働きによって帝国のこれからが決まってしまうのだ。

 

※※※

 

[同年同月同日 ときがわ戦域北部]

 

 国連軍による光線級吶喊は失敗に終わった。突入したF-15Cの1個中隊は、BETA群中衛ですり潰されてしまったからだ。横っ腹を突いたつもりが、タイミングが早すぎたのだ。

光線級はBETA群でも後衛に位置しているからだった。

 

『ハイクライムスが全滅!?』

 

『CPより戦域に展開中の戦術機甲部隊へ。現在、光線級吶喊第二波の部隊選定を行っている。遅滞戦闘に集中せよ』

 

 光線級吶喊第一波を行ったハイクライム中隊の反応が消失したのだ。

 谷間を転々と移動しながら聞こえてくる通信は、どれも悲痛なものばかり。戦力が圧倒的に足りていない状況な上、捻出した戦術機中隊は全滅したからだ。

 ジリジリと前線が押されつつあり、遅滞戦闘を行っていたとしても、これではすり潰されるのも時間の問題だった。

 

『どうするんだよ!! あっちには光線級吶喊ができる部隊は残っているのか?!』

 

『司令部は検討中だ』

 

 CP将校も定型句ばかりの返答する。恐らくHQでもCPでも混乱を起こしているのだろう。

 山間部での光線級吶喊。野戦で行うものよりもかなり成功例の多いものだったからだ。

ハイクライム中隊も相当な精鋭の中隊だったのだろう。それが光線級集団に到達することなく全滅してしまうことは、誰が想像しただろうか。

 誰かしらは想像していただろう。BETAとの戦闘でポジティブなことを考えてはいけない。その圧倒的な物量に押しつぶされてしまうからだ。

 

「40301よりオーディン1」

 

『こちらオーディン1。40301どうした?』

 

 俺は通信を開き、谷を通過する要撃級と戦車級の集団にバースト射撃を行いながら進言した。

 

「光線級吶喊には俺が向かいます」

 

『なっ……?! 40301、それは認められない。どれほどの数がいるのかも確認できていない状況だ。そんな中、師団規模BETA群後衛に単機突入することを許せると思うか?』

 

「では、俺たちで行きましょう」

 

 この状況をひっくり返すのならば、ハイクライム中隊よりも高練度な部隊が任務を請け負わなければならない。

そう考えるならば、他の部隊と比べて比較的損害の出ていないA-01が引き受ける他ないのだ。

 

『しかし、俺たちはここで遅滞戦闘をしなければならない。東松山と日高に余剰戦力はなく、A-01から抜けた部隊分を補充する余力は残っていないんだ』

 

 崎山中佐の言う通りなのだ。現在のこの戦線もではあるが、余剰戦力は満足に残っていない。予備機程度ならばあるだろうが、操縦する衛士の数は足りていないのだ。

 だが手がない訳ではない。

 

「A-01からどこかの中隊の抜けた穴は、どれだけ持たせることができますか?」

 

『……恐らく1時間も持たないだろう』

 

「それくらいあれば十分ですよ」

 

 俺は考え出した案を口にした。

 

「俺と1個中隊は戦線から突出。BETA群を飛び越えて、直接光線級集団を叩きます」

 

『っ?!』

 

 あんぐりと口を開けて驚いてすぐ、いつもの表情に戻した崎山中佐は決断を下した。

 

『……分かった』

 

「ありがとうございます」

 

『しかし……できるんだな?』

 

「やるんですよ」

 

『そうか。……これよりヴィリヴェーズは40301と共に光線級殲滅に向かえ』

 

『「了解」』

 

 崎山中佐のバストアップウィンドウが閉じるのと同時に、入れ替わるように別のバストアップウィンドウが開かれる。IDは『 A-01 vilive-01 』と表示されていた。

 ヴィリヴェー中隊はどちらかと言うと後衛向きの部隊だ。通常戦闘時では俺と相性がいいかもしれないが、光線級吶喊となると話は別だ。

俺を前衛に置き、中隊がその後ろと後衛を務める陣形になるだろうと思うが、敵中を進むのであれば全周警戒をしなければならない。もしかしたら、側面攻撃で後衛が削られる可能性があるのだ。

 

『ヴィリヴェー1より40301。我々はハイクライムスとは違う進路を執る。それに相違ないな?』

 

 気品のある話し方をする、歌舞伎をやっていたならば女形をしていそうな衛士がヴィリヴェー中隊の中隊長を務める市村大尉だ。

 

「40301よりヴィリヴェー1。基本方針は先程オーディン1に伝えた通りです」

 

『怖気づいたつもりはない。しかし、可能なのか?』

 

「短時間で光線級吶喊を完遂するのならば、ショートカットするしかありません」

 

『……了解した。ヴィリヴェー1より中隊各機。集合した後、そのままBETA群先鋒に突撃を敢行する』

 

「40301よりヴィリヴェーズへ。隊の一番槍は俺が務めます。この時、皆さんにはお願いしたいことあります」

 

 手早くマップデータに予定進路を入力し、戦術データリンクに更新する。

 

「基本的に突撃後は、着地点以外には攻撃をしないように。また、後衛は前衛の通った地点を通過しフォローをしながら進んでください。極力、噴射跳躍と噴射地表面滑走を使いながら進みます。BETAの死骸は光線級の盾に、取り付かれる個体と足場のみへの攻撃だけです」

 

 オープン通信がざわつく。

 

『……本気か?』

 

「本気ですよ」

 

 再度市村大尉が尋ねてくる。俺はそれに真面目に答えた。

 

『……分かった。聞いての通りだ。40301を頂点に置いた楔壱型、光線級集団を目指す』

 

 戦線は徐々に後退しつつある。速やかに光線級を排除しなければ防衛線が持たない。

 

「40301よりヴィリヴェーズへ。全機我に続け!」

 

『『『了解!』』』

 

 防衛線から飛び出した戦術機中隊は、向かい来るBETA群に対し無謀とも言える吶喊を開始したのだった。

 



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episode 26

[1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域]

 

 師団規模BETA群の先鋒である突撃級を飛び越え、最低限の足場のためだけに発砲しながら進む。後ろを振り返ることはなく、ただ前に前にと突き進んでいた。

 俺と共にハイクライム中隊の失敗した光線級吶喊に参加した、ヴィリヴェー中隊の面々もなんとか付いてこれているといった様子。最初こそ動きがたどたどしかったが、すぐに要領を掴んだ前衛がいたらしく、その機体の後ろを中隊がなんとか付いて来ているという形になっていた。

 あの様子では、もしかしたら光線級集団に到達するまでに半分程数が減らされているかもしれない。

そんなことが俺の脳裏を過ぎったが、すぐにその思考を振り払う。もしそうなるのだとしたら、もっと早く到達し、瞬く間に光線級を殲滅すればいい。撤退はそのままBETA群の後衛を抜けて、進路後方に出ればいいのだ。

 

『くっ……うぅぅぅ……!! はや、すぎる……!!』

 

『突撃級の甲殻を足場にしたり、飛び上がった要撃級を蹴飛ばしたりして進むのは無理だッ!!』

 

『気をしっかり持て!! 難しいことはしてないんだ!! 足場を見極めて着地する、たったそれだけのこと!!』

 

 どうやら要領をいち早く掴んでいたのは、突撃前衛長のヴィリヴェー2だったらしい。部下や後続のことを気にしながら、俺の後を追ってくる。

 

「40301よりヴィリヴェーズ、もう少ししたら光線級集団です!!」

 

 突撃級・要撃級で構成された先鋒集団を既に抜けており、戦車級と少数の要撃級で構成された中衛集団もほとんど終わりだ。先程まで遠くに見えていた要塞級がハッキリと見える位置にまで迫ってきており、移動している光線級集団も目視で確認できる。

 山間部やBETA群の間を縫いつつも、進軍速度を緩めることはしない。数千のBETAを飛び越えたその先に、目標を捉えた。

 

「光線級集団を確認!!」

 

『ヴィリヴェー1より各機、兵器使用自由!! 目ン玉野郎を1匹残らず殲滅せよ!!』

 

 集団へ滑り込むように突入した13機の不知火は、攻撃ができない光線級を次々に屠っていく。

青々と茂った木々をBETAの体液で赤く染めながら、ウィンドウに表示されている光線級残数を確認しながら突撃砲のバースト射撃を行う。

 百を超えて確認された個体の全てを撃破すると、すぐさま市村大尉が指示を出した。

 このまま最後衛の要塞級を通り抜けて、BETA群後方に退避すること。そして、そのまま部隊合流を目指しながら、BETA群を追い越しつつも爆撃の様子を観察するというのだ。

 無謀とも思えた光線級吶喊成功に沸く中隊を収めつつも、少しばかり自分自身も高揚しているであろう市村大尉は、揚々と報告をし始めた。

突入直前に重金属雲を展開していたため、通信状況は最悪だったのだ。だから、BETA群に突入した俺たちは、陽動を行ったA-01やその他の部隊の様子を知らないのだ。

 

『ヴィリヴェー1よりオーディン1。任務完了。これより、BETA群南方を』

 

 重金属雲下から脱出し、いち早い通信回復を試みた。予定よりもわずかながら南を噴射地表面滑走で移動していると、市村大尉の声が途絶えた。

 

『な……何故?!』

 

 戦術データリンクを呼び出し、防衛線の戦況を確認する。前衛後ろ半分から後衛までを戦略爆撃機と砲撃による面制圧で殲滅する作戦であるが、先鋒のある程度は抜かれてしまうことは承知の上だった。

しかし、思っていたよりも前衛が予定地域よりも防衛線に食い込んでいた。その原因はすぐに分かったのだ。

 

「東松山と日高の部隊はどうした?!」

 

『どうして?! どうしていなくなってるのッ?!』

 

 ほとんど残っていた東松山と日高の国連軍戦術機部隊が忽然と姿を消していたのだ。

 BETA群を押し留めているのは、秩父から退いたA-01とほとんどが食われた戦術機部隊や機械化歩兵部隊だった。

 

『ヴィリヴェー1よりオーディン1!! 何故部隊が消えているんですか?!』

 

『オーディン1よりヴィリヴェー1、理由は分からない。しかし、現在の戦線を支えているのは、秩父から撤退した我々だけだ。直に突破されるかもしれない……』

 

 BETA群に突入した時よりも、半数近くのアイコンが消失しているA-01。戦線に散解して、何とか維持しているとは到底言えない状況になっていた。

 すぐさま戦域データリンクの探知範囲を広げ、後方にまで目を向けてみた。

 近くには戦略爆撃中隊が来ており、既に爆撃態勢に入っている様子。光線級は殲滅していることもあり、存分に爆撃を行うことができるのだが、爆撃範囲からBETA群が大きく漏れ出している。これでは殲滅することは難しく、先鋒集団を残り少ない部隊で受け止めなければならない状況になっていた。

また、撤退したと思われる東松山と日高の戦術機部隊は、東松山・日高・川越を結ぶお椀型の防衛線を構築している様子だった。

 

『ここでBETAを押し留め、砲兵隊と連携し殲滅する!! 各機奮励努力せよ!!』

 

 崎山中佐の激励が飛ぶが、A-01の士気は悪くなる一方だ。A-01よりも、共に撤退してきた秩父の部隊は恐慌状態に入りかけている程だ。何とか態勢を立て直そうとしてはいるものの、ジリジリとすり減らされているような状況が好転することはない。

 BETA先鋒を後ろに少なからず通してしまった前線に到着すると、状況は思っていたよりも最悪なものになっていた。

 A-01は何とか踏ん張っているものの、もう無傷の戦術機はほとんど残っていない。突撃砲の弾薬もほとんど使い切ってしまっており、長刀を振るっている機体が半数。短刀の機体もちらほらと見られる程だった。

滑り込むようにヴィリヴェー中隊が戦域に乱入し、戦線の補強を第一に動き出す。もう中隊毎の行動ができない状況になっていたため、小隊毎に分かれて散るよう命令が下った。

 一方、俺は遊撃として戦線を駆け回ることになる。

 

『ヴァール10より付近の戦術機……ッ!!』

 

 俺は不意に入った通信に意識が奪われる。ヴァール10、A-01の中でもかなり記憶に残っているコールサインだ。理由は簡単。このコールサインを使っているのは、伊隅少尉なのだ。

 

『ヴァール10より付近の戦術機!! 誰でもいいから手を貸してッ!! もう持たないの!!』

 

 すぐさま機首をそちらの方に向け、短距離跳躍をする。

 該当の戦術機に群がっている要撃級や戦車級の排除を行いながら着地し、近距離通信で呼びかけた。

 

「40301よりヴァール10!! 状況は?」

 

『40301……白銀少尉……』

 

 俺の顔を見て、言葉を詰まらせる俺の記憶の中よりも少し幼い伊隅少尉は、震える口で状況を説明した。

 既にヴァール中隊は壊滅。中隊長も撃墜されてKIA。残っているのは伊隅少尉だけだというのだ。単機で戦線を維持するのは困難だと判断し、友軍機が撃墜された付近まで下がろうとしたものの、BETAに囲まれたという。

 後退する理由は見れば分かったが、手には短刀が1本しかない状態だったのだ。それもかなり損耗しており、もう使い物にならないと言っていいほどの状態になっていた。

 バースト射撃をしながら、近くの要撃級と戦車級を倒しながら、後ろで友軍機から突撃砲と弾倉を剥ぎ取る伊隅機を気にする。無防備な今襲われると、どうすることもできないからだ。

しかしその不安も杞憂だったようだ。

 

「40301よりヴァール10。これ以上後退することはできないです。現区域に留まり、爆撃が行われるまで持ちこたえます」

 

『……ヴァール10、了解』

 

 苦しいと言わんばかりの表情に、その感情が乗った返事に俺は返答をすることはなかった。

 ただ目の前に迫ってきているBETAの津波に気を押されていた。周辺に展開する友軍のマーカーを確認し、もう引くことができないことを改めて感じ取る。

 東の空には戦略爆撃機の大群が目視圏内に入ってきており、もう数分持ちこたえるだけでいい。それよりも後には、防衛線に展開している残存部隊で掃討戦に移行するだけだ。

 気力が削げている伊隅少尉を視界に収めつつも、突撃砲の36mmチェーンガンを絶え間なく撃ち続ける。

 突撃級は多脚部を狙撃し防塁として機能させ、間を突破する要撃級や戦車級を倒していく。

 

「リロード!」

 

『カバーするわ』

 

 たった2機の防衛線。周囲には撃墜された不知火が転がっており、管制ユニットは拉げたり喰われている。

 一度は演習で相手をした衛士たちだ。彼らから突撃砲の弾倉や長刀を剥いでは使い、余裕がなければ捨てる。彼らの装備も弾倉の残りがなかったり、耐久値がかなり落ちているものもある。それでもないよりはマシだったのだ。

脚部が地面に刺さり、腰から上がなくなっている不知火の腰部弾薬庫から弾倉を拝借しながら戦術データリンクに一瞬目を向けた。

 既に頭上を戦略爆撃機が通過しており、撤退に移っている。撃墜された機体もおらず、そのまま無傷で基地へ戻っていくようだった。

それと同時に、頭上には無数の航空爆弾が投下されていることに気付く。予定爆撃範囲に投下しているのであれば、俺たちが戦っている一帯は爆弾の雨に晒されることはない。

 

「巻き返します。前進!」

 

『了解』

 

 突撃級の装甲殻によじ登り、向こう側の景色を見る。

 爆炎と砂煙が断続的に舞い上がり、飛沫や破片が四散していた。爆撃は予定範囲に行われたようで、砂煙の向こう側から新たに現れるBETAの数は少ない。

 

『……オーディン1より防衛線に展開中の全衛士へ。爆撃による面制圧は成功した! すぐさま砲撃による後詰の面制圧が開始される。各防衛線は徐々に面制圧範囲へ前進しつつ、残存BETAを撃滅せよ!』

 

 その通信に呼応するように、BETAの死骸の海から体液に塗れた戦術機が続々を顔を出し始めた。

 

『ヴァール10より40301』

 

 推進剤の残量を気にして主脚移動の分量を多めに前進を開始してしばらく、伊隅少尉が通信回線を開いてきた。

 表情は変わらず焦燥しきっており、かなり疲労しているのも見て取れる。戦闘が開始されてから数時間程時間が経っているが、小休止程度しか休憩できていないからだろう。

 

『……あなたは何者なの?』

 

 質問の意図が俺には分からなかった。散発的に極少数で出現するBETAを倒しながら前進を続けながら、俺は頭の中で考えた。

 俺は何者なのか。語るべくもなく人間で、今は衛士だ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、伊隅少尉の質問はそういったことを聞いている訳ではないのだろう。

 血塗れの要撃級の5体目に36mmを数発叩き込むと、周りを見渡して動いているBETAがいないことを確認する。センサーも確認しているが、これほどまでに死骸が転がっていると探知できないこともあるからだ。

 

「どういう、意味ですか?」

 

 進める足が遅くなる。視線はバストアップウィンドウに映っている、俺の記憶しているよりも幼い顔をした伊隅少尉が訝しげな表情を浮かべていた。

 

『そのままの意味よ。……光州作戦、BETA本土上陸時には九州から京都まで転戦。XM3発案者、XM3開発衛士。403。まだ任官したての少尉の筈なのに、戦術機の腕前は精鋭を軽く突き放している。ハッキリ言って異常よ。その上、声からして子ども。あなたの第一印象も子ども。おかしすぎるのよ』

 

「……」

 

 自分のことながら、確かにおかしいかもしれない。

 

『衛士になるにしても幼すぎる。軍人としても幼い。まるで少年兵よ。それが何故歴戦の衛士のような動きができるの? 何故年不相応な腕前なの?』

 

 気付けば伊隅機は足を止めていた。俺も足を止め、そちらの方を向く。

 伊隅少尉の疑問に、俺は答えることができる。しかし、それは彼女にとって荒唐無稽であり、理解し難いことだ。それに、前の世界でも俺の身の上に付いて知っている人間はほとんどいなかった。知る必要がないと判断されたからだ。

『Need to know』。夕呼先生は暗にそう言い、誰にも俺のちぐはぐな背景に付いて言わなかった。知りたがる人物には嘘を伝えた。

 夕呼先生に倣うならば、伊隅少尉は俺について知る必要はない。知ったところで、何ができる訳でもない。むしろ、信じられるとは思えないからだ。

俺はゆっくりとその問に答える。

 

「いやぁ、あなたが知る必要はないですよ」

 

『……』

 

「俺についてはA-01全体に知らされたこと以外に何もありませんよ。ただの日本人で国連軍の衛士、それだけです」

 

 不満だと言いたげな表情をありありと浮かべられる。

 

『答えられない、ということかしら?』

 

「伊隅少尉が知っていることで全てです」

 

『Need to knowということなの?』

 

「聞かなくても分かると思いますよ」

 

『……そう』

 

 それだけを言うと、大きく息を吸ってもう一度俺の顔を真っ直ぐと見る。

 

『あなたは私たちの味方なのよね?』

 

 その問に俺は即答する。

 

「そうですよ」

 

『……戦闘中にごめんなさいね。戻りましょうか』

 

 それだけを言うと、バストアップウィンドウが閉じる。

 戦域データリンクには徐々に個体数を減らしていくBETAと、それを追い立てるA-01のアイコンが少しずつ動き出していた。周囲のBETAを確認し、兵装を確認する。

余裕はないが、まだまだ継戦可能だ。伊隅少尉が、何故このタイミングで俺にあのことを聞いてきたのかは分からないが、とりあえず引き下がってくれたことを感謝しつつ、掃討戦を再開した。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍久留里基地]

 

 今回の作戦に参加したA-01は少なくない痛手を負った。

 掃討戦が終了し推進剤と兵装の補給後、俺は単機で秩父・ときがわ戦域へ出た。目的は撃墜されたA-01の不知火を虱潰しに確認し、新型CPU・XM3・電源ユニットが収められている管制ブロックを破壊して回ったのだ。しかしそのほとんどは潰れていたり、爆発していたため、特に何かするということもほとんどなかった。

オーディン1、崎山中佐から伝えられた総被撃墜数と照らし合わせながら、全ての機体を確認した俺は、中佐に「連絡の途絶えた全機のKIAを確認」とだけ伝えた。

 総被撃墜数57機。それがA-01の被った被害だった。その他にも損傷機は帰還機のほぼ全てであり、万全な状態にあるのは1個中隊にも満たない。言うなれば、A-01は壊滅してしまったのだ。

 俺は記憶を掘り起こす。前の世界でA-01に入った時、ヴァルキリー中隊しか残っていなかったこと。ということはつまり、補充を繰り返しながら、2001年末までは戦力を削られながらも生き残っていたのだ。

壊滅状態になったとしても、すぐに再編されるだろう。考えるまでもなく、その解に辿り着いた。

 現時点で衛士は63名が生き残っており、治療のために後方へ下げられた人数を差し引いた45名が万全の状態で帰還している。つまり、すぐに再編されるとなると増強大隊程度の戦力があるということになる。

 

「こんにちは~」

 

 TF-403に割り当てられたエプロンで作業をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。手をひらひらとさせながら現れたのは、出撃前にも来ていた遠乃少尉だった。あの時一緒にいた兵藤少尉の姿は見えないが、振っていない方の手には経口補水液が2つ握られていた。

 

「こんにちは」

 

 エプロンに降り立った時には除染を行ってはいるものの、見えない装甲の裏には小さいながらもBETAの破片が挟まっていることがある。簡易マスクと手袋をしながらそれを取り除いている時に、遠乃少尉が来たのだ。

 

「ありゃ? 自分でやってるの?」

 

「整備兵はA-01から借りているのと、機体の状態がいいので後回しなんですよ。簡単な点検をしたら、A-01の方に行っちゃいました」

 

「だから自分で破片除去をしてるんだね」

 

 飲む? と差し出された経口補水液を受け取るために手袋を外し、俺は休憩に入ることにした。久留里に戻ってきてすぐに始めたものだから、満足に休んでいないのだ。

 近くに置かれている弾薬コンテナに腰掛け、近くの保守部品に腰を降ろした遠乃少尉の方を見る。

彼女は既に経口補水液を飲み始めており、空を見上げて遠い目をしながらストローを吸っていた。

 

「ねぇ、白銀くん。君的にはどうだったかな、今回の戦闘は」

 

 どういう意図で聞いていたのか分からない問だったが、俺は素直に答える。

 

「国連軍側は一度撤退しているものの、ときがわ戦域でBETAを殲滅できたのは僥倖だったと思いますよ。もしかしたら、川越まで退いていたかもしれないですから。帝国軍はかなり頑張ったようですね。富士教導団が主力だった、ということもあるのかもしれません」

 

「同感」

 

 それだけ答えると、もう一度空を見上げる。

 既に日も暮れて久しく、作業用照明が辺りを照らしている。小さい星明かりは見えないが、月や強い光を放つ星は見えていた。

 

「……私たちの中隊は白銀くんを編成に加えていたからか、幸いにもKIAが出なかったんだ。でも、他の部隊では少なからず戦死者が出てる。分かってはいたし、覚悟もできていたけど、やっぱり辛いなぁって」

 

「……それが戦場ですからね」

 

 冷たく突き放すような答えを言ってしまうが、優しい言葉等求めているとは思えなかった。

遠乃少尉は少し笑い、言葉を続ける。

 

「直也が負傷したの。光線級吶喊から戻って、防衛線に復帰してからのことなんだけどね。担当したエリアで戦ってたんだけど、当然のように予想よりも多くのBETAが来たの」

 

 遠乃少尉の話はこうだ。防衛線で小隊別行動を取っていた時、死体の影から飛び出した要撃級が彼女を狙っており、気づいた兵藤少尉が咄嗟に彼女を庇ったということだった。体当たりしたものだから、右肩部装甲ブロックは破損。右腕の動きの鈍くなった。そして、破片が管制ユニットを直撃し、揺さぶられた兵藤少尉は頭部挫傷。

血は流しているものの、戦闘続行可能と判断されたために圧力注射で鎮痛剤の注入と応急キットでガーゼを当てたという。

そのような状態で戦っていたが、戦闘機動に耐えることはできずに、帰還後機内で気絶。緊急搬送されたという。ヴィリヴェー中隊での主だった負傷者は兵藤少尉だけだったらしいが、それが遠乃少尉に心のダメージを与えてしまったのだという。

 

「直也は彼氏なの。だから私を庇ってくれたのは嬉しかったんだけど、そのことについて市村大尉から言われたの。戦場で私情は捨てろ、って」

 

「……」

 

 俺は答えることができなかった。この世界にやってきてからは違うかもしれないが、前の世界では私情に塗れて戦っていた。

 飲み終わった経口補水液の容器を握り潰し、俺は小さく答えた。

 

「どう答えたものか分からないです。遠乃少尉の気持ちも分かりますし、市村大尉の思いも分かります。分かっているから、遠乃少尉がモヤモヤしているというのも。ですが、これだけは言えます。兵藤少尉が生きているのならいいじゃないですか。過去を後悔するよりも、未来を見るべきだと俺は思います」

 

「白銀くん……」

 

 俺の返事に遠乃少尉はそれ以上何も問うことはなかった。飲み終えた容器をくしゃりと握ると、もう行くねとだけ言って保守部品から飛び降りてA-01のエプロンの方へと行ってしまった。

 見えなくなった彼女の背中から視線を外すと、俺はもう一度星空を見上げる。

 衛士をしていれば、人が傷付いたり死ぬところに立ち会うのはよくあることなのだ。それが誰かを庇ってなのか、小さいミスからなのかは様々ある。それを身を以て経験しているからこそ、彼女の気持ちはある程度理解できたんだと思う。

助けてもらえて嬉しかった、自分のために危ないことをして欲しくない。そんな言葉が聞き慣れた声で聞こえてた気がした。

 

「寝る前に終わらせちまおう」

 

 脳裏に浮かぶ赤毛の少女の笑顔にチョップをかまし、横に置いていた手袋を付け直す。いつ出撃命令が下ってもいいように、今できる限りの万全な状態にしておくためだ。

俺は1人、静かなエプロンで愛機に取り付いて作業を再開するのだった。

 



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episode 27

[1998年11月24日 国連軍仙台基地 機密区画 第11通信室]

 

 この基地には同じような作りをした通信室があちこちに設置されている。使用目的としては、軍人が基地外の家族や友人と電話をするために使用するものだが、その他にも外の軍高官とのやり取りに使うこともあるのだ。各基地の保安部や軍が管理しているもので、監視や検閲も行われている。防諜のために作られているということもあってか、遠方にいる人物との機密のやり取り等もできるようになっているため、わざわざ出向いたり招くことなく腹の化かし合いにも使うことができるのだ。

 しかしながら、そういった魑魅魍魎を相手取ることも厭わないアタシでも、表情に出ないようにするだけで精一杯なことがその通信室で起きていた。

 

『キミの進めるオルタネイティヴ4が順調に進んでいるようでね。いやなに、どれほどのものか是非とも伺いたくてね。時間を取らせてしまって申し訳ない』

 

「いいえ、問題ありませんわ」

 

 戦術機に内蔵されている戦術データリンクと通信技術を応用して作られた通信室は、音声と映像を同期したものを送受信している。アタシの目の前のディスプレイに映っている、でっぷりと腹を張り出させている男は、見下すかのような憎たらしい表情を浮かべて、小馬鹿にするように話しかけてくる。

このブ男はオルタネイティヴ5推進派でも権力を握っている、国連軍将校だ。欧州戦線で戦果を挙げ、後方勤務になったというエロジジイだ。

 

『して、聞かせてもらえるかね? オルタネイティヴ4の目的である、対BETA諜報員の育成に関して。あのような、キミの提唱する因果律量子論なる荒唐無稽な論と共に、実現不可能な計画はどうなっているのかね?』

 

「は」

 

 あちらには腰上までしか映っていないだろう。アタシは静かに説明を始める。

 

「計画は順調に進んでおりますわ。オルタネイティヴ4の目的である対BETA諜報員育成に関してですが、少将もご存知の通り、00ユニットの作成に着手しております。これまで製作していた試製00ユニットらからは方向転換してはいますが、方向性は以前変わらずですわ。現在は基礎理論に不備がありましたので、再編したものを用意したところです。既に製作の方も始める段取りを進めておりますが、何かが足りないようですわ」

 

『なるほど。以前は試製00ユニットらが、00ユニットたる水準に達していないとかで完成には至らなかったと言っておったが、なんだ基礎理論に問題があったか? それは00ユニットの基礎理論かね? それとも基礎理論の前提にある因果律量子論の方かね? はたまたどちらもか?』

 

「前者ですわ。既に旧版の基礎理論は破棄、再編版の基礎理論は完成しております。それを基に製作を再開しているところですわ」

 

『それは重畳だな』

 

 オルタネイティヴ4の話が本題でないことは分かっている。既にオルタネイティヴ4の進捗や状況というのは国連上層部や誘致国である日本帝国政府には通達済みなのだ。今話したことも確認だったのだろう。無意味だと分かっていても、彼らに取っては必要なことらしい。理解し難い。

 話を切り替えた少将はギシリと腰を降ろしているであろう椅子を鳴らし、鼻にかけた態度のまま語り始めた。

 

『極東国連軍はキミの掌の上だと思っていたのだが、そういう訳ではないようだね。アチラにも我々と同じ考えを持つものは多いようだ。我々の計画に賛同してくれてね、力を貸してくれるそうなんだよ。関東には仲間が少なかったから、上も大喜びだ』

 

「それはそれは、喜ばしいことで何よりですわ」

 

『キミの子飼いの部隊、最悪な状況になっていると聞く。どうかね、新しい仲間に協力を仰いでみようか?』

 

 どうでもいい話をつらつら並べていたが、やはりそうだ。これが本題なのだろう。

 いやらしい笑みを浮かべる少将の言っていることは、ここ数日のことなのだ。長野から侵攻を再開したBETA群との防衛戦に、A-01を投入したことについて。

 極東国連軍や日本帝国政府から、あれだけの装備と練度を持つA-01をこれまで腐らせているのはどういう了見か、と問い合わせがあった。それはBETA本土上陸からの話ではあるのだが、当初は光州作戦に投入してから再編成中だとのらりくらりとしていたのだが、そうも言っていられない状況まで切迫してしまっている。在日米軍の勝手な引き上げも相まって、猫の手も借りたいほど戦力が落ち込んでいる両軍は、無傷で1個連隊規模の不知火を燻ぶらせているA-01へ戦闘に参加するよう再三打診があったのだ。

どれだけ口八丁手八丁したところで、計画のために温存して置きたかったということもあったことと、前の世界でも関東防衛戦には投入していたこともあって、アタシは今回の作戦に参加させたのだ。

 しかし結果は既に報告を聞いている通りだった。初戦、秩父戦域の前線司令部が馬鹿な作戦立案を行った。戦闘するには不向きな地形に部隊を展開させ、戦力を浪費する真似を仕出かしたからだ。これによってA-01と残存部隊は後退。ときがわ戦域の防衛線に吸収されると、国連軍東松山・日高の部隊と共に再展開。しかし、突如として双方の部隊が基地まで後退してしまい、秩父から逃げた部隊だけでBETAを受け止めることとなった。

これによってA-01は壊滅。共に後退した秩父の部隊は全滅するに至ったのだ。現在は現地で再編成が行われ、稼働機のみで遊弋を行っているという。

 この状況を作り出したのは、他でもない目の前の男なのだ。裏を取る必要もない。アタシを目の敵にしており、ここ最近で一番突っかかって来ているのは、他でもない彼なのだ。

時間を立たずして裏も取れ、彼が主導して今回の件を起こしたことも分かるだろう。

 正直に言って、この男の嫌がらせというのは何度も受けてきた。慣れるなんてことは絶対にあり得ない。白々しく宣う言葉に苛立ちを覚えなかったことはないのだ。

今回は分かっていた訳でもなければ、前回はあったのかも定かではない工作。今回の件ではっきりした。この狸親父は、事ある毎にアタシの作戦行動に噛んできているのだろう、と。

しかし今回もその感情は表に出すことはない。平静な態度で返事を返した。

 

「せっかくのご提案ですが、遠慮させていただきますわ」

 

『……ほう?』

 

「私の部隊はそこらの部隊よりも強いと自負しております。たとえ壊滅状態に陥っていようが、最期の一兵になったとしても戦います。これまでのA-01とも、これからのA-01とも違いますわ」

 

『そこまでキミの部隊に自信があるのか。それはあれかね。タイプ94(不知火)をA-01専用にでも改装したのか? それとも94C(壱型丙)が揃えられたのかね?』

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

 軍人ということもあり、現代の戦場で主だった活躍をしている戦術機に関してはかなり詳しいことと、オルタネイティヴ5推進派隷下部隊に最新鋭機を集めているという話は入手している。

アタシのA-01の戦術機は特別だ。そのことを彼が知らない筈もない。彼らの息の掛かった諜報員は日本帝国内にごまんと潜伏しているのだ。常日頃、アタシの粗探しとイジメ材料を入手するために嗅ぎ回っている。だからこそ、A-01の戦術機がおかしいことに気付いている筈なのだ。

 肝心なところでとぼけたアタシの態度が気に食わなかったのか、眉をひくつかせて聞き返してくる。

 

『キミの部隊のタイプ94は帝国の機体と違うのかね?』

 

「日本帝国軍が正式採用している94式戦術歩行戦闘機となんら変わりませんわ。帝国軍精鋭や富士教導団と同じ機体です。少将が懇意にされている部隊のように、F-15CからF-15E(ストライク・イーグル)にこっそりと入れ替えるなんてことはしておりません」

 

『……よかろう』

 

 別に切る必要もない手札を切る。前の世界のアタシならば出し渋っただろうが、今の世界のアタシには痛くも痒くもない。何故ならジョーカーがある。強いものと弱いものの2枚。

 

『東松山と日高の国連軍部隊は被害がほとんどなかったのでな、秩父とときがわの陣地再構築を行っているという。野ざらしになっている57機はどうやら帝国軍に渡すために回収するそうだ。装甲板も内部も不審に思われないよう、手を加えてくれるという』

 

「ありがとうございます」

 

『気にするな。帝国軍は物資も人員も此度の侵攻によって逼迫している。せめてパーツ取りのできる分は回収せねばな』

 

 どうやらこれで話が終わったようだ。彼の癖で、話を切り上げる前に何か飲み物を飲むのだ。画面の向こうでコーヒーカップを傾けている姿が見えることから、これで今回の話は終わる様子。

 

『では。忙しいところ失礼した、香月博士。国連上層部には私からも色々伝えておこう』

 

「ありがとうございます。では失礼致しますわ」

 

『あぁ』

 

 画面が暗転し、それと同時にアタシの顔が反射で映し出される。

いつものキレイな顔だが、今回も少しばかり眉間にシワが寄っている。通信中までは我慢できたが、どうやら終わった途端にこうなってしまうようだ。

 何かある毎にこうしてオルタネイティヴ5推進派やオルタネイティヴ4反対派からのアポイントメントがある。その度に辟易している訳だが、毎回のように終わった後にはこういった表情をしているのだ。

不機嫌な表情をしていると、まりもからは昔からよく言われているが、今回ばかり自覚を持って言える。何度見ても、この顔は不機嫌だ。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 機密区画 研究室]

 

 基本的にアタシは機密区画から出ることはない。白陵基地だったならば、昼時になると適当な護衛(まりも)を付けて京塚食堂へ足を運んでいたが、仙台ではそうもいかない。そもそも大概、軍の食堂で出される食事はそこまで美味しいことはなく、京塚のおばさんがいないということもある。

 仙台基地に移ってからは、専ら口にする食事は手軽に食べられるサンドイッチかおにぎり。そうでなければ、ほとんどはコーヒーや即席食品。手に入らなければコーヒーモドキや戦闘糧食のクラッカーばかり。こんな食生活をしていたら何故か鑑に怒られ、社からは何も言わずに不満気な表情を向けられた。

それからというもの、そういった食事になる前に気付いた鑑や社が何かしらを持ってくるようになった。

 今日は午前中にあの憎たらしい狸少将を相手にした後、とっておきのコーヒーを飲んで気分を落ち着かせた。それからすぐに研究室に来て、何だかんだやっていたら昼の時間になっていたようだ。

 物音を建てずに存在感を消して現れたのは、何年もの付き合いになる社だった。手にはお盆が載せられており、不格好なおにぎりが6つ載せられていた。

 

「……お疲れ様です、香月博士」

 

 アタシが彼女を視界に捉えると、抑揚のあまりない声でそう言う。

 目の前までやってくると、机の空いている空間にお盆を置き、近くの椅子に腰を下ろした。

 

「……お昼を持ってきました。純夏さんも後で来ます」

 

「そう」

 

 視線を再度お盆に落とし、不格好なおにぎりを見て、ふと脳裏を過る。

 これまで何だかんだ言って近くで過ごしてきて分かっていることだが、鑑は家事能力が高い。白銀は軍隊で身につけたものだろうが、鑑の場合はどこか所帯じみているところがあるのだ。ズボラな白銀の世話を焼いたり、荒れたアタシの執務室や研究室を入るなり掃除を始めたり、白銀に振る舞う食事が家庭料理のそれだったりと。

 余裕が出てきたからこそ、こういった観察もできるというものだ。学生時代のまりもも似たようなところがあり、時々助けてもらったりもしていたことをふと思い出した。

 

「じゃあ鑑を待ちましょうか。社、何か飲み物はいる?」

 

「……私が淹れます。博士は何にしますか?」

 

「そうねぇ……緑茶にしようかしら? この研究室にあったっけ?」

 

「……あります」

 

「あるのね……どうしてあるの?」

 

「……純夏さんが持ち込みました」

 

「鑑ィ……」

 

 スッと立ち上がった社は、積み上がった機材や資料の壁の向こう側へと消える。それと入れ替わるように、今度は物音を立てながら誰かが入ってきたようだ。

 アタシの研究室を簡単に出入りできるのは、アタシを入れても4人しかいない。1人は今頃関東にいるだろうから、後は1人だけ。

 

「お疲れ様で~す! お腹減ったよぉ~~~~!!」

 

「うるさいわねぇ。さっさと手洗ってらっしゃい」

 

 ボケッとした表情で入ってきたのは、やはり鑑だった。脇には支給されているラップトップと本が1冊にファイルが2つ。フラフラとこちらに近づいてきたかと思うと、近くの椅子に荷物を放り出して社が消えた方向に向かっていった。

 社、鑑の順番で戻って来ると、それぞれに紙コップが2つずつ配られる。1つは緑茶だが、もう1つはどうやらインスタント味噌汁だ。基地内では手に入らないものということもあるため、十中八九鑑がどこからか手に入れてきたものだろう。

 

「いっただきま~す!!」

 

 鑑の元気な声に遅れて、社とアタシが続く。

 いつから誰かと食事をするようになったのだろう。そんな疑問が脳裏を過るが、すぐに解が出る。

この世界に来て、鑑や白銀を連れてきてからだろう。

 今までは暗い研究室で、味気ないクラッカーやカロリーバーを齧り、気が向けば食堂に向かうなんて、ほとんど人と話すこともなければ日の光を浴びるなんてこともなかった。

だが、2人を連れてきてから、目の前にいる2人や関東で暴れているであろうアイツが近くにいるようになってからは、そういったことはなくなったのかもしれない。

 不格好なおにぎりを口に含むと、具であろうおかかと少し薄めの塩の味を舌に感じる。味気ない食事というのも久しく、ただのおにぎりであってもあの頃とは違うように感じた。

 

「今日は霞ちゃんが作るって言っててビックリしちゃったよ。ご飯も炊いたの?」

 

「……頑張りました」

 

 いつの間に、そんな顔をするようになったのやら。2人の少女を眺めながら、味噌汁を啜った。

 

「あちっ」

 

 赤い頭と銀の頭がせわしなく揺れる様を見て、その奥に置かれているモノに視線が向いてしまう。

完成には遠いが、いつか必ず使うことになるモノ。

まだ、道のりは遠く。だが今は独りで歩いている訳ではないのだと。

 



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episode 28

 

[1998年11月23日 国連軍久留里基地]

 

 自分でできる範囲の整備を終えて簡易ベッドに入るとすぐに寝てしまったらしく、気付いた時には朝になっていた。

まだ起床ラッパの時間前だというのに人の声や機械音が聞こえる。もしかしたならば、夜通し交代で整備兵たちが作業をしていたのかもしれない。

 身支度を整えてテントから出ると、既にA-01でも起きてきている者がチラホラ見られた。ほとんどがあまり顔を合わせたことのない衛士なのは分かるのだが、数人は何となく顔と名前が一致している。

 昨日の夕食の際に配られたチープな歯ブラシセットを片手に水場へと向かう。

 程々に身支度を済ませた頃に起床ラッパが鳴り響き、一応規則通りに動き始める。だが既にほとんどの軍人は起きているか、夜通し作業をしていたので作業的に鳴っただけだった。

 クラッカーを齧りながら、早朝から整備が始まった自分の不知火を見上げる。

 久留里基地に帰還したA-01の不知火の中でも、特に状態のいいまま戻ってきたのが俺の機体だった。欠損・破損部位なし。簡単な除染作業を行った後、内部の駆動系や電装系をメンテナンスする程度で済む。しかしそれでも不調を起こしている所はどこかしらにはあるらしく、長く務めている整備兵が油まみれのラップトップ片手に怒号をあげていた。

 

「コイツは何もモゲてないからって気ぃ抜くんじゃねぇぞ!! 駆動系を重点的に点検し、交換できるパーツがあれば交換しておけ!!」

 

「「「はいッ!!!!」」」

 

「電装系の奴らは腕を手伝え!! 戦闘で狂っちまったズレの修正だ!! 28号機(白銀機)だから慎重に行え、動作不良でも起こしてみろ!! テメェらの頭にスパナ投げて俺は腹を切る!!」

 

 物騒な声が聞こえてくる方を横に見ながら、キャットウォークに上がって管制ユニットに入り込む。

 昨日着ていた強化装備が広げてシートに掛けられており、ヘッドセットは左の操縦レバーに引っ掛けてある。

 機体のAPUは稼働状態で電源が入っており、機体自体がメンテナンスモードになっている。ヘッドセットを装着すると、前面に《Maintenance Mode》と表示されていた。

 ノースリーブとカーゴパンツ姿のまま着座し、電装系の整備兵が置いていったラップトップを接続する。

 

「……状態はイエローよりのグリーン」

 

 メンテナンスモードで関節がロックされた状態だが、機体のステータスを確認する。

 昨日の時点では同じ状態だったが、走査システムに引っかからない腕や手首関節の調整は既に終えてしまっているようだ。

 

「少尉、乗ってるんだろー?!」

 

「はーい!!」

 

 外から聞き慣れた声が聞こえてくる。整備兵の声だ。

 

「腕を動かしてくれー!」

 

 右腕のメンテナンスモードが解除され、関節のロックが外れる。網膜投影で見ながら注意を払いつつも、腕を少し動かしてみる。あまり聞くことのない関節駆動音を遠くに聞きながら、整備兵の声を聞く。

 

「ありがとよー!」

 

 定位置に戻すと、再びメンテナンスモードに入った。俺は自分のやりたかったことを始める。

 戦闘時の稼動ログを確認したかったのだ。いつも純夏が吸い出し作業をし、XM3のバージョンアップや最適化に使っているというもの。

俺自身も何度も見てきたものだが、こうやって昨日今日で確認したことはなかったのだ。結局データを見たところで、俺には検討も付かないプログラムの羅列ということもあり、何のことだか分からない。ラップトップのハードディスクのDドライブから空きスペースを探し、データに適当な名前を付けて保存する。

機体整備に使われているラップトップは多くあるが、それぞれに専用のものが用意されている。俺が操作しているのはそれだ。機体から降ろされたところで、基地に持ち帰っても他の機体で使われることはほとんどない。きっと純夏や霞が整備する時に見るだろう。そんなことを考え、プログラムデータと一緒にテキストデータを残すことにした。保存した日付と誰が保存したのかだけを簡潔に纏めて、同じく保存する。

 ラップトップの電源を落とし、脇のスペースに置いて目を閉じた。昨日までの出来事を思い返す。

 秩父戦域からときがわ戦域での出来事。考えてみれば、この世界に来て初めて一般的な防衛線に参加したように思える。前の世界では、横浜基地奇襲・クーデター・甲21号作戦・横浜基地侵攻・桜花作戦と参加してきた。どれも特殊な立ち位置での作戦参加であり、他部隊との連携は全くと言っていいほどなかったからだ。

だがこの世界では、光州作戦から本土侵攻にかけて、ずっと他の衛士たちと肩を並べて戦ってきた。

 

「ステータスチェック」

 

 東進しながらも出会った衛士たちのことを思い出す。もう数ヶ月も前になる人物もいるが、彼ら彼女らはまだ戦場で戦っているのだろうか。強く記憶に残っている人物を思い出す。

光州作戦で一緒の部隊に配属されたアレックス・ミラー大尉、イ・スギョン中尉、イ・ヒョンジュン少尉ら国連軍リザード中隊や多国籍の負け犬隊。本土侵攻からすぐ、九州で共に戦った祠堂 カレン大尉ら国連軍シールド中隊。兵庫で共に戦った赤坂 幸中尉ら帝国軍スワロー中隊。京都で助けた篁 唯依少尉、山城 上総少尉、能登 和泉少尉らのファング小隊。京都を守るために戦った真田 晃蔵大尉らウルフ中隊。

他にもたくさんの衛士や兵士と出会った。

彼らがどうなっているのかは分からない。ただ、もし生きていたならば、どこかの戦場でまた会うこともあるだろう。

 機体ステータスを眺めながら、シートの調整も同時に行う。大体が使われることなく破壊されてしまう、89式機械化歩兵装甲のチェックも怠らない。

京都では撃墜された時に一度使っているのと、前の世界やその前の世界でも訓練兵時代に訓練として使用したことがあったのだ。機械化歩兵装甲があれば、生身で脱出するよりも心強いことは身を以て理解している。それに俺は着用したままでの戦闘経験もある。だからこそ、少し疎かになりがちな機械化歩兵装甲のこともよく見ることにしているのだ。

 

「白銀ー? さっきとは逆の腕を動かしてくれないかー?」

 

 機外から大声が再び聞こえる。網膜投影に左腕に整備兵が集っており、装甲板が外されて駆動系が露出していた。

 

「はーい」

 

 簡単に答えてから右腕の時と同じように動かす。左腕の方がどうやら駆動系の損耗やズレがあるようで、右腕よりも多くのパーツが近くに運ばれてくる。

 考えてみれば、左腕で多目的追加装甲を保持していたり、長刀を振り回すのも左腕だ。重量物を持っていたり、振り回していたら、それだけ損耗も早いのは道理だ。

俺は長刀と突撃砲を併用した高機動近接戦を得意としていることもあり、損耗は他の戦術機よりも相対的に早い。駆動系に気を使った動きの練習も長いこと続けているが、どれ程身に付いているかは分からない。

左右持ち替えながら戦うことを意識しはするものの、集中していたり混戦の真っ只中だと、そのようなことは些事だと隅へ追いやってしまうことの方が多い。

練習を続けていればそのうちできるようになるだろう、そんなことを能天気に考えながら機体から降りた。

 

※※※

 

[同年同月26日 静岡県 御殿場戦域]

 

 長野から南東へ侵攻を再開したBETAは、2回目となる22日の侵攻から一時的に侵攻する個体群が確認されることはなくなっていた。しかし、3回目の侵攻はこれまでとは動きが違った。

長野県松代辺りを発ったBETA群は南下を開始。そこから分かれることなく、一直線に南下を開始したのだ。偵察衛星が捉えてた長野の残存個体数は2回目の侵攻で大きく数を減らしており、目標は不明だが南へと進み始めていた。

今回の再侵攻では埼玉方面へ向かう集団はなく、もともと埼玉方面に展開することになっていたA-01は戦術機に乗り込んですぐにCP将校の待ったで足踏みをするような状況になってしまったのだ。

 A-01は単独での戦闘を想定した編成が行われている。そう連隊長の崎山中佐が言っていた。

埼玉方面は基本的に極東国連軍の管轄ということもあり、夕呼先生が幅を利かせることができたが、静岡・山梨方面は帝国軍の管轄でそうもいかない。

その上、現在A-01で満足に戦闘が可能な戦術機は15機。増強中隊分しか残っておらず、残りはどこかしらが不調であったり修理中であったりするのだ。

 

『CPより40301。博士から直接命令が下っている』

 

 自分のエプロンでアイドリングさせたままにしていたところへ、CP将校が通信を開いた。

 

「40301よりCP、命令とは?」

 

『TF-403はこれよりA-01から離脱。単独、御殿場戦域への強行偵察任務を課す』

 

「40301了解」

 

『貴官はこれを単独で行なうこと』

 

 機体に乗り込んでいるA-01の衛士たちから声が上がる。しかしCP将校はそれを無視して話を続けた。

 

『この際、機体のカラーリングの変更は必要ない。そのままの状態で出撃し、戦域の情報を収集。可能な限り情報を集めた後、久留里基地に帰還せよ』

 

 目の前に映し出されたマップに、予定されている戦域のデータが表示される。ある程度把握できている展開中の帝国軍の情報だ。

防衛戦にしては戦術機の数が少ないように思えるが、度重なる侵攻と戦術機生産拠点の東海地方が陥落している以上に、衛士の供給も満足に行えていないのかもしれない。

しかし、御殿場の辺りならば、駿河湾沖に展開している帝国海軍が艦砲射撃をする筈だ。となると、面制圧によって今回の侵攻も食い止めるつもりなのだと伺える。接近すればデータリンクで駿河湾沖の状況ももしかしたら手に入るかもしれない。

 

「40301了解。速やかに出撃ですか?」

 

『あぁ。準備でき次第出撃だ。装備は任せる』

 

「はい」

 

 外部スピーカに切り替えると、外で退避している整備兵に向かって声を掛ける。今の俺の機体の装備は突撃前衛装備になっているが、多目的追加装甲を下ろして強襲前衛装備に換装したいからだ。

 

「28番機、強襲前衛装備に換装してくれ!」

 

 適当なところに追加装甲を置くと、整備兵がトラックで牽引してきた突撃砲が近くに停められる。それと同時に、自立支援担架によって稼働兵装担架システムの換装が始まった。

 作業自体はそこまで時間がかかることはなく、近くの右腕がない不知火に追加装甲を受け取ってもらい、担架の載せ替えと武器を持ち替えるだけですぐに準備は完了した。

 

「28番機、出撃する!」

 

 異色のエプロンから1機の不知火だけが主脚移動を始め、CPから管制塔に発進許可を取って電磁カタパルトで射出される。

 

※※※

 

 今回の単独任務の経緯は、いつも以上にいきなり決まったことだった。溜息を吐くことはなく、静かに指定された御殿場戦域を目指したのだ。

 当然のことながら警戒はしていても接敵することはなく、何度か戦術機とすれ違った程度。オープン回線で話しかけられることもあったが、基本的には答えないようにしている。そもそも夕呼先生から答えるなと言われていることもあるが、俺自身も答える必要はないと考えているからだ。

答えなければ相手もデータリンクの不調や通信機が壊れていると勝手に勘違いしてくれる。

 何度か噴射跳躍を交えながら、御殿場戦域の南方に到着した俺は広域データリンクで情報収集を始めた。

 

「御殿場に展開しているのは、帝国軍と斯衛軍の混成部隊」

 

 帝国軍の一般的な戦術機甲部隊と、富士教導団から捻出されたと思われる精鋭部隊。斯衛軍部隊。2個連隊規模程度はいるようだ。

それだけの戦力では、南下しているBETAを受け止めることはできない。座学で習う程に基本的なことを思い出し、もう一度広域データリンクで拾えるだけの展開部隊情報を確認する。

 帝国軍戦術機甲師団。戦術機甲部隊と随伴支援整備部隊、機械化歩兵部隊、砲兵部隊で構成されている。それに加えて、富士教導団所属戦術機甲2個中隊と、斯衛軍独立警護2個中隊だ。

基本的な直接支援は帝国軍の随伴砲兵部隊に任せており、接触前の対レーザー弾による飽和攻撃もこの砲兵が行なう様子。足りなければ、駿河湾沖の帝国海軍が補充するだろう。

 基本的な戦術は、地上戦力によるBETA群遅滞戦術。封じ込めがある程度できたならば、帝国海軍による飽和砲撃を行い殲滅。セオリー通りの迎撃戦になっていると思われる。

 だがやはり気になるのは、受け止める場所として選んだであろう御殿場に展開している部隊が少ないように思えた。

 

「これで今回も防ぐことはできるのか?」

 

 思わず疑問が口から漏れる。誰が聞いている訳でもないが、すぐに口を閉じて思考に集中を再開する。

 今回は二正面作戦ではないため、要請次第で国連軍を投入することも可能だというのに、それがないということは()()()()()()なのだろう。自国戦力のみで対処する腹積もりがあり、その裏に何があるのか。

 現在の富士山周辺はBETA中部戦線最後の砦になっている。南下開始以前は山梨県東部も砦として機能していたが、2度目の侵攻によって放棄。中部地方に残されているのは、静岡県側の富士山麓と伊豆半島しかないのだ。

 

「……ひとまず偵察を続けよう」

 

 頭の中から余計な考えを振り払い、データリンクの情報を機体のハードディスクに保存していく。それ以外に目視で確認できること等は、手元のメモ帳に書き残していった。

 そもそも何のために夕呼先生が、急遽俺を偵察に出すことを決めたのか、その意図がまだ掴めないでいた。

CP将校の話だと、御殿場戦域に強行偵察を行なうこと、と言われた。一応、戦域から離れた地点から分かる程度の情報を集めているが、そもそもの命令は強行偵察だ。

実際にBETAと戦闘し、情報を収集するのが本来の任務になっている。

 ある程度区切りのいいところでメモしていた手を止め、戦闘で管制ユニット内と飛び回らないよう、機械の隙間にメモとペンを噛ませると、スロットルを解放して機体を浮き上がらせる。

目標は前方で始まった御殿場での戦闘。ある程度情報収集を終えたら、そのまま撤収する。そう自分に確認するように言い、突撃砲の安全装置を解除した。

 



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episode 29

 

[1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域]

 

 斯衛軍第3大隊でお世話になり始めて、京都から機体が持つ限り戦いに明け暮れていたような気がする。

何度か休日もあったが、それは機体が持たなくなって整備をするためであったり、衛士の体調管理のためであったり理由は様々だ。

 長野が陥落してから大きな休みをもらっていたが、その間にも私にはやることがあった。家のこと、原隊のこと。機械的に処理していた。その間にも、和泉と山城さんとは何度も顔を合わせたが、殆どは山城さんの入院している軍病院での話だった。

 山城さんの退院は早々に決まっており、数日前に仙台から前線に戻って来ていた。無論、原隊は失っており、配属先がないという理由から、同期の私たちがいる第3大隊の預かりとなった。

 

「ファング1より中隊各機。状況を確認する」

 

 これまでの戦闘で数を減らした斯衛軍第3大隊も、既に定員数を下回っている。残すは祟宰 恭子様率いるハイドラ(第1)中隊と、その他の生き残りを固めたファング(第2)中隊のみとなっている。そのファング中隊も上官や先任が戦死したため、私が中隊長を務めることとなり、部下は和泉と復帰した山城さんのみだ。

 

「現在長野を発った師団規模の第3次南下群は、南アルプスを通過中。直に御殿場に到達する予想だ。目標は変わらず伊豆半島と思わる」

 

 網膜投影されたマップにBETA群の予想進路が表示される。その進路上に私たちの部隊マーカーが表示されていた。

 

「私たちはここでBETA群の侵攻を受け止め、駿河湾沖に展開している帝国海軍連合艦隊第4戦隊の艦砲射撃によってこれを殲滅する」

 

 近くで警戒待機していた帝国海軍のお陰で、富士山周辺の守りが固くなっていると言っても過言ではない。元々帝国軍富士教導団のホームがあるところだ。地上戦力も申し分ないものが待機している。

 しかしそれでも少なからず不安はある。地上戦力の少なさだ。いくら艦砲射撃で殲滅予定とはいえ、2個連隊規模相当の戦術機甲部隊と、連隊隷下の砲兵隊だけが支援砲撃を行うのだ。

想像するまでもなく、受け止めたとしても持ち堪えられるとは思えない。

 簡単な確認を済ませると、戦闘開始の合図までは待機となる。機体の電装が発する排熱音とアイドリングさせている跳躍ユニットの音以外には、自分の鼓動と息遣いくらいしか聞こえない。

 

『ハイドラ1より我々の戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明かせ』

 

 戦術データリンクにアンノウンが表示されるのと同時に、オープン回線に恭子様の声が聞こえてくる。

 

『繰り返す。こちらは帝国斯衛軍第3大隊所属ハイドラ1 祟宰 恭子大尉。当戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明かし、当戦域に侵入する理由を明らかにせよ』

 

 アンノウンは第3大隊が展開する戦域よりも南から姿を現し、悠々と噴射跳躍で移動を続けている。

 

『ハイドラ1よりファング1。貴官らが侵入機から一番近い。突撃砲の使用を許可する』

 

『『「了解」』』

 

 侵入機が向かってくる方角に突撃砲を向ける。数分もしない内に、レーダーが侵入機の詳細情報を取得した。

 

「……Type-94、不知火?」

 

『あ、あれ帝国軍機じゃないの?』

 

 和泉もデータリンクで確認したようだ。しかしおかしい。アレは侵入機で所属不明機の筈だ。なのに何故、データリンクにIDが表示されているのだろう。

 

『……IJG-207th-test pt(帝国軍第207試験小隊)

 

「それって……」

 

 山城さんがいち早くIDに気付き、読み上げる。私はその部隊名を聞いて、記憶が掘り起こされた。

その呟きを聞いていた恭子様が鋭い目つきを向けてくる。

 

『篁少尉。こちらでも貴官らの機体に残っているデータを閲覧した。()()が帝国軍の第207試験小隊なのか?』

 

 同意しかけたその時、侵入機はもう私たちの目と鼻の先にまで接近しており、近くに機体を着陸させた。

 その機体は不知火ではあるのだが、見たことのない塗装が施されており、着陸の動きが滑らか過ぎる。こんな戦術機を見たのは一度しかない。

 

「は、はい。恐らく帝国軍第207試験小隊で間違いないです」

 

 動揺しつつも言葉を何とか繰り出す。何故私が動揺しているのか。それは、目の前の不知火の左肩部装甲ブロックに塗装されている部隊略称を読んだからだ。

 

『国連軍機のようだが?』

 

「し、しかし、識別IDは帝国軍のものです!」

 

 微動だにしない私たちのことに当然気付いている不知火が、こちらの方に機体を向ける。だが、私たちは警戒態勢に移らない。

見かねた恭子様が小隊を引き継れてこちらまでやってくると、不知火を囲むように着陸し、突撃砲を向けた。

 

『貴官の所属と名前、目的を言ってもらおうか。通信が聞こえていない訳があるまい』

 

『……え? あ、あー、極秘任務中で明かせません』

 

 聞き覚えのある声だった。間違いない。あの不知火は識別ID通り、帝国軍第207試験小隊の鉄少尉に間違いない。

 

『ファング1』

 

「は、はい! 帝国軍第207試験小隊の鉄 大和少尉と思われます。別の衛士かもしれませんが……」

 

 聞かれて思わず答えてしまった。

 

『そうか。鉄少尉。貴官の口からも聞きたい。貴官の所属と名前、そして何故この戦域にそのような戦術機で現れたのかを言ってもらおうか』

 

 不知火を取り囲む4機の瑞鶴。正直どれ程の腕前だったかまでは覚えていない。しかし、鉄少尉が国連軍機に搭乗していたところで不思議ではない。

帝都での戦闘の時、白銀少尉は自身のF-15Jが撃墜されると、どこからか飛来した謎の国連軍機に乗り換えていたからだ。

 訓練兵時代の話を思い出し、それでも腕がいいからと帝国軍のF-15Jと思われる試験機に搭乗していた。その後、F-15Jによく似た国連軍機に乗り換えて飛び去っている。

経歴不明の人物であるのは確かなのだ。となると、鉄 大和というのも偽名である可能性があるだろう。

 

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。現在は国連軍に出向し、そちらで命じられた任務を遂行中です』

 

『その機体は?』

 

『出向先の装備です』

 

 恭子様は今一度、国連軍塗装の不知火を訝しげに観察すると、鉄少尉に問いかける。

 

『今は緊急時だ。これ以上の尋問をしたところで無意味だろう。鉄少尉、任務内容を明かしてもらえるか?』

 

『お答えすることはできません』

 

