オーバーロード ~集う至高の御方~ (辰の巣はせが)
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第1話 モモンガさんに謝らなくちゃ

「ふざけるな!」

 

 ドン!

 

 巨大な円卓に叩きつけられた拳。その上部に、0ダメージを意味する表示が浮かんで消えた。

 拳を叩きつけた本人……豪奢な漆黒のローブに身を包んだ骸骨は、溜息をつきながら一人呟く。

 

「ここはみんなで造りあげたナザリック地下大墳墓だろ! なんで皆、簡単に捨てることができる!」

 

 彼の名はモモンガ。このユグドラシル……DMMO-RPGでは知られた存在だ。

 ナザリック地下大墳墓を支配するPKKギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長にして、非公式ラスボスと呼ばれる死の支配者(オーバーロード)

 だが、そのアインズ・ウール・ゴウンを率いてユグドラシル最盛期では八〇〇弱あったギルド中、第九位にまで登り詰めたのも、もはや過去の話だ。四一人居たギルドメンバーも、今では三人を残すのみ。

 サービス終了を目前に、最後の日くらいは皆で楽しく過ごしたい。そう思ったモモンガがお誘いのメールを出した結果、いましがたログアウトした古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロと、先に来た二名だけがナザリックを訪問してくれていた。

 だが誰も、最後の瞬間までモモンガと共に居てくれはしない。

 楽しいときは好きなように楽しんで、ゲームが落ち目になったらギルドを脱退……するだけならまだしも、アカウントを削除して辞めていく。

 あれだけ皆で楽しんでいたのに。

 そう思うとモモンガの胸に、黒くドロドロとした物が湧き上がってくるが、彼はその思いを溜息と共に打ち消し……いや、抑え込んだ。

 解っているのだ。

 皆、そして自分にも 現実(リアル)での生活があり、人生がある。

 このアーコロジーに押し込められて行き詰まった人々は、その貧富の差こそあれ、働かなくては生きていけないのだ。ましてや『ただのゲームに人生を投げ打つ』など、愚か者の所業である。

 だが、モモンガは……鈴木悟は違った。

 少年期の頃までに父を亡くし、母を亡くし現実(リアル)に友人も恋人もなく、低学歴ゆえの底辺営業職として生きてきた。そんな彼にとっては、ユグドラシルこそがすべてだったのだ。

 勤労の果てに得られる給与のほとんどを、ゲーム機材やゲーム内課金に費やしてきたのは、ひとえにユグドラシル世界を愛し、ナザリック地下大墳墓を愛し、アインズ・ウールゴウンのギルドメンバー達を愛していたからだ。

 だが、それもあと少しで終わる。

 サービス終了と共に強制ログアウトさせられ、ユグドラシルは消えて、ナザリック地下大墳墓もモモンガも消える。

 後に残るのは、何処にでも居る底辺サラリーマン。鈴木悟だけだ。

 だが、ただ漫然と円卓で一人時間を潰し、ユグドラシルの最後を迎えるのは我慢がならない。

 

「そうだな。最後は十階層……玉座の間で迎えるか」

 

 ふと視線を巡らせると、執事のセバス・チャンに、戦闘メイドのプレアデス達が目に入る。

 ナザリックの防衛ラインを全て突破された後、時間稼ぎ程度にしかならないが、侵入してきた客を出迎えるために作成されたNPC達だ。特にセバスは本性が竜人であり、そのレベルは最高レベルの一〇〇に達する。

 

「せっかくだし連れて行くとしよう。九階層より深くは攻め込まれたことがなかったもんで、出番がなかったからな。最後くらいは……と言えば」

 

 円卓の間の壁に飾られた、ギルドの証し、スタッフ・オブ・アインズウールゴウンを招き寄せる。飾り棚から浮遊してモモンガの手に収まった杖は、作られてより初めて、ギルド長の手に収まった。

 

(これを作るのにボーナス注ぎ込んだ人や、奥さんと喧嘩した人も居たっけな……)

 

 素材集めで他のギルドメンバーらとユグドラシルを奔走したのも、今では良い思い出だ。いや、それだけではなく杖を持った瞬間。様々な思い出がモモンガの心を埋め尽くしていく。

 

「ユグドラシルしか……なかったものな。俺には……」

 

 一人呟くとモモンガは軽く頭を振り、セバスらを引き連れて円卓の間を後にした。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガがナザリックで玉座の間に赴いた頃。

 モモンガ……鈴木悟の自宅から遠く離れた場所で、一人自室にて項垂れる男が居た。

 先程、モモンガに別れを告げ、寝落ちすると言ってログアウトした古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)。ヘロヘロだ。

 確かに眠気は相当なもので、今にもPCデスクに突っ伏しそうである。

 だが、彼には一つ心残りがあった。

 それは先程、円卓の間でモモンガに投げかけた言葉だ。

 

『ここがまだ残っているとは思ってもいませんでしたよ』

 

 ガッ……。

 

 拳を右膝に叩きつける。

 

「俺は馬鹿じゃないのか? モモンガさんは最終日に一人で居た。たった一人で……」

 

 そして自分は、聞いた限りでは最後の訪問者だった。

 ギルドに残っていたのはモモンガと自分を含めても四人。引退した連中はともかくとして、その内の誰一人としてギルド長と最後に供をする者は居なかったのか。

 

(俺達がほとんどユグドラシルに行かなくなって、モモンガさんは一人でナザリックを維持していたんだぞ)

 

 不義理、不人情、恥知らず。

 そういった言葉がヘロヘロの胸に突き刺さる。  

 ユグドラシルはゲームだ。ただのゲームに過ぎない。

 しかし、この貧富の差が激しい糞のような現実(リアル)で、多くの仲間達と楽しくも真剣に冒険できた場所であった。少なくとも、自分は仕事さえブラックでなければ、もっとナザリックに入りびたり、モモンガたちと楽しく遊んでいたはず……。

 

(いや、それも言い訳に過ぎないな。顔出しぐらいは出来たはずなんだから……)

 

 モモンガの現実(リアル)とて、過酷な底辺企業だと聞く。その彼が足繁くナザリックに通い詰め、ギルドを維持してきた事を考えると、自分は駄目な奴だと……ひたすら情けない奴だと思うのだ。

 

「モモンガさんに謝らなくちゃ……。メール……いや駄目だ。こういう事は直接話さないと……。でも、今更どんな顔をして会えばいいんだ? 合わせる顔なんか無いぞ? それに……」

 

 ユグドラシルのアカウントは、ついさっき削除してしまった。ヘロヘロというアバターはもう無いのだ。

 

(だからと言って、このままで良いわけはない。だ、誰か……誰かに話さないと……)

 

 申し訳なさと恥ずかしさ。その他様々な感情が渦巻き、ヘロヘロは硬直する。放っておけば、そのままユグドラシルのサービス終了時間を迎えたのだろうが、ここでPCデスクに置いたヘッドセットから微かな音が聞こえた。

 それはメールの着信音。プログラマーとして一定以上の技量を有するヘロヘロだが、着信音には拘りを見せず、デフォルトの物をそのまま使用している。

 ともあれメールだ。単なる広告メールかも知れないが……と、ディスプレイに目を向けると、そこには知った人物からのメールが表示されていた。

 

「弐式……炎雷さん?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、ザ・ニンジャとも称される人物からのメール。

 慌てて文面を確認すると、そこにはこう書いてあった。

 

『ヘロヘロさん。今、ユグドラシルの……に来られる? 他の何人かと会って話してるんだけど。アカウントとか消してるなら、適当にアバター作ってさ……頼むよ』

 

 ただ、それだけの内容。

 しかし、これを読んだヘロヘロの胸に生じた感情は……憤りだった。ただ単純に頭に血が上ったと言ってもいい。

 この人達は何をやっているんだ。

 モモンガさんは、今、ナザリックで一人だけなんだぞ。

 他の人ってなんだよ、引退した人も来てるのか?

 それらが雁首並べて、モモンガさんを放って、何を話し合うって言うんだ。

 ……と、ここまで考えたヘロヘロは羞恥に顔を赤く染めている。

 今思った事のどれ一つとして、自分は他のギルドメンバーに言える資格などないのだ。

 重く肩を落としたヘロヘロは、半ば無意識にユグドラシルアバターを作成すると、弐式炎雷に指定された場所に移動するのだった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<次回予告>

 

 ヘロヘロです。

 弐式炎雷さんのお誘いでユグドラシルに戻りましたが、思ったよりギルメンが集まってますね。

 しかし、皆さん、ナザリックに行く決心がつかない様子。

 そこで私がお説教めいたことを言った結果、弐式さんが……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第2話

 

 弐式『ジャンピング土下座するしかありません!』

 

 感想待ってますよ~。

 

 




このような感じになります。
文章力が貧弱なので自分で不安なのですが、頑張って完結を目指したいと思います。


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第2話 ジャンピング土下座するしかありません!

 弐式炎雷が指定した場所。

 そこはユグドラシルの九つある世界でも、ナザリック地下大墳墓がある世界……ヘルヘイムだ。

 ただし、位置的にはナザリックの探知が及ぶギリギリ圏外であり、何の変哲もない夜空の下の荒野。そこに十数人のプレイヤーが居て、ああでもないこうでもないと話し合っている。

 その中心に居たのが弐式炎雷だった。とはいえ、今の彼の姿は、何の変哲もない男性の人間種。アインズ・ウール・ゴウン時代のハーフゴーレムではない。

 彼はヘロヘロよりもずっと前……友人たる武人建御雷とともに引退し、その際にアカウント削除していた。ゆえに、あの頃のアバターは既に無い。

 現状、レベルは一で、武装などもほぼ無いため、ここでPKなどをされれば瞬殺間違いなしだ。だが、それは彼に限った話ではない。

 目の前でみっともなく揉めているアインズ・ウール・ゴウンの元ギルメン達。彼らも幾人かは人間種のアバターでインしており、現役時代と同じ異形種でインしている者も、前述した武装やアバターの貧弱さに関しては似たような状況だった。

 

「ハア……。呼ぶんじゃなかったかな……」

 

 この集まりの発起人は、何を隠そう弐式炎雷本人である。

 モモンガからの『最終日のお誘い』に対し、返信すらしなかった彼だが、内心ではヘロヘロと同様、忸怩たる思いに押し潰されそうになっていた。

 そこで、一人また一人とギルメンに対してメールを送信し、集まった者らとモモンガやナザリックに対する思いを語り合っていたのである。

 だが、それらは必ずしも実りある対話にはならなかった。

 例えば……。

 

「だから! みんなでナザリックへ行って! それでモモンガさんに謝ればいいでしょうが!」

 

「お(めぇ)も、わかんねぇバッタだな! そのモモンガさんに合わせる顔が無いって言ってんだよ!」

 

 バッタの異形種と山羊悪魔の異形種が、キスしそうなほどに顔を寄せて歯ぎしりし合っている。

 ギルドメンバー最強の聖騎士、たっち・みーと、最強の魔法職……大災厄の魔ウルベルト・アレイン・オードルの二人だ。双方、見た目だけは現役時代と同じ種族にしたようだが、装備は貧相の一言に尽きる。

 

(たっちさん達も、俺と同じか。装備まで揃えてる時間も無かったしな……。でも、種族選択の最初期アバターが、現役時代と同じなんだなぁ)

 

 それだけアバターや、アバターの外装に思い入れが深かったということだ。

 弐式炎雷など、当時はハーフゴーレムのデフォルトデザイン……つるっとしたパペット状の物に、忍者衣装を着せていただけなのに。 

 他にもバードマン姿のペロロンチーノが、人間女性のアバターと何やら相談しているのが見える。相手女性は、現役時にはピンクの粘体だったぶくぶく茶釜。到着時に聞いた話では、アバターを新規作成する際に「またピンクの粘体にするのも。なんだかなー」と思ったらしい。

 その二人から少し離れた場所では、タブラ・スマラグディナ(ブレインイーター)が獣王メコン川(獅子の獣人)や、やまいこ(人間女性のアバター)と何やら話しているようだ。

 それぞれの会話内容までは聞き取れないが、一様に雰囲気が暗いので、たっち・みーらと似たような話をしているのだろう。

 このように、集まった者達は自らの思いを吐露し合い、それと解っていながら非建設的な議論に没頭し続けていた。

 

「なんつーか、俺ら……ダサいな」

 

「建やんも、そう思うか? ……そうだよな。答えは出てるのにな」

 

 隣りで腕組みをして立つ半魔巨人(ネフィリム)。武人建御雷の呟きに、弐式炎雷は反応した。そして首肯もする。

 言ってしまえば、一連の会話の中で、たっち・みーの発言が最も正しい選択なのだ。だが、モモンガに対する申し訳なさ、恥ずかしさと言った様々な思いが、皆の足をこの場に引き留めている。

 誰か……皆を取り纏めてナザリックに行こうとする者が居れば……。

 

(ナインズ・オウン・ゴール時代の長、たっち・みーさんなら適任なんだろうけど。あの様子じゃなぁ……)

 

 口ではナザリックへ行こう、行けば良い。そんなことばかり言ってるが、そのたっち・みーが動こうとしないのだ。元々、責任感の強い男であるから、モモンガを置いてきぼりにした負い目も強く、そのため行動に移れないのだろう。

 

「まあ、ここでグズグズしてるのは俺も同じだし? 皆のことは悪く言えないんだが……。それとな、弐式よ。気がついてるか?」

 

「うん、建やん。俺ら、おかしいよな……。俺達、いったいいつから、ここに居るんだ?」

 

 この場はナザリック地下大墳墓からは、それなりに離れた場所。前述したとおり、ナザリックのギリギリ探知圏外にある荒野だ。

 最初に弐式炎雷が訪れ、彼の出したメールによって今居るメンバーが逐次集まってきていた。

 ここまでは前述したとおり。だが……。

 

「いつまで経ってもサーバー停止でログアウトしないって……これ、どうなんだ?」

 

 そう、弐式炎雷がログインした時。それはユグドラシルのサービス停止する、半時間ほど前のことだった。そして現在、小一時間が経過している。経過しているはずだ。

 全員がユグドラシルから叩き出され、 現実(リアル)に戻っている頃。そのはずなのだ。

 

「それだけじゃないぞ。弐式も気づいてるだろうが、明らかに時系列のおかしい人が居る。その事も俺には気がかりだぜ」

 

 例えば、たっち・みーとウルベルトだ。

 この二人は、明らかに本日……ユグドラシル最終日ではない、厳密には三日前からログインしてきている。これは三日間ログインしっぱなしと言うことではなく、過去の日時からログインしているという意味だ。

 

「俺も建やんと同じことを考えてた。あの二人、『サービス終了は明明後日でしょ?』って言って聞かないんだもんな。その後、モモンガさんの件で言い争いを始めて、ずっとあの調子だけどさ。時系列って言ゃあ、他に茶釜さんとペロロンさんも似た感じか」 

 

 ぶくぶく茶釜達は、ユグドラシルのサービス終了後、二日経過した未来からログインしてきている……と本人達が主張している。もっとも、彼女らはPCを介してログインしたのではなく、気がつくと、もうここに居たとのこと。

 

「元々ログインしてなくて。はたまた、最終日ですらなくて……か。気味が悪いねぇ。それでさ……俺は建やんを含めた、ギルメン全員にメールを出したんだが。ここに来てる人と来てない人は……何か違いでもあんのかねぇ。単に受信してないか来る気が無かったか……だったら、まだいいんだけど」

 

 ここまで不思議な状況だと、ここに居ない元ギルメンらには何かあったのか……と弐式は心配になってしまう。

 

「そこら辺はタブラさんが考察してるみたいだな。今んとこ、これと言った答えは出てねぇようだけど……。……なあ? あそこでだべってるタブラさん達は別として……他の人は気づいてるかな? このこと」

 

「なんだよ、建やん? 何に気づいてるって?」

 

 建御雷は、かつてはハーフゴーレムの忍者だった……今では人間種の男性アバターに顔を向けた。

 

「色々だよ。明らかに時間軸とか時系列のおかしい人が居る件や、いつまで経ってもサーバーダウンしねーこととか。それに……メールとか出せなくなってるって事もな」

 

「え? メール? あ、ホントだ……。うえっと、じ、GMコール! ……駄目か……。ログアウト……も、できないし。マジで、どうなってんだ?」

 

「おそらく、茶釜さんあたりは早い段階で気がついたと思う。けど、それを口に出さねぇ……。そりゃいったい、何でだ?」

 

 言われて建御雷を見上げた弐式炎雷は、暫し考えた後、ポツリと呟いた。

 

「怖い……からかな。タブラさん達は気づいた上で考察中かもだけど。それとなく気づいた他の人らは、変なトラブルに巻き込まれたかも知れないのが怖いんだ。俺だって怖い。けど、GMコールも駄目って状況なのに皆、妙に落ち着いてるな……。俺……達もだけど」

 

 モモンガに対する申し訳ない気持ちは勿論ある。が、その話題にしがみついていないと、冷静さを保てない……にしても、やはり変である。

 ひょっとしたら他の要因があるかも知れない。しかし、その『他の要因』について考えると、弐式炎雷の意識は何故か『今考えようとしていたこと』から逸れていく。そして、そのことに気がつかないまま、彼は話題を変えた。

 

「見ろよ、建やん。たっちさんとウルベルトさんが、口喧嘩しながらだけど話題がサーバーダウンがまだな件に移ってるぜ?」

 

「ああ、たっちさんは警察官でリーダー気質だからな。そろそろ現実を見て、何か方針を打ち出すか……あ、駄目だ。またウルベルトさんと喧嘩を始めた。モモンガさんが居ないと、どうにも締まらねぇなぁ」

 

 そうボヤきつつ、建御雷もまた『たっち・みー達の会話がループしている件』から意識が逸れていく。

 それでも彼は、皆が騒ぎ出すことを恐れていた。いや、恐れ続けることにしがみついていた。

 

(畜生。なんで大事なことに集中できねーんだよ! このままだと、ヤベーんだって!)

 

 もしかすると皆がパニックになって、このログアウトできない状況下で散り散りバラバラの行動に移るかもしれない。意見の対立の果てに戦闘になるかもしれない。

 

(……フレンドリーファイアの制限で同士討ちはないだろうが。ここは一致団結してないと、もう洒落にならんぞ……。俺と相棒(弐式)だけでも冷静で居なくちゃ……)

 

 建御雷は生唾を飲み込む。

 だが、現実(リアル)における自身の肉体がそれを成した感覚が無い。かといって、アバターの身体で感覚が有るわけでもない。

 背筋に冷たいモノを感じながら建御雷は、ふと思い当たったことを述べてみた。

 

「弐式よ。ひょっとして今の俺達、『遭難してる』に近い状況なんじゃないか?」

 

「そう言われると、そんな感じだな。建やんの言うとおりだ。ネットの中で『遭難』か……。言ってる場合じゃないかもだけど。上手い表現だ。はは、ハハハハ……」

 

 乾いた笑いを動かない口から漏らしつつ、弐式炎雷は考える。

 この後、皆が現状を見つめ直した時。たっち・みーが上手く仕切ってくれれば良いが、失敗した場合……。

 先に建御雷も同じことを考えたが、この得体の知れない状況下で皆がバラバラになる可能性がある。それは、よくわかってないし断言することではないが、とても危険なことのように弐式炎雷は思えていた。

 何処か……そう、何処か安全な場所に一旦避難して、それから今後のことについて話し合うのはどうだろうか。

 

(最寄りの安全そうな場所って、ナザリック地下大墳墓だけど。どうする? いっそのこと、俺や建やんが言って皆を連れて行くか? けど……)

 

 脳裏を人の良いギルドマスター……死の支配者(オーバーロード)モモンガの顔がよぎる。 

 モモンガさんに合わせる顔がない。

 その気持ちは今もなお強く、変わりがなかった。

 

(どの面下げて……。モモンガさん! 大変なんです! 暫く匿ってください! てか? ……ちくしょう。非常時だってのに俺って奴は……)

 

 そもそも、今からナザリックへ行ったとして、内部にモモンガが居るとは限らない。向こう側で探知して招き入れてくれる手が使えないかもしれないのだ。

 また、この場に居るメンバーは全員が引退した後であり、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を所持していないことも大きな痛手となっている。あの指輪さえあれば、ナザリック前から内部への転移が可能なのに……。

 

(どうする? やっぱ俺か建やんが声がけするか? ともかくナザリック前まで行って……けど、それもどうな……)

 

 弐式もまた、我知らず思考のループ状態にはまっていく。

 もはや、そうなることに抵抗もできない。しかし、先程までは聞こえなかった声が、背後から彼の鼓膜を刺激した。

 

「あれ? 皆さん、どうかされたんですか。あちこちで議論してるようですが……」

 

「うえっ!?」

 

 ナザリックで現役時代の弐式であれば、背後を取られる前に察知できたろうが、今はレベル一の人間種でしかない。驚きながらも知った声に振り返ると、そこには人間種の男性アバターが立っていた。

 標準モデルの黒頭髪色と髪型を弄っただけ。実に何てことのない平凡な見た目である。

 

「え~と……声からすると、ヘロヘロさん?」

 

 あたりをつけて問うたところ、やはり相手はヘロヘロであるらしい。

 ギルメン全員にメールは出した。来なかった者も居るが、ヘロヘロは来てくれた。

 新たに駆けつけてくれた。

 それだけで嬉しいと弐式炎雷は思う。だが……。

 

(……えらいとこへ呼び込んじまったのかもな)

 

 そう思い、小さく溜息をついた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 指定場所に到着したヘロヘロは、最初、集った面々を見て気分が高揚した。

 

(たっちさんが居る! ウルベルトさんも! ペロロンチーノさんが居て……たぶん茶釜さん? が居て……。ああ、あの頃に戻ったみたいだ……) 

 

暫く会ってなかったギルメンらだが、こうして会ってみるとゲームに燃えていた頃を思い出し……現実(リアル)でのアレやコレやを忘れそうになる。

 

(この感動をモモンガさんにも……って。皆、ここで何をしているんだ?)

 

 急速に冷めゆく頭の中で、ヘロヘロは思った。

 これだけのメンツでナザリックに押しかけたなら。最後に見たモモンガの様子を思えば、きっと喜んでくれるはず。なのに皆、ああでもないこうでもない。モモンガさんに申し訳ないと、そればかりを話して一向に行動に移ろうとしないのだ。

 

(俺は皆のこと悪く言えない。言えないよ? でもさ……)

 

「弐式さん? 来たばかりでアレなんですが。俺、思うんです……」

 

「どうしました? ヘロヘロさん」

 

 ヘロヘロは語る。

 ギルマス……モモンガとは、この先メールでやりとりすることも、現実(リアル)で会って話しをする機会もあるだろう。

 だが、ユグドラシルは終わる。終わってしまう。

 自分たちがナザリックの、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンとして、モモンガと話ができるのは残り僅かな時間しかないのだ。

 

「俺達は、モモンガさんを置いてギルドを抜けました。ユグドラシルを辞めました。そこには皆、それぞれの事情や理由があったんだと思います。それが悪いってわけでもないでしょう。だけど、モモンガさんに対する義理や……友人としての情は別問題です」

 

 いつしか……たっち・みーやタブラ・スマラグディナ、その他多数のギルメンがヘロヘロと弐式炎雷らを見ていた。あたりに響くのはヘロヘロの声のみ。

 

「行きましょう! ナザリックへ! モモンガさんに顔向けできない気持ちは、そりゃあ俺にもありますよ? でも合わせる顔がないなら今作ればいいんです! それに『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って言葉があるじゃないですか! 他の皆が居れば、きっと大丈夫! 行けますよ!」

 

 鼻息荒く言い切ると、数秒の間を置いてから、フフだのハハといった笑い声が聞こえ出す。

 

「ヘロヘロさん。も、モモンガさんは赤信号ですか? 確かにモモンガ玉は赤くて丸いですけど……ぷぷっ」

 

 ペロロンチーノが笑い顔のアイコンを浮かべつつ言った。その声は吹き出しそうに震えている。

 次いで、たっち・みーが一歩踏み出し、右手の平を持ち上げるようにして言った。

 

「赤信号を渡るだなんて、警察官の前で言うことじゃあないですよね?」

 

 限界だった。

 その場に居たギルメン全員が爆笑し、皆が皆笑い顔のアイコンを浮かべている。

 弐式炎雷も笑い顔アイコンを浮かべ……自分がどうやってアイコンを浮かべているのか不思議に思いながらも……ヘロヘロを見た。

 ヘロヘロは「笑ってる場合じゃないですよ! 真面目な話なんですから!」と怒っている素振りを見せて居たが、その姿に弐式は感謝する。

 

(いい空気作ってくれたぜ、ヘロヘロさん。こうなったら乗るしかない!)

 

 ちらりと武人建御雷に視線を向けると、頷く仕草が返って来た。これで覚悟を決めた弐式は、元より居たギルメンらの中央で軽いステップを踏み、皆の注目を集める。そして声を張り上げた。

 

「ヘロヘロさんが良いこと言いましたよ! こりゃもうナザリックに押しかけて、全員でモモンガさんにジャンピング土下座するしかありません! モモンガさん、きっとオロオロすること間違いなし!」

 

「そうだ! そのとおり!」

 

「いいぞ! 弐式さん!」 

 

 幾つか声があがったが、見回すと獣王メコン川やペロロンチーノ、その他幾人かが、やんややんやと囃し立てている。ノリを盛り上げる一助になっており、ありがたい限りだ。

 ならば、善は急げ。ウルベルトによる転移門(ゲート)で移動を試みる。だが、しかし……。

 

「嘘だろ!? 魔法が使えませんよ!?」

 

 山羊頭の悪魔が珍しく狼狽えた声を出す。その他、タブラ・スマラグディナなどの転移門(ゲート)を修得している者が魔法発動を試みるも、どういうわけか不発に終わった。

 

(くそっ! いい雰囲気だったのに!)

 

 行動に失敗した思いがあり、弐式炎雷は内心舌打ちする。

 こうなれば自分の修得したスキルなどで、ナザリックに連絡を取れたりはしないか。いや、いったんログアウトして、モモンガ……鈴木悟にメール連絡を……。

 

(ああ! メール操作やログアウトできないんだった! てか、コンソール開かねぇし! みんな、どうやって魔法を試したんだ!?)

 

 加速をつけて弐式は混乱していく。

 先ほど、武人建御雷との会話で誤魔化し気味に流した『遭難』への恐怖が、彼の脳裏で浮上してきた。……が、ここで誰かが叫び、弐式の鼓膜を大きく揺さぶる。

 

「私、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持ってるんでした!」

 

 それはヘロヘロの声だ。

 アイテムボックスから取り出したギルドの指輪を、得意げに掲げている。

 ……この時、『ログインし直す前のヘロヘロ』であれば、アバターを再作成した自分が、何故、旧アバター……古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が持ったまま、もろとも削除したギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を、持っているのか。大いに疑問に思ったことだろう。

 だが、今のヘロヘロは気にしない。

 それは、知らず知らずのうちに会話がループしていたウルベルトらと、似たような状態だった。

 その異常に気づく者は居ない。他のギルメンも、ヘロヘロを見つめる弐式炎雷も、そしてヘロヘロ自身も。

 誰も気づかないまま、ヘロヘロは皆を見回して叫んだ。

 

「これで、ナザリックへ入ります! 防衛システムやらを中から解除すれば、皆で入れますよ!」

 

 さすがヘロヘロさんだ! 物持ちがいいぜ! さっそくナザリックまで全力疾走だ! 

 そういった声が聞こえ、弐式炎雷も大きく頷く。

 しかし、次の瞬間。弐式炎雷を含めたギルメン全員の視界が黒く染まり、何も考えられなくなるのだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 モモンガだ。

 一人になった俺は、玉座の間にNPCを集めて終焉を迎え……。

 うわ、アルベドの設定が酷いことになってるじゃないか。

 今日で最後だし、打ち替えるか……ええと、『モモンガを……』

 と、そんなとき、俺の前に一人の男が出現した。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第3話

 

 モモンガ『最後まで残っていかれませんか』

 

 報われる骸骨が居たっていいじゃない。

 

 




いきなり感想頂けたので、舞い上がって第2話目投稿しました。
通常は1~2週間おきに投稿することになるかと思います。

捏造箇所:獣王メコン川さんの容姿。
 ググったりWikiとか見たんですけど。どうにもよく解らないんです。そんなわけで、まんまではありますが、メコン川さんの容姿は獅子の獣人となりました。完全装備時の姿は勝手ながら『快傑ライオン丸』をイメージしています。

<誤字報告について>
コクーン様、誤字報告ありがとうございました。
アレ便利な機能ですね。報告される側になって初めて気がつきました。
指摘を適用するだけで1発修正可能とか凄すぎる。


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第3話 最後まで残っていかれませんか

 同じ頃……と言って良いのだろうか。

 玉座の間に移動したモモンガは、世界級(ワールド)アイテムである玉座に腰掛け、傍らに立つNPC……アルベドを見ていた。サキュバスであり、見た目は完璧にモモンガ好みの黒髪美女だ。スタイルだとてタッチ・ミー……もとい、バッチ・グー(死語)である。頭角や腰位置の黒翼は、これはタブラ・スマラグディナの趣味だろうが、何か曰くのある設定なのだろうか。

 彼女の胸元に世界級(ワールド)アイテムを見たときは、さすがにモモンガも驚いた。が、それもまたタブラが最後に何かしたかったのだろうと、大目に見ることとする。そう、今日はユグドラシル最後の日なのだ。ギルメンの『おいた』も、これはこれで楽しいイベントであろう。

 

(るし★ふぁーさんが何か仕掛けてたら、絶対に許さないけどな)

 

 アインズ・ウール・ゴウン随一の問題児を思い浮かべ、モモンガは舌打ちしそうになる。

 

(おっといけない。もう最後なんだから、嫌なことを考えるのはよそう。ん~……)

 

 気晴らし気味に、なんとなくアルベドの設定を覗いてみた。表示されたのは途方もない長文設定で、あまりの長さにモモンガは目が滑る。

 

(なが)っ。設定魔だったからなぁ、タブラさんは……」

 

 苦笑しつつスクロールバーを下げていくと、最後の最後で強烈な一文が目に飛び込んできた。

 

『ちなみにビッチである』

 

「は? ビッチって、この清楚美人な見た目で? タブラさん、ギャップ萌えとはいえ……これはない。ないですよ~」 

 

 他人のNPC設定について文句を言いたくはない。ないが、しかし……目に余るひどさに関しては思うところがあった。

 

(最後の最後だし。タブラさんも許してくれるよね?)

 

 傍らで浮遊していたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを呼び寄せ、その機能、権限を用いてコンソールを展開する。これで、設定内容の書き換えが可能となった。

 

「とりあえずビッチの部分は消しておくか」

 

 キー操作で一文を削除してみたが、どうにも空欄が寂しい。

 

「何か……書いた方がいいのかな」

 

 つう……っとコンソールに指が伸び、『モモンガを』まで打ち込んだ。それは何気なしの行動であり、好み美女を目にしたモモンガの欲求が反映されたもの。流れるように動く指が続いて『愛している』を入力しようとしたとき。

 異変は起こった。

 

「どぅへっ!?」

 

 ぬるびちゃあ!

 

 珍妙な声と濡れ物の落下音が、玉座を挟んだ……アルベドとは反対側で聞こえたのだ。

 慌てて入力確定して画面を閉じたモモンガが振り向くと、そこには先ほど別れたばかりの古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、ヘロヘロが居る。

 

「へ、ヘロヘロさん!? ログアウトしたんじゃ!?」

 

「へっ? あれ? なんで、この身体……」

 

 ヘロヘロは自らの身体を見回していたが、モモンガを視界に入れるやズザザザッと駆け寄ってきた。

 

「モモンガさん! 良かった! 間に合ったんですね!」

 

 ヘロヘロは円卓の間での態度を詫びる。

 数年に亘り、一人でナザリック地下大墳墓を維持し続けたモモンガに対して「まだナザリックがあったんですね」などと、なんという気遣いも配慮も人情もない言いぐさだったか。

 一社会人として、床にめり込まんばかりの土下座をしたいほどだ。事実、ヘロヘロの粘体の身体は、妙な感じで前傾し、頭頂部(?)が床につかんばかりとなっている。

 ヘロヘロは半泣きの声で、今の思いを蕩々とモモンガに語った。あるいは寝不足が限界でテンションがおかしくなっていたのかもしれない。

 あまりの勢いで謝るヘロヘロを見て、モモンガは気圧され気味だったが、やがて肩を揺すり「くくく……」と笑い出す。

 

「はっははは! かまいませんよ、かまいませんとも!」

 

 確かに、ヘロヘロの言葉に苛立ちを覚えたのは事実だ。しかし、こうも真摯に……いや、渾身の力を込めて謝罪され、申し訳ない気持ちを語られては許さないわけにはいかない。

 それに、一度はもう会えないと思った姿を、最後の瞬間にまた見られたのだ。こんなに嬉しいサプライズは滅多にないだろう。

 すっかり気を良くしたモモンガは、玉座から腰を上げ、ヘロヘロに向き直った。

 

「さっきぶりで会えて嬉しいですよ。ヘロヘロさん。っと、そうだ……」

 

 モモンガは、ふと思い出した。

 円卓の間でヘロヘロと別れたときに言いそびれた言葉。誰も居ない空席に向けて放った、あの言葉。

 

『今日が最後の日ですし、お疲れなのは理解できますが。せっかくですから最後まで残っていかれませんか』

 

 今こそ、あれを言うべき時なのだ。

 

(一言一句同じことを言えたら、俺的に『でかした』感じなんだけど……)

 

 軽く深呼吸し、モモンガはヘロヘロを引き留める必殺の台詞を口に出した。

 

「き、今日が……最後の日ですし、お疲れなのは理解できますが。せっ、かくですから最後まで残っていかれまひぇんか?」

 

 意識して言ったせいか、一言一句同じは無理だった。だが、それを聞いたヘロヘロは、スライム体の表面をふるふると揺らして頷く。

 

「ギルド長のお誘いとあれば断ることはできません。喜んで、お付き合いしますよ。……今の声、震えてませんでした?」

 

「……気のせいですとも」

 

 プイと顔を逸らしたモモンガと、その顔を覗き込むヘロヘロは、数秒おいて噴き出した。そして二人で愉快げに笑い合う。

 

「そろそろ……ユグドラシルが終わりますね。ヘロヘロさん……」

 

「ええ。と言うより、まだユグドラシルが続いてるんですかね? 俺は、てっきり終了時間に間に合わなかったかと……」

 

 ヘロヘロの呟きを聞き、モモンガは「は?」と首を傾げる。彼の感覚では、もう一分ぐらいは余裕があったはずで、ギリギリではあったが『サービス終了後』に突入しているつもりはなかった。

 慌てて時間を確認したところ……時刻表示の進行が止まっている。秒表示の数字が動かないのだ。

 

「ちょ、なんですか、これ!?」

 

「えっ? ええ?」

 

 ヘロヘロもモモンガが見ている時刻表示を見たが、やはり表示は固定されたままだ。

 

「何かのシステムエラー……なんですかね?」

 

 プログラマー業であるヘロヘロに聞くも、首を横に振るようなジェスチャーが返ってきた。

 

「わかりません。運営の方で、サーバーを落とせなくなっているとか……。あるいは担当者が過労で倒れたか……。それに、他の皆が来ていないのも気にかかります。俺も前のアバターになってるし……」

 

「え? 他の皆? それに前のアバターって……」

 

 無視できない発言を耳にし、モモンガはヘロヘロに詰め寄ろうとした。

 が、ここで時計表示が動き出す。それと同時に、モモンガに話しかける『女性の声』があった。

 

「あの、モモンガ様、ヘロヘロ様? どうかされましたか?」

 

 二人して発声源に目を向けると、そこに居るのはアルベド。本来なら発声どころか、自分の意思で考えることも、表情を変えることすらできないNPCだ。なのに、今の彼女は気遣わしげな表情でモモンガの前に立ち、腰の黒翼をパタつかせている。

 

「……っ」

 

「……っ」

 

 絶句。直後にモモンガ達はアルベドに背を向け、囁き合った。なお、身長差がありすぎるため、モモンガはしゃがんでいる。

 

(「へ、ヘロヘロさん! アルベドが喋ってますよっ!?」)

 

(「表情だって変化ついてます! 俺たちもですけど、どういう技術なんですかね。ひょっとして、サービス終了と同時に、ユグドラシル2でも始まったんでしょうか」)

 

 新ゲームに移行したのかと思ったが、まずもってあり得ない。

 そんな話はネットの噂レベルでも聞いたことがないし、そもそも斜陽どころか落日を迎えたユグドラシルを、今更第二期シリーズにして収益が見込めるとは思えない。

 

(「ユグドラシル2にして客を集めたいなら、もっと宣伝すべきですよね」)

 

(「こういうのは糞運営ならやりかねませんが。モモンガさんの言うとおり、宣伝も無しだと会社が潰れるんじゃないですかね~」)

 

 チラッとモモンガが肩越しに振り返る。

 アルベドは胸の前で手指を組み、キョトンとしていた。パタパタしたままの黒翼が可愛いと言えば可愛い。

 

(いや、見とれてる場合じゃないよ!)

 

 モモンガはすっくと立ち上がると、アルベドに向き直り見下ろした。

 NPCはギルメンの下僕的な設定で、設定がそのまま生きているなら、指図等しても大丈夫なはず。

 

(と思うんだが、ええい……ままよ!)

 

 モモンガは可能な限り渋く、想像の及ぶ限り上位者っぽい喋り方でアルベドに接した。

 

「すまないな。少しヘロヘロさんと相談していた。で……だ。幾つか、めいれ……指示したいことがあるのだが、かまわないか?」

 

 初対面でなくとも、会話するのは初めての女性が相手だ。緊張のあまり、命令という言葉を使用できなかったわけだが……言われた側のアルベドは頬を紅潮させ、歓喜とともに承諾する。

 

「はい! 私どもはモモンガ様にヘロヘロ様、至高の御方の忠実なる下僕。何なりと御命令くださいませ!」

 

「お、おう」

 

(し、しこうのおんかたぁ? 何それ? 俺達のことか!? どんだけ上に見てるんだよ!)

 

 内心引く。激しく引く。

 そして、これほどの美女に『何なりと御命令』と言われては、不肖童貞歴イコール年齢の鈴木悟(モモンガ)、平静では居られないわけで……。

 

「あ……」

 

 不意に緊張感が霧散し、冷静な思考が戻ってくる。

 モモンガは不思議に思いながらも、アルベドを含む、その場に居たセバス以下、戦闘メイド(プレアデス)らを見た。

 アルベドだけではなく、セバス達にも表情があり、真剣な眼差しでモモンガを見つめ返してくる。

 

(NPCが動いてる! アルベドだけでなく、全員が!?)

 

「そ、そうだな。ふむ……。……セバス!」

 

「はっ!」

 

 渋い声で白髪の執事が返事をした。

 ギルメンのたっち・みーが作成したNPCであり、格闘戦を得意とする竜人。ナザリックの一○○レベルNPC、それも階層守護者を基準にすれば、近接戦最強だったとモモンガは記憶している。

 

「今よりナザリックを出て周辺の調査及び探索に当たれ。周囲一キロ四方を範囲とし、知的生命体が居たならば、可能な限り穏便に連れてくるのだ。その際、相手側の要求は過大なものでなければ受け入れてかまわない」

 

 また、戦闘メイド(プレアデス)を一人同行させ、戦闘になるようなら離脱させてナザリックに情報を持ち帰らせるようにも指示を出す。

 

「ヘロヘロさん。こんな感じでどうですか? 彼らが外に出られるかも試せますし。他に何かあります?」 

 

「ん~……飛べる人を一緒に行かせるのはどうでしょう? 空からの探索ができますよ? 夜目が利くなら、外が夜でも大丈夫でしょうね」

 

 その他だと、セバス側からの連絡用に伝言(メッセージ)の巻物を渡しておくべきとのアドバイスがあった。

 

「携帯電話とかありませんしね。となると、巻物を使える人を選んだ方がいいですね。セバスは巻物使えましたっけ?」

 

「おお、いいですね! ナイス、アドバイス! それでいきましょう! 一応、巻物は持たせる方向で!」

 

 異常極まる事態にあって、モモンガは冷静に物事を考えられる自分、そしてヘロヘロに安堵していた。自分に関しては、先ほど感じた妙な『沈静化』もあるが、やはり同じ境遇となりつつあるヘロヘロが共に居るのが非常に大きい。

 

(相談できる相手が居て良かったよ~。俺一人だったらダメダメだったろうしさ~)

 

 ヘロヘロや他のギルメンに言わせれば「モモンガさんは対応力高いから、一人でもそれなりにやれたんじゃないの?」と思ったことだろう。

 

「では……」

 

 ヘロヘロの意見を取り入れたモモンガは、セバスに同行させるプレアデスとして、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータを指名した。

 ギルメン源次郎の制作NPCである彼女は、シニヨンヘアに着物風のメイド服を着用した美少女……に見えるが、その身体は虫の集合体だ。本体に住まわせた虫の能力で飛ぶことができるし、夜目だって利く。戦闘力の面では一○○レベルのセバスに遠く及ばないものの、航空偵察も兼ねての探索となれば彼女が適任だ。

 

(<解呪(ディスペル)>されても、虫の羽で飛んでるなら大丈夫だろうし……)

 

 加えて言えば、エントマは巫術スキルで伝言(メッセージ)と同じことができるはず。ここに別途、伝言(メッセージ)の巻物を持たせておけば、連絡体制としては上々だろう。

 

「残りのプレアデスは九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たれ。手が足りない場合は警備用のモンスターを使うのだ。おっと、そうだ。それと、ソリュシャン……」

 

 セバスが戦闘メイドらを連れて退室する中、金髪の戦闘メイド(プレアデス)を呼ぼうとして、モモンガは言いよどむ。

 彼女の名をハッキリと覚えていなかったのである。

 そこへ、ヘロヘロの助け船が出た。

 

(「ソリュシャン・イプシロンですよ」)

 

 ソリュシャンはヘロヘロが制作したNPCであるから、フルネームを知っていて当然。助言する口調も、どことなく自慢げである。

 もっとも、彼と彼女の制作者と制作NPCという間柄を知っているからこそ、モモンガはソリュシャンを呼び止めたのだが。

 

「ソリュシャン・イプシロン。ここにこうして我が友、そしてお前の創造主であるヘロヘロが戻っているのだ。積もる話もあるだろうから、ここに残るが良い」

 

「……っ! はい、モモンガ様! ありがとうございます!」

 

 モモンガに向き直っていたソリュシャンは、その暗く淀んだ目を潤ませながら深くお辞儀をした。暫くして頭を上げたとき、その瞳からは涙が伝って落ちるのをモモンガは目撃している。

 

(すっごい嬉しそうだ。やはり制作者が居ると嬉しいものなのか。親子……みたいなものなのかな。となると俺の場合……)

 

 モモンガの脳裏で、軍服着用の埴輪顔がクルリと振り返り、見事な敬礼をする姿が再生された。

 

(あいつも動いてるんだろうな~。会いたくないな~)

 

 若かりし頃……と言っても十年前後の昔だが、当時はノリノリで製作したNPCも、今ではすっかり黒歴史。見ただけで顔が赤く染まるのは確定だ。

 

(俺、骨だから! 赤くなる皮膚とか血管とか無いけどな!)

 

「あの、モモンガ様? (わたくし)如何(いかが)いたしましょう?」

 

 それまでモモンガの采配を見守っていたアルベドが申し出てくる。居合わせた者達が指示を賜る中、自分だけが何も言われていない。そこを気にしたらしい。

 

「ふむ……お前は……」

 

 反応しながら、モモンガは尖った顎先に骨の指をあてがう。

 このアルベドは、タブラ・スマラグディナの制作NPCである。先ほどのセバスらに対しては、各々の制作者が不在のため、緊急かつやむを得ず指示を出した。

 そう考えると、アルベドにも何か指示を出し、この状況を把握させるために行動させるべきなのだろうが……。

 

(あ、そう言えばGMコール……。駄目か)

 

 念のためとアルベドに聞いてみたが、彼女はGMコールを知らないとのこと。申し訳なさそうにしているのが見ていて心苦しい。

 

(メールも機能しないな。システム回りのコンソールは一部を除いて使用不能。NPCの所属や状態の表示ぐらいは出るか。……あと運営を動かすための手立てと言えば……真っ先に思い浮かぶのが垢バン行為なんだけど……)

 

 垢バン。いわゆるアカウントBANの略であり、ユグドラシルにおいてはゲーム内の禁則行為をした場合に、運営からアカウントの停止や剥奪をされること言う。

 このときモモンガが想定したのは、女性に対する性的な行為だ。これについての運営対応は厳しく、軽口で卑猥なことを言っただけでも、即座に垢バンとなることもあった。女性アバターの身体……胸や尻でも触ろうものなら一発アウト。

 そう例えば、今目の前に居るNPCのアルベド。彼女の乳房を鷲づかみにして揉むなどすれば、通常、モモンガは即座に垢バンされ、強制的にゲームから叩き出されることだろう。

 

(すなわち! 運営が何処まで機能しているか、ある程度の把握ができる。上手くいけばログアウトできるかも知れない! けどな~……)

 

 それをタブラの作ったNPC、しかも今では意思疎通のできるアルベドにして良いものか。おまけに今、この玉座の間にはヘロヘロとソリュシャンが居るのだ。

 

(か~っ。恥ずかしい! そんなこと童貞の俺にできるわけないだろ!)

 

「うぉっほん!」

 

 わざとらしく咳払いをしたモモンガは、キッとした視線を顔ごとアルベドに向ける。

 

「アルベドは、各階層の守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えるのだ。それと、現地の守護者であるマーレとアウラには私から話をするので、連絡はしなくとも良い」

 

「かしこまりました」

 

 復唱を始めるアルベドの態度は、セバスらと同様、妙に恭しい。何やら『傅かれているような』気分となったモモンガはドギマギしたが、奥歯を噛みしめて平静を装うと先を続けた。 

 

「では、集合時間は今より一時間後とする。行け……」

 

「承知しました。モモンガ様」

 

 モモンガ本人としては最大限の威厳を込めた締めくくりに、アルベドは一礼してから背を向け、玉座の間から退室して行った。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 玉座の間を出たアルベドは、コツコツと通路を歩きながら各階層守護者に伝言(メッセージ)を飛ばしている。

 

(後は……デミウルゴスに言って、ナザリックの防衛システムの点検……かしらね)

 

 守護者統括として、指示されたことだけをしていれば良いというものではない。与えられた地位や役割からも、自分の頭で考え行動するのは当然のことであった。

 そうして一通りの伝達を終えたアルベドは、そのまま第六階層へと向かうこととする。

 

「くふっ、くふふふ……」

 

 横一文字に結んでいた唇の端。そこから怪しげな笑い声が漏れ出した。

 

「ヘロヘロ様がお戻りになった。本当に喜ばしいこと。これはナザリックを挙げての宴が必要だわ。モモンガ様に上申しなければ……」

 

 そこには一点の曇りもない、ギルメン……彼女らが言うところの至高の御方帰還に対する喜びがあった。そして、彼女の思考がモモンガへと移ったとき。瞳の輝きが一層艶を増す。

 

「ああ、愛しいモモンガ様。ずっとずうっとナザリックに留まられた、慈悲深き御方。アルベドは貴方様をお慕いして……愛していますぅ~」

 

 それは、愉悦に染まりきった表情であり、童貞モモンガが見たら身の危険を感じること疑いなしだ。

 

「私はモモンガ様を……」

 

 不意に言葉が途切れ、彼女は小首を傾げた。

 

「私は……モモンガ様を、どうしたいのかしら?」

 

 お慕いして愛しているのだから、お嫁さんとして貰ってほしいとは思う。だが、そこに一点、何やら思い浮かぶのだ。

 

『モモンガを……』

 

 までが思い浮かび、そこから先が思いつかない。

 なんとなく消化不良である。本来の自分であれば、「モモンガ様を旦那様にしたいのよ!」となる可能性が高いと自己分析するも、それを決定事項として良いかとなったところで思考が停止する。

 

「なんだか、すっきりしないわ……」

 

 ナザリック地下大墳墓、守護者統括。そしてサキュバスとして創造されたアルベド。彼女は困り気味の感情を表情に出しつつ、第六階層へと歩いて行く。

 

「モモンガ様に抱いていただければ解消できるのかしら?」

 

 

◇◇◇◇

 

(何とか切り抜けた~……)

 

 アルベドが去った後、モモンガは額の汗を袖で拭っていた。もちろん、発汗する身体機能は無いため気分の問題である。

 

(って、何だってこんな企業の社長だか、悪の組織の親分みたいな事やってんだ? 俺は普通のサラリーマンの、普通の営業職だぞ! 大事なことなので普通は二回言いました! あっ……)

 

 キレそうになるも、やはり感情が沈静化された。

 さっきは気のせいかと思ったが、どうもおかしい。

 

(感情の高ぶりが強制的に沈静化される。これってアンデッドの特性!? 俺、マジで死の支配者(オーバーロード)になっちゃったのか!? ふう……)

 

 また沈静化された。

 驚きや動揺が瞬時に収まるのは良いと思うが、他の感情まで沈静化されるとしたら事だ。

 

(正直、いい気がしないぞ。メリットは確かに大きいけど、せっかくヘロヘロさんが居るのに喜ぶのも駄目とか? あんまりだ……)

 

 更に言えばアンデッド体、しかも骨の身体では飲食も不可能である。もっとも、このときのモモンガは飲食不可に関し、それ程の不安視はしていない。元々、現実(リアル)でも食を重視していなかったからだ。どちらかと言えば「飲食代が浮くじゃないか!」と喜んでいたぐらいである。

 その喜びも、ヘロヘロが思うさま飲食している姿を見た際に潰えるのだが……。

 さて、アルベドが退室したことで、この場に残るのはモモンガとヘロヘロ。そしてソリュシャン・イプシロンの三名となった。

 ここまでセバスやアルベドの相手をするので精一杯であったため、モモンガは二人がどうしていたかはまったく意識していない。では、今はどうしているのか。

 

「ヘロヘロさん~?」

 

 親子の対面も、そろそろ一段落したのではないか。そう思ってモモンガが声をかけた時、言い終わりに被せるようにしてヘロヘロが駆け寄ってきた。

 

「モモンガさん! 緊急事態です!」

 

「ど、どうしました!?」

 

 せっかく場が落ち着いたと言うのに、今度は何が起こったのか。

 呼び寄せたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを両手で握りしめ、モモンガはヘロヘロに問いかけた。魔法や呪文の発動実験はしていないが、もし使えるなら大概の相手は何とかなる。駄目でも逃げるくらいはできるだろう。

 

(場合によっては宝物殿に逃げて引き籠もる手もあるぞ! ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)があるから、俺もヘロヘロさんも入口までなら転移できるし! って、ヘロヘロさんは指輪持ってたか?)

 

 極短い時間。次々と対策を考えていくモモンガであったが、ヘロヘロの口(?)から飛び出た言葉に腰が砕けることとなる。

 

「ソリュシャンのパンツを見ても垢バンされません!」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ソリュシャン・イプシロンよ。

 ついに、ついに私の創造主、ヘロヘロ様がお戻りに……。

 そして、私の支配者として下された御命令、至福だわ……。

 ですが、モモンガ様は何やらお怒りの御様子……。

 私……何か粗相でもしてしまったのでしょうか?

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第4話

 

 モモンガ『ヘロヘロさん、貴方は』

 

 至高の御方方の会話……尊いわ……。

 

 

 

 

 

 




何しとんねん、ヘロヘロさんのコーナーはここですか?

アルベドについて、例の設定改変を『入力途中で確定かけたらどうなるか?』として書き進めています。この先どんな影響が出るかは未定。
『愛してる』入力が無いのに愛してるとか言ってるのは、アウラがモモンガを意識してるのと同じ理由+サキュバスの本能。もう一つあるのですが、そこは後のお話でキャラに説明させます。

<誤字報告>
ハニスコ様、アクルカ様。
誤字指摘ありがとうございます。すっごく助かります。


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第4話 ヘロヘロさん、貴方は

 時間は少し遡る。

 モモンガに促され、玉座の間に居残ったソリュシャンは、己の創造主たるヘロヘロの前に立っていた。そして跪く。

 

「我が創造主、ヘロヘロ様。こうして御帰還いただけたことは、私にとって、そしてナザリックに存在する者すべてにとって至上の喜びです。ここに改めて永遠の忠誠を捧げることをお許しください。そして、そして可能であれば、もうナザリックを……私どもをお見捨てなきよう。お願い申し上げます」

 

「う、うん……」

 

 顔を伏せ忠誠を誓うソリュシャン。その彼女に近づき、ヘロヘロは不躾ではあったが舐めるように見回した。

 ソリュシャン・イプシロンを作成するにあたって設定した、金髪、ロール髪、はち切れんばかりの大きな胸。そして露出度の高い黒メイド服。すべて自分の理想とする美だ。

 暫くソリュシャンを眺めていたヘロヘロだったが、相手が返事を求めていることに気づいて唇を湿らせた。今の身体に唇は無いが、そこは気分の問題である。

 

「忠誠……。私自身は、そんな大層な存在ではないのですけどね。しかし、見捨てる……ときましたか」

 

 ヘロヘロは粘体の一部を触手状に持ち上げ、左頬を掻くような仕草をする。

 結局のところ、自分達は今どうなっているのだろうか。

 ユグドラシル2に巻き込まれた……にしては現実感が過ぎる状況である。日本に古来から伝わる創作ジャンル、異世界転移の状態にはまったのか。感覚的には後者だと思うが、確証は無い。セバス達が戻ってきて報告を聞けば、少しは状況把握ができるのかもしれないが……。

 

(もし、ここが異世界なのだとしたら。いいえ、脱出不可能なゲーム内世界でも良いですね。正直言って願ったり叶ったりです)

 

 現実(リアル)は糞だとヘロヘロは思う。

 プログラマー業は嫌いでなかったが、過酷過ぎる業務がヘロヘロの心身を蝕んでいたからだ。

 現実(リアル)で肉体がどうなっているかが気にかかるも、今の状態で生きていけるなら……戻る気なんてさらさら無い。 

 

「……ナザリックを離れていたことは申し訳なく思います。けれど、安心していいですよ。私はもう、自分の意思では現実(リアル)に戻るつもりはありません」

 

 自分をここに引き込んだ何者かの都合か、あるいはもっと別の何か。それによって現実(リアル)に戻される可能性はあったが、今言った言葉に嘘はなかった。

 

(これからは、色んな意味で忙しくなりそうですけどね)

 

 現状の把握。ナザリック外部の確認。ギルドホーム維持のための資金問題。いや、資金が尽きたら、やはりギルドホーム……ナザリック地下大墳墓は消滅するのだろうか。

 そして、なによりも仲間達だ。

 今のところ、モモンガには言いそびれているが、ユグドラシル終了間際、確かに自分は弐式炎雷や他の者達と一緒に居た。転移門(ゲート)が使用できず、何故か持っていたギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を手に騒いでいたら……ヘロヘロのみが玉座の間に飛ばされたのである。しかも削除したはずのアバター、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の姿で……。

 

(考えてみたら、みんなレベル一ぐらいだったのに、転移門(ゲート)が使えるわけないし。ウルベルトさんもタブラさんも、それほど慌ててたってことかな。いや、居合わせた俺や他の誰一人もが気づかなかったんだから。他に何か……あったんでしょうか?)

 

 思い出してみるに、当時の集合地の状況は異常だ。

 変な薬をキメていたと言っても過言ではない混乱ぶりだった。

 

(こっちに来て頭がスッキリした気分だけど。弐式さんや、たっちさん達はどうなったんだろう? ナザリックに来てるかどうか不明だし……探さないと。んっ?)

 

 ふと見ると、ソリュシャンが輝かんばかりの笑顔を見せている。

 設定した濁り目ではなく、キラキラした眼差しが実に眩しい。

 

(ぐふっ! これほどの美女に、ここまで愛想良く見つめられたことが俺の人生であったでしょうか! いや、ないです!)

 

 そして、今考えていた諸々の懸案事項とは別に、ソリュシャンが語った中の一文がピックアップされる。

 

 『永遠の忠誠を捧げます』 

 

 この現実(リアル)では映画ですら見たことのない美女が。人の域を超えた美女が。しかも、自分の理想を詰め込んだ美女が。

 

(俺に忠誠を捧げてるんですよ!?)

 

 創造主と呼んでくれているのだが、立ち位置的に自分はソリュシャンの父親だろうか。いや、造った事実に違いないが血縁はない。ならば、目の前の美女は手を出しても良い異性だ。そう考えて良いはず。

 ヘロヘロは……男の獣欲が浮上してくるのを感じていた。

 

「ソリュシャン」

 

「はい」

 

「私を創造主と呼び、忠誠を捧げると言いましたね。……私の命令を聞くと?」

 

「もちろんです。たとえ死を命じられようとも、ヘロヘロ様の命令ならば遂行して見せますわ!」 

 

 グラリ。

 

 今のはヘロヘロの理性が傾いた音である。

 何、よく聞こえなかった? では、もう一度。

 

 グラリ。

 

 そう、かかる異常事態の真っ只中で、ヘロヘロの思考は欲……それも性欲を優先しようとしていた。この場合はスケベ心と言った方が正しいかもしれないが、世の女性から見れば大して変わらない。

 生唾を飲みくだす心境で、ヘロヘロは言葉を紡いでいく。

 

「で、では、このような命令は……果たして実行できますかね?」

 

 すまし顔(表情はさほど変化ないが)だが、心臓(これも無いけれど)をバクバク言わせながら、ヘロヘロは続けた。

 

(言え、言うんだ! 言って俺は男になるんです! これが男らしいかどうかはさておき、ユグドラシルでは絶対に言えなかった言葉と、せっかく作ったNPCなのに見ることのできなかった天国の光景を~っ!)

 

 ……。

 

「スカートをめくって、下着を見せて貰えますか?」

 

 言った。言ってしまった。ヘロヘロはギュッと目を閉じる。

 如何に忠誠を捧げたと言われても、その初っぱなからのセクハラ命令。

 現実(リアル)の職場で言おうものなら、上司を呼ばれて叱責され、その後に警察も呼ばれて……の展開が待っている。

 そして、ここがユグドラシルの中であるなら、即座に垢バンだ。ろくなことをしない運営も、こういうときは迅速に行動する。

 しかし……何の変化もない。チラッと目を開け玉座の間の天井を見上げたヘロヘロは、ほっと一息ついた。どうやら垢バンは無いようだ。少なくとも運営は機能していないらしい。

 となると、残るはスカートまくって下着を見せろと言いつけられた、ソリュシャン・イプシロンの反応のみ。 

 下手すれば、自分のNPCに嫌われるかも知れないが、ソリュシャンからの返答はこうだった。

 

「私の下着ですか? お見苦しいもので恐縮ですが。では、失礼します」

 

 跪いていては無理だったのか、ソリュシャンは一言断ってから立ち上がり、短いスカート前部の両サイドに指をかける。

 そして……。

 

 ずばっ! 

 

 勢いよく黒スカートがまくり上げられた。

 直後に現れたのは純白の下着。余計な装飾のないシンプルデザインで、前述した純白の輝きが目に突き刺さる。本来、ヘロヘロの好みは黒だが、ギャップ萌えのタブラ・スマラグディナに唆されて、直近の下着色は白を選んでいたのだ。

 本来の趣味とは少しズレた色の女性下着。しかし、ヘロヘロは思った。

 

(眼が、眼が幸せだ……。神々しい白によって構築された、まさに眼福! 今度、黒も試そう! あ、想像しただけで鼻血出そう……血管無いですけどね!)

 

 その視線は下着に釘付けのまま、ヘロヘロは次のようにも思っている。

 

(ああ、言っただけでなく下着も見たのに。まだゲームから叩き出されていない。運営からのメールも来ない。ここ、ユグドラシルじゃないんですねぇ……)

 

 まだナザリックの外すら見ていないが、ソリュシャンの下着を目の当たりにしたことでヘロヘロは悟っていた。ここはユグドラシルではない。別のゲームか、もっと別の何かか。少なくともナザリック地下大墳墓は今なお健在だ。この素晴らしいNPCらと共に……。

 

「そうだ! この事実をモモンガさんに知らせないと! あ、ソリュシャン。おかげで確認ができました! 感謝します! 綺麗でしたよ! スカートは元に戻してくださいね!」

 

 言いつつ、ヘロヘロはモモンガに向き直って駆け出す。その背にはソリュシャンの「はい! ヘロヘロ様!」という実に嬉しそうな声がかかるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そして、現時点に戻る。

 玉座のすぐ近くにて、モモンガはヘロヘロを見下ろしていた。

 身長差があるのため元々そういう視線の向きになるのだが、今の視線はいつもより急角度。

 なぜなら、眼前のヘロヘロは正座しているからだ。もっとも、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)に腰はないので、全高を低くし、床に広がっている状態となっている。

 

「つまり、こういうことですか……」

 

 モモンガの口から発せられるのは朗らかな対ギルメン用の口調ではない。ドスの効いた低い声が玉座の間に響き渡っていた。更にはオマケで出してる黒い後光が、今の彼の恐ろしさを倍増させている。

 

「私が、セバスやアルベドに(四苦八苦しながら)指示を出していたとき。ヘロヘロさん、貴方はソリュシャンのパンツを見ていたと?」

 

「いえ、あの……そうなんですが……」

 

 ヘロヘロは上手い言い訳が思いつかず、しどろもどろとなっていた。そのすぐ左隣では、創造主を気遣ってかソリュシャンも正座している。ソリュシャンもヘロヘロと同系列のスライム種だが、こちらは人間女性の体型をとっているため、その正座姿は様になっていた。ちなみにアーマーブーツ状の履き物は消えて無くなっている。

 

(あれは身体の一部だったのか?)

 

 お説教しつつ不思議に思うモモンガであったが、ようやく口の動き出したヘロヘロが「垢バンされるかどうか確かめたかったんです~」と説明したところ、思考が身体ごと硬直した。

 それは先ほど、自分がアルベドに対してやろうとしていたことだったからだ。

 

「う、ゴホン。そ、そういうことならば責めるわけにはいきませんね。キツい物言いをしてすまなかったですね。ヘロヘロさん」

 

「そう言っていただけると助かります……」

 

 上手く誤魔化せたようでヘロヘロの全高が通常程度に戻り、ソリュシャンもホッとしたような表情を見せている。

 

「ヘロヘロさん。えらく打ち解けているようですが、ソリュシャンとは仲が良いんですか? と言うより、諸々大丈夫なんです?」

 

 ナザリック地下大墳墓に居るNPCの思いや、ギルメンに対する感情を把握できていない現状。親しくするのは、まだ早いような気がしたのだ。

 

(アルベドの忠誠ぶりは凄かったし、セバス達も大丈夫そうだけど。念には念を入れないと……)

 

 しかし、ヘロヘロは嬉しそうに触手をVの字に挙げる

 

「大丈夫ですとも! ソリュシャンは私が創造した大事な娘……おっと女性ですから! あと、私が作成したメイド達も大丈夫だと思います! たぶん!」

 

「今、たぶんって言いましたよね? それにしても……」

 

 ヘロヘロはソリュシャンを娘と言って、直後には女性と言い換えた。

 さすがの童貞モモンガも、これには「はは~ん」と思ったが、敢えて口には出さない。よその『家庭事情』に口出ししないのは社会人としてのマナーだからだ。

 見ればヘロヘロと共に立ち上がったソリュシャンが、口元を手で押さえて落涙している。

 今のヘロヘロの発言を喜んでいるように見えるが、やはりNPCは忠誠心が高いということだろうか。

 

「いや~、この身体になって体調も良いですし。なんだか良いことばかりですね! モモンガさんもパンドラズ・アクターと仲良くしてみてはどうでしょう?」

 

「うっ……」

 

 聞きたくなかった名をギルメンの口から聞かされ、モモンガは呻く。代わってソリュシャンがヘロヘロに質問した。

 

「ヘロヘロ様? パンドラズ・アクター……様ですか?」

 

「モモンガさんが作成した……いや、貴女方の言い回しだと創造ですかね。創造した、宝物殿の領域守護者です。確かドッペルゲンガー種でレベル一○○でしたっけ?」

 

 言い終わりにヘロヘロが顔を向けてくるので、モモンガは渋々ながら頷く。

 

「ええ、そうです」

 

 パンドラズ・アクターは、櫛の歯が欠けるように減っていくギルメンを見ている内、彼らの姿を残そうとモモンガが創造したNPCだ。アインズ・ウール・ゴウンのギルメン全員の姿を模倣でき、その能力の八割までを行使できる。ピンク色の卵頭部に、目と口を模した……黒い三つの穴。軍帽軍服にマントを着用し、ドイツ語を格好良く操って、アクションは派手派手しい。加えて、ナザリックNPCの中では三本の指に入るほどの知恵者……という設定だ。

 

「モモンガさんの厨二精神を結集させた存在なんですよ!」

 

「へ、ヘロヘロさん!? ……ふう」

 

 一瞬で驚愕が限界突破し、精神が沈静化される。

 これはこれで鬱陶しいと思うモモンガは、気分転換と話題転換を兼ねて気になっていたことを聞いてみた。

 

「ヘロヘロさん。さっき言ってたことが気になるんですが?」

 

「パンドラズ・アクターのことですか?」

 

「違います!」

 

 モモンガは両拳を胸の高さで上下させたが、ソリュシャンの視線に気づいて咳払いする。

 

「あ~……ソリュシャン? すまないが、ヘロヘロさんと二人で話をしたい。私たちは円卓の間へ行ってるから、お前は……」

 

 言いかけてモモンガの視線がソリュシャンからヘロヘロに移った。創造主であるヘロヘロが居るのに、ソリュシャンに命令して良いのか気になったのだ。それを察したのかヘロヘロは一度頷いてから、ソリュシャンを見上げる。

 

「そういうわけですから。ソリュシャンは……そうですね。ユリ・アルファでしたかね。彼女に合流して指示に従ってください」

 

「かしこまりました。ヘロヘロ様」

 

 そう言うと、ソリュシャンはヘロヘロに一礼し、次いでモモンガにも一礼すると玉座の間から退室して行った。

 

「いやぁ~」

 

 モモンガは扉が閉まるのを確認してから、ローブのフード越しに後ろ頭を掻く。

 

「すでにセバス達を動かした後ですが、俺が命令しちゃまずいかなと思いまして」

 

「いえいえ。彼女は戦闘……と頭に付きますけど、メイドですから。通常業務の範囲なら好きに命令して貰ってかまいません。……性的なアレとかは私を通して欲しいですけど」

 

「最後にボソッと重要なこと言ってますね。ギルメンの子……子供ですか、NPC達にそういう手出しはしたりしませんよ」

 

「パンドラズ・アクターが居ますしね」

 

「アレの性別設定は男ですよ!? てゆうか、その話題、まだ引っ張るんですか!?」

 

 目を剥くモモンガに、ヘロヘロは「はっはっはっ」と笑って見せた。そして、急に真面目な声色で話し出す。 

 

「モモンガさん。バ○ル2世という、アニメないし原作の漫画を御存知ですか?」 

 

「え? ああ、ギルメンの誰だったかに付き合わされて視聴したことがあります。大昔の有名な作品だそうで。けっこう面白かったですよ。それがどうかしましたか?」

 

 モモンガがアニメの視聴経験があると述べたところ、ヘロヘロは大きく頷いた。

 

「あの作品には、ロデムという、姿形を変えられる……基本形態は黒豹の下僕が居ました」

 

「居ましたね」

 

 そのロデムは最初、本拠地を訪れた主人公に女性の姿で応対する。以後、女性形態を取ることはほとんどなく、その声……声優も男性だったが……。

 

「姿形を変えられる下僕が居るなら、女性の姿にして色々したい。そう思ったことはないですか?」

 

「えっ? ええっ!? いや、それは……」

 

 モモンガは抗議しようとしたが、言いよどむ。ヘロヘロの言ったことが、ほんの少し理解できてしまったからだ。ただ、それをパンドラズ・アクターに対してやって良いかと考えると、大いに躊躇ってしまう。

 

(しかし……一種のシチュエーションプレイというか、そんな感じか? いや、意思を持って動いてるであろうパンドラは、ヘロヘロさんが言ったことを実行できる能力があるわけで……って、何を考えてるんだ、俺は!)

 

 危うく長考しかけたところで我に返り、モモンガは頭を振った。

 

「そ、そもそも、俺は今骨ですから! 何も無いので、女性相手に何もできませんよ!」

 

 ナニも無いですしね……と言いかけたヘロヘロを、キッと睨んで黙らせ、モモンガは溜息をついた。

 

「とにかく、円卓の間に行きましょう。ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)は持ってるんですよね?」

 

「はい、持ったままです。あ、そうだ。この指輪についても話したいことが……」

 

「ふむ。その件についても話しますか。では……」

 

 モモンガは一足先に転移して消える。ヘロヘロも続いて指輪の力を発動させようとしたが……。

 

「子供的創造物のNPCとエロいことをする。そこにモモンガさんを巻き込むつもりでしたが、少しは脈あり……ですかねぇ」

 

 後日、他のギルメンらと出会うことがあったときに「ヘロヘロさん、ソリュシャンに手を出したのっ!? 子供でしょ!?」と言われることがあるかもしれない。その際、モモンガがパンドラズ・アクターに手を付けていれば、彼を引き合いに出せるし、新たに他のギルメンを引き込める可能性もあった。

 それはちょっとした悪戯心であって、本気で取り組む気はない。

 とはいえ、かかる重大事にこういったことを考えてるあたり、ヘロヘロの精神は通常……少なくとも、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)になる前とは変質していると言える。だが当人は、「やってみる価値はありますよね~。面白そうですし」などと暢気に言いつつ、モモンガと同様ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)にて玉座の間から姿を消したのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 モモンガだ。

 

 セバスとエントマを偵察に出した俺は、ヘロヘロさんと語り合う。

 てゆうかさ、NPC達の忠誠心が重いんだよ!

 俺は、ただの営業サラリーマンだぞーっ!

 まあ営業と言えば、残してきた仕事とかどうなったかな?

 なんか申し訳ないな……。

 そこはヘロヘロさんも同じらしいけど……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第5話

 

 モモンガ『しょうがないですとも』

 

 だって、元のリアルに戻れるかわからないし!

 

 

 

 




「ちょっとやましいことをしたいなら、立場ある友人に同じことをさせればいいじゃない」

ヘロヘロさん的に、その程度の感覚なので後に続く類の話ではないかも

ちなみに、女性NPCのスカートをまくらせて垢バン確認をするのは、ウェブ版でモモンガさんがやっています。

あ、それと書き溜め分が、そろそろ底を突きます
今のところ、第六階層でセバスから報告受ける辺りまでしか書いてなくて
やはり今後は、1話あたり1~2週欲しい感じでしょうか

<誤字報告>
ニノ吉様、御指摘ありがとうございました

<本文修正>
R2.1.30 本文の改行乱れ修正


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第5話 しょうがないですとも

 ナザリック外部。

 執事セバスと、戦闘メイド(プレアデス)のエントマは、二人連れだって夜の草原を歩いていた。

 

「ナザリックのすぐ外は毒の沼地だと聞きましたが……」

 

 そうだったとしても、セバスの身体能力では多少のダメージを受けつつも突破は可能だ。レベル一○○は伊達ではない。エントマも使役蟲の能力で飛べるから、やはり問題ではなかっただろう。

 だが、現実として目の前には草原が広がっている。それほど背は高くなく、子供が駆けずり回って遊ぶにはちょうど良い具合だ。

 ふと気配を感じて目を向けたところ、野ウサギのような小動物がセバスを見て様子をうかがっている。

 

「モンスターではなく野生動物……。ふむ。エントマ、そちらはどうですか?」

 

 同行しているエントマは、すぐ隣で歩いて居たはずだ。セバスよりは背が低いので、視認範囲は狭いだろうが、彼女の方で何か発見できたろうか。

 と、目を向けたところ、エントマの姿が無い。

 右方数メートルの一に気配を感じて視線を転じると、そこには先ほど見たような野ウサギを捕獲し、モグモグしているエントマの姿があった。

 

「セバス様ぁ。お肉おいしいですぅ」

 

 フゥ……とセバスの口から溜息が漏れ出る。

 

「エントマ。今は勤務中です。食事は決まった時間になさい」

 

「はい、セバス様! じゃあね~、お肉~」

 

 エントマは足下に野ウサギを置くと、名残惜しそうに手を振る。もっとも、身体の大部分を食害されていた野ウサギは、とうの昔に息絶えていたのだが。

 

「やれやれ……」

 

 セバスは夜空を見上げると眼を細めた。広がる星空を楽しむ心はセバスにもあったが、今はエントマに言ったように勤務中である。

 

「月も出ています。これだけ空が明るいなら上空からの探索も容易でしょう」

 

「はぁい! 空から周囲を探索しま~す!」

 

 やる気十分の返事で大変に結構。

 エントマが背から羽を出して飛び立っていくのを、二度ほど頷きながらセバスは見送った。

 

「では、私は一走り、ナザリック周辺を回るとしますか」

 

 ドン!

 

 力強く地面を蹴る。

 流れていく周囲の景色。その中で周囲の地形、立木の規模や程度。見かける動物の姿と脅威度。

 エントマと同じく夜目の利くセバスにとって、夜の闇は視界の妨げにならない。

 それぞれを注視しつつ、セバスは風のように移動していく。

 

(それにしても……ヘロヘロ様がお戻りになって本当に良かった。このことはナザリックに所属する者にとって大きな喜びでしょう。しかし……) 

 

 可能であれば自らの創造主、たっち・みーにも戻って来て欲しかった。

 そう思うことは、至高の四十一人に対して過ぎた願いかもしれない。

 

「私も、まだまだですね……」

 

 少し胸に痛みを覚えながら、セバスは駆け続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そんなに長話はできませんが……」

 

 と前置きしつつ、モモンガはヘロヘロに質問した。

 ヘロヘロは円卓の定位置で座っており、少し前に別れたときのことを思い出させる。

 少し嫌な……あるいは寂しい気分となったモモンガであるが、現時点、ヘロヘロは去らずに目の前で居るのだ。

 

(ええい。気弱になるな。俺!)

 

 自らを叱咤し、モモンガは質問の要点を言い並べていく。

 この現状をどう思うか。

 NPCらの忠誠心をどう思うか。

 ここに居て、身体生命に問題ないとしたら現実(リアル)に戻りたいか。

 

「どれもこれも気になるんですが、玉座の間で時計表示が止まったとき。ヘロヘロさんは『他の皆が来ていないのも気にかかります』と言ってましたよね? あと『前のアバター』とか。俺、ヘロヘロさんがナザリックへ帰還する直前のこととか聞きたいんですけど」

 

 なるべく詰問するようにならないよう、口調に気をつけながらモモンガは問い質した。問われた側のヘロヘロはと言うと、粘体の身体を一瞬ムクンと上に伸ばし、触腕の粘体をフリフリさせながら話しだす。

 

「そう、それです! そのあたりのことを話そうと思ってました!」

 

 にもかかわらず、パンドラの模倣能力を使ってエロいことするかどうかといった、そういう話題を振っていたのだ。モモンガは額に手を当てたくなったが、グッと堪えてヘロヘロの話に耳を傾ける。

 

「どこから話しますかね。え~……実は俺、モモンガさんと円卓の間で別れた後、アバターを削除しちゃったんですが。その直後に弐式炎雷さんからメールで呼び出されまして」

 

「弐式さんにっ!? でも、アバターを削除したって……」

 

 驚くモモンガに対し、ヘロヘロは粘体を細く伸ばすと頭頂部をつついた。どうやらテヘペロを表現したいらしい。

 

(うわ~……ムカつく)

 

 可愛さ表現の手法としては逆効果だったようだ。ありもしない下唇を突き出したい気分のモモンガだったが、ヘロヘロは気にすることなく説明を再開している。

 

「まあ何ですか。気持ち的に踏ん切りをつけようとしてバッサリ削除したんですよね~。で、結局はモモンガさんに謝りたくて悶々としてたわけで……」

 

 弐式のメールにより、複数のギルメンが集合して居ると知ったヘロヘロは、取り急ぎ人間種の男性アバターを作成して現地へ向かった。

 

「そこには弐式さんを始め、大勢のギルメンが居ました」

 

 弐式炎雷は、アインズ・ウール・ゴウンにあってザ・ニンジャの異名で知られたギルメンだ。モモンガにとって、ギルメン内で仲が良かった方の人物でもある。ただし、ユグドラシル最終日に向けたお誘いメールについて、(弐式)からは返信して貰えなかった。

 これもまたモモンガの気を重くさせる思い出だが、今重要なのはヘロヘロの話だ。

 

「弐式さん、モモンガさんに申し訳なくて顔向けできない……と言うか、合わせる顔が無いって言って。他の人を集めて相談してたらしいんです」

 

「合わせる顔が無いだなんて、そんな……」

 

 気にしなくて良いのに……とモモンガは思う。同時に、最終日に来なかったギルメンらも、心に思うところがあったと知り得て、なにやら嬉しいような気分を味わっていた。

 そして、集まっていた面々の名を聞くにつれ、モモンガのテンションは急速に上昇していく。

 たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、やまいこ、武人建御雷、タブラ・スマラグディナ、獣王メコン川、ホワイトブリム。

 パッと目に付いただけでも、これだけのメンバーが集まっていたとヘロヘロは言うのだ。

 

「あと何人か居たような……。そうそう、集会呼びかけ人(言い出しっぺ)の弐式炎雷さんも居ましたね」

 

「それだけの面子で最終日に押しかけてくれたら。俺は興奮のあまり、卒倒していたかもしれませんねぇ」

 

 興奮状態が沈静化したモモンガは、しみじみ思う。

 だが……今聞いたのは、かなり重要な情報だ。

 

「そこへ呼ばれたヘロヘロさんが、ナザリックに飛ばされたということはですよ? 他の人も似たような状態になってる可能性があるということです。ナザリックに来てる気配が無いのは気になりますが……」

 

「ええ。そこは俺も考えました。それで、モモンガさんに提案したいのですが……」

 

 暫くの間、現状把握に努めつつ、ナザリック地下大墳墓の外も含めて調査し……ギルメンを探してみないか。

 このヘロヘロの申し出に対しモモンガは即答かつ快諾した。

 そして更に話を詰めようとしたところ、先に述べた質問事項について聞いていないことを思い出す。

 

「この件については、他にも話を詰めたいですけどね。例えば、ヘロヘロさんがギルメン現役時代のアバターになってることや、アバターごと削除したギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を何故か持っていたこととか」

 

「もちろんです。そう言えば、弐式さんからチラッと聞いたんですが。最終日の三日前や未来の日付から、ログインすらせずに来てた人も居たそうなんです。たっちさんや、茶釜さんなんかですけど」

 

 さらには、集合地で会話している内、時間認識や問題意識が曖昧になったり、会話がループしたりといった当時の状況をヘロヘロが語る。

 これらの現象について、弐式から聞かされたヘロヘロは大いに驚いたらしい。だが、ユグドラシル終了までに時間が無かったことと、たっち・みーらがウダウダと堂々巡りの議論をしていたこと。これを目の当たりにしたことで激昂し、皆をナザリックに誘う大演説を打ったのだ。

 以上のことを聞かされたモモンガはヘロヘロの行動に感激したが、同時に聞いた話の内容に驚愕もしている。

 

(なんなの? そのカオスすぎる状況!? 俺、この話を中断して守護者らと会ってていいのか!?)

 

 とはいえ、この場で話し合っててすぐに正解が導き出せるとも思えない。まずは、階層守護者らに顔を合わせ、改めてヘロヘロの帰還を告げて、次は今後の行動方針とか……。

 

(あ~……駄目だ。ちょっと息抜きしたいな……。ナザリックの外とかどうなってるのかな……。ふう……)

 

 現実逃避したい気持ちをちょっぴり引き締め、モモンガはヘロヘロに提案する。

 

「重要すぎる情報ばかりで、俺、頭が沸騰しそうですよ。しかし、今は時間がありません。階層守護者らと会う約束がありますから。ヘロヘロさん、他のことについてはどうでしょう?」

 

「まず現状についてですが。ソリュシャンに垢バン相当の行為をして問題なかったので、やはりユグドラシル2ではないと思いますね。新規ゲームになったからと言って規制が緩くなるとは思えませんし。確定じゃないですけど、ここは当面『よくある異世界転移系のお話』に乗っかった……ぐらいの認識でいいんじゃないですか? 他に適当な説明ができませんしね」

 

 セバスの話を聞いたら、また変わるかもしれませんけど……とヘロヘロは付け加える。

 次にNPCらの忠誠心。これについてヘロヘロは、ソリュシャンと(会っても居ない)一般メイド達は問題ないだろうと豪語した。

 

「自信たっぷりですねぇ。さっき、たぶんとか言ってたくせに。でも、俺が見た感じだと、アルベドにセバス。そして戦闘メイド(プレアデス)は大丈夫そうですね」

 

 この後に会う予定の階層守護者などは、どうだろうか。

 階層守護者。いや、ナザリックNPCの中には、モモンガやヘロヘロにとって天敵だったり分が悪い者が存在する。階層守護者はレベル一○○揃いだし、その他にも高レベルの者が揃っているため、敵意があって戦闘にでもなろうものなら、モモンガとヘロヘロの二人では対処しきれない。

 

「ペロロンチーノさんのシャルティア。戦いたくないですねぇ。階層守護者の中で総合トップの戦闘力に、対アンデッド戦向き。俺と相性悪すぎなんですよね……てか、まともにやり合ったら勝てません」

 

「それを言ったら、俺はウルベルトさんのデミウルゴスが苦手かもですね。炎系の魔法やスキルがありますし。彼、頭が超絶良い設定でしょ?」

 

 ヘロヘロはスライム種なので、炎系の攻撃が苦手だ。アイテムで対策はできるが、頭の良いデミウルゴスが相手だと、カバーしきれない部分を狙われるだろう。それどころか、どうにかして炎系攻撃を通してくる可能性すらある。自分がジュッとやられることを想像したのか、ヘロヘロは黒い粘体の身体を震わせた。が、そこにモモンガからの追撃が入る。

 

「ヘロヘロさん。第七階層の領域守護者を忘れてますよ……」

 

「ああ、紅蓮(ぐれん)ですか。居ましたね~……」

 

 紅蓮はナザリック地下大墳墓、第七階層の溶岩の川に住む超巨大奈落(アビサル)スライムだ。レベルは九○とヘロヘロのレベル一○○よりも低いが、これまたヘロヘロとは相性が悪い。モモンガとてアンデッドであるから、炎系攻撃は弱点に入るのだが……。

 

「モモンガさんは、魔法で遠距離攻撃ができますからねぇ……」

 

 近接戦闘が主体のヘロヘロとしては、間合いを取った戦いは苦手だ。相手に大打撃を与えたいなら近寄って戦うしかない。

 

「ああ、なんだか背筋が寒くなってきました。燃やされるって話なのに」

 

 アイテムや装備に物を言わせて、第七階層外で戦えば何とか……と思うが、やはりヘロヘロにとって、紅蓮は戦いたくない相手だった。 

 

 はああ~ああ。

 

 二重の溜息が円卓の間を流れていく。

 

「……と、そろそろ時間かな。もう少し余裕がありそうですけど、第六階層に移動しましょう。その前に装備はどうします? 俺は今、最強装備ですが……」

 

「あ~……そうですねぇ。そう言えば私、先に円卓の間でモモンガさんと別れた後、キャラ削除とか含めて引退手続きをやった例の話ですけど。自分がギルメン時代に持ってた最強装備を何故か今持ってるんですよね。アイテムボックスを確認したら、その他もろもろのアイテムと一緒に入ってました。自室に放り込んでた最強装備……今頃どうなっているやら」

 

「また随分と謎の深い話が……」

 

 この状況にあって、割と重要な部類の情報だ。

 ヘロヘロの最強装備は自室から消えているのだろうか。それとも、室内収納したまま……だった場合は、一組増えているのだろうか。

 詳しく聞きたいし調べたいが、第六階層で階層守護者らと会う約束があるし、戻って来たセバスの報告も聞かなければならない。

 

「と、取り敢えず、ヘロヘロさんの装備の件はどうしますか?」

 

「そうですね~。俺の装備のことですし、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で部屋に行って確認して来ますよ。見るだけなら時間もかかりませんしね」

 

 そう言ってヘロヘロが椅子から飛び降りる。

 そして、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使って転移……という時に、モモンガは質問が一つ残っていることに気がついた。

 

「ヘロヘロさん? ヘロヘロさんは現実(リアル)に戻りたいですか? 俺は居続けられるものなら、このナザリックに留まりたいんですけど。家族とか居ませんしね」

 

 何気なく言った風だが、その内容は重い。

 聞かれたヘロヘロは、ゆっくり振り返ると肩(?)を揺らして笑った、

 

「はっはっはっ。動いて喋って忠誠を誓ってくれる理想の塊(ソリュシャン)が居るんですよ? 現実(リアル)に戻りたいか? ありえませんとも。俺は独立してて一人暮らしですし。まだ確認できてませんが、衣食住に不安が無ければ……もう残留決定ですね」

 

「そうですか。そうですよね!」

 

 拳をギュッと握ってモモンガは破顔する。

 条件付きであるがヘロヘロは残ってくれるのだ。その条件もナザリック地下大墳墓の機能や構造を思うにクリアできるだろう。もうナザリックで、この自分以外はNPCしか居なかった寂しい拠点で、ずっと一人で居ることはないのだ。

 それは言葉では言い表せないほど、モモンガにとって嬉しいことだった。

 ただ……とヘロヘロは、モモンガを見上げる。

 

現実(リアル)に残してきた仕事は多少気になります。けど、まあ……しょうがないですよね」

 

「俺だって現実(リアル)で予定はありましたよ。四時起きだったかな。でもまあ、フフッ。しょうがないですとも」

 

 あははうふふ。

 

 俺達、仕事を放り出してやったぜ。ざまぁみろブラック会社。

 ……ごめんなさい、同僚の皆さん。

 変なテンションとなったモモンガ達は、ヘロヘロの確認が終わる……自室からは最強装備が消えていた……のを待って円卓の間で再集結。ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)により、二人で第六階層へと転移するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第六階層、そこは巨大な円形闘技場である。

 外には広大な森林地帯が存在し、上方にはギルメンの一人、ブルー・プラネットが心血注いで作成した『空』がある。時間によって昼夜が入れ替わるという優れものだ。

 

「そう言えば、ブルー・プラネットさんは集合メンバーに居たんですか?」

 

 見上げた夜空の光景から、関連ギルメン(ブルー・プラネット)を思い出したモモンガはヘロヘロに聞いてみた。返答は「見かけた」とのこと。

 

「離れたところで『うおおおおん! モモンガさんに何て言って謝ればぁ!』って頭を抱えて叫んでました」

 

「ブルプラさんもですか……」

 

 円卓の間で聞いたときも『モモンガさんに顔向けできないギルメンの集い』になっていたようだとモモンガは思ったものだが……。

 

(これは思った以上の有様だったようだ。嬉しいけど、なんだか逆にこっちが申し訳ないよ~)

 

 ギルメンらと再会できたら、自分側からのフォローが必要かもしれない。

 そんなことをモモンガが考えていると、正面方向の高所から「モモンガ様~っ! って、ヘロヘロ様ぁっ!?」と、彼らを呼ぶ声がした。

 この第六階層を守護しているのは、ぶくぶく茶釜が作成したダークエルフ姉弟。姉のアウラ・ベラ・フィオーラと、弟のマーレ・ベロ・フィオーレだったはず。

 モモンガとヘロヘロが視線を上げると、白いスーツを着た小柄な少女が居て……。

 

「ヘロヘロ様! お戻りになってたんですかっ!?」

 

 と驚愕していた。

 そして現実(リアル)の観点からすれば、投身自殺できそうな高低差を軽く飛び降り、もの凄い勢いで駆けてくる。

 次いで姿を見せた弟のマーレも、アウラと似たようなリアクションを見せた後にモモンガらの元までやって来た。もっともこちらは、おどおどしたキャラ設定ゆえか、飛び降りる際にかなり危なっかしげだったのだが。

 

「茶釜さんと一緒に居るときに見たことがあるから、二人とも、お久しぶり……ですかね。それにしてもアウラ達の服装……。やはり男女逆転してるんですね。似合ってますよ」

 

「はい! ぶくぶく茶釜様から、この服を着なさい……って頂いた服ですから!」

 

 元気良く返事をするアウラは実に嬉しそうだ。モジモジしているマーレも嬉しそうに「えへへ」と笑っている。これは茶釜から服を貰ったことが嬉しいのもあるが、ギルメン……至高の御方二人が、茶釜を話題に出し、かつ服を褒めたことが嬉しいのだ。

 姉弟の様子を微笑ましく見守っていたモモンガは、ヘロヘロを見て話しかける。

 

「これもまた茶釜さんの二人に対する拘りなんでしょうね。そうそう、茶釜さんの拘りが凄くて、衣装デザインしたホワイトブリムさんが泣いてましたっけ」

 

「それを言い出すと、私も、ソリュシャンの外装には拘りましたから、茶釜さんのことは言えません」

 

 NPCの前なので、一人称が『私』になったヘロヘロが朗らかに笑った。これを聞き、モモンガは幾度か頷いている。

 

(俺もパンドラズ・アクター作成時には、他のギルメンが引くほど拘ったからな~。俺も茶釜さんのことは言えないか)

 

「モモンガ様、ヘロヘロ様! 今日は、どういった御用件でしょうか!」

 

 モモンガとヘロヘロが語る至高の御方(ホワイトブリム)のエピソード。これを瞳をキラキラさせながら聞き入っていたアウラだが、会話が途切れた頃合いを見てモモンガらに尋ねかけてきた。

 

「ん? ああ、ヘロヘロさんが戻ってきたのでな。このことを階層守護者らに伝え、他に色々と指示を出そうと言うわけだ。ここを集合場所とさせて貰ったが、かまわなかったか? すまないな、先にアルベドから伝言(メッセージ)をさせれば良かったな」

 

 モモンガが事後ながら断りを入れ、対応のまずさを謝ったところ、アウラは目を丸くして驚き顔を横に振った。更に手を振るという動作も追加している。 

 

「『すまない』だなんて滅相もないです。ナザリック地下大墳墓のすべては至高の御方のためにあるんですから、どうぞ御自由に!」

 

「そ、そうか……」

 

 鷹揚に頷くモモンガは、改めてNPCらの忠誠心の高さを知った思いだった。

 

(「ヘロヘロさん。この後、階層守護者が集まるんですが。みんな、こんな感じなんですかね……」)

 

(「モモンガさん、頑張って!」)

 

(「何を他人事みたいに言っちゃってるんです? ヘロヘロさんにも背負って貰いますからね!」)

 

 ええ~……という気怠げな声が聞こえてきたが、モモンガは無視した。アインズ・ウール・ゴウンに関する問題はギルメンで分かち合うべきだからだ。

 その後、もう数分ほど余裕があり、モモンガはアウラに命じて藁束などの標的を用意させ、火球(ファイアーボール)を叩き込んだりと実験を行う。これにはヘロヘロも参加し、酸攻撃の程度を調べたりと二人で時間を潰した。

 なお、フレンドリーファイアを解禁されていることが、このときに発覚している。

 更に円卓の間から持ち出してきたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。このギルド武器の性能を試そうとしたところで、何者かが転移門(ゲート)により姿を現した。

 小柄な少女。銀髪にボールガウンドレス、はち切れんばかりの胸。そして、浮かべた表情は絶世の美貌。

 ギルメン、爆撃の翼王ことペロロンチーノが作成したNPC。第一から第三までの階層を守護する……真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)。シャルティア・ブラッドフォールンだ。

 

「ああ、愛しの我が君。……そしてヘロヘロ様。お久しぶりでございます」

 

 ウットリした表情でモモンガ達に一礼する。

 

「おや、シャルティアは驚きませんね?」

 

「アルベドから聞いていたんでしょう。(モモンガ)がアウラとマーレ以外に連絡取るよう言いましたから。それで合っているかな、シャルティア?」

 

 輝かんばかりの笑顔でいるシャルティアは「ハイでありんす!」と元気良く返事をした。アウラもマーレも非常に美しい容姿だが、シャルティアもまた美しい。

 友人……ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの気合いの入れぶりを目の当たりにした思いであり、モモンガ達は顔を見合わせて笑った。

 

(俺とヘロヘロさんでアウラ達みたいな反応になるなら、他のギルメン……しかも創造主が来たら、とんでもない大騒ぎになるよな~。ヘロヘロさん&ソリュシャンの時は凄かった……と言うか、パンツ見せてたし。ま、お祭りのイベントみたいなものとしておくか)

 

 その後、第四階層守護者である蟲王コキュートス。第七階層守護者のデミウルゴス。守護者統括のアルベドが揃い、モモンガとヘロヘロの前に整列した。

 そして唱和されるモモンガらに対する忠誠の誓い。

 モモンガは……歓喜した。

 ヘロヘロが戻って来てくれたし、他にも幾人かのギルメンが同じ状況となっている可能性がある。ギルメンらを探すには人手が必要で、ナザリックのNPCらが力を貸してくれるなら、これは大いに心強い。

 

「素晴らしい!」

 

 魔王ロールを素で出し、モモンガは叫んだ。

 

「お前達が居れば、我らの望みは間違いなく叶うと確信した!」

 

「モモンガさんの言うとおりです。皆さんを頼りにしてますよ」

 

 ヘロヘロも同じ思いだったらしく、声を張り上げることはしないが喜色混じりの口調で言い、居並ぶ者達を見回した。

 二人の感想は世辞でも何でもなく混じりっけ無しの賞賛であり、アルベドを始めとしたNPCらが歓喜の表情を浮かべている。が、モモンガが話を続けたことで、その表情は一瞬にして引き締まった。

 

「現在、ナザリックは原因不明の異常事態の中にある。GMコ……ゴホン、外部の運え……いや、知人と連絡がつかなかったりなどだな。異常事態の影響範囲がどれほどのものかも判明していない。今はセバスを、エントマと共に外に出して探索させているが……」

 

 そこまで言ったところで伝言(メッセージ)が入る。

 モモンガは極自然に指をこめかみに当て、声に出して問いかけた。

 

「セバスか?」

 

(『はい。モモンガ様。周辺の探索を一通り終えました。残念ながら、行動中の知的生命体の発見はできませんでした。脅威度の低い野生動物を見かけた程度です』)

 

「ふむ、野生動物。そうか。で、外の様子はどうだ?」

 

(『それが……』)

 

 セバスの報告を聞き、モモンガの下顎が数センチばかり降下する。

 

「草原? 毒の沼地じゃなくてか? 空は? なにかこう、異常なことはないのか? 天空城が浮かんでるとか……」

 

(『いえ、夜空があるだけにございます。ただ……』)

 

 上空から探索したエントマの報告によれば、ナザリック地下大墳墓から南西に十キロほど離れた森の先。そこに小さな村があるとのこと。

 

「村? 調査はしたのか?」

 

(『いえ、指定された探索範囲外でしたので。エントマが虫を飛ばし、視認できたところで彼女の虫から報告がありました。私はエントマより発見報告があった時点で、モモンガ様に指示を仰ぐべく報告した次第にございます』)

 

 なお、伝言(メッセージ)についてはエントマを呼び戻して、巻物を使わせ、会話をセバスが行っているとのこと。

 この報告を聞いたモモンガは大きく頷いた。

 仮にセバスが独断でエントマを差し向けて村を調査しても、問題は無かったかもしれない。現時点で得られる情報も増えたことだろう。しかし、そこが他のプレイヤーの拠点だった場合、面倒なことになる恐れがあった。

 

「なるほど、そうか。お前の判断は正しい。わからないことがあれば可能な限り、早い段階で相談をするべきだ。報告、連絡、相談は重要。お前の創造主たる、たっち・みーさんも、そこは(仕事柄)きっちりしていたからな。……たまに暴走してたけど。いや、御苦労だった。私は第六階層の闘技場で階層守護者らを集めて居る。お前達は今、何処に居るのだ?」

 

(『ナザリックの正面、すぐの地点でございます。エントマも同様です』)

 

 モモンガは頷く。

 

「よろしい。では、急ぎ第六階層闘技場の私が居るところまで来るのだ。皆に今の報告をして欲しいのでな」

 

(『承知しました、モモンガ様。では失礼いたします』)

 

 セバスからの伝言(メッセージ)が終了した。

 考えてみればシャルティアが居るのだから、転移門(ゲート)で迎えに行かせれば良かったかとモモンガは今更ながら思う

 転移門(ゲート)でないなら、他のナザリック内の転移方法としてはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用するしかない。

 残る移動手段は徒歩によるものだ。今回のセバスの場合だと転移門(ゲート)を使えないわけだから、第一階層から入って第六階層まで通過してくることになる。

 各階層守護者らはここで揃っているが、必要に応じた伝言(メッセージ)等による伝達で、問題なく通過してくるだろう。そもそも、セバスはナザリックの執事であるから、彼を知らない者はナザリックに居ないはずだ。

 また、モモンガは気づいていなかったが、(モモンガ)の命令であると言われて、セバスの通行を邪魔する者など、やはりナザリック内には存在しない。

 一方で、全階層を徒歩移動というのは時間の無駄だとモモンガは考えていた。

 

(主立った者にはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡した方がいいかもしれない。けど、今は外の様子が問題だ。毒の沼地が草原になってるだってぇ!?)