 以前会った時と同じく、顔を見せずにハッキリと言った。恐らくだが、彼も日本人。F-15Jに乗っていた時も、長刀を使っているようだったのだ。

ならば、恭子様の顔を知らなくとも名前は聞いたことあるだろう。それなのにも関わらず、毅然とした態度で拒否したのだ。

 恭子様の表情は変わらないが、怪しむ様子は増している。オープン回線でもそうだが、部隊内、秘匿のどれでも彼はSOUNDONLYでしか通信をしない。そこから分かるのは、彼は特殊部隊所属であること。

帝国軍第207試験小隊という部隊も存在していないことから、そのことが伺える。本当に帝国軍なのか、それとも他国の軍隊なのか。

だが確実に言えるのは、()はBETA本土上陸からこれまでに於いて、各防衛線でその名が知られている。類稀なる機動制御技術、単機では出し得ない戦闘力。その名声が邪魔をしているのだ。

 なんのためにそのようなことをする必要があったのか。なんのために特殊部隊であろうにも関わらず、隠密行動をしないのか。なんのために単機でこのような状況になるにも関わらず、表に出てくるのか。

分からないことばかりなのだ。

 

『祟宰大尉。今するべきことをしましょう』

 

『ッ!! 貴様、どの口がそのようなことを』

 

『既に長野県から南下するBETA群が御殿場戦域に差し掛かろうとしています。俺も御殿場に用があります。このまま遊軍として戦闘に参加します』

 

 想像するまでもなく、彼は戦闘に参加すると言った。やはりだ。京都で会った時も、その後聞いた話でも、彼はそうするのだ。

 

「畏れながら具申致します!!」

 

『篁少尉。……何だ、申してみよ』

 

「はッ!! 鉄少尉の背後が意図的に隠されているものであったとしても、彼もまた国のために武を振るう衛士です。小官はそれをこの目で見ました」

 

『それは私の処に来てから、何度か聞いている』

 

「はい。ですから、彼はひとまず拿捕することはせず、共闘という形で監視すれば良いのではないかと愚考します」

 

 そう。その腕は直接見ている訳じゃない。それでも嵐山から撤退した後、長くはない時間ではあったが行動を共にしたからこそ言える。鉄少尉は信用できる衛士だ。それが例え偽った軍籍であったとしても、彼自身は疑いようもない衛士なのだから。

 恭子様は少し考えたようだが、すぐに答えを出す。自らの構えていた突撃砲を下に向けたのだ。

 

『ひとまず、問いただしたいことは山程あるがここでは止めておこう。鉄少尉、戦闘が終わった後に逃げないことだな』

 

『了解』

 

『では我々の部隊に加える。ファング1、ファング中隊の連中は鉄少尉とは面識があるのだったな』

 

 恭子様の青い瑞鶴がこちらを向く。私は素直に答えた。

 

「はい。能登少尉、山城少尉共にあります」

 

『では、鉄少尉を任せる。一度行動を共にしたことがあるのならば、私のところよりも連携が取れるだろう。それに、こちらは充足している。3機で部隊を組んでいる貴官らのところに入ってもらった方が都合がいい』

 

「了解しました」

 

 不知火を囲む瑞鶴が次々と突撃砲を降ろしていき、続くように青い瑞鶴を追いかけるように空へ浮かび上がった。

やがて4機が見えなくなると、待機のまま陣形の崩れていない私たちのところへ主脚移動で不知火が近寄ってくる。

回線はオープンから部隊内へと切り替わり、ファング中隊の中にイーグル1(鉄少尉)が加わった。

 

『久しぶりだな』

 

「お久し振りです、鉄少尉」

 

 最初の一言目は、まるで昔の知り合いに会うかのような挨拶だった。戦術機の中じゃなければ、どこかの駅前で待ち合わせるか、道すがらたまたますれ違ったかのような。

 回線に和泉と山城さんも入ってくる。時間は短かったものの、初陣で帰還できたのは彼の助力があったということもある。真田大尉よりも先に会うことができるとは思ってもみなかったが。

 声色は京都駅に向かう時のような砕けた話し方で、堅苦しさの欠片も感じさせない。私たち斯衛にとってはあるまじきことだが、彼がそうしてしまっているのだ。警戒待機をしながらも、私たちは京都駅での件のお礼等を言い合った。

 

『いやぁ~、それにしてもおっかないな。篁少尉たちの上官は』

 

 顔は見えないが、恐らく笑いながら言っているのだろう。

 

『祟宰様のことをそう言うのは鉄少尉だけですわ。あの方は瑞鶴の色からも分かると思いますが、五摂家の1人です。その地位でありながらも、驕ることなく研鑽を続けていらっしゃる私らの目標ですわ』

 

『そうか。そりゃ悪い、山城少尉。俺はおっかないとは思うが、いい上官だと思うぜ』

 

 そう言い切った鉄少尉は、連携について確認を取り始める。

 少尉のポジションは突撃前衛。根っからの前衛タイプらしいが、少しは後衛もできるという。だが、装備は強襲前衛を選択しており、部隊を組むのに向いていないらしい。

一方で私と和泉が前衛、山城さんが後衛を基本的には務めている。

私たちの編成を崩さずに再編成するのならば、鉄少尉と和泉で前衛。私と山城さんで後衛にしてしまえばとりあえずは収まりがいいだろう。

しかし、少尉の機体は私たちの第1.5世代機(瑞鶴)とは違い第3世代機。戦闘の足並みは確実に崩れるだろう。ならば、これまで通りの編成のままにしておき、少尉を遊軍にしてしまえば持ち腐れなく十二分に動くことができるかもしれない。

 私が鉄少尉を遊軍にすることを伝えると、少尉は納得した様子だった。基本的に4機行動をするが、戦闘時には少尉に自由に動いてもらうことは2人も納得した様子。

 一通り決め終わると、丁度ハイドラ中隊から入電があり、前線に動きがあったとのことだった。BETA先鋒は既に御殿場戦域に突入しており、帝国軍と戦闘状態に突入しているとのこと。このまま抑え込み、帝国海軍の艦砲射撃でもって殲滅する。分かり易い防衛戦だ。

 全軍前進の合図に、私たちファング中隊も動き出す。不知火を加えた異色の編成だが、周辺に展開する部隊は全て一足先に前線に向かった。

 京都駅から救出されたあの日から、私たちは戦った回数も撃破数も数えることはなくなった。生者が死者の数を数えるのをやめたように。また、生者が死の渦巻く場へ行く回数を数えるのをやめた。

伸びっぱなしになっている髪が強化装備のプロテクターとレスキューパッチを撫でた。

 



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episode 30

 

[1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域 帝国軍東富士研究所仮設基地]

 

 遅滞戦は苛烈をきわめた。少ない正面戦力で、帝国海軍第4戦隊の有効射程範囲までBETAを引きつけて個体密度を限界まで高める。

戦力の大部分を占める帝国軍戦術機甲部隊は精鋭ではない。しかし、彼らも一定の基準を満たし、研鑽を重ねた衛士だ。富士教導団と比べれば見劣りするのも当然ではあるが、それでも作戦には大きく貢献している。戦域は想定よりもかなり持ち堪えていた。

 帝国軍の活躍もあり、御殿場戦域に襲来したBETAは艦砲射撃によって一網打尽。想定された被害よりも多くの将兵と装備を失ったが、御殿場戦域から南へ抜けた個体は確認されなかった。

 珍しく戦略目標を防衛しきることができたからか、帝国軍東富士研究所*1仮設基地はお祭り騒ぎになっていた。これまで遅滞戦や防衛戦に挑めば、すぐに撤退戦に移行していたからだろう。守りきれた方が少ないこの戦争で、小さな成功であっても喜びの感情を押し殺し切れるとは到底思えない。

しかし、私たちのような現場に赴いた衛士は喜びも勿論あるが、安堵した気持ちの方が勝っているだろう。少なくとも私はそうだった。

機械油に塗れた整備兵たちも、どこか表情に余裕を感じられる。今回の侵攻で、長野県に停滞しているBETA群はほとんど吐き出されてしまったことを聞いたのだろうか。少なくとも明日明後日、一週間かそこらはBETAの侵攻がないと予想できたのだろう。

 そんな中で、帝国斯衛軍の衛士や一部の兵士は緊張感のある表情をしていた。理由は明白で、先程恭子様の青い瑞鶴の前に着陸した戦術機のことを事前に聞いていたからだろう。

 

「青い不知火……」

 

 帝国軍最新鋭戦術機である94式戦術歩行戦闘機 不知火は、帝国軍内でも供給数の少ない純国産第3世代戦術機だ。帝国軍機は基本色としてジャーマングレーで塗装されている筈なのだが、降り立った不知火は国連軍カラーで塗装された不知火だった。

 帝国軍や斯衛軍内でもちょっとした噂が存在している。それは「極東国連軍に不知火を装備した部隊がいる」ということだった。

前回の侵攻の際、国連軍が担当していた埼玉での戦闘で確認されていた。帝国軍が供給する撃震や、国連軍の一般的な装備であるF-15C等に紛れて、国連軍カラーの不知火が戦っているのを。

軍上層部も真偽の程はどうなのかは分からないが、私たちに情報は1つも持ち合わせていなかった。

だからこそ、現場の軍人たちは好奇の視線を向けてその機体を見ることしかできないでいた。

 

『唯依……。鉄少尉、これからどうなっちゃうのかな?』

 

「機体から降ろされて尋問、だと思う」

 

『鉄少尉は軍規に則って行動していたんじゃないの? 京都の時だって、結局何事もなく基地に帰ったって言ってたし』

 

「問題なのは帝国軍か国連軍か、っていうことだと思う。少尉は帝国軍から国連軍に出向しているって言ってたけど、そもそも帝国軍第207試験小隊なんて存在していないし、そもそも帝国軍に鉄 大和という衛士はいないみたい。……所属も名前も偽っているから、正式な任務で行動中だったとしても捕まえることになったんだと思う」

 

 その先の言葉は続けられなかった。幾ら今回の防衛戦は守り抜いて浮ついているとはいえ、戦時であることに変わりはない。日本帝国内の状況を鑑みれば、連戦連敗の負け戦なのだ。そんな中で現れた背景が見えない衛士に最新鋭戦術機の組み合わせは、普通の神経をした軍人であれば警戒しない訳がないのだ。

 私自身としては、彼が偽名を使っていようが、所属を偽っていようが、戦場で戦う姿は普通の衛士となんら変わりないように思えて仕方がない。否、戦術機の機動制御はずば抜けて優れている優秀な衛士であり、その戦術機自体も通常の不知火とは何か違うような気がしてならない。

彼に助けられた身としては、このまま任務終了し帰還してもらいたいところだが、軍人である以上は身分詐称は見過ごすことはできない。二律背反している想いで葛藤してしまう。

 

「TF-403……TF-403って部隊名なのかな?」

 

『順当に考えるのならば、TFはタスクフォースのことでしょう。タスクフォース、直訳するならば任務部隊といったところかしら。第403任務部隊。口に出せば簡素な部隊名ですが、それ以外に所属を示すモノが何もありませんわ。それに皆さんが触れていますが、国連軍でありながら帝国軍の最新鋭第3世代戦術機である不知火を装備している点も気になります』

 

「第403任務部隊……403……非正規部隊?」

 

『何故そのようにお考えを?』

 

「403は何でもないごくありふれた数字のように思えるけど、コンピュータ分野では意味のあるものなの。その意味は"アクセス権限がない、禁止されている状態"のこと。つまり、意図的に存在を隠されている部隊って意味。何か目的を満たすためだけに創立した部隊なんじゃないか、って思ってね。深読みしすぎているとは思うんだけれどね」

 

『なるほど……確かに考え過ぎなのかもしれませんわね』

 

 山城さんの言う通り、考え過ぎだと思う。国連軍がどのように部隊編成をしているのか私は知らない。もしかしたら、本当に第403任務部隊というものが存在していて、鉄 大和という名前も本名なのかもしれないのだ。

 私たちが機内でそのような話をしている間にも、青い不知火の周りにはハイドラ中隊が除染作業も始めずに突撃砲や長刀を構えて囲んでいた。

一方で、不知火は微動だにしない。こちらから聞くことができないということは、恐らく秘匿回線で投降等を呼びかけているかもしれない。しかし、この状態が長いことから、鉄少尉は対応していないのだろう。

機体の周りにはどうしたものかと途方に暮れている整備兵がちらほらと確認できる。早く除染作業と整備を済ませたいところの筈だ。

 刹那のことだった。青い不知火の跳躍ユニットが動き出し、同時に屈伸運動で飛び上がったかと思えば、ロケットモータで一気に空へと舞い上がった。戦闘地域や光線級警戒地帯での飛行は高度50m以下と教育されているにも関わらず、鉄少尉は100mも上昇し、直角に軌道変更。そのまま東の方へと飛び去ってしまったのだ。

あまりに唐突なことだったため、恭子様たちは動きについて行けず取り逃がしてしまう。

 恭子様はすぐさまオープン回線で呼び掛けを行なうが、この仮設基地に不知火を追跡できる機体は存在していなかった。ほとんどが撃震であり、富士教導団の不知火も連戦続きで機体にガタが来始めていたのだ。

訳分からずの包囲していながら取り逃がしたという事実は、気晴らしになる筈だったお祭り騒ぎに便乗することはできなかった。

 

※※※

 

 日付が変わろうかという時刻、私は恭子様の出頭命令を受け、研究所内に設けられた簡易的な士官室に来ていた。

 既に屋外のお祭り騒ぎも鳴りを潜め、交代した整備兵たちの立てる物音だけが聞こえてくる。そんな中、目の前で静かに腰を下ろしている恭子様の目の前で、私は直立不動の姿勢でいた。

呼び出された理由は幾つか想像できる。部隊のこと、もしくは鉄少尉のこと。何度か雑談の話題として出したことがあったが、今回はより詳しく聞こうという考えがあるのかもしれない。

恭子様の愛用している椿油の香りが漂うこの部屋で、彼女の手が空くのを待った。

 

「待たせたわね。呼び出した用件は鉄 大和少尉と青い不知火のことよ」

 

 書類仕事に一区切りついたのであろう。ペンを置いた恭子様は、ジッと私の顔を見る。顔色はあまりよくなく、戦闘が続いてろくに休めていないことが伺える。祟宰家の子女としてのものと、斯衛軍大尉と大隊を任されている責からだろう。BETAの本土侵攻から、気を張り詰め続けているのかもしれない。

しかし、発せられた言葉はどこか、軍務と私事の境界線が曖昧な口調だった。一応新任少尉であり連戦続きの私のことを気遣っているのだろうか。一方、私は張り詰めた気が抜けないのか、軍人としての私が抜けていなかった。

 

「立たせたままで悪かったわね。こちらの席へいらっしゃい」

 

「はい、失礼します」

 

 手招きされ、近くの椅子に腰掛けると、早速用件に移った。

 

「唯依たち斯衛軍第332独立警護中隊の生き残りが京都で遭遇した、帝国軍第207試験小隊と鉄 大和少尉に関する調査を頼んでいたの。それとやっと、京都駅で撃墜されたあなたの瑞鶴からレコーダの回収と復元、解析が終わったの。これで、唯依の口から聞かされた内容以外にも目で見て分かることがいくつも浮上したわ」

 

 書類でできた小高い丘の1つから、束を引き抜いてペラペラと捲った後に私に渡してきた。

見ていい、という意味なのだろう。恐る恐る中身を確認すると、そこには嵐山基地から出撃し、それから私や中隊に何が起きていたのか、どのような会話をしていたのかが書かれていた。

 

「たまたま、あなたたちの機体には通常のものよりも保存容量の大きいハードディスクが搭載されていたようで、戦闘開始から撃墜までの記録が全て残されていたわ。本来ならば操作ログくらいしか取れないものなのに、会話内容や身体データ、ガンカメラまで記録されていたの。その中から、会話内容とガンカメラのデータを確認したんだけれど」

 

 数ページ後ろに目を通せ、とのこと。途中まで読んでいた操作ログを切り上げ、指定されたページを確認する。

そこにはガンカメラの映像の切り抜き画像と共に、文章が添えられていた。

画像には、京都で会った鉄少尉の乗機の画像もある。全身は映されておらず、そのほとんどは上半身や後ろ姿のみ。それらから推察される機種や予測される製造番号のリストアップがなされていた。

 あの時、鉄少尉が乗っていたのは、やはりF-15Jだったのだ。しかし、私もだが違和感を持った部分について、この書類では言及されていた。

空力制御のために増設された、上腕部ナイフシースモドキや頭部モジュール増設カナード翼。兵装担架の施工処理の違いを指摘されていた。また、陸軍技術廠や各開発企業の戦術機開発部門にも問い合わせをしたようで、その解答も記載されていたのだ。

これらを総じてこのように判断されていたのだ。鉄少尉の乗機はF-15Jではない、F-15Jの元となったF-15系列の派生機。そして、そのような改修機を帝国軍は保有していないこと。

また、そのF-15Jモドキが撃墜された後、鉄少尉が乗り換えたと思われる謎の国連軍機については、F-15Jモドキよりもかなり分かったようだ。どうも第2世代戦術機黎明期に登場したF-14という米国製戦術機らしい。ところどころ、同じく改修されている様子だったとのこと。

つまり、鉄 大和少尉の言うところによる帝国軍第207試験小隊は存在しておらず、征威大将軍の配下であるどちらの軍にも彼のような軍人は在籍していないということだった。

 

「鉄 大和という男は、経歴はおろかその名前すらも偽名に過ぎないというのが結論よ」

 

「……それは」

 

 書類を見せられ、恭子様の口からも説明があれば、それが嘘だとは私は思わない。しかし、それら以外で話された内容は、全て嘘だとは思えないのだ。

 

「唯依の言いたいことは分かる。あの男が全て嘘を話していたとは思わない。京都駅に行く道中、聞かされた話は恐らく真実よ。それに、今日の戦いの最中にも交わしたであろう会話も。後者は私にはどのようなことを話していたのかは分からないけれど、全てが嘘だとは思わない」

 

「……はい」

 

「それで、青い不知火について、本題に入りましょうか」

 

 そう。私は恭子様にその"青い不知火"について話があるから、と呼び出されていたのだ。

 

「あの機体に関してだけれど、祟宰家ではどうも知ることができなかったわ」

 

「え?」

 

「それに加えてあのTF-403という肩部装甲ブロックに塗装されていた部隊名らしきものも、結局分からず仕舞い。こっちは速報というか、私自身が調べた結果だけれどね」

 

「分からなかった、ということは……」

 

「えぇ。以前の大規模侵攻の際、埼玉の国連軍管轄戦域に連隊規模で姿を表したことくらいしか分かっていないわ。国連軍でありながら帝国の最新鋭戦術機を装備する部隊。彼らについては情報が1つも出てこない。むしろ、これ以上深入りするとよくない気がするの」

 

「そうだったんですね。……それと深入りができないというのは?」

 

「京都駅で唯依たちに別れを告げた鉄 大和の乗機、F-14とかいう国連軍機に関してだけれど、国連軍がその戦術機を装備していた前例がないのよ。でも、目撃情報はある、らしいわ」

 

「らしい、というのは?」

 

「全世界のハイヴ攻略戦や間引き戦で、小規模ながら改造されたF-14が目撃されているみたいね。どういった部隊なのか、目的はなんなのか、全く分からなかったみたいね」

 

 つまり、だ。これまでの話をまとめると、鉄少尉は偽名であり所属部隊も存在していない。搭乗していたF-15JモドキやF-14、青い不知火に関して、全ての情報が全く手に入らなかったのだ。

 青い不知火に関しても、記述のあるのは私が知っていることだけ。書類を膝の上に置き、恭子様の顔を見る。その顔はこれまでに見たこともない、言葉に言い表せないような表情をしていた。その表情のまま、恭子様は言ったのだ。

 

「だから唯依。これからも()()は戦場に姿を表すと思う。その時は、なるべく情報を引き出しなさい」

 

「はい」

 

 恭子様の考えは正しいと思う。何もかもが訳分からずの相手だ。手を出すよりも、情報を集めておいて損はない。元来、人間同時の戦を制するのは情報戦を制した陣営、と言われてきた。

敵か味方か分からない相手に対して備える必要があることは理解できるが、言葉では言い表せない感覚的なものが私の中にはあった。

鉄 大和を名乗る衛士は悪い人間ではない、ということを。

 

※※※

 

[1998年12月12日 神奈川県 秦野戦域]

 

 あの日以来、私たちの戦いはいつもの様子へと戻っていった。幻想を見ていたのではないかと錯覚してしまう程、御殿場戦域は4度目の侵攻で食い破られてしまった。

 富士教導団本隊は第2帝都である東京の市ヶ谷に移動し、御殿場に残ったのは一部の部隊と地域に駐屯している帝国軍部隊だけとなった。私たち斯衛軍は第3大隊含む少数の部隊以外は将軍護衛のため、仙台へ丸々移ってしまっている。増援を求めることもできず、少ない戦力で4度目を受け止めきることはできなかったのだ。

なくなく東へ撤退すると、BETAはそのまま伊豆半島を蹂躙。見える景色はいつもと変わらない。あの京都から、見える景色は変わらない。

 

「本日未明、斯衛軍に下知が下された。現在関東に展開している帝国斯衛軍第3・8・11大隊は即時仙台へ帰還。代わりの部隊が私たちの後釜に収まる」

 

 集められた天幕の中、とてもじゃないが大隊とは言えない程の人数を目の前に、恭子様はそう言った。

 我々第3大隊は撤退。京都から戦い続きであり、休養も満足に取れていないというのが理由とのこと。それは本当のことなのだろうか。確かに連戦が重なっていることは本当のことだが、それ以外にも理由があるのではないだろうか。しかし私にその理由を知る術はない。

 

「皆は荷物を纏めなさい。0900までに機体に搭乗し、このまま厚木基地から輸送機で仙台に向かう」

 

 恭子様の解散の号令と共に、皆がパラパラと天幕から出ていく。遅れて私も恭子様に背を向け、既に出入り口の近くにいる和泉と山城さんの元へ向かおうとした時のことだ。

背後で声が聞こえた。小さい声だ。掠れた小さい声で、一言聞こえた。

 

「……すまない」

 

 一瞬歩くのをやめるが、すぐに足を前に出した。

 和泉、山城さんと並んで歩きながら今後のことを考えていると、和泉から話し掛けられる。

横を歩きながらだからか表情は見えないが、その声色はいつもよりも少しばかり沈んでいるような気がした。

 

「ねぇ、唯依」

 

「何?」

 

「これからどうなるんだろう、私たち」

 

 和泉が言わんとしている真意が分からない。しかし、私自身も不安に思っていることはある。

 私たちは元々原隊を失った宙ぶらりんの衛士なのだ。それを恭子様の好意で第3大隊に引き取られているが、この状況がどれ程続くのかは分からない。

今回の仙台行きは丁度いい節目だ。私たち以外にも部隊を失った衛士を引き取っていた第3大隊だったが、そんな彼らも全員戦死し、残すは私たちだけとなっている。

恐らく仙台では部隊再編成が行われ、私たちはどこかの部隊へ異動することになるだろう。その配属先はどのような部隊になるのか、全く想像ができない。

満足な錬成も終えていない学徒兵、略式任官を済ませて初陣を生き残った新任少尉である私たちは、現場でどのような扱いを受けるのか。

 

「分からない……」

 

「そう、だよね……。分かる訳、ないよね……。多分仙台に行ったら再編成になっちゃうよね」

 

「うん。多分そうだと思う」

 

 兵舎代わりの小さい天幕に入ると、3つ並べられている簡易ベッドの横におかれた官給品のカバンを持ち上げる。中身は今着ている軍装の替えと、作業着、筆記用具や日用品。私物は京都で戦って以来、父様から貰った懐中時計だけだ。

 天幕は次に入る人がそのまま寝起きができるように、片付けは私たちが来た時と同じ状態に戻しておく。簡易ベッドの上に寝袋を畳んでおき、机代わりにしていたコンテナの上には何も残っていない状態にしておく。

最後に改めて天幕の中を見渡し、忘れ物はある筈もないのに確認する。この後は更衣室で強化装備に着替え、自分の瑞鶴に乗って厚木基地に移動するだけだ。

 並んで3人で更衣室に向かい、雑談らしいことはあまり話すことなく着替えを済ませる。着ていた軍装をカバンに畳んで詰め、準備が完了する。時刻は0850。そろそろ機体に搭乗しないと遅刻してしまう。

走って自分の瑞鶴に向かい、管制ユニットに乗り込んだ。着座情報を転送し、稼働準備を済ませる。慣れたもので、訓練生時代にはTF-4Jに乗っていたが、F-4Jの派生機である瑞鶴の基本操作は対して変わらない。

 

『ハイドラ1より大隊各機へ。異動に際し、装備は最低限だ。各機突撃砲1挺と長刀1振りだ。それ以外は置いていけ。では定刻通り、異動を開始する』

 

 第3大隊の生き残り、計7機の瑞鶴が空へ舞い上がる。

 その機体はどれも万全とは言い難い状態で、ほどんどの機体がどこかしら欠損している状態だ。腕がほとんどで、よくて肩部装甲ブロックがない。脚部関節の可動域が小さくなっているものや、跳躍ユニットが1基脱落している機もある。満身創痍としか言いようのない私たちは、後ろ髪を引かれる思いで撤収したのだった。

 

*1
富士第一基地の施設 帝国陸軍技術廠管轄



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episode 31

 

[1998年12月23日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 11月下旬に静岡県東部を襲ったBETA南下によって、現時点で既に神奈川県を突破された。これによって、帝国軍が定めた多摩川絶対防衛線の迎撃戦に突入。前の世界通り、ことが進んでいる状態にあった。

多摩川絶対防衛線が展開されているということは、既に横浜や横須賀も突破されたということ。鉄原ハイヴから本土に上陸したBETA群は、侵攻ルートをなぞるように移動。国連軍の偵察情報では、佐渡島のハイヴは建設が始まってかなり時間が経っており、フェイズ2に突入しようとしていた。一方、横浜のハイヴ建設も始まったばかりだ。場所は柊町、帝国軍白陵基地跡で確認された。

 夕呼先生と決めていたことは、ひとまず予定通り進んでいる様子。俺の知らないことも多くあるだろうが、夕呼先生は特に問題が起きているような反応はしていない。

何だかんだほぼ毎日顔を合わしていれば、ポーカーフェイスの夕呼先生でもなんとなく分かってくるようになる。

 今日はというと、呼び出しを受けて朝食を食べてすぐに第3ブリーフィングルームに来ていた。呼び出しと言っても、昨夜の時点で霞から伝えられたことだった。

考えるまでもなく、呼び出したのは夕呼先生。用件の見当はつかないが、いつもの機密区画にある執務室や研究室でないということは、そこまで機密性の高くないやり取りをする予定なのだろう。

 

「早いわね」

 

 そう言いながら、少し眠た気な声色で入室してきた夕呼先生は、まりもちゃんを連れていた。

なるほど、呼び出した場所がブリーフィングルームである理由は、まりもちゃんがいるからなのだろう。ということは、このブリーフィングルームは夕呼先生と霞によって、盗撮・盗聴の調査が既に行われているのだろう。

 

「おはようございます」

 

「おはようございま~~~す!!」

 

 俺と一緒に待っていた純夏は、交わしていた雑談を中断して挨拶をする。簡単に挨拶が返って来るが、まりもちゃんに関しては、本来であれば軍規違反である二重階級の使い分けに未だに慣れていないのか、少しぎこちない様子だった。

 

「もう少ししたら社も来るけど、いなくてもいいから始めましょうか」

 

 そう切り出した夕呼先生は、純夏を呼び出してモニタの操作を始める。

 画面に移し出されたのは、A-01の組織図のようだ。赤いバツが打たれているのは、既に全滅しているか壊滅している部隊を表しているのだろう。

前回の戦闘で、連隊規模もあったA-01の戦力は増強大隊程度の戦力しか残っていない。結局、治療のために後方へ移送された衛士のほとんどは再着任が難しい状態になっているという。身体の一部が欠損してしまい生体義肢に置き換えられているか、五体満足であったとしても精神的に戦闘は困難であると判断されてしまった者が多いという。そのため、戻って来られたのは9人だった。

戻ってきた彼らと合わせても、A-01の衛士の人数は54名。2個大隊編成を取ることができなくなってしまったため、1個大隊と9人で1個中隊の2個中隊の変則編成に切り替えることになった。

 

「というのが今のA-01の現状よ」

 

 淡々とした様子で、A-01の状況を説明した夕呼先生。俺と純夏、遅れてやってきた霞はこの事実を知っていたが、まりもちゃんは今日始めて聞かされたことだった。

ここから見える横顔には、1つの言葉で表現できないような様々な感情が入り混じった表情をしている。

 まりもちゃんにとってA-01とは何なのか、俺には全く想像できない。

そもそも前の世界では、まりもちゃんにA-01について多くは知らされていなかった様子だった。自分たちが教えた子どもたちがどこへ配属されているのかは全く知らない、といった様子なのは、略式任官式の時やその後にもよく見かけた。だが、おおよそ見当は付いていたのだろう。A-01が連隊規模から中隊規模にまでなっていた前の世界で、廊下ですれ違う伊隅大尉とは少なからず言葉を交わしていた筈だからだ。

 そんなまりもちゃんの様子を無視し、夕呼先生は説明を終えたからか一息吐いているところだ。

 編成自体は既に手続きが済んでいるらしく、ここでの話は報告的なものだった。この編成に俺の名前が入っていないのは当然のことではあるのだが、結局夕呼先生は何故まりもちゃんにこのことを教える必要があったのだろうか。

 

「……香月博士。何故、私に機密部隊の編成について教える必要があったのでしょうか?」

 

「薄々勘付いている癖に聞く必要はないんじゃないかしら、まりも」

 

「私が二重階級をしていることと関係があることは分かっています」

 

「そうね」

 

 夕呼先生は短く返事をすると本題に移る。

 今回の本題はまりもちゃんが深く関わっているところ、第207衛士訓練部隊についてのことだ。俺もそれはまりもちゃんが来た時点で、何となくは察していた。

 

「アンタに任せている第207衛士訓練部隊なんだけれどね、少しやってもらいたいことがあるの」

 

「何でしょうか」

 

「今後、何かあれば彼らも即時繰り上げ任官させて戦場に引っ張り出すから」

 

「ッ?!」

 

「分かっているとは思うけれど、今のご時世、訓練兵は後方待機だなんて言ってられないの。まりも、アンタにも分かることでしょ?」

 

 訓練部隊の繰り上げ任官。その言葉を京都で聞いた覚えがある。自分の思考はひとまず横に置いておき、2人の会話に集中することにした。俺たちも呼び出されている理由がある筈だからだ。

 

「今の訓練兵はまだ前期課程です。任官するにしても、それは二等兵としてですか? それとも少尉としてですか?」

 

「少尉の方よ。第207衛士訓練部隊の前期課程組を任官させる訳ないじゃないの。使えないもの」

 

「満足な練兵の済んでいない訓練兵たちを、いきなり戦術機に乗せて出撃なんてさせることはできません!!」

 

「分かってるわよ。私が言いたいのは、そうせざるを得ない状況になった時の話よ」

 

「そうせざるを得ない状況、というのは?」

 

「最後の悪足掻きなのか、苦し紛れなのか。それで、分かってもらえたかしら?」

 

「……はい」

 

 夕呼先生の視線がこちらに向く。どうやら俺に話が振られるらしい。

 

「もし訓練兵が出撃することになった時はまりも、アンタに隊長を任せることになるわ」

 

「……了解」

 

「そうそう、それで白銀が何故いるのかについてなんだけれども、もしそうなった際にまりもの僚機として白銀を付けるからよ。まりもが若い尻を蹴り上げている間にも、コイツにはA-01と同じかそれ以上に過酷な戦場に行って貰っていたわ。衛士としての腕は申し分ないと思うし、()()の時みたいに暴れ回ってもコイツなら付いて来れる。むしろ、まりもが振り回されるかもしれないわね」

 

 その言葉を聞いた刹那、まりもちゃんの目の色が変わった。

 なまじ俺の背景を中途半端に知っているだけはあり、今にも掴みかからんばかりの様子で夕呼先生の顔を睨みつける。

 

「何よ~、別にいいじゃない」

 

「ですが彼はまだ子どもですッ!!」

 

「そうね」

 

「そうねって……!!」

 

 感情が高ぶってか、昔馴染みを相手するかのような口調に戻りつつあるまりもちゃん。それを夕呼先生は、いつからそのようにあしらっていたか分からない調子で、ひらひらとまりもちゃんの追求を避けていく。

先生の相手をしていても無駄だと悟ったのか、今度は俺の方に詰めかけてくる。ズンズンと力強くリノリウムの床を足踏みしながら、もう少しで額と額がぶつかりそうな距離まで近寄ると厳しい声で言った。

 

「本当に行ったの?」

 

「は、はい!」

 

「どこに?」

 

 思わず返事をしていまし、逃さんと言わんばかりに捕縛される。手首を掴まれたと思ったら、今度は両肩に乗せた手でガシリと押さえつけられる。

逃げるために格闘をしたところで勝ち目がある訳もなく、俺は夕呼先生の方を一度見て素直に答えることにした。

 

「九州から京都まで、それと埼玉とか御殿場とか」

 

「本土侵攻の前半と、後はつい最近のところね?」

 

「そ、そうです」

 

 肩から手が離されると、まりもちゃんは俺から距離を置いた。やっと離れてくれたということもあり、無理な姿勢も元に戻すことができる。肩を少し回してみた後、彼女の方を見てみる。

その表情はどこかで見た記憶のあるものだった。荒れ果てた廃墟、仰向けで倒れている大破した吹雪、後ろから聞こえてくるまりもちゃんの声。情けなくて、その顔を見れなかった俺は、座り込んだ地面に視線を落として何度も後悔していた。

あの時、俺の背中に語りかけていた時、そのような表情をしていたのかもしれない。そう直感的に感じ取ってしまったのだ。せり上がってくるのを感じる胃液と内臓物に、思わず口を押さえてしまった。

 

「いきなり発情しないでよ」

 

「してません!」

 

 そんな俺の様子などつゆ知らず、2人はいつものやり取りに戻る。入れ替わるように純夏が側に来て、俺の背中をさすりだした。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ……大丈夫」

 

 純夏には分かっているようだ。先程の俺がしたであろう表情が、何を思って出たものなのか。それはESP能力者であるからなのか、それとも幼馴染故に察してしまったのか。俺は純夏のそういった感情の起伏にあまり気付くことがない。気付けたとしても遅れて気付くことがほとんどだ。思わず握り込んだ拳を開き、深呼吸をして顔を上げる。

 

「もう、大丈夫。ワリィな、純夏……」

 

「うん……」

 

 スッと純夏は離れたが、隣から動こうとはしない。2人のやり取りを眺めながら、俺はどうしようかと考え始める。

 そんな時だった、夕呼先生がまりもちゃんとの言い合いを中断し、俺たち全員に聞こえるように声を張ったのだ。

 

「先日、横浜にハイヴが建設されたのは知っていると思うけれど、私の方であることを国連軍司令部に打診したわ。無論、横浜ハイヴ攻略作戦よ。まりも、さっきの話はこれに繋がってくるわ」

 

「帝国軍は計画しているだろうとは思っていたけれど、夕呼もなの?」

 

 遂に敬語が抜け、元々の口調が出ているまりもちゃんがそう問いかける。

 

「そうね。日本帝国政府の方でも攻略作戦は建設が確認されてすぐに立案があったようね。私はそれに便乗する形ではなく、もっと大規模な作戦にしようと考えているの。ま、作戦計画立案を買って出ているし、これで私が作戦立案を握ったと言っても過言ではないわ。まりも、アンタが育てている今の訓練兵、その作戦に投入することになるわ」

 

「……分かりました」

 

「話はこれくらいかしらね。何か訓練部隊で動くことになった場合は、白銀に声を掛けること。そうなった場合、白銀を頼りなさい。これでも一応、アタシの部下よ。アタシが認めて置いてるから、その意味分かるわよね? じゃあこれで終わりよ」

 

 この言葉を合図に、まりもちゃんは不満だとありありと分かる程表情に出しながらも、ブリーフィングルームから退室する。

部屋に残ったのは俺と純夏、霞、そして夕呼先生だけだ。

 これで俺たちも解散なのかと思ったが、違う様子。夕呼先生に呼び止められる。どうやらまだ話はあるらしい。まりもちゃんだけは終わった、ということなのだろう。

適当な位置まで戻って来ると、モニタ近くのパイプ椅子に腰掛けた先生が話し始めた。

 

「さっきの話についてよ。横浜ハイヴ攻略作戦、明星作戦の概要は覚えている?」

 

「はい。帝国軍・斯衛軍・国連軍・大東亜連合軍を投入した、パレオロゴス作戦以来の大規模反抗作戦ですよね。作戦中、米軍が無通告でG弾を投下したんですよね。米軍は事前に情報を共有していたけど、それ以外の軍はG弾の攻撃範囲内から脱出すること叶わずミンチになった。結果はハイヴ殲滅と本州奪還が成功し、その後、ハイヴ跡地に横浜基地が建設されたんですよね」

 

「その通りよ。現段階で、明星作戦は本州奪還作戦として国連軍司令部に作戦計画・立案を打診。さっき言った通り事は進んでいるわ。恐らく参加する軍も変わらずよ。前回同様に今回の作戦も動くことになる。A-01の再編成は前もこの時期にやっているから、対して齟齬はないわ」

 

 夕呼先生の話を聞きながら、俺はある違和感を持った。

何故、前回同様に作戦を進めるのだろうか。確かに、今のオルタネイティヴ4にハイヴ攻略を成し得る程の力はないことは理解している。だが、それでも明星作戦の悲劇は止めるべきじゃないのか。

俺はその想いを一度喉の奥で押し留め、先生の話に耳を傾ける。

 

「明星作戦だけで考えた場合、違う点を挙げるとすれば、A-01はXM3搭載機で参加すること。そして、再編成は新兵増員だけでなく、一般部隊からも適性のある衛士を集めたわ。だからさっき1個大隊と2個中隊の変則編成に切り替えてはいるけど、作戦開始を予定してる来年の8月までには2個大隊規模にまで回復させるつもりよ」

 

「再編成の増員に関してですが、どこから連れてきたんですか?」

 

「アンタと接触した衛士よ」

 

「は?」

 

 気になって聞いてみたことへの返答が、思いもよらぬものだった。俺と接触した衛士というと、光州作戦からこれまでのことだろうか。そう考えれば、国連軍だけでなく様々な軍の衛士がいる。それらを全員連れてきた、という訳ではないだろう。ならば、よりよい因果を掴み取れる素体候補者とまではいかないまでも、それなりに能力がある者ということになるのだろうか。

 

「アンタが恐らく考えている通りよ。これまでアンタを戦場に行かせて、そこでアンタが遭遇した衛士たちの中から、素体候補者の候補者足り得る衛士たちを集めたの。まぁ、丁度その連中も部隊が四散したり、アテがあった先でも生き延びたりした奴らだから問題ないわ」

 

「連れてきたこと自体に問題はないんですか」

 

「ない訳じゃないわね。まぁ、そこはアタシがなんとかしたし、問題ないわ」

 

 その『問題ないわ』という台詞が強烈に嫌な空気を醸し出していることに、夕呼先生は気付いていないのだろう。近くにいる純夏も苦笑いだ。

 

「そもそも選ばせたしね。再編成でこれまでと同じような一般部隊に配属されるか、国連軍の特殊部隊に転属になるか。いやぁ~、面白かったわよ。ほぼ全員が二つ返事で了承したんだもの。自分の機体で仙台まで来いって伝えたら、マジで来たわ」

 

「何やってんの、アンタ、本当に」

 

「えぇ~~~、いいじゃないの。転属組は特殊部隊に栄転、アタシは状態に良し悪しがあれど戦術機も手に入った訳だしぃ」

 

「限度があるわ!!」

 

 頭が痛くなるような話を聞かされるが、話の内容は別にまりもちゃんに聞かせても問題ないような気もした。だが、彼女は恐らくA-01の選考基準については何も知らない筈だ。

 A-01に補充兵が来たということは、新たに不知火の調達とXM3の訓練を受けさせる必要がある。その段取りは既に進めているだろうが、明星作戦までの間に機種転換訓練以上に概念を壊す必要のあるXM3順応訓練は間に合うのだろうか。

A-01でもかなり時間が掛かっている上に、現状でも使いこなせていないのだ。もし作戦に投入した場合、練度の差で戦力にならないなんてことが起きる可能性が十二分に考えられる。

 

「あと、明星作戦までアンタにやってもらうこと、ないから。TF-403としてはなくても、白銀個人に頼むことはいくつかあるとは思う。戦術機に乗ることもあるとは思うけど、BETAと戦えってのは今の処ないと思って頂戴」

 

「了解」

 

「鑑もよ。計画に関わることはかなり覚えてきているみたいだから、アンタは戦術機に乗る前の白銀と同じよ。アタシが呼び出したりした時に顔を出したり、仕事を頼まれてくれるだけでいいわ。それ以外は訓練してようが、戦術機弄ってようが構わないわ」

 

「了解で~す」

 

 明星作戦まで実質休暇を貰えたようだ。何だかんだ言って、1年くらい忙しくしていたような気がする。

 御殿場から帰ってきてすぐに俺の誕生日だったが、去年よりもこじんまりとしたお祝いをしてもらった。純夏がケーキを準備して、霞がデコレーションをして、3人で祝っていると夕呼先生が乱入してきた。後でまりもちゃんにも祝われたが、それが何だか嬉しかった。

しかし、それ以外はずっとオルタネイティヴ4に関わる仕事を何かしらしていたような気がする。ほとんど基地から出ることはなく、基本的に書類の片付けだったり運搬をしていた。そういえば、先生の副官にイリーナ・ピアティフ中尉は付いていないのだろうか。忘れていた訳ではないが、これまでに先生の副官として出てきた人はピアティフ中尉とは違い、日本人が務めているからだ。あの頃よりも、業務の効率が悪い気がしてならない。

 夕呼先生に解散の号令が出たので、ブリーフィングルームから出ていくことにする。

 今日は特にやることもないのでトレーニングをしつつ、シミュレータ訓練をしようなんて考える。御殿場から帰還してすぐは、不知火の整備や先生の執務室の片付けなんかをしていたこともあり、数日はバタバタしていた。それがやっと落ち着き、自分で訓練メニューを考えて訓練に打ち込めるまでに状況は安定してきているのだ。

未だに関東では激しいBETAとの攻防戦が繰り広げられているが、出撃命令が出ていない上に俺はA-01以上の不正規部隊に所属しているということもあり、おいそれと前線に出ることができない。

気持ちでは前線に出たい気持ちはあるのだが、勝手に出撃することもできない。まず機体に搭乗しても、キャットウォークとガントリーを強制排除し、実弾が装填されている突撃砲を確保しなければならない。そんなことをしていれば機体が拘束されるし、純夏を人質に取られてしまえば何もできなくなるからだ。

そもそも勝手に出撃しようだなんて考えることはしないが、心の奥底では前線に出たい気持ちが燻っていた。

 



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episode 32

[1999年1月9日 国連軍仙台基地 グラウンド]

 

 去年の年末は、夕呼先生の言っていた通り、本当に何もすることがなかった。しかし情勢は大きく動いたと言ってもいい。

 国連軍司令部によって横浜ハイヴ攻略作戦が承認されたことが公のものとなり、大規模な作戦準備に移ったのだ。多摩川絶対防衛線は前の世界と同様、死守することに成功。鉄原ハイヴから本土へのBETA流入量が減少したことによって、東京周辺で反攻作戦が決行し、大きくはないが奪還することに成功した。これによって防衛線は前進することとなり、前線部隊はちゃんとした部隊整理を行うことができた。

横浜ハイヴがまだフェイズ1の状態であるが、極力民間人もそれなりに残っている東京や群馬を除いた北関東と千葉へのBETA流入を避けるべく、定期的に部隊が前線を超えているという。その度に見かけた個体を始末しているとか。

 オルタネイティヴ4での動きは相変わらずだ。年末に夕呼先生がA-01再編成のために引き抜いた衛士たちが、仙台基地まで乗り付けてきた。俺が名前も顔も知らなければ会ってすらいない補充兵たちは、乗ってきた戦術機を取り上げられると吹雪が与えられ、第3世代と日本帝国製の機体の順応訓練を始めているという。彼らの訓練を見ているのはまりもちゃんとのこと。かなり厳しくしているらしく、シミュレータで鉢合わせた時は聞くに堪えない言葉をオブラートに包んで言っていた。

 

「お~い! 純夏ぁ~~~!! 手ぇ抜いて走んな~~~!!」

 

「ふえぇぇぇ~~~!! だってぇ~~~!!」

 

「だってじゃねぇ~~~!!!!」

 

 そんな俺がしているのは、純夏の自主訓練に付き合っていた。俺がこの世界に来てからすぐ、純夏は夕呼先生に宣言したのだ。自分も衛士になる、と。

そのための訓練はずっと続けており、つい最近になって本腰を入れて訓練できるようになってきたのだ。一応オルタネイティヴ計画要員ではあるのだが、今は所属や階級の分からない作業着姿で走っている。俺はいつものことだが、純夏が作業着を着ているというのも珍しい光景で、戦術機の大掛かりな整備の時くらいでしかお目にかかれないのだ。

 躰をだらしなく揺らしながら、背筋を曲げたまま走るその姿は、いつかの俺の姿を見ているようだ。だが、こうして自主訓練に付き合っている以上、幼馴染だからと贔屓にする訳にもいかない。周回遅れで追いついた純夏の背中に向かって、煽るような言葉をぶつける。

 

「そんなんじゃ、訓練部隊に入ってもドベだぞ!! や~い、ドベ純夏ぁ~~~!!」

 

「なにおー……!! ……と、言いたい、ところ、だけど……タケルちゃん、はやい、よぉ……」

 

 息を切らせながらもなんとか走る純夏を追い越し、後ろを振り返りながら話しかける。

 

「まりもちゃんにはっ倒されるぞ、そんなんだと。多分、とんでもなく汚い言葉が飛んでくる。マジで」

 

「えぇ……」

 

「しかもな、他の訓練兵って、訓練部隊に入る前は軍の予備学校だか何だかで訓練兵になる準備をしてくるらしいな」

 

「それ、どこ、情報、なのぉ……」

 

「知らん。どっかから聞こえてきた話だ」

 

「信用、性、皆無、だ、よお~……」

 

 距離を離す純夏が視界から消えると、自分のペースで背中を追いかけ追いつく。今度は隣に並んで走りながら、説明を続けた。

 

「だが、最初は皆同じスタートなんじゃないか? 俺は途中から入ったようなもんだったから分からないけど、多分そうだ」

 

「そっ、かぁ」

 

「お、そろそろ目標周回数だな」

 

 事前に決めていた周を走り終えると、1周は走ったところを歩く。急に立ち止まると体に悪い、というのはまりもちゃん情報だ。

 息切れも元に戻った純夏は、給水所で冷え切った水を飲んで適当なところに腰掛ける。俺は特に辛かった訳でもないので、そのまま近くに立っているだけだ。

 

「来期の訓練部隊に志願することにしたよ」

 

「そうか」

 

 唐突に切り出される。分かってはいたことだが、夕呼先生から解放されたからこそ志願できるようになったと言っても過言ではない。純夏の決めたことだから俺は止めることはないが、どうしてもその決定に肯定することができない。考えてしまうのだ。純夏が撃墜されてBETAに喰われる様を。そうなる前に助けることはできるだろうが、もし俺が助けるのに間に合わなければどうなる。助けられたのに助けられなかった、なんてことが起きてしまうんじゃないか。

純夏にとっては余計なお世話かもしれない。純夏のしたいことを否定することになるから、よく思われないかもしれない。それでも俺は止めたい。どうか、戦場に出て欲しくない。あんな思いは二度として欲しくない、と。

 

「大丈夫だよ、タケルちゃん」

 

 純夏の声がスッと耳に入る。俺たちの他にもグラウンドで自主訓練をしている軍人はいる。そんな彼らの息遣いや声が聞こえる中で、彼女の声だけが鮮明に聞こえたのだ。

 

「私が衛士になる理由、いつか話したよね。覚えてるかな」

 

「……こっちに来た時だったか」

 

「うん。あの気持ち、今でも変わってないよ。私は守られているだけはイヤ。タケルちゃんは私のことを『俺の半身』って言ったじゃない。私も同じことを思ってる。だから、私は守られているだけじゃなく、守りたいの。今も1人で戦ってるその背中を、一体誰が守るのさ。今はまだ訓練兵にもなってなくて、タケルちゃんの機体を直すことくらいしかできないけど、私はそれだけじゃ嫌なの」

 

 ゆっくりを顔を俯かせた純夏は、アホ毛を揺らしながら言葉を止めない。

 

「どんな覚悟で計画に乗ってるのか知ってるよ。力と知識があっても、覚悟がなかった。覚悟がなかったから全てを失った。それでも得られたのは僅かな時間。それでよかったのか、って。最初は帰りたいって思ってた筈なのに、私のせいで留まることになって、だからしなくてもいいことをして、散々傷付けられて泣いて、それでも立ち上がることを、戦うことを強いられた。そうでしょ? 立つことも戦うことも私が強いたことだもん」

 

 ギュッと握り込んだ手が震えているのが分かる。その手を取りそうになったが、俺は既のところで伸ばした手が止まった。その手の震えが誰かの助けを求めるものではなく、自らの意思で立ち上がろうとしているように見えたのだ。

 

「嫌だよ、怖いよ、死にたくないよ……。でも、そこにタケルちゃんがいるのなら、大丈夫……。大丈夫なんだよ、私は」

 

 いつの間にか手は解かれ、震えを止めるためか拳を握り込んでいる。

 

「だから私は衛士になる。タケルちゃんの背中を守ってみせる」

 

 俺の顔を見上げた純夏の顔は、今までに見たこともない表情をしていた。それは恐怖と覚悟と、何かを決断した大人の顔をしていた。今まで見てきた、コロコロと変わる愉快な見慣れた顔ではなく、俺も見たことのないもの。

俺が黙って純夏を見ていると、静かなのが恥ずかしくなったのか、捲し立てるように立ち上がって言い放った。

 

「だ、だだだからさタケルちゃん!! 神宮司先生から、怒られないようにまずは頑張る……よ?」

 

 トンチンカンなことで締めた純夏に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「ぶッ! なんでまりもちゃんから怒られないように頑張るんだよ!! まずは訓練兵になってからだろ!!」

 

「なっ!! なにお~~~?! 私はちゃんと訓練兵になれるもんね~~~!! そして絶対主席になってやる!! 全部が一番だ!! ドベチンのタケルちゃんとは違うもんね!!」

 

「俺はドベじゃね~~~!! むしろ成績よかったわ!! 期待の超新星だ!!」

 

「それはないね!! だって、昔から勉強は真ん中らへんだったし、運動だってそこまで……あいたーーーーーー!!!!」

 

 作業着のポケットに忍ばせていたビニールスリッパを引き抜いて、純夏の脳天めがけて勢いよく振り下ろす。甲高い音を鳴らしつつも、叩かれた彼女の頭から垂れ下がるアホ毛は稲妻型に変形していた。

 

「なにするかーーー!!」

 

「俺はドベじゃないからな!! むしろ純夏がドベになりそうだわ!! 以下同文!!」

 

「以下同文ってなにさ!!」

 

「説明する必要もなし」

 

「ムキーーー!!」

 

 先程まで辺りを漂っていた空気は四散し、いつものやり取りへと変わっていく。しかし俺の心の中には、つっかえたままの小骨のようなものが引っかかったままになっていた。純夏にとっては余計なお世話かもしれないが、俺は彼女に戦場へ出て欲しくない。

 

※※※

 

[1999年3月14日 国連軍仙台基地 講堂]

 

 基地に植わっている桜が咲き始める直前に迫り、少しずつ蕾が花を開き始めている。そんな日に仙台基地の講堂を借りて執り行われているのは、第207訓練部隊の入隊式だ。

先代の訓練兵たちは無事、後期課程を終了して任官。A-01の各部隊へと散っていった。ちなみに先代訓練部隊の人数は12人だったらしい。全員がA-01に入り、既に任官後教育を行っている。

これと入れ替わるように、今期の第207訓練部隊に訓練兵を入れるということになったのだ。

 去年は立ち会うなんてことをしなかったのに、何故俺がそんな入隊式に立ち会っているのかというと、話は至極簡単なことだった。純夏が今期の第207訓練部隊に入ることになったからだ。

 小学校や中学校の入学式とは違い、立ち会いの両親なんかはいる筈もない。志願または徴兵でやってきた訓練兵たちが12人、真新しい第207訓練部隊の制服に身を包み、国連軍仙台基地司令の訓示を聞いている。

俺はこの場に立会人の1人として参加していた。夕呼先生が気を利かせたのだろうが、俺と霞は今日1日は休日のような扱いになっている。

 

「……純夏さん、落ち着きないです」

 

「アホか、アイツ」

 

 周りに視線を泳がせている純夏を見て、霞がそんな言葉をポロリと零す。何故彼女があれほど周りを気にしているのかは分からないが、少しは落ち着いて欲しいものだ。注意することもできないので、少しばかり睨んでから視線を壇上の上に向ける。

 壇上には基地司令から変わり、教官たちの代表としてまりもちゃんが壇上に上がって話していた。内容は簡単だ。自分たちが教官を務め、立派は軍人に鍛え上げること。そして、第207訓練部隊は戦術機乗り育成を前提に設置されているため、総戦技を乗り越えた後の適性検査をするまでは分からないが、戦術機を駆る衛士になることができる、と。

訓練中の強い口調で話すが、今はまだ優しさを交えた声色だ。本格的に訓練が始まれば、そんな優しさも完全に消え失せることになる。訓練兵たちは緊張と少しの余裕を浮かべているが、すぐにそんな表情をすることもできなくなる。

 登壇していたまりもちゃんの話も終わると、すぐに施設案内等々を始める。いつもウロウロしている純夏にとっては必要ないものかもしれないが、他の訓練兵には必要なものだ。案内に付いていく訳にもいかない俺と霞は、まりもちゃんに頼まれていたことを始める。

案内が終わった後に来る教室に、前期課程で使うことになっている教科書や辞書等の運搬だ。予め決められた場所に決まった数を置いていくだけのこと。俺と霞の他に、第207訓練部隊付きの文官も手伝ってくれる。

3人で手早く済ませると、丁度まりもちゃんたちが教室に到着したようだ。

 俺と霞の存在は暗黙の了解となっており、誰も言及はしてこない。しかしそれは、俺と霞の上司が誰なのかを知っているからだ。知らなければ、俺はまだしも見た目が完全に10代前半の少女である霞は、何かしら絡まれることがある。

霞は基本的にそういった人間がいるようなところを能力で避けて行動しているが、今回は絡まれるようなところからさっさと引き上げることができなかった。

 

「貴様ら、さっさと席に付け。目の前には、前期課程で使用する教本を用意した。それらでまずは一般的な軍人、歩兵としての基礎を座学で身につけてもらう。その他にも体力錬成や、兵器の取扱方法、士官教育も先行して行う。私らの言葉を一言一句聞き逃すことは許さない」

 

「「「はい!!」」」

 

「貴様らがトロトロと施設の中を歩き回っている間に、上官のお2方とサポートをして頂く訓練部隊付きの軍人にもお手伝いして頂いた」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 一緒に運搬や分配した軍人が敬礼をしたので、俺と霞も続いて敬礼をする。霞から教室から出たいというプロジェクションがあり、能力を使ってまで出たいのかと俺は急かされるように霞を連れて教室から出ることにした。

 廊下に出て、俺たちの後から続いて出た軍人を見送ってその場で教室の中から聞こえてくる声を聞くことにする。霞もどうやら訓練兵たちの興味が自分から別に移ったことを感じ取ったのだろう、少し安心した表情をしていた。

 

『今日は午後から座学を行うが、明日は体力錬成がある。今朝採寸した作業着を今夜支給する。明日は起床点呼、朝食後の集合時間には作業着に着替えて集合だ』

 

『『『はい!!』』』

 

『ではこれから班分けを行う。名前を呼ばれた者は返事をしろ』

 

 訓練兵時代の間に経験してこなかったことが、教室内で行われていた。少し物珍しくもあったが、そろそろ霞を連れて移動する。俺たちからは純夏に特に用事はない。何かあれば、1人になっている時にでも接触すればいいのだ。

 訓練部隊の使用する部屋は基本的に地上にあり、地下に来るのは後期課程に進んでからだ。それは俺が訓練兵をしていた時と変わらない。ほとんど来ない施設を横目に見ながら、俺と霞は外の空気を吸いに出て行くのだった。

 



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episode 33

 

[1999年3月19日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 仙台基地に越して来てからというもの、このブリーフィングルームを使うのも日常と化して来ている。そもそも夕呼先生以外とはほとんど接触してこなかった俺が、何だかんだ言ってA-01と顔を合わせる機会が生まれてからというもの、オルタネイティヴ4関係の人間と話すことが多くなってきたからだ。そういった時には、ブリーフィングルームを使うことが多く、機密区画に入ってこれる人間ならばここ以外でも話すことはあっても、入ってこれる人間はそう多くもない。

自動的に、週に1度はこうして普通に出入りできるところへ足を運ぶようになってしまったのだ。

 今日は夕呼先生に呼ばれたというよりも、霞が俺を連れて行きたいところがあると言い出し、こうして手を引かれて来てしまった。その先が行き慣れたブリーフィングルームだったというだけ。何の用事で連れてこられたのか聞かされないまま、俺は手を引かれたまま部屋へと入った。

 中には国連軍の衛士が数名いた。俺と霞を見るなり怪訝な表情を浮かべていたものの、1人は霞に走り寄って来るなり頭を撫で始めた。イヤイヤと首を振って振り払うと、俺の背中の後ろに隠れる。まるでフラれたような表情をしたまま固まる女性衛士に誰も声を掛けることはなく、むしろ足蹴にするように無視したまま俺と霞に声を掛けてきたのは、どことなく見覚えのある衛士だった。

 

「私は本日付でオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊 VFA-01に配属なった、祠堂 カレン大尉だ。君は?」

 

 祠堂 カレン。聞き覚えがある名前だった。名前を頭の中で反芻しながら、再度彼女のことを観察する。

 日本人の名前を持っているものの、日本人離れした顔立ち。数年前の記憶にある、ピアティフ中尉のような雰囲気のある美人。クセ毛のあるボブカットの赤毛。切れ長の碧眼。もう一度名前を反芻すると思い出した。

 

「あぁ、シールダーズ」

 

「え? 私の前いた部隊のことを言ったか?」

 

「いや、何でもないです。俺は白銀 武、少尉です。よろしくお願いします。こっちは社 霞。先任少尉ですが、彼女は技術者です」

 

「よろしく頼む。それでなんだが、先程の私のいた部隊の名前を知っている件について」

 

 そう言いかけると、霞にフラれて我を失っていた女性衛士が再起動して口を開く。

 

「白銀少尉はあの時、偽名を使っていたんですねぇ~。声は同じですし、シールダーズの名前が出てきたことにも納得します。カレンも気付いてたんですよね?」

 

「分かっていたが、本人から確認を取らねばな……。白銀少尉があの時の鉄少尉だというのならば話は早い。ソレは永代(ながしろ) すみれ、中尉だ」

 

「ソレって酷いです!!」

 

 コロコロ表情の変わる彼女は、長く艷やかな黒髪にお嬢様カットに大きい焦げ茶の瞳。まさに大和撫子といった雰囲気を持ちつつも、人当たりがいいようだ。再起動した彼女は逃げ回る霞を追いかけ回しているが、2人を置いて俺は祠堂大尉と話す。

 

「それで、永代中尉の言っていたことだが、貴官が鉄 大和少尉なのか?」

 

「大尉がA-01に入ったのならば隠す必要もないので素直に答えますが、俺が鉄 大和で合ってますよ」

 

「そうなのか」

 

 永代中尉とは対照的で、祠堂大尉はあまり表情を動かすことがない。階級故なのか、はたまた元来そういう性格をしているのかは分からない。前回会った時は戦場で、それもほんの数時間だけだった。その間に彼女のことを推し量ることはできる訳もなく、小さく動く口から繰り出された言葉に返事を返すことに集中する。

 

「君は何故、名前や所属を偽っていたんだ? それに乗っていた戦術機を帝国軍カラーに塗装してまで。ここにいるということは、国連軍の衛士なのだろう?」

 

「そういう任務だったんですよ。それに俺は国連軍の衛士で間違いないです」

 

「そうか……。A-01がどういう部隊なのかは、一通り説明を受けている。君はどうもA-01とは違う部隊のようだが、指揮系統は同じなのだろう? TF-403と言ったか。話には聞いているが、超法規的措置で特別に派遣されたということか?」