 

 モモンガは様子を見守っていた皆を……ヘロヘロを含めて見回し告げる。

 

「今、セバスから連絡が入った。詳しい報告は戻って来てからさせるが、それによるとナザリックの外は草原になっているそうだ。ふん。私の記憶違いでなければ、毒の沼地だったのにな」

 

 鼻で笑い飛ばすような喋り方をしているが、内心は大いに焦っていた。その焦りを解消すべく、モモンガはヘロヘロに話しかける。 

 

「ヘロヘロさん。外の様子が変わってるそうです。やはり、本当に『別の場所』ということも……」

 

「円卓の間でも話してましたが、アレですね。異世界転移ってやつですかね。ナザリックごと飛んだようで途轍もない話ですが。それはそれでマシな状況だと思いたいですね。さて、この先どうしますか……」

 

「そう……ですね」

 

 やはり相談相手が居るというのは大きい。魔王ロールを維持しながらでも、口に出して相談し思案ができる。

 モモンガはフムと唸ってから、下顎を指先でつまんだ。

 

(ヘロヘロさんは期待感もあって異世界転移としたいようだが。本当に、本当に異世界なのか? 一度、外に出て確認してみないとな……)

 

「このナザリック地下大墳墓を丸ごとどうこうするというのは、世界級(ワールド)アイテムを使えば可能かもしれないが。それをされた気配は無い。アルベド、それに階層守護者達よ。なにか心当たりはあるか?」

 

 問うてみたものの、否の返事があるのみ。

 アルベドらはモモンガの役に立てず恐縮することしきりであったが、モモンガとヘロヘロが気にしなくて良いと告げたことで、安心したようだ。特にアルベドなどは、その大きな胸を撫で下ろしている。

 

(「見ましたか? 撫で下ろす手の動きが大きくカーブしてましたよ? さすがはサキュバス。いちいち仕草が性的ですよね~。胸が大きいし。ここ重要。モモンガさん、あんな美人に好かれて良かったですね!」)

 

(「いや~、嬉しいっちゃあ嬉しいですけどね。……うん、嬉しいかな」)

 

 モモンガはヘロヘロの感想を聞き、それに同意した。

 アルベドはモモンガ達を敬っている。彼ら二人を並べた場合、ヘロヘロが言ったようにモモンガの方に好意を抱いているようだ。少なくとも、恋愛弱者のモモンガにも意識できる程度にはアプローチをしていた。

 ただし、彼女(アルベド)はガツガツとは攻めてこない。

 シャルティアも『死体愛好癖(ネクロフィリア)』という製作設定があってか、積極的過ぎるレベルでモモンガに迫ってくるのだが……。

 

(その都度、アルベドが窘めるんだよな。やんわりと。種族設定がサキュバスだし、シャルティアと張り合う形で面倒なことになるかと思ったんだけど……)

 

 アルベドがその高い知性を活かし、理論的かつ穏便に宥めるため、シャルティアは言い負かされて大人しくなる。そういった光景を、すでにモモンガは三回ほど見ていた。

 ちなみに、アウラもモモンガに好意を抱いてる様子はあったが、こちらは恋愛のレベルに到っていないのか、その自覚あるいは認識に到ってないのか、女性としてアプローチしてくることは今のところない。

 つまり、自分のことを好いてる女性が複数居るにしては、現状、モモンガの周辺は平穏そのものだった。そして、それはアルベドの気遣いや配慮に寄るところが大きいと言える。

 

(アルベドか……。『出来るお姉さん』って感じで良いよな。マジで……)

 

 玉座の間でアルベドが初めて声を発してからこっち、モモンガの彼女に対する好感度は上昇し続けていた。別に舞い上がっているわけではないが、近くに居る際、つい視線が向く程度には意識してしまう。

 

(見た目が完璧に俺好みだし……。おっ?)

 

 セバスとエントマが円形闘技場に姿を現した。 

 

「遅くなりました。モモンガ様」

 

 遅くなったとセバスは言うが、モモンガが想定したよりもかなり早い。どれほどの速さで各階層を駆け抜けてきたんだとモモンガは思ったが、聞けば第一階層にある転移罠を経由し、一気に第六階層へと飛んだとのこと。

 

(なるほど。いい手だ。飛んだ先で敵に待ち伏せされてリンチ殺されるってわけじゃないからな。罠も使いようだ)

 

 NPCらがナザリック地下大墳墓の構造を上手く活用していると知り、モモンガは大いに感心した。 

 

「いや、御苦労だったな。セバス。早速だが、報告を頼む」

 

「はっ。承知しました」

 

 一礼したセバスが、ナザリック外で見た光景を報告していく。

 その内容は、モモンガが事前に伝言(メッセージ)で聞かされたものと変わりなかったが、モモンガとヘロヘロとしては現状の再確認として大いに役立った。

 

「モモンガさん。毒の沼地が無くなったのは、ちょっと惜しいですね」

 

「あれはナザリック外の『地形』でしたから、無料(タダ)の防衛設備で、実にイイ感じだったんですけどね」

 

 無くなったものは仕方がない。

 ナザリックの力を以ってすれば、あの毒の沼地を再現することが可能かもしれないが、やはり自分の目で見てからのことになるだろう。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 今回は、(わたくし)、アルベドよ。

 

 カルネ村近くの森で、何やら異変が生じたみたい。

 あの辺はデミウルゴスが警戒して居るみたいだし、彼に任せておくとして……。

 シャルティアが興奮するから、なだめるのが大変。

 でも、(わたくし)、こんな風に彼女を諭せたかしら?

 (わたくし)の中で何かが変わってる?

 これって……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第7話

 

 アルベド『きっと、大丈夫よ……』

 

 




<モモンガさんに対して顔向けできない人々の集い>
 最も遅れて現地到着したヘロヘロさん。
 キレて演説始めるまでの時間は短かったはず(に思える描写)で、混乱模様なんて状況含めて知らないんじゃないか。と思ったんですが、弐式さんに聞いたという体でモモンガさんに対し説明させることにしました。
 セリフ外で記載した『時間認識がおかしい』とかの部分は、後で別のギルメンに語らせようかとも思ったのですが、一纏めにした方がスッキリするかな……と。
 あと、該当シーンの話で書き足そうともしたのですが、説明文が増えるのもどうかと思ったので、今回のような形になりました。


<アルベドに対するモモンガの態度について>
 本作のモモンガさんは、『アルベドの設定を改変した』自覚が第5話時点でありません。
 後の話で御本人が自覚する……ことがあるかも。
 ですが、入力中のヘロヘロさん出現に驚き、無意識に文面途中で入力確定した後、入力画面を閉じたこと。これによりモモンガさんの中では『設定変えようとしたけど途中で止めた』認識になっています。
 まあ、今のところは……ですが。

<誤字修正>
改行ミス修正 2020.2.1 
脱字修正   2020.2.1(2回目)


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第6話 きっと、大丈夫よ……

 夜。

 とある森で一人の男が目を覚ましていた。

 最初の姿勢は大の字と言っていい。ムクリと躰を起こしたところ、周囲は立木で囲まれていて、藪なども見えていた。

 

(夜……だよな? 俺……こんな夜目が利いたっけ?)

 

 その後はボウッと数秒間を過ごしたが、急速に意識が覚醒し、男の表情が混乱で歪んだ。

 

「待て待て待て! ここ、何処だよ!?」

 

 ダッと立ち上がる。

 真っ暗闇の森の中。しかも開けた場所というわけでもなく、ちょっとした藪の隙間だ。

 今が夏なのかは知らないが、落ちた枯れ葉がほぼ無く、木々の枝には葉が生い茂っている。幸いなことに虫刺されなどは無いようだ。以前、自然大好きな友人から聞かされたところでは、こういった森林地帯の地面や藪にはダニが居て、噛まれると色々マズいらしい。

 それが無かったので一安心だが、月明かりが無きに等しい状況で、周辺の風景を把握……視認できるというのが、男としては異常に思えていた。

 何より異常なのは、中流よりも下の生まれな自分が、このような自然の森に足を踏み入れていること。

 

「てか、こんなのを疑似森で用意できるとか、大企業の会長様とかじゃないの? 夢……」

 

 呟きつつ頬をつねったところ、確かな痛みを感じる。

 

「じゃないのか。じゃあ、アレだ。ここはユグドラシルだ。ゲームの中だ。きっとそうに違いない」

 

 引きつったような薄ら笑いを浮かべるも、ここがユグドラシルの中であれば……と、そう思った瞬間。自身の直前までの行動が、脳内で爆発するように復帰した。

 

「うぉぉぉい! みんな何処だよ! ここマジで何処!? って、まだユグドラシル続いてんの!? ログアウトもコンソールもGMコールも、やっぱ駄目でっ! ぅん?」

 

 大騒ぎしていた男の耳に、ガサリと木の葉ずれの音が聞こえる。

 右の方向、距離にして二十メートルと言ったところか。

 

(数は……十ぐらい、いや十二か。足音が軽いから、大型のモンスターとかじゃないな……ぷっ、モンスターだってよ)

 

 歩いたことのない自然……森の中に立ち、ここがゲームの中か現実かも判別が着かない。そんな中で遠くに物音を聞き、それを足音だと判断して、モンスターだとかどうとか。

 ゲームと現実が入り交じってるような自分を笑わずにはいられない。

 

「まずは現状の確認だ」

 

 身体のあちこちを探ってみた。

 衣服は、最後に仲間達と会っていたときに着ていた物。特に防御効果など無い、アウトドア用の……ゲーム内着衣だ。

 ここで気分がユグドラシル寄りになった男は、アイテムボックスを試してみる。と、これがコンソールなんかとは違い、普通に開くことができた。

 

「お、おーっ。やっぱユグドラシルなのか? いや、ユグドラシル2だったり? でも、みんな居ないしなぁ……」

 

 ブツブツ言いつつボックス内を物色したところ、現役時代に愛用していた最強装備の内、防具類一式が揃っている。武器の方は良くて聖遺物級(レリック)だった。

 

「心細いねぇ……」

 

 先程、身体を探った……いや、頬をつねった時に気づいたのだが、この躰は人間種のものらしい。つまりは皆と居た際に使っていた人間種のアバターだ。ただし、感覚は異常なまでに生々しい。いや、現実の身体からすれば鋭すぎる。

 

(レベル一のアバターじゃないのか? よく解らないな)

 

 取りあえず武具を取り出し、装備しようとしたが……装備できません。

 そう、ゲーム内でよく表示された『装備できません』の表示が見えたような気がして、男は目を剥く。

 

「き、着られない! 武器も持てない!? レベル、やっぱり一なのか!?」

 

 レベルは一より上だろうが、聖遺物級(レリック)すら装備できない低レベル。それを認識し、男は大いに焦った。

 このまま強めのモンスターと遭遇したら、一方的に殺されてしまう。

 そう思ったら、今度は「ここがユグドラシルじゃありませんように」などと考えてしまうのだが、現実は男の都合に合わせて入れ替わったりはしてくれない。

 彼の耳に、ある音が聞こえてきた。先に聞き取った多くの足音。それが接近してくるのだ。

 

(まずいな……)

 

 今の状態でのエンカウント(遭遇)など真っ平御免と、男は迫る音から離れようとする。

 

 ガササッ!

 

「あっ……」

 

 藪を突っ切ろうとして音がした。

 その途端、足音の接近速度が上がる。気づかれたのだ。

 

「やっべ! さっき騒いでたときは気づかなかったくせによ!」

 

 毒づきながらも駆け出す。しかし、夜目が利くとは言え、生い茂った藪の中では思うように身動きが取れない。身体能力はレベル一よりもあり、跳ねたり藪を突き抜けたりと、そこそこに動けているが、問題なのはスキルが足りないことだ。

 かつては出来ていたはずの『地形効果低減』、『隠密移動』などができず、感覚が狂っていることも相まって足音は急速に迫りつつあった。

 そして……。

 

 ガササッ!

 

『ギイイイイッ!』

 

『ギャギャギャ!』

 

 藪を突っ切って飛び出してくるもの。

 それは粗末な短剣に、薄汚れた使い古しの革鎧。ある者は小型の円形盾を装備している。

 ユグドラシルではよく見かけたモンスター……ゴブリンだ。

 次々に飛び出してきており、数はやはり十程度。感じ取った十二という数は恐らく間違っていないだろう。

 しかし、今はそんなことより応戦しなければならない。

 男はアイテムボックスから、装備できる短剣に革鎧を探し出し、瞬着した。

 予めアイテムボックス内で登録をかけていれば、このようなことが可能になるのだが、元々これらの弱いアイテムを登録していたわけではない。手早くボックス内登録をかけ、装備したのだ。

 引退してから数年経つが、感覚は鈍っていないようだった。

 

「とはいえ、こりゃ……キツい!」

 

 身体能力の感覚を上手く掴めていない上に装備は貧弱。加えて多勢に無勢だ。

 

 最初の数体を斬り倒すも、相手の手数が多すぎて男は一気に押されていく。

 

 やがて……ゴブリンの刃が男に到達した。

 

 ざくっ!

 

(いった)ぁあああああっ! 畜生! (いて)ぇええ!」

 

 突かれたのは右肩より少し下。切っ先が少し潜り込んだ程度だが、感じたことの無い傷みに男は悶絶する。そして傷みのあまり短剣を握る力がゆるんで……。

 

 ガギン!

 

 ゴブリンの攻撃で短剣が弾き飛ばされた。

 やべ! 次の武器を出さなきゃ! 怪我とか治さないと! ポーション!

 刹那。仏教の時間概念で、七五分の一秒とされる。その短い間に様々な考えが浮かび消え、男の目には迫る新たな刃が映っていた。

 このままでは死を免れることはできないだろう。

 だが、何もしないで殺されるわけにはいかなかった。

 

「う、うおおおおお!」

 

 怪我した方の腕……右腕を、顔面をかばうようにして掲げる。更に痛い思いをするだろうが、その隙に新たな武器を左手に出し、反撃を……。

 

 ガキュイイイイン!

 

 さっき聞いたような金属音が聞こえた。 

 違っているのは弾き飛ばされたのが男の武器ではなく、迫っていたゴブリンの短剣であること。

 そして男は気づく。

 防御として掲げた自分の腕。衣服の袖から伸びている腕が、人間種のモノでは無くなっていることに……。

 

「おおっ!」

 

 雄叫びと共にアイテムボックスから装備を呼び出した。

 武器は忍者刀で聖遺物級(レリック)。防具一式は、現役時に愛用していた最強装備。

 瞬間。先程までとは比べ物にならない速度で男は動いた。

 ……。

 一秒。もしくはその半分。

 たったそれだけの時間で、生きているゴブリンは居なくなっていた。すべて地面に倒れ伏し、首から血を流している。

 男は、聖遺物級(レリック)の忍者刀を腰に差すと、両手を持ち上げクルリと掌を上に向けた。

 その手は人間種のものでは無くなっている。

 

「ハーフゴーレムの手……か」

 

 それはユグドラシルで冒険していた頃、何度となく見た手だった。

 

「む、む……むん! ふん!」

 

 思い立ち、何度か気合いを入れると、ハーフゴーレムの手が人間種のものに変わる。

 

(人間種との外装入れ替えができるようになってる……。ゲーム内の職業(忍者)柄、課金したスキルで人間種に変えることはできたけど。これはもっと人間寄り……いや、人間そのものか。人化アイテムなんて持ってなかったのに……)

 

「って、痛たたたたっ!」

 

 暫く興奮状態で忘れていた腕の痛み。これが今になってぶり返してきた。

 慌ててアイテムボックスから低位の赤ポーションを取り出し、傷に振りかける。刺し傷は……あっと言う間に治った。驚いたのは服に開いた穴も修復されたこと。

 

「魔法の薬って(すげ)ぇ……」

 

 元どおりになった腕を空いた方の手で擦りながら、男は考える。

 先程、防御に回した腕がゴブリンの攻撃を弾いたようだが、あれは咄嗟にハーフゴーレム化したことで腕が硬化したおかげだろう。種族特性で低位の刺突を防いだと言ったところか。

 

(低レベルの人間種になっても武器防具が解除されないのは……)

 

 これはゲームルールが適用されているかも知れないと男は判断する。

 低レベルでは装備するのは無理でも、元々装備した状態で低レベル化した場合は、高レベル武装であっても解除されない。

 そんなルールというか、システムの穴があったような気がする。

 

(善と悪のプレイヤーはパーティーを組めないが、ダンジョンで合流すればパーティーを組める。そのまま町に出ることも可能……なんて昔のゲームの話を、タブラさんから聞いたことがあったっけ)

 

 タブラ・スマラグディナは「ユグドラシルの装備に関する裏技も、それに類するものだよ。いや、運営もわかってるね」と言って笑っていた。

 それが、そのまま適用されているのだろうか。

 

「ユグドラシル2……にしちゃ、プレイヤーに痛みを覚えさせるとかやりすぎだし。今となっちゃ、この仕様も俺だけだったりとか? いや~、わかんね~。わかんなさすぎる」

 

 ともかく、最強武装を装備できるようになったのはありがたい。ハーフゴーレム時はレベル一○○に戻っているようだ。

 防具の防御力は紙程度だが、それでもアダマンタイトぐらいはあったはず。

 

(やっぱ紙だよな……。アダマンタイトとか柔らかすぎるし)

 

 普通に防御力が備わった別の防具もアイテムボックスにはあったが、この着慣れた……最強の紙防具で行こうと男は思う。

 

「なんてったって俺は『忍者』だ。これを着てなきゃ格好つかないものな!」

 

 とにかく森の外に出よう。ここがどこだか確認したいし、はぐれた仲間を見つけなくてはならない。

 ある程度の身の安全を確保したと認識し、男はハーフゴーレム化すると明るい気分で森の中を歩き出した。

 先程までとは違い、職業スキルで藪なんかはスイスイと擦り抜けていく。音すらしないのだから、知らない者が見たら驚くことだろう。

 その男。ユグドラシルにおけるプレイヤー名を……弐式炎雷(にしきえんらい)という。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層。

 そのやたら広い通路の壁に手をつくモモンガは、絞り出すように語りかけた。

 

「さっきの聞きましたか。ヘロヘロさん」

 

「ええ、聞きましたとも」

 

 すぐ隣りで居るヘロヘロは、モモンガと同様、壁に手をついて項垂れている。もっとも、こちらは粘体を触腕状に伸ばしているのだが。

 

「『捕らえどころ無き武具を食らう至高の御身』ですよ? ここまで高尚と言うか、持ち上げられた呼ばれ方なんて生まれて初めてですよ」

 

「俺なんか『端倪(たんげい)すべからざる』でしたか。たんげいって何なんでしょうね? タブラさんから聞いた、お侍かボクシングのトレーナーですかね」

 

 ハアアアアア……。

 

 果てしなく重い溜息が、二重奏となって通路に消えて行く。 

 セバスの報告を受けた後、モモンガはアルベドや階層守護者らに『自分達(モモンガ&ヘロヘロ)のことをどう思うか』と聞いてみた。

 返ってきたのは、雲の上どころか天国を通り越して、宇宙に旅立とうとでも言わんばかりに美化し持ち上げた讃辞の数々である。

 中身が一般人であるモモンガ達にとって、それは関わりない他人に向けられた言葉のようにしか思えなかった。居たたまれない気分になった二人は、幾つかの指示を与えた後、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)にて転移。この場に避難して来たのである。

 

「ん、まあ、ナザリックの運営の実務なんかはアルベドとデミウルゴスに振れましたし。当分は……腰を据えて仲間達を探すとしましょう」

 

「ですね~。そう言えばモモンガさん」

 

 モモンガに顔を向けたヘロヘロは、先程の円形闘技場でのことを質問する。

 あの時、モモンガは他のギルメンが同様に転移して来ている可能性について、アルベド達に語らなかった。

 

「知らせておいた方が、仲間の探索も気合いを入れて手伝ってくれるんじゃないですか?」

 

「ですが、ヘロヘロさんも見たでしょう。あのアルベド達の忠誠っぷりを……」

 

 そこに自分の創造主が来るかも知れないなどと言ったら、舞い上がって手が付けられなくなるのではないか。下手すると、勝手にナザリック外へ飛び出し、創造主を見つけるまで戻ってこないのではないか。そこをモモンガは心配したのだ。

 

「NPCが居なくなってナザリックが機能不全に陥ったりとか……」

 

「それは……恐ろしいですねぇ」

 

 身振り手振りを交え、目の前の骸骨が恐ろしげに語る。それを聞き、ヘロヘロは身震いした。

 最悪、ナザリック地下大墳墓がギルドホームとして維持できなくなって崩壊したとする。その場合、NPC達は大丈夫なのだろうか。ギルドホームのNPC作成レベルを基に創造された者などは、ギルド崩壊と共に消滅したりはしないか。

 考えただけでも恐ろしい。

 ナザリックの外は、セバスの話では自然溢れる世界だという。今のところ、脅威となる生物も発見できていない。

 生きていくぐらいなら何とかなるだろうが……。

 

「せっかくあるギルドホーム。無くすわけにはいきませんよね。当然、NPC達もですけど」

 

 ヘロヘロの言葉に力がこもっていく。

 それを感じ取ったモモンガは、朗らかに言った。

 

「様子を見て話すとしましょう。急いては事を何とやらです。取りあえず……」

 

 モモンガは通路を見回す。今、この場には自分とヘロヘロしか居ない。

 

「外でも見に行きませんか? 俺達には息抜きが必要でしょう。絶対に……」

 

「そうですね。セバスが見た星空とやら、俺も見てみたいですし」

 

 合意は成された。後は行動あるのみだ。

 ナザリック外縁部まではギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で飛ぶとして、外に出て一発で僕達に発見されるのはまずい。

 記憶するところでは、モモンガの自室隣りに衣装部屋(ドレスルーム)(雑多な装備を放り込んでおく場所として使用されていた)などがあったはずで、そこで適当な装備を調達し、変装してから外へ行くこととする。

 自分達的には名案であり、モモンガとヘロヘロは、そそくさと衣装部屋を目指すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が去った後の円形闘技場。

 そこではアルベドと階層守護者、そしてセバスにエントマが残り雑談を交わしていた。

 当初の話題は、ほぼ共通している。

 それは、モモンガが大層恐ろしかったことだ。

 緊張したモモンガが絶望のオーラを出したことによるが、(モモンガ)はスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備して能力が強化されていた。このことにより、一○○レベルNPCらにも効果が通ったのである。なお、エントマには杖補正無しでも効果はあったろうが、彼女は階層守護者より後方に位置したセバス。その彼の後ろで居たため、同じように怖い思いをしただけで済んでいる。

 

「あれが支配者としての器をお見せになられたモモンガ様なのね」

 

 アルベドの恍惚とした言葉に皆が頷いた。デミウルゴスなどが、敢えて実力をお見せになられたのだと評し、皆が納得する中、アウラがポツリと漏らす。

 

「ヘロヘロ様がお戻りになられて凄く嬉しいけど。ぶくぶく茶釜様もお戻りになって欲しかったな……」

 

「お、お姉ちゃん、ヘロヘロ様に対して不敬だよぅ」

 

 弟のマーレが諫め、アウラは「わかってるけど……」と言い口を尖らせた。

 この場に居た誰もが、マーレが言ったとおり不敬だと思う。

 仮に戻って来たのが自分の創造主で、忠誠を誓ったすぐ後に「誰々も戻って来て欲しかった」などと言われたら。自分は言った者を殺すかもしれない。

 それにだ、万が一ヘロヘロの耳に入ったら、アウラは処罰……死を賜る可能性があった。

 実際には、モモンガらが聞いたとしても「まったく同感。早く仲間に会いたいな……」で終わるだろう。しかし、ナザリックのNPCらは、そうは思わないのだ。

 一瞬、冷たいような怒りのような感情が湧き上がり、次いで寂寥感と自己嫌悪の感情が場を満たしていく。

 

「ん、コホン。それで、皆はこれからどうするね? 私は影の悪魔(シャドウ・デーモン)を用意しておこうと思うのだが……」

 

 話題転換を図ったデミウルゴスが口を開くと、皆の視線が彼に集まる。

 

「ドウイウ事ダ。デミウルゴス?」

 

 軋むような音声……コキュートスが問いかけると、デミウルゴスは人差し指でメガネ位置を直しながら説明した。

 セバスが発見した村。これについてモモンガは「暫く様子を見る。指示を待て」と言った。とはいえ、言われたまま待ち続けるというのは怠け者の考えだ。

 

「隠密能力に長けた僕を……まあ、村の周囲に配置しようかと思ってね」

 

 直接に村に手を出すわけでなく、あくまで様子見。

 そしてモモンガが村に対して行動に出る場合は、速やかに現地で僕が助力できるようにする。これがデミウルゴスの狙いだった。

 

「流石ダナ。ナザリック一ノ知恵者ナダケハアル」

 

「それほどの事でもないよ。ところで……シャルティア。君、どうかしたのかね。さっきから蹲っているが……」

 

 デミウルゴスが言いつつシャルティアを見、それに釣られて他の者が視線を移動させると、そこには確かに蹲ったシャルティア・ブラッドフォールンが居た。

 どうやら股間を押さえているようだが……。

 

「いえその、モモンガ様の偉大な気を当てられて……。股間、いえ下着が少しマズいことになっているんでありんす」

 

 どうしようもねーな、こいつ……的な溜息が居合わせた者の口から漏れ出た。

 

「はしたないわね……」

 

 そう言ったのは、冷たい目でシャルティアを見る……アルベド。

 当然ながら、怒り心頭に発したシャルティアが食ってかかっていく。

 

「はぁ? 至高の御方のお一人であり、超美形なモモンガ様から、あれほどの力の波動……御褒美をいただけたのよ? それで濡りんせん方が頭おかしいわ。清純に作られたのではなく、単に不感症なんではないの? ねぇ、大口ゴリラ」

 

 大口ゴリラとは、アルベドの真の姿を揶揄した言葉だ。

 本来、そう本来の製作設定のアルベドなら、売り言葉に買い言葉でシャルティアとの見苦しい舌戦に転じていたことだろう。

 事実、そうなりかけた。

 

(ヤツメウナギ……)

 

 こちらもまたシャルティアの真の姿を揶揄した言葉。だが、モモンガを引き合いに出した口論に際し、頭に血が上った瞬間。アルベドの激昂にはブレーキがかかった。

 

「……っ。違うのよ、シャルティア」

 

「へっ?」

 

 諭すように話しかけてきたアルベドを、シャルティアは珍妙な生き物を前にしたような目で見る。

 近くに居たアウラは驚きの視線を向け、デミウルゴスは「ほう?」と一声漏らして様子を見守り、セバスやコキュートスも興味深げにアルベドを見ていた。

 

「確かに貴女の言うとおりだわ。モモンガ様の力を浴びて、女なら感じずには居られない。でもね、そうやって感じたことを表に出して、人前で股間を押さえ蹲る。その様な姿を、モモンガ様はお喜びになるかしら? いえ、好みの女性のする仕草として認識されるかしら?」

 

「ううっ……」

 

 静かに、そして反論の余地もない言葉選び。何も言えなくなったシャルティアは呻くのみだ。その姿をジッと見たアルベドは、不意に表情を和らげ微笑みかける。

 

「少しずつ、改めていけばいいの。モモンガ様に見て頂けるよう、そしてペロロンチーノ様に恥じないよう。淑女におなりなさい。そうすれば望みが叶う道も開けるというものよ」

 

「そ、そんなこと……言われなくとも理解しているでありんす!」

 

 フンと顔を背け、シャルティアは転移門(ゲート)を使用して姿を消した。口振りは怒っていた。だが、最後に見た顔は照れているようにも見えた。

 

「アルベド、やるねぇ……。あのシャルティアを言い負かすなんて」

 

 頭の後ろで手を組んだアウラが歩み寄ってくる。隣り、いや斜め後ろを着いて歩くマーレは長い杖を抱えながら、尊敬するような眼差しを向けていた。

 

「言い負かすだなんて。(わたくし)は誠意を持ってお話ししただけよ」

 

「果たして、そうですかね」

 

 デミウルゴスがククッと笑いながら会話に混ざってくる。

 彼は言った。会話の流れ、そして組み立てとしては誠意を基本としたのだろうが、あくまでも計算ずくでシャルティアを言いくるめたのではないか。何処まで本気の言葉だったのか、興味があるものだ……と。

 

「御想像にお任せするわ」

 

 そう言って余裕ありげにアルベドは微笑んで見せた。

 アウラとマーレが「おお」だの「ほえええ」だのと感嘆の声をあげ、デミウルゴスは「ふむ、そうしておきましょうか」と鼻を鳴らしている。

 その後、アルベドは守護者統括としての責に基づき、今後の計画についての議論を始めた。シャルティアは一足先に戻ってしまったが、そこまで大事なことを話すつもりはない。せいぜい、注意事項を述べておくぐらいで、彼女には後で話してもいいだろう。

 皆に指示を出す中、アルベドは先程のシャルティアとの会話。そこにおける自分を思い返していた。

 どうも、自分らしくなかったと思う。

 自分はサキュバスだ。狙った獲物……もとい、愛すべき男性であるモモンガを、横から狙う泥棒猫(シャルティア)に対し、本来なら冷静では居られないはずだ。自分で思い出すと、顔を羞恥で顰めたくなるほど口汚くシャルティアを罵り、相手の低次元な土俵に立って舌戦を繰り広げたことだろう。

 何故、そうならなかったか。

 

(モモンガ様に変えられたから……かしら?)

 

 異常事態が発生する前。一人で玉座の間に居たモモンガは、アルベドの奥深くにまで手を伸ばし、『在るべき彼女』を変えようとした。だが、モモンガは何も言わない。モモンガ自身、アルベドに手を加えた認識を持っていない様子だ。ならば、自分はモモンガから何もされていないのだろうか。

 いや、そんなことはない……とアルベドは思う。

 確かに自分は変わったのだ。変えられたのだ。

 ただ、それがどんな変化を自分にもたらしたのか、それがアルベドには把握できない。

 

(俯瞰して考えた場合。先程のシャルティアへの対応は悪くなかったわ。彼女に意識改革を促すことができたし)

 

 これでシャルティアが大人しくなれば万々歳だ。色々とやりやすくなることだろう。

 それにシャルティアが首尾良く『淑女』になったとしても、アルベドの優位は揺らがない。何故ならモモンガ様の好みは大人の女性。アルベドのような年齢の女性だと思われる。

 

(しかも、私はモモンガ様の好みに合致している……はず。だって、あのとき清楚な美人って仰ってくださったもの)

 

 アルベドは、玉座の間におけるモモンガの独白を聞き逃してはいなかった。

 このまま、感情のままに暴走することなく、モモンガの理想とする女性像を演じきる。ないしは精進を重ねて理想の女性像に到達できれば。自分はシャルティアの先を行き続けるだろう。正妃の座は堅いとさえ思っている。

 自分に与えられた変化が何なのかは今なお不明だ。

 しかし、それは悪いものではないだろう。事実、今のところは上手くいっている。

 

(きっと、大丈夫よ……)

 

 皆に指示を出し続けながら、アルベドは小さく微笑むのだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ヘロヘロです~。

 

 俺の本来の背丈はね、まあそう高いわけじゃなくて。

 ソリュシャンと同じくらいかな~。ヒールの分、負けてるかな~。

 でも、スライム体型よりは背が高くてですね! 甦れ! 本来の背丈!

 そこで俺はアイテムを……。

 え? 俺のことしか喋ってない? カルネ村の忍者?

 でも、もう尺が……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第7話

 

 ヘロヘロ『これ、どういうことなんでしょう?』

 

 弐式「そりゃ、こっちの台詞ですよ……」

 

 

 

 

 




日曜に仕事が無かったので早く書き進められたのだ!
あと感想頂けたので、ブースト入りました。

<捏造ポイント>
・弐式さんの最強防具の硬度がアダマンタイト級
 アダマンタイトが柔らかいとか、最高でアダマンタイトとかマジ?みたいな描写が見受けられるので、現地勢の攻撃を止められ、かつプレイヤーには紙装甲と言われるとしたら……アダマンタイトがイイ感じかな……と思いました。エントマのメイド服でガガーランの鎧より上位らしいですし。本作の設定でも戦闘メイドの服より下の硬度なのか……。
 今後に、別の材質であることが判明した場合、本作ではこうです……という感じで御了承くださいませ。

・ナザリックが消滅したらNPCに消滅の危険性
 特典小説でNPC作成レベルとかありましたので。実際にNPCが消えるかと言えば、私的には消えないんじゃないかと思います。

・装備していた高レベル装備は、人化でレベルが落ちても装備したまま
 完全な捏造設定です。本作中ではタブラさんの話で聞いた……と本文で書いてますが、弐式さんは別の話題で聞いたことと混同しています。つまりは、弐式さん本人が考察していた中の『自分だけのオリジナル要素』が正解ということになります。このことが作中で発覚するかどうかは未定。タブラさんが来たら聞いて確認するシーンがあるかもしれません。

<誤字脱字>
忠犬友の会様、御指摘ありがとうございました

その他 2020.02.02 誤字修正


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第7話 これ、どういうことなんでしょう?

 衣装部屋(ドレスルーム)

 火元管理者・モモンガ……などと言うプレートは掛かっていないが、ここはモモンガの自室隣りにある衣装部屋だ。

 一歩中に入ると雑多な道具や武具類が転がっており、お世辞にも整頓されているとは言い難い。

 

「……」

 

 自分とヘロヘロだけでなく、ソリュシャン……セバスからの伝言(メッセージ)戦闘メイド(プレアデス)一人を付けるとなった際、ヘロヘロが指名した。……を連れて入室したモモンガは、暫しの間……無言であった。

 

「モモンガさん。何と言いますか……。源次郎さんの部屋よりマシなのでは?」

 

「比較対象がヒドすぎて、逆に泣けてくるんですけど?」

 

 エントマの創造主、アインズ・ウール・ゴウンが誇る(?)汚部屋マスター。ギルメンの源次郎。彼を引き合いに出され、モモンガはゲンナリ顔で突っ込んだ。源次郎はギルドの保有アイテムを整理整頓するのが好き、あるいは趣味であったが、一方で自室の整理整頓は最悪を極めた。

 いくらなんでも彼の汚部屋と比べられたのでは、マシと言われたところで嬉しいとは思えない。

 

「と、取りあえず! 適当な装備を見繕って外に出ましょうか」

 

「お待ちください。モモンガ様」

 

 モモンガの後方、ヘロヘロの更に左斜め後ろで立っていたソリュシャンが意見する。

 至高の四十一人がナザリック外へ出るのであれば、護衛を編成しなければならない。ここはアルベドかデミウルゴスに連絡し、然るべき護衛を伴うべきだ。

 と、このような内容のことを、ソリュシャンは丁寧かつ恭しく説明する。

 

(息抜きで外に出たいだけなんだけどな~……)

 

 それもNPCの居ないところで……。

 声に出して言うと泣かれそう……いや、泣くだけで済まないような気がしたので、モモンガはジッとソリュシャンを見た。が、彼女の方では引き下がるつもりは無いようだ。救いを求めてヘロヘロを見たところ……。

 

「護衛として誰か連れてけと言うなら、ソリュシャンで良いんじゃないですか? 私もソリュシャンと外に出てみたいですし」

 

 などと(のたま)うのだった。

 それを聞いたソリュシャンが「わ、私などでは力不足で……」と言い、ヘロヘロが「大丈夫ですよ。ソリュシャンのことは私達で護りますから!」と言って、慌てたソリュシャンが「いえ、あの、そうではなくてですね!」と混乱する。

 よどんだ瞳で表情を控えめにし、普段は大人の雰囲気を醸し出しているソリュシャン。その彼女がドジッ子メイドのように慌てふためいている様は、見ていて新鮮であり楽しいが……。

 楽しいが、しかし、モモンガとしては面白くない光景でもある。

 

(こんにゃろう。ヘロヘロさんだけ、自分が作成したNPCと仲良くして! 俺だってパ……)

 

 モモンガの心で生じた嫉妬の炎。それが瞬時に掻き消された。

 言わずと知れたアンデッドの特性、『精神安定化』である。

 

「ん、あ~……ゴホン。とにかく装備を見繕いましょう。私の場合だと、この剣を……」

 

 足下にあったグレートソードを拾い、一振りしようとしたところ。

 

 ガシャン。

 

 剣が手から擦り抜けて床に落下する。

 

「ありゃ?」

 

 拾い直して手に持ち、再度素振り……今度も剣は落下した。

 

「モモンガさん。もしかして装備制限じゃないですか?」

 

「装備制限って、あの?」

 

 僧侶職スキルを持つと、宗派選択にもよるが刃物武器を装備できない。

 盗賊職スキルを持つと、革鎧よりもランクが上の防具を装備できない。

 魔法職スキルを持つと、杖や短刀より重く強力な武器を装備できない。

 多くのRPGでは、そのような職業ごとの制限があったりする。無論、ユグドラシルにも、職業レベルやスキルの制限はあった。あったのだが……。  

 

「私は戦士系でレベル持ってませんから、このグレートソードなんかは装備できない。でも、それは……」

 

 ゲームの話で……と言いかけて、モモンガは口を閉じた。

 どう考えてもNPCであるソリュシャンに対し、聞かせて良い言葉ではない。

 

「……そういう事も、あるんでしょうね」

 

 幾分、うんざりしたモモンガは剣を装備することを諦め、別の手段を試みる。

 

「<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>」

 

 魔法発動により、モモンガの全身が漆黒の鎧で覆われた。金と紫の紋様が入り、値が張りそうな外観をしている。ヘルメットは顔を面頬で隠せるタイプで、これなら人間種の都市にだって潜り込めるだろう。

 

(もっとも、ナザリックの外が現実(リアル)みたいな感じだったら、浮きまくるんだろうな~。この格好……)

 

 できれば、ユグドラシルのようなファンタジーRPGっぽい世界観でお願いします。

 信心深いつもりは無いモモンガだが、祈らずにはいられなかった。

 

「一緒に創造したグレートソードは背に二本差しで……と」

 

「おお! 格好良いですね! その鎧は、たっちさんがモデルですか?」

 

「フフフッ。わかりますか、ヘロヘロさん。アインズ・ウール・ゴウン最強騎士を真似るのは必然ですとも!」

 

 自慢げに笑うモモンガは赤マントをバサリと羽織り、背のグレートソードを片手で引き抜く。そして……。

 

 ビュゴォアッ!

 

 凄まじい剣風と共に剣が一閃。その剣身が膝高水平にてビタリと止まった。

 この人間の腕力では不可能な動きも、今のモモンガであれば可能となる。戦士系スキルが無い魔法職とはいえ、レベル一○○ともなればレベル三○戦士並みの腕力を有するからだ。

 

「何より、魔法で創造したアイテムなら私でも扱える……か。鎧は重い気もするが、まあ戦闘には支障が無い……はずだな」

 

 外部の何者かと一戦したことも無い現状では、やはり不安がつきまとう。

 息抜きをしたいとは言え、護衛無しは無謀だったか……と、そんなことを考えたモモンガは、チラリとヘロヘロを見た。 

 

「護衛は……と言うか、お供はヘロヘロさんの言うとおりソリュシャンで良いとして。ヘロヘロさんは、どうします? 幻術の巻物か何かで姿を変えますか?」

 

 今更、ナザリックの者を相手に変装する必要があるのかどうか。そう思ったモモンガだが、外に出てプレイヤーが居た際、悪い意味で有名人なモモンガとヘロヘロは一発で素性がバレる恐れがある。

 PKKギルド。プレイヤー殺しをする者を狩っていく。異形種狩りから異形種を護る。そう言った理念により結成されたのがアインズ・ウール・ゴウンだ。他ギルドとはよく衝突したし、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンに倒された者も多いだろう。

 それらの者から恨みを買っていることを考えれば、外出時に変装するのは悪いことではない。

 

「ふ~む。幻術ですか……」

 

 ヘロヘロが唸る。

 幻術魔法は、その字の如く幻でしか無いため、触られたりすると簡単に幻術だとバレてしまうのだ。臭いだって誤魔化せないし、自分より背丈のある者に化けたとして、気づかずに鴨居を頭が擦り抜けることもあったり。意外と運用に難があるのだ。

 

「高レベルのプレイヤーなんかだと、見ただけで見破ったりしますしね。事実、そういうスキルを持つ召喚モンスターだって存在しますし」

 

「言われてみるとそうですね……」

 

 なぜ自分で気づかなかったのか……と言いたくなる幻術魔法の穴。モモンガは恥ずかしくなったが、これはギルメンが一人とはいえ側に居ることで気が弛んだのだろう。 

 

(俺が一人だけで、この部屋にNPCと居たら……。ちゃんと気づいてたのかな……)

 

 あり得たかもしれない、もう一つの世界での自分。

 そこに思いを馳せかけたモモンガは、ヘロヘロがジッとソリュシャンを見上げていることに気づいた。

 

「ヘロヘロさん? どうかしました?」

 

「あの、ヘロヘロ様?」

 

 ソリュシャンも戸惑っている。ちなみに、うっすらと頬が赤くなっていた。

 

「モモンガさん。私、思うんですけどね。私とソリュシャンは同じスライム種じゃないですか」

 

「そうですね」

 

「ならば……ですよ?」

 

 ヘロヘロはムニュンとモモンガを振り返る。

 

「私も人間形態を取ってみたいと思うんです! 変身スキルとか持ってないですけど!」

 

「ほ、ほほう……」

 

 ヘロヘロは熱く語った。

 ソリュシャン・イプシロンは、自分が創造した最高傑作のNPCである。そんな彼女と同じ目線で話したいし、隣りを歩きたいではないか……と。

 

「そ、そうですね……」

 

 気圧されたモモンガは、口元をアワアワさせつつ何とか友人の思いを肯定した。 

 

(うあ~……ソリュシャンが呆然としたまま滝涙してるよ。ヘロヘロさん、俺と同じで嫉妬マスクを持ってたはずなんだけど、なんなの……この俺との違い、いや格差は!)

 

 嫉妬マスク。

 それは、クリスマスイブの一九時から二二時までの間に二時間以上、ユグドラシルにいた場合。問答無用でアイテムボックスに投じられるイベントアイテムである。正式名称は『嫉妬する者たちのマスク』。略称は嫉妬マスクと呼ばれる。

 泣いてるような怒っているようなデザインで、妙な威圧感と切なさを醸し出し……ながらも、特殊な能力は一切付与されていない。それどころか、新たにデータ付与することもできないという、ある意味で呪われたアイテムだった。

 ユグドラシルに入りびたりのモモンガは当然所有しており、一時期入りびたっていたヘロヘロも最低一つは所有していたはずだ。

 しかし、ここへ来てヘロヘロは女性……今のところはソリュシャンに対してだけだが、積極的になっている。

 モモンガにとって大いに口惜しさを感じる事態。そして嫉妬マスク所有者としては、取り残された気分でもあった。

 その一方で、ヘロヘロに春が来たのだ……ともモモンガは認識している。

 

(ギルメンの春! ならば!)

 

 ならば、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として、モモンガは行動に出なければならないだろう。

 力の及ぶ限り邪魔……もとい、友人の希望を叶えたいし彼を応援したいところである。だが、何か良い具合の手立てはあっただろうか。

 モモンガは考えた。

 最初に思いついたのは流れ星の指輪(シューティングスター)を使うこと。これは経験値消費無しで超位魔法<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>を使用できる超々希少アイテムだ。未使用であれば三回使用でき、ユグドラシルだと、ランダム表示される『願い』は二百を超えていたとモモンガは記憶する。

 

(俺がボーナス溶かして手に入れた一つは現状、完全未使用だけど。もったいなさ過ぎる……)

 

 第一、首尾良くヘロヘロの願いが叶うとは限らないし、今後、どんな艱難辛苦が待ち構えているとも知れない状況だ。このアイテムを軽々しく使うわけにはいかなかった。思い起こせば、ギルメンのやまいこも一つ持っていたはずだが、彼女の部屋を漁る気はモモンガには無い。

 かと言って自分の経験値を消費して<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>を使用するのも躊躇われる。何故なら、レベル九九からレベル一○○に戻すのすら膨大な経験値が必要で、ナザリック内外でレベルを戻すには、どれ程の労力が必要かが解っていないからだ。付け加えるなら流れ星の指輪(シューティングスター)でヘロヘロに人化、あるいは人化への外装チェンジ能力を付与した場合。人化時に、どれほど能力が低下するのかすら不明なのだ。

 

(駄目だよなぁ……)

 

 流れ星の指輪(シューティングスター)及び<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>の使用を却下したモモンガは、他の手を考えてみる。

 

(ソリュシャンと同じ人間種の格好になれば良いのか? ……人化のアイテムってあったよな?)

 

 人化のアイテム。それは腕輪だったり、指輪だったりネックレスだったりと形態は様々だ。

 異形種が人間種のフリをして、人間種の都市へ出かけたり、異形種狩りから逃れるためというのが一般的な使用法だ。

 キャラメイク時に異形種を選択したが最後、人間種側プレイヤーで警戒するため目当ての町に入れない。これを解消するアイテムが希少だと、ゲーム的によろしくないため、ユグドラシルにおける人化アイテムは容易に入手可能だった。

 

(でも俺、持ってないんだよな~……)

 

 異形種は種族ボーナスがつくため人間種よりも強力な部分がある。なので、異形種を人化させたら、当然ながら能力は低下する。

 ユグドラシル時代のモモンガは、その能力低下等のデメリットを嫌い、人化アイテムには見向きもしなかった。入手した端から売り飛ばしてしまったほどだ。だから、彼の手元に人化アイテムは無い。そしてこの辺りの事情が、流れ星の指輪(シューティングスター)等より先に、人化アイテムを思い出せなかった理由でもある。

 モモンガにとって、人化アイテムはゴミアイテムだからだ。

 モモンガは、ふとヘロヘロを見た。

 

「ヘロヘロさん? 人化アイテムは何か所有されてますか?」

 

「人化アイテム?」

 

 ヘロヘロは首を傾げるような仕草を見せる。そして叫んだ。

 

「持ってます! 持ってますよ! 確かアイテムボックスの下の方に……あったっ!」

 

 言いつつ取り出したのは、地味な装飾の腕輪。確かに人化の腕輪である。

 

(ヘロヘロさんも俺と同じ理由で気づかなかったのか? ともあれ……なんだ、問題解決したじゃん)

 

 先に一生懸命考えたのが馬鹿らしくなってくる。

 モモンガは拍子抜けした思いだったが、そんな彼を余所に、ヘロヘロは人化の腕輪を掲げていた。

 

「じゃ、いきますよ~っ。アイテム装ちゃ……あれ?」

 

「んん?」

 

 嬉々として発した掛け声が中途半端なものに終わる。見つつ聞いていたモモンガが小首を傾げた……その時。

 ヘロヘロの身体が瞬時に変貌し、素っ裸の男性が出現した。

 小柄で糸目。人の良さそうな顔のおじさん……一歩手前の青年だ。

 

「あわわわわ! なんですか、これ! 服! 服を着ないと! ソリュシャンはアッチ向いててください!」

 

 ヘロヘロらしき青年が叫ぶと、顔を真っ赤にしていたソリュシャンがクルリと背を向けた。ちなみに、モモンガも背を向けている。

 

「もう、いいですよ」 

 

 言われてモモンガ達が振り向くと、そこにはモンク系の道着を身にまとったヘロヘロが居た。伸ばし気味だった髪は、紐で縛っている。やはり背丈は低く、ソリュシャンよりもすこし低い。

 その格好はともかく、モモンガは人化したヘロヘロの顔に見覚えがあった。

 

「ひょっとしてヘロヘロさん。現実(リアル)の姿なんじゃないですか?」

 

「ほえ?」

 

 言われたヘロヘロが衣装部屋の姿見を覗き込む。

 何度も頷いた後に本人が語ったところでは、紛れもなく現実(リアル)でのヘロヘロの姿らしい。

 

「馴染みのある顔で助かるような……。ソリュシャンや一般メイド達とは釣り合わないような……」

 

 顎や頬の無精髭を手の平で擦りながらヘロヘロは言い、ハハッと笑う。だが、そんな彼の独白をソリュシャンが否定した。 

 

「そんなことはありません! ヘロヘロ様は大変凛々しくあらせられます!」

 

「そ、そう? 女の人に褒められたこととか無いもんで、ビックリですよ」

 

 ニコニコしているソリュシャンに対し、ヘロヘロは頭を掻いてみせることで応じた。

 そこに聞こえる舌打ちの音。

 モモンガである。

 

「モモンガさん。今、何か?」

 

「いいえ、何でもないですとも。ところでヘロヘロさん。聞きたいことがあるんですが」

 

 モモンガはヘロヘロの足下を指差し、言った。

 

「人化の腕輪って、腕に通さなくても効果を発揮するんでしたっけ?」

 

 ヘロヘロの足下には、人化の腕輪が装着されることなく転がっている。

 ヘロヘロとソリュシャンは二人揃って人化の腕輪を見た後、やはり二人揃ってモモンガを見た。

 

「モモンガさん。これ、どういうことなんでしょう?」

 

「それは私が聞きたいですよ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふんふん~」

 

 深夜の森を鼻歌交じりに忍者が行く。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルメン、NPCらが言うところの『至高の四十一人』の一人、弐式炎雷。

 彼は、その忍者スタイルを確立するために身につけたスキルを駆使し、とある地点を目指していた。前方数キロほど先に、多数の気配がある。それはゴブリンなどのモンスターではなく、人間種の気配のようだ。

 

(一二〇人ってとこか。人数から言って村……とかだろうな。ユグドラシルだと、村っぽいギルドホームで、疑似家族を作って遊んでる感じ? でもな~)

 

 ここまで移動して来た中で弐式が思うのは、今自分が居る場所は『異世界』というやつではないかということ。そして、元居た現実(リアル)やゲーム内のユグドラシルでないのは、ほぼ確実とも思っている。

 あの絶望にまみれた現実(リアル)に、こんな広大な森など存在するはずがないし、ゲームにしては生々しすぎるのだ。そもそも、攻撃を受けて激痛を感じるだなんてゲームではありえない。

 

(いっそのことマジの異世界転移とかだと、わかりやすくていいのにな)

 

 このように、別所でモモンガやヘロヘロが考えていた結論。あるいは願望に、弐式も辿り着いていた。

 感知した気配が村の人間種で間違いないとしたら、接触して周辺地理、その他情報について聞いてみたい。何事も確認の積み重ねが重要だろう。

 

(村があって、それが国とかの一部なら最高だよ。文字どおり世界が広がるってやつだ。……言葉、通じるのかな?)

 

 場合によっては会話不可能となり、諸々考えて……行き着く先は泥棒にでもなって食っていくしかないのかもしれない。

 

「うひゅお。冗談じゃない……」

 

 一気に嫌な未来図を想像した弐式は、寒気を感じて身震いした。

 せっかくユグドラシル時代での一○○レベル能力を行使でき、どういう理屈か人化もできるようになったのだ。つまり、今の弐式はハーフゴーレムでは不可能だったであろう飲食が可能となっている。

 ここへ来るまでに、アイテムボックス内にあった食料アイテム……干し肉を試しに食べてみたが、大層美味だった。なのに……。

 

(民家に辿り着いて、食料を分けて貰って……とか、ファンタジー小説で読むみたいな行動で、やってみたいじゃん? てか、独りぼっちとか嫌じゃん? ところが、俺以外に誰か居ても話ができねーとか。働いて食っていくこともできねーとか。そういう縛りプレイは望んでねーっての。おっ?)

 

 不安を感じながら進んでいたわけだが、気がつくと視認できる距離に村の外縁部がある。

 小さな柵……木の枝で組み合わせたようなものが、不完全であるものの村を囲っているようだ。

 

「ううん。マジでファンタジーRPG……」

 

 中世ヨーロッパ風……というイメージでもあったが、どことなくゲーム臭い。民家一軒ごとの造りが、弐式の知識では上手く説明できないが、妙に洗練されているのだ。

 

(全体的に古臭いのに痒いところに手が届くっつーのか。何だろうな。そうだ、生活臭に馴染みがあるんだ……って、マジかよ)

 

 こうであって欲しいな……というファンタジーRPGの村の民家。そこから大きく逸脱していない光景に安堵し、かつ不思議に思いながら弐式は民家に近づいた。

 

(感知したとおり弱っちいのが出てくると安心なんだけど。戦闘になったら……忍者らしく逃げるか? それとも戦うか?)

 

 村へ到達するまでに何度か人化して判明したことだが、人化すると能力値がレベル三〇の人間種まで低下するらしい。ゴブリン相手に手こずったのは、そのレベル帯での戦闘が久しかったからと、命の危険にさらされる戦闘が初めてだったからだ。

 そして、道すがら(と言っても獣道だが)、出くわした獣やゴブリンを倒してみたところ、今ではレベル一○○の弐式炎雷、そしてレベル三〇の人間種としてもそれなりに戦えるようになっている。習熟が早いように思えるが、これはレベル一〇〇ハーフゴーレムとして身体を動かしている内に、なんとなく感覚を掴んできたことによる……と弐式は判断していた。

 また、人間種としてのレベル三〇だが、これはユグドラシル感覚で言えば、はなはだ不安な弱小レベルだ。人化しての戦闘は避けるべきだろう。

 

(とか心配してもさ。感知した限りじゃ、村に大した奴は居なさそうなんだけどな。あ、でも野伏り(レンジャー)は居るのか。それでも大したことないな~。マジモンの農村集落とかか? ユグドラシルでもやってる人らは居たけど、PK野郎に襲撃されたりしてたよな~)

 

 現役プレイヤーだった頃を思い出しながら、弐式は人化し民家の戸を叩く。

 

「ごめんください」

 

 コンコンではなくドンドン。しかし、乱暴に叩きはしなかった。

 現在、弐式の格好はユグドラシル時代の町歩き用平服。ファンタジーRPG的に言えば、町人Aが着ているような服だ。そこにフード付きマントを着用し、いかにも旅人が森に迷い込みました……的な格好を装っている。

 

(アイテムボックスにゴミ拾得物が残ってて良かった……)

 

 何の特殊能力も無い布きれではあるが、これなら怪しまれるとしても危険視はされないだろう。

 と、弐式は思っていた。しかし、このゴミアイテムレベルの衣服ですら、この世界では豪華な服に見える。事実、豪華なのだ。被服店などに持ち込めば、高値で売れることだろう。

 それは弐式にとって完全な埒外であり、家主であるエモット氏が戸を開けて驚いた際、リアクションの意味が分からずに弐式は小首を傾げたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「なるほど。旅の方。しかも森に迷い込まれたと……」

 

 弐式の話を聞き、エモット氏が二度ほど頷く。

 なお、弐式は屋内に入れて貰えていない。あくまで戸口で話を聞いて貰っているのだ。

 深夜に訪問してきた見知らぬ男など、家に入れたくはないのだろう。そこを理解できる弐式は、愛想笑いを浮かべながらエモット氏から情報を引き出そうとした。

 この世界……いや、まずは村が所属する国のこと。ユグドラシルのヘルヘイム世界を知っているかどうか。そこから質問に入ったのだが……。

 

(ユグドラシル自体を知らないか。で、ここはリ・エスティーゼ王国の一角……辺境の開拓村、カルネ村ね。うん、聞いたこと無いわ)

 

 やはり異世界転移したということか。人生、何が起こるかわからないものだ。

 今のところ自分より強い者と遭遇していない弐式は、のほほんと考えている。

 続いて手持ちのユグドラシル金貨を見せてみたが、いきなり金貨を出したため驚かれたことと、「そのような金貨は見たことがない」という返事があったのみだ。

 周辺地理についても詳しく聞いてみたが……。

 

(南西にエ・ランテルって都市があるのね。三重城壁の城塞都市かぁ。見てみたいかも)

 

 この時間帯だと、徒歩で出発して昼過ぎには到着できる距離らしい。弐式が本気を出せば、一時間とかからず到着できる距離でもある。

 

「じゃあ、エ・ランテルってとこに行ってみるかな」

 

「おい、今から行くのか?」

 

 軽く口に出しただけだが、エモット氏は目を丸くしていた。

 街道を外れて夜の森に入り、生きてカルネ村に辿り着けただけでもエモット氏の感覚では奇跡に近い。森はモンスターの巣窟なのだ。森の賢王と呼ばれる強大なモンスターや、その他の実力者が仕切っているため、そうそう人里には出てこないが……。

 

「夜の森を行くのは危険だし、街道に出ても夜明けまではまだ時間がかかる。暗ければモンスターや危険な動物だって出るだろう。悪いことは言わない。村で朝になるのを待ちなさい」

 

 親切な人だ……と弐式は思った。

 こんな深夜に訪問した見知らぬ男に、ここまで親切にできるものだろうか。チラッとエモット氏の背後を見ると、微かに開いた奥の扉……その隙間から女性の顔が覗いている。

 夫人かな? と思った弐式だったが、敢えて無視することにし、どうするかを考えた。

 

(聞いた範囲のモンスター……一番強くてオーガとかなら、一人で街道へ出ても問題ないだろうな。そいつがユグドラシルのオーガと同じならだけど。けど、ここまで親切にされて言うこと聞かないのも、何だか良い気がしないんだよな~)

 

 結局、弐式はエモット氏の忠告を聞き入れ、村で夜を明かすことにした。

 異世界転移については未だ確証が持てていなかったが、よく知らない場所で野宿というのも無警戒が過ぎる。

 

(忍者は、いついかなる時も油断せず、確実な方法を模索するのだ。なんてな)

 

 本音を言えば、せっかく発見した人里だし、誰かが大勢居る場所で一夜を明かしたいという気持ちもあった。時間的に話し相手は居ないのだろうが。

 

「中央の広場あたりでゴロ寝させて貰うとしますか」

 

「……家の裏に納屋がある。窮屈だろうが、そこで寝て行きなさい」

 

 呆れ顔のエモット氏が言うと、言われた側の弐式は面食らう。

 勧められた立場なのに、危うく「正気か!?」と叫ぶところだった。

 

(親切にも程があるだろ。ありがたいけどさ……)

 

 この人、こんなので世渡りできるのか。などと弐式は失礼なことを考える。もっとも、結婚して子供二人を儲け、生活を成り立たせているエモット氏。彼は、弐式などより遙かに世渡りできているのだ。

 

(なんか、俺の心にダメージ入った気がする……)

 

 幾分肩を落とした弐式は、エモット氏に案内されて納屋に入り、立てかけた農機具の隙間に腰を下ろした。一部の壁には寄りかかれるだけの空きスペースがあったので、ありがたく背もたれとし目を閉じ……もちろん、その前にエモット氏に対して礼を言うのを忘れない。

 

「何から何まですみませんねぇ。押しかけた上に納屋まで借りちゃって」

 

「まあ困ったときはお互い様だよ。おやすみ」

 

 ニッと笑ったエモット氏は、映画の俳優のようで実にイケメンだった。眉目秀麗ではないが、男っぷりが良いと言ったところだろう。

 立て付けの悪い扉が閉められるのを見てから、弐式は人化を解き装備を換えた。

 今の姿は忍者装束に、中身はハーフゴーレム。その上から人化中に使用していたフード付きマントを着用している。

 

(外から鍵をかけられる気配は無し……か)

 

 親切に乗ったようで、一応の警戒はしていたのだ。

 村全体が追いはぎ集団ということもあり得たし、他人のウマい話に易々と乗ってはいけない……というのは、現実(リアル)で得た教訓でもある。

 なんにせよ、エモット氏は疑うのが失礼なほど親切な人だったわけだ。

 屋内で寝床を提供とまでは行かなかったが、そこまでやったら『親切』ではなく『お人好し』である。

 

「ともかく、一人で放り出された俺には嬉しいことさ。人の情けが身にしみるね」

 

 ごそごそと体勢を整えつつ、弐式は人化した。こうすることで低レベルの人間種でありながら、最強防具を身につけられるのだ。

 

「これで寝てる間も安心……と。ハーフゴーレムだと『寝る』のすら難しいもんな」

 

 ギルメンらとの集合場所から飛ばされ、今の今までハーフゴーレムの躰を運用していた弐式には解ったことがある。

 ハーフゴーレム化していると、人間の三大欲求が満たされないのだ。欲求としては存在するものの、ハーフゴーレム体では何一つ成し遂げられないからである。

 それどころか、人間種に対して同族意識が無くなってしまう。元よりハーフゴーレムなら平気だったかもしれないが、元が人間の弐式にすれば寒気のする話だ。

 

「たまには人化しないと、心まで異形種になっちまいそうで嫌だし~。ヒトの心を維持しつつハーフゴーレム忍者ってのも、格好良さそうかも? ふあ~……」

 

 大あくび一発。

 弐式はゆっくりと目蓋を閉じて眠りについた。 

 そんな彼は翌朝、エモット氏による「逃げろ! エンリ!」の絶叫で叩き起こされることとなる。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 弐式炎雷だよ!

 カルネ村で一夜の宿を借りた俺は、突然の叫び声に……

 ちょっとモモンガさん! マイクを取らないでくださいよ!

 

 モモンガだ!

 俺とヘロヘロさんは夜空に飛んで星空を楽しんでいたが

 デミウルゴスが世界征服するとか言い出した!

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第8話

 

 モモンガ『デミウルゴスは本気で言ってるんですかね?』

 

 弐式「俺の予告~」

 モモンガ「次で喋ればいいじゃないですか」

 




 嫉妬マスク所有者の闇は深い……。
 モモンガさんの春は、現状、そこかしこに転がってるんですけど。
 モモンガさんですからゴールインはマダマダ先なのです。
 そもそもギルメン作成のNPCに手を出さないですしね。

 弐式さんの忍者装束。カパッと面を取ったら人の顔が見える……みたいにしたかったので、このような装備チェンジ仕様になっています。
 
 現状、おおむね原作どおりの時系列で進行中。


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第8話 デミウルゴスは本気で言ってるんですかね?

 モモンガの息抜き目的の外出。

 それは彼の思うとおりには実行できなかった。

 ヘロヘロが共に居るのは良い。彼はアインズ・ウール・ゴウンのギルメンであり、大切な友人だからだ。

 ソリュシャン・イプシロンが同行してるのも、まあ良いだろう。彼女はヘロヘロが作成したNPCであり、ヘロヘロの大事な娘……を超越しつつある女性だからだ。

 しかし……デミウルゴスが同行している点について、モモンガは幾分気分を害していた。

 

(ヘロヘロさんが人化できるようになった後、人化の腕輪を貰ったのはいいけどさ。部屋を出て第一階層まで行ったところで見つかっちゃうし……)

 

 第七階層守護者のデミウルゴスが、何故ナザリックの浅階で行動していたのか。しかも、魔将を三人も連れて……である。モモンガにはサッパリ理解できなかったが、問題はデミウルゴスが護衛隊を編成しようとしたことだ。

 

(これ以上増えたら息抜きにならないだろ!)

 

 どうにか言いくるめて一人だけ同行を許可したが、その同行者が他ならぬデミウルゴスだった。

 

「しかし、ヘロヘロ様に人化の能力がおありでしたとは……」

 

 第一階層を抜けようとしたとこで、デミウルゴスが誰に言うともなく呟く。知能の高い彼が無駄な独り言をするはずがないので、これは返事を求めているのだろう。

 

「いやあ、私も知らなかったんですけどね。なんかこう、人間種になる! って思ったら、できちゃいました」 

 

 人化したヘロヘロが、歩きながら後ろ頭を掻いている。

 見れば見るほど物静かと言うか、平和な雰囲気を醸し出す青年姿であり、ヘロヘロ自身が言うには「もう少し背丈が欲しかった」とのこと。身長百六十六センチのソリュシャンより少し低いのだから、『彼女と同じ目線で』というのは達成できなかったとも言える。

 もっとも、「自分より少し背の高いソリュシャンというのも良いですね!」などと言っていたので、本人的には許容範囲なのかもしれない。ソリュシャンの方はと言うと、当然ながら気にしていない。それどころかヘロヘロが自虐的な台詞を吐くたびに、意見し、反対し、褒め称えていた。

 

「ははは。そんなに褒めても何も出ませんよ~」

 

 機嫌良さそうにしているヘロヘロの声を聞きながら、モモンガは嘆息した。

 

(満喫してるなぁ……。ヘロヘロさん)

 

 玉座の間で再会してからここまで、ヘロヘロは割と好きなように行動している。それは身勝手とは違い、その場その場で自然体に自分のやりたいようにしているのだ。

 

(こっちに来て体調がレッドやイエロー状態から、オールグリーンになったっぽいし。仕事からも解放されて……そう、色々解放されちゃったんだろうな……)

 

 そうなるとモモンガ自身はどうなのだろうか。

 彼も現実(リアル)とは違い、体調良好で仕事に追われることも無くなったため、解放感は感じている。なのに、その解放感はヘロヘロほどのものではないような気がしてならなかった。

 

(やはり……春を感じさせる女性の不在だろうか!)

 

 ギン! 

 

 暗い眼窩の中で瞳を光らせてみたが、それは正解のほんの一部でしかない。

 アンデッドとなったことによる、強制的な精神の安定化。そして精神が異形側に引っ張られているのが主な原因だ。同じ異形でも、生者であるヘロヘロとでは精神に受ける影響はかなり違う。更に言えば、ヘロヘロは人化を会得(?)したことによって、その精神の異形化が大きく低減されていた。とはいえ、影響が無くなったわけではないのだが……

 

「む、外に出たか? ……っ。これは!?」

 

 星明かりが足下を照らすのを見て、モモンガは空を仰ぎ見た。

 満天の星空が広がり、モモンガ達を照らし出している。

 圧倒されたのは星の密度だ。夜空の星というのは、これほど沢山あるものか。現実(リアル)の百年ほど前でも、すでに都市部では夜空に星を見ることは少なくなっていたと聞く。

 

(第六階層の星空も凄かったけど、それ以上だ! ブルー・プラネットさんにも見て貰いたいな!)

 

 自然の星空について熱く語っていたギルメンを思い出し、モモンガは胸が熱くなるのを感じていた。もっと近くで星を見たい。飛行系の魔法を……使用したかったが、魔法で創造した重鎧を着用していては無理な話だ。鎧を解除すれば良いだけの話だったが、気が急いているモモンガはアイテムを取り出す。

 小さな鳥の翼を象ったネックレス。

 そこに込められた魔法は飛行の魔法だ。が、自分一人で飛び立とうとしたモモンガはヘロヘロに目を向けた。同行しているのがデミウルゴスとソリュシャンだけであったなら、構わず飛んでいたことだろう。

 

「ヘロヘロさん。夜空の散歩と言いますか。観察……観賞ですかね。飛びたいと思うんです。飛行アイテムを持ってましたか? 飛ぶ魔法は確か使えませんよね?」

 

「もちろん、アイテムなら持ってますよ」

 

 問いかけると、ヘロヘロは同じアイテムを三つ取り出す。

 都合良く持ち合わせがあるように思えるが、単独での飛行手段を持たないヘロヘロは、こういったアイテムをアイテムボックスに常備しているのだ。

 

「はい、これはソリュシャンの分」

 

 自分の首にネックレスのチェーンを掛け、ヘロヘロはソリュシャンにもアイテムを差し出す。ソリュシャンは恐縮し遠慮していたが、「でも、これが無いと私に同行できませんよ? ……私が抱きかかえましょうか?」と言われ、慌てて受け取っていた。ヘロヘロのセリフの後半が決め手となったわけだが、居合わせた者達の反応はそれぞれ違う。

 

(ソリュシャンは恥ずかしがり屋さんなんですかね?)

 

(この人、ホントに現実(リアル)で彼女居なかったの!?)

 

(危うくヘロヘロ様のお手を煩わせるところだった……。僕として、もっと気を引き締めないと……。でも、抱き上げて欲しかったかも……)

 

(ふむ。ソリュシャンは、創造主であるヘロヘロ様との仲が良好のようだ。羨ましい限りです。……ウルベルト様……)

 

 一瞬、場が静まったが、それを破ったのはヘロヘロだった。

 

「デミウルゴスはどうします? ネックレスは、まだありますよ?」

 

「いえいえ。私は自前で飛べますので。どうぞ、お気遣いなく……」

 

 恭しく一礼すると、ヘロヘロは「なら大丈夫ですね」とネックレスを引っ込める。どうやら準備が整ったらしい。

 

「ヘロヘロさん。では……飛びます」

 

 声を掛けたモモンガがネックレスの魔法を発動させて飛び上がると、ヘロヘロ達も後を追う形で飛行する。デミウルゴスはスーツの背から濡れた皮膜の翼を出し、頭部を蛙に似た悪魔のものへと変貌させた。これがデミウルゴスの半魔形態だが、翼による飛行が可能であり、少し遅れる形となったが彼も大空へ飛び立った。

 

「凄い……」

 

 地平線が弧を描くほどに上昇したモモンガは、無限に広がる星の世界と広大な大地を目の当たりにし圧倒されている。

 

「地平線まで明るく見えている。星と月の明かりだけで……。これはこれで現実の世界とは思えないな。まるでキラキラと輝く宝石箱のようだ。そうですよね、ヘロヘロさん」

 

 少し遅れて到着したヘロヘロ。彼も、前後左右、上下に下……埋め尽くされた圧倒的な光景に口をポカンと開けていたが、モモンガに話しかけられたことで大きく頷く。

 

「ええ、本当に。ブルー・プラネットさんが熱く力説していたのも頷けます。しかし、宝石箱とは……。モモンガさんも結構な死人(しじん)ですね」

 

「今、発音がおかしくなかったですか!?」

 

 ツッコミを入れるモモンガに対し、ヘロヘロは「ふふ~ん」と機嫌良く笑いながら視線を逸らした。

 至高の御方同士が親しく語り合っている。

 長らくモモンガ一人だけだったナザリックに、至高の御方がお戻りに成られたのだ。

 この光景にデミウルゴスとソリュシャンは涙するのを禁じ得ない。

 

「まさしく詩的でございます。モモンガ様。この世界が美しいのは、至高の御方の身を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」

 

 恭しくお辞儀をするデミウルゴスを見て、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせた。

 

「モモンガさん。詩人ぶりに関してはデミウルゴスの方が上ですね」

 

「今度は発音がマトモだ。う、ウォホン。そうですね、確かに……」

 

 肩の力を抜いたギルメンとの語らい。これに気をよくしたモモンガは、魔王ロールで一発語りたくなった。意識して声のトーンを落とすと、ヘロヘロ、そしてデミウルゴスらを見回して口を開く。

 

「こんな星々が私達の身を飾るためか……。確かにそうかも知れないな。私達がこの地に来たのは、誰も手に入れていない宝石箱を手にするためやも知れないか」

 

 モモンガは手の平を上方にかざした。

 視界を遮る形で星々が見えなくなる。そのまま握りしめたが、それで星々が手に収まるはずもない。子供のお遊びのような行為に、モモンガは鼻を鳴らしたが……。

 

「いや、ナザリック地下大墳墓を……アインズ・ウール・ゴウンを飾るためにこそ相応しい。そう思ってしまうな……」

 

「魅力的なお言葉です」

 

 デミウルゴスは言う。

 モモンガ達が望むのであれば、ナザリックの全軍を持って宝石箱のすべてを手に入れると。それを至高の御方に捧げられるのなら、それに勝る喜びは無いと。

 

「おお。大きく出ましたね。ソリュシャンはどう思いますか?」

 

「デミウルゴス様の仰るとおりかと……」

 

 ソリュシャンはヘロヘロに微笑む。カルマ値は悪に全振りしているはずだが、その表情はどう見ても『優しげなお姉さん』にしか見えなかった。

 

(みんな、ノリがいいな~。デミウルゴスは、悪魔ロールが好きだったウルベルトさんの作成NPCだし。こういう会話は好きなのかも知れないな)

 

 ウンウンと頷いたモモンガは、魔王ロールのまま苦笑する。

 

「この星々を手に入れる。眼下の地表も含めて……か。それだと世界征服ではないか。まだどのような存在が居るのかもわからない現状では夢想でしかないな。我々が取るに足らない、ちっぽけな存在でしかない。そういう事もある。だが……」

 

 現実的な話として、世界征服を実現するのは不可能だとモモンガは思っていた。

 第一、世界征服したとして、どうやって治めていくのだろうか。反乱だってあるかも知れないし。都市の維持管理や税金の問題なんか、考えただけで頭が痛くなる。

 しかし、この場で思ったり言うだけなら誰にも迷惑はかからない。多少恥ずかしいことを言っても、近くに居るのは三人だけで、いずれも身内だ。

 

「そうだな。ウルベルトさん。るし★ふぁーさん。ばりあぶる・たりすまんさん。ベルリバーさん……か」

 

「ああ、その四人。ユグドラシルで世界一つぐらい征服してやろうって言ってたメンバーですね」

 

 ヘロヘロが懐かしげに細い眼を更に細めている。

 結局、できませんでしたけどね……と笑う彼に、モモンガは頷いて見せた。

 

「ヘロヘロさん。もし可能なら、この世界で世界征服をやってみるのも面白いかもしれませんね」

 

「え~? やるんですか? モモンガさんがさっき言ってたみたいに、解らないことは沢山あって先行きは不透明ですよ? それに統治なんか私達には、とてもとても……」

 

 やはりヘロヘロも、モモンガと同様の『世界征服が無理で面倒』という結論に到達しているらしい。彼が顔前でパタパタ手を振ると、モモンガは笑い出し、ヘロヘロもまた笑い出した。

 たわい無い、友人同士の和やかな談笑だ。

 だが、それがデミウルゴスの発した言葉でピタリと止まることとなる。

 

「征服後の統治機構の構築。その他の些事は私めにお任せを。アルベドもおりますれば、問題は無いかと……」

 

 カエル悪魔の顔でニッコリ微笑むデミウルゴス。

 その彼をモモンガ達は一瞥し、身を寄せて囁きあった。今のヘロヘロは小柄ではあるが人間種形態であり、飛行魔法を調整すればモモンガがかがむ必要は無い。

 

(「ヘロヘロさん。デミウルゴスは本気で言ってるんですかね?」)

 

(「どうも本気のようですよ? ほら尻尾、嬉しそうに振ってるじゃないですか」)

 

 チラリと振り返ると、デミウルゴスの長い尾がブンブン振られている様が、モモンガの目に飛び込んできた。

 

(「うあー……」)

 

 驚愕。しかし、瞬時に精神の安定化が起こり、モモンガは冷静になる。

 

(「でも実際、世界征服とか無理でしょ? ヘロヘロさんも、そう思いますよね?」)

 

(「俺達だけじゃ無理ですよ。ぷにっと萌えさんやタブラさんとか……ギルドの頭脳派が居れば、多少は……とは思いますが。でも……デミウルゴスなら、ある程度いけるんじゃないですか?)

 

 ヘロヘロが完全否定しなかったことでモモンガは目を剥いたが、相手の真意を知るべく続きを促した。

 

(「私、思うんですよね~。今のところ、ナザリック内に私達以外のギルメンは居ないみたいですが、ひょっとしたら外には居るかも知れないじゃないですか。私みたいにナザリック内に遅れて飛ばされることもあるかもですけど」)

 

(「セバスに少し外を歩かせましたが……。本格的にナザリック外を探すことは重要……急務だと?」)

 

 モモンガの問いにヘロヘロは頷く。

 どのみち、外を調べるのは必要だ。セバスの報告では村があったそうだし、まずはそこを調べて情報を得よう。そして、どんどん探索範囲を広げるのだ。

 

(「その村とか……ひょっとしたら都市なんかがあれば、そこに手を伸ばしてギルメンを探したりできるかも知れません……」)

 

(「なるほど……。悪くは無いですね……。ヘロヘロさんの言うとおりだ」)

 

 それに収入の見込める都市を支配下におければ、ナザリックの資金問題が解決する可能性がある。維持費が不足してギルドホーム消滅……という事態は絶対に回避しなければならない。

 

(「世界征服はともかく、ナザリックの勢力拡大は必要でしょう。ヘロヘロさん。俺、ある程度はデミウルゴスに任せたいと思うのですが?」)

 

(「モモンガさんの意見に賛成です。デミウルゴスには後でジックリ話をして……そう、打ち合わせが必要でしょうね」)

 

 村や都市、他勢力を支配下に置くにしても、やり方というものがあるだろう。

 こっちの世界で余所のギルドのプレイヤーが居たとして、彼らに目を付けられるのは良くないことだ。ゲームではないのだから、悪党ぶりは控えめにした方がいいだろう。少なくとも、文句を付けられないよう心がけるべきだとモモンガ達は判断する。

 大体の方針を決めたモモンガとヘロヘロは、不思議そうな顔で待機しているデミウルゴス達を見た。

 

「デミウルゴスよ。世界征服に関しては、たとえやるにしても慎重に事を進めるべきだと思う。まずは手近なところから手を伸ばそうではないか。後で、打ち合わせたいことがあるのだが……構わないか?」

 

「もちろんでございます。モモンガ様」

 

 胸に腕を当てるようにしてデミウルゴスがお辞儀する。

 

「おや? あれはマーレの<大地の大波(アースサージ)>ですかね?」

 

 ヘロヘロの声を聞き視線を下げたところ、ナザリックに向かって大規模な津波が押し寄せていた。津波と言っても水ではなく土。そして地形そのものである。

 転移後のナザリック地下大墳墓は、平坦な草原地帯に出現していた。

 ユグドラシル時代であれば、毒の沼地などの地形効果で防衛力強化が期待できたが、草原ではそうもいかない。そこでモモンガはマーレに命じて、ナザリック周辺を起伏の激しい丘陵地帯に変貌させた。それが今まさに行われているのだろう。

 

「マーレの陣中見舞いに行くか……。ヘロヘロさんも来ます?」

 

「ええ。その後は……少しお腹が空きましたので、食事にしたいですねぇ。ソリュシャン、引っ張り回して申し訳ないですけど、御一緒願えますか?」

 

「願うだなんて滅相もない! ついて来いと、御命令くださいますよう」

 

 慌てるソリュシャンを見て、モモンガ達は苦笑した。

 忠誠心、マジで重い。

 そう思わずには居られない。だが、今の彼らにとってナザリック地下大墳墓と所属するNPCらは重要な拠点であり協力者だ。しかもNPCらの多くはギルメンの子供でもある。

 自分達で慣れるしかないのかも……そう思いつつ、モモンガとヘロヘロはナザリック外壁上で立つマーレの元へと降下していくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふっ! ほっ! はっ! くっ、この鏡め!」

 

「ほいほいほい。上手くいきませんね~」

 

 モモンガの執務室で、椅子に座したモモンガ、そして傍らで立つヘロヘロが珍妙な身振り手振りをしている。

 ちなみにヘロヘロは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の形態であり、モモンガは……人間種の姿となっていた。

 ヘロヘロが異形化しているのは、人化したままで居ると『ある種のストレス』のようなものが生じて、異形化せずには居られないからだ。このストレス状態は維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を使用しても解消できない。

 ヘロヘロは「人間種で居ると、それはそれで気楽なんですけど。あくまでも基本は異形種……ということなんですかね~」と言っていたが、それほど気にしていない様子でもあった。

 そして、モモンガが人化している理由。

 こちらはヘロヘロから譲渡された人化の腕輪による人化だ。ヘロヘロのようにストレスの問題はあるが、今は人化していたい気分なのである。

 あの星空での一件の後。モモンガ達は、ナザリック地下大墳墓を隠蔽するべく奮闘中のマーレを訪ねた。

 恐縮することしきりの彼に、褒美としてギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を与え、直後に合流したアルベドにも指輪を渡している。

 問題は、その後だ。

 事前にヘロヘロが言っていたように、モモンガ、そしてソリュシャンも加えた三人で食堂へ向かった……ソリュシャンだけギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持っていないため、モモンガの転移門(ゲート)で飛んだ……ところ。その場に居合わせた一般メイドらが、ヘロヘロを見て大歓声をあげたのである。

 それも当然、ヘロヘロが作成したNPCはソリュシャンだけでなく、一般メイドの三分の一も作成に関与していた。それも彼が主導で。つまり、ヘロヘロは彼女らの創造主でもあるのだ。

 モモンガは後日、この時の様子を次のように語っている。

 

「メイドの涙で、食堂が水没系トラップになるかと思った」

 

 無論、誇張だ。しかし、居合わせたモモンガにしてみれば誇張でも何でもなく、ただ呆然と状況を見守るしかない。この混乱は駆けつけたメイド長……ペストーニャ・S・ワンコによってメイドらが追い散らされる約半時間後まで続いた。

 そして、ようやく食事となったが、モモンガは骨なので食事ができない。人化したままのヘロヘロが料理をパクつく様を傍観するしかないのだ。

 

(人化……いいな。ちょっと……ちょっとだけなら……)

 

 メイドらが再び集結し、ソリュシャンを筆頭としてヘロヘロの食事の世話をしている。実に、甲斐甲斐しい。人数が多いのでハーレム状態である。その光景を見ていると、能力値やスキルのデメリット。そんなものが如何ほどの障害になるのか。そういう思いがモモンガの中で充満し……気がつくと人化の腕輪を装着していた。

 

「でまあ、ナザリック食堂の料理の美味さに俺も開眼して、爆食してたわけですが……」

 

 その最中に登場したセバスにより、モモンガとヘロヘロは二人纏めて説教されることとなる。

 説教のお題は『至高の御方が少ない護衛で外に出ることの危険性』について。

 白髪白髭、筋骨隆々たる体躯の老紳士。これが創造主のたっち・みーばりの迫力で説教するのだ。あまりの怖さにモモンガ達は正座せざるを得なかったほどである。

 半時間ほど続いた説教が終わった後、モモンガ達は外部調査をする前段階と称して、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の試験運用を始めたのだった。

 そして現在に到る。ソリュシャンは通常業務に戻したので、今室内に居るのはモモンガ達とセバスのみだ。

 

「このアイテムが。こんなに使いにくかったとは……」

 

「ユグドラシルじゃ妨害されやすいわ、音は聞こえないわ、屋内は覗けないわで微妙アイテムだったんですけど。その上、使いにくいときましてはね~……おっ?」

 

 ヘロヘロが画面が動いたのを見て、声をあげる。

 

「お? おおっ?」

 

 触手を動かす度に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の画面が動いた。拡大縮小も思いのままだ。

 

「やった! やりましたよ!」

 

「え? マジですか!? って、俺もできた!」

 

 ヘロヘロの動作を真似たモモンガも鏡の操作を掴む。

 触れずに少し離れた位置からの、タッチパネル操作をするような心持ち。それが操作するためのコツだったのだ。

 

「いや~、できましたね。あれですか、残業八時間目のプログラマーが突然、物事上手く行った……みたいな気分?」

 

「やなこと思い出させないでくださいよ……」

 

 僅かにブスッとした声で言うヘロヘロは、練習がてら画面をスイスイ移動させていくが、そこでふとセバスの報告内容を思い出す。

 

「セバス。発見した村は南西十キロでしたか?」

 

「はい。ヘロヘロ様。その地点からですと、もう少し西に進んだ場所かと……」

 

 二人の会話を聞いていたモモンガは「こっちですかね?」と画面操作をした。数回手を振ると、確かに村が見えてくる。戸数から言って百人規模で住民が居ると思われるが……。

 

「これは、何をしてると思います? ヘロヘロさん?」

 

 武装した騎士のような男達が村中を駆け巡り、村人に危害……いや、殺害しているようだ。手には剣を持ち、それを思うさま振るっている。

 

「どちらも人間種のようですが。イベントや、祭り……ではないですよね?」

 

「恐らくは襲撃かと思われます。ですが……」

 

 ヘロヘロの呟きに答えたセバスであったが、少し考え込むような素振りを見せ、それがモモンガ達の注意を引く。

 

「どうした、セバス? 何か思い当たることでもあるのか? 言ってみろ」

 

「はい。実は……」

 

 セバスの説明によると、第六階層で『忠誠の儀』が終わり、モモンガとヘロヘロが姿を消した後のことだ。デミウルゴスが影の悪魔(シャドウ・デーモン)を発見した村に向けて差し向けたと言う。

 

「私達が村に出向く際、有事に支援活動を迅速に行うため……か」

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)なら発見されにくいでしょうから。適役ですね~」

 

 言いつつモモンガ達は、デミウルゴスの用意周到さにおののいていた。その一方で、この事態発生に際し、デミウルゴスが何の報告もしてこないことが気になる。

 

(セバスは知らなさそう。直接に聞けばいいか……。魔法、便利だもんな)

 

 モモンガは、こめかみに指を当てると伝言(メッセージ)を発動した。

 

「デミウルゴス……」

 

(『これは、モモンガ様。どのような御用件でしょうか?』)

 

 今何をしていたかは不明だが、デミウルゴスはすぐさま用件を聞いてくる。なのでモモンガは遠慮なく聞いた。

 

「セバスが発見した村に影の悪魔(シャドウ・デーモン)を差し向けているそうだな」

 

(『……そのとおりでございます。影の悪魔(シャドウ・デーモン)らが何かしでかしましたか?』)

 

 何かしでかした……のではなく、何もしてないのが問題なのだ。

 モモンガは「村が襲撃されているようだが、その事態発生につき、何も報告が無いのは何故か?」を聞いてみる。

 

(『そ、それは! その……』)

 

 途端にデミウルゴスの舌の回りが悪くなった。詳しく聞いてみると、下等な人間種同士であるし、数の増減が多少あったところで支障は無いと判断したらしい。

 

(マジか、こいつ……)

 

 モモンガは呆れた。呆れたが、チラッと遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の画面に目をやって考えた。

 何人かが惨殺される……現実(リアル)で居た頃なら、目を背けるか卒倒しそうなシーンが繰り広げられている。

 

(んん? 俺も……大したことないな……と思ってるぞ? 今、人間種なのに!? じ、人化を解いたらどうなるんだ?)

 

 モモンガは一瞬だけ死の支配者(オーバーロード)に戻ってみた。

 ……。

 精神の安定化が発生し、衝撃を受けた心が穏やか……いや、平坦なものへと変わる。

 モモンガは再度人化すると、生唾を飲み込んでからデミウルゴスに伝えた。

 

「ご苦労だったな、デミウルゴス。しかし、言っておく。得た情報を重視するかどうかは私達が決めることだ。いや、そうではないな。監視役を配したなら、ともかく情報は報告すべきだ。以後は、よろしく頼む」

 

 一方的に言って伝言(メッセージ)を切ると、モモンガは隣で立ち、様子を見守っていたヘロヘロに向き直る。 

 

「ヘロヘロさん。一度、人化して見てください。この光景、どう思われますか?」

 

「ちょっと待ってください」

 

 ヘロヘロはニュミンと伸び上がり、例の道着を着用した人間種の姿に変わった。そして下顎に手を当て、無精髭を擦りながら画面を観察する。そして言った。

 

「モモンガさん。大変です。人が殺されまくってるのに、あまり衝撃がないです。今、人化してるのに……。映画の戦闘シーンで人が死んでる……ぐらいの感覚しかないですね」

 

 なのに、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のときは、野生動物の記録映像で、捕食シーンを見てるぐらいの感覚しかなかったと言う。

 ヘロヘロの顔が大きく引きつってる。

 彼の感想が自分と違うこと。そして、ある意味で同じであると知り、モモンガは小さく頷く。

 

(俺なんか、骨の時は『木の枝が風で揺れてるのを見た』ぐらいの感覚だったものな。ところが人化してから見ると、人化したヘロヘロさんと同じぐらいの感覚になる……これは……)

 

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)では、感覚が違うのだろうか。アンデッドと生者だから、違って当然なのかも知れないが……。

 

(俺もヘロヘロさんも、元は人間なのに……)

 

 やはり、人化しても完全に異形種としての本性感覚からは逃れられない。いや、それが普通なのだとさえ思ってしまう。だが、それで良いのだろうか。

 

「ヘロヘロさん。このまま私達、内面まで異形種になったりしますかね? そうなったとして……それで皆に顔を合わせられるんでしょうか? いや、他の人達(ギルメン)は大丈夫なんですかね……」

 

「わかりません。それに、皆が皆、私達と同じになるとは限りませんし……」

 

 モモンガの問いに答えつつ、ヘロヘロは画面に近い方の目を微かに見開く。

 

「これからは、人化の時間を長く取るのがいいかも知れませんね。異形化は『異形ストレス』の解消が必要ですから、そっちも必要ですが……」

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。検証は必要でしょう……」

 

 大気汚染も体調不良も無い世界に来たと思ったのに、面倒なことが我が身で起こっている。何もかも思いどおり……なんて都合の良いことはないのだ。

 二人で話し合ってる内にも、画面内での殺戮ショーは続く。今は男と女、それに娘が二人……家族のような一組が、騎士に襲われており、男が残って他を逃がしていた。

 モモンガとヘロヘロは人化を解いて見ていたが、今度は人化していたときよりも無関心であることに戦慄を覚える。

 

「お助けになりますか?」

 

 後方からの声を聞き、その声の内容を認識したモモンガ達は、ビクリと体を揺らした。

 セバスが……ジッと二人を見ている。

 彼は『助けに行け』と言ったわけではない。画面内の光景を見て、どうするかを聞いただけだ。ただ、第一声が『助けるかどうか』を問うあたり、彼の創造主を連想させるには十分だった。

 

(たっちさんに似ている……)

 

 モモンガは、ギルメン……たっち・みーにより救われ、アインズ・ウール・ゴウンの前身、ナインズ・オウン・ゴールに誘われたことを思い出していた。彼の救いが無ければ、モモンガはユグドラシルを引退していたことだろう。

 ヘロヘロを見ると、モモンガと同じ思いだったようで、画面を逃げた妻や娘達の方へ移動させながら頷いていた。

 今は、画面上で女性三人が殺されようとしている。

 

「行きましょう。ヘロヘロさん!」

 

「ええ、ここで助けに行かないと、後でたっちさんに叱られてしまいます! って、えっ?」

 

 良いシーンだったが、ヘロヘロが最後に噛んだ。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の体躯を若干膨らませるようにして画面に釘付けになっている。

 

(いったい何が……)

 

 釣られるように画面を見たモモンガは、瞬時に精神の動揺が限界突破し、同時に精神安定化により落ち着いた。だが、胸は高鳴りっぱなしだ。

 画面内では、一人の忍者が女達の前に立ち、騎士らを殴って蹴って倒していたからである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 弐式炎雷です……誰もマイクを取ったりしない?

 ゴホン! カルネ村が襲撃を受け、俺は騎士みたいなのを千切っては投げする大活躍!

 そして現れる、死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第9話

 

 弐式『俺です! 弐式炎雷です!』

 

 弐式「俺です! 弐式炎雷です!」

 モモンガ「二回も言った……」

 ヘロヘロ「予告当番が嬉しかったんですかね~」

 

 




誤発注ではなく、規模縮小の正式発注。
なお、拡大解釈される恐れは消えていません。

ところで、人事異動の関係で四月から通勤距離が倍になります。
勤務時間は四時間増しぐらいかな。
四時起き確定とか、鈴木悟さんに一歩近づいてるやん。やったー。(虚ろ眼)
土日には書けると思うので、そう間隔は開かないと思いますが。

<誤字報告>

あんころ(餅)さま、ありがとうございました。めっちゃ助かります。


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第9話 俺です! 弐式炎雷です!

 カルネ村のエモットは妻一人、娘二人を養う極普通の村民だ。

 日々の畑仕事に精を出し妻を気づかい、娘達を愛でて躾ける。平均点以上の父親と言える。

 その日の朝。村の外縁部で悲鳴が聞こえ始め、多数の村人が大森林へ逃げ込むのが窓から見えた。エモットとしては同様に逃げたかったが、外へ水汲みに出かけたエンリが戻らないため、彼女を待つこととする。結果、エモット家の人々は逃げるのが遅れてしまった。

 

「エンリ……」

 

 妻が心配そうに呟くのを抱きしめ、髪を撫でながら「大丈夫、大丈夫だ」と宥める。どうするべきだろうか。娘を待たずに家を飛び出るか。ジリジリとした時間が流れていき、外から聞こえる悲鳴は徐々にエモット家へと近づいてくる。

 そこにエンリが駆け込んできた。

 

「エンリ! 無事だったか!」

 

「お父さん! 鎧を着た人達がたくさん居て、村の人達を! モルガーさんも……」

 

「わかってる!」

 

 いや、解ってはいない。だが、今は事情を知ることより逃げることが先決だ。エモットはテーブルにあったナイフを掴むと、妻と娘二人を連れて家を飛び出そうとした。そこへ、出口の扉が外より開かれたのである。

 入ってきたのは全身鎧を着込んだ戦士……いや騎士だ。

 手には抜き身のロングソードを持っている。鎧の胸元の紋章は、カルネ村が属するリ・エスティーゼ王国……とは敵対関係にあるバハルス帝国のもの。いつもは城塞都市エ・ランテルに武力侵攻をしているのだが、どういうことか開拓村に手を伸ばしてきたらしい。

 その意図は何か、事情を知る者が居たら疑問に思った事だろう。だがエモットのような田舎村民には、『王国の紋章と違う』程度にしか思えない。じっくりと観察できれば、あるいはバハルス帝国の紋章だと気づけたかも知れないが、今はそんな場合ではないのだ。

 

「う、おおっ!」

 

 短い雄叫びと共に、騎士に飛びつく。

 

「あなた!」

 

「お父さん!」

 

 妻とエンリが叫ぶのが聞こえた。ネムの声は聞こえない。恐らくは怯えて声も出ないのだろう。

 

 ドダン!

 

 音高く騎士と共に倒れた。

 その衝撃で騎士はロングソードを取り落としたらしい。だが、騎士の腰には短剣がある。それを抜こうとする手を押さえ、こちらは鎧の隙間にナイフを……こちらの手も掴まれた。

 このまま床に転がり揉み合っていても、騎士相手に勝てるかどうかわからない。恐らくは負ける。それに村には大勢の騎士が来ているのだ。あと一人でも増えたら、皆殺しにされることだろう。

 だからエモットは妻に向けて叫んだ。

 

「逃げろ!」

 

 床を転がりながら反応を伺うと、妻がエンリの手を引いている。だが、エンリが動こうとしない。ネムもだ。震えながら立ちすくみ、こちらを凝視している。

 

「逃げろ! エンリ!」

 

 再度叫ぶと、エンリがパッと身を翻し、ネムの腕を掴んで立ち上がらせるのが見えた。逃げる気になってくれたらしい。妻に先導される形で娘らの姿が見えなくなると、エモットは一瞬だけ気を抜いた。

 そして思い出す。

 納屋には昨晩から旅人を自称する男、ニシキが泊まっていることを。

 

(彼は逃げただろうか。納屋に留まっているのか? 隠れていた方が……いや、逃げた方が安全だ)

 

 そう判断すると、一息吸って男の名を叫ぼうとした。

 しかし、そこへ新たな騎士が登場する。それも二人。これでは自分は助からない、すぐに殺されることだろう。

 

(せめて……)

 

 一声叫ぶのだ。自分が叫ぶことで、殺される者が一人減るなら……この騎士の姿をした狼藉者達の鼻を明かせることになる。

 引きつったような笑みを浮かべたエモットは、短く一呼吸すると、昨日聞いたばかりの旅人の名を叫んだ。

 

「ニシキさん!」

 

「はい、ドーン!」

 

 この殺戮の場にそぐわない声が聞こえたかと思うと、戸口付近で立っていた騎士の一人が飛ぶ。正確には背後から蹴り飛ばされて屋内に飛んだのだ。その騎士は壁に頭から激突すると、首をおかしな方向に曲げてずり落ち……そのまま動かなくなった。

 

「おんや? より一層、手加減したんだけど。死んじゃった?」

 

「な、何っ!?」

 

 背後から聞こえた声に騎士が振り向くと、その騎士の首がクルリと半回転し、顎と頭頂部の位置が入れ替わる。素人目にも首の骨が折れ外れたのであり、当然ながら騎士は倒れ伏して動かなくなった。   

 

「まいったね。人を殺したのに、あんま衝撃的じゃないな」

 

 一人呟く男……見たこともない暗紫の着物に、白銀色の防具。顔は面と布で覆われていて判別できない。だが、その声は納屋に泊まっていた旅人、ニシキのものだ。

 ニシキらしき男は、エモット達の方へ歩み寄りつつ言う。

 

「一宿一飯の恩義。いや、飯は食ってないけど。寝床の恩は返させて貰わないとね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「逃げろ! エンリ!」

 

 その声を聞き、弐式はようやく目を覚ました。

 少し前から村は悲鳴渦巻く地獄絵図と化していたのだが、それで弐式は眼を覚ますことはなかった。何故なら、健康体の身体で美味い空気。しかも森に囲まれた土地で……という好条件で就寝していた弐式は、すっかり熟睡していたのである。

 だが、昨晩聞いたばかりの親切な男、エモットの絶叫により跳ね起きたというわけだ。

 寝ぼけ眼で身を起こした弐式は、村人の悲鳴を聞き……まずは逃げることを考える。この辺りの戦える者の強さが、どれほどか解らないからだ。だが、親切なエモット氏が危険な状況であることは何となくわかる。

 

「え、ええい。糞! 様子を見て! 手助けして! 駄目なら逃げる! それだけのこった!」

 

 一声ごとに気合いを入れ、人化を解いてハーフゴーレム体に戻る。

 途端に精神が安定化した。

 焦りが低減化され、冷静な判断力が湧き上がってくる。

 

「種族特性か? ありがたいぜ!」

 

 叫ぶなり納屋を飛び出した。扉が吹き飛んだような気がするが、後でエモットに謝っておくとして、真っ先に向かったのはエモット家の正面だ。

 音も無く、距離的にはほぼ一瞬で家屋正面に回り込んだところ、そこには騎士と思しき風体の男が数人居た。

 

 ヒュボボボ!