 

「はい。A-01とは別の部隊のTF-403所属ではありますが、大本は同じところです。俺もオルタネイティヴ計画の構成員になりますね」

 

 前の世界には存在していなかったTF-403。それに同じく前の世界では、オルタネイティヴ計画に関わることがなかったであろう祠堂大尉や永代中尉ら。戦闘に参加している時に感じられなかった歴史改変を、ここに来て俺は肌に感じていた。

 夕呼先生から聞かされていることだが、今回のA-01増員は前の世界では行わなかったという。ということは、基本的に第207訓練部隊からの新任少尉たちがA-01の基本的な増員手口だった。つまり、それ以外の手段を取った今回は、明らかな歴史改変である、と。

 

「難しいことを説明されても、理解できたことは一部だけだ。私が分かっていることは、特殊部隊転属の声が掛かったことだけ。それは永代中尉や、この場にいる各地から集められた今回の転属衛士たちも同じ。計画についての説明も受けているが、理解できることはあまりない。精々、知っている知識がその計画と多くの犠牲によって齎されたことくらいだ。だから、今のところは部隊に順応し、これまで以上の働きができるよう努力する、これだけだ」

 

「成程。俺も同じような状況にあったことがあったので、何となくですが気持ちは分かります。それで霞、俺を祠堂大尉たちのところに連れてきた理由は?」

 

 永代中尉に追いかけ回された霞だが、気付けば頭を撫で回されている。不満と顔にありありと現れているが、俺の質問にすぐさま返事をした。

 

「……現在、A-01は再編成に伴い、連携訓練を行っている最中です。そこにこれまで一般部隊にいた皆さんを部隊に順応させることは難しいです。なので、訓練から外し、連携訓練に参加できる程度までXM3の順応訓練を行う必要があります」

 

「そっか。祠堂大尉たちはXM3を使ったことがないもんな。そりゃ、A-01の連携訓練に参加したところで意味はないなぁ」

 

 霞の言葉に俺は納得していたが、転属してきたばかりの祠堂大尉たちは分からない、と言った表情を浮かべている。

 分からないのも無理はない。これまで彼女たちが搭乗していた戦術機は旧OSを搭載した、鈍重な動きしかできない従来機だ。それを、XM3が搭載されている不知火に乗り換えるだなんて、言われてすぐにできる訳もない。元祖A-01は訓練に膨大な時間を費やしているが、それでも夕呼先生を満足させる程の練度に達していないのだ。

 

「A-01が特殊部隊なのは知っているのだが、私たちではそれほどまでに部隊にとって足枷なのか? 私やその部下はまだしも、他の衛士は極東国連軍の精鋭だ。それほどまでにA-01とは練度の高い部隊なのか?」

 

「A-01の練度は確かに高いです。国連軍の他の部隊や帝国軍の精鋭と比べても同じくらいなのかもしれません。ですが、聞いている通りA-01は特殊部隊です。ご存じかと思いますが、戦術機も日本帝国製の不知火、Type-94に乗り換えてもらうことになります。また、機体を乗り換えるだけではなく、この不知火は帝国軍の機体とは大きく異る点があるんです」

 

「乗機が特殊、ということなのは分かるが、それほどまでに違うのか?」

 

「はい。A-01の不知火はXM3と呼ばれる新概念OSの搭載とその使用を可能にした高性能CPUと電源ユニットの交換がされています。大尉たちがこれまでに乗ってきた機体とは全くの別物、と考えるべきだと思います。既に実戦証明済みですし、なんなら九州で大尉たちに会った時の俺の乗機にもXM3は搭載されていました」

 

 分からない、と言いた気な表情をする大尉たち。どうしようかと考えていると、霞が引き継ぐ形で話に入ってくる。

 

「……旧OSとの明確な違いとして、即応性が30%上がっています。操作はシビアになりますが、より搭乗者の思うがままに操縦できるようになっています。その他にも3つの新機能が搭載され、それらを用いることによって戦術機を人間の枠から外れた動きを可能とし、生存率向上に大きく貢献しています。光州作戦に参加したA-01は、それぞれ1個大隊が旧OSとXM3を搭載していました。撃墜されたのは27機。その内、XM3搭載機は4機のみでした」

 

「なっ……?!」

 

「……また、XM3搭載機を装備していた1個大隊と作戦参加した旧OS搭載機とのキルレシオが並んだという記録もあります。単純計算で1個大隊で3個師団並の戦力になるということです」

 

 開いた口が塞がらない様子の転属組から、いち早く戻ってきたのは大尉だった。

 

「……実戦証明済み、戦果上場の新装備をある程度扱うA-01と、XM3に触れたこともない大尉たちを一緒に連携訓練をしたところで意味がない、と博士が判断したんだと思います」

 

「分かった。それで、博士というのは?」

 

「……現在のオルタネイティヴ計画の責任者です」

 

「私たちの新しいボスはその博士ということ。分かった。私たちがA-01と連携訓練ができないことも、彼らが装備するものの偉大さも。それで、結局白銀少尉と社少尉がここに来た理由は? 私たちも何も聞かされずに、第3ブリーフィングルームで待機するよう、崎山連隊長から聞かされているんだが」

 

「……XM3の順応訓練です。まずは座学。その後、シミュレータを行い、最後は実機訓練です。できるだけ早急に連携訓練に参加するよう、博士に言われています。座学とシミュレータ・実機の管制は私が行いますが、直接的な訓練は白銀さんが行うよう博士から命令を受けています」

 

「何故白銀少尉が? それと社少尉も」

 

「……白銀少尉が発案者と主席開発衛士をしていました。それと私はメインプログラマーです」

 

「2人が……そうか。分かった」

 

 大尉と中尉はどこか納得した様子を見せたが、後ろで黙って聞いていた他の衛士たちは不満がある様子。

 無理もない。発案者で主席開発衛士が10代半ばの少尉であることが気に食わないのだろう。霞がメインプログラマーというのは、彼女が持つ独特の空気感で口出しをしないだけなのかもしれないが。

 俺にとって、こういった態度を取られることは珍しいことではない。このまま教導に入ったところで、彼らは真面目に教導を受けるかといったら、そんな訳がないのだ。

ならばどうするべきか。答えは1つ。

 

「……俺から教導を受けることに不満がある人がいるみたいなのでこうしましょう。座学は普通に霞から受けてもらいます。その後のシミュレータと実機は自分たちなりに訓練をしてください。そこでXM3を使いこなせたのなら、俺と演習して勝ってください。そうすればA-01との連携訓練に合流しても構いません。もし負ければ、座学からやり直しです。訓練では俺が教導します」

 

「白銀……それでいいんだな?」

 

 不満気だった衛士の1人が俺に確認をする。それに俺はハッキリと肯定の返事を返した。

 

「白銀少尉。私と部下は少尉の動きを戦場で見ているから実力はなんとなく推し量ることができるが、それでも精鋭相手にそれは大言壮語ではないのか?」

 

 大尉の言っていることは最もだ。見た目や事前に調べていたかで、俺の戦歴をふんわりと把握しているのだろう。

参加作戦だけ並べれば、大規模作戦に参加し生還した衛士ということになっている。しかし蓋を開けてみれば、崩れかけの部隊へ補充兵として充てられ、優秀な上官の元でなんとか生き残った初陣。九州から京都までは、大尉の知るところだろう。仙台に帰って来てからの経歴が調べられているかは分からないが、それだけみればまだ初陣を生還してから数回出撃経験のある半人前の少尉といったところだろう。

ただ、それが一般的な衛士だったなら、その分析は正しい。

 

「……座学を始めます。教本は既に用意してありますので、このまま始めます」

 

 少しピリついた空気感を壊した霞は、壇上に立ち教本を開いた。それに続いて、大尉たちも俺から視線を外し、それぞれ席に腰掛けていく。

 座学は半日で終わる。午後からシミュレータに入り、演習をするであろう日程を逆算しながら訓練の予定を立てることにした。

 

※※※

 

[1999年3月24日 国連軍仙台基地 第2演習場]

 

 A-01へ転属してきた祠堂大尉ら6名の衛士たちは、予定通り霞の座学を半日で済ませて早々にシミュレータ訓練を開始。霞の管制で実機でも問題なく動かせるだろうと判断された後、実機訓練へと移ることになった。

ちなみに、実機訓練は今は使い手のいない第207訓練部隊の吹雪だ。

 吹雪、高等練習機に乗ることに抵抗はなかったようだが、何故吹雪が練習機たるかは理解できたらしい。そもそも、不知火に乗るのならば、これまでF-15Cに乗っていたからには機種転換訓練と世代差を埋めるために乗らされることを想定していたらしい。

F-15というか米国製戦術機と日本帝国製戦術機の挙動の齟齬や、XM3の即応性を生身で感じて訓練をすることで身に付いたと判断したらしい。

XM3完熟訓練開始から5日で、祠堂大尉がA-01への合流を希望していることを霞から聞かされたのだった。

 俺としては、最低でも1週間はかかると思っていた。だが、シミュレータや実機が空いているということもあってか、かなりの時間を訓練に費やしたらしいことを霞から聞かされた。

 

『……準備はいいですか?』

 

『準備は何も霞ちゃん。大丈夫なんですか、白銀クンは?』

 

 霞から演習について聞かされたのは今朝。事前に整備班長と、ある人に頼んで今日のために用意していた。ほとんど感覚は覚えていないものの、機体は使い慣らされている。舐めらかな動きをする操縦桿とフットペダル。清掃が行き届いており全く不快感がないどころか、ほのかに優しいいい香りの漂う管制ユニット。

 

『……大丈夫です』

 

『ですが流石に正規兵の戦術機6機、纏めて掛かって来いだなんて……』

 

『……問題ない、です』

 

『本当に大丈夫なんですか~?』

 

 まりもちゃんのF-4J(撃震近代化改装XM3搭載機)を借り、僚機のいない演習。これはもう定番化しているような気がしてならない。

 分からせるには実力で捻じ伏せる、的な風潮は前からあったような気がしなくもないが、俺もその風潮に感化されてきた気がする。祠堂大尉たちと顔を合わせた後、霞には演習ではこのような状況にするように俺が伝えていた。つまり、感化されてきた気がするのではなく、率先してその風潮に則って行動していると言った方が正しい。

 頭を振って、演習前に関係ないことを思考から追い出し、目の前の状況に集中する。

 

「大丈夫ですよ」

 

 俺は平静な態度で通信に割り込む。

 

『俺たちがXM3をどれだけ使い熟しているのか、その目で見てきたのか?』

 

 食って掛かったのは、祠堂大尉の部下ではなく、別の部隊から引き抜かれた衛士だ。他にも2名があざ笑うような態度で振る舞う。

 

『それに白銀少尉は撃震じゃない。祠堂大尉の話じゃ改造されたF-15Jに乗っていたり、A-01の連中は吹雪や不知火に乗っていたと聞いているわ。アイツらは大げさに話していたけど、大したことないんじゃない? ルーキーによくあるビギナーズラックってやつよ』

 

『白銀少尉の動きが変態だとも聞いたぜ。よく分からねぇが、やってみりゃ分かるだろ』

 

 A-01では少し珍しくなりつつある、日本人ではない衛士。それが別の部隊から引き抜かれた精鋭だった。

 

『大尉たちがどんなのを見てきたのか知らないけれどね、この目で見ないの信じないのよ。A-01のガンカメラを見せられたところで、本当にその機体に白銀少尉が乗っていたのかなんて分からない。だから証明して頂戴』

 

 元シールダーズではない衛士たちの口上を聞いても、返事を返すことはない。彼らが言ったのだ。口ではなく行動で示せ、と。その流儀に俺は賛同する。

 霞が通信で開始の確認を取るのを聞きながら、機体の調子を再度確認する。

整備は万全に行われており、俺用に調整も行われている。操縦桿やフットペダルの調子はまりもちゃんの使ったままになっているが、特に問題はない筈だ。おかしな動きをすることもなければ、入力に誤差があるなんてこともない。

 

『……JIVES起動。両隊は作戦を開始してください』

 

 霞の号令を合図に、跳躍ユニットを唸らせる。

 

『……勝利条件はどちらかの隊が全滅した場合のみとします。α隊(白銀隊)は自機の撃墜が敗北条件です。一方、β(祠堂隊)は6機全機撃墜です。制限時間はありません』

 

 かなりシビアな条件だが、俺はこの条件で何度もA-01の相手をやらされてきている。今更何とも思わない。

 開始地点から飛び上がり、空中に一度静止して周囲を走査する。今回演習を行なっている第2演習場は山間部を利用している。あまり対AH戦演習の経験のない環境ではあるが、恐らく市街地や廃墟よりも索敵は簡単の筈だ。反対に姿を隠すことは難しいと思われる。山陰や谷、崖等ならば戦術機の全高と同程度あったとしても、走査レーダーには恐らく引っかかってしまう。

それらを考慮し、第2演習場で演習を行なうことが決まった時点で、俺は作戦を考えていた。

 作戦は簡単だ。逃げも隠れもしない。正面から6機を相手に戦う。背中を見せたら逃げ回ることも難しい筈なのだ。

 

「こっちから仕掛けるぜ!!」

 

 熱源センサーに6つの反応があり、すぐさま望遠カメラで確認すると、そこには隊列を組んで移動を始めている6機の吹雪の姿があった。

確認するまでもなく、祠堂大尉らβ隊だ。

 跳躍ユニットの偏向ノズルと接続部のアームが可動し、水平方向のモーメントによって機体が前進を始める。そのまま前傾姿勢になるよう機体を倒しながらも、左手の多目的追加装甲を正面に構えながら、右手の突撃砲を正面に向けて安全装置を解除する。

射程圏内に入り次第、120mm滑腔砲を3発放ち、隊前列の予測進路上にばら撒く。

 

『隠れずに堂々と?!』

 

 近距離回線が相手の言葉を拾い、β隊が不意を突かれたことを確認するが、攻撃の手を緩めることはしない。

 幸い、β隊が通過していたのは大岩が転がっている地点。設計段階からこれまで丈夫さが取り柄の撃震のお箱であり、俺もよく使っている機動制御を行なう。

維持していた前傾姿勢を解除し、両足を前に突き出す。そのまま大岩に接地すると、屈伸運動をしつつ逆噴射跳躍を行い、鋭角に機動偏向する。身体に急激なGを受けて一気に頭から血が引くのを感じるが、そのまま意識を保ちながら攻撃を繰り出す。

 残っていた120mm滑腔砲を撃ち尽くし、多目的追加装甲で36mmチェーンガンの弾丸を弾く。初撃もそうだが、ダメージを与えられているとは思っていない攻撃だ。破片によって装甲や四肢に軽く損傷を与えて、動きを制限できれば御の字と考えていた攻撃。当然ではあるが、回避される。

しかし、その回避にできた隙を突く。旧OSの癖が抜けていないのだろう。先行入力とキャンセルの併用でもっと素早い回避ができる筈なのに、それをしないのだ。

跳躍ユニットを偏向させ、機体を回避が遅れた機体に差し向ける。突撃砲で斉射してもいいが、確実性に欠ける。ならば、と多目的追加装甲を横薙ぎに振り抜く。

 

『……β2胴体断絶、大破、戦闘不能』

 

 そのまま多目的追加装甲で銃撃を受け止めながら、バランスを崩している吹雪に肉薄。装甲を押し付けて仰向けに倒すと、そのまま管制ユニットを踏み抜き、追加装甲で打ち付ける。

 

『……β6管制ユニット圧潰、衛士死亡』

 

 追加装甲はそのままに、跳躍ユニットを前へせり出させてロケットモータを点火。正面に集まりつつあったβ隊から一度距離を取る。追跡しつつあるが、動きが全体にぎこちないβ隊から距離を離すことに成功した。

そのまま一息吐き、すぐさま態勢を整える。追加装甲は喪失。突撃砲も120mm滑腔砲弾は0だ。リロードしなければならないが時間がかかる。36mmチェーンガンは残弾にまだまだ余裕があり、1800発超残っている。

すぐさま背面の兵装担架から長刀を引き抜いた。左手に長刀、右手に突撃砲。他の残している兵装は、長刀が担架に1振りと短刀が2振りのみ。現状、撃墜したのは6機中2機だけ。残す4機は万全の状態のままだ。

 これだけの交戦で、相手がまだXM3に慣れていないも完熟もまだまだなことも十二分に分かった。それでも俺のしなければならないことに変わりはない。彼らをことごとく潰すこと。それだけだった。XM3を使い熟し、圧倒的な状況で勝利する。そうしなければ、彼らも敗北を認めないかもしれない。それは俺のこれまでの経験則だった。

 跳躍ユニットのロケットモータが唸り声をあげ、今にも浮かび上がりそうな状態を維持しながら残る4機の吹雪が接近してくるのを待つ。隠れることもしない。丁度いい距離まで接近させ、一気に肉薄し、全て平らげる。受けるダメージは考えない。全て回避すればいいのだ。

 

「うぉらああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 一気にスロットルをし、整然と隊列を組む4機の吹雪に向かって一直線に突撃する。

そして数分もしない内に、聞き慣れた静かな声で聞こえてくるのだ。

 

『……β隊全機撃墜、作戦終了』

 



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episode 34

[1999年3月19日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 一切ペンキで汚れなかった撃震をハンガーに収めると、強化装備から着替えてブリーフィングルームに向かう。俺が到着する頃には既に、先程演習で戦った衛士たちが集まっていた。

霞は管制室からすぐにブリーフィングルームに来ていたようで、モニタにラップトップを接続して何やら作業をしている。

 俺が入室する音にまず気付いて動き出したのは霞で、ラップトップの前から立ち上がると俺の目の前までやってきた。

 

「……お疲れさまでした」

 

「おう。霞も管制ありがとうな」

 

 霞はそれだけを言うと、スタスタとラップトップの前に戻ってしまう。そして少し操作すると、こちらを向いて話し始めた。

 

「……演習お疲れさまでした。無人観測機が今回の演習を撮影していましたので、そちらを観ながら話をさせていただきます」

 

 モニタにはあちこちの視点から、撃震と吹雪を捉えた映像が流れ始める。

 

「……演習の結果はβ隊の全機撃墜による敗北です」

 

 開始数分で全滅させた吹雪たちが、映像の中でも次々と撃墜されていく。単機の鈍重な撃震に追い立てられる、細身で身軽な吹雪たち。成すすべもなく1機、また1機と地に伏せていった。

そして最後、木々に囲まれた演習場で立っていたのは撃震のみ。戦闘中、次々と武装を投棄し、最後は右手の長刀しか残されていなかった。

 映像の再生が終わると、霞はいそいそとラップトップの片付けを始める。それを確認すると、入れ替わるように祠堂大尉が前に出てきた。

 

「とまぁ、私たちは白銀少尉にコテンパンにされた訳だ。文字通り、手も足も出なかった」

 

「そうですね」

 

 俺は否定することなく、祠堂大尉たちが俺に対してダメージを与えることのできなかったことを認める。この発言に数人反応したが、大尉はそれを無視して話を続けた。

 

「約束通り白銀少尉の教導を受けよう。目の前でまざまざと見せつけられては、認める他あるまい」

 

「では、演習前に話した通りにしましょう。座学からやり直しですね」

 

「分かった。言う通りにしよう。社少尉、すぐに始めるのか?」

 

 モニタの片付けを終えていた霞がコクリと首を縦に振る。

 片付けられていた机や椅子を並べ始めながら、次の座学では俺が教えることもあるだろうななんて考えていると、俺に話しかけてきた衛士がいた。

 そちらを向くと、演習前にXM3や俺について疑っていた3人だった。彼らは祠堂大尉たちとは、仙台基地に来てから始めて顔を合わせたらしい。大尉曰く、極東国連軍でも精鋭の衛士だという。

 そんな彼らが3人並んで俺に声を掛けてきたのだ。

作業していた手を停めてそちらを向くと、気不味そうにしながらやっと口を開いた。

 

「し、白銀少尉。済まなかった」

 

 そう切り出したのは、3人の中でも階級の高い中尉の衛士。ヒスパニック系白人の男で、日本人の俺とは違い身体に恵まれており大きく筋肉もある。坊主にしている頭をポリポリ掻きながら謝ってきたのだ。

中尉に続くように、スラヴ系白人の女やアラブ系の男も頭を下げた。

 俺は慌てて頭をあげるように頼むが、数秒は何も言わずに頭を下げたままにしていた。やがて顔をあげると、再度中尉が切り出す。

 

「俺たちはプライドを傷付けられたと思ったんだ。こうして国連軍で衛士をしていることに誇りを持っている。人類の反撃の鋒を担えることに、そして祖国を蹂躙した忌々しいクソBETAをいつの日にか地球から叩き出すことを。言い訳にしか聞こえないだろうが、本当に少尉のような新米を卒業したかも分からないような奴が発案した見たことも聞いたこともない戦術機のOSなんて、所詮今までのものと大差ないってな。機体に大幅な改修を施して、それらしく見せてるだけなんじゃないかって。だが、少尉と演習して分かった。少尉のF-4Jはたしかに常軌を逸していた。デタラメな機動制御や硬化時間のなさ、柔軟な動き、どれも機体を改造しただけじゃできない。衛士の腕かとも思ったが、それはあり得ない。なぜなら、あんな動きを戦術機にさせることは俺たちの知りうる上ではできないからだ。

それと、俺たちがどれだけXM3を扱えていないのかが分かった。演習でやってみせた動きは、OSの機能を十分に使いこなせればできるものなんだろ? 今まで乗ってきた戦術機から、XM3の吹雪に乗り換えて世界が変わったように見えていた。それで舞い上がって、本来しなければならないことを見失っていたんだ。本当に俺たちがやらなくちゃいけないのは、少尉のような動きだということに気付かされたんだ。

散々言い訳を言ったが、これからは心を入れ替える。だから、よろしく頼む」

 

 ふと脳裏にある光景が浮かんだ。

 前の世界、XM3のトライアルで当たった横浜基地の精鋭に呼び出された時のことだ。連れてかれた先で、先任の衛士たちに囲まれて何かされるかと思ったら褒めちぎられたのだ。

 目の前に並ぶ3人の顔をもう一度見る。

 プロフィールは夕呼先生から聞かされているので、大体は把握している。全員、BETAによって国を追われている。避難先で居場所がなく、ただただBETAに対して復讐心を持って国連軍に入隊したという過去を全員が持っていた。それでも任官し従軍を経験すると、様々なモノに影響を受けて復讐心の他にも別の想いや願いが生まれていった。それはただ国を取り戻すためではなく、国連軍として人類のために戦うこと。そして、隣に立つ戦友をなんとしてでも生きて帰すこと。

それは俺が任官した時に教わったことであり、戦場に赴く度にその想いは増していった。訓練部隊から一緒だった同期や、先任たちを死なせたくない。そんな想いを持って戦ったに違いない。

 中尉の言葉には、話していない2人の想いも乗せられていたのだろう。中尉に続いて何を言うことは、ただ謝罪とこれからよろしくとだけ。俺は静かに返事した。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

※※※

 

[1999年3月20日 国連軍仙台基地 シミュレータルーム]

 

『待て、タケル!!』

 

『クソ!! ヤナ、そっちに行った!!』

 

『了解』

 

『永代中尉とエストラーダ中尉はそれぞれの隊で挟撃、追いかけっこは私が引き継ぐ!!』

 

 昨日は早々に座学を始めると、霞の座学に加えて俺の解説も交えながら休憩なしで最後までやり切った。その後はすぐに夕食だったので、6人と俺と霞で食べることになり、簡単に身の上話なんかをPXでして交流を深めた。

そして次の日はシミュレータルームを借り、XM3が搭載された筐体に籠もって最初はイチから教えていたが、すぐに追いかけっこへと教導が変貌していた。

追いかけっこは霞が言い出したことで、俺以外全員が鬼となって俺を追い立てることによって、XM3の3つの新機能を使わざるを得ないような状況を生み出すとのこと。どういうことなのか分からなかったが、とりあえず始めてみることになり、武装解除をして追いかけっこを始める。

そうすると始めたばかりの頃は、硬直時間や姿勢制御によって遅れることがあったのだが、次第に自然とキャンセルや先行入力を始めるようになっていたのだ。何故そうなったのかは後で霞に聞くとして、自然と使えるようになって来ているのなら都合がいい。このまま逃げ回って、どんどんXM3の新機能に慣れさせていけば目的は達成されるのだ。

縦横無尽にフィールドを駆け回りながら、時には挑発するような動きも交えながら鬼ごっこを続ける。

 

『白銀ク~ン。捕まってくれたら、おねーさんがいいところ連れてってあげますよー。具体的には大尉が寝てるベッドルームとか? ()()()()放題できますよ?』

 

『日本人形モドキの戯言は聞かなくていい! イルハーム少尉、一番近いぞ!』

 

『無茶言わなくてください、大尉!! アリジャラッド*1みたいに跳ね回る白銀少尉はこの距離でも捕まえられませんよ!!』

 

『平面挟撃なんですから、しっかりやってください!! 永代中尉!!』

 

『まだ付き合いは短いが苦労していることは分かったぞ、黒田少尉』

 

『エストラーダ中尉!! 次!』

 

 オープン回線からは余裕のない彼らの声が聞こえてくる。祠堂大尉とエストラーダ中尉で部隊を2つに分け、平面挟撃で俺のことを捕らえようとしている。センサを動かすまでもなく、背後カメラが動き回る吹雪を捉えているため把握できていた。

 制限時間も特に設けていない鬼ごっこではあるのだが、恐らくどこかのタイミングで霞が終了の号令を出すだろう。それまで逃げ切ればいい。

だが逃げ回るだけでもよくないとは思っており、何かしら言えればいいのだがそれも無理な話だった。そもそも逃げているのに、追いかけてくる機体の動きを細かく観察する余裕はない。指摘するなんて以ての外だ。

 

『……CPより全機へ。鬼ごっこはあと3分で終わりです』

 

 丁度いいタイミングで霞の通信が入る。それと同時に駆け回りながら機体の状態を確認する。

 今回のシミュレーションでは訓練兵が行なうような設定をしており、機体ダメージも受けず推進剤も減らない設定になっていた。再履修初回ということもあり、霞がそのように設定したのだ。

 機体ダメージのことは端から想定しておらず、俺の頭にあるのは推進剤の残量だけだった。今の今まで無限に使えることを忘れていたが、癖として節約して機動することを自然とこなしていた。

気付いたところで変えることはなく、瞬く間に次々と移ろう建造物たちの方に集中する。

 相変わらず背後からは6機の吹雪が追いかけてきており、両腕が空振るのを確認する。一向に捕まえることができない彼らの動きは、次第に癖が滲み出てくるようになる。制限時間を与えられてからは尚更だ。

 

『……CPより全機へ。状況終了』

 

 合図と共にシミュレータが待機状態に移り、網膜投影がパッと消える。

 アビオニクスのハードウェアが発する光と、操縦桿の近くに配置されているコンソールの光でぼうっと明るい管制ユニット内で大きく息を吐いた。

火照って汗ばんだ額を拭ってハッチを開くと、ユニット内よりも冷たい空気が頬を撫でる。特にふらつくことなく降りると、先程まで鬼役をしていた6人が集まるところへ向かった。

 

「タケルの奴に触れることすらできなかったな」

 

「あの妙ちくりんな機動制御は、XM3を使っているだけじゃないと思います」

 

「フリンカ少尉の言う通りだと僕も思いますよ。XM3の動きに関しては、鬼ごっこをやり始めてからなんとなく掴めてきた気がします。振り返ってみれば、座学内容からもかけ離れた制御を白銀少尉がしていることが何度もありましたからね」

 

 特に精鋭出身の3人は話しが盛り上がっている様子だったが、一方のシールダーズ出身の3人はというと、同じ場所にいるのだがかなり静かにしている様子だ。

 静かにしているというよりも、静かにさせていると言った方が正しいのかもしれない。

俺の位置からは見えないが、困った顔をした黒田少尉が祠堂大尉を宥めているらしい。その祠堂大尉はというと、目の前で正座させている永代中尉のことを叱り付けているみたいだ。

そしてそんな6人を霞が遠目から観察している。

 

「……いつからこんななんだ?」

 

「……私が制御室から出てきた時には」

 

「なるほどな」

 

 事の様子を見ていただろう霞に聞くと、シミュレータから降りて早々に始めていたことらしい。

 

「だから何故あのようなことを言った」

 

「ですから交渉したんですよ。捕まえれば次の段階に進めるじゃないですか? 私としては実戦訓練が一番だと思っていますので、何かしらで興味を惹いて捕まえてしまおうと考えた訳なんです。つまり、私のハイレベルな思考によって導かれた白銀クンを簡単に捕まえる方法として使ったということです」

 

「そういうことを言っているんじゃない。というかそれは分かったんだが、分かりたくもないが、何故その交渉に私をダシにしたんだと聞いている。そこは自分を使うところじゃないのか?」

 

「私でもよかったんですけれども、白銀クン的には私のような外見よりももっとメリハリのある女性の方がいいかと思いまして。そうしたならば大尉とフリンカ少尉が対象になる訳ですが、フリンカ少尉はお察しの通りですので対象外に外されまして、消去法で大尉となりました。その恵体で白銀クンの若く滾るセイをですね受け止めてはどうかと思いまして。ほら、九州で助けられましたし」

 

「説明になっていない上に、その論法ならば中尉でもよかったのではないのか?」

 

「ま、まさか大尉、エストラーダ中尉を白銀クンに?!」

 

「何故そうなる!!」

 

「いやだって中尉って言いましたよね? それはつまりエストラーダ中尉のことでは?」

 

「文脈的に君だろうが!! どう考えたらそうなる!!」

 

「いや、中尉って言ったじゃないですか。ここに中尉は2人いますし、名前を言ってもらえなければ誰だか分かりませんよぉ」

 

「こいつ……ッ!!」

 

「どうどう、抑えて抑えて。ほら、畜舎に戻りましょうねぇ~」

 

「貴様が言うなッ!! はぁ……シミュレータしているよりも疲れる……」

 

 俺は少し黙って聞いていたが、とんでもない会話が繰り広げられていた。軍隊内ではよくある話ではあるかもしれないが、こうして生で聞くと感じ方は違ってくる。

 少し離れたところから聞いていたが、あの会話に割って入っていく勇気は俺にはなかった。静かに霞を連れてシミュレータルームから出ていくと、後から続いてくるエストラーダ中尉たちと共に第3ブリーフィングルームへと向かったのだった。

 ブリーフィングルームに到着すると、少し遅れて祠堂大尉たちもやってきた。そんな彼女たちのことを、霞はジトーっとした目で見た後に「……さいてい」とだけ永代中尉に言い捨てたのだった。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 全員が揃うと、早速講評を始める。霞が手早くモニタの準備を終わらせていたので、映像と操作ログを見ながら全員に集まってもらう。

 ログをザッと見れば、やはり鬼ごっこをしていた時から少しずつXM3の新機能を使い始めている様子が見て取れた。演習中も使いこなせ始めていることを感じ取ってはいたが、こうしてログを見ても考えは変わらない。

まだ旧OSの癖は抜けきれていないものの、今の状態を次の訓練や演習でも維持したまま開始し、回数を重ねる毎にXM3に順応していければ問題ないだろう。

 操作ログが書かれた紙の束から視線をあげると、6人全員が俺の顔を見ていた。再度ログを見た後、俺は全員に結果を伝える。

 

「前半は昨日演習した時と同じでしたが、後半の鬼ごっこからは徐々に動きがよくなっています」

 

 背後ではモニタに演習の様子が映し出されており、昨日の演習の時よりも激しく映像が動き回っていた。すぐに切り替わったり、機体を捉えるために映像が右左上下左右に揺れていた。それでも中心に機体は映っており、どういった動作をしているのかは見れる。

6機の吹雪が旧OSならではの機動、硬直時間がばらつきはあるものの徐々に短くなっていく。そして遂には、流れるような動作で短距離跳躍や地表面滑走を使いこなしていた。使いこなしている、というのもキャンセルのみだろう。それは操作ログからも垣間見ることができ、先行入力とコンボは使った形跡がほとんどなかった。

 6人には各自の操作ログが渡っており、それを確認しながらの講評だ。

各々渋い表情をしているか、分かっているのか分かっていないのか分からないような表情をしている。鬼ごっこをやっている内に、直感的に感覚は掴み始めているのだろうが、それでも演習の時よりも動きが機敏になっただけだ。恐らくログを配られて見てみたところで、あまり変化が実感できていないのだろう。

 

「よりキャンセル機能を活用できるようになったのではないか、と思います。これまではXM3の機能を頭で理解し、意識的に動かそうとしても、どうしても戦闘中では身体が覚えてしまっている旧OSの癖が出てきているんじゃないでしょうか。ですが今回の鬼ごっこをしている最中から、徐々に追いつこうと無意識で動作していたところに意識的に機能を使おうとした形跡があります。なので時間が経つに連れて、俺との相対距離は短くなっていったのではないかと」

 

 難しい顔をしていた6人の顔が少し余裕明るくなったように思えた。

 

「しかし、それでもキャンセル機能しか使っていないのも事実です。先行入力とコンボは未だに全く使っていません。イルハーム少尉の操作ログに一度だけ先行入力を使ったログが残っていましたが、どうやら咄嗟に入力したものが操作に介入して結果的に先行入力されたといったところでしょう」

 

 間違っていることを言ったか、と考えながらチラッと近くにいる霞の顔を見るが、俺の分析は間違っていない様子。割って入ってくる様子もなく、静かに俺と6人のいる方を見るだけだった。

 

「皆さんXM3の練度は大体同じくらいだと思います。次のシミュレータでは先行入力やコンボも使えるようになりましょうか」

 

 それだけ言って一歩後ろに下がると、今度は霞が話し始める。

 

「……皆さんお疲れ様でした。操作ログはご自身のを配布しましたが、各自の端末からでもログと共にシミュレータの映像を閲覧できるようにしておきます」

 

 どうやら霞の話すことはそれだけだった様子。

入れ替わるように今度は祠堂大尉が前に出た。

 

「まだ不甲斐ないばかりにOSを十全に使い切れていないが、一刻も早く使いこなして見せよう。そろそろ夕食の時間が迫っているから、今日の訓練はここまでとしよう。明日からも基本的に私たちのすることは変わらず、XM3完熟訓練だ。集合は0800、ここ第3ブリーフィングルーム。では、各自解散」

 

 自分のログを小脇に抱えながら、ぞろぞろと全員が更衣室に向かって退室していく。取り残された俺は霞の片付けの手伝いをしながら、明日からのことを考えていた。

 夕呼先生に頼まれていることは特になく、オルタネイティヴ4に関わることは全くと言ってもいい。他に研究室や執務室の整理程度は頼まれているものの、数十分もあれば片付くものばかりというか、そもそも期限を設けられていない私的なものばかりだ。

これからはブリーフィングルームや執務室を往復する生活になりそうだな、等と考えながらホワイトボードを綺麗に拭き上げる。

 

「……お疲れ様でした、白銀さん」

 

「おう、霞も色々ありがとうな」

 

「……いえ、任務ですので」

 

「それでもありがとう」

 

「……はい」

 

 一足先に片付けが終わった霞が、俺が終わるのを待ってくれている。何か用事でもあるのか、それとも考えたくない方のものでも言おうとしているのだろうか。

 

「……純夏さんが夜ご飯に連れて来い、と」

 

「え"?」

 

 その単語を聞いた瞬間、嫌な予感が脳裏を過ぎった。

 昨日のことだ。祠堂大尉たちに誘われてPXで夕食を食べた時のことだ。俺の両脇を祠堂大尉と永代中尉に固められながら、あれやこれやと異動前の部隊について聞いていた。新鮮な話ばかりで、特に祠堂大尉からは九州で俺と合流した時のことを聞いていた。

祠堂大尉はそんなことないが、永代中尉はやたらと身体擦り寄せて触ってくるのだ。それから逃げながら話を聞いていたのだが、途中であることを思い出したのだ。純夏から夕食前に用事があると言われていたことだ。

俺はすぐさま時計を確認するが、既に時遅し。約束していた時間はとうに過ぎており、これは仕方ない後でちゃんと謝ろう、そう考えた。

しかし不幸が起こったのだ。さば味噌煮定食を突きながら、ご飯を頬張った時のこと。目の前に座るエストラーダ中尉の背後に経つ、赤毛の訓練兵が立っていたのだ。それはもう、物凄い形相で。

俺が彼女のことに気がつくと、そっぽを向いてどこかへ行ってしまい、主に永代中尉のお陰で離席も叶わなかったず追いかけられなかったのだ。そしてそのままこれまで純夏と顔を合わせるタイミングがなかった。

 一気の俺の顔から血の気が引いたことだろう。霞はそんな俺を目を捉えながらも、表情をほとんど変えることなく俺の手を取った。

小さく柔らかいその手を握ったことは何回もあったが、今回程その手が恐ろしいと思ったことはなかった。少しでも力を入れれば折れてしまいそうなその手からは、考えられない程強い力で握られていたからだ。

 

「……逃しちゃ駄目、です」

 

「か、霞? 霞さ~ん?」

 

「……純夏さんが待ってます」

 

「ちょ、霞さん?! ねぇ、引っ張らなくても行くから!! 霞!! 霞!?!?」

 

 ラップトップを抱えながら俺の手を引き続ける霞に、俺はもう抵抗することを諦める。これから待ち受けているであろう、あの赤毛の少女の顔がどんなことになっているか考えながら、周りにやいのやいのと言われているのも右から左で聞き流し、徐々に近づいてくるPXと今日の献立の美味しそうな香りに現実逃避を始めるのだった。

 

*1
バッタ(アラビア語)




転属メンバー 一覧

祠堂 カレン大尉
永代 すみれ中尉
黒田 官影(きみかげ)少尉
ロレンシオ・エストラーダ中尉
ヤナ・フリンカ少尉
イブラハ・イルハーム少尉

※※※

【お知らせ】
今までは2本分書き上がり次第、11時と21時に予約投稿をしてきました。
ですが今回の投稿から方針を変え、1本分書き上がり次第、21時に投稿することにします。


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episode 35

 

[1999年3月21日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 講義室]

 

 "記憶"では着慣れた制服ではあるけれど、肌触りには覚えのない第207訓練部隊の制服。私の中では、この制服は白陵大付属の制服でもある。

 "記憶"を理由に、こういったことはこれまでにも日常的に起きていたこと。見たことのある顔がいい例。

 同じ訓練部隊には、見覚えのある顔がいくつもある。速瀬中尉がそう。今はまだ訓練兵で、どこかあどけなさが残っている。他にも髪の毛がショートボブの涼宮中尉がいたりする。

私が訓練部隊に入った期には、どうやら速瀬中尉たちが訓練兵として第207訓練部隊に配属された時だったのだ。

 私の目の前には、そこそこに使い込まれ始めている教材がいくつかと、ノートが2冊、筆箱。筆箱はもっと可愛いのがよかったが、贅沢も言ってられないし、そもそも支給されたものだ。文句を言ったら神宮司先生もとい神宮司教官にどやされるのは、火を見るより明らかなこと。

 飾り気のないペンを握り込み、視線を落とすのは兵科座学。鉄砲や爆弾の取り扱いに付いての項目。数学とかならまだいいが、こういった専門科目となると分からないところが多い。訓練部隊に入る前、霞ちゃんに色々と教えてもらっていたが、それらのほとんどはオルタネイティブ計画に関する内容のものから、香月先生から言われて始めたプログラミングや、霞ちゃんのを見て始めたアビオニクス関係のこと。言い訳のつもりはないけれど、タケルちゃんも体力錬成についてしか教えてくれなかったし、見てもくれなかった。私が頼まなかったってのもあるかもしれないけれど。見てくれてもよかったと思うけれど、タケルちゃんはタケルちゃんで忙しそうにしているし、仕方がないのかもしれない。

 だからこうして、時間があれば勉強をしていくしかないのだ。遥か遠くにある記憶。白陵大付属を目指すって言い出したタケルちゃんと一緒のところに入りたくて、一生懸命勉強をした時と同じように。

 

「か、が、みー」

 

 集中して単語や、動作の流れを頭に入れていく。訓練部隊の中で私は落ちこぼれの方なのだ。幸いにしてタケルちゃんに訓練を付けてもらっていたからか、そこそこ体力はあるらしい。神宮司教官もそこは感心していた。だけれど、私は頭がいい訳ではない。普通の数学や英語ならばまだしも、軍人になる上で必要な知識を教えられるような科目はてんで駄目だった。困っていればその都度仲間の皆は助けてくれるけど、自分の力でどうにかしたい。だから必死になって覚えるしかないし、神宮司教官が許可してくれた時には実習室に籠もって反復練習もする。

訓練兵になるまでは、タイピングのしすぎで手首が痛くなることは多かったけれど、ニオイを気にすることは少なかった。何だかんだ言って、私はずっとC型軍装を着ていた。でも今はずっと作業着姿ばかり。手は鉛筆の黒鉛と、小銃の機械油だらけ。体力錬成では擦り傷は絶えず、最近は髪もどこか毛先がパサついてきた気がする。

 分かっている。これが軍人になることで、衛士になることだって。それでも、私はタケルちゃんの側にいなければならない。離れる訳にはいかないのだ。

 

「鑑? 鑑ー? おーい、鑑ー?」

 

「……はっ?! な、何? 速瀬、さん」

 

「いやぁ、今日も精が出ますなぁ~。鑑ってば、ずっと勉強してるんだもん。あたしが声掛けてようが、聞こえてないみたいだしさ」

 

「ごめんなさい、集中してて。それで、なんかあった、の?」

 

 私の前の席に腰掛けているのが、例の速瀬さん。今はまだ訓練兵。私からしてみれば、ベテランの中尉で私ともそこそこ顔馴染み。彼女からしてみれば、訓練部隊で初めて会った年下の女の子という印象だろうが、私からしてみればそうもいかない。つい言葉の端々で敬語になりかけるし、名前もさん付けから中尉と言いそうになる。

 きっと変な話し方をする女の子だと思われているだろう。そもそも、訓練部隊の中で最年少ということもある。それだけでも目立たない訳がないのだ。

 反復練習を続けているところを閉じ、速瀬さんの目を見て話を聞き始める。

どうやら、これから始める座学は少し踏み込んだことになるらしい、というのを神宮司教官から聞いてきたという。まだ訓練部隊に配属されて時間の経っていない私たちに、どれほど踏み込んだことを教えてくれるのかは分からないが、楽しいことではないのは確か。軍人になるためにはいつかは必ず通らなければならないところだろう。

 

「プロジェクタとホワイトスクリーンを鳴海たちが運んでくるように言われてたから、多分映像でも見ると思う! くぅ~! 最近は文字ばっかり目で追ってたから楽しみだなぁ~!」

 

「そうかもしれないけど、宣材とか座学用教材ではないことは確かだよ? だって見たことないし、聞いたことないし」

 

「あ~、鑑は近所の友だちが一足先に軍人になったんだっけ? それで教えてもらったの? あたしは近くで戦術機を見たことがないし、テレビ放送でもあんまり映ったのを観たことがないからさ、見てみたいじゃん? 将来的に見れるとは思うんだけれど、なるべく速くにさ」

 

 楽しそうに目を輝かせながら、数分後に始める講義について語る速瀬さん。

 まだ入隊から1週間しか経っていないが、今後の予定はすでに教官たちから聞かされている。入隊1ヶ月で体力錬成と小火器の取り扱いを完熟し、装備を纏った状態での行軍も慣れ始める。2ヶ月で体力錬成と座学を全て修了、梅雨に入る前には総合戦闘技術評価演習に挑む。総戦技を突破した訓練兵には、戦術機適正検査を受けさせた後に適正者のみ戦術機教導の後期課程に移る。速くとも夏至前には任官式を迎えられるように扱き倒すぞ、と脅されていた。

つまり、合算半年で任官するということ。それもそのはずだ。私以外の訓練兵は既に、入隊前から軍人になるための教育を受けてきている。あくまでここで学ぶのは本格的な訓練兵になるための訓練と座学の確認。そして任官までの最終調整みたいなものだ。

自分なりに体力錬成をしていた私は、完全にお荷物組なのだ。だから体力は追いつけるとしても、圧倒的に軍人としての知識が足りていない。

 

「ごめんね、鑑さん。お勉強していたところに水月が」

 

「いいよ、気にしないで。もう少ししたら座学も始まるしさ、丁度よかったよ」

 

「そう。……なら少しお話しない?」

 

 速瀬さんに遅れて涼宮さんがやってくる。どうやら部屋で何かしていたから遅れたらしい。

 速瀬さんの隣に立って、私の机を囲む。これが入隊してからの、私の日常だった。

おもしろおかしい話を速瀬さんが振って、それを私と涼宮さんがリアクションをする。涼宮さんは静かに返し、私はその時の感情を素直に伝える。これまでに経験のなかったことだが、楽しい。そう思える訓練兵生活だ。

 しかし油断のできないことがある。総戦技での事故の件だ。あの事故があったから、涼宮さんは衛士になる道を諦めてCP将校の道に進んだ。あの事故を防ぐべきなのか、と言われたら防ぐべきなのだろう。しかし、それで納得したかと言えばそうではなかった。

怪我をするところも見たくはないし、もし未然に防げるのであれば防ぐ必要がある。もし防いだとしたならば、それは歴史を大きく変えたことになる。既に光州作戦で大きな歴史の流れを捻じ曲げた過去があるならば、今更気にすることでもないのかもしれない。けれど、涼宮さんがCP将校にならなかったとしたら、もしかしたら予測できない事象が発生してもおかしくはない。

 

「でさ、その時に平が……どうしたの、鑑?」

 

「うん? ごめんね、少しぼーっとしちゃって」

 

「大丈夫でしょうね? そんな調子じゃ、あの鬼軍曹(神宮司教官)に何言われるか分からないわよ?」

 

 1週間で神宮司教官を鬼軍曹呼ばわりしながら、速瀬さんは平くんの話に戻っていく。まだ訓練兵生活を始めて間もないというのに、仲間や教官たちの話をネタにしているのは、元々の彼女らしさなのかもしれない。

 調子いいなぁ、なんて考えていると涼宮さんの顔がみるみる青くなっていくのが見て分かる。視線の先を追ってみると、そこにはいい笑顔をしている神宮司教官が腰に手を当ててこちらを見ていた。

私も気付いたものの、速瀬さんからは死角になっていて見えていない様子。調子よく彼女はあれこれと言い始めていた。

 

「厳つい男性教官もいるのに群を抜いて一番怖いのに、なんか基地の中で銀髪の女の子にデレデレしてるところを見かけるし、この前なんかあたしたちよりも年下の男の子追いかけ回してたからねぇ~。"狂犬"とか言われてるっていう噂があるけど、その片鱗を垣間見てるのかそうでないのかも分からない人なのよ」

 

 みるみるドス黒いオーラが辺りを包み始める。いち早く気付いた涼宮さんは、なんとか速瀬さんを止めようとしているものの、調子に乗って色々言っている彼女を止めることはできない様子。私も半ば諦めモードに入っており、今日の座学と訓練は厳しくなるだろうななんて考えながらいつか落ちるであろう雷を待つ。

 

「それでいて嬉々として私たちのお尻蹴り飛ばすし、罰則はキツいし、この前平なんか足元に自動小銃撃たれてたわよね。ありゃ、足の甲に風穴開くかと思ったわ。入隊前に訓練部隊の教官は、大人の男がお漏らしする程怖いって聞いてたけど、本当その通りよね。そんな教官の中で一番怖いだなんて神宮司教官ってば結婚で」

 

 最後の言葉を速瀬さんが発することはなかった。背後に般若のオーラを撒き散らしていた神宮司教官が、速瀬さんの頭をガシッと掴み、そちらに無理やり顔を向けさせたのだ。

 

「は~や~せ~? 何やら愉快な話をしているじゃないか。是非とも、私にも聞かせてくれないか?」

 

「じ、じじじ神宮司教官!?」

 

「ほら、いいんだぞ? 例えば私が教官連中の中で群を抜いて一番怖いだとか」

 

 タケルちゃんが言ってた。教官は怖がられてナンボだ、って。それに神宮司教官は本当は怖くない、とても優しい人ってのは知ってるからね。

 

「訓練兵をサンドバッグにしてるだとか」

 

「いやぁ~、そのですねぇ~」

 

 色々理由があって蹴ってくる、というのは何となく分かっている。走るのが遅いだとか、腰が入ってないだとか。そういう理由。一度注意された後、殴る蹴るをされているというのも、一度で覚えて実践できていないからだとか、そうした方が早く覚えられるからだとかそういう理由らしいが、本当のところはよく分からない。最も、先輩教官からそういう風に指導しなさいだとか、教官教本にそう記載があるだとか、そういう理由が本当らしい。

 

「そんなんだから独り身だとか」

 

「あ、あの、そうは言って」

 

 言い逃れしたところでどうしようもない。神宮司教官は、その場で速瀬さんの頭にゲンコツを振り下ろした。ゴツッと鈍い音と共に、速瀬さんは殴られた後を擦る。

 殴られただけで済んだのならよかったんじゃないかとも思ったが、ある映像が私の脳内にフラッシュバックする。

使い込まれた教室。似たような制服に身を包んだ男女。それは学校のようで、皆楽しそうに笑っている。教壇にはクリーム色のタートルネックニットに、ブラウンのロングスカートの神宮司教官は柔らかな笑みを浮かべている。

私もその場に居て、周囲を見渡すと右斜め後ろの席には見慣れた男子生徒。教室内にも記憶にある顔がちらほら。私はその中でただ独り、笑っていなかった。何故皆笑っているのだろう。何がおかしいのだろう。

刹那のことだ。割れんばかりの激しい頭痛が私の頭を襲った。それと同時に、目の前には速瀬さんや涼宮さんが私の顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫?」

 

「どうしたの? 鑑さん」

 

「う、ううん。何でもない、何でもないよ。少し頭が痛くなっただけ、でも大丈夫」

 

 痛いけど我慢する。私は机の上を片付け始めるのを見た2人は、大丈夫そうだと思ったのだろう。神宮司教官も来ていることだし、最初の座学の準備を始めるのだった。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 グラウンド]

 

 午前中の座学で観たのは、神宮司教官のコネで訓練兵に視聴することを許された映像だった。最前線の基地での様子。平時・戦時の両方を観た。

正直に言ってしまえば、私は既に経験していることで新鮮味は感じなかった。ただ、本当にそういう基地で撮影されたものなんだ、と思う程度。平時はゆったりとはしていないものの、正規兵は訓練に励み、整備兵やその他後方支援要員も機体整備や基地運営を行っている。戦時には慌ただしく正規兵たちが出撃し、ガランとした基地内を後方支援要員の整備兵やその他非戦闘員たちが走り回って怒鳴りあって、ボロボロになった戦術機や部隊の数が減った戦車や自走砲が帰ってきたり、兵装整備に追われて休憩を挟まず働き続ける。そんな、リアルな映像だった。

 他の訓練兵の皆は言葉を失っていた。何を皆が夢想していたのかは、私には分からない。華々しく雄々しく、綺麗なものでも想像していたのだろうか。だが、現実はいつだって残酷だった。皆はそれを直接見た訳じゃないのに、勝手に期待して絶望した。

 私はそんな皆を少し冷めた目で見ていたのかもしれない。

午後は昼食を摂った後、小銃の分解組立と調整の訓練。整備工具のある教室へ移動し、帝国軍から借りた突撃銃を分解しては組み立ててを繰り返している。目標タイムを出せれば、教官から屋外射撃場で調整をして戻って来いと命令され、戻ってくれば分解整備を始める。そんな、銃の扱いを身体に染み込ませる訓練だ。

不得意で四苦八苦しながら、小銃の組立教本と睨めっこをしている私に、神宮司教官は話しかけてきた。

 

「鑑」

 

「はい、神宮司教官」

 

 手を止めると怒られる。私は視線をそちらに向けることなく話しを聞く姿勢を取った。

 

「貴様は何故平然としていられる?」

 

「はい?」

 

 メインスプリングを挿入し、いよいよ組立完了の一歩手前で手が止まる。神宮司教官の顔を見れば、その表情は座学や訓練の時には見たことのないもので、どこか懐かしさを感じるものだった。

 

「今朝、速瀬と話していた時、いや、訓練部隊に入ってからというもの、ずっと貴様はおかしい」

 

「おかしい、というのはどういう意味ですか?」

 

 組立をしていて気付かなかったが、実習室には誰もいない。訓練兵も他の教官も。私と神宮司教官しか、この部屋にはいない。アッパーレシーバーを作業台に置き、再度彼女の顔を見る。やはり懐かしい。そう思えて仕方がない。

 

「どういう理由で軍にいるのかは知っている。白銀少尉と共に博士の研究を手伝っていることも。私も関わることがあったから、鑑のことは少尉から聞いていたし、交流する機会もあったから私自身ひととなりは把握しているつもりだ。だがな、今期の訓練部隊入隊式で貴様の顔を見てからおかしいと思っていた。

食堂で会った時や、ハンガーで会った時、XM3の教導中や訓練機の整備報告を聞いてた時、そのどの時も貴様は社少尉と共に身動きし辛い環境の中でも笑顔だった。だがな、貴様はずっと訓練中も座学中も笑顔じゃないんだ。他の連中と話している時に浮かべている笑みも、どこか違う気がする。今朝観せた映像を見ても、表情はピクリとも動かなかったし、感情が揺れ動いている様子もなかった。

理由は分かっている。既に軍籍を置いているし、軍人とはどういうものかの片鱗を知っているからこそ、あの映像は"非日常"であることに気付いている。白銀少尉が見てきた世界を、知っているからこそ表情を変えなかった。

……そうなんだろう、鑑」

 

「……そうですよ」

 

 一言だけ返事を返すつもりが、私の口は何故か止まらなかった。他に聞いている人がいないことを分かっているからなのか、本来であれば誰にも話さないことを言ってしまう。

 

「私はおかしく見えるかもしれません。目的があって志願兵になりましたが、本当は怖いです。銃なんて持ったことないし、訓練だって辛いし苦しいです。泥だらけになって、傷だらけになって。散々悩んで苦しんで夜も寝れなくなるくらい悩んで決めたことですけど、それでもこの選択は本当によかったのかって毎夜毎夜思うんです」

 

 そう。これは私が夜眠る時、毎日見ている夢だ。

 

「BETAと戦って、誰かが生きて誰かが死ぬ。そんなことが当然の世の中で、私はたった1つを掴み取るためだけに力を使わなくちゃいけない。でも、それを掴み取ったら何かを失うんじゃないかって。隣に立つ誰か、先輩、後輩、教官、上官、他の兵士たち。本当ならばまだ死ぬことなんてなかった人が死に、本来であれば死んでいたであろう人が生きている。そんなことが当たり前のように起こっちゃっているんですよ」

 

 誰が生きていて、誰が死んでいるのか分からない。いつかきっと、私はそうなってしまうんじゃないか。そんな悪夢を毎晩のように見ているのだ。

 

「それもこれも全部、運命が決めてることなんですよね……」

 

 静かに聞いていた神宮司教官は、少し考えた後、静かに口を開いた。

 

「……結局、鑑が何故平気な顔をしているのか分からない。だが、分かったことはある。博士の計画に参画している以上、私の知り得ないことを鑑が知っているってこと。貴様の幼馴染、白銀少尉がちぐはぐな衛士であるのならば、その幼馴染の鑑もまたちぐはぐな人間なのだということ」

 

「ちぐはぐ? タケルちゃんが?」

 

「そうだ。貴様と同じ年齢で、貴様もではあるが少尉という階級を持ち、国連軍の正規兵として働いている。何故、白銀少尉はあの年齢であそこまでの腕を持っているのか、前々から甚だ疑問だった。一方で、鑑が何故その年齢で戦術機の整備が行えたり、博士と同程度のセキュリティパスを持っているのか、これも同様に疑問だった」

 

「私は……」

 

「白銀少尉が目立ってはいたが、本来は鑑、貴様も訓練兵になるにはちと早すぎる年齢だからな」

 

 私はまだ15歳。志願できない年齢。徴兵は16歳からのため、徴兵された後、2年間基礎訓練を行い、訓練部隊に入隊するという流れになっている。私はその2年をすっ飛ばしているのだ。基礎訓練をちゃんと修了していたとしても、年齢的に問題はある。そのため、訓練部隊では年齢を誤魔化している状態なのだ。唯一、神宮司教官のみが私の本来の年齢を把握している。

 

「……大丈夫ですよ。私はしっかり衛士になります」

 

 そう言葉を濁し、私は作業に戻った。

 どこまで作業を進めたか忘れかけているものの、自然とアッパーレシーバーを手に取っていた。次はロアレシーバーと重ねてピンで止めて、機関部を差し込むだけ。

既に組み立ててある機関部を手に取ると、そのままアッパーレシーバーに差し込んで、組み立ては完了。ボルトを引いて動作を確認すると、近くに置いていたストップウォッチを停止させる。

 

「22分34秒……」

 

「やり直し」

 

「了解」

 

 神宮司教官からやり直しを指示され、再び小銃をバラし始める。

私は一体いつになったら小銃の組み立ても満足にできるようになるのやら……。また居残り練習をしなければ、と心に決めた瞬間だった。

 



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episode 36

[1999年4月1日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 グラウンド]

 

 毎日予習復習を欠かさなかったからか、知識は皆に追いつきつつある。実習や訓練の方も最近は怒られることも少なくなってきた。小火器の扱いはもう問題ないところまでやってきている。

今日行われている試験は、私たちに知識がどれだけついているのかを確認するためのもの。思い返せばハンガーでうろちょろしていた時に、自然と使っていたものとかも出てきているのだ。知識として触れると、なんとなくで理解していたことがちゃんと知識として備わっていくことを実感する。今回の試験は赤点を取ることもないだろう。むしろ成績がいいかもしれない。

 試験を簡単に片付けると、後は訓練に移る。今日は格闘訓練だ。始めはナイフの扱い方や手入れの仕方等を教わり、今はラバーナイフや組手で訓練を行っている。

 この訓練は持久走と同じくらい私の得意としている訓練だったりする。理由は簡単だ。

 

「か、鑑が身体を揺らし始めたぞ!?」

 

「今日も出るのか!!」

 

 既に一度組手を終えて見学している訓練兵の野次が聞こえてくるが、私には目の前の相手(平)しか見えていない。

 

「ちょ、鑑?! それは不味!」

 

「せいっ!!」

 

「ごっふあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 繰り出されたナイフの持っていない右拳が平くんの防御の全くされていない腹部に突き刺さってめり込む。そのまま勢いを殺さずに振り抜くと、彼はそのまま打ち上げられてしまった。一瞬で空高く舞い上がった彼は、すぐにシルエットも分からなくなる程遠くまで飛んでいき、落ちてくる様子もない。

 

「平も派手に飛んだわねぇ~」

 

「水月、何呑気なこと言ってるの?」

 

 それを愉しげに見ている仲間たちはいつ落ちてくるだろうかなんて話しており、監督をしている教官たちももう慣れたと言わんばかりに空を見上げていた。

 ほどなくして平くんは空から落ち、真っ逆さまにグラウンドに突き刺さる。痛そうではあるが、多分大丈夫だろう。これまでもタケルちゃん含む、何人も空を飛んでいる。曰く電離層まで飛んでいるらしいが、そこまで飛んでいるのだろうか。

 

「痛ってぇ……。流石は鑑だな」

 

「あはは……ごめんね~、いつもの調子でやっちゃって」

 

「地球は青かった……」

 

 砂埃を払いながら立ち上がる平くんは、視線を教官の方へ向ける。先程までの組手で決着がついてないのは私と平くんのペアだけだった。教官たちは平くんが平気そうにしているのを確認すると、次の指示を出す。

 結局組手ばかりやっていたが、訓練兵になってできるようになったことは多い。その中でも一番は、どりるみるきぃぱんちをコントロールできるようになったことだった。

前までは感情に任せてタケルちゃんのお腹を殴り付けていたが、今では意識的に打ち出すことができるようになった。だから平くんや他の仲間相手でも使えるのだ。ポコスカ私の頭を叩くタケルちゃんに一矢報いることができるようになったのは喜ばしいことではあるのだが、訓練兵になってからはめっきり顔を合わせることも少なくなったように思う。

 

「鑑、次はあたしよ!」

 

 次の相手は速瀬さん。ナイフを構えながら闘気を体全体に纏っていくのが感じ取れる。

 

「よし!」

 

 訓練兵を卒業すればタケルちゃんと一緒にいられる時間も増えるだろう。ならば早く修了すればいいこと。勉強はどうしようもないけど、頑張ればなんとかなるよね。

 

「かかって来なさい、かがm」

 

 速瀬さんの腹筋辺りに私の拳がめり込む。

 

「テレシコワッ?!」

 

「水月ぃぃぃ~~~!!」

 

 ポニーテールの訓練兵がまた、空を舞った。

遠くで監督している神宮司教官が苦笑いしているのが見える。これでも手加減している方なんですよ。

 

※※※

 

[1999年4月2日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊ハンガー TF-403専用区画]

 

 今日は訓練が休みだ。休みの日には基本的に勉強とやらなくてはいけないことをして過ごしているが、今日はキリのいいところまで勉強を済ませて通い慣れた格納庫に来ていた。いつもの国連軍C型装備ではなく、訓練兵制服で現れた私のことを整備兵の皆さんは少し驚いた顔をして見ていたが、すぐに各々の作業へと戻ってしまった。

 ラップトップを片手にキャットウォークへ上がり、タケルちゃんの不知火にコードを繋いで情報を閲覧する。

 訓練兵になってから、私のセキュリティパスは相変わらず閲覧権限の高いもののままになっていたものの、オルタネイティヴ計画に関わる情報は安々と見れるものでもない。こうして直接出向くくらいしか知ることができないのだ。

データの吸い出しを片手間に、機体に蓄積されている稼働状況を確認する。

どうやらここ最近、私が訓練兵になってからは戦地に行っていないようだ。ということは、ずっと基地内で訓練や香月先生のお手伝いばかりしていたのだろう。それだけを確認できれば、とすぐにアビオニクス系のシステムに入る。

気分転換に簡単なチェックをしてしまおう。そう考えてのことだ。

 

「……こんにちは」

 

「あっ、霞ちゃん。こんにちは。久しぶりだね~」

 

「……お久しぶりです、純夏さん」

 

 管制ユニットの密閉ドアアームに腰掛けてながらラップトップを眺めていると、霞ちゃんが小さい手でうさぎ印のラップトップを抱えて現れた。どうやらタケルちゃんの戦術機に用があるらしい。

少し脇に避けると、空いた隙間に彼女は腰掛ける。二股に分かれているケーブルを差し出すと、アダプターに挿してラップトップを起動した。

 

「タケルちゃんの不知火でなんかあったの?」

 

「……OSのパッチ更新です」

 

「なるほどぉ。先行試験って訳だね。タケルちゃんじゃなければ墜落するかもしれないくらい致命的なエラーだったのかな?」

 

「……そういう訳ではありません。プログラムの軽量化です」

 

「私にはまだ早い内容だったよ……」

 

 霞ちゃんの用事はプログラムの軽量化。CPUの性能が上がったとはいえ、タケルちゃんの機体に入力する命令はA-01の人たちよりも多い。先行入力とキャンセルを多様して複雑な機動制御を行っているので、繊細な動きをすればするほどコンピュータに負荷がかかる。その負荷をできるだけ軽くするのだろう。私が訓練兵になる前からも、霞ちゃんは定期的にXM3の軽量化パッチを作っていたのだ。今日も出来上がったものを導入しに来たのだろう。

 私は小手先でコンボの組み合わせを見ていたけれど、どうやら使用しなくなったものがいくつかある。削除しながら霞ちゃんに話しかけた。

 

「最近の霞ちゃんは変わらないみたいだね」

 

「……はい。いつもと変わらず、白銀さんの演習管制や博士のお手伝いをしています」

 

「訓練兵になってからは色々大変だよ。お勉強ばっかりだし。運動は別に大丈夫なんだけど、武器の取り扱いとかそういう軍隊で必要な知識が足りてなくてね」

 

 知ってはいるかもしれないが、そんなことを話す。

 霞ちゃんは変わらずのようだ。やはりタケルちゃんの演習管制と香月先生の手伝いをしていた。

 

「……純夏さん」

 

「なに?」

 

「……もう少ししたら総合戦闘技術評価演習の予定を組み立てる、と博士が言っていました」

 

「それって」

 

「……"前回"も訓練を前倒しにしていましたが、今回も同じようにするようです。"かの部隊"の衛士不足を主な理由にするとのことですが、裏の事情はお察しだと思います」

 

「うん。何となく分かるよ」

 

 急に真面目な話を始める霞ちゃん。誰かに聞かれないよう、気を使って直接的な言葉は避けて言いはしたが、私には分かるように考慮しているのだろう。

彼女の言うところの裏の事情というのは十中八九、涼宮さんのことをだろう。勿論、お姉さんの遥さんの方だ。総戦技での事故を理由に、衛士を挫折し、CP将校となったのが"前の世界"での話。今回はその事故を未然に防ぐことができる。果たして、歴史を変えてしまった場合はどうなるのだろうか。時々考えていることだが、結局のところ私が考えたところで、どうすることもできないという解答は出ている。

 頭の中を切り替え、私のしなければならないことを確認する。

私はタケルちゃんの隣に立つ。ただそれだけだ。

 

「でも私がやることは変わらないよ。総戦技を突破して、後期課程に早く進む。戦術機に乗って、すぐに技術を身に着けて任官する。それだけだよ」

 

「……私もがんばります」

 

 霞ちゃんが空き時間に自分のことをしているのは前々から知っているが、時々どこにいるのか分からない時もある。

目撃情報はあちこちで聞くが、何をしているのかまでは分からない。

 何を頑張るのかは分からないが、霞ちゃんなら大丈夫だろう。私はチェックの終わった機体からケーブルを引き抜き、ラップトップ内に残ったデータを整理し始める。

 

「……そういえば純夏さん」

 

「どうしたの?」

 

 その声に顔をあげて霞ちゃんの瞳を見る。

 最近は割と表情豊かになった顔は、いつにも増して真面目なものになっていた。グレーの大きな瞳が私のことを捉えており、吸い込まれそうになる。すっと視線を額にずらし、再び瞳を見た。

 霞ちゃんの様子は変わっておらず、小さい口から静かに言葉が繰り出された。

 

「……訓練兵は大変かもしれませんが、やることはたくさんあります。ですけど一番にしなくてはならないことを忘れないでください。あなたは白銀さんの願いのために繰り返しているんですから」

 

「霞ちゃん……」

 

「……"来たるべき作戦"には白銀さんは勿論参加しますが、純夏さんにも参加して欲しいです。お2人が横浜からいなくなったこの世界での大きな事象のひとつでもありますし、大きな改変点のひとつでもあります。恐らく今回の作戦でも、"あの攻撃"はあると思います」

 

「あの攻撃……」

 

 米軍による無通告G弾攻撃のことだ。

 

「……作戦立案は既に終盤に入っています」

 

「だから総戦技を早めるんだね?」

 

「……はい」

 

「分かったよ。頑張ってできる限りのことをしてみるね」

 

「……くれぐれも身体には気を付けてください。……またね」

 

「うん、またね。霞ちゃん」

 

 スッと立ち上がった彼女は、ラップトップを脇に抱えてキャットウォークから降りていった。その背中を目で追いながら、考えごとをする。

 明星作戦まで、残り4ヶ月。それまでの間に総戦技と後期課程を修了し、任官しなければならない。今のままで本当に衛士になれるのだろうか。そもそも、私の衛士になる目的はタケルちゃんにしかない。私自身はどうなのだろう。本当に衛士になりたいのだろうか。それとも……。

 不透明な感情を無理やり頭から振り払い、自分のラップトップの電源を落とした。少しは気分転換にもなっただろう。部屋に帰って勉強を再開しよう。そう考え、自分の部屋へ戻ることにした。

 



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episode 37

[1999年4月27日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 講義室]

 

 座学に訓練を毎日こなし続けていたら、気付けば同期の皆と同じくらいの水準には追いついてきていた。座学も訓練も目に見えて結果は出ていた。専門知識のオンパレードには最初こそ振り回されてばかりだったが、今では問題なく理解でき、筆記試験も合格ラインを超えることができている。訓練の方は、格闘訓練の方は特別だったが、他の射撃等々はビリから這い上がってきている。神宮寺教官からは『最初の頃よりもマシになった。その調子で訓練に励め』とのお言葉も頂いた。

 そんな日々を過ごす一方、私には訓練兵として以外でしなければならないことがあったはずなのだが、いつの間にかそれらがなくなっていた件について。

 今朝、廊下で霞ちゃんとすれ違った時に気になって聞いたことがあったのだ。

 

『あ、そうだ。霞ちゃん』

 

『……なんですか?』

 

『私が訓練兵になってから、全く武ちゃんの戦術機を整備しに行ってないけど、武ちゃんは出撃とかしてないの?』

 

『……出撃はしていません。純夏さんもご存知の通り、昨年から大きく状況は変わっていません』

 

『えぇ? じゃあ、香月先生のお手伝いばっかりなんだ』

 

『……純夏さんが訓練兵になられた頃に合流した補充兵の訓練が多いです』

 

『なるほど~』

 

 私の知らないところでどうなっているのかは何となく見えてきた。しかしながら、霞ちゃんの話から推察するに、おそらくタケルちゃんの戦術機は変わらず整備が必要な状態が定期的にやってくることを意味していた。

であるにも関わらず、私はこうして訓練兵として訓練に明け暮れている。私が首をかしげていると、霞ちゃんが言葉を続けた。

 

『……純夏さんはお気になさらず訓練を』

 

『うん、分かったよ! でも、訓練部隊に入るまでやっていたことってどうなったんだろう?』

 

『……そちらは私の方で引き受けています。問題ありません』

 

『そうなんだぁ、ありがとう? でも、霞ちゃんって他にも色々やってなかったっけ?』

 

『……問題ありません』

 

『あ、はい』

 

 訓練兵になるまでの期間、私がやっていた仕事はどうやら霞ちゃんが引き受けている様子。結構忙しくしていたつもりだけど、それを彼女が背負うとなると、その仕事量はかなのものになるはずだ。彼女自身が抱える仕事もあるのに。

 大丈夫なのかと訪ねても、辛そうな表情をすることなく大丈夫と言い張る霞ちゃんに気が押されてしまう。あまり感情表現の豊かではない彼女ではあるのだが、そういったことは分かるものだとばかり思っていた。だが、その素振りも見せない。

 霞ちゃんと別れた後も気になったままだった私は、TF-403ハンガーに向かった。

 ハンガー内を見回してみても、変わったところはほとんどなかった。変わりなく整備兵は忙しそうに機体に取り付き、班長の怒号が飛び交う。少し懐かしく感じながらも、つい1ヶ月も前まで感じなかった疎外感を少し感じてしまった。

あの時は霞ちゃんに付いて回り、何かしらしていた気になっていたのだろうか。そんなことを考えてしまう。あの頃の私はここにいただけで、本当は何もしていない役立たずだったのでは、と。

 整備兵たちは私が入り口で中を見ていても気にすることはなく、忙しなくタケルちゃんの不知火で作業を続ける。少しだけ機体を眺めた私は、そのままハンガーを後にしたのだ。

 

「早く任官しなきゃ」

 

 今ではそんな言葉が頭の中に居続けている。

 早く任官しなければ、早く衛士にならなければ、私はタケルちゃんの傍にいられないかもしれない。そんなことを考えるようになっていたのだ。

 

「かーがみ! おはよー!」

 

「……」

 

「鑑ー?」

 

「あ、うん。おはよう」

 

「元気ないわねー。そんなんだと、神宮寺教官に殴り飛ばされるわよー?」

 

「それはヤだね」

 

「でしょ? なら元気にしなきゃ」

 

「そうだね」

 

 まだ座学も始まらない時間。速瀬さんが私の顔を覗き込み、そんな言葉をかけてくれる。心配してくれているのだろう。

 何も出されていない机を眺めていたらしい私は、ゆっくりと顔を上げる。近くには速瀬さんの他に、涼宮さんもいたようだった。彼女と同じく、心配そうにしている様子。

 

「鑑さん、大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫」

 

 大丈夫だ、としか言えない。きっと、私だけではないはずなのだ。速瀬さんも涼宮さんも、他の訓練部隊の皆だって、早く任官したいに決まっている。まだ総戦技すら突破していない訓練兵だが、私たちは衛士を目指しているのだから。

 気持ちを切り替え、今日の予定を思い出す。

 

「おはよう」

 

「「「おはようございます!」」」

 

 そうこうしていると神宮寺教官が講義室にやってきた。普段のように教壇の前に立つと、室内を見渡して全員の顔を確認する。

毎日点呼をしているので、今日の出欠は把握しているだろうから、何かいつもと違うことを言うのかもしれない。

 

「貴様ら。今日はいいニュースを持ってきたぞ」

 

 やはりだ。神宮寺教官は勿体ぶることなく、すぐにその内容を話し始める。

 

「5月の頭に総合戦闘技術評価演習を執り行うこととなった」

 

 私を含めた訓練兵の空気感が一気に変わる。緊張感と高揚感だ。ピンと張り詰めるが、何処かふわふわとする。何と言葉に表せばいいのか分からないが、これまでに味わったことのない感覚だった。

 

「貴様らが第207訓練部隊に配属されてから2ヶ月ほどしか経っていない。しかし、人類に訓練兵とはいえ軍人を遊ばせておく資金も時間もない」

 

 神宮寺教官の『訓練兵とはいえ軍人』という言葉に、他の訓練兵たちがあからさまな反応をする。

 これまでは学校という枠組みではあったものの、訓練兵というよりも訓練生という意識が強かったのだろう。そんな私たち訓練兵が、訓練兵ではあるが軍人でもあると言われたのだ。もう、私たちは一般人じゃない、そう言われているのだ。

 

「軍の判断としては、帝国陸軍予備学校での教練が十分であったとし、不足している兵力を補充するとのことだ。帝国内で同様の動きがあり、近隣の帝国・在日国連軍訓練部隊でも順次前期課程・後期課程修了の報告が上がっている」

 

 もう一度、教官は私たちの顔を一人ひとり見ていった。

 

「この決定は軍上層部の判断に他ならず、我々現場の衛士としては、貴様らのような満足な訓練も満了していないひよっ子どもが戦場にしゃしゃり出てこられると迷惑極まりないところだが、そうは言っても背に腹は変えられん。下手に反発し、反感を買って懲罰部隊に飛ばされても敵わないからな。特に私のようなのは体の良い玩具にされかねんからなァ」

 

 ジロリと神宮寺教官は速瀬さんを睨みつける。ここぞという時に、こうして教官はそのネタを使って速瀬さんを脅す。今回もビクリと肩を跳ね上げ、後ろ姿からも分かるほどに冷や汗を流す彼女は小さくなる。

 他の訓練兵は速瀬さんとは違い、それ以前に言った教官の言葉に反応している様子だった。煽られたのだ。私たちは苦しい訓練に喰らいつき、かなりの好成績を修めている確固たる自信があったからだ。それを、まだまだだと言われた。戦場に出てこられても迷惑だと言われた。

 悔しさに歯噛みし、少しずつオーラが変わっていく。焚き付けられたことにも一層訓練に励むように仕向けられたことにも気付かない。

 

「さて。総戦技を数日後に控えている訳だが、今日は通常通り訓練を執り行い、明日からは準備期間とする。日程は明日の朝礼時に伝えるので、それまでは通常通り教練に励め」

 

 その言葉で切り上げる神宮寺教官は、それまで話していた内容など気にも止めることなく今日の教練内容を説明し始める。

 無論、訓練兵の皆の耳に、今の話が入ってくる訳もない。しかし私だけは、何処か落ち着いて教官の言葉に意識を向けることができた。あの普段落ち着いている涼宮さんでさえ、狼狽える現状にただただ私は1つのことを考えるだけだった。

早く任官したい、と。

 

※※※

 

[1999年5月2日 日本帝国領内 詳細不明地域]

 

 慌ただしく今日まで準備を進めてきた。と言っても、私がしたことはタケルちゃんに聞けば済むことだった。しかし、なんとか捕まえたタケルちゃんから言われたことは一言だけだった。

 

『頑張れ、純夏』

 

 その言葉と共に、何処で手に入れたのか分からない国連軍官給品のタバコを渡してきたのだ。私はもちろんだが、普段関わりのある人たちは誰1人として喫煙者はいないのだ。それはタケルちゃんも同じはずなのに、なぜ私にそんなものを渡してきたのかは分からなかった。分からなかったのだが、何か意味があることに変わりはないだろうと考え、荷物に忍ばせてきている。

 普段はグラウンドを走り回る時と同じ装備に、全員同じだけの携帯食料と水分を押し込んであった。タバコはカーゴパンツに入れてある。

 リュックサックを背負い、ほぼ完全装備状態で私たちは神宮寺教官たちの前に整列していた。ここまでの移動は比較的楽なものだったが、それでも休憩はお手洗いくらいしかしていない。長距離移動で消耗をしている私たちに、涼しい顔をしている教官らは私たちに命じたのだ。

これから総戦技を執り行うこと。与えられた任務と短いと思えて仕方ない作戦期間を生き抜かなければならないこと。そして、この演習では死人が出ること。

この演習でくたばるようなら、任官して戦場に投入されたとしてもすぐに死ぬだろうと言われた。

 どうすればいいのか分からないまま、作戦を拝命した私たち第207訓練部隊の訓練兵は、このむしむしと暑い密林で任務を遂行しなければならなくなってしまったのだった。

 

「……作戦を確認しよう」

 

 教官たちが私たちの周囲から離脱してすぐ、誰も言葉を発することは疎か、行動できるものはいなかった。だから、私は声を出した。こんなことをしている暇はない。私たちは定められた期間内に任務を成功させて生き残らなければならないのだ。

 私の言葉に気がついたのは速瀬さんだった。まだ何処か呆然としているのであろう自分を起こすため、頬を叩いて目を覚まし、近くの仲間たちに声をかけていった。

そして全員の顔があがったのを確認すると、私は言葉を繰り返した。

 

「作戦を確認しよう。私たちはこれを突破しなければ後期課程の戦術機適性検査にすらたどり着けなくなっちゃう」

 

「そう……、だな。鑑の言う通りだ。俺たちはこんなところで立ち止まってなんてられない」

 

 私の言葉に呼応し、鳴海くんが男子訓練兵たちを鼓舞してくれる。こういう役はやっぱり同性同士でやった方がいいに決まっている。一方で女子訓練兵の方は涼宮さんがそれをやってくれていた。

 

「私たちに与えられた任務は3つ。『敵司令部の発見』と『先行した偵察隊が残した機密書類の回収』、そして『敵物資集積場の爆破』よ。これらの任務を今から5日以内にこなして脱出しなければいけない。回収ポイントに到着して回収されるまでに5日以上かかってしまったら失敗。この密林で遭難し、救助されても失敗。無論、誰かがかけるのも」

 

「俺たちは丁度12人だ。部隊を3つに分けて、それぞれの任務を遂行しよう」

 

 仕切ったのは訓練部隊の長を任されている男子訓練兵だった。

 彼の言っていることは効率がよさそうではあるが、実のところいい選択であるのかは判断できない。そしてそれ以外の選択肢は、全員で1つずつ任務を潰していくことしか思いついていない私たちにはなかったのだ。

 誰も反論することなく、隊長の采配で編成と決められる。そんな中、幸か不幸か私の部隊の隊長が涼宮さんになった。

 忘れていた訳ではないが、私には香月先生から特別任務が与えられていた。それは、総戦技中に発生する事故の阻止。そう、涼宮さんの両足が生体義足になり、衛士になれなくなったという事故だ。

 私は事前に打てる手を打ったという香月先生の言葉を反芻し、私のしなければならないことを思い出す。先生が未然に防ぐ手立てを用意しているとはいえ、私が動かない訳にもいなかない。

 

「私たちは物資集積場の爆破。もう水月と平くんの班は動いているから、私たちも急ごう」

 

 全員顔を見合わせて頷き、行動を開始する。できるだけ早く終わらせて、とっととこの蒸し暑い島から脱出しよう。

 



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episode 38

[1999年5月10日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]

 

 祠堂大尉らのXM3順応訓練は4月に入る頃にはかなり進んでおり、ほとんど俺が教官役を務めていたこともあり、熟練度も相当なものになっている。それこそ、最盛期のA-01の動き、否、桜花作戦時の皆のような動きを見せていた。00式戦術歩行戦闘機(武御雷)が配備されればいいのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。それに今、武御雷はおそらく正式配備前だろう。ほんの一握りの人間しか知らない最高機密のはずだ。最も、各戦線でその姿を見た衛士もいるだろうが、そのほとんどが一般斯衛軍人くらいだろう。

 すでに俺の手から離れた祠堂大尉たちが、A-01でどのようにしごかれているのかを想像しながら、顔を出す回数の減っていた自分の機体が置かれているハンガーにやってきた。

 

「お、タケルちゃんだ!」

 

「純夏か」

 

 ここ数日めっきり顔を見なくなっていた幼馴染がハンガーに来ていた。ここ最近彼女と会うときはその格好ばかり。 しかし、かなり懐かしくも思えた。

 少し純夏のことを観察してみると、少し様子が変わっていた。訓練部隊に入ってから少しずつだか変わってはいたものの、今目の前にいる純夏は以前と比べて一皮剥けた、という印象を持つ。

 何処か力を加えたら折れてしまいそうな華奢な体つきだったのが、今では細くありつつもしなやかさを感じさせる雰囲気だ。身体の軸もしっかりとしており、まとう雰囲気も女の子らしさを残しつつも軍人の空気感も若干だか纏っている。

明らかに軍人に近づきつつあるのだ。

 

「ひっさしぶりだね~。元気にしてた?」

 

「久しぶりってお前ね……。そういえばこの前、妙ちくりんなことを聞いてきたよな。ちょっと数日離れるからね、って。一体何だったんだよ」

 

「んっふっふ~」

 

 ニヨニヨと表情を崩しながら近づいてくる純夏に、思わず後ろに下がって距離を取ってしまう。そんな俺に不満だったのか、頬を膨らませながらアホ毛を稲妻型に変形させる。

 

「むー! 今日はたまたまこうして会うこともできたし、報告したいこともあったのに! タケルちゃんのバカ!」

 

「バカってなんだよ!? それで、報告って?」

 

 純夏の奴にバカ呼ばわりされて腹立たしくはあるが、ここは少し収めて報告を聞こうと思った。そんな俺の様子に少し戸惑った純夏は、静かに報告を始める。

 

「あのね、総戦技の話この前したじゃん? この前まで行ってたんだよね。それでね」

 

 ふと思い出す。そう言えば、すれ違ったかと思えば、いきなり総戦技のことを聞いてきたことを思い出す。その時、たまたま持っていた官給品のタバコを純夏に押し付けたことを思い出した。意味もなく渡したつもりだったが、それはそれで総戦技では役に立つ代物だった。

タバコは虫や動物除けに使えるのだ。訓練部隊の間では先輩から語り継がれるものなのだが、俺にはその先輩がいなかった。"一回目"の時は同じB分隊の皆が用意したものを使わせてもらったが、"二回目"は自分で用意したものを使った記憶がある。

 純夏にはそういったことを教えてくる軍人としての先輩がいない。強いて言えば俺になる訳だが、その時の俺は彼女の聞きたいことをちゃんと聞いていなかったが故に、的確なアドバイスをしてやることができなかった。

しかし無意識の俺、その時そんなものを持っていた俺はなんと都合のいいことか。持っていたものを純夏に渡していたのだ。使い方は教えなかったが、きっと同じ訓練部隊の誰かが教えたことだろう。

 

「あー、どうだった?」

 

「うん。なんとか突破したよ」

 

「そっか、突破したか~。……突破した?!」

 

 純夏は突破したと言った。確か俺の記憶違いでなければ、純夏が入隊した第207訓練部隊の代は速瀬中尉と涼宮中尉がいた代だ。となると、涼宮中尉が衛士徽章を持っているのに戦術機に乗らない原因になったっていう、総戦技中の事故はどうなったのだ。

 俺の頭の中で駆け回る疑問に気付いたのか、純夏はいつもの調子で続きを話し始める。

 

「特段何かあったってわけじゃないんだ。普通に5日以内に作戦目標を満たして脱出ポイントに向かうだけって奴。私たちは4日でそれぞれの作戦目標を終わらせて、全員で脱出ポイントに到着したの。誰も欠けずに、ね」

 

「……事故はなかったのか」

 

「うん。なかった」

 

 純夏はいつもの笑顔で答える。嘘は言っていないだろう。となると、涼宮中尉の事故はなかった、ということになる。

 

「涼宮さん、涼宮中尉の事故は起きなかったよ」

 

 俺はその言葉に答えない。

 

「そもそも演習する島には車両が置かれてなかった。だから誰も使わなかった、使えなかった。原因が取り除かれていたんだから、事故も当然起きないよね」

 

「だが……」

 

「タケルちゃんの言いたいことも分かる。だけど、起きなかったんだよ。無事に全員脱出ポイントで回収された。教官たちには総戦技の総評と合格も聞いた。全員が後期課程に進むことも」

 

 俺たちの代のようなことが、違う理由によって起きていた速瀬中尉たちの代。それが起きなくなった未来を今更気にすることもない。もういくつも未来を変えてきているのだ。

 純夏に悟られないようにしながら、彼女が総戦技を通過したことを考える。

何がともあれ、前期課程を修了し後期課程に進んだのだ。純夏たっての願いでもあった、衛士になること。確かに一歩ずつ近づいてきているのだ。

 

「その件は前から夕呼先生とも話し合って決めていたことだ。気にすることじゃない」

 

「そうだね」

 

「まぁ、純夏ごときが総戦技を通過できたんだ。最初はあんまり走らないでへばっていたのも、今じゃ平気な顔をして行軍できるんだもんなぁ。まりもちゃんから聞いたぜ。お前、同期の男子を成層圏まで殴り飛ばしているらしいじゃないか。どりるみるきぃは俺以外にも発動するようになったのかよ」

 

 そう言って茶化す。ずっと心の奥底で抱えていた感情は、純夏に言うべきではない。それを言ってしまうと、純夏を否定してしまうようで嫌だったからだ。

 俺の言葉にすぐさま反応した純夏は、勝ち誇った表情をする。腰に手を当て、胸を張り、得意気に言うのだ。

 

「おかげで格闘技能の成績はトップだよ! 教官にも勝っちゃうから、最近は神宮寺教官と弱い科目を別でやらせてもらってるんだ!」

 

「なんだよ……どりるみるきぃ頼りで、他はダメダメなタイプか。流石は純夏だぜ」

 

「他はダメダメなのはタケルちゃんも一緒じゃないのさ。座学とかちんぷんかんぷんでしょ?」

 

「確かに苦手だったが、それは純夏もだろうが……」

 

 思わず溜息が出る。普段ならばもう少し純夏をいじっているところではあるのだが、今回はいじったところで自分に返ってくるところが多い。訓練兵時代の座学の内容は、ほとんど覚えていないのだ。恐らく、そういった知識を使う場面になれば、自然と思いだして使うこともできるだろう。しかし、いきなり問題を出されても答えられる自信はなかった。

 純夏も座学を苦手としており、結局前期課程の座学はギリギリでの通過だったらしい。ここで普段のように言い合ったところで、傍から見れば2人ともバカなのだ。

自分たちが言い合いしたところで、客観視した時の醜さが脳裏に過ぎったのは彼女も同じだったようだ。

 

「でもまぁ、どりるみるきぃを自分の意思でできるのなら、色々心配事が減るぜ」

 

「なによ、心配事って?」

 

「ん、まぁ、色々だ」

 

 そう、色々なのだ。純夏がこのまま順調に訓練を進めることができれば、恐らく今年のお盆前には任官式だ。今期から第207訓練部隊には予算と人員が多く割かれている。その分、重厚な体制での訓練を行うことができ、その分、訓練の進みも早くなるのだ。きっと、この様子だと戦術機適性検査も済ませているのだろう。

結果は聞くまでもない。総戦技の舞台となった密林での出来事を楽し気に話し始めた純夏の声を聞きながら、自分の機体を見上げるのだった。

暑くなる頃にはまた、戦場へ出ることになるだろう。

 

※※※

 

[1999年6月16日 国連軍仙台基地 第2演習場]

 

 ここ数日はA-01の訓練を見学しつつ、問題点の洗い出しと夕呼先生に練度を報告することをしていた。しかし今日は別件で別の演習場に来ている。

 乗った経験のほとんどない指揮通信車の車内。簡易的なCPになっており、2人のCP将校が6つのモニタを見ながら、あれこれと交信をしている。そんな姿を、俺はまりもちゃんと肩を並べて眺めていた。

 この場に居るのは俺の身の上の半分ほどを知っている人物に絞られており、普段はこんなところでCP将校をしているような人物ではない軍人が代わりを務めていた。

 

「何故、このようなことになっているのでしょうか、白銀少尉」

 

「それは始まる前に説明しましたよね、夕呼先生が」

 

「私は少尉の口から聞きたいのですが」

 

「というか何故敬語なんですか? 神宮寺大尉」

 

「……一応、今は教官なものですから」

 

 作業着姿のまりもちゃんが隣で苦笑いを浮かべる。今日、俺がここに居るのは夕呼先生に頼まれて(命令されて)来ている。特に決まった仕事のない俺からすれば、やることがあるだけでありがたいことではあるのだが、如何せん急に決まったことだった。説明は夕呼先生から事前に行われていたものの、まりもちゃんの方は満足なことも聞かされていないらしい。

 俺ならば詳しいことを知っている、とでも考えたまりもちゃんは、こうして俺から聞き出そうとしているのだ。しかしながら、俺も満足な説明を受けていない。受けていないが、何がしたいのかは何となく分かっているつもりだ。

 きっと今期の第207訓練部隊の衛士は、任官してすぐの初陣が明星作戦になる。普通というのを知らないが、初陣の衛士が大規模作戦に投入されることなんてあるのだろうか。俺が知らないだけで、大半はそうなのだろう。

となると、恐らく今期の訓練兵の多くはその作戦で命を落とすことになる。"死の8分"すら生き残れず、何も分からないまま死んでいくのだ。

一方、今期の訓練兵から恐らく教育のために費やした資源の量は例年よりも多いはずだ。訓練兵に対する教官の数や装備の貸与数、消費物の量等々。夕呼先生が手配したのかは分からないが、確実に言えるのは明星作戦に間に合わせるためだということだった。

 

「詳しいことは俺にも知らされてませんよ。ただ、訓練兵を見てやれ、と」

 

「私XM3には白銀少尉に次いで時間を費やしていると自負しております。発案者である少尉の教導も受けられるというのは、あいつらも幸せ者ですね」

 

 これまでほとんど見ることのなかった柔らかな笑みを浮かべるまりもちゃんを見て、思わず涙が出そうになる。ふいっとそっぽ向いて指揮通信車の出入り口を見て、返事をする。

 

「そうかもしれませんね」

 

「どうしたんですか、白銀少尉?」

 

「なんでもありません。ちょっと鼻が痒くなって」

 

 我ながら分かりやすい誤魔化し方をしてしまう。だが、見せたくはない。このまりもちゃんにも。

 

「それはそれとして、一体あれはなんなんですかね」

 

「さぁ……私にも理解りかねます」

 

 そんな話をしていた俺たちの見ている今期の訓練兵たちは6対6の対AH演習をしているのだが、様子がおかしい。

 これまで見てきたどの衛士たちとも違う、それこそ"特異的な戦闘機動"と言える動きをする吹雪たちの姿だったのだ。そしてその中でも特におかしな動きをする2機がいるが、それに搭乗する衛士は推理するまでもないだろう。きっと彼女たちなのだ。

 



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episode 39

 

[1999年6月17日 国連軍仙台基地 第2演習場]

 

 昨日に引き続き、第207訓練部隊の訓練を指揮通信車で見ることになると思っていた。しかし、集合場所であるハンガーにやってきた俺を出迎えたまりもちゃんに言われたのだ。

 

『香月博士からの伝言です。白銀少尉は撃震XM3搭載機(国連軍仕様Block215 神宮寺まりも機)を使用し、訓練部隊全機とAH戦闘を行うこと。手加減は一切なし』

 

 何度か乗ったことのあるまりもちゃんの撃震に乗った俺は、指定された第2演習場に来ていた。

 既に第207訓練部隊の吹雪たちは開始地点に集合待機しており、今か今か訓練開始の号令を待っている。訓練部隊にいた頃の記憶を掘り起こし、まりもちゃんは搭乗時に訓練内容等を話すことを思い出す。

 第2演習場は祠堂大尉たちの訓練で何度か使ったことがあり、勝手も何となく分かっている。全体的に見晴らしがよく、基本的にAH戦闘訓練で使われることのない。ということは、遮蔽物もないところでの正面切って戦うことになる。

真正面から戦うということは、お互いに全力でぶつかるということ。そしてそれは教導するという意味では、かなりいい条件であるのかもしれない。

 

『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』

 

 バストアップウィンドウが表示され、まりもちゃんが訓練内容の説明を始める。

 

『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』

 

 飽きてくることはないと思うが、相手がほとんど変わらないのは飽きるかもしれない。恐らくだが、実機訓練を始めて1週間程度だろうから、G(加速度)に身体がまだ慣れてない頃合いだ。

言うまでもないが、まりもちゃんの方便にバストアップウィンドウに映る訓練兵たちは驚きの表情を浮かべている。

 

『ちなみに私の師でもある』

 

「ちょ!」

 

 茶目っ気を出したまりもちゃんが変なことを言い出したので止めに入るが、俺の声はミュートにされていることを思い出す。

 落ち着くために息を整え、静かに聞くことにした。

 

『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』

 

『『『は、はい!』』』

 

 まりもちゃんからの檄に訓練兵たちは大きな声で返事をする。その中によく知る顔も混じっている訳だが、表情を見る限りどうも怪しんでいる様子だ。純夏は訓練相手が俺であることを薄々感じているかもしれない。

 後から純夏から何か言われるかもしれない、等と考えながら、どうやって戦うか考え始めるのだった。

 

※※※

 

 私たちは例年の訓練兵と比べて成長が早く、強いと言われているらしい。らしいというのも、数人いる教官の中でも割と私たちと距離感の近い女性教官の言っていたことだ。

 神宮寺教官よりも年上で、結婚しており、お子さんもいるそうだ。そんな彼女があれこれと教えてくれるのだが、その中で聞かされたことだった。

彼女の経験的にも、他の教官や訓練部隊付の非戦闘員もそう口を揃えて言うという。

 理由は明確であり、私たちの代から導入されたXM3が大きな要因の一端であった。そして、私だから分かることだが、将来的にもA-01で小隊長を務めるような卵もいるからだろう。

 だが、私は知っている。この訓練部隊も2年後には2人しか生き残っていない。『しか』ではなく、『も生き残っている』の方が正しいだろう。

 

『今日も戦術機! 操作は難しい上にかなりシビアだけど、思い通り以上に動くのが気持ちいいわね』

 

『速瀬、あんまり乱暴に扱うと整備兵に怒られるぞ。俺たちには最新鋭の第3世代機 97式戦術歩行高等練習機 吹雪が与えられているんだ。尚の事、壊したらどんな目に遭うか……』

 

『そんなみみっちいこと言ってんじゃないわよ。戦術機は新しいものを用意できるけど、私たち衛士、衛士訓練兵に変わりはいないのよ。そりゃ人って単位で見たらいるかもしれないけれど、私たち個人に代わりはいないの』

 

『確かにそうだが……』

 

『だから存分に振り回して潰してやればいいのよ!』

 

『一瞬納得しかけた俺が馬鹿だった?! 教官と整備兵の皆さんに怒られるぞ!』

 

 今日は変わらず戦術機の実機訓練だ。

 最初はシミュレータでの教導ばかりだったが、それも卒業となり、どう考えても夕呼先生の手が回っていることが分かるくらい、毎日のように訓練に明け暮れていた。その甲斐あってか、日々成長を続けている。

 分かっていることだが、他の訓練兵の皆は全員、戦術機適性が高い。どうやらG耐性が高い人に適性のあるもので、激しく動く機内でも加速度病にならない人を人が多いと言われている。斯く言う私も、"前の世界"では戦術機ではない上に人ですらなかったが、そういった機動兵器の搭乗経験がある。自信もあった。

無論、戦術機適性は高かった。訓練部隊でトップの適性値を叩き出し、教官たちの目が点になっていたことは、隊の中でも笑いのネタにされている。ちなみにだが、私よりもタケルちゃんの方が適性は高い。

 

『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』

 

 神宮寺教官のバストアップウィンドウが表示され、全員が口を噤んだ。

 

『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』

 

 飽きはしていないが、ほとんど固定されたメンバーでの訓練だ。訓練兵に癖が付き始め、それを教官たちから指導されるようになった。習熟速度の早い速瀬さんたちは、訓練兵同士の癖なんかも何となくだが分かるようになったという。

 それに神宮寺教官が通信に入ってきた際、同時にバストアップウィンドウが表示されたSOUND ONLYなる人物。顔が映されないが、この人物について何となく分かる気がする。

特別教官だという人物。そして、映像が意図的に映されないようにされている。考えるまでもない。

 

「タケルちゃんだ……」

 

 演習場の反対側に熱源が接近してきていた。機体IDは20700になっている。神宮寺教官の機体だが、当の本人は指揮通信車で監督をしている。他の教官はというと、恐らくだが、今回の訓練で消費した資材を補充するために調達をしていたり、内業を処理していたりするのだろう。

 

『ちなみに私の師でもある』

 

 間違ってはいないが、間違っている。きっとタケルちゃん、機内で叫んでいるに違いない。

 一方、訓練部隊の方は驚きの表情を浮かべている。あの神宮寺軍曹が師と呼ぶ相手だ。どれほどの相手なのかは想像するまでもない。噂程度でしか聞いたことがないが、私たちの教官は皆、大陸での生き残りだという。

 

『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』

 

 そう発破かけられた皆は、すぐに意識をしっかりと持って返事をする。そんな中、私はなんだかなと思いながらも返事に紛れた。

 

※※※

 

 演習開始と同時に20700は隠すことなく全速力で戦闘地域を移動し始めた。センサがそれを見逃すことはなく、小隊毎に配置に着き始めた頃には、既に先鋒の速瀬さんの小隊の目と鼻の先まで接近していた。

 タケルちゃんはここまで速いのか。そう驚嘆せざるを得ない。

 いつも画面の向こう側で起きていたことを、こうして身を以て実感するとよく分かる。そして、自分が戦術機を動かす衛士の訓練兵をしているからこそ、タケルちゃんがすることは自分では到底再現できないことだということも。

 

『は、速い!』

 

 速瀬隊の隊列が崩れたのが戦術データリンクから確認できる。すぐに態勢を立て直そうとするも、上手くいかないようだ。

 私が所属しているのは涼宮隊。何かの縁なのか、総戦技の班分けがそのまま後期課程の隊になってしまっていた。涼宮隊は速瀬隊の近くにいるためカバーに動き出すが、すぐさま隊員の足が止まった。

 

『な、なにあれ……』

 

『あれ、撃震だよね? 神宮寺教官の撃震……?』

 

『どうして……』

 

 私たちの目に飛び込んできたのは、速瀬隊の吹雪4機を翻弄する撃震だった。しかしただの撃震ではない。

 

「何も兵装を持ってないなんて」

 

 非武装の撃震だったからだ。そんな撃震に速瀬隊はあしらわれていたのだ。

 私たちがここに突入したところで、状況は悪くなる可能性がある。それは涼宮さんもすぐに気付いた筈だ。隊に突入命令を出すことはなく、支援攻撃に徹することだけを伝え、なんとか速瀬隊脱出の隙を伺う。

 だが、隙なんてタケルちゃんは作らなかった。森林地帯の演習場である筈なのに、跳んで走って鋭角に機動を行う。時には敵機を足場にしながら回避運動をする。そんな超上級者向けの動きをするタケルちゃんに皆がついていけるはずもなかった。

次第に冷静さを失った訓練部隊は、無秩序な攻撃を始めていた。

 

「に、20706(鑑機)より各機! 落ち着いてよ!」

 

『クソッ! どうして当たらないんだ!』

 

『当たって! 当たってよぉ!』

 

『そっちに行った!』

 

 無秩序な攻撃は仲間内での統制を失うきっかけとなった。そんな間も、私はなんとか隊の皆に声をかけ続ける。しかし、誰も声を聞いてくれない。

皆をまとめてくれる速瀬さんも涼宮さんも、鳴海くんも撃墜された。平くんだってもうほとんど動けない。

 

「落ち着いてよ! 情けないよ! 皆!」

 

 誰かの多目的追加装甲に120mm滑腔砲弾が着弾したのだろう。大きな音を合図に、生き残った全機が動きを止めた。

 

「20706より207各機」

 

 こうなれば、私が指揮をするしかない。私以外は皆、さっきまで無統制に攻撃していたからだ。

 私がしなければならない。

 

「即時戦域から離脱し、態勢を立て直そう! 大丈夫。私が殿を務めるから」

 

『で、でも!』

 

「デモでもストでもなぁ~い! さっきやっちゃったことで今日の訓練評価は悪いことは確実。でも、挽回できるチャンスがあるならば、それを拾っていかないとね!」

 

 皆の顔が歪む。恐らく、今日のデブリーフィングのことでも考えたのだろう。神宮寺教官から雷が落ちるのは確実だからだ。それでも、その雷の威力が弱くなるのなら、それは願ってもないこと。

 私は自分が殿になることを前提に、何とか作戦を捻り出す。タケルちゃんを打倒する作戦を。

そして思いついた。

 

「よし! 私の合図と同時に残存各機は一斉散解、地表面滑走でマーカーの地点に集合。態勢を整えたら、隊列を組んで戻ってきて。それまで私が20700を食い止めるから!」

 

『鑑1人でそんな……』

 

「平気だよ。ちょっとやってみたいことがあるし」

 

 少し気が弱いが、努力家の加東ちゃんが心配そうにそう呟く。だが、心配はいらない。相手を出し抜く手なら、今さっき思いついたのだから。

 全員が作戦に了承したことを合図に、私は準備を始める。

1人、20700を囲む列から離れ、次々と武器を投棄し始める。突撃砲や長刀、短刀でさえ。そして丸腰になった私は合図を出した。

 

「今!」

 

 同時に20700を囲んでいた3機が一斉に逆噴射跳躍を行い、すぐに戦域から離脱を開始する。この機動制御でさえぶっつけ本番だ。成功したのは2機だけで、1機は転倒。そのまま跳躍ユニットが不調になってしまう。

しかし作戦は続行だ。

 友軍機が逆噴射跳躍で離脱をするのと同時に、私は跳躍ユニットのスロットルを開放し、一気に20700に前へ躍り出る。

 お互い丸腰で向かい合い動きを止めた。相手はタケルちゃんだ。目の前の吹雪に私が乗っていることは知っているかもしれない。だが、そんなことは関係ない。今、この時の意識は2つにしか向いていない。目の前の撃震と友軍マーカー。

管制ユニット内にCPUの排熱ファンの回転音と私の息遣いだけが聞こえる。時々鳴るセンサの探知音に心臓が跳ね上がるが、何とか抑えつけてその時を待つ。

 そしてその時は来た。再編するまでもなく、態勢を整えた2機の吹雪がこちらに向かって全速移動を始めたのだ。

 すぐさま戦術データリンクから視線を外し、目の前の撃震に意識を集中する。

 

「すうううぅぅぅ……」

 

 旧OSよりもシビアになったという戦術機の操作。しかし、私にとって戦術機の操縦自体は、これが始めてであり、そして普通なのだ。だからこそ、私にできることがある。

指先や足の僅かな動きでさえも感知し反映させ、関節思考制御も入力速度は俄然上がっている。OSの機能を使える範囲で使いこなし、そして、前世代よりも圧倒的に高い処理能力を持つCPUを駆使して繰り出す。

 僅かに機体がゆらゆらと動き始める。網膜投影を通して映し出される周囲の映像が八の字の軌跡を描き始めた。そして左手はすっと腰まで引き、一気に撃震の管制ユニットに振り抜いた。

 

「はァ!!」

 

 それは一瞬の出来事だった。刹那、強い衝撃波と轟音と共に機内は大きく揺さぶられた。足元は何か重いものが落ちたかのように陥没し、砂埃を上げている。そして目の前に先程までいたはずの撃震は、忽然と姿を消していた。

ただ、そこに残っていたのは、吹雪の手の甲に付いていた剥がれた塗料の欠片だけだった。

 



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episode 40

 

[1999年6月18日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 たまたま訪れた夕呼先生の部屋に、これもたまたま純夏がいた。いつもなら訓練部隊で教練している時間だというのに、日が昇ってそこそこ経った時間だというのに呑気なものだ。

 

「よう、純夏」

 

「おはよ~、タケルちゃん」

 

 見慣れた第207訓練部隊の制服に身を包んだ彼女は、ニコニコと笑いながら俺の顔を見つめる。

 いつもの様子ではあるのが、今日は少し雰囲気が違う。それもそのはず。昨日、俺にしたことを忘れた訳がない。

 

「ちゃんと帰って来れた?」

 

「不思議とな。強烈な加速度を感じて、低軌道まで打ち上げられたことに気付いて、その瞬間には落下してたな。死ぬかと思ったぜ」

 

「あはは。あんなのでタケルちゃんが死ぬわけないじゃないのさ~。いつも受けてるんだから、それなりに耐性も付いたでしょ?」

 

 悪びれる素振りもなく、純夏は昨日の出来事で俺をからかう。

 昨日、俺は純夏から戦術機にお互いに乗ったまま、どりるみるきぃぱんちを食らったのだ。それはもう、いつもと変わらない調子で食らい、いつもと変わらず大気圏外に打ち上げられて、いつもと変わらず五体満足で帰還した。

 純夏曰く、できるとは思ってなかった、とのこと。思ってなかったが、やってみようとは思ったらしい。やろうと思わなければ、あの場であの動きはできる訳がない。しかしながら、徒手で構えてデンプシーロールをする吹雪は、見ていてかなり変な感覚だった。今思えばあの動きも、XM3でなければできないものだったのかもしれない。そう考えると、言葉にならない感情が湧き出てくる。

 

「死ぬわきゃないだろうけど、まりもちゃんの撃震、あの後どうなったか知ってるか?」

 

「あー……うん。シッテルヨ?」

 

「演習場に戻ってきたのは頑丈に作られている管制ユニットだけ。他は落下する際の摩擦熱と落下の衝撃で粉微塵になったよ。地面に突き刺さる管制ユニットを見上げるまりもちゃん、見てられなかったなぁ」

 

 何とか低軌道から再突入して戻ってきた俺だったが、搭乗していた撃震はどりるみるきぃぱんちを食らったダメージではなく、落下ダメージによって大破した。結局、特別頑丈に作られている管制ユニット部分だけが残り、それが地面衝突時に残ったという訳だった。

それを見上げるまりもちゃんの表情は無の一言に尽き、他の教官や夕呼先生が声をかけたところで何も反応しなかった。そりゃそうだ。まりもちゃんからしてみれば、あの撃震は何度か乗り換えているだろうが、一番長く乗っている愛機。それが訳わからずの力で大気圏に殴り飛ばされ、帰ってきたのは管制ユニットのみ。地蔵のようになったとしても仕方ない。

 しかしながら、地面にそそり立つオレンジの棒を見上げるまりもちゃんは見てられなかった。

 

「良くはないが、ちゃんとまりもちゃんに謝ってたし、大丈夫だろ。多分」

 

「うん。何となく空返事だった気がするけど、大丈夫だと思うよ。多分」

 

 その内、機嫌も治っているだろうと勝手に決めつけ、俺は純夏に気なっていたことを尋ねる。

 

「それで、純夏。どうしてこんな時間に夕呼先生の執務室にいるんだ?」

 

「昨日の件で呼ばれたんだよ~」

 

「あぁ、なるほど」

 

 何となくではあるが、夕呼先生の要件の見当が付いた。

あの攻撃を受けた後、俺の頭の中を過ぎったものでもあるし、何なら執務室に来ているのも、先生に進言するためだった。

 ほどなくして、何処かへ出歩いていた夕呼先生が執務室に戻ってくる。霞も一緒のようで、俺たちが執務室にいても全く驚く素振りもせず、ソファーに腰を下ろした。

 

「何の用よ、白銀」

 

「大した話じゃないので純夏の後でいいですよ。純夏は先生が呼び出したみたいですし」

 

「そう。別にアンタが先でもいいけどね、アタシとしては」

 

「そうですか?」

 

「えぇ。だからチャッチャと話してよ」

 

「分かりました」

 

 俺は言われるがまま、自分が来た用件を話す。用件はもちろん、昨日自身が体験した出来事だった。

 普段から何かと純夏のどりるみるきぃぱんちを食らっている俺。それを戦術機で受けたところ、生身と同じように衛星軌道まで飛ばされて戻ってきた。そして、自身は無事だったこと。おかしいとは思ったことがなかったが、今回は話が違う。

生身ならば、小さい頃から食らっているから特段不思議に思うところはなかったが、今回は戦術機に搭乗した状態だった。更に言えば、戦術機にどりるみるきぃぱんちを放てるほどの強度は持っていない。同じ重量のものを受け止めれば、基本的にフレームごと歪んで動かなくなるのだ。実際問題として、戦場では突撃級を戦術機は受け止めることができないからだ。

 話を聞いた夕呼先生は考えるまでもなく、返事を返した。そしてそれは、俺の想像通りのものだった。

 

「その件はアタシも鑑に話そうと思っていたのよ。そして、白銀が疑問に思ったことはアタシも思ったことよ」

 

 続けて、先生は純夏に問うた。

 

「鑑。アンタはいつも白銀や同期の訓練兵を文字通りポンポン殴り飛ばしているけれど、あれってどうなっているのか自分で説明できる?」

 

「えぇ~っと……ああは」

 

「自分でも分からないのね」

 

「分からないんですよね。気付いたらできるようになっていたので。でも、最初はタケルちゃんもあんなに飛ばなかったんですよ? せいぜい廊下の端から端まで飛ぶくらいで。時間が経てば経つほど飛距離が伸びたというか、気付いた時にはタケルちゃんが『地球は青かったぜ』なんて言うようになってたので」

 

「なるほどね」

 

 そうなのだ。純夏のどりるみるきぃぱんちは最初、マンションの屋上階くらいまで飛ばされるくらいの威力だったのだ。それが気付いた時には大気圏の遥か彼方まで飛ぶようになっていた。

 

「まりもちゃんが前に言っていたことですが、訓練兵や教官相手でも純夏はどりるみるきぃぱんちを遠慮なく繰り出すようで、例に漏れることなく低軌道まで飛ばされているようです。昔は俺以外にはできなかったのに、こんな風になったのは訓練の賜物だとは思いますが、昨日の件はちょっと考えさせられるものがありますね」

 

「それがアンタの来た本題ってことね」

 

「そうです。何故、戦術機でも殴り飛ばされたのに、俺は光線級の攻撃を受けなかったのか理解できないんですよね」

 

 一気に執務室内が張り詰めた空気に一変する。もちろん、元凶は夕呼先生からだ。

 

「やっぱりそうなのね」

 

「はい」

 

「だから俺は」

 

 それに続けるように、純夏にはあまり使わせないようにしましょうって言おうとしていた。

 あの時が特別だったのかもしれない。しかし、純夏が恣意的にどりるみるきぃぱんちが使えるようになったことに加えて、戦術機をも殴り飛ばすことができることが分かってしまうと、この世界ではまず軍事転用を考えてしまう。

純夏をそんなことに使わせたくない。彼女は純粋に衛士を目指しているのに、そのような決戦兵器紛いなことをさせるのは、何というかモヤモヤするのだ。

しかし、その言葉を先生は俺に続けさせてくれなかった。

 

「今後はそれを外であまり使わないで頂戴」

 

なぜなら、先に先生が言ってしまったからだ。

 その言葉を聞き、純夏は特に疑問に思うことなく頷くだけ。俺は口から出かけていた言葉を一度飲み込むが、口に出すことにした。

 

「先生に同意します。純夏。もうやらない方がいい。生身で俺にどりるみるきぃぱんちをするのも勘弁して欲しいが、戦術機ではもうやっちゃ駄目だ」

 

「うん……」

 

 小さい声で答える純夏。この話を始めた時から元気がなくなっていた純夏だが、その様子は一向に変わらない。

 

※※※

 

 純夏が夕呼先生の執務室から出ていくのを見送る。何だか先生から話があるような気がしたからだ。黙ってそのまま待っていると、夕呼先生は話を始めた。

 

「……明星作戦の件だけど」

 

 来た。もう目前にまで迫っている作戦だ。既に水面下で作戦発動に向けて準備は進められているらしく、俺は特に関わっていないが、霞から話を聞くことがあった。

 

「予定通り準備は進めているわ。ただ……」

 

 そう溜めると、溜息混じりで続けた。

 

「ただ、G弾の無通告投下の件はまだ手を回し切れていないわ」

 

「そうですか。……鎧衣課長は?」

 

「鎧衣に動いてもらっているけど、いい成果は手に入れていないの。北米の米軍基地にも潜入させてたんだけど、なかなかしっぽを掴むことができていないわ」

 

 鎧衣課長が動いているのに、まだ核心に手が届いていないなんて。正直驚きを隠せない。情報屋として非常に優秀である課長でさえ、そこまで手を拱いているとなると、いよいよ以て現場判断になる可能性が捨てきれない。

 しかしながら、G弾なんて秘密裏に動かしても目立ちそうなものの情報を入手できないとなると、いよいよそういった分野に弱い俺には全く分からない範囲になってくる。

 

「……そっちは先生たちにお任せします。俺の方なんですけど」

 

「アンタには特段何か頼むってことは基本的にないと思うけど」

 

「そうでしょうね。ですから、やりたいことをやらせてもらいます」

 

「……A-01について回るの?」

 

「はい。なので、まりもちゃんを借りてもいいですか?」

 

 そう言った俺の言葉に、夕呼先生はチェシャ猫のように嗤い、短く「いいわよ」とだけ返事をした。

 



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episode 41

[1999年7月21日 国連軍仙台基地 講堂]

 

 それは粛々と始められた。1000人は収容できるであろうという広さの講堂には、目で追って数えられる程度の人数しか集まっておらず、誰も彼もが落ち着きのない様子で待っていた。

 俺としては何度か経験しているからか、特段おかしくは思わない。しかし、キョロキョロとする彼らを見ていると、きっと昔は自分もああだったんだろうなと考えてしまう。

 純夏に戦術機毎殴り飛ばされてから1ヶ月。そのほとんどを第207訓練部隊との訓練や、その他仕込みで時間を費やした。気付けばもう来たるべきその日が刻一刻と迫っており、そんな中での催しだった。

 彼らから離れたところで霞と並んで眺めていると、壇上には普段ならお目にかかれないような軍高官が出てくる。とは言っても、彼らの事情を知る一握りの将校だ。その中に見知った顔を何人か見つけた。

 

『ただいまより、第207訓練部隊の解隊式を執り行う』

 

 マイクを通して、あまり聞き馴染みのない女性教官の声が講堂に響いた。刹那、訓練兵の皆は一斉に背筋を伸ばし、壇上の上へと視線を向ける。

 普段の作業着姿の教官たちからは想像もつかない、帝国軍の正装姿の教官たちに皆が一様に緊張感を増させる。教官はただ淡々とセリフを話し続けた。

 

『まずは国連軍仙台基地 司令の──────』

 

 基地司令の名前で呼ばれたゲルマン系の壮年の男性が壇上へと上がり、訓練兵の顔を見渡す。

 

『自己紹介は省略させてもらう。第207訓練部隊の諸君、君たちにこの言葉を贈ろう』

 

 そう切り出し、基地司令は話し始めた。

 それは何処かで聞いたことのあるような話だった。司令の故郷は今やBETAによって占領された東欧の国。国土を守らんと戦った時代、司令はまだ少年だった。迫りくるBETAに怯え、その時が来たならばすぐに逃げ出せるように準備を整えていたという。

しかし、その準備も徒労になった。

 突如として防衛線から突出したBETA群を前線部隊は抑えることができなかったのだ。気付いた時には民間人の住んでいる地域にBETAは迫って来ており、当時の基地司令は着の身着のまま逃げ出した。

母に手を引かれ、必死な形相で先導する父の顔を不安気に見上げながら、後ろから迫りくるBETAの恐怖に震えていた。軍隊が束になっても勝てない相手だ。大人になったら衛士になると息巻いていた少年も、目前にまで迫る死の恐怖に屈してしまった。涙を流しながら怖い怖いと。

 そんな時だった。BETA群先鋒が避難民に追いついてしまった。突撃級が数個道を挟んだ隣のブロックを通過し、すぐに後続が到着した。隣の道を歩いていた友人家族は轢かれた。もう、駄目だと思い、強く母の手を握った時だった。

轟々と聞き慣れない音を鳴らしながら、少年たちの前に立ちはだかった影があった。

 戦術機だ。使い古され、何度も戦闘をくぐり抜けてボロボロになったF-4Rだった。その機体の衛士が機外スピーカから避難民に呼びかけたのだ。早く逃げろ、すぐ目の前に輸送機が離陸態勢で待機している、と。

気付いた時には父に抱えられ、なんとか輸送機に乗り込んでいた。住んでいた町には何万と市民がいたはずだが、脱出できたのはほんの一握りだけ。それも脱出できたとしても、後続に追いつかれたり、輸送機が光線属種によって撃墜されたりしたんだとか。そして何とか落ち延びたのは、少年の乗る1機だけだったという。運良く、機長を務めたパイロットがNOE(匍匐飛行)と地形を利用して射線を切っていけたからだという。

 

『つまり、だ。君たちという存在が、果ては未来の人類の大きな財産を守ることに繋がる、と。そして、あのチラスポリの街で私たちが逃げ切るのを見送って果てたF-4Rの衛士の遺した言葉のように、最期まで抗うこと。これを決して忘れぬようにしなさい』

 

 シンと静まり返る講堂。再度訓練兵の顔を見渡した基地司令は降壇し、司会をする教官が式辞を読み上げた。

 

『衛士徽章、授与』

 

 途中から分かったのだろう。どういう意味での解隊式だったのかを。そう、これは今期の第207訓練部隊が後期課程を修了したことによる任官式だったのだ。

 次々と訓練兵たちの名前が呼び上げられ、徽章が胸元につけられていく。

 

『鑑 純夏訓練兵』

 

『はい!』

 

 そして純夏の番が来た。背筋を伸ばし、堂々とした歩きで基地司令の前まで出てきた純夏を目で追っていると、不意に霞が俺の左手を握った。彼女は何も言わないが、俺から何かを読み取ったのだろう。その手を振り払うことはせず、優しく握り返した。

 純夏はいつの間にか様になっている敬礼をし、元いた位置まで下がっていく。

 遂に、純夏は衛士となった。

 

※※※

 

 壇上から基地司令やその他軍高官らが降りていくのを見送ると、いつの間にか教官たちもいなくなっている。

 講堂に残された訓練兵たちは、訓練兵修了と任官の喜びをお互いに分かち合っていた。ある者は笑い、ある者は泣く。そんな彼らを見ていると、かつての自分がああだったことを思い出す。主観時間で数年前のことだが、もっと昔のことのように思える。

 彼ら訓練兵の中の1人である純夏もまた、一番仲がよかったのであろう速瀬中尉や涼宮中尉と喜び合っていた。そんな姿を観察していると、隣の霞がポツリと呟いた。

 

「……純夏さんが鼻水で涼宮中尉の制服を汚しました」

 

「アイツ……」

 

「……既に速瀬中尉ので汚れているので、涼宮中尉も諦めているようです」

 

「マジかよ」

 

 純夏がどのような感情で涼宮中尉に抱きついて大泣きしているかは分からない。だが、きっと俺があの場所にいれば同じことをしていたかもしれない。

 俺は彼女から視線を外し、講堂の外へと向ける。きっとこの後は"あれ"がある。霞の手を引きながら、俺は静かに講堂を後にした。

 

『びえええぇぇぇぇぇぇ! よかった、よかったよぉ~~~!』

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、一瞬足が止まる。しかし、気にすることなくすぐ講堂の外へと急いだ。

 

※※※

 

 やはりというか、既に教官たちは正装姿で集まっていた。話題は今期の訓練兵たちの出来。そして、来期の訓練兵たちの情報共有だった。そんな中、1人浮かない顔をしている人物がいた。

 少し離れたところにいるまりもちゃんに近づき、俺は話しかける。

 

「神宮寺軍曹」

 

「白銀少尉と社少尉、どうかされましたか?」

 

「ちょっと俺も解隊式を見てましてね……」

 

 もう少し彼らが出てくるのも時間がかかるだろうと当たりを付け、今はまだ軍曹の階級章が付いている襟に視線を向ける。

 まりもちゃんは来期の訓練兵がやってくるまで国連軍大尉の階級で過ごすことになる。そのことに付いて話に来たのだと、彼女も感づいたのだろう。

 

「これから忙しくなりそうですね」

 