 

 パンチにチョップ、そして蹴り。

 忍者刀を使わなかったのは、いきなり斬りつけて、それで死んだらどうする。という判断によるものだったが、弐式の思いとは別に、殴る蹴るされた騎士らは皆一撃で絶命した。

 ある者は殴られたことで首が外れて飛んでいき、ある者はチョップが肩から入って腰付近まで切り裂かれた。蹴られた者などは遠く高く飛んで、村外縁の木の枝に引っかかっている。

 

「弱っ……。こんな低レベルで、騎士様でござい! な格好してて恥ずかしくないの? こいつら?」

 

 呆れ声を出すが、こうなるのもレベル差が離れすぎているからだ。今の弐式は異形化しているためレベル一〇〇で、この村に乗り込んできた騎士らは強くてレベル一〇と言ったところだ。勝負になるはずがないのである。  

 拍子抜けした弐式はエモット家に踏み込んだが、そこに騎士が二人立っていた。奥で……何かが転がるような音がする。

 そして「ニシキさん!」という叫びが聞こえ……たと同時に、弐式は行動に出た。

 

「はい、ドーン!」

 

 手近な一人の背を蹴り飛ばし、もう一人が振り返ったところを下顎を跳ね上げるように殴って顔面を半回転させる。

 

「まいったね。人を殺したのに、あんま衝撃的じゃないな」

 

 手早く騎士二名を殺害した弐式は、屋内へ踏み込むと騎士ともつれ合っているエモットに近づいた。

 

「一宿一飯の恩義。いや、飯は食ってないけど。寝床の恩は返させて貰わないとね」

 

 言いつつ騎士が上になったのを見計らい、脇腹を蹴り飛ばす。エモットに当ててはマズいと考え、更に力を弱めたのだが、これでも騎士は死んでしまった。

 

「……スキルに手加減する系のがあった気がするな。それを試そうかな。まあ今度でいいか」

 

 ブツブツ言ってると、足下のエモットが怯えているのが眼に入る。

 

「に、ニシキさん?」

 

 震えた声。どうやら弐式だとわかっていない様子だ。弐式は「ああ、服が違うものな!」と納得し、面と布をまくり上げた。途端にエモットが悲鳴をあげる。

 

「え? あ、やっべ。異形化したままだった。エモットさん、俺ですよ。俺!」

 

 素早く人化し声をかけると、エモットはようやく落ち着いた。

 さっきのゴーレム顔について聞かれたが、あれは防具の一部だと強引に言いくるめる。

 そんなことよりもエモットの妻が見えない。出かけているのだろうか。だとしたら、危ないなと弐式は思った。

 

「奥さんは出かけてるんですか?」

 

「そ、そうだ! 妻と娘が二人! 森の方へ逃げてるはずなんです!」

 

 エモットは弐式にすがりつき、妻達を助けて欲しいと懇願する。

 一晩泊めただけの旅人にする願いではないが、今の戦闘で弐式が強いと認識したらしい。

 これに対し、弐式は二つ返事で了承した。

 

「オーケー! 引き受けました!」

 

 先程、納屋を飛び出た際、弐式は村を襲撃した者達が強ければ、エモットが逃げるのを手助けして自分も逃げようと考えていたのだ。ところが、出会す騎士達は皆弱すぎる。これなら、騎士を排除しつつエモットの家族を助けるぐらいは可能ではないか。そう判断し引き受けたのである。

 

「分身を一人置いて行きますから。エモットさんは家に居てくださいね!」

 

 弐式は面と布を戻し、ハーフゴーレム化。スキルによって分身体を作り出す。エモットが「え? えええっ!?」と驚いてるが、弐式としては「俺の忍術で喜んでくれてる!」ぐらいの感覚しかなかった。

 彼を残して家を飛び出ると、見える範囲にはまだ数人の騎士が居た。屋内に乗り込んでいる者のことを考えると、更に残り人数は増えるだろう。

 

「てか、スキルで丸わかり。残り十五人か」

 

 ギルドきっての探索役(シーカー)は伊達ではないと一人胸を張りつつ、弐式は分身体を更に三体作り出した。分身体は、戦闘力において弐式を大きく下回るし、武装もアイテムボックスも共有できないが、この村に来た騎士を相手するには十分な強さを持つ。大丈夫なはずだ。

 

「そっちの俺らは、村に居る騎士共を片付けて。ああ、指揮官ぽいのとプラス三人ほどは確保して欲しいな」

 

「了解。本体の俺!」

 

 分身体たちが村のあちこちへ散っていく。

 被害を完全に防ぐことは無理かも知れないが、騎士達の乱暴狼藉は短時間で終幕を迎えることだろう。弐式は村自体には恩義を感じていない。だが、騎士を残しておくとエモット家に迷惑をかける。そう判断した上での行動だった。

 続いてやるべきことは、エモット夫人と娘達の確保。

 スキルによって探知範囲を伸ばすと、森向けて駆けていく二つの生命反応と、それを追う四つの生命反応。追ってる方は騎士だろう。

 

「おっと手前に一つ。奥さんかな?」

 

 駆ける。それは駆けるという姿でなく、現地民にとっては暗紫の線が延びていくように見えたはずだ。それほどの速度で家屋を回り込み、反応があった地点を目指すと、すぐ前で昨晩見かけた女性……エモット夫人が騎士に斬りつけられている姿が見える。

 重傷だ。放っておけば死に到る負傷。

 弐式は意識が殺意で染まるのを感じていた。

 

「何してんだ、ゴラァ!」

 

 アイテムボックスから掌に直結で手裏剣を取り出し、投じる。飛翔する手裏剣は騎士の兜を左から右に貫通し、森の中へと消えて行った。もちろん、騎士は即死である。

 弐式は倒れた騎士には目もくれず、エモット夫人に駆け寄ると下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取りだし、エモット夫人に振りかけた。やはり傷と一緒に衣服の損傷まで修復されるのは不思議な光景だ。

 回復して意識を取り戻したエモット夫人は、弐式を見て怯えたが、弐式が「俺俺、俺ですよ!」と言いつつ面を取ったことで落ち着いている。今度は人化した上で面を取ったのだ。弐式炎雷、同じミスはたまにしかしない男である。

 

「む、娘、エンリとネムが向こうに!」

 

 礼を述べたエモット夫人が指差すのは森の向こう。先程、弐式が感知した反応が向かったのと同じ方向である。

 

「分身体を残していきますから。ここに残っ……お家の方へ向かってくださいね!」

 

 更に分身体を作り出した弐式は森へと駆けていく。背後でエモット夫人の「え? えええっ!?」という声が聞こえたような気がしたが、今は娘達のことが優先事項だ。

 森へ飛び込み足跡を探知しつつ駆けていると、すぐさまエンリ達を追う騎士の最後尾に到達。弐式は声を掛けることなく、その騎士の頭部に回し蹴りを見舞った。

 

 パカン!

 

 軽い金属音と共に騎士の頭部が外れ、藪の中へと消えて行く。

 更にもう一人、騎士を倒そうとした弐式の眼に、ある光景が飛び込んできた。

 前方、離れた場所で転倒していた娘……エンリらしき少女に騎士が斬りつけたのだ。幸い致命傷ではないようだが、衣服の背に赤い線が走り、鮮血が噴き出しているのが見える。

 

「てめぇらぁ!」

 

 激昂した弐式は、手近で剣を構えていた騎士の顔を掴んで、そのまま頭部をもぎ取るとエンリの元へ向かおうとした。

 だが……ここで新たな事態が発生する。

 

(誰か転移してくるぞ! 転移門(ゲート)か!?)

 

 弐式の異形化した背に、汗が伝ったような気がした。

 転移門(ゲート)は最上位の転移魔法である。これを使えるレベルの……例えばプレイヤーが敵として現れた場合。弐式一人で対処できるか自信がなかった。

 高速火力特化。そこが売りの弐式であるが、装甲は紙レベルだからだ。レベル九〇ぐらいでも相手が複数居たら、真正面からの戦闘は避けたい。

 

(エンリ達を連れて逃げられるか? エモットさん達も連れて!?)

 

 無理だと思うも弐式は身構え、行動阻害系のスキルを使おうとする。が、出現した円形の闇……転移門(ゲート)から出てきた人物を見て目を丸くした。

 それは見覚えのある神器級(ゴッズ)のローブに、手にしている杖はギルドの杖(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)。連想するのはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長だが、装備しているのは同じ死の支配者(オーバーロード)。もう一人(?)はスライム種で、確か古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)だったと弐式は思う。

 

(モモンガさんと……ヘロヘロさんかっ!?)

 

 モモンガらしき死の支配者(オーバーロード)は、騎士の一人に第九位階魔法<心臓掌握(グラスプ・ハート)>を使って瞬時に殺害。耐えきったとしても、漏れなく朦朧状態になる追加効果がある魔法だが、その必要すらなかったようだ。残る一人はヘロヘロが溶かして消滅。エンリ達は……と見たところ、死の支配者(オーバーロード)がポーションを取り出して与えていた。

 

(やっぱりモモンガさん達か!?)

 

 胸の奥から歓喜が湧き出し、弐式は駆け出す。

 

「モモンガさん! ヘロヘロさん! 俺です! 弐式炎雷です!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少し前。

 

「あれは……弐式炎雷さんか!?」

 

 ナザリックの執務室で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を凝視するモモンガは、驚愕と共にギルメンの名を口に出していた。

 想像していたよりも早く、ギルメンが見つかったことに対する喜びは大きい。瞬時に感情が爆発し、すぐさま精神の安定化が発動する。

 

「ちいっ……」

 

 仲間の発見。それを喜ぶことすら許されない。

 そう思うとアンデッドである我が身を忌々しく思うモモンガだが、今は画面の中の光景が大事だ。

 弐式は何故戦っているのか。何故、人間種の娘らを助けようとしているのか。

 モモンガ達が取るべき行動とは何か。

 それらの思案がモモンガの脳内(脳自体は存在しないが)を駆け巡り、咄嗟に思いついた行動案が口をついて出た。

 

「ヘロヘロさん! 加勢に向かいますよ!」

 

「もちろんです! セバスは留守番を頼みますね!」

 

 セバスに、少ない護衛で外出したことを叱られたのは記憶の彼方。明るい声でヘロヘロは言い放ったが、それにセバスから待ったがかかった。

 

「お二人方! 護衛をお連れください!」

 

 言われてモモンガが振り返る。

 この緊急の折に護衛の選抜などしている暇はない。ならば防御力に優れた僕を同行させるのが良いだろう。

 

「アルベドに完全武装で来るように言え。転移門(ゲート)は暫くなら開いているはずだ。それと……」

 

 視界の中に居たヘロヘロを見て、モモンガはふと思い出す。

 

「ヘロヘロさん? 弐式さんの製作NPCは誰でしたか?」

 

戦闘メイド(プレアデス)のナーベラル・ガンマですね。フフフッ。メイドのことは忘れませんよ~」

 

 さすがはメイド萌えギルメン、三人衆の一人。淀みなくフルネームで答えてくる。

 モモンガは頷くや、「ナーベラルにも来るよう伝えるのだ!」と言って、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出し、転移門(ゲート)に飛び込んだ。

 飛び出た先は森の中であり、目の前に騎士二人の姿が見える。背後にある気配は人間種の娘だろうか。こちらはモモンガにとって、どうでも良かった。

 

(いや、弐式さんが助けようとしてたみたいだし。保護した方がいいよね)

 

 ともかく脅威である騎士を排除しなければならない。

 初手は……第九位階魔法の<心臓掌握(グラスプ・ハート)>を選択した。モモンガの得意魔法であり、抵抗されても朦朧状態とさせる追加効果がある。この一発で相手を倒せない場合。モモンガは背後の娘らと、弐式にヘロヘロを連れて転移門(ゲート)へ逃げ込むつもりだった。

 相手情報が何もない中での戦闘であり、モモンガは緊張することになったが、騎士は抵抗するでもなく心臓を潰され即死する。

 拍子抜け。という表現が最も適切だろうか。

 モモンガは下顎をカクンと落としたが、もう一人の騎士をヘロヘロが溶かし「キャラメイクしたての初心者ですかね?」などと言ってるのを聞いて、安堵した。

 想像以上に低レベルな騎士達だったようだ。

 見れば、離れた位置で弐式が騎士らを瞬殺している。

 

「大丈夫そうか。良かった」

 

「あ、あの……」

 

 震える声で振り向いたところ、娘……エンリ・エモットが悲鳴をあげた。その様は、弐式のゴーレム顔を見たときの父親とほぼ同じであったが、もちろんモモンガはそれを知らない。

 

「何を怯える? 別に危害を加えようなどとはしていないぞ?」

 

「モモンガさん。相手は人間種ですよ? 顔が怖いんじゃないですか?」

 

 背後から声をかけるヘロヘロ。彼がモモンガの後ろから顔を出すと、エンリは新たな悲鳴をあげた。死の支配者(オーバーロード)に続き古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)まで登場したのだ。こちらの世界の一般人としては、恐ろしいことこの上ないだろう。

 

「わかってるなら、そのままで顔出さないでくださいよ」

 

「てへへ。ほいっと」

 

 一声かけてヘロヘロが人化する。おなじみ胴着を身につけ、黒髪を後ろで縛った……小柄な青年姿だ。それを見てエンリ達が目を丸くするが、ナイスリアクションだと思ったモモンガは自身も人化した。

 

「ほら、これでどうだ? 怖くはあるまい」

 

 人化したモモンガの容姿は、ヘロヘロと同じで現実(リアル)における姿……鈴木悟である。もっとも現実(リアル)と違って血色が良く、優しげな印象が増し増しとなっていた。

 今は神器級(ゴッズ)装備に身を固めているため、顔が悟のものになると実に不釣り合いなのだが、エンリが怯えさえしなければ良いとモモンガは判断する。

 

「へっ? あ、はい。あの……」

 

 目を白黒させているものの、先程より怯えの色が薄くなったようで、モモンガはホッと胸を撫で下ろした。

 

「少しは落ち着いたか? 怪我をしているようだが、これを飲むといい」

 

 アイテムボックスから取り出したのは下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)。エンリの背に走る切り傷は浅く、この程度なら下級の魔法薬で十分だろう。人のものとなった指で薬瓶の先端を持ち、エンリの眼前に差し出すが……。

 

「あ、赤い色? 血ぃっ!?」

 

 再び怯えてしまった。

 『血』と聞いてモモンガは薬瓶を見たが、確かに中に満たされている液体は赤色で、血の色に見えなくもない。

 この年頃の少女にしてみたら怖がるし警戒したくもなるだろう。

 

「ふむ。ならば……かけても効果はあったはず」

 

 そう呟き、蹲っているエンリの頭から下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を振りかけた。

 途端に傷が塞がり、衣服までが修復していく。

 痛みが引いていく感覚にエンリは暫し驚いていたが、やがて顔を上げると、モモンガの顔を見て礼を述べた。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 そう言って立とうとするエンリをモモンガが見たところ、彼基準で言えばエンリは結構な美少女だった。胸元ぐらい伸ばした栗毛の髪を三つ編みにしており、本来は白いであろう肌は健康的に日焼けしている。そう、健康的な村娘という奴だ。

 

(よく見ると、やっぱり美形だな~。てゆうか、もうちょっと磨いたら、ある意味で一般メイドに迫るレベルかも?)

 

 場違いな感想を抱くモモンガであるが、ヘロヘロが「胸が大きいのは重要なポイントですね」と呟いたことで我に返った。

 

「いや、今は弐式さんと……」

 

「モモンガさん! ヘロヘロさん! 俺です! 弐式炎雷です!」

 

 ヘロヘロに弐式との合流を呼びかけようとしたところ、当の弐式が駆けつけてくる。

 暗紫の忍者衣装。面や各種防具。どれを取ってもアインズ・ウール・ゴウンのギルメン、弐式炎雷だ。

 しかし、弐式はモモンガ達を見て小首を傾げる。

 

「モモンガさん……と、ヘロヘロさんですよね? その姿は? モモンガさん達も人化ができるようになったんですか?」

 

「いや、俺は人化の腕輪で人化してるんですけど。ヘロヘロさんは別で……と言うか弐式さんも?」

 

 モモンガが言うと、今度はお互いに首を傾げた。そこにはヘロヘロも含まれている。

 これは三人で情報共有するのが一番かも……と、モモンガが思ったとき。まだ開いていた転移門(ゲート)より二人の人影が飛び出してきた。

 一人は、全身を黒の甲冑で覆った者。装甲のそこかしこにスパイクが備わり、肌の露出部は一切無い。漆黒のカイトシールドを装備し、これまたかぎ爪状のスパイクが生えたガントレットで、巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を握りしめている。

 鮮血色のマントをたなびかせ、サーコートまでが血の色ときては、見る者に悪魔が出現したかのような印象を与える。

 これがナザリック地下大墳墓、守護者統括……アルベドの完全装備の姿であった。

 そしてもう一人、こちらは遠目にも女性だとわかる。

 銀や金、それに黒。それらの色の金属による手甲、足甲。鎧はメイド服をモチーフにしたもので、額にはホワイトブリムを装着している。手に持つのは金の芯材を銀の外殻で覆っているような杖だ。

 弐式炎雷にとって馴染みのある、ある意味で自分自身のアバターよりも思い入れのあったNPC。ナーベラル・ガンマだった。

 ナーベラルは弐式の姿を目にとめると驚愕の表情と共に杖を取り落とし、表情を歪ませ口元を手で覆う。その瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

「弐式……炎雷様……」

 

 震える声で名を呼ぶや、ナーベラルは一直線に駆けてくる。

 現地人、エンリなどからすれば目にも止まらぬ突進であったが、弐式はナーベラルをしっかりと抱き留めた。

 

「弐式炎雷様! 我が創造主! よく、よくぞお戻りに……」

 

「ナーベラル……」

 

 声が震えるを通り越して嗚咽となり、後が続かないナーベラル。その彼女の頭を撫でる弐式は、混乱の真っ只中にあった。

 

(え? ナーベラルだよな? 俺が作った戦闘メイド(プレアデス)の? なんで勝手に動いて喋ってるんだ!?)

 

 モモンガとヘロヘロが、自分と同様に人化できるようになっているのも、訳がわからない。モモンガの口振りでは、モモンガはアイテムによる人化だが、ヘロヘロは違うらしい。

 わからないことだらけだ。

 今、一番確かなことは、腕の中で震えて泣いているナーベラルが居ることのみ。

 

「ナーベラル……。た、ただいま?」

 

 何とか声を絞り出した。もっと気の利いたことを言えないかと思うが、今の彼はこれが精一杯だ。何より美人、しかも理想の美少女を抱きしめるなんて、弐式の人生では初の体験である。上手く舌が回るはずないのだ。

 対するナーベラルは顔を上げると、涙を拭い輝かんばかりに微笑む。

 

「お帰りなさいませ。弐式炎雷様」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 また一人、ギルメンがナザリックに戻って来た。

 実に喜ばしい。弐式とナーベラルの再会シーンも、端から見れば物語の一場面のように思えて、観客たるモモンガとしては最高の気分だ。

 

「いいもの見た気分ですねぇ、ヘロヘロさん」

 

「まったくですよ、モモンガさん」

 

 モモンガはヘロヘロと並んで、ホッコリした気分になっていたが、アルベドが甲冑をガチャ着かせながら駆けてきたのを見て我に返った。

 

「モモンガ様、ヘロヘロ様。倒すべき敵は何処でしょう?」

 

「敵? あっ……」

 

 言われて気づく。そう言えば自分達は、何者かと交戦中の弐式炎雷に加勢するべく、転移門(ゲート)で飛んできたのだった。先程は人間種の騎士を二人倒したが、もう他には居ないのだろうか。この先にある村が襲撃されていたように思うのだが……。

 

「そこに転がっている騎士の仲間……か? そのような連中が、この先の村を襲撃している。私が調べようとしていた村を襲う、不届きな連中だ。早急に始末して……」

 

 口早に状況説明をし指示していたが、その最中に影の悪魔(シャドウ・デーモン)が姿を現したため、モモンガは口を閉ざした。

 

(今度は何なの!? あ、そう言えば。デミウルゴスが影の悪魔(シャドウ・デーモン)を配置していたんだっけ)

 

 身構えようとしたアルベドを制し、モモンガは影の悪魔(シャドウ・デーモン)に話しかけた。

 

「デミウルゴスの手の者か」

 

「はい、モモンガ様。村を襲撃した輩ですが、弐式炎雷様の分身体の活躍により、すべて殺されるか捕縛されました。戦闘は終結しています」

 

「そうか」

 

 村への襲撃について報告が無かったこと。このことでデミウルゴスにお説教をしたのだが、すぐに成果が出たようだ。やはり報連相は大事だとモモンガは再認識している。

 この今得た情報を有効活用するとなると、まずは村の関係者たる娘に教えることだろうか。

 

「娘。名は何と言ったかな?」

 

「え、エンリ・エモット……です。こっちは妹のネムです」

 

 弐式とナーベラルの抱擁シーンを見て驚いていた様子であるが、モモンガの問いかけには、きちんと答えてくれる。どうやら怯えの色は消えているようだ。

 

「ふむ。エンリよ。村を襲った騎士共は、すべて片付いたようだ。他の御家族は村に居たのかね?」

 

「あっ! 父さんと母さん!」

 

 エンリが声をあげる。自分達のことで精一杯であり、今まで意識から飛んでいたのだろう。だが、その声が耳に入ったのか、離れた位置で弐式が手を挙げた。

 

「モモンガさん。その子の御両親なら、俺の分身体が守ってますよ」

 

「と、言うわけだ。私の友が助けてくれたようだな。他に怪我は無いか? 調子の悪いところは?」

 

 エンリはネムを見たが、モモンガを見て瞳を輝かせている以外は変わったところがあるように思えない。まずは無事と見ていいと判断する。

 フルフルとエンリが顔を横に振ると、モモンガはその顔を(ほころ)ばせた。

 

「そうか。それは良かった」 

 

 ドキリ。

 

 エンリの胸が一跳ねした……ような気がする。

 目の前の男性は自分が危ないところを助けてくれた。先程見たアンデッドの顔は……見間違いだったのだろうか。

 

(ううん。アンデッドだって同じことよ。モモンガ……様? は、いい人だもの!)

 

 出会って間もないが、そうエンリは確信する。

 さっき見た笑顔は、本当に優しげで……言っては悪いが子犬のような……それでいて縋りたくなるような良い笑顔だった。

 悪い人のはずがない。傷だって治してくれたし、いい人だ。

 自分の知ってる仲で良い人と言えば、友人のンフィーレアが居たが、エンリの中では……。

 

(あれ? 良い人は良い人でもンフィーとは何か違うような……。もっと大事? え? あれ?)

 

 自分の中で生まれた感情が何なのか、今のエンリには把握できない。

 一方、それは良かったと言ったモモンガは、既にアルベドやヘロヘロと今後のことについて話し合っており、エンリの熱を宿した眼差しには気づいていなかった。

 ヘロヘロや、ナーベラルの肩を抱きながら戻って来た弐式も、エンリの瞳には気づいていない。

 唯一人、アルベドのみ、値踏みをするような眼差しでエンリを見ていた。 

 ただ、アルベドは全身甲冑を装備していたため、ヘルムの奥で光る瞳に気づく者は、これこそ誰も存在しなかったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ナーベラル・ガンマです。

 

 我が創造主、弐式炎雷様……。まさか抱きしめていただけるなんて……。

 え? 予告? し、失念していました! この命にてお詫び申し上げ……。

 いえ! 予告業務を行います!

 至高の御方の取り纏め役、モモンガ様がゴミ虫たちに挨拶をするとのこと。

 だけど、モモンガ様は御尊顔を隠したい様子……。

 フンコロガシ共など、モモンガ様の御尊顔を仰ぎ見て尊死すれば良いのに……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第10話

 

 モモンガ『真面目な場所に出せるマスクが無い』

 

 モモンガ「弐式さん……」

 弐式「ナーベラルには後で言っておきますので……」




 四月から不安だったので頑張って書き進めたのだ!
 まあ、そんなに投稿間隔が開くことは無いと思いますが。

 土日の各一日で1話ずつ書いたことになります。マジ頑張りました。

 正直言うと、弐式さん合流まで引っ張りすぎるのもどうかと思ったので、だったら第8話を早めに書いて投稿すればいいじゃない。との結論に到っての書き増しです。

 エンリパパの描写多いですね。誰得なのでしょう。
 そう言えば死亡キャラ生存となりましたので、そのタグを追加しようと思います。

 エンリのフラグがモモンガさんに傾きました。
 弐式さんがエモット家を訪れた際、夫妻だけでなくエンリと顔を合わせていれば弐式さんの方にフラグが立ったと思います。
 
 アルベドに不穏な気配が……。
 どうなるんでしょうねぇ。
 


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第10話 真面目な場所に出せるマスクが無い

「あの、本当にありがとうございます! あのままだと、私だけじゃなくて妹も殺されるところでした!」

 

 エンリ・エモットがモモンガに対して頭を下げている。

 モモンガにしてみれば、弐式が助けようとしている村の住民らしいので助けたまでなのだが、礼を言われて悪い気はしない。それに人化した状態で初めて会った現地人が、割りとモモンガの好みに近い……ドストライクはアルベド……美少女だったので、悪い気どころか機嫌は良くなっていた。

 

(なんだ、俺も結構やるじゃん)

 

 だが、鼻の下を伸ばしていては軽く見られてしまう。

 そう判断したモモンガは、咳払いをしてから周囲を見回した。

 人化したヘロヘロが居て、恐らく異形化している弐式も居る。

 そう、弐式炎雷が居るのだ。この事実によるモモンガの歓喜は留まるところを知らない。今は人化しているので喜びっぱなしなのだ。  

 

(いけない、いけない。喜びすぎて立ち眩みしそう)

 

 他に居るナザリック関係者と言えばアルベドとナーベラルだが、一度、ナザリックに戻った方が良いかどうか。モモンガは下顎に手を当て思案した。死の支配者(オーバーロード)でやると恐ろしげだが、今は電車待ちのサラリーマンが昼食の予定を思案しているようにしか見えない。

 

(待てよ。弐式さんは村の住民を救っていたな。騎士を何人か確保したって言うし。帰りたいのは山々だけど、これは村人に恩を売るチャンスかも知れないぞ!)

 

「弐式さん! 捕まえた騎士というのは、今どこです?」

 

「村の中央の広場だよ! 助かった村人も集まってる!」

 

 弐式がナーベラルを抱きしめたまま返事をする。ちなみにナーベラルの顔は真っ赤だ。

 

(いつまでハグを続けるつもりなんだろう……)

 

 モモンガはジト目になったが、弐式の現状はさておき、今から広場とやらへ行くこととする。暴虐の騎士共を締めあげ、村人に詫びさせたり国の司法機関へ突き出すのだ。そうすることで村人からの好印象を稼げるし、国家機関からの心証も良くなるはず。

 この方針についてヘロヘロと弐式に相談したところ、双方ともが了承した。

 

「すみませんね、弐式さん。本当はナザリックに戻って、ヘロヘロさんと弐式さんの歓迎パーティーでも開きたいんですが」

 

「俺は後回しで全然構いません。今は取り込んでますし、俺の方でもちゃんとしたとこで話したいことがありますから。ササッと片付けちゃいましょう。……ってゆうかナザリックって、ナザリック地下大墳墓のこと!? ギルドホームもこっちに来てんの!?」

 

 驚く弐式を見て、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせ笑った。

 そう言えば、発見した弐式の元に駆けつけ、遅れてアルベドとナーベラルが来ただけだ。ナザリック地下大墳墓については何も説明していないままだった。

 

「ええ、ナザリックも……それにNPCらも一緒ですよ? と、そろそろ行きますか」

 

 モモンガは皆と共に村の広場へ行こうとする。が、大まかな方向しかわからない。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で上から見たのと、転移先で自分の目で見るのとでは、方向感覚が違うようだ。<転移門(ゲート)>を使う手もあるが、この短距離で使うのも馬鹿馬鹿しい。

 

(弐式さんに聞けばいいか。分身体が広場に居るそうだし)

 

「弐し……」

 

「あの! 私が御案内します! も、モモンガ様!」

 

 礼を述べた後、ここまで黙っていたエンリが挙手しながら言う。そのすぐ隣りで「あたしも案内する!」とネムも手を挙げているのが何とも可愛らしく、ヘロヘロと弐式がニコニコしていた。もっともナーベラルは不服そうにしていたし、モモンガにしてみるとアルベドがずっと無言なのも何だか怖かったが……。  

 

「そ、そうか。村娘の君なら適任だな。頼もう。それと……ちょっと待ってくれ」

 

 先程からエンリにモモンガと呼ばれていることで、モモンガは何となく気恥ずかしいような気分になっていた。

 モモンガ。それは、ネズミ目(齧歯目)リス科リス亜科モモンガ族に属する小型哺乳類の総称だ。いわゆる小動物であり、キャラメイク時に適当に付けた名である。使用しているモモンガ自身は割りと愛着があるのだが、ユグドラシルのゲームをまるで知らない美少女からその名で呼ばれると、何だか恥ずかしく感じられるのだ。

 

(しかも、名前に威厳とか無いし!)

 

 モモンガは近くに居たヘロヘロと弐式を手招きして呼ぶと、ひそひそ話を始める。

 

(「俺の名前なんですけど。これからユグドラシルと関係ない相手に名乗ることが多そうですから。対外的に改名しようと思うんです」)

 

(「俺的にはモモンガさんって呼ぶのが慣れてますから。今のままで良い気がするんですけどね」)

 

 改名に賛成しない風の弐式が言う。これが割りと胸にジンときたので、モモンガは「ありがとうございます」と嬉しそうに返した。しかし、反対されてしまったので改名案は却下になるのだろうか。

 が、ここでヘロヘロがモモンガに対して発言する。

 

(「でも、これからナザリックの長……顔役で表に出るなら、確かに立派に聞こえる名前は必要でしょうねぇ。こっちの人達が動物のモモンガを知ってるかは不明ですけど。何か、新名候補はあるんですか?」)

 

 聞かれたモモンガは胸を張った。

 アインズ・ウール・ゴウンを代表して他者に名乗るのであれば、これ以上は無いと言う名前があるのだ。

 

(「あります。アインズ・ウール・ゴウン。ギルドの名で名乗りたいんです。どうでしょう? 有名になればギルメンの耳に入るかも知れないし、名前が三つに分かれてて偉い人みたいでしょ?」)

 

 この提案を聞き、弐式とヘロヘロは諸手を挙げて賛成する。

 

(「なるほど、ギルド名とは考えましたね。いい宣伝にもなるし。第一、うちのギルド名は格好いいですからね!」)   

 

(「モモンガさんらしからぬナイスチョイスだと思いますよ。……変な名前だったら、ジュッとやって正気に戻って貰うとこでしたが」)

 

 何やら失礼な声も聞こえるが、これで決まりだ。

 モモンガは振り向くと、黙って様子を見ていたエンリに向けて宣言する。

 

「ああ、すまないな。仲間と相談をしたんだが、今後、私はアインズ・ウール・ゴウンを名乗ることとする。本名はモモンガだが、そういうことにしておいて欲しい」

 

「はあ。はい、わかりました! 立派なお名前ですね!」

 

 一瞬、呆気に取られたエンリだが、すぐに明るい笑顔で頷いた。隣りでネムもコクコク頷いている。もっとも、ネムぐらいの幼女になると、口約束を守れるか怪しいのが気になるところだ。

 

(エンリはともかく、ネムの方は制限を組み込んだ記憶操作でもしておくかな)

 

 割りと物騒なことを考えている。

 そういう自覚はモモンガ自身あるものの、口止め的なものと思えば許容範囲か……と判断していた。現実(リアル)の頃のぶくぶく茶釜や、やまいこ辺りが聞いたらゲンコツで殴られそうだが、残念なことに今のモモンガを叱れる人物は近くに居ない。

 このように人化した状態であっても、少しばかり死の支配者(オーバーロード)側に意識を引っ張られているモモンガなのであった。

 一方、ヘロヘロと弐式はどうしていたかと言えば、エンリのような美少女にギルドネームを褒められたので御満悦である。そして彼らの様子を見たモモンガもまた、御満悦であった。ただ、このことでアルベドとナーベラルの……エンリ達に向けられる……視線が、より一層キツくなったのだが、モモンガ達は気づいてはいない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が広場に到着すると、そこには大勢の人間が揃っていた。

 まずカルネ村の住人。人数は八〇人ほどだろうか。弐式が村に辿り着いたときに感知したところでは一二〇人と言ったところだった。となると、騎士らの襲撃で四〇人ほど殺されたことになる。居合わせている生き残りの村人にしても、大なり小なり負傷しているのが見えた。

 

(後で下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)を配ってみるか。好感度アップだ! ……どの程度の負傷まで治るかの実験もしたいし)

 

 低レベルと思われる村人の体力は、どの程度のものなのか。ユグドラシルではHPを五〇回復できるポーションを村人に使用した場合。腕や脚の欠損を治癒できるものなのか。

 それらの点についてもモモンガは大いに興味があった。

 

(村人のHPが最大一〇だとして、五〇点回復のポーションを使えばどんな大怪我でも治るのか? レベル一〇〇プレイヤーの腕一本と村人の腕一本。必要な治癒点数は同じなのか?)

 

 同じかどうかで、ギルメンが重傷を負った際の対応が違ってくる。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)で村人が腕一本治癒しても、ギルメンの腕は治癒点数五〇では足りないかも知れないからだ。

 

(たぶん、同じじゃないんだろうな~)

 

 次にモモンガが目を向けたのは、襲撃してきた騎士達だった。

 弐式の分身体三体に囲まれる形で集められ、大地に腰を下ろして項垂れている。鎧はそのままのようだが、一応、剣や短剣等の武器類は剥がされ、離れた場所で積み上げられている。

 その人数は全部で五人。

 村の片隅には一〇人ほどの騎士の死体があり、これまた武器類と同じで積み上げられていた。森で倒した騎士の実力からすると、弐式の分身体ならば殺さず捕縛できたろう。だが、何人かは手加減を誤るか……もしくは腕試し的に殺したのだろうとモモンガは推察していた。

 弐式には『腕試しによる殺人』の意図は無かったので、本人が聞いたら幾分気を悪くしたに違いない。

 

「弐式さん。村人達は弐式さんが集めたんですか?」

 

「いんや? 分身体からの報告だと、エモットさん……ああ、俺に寝床を貸してくれた親切な人ね。彼が皆に呼びかけて集めたっぽいね。分身体の近くに居る方が安心だと思ったみたい」

 

「なるほど……。友好的な村人が居るわけですか」

 

 モモンガとしては第一発見村なので、可能ならば友好的に接したい。情報だって得たいし、弐式からチラッと聞いた……聞いたこともない王国の側で、ナザリック地下大墳墓を維持していくためには足がかりが必要だ。

 

現実(リアル)じゃ社畜で底辺サラリーマンだったけど、この状態だものな。簡単に他人様の風下に立ちたくないし。ヘロヘロさん達やナザリックの皆のことだってある。上手くやっていかなくちゃ!) 

 

 この村の住人と弐式が友好関係にあるなら、まさに好都合。とにかく場を収めて村長あたりと話をしたいが……。

 

(問題は、俺が死の支配者(オーバーロード)ってことか。アンデッドが相手じゃあ友好的にとはいかないよな……)

 

 人化すれば済む話……とはいかない。

 何故なら、人化すると身体能力が低下するからだ。体感的にレベル三〇と言ったとこだろう。これは捉えた騎士達を軽く薙ぎ倒せるレベルであるが、それでも心許ない。と言うのも使用できる位階魔法もレベル三〇相当になるからだ。良くて第五位階魔法を使える程度だとモモンガは推測する。

 

(最大火力が<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>とかじゃ不安なんだよ~)

 

 人化を解けば第一〇位階どころか超位魔法だって使えるが、それだと死の支配者(オーバーロード)の顔をさらすことになるのだ。村人を怯えさせるのは得策では無かった。

 

(幻術は見破られる恐れがあるし、そもそも触覚を誤魔化せない。手っ取り早いのは骨の部分をアイテムで隠すことだけど……)

 

 肋骨や、腹部に仕込んだ世界級(ワールド)アイテムのモモンガ玉。これらはローブの前を閉じれば隠すことが可能。腕は手持ちアイテムの手甲(ガントレット)、増力効果を有するイルアン・グライベルがあるから、これで大丈夫なはずだ。

 問題は顔。マスクや仮面類を用いて隠すことになるが、マスク類のアイテムとなると、モモンガは一つしか持ち合わせていない。

 

(嫉妬マスクか……。使いたくないな~) 

 

 ここに居るのが現地民とNPCだけなら、モモンガは嫉妬マスクを着用したかもしれない。だが、今は使用したくない……何故ならヘロヘロ達には言いたくない理由があるからだ。

 ……。

 

「弐式さん。いま、何か仮面のようなアイテムを持ってますか?」

 

「あるけど……どしたの? モモンガさん?」

 

 面と布を下ろし、今は顔を隠している弐式が首を傾げた。

 

「いえ、人化できるようになって人間種の前に出られるのは良いんですが。レベルが……」

 

「ああ、なるほど。人化するとレベルが下がるよね~。モモンガさんもか……。でも、異形種が人化の腕輪で人化したらレベル下がるって、ユグドラシルでもありましたよね?」

 

 言いつつ弐式がアイテムボックスを探っている。

 彼が何か適当な仮面アイテムでも持っていれば、それを着用し、手にはイルアン・グライベルをはめる等の先程考えたプランを実行するのだ。これで完璧なはず。顔を隠すのはマイナスポイントかも知れないが、不測の事態に対応可能な状態で、村人と話ができることだろう。

 しかし、弐式が取り出したマスク類を見てモモンガは肩を落とすことになる。

 ひょっとこ面、おたふく面、能面、般若面、バッタマスクライダーのお面。あと、邪悪で悪そうな忍者面が幾つか……。

 

「うぬぅ。真面目な場所に出せるマスクが無い……」

 

「俺。忍者だよ? それっぽいのばかり持ってるのはポリシーだし」

 

 その割りには特撮ヒーローの面が混じっているが、それは何故かとモモンガが問うと、「たっちさんに貰ったんですよ。ほら、あの人、バッタヒーロー好きだから」とのこと。

 納得だが、そうなると手持ちの面類を使用するしかないのだろうか。

 

(結局、嫉妬マスクになるのか?)

 

 怒ったような泣いたような、見る者によっては切なさを感じさせるマスク。そして入手経緯が、クリスマスにユグドラシルで入りびたりだと強制入手というものだから、ユグドラシルプレイヤーに見られたら笑われること必至である。

 

(腹をくくって嫉妬マスクで行く? 後日、別のに変えるという手もあるしな。でも、やだな。着けたくないな……)

 

 短期間でマスク交換すれば、「今日はこんなマスクを付けたい気分なんです」で通せるかもしれない。しかし、その手法についてモモンガは気が進まないものがあった。顔を売って覚えて貰うのが営業職の本能だからである。そして何より、嫉妬マスクを使用するのが嫌だ。

 

(どうしよう……)

 

「モモンガさん。ちょっとぐらいなら幻術でいいじゃないですか」

 

 暫し考え込んでいると、ヘロヘロがモモンガに提案してきた。

 

「幻術で顔を作れば高位魔法を使えますし、村人も顔のことで怯えません。見破られる可能性は……あるかも知れませんが。触られないように注意することと……」

 

 ナザリックから増援を呼んで、村全体を魔法的結界やバフ魔法で包むという手がある。攻性防壁に一手間加えるわけだ。長期の結界等設置は難しいが、短時間なら問題は無い。この場を凌げばナザリックに戻り、人化顔を再現できるマスクアイテムを作成する手もあるだろう。

 それだ! モモンガと弐式は大きく頷く。

 幻術を見破られる可能性。そこは確かに不安に思うも、襲撃してきた騎士の低レベルさを考慮すれば、まずは安心して良いだろう。

 捕らえた騎士か、元より村内に幻術を見破れる者が居たら破綻する計画だが、その時は……もう、その時のことだ。別の方針を考えれば良い。

 

「決めました。幻術で人化顔を作ることにします。弐式さん。アルベドに言って結界等の用意をさせてください」

 

「オッケー」

 

 弐式が離れていく。

 モモンガはフウと一息つき、エンリから身体ごと顔を逸らす形で異形化した。次いで幻術により人化顔を構築。これにより、モモンガは見た目は人間種でありながら、魔法使用の制限はなくなった。

 

(服の前を閉じて手にはイルアン・グライベルをはめて……と。いや~、嫉妬マスクを着けることにならなくて、ホント良かったよ~)

 

 一人で居たなら絶対にしない判断に行動だったが、モモンガは大きく安堵する。

 

(だいたいさ。ヘロヘロさんと弐式さん。二人とも作成NPCが女性で、しかも仲良さそうだし。そんな人達に挟まれて嫉妬マスクなんか着けられるわけないっての!)

 

 つまりは、それが本音でありヘロヘロ達には言えない……嫉妬マスクを使いたくない理由であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エンリとネムに先導される形でモモンガらが広場に踏み込むと、皆の視線が集中する。

 村人も騎士も、そして弐式の分身体も、すべての視線がモモンガを見ていた。

 そして、すぐに弐式やヘロヘロ、アルベドらにも視線が向かうが、最も気になるのはモモンガであるらしい。

 一行の真ん中を歩いているので、文字どおりの中心人物として認識されたようだ。

 サワサワと話し合う声が聞こえてくるが、それがどよめきに変わる。騎士達を囲むようにして立っていた弐式の分身体三体が、モモンガに向けて片膝を突き、頭を垂れたためだ。

 

「弐式さん……」

 

「演出だよ。え・ん・しゅ・つ」

 

 アルベドとの打ち合わせを終えて戻っていた弐式が、茶目っ気たっぷりに言う。しょうがない人だな……と思うも、この場で談笑するわけにもいかず、モモンガは咳払いをして集められた人間達を見回した。

 

「はじめまして。皆さん。私は、アインズ・ウール・ゴウンと言う。旅の魔法使いとでもしておこうか。仲間を探して森に入ったら、村が襲撃されているのを見てね。そこの面を着けた友人に連絡をつけて手助けさせ……私も騎士を倒していたわけだ。ちなみに探していた仲間は彼なので、御心配には及ばない」

 

 これを聞き、村人らからは「おおっ!」という安堵や喜びの声があがり、五人居るだけとなった騎士達からは「奴が敵の首魁か!」といった声が聞こえる。多少癇に障る声だったが、モモンガは「首魁とか、時代がかった物言いだな」と思いつつも気にはしていない。

 どちらかと言えば、アルベドとナーベラルが騎士らの声に反応していたが、モモンガと弐式らで押しとどめている。

 

「まあ、負け犬の遠吠えだ。気にせずともよい」

 

「ですが、モモンガ様。あの下等生物らの言い様は不敬に過ぎます。耐え難き苦痛の後に死をくれてやるべきかと」

 

 アルベドが食い下がった。ナーベラルは不満げでありつつも引っ込んだのだが、アルベドはモモンガ達を首魁呼ばわりされたことが許せないらしい。

 

「至高の御方と呼ぶべきなのです!」

 

(それ、俺達のことを知らない人に一発目から言わせるのって不可能じゃない? それに下等生物って……。アルベド、人間が嫌いなのかな?)

 

 見た目が超好みな美女の過激な言い様。モモンガは少しばかり引いてしまう。一方、アルベドはなおも続けようとしたのだが……。

 

「第一……っ。いえ、モモンガ様。少し興奮したようです。お見苦しいところを御覧に入れました」

 

 唐突に冷静さを取り戻したアルベドが詫びてきた。

 それはまるで、アンデッドの精神安定化のようだ。

 サキュバスにその様な特性があったかどうか。記憶にないモモンガは首を傾げたが、人間達への話が途中であったことを思いだし、意識を前方に向けた。

 

「さて……村長は、どなたかな? 色々と話がしたい。その騎士共の処遇や、その他諸々……。そう、色々と聞かせて欲しいのだが……よろしいか?」

 

 そう述べたところ村人の中から初老の男が立ち、怖ず怖ずと前に進み出る。騎士達の方はと言うと、指揮官らしき男が甲高い声で文句を言っていたが、モモンガは聞かないことにした。

 とはいえ、アルベドとナーベラルが再びキレそうになったので、やむを得ず麻痺(パラライズ)を使い指揮官を黙らせている。殺しても良かったのだが、アルベドらの反応を見るに、少し吠え立てられたからと言って人を殺すのは、どうも重みに欠けるような気がしたのだ。

 麻痺状態のまま転がしておくと失禁脱糞する恐れがある。しかし、自分に敵対的な人間が恥を掻くことなど、モモンガは気にとめる必要性を感じなかった。この判断により、モモンガは暫く後に後悔することとなる。

 

「では、アインズ・ウール・ゴウン様。狭苦しくて恐縮ですが、私の家へどうぞ」

 

 村長が自宅を協議場として提供してくれた。

 騎士達については弐式の分身体が見張りを続け、他の村民らは一先ず解散とした。ただし、自由に帰宅して良いとはならず、村長からの指示によって負傷者の治療や死体の回収……埋葬を行うこととする。

 ここにモモンガはナーベラルを加え、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)の配給を行わせることにした。

 このポーションはユグドラシル製のアイテムで消耗品だが、費用がかかるとは言え追加作成できる品だ。先程も考えたことだが、村人の好感度アップを狙いつつ、回復実験を行えるなら、安いものだとモモンガは判断している。

 事実、このポーションで回復した村人は、村内で先頭を切ってモモンガ……アインズ・ウール・ゴウンを崇めていくことになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとヘロヘロ、それに弐式。三人が村長宅に入る際、アルベドは私用があると別行動を申し出ている。短時間で戻ることも付け加えると、モモンガ達は快く了承した。

 至高の御方の護衛任務について、ナーベラルが別行動を取っている時点でアルベド一人が残るのみ。そのような時に御方のみで護衛無しの状態を作る。しかも私用で。これは本来、ナザリックのNPC観点で言えば万死に値する大罪だ。

 そこを理解できないアルベドではなかったので、彼女は併せて謝罪している。対するモモンガは「短時間ならば大丈夫だ」と言い、弐式は「俺達がモモ……アインズさん? を護るから大丈夫だよ」と笑って掌をヒラヒラ振っていた。

 

「感謝いたします……」

 

 至高の御方の御厚情に激しく感動したアルベドは、瞳を潤ませながら深くお辞儀をする。

 なお、ヘロヘロが「お花摘みですかね?」と小さく言っていたことについては、敢えて反応を示してはいない。

 

「ヘロヘロさん。デリカシーが……」

 

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を持ってなかったかな?」

 

 弐式とモモンガの呟きを背で聞きながら村長宅を出たアルベドは、周囲を見回し、ある人物を探した。それはアルベドが下等生物と蔑む一個体。

 エンリ・エモットだ。

 どうやら彼女はモモンガの歓心を買ったらしい。アルベドはアルベドでモモンガにアプローチし、彼女(アルベド)的に忌々しいことだが、シャルティアもモモンガにアプローチしてる。にもかかわらず、エンリに対するモモンガの反応が特に良かったのは、どういうことなのか。エンリ自身のモモンガへの好意的な反応も気になるが、重要なのはモモンガについてである。

 その謎を解明しなければならないとアルベドは考えたのだ。

 

「居たわね……。ねえ、そこの貴女……」

 

 水の入った木桶を運んでいたエンリを発見し声をかける。エンリは何か驚いた様子だったが、木桶を持ったまま駆けてきた。

 

「はい! 何か御用ですか!?」

 

 間近まで来たエンリは、何処か嬉しげにアルベドを見上げている。

 

「私の顔に……何か気になることでも?」

 

 首を傾げたところガチャリと甲冑が鳴った。その様子を見たエンリは、顔を左右にブルブル振って言う。

 

「いえ! 違うんです! お声が綺麗だな……って。女の人だというのは解るんですけど、そんな凄い鎧を着て……尊敬します!」

 

「あら? ありがとう……」

 

 自分にとってゴミでしかない人間種。その雌から褒められたところで、アルベドの心は小揺るぎもしない……はずだったが、この時の彼女は、どことなく照れ臭い気持ちになっていた。

 それは、同じ男性を意識する同性としてシンパシーを感じているのであるが、この時点でのアルベドは気がついていない。同様の存在としてシャルティアが居るが、こちらはアルベドに対して攻撃的であり、シンパシーよりも敵愾心が湧く相手なのだ。

 

(現状、上手くあしらえてる感じだけど。すぐに噛みついてくるし……)

 

「それと、お顔ですけど……鎧を着ているので、よく見えません」

 

「そう、そうだったわね……」

 

 恥ずかしげではあるものの悪戯っぽくエンリが言うので、アルベドは何となくではあったが肩の力が抜けるのを感じている。

 

(私、人間種相手にムキになっていたのかしら? 普段、シャルティアの相手をしているからかしらね。まあ、話がし易い相手ではあるようだし。聞きたいことを聞くことにしましょう) 

 

「少し……お話があるの。お時間を頂けるかしら?」 

 

 

◇◇◇◇ 

 

 

 怪我人の傷を洗うための水。

 それを運ぶ手伝いをしていたエンリ・エモットは、漆黒の甲冑を装備した女性に呼ばれ、足を止めた。

 女性とわかるのは、声が女性のそれだからだ。

 モモンガに助けられた後、非常に美しいメイド服の女性と共に出現したが、その時点で戦闘はほぼ終了していたため、アルベドと呼ばれる女性が戦う姿は見ていない。だが、このような全身甲冑を身につけ、軽々と行動しているのだから強いのだろうとエンリは考えていた。

 

「じゃあ、ついて来なさい。それほど時間は取らせないわ」

 

 少し立ち話をした後、エンリはアルベドによって誘われている。行く先は……村長宅の裏手だ。柵を乗り越え、茂みの向こうへと移動する。要するに連れ出されたわけだが、エンリは特に危険を感じていない。先程話したアルベドの声からは、敵意を感じなかったからだ。

 

「この辺で良いかしら……」

 

 アルベドの眼には潜んだ影の悪魔(シャドウ・デーモン)が見えていたが、彼女は視線の指図によって悪魔らを遠ざけている。勿論、エンリには見えていない。

 

「さてと、お話をするのに(わたくし)だけ顔を隠すというのは失礼だったわね」

 

 そんなことを言うので、エンリは「お、お気遣いなく! そのままでどうぞ!」と言おうとした。しかし、最初の「お」を発音したところでアルベドがヘルムに手を伸ばし、カチャリと音を立てて脱ぎさってしまう。

 

 ふぁさり……。

 

 最初にエンリが知覚したのは、黒く長く広がる……艶やかな髪。

 次に頭部を額冠の如く多う、巨大な角。

 最後に、そして先の二点よりも心奪われたのは、同性のエンリをして胸をときめかせるほどの美貌。

 ナザリック地下大墳墓、守護者統括。アルベドの素顔だった。

 

(綺麗……ううん、綺麗なだけじゃなくて……。ああ、私じゃ上手く言えないよぉ。それに何だか……)

 

「女神様みたい……」

 

「女神?」

 

 つい声に出してしまったことを聞かれ、エンリは顔を赤くする。アルベドのキョトンとした表情が、更に羞恥心を煽った。

 

「いえ、あの……その……」

 

「光栄だけど。このような角をした(わたくし)が女神に見えるのかしら?」

 

 手で頭部の角を触っている様が、妙に可愛らしい。

 だが、本人の自己評価が低い……と思い込んだエンリは、ギュッと拳を握りしめ断言する。

 

「私からすれば女神様です! だって、お美し……いんだもの……」

 

 途中から失速したのは、アルベドの視線が再度自分に向けられたためだ。

 目の前の美を具現化したような女性と比べて、自分はいったい如何ほどのモノなのだろう。そう思うと、何だか自分が惨めに思えてくるのだ。

 しかし、そんなエンリの視線を上げさせる一言をアルベドは放った。

 

「ありがとう。嬉しいわ。でもね……貴女も十分、綺麗よ……」

 

 ハッと顔を上げるエンリの瞳を、自らの視線で射貫きつつアルベドは花のような笑みを浮かべる。

 

「それで、お話というのはね。モモ……いえ、アインズ・ウール・ゴウン様のことなのだけど……」

 

 守護者統括に与えられた高い知能と、サキュバスの話術。

 その前に抗しきれるはずもなく、エンリは多幸感に包まれながら聞かれたことについて答えていくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「くふふっ……」

 

 会話終了の後にエンリを解放。ポウッとなったままの彼女を残し、一人村長宅前に戻ったアルベドは小さくほくそ笑んでいる。

 

(なるほど……。人化しているときのモモンガ様は、女性との接近や接触に敏感。検証としては人間種一個体だけのデータだけど。これは良い情報だわ!)

 

 本来の自分であれば、興奮した物言いと乱暴な行為でエンリを怯えさせていたかもしれないが、先程の尋問……ではなく、ガールズトークは上手くいった。

 人間種ごときに愛想良く振る舞うのは業腹極まるが、欲する情報を得るためであれば躊躇うことはできない。それに……やはりエンリ・エモットに対して嫌悪感は無い気がする。

 

(わたくし)……本当に、どうしたのかしらね)

 

 やはり、モモンガに変えられた影響だろうか。

 傍目にはホンの一瞬。だが、アルベドは脳内にて高速の長考を行った。

 

(そもそも人間種ごときがモモンガ様に対して、憧れや好意を抱くなんて。おこがまし……いえ、まあ敬愛するのは良いことだわ。でも、(わたくし)より貧相な身体でモモ……シャルティアよりはスタイルが良いのは認めないと。だけど、このままエンリがモモンガ様の正妃に……モモンガ様の御意思が重要よね)

 

 確認がてら考えてみたが、やはり妙である。

 つい先頃……玉座の間にヘロヘロが出現したすぐ後の事。モモンガによって命令を与えられ、玉座の間を後にした時にも思ったことだが、どうもモモンガのことを絡めた思考で感情が昂ぶると、一気に精神が安定化するようなのだ。

 とはいえ、前に気にした時よりも、少し違う精神安定だった気もする。

 

(徐々にだけど、モモンガ様に関連しない思考でも、感情の高ぶりが抑制されるようになっている! でも……心なしか緩やかになったような……)

 

 自己分析は進むものの、決定的な解答を得られない。

 アルベドは正面に見えている、粗末な木造の扉。その向こうに居るであろうモモンガに視線を向けた。

 

「一度、モモンガ様にお伺いするべき……なのかしら?」

 

 どのような意図を持って、どのような変化をお与えになったのか。

 不敬かも知れないが、守護者統括として自身の変化は把握しておくべきだろう。しかし、それをするのはナザリックに戻ってからでも遅くないことだ。今はモモンガの護衛の任に戻らなくてはならない。

 アルベドは表情をキリリと引き締め、扉をノックしようとした。

 そこへ背後より声がかかる。

 振り向くまでもない。影の悪魔(シャドウ・デーモン)だ。

 

「……何か報告が?」

 

 そう言ってアルベドが小脇に抱えていたヘルムをかぶると、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は跪きながら報告を開始する。

 

「はっ。実は、村に近づく武装した集団を発見したとナザリックから連絡がありました。この村には夕刻に到達する見込みとのこと。如何いたしましょうか?」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ヘロヘロです。

 

 次回予告は、基本的にギルメンで回して、たまに他のキャラで……おっと、そうそう、予告でした。

 カルネ村の襲撃犯達は、おおむね捕縛しましたが、見どころのある人というのは居るものです。現地人を雇用するってのはありでしょうね~。

 モモンガさんは首を傾げてるようですけど……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第11話

 

 モモンガ『弐式さん、彼は犯罪者ですよ?』

 

 モモンガ「でも、弐式さん達が良いなら良いのか……」

 ヘロヘロ「それ、ネタバレですよね~」

 




ヘロヘロさんに現実(リアル)で彼女が居なかった理由が垣間見える回かも。
気づかいにエスコート。どっちも出来るがデリカシーに欠ける部分がある……みたいな。

次回は物差しさん登場です。彼が来る以上、続いてニグンさんらが登場する予定なのですが。死亡キャラ生存となるか。

……その前にベリュースとロンデスですね。今のところ生存してますが、まだまだ未定です。

<誤字報告>
忠犬友の会様、ありがとうございます。ホント、この機能便利。

<特設! 誤字報告 第10話分>
忠犬友の会様、アイリス4様。ありがとうございます
正直言って、まだあったの!? と言う気分でございます
投稿前の手入れで2回、素で3回ぐらい読み返してるのですが……


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第11話 弐式さん、彼は犯罪者ですよ?

「なるほど……やはりそうか……」

 

 モモンガは幻術で構築した人の顔を歪ませる。

 村長宅の一室で、彼は様々な情報を得た。幾つかは弐式から聞かされた内容と同じであったが、情報精度が増したと思えば文句は無い。

 リ・エスティーゼ王国。バハルス帝国。ドワーフの国。エルフの王国。ローブル聖王国。竜王国。カルサナス都市国家連合。そして亜人種国家。

 どれもこれも聞いたことが無い名だ。

 やはり、この世界は現実(リアル)ではなくユグドラシルでもない。まったく別な世界らしい。

 

(この転移後の世界で、俺達は生きていかなくてはならないのか……)

 

 自分とギルメン達。ナザリック地下大墳墓。NPC達。それらを抱えて世を渡っていかなければならないときた。正直、モモンガにとっては重荷である。誰かに代わって欲しい。

 救いと言えば、ヘロヘロと弐式炎雷が共に居てくれること。ナザリック地下大墳墓が機能しており、NPC達が忠誠を誓ってくれていることだ。

 スキルや位階魔法が使用可能で、レベル一〇〇の自分達の実力が発揮できることも大きい。 

 

(俺達の諸々が通用しそうなファンタジー系世界だったのも助かるよな。それと十三英雄とかって話も聞かされたけど。そいつらプレイヤーなんじゃないの?)

 

 転移後のこの世界に、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンだけが飛ばされているとは思えない。他ギルドやソロプレイヤーなども転移して来た可能性があった。そこを考慮すると、当面はユグドラシル時代と同じぐらいは警戒していた方が良いのかも知れない。

 

(敵対プレイヤーに見つかることを考えたら、ユグドラシル金貨を軽々しく使うこともできないか。考えなきゃならないことが多すぎだ。誰か代わってくれないかな……)

 

 両隣で座るヘロヘロと弐式にチラチラッと視線を配してみる。するとモモンガの気持ちを察したのか、双方とも視線を逸らしてくれた。どうやら『纏め役』から降りるわけには行かないらしい。

 

(は~。仕方ないか……俺の役目は、みんな(ギルメン)が戻るまで、ナザリック地下大墳墓を維持すること。より強力にすること! みんなに恥じないように!)

 

 幸いなことにギルメンは現状で二名居る。双方、百戦錬磨のベテランプレイヤーで、気心知れた友人達だ。彼らの存在はモモンガにとって、大きな助けとなるはずだ。

 例えば、そう例えば彼らが居なかったとしたら。モモンガは、この部屋にて一人で……NPCが同伴したかも知れないが、村長から話を聞いていたことになる。

 

 ゾワッ……。

 

 寒気がした。

 今考えたのは、十分にあり得た状況だ。だが……。

 

(前にも考えたけど、本当に俺一人じゃなくて良かった。一人にはならなかったんだ! だから、大丈夫! しっかりしろ、俺!)

 

 内心で自分を叱咤したモモンガは、取りあえず話を切り上げることとする。ナザリックに戻って一息つきたいし、ヘロヘロ達の歓迎パーティーもやりたい。その前に、ここで得た情報から今後の方針を打ち合わせることも重要だろう。もちろん、ヘロヘロと弐式だけでなく、アルベドにデミウルゴスも加えて協議しなければならない。

 

「いや、村長殿。実に有意義な話を聞かせて貰った。我らはトブの大森林……だったか? その近くの平原に居を構えている。近々、使いの者を寄こして村に常駐させるから、何かあったらその者に話して欲しい」

 

「ああ、アインズ・ウール・ゴウン様。何から何までありがとうございます!」

 

 村長夫妻が席を立ち深々と頭を下げた。

 完全にモモンガらに対して信服している様子に見え、モモンガは一瞬だが戸惑っている。見ればヘロヘロ達も同じだ。ここまでの感謝をされたことなど、人生で一度も無いのだろう。

 

(村を丸ごと皆殺しにされかけたんだものな。さっきも、立ったまま凄い深いお辞儀して礼を言っていたし……)

 

 モモンガは静かに……だが自分では威厳あると思う仕草で頷くと、ヘロヘロ達を促して外に出ようとした。

 

 コンコン。

 

 扉が外からノックされる。村長夫人が席を立ち応対に出たが、ノックの主は戻ってきたアルベドだった。夫人に連れられて入ってきたアルベドは、ヘルムの奥の視線をモモンガに向けて報告を始める。

 

「遅れて申し訳ありません。急ぎお耳に入れたい報告があります」

 

 モモンガはヘロヘロらと顔を見合わせたが、二人が頷くのを見て座したまま頷いた。

 

「聞こう」

 

「馬に乗った武装集団が、この村を目指して移動中のとのことです」

 

 モモンガは舌打ちしなかった自分を褒めてやりたい気分だった。

 また厄介事である。

 

「それは、どのくらいの数で……いつ、ここへ到達する?」

 

「報告によると、三〇騎ほど。到達予想時刻は夕刻ぐらい……とのことです」

 

 アルベドは村長をチラリと見た上で、手短に報告した。

 今は昼前、時間的には随分と余裕がある。モモンガは首を傾げると、重ねて問いかけた。

 

「それは、どのようにして得た情報だ? ……差し障りのない範囲で説明せよ」

 

「承知しました。(わたくし)が最初に情報を得たのは、この村周辺に配した者からです。その者らは、拠点による監視網からの報告を(わたくし)に伝えました」

 

「なるほど。そうか……」

 

 モモンガは納得いったことを示すように頷いて見せる。

 この村周辺に居たのはデミウルゴスが配置した影の悪魔(シャドウ・デーモン)だ。とはいえ、あくまで周辺域での見張りでしかない。そこでナザリックの監視網を広げ、周辺地域一帯を監視していたのである。

 

(それが影の悪魔(シャドウ・デーモン)に情報伝達され、外に居たアルベドに話が行き、彼女が報告に来たわけか……)

 

 実を言えば、カルネ村に隣接する……と言っても、かなり離れた位置にある……村が何者かに襲撃され壊滅しており、その後で王国の戦士隊が駆けつけた。その辺りからナザリックでは動向を察知していたのだが、些細なことであると報告がされなかったのである。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)に連絡が入ったのも、その戦士隊がカルネ村に向けて移動を開始したからだ。

 その連絡状況をモモンガが知れば、「些細なことでも報告するべきだ!」と怒ったに違いない。しかし、現状、そこまで知り得ていないモモンガは、特に気にするでもなくヘロヘロ達を見た。

 

「ヘロヘロさん。弐式さん。どう思いますか? 行動案とか、何かあります?」

 

「モ……アインズさん。慌てるこたぁないよ。報告じゃあ、まだ時間がある。ナザリックから応援を呼ぼう。森に潜ませて伏せておくのは可能と思うんだ」

 

 弐式がギルド長相手の丁寧口調から、気安い口調に切り替えて話しだす。彼は言った。さっき襲ってきた騎士連中は大したことないし、それが三〇人来たところで問題にならない。だが、ひょっとしたら強い奴らが来る可能性もある。

 

「だからさ、場合に依っちゃあモンスターをぶつけて足止めさせて。相手の力量を見る手がある。その結果次第で俺達は……村人を連れて逃げることもできると思うんだわ」

 

 だから、慌てることはない。そう弐式は言って口をつぐんだ。彼の視線がヘロヘロに向かい、モモンガが視線を転じると、後を引き継ぐ形でヘロヘロが口を開く。

 

「馬で移動してるのに、到着が夕刻ですか。やはり休憩などするんでしょうかね?」

 

 言いつつヘロヘロの目が顔ごとアルベドを向いた。ヘロヘロはアルベドが頷くのを確認すると、大きく息を吐いてからモモンガを見る。

 

「モモン……ズさん。弐式さんも言ったとおり、時間には余裕があるようです。その間に、亡くなった方々の葬儀を済ませませんか?」

 

「葬儀? ふむ……」

 

 必要性を感じないな……とモモンガは思った。

 保存魔法を使わないのであれば、死体が傷む前に埋めるのは納得できる。だが、時間的余裕があるとは言え、武装集団が迫る中で葬儀などしている場合だろうか。

 

(そんなものは、後日でいいじゃないか……)

 

「アインズさん。……チェンジ」

 

 弐式の声がモモンガの聴覚を刺激する。幾分伏せていた視線を彼に向けると、弐式は人差し指で自分の左腕……手首の部分を指差していた。

 どうやら、人化の腕輪で人化しろと言っているらしい。

 

「……少し、失礼する」

 

 モモンガは村長に一言断ると席を立ち、土間の片隅に移動した。室内の皆に背を向けた状態になったが、そのまま人化を行う。

 すると先程のヘロヘロの言葉が、驚くほどすんなりと胸に入ってきた。

 

(葬儀。葬式か……大事だよな~。大事すぎる。いやあ、異形化ってヤバいわ……。ここまでヒトの心が無くなるのか……)

 

 異形化しているときと人化しているときの自分。生者に対する認識が、ここまで大きく乖離していると自覚したモモンガは、まさに背に氷柱を差し込まれたような気分を味わっていた。

 

(ヘロヘロさん達が居るのに、俺が頭の中まで死の支配者(オーバーロード)になってどうする! 俺は……鈴木悟だぞ!)

 

 たまに人化した方が良いと言ったのは弐式だったかヘロヘロだったか。とんでもない話だ。この有様だと、早々に心根の底まで死の支配者(オーバーロード)になってしまう。

 モモンガは可能な限り人化の時間を取ることを決め、軽く深呼吸をする。

 

「ふむ……ふむ。そうだな。いや、失礼した……」

 

 クルリと皆に向き直り、モモンガはテーブルに歩み寄ると、先程自分が座っていた椅子に腰を下ろした。

 

「すみませんね、弐式さん。ちょっと……そう、ちょっとばかり気が動転していたようです」

 

「いえいえ。構いませんとも」

 

 弐式は朗らかに言うと、面と布をまくり上げる。

 

「それで、ヘロヘロさんが言った葬儀ですけど。俺は賛成ですね。略式にはなるでしょうが……。村長さん、そんな感じでどうでしょう?」

 

 見慣れない暗紫の衣装を着た青年……弐式に話しかけられた村長は、背筋を伸ばして弐式を、そしてモモンガを見た。

 

「そうしたいのは山々ですが……」

 

 やはり迫る武装集団が気になる様子だ。

 モモンガは大きく息を吐く。人化しているだけあって口から息が出ていく感覚があり、そのことがモモンガを苦笑させた。

 

「構いませんよ。その連中のことも私達で何とかしましょう。場合によっては、村人全員で逃げることもあるでしょうが……」

 

 そうモモンガが告げると、村長夫妻は揃って深く頭を下げるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 カルネ村。

 昼を回り、小休止の後に埋葬及び葬儀の準備が粛々と進んでいく。

 数十人殺されたとはいえ、死人以上の人間が残っているのだ。弐式も分身体を一〇人ほど出して手伝っているので、人手は多いし作業の進捗も早い。

 アルベドとナーベラルが、「弐式炎雷様の御手を煩わせるなどとんでもない。モンスターなどを使役して作業させ……」と進言したものの、弐式は「スキルの実験をしたいんだよ」と言って取り合わなかった。

 ちなみに、アルベド達のやり取りを見たモモンガが、もし自分が異形化していたら「私もゾンビやスケルトンで埋葬作業を手伝いましょうか? 幸い、ゾンビの材料なら大量にありますし!」とか言ってたかも知れないと考え、密かに身震いしていたのは誰も知らない話である。

 ともあれ、この調子であれば夕刻まで……馬の武装集団が村に到達するまでに、葬儀を済ませられるだろう。なお、村に接近する武装集団について知るのは、村では村長夫妻のみとなっている。

 どうせモモンガ達で対応するのだし、手に負えなければ村人を連れて転移して逃げるつもりだった。なので、わざわざ不安にさせる必要は無いと弐式が提案したのである。

 その後は暫く、村長宅の前で、墓地へ死体が運ばれる様子などを見ていたモモンガ達だが、村の子供らを連れてやって来たエンリと話したりしているうち、ナザリックから伝言(メッセージ)が弐式に入った。

 弐式は少し離れた位置に移動し、報告内容を聞いていたが……。

 

「え? なに? 他にも魔法使いの集団みたいなのが居る!?」

 

 また面倒事が増えたわけだが、今度の報告については非常に早い。発見するなりの報告であり、弐式に対し直接に伝言(メッセージ)が飛んできた。

 これは先程、騎馬の武装集団について、発見から報告までにタイムラグがあったことが発覚しており、モモンガがこっぴどく叱責した結果だ。……いや、訂正しなければならない。伝言(メッセージ)の向こうで死人が出そうになったので、慌てたモモンガがヤンワリと注意したところ、その魔法使いらしき集団に関しては発見するなり報告があったのだ。

 

「ええ!? また何か来るんですか!?」

 

 そう叫んだのはモモンガ……ではなく、村娘のエンリ・エモット。

 最初、彼女は埋葬作業を手伝おうとしたのだが、年頃の若い娘ということで生き残りの子供らを預かり、モモンガの近くで待機していた。村の大人達としては、若い娘に接待させる意図があったらしい。もっとも、それをエンリに伝えていなかったので、エンリはモモンガやアルベドと談笑したり、子供らの相手をしているのみであったが……。

 そうしてモモンガらの近くに居たことで、弐式の伝言(メッセージ)会話を耳にしたのである。不安を感じたエンリは、すぐ近くに居たモモンガに声を掛けようとした。

 

「あの、ゴウン……様?」

 

「おじさん、魔法使いなの?」

 

「そうだよ」

 

「雷とか出せるのよね?」

 

「よく知ってるねぇ」

 

「お菓子も出せる?」

 

「それは、ちょっと無理かなぁ……」

 

 魔法使い姿の保父さんと化していたモモンガは、少年少女を前にフムと思案する。

 

<星に願いを>(ウイッシュ・アポン・ア・スター)流れ星の指輪(シューティングスター)を使えば、あるいは……。いや、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)なら大丈夫だろうか?」

 

「アインズさん。お菓子ごときで何する気なんですか……」

 

 ヘロヘロからツッコミが入るが、こちらは子供らのジャングルジムと化していた。

 モモンガもヘロヘロも、人化した姿は気優しそうな雰囲気を醸し出しているので、子供に人気なのだ。

 

「あ、あう~……」

 

「アインズ様。エンリが何か申し上げたいことがあるそうです」

 

 声をかけ辛そうにしているエンリをチラ見したアルベドが、モモンガの前に進み出る。エンリはアルベドに感謝の意を伝えるべくペコリと頭を下げたが、結果として彼女が話しだす前にモモンガが顔を向けてきた。

 

「む? そうか。で、何かな?」

 

「あ、い、今ですね。あちらの御方が、魔法使いの集団も見つけた……って」

 

「なるほど。すまないな、知らせてもらって」

 

 言いつつ、恐縮するエンリを前にモモンガは立ち上がる。子供達が「もっと遊んで~」とまとわりつくのを追い払おうともせず、ゆっくりと弐式に歩み寄った。  

 

「弐式さん? 今度は魔法使いの集団ですか?」

 

「そうなんだ。けどさぁ。コイツら、騎馬の連中より村に近いところで居るのに、動こうとしないんだよね~。てゆうか、アインズさん。子供に人気ですね」

 

 伝言(メッセージ)を終えた弐式が指摘すると、モモンガは「そうですかぁ?」と満更でも無さそうに後ろ頭を掻いた。

 

「おじさん。おじさんも魔法使いなの?」

 

「ん? 俺?」

 

 少年、少年、少女。三人の子供が興味深そうに弐式を見上げている。弐式は一瞬何かを考えたようだが、サッと身をかがめて少年らに顔を近づけた。

 

「お兄さんは魔法使いじゃなくて……こういう者なのさ!」

 

 パッと面と布をまくり上げると、そこにあったのはハーフゴーレムのツルンとした顔。

 

 わーっ!

 

 少年二人が悲鳴をあげ、ヘロヘロの元へと駆け去って行った。

 

「ぬっふっふ。子供をキャーキャー言わせるのは楽しいぜ」

 

「弐式さん……それじゃ、危ない人ですよ」

 

 呆れ顔で突っ込んだモモンガは、少女が一人残って弐式を見上げていることに気づいた。特に怖がるでもなく、興味深げに弐式のゴーレム顔を見つめている。

 

「お嬢ちゃ……さん。私の友人がどうかしたかね?」

 

「おかお、つるつる……」

 

 子供らしくストレートな感想に、モモンガと弐式は顔を見合わせた。

 

「ツルツルか……。よし」

 

 弐式は少女に顔を向け直すと、両手の平で顔を覆うようにし、人化してから手を下げる。今度はゴーレムの顔ではなく、気の良さそうな青年の顔だ。それを見た少女は、感心したような声をあげた。

 

「おじさん。すごい! どうやったの?」

 

「お兄さんの秘密さ。まあ、修行次第では君もできるかもね」

 

 子供相手だからって適当なこと言ってるよ。

 そんなことをモモンガが考えていると、気が済んだのか気が移ったのか、少女はヘロヘロの方へと駆けて行った。

 

「あの子は見込みありますね。俺をオジサン呼ばわりするのは、どうかと思いますけど。大物になりそうですよ」

 

「どういう意味の大物なんですかね。ところで、騎馬集団に魔法使いの集団ですか」

 

 弐式が少女の相手をしている内に追加でナザリックからの報告があり、モモンガが聞いたところ……双方集団の装備は同じではないとのこと。

 それぞれ別組織の可能性が見えてきたが、まだ確証は無い。

 

「俺が分身体を出して様子を見てきましょうか? 一体や二体やられても何てことないですし」

 

「弐式炎雷様の分身体が倒されるなど、あってはならないことです! ……はっ!」

 

 突然、会話に割り込んできたのはナーベラルだった。

 村人へのポーション配布が完了したので、その報告に来たのだが、至高の御方の会話に割り込んだことで激しく狼狽している。それを弐式が宥めているうちに、モモンガの考えがまとまった。

 

「弐式さん。騎馬か魔法使いか、どっちかの集団を潰す……いや、解消したいですね」

 

「解消……。問題事じゃ無くすってことですか?」

 

 モモンガは頷く。

 二つの集団は同じ組織から派遣されたかも知れないし、敵対関係にあるかも知れない。ひょっとしたら関係の無い別組織ということもある。

 現状、どちらもが不気味な存在だ。

 

「騎馬集団は村に向かってるそうですが、魔法使いの方は留まっているそうです。後者だって村に来るかも知れませんが……」

 

「来ないかも知れない。アインズさんは、そう思うと?」

 

 再びモモンガは頷いた。

 一方は接近し、一方は動かない。これら所在が判明してる二集団を放置しておくのは気分的によろしくないし、村に害意が無いのを確認できるなら、以後は気にしなくて良くなるはずだ。つまりは問題の解消である。

 

「なるほど。確かにそうですね。慎重に接触して、安全度を測る……敵か味方か。来ないことが確認できれば、まあナザリックの監視を向けておくだけにして……俺達は騎馬集団に注目するとかかな」

 

 弐式が乗り気で考察している。しかも、考えを口に出して。ナーベラルのキラキラした眼差しのせいだろうが、モモンガは咳払いをして二人の空気を打ち破った。

 

「うぉっほ~ん。私としては、まずは動かずに居る魔法使い集団に接触したいですね。走ってる騎馬連中を止めるとか面倒ですし、警戒されるでしょう? 接触が楽そうな方から行きましょう」

 

「同感です。じゃあ、俺が分身体を出しましょうか」

 

 アインズさん、邪魔しないでくださいYO!

 イチャイチャしてるのが悪いんです。なんでラップ風なんですか。

 そんなことを言い合いながらも、モモンガは潜伏している魔法使い集団と接触することを決めた。ヘロヘロにも確認を取ったが、こちらも賛成とのこと。

 ヘロヘロからは「両方に接触しても良いのでは?」という意見が出たが、両方にちょっかい出して一斉に敵に回す可能性を考慮すると、やはり片方に絞るのが良い。

 

「最初に揉めた方を先に始末する感じですかねぇ。と、同時進行で、村を襲撃した騎士達の方の取り調べもしておきましょうか」 

 

 村を襲撃してモモンガらに壊滅させられた騎士集団。その生き残りの五人のことをモモンガは思い出す。できれば忘れていたかった。

 実は喚き立てるリーダー格……ベリュースという名の隊長騎士を、モモンガによる<麻痺(パラライズ)>で転がしておいたのだが、モモンガ達が村長宅から出たときに失禁脱糞したのである。

 他四人の騎士は、弐式の分身体によって管理され、用便については見張りつきで移動するなりしていた。だが、麻痺状態のベリュースは、一言も発することが出来なかったため、気がつくと漏らしていたのである。

 弐式の分身体によって知らされたモモンガらは一様に嫌な顔をしたが、放ってはおけない。ベリュースが気の毒なのではなく、糞便の臭気漂う状況が嫌なだけだ。

 そこでモモンガが取った行動とは……。

 <支配(ドミネート)>で騎士の内、身分が低いと思われる二人を支配し、ベリュースのシモの始末をさせることだった。

 ここで解説しなければならない。

 <支配(ドミネート)>とは、精神魔法の一つであり、対象の意識を支配し操ることができる。ただし……ただし、操られた記憶は残るのだ。

 ……。

 今、モモンガ達の視線の先では五人の騎士が居て、広場の片隅で腰を下ろしている。

 その内の一人、ベリュースは顔を赤く染めて男泣きに泣いていた。ベリュースよりも気の毒なのは、支配を受けて作業に従事していた騎士二人で、こちらは身を寄せ合いさめざめと泣いている。

 副隊長ロンデス・ディ・グランプと残る一人の騎士は、なるべくベリュースらを見ないようにしているようだ。ちなみに、その表情は脱力しており、もはや戦う気力など無いことが見て取れる。

 モモンガは、その他必要な情報を村長から引き出すべく、アルベドを村長宅に残すと、ヘロヘロと弐式、そしてナーベラルを連れてロンデスに近寄った。

 

「ふむ。お疲れのようだな……」

 

「お陰様でな……」

 

 座したまま、ロンデスが視線だけを向けてくる。さっきは脱力していたように見えたが、敵対者たるモモンガらが近寄ると気を持ち直すようだ。見上げた根性と言えるだろう。

 

「さっきのアレは魔法なのか? どっちも二人がかりで取り押さえようとしたが、凄い力だったぞ。やろうとしてる事がアレだったから、諦めたが……」

 

「<支配(ドミネート)>を受けた者は、命じられた行動を取るために全力を出すからな。取りあえず話ができるようなら大変に結構だ。所属と名を教えて欲しいのだが? あと、目的も話して貰おう」

 

 隊長のベリュースが使い物にならないので、副隊長に聞く。

 見た様子からの判断だったが、これは正解だったようだ。

 ロンデス本人が諸々諦めていたこともあるが、実直な性格のせいかスラスラと解りやすく答えてくれたのである。

 まず、ロンデスが語り出すまで、モモンガが認識するところでは、騎士らはバハルス帝国所属の騎士だった。村長の見立てなのだが、胸の紋章がバハルス帝国の物だったらしい。

 バハルス帝国は、カルネ村が属するリ・エスティーゼ王国と長年交戦状態にある。バハルスの騎士が襲撃してくるのは、辺境の開拓村を襲うことに意味があるかは不明としても不思議ではないのだとか。

 ところが、この話がロンデスの供述により引っ繰り返った。

 ロンデスらの本当の所属は、スレイン法国。

 つまり身分を偽り、バハルス帝国の仕業と見せかけての村落襲撃であったらしい。

 その狙いは……リ・エスティーゼ王国の外縁部に位置する村々を襲撃し、王国最強……そして近隣諸国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフが出張ってくるのを誘うこと。

 

「誘い出して、どうする気だったのだ?」

 

「暗殺だな。そこは我々の仕事ではないが……」

 

「誰の仕事だと?」

 

「さあな。我々とて何もかも知らされているわけではない。ただ、我らはガゼフが来る前に撤退し、ガゼフが現れたら彼を襲う者が居る。そういう事だったんだろうな」

 

 ともあれ大まかではあるが、ロンデスらの行動予定と意図は掴めた。

 法国という字面からして堅苦しいし、村長の話では人類の護り手だとか何とか。

 そういう国に狙われるということは、そのガゼフという男。とんでもない悪人なのだろうか。

 気になったモモンガはロンデスに聞いてみたが、想像に反して彼は首を横に振る。

 

「人物としては高潔な部類だ。政治に関与せず、民衆からの支持も高い。国王からも信任されているようだな。強さにおいても文句のつけようがなく……まずは英雄の一人と呼んで良いだろう」

 

 そんな立派な人物を暗殺する理由とは、王国の力を削ぐこと。

 スレイン法国は王国と帝国の戦争に関与してはいないが、王国側の政治的腐敗が目に余り、どちらかと言えば王国に滅んで欲しいそうなのだ。帝国に統治させた方がマシと言うことである。

 

「そのためには、毎年の交戦で戦果を挙げるガゼフさえ居なければ……とな」

 

「なるほど。どうも……法国とやら、自分で言ってるほど立派な国ではないようだな」

 

 そうモモンガが言い捨てると、ロンデスは悔しそうな顔をしたが反論はしなかった。彼自身、この作戦には気が進まなかったらしい。

 

(スレイン法国かぁ。亜人蔑視とか言ってるそうだし。ナザリックとは相性が悪そうだな。今聞いた話でも裏で何やってるか……。お付き合いしたくない国だ。……うん?) 

 

 ロンデスとの会話を打ちきったモモンガは、ふと思い当たることがあった。

 ロンデス達は王国の村を襲撃して、ガゼフを誘い出すつもりだった。

 ガゼフが来たら、その彼を襲う別働隊が居たと彼は言う。

 

「弐式さん。今の話……騎馬集団と魔法使い集団に関係あると思います?」

 

「あるでしょうね。と言うか、どんぴしゃでしょう」

 

 察するに、村へ接近する騎馬集団がガゼフ・ストロノーフの一隊で、近隣で潜伏している魔法使い集団がスレイン法国の暗殺部隊というわけだ。

 

「スレイン法国とリ・エスティーゼ王国ですか。話を聞かせて貰いましたが、私的には王国の方がマシなんですかね~。政治的には糞だそうですが」

 

 この頃になるとヘロヘロも子供達と別れ、モモンガの近くに寄ってきている。 

 その呟きにモモンガと弐式は頷いたが、モモンガとしては双方共に関わり合いになりたくない。どっちも、ろくでもないからだ。

 

「まだまだ判断材料は少ないですけど。私としてはガゼフって人に会ってみたいですかね。あと、強いて言えばヘロヘロさんが言う『王国の方がマシ』に一票投じたいです」

 

「俺も、アインズさんと同意見かな。幾ら強いって言っても、人一人殺すのに村々襲って住民皆殺しとか。悪魔の国かっての」

 

 弐式もモモンガに同調した。

 一方、ロンデスは苦々しくも情けない顔になっている。

 自分達を捕らえた者達のリーダー各三人が話し合い、それまではよく知らなかったらしいスレイン法国の評判がダダ下がりであること。そのことがロンデスをして忸怩(じくじ)たる思いに駆らせているのだ。

 

「そうではない。そうではないのだが……」 

 

 襲撃隊の一員であった自分としては、弁解する言葉が思い浮かばないのだろう。二度ほど頭を振ってロンデスは黙り込んでしまった。

 その様子を見たモモンガ達は、数メートルほど距離を取って相談する。

 

(「モモンガさん。あのロンデスって人、そこそこ普通というか真面目な感じですね」)

 

(「ヘロヘロさんも、そう思いますか? 俺もです……。なんでこんな任務に就いてるんでしょうかね?」)

 

 なんでも(なに)も、それが軍隊というものだ。命令されて否は有り得ない。

 自分が社畜だったときもそうだった……と思うと、モモンガもヘロヘロも、ロンデスには少しばかり同情してしまう。弐式にも聞いてみたが、彼も同意見だった。

 

(「モモンガさん。あのロンデスって人、ナザリックに引き抜けませんかね?」)

 

(「ええ? 弐式さん、彼は犯罪者ですよ?」)

 

 そう、人柄に好感は持てるし境遇に同情もするが、犯罪者だ。ましてやスレイン法国よりもリ・エスティーゼ王国に接近しようと言うのなら、このロンデスを引き抜くわけにはいかない。村人側の感情的な問題もあるだろう。

 

(「う~ん。駄目ですか。スレイン法国にある程度詳しそうだし、村長さんよりは情報が引き出せると思ったんですけどね~」)

 

(「ああ、なるほど。それがありましたね。俺達、こっちの世界の常識とか、まだまだ知らないことが多いし」)

 

 目からウロコの思いに、モモンガの一人称が素のものになる。

 モモンガは弐式にも意見を聞いたが、そういう理由であればナザリックで確保しても良いだろうとのことだ。

 場合によっては拷問部屋に放り込んで、脳から情報を吸い出すことになるかも知れないが……。

 

(「じゃあ、引き抜き交渉をしてみますか。一人ぐらいナザリックで匿うのは難しくないでしょう」)

 

 そう言って内緒話を締めくくると、モモンガはロンデスに歩み寄り彼を見下ろした。

 

「ロンデスと言ったな。このままだと私達は、お前達生き残りの騎士を王国に引き渡すことになる」

 

「当然だな。そして、我らの運命は死刑か……法国との交渉材料だ。帝国に問い合わせたところで、我らのことなど知るはずがないのだからな。もっとも、法国から我らに暗殺の手が差し向けられるだろうが……」

 

 最後の言葉は苦渋に満ちていた。

 祖国がそういう国であることを知り、それが当然と思っている。

 彼の態度が現実(リアル)での社畜生活を思い出させ、モモンガは少しばかりイラッとしたが、それを表に出すことなくロンデスに語りかけた。

 

「ふむ、ふむ。なるほど。どのみち死しかない運命か……。ときにロンデスよ。我らの下で働く気は無いか?」

 

「俺を誘うと言うのか!? 俺は、ただの騎士隊の副官だぞ!? こう言っては何だが、俺達程度の実力で、そちらの役に立つとは思えないが……」

 

 ロンデスは自分を指差している。周りで聞いていた騎士らも、驚きの顔でロンデスを見ていた。

 

「我々は、とある事情でこの辺一帯の世情に疎くてな。解説役、あるいは案内人のような者を欲している。この先は、そのような者と多く知り合うことになるだろうが……。どうだ? 今なら先着特典で歓迎するぞ? 前科は問わない」

 

 この村に住まわせるのには難があるので、別に住処を用意する。

 給金も出すし、働きによってはボーナス……特別賞与もあるだろう。

 そう説明したところ、ロンデスは暫し考え込み、部下の騎士らと相談を始めた。

 

(乗り気のよう……かな?)

 

 ロンデスの人柄からすると、部下も共に連れて行って欲しいと言ってくるかもしれない。その場合でも、モモンガは承諾するつもりだった。ナザリック地下大墳墓は広いから、人間の数人ぐらい住まわせるのは問題ではない。第六階層の森林の辺りに住居を構えさせるのも良いだろう。

 ただし、ベリュースに関しては王国に引き渡すつもりだ。

 襲撃があったのは事実だし被害も出た。騎士らは皆殺しにした……と言うこともできるかも知れないが、隊長ぐらいは引き渡した方が良いだろう。

 

(隊長の記憶操作をしなくちゃな。生き残りが他にも居るとか言われても面倒だし。いい魔法実験になるか。しかし、夢が膨らむな~。ロンデス達を案内役に、エ・ランテルとかに繰り出すのもいいかな。うん、ヘロヘロさん達と冒険ができるぞぉ)

 

 モモンガの胸に楽しさが込みあげてくる。

 そうだ、冒険だ。

 ヘロヘロと弐式が居る。現地住民の案内役も確保できそうだ。

 この空が青くて空気も美味い世界で、あちこち見て回ろうじゃないか。

 これから先の期待感が膨らむばかりのモモンガであったが、ロンデスらを取り込む……つまりナザリックの一員として人間種を組み込むことの重大さについて、まるで想像が及ばないでいた。

 そのことをモモンガは、アルベドとナーベラルによって思い知らされることとなる。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 デミウルゴスです。

 

 至高の御方が、人間を雇う……。

 (しもべ)としては中々に口惜しく感じますが、それを頓挫させるような言動は万死に値するもの。

 いえ、死を以て償うといったことは、至高の御方の好むところでは……。

 ナーベラルに、それが理解できますかどうか……。ハア……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第12話

 

 モモンガ『あの、ナーベラルは大丈夫なんですか?』

 




「あなた達、悪人さん?」
「そうさ」
「あたし達、人質ね」
「そうだよ」
「空賊っていうのよね」
「よく知ってるね」

 一番好きな作品です。

 う~む、それにしても原作で死んだキャラって、このSSだとナザリック行きになることが多いのかも。そっち系になるかな?


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第12話 あの、ナーベラルは大丈夫なんですか?

「アインズ様……」

 

 女性の声がした。

 アルベドは村長宅で情報収集中なので、この場に居るナーベラルが発したのだ。

 明るい未来に胸を取らせていたモモンガは、機嫌良くナーベラルを振り返る。

 

「ナーベラル、現地人の協力を得られそうだぞ! お前は、どう思う?」

 

「そこの下等生物(ゴミ虫)を、栄えあるナザリックに入れるおつもりですか?」

 

 その瞬間、場の空気が凍りついた。

 嬉しそうに語っていたモモンガは口を開けたまま固まり、その隣で立っていたヘロヘロは信じられないモノを見たように目を丸くしている。弐式などは組んでいた腕を解きかけ……た状態で、モモンガ同様固まっていた。

 一方、言われた側のロンデスはと言うと、部下達と相談していたところで振り仰ぎ、呆気に取られてナーベラルを見ている。他の騎士達も同様で、ベリュースですら泣くのを止めてナーベラルを凝視していた。

 

「そもそも……」

 

 至高の御方と騎士ら全員がフリーズする中、そして咎める声も出なかったことで、ナーベラルは蔑みの視線をもってロンデス達を一瞥する。

 

「人間など役に立つはずないではありませんか」

 

「ナーベラル!」

 

 声高に弐式が名を呼び、ナーベラルはポニーテールをビクリと揺らした。明らかに怒りの色が混じった声だったことで、怯えの表情を創造主に向ける。が、弐式は構わずに歩み寄り、ナーベラルの腕を掴んだ。

 

「モ、アインズさん。俺、向こうでナーベラルと話してきますんで……」 

 

「あ、あの、弐式炎雷様!?」

 

 何を勘違いしたのか、頬を赤く染めたナーベラルが森へと連行されていく。その後ろを呆然と見送っていたモモンガだが、ふと思い出したようにロンデスに視線を向けた。

 

「あ~……それで、先程の件だが……」

 

 ぎこちない声で問うたところ、ロンデスは部下三名と目配せしてからハッキリと答える。

 

「ありがたい勧誘だったが、お断りさせて貰おう。どうも、我々は歓迎されていないようだ」

 

(ですよね~……)

 

 例えメイドであろうとも、あんな拒絶を示す者が居る組織から誘われて、ホイホイついて行く気にはならないのだろう。それにナーベラルの言葉でモモンガは再認識したが、彼が思っていたよりもナザリックNPCの人間種蔑視は酷いようだ。ロンデスもナーベラルを見て、その辺を察したのかもしれない。

 

(真面目そうな雰囲気が、たっちさんっぽくて好印象なんだけどな……)

 

 未練はあるが、本人が嫌がるものを無理に連れ去るわけにもいかないだろう。魔法で記憶操作するのも何か違うような気がする。

 

(気が変わって訪ねて来たら……)

 

 その様なことをモモンガが考えていると、ヘロヘロがロンデスに話しかけた。

 

「じゃあ、このまま……そうですね。駆けつけてくると言う王国戦士長に引き渡して構わないと?」

 

「ああ、作戦が成功したのならともかく我らは失敗した。そして捕らえられた。ならば被害者に対する責任は取らねばならないだろう。少なくとも、ベリュース隊長と俺ぐらいはな……」

 

「ん?」

 

 笑みすら浮かべて言うロンデスに、ヘロヘロが首を傾げる。その彼がモモンガを見て、モモンガも首を傾げたところで……ロンデスが立ち上がった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿。せっかくの御勧誘を非礼にも断ることを許していただきたい。そして厚かましいが、俺の願いを聞いて貰えないだろうか?」

 

 ロンデスの願い。それは、部下である三名の騎士を見逃して欲しいというものだった。厚かましいと言えば厚かましいのだろう。だが、モモンガもヘロヘロも、ロンデスの申し出を笑ったり蔑む気はなかった。

 二人で顔を見合わせ頷き合うと、モモンガはロンデスに向かって言う。

 

「良かろう。私達にとって、君達は取るに足らない弱者だ。二人や三人、誤差の範囲内だな。本国に戻ったなら、カルネ村に手出しするな。我らを怒らせたくなければ……とでも報告して貰いたいものだ」

 

 今のモモンガは人化をしている。

 このような尊大な物言いは、底辺サラリーマンだった自分には似合わない。

 

死の支配者(オーバーロード)の外面であれば似合うのに……)

 

 そう思うモモンガであったが、不思議と噛むこともなく、声と口調に威厳を乗せて言い放つことができた。

 

「そこで集めてある武器を拾い、森に入って逃げるといい。森を出るまでくらいなら、私の手の者に護衛をさせよう。逃がした途端、遭難死や事故死されては意味が無いのでな。姿は見えないだろうが……まあ安心して逃げるのだな」

 

 そのように話し終えたところ、ロンデスが部下達に指示を出し、それを聞いた三名の騎士は渋っていたが……怒鳴りつけられるに及んで立ち上がった。

 

「ふむ……。では、こちらの準備だな」

 

 モモンガは伝言(メッセージ)で近場の影の悪魔(シャドウ・デーモン)数体を呼び、これから逃げ出そうとする騎士らの護衛を命じる。ナーベラルと違って、影の悪魔(シャドウ・デーモン)らは直ちに命令を受け入れ行動に出た……はずだ。少なくとも、森へ駆け込んで行った騎士達を迷うことなく護ることだろう。

 

「後は、ガゼフとやらに君らを引き渡すだけ……か」

 

「そのことだが……」 

 

 ロンデスはベリュースの隣りに腰を下ろすと、モモンガを見上げて言った。

 ガゼフが村に到着すると、暗殺部隊の襲撃があるだろう。その者達は、自分達などと違って遙かに強いはず。

 

「スレイン法国には六色聖典という六つの特殊工作部隊がある。それぞれ職務と得意分野は違うが、中には戦闘に特化した部隊があったはずだ。俺は詳しくないが……確か、そうですよね。ベリュース隊長?」

 

 いつの間にか泣くのを止めていたベリュースに、ロンデスが話を振った。

 資産家出の一子であり、箔付けのために任務参加した男……襲った村で娘を犯し、すがりつく父親を何度も刺して殺すようなゲスだが、ロンデスよりも地位は上だ。彼なら、もう少し詳しい話ができるだろう。

 

「う、うう……。父から聞いた話だが……」

 

 黙秘しても良いことはないと感じたのか、ベリュースは怯えた視線をモモンガに向けながら話しだした。モモンガにしてみれば、ベリュースらを相手に戦ってはいないので、怯えられる覚えはない。

 

(弐式さん。分身体に、どんな戦い方させたんですか……)

 

 弐式が消えた方を見るが、既に茂みの向こうに移動したらしく彼らの姿は目視できなかった。そして、その間にもベリュースの説明は続いている。

 

「む、六つある聖典部隊で暗殺任務と言えば、火滅聖典。しかし、相手はガゼフ・ストロノーフだ。誘い出したとは言え、正面から戦うのは厳しい……かも知れない。となると、陽光聖典が出てくる……と思うのだが……」 

 

 陽光聖典は、亜人集落の殲滅を基本任務としているとのこと。

 部隊編成についてベリュースは知らないとのことだったが、亜人の集落を殲滅できるのなら、かなりの戦闘力を持っていると思われる。

 

「なるほど、よくわかった。その者達を排除すれば問題ない。そうすれば村での葬儀も安心して行えるというものだ。ガゼフとやらが来るのを、のんびり待つこともできる」 

 

「随分と自信たっぷりだが、大丈夫なのか? 相手は聖典部隊だぞ?」

 

「ん?」

 

 ロンデスが厳しい眼差しでモモンガを見上げていた。彼は言う。目の当たりにしたことはないが実績は本物だ。スレイン法国の聖典部隊を甘く見ない方がいい……と。

 

(確かに甘く見てたかも知れないな~。ロンデス達を基準にしてはいけない……か。ならば、ここは目一杯頑張るとして……。そうだ、いいことを思いついたぞ!)