「……そういうこと、ですか」

 

「はい。ですけどそれは神宮寺軍曹もですよ」

 

「え? それはどういう意味でしょうか?」

 

 キョトンとするまりもちゃんに霞が書類を手渡す。

 

「ありがとうございます。……っ?!」

 

 内容に目を通したまりもちゃんは目を丸くし、俺と霞の顔を交互に見る。そして気付いたようだ。

 

「香月博士から、ということね」

 

「そうなります。内容は確認しましたか?」

 

「はい、確認しました」

 

「じゃあよろしくお願いしますね。あと、準備も始めないといけないので、軍曹の撃震のデータを霞に提出してください。微調整がありますので」

 

「え、ちょっと待って」

 

 今、思わず砕けた口調になったようだが、すぐに調子を戻した。

 

「待ってください。微調整ってなんのことでしょう?」

 

「いつぞや先生が言っていたことを思い出してください」

 

 俺はまりもちゃんの顔をじっと見つめる。

 少し考えた彼女は、思い当たることがらを思い出したようで、静かに返事をした。

 

「分かりました。本当だったらこっち(訓練部隊)のことをやらなければいけませんが、そっち(新兵部隊の隊長)のことに意識を切り替えます」

 

 何というか、まりもちゃんが勘違いしている様子だ。恐らく、夕呼先生が言ったことをそっくりそのまま思い出したのだろう。ニュアンス的にも、自分たちが気付いかないところで緊迫した状況になっている、とでも。

しかし、違う。夕呼先生が言ったのは、最悪のことを想定してのものだ。いくらなんでもオルタネイティヴ計画の全貌を知らないまりもちゃんに全てを話してしまうのは、組織的にも心情的にもできなかったからだった。それは俺も夕呼先生も同じ。だからこそ、勘違いしているのならば修正しなければならない。

 

「あー、違いますよ。純夏たちは別です」

 

「別、というと?」

 

「純夏たちの配属先はあの部隊(A-01)ですよね?」

 

 そう尋ねると、まりもちゃんは肯定した。

 

「配属から急ピッチで新人教育を進めさせるみたいです。目的は目前に控えている作戦に投入するため」

 

「……"攻略作戦"、ですか」

 

「はい」

 

 まりもちゃんが苦虫を噛み潰したように歪ませる。普段なら絶対にそのような表情をすることがないが、近くに俺たち以外には誰もいないからか、少し気を抜いているのだろう。

 彼女の頭の中には恐らく、自身が知り得る限りの情報で作戦やA-01の行動をシミュレートしているに違いない。恐らく行動の予測はおおよそ見当はつくだろう。すぐさま新任のことから自分のことへと切り替え、自身の配置を想像する。しかし、思うようにおおよそのところまですら絞り込むことができないようだ。

 

「詳細は後ほどお伝えしますよ」

 

 視線を講堂の出入り口に向けると、やっと純夏たちが出てき始めていた。霞に隠れるよう視線で伝えると、俺はまりもちゃんに言った。

 

「それよりも、純夏たちが出てきました。行ってあげてください」

 

「分かりました。では後ほど」

 

 そう言い、まりもちゃんは他の教官たちに混じって並ぶ。やがて、訓練兵たちが教官たちの前に並び、何処か懐かしくもあることを始めた。

 俺は彼らに気付かれないよう、霞が隠れたところに静かに移動をした。

 

「……白銀さん」

 

「何だ?」

 

 ボロボロと泣く純夏たちを遠くから眺めながら、霞が小さく呟いた。

 

「……厳しい戦いになりそうです」

 

「そうだな」

 

 どういう意味で霞がそう言ったのかは分からないが、俺は短く応えた。

 きっと、ここから俺たちに休みはなくなる。最低2002年までは。俺は戦い続けなければならない。

 



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episode 42

 

[1999年7月21日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士実験室]

 

 講堂横から早々に引き上げた俺と霞は、その足で夕呼先生の実験室に来ていた。

 基本的に俺が入ることはないのだが、霞と純夏はよく出入りをしているという。どういった目的で置かれているのか分からない機器や積み上げられたコンテナが所狭しと並び積み上げられており、その間を縫うように歩いていく。

 霞が腰を下ろしたあたりは物が整理されており、そこで基本的に先生が実験や研究をしていることが分かる。片付けされているのは、定期的に霞や純夏が手を入れているからなのだろう。

 ほどなくしてやってきたのは夕呼先生と、それに遅れるように飛び込んできた純夏。

 涼し気な顔でやってきた先生は、俺の顔を見るなり何かを思い出したのか、執務室の方に行ってしまう。純夏はそのまま俺の横にやってきた腰を下ろした。

 

「いやぁ~、まさか今日が解隊式だとは思わなかったよ~」

 

「そうみたいだな。任官だと言われて心底驚いた後、大泣きして涼宮中尉をティッシュ代わりにしていたところとか見たぞ」

 

「え"っ?! タケルちゃん見てたの?!」

 

「……私も見ていました」

 

「霞ちゃんまでぇ~?!」

 

 他愛のない話をする。本当に他愛もない話だ。そのほとんどが、純夏の訓練兵期間の話ばかりだった。苦労したこと、楽しかったこと、悔しかったこと。色々なことを感じた半年だったのだろう。それはそれは楽しそうに話す。

 純夏が訓練部隊に入ってからは、あまり俺と話す機会がなかった。というよりも、時間管理をされている訓練兵と俺の予定がまるっきり合わなかっただけだ。

 会おうと思えば会えただろう。だが、プライベートで会うことは皆無だったのだ。俺はA-01の訓練相手と、祠堂大尉らの教導で忙しかった。純夏はハードな訓練内容と座学のために時間を惜しんで勉強していたというには、確かに会うことはできないと2人とも同じ意見を持っていた。

 笑う純夏の話に相槌を打ちながら、俺は少し関係のないことを考えていた。それは、ここに来る前に霞から受け取った純夏の訓練成績だった。

 

※※※

 

 講堂を後にし、機密区画に向かっている道すがら、霞が持っていたクリップボードを俺に渡してきた。

 

『これは?』

 

『……純夏さんの訓練成績です』

 

『なんでそんなものを俺に渡すのかは分からないが、見てもいいものなのか?』

 

『……構いません』

 

 時々会うことのあったまりもちゃんから、純夏のことは少し聞いていたが、こうして書面として残っているものを見るのは初めてだった。自分の時にもこんなものを用意されていたんだろうな、なんて考えながらパラパラと内容を読み始める。

 訓練内容や試験の点数を並べて合否や備考に文章を添えた、いわゆる学校の学期末にもらうような成績通知表のような中身に既知感を覚えつつも、内容は軍隊らしい単語が所狭しと並べられているところにギャップがあった。

しかし、すぐに思考は内容の方へと引っ張られる。

 書かれているのは成績だけではない。本人の性格や適性までも書かれているのだ。素人目で見ても、明らかに専門のカウンセラーが書いたような内容に驚く。しかし、そのような内容になっているのも無理はなかった。この訓練成績表と名付けられた書類は、訓練兵が新任少尉として配属される部隊の長が受け取り、配置や役割を決めるための判断材料の1つになるものなのだ。

 規則的に並べられた評価を表す文字を目で追う。

 初めて見た俺でも"これ"は分かる。

 

『なんだよ……これ……!』

 

『……分かりません』

 

 表情の変化に乏しい霞でさえ、見れば分かるほどに顔を歪めていた。

 純夏はバカだ。そして鈍臭い。しかし、その欠点を覆すほどにいいところが多い。感情豊かで、いつも笑顔。コミュニケーション能力が高く、他人の感情に機敏で気が使える。慈愛があり、人付き合いも上手く、優しい。そして自分の芯を持っており、自分で決めたことはちゃんと遂行する。

そんな純夏(幼馴染)なのだ。

 だが、そこに書かれていたことは残酷だった。生まれた時から一緒にいる俺が分かっていることはもちろん書かれている。だが、それがあっても覆せない、軍隊にいる以上は切っても切り離せないものがあった。

戦闘能力は高い。しかし知識が身に付いていないが手先は器用で、特技兵レベルでこなすこともできる分野もある。特筆すべきは体力と持久力の高さ。しかし、集中力が低く、勇気を持って発言することができても指揮官レベルには至らず、スタンドプレーが目立つ。

 

『……戦術機技能は今期トップ2です。しかし、前衛・後衛共に不安があり、指揮もできないみたいです』

 

『つまりは……』

 

『……御剣さんと珠瀬さんをかけ合わせて、いいところを取り除いた感じです』

 

 言い得て妙なものだった。そして分かりやすい喩えでもあった。

 しかし問題はそこではない。俺が注目していたのは、勿論、訓練過程での成績もそうだが、性格と適性の分野だった。

 

『……純夏さんには高い戦術機適性がありますが、適性ポジションがないです。戦闘能力は射撃能力・格闘能力は共に高いです。しかし、集中力を要する狙撃や長刀が不得意です。支援も遊撃も指揮も苦手で、唯一得意としたのは徒手と多目的追加装甲の扱い。集団戦闘向きではなくスタンドプレー向きであり、組織的戦闘では単騎遊軍が最適。また、直感で動かす癖もあり、XM3でなければ戦術機適性が高くとも操縦できなかったのでは、という評価です』

 

『それは分かった。だが、性格に関してなんだが』

 

『……はい。若干16歳ではない、というカウンセリング結果です。凡例と照らし合わせると、退役目前の軍人だそうです。しかし、年相応な面も多くあり、非常に歪である。マネジメント難易度は非常に高い、とのことです』

 

『意味が分からねぇよ……』

 

『……それは神宮寺軍曹含め、教官の皆さんも頭を抱えていました。しかし、こうして何とか任官することができたということで、紙面で言うほどのものではないのではないか、と考えを少し改めたようです』

 

『……先生は?』

 

『……問題ないとのことです。それとアイツと一緒ね、と』

 

『誰のことだ?』

 

『……分かりません』

 

 俺はもう一度目を通して、そのクリップボードを霞に返した。

 

※※※

 

 つまり、だ。純夏は恐らく着任先のA-01で持て余される可能性がある、という。今も目の前で楽しそうにしている彼女が、もしかしたら戦力外通告をされるかもしれない。そう考えてしまった。

 そうこうしていると執務室から戻ってきた夕呼先生も机を挟んだ向こう側の椅子に腰を下ろし、机上に数枚の書類を置いた。内容はこれから話されるだろう。

 

「さて。キリのいいところまで事が進んだわ」

 

 その一言で、これからどんな話をするのかも分かる。集まっている面子を見れば言わなくても分かるのだが、こうして言葉にするだけで切り替えられる。暖かな笑みを浮かべていた純夏の表情も瞬きする間もなく引き締まるほどだったからだ。

 

「明星作戦の件だけどね、作戦案は国連軍が夏に入る前に承認。既に準備と編成もかなり進んでいるわ。このまま作戦は私の手の内よ」

 

 手渡された作戦準備進行表を純夏と顔を並べて見る。参加を表明している軍の一覧と、投入戦力のスケジュールだ。

 先生の手中にある国連軍は既に編成も済ませており、後は突発的に発生する戦闘で消耗する部隊がどれだけいるかだ。帝国軍・斯衛軍も防衛線を維持しながら、捻出戦力の確保と補充を急ピッチで進めている様子。目標数字だけが設定されており、現在はそれを目指しているとのこと。

大東亜連合軍・米軍に関しては、参加表明と投入戦力のみを開示しており、現状どの程度準備が進んでいるかはあまり把握できていないという。

 

「白銀には前に報告したんだけどね、米軍のG弾に関してだけど、鎧衣が情報をやっと掴んだみたいなのよ」

 

「……方針は投下阻止ですか?」

 

 投下を阻止すれば、実戦証明のできていない新型爆弾を背景に計画されているオルタネイティヴ5が未然に防ぐことができる。今は俺たち第4計画に押されているが、あの無通告投下がなければスポンサーを多く獲得はできなかったはずなのだ。

 

「現状はその予定よ」

 

 飄々と夕呼先生はスパンと話を切り替え、別の件に移った。

 

「それで何故ここに鑑がいるかって話なんだけどね」

 

「え? 今純夏がここにいちゃ不味いんですか?」

 

「不味いわね。同期は今頃、配属先の説明や紹介がされている頃だもの」

 

 ということは、全員バラバラになると別れを惜しんだのも束の間、訓練部隊はそっくりそのまま極秘部隊(A-01)に吸収される。皆喜んでいることだろう。苦楽を共にした仲間が、同じ部隊に配属になるのだ。これほど心強いものはない。

 だが一方で、その説明の場に純夏がいないとはどういうことなのか。簡単な話だ。純夏はA-01配属ではない、ということなのだ。

 先生の言葉を聞いた純夏は、必死に表情を出さないように堪えていた。だが、感情は全て特徴的に跳ねている髪の毛に現れていた。

しなしなと垂れ下がり、元気がない。震えているようにも見える。それはつまり、悲しんでいるということ。

 何も返事をしない純夏に代わり、俺が先生に続きを催促する。先生も純夏のそういった感情表現は知っているのだ、何も言わずに話を続けた。

 

「ま、話の早いところ、配属がアタシ直属ということに代わりはないわ。そもそも鑑、アンタは00ユニット改専任なのよ。衛士になるのはアンタのワガママだったんだから、A-01ではないことは分かっていた筈よ?」

 

 ぐうの音も出ない。それは俺も同じだった。

 そもそも純夏はそういう取引を先生としていた。衛士になるのは、その取引の対価として先生が口利きしたに過ぎなかったのだ。

真新しい衛士徽章は、恐らくフライトジャケットに付けられることもそう多くはなくなるだろう。

 

「具体的な部隊配属は基本的になし。訓練兵になる前と同じような生活に戻ることになるけど、今後は基地内の自由行動の制限は外させてもらうわ。制限はアンタ含め、白銀の身の上を隠すための方法でしかなかったもの。これからはその国連軍少尉の階級を引っさげて、堂々とすればいいのよ」

 

「「あ……」」

 

 そういえばそうだった。最近は気にせず行動していたが、俺と純夏はこの歳で軍人であると問題になるため、色々と誤魔化して生活していたのだ。その制限が外されるとなると、行動の余裕が生まれる。自室と機密区画への直行直帰や、身分証明が必要なところへの出入りも気にせず利用することができるようになったのだ。

 

「鑑が任官したのと同時に、その制限を解除させてもらうつもりだったし、これでアンタたちにより多くの仕事をやらせられるわぁ」

 

 ケラケラ笑う夕呼先生を尻目に、同じタイミングで純夏と顔を見合わせてしまう。俺たちの思っていたよりも、恐らく先生は俺たちを買ってくれているのかもしれない。

 すぐに思考を切り替えると、先生も話の続きを始めた。

 

「鑑はそのままオルタネイティヴ第4計画要員として復帰。社の補助とTF-403の機体整備、計画関係の雑務等々をしてもらうわ。要は訓練部隊に入る前と同じってコト。ただ直近でやってもらいたいことがあるんだけど、そっちの指示は社に頼んでいるわ」

 

「分かりました」

 

 夕呼先生が俺の方を向いた。

 

「それで、アンタの用件は何よ?」

 

「以前お話した件ですね。まりもちゃんを借りて、やりたいことがあるのでその説明を」

 

「……話してみなさい」

 

 許可をもらった俺は、腹の中にあったことを夕呼先生に説明することにした。それは俺の身動きの制限がほとんどなくなったからこそ、できるようになることだ。

 

「俺は明星作戦で戦闘に参加しますが、やることは決まっています」

 

 俺はこのために動くのだ。

 

「米軍の担当戦域に潜伏し、現場の動向調査と情報収集活動を行おうと考えています」

 

 夕呼先生はいくつか俺の言い出しそうなことを想定していたに違いない。一番可能性の高いのはA-01の随伴、次点でTF-403での遊弋戦闘、大穴でハイヴ突入というところだろう。その他にも想定していただろうが、俺はこの作戦で"俺たち"が一番見なければいけないところがある、と考えたのだ。

 

「その心は?」

 

 間髪入れずに、先生はその動機を尋ねてきた。

 

「明星作戦に於いてのA-01の行動は、長距離偵察や対BETA情報収集活動がメインになる、そう予測しました。俺たちが"繰り返している"とはいえ、歴史をいくつか変えてきた以上、知っている未来のことでない事象が発生してもなんら不思議ではない」

 

 そう、俺たちはいくつも未来を変えてきているのだ。大きなこととすれば彩峰の親父さん、彩峰 萩閣の処刑の原因となった光州作戦の悲劇を阻止したこと。そして、BETA本土侵攻での戦闘介入。関東戦域でのA-01の活躍や、部隊増員等々。これらが、未来にどのような影響を与えているのかは、全く想像のできないものだった。

しかし、このことを夕呼先生が想定し対策していない訳がなかった。だが、俺たちの知る未来に対して対策をしない訳にもいかない。既に過去を変えてきているのだ。変わっている可能性を加味すれば、確定してあるものと暫定して予測できるもの、このどちらにも対策しなければならないのだ。

単純計算、労力は2倍必要になる。

 

「夕呼先生、オルタネイティヴ第4計画司令部が立案した明星作戦は、俺の知っている明星作戦と同じだと思います。ただ、結果しか知らないので、それも予測でしかありません。となるとA-01がすることは確定している。どう作戦が動いていくか分からない以上、先生は以前歩いた道を選んだ。ならば、俺はその道からいつでも迂回路を選べるようにすればいい」

 

「それが米軍担当戦域での潜伏偵察なのね」

 

「はい。秘密主義でアメリカ至上主義の国です。戦域に展開する部隊で、何処がキーになるのかは参加部隊一覧や部隊配置図が手に入らなかったとしても、戦域内での情報収集と偵察によってそれは掴むことができると思います」

 

「そう。だけどね、アンタもそうだけど、まりももそんなスパイみたいなことできないと思うのだけど」

 

 それは聞かれるだろうと思ったから、返答は用意している。

 

「常に混乱している戦場で、最初から始めるにはないにしても途中からならば、他国籍部隊がいたとしてもそこまで問題になりません」

 

「それはアタシには分からないことだけど、司令部にバレるのは時間の問題よ」

 

「そこはどうにかしますよ。共闘するつもりはありません。どのみちA-01は公然の秘密みたいなものです。それと似た部隊が戦域をフラフラしていたからと気に留めたところで、政治的な活動はできませんよ」

 

 そう答えると夕呼先生は黙ってしまう。俺は少し観察して、話を再開した。

 

「不味くなったら逃げることと、G弾が投下されるのを事前に察知するための潜入です。鎧衣課長がしくじるとは思いませんが、そちらの予備だと思ってください」

 

「分かったわ。話を進めてもいいわ。どうせまりもには声もかけているだろうし、準備も始めているんでしょ?」

 

 夕呼先生は短く溜息を吐き、腰をずらす。

 

「はい。まりもちゃんの不知火があるので、そっちの整備といつでも使えるようにしてもらうように指示は出しています。それと」

 

 そう続けて、俺は言い切った。

 

「それと、S-11の搭載許可をお願いしたいんです」

 

「……いいわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 S-11。戦術核に匹敵するほどの威力を持つ、通常高性能爆弾。もっぱら、反応炉破壊するためのものではあるが、戦術機に搭載される自決兵器でもある。それなりのものでもあるため、搭載許可が必要だと思った俺は聞いておきたかったことだったのだ。

案外あっさりと許可がもらえるとは思ってもなかったので、少し拍子抜けはしたものの上々の結果だった。

 S-11を搭載するのも保険ではあるのだが、できれば使いたくはない。使う場面が想定されるが故に、搭載しておく必要があると考えたからだ。

 たった2機の戦術機で戦うことになった明星作戦。何処か心にしこりが残りつつも、作戦決行日まで万全の準備を進めることとなったのだった。

 



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episode 43

[1999年8月4日 国連軍久留里基地 第3滑走路]

 

 食堂が夕食を食べにやってくる軍人たちで賑わい始めているであろう頃、俺は仙台基地から離れ、何度か来たことのある国連軍久留里基地にやってきていた。

 今は極東国連軍前線基地の1つとして機能しており、一度戦闘でも起きようならひっきりなしに戦術機が離着陸する。

 しかし今日は非日常と化していた。

ハンガーに入り切らず、滑走路脇に用意された仮設エプロンでさえも所狭しと並べられた戦術機の大群。そのほとんどがF-15CやF-4J国連軍仕様ではあるのだが、その中から2機、全く毛色の違う機体が進み出てくる。

 

『久留里コントロールよりTF-403。発進を許可します』

 

「40301了解」

 

『現在、多摩川最終防衛線は膠着状態。昨夜の戦闘で討ち漏らした残敵が潜伏している可能性が考えられます。十分に留意されたし』

 

 気を利かせたCP将校の言葉に短く答え、カタパルトに足を掛ける。カウントダウンはなく、射出位置を取ると勝手に情報が管制室に転送され、CP将校が射出操作を行う。

 強いGに身体を抑えつけられながら、すぐさま跳躍ユニットに火を入れた。

 

※※※

 

 戦場とは、戦闘が起きていない限り、限りなく静かなところでもある。そうひしひしと感じさせるのが、このBETA支配地域であり人類との緩衝地帯になって久しい西関東エリアだ。

 陽が落ちてそれなりに時間も経っており、周囲には生き物のいるような気配は全く感じ取れない。つい数時間前に哨戒中の帝国軍機とすれ違ったが、彼らはオープン回線でくだらない話をしていたところから察するに、俺たちが息を潜めていたことに気付きもしていないだろう。

 BETAの支配地域ではあるものの、彷徨いている個体は巡回か偵察か目的の分からない小型種のBETAのみ。というのも同行している僚機の衛士の経験からくる知識の1つだった。

 

「40301より02。熱源、音紋共にフラット。周囲にBETAはいないみたいです」

 

『02より01、了解。無闇に機体を動かす訳にもいかないから、そろそろ偽装するために外に出ましょうか』

 

「01了解」

 

 管制ユニットが音を立てて開く。すると外から独特な匂いが機内に流れ込んだ。生臭いともほど遠く、いうなれば学校のあまり人の立ち入らない部屋のような香りだった。

 屋外の機体から降りて背筋を伸ばす。コキコキと音を立てる背中と首。持って降りた突撃銃を小脇に挟みながら周囲を確認するも、やはりBETAはおろか生き物の気配は全くしなかった。

遅れてくること数十秒。僚機の衛士も降りてくる。

 

「お疲れ様」

 

「はい、お疲れ様です。神宮寺"大尉"」

 

「あ、そういえばそうだった……」

 

 少し遠い目をする僚機の衛士、もとい神宮寺"大尉"。普段の教官職に就いている軍曹ではなく、今は夕呼先生に与えられた大尉の階級を下げてここに来ているのだ。

しかし、普段から『軍曹』や『教官』と呼ばれているまりもちゃんからしたら、その事実は理解していたとしても、すぐに反応することはできないようだ。

 苦笑いを浮かべながら、自身の小銃から手を離すことはないまりもちゃん。当然と言えば当然で、支配地域では武器から手を離すなと口酸っぱく訓練兵に言っている立場なのだ。自分が実戦できなければものを教えることもできなければ、説得力など皆無に等しい。

 

「もう日の入りを迎えて久しいし、この辺りで野営の準備でも始めましょうか」

 

 少し砕けた口調で、背負っていたバックパックを下ろす。簡単ではあるが、1食分の食料を持参していたのだ。

 人気がなく、動物すらも全くいないこの辺りは、お盆前だというのにそこまで暑くはなかった。むしろ、真っ暗になってからは気温が少し肌寒く感じるほどに落ち込んでいた。

崩れた鉄筋コンクリートでできた建物の影に入り、野営の準備を始める。まりもちゃんが自分でやると言い出しテキパキと食事の準備も始めてしまったため、俺は小銃を持ったまま立哨をすることにした。

 月がポツンと空に浮かび、辺りを照らすのはその光でぼんやりと観察することができる。俺の不知火のセンサを使いながら、動く物体を監視し始めた。と言っても、やはりBETA支配地域では生き物なんて全くいない。精々いるとしても虫程度で、他には俺とまりもちゃんだけ。

 見るものなんてなく、何か動けばセンサがアラートを鳴らすので、俺は考え事を始めようとしていた。そんなところに、まりもちゃんは話しかけてきたのだ。

 

「白銀少尉」

 

「……何でしょう?」

 

「特に何かあるって訳じゃないの。ただ聞きたいことがあってね」

 

 ぼんやりとしながら、その声を聞く。

 背中で作業をするまりもちゃんの声を聞きながら、意識をそちらに向け直した。

 

「どうして衛士になったのか、ちょっと聞いてみたくて。気付いた時には夕呼のところにいたし、あの時には既にあなたは衛士になっていたから」

 

「そうですね……」

 

 難しい質問じゃない。俺は何も隠すことなく答えることにした。ただ、世界を渡ったとかそういうものは抜きにする。

 

「俺は戦術機に乗りたくて衛士になったんだと思います」

 

「そう……結構、男の子っぽいわね」

 

「自分でもそう思いますよ」

 

 本当に最初はそうだったのかもしれない。否。本当は違う。

 本当は何も分からず野垂れ死なないために、そして、身元不明な俺を置いておくついでに戦術機に乗りたがっている俺を夕呼先生が訓練部隊に放り込んだだけなのだ。

だから、元をたどれば自分の意思じゃない。しかし、そうまりもちゃんに答えることはできなかった。

 

「じゃあ、夕呼のところにいるのはどうして?」

 

 出来上がったらしく、使い捨ての皿に取り分けたものを俺が先に食べるように言う。入れ替わるようにまりもちゃんは立哨に移り、俺は手頃な瓦礫に腰掛けて食べ始めながら答える。

 

「色々ありまして、夕呼先生のところでお世話になるようになりました」

 

 それ以上のことは言えない。ただ、俺の身の上はまりもちゃんも分かっているところだろう。

まりもちゃんが二重階級になってそこそこ時間は経っているが、何処かで時間を作って調べているかもしれない。大尉ならば、そこそこのアクセス権限は持てるはずなのだ。

だが、その権限があってもなお、恐らく知ることはできないだろう。

 

「……そうなの」

 

 早々に食べ終わって立哨を入れ替わると、話題は今回の件のものに変わっていた。

思い返せば、今回の詳細をまりもちゃんに説明していない。目的は話しているものの、それは概要だけだったのだ。

 オルタネイティヴ計画に触れる部分は省きつつも、主目的であるG弾に付いては詳細は説明せずに説明する。

 

「なるほど。夕呼が動いている1件の予備作戦として、白銀少尉が先乗りしているって訳ね」

 

「そうです。夕呼先生の方では既に動いていますし、そっちが俺たちの都合よく事が運べばいいってだけです。そうなれば、俺と神宮寺大尉はそのままA-01に合流するか、独自の作戦行動をするか、ってところですね」

 

 嘘だ。俺は夕呼先生にも隠していることがあり、そのためにまりもちゃんを巻き込んだ。

 まりもちゃんである必要はないのかもしれない。別に1人でもよかった。だが何故か僚機が欲しいと思ってしまった。これまで散々単独行動をしてきたというのに。

 静かに進む夜を俺は星空を見上げて過ごしたのだった。

 

※※※

 

[1999年8月5日 国連軍仙台基地 第2発令所]

 

 今朝は早く起床し着るのも久しいC型軍装に身を包むと、簡単に身支度を整えて部屋を出た。

 向かう先には香月先生は既にいるらしく、色々やっているとのこと。斯くいう私はというと、そこにいたところで何をする訳でもない。ただただ空いているデスクに腰を下ろして、目の前の画面を眺めるだけだ。

 第2発令所は第1発令所が使えなくなった時のために用意されたもので、今は明星作戦の司令部(HQ)の1つとして機能している。しかし位置も前線から程遠いために最後方のものであり、基本的に国連軍部隊の指揮しか行わない。そのため、帝国軍や斯衛軍、ましてや米軍の将校は誰1人としてこの発令所にはいなかった。

 

「定刻になったわ。始めましょうか」

 

 抑揚のないフラットな香月先生の声で、作戦が発動される。

 【明星作戦】と名付けられたこの作戦は至って簡単に説明ができる。

BETA本土上陸により西関東以西はBETAの支配下に落ちた。その最前線である多摩川絶対防衛線前方に建設された甲22号(横浜ハイヴ)を攻め落とすというものだった。

 本作戦に参加するのは極東国連軍・日本帝国軍ならびに斯衛軍・大東亜連合軍・米軍。対するはBETA推定規模20万個体超。霞ちゃん曰く、当時観測された個体数は予想よりも多かった、とのこと。しかし、"記憶と個体数に相違はない"と後に付け足した。

 BETA群に対応するべく用意された戦力は申し分ない数を用意している。こちらは香月先生が頑張ったからとのこと。

 

「HQより各部隊へ。作戦開始。繰り返す。作戦開始」

 

 CP将校が一斉に各部隊へ作戦開始の号令を通達する。

 戦域を映す正面モニタは刻々と部隊とBETA群の動きを刻んでいる。人類の動きに勘付いたのか、地上で活動を休止していたBETA群が電源の点いた機械のように、起動するように動き始めた。やがてその動きは波へと変わり、戦場の大きなうねりと化す。

 作戦第1段階が進行するさなか、誰もが戦場の動きに注目する。しかしその中で私は、全く違うところに注目していた。国連軍を見たところでA-01の配置はA-01CP将校のモニタでしか確認できない。そのブロックに一番近いところで静かに見守る香月先生の横で、正面モニタで蠢く点を必死に追っていた。

 

「タケルちゃん……」

 

 妙な胸騒ぎがするのだ。タケルちゃんがいるであろう米軍管轄戦域は、今の所順調にBETA群の駆逐が進んでいる。

 一方で国連軍やA-01の初動も好調だ。霞ちゃん曰く、戦力は前回とさして変わらないというが、配置はかなり変わっている、という。それ故に効率的にBETAの殲滅が進んでいた。予想侵攻路上に配置された戦術機部隊。BETAが流入する窪地めがけて飽和攻撃を行い、残敵処理を行う砲兵部隊と機械化歩兵部隊。

全てが順調に進んでいるように見えた。

 

『レイヴン1よりHQ』

 

 状況が変わるにはそこまで時間を要しなかった。作戦が第2段階に移行してからしばらくすると通信が入ったのだ。オルタネイティヴ計画用のCP将校用ブロックに入電がある。タケルちゃんからだ。香月先生との取り決めで、よっぽどのことがない限り連絡をしないということになっていた。また、403というIDを使用せずにレイヴン隊を名乗るということにしていたのだ。その部隊名ならば、あまりオルタネイティヴ計画に詳しくない人物が聞いていたとしても、変に思うことはないだろうということだった。

 香月先生は手早くヘッドセットを装着し、CP将校の出力音声と同期した。

 

「HQよりレイヴン1。感良好」

 

『レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このままでは墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"』

 

 隠語だ。香月先生と相談していたのを聞いており、後で霞ちゃんからも聞いた。確か『機体がエラーを吐いている』というのは、『作戦は失敗』。つまり、タケルちゃんの主任務である米軍担当戦域で何らかの問題が生じた、ということ。次の『このままでは墜落してしまう』というのは1つ目の言葉に掛かっており、『米軍撤退の予兆あり』ということ。最後の『即時後退指示が欲しい』というのは基本的にそのままの意味ではあるが、『戦域に展開中の総軍に即時後退指示を出して欲しい』という意味なのだという。

つまり、これらを全て繋げて表すと『鎧衣課長の作戦が失敗し、米軍が撤退を開始しているためG弾投下が予想される。戦域に展開させている総軍に即時G弾効果範囲外へ退避するように』ということだった。

続けざまに応答したCP将校の個人モニタにデータリンクを通じてデータが送られてきた。それは、米軍の通信回線へ強引に侵入して盗聴したと思われる音声ファイルに座標の数値と時間だった。表示されたコールネーム通りに応答したCP将校は当然のことながら、レイヴン1もといタケルちゃんが何を言っているのか理解できない。返答に困っており、送られてきたファイルをとりあえず開こうとしていた。それを後ろから香月先生が待ったをかけた。

 

「席、変わりなさい」

 

「り、了解しました」

 

 有無も言わさず語気をCP将校に当てて起立させた香月先生は滑り込むように椅子に腰掛け、ターミナルを操作し始める。即座にファイルを開き音声を聴きながら座標の位置を確認すると、乱暴に椅子を蹴って立ち上がり、近くで戦場の趨勢を見ていた国連軍司令官に声をかけた。

 

「司令。少々よろしいでしょうか」

 

「……何かね、香月博士」

 

「全軍へ即時戦域外への退避を進言致しますわ」

 

 当然ながらG弾の存在も、オルタネイティヴ計画がこの作戦で何をしているのかもほとんど知らないであろう彼は、訝しげな表情を浮かべながら香月先生に問い返した。

 

「どういう、意味ですかな?」

 

「言葉通りの意味ですわ」

 

 多くは説明しない。しかし香月先生は相手が歴戦の将校であろうと、臆することなく意見していた。そして、この作戦の行く末が私が握っていると言わんばかりに、訴えていた。

 

「……君の飼っている部隊が何か掴んだのかね」

 

「……そう思ってもらっても構いません。しかし、司令官が本作戦で大きな打撃と大敗を喫したいのであるならば、私は構いません。こちらとしては私の犬(A-01)のみを退避させるだけですので」

 

 その言葉に司令官は少しばかり表情を歪ませる。

 情報が全くないと言っていいほどに機密に包まれたA-01の情報は戦場での働き程度ならば、計画関係者でなくとも司令官ほどの高級将校ならば耳に入らない訳がない。そんなA-01だけが戦線を離脱するというのだ。現時点で目立った行動はしていないものの、彼らが抜けた後のことを考えれば痛いどころの話ではないと理解しているのだろう。

 対AL弾による重金属雲が薄まり始め、次第におおよその状況しか分からなかった戦域の詳細な情報が入ってくるようになる。

 第1段階は優勢に進んでいたものの、もうそろそろ第3段階に入るという頃合い。前線の状況は一変していた。A-01を除く全部隊が劣勢状態に陥っていたのだ。戦線では部隊が消滅しているところすらあるほど。

 知識として知っているが、これが人類とBETAの戦争では日常茶飯事で起きていること。そしてこの後に待ち構えているのは作戦失敗と撤退だった。

 

「分かった。博士の進言を受けよう」

 

「感謝致しますわ」

 

 すぐさまHQから各CPに全軍指定ポイントへの撤退が命令される。命令を受理し、行動可能な部隊から少しずつではあるが部隊の撤退が始められる。

 正面モニタをよく観察してみると、一足先に米軍の撤退が確認できる。既に6割が戦線の最後方まで後退しており、最低限の戦闘行動しかしていない状態だった。恐らくCP将校たちは気付いているが、何か言うわけでもない。それは香月先生も同じで、そちらの方を一瞬見てすぐに別のところへ目を向けた。

 

「作戦参加部隊、7割が撤退完了」

 

「帝国斯衛軍が遅れています」

 

「国連軍および米軍低軌道艦隊および軌道降下兵団、突入回廊から離脱を確認」

 

 めぐるめく状況が動いていく。その中、異質なものが混じった。

 

「南東方面より小規模の低軌道艦隊が接近中」

 

「……何処の船よ」

 

「は。米国宇宙総軍 第7低軌道艦隊です」

 

 香月先生から強い感情を受け取る。

 これは聞くまでもない。タケルちゃんが知らせたのは予想に過ぎなかったが、これで確信を得た。

 

「チッ……。司令、全軍の退避を急かさせていただきますわ。アンタ、記録は取っているわね」

 

「……問題ありません」

 

 少し離れたところでラップトップを開いてあちこちにコードを繋げていた霞ちゃんがポツリと答える。

 結局、タケルちゃんの考えていた予備案に乗っかる形になっているものの、先生が何も用意していない訳がない。そう思えてならなかった。そして、作戦開始時からあるモヤモヤが大きくなったように思える。

何か良くないことが起きるような気がしてならない。

 



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episode 44

 

[1999年8月5日 明星作戦 最終防衛線 米軍戦域]

 

 前日から乗り込み、作戦開始からしばらくして第1防衛線の米軍に合流した。思いの外、呆気なく合流することができたのはよかったものの、肝心の情報収集は上手くいかなかった。

そもそもストレートにG弾のことや、他軍内での作戦を聞き出すことはできない。そうなると戦術データリンクから得られる具体的な米軍の情報に頼らざるを得なかった。最も、合流した部隊が末端の一般部隊だったというのが誤算だったのかもしれない。

誤算があるとすれば、アメリカ至上主義の塊みたいな衛士ばかりだと思っていたが、そうではなかったというところだろう。

 

『アーチャー5よりレイヴンズ。お前らもつくづく付いてねぇよな。作戦早々部隊が恐慌状態に陥って散り散りになるなんて』

 

「本当、そうですよ。つい最近入った新兵のことは気にしていたつもりなんですが、事前催眠があまり効果なかったみたいで、BETAをみるなり大混乱でしたからね」

 

『そのルーキー共が無闇矢鱈に発砲、先任や上官たちが逃げ始めると余計に混乱。後はこのザマってのは、本当に笑えないね』

 

 米陸軍の一般戦術機中隊に合流したが、米軍の部隊編成の基本は大隊だ。おおもとになっている大隊と連絡を取り、同行が許された。

 合流したのは米陸軍第38戦術機甲大隊 アーチャーズ。元在日米軍の部隊だというのは、まりもちゃんから聞いている。何故そんなことを知っているのかは分からないが、少なからず情報があるのは有り難い。

 アーチャーズのC中隊、彼らは本隊から少し離れていたという。本隊は戦況が不利になっていると分かると早々に後退を決断し、現戦域から撤退したという。彼らC中隊はその殿であり、物資の確保や他部隊の支援をしていた。そんな中、近くの戦域をふらふらしている俺たちを発見したというのだ。

 一方で、俺たちはというと、戦術データリンクを介して米軍司令部のサーバーにハッキングを仕掛けていた。戦場のど真ん中ですることではないことは理解しているが、特にやることなんてない。膝の上で開いているラップトップから機体を介してハッキングプログラムを走らせているだけだった。

 そのハッキングプログラムを作ったのは霞と純夏。と言っても、基本的に霞は口出ししただけで大部分は純夏によるものだった。こういったプログラムを作るのは問題なく行えるらしく、解析速度と高度なセキュリティウォールを突破するだけの能力を持った自律走査プログラム、という。何を言っているのか分からなかったが、とりあえず使えることは確認しているという。

このプログラムを半日で作った純夏は凄いな、なんて関心していると、ラップトップに通知が入る。

 

《 セキュリティウォールを突破したよ! これから走査に入るね! 》

 

 何とも純夏らしいフロー通知だ。どうやらものの数分もしないで司令部サーバーへのハッキングが終わったようだ。

 

『レイヴン1よりレイヴン2』

 

 神宮司大尉から秘匿回線が入る。

 レイヴンズもといTF-403の指揮権は俺が持っているが、表向きは階級が上であるまりもちゃんが持っていることになっている。故にまりもちゃんのIDが01で俺が02になっているが、最初は混乱したものの、今ではかなり慣れてきていた。

 まりもちゃんからのコール内容は、十中八九、ハッキングについてだろう。事前に何を行うかは教えているものの、まりもちゃんに全てを教えている訳ではない。教えたところで行動に対する疑問点があがり、それを尋ねるまりもちゃんに話してしまえることも多くはないのだ。そのほとんどがオルタネイティヴ計画に関わることだからだ。

 

「レイヴン2よりレイヴン1。どうしました?」

 

『……米軍司令部へのクラッキング、本当に大丈夫なの?』

 

「問題ありません。霞と純夏を信じてください」

 

 どうやら気になったのは、その点だったようだ。相手は本国を離れているとはいえ"天下の米軍"だ。無論、対人類の電子戦を想定した装備やマニュアルも用意されているだろう。だが、こちらはオルタネイティヴ計画。米軍を相手取って戦うこともいとわないのが、俺たちのボス(香月夕呼)の意向なのだ。

 今頃、米軍のデータサーバーを走査しているプログラムは、オルタネイティヴ計画謹製の代物だ。それも信頼している要員が作成したもの。俺が信じずして、誰が信じるというのだろう。それにもし、逆ハックされたとしても問題ない、というのは製作者の語るところなのだ。特に心配することもないだろう。そもそも、逆ハックされる前提で作られていると言っていた。ならば、堂々と使ってデータを奪えばいいだけなのだ。

 そうこうしていると走査も大体が終了し、抽出したデータの一覧が表示される。サッと中身を確認し、該当しそうなファイルを開くとそれは大当たりだった。そして、俺の次の行動へと移させる決定打となったのだ。

 

『グループリードよりアーチャーズ。ボスからの司令だ。これよりC中隊と合流次第、第7艦隊の停泊する浦賀駐屯地へ向かう。俺たちはそのまま機体の点検整備を行い、号令がかかるまで待機だ』

 

 戦術データリンクからバストアップウィンドウに大隊指揮官が表示される。一言も話したことのない相手だが、俺たちの合流を認めた相手だ。米軍司令部へのサイバー攻撃は察知されているだろうが、出処まではまだ掴めていない様子。俺たちを疑う様子もなく、近距離通信で話し始めたのだ。

 今の命令は実質的な撤退を意味していることは、作戦要項を把握しているならば気付かないはずがない。しかし、大隊の誰もが疑う余地も見せななかった。

 もう裏も取れた、と言っても過言ではない。

即座に俺は専用回線を開く。

 

「レイヴン1よりHQ(国連軍司令部)

 

 俺とまりもちゃんの機体にだけ接続を許された回線を開き、通信を試みる。もう重金属雲を抜け、後方に各軍の部隊が見えてきていた。

 

『HQよりレイヴン1。感良好』

 

 国連軍C型装備に身を包むCP将校のバストアップウィンドウが表示され、その端に見覚えのある姿を確認する。

 

「レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このままでは墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"」

 

 その言葉を発するのと同時に、機体からデータを送信する。これまで機体で録音していた通信データとハッキングで抽出したデータをファイルにまとめたものだ。

 同時にCP将校から見慣れた国連軍将校に白衣というミスマッチな格好をしている女性が映し出された。モニタを確認しているのだろう、数分もしない内にそのまま席を離れてしまったため、入れ替わるように応答したCP将校に話し続ける。

 

『HQよりレイヴン1。……どういった意味だ』

 

「他意はない。意味は伝わったようだ。これより本隊の現在地を送る。周辺の戦況を確認したい」

 

『……HQ了解。少し待て』

 

 程なくして戦術データリンクに詳細な戦術データが送られてくる。

 状況はこちらが目視で確認している通りだった。俺たちが合流したアーチャーズを殿に、米軍部隊は浦賀へ向けて移動をしており、既に半数の部隊が到着していた。一方、作戦戦域には未だに国連・帝国・大東亜連合軍が戦闘を継続しており、戦闘開始時から半数ほどのマーカーがロストしている。

戦況は思うように進んでおらず、地上部に露出したハイヴ抗口(ゲート)目視距離すら到達できていない。だが到達できていなかった方がよかったのかもしれない。

 

 

 

―――今この戦場にはG弾が運ばれているのだから。

 

 

 

※※※

 

[同年同月同日 明星作戦戦闘地域外 吾妻島 米軍集結ポイント]

 

 米陸軍第38戦術機甲大隊に合流して到着したのは、聞いていた米海軍第7艦隊が停泊している浦賀ではなかった。そのいくらも手前にある島に降り立つと、そこには先に到着していた米陸軍部隊が集結しており、ざっと1個師団はいるだろう。

 彼らの誰もが最新鋭のF-15E(ストライク・イーグル)を装備しており、アメリカの底力をひしひしと感じる光景だった。始めは第38大隊が特別だと思っていたのだが、こうして同機種が100機単位で集結しているのを見ると圧巻だった。

 そんな中で私たちが異質であるのは指摘されなくても理解できた。日本帝国軍最新鋭"第3世代"戦術機である不知火、しかも国連軍仕様という異質中の異質。明星作戦に参加した日本帝国軍でもどれほど不知火を投入しているかは定かではないが、F-4Jよりも絶対数が少ないのは確実だった。

 奇異の目に晒されながら第38大隊の後に続いて着陸すると、オープン通信が開かれていることに気づく。

 

『いいところだったってぇのに、どうして上は撤退を指示したんだ』

 

『アタシとしては、こんなところでおちおち死ぬ気なんてなかったからよかったけどね。ただ、いつ見ても、アイツら(日本人)の戦い方はクールじゃないわね』

 

『ブシドーだかよくわからねぇが、BETAがうようよいるところにサーベル振り回して戦おうだなんて思わねぇ。イカれてるんじゃねぇのか。ンなもん、突撃砲撃ちまくりゃいいものを』

 

 好き勝手に話しているのが聞こえてくる。強化装備の自動翻訳機能で日本語になっているが、翻訳されなくても何を言っているのかは分かる。

 彼らは日本帝国の戦い方が理解できない様子。何が効率よくて悪いのかという話は、BETAの前では無意味だというのは戦いを重ねたベテラン衛士なら分かる筈だ。私だって大陸で散々と味わって来た。砲撃で方をつけられるならばそれで良し。だが、弾薬が尽きることを考え、BETA群の動きをコントロールすることも目的として含まれている近接密集戦においては常識であり、その戦い方を選ぶのであれば、近接格闘用装備というのは必要不可欠なものなのだ。そして日本人の心の有り様としても、長刀という存在は絶対になくてはならない存在だった。機体に張り付いた小型種を払うためだけにある短刀とは違うのだ。

 そんなことを考えていると、周囲の米軍衛士の興味は私たちの方に移ったようだ。

 

『オイオイ、あれ見ろよ。日本帝国のType-94だぜ。戦域で見たが、コイツら色が違うな』

 

『カラーリング的に国連軍仕様ってところじゃない? 肩部装甲ブロックにもUNの文字が入っているし』

 

『カーッ! これだから国連軍ってのは分からネェ!』

 

 この様子だとあまり突っかかってくるような衛士はいなさそうだが、油断はできない。ここは友軍の陣地ではあるが、味方ではないのだ。気は休まらない。

 一方、白銀少尉はというと、完全に通信回線を遮断して何かをしている様子。計画に関する何かをしているのだろうか。だからだろう、自ずと外からの通信には私が答えなければならなくなる。

 

『Type-94の衛士さんよぉ、聞こえているのなら返事してくれ』

 

「レイヴン1よりシエラ16。何の用だ」

 

『……レイヴンズはどうしてここにいるんだ? お前ら、国連軍だろうが』

 

「部隊が壊滅したところを拾われた。今は国連軍司令部からの命令待ちをしている」

 

『そりゃ災難なことで。それで、2人の機体はType-94のようだが、何故国連軍が帝国の最新鋭機を装備している』

 

「軍機につき答えられない」

 

 角の立つような返事はできない。ただでさえ異質な存在なのは、多くを知らない私でも分かることだった。それに白銀少尉ばかり頼っていてはいけない。あくまで私は感情をフラットに、質問にはできる限り答え、蛋白な対応をする。

 やがて興味をなくしていき始める周囲の米軍衛士たち。一息吐いたのも束の間、遠くで待機していたF-15Eが近くに降り立つと、突撃砲を構えてロックオンしてきた。反射でこちらも突撃砲を構え、跳躍ユニットに火を入れる。

 

『リヴェンジャー1よりレイヴン1へ。貴官らの作戦配置時の位置を答えろ』

 

「……」

 

 突然の敵対行動、一瞬で周囲は緊張感に包まれる。スッと白銀少尉を確認するものの、機体は突撃砲を構えて跳躍ユニットに火を入れているものの、通信に割って入ってこようとはしない。答えられる余裕がないのか。どういった状況なのか分からない。

 目の前で起きていることに対し、私は何とか対処を試みる。これでも帝国軍時代は中尉まで上り詰め、大尉になってすぐ国連軍に移ったのだ。戦闘以外の軍人としての経験も積んできている。

 

『国連軍参加部隊リストに貴様らのような身元不明な部隊がいくつか混じっている。我々が貴官らを素直に浦賀に案内しなかったのは、それを知っていたからだ。答えられないのか』

 

 ダークブロンドの髪を短く切りそろえたリヴェンジャー1の男性衛士は、警戒心剥き出しの表情で詰問する。

 彼の言った言葉の中に気になることもあった。ここに案内したのは、私たちが所属不明の部隊だということを始めから知っていた、と。つまりそれは、米軍に接触した時点で、私たちが正規の国連軍部隊でないことに勘付いていた、ということなのだろう。

考えてみれば当然のことで、私たちの乗機は日本帝国製のType-94(94式戦術歩行戦闘機 不知火)なのだ。国連軍戦術機部隊の大半はF-4CやF-4D、F-5B、F-15Cで構成されている。その他、駐屯国家の正面装備を使うこともあるが、それもほとんどは旧式であったり中古品である場合が多い。にも関わらず、最新鋭第3世代戦術機を装備している私たちは、そういった国連軍事情を知っている人間からしても不思議な存在であると言える。

 

『レイヴン2よりレイヴン1へ』

 

「レイヴン1よりレイヴン2。どうした?」

 

 突如、秘匿回線を使って白銀少尉から通信が入る。

 その表情にひとつも焦りを浮かべることもなく、淡々と彼は言った。

 

『どうやら米軍の罠だったようで申し訳ありません』

 

「謝罪は後でいいわ。この状況を脱する方法を考えましょう」

 

『強行突破します』

 

「……はい?」

 

 耳を疑った。今、白銀少尉はなんと言ったのか。私には強行突破する、と聞こえたのだが。

 

『XM3の情報がアメリカに流れるのと、CPU毎奪われるの、どっちがいいと思います?』

 

「そりゃ、データを取られるだけの方がいいに決まって……」

 

 私でも知っている。私の機体を含む、夕呼傘下の戦術機にはXM3が搭載されている。また、そのXM3は輸出もライセンス生産も行っておらず、ただ夕呼の部隊だけが使用している特別なものである、と。そしてXM3は白銀少尉を筆頭に使用し、何度も実戦を経験しており、その戦場のひとつに米軍のいた本土防衛での一連の戦いがあったのだ。

前線衛士や戦闘に関わった国ならば、気付かないはずがないのだ。

 白銀少尉はそれを加味し、この絶望的な状況下を脱出すると言ったのだ。理由は考えるまでもなく、米軍には私たちは国連軍正規部隊ではない、不審な戦術機部隊を捕縛するという大義名分を持っているのだ。その上、日本帝国の最新鋭機を我が物顔で使っている。幾ら一方的に日米安全保障条約を破棄したからと言っても、これだけの手土産があれば、その状態からでも日本帝国とは悪くない関係を保つことができるのだ。

つまり、アメリカにとって政治的に旨味のある状況が、今目の前に転がっている、と言えた。

 

『こんなところで機体を捨てて投降したところで意味はないです。それに、目の前にあるボタンを押すには情けなさすぎます』

 

 目の前のボタンというのは、今回、私たちの機体に装備されているS-11によるSDS(自決装置)のことだ。この島毎吹き飛ばしてしまえる威力があり、私たちを囲んでいる100機のF-15Eも道連れにできる代物だ。

 

『だから戦いますよ、神宮司大尉』

 

「えぇ、分かったわ」

 

 その言葉に覚悟ができた。操縦桿を握り締め、目の前を埋め尽くすF-15Eを睨み付ける。そしてふと聞こえてしまった。

 

『こんなの、絶望なんかじゃねぇ。生きて帰るんだ』

 

あの小さい背中が語る言葉にしては、重すぎる言葉が。

 

※※※

 

 白銀少尉はなるべく戦闘せずに、この状況を切り抜けるつもりだ、と言った。私たちを蜂の巣にせんがために一斉に突撃砲を撃ち始めたF-15Eには、私たちは手を出せない。こちらは損傷なしで脱出し、また相手にも損傷を与えてはならない。

 合図と共に白銀少尉が動き出すのが分かっていたからか、次の行動を自分の中で決めることができた。恐らく、白銀少尉は不意を突いて、空へ飛び上がる。ならば私は、得意な方法で移動を始めればいい。幸いにして、この吾妻島も障害物は豊富だった。

 

『目標は国連軍司令部のある国連軍久留里基地へ逃げ込むこと。先生曰く、あそこは計画の息がかかっているところで、かなり融通を利かせてくれているらしい。ならば、あそこまで逃げればいい』

 

「海の上を跳んで行くつもり?」

 

『それはありません。東京湾をぐるっと回って行きます。もしその目標に逃げ込めないのであれば』

 

 その先の言葉は私の脳を揺らすには十分過ぎる提案だった。

 

『もし駄目ならば、横浜ハイヴに突入します』

 



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episode 45

[1999年8月5日 明星作戦戦闘地域外 吾妻島]

 

 私の読んでいた通り、白銀少尉は合図と共に上空へ舞い上がった。そちらに気を取られている米軍の目を盗み、私は一気に跳躍ユニットのスロットルを解放する。

 爆発的に速度の上がり、身体に強烈な加速度を感じつつも、敵機と障害物を縫うように陸地を目指した。幸いにして、ここまでほとんどが徒歩移動だったためか、推進剤はかなり残っている。無理をした高機動戦闘もそれなりの時間は問題なかった。

 虚を衝かれた100機以上の米軍機たちはすぐさま対応を開始。しかし、追いつける訳がない。今、彼らが感じているモノは、私は既に味わった。間接思考制御と直接入力をしていてもなお、相手の動きに付いていくことができないもどかしさ。そして、複雑な制御をしながら障害物走をするように飛び去る戦術機の背中を見ることしかできない気持ちを。

 次々と視界の端々を過ぎ去るF-15Eの群れに攻撃することなく、思考は最低限の全周警戒にだけ割き、残りは白銀少尉に置いてかれまいと必死に本土に戻ることだけを考える。

 

『お、追え!』

 

『何なんだアイツら!? 戦術機の機動じゃない!』

 

 遥か後方に着弾する砲撃が水飛沫を上げ、程なく本土に辿り着く。そのまま北上を開始する。後ろは一切振り返らず、反撃することもない。近くを高速機動する白銀機を確認しながら、目標地点までの予測到着時間を算出する。

 

「20から30分ってところね……」

 

 この調子なら、久留里基地に到着する前に推進剤が切れる。だが、それまでの間に追撃する米軍機を振り切ることも可能だ。今の調子ならば。

 だが、そうも言ってられない事態はすぐにやってくる。

 

『クソっ!』

 

 通信から白銀少尉の悪態が聞こえた。何かあったのかと横目に白銀機を見るも、被弾した様子はない。となると何があったのだろうか。

 明星作戦戦闘地域に突入し、続々と交代する連合軍。どれも万全な状態の機体はいない。彼らと真逆の方向へと跳んでいるが、この調子で行けば10分ほどで前線から第3次防衛線くらいまでは移動できるだろう。

 しかし、私の考えとは違うことを、白銀少尉は口にした。

 

『時間がない! 神宮司大尉!』

 

 時間がない、というのはどういう意味なのか。順調であることに代わりはなく、追撃を続ける米軍機ももういなくなっている。このまま久留里基地まで逃げ込めればいいのではないのだろうか。

 そんなことを考えていた私に、白銀少尉は戦術データリンクを介して情報を送ってきた。それは、低軌道を周回する艦隊のようだが、これは国連宇宙総軍軌道降下兵団と装甲駆逐艦隊による軌道爆撃のアイコンではないのか。

 

『現在、米国宇宙総軍エドワーズ基地から出撃した小規模装甲駆逐艦隊が向かっています』

 

 アイコン内訳が簡単に表示された。たった5隻で構成された装甲駆逐艦隊は単縦陣で確実に横浜上空を通る軌道を移動していた。確かに少数過ぎる艦隊で目的が分からないが、低軌道で待機している他の艦隊に合流する後続なのかとも考える。しかし、違っていた。

 

『この艦隊は特殊装備を搭載しており、それをこの明星作戦で無断使用しようとしています』

 

「特殊装備の無断使用……」

 

 字面通り捉えるならば、私たちも人のこと言えないと思うのだが、白銀少尉はそういうことを言っているのではないのだろう。

 BETAの死骸の山を飛び越えながら、NOEで移動しつつも少し考えたが、結局答えは分からなかった。

 

『特殊装備の詳細について説明すると長くなりますので、簡単に済ませます。特殊装備というのは、米国で開発された爆弾です』

 

「特殊な爆弾。核爆弾みたいな?」

 

『そういった次元を超越している代物ですよ。あれが一度爆発すれば、周囲には爆風ではないモノを撒き散らしてことごとくを破壊し、被爆地は重力異常地帯になります』

 

 どういう意味なのかさっぱり分からなかった。だが、それが不味いものであることは分かった。爆撃された地域が重力異常地帯なんていう聞き慣れない単語の状況になってしまうような代物だという。文字通りの意味ならば、何かしら重力が異常な状態になるものなのだろう。急降下する飛行機の中のような状態になるのだろうか。

 

『そして、その爆弾を作っている奴らと夕呼先生は戦っています』

 

 白銀少尉には悪いが話半分に聞いていたが、夕呼の名前が出れば話は別だ。夢やおとぎ話をしている訳ではないのは分かっているが、彼女が出てくるとなると、真面目に聞かなければならない。彼女が関連してくるとなると、例のオルタネイティヴ計画に関連のあることなのだろう。

 

『米国は明星作戦であの爆弾の実証実験を行い、夕呼先生のオルタネイティヴ計画を潰す気なんです。こんなところで実験を成功させて集中運用なんてされてしまえば、BETAではなく自分たちの手で滅びてしまうんですよ。そういう爆弾なんです』

 

 話は分かった。だが、引っかかるところがある。

 

「分かった。だけど、引っかかるところがある。その爆弾を搭載した装甲駆逐艦が来ているのと、時間がないというのは、恐らくもうその爆弾がこの戦域に到着しようとしているということなのだろう。となると、私たちは他の部隊に見習って戦闘地域外へ退避するべきなのでは? もう米軍も撒いたが、念の為に国連軍部隊が集結しているところに」

 

『それでは駄目なんです! もう今からじゃ間に合わない。だから、予備案を実行します』

 

「予備案というと、まさか……?!」

 

 私は背筋が震えあがった。聞いてはいたが、考えたくもなかったことだ。

 楽観視していた訳ではない。ただ、予備案の予備案であるとしか考えられなかった作戦に、私は現実を受け入れられなかった。

 

『近くに(ゲート)E32があります。そこから一時的にハイヴに逃げ込みます。ハイヴ内でもそれなりの深さまで潜れば、爆弾の効果範囲から守られますから』

 

 言葉が出ない。

 覚悟していなかった訳ではなかった。軍人であり、衛士であるのならば、どんな困難な命令をされても遂行しなければならなかった。そしてそれらを踏み越えてできたのが今の私だからだ。なので、今回のことも最悪の場合は想定していた。私の機体にS-11が搭載されていることからも、よほど危険な任務を負うことになることも。

それでも、ハイヴ突入は考えていても考えたくなかったことだったのだ。

 返事がしたいのに、声が出ない。ただ、喉につっかえて息が抜ける音だけが出る。言いたい。たった2機でそんなのは無茶だ、と。しかし、できないとは言いたくない。

だが、なんとしても生きて帰らなければならないのは、白銀少尉も一緒のはずだ。私もこんなところでおちおち死んで等いられない。まだ、やりたいこともやり残していることもある。しかし、今度ばかりは本気で覚悟しなければならない。

 

「了解」

 

 私はそれだけだが、白銀少尉はどうなのだろう。

 次年度入ってくる訓練兵よりも若い正規兵。あれだけの機動制御とセンス。軍人としての知識と経験の多さ。そして、他の研究員や衛士の誰よりも近しい夕呼の側近。考えれば考えるほどに分からない。白銀少尉、白銀 武とは一体何者なのか。

 

※※※

 

 第1防衛線をたった2機で飛び越え、BETAの散見される地域を避けながらの高速機動。気を使って推進剤を節約しているものの、6割という正直安心はできない量が残っている。兵装だって満足でなく、友軍も僚機である白銀機しかいない。

 もう辺りに人類側のマーカーはひとつとして残っておらず、赤い点群が蠢くのみ。そんな戦術データリンクに、目標であるE34が表示される。もう目と鼻の先にあり、幸運なことに門の付近にBETAの反応はなかった。

 

『レイヴン2よりレイヴン1。このまま門に飛び込み、第3層を目指します。恐らく第2層目までは吹き飛ばされますから』

 

「レイヴン1、了解」

 

 質問も反論もしない。

 私にハイヴ突入の経験はない。地上戦は嫌というほど経験しているが、こればっかりは特別な環境下にいなければないだろう。教鞭を振るう側として、パレオロゴス作戦にてミンスクハイヴに突入した際の観測データの存在と、数度のその観測データから作成されたヴォールクデータによる訓練しか行っていない。

 思い返せば、白銀少尉からXM3の教導を受けた際、ヴォールクデータでのハイヴのシミュレーションを行っていた。まさかとは思うが、白銀少尉はこれを見越して、あの訓練を行ったというのだろうか。XM3教導マニュアルを作成した際、ヴォールクデータでのハイヴのシミュレーションも訓練の1つとして入れているが、白銀少尉や夕呼が見た時には何も言われなかった。

 考えれば考えるほど、これまでの経験と現在の状況が紐付いていく。夕呼や白銀少尉たちと関わった事柄、それらが、どうも今回の作戦に繋がっているような気がしてならなかった。

 

『最初の広間(ホール)にはBETAがいません。そこでステータスチェックを行った後、侵攻を再開します』

 

「分かったわ」

 

 青白く光る横坑(ドリフト)を抜け、広間に滑り込む。そこそこ広い空間になっており、ヴォールクデータでの経験からそこが広間であることはすぐに分かった。

 2つの出入り口を正面に、2機を背中合わせで停止させてステータスチェックを始める。診断プログラムが走査を始め、機体異常箇所の精査を行う。その間に、白銀少尉が今後の話を始めた。

 

『この後のことは上でも話しましたが、このまま第3層まで攻め込みます。目的は新型爆弾の効果範囲から逃げるためです』

 

「それは分かったけれど、本当に2機でそこまで潜れるの?」

 

『問題ありません。単機でも横浜ハイヴ、フェイズ2のハイヴは反応炉到達は可能です』

 

 彼は何を言っているのだろう。

 

『ただ、今回のハイヴ突入はあくまで避難が目的なので、反応炉を目指すことはありません。あくまで効果範囲外へ退避するためです。ですから大規模な部隊や装備を持っていなくても、奥へ進んで引き返すことくらいならば容易に可能ですよ』

 

「簡単に言ってくれちゃって……」

 

 思わずそう感嘆してしまう。しかし、白銀少尉はさも当然のことのように答えた。

 

『神宮司大尉が何を心配しているかは分かりませんが、問題ないと思いますよ。俺と大尉の2人だけでも不可能ではありません。それに散々ヴォールクデータで教導していますし、表層の移動は慣れたものだと思いますよ』

 

「そう……」

 

 だといいんだけど、などと続けられなかった。何故か、彼の前で自信のない自分を見せたくなかったのだ。

 ほんの数分もしないでステータスチェックも終わり、機体の状態を確認する。特に問題はなく、強いて言えば脚関節部の摩耗が少し進んでいるくらいだろう。兵装も快調。推進剤の残量はいつみても変わることはない。

 

『侵攻を再開します。神宮司大尉、さっき言った通りにお願いしますね』

 

「分かったわ。BETAは基本無視、足場を作る時のみ砲撃、よね」

 

『えぇ。じゃあ、行きますよ!』

 

 ふわりと浮かぶ白銀機。それに続くように、私もスロットルを解放した。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 第2発令所]

 

 HQは混沌となっていた。米国宇宙総軍からの爆撃直前通告と、作戦参加部隊の退避のためにCP将校はいつも以上に忙しなく仕事をこなしていた。そんな中、特にやることもない私は正面モニタと霞ちゃんのラップトップを交互に観ていた。香月先生と他の軍人との話は高度な専門用語が飛び交っているので分かる部分が少ないし、私自身は発令所にいてもCP将校としてのライセンスを持っている訳でもないので手持ち無沙汰になるのは仕方のないことだった。

 しかし、立場的に様々なところを出入りしたり見聞きすることが多いためか、ライセンスはなくても真似事ができたり、分かることも多少なりともある。

 正面モニタに映し出されている戦域データリンクの情報も、衛士として任官している今の私ならば、特に考え込むこともなく読み解くことができた。

 徐々に作戦戦域から退避していく友軍マーカー。それを追いかけるBETA集団。近づきつつある米軍の低軌道爆撃艦隊。この三つ巴の戦場は混沌としていた。

 

「作戦参加国連軍退避完了」

 

「帝国・斯衛軍の退避完了」

 

「在日米軍、反転待機中」

 

「大東亜連合軍も退避完了」

 

 次々とCP将校から退避完了の報告がなされる。戦場では前線から戦術機がいなくなったとしても、砲兵部隊は手を休めることなく砲撃を続けているだろう。その間に退避した前線部隊が隊列と再編成を済ませ、反転攻勢の準備を始める。そう予測していた。

 そんな中、戦術データリンクに不審な友軍マーカーが突出したのを確認する。何なのかは分からなかったが、戦術データには戦域の南から前線に向かって高速移動する米陸軍部隊の姿も捉えていた。

 

「……」

 

 香月先生の顔を見る。表情はいつもと変わらない。正面モニタに視線を戻して観察を続けていると、前線深くまで入り込んだ友軍マーカーは突如姿を消す。マーカーをロストした辺りは、横浜ハイヴの門があるところだ。

 あの友軍部隊に心当たりがあった。と言っても、私自身に心当たりがあるわけではなく、元量子電導脳現脳みそが断片的に覚えていたのだ。

あれは、私たちに関わりのある部隊であり、と。記録を取っている霞ちゃんが特に表情を変えることもないからか、彼らが私に直接関わりのある人ではない、と勝手に決めつける。

 

「米国低軌道爆撃艦隊より正体不明の物体が投下!」

 

「個数は?」

 

「2つです!」

 

 CP将校が声をあげ、それに香月先生が質問をする。個数からしてみても、落とされたモノは詳細を調べるまでもない。

 香月先生は国連軍久留里基地に、投下された物体から目を離さないことと、望遠カメラで映像撮影することを伝える。仕込みは済んでいたようで、テレビの生中継のように正面サブモニタに映像が映し出された。

 

「なん……」

 

「っ……」

 

 この場にいたごく一部を除いた誰もが映像を見て言葉を失う。遥か遠くに映る装甲駆逐艦。そして、目に見えるほどに空間を歪めながら、自然落下にしては落下速度の遅すぎる2つの落下物。

 刹那のことだ。

 

※※※

 

『やめろォォォォォォ!!』

 

 うっすら青白く光る部屋。辺りには小さく固まる人々。"私"は"ナニカ"に引っ張られていて、何とか抵抗するも力負けする。

 

『離せ! ■■を離せ、このバケモン!!』

 

 人々は"私"の方を見て、焦燥し怯えているものの、心底安心したような表情を向ける。あれは「自分じゃなくてよかった」と考えている顔だ。

 そしてその中から飛び出し、こちらに走って来る姿。

 

『やるなら俺にしろ! コイツは食っても美味くねぇよ! 順番だってどうでもいいだろうが! だから俺だ! クソッ! クソッ!!』

 

 それは見慣れた姿だった。否。少し細いが、やっぱりそうだ。

 "彼"は白く蠢く"ナニカ"に拳をぶつける。腰も入ってないし、ヘロヘロだ。情けないなぁ、なんて考えてしまう。

 

『ガァ!? ちっ……くしょう、このォ! 離せよ! そいつから手を離せッ!』

 

 必死の形相で拳を何度もぶつけ、"ナニカ"に片手であしらわれながらも、怯むことなく彼は立ち上がって殴り続ける。そんな"彼"に話しかけたいのに、言葉が出ない。

 

『■■から手を離せ! この野郎!』

 

 視線が動いた。言葉も出なかったのに、思うように身体も動かなかったのに、首は自分の意思で回すことができた。

手に絡みつく、人間だとしても白すぎる上に本数の少ない指。異様に長い腕、少し華奢な肩。そして、頭。

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

 私の腕を引いていた"ナニカ"は、アイツ等(BETA)だ。

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁぁ、あ……あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 振り払えない。腕を振っても、何をしても、その手から逃れることはできない。

 

 

 

 

 

 

「ああぁ、ぁぁぁ……、あぁぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 嫌だ、

 

 

 

 

 

 

「あああ、」

 

 

 

 

 

 

 嫌だ、嫌だ、

 

 

 

 

 

 

「あああ、ぁぁぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ

 

 

 

 

 

 

『離せよ! そいつを離せよ! 俺の幼馴染だ! お前らなんかに!』

 

 

 

 

 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

『畜生! 畜生! チクショーーーーーーッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

 

 

 

 

 

 

『純夏ああああああ!!!!』

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「いやああああああーーーーーーッ!!!!!!」

 

 CP将校の喧騒と大きな機械音を掻き消す程の絶叫が第2発令所を包み込んだ。それはCP将校たちが応答する通信の向こうから聞こえてくる声ではなく、極間近から発せられた声。

すぐに音源の方へ振り向くと、そこには見慣れた赤毛の少女が頭を抱えて蹲っている。

 何が起きた、何故彼女は狂乱している。原因を求めるのは後だ。

 彼女の傍でしゃがみ込み、顔を覗く。

 やはり叫んだのは鑑で間違いない。瞳孔は開き、息を荒げ、口の端からは唾液が垂れ落ちている。肩で息をしながら、小さい声で休むことなく『嫌』と呟いていた。

 

「すぐに衛生兵を。鎮静剤を持ってこさせなさい」

 

 彼女にアタシの着ていた白衣を被せ、すぐに正面モニタとサブモニタに目を向ける。考えるまでもなく、"アレ"がトリガーだ。

 すぐに駆けつけた衛生兵たちによって鑑は運び出され、発令所の空気はすぐに戻る。落下を続けるG弾を目で追いかけながら、今後の展開をどうするか頭の中で考える。

明星作戦におけるG弾投下阻止は失敗してしまったが、当初予定していた歴史変更点はいくつかクリアすることができた。参加部隊の損耗率低下、A-01の実戦経験値獲得、XM3プロモーション等々。

 ここからは消化試合だ。G弾によって誘引されたBETA群は大部分が消し飛び、残敵掃討を行うことで、残存BETA群は鉄原ハイヴへ撤退を開始する。その後は国連軍による横浜ハイヴ掃討戦。占領し、G弾攻撃による被害調査を行う。あらかじめ敷いた線路の上を走るだけの簡単な作業。

それに、G弾投下に関しても米国へいち早く抗議追及する準備もほとんど終わらせている。いの一番に抗議し、オルタネイティヴ5の息が吹き返す前に叩くのだ。

 しかしながら、ひとつ誤算があったとすれば、あの鑑だった。原因がすぐに分からない以上、合間を縫って考える必要があるだろう。

 

「……香月博士」

 

「何?」

 

「……記録終了しました」

 

「そ。仕込みを終わらせておいて頂戴」

 

「……了解しました」

 

 社がアタシの顔を見上げて、そう報告する。こちらも事前に伝えてある通り、事を進めてもらう手筈になっている。

 ラップトップを小脇に抱えた社はそのまま去ることはなく、私の顔を見上げたままだった。

 

「……因果の移動を確認しました」

 

 返事をすることはない。彼女が何を言いたいのかは、その言葉だけを聞いて伝わっている。

アタシは小さく溜息を吐き、面倒なことにならなければいい、そう考えて鑑の今後のことを考えるのだった。

 



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episode 46

[1999年8月5日 国連軍仙台基地 医務室]

 

 目を覚まして見えたものは知らない天井だった。

 何故かぼーっとしている頭をすぐに動かし、むくりと起き上がる。辺りを見渡せば、私がいるところが医務室であることが分かった。

間仕切りは閉められ、簡易ベッドの脇には小さなテーブルが置かれている。その上にはメモ書きが置かれており、小さな見慣れた文字で『体調がよさそうなら第2発令所に戻ってきてください』とだけ書かれていた。

 

「お目覚めになられましたか?」

 

 喉がカラカラで言葉が出ない。ゆっくりと頷いて返事をすると、横に腰掛けてくる彼女は話を続ける。

 どうやら私は倒れたらしく、すぐに医務室に運び込まれた。今から簡単に診察するから、質問に答えて欲しい、とのこと。断る理由もないし、答えることにする。

ただただ簡単な質問だった。直前の記憶、目を覚ます時に何かおかしな感覚はあったか等。意味不明だったが、私は素直に答える。

 彼女は衛生兵とのことで、私の診察を終えると、医務室に運び込まれた後のことを教えてくれた。

軍医の指示で勝手に診察してしまったこと。運び込まれてから数時間が経っていること。明星作戦は順調に進んで、今は横浜ハイヴ周辺と内部の制圧が行われていること。あまり実感のないことばかりで、私の知らないところで行われたことだ。別に怒る理由もなければ、むしろ、教えてもられたことに感謝した。

 バインダーにペンを挟んで立ち上がった衛生兵は、報告があるからとカーテンをくぐって出ていってしまう。

 

 小さい頭に大きな髪飾りをいつも揺らしていた少女が脳裏に過り、同時に内側から割れんばかりの頭痛に襲われる。声も出ず、小さくうずくまり食いしばることしかできないが、それも数秒で治まった。そして、同時に"受け取って"しまった。

 走馬灯のように次々と情景が切り替わっていく。

 

『や~い! ニブチン!』

 

 私をからかう、私の半身。

 

『純夏、』

 

 驚いた顔をして私の手を取る。

 

『純夏?』

 

 あまり見せることのない、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

 

『純夏ぁ……』

 

 呆れ顔をするが、それでも助けてくれる。

 

『純夏!』

 

 必死の形相で手を伸ばしてくれる。

 そして最期の場面。

 

『ゴメンな、純夏……』

 

 顔は見えない。ただそこには、青白く光るあの"シリンダー"があるだけ。

 視界もクリアになり、再び自分が病室にいることを確認する。先程まで見ていたものは何だったのか。そして、最後の意味ありげなあの映像は何だったのか。分かる訳がない。だが、直感的になんだったのかは分かった。

言語化はできない。どういうものなのかの説明も難しい。ただ、それは"私"が見せたものだということに代わりはなかった。"そういうこと"が起こる条件は満たしていた筈だ。

 身体に力が入らない。それでも今動かなきゃ、私は絶対後悔する。掛け布団を蹴り飛ばし、脱がされていた上着はそのままに、軍靴は履かず、カーテンを引きちぎる勢いで開く。

 

「か、鑑少尉?!」

 

 驚く衛生兵の顔を一瞬見て、出入り口に向かって走り出す。医務室や出入り口にいた衛生兵や、同い年くらいの子たちも振り切って走り続ける。目指すところは、行き慣れた"あそこ"だ。準備なんてできていないが、どうにかなる。いちいち面倒な事務手続きなどやっている暇はない。

 廊下で時には上の階級や先任の人たちにぶつかりそうになりながらも、私は走り続ける。頭はまだ痛い。それでも、立ち止まってなんていられない。

 

[1999年8月5日 国連軍仙台基地 第2発令所]

 

 鑑の件が明星作戦の如何に関わることはまずない。結局のところ、G弾は投下された。

あのラザフォード場に飲み込まれたモノは全て粉微塵に分子レベルで破壊される。どれだけ重力異常に対処していたとしても、人類には発生させても制御するだけの技術力は備わっていなかった。

 横浜ハイヴのモニュメント上空で炸裂した2発のG弾は、ハイヴの地表構造物を根こそぎ破壊し尽くした。炸裂する直前まで、BETAの注意を引きつけるという副効果を発揮しながら。その副効果に助けられたモノなんて"今回"に限っていえば、全くなかったのだが。

 G弾投下後の作戦は2回目ということからか、以前よりも呆気なく事が進んだように思える。戦力を温存していた作戦参加部隊はBETAを追い散らしながら横浜ハイヴ周辺地域を制圧。内部も結局、国連軍地上部隊が全ての掃討と調査を担うことになった。

 また、無通告でG弾を投下した米国への攻撃も忘れてはいなかった。終始、社に取らせていた記録を元に、掃討戦へ移行後間もなく国連を通して抗議。無論、根回ししていた日本帝国・大東亜連合も連名してのものだ。

流石に動きが早かったこと、そして極東国連軍を中心に米国の不審な行動に気付いていた点を用いての抗議に功を奏し、過半数を米国政府に握られている国連も道理と正義に則り、そして理不尽を振りかざせないほどに敵を作ってしまったとして、米国を叩く他なくなってしまった。

 ここまでのことを、作戦が終了してものの1時間で済ませてしまった。やはり用意をしておけば簡単かつ思い通りにことを運ぶことができる。以前ほど余裕がない訳ではないので、ここまで大掛かりな根回しができたというものだった。

 作戦参加部隊の順次撤退の指示で騒々しい発令所内で独り、丸椅子に腰掛けて弘前産コーヒーモドキを飲む。

 普段ならば絶対に飲まないものだが、今日は気分がいいので美味しく感じてしまう。その辺に生えている雑草の根を燻したものだろうが、そんなことはどうでもよかった。

 

「香月博士、ご報告です」

 

「何」

 

「鑑少尉の意識が回復しました」

 

「続けなさい」

 

 成人もまだしていないであろう衛生兵が、たどたどしく鑑の状況説明を始める。

 作戦の最中に発狂した鑑は、衛生兵によって鎮静剤を投与された後、基地の医療スタッフに引き渡された。診断の結果は恐らくPTSDであろう、とのこと。それはアタシも同じ考えだったので聞き流したが、それ以外の点で気になることがあった。

 

「脳波を計測したところ、常人よりも使用領域が広いことが分かりました」

 

 つまるところ、普段人間が無意識に使用を制限している脳が、ある程度の制限が解除された状態で機能しているということらしい。

サヴァン症候群という病気が存在しているが、あの病気は一般的に自閉症と関連のあるものとされている。しかしそれ以外の原因として、後天的に発症する例がある。それは、何らかの理由で脳または神経の中枢に損害または状態異常を起こした場合にも発症する、というものだ。

それに関連付けるのならば、サヴァン症候群と鑑の症例がイコールでは繋がらないが、脳へ先天的または後天的に損害または状態異常を起こしたため、制限されていた機能が解放されてしまったというもの。

この場合、一番に関連のあるものすれば、"前の世界"からの因果やそれに関わる記憶。つまり、自身の脳が脳でなかった時の状態だ。これはつまり彼女の認知するところの後天的状態異常であり、そもそもそうなる以前には損害を受けている。仮説としては矛盾点も恐らくない。サヴァン症候群は近いから選んだだけで、説明しやすかったから選んだだけだ。

 話を戻すと、鑑は脳の機能に異常が見られるとのこと、というのが医者の見解だった。

 

「今は普通に話せているのよね?」

 

「はい。目を覚ました後、自身が病室にいることに驚いていました。発令所で何があったかは覚えていない様子でしたが、いつも基地内で見られるような雰囲気に戻っておられます」

 

「分かったわ。そのまま戻らせて。念の為に薬を出しておいてもらえる? 鎮静剤、向精神薬とかその類。彼女にはめまいや頭痛がした時に飲むように言えばいいわ。鑑はバカだから、それだけで納得するわ」

 

「り、了解しました」

 

 ひとまず鑑のことは置いておきましょう。十中八九、彼女は00ユニットとしての機能を取り戻そうとしている。否。因果がそうさせようとしているのだろう。その証拠にG弾投下のタイミングでの錯乱だったのだ。

 少し発令所の空気が和らぎ始めたこの瞬間、またもや事態が動き出す。

 

「ハイヴ東側未発見の門より戦術機が出現」

 

「数は」

 

「1機のみです」

 

 まだ掃討戦はハイヴ地下へ移っていないはず。となると、G弾投下直前に突入した部隊だろう。さして興味もなかったが、CP将校の続けた報告が、アタシの意識を切り替えさせたのだ。

 

「国連軍所属 第403任務部隊、レイヴン隊です!」

 

「詳細を報告しろ!」

 

「米国から投下されたG弾なるものの投下直前に、ハイヴへ突入した隊と思われます。当時は重金属雲の影響で詳細までは分かりませんでしたが、今は問題なく情報を収集できています。第403任務部隊、香月博士直属の戦術機甲部隊。当初は2機1個分隊だったようですが、僚機を失っている様子」

 

 僚機を失っている、という言葉に衝撃を受ける。

レイヴン隊、つまり白銀とまりもの隊のことだ。2人が撃墜されることは考えはしたが、可能性は限りなく低いと見積もっていた。だが、アタシの予測は外れたことになる。

どちらかが撃墜されている。どちらかが死んだ、ということなのか。

 

「レイヴン1、神宮司機です」

 

 白銀、か。

 アタシの脳はその情報を聞いた瞬間に、別のことを考え始める。彼が死んだとなれば、オルタネイティヴ計画の今後に大きく関わる。彼がいなければ円滑に進まないことだってあった。彼にしか頼めないことも。そして、こんなこともあるだろう、なんて何処か諦観したような感覚も持ってしまう。

 因果律量子論。その理論は多次元並行世界を説いたものであり、少しずつ違う選択肢を取った世界が何重にも重なり、樹形図のように枝分かれして存在しているもの。"この世界"の白銀 武とアタシは、よりよい未来を掴むことができなかったということに他ならなかった。

 

「いいわ。レイヴン隊は至急撤退。A-01から迎えを出して」

 

「了解」

 

 簡単な指示だけを出し、再び丸椅子に腰掛ける。先程とは違う感覚を持ちながら。

 しかし、未来は予知できることはできないが、予測することはできる。それは統計データから導き出される、いわゆる結果に過ぎない。だからこそ、アタシは幾重にも折り重なる事象全てに人間は対処できない、そう考えていた。

 突然、発令所内に警報が鳴り響く。何事かとCP将校たちが事態の情報収集を始めた。そして、いの一番に報告したのが、基地の異常事態だった。

 

「だ、第7ブロックから戦術機が強奪されました!?」

 

 サブモニタから正面モニタに仙台基地の地下格納庫からせり上がるエレベータの状況が映し出される。

 

「何処の誰だ?!」

 

「は、は! ……え、閲覧不可?!」

 

「何?!」

 

 基地司令が狼狽える。この発令所は、基地の中でもトップクラスのセキュリティが充てがわれており、管理者・権限が共に基地司令のものになっている。そんな発令所で見れない情報等ないはずなのだ。それなのに閲覧ができない。

 それもそのはずだ。なぜなら、トップクラスというが、一番ではないからだ。

 エレベータは地上層に到達。その機体の映像が正面モニタに映し出された。

 

「F-14……」

 

「どこの部隊だ!!」

 

「閲覧不可のままです! 映像視認……部隊不明! 肩部装甲ブロックに部隊識別表が印字されていません!」

 

 その機体は、最後の拘束具であるキャットウォークとガントリーを強制排除し始めた。力技に訴えて強引にエプロンに出てくると、カタパルトに脚部の固定を始める。しかし、アレはこちらからの操作がなければ作動しない。そのはずだった。

 

「カタパルト起動!」

 

「即応部隊を出せ!」

 

 激憤する基地指令に、アタシは待ったをかけた。

 

「お待ちになってください、司令」

 

「こ、香月博士……! 何を」

 

「アレは私の部隊の機体ですわ」

 

 チラッと視線を少女の方に向ける。社はこちらを向いていた。表情はいつものようにあまり変化は感じられないが、雰囲気で分かる。申し訳なさそうにしているのだ。ということは、社がカタパルトの操作をしたのだろう。

 外していなかったヘッドセットから、あの子に向かって話しかける。

 

「アンタ、何をしているのか分かっているのよね?」

 

『分かっていますよ』

 

 バストアップウィンドウは表示されない。それでも声を聞いて確信した。やはり、あの子だった。

 

「アンタらは揃いも揃ってまぁ……」

 

『帰って来たら怒られます。だから、今は……』

 

「怒られるで済むわけないじゃない。キャットウォークとガントリーを壊して、どうせ格納庫でも色々やってきたんでしょ?」

 

『あー……えへへっ』

 

 小さく溜息を吐き、アタシは司令の方に向き直る。

 

「彼女の出撃はこちらの予定通りですわ、司令」

 

「し、しかしだな」

 

「どうやら指示を忘れている者が多かったようで。もしかしたら、本責を忘れて、他事にかまけている者が多いのではないでしょうか?」

 

 それだけを言うと、司令は黙る。もう何も言えない。

 それに、彼女が動いたということは、まだ望みはあるのかもしれない。まだ諦めるには早すぎるのだろう。

 

「……慣れない機体でも行くのね?」

 

『はい。この子しか今はいませんから』

 

「いいわ。行きなさい」

 

『了解!』

 

 アタシの管理下にある戦術機は、彼女の言う通りF-14しか今は動かせるものがない。A-01は予備機も久留里にあり、それは訓練部隊ものも予備の予備として持っていってある。そうなると、残っているのは教官機とF-14だけ。選ぶこともできないのだ。

 CP将校にカタパルト射出の指示を出し、F-14は単機で空へ舞い上がる。発令所にいる誰もが、訳もわからない存在も知らなかったF-14を呆然と見送ることしかできなかった。だが、アタシを含めた2人だけは、彼女が何を成すために往くのかを確信していた。

 



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episode 47

 

[1999年8月5日 明星作戦戦闘地域 横浜ハイヴD層]

 

 陽動も補給も望めない敵の巣(ハイヴ)の中、頼りになるのは僚機だけ。他にも何もない。それ以外は全てが(BETA)だった。

 前を跳ぶ僚機は相変わらずの動きを魅せる。宣言通り、BETAと戦うことはしない。ただ奥へ奥へと進む、それだけのために動いていた。BETAよりも恐ろしいモノが空から降ってくるから、と。

 

「……これは!」

 

 その先の言葉は出ない。言ってはいけない。

 休むことなく機動制御を行う。言葉で言えば簡単かもしれないが、実際やっている作業はとてつもないものだった。入力したコマンドを履行する機体の状態、常に変化する周囲の環境を考慮して先行入力とキャンセルを次々と入力していく。唯一、コンボ機能がよく使う動きを簡単に再現してくれるということもあって、いくらか楽になっていた。

 突撃級の甲殻を足場に飛び上がり、要撃級の頭部のようなものを踏みつけ、横坑の天井から降ってくるBETAを蹴り飛ばし踏み潰しながらの強行軍だ。残弾を気にするほど射撃もすることなく、ただただ一刻も早く奥へと進軍するだけ。

 

『次の広間を出たらE層です!』

 

 コールサインを言うことなく、白銀少尉はそうオープン通信で言った。

 もうどれほどのBETAを見逃し、踏みつけただろうか。大きな広間を抜けると、そこは何度目かの縦坑(シャフト)に突き当たる。

 

第1種光線属種警報(コード991)! 白銀少尉!」

 

『36mmバースト3回!』

 

 縦坑に飛び出した瞬間、最下部にレーダーが敵影を確認する。機体はすぐさまそれが光線属種だと判断した。データリンクに表示されている個体数は9体。多くはないが、レーザーを使われたら逃げる場所がなかった。

白銀少尉は光線級に対しての攻撃を指示してくる。使用弾数まで指定してきた。それを無視することはなく、私は応えて見せた。

 両腕に構える突撃砲の36mmチェーンガンが5発バーストで3回発砲される。私の2門と白銀少尉の1門の突撃砲によって、光線級は一瞬で肉塊へ姿を変えた。

 

『姿勢制御3回! 縦坑底部でクランク1回! 逆噴射で減速してE層の第1広間に突入します!』

 

「了解!」

 

 またもや難易度の高い指示が出される。しかし、やらない訳にはいかない。刻一刻と迫る米国の新型兵器の効果圏内から逃げるためには。

 

※※※

 

 D層まではBETAの数もそこそこおり、ヴォールクデータでやったような異常な個体数に囲まれることもなかった。接敵した殆どが中隊規模以下であり、大きい群団に当たることはほとんどなかった。

 E層とF層を繋ぐ縦坑前の横坑と最終広間には、これまで以上の個体数に遭遇したものの、結局その大半を無視して縦坑へと飛び込んだ。

 生きた心地はしないが、意外と落ち着けている。私が落ち着いていられるのは、きっとXM3の慣熟訓練のおかげだろう。嫌というほどヴォールクデータの高難易度を何度も何度もやらされたからだ。軍籍を置いて割と長いと自負しているが、あの時ほど自身の訓練兵時代を思い出したことはなかった。

 

『神宮司大尉』

 

「なに?」

 

『E層までが恐らくG弾の効果範囲だと思います』

 

 ほとんどBETAのいないF層第1広間で小休憩を取りながら、今後の行動を話し合う。

 従軍経験の少ない白銀少尉と、従軍経験が豊富である私。しかし、今のような特殊な状況下では、私よりも白銀少尉の方が経験値は高いように思える。ハイヴ内での戦闘は地上戦と全く違う。それはシミュレータで理解しているつもりだったが、実戦となると思い通りに事が運ばないのは当然であり、いつも想定外のことが起きる。ヴォールクデータの難易度なんて当てにならない。現実はもっと非情で残酷なのだから。

 そう考えると、白銀少尉に焦点が当たる。何故、従軍経験の浅い白銀少尉は、これほどまでにハイヴでの戦闘経験が豊富なように思えるのだろうか。何故、迷うことなく次の行動が決定できたのか。

私には分からない。

 

『管制ユニット内の空気を入れ替えたいところですが、ハイヴの中でそうもいかないですね』

 

 そんな呑気なことを言う始末。

 ヴォールクデータの元になっている、スワラージ作戦に参加したソ連軍 ヴォールク連隊は混成機械化戦術機甲連隊(混成自動車化戦術機甲連隊)だったという。戦術機と戦車、装甲車、歩兵、砲兵で構成されたその部隊の成し得た偉業は学んでいたとしても、どういった環境下にあったかなんてことを学ぶことはない。だからこそ、ハイヴ内がどういう状況なのかというのは、視覚的立体的情報しか手に入れることができなかったのだ。

 

「ハイヴ攻略で生き残った兵士の記録だと、ハイヴ内は場所によって息のできるところとそうでないところが分かれているらしいわね」

 

『あー……確かにそうかもしれないですね』

 

 ふと思い出したことを雑談がてら口に出してみたら、白銀少尉から思ってもない相槌が返ってきた。

その受け答えは、何かを知っていると言っているようなもの。しかし今言及したところで、やる意味もなければ時間の無駄だ。

 

『ここから先は接敵数も減るかもしれないですね』

 

 白銀少尉がふとこぼした言葉に、再び引っかかりを感じる。

 

「何故?」

 

『上から降ってきている"アレ"が理由ですよ。移動すれば分かります』

 

 そう言われて、行軍を再開する。E層第1広間を出て最深部を目指す。今回は例のブツの効果範囲から逃げるのが主な理由だが、別に反応炉まで行ってしまっても問題ないはずだ。何の因果か、私と白銀少尉の不知火にはS-11が搭載されている。反応炉を破壊するには少々心許ないかもしれないが、実際に反応炉に対して使用した実例はない。「恐らく破壊できるだろう」という希望的観測が勝手に尾ひれを付けながら独り歩きしたものなのだ。戦術核での破壊実績はあるが、戦術核に匹敵する威力のある通常爆弾であるS-11は、あくまで通常爆弾に過ぎないのだから。

 白銀少尉の言う通り横坑に出て、いくつも広間を通り過ぎたが、BETAに接敵することがほとんどない。否。一度も接敵していないのだ。気は抜けないが、最速で移動を続けていると、これまで以上に速くF層へ降りる縦坑に到達。中を確認しても、BETAはほとんどいない。精々、兵士級や闘士級が彷徨いている程度。戦術機相手には手も足も出ない相手だ。わざわざ弾薬を使って倒す必要もない相手だ。

 白銀少尉はそんな小型種を無視しながらF層の広間に突入する。

 

「おぉ……」

 

 F層の広間は、これまでのものとは全く違っていた。一言で言えば、他の上層よりも広い。縦坑から横坑に入ってからは距離はあったものの、到達した広間はそれ以外のものよりも明らかに広かった。

 

「これは……」

 

 思わず感嘆の声が出てしまう。表層からここまでいくつも広間を通過してきたが、ここまで広い場所は初めてだった。突入する際に起動した走査レーダやソナーの反応も皆無で、動いているモノは私たち以外にはいない。

 警戒を解かず、しかし、少し浮かれた気分で広間を見渡す。青白く光る壁面に、理解できない形状をした物体が地面や壁にある。それは他の広間と変わることはないが、特別広いこの空間は、何処か魅了されてしまうような感覚があった。まるで幼い頃に入った城の中のような。

 そんな中、白銀少尉の呟く言葉だけが妙に耳に入ってきた。

 

『何だここ……』

 

 最初はその一言だった。しかしすぐに気になる言葉へと変わっていく。

 

『どうして……』

 

『何で、何でここ……』

 

『どうしてだよ……どうして……』

 

 気付けば白銀少尉の機体は動くのを止め、ただ一点を見つめていた。

 

「白銀少尉、どうしたの?」

 

『わから、ないです……なんで……』

 

「少尉?」

 

『おれは、おれたちは……ここに……』

 

 意味が分からない。映し出されるバストアップウィンドウの映像からも、白銀少尉が正常でないことは分かる。バイタルを確認すれば一目瞭然だ。どう考えたって精神的に普通じゃない。

 彼の見ている方向を見ると、そこは広間の天井付近。そこには青白く光る壁に紛れて、"何か"が見えた。カメラをズームしてそれを見てみると、そこには信じられないモノがあった。

 

「の、脳?」

 

 青白く光っているのは壁ではなく、地面から無数に伸び、天井まで届いている柱だった。

 その光景に言葉を失う。私の脳が許容を超え、警告を鳴らし始めた。"アレ"が何なのか理解できない。そもそも、"アレ"のことを私は正しく認識できているのだろうか。ぼんやりと辺りを照らす柱たちは、そのどれもに"内容物"を持っている。全て同じだ。全てだ。

 

『俺はここにいる、アイツもここにいる、』

 

「何を、言っているの?」

 

 白銀少尉の顔面がみるみる青白くなっていき、遂に突撃砲を構える両腕も下ろしてしまう。

 私の問にも答えなくなり、データリンクから共有されるバイタルが危険域に突入していた。症状は専門家ではないから分からないが、戦場に長いこと身を置いて教官職でもそれなりの経験を積んでいる私なら分かる。今の少尉の状態は、完全に戦意喪失してしまった状態だ。その上、混乱しており、緊張状態でもある。下手をすれば、今すぐにでも壊れてもおかしくはない。

 

『何でだ、何でだよ……』

 

 そううわ言のように呟く白銀少尉が異常なだけで、今私たちの置かれている状況が変わることはない。ここは敵の前線基地であり、今は戦闘中なのだ。

 機体のセンサが振動を感知し、BETAの接近を知らせる。

 

「白銀少尉! 敵が接近している!」

 

『……』

 

「少尉!!」

 

 遂に私の言葉にも反応しなくなってしまう。そんな状況にBETAは待ってくれる訳もない。中隊規模のBETAが続々と向かいの横坑から広間に突入してくる。恐らく、下層にいた個体群だ。

 虚ろな目になった白銀少尉は同じく機内で鳴っているアラートにピクリとも反応せず、機体を動かすことはない。このままではBETA群に飲み込まれて撃墜されてしまう。それはなんとしても阻止しなければならない。

 

「……あぁもう!」

 

 私はすぐさま機体をBETAの方に向ける。幾ら温存しているとはいえ、帰り道のことを考えれば、殲滅戦なんて選択肢はあまり選びたくなかった。しかし、ここで殲滅しなければ、白銀少尉を連れて帰ることはできない。

 中隊規模のBETAに単機で飛び込み、最低限の回避運動で敵を葬る。難しいことではないが、どうしても帰還することを考えてしまう。そして、すぐ近くで虚空を見つめる少年のことも。

すぐに殲滅し、機体の操作権を奪うなり、強引に機体から引きずり下ろすなりすればいいが、それもこれも時間を要する。

 焦りから無駄弾も多くなり、遂に突撃砲の残弾が尽きる。リロードしようにも、できる状況ではない。すぐさま突撃砲を投げ捨て、長刀を引き抜く。左手の突撃砲も残弾はそう多くもないが、長刀をメインにして戦えば問題ない。最低限、大型種は動きを止めてしまえばいいのだから。

 地表面噴射滑走をしながら、虫の息の突撃級の脇を縫うように動き回る。飛びかかる戦車級は横薙ぎで払い、要撃級は前腕衝角を切り落とすだけでいい。その他の小型種は放っておいていい。

縁日で見かける切れ味のいい包丁の実演販売で切られるトマトのように、戦車級が真っ二つになりながら落下していく。やがて屍体を積み上げた広間で残敵掃討を始めると、私は気付いた。

 

「白銀少尉!」

 

 白銀少尉の機体が擱座していることに。そして既に信号が確認できなくなっていることに。

 

※※※

 

 最後の敵を切り捨て、足元を蠢いていた兵士級を踏み潰した私は、気密兜を被って機体から降りる。アイドリング状態のままにし、最低限遠隔で射撃を行える設定のままだ。

 見慣れることのない、先程までBETAだった肉塊に顔の筋肉を強張らせながら、何もない広間の片隅で擱座した不知火に取り付く。

 管制ユニットの収められている胸部には、メンテナンス用ハッチと緊急開放用爆砕ボルトが備わっている。メンテナンス用ハッチを開くと、隠れたところに爆砕ボルトに点火するボタンが仕込まれており、それを押すことで、管制ユニットの気密ハッチが吹き飛ばされる。

 極限まで削り取られて軽量化がなされているハッチが明後日の方向へ飛んでいき、もうもうと立ち込める粉塵を気にすることなく中を覗き込んだ。

 

「白銀少……」

 

 彼の様子に言葉を失う。

 年相応の無邪気な笑顔でも、年不相応の張り詰めた表情もそこにはなかった。ただ、そこには目尻に涙を溜めて震える少年がいるだけだった。

 

「純夏……純夏……」

 

 あの少女の名前をうわ言のように呟きながら、ただただ身体を震わせながらも、必死に機体を動かそうと機動コマンドを入力しているのだ。だが、機体はそのコマンドを受け付けない。損壊レベルは大破。両脚の駆動系は腿から下はなく、腕も吹き飛んでいる。辛うじて胸部と頭部だけを残している姿なのだ。

 呆気に取られた私はすぐに状況を思い出し、彼を機体から引っ張り出そうとする。しかし上手くいかない。白銀少尉はキツくハーネスを装着していたのだ。

 

「どうしてこんな時に……?!」

 

 機体に常設されているサバイバルキットの中にはバヨネットが入っていた筈だ。機内の所定位置を探してみるものの、サバイバルキットは発見できてもナイフは見つからない。固定できないから、高機動戦闘中に脱落して機内を跳ね回る凶器になるというのは有名な話だ。

白銀少尉もそれを知って、サバイバルキットから抜き取っているのだろう。こんな時に限って、精鋭顔負けの少年衛士であることが恨めしい。

 シートに身体を滑り込ませてハーネスの固定具をまさぐるが、思ったように見つけられない。そうこうしていると、私の機体から送られてくる映像に見たくもない姿を捉えた。

 

「もう時間切れ、なの?!」

 

 赤い津波(戦車級)が押し寄せてきている。詳しい個体数は分からないが、単機ではまず相手にしない数だ。

 すぐ後ろを振り返る。そこにはまだ白銀少尉がいる。機体も大破し、原因不明で精神的に限界を迎えている彼は、まだそこで生きているのだ。

見捨てたくない。なんとしても連れて帰りたい。理由は数え切れないほどある。

 

「だけど、だけど……っ!!」

 

 ここで2人共死んでしまえば、それこそ意味がない。私は分からないが、白銀少尉の損失は、人類にとって大きな痛手になることは確かだった。確信は得られていないが、そのような気がしてならない。

 血の味が口全体に広がる。いつの間にか握っていた拳が震える。自分の無気力が心底嫌になる。何故、私には力がないのか。そう考えながら、自分の不知火に乗り込む。

 

「……っ!」

 

 白銀機の残骸に目を向けると、そこにはまだ変わらぬ様子の白銀少尉が管制ユニット内に残っている。

頭部と肩部装甲ブロックを切り飛ばしてしまうか、なんて考える。しかし、BETAは待ってくれない。もう先頭集団が15秒もしない内に接近する距離にまで近づいていた。

 ならばひと思いに、と突撃砲の砲口を彼に向ける。だが、どうしても脳裏にチラつくのだ。無邪気に"あの少女"と笑う姿が。振り払って介錯することもできない。それは強烈に私の記憶に刷り込まれている。

何故、どうして。いつもなら迷わず引き金が引けたというのに。自問するも答えは返って来ず、ただもう目前にBETAは迫っていた。

 

「……うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 咆哮する。砲口は白銀少尉から外れ、BETAの方に向けていた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 声をあげる。

 

「あ”あ”あ”ァァァァァ!!!!」

 

 記憶の遥か彼方から、懐かしい記憶が蘇る。新兵だった頃、何もできないまま次々と仲間が死んでいく様を。混乱してみっともない指揮をする私を、最期まで仲間たちは信じてくれた。そして、その信頼に私は答えられなかった。

 一度も止まることなくハイヴの中を跳び回り、気付けば地表に飛び出そうとしていた。

 

「っ!?」

 

 もう声も出ない。息もあがり、ただただ機体を安定させながら一直線に飛ばすだけ。

 

『CPよりハイヴより脱出した戦術機。応答せよ、国連軍機!』

 

 CPからも通信が入っているが、答える気はさらさらない。BETAもそのほとんどが確認できない周囲を見て、機体を自動移動モードに切り替えた。行き先は国連軍久留里基地。

 

『応答せよ、国連軍機! Type-94に搭乗する衛士! 生きているのなら返事を!』

 

 大きく溜息を吐き、目を閉じた。まぶたの裏に映るのは、何故か彼の姿だった。長い時間を共にした回数は決して多くはないものの、私の記憶に刻み込まれてしまったその面影。

 そのままフラフラと飛び続ける不知火に後を任せ、私は機体にログを残す。「第403任務部隊(TF-403) 白銀 武 少尉 横浜ハイヴ突入後、第F層にてKIA(戦死)」と。

 



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episode 48

 

[1999年8月5日 明星作戦戦闘地域 第1防衛線 幸浦区域]

 

 何も考えずに仙台基地から飛び出した私は、途中、香月先生が手配した輸送機と合流して国連軍久留里基地へと送り届けられた。

 基地には何故か私の受け入れ態勢が整えられており、臨時エプロンには1機分だけポツンと自走整備支援担架と支援輸送車両が用意されていた。機体を担架に接続し、メンテナンスモードに移行させると、すぐに整備兵が管制ユニットを覗き込んできた。

 

「おい! 何だって急にF-14(骨董品)なんかで戦場に……嬢ちゃんの機体か?」

 

「そうです!」

 

 厳密に言えば違う。タケルちゃんがメインで搭乗し、霞ちゃんが乗れるようにもカスタマイズされている。複座型の機体を強引に私が使っているので、後部座席はぐちゃぐちゃの配線とラップトップが雑に養生テープで固定されているだけだった。

 そのようなデタラメな機内を見た整備兵のおじさんは一瞬、冷や汗を流してすぐに調子を戻す。

 

「訳アリだとは聞いちゃいたが、ここまでとはな……。一応聞いておくんだが、コイツは複座機なんだが?」

 

「分かっています。なので今強引に火器管制を操縦座席に接続しています」

 

 それくらいの改造は訳ない。元々この機体をいじっていたのは私だ。タケルちゃんが乗ることを想定し、単座用にカスタマイズできるようにはしてあったのだ。しかし、今回は完全に単座機に改造することはできなかった。なので、こうして雑な手の入れ方をしているのだ。

 もう一度、後部座席を見て、前部座席の私を見た整備兵のおじさんは横から覗き込もうとしていた若い整備兵の頭にげんこつを起こした。

 

「馬鹿野郎! オメーは推進剤の補給をしていろ!」

 

「す、すみません! 班長!」

 

「はぁ、ったくよォ……。嬢ちゃん」

 

 首からかけているタオルで顔の機械油と汗を拭った整備兵のおじさんは、帽子を深く被って言った。

 

「訳アリだとしてもな、死ぬんじゃねぇぞ。これで送り出したら目覚めがワリィ。本当ならソイツから降りてちゃんとした機体、それも駄目なら単座機を回してやりたいんだが、ここにそんな余裕はねぇんだ」

 

「……分かっています」

 

「へっ、ならいいけどよ」

 

 それだけ言い残した整備兵のおじさんは姿を消し、怒号が外から聞こえてくる。

 

『さっさと済ませろ! チンタラやってるとBETAが押し寄せて来るぞ!』

 

 網膜投影を通して、機体のステータスが次々と更新されていく。推進剤の充填、使用兵装の所在、携行予備弾倉の補給、何故か新品に取り替えられた短刀。

 そんな整備も、本来は10分以上はかかるものが5分で終わってしまう。

 

『久留里コントロールよりラビット1、発進を許可します』

 

「ら、ラビット1了解」

 

 ボロボロで修理を待つ戦術機たちを横目に見ながら、私は滑走路へと歩を進める。カタパルトに脚部を固定しロケットモータを点火する。

 私の心の中は初陣だとかそういった邪魔な感情ではなく、ただ1つのことが占めていた。あの"見た"モノ。あれは必ず現実のモノとなる。それは何としてでも止めなければならない。私がタケルちゃんを救うんだ。

 そんな傍ら、私は気づいていなかった。ただ、私が"見た"モノは漠然としたものであって、より具体的なものではなかったこと。その未来を示唆するモノであり、過程ではなかったこと。

 飛び出そうとしている東の方角から、ゆらゆらと戦術機が1機飛んできている。その様子はデータリンクから確認するまでもなく、見れば分かった。アレは自動操縦で飛んでいる。そして、その戦術機は私にとって見慣れたものであった。その機体からデータリンクが共有されると、IDが表示される。

 

「レイヴン1、神宮司教官!」

 

 短距離着陸をすると、その場から動かなくなってしまった不知火。私は後続のいないカタパルトの上から、神宮司教官に呼びかける。

 

「レイヴン1、応答願います! レイヴン1! 神宮司教官!」

 

『ラビット1、鑑少尉か』

 

「神宮司教官! タケルちゃんは? タケルちゃんの不知火は?!」

 

『鑑少尉……』

 

 何なの、あの神宮司教官。今更気付いたが、私は癖で「神宮司教官」と呼んでいた。いつもならば「作戦行動中は大尉よ」と言ってくれるのに、今日はそれも言わない。それどころか、私が戦術機に乗っていることについて何も言わない。ただ唇を噛むだけだった。きっとここまで来るのにも何度も噛んだのであろう。すぐにプツリと唇が切れ、濃く紅を引いたように朱くなった。

 タケルちゃんが撃墜されるのは"見ている"ので分かっている。だが、神宮司教官がそれを見逃す訳がない。何故なら、あの神宮司教官だ。何度も"見てきた"。何度も"感謝した"。そして、何度も"見送った"のだ。

 彼女のバストアップウィンドウには、簡易ハーネスが映ることもなく、ただただ悔しそうにしているだけ。それを見るだけで、状況は察することができた。

 

「大丈夫ですよ」

 

『何故そのようなことを……』

 

 私は努めて笑顔で答える。

 

「だってタケルちゃんですもん! いつだって近くに居てくれる。バカで意地悪で……」

 

 "分かっている"。

 

『……済まない』

 

「っ……!」

 

 それでも諦めない。諦めたくない。

 カチリと音がするのと同時に、視界の端に見慣れない文字が浮かぶ。圧力注射が自動で働いたのだろう。すーっと頭と身体が強制的に冷めていく。戦術薬物が投与されたのだ。タケルちゃんから聞いて知っているが、これは恐らく鎮静剤だ。他にも色々効果はあるだろうが、恐らく間違いない。

 レイヴン1の近接データリンクから取得した最新情報を見始める。それはハイヴ突入から、単機で脱出してくるまでの記録だった。移動履歴と戦闘記録くらいしか残っていない。それを見るだけでも、なんとなく分かってしまう。

タケルちゃんは、"あの部屋"に行ってしまったのだ、と。

 

「あの広間を見たんですね」

 

『鑑、あの広間というのは?』

 

「引き返してきたところです。何でって顔をされていますけど、うん、神宮司教官にはお答えできません」

 

『……っ』

 

「ですけど、なんとなくそうなんじゃないかなって、そう思ったんです」

 

『……白銀は第F層第1広間で錯乱したんだ』

 

 それを聞いただけで、私はタケルちゃんの身に何が起こったのか確信した。だとするならば、彼には相当な負荷がかかった筈。きっと、脳がショート寸前になるまで強引に使わされただろうから。

 

『だが、彼は最期まで諦めなかった。諦めたのは……私』

 

「えっ……、」

 

 私は神宮司教官の言葉に、全ての動きを止めてしまう。

 

『状況を見て、必死に抗った。最善を尽くしたつもりになっていた。だけど、彼のことを、白銀少尉のことを考えていなかった。よく知りもしないで知った気になって、分かった気になって、ちぐはぐな男の子だと決めつけて、そして結局、年相応の子どもだった、と』

 

「それは……」

 

 仕方のないことだと割って入ろうとするが、神宮司教官は続けて言った。

 

『けど、それは私の決めつけだった。私は結局、何もできない臆病者で、白銀少尉を……』

 

 その先を聞くことはなかった。何故なら、"見えていて"分かっていたこと。そして、分かっていたが確定していないことが、今この時確定したからだった。

 F-14 AN4。戦術機での射撃も格闘も苦手な私からしたら、この機体は分かりやすい。射撃が苦手というのも、狙撃が苦手なだけで中・近距離での戦闘はそこまで苦手じゃない。弾が当たらないという訳でもないし、近接格闘も長刀を振り回すだけならできる。流派とかがよく分からないだけなのだ。短刀は訓練で使っていたということもあり、身体に染み付いている。

幸いにして、この機体に長刀を使うだけの機能は搭載されていない。狙撃、長距離砲撃を想定した機能は搭載されているが、基本運用は突撃砲とAIM-54(フェニックス)の運用だった。最も、AIM-54なんて装備は搭載していない。ただでさえ大型機なのに、巨大な兵装を装備していると、著しく運動性能が低下する。それだけはなんとしても避けたかった。それに、そんなものを装備する余裕もなかった。

 神宮司教官と別れると、そのまま私は残敵掃討や生存者捜索を防衛線後方で行っていた戦域を抜けて最前線へと躍り出る。

 

「あれが、横浜ハイヴ……!」

 

 目の前に空いた大穴。それに、ハイヴが鎮座するところは馴染み深い場所でもある。

今はなき帝国軍白陵基地のあったところだ。小高い丘の上に建設された忌々しい建造物は、私の記憶にこびり着いて離れない。あの中で起こったこと。そして、あの中で見てきたもの。だがそれも、今はことごとく吹き飛んでしまっている。

 

「待ってて、タケルちゃん」

 

 操縦桿を握り込み、スロットルを開放する。大型跳躍ユニットから発せられる大推力によって機体はふわりと浮かび上がり、そのまま機体を前傾姿勢に倒す。

 一気に加速しながら、一直線に横浜ハイヴの手頃な門を目指す。G弾の影響で地上部は抉り消え去っており、効果範囲に飛び込めば、どこかハイヴ内部に通じる横坑を見つけることもできよう。

 

※※※

 

[同年同月同日 明星作戦戦闘地域 横浜ハイヴ 第F層]

 

 崩壊した第E層の横坑から突入した私は、"ハイヴ突入経験"があるためか、あまり緊張や恐怖することなく先へ進むことができた。それに、BETAとの接敵数が驚くほど少ないというのも理由の1つとして挙げられる。戦闘回数は2回。それも戦車級2体や要撃級1体等。他にも戦術機に乗っていれば取るに足らない闘士級や兵士級ばかり。

落ち着いて深呼吸し、ちゃんと狙いを定めて射撃すれば倒せない相手ではない。それに、本来なら何万、何十万というBETA群を一撃で吹き飛ばすことだって本来ならば可能なのだ。

 噴射地表面滑走で平坦なところを移動し、それ以外は短距離跳躍でショートカットしながら第F層に降りる縦坑へと入った。

 普通ならここでもBETAに接敵するはずなのだが、どうも接敵しない。やはりG弾によってほとんど撃破されてしまったのだろうか。それとも、残存個体は佐渡島や鉄原に逃げたのだろうか。十中八九、そのどちらもだろう。

最初の広間に入ると、そこにはこれまでになかった戦闘痕が残されており、BETAの死骸も無数に転がっていた。幸い、生き残った個体は確認できない。

 安心したのも束の間、改めて見たこの広間には見覚えがあったからだ。

 そう、あの広間。

 

「あ……う、うぁ……」

 

 呼吸が止まる。周囲に敵がいないのは分かっている。それでも警戒しなければならないこの状況で、私は足を止めて天を見上げていた。そこには中央が青白く光る柱が無数に伸びており、望遠カメラがそれを拡大して捉える。

 そこには脳髄が収められていた。青白く光っているのは脳髄の生命活動を続けさせるための成分不明の液体。頭のあまりよくない私でも、それはどういったものなのかは瞬時に理解できた。

 

「だ、だめ! だめだ! 見ちゃだめっ! 私はタケルちゃんを探しに来たんだ!」

 

 自分に言い聞かせる。こんなところまで来たのはタケルちゃんを助けるためなのだ。きっとあの柱の見える辺りで撃墜されている、と思う。少し自信はないが、タケルちゃんのことだ。神宮司教官は『見捨てた』みたいなことを言っていたが、彼はきっと諦めていない。それがタケルちゃんなのだ。

 

「よぉーし! タケルちゃんを探すぞ!」

 

 誰もいない、青白く光るこの広間で拳を天に突き上げ、私はタケルちゃんの捜索を始める。

 BETAの死骸が多く転がっている辺りは、きっと2人で戦っていたところだろう。様子を見るに、突撃砲で蜂の巣にされたり、長刀で膾切りにされたみたいだ。いつ見ても気持ち悪く、改めてこうして近くで見てみると、要撃級の断面から垂れ下がる何かの管みたいなものは気持ち悪いとしか言いようがないほどに気持ち悪い。もう、本当に気持ち悪い。

一方で膾切りにされた戦車級なんかは、特に何も思うところはない。きれいな断面で両断されていたり、断面が地面にべチャリと落ちたのだろう、見方を変えれば、地面から生えてきている最中のように見えなくもない。ピクリともそこから動くことはないけれど。

 そんなBETAの屍体の中を主脚移動しながら足元をライトで照らし、センサ感度を上げて捜索していると、それは簡単に見つけることができた。

 

「タケルちゃんの不知火!? タケルちゃんッ!!」

 

 四肢がもげた不知火がBETAの中に転がっていたのだ。熱源センサが反応したのは、恐らく内部から露出したAPUが稼働していたからだろう。APUが動いていたということは、跳躍ユニットも失って、衛士の生命維持に必要な電力を生み出すために動いていたのだろう。しかしそれも少し前に燃料が尽きたようだ。

 管制ユニットは強制解除されたらしく、装甲もろともどこかへなくなっていた。中を覗き込めば様子が窺える。しかし、誰もいない。

そこにはポッカリと空間が空いているだけで、詰まっている筈の中身自体がなくなっていた。乱雑に引き千切られた様子もなく、そのようにして取り外されたように。

 おかしい。ここに来る前、神宮司軍曹は「見捨てた」と言っていた。どのような様子だったかも聞いている。そんなタケルちゃんは、自力で機体から脱出したというのだろうか。

 脱出しているのならば、近くに軽強化外骨格で出ているかもしれない。辺りを探し始めてそれほどしない内に、目的のものを見つけることができた。

 無造作に落とされた突撃砲の上に腰掛けているように見えるのは、人型のナニカ。

近づいてみればそれが、すぐに何なのか分かる。

 

「いた! 近接データリンクは障害で繋がらない、目視確認しないと……ッ!」

 

 軽強化外骨格の側に機体を寄せ、アイドリング状態に切り替えると、気密装甲兜をシート裏から取り出す。古いものだけど、点検はしているので使えるものだ。念の為に拳銃だけ持って私は機体から飛び降りた。

 

「タケルちゃん!」

 

 軽強化外骨格に走り寄り、顔を覗き込むようにして屈む。疑いようもないが、彼がタケルちゃんであることに間違いはない。"こんなところ"に明星作戦開始後からそれまでの間に戦術機が入ってこられる訳がないのだ。

 だらんと力の抜けた腕を取り、左肩をゆすりながら声をかける。

 

「タケルちゃん! ねぇ、タケルちゃん!」

 

 何度か身体を揺らしてやると、彼の顔が急にこちらに向いた。

 

『よぉ、純夏』

 

「よぉ、じゃないよ! 何でこんな……」

 

 前情報や現場の状況から、タケルちゃんが心神喪失しているかもしれない、なんて思っていたが、こちらを見るタケルちゃんの表情にその様子は見て取れない。いつもの調子で私に笑いかけてくるのだ。

 

『なんでそんなカッカしてるのか分からねぇけど、話は後だ』

 

「カッカさせてるのはタケルちゃんじゃない!」

 

『うるせー。とりあえず、純夏が来てくれて助かったぜ。他の部隊にでも救出されちゃあ、敵わないからなぁー』

 

 呑気な様子で突撃砲から降りると、装着していた軽強化外骨格を解除し始める。ボロボロと地面に落ちる装甲、脚部から飛び降りたタケルちゃんは、そのままF-14 AN4の方に走って行ってしまう。

私もその背中を追って機体に乗り込んだ。

 やはりというか、タケルちゃんは前方座席に乗り込んだ。後部座席へと伸びるコード類に驚いているようだが、私は構わず後部座席に飛び乗る。

 もう強引に単座用に制御する必要もない。ラップトップと配線コードはシステムメンテナンス用ハッチの向こう側に押し込んだ。すぐさま後部座席のシステムを立ち上げる。火器管制、レーダ、機体ステータスが一斉に網膜投影で表示されていく。

 

「管制ユニット、ロック。機内空気排気」

 

「ふぅー……。何度か被っているが、この気密兜は慣れないなぁ」

 

「私だって慣れないよ。今回が初めてだったんだけど」

 

「俺はいいけど、純夏は髪が長いからなぁ。装着しづらかっただろ?」

 

「中に入れるのも惜しかったから、そのまま被ったよ。もーっ」

 

 気密兜を脱ぎ、大きく息を吐く。視界の隅に前部座席のバストアップウィンドウが表示される。

 

「ステータスチェック」

 

「オールグリーン」

 

「推進剤は半分くらい使ってあるが、兵装の弾薬はあまり減ってないな」

 

「あんまり接敵しなかったからね」

 

「初陣の癖によく言うぜ」

 

「初陣でお漏らしして泣いたタケルちゃんに言われたくないよー」

 

「うぐっ?!」

 

 他愛のないやり取りをしながら、機体が立ち上がるのを確認する。

 機外にいたのはほんの数分だったが、それでも緊張しなかったといえば嘘になる。

 敵中に生身で拳銃1挺でBETAと戦闘になったら、まず生き残れない。それは知識でも経験でも理解していることだ。戦術機に乗っていなければ、兵士級であったとしても十分脅威になるからだ。むしろ、突撃級や要撃級よりも、そういった小型種の方が断然危険度が高くなる。

 管制システムが通常の複座モードで機動し、タケルちゃんがシートを自分用に調整し始める。後部座席は調整する必要もなく、私はそのまま機外の様子を確認していた。

 

「よし、そろそろ帰ろう!」

 

「おーっ!」

 

「っと、その前にやらなくちゃいけないことがあるんだった」

 

 そういったタケルちゃんは、機体をふわりと浮かび上がらせて、あのシリンダーの近くまで寄った。跳躍ユニットをふかしながらホバリングし、並んでいる脳髄をざっと見ていく。何がしたいのか分からないが、意味があるに違いない。

 1分もしない内に満足したのか、タケルちゃんはそのままEとF層を繋ぐ縦坑まで移動し始める。

 

「……ねぇ、タケルちゃん」

 

「何だ?」

 

「何で、神宮司先生と逃げなかったの?」

 

 私は気になったことを聞くことにした。ここに来る前、神宮司教官は言っていた。タケルちゃんは心神喪失していた、と。広間について天井を見上げるなり錯乱し始め、BETA群がやってきても抵抗しなかった。そして数分もしない内に撃墜された。なんとか第1波は退けると、救出に取り掛かった神宮司教官が見たものが、うわ言を呟いて動かない機体にコマンド入力を続けるタケルちゃんだった、というのだ。

 その時は確かに心神喪失していたのかもしれない。だが、目の前のタケルちゃんにその様子は見られない。自力で正気に戻ったのだろうか。それとも戦術薬物でも圧力注射されたのだろうか。私には真相が分からなかった。

 私の問いに、タケルちゃんはいつもの調子で答えるのだ。

 

「逃げられなかったんだよ。あの時の俺は、目の前のことで一杯だったんだ」

 

 それだけを答えると、タケルちゃんは話を強引に切り替えるのだ。

 