 

 モモンガはロンデスの責任感は大したモノだと考えている。だが、その責任感を超えてナザリックに靡くことがなかったのは、ロンデスがモモンガ達の実力を知らないからではないか。そう考えたのだ。

 となると、問題なのは潜伏中の聖典部隊の強さである。

 

(騎士の実力はマジで大したことなかったものな。なんとか聖典がどれぐらい強いのかはわからないが、数倍ほど強くしたって俺達の全力で対処できない程じゃない……と思うんだ)

 

 今ひとつ強気になりきれないが、モモンガが考えたのは潜伏中の聖典部隊を捕捉撃滅……ないしは捕獲する様子を、ロンデスに見せようというもの。つまりは、彼を連れて戦いに赴くのだ。 

 

(弐式さんとヘロヘロさんも誘おう。様子見して大丈夫そうなら派手にやっちゃうぞ~……。駄目なら……ロンデス諦めるか。それにしても弐式さんは遅いな……。またイチャイチャしてるのかな?)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あ、あの、弐式炎雷様。どちらへ……」

 

 ナーベラルが戸惑いの声をあげている。

 創造主たる弐式炎雷に手を引かれ、自分だけが連れ出される状況。

 すなわち、自分だけが創造主に必要とされている。

 と、手を引かれた当初は陶酔していたが、主の様子が何やらおかしい。先程から一言も口を利かないのだ。不安を覚えて呼びかけても返事をしないし、ひたすら歩き続けている。

 さらに数分ほど歩き続け、ようやく弐式の足が止まった。

 

「ナーベラル」

 

「はい! 弐式炎雷様!」

 

 主が名を呼んでくれた。

 それだけでナーベラルは天にも昇るような気持ちとなる。

 多くの至高の御方はお隠れになったが、モモンガは変わらず存在し続け、ヘロヘロが戻り、ついには自らの創造主が戻ってきてくれた。これからのナザリックは今まで以上に素晴らしい場所となることだろう。

 

「……ナーベラル」

 

 光り輝く未来を想像するナーベラルに、弐式は再び声をかけた。その声に怒気を乗せて……。

 

「は、はい。弐式炎雷様……」

 

 事ここに到り、ようやくナーベラルは気づく。自分の創造主は怒っているのだ。

 何か、自分は失態をしでかしたのだろうか。だとしたら、すぐにでも自害して謝罪しなければならない。しかし、いったい何が理由で主を怒らせることになったのか。そのことを知らずに死ぬのは口惜しいにも程がある。

 だが、ナーベラルが質問の許可を得ようとする前に弐式は話しだした。

 

「お前。さっきのアレは何だ?」

 

「アレ……とは、どのようなことでしょうか?」

 

 思い当たることができない。そのことがナーベラルには、自身を八つ裂きにしたいほど腹立たしく感じられた。

 

「さっき、アインズさんが勧誘した人間を『下等生物』だとか『ゴミ虫』とか言ってたろうが……」

 

「ああ、あれですか……」

 

 ナーベラルは鼻で笑いそうになる。

 しかし、その衝動を何とか抑え込み、当時の状況を思い出した。人間だけの話であれば記憶の片隅にも残らなかったろう。だが、あの時はモモンガや弐式が居た。至高の御方が関連したことであるからこそ、こうして思い出せるのだ。

 

「人間など、取るに足らない下等生物(ガガンボ)では? その様な者が、栄えあるナザリックに……」

 

「それは良いんだ」

 

 ナーベラルのセリフを遮った弐式は、ナーベラルに一歩近づき、自らが創造した美しい顔を覗き込む。

 

「お前が人間を蔑むのも、感情任せな物言いも。それは全部、俺が設定したことだ。お前を作ったときにな。だから、それはいい」

 

「ああ……」

 

 自分を創造してくれた主が、自分が『そうあれ』と望まれて決められ、それに従って取った行動を肯定してくれた。これほどの幸せが他に存在するだろうか。

 

「けどな。お前、本当にわかってないんだな」

 

「弐式……炎雷様?」

 

 幸せの絶頂に居たナーベラルを、そこに導いたはず弐式の声が引き戻した。

 

「確認するぞ? お前にとって、俺達は何だ?」

 

「ナザリックの支配者。至高の御方でございます。そして弐式炎雷様は、私の創造主であらせられます」

 

 淀みなくナーベラルは答える。それはナザリックに住まう者にとって、呼吸するよりも自然であり、当然のことだった。

 

「じゃあ、その中でモモンガさんは?」

 

「至高の御方四十一人の纏め役であり、他の至高の御方からはギルド長、あるいはギルドマスターと呼ばれる御方です」 

 

 これもまたナザリックにおける常識である。

 胸を張って答えたナーベラルに対し、弐式は二度ほど首を横に振ると平静な声にて告げた。 

 

「そこまで理解しておきながら……。俺に言わせるのかよ……。あのな……あのロンデスっていう人間をナザリックに勧誘しようってのはな。俺達が相談してるのは、お前も見てたろうが……コソコソ話してたから聞こえなかったか? 提案者は、この俺だ」

 

「え……」

 

 ナーベラルの表情が凍りつく。しかし、彼女の絶望はまだ始まったばかりだ。

 

「俺の話を聞いたモモンガさんは、最初渋った。そこを説得したのも俺だし、更に言えばヘロヘロさんも賛成してくれてる。全員一致で可決して、ギルド長のモモンガさんが『俺達を代表』して、外部の人間種であるロンデスを勧誘したわけだ」

 

「ああ、アアアア……」

 

 もはやナーベラルは顔色を無くしただけでは済まず、全身をワナワナと震わせている。

 

「至高の御方ってのが相談し合って決めて、対外的に取った行動だよな? そこにナーベラル、お前がケチをつけた。しかも、外部の人間であるロンデスの目の前でな。あれがすべての原因じゃないだろうが、ロンデスはモモンガさんの勧誘を断ったよな?」

 

「……」

 

 呻き声すら出なくなったナーベラルを、弐式は面の奥から凝視した。

 

「着てる服からしてメイドにしか見えない女が、主の交渉に口を挟む。そして台無しにする。なあ、わかるか? モモンガさんや俺達の足を引っ張ったのは、確かに問題だよ? それもあるけど……」

 

 一度言葉を切って考える。これから言おうとしているのは、先程の一件で最も気になっていたことだ。ナーベラル・ガンマの創造主として、彼女に対して責任ある者として、必ず伝えなければならないことでもある。

 

「お前さ……。さっきのアレで、自分がモモンガさんに恥をかかせたって理解できてるか?」

 

 付け加えるならナーベラルの行動によって、弐式の面目も潰れていた。彼はナーベラルの創造主だからだ。

 ただ、弐式は自分のことでナーベラルを責めるつもりはない。

 彼女のポンコツな部分は、自分が大はしゃぎしつつ数値を割り振り、設定を書き込んで作成したもの。ナーベラルの言動には弐式自身にも責任があるからだ。

 しかし、モモンガに恥をかかせたこと。これを見過ごすわけにはいかない。

 

「も、申しわけ……」

 

 謝罪の言葉を紡ごうとするが、ナーベラルは恐怖と絶望感のあまり舌が回らなかった。

 謝罪一つ口に出すこともできない。このような無能な自分が居ては、至高の御方の……創造主の迷惑になるばかりだろう。そう判断したナーベラルの口から、やっとのことで音声が吐き出された。

 

「すぐに、でも、じ、自害を……」

 

「馬鹿言え、舐めてんのか?」

 

 想定していた言動ではある。が、それを聞いた弐式の口調が粗雑なものとなった。

 彼は先ほど、モモンガから次のような話を聞かされている。

 

『連絡が回りくどくて時間の無駄だから。直接連絡して良いって言ったんです。そしたら、伝言(メッセージ)の向こうで「不手際につきましては自害してお詫びを!」とか始まって……。ナザリックNPCの忠誠心、マジでやばいです』

 

 これを聞いたとき、うかつに叱ることもできないな……と弐式は思ったものである。

 しかし、ナーベラルはやらかした。

 空気を読まず場もわきまえない。その調子で発した言葉が、友人であり、ギルドの長たるモモンガに恥をかかせ、ひいてはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名に泥を塗ることとなったのだ。

 これを見過ごすことはできず、さりとて外部の者や他者の目の前で叱責することは憚られたため、こうして森に連れ込んだのだが……。

 

(自分のしたことを言われて気づいて、それで……軽々しく自害とか言い出すなんて……)

 

 自分の作成したNPC。理想の塊が、いとも簡単に命を捨てるようなことを言うものだから、ついカッとなったのである。

 

(きつく言い過ぎたのか? 叱りつける前の説教とか、諸々が……きつめだったか?)

 

 女性に対して叱責慣れしているわけではない。

 不安になる弐式であったが言うべきことは言っておかないと、この先、同じ失敗をナーベラルは繰り返すだろう。最悪、余所のプレイヤーの機嫌を損ね、それでプレイヤー同士の殺し合いになりかねない。

 ナーベラルには人間蔑視やナザリック外部の者への蔑視を、内心はともかく外に出すことを控えて欲しかった。

 

(何か……上手い説教は無いもんかな)

 

 弐式は震えるナーベラルを前に考え、一つのアイデアを思いつく。

 

「なあ? お前、メイドだよな? 戦闘メイド(プレアデス)だが……メイドには違いない。そうだよな?」

 

 問われたナーベラルは跳ね上げるようにして顔を上げ、弐式を見上げた。

 メイドであるかどうか。存在意義の大半について聞かれているのだ。

 ならば自分は胸を張って答えなければならない。 

 

「もちろんです! ナザリック地下大墳墓の深奥にて、至高の御方を護る最後の盾となる。その任務を与えられていますが、私は……私達、戦闘メイド(プレアデス)はメイドです!」

 

 至高の御方の一助となって戦うだけなら、強力な僕やモンスターは他にも存在する。だが、自分達は戦うこと『が』できるメイドとして生み出された。

 否、戦うこと『も』できるメイドなのだ。至高の御方に奉仕することこそが本分である。

 

「俺達のメイドであることに誇りを持ってるってんだな?」

 

「はい!」 

 

 弐式は二度ほど頷くと、声に柔らかさを戻しつつ姿勢を戻し、腰に手を当てる。

 

「じゃあ、簡単だ。メイドの業務には接客も含まれる。外から来た客に不自由させないよう、嫌な思いをさせないよう。自分の行いで主人に恥をかかせないよう。メイドらしく在ればいいんだよ。お前の仕事と、お前が外の奴ら……例えば人間をどう思ってるかなんてのは、まったくの別問題だ。そうだろ?」

 

「それは……そうですが……」

 

 口籠もるもナーベラルには反論しようがなかった。そもそも至高の御方の言に反論するなどおこがましい話だ。それこそ万死に値する。だが、外部の者。そして人間に対してナザリックのメイドとして振る舞えるだろうか。ナーベラルは自信が無かった。

 

(ユリ姉様や、ソリュシャン、ルプー姉さんなら……上手くやれるかも。いえ、シズやエントマだって上手くできると思う。でも、私は?)

 

 人間に対して込みあげる嫌悪感。口をついて出る侮蔑の言葉。

 すべてが、創造主に『そうあれ』と決められたことなのだ。 

 

(それを体現せずに……ユリ姉様達の様に? 私に可能なの?)

 

「無理か?」

 

「……っ!」

 

 弐式の声が再び冷たさを増す。

 

「できないなら構わないぞ?」

 

 許された。コンマ一秒、その様な考えがナーベラルの脳をよぎったが、そんな甘い話があるわけが無い。

 

「接客どころか対外的な対応もできないメイドなんて、人前に出せないからな。お前にはナザリックで待機していて貰う。何かあって外に出すのは、今日が最後ってことだな」 

 

「そんな……」

 

 愕然とするナーベラル。

 本来の戦闘メイド(プレアデス)の存在意義からすると、弐式の言は「元の配置に戻す」と言っているだけのことだ。しかし、これからも至高の御方は外に出て行くことがあるだろう。その護衛として今日のように同行できない……同行が許されないのは、耐え難い絶望だった。

 一度、同行を許されて、次からは許されない。

 それはナーベラルにとって無能の烙印を押されたのと同じなのだ。

 凍りついたナーベラルに対し、弐式は肩をすくめて見せる。

 

「それが嫌なら精進するしかない。心を入れ替えろなんて言わないさ。『メイド』をやればいいんだ。俺はナーベラルならできると信じてる」

 

 信じてる。それを聞いたナーベラルの表情が明るくなったが、対する弐式の心は痛みっぱなしだった。

 先程、自分でも言った。

 ナーベラルが、今のような言動を取るのは弐式自身が設定したからなのだ。

 それを偉そうに説教して矯正しようだなんて、ナーベラルが可哀想すぎやしないか。

 いったい自分は何様なのか。

 

(至高の御方か……。分不相応。おこがましい。そんな思いしか湧いてこね~し)

 

 弐式は空を見上げた。森の木々、その先端の隙間から青い空が見えている。村では埋葬から葬儀が始まり、夕刻の頃には一通り済んで静かさを取り戻すだろう。

 

(モモンガさんなら、ナーベラルをどうしたんだろうな……)

 

 もしも、モモンガが一人で外に出ることがあって、ナーベラルをお供にした場合のことを弐式は考えてみた。

 ナーベラルが例の言動でモモンガに迷惑をかけ、困らせている姿が容易に想像できる。

 モモンガはナーベラルをその都度叱るだろうが、ナーベラルの自害言動に閉口して、そのうち厳しく叱るのを止めるかもしれない。言っても無駄と諦めることもあるだろう。

 

(叱られてるうちが花……を通り過ぎるわけか。俺のナーベラルがね……。……たまらんな)

 

 そうならないためにも、ナーベラルについては自分の手元に置いて矯正……いや、指導をしていくべきだろう。

 

(あとは……NPCが動いてるってことは、ペストーニャも動いてるのか? だったら、ナザリックに行ったらペスに相談してみるか)

 

 ペストーニャ・S・ワンコは弐式が記憶するところでは、メイド長の立ち位置だった。自分のことを至高の御方と言って崇めてくれているなら、相談ぐらいは乗ってくれるはず。

 

「こんなところか……」

 

 大まかな方針を決めた弐式は、肩の力を抜きナーベラルの頭に手を置いた。

 

「悪いな、ナーベラル。お前を、そんな風に作ったのは俺だ。そういう風にしか出来ないのに、無理言ってるとは解ってるんだ」

 

「そんな! すべて、私が到らないせいなんです! 弐式炎雷様には……うっ」

 

 言いつのるナーベラルの頭が乱暴に撫でられる。

 

「黒ポニーテールは至高だが……。たまには降ろしてロングストレートも悪くないかもな」

 

「えっ?」

 

 目を丸くする戦闘メイド(ナーベラル)に「こっちの話さ」と言い、弐式は歩き出した。行く先はカルネ村。モモンガ達の元へと戻るのである。

 

「諸々はナザリックに行ってからだな。相談したい相手も居るしぃ。そうそう、最後に言っておくが……」

 

 ついて来るナーベラルを、弐式は肩越しに振り返った。

 

「俺はな。『死んで償います』とか、自分から言い出す奴が嫌いだ。たぶんアインズさんやヘロヘロさんも同じだぞ? だから、今後は気をつけてくれ」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「弐式さん。ナーベラルと何か話してたんですか?」

 

 広場に戻ってきた弐式達を見て、モモンガが声をかける。弐式は「やあ」と手を挙げると、ナーベラルを伴ったまま近づいてきた。ナーベラルは少し落ち込んでいるように見える。

 

(森に行ったタイミングがアレだったから、お説教の後で慰めてイチャイチャしてると思ってたけど。きつめの説教だったのかな?)

 

 先にナザリックと伝言(メッセージ)をした際に慌てたことだが、ナーベラルにまで『死んでお詫びします!』などと言い出されては困る。それに、今は埋葬作業が進んでいるところで、この後は葬儀の予定だ。みっともなく騒ぎ立てたくはないのである。

 

「どうも、アインズさん。さっきの件で、ちょっと話が長引いちゃって。……と、あれは……ルプスレギナ……でしたっけ?」

 

 弐式の目がモモンガから、村人達の間で立って指示している女性に移った。

 僧服めいたメイド服と帽子に身を包み、聖印を象った武器を背負っている。赤毛に褐色肌で、そこそこ長身の女性だ。なお、胸は大きい。 

 

「ええ。メコン川さんのとこの子です。クレリック系を修めてまして、葬儀の取り仕切りとかが出来るんじゃないかな……と、ナザリックから呼んでみたんですが。思いのほか上手くやってるようです。人間相手にも愛想良く振る舞えるとか、最高ですね」

 

 最後にルプスレギナを褒め称えたところ、離れた位置でルプスレギナが帽子をひくつかせて上機嫌になったのが見えた。それほど大きな声で話したつもりはなかったが、聞こえたとしたら大した聴力である。一方、森から戻った際に落ち込んでいた風のナーベラルが、更に表情を暗くしていた。

 

「あの、ナーベラルは大丈夫なんですか?」

 

「ははは。だ、大丈夫ですとも」

 

 噛みそうになりながら言う弐式は、大丈夫じゃないだろうなと思っている。

 先程、人間種への接し方に関して諸々叱責されたナーベラルにとって、同じ戦闘メイド(プレアデス)の姉妹が失敗しないどころか上手くやって褒められているというのは、屈辱あるいは劣等感を覚えるはずだ。

 しかし、今「気にするな」と言ったところで、ナーベラルの心には響かないだろう。敢えて黙っておく方が良いのかもしれない。

 

「そうですか。クレリック系なら葬式とかできそうですしね」

 

 元々、カルネ村には外部から派遣された僧というのが居らず、葬祭事は村長が仕切っていた。それを知ったモモンガがルプスレギナを紹介したのだ。宗派的には、この世界の宗教と合致しないようだが、きちんとした僧職者に仕切って貰えるならと、村長側からの願いもあってルプスレギナに諸々任せたのである。

 実際、ルプスレギナは上手くやっていた。

 村人からの質問にも笑顔で答え、まとわりついてくる子供らの相手もしている。

 弐式などは、うちのナーベラルとは大違いだ。メコン川さん、上手いこと設定したな……と心の中で思っていたが、もちろん声には出していない。

 

「ルプスレギナが動いてるなら、やっぱり大丈夫そうかな」

 

「え? どうかしましたか?」

 

 ボソリと弐式が呟くので事情を聞いてみたところ。ナザリックでペストーニャが動いてるかどうかを質問された。答えは「動いてる」である。

 

「ナザリックの食堂で会いましたよ。ヘロヘロさんの登場に、メイド達が感動してしまいましてね。そこで彼女が登場して……」

 

「そう……ですか。アインズさん、後でお願いしたいことがあるんですけど……」

 

「かまいませんが?」

 

 なんだろう。とモモンガは首を捻ったが、この場での弐式は、それ以上話すことはなかった。

 そして、暫く時が過ぎて埋葬作業が終了し、ルプスレギナ・ベータが取りしきる葬儀が始まる。彼女が口にする祈りの言葉や、神の名は村人達にとって聞き覚えの無いものだったが、ルプスレギナの堂々とした態度と、本職の僧侶が醸し出す厳粛な雰囲気。それが、村人達を落ち着かせ、亡くなった者への祈りを捧げることに集中させていた。

 末席で葬儀に立ち会うモモンガは、周囲が夕日によって赤くなりつつあるのを見て、次に起こること、しなければならないことについて考えている。

 

(ガゼフは、そのままカルネ村に入れるとして。問題は聖典部隊とかか……。弐式さんは分身体を出して見張らせてるんだっけ? ロンデスに聖典部隊の相手をするところを見せるとしたら、もう行動に出た方がいいかもな)

 

 村には誰を残したら良いだろう。

 騎士達は弱すぎたが、今度は上位組織の戦闘部隊らしい。

 ここは先程も考えたがモモンガとヘロヘロ、それに弐式の三人で対応したいところだ。

 NPCらは護衛が必要とか騒ぐだろうから、アルベドを連れて行けば十分だろう。彼女の防御力は当てにできるし、相手が強すぎたらアルベドに防がせて、その隙に逃げる手がある。転移阻害をされる恐れがあったが、一〇〇レベルのプレイヤーとNPCが合わせて四人居るのだ。何とか切り抜けられるだろう。

 

(そうなると、今連れてきてるメンバーで言えばナーベラルとルプスレギナを残していくのがいいかな? 村の周りには影の悪魔(シャドウ・デーモン)が居るし、レベル四九の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も居る)

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は、影の悪魔(シャドウ・デーモン)と手法は違うものの、不可視化が可能だ。同じく村の外縁部……森の中に潜ませていた。

 何者かの襲撃があっても、暫くなら持ち堪えられるだろう。

 モモンガはヘロヘロと弐式を目配せで呼び寄せると、村から離れた場所で潜伏中の聖典部隊を襲撃するべく打ち合わせを始めるのだった。

 




説教シーン書くの辛い

職場でお説教することもあるんですが、あれ……疲れるんですよね

カルネ村に本職の僧職者は居ない。居なかった。
これについては確認できてません。
騎士の襲撃で死んだことにしようかと思いましたが、それだと居たことになっちゃうし。
取りあえず本作では居なかったこととします。

ナーベラルがペストーニャによるスパルタ再教育コース確定。
原作じゃモモンガさんに叱られまくっても矯正できてませんし。
創造主の弐式さんに言われても、それだけじゃあ改まらないだろうな……と思ったことによります。


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第13話 見てのとおり魔法詠唱者だ

「村を襲撃した者達からの、完了報告が来ない?」

 

 ニグン・グリッド・ルーインは、隊員からの報告を受けて首を傾げた。

 手はずとしては、まず帝国騎士に偽装させた者達が王国外縁の村を襲撃し、住民殲滅後に離脱。王国戦士長のガゼフ・ストロノーフが駆けつけたところを、ニグンら陽光聖典が強襲し、殺害するのだ。そうなっていた。

 前回の村落襲撃ではタイミングが合わずに失敗したが、今度は上手くやれるはず。

 そう考えて街道外にて潜伏していたのだが、村を襲撃した者達からの報告がない。

 報告に関しては陽光聖典の隊員が村に近づき、襲撃隊の隊員が出てくるのを待って接触するというものだったが、誰も出てこないのだと報告に来た者(陽光聖典隊員)は言う。

 

(成功はしたが、殺戮に夢中で報告を怠っている可能性。有り得るが。……いや、ないか。襲撃隊は隊長に問題があるものの、副隊長は勤勉な男だ。兵の一人ぐらいは寄こすだろう)

 

 ニグンは思案しつつ顔を指で撫でた。

 顔面を走る傷跡。

 かつて亜人の村を殲滅した折、王国のアダマンタイト級冒険者らと戦闘になって受けた傷だ。魔法治療で消すこともできたが、屈辱を忘れない為に残しているのである。

 いつか借りは返してやる。

 決意を新たにしたニグンは、次の可能性について考えてみた。

 

(襲撃隊が全滅している場合。一人の離脱者も無しにか? その様な戦力を、開拓村に常備しているなど、それこそ有り得ん話だ)

 

 この度の襲撃が事前に察知されており、その対策が成されていた結果……襲撃隊が全滅している可能性。

 それも無いだろう。

 何しろ、王国貴族共は愚昧だ。

 ちょっとした調略で、くだらないプライドを刺激され、王国最大戦力たる戦士長から最強武装を取り上げるほどなのだ。今更、戦士長に有利となる行動を取るはずがない。

 

「隊長。如何なさいますか?」

 

「ともかく、村に行ってみないことには解らんな」

 

 ニグンは報告に来た者と、周囲で待機する隊員らを見回した。

 皆、自分と同じく金属糸で編んだ衣服鎧を着ている。その数は四四人。

 これまで数々の亜人村を滅ぼしてきた精鋭達だ。弱体化したガゼフが相手ならば、十分に倒しきれるだろう。

 ニグンは刈り上げた金髪の頭部を一撫ですると、マントをバサリとはためかせた。些かオーバーアクションだとは思うが、一隊を率いる者には演出が必要なのだ。

 

「三人送り出して村を偵察する。殲滅が完了していれば良し。予想外の敵戦力があって襲撃隊が全滅していた場合。相手の戦力を把握して戦うかどうかを決定する!」

 

「なかなか的確な判断だ。手堅いと言って良いだろう」

 

 その声は、少し離れた位置から聞こえた。

 ニグンが、そして居合わせた陽光聖典隊員の全員が声のした方を振り向く。

 茜色に染まりつつある空の下……草原に立つ五つの人影。

 中央で立つのは豪奢な漆黒のローブを身につけた、魔法詠唱者と思しき男。顔は平凡だが、魔法を使うのであれば油断することはできない。

 その男の向かって右に位置するのは、漆黒の甲冑を纏い、カイトシールドと巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を装備した者。こちらは見るからに戦士職だが、装備の高級さが凄まじい。油断するべき相手ではないようだ。

 魔法詠唱者の向かって左側には、修道僧が着るような胴着を着た男が立っている。小柄な男であるが、その身体は筋肉質で、先の二人と同程度の実力があるとしたら、やはり油断はできないだろう。

 全身甲冑の戦士の隣り、向かって一番右端には着物を着た者が居た。スレイン法国ではあまり見ない衣服だが、確か忍者が着るような衣装だったはず。

 

(王国のアダマンタイト級冒険者……蒼の薔薇にも確か忍者が居たな。忌々しい記憶だ)

 

 忍者の存在。そして人数的に似ていることから蒼の薔薇を連想したニグンは、警戒すべき相手だと判断している。これが魔法詠唱者と全身甲冑の者だけだったなら、歯牙にもかけず殺していたことだろう。

 強者を観察する目。それが魔法詠唱者(モモンガ)やヘロヘロ達に最初に向かったあと、ニグンは更に気になる者を発見した。

 出現した者達の中で、向かって最も左側に居る者。

 三十歳前後の男だが、その男が帝国騎士の鎧を着ているのだ。

 

「あの者は……襲撃隊の一員か? 誰か、知っている者は居るか!」

 

「襲撃隊の副隊長で、確か名はロンデス・ディ・グランプだったかと……」

 

 陽光聖典隊員の一人が淀みなく答える。

 何故、襲撃隊の一人が見知らぬ者を伴ってここに居るのか。村の襲撃はどうしたのか。他の襲撃隊の者はどうしたのか。そして何故……ロンデスは魔法詠唱者らを従えているのではなく、従うようにして立っているのか。

 解らないことだらけでニグンは苛立ったが、鼻から一息吸い込み冷静さを保った。

 

「……判断力を褒めて頂けたようで、光栄だな。魔法詠唱者(マジックキャスター)殿」

 

 任務中の遭遇戦となるかどうか。取りあえず会話から探りを入れることとする。

 魔法詠唱者に戦士、忍者に武道家らしき者。やはり冒険者パーティーのようなモノではないだろうか。

 

(要注意……だ)

 

 かつて王国のアダマンタイト級冒険者(蒼の薔薇)と対決し、痛い目を見た記憶がニグンを警戒させていた。

 ロンデスを連れている点については、大いに気になるが……そこは会話の中で聞き出せば良い。

 

「私はニグン・グリッド・ルーイン。旅の巡礼者のリーダーを務めている」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「先に名乗って頂けて痛み入る。私はアインズ・ウール・ゴウン。見てのとおり魔法詠唱者だ」

 

 <転移門(ゲート)>で飛んできたモモンガは、幻術で構築した人化顔にて自己紹介を行う。幻術の下は死の支配者(オーバーロード)であり、アイテムボックスからスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出せば、全力戦闘が可能な状態であった。

 

(何が旅の巡礼者だよ。こっちはベリュースから聞いて、大まかな正体は掴んでるんだからな)

 

 人数はニグンを入れて四十五人。これは弐式の分身体により把握できている数だ。

 その数を繰り出してくるのなら、恐らくは陽光聖典……とは、襲撃隊隊長のベリュースの言である。

 モモンガはチラリと、一行の端で立つロンデスを見た。

 聖典部隊を倒す。その現場に立ち会わせてやろうとモモンガが言ったとき、ロンデスは大いに驚いていた。直後、彼は断ろうとしたものの「我らが敗北すれば、そのままスレイン法国の戦闘部隊に拾って貰えるのではないか? 部下の遺体も回収できるぞ?」と付け加えたことで同行を承諾している。

 更に言えば、この場に来たのはモモンガ達五人だけではない。

 ナザリックから呼び寄せた僕らが現場を遠巻きに包囲しており、転移阻害も既に施した後だ。この時点において、すでにニグンら陽光聖典は逃亡など成し得ない状況にあった。

 そして<伝言(メッセージ)>がモモンガに入る。相手はナザリック側の監視担当だ。

 モモンガは魔法探知を行わせ、同時に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)での監視及び周辺探査も行わせていたのである。

 

(ふむ。ニグン達以外に潜伏している者は居ない。弐式さんの分身体からも新たな報告は無い……か)

 

 ならば、相手をするのはニグン達だけだ。

 基本的に戦って殲滅するつもりで居るが、どうやらニグンは会話での接触を試みているらしい。

 

(まあ、それも構わないか。あれだけ人数が居たら、何人かお持ち帰りしたいし……)

 

 今は死の支配者(オーバーロード)なので、拷問すれば良いとか物騒なことを考えついている。

 考えてみればニグンという男、スレイン法国の特殊工作部隊隊長であるなら、ベリュースやロンデスの上位互換ではないだろうか。得られる情報も段違いで多いはずだ。

 

(少なくとも、こいつは生きたまま確保だな)

 

 ゲームプレイ中、イベントを進めるためのアイテムを発見。

 その様な感覚を得たモモンガはウキウキしていた。

 

(「モモンガさん。会話途中で仕掛けます?」)

 

 左側、アルベドの向こうで立つ弐式が話しかけてきた。間に一人置いてるのに耳元で囁いている様に聞こえるのは、忍者スキルの一つであるらしい。

 

(「忍者的な戦闘の入り方で、一度やってみたいんですけど?」)

 

(「いや、向こうが会話するつもりのようですし。暫く付き合ってみましょう」)

 

「さて、色々と聞きたいことはあるが……」

 

 相談していると、ニグンの方から話しかけてきた。

 投げかけられた質問は、帝国の鎧を着た者は何者か……というもの。

 ごもっともな質問である。ここは王国外縁の開拓村付近。立派にリ・エスティーゼ王国領内なのだ。そこでバハルス帝国の鎧を着た者が居たら、不思議に思って当然であろう。

 

「帝国軍が侵攻でもして来ましたか? であるなら、我々としては遠退くように避難したいところですが……」

 

「ふむ、ふむ……」

 

 いきなり襲いかかってくるかと思ったが、意外と慎重だ。モモンガはニグンという男を幾分見直しながら、質問に対する回答を模索した。左右に視線を配ると、面で見えないが弐式は知らん顔をしているらしい。ヘロヘロはと言うと、こちらは苦笑いしながら首を傾げている。

 

(俺に一任か……好きにやって良いってことなんだろうけどさ)

 

 小さく溜息をつきながら、モモンガは口を開いた。次いで小さく笑みも浮かべている。

 

「ああ、こちらの帝国鎧の方はロンデス・ディ・グランプ。実はスレイン法国の軍人さんで、この先にあるカルネ村を襲撃に来たそうです」 

 

 ざわ……。

 

 一気にニグンの後方、陽光聖典隊員と思しき者達が落ち着きを無くした。

 弐式はともかく、モモンガには聞こえていない。ただ、「なんで知ってるんだ?」とか「そこまで喋ったのか!?」と言ったような内容だとモモンガは推察している。

 

「静まれ!」

 

 ニグンが一喝して隊員達を黙らせた。その表情は苦々しげであり、モモンガに向き直した顔は怒りでひくついている。どうやら、ここまでの会話演技も相当な無理をしていたようだ。モモンガはニグンへの評価を少しだけ減点した。

 

「いや、失礼をした。アインズ・ウール・ゴウン殿。なるほど。帝国騎士を騙る法国軍人とは、いやはや前代未聞ですな。よろしければ我々で引き受け、王国に連行してもよろしいが?」

 

「いえいえ。それには及びませんとも。聞いた話では、王国戦士長が近くに来ているそうでして。彼に引き渡す方が手間は掛からないでしょう」

 

 ……。

 数秒、沈黙の間が生じた。

 ニグンの顔の歪みが酷くなっている。そろそろ限界かとモモンガが思ったとき。ニグンは、幾分硬さを増した声で質問してきた。

 

「王国戦士長が? この近くに来ていると? そこの法国軍人が言ったのですかな?」

 

「さて、どうでしょう?」

 

「村を襲ったのは、そのロンデスだけではありますまい。他の者は今どうしているのか?」

 

「ふむ……」

 

 モモンガは白々しく首を捻ってみせる。

 

「神の御許……とやらに行ったのかもしれませんね」

 

「貴様、ふざけているのか……」

 

 ついに化けの皮が剥がれ、ニグンが怒りを露わにした。

 交渉失敗と言ったところだろうか。いや、違う。モモンガは端から陽光聖典と戦いに来たので、今行った一連の会話は単なるお遊びに過ぎない。

 

(会話の展開次第では、戦わずじまいだったかも知れないが……)

 

(「アインズさん。どうかしましたか?」)

 

 ヘロヘロが囁きかけてきた。幾分躊躇いがあり、それが伝わったのだろうか。視線だけ向けて聞いてくるヘロヘロに、モモンガは考えながら思うところを話す。

 つまるところ、今のニグンとの会話は楽しかったのだ。

 ゲームというか、漫画や映画のようなやり取りが興に乗ったのである。

 

(「なるほど、イベント戦というわけですか……。多人数のPVPになりますかね?」)

 

(「ふはは。PVPですか。それはいい! ユグドラシルのようです!」)

 

 ヘロヘロの呟きが一層モモンガを高揚させ、ついには精神の安定化を引き起こすに到った。だが、平静になっても胸の高鳴りは止まらない。

 ここに居るのはモモンガだけではないからだ。

 ヘロヘロが居て弐式が居てアルベドも居る。オマケにロンデスという観戦者まで居た。

 これで燃えずして何がユグドラシルプレイヤーだろうか。

 念のため弐式を見ると、コクリと頷いている。やって良いと言うことだ。

 モモンガはニグンを見直すと、馬鹿にしたように小首を傾げてみせる。

 

「貴様……? なんでしょうか? 我々がスレイン法国の軍人を多数殺したからと言って、何か御不満でも? ……陽光聖典の皆さん」

 

「やはり、そこまで知られているのか。喋るだけ喋って、のうのうと生きながらえているとはな……。無駄話が過ぎた。やはり倒しておくとしよう。皆殺しだ!」

 

 もはや演技すらしなくなったニグンが、忌々しげにモモンガを……そしてロンデスを睨みつけた。ロンデスは居心地悪そうに視線を逸らしたが、すぐニグンへ向き直って口を開く。

 

「陽光聖典の方! 戦うのであれば慎重になるべきだ! この者達はおかしい! 我々が戦ったのは仮面の男だけだが、数が増えたり目にも止まらぬ速さだったりと……とにかく油断をするべき相手ではない!」

 

 叫んでいる途中でアルベドが動きかけたが、モモンガはそれを止めさせた。 

 モモンガ達のすぐ近くに居ながら、モモンガ達の敵対者に向かって、モモンガらの情報を叫ぶ。ニグンからは蔑まれているのに……だ。

 そこにモモンガは、ロンデスの男意気を感じたのである。

 

(「かっくいー。まるで鳥居強右衛門(とりいすねえもん)だな」)

 

(「鳥居……なんです? 昔の人ですか?」)

 

 弐式の呟きにモモンガが反応し、更にはヘロヘロも視線を向けたことで、弐式が手短に説明する。

 

(「戦国時代のサムライですよ。籠城する味方に援軍が来てることを知らせに戻ったところを捕らえられ、真逆の報告をさせられそうになったんですが。逆さ磔の状態で、本当の報告内容を叫んで殺されたとか……そんな感じだったかな」)

 

 随分と詳しいが、これは彼の親友である武人建御雷から聞かされた逸話とのこと。

 

(「なるほど。下手したら俺達に殺されかねないわけですしね。確かに、格好いい。俺的にロンデスのポイントアップです」)

 

 モモンガは上機嫌に笑った。

 一方、ニグンも表情を改めている。

 恐らくロンデスは捕虜だ。あの冒険者パーティーに見える一団と戦って捕らえられたのだろう。どれほどの強さかは見当も付かないが、武装した騎士集団を撃退できるほどの戦闘力があるとすれば……やはり侮るべきではない。

 

(だが、任務は何よりも最優先される。ガゼフが駆けつけるのは間違いないだろうが、奴が来る前に倒しておくべきだ)

 

 この場に集結した陽光聖典の全戦力を持って殲滅する。

 決断したニグンが命令を下す……直前、モモンガが手を挙げて発言した。

 

「ニグンと言ったか? ここは一つ、我々とPVPをしないか?」

 

「な、なに?」

 

 PVP。その聞き慣れない言葉にニグンが硬直し、それを聞く準備ができたと見たモモンガは次のような提案をした。

 一つ、双方で人数を出し合い、試合を行う。

 二つ、一度に出す人数は十人まで。

 三つ、戦える者が無くなった時点で敗北。

 四つ、その他、負けと判断したら、残った中のリーダーが負けを宣言する。

 

「このような条件で、どうかな? 場合によっては死人が出るが?」

 

「お遊びのつもりか? だが、まあいい。四回ないし五回に分けて殺せば済むことだからな」

 

 ニグンが鼻で笑い飛ばした。どうやら、彼の中ではロンデスもモモンガ側の戦闘員としてカウントされているらしい。あるいはモモンガ達を殺し尽くした後で、ロンデスを処分する気なのかもしれなかった。

 なお、今のニグンの態度にアルベドが激昂しかけたが、これに関してはモモンガ達で宥めている。

 

「ニグンがやる気になってくれたようですね。じゃあ……誰から行きます? それとも全員で出ますか?」

 

「ああ、そうだ。アインズさん。私は予備兵力的な意味合いでパスします」

 

 ヘロヘロが自分を指差し参戦辞退した。

 何故か。それは現在の彼が人化をしているからだ。レベル三〇ぐらいの身体能力では、モンクであっても不安が残る。大事を取って、戦わないこととしたのだ。

 

「相手に異形種だとかの情報を渡したくないですしね。アインズさんや弐式さんみたいに、一〇〇レベルのままで戦える方法があればいいんですけどね~」

 

「ヘロヘロさんのとこのソリュシャンみたいな感じで、人間形態を取れるのが理想的ですかね?」 

 

 弐式の発案に、ヘロヘロが「それです!」と反応を示しているが、具体的に何をするかはナザリックへ行ってから考えることとなった。では、改めて第一戦闘者を決めるわけだが、ここでアルベドが挙手する。

 

「ん? どうした、アルベド?」

 

「アインズ様。一回目の戦闘では(わたくし)が一人で戦うべきかと」

 

「ほう?」

 

 感心したような、それでいて意外なような。そう言った複雑な気持ちがモモンガの中で湧き上がった。手柄を立てたいのだろうか。それともモモンガ達、ギルメンの身の危険を案じてのことか。

 

「アルベドには、何か思うところがあってのことか?」

 

「はっ! 至高の御方が、先に戦うなどあってはならないことです。まず僕たる(わたくし)が露払いを務めますので、アインズ様達は、どうか(わたくし)の戦いをもって敵の実力を測って頂きたく……」

 

 口が上手い。いや、彼女の言うことは、もっともだ。

 現状、ロンデスら襲撃隊はともかく、ニグン達……陽光聖典の実力の程は判明していない。つい気分が乗ってPVPを申し込んだが、場合によっては撤退戦になるかもしれないのだ。

 

「二人とも。一番手はアルベドということにして、一人で戦って貰おうと思います」

 

 モモンガの決定にヘロヘロ達は同意した。アルベドは防御が固いし、多少の攻撃などものともしないだろう。言い方を変えると、彼女がダメージを負うような戦況になった場合、撤退に移るべきだとモモンガは考えていた。

 

「と言うわけで、アルベドよ。お前の働きに期待する。連中の実力……その情報を可能な限り収集してくれ。それと、後々使えるかもしれんから、なるべく殺さない方向で頼む」

 

 指示を出すモモンガの左右で「騎士とか殺っちゃいましたからねぇ。まあ、ほとんど俺がやったんですけど」とか「う~ん。人化してると殺人行為とか嫌だな~って思っちゃうんですよ。でも現実(リアル)の頃より忌避感ないかも……」といった仲間の声が聞こえる。

 

(そう言えば弐式さんは今、中がハーフゴーレムで、ヘロヘロさんは人化してるんだったな。違いが出てるな~……)

 

 顔だけ幻術でヒトにしているモモンガの場合はどうか。

 こちらは人間種を同族に思えていない。これから死人が出たとしても、散歩中に蟻を踏み潰したぐらいの感覚しかないだろう。やはり、同じ異形種でもアンデッドのモモンガと、ハーフゴーレムの弐式では差があるようだった。

 

「承知いたしました。アインズ様」

 

 恭しく一礼し、アルベドが陽光聖典側に向き直って歩き出す。

 考え事をしていたモモンガは「う、うむ。頑張るように。後、気をつけてな」と声を掛けたが、これを聞いたアルベドは肩越しにグリンと振り返る。

 

「はい! モ……アインズ様!」

 

 弾むような声だ。振り向く際の挙動からして、ヘルムの中では笑み崩れているのが容易に想像できる。ヘルムをしているのが惜しい……と思うモモンガであった。

 

 ザッザッザッ。

 

 全身甲冑のアルベドが軽やかに進むと、陽光聖典の中から一〇人ほどが前に進み出る。

 どうやら十対一の戦いとなるようだ。

 

「最大で一〇人まで出して良いというルールなのでな! お前達の流儀に合わせてやったのだ。感謝するがいい!」

 

 尊大なニグンの声が草原に広がり聞こえてくる。

 モモンガやヘロヘロらにしてみれば「うわー。ノリノリのロールだ! 俺も負けてられないな」「いや、あれ、本物ですから」「ナーベラルが喋れるようになったし。二人用の口上とか考えるかな?」という反応しか無かったが、アルベドは違った。

 

「クズ共……。下賤な下等種が立場をわきまえずに、身の程を……」

 

 爆発的に膨れあがる殺気と怒気。これを感じ取った陽光聖典隊員がたじろぐが、それらはすぐさま消え去った。

 

「失礼。当方は、一番手として(わたくし)が一人で戦います。いつでもどうぞ」

 

「女か!? しかも一人だと!?」

 

 ごつい甲冑を着込んでいるため、それまで性別が解らなかったのだろう。前列五人の隊員が顔を見合わせているが、その背後からニグンの叱責が飛んだ。

 

「狼狽えるな! 汝らにとって討伐対象の性別や人数など関係ない! 速やかに倒すのだ! 始めぇ!」

 

 号令と共に、陽光聖典隊員らがサッと左右に広がり身構える。対するアルベドは、ゆっくりと歩を進めるのみだ。

 ……。

 隊長ニグンの号令があったにも関わらず、一瞬の間が生じる。

 が、直後に隊員らは魔法攻撃を開始した。

 

 <正義の鉄槌(アイアンハンマー・オブ・ライチャネス)>、<束縛(ホールド)>、<炎の雨(ファイヤーレイン)>、<(ポイズン)>、<人間種魅了(チャームパーソン)>、<混乱(コンフュージョン)>、<傷開き(オープンウーンズ)>、<恐怖(フィアー)>、<盲目化(ブラインドネス)>、<衝撃波(ショック・ウェーブ)

 

 十種類の魔法がアルベド一人に向けて投射される。

 そして、そのすべてが彼女の甲冑とカイトシールドの表面にて弾け飛んだ。

 ……。

 再び戦場に沈黙の時が訪れる。

 陽光聖典隊員らは魔法を投射した構えのまま顔を見合わせたが、その沈黙を破ったのはアルベドだった。

 

「貴方達……。(わたくし)を舐めているのかしら? 何よ、今の魔法。低位階ばかりじゃない。せめて第八位階ぐらいは使って欲しいものね」 

 

 言ってる間にも距離は詰まっていく。

 隊員らの後方からは「ハッタリだ! 攻撃の手を緩めるな!」というニグンの叱咤が聞こえるが、隊員らは続けて魔法を使おうとしない。自分達が使用できる位階魔法では効果が無いと悟ったのだ。

 短剣を抜く者が多い中、スリングを取りだし鉄弾を装填する者も居たが、それを振り回す前に、アルベドが巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)の間合いに入った。

 

 シュキン……。

 

 ハサミで紙を裁断したような音。

 アルベドが剣を振り抜いた……と隊員らが知覚した一秒後。隊員のスリングを持った腕が足下に落下した。

 噴き出る鮮血。絶叫しながらのたうち回る隊員。 

 彼らが着用する金属糸の衣服鎧は、魔化されており、ニグンの装備より劣るものの防御力は全身鎧に匹敵するのだ。にもかかわらず、容易く腕一本切断された。

 この事実は、陽光聖典隊員をして恐怖に染めあげるに足るものだったが、なおも後方からニグンの声が飛ぶ。

 

「慌てるな! ポーションを使って負傷者を治癒せよ! 残りの者で炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を召喚、奴目がけて突撃させるのだ! 急げ!」

 

 この時、ニグンは隊員の怯えや恐怖を「慌てている」と表現した。これは誤認や言い間違いではなく、隊員達に向かって叫ぶことで「自分達は怯えていない。慌てているだけだ」と思わせ、怯えの軽減を図ったのである。

 その効果はあったらしく、二人の隊員が負傷者を後方へ引きずっていき、残りの七人が天使を召喚した。

 <第三位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>。これによって召喚されるのが、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だ。光り輝く胸当てを着け、手に持つロングソードは炎を宿している。見た目は全身甲冑……あるいは人間大の人型機械のように見えるが、背には天使らしく翼が生えていた。

 それら召喚された七体がアルベドに剣の切っ先を向け、一斉に突撃を敢行する。

 だが……。

 

 ガツン、カツン。キン、ガキン。

 

 乾いた金属音が聞こえるのみで、天使らの剣はアルベドの装甲に傷一つつけることができない。逆に剣が当たる位置まで接近したことにより、アルベドの巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)が一閃。七体の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は瞬時に切断され、消滅した。

 

「あ、ありえん……」

 

 ニグンの声に焦りの色が見えだす。

 意識を集中し、自分が召喚できる最強天使、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚しようとするが……そこにモモンガからの声がかかった。

 

「ニグン殿。外野からの手出しはルールに入っていなかったはずだが? 今からでも総力戦に移るかね? ロンデス殿を除き、我ら三人も戦線に加わるが……よろしいかな?」

 

 その声が耳に入った瞬間。何か重石でも乗せられたかのように、ニグンは身体を硬直……屈ませた。

 

「い、いや。ルールを破るつもりは無い。時に、アインズ・ウール・ゴウン殿」

 

「なにかな?」

 

 一転して落ち着いた声でモモンガが返す。少し圧迫感が薄れたのか、ニグンが叫び返してきた。

 

「申し訳ないが、この一戦は我らの敗北としてよろしいか! そちらの女性には隊員では勝てそうにない! あと、作戦を練る時間も欲しい!」

 

「ふ、ふっははは。構わないとも! では、そちらの隊員は引っ込めたまえ。アルベドよ。お前も戻ってくるように」

 

 機嫌良くモモンガが言うと、動ける陽光聖典隊員らはズザザザッとニグンの元まで退いて行った。アルベドは、その後ろ姿を見つつ巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を一振り、血糊を飛ばすと一礼してからモモンガ達の元へと戻ってくる。

 

「戻りました。アインズ様」

 

「御苦労だったな。見事な戦いぶりだったぞ! で、戦ってみた感触はどうだ?」

 

 モモンガの問いにアルベドは「くふー!」と一悶えし、ガチャリと音を立てて首を傾げてみせた。

 

「取るに足らない弱者。という印象しかありません。レベル三〇に達している者は居ないと思われます。あのまま戦えば、一瞬で全員を殺せたかと……」

 

「三味線を弾いていた可能性は?」

 

「無いと思われます。彼らの怯えように嘘は無かったようですし……」

 

 戦闘者、あるいは戦士職の勘であろうか。怯えが嘘かどうかまではモモンガには解らない。ただ、ヘロヘロと弐式は納得いったように頷いている。

 

「二人とも、今ので解るんですか?」

 

「俺、忍者だから。そういうスキルとか能力があるんだよね」

 

「私はモンクを修めてますから。その辺が関係してるんでしょうかね」

 

 フーンと感想を漏らしたモモンガは、自分も戦士レベルの一つぐらい持っておくべきだったかと思ったが、それは今考えても仕方ない話である。

 PVPは一旦休止となったわけだが、気になるのはニグンがどのような作戦に打って出るかだ。

 

「あの人達、作戦を練ってるらしいですよ?」

 

「アインズさん。プッとか笑ったら可哀想ですよ。にしても、戦い方を工夫したところで、レベル差が引っ繰り返ると思います?」

 

「無理でしょうね」

 

 モモンガは弐式の問いに苦笑しながら返すと、離れた位置で円陣を組んでいるニグンらを見やった。何やら声は聞こえてくるが、モモンガにとっては焦って混乱しているようにしか聞こえない。

 アイテムボックスを開き、恐らく出番の無さそうなスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを確認してから、モモンガは呟いた。

 

「さ~て、どう出る? 面白いモノを見せてくれよ~?」

 




ニグンさんが総力戦に出なかった理由
・モモンガさんが五人連れで登場したこと
・忍者の弐式さんが居ることで蒼の薔薇を思い出したこと
・ロンデスが一緒に居ること

あと、本作のモモンガさんは、ヘロヘロさん達が居ることで基本的に大らかです。更に人化を重視しているので、そこも影響があります。

あと、これだけは言っておかなければなりませんが
陽光聖典隊員の集団詠唱で<衝撃波(ショックウェイブ)>を最後に持ってきたのは、アニメを見た上でのこだわりです。
ルビを「ショックウェイ!」にしようかと30分ほど悩みました。


<御報告>
忠犬友の会さん、毎度ありがとうございます


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第14話 あ、ありえるかああああああっ!?

「た、隊長! 隊長の監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で何とかなりませんか!?」

 

 戻って来た陽光聖典隊員の第一声。それが、これだった。

 意見具申を受けた側のニグンは渋面となる。

 先の一戦を見ていたが、隊員達の魔法どころか、七体もの炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が束になっても太刀打ちできなかった。歯が立たないという言葉があるが、炎のロングソードで掠り傷も負わせられなかったことから、刃が立たないと言い換えても誤用に感じられない。

 その様な相手に、位階が一つ上の監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で勝てるだろうか。ニグンが思うところでは、否だ。

 ニグンは生まれながらの異能(タレント)により、召喚モンスターの能力を若干ながら向上させることができる。つまり召喚する監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は少し強くなった状態で出現するのだ。だが、その程度ではアルベドという女に勝てないだろう。ましてや、あの女と同等か、それ以上の強さと思われるアインズ・ウール・ゴウンらが参戦してきたら、もうどうにもならない。

 

「残念だが、私の天使では状況を打開できまい」

 

「そんな……」

 

 悲痛な呻き声が隊員達の間から漏れた。ニグンが皆を確認する中で目に止まったのが、先にアルベドによって腕を切断された隊員だ。どうやら腕の接合には成功したらしい。消費したポーションの本数を思うと頭が痛くなるが、ここで死んでは頭痛を気にすることもできないのだ。

 

(何か有効な手立ては? 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を超える切り札ならある。……あるが、しかし……)

 

 ニグンの切り札。それは今回の任務で出立するにあたり、特別に授かった魔法のアイテム。その名を魔封じの水晶と言う。中に封じられているのは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とのことだ。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は第三位階魔法。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は第四位階魔法。

 比較すると威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は、位階二つ飛ばしの第七位階魔法による召喚天使であり、その戦力は比べ物にならない。

 そもそも人類最強の魔法使いとも称される、バハルス帝国の魔法詠唱者、フールーダ・パラダイン。彼が使用できる上限が第六位階なのだ。

 第七位階魔法、<第7位階天使召喚(サモンエンジェル・7th)>。それはニグンらの知る範囲において、まさに人類では到達し得ない神の魔法と言えるだろう。

 

(これを召喚し、<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を発動させれば、魔神とて滅ぼせるはず。だが……)

 

 ニグンの脳裏では、アルベドの甲冑やカイトシールドで跳ね返される、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)らの炎の剣が思い出されていた。

 また、あのような結果になるのではないか。

 これを使って失敗したらどうなるか。

 今のところアインズ・ウール・ゴウンは、お遊び気分で居るようだが……第七位階魔法を試して通用しなかったとき。それで彼が怒りだしでもしたら、陽光聖典は終わりだ。

 ガゼフ・ストロノーフ討伐という任務も果たすことはできないだろう。

 

(はっ、はは、ハハハ……。馬鹿な。ありえない。ありえるか!)

 

 想定される事態。予想される結果をニグンの理性……いや、矜持が拒絶する。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)で勝てないとしたら、自分達はいったい何を相手にしているのか。そんなモノが存在して良いはずがない。

 ここまで考えてきた諸々の不安は気の迷い。そう、気の迷いだ。

 自分と陽光聖典の全力でかかれば、何者であろうと倒せること疑いない。疑うべきではない。

 先程は、アインズ・ウール・ゴウンによって気を削がれたが、今度こそ躊躇うことなく総攻撃に出る時だ。

 

「隊長……」

 

「……なんだ?」

 

 ニグンの気が昂ぶっているところへ、隊員の一人が声をかけてきた。対するニグンは任務中の彼にしては珍しく、ぶっきらぼうな口調で応じている。

 今度は、お前か。

 そう言いたかったが、部下の声色が強張っているので黙って聞くことにした。 

 

「勝てないとしたら……」

 

「なに?」

 

 聞き返すニグンに隊員は怯えた仕草を見せたが、それでも進言を続ける。

 自分達が勝てないような相手。それは亜人の集団などを超越した存在ではないか。例えば、以前に交戦した蒼の薔薇を超えるような……。

 

「ここで勝てずに、元々の任務であるガゼフ討伐も叶わないとしたら。せめて、あの者達の存在を……例え情報だけでも本国に持ち帰るべきではないでしょうか? わ、私達が、ぜ、全滅するようなことがあっても……」

 

「……」

 

 もはや隊員の進言は、涙声となってニグンの鼓膜を振るわせている。それは、自分が生き延びたいだとか、そういった次元のものではなかった。

 陽光聖典は、ここで全滅するかもしれない。いや、本国には同数程度の人員が残っているので再建は可能だが、ここに来た者達は助からないだろう。だが、どうにかして情報だけでも持ち帰ることができたのなら。自分達の死は無駄にはならないのではないか。

 隊員が発言を終え、他の者達の視線が集まる中でニグンは黙し……立ち尽くした。

 

「たとえ全滅しても情報だけでも持ち帰るか。そうだな。汝の言うとおりであろう。しかし……だ。短慮な玉砕など以ての外だと、今、私は判断した」

 

 呟くように言う声に、不思議と力が漲っていく。ニグンの声を聞く隊員達も、若干ではあったが士気が戻りつつあるようだ。

 ニグンは笑みすら浮かべながら隊員を見回すと、一転、厳しい表情で言い放った。

 

「各員傾聴! 遺憾ながら、ガゼフ・ストロノーフ討伐は任務保留とする!」

 

 ざわ……。

 

 陽光聖典隊長が、任務途中で自己判断により任務遂行を保留する。これは本来、有り得ないことだ。だが、自分達の置かれた状況が、ニグンの判断が正しいと理解させる。

 隊員クラスでは、束になっても女戦士一人倒せないのだ。 

 とは言え、ガゼフ討伐任務のことは脇に置くとしても、この場を脱することができるかどうか……。

 

「安心しろ」

 

 再び首をもたげてきた不安の空気を、ニグンは敢えて笑い飛ばした。

 

「まだ死ぬと決まったわけではない。敵の戦力を測りつつ、我らが無事に帰還する方法を考えようじゃないか」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて……連中、どう出ますかね?」

 

 円陣を組んだままのニグン達を見やりながら、モモンガは弐式を見た。弐式は弐式でニグン達を見ていたが、やがてモモンガとヘロヘロを見て呟くように言う。

 

「いやあ。今、作戦会議の内容を聞いてたんですけど。随分と感動的なことを言ってますよ。ガゼフって人の暗殺を保留にするみたいですし」

 

 忍者スキルで会話を盗み聞きしていた弐式が、ニグン達の会話内容を掻い摘まんで説明する。

 

「たとえ自分達が全滅しても、情報は持ち帰る……ですか。見上げた根性ですねぇ。しかも、そう覚悟した上で上手く切り抜けることを考えてる……ううん。プロフェッショナルな感じです」

 

 ヘロヘロが感心したように言うと、モモンガも頷いた。

 実のところ、スレイン法国に対する心証は良くない。あちこちで亜人集落を襲撃しているらしいし、スレイン法国自体の亜人蔑視体質も知り得ているためだ。しかし、組織人としてのニグンや隊員達には見るべきものがある……ように思える。

 

「それで弐式さん。彼らは、どうするつもりなんです?」

 

「ああ、待ってアインズさん。……ええと、ホ~……奴ら、魔封じの水晶を持ってるようですよ。中身は……残念。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だそうですけど」

 

 魔封じの水晶。それはユグドラシルアイテムであり、超位魔法以外の魔法を一つだけ封じられるという物だ。使用すると砕ける使い切りアイテムだが、封入されているのが第十位階魔法だったりすると少々侮れないことになる。

 モモンガもヘロヘロも魔封じの水晶と聞いて色めき立ったが、中身が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と聞いてガックリ肩を落とした。

 

「せっかくの魔封じの水晶に、第七位階魔法はないでしょう。もったいないにも程がありますよ」

 

「気を落とすのはまだ早いですよ、アインズさん。今聞いた話じゃあ、こっちの世界……どうやら人間種で使える上限が第六位階らしいです。いや~、ある意味凄いですね」

 

 弐式からもたらされる新情報に、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせてしまった。

 第六位階魔法なんて、一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーからすれば話にもならない。雑魚モンスターを排除するには手頃だが、レベルごとに使用回数が決まっているタイプのRPGならまだしも、ユグドラシルの魔法はMP制なのだ。戦いのレベルが上に行くほど、第六位階魔法などは出番が無くなっていくのである。

 

「なんか……色々準備して気張って出てきたのに。切り札が、それですか……」

 

 モモンガは幾分やる気が削げたが、ニグン側では威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を使って何かするつもりらしい。

 戦闘力で遙か上にいるモモンガらを相手どり、知恵で成果を得ようと言うのだ。

 果たして何を言いだしてくるのか。

 そこには興味があったし、妙な期待感もあった。

 

「と言うより、そこにしか面白味が見いだせないし」

 

 苦笑交じりで言うモモンガ。

 そして、その彼をロンデスが信じられないようなモノを見る目で見ている。

 

(彼らは……本当に何者なのだ?)

 

 ロンデスは見た。

 一人矢面に立ったアルベドという女性が、雨のように降り注ぐ魔法をすべて弾き返したところを。更には召喚された七体の天使が、まったく敵わず消滅させられたところも目の当たりにしている。

 陽光聖典隊員が一〇人がかりで相手にならなかったのだ。

 戦闘前、ロンデスは身の危険を顧みず、陽光聖典隊長に注意を促したが……自分の認識は、まだまだ甘かったようだ。

 更に気になるのは、アインズ・ウール・ゴウンらの会話である。

 どうやら陽光聖典側の会話内容が筒抜けになっているらしい。しかも、聞くところによると第七位階魔法といった、ロンデスからすれば想像を超えた上位魔法の話が飛び交っているようだ。

 このままでは祖国の特殊工作部隊が全滅してしまうのではないか。

 

「あ、あの、アインズ・ウール・ゴウン……殿?」

 

「ん? どうかしたかな、ロンデス?」

 

 問いかければ普通に返事をしてくれる。

 気さくな人柄のようだが、舐めてかかるなど論外の危険人物だ。

 ロンデスは言葉を選びつつ、今最も気になっていることを聞いてみた。

 

「よ、陽光聖典の方々は、これからどうなるのでしょうか?」

 

「ああ、祖国を同じとする同胞が気にかかるか……。まあ、そうだろうな」

 

 こういう質問をしてくるところも、モモンガとしてはポイントが高い。

 なおのことロンデスに対する惜しさが増すが、あと一手、二手ほど策を講じて、それで駄目なら縁が無かったものとして諦めるしかないだろう。

 質問に関しては、知られて困る内容でもないので普通に答えることとした。

 

「人間、第一印象が肝心だと私は思っている。陽光聖典隊員や、隊長の場合……。最初は好印象ではなかったが、見どころはあるのでな……。このあと何をしてくるかによっては、目こぼしがあるやもしれん」

 

「そ、そうですか……」

 

 ロンデスは少し安心したようで数歩下がったが、代わりにヘロヘロが挙手する。

 

「具体的には、どんなお目こぼしをしましょうか?」

 

「それこそニグンらの態度次第ですよ。負けてなお不服従と言うのなら、殺すか……その他の用途に供することとなるでしょう。まあ、彼らにとっては厳しいことになるでしょうね」

 

 その他の用途というのは、人体実験などを含めてのことだ。

 ポーションの種類によって、何処までの治癒効果があるか。攻撃魔法の効果も試したい。

 これら実験は、(よしみ)を結んだ相手には絶対にできないことだ。だから、最後の最後まで敵対してくれたとしても、モモンガとしては痛手はなかった。

 

「こっちとしては、この世界にまだ不案内ですしね。協力者が多ければ、それに越したことはないですよ。スレイン法国は外部協力団体としては、ちょっと反りが合わなさそうですけど」

 

 モモンガが思うところを述べると、弐式は「そんなとこですかね~」と流し、ヘロヘロは渋そうな顔をしながらも「仕方ないところですね」と反対はしない。

 

(ふむ……)

 

 モモンガは、人化したままのヘロヘロなら反対するかと思っていたが、それ故にこの結果は意外だと感じている。やはり人化している間も、種族特性に精神が引っ張られていると見るべきか。

 

(異形種の時の考え方や精神的な感覚に感化されて……。それが人化しても引き継がれているとかか? じゃあ、人化の時間を長く取れば、異形種ゲージが減少する……みたいな。いや、そういうのはナザリックに戻ってからでいいか)

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

 いつの間にか作戦タイムが終了したらしい。ニグンがモモンガを呼んでいる。

 

「聞こえているとも。ニグン殿。で、どうかしたかな?」

 

「先程、PVPをすると聞いて、そのまま試合開始となったが……。PVPという言葉の意味を知らないもので。一つ、御教授願いたい!」

 

 モモンガ達は顔を見合わせた。

 自分達としては当たり前の言葉だったが、ニグン達は知らないようだ。

 PVPとはMMORPGなどで、プレイヤー同士が一対一や多人数同士で戦うことを言う。いわゆるゲーム用語であるが、それをどう説明したものか……。

 

(「どうします弐式さん? ユグドラシルのこととか聞いたり話してみましょうか?」)

 

 ふと思い当たったモモンガは弐式に聞いてみた。

 相手は一国の特殊工作部隊。ロンデス達よりも物知りであろうから、ユグドラシルのことを知っている可能性がある。聞かれた側の弐式はと言うと、首を横に振って答えた。

 

(「やめとこう。亜人蔑視の国だよ? そんなとこに根っ子の素性を知られるような真似はしたくないと思うんだ」)

 

(「なるほど。それもそうですね……。そうなると……俺達が直接、ユグドラシルのことを聞いて回るのも悪手ですかね」)

 

 嘆息しつつモモンガは言う。

 そこにヘロヘロが「私達だとバレないように聞けばいいと思いますよ?」と言い、これもまたモモンガは同意した。

 

(「じゃあ、ニグンには当たり障りなく答えるとしますか……」)

 

 モモンガは、数秒ほど考えてからニグンに返答する。

 

「これは、お国言葉で申し訳なかったな。一対一や多人数同士で戦う……試合のようなものを意味するのだが」

 

「なるほど! やはり試合か! 殺し合いではなく!」

 

 一瞬、ニグンの顔が歪んだような気がしたが、見ている限り、彼は朗らかかつ快活に会話に応じていた。

 

(「モモンガさん。彼、演技してるよ。気をつけて……」)

 

 スキルで感じ取ったらしい弐式が、小声で忠告してくる。

 いっそのこと、<支配(ドミネート)>を使った方がイイんじゃないかとモモンガは思ったが、支配中の記憶が残る魔法では、後々の関係が悪化するだろう。使い捨てにするならともかく、モモンガとしては殺さない方向で陽光聖典を活用したいのだ。記憶操作して忘れさせる手もあったが、その魔法が通用する保障も無い。よって、モモンガの判断としては暫くニグンに合わせ会話を続けることとする。

 

「ならば、アインズ・ウール・ゴウン殿! し、試合は、ここでお開きにしないか?」

 

「うん?」

 

 本格的に実戦で激突する気だろうか。向こうの実力も大方把握できているし、ちょっと惜しいが当人らが全滅する気ならやむを得ない。そうモモンガが考えていると、ニグンが予想外の提案をしてきた。

 

「そこで、一つ頼みたいことがある! あなた方の力を見てみたい! ここに魔封じの水晶というアイテムがあるのだが……」

 

 言いつつニグンが懐から取り出したのは、確かに魔封じの水晶。先程、弐式に会話を聞き取られ、中身は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と知られている一品である。今から威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)をぶつけて来たとしても、それは最も相性が悪いモモンガですら余裕で倒せる相手に過ぎない。

 興味深げにモモンガらが見守っていると、ニグンはわざとらしく咳払いをした後、輝かんばかりの笑顔で付け加えた。

 

「これに宿る威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。この天使を倒してみてくれないか! 首尾良く倒せたなら、あなた方に対し深く謝罪する用意があるし、賠償金とて支払おうではないか!」

 

 ……。

 つまり、自分らの最大戦力を持ってモモンガ達と交戦し、それで勝てれば良し。負けても、今のは一つの実験だったんです……と言い張って、この場を脱するつもりらしい。

 一応、謝罪と賠償金支払いをするつもりはあるようだが、モモンガらはさすがに呆気に取られ、顔を見合わせた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガらは「何言ってんだ、こいつ?」といった様子で居たが、提案した方のニグンは顔面に貼り付けた笑顔が引きつっている。

 まさか、対ガゼフ・ストロノーフ用の切り札として持たされた超希少アイテムを、こういう風に使うとは思っても見なかった。だが、悪くはないとも思っている。

 上手くいけば、アインズ・ウール・ゴウンらの実力を測れた上で、窮地から脱することができるのだ。問題は、この虫のいい話を相手方が了承してくれるかだが……。

 

「ニグン殿。その様な話が通るとでも?」

 

「ぐっ! ……やはり駄目か」

 

 良くない展開である。アルベドという女一人ですら、陽光聖典隊員が一〇人がかりで相手にならなかったのだ。このまま面倒くさくなったアインズ・ウール・ゴウンが全力戦闘を仕掛けてきたら、間違いなく陽光聖典は自分も含めて全滅する。

 

(いいや、駄目だ! 任務もはたせず、ただ死に絶えるなど……。神がお許しにならない! 何とかして、この強者らの情報だけでも持ち帰るのだ!)

 

「そ、そこを曲げて頼む! どうか、わかってもらえないだろうか!」

 

 他に良い手が浮かばない今、ニグンとしては頼み込むほか手立てが無いのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(「モモンガさん。どうします?」)

 

 弐式が困ったような声で囁きかけてきた。

 PVPを持ちかけたのは、こちらの方だ。しかし、相手がPVPを言葉自体から知らなかったというのは何とも決まりが悪い。正直言って気が削げた思いなのだ。

 気が削げたと言うならモモンガも、そしてヘロヘロも同じであり、皆で気まずそうな顔となる。

 

(「ニグンの話に乗ってやっても良いと思うんですけどね。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を瞬殺して、それで気が済んで帰ってくれるなら……まあ」)

 

 モモンガは誰に言うとではなしに呟く。闘争の雰囲気では無くなったし、村襲撃犯としてガゼフに突き出すのはベリュースとロンデスが居れば充分だ。残る問題はと言うと、アインズ・ウール・ゴウン側の情報が、幾らかとかとはいえスレイン法国に持ち帰られることだが……。

 

(「俺達の、何がニグンらに知られてるんでしたっけ?」)

 

 このモモンガの呟きを聞き、弐式とヘロヘロは視線を交わした。

 

(「こっちが最低でも四人居ること。俺が忍者だってこと。アインズさんが魔法詠唱者だってこと。ヘロヘロさんがモンクっぽいこと。あと、襲撃隊を潰したこと……か?」)

 

(「アルベドという名の女戦士が、彼ら基準でやたら強いことも知られましたね。ああ、私の人化顔を見られましたか。モモンガさんもですけど」)

 

 顔を見られた以外の情報は、それほど大したことではない。

 そして顔を見られたことについても、モモンガとヘロヘロは大したことではないと考えていた。

 何故なら、今の自分達は根本が異形種なのだ。人の心を捨てる気はないが、素顔は異形種の方……骨顔や、ハーフゴーレム顔や、粘体なのである。加えて自分達がアイドルや偉人などの有名人ではなく、底辺一般人に過ぎないという思いもあった。

 

(「帰って貰っても、そう大したことは無さそうですね」)

 

(「安心しきるのは禁物だよ。モモンガさん。でも、ある程度の強さを示しておけば、カルネ村にはちょっかい出さなくなるかもね」)

 

(「とはいえ、やはり心配ではありますね。我々を強者と認識したら、国単位で攻撃してきたりはしませんかね?」)

 

 弐式が意見し、それを聞いたヘロヘロが不安を口に出す。

 だが、スレイン法国が軍隊を出してまで攻撃してくるだろうか。ここはリ・エスティーゼ王国領土なのだ。陽光聖典のように、特殊工作部隊を繰り出してくる可能性はあるが、それでも陽光聖典と同じか、少し強い程度であろう。

 いや、今目の前に居る陽光聖典メンバーのレベルを三倍ぐらいにしても、カルネ村住民に対してならともかく、モモンガらへの脅威とはならない。

 

(「アルベドは、どう思うか?」)

 

 モモンガは、アルベドにも意見を聞いてみた。アルベドは一礼すると、モモンガを、そしてヘロヘロと弐式を見ながら意見を述べていく。

 

(「本心を言えば、ここで全員殺しておくべきかと愚考いたします。しかしながら、この世界で他にどのような強者が居るか判明しておりません。また、徐々に支配域を広げるというモモンガ様方のプランを考慮しますと、一国の特殊工作部隊を殲滅させるのは……後々、悪い影響が出るかと……」)

 

 全員殺して跡形も無く始末し、知らん顔を決め込む手もあるが、それで後からバレた時はフォローが面倒だ。記憶が残る<支配(ドミネート)>は意味が無いし、記憶操作も完全とは言い切れない。

 

(「弐式炎雷様のご提案どおり、適度に恩を与え、スレイン法国に帰らせるのがよろしいかと」)

 

(「ヘロヘロさんの心配事……本腰を入れて国軍が押し寄せる。そう言った不安が残るが、それはどうする?」)

 

(「はっ! それにつきましては……」)

 

 ……。

 

「待たせたな、ニグン殿」

 

 アルベドの提案を聞き終えたモモンガは、返答を待っているニグンに向き直った。

 

「貴殿の提案。受けることとしよう。謝罪や賠償に関しての約束は忘れないで欲しいがな。さあ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とやらを出すといい。相手は……そうだな。私がやろうか」

 

 そう言って歩き出すと、背後から「モモ……アインズ様! 次も(わたくし)が!」というアルベドからの声がかかる。

 

「アルベドよ。心配するには及ばん。私が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)ごときに負けるものか」

 

 事実、負ける要素は無い。

 手持ち武器を消費して使用する<善なる極撃(ホーリースマイト)>は、悪属性に大きく傾いたモモンガに対して効果を増すが、それでも第七位階魔法に過ぎないのだ。多少は痛い思いをするにしても、それが致命傷になるとは思えない。

 一方、提案が受け入れられたことで、ニグン達の士気は向上していた。

 生き残る目が見えてきたのだから、無理も無いだろう。

 

「ありがたい。では……出でよ! 最高位天使! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 右手に持った魔封じの水晶を高く掲げたニグンが叫んだ。実に様になっており、格好良い召喚ポーズである。もっとも、モモンガらの認識では「最高位天使!? それで出てくるのが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とか、笑わせに来てるとしか思えない!」というもので、事実、弐式とヘロヘロは笑いを堪えるのに難儀していた。

 出現したのは事前情報で判明していたとおり、かつニグンが宣言したとおりの威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 その姿は一言で言えば、光り輝く翼の集合体だ。両の手で(しゃく)を持っているが、それ以外の足や頭などは一切ない。周囲の空気が清浄なものへと変化しており、位階魔法の中でも上の方の存在だというのがよくわかる現象だ。とはいえ、これまでの前振りの後、改めて威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を目の当たりにしたヘロヘロと弐式の腹筋には追加ダメージが入ったらしい。

 ヒーヒー言いながら呼吸困難に陥るギルメン達を背に、モモンガは「俺だって笑いたいんだけどな~。でも、イイ感じの場面で笑ったら、ニグンに失礼だよね」などと考えていた。

 モモンガらはこの調子だったが、ただ一人……いや、二人。平静でない者達が居る。

 一人はロンデス。召喚された威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の威容。神々しさ。そして圧迫感を前に、彼はへたり込んでいた。完全に腰が抜けている。

 残る一人はアルベドだ。こちらは「ああ、アインズ様のお身体に汚れでも付いたら……」と、勝負以前の心配をしており、モモンガは四人まとめて無視することにした。

 

「さて、出て来てやったぞ? で、どうするのかね?」

 

「で、では、参る!」

 

 モモンガの声が苦笑交じりであることに気づかないニグン。その彼が下した命令とは、やはり第七位階魔法<善なる極撃(ホーリースマイト)>の行使だ。初手から最強攻撃を繰り出してきたのである。

 人類の英雄クラス、フールーダ・パラダインでも第六位階が上限なのだから、まさに神の一撃とも呼べる威力になるだろう。……現地人の感覚では。

 

 シュゴォアアアアア!

 

 ちょっとした冒険者パーティーなら丸呑みできるほどの光の柱が出現し、モモンガは聖なる光によって包まれた。

 

「ぬっ?」

 

 この世界に来て、更には死の支配者(オーバーロード)となってから初めての感覚がモモンガに生じる。それは痛覚。

 彼が有するスキルに上位魔法無効化Ⅲというものがあり、第六位以下の魔法を無効化するというものなのだが、位階の上下関係により効果を発揮しなかったようだ。また、モモンガ自身の魔法防御は九五%に達するが、どうやら<善なる極撃(ホーリースマイト)>の特性上、減衰しながらも貫通してきたらしい。

 では、モモンガに生じた痛みとは、どれほどのものなのか。

 

「う~ん。痛い。これが痛みか……。なるほどなるほど! 痛みの中でも思考は冷静であり、行動に支障は無い」

 

 痛みの程度は、勢い良くハイタッチした後の感覚に似たものだが、痛覚で影響が出ないのは、アンデッド特性のおかげだろうか。

 一方、前方では呆気に取られたニグンが固まっており、後方からはヘロヘロ達の「やっぱ想定どおりか。俺なら、もっと痛い思いしたかな?」とか「弐式さんは紙装甲ですからね」と言った声が聞こえ……。

 

「か、下等生物がああああああ……殺します」

 

 草原を揺らすほどの怒声が聞こえたかと思うと、一転、平静な声でアルベドが行動に出ようとしていた。

 

「はあっ!?」

 

 慌ててモモンガが振り返る。向けた視線の先では、弐式がアルベドを後ろから引き留め、前に回り込んだヘロヘロが説得するという光景が展開されていた。

 

「ままま、待て! 落ち着けって! アインズさん、何ともないんだから!」 

 

「いいえ、(わたくし)は既に落ち着いています。ですが、私達の敬愛すべき主君のお一人、アインズ様。私の愛する方に痛みを与えるなど、ゴミである身の程を知るべきでしょう。容易い死などは以ての外、この世界で最大の苦痛を与え続け、発狂するまで弄ぶのが適切かと。四肢を酸で焼き切り、性器をミンチにして食らわせるのも良いですね。治ったら、治癒魔法で癒して繰り返し。ああ、憎いです。本当に憎い。また心が弾けそう……」

 

「そんな淡々と、恐ろしいことを言わないでくださいよ!」

 

 モモンガは、クルリとニグン側に振り返った。

 見なかったことにしよう……。ではなく、早く事を済ませるべきと考えたのである。

 

「あ~……ニグン殿。これは倒してしまっても構わないのかね?」

 

 ニグンからは返答がなく、と言っても声が出ないようで何度も頷いているのが見えた。

 大きく溜息をついたモモンガは、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を倒すに十分な威力を持つ魔法を発動する。

 

「……<暗黒孔(ブラックホール)>」

 

 最初、生まれたのは小さな黒点。それが見る間に巨大化し、周囲の存在を吸い込み出す。勿論、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とて例外ではなく、一瞬のうちに吸い込まれ、影も形も無くなってしまった。

 

「あ、ありえるかああああああっ!?」

 

「え? 今度は、こっち!?」

 

 ニグンの絶叫にモモンガは驚きを隠せない。背後と前方で大騒ぎとあっては戸惑うのも無理ないところだが、ニグンはニグンで隊員らによって取り押さえられていた。

 

「あいやしばらく! アインズ・ウール・ゴウン殿! 暫し、お待ちを!」

 

「すぐに発作は治まりますゆえ!」

 

「隊長! 深呼吸! 深呼吸ですよ!」 

 

 見事な連携により、ニグンの上へ隊員が積み重なっていく。

 モモンガは「あ、ハイ……」と返事した後、再度後方を振り返ってみた。アルベドは……どうやら本当に落ち着いたらしい。シュンとなっているのだが、全身鎧を着込んでいるので何とも微妙な感じだ。ヘロヘロと弐式は宥め疲れたのか、額の汗を拭いたり、ウンコ座りで脱力していたりと何ともアレな有様である。

 

「……」

 

 モモンガは空を見上げた。

 夕暮れ時である。そろそろガゼフという男が村に来るはずなので、彼の暗殺を諦めるのなら陽光聖典にはお引き取りを願いたいところだ。

 大きく溜息をついてから、モモンガは陽光聖典に向けて呼びかける。

 

「さて……御要望どおり、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と戦って倒したぞ? 諸々の事後処理について話し合おうじゃないか」




<ボツ原稿>

「お国言葉で申し訳なかったな。プレイヤー同士で戦う時に、よく使う言葉なのだが……」
「ぷれいやーだと!? まさか、そんなことが……」
 ニグンが驚いている。遠目にも今日見た中で一番の驚き様だ。いったい何が彼を驚かせたのだろうか。さっぱり理解できないモモンガはヘロヘロと弐式を見たが、どちらも首を傾げるばかりだ。

 ……という具合で、このあと20行ぐらい、ニグンらが『ぷれいやー』について語り合ったり、土下座して謝ってモモンガさん達を勧誘したりしてたのですが、ボツにしました。


<誤字報告>
リリマルさん、甲殻さん、ありがとうございます。



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第15話 武技! 六光連斬!

「い、いや、お見苦しいところを見せたな。アインズ・ウール・ゴウン殿」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したニグンが、モモンガと交渉するべく歩き出した。

 と、ここで大きく空間が割れる。それは陶器壷が破砕したような音を伴っていたが、瞬時に元どおりとなる。

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン殿! い、今のは?」

 

 怯えの混じった声でニグンが問うので、モモンガは思うところを述べた。

 恐らく、今のは情報系魔法による監視行動である。対象はニグンだったようだが、効果範囲にモモンガが居たことで、対情報系魔法の攻性防壁が起動したのだ。

 

「本国が……私達を監視……」

 

 ニグンが震える声で呟く。彼が想像したところでは、その監視は定期的に行われていたはず。良い気はしないが……それもまた、特殊工作部隊に属する者として許容すべきと判断し気持ちを飲み込んだ。だが、そのニグンにとって無視できないことを、モモンガは続けて述べる。

 

「大して覗き見はされていないと思うんだが、相手側では<爆裂(エクスプロージョン)>が発動しているはずだ。それも強化した奴がな」

 

 そう呟いたモモンガが考え込むと、ニグンが焦ったように問いかけてきた。

 

「あ、あああ、アインズ・ウール・ゴウン殿! その<爆裂(エクスプロージョン)>とは、如何なる魔法でしょうか!?」

 

 え? 知らないの?

 危うく声に出しそうになったモモンガは、気合いと根性で発声を抑制し、誤魔化しの意味合いも込めて咳払いをする。

 

「ご、ゴホン。だ、第七位階魔法の一つで、爆風と衝撃波による攻撃を行う魔法だな。強化しているとは言っても、私達レベルになると、まあ嫌がらせ程度の威力しか出ないのだが……どうかしたか?」

 

 気がつくと、ニグンがアウアウと言葉を発せなくなっていた。重ねて声をかけたところ、ニグンは我に返り、慌ててモモンガに言い連ねる。

 

「いえその、し、知らない魔法でしたので。だ、第七位階ですか……。不勉強なもので申し訳ない。その様な魔法、一度見てみたいものです」

 

 遭遇時や戦闘……もとい、試合開始時と違ってニグンは低姿勢だ。それもそのはず、自身らの最大戦力であった第七位階魔法による召喚天使、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を瞬時に消滅させられたのだ。

 ニグンは元来、スレイン法国の特殊工作部隊隊長として尊大かつ権威を鼻にかけるタイプである。しかし、実力差を思い知らされた今となっては、普段どおりの言動など取れるはずもなかった。

 今の返事とて、おべっかが大半であり、『一度見てみたい』と言ったのも場の勢いのようなものである。ニグンの感覚で言えば、大儀式を執り行ってようやく発動できるような位階魔法を、おいそれと見せて貰えるとは思えないのだ。

 だが……。

 

「ん? 見せようか?」

 

「は?」

 

 余りにも軽いノリでモモンガが言ったものだから、ニグンは固まる。何故、そんな大魔法を簡単に見せるなどと言えるのか。彼の理解を超えていたのである。

 もっとも、モモンガとしては第七位階魔法一つに驚くばかりのニグンに対し、その魔法を見せて脅しておくのも悪くないと考えただけだ。どのみち、監視者の居る場所……恐らくはスレイン法国本土にて魔法が発動しているはずで、威力の程度は知られているのだ。ここでニグンに見せたところで特に問題はない。

 

「じゃあ、あの辺に一発ブッ放すかな」

 

「攻撃魔法が豊富な人って、こういう時に羨ましいですねぇ。派手だし」

 

 ヘロヘロの呟きがモモンガの聴覚を揺さぶる。

 嬉しくなったモモンガは、目標……と呼べる物は無いが、街道外の離れた草原を目し、魔法を発動させた。

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)>、<爆裂(エクスプロージョン)>!」

 

 次の瞬間、最強化された<爆裂(エクスプロージョン)>が草原で炸裂する。

 

 カッ、ヅドグァアアアアアアン!!

 

「うぶお!?」

 

 押し寄せる爆風は、距離があるためダメージこそ生じない。しかし、先頭に立って見ていたニグンを呻かせ、陽光聖典隊員らのマントや、衣服鎧を大いにはためかせることとなる。

 そして爆風が止んだ後、爆心地を中心として直径数十メートルほどの爆発痕が生じていた。そのえぐれ具合からして、今後、大雨などが降ったらちょっとした池になることだろう。

 ニグンら陽光聖典の者らは、もはや声も出ない状態である。

 

(うんうん。実にナイスなリアクションだ。ロンデスはどうかな?)

 

 陽光聖典との戦闘を見学させ、自分達の素晴らしさを知って貰う。そのために同行させた法国騎士。彼の反応を確認したところ、声もなく爆発痕を凝視していた。これもまた、モモンガ的にナイスなリアクションだ。

 だが……ここでモモンガは、ふと先行きが不安になる。

 これからギルド、アインズ・ウール・ゴウンは、そしてナザリック地下大墳墓は見知らぬ世界へと漕ぎ出していくのだ。なのに多数あると言う国家の内、スレイン法国と早くも事を構えてしまった。

 幸いなことに相手方の戦力は現状、取るに足らないものである。しかし、過去に転移して来たプレイヤーらしき存在。その影が見える世界で、何処まで上手くやっていけるだろうか。

 

(俺一人ならキツい。いや、もっと深く潜行するように動いたかもしれない。けど……)

 

 今のモモンガにはヘロヘロと弐式が居る。ナザリック地下大墳墓とそのNPCらも居るのだ。しかも、ここにギルメンが追加されるかもしれないのである。

 

(やってやれないことはない……と思う。ヘロヘロさんが来て、こっちで弐式さんも合流できたんだ! きっと上手くやれるはず!)

 

 モモンガはギュッと拳を握りしめた。そして、少しだけ肩を落とす。

 

(……たぶん)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガはニグンとの交渉に入った。

 まず、カルネ村は、『旅の巡礼者』であるアインズ・ウール・ゴウンが、襲撃を受けていると見て救助したものだ。暫くの間、村を拠点とするから、今後はスレイン法国の手出しは厳禁とする。

 旅の巡礼者というのは勿論、モモンガ達にとってもニグンらにとっても真実ではない。

 そもそも、それはモモンガ達と遭遇したニグンが、自らの正体を隠すべく口に出した嘘だからだ。ニグンにしてみれば馬鹿にされてるような話だが、これについて、ニグンは即答により了承している。

 一連の村落襲撃は、ガゼフを誘き出すための作戦行動であって、襲撃自体は主目標ではない。作戦が失敗した今、カルネ村を攻撃する理由はもはや無いのだ。

 ニグンとしての本音で言えば、関係者は皆殺しが常であったが、亜人村ならともかく人間の集落などは、ベリュースやロンデスらの仕事である。陽光聖典が動くようなことではない。

 次に、モモンガが要求していたニグンらの謝罪。

 これは陽光聖典ではなく、法国側からの謝罪とし、謝罪対象はアインズ・ウール・ゴウン一党という事にした。カルネ村等、他の襲撃された村への謝罪に関しては、こちらは不問とし、スレイン法国側の自由とする。

 カルネ村に対する責任の取り方は襲撃騎士の壊滅と、ベリュースらのリ・エスティーゼ王国への引き渡しで十分とモモンガらは判断していたし、他の村に関しては知ったことではない。更にはニグンが「陽光聖典自体は人間種の集落に手出しはしていない」と言うので、取りあえず信用……ではなく、言い分を採用したのであった。

 賠償金については、ニグンを含めた陽光聖典四五人、一人につき二〇〇金貨としている。カルネ村の村長から得た情報で、こちら世界の交金貨の相場は把握できており、多少暴利かとモモンガは思ったが、ニグンは了承していた。

 

(もうちょっと、ふっかけても良かったかな?) 

 

 そう思ったりもするが、欲をかいて相手を追い込みすぎても良くない。程々が一番なのだ。

 後日、謝罪に訪れる際は、カルネ村に連絡要員を置いておくので、その者と接触することになる。モモンガは戦闘メイド(プレアデス)の誰かをカルネ村に常駐させようと考えていたが、その人選については後で決めることにした。

 陽光聖典側からは二名残して、同じく連絡要員とする。ニグンは難色を示しかけたが、モモンガが凄んだことで適当に二名抽出したようだ。

 

(<支配(ドミネート)>で色々聞き出して、記憶操作して無かったことにするか)

 

 陽光聖典隊員の残留に掛かる真の狙いは、このように情報収集である。モモンガとしてはニグンで同じ事をやりたかったのだが、今後のことを考えると彼に手を出すのは後回しにした方が良いと判断したのだった。

 

(ドッペルゲンガーと入れ替えて、色々させたりとか……)

 

 現時点、幻術で構築した人化顔の下は死の支配者(オーバーロード)であるため、モモンガの思考はドンドン危ない方向へ進んでいく。すべての約束事を反故にして、陽光聖典全員を纏めて捕縛……とまで行かなかったのは、鈴木悟時代の契約事に関する姿勢が色濃く反映されているためだ。

 最後に、ニグンへの魔法監視を切っ掛けとして攻性防壁が起動し、恐らくは法国本土で<爆裂(エクスプロージョン)>が炸裂した件については、アインズ・ウール・ゴウンに責任が無く、事故として取り扱うことをモモンガは要求している。

 

「まあ、こんなところか。では、ニグン殿。我々はカルネ村でガゼフという男を待つことにするので、これにてお引き取り願いたい。あ、そうそう。襲撃隊の騎士が三人、法国へ向けて帰還中だから。彼らを拾ってあげるといいだろう」

 

「りょ、了解した……」

 

 先程、<爆裂(エクスプロージョン)>を目の当たりにしてからのニグンが、どうも変だ。恐れている点では、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を倒した時から変わりないが、そこにどうも畏敬の念のようなものが混じっているのである。

 少し気にはなったものの、モモンガは「俺の魔法の凄さがわかったんだなぁ」程度にしか考えておらず、敢えて指摘することはなかった。

 

「言っておくが、約束事のどれか一つでも違えた場合。私が法国に直接出向き、さっき見せた<爆裂(エクスプロージョン)>なんかよりも大層恐ろしい魔法で……」

 

 威圧感を込めた声で脅していたモモンガは、そこで一度言葉を切った。下顎に手を当て考え込むと……訝しんでいるニグンに顔を向ける。

 

「色々と魔法実験するかも知れないから。約束を違える時は覚悟をもって、そうするようにな?」

 

「もも、勿論、約束を違えるわけがございません! 帰国した後は、このこと漏れなく伝え、けして馬鹿なことは考えないよう働きかけますので! では、我々は、これにて失礼します!」

 

 直角九〇度のお辞儀。

 そんな姿勢でよく立っていられるな、とモモンガ達が感心している中、姿勢を正したニグンは陽光聖典隊員を連れて去って行った。 

 

「ふむ、行ったか。全員捕らえて尋問したり実験に供すれば良かったやもしれんな。いや、やはり……この方が良かったのか」

 

 ユグドラシル時代は諸々あくどいこともやったが、今は現実だ。

 ヘロヘロや弐式の見ている前で、えげつない行為に及んで大丈夫か……という不安もある。

 

「……後は、成り行きを見守るしかない。で、アルベドよ……」

 

 彼らの姿が見えなくなってから、モモンガはアルベドに話しかけている。

 

「例の件、上手く取りはからったか?」

 

 アルベドはヘルムを外し、美麗な顔を表に出すと、モモンガに向かってニッコリ微笑んだ。離れて見ていたロンデスが、アルベドの素顔を見て目を見張っているが、モモンガらにとっては……タブラ製作のNPCが褒められているも同然で、鼻が高い思いである。が、今はアルベドの報告に耳を傾けるべきなので、一先ず置いておくこととした。

 アルベドはモモンガに身を寄せると、囁くようにして報告を行う。

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)五体を陽光聖典に潜り込ませました。法国の位置や得た情報などは<伝言(メッセージ)>により収集が可能です」

 

 つまり、ニグンに影の悪魔(シャドウ・デーモン)を張りつかせることで法国の内情を探れるし、こちらに敵対する意図で軍を派遣することになっても、いち早く察知して行動に移れるのだ。

 

「よろしい。大いによろしい。さすがはアルベドだ」

 

 モモンガは満足して頷いた。

 

「は、はうううう! お褒め頂き、ありがとうございま……す」

 

 褒められたことにより、アルベドが花が咲くような笑顔で頬を染めている。

 が、その歓喜の言葉は、最後の方で突如として沈静化した。

 やはり、アンデッドのような精神の安定化が発生しているのだろうか。

 先程、モモンガが<善なる極撃(ホーリースマイト)>を受けた際も、アルベドは激昂したが、突然、冷静な抗議へと変貌していた。

 このことは後でヘロヘロ達に相談しよう。そう心に決めたモモンガは「あ、うん」と頷き、思考を変えた。この時考えたのは、影の悪魔(シャドウ・デーモン)に関してのことである。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、文字どおり影等の闇に潜むことが可能だ。その種族特性と運用目的から、巻物無しで<伝言(メッセージ)>の使用も可能。まさに潜入工作員としてうってつけだった。

 

(あとは……俺がハンゾウとか、隠密・発見能力系のモンスターを召喚して法国に送るか……)

 

 レベル三〇程度の影の悪魔(シャドウ・デーモン)と、レベル八〇超えのハンゾウでは能力差が大きいが費用差も大きい。とはいえ、亜人蔑視の国に対して油断は厳禁だ。ここは惜しむことなくハンゾウを使おう。軽くなる財布に切なさを覚えながら、モモンガは心に決めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 夕刻。

 モモンガらがカルネ村に戻ると、村人達は各々自宅に戻っていた。

 葬儀も終わったことで、ルプスレギナが追い散らしたらしい。

 

「さあさあ、遺族の皆さんには休息が必要っすよー。家に帰って、泣いて食べて寝て、明日以降を元気に生き抜くっすー」

 

 と、村長が語ったところでは、その様な物言いだったらしい。

 言い方が……と思わないでもないが、ルプスレギナのキャラで言えば、何となく従ってしまう空気ができたのだろう。

 村の状況を聞き終えたモモンガは、ロンデスをベリュースの隣りに戻している。この後で来るというガゼフ・ストロノーフに引き渡すためだ。

 残った陽光聖典隊員に関しては装備が悪目立ちするため、森の中……ナザリック寄りに村から少し離れた場所で、グリーンシークレットハウスを貸し出し宿泊場とさせている。

 備え付けの飲食物や、トイレ風呂など自由にして良いと言っておいたので、今頃は快適に生活しているはずだ。社畜生活の厳しさを知ってるモモンガは、更に影の悪魔(シャドウ・デーモン)を一体連絡係として常駐させてもいた。

 

(食料が無くなったら影の悪魔(シャドウ・デーモン)に連絡させればいい。俺って、至れり尽くせりで良い社長になれそうだな!)

 

 その後は陽光聖典隊員を案内していた弐式が戻り、その場に残ろうとしたナーベラルとルプスレギナに関しては、モモンガらの説得によりグリーンシークレットハウスへ移動。

 その後、暫く経った頃、ようやく王国戦士長のガゼフ・ストロノーフが到着した。

 ガゼフは騎兵数十人を同行させていたが、それらの装備は貧弱に過ぎる。モモンガらが見たところ、陽光聖典の装備も特に大したことはなかったが、それでも魔化ぐらいは施されていた。しかし、ガゼフ隊の装備は陽光聖典に比して数段落ちるもので、魔化された装備に到っては一つとて存在しない。

 

(「えらく微妙なのが来ましたね……」)

 

 ヘロヘロの呟きにモモンガは(「陽光聖典は大したことなかったですけど。この人達じゃ勝てなかったでしょうね」)と返し、騎乗したまま近づいてくるガゼフを村長と共に待った。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。この村の村長だな。周囲に居るのは……御紹介を頼めるだろうか?」

 

 太く男らしい声だとモモンガは思う。

 体格はガッシリとしており、貧相な甲冑を着ていても筋肉の押し上げがわかるほどだ。

 

「こちらの方々は、旅の途中で……襲撃があった際に助けてくださいまして……」 

 

「なに!?」

 

 驚きの声を発するなり、ガゼフが馬から飛び降りる。そして、そのままモモンガらを見回すと、リーダー格だと判断したのか、モモンガに歩み寄って深く頭を下げた。

 

「かたじけない! 本来であれば村を救うのは我らの役目。それを旅の途中で……。あなた方の義侠心に敬服し、深く感謝する! このとおりだ!」

 

「うぉう……」

 

 呻いたのは弐式だろうか。ヘロヘロだろうか。

 モモンガも今は人化しているので、二人とも自分と同じような気持ちを抱いていると考えている。

 この気持ち、まさに偉人を見て感動した時の感覚に相違ない。

 今はまだ合流が果たせていない、たっち・みー。彼もこのような態度を取ることがあった。

 思えばガゼフはリ・エスティーゼ王国でも知られた人物で、王国戦士長と言うからにはそれなりの地位にあるのだろう。その様な人物が取った真摯な態度に、モモンガ達は一様に感銘を覚えていた。

 

「それで、あそこに積み上げられた死体が襲撃犯ですな?」

 

「ええ。そして、そこで座っているのが隊長と副隊長の地位にある者達です」  

 

 モモンガが視線を動かし、釣られてガゼフが目を向けると、そこにはベリュースとロンデスが決まり悪そうに並んで座っている。

 

「彼らから聞いたところに拠ると、着ている鎧は帝国騎士の物ですが。その所属はスレイン法国らしいですね」

 

「なに!? それは、どういうことだ。ああ……失礼、お名前を聞いていなかったな」

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン。そして、弐式とヘロヘロ。全身甲冑を着ているのはアルベドです」

 

「そ、そうか。御丁寧な紹介ありがたく思う。それで、先程の話だが……」

 

 バハルス帝国の騎士鎧を着たスレイン法国の人間とは、どういうことなのか。

 この質問に対し、モモンガはベリュースやロンデスから聞いた情報を、ほぼそのままガゼフに伝えた。話すにつれガゼフの眉間にシワが寄り、渋面となった後……最後には憤懣やるかたなしといった表情に変貌する。

 

「馬鹿げた話だ! 俺を殺すために、村々を襲って皆殺しにするだと? 王国と法国は戦争をしているわけではないのだぞ! スレイン法国は人類の守護をするだとか触れ回っているが、それは自国民限定なのか!」

 

 ガゼフは誰に言うとはなしに不満を並べ立てた。

 

「自国民だけが大事というのであれば、最初からそう言えばいい! 大抵の国はそうしているのだからな! だが、できもしない、やる気もない人類の守護など、冗談でも公言するべきではないと俺は思う! アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

 キッと厳しい眼差しを、ガゼフはモモンガに向ける。それは怒気を込めた視線なだけだが、モモンガは何らかの圧力を感じて少しばかり身を退いた。

 

「法国のやりようは間違っている! スジが通らない! 貴殿はどう思われるか!」

 

 通りがかりの旅人に聞くような質問ではないが、モモンガは日頃からのストレスでも溜まっているのだろうと判断した。事実、勤務地である王城に行けば、通りがかりの貴族に嫌味を言われる。忠誠を誓う王が苦しい立場にあっても、さほど権力があるわけではないガゼフにできることはないのだ。これで不満やストレスが溜まらないとしたら、それはもう聖人の類であろう。

 モモンガは「フム」と唸り、ガゼフを見て口を開く。

 

「貴方を倒す。そのために出来るだけのことをした……ということでしょう。失敗はしましたがね。そして人類守護を標榜できるかと言われると……まあ無理ですね。どの口を割いたら、出てくる言葉なのかと」

 

「ゴウン殿も、そう思われるか!」

 

(上手く隠蔽できれば話は別だったろうけど。どのみちリスク高いよな。しかも、ガゼフの国は戦争の対戦国ですらないんだし。バレたら人類の守護者どころか人類の敵じゃん)

 

 同意者を得たり! と瞳を輝かせるガゼフを見つつ、一層居心地悪そうにしているベリュースとロンデスも視界に収めながら……モモンガは考えた。

 今回、スレイン法国は暗殺任務に失敗した上、その作戦内容まで知られている。ガゼフが王都に帰還して上に報告し、リ・エスティーゼ王国が正式な抗議したなら、スレイン法国の名は地に墜ちるだろう。

 

(スレイン法国って……この先、落ち目になったりとか?)

 

 陽光聖典などという特殊工作部隊を持っているのだから、そこそこの軍事力はあると思うが、こっちの世界では人類は弱者だとのこと。その人類国家の中で、国際的信用が失墜するとしたら……。

 

(その辺を俺達の判断材料にするとかは、ハンゾウ達に調べさせてからでいいよな……)

 

「それにしても不可解なのは、スレイン法国が用意した戦力だ」

 

 モモンガが考え込んでいると、ガゼフも首を傾げた。だが、考えていたことは別のようで、ふとモモンガに顔ごと視線を戻す。

 

「ゴウン殿。自慢しているようで恐縮だが、村を襲った騎士達なら私一人で倒すことができる。弓矢を装備した者も居たようだが、それとて問題ではない。なにせ魔法ではないのだからな」

 

 ガゼフが言うには、もっと他の、自分を正面から討滅できるだけの戦力。すなわち別働隊が居たのではないかとのことだ。これは、なかなかの洞察力。いや、狙われてる立場と自らの強さに自信があるからこその考えだろう。

 少なくとも、モモンガやヘロヘロ達は感心していた。が、ここで、ガゼフが口にした疑問にどう対応するべきか。それが三人の脳内で問題となる。

 陽光聖典について知らん顔を決め込むのは簡単だ。

 しかし、その場合はガゼフの疑念が晴れないだろう。事によるとモモンガ達に疑いの目を向けてくるかも知れない。そもそも、この後で連行されるベリュース達が陽光聖典について話したら、なんでモモンガ達は黙っていたのかと疑われることになる。

 では、陽光聖典のことを教えるとした場合。どのように説明したものだろうか。

 事実としては『アルベドが一働きした後、モモンガが一発凄い魔法を見せてビビらせて、後日の謝罪と賠償金支払いと引き替えに帰って貰った』というものになる。

 そのまま伝えるのはNGだ。

 王国戦士長の立場からすれば、逃がさずにベリュース達の様に捕らえて突き出してくれれば良かったのに……となるだろう。また、王国で村落襲撃を繰り返したのはベリュース達だが、陽光聖典はガゼフ暗殺の実働部隊であった。つまり、その目的で国領に入り込んでいるのだから、犯罪者の一味ということになる。

 ならば、それらを勝手に逃がして後日に金銭を受け取るのは、やはりスレイン法国の関係者として見られ、疑いの目を向けられるのではないだろうか。

 

(き、記憶操作……試してみるか?)

 

 考えることに疲れを感じてきたモモンガは、転移後に試したことのない魔法の使用を思いつくが、そこで弐式とヘロヘロの視線に気づいた。

 二人から向けられる視線。それの意味することは……。

 

(お願い、モモンガさん! 上手くやって!)

 

 であるのは明白だ。

 モモンガは酢を飲んだような表情になるのを、何とか堪えることに成功している。とはいえ、この状況は実によろしくない。

 自分は、底辺サラリーマンだ。

 ガゼフのような、お役所の偉いさんを、弁舌で納得させるとか無理の無理無理。

 ここは一つ、守護者統括……高い知能を持つ者として創造されたアルベドに任せるべきではないだろうか。

 しかし、モモンガが見たのは、ヘルムの隙間から覗く……期待に満ちたアルベドの眼差しであった。

 

(え? なに? その目! 俺に期待してるの!?)

 

 NPCのギルメンに対する高評価。

 これを思い出したモモンガから『アルベドに任せる』という選択肢も消え去る。

 まさに孤立無援。味方が居ない状態である。

 

(ええい! こうなりゃヤケだ! やるだけやって駄目なら記憶操作だ!)

 

 腹をくくったモモンガは、ガゼフに対して話しだした。

 まず、捕らえたベリュースから、陽光聖典の存在を聞き出したこと。そして、潜伏している陽光聖典と交戦し、これを撃退したことを告げる。

 当然ながら、謝罪のことも賠償金についても話していない。

 ロンデスから視線が向けられたような気がするが、モモンガは努めて無視することにした。

 

「なんと! 陽光聖典と言えば、スレイン法国の特殊工作部隊……六色聖典の一つではないか! 私は故あって、最高装備というわけではないから、正面からぶつかっていたとしたら負けただろう。それを貴方達は戦って撃退したと言うのか!」

 

 ガゼフの眼差しから感じられるのは……感嘆だった。

 一人の戦士として、是非とも一手、お相手して腕前を拝見したい。

 ガゼフは、そう申し出る。

 積み上げられた死体は襲撃騎士のものだけ。陽光聖典については聞かされただけで姿が見えず……ともなれば、疑われて当然。こうした申し出は、あって当然だとモモンガは思う。

 

(でもな~……)

 

 一方で、そういう意図はガゼフには無く、純粋にモモンガ達の強さに興味があるのだろう……とも、モモンガは考えていた。

 出会ってからの時間は長くないが、ガゼフという男が剣にかけては真っ直ぐな人物であるのは、モモンガには何となくであるが理解できていたのだ。

 試合を申し込まれたモモンガは、死の騎士(デスナイト)でも召喚しようかと思ったが、ここで弐式が挙手をする。

 

「アインズさん。俺がやってみるわ」

 

「弐式さん? いいんですか?」

 

 確認したところ、モモンガ一人で頑張らせているから、自分も何かしたくなったと弐式は言う。

 

「と言うわけで、ガゼフさん。俺がお相手しよう」

 

 言いながら、弐式はアイテムボックスから、上級と思われる短刀を二つ出し、それぞれの手に持って装備した。その様子を見たガゼフが、楽しげに顔を歪ませ、あるいは凄ませながら笑う。

 

「なるほど。承知した。勝ち負けは、各々が自分で判断する……で、よろしいかな?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 そうして二人は歩き出し、少し離れた場所にて向き合った。村長を含めたモモンガ達も、ガゼフが連れていた兵達も後をついて行き、二人を囲むようにして観戦を始める。

 

「その服装。確か……忍者だったか?」

 

「正解。よく知ってるね。こ……忍者……見たことあるんですか?」

 

 危うく「こっちの世界でも忍者が居るのか」と聞きそうになった弐式は、すんでの所でセリフを変えたが、ガゼフは気にすることなく頷く。 

 

「ああ、王都に居るアダマンタイト級冒険者のパーティー。蒼の薔薇に忍者が二人居る。どちらも、かなりの腕前だが……」

 

 言いながらガゼフは剣を抜いた。

 鍛え上げられた鋼鉄製。しかし、モモンガ達からすればゴミアイテムに過ぎない。仮に弐式に当てることができたとしても、弐式に傷一つ付けることはできないだろう。弐式の防具は紙装甲とも言われるが、それはプレイヤー間の話であって、こちらの世界では最高級の防御力を有するのだ。

 

「開始の合図は……アインズさんに頼もうかな。ガゼフさん、それでいい?」

 

「かまわないとも」

 

 承諾を得られたことで弐式が目を向けてくる。それを受け止めたモモンガは、頷くことで返した。

 

「では、よろしいか? ……始め!」

 

「ぬうん!」

 

 モモンガが発した号令と共に、ガゼフが踏み込む。両者は数メートルほど離れていたはずだが、その距離を彼は一瞬で詰めたのだ。

 繰り出されたのは、弐式の左肩から右腰に抜ける斬撃。

 しかし、弐式は髪の毛一本ほどの差でガゼフの切っ先を躱す。

 

(遅すぎるな……。これで周辺諸国最強なのか?)

 

 正直言って期待外れだが、こちらの世界は戦える者のレベルが低いのだろう。

 

「おぁ!」

 

 斬撃の直後、ガゼフは弐式の腹目がけて右足を突き出したが、弐式は自分の左足を上げ、足の裏を合わせるようにしてガゼフを押し返す。ガゼフは片足で後方に跳ぶと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「なかなかやるな!」

 

「どういたしまして。他に何か見せたいものとかある? なかったら俺から仕掛けるけど?」

 

 両手に持った短刀をヒラヒラさせながら弐式が言うと、ガゼフは更に凄味を増した笑みを浮かべた。自分の連携技が軽くあしらわれたことに舌を巻く思いはある。だが、これほどの強者と手合わせできることにガゼフは喜びを禁じ得ないのだ。

 

(想像を遙かに超えて強い! 出し惜しみする余裕は無いが、楽しいことだ!)

 

「なんの、まだ見せるべきものならあるさ! ゆくぞ、弐式殿! 武技ぃ!」 

 

 ブギと叫ばれても弐式は勿論、モモンガやヘロヘロも意味は理解できない。それはユグドラシルに無かった言葉だからだ。ただ、『ブギ』というのが『武の技』と書くのであれば、スキルのようなものではないかと推測できる。

 

「戦気梱封! 流水加速!」

 

 一方、ガゼフは<戦気梱封>で剣を魔剣化。その上で<流水加速>によって速度を増し……再度の飛び込みを図った。

 

「おお? さっきより速くなった!」

 

 珍しいモノを見たと弐式の声に喜色が混じる。だが、再び弐式の懐を取ったガゼフは、更に武技を発動した。

 

「これだけではないぞ! 武技! 六光連斬!」

 

 <六光連斬>

 それはガゼフが有する武技の中でも、特に大技とされる一つである。一回の攻撃で六度の斬撃を繰り出し、周囲の敵を攻撃するというものだ。弱点として、通常武技三つ分の集中力を消費し、攻撃がばらけるため命中率が低いというものがある。

 だが、この時のガゼフは攻撃を広げるのではなく、大まかではあったが弐式の上下左右を囲む形で斬撃を放った。ガゼフ本人にとっては、ぶっつけ本番での工夫であり、それぞれの斬撃の威力も普通に放つよりは落ちている。当たったところで弐式を倒せはしない。

 

(しかし、これは手合わせ……試合だ!) 

 

 胸を切る、首を飛ばす、腕や脚の切断。それが可能な位置に当たれば、ガゼフの勝利と言っていい。

 

「おっと~っ!」

 

 ガゼフにとっては当てることが優先の攻撃であったが、弐式にしてみれば武技を使ってなお、遅く見える攻撃動作にすぎない。

 まだまだ余裕がある弐式は、ガゼフの攻撃に合わせるように後方へ跳んだ。そしてガゼフに向けて跳ねなおす。攻撃終了により硬直しているガゼフに対し、一撃くらわそうとしたのだ。

 ところが、六光連斬を振り抜いたはずのガゼフが、続けて動いたのである。

 

「武技! 即応反射!」

 

 発動させた武技……即応反射とは、攻撃後、バランスの崩れた体を無理やり攻撃前の姿勢に戻す効果を有する。つまり大技を振り抜いて硬直していたはずが、そのまま追加攻撃を行えるようになったのだ。

 

「ちぃぇええええい!」

 

 飛び込んでくる弐式に対し、ガゼフは通常の剣技ではあったが、最大限の力と気迫を込めた突きを繰り出す。真っ直ぐ跳ねてくる弐式は宙に浮いた状態であり、これを躱すのは不可能だ。少なくともガゼフは、そう思っていた。 

 だが……。

 

「惜しい!」

 

 弐式は短刀を縦に構えなおし、ガゼフの突き出した剣に当てる。そして火花を散らしながら滑り寄ると、ガゼフの懐にて着地……するなり、斬りつけに入った。

 狙う先はガゼフの首元。

 

 ヂュギィィィィン!

 

 観戦者の鼓膜を揺さぶる金属音と共に、弐式とガゼフが交叉する。

 一瞬のうちに数歩分離れた二人は、暫し動きを止めていた。

 が、ほぼ同時に力を抜いて背を伸ばすと、互いに振り返って相手を見る。

 

「素晴らしい腕前だ、弐式殿。この腕前に、お仲間も加わったのであれば、陽光聖典とて撃退できるだろう」

 

「いやいや。ガゼフさ……殿も。武技って言うんですか? 中々に面白い技で、興味深いですよ」

 

 試合後の爽やかな語り合いに見える。

 しかし、この場で居る者の幾人かは気づいた。

 ガゼフが弐式の強さを褒め称えているのに対し、弐式は武技に対する興味しか口に出していないのである。

 当然、ガゼフ自身も気がついており、楽しげな表情だが目は笑っていない。

 その後、襲撃騎士らの装備の買い取りと、代金の後日受け渡しなど諸々の約束を取り決め、ガゼフは村を去ることとなる。王都には真っ直ぐ戻らず、近くの都市エ・ランテルに寄ってベリュースらを預けるとのことだ。

 

「捕虜を長距離輸送する備えが無くてな。エ・ランテルの駐留兵詰所で捕虜を預け、王都から護送馬車などを呼ぼうと思う」

 

 騎乗したガゼフが説明する。手間のかかることだとモモンガは思ったが、ここで先程から気になっていたことを聞いてみた。

 

「ところで、ガゼフ殿。陽光聖典は私達が撃退しましたが……。もしも私達が居合わせず、陽光聖典数十人と戦うことになったら、貴方はどうしていましたか?」

 

「戦っていたさ」

 

 事も無げに言うガゼフに、モモンガは絶句する。

 ガゼフ自身の強さは先程、弐式との手合わせで把握できていた。弐式は手を抜きどおしであり、接戦のように見えても好きなタイミングでガゼフを叩きのめすことが可能だったのだ。それだけに、余裕を持ってモモンガはガゼフを観察することができたのである。

 

(このガゼフという男の強さは、なんとか死の騎士(デス・ナイト)と斬り結べる程度だ。陽光聖典全員と戦って勝てるとは思えないし、ニグンが投入してきた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に勝つことも不可能だろう)

 

 なのに何故、戦うと言い切れるのか。モモンガには理解ができなかった。

 理由を問うたところ、ガゼフは少し困ったような顔をしたが、すぐに表情を改めて答えてくれる。

 

「ゴウン殿。私は平民出の戦士だ。それが腕っ節一つで国王に気に入られ、王国戦士長という過分な地位をも授かった。だが、貴族達には嫌われている。平民だからな。そんな私が、敵わないからと言って国民に害をなす輩から逃げ出したとしたら。貴族達は何と思うだろうな。平民出の兵……いや兵だけではない。あらゆる場所で平民が軽んじられるだろう。そして、私を取り立ててくれた王の顔にも泥を塗ることになる。対外的には王国戦士長が逃げ出したと喧伝され、王国の威信をも失墜させる。……とまあ、理由は色々だ。逃げるわけには、いかないのさ」

 

 立場のため、責務のため、面子のため。

 だが、それだけでは無い何かを、モモンガはガゼフの眼差しから感じ取っていた。

 

「そうですか。お答えいただき感謝します。いずれ、ガゼフ殿とはゆっくり話をしてみたいものです」

 

「私もだ。弐式殿のような強者を仲間とされる貴殿も、相当な使い手なのだろう。フフッ。憧れるな……」

 

 憧れる。

 その言葉を聞き、モモンガは気づいた。それこそが先程、ガゼフに対して感じた気持ちなのだ。

 

(ロンデスにも感じたっけな。ゲームじゃない異世界。こういう出会いは……やはり多いものなんだろうか……)

 

 たっち・みーのような志の高い者に出会えたことで、モモンガは胸が温かくなる思いであった。と、ここでロンデスのことを思い出したモモンガは、ガゼフの許可を得てロンデスに声をかけている。

 ロンデスは手首を縄で縛られ、兵が騎乗する馬に繋がれている。これはベリュースも同じであったが、モモンガはベリュースには目もくれていない。

 

「では、ロンデスよ。これでお別れだな」

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿」

 

 ロンデスは一瞬だけ手首の縄に目をやると、フッと笑いモモンガを見た。

 

「俺の願いを聞いてくれて感謝する。それと、せっかくの勧誘を断って申し訳なかったな。改めて詫びさせて貰おう」

 

 対するモモンガは、機嫌良く笑い返している。

 

「ハッハッハッ。何を言う。まだ諦めてはいないぞ? 生きていれば再会できることもあるし。気が向いたら……」

 

 モモンガはロンデスに顔を寄せると、努めて小声で続きを言った。

 

「……の場所にある、ナザリック地下大墳墓を訪ねてくると良い。悪くない待遇で雇用するぞ?」

 

「な……え!?」

 

 驚くロンデスに、ぎこちなくウインクしたモモンガは、スッと離れて弐式達の元へと戻る。

 そして、ガゼフ達がエ・ランテルに向けて出発し、ガゼフとロンデスの後ろ姿を見送った後……モモンガは村長を自宅に帰らせた。彼には、ルプスレギナと配下の者を森に残していくので、安心して良いと言い聞かせてある。 

 

「さて……」

 

 モモンガはヘロヘロと弐式を連れて森に入ると、人目が無いのを確認し、忍者系モンスターのハンゾウを召喚する。その数、五体。五体と言っても八〇レベル超えなので、それなりの金貨は消費したが、彼らには命じたいことがある。 

 二体は、陽光聖典につけた影の悪魔(シャドウ・デーモン)に合流させ、彼らのリーダーとして諜報活動に勤しんで貰う。三体はモモンガの護衛だ。必要に応じて、ヘロヘロや他の者の護衛を命じるのも良いだろう。

 

「良いか? そこのお前とお前、アルベドの付けた影の悪魔(シャドウ・デーモン)に合流してスレイン法国へ潜入せよ。残りは私の護衛だ。適宜任務を与えることもある。解ったな?」

 

「「「「「承知いたしました!」」」」」

 

 見事に揃った声で返事をしたハンゾウらは、それぞれの行動に出る。

 陽光聖典を追う者と、モモンガの影に潜む者だ。

 その後、ロンデスの護衛兼脱出補助として影の悪魔(シャドウ・デーモン)を一体都合し、これも送り出した。

 以上の行動を終えたモモンガは、アルベドに向き直る。

 

「アルベドよ。すまないが、お前の差し向けた影の悪魔(シャドウ・デーモン)に二人加えさせてもらった。念には念を入れてのことだ、悪く思わないでほしい」

 

「何を仰いますか」

 

 モモンガとしては、アルベドが「信用されていないのでは?」と気を悪くするかと思ったのだが、アルベドは頬を染めて喜びの意を示す。

 

「アインズ様のお力添えがあれば、事はより完璧に進みましょう。(わたくし)への気づかいなど、もったいないことです」

 

「そ、そうか……」

 

 頷くモモンガであるが、アルベドの態度には少なからず感謝していた。

 機会を見て褒美でも与えたい……というのは、感謝の気持ち故か、好みの女性に対して行動に出たいだけなのか。そこはモモンガ本人にも判別は付かなかった。

 

「ん、ゴホン。それでは……」

 

 咳払い一つ。場の空気を変えたつもりのモモンガは、弐式とヘロヘロを見回し……朗らかな声で言う。

 

「さあ、ナーベラルを連れてナザリックに戻るとしましょうか!」

 




 何とかモモンガさんに、ガゼフに対する関心を持たせました。 
 が、原作ほど深い思い入れはありません。ガゼフ側でも、弐式さんはともかくモモンガさんを偉大な魔法詠唱者だとは思っていない感じです。
 あと、ロンデスが居るので、モモンガさんが「たっちさんを感じる」箇所が分散されたってのもありますね。
  
≪捏造ポイント≫

・<爆裂(エクスプロージョン)>の位階
・弐式さんの最強防具の硬さ


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第16話 モモンガさん……。何か隠してますか?

 ガゼフ率いる王国戦士隊は、夜の街道脇で野営を行っている。

 カルネ村を出た時点で日が暮れかけていたため、街道移動中に夜となったのだ。

 モンスターや野盗が出る街道で、夜間の移動は危険。やむを得ずの野営であったが、「こんな事ならカルネ村で朝になるのを待てば良かった」とは誰も口に出して言わない。

 何故なら隊長である戦士長……ガゼフ・ストロノーフが、カルネ村を出てよりずっと渋い表情でいるからだ。

 

「あ、あの……あの忍者……でしたか? 凄かったですね! 戦士長と互角に戦うだなんて……」

 

 見張りに回っていない、つまりは休息中の兵士がガゼフに話しかける。焚き火を前に腰を下ろしていたガゼフは、その渋い表情を緩め兵士を見た。

 

「互角……。互角か……」

 

 ガゼフは焚き火を見つめ直す。

 その細めた瞳には揺らめく炎が映っていたが、怒りで瞳が燃えているように見える。

 

「そうか。お前達には、そう見えていたんだな……。いや、かの御仁……弐式殿は、俺に恥をかかすまいとしてくれたのだろう」

 

「せ、戦士ちょ……。ちょっと待ってください。それじゃ……」

 

 兵士は途中で声を発することを止めた。

 ガゼフの言が真実であるなら、あの弐式という男は戦士長よりも強いことになる。それはガゼフを隊長として仰ぐ兵士にとって、そのまま納得するには抵抗のある結論だった。

 

「冗談……ですよね?」

 

「……冗談だ」

 

 極めて真面目な表情でガゼフが言う。その瞳に真っ直ぐ見つめられた兵士は、一瞬呆気に取られたが、すぐに噴き出した。

 

「は、ハハッ。やだなぁ、戦士長。そういう冗談は笑えませんよ」

 

「何を言う。笑ってるじゃないか」

 

 冗談めかしてガゼフが言うので、なおも兵士は笑い続ける。暫く笑うままにさせておいたガゼフだが、やがて「それぐらいにしておけ」と言い、少し考えたいことがあるからと、兵士を他の者が居る方へ行かせた。

 兵士が向かった方から「聞いてくれよ、今、戦士長がさ。冗談を言ったんだぜ?」などという声が聞こえ、兵士達の間から笑い声が発生する。それを聞きガゼフは苦笑したが、すぐに目を細めて焚き火を注視しだした。

 

(冗談なものか。あの手合わせの最中、俺は途中から弐式殿を殺すつもりで剣を振るった。でなければ武技を重ねて六光連斬まで使うものか。だが、まるで相手にならなかった……いや、互角に見えるよう手加減されていたんだ)

 

 結論。弐式はガゼフよりも強い。それも、どれほど差があるか判別できないほどに。

 あれだけ武技をつなぎ、ほぼすべての武技を弐式の動きを制限するために使用。隙を生じさせ、最後に突きをくらわせ……ようとした。だが、弐式に勝利するという結果を得る事はかなわなかった。

 これほど差があるのでは、王国五宝物と呼ばれる武具を装備したとして、何処まで食い下がれたものか。……果たして食い下がることが可能なのか。

 

(いや、無理か……。あれらを装備して、自分がどれほど強くなれるかなど、俺が一番よく知っている。そう、無理なのだ……。それに……)

 

 自分を超える戦闘者。それが戦士でなく忍者であったことも、ガゼフを畏怖させる要因となっていた。あの弐式が忍者でなく戦士としての道を歩んでいたとしたら。

 

 ぞくり……。

 

 寒気を感じ、ガゼフは思考を止めた。

 深く、大きく息を吸って静かに吐き出すと、こりをほぐすかのように首を回す。

 

(事は単純な話だ。俺より弐式殿が強い。ただそれだけの事だ。だが、それを正直に話すことはできない。さっきは危うかったが兵士にも聞かせられん……)

 

 ガゼフ・ストロノーフが、一個人の戦士で在ろうとすることは許されない。彼は王国戦士長であり、国軍の威信を背負った『顔』なのだから。

 よって、弐式が互角に見える戦いを演じてくれたことは、王国戦士長として本来なら礼を言いたいぐらいなのである。

 だが、皆の前で礼を言うことはできなかった。否、できないのだ。

 そのことは弐式に対して礼を失していると思うが、やむを得ないことだともガゼフは理解している。強引に納得することもできた。

 だが、『一個人の戦士』としての自分が、あのような負け方をしたことを悔しく思うのである。

 

「アングラウスよ……」

 

 かつて、御前試合で戦った男……ブレイン・アングラウスの名を、ガゼフは口に出した。あれから会ってはいないが、剣の道を邁進する男だと見たから、今でも何処かで剣を振るっているだろう。もしかすると、ガゼフよりも強くなっているかもしれない。

 

「俺達が切磋琢磨する高さというのは、思っていたより低いのかもしれないぞ……」

 

 その声は、兵士の誰の耳に入ることもなく、焚き火と闇の中に溶けて消えていった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第十階層、玉座の間。 

 そこには今、三人のギルメンが居た。

 一人は、玉座に座するモモンガ。二人目は、玉座から少し離れた左方で位置し、落ちつかなさげにしているヘロヘロ。最後にモモンガの真正面……普段であれば、僕達が配置される場所で立つ弐式炎雷だ。

 今、彼らは全員が異形種化している。

 人化と異形種化。これを交互に行うと体感できるのだが、どちらも変わった瞬間から暫くは気が落ち着くのだ。

 人化した際は、人の心が戻ってくるようで落ち着くし、異形種化した際は本来の身体に戻ったことで落ち着く。逆に言えば、どちらの形態を取っていても、ある種のストレスが溜まるということであり、これはモモンガらにとっては頭の痛い問題だった。

 人であれば人、異形種であれば異形種。どちらか一方で固定されていれば、このようなことで悩まなかったに違いない。しかし、人化と異形種化のチェンジが可能であることには確かなメリットが存在する。そのメリットはモモンガ達にとって非常に大きなものだ。

 モモンガや弐式は人の心が取り戻せるし、飲食だって可能となる。

 ヘロヘロは元より飲食が可能だが、人の心が……という意味では先の二人と同じだ。人間形態だからこそ可能なこともあるだろう。

 ともあれ、今この場にはNPCは居ないし、お互いユグドラシル時代の気分に戻って肩の力を抜く。そんな理由もあって、異形種化していたのである。

 

(弐式さん。ケジメをつけると言ってたけど。いったい何の話だろう?)

 

 目の前でたたずむ忍者を前に、モモンガは戸惑いを隠せない。ヘロヘロは何か勘づいている様子であったが、ヘロヘロは話そうとしなかった。

 モモンガが徐々に不安を感じ始めた頃、それまで黙っていた弐式が話しだす。

 

「モモンガさん……」

 

「……はい」

 

 いつもの飄々とした物言いではない。

 生唾を飲み下す気分のモモンガだが、骸骨体のために果たせず、乾いた返事をしたところ……弐式が片膝をついた。次いで残った膝も降ろすと、いわゆる正座の姿勢を取る。見守るモモンガは言葉も無かったが、弐式の行動は止まらない。

 弐式は指先揃えた手を膝前に突き、床に擦りつけるがごとく、深く深く頭を下げたのだ。

 

「モモンガさん! 最終日にナザリックに行かなくて、本当にすみませんでしたーっ!!」

 

 玉座の間に轟く弐式の絶叫。

 それがモモンガの両耳から脳を直撃し、モモンガは沈静化して、沈静化し、沈静化されてしまう。

 数秒間、玉座の間は静まりかえっていたが、やがて我に返ったモモンガの聴覚に何やら弐式の呟きが届いた。

 

「フフフッ。どうですか、モモンガさん。この一分の隙も無い、土下座・オブ・土下座。まさにニンジャ・ムーブメント! 全世界のニンジャファン達も、感動すること間違いなしですよ!」

 

「……」

 

 怒りを表現するアイコン。

 それを表示する機能は失われており、代わりにモモンガはアイテムボックスへと手を突っ込んだ。

 ゴソゴソと何やら取り出す動作。それは弐式にとって容易く知覚できている。

 

(何か取り出してる? どうするつもりだろう?)

 

 アイテムを使った攻撃をしてくるつもりだろうか。

 しかし、例えそうだったとしても弐式は甘んじて受け止めるつもりだった。彼にとって、モモンガからは攻撃の一つぐらいされてもしかたないからだ。

 やがて目当ての物を取りだしたのか、モモンガが手に持った物を振り上げるのが感じられる。ヘロヘロが、「ちょっ!?」と驚きの声をあげたのが聞こえたが、それでも弐式は土下座の姿勢を崩さなかった。

 

「てい!」

 

 短いかけ声と共に、何かが投じられる。

 アイテムを使ったと言うより、アイテム自体を投擲したのだろう。

 

(甘んじて、受け止める!)

 

 ハーフゴーレム化しているため、今の弐式には口という物は存在しない。だが、まさに歯を食いしばる思いで、弐式は飛来するアイテムを待ち受けた。

 そして……。

 

 ぱこん!

 

 弐式の頭部にて軽い音がした。

 

「へっ!?」

 

 想像していたよりも衝撃やダメージが無い。いったい何を投げつけられたのか。

 気になった弐式は身を起こし、肩越しに振り返った。

 弐式の頭部を直撃し、後方の赤絨毯上で転がるのは……。

 

「モモンガさん!」

 

 ガバッと立ち上がり、弐式はモモンガに抗議する。

 

「嫉妬マスクを投げるこたぁないでしょ!?」

 

「お黙んなさい。むぁったく。ヘロヘロさんも弐式さんも……まったくもう! ですよ」

 

 カンカンになって怒っているレベルではない。だが、骨顔ではわからないが膨れっ面の気分なのだろう。モモンガは少しばかり拗ねたような声で言った。

 一方、ヘロヘロも弐式もと聞かされた弐式は、向かってモモンガの右方で居るヘロヘロを見る。

 

「あ、じゃあヘロヘロさんもやったんだ? 土下座」

 

「ええ、やりましたよ。俺のは弐式さんよりは真面目でしたけど……」

 

 それを言われると辛いなぁ。

 人化して頭を掻く弐式に、モモンガも人化しながら問いかける。

 

「で? 謝罪は有り難く受け入れますけれど。いったい。どういうことなんですか? 説明してください」

 

 声をかけられたのは弐式であったが、その弐式はヘロヘロと顔を見合わせ、二人で揃ってモモンガを見返した。

 

「「説明しましょう!」」

 

 そして、主に弐式が話す形で説明が始まる。

 

 ユグドラシルが終了を迎えようとしていた時。皆で集まり、実を結ばない議論を繰り返した、あの時。ヘロヘロが皆に声をかけてナザリックへ行くこととなった。

 

「で、俺が言ったんですよ。『みんなで押しかけてジャンピング土下座しよう』って」

 

「それで、さっきのアレですか……」

 

 モモンガの脳裏にて、今ここに居ないギルメンの姿が次々と浮かんでは消えていく。

 その誰も彼もが、叫びながらモモンガの前で土下座するのだ。

 ……。

 

「なんだか、俺が居たたまれない気分になるんですけど?」

 

「まあ、謝りたい気持ちに嘘はないんだから。大らかに受け入れてあげればいいんじゃないの?」

 

 弐式が言うのは正論だ。ただし、それは土下座をする側が言うべきことではない。

 

(まったくもう。フフッ……)

 

 深く考えるのが馬鹿らしくなったモモンガは、今あった事件を脳の片隅に追いやり、二人に提案した。

 

「取りあえず、この後のことを話したいです。円卓の間に行きませんか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 夜の街道。そこを足早に進む一団が存在する。

 スレイン法国の特殊工作部隊。六色聖典が一、陽光聖典隊だ。

 モモンガらによって心折られ、交渉によって窮地を脱した彼らは、ガゼフ達の様に休息を取ることなく移動を行っている。勿論、体力には限界があるので、いずれは休息を取ることになるだろう。しかし、それは今ではない。

 自分達は可及的に速やかに、スレイン法国へ帰還しなければならないのだ。

 本来、その強行軍はガゼフ討伐の失敗を報告するためにするはずだった。彼の討伐に失敗すれば、その情報だけでも持ち帰るのが当然だからだ。だが、今の陽光聖典には遙かに重要な報告事がある。

 アインズ・ウール・ゴウンと、その一党。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が放つ第七位階魔法<善なる極撃(ホーリースマイト)>を物ともせず、枯れ木をへし折るように最上位天使を打ち破れる実力。

 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは、それを成す存在について「ありえない」で済ますことができれば、どんなに幸せかと思っていた。だが、この目で見た以上、現実から逃避することは許されない。

 この重要な情報を、何としてでもスレイン法国に持ち帰るのだ。

 

(絶対に敵対してはならん相手だ! 最高神官長様……いや、少なくともレイモン様にお目通りし、最善の行動を取らねば!)

 

 スレイン法国の軍事力を概ね把握しているニグンにしてみれば、アインズ・ウール・ゴウンに勝てる手立てが思い浮かばない。漆黒聖典を投入しても無理だろう。

 六色聖典の纏め役たる土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンなら、かつての漆黒聖典隊長であるし、ニグンの相談にも乗ってくれるはずだ。

 

(あのような神の如き力。我らでは……。……神?)

 

 ニグンは足を止める。

 

 後に続いていた隊員らも足を止め、ニグンの周りに集結した。

 

「隊長? どうかしました?」

 

「いや……。お前達、アインズ・ウール・ゴウン殿の力を見てどう思った?」

 

 僅かに息を切らせ、額に汗しながら問うニグン。隊員達はマスクで覆った顔を見合わせると、中の一人が溜息交じりに答えた。

 

「敵を過大評価し過ぎてはならない……と言いますけど。あの御仁、私らでは想像もつかない強さだと思いました。言ってる言葉が真実なら、大儀式無しの一人だけで第七位階魔法を放てるんですから。神……おっと、神に例えても言いすぎじゃないでしょう」

 

 六大神を信仰する国の公務員。それだけに『神に匹敵する』や『神の如き』とストレートな物言いはできない。隊員は言葉を選び、回りくどく思うところを述べた。

 これを聞いたニグンは頷くと発言した隊員を見る。

 

「汝の気遣い、よくできたものだと思う。だが、私は敢えて言おう。彼のアインズ・ウール・ゴウン殿は、神ではないのか……と」

 

 ざわり。

 

 陽光聖典隊員らが怯えたように身をすくめ、あるいは他の者と顔を見合わせる。

 

「隊長……御乱心?」

 

「正気だ、愚か者。早い話、あのような戦闘力を発揮できる者を、神以外の何と比較しろと言うのだ? 最終的に敵視されなかったのは、もはや僥倖を通り越して神の御加護としか言えん」

 

 百年の揺り返し。

 遠い昔より、力ある者が百年に一度の割合で出現する。その様な言い伝えがある。スレイン法国上層部では『ぷれいやー』として知られる者達だ。その者らは神となって人類を守護したり、あるいは世界に対し害をなしたりもした。

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン殿が、その『ぷれいやー』だと?」

 

「わからん。私如きでは判断できんな。しかし、その可能性があることは、神官長様達に報告しなければならないだろう。いや、報告ではなく進言だな。祖国が早まった道を歩まぬように……」

 

 この呟きを最後に、陽光聖典は再び移動を開始する。

 アインズ・ウール・ゴウンや、その一党が神かどうか。あるいはプレイヤーであるかは、まだ不透明だ。そして、隊長ニグンがやろうとしている報告に進言。それによってスレイン法国がどうなるか、皆、想像すらできないでいる。

 だから、走らずにはいられない。

 不安も何もかも一時は忘れることができるからだ。

 ……。

 がむしゃらに走り続ける陽光聖典。彼らは気がつかない。

 自分達の影に悪魔、そして忍者が潜んでいることに。そして、自分達の主らを『神と知った』者達の反応を見て心地よさそうにしているのも、また気づかないでいたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 円卓の間に移動したモモンガ達が考えたことは、他のギルメンの安否である。

 取りあえず三人とも人化し、人の心が濃くなった状態で考えてみた。

 当時、『モモンガさんに対して申し訳ない人々の集い』には、多数のギルメンが参加している。では多数と言っても、正確には何人だっただろうか。

 最初にモモンガが確認すると、ヘロヘロと弐式は首を捻った。

 

「え~と、指折り数えてみるか。まず、(弐式)だろ? 建やん(武人建御雷)が居て、ヘロヘロさん。それに、たっち・みーさんとウルベルトさん。タブラ・スマラグディナさんも居たな。ペロロンチーノさんと、ぶくぶく茶釜さんは一緒に……そうそう、やまいこさんも居たっけ」

 

「ブルー・プラネットさんに獣王メコン川さんも居ましたね。後は……ホワイトブリムさんと、源次郎さん。あまのまひとつさんと、死獣天朱雀さん……ぷにっと萌えさんも居たかな」

 

 ここまでで十六人。

 ヘロヘロ達の証言によると、あと数人は居たらしいが……。

 

「そうなると二十人前後居たわけですか。言い換えれば(モモンガ)以外の四十人全員は居なかったと……」

 

 それはモモンガにとって残念な事実であった。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは四十一人構成。モモンガ以外の四十人が居れば、全員こちらへ来る目もあったのだが、どうやらそうはならなかったらしい。

 

「見かけなかった人が転移してこないと決まったわけではないし。まずは二十人前後も居る……と。そう考えることにしましょうよ。モモンガさん」

 

「ヘロヘロさんの言うとおりだ。だいたい、今から考えれば時空と認識が歪みまくった状況で、それだけの人数が集まったってのが凄いよな」

 

 ヘロヘロと弐式が慰めるように言うので、モモンガは気を取り直す。しかし、弐式が最後に言った時空と認識の歪みが気になった。ヘロヘロからも以前に聞いていたが、どういうことなのだろう。

 最終日の三日前からログインしてきた、たっち・みーとウルベルト。

 最終日よりも未来の日付から、ログインすらせずに居合わせた……ぶくぶく茶釜とペロロンチーノ。

 弐式炎雷や武人建御雷だとて、かすかにだがサービス終了時間を超過している認識があった。

 それらのことだけでも十分すぎるほど不可解なのだが、更に気味の悪い話がある。

 当時、ログイン時間の異常等について考え出した途端、思考が別の方向に逸らされたのだ。

 

「こっちの世界に来た後なら、誰かに魔法攻撃でもされてるのかと思いますけど。あの時は、まだゲーム中でしたし……」

 

「いや、ヘロヘロさん。俺は集合地で居た時から、もう変だったと思うよ。コンソールが開かなくなったり、メールができなくなったり、GMコールができなくなったり……。こういう言い方が正しいのかわかんないけど、『こっちの世界に片足突っ込んでた』ような……」

 

 考察は進むが、結局のところ『原因不明』で済ませるしかなかった。

 何者かにより誘い込まれた説。単なる事故説。

 異世界転移系小説で言うなら、どちらも有りだろうし、そもそも異世界転移系小説を引き合いに出すなら最後まで原因がわからないかもしれない。

 だから、今は『原因不明』ということにして、モモンガ達は次に気になることを話し合うことにした。ちなみに、この話題転換それ自体が、先程まで気にしていた『思考を逸らされる』現象の一つではないか……などと弐式が冗談っぽく言い、モモンガとヘロヘロの背筋を震わせたりしている。

 

「怖いこと言わないでくださいよ。それで……ですね」

 

 モモンガは弐式に聞いてみた。ヘロヘロにも聞いたことだが、元の世界……現実(リアル)に戻りたいかどうかだ。この質問に対し、弐式は「戻るつもりは無い」と言い切っている。

 

「こっちの世界、食い物とか美味いし空気とか汚れてないじゃん? 最高だよ。最高すぎる。現実(リアル)での糞なアレコレを忘れて、皆で冒険したいじゃん? それで食って行けそうじゃん? ブラボー異世界転移だよ!」

 

 弐式は現実(リアル)で両親が健在だが、それほど親しくはしていなかった。産み育てて貰った恩義は感じているものの、こちらの世界での生活を棒に振ってまで戻りたいとは思わない。

 

「俺や弐式さん、それにモモンガさんは残留派ですか。でも、この後で合流する人には、現実(リアル)に戻ろうとする人も居るんでしょうねぇ」

 

 ヘロヘロの苦労人っぽく見える人化顔が暗くなったのを見て、モモンガと弐式は顔を見合わせた。確かにヘロヘロの言うとおりだ。そもそも、モモンガ以外の大半は人生の夢を叶えたこと。現実(リアル)での仕事事情が悪化したこと。生活環境が激変したこと。体調不良など。様々な『やむを得ない事情』でユグドラシルを辞めていった。

 その中で、こちらに転移したとしても現実(リアル)へ戻ろうとする筆頭は、たっち・みーなどであろう。

 

「たっちさん。奥さんと娘さんが居ますからねぇ。そりゃあ戻りたいでしょう」

 

 そう呟くモモンガは、こっちに来たギルメンが現実(リアル)に戻ろうとするなら、それを全力で支援することを提案する。

 

現実(リアル)だろうが、ユグドラシルだろうが、この転移後の世界だろうが。俺はギルメンが不幸になるだなんて、容認するつもりはありませんよ。少なくとも現実(リアル)の時よりは力になれることがありそうですから。できる限りのことはしますとも」

 

 ヘロヘロも弐式も、ほぼ同時に頷いていた。

 そして話題は、こちらに転移して来ているかも知れないギルメンらに移っていく。

 そもそも、どういう基準で、どういうタイミングで転移して来ているのだろうか。

 

「事例が三人分しかないので何とも言えませんが、(モモンガ)……いや、ナザリック地下大墳墓が基点なんですかね。で、俺が居るときにヘロヘロさんが来て、ナザリックごとの転移に一緒に巻き込まれた……」

 

「そう言えば、モモンガさん。俺が来て少し話をした時。時計が一瞬止まってましたよ。ああ、でも、あまり関係ないのかな?」

 

 思いだしたことを述べたヘロヘロが、すぐに首を傾げている。言わんとすることはモモンガもわかっており、自分の時計を確認してみたが、今では元どおり動いているようだ。

 

「そんなことがあったのか。さっきもモモンガさんから、掻い摘まんで転移後の話を聞かせて貰ったけど。俺が転移して来たのは、モモンガさん達が転移して来て一日もたってない頃だな」

 

 弐式の場合は、これこそ自分で言ったようにモモンガらの後で転移して来ている。しかも、転移場所はナザリック外の森の中だ。

 

「ゴブリンに襲われてさぁ。異形種化できてなかったら死んでたかも」

 

「ほ~う? それは初耳ですね。後で森の掃除をしなくてはなりません。徹底的に……」

 

 人化しているのに、死の支配者(オーバーロード)のような圧を感じさせながら、モモンガが言う。

 そこを弐式が「まあまあ」と取りなし、三人は話を続けた。

 モモンガを基準に考えた場合。やはりギルメンは時差を付けて、モモンガの後で転移して来ているようだ。だが、これは前述したように事例が少なすぎであり確定事項ではない。

 

「ヘロヘロさん。弐式さん。ヘロヘロさんには前に言ったかもですけど、俺は当面、ナザリックを維持しつつギルメン捜索をしようと思うんです」

 

 この地に転移して来たのが、ナザリック地下大墳墓とモモンガだけ。あるいはそこにナザリック内部へ転移したヘロヘロが加わっただけなら、モモンガはギルメン捜索を目標の一つに掲げたとしても、それを先頭に置いて推し進めることはしなかっただろう。何故なら、ナザリック外にギルメンが転移した確証が無いからだ。やったとしても『片手間の優先事項』という微妙な力の入れ具合だったと思われる。

 しかし、弐式炎雷はナザリックの外で転移して来た。これは……期待しても良いのではないだろうか。

 

「ちょっと前まで、NPCらにはギルメンが来るかも知れないことについて、暫く黙っていようと思ってたんですよ」

 

 それをモモンガの口から聞かされたNPCらが、自らの創造主を求めて勝手な行動に出る。あるいはナザリックが空となって機能維持できなくなる。そのことをモモンガは心配したのだ。だが……。

 

「こうして弐式さんの『ナザリック外転移』の実績がある以上、NPCらにも事情を話し、手伝わせてはどうかと思うんです。もちろん、規律正しく、ナザリック地下大墳墓の維持を踏まえた上で……ですが」

 

 ヘロヘロと弐式は大きく頷いた。

 

「俺のソリュシャンは、情報収集に都合が良い能力を持ってますから。大いに役立てると思いますよ。ハンゾウなんかも優秀ですけど、負けてはいられません」 

 

「うちのナーベラルだって大したモノですよ? 戦闘メイド(プレアデス)の中では一番魔法を使えますから。って、あ……そうだ。俺、モモンガさんに頼みたいことがあるんだった」

 

 ヘロヘロに対抗してナーベラルの名を出した弐式が、突然、頼みごとがあると言い出す。いったい何事かとモモンガが聞いてみたところ、弐式はナーベラルをメイド長……ペストーニャ・S・ワンコに預けて、暫く再教育させたいと言うのだ。

 

「それはまた、どうしてでしょう? NPCらは見た限り、設定を色濃く反映されていて、皆が優秀なように思えますが? デミウルゴスやアルベドなんかは、絶対に俺達より頭が良いと思うし……」

 

 問いかけるモモンガの声は、最後の方で萎れていく。デミウルゴスやアルベドが居る以上、その上に立たされている現状は大変に緊張を強いられるのだ。しかし、今は弐式の頼みごととやらが優先される。モモンガは胃の痛い思いを抑え込み、弐式の言に耳を傾けた。

 

「その設定どおりってのが問題でね。俺、ナーベラルを割りとポンコツ仕様で作っちまってるんだよ。ドジメイドの亜種みたいなもので萌えるからさ。でもねぇ……」

 

 実生活で、いや転移後世界のナザリックで運用して行くにはナーベラルはポンコツ過ぎる。戦闘能力は割りと申し分ないが、ナザリック外部の者に向ける蔑視と、その悪感情を発露するのに時と場所を選ばないのが致命的すぎた。

 

「すみませんね。モモンガさん」

 

 唐突に弐式が頭を下げる。座ったままだが円卓上に両手をつき、額をテーブルに押しつけていた。 

 

「あのロンデスって人との交渉を台無しにしたのは、俺のナーベラルが原因の一つだと思ってます。本当に申し訳ない」

 

 自分達の代表が、居合わせた上位メンバー……ギルメンの総意をもって交渉している場である。そこで、従者たるナーベラルが異を唱えるなど、あってはならないことだ。それはギルドの名に、そして交渉を行っているモモンガに恥をかかせる行為に他ならない。

 そのことを弐式は、ずっとモモンガに謝りたかったのだ。

 

「そ、そんな。NPC達が人間嫌いだとかは、設定や他の色んなことが原因だと思いますし。そうやって頭を下げて貰っただけで十分すぎます!」

 

 あわあわと両手を振るモモンガに、弐式は頭を下げたまま続ける。

 

「そう言っていただけると本当に有り難いです。俺はもう、玉座の間での土下座を超える……超土下座を敢行したい気分なんですけど」

 

「それは遠慮します」

 

 即答に近い反応を示したモモンガは、すぐに噴き出し、弐式も肩を揺らしながら笑って顔を上げた。そうして場の空気が軽くなったが、ここでヘロヘロが思い出したように口を開く。

 

「ナーベラルの行動が問題なら、陽光聖典隊長とやり取りしていたときに、アルベドがブチ切れて口を挟んでましたっけね。俺と弐式さんで抑えるのが大変でした」

 

 とは言え、捕虜相手に勧誘していたロンデスの時と、まだ交戦対象だったニグンの攻撃を受けたのでは状況が違う。甘んじて攻撃を受けたとは言え、主が痛い目に遭わされて黙っていたのでは、ナザリックのNPCとしては大人しすぎるかもしれない。

 

「俺のナーベラルの時よか、マシだよ。マシ。アルベドのことを言うなら、俺は妙に冷静な怒り方してたのが気になるね。アルベドって、あんなキャラだったっけ? よく知らないけど……」

 

「物凄い激昂してたのが、突然、冷静になりましたからねぇ。あれって、アンデッドの精神沈静化っぽいですけど。サキュバスにそんな能力ってありましたか?」

 

 弐式とヘロヘロが離れた席同士で話し合っている。

 一方、モモンガは転移後から何度も気になっていたことを思い出していた。

 そう、アルベドはヘロヘロが言ったように、精神の沈静化に似た現象を起こしているのだ。二人の会話に割って入り、「俺も気になっているんですけど」とモモンガが話しだしたところ、その場の話題は『アルベドの状態』に移っていく。

 そして……三人で話し合っている内、モモンガは思い出した。

 

(あれ? 俺、アルベドの設定を見て書き換えようとしてたんだよな? あの時、なんて書いたんだったかな?)

 

 まったく覚えていない。

 考えている内に挙動不審になったのか弐式に指摘され、モモンガは転移前、玉座の間でアルベドの設定について修正画面を開いていたことを白状した。

 

「それですよ。モモンガさん。いや、確定じゃないかもしれないけど。それを無関係だって言うのは、チョイと無理があります」

 

「ううっ……」

 

 弐式に言われて呻いたモモンガは、必死になって当時の状況を思い出そうとする。

 まず、アルベドの途方もなく長い設定書きの中、いや末尾に『ちなみにビッチである』と書かれていたことを思い出し話してみた。これに関しては弐式もヘロヘロも「タブラさん。そりゃ無いわ」と否定的であり、その一文を何とか解消しようとしたことにも理解を示してくれた。

 

「その当時と言えば、サービス終了間際ですしね~」

 

「それまで、モモンガさんは一人で頑張ってたんだし? 俺だって同じ状況なら、これは……と思って手を入れたくなるわ。で? なんて書き換えたんです?」

 

 弐式に急かされ、モモンガは再び記憶の検索を開始する。

 あの時は、確か『ちなみにビッチである』を削除し、何か入れた方が良いのかと思ってコンソールを開いたのだ。

 ……。

 

(思い出した。俺、『モモンガを愛してる』って入力しようとしたんだった!)

 

 人化しているせいで顔が赤くなるのを止められない。

 瞬時に異形種化して骸骨顔となったが、それで顔を背けて口笛を吹いたのでは不審者である。もちろん、弐式達の目を誤魔化すことはできなかった。

 

「モモンガさん……。何か隠してますか?」

 

 テーブル上に乗り出すようにして弐式が言い、モモンガは異形種化したままで白を切ろうとする。

 

「いえ、その。別に大したことじゃなくてですね……」

 

「言え」

 

「はい」

 

 肩を落としたモモンガは人化しなおし、自分が『モモンガを愛している』と入力しようとしたことを白状した。

 言い終えた瞬間。円卓の間には悲鳴のような笑い声が木霊する。

 

「ひゃはははは! ひーっ、ひっ。ひっひっふー! モモンガさん、俺達の腹筋を破壊する気ですか!」

 

「おのれ、弐式さん。ラマーズ法で笑うとは……」

 

 怒るに怒れないと言うか、怒る立場に無いモモンガであったが、この笑われようは納得できないでいた。

 

「モモンガさんの意外な一面を見た思いですよ! 俺は女の人に興味ない人かと心配してましたけど~っ!」

 

「ヘロヘロさんはヘロヘロさんで失礼な。俺は歴とした異性愛者です。アルベドの容姿はドストライクですから、別に……いいじゃないですか」

 

 口を尖らせるモモンガに、ヘロヘロ達は「まあまあ。俺達、咎めたりしてませんし!」と笑いながら言うので、モモンガの口は更に尖っていく。

 数分後。ようやく落ち着いたヘロヘロ達が会話を再開した。

 

「で、『モモンガを愛してる』って入力したんですね?」

 

「いや、それがですね。弐式さん。俺、その文面で入力してないはずなんです」

 

「へっ?」

 

 驚く弐式を前に、モモンガは何とか鮮明になってきた記憶を脳内整理する。

 自分は確かに設定修正画面を開き、問題の一文を削除した。その後、『モモンガを愛してる』と入力し……。

 

(あれ? そもそも入力……したんだっけ?)

 

 よくよく思い出してみると、あの時、入力途中でヘロヘロが転移して来たのだ。驚いたモモンガは設定画面を閉じたのである。

 ……それも、手早く確定した後に……。

 

「あ、あああああ!?」

 

「ど、どうしました! モモンガさん!?」

 

 叫びだしたモモンガを見て、弐式が席を立とうとする。だが、掌を突き出すことで制したモモンガは、残る手で顔を覆いつつ口を開いた。

 

「思い出しました。俺、『モモンガを愛してる』って入力してません! 『モモンガを』まで打ち込んで、それで確定しちゃったんです!」

 

「それか!」

 

 その後、モモンガが当時の状況を説明し、そういう入力に到った事情が判明した。

 アルベドの挙動や言動がおかしいのは、その辺りに原因があると皆が認識したが、ではアルベドに何が起こっているのだろうか。

 おおよその見当はつくが、ここで現実(リアル)においてはプログラマー業であるヘロヘロが挙手する。

 

「思うに、『モモンガを』と入力確定したことで、モモンガさんに対して何か考えたとき、それが影響するんでしょうね。ただ、思考対象(モモンガ)が設定されているのに、対応する行動が設定されていないからフリーズを起こすんですよ」

 

「おお、わかりやすい……」

 

 弐式が感心したように呟いている。

 だが、モモンガは気が気でなかった。友人であるギルメン、タブラ・スマラグディナが作成したNPCを、設定改変したばかりか、動作不良を起こすような状態にしてしまったのだ。

 

「俺……タブラさんに何て言って詫びれば……」

 

「その点については、今は心配してもしかたないですよ。まだ合流できると決まったわけじゃないですし」

 

 弐式が軽い調子で言う。それよりもだ。これ以上、アルベドが妙なことになる前に、自分達は行動に出るべきかどうか。そこを考えた方が良いのではないか。その弐式の意見には頷けるものがあったので、モモンガはヘロヘロにも意見を聞きながら考えた。

 

「結論としては、アルベド自身が元に戻りたいかどうかですよね。現状、入力内容は中途半端なわけですし」

 

「でも、ですよ? ヘロヘロさん。どうやって元に戻すんです? コンソールは、もう開きませんし」

 

「やりようなら、色々とありますよ」

 

 ヘロヘロはチッチッチッと人差し指を揺らすと、人化した自分の手を見つめながら答えた。

 流れ星の指輪(シューティングスター)を使うか、モモンガが<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>を行使することで何とかなるのではないか。

 

「NPCの設定書き換え程度なら、それで何とかなると思うんですよね」

 

 言われてみると、確かにその手しか思い浮かばない。世界級(ワールド)アイテムで、似たようなことを可能とする品も存在するが、それを探し出すことを思えばヘロヘロのアイデアで十分だろう。

 

「何にせよ、アルベドの意見を聞いてからですかね。あるいはタブラさんが合流するのを待って、それで彼の意見を聞くのが良いとも思いますが……」

 

 呟くモモンガは、タブラを待つのは時間がかかり過ぎるかもしれないと考えた。このことについてヘロヘロ達も同意見であり、後でアルベドだけ呼び出して話してみようという事で話が決まる。

 その後、ナザリック地下大墳墓を維持するために支配域を広げていく件についても話し合った。更には情報収集を兼ねて、ユグドラシル時代のように世界を見て回ろうとも話し合い、方針を決めていく。

 これらについて弐式やヘロヘロの同意も得られたことで、モモンガは一度、この場での協議をお開きにすることとした。

 

「玉座の間に皆を集めて、弐式さんの帰還を知らせないといけませんしね」

 

「え~、マジ? モモンガさん、この円卓の間に来るまでの間だけでも、通りすがりのメイドが狂喜乱舞してたんだよ? 俺としちゃあ、もう少し静かで大人しめで……」

 

 遠慮するようなことを弐式が言うが、もちろん、モモンガとヘロヘロは許しはしない。

 ナザリックNPCらの重い忠誠を、彼にも背負って貰わなければならないからだ。

 モモンガとヘロヘロは、その人化した顔を最大限の笑顔とし、弐式に言った。

 

「「お帰りなさい。弐式さん。歓迎しますよ?」」

 




弐式さんに嫉妬マスクを投げつけるシーンは、第一話投稿前から考えていたことでした。
ようやく思い描いたシーンに辿り着けたので大満足。


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第17話 私は元々アインズ様を愛していますので

 その後、モモンガ達は更に幾つかのことを話し合った。

 例えば魔法に関する実験である。

 モモンガ一人で七〇〇以上の魔法を使用可能だが、それらはすべて、ユグドラシル時代と同様の効果を発揮するのだろうか。変わったところ……つまりは仕様の変更などがあったりはしないか。

 そこを実験して確認するためには、一つ一つの詠唱実験が必要だし、対人効果を確認するために『実験体』としての人間が必要である。また、ポーションの効能確認なども行うため、調達する人間の生死は問わない。

 と、こういったことを異形種化しているときに着想したわけだが、人化してから思い返すと吐き気を催す……とまではいかないものの、気分的によろしくない。

 例えば……。

 

「人里の墓を掘り返して死体の確保。新鮮な死体があれば、なお良し。まずはアンデッド作成なんか試してみたいな~」

 

「モモンガさん。それ、人化して考え直してみてよ?」

 

「……? ……うげろ。気持ち悪い……」

 

 弐式に言われて試してみたモモンガは、人化顔を渋面とし舌を出す。

 せいぜいが親の葬式に立ち会ったことがあるだけのモモンガらにしてみると、こういった考察は、考えるだけでも精神的にダメージを負うのだ。異形種化したままであれば、ある程度は先程のモモンガのように平気なのだが、その後に人化したときの落差がひどい。

 いっそのことNPCらに任せてしまえば良いのではないか。女性のアルベドに頼むのはどうかと思うし、デミウルゴスなら上手くやれるはずだ。だが、デミウルゴスのカルマが悪寄りなため、丸投げすれば非道なことをやりかねない。恐らく、やるはずと弐式も言っている。第一、自分達が嫌なことを、他人に押しつけるのもどうかとモモンガは思うのだ。

 

「ナザリックに押しかけてくるプレイヤーみたいな人が居れば、気兼ねなく死体にして……いえ、生きたまま人体実験とかできるんでしょうけどねぇ」

 

 と、これは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の姿で居るヘロヘロの発案である。直後に人化したヘロヘロは、眉間に皺を寄せて「うげっ」と言っているが、モモンガは悪くないアイデアだと思っていた。

 

「そう……ですね。ナザリックに土足で踏み込んでくるような奴らなら、それほど心は痛みません……か?」

 

「おいおい。人化してるまま言ってるけど。本気か、モモンガさん。……あ~……でも、俺も、そこまで嫌悪感とか無いかな。ウ~ム。人化してても、話し合ってる内に慣れてくるとか、色々ヤベーな……」

 

 口を挟んだ弐式が顔を顰めている。

 異形種化であれば異形種の、人化であれば人としての心情が強くなるのだが、その時、取っている形態ではない方の精神的影響が徐々に出てくるというのは、中々にキツかった。

 

「ああ~……俺、今は人なのに。心の中で異形種ゲージが溜まっていく~……」

 

「……弐式さん。モモンガさん。俺、思うんですけどね」

 

 頭を抱えている弐式を見やりながら、ヘロヘロはゲンナリ顔で話しだす。こちら世界へ転移して来てから、異形種化と人化を交互に繰り返していて何となく気づいたのだが、どちらか片方で居る間、弐式が言ったようにもう一方の『精神影響ゲージ』のような物が蓄積されていく。だが、それはある程度まで溜まると上昇が止まるようなのだ。

 

「え? そうなの、ヘロヘロさん? 俺は……今のところ、よく解らないけど?」

 

「弐式さんは、ハーフゴーレムということと、元々のカルマが中立よりだからじゃないですかね。俺はカルマが極悪だから、何て言うか、人化してても『異形種ゲージ』の溜まり方が体感できるんですよね。やたら溜まり具合が早いような……」

 

 それはモモンガさんも同じではないか……と話を振られ、思い当たることがあったモモンガは人化したままで頷いた。

 

「わかりますよ。俺なんか、アンデッドですから。ヘロヘロさんと比べても、ゲージの溜まりが早いと思います。……アンデッドの精神性も悪いことばかりじゃないと思うんですけど。まあ、いい気はしませんね。それで? 『精神影響ゲージ』が止まるんでしたか?」

 

 モモンガが続きを促したことで、ヘロヘロは脱線しそうになった話を元に戻す。

 つまり人化中。異形種精神ゲージの上昇は、これは感覚での話だが半ばぐらいで止まるっぽいのだ。逆もまた然りである。

 

「要するに、人のまま異形種精神に染まりきるってことはない?」

 

「一言で言えば、モモンガさんの言うとおりですかね。まあ、色々試してみないとわかりませんが。この問題に関しては、おおむね、そんなところじゃないでしょうか」

 

 異形種で居続けても、人の精神ゲージの影響がある以上は、完全な異形種的精神に染まることはないということでもある。

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)とハーフゴーレムの種族的な違いはどうか。そこに元々のカルマ値なども影響してくるだろうし、そもそも一方の形態をとり続けていた場合に、片方の精神ゲージが中程を突破する可能性もあった。

 ようは、ヘロヘロが言うとおり、色々と試さないとわからないわけだ。

 それに今のモモンガ達は、素の身体は異形種の方となっている。どうあがいたところで完全に現実(リアル)時代の人間になるのは、それこそ世界級(ワールド)アイテムでも使用しなければ無理だろう。

 

「ともかく……実験用の死体に関しては、戦うことで生じた死体や、ナザリックに侵入してくる連中を活用するってことにしますか」

 

 話を締めくくるモモンガに対し、ヘロヘロ達は異議無しとして頷く。

 こうして一息ついたわけだが、ここで先程の話題について弐式が軽口を言った。

 

「侵入者を捕獲して資源にする……か。ダンジョン経営系のゲームみたいになりますかね?」

 

「ハハハ。それは中々、いや、結構面白いかも知れませんね。ナザリック地下大墳墓の維持費調達に役立つかな……」

 

 同意を示したモモンガであるが、その台詞の終盤には滲み出るような重みがあった。モモンガは数年以上にわたり、ほぼ一人でナザリック地下大墳墓の維持費を稼いできたのである。言葉も重くなろうと言うものだ。

 

「ダンジョン経営は、真面目に考えた方が良いのかもしれませんね。それをナザリック地下大墳墓でするのかは別ですが。少なくとも、人里を襲って略奪とかするよりマシでしょう」

 

 ヘロヘロの呟くような提案に、モモンガと弐式は頷いている。

 攻撃者や襲撃者を返り討ちにして金品を剥ぐのは良いが、進んで非道なことはしたくないのだ。

 

「よそのプレイヤーが居たとして睨まれるのは勘弁ですし。後から来る、たっちさんに怒られるとか、もっと嫌ですからねぇ……。さて、更に話題を変えるとして……」

 

 気分展開の意味合いも兼ねて、モモンガは明るい話題を模索した。明るい話題。自分にとってのそれは何かと言うと、こうしてギルメンが揃ったからには『冒険』であろう。

 

「情報収集の意味合いも兼ねて、俺達で外に出かけたいと思うんですよね。エ・ランテルって都市があるそうですし、そこで冒険者とかいう仕事でもしてみませんか?」

 

 カルネ村村長に聞いた情報で、ある程度のことは掴めているのだ。後は、実体験として……楽しみたい。いや、ここまでシリアスに頭を使いすぎて疲れている。モモンガ達にはリフレッシュ、あるいは発散の場が必要だった。

 

「正直、NPCらの忠誠心が重くて。息抜きとかしてみたいんですよね~」

 

「俺はメイドの忠誠心なら、何処まで重くてもウェルカムですが。その他が、ちょっとね~。ここは、モモンガさんの案に一票。ソリュシャンを見せびらかしながら人里とか歩いてみたいです」

 

 心なしかヘロヘロの鼻息が荒い。いや、人化しているために彼の表情はハッキリと見えていた。普段細い目は幾分見開かれており、眉はVの字、頬は紅潮している。

 ユグドラシル時代。NPCはギルドホームの外に出せなかったし、一五〇〇人規模でプレイヤーの襲撃を受けた際も、第八階層で撃退したため、戦闘メイド(プレアデス)の存在を知る者は少ない。

 見せびらかして自慢したいんだろうな……とモモンガと弐式は思ったが、敢えて口には出さなかった。モモンガはヘロヘロが喜んでるところに茶々を入れたくなかったため。そして弐式は、ナーベラルを再教育する予定なので、暫く外を連れ回すのは無理だからである。 

 

「ナーベラルが同行できないのは痛いですけど。俺も外は見たいかな。モモンガさんの気持ちもわかるし、またアインズ・ウール・ゴウンの皆でワチャワチャやりたいもんね。だから満場一致かな?」

 

 満場一致である。

 となればモモンガらの思考は、当面の面倒くさいことよりも、楽しく異世界冒険することに向けられる。

 カルネ村の村長情報では、この世界はやはり異世界ファンタジーな世界観らしい。それも典型的な西洋系ファンタジーRPG風だ。ユグドラシルの位階魔法が使えるのは御都合的に思えるが、過去にプレイヤーが存在したらしいことから、何かした結果であるのは推察できる。

 そこを踏まえての冒険であり……。

 

「どういうパーティー編成で行くか……ですよね!」

 

 モモンガは、ウキウキしているのを隠そうともせず議題を提示した。

 モモンガを始めとした一〇〇レベルプレイヤーが三人。他にも戦闘時に頼りにできそうなNPCで一〇〇レベルの者が多数居る。

 どうパーティー組むか、NPCからは誰を連れて行くかで円卓の間では賑やかに意見が交わされた。

 そして約一時間が経過。

 会議を終えたモモンガらは、デミウルゴスを呼び出して幾つかの打ち合わせをした後、玉座の間へと移動することになる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 玉座の間。

 ナザリック地下大墳墓において、この場に来る至高の存在は長らくモモンガ一人のみとなっていた。

 だが、それも過去の話だ。

 ヘロヘロが戻り、今また弐式炎雷が帰還した。

 この事実は、ナザリックに存在するNPCらすべてにとっての福音である。

 玉座を前に居並ぶNPCらは、興奮の面持ちでモモンガらの登場を待っていた。

 そして、指定された時刻よりも一時間早く居並んでいたNPC達は、玉座付近へ転移して来た気配を察知し、一斉に傅く。

 現れた気配は三つ。

 玉座に座す気配。これはモモンガであろう。その両脇に位置する気配。これらはヘロヘロと弐式炎雷のはずだ。

 この玉座の間に、至高の御方が三人も居る。

 静まりかえった玉座の間で満ちる、歓喜の熱気。このままであれば、倒れる者が出たかもしれない。

 そこに、モモンガからの声が掛かった。

 ……。

 

「皆、面を上げよ」

 

 ザッ。

 

 傅いているNPCらが頭を上げた。ただそれだけの行為なのに、集められたNPCらが一斉に行うと音が凄い。玉座の間の広さに比して、人数としては少ないのだが、やはり揃った行動から来るものなのだろう。 

 そしてモモンガらに集中する、忠誠の眼差し。モモンガのみならずヘロヘロも弐式も引きかけたが、何とか踏ん張ることに成功していた。

 どうして耐えることができたのか。それは、三人が異形種化していたからである。

 人化した状態では、この状況に立たされる緊張感に耐えきれないと判断したことによる異形種化であったが、どうやら正解だったらしい。

 

「ふむ……」

 

 モモンガは続けて発声する前に、居並ぶ者達を見た。

 アルベドが居る。階層守護者らが居る。その他、ペストーニャにセバス。戦闘メイド(プレアデス)。デミウルゴスの親衛隊と、主立った高位NPCが集められていた。

 その中で、戦闘メイド(プレアデス)については、カルネ村に残していたルプスレギナ・ベータを呼び戻しているので全員揃っている。このためカルネ村が手薄となるが、陽光聖典隊員二名の仮宿とした、グリーンシークレットハウスに、モモンガ付きのハンゾウを一人送っていた。今のところは客人扱いなので、丁重な対応を心がけるよう命じたから問題ないだろう。また、八〇レベル超えのハンゾウと他に影の悪魔(シャドウ・デーモン)が居るなら、暫くは何者かの襲撃があっても大丈夫だろうとモモンガは判断していた。少なくとも、ベリュース隊レベルの襲撃なら軽く撃退できるはずだ。

 モモンガは勝手な外出について軽く詫びた後、弐式の方に顔を向け、再び正面を向いて語り出す。

 

「見てのとおり、我が友、弐式炎雷さんがヘロヘロさんに続き帰還した。これは我ら、ナザリック地下大墳墓に住まう者にとって、この上なき喜びである」

 

「マサシク、モモンガ様ノ仰ルトオリカト!」

 

「私も、そう思うでありんす!」

 

 コキュートスとシャルティアが賛意を示し、その後にデミウルゴスなど他の者達が続く。それらを満足そうに聞き届けたモモンガは、大きく頷いた。   

 

「そこで……だ。これから私は幾つかの重要な事項を話す。心して聞くように」

 

 ザッ!

 

 再び音がした。

 先程も聞いたが、姿勢を正すだけで音がするのは凄いとモモンガは思っている。再び気圧されそうになるも、ここから話すことはヘロヘロの出番にもつながるので、失敗するわけにはいかない。

 モモンガは天井から垂れていた自分の旗を一瞥し、口を開いた。

 

「私は名を変えた。今後、私を呼ぶときはアインズ・ウール・ゴウン……アインズと呼ぶように。モモンガと呼ぶのはヘロヘロさん達仲間だけだが、それとて対外的にはアインズと呼ぶ。このことを忘れるな」

 

 ハッ! という声が見事に揃って唱和される。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンの名はモモンガ個人が自由にして良いものではなく、ギルドメンバー全員の所有するものだ。この点について異議があるか確認したが、NPCらは皆が賛同している。ついにはモモンガを指し「アインズ・ウール・ゴウン万歳」を叫んだほどだ。

 

「うむ。今後とも、よろしく頼む……」

 

 続いてモモンガは、改名の理由をアインズ・ウール・ゴウンの名を知らしめるためだと説明する。

 

「アインズ・ウール・ゴウンは元々ギルド名だ。その名を知らしめることで、ある効果を私は狙っている。その効果とは……この転移後の世界に来て居るであろう、ギルドメンバーに気づかせ、こちらへの帰還を促すことだ!」

 

 瞬間、玉座の間に居合わせたNPCらに電流が走った。

 そして怖ず怖ずと挙がった手が一つ。それはシャルティアのものだ。

 

「シャルティアか。発言を許す」

 

「も、いえ……アインズ様。それでは、ペ、ペロロンチーノ様も、こちらに?」

 

 爆撃の翼王、ペロロンチーノはシャルティア・ブラッドフォールンの創造主である。モモンガの狙いを聞いた以上は、聞いて確認したくもなるのだろう。モモンガやヘロヘロ達に対する忠誠は本物だが、やはり自らの創造主は一段高いところにあるのだ。

 見れば、アウラやマーレも驚きに目を見開いているし、それはセバスやデミウルゴスも同じ。コキュートスなどは音高く冷気の息を吐き出している。

 

「こちらに来ている可能性は高いと、私は睨んで居るぞ? シャルティア」

 

「アインズ様ぁ……」

 

 感極まった様子で瞳を潤ませるシャルティアに頷き、モモンガはヘロヘロと弐式を見た。

 

「ヘロヘロさん。弐式さん。お願いします」

 

「心得た。では、まず俺から」

 

 モモンガの左方で居た弐式は一歩前に出ると、自分の呼びかけによって多くのギルメンがナザリック外で集まっていたことを説明し出す。モモンガに対して申し訳ない思いから、行動に出られなかったことをNPCらに詫びると、「弐式炎雷様が頭をお下げになることは!」との声があがったが、弐式は掌を前に出すことで制した。

 

「ここで詫びなきゃ、俺が納得できないんだ。わかって欲しいな。で……だ」

 

 まだ少し納得がいっていないというNPCらを前に、弐式は当時、ナザリックから離れた集合地に居たメンバーの名を挙げ始める。

 たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、武人建御雷、やまいこ。その他大勢。十数名にものぼるギルメンの名が出るにつれ、その被創造物たるNPCは歓喜の声をあげた。

 そして、ここで弐式が下がり、代わってヘロヘロが前に出る。

 

「他のギルドメンバーが、こちらに来ている可能性ですが。同じ場所に居て玉座の間に転移した私と違い、弐式炎雷さんはナザリックの外に転移して来ました。実例がある以上、ナザリックの外に目を向け、たっちさん達を探すべきだと私達は考えたわけです」

 

 ただ、ヘロヘロと弐式。ナザリック内とナザリック外に転移した違いは何なのか。所有する装備や、異形種だったり人化した状態だったりと解明すべき謎は多い。しかし、それよりも先にギルメンの探索だ。

 NPCらの熱気が高まりつつある中、再びモモンガが話しだす。

 

「聞け、ナザリックの子らよ。この転移後世界について、我らは余りにも無知だ。プレイヤーの影が見えるほか、どのような強者が潜んでいるか定かではない。よって今後、ギルドメンバーの捜索と情報収集を同時に行う。また、我らが身一つでなくナザリック地下大墳墓と共に転移したことは大きな僥倖であり、ここを拠点として維持するのは絶対条件だ。ギルドホーム維持のための資金繰りを行わなければならん。そこでデミウルゴス。何をすべきかは理解できているな? ギルメン達が、気持ち良く帰還するために何をしなければならないか……」

 

 モモンガはデミウルゴスに話を振った。

 彼が途轍もなく賢い者。ナザリック随一の知恵者として創造されたことに期待したのだ。

 指名されたデミウルゴスは、すっくと立ち上がり、尻尾を揺らめかせながら眼鏡の位置を直す。

 

「勿論でございます。アインズ様」

 

「頼もしいことだ。ウルベルトさんも鼻が高いだろう。では、当面の資金繰りについて皆に説明せよ。わかりやすくな」

 

「承知しました!」 

 

 一礼したデミウルゴスは、ウルベルトの名を出して褒められたことで尻尾をブンブン振りつつ、居並ぶNPC達を前に説明を始める。 

 その内容は、友好的関係を築きつつあるカルネ村を足がかりとし、周辺都市の調査を進め、内部より支配を進めること。そうして資金を調達する。あるいは物資を調達してエクスチェンジ・ボックスに投入、ナザリック地下大墳墓の維持費を賄うのだ。

 そうして行き着く先は、世界征服。

 この言葉は、モモンガがヘロヘロやデミウルゴスらとナザリック外で星空を見たとき、モモンガ自身の口から出ている。しかし、居合わせたデミウルゴスが実行する気満々だったため、先程のギルメン会議の後で呼び出し「取りあえず手近なところから! それも可能な限り、穏便な方向で!」と言いつけてあった。そのため、デミウルゴスの説明内容は穏便かつ平和的なものとなっている。

 一通り、デミウルゴスの説明が終わったところで、モモンガは皆を見回した。誰も彼もが、至高の御方に世界を捧げるのだと使命感に燃えている。

 

「デミウルゴス、御苦労だったな。皆の者よ、聞け。目標は高く置いて世界征服。だが、それは武力を持って世界を蹂躙することを意味しない。一つには先にも述べたプレイヤーを警戒するためであり、二つには戻って来るであろうギルドメンバーへの配慮だ」

 

 カルマ値が善に傾いているであろうたっち・みー、中立寄りの武人建御雷など、非道な行為に嫌悪感を持つギルメンらに対する配慮はするべきだ。戻って来たは良いが、ゲームではない現実世界で非道なことをしていたと知られれば、それを嫌って再びナザリックを去ることもあるだろう。

 この辺りの事情をモモンガが述べると、シャルティアやアウラなどは納得いったように頷いた。

 

「故に頭を使い、スマートかつ穏便に支配域を広げていくこととなる。その方が税収等の収益も期待できるだろうしな。そもそも……だ」

 

 モモンガは冗談めかして肩をすくめる。

 

「強い者が力尽くで相手を屈服させるなど、できて当然。ウルベルトさんなんかが聞いたら、『面白味に欠けますよ。そもそも悪の美学に反しますねぇ』と言うに違いない」

 

 最後にウルベルトの名を出したところ、事前に打ち合わせをしていたはずのデミウルゴス。その彼の顔が引きつった。

 ウルベルトの意に反することを最初に考えた自分を恥じたのか、あるいは、密かに何か企んでいたのか。そこはモモンガ達には解らなかったが、こうして釘を刺しておけば大丈夫だろうと、敢えて指摘はしなかった。

 

「以上のことを踏まえ、お前達に厳命する」

 

 右手に持つはギルドの杖……スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。それを床に突き立てると、呼応するようにスタッフにはまったクリスタルから各種の色が漏れ出す。それらの光を受け、モモンガは玉座から立ち上がった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ! 英雄が居るなら英雄よりも名高くを目指せ。我らより強き者が居るなら、力以外の手段を用い、数多くの部下を持つ魔法使いが居るなら、別の手段で。生きとし生けるもの、すべての耳にアインズ・ウール・ゴウンの偉大さを轟かせ知らしめるのだ!」

 

 事前に考えた長台詞がスラスラと口から出てくる。ユグドラシル時代に魔王ロールは散々やったが、今日の自分は格別だ。まるで本当の魔王じゃないかと錯覚してしまうほどだ。

 一度台詞を切ったモモンガは、ヘロヘロと弐式を交互に見て視線を交わすと、人化を行う。出現した顔は鈴木悟の顔だが、こちらの世界で人化を繰り返したせいか元の世界で居た頃よりは血色が良い。その優しげな表情で微笑みながらモモンガは言った。

 

「この世界の何処かに転移して居るであろう、お前達の創造主にまで届くようにな」

 

 最後の言葉。

 それは、この場にて一人座していたのなら口に出さなかったかもしれない。だが、ここにはヘロヘロが居て、ナザリック外転移して来た弐式炎雷が居るのだ。不安はあるものの、希望だってある。

 思いを込めて言い切ると、一斉に玉座の間に集った者達が頭を垂れた。

 一人の例外もなく、その頬を涙で濡らしている。コキュートスのように涙する身体機能が無い者は、声に出して咽び泣いていた。

 その場の空気、その光景。

 モモンガ達ギルメンにとって、一点の曇りもない名画の如きシーンであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 興奮することしきりのNPCらが退室する。

 本来、モモンガ達が去り、残ったNPCらが逐次解散する流れだったが、モモンガ達は玉座の間に残っている。そして残っているのは彼らだけではない。

 退室して行ったNPCらの中で、一人呼び止められた者が居るのだ。

 アルベドである。

 転移直前、モモンガが行った設定改変が、どうやらアルベドに影響を及ぼしているらしい。そのことをアルベドはどう思っているのか。そして、元に戻せるとしたら、戻して欲しいのか。彼女の意思を確認したかったのである。

 一方、呼び止められた側のアルベドは、一人玉座の前で跪いていた。モモンガ達の位置だと、その表情はうかがい知ることはできない。

 

「……モモンガさん」

 

「う、はい。アルベドよ……」

 

 弐式に急かされ、モモンガがアルベドを呼ぶ。「はい」と耳に心地よい声で返事したアルベドは、続けて顔を上げるよう命じられると、その顔を上げた。表情は……キリリとしている。どのような使命を与えられるのかと少し緊張しているようであったが、モモンガ達の用件は別物だ。

 

「その……だな。この世界に転移する前、私は……お前の設定……タブラさんが組み上げた、お前の存在を構築する(ことわり)のようなものを変えようとした。いや、変えた。そのことで、お前に不都合や不具合が起こっているのではないか……と。そこを確認したいのだ」

 

 所々つっかえながら言い切ると、アルベドはキョトンとした表情となる。しかし、モモンガからの問いに対して返事をしないことは非礼。そう思ったらしく、再び表情を引き締めて発言してきた。

 

「確かに、あの時。モモ……アインズ様が私の中、奥深いところに手を差し入れてくださったことは覚えております」

 

(そこから覚えてるの!?)

 

 モモンガは内心で悲鳴をあげたが、アルベドは気づくことなく話し続ける。

 

(わたくし)の認知します不具合……いえ、変化と言えば、アインズ様のことを絡めて物事を考えると、精神に安定や沈静といった現象が生じます。そして、それはアインズ様関連の思考でなくとも発生するようになりました」

 

 前半を聞き、モモンガ達は「やはり、そうか」と顔を見合わせ、後半を聞いて顔色を変えた。気にしていた症状が拡大していると、アルベドは言うのだ。

 このまま、アルベドの症状を放置しておいて良いのだろうか。円卓の間では、タブラの帰還を待つか、暫くは様子を見ると話し合ったが、まさか設定改変の影響が『モモンガ関連』以外に及んでいるとは気がつかなかった。

 

「あ、アルベドよ。それは元々のお前ではあり得ないことなのだろう? であれば、異常事態だ。タブラさんに無断でお前に手を出したことは深く詫びるし、お前を元に戻すことについて尽力するつもりだ」

 

 両脇でヘロヘロと弐式も頷いている。

 しかし、アルベドの反応がない。どうやら何か考えている様子なのだが……。

 

「アインズ様。私をどのように変えたのでしょう? 差し支えなければ、お教えいただけますか?」

 

「……」

 

 モモンガは即答できなかった。

 実際に彼が行った設定改変は、『ちなみにビッチである。』を『モモンガを』と書き換えたこと。このことを説明したとして、「では、モモンガを……の次に何が入るはずだったのか」と聞かれた場合。

 

(実は『モモンガを愛している。』って入力しようとしてただなんて。それをアルベド本人に言えって? 無理無理無理無理、絶対に無理! ふう……)  

 

 今のモモンガは異形種化しており、精神の安定化が生じた。人化した状態であったならば恥ずかしさのあまりギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用して逃げていたかもしれないが、なまじ平静になったことで、自問自答する余裕ができてしまう。

 

(でも、いいのか? こういう風にアルベドを呼んで、この件で話し合うなんて何度もできることじゃないぞ? いや、俺が命令したらアルベドは話を聞いてくれるんだろうけどさ!)

 

「アインズ様。お教え頂けないほど……重大なことだったのでしょうか?」

 

 ぶふっ!

 

 妙な音がした。

 聞こえた方……弐式を見ると、手で口元を押さえている。

 もしやと思い、モモンガはヘロヘロの様子も確認したが、こちらは後ろを振り返ってフルフル震えていた。

 どちらも異形種化しているのだが、聴覚経由で腹筋を直撃したらしい。

 モモンガも他人事であったなら吹き出していただろう。

 つまり、アルベドの問いかけとは、こうなのだ……。

 

『モモンガを愛している。とは、アルベド本人に聞かせられないほど重大事なのか?』

 

 真剣な面持ちでいるアルベドには悪いが、モモンガは滑稽極まる状況に嘆息し、ヘロヘロと弐式は爆笑するのを堪えるのに必死だった。

 確かに重大ではある。

 他ギルメンの創造NPC設定。これを変えようとしたという意味合いで重大事。

 そして、自分を愛するように仕向けた……と、対象女性であるアルベドに話すことも、モモンガの精神的なダメージから考えれば重大事だ。

 

(俺の精神的ダメージね……。思えば……そう、設定を変えられたアルベドのことを思えば、重大でも何でもないか……)

 

 モモンガは異形種化したままで、大きく息を吸った。

 ここは人化して話すことができれば格好良かったのだろうが、今のモモンガには無理な話である。

 

「いや、すまないな。アルベド。話すとしよう。できれば笑わな……いや違うか、一女性たるアルベドには、怒る権利があるのだな」

 

 どの口を裂けば『笑わないで欲しい』などという台詞が出るのか。モモンガは自分の愚かさを恥ながら、アルベドの視線を真っ向から受け止めた。

 

「……『モモンガを愛している。』とな。そう入力しようとしたのだ」

 

 一瞬、アルベドの腰にある黒翼がバサリと動く。はためくところまでは動かなかったため、目立つ動きではなかったが、彼女を注視しているモモンガらにはハッキリと見えていた。

 

「アインズ……様。それは……(わたくし)がアインズ様を愛することを、お望みということでしょ……うか?」

 

 色めき立つアルベドは、しかし、その言葉が終盤で尻すぼみとなる。やはり精神の安定化が起こったのだろう。

 モモンガ達は「やはり、そうなるのか?」と、アルベドの状態を目の当たりにしたことで渋い顔となった。

 が、返事を待つアルベドに対し、モモンガが黙っていることは良くない。

 

「う、うむ……。平たく言えば、そうだな。何しろ、アルベドは私好みであるからな。ああ、俺が女性にこんなこと言う日が来るとか……マジか。だが、今はそうではなく、アルベドを元に戻すという話で……」 

 

「早急に戻す必要は無いと考えます」

 

「え? はぁ!?」

 

 澄まし顔で言うアルベドに、モモンガは暗い眼窩の紅点を明滅させた。その両脇では、ヘロヘロと弐式がモモンガ越しに顔を見合わせている。

 

「も、戻す必要は無いと言ってもだな! なんかこう、不便じゃないか? 私のことを考えると、精神が安定化するのだぞ?」

 

 こうモモンガが言うと、そこでようやくアルベドが思案顔になる。<支配(ドミネート)>で喋らせているわけでもなく、読心術をスキルとして有しているわけでもないモモンガらに、アルベドの思案は読み取る事ができない。

 固唾を呑んでモモンガらが見守る中、アルベドは次のように考えていた。

 

(不便……なのかしら? アインズ様に抱かれているときに、度々、(わたくし)が平静に戻ったりするとか? ……ああでも、平静に戻る理由がわかった今となっては、興奮状態から平静に戻る際に『演技』で繋げる手もあるわね。それはそれでプレイの一環として楽しめるかもしれないし。アインズ様に御迷惑はかからないはず。残るは、(わたくし)の興が削げる可能性か……)

 

 アルベドが思うに、アインズに抱かれてる最中なら一瞬平静に戻ったところで、どうと言うことはない。新たに燃えあがれば良いだけの話だ。

 それに、この限定版精神安定化は今のところ役に立っている。例えば、アルベドはシャルティアと衝突することが多い。主にアインズ関連の事柄ではあるのだが、この精神の安定化で上手く場を裁けたことが何度かあった。

 

(ただ、その影響は、アインズ様に対してだけでなく発生するようになってきている。とは言え、興奮状態でなければ、ある程度は普通に思考が可能なようでもあるし……。平静さが維持できるメリットは大きい。……有益な変化ではないかしら?)   

 

 アルベドの口元に笑みが浮かんだ。

 これは……チャンスだ。

 今、モモンガ様は自分に対して心を砕いてくれている。この状況を最大限活用して、シャルティアに大きく差をつけるべきだ。

 

「アインズ様。(わたくし)の言を不快に思われましたら、自害をお命じくださいませ。今考えましたが、やはり問題はありません。アインズ様は御自身の『アンデッド特性による精神安定化』をモデルケースとしてお考えのようですが、(わたくし)のそれは少し違うように思われます。今のところ、なんら問題はございません」

 

「そ、そうなのか?」

 

「はい。時にアインズ様。この機会ですので、(わたくし)の方からも伺いたいことがあります」

 

「なんだ? 言ってみるが良い」

 

 モモンガはアルベドが気にしていないというので少し安心していたが、何の気なしに質問を許可したところ、アルベドが更なる一撃を加えてきた。いや、アルベド側に攻撃の意思は無いだろうが、それほどに次の質問は効いたのである。

 

「そもそも、アインズ様が変えられる前は、どのような(わたくし)だったのでしょうか?」

 

「ぐふっ!?」

 

 一瞬で精神の安定化が生じ、モモンガは呻いた後で少し尻の位置を前にずらした。当然、頭の位置が連動して下がっている。

 

 『ちなみにビッチである。』

 

 これをアルベド本人に伝えて良いものだろうか。自分がビッチとして創造されていたという事実は、被創造物であるNPCにとって許容範囲なのだろうか。これを教えたことで、タブラ・スマラグディナとアルベドの間に亀裂が生じたりはしないか。

 モモンガの脳内にて様々な思いが飛び交う。もしも人化していたとしたら、大量の脂汗を流したことだろう。

 モモンガが固まり、ヘロヘロらがどう助け船を出したものかと困惑していると、アルベドは澄まし顔で発言した。

 

「何となくですが察しがつきます。(わたくし)には聞かせられないような……過酷な事柄だったのでしょう。しかし、敢えて言わせて頂きます。現状、何の問題もなく、また支障もありません。どうかアインズ様には、お気遣いなきよう」

 

「そ、そうなの……か?」

 

 モモンガの気持ちが傾きつつある。いや、これは妥協しつつあるのだろうか。少なくとも自分の進言により、モモンガの心配ごとが解消ないし低減されるのであれば、それは大きなポイント獲得だ。

 アルベドは内心ほくそ笑むと、重ねて進言した。

 

(わたくし)の創造主、タブラ・スマラグディナ様に申し訳ないとのことですが。至高の御方同士のことなれば、(わたくし)が敢えて口を出すことはありません。将来、タブラ・スマラグディナ様が御帰還の際には、お二人で協議されるのがよろしいかと存じます。その結果、(わたくし)の処遇がどうなろうとも、(わたくし)は受け入れますので」

 

 おお……。

 

 その様な声が、ヘロヘロと弐式から漏れる。声色からしてアルベドの言に感心しているようだ。これはアルベドだけでなく、モモンガも察することができている。

 

(タブラさんが来るまで保留。この方向かぁ……)

 

 問題の先送りのようだが、当のアルベドがここまで言うのだ。保留にして良いのだろう。

 そう判断したモモンガは話を締めくくり、アルベドを退室させようとしたが、ここでアルベドが発言の許可を求めてきた。

 

「まだ、何かあったか?」

 

「はい。アインズ様は(わたくし)に対して『モモンガ(様)を愛している。』と定められる。その、おつもりだったのですよね?」

 

「え? あ、あ~……そうだ。すまないな。女性の心を掴むのに、その様な真似を……。男として恥じ入るばかりであるし、アルベドには幾ら詫びても足りない」

 

 アインズの声に苦味が混じる。情けない思いと申し訳なさもブレンドされ、罪悪感も上乗せされたことで、精神の安定化が起きたほどだ。

 

 しかし、アルベドは首を横に振る。

 

「何ら問題はありません。問題があるはずないのです。何故なら……(わたくし)は元々アインズ様を愛していますので」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドも去り、玉座の間にはモモンガ達が残るのみとなった。

 モモンガは今、玉座に座したまま脱力している。

 彼にとって『愛』が絡む会話を女性と興じるのは、精神的な負担が大きかったのだ。

 何より、最後にアルベドが残していった言葉が気になる。

 

(わたくし)は元々アインズ様を愛しています』

 

 どういう事なのだろうか。

 

「弐式さん。アルベドは、元から俺のことが好きだったようです」

 

「みたいっすね。タブラさん、日頃から『モモンガさんの嫁にどうです?』とか言ってましたが。あれ、口で言ってるだけじゃなかったのかな?」

 

 弐式が首を傾げているが、タブラがその様なことを言っていたのはモモンガも知っている。タブラ本人から直接聞かされていたからだ。容姿もモモンガに聞き取りした上で設定したと、そんなことも言っていた。もっとも、アルベドの容姿に関しては単純に嬉しく思ってみていたし、嫁云々について聞かされているときは冗談だと思い、真に受けていなかったのだが……。 

 

「モモンガさんは、アルベドの設定を見たんですよね? モモンガさんを愛してる……なんて書いてありましたか?」

 

「見ましたけど全部は読んでませんよ。ヘロヘロさん。だって、あんな長文だったし……」

 

 確かに長文だった。

 モモンガは流し読みをしたので、内政や主婦業が得意……などはチラッと目に止まったような気もするが、どこかにそれらしいこと(モモンガを愛している。)が書いてあったのだろうか。

 

「仮に……ですよ? 単に好みの問題じゃなくて、アルベドの設定に元々『モモンガを愛している。』と書いてあった場合。俺が『ちなみにビッチである。』を消して当初の予定どおり『モモンガを愛している。』と書き込んでたら……どうなったでしょうね?」

 

 ヘロヘロと弐式は顔を見合わせたが、この質問にはヘロヘロが答えている。

 

「どちらかの記述が死文になるか……。文章の流れで上手くはまったとしたら、記述の意味合いが強化されていたかもしれませんね。下手したら二倍強化では済まないかも……」

 

「それってつまり『モモンガを愛して愛して愛しちゃってるの!』って事になってた可能性もあるとか?」

 

 弐式の質問にヘロヘロが頷き、モモンガの骨顎がカクンと落ちる。

 

(愛が深まる? 今のアルベド以上に? ビッチじゃなくなった状態で!? いったい、どうなるって言うんだ!?)

 

 止めどない寒気が背筋で生じ、連動して精神の安定が生じた。

 真冬の極寒を味わったモモンガであるが、ヘロヘロが「まあ、仮定の話をしていてもしょうがないですよね」と会話を締めくくったことで、気を取り直す。このホッとした気分は『精神安定効果』では得られない。やはり持つべきは友……そしてギルメンと言うべきだろう。

 

「彼女の意思も確認できましたし。当面、アルベドについては様子見でいいでしょう。後は、モモンガさんの問題ですけどね」

 

「へ? 俺の問題?」

 

 ヘロヘロに対し自分を指差すモモンガ。その彼に弐式が苦笑交じりで話しかける。

 

「アルベドに対する責任の取り方だよ。自分を愛させるつもりで設定変えようとして、それは未遂だったようだけど。今のアルベドはモモンガさんの設定改変の動機を知って、その上で愛してくれてるんだぜ? 受け入れるなり、ごめんなさいするなりしないといかんでしょーが」

 

「うう……」

 

 呻くモモンガにも言い分はあった。

 それは確かにアルベドの容姿は好みのドストライクだし、タブラも狙って作成したようではある。アルベドが元からモモンガを愛しているというのも、彼女が嘘を言っていなければ、それはそうなのだろう。

 だがしかし、アルベドの設定を変えようとしたとき。あの時はユグドラシルの中で、アルベドはゲームキャラ……NPCだったのだ。

 それを責任取るとか、何か結論を出さなければならないだとか……。

 

(でも……アルベドみたいな女性に愛されてるって……凄く嬉しいよな……)

 

 一男性としては、そうも思うのだ。

 たっぷり数分間、ヘロヘロらが見守る前で黙考したモモンガが出した結論とは……。

 

「暫く保留で……。と言うか、まずはお友達から?」

 

 であり、それを聞いたヘロヘロ達が溜息交じりに肩を落としたのは言うまでもない。

 



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第18話 パンドラズ・アクター、元に戻れ

 アルベドのことはさておき、モモンガはヘロヘロ達を連れて宝物殿へ向かった。

 これから情報収集という名目の……いや、もちろん情報収集を主目的とした、冒険者活動を行うのだ。それに先立ち、弐式炎雷の装備を調えなくてはならない。

 と言うのも、こちらの世界に弐式が転移した際、主武器の短刀……天照と月読。切り札たる巨大忍刀、素戔嗚(スサノオ)を所持していなかったのだ。モモンガとしては、弐式が引退する際に預かった装備は、霊廟のアヴァターラに装備させていたので、それを取りに行くのである。

 

「おー、久々で見たけど。宝物殿スゲーな。てゆうか、ナマで見たら超ド迫力だ」

 

 宝物殿に入ってすぐ、弐式が積み上げられた金貨の山や、それらに埋もれたアイテムなどを見て呟く。一緒に付いてきたヘロヘロも、「ほへー」などと声をあげていた。モモンガとて感じたことは同じで、暫し宝の山に見入っていたが、すぐに目的を思い出す。

 二人を連れて、モモンガはブラッド・オブ・ヨルムンガルド……薄紫色をした毒空気の中を進み出した。この罠は毒無効化のアイテムや能力がないと死に到るという恐ろしいものだが、死の支配者(オーバーロード)であるモモンガ、ハーフゴーレムの弐式炎雷、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロには何の問題もない。

 そして到着したのは、<全体飛行(マス・フライ)>の魔法を使って金貨の山を越えた先……武器庫前だ。

 

「確か、源次郎さんが整理してたんでしたっけ? あの人、仕分け好きでしたから」

 

 ヘロヘロが懐かしそうに呟く。

 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの創造主、源次郎は、自身の部屋を汚部屋化するほどに物臭だったが、戦利品たるアイテムを収納整理することに関しては、並々ならぬ勤勉さを持って担当していた。

 その武器庫の扉が、今目の前にある壁に貼りついた闇である。一応、扉の形をしているが、ここを抜けるためにはパスワードが必要だ。ただ、モモンガを始め、弐式もヘロヘロもパスワードは覚えていなかった。

 

「俺は引退して長いし……。ヘロヘロさんは?」

 

「俺も駄目ですね。覚えてません。モモンガさんはどうです?」

 

 二人からの視線を受けたモモンガは、少し考えてみたものの……やはり思い出せない。

 

「いや~。ここ数年はギルドホームの維持費を宝物殿に持ち込むぐらいで、ここまで来てなかったんですよね~」

 

「「うぐ……」」

 

 何の気なしに言ったモモンガの言葉。だがそれは、ヘロヘロと弐式の胸に深々と突き刺さった。このナザリック地下大墳墓を維持するための費用を一人で稼ぐ。それは、どれほどの時間を必要としただろうか。他にギルメンが数人、いや三人、せめて一人、モモンガと一緒に居たのであれば、どれほど負担が軽減したことか。

 

「ちょ、二人とも!?」

 

 一気に重くなった場の空気にモモンガが気づき、項垂れてしまったヘロヘロらを宥める。第一、ナザリックを維持するため奔走し続けたのは、ギルド長として当然であり、何より大好きだった皆との思い出を護るためだった。

 なのに、当のヘロヘロらに暗い顔をされては……。

 

「ほら、気にしないで。振り返ってみたら、割りと良い思い出なんですから! ね!」

 

 徐々に持ち直してきた二人を前に、ホッと胸を撫で下ろすモモンガであったが、さて解決しなければならないのはパスワードのことだ。やはり三人とも覚えていない。となれば、ナザリック地下大墳墓の共通パスワードを使うこととする。

 

「せっかくですから三人で唱えましょう!」

 

「そ、そうっすね! いっちょやりますか!」

 

「ああ、アレですか。いいですねぇ。やりましょ~!」

 

 モモンガの提案に弐式とヘロヘロが乗り、三人で扉に向き直るとタイミングを合わせて口を開いた。

 

「「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」」」

 

 それに反応し、湖面に浮かぶように漆黒の扉上で文字が浮かぶ。

 英文だ。それはナザリック内のギミック考案担当、タブラ・スマラグディナによるものだ。

 

『かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう』

 

 凝り性のタブラが設定したであろう名文句に、モモンガ達は苦笑を浮かべ歩を進める。そして武器庫内を暫く行った先で……当のタブラ・スマラグディナが居た。

 

「へ? た、タブラさん!? やっぱ、こっちに来てたんすか!」

 

 驚き話しかける弐式に対し、タブラは脳食い(ブレインイーター)特有のタコのような顔をククッと傾けて見せる。

 

「ハア……。もう良い。パンドラズ・アクター。元に戻れ」

 

 あまり見たくなかった存在と出会したモモンガは、命令しつつ溜息をついた。

 パンドラズ・アクター。

 それは、モモンガが作成した領域守護者の名だ。持ち場の領域とは、ここ宝物殿。一〇〇レベルのドッペルゲンガーであり、四十五の外装をコピーして八割の能力を行使できる。普段は頭髪の無い卵頭に、三つの黒点で構成された目と口。そして着用するのは現実(リアル)における、欧州アーコロジー戦争で話題になったネオナチ親衛隊の制服。それに酷似した軍服を着用……しているのだが。

 すべてが格好良い。モモンガにとって趣味と嗜好と憧れの固まりだ。

 と思っていたのは作成後、暫くまでのことで、今となっては一点の曇りもなくモモンガの黒歴史である。

 

(うひー、恥ずかしい! 知ってるヘロヘロさんはともかく、引退組の弐式さんに見られるなんて……。だいたい、どうしてタブラさんの格好をしてるんだ? 俺、姿を変えるコマンドとか入れたままだったっけ? あと、命令したのに何で元の姿に戻らないんだよ?)