「よし! チンタラしてるとどっかの軍隊の先遣隊が来ちまう。ずらかろうぜ!」

 

「うん!」

 

 私が仙台基地で見たものや、神宮司教官から聞かされていたことがあったが、目の間のタケルちゃんが元気ならばどうでもよかった。結果的にハイヴ内で撃墜されたとはいえ、生きていた。心神喪失して戦線離脱してしまうほど壊れてしまったのかと思っていたら、それは一時的なもので、今の彼は元気なのだから。負傷もしていなければ、怪我だってない。

きっと基地に帰れば精密検査をさせられるだろうから、もし何かあるのならばその時に分かる。今はともかく、彼の言う通り、一刻も早く脱出することが最優先だった。

 



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episode 49

 

[1999年8月7日 国連軍久留里基地]

 

 横浜ハイヴ跡地から脱出した俺たちは、久留里基地に帰還していた。これまでに何度も世話になっている基地ということもあり、すんなりと着陸許可が下り、A-01が駐機しているエプロンへ案内される。

 一個連隊分用意されていたであろうエプロンも、明星作戦が終わった今じゃ半数も埋まっていない。それも、停まっている機体も状態のいいものはあまり残っていなかった。

 

「元々二個大隊規模のA-01が一個大隊になっているだなんて……」

 

「偵察と情報収集が目的だった筈なんだけど、不意遭遇戦が多くなったか、否応無しに前線補強のために戦ったかだな」

 

 純夏の呟いた言葉に、俺は淡々と返す。思い入れの深い部隊だが、切り離して考えないと駄目だ。俺の知っているA-01、ヴァルキリーズはここにいない。まだ先の未来に生き残りで編成された部隊なのだから。

 データリンクを介して今のA-01の情報を確認する。

 連隊の主幹である第1中隊のオーディンズは大半が生き残っているが、それ以外は壊滅だ。小隊が組めればいいだろう、という程度。光州作戦の時は多く生き残ったというのに、今回これだけの被害を被った理由は、恐らく夕呼先生が推測してくれるだろう。

生き残りのIDを見ていくと、数人見知った人物が確認できた。伊隅 みちる、速瀬 水月、涼宮 遥、鳴海 孝之、平 慎二。

歴史が大きく変わっている。最初の3人は生き残ることは分かっていたが、鳴海 孝之と平 慎二はこの戦いで死んだ筈なのだ。俺のよく知る"速瀬 水月"から聞いている。記録でも見たことがあったのだ。

 その他にも見知った顔ぶれがいた。

 

「エイル1……祠堂大尉?」

 

『む、その声は白銀少尉か?』

 

 思わず声を出してしまい、オープン通信から祠堂大尉が応答してきたのだ。その応答から、次々とエイルズの面々が回線に入ってくる。永代中尉、エストラーダ中尉、黒田少尉、フリンカ少尉、イルハーム少尉。訓練を見た全員が生き残っていたのだ。

 

「お久ぶりです」

 

『あぁ、随分と久しいな。しかし、IDがいつもと違うようだが? 何だ、ラビット1とは?』

 

「あー、コイツは俺の機体じゃないんですよ。ハイヴの中で潰しちゃいましてね」

 

『それで運良く近くにいたそれ(F-14 AN4)に拾われたのか? 運のいいヤツだ』

 

 癖のあるボブカットされた赤髪を揺らしながら微笑む祠堂大尉に、聞き覚えのある女性が割り込んでくる。

 

『あーっ! 白銀クンだ!』

 

「永代中尉……お元気そうで」

 

『元気も何もないですよぉ。A-01ヤバいです。白銀くん風に言えば、マジでヤバい。特殊部隊だって聞いて来てみれば、想像の遥か上を行くヤバさじゃないですか。練度と連携の高さは勿論、要求される任務だって……。今回だって偵察と情報収集が任務だった筈なのに、いつの間にか少数で敵中突撃、光線級吶喊(レーザーヤークト)なんて初めてやりましたよ……。あの大佐(夕呼先生)、鬼か悪魔ですね。若しくはそれに付随するナニカ……』

 

「冗談も言えないくらいに疲れ果ててよかったですね、祠堂大尉」

 

『全くだ』

 

 いつもなら冗談を飛ばしながら絡んでくる永代中尉も、今回ばかりは大人しい。他の一般部隊がどうなのかは分からないが、A-01に要求される任務はそれを凌駕しているという。

 A-01に限った話ではないだろう。今回は大規模作戦ではあったが、通常の作戦であったとしても特別なこと(G弾投下)以外にも不測の事態は起きるもの。前線の戦術機部隊が少ない、支援砲撃が薄い、補給がない、想定以上に友軍の損耗速度が速い。机上や絵空事のように上手くいかないのが戦闘なのだ。

損耗している永代中尉もそういった経験が何度もしているだろうに。

 そのようなことを頭の中で考えながらも、指定された駐機位置に機体を止める。近くからワラワラと地上要員が集まり始め、機体に取りつき始めた。

 

「純夏。休憩だ」

 

「うん!」

 

 純夏に一声かけ、管制ブロックを開放する。外から嗅ぎなれたイやな臭いに顔を歪ませつつも、後ろでゴソゴソ動く純夏に顔を向ける。

純夏はラップトップと配線を触っている様子。「あ~、これ片付けなきゃなぁ」とか呟いている。自分でやったんだろうが。

 機体から降りてガントリーで一息吐きながら、今日起こったことを整理する。といっても簡単なことだ。米軍から逃げてハイヴに飛び込み、"何か"を見て気を失い、純夏がF-14 AN4で助けに来た。それだけ。

しかしながらよく考えてみると、純夏が戦術機に乗って助けに来るってどういうことなのだ。

 

「なぁ、純夏」

 

「なぁに?」

 

 訓練兵上がりの新兵である純夏が何故ここにいるのか。

 

「いやまぁ、さっきも言ったけどありがとな」

 

「いいってことよ。タケルちゃんが無事だったんだし」

 

「だけどな、一つ、気になることがあるんだ」

 

「ん? 気になることって?」

 

「なんでここに純夏がいるのかってことだよ」

 

 ファストエイドキットが入っているハッチを開き、そこへラップトップを入れていた純夏がこちらを向く。配線は全て綺麗に束ねられており、もう機外に出ようとしていたところだったようだ。

 

「そんなのタケルちゃんを助けに来たに決まってるじゃないのさ~」

 

 あっけからんとそのようなことを言いながら笑う純夏はいつも通りだった。いつも通りだったが故に溜息が出る。

 

「はぁー。その辺は感謝してる。けどな」

 

「うん」

 

 俺は久留里基地に戻ってくるまでの間、考えていたことだ。

 地上にいた時は米軍に追いかけ回されていたが、それだけで助けに来るとは考え難い。そもそもそんな状況で救助や援軍を送ることもあり得ない。夕呼先生は特に何も手出しをしない筈だ。

それならば、ハイヴに分隊で突入したからだろうか。それもあり得ない。理由は同じ。たった2機であったとしても、戦域データリンクの情報を見て、夕呼先生が『2機でハイヴ攻略に行ったから、今からでも援軍を出そうか』等言い出さない。ならば、理由は何だったのか。

そもそも根本的に援軍だというのならば、純夏を単機で送り出す意味が分からない。そう考えるのならば、コイツ(純夏)は何か仕出かしてきている。

 

「なんでお前、単機なんだ? 俺を助けに来てくれたのは有難いけど、単機である理由が分からない。A-01は全隊出撃して残存機はここにいるし」

 

「え、えっと……」

 

 言い淀んだ。これは後ろめたい何かがあるのに違いない。スッと純夏を睨んでやると、アホ毛をしょぼんとさせた純夏はあっさりと白状し始める。

 

「タケルちゃんが撃墜される、そんな気がしたの」

 

「は?」

 

「だからいてもたってもいられなくって、この子(F-14 AN4)は私が整備してるし勝手も分かってるから飛び乗って」

 

「勝手に出撃したってことか?!」

 

「そーいうことになります……」

 

 思わず、大きい溜息を吐く。

 

「命令違反、戦術機略奪、それの私的使用」

 

「そこに器物損壊も追加で」

 

「はぁ……」

 

 頭が痛い。

 

「オマケに作戦戦域に無断突入。訓練兵上がりが安全確認のできていないハイヴに単機突入」

 

「っ……」

 

 前部座席から身を乗り出し、純夏の頭に手を伸ばす。殴られるとでも思ったのだろうか、身体を縮こませているがそんなことはしない。

ふわりとアホ毛を手の平で圧し潰しながら頭を撫でる。サラサラとした髪が指の間を通り抜け、それと同時にポカンとした純夏が俺のことを見ていた。

 そんな彼女に俺は言いたかったことを言う。

 

「こんなことはもう止めろなんて言えない。俺がお前だったなら、きっと同じことをしただろうさ。けどな」

 

 言葉に詰まりながらも続ける。

 

「けど、それでお前が死んだら、俺はどうしたらいいんだよ。俺のために馬鹿やって、それで死にました、って。どんな顔して霞や同期、おばさんに会えばいいのか分からないから」

 

「……うん」

 

 さっきまではいつも通りの純夏だったが、今は静かに俺の言葉を聞いている。これまでの俺だったらビニールスリッパで殴っていたかもしれない。だが、今回はあっても使うことはしない。これが正しい選択だ。

 純夏の頭から手を離し、機体をアイドリングモードに切り替える。主機の出力が落ちてAPUに切り替わる。

 管制ユニットから降り、空を見上げる。

 既に陽も落ちている。星灯りが辺りを照らし、戦術機が鈍く光を反射する。俺に続いてた降りてきた純夏が長い髪を振り払いながら、俺の後ろをちょこちょこと歩く。

ここ(国連軍久留里基地)は後方の基地ではあるが、前線からはほど近い。大規模な組織的攻勢によって、横浜BETA群は活性化。この攻勢に対処すべく動き出した。そんな奴らが早々に活動停止するとは思えない。だからこそ、この基地でも即応部隊が待機中であり、周辺には機械化歩兵部隊が展開し警戒している。

 

「そういえばハイヴに入る前、神宮司教官が久留里基地に戻ってきたのを見たよ」

 

「神宮司大尉が?」

 

「うん。自動操縦で」

 

「自動操縦? 負傷でもしてたのか?」

 

「ううん。負傷している様子もなかったし、機体だって損傷してなかった」

 

 そう話す純夏の表情は明るくない。だが、何となく彼女の言わんとしていることが分かったような気がする。

 全ての様子を聞かなくても分かる。まりもちゃんはよくない状態なのだ、と。

 

「どこにいるか分かるか?」

 

「A-01駐機エリア外縁部、防護壁の近くだよ」

 

「分かった」

 

 純夏に礼を言いって駆け出す。行き交う整備兵と保守装備の数々。間を縫うように久留里基地の外縁部に向かった。

 

※※※

 

 それはすぐに見つけることができた。数ある機体(不知火 国連軍仕様)の中でも見分けることのできるその機体は、肩部装甲ブロックにある部隊識別ナンバは印字されていない。それにこの辺りには戦域から回収されてきた、比較的損壊の少ない戦術機が転がっている。その中に健在の機体があれば簡単に見つけることも可能だった。

 近くの機体からAPUの駆動音と排気される熱を感じながらも近寄っていくと、ガントリーに固定された機体の横で座っていたまりもちゃんの背中が見えた。

その背中は落ち込んでいるように感じられた。

 

「神宮司大尉」

 

「その声は……白銀君?」

 

 いつものように『白銀少尉』と呼んでこない。相当参っているんだろうな。俺はそのまままりもちゃんの背中を見たまま、話し始めることにした。

 

「神宮司大尉も、無事に帰還されていて良かったです」

 

「……」

 

「……純夏に聞きました。久留里基地に自動操縦で帰ってきた、って。何か損傷でも受けたのかと思ってましたが、純夏の言った通り、特に攻撃を受けているようには見えませんね。安心しました」

 

「……」

 

 まりもちゃんはこちらを向かないし返事もしてこない。これは話しかけるな、という意思表示なのだろうか。だが、俺は言葉を続ける。

 

「ちょっと俺の昔話に付き合ってくれませんか? 何も返事してくれなくても、俺はここで続けますけどね」

 

 そう切り出し、俺は話し始める。話すことは多くもない。そして面白くも何ともないこと。

 

「俺には恩師が2人いるんです。1人はまぁ、夕呼先生です。俺を拾ってくれた。あの人はいつも真面目なのかふざけているのか分からない態度ですけど、やることはやってるし、自分の"やらなければいけない"ことに必死になって立ち向かって進み続けてる。目の前には敵ばかりで、仲間なんて数えるほどしかいない。そんな人」

 

 まりもちゃんは返事を返さない。

 

「もう1人は俺の先生」

 

「……っ」

 

「聞いたことがあります。神宮司大尉は元々教員志望だったって」

 

「……」

 

 あの丘の上の学校で、いつも世話しなく生徒に振り回され、夕呼先生に振り回されているあの姿が脳裏に浮かぶ。

 

「その恩師、先生は色々なことを教えてくれました。勉強はもちろんですけど、生き方、戦い方、心の持ち方も」

 

 まるで映像の場面が切り替わるように、色々な情景が映っては消えていく。

 

「何でもないことでも褒めてくれて、悪いことをしたら本気で怒って、怒っていたら困った顔をして宥めてくれて、落ち込んでいたら黙って傍にいて励ましてくて、泣いていたら黙って膝を貸してくれました」

 

 夕焼けに染まる演習場に横たわる吹雪。それを呆然と見ていた俺のことを気遣ってくれた。優しい声で話しかけてくれた。そんな俺の最高の恩師。

この世界のまりもちゃんは違うけど、どの世界にいてもまりもちゃんはまりもちゃんなのだ。

 

「その先生がある時俺に言ったんです。『臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい……』って」

 

 フラッシュバックする。"あの時の記憶"が。だが、堪える。堪えられた。

 

「唐突な初陣で生き残った俺に、そう言ったんです」

 

 そして言いたかったことを言う。

 

「……確かに神宮司大尉は俺を見捨てました」

 

「っ……」

 

「だけど、それは軍人として、衛士として正しい判断です。目先のことに囚われず、何が最善なのか、何が人類のためになる選択なのか」

 

 小さく呟く。

 

「俺が死んだとしても、神宮司大尉が生き残ったのなら、それで救われる人がいる。2人とも死ぬより、1人生き残る方が、それだけ誰かを守る力であり続ける。俺の遺したモノを、神宮司大尉が引き継いでくれる。俺がやり遂げたかったことを、神宮司大尉に肩代わりしてもらえる」

 

 次々と降り立つ戦術機や機械音に搔き消されまいと声を出す。

 

「あなたの想いを託した子どもたち(訓練兵たち)が受け取ったものと同じようで、もっと小さい、もっと大きい、もっと大切なモノ。それは……」

 



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episode 50

 

[1999年8月7日 国連軍久留里基地]

 

 除染作業だけが終わっている機体の前で、私は呆然とそれを見上げていた。

 "こんな想い"をしたのは何時ぶりだっただろうか。6年前、1993年だっただろうか。だが、あの時はそんな感傷のようなモノに浸っている時間はあまりなかったような気がする。ならば何時か。

大陸派兵から帰還し、白陵基地で衛士訓練学校の教官をするようになった頃からか。

 十中八九そうだ。幾人も戦う術を教え、生きる術を教え送り出した教え子たち。一昨年、1997年からずっと心の内に隠しながら、夜な夜な吐き出していたあの時からだろうか。

あぁ、そうだ。いつも残される側で、見送る側だった。

 

《 ───神宮司ィィッッ!! 》

 

 あれが最初だ。

 私に向けられた光線照射の前に躍り出て庇った馬鹿。そこに残されたのは胸部に高熱高圧の光線を受けて融解した撃震。

 

《 神宮司教官、お世話になりましたッ!! 》

 

《 教えて頂いたこと、ひとつとして忘れやしませんよ! 》

 

《 へへっ、絶対立派な衛士になって見せますよ!! アイツは私が育てたんだ、って神宮司軍曹が胸張れるように…… 》

 

 両手では数え切れないほどの教え子たち。まだあどけなさの残る、これから未来のある子どもたち。

 

《 あんたが証明してくれるんじゃなかったのかッ!! 》

 

《 多くの生命と引き換えに手に入れたんじゃなかったのか!! 》

 

 分かっている、分かっているんだ。それでも、どれだけ教えても、手から零れ落ちる生命は二度と掬うことはできない。

 アイツは今、何をしているんだろうな。

 

「……っ」

 

 アレはこれまで私が教えてきた生徒の中でも、飛び切り突出した奴だった。

 今、私は何を考えた。頭からその思考を振り払い、もう一度目の前のモノを見上げる。

 私の機体。日本帝国の戦術機、不知火。最新鋭、それも特別製の機体。

もうこのまま教官として、延々と教え子たちを戦場に送り出すものとばかり思っていた私に与えられた機体。そして、特殊な装備を搭載した機体。

 これを齎したのは私の腐れ縁で親友である香月 夕呼と身元不明の天才衛士白銀 武。

 その白銀 武を、白銀少尉を、白銀君を私は。

 

「……」

 

 これまで以上に私は考えてしまう。何としても連れ帰るべきだったのだろうか、あの時私が身代わりになっていればよかったのか、と。

 頭の中の整理が何時まで経ってもつかない私の背後から足音が聞こえてくる。

 誰が来たのだろうか。ここはA-01専用のエプロンだ。A-01の衛士でも来たのだろうか。それとも、これから私の機体の本格整備を行うからと整備兵でも来たのだろうか。

 砂をコンクリートを踏み締める音は私の背後で止まる。

 

「神宮司大尉」

 

「その声は……白銀君?」

 

「神宮司大尉も、無事に帰還されていて良かったです」

 

「……」

 

「……純夏に聞きました。久留里基地に自動操縦で帰ってきた、って。何か損傷でも受けたのかと思ってましたが、純夏の言った通り、特に攻撃を受けているようには見えませんね。安心しました」

 

「……」

 

 最初は言葉を失う。これまでしてきた思考も全て吹き飛び、私の背後にいる衛士の声がその全てを埋め尽くした。そして同時に、気恥ずかしさと情けなさに顔を見ることができない。私は一度、白銀君を諦めた。敵中で見捨ててしまった。

あれだけ残され、生かされた私が。多くの先達と同胞に託されたモノを持ちながらも、早々に見切りをつけてしまった。

 見上げていた視線も自然と下を向き、足元へと向かう。

 着替えることなく、強化装備のまま地面に座り込んでいる私。足そのものと足首を守るプロテクタが砂を踏み鳴らし、組んでいた手が自然と力んだ。

本当だったら謝りたい。見捨ててごめんなさい、と。だがそれはできない。

 

「ちょっと俺の昔話に付き合ってくれませんか? 何も返事をしなくても、俺はこのまま続けますけどね」

 

 少しおどけながらも、背後の人は言葉を続ける。

 

「俺には恩師が2人いるんです」

 

 そう切り出した白銀君は落ち着いた声をしながらも、どこか懐かしむような雰囲気だった。

 

「1人はまぁ、夕呼先生です。俺を拾ってくれた。あの人はいつも真面目なのかふざけているのか分からない態度ですけど、やることはやっているし、自分の"やらなければいけない"ことに必死になって立ち向かって進み続けている。目の前には敵ばかりで、仲間なんて数えるほどしかいない。そんな人」

 

 普段から夕呼のことを「夕呼先生」と読んでいる白銀君。普通の軍人や衛士ならば『香月博士』や『香月大佐』とかなのに、何故か白銀君ともう1人は「先生」と呼んでいる。

 しかしながら、白銀君が夕呼に対してそんなことを思っていただなんて、考えもしてこなかった。

彼女の前で一緒にいた時間はそれなりにあったが、いつも夕呼のいたずらに怒って悪態を吐いて年相応に叫んでいた。あれが本来の白銀君なのかもしれない、とも思った。

 

「もう1人は俺の先生」

 

「……っ」

 

 先生、という言い回しに違和感を持つが、その真意はすぐに分かる。

 

「聞いたことがあります。神宮司大尉は元々教員志望だったって」

 

「……」

 

 何故それを知っているのだろうか。確かに私は教員志望だった。そのために勉学に励み、大学入学だって決めていた。だがそれも、BETAの"お陰"で考え方の根本から変えられてしまった。

 子どもたちに教える以前の問題、BETAという未曾有の未確認な敵をどうにかしなきゃいけない。凡人の私でも簡単に想像できることだった。

だからその一助になろうと、大学の合格通知書を破り捨てて訓練学校の門を叩いた。

 

「その恩師、先生は色々なことを教えてくれました。勉強はもちろんですけど、生き方、戦い方、心の持ち方も」

 

 それは一体どのような先生だったのだろう。そう考えてしまう。勉強も軍人としての知識も全て教えたというのは、普通の訓練学校の教官ではない、ということなのだろうか。

 なるほど。考えるまでもない。白銀君は今でこそ国連軍少尉をしているが、私が出会った時はまだ徴兵年齢でなく、志願すらできない歳。何かしら特殊な背景があるのかもしれない。

 

「何でもないことでも褒めてくれて、悪いことをしたら本気で怒って、怒っていたら困った顔をして宥めてくれて、落ち込んでいたら傍にいて励ましてくれて、泣いていたら黙って膝を貸してくれました」

 

 何と理想的な教師なのだろう。その白銀君のいう先生は、とてつもない人格者だったに違いない。

私もそういう先生になりたかった筈だ。

 

「その先生がある時俺に言ったんです。『臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年も生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい……』って」

 

「唐突な初陣で生き残った俺に、そう言ったんです」

 

 自分の初陣のことを思い出してしまう。

 訓練部隊が丸々実戦部隊として編成され、大陸派遣軍に組み込まれたこと。その部隊の隊長を任されたこと。その初陣で仲間を全て失ったこと。

 白銀君の初陣がどのようなものだったかは想像できないが、あの口ぶりからして凄惨たるものだったことは想像に容易い。

聞いたことがないから一度は聞いてみたい気もするが、果たして白銀君は話してくれるのだろうか。このような状況でしか言わないとなると、話し辛いことなのだろう。

 

「……確かに神宮司大尉は俺を見捨てました」

 

「っ……」

 

 あのような話をした後、一気に今へ引きずり戻される。

 横浜ハイヴの第7層で錯乱した白銀君を私は見捨てた。心情として、助けようとはした。機体から降りて気密装甲兜も被せた。しかし時間が、BETAがその後の作業を継続させることを許さなかった。

時間やBETAを理由にしてしまえばそれまでだが、それでも切り捨てた事実は変わらない。

 

「だけど、それは軍人として、衛士として正しい判断です。目先のことに囚われず、何が最善なのか、何が人類のためになる選択なのか」

 

 それは方便だ。それは結局のところ、白銀君が帰還できたという結果論があるから成立するに過ぎない。

 

「俺が死んだとしても、神宮司大尉が生き残ったのなら、それで救われる人がいる。2人とも死ぬより、1人生き残る方が、それだけ誰かを守る力であり続ける。俺の遺したモノを、神宮司大尉が引き継いでくれる。俺のやり遂げたかったことを、神宮司大尉に肩代わりしてもらえる」

 

 白銀君はそう言うものの、私は彼が何を背負っているのかを知らない。夕呼に仕える元少年兵が、何のために"計画"の一端を任されているのかは分からない。それに私には彼のような戦術機を操る技術を持っていない。私は知らなさすぎるのだ。

 

「あなたの想いを託した子どもたち(訓練兵たち)が受け取ったものと同じようで、もっと小さい、もっと大きい、もっと大切なもの。それは……」

 

 想いを託した。白銀君は何を言っているのか。"子どもたち(訓練兵たち)"という言い回しを何故使う。私の思っていることを、何故知っているように言うのか。

理由はすぐに分かる。先ほど出てきた恩師だろう。

 白銀君は分かっていた、知っていたのだろう。夕呼から聞かされていたのかもしれないが、私が元々教員志望だったということを。その恩師と私が何処かしら似ていたのかもしれない。

どのような人物なのかは分からない。具体的には分からなくても、きっとその恩師も私と同じように教員志望で衛士になり、教官となったのだろう、と。

だからこそ、教育に関して恩師は人一倍想いを持っており、それを白銀君は感じ取っており、同じものを私からも見出していた。目の前にいた少年兵を持つ主人に激憤した私から。

 

「……」

 

 先ほどから白銀君は何も言わない。聞こえてくるのは戦術機の稼働音と遠くから聞こえてくる喧噪だけ。

 

「白銀君?」

 

 もう先ほどまで頭の中を占めていた考えは小さくなっていた私は、顔を上げて後ろを振り返った。

何故そのようなことを話してくれたのか。これまで昔話なんて1つもしてこなかった白銀君は、何故急に話そうと思ったのか。私を励ますために話したのかもしれない。もしそうだと言うのならお礼が言いたい。

 しかしそれはあと一歩のところで届かなくなるかもしれなかった。

 

「べ、BETA!」

 

 私に背を向け、近くに落ちていた戦術機の装甲片を持った白銀君が、BETAに立ち向かっていた。

 

「まりもちゃん! 逃げてッ!!」

 

「な、なんで……!」

 

「いいから! じゃなきゃ、ライフル!! 遠隔でもいい! コイツを!!」

 

 のそのそと這うように歩く1匹の兵士級が白銀君を襲い殺そうと近づいてきており、白銀君はそれに必死に抵抗していた。装甲片を振り回しながら近づけさせまいと。

 私は反射的に遠隔操縦に切り替える。戦術機は衛士が乗っていなくとも、簡単な操作なら遠隔でも行うことができる。それは射撃も他ではなかった。

照準をBETAに向けて発砲する。刹那、兵士級の身体に大穴が空き、辺りに肉片と体液を撒き散らした。

 

「ふぅ~、助かりました」

 

 装甲片を放り投げ、笑顔の白銀君。

 

「なんで、こんなところに兵士級が?」

 

「帰還した機体に張り付いていたか、どこかから侵入したのかもしれないわね」

 

 機体から基地内にBETA侵入を知らせて警戒態勢を取らせながら、私は彼の身体を見る。

みたところどこか怪我をしている様子もなく、精神的にも何かあるようには思えない。

 ハイヴ内でああなったのは何だったのだろうか。普段通り振る舞う白銀君には、あの時の様子は感じられない。何故あの時錯乱したのか、何故あの時"少女"の名前を呼んだのか。

 

「何にせよ、良かったです」

 

「何が?」

 

「そりゃあ、神宮司大尉の様子が戻って」

 

「え、あ……」

 

 遠くから短距離跳躍でやってきた機械化歩兵が周辺警戒を始め、A-01からも2機が辺りを見渡し始めている。戦術データリンクからは周辺にBETAの影は映らないものの、もしかしたら単独個体がいるかもしれない。

 兵士級の死体から離れ、私の不知火に近づきながら話す。話すと言っても、先ほど白銀君が話していたことを深堀する気は何故か起きない。どうしても聞きたい訳ではなかったが、何故か聞きたいと思わなかった。

 

「……神宮司大尉も無事に戻れてよかったです」

 

「第7層から単独で地表に戻るのはそこまで大変ではなかったわ」

 

 一心不乱に来た道を戻っただけだ。道中で遭遇したBETAも多くはない。単独でも対応可能な量だったような気がする。

それに新型爆弾のお陰か第2層と第3層の中間辺りまでは地表からえぐり取られたようになっていたというのもある。実際、ハイヴ内を飛び回っていた時間は短かったと思う。

 

「……ごめんなさい」

 

「どういう意味です?」

 

 意識すれば思い出す。やはり、あそこで起こったこと、私がしたこと。自然と視線が地面の方を向いていた。

私は白銀君を見捨てた。その事実が心を蝕む。

 

「こんなことはこれまでもあった。けれど、今度ばかりはどうしても……」

 

 彼は何も言わない。ただ、私へと近づいてくる。そして、私の頬を両手で包んで正面を向かせる。

目の前にはまだ垢ぬけていない何処にでもいそうな少年が真面目な顔をしていた。

 

「下を向かないでください。後ろ向きなことを考えないでください」

 

「卑怯者と言われてもいいじゃないですか。そんなのBETAにでも喰わせておけばいいんですよ。それでも神宮司大尉が納得しないと言うのならアレですか? 俺が殴ればいいんですか? 罵ればいいんですか? それで気分が晴れるとでも? 冗談じゃないですよ。言う訳ないじゃないですか。頼まれたって言いませんよ。誰が神宮司大尉のことを悪く言うと? あなたの教え子たちは言わないし、A-01の連中は思いすらしない。現にここに駆けつけたA-01の衛士は心配しています。教官が酷く落ち込んでいるって。むしろ、誰が落ち込ませたんだって、俺にキリキリと金切声をあげて怒りをぶつけてきます」

 

「……そう、ね」

 

「やっと笑ってくれましたね」

 

「あ……、」

 

 にかっと笑った白銀君はすぐに困った表情に変わる。

 

「さぁ。戦闘が終わっても、仕事はまだまだありますよ。手始めにそこの2人を殴り飛ばすことからですかね?」

 

 白銀君の後ろに立っている不知火が少したじろいた。XM3搭載機ということもあって、旧OSよりも動きが機敏かつ人間的になった戦術機が、衛士の思考をトレースして動く。

 

「速瀬少尉と鳴海少尉です」

 

「ありがとう」

 

 刹那、オープン通信に入ってきたのは、その2人だった。

 

『げっ!?』

 

『し、白銀!! 余計なことを!!』

 

「知りませんよ。実際、俺に怒鳴り散らして注意散漫になってたんですから。さっきからお2人の上官がコールしてますよ。急に許可なく飛び出して何してんだ! って」

 

 網膜投影の端に映る2人の顔が歪む。

 

「は~や~せ~?」

 

『うひぃ?!』

 

「な~る~み~?」

 

『ひぇ?!』

 

 真っ青な顔をする2人とは対照的に、ニヤニヤする白銀君。ここは白銀君に乗っからせてもらおう。

 

「私は警戒中に気を散らすなとあれほど教えた筈なんだが~?」

 

『『す、すみません!』』

 

 怒気を乗せて私は声をあげる。

 

「貴様ら、機体から降りたら矯正してやる!!」

 

 そんなことを叫びつつも、私の心の中は穏やかだった。何故なら、そこまで心配してくれる教え子を持てて嬉しかったのだ。

しかし気付かなかった。この時、白銀君は少し寂しそうな表情をしていたことに。

 



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episode 51

 

[1999年8月13日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]

 

「……はぁ~」

 

 俺はあまり整備兵のいないハンガーで黄昏ていた。理由は1つしかない。

目の前には戦術機のないガントリーが1つ。そして見るも無残に破壊されたガントリーが1つ。

 空席のガントリーには俺の戦術機が駐機してあった。それほど使っていない不知火があったところ。破壊されたガントリーの奥には、明星作戦から戻ってきたF-14 AN4があるのみ。

一応、F-14 AN4も俺の機体ではあるのだが、基本的には乗らないことになっている。そもそも使うようなことは基本的に俺は想定していないし、霞と純夏がいじっている機体だ。取り寄せた夕呼先生は利用用途を把握しているだろうが、俺にはそれが分からない。専ら、2人の遊び道具というかおもちゃみたいなものだと思っている。散々助けられてはいるが。

 

「……はぁあ」

 

 つまり俺は、ここで自分の乗機のないという何処へもぶつけられない不満を嘆いていたのだ。

 

「どーしたの、タケルちゃん?」

 

「どーしたもこーしたもねぇよ。俺の機体、横浜ハイヴの第7層で大破してんだよ。お陰で衛士なのに戦術機がない、使い物にならない奴になっちまったと思ってな……」

 

 近くで荷物を運んでた純夏が足を止めて、俺の独り言に返す。

 

「何言っているのさ。ミケネコがあるじゃない」

 

「F-14 AN4 コアトランスポーターには乗らねぇ……。ないなら仕方なく乗るが、どうもな」

 

「なるほど。近接格闘戦に向かないからね、ミケネコは」

 

「どーせ、オマエと霞のことからだ、長刀を使えるように調整しているんだろうが、元々はそういう使い方を想定していないからなぁ」

 

「うん。調整はできているけど、F-15C Extraくらいまではできないかなぁ。それは香月先生に止められたし」

 

「なんでやねん」

 

 アホ毛をみょんみょん動かしながら朗らかに答える純夏に、俺はただ短く答えて思い返す。

 A-01と共に帰還した俺は、その後に行われた報告で初めて詳細な戦況を聞いた。

本土侵攻から出撃はなく、その間に夕呼先生は俺が遭遇した衛士をスカウトしていた。それで連隊規模まで衛士を充足させることができたが、明星作戦でまたもや大幅に損失。作戦開始時から俺が横浜ハイヴ突入のために出撃した際には2個大隊程度だった。久留里基地にハイヴから帰還すると、1個大隊程度にまで落ち込んでいた。といっても、撃墜された衛士も数人は強制脱出して生還しているらしい。また、作戦後に撃墜された機体から担ぎ出された衛士もいたとか。

 またもや1個大隊ほどにまで戦力が落ち込んでしまったA-01は、生還機の整備や撃墜された機体から使える部品を取り出したりと、衛士分の機体を用意するために整備兵は休む間もなく整備と部品取りに明け暮れている。

 そんな中、同じ命令系統とはいえ別部隊であるTF-403の方は部隊の指示で色々と後回しにされているのだ。

 

「第7層へ調査に向かったオルタネイティヴ4の調査部隊が、撃墜されたタケルちゃんの機体も回収してくれたみたいだよ。まぁ、言わなくても分かっていると思うけど、腕も足もない状態だから」

 

「整備するよりも既存機を用意した方がいいとかで、そのまま部品取りに回されたんだろ? あぁ~、俺の不知火がぁ……」

 

「嘆いても仕方ないよ。しばらくは我慢しなさい!」

 

「なんで母さんみたいに言うんだよ。俺はおもちゃをねだる子どもか」

 

「違うの?」

 

「違うわ!」

 

 アホな話をしながらも、考えることは同じだった。

結局のところ、衛士に戦術機がなければ、ただの士官に過ぎない。

 

「あ、そういえばタケルちゃん」

 

「何だよ」

 

「霞ちゃんが呼んでたよ」

 

「霞が?」

 

「うん」

 

 思い出したかのように、純夏は霞の名前を口にする。

 

「霞が俺を呼んでいたなんて、珍しいな……。何か聞いてるか?」

 

「ううん、何にも。ただ」

 

「ただ?」

 

 少し困った表情を俺に向けながら、純夏は呟いた。

 

「タケルちゃんのことを呼んでいた時の霞ちゃんは何処か怖かったよ。何というか、香月先生みたいで」

 

 その言葉を聞いた俺は、空の見えないハンガーを見上げた。

 頼むから、霞は純真なままでいてくれ。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 機密区画 第2電算室]

 

 初めて入る部屋だった。仙台基地での生活もそこそこ長く、あちこち入る権限を持っている俺からしてみれば、このようなところに来るのは初めてだった。

そもそも機密区画の電算室は1つだけだと思っていたのだが、どうもそれは間違いだったらしい。

 位置的には俺の知っている機密区画の電算室からはかなり離れている。使われなくなった道具や処理が終わった書類等が収められている倉庫の奥にひっそりとあり、近づいて行けば、その部屋の扉のすりガラスからぼんやりと光を漏らしている。

無論、廊下の照明は、あまり使われていない区画ということもあって点灯しておらず、非常口灯や消火栓等の光だけが周囲を申し訳程度に照らしていた。

 

「よ、よぉ、霞」

 

「……お待ちしていました」

 

 第2電算室の中には、霞が1人でぽつんとそこにいた。

 室内は綺麗とは言えない。大きなパソコンが1台と、そこからケーブルが何本も生えており、あちこちの機械や霞がいつも使っているラップトップに繋がれている。

それだけではなく、ラックには分厚い本が綺麗に並べられたり乱雑に積み上げられたりしており、机の上には書類や本がいくつも山麓を作り出していた。

一言で言い表すのなら、夕呼先生の執務室2号。

 

「……そこにかけてください」

 

「お、おう」

 

 霞に言われるがまま、示された椅子に腰掛ける。霞は自分専用と思われる椅子に腰掛け、山の中から俺に書類を渡してきた。

 

「……純夏さんに頼んで白銀さんにはここへ来てもらいました。申し訳ありません」

 

「別にいいよ。それにしても、ここはなんというか、すごいな」

 

「……はい。香月博士から与えられた部屋ですが、気付けばこのようになってしまいました。普段は純夏さんもここにいたりします」

 

「そうなのか? ということは、定期的に純夏が掃除でも」

 

「……してくれます。私もしますが、気付けばこのようになってしまうので」

 

 おいおい、冗談じゃないぞ。最近性格が少しずつ夕呼先生に似てきたと思っているところなのに、こんなところまで似られたらたまったものではない。

 一先ず、部屋のことを考えるのは後回しにする。先ほど霞に渡された書類に視線を落とした。

 それは特に何か手を加えられているようなものではなく、ただ何部もの資料を抜粋したりして束にしただけのようなものだ。

 少しずつ目を通していくと、それが何なのか俺に分かってくる。

 

「……それは現在、私と純夏さんで検討している、白銀さんの戦術機です」

 

「これが……?」

 

 と少し感嘆して答えたものの、言ってしまえば全て既存機だった。既存機と言っても、俺が直接知っているものはそれほど種類は多くなく、名前と情報しか知らないものも多分に含まれていた。

 リストにされている最後の資料に視線を落とし、上から順番になぞって行くように読み上げる。

 

「えーと、F-4、F-5、F-15、F-16、F-18、陽炎、不知火、Su-27、MiG-29、JAS-39……どういうこと?」

 

「……現状調達可能な戦術機のリストです。大まかな型番で書かせてもらいましたが、仕様は選べます」

 

「いいや、そういう訳じゃなくて……」

 

 米国製と帝国製ならまだ理解できる。米国は俺たちが国連ということもあって、F-14 AN4の時のように調達に融通は効くだろう。帝国製はオルタネイティヴ4の誘致国だからだ。しかし解せないのは、ソ連製と北欧製の機体があることだ。

 MiG-29 ラーストチカ、JAS-39 グリペン。前者はソ連製ということもあり、豊富な近接格闘装備とその調達の容易さ。後者は北欧はスウェーデン製、日本帝国の技術供与によって開発されたということもあって運用思想は異なるものの感覚は似ているだろう。その双方が近接格闘戦に優れた機体であり、XM3との親和性も期待出来る。

 

「夕呼先生はなんて?」

 

 とりあえず、それを聞くことにした。そもそもオルタネイティヴ4にどっぷりと浸かっていることもあり、今後も夕呼先生の指令でどこかしこに行くことにはなるだろう。今後の動きも考えているだろうから、ここで俺の機体を独断で決める訳にもいかない。

 霞は少し思案したようで、少し間を開けて回答した。

 

「……これまで通り、日本帝国製でいいと。ですがここにあるリストは香月博士も目を通して許可を得ているものでもあります」

 

 ということは、国外での活動があるということだろう。それを聞き、俺はすぐに回答した。

 

「2種類でもいいか?」

 

「……はい」

 

 霞は俺の解に否定をしなかった。

 

※※※

 

[1999年8月20日 国連軍仙台基地 第4ブリーフィング室]

 

 明星作戦の傷跡は大きく、日本帝国軍は元より極東国連軍も部隊の再編成、戦線の再構築に追われていた。斯くいうA-01も1個大隊まで損耗した部隊の再編成や連携訓練に明け暮れており、毎日のようにシミュレータでの訓練を繰り返している様子。

俺はというと、A-01以上に隠匿性の高い部隊の性質上、特にやることもなくなっていた。専ら、夕呼先生の下働きに戻っていたのだった。

 今日はその手伝いもなく、起き抜けに霞に言われて第4ブリーフィング室へと来ていた。

 

「失礼します」

 

 呼び出された部屋に入ると、中には既に夕呼先生と霞が待っており、それ以外にも見覚えのない人影が見える。鮮やかな茶髪によく知る人物と面影の重なる面立ち。

どことなく、雰囲気には覚えがあるのだが、どうにも思い出すことができない。それに、国連軍施設の中だというのに、帝国軍の軍装姿ということも相まって違和感しかなかった。

 

「おはようございます」

 

「はいはい、おはよ。さて、早速だけど本題に入らせてもらうわ。"伊隅"」

 

「はい」

 

 帝国軍人がこちらに振り返り、敬礼をする。夕呼先生の呼んだ名前に反応しつつも、正面から捉えた容貌から何となく分かってしまったような気がした。

 

「日本帝国本土防衛軍 会津基地 第44戦術機甲連隊から転属しました、伊隅 まりか少尉です」

 

「あ、えぇと……極東国連太平洋方面第11軍 第403任務部隊 白銀 武少尉です」

 

 伊隅、という名字は珍しい方ではある。しかし、俺の知っている伊隅なのだろうか。敬礼していた手を下し、視線を夕呼先生に向ける。

 

「何となく分かっているだろうけど、彼女は引き抜きでこっちに来てもらったわ。簡単よねぇ、伊隅の名前を出したら二つ返事で来るんだもの」

 

 やはり、だ。これまでのA-01の補充兵は国内の帝国軍や国連軍一般部隊からの引き抜きだったが、伊隅少尉もその手で来ているという。しかしながら、伊隅の名前を出したら来るというのはもしや、伊隅 みちる少尉の名前を出したのだろうか。思案する間もなく、その解は導き出される。俺の感は当たっており、伊隅 まりかは伊隅 みちるの実妹だったのだ。

霞に促されて近くの椅子に腰を下すと、先生は今回の本題に触れる。

 

「こっちの伊隅はTF-403の追加要員。アンタの手となり足となってもらう予定」

 

「俺の方に、ですか? A-01ではなく?」

 

「そ。あっちはあっちで補充兵の確保は進んでいるし、今回はちょっとばかりまりもにも協力してもらったから、いい具合のが入ってきているわ。ふふっ、流石は大陸帰りで教導団所属だっただけはあるわね」

 

「まりもちゃんの協力、ですか? ということは、A-01には相当な手練れが来ているんですか?」

 

「そうよ~。いやぁー、アンタの働きがメインだけれど、『あの陽炎もいるのか?』って聞かれて答えてやったら丸々来たわ~」

 

「げっ」

 

 その質問をされたということは、本土侵攻の時に出会った衛士だろう。そうなると、もう身に覚えのある衛士というか部隊は1つしか覚えがなかった。あの、オッドアイの相貌と彼の従える狼たちが脳裏に浮かぶ。

 そんな話をしていると、少し居辛そうにしていた伊隅少尉が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あの……それで、香月大佐……」

 

「あぁ、そうね。さっきも少し話したけど、伊隅にはコイツの部隊に入ってもらうわ。アポイントを取った時にも伝えていると思うけれど、コイツを含めてアタシ直属の特殊部隊」

 

「特殊部隊……」

 

 伊隅少尉の向ける視線がどうも気になるが、俺は無視して夕呼先生の言葉を聞く。

 

「その中でも部隊要員が少ない方。隠匿性と機動力が高く、非正規任務や生存の絶望的な戦場に駆り出される特に特殊な部隊よ。ちなみに極東国連軍のデータベースには登録されているけど閲覧はできないし、存在そのものがアタシの他の部隊よりも隠されているわ」

 

「そんな部隊が……」

 

「えぇ、そんな部隊よ」

 

 飄々と言いのける夕呼先生だが、深く考えればその特殊性が異常であることに気付く。存在自体も知っている人間はほんの一握りだけで、相当のセキュリティクリアランスを持っている人物でもA-01の支援部隊としか分からないようになっているのだ。

 

「ま、そんなTF-403への転属ってワケ。分かった?」

 

「はい」

 

 納得いっているのかいっていないのか分からない様子の伊隅少尉。俺はどうしたものかと少し考えるが、これまで黙っていた霞が動く。俺の隣に来て耳打ちをするのだ。

 

「……これからは大きく動き出します。そのために力を付けようというものです」

 

「もう横浜基地建設の話は進んでいるんだろう?」

 

「……はい。以前はもう少し時間がかかっていましたが、今回は違います」

 

「ならいいよ」

 

 スッと離れた霞は同じ席に座り、夕呼先生と伊隅少尉に視線を向ける。

2人はというと、部隊についての詳細を話しているようだが、夕呼先生の態度に伊隅少尉が終始困惑しながら聞いているのが分かる。

 元来、夕呼先生は正式な軍人ではない。技術者として国連軍に籍を置いているに過ぎないのだ。それを計画のために戦略・戦術にその天才的な頭脳を使い、こうして自分の都合のいいように事を動かしているに過ぎない。俺はその一翼を担っており、その影響を直に受ける。嫌というほど分かっていることだが、それが最も良い選択だと分かっているから、それに従っているのだ。

 

「今はTF-403は稼働状態じゃないわ。先の明星作戦の影響を受けて、動けるだけの余裕はないの。本来ならば伊隅にはA-01と選んでもらう予定だったのだけれど、A-01も同じく最低限の動きをすることしかできない。ぶっちゃけて言っちゃえば、再編成中でとてもじゃないけど伊隅を補充兵にするだけの余裕はないってところかしら」

 

「そう、なのですか?」

 

「えぇ。あっちには伊隅の姉もいるけれど、伊隅姉は今回の出撃で昇進しているし、隊長連中は新隊長を交えての打合せばかり。幾らアタシの子飼いとはいえ、実務にまで口を挟む訳にはいかないもの」

 

「お姉ちゃんが……」

 

 キュッと両手を握り締めた伊隅少尉は、何か思うところがあったのだろう。しかしすぐに顔を上げた。

 

「香月大佐のしていることは分かりませんが、何というか、私は応えるべきだと思いました」

 

「……」

 

「ここで私の力が必要とされるのなら、小さな力だったとしても、それのお手伝いをすることはできると思います。……私は正式に転属します」

 

「そ。ならあっちにはそう伝えておくわ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「えぇ。よろしく」

 

 どうやら終わったみたいだな。一息吐き、頭の中を整理する。

 これまで様々な歴史を変革してきたが、きっとここからはもっと多くの、そしてもっと大きなものを変えていくことになる。結果として収束する因果がこの世界に齎すものは分からないが、俺たちはその因果をより良いものへと導くためにいる。俺はそのためにここに居て、そのために夕呼先生に従っているのだ。

再度自分の意思を確認し、その覚悟を改めた。

 

「お、遅れてしまい、申し訳ありません!」

 

「あら、遅かったわね」

 

 そんな中、突如、ブリーフィング室に人が入ってくる。

 

「イリーナ・ピアティフ少尉、本日よりTF-403に着任します」

 

「はいはい。挨拶はいいから、席に着きなさい。もう1人来る予定だけど、まだ到着しないみたいね」

 

 さらっと流したが、今なんて言った。

 

「じゃあ改めて、TF-403はこれよりアタシの便利な小間使いとして、あちこちの戦場を駆け回ってもらうわ。どれもが激戦地。死と隣り合わせ、仲間はいない、支援もない。所属を偽り、身分を偽り、味方を偽る」

 

 TF-403は元々そのような部隊だ。そこにどれだけ衛士が加わろうが、やることに変わりはない。

 

「アンタたちは亡霊。世界と戦場を彷徨い、アタシの計画の周囲にはいる筈なのに、姿を捉えることができない。それでも、確かに存在する戦術機甲部隊。それがTF-403、第403任務部隊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────"エインヘリヤル"よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 52

 

[1999年8月22日 国連軍仙台基地 第2ブリーフィング室]

 

 TF-403 エインヘリヤル隊。一昨日、夕呼先生から与えられた名もなき隊の部隊呼称(コールネーム)。そのエインヘリヤルズの部隊が本日、全員が揃う事になっていた。

今回、夕呼先生は初めからおらず、ここへ案内されて来るという衛士を俺たち先任で出迎えることになっていた。

伊隅 まりか少尉も既に帝国軍から国連軍への転属手続きを終え、国連軍の軍装が支給されている様子。真新しいフライトジャケットを羽織り、同期のピアティフ少尉と会話に花を咲かせていた。

 

「へぇ~、じゃあ元々ピアティフ少尉はA-01の衛士だったんだ」

 

「そうよ。まぁ、この前の作戦で中隊は私を残して全滅。斯く言う私も撃墜されたんだけど、脳震盪を起こして機内で気を失っていたみたい」

 

 前回触れることはなかったが、俺の記憶にあるピアティフ中尉よりも、どこか幼さを残した印象のある衛士。ピアティフ少尉。彼女は元A-01、デリング中隊の衛士。

 明星作戦に於いて、近接偵察とその後のハイヴ突入任務中、BETAに囲まれて部隊は全滅した。彼女は戦闘中盤、要撃級の前腕衝角に背中から突かれて機体が大破。奇跡的に管制ユニットが潰れることはなかったが、中の衛士は衝撃によってシェイクされて頭部挫傷、脳震盪を起こして気絶。BETAからは死体と認識され、救出されるまでそのまま大破した機体の中に取り残されていたという。

夕呼先生的な言い方をするならば、より良い未来を掴む才能のある衛士だった。

 

「私は本土侵攻からずっと後方待機で、いよいよって時にBETA殲滅が確認されて出撃できなかったの。明星作戦にも参加したんだけど、何故か私の管区にはBETAがそこまで来なくてね。隣接管区の支援ばっかりやってたよ」

 

「あぁ、あの管区ね。確かにあそこだけBETAが来なかったらしいわね。特別何かしていた訳でもないだろうし、BETAがそんな高度な戦術的判断をすることもないと思う」

 

「隊長も不思議がってたよ。欠員も出さずに全員帰還。戦果も支援のお陰で上々。本当にそれでよかったのかなぁ、って」

 

 伊隅少尉が選ばれたのは、それが理由なのだろう。何故か前線に来たのに、戦闘前に戦闘終了。前線配置されたのに、BETAが寄って来ない。部隊そのものがそうなのかもしれないが、彼女自身にもその能力があるのかもしれない。

 そんな身の上話で盛り上がる2人を後目に、俺は開いたドアの向こう側に目を向けていた。

 ドアの前には勿論だが、見慣れない軍人の姿がある。既に通達は受けている。パーソナルデータは事前に聞いているものの、如何せん人となりまでは把握できていない。

 

「失礼します」

 

 凛とした面持ちで入室し、俺たちの前まで進み出てくる。彼女の横に付いている霞がちょこちょこと後を追いかけ、俺に目線で合図を送ってきた。

 

「ようこそ、第403任務部隊へ。貴官を歓迎する」

 

「ありがとうございます!」

 

「七瀬 凛少尉」

 

※※※

 

 霞は自分の仕事が終わったと言わんばかりに、そのまま俺の隣まで来ると椅子に腰を下ろした。

 その他の面子も答礼をするや否や、俺に倣って椅子に座ってしまったため、ここまで連れてこられた七瀬少尉はオロオロするばかり。それはともかくとして、近くにやってきた霞が俺にバインダーを渡してきた。

 

「はいこれ」

 

「おう、ありがとう」

 

 霞から受け取ったバインダーには書類が挟まっており、内容はどうやら連絡事項のようだ。とはいえ、宛はTF-403ではなく俺個人に対するものだが。

簡潔に説明するならば、規定人員まで充足した部隊を本格稼働させること。部隊の戦術機の手配が完了し、既に運び込みが行われていること。夕呼先生からの司令だろう。

他には、部隊連携訓練と機種転換訓練を行うこと。これは霞からの指示だ。

内容から推察するに、後半の説明のために霞が来ているのだろう。前半は俺が先生の指示を読んで察して行動し、疑問点があれば聞きに行けばいいから。後半は俺よりも霞の方が詳しいからだろう。

そして最後の書類を見る。それとなく予感はしていたが、何も言うまい。きっと持ってきた霞もそれについては知っているだろうし、件に関して俺に何かしら言ってくる様子もない。隣でただ、静かに座っているだけだからだ。

 

「じゃあ、全員揃ったところで改めて自己紹介を始めましょうか」

 

 とりあえずバインダーを携えて前に立つ。隣には付いてきた霞。

 

「TF-403、第403任務部隊指揮官の白銀 武です。こっちは社 霞」

 

「……社 霞です。よろしくお願いします」

 

「改めて、伊隅少尉から自己紹介をお願いします」

 

 俺の指示に従って、伊隅少尉からピアティフ少尉と自己紹介が始まる。そして最後に七瀬少尉の自己紹介が始まった。

 

「七瀬 凛少尉です。帝国陸軍 熊谷基地訓練部隊より転属になりました。よろしくお願いします」

 

 七瀬 凛少尉。帝国陸軍 熊谷訓練部隊卒の新任少尉。新任とはいえ実戦経験はあり、訓練機のTF-4Jに乗って後方待機任務に着いていた。交戦経験もある。初陣でPTSDを発症せずに帰還している。なのに、帝国軍は彼女を手放した。理由は簡単だ。彼女は年齢を偽って入隊していたからだった。

 詳細はざっと目を通している。

身寄りは帝国軍に兄がいるのみ。BETA本土侵攻の際に孤児となり、孤児院に収容。その後は分からないが、何かしらの手を使って徴兵訓練部隊に紛れる。衛士適性があったため、衛士訓練過程へ。明星作戦時、最後方の熊谷基地から前進した川越補給基地にて、熊谷基地訓練部隊から抽出された彼女は後方待機任務に従事。撤退中の帝国軍部隊救出のため、救出部隊に組み込まれて前線へ向かい生還。

 このような経歴があるが、結局のところ徴兵年齢を下回る歳で訓練部隊にいたため宙ぶらりんになっていたところを、夕呼先生の目に止まり回収されたというのが事の流れだった。

しかし訓練部隊からの転属と彼女は言っていたが、任官と部隊配属は済んでいた。しかし、直接転属が行われる前にこちらに来ているため、あのような自己紹介の仕方になったのだろう。

 

「ありがとうございます。ここにいる4人がTF-403のメンバーということになります。正式に部隊発足することになり、俺は中尉に昇進しましたが、それは横に置いておきます」

 

「「「あ、はい」」」

 

 ここで霞とバトンタッチだ。目配せすれば霞はすぐに応えてくれる。

 

「……正式に編成されるTF-403についてですけれども、配備される戦術機は極東国連軍やA-01のそれとは別物になります」

 

 プロジェクタから戦術機が映し出される。

 

「……ピアティフ少尉もご存知の通り、A-01とTF-403には元々、不知火が配備されています。しかし、仕様としては帝国軍のものとは異なり、香月博士隷下部隊専用のカスタマイズがなされていました」

 

「XM3のことね」

 

「……そうです。しかし、配備している装備の特性上、存在が隠匿されているA-01は部隊を動かすだけでそれなりに目立ってしまいます。それは以前のTF-403も同じでした」

 

 スクリーンに映し出された不知火に相違点が表示される。CPUと電源ユニットが載せ替えられており、メインコンピュータのOSはXM3がインストールされていること。ハードウェア面では何一つとして改造されていないことが示されていた。

 

「……TF-403は部隊の特性として、A-01以上の機密性を要求されています。なので、このような機体を用意しています」

 

 画面が変わり、そこに映し出された戦術機に俺は見覚えがあった。

 

F-15E(ストライク・イーグル)ですか?」

 

 ピアティフ少尉が尋ね、それに霞は頷きだけで返答した。

 

「……国連軍内でも少数ですが配備が確認されているF-15Eです。しかし、そのまま配備してしまうのは問題がありました」

 

「問題というのは?」

 

「……搭乗する衛士です。白銀さんを含め、そのほとんどの衛士は訓練で刷り込まれている対BETAドクトリンが違います。日本帝国を含めて、国内にハイヴを持つ国家の対BETA戦略は一貫しています」

 

 伊隅少尉が復唱して聞く。

 

「……密集近接戦を重視した訓練を受けているため、米国の対BETAドクトリンである飽和砲撃戦に対応しているF-15Eをそのまま使用すると、皆さんの力を十分に反映することができません。なので、配備する機体には手を加えることにしました」

 

 画面がまた変わり、変更箇所がピックアップされている。

 

「……帝国がF-15Cを日本帝国仕様にカスタマイズしライセンス生産したF-15Jと同じです。なので、E型にも同様の改修を行います。近接格闘戦兵装運用仕様のため、フレームと関節の材質強度と耐久力の向上、電磁伸縮炭素帯の緩衝張力強化、兵装担架の再設計。元がC型のアビオニクスと複合装甲への変更等々の改修型ということもあります。

また、TF-403に配備されていたF-15C Extraを踏襲し、空力性能向上を目的に前腕部へカナード翼を搭載しました。これによって、F-15Cとはあまり外見を変えることなく、運用する部隊に適した機体へと作り変えることができました」

 

 あまり表情は変わらないものの、満足気な霞はプロジェクタを待機モードに切り替える。

 霞が説明した戦術機、F-15Eのカスタム機。今回も名前が付けられていた。

 

「……これがTF-403専用機。F-15EJ f/AN4、極光(きょっこう)です」

 

※※※

 

 戦術機、極光の話はほどほどに切り上げる。俺の感覚は少しズレているらしく、専用機が用意されるのはどうにも特別だという。霞からは事細かに極光の説明はされないものの、極光の概要と配備経緯の説明が進むに連れて、伊隅少尉と七瀬少尉の目は輝き始める。それまで一般機に搭乗していたということもあってか、どうやら帝国軍の富士教導団の不知火のことを想像したのだろう、特殊部隊ということも相まってその興奮は隠しきれていなかった。

 一方のピアティフ少尉はA-01の衛士だったということもあってか、少しばかり落ち着いている様子。前提としてTF-403のことを知っているということもあり、特段驚く様子もなかった。何もかもが特別扱いのTF-403において、カスタムされた戦術機があること事態も想定していたのだろう。少しばかり、不知火ではないことを残念に思っているのかもしれないが、F-15EJ f/AN4も原機は第2.5世代機、XM3が搭載されているということもあり、特段不満に思うところはない筈なのだが。

 この流れで霞は2人にXM3に関しての座学を始める。初めて触れるであろう2人には概要説明から必要になり、新しいことの波状攻撃は流石に堪えたようだった。しかしながら、2人とも飲み込みが早く、繰り返しや具体的な説明も必要にならなかったことが幸いした。早々にブリーフィング室から退室し、俺たちはそのまま訓練へと移ることになった。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 第3演習場]

 

 今日は驚きの連続だった。国連軍からの要請で帝国軍戦術機甲部隊への配属は見送られ、そのまま極東国連軍へと籍を移した私だったが、その配属先というのが"特別"だった。

 色々と思うところがあって訓練部隊に潜り込んでいた私だったが、軍司令部が私の存在をどのように取り扱うか図りかねていることは感じ取っていた。そんな中で私への要請は渡りに船だったらしく、簡単に私の転属手続きを進めていたのだ。私の知ることになったのは全てが終わった後のこと。簡単な命令を拝受し、気が付けばここ、国連軍仙台基地へと来てしまっていた。一度も袖を通すことのなかった帝国軍軍装を手放し、代わりに国連軍軍装に身を包んだ私に待ち受けていたのは驚きの連続。

 TF-403。第403任務部隊という極東国連軍の戦術機甲部隊へ配属された私に突きつけられたものは、にわかには信じ難いものばかりだった。

 基本的に国連軍の装備は米軍や現地軍の払下げや中古品で構成されており、日本帝国に駐留する国連軍部隊もその例に漏れることはなかった筈だ。訓練部隊で学んだことは、実際にこの目で確認している。国連軍のUNカラーで塗装された撃震(F-4J)陽炎(F-15J)は帝国軍から供与されたものや、米軍払下げのF-15Cを改造したものばかりだったからだ。

しかしどうか。この部隊名から特徴の欠片もないTF-403に配備されている戦術機は違っていた。話を聞いている限り、最初こそF-15Cだったらしいが、帝国軍最新鋭戦術機の不知火や吹雪が配備されているとか。それも部隊専用にカスタマイズされていたという。

それが今回の件でF-15Eの特別仕様機になった。経緯は私には分からない。

 

『XM3とかいう新OSだけど、使ってみると凄いね』

 

「はい! 従来型の第2世代機以上がどういった挙動なのかは想像でしか分かりませんが、凄いことは分かります」

 

『そっかぁ。七瀬少尉は訓練部隊上がりだったっけ。それなら第2世代機や不知火とかを知らなくても無理ないかぁ』

 

「伊隅少尉は知っているんですか?」

 

『私のいた部隊は陽炎が配備されていたし、基地には不知火の部隊もいたからね。実機は何度も見ているし、演習もしたことあるの。陽炎が配備された時も凄く驚いたし、取り回しやすいことに感動したことは覚えているけど、やっぱり不知火は凄かったよ』

 