 

 パンドラズ・アクターには、アインズ・ウール・ゴウンのギルメン全員の外装をコピーさせてあった。それは、居なくなった仲間達の姿を留め置くためであり、タブラの姿になれること自体はおかしくないのだが……。

 パンドラズ・アクターは相も変わらずタブラの姿のままだ。

 少しばかりイラッと来たモモンガは、声を大きくして再び命じている。

 

「パンドラズ・アクターよ。元の姿に戻るんだ!」

 

「んモモンガ様! (わたくし)、すでに元の姿へ戻っておりますが!」

 

 その芝居がかった言い回しは、モモンガ達の右方……積み上げられた武具系アイテムの陰から聞こえた。

 

「はっ?」

 

 間の抜けた声を出し、モモンガが声のした方を見ると、そこから軍服姿のドッペルゲンガーが姿を現す。紛れもなく、モモンガが作成したパンドラズ・アクターである。

 

「え? ええ? じゃあ、こっちのタブラさんは?」

 

 モモンガは混乱するが、展開について行けないのはヘロヘロや弐式も同じだ。三人が恐る恐る、最初から居た方のタブラに目を向けると、そのタブラは照れ臭そうに頭を掻いてみせる。

 

「いや~。私、タブラ・スマラグディナ本人です。どぉ~も、モモンガさん。それにヘロヘロさんと弐式炎雷さんも。お久しぶり」

 

「え?」

 

 唐突に語られる衝撃の事実。

 モモンガが一声発した次の瞬間。宝物殿には至高の御方三名の、悲鳴にも似た驚きの声が木霊するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 普段はパンドラズ・アクターの住居となっている宝物殿管理責任者室。

 今そこに、モモンガとギルメン三人が詰めてテーブルを囲んでいた。ちなみに、都合の良いテーブルセットが無かったので、モモンガが<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>で一式作成し、管理責任者室の一角に設置している。

 

「お茶とお茶菓子でも用意しましょうか?」

 

 と進言したパンドラズ・アクターを黙らせ、モモンガはタブラを座らせた。対する自分達は、タブラの対面側。中央にモモンガ、その右に弐式、左側でヘロヘロという配席だ。

 

「う~む。何だか刑事ドラマの、取調室の雰囲気ですね」

 

「いや、そういうのじゃないんですけど。色々とタブラさんに聞きたいんですよ」

 

 ノホホンとしているタブラに対し、モモンガは身をテーブル上に乗り出すようにして言ったが、そのモモンガをタブラは興味深そうに観察する。

 

「フム。予想していたよりも遙かに冷静だね。もっとこう感激して喜んでくれるかと思ったんですけど」

 

「喜んでますよ! 喜んでますとも!」

 

 怒ったように叫んだモモンガは、その骸骨顔を伏せて肩を震わせた。

 ユグドラシル終焉の日、招待メールを出して出して出し続け、ついには、ほとんどのメンバーから返事を貰えなかった。タブラも返信して貰えなかった一人である。モモンガは仕事が忙しいのであろうか、あるいは何かあったのか……と心配したものだ。

 そうして心配させてくれた人物が、今、この異世界でのナザリックに居る。

 こんな嬉しいことが他にあるだろうか。

 嬉しさのあまり、アンデッド特性の精神安定化が発生しかけたが、その瞬間、モモンガは人化の腕輪により人化した。

 ふと顔を上げると、先程まで骸骨だった顔は鈴木悟のそれに変貌しており、驚きによって固まったタブラの前で、モモンガはハラハラと落涙する。

 

「う……ふぐ……。タブラさん、おか、お帰りなさい……」

 

 ローブの袖で拭うことを繰り返すが、涙は止まらない。いい年をした大人が泣きじゃくるのはみっともないと思うが、モモンガは泣くことを止められなかった。

 

「モモンガさん……」

 

 呟くように友人の名を口に出したタブラは、両斜向かいのヘロヘロと弐式を見た後で、テーブル上に手を突く。そしてそのまま、タコに似た頭部を擦りつけるようにして頭下げた。

 

「モモンガさん。メールを返信できなくて、ごめん。からかうようなことを言って、ごめんなさい。ここにモモンガさんを一人にして、本当に……すみませんでした」

 

 ユグドラシル時代。それはタブラにとって真剣ではあったが、一方ではゲームだった。モモンガ達との交遊も真剣なものではあったが、やはりゲーム上の付き合いだったという思いもある。だが……自分の帰還を迎えてくれて、その上で泣きはらすモモンガを見たタブラは再認識していた。

 現実(リアル)だのゲームだの関係なく、モモンガやギルメン達は自分にとって大切な仲間であり、友人なのだと……。

 ……。

 その後、モモンガは数分ほど泣き続けたが、いつまでも泣いていられないと異形種化して気分を入れ替えている。こういう時、異形種化と人化を使い分けられるのは、本当に便利だとモモンガは思っていた。

 

「いや、すみませんね。年甲斐もなく泣いちゃって……」

 

「いえ、その……。え~……ヘロヘロさん達が合流したときも?」

 

 泣いたのか……とまでは言えず、タブラは言葉を切る。だが、言いたいことは伝わったらしい。ヘロヘロと弐式が顔を見合わせていた。それをキョロキョロ見回したわけではないが、モモンガは察しておりバツの悪そうな顔をする。

 

「俺の時はモモンガさん、驚いて喜んでくれてましたっけ。喜色満面、いや喜び一色とでも言いますか……。合流第一号の特権ですかねぇ」

 

「俺の合流ん時だと、モモンガさんは異形種化してたままか。喜んでくれてたとは思うんだけど、状況が状況だったし……。こりゃ、土下座は真面目にやるんだったな」

 

 モモンガとの合流状況等が語られ、聞いているモモンガはバツが悪いを通り越して照れ臭くなった。が、タブラは興味深げに首を傾げる。

 

「ほうほう。どうやら例の『土下座』は、お二人ともされたようで。では、私も一つ……」

 

「いえ、遠慮します」

 

 ガタッと席を立ちかけたタブラを、モモンガは素早く制した。合流ギルメンの三人目にして、初めての『土下座阻止』成功である。残念そうに腰を下ろしたタブラは、キッとモモンガを見て言い放つ。

 

「阻止されましたか。ですが、モモンガさん。油断しないことです。第四、第五のギルメンが、必ずや貴方に土下座を……」

 

「なんの勝負が始まってるんですか。まったく……」

 

 ふて腐れたようなモモンガの声に、管理責任者室の空気が和んだが、少ししてタブラが咳払いをした。

 

「さて、私としては物足りないのですが、モモンガさんへの不義理に対する謝罪は一先ず終えたとして……。気になることが幾つかあるんです」

 

 タブラは主に、モモンガに対して聞いてきた。

 今、どうなっているのか。

 どう考えてもゲームに入っている感覚ではなく、現実感が過ぎる。自分は人間ではなくなったようだ。NPCのパンドラズ・アクターが動いていて喋っているし……やはり、信じがたいが、これは現実ではないのか。

 

「それとね。さっき弐式さんが言いましたよね? モモンガさんは、異形種化してたままか……って。モモンガさん、人化アイテムを使うようになったんですか? 意外だな」

 

 効率重視でありながら異形種の、死の支配者(オーバーロード)としてのロールを好んでいたモモンガだ。人化アイテムは使いようによっては便利だが、それでもモモンガのイメージではない。

 

「タブラさん……。今、把握できてることだけですが、お話しします……」

 

 モモンガは語る。

 自分が玉座の間で転移したこと。直前に戻って来たヘロヘロも共に転移したこと。弐式炎雷が、ナザリック外で転移し、ひょんな事から合流を果たしたこと。

 そして、この転移した後の世界が、自分達の住んでいた現実(リアル)と違いながらも、紛れもない現実(リアル)であることも。

 

「異形種化云々に関しては、ええ、私は人化の腕輪を使用しています。都合によっての使用ですが、実に良い具合。いえ、少しばかり精神的な問題はありますが……。それは、それとして……ヘロヘロさんと弐式さんは、また違った形で……」

 

 そこまでモモンガが言ったとき。不意にタブラの姿が変貌した。

 ローブにマントを羽織った中年男性。

 オフ会で会った際のタブラ・スマラグディナ。その現実(リアル)での姿だ。

 

「なるほど。人化を願えば人になれる。しかし、精神性は完全な人のそれではない。人化した瞬間から、異形としての精神的影響を受け始める……か。この分だと逆パターンもあるようで……。実に興味深いですね」

 

 驚くべき理解力である。

 モモンガ達が自分達を比較し合い、辿り着いた結論に、タブラは瞬時に到達したのだ。

 だが、彼が理解したのは、そこまで……だけではない。

 理知的な瞳が、親愛の情を湛えてモモンガを射貫く。

 

「モモンガさん~。先程から挙動が怪しいですよ? 視線が泳ぐというやつです。貴方……私に何か言いたい事があるんじゃないですか? いえ、この場合は……そう。言わなければならない事があると見ましたが?」

 

「ううっ……」

 

 呻くモモンガをヘロヘロと弐式が見た。

 モモンガは再び泣きそうな表情……もとい、異形種化しているため表情は変えられなかったが、泣きたくなる思いが自らの中で充満し、精神安定化するにいたる。

 そうやって平坦化しつつも燻った心で、すべてをモモンガは白状した。

 自分がアルベドに対してしたこと。アルベドの現状、そのすべてを語ったのだ。

 

「……」

 

 それら辿々しい口調での説明を、タブラは先程と同様、黙したまま聞き続けている。

 

「……そう言った状況でして。アルベドは、その……俺を愛してると言うのですが。俺が設定した事の影響が消えたわけではなく……」

 

「素晴らしい……」

 

「はっ?」

 

 タブラの口から不可解な一言が漏れ出たことで、モモンガは目を丸くした。

 素晴らしい。いったい、何が素晴らしいのだろうか。一連の説明の中に、何処か素晴らしい要素があったのだろうか。

 

 パンパンパンパン。

 

 たった一人、タブラだけが行う拍手が管理責任者室内で鳴り響く。

 

「素晴らしいですよ。モモンガさん! 貴方は私の発想を易々と飛び越えていく。許された文字数を使い切り、それでも一文一文に丹精込めて意味を綴り込んで、凝縮させたアルベドの設定を。ただ一文を削除し、ただ一文、『モモンガを』とだけ入力することで混乱せしめ、結果的には、物事を思案するアルベドに一瞬の停滞を発生。感情によって踏み出しながら、感情を忘れることなく、それでいて冷静たる思考の再構築を実現する。私の思い描いた守護者統括の先を、上を行き、器のサイズさえ塗り替えた……。まさに、素晴らしいとしか言いようがありません!」

 

「タブラさん……」

 

 よく解らないがタブラは、アルベドの設定に手を加えたことを怒ってはいないらしい。それどころか感心しているようですらある。一瞬、安堵を覚えたモモンガであるが、その彼の心をタブラが付け加える一言によって打ち砕いた。

 

「まあ、私の作ったNPCの設定を無断で変えるのは、どうかと思うんですけどね」

 

「う、うわああああん! すみませぇえぇぇん!」

 

 ……。

 と、最終的に泣きながら謝ることになったが、そこは異形種化しているため精神安定化が発生し、モモンガは落ち着いている。

 

「タブラさん。本当に、すみませんでした」

 

「ハッハッハッ。いや~、謝ったり謝られたりで忙しいですねぇ。アルベドに関しては、別に怒ったりしてませんよ。元々はモモンガさんを愛するように作ってましたし」

 

 パンドラに用意させた紅茶を啜りながら、タブラは重要な情報をサラッと言い放った。

 

「え? やっぱりそうだったんですか?」

 

「ええ。設定の中程に、幾つかの設定書きが組み合わさるようにしてね。AがBだからCになって、CがあることでBの効果を打ち消しに掛かるけれど、Dの一文があることで打ち消し効果はEに波及。結果、Fが生じてBへの打ち消し効果が半減化されて……。最終的には、モモンガさんを愛している……という設定が、複合的に組み上がる……と。大まかには、そんな感じですかね。どうです? 凝ってるでしょ?」

 

「凝りすぎです。と言うか、そういうところ変わりませんね。でも、本当に良いんですか? タブラさんの作成NPCですよ? 俺なんかを……」

 

「良いんですよ。アルベドの元々の作成目的は、そこですし」

 

 タブラ・スマラグディナが言うには、自分が多忙によりユグドラシル引退を決意したとき、モモンガの行く末を考えたらしい。本人を前に言うのは心苦しいが、モモンガはユグドラシルに依存していた。これから先、どんどんギルメンは減っていき、モモンガ独自の判断で増やさなければ、ナザリック地下大墳墓におけるプレイヤーはモモンガだけとなるだろう。それは、去って行くタブラ自身から見た場合、ひどく申し訳なく気の毒なことだった。

 

「そこで考えたんです。モモンガさん好みのNPCを作って、置いて行こうと。いきなり嫁設定だと、押しかけ女房みたいでアレだから、まずは『愛してる』から始めて……とね」

 

 いずれ、モモンガの気が向いてアルベドの設定を見るかもしれない。その際、一見して彼を愛していると知られるようでは興醒めだ。タブラ好みな事の発覚方法でもない。そこで、先程説明した記述の組合せで『モモンガを愛している。』が生まれるようにしたのだ。

 

「どうせあの長文ですし。読もうとした人が読み飛ばすような位置に配置しておいたんですけどね~」

 

「よ、用意周到すぎる……」

 

 多少はアレなことをしているだろうと覚悟していたが、改めて本人から聞かされるとドン引きである。もっとも、今の話を聞いたことで、アルベドに対する申し訳なさや後ろめたさは、モモンガの中からほぼ消えていたのであるが……。

 

「そんなわけで、モモンガさん。アルベドに関しては遠慮なく嫁にしてやってください。私は父親風を吹かす気はないので、『面倒を見るべき嫁の親』というのも居ないと思っていただいて結構ですから」

 

「そ、それは……何とも……」

 

 ありがとうございますと言って良いのだろうか。

 少しばかり複雑な思いを抱くモモンガであったが、その彼の隣りで弐式が口を開いた。

 

「それがですね、タブラさん。聞いてくださいよ。モモンガさんたらねぇ。アルベドとイイ感じになりゃあいいのに『お友達から』とか言うんですよ?」

 

「弐式さんにはナーベラルが居て、俺にはソリュシャンとメイドが居る。ギルド長も、誰かと幸せになって良いと思うんですけどね~。……アルベドが嫌って言うなら、パンドラズ・アクターとでもいいんですけど」

 

 最後にヘロヘロが爆弾を投入してくる。部屋の隅で立っていたパンドラが、「えっ?」と恥ずかしげに両手で頬を覆ったが、それをモモンガが睨んで止めさせた。

 

「俺はですねぇ、『お前、俺のこと愛してるって? じゃあ、結婚しよう!』ってタイプのキャラじゃないんです! いいじゃないですか、時間はあるんだし! それよりタブラさんは、いいんですか? ヘロヘロさん達のことを考えると、タブラさんもアルベドと一緒の方が良いのでは?」

 

「私は良いんですよ。アルベドの姉妹……ルベドやニグレドが居ますし。ちなみに、ニグレドに関しては私だけの隠しコマンドで、普通に面皮のある外装へとチェンジが……」

 

「できるんですかっ!? 超初耳なんですけど!」

 

 この日だけでモモンガは何度驚いたかわからない。だが、今聞いた情報も相当に重大だ。しかし、タブラは「まあ、試してませんし。内緒ですとも」とハッキリしたことを教えてくれなかった。

 その後、幾つかの雑談を挟み、タブラは「自分もナザリックに、この世界に残る」ことを述べている。これを聞いたモモンガ達は大いに喜んだが、タブラが元の現実(リアル)を切り捨てた理由を聞いて暗くなった。

 

「妻子とはかなり前に死別していますが、先日、両親が亡くなりましてね。そこへきて自分の体調も良くない中、失職もしまして。ああ、人員整理のリストラです。何もかもやる気を無くしたところで、モモンガさんからメールを貰ったんですが……」

 

 このような、お先真っ暗な状態でモモンガと顔を合わしても、碌なことを口走らないだろうとタブラはナザリック訪問を断念。自室で自殺する方法でも考えようと思い、スプラッター映画のデータを漁っていたところ……今度は弐式からメールが来たらしい。

 

「そっちの方には何となく顔出ししてみる気になって。ふらっと出向いたんですが……懐かしい顔と喋っているうちに……」

 

 この転移に巻き込まれたとタブラは言う。宝物殿に居ることに気づいたのは、つい先程だとのこと。

 

「私の姿をしたパンドラズ・アクターを見たときは、驚きましたけどね。アルベドに真なる無(ギンヌンガガプ)を持たせるときに来て、思いつきで外装をチェンジさせた……そのままの状態だったし。彼がフレンドリーに話しかけてくるものですから、つい話し込んでたんです」

 

 このようにタブラの証言から彼の転移前後の状況と、元現実(リアル)への帰還を切り捨てた理由が把握できたが、もう一つ解ったことがある。

 それは、今居るモモンガ以外のギルメンらが同じタイミングで転移し、転移完了した時間に関してはズレがあることだ。

 

「時間差を付けて、一人ずつ飛ばされてきている?」

 

 かすれるような声で弐式が呟くと、タブラが頷いて見せた。

 

「まだ、私で三人目ですけどね。たまたま時間がズレているのか。何らかの……何者かの意図により、一人ずつ時間差を付けて転移して来ているのか。やはり判断材料が少ないです。でも、時間差を付けてバラバラで一人ずつ転移してきているのは、今のところ事実でしょう?」

 

 その内、他に解ることもあるでしょうと、タブラが話を締めくくったことで、モモンガ達は宝物殿を訪れた最初の目的を果たすこととなった。すなわち、弐式の装備の回収だ。事のついでにタブラの装備も調えようとモモンガが提案したところ、タブラは了承している。

 そうして行動に出た……いや行動を再開したのだが、特に大きなトラブルは無かったものの、一悶着する場面はあった。

 ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を所持したままでは、霊廟に到るとアヴァターラ達に襲われる。そのため、外で待たせるパンドラに指輪を預けてから、霊廟へ入ったのだが……。居並ぶ『ギルメンを模し、預かった武装を装備させたアヴァターラ』を見たヘロヘロ達が居たたまれなくなり、三人揃ってモモンガに土下座しようとしたのである。

 結果、モモンガが慌てて止めさせる羽目になった。

 

「はああ。疲れた……。アンデッドだから疲労しないはずなんだけどな~」

 

 言葉どおり疲れ気味となったモモンガが霊廟を出たとき。ふとパンドラズ・アクターの姿が目に止まる。偶然目にしたのではなく、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を回収する際に見ただけなのだが……。

 

(こいつ、ここでずっと一人だったんだよな)

 

 ユグドラシル最終日は、自分もナザリックにて一人であった(途中、ヘロヘロや他のメンバーは顔を見せたが)から、一人ぼっちの辛さは理解できる。加えて言えば、今のモモンガは独りぼっちではないため、ここにパンドラを一人で残していくのは、どうにも気が引けた。

 

「あ、あ~……ゴホン。パンドラズ・アクターよ」

 

「はい。アインズ様!」

 

 皆にギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を返却し終えたパンドラは、モモンガに向き直ってビシリと敬礼をする。

 

「うっ……。あ、いや……お、お前も管理人室で同席して聞いていたから、諸々は理解できているだろう。今の我々は異世界に転移して来ており、外に出なければならないが……人手は大いに不足している。そこで、お前も宝物殿から出て、私に力を貸して欲しいのだ」

 

「承知しました!」

 

 即答だ。一瞬の躊躇も見せないパンドラの態度に、モモンガは呆気に取られた。

 

「い、いいのか? これは人事異動のようなモノだが、今までにしたようなことのない仕事も頼むと思うぞ?」

 

「我が創造主がお望みであれば、如何様な任務もこなして見せましょう!」

 

 クルッと回って掌を掲げるポーズは、モモンガの精神にダメージを与えたが、本人がやる気十分なので無視することとする。だが、次の一言は無視できなかった。

 

「ちなみにアルベド殿がお気に召さないのであれば、不肖、この(わたくし)が……」

 

「却下だ!」

 

 大声で黙らせる。

 やはり宝物殿に閉じ込めておいた方が良いのではないだろうか。その様な考えが脳裏をかすめるも、パンドラの擬態能力と高い頭脳は放置しておくには惜しい。モモンガとしては断腸の思いではあったが連れて行くこととした。

 なお、パンドラを見たヘロヘロらの感想は特に悪いモノではない。オーバーアクションこそ、面白可笑しく見えるし引かれることもあったが、総じて好印象であった。

 

「属性が中立ってのが大きいんじゃない? その上で社交性もあるから、基本的にイイ奴に見えるし。同じドッペルゲンガーなんだから、ナーベラルには色々と見習って欲しいねぇ」

 

「俺のソリュシャンも負けてないと思うんだけど。パンドラは人間蔑視が表に出ないのが良いですよね~。ナザリックNPCのほとんどって、人間に関する悪感情を表に出すことを遠慮しませんし。……ああ、俺達も同じように思ってると考えてるんでしょうけどねぇ」

 

「私がした設定上、アルベドは人間嫌いですから。人間関連で発言させたら、面倒くさいキャラでしょうね。モモンガさんの設定改変で幾分は、マシになってるんでしょうが。え? イイ感じ? それは良かった。製作した当時はギャップ萌えとか、面白さ優先で作ったので、実用性の足を引っ張るようなことも書きましたから。それなら一安心ですよ。は? なんで『ちなみにビッチである。』を入れたかって? 清楚で有能な良妻が、実はビッチだとか……凄く萌えじゃないですか!」

 

 最後の一名に関しては聞かなければ良かったな……と思うモモンガであったが、パンドラズ・アクターの評判が良いのは大きな安心材料だ。もっとも、ギルメンの前でオーバー・アクションをされる度に精神安定化するか、それに近しいところまで追い込まれるのは、モモンガとしては考えものである。正直、心身が持たないので、後で機会を見て、パンドラに言って止めさせようかと思うのであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「た、タブラ・スマラグディナ様!?」

 

 異形種化した状態でモモンガらが玉座の間へ戻ったとき。その場で待機していたアルベドが、タブラの姿を見て声をあげた。清楚美人の悪感情無しに驚く顔というのは、見ていて新鮮であるし眼福と言える。

 何故、玉座の間へ移動したかと言うと、そこがアルベドにとって設定された待機場所であったからだ。言い換えれば、彼女には自室というものが存在しない。

 玉座の間への移動前。最初に気づいたのはモモンガで、ヘロヘロや弐式も含めた三人で指摘すると、タブラは苦笑することしきりであった。

 

「いやあ、彼女の設定を考えることに夢中で、生活感とか考えてなかったですから」

 

 苦笑するには理由がある。そもそもNPCに対して個室を用意したり等は、余程の凝り性でないとしないことだからだ。タブラはタブラで凝り性なところがあるが、モモンガやウルベルトら、NPCに個室を用意した面々とは方向性が違うのである。

 ともかく、先のメンバーにパンドラも加えた五人連れで姿を現したモモンガらを見て、中にタブラの姿を確認したアルベドは小走りに駆け寄ってきた。

 

「やあ、アルベド。久しぶり。長いこと留守にしていてすまなかったね」

 

「いいえ、いいえ!」

 

 頭を振って否定したアルベドは、その大きな瞳から涙を溢れさせる。そして、タブラの前で跪くと、瞳を閉じ、タブラ個人への忠誠の儀を行う。

 

「守護者統括アルベド。至高の御方であらせられる我が創造主、タブラ・スマラグディナ様に対し、ここに新たな忠誠を捧げることを誓います」

 

「う、うん。よろしく頼むよ。それで……ああ、立っていいよ。幾つか聞きたいことがあるんだが……」

 

 はいと言って立ち上がったアルベドに、タブラは幾つかの質問を投げかける。それは人間が嫌いかどうかであったり、守護者統括として何をしなければいけないかであったりだ。タブラとしては確認をしておきたいことなのだろう。

 数歩ほど距離を取って見ていたモモンガ達は、質問にアルベドが答えていくのを、一々頷きながら聞いていた。が、最後にタブラが発した質問で、モモンガが噴き出すこととなる。

 

「モモンガさんについては異性としてどう思っているかね?」

 

「愛しています! これはタブラ様から頂いた中で、最も重要な気持ちです!」

 

 モモンガにしてみれば、『友人に対する想いを娘に口頭確認する父親』そのものの姿であり、驚いた後は脂汗が流れる感覚を味わっていた。「同じ場所で俺達が居るのに、なんてこと聞くんですか!」とタブラを睨むも、タブラは脳食い(ブレインイーター)の姿を取っているので、その表情から何を考えているのか窺い知ることはできない。ただ、声が朗らかなので「ニヤニヤしてるんだろうな」というのは何となくわかる。

 

「モモンガさんに設定を変えられたそうだが、客観的に自己診断して、なにか不都合なことはあるかな?」

 

「現に生じている事柄は、モモンガ様に対して何かを考え、一定の感情の昂ぶりに達すると一瞬、思考が停止することです。これは感情任せの行動に走ることを抑制できるため、有益な変化だと判断いたします。また、この現象は緩やかではありますが、モモンガ様限定の思考に対する以外の思考にも及びつつあります」

 

 ここで初めて、タブラは首を傾げた。

 

「ふむ……生きて活動している。つまり思考能力がある生き物だからかな。一つの心理的変化があり、それを容認することで、慣れが拡大している……か。なるほど、なるほど。よくわかった。アルベド、私は君の変化を歓迎する。だが、もしも不具合を感じたら速やかに報告するように。なに、悪いようにはしないさ」

 

「ありがとうございます。タブラ・スマラグディナ様」

 

 胸に手を当てたアルベドが頭を垂れる。

 そのアルベドに「必要なとき以外は、タブラと呼ぶように。私のは長いからね」と言ったタブラは、もう一つ思いついたとポンと掌を叩いた。

 

「そう言えば君、私室を設定していなかったよね。本当に申し訳ないことをした」

 

 タブラが頭を下げると、アルベドが「か、顔をお上げください! タブラ様が謝罪することなど何一つとしてありません!」と慌てる。その彼女を制するように掌を出し、タブラはチラリとモモンガを見ながら話し続けた。

 

「この際だから君の私室を設定しよう。……モモンガ君の私室の隣はドレスルームだったと思うが、その隣には空き部屋があったはずだ。そこを使うといい。守護者統括なのだから、ギルド長の部屋には近い方が何かと便利だろう。そう、何かとね」

 

 モモンガさんも良いですよね。と確認してくるタブラに対し、モモンガは頷くことしかできない。しかし、その心境は複雑であった。

 

(随分と近いところに私室を設定してきたな。夜這いとかされそうで怖いんだけど。あ、いやビッチ設定じゃなくなったから、それは無いのか。……いやいや待て待て、アルベドはサキュバスだぞ! 種族特性だと獲物を狙う行動に出るんじゃないか!?)

 

 身の危険を感じることおびただしい。これでビッチ設定が残っていたら、今頃モモンガは犬に与えた骨のようにしゃぶられていたかもしれない。いや、人化の腕輪で人化ができるのだから、それ以上のことをされて……やはり骨の髄までしゃぶられていたことだろう。

 

(しゃぶられることに変わりないんじゃないかーっ!)

 

 頭を抱えたいが、目立つ行動は慎む。状況を見守っていると、タブラとアルベドの会話はモモンガとの交際レベルに移っていた。つまり、『このようなお付き合いにしなさい』という主旨の会話だ。

 

「いいかい、アルベド。モモンガさんは派手に女性と交遊することをしなかった人だ」

 

(「女性との交際経験が無いだけですけどね!」)

 

(「物は言い様ですよね~」)

 

 モモンガが小声で主張し、ヘロヘロも声を潜めて感想を述べる。

 アルベドはと言うと、怪訝そうな表情でタブラに問い返していた。

 

「それは……清い交際をせよとの仰せでしょうか?」

 

「う~ん、ちょっと違うかな」

 

 アルベドの問いを聞いたモモンガが、「おお! いいぞ! いい感じだ!」と喜んだのも束の間、タブラが否定してきたのでモモンガは目を剥く。しかし……。

 

「いきなり子作りをして結婚に雪崩れ込むようなのは、よろしくないと言ったところかな。簡単に言えば、お友達感覚から始めると良いということだね」

 

 それはモモンガが言った『お友達から』そのものであり、弐式とヘロヘロが「ええっ!?」と驚く一方、モモンガは歓喜した。

 

(「さすがタブラさん! その調子ですよ!」)

 

(「必死ですね~」)

 

 ヘロヘロの呆れ声も、モモンガの脳には届かない。

 アルベドはと言うとタブラの言を聞き、フムフムと頷いてはいたが、やはり完全に納得はしていないようだ。この辺は、彼女がサキュバスであることが大きいのかもしれない。

 だが、ここにタブラはトドメの一撃を加える。

 

「いいかい、アルベド。よくお聞き。お友達付き合いから恋人関係に発展し、恋人同士で甘酸っぱくデートして、イチャイチャするというのは……独身でないとできないことなんだよ。君達には時間があるのだから、慌てずに恋人ライフを満喫するべきだと、私は思うんだがね」

 

「た、タブラ様! (わたくし)は未熟でした! 確かに、仰るとおりです! モモンガ様と恋人デートでイチャイチャ……ああ……。ふう……」

 

 精神の安定化が起きたらしいが、アルベドは非常に上機嫌だ。やはりモモンガの『アンデッド特性による精神安定化』とは違う現象らしい。

 その後、モモンガは宝物殿から連れ出してきたパンドラズ・アクターをアルベドに紹介し、アルベドにはタブラ・スマラグディナ帰還を皆に周知するよう命じた。

 続けて、デミウルゴスを呼び出し二人で円卓の間に来るよう付け加えると、モモンガ達はパンドラズ・アクター込みで連れだって移動を開始する。行き先は前述したとおり円卓の間だ。

 話し合いたいことがある為だが、その内容とは……モモンガを始めとしたギルメンが、ナザリック外で活動するための打ち合わせである。供回りの選抜に関し、アルベドらの知恵を借りたいところであったし、どうせ反対されるのだから事前に説得しておきたかったのだ。

 




ギルメンの帰還三人目はタブラさんとなりました。
直前に活動報告とか書いてた時点では、宝物殿で彼を登場させる予定は無かったのですが
タブラ擬態をしたパンドラを出したところ、ここでタブラさんを出してこそ『ギルメン帰還系の御期待ムーブの一つじゃん!』ということで、急遽登場させています。

あと、お気に入りが1000件を超えました。すっごい嬉しいです。
評価をつけて下さってる方も、本当にありがとうございます。

<モモンガ様の正妃様は誰が良い?アンケートについて>
気がつくと目標の300票超えてましたので終了します
第1位は単独で350票以上叩き出したアルベド
今回のお話で書いたように彼女の正妃ルートに向けて大いに前進
第2位は89票の『女性ギルメンの誰か』で、第3位は41票『転移後世界の女性の誰か』
側室枠がありますので、その内にでも側室アンケをやりたいと思っています
と言うか、女性ギルメンだと茶釜さんか、やまいこさんですかね
餡ころもっちもっちさんは、ちゃんと描写できるかどうか不安なので出さないかもです

<誤字報告>
リリマルさん、ありがとうございました。


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第19話 このセバス、感服いたしました

「アインズ様。(わたくし)は反対です」

 

 意見を求められたアルベドが、開口一番、言ったのがこれだ。

 何の意見を求めたのかと言うと、モモンガ達がナザリック外を冒険……もとい、情報収集のため出歩くことについてである。どうやらモモンガ達が外に出ること、それ自体について反対であるらしい。

 

「ふむ、理由を……聞いても良いか?」

 

 円卓の間。モモンガ達四人は、定められた自分の席に着いている。が、招集されたアルベドと、もう二人、デミウルゴスにパンドラズ・アクターは壁際で立ったままだ。適当な席について良いとモモンガが言ったのだが、至高の御方の席に座ることなどできません……と断られたのである。

 

「アインズ様。アインズ様自身が仰ってたように、外部の脅威は未だ未知数です。至高の御方が外出するには、時期尚早かと……」

 

「なるほど、納得のいく説明だ。しかし……タブラさんは、どう思われますか?」

 

 モモンガは敢えてタブラに話を振った。タブラはアルベドの創造主であるし、弁も立つから説得役に向くと考えたのだ。

 

「私は、アルベドの説明には聞く価値があると思いましたね」 

 

 タブラがアルベドをチラッと見ながら言う。創造主から自身の意見を肯定され、アルベドは傍目に見ても宙を舞う花が幻視できるほど舞い上がっていた。が、その花もすぐさま枯れ果てることとなる。

 

「しかし……だ。情報という物は可能な限り、速やかに組織のトップに届けられなければならない。またトップが、転移先の現地を把握しておくのも重要だろう……と、私は思うんだ。いいかい、アルベド? 私達はモモンガさんを始めとして、皆がユグドラシルの世界を駆け巡ってきた。私達だけ、でね。そうやって自らの足を運んだことで、今のナザリック地下大墳墓があるんだよ。そこを曲げるわけにはいかない。いかないんだ。こう言ってはなんだが、本来であれば我ら四人だけでフラッと外に出て、見聞を広めても良かったんだよ?」

 

 言いつつ、タブラはアルベドを……ではなく、デミウルゴスをチラッと見た。隣で立つパンドラズ・アクターは微動だにしていないが、デミウルゴスの顔色は傍目にも悪くなっている。

 デミウルゴスはアルベドからタブラ帰還を知らされて、やはりと言うべきか大いに喜んだらしい。円卓の間に入るなりタブラの前に進み出て、忠誠の儀を行ったほどだ。

 その彼は、タブラが帰還する直前。アルベドに先立って、モモンガ達から外出時のパーティー編成について相談を受けていた。パンドラズ・アクターは「僕をお連れであれば……」と条件付きで最初から賛成していたが、デミウルゴスはアルベドのように反対している。しかし、そこをモモンガ達から三人がかりで説得され、渋々ながら承諾していたのだ。

 その後、すぐにタブラが帰還したのであるが、タブラの口から「至高の御方が、現状の四人全員でナザリックを出て行く」と言われ、至高の御方の消失……に関連づけてしまったらしい。

 つまり、三人居る至高の御方が全員外出するだけでも断腸の思いなのに、一人加わって四人になったと思いきや、やはり全員出ていくのか。もしや今後、新たに帰還する御方が居ても、誰もナザリックに残ってくれないのでは……と思ったのだ。

 もちろん、タブラが言ったのは思考誘導を狙ったもので、アルベドやデミウルゴスも察してはいたが、内容が内容だけに平静では居られないのである。

 

「あ、アルベド……」

 

「わ、わかってるわよ! でも……」

 

 コソコソ話し合っているのを、タブラはタコに似た目でジッと見ていたが、アルベドらの会話がまとまる前に口を挟んだ。

 

「とは言えだ。君達、ナザリックの僕らが心配するのも十分に理解している。そこで、モモンガさんが提案したとおり、僕の幾人かを連れて外へ行こうと言うんだよ。護衛兼として、お目付役が居れば君達も何かと安心だろう? まあ、君達に対する譲歩とでも言うべきかな?」

 

 譲歩などと、とんでもない。

 デミウルゴスとアルベドの悲鳴のような声が、モモンガ達の聴覚を右から左に貫通する。

 

(タブラさん。追い込んでるな~。……なんか楽しそうだし)

 

 自分が今のタブラのような言葉責めができるかと言うと、まったく自信の無いモモンガであった。そもそも、今のは傍目に見ていたからこそ「至高の御方の消失」で動揺を誘って、「譲歩」という言葉で追撃したのが理解できたのである。

 ヘロヘロと二人で、第六階層の闘技場にアルベドや階層守護者らを集めたとき。モモンガは「叡智を持つ」とか言われたが、到底その域に到達できるとは思えなかった。

 

「まあ、そんなわけで色々と語ったが、我らが外に出るのは決定事項と思ってくれていい。これから私達は外出するにあたっての編成を発表する。デミウルゴスは事前協議に参加していたから知ってるだろうが。アルベドの反応を見るに、もう一度練り直した方がいいのかもしれないね。同行させる僕について、君達に意見を求めることもあるだろう。そのことであれば遠慮なく意見してくれたまえ。では、モモンガさん。どうぞ」

 

「あ、はい」

 

 返事したモモンガは、壁際で口から魂が抜け出ているようなアルベドらを見て気の毒に思うが、長年夢に描いたギルメン達と一緒の冒険行だ。ここは心を鬼にして、話を前に進めなければならない。 

 まず、モモンガとギルメンらのパーティー編成。

 これについてはタブラが言ったように、すでにデミウルゴスとパンドラを交え協議済みである。そう、協議済みなのだが……円卓の間の空気が重く、モモンガにとっては大変発言しづらかった。先程から沈黙しているパンドラズ・アクターに相談したいが、この流れで『お前はどう思う?』と言うのも格好悪い。

 

(こいつを巻き込んで賛成役に引き込みたかったけど。タブラさんに指名されちゃったしな~)

 

 骸骨ながら鼻で深呼吸し、モモンガは口を開いた。

 

「あ、あ~……先のアルベド達の反応を見ておいて、こう言うのは心苦しいのだが……。我らは~、やはり四人全員で……」 

 

 アルベドの表情が見る間に曇りだした。デミウルゴスもワナワナと震え、悲壮な表情である。

 

「いや、その……だな。よ、四人で~……」

 

 つう……。

 

 下唇を噛んで俯くアルベドの頬。そこを一筋の涙が伝って落ちていった。更には純白の衣装、その太股のあたりを掴んでフルフル震えている。

 

 ……。

 

(言えるかぁ! 俺の方が泣きたくなったぞ!)

 

 内心、悲鳴をあげるモモンガであったが、ふと差し上げられる一本の腕が見えた。

 タブラ・スマラグディナである。

 

「モモンガさん。ここは……私が残りましょうか?」

 

「えっ!?」

 

 モモンガの口から驚愕の声が飛び出た。弐式もヘロヘロも、声こそ発しなかったが机上に身体を乗り出している。外出不参加の理由は……聞かずともわかるが、聞かずにはいられない。

 

「タブ……」

 

「モモンガさん。娘が……アルベドが泣いてますから。今回のところは残留しますよ。ギルメンは数人居るんだし、一人ぐらいは残っておくべきでしょう」

 

 娘。アルベドを慮ってとのことだが、タブラの口振りは飄々としている。どうも変だ。想像したとおりの答えだったのに何かがおかしい。そう思ったモモンガが驚きを引っ込めて様子を窺うと、タブラは肩をすくめて見せた。

 

「モモンガさん達から聞いた、全員で外出案に乗りたいのは山々なんですけどね~。私はナザリックで留守番です。……実は……ナザリックのあちこちを見て回りたいですし!」

 

 ここで突然、タブラの声が明るくなる。

 モモンガらは「あ~……」と思ったが、理解が及んでいないアルベドとデミウルゴスはキョトンとしているようだ。

 

「ニグレドやルベドにも顔を見せて……そうだ! 最古図書館(アッシュールバニパル)でスプラッター映画を見なくちゃ! 視聴室があったはずですから、現実(リアル)の時のようにヘッドセットでなく、身体全体を震わせる大音量で、しかも大画面で楽しめますよ! いやあ映画って、ほんっとうに良いもんなんですね! そうそう、スパリゾートナザリックや、ショットバーにも行ってみたいです! いかんな~……堕落しちゃいそう!」

 

 一人で盛りあがって大興奮している。ゲームではない、実物のナザリックを堪能したいというタブラの意思は固いようだ。

 

(ひょっとして……最初から残留するつもりだったんじゃないか?)

 

 モモンガは呆れによる脱力感を覚えながら、肩を落とす。

 アルベドを思う気持ちがあるのは本当だろうが、設定魔のタブラからすれば、自分がギミックの二割ほども担当したナザリック地下大墳墓。その実物を見て回りたい気持ちも強いはずだ。

 タブラ本人に確認しない以上、推察でしかないが、彼はモモンガらが外出しやすいように取りはからい、自分は気兼ねなく居残りができるよう立ち回ってくれたのではないだろうか。

 

(てゆうか。はしゃぐタブラさんを見てたら、俺もナザリックを楽しみたくなってきたぞ! 今は人化だってできるんだし!)

 

 気が向いたら<転移門(ゲート)>でナザリックに戻って、広い風呂にでも入る。美食を楽しむ。ふかふかベッドで熟睡する。どれもこれも楽しそうだ。

 日帰り冒険行というのはどうかと思うが、考えてみればユグドラシル時代には普通にやっていたことである。この世界で現地生活をし、未知を感じて不自由を大いに楽しむ。そして、都合に応じて<転移門(ゲート)>を使い、ナザリックに戻れば良いのだ。

 気を取り直したモモンガは、ヘロヘロと弐式から異議が出ないことを確認し、咳払いをする。

 

「あ~、ゴホン。では、私を含めた三人でパーティーを組みますか」

 

 デミウルゴスらと纏めたパーティー編成案は、その『設定』から説明すると次のとおりだ。

 

『仮称モモンガパーティーは、本来、十数人からなる冒険者集団である。普段は幾つかのパーティーに分かれて行動しているが、必要に応じてメンバーを再構成、人数等を変更して事にあたるのだ』

 

 ……というもの。

 

「分散して情報収集。たまに何処かで集合して情報交換をし合い、必要ならパーティーを合体させて行動する。これなら、時々でメンバーを入れ替えても不自然ではないしな」

 

 付け加えるなら、この方法であれば、ギルメンだけではなく僕も入れ替えることが可能だ。

 また、第三者から頻繁にメンバーが替わると指摘されても「うちは、そういう編成なんですぅ」で誤魔化すことも可能だろう。

 アルベドにしてみれば、随伴する僕の入れ替えが可能なところが気に入ったようで、「モモンガ様と、冒険……旅……旅行……新婚旅行! ふう……」などと言う呟きが聞こえてくる。が、モモンガは努めて無視することにした。いや、男としては嬉しいが、今は話さなければならないことがあるのだ。

 

「以上のことを踏まえて、パーティー編成を発表する」

 

 第一パーティー。リーダー、モモンガ。サブリーダー、弐式炎雷。お供はルプスレギナ・ベータ。弐式は探索役としてかなりの実力者だし、プレイヤーであるからギルド長の護衛として申し分ない。ルプスレギナは信仰系魔法詠唱者でもある上、バトルクレリックやウォーロードも修めており、前衛としても役立てる。モモンガは戦士として振る舞ってみたかったが、前衛も担当できる弐式とルプスレギナが居るので、本職の魔法詠唱者として行動することを求められていた。

 なお、弐式の作成NPCであるナーベラル・ガンマについては、対外的なコミュニケーション能力に難があるとして、ペストーニャに預けることが、この場にて弐式より宣言されている。その方針決定に到った原因であるナーベラルの振る舞い、モモンガに迷惑を掛けたことも弐式の口から話され、アルベドが壁際から一歩進み出た。

 

「御安心下さい。弐式炎雷様。(わたくし)からペストーニャに申し伝えておきますので……」

 

 にこやかな、そう花のような笑みだ。

 しかし、その表情には影が差し、全身の輪郭を覆うように黒いオーラが立ち上っている。

 

「よ、よろしく頼むよ……」

 

 幾分、弐式の声が怯えを含んでいたのは、けして気のせいではないと思うモモンガであった。

 続いて第二パーティー。

 リーダーは、ヘロヘロ。サブリーダーは執事のセバス・チャン。ここに、お供としてソリュシャン・イプシロンを追加する。こちらは前衛系のヘロヘロとセバスに、探索役として有能なソリュシャンという編成だ。魔力系や信仰系の魔法詠唱者が配置されておらず、不安を感じるものの……必要に応じてエントマを追加することとした。

 

「私達は、冒険者業も営む商人として動いてみたいですねぇ。そうだ。王都に行ってみたいかもですね。王城のメイドさんとか、たぶん貴族子女とかでしょ? 興味あるな~。エ・ランテルでの冒険者活動は、モモンガさん達に任せるということで……」

 

 このように、ヘロヘロは王都に行ってみたいと言う。

 彼女連れで物見遊山か……と、モモンガ及び弐式の視線が生暖かくなったが、別に悪いことではないし反対することもなかった。それに考えてみれば、エ・ランテル組と王都組と二手に分かれることで、情報収集の幅が広がると言うものだ。

 こうして二つのパーティーが編成されたわけだが、ここで一人、挙手する者が居る。

 守護者統括、アルベドである。

 

「あの、アインズ様? 私もアインズ様に同行したいのですが……」

 

 彼女のモモンガを慕う気持ちからすると、当然の申し出だ。しかし、モモンガ達にしてみれば、アルベドはナザリック地下大墳墓、その運営を任せたい重要人物である。彼女を作成するにあたり、タブラが設定した『内政面で極めて有能』的な記述は、アルベドを超級の内政能力者としているのだ。これを活用しないわけにはいかない。

 

「すまないな、アルベド。お前にはナザリックの運営を任せたいのだ。これは、お前にしか頼めない重要な任務だ。わかってくれるな?」

 

 タブラからのニヤニヤした視線に耐えつつ、モモンガが説得を始めた。が、説得タイムは瞬時に終了する。

 

「わ、(わたくし)にしか頼めない……ですか?」

 

「そ、そうとも! 私はアルベドを高く評価し、信頼しているのだ!」

 

 モモンガが一言発する度に、アルベドの表情が輝きを増していった。そして、それに伴い、モモンガの罪悪感も増していく。

 一人でナザリックに転移していたとしたら、重い愛情に耐えかね、アルベドを同行させまいと知恵を絞ったかもしれない。だが今、モモンガの周りには複数のギルメンが居た。ましてやアルベドの創造主、タブラが居るのだ。アルベドを無碍に扱うわけにはいかないだろう。

 

「ただ……アルベドの都合、仕事面での余裕によっては、そう……パーティーメンバーの一員として参加させることもあるだろう」

 

 幻術その他で角や翼を隠す必要があるものの、モモンガの提案はアルベドを喜色満面とさせる。

 

「あ、ありがとうございます! モモンガ様! 失礼しました! アインズ様! (わたくし)、全力でナザリック運営に勤め、必ずやアインズ様のパーティーに参加して見せますわ!」

 

 鼻息が荒い……というのは美女がやると絵になる。それをモモンガは、初めて知ることとなった。アルベドの美貌、恐るべしである。

 円卓の各席、主に弐式とヘロヘロから「いいんですか? そんな約束しちゃって」とニヤニヤした視線が向けられるが、今更撤回などできない。

 モモンガは努めてギルメンらを無視し、アルベドに対しては大きく頷いた。

 

「うむ。その際にはアルベドの防御力。大いに頼らせて貰うとしよう!」

 

 こうしてナザリック外へ出る際のパーティ編成が決定する。

 そして向かう先は、モモンガ・パーティーがリ・エスティーゼ王国における対バハルス帝国の最前線都市……エ・ランテル。そして、ヘロヘロパーティーが王都リ・エスティーゼだ。

 情報を得て、魔法その他の手段を駆使し、表や裏から都市支配……までは、すぐには無理だろうが、エ・ランテルで支配力を増加できれば上々だろう。裏面での働きはデミウルゴスに任せていたため、モモンガは割りと楽観していた。と言うより、目先の冒険行にしか興味が向いていなかった。

 

(あれだけ、たっちさんや、やまいこさんに怒られないよう気をつけろと言ったんだし。そんなに無茶なことはデミウルゴスもしないだろう)

 

「しかし、世界征服ですか。大きく出ましたね、モモンガさん」

 

 合流して間もないタブラは、世界征服を念頭に置くまでの経緯を聞かされていた。彼自身、世界征服に関しては大それた夢想だと思っていたが、この世界における軍隊のレベルを聞いた後では「それほど無理な話でもないし、悪くない」と考え直している。

 

(政治腐敗が進んだ王国か……。どうせ犯罪組織とズブズブの貴族なんかが居るだろうし、その方面から取り込んでいって、裏から支配……いや、上手くやって王国を乗っ取るというのも面白いかもしれないな。デミウルゴスを放置しておいたら勝手にやってくれそうだけど……)

 

 タブラの脳裏では、ナザリック地下大墳墓の玉座ではない、リ・エスティーゼ王国の王座で座ってオロオロしているモモンガの姿が思い浮かんでいた。

 

(リ・エスティーゼ王国国王モモンガか……。悪くないかも……)

 

 世界の一つくらい征服してやろう。そう言ったのは確かウルベルトだっただろうか……。

 思うに、政治腐敗で国が傾いているのであれば、自分達が支配して上手く回してやった方がマシかもしれない。

 まずは幾つかの都市、頃合いを見て国それ自体。

 

(私も随分と気が大きくなってるな。でも心地良い。あの、どうしようもない現実(リアル)ではなく、この世界で……。モモンガさん達と楽しくやれるのなら、なんだっていいか……)

 

「世界征服は目標であり手段ですよ、タブラさん」

 

 何か考えているようだったタブラに、モモンガは話しかける。

 

「できなくたっていい。でも、俺達が頑張っていれば、ナザリック外のギルメンに気づいて貰えるかもしれないじゃないですか!」

 

「そうそう、モモンガさんの言うとおり!」

 

「私も大いに同感です。あの場所に居なかったク・ドゥ・グラースさんは無理でも、ホワイトブリムさんとは早く合流したいですね~。メイド達が喜びます」

 

 モモンガの声に弐式とヘロヘロが続いた。  

 そうやって和気藹々としているモモンガらを、アルベドとデミウルゴスが感極まったように見つめている。

 ヘロヘロらの反応にモモンガが「いやあ」と照れていると、タブラは肩を揺すって笑い出した。

 

「ぷっ、あははは……。そうですね! 私も、会って話をしたいギルメンが居ます。死獣天朱雀さんに、ぷにっと萌えさん。……やる気が出てきましたよ! モモンガさん、今度は私も連れて行ってください。きっと役に立ちますから!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 数日後。

 モモンガ達はタブラに見送られながらナザリック地下大墳墓を後にした。

 向かうはエ・ランテル。そこにある冒険者組合で冒険者登録をした後、エ・ランテルを拠点として冒険者活動を行うモモンガパーティー。そして、エ・レエブル等を経由して王都へ向かうヘロヘロパーティーに分かれるのだ

 道中については、野盗やモンスターの襲撃を幾度か受けたが、ことごとく返り討ちにしている。その際、野盗からは金品を巻き上げていたので、活動資金には幾らかの余裕ができていた。

 そして少し街道行を満喫していたため、ややゆっくりめとなる翌日の夕暮れ時。モモンガ達はエ・ランテルに到着している。

 

「というわけで、到着しました。エ・ランテルです~」

 

 聖遺物級(レリック)の武道着を着込んだヘロヘロが、大きな都市門を見上げて一人呟いている。ちなみに彼は人化ではなく、ソリュシャン同様、形態変化で人の形を作っていた。

 人化は便利だが、レベルが大幅にダウンしてしまう。そこでヘロヘロは、宝物殿を漁って適当なアイテムを探し出し、形態変化能力を身につけたのだ。つまり、今のヘロヘロは見た目が人間なだけの……古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)。それが武道着を着用した姿なのである。

 人だと思って斬りつけたら、武器を溶かされていた。と、そんな戦い方もできるため、弐式に言わせれば「凶悪さが増し増しだ!」となる。一方でデメリットもあり、元から身につけていた最強装備を構成するアイテムの一つを外す羽目になったし、この状態で酸を全開にすれば、当然だが武道着は溶けてしまう。何かを攻撃して溶かすなら、掌からだけの酸分泌にした方がいいだろう。このように、人形での酸の使用は大きく制限されてしまうが、ヘロヘロは特に気にはしていない様子だった。

 

「へ~え。これがエ・ランテルの城壁か~。いかにも城塞都市って感じでいいね。この壁が三重になってるんでしょ?」

 

 そう言って最外層部の城壁を見上げる弐式は、こちらも装備を聖遺物級(レリック)としている。見た目は、いつもの忍者衣装。だが材質等のランクを落とした劣化版だ。主装備に関してはアイテムボックスに入れてあるので、必要に応じて装備替えが可能。

 弐式は探索役らしく、門や外壁、その他各所に対してサーチをかけて罠の有無などチェックしていたが、特にこれと言って警戒すべき物はなかった。

 

(最外縁の城壁に魔法障壁が無い? 隠形移動の阻害処置もしてないとかマジか? 俺みたいな忍者だと入り放題じゃん。……ああ、こっちの世界ってレベルが低いんだっけ。強さだけの話じゃないんだな~……)

 

 調べた結果、見た目どおりの中世ヨーロッパ的な都市だと再認識し、弐式は拍子抜けした思いを味わっている。

 三人目、モモンガ。彼に関しても、やはり装備は聖遺物級(レリック)だ。ただし、弐式と違い、最強装備に比して見た目を大人しめに変えている。理由は最強装備の外観が、人化した顔に似合わないからだ。それでも、この世界で知られる装備としては脅威的な上級品なのだが……。

 そうやって用意した装備の中で、モモンガにとって最大の目玉品はマスクだった。

 その名も『悟の仮面』。ラバーや人肉に近い質感の仮面であり、仮面状でありながら身体全体への変身効果を有する。着用中、本体が死の支配者(オーバーロード)のままでも、死の支配者(オーバーロード)の骨格に影響されず、鈴木悟の頭部・体格をほぼ完全に再現。しかも着用したまま(人化するという条件が付くものの)飲食可能という優れものだ。

 これは既存アイテムではなく、データクリスタルやユグドラシル金貨を消費し、今回新たに作成した品である。元々着想はあったが、ヘロヘロが形態変化のアイテムを探し出したのを見て、本格的に用意する気になったのだ。

 一応、欠点もあり、モモンガ限定の装備品であるほか、着用時は使用できる位階魔法が第七位階までとなる。人化すると良くて第六位階までしか使用できないのだから、大したものなのだが、第八位階から上の魔法を使いたければ、悟の仮面を外さなくてはならない。

 とは言え脱着に関しては瞬時に行えるため、モモンガは、これらのデメリットをそれほど問題視していなかった。

 ルプスレギナとソリュシャンに関しては、前者が前衛職系の尼僧風、後者が少し華美な盗賊風となっている。ソリュシャンの装備が華美なのは、ヘロヘロの指定によるものだ。曰く、「ソリュシャンの髪型は縦ロール以外ありえません! ですから盗賊として活動するにしても、目立たない服装は駄目です! 髪型が映えるような逸品でなければ!」とのことらしい。

 聞いていたモモンガと、特に派手好きであっても忍者に拘りがある弐式は「ええ~…」とドン引きであったが、ヘロヘロは大いに満足していた。そして、創造主自ら衣装を選んで用意してくれたことにソリュシャンは感激し、こちらも大いに満足している。

 残るはセバスだが、彼に関しては普段から着用している執事服のままとなっていた。これは、主に都市内で活動するためと、冒険者活動する傍ら商人として活動するためだ。

 具体的には、ヘロヘロとソリュシャンで主に冒険者活動をして名声を高め、一方でセバスは魔術師組合で巻物(スクロール)を購入したり等、この世界の魔法や文化について調べさせる。冒険行でセバスが必要になれば、武道着を着せ、ヘロヘロに同行させるのだ。

 以上の六人が仮称モモンガパーティー……いや、冒険者としては更なる偽名『モモン』を使用することとしたので、モモンパーティーの初期メンバーとなる。

 

「……モモンさん。パンドラは連れてこなくて良かったんですか? モモンさんの子でしょ?」

 

 検問所でのチェックを済ませ、壁内へ入ったところで、弐式がモモンガに話しかけてきた。今回、ヘロヘロは、自分が作成したNPCを連れてきている。であるなら、モモンガもパンドラズ・アクターを連れてくれば良かったのに。と、そう彼は言いたいらしい。これに対し、モモンガは笑いながら頭を振った。

 

「パンドラは作った俺が言うのも何ですが、優秀です。それこそ、何を任せて良いのか迷うほどにね。今のところ、ナザ……ホームはアルベドに任せてますが、一人ではキツいでしょうから。彼女の手伝いをさせた方がいいんです」

 

 他にも商人系スキルが豊富なギルメン、音改(ねあらた)の姿を取らせ、大漁にあるゴミアイテムをエクスチェンジボックスに投じさせることも指示している。換金査定にスキルによって増額効果が出ることを期待しているのだ。

 このように理由を述べたところ、弐式は納得したようだったが、近くで聞いていたルプスレギナ達、NPCは一様に感動した様子でいる。どうやら至高の御方が、被創造物である僕を、高く評価し気にかけている……とでも思ったらしい。

 もっとも、パンドラズ・アクターを同行させない最大の理由は、彼を連れ歩くと、その仰々しい言動によって、モモンガの精神にスリップダメージが入り続けることにあった。

 

(そのうち慣れたいけど。今は無理。連れ歩くなんて絶対に無理! ……と、あれが宿か?)

 

 最外縁の城壁付近で駐留兵に聞いたのは、冒険者がよく使用する安宿。そして冒険者組合の場所だ。まずは、当面の拠点となる宿を確保しなければならない。

 ナザリックに日帰りする案も出たが、暫くは普通にやってみようという事になったのだ。

 そして今、モモンガが発見したのは通りに面した宿である。ユグドラシル時代、ランクによって外観に差のある宿は見たが、記憶にある安宿と比べても貧相なたたずまいだ。

 

「安いのが魅力だから、仕方ないですね」

 

 ヘロヘロ達に、そして弐式らに聞かせるように呟くと、モモンガは入口を通って中に入って行く。その後ろにヘロヘロが続き、弐式とセバス、そしてルプスレギナとソリュシャンが続いた。

 六人編成とは冒険者パーティーとしては平均的な人数であり、受付近くでたむろしていた他の冒険者らからの注目を浴びることとなる。

 

(「見ない顔だな。新入りか? 大層な美女を二人も連れてるな」)

 

(「冒険者プレートを下げてない。流れ者だよ」)

 

(「それにしても揃いも揃って値の張りそうな装備だぜ。どこぞの貴族の後継ぎ様とかかな?」)

 

 小声による情報交換がなされているが、モモンガ達には丸聞こえであった。

 貴族の後継ぎという設定は中々に使えそうだったので記憶に留めることにしたモモンガは、カウンターで宿主らしきに声をかける。いかつい主人からは、何人部屋にした方がいいとか、冒険者にとってマントは必需品だとか、そう言ったアドバイスを貰ったが、モモンガは人数どおりの六人部屋で部屋鍵を受け取っていた。

 もっとも、ヘロヘロをリーダーとする三人は王都に向かうため、普段はモモンガと弐式にルプスレギナの三人で使用することになる予定だ。無駄に広い部屋を確保したことになるが、たまにエ・ランテルで六人揃った際には便利なので、これで良しとする。

 

(多少の出費にはなるけど、その分は頑張って稼げばいいんだし。最悪、ここへ来るまでにやったように野盗でも狩って資金稼ぎするか。うん?)

 

 主人に礼を言って二階の宿部屋へ向かおうとしたところ、モモンガの前に一本の足が差し出された。それは近くの円テーブルに着いた冒険者……戦士風の三人の内、一人が出したものだ。一言で言って邪魔である。

 

「ふむ……」

 

 どうしたものかとモモンガは思案した。

 よくある新人歓迎なのだろうが、恐らく絡んできている男達は弱い。魔法詠唱者の自分が仮に人化していても、ステータスにモノを言わせて蹴散らせるほど差はあるだろう。今は異形種化しているのを悟の仮面により隠蔽中なので、なおのこと問題にはならなかった。

(さて……)

 避けて通るか。否、ユグドラシルでもそうだったが、最初に舐められると後々に響く。

 踏んづけてやろうか。否、ここには弐式とヘロヘロ。それにNPCが三人も居るのだ。そんな大人しめの対応をしていたのでは、面白くない。いいところだって見せたいのだ。

 そこでモモンガは……。

 

 ドガン!

 

 音高く木製の円テーブルを蹴飛ばした。蹴り上げたのではなく、テーブルの縁を水平に蹴ったのである。結果としてテーブルは大きくスライドし、席に着いていた三人の戦士を薙ぎ倒すこととなった。

 

「うげっ!」

 

「ぶあっ!?」

 

「だはぁっ!」

 

 それぞれに悲鳴をあげ、無様に椅子から転げ落ちる。だが、リーダー風の男が真っ先に立ち上がってモモンガに挑みかかってきた。

 

「何しやがる! 足を出したのはアイツだけだったろうが!」

 

「連帯責任だよ」

 

 言いつつ男の手をかわし、胸ぐらを掴んで持ち上げる。これをモモンガは片手で行った。しかも見た目が魔法詠唱者であるため、職種からは想像もできない怪力に酒場内からはどよめきが起こる。それで更に気をよくしたモモンガは、無造作に男を投げ飛ばすのだった……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あ~、難儀な思いをしました」

 

 宿部屋に入ったモモンガは、皆と共にベッドに腰掛けながらぼやいた。

 先程、絡んできた男を放り投げたのだが、別のテーブルでポーションを見てニヤニヤしていた女性……ブリタという名の赤毛の女戦士を直撃したのである。正確には彼女にではなくテーブルに当たったのだが、そのためにポーションの瓶が割れてしまった。

 ブリタは物凄い剣幕で弁償を要求してきたが、続けて発生した面倒事に閉口したモモンガは、手持ちの下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)を渡すことで事態の収束を図ったのである。

 

「モモンさん。あんな女にポーションをくれてやること何てなかったんじゃないっすか。他の男共みたいに、やっつければ良かったのに」

 

 気安い口調でルプスレギナが言っているが、その口調とは裏腹に彼女が激怒しているのが良くわかる。見ればソリュシャンも同様のようで、セバスは……こちらは平然としてるかと思いきや、その視線が鋭いことになっていた。

 結論、NPCの誰一人として例外なく怒っている。

 

「まあ、気にするな。相手は冒険者の先輩だ。顔ぐらい立ててやれ。それに、私が彼女に対して被害を与えたのは事実なのだからな」

 

 そもそも出したポーションは下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)だから、それほどの痛手ではない。カルネ村ではエンリにも使ったのだから、問題は無いだろう。

 

(どう問題ないかはさておき……。やっぱり、まずかったかな? でも他に渡す物も無かったしな~)

 

 少し気になったモモンガは弐式を見たが、それで何を聞きたいのか察したらしい弐式が話を振ってきた。

 

「モモンさん。今、分身体を出して酒場の様子を探ってたんだけど、あのブリタって女の人、それに周りの冒険者や主人が『赤いポーションなんて見たことない』とか言ってますよ」

 

「げっ。マジですか? 下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)なのに……。下級の品なんて流通してないから珍しい……じゃあないんだろうな」

 

 特に気にせず渡してしまったが、妙なところに流れて、そこを発端に更に面倒なことになるのでは。

 そう心配したモモンガであるが、弐式が「この都市一番の薬師に見せて、鑑定して貰うとか言ってますよ」と情報を追加したことで、一つ閃いた。

 

「なるほど。俺の狙ったとおりになりましたか……」

 

「どういうことでしょうか。モモン様」

 

 斜向かいで座っているセバスが、静かに聞いてくる。

 

(思わせぶりなこと言ったけどさ! 食いつくの早くない!?)

 

 モモンガは内心焦りつつ、先程思いついたアイデアを脳内で発展させた。

 つまり、こうだ。

 この世界では下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)であっても珍しい品であるらしい。であるならば、それを冒険者に渡した場合、弐式が報告したように何のポーションであるか確認しようとするだろう。

 

「そして行き着く先は、都市で一番の薬師だ。これは上々の成果だと言える」

 

「と、仰いますと?」

 

 重ねて問うてくるセバスに対し、モモンガは必死で考えながら語った。

 ナザリック地下大墳墓ではポーション類の生産設備があるが、その材料は補充の目処が立っていない。いずれ、枯渇するであろう。そこで、この世界の材料を用いてのポーション生産ができるかどうか。ユグドラシルから持ち込んだポーションを温存することもできるのではないか。

 

「あるいは思いもよらない、新たなポーションが開発できたり……などだな。お前達、ナザリックの僕は人間を軽視しがちだが、物は使いようだ。我らで思いつかないことでも。彼らが思いつくことだってある。例えば、その都市一番の薬師などがな」

 

 おお……と室内がどよめいた。声を発したのは主にNPCらである。

 一方、弐式とヘロヘロは疑わしそうな視線をモモンガに向けていた。そして弐式が、おもむろに面をまくり上げ、人化した顔をさらしてモモンガを見る。

 

「モモンさん……」

 

(それ、今思いついたんですよね?)

 

(もちろんです!)

 

 男と男のアイコンタクトは、魔法無しでも意思疎通を可能とした。

 ともあれ、今のはモモンガからすれば恥を掻きたくない思いと、ちょっとした格好付けのつもりでした嘘話である。しかしながら、セバス達は違う受け取り方をしたようだ。

 

「さすがはモモン様。我らでは思いも寄らないことです。このセバス、感服いたしました」

 

「モモン様。マジ、パネェっす!」

 

「ええ、さすがはモモン様ですわ……」

 

「そ、そうか。そう……なのか?」

 

 セバスらNPCのキラキラした視線。それがモモンガの、さほど頑健ではない心をえぐっていく。

 

(やばい。ちょっと待てよ。お前ら、弐式さんみたいに察してくれてもいいんじゃないか? ……安易な知ったかぶりとか、状況に便乗したドヤ顔とか……控えた方がいいのか?)

 

 まだNPCらの忠誠心を甘く見ていたらしいと、モモンガは反省した。ある程度の威厳は必要だろうが、それが過ぎた物になると凡人たる自分では耐えられなくなる日が来るだろう。

 今後は、もう少し言動に気をつけることとして、モモンガは夕食を取ることを提案。一階酒場でさほど美味くもない食事を取ると、宿部屋に戻り、明日に向けて早めの就寝をするのであった。なお、同室内にルプスレギナとソリュシャンが居ることで、中々寝付けなかったのであるが、それはモモンガだけでなく弐式とヘロヘロも同様であった。

 

 




今回、ブリタとの一件を書き忘れてたので、投稿前に書き足したら文章量が増えました。



<誤字報告>

 忠犬友の会さん、ハクオロさん、gaaさん。ありがとうございます。


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第20話 お慕いしてる人が居るっすからね!

 翌日、モモンガ達は酒場で朝食を取った後、冒険者組合へと出向いている。

 そこで冒険者資格を取得し、冒険者プレートを入手するのだ。その後、ヘロヘロとセバスにソリュシャンの三人は、モモンガ達とは別れて王都を目指すことになっている。

 

「失礼する。冒険者登録を頼みたいのだが……」

 

 受付前で立ったモモンガが声をかけたところ、早速、受付嬢が応対を始めた。ところが、言葉は通じるものの文字が理解できない。カルネ村で知ったことであったが、モモンガ達は原理不明の現象によって会話が可能であっても、現地文字は読めないのだ。

 冒険者登録というのがゲームで言うキャラメイクのような気がし、浮かれていたモモンガは失念していたのである。仕方なく受付嬢に代筆を頼み、パーティー各人の職業と名を伝えていった。

 モモンガはモモン。弐式はニシキ。ヘロヘロはヘイグ。セバス以下の僕は名前での登録となる。

 最後に、チーム名であるが弐式の提案により『漆黒』とした。理由は、ほぼ全員が黒色の装備を着用しているからだ。例えば、ヘロヘロは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が漆黒であることから、色調を合わせて黒色の胴着を着ている。セバスは黒い執事服のままであるし、残るメンバーも元からの装備の色に合わせていた。従って、全員が黒っぽいのである。

 

「これ、ウルベルトさんならともかく、たっちさんだと困ったことにならないですか?」

 

「な~に、大丈夫ですよ。モモンさん。そん時は黒い鎧を着せちゃえば良いんです。どうせアイテムボックスのスロット登録で装備の着せ替えはできるんだし。普段は世を忍ぶ仮の姿。しかして、その実体は正義を愛する人……なんて感じで、いつもの鎧に着替えるとか。たっちさん、喜びそうじゃないですか」

 

 笑いながら言う弐式の言葉に、モモンガは「それもそうですね! たっちさんらしいです!」と笑みを浮かべた。一連の会話はセバスも聞いていたが、彼の心に響くものがあったのか、何度も頷いていたのがモモンガ的に印象深い。

 その後、モモンガ達は簡単な講習を受けて、冒険者としての基礎知識を教わり、再び受付前で集結していた。

 

「では、冒険者パーティー漆黒が誕生したことだし。ここらでモモン班とヘイグ班に分かれるとしましょうか」

 

 モモンガの提案を受け、皆が頷く。

 ヘイグ班、ヘロヘロとセバスにソリュシャンが冒険者組合を出て行き、残るはモモン班のモモンガと弐式、ルプスレギナのみとなった。

 

 

「モモンさん? 私達は、これからどうするっすか?」

 

 後ろ頭で腕組みしているルプスレギナが言葉を崩して問うてくる。彼女にはパーティーメンバーとして普通の言葉遣いをするよう言ったのだが、難なくこなしているようでモモンガとしては一安心だった。

 ペストーニャ預かりになっていなければ、ナーベラルを連れていただろうが……いや、ナーベラルは魔法詠唱者としての能力が高いので、ヘイグ班に配した可能性が高い。その場合は弐式が王都に行き、ヘロヘロはエ・ランテルに残った可能性がある。

 さて、モモンガが考えたのは現状のヘイグ班で、ナーベラルが上手くできたかどうかだが……。

 

(俺達が言えば、人間相手でも言葉づかいぐらい何とかなると思うんだけど。弐式さんも心配性なんだよな~)

 

 アルベドが好みのドストライクなモモンガにとって、黒髪美女というナーベラルは割りと好印象である。弐式の手前ゆえ口には出せないが、彼女を連れ回せないのは残念の極みであった。

 

「これからどうするか……か。まずは掲示板に貼り出された依頼書でも見てみるか……。あ……」

 

 ここでモモンガは思い出す。自分達は、この世界の文字が読めないのだ。

 文字を解読するマジックアイテムの片眼鏡(モノクル)は存在するが、セバスに持たせたままである。その存在自体、冒険者登録の時点では忘れていたのだが、この場に無いことに変わりはなかった。

 <伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>を併用してセバスから取り寄せるにしても、一々そんなことをしていたら手間である。さらに問題があって、それは片眼鏡(モノクル)が一つしか存在しないこと。そして、冒険者活動がメインのモモンガ達と比べ、商活動も行うヘロヘロ達にこそ必要なアイテムという点だ。

 

(さっき代筆を頼んでしまったもんな~。素直に読めないことにしておいた方が、変に思われなくていいかな)

 

 依頼文を読むことを諦めたモモンガであったが、代案として受付嬢に頼み、銅級冒険者にとって最も難しそうな仕事を見繕って貰うこととする。モモンガからの要望によって、受付嬢は依頼文の検索を始めようとしたが……そこへ、モモンガらの背後から声がかかった。

 

「あの、仕事を探してるのでしたら。私達の仕事を手伝いませんか?」

 

「うん?」

 

 モモンガが振り返り、つられて弐式とルプスレギナも振り返ったところ。そこには数人の男が居た。戦士にレンジャー、魔法詠唱者と森祭司(ドルイド)。冒険者パーティーの一組のようだが、首から下がるプレートの色は銀。現在のモモンガ達より二段上である。

 仕事を手伝わないか……とは、ありがたい話だ。しかし、何となく腑に落ちず、モモンガは首を傾げる。

 冒険者登録をしたばかり、いわゆる新米である自分達が、何か彼らの目に止まるようなことでもしたのだろうか。

 思い当たることのないモモンガであったが、声をかけられて返事をしないのも失礼にあたる。モモンガは身体ごと振り返り、リーダーらしき戦士に話しかけた。

 

「私達のことを、お誘いで?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテル冒険者組合の受付前。

 そこでモモンガに声をかけた一団の名を漆黒の剣(しっこくのつるぎ)と言う。

 男性ばかりの冒険者パーティーであり、そのメンバーはリーダーの戦士ペテル・モーク。森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。レンジャーのルクルット・ボルブ。魔法詠唱者、ニニャの四人で構成される。

 彼らの紹介を受けて、自分達も名乗ったモモンガらであるが、先輩格の冒険者が仕事を紹介してくれるというのであれば大助かりだ。まずは話だけでも聞いてみることとし、ペテルに誘われるまま、組合で彼が借りた会議室へと移動する。

 そして聞かされた手伝いの内容とは……街道付近に出没するモンスター退治。

 冒険者組合を経由した依頼ではなく、モンスター討伐による報酬が目当てであり、頭数が増えると取り分は減る。しかし、その代わりに安全性が増し、倒せるモンスターの数も多くなるのだ。

ペテルが言うには、銅級だと聞こえたので新人だと目当てをつけ、装備の豪華さから実力を見込んだらしい。

 

「酒場でモモンさんが喧嘩をしたことも聞こえてますよ。なんでも、凄い怪力だとか!」

 

「これは……魔法詠唱者なのに腕っ節が目立ってしまって、何ともお恥ずかしい……」

 

 ペテルの言葉にモモンガは頭を掻いた。

 その彼に術師(スペルキャスター)の異名を持つニニャが反応する。

 

「恥ずかしいだなんて、そんな! 魔法詠唱者(マジックキャスター)が腕力で戦士職に負けないだなんて、僕は尊敬します!」

 

 彼は、魔法修得経験が通常の半分で済むというタレント(生まれながらの異能)の保有者であり、第二位階まで行使できる魔法詠唱者だ。

 この世界の人間は美形率が高く、ペテルやルクルットもモモンガ達の現実(リアル)基準では相当なハンサムに色男である。そして、このニニャ。中性的な顔立ちで、漆黒の剣にあっては一番の美形だとモモンガは思っていた。

 

(人化した弐式さんは、そこそこハンサムだからいいけど。俺やヘロヘロさん、それにタブラさんは平均顔っぽいもんな~。落ち込むわ~)

 

 これがモモンガの自己評価……もとい自分達評価である。が、彼が挙げた現状ナザリックに存在するプレイヤーとて、こちらの世界に来たせいか血色が良くなっており、それぞれが独自の魅力を有していた。弐式は剽軽なハンサム。ヘロヘロは気優しげな青年。タブラは茶目っ気ある紳士。モモンガの場合だと、気優しげかつ包容力のある青年という感じだ。

 

「モモンさんは何位階まで使えるんですかっ? 僕は第二位階までです!」 

 

「え? ああ……私は第三位階です」

 

 嘘である。

 モモンガは人化した状態であれば、第六位階。悟の仮面を着けた場合は、条件付きで第七位階まで使用でき、仮面を外して異形種化すれば超位魔法まで使用できるのだ。

 従って、悟の仮面を装着し、中身が死の支配者(オーバーロード)となっている今は、第七位階までが使用可能となる。そこを第三位階としたのは、この世界における熟練魔法詠唱者(マジックキャスター)枠が通常、第三位階を上限としているからだ。

 実力は示したいが、変に騒ぎ立てられるのは冒険行を楽しむ上で不都合……ではなく、何処かに潜伏しているかもしれないプレイヤーに目を付けられる可能性を減らしたい。そういう意図から出た嘘だったが、ペテル達にとっては第三位階でも驚愕の情報だったらしい。特に驚いたのは質問をしたニニャだ。

 

「だ、第三位階とは……凄いです!」

 

「そうですか? 私からすれば、ニニャさんのタレント(生まれながらの異能)が羨ましいですけどね」

 

 そう言ってモモンガが微笑むと、何故かニニャが頬を赤くした。

 可愛いが男性……少年である。戸惑ったモモンガは首を傾げたが、その彼の耳にルクルットの声が飛び込んできた。

 

「ルプスレギナさんと仰いましたか? モモンさんやニシキさんとは、どちらかと御交際中で?」

 

 見ると、いつの間にか席を立っていたルクルットがルプスレギナに歩み寄り、椅子に座したままの彼女に挨拶をしていた。が、どう見てもナンパである。対するルプスレギナは立とうとはしなかったが、ニヒッと笑って見せた。

 

「モモンさんやニシキさんとは、お付き合いしてないっすよ?」

 

「そうですか! ならば言えます、惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 

 会議室内がどよめく。

 漆黒の剣の面々は「またか」とか「いい加減にしてくれ」といった表情であったが、モモンガと弐式は違う。初対面の、しかもルプスレギナほどの美女に対し、正面切って交際を申し込むとは……勇者だ。そういう思いが二人を大いに感心させる。

 そして、気になるルプスレギナの返答とは……。

 

「お断りするっす。ちゃんと、お慕いしてる人が居るっすからね!」

 

「え? 誰!? 俺よりハンサムな人!?」

 

 ルクルットが驚いているが、それはモモンガ達も同様だ。NPCのルプスレギナが慕う人物とは誰だろう。弐式のナーベラルや、ヘロヘロのソリュシャンからすると、彼女の場合は創造主である獣王メコン川だろうか。

 

「そこに居るモモンさんっす!」

 

「えっ?」

 

「はあっ!?」

 

 驚きの声は二人分。最初がルクルットで、後者がモモンガだ。二人とも固まったが、再起動したのはルクルットの方が早かった。この辺は女性経験の豊富さゆえだろう。

 

「も、モモンさんは……驚いてるみたいだけど?」

 

「そりゃ当然っす。今初めて言ったんすから!」

 

 その瞬間、室内に居た者の視線がモモンガに集中する。なんと答えて良いかわからないモモンガだが、ルプスレギナが言った言葉に一応嘘は無かった。だから人化した顔をカクカクと上下に振るしかない。

 

「お、驚いたところで……よろしければ早速出発しませんか?」

 

 凍りついたような、なんだこれといった微妙な空気の中、ペテルがモモンガに呼びかけた。無論、この状況を脱したかったモモンガは即答により了承したのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 会議室を出て、ペテルは一階の受付嬢に鍵を返すべく離れて行った。

 すぐに戻ってくるだろうが少しだけ時間があるので、モモンガは漆黒の剣とは少し離れてルプスレギナを問い詰める。弐式は「え? モモンさん達だけでどうぞ」とか言っていたが、こんな状況で逃がしてはなるものかと、モモンガは弐式も同行させていた。

 

「で……だ。ルプスレギナよ。何故、あのようなことを言った?」

 

「え? お慕いする相手はモモンさん……って言ったことっすか?」

 

 身長差により上から見下ろされたルプスレギナはキョトンとしている。

 

「理由……ならあるっす! 人間と揉め事を起こさないよう命令されてるっすから。穏便にお断りしたまでっす。ちなみに他意もあるっす!」

 

「そ、そうか……って、他意があるのかっ!?」

 

 聞いて思い返せば悪くない対応だったと思うが、他意はあると聞いてモモンガは目を剥いた。『至高の御方』なのだから、もう少し落ち着いて問い質すべきだろうが、状況が状況だけに落ち着けない。だがしかし……。

 

「……ふう。安定化されたか。で? 改めて聞こうか。他意とはどの部分だ?」

 

「お慕いしてるのは、本当ってことっすよ!」

 

 ……。

 再び、モモンガの精神が安定化された。

 度重なる安定化に気疲れを感じるが、今は死の支配者(オーバーロード)の身体なので、気のせいのはず。モモンガは気力を振り絞って弐式を見た。しかし、返ってきたのは首を横に振る仕草である。

 

(忍者が役に立たない……。てゆうか、どうなってるんだぁ?)

 

 現実(リアル)で居た頃。モモンガは女性との交際経験が無かった。こちらに転移して来てからだと、アルベドが好意を寄せてくれており、タブラとも合流できた上に『元から好きだった』とタブラとアルベドの双方から知らされたことで、なんとか気が落ち着きつつある。

 しかし、ルプスレギナに慕われる要素があっただろうか。 

 

「どうもわからんな。ナーベラルやソリュシャンを見ていると、お前の場合は獣王メコン川さんを慕うべきではないか?」

 

「獣王メコン川様のことは、偉大な創造主としてお慕いしてるっす。でも、モモン……ガ様に対する気持ちは別っす」

 

 辿々しくなりつつある口調で言うには、こうだ。

 ナザリックの僕らは例外なく、自身の創造主を至高の存在として認識しているが、それが必ずしも恋愛の対象になるとは限らない。そして、モモンガは至高の四十一人の中で、唯一ナザリックに留まりつつづけた存在である。ゆえに……。

 

「モモンガ様は、ナザリックの僕の中では『特別枠』なんです。私は、その……女として創造されてますから、毎日ナザリックに通っているモモンガ様のお姿を見てて、素敵だな……って」

 

 ルプスレギナは言い終えると、褐色の頬を赤く染めて俯いてしまった。

 

「ヤベェ。マジだ」

 

 弐式が面越しだが、口元に手を当てて後ずさる。もしも面をまくっていれば、人化した顔で手指をくわえていたかもしれない。

 

「俺、こんなラブ会話を間近で聞いてて良いのか!?」

 

「あ、逃げないでくださいよ! ……ルプスレギナ。そこの弐式さんは、どうなんだ?」

 

 弐式が「こっちに飛び火させる気っ!?」等と言っているが、モモンガとしては確認したかった。至高の御方と呼ばれるギルメン。それが今ではモモンガを含めて四人揃っている。その中で、モモンガが特別枠と言うのは本当なのだろうか。

 聞かれたルプスレギナがチラリと弐式を見て、その視線を受けた弐式はビクリと身を揺らしたが……。

 モモンガに向き直り、お日様のような笑顔でこう言った。

 

「やっぱり。私はモモンさんが一番っす!」

 

 そのすぐ後で「もちろん、弐式炎雷様は素敵っすよ? けど、私が弐式炎雷様に手を出したら、後でナーちゃんに殺されるっすよ~」と口を尖らせている。   

 

「あ、あの~……」

 

「はい?」

 

 かけられた声にモモンガが振り返ると、そこには戻って来ていたペテルが立っていて、申し訳なさそうに苦笑している。

 

「そろそろ……。一階に降りませんか?」

 

 つい先程、会議室を出た際。モモンガは同じような状況でペテルに促された。故に、これは二度目となるのだが、混乱しているモモンガが、そのことに気づくことはなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ルプスレギナとの会話は、割りと結構、ペテル達に聞かれていたらしい。

 猛烈に恥じたモモンガは、悟の仮面の下で激しく精神の安定化を繰り返していた。それでも一応は安定化しているためか、階段を降り始める頃には落ち着きを取り戻している。

 

(どうしよう、俺。落ち着いて考えてみれば、タブラさん公認で、元から俺が好きなアルベドが既に居るんだよな。でも……)

 

 自分を慕ってると言って笑うルプスレギナの笑顔が忘れられない。

 こんなに気の多い男だっただろうか。と自分を省みるも、答えは出なかった。

 

(だ、誰かに相談しなくちゃ……)

 

 だが、誰に相談すればいいのか。

 一緒に居て助けにならなかった弐式は論外だし、ヘロヘロだって女性関係の問題に明るいわけではない。そうなると、残るはタブラ・スマラグディナだ。

 彼は、もう一人のモモンガを慕う女性、アルベドの創造主である。彼ならば、何かの方向性をモモンガに示してくれるのではないか。例えば……。

 

『うちのアルベドが居るのに、他のギルメンの子と? 私は許しませんよ?』

 

 あるいは……。

 

『え? いいんじゃないですか? 現実(リアル)の法律とか、もう関係ないですし。英雄は色を好めばいいんです』

 

 とにかく、否定でも肯定でもいい。今はタブラの声が聞きたかった。

 一人の時間を見つけてナザリックへ戻ろう。

 そう考えていたところに、階下からモモンガを呼ぶ声がした。

 冒険者組合の受付嬢。その彼女は、すぐ脇に見知らぬ少年を立たせている。

 ……ンフィーレア・バレアレ。それが彼の名だ。

 そういったヘアスタイルなのか無精なだけなのか、目を隠すほど長い前髪により表情は窺えない。しかし、モモンを指名したいという口調からは、人柄の誠実さを感じさせた。

 

(ンフィーレア・バレアレって、さっきペテルさん達が言ってた有名人の薬師……の孫か。確か、あらゆるマジックアイテムを使えるって言う……)

 

 アイテム使用に際し、課せられた制限なども無視できるとのことで、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンさえ使用可能と目される強力なタレント(生まれながらの異能)保有者である。

 つまりは、モモンガを始めとしたナザリック地下大墳墓に属する者にとって、警戒すべき人物だった。その彼が、エ・ランテルに来たばかりの、しかも冒険者登録し立てで銅級のモモンを何故指名するのか。

 

「依頼内容は僕の護衛です。指名した理由は……酒場での乱闘騒ぎを聞いたからですね。魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながら、戦士職を一蹴できる腕っ節。きっとお仲間の方も、同じぐらいの強者と考えました。そんな方々が依頼料の高くない銅級とあっては、指名しないと損です。お得感が半端ではありません」

 

「ふむ、なるほど。納得できる答えです。しかし、お断りする」

 

 階段での立ち話。上方で立つモモンガは、その柔和とも言える顔を引き締めて言い放った。

 

「私は、先にペテルさん達の仕事を手伝うと決めていましてね」

 

「ちょっと、モモンさん!? 指名の依頼ですよ!?」

 

 ペテルが慌てている。見れば、ルクルットにダイン、それにニニャも目を丸くしていた。指名依頼というのは、それほど凄いものなのだろうか。

 

(掲示板に貼付けた依頼を入札公告とする。競争入札というやつだ。しかし、俺達だけが指名されたと言うことは、一社見積もりによる契約のようなものか……。確かに、高く評価されている様だし、冒険者としては鼻が高いことだろうな)

 

「しかし、先約優先です。指名だからと言って、反故にするわけにはいきませんね。そんなことをすれば……私共の値打ちが下がりますので」

 

 冗談めかして言ったモモンガであるが、それを聞いたペテル達、いや、その場に居合わせた冒険者達から感じ入ったようなどよめきが起こる。

 モモンガは「行きましょう」とペテルに声をかけたが、ペテルが動かない。

 

「どうしました?」

 

「モモンさん。冒険者登録したばかりで御存知ないようですが、指名依頼は冒険者にとって宝です。認められた証しです。それを……」

 

 頭から断ったのでは、将来的にモモン達が大成しても、指名依頼がされにくいことになるのではないか。

 

(ペテルさん。俺達のことを……心配してくれてる?)

 

 途中までつまらなく感じていたモモンガは、ペテルの思いを察し、考え込む。

 会っても間もない自分達をここまで気にかけてくれるとは……とんだお人好しだ。今、悟の仮面の下は今は死の支配者(オーバーロード)だが、にもかかわらず、ペテルのお人好しぶりは心地よかった。

 モモンガが弐式に視線を向けると、親指を立ててサムズアップしている。これからモモンガが取る行動を察し、賛同しているということだ。

 

「わかりました」

 

 その一言をペテルに対して言うと、モモンガは階段下のンフィーレアに向き直った。

 

「話だけでも聞いてみましょう。それから決めるということで……」 

 

 モモンガ達は先程使用していた会議室を借りなおし、ンフィーレアの話を聞いたが、内容は一頭立ての馬車を含めた彼の護衛。期間は近くの森へ行き、薬草の採取を終えてエ・ランテルに戻るまで。なお、薬草採取の手伝いも依頼に含んで欲しいとのこと。

 これはペテルの言によれば割の良い仕事であるらしい。しかもンフィーレア・バレアレはエ・ランテルの名士だ。彼の指名依頼を引き受ければ、モモン達の名声も高まることだろう。

 これらの要因及び判断からモモンガは、ンフィーレアの依頼を引き受けることにした。

 ただし、モモンガら『漆黒』だけでなく、ペテル達『漆黒の剣』も加えた上での話だ。

 実のところ、警護任務ならモモンガ達だけで十分事足りる。何せ、忍者として極めたレベル100プレイヤー、弐式炎雷が居るのだ。彼が分身体を作り出せば、ンフィーレアが乗った馬車の護衛など容易いことだし、その優れた察知能力を擦り抜けて接近できる者は限りなくゼロに近い。また、弐式が居れば薬草採取にだって貢献できることだろう。

 だから、本来であれば、漆黒の剣を加える必要はない。

 しかし、先に親切にして貰ったことをモモンガは忘れていなかった。報酬は分割されて減るだろうが、ペテル達に恩なり借りなり返せるのであれば、安いものだ。一方、誘われたペテル達は大いに喜んでモモンガの申し出を受けている。

 そして、依頼人たるンフィーレアも了承したので、漆黒及び漆黒の剣による二パーティー合同……七人での警護任務が決定した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 夜。

 エ・ランテルでは、一つの騒動が発生している。

 先日、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが捕縛した、バハルス帝国騎士を騙るという法国軍人。ベリュースが、駐屯部隊の詰所……留置所内で死亡したのだ。それも自殺や病死ではなく、刺殺。つまりは殺されたのである。だが、驚いたことに彼を殺したであろう者は、同じ牢内に居た。それも死体でだ。人数は三人で、全員男。身元を明かすような品は何一つ所持しておらず、駐屯部隊の隊長を混乱させた。

 彼としてはガゼフを頼りたかったが、ガゼフは王都からの急な連絡によって呼び出され、先日、エ・ランテルを後にしている。だから、今回発生した事件については駐屯部隊で処理をするか、エ・ランテルの市長に報告して相談するしかない。

 軍の面子からすれば、自分達で処理するのが一番であるが、更に駐屯部隊隊長を混乱させることがあった。

 ベリュースの副隊長を務め、共に捕縛されていたロンデス・ディ・グランプ。彼が牢から姿を消していたのだ。ベリュースが殺害されていたが、それには加害者らしき者達の死体があるので、単独で逃走した可能性がある。

 駐屯部隊は人数を割き、密かに都市内の捜索を始めるのだった。

 一方、当のロンデスはと言うと、着の身着のままエ・ランテルの都市内……主に路地裏などを伝って逃げ回っている。都市外に逃げようにも武器は無いし、あったとしても三重の城壁をどうくぐり抜けるのか。さっぱり手立てが思いつかない。

 

「あの悪魔め! どうせ逃がしてくれるなら都市外へ……。ああ、丸腰で城壁の外なんかに出たらモンスターに襲われるんだったな! 糞っ!」

 

 ロンデスは文句を言いながら人目を避けての移動を再開する。表通りは歩けないから、一々移動に時間がかかるのがもどかしい。

 

(なんで、こんな事になったんだ……)

 

 思い出すのは自分が牢から出ることになった経緯だ。

 夜になって寝ようとしたところ、隣の牢……ベリュースが居た牢から悲鳴が聞こえた。直前には「ほ、法国の者か? 私に何をグァ!」という声が聞こえてきたので、ベリュースに危害を加えた者は法国の手の者らしい。

 法国関係者が、なにゆえベリュースを害しようとするのか。思い当たるところでは口封じであろう。ベリュースやロンデスは国籍を偽って、リ・エスティーゼ王国の村を襲撃していたのだ。それが法国所属の者だと確認されたなら、人類国家の中で法国の立場が傾く。

 そうなる前に始末しに来たのだろう。

 となれば、次はロンデスの番だ。ナイフ一本所持していない状況で、法国の暗殺者……事によると聖典部隊の可能性がある者に襲われたので、助かる見込みは無い。

 額に汗し、石壁に貼りつくようにして身構えていたロンデスだが、続けて隣の牢から数人分の悲鳴が聞こえたかと思うと、外から格子戸が開き、黒い悪魔が姿を現した。

 

「な、ななな、悪魔っ?」

 

 それはモモンガが命じてつけていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)だったが、彼は人差し指を立てて口に当てると、ロンデスに歩み寄る。

 

「至高の御方の命により、お前を解放する。何処へなりと行くがよい」

 

 そう言うなり影の悪魔(シャドウ・デーモン)はロンデスを影に取り込み、ベリュースの悲鳴を聞きつけて騒ぎが起こっている駐屯部隊詰所を離れるや、とある路地裏にてロンデスを放り出した。

 その後は速やかに姿を消してしまったので、状況が把握できず尻餅をついたままのロンデスが路地裏に残されることとなる。

 無論、そこで座っていては再び捕縛されるだけなので、ロンデスは当てもなく都市内を逃げ惑うこととなるのだった。

 そうして辿り着いたのがエ・ランテルの西区であったが、この辺りは墓地があり、死体がアンデッド化するために人通りは少ない。その上、今は夜だ。なおのこと人影は見えず……いや、一人居る。

 それはマントを着用した女性だ。

 月明かりに照らされた金髪がキラキラと輝いているが、その女はボウッと立ち尽くすロンデスを見るや、あっと言う間に距離を詰めてきた。その動き一つ取っても、ロンデスでは太刀打ちできない強者だというのがわかる。

 

「あっれ~? こんな時間に墓参りぃ~? しかも丸腰~。そんなんだとアンデッドに囓られちゃうかもぉ~。それか私に、痛い痛いされちゃうかも~」

 

 からかうような口調と共に向けられたのは殺意ではなかった。それは、まるで子供が玩具を見つけたような……肉食獣が獲物を殺す前にいたぶるような。そう言ったイメージである。つまり、今のロンデスは命の危険にさらされているのだ。

 

「な、何を……。もう私は王国の敵ではないぞ!?」

 

「あふ~ん。私だって王国の兵士じゃないし~。でも今はぁ、人を殺したい気分かもぉ~」

 

 明らかに普通ではない。狂人の類だろうか。あるいは、その気のある殺人鬼の可能性もある。

 

(抵抗する! いや、明らかに俺よりも強い! まるで隙が……)

 

 何処に殴りかかろうと、いなされるイメージしか湧いてこないのだ。その後は何らかの一撃を貰うことになるが、それを受けて立っていられる自信はロンデスには無かった。

 こんな馬鹿な話があるだろうか。

 不本意な任務には失敗し、人智を超えた魔法詠唱者(マジックキャスター)らと出会い、捕縛され……件の魔法詠唱者(マジックキャスター)の手の者らしい悪魔に逃がされたと思えば、墓場の前で頭のおかしな女に殺されようとしている。

 

「お、俺は法国に帰らねば! ……あ、いや……」

 

「んんっ!?」

 

 ロンデスが口籠もり、女はニヤついていた表情を訝しげなものに変えた。

 ロンデスが口籠もった理由は、このまま法国に帰って良いのか……と思った事による。何しろ隊長のベリュースが口封じのためか殺されたらしいのだ。自分とて、このまま法国に帰っては殺されるかもしれない。

 とは言え、せっかく逃げ出せたのだから、王国の、この都市の駐屯部隊に出頭し直すのもマヌケな話だ。そうなると行き場所を模索しなければならないが、祖国である法国が駄目で、王国側に出頭する気もないとなると、バハルス帝国に行くべきだろうか。

 ……馬鹿げた話だ。自分はバハルス帝国騎士と身分を偽って王国の村々を襲撃したのだ。リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は長年の交戦状態にあるが、自国騎士を騙って余所の国で殺人行為を繰り返したような者を、帝国側が受け入れるだろうか。否である。

 アーグランド評議国や聖王国なども思い浮かんだが、この場所からでは遠すぎるし、やはり自身が犯罪者であることを考えれば避けた方が良いだろう。

 

(何としても、この場を乗り切り……残る、あの場所へ行くしかないな……)

 

「あのさあ?」

 

 女が話しかけてきた。先程までの狂気は霧散しており、戸惑いのような表情が見て取れる。年の頃は二十歳前後だろうか、整った顔立ちであり猫のような雰囲気を持っている。

 話しかけてきたと言うことは、交渉の余地があるかもしれない。

 ロンデスが発言の続きを待っていると、女が金髪を手でクシャリと掻き、口を開いた。

 

「あんた。ひょっとして、法国の……軍人? 王国の都市で何やってんの? 見た感じ風花や火滅じゃなさそうだし。強さから言って陽光や漆黒の新人にも見えないしぃ~」

 

 口から出る言葉に、六色聖典の名が幾つか折り込まれており、ロンデスも女が法国の関係者だと悟る。

 

「俺は、ロンデス・ディ・グランプ……」

 

 ロンデスは正直に語り出した。機嫌を損ねて「やっぱり殺す」となっても困るし、このような問いただし方をしてくる以上、自分の口封じをしに来た者ではないのだろう。

 自分達の任務について。その任務に失敗したこと。途轍もない強者に会ったこと。捕縛されたが、その強者の手の者によって脱走したこと。行くあてが無く、自分を誘ってくれていた強者の元へ行こうとしていたことなど。すべてを喋った。

 

「ふ~ん……。だ、第七位階……ねぇ」 

 

 最初、胡散臭そうに聞いていた女は、強者……モモンガが使用した第七位階魔法<爆裂(エクスプロージョン)>のことを聞き、その顔を引きつらせた。

 

「嘘ではないぞ? 陽光聖典の隊長という男も、声が出なくなるほど驚いていたからな」

 

「ニグンか……。これは……そっちに乗り換えた方がいいかも……」

 

「うん?」

 

 何やら言い出した女に、ロンデスは語ることを止める。女はと言うと、ニンマリ笑って話しかけてきた。

 

「いや~。いい話を聞いちゃったぁ。私ぃ、実は行くところが無くて~。ついでに言うと法国から逃げて来てるし、追われてたりするのよね~」

 

「なんだと? おま……いや、君もか……」

 

 ロンデスは別に気を許したわけではない。先程、この女に殺されかけたのだ。しかし、似たような境遇であると聞かされたロンデスは女の話を聞く気になっていた。

 

「にひっ」

 

 ロンデスの態度が軟化したと見たのか、女はニパッと笑って自己紹介を始める。

 

「私、クレマンティーヌ。腕っ節には自信があるんだけどぉ、さっき言ったように逃げてるところなわけ~。あんたが言うほど強い奴の拠点があるって言うなら、私もお世話になりたいな~」

 

 女……クレマンティーヌは、「そういう事なら……」と首を縦に振るロンデスを見て、ニンマリと笑った。

 

(第七位階とか眉唾だけど。ニグンが見て信じたって言うなら、その位階ぐらいの強さはあるってことよね~。匿ってもらうか、駄目ならお宝でも頂いて逃げよっと)

 




全話で15000文字を超えてましたので、少し削って第20話に移しています
と思ってたら実は一桁間違えてまして、これはお恥ずかしい
ルプスレギナ……
原作のルクルットのあのシーンを書いてたら、いつの間にか告白してました
ナーベと差異をつけたかっただけなのですが
この先どうなるかは未定……

途中の弐式さんの台詞ですが

普段は世を忍ぶ仮の姿。 ……スーパーマン
しかして、その実体は ……多羅尾伴内
正義を愛する人 ……月光仮面

みたいな感じです。
世を忍ぶ仮の姿と言えば歌の上手な悪魔も連想しますが、他二つに合わせてみました。



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第21話 またその方々に会える日が来ますよ

「第七位階? 本当のことか? 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーイン」

 

 薄暗い聖堂。その奥の祭壇前で立つ温厚そうな老人が、跪くニグンに問いかけた。職名と並べてフルネームを呼ぶ。多少持って回った物言いのように思えるが、これは陽光聖典隊長としての立場にかけて、真実の情報であるかと確認しているのだ。

 ニグンの前に立つ男。その名をドミニク・イーレ・パルトゥーシュと言う。

 法国の風の神官長であり、かつての陽光聖典隊員でもある。

 

「はっ! 神官長様! 私と隊員達は見ました! 人智を超える強大な破壊力を! そして最高位天使を容易く屠ったことからも、第七位階到達者であることに間違いはないかと……」

 

 ドミニクは暫し黙した後、諭すような口調で話しかけた。

 

「ふむ。第七位階到達者か。なるほど、現地を監視していた土の巫女が謎の大爆発で死亡し、その他大勢の被害者が出たが……。そういう事であったか。恐るべし、アインズ・ウール・ゴウン。その様な大魔法を、監視魔法に対する報復目的で使用するとはな」

 

 ニグンはモモンガから聞かされていたのと、帰国時にも神官達から聞いていたので、事態は把握している。やはり、見せつけられた第七位階魔法<爆裂(エクスプロージョン)>は、法国の神殿においても炸裂していた。粉砕された神殿を見たわけではないが、その被害状況は容易に想像ができる。

 

(この件について報復するべしと、討伐部隊でも派遣されたら……)

 

 例えば六色聖典最強の漆黒聖典が出たとしてアインズ・ウール・ゴウンに勝てるだろうか。答えは否である。ニグンは自信を持って否と言えた。何故なら、あの場にはアインズ・ウール・ゴウンの他、彼と立場を同じくするであろうと思われる者が二名居たのだ。

 その二人が、アインズ・ウール・ゴウンと同じ程度の実力を有するとしたら……。

 どう考えても勝ち目は無いだろう。

 漆黒聖典は滅ぼされ、その報復として法国が滅ぼされる。

 その結末だけは何としても回避しなければならない。

 

「ニグンよ。汝が見たこと、真のことであったとしよう。だがな、第七位階までだと思うか?」

 

「はっ?」

 

 問いかけの意味が良くわからず、ニグンは顔を上げる。見下ろしてくるドミニクの顔は、平静。しかし、祭壇の蝋燭に照らし出される顔色は良くない。

 

「使用できる位階が第七までだとしたら、その様に軽々しく汝に見せると思うか?」

 

「そ、それは……」

 

 確かに、ありえない。

 第七位階が使える上限だとしたら、そのすぐ下の第六位階の魔法を使ったり、見せたりするのではないだろうか。かの三重魔法詠唱者(トライアッド)。バハルス帝国が誇る人類最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインとて第六位階が限度なのだ。

 そしてニグン達を驚愕させるには本来、第四ないし第五位階でも十分事足りる。

 なのに、何故あっさりと第七位階魔法を見せたのか。

 

「私が思うに、その者は第八位階を修めているのではないか」

 

「だ、第八位階……。大儀式と<魔法上昇(オーバーマジック)>を併用し、巫女様が叡者の額冠を着用することで、初めて行使できるという。あの……」

 

 ドミニクは「私の推察に過ぎないが……」と言うが、ニグンは安心できなかった。現地で見たアインズ・ウール・ゴウンが、あまりにも簡単に第七位階魔法を行使したからだ。ならば、少し無理をして第八位階魔法を使えたとしても何もおかしくはない。

 

「事によると……アインズ・ウール・ゴウンと、彼の仲間らしき二人の人物。彼らは神人。いや、百年に一度現れるという、ぷれいやーなのかも知れぬな……」

 

「まさか……そんな……」

 

 それは帰国する途上、ニグンも考えたことであった。気の迷い、あるいは小さな可能性かと思っていたが、こうして風の神官長から語られると真実味を帯びてくる。

 

「我らが仰ぐ神。偉大なりし六大神と出身を同じくするとしたら、やはり神なのであろう。……八欲王の如き、悪しき者である可能性もあるが……。そのアインズ・ウール・ゴウンという御仁、人柄はどうであった? 他の者……いや他の方々は?」

 

 ニグンは出会った時点、及び戦闘になりかけた場面。更には第七位階魔法を見せられたときのことを思い出してみた。

 

「気さくな、そう……気さくな方々だと見受けました。ただし、敵に対しては一切容赦が無いとも感じております。軽々に戦いを挑むべきではないかと……」

 

「なるほど……。この一件は、私が単独で判断するべきではないな。私から六色聖典の取り纏め役たる、レイモン殿に話を持って行こう。汝もついて来るが良い」

 

「はっ! 承知いたしました!」

 

 ドミニクはニグンの返事を聞くと「当然と言うべきか、最高神官長様にまで話が行くであろうな……」と呟き、聞いていたニグンは事が大きくなっていくことを実感する。

 

「それにしても何故、私なのだ? 本来であれば、レイモン殿の所へ報告に行くべきであろうが。いや、言わずともわかっている。事の重大さにおののき、陽光聖典ゆかりの私に先ず相談したくなったのだろう」

 

 歩き出したドミニクの言葉に、ニグンは立ち上がりながら頭を下げた。

 

「はっ。御指摘のとおりです。恥じ入るばかりで……」

 

「聖典の隊長ならば、もう少し胆力があっても良いと思うが。ま、事が事だからな。私とて、本来は最高神官長様の所へ直行すべきなのだが……」

 

 ドミニクはクククッと笑う。

 

「レイモン殿に判断を投げてしまおう……とな。こういう時、年下とは言え上役……いや、纏め役は便利だ」

 

 どう反応して良いかわからないニグンは、「はあ」と生返事をしたが、ドミニクが話題を変えてきたことで、気を取り直した。だが、その内容を聞いて目を剥くこととなる。

 

「ところで汝は聞き及んでいるか? 漆黒聖典の第九席次が脱走したという話を……」

 

「え? はっ!? 確か、クレマンティーヌでしたか。は、初耳ですが……」

 

 ここのところ任務で出ずっぱりだったニグンは、今聞かされた話題についてまったく感知していなかった。

 クレマンティーヌ。年の頃は二十歳か少し上で、高速突撃を得意とする戦士だ。実力はガゼフ・ストロノーフを上回ると目されているが、性格は破綻している。殺人を好むのだ。その性格の歪みが生来のものか、育った環境によるものかは定かではない。だが、脱走する理由についてはニグンは心当たりがなかった。

 

「しかも法国の最秘宝、叡者の額冠を奪った上でな」

 

 ニグンは立ち眩みを起こしそうになる。

 

「あの最秘宝をですか!?」

 

 叡者の額冠とは先程、ドミニクが第八位階魔法について触れた際、ニグンが連想したマジックアイテムのことだ。

 見た目は蜘蛛の巣状のサークレット。極細の金属糸、その所々に小粒であるが無数の宝石がつけられ、水滴が付着した様に見える。

 効果は着用者の自我封印を条件として、着用者自身を超高位魔法を行使するためのアイテム化させること。一度装着すると、次に取り外した際に着用者が発狂するというデメリットがあった。

 

「それが奪われたとなると、装着していた巫女様は……」

 

「うむ。闇の巫女であったが発狂した。惜しいことであるし残念なことである。……可哀想でもあるな」

 

 付け足すように『可哀想だ』と述べたドミニクに、ニグンはチクリとした胸の痛みを感じたが、敢えて触れることなく話題を続けている。

 

「クレマンティーヌには追っ手がかかりましょうか? また、叡者の額冠をどうするつもりなのでしょう?」

 

 カツンカツンと、通路には二人が歩む音が響いていた。

 聞かれたドミニクは、面白くもなさそうに鼻を鳴らしている。

 

「追っ手なら既に風花聖典が出ている。遠からず発見できることであろうよ。土の神官長、レイモン殿は息巻いていたな。何しろ古巣での失態……必ずや誅殺する! とのことだ」

 

 続いて叡者の額冠の用途であるが、魔法詠唱者(マジックキャスター)でないクレマンティーヌでは使用できないはずだ。装着すれば、ただ単に自我封印されるだけのことで、その場で立ち尽くし、時間経過とともに体力切れとなって昏倒するだろう。

 売りさばいて現金に換えるとしても、あれほどのマジックアイテムを購入できる者が居るとは思えない。そもそも、金に困ったのであれば、追いはぎでもすれば良いのである。クレマンティーヌであれば容易なはずだ。

 

「故に金目当てでもないのだろうが。ふむ、見当はつかないな。まあ碌でもないことを企んでいるのは確実だろう……」

 

 その後、ニグンはドミニクに連れられ、レイモンと面会することになる。ニグンからの報告を受けたレイモンは仰天するや、他の神官長らを集め、最高神官長をも加えた神官会議を行うこととした。

 その結果、ニグンらの任務を妨害したこと、土の巫女が死亡した責任。これらを当面は不問にすることとし、友好的な接触を図ることとなる。

 幸いなことにアインズ・ウール・ゴウンの拠点に近い場所、カルネ村には陽光聖典隊員が二名残されており、接触は容易いだろう。

 出立するのはレイモンと漆黒聖典。そしてニグンだ。

 漆黒聖典に関しては別命を帯びて行動中であるが、風花聖典隊員を使って、至急本国に戻るよう伝達することも決定されている。

 そして、これら一連の会議内容に決定事項は、念の為、影の悪魔(シャドウ・デーモン)を排し、単身で忍び込んでいたハンゾウによって余すことなく聞き取られ、<伝言(メッセージ)>によりデミウルゴスへと報告されるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 時系列的に言えば、スレイン法国で重大な会議が開かれていたのは、モモンガ達が登録目的で冒険者組合に入った頃である。

 一方、クレマンティーヌがロンデスと接触したのは、モモンガ達がンフィーレア警護の依頼を請けて出立した日の夜であった。

 この内、先にモモンガの耳に到達したのは、スレイン法国から得られた情報となる。

 

「ほう? 友好的な接触と来たか」

 

 日中、街道で出没した小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)を、鎧袖一触で殲滅した後、モモンガはデミウルゴスからの<伝言(メッセージ)>を受けて、一人街道を離れていた。

 街道を離れると言っても、会話が聞こえない程度に離れただけであり、離れる理由も知人からの<伝言(メッセージ)>が入ったのだ……と、実にストレートなものである。

 転移後世界では信用がおけないとされる<伝言(メッセージ)>。それを平気で使用するモモンガを見てニニャが驚いていたが、プレイヤーであるモモンガにとっては共感しがたい感覚であった。<伝言(メッセージ)>はモモンガ達にとって、実に便利なのだ。

 

(『はい。アインズ様。ありがたいことに、攻性防壁での被害や、ニグンらの邪魔をした件については一時不問とするとのことです』)

 

 デミウルゴスの声に僅かながら怒気が混じっている。

 こめかみに指を当てながらモモンガは首を傾げたが、すぐに思い当たった。

 人間達から『不問にする』『大目に見てやる』的なことを言われて、怒っているのだ。

 

(口で『ありがたい』って言ってるんだから、そう思っておけばいいのに。俺なんか、賠償金を払えとか言われなくて良かっ……まあ、言われても無視したけど)

 

 先に覗き見して、こちらの攻性防壁に勝手に引っかかったのだから、モモンガ的に非難される筋合いはないのである。

 

「我らナザリックの者にとって、人類至上主義国たるスレイン法国は警戒に値すべき国だ。だが、友好的に接触してくれると言うのであれば、無碍に扱うことはない。油断はできないし、警戒は必要だがな。ふむ、今の仕事が済んだら速やかにナザリックに戻ることとしよう。ヘロヘロさん達との協議が必要だ」

 

(『承知いたしました!』)

 

 一転してデミウルゴスの声が喜色に染まった。

 どうやらモモンガの口から、「ギルメン全員で戻る」という言葉が出たのが嬉しいらしい。

 見た目、出来るビジネスマンといった容貌のデミウルゴスなのに、モモンガは『可愛い』と思ってしまった。

 

(姿見えてないのにな~。尻尾振ってる姿が想像できちゃうし……)

 

(『カルネ村近くの森で滞在している陽光聖典隊員。彼らに連絡を取るとのことですので、動きがありましたら逐一報告させて頂きます』)

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 <伝言(メッセージ)>を終えたモモンガが戻ると、馬車周りでは漆黒の剣や弐式達が小鬼(ゴブリン)の耳を切り取るなどしていた。聞けば組合に提出する討伐対象の部位を採取しているとのこと。モンスターによって持ち帰る部位は様々だが、小鬼(ゴブリン)のような亜人の場合は、耳を持ち帰るのが通例らしい。

 

(ドロップアイテムが出ないとか。こういうところはゲームじゃないんだな~)

 

 思わぬところで感心しつつ、モモンガは移動を再開するという一行に再度加わる。そして、弐式にデミウルゴスの報告を伝えつつ街道を歩き出すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテルからだと東北にあるカルネ村。

 そこを経由地として滞在拠点を確保、森に向かうというのがンフィーレアの提示した行程である。薬草の採取量にもよるが概ね三日ほどを要するとのことだ。

 ンフィーレアが乗る馬車を護衛しつつ街道を進むモモンガ達は、前述のとおりモンスターの襲撃を撃退した後、日が沈む少し前から野営の準備を始めている。

 まず、街道脇の一辺二十メートルほどの範囲を野営地とし、そこを囲うように木の棒と鈴を併用した警戒装置……鳴子を設置した。これは同行冒険者としてモモンガと弐式に割り振られた作業だ。もっとも『器用度』を兼ねる『すばやさ』がべらぼうに高い弐式が居るため、その作業自体はあっと言う間に完了している。モモンガとしては割り振られた作業の中で、棒一本立てるだけに終わって心苦しかったが、続いてニニャが<警戒(アラーム)>をかけて回り出したので、それについて歩くことにした。

 ユグドラシルには無かった魔法なので、興味津々なのだ。

 弐式は「俺は他の作業を手伝ってきますから」と言って離れ、ルプスレギナはダインと共に夕食の準備に取りかかっている。結果としてモモンガは、同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャに、一人で同行することとなった。

 

(知らない魔法か~。種族の特殊技術(スキル)、黒の叡智で習得魔法数は増やしたけど、もう一杯だし。何か生贄の儀式とかで、新しい魔法を覚えられないものか……)

 

「あの、モモンさん? そんなに見られると、何だかやりにくいです。面白いものでもないですし」

 

「十分に興味深いですよ? 私では使えない魔法ですから」

 

「え? でも、モモンさんは第三位階まで魔法が使えるんですよね?」

 

 意外に思ったのかニニャが手を止めて聞いてきた。

 先の人食い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)らの襲撃を撃退した際、弐式が真っ先に敵中へ飛び込み、素手で小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の首をはね飛ばしている。だが、ニニャが注目したのはモモンガだ。モモンガは第三位階魔法の<雷撃(ライトニング)>を、一度の詠唱で三射線放っていたのである。これは良いところを見せようとしたモモンガが<魔法三重化(トリプレットマジック)>を併用し、重ねるのではなく、三対象に向けて同時射出した結果だ。

 これがニニャにとっては、途轍もない行為に見えたらしい。その『途轍もないモモンさん』が第一位階の魔法を使えないと言ったので、彼は目を丸くした。

 

「何だか、信じられないです」

 

「師匠の教え方が偏ってたのかもしれませんね」

 

 もちろん、モモンガに師匠など居るはずもない。ユグドラシル時代にモンスターを狩りまくって経験値を溜め、時には必要なアイテムを用立てて魔法の位階を上げ、増やしていっただけのことだ。

 ニニャからは師匠について聞かれたが、すでに死んだとか名前については教えて貰えず『師匠』とだけ呼んでいたなどと言って誤魔化している。

 その後、ニニャからは魔法を教わりたいと言われたが、冒険者パーティーが別なので無理ということにした。

 

(機会があったら、魔法書なんかのアイテムを渡してみるのも良いかもな。こっちの世界の人間にも使えるのか?)

 

 モモンガが考えたのは、第三位階の使用制限を解放するための、魔法冊子のことである。これを使用することでステータス値の『魔法攻撃』と『魔法防御』が上昇し、能力値が一定以上に上昇すれば、経験値に応じて第三位階魔法を修得するというものだった。

 こちらの世界に来てからモモンガは何度か読んでみたが、書いていることが難しすぎて理解ができない。その点からも、この訳のわからない本と化した魔法書アイテムが、ニニャにとってどう効果を及ぼすのか、モモンガは検証したいと思っていたのである。

 

「ダインさん。お肉、切り終えたっす!」

 

「なかなかの手際なのである!」

 

 モモンガがニニャと語り合ってる頃。ルプスレギナは、夕飯の支度をしているダインの手伝いをしていた。

 モモンガや弐式がやると、焼いた肉は炭になったり、切ろうとしていた野菜がペースト状になったりと、過程を認知できずに駄目な結果が生じてしまう。これはどうやら有する特殊技術(スキル)に、料理に関したものがあるかどうかに掛かっているらしい。ところがルプスレギナは、料理スキルを持っていないにもかかわらず調理行為が可能だ。モモンガと弐式は不思議に思ったが、ルプスレギナに聞いたところ、「獣王メコン川様から、『料理の出来る()』だとして定められたからっす」とのこと。

 つまりは、フレーバーテキストで定められているからそうなっていたらしい。モモンガが異世界転移の前にアルベドの設定を書き換えて、それが転移後のアルベドに影響を及ぼしたようなものだ。

 これを知ったときの弐式の落ち込み様は、モモンガには見ていられなかった。もっとも気の毒すぎて見られないという意味ではない。弐式がナーベラルをポンコツ仕様と定めたことを後悔しているように、モモンガもパンドラズ・アクターの設定に関して後悔する部分が多く、弐式同様、落ち込んでしまったからだ。要するに弐式を心配するどころではなかったのである。

 結果として二人して落ち込んだのでペテル達には心配させ、ルプスレギナもオロオロしていた様だが、夕飯の支度が終わると事態は収束した。

 時刻は地平線に夕日が隠れる頃。皆、空腹を覚えていたので『とりあえず食べよう』という空気になったのである。

 完成した料理は、塩漬けの燻製肉で味付けしたシチュー。他に堅焼きパンと乾燥イチジク。ナッツ類だ。

 一口食べてみたモモンガと弐式は、ナザリックでの食事とは比べるべくもないが、その美味しさに瞠目する。元居た現実(リアル)では絶対に体験できない、野外での自炊。そうして用意した料理であるからこそ、格別な味わいなのだろう。

 思い返してみれば、エ・ランテルを出てからの全てが新鮮で楽しかった。青空の下で陽光を浴び、風に吹かれながら旅をする。これをVRではなく身体で体感できることの何と贅沢なことか。

 

(「弐式さん。俺、こっちに来られて本当に良かったです」)

 

(「ですね。何だろう、夢みたいだ……。今頃はヘロヘロさんも、同じ気分を味わってるんですかね」)

 

「美味しいですね!」

 

 声をしたので視線を向けると、ニニャがお椀のシチューを口に運び、朗らかに笑っている。

 やはり美形だ。この世界は美形率が高く、ペテルもハンサムだし、ルクルットもペテルの上を行くぐらいには美形である。それにつけてもニニャは男性なのに愛らしく、モモンガとしては自分の性癖を信じられなくなるところだった。

 それが解消されたのは、弐式から「モモンさん。あのニニャって子、女の子ですよ?」と耳打ちされたときで、弐式の有する特殊技術(スキル)により判明したらしい。驚いたことに、ルプスレギナは出会ったときから勘づいていたと彼女から聞かされている。

 

「女特有の血の臭いが……あ痛っ」

 

 小声であったが下品なことを言おうとしたので、弐式から軽くデコピンをされるルプスレギナであった。

 ニニャの性別判明はさておき、食事は楽しく進んでいく。

 主な話題はモンスター襲撃時のモモンガ達の戦いぶりだ。

 モモンガの<魔法三重化(トリプレットマジック)>使用による<雷撃(ライトニング)>や、弐式の風のように舞う動きで首をはねていく戦いぶり。そして、杖状の長尺メイスを振り回して戦うルプスレギナの姿についてなどだ。

 中でもルクルットが「惚れ直しました! 付き合ってください!」等と言い、さすがに気を悪くしたのか、それとも演技なのか……ルプスレギナが膨れっ面となった一幕も生じている。

 

「しつこい人は嫌いっす。と言うか、何もモモンさんの前でやらなくてもいいと思うんす」

 

 これによりルクルットは頭頂部にペテルのゲンコツを貰うこととなったが、モモンガと弐式は苦笑するしかなかった。もっとも、少し前にルプスレギナから告白をされていたモモンガはドギマギしてもいたのだが……。

 話題は更に転換され、漆黒の剣の目的が、英雄譚等で知られる十三英雄……その一人の黒騎士が所持していたと言われる、四本の剣の所有にあると聞かされている。

 闇のエネルギーを放つ魔剣キリネイラム。癒えない傷を与える腐剣コロクダバール。掠り傷でも死に至る死剣スフィーズ。能力不明の邪剣ヒューミリス。

 モモンガとしては、シャルティアの修得した職業(クラス)……カースドナイトの特殊技術(スキル)……闇の波動を放ったりする……に似た話を聞いて興味を抱いている。

 

(色々調べてみないと何とも言えないけど。何だか面白そうだ……)

 

 モモンガが一人考えている間に、目的とする剣の内の一つ、魔剣キリネイラムは王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のリーダーが所有していることがンフィーレアより語られ、ペテル達は少しばかり落胆した様子だった。だが、たちどころに気を持ち直し、残り三本の発見と取得を誓い合う。 

 それまでは、小さな宝石を四つ柄にはめ込んだ漆黒の短剣が、冒険者パーティー漆黒の剣の印になるとのことだ。そうやってペテル達が「今聞いた話は、ニニャの日記に書いておこうぜ!」などとワイワイやっているのを見ると、モモンガと弐式は何だかホッコリした気分になる。

 

「皆さん、本当に仲が良いですね」

 

 温かくなった心のまま口に出すと、ペテル達はキョトンとした様子を見せた。

 続けてモモンガは「冒険者とは皆、こういう者なのか」と聞いてみたが「命がけだから、団結する」「異性が居ると上手くいかない。揉め事の種だ」と聞かされ、ニニャが微妙な表情になっているのを目撃している。

 

(あ~……パーティーメンバーには内緒にしてるのかな? じゃあ、触れない方が良いか)

 

「チームが一つの方向を向いていると、行動がまとまりますし」

 

 一瞬気まずくなりそうになった空気を払うべく、モモンガは意見を述べたが、これに対してペテルから質問が飛んだ。

 

「モモンさんは、ニシキさんやルプスレギナさんの他に、お仲間が居るんですか?」

 

「居ますよ? ヘイグという武道家ですが、今は別行動中です。他にも一人居まして。それと後は……もう少し人数が居たんですが……」

 

 ペテル達は冒険行の中で仲間を失ったのだと解釈したが、モモンガは笑って否定する。

 自分は彼らを探しているのだと、モモンガは説明した。

 かつて自分が弱かった頃、一人の聖騎士に助けて貰ったこと。助けてくれた彼に四人の仲間を紹介され、最終的に九人でチームを組んだことなどを語っていく。

 

「ひょんな事で離れ離れになってしまいましたが、聖騎士、刀使い、妖術師、料理人、鍛冶師……。最高の友人達でした。幾多の冒険を繰り返しましたが、あの日々は忘れられません。そんな彼らに再会するべく、私達は旅を続けているんですよ」

 

 友人。それを知り、得ることができたのは彼らのおかげである。現実では誰も手を差し伸べてくれなかったが、ユグドラシルではそれがあった。

 この思い出があったからこそ、モモンガは一人でナザリック地下大墳墓に留まって踏ん張り、維持費を稼いできたのだ。

 

「モモンさん。今の話だけど、俺のことが抜けてる」

 

 弐式が自分を指差しているが、モモンガは「弐式さんは今居るから省略しました」と言い放つ。そのじゃれてる二人の姿が、ペテル達の笑いを誘ったが、やがて笑いが収まるとニニャが話しかけてきた。

 

「いつの日にか、またその方々に会える日が来ますよ」

 

 それは社交辞令的な言葉だったのかもしれない。あるいは、本心から同情してくれたのかもしれない。どちらであるか判別はできなかったが、モモンガの胸にはストンと落ちて染み渡っていく。

 そうだ。自分は、この世界で残りのギルメン達を見つけ出すのだ。かつての四十人、その全員は無理かもしれない。だが、せめてヘロヘロや弐式から聞かされたメンバーとは再会したいものだ。タブラ・スマラグディナも戻って来たし、きっと大丈夫なはず。

 決意を新たにしたモモンガは、その温厚そうな顔を全力でほころばせ……頷いていた。

 

「もちろんですとも!」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「もちろんですとも!」

 

 そう言ったモモンガの表情は晴れやかであり、心底嬉しそうだった。

 これにはニニャのみならずペテル達も見入ってしまう。

 やがてモモンガと弐式は、「少し話したいことがある」と言ってルプスレギナを連れて闇の向こうへ消えたが、残された面々はモモンガ達について語り合っていた。

 

「よそのパーティーとは言え、仲間思いな人を見ると嬉しくなってきますね」

 

 ニニャが呟くと、その場に居た皆が頷く。それにはンフィーレアも含まれていた。

 その後、話題は日中のモンスター襲撃時におけるモモン達の戦いぶり。その再評価に移っていく。

 弐式の体術の凄まじさ、ルプスレギナの信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)として破格の戦闘力。そして、最後にモモンガの魔法について話し合われた。

 

「モモンさん、<雷撃(ライトニング)>を三発同時に撃ってましたね。あんなの見たことどころか、聞いたこともありません。フールーダ・パラダインならやれそうですけど、さすがに比較として持ち出すのは……」 

 

「ンフィーレアさんの言うとおりです。僕が思うに、モモンさんの使用できる魔法が第三位階までというのは嘘でしょうね」

 

 ニニャの呟きを聞き、ルクルットが焚き火を前に前傾姿勢となった。

 

「俺達に嘘をついてるってことか?」

 

「結果として、そうなるんでしょうけど。どちらかと言うと実力を隠したいんでしょうね。僕はモモンさんに使用できる位階魔法について聞きましたが、もしあそこで第四から第六位階までの、どれかの位階の名が出たら……どう思ってました?」

 

 ニニャの言葉に皆が顔を見合わせた。

 その後の戦闘で評価が正されたろうが、聞いた時点では『とんでもない大ボラ吹きだ』と思ったに違いない。

 

「第一、よくて白金(プラチナ)級がせいぜいのエ・ランテルで、第四位階以上の魔法詠唱者(マジックキャスター)なんて出現したら、大騒ぎになりますよ」

 

「しかし、そうやって名声が高まれば、お仲間が発見でき易くなるのではないかな?」

 

 ダインが言うと、皆が考え込んだ。

 

「揉め事を嫌ったんじゃないですか?」

 

 ンフィーレアが怖ず怖ずと挙手しながら意見を述べる。

 仲間を探し出したいのは山々だが、高すぎる実力によって騒がれるのは嫌なのだろう。一応ながら納得したペテル達は、話題を変えることとする。

 それはモモン達の出身地が南方ではないかだとか、ニシキの装備は素晴らしいだとか。中でも、モモンがモテるかどうかを気にしたンフィーレアが、ルクルットに弄られる一幕もあったが、やがてモモンガ達が戻って来て見張りを立てて就寝することとなり、その場はお開きとなるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少し時間を遡る。

 ペテル達から離れて距離を取ったモモンガ達は、内々の相談をしていた。

 主に、デミウルゴスから<伝言(メッセージ)>で聞かされたスレイン法国の行動方針について語り合われたが、弐式の意見は「様子見しましょう」である。

 

「前にも話しましたが、相手は人類の守護者みたいな国なんでしょ? かなり胡散臭いですけど。そういうのと正面切って事を構えたら、俺達以外の余所のプレイヤーが居たときに心証悪いですよ」

 

「弐式さんも、そう思いますか」

 

 やはりヘロヘロや、ナザリックに残留しているタブラも交えて話し合った方が良いだろう。

 

「そう言えば、モモンガさん。シャルティアに仕事を一つ任せたんでしたっけ?」

 

「え? ええ、武技を使える現地人……。それも実力者を探し出し、連れてくるように……と」

 

 シャルティア・ブラッドフォールン本人が任務が欲しいと言ってきたので、モモンガは一考、ガゼフが武技を駆使していた事を思い出し、任務を与えたのである。

 

「ヘロヘロさんを追いかけて、合流。途中まで行動を共にしつつ、面白そうな武技使いの話が耳に入ったら行動に出るように……と。まあ、判断に困ることがあったらヘロヘロさんに相談すればいいし、単独行動中なら気にせず俺に<伝言(メッセージ)>しろと言ってありますから。大方は大丈夫だと思うんですけど」

 

 エ・ランテルで別れたヘロヘロはと言うと、実はモモンガ達よりもエ・ランテルからの出立が遅れていたらしい。と言うのも、馬車を用立て現地の御者を雇って移動するつもりであったため、準備に時間がかかったのだ。

 

「へ~。馬車旅行ですか。それも体験してみたいっすねぇ」

 

 弐式が言うのだが、モモンガも同感である。

 何しろ、自然など消え失せていた元の現実(リアル)からすれば、この転移後の世界は未知の体験の宝庫だ。何でも試してみたいし、体験もしてみたい。

 冒険者兼商人という身分を作って行動しているヘロヘロを、何となく羨ましく思うモモンガと弐式であったが、ルプスレギナがニコニコしているのを見て二人で視線を向ける。

 

「どうかしたか? ルプスレギナ?」

 

「いやあ。モモンさん達が楽しそうにしてると、私も嬉しくなって来ちゃって」

 

 そう言って帽子越しに頭を掻くルプスレギナを、モモンガは目を細めて見つめた。

 

「アルベドみたいな色白黒髪ロングはドストライクだが、ルプーのような赤毛褐色美人もまた良いものだ。ナイスバディは、どちらも同じだからな……と、モモン氏は思うのであった」

 

「弐式さん。勝手に俺のモノローグを喋らないでくれますか?」

 

 モモンガが突っ込むと弐式は面をまくり上げ、人化した青年の顔でニシシと笑う。 

 

「ごめんごめん。でもさ、俺……間違ったこと言ってました?」

 

「え?」

 

 聞かれたモモンガは、少し後方へ仰け反った。隣で居るルプスレギナを見ると、こちらは顔を真っ赤にし、モジモジしながら俯いている。

 

「の、ノーコメントですとも!」

 

「はいはい。じゃあ、ペテル達の所へ戻りますか。ほら、ルプーもついて来な~」

 

 弐式が話を締めくくり歩き出した。モモンガは多少ブツブツ言いながらも、後をついて歩き出す。その際、少し遅れてルプスレギナが歩き出し、モモンガの隣に位置した。

 

「あのぅ。モモンさん?」

 

「どうした?」

 

 モモンガは、先行く弐式の背を一瞥しつつ返事をする。ルプスレギナは少し躊躇っていたようだが、意を決したように硬い声で言った。

 

「こんなことを言うのは不敬なんですけど。ほんの少しでいいですから。手を……繋いで良いですか?」

 

「手をっ!?」

 

 美人の女性に手を繋いでほしいと言われる。

 もう何回目かわからないが『現実(リアル)では有り得なかったことだ!』とモモンガは内心で絶叫した。

 ちなみに食事をとる際に人化していたままなので、精神の安定化は発生しない。以前、タブラと再会したときに、異形種化の精神安定を人化することによってキャンセルしたことがあったが、ここは逆パターンを行うべきなのだろうか。

 

(いや、それはしてはいけない気がする。上に立つ者として、男として!)

 

 止めどない気恥ずかしさの中で意を決したモモンガは、スッと手を伸ばすと、差し出され気味だったルプスレギナの手を掴んだ。最初に思ったことは温かく柔らかいということ。その感覚がモモンガの脳、あるいは男の部分を刺激するが、そこを根性で耐え抜きルプスレギナに声をかけた。

 

「こ、これで良いか?」

 

「あ、ありがとうございます! 一生の思い出にします!」

 

 普段の「~っす」口調が消えている。

 それほど嬉しいことなのだろうか。モモンガにはわからなかった。

 ただ一つ思うのは、ルプスレギナと手を繋げて自分も嬉しいと思っていることだ。

 だが数秒後。モモンガはアルベドのことを思い出し、脳内で頭を抱えることとなる。

 




 土曜日の一日で書き上げました。なんだ、やれば出来るじゃないか……。
 とは言え、土日に予定が入ったら書けないってことなんですけど。
 やはり平日にチョコチョコ書き進めてこそ、余裕が生まれるんですけどね~。

 ルプスレギナ、順調に好感度ゲージを蓄積中。
 あと、例のキャンプシーンを書けたので大満足。
 
 調整平均が赤く染まってるの、超嬉しいです。

 捏造ポイントに関しては、魔法書のアレとか多すぎて、最近はピックアップできてません。申し訳なし。

<誤字報告>

甲殻さん、爆弾さん。ありがとうございました。


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第22話 人間風情の使う技でありんすえ?

 お昼前。モモンガ達と別れた直後のエ・ランテル。

 

「馬車で都市間移動というのも面白そうですね! 私、乗ってみたいです!」

 

 そのヘロヘロの一言で、王都組の行動方針は確定された。基本的に無茶や無謀なことを言ってるわけではない。ただ、同行するセバスとソリュシャンにしてみれば、ナザリックから取り寄せた馬車及び御者を……と考えており、そう意見具申したのだが聞き入れては貰えなかった。

 馬車はともかく御者が現地人であることに、ヘロヘロが拘りを見せたのだ。

 

「現地の話とか色々聞いてみたいじゃないですか!」

 

 やたらとテンションの高いヘロヘロは、シャルティアに頼んで<転移門(ゲート)>により馬車を取り寄せている。セバス達の感覚では「至高の御方がお乗りになるには貧相すぎる」とのことらしいが、ヘロヘロから見れば『四頭引きで六人乗っても余裕がある』という十分すぎるほどに豪華仕様だ。当然ながら内装も豪華である。もう少し、大人しめでも良いとヘロヘロは思うのだが、セバス達が泣きそうな顔をしたので妥協している。

 一方で、四頭の馬に関しては極普通の馬だ。

 一応、馬も召喚系のモンスターなのだが、特に何の能力も無い普通の馬である。これら馬車セットを、一時的ではあるがセバスを御者として運用し、ヘロヘロは都市内の都営馬車に出向いていた。

 都営馬車とは街道を使用し、都市間を定期的に運行している馬車で、護衛には冒険者組合から派遣される冒険者パーティーが付く。基本的に数台からなる馬車隊となるため、運賃は多少割高だ。それでも安全に他都市へ行こうとする者は、多少の金を積んででも利用しているらしい。

 ヘロヘロが出向いた用件は、この都営馬車に乗ることではなく、御者を雇うためだ。

 とはいえ通常は冒険者の護衛を付けるのに、それが無く、何処の誰とも知らない人物に雇われて御者を務める。この条件が嫌われたのか、中々御者のなり手が無かったが、やがて一人、ヘロヘロ達に声をかけてくる男がいた。

 名をザックという。

 一言で言えば貧相な男であり、上目遣いで機嫌を取ろうとする物言いが安っぽさを感じさせる。本人は丁寧な態度を取っているつもりなのだろうが……。

 

「やあ、貴方が引き受けてくれるんですか?」

 

「へ、へえ。他の連中とは気合いが違いますんで。ところで……本当に冒険者の護衛は雇われないので?」

 

 揉み手で言い寄るザックに、後方で立つソリュシャンは良い顔をしていない。それが気配でわかるヘロヘロは「うわ~。不機嫌ですね~」と困り顔になりながらも、笑顔でザックに頷いた。

 

「雇いません。ですが心配は御無用です。私達は皆強いですから。野盗なんかが出ても返り討ちですよ!」 

 

 こう自信を持って言うと、背後ではセバスとソリュシャンが満足げに頷いているのが感じられる。対するザックは引きつったような笑みを浮かべていたが、気を取り直したのか出発予定時間と馬車の場所を聞いてきた。

 

「ああ、それなら……」

 

 ヘロヘロ達は個人馬車の預かり所に馬車を預け、馬は貸し厩舎に預けている。貸し厩舎の方は、前金払いで飼い葉等の面倒も見てくれるのだ。

 出発時間に関しては、夕食後ということにした。

 このエ・ランテルには『黄金の輝き亭』という最高級の宿があり、そこで雇われるコックは超一流の腕前を持つという。その料理を堪能してみたいと、ヘロヘロは考えたのである。

 ザックは夜の出発は危険だと主張したが、ヘロヘロの意思は変わらなかった。

 

「夜の馬車旅行というのも良いじゃないですか!」

 

 そして……夜が訪れる。

 ヘロヘロにとって黄金の輝き亭での食事は、そこそこ満足できるものとなった。

 最高級宿の腕利きコックによる料理とは言え、味と質に関してはナザリック側が大きく勝っている。しかし、彼が気に入ったのは場の雰囲気だ。

 不特定多数の他人が周囲のテーブルに配置し、サワサワと語り合いながら食事をしている。奮発してお高い飲食店に来た……という感覚がヘロヘロを止めどなく高揚させていたのだ。

 

(ナザリックの自室や食堂だと、一人で食べたりメイド達に囲まれてますから。いや、メイド達は悪くないんですけど。こういう高級飲食店の雰囲気って、一度で良いから味わってみたかったんですよね~)

 

 今頃は、モモンガ達も冒険者としての最初の夜を体験しているのだろうか。ふと想像してみると、焚き火を囲んで語り合うモモンガと弐式の姿が脳裏に浮かぶ。

 

(それはそれで楽しそうですねぇ。俺も商人兼の冒険者って設定なんだし。そのうち、アウトドアを楽しんでみるかな。夢が膨らみますね~)

 

 上機嫌なヘロヘロだが、今回の食事では困ったこともあった。

 ヘロヘロは、テーブルマナーがなっていなかったのである。

 食べ散らかしたり、クッチャクッチャと咀嚼音を周囲に撒き散らしたりはしていない。ただ、同席するセバスとソリュシャンのテーブルマナーが完璧すぎたのだ。

 

「至高の御……ヘイグさんと同席するなど……」

 

(わたくし)とセバスさんは、別のテーブルで……」

 

 と遠慮したセバス達を、無理を言って同席させたのだが、ヘロヘロにとって大いに裏目に出た形である。

 最初は雰囲気に浮かれていたヘロヘロも、次第にセバス達の所作を必死で真似る羽目になった。そうするのが一番に思えたのと、結果的には正解だったが、おかげで料理の味など記憶には残っていない。

 

(ナザリックに戻ったら、最古図書館(アッシュールバニパル)でテーブルマナーの本でも探しますかね~)

 

 唯一の救いと言うべきか、下を見れば安心できると言うのか……。御者として雇ったザックには仕立ての良い服を与え、せっかくだからと離れたテーブルで食事させていたのだが。この彼のテーブルマナーが、ヘロヘロの遙か下を行く下品ぶりだったのだ。

 彼の周囲の客には嫌な思いをさせたかもしれないが、自分一人が悪目立ちしなかったことで、ヘロヘロはザックに対し、そこそこの借りができたと認識している。

 ともかく現地の高級料理を堪能、あるいは体験したヘロヘロは、食事を終えて精算を済ませると黄金の輝き亭を後にする。これから預けた馬車を引き取りに行くのだが、ここでザックが諸用があると言い、闇の中を走り去って行った。

 前金を渡したわけではないから、逃げたということは考えられない。だから、ヘロヘロは特に気にしなかった。どちらかと言えば気にしたのはソリュシャンで、セバスに何やら耳打ちすると、彼が頷くのを見て左目を閉じている。これは昼間であればソリュシャンの美貌も相まって目立った行動になったろうが、今は夜だ。歩道の篝火程度では、それほど気にならない。周囲の通行人らもソリュシャン自身には目を留めたが、左目を閉じてることについては美貌ほどに気にならなかったようだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザックという男の人生は、この国の平民としては、ありふれた不幸にまみれている。

 地方の農村に生まれ、収穫の多くを領主に召し上げられ、幼い頃から生活は過酷であった。日々を貧困に喘いで過ごしていたが、ある年、たまたま税が重かった年。畑仕事から戻った彼は、妹が居なくなった家を見た。後年になって把握したが、売り飛ばされたらしい。

 田舎村では、よくある話だ。

 そして、歳を重ねて成長したザックには徴兵も課せられ、バハルス帝国との定期的な戦に送り出されていくこととなる。

 戦闘訓練はそこそこに辛く、王国の正規兵は横暴でムカついたが、腹一杯の食事はありがたかった。

 肝心の戦働きであるが、要領が良かったのか、妙なところで運が良かったのか。ザックは三度の出兵を生き抜いている。その年も村に帰ろうとしたところで、ふと思い立った彼は貸与された剣を返すことなく逐電した。嫌気が差したのである。

 とは言え、魔法の才能も無く、武技が使えるほどの武芸達者でも無い。知識と言えば畑仕事に関するのみで、その辺の戦素人に比べれば多少は戦える程度だ。スペックの平凡ぶりから身の振り方にしても選択肢が少なすぎたが、そんな彼を拾ったのが傭兵団崩れの野盗集団であった。

 現在のザックは、カモになる不用心な商人……その街道移動の情報を仲間に流して、そこそこに重宝がられている。ならず者としては大人しめで卑屈な態度が取れる彼は、エ・ランテルで行動していても悪目立ちしないのだ。

 そんな日常の中で……ふと、売り飛ばされた妹を思うことがある。

 娼婦を見たり買ったり、街行く女を見たりする時などだ。積極的に捜す行動には出なかったが、つい考え、つい視線が動くのである。

 勿論、見つかるはずがない。ザック自身も妹は死んだと考えていた。

 それでもチラチラと視線を振りまく彼は、とある路地に入ったところで一人の女とぶつかっている。相手から危ない呼ばわりされたので反射的に文句を言い返したが、女から伝わる威圧感が尋常ではない。

 見れば羽織った黒いマントの下は、妙に露出度の高い装備をしており、軽戦士風でないかと思えた。更にザックは戦場で騎士などを見ていたので、それとわかったのだが、マントの曲線からすると腰に剣のような物を装備しているらしい。

 顔立ちはかなり美人の部類である。しかし、前述したように伝わる威圧感は凄まじく、まるで魔獣のごとし。ザックは武器に手を伸ばすのも忘れ、背に汗を流した。

 幸いなことに、女はザックの相手をすることなく去って行ったが、向かう先は墓地のはずだ。この夜に、美人の女が一人で墓場に何の用だろうか。

 気にはなったが、ザックには仕事がある。

 エ・ランテルへ赴き、自分が所属する野盗集団……傭兵団『死を撒く剣団』の隠れ家にて、今回の獲物の情報を伝えるのだ。

 一応の雇い主であるヘイグ(ヘロヘロ)は、すぐに出発すると言っているため、準備にさほどの時間は割けないだろう。隠れ家のリーダーは不満に思うだろうが、三人そこらで夜に街道移動しようなどと言うマヌケを見逃すことはしないはず。

 上手くいけば、ソリュシャンという女を楽しむこともできるだろう。

 基本的に金持ちが嫌いなザックは、いやらしく笑いながら、隠れ家の扉を決まった回数ノックするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザックが死を撒く剣団のエ・ランテル隠れ家で話したことは、すべてソリュシャンによって『見られ』ている。当然、会話も聞き取られており、左目を元に戻した彼女は創造主たるヘロヘロに内容を告げた。

 

「ほうほう、野盗化した傭兵団ですか。トラップ的イベントですかね」

 

 聞かされていたヘロヘロは、フンフン頷いていたが、報告の内容が『ソリュシャンを好きなようにする』あたりに触れると、その糸目をうっすら開けている。

 

「ほぉ~う。私のソリュシャンに手を出すと?」

 

 怒り。その感情があふれ出し、居合わせたセバスとソリュシャンは怯え固まった。

 今のヘロヘロは人間体の外見を取ってるだけの古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)である。ナザリックのNPC達からは『至高の御方』と称されるに相応しい威圧感と怒気がそこにはあった。

 

「セバス、ソリュシャン」

 

「「はっ!」」

 

 かしこまる二人にヘロヘロは告げる。 

 つい先程、アルベドから<伝言(メッセージ)>があった。セバス達の前で受信し、会話をしていたのだが、改めてヘロヘロは内容を説明する。

 シャルティア・ブラッドフォールン。ギルメンのペロロンチーノが創造した真祖(トゥルーヴァンパイア)が、自分も役に立ちたいと願い出ていたらしい。そこでアルベドからモモンガに報告が行き、モモンガの判断で「武技を扱える者をナザリックに連れて帰る」という任務がシャルティアに与えられたのだ。

 

「具体的には馬車で移動を開始したら、<転移門(ゲート)>でシャルティアが馬車内にて合流。そのまま、私の護衛を行い、武技を有する強者の情報を得た時点で別行動に移る……と、そんな感じですかね」

 

 ソリュシャンの報告からすると、自分達は馬車で移動を開始したらザックによって死を撒く剣団とやらの隠れ家近くに連れ出されるらしい。その後は集団で囲まれ、身ぐるみ剥がされて……の展開だろうが、ザックに言ったようにヘロヘロ達は強いのだ。傭兵団崩れの野盗など物の数ではないが、ここでシャルティアの存在が注目される。

 

「ちょうど良いじゃないですか。シャルティアに任せて武技使いとやらを探させましょう。いや~、いい感じで殺して構わない人達が見つかって本当に良かった」

 

 そう言ってニコニコ笑うヘロヘロに対し、ソリュシャンが一歩進み出た。

 自分を好きにしても良いかどうかをザックは願い出ていたらしいが、彼に関してはどうするべきだろうか。

 

(わたくし)がいただいても?」

 

「ふむ……」

 

 好きにしなさい。

 そう言いかけたヘロヘロは、黄金の輝き亭で食事をしていたとき。そこで見たザックの姿を思い出した。

 下品で卑屈で落ち着きのない食事ぶりだった。

 だが、あれでヘロヘロが救われた……と言うのは言いすぎだが、心の負担が軽減されたのも事実である。過ぎた忠誠心に囲まれる身としては、普通人との接触は何かと心に残るものであるらしい。

 

(ソリュシャンに手を出そうとしたことは許せませんが……。ま、別に良いですよね、一人ぐらい)

 

「……彼には、御者として雇われて貰いますからね。報酬は払うべきでしょう。野盗が現れたら、彼については放って置いてかまいません。どうせ、取るに足りないものです」

 

 殺さずに見逃すのが報酬。

 そうヘロヘロが述べたことで、セバスとソリュシャンは一礼した。

 必ずしも納得したようではなかったが、一応は引っ込んでくれたので、ヘロヘロとしては胸を撫で下ろしたい気分である。

 

(俺一人にNPC二人か~。気を遣いますね~。モモンガさんと弐式さんのところは、ルプスレギナだけでしたっけ? ……早くギルメンが増えないかな~)

 

 タブラをパーティーに加える手もあったが、それだと現状のナザリックにギルメンが居なくなってしまう。ナザリック地下大墳墓の運営に関してはアルベドに丸投げして大丈夫だと思うが、NPCらの心情も考慮すると、ギルメンは誰かが残っていた方が良いだろう。

 更なるギルメンの追加を望むヘロヘロであったが、数分後にザックが戻り、王都へと向けて出発することとなる。

 もちろん、御者は野盗集団の一員であるザックが務めており、馬車は死を撒く剣団の隠れ家へと進むことになるのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うひーっ! うぉあああああっ!?」

 

 最古図書館(アッシュールバニパル)にある視聴室。

 そこでは一人の男の悲鳴が轟いていた。

 タブラ・スマラグディナである。

 この大図書館には書籍だけでなく、様々な動画データが収められており、その中でもホラー映画を彼は視聴していたのだ。

 多くの映画データは自分が持ち込んだ物だが、中には他のギルメンが寄贈したものもある。その中でも見覚えのない作品をピックアップしていたのだが、今見た映画は素晴らしく怖かった。

 ホラー映画が怖い。

 ニグレドのような面皮を剥がしたNPCを創造し、更にはホラーギミックも課金して備えた男……タブラ・スマラグディナが、今更ホラー映画を恐れるのか。

 それには彼のホラー映画に対する姿勢が関わってくる。

 ホラー映画とは怖さを、スリルを楽しむ映画なのだから、頭を空っぽにし、全力で感情移入して視聴に挑む。これが彼のスタイルなのだ。付け加えるなら、批評するのなら観終えた後で……というのもポリシーの一つではある。

 そもそも今の彼は人化した状態であり、この暗い視聴室には彼しか居ないため、大画面に大音量からくる恐怖演出が、ストレートに精神をえぐっていくのだ。

 準備万端、整えた上で楽しく怖がっていたのである。

 

「ああ、怖かった~。振り向いた娘さんの下顎が無いとか、喉を鳴らしながら階段を這いずって降りてくる女とか。怖すぎだろう? いや、もう最高」

 

 右手の甲で顎の下を拭いつつ、次なるデータクリスタルを彼は手に取る。

 映写システムのデータクリスタル入れ替えは、タブラ自身が行っていた。当初は一般メイドのシクススが付き添っており、彼女に頼んでいたのだが、ある作品を見た後でタブラが映画の感想を求めたところ……。

 

「感想ですか? 下等な人間が死ぬところばかりで、特に思うことはありませんが?」

 

 という、実に興醒めな反応をされ、適当な用事を言いつけて追い出している。

 

「次は何にしようかな? 外宇宙からの第九計画? SF映画だっけ? 古典の部類は結構見たけど、これは批評を読むのはともかく、見るのは初めてだなぁ」

 

 新たなデータクリスタルを映写システムに挿入しながら、タブラは考えた。

 転移して来てからこっち、自分は視聴室に籠もりきりだし、切りが良いところまで見たら、今度は酒瓶とツマミでも持ってスパリゾート・ナザリックに行こう。

 大昔にあったスーパー銭湯などは、飲食物の持ち込みは禁止だったそうだが、ここでは自分達がルール、自分達が支配者なのだ。メイド達には掃除の手間を増やしてしまい申し訳ないが、大きな風呂に浸かりつつ飲み食いするというのは、やってみたかったことの一つである。

 

「うんうん。そうしよう。まずは、この映画。あと何本か見て、切りが良いところで風呂だ! それではレッツ視聴開始!」

 

 結果としてタブラは、今視聴を開始した映画が終わったところで視聴室を出ることになる。設定や故事に古典、自分の知識を語りたがる彼であったが、この時見た映画の感想については、その後の数年間、ギルメンにも語らなかったという。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテルを出た四頭引きの大型馬車は、順調に夜の街道を外れて山地へと向かっている。その手前には森があり、ヘロヘロの「この道、間違ってないですか?」という、わざとらしい質問に対し、ザックが適当なことを言って誤魔化すという展開が繰り返されていた。

 これに飽きたヘロヘロは御者席のザックに、雑談を振ったが、帰ってきたのは彼の不幸話だ。気の毒には思うが、それに同情したとして好きなようにされるわけにもいかないため、ヘロヘロは早々にザックとの会話を打ちきっている。

 その代わりと言っては何だが、馬車に備わった機能の一つである『外からの音は聞こえるが、会話音が外に漏れないようにする結界』を張り、<転移門(ゲート)>で出現したシャルティアを迎え入れていた。

 

「御機嫌麗しゅうございますでありんす。ヘロヘロ様」

 

「ようこそ、シャルティア。ですが、今後、外で私を呼ぶときはヘイグで頼みますよ?」

 

 恐縮して謝罪するシャルティアを笑って許しながら、ヘロヘロはシャルティアが連れてきた二名の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を見ている。

 シャルティアを左右から挟むようにして座る彼女らは、ナザリック地下大墳墓では自動POPするモンスターだ。シャルティアには及ばないもののかなりの美形であり、白蝋のような肌に深紅の瞳。唇から覗く犬歯がチャームポイントだ。ヘロヘロ的には白い薄絹のドレスの、胸が大きく開いたデザインが一押しである。あと、二人とも成人女性なのもポイントが高い。

 

(綺麗どころが増えて嬉しい限りですね~。シャルティアに手を出したら、後でペロロンさんに『スライムに何本まで矢が突き立つか』を試されそうですから、見て愛でるだけにしておきますか)

 

 しかし、自動POPする吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に関しては一人か二人貰ってもいいかな……と思うヘロヘロであった。

 

「さて。シャルティアは、武技使いを探す使命を与えられたそうですが?」

 

「はい! 全身全霊を持って完遂するでありんす!」

 

 弾けるように背を伸ばし、シャルティアが答える。

 意気込みは良し。だが、張り切りすぎて武技使いに危害を加えたり、殺したりしないか心配である。敵対する意思があるなら虜囚として使い倒しもするが、快く協力してくれるのであれば、それに越したことはないのだから。

 

「シャルティア。武技というのは色々と興味深いんですよ。アインズさんも言ってますが、ナザリックの強化は必要。それは設備のことだけではなく、所属する者達がより強くなることを考えての言葉なんです」

 

「わ、妾達に武技を覚えよと? 人間風情の使う技でありんすえ?」

 

 シャルティアが目を丸くしながら自分を指差している。

 

「聞いた話じゃ人間に限らず、亜人も使うようですよ? 要するに種族限定ってわけじゃありません。著作権があるわけでもないし、練習して使えるようになって、それで強くなれるなら万々歳じゃないですか」

 

 それに……と、ヘロヘロは付け加えた。

 自分で頑張って努力して、より強くなった姿。それを、後で帰還するかもしれないペロロンチーノに見せたくはないか。

 それを聞いたシャルティアの頬が、瞬く間に紅潮する。

 

「ペロロンチーノ様に褒めて頂けるんでありんしょうか!?」

 

「ええ。ペロロンさんは人の頑張りを尊重し、評価する人でしたから。きっと褒めて貰えますよ?」

 

 ヘロヘロは馬車内の天井を見上げた。

 思い起こされるのは、たっち・みーが課金して『正義降臨』のエフェクトを装備した際、それを見たペロロンチーノが手を叩いて褒め称えていた姿だ。

 

『うっひょー! たっちさんスゲー! まさしく正義降臨ですよ! よっ! 正義のヒーロー!』

 

 懐かしい思い出である。

 モモンガさんに対して申し訳ない者達の集合地に居た、たっち・みー。早く合流したいものだ。

 そう考えていたヘロヘロは、ふとシャルティアがジッと見つめてきているのに気がついた。

 

「どうしました?」

 

「あ、あのう……ヘロ、ヘイグ様。もし、よろしければ、ペロロンチーノ様のお話を……」

 

 縋るような瞳が何とも美しい。

 アルベドと喧嘩をしているときは、粗暴な態度や口調が目立つシャルティアであったが、今の彼女は一点の曇りもなく絶世の美少女であった。

 ヘロヘロは笑顔で頷いている。

 

「いいですよ? セバスも居ることですし、たっち・みーさんの話もしますかね」

 

 右隣で座るセバスが「おおっ!?」と驚いているが、やはり彼も創造主にまつわる話が聞けるのは嬉しいのだろう。

 

「ソリュシャンは私自身が居ますから、別にいいですよね?」

 

 創造主の話を聞かせると言っても、自分のことを語るのは照れ臭い。そういう思いから出た言葉だったが、ソリュシャンはニコニコしながら首を横に振る。

 

「いいえ、ヘイグ様。(わたくし)も、ヘイグ様のお話には大変な興味があります」

 

「照れ……嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。では、まずはペロロンチーノさんの話からいきますかね」

 

 馬車が止まり、外から声が掛かるまでの間。ヘロヘロは思い出すがまま、たっち・みーとペロロンチーノに関するエピソードを……そこに自分の話も織り交ぜつつ、語り続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 暫くして馬車が止まる。

 言うまでもないが、何処かの都市に到着したわけではない。第一、周囲は木々しか見えない森である。

 そして、外からは「早く出てこい」などの声がかけられていた。

 

「では、ここはシャルティア達に任せますかね」

 

「拝命いたしんした。お前達、ついてこ……ゴホン……ついて来なんし」

 

 恭しくヘロヘロに一礼したシャルティアは、乱暴な口調で吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達を呼びつけようとするが、瞬時に思い止まり、無難かつ大人しい口調で呼び変えている。どうやらヘロヘロの目があることで、態度を考え直したらしい。

 

「で、では、改めて出陣いたしんすえ!」

 

 一声発し、お供を連れて出たシャルティアらは、馬車を半包囲していた野盗達を瞬く間に殺戮していく。

 最初に死んだのはシャルティアの豊満(?)な胸に手を出そうとした男だ。手刀で手首をはね飛ばされ、喚き立てたところで首もはねられた。殺害した野盗の血液を、ブラッドドリンカーのクラススキル……鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)で溜めだしたときなどは、野盗らの間から「魔法詠唱者(マジックキャスター)だ!」との声があがっている。

 これに対する、シャルティアによる「理解できんせんことは何でも魔法扱い。見込み無い連中でありんすえ」というコメントは、ヘロヘロの耳にも届いていた。 

 

「まったく同感ですね~」

 

「ヘイグ様。我らは出ずともよろしいのでしょうか?」

 

 聴覚のみでシャルティアらの戦いぶりを楽しんでいたヘロヘロは、セバスに顔を向ける。彼はヘロヘロよりも座高が高いのだが、その謙虚な物言いと仕草によって、下から見上げているような印象をヘロヘロに与えていた。

 

「いいんですよ。セバスも解ってるんでしょうが、感じたところでは大した強さの人は居ないようですし。ここで私達が出たら、シャルティアの手柄にケチを付けてしまいます。それに、ほら……もうすぐ終わりそうですよ」

 

 事実、こうして話している間にも野盗の数は減っていき、残る二人が吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)によって倒された。一人は爪による薙ぎで首を切り裂かれ、もう一人は真正面から首を掴まれ持ち上げたところで、首の骨を捻り折られている。

 残るはリーダーらしき男と、御者を務めていたザックの二名のみだ。

 

「な、何だよ! お前ら! 出発するときは乗ってなかっただろ?」

 

 喚き立てるザックに、シャルティアはツンと顔を逸らして聞く耳を持たなかったが、「あの雇い主の不細工なオッサンはどうしたんだよ!」とがなり立てたところで、怒りが限界点を突破した。

 

「オメー、今何つったよ? 意識あるまま、おろし金で爪先から削ってやろうか? あああん?」

 

 怒っているのはシャルティアだけではない。その両脇を固める吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らも、歯ぎしりをし、犬歯を剥き出しにして目を見開いていた。

 残念なことに手持ちアイテムに『おろし金』が無いため、ザックは地面に擦りつけられて息絶えることだろう。しかし、その状況を制止する者が居た。

 ヘロヘロである。

 

「まあまあ、言われたのは私ですし」

 

「へ、ヘイグ様!?」

 

 どっこいせ! と飛び降りたヘロヘロは、立ち尽くすザックを見てニッコリ笑った。

 

「ど~も。雇い主の不細工なオッサンです」

 

 途端にザックの挙動がおかしくなる。脚はガクガク震えているし、所在なげに持ち上げた手はワキワキしながら、何か掴むモノを探しているようだ。そして、顔色は真っ青である。この場で居るナザリックに属する者すべてが、暗視能力か類する特殊技術(スキル)を有しており、彼の顔色の悪さはハッキリと見て取れていた。

 

「さてと、そっちのリーダーらしき人には聞きたいことがあるとして。ザックさんの方は、まあ用済みですよね~……」

 

「え? いや、そんな……」

 

 ザックが後ずさる。だが、シャルティアの魔眼によって動きを止められた。もはや身じろぎ一つできない状態となったザックに、ヘロヘロが歩み寄り下から見上げる。

 

「死にたくないですか?」

 

「は、っひひゃはは……はいいいい!」

 

 震えながら金切り声をあげて叫び、ザックは首を何度も縦に振った。

 この様子をヘロヘロは幾分見開いた目で見ていたが、やがてニンマリ笑って大きく頷いている。

 

「いいでしょう。見逃してあげます。その代わり、御者としての仕事料金は支払いません。御者の組合でしたか? あそこを通した仕事でもありませんしね」

 

 言い終わってシャルティアを見ると、コクリと頷いてからザックの束縛を解いた。ザックは数秒ほど腰を落としていたが、やがてゴキブリのように後ろ手で数メートル這いずると、悲鳴を上げて立ち上がり、森の中……ここはすでに森の中なので、木々の向こうへと消えて行った。

 

「本当に見逃して良かったのですか?」

 

 気遣わしげに問うソリュシャンに、ヘロヘロは笑って掌をヒラヒラ振る。

 

「どうせ大したことは理解できてないでしょうから、かまいませんよ。それより、シャルティアは見事な働きぶりでしたね。『血の狂乱』でしたか? アレも発動させずに闘い抜いたのは実に見事です」

 

 血の狂乱とは、シャルティアに科せられたペナルティの一つだ。ユグドラシルにおける強職業(クラス)は、ただ強いだけでは偏りが発生するため、弱点やペナルティを設けてバランスを取っている。血の狂乱の場合は、血を浴び続けると殺戮衝動に身を任せてしまい、戦闘能力が上昇する代わりに、精神的制御ができなくなる状態へ移行してしまうというものだ。

 つまり、シャルティアが理性を持って戦闘を継続するには、返り血などは可能な限り回避しなくてはならないのである。

 

「お、お褒めいただき、感謝の極みでありんす!」

 

 深々と頭を下げるシャルティアに頷いたヘロヘロは、主人が褒められて嬉しそうにしている吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らにも目を向けた。

 

「貴女達もよくシャルティアを補佐してくれていますね。その調子で頼みますよ?」

 

「「は、はいい! 過分な御言葉! 恐縮の至りです」」

 

 まさか自分達が『至高の御方』に褒められるとは思わなかったのだろう。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは揃って深々と頭を下げていた。その様子をシャルティアが軽く睨んでいたが、すぐにやめている。直前に自分が褒められたときは、天にも昇るほど嬉しかったのだ。僕二人の気持ちが、理解できてしまったのである。とは言え、二人の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが、手を取り合って喜び、ハイタッチしているのを見たときには、「はしゃぎすぎだろ?」と思ったものであるが。

 再び睨もうかと考えているシャルティアに、ヘロヘロは噴き出しそうになったが、エヘンと咳払いしてから話しかけた。

 

「それでは、ここで別行動ですかね。シャルティアは、これからどのように行動しますか?」

 

「これから……で、ありんすか?」

 

 そう、これからだ。

 シャルティアに与えられた任務は『武技使いをナザリックに連れ帰る』であり、野盗や山賊を倒すことではない。

 口元に軽く曲げた人差し指をあて、シャルティアは考えた。そして考えがまとまったので答えている。

 

「そこな生き残りの男から隠れ家の位置を聞き出し……それと同時に、所属するメンバーについて聞き出しんす。その時点で武技使いが居るのが判明すれば、腰を据えて捕獲……あるいは交渉ができんしょう」

 

「なるほど。私は、それで良いと思いますよ。他に何か、必要な物はありますか?」

 

 更に考えることを促したところ、シャルティアからはソリュシャンを借り受けたいとの申し出があった。自分は戦闘が得意だが、探索には向いていない。その点、ソリュシャンは暗殺等を得意とするので、探索系の特殊技術(スキル)も有している。この後に控えた戦いや行動には、彼女の力が必要だと感じたとのこと。

 

「いいでしょう。ソリュシャン」

 

「はい!」

 

 キビキビとした返事が後方より聞こえる。

 肩越しに振り返ると、華美な漆黒の盗賊衣装に身を包んだソリュシャンが、誇らしげに微笑みつつヘロヘロを見ていた。

 

「貴女に命じます。今よりシャルティアに付き従い、任務の遂行に力を貸してあげなさい。期間は、シャルティアが盗賊団、いや傭兵団でしたか。それを片付けて事を終えるまで」

 

 元々、死を撒く剣団を殲滅するのが目的ではないが、売られた喧嘩である。せいぜい高く買い叩いてやるのだ。

 武技使いに関しては、居ても居なくてもまずは良い。

 居ればシャルティアがナザリックに連れて行くだろうし、居なければシャルティアの任務は続行される。

 

「いずれにせよ、シャルティアは死を撒く剣団が片付いたら……そうですね。<伝言(メッセージ)>で私とアルベドに報告。続いて<転移門(ゲート)>でソリュシャンを馬車に移動させるように」

 

「ははぁ! ヘイグ様の御命令、胸に刻みましたでありんす!」

 

 褒められた上に新たな指示を与えられ、シャルティアは魔法無しで空高く舞い上がってしまいそうな様子だ。

 

(こんなところですかね~)

 

 他人に命令するなど、やはり柄ではない。肩が凝る。

 自分は、あの糞なブラック会社から解放されたのだから、気苦労などは最低限でノンビリ暮らし……いやいや、外を探索する冒険は大事だし興味がある。残りのギルメンも探さなければならない。

 気を引き締めたヘロヘロは、困ったことがあったらモモンガに、あるいは自分にでも良いから先ず<伝言(メッセージ)>するようにと言い含め、それでようやくシャルティア達と別れている。

 セバスを御者とし、馬車の窓から顔を出して後方を見ると、シャルティア達が全員で手を振って見送っているのが見えた。もっとも、森の中から再出発だったので、それもすぐに見えなくなったのだが……。

 

「後は……」

 

 窓から出していた顔を引っ込め、ヘロヘロは一人きりとなった車内で腕組みをした。

 

「良い報告が<伝言(メッセージ)>で届くのを待つだけですかね……。まあ、こっちの人間の戦闘力だと、すぐに片が付いて報告が来るんでしょうけど」

 

 自分自身を安心させる為もあって口に出して呟いたヘロヘロは、その細い目を閉じて一眠りしようとする。

 事実、シャルティアからの<伝言(メッセージ)>は、そう時を置かずに届いた。

 だが、その報告内容はヘロヘロが事前に思っていたのとは少しばかり、いや大きく違っていたのである。

 




外宇宙からの第九計画
私は実際に見たことがありますが、ブラックコーヒーがぶ飲みで耐えきりました

ザックは再登場する予定はありません
時間的に夜の街道まで出たとしても、単独の徒歩行なんて死ぬんじゃないんですかね

<捏造ポイント>
エ・ランテルの都営馬車とか、そのあたり

<誤字報告>

甲殻さん、爆弾さん、『ファにー』さん、yomi読みonlyさん
皆様、ありがとうございました


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第23話 秘剣、虎落笛!

 ヘロヘロと別れてからのシャルティアは、特に面倒な思いをしていない。

 少なくとも、夜の森を進むには何の支障も無かった。

 襲撃者のリーダーを吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)によって下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に転化させ、道案内として運用していたし、山道に張りだした木々の枝などは先行する吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが叩き落としている。

 何より効果的だったのは、ヘロヘロの厚意によってつけられたソリュシャン・イプシロンの存在だ。戦闘メイド(プレアデス)の一人、今では盗賊職の冒険者としての仮身分を持つ彼女は、暗殺特殊技術(スキル)の他に探索特殊技術(スキル)も備えており、こういった状況……夜の森での行動においては実に役立っている。

 先頭に立って進み、そこかしこに仕掛けられた罠を見破って解除したり、回避するよう指示を出してくれるのだ。罠のほとんどはトラバサミや草を結んだ転倒罠、中には人の身体が大きく沈むほどの落とし穴もあったが、シャルティアらに対して効果が無い。とは言え、煩わしい思いをさせられないのは大きかった。

 

「あの子を借りられて本当に良かったでありんすぇ。ヘロヘロ様には、後でお礼を……」

 

 唐突に視界が開け、シャルティアは言葉を切る。

 前方に降りてきている山肌。そこにポッカリと大きな洞穴……入口が見えているのだ。

 周辺地形は、すり鉢状の窪地。入口前には、丸太数本で組まれたバリケードらしき物が設置されていた。

 

「そして見張りが二人……」

 

 革鎧に手槍。腰に短剣と、転移後世界の野盗としては、そこそこの武装である。もっとも、それでシャルティアにダメージを与えるのは無理だろうから、彼女の注意は他に向くこととなった。

 

「肩に大きな鈴……。警報装置でありんしょうか? あなた? あれが、死を撒く剣団とやらの隠れ家かぇ?」

 

 下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に対し、カクンと小首を傾げる様。それは創造したペロロンチーノが望んだであろう美少女ぶりを、遺憾なく発揮していた。この場にアルベドが居たならば「あざといわねぇ……」と言ったかもしれない。

 もっとも、今シャルティアの一番近くに居るのは下位吸血鬼であるため、反応は芳しくないのだが……。

 

「あおお、うあああ……」

 

 呻き頷く様で肯定するが、そのまま洞穴に向き直って沈黙する。やはり反応が面白くない。もっとも下賤な人間風情を戯れに転化させただけの存在だ。シャルティアは鼻を鳴らしただけで、特に気にもとめなかった。

 そこへ、二人の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とソリュシャンが戻ってくる。

 

「シャルティア様」

 

 声を掛けてきたのはソリュシャンだ。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは黙っているので、報告はソリュシャンに任せるということなのだろう。

 

「御覧のとおり、鈴を持った見張りが二人。死を撒く剣団の隠れ家で間違いないと思われます。それと……」

 

 ソリュシャンの特殊技術(スキル)で発見したそうなのだが、入口の正面位置に落とし穴があるとのこと。知らずに前進していたら、先行していたであろう吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが引っかかったことだろう。

 

「ほっ。さすがでありんす。それで……この後は、どうしんしょうか?」

 

 正面から突入して蹂躙するのも良い。だが、他に入口などがあれば困ったことになる。

 冒険者としてのモモンガ班やヘロヘロ班であれば、多少は逃がしても支障ない。しかし、シャルティア達はナザリック派遣組として出向いているのだ。そうそう名乗る必要は無いが、自分達の姿を見られて取りこぼすというのは如何にもまずかった。

 念のために下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に「他の入口はあるか」と聞いたが、無いとのこと。これなら安心。早速、蹂躙を……と思ったところで、ソリュシャンが控えめに挙手する。

 

「シャルティア様。その者は下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)。知能が低くなっておりますので……ここは『入口』だけでなく『抜け道』についても確認するべきかと……」

 

「なるほど。そう言えばそうでありんす!」

 

 感心したシャルティアが下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に聞き直したところ、洞窟の最奥には反対側へ抜ける抜け穴があるとのこと。実に危ないところだった。これを確認しなければ、幾人かには逃げおおせられたかもしれない。

 

「となると、その抜け穴を潰してから行動に出た方が良さそうでありんすね」

 

 下顎を指で摘まみながら言うシャルティア。その彼女に対し、ソリュシャンが胸に手を当てて申し出る。

 

「ならば話は簡単です。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の二人に下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)を道案内に付け、別行動をさせましょう」

 

 この小さな山を迂回して向こう側へ回り込み、抜け穴の出口を潰すのだ。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が二人に下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)が一体。それだけ居れば、洞窟の出口を崩して塞ぐことなど雑作もないだろう。

 そして、シャルティアとソリュシャンは、このまま正面から突入するのだ。

 

「傭兵団と言っても、所詮は野盗に落ちた者。大した強者は居ないでしょうが、武技使いが居れば……」

 

「それだけで、大当たりでありんすか。確かに……」 

 

 ソリュシャンの説明を聞き、シャルティアはニンマリと笑う。

 正直な話。今この瞬間まで、シャルティアは人間を蹂躙して殺し尽くす方に意識が傾いていた。だが、ソリュシャンの説明を聞いてる間に、与えられた使命を思い出していたのである。

 これは、ソリュシャンが優れたメイド能力によって、シャルティアの機嫌を損なわず、意識誘導を促していたことによるが、この点に関してシャルティアが気づくことはなかった。

 そうして方針を定め、行動に出たシャルティアらであったが、まずはソリュシャンの投げナイフによって、見張り二人が倒れ伏している。当然、ガランガランと鈴が鳴り、内部から「なんだ!?」「冒険者とか討伐隊か!?」といった声があがった。が、シャルティアらは気にせず内部へ踏み込んで行く。

 ただ、気になることもあった。

 ソリュシャンの特殊技術(スキル)によれば、内部には七〇人からの人間が居るようらしいが……少し妙であるとのこと。

 

「二人ほど、比較的に強い者が居るのですが……」

 

 片方の実力等が読み取りにくいのだ。

 まるで、何かのアイテムによって阻害されているかのような……。

 

「興味深いでありんすねぇ。ソリュシャンの特殊技術(スキル)を防ぐことができる者が居ると……」

 

 奥から駆けつけてくる雑兵。それらがソリュシャンに薙ぎ倒されていくのを見つつ、シャルティアは考えた。

 どうすべきか判断に迷ったときは、<伝言(メッセージ)>で連絡するように。

 これはモモンガから指示されたことだ。

 

(<伝言(メッセージ)>を使うべき……でありんしょうか?)

 

 この程度のことも自分では判断できないのか。そう叱責されるかと思うと、身震いを禁じえない。だが、叱られたり自分が恥を掻くぐらいで済むのであれば、任務遂行を優先するべきだ。 

 では、<伝言(メッセージ)>を使うとして、誰に対し行うべきだろう。

 そうせよと指示を出したのはモモンガだが、最も近くに居るのは先に別れたばかりのヘロヘロだ。

 少し迷った後、シャルティアはモモンガに対して<伝言(メッセージ)>を行っている。やはり、指示を出した人物に対して報告するのが良いと判断したのだ。

 

「ぎゃああああ! 放して! 顔が熱い! 熱っ、ぎゃあああああ!」

 

 目の前ではソリュシャンに顔面を掴まれた男が、酸によって溶かされたり、別の者の首がハイキックでもげ飛んだりと、実に凄惨な殺戮劇が繰り広げられている。そんな中、こめかみに指を当てたシャルティアは、実に申し訳なさそうな顔で<伝言(メッセージ)>を発動させた。

 

「あのう……も、アインズ様? シャルティアでありんすが。今、少しばかりよろしいでしょうか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャルティアが<伝言(メッセージ)>を発動させたとき。

 モモンガは、野営における見張り番の……非番であり、テントにて就寝中であった。

 野営気分を満喫するべく人化していたので、彼は普通に寝入っている。そこへシャルティアの<伝言(メッセージ)>が来たため、暗いテントの中で飛び起きることとなった。

 ちなみに、右隣でルプスレギナ、左隣で弐式炎雷という川の字状態であり、当然ながら二人とも目を覚ましている。

 

「え? なに? 何かあった?」

 

 眠そうな声を出しているのは弐式だ。どうやら彼も人化して寝入っていたらしい。

 モモンガは暗闇の中で掌を出して弐式を制すると、シャルティアからの<伝言(メッセージ)>に応じた。

 

「すまないな。シャルティア。いや、取り込み中ではない。何があった?」

 

 会話の冒頭でシャルティアの名を出し、弐式達に<伝言(メッセージ)>相手について知らせたモモンガは、シャルティアの報告に耳を傾ける。

 その内容とは、ヘロヘロと合流した後に別れ、今は死を撒く剣団なる傭兵崩れの野盗集団と戦闘中であること。二つ目の報告としては、ソリュシャンをヘロヘロから借りたが、彼女の特殊技術(スキル)によって二名の強者が居ると判明したこと。そして、最後に……。

 

「一人、ソリュシャンの特殊技術(スキル)で実力の見極めがつかない者が居る?」

 

 聞かされたことを、そのまま口に出したモモンガは、闇の中で弐式と顔を見合わせた。

 弐式ほどではないが、ソリュシャンであるなら転移後世界においては大体の人物の実力を推測できるはずだ。だが、今回の場合。大まかな実力は読めたが、それ以外の素早さがどれ程であるとか、詳細な部分が読めないらしい。

 目の当たりにせず調べられる時点でモモンガとしては凄いと思うのだが、そこはさておき、これからどう対処させるべきだろうか。

 

「弐式さん。俺、今から<転移門(ゲート)>でシャルティアの所へ行ってみます」

 

「え? ここはどうなるのさ?」

 

 テントの中とは言え、見張り交代となったらテント外から呼びかけられることもあるだろう。モモンガが返事する必要は無いが、モモンガを呼ばれたり中を覗かれたらどうするのか。その都度、<転移門(ゲート)>で戻ってくるにしても、転移孔を見られたら面倒なことになりかねない。

 だが、モモンガには腹案があった。

 

「パンドラズ・アクターを呼んで、俺の格好をさせるんですよ。暫くなら大丈夫なはずです」

 

 これは悪くない案であるが、この手段だと弐式は残留することとなる。 

 モモンガだけでは心配だと言う弐式を、「向こうにはシャルティアが居ますから。攻撃役としては万全でしょう。最悪、逃げるぐらいなら何とかなります」と言いくるめ、モモンガはパンドラズ・アクターを呼び出した。

 彼を呼ぶにあたり、<伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>を使ったのであるが、テンション高く登場……しようとしたパンドラの口を、モモンガは素早く掌で押さえ込んでいる。

 

「いいかぁ~? 近くに人間の冒険者が居る。ここはテントの中だが、デカい声を出すんじゃない」

 

「しょ、承知しました。んんァインズ様!」

 

 そのテンションもどうにかしろと言いたいが、今は急ぎだ。モモンガは暫くの間、自分の身代わりを務めるよう改めて言いつけると、次なる<転移門(ゲート)>を発動する。

 

「じゃあ、弐式さんにルプスレギナ。ちょっと行ってくる。パンドラのこと、よろしく」

 

 ギルメンと僕。二人同時に相手取るものだから、モモンガの口調は多少ぎこちないものとなっていた。これを見た弐式は面をまくり、人化顔を見せつけてニヤニヤしている。

 

「むう……」

 

 照れ臭い。弐式が笑うから、なおのこと照れ臭い。

 プイと顔を逸らしたモモンガは、パンドラ……ではなくルプスレギナに視線を向けた。

 自分のことを慕ってると言ってくれた女性NPCである。

 正式に交際しているわけではないが、創造主の公認で好意を向けてくるアルベドのことを考えると、恋愛雑魚のモモンガとしては頭が痛くなるのだ。

 弐式などは、「アルベドが正室で、ルプーが側室で良いじゃないですか」と言ってくれており、ルプスレギナも乗り気であるが、モモンガ的には簡単に判断して良いことではない……と思うのである。

 

(答えを先延ばしにして、逃げてるだけなんだけどな~)

 

 <転移門(ゲート)>を発動させながら、モモンガは無意識に……そう、無意識にルプスレギナだけを見て言った。

 

「すぐに戻る。後のことは頼んだぞ?」

 

 ……。

 そうしてモモンガが転移し終え、<転移門(ゲート)>の転移孔が消えた後。テント内は、微妙な静けさが支配していた。

 モモンガさんも、やるじゃん! と何度も頷く弐式。

 熱くなった両頬を、掌で挟んで俯くルプスレギナ。

 そしてパンドラズ・アクターは、不思議そうに小首を傾げている。

 

「あのう、弐式炎雷様? 状況について、伺いたいのですが?」

 

「ん? あ~……じゃあ、見張り当番が来るまで話そうか」

 

 モモンガが居たら止めていたことだろう。

 しかし、当の本人が不在である今、弐式はパンドラに対して気の向くまま情報開示していくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 洞窟内に<転移門(ゲート)>が開き、そこからモモンガは一歩踏み出している。

 何か後ろ髪を引かれるような、それでいてゾクッとしたものを感じたが、それは洞窟自体や奥の方から感じられるものではない。

 

(気のせい……か?)

 

 残してきたテント内では今、何が起こっているか。そこに気が及ばないモモンガは、目の前に居るシャルティアとソリュシャンを見た。

 二人とも跪いているが、落ち着いているソリュシャンに対し、シャルティアの動揺が激しい。表情は硬く、元々色白な肌は白さを増し、身体は小刻みに震えていた。

 

「どうしたのだ、シャルティア。何か<伝言(メッセージ)>での報告にない、困ったことでもあったか?」

 

「い、いえ、そうではありんせんが。まさかアインズ様が、直々においでになるとは……その……。お手を煩わせたのかと……」

 

「お手を……って」

 

 呟きつつ周囲を見ると野盗らしき男らの死体、いや残骸が複数散らばっている。

 モモンガは「ちょっと気分悪いかな? う~ん、どうなんだろう」などと思いながら、シャルティアの言葉を否定した。

 

「シャルティアよ。お前は良くやっているではないか。現状、特に落ち度があるわけではないし。判断に困ったからと、きちんと報告もしてきた。私が来たのだって、単に手伝いたかったのと気が向いたからだぞ? まあ、肩の力を抜け」 

 

「はあ、はいいい。もったいない御言葉でありんす」

 

 かしこまるシャルティアだが、どことなくホッとしているようにも見える。

 これは『至高の御方同伴』という状況になって、精神的に安らいだことによるのだが、今ひとつ理解できないモモンガは、小首を傾げようとした。

 そこにソリュシャンの声が飛ぶ。

 

「アインズ様。先程から、そこに一人……」

 

「なんだ、気づかれてたのか……」

 

 ソリュシャンの声に続いて男の声が聞こえた。

 最初にモモンガが見たのはソリュシャンだ。跪きつつも瞳は目の端に寄っており、穢らしいモノを見るかのような眼差しがキツい。この視線、弐式さんなら喜んだかもしれないな……などと思ったのは刹那のことで、モモンガは彼女の視線の向く方、つまりは声のした方を見た。

 すると奥の暗がりから、一人の男が進み出る。

 青い髪に無精髭。精悍な顔つきに鍛えられた体つき。腰には日本刀に見える刀を差し、ベルト脇に見える小瓶類はポーションの類だろうか。ブーツ履きにシャツ……ただし、半袖服なので、腕の動かしやすさを重視しているように思える。

 後衛職のモモンガが一見したところでは、この辺りが読み取れる限度であった。実を言えばシャルティアなら、もっと詳しく読み解けるのだが、相手が人間であるため気にもとめていない。

 

「見たところ、魔法詠唱者(マジックキャスター)に盗賊……。それを雇ってる貴族のお嬢様と言ったところか」

 

 ざわり……。

 

 洞窟内全体の空気が揺らいだ。

 軽口を言った風でいた男の顔が引きつり、刀の柄に手が伸びていく。モモンガも人化中であるため、この雰囲気を察することができていた。

 

(うわ、こわ……。殺気ってやつか?) 

 

 厳密には現実(リアル)での人間状態ではないため、耐えることができたが、これが昔の自分であれば失禁間違いなしだとモモンガは思っている。

 その殺気の発生源。それはシャルティアとソリュシャンであった。

 

「テメェ。言うに事欠いて、私がアインズ様を雇ってるだとぉ?」

 

「物を知らぬ肉は、これ以上の無礼を働く前に溶かすべきでしょう」

 

 マズい……と思ったのは言った男だが、モモンガも同感である。このままでは男は殺されてしまうだろう。

 

(だが、ちょっと待って欲しい。こいつ、こんな登場の仕方をするってことは、実力者なんじゃないの?)

 

 実力者、すなわち武技使いの可能性があるのだ。

 せっかく街道外れの森の中、しかも洞窟にまで出向いた……モモンガは<転移門(ゲート)>を使ったが……のに、簡単に殺して成果無しでした。では、あまりにも物悲しい。

 場の方向修正をするべく、モモンガは咳払いした。

 

「あ~、んっんん!」

 

 これによりシャルティアらから殺気が消え去り、男が若干肩の力を抜く。

 そして交渉開始……だが、ここでモモンガは思い立っていた。

 

(俺、ここで口出ししていいのか?)

 

 現実(リアル)で就職した頃。先輩や上司が営業に付き添ってくれたことがあるが、対応できないとなると、彼らが前に出て喋ったりしてくれていた。大変有り難かったし参考にもなったが、仕事に慣れてくると「俺が喋ってるのに……」と思うこともあったのだ。

 今のシャルティアは、どうだろう。

 モモンガが前に出て交渉することで、彼女の出番や役割、そして成長する機会を奪ってはいないだろうか。

 

(それは駄目だよな~。俺、部下を持った経験なんて無いけど。先輩だったことはあるから、ここは頑張らないと……)

 

 鈴木悟だった頃の後輩への接し方を思い出しつつ、モモンガは口を開いた。

 

「シャルティアよ……。与えられた使命を思い出すのだ。私は取りあえず、見ていることとしよう。……無理ならば、遠慮せずに声をかけるが良い」

 

「は、はい! 承知しましたでありんす!」

 

 背筋を伸ばして返事をしたシャルティアは、まずは男にではなくソリュシャンに確認する。 

 

「ソリュシャン? あの男は『どっち』でありんすか?」

 

「……実力が詳細に把握できる方です」

 

 つまり、正体不明の実力者が奥で控えているのだ。今のところ動く様子はないが、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが抜け穴等を潰しているため、こちらに来るしかないだろう。あるいは、こちらから出向いて顔を見に行くか……。

 しかし、それをするためには、まず目の前の男を処理するべきである。

 シャルティアは考えを纏め終えると、男に向き直った。

 

「我が名はシャルティア・ブラッドフォールン。あなたの名は?」

 

 本来、人間風情の名など興味は無い。だが今、背後でモモンガが見ている。対外的に粗暴かつ非礼な言動など取るわけにはいかなかった。

 

(それを思うと、さっきは危なかったでありんす……)

 

 冷静、冷静。事務的な対応。

 頭の中でブツブツ呟いていると、男が返事をしてきた。

 

「ブレイン。ブレイン・アングラウスだ。あんたら、いったい何者だ? 冒険者と言うには、お嬢ちゃんがそれらしくないし……」

 

 確かにそうだ。と、モモンガは思う。

 シャルティアが居なければ、魔法詠唱者(マジックキャスター)と盗賊のコンビに見えただろうから、まだ冒険者を名乗ることもできた。だが、シャルティアが居ては、その説明は無理がある。さて、シャルティアはどうするだろうか。

 

「そうでありんすねぇ。一言で言えば、人材を求めて旅をしている。そんなところ……でありんしょうか」

 

「人材? 腕の立つ奴を探してるってのか?」

 

 モモンガ達のことをどう思っていたのか、男……ブレイン・アングラウスが意表を突かれたような表情を見せる。一方、モモンガは、シャルティアの『ナザリックNPCにしては』攻撃的でない会話の入り方に感心していた。

 

(もう何人か殺しちゃってるみたいだけどな!)

 

「そのとおり。できれば武技を使えるのが好ましいでありんすが……。貴方は使えるのかしら?」

 

 シャルティアの瞳に赤みが増していく。

 獲物を狙う目であるが、殺したりいたぶるつもりはない。ここで言う『獲物』とは『手柄』のことである。しかも、モモンガが見ているとあっては、やる気も出ようと言うもの。

 

「武技。武技ねぇ……。そこそこ使えるつもりだが……。安売りする気は無いぜ?」

 

 話している内に気を取り直したらしい。ブレインが刀の柄に手をかけ腰を落とす。

 ユグドラシルの職業(クラス)に侍職があったが、それが有していた特殊技術(スキル)、『居合い』の構えに似ている。

 

(戦う気のようだな。さてさて、シャルティアに通用するかな?)

 

 かつて出会い、話す機会のあった王国戦士長。ガゼフ・ストロノーフ。彼は周辺国で最強の戦士であるらしい。目の前の男がガゼフと同等か、少し勝る程度であっても、シャルティアには勝てないだろう。 

 お手並み拝見である。

 シャルティアはと言うと、彼女は前衛型のビルドであるから、実力差に関してはモモンガ以上に感じ取っているらしい。

 余裕たっぷりに手招きして見せた。

 

「腕試し。あるいは剣腕の披露でありんすか? どうぞ。ハンデとして妾は一歩も移動しんせんゆえ、お好きに……」

 

「しっ!」

 

 言い終わる前にブレインが刀を抜き放つ。

 距離を詰めつつ斬りつけるという、居合いからは幾分外れた攻撃であったが、まずは小手調べというわけだ。

 そもそも狙ったのはシャルティアの鼻先であり、少し切れ目を入れてやるつもりだったのだが……。

 

 フシュン。

 

 ブレインの振るった刀の切っ先は、シャルティアの鼻先があったであろう場所を手応えなく通過した。

 

「……」

 

 シャルティアは宣言どおり、一歩も動いていない。ブレインはニコニコしながら見てくるシャルティアを一瞥すると、大胆にも彼女から視線を外して刀を見た。

 手首を返して、幾つかの角度から切っ先を見つめる。

 

「外しちゃあいない。俺は真剣かつ、正確に剣を振った。なのに当たらなかった。てことはだ、あんた……俺の剣が見えてるのか?」

 

 ブレインは視線をシャルティアに戻した。

 今なら十分に理解できる。裕福な商人や貴族の娘などではない。この少女……いや、女は自分を遙かに超越した強者なのだ。

 

「まいったねぇ。この数日で化け物級の強者が二人目かよ。いや、そっちの魔法詠唱者(マジックキャスター)と盗賊も強いんだろうな。心が折れそうだぜ」

 

 モモンガにとって気になることをブレインは言う。

 化け物級の強者が二人目。

 それは奥で居るという、実力不明の存在のことを言っているのだろうか。

 モモンガの興味はブレインから『奥に居る者』に移るが、その彼の意識をブレインの声が引き戻す。

 

「でも、前に折れてからさほど日が経ってないんでな。折れっぱなしのまま、もう少し頑張らせて貰うか。……あんたら、武技使いを探してるんだろ? ……武技を使っても? 今なら解説付きだぜ?」

 

「それは楽しみでありんす。是非とも、どうぞ」

 

 シャルティアの同意が得られたことで、ブレインは刀を鞘に戻した。そして再び腰を落とすと居合抜きの構えに入る。

 

「俺の最強剣技……秘剣虎落笛(もがりぶえ)は、二つの武技の複合技だ」

 

 言いながらであったが、ブレインは意識を集中しだした。

 

「武技の一つ目は<領域>と言う。半径三メートルほどの範囲で、すべてを認識する技だ。まあ、攻撃命中率と回避率を上げてくれると思ってくれればいい」

 

「ほうほう」

 

 意外にも、シャルティアは興味深げに聞いている。

 浮ついた気分での遭遇戦ならまだしも、目当ての武技使いが解説しつつ実演してくれるのだ。この場にはモモンガが居るのだが、後で報告し直すことを考えると、連れて行く武技使いの武技について知っておくのは必要なこと。 

 そこに気がついているシャルティアの態度は、普段の彼女を知るモモンガやソリュシャンからすれば、実に真面目なものであった。

 

「続いて<瞬閃>。こいつは自慢だが、俺のオリジナル武技でな。高速攻撃の武技で、ここから更に鍛え上げて、一段引き上げた。知覚不能の域に達した神速の一刀。名付けて<神閃>。……だったんだが、あんたら級の強者相手だと、遅すぎるようでな……。今更見せるのは恥ずかしいんだが……」

 

 確かに、そうなのかもしれない。レベル差というものは非情なのだ。

 ただ、ここまでの解説で、モモンガは重要な情報を得ていた。

 武技はオリジナル技を作ることができる。そして、鍛え上げることで別物に進化させることが可能なのだ。

 

(やっぱり、ナザリックの者が武技を覚えたら凄いことになるんじゃないか?)

 

 ユグドラシルから来た自分達はレベル上限が100で、モモンガやギルメン、一部のNPCらはレベルが100に到達している。これ以上は数値的な上昇が見込めないかと思っていたし、戦略や戦術で底上げするしかないかと考えていたが、ここへ来て更なる強化が見込めそうだ。

 モモンガは、ウキウキしながらブレインの解説に耳を傾ける。

 

「で、絶対必中と神速の一刀。<領域>と<神閃>を併用することで、回避不能の一撃必殺技が生まれる。それが、秘剣虎落笛(もがりぶえ)だ。主に狙うのは頭部だな。中でも喉を狙うことが多いんだが……。……実演しても?」

 

「どうぞ、でありんす」

 

 今度はシャルティアが言い終わるのを待ち、ブレインは攻撃に移った。

 瞬時に知覚範囲が広がり、元々間合いに入っていたシャルティアが『認識対象』に含まれる。これにより、攻撃回避しようとするシャルティアの動きが察知可能となり、追従して剣の軌道を修正できるのだ。

 そして振るわれる、神速の一刀。

 

(秘剣、虎落笛(もがりぶえ)!)

 

 奥歯を噛みしめ、剣を抜き放つ。

 この場に人間が居たら、ブレインの振るった剣は目で追うことができなかっただろう。実行したブレインも、そう思っている。が、その切っ先はシャルティアの喉を薙ぐことは出来なかった。

 あろう事か、刃峰の方から手を回し指で摘ままれていたのである。

 これはシャルティアの『速さ』が、ブレインを遠く突き放したレベルであること意味し、しかも摘ままれた剣はビクともしない。腕力も遙かに上のようだ。

 シャルティアは摘まんだ刀の切っ先を一瞥すると、小さく溜息をつく。

 

「貴方、もう少し武器には気をつけた方が良いと思いんす。安物では、能力の底上げもできんせん」

 

「安物って……。これでも大金注ぎ込んで入手した物なんだがな……」

 

 情け無さそうに笑うブレインは、「刀、放してくれるか?」と頼み、シャルティアが指を離したことで鞘に収めた。

 そして、投げやり気味に言う。

 

「とまあ、これが俺にできる限界だ。で? 多少はお眼鏡にかなったのかね?」

 

 モモンガは何も言わない。

 この場は、シャルティアに任せると決めたのだ。

 シャルティアはと言うと、一度肩越しにモモンガを振り返ってからブレインに向き直り、表情を引き締めつつ宣言する。

 

「ま、合格点でありんしょうか。強さ的には随分と物足りないでありんすが。時に……武技を他人に教えることは?」

 

(それだ! それを聞きたかった! ナイスだぞ、シャルティア!)

 

 声に出さず褒め称えるモモンガであるが、その様子に気がつかないブレインはニヤリと笑いながらシャルティアに頷いた。

 

「相手の才能にもよるが、一応はな。そこそこ剣を振るえる奴なら、死ぬほど鍛えたら<斬撃>ぐらい仕込めるだろうし」

 

「ふむぅ。……採用。という事にしたいんでありんすが、アインズ様は如何お考えでしょう?」

 

 ここで、ようやくシャルティアがモモンガに向き直った。ブレインに対して完全に背を向けているが、彼我の実力差は大きすぎる。後ろから斬りつけたところで、どうにかなるものではない。

 それが理解できているブレインは、苦笑しながら肩をすくめていた。

 モモンガはと言うと、シャルティアに対し「お前の判断は正しい」と答えている。精神支配することなく、お雇いの武技指導員を連れ帰ることができるのであれば、上々の首尾と言えるだろう。

 こうして、死を撒く剣団、最強の剣士……ブレイン・アングラウスは、ナザリック地下大墳墓の一員となった。人間嫌いなNPC達からの反発が予想されるが、そこはNPC側で我慢して貰うしかない。これからは、こうやって外部の者も取り込むべきなのだから。

 そう言えば、一連の交渉にあたってソリュシャンが一切発言していない。彼女は、どう思っているのだろうか。

 

「ソリュシャンよ。このブレインをナザリックに連れて行くことになるが、何か異論はあるか?」

 

 それまで立ってシャルティアとブレインの模擬戦(?)を見ていたソリュシャンは、モモンガに向き直り跪いた。

 

「至高の御方の御判断に異を唱えるなど、あってはならないことです。しかしながら、一つだけ……」

 

「なんだ?」

 

 伏し目がちだったソリュシャンは、モモンガを見上げながら思うところを述べる。

 曰く、その者(ブレイン)の身なりはナザリックに相応しくない。

 曰く、物腰や言動も粗野に過ぎる。

 

「ナザリックに着きましたら身なりを整え、礼儀作法について矯正する必要があるかと……」

 

「そ、そうか……」

 

 目の端でブレインが「うげっ!」と言いたそうにしているが、モモンガも「うげっ」と言いたい。いい歳して礼儀作法やマナーの教習など、面倒くさいのだ。とは言え、これから外で活動するにはマナーの一つぐらいは学んでおくべきだろう。

 ギルメンの皆を巻き込んで、一緒に特訓するのだ。

 礼儀作法の矯正と言えば、弐式が再教育させると言っていたナーベラル・ガンマ。彼女は今頃どうしているだろうか。メイド長のペストーニャに預けられたらしいが……。

 

「そうだ! こうなったら、旦那も一緒に連れて行って貰おう! それがいい!」

 

 ブレインが唐突に言いだしたので、モモンガは物思いから引き戻されている。

 旦那。旦那とは誰のことだろうか。

 ここでモモンガは、ソリュシャンが感知したと言う謎の人物の存在を思い出した。

 

(ブレインの態度からすると、彼よりも強いのだろうか? やはり武技使いなのか?)