 極光の管制ユニットの中、自走整備支援担架で機体ごと寝かされながらも、オープン通信で伊隅少尉と会話する。

 午前中はXM3の座学とシミュレータ訓練を行ったが、私も伊隅少尉も特段問題はなかった。訓練自体も白銀中尉とピアティフ少尉によるマンツーマン指導だったということもあり、OSへの順応はすぐにできたらしい。

らしい、というのも白銀中尉の言だった。A-01に配備された際は、動かせるようになるのに2、3日を要したらしいが、私は特に躓くことはなかったのだ。伊隅少尉は私の数日前に着任したということだが、今日まで特にすることもなかったので、自主的に白銀中尉と社少尉の許可を得て勉強と訓練をしていたとのこと。

今日初めてしっかりとした教導を受けたらしいが、予習の甲斐あってかすんなりと基本の習得に至ったという。地で要領がよく、勤勉なのかもしれない。

 

『エインヘリヤル1よりエインヘリヤル各機、そのまま聞いてください』

 

 オープン通信に入った白銀中尉は、私たちの雑談を咎めることなく今回の演習について説明を始める。

 

『今回の演習について説明します。今回はF-15EJ f/AN4 極光の試運転と対AH戦闘訓練です。実機のロールアウトが昨日今日ということもあり、速やかに実戦に耐えうるか確認することを厳命されています』

 

 ロールアウトしたばかり、という言葉に引っ掛かりがある。確かに今朝の社少尉の説明では、極光は新型機であるとのこと。白銀中尉もそのことは知っていたようだが、完成したことは知らなかった様子。

それなのに、平然と試運転と対AH戦闘訓練を行うというのだ。前者は分かる。完成したばかりだからこそ、試験目的で訓練部隊時代にやったシミュレータ訓練のようなことをするのだろう。しかし、後者は違う。十分な試験を終えた後にやるものなのではないだろうか。戦術機開発がどのように行われているかは知らないが、普通に勘ぐればそうだ。

 それでも、白銀中尉は戦闘訓練をするという。バストアップウィンドウのピアティフ少尉と伊隅少尉も訝し気な表情をしているが、そのような2人の様子を無視して中尉は話を続けた。

 

『各自基本動作および応用動作を行うこと。後にステータスチェック、社少尉へ報告。問題なければ、そのまま対AH戦闘訓練へ移行します』

 

『『「了解」』』

 

 演習場の広場に自走整備支援担架が到着し、各機の機体が立たされる。

 XM3はシミュレータ訓練の時にある程度感覚は掴んでいる。実機ではどうなるか分からないが、白銀中尉の言では、シミュレータで動かせるのなら問題ないとのこと。

 

「システム起動」

 

 見慣れたものとは違う起動シーケンス画面を見流し、網膜投影に演習場の広場と木々の緑が映し出される。周囲には3機の極光が同じように起立した状態。

 

「リフトオフ」

 

 ガントリーが解放されロックが解除される。近くに散らばっていた支援要員が私めがけて合図を出す。

 背部可動兵装マウントと跳躍ユニットが装着され、チェックが始まる。

 

「各部問題なし。兵装受領します」

 

 私の適性は前衛。マウントに長刀が2振りと87式突撃砲が1挺、92式多目的追加装甲を受領する。米国機に追加装甲は少し不格好かもしれないが、私にはこれが一番しっくり来るのだ。

他の機体もそれぞれのポジションの装備を受け取っていた。

 

『エインヘリヤル1より各機、試運転を開始』

 

『『「了解!」』』

 

 その号令と共に各自で試運転を開始した。

 

※※※

 

 F-15EJ f/AN4は好調だ。私以外の機体も各部問題はなかった様子。仙台基地のというよりも、TF-403の整備班はとても優秀みたい。ピアティフ少尉曰く、他の特殊部隊の整備も行っている整備班がTF-403の機体整備も行っているという。かなりの腕利きらしく、機体の改造もできるとのこと。他の整備班とは実力がまるで違うらしい。

各自で社少尉への報告を済ませると、そのまま彼女の指示に従って機体から降りる。近くに停車している82式

 指揮戦闘車に全員が集まると、そこには白銀中尉以外が集まっていた。そこで社少尉から聞かされたことは、驚きを隠せない。

気付けば私は管制ユニットに戻っており、通信にはピアティフ少尉と伊隅少尉がいた。

 

『あの……今回の対AH戦闘訓練って……』

 

『あー……そうね、伊隅少尉と七瀬少尉が驚くのも無理はない、わね』

 

 少し苦い顔をするピアティフ少尉は、頬を搔きながら話し始める。

 

『1対3の対AH戦闘訓練よ』

 

「1対3……」

 

『そんな……』

 

 指定されたポイントに集結してみれば、そこには2番機と3番機がいる。1番機、白銀中尉の機体がいない。

 ピアティフ少尉はいつものことだと言わんばかりに調子を変えることなく話した。

 

『敵は白銀中尉の1機のみ』

 

「1機だけだなんて……」

 

『あっちにはCP将校もつかないし、勿論戦術データリンクを使った情報戦もしない。ただ、私たちは単機の白銀中尉の撃墜を目指すだけよ』

 

「それは……幾ら中尉でも」

 

『まぁ、そう考えるのが普通でしょうね。でも、そんな普通はあの白銀中尉には通用しないの』

 

 推進剤と弾薬の補給をしながら、ピアティフ少尉は話し始める。

 

『中尉は正真正銘の最高峰の衛士。極東国連軍最強。あの人と戦った誰もがそう思うわ』

 

『そこまでお強いのですか?』

 

『まぁ、ね。記録は残されてないけど、第3世代機1個中隊に対して単機で挑んで勝つくらいには。その時の白銀中尉の機体は吹雪よ。しかも訓練兵仕様の主機出力が抑えられたものだった。そんな中尉に舐めてかかった中隊は、あっという間に全滅。苦戦したかと思いきや、そんなことはなかったの。途中、遊び始めて、ダメージを受けることなく戦い抜いた』

 

『……そんな』

 

『それは訓練だけじゃなくて、実戦でも力を振るったわ。2人は帝国軍だったんだし、聞いたことあるんじゃないかしら。本土侵攻の際の都市伝説、単機のF-15Jの話』

 

『確かに聞いたことはあります。九州の本土上陸時から帝都防衛戦まで、帝国技術廠が試作した試験機が単機で戦線を駆け回っていたっていう……』

 

『それ、白銀中尉よ。TF-403に出入りしている技師から聞いたのだけれど、極秘任務で本土防衛戦に最初期から参加。機体が大破する帝都絶対防衛線での戦闘、京都市街地での戦いまで休むことなくBETAを狩っていたの。帝国軍ってなっていたのは、帝国軍の偽装迷彩を施していたんだと思うわ。じゃなきゃ、極東国連軍の都市伝説になっていた筈だし』

 

 伊隅少尉は驚きを隠せないようだ。斯く言う私も信じられない、と言った心持ち。

明星作戦時、訓練部隊から抽出された私は、後方という比較的安全なところから、友軍救出に打って出たことがあった。

当時、私を含めた1個中隊が支援砲撃で空いた穴に突入し、敵中に取り残された友軍部隊の救出を行った時のことだ。

砲撃で空いた穴から突入したとはいえ、既にBETA前衛集団をやり過ごし、中衛と後衛の混成集団と戦った。比較的に面制圧によって数が漸減されており、交戦したのは要撃級4体と戦車級20体程度。それからは随伴していた正規兵の2個小隊が前衛を務め、私たち訓練兵1個小隊は武器弾薬運搬を主として行動した。それだけのことでも、私はBETAに恐れ慄いた。

 たかが小隊規模以下の小集団を相手にしただけだ。正規兵は皆「道草を食う」なんて言っていたが、私たち訓練兵には果てしなく恐ろしいことだった。返り血か仲間の体液か分からない赤い液体を身体に浴びて斑模様になっていた要撃級に、その口腔と歯に見える部位に鉄片や人髪のようなものを引っ掛けていた戦車級は、遠目から見ていた私たちからすれば、恐ろしい以外何者でもなかった。

負傷兵を運ぶための担架代わりの私たちを先導していた彼らがどれほど頼もしいものかと思っていたが、おおよそ彼らは精鋭でもベテランでもなんでもなかった。ただの一般衛士だと言うのだ。

 

《 BETAってね、前線で見るとまるで津波よ。訳判らずの奴らが、水平線と視界一杯に広がって襲ってくるの。蠢く絨毯とか、サケの川上りとかそういった言い方されることもあるけど、やっぱりあれは津波。気を抜いたら最期、一瞬で飲み込まれてしまう 》

 

《 さっきの奴らなんてほんの一部さ。集団の外れの外れ、面制圧とか支援砲撃を搔い潜って生き残った群れ。あれでも恐ろしいのは、あれだけの敵を後方に通してしまったら、それだけでCPやHQは壊滅してしまう。対BETA戦闘で一番有効な戦術機のほとんどは前線に出払っているから、後方の自走砲や野砲、機械化歩兵、警備兵で対処しなくちゃいけない。戦車級5体を見落としたばかりに帰る基地を失くすなんてよくあること 》

 

《 きっとてめぇらヒヨッ子共も任官して戦闘に駆り出されたら、俺たちの言った言葉の意味が分かると思うぜ。だけどな、こうして実戦を経験して"死の8分"を生き延びてんだ。次の戦闘でもてめぇらは生き残る 》

 

《 BETAを見て取り乱さなかっただけでも、あなた方は十分に新任として優秀ですわよ。なんて言ったって、幾ら訓練部隊で優秀だったとしても、実戦で接敵前に取り乱してバットトリップなんてしてしまって使い物にならなくなることだってあるのですから 》

 

 先任衛士たちから言われたことは、今でも鮮明に覚えている。私や仲間のことを想って言ったかは分からない。しかし、あの戦闘で学んだことは多い。

 

『……CPよりエインヘリヤルズ。双方の準備が完了したので、これより対AH戦闘訓練を始めます』

 

 社少尉のバストアップウィンドウに皆が意識を引き戻される。全員が参加する通信で、社少尉は説明を始めた。

 今回の対AH戦闘訓練はとても簡素な設定だった。戦闘区域は演習場全域。勝利条件は敵機撃墜または行動不能。敗北条件は味方全機撃墜または行動不能。味方の編成は、戦歴が一番長いピアティフ少尉を長とした3機編成の変則小隊だ。

前衛は私が努め、後衛は伊隅少尉、ピアティフ少尉。それぞれの適性を加味したものになっている。一応、ピアティフ少尉は前衛もできるようだが、今回はトップヘビーな編成を避けるとのこと。それぞれ配置に着き、作戦開始の号令を待つ。

 

『エインヘリヤル2より各機。そのまま聞いて』

 

 開始までの間、ピアティフ少尉から部隊内通信が入る。

 

『白銀中尉は前衛。兵装構成は強襲前衛装備の筈。作戦の基本は、七瀬少尉が白銀中尉を引き付けている内に、後衛が包囲し一気に叩く』

 

 視界の隅にシミュレーションが動く。私が隊列から突出し、初撃を受け止めるのを確認すると、速やかに後衛2機が包囲。3方向から取り囲み、包囲圏を一気に狭めて攻撃するという内容だった。

 

『今回の作戦は短期決戦しかないの。継戦時間が長くなればなるほどこちらが不利になるわ。それと、今回の鍵は七瀬少尉が初撃を受け止めきれるかどうかが重要になってくる。七瀬少尉。任官したての新任に任せるには荷が重いけれど、一先ずやってみて欲しいの』

 

「エインヘリヤル4、了解」

 

『伊隅少尉は私と連携して包囲する。機動砲撃戦になるから、相手に逃げるスキを与えないで』

 

『エインヘリヤル3、了解』

 

『ただ、白銀中尉は上にも逃げるから、普段よりも気を配って欲しいの』

 

『「了解」』

 

 上にも逃げる、というのはどういう意味だろうか。光線級が存在していることを想定された教習を受けているのにも関わらず、照射圏に自ら飛び出るようなことをする、ということなのだろうか。

 一度も白銀中尉の動きを見たことがないことが悔やまれるが、それは白銀中尉も同じ筈だ。ピアティフ少尉はともかく、伊隅少尉と私の機動制御の癖は知らない筈。学習する前に叩く、というのはそういう意味も含まれているのだろう。

 

『……CPよりエインヘリヤルズ、訓練を開始してください』

 

 カウントダウン終了と共に、ピアティフ少尉の指示のもと私たちは開始地点から移動を開始した。

これから目の当たりにする光景を想像しながら。

 



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episode 53

 

[1999年8月22日 国連軍仙台基地 第3演習場]

 

『エリアD-6に感あり!』

 

 対AH戦闘訓練が開始されて10秒も経たない内にその報告は伊隅少尉から入る。

跳躍ユニットの熱源と音紋を拾ったらしく、すぐさまその情報はデータリンクから共有された。

 エリアD-5にアンノウンの表示が浮かび上がるが、ピアティフ少尉の指示が飛ばされる。

 

『エインヘリヤル2より各機、行動停止!』

 

 すぐさま打って出るのかと思いきや、全く逆の指示が出される。少し戸惑いつつも、命令通り、その場で立ち止まり、周辺警戒を始める。

データリンクから来ている情報から察するに、砲撃やトラップによる陽動ではない。となると、本当に白銀中尉は開始早々、大胆な動きをしたというのか。しかしながら反応をキャッチしたエリアは、私たちの現在地から離れているため、複数機による多角観測はできない。

 足を止めて、センサ感度を最大にする。周辺警戒は怠らず、センサの数値からは目を逸らさない。

 

「……動かない」

 

 動かない。白銀中尉はエリアD-5から動かないのだ。しかも主機も落とさず、堂々とそこにいるらしい。ここからは目視で確認できないが、おおよその位置は割れていた。ピアティフ少尉曰く、「D-5は工場跡。見通しもよく、周りは盆地になっていて位置取り的には不利」とのこと。仙台基地に来たばかりの私や伊隅少尉では分からないことだが、地の利がある少尉がいるのならば、そうなのだろう。

 

『多分"あれ"ね……』

 

『多分、というのは?』

 

 ピアティフ少尉は苦虫を噛み潰したような表情でそんなことを呟く。

 

『D-5の工場跡なのは間違いないわ。多分、陣取っているのは倒壊した建物のあるエリアの中心。あそこは近くの障害物まですぐには行けないところで、外からエリアに侵入した相手は、自分の身を隠しながら接近できるところなの』

 

「つまり……?」

 

『私たちに先制攻撃させる気なのよ。わざと自分に不利な位置を取って』

 

 意味が分からない。それが私の率直な感想だった。

 先程のピアティフ少尉の反応から察するに、このような動きをするのは初めてではない様子。現に彼女は溜息を吐き、困った表情をしていた。白銀中尉の行動への対策に困っているのだろうか。

しかし彼女の考えるところは私には分からないものの、やることは1つしかない。このような状況になっていたとしても、結局のところ白銀中尉は待ちの状態。ならば、白銀中尉の思惑通り、その誘いに乗ればいい。

 

『こうなってしまっては、作戦どうこうも言ってられないね』

 

『えぇ。だから、当初の予定通りに動きましょう』

 

 伊隅少尉の進言により、方向性は決まった。作戦通り、短期決戦で中尉を攻め落とす。

 

『もう隠れている必要もないわ。全機最大戦速!』

 

『「了解!」』

 

 F-15EJ f/AN4の跳躍ユニットを唸らせ、機体を浮かび上がらせる。

 

『兵器使用自由! 伊隅少尉と私で七瀬少尉を支援しながら、エリアに突入するわ』

 

※※※

 

 小高い丘を飛び越えるとすぐ、眼下には工場跡が見える。寂れてボロボロになった建物が立ち並ぶその一角は、工場が何棟も倒壊してできた平場がある。その中心に白銀少尉の機体がいた。

突撃砲を構えることはなく、自然体の姿勢でその場に立ち尽くしている姿は、本当に対AH戦闘訓練中なのかと疑いたくなる。ロックオンはおろか、レーダ走査すらしてない様子で、こちらのパッシブソナーにしか感はない。

 静かに接近することはなく、堂々と戦域に突入した私たちは、打ち合わせ通りの陣形で突撃を開始する。

 菱形隊形で突入しはじめると、私はすぐさま後続機よりも増速して一直線に白銀機へと肉薄する。

 

「エインヘリヤル4、バンデッドインレンジ! 攻性接敵(エンゲージ・オフェンシブ)!! フォックス3!!」

 

 すぐさま白銀機をロックオンすると、そのまま突撃砲の銃口を向けて射撃する。36mmチェーンガンが火を吹き、高速徹甲弾が白銀機目掛けて20発が飛翔する。

 当たった。そう思った。距離は300mもない。着弾まで1秒もない。躱せる訳がない。そう思い込んでいた。しかし、白銀機はふわりと浮かび上がると、少しの動きだけで突撃砲の射撃を避けたのだ。

後方ではピアティフ少尉と伊隅少尉の2機が別れ、包囲陣を形成しようとしている。このまま最接近し、白銀機の動きを止めなければ、当初の作戦通りに事を運べなくなってしまう。

跳躍ユニットの出力を上げ、多目的装甲を前面に押し出す。他方向を注意する必要はない。撃たれるのなら、正面にいる白銀機だけだ。

 

「このまま押し込みます!」

 

『了解! こっちは任せてね!』

 

 白銀機の後方に2人が到着。徐々に射撃や機動で白銀機の動きを封じ込め始める。こうなれば後は徐々に追い込むだけ。そう思っていた。

 3方向からの攻撃に白銀機はすぐさま対応し始める。距離を詰めている私と、IFFの動かない圏内に入った瞬間に射撃を繰り出すピアティフ少尉と伊隅少尉。頭部はこちらを向いているのに、左右や後ろに目が付いているのかと思わせるような回避機動。バッタのように跳び回るが、一向に私たちへ反撃してこない。

 

『くっ……!』

 

 ピアティフ少尉の話していたことを思い出す。これまでの訓練でも白銀中尉を撃墜することは出来なかった、と。中隊規模でもいいようにあしらわれ、遊ばれて撃墜された。

今になって分かる。それは本当のことだ。目の前で私たちの攻撃に掠ることもなく、白銀機は余裕も感じられるような動きをしていた。新任少尉の私でも分かるのだ。この人は教官や明星作戦で出会った衛士よりも何倍も強い、と。

 

『伊隅少尉! IFFを切って! このままじゃ、包囲の意味もなくなる!』

 

『でも七瀬少尉が!』

 

『こっちが当てなきゃいいの! このまま七瀬少尉には白銀中尉に喰らい付いてもらう!』

 

『了解!』

 

 攻撃をしてこないのなら、多目的装甲は邪魔だ。突撃砲の弾も当たらないのなら、攻撃の手数を増やすしかない。

 多目的装甲はそのままバックステップで少し距離を取り、その辺りに落とし棄てる。代わりに長刀を引き抜く。2人の通信は聞こえていたが、もうなりふり構ってなどいられない。このまま惹きつけて注意を引き、その間に2人に落としてもらう。

 

「私が撃墜されたとしても!」

 

 跳躍ユニットの出力を上げる。巡行でもミリタリーでもない、限界近くまで出して突っ込む。長期戦にはならない。

 

「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

『七瀬少尉!? 前に出すぎ!! そのまま引き付けて、接近戦はダメ!!』

 

 一気に距離を詰め、クロスレンジまで入り込む。こうなれば、IFFを切った2人の攻撃で被弾するかもしれない。だが、ピアティフ少尉はそれも加味してIFFを切るように指示を出した。機体を前傾姿勢に倒し、しかし両腕の兵装は構えたまま。このまま長刀を振り抜けばいい。下手な剣術なんて必要ない。砲撃も意味はない。私の方はIFFを切っていないから、2人のIFFが邪魔をしてFCSにロックがかかる。

 長刀の攻撃範囲に白銀機を捉え、そのまま横に振り抜く。

しかし、切っ先に捉えていた筈だが躱されてしまう。長刀で弾く訳でもなく、バックステップと巧妙な機動制御により空を切っただけだった。続けざまに反対から横に切り抜いたが、これも躱される。当たらない、捉えることもできない。これだけ近くにいながら、2機が牽制して行動範囲が狭まっているにも関わらず。

 私の腕が悪いのか。それは当然だった。任官し立ての新任で、実戦経験も皆無。訓練は同じ土俵の訓練兵同士で、時には教官との模擬戦もあった。しかし、それを度返ししたとしても、白銀機にダメージを与えることができない。

 

『人のこと言えないが粗削りだ!』

 

 オープン通信から白銀中尉の声が聞こえる。バストアップウィンドウに映るその顔は澄まし顔だった。3人を相手取っているにも関わらず、汗ひとつ浮かべていない。

 

『今度はこっちから行くぜ!』

 

 突如として白銀機から攻撃が繰り出される。左腕の長刀をほとんど振りかぶることなく、私に向かって斜め上から振り下ろされる。

 

「ぐっ……?!」

 

 咄嗟に構えた突撃砲に長刀が当たる。すぐさま画面にアラートが出た。突撃砲が故障した。36mm、120mm双方射撃不能になる。私の装備する唯一の飛び道具が、一瞬で使い物にならなくなってしまった。

 使えないのなら持っていても仕方のない突撃砲を投げ捨て、両腕で長刀を再度構えて攻撃態勢に移る。跳躍ユニットを正位置に戻し急制動。そのまま後方へ点火し、追い立てていた白銀機の方へと最接近した。

 もう攻撃手段は長刀しかない。2人の包囲があったとしても、この数合で理解した。白銀中尉は確かに中隊規模を単機で相手取っても勝てる、と。たった3機相手であれば防戦であっても撃墜されることはないのだ、と。

 

『エインヘリヤル2より各機! 白銀中尉に攻撃させないよう、波状攻撃! 七瀬少尉は近接格闘戦を』

 

 そうピアティフ少尉の指示が聞こえた刹那のことだった。

 

『……エインヘリヤル4、胴体断絶、衛士死亡』

 

 呆気なく長刀で切り裂かれていた。

 何時攻撃された。何時そんな動きがあった。何時やられた。そのような疑問が頭の中を駆け巡り、私は呆然と管制ユニットの壁面を眺める。

前髪から滴り落ちる汗。額は濡れ、いつの間にか痛くなるほど握りこんでいた操縦桿を持つ両手が震えていた。息は上がり、視界はぼやけている。

 

「強過ぎる……」

 

 それが白銀中尉に対する私の印象だった。

 その後、ピアティフ少尉と伊隅少尉が撃墜されたことを知らされたのは、私が撃墜されてから数分も経たない頃だった。

 

※※※

 

[同年同月同日 第5ブリーフィング室]

 

 対AH戦闘訓練も終了し、強化装備から着替えて指定されたブリーフィング室に集まるよう社少尉から指示が出された。まだ白銀中尉は来ていないが、他の全員は揃っていた。社少尉は部屋の隅の机の陣取り、何やらラップトップを見ている様子。今回の訓練データを精査しているのだろう。

別の一角では私たち衛士が顔を突き合わせ、今回の訓練のことを各々振り返っていた。私は演習場から格納庫に戻ってくる間も、格納庫から着替えてこの部屋に来る間も呆然としていたようで、ここまで来た記憶はない。気付けば部屋の中でフライトジャケットに身を包んだ状態で立っており、ピアティフ少尉や伊隅少尉も同様の状況だった。

呆然としていたのは私と伊隅少尉だけだったようで、ピアティフ少尉は何か考えていた様子だったが、私たちがこっちに戻ってきたのを確認すると、今回の訓練の反省会が始まった。

 

「あれが……中尉の実力、なの?」

 

 ぽつりと伊隅少尉が切り出す。それにピアティフ少尉はすぐさま答えた。

 

「えぇ」

 

 その回答に私も伊隅少尉も息を呑む。

 あれが白銀中尉の実力。私には彼がどのような戦場で戦ってきたかは大雑把にしか知らない。本土侵攻の際は、帝都防衛戦まで戦い抜き、その後も幾度となく出撃。それもそのほとんどが単機だった、と。どれだけいい戦術機に乗っていようが、どれほど仲間や友軍が近くにいようが、きっと戦場ではそのような些事はBETAの前には通用せず等しく死ぬ。それはただ運の良し悪しで決まること。それは訓練課程でも、たった一度の実戦経験でも解ったことだった。

それなのに白銀中尉は、そのようなことを物ともせずに戦うのだ。ツイているのかもしれないが、それだけでは何の証明にもならない。極東国連軍の特殊部隊が単機に一方的にやられるなんて話も、きっと今回の対AH戦闘訓練でもなければ与太話だと決めつけていたかもしれない。

 

「今回の戦闘開始から全機撃墜されるまでの時間は、およそ2分35秒。私たちが3機変則編成だったことを鑑みれば、よく耐えた方だと思うわ。これまでのA-01での平均記録は6分弱。12機で掛かってそれくらいということは、私たちは単純計算で1機に対して56秒使って倒されている。これまでが30秒程度だったことを考えれば、ね」

 

「12機を6分弱で……」

 

「最初の方は開始と同時に全兵装を排除して、短刀のみで戦われたこともあった。それでも5分はかからなかったの。彼が前線で戦っているところは見たことあるけれど、それは凄まじいの一言に尽きるわ」

 

「一緒の作戦に参加していたの?」

 

「えぇ、北関東戦線で。横浜が陥落する前の話だけれど、ね」

 

 ピアティフ少尉は簡単に、何があったのかを説明する。

 北関東戦線。長野辺りで侵攻が停滞し、一時は北進して佐渡島へ向かったBETA群が、今度は東京を目指して侵攻を開始した時のこと。一度東進したBETA群は秩父まで押し出すと南下を開始、そのまま神奈川まで南下していった。

A-01は北関東防衛戦に参加し、秩父戦域に配備された。白銀中尉はその際、A-01に編入。遊軍として戦う。

当防衛戦にてA-01は連隊規模でありながら、それ以上の働きを魅せ活躍。特に白銀少尉は単機遊軍として陽動や光線級吶喊を敢行。爆撃機部隊による制圧に貢献。対AH戦闘訓練でA-01を圧倒していたが、この任務でBETAに対してもその力量は計り知れなかった。

 

「……それが白銀中尉」

 

「えぇ。最初はA-01の皆も半信半疑だった。香月博士に連れられて来たという新任少尉というのが触れ込みだったから、というのもあるけれど。だけど、実際に戦えば否応にもその実力は見る羽目になった。XM3なんて新OSの性能のお陰だとか、ビギナーズラックだとか、色々言われていたけれど、それはただ新任少尉に数的有利な私たちが言いようにやられた言い訳でしかなかったの。だから結局皆、それを引っ括めて"変態衛士"って呼んでたわ」

 

 小さく息を吐いたピアティフ少尉は話題を切り替える。

 

「さて、白銀中尉が来る前に私たちだけでデブリーフィングをしちゃいましょう。まぁ、結局言えることはあまり多くはないけれどね。そもそも私以外、白銀中尉との交戦経験がない訳だし。だから2人は感想と、私に対する指摘を。私は2人に対するフィードバックを。これでも中尉との交戦経験はある方よ」

 

 私は伊隅少尉に一番目を譲る。

 

「じゃあ私から。感想は……いつの間にか撃破されていたから何とも言えないのだけれど、3機に包囲されても掠り傷ひとつ付けられなかった、というのが……。私は後方とはいえ、それなりにBETAとの戦闘も、練度の高い部隊との対AH戦闘訓練を受けているのに……。いくらXM3があるとはいえ、あれだけ動けるというか、あれだけ避けられるというのが信じられなかった。ピアティフ少尉に関しては、どうとも指摘できないなぁ。そもそも白銀中尉の対策は少尉の中で確立されているものがあっただろうし、どうすればいいとか現状、何も思いつかない」

 

 次は私の番だ。

 

「私は、主攻として白銀中尉の矢面に立っていました。……あれだけ攻撃されても反撃をほとんどしなかったし、数度の攻撃だけで私を撃墜された。私が新任衛士だからといえばそれまでかもしれませんが、不意を突かれた訳でもなく、圧倒されて落とされた訳でもない。ただただ、直感的に強すぎる、と思いました。ピアティフ少尉に関しては、私も何も言えません。包囲時の援護や指揮に関しては、お2人が気を使われていたということもあってやり易かったです」

 

 伊隅少尉と私の感想は同じだった。あっという間に撃墜された、ということもある。交戦はしていたものの、恐らく伊隅少尉も状況は私と同じだったか、それ以上に短時間で撃墜されていたからだ。

 

「最後に私。2人がそう思うのも仕方のないことね。……白銀中尉に関しては、訓練を重ねて関わっていけば自ずと分かってくることもある、と思う」

 

 少し自信なさ気だが、それしか言うことがないのかもしれない。

 

「伊隅少尉に関しては、これまで連携を組んだ訓練をしてこなかったけれど、即席分隊でも何とか息を合わせることができたわ。帝国軍後方の会津基地所属だったとはいえ、前線での戦闘や対AH戦闘訓練の経験は積んでいるでしょうから、"連携を想定していない僚機"との最低限の同調はできるようね。私はA-01が長いから、一定の経験を積んだ衛士としか部隊を組んだことがなかったので、その辺りは不安だったのよ。助かったわ」

 

「ありがとう」

 

「ただ、それだけよ。あくまで教本から少し足の出た応用しかできない、そう感じたわ」

 

「っ……」

 

「衛士の能力と練度は例外を除いて実戦経験に比例するわ。今回の戦闘で分かった。中尉からも指示があったけれど、私がエインヘリヤル2である理由は、実戦経験と帰還回数を考慮したもの。多分、任官も私より後じゃないかしら?」

 

 ピアティフ少尉は毅然とした態度でそう言った。伊隅少尉の捉え方次第では不和を招きかねない言い方だったが、伊隅少尉はそれを黙って受け入れていた。戦闘中の動きは周りを見れなかったが、恐らくピアティフ少尉がカバーすることが多かったのだろう。

 

「次、七瀬少尉。七瀬少尉は新任少尉としては肝が座っていると思う。白銀中尉の前情報は私から聞いているというのに、私から前衛を任せられても怯えることなく戦いに挑んでいたわ。アレの矢面に立って正気(まとも)いられる新任はいない、と聞くわ。噂では訓練部隊の後期課程に呼ばれて、一度だけ対AH戦闘訓練に参加したことがあると聞いているわ。その際、訓練部隊は錯乱、統率が取れずに瓦解したと聞いているの。前例がある以上、そう判断するしかないの」

 

「はい」

 

「後、私の命令を無視したことも気になるわ。七瀬少尉には白銀中尉の情報が少なかったとはいえ、先任であり隊長である私の命令を無視することは看過できない。警戒するべき相手であることは再三伝えた筈よね?」

 

「……申し訳ありません」

 

「まぁ、今後はやらないでね。今後の部隊行動の際、中尉の言葉は絶対よ。彼は確かに若いけれど、TF-403を任されている衛士。香月博士の信頼も厚いと聞くわ。香月博士との関係性を考慮すれば、相当な実力者であり立場も私たちの想像もできないところにいるのは確かよ。それに私たちは特殊部隊であるということもあるわ。A-01よりも特殊な部隊、そこを理解しなくてはならない。その証拠に、A-01は部隊損耗が激しいけれど、TF-403はそれと比べ物にならないわ。何故なら、私たちが編入されるまでは白銀中尉、たった1人だけだったのだから」

 

 そう締め括ると、ピアティフ少尉は改めて私たち2人の顔を見る。

 

「2人に共通して言えることとしては、仕方ないにしても、XM3を十全に使いこなせていないこと。まだ順応と慣熟が始まったばかりだから仕方ないにしても、物にしなくては生き残れない。A-01にもXM3が配備されているけれど、配備以降から損耗率は低下したとはいえ、現在は連隊規模から大隊規模まで落ち込んでいるわ。それだけ過酷な戦場で戦っているのよ。早急に順応を済ませること。慣熟に関しては私も人のこと言えないから、一緒にやっていきましょう」

 

 XM3、新OSを使いこなせていない。それは仕方のないことだろう。伊隅少尉に関しては数日の猶予があっただろうが、私はたった数時間のシミュレータ訓練のみだ。実機に関しては今回のぶっつけ本番。よく初歩的なミスをしなかったと褒めて欲しいくらいだ。しかし、ピアティフ少尉の言っていることは最もだろう。早く順応と慣熟を済ませなければ、いざ実戦になった際に生きて帰れない。

 ある程度3人だけのデブリーフィングが終わると、遅れて白銀中尉がブリーフィング室に到着した。私たちはここに来ても息が上がり、額に大粒の汗を浮かべていたというのに、彼は涼しい顔をして現れた。

 

「あ、俺が最後ですか。すみません」

 

「いえ、問題ありません」

 

「そうですか? じゃあ、デブリーフィングを始めましょうか」

 

 そう切り出すと、部屋の隅でラップトップを触っていた社少尉が動き出して、前半の機動データと後半のデータを白銀中尉に見せる。それを見てすぐ、中尉は私たちの方を見る。

 

「……まぁ、こんなもんでしょう」

 

 それだけを言った。

 

「あの……それだけですか?」

 

 伊隅少尉が尋ねる。

 

「うん? それだけです。前半の機動データは霞が解析してフィードバックするだろうし、後半は歓迎会兼交流会みたいなものです。まだ一回目ですが、何となくお互いのことが分かったんじゃないですか?」

 

 飄々と言う白銀中尉。しかし一瞬で真面目な顔をして言うのだ。

 

「XM3の順応と慣熟を急ぐ必要はあります。伊隅少尉と七瀬少尉は仕方ないにしても、ピアティフ少尉はA-01での経験がありながらもまるで駄目です」

 

「申し訳ありません、白銀中尉!」

 

「今後の訓練はXM3の順応と慣熟を重点に、ピアティフ少尉は基礎からやり直しです。2人に教えるのは、自分のためにもなるでしょうからそのように」

 

「了解しました」

 

 口調と表情、姿勢を崩さずにピアティフ少尉の粗を突いた。ピアティフ少尉はそれに応え、やり直し、再教育を命令された。私の目から見ても、ピアティフ少尉は旧OSではできない動きをしていたような気がする。しかし、彼から見ればそうではないのかもしれない。

 その後もXM3が絡むような事項の指摘はないにしても、私たち3人に対するで指導という名のデブリーフィングは続いた。訓練部隊にいた頃のような汚い暴言は飛んでは来ないものの、3人を相手してよく見ていると思うほどだった。まるで教官のような。

 

「以上です。何か質問は?」

 

 ひとしきり私たちにフィードバックを行った後、質問はないかと投げかけてくる。

 この時、私は関係ないことを考えていた。白銀中尉についてだ。

 今日着任したばかりだが、疑問に思わない訳がない。白銀中尉は見るからに私と同年代。ピアティフ少尉や伊隅少尉は18を超えているだろうが、白銀中尉は18にもなっていないだろう。まだ顔立ちも垢抜けというか、幼さが残っているような気がする。こうして衛士強化装備や国連軍のフライトジャケット姿であれば猶のこと違和感があったのだ。

 私だって年齢を偽って訓練部隊に入って任官したばかりの新任少尉だが、白銀中尉に関しては話が別だ。何時から衛士になっているかは分からない。帝国斯衛軍の衛士は衛士としての訓練を14歳から始めるという。帝国軍や極東国連軍の促成教育を受けていない彼ら彼女らは、十二分な訓練を積んで衛士となる。今となっては違うかもしれないが、私が入隊する時はそうだった。

中尉の過去や背景は今日会ったばかりの私には分からないが、国連軍にいる以上、元々国連軍に入隊していた可能性が高い。伊隅少尉や私を踏まえれば、帝国軍からの転属という線もある。

 

「……」

 

「ならこれで解散しますか? 一度昼食を摂って、また訓練ということで」

 

 気になる。外見年齢と階級、衛士としての技量がちぐはぐだ。それは恐らくピアティフ少尉や伊隅少尉も疑問に思っている筈。

 

「あの、よろしいでしょうか」

 

「どうしました? 七瀬少尉」

 

 思わず挙手をしてしまう。それに白銀中尉は一度下した解散を取りやめ、私の方を向いた。

 質問する気はなかったのだが、こうなってしまえば、変にはぐらかしても仕方ない。

意を決して、私は白銀中尉に質問をぶつける。

 

「失礼だと思いますが、お聞かせください。白銀中尉のご年齢はいくつなのでしょうか?」

 

「は? あー」

 

 白銀中尉も、想定外の質問が飛んできて少し困ったようだ。しかしすぐにその返答は返ってくる。

 

「今年で16になります」

 

 その返答は想定内だった。そのような外見をしていて、18歳以上を答えられても、おおよそ信用することはできない。

ピアティフ少尉や伊隅少尉も驚いている。

 もうここまで聞いてしまったのなら、気にすることもない。私は本題へと足を踏み込んだ。

 

「16歳なのに、何処でそこまでの技量を?」

 

「まぁ、色々とありまして。気付けばこのように」

 

 私の質問を皮切りに、今度はピアティフ少尉から質問が繰り出された。

 

「とはいえ、色々あったにしては若すぎます。それこそ、何年も軍人をしていたかのような感じがします」

 

「元々戦術機適性は高いんです。それに、これでも新任少尉から叩き上げです。ピアティフ少尉も分かると思いますが、A-01のような部隊にいれば誰だってこうなりますよ」

 

 答えた白銀中尉の顔に影が差し込む。だが、ここまで聞いてしまえば、誰も止まらない。

 

「戦術機の適性や機動制御はそうかもしれません。ですが、指揮能力や教導能力は別です。前にいた部隊の隊長たちの受け売りですが、それこそそういった能力は経験が物を言う、と。私はTF-403としての訓練は今回が初めてですが、白銀中尉には指揮や教導の経験があるように思えます。今回の対AH戦闘訓練に対するデブリーフィングの内容はさておき、随分と慣れているように感じました。それは訓練に対する意見どうこうではなく、訓練の纏め方や動きに関してです。訓練中は違和感はありませんでしたが、思い返せば不自然なくらいに自然と訓練をしていましたから」

 

「……」

 

 白銀中尉は何も答えない。

 そして私は2人の意見を総括して言う。

 

「まるで指揮も教導も経験があるような、戦歴の長いベテラン衛士のようでした」

 

 そう言い纏めると、遂に白銀中尉は答えないどころか、何処か意識が別の方向へと向いてしまったようだった。

声をかけても何も答えることはおろか、反応が返って来ることもない。肩を揺すってみたりもするが、それでもこちらに振りむくこともせず、ただ呆然と遠い目をしているだけだ。

 そんなタイミングで、社少尉が私たちに声をかけてくる。

 

「……時間も圧していますし、とりあえずお昼ご飯を食べてきてください。七瀬少尉の案内はピアティフ少尉たちにお願いします。私は白銀さんを見ていますので」

 

「え、えぇ、分かったわ。白銀中尉のこと、お願いね」

 

「……はい」

 

 私たちは社少尉とよく分からない圧力のようなものを感じ、そこに白銀中尉たちを残してブリーフィング室を後にするのだった。

退室する際、一度振り返って2人のことを見てみるが、その少女はただただ彼の前に立っているだけだった。

その光景が私には不自然に思えて仕方がなかった。

 



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episode 54

 

[1999年8月22日 国連軍仙台基地 機密区画 第2電算室]

 

『まるで指揮も教導も経験があるような、戦歴の長いベテラン衛士のようでした』

 

 その言葉が頭の中をぐるぐると駆け回る。七瀬少尉がこの言葉を何を思って言ったかは分からない。だが、俺からしてみれば寝耳に水だった。そして、これまでのことを思い返してしまった。

 元々、俺の機動制御技術は高く、そして非常識なものだった。はじめは定型的な機動制御コマンド入力を乱雑かつハイペースで行っていた。それ故、曰く帝国斯衛軍の衛士が使用する、入力タイミングのシビアな制御技術を疑似的かつ、全く別物の物を再現していた。

元の世界での経験、バルジャーノンというゲームをやり込んで物にした必勝テクニックが、戦術機では再現ができない。それで当初は苦悩した。

だが、前の世界ではそれを解決。XM3を開発することによって、元々バルジャーノンと操作方法の似ていた戦術機を、凡雑な動きから解放することができた。これで戦術機を思ったように動かすことができる。そう思っていた。

 この世界に来てからというもの、何の因果か夕呼先生と霞のループによって、それらの問題は最初からなかったことになった。だから、はじめから俺は自分の力を十分に発揮しているものだとばかり考えていた。

 

『まるで指揮も教導も経験があるような、戦歴の長いベテラン衛士のようでした』

 

 しかし現実は違っていた。俺自身の機動制御は持ち越していたものの、俺の気付かないところで、全く違うものをこの世界に持ち込んでいた。

 それは、俺の主観記憶にない記憶。

俺自身の持っている記憶は多くない。BETAのいない元の世界の記憶。ダメな訓練兵として過ごし、オルタネイティヴⅤ発動と移民船団を見送った1回目。1回目の記憶を引き継ぎ、多大な犠牲を払ってオルタネイティヴⅣを完遂させた2回目。たったこれだけなのだ。

その何処にも俺が新任少尉を卒業しベテラン衛士になったものや、衛士から教官となって訓練兵相手に教鞭を振るった記憶はなかった。確実に2回目は2002年の1月3日で終わっているし、1回目はばらつきはあれど、数年間は前線で戦っていた。だが、それも第207訓練部隊をそのまま実戦部隊に繰り上げ、最前線ですり減らされるだけの毎日。補充兵が来る訳でもなく、皆が次々と脱落していく日々。その何処かで俺は戦死した。その記憶をいくつも保有しているが、結局どれもが最前線で使い潰されたものばかり。

指揮官も教官もまるで記憶にないのだ。

 

『まるで指揮も教導も経験があるような、戦歴の長いベテラン衛士のようでした』

 

 考えれば考えるだけ思考のるつぼに嵌る。自分にない記憶を身体が覚えており、それを自然と外に出しているのだ。これほど気持ちの悪いものはない。

 ただただ今日したことを思い出しては、その違和感に苛まれる。

 

「……気付かれましたか、白銀さん」

 

「霞……」

 

 ハッと気付いた時、目の前に霞がいた。

 ずっと思考の中にいたから忘れていたが、俺は第5ブリーフィング室で今日の訓練のデブリーフィングをしていた筈だ。それが気付いた時には第2電算室で椅子に座らされていた。目の前には霞がただひとり、表情をピクリとも動かさずにこちらに顔を向けて座っている。

 

「……ここが何処だか分かりますか?」

 

「第2電算室だろ?」

 

「……」

 

「霞?」

 

 霞は机の上に置かれている資料の1つを手に取り、それを見始める。数ページ捲ると、俺に視線を合わせてきた。あまり表情を変えることのない霞は、淡々と話し始めた。

 

「……香月博士ははじめから疑っていました」

 

「何を疑っていたんだ?」

 

 夕呼先生が疑う。何を疑うのだろうか。オルタネイティヴ4に害する組織か。それは前からそうだった。オルタネイティヴ5推進派とオルタネイティヴ4反対派がその主たる例だ。それ以外にも俺の知らない組織を警戒していただろう。

だが、その話が何故今出てくる。

 

「……白銀さんを、です」

 

「お、俺?」

 

 俺を疑っていた。何をだ。

 

「……2年前からです」

 

「2年前というと……この世界に」

 

「……はい。その時です」

 

 さっぱり分からない。夕呼先生が俺を疑う理由が分からない。否。元々前の世界では信用はされていなかった筈だ。あくまでオルタネイティヴ4にとって都合のいい駒なだけだった。しかし俺という人間の有用性は桜花作戦までの期間で証明されている。俺がいなければ純夏は、00ユニットは完成しなかった。

もし完成していたとしても、その調整は出来なかった。00ユニットの素体になった純夏をニンゲンとして、道具と成り立たせるための人格の調整は俺にしかできない。

 

「分からねぇよ、俺には分からねぇ。なんでだ? 俺が夕呼先生の傍にいれるのは00ユニットの、純夏のためじゃ? だけど、今はそれが必要ない。純夏は次世代型の00ユニットの主席素体、身体をバラして脳みそだけにする必要がないからか?」

 

「……それは違います」

 

「なら何だよ。他には因果導体であったことと、異世界人であることくらいだろ?」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。世界を巡って、オルタネイティヴ4のために動いているというのに、それ以外に俺の利用価値なんか大してない、のかもしれない。

確かに場合によっては、BETAのいない世界から来た俺の知識は、俺の考え付かないところで役に立つこともあるかもしれない。だがそれを夕呼先生は本当に必要としているのか。もしそうなのだとしたら、また1回目の世界のようになってしまうのか。

 満足いくまで情報を引き摺り出され、最期は捨て駒のように最前線で戦い続ける。もしかしたら、今回は前よりも機密情報を多く知っているが故に、最前線で使い潰される前に処分されるかもしれない。夕呼先生はそういう人間だ。

 あの酷く論理的で現実主義、それでいて人間的なところも多くある人間。それが香月夕呼という人間だ。だが、この世界での夕呼先生は目的のためならば自らの手を汚すことも厭わない。

 

「……違います」

 

 俺の思考をリーディングしたのか、霞は首を横に振る。

 

「……香月博士はもっと別のところを疑っていました」

 

「教えてくれ、霞。俺は何を疑われているんだ?」

 

「……疑う、という言葉はもしかしたら適していないかもしれません。言い換えるのなら、興味、の方が適切かもしれません」

 

「興味? どういう意味だ?」

 

 霞は言葉を変えてくる。興味というのはどういう意味だ? 異邦人という意味ならば、ここまで来たならばもう、興味も何もないだろう。この世界にいる夕呼先生は、俺に対してBETAのいない世界の情報を引き出そうとはしなかった。今更そっちの興味が沸いた、とかか。ならば、興味が沸いた時点で呼び出して質問してくる筈だ。しかしそれはなかった。

 

「……白銀さんは不思議に思ったことはありませんか?」

 

 唐突の問に俺は言葉を失うのと同時に、すぐに考える。

 俺が何を不思議に思うのか。この世界、BETAの存在する世界での疑問は確かにある。それは散々考えたことだ。

何故BETAという存在がいるのか。何故俺のよく知る人物が、何かしらの形で俺の周りにいるのか。何故それが何かしらの背景を抱えているのか。何故俺はこのような世界に来ているのか。

 結局何度考えてもその解は出なかった。全ては"因果"という言葉に収束し、BETAに関係した物はなにも分からない。ただそれだけだった。

 

「……分からないのも無理はありません。何故なら白銀さんが自覚していないということも、博士は興味を持ったからです」

 

「何だそれ……」

 

 俺の自覚していないこと。ならば考えても無駄なのかもしれない。俺が分からないことであれば、これから考えたって分かる筈がない。分かりようもない。

 

「……ですが白銀さんは気付きました」

 

「俺が、気付いた? 何に?」

 

「……記憶です」

 

「記憶?」

 

「……はい」

 

 記憶というと、ついさっき考えていたことか。演習後のデブリーフィングで、七瀬少尉から指摘を受けた事柄。

 

「……それです。その記憶です」

 

「……俺に覚えのない記憶が、身体にはある奴か? 今日みたいに」

 

「……いいえ。今日だけではありません。白銀さんは、ずっとその記憶、因果を無自覚に受け取って昇華していました」

 

 俺は姿勢を正し、真正面に霞を捉える。書類を握り締める小さい手は震えていた。

 

「……白銀さんは因果導体だった」

 

「……」

 

「……それ故に、虚数空間にばら蒔かれた因果を導き、因果をこの世界に呼び寄せる。そして同時に、この世界に内包された負の因果を虚数空間にばら蒔く」

 

「あぁ、そうだ。俺は……」

 

「……そしてあなたは、白銀さんは、その因果を自身を通してこの世界にばら蒔いていました。果たしてそれは、自分の身の回りにいる人たちだけだったのでしょうか?」

 

「それ、は……」

 

 分からない。自分の身の回りにいる人というと、俺の知らない人たちにも少なからず影響はあったということか。

 

「……それはありません。白銀さんが引き寄せる因果は、基本的に白銀さんの知っている人しかありません」

 

「なら他には」

 

「……白銀さんの知っている人しかないということは、他にも因果の受け取り手はいます」

 

「誰なんだよ」

 

「……それは、白銀さん自身です」

 

「お、俺?」

 

 霞は書類を膝の上に置き、スッと俺の目を見据えた。グレーの大きな瞳が俺を捉え、顔を見上げてくる。

 

「……白銀さんが主観的に認識できている時間はどれくらいでしょうか?」

 

「どうだろうな。1回目からこれまでのことを考えれば、主観時間で言えば25とか26歳くらいになるんじゃないか? 1回目から2回目の間は正直微妙だけど、オルタネイティヴ4が中止になってから確実に3年は生きていたと思う」

 

「……はい。ですから白銀さんの主観年齢は25歳くらいだと推測できます。私ももう14か15になりますから」

 

 霞はおもむろに立ち上がり、部屋の隅からホワイトボードを引っ張り出してくる。

 

「……白銀さんは全ての元となったと思われる、明星作戦時に投下されたG弾のエネルギーと横浜ハイヴに蓄積されたグレイシックスを消費することによって、元の世界からこの世界へと来てしまった」

 

「そうらしいな」

 

「……それは2度繰り返されましたが、2度目の時、私の知っている白銀さんはこう思った筈です。前の世界の経験が引き継がれている、と」

 

「確かに思った。1度目の世界で、俺は第207衛士訓練部隊で練兵を受けた。前期課程も後期課程もクリアして衛士になったからな。それをそのまま2度目も引き継がれていた。知識も肉体も」

 

「……はい。確かにあの時の白銀さんは、少尉相当の実力がありました。実際、すぐにでも任官して戦術機に乗ったとしても戦えた程だと思います」

 

 ホワイトボードにヘタクソな絵が描かれる。何というか、こういうところは夕呼先生に似てる。本当の親子ではないが、霞にとって夕呼先生は保護者だからな。

 

「……その理由は純夏さん、00ユニットの調律の際と同じ原理です」

 

「それは……俺という器に因果を流入させて、人格を作り出したってことか?」

 

「……はい。また、BETAのいない世界で起こったことと同じことです。白銀さんは因果導体として因果を虚数空間から誘引し、自身でその因果を受け取っていたんです」

 

「つまり、どういうことだ?」

 

 ヒト型をしたナニカに何本も矢印が伸びていく。周りに同じようなヒト型があるから、そのヒト型が俺を表しているのだろう。

 

「……つまり、白銀さんは因果の集合体なんです。虚数空間にばら蒔かれている、シロガネ タケルという人物の」

 

「さっぱり分からん」

 

 今の説明だと俺は戦術機でよくある共食い整備、ニコイチみたいなものだということになる。

 

「……分からなくても無理ありません。しかし、実際に白銀さんが体験したことです」

 

「って言われてもなぁ」

 

「……では虚数空間の因果について説明します」

 

「お、おう」

 

 霞先生の講義はまだ続くようだ。

 

「……虚数空間は時間のない世界です。ですから、私たちが観測しても無茶苦茶なんです」

 

「それは霞が見ていたものなのか」

 

「……はい。ジャンヌ・ダルクがフランスのルーアンで火刑に処されている時、ドイツに原子爆弾が落ちているようなものです」

 

 確か、俺の知っている歴史とは少し違うんだったな。この世界では、日本ではなくドイツに原子爆弾、核爆弾が投下された。

 霞の説明が漠然とだが虚数空間について理解できてきた気がする。

 

「……その中には、あり得たかもしれない未来も含まれています。時間という概念がありませんから」

 

「つまり、虚数空間に俺の記憶もある、ということか」

 

「……白銀さんだけではありません。私のものもあります」

 

「そうなのか」

 

 ということは、霞の観測者として見ていたものは人々の記憶。虚数空間に浮遊する、無数の記録だというのだ。

 

「……白銀さんが元の世界に戻り、00ユニットの基礎理論の根底にある数式を回収する任務、あの時に香月博士がしていた説明は、虚数空間の膨大な情報の説明を省いたものになります。付け加えるのなら、私の役目は白銀さんが無意識下で行っていた虚数空間移動をした際、世界へと打ち込まれた楔までの道標。往復するための誘導を行っていました」

 

 ナビ、ということだろうか。

 

「……白銀さんは記憶にあるところにしか因果に接触することができない。それ以外は観測できなかった。しかし私はESP能力によって、その他の因果の観測ができる。データリンクでのマッピングを行っていたようなものです」

 

 ナビという表現は合っていた。そして、霞は今さらっととんでもないことを言ったような気がする。

 

「……私は自分の意思で虚数空間を見ることはできませんが、白銀さんを介してならば見ることができる。だから、あのようなことができたんだと思います」

 

「なるほどな」

 

 原理とか理論とかは全然分からないが、霞が虚数空間におけるナビゲータ的なことができるのは分かった。

 

「……話を戻しましょう。虚数空間には時間軸がありません。ですから、並行世界での世界の記憶も内包しています。それは白銀さんが記憶になかったとしても、別の白銀さんが体験したものとして、元の世界に帰還する際や死亡、戦死した際に虚数空間に放出されました」

 

「それが、あれの正体という訳か?」

 

「……はい。白銀さんは別の世界で教官として訓練兵を指導していたり、部隊を率いて戦っているんです。そうした記憶を、この世界で白銀さんという器の中に白銀さんを形成するにあたって因果が流入したんだと思います」

 

 ここまで説明されれば、俺にも分かる。

 つまり、俺に起きていることは、あの時、まりもちゃんを喪って元の世界に逃げ帰った時、目の前にいたよく知る人物たちに起きたことと逆のことが俺に起きていたということだ。

 仲の良かった人たちから軒並み忘れ去られ、純夏から『白銀くん』と呼ばれたあの時。そして、あの世界で純夏が受け取った負の因果の結末のように。

 

「……ですけど、まだ白銀さんの自覚していないものもあります」

 

「俺が自覚していない? それは教導や指揮に関するモノ以外ってことか?」

 

「……はい。香月博士もそこを一番最初に興味を持ちました。何故なら、目に見えて分かるものでしたからね」

 

「……」

 

 分からない。他にも何があるというのか。確かに、ここまでの霞の話を聞いた上で考えるのならば、教官としての俺や指揮官としての俺以外の因果を受け取っていても不思議ではない。

 

「……それは、これまでの並行世界で培った戦闘経験です」

 

「それは別にこれまで通りだっただろう? 兵士としても衛士としても」

 

「……それ以上のものです。白銀さんは疑問に思いませんでしたか? 何故、前の世界では少尉止まりだったのに、熟練衛士でも精鋭部隊でも単機で撃破できるのか」

 

「それは……」

 

 その自覚はない。これまで全く不思議に思ってこなかったが、俺はそれをXM3による恩恵だと考えていた。旧OSとXM3の性能差は天と地ほどあり、俺の機動概念は全くもって理解できず、常に旧OSに慣れている衛士の想像の遥か上を行っているものだとばかり。

しかし、XM3は手段の1つであり、本当に俺の技量が上がっているのだとしたら。

 

「……白銀さんは因果を受け取ったことによって、衛士としての技量が何段階もアップしているんです。今は中尉、これまでの経歴やこの世界での活躍から昇進しました。TF-403の隊長として必要だった、というのもありますが。それでも、白銀さんは階級に余りある力を持っています」

 

「俺は一体……」

 

「……戦術機搭乗中、無意識に行っていること全てが、白銀さんが受け取った因果の結果です。粗削りだった機動制御も精鋭と比肩する、それ以上の洗練されたものへと昇華され、戦場での判断力と決断力もおおよそ少尉や中尉といった階級には相応しくないものになりました。白銀さんは判断し決断したことを実行できるだけの力を持っている、そしてそれを僚機や部下の能力を瞬時に判断し部隊行動へと反映させるまでに至った」

 

「つまり俺は戦術機部隊の指揮官としても、衛士としてもより高次元なところにいると」

 

「……そういうことになります」

 

 ダメだ。恐らく無意識では理解していることだが、俺の頭が処理できない。恐らく、ひとたび戦いになれば使い熟しているものなのだろうが、如何せんそうでない時には全く分からないのだ。

 

「……香月博士の興味を持ったところ、つまり白銀さんの衛士としての技量や軍人としての能力が急激に高くなったことだったんです」

 

「なるほどな。それで、夕呼先生はどういう判断をしているんだ?」

 

「……香月博士は白銀さんのことを認めています。それは白銀さんも分かっていると思います」

 

「あぁ」

 

 じゃなきゃ、オルタネイティヴ4にとって重要な任務を俺に任せるなんてあり得ない。

 

「……香月博士の判断はこうです。白銀さんはオルタネイティヴ4の戦闘面に於ける現場最高指揮官です」

 

 霞は確かにそう言った。俺はオルタネイティヴ4に於ける現場最高指揮官だと。

 言葉の意味は分かる。オルタネイティヴ計画における現場、つまり戦場での最高指揮官だと。それが何を意味しているのも。俺はTF-403の小隊長だ。その自覚はある。小隊長としての経験は少なからずあることは自覚しているが、最高指揮官というとA-01が出張る戦場でも俺がそうであるということ。

TF-403がA-01と同じ戦場に派遣される可能性はかなり高いが、与えられる任務は違う。A-01はなまじ極東国連軍にその存在が認知されている。認知されているが故に、その動向は見られているし、他から命令や要請が来ることも多い。

しかしTF-403はどうだ。これまでの経験則から、TF-403が投入される戦場は例外を除いてどれもこれも正規作戦に紛れる非正規任務。その存在自体が表沙汰にならないもの。

 

「それは……どうして……」

 

「……白銀さんがオルタネイティヴ4の直轄部隊の人間の中で、一番計画について詳しいからです」

 

 最もらしい理由を霞は言った。

 

「……そして、香月博士はこの興味を分析して、その結論に至りました。あくまで博士は後方のHQから大まかな指示を出し、現場レベルは白銀さんに任せてしまおう、と」

 

 それならば納得ができる。確かに戦場ではよくある話だ。司令部から大まかな作戦が伝達され、現場指揮官にその後の詳細な動きの判断を任せる、というのは。

 

「……重要な作戦は違いますが、それ以外のものは白銀さんの判断の方が、HQに上げられている情報を分析してから指示するよりも早いですからね」

 

「確かにそうだが」

 

「……これまでは伊隅"大尉"のしていたことですが、それは当時のヴァルキリーズが中隊規模でしかなかったからです。ですが今は違います。未だ再編成中ですが、恐らく2個大隊規模までは回復する予定です」

 

「また外から転属させる奴か。確か、俺のことを知っている人も来るらしいけど」

 

「……その人は絶賛XM3順応訓練中です。機種転換も必要ないですから、A-01でも即戦力になることを期待されています」

 

 脳裏にちらつくのは帝都防衛戦での出来事。あの時出会った衛士の部隊だろう。

 考えることは、夕呼先生の興味についてだ。ここまで説明されれば、幾ら俺でも理解できる。もう手管を変えて霞に何度も同じ説明を受ける訳にもいかない。

それに、その現実を受け入れずに嘆くなんてみっともない真似もできない。俺はもう止めたんだ。

 

「……強いですね、白銀さんは」

 

「強くはねぇよ」

 

 霞は相変わらず見えているのだろう。俺の考えていたことを読んで、それに返事をしてくる。

 俺は気持ちを切り替える。今霞に言われたことだってそうだ。くよくよ考えていたって、結局なってしまっているものはどうしようもない。

記憶にない記憶があり、それを無意識下で使っているのなら、それはもうどうしようもない。衛士としての技能もそうだ。戦術機を操るのが上手くなったのなら、それだけ死ぬことはなくなる。他の誰かを守ってやれる。ならば、その力は有難く使わせてもらおう。

 俺は両頬を叩き、気合を入れる。気持ちを切り替える。それを知った上で、俺は成すべきことを成すだけなのだ。

 

「ありがとな、霞」

 

「……いいえ。白銀さんにはいずれ伝えることでしたから」

 

「じゃあ、俺メシ食って訓練に戻るな?」

 

 立ち上がり、電算室から立ち去ろうとすると、霞が俺の後ろを付いてくる。一緒に昼食に行くつもりなのだろうか。

 

「霞もメシまだだろう? 一緒に食おうぜ」

 

「……いいえ、これから午後の訓練です」

 

「へ? 午後の訓練?」

 

 俺は壁に掛けてある時計に目をやる。時刻は1時を指していた。

 

「……もう訓練再開時間です」

 

「ウッソだろ……」

 

「……レーションのクラッカーをかじりながら管制します」

 

 俺は食いっぱぐれたようだ。肩を落としながら霞と共に第4ブリーフィング室へ向かうことにした。

霞の手にはレーションの袋がある。

 

「……白銀さんにも休憩時間に分けてあげます」

 

「ありがとう……」

 

 考えてみればフライトジャケット姿だから、急いで強化装備にも着替えなくてはならない。仕方がないとはいえ、少しひもじい気持ちになるのだった。

 



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