 

 シャルティアに任せる気で開いたモモンガも、さすがに気になって口を挟んでいく。

 

「その旦那というのは? やはり、彼も武技使いなのかね?」

 

「いや、武技は俺が教えたのしか使えねぇ。けど先日、森で出会してな。仲間達を蹴散らしてたんで俺が出張ったんだが、軽く捻られちまって。『暫く厄介になる』って言って、ここに転がり込んできたんだ。まあ正体はアレだが……一緒に連れて行く価値は絶対にあるぜ!」

 

 妙に興奮しながら言うブレインの説明を聞き、モモンガは「それほど言うなら、連れて行くだけ連れて行くか」と、シャルティアらに目配せをした。

 彼の好きなようにさせてみろ。

 その意図は正しく伝わったようで、双方が頷くジェスチャーを見せた。

 

「うお~い。旦那~っ!」

 

 ブレインが洞窟の奥に向けて呼びかけている。

 先日出会ったばかりだという話だが、口調から気を許しているのが感じ取れた。ブレインのような男を短期間で心酔させるのだから、それなりの人物ではあるのだろう。

 

(ふむ。なんだか興味が湧いてきたぞ。ガゼフみたいに立派な人物だと嬉しいんだけどな)

 

 まさしく興味であるが、そこには期待感も混じっている。

 モモンガはワクワクしながら、その人物の登場を待ったが、続くブレインの呼びかけを聞いて耳を疑うこととなる。

 

「旦那~っ! ブジンタケミカヅチの旦那~っ! 面白い連ちゅ……いや、人達が来てるんだって~っ!」

 




と言うわけで、追加ギルメンは武人建御雷さんでした。
ここで増えたら面白そうかな……と思ったら追加してしまうので
フォーサイトイベント発生の頃にはギルメンが何人になっていることやら


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第24話 モモンガさん! 見ていてくれよ!

 ぶじんたけみかづちのだんな。

 ブジンタケミカヅチの旦那。

 武人建御雷の旦那。

 ブレインの口から飛び出た音声。それが、知った名前混じりのセリフとして理解できたところで、モモンガの目に光が戻る。

 武人建御雷とは、アインズ・ウール・ゴウンにおける前衛職代表。

 ザ・サムライの異名を持ち、ギルド最強を誇るたっち・みー打倒に燃えていたギルメン。

 気の良い豪傑肌だった……半魔巨人(ネフィリム)の名だ。

 そして、弐式炎雷の親友でもある。

 

(建御雷さんが、ここに居るのか!? え? マジで?)

 

 名を聞けた以上、高い確率で武人建御雷本人が居るのだろう。

 だが、名を聞いて興奮しているシャルティア達とは別に、モモンガは少々疑わしくも感じていた。

 武人建御雷と言えば、たっち・みーほど正義を看板にしていたわけではないが、それなりの正義感を持つ男だった。より正確に言うのであれば、彼の場合は義侠心と言うべきかもしれない。

 そんな彼が、商隊を襲い、女を拉致するような野盗集団に(くみ)するだろうか。

 

(ありえない。だが、ブレインは確かに建御雷さんの名を呼んだぞ。これはいったい、どういうことなんだ?)

 

 わからない。考えても疑念は晴れないようだ。

 とは言え、それらはすべて解決することだろう。何故なら、その『武人建御雷』はブレインによって呼ばれているからだ。

 すぐに、この場に現れるはず……。

 

「何だよ、ブレイン。お前の手に負えない奴か? めでたくも興味深いぜ!」

 

 そんな声と共に、奥の方からドスドスと足音が聞こえてくる。

 聞き覚えのある声だ。

 壁に掛かった魔法の照明器具(盗品)によって照らされるモモンガの顔。それが歓喜に染まった。

 数秒後。ボロ切れを纏った半魔巨人(ネフィリム)が、大ぶりな剣を片手に奥の暗がりから姿を現す。

 

「建御雷さん!」

 

 姿を確認するなりモモンガは叫んだが、半魔巨人(ネフィリム)……建御雷の方は訝しげに首を傾げた。そして、剣を持った手をダランと下ろし、空いた手でモモンガを指差す。

 

「ひょっとして、モモンガさんか!?」

 

「そうです! モモンガです! あ、今は訳あってアインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるんですけど」

 

 ユグドラシル時代と変わらない姿に口調。

 嬉しくなったモモンガは、場をわきまえずに世間話のノリで応じていた。

 

「マジか! モモンガさんも、こっちの世界に来てたのか!? じゃあ、他の連中も!?」

 

 ズカズカと寄ってくる建御雷は、身長差から見下ろしでモモンガに問うてくる。ますますユグドラシル時代を思い出し、モモンガは悟の仮面の下で精神が安定化されるのを感じていた。

 

(……精神安定化のオンオフができるように改良できないかな~)

 

 忌々しく思うが、目の前の建御雷が消えて無くなるわけではないため、モモンガの歓喜は尽きない。

 

「ええ! ヘロヘロさんにタブラさん。それに弐式炎雷さんも居ますよ!」

 

「おお! 弐式の奴も!? じゃあ、あそこに居た連中は全員……いや、モモンガさんの口振りだと何人かが来てるってことか……」

 

 あれ? とモモンガは小首を傾げる。タブラほどではないが妙に話が早いのだ。

 聞いて確認したところ、建御雷はブレインによって転移後世界の情報を得ていたらしい。

 

「なるほど。それにしても意外です。建御雷さんが、野盗と行動を共にしていただなんて……。イメージと合わないと言いますか……」

 

「おう。そのことなんだけどな……」 

 

 立ち話ながら建御雷が説明しようとしたとき。奥の方から、何人かの男の声が聞こえてきた。

 

「どうなってんだ? やっつけたのか?」

 

「ブレインも戻ってこないぞ」

 

 どうやら、野盗達が駆けつけてくる様子だ。

 モモンガは舌打ちすると、一瞬だけ建御雷を見る。その視線を受けて、建御雷は頷いて見せたが「取りあえず殺さない方向で」と注文を付けてきた。

 

「了。では、<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)>、<麻痺(パラライズ)>……」

 

 効果範囲を拡大された<麻痺(パラライズ)>が、建御雷やブレインの後方へと放射される。だが、洞窟内であるし、魔法の質がガス系ではないので全員を麻痺せしめたかは不安が残る。

 麻痺し切れていない者が駆けつけたところで問題はないが、一応は確認した方が良いだろう。

 

「ソリュシャン」

 

「は、はい。モモンガ様……」

 

 出現した武人建御雷を前に緊張していたのか、返事の声が若干上擦っている。そのソリュシャンにモモンガは命じた。

 

「今より奥を探索し、死を撒く剣団だったか? 連中で麻痺しなかった者を探すのだ。発見したなら改めて麻痺させるように。終わったなら戻って来て良い」

 

「承知しました」

 

 ソリュシャンはシャルティアと共に跪いていたが、命令を受けて立ち上がると音も無く洞窟の奥へと姿を消した。

 そこで改めて、モモンガは建御雷に向き直る。

 

「建御雷さん。少し待って貰えますか? 今から<伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>で弐式さんを呼びますから」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 漆黒の剣らと共に野営中であった弐式炎雷。

 彼はテントの中でモモンガからの伝言を受け、飛び上がらんばかりに驚いた。

 声をあげなかったのは我ながら誉めても良いぐらいだ……と弐式が思うほどの驚きである。

 建御雷との合流を知らせてきたモモンガは、簡単に状況を説明し終えたところで「今から来られないか」と聞いてきた。しかし、弐式も転移するとなると、テント内にはモモンガに擬態したパンドラズ・アクターのみとなる。弐式の分身体を残すにしても、<転移門(ゲート)>を跨いだ後で、こちらに分身体が消えずに残るかが不安視された。

 そこは後日の検証課題にするとして、今どうするか……だったが、ここでパンドラズ・アクターが発言している。

 

「シャルティア様の手が空いているようですので、<転移門(ゲート)>でナザリックからドッペルゲンガーを呼び寄せてはどうでしょうか? その上で、弐式炎雷様がシャルティア様の<転移門(ゲート)>を使用し、洞窟へ飛べばよろしいかと」

 

 名案だった。

 他に代案もないモモンガ達は、直ちにパンドラズ・アクターの意見を採用。シャルティアの<転移門(ゲート)>によってテント内にドッペルゲンガー一体を送り込み、弐式の姿を擬態。弐式は、シャルティアが続けて展開した<転移門(ゲート)>により、洞窟に居るモモンガらの元へと転移したのだ。

 そして……。

 

「たっけやぁああああああんっ!」

 

「弐式ぃいいいいいっ!」

 

 <転移門(ゲート)>から姿を現した弐式炎雷は、暫くぶりで見た親友の名を叫び、建御雷はボロを纏ったままであるが両腕を広げて駆け寄る。

 

 どすう!

 

 重い音と共に、二人のギルメンは熱い抱擁を交わした。と言うより、見ていて暑苦しい。

 

(テンション高いな~。いや、俺も嬉しいけどさ!)

 

 何だか負けた気分になったモモンガであるが、バシバシガシガシと肩や背を叩き合っている二人に声をかけた。

 

「あ~、ごほん。それで、建御雷さん。事情を聞きたいんですけど……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 武人建御雷。

 彼がユグドラシルから転移して来たのは、モモンガらと合流する約二日前である。

 弐式炎雷が人の身で転移したのに対し、彼は異形種状態。

 弐式炎雷が、ある程度の武装やアイテムを有していたのに対し、彼は丸腰の素っ裸。

 小鬼(ゴブリン)に追われたのは同じだったが、建御雷の場合は難なく撃退している。武器が無くともレベル一〇〇の半魔巨人(ネフィリム)だ。小鬼(ゴブリン)なども物の数ではない。

 そうして落ち着いたところで自分が人間でなくなったことを知り、<伝言(メッセージ)>を試して反応が無く、途方に暮れながら彼は森を彷徨っていたのだ。

 と、親友同士の偶然か、おおむねは弐式と似た経緯をたどっていた建御雷だが、ここからの展開が弐式とは大きく異なっている。

 弐式が転がり込んだのは人間種の集落。しかし、建御雷が辿り着いたのは野盗『死を撒く剣団』の隠れ家だったのである。

 まず、彼は洞窟入口を見ると同時に発見され、見張りによって仲間を呼ばれた。

 ワラワラと出てきた死を撒く剣団団員らを見て、建御雷は「人が居た!」と喜んだものの、「モンスターだ! やっちまえ!」と叫んで襲いかかられて大いにガッカリしている。そして、瞬く間に全員を叩きのめした。

 

「正直言って、小鬼(ゴブリン)よりもマシな程度の手応えだったなぁ」 

 

 この時に()したのは十数人ほどだったが、一人も殺してはいない。今思えば、うっかり殺してしまうところだったかもと建御雷は苦笑している。

 そして、その後に登場したのがブレイン・アングラウスだった。

 このブレインも、瞬く間に伸されている。

 

「建御雷の旦那。俺の出番を端折りすぎ……」

 

「大物ぶって登場したくせに歯ごたえ無かったんだから。しょーがねーだろ?」

 

 事実、建御雷から見たブレインは歯ごたえが無かった。

 武技等を駆使して戦う小器用さは評価できたが……ただ、それだけである。

 建御雷的に気に入ったのは、ブレインの強さを追求する心構えだ。

 自分自身、たっち・みーを超えるべく強さを追求していたし、武器の改良にも余念が無かった。ブレインが大枚叩いて買い求めたのが『刀』だったのも、シンパシーを感じた要因の一つである。

 他の団員らと違って気絶を免れたブレインは、建御雷の強さに惚れ込み、弟子入り……は断られたが、洞窟の隠れ家に誘うことには成功していた。

 

「行く当てが無かったからな。人が大勢居るってことに安心したんだわ」

 

 そうして、死を撒く剣団の隠れ家を仮宿とした建御雷であったが、一晩明けた翌日には後悔している。

 結局のところ、傭兵団ではあっても野盗は野盗なのだ。

 仲間同士で酒を飲み笑い語り合う。そこは良い。かつて所属していたユグドラシルのギルド、アインズ・ウール・ゴウンを思い出させる。

 商隊を襲って金品を強奪するのも良いだろう。彼らは野盗なのだから。 

 ただ一つ、大いに気に入らなかったのは、拉致した女を性処理用に飼っている点だ。

 ここだけは建御雷の好み……大袈裟に言うのであれば美学から逸脱している。

 だから二日目の今日。適当な衣服をつなぎ合わせて身に纏った建御雷は、ブレインに乞われて稽古を付け、夜になるのを待ってから彼に打ち明けた。 

 自分は、この場所が大いに気に入らない……と。

 弱者を、それも女を慰みものにするなんて吐き気がする。

 これを聞いたブレインは「じゃあ、連中を殺って女共を助けるか?」と、あっさり死を撒く剣団を見限り、建御雷に乗り換えていた。腰が軽いのではなく、元から仲間意識など無かったのだ。強い相手と出会えるなら、それで充分だったのである。そこに建御雷のような至上の強者が出現したのだから、死を撒く剣団に固執する理由など微塵も存在しなかった。

 ただ、建御雷には死を撒く剣団の団員らを殺す気はなく、叩きのめすだけで済まそうと考えている。

 唾棄すべき野盗らであるが、寝床を借りられたし衣服も分けて貰えた。恩なり借りなりがある以上、気に入らないの一言で殺すのは抵抗がある。例え、自分が半魔巨人(ネフィリム)化した結果、人間種に親近感を持てなくなっていたとしても……だ。

 つまり、この日の夜。モモンガらが来なければ、死を撒く剣団は主に武人建御雷によって叩きのめされ、女達は解放されるところだったのである。

 

「なるほど、納得です。と言うか悪いタイミングでしたかね?」

 

 モモンガが遠慮がちに問うと、建御雷は肩を揺すって笑った。

 

「いいや。俺にしてみりゃ、世話になった連中の顔を見ながらぶちのめすのは気が引けてたんだ。<麻痺(パラライズ)>を使って貰って大助かりだぜ。あ、てこたぁ、女達も麻痺してるのか」

 

 女達をどうするべきだろうか。

 このまま放置しておくと、麻痺から回復した死を撒く剣団によって、変わらぬ待遇で扱われるだろう。モモンガはナザリック地下大墳墓も転移して来ていることを伝え、そこで保護することも考えたが、女達の中には元居た場所に戻りたい者も居るはずだ。そうなった際に記憶操作して放り出すのは手間である。主にモモンガの疲労が激しい。

 

「ちょっと試してみたんですけど。<記憶操作(コントロール・アムネジア)>って疲れるんですよね~」

 

「じゃあさ。一度、カルネ村に連れて行くってのはどうです?」

 

 弐式が人差し指を立てて提案した。

 カルネ村は、バハルス帝国騎士を偽装したスレイン法国派遣部隊によって被害を受け人口が減少している。村長に掛け合えば、女達を村で引き取ってくれるのではないだろうか。

 

「割りと良い手ですが……」

 

 他にアイデアも無いし、その案採用で行ってみるか。

 そうモモンガが考えたとき、後方から吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二人が駆けてきた。

 二人とも武人建御雷の姿を見て目を丸くしている。が、シャルティアに睨まれたことで慌てて跪いた。

 

「どうした? 慌てていたようだが、何かあったのか? ああ、畏まった物言いは面倒だ。要点だけを言え」

 

 モモンガ直々に下問したことで吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは縮こまったものの、問われて答えないでは不敬となるため、髪の長い方が胸に手を当てつつ答えた。

 

「はっ! 御報告します!」

 

 先ず報告されたのは、洞窟の抜け穴を外部から崩し完全に塞いだこと。その際、中に入って崩していた下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)が崩落に巻き込まれ、埋まってしまったらしい。掘り出すのも面倒なので、そのまま放置してきたらしいのだが……。

 

吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が血を吸って、僕にした男でありんす」 

 

 シャルティアからの補足が入ったことでモモンガは頷く、念のために惜しい存在かどうかも確認したが、シャルティアはゴミであると言ってのけた。

 

(わざと埋めたんだろうな~……)

 

 もう死んでアンデッド化してたことだし、元は野盗だ。気にすることはないとして、モモンガは続く報告に耳を傾ける。

 第二の報告。これがモモンガ達にとって、実に興味深いものとなった。

 

「武装した者達が近づいている?」

 

 入口とは、ほぼ反対側。抜け道のあった方から数人の人間が近寄ってきているらしい。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らの見立てでは魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき姿もあったとのこと。

 ソリュシャンを差し向けて確認するか……と思ったところで、弐式が挙手した。

 

「俺が分身体を出して確認してくるよ。詳細を掴めたら俺が聞いて伝えるからさ」

 

「頼めますか?」

 

 モモンガが問うと、弐式はサムズアップして分身体を出し、入口へ向けて送り出す。その分身体から報告があったのは、僅か数秒後のことである。

 

「ああ、近づいてくる連中の正体がわかりましたよ」

 

「早っ!?」

 

 驚くモモンガに気を良くしながら弐式が報告を始めた。

 近づく者達。その正体は冒険者だ。姿を消した分身体が会話を聞き取ったところ、エ・ランテル冒険者組合所属の冒険者であるらしい。

 

「ブリタでしたっけ? モモンガさんと揉めた赤毛の女冒険者。彼女も居ますね」

 

「へ~。何しに……って、ひょっとして死を撒く剣団絡みですかね?」

 

「正解」

 

 聞き取った会話によると、近頃、街道を騒がす野盗集団……死を撒く剣団。その隠れ家の位置が大まかに掴めてきたので、ブリタ達が偵察に来たらしい。余談ではあるが、最近はエ・ランテルの治安が良いので、手の空いている冒険者らが派遣されたとのこと。

 

「それ……使えそうですね」

 

「モモンガさんも、そう思いますか?」

 

 モモンガは、ブリタ達を死を撒く剣団の隠れ家へ誘い込み、団員らの捕縛と女性達の救助をさせることを思いついていた。どうやら、弐式も同様だったらしい。建御雷にも意見を聞いたが、モモンガ案に賛成とのことで方針が確定した。

 

「と言うわけで、弐式さんの分身体が死を撒く剣団団員に扮して、冒険者らをおびき寄せます。その後、俺と弐式さんは元のテントに戻り、パンドラ達と入れ替わり……パンドラ達はナザリックへ帰還。シャルティアは、ソリュシャンをヘロヘロさんの元へ送った後に、建御雷さんと共にナザリックへ戻ってくれ。アルベドには私から連絡しておこう。<伝言(メッセージ)>を……と、シャルティア。すまないが、ヘロヘロさんに<伝言(メッセージ)>してくれるか?」

 

 モモンガが次々に指示を出していく。

 その姿はナザリックの支配者として堂に入ったものであり、建御雷はしきりに感心していた。もっともギルメンに対して口を開くと、たちどころにポヤッとした雰囲気になるのだから、そのギャップも含めて建御雷は感心している。

 

「あのう、ヘロヘロ様? シャルティアでありんす。ええ。大事な御報告が……」

 

 少し離れた場所でシャルティアが<伝言(メッセージ)>をしているが、その様子を腕組みしている建御雷が見て言った。

 

「モモンガさん。あれは確かペロロンチーノさんとこのシャルティアだよな? ヘロヘロさんのソリュシャンも居るし……。ナザリックごと転移したって話だが、NPCが意思を持って動いてるのか?」

 

「ええ。ナザリックではコキュートスも居て、建御雷さんの帰還を待ち望んでいますよ」

 

「コキュートス。あいつもか……。マジでナザリックへ行くのが楽しみになってきたな。それにしても……」

 

 建御雷はシャルティアに視線を戻す。

 モモンガはヘロヘロに<伝言(メッセージ)>しろと彼女に言いつけたが、冒険者らが迫っていると言っても、それは今すぐのことではない。時間には多少の余裕があるので、ヘロヘロへの<伝言(メッセージ)>はモモンガがした方が良かったはずだ。

 なのにシャルティアに命じて、<伝言(メッセージ)>をさせている理由とは……。

 

「手柄を立てさせたいとか?」

 

「いや~、俺がこっちに来ちゃったんで、シャルティアの影が薄くなったかな~……と」

 

 隠れ家の所在地を確定したのは、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が作り出した下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の案内によるもの。道中の罠を発見解除し、抜け道について言及したのはソリュシャン。

 ブレインと手合わせをしたのはシャルティアだったが、その頃にはモモンガが転移して来ており、シャルティアは派遣部隊のリーダーではなくなっていたのだ。解任されたわけではないが、事実上、モモンガの指揮下で行動していたに過ぎない。

 であるからこそ、ナザリックに撤収する前に一つでも多く、シャルティアには何かさせてやりたかったのだ。

 

「建御雷さん。そんなわけで申し訳ないんですが、ナザリックへ戻る前に、シャルティアに付き合って……ソリュシャンを、ヘロヘロさんのところへ送って貰えますか?」

 

 言ってるとおりモモンガは、表情それ自体でも申し訳なさを物語っている。建御雷は一生懸命に<伝言(メッセージ)>しているシャルティアを一瞥し、モモンガに対しては胸を叩いて見せた。

 

「お安い御用だ。任せてくれ」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャルティアの<伝言(メッセージ)>が終わったところで、モモンガ達は行動に移った。

 弐式が分身体を使い、ブリタらの冒険者パーティーをおびき寄せる。こちらは簡単だった。野盗に扮した分身体を、ブリタ達は何の疑いも抱かずに追いかけてきたからだ。

 放っておけば、夜のうちに洞窟へ到達する。

 それが見込めた時点で、弐式が分身体を消去。モモンガ達は撤収を開始した。

 先ず、シャルティアが武人建御雷とソリュシャン、そして吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の二名。更にはブレイン・アングラウスを連れて一度、ヘロヘロの元へと転移した。

 当然と言えば当然だが、人間種のブレインが同行……つまり、最終的にはナザリックへ行くことに関し、シャルティアら僕は良い顔をしていない。しかし、建御雷が「俺が見込んだ男だ。絶対に連れて行く」と言い放ち、モモンガに到ってはブレインとの手合わせについて大袈裟なほどシャルティアを褒め称えていたため、すぐに態度を改め指示に従っている。

 続いて、モモンガと弐式がテントへ<転移門(ゲート)>で戻り、転移した直後に<転移門(ゲート)>でパンドラとドッペルゲンガーをナザリックへ戻していた。

 なお、死を撒く剣団の団員だが……当初は麻痺させたまま転がしておく予定だったものを、ソリュシャンの進言によってすべて殺害している。理由としては、彼らが捕縛された際に、ブレインの不在を騒ぎ立てられること。そして、より大きな理由としては武人建御雷の存在を喋られることがあげられる。

 転移前、これを聞かされた建御雷は渋ったのだが、全員の記憶操作をすることが不可能とまでは言わないものの、モモンガに大きな負担が掛かる以上、強くは出られなかった。団員らをナザリックで引き取ることも一瞬考えたが、そこまで親しい間柄ではなかったし、何より女達を拉致暴行していた事実が建御雷にしても大きなマイナス要素だったのである。

 結果、麻痺させたまま殺そうということになり、建御雷は自分の手で始末すると提案した……が、時間を惜しむモモンガによって却下されていた。最終的にはモモンガの低位階ではあるが、即死系魔法を用いて全員を殺害したのだった。

 以上のことにより、洞窟内には死を撒く剣団の死体が残り、おっかなびっくり内部に踏み込んだブリタ達は、方々で転がる死体を見て大いに驚くこととなる。

 その後は、女性達を解放し、後続の冒険者パーティーらと連繋してエ・ランテルへ送り届け、冒険者らの任務は終了した。

 報告を受けたエ・ランテル冒険者組合では、事の解決に喜んだものの、死を撒く剣団の壊滅については訝しみ……調べても理由が判明しないので、仲間割れであろうと結論づけたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いやもう、吃驚しましたよ!」

 

 夜の街道で馬車移動を続けていたヘロヘロは、<転移門(ゲート)>によって前方に出現した武人建御雷……モモンガの手持ち装備で、そこそこ似合いそうな衣服と革鎧を着用中……らを見て、セバスと共に降車している。

 そして、ひとしきり武人建御雷の合流を喜ぶと、シャルティアとソリュシャンを並んで立たせてから、先にシャルティアを褒めた。我が子(自分の創造物)を先に褒めなかったのは、立場的にシャルティアの方が上であることと、よその子を先に褒めるべきという考えからだ。

 

(ソリュシャンは、後で幾らでも褒められますからねぇ)

 

「シャルティア。良くやってくれました。そこに居るブレインという武技使いのことも聞きましたが、大手柄ですよ。シャルティアの目から見れば弱い者でしょうが、現地で有名な武技使いともなれば大収穫です。きっとモモンガさんから、改めてお褒めの言葉と褒美があることでしょう」

 

 人化したままのヘロヘロが満足そうに言うと、シャルティアは恐れ入って「もったいないことでありんす!」と首を横に振った。だが、仕事の成果には褒美があって然るべきだ。少なくともブラック企業で苦労をしたヘロヘロは、痛いほどそう感じている。

 

「ソリュシャンも良くやってくれましたね。シャルティアの<伝言(メッセージ)>でも聞きましたが、貴女の特殊技術(スキル)が役に立ったそうで。創造主の私としても、鼻が高いです。……王都に着いたら一緒に食事にでも行きますかね?」

 

 褒美のようでいて、デートのお誘いにしか聞こえない。

 端で聞く建御雷は目を丸くしたが、ヘロヘロは飄々としていた。

 

「そ、そんな……もったい……いえ、喜んで御一緒させて頂きます」

 

 ソリュシャンは一瞬遠慮しかけ、すぐに返答内容を変えている。これはヘロヘロとシャルティアの会話を見ていたからだ。不要な遠慮は、ヘロヘロの気分を害しかねないと判断したのである。

 一方、シャルティアは、至高の御方との事実上のデート……それをソリュシャンがすることとなって嫉妬した。だが、その至高の御方というのがソリュシャンの創造主であることで嫉妬心を引っ込めている。

 

(なんと言うか、被創造物の特権と言うか……。ああ、ペロロンチーノ様ぁ。私もペロロンチーノ様とお食事デート、してみたいでありんすえ~)

 

「ヘロヘロさんよ。俺は、これからナザリックへ行くんだが……。例のアレ、ヘロヘロさんや弐式、それにタブラさんはどうしたんだい?」

 

 シャルティアが物思いにふけってるのを横目に、建御雷はヘロヘロに問いかける。

 主語がボカされた解りづらい問いかけだったが、ヘロヘロにはピンと来るものがあった。もちろん、内容も把握できている。

 

「アレですか。アレなら、今のところ私は成功、弐式さんも成功。タブラさんは……三人目ということもあってか、モモン……おっと、アインズさんに阻止されてますね」

 

 言いつつヘロヘロは片目を少し開け、ニヤリと笑った。建御雷はと言うと、顎下に手をやって難しそうな顔をする。

 

「タブラさんが、阻止……ねぇ。じゃあ、俺がやる時は作戦が必要だな。弐式と相談しなくちゃ」

 

 そう言って夜空を仰ぎ見た建御雷は、ふとヘロヘロを見下ろした。そこに居るのは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)ではなく、小柄ではあるがガッシリした体型の男だ。

 

「モンクの装備か……。こっちにきてから驚くことばかりだぜ。モモ……ギルド長はアインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるし、ヘロヘロさんは人化なんてことができてる。それ、人化アイテムの効果かい?」

 

「いいえ。私や弐式さん、それにタブラさんは自分の意思で人化が出来るようになってました。理由は不明ですけどね。建御雷さんはどうです?」

 

「俺? そうだなぁ……」

 

 言われた建御雷は、ヘロヘロのレクチャーを受けて人化しようとした。だが、それができない。最初は苦笑いしていたヘロヘロも、暫く立ってから表情を硬くしている。

 

「建御雷さん、人化……できないんですね」

 

「どうもそうみたいだ。けど……何かあったかい? ヘロヘロさん?」      

 

 建御雷は人化ができない。そう言ったヘロヘロの口調には妙な響きがあった。できないことに対する蔑みではない。何か気がかりなことがある。そんなニュアンスだった。

 

「いえね。例のユグドラシル最終日の集会なんですけど、あそこから異世界転移したギルメンで、モモンガさんと合流を果たしたのは建御雷さんで四人目です」

 

「うん」

 

「直近で転移合流したタブラさんまでは、アイテム無しで人化ができていたのですが……」

 

 今回、合流できた武人建御雷はアイテム無しの人化ができない。それはユグドラシル時代のままと言えば、そうなのだが、ヘロヘロには何か腑に落ちないものがあった。

 

「弐式さんは一部装備を何故か所有したままで、タブラさんは後で聞きましたが、ほぼ丸腰に近い状態だったようです。人化はできたようですがね。そして、今回の建御雷さんは、完全素っ裸に人化不可能ときました……。何かあると思いませんか?」

 

「言われてみりゃあ、そうなのかな……。いや……わかんねぇな。俺は小難しいこたぁサッパリだ」

 

 建御雷は考えることを即座に放棄する。

 こういうことは、モモンガやタブラに任せておけば良いのだ。軍師と呼ばれたギルメン、ぷにっと萌えが加わったら万全だが……。

 

「そういや例の集会場に、ぷにっと萌えさんは居たっけ? ……居たな。隅っこで、一人で考え込んでたか……」

 

 当時の情景を思い起こしながら、建御雷は、ぷにっと萌えの合流を願ってやまない。強さはユグドラシル時代のまま。魔法も使えて、ナザリック地下大墳墓があってアイテムもある。条件としては相当に良いはずだが、それでも異世界で生きていくというのは不安が大きい。幸いなことに話の通じる人間種、その他の生物は居るらしいが……であればこそ、ぷにっと萌えの知略は必要だった。

 

(モモンガさんも楽できるだろうになぁ)

 

 今はタブラが居るだけでも、大きく救われている。そのはずだ。

 そして自分はナザリックの前衛職。先頭に立って刀を振り回すのが仕事。やれることを、やるしかないだろう。

 フウと大きく息を吐いた建御雷は、ヘロヘロを見直す。

 

「取りあえず、俺としちゃあアレをやらなくちゃな。ヘロヘロさん。後で時間ができたらモモンガさんや弐式、それにタブラさんとで会おうぜ。まずは玉座の間で集合だな」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガが、新たに加わった武人建御雷を含めたギルメン達と集会する時間。それは思いのほか早くに確保できている。

 すぐにナザリックへ飛んだ建御雷と、王都へ向けての馬車移動を再開していたヘロヘロは自由な時間があったため、モモンガの都合さえつけば集合できたからだ。

 漆黒の剣らとの護衛任務に戻ったモモンガは、魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンとしての行動を再開している。夜が明けてカルネ村に到着した後は、エンリ・エモットとも再会しているが……。

 

「冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)。人呼んでモモンです。どうぞ、今後ともよろしく」

 

 顔を見るなりモモンガが「自己紹介」したため、エンリは多少面食らっていた。しかし、「そう呼んだ方がいいんですね?」と小声で耳打ちしてくるあたり察しが良いと言えるだろう。その後、「村長さんを呼んできますから! 皆さんは、私の家に行っててくださいね! 場所は、そこに居るンフィ……ーレア・バレアレさんが知ってますからーっ!」と叫ぶなり駆け去ってしまった。

 ンフィーレアの名を出す際、妙な区切り方をエンリがしたのでモモンガと弐式は顔を見合わせた。

 駆け出す前の叫びなので、妙な感じで切れたのか。

 その様にモモンガ達は解釈したのだが、実のところは違う。

 元よりンフィーレアと馴染みのエンリは、彼のことを愛称で『ンフィー』と略して呼ぶのだが、恩人や客人の前で年頃の少年を親しく呼ぶのが、何となく気恥ずかしかったのである。

 もっとも……。

 

(あれ? なんで私、恥ずかしかったんだろ? いつもは他の人の前でも、ンフィーって呼んでるのに……)

 

 少なくとも、モモンガ達に救われる前はそうだった。

 駆けながらエンリは、火照っていく頬を手で擦る。

 身体全体も何となく熱を持っている気がするが、走っているせい……だけでは無いようだった。

 

 一方、エンリの後ろ姿を見送ったモモンガは、「エンリは村長経由で、自分がモモンを名乗ってることを村人に知らせてくれるのだ」と考えている。

 確かに、冒険者をやってるときはモモンと呼ぶようにと今言ったが、村人を救ったり、ニグンの相手をしていたアインズ・ウール・ゴウンとしては、どうなんだろう。

 

(やはり嫉妬マスクでも被っておくべきだったかな? ん~……まあいいか。漫画家の別名義活動のようなものだ)

 

 面倒くさくなったモモンガは、それで通すことにした。いずれ、モモンとアインズ・ウール・ゴウンは同一人物というのが広まって、活動しにくくなるかもしれない。だが、その時はその時だ。再び名を変え、今度は魔法で作り出した鎧を着込んで、戦士として活躍するのも面白いではないか。

 第一、今はギルメン達が続々と集結中である。多少のポカも、笑い話の一つ。そう思えば、気も楽になると言うものだ。

 なお、エンリと出会ってから別れるまでの間、後方でエンリに声をかけようとしていたンフィーレアが、顔を青くしたり赤くしたり大変だった。それが原因かどうか、昼前頃には、弐式とルプスレギナを連れて村を散策しているモモンガのところへンフィーレアが押しかけている。

 彼の用件は、エ・ランテルにある実家薬品店で赤いポーションの持ち込みがあり、それを持ち込み者(ブリタ)に渡したモモンと、何とかつなぎを取っておきたかったこと。それが目的で指名依頼をしたのだと知らされる。

 ンフィーレアは恐縮していたが、コネ作りの一環だと認識したモモンガは気にしていないと笑い飛ばした。

 

「ほう。あのポーションは、それほどに価値があったのかね?」

 

「特筆すべきは、保存性です! 劣化しない回復薬だなんて、初めて見ました!」

 

 鼻息荒く言うンフィーレアを見ながら、「なるほど、その方面の貴重さか」と納得いったモモンは、製法に関してはよく知らないと誤魔化しながら、機材や材料に関しては心当たりがあるので、相談に乗っても良いと返答した。

 ポーション類はナザリックで製造可能だが、材料には限りがある。現地の物資で同等の物が製造可能になるなら、多少の援助は必要な投資であろう。

 これを聞いたンフィーレアは飛び上がらんばかりに驚き喜んだが、すぐにシュンとなっている。

 何があったのか。答えはすぐにンフィーレアの口から漏れ出た。

 エンリ・エモットのことである。

 彼はエンリに想いを寄せているのだ。それは、モモンガが見ても察せるほど態度や言動に表れており、言い換えればエンリが気づいていないのが不思議なほどであった。

 

(しかし、それを何故俺に? ひょっとして、ちょっと前にエンリを意識したことがあるし。彼女も……。ん~、それが原因だったりするのか?)

 

 モモンガは内心照れながら考えたが、ンフィーレアが言うには以前からエンリが気づく様子はなかったとのこと。つまりは友達止まりだ。 

 

(不憫!)

 

 だが重ねて聞いていくと、やはりモモンガが無関係というわけではないとのこと。

 

「モモンさんを見る目。あれは完全に貴方を意識している目でしたよ!」

 

「むう……」

 

 状況の悪化にモモンガが一役買っているとなると、事は『不憫』では済まされない。いや、男女の恋仲などなるようにしかならないのだから、必要以上にモモンガが責任を感じることはないのだろうが……。

 

(俺は俺でアルベドが居るし。ルプスレギナからも告白されてるからな~。でもな~)

 

 純朴かつ一般人。ナザリック的な忠誠心と無縁なエンリは、村娘としては抜きん出た容姿もあってか惜しい存在ではある。モモンガとしてはキープしておけるものなら、そうしたいが、さて……この若者の恋路を邪魔しても良いものだろうか。

 ここまで黙考していたモモンガは、縋るような瞳で見つめてくるンフィーレアに気がついた。

 

(ふむ……。……面倒だな。てゆうか、男二人でエンリが一人なんだから、俺達は俺達で頑張って、後はもうエンリ次第でいいじゃん)

 

 モモンガは考えることを中断する。この場合は放棄、あるいは丸投げと言って良い。

 もっとも、投げたのはンフィーレアの気持ちを慮ることであって、エンリに関しては基本的に諦める気は無かった。

 この点、どうも異世界転移前の自分とは違うようだと、モモンガは思う。

 やはりアルベド達に好意を寄せられていることで、異性関連の自信でもついたのかもしれない。

 

「ンフィーレア君。君はエンリ・エモット嬢に好意を寄せているとのことだが、彼女が誰を好きになるかは彼女次第だと私は思う。彼女のことを想う気持ちがあるなら、精一杯努力し彼女に振り向いて貰えば良い。そして、それでも駄目なら彼女の幸せを祈りつつ、別な方向に目を向けることも大事だろう。私は、そう思うがね」

 

 それはンフィーレアを励まし応援しているようだが、駄目なときは諦めろという意味合いも込められている。

 

「わかり……ました。そ、それでは、これで……」

 

 悟の仮面を着用しているが、今のモモンガは人化中である。にもかかわらず、妙なオーラでも出ていたのだろうか。ンフィーレアは強ばった表情で一、二歩後退すると、その場で一礼した。そして踵を返して駆け出そうとするが、すぐに立ち止まってモモンガを振り返っている。

 

「も、モモンさん! 僕はエンリのことを諦めませんから!」

 

 そう言い残し、今度こそンフィーレア・バレアレは駆け去って行った。

 

「モモンさん~。やるねぇ~……少年の恋路に立ちはだかるとかさ~」

 

「うっ……」

 

 背後から声がかかり、モモンガは肩を揺らす。

 声の主は、ここまで黙って見ていた弐式炎雷だ。その隣では、面白くなさそうな顔のルプスレギナが立っている。

 

「い、いや、弐式さん?」

 

 モモンガは身振り手振りを交えつつ弁明した。

 自分は、自分に好意を持ってくれる人物を大事にしたいし、他人に譲る気はない。そして、アルベドや……そこに居るルプスレギナを蔑ろにする意図もまったくない。 

 

「何て言うんですかね、こう……。俺は我が儘なんですよ。いいな……と思ったことや、物や……それに人ですか。そういったモノを逃したくはないんです」

 

「別に良いんじゃないですか?」

 

 幾分、重い気分で喋っていたモモンガに対し、弐式はアッケラカンと言い放った。

 欲しいものは欲しい。当たり前の感情だ。

 今回、欲しいモノがエンリ・エモットで、ライバルとしてンフィーレア・バレアレが居るのなら、蹴散らして勝ち取れば良い。

 アルベドにルプスレギナ、そしてエンリ。

 この先、数が増えるかもしれないが、ここは元居た現実(リアル)ではないし、今のアインズ・ウール・ゴウン所属者は、恐らく色々なことが許される……いや、可能とできる『実力者』なのだ。

 

「別に良いじゃないですか。モモンガさんは、もう少しやりたいと思ったことをやるべきですよ」

 

「弐式さん……」

 

 思いも寄らなかったギルメンからの応援の声。モモンガは胸が熱くなるのを感じたが……。

 

「でも……たっちさんや、やまいこさん。後から来る人に叱られない程度にしてくださいね!」

 

「……はい。わかりました……」

 

 釘を刺されてしまった。

 しかし、モモンガの心は幾分か軽くなっている。

 今聞いた弐式の言葉を忘れないように、もう少し、そう少しだけやりたいようにやってみよう。

 そう思ったモモンガは、ルプスレギナがジッと見てきていることに気づいた。

 表情がいつになく硬いが、それはそうだろうとモモンガは思う。

 思い人であるモモンガが、人間の女に気があるようなことを言ったのだ。気にしないはずがない。

 身体ごと振り返ってモモンガが歩み寄ると、ルプスレギナはビクリと身体を揺らした。

 

(怯えてる? 俺が何を言うと思ってるんだ?)

 

 内心苦笑するが、顔に出して笑うわけにはいかないだろう。自分はルプスレギナから責められるべき立場なのだから。

 彼女の傍らでは弐式炎雷が立っているが、敢えて何も言おうとはしない。

 モモンガは一つ頷くと、少し前屈みになってルプスレギナに話しかけた。

 

「そんなわけだ。すまないな、ルプスレギナ。弐式さんにも言ったが、どうも私は我が儘で……。幻滅したかな?」

 

 NPCだ忠誠心だと言っても、ルプスレギナも一人の女性だ。意中の男が他の女に手を出そうとする姿は、見ていて気持ちが良いものではないはず。

 モモンガは申し訳なさ全開で問いかけたが、モモンガの心配をよそに、ルプスレギナはブンブンと首を横に振った。

 

「幻滅なんて、とんでもないです! も、あ、モモンさんは一人の女で務まるような存在じゃなくて! わ、私、精一杯頑張りますから! 人間の女になんか負けませんから!」

 

 いったい何を頑張るつもりなのだろう。

 だが、真剣な表情で言うルプスレギナには悪いが、モモンガは噴き出したい気持ちになった。

 自然と手が動き、ルプスレギナの頭部……帽子の上へと置かれる。

 次いで取った行動は、可能な限り優しく撫でることだ。

 

 クウ~~ン。

 

 犬が甘えるような声が聞こえたような気がする。モモンガは小首を傾げながらルプスレギナに言った。

 

「嬉しいな。大いに嬉しいとも。ルプスレギナ。この先、何かと面倒な思いをさせるだろうが、こんな私……いや、俺を見捨てないで欲しいものだ」

 

「見捨てるどころか、一生ついて行くっす!」

 

 即答である。

 ただ、フォローのつもりか本心か、アルベドにも優しくして欲しい的なことをルプスレギナは付け加えていた。

 モモンガとしても、元よりそのつもりである。

 自信を持って「もちろんだ」と答えたところ、ルプスレギナはこの上なく上機嫌となった。もしもスカートの後ろから尻尾が生えていたら、ブンブンと振っていたことだろう。

 

「……さ、さて……と。弐式さん、いつまでもニヤニヤしてないで。この後の予定ってどうでしたか?」

 

「くっくっくっ。悪い悪い。ああ、その件で俺から報告がありまして。今日のところは、ンフィーレア君が一人で村回りの薬草を採るそうです。本格的に森へ入るのは明日にしたいそうで……」

 

 元々は、カルネ村に着くなり森へ入って薬草採取する予定だった。それが変わったのは、思ったよりも早くカルネ村に着いたから。二日に分けて遠近の薬草を採取したくなったらしい。

 この依頼期間の延長を請けた場合、漆黒や漆黒の剣としては拘束時間が一日ほど延びることになる。

 

「追加料金を出すので、なんとか依頼期間を延長して欲しいんだってさ。どうやら早朝に森に入って、がっつり採取したいみたい。漆黒の剣は請けるつもりらしいけど……俺達はどうします?」

 

 モモンガとしては問題ない、漆黒の剣もそうらしいが、他に依頼を抱えているわけでもないのだ。ただ、気になるのは先程まで一緒に居たンフィーレアが、何故この話をしなかったかだが……。

 

「先に俺が聞いてましたし、ほらポーションやエンリちゃんのことで気が回らなかったんじゃないすか?」

 

「なるほど。じゃあ、依頼期間の延長は請けることにしますか」

 

 なお、宿泊先は、スレイン法国の襲撃に遭って一家全滅した家などが貸し出されていた。

 縁起でもないと思うところだが、野宿するよりは遙かにマシだ。

 その後、モモンガは夕刻まで弐式達や漆黒の剣と共に、村を見回ったり、外縁部で薬草採取するンフィーレアの手伝いをしたりした。ンフィーレアは、本格的に手伝って貰うのは明日だと恐縮していたが、することがなくて暇なのである。

 その際、『薬草採取』の特殊技能(スキル)が無いモモンガでは、事前にサンプル付きで見た目を教わっていても、薬草の採取ができないという事実が判明しており、モモンガと弐式を驚愕させている。

 そして夕刻……。

 

「ふむ。これが今晩の宿か……。普通の民家だな……」

 

 先頭に立って家に入ったモモンガは、質素とも言える屋内を見回している。

 かまどにテーブル。そして幾つかの椅子。壁には木製の棚が備え付けられており、皿や小物が載せられていた。奥には寝室らしき部屋も見える。だが、今晩はここで過ごすわけではない。

 クルリと振り返ったモモンガは、朗らかな表情で弐式に言う。

 

「では、戻りますか!」 

 

「ああ、モモンガさん! 戻ろう! ナザリックに!」

 

 モモンガもそうだが、弐式の声からも嬉しさが滲み出ていた。

 外で活動するのは楽しい。珍しいものを見るのだって最高だ。しかし、自分達の家はあくまでもナザリック地下大墳墓。

 そこへ戻るのが何とも心躍るのである。

 今回は、武人建御雷の帰還を宣言し祝うのが目的であるから、一度、主立った者全員が戻ることになる。ルプスレギナも、そして馬車移動を続けているヘロヘロ班もだ。

 ヘロヘロ達は別にして、モモンガの方は冒険依頼の遂行中だから、この家の中には『代わり』が必要となる。そこで、死を撒く剣団の洞窟へモモンガが赴いた際の手段が使われることとなった。

 そう、ドッペルゲンガーを呼び、モモンガ達を演じさせるのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そうして今、モモンガはナザリック地下大墳墓……その玉座の間に居る。両脇を固めるのは、左にヘロヘロとタブラ・スマラグディナ。右側に弐式炎雷。

 真正面には、ゆったりとした着物を着た武人建御雷が居た。

 居合わせているギルメンは、建御雷を含めて全員が異形種の状態だ。

 

「弐式さん……」

 

「なんでしょう、モモンガさん?」

 

 強張った声でモモンガが弐式を呼び、上機嫌の弐式が返事をする。

 最初は建御雷を見ながら言ったモモンガだが、すぐに我慢ができなくなって上体を捻り、弐式を見上げた。そして骸骨顔の下顎をガパッと下ろし、思うところを述べる。

 

「今、すっごい既視感(デジャブー)な気分なんですけど!?」

 

「モモンガさん」

 

 モモンガの叫びに答えたのは弐式ではなく、左方の…ヘロヘロより向こうに居るタブラだった。

 

「言いたいことはわかります。が、既視感(デジャブー)とは、見たことのない光景を過去に見た覚えがあると錯覚することですよ。意味を取り違えていますね」 

 

「適切な解説、ありがとうございます! って、そうじゃなくてですね!」

 

 突っ込むモモンガの中で、これはマズい状況だと警鐘が鳴る。

 以前、ほぼ同じ状況で弐式炎雷が土下座をしたが、そうすると、この後に来るのは武人建御雷の土下座だ。

 ユグドラシルの最終日。最後の日ぐらいは皆で遊びませんか。

 そういったモモンガのメールに応えられなかったことを、ギルメンの多くは心から申し訳なく思っている。その申し訳なさから行われるのが土下座だ。

 気持ちはありがたいし嬉しくも思う。しかし、しかしである。

 合流するギルメンらが、一人の例外もなくモモンガに土下座して謝罪しようとするのは本当に勘弁して欲しい。正直、される側のモモンガとしては、居たたまれない気分になることおびただしいのだ。何とかして阻止したいが、今のところ、土下座を阻止できたのは前回のタブラ・スマラグディナのみ。

 

「モモンガさん……」

 

 聞こえた声に正面を振り向くと、いつの間にか建御雷が跪いていた。

 モモンガの時間が一瞬停止する。意識が白くなったと言うべきだろうか。

 

(はっ! いけない! 建御雷さんを止めなければ!)

 

 この際、動作を邪魔できるのなら何だっていい。そうだ、<火球(ファイヤーボール)>で吹き飛ばすのはどうだろうか。魔法によって威力拡大すれば、建御雷だとて平気では居られないはず。

 モモンガは魔法を使うべく咄嗟に腕を伸ばそうとしたが、ここで石のように身体が硬直した。

 

「う、動けない!? これは拘束? 馬鹿な! 移動困難状態は、アイテムで完全に耐性を付けているぞ!? いったい……」

 

「不動金縛りの術だよ。モモンガさん」

 

 その声は弐式の物だ。

 目の端で弐式を睨み挙げると、彼は破損したアイテムを手に持ちフリフリ振って見せている。

 

「しかも、課金アイテム使用バージョン」 

 

「こんなことで、課金アイテムを使っちゃうんですか!?」

 

 使用すると大きな恩恵を得られる課金アイテム。それらは、もはや補充ができないと言うのに。いったい何をやっているのか。色んな意味で目を剥いたモモンガであるが、その彼の聴覚を建御雷の声が揺さぶった。

 

「モモンガさん。最終日にナザリックへ行けなくて、本当にすみませんでした……」

 

 スウッと流れるような動作で建御雷が土下座する。

 一分の隙も無い、まさに『武人』が行う土下座だ。

 

「ぐっ……」

 

 既に土下座は成された後なので、諦めたモモンガは肩の力を抜く。

 

「はあ~あ。阻止できなかったか……。もう、気にしていませんとも。建御……」

 

 表情を和らげ話しかけようとするモモンガだったが、その彼の言葉を、続く建御雷の声が遮った。

 

「そしてぇっ!」

 

 いったん袖内へ腕を引っ込めたかと思うと、すぐさま胸元より腕を出し、建御雷は着物の前を大きく開いた。現れたのは、白装束だ。

 

「なあっ!? た、建やん!?」

 

 これは弐式も予想外だったようで、声が裏返っている。慌てているのはヘロヘロやタブラも同様だ。モモンガが視線を巡らせると、二人してオロオロする姿が見えた。

 

「モモンガさん! 見ていてくれよ! これから腹ぁかっさばいて詫びを入れるからなぁ!」

 

 何やらとんでもないことを口走りだしたので、モモンガは弐式に向けて叫ぶ。

 

「弐式さん! 今使った課金アイテムの金縛りを早くぅ!」

 

「うおおおおおお! 不動金縛りの術ぅうううう!」

 

「うぐっ!?」

 

 幸運にも効果があった。と言うより、耐性を有するアイテムを持ち合わせていなかった建御雷の動きが止まった。

 その後、モモンガとタブラの<火球(ファイヤーボール)>によって建御雷が吹き飛ばされ、割腹自決どころではなくなった彼に対し、モモンガによる長時間説教が展開されるのだった。

 




 今回、土下座シーンまで辿り着きたかったので、ハムスケの辺りを端折ったりしています。

 あと、原作とは時系列が少しズレていたりします。
 ブリタ達の、死を撒く剣団隠れ家への到達が早まってる感じ。
 これはエ・ランテルでクレマンティーヌが殺人行為をしていないこと。カジットの死の螺旋が進捗していないこと。これらのことから冒険者組合に余裕が出ていたことに寄ります。
 しかし、「史実では、こうなのだが……」とか書けなくて、本文のような感じになっています。

 そうそう、それと死を撒く剣団の後始末にかかる冒険者組合の態度ですが。
 綺麗な死体ばかり転がってるのに、仲間割れ扱い?
 という御意見を感想でいただきました。
 返信でも書きましたが、よく調べてもわからないし、剣団が居なくなったんだから、取りあえずはそれで良し。
 みたいな判断を、面倒くさがったラケシルあたりがした……ような感じです。
 調べるのが面倒な不審死は自殺扱い……。
 なんてのは日本でもよく聞きますし、そんな感じで。

<誤字報告>

のんココさん、ありがとうございます。


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第25話

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

「つまりですね。こう、玉座の間でモモンガさんと対面したとき。土下座しなくちゃ……と。使命感のようなモノを感じちゃったわけです」

 

 武人建御雷は今、腕組みして立つモモンガとその他、タブラ・スマラグディナ、ヘロヘロ、弐式炎雷らを前に正座していた。ちなみにモモンガ達は人化した状態である。

 建御雷の口調が妙に丁寧なものとなっているが、これは割腹自決を阻止するべく、モモンガとタブラから<火球(ファイヤーボール)>を受けたこと。落ち着きを取り戻したところへ、モモンガから小一時間ばかり説教されたことによる。

 

「使命感……って」

 

 モモンガは呆れたように呟くが、ササッと視線を左右に振り向けるとヘロヘロ達が頷き合っているのが見えた。

 

「わかる。わかるぜ、建やん……」

 

「わかられても困るんですけどね。主に俺が。と言うか、だったら切腹しようとしたアレは何だったんですか?」

 

 まるで理解が及ばないモモンガが問うたところ、建御雷からは「ああ、あれは俺の趣味。詫び入れるときに腹とか切ってみたかったんだよ」という解答があった。

 これには親友たる弐式も呆れたが、ここがユグドラシルではない現実の異世界だということを知った上での発言であり、武人建御雷の並々ならぬ覚悟が……。

 

「知れるわけないでしょーが。怪我して死んじゃうことだってあるんですから。もうちょっと真面目にやってください。それと! 異形種化の影響が出てるかもしれないので、後でパンドラに言って人化の腕輪を持って来させますから。ちゃんと使ってくださいね?」

 

「はい……」

 

 これ以上の説教は勘弁と、建御雷が素直に返事をする。

 が、すぐに一息吐いて立ち上がると、懐かしそうに玉座の間を見回した。視線を上げれば壁にはギルメン達の旗が並び、その中に彼自身の旗もかけられている。

 

「取りあえず……今、どんな感じになっているのか。俺に教えてくんねっすか? モモンガさん」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 話し合いの場は、円卓の間へと移った。

 立ち話もなんだから移動しよう……とモモンガが提案したのであるが、建御雷が懐かしそうにしているのは当然として、何故かモモンガも懐かしく思っている。

 つい先日、ユグドラシル最後の日にヘロヘロや、その他何人かと会った。その際に、この円卓の間が使用されており、転移後にもヘロヘロ達と使用しているのだが……。

 

(なのに懐かしい……。なんでだろう?)

 

 正面及び左右を見回すと、ヘロヘロ達が自分の決められた席に着いている。それを見たモモンガは「ああ、そうか……」と一人納得した。

 多人数が居る状態で、この円卓の間を使用するのが久しぶりだからだ。

 現時点では、自分を入れて五人が席に着いている。

 

(また、あの頃のように。この円卓の間で、このナザリックで……みんなと……)

 

「どうかしたんすか? モモンガさん?」

 

 テーブル上で片肘を突いた弐式が、身を乗り出すようにして聞いてきた。他方では、ヘロヘロが腕を組み「モモンガさんは、人間の冒険者と行動を共にしてましたからね。気疲れしているんでしょう。たぶんですけど」などと言いながら二度、三度頷いている。

 

「ちょ、ヘロヘロさん。そのモモンガさんに、俺は同行してるんですけど?」

 

「まあアレよ。弐式は他人と行動してるからって、気疲れする性分じゃないからな」

 

 声のした方をモモンガが見ると、建御雷が弐式の方を見てガハハと笑っていた。

 

「建やん、それはヒドい。俺だって繊細なところはあるんだからな!」 

 

「お前の口から『繊細』なんて言葉が出たら、『繊細』が恥ずかしさのあまり家出しちまうよ」

 

 言い草の(ひど)さに、新たな(ひど)さが積み重なった。だが、弐式は膨れっ面になるだけで怒ったりはしていない。このあたりの様子は、建御雷と弐式の付き合いの深さを示していると言える。

 

「それで、モモンガさん。気疲れの方は大丈夫なんですか?」

 

 頭髪を短く刈り込んだ渋めのオジ様。そんな姿になったタブラが、ヘロヘロ達を放置して声がけしてきた。

 

「えっ? はいっ!」

 

 ここでモモンガは我に返っている。 

 一連のギルメン達の会話。これはモモンガが一人で円卓の間に入り、ギルド長席に腰掛けている。……と、そんな情けなくも悲しい状況で生じた妄想ではない。

 現にギルメン達が、ここに居て軽口を叩き合い、そしてモモンガに話しかけてきているのだ。

 感極まったモモンガは、人化中であるため留まることを知らない感動に酔いしれる。

 

(ヤバいな。意識が飛びそうだ……。マジでヤバい……)

 

 この意識が飛ぶというのは、感動のあまり周りの状況が見えなくなったり、他人の声が耳に入らない状態になることを言う。

 

(時折、異形種化して精神の安定を図った方が良いのかもしれないな。贅沢な悩みだよ。ほんと……アンデッド特性の精神の安定化って、本当に便利)

 

 自身の種族特性を見直しつつ、モモンガはタブラに「いやあ、少し考え事をしてました」と上機嫌で言い訳した。そして誤魔化すべく、軽く咳払いをする。と……それにより皆がモモンガに注目した。

 まず、何を話すべきだろうか。ここは建御雷が言っていたように現状の説明だろうとモモンガは考える。続いて、建御雷の転移後世界にて残留するかどうかの確認。他にも幾つか話すべき事はあるはずで、それらを夜明け前までに終えて、モモンガ達は、カルネ村の借宿に戻らなくてはならない。現地にはドッペルゲンガーを三体残してきたが、いつまでも身代わりさせるのは難しいのである。

 

「では、建御雷さん。現状について説明しますので、一通り聞いてください」

 

 その様に前置きをして、モモンガは語り出す。

 自分達が、ナザリック地下大墳墓と共に転移して来た経緯と順番。NPCらの高すぎて重すぎる忠誠心。息抜きを求めて情報収集がてら、二班に分けて外部行動中であること。

 

「あ、それとブレインって人は、ルプスレギナをつけてカルネ村へ送っておきました。建御雷さんの、お気に入りでしたっけ?」

 

「武技使いの面白い奴だ。まあ弐式とは方向性が違うんだが、気も合う感じだな。モモンガさんも気に入ると思うぜ? ちなみに武技を一つ教わったんだ。斬撃ってやつなんだが」

 

 建御雷としては何気ない話題の一つであったが、モモンガにしてみれば大きな情報だった。

 この世界における武技とは、戦士系職の技だか特殊技術(スキル)だかのようなもので、気力や精神力を消費して繰り出すものだ。ユグドラシルには無かったものだが、それをモモンガ達が修得できるとなると、ナザリックの戦力強化が図れるのではないか。

 自然、モモンガの視線がタブラを向いたが、タブラの方でもモモンガを見ている。

 

「この中では建御雷さんに、弐式さん。ヘロヘロさんなんかが武技修得役として向いてるでしょうね。戦士化の魔法を使えば、私やモモンガさんも武技修得が可能かも知れません」

 

「え? 俺もですか?」

 

 そこまで考えてなかったモモンガは自分を指差したが、タブラは頷いて見せた。

 ただし、生者のタブラと死者のモモンガでは差があるかもしれないし、戦士化して修得した武技が元に戻った状態でも使用可能かどうか。検証すべきことは多いと彼は言う。

 

「夢が膨らみますねぇ~」

 

「ええ、本当に」

 

 朗らかにモモンガが言うと、タブラもニッコリ微笑みながら頷いた。

 その後、モモンガ達は玉座に主だったNPCを集め、武人建御雷の帰還報告を行うこと。その場で、シャルティアとソリュシャン、同行していた吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に対して褒美を与えること等を話し合っている。

 

「それと連れてきた人間の彼……。ブレインについては建御雷さん預かりで、武技の教官として働いて貰う……ってことで良いですか?」

 

 給金は当然支払うとして、この世界の手持ち通貨は不足気味なのが問題だ。暫くは衣食住の保障と、必要に応じてアイテムなどの現物支給で対処するべきだろう。

 

「いいぜ、モモンガさん。奴の住むところはカルネ村にして、ナザリックには通いってことでいいかな。確か転移のアイテムがあったろ?」

 

 建御雷が記憶を掘り起こしながら提案した。

 確かに、その様なアイテムは存在するが、一足飛びでナザリック内へ転移というのは危険だとタブラが意見する。

 

「敵対的なプレイヤーに盗まれたら大ごとですから。できればナザリックの近くに飛ばして、そこでワンクッション置きたいですよね」

 

「そう言われると確かに危ないかもですね」

 

 タブラの意見を聞いたモモンガは、下顎を親指と人差し指の第二関節で摘まむようにして思案した。

 

「では、会社組織で言う、受付窓口のようなものを設けてはどうでしょうか?」

 

 モモンガの考えとは、ナザリック地下墳墓の外壁入口付近に小屋のようなものを建てる。そこにNPCを配置し、ブレインをカルネ村からアイテムで転移させ、小屋内で別設置したアイテムによりナザリック内へ入る……と。このような寸法だ。

 

「これなら、普段の来客にも対応できますし。悪くない案だと思うんですけど?」

 

「俺は良いと思いますよ」

 

 ヘロヘロがニコニコしながら挙手する。

 今のモモンガ案だと、カルネ村の転移アイテムを盗まれたとしても、設定された転移先はナザリックの外なのだから、すぐに危ない事にはならない。

 

「タブラさんは、どう思います?」

 

「ヘロヘロさん、私も賛成です。モモンガさんの名案だと思いますよ。カルネ村設置の転移アイテムには、盗難対策を山盛り施したいですねぇ。仲間相手には出来ないような効果実験をしたいですし」

 

 タブラも賛同したことで、室内にはモモンガ案に賛成する空気が構築された。それに乗った弐式が「防犯アイテムなら、俺の忍者コレクションから幾つか出しますよ。追跡する系と、取っ捕まえる系のどっちがいいですかね?」と提案し、建御雷が「強そうな奴が引っかかったら、闘技場に連行してPVPやってみたいなぁ。あ、俺は元の世界に戻る気とかねーから。念のために言っておくな」等と、とても重要なことを織り交ぜて呟いている。

 

(うわあ。やっぱり良いな。これ。これを何年も求めてたんだよ。俺は……)

 

 次々にギルメンらがアイデアを出していく。それに伴い会話が広がっていく。

 モモンガは再び多幸感に包まれかけたが、今度は頭を振って気を取り直した。こうした感動は、これから幾度でも味わえるのだ。

 今の自分がしなくてはならないこと。それは感動に浸ったりすることではない。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として、話を纏め……。

 

(あれ? ギルド長?)

 

 モモンガは僅かに視線を落とすと、小首を傾げた。

 自分がギルド長だったのは、ユグドラシル時代のことだ。

 ここは元の現実(リアル)ではないが、転移後世界の現実(リアル)である。となれば、お遊びでもゲームでもなく、生き死にが掛かったこの状況で自分などがギルド長を務めていて良いのだろうか。

 ヘロヘロや弐式は、極自然に自分をギルド長として接してくれているが、少し前に合流したタブラや、今日合流した建御雷などはどう思っているのか。

 気になった……と言うよりも不安になったモモンガは、まだワイワイ騒いでいるヘロヘロ達に尋ねた。

 ある程度人数も集まってきたことだし、ゲームではない現実世界で組織を運営して行くには、自分では力不足ではないか。誰か……例えば、タブラなどがギルド長をやるべきではないか……と。

 これをモモンガが言い、聞き終えた直後。ギルメン達が発した言葉は、次のようなものだった。

 

「何言ってんですか。モモンガさんが取り纏めてくれてるからこそ、俺はソリュシャンだ~、メイドだ~って言ってられるんですよ?」

 

「俺は忍者ですけど。頭領って柄じゃないんですよね~。モモンガさんの力量は知ってますから。ドンと構えていてくださいな」

 

「弐式の言うとおりだ。そもそも頭を使って気も遣ってなんて、俺には無理。そういうのはモモンガさんじゃないと。まあ出来る範囲で支えっからさ。面倒な奴が居たら、俺がバッサリやってやるし」

 

「建御雷さんが良いこと言いましたよ。御指名いただいて嬉しくは思いますし、ある程度はこなせると思うんですけど。そういうことじゃないんですよね。今居るメンバー……いや、かつてのアインズ・ウール・ゴウン四一人の中で、モモンガさんが最も適任なんです。ですから、気にしないでギルド長を続けてください」

 

 全員が全員とも、モモンガさんが適任だから任せた……と言う。

 何だか押しつけられている感があるが、誰も引き受けたがらないのでは自分がやるしかない。

 

「満場一致ですか……。やれやれ、皆の期待を裏切るわけにもいきませんし。引き続きギルド長を務めさせて貰うとしますよ」

 

 苦笑交じりに言うと、弐式がシリアスな声で「(モモンガ)が死ぬか。他に適任者が現れるまで!」と言い、そこへ建御雷が「(モモンガ)が死ぬか……って、モモンガさん、アンデッドじゃねーかよ!」と突っ込んだ。続けて、ヘロヘロが「じゃあ、永世ギルド長ですね!」と言ってオチを付け、皆が爆笑する。

 見れば、タブラも肩を揺らしながら笑っていた。

 この様子を、モモンガは呆気に取られながら見ている。そして、悩むのが馬鹿らしくなってきた彼は、ほんのチョッピリ不満そうに……。

 

「……定年退職とか無いんですかね?」

 

 と言い、それを聞いたギルメンらが再び爆笑するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ひとしきり笑い終えた後で、タブラが咳払いをする。

 

「まあ、真面目な話。他の誰が転移して来ても、自分がモモンガさんに代わってトップに立つ……とか、言い出す人は居ないでしょうね。モモンガさんが転移して来ていないなら話は別ですけど」

 

 タブラの意見に、モモンガ以外の皆が頷く。

 モモンガとしては「そうなのかなぁ」程度にしか思わなかったが、真面目な話だと前置きした上でタブラが言うのだから、きっとそうなのだろう。

 

「おっと、そうだ。建御雷さんにも言っておかなくちゃ……」

 

 モモンガは先程までは内向きの話がほとんどだったため、すっかり忘れていたことを話題に出した。

 ナザリック地下大墳墓の維持費確保を目的とした……世界征服である。

 もっとも、手始めにエ・ランテル支配を目論んでいるのみで、後は漠然としたものだ。ウルベルトなど「ユグドラシルの世界一つでも征服してやろう」と言っていた面々を思い出してのことだったが、建御雷はすぐにピンときたらしい。

 

「ウルベルトさん達のアレか……。いいんじゃねぇの?」

 

 反対する気は無いとのこと。加えてモモンガが、正面決戦は最低限に抑えて、内側から手を伸ばすつもりだと言うと、意外にも建御雷は気に入ったようだ。

 

「建やんなら、ドンパチやらねぇのか……とか言って、ガッカリするかと思ったんだけどな」

 

 弐式が指摘し、それを聞いた建御雷は身を揺すって笑う。

 この世界の強者が良くてブレイン程度なら、たかが知れている。雑魚を蹴散らして無双するのも面白いかもしれないが、そればかりだと飽きてしまうのだ。

 

「俺としちゃあ、見どころのある強い奴と戦ってみたいからなぁ。ブレインよりも、もっと強い奴。居るかも知れねえだろ? ところで……そのエ・ランテル支配ってのは、どの程度進んでるんだい?」 

 

 何気ない一言。

 だが、そこで円卓の間内の空気が固まった。

 エ・ランテル支配の進捗状況。

 それを知る者が、モモンガを始めとして誰も居なかったのである。

 

「……モモンガさん?」

 

 皆が黙しているので、建御雷がモモンガに問う。何故なら、モモンガがギルド長だからだ。

 一方、ギルド長様たるモモンガは額に大汗している。着用中の悟の仮面は、地顔の発汗を再現できる優れもの。なので、モモンガの焦り様は、ギルメンの目に明らかな状態であった。

 

「い、いや、実は……ですね。デミウルゴスに任せきりで……」

 

「ほう、デミウルゴス……。ウルベルトさんのNPCで、すっごい頭が良い設定だったっけ? ……相当な悪寄りの設定だったってのも記憶してるけどよ」

 

 そう、デミウルゴスは悪だ。悪魔であって、その上……悪なのだ。

 デミウルゴスに概ね丸投げしたモモンガであるが、一応、残虐非道なことはせず、スマートな内部侵食型の侵略を指示したつもりである。

 ただ、指示してからそれほど日数が経過していないことと、数日おきにギルメンが合流するので、つい現状確認を怠っていたのだ。

 よって建御雷を除いた全員の脳裏を、ある疑問が通過していく……。

 

(……今、どうなってるんだろう……)

 

 聞いて確認するのが怖い。だが、聞かないわけにはいかない。

 

「と、取りあえず、玉座の間に階層守護者達と戦闘メイド(プレアデス)。その他何人かですかね。皆を呼んで建御雷さんの帰還を知らせましょう。そこで、デミウルゴスに現況報告させる……と。これでどうでしょう?」

 

 落ち着きなさげにモモンガが提案すると、全員が異議無しと返答した。

 

(良かった。満場一致か……)

 

 ゼハァッと息を吐くが、やはり悟の仮面着用中なので顔に出てしまう。それを見たタブラが苦笑すると、にこやかに話しかけてきた。

 

「他に選択肢も無いですしね。と言うか、モモンガさん。そんなに緊張しなくて良いですよ。モモンガさんはギルド長ですけど、何でも一人で回すってことじゃないですし。今は私らも一緒なんですから。困ったときは聞いて相談してくださいな」

 

「タブラさん……」

 

 ふと見ると建御雷と弐式が「んだんだ、タブラさんの言うと~り!」と頷いている。ヘロヘロなどは「俺も相談に乗りますよ! メイドのことなら任せてください!」と張りきっているが、本気かどうかはともかく乗り気で居てくれるのはありがたい。

 

「さて、こんなところですかね。思ったより時間を取りませんでしたが、玉座の間へ移動して階層守護者達や他のNPCを呼びますか」 

 

 そうモモンガが告げると皆が席を立った。いや、立たなかった者が一人居る。

 ザ・ニンジャ。弐式炎雷である。彼は座ったまま右手で挙手していた。

 

「弐式さん? 何か議題が残ってましたっけ? 急ぎの案件でないなら後日で……」

 

 何やら嫌な予感がする。

 まだ時間に余裕があるにも拘わらず、モモンガは弐式の挙手を流そうとした。そして、この態度に建御雷らが首を傾げている。いつものモモンガらしくない……と。

 

 ……。

 

 ……ニヤリ……。

 

 席を立っていた建御雷達が悪い笑みを浮かべて、自分の席に座り直した。

 

「ちょ、皆さん!?」

 

「まあまあ、モモンガさん。まだ時間はあるんだろ? 弐式が何かあるって言うんだから、ここは一つ聞いてみようじゃねーか」

 

「建御雷さんに同じです~。そんな風にモモンガさんがキョドる時って、ネタ的に面白いことが多いんですよね~」

 

 建御雷とヘロヘロは、モモンガ的に嫌な期待感を込めてニヤニヤしている。

 

「た、タブラしゃん?」

 

 モモンガは、すでに座り直しているタブラに救いを求めた。理知的な彼なら、何とか建御雷達を言いくるめてくれるのではないか。そう思ったのだ。

 だが、その期待は裏切られることとなる……。

 

「え? 私も弐式さんの話は聞いてみたいですよ? はい、賛成者多数で、弐式さんの話を聞くことが決定しました」

 

(この部屋に敵しか居ない……)

 

 絶望感に苛まれるモモンガであったが、まだ希望はある。弐式の話というのが、モモンガにとって都合の悪いものでなければ良いのだ。そう、さっき感じた嫌な予感。あれは気のせいに違いない。

 

「で、では……弐式さん。どうぞ……」

 

 のろのろと座り直したモモンガが言うと、弐式は面をまくり上げて人化した顔を見せる。そして、太陽のような笑みを浮かべて言い放った。

 

「モモンガさんの異性交友関係と、新たな女性の出現について!」

 

  

◇◇◇◇

 

 

 弐式が持ち出したのは、戦闘メイド(プレアデス)の一人、ルプスレギナ・ベータのことだ。至高の御方であるモモンガを慕うのは、NPCならば当然として、ルプスレギナは異性として慕っているというところまで告白した。 

 そして、モモンガはルプスレギナを拒絶していない。

 これは、どういうことなのか。カルネ村では、エンリ・エモットとも良い雰囲気であるし、モモンガハーレムが構築されつつあるのだろうか。

 すでにアルベドという、創造主(タブラ)公認の交際オーケーな女性が居るというのに……である。

 

「ちょま、待って。待って皆さん! ルプスレギナとは……フウ……」

 

 パニックになったモモンガは、異形種化して精神の安定化を図った。これは狙いどおり、彼に冷静さを取り戻させたが、ギルメン達は動揺するモモンガの姿に熱狂。モモンガは面白おかしく追い込まれていくこととなる。

 そして、同時刻。ナザリック内の別所で、当のルプスレギナが追い込まれていた。

 その別所とは、モモンガの私室……の近くに用意された、守護者統括の私室。

 すなわち、アルベドの部屋である。

 モモンガの私室と似た間取りの部屋は、奥に寝室があるが手前には執務室があり、大きく豪奢な執務机が設置されている。壁には書棚などが設けられていて、それらしく組織運営術などといった書籍が並んでいるが、その中には『主婦のマル秘テクニック』や『幾千の性技』等も含まれていた。

 これら真面目な書籍に、いかがわしい書籍、その内容のすべてをアルベドは脳内に収めている。なのに書棚で並べているのは……単なる書棚の賑やかしである。 

 それをする理由は、もちろんあった。

 この部屋を用意したモモンガが机等、運び込む物品について指示を出す際……。

 

『執務室には書棚だ』

 

 そう呟いていたのだが、それがアルベドの意識下で根付いていたのだ。

 早い話、モモンガから貰った家具を大事に活用しているのである。

 そのアルベドは今、執務机に着き、目の前で立つルプスレギナを見つめていた。

 普段の穏やかな表情ではない。かと言って怒っているようにも見えない。ただ、少し目を細めて、値踏みするようにルプスレギナを見ているのだ。

 

「ルプスレギナ……」

 

 名を呼んだだけ。にもかかわらず、俯き気味に立つルプスレギナの肩が上下に揺れた。

 

「あら? 返事をしてくれないのかしら? それとも、(わたくし)と口を利くのが嫌だとか?」

 

「と、とんでもないです! そんなわけがなくて、その……どうして私が、アルベド様のお部屋に呼ばれたのか、不思議だな~……なんて。アハハハ……」

 

 幾分引きつった声で笑うルプスレギナは、帽子越しに後ろ頭を掻こうとしたが、続けてアルベドが笑い出したので手の動きを止める。

 

「くふふふふっ。ほんと、不思議よねぇ。ねえ、ルプスレギナ? アインズ様達と一緒に外出できて、楽しい?」 

 

「え? あ、もちろんっす! 至高の御方、お二人に同行できるだなんて、この上なく名誉なことで、誇らしさが有頂天っす!」

 

 なんだ、そういうことが聞きたかったのか。

 アルベド様も、私のことが羨ましかったんすね~。

 その様に受け取ったルプスレギナは、肩の力を抜いた。そこに続けて、アルベドの質問が飛ぶ。

 

「弐式炎雷様だけど、活躍はされてる?」

 

「ええ! 今は人間の冒険者と一緒に冒険してるんすけど。途中でモンスターの襲撃があったときなんか、シュバ! ズバババ~ッ! って感じで、格好良かったっす~っ!」

 

 気分が乗ってきたのか、説明に擬音が混ざりだし、身振り手振りも加わりだした。それを聞くアルベドは、楽しげに笑みを浮かべる。

 

「そうなの!? じゃあ、アインズ様に告白したときはどうだった?」

 

「そりゃもう命がけの覚悟だったっすけど、拒絶されなかったので脈はあり!? キャッホーッ、て感じだった……っす……よ?」

 

 自分が何を聞かれて、何と応えているのか。そして、質問を投げかけてきているのは誰なのか。それらを再認識したルプスレギナは、声も表情も身体も全てが強張っていく。

 一方、聞かされていた側のアルベドは既に笑っていない。

 机上にて両肘を付き、組んだ手の平の上には形の良い顎を乗せて……ジイッとルプスレギナを睨め上げている。

 

「ふぅん? 脈はありそうなのね? 良かったわねぇ、ルプスレギナ~」

 

「あ、あの、アルベド……様? にゃんで知ってるんすか?」

 

 半歩後退しつつルプスレギナが問うので、アルベドはプレッシャーをかけることを止めて溜息をついた。

 

「何を怯えてるの。怒ってないわよ。……ちょっとムカつくけど。ちなみに、この話については弐式炎雷様から聞かされたのよ。納得した?」

 

 アルベドは続けて言う。

 ルプスレギナがモモンガに対して告白したこと。それ自体は、アルベドにとって許容範囲だ。ナザリックに生きる者すべてが、至高の御方に憧れているのだから。ルプスレギナの行動は何ら問題ではない。

 もっとも、自分には例の『設定改変』があるので、例えばライバルたるシャルティアが先に行動を取ったとしても、やはり今のような対応になることだろう。

 そのこと自体も、アルベドは受け入れていたが、だからと言って他の女性に先んじられて良い気分となるわけではない。釘は刺しておきたかったし、幾つか確認もしておきたかったのだ。だから、カルネ村にブレインを置いて戻って来たルプスレギナを、この部屋へ呼びつけたのである。

 

「アインズ様をお慕いするのは当然よ。アインズ様、御自身が駄目とは仰らないのであれば、告白したことを(わたくし)がとやかく言うことではないわ。けれど……シャルティアなんかに知られたら、色々とタダじゃ済まないわよね?」

 

「うっ……」

 

 シャルティアの名を出されたルプスレギナの顔色が、目に見えて悪くなった。

 言われてみると、確かにシャルティアはモモンガに対するアプローチを続けている。本人の気の短さも相まって、ルプスレギナが一歩先へ行ったと知ったら、何をされるか……。

 

「でも、アインズ様を諦めることなんてできない……。そうよね?」

 

「……アルベド様って、読心術とか魔法とか使えましたっけ?」

 

 心の内を読まれたルプスレギナが恐る恐る確認するも、アルベドは一笑に付した。

 

「無いわよ、そんな能力。顔を見れば解るもの。貴女も態度の使い分けは出来るようだけど、その辺はまだまだね」

 

 アルベドは、ルプスレギナがカルネ村においては天真爛漫な振る舞いをする一方、ことナザリック関係の話題においては、冷徹かつ妖艶にも振る舞っていることを知っている。村に配置した僕から情報が上がってくるからだ。

 

(わたくし)も、モモンガ様関連では色々と事情があるから。この()のことを笑えないのだけれどね……) 

 

 と言っても本音を言えば、抜け駆けされた形になっている現状は不本意かつ、憤りを禁じ得ない。だが、この状況を利用してこそ出来る女というものである。

 

「そこで、シャルティアに知られたら……というところへ話を戻すのだけど。何だったら(わたくし)がシャルティアのことを引き受けてもいいわよ?」

 

「本当っすかっ!? アルベド様、マジ天使っす!」

 

(わたくし)、サキュバスなのだけどね。まあ、具体的にどうするかと言うと……」

 

 この件でシャルティアがルプスレギナを問い詰めたとする。そこでルプスレギナは、こう言うのだ。

 

「アインズ様は拒絶されませんでしたし、このことはアルベド様も承知されてます」

 

 そもそも先にアルベドが言ったとおり、ナザリックの者が至高の御方を慕うのは当然のことで、異性ならば求愛しても何らおかしくはない。ルプスレギナの場合、アルベドやシャルティアよりも先に行動しただけのこと。付け加えるなら、モモンガの冒険行に同行していたという立ち位置が、アルベド達よりも有利だっただけである。

 

「それを言うことで、シャルティアの怒りの矛先は(わたくし)に向くでしょうから。貴女が危なくなることは……まあ無いでしょうね。よしんば殺されかけても、シャルティアはアインズ様から責められるでしょうし、貴女はアインズ様に気遣って頂けるもの」

 

「……デミウルゴス様達と並んで、ナザリック最高の知恵者と呼ばれるだけのことはあるっす……」

 

 ルプスレギナが、下顎を手の甲で拭っている。

 褒めて貰って光栄だが、アルベドは何も親切心だけでこのような提案をしたのではない。

 

「その様に対処……私にシャルティアのことを任せて構わない代わりに、一つ……お願いがあるの」

 

「な、なんすか? ベッドで夜のお相手ならバッチ来いっすよ? 私、初めてっすけど」

 

 警戒しつつ軽口を叩くルプスレギナに、アルベドは苦笑を投げかける。

 

「楽しみつつお仕置きできそうで、それも良いのだけど。(わたくし)には、その方面の技能はともかく、シャルティアのような趣味は無いわ。お願いというのはね……次のアインズ様の冒険行に、私も同行させて貰えるよう、貴女からアインズ様に願い出て貰うこと」

 

 今言ったように追加要員としてでも良いし、何だったら交代でも良い。

 

「で、でも……それだと私が……」

 

 場合によってはアルベドが一例としてあげたように、モモンガのパーティーから外されてしまうかもしれない。そこに考えが及んだルプスレギナは口籠もったが、アルベドはニンマリと笑う。

 

「あら? (わたくし)だってアインズ様をお慕いしているのよ? タブラ・スマラグディナ様や、他の至高の御方の承認も得ているわ。なのに、アインズ様のお側に居られないだなんて……悲しいことよね? まあ、断ってくれてもいいのよ? その場合、シャルティアと貴女が揉めても、傷心中の(わたくし)は誰の手助けもできそうにないのだけど」

 

「ぐっ……」

 

 進退窮まるとは、このことだ。

 ルプスレギナは、少し仰け反るようにして酢を飲んだような顔になったが、やがて一度アルベドから目を逸らすと、数秒おいてから視線を元に戻す。

 

「あ、アルベド様。喜んで、お手伝いさせていただくっす……」

 

「そう? そう言って貰えると思っていたわ!」

 

 花が咲いたような笑みだ。

 事実、アルベドの脳内は恋の花が満開状態である。しかし、思考能力は健在だ。彼女の中では、すでに冒険行の中においてどのように行動するか。戦闘にあっては、どういった風にモモンガを庇って攻撃を防ぐか。そして、お褒めの言葉をいただいたときに、どのような態度を取るかがシミュレートされていた。

 思わず澄ました表情が崩れそうになるが……ここで精神に抑制がかかる。

 

「……とにかく、よろしく頼んでおくわ。ああ、悪いようにはしないから安心して。どのみち、(わたくし)はナザリックの運営を任されているから。長期間の外出は無理だし」

 

「はあ……はい……」

 

 どう返事して良いのかわからないのだろう。ルプスレギナが生返事とも取れる声を発したが、アルベドは機嫌良く頷く。

 彼女の思うところでは、ルプスレギナに先行されたとは言え、自身の正妃としての立場は揺らいでいない。何しろ、こちらは創造主公認。モモンガ自身も乗り気で、他のヘロヘロや弐式炎雷と言った至高の御方も、アルベドを応援してくれているのだ。

 この好状況下で、ルプスレギナを排除しようなどと動けば、間違いなくアルベドにとってマイナスの結果に終わるだろうし、何より後で合流するかも知れないルプスレギナの創造主、獣王メコン川を敵に回すことになる。 

 だから、ここはルプスレギナを受け入れ支援しつつ、彼女を利用してモモンガとの関係を前に進めるのだ。

 

 くふふ……。

 

 お淑やかな笑顔。その口の端から、お淑やかではない笑いが漏れ出る。

 ルプスレギナがギョッとした表情になっていたが、アルベドは慌てずに口元を抑えてニッコリ微笑み直した。

 

「何はともあれ、(わたくし)達……良いお友達になれそうよね。……末は姉妹関係になるかもだけれど」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 玉座の間。

 今、ここには建御雷以外のギルメンが勢揃いしている。

 と言っても、玉座でグッタリしているモモンガの他は、左方にヘロヘロと弐式炎雷。そして玉座の右側にタブラ・スマラグディナ。この三名であるが……。

 

「では、アルベドにパンドラ、守護者達と戦闘メイド(プレアデス)に……吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)でしたか。全員揃ったら開始ということで?」

 

 異形種化し古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)となったヘロヘロが、触腕のように本体を伸ばしながら確認している。相手は弐式炎雷で「打ち合わせどおりにですね! いい感じのサプライズになりますよ~っ!」と盛りあがっているようだ。

 それらギルメンらが盛りあがっている様子を、モモンガは虚ろな目で見ていたが、そこにタブラが話しかけてくる。

 

「モモンガさん。そろそろ復活してくださいよ。異形種化すれば一発で安定化するんでしょう?」

 

「そうなんですけど。よってたかって弄ばれた俺の心は、そう簡単に回復していいもんなんでしょうかねぇ……」

 

 円卓の間で、モモンガは酷い目に遭っていた。

 弐式によって、アルベドとルプスレギナ。カルネ村のエンリのことについてブチ撒けられ、合流したばかりの建御雷には「モモンガさん、思ったよりも手が早かったんだな」と言われた。ヘロヘロからは「指揮官先頭と言うか、ギルド長が率先して行動に出てくれますから。俺も心置きなくソリュシャンと楽しめそうです!」とまで言われている。

 挙げ句、タブラには「まあ、王様に側室とか付きものなので、別に良いんですけど。アルベドが泣くようなことになると、さすがに看過できないな~」などと言われたのだ。直後、タブラからは「ま、冗談ですけど」とフォローされ、ヘロヘロらからは祝福混じりにからかわれているが、モモンガは身の置き場を見失うほど、精神的に追い込まれたのであった。

 

「はああああ。でも、そうですね。落ち込んでばかりではいられません……。この後は、大事な『儀式』ですから」

 

 モモンガは悟の仮面をアイテムボックスに収納すると、異形種化する。

 久しぶりで死の支配者(オーバーロード)としての骸骨顔をさらけ出したモモンガは、一瞬にして、先程までの落ち込んだ気分が消えるのを感じていた。もっとも負の感情が消えただけなのであって、晴れ晴れとした気分にはなれない。

 

(けど、俺はギルド長! ギルメンと創造NPCとの再会を上手く演出しなくちゃ!)

 

 自分のNPC(パンドラズ・アクター)とはどうなのか。それを考えた途端、精神が安定化されるが、それはいつものことだ。しかし、パンドラのことを考えたおかげで、どうにか気分的なワンクッションを置くことができた。

 

「そろそろアルベドが来ますね。タブラさん、建御雷さんの帰還を知ってるのはアルベドだけでしたっけ?」

 

「いえ、色々と手伝って貰う都合上、デミウルゴスにも知らせてあります。他のメンバーは……隠しごとが苦手そうなので、知らせていません」

 

「ああ……」

 

 モモンガはダークエルフ姉弟、アウラとマーレを思い出す。確かに隠しごとは苦手そうだ。それにシャルティア。彼女に関しては、創造主のペロロンチーノには悪いが、こと身内のこのようなイベントに関しては、ニヤニヤを抑えきれないであろう事が容易に想像できる。

 知らせないで正解なのだろう。

 セバスや戦闘メイド(プレアデス)の一部にも知らせていないようだが、ソリュシャンとルプスレギナは知っている。しかし、アルベドから口止めがされているはずだとタブラが言うので、モモンガはこの件に関して心配することをやめた。 

 そうして待つこと数分。最初にアルベドが玉座の間へ入り、続いてシャルティア、コキュートス、アウラとマーレ、最後にデミウルゴスが入ってくる。

 ここで玉座の前に階層守護者が横並びし、玉座向かって左前には、少し遅れて入ったセバスと戦闘メイド(プレアデス)らが並んだ。最も遅れて入ってきた吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二人は、階層守護者らの後方で待機している。何故、自分達が呼ばれたのかわかっていない様子で、オドオドしているのが印象的だ。

 

(褒美を与えるって知らされてない? いや、まさか……)

 

 モモンガは不思議に思ったが、どうせ事が始まれば用件を告げるのだ。放っておいて構わないだろう。

 そして、守護者統括アルベド。彼女はデミウルゴスの側で立っている。

 普段であれば玉座の傍らで立つのだが、今はギルメン……至高の御方が居るので、他の僕らと共に並ぶ事にしたらしい。これは弐式の帰還報告の際でも、同じように行動していたとモモンガは記憶している。

 だが、ここでモモンガは発言した。

 その発言の予定は無かった。

 だが、無意識の内に口をついて出てしまったのである。

 

「アルベドよ。お前は、私の隣りだ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アルベドよ。お前は、私の隣りだ」

 

 そう言った瞬間。ギルメンとNPC、すべての視線がモモンガに集中した。その後、視線の束はモモンガとアルベドを行ったり来たりしている。

 視線を向けてる側で印象的なのは、シャルティアとデミウルゴスとセバスの三人だ。

 シャルティアに関しては、その驚きが顔中に溢れ、もはや百面相のごとしである。

 

(データクリスタルに保存して、ペロロンチーノさんに見せてやりたいな~。ユグドラシル時代は表情が変わらなかったから、きっと喜ぶぞ~) 

 

『俺のシャルティアから、こんなにも表情を引き出すだなんて! さすがです! さすがですよ、モモンガさん!』 

 

 そんな幻聴が、モモンガにはハッキリと聞こえた。

 デミウルゴスに関しては「ほう?」と言いたげな表情になった後、普段のニコニコ顔に戻っている。ただし、尻尾がユラユラ揺れているので、機嫌は悪くないようだ。

 最後にセバス。ほとんどのNPCが驚き狼狽えている中、彼のみは微動だにしていない。発言者のモモンガをチラリと見た後は、アルベドにすら視線を向けていないのだ。その執事ぶり、完璧である。

 そして、アルベドだ。

 彼女は『隣りだ』と言われてから暫く、その凛として美しい笑みを崩さなかった。

 今も崩していない。いや、少しばかり表情に変化があったようだ。

 渦が巻いたような目を少し下げ、口元は角度の広いVの字に結ばれている。そして、その顔たるや……真っ赤に染め上がっていた。

 アルベドは玉座からは、それなりに離れた位置で立っていたが、身体が小刻みに震えているのがモモンガには視認できている。

 

(うわ~……なんだろう。めっちゃ可愛いんだけど!)

 

 自分を慕ってくれて、自分自身でも好みな女性が、嬉しいのか恥ずかしいのかは不明だが真っ赤になっている。

 友人のペロロンチーノではないが「萌えだ!」と叫びたい。

 しかし、先程の『私の隣りだ』発言。あれは極自然に出た言葉であったが、思い返してみると、どういうつもりだったのかモモンガ自身でも把握できていない。

 

(何しろ、意識しないで言っちゃったからな~)

 

 なので、モモンガは自分なりに推理してみた。

 今、アルベドは普段とは違う場所で立っている。彼女がヘロヘロ達に対して遠慮したのは明白だが、モモンガ自身は配置転換が気に入らなかったのだろうか。いつも、玉座の傍らで立つのはアルベドなのだから。

 

(アルベドは俺の隣り……)

 

 今斜め前で立つ女性が、自分の傍らで立つことを想像したモモンガは……即座に精神が安定化された。

 

(え? あれ? なんで安定化しちゃってるわけ? いつもの立ち位置だろ? 俺、そんなにアルベドのことを意識してるのっ!?)

 

 意識していて当然である。

 モモンガ自身、事あるごとにギルメンに対して言っているのだが、アルベドは彼にとってドストライクな好みの女性なのだ。その容姿はタブラが様々な聞き取りの末、モモンガ好みに造りあげたもの。

 しかも……タブラ自身が、モモンガの嫁にして構わないと言っている。

 そう、モモンガが意識していて当然なのだ。

 

(……童貞なもんで、アルベドの美人ぶりにビビって距離置いてた気はするけど。ちょっと離れただけで、思わず呼びつけちゃうほど、俺は意識してたのか。……俺、社会人だよな? 中高生とかじゃないんだよな?)

 

 少しは大人だと思っていたのだが、そこはかとなく自信が無くなってきた。

 しかし、今は悩んだり葛藤している場合ではない。

 モモンガはアルベドを呼びつけた。ならば、アルベドはどうするだろうか。

 来なければ命令不服従という事になるが、その展開はモモンガの望むところではない。

 どうすれば良いのか。簡単だ。もう一度呼んで、隣に来るよう促せば良いのである。

 

「あ、アルベド? 私の隣りに……」

 

「……はい。アインズ様。仰せのままに……」

 

 落ち着いた声が返ってくる。

 どうやら安定化……いや、モモンガのことで意識が埋まり、停滞化されたらしい。その間に、本来の理知ぶりや計算高さが復帰して、命令内容を実行したのだ。

 玉座へ向かって、ゆっくりと近づくアルベドを見ながら、モモンガは内心嘆息した。

 アルベドの設定を変えようとしたとき。自分は最初『モモンガを愛している。』と書き換えようとしたのだ。だが、突如として出現したヘロヘロに驚き、『モモンガを』までしか入力できなかった。

 その結果、アルベドはモモンガについて何か考えると、精神が停滞化し、強制的に冷静さを取り戻すのである。

 もし、『モモンガを愛している。』と最後まで入力していたならどうなっただろうか。

 

(タブラさんやヘロヘロさんの推測だと、元より組み込んだ『モモンガを愛している。』に重複ないし複合して、愛が深すぎる程に深まった恐れがあるとか……)

 

 その結果、どういった事態が引き起こされるのか。想像もできないが寒気だけは感じる。

 では、設定を何一つ変えないままだったら……どうなっただろうか。

 タブラは、アルベドの設定の中に『モモンガを愛している。』を紛れ込ませた。恐らく、極自然に彼女はモモンガを愛したに違いない。

 

(極自然に俺を……ねぇ……。……そういうアルベドも見たかったかも……)

 

 しかし、その希望はかなわない。かなえてはいけない。そうモモンガは思っている。

 何故なら、今のアルベドは、設定を変えられたままでもモモンガを愛しているのだから。そんな自分自身をアルベドは受け入れているのだから。

 

(俺が動揺しちゃ駄目だよな……)

 

 気がつくと、アルベドは既に玉座の右隣に居て、タブラが一歩右に寄った状態となっている。

 

(義理のお父さんと、嫁にした娘さんが居るみたい!)

 

 そう考えると、照れ臭いやら可笑しいといった気分になる。が、何だか気分が晴れたような気になったモモンガはアルベドを見上げ、ニッコリ笑って見せた。

 

(あ、いっけね。俺、異形種化したままだった。笑いかけても表情が変わるわけないし。馬鹿か~)

 

 己の馬鹿さ加減にガックリくる。ところがアルベドは、そんなモモンガを見て微笑み返したのである。 

 

(あれ? 伝わった?)

 

 と思ったのも束の間、アルベドは深々と頭を下げた。 

 

「アインズ様。御命令に対し行動が遅れました。この処罰、如何様にでも……」

 

 この展開か。忠誠心、マジで高すぎだよな……と、モモンガは幾分ゲンナリしたが、この後のイベントを考えると処罰するわけにはいかない。そもそも処罰する気がない。

 

「お前が気を遣って移動していたのを、わざわざ呼び寄せたのは私だ。慌てさせたようで済まなかったな」

 

 モモンガ自身が威厳あると思う声色。それによってアルベドに指示を出すが、ヘロヘロと弐式から飛んでくるニヤニヤ視線があり、どうにもやりづらい。反対側……と言うことは、アルベドの向こうに居るタブラに到っては、義理のお父さん的なホッコリした気配が感じられる。

 

(嫁の親だとか気を遣わなくていいって、言ってたじゃないですか~。タブラさ~ん)

 

 やはり自分には味方は居ないのだろうか。

 そんな風に気分を出していたモモンガだが、予定のイベントは進めなくてはならない。何故なら彼はギルド長だからだ。

 

「あ~……皆、待たせたな。こうやって急遽、玉座の間に集めること何回目だろうか。もう気づいてると思うが、このナザリック地下大墳墓に新たな仲間の帰還があった!」

 

 おおっ!

 

 集められたNPCらの大多数が、驚きと歓喜の声をあげる。

 建御雷の合流時に居合わせた者や、事前に知らされていた者はと言うと、こちらは一人の例外もなく満面の笑みを浮かべていた。

 この反応に接し、モモンガは先程までの悩みなど吹き飛ぶほどの喜びを感じていた。そして、精神が安定化される。

 

(チッ。悟の仮面の外装を、骸骨顔にできるよう改造できないかなぁ……)

 

 それが可能なら死の支配者(オーバーロード)として振る舞っていても、中身が人化してさえいれば精神安定など発生しないのだが。

 

(いや……待てよ?)

 

 ここはナザリック内部なのだから、人化した上で幻術で骸骨顔を作れば済むことである。

 そこに気がついたモモンガは、気が抜ける思いを味わった後、すぐにコキュートスに視線を向けている。

 

「き、帰還した仲間の名を発表する!」

 

 建御雷が創造した、蟲王コキュートス。彼のために、そして友人である武人建御雷のため。モモンガは気合いを入れて叫んだ。

 

「彼の名は、武人建御雷である!」 

 




<誤字報告>

yomi読みonlyさん、フウヨウハイさん、Mr.ランターンさん

ありがとうございました


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第26話

「彼の名は、武人建御雷である!」

 

 玉座に座したモモンガが、腹筋(異形種化してるので存在しないが)に力を込めて発声する。

 

 おおおおおおっ! 

 

 階層守護者と、その後ろの吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二名。それらの右脇で居並ぶ、セバス・チャンに、戦闘メイド(プレアデス)達。

 皆が皆、驚きと歓喜を交えた声をあげる。

 次の瞬間。モモンガの少し左前方……位置的にはアルベドの反対側に、武人建御雷が出現した。

 筋骨隆々たる大柄な半魔巨人(ネフィリム)。身に纏っているのは深紅の和風甲冑。手にした武器は自身が改良に改良を重ねて作成した大太刀、建御雷八式。ザ・サムライの異名に恥じぬ堂々たる武者ぶりである。

 その圧倒的な存在感に、シャルティアやアウラにマーレ、事前に帰還を知らされていたデミウルゴスやアルベドも涙を禁じ得ない。そして、武人建御雷の帰還に涙したのはセバスや戦闘メイド(プレアデス)吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らも同様である。

 だが、たった一人、微動だにしない者が居た。

 第五階層守護者、凍河の支配者コキュートス。

 カマキリとアリを足したような異形、二本の足に四本の腕を持つ武人は、玉座脇で立つ建御雷を凝視したままピクリとも動かない。

 あれ? と言った空気が、玉座を中心とした左右方向へ広がっていく。

 数多く居るNPCの中でも、コキュートスは建御雷が作成したNPCだ。喜ぶとか泣くといったリアクションが予想されたのだが、これはいったいどうしたことだろうか。

 モモンガやギルメン達だけではない。

 僕達も、怪訝そうにコキュートスへ視線を向けている。

 至高の御方がまた一人、ナザリックに帰還したのだ。ナザリックに所属する者にとって至上の喜びである。しかもコキュートスにとって、武人建御雷は創造主。にもかかわらず、その登場に何ら感動を示さないのは不敬だ。NPCらの感覚では万死に値する。

 

「コキュートス。いったいどうしたでありんすか? もう少しこう……」

 

 場所柄、ここまで我慢していたシャルティアだが、動かずに居るコキュートスに苛立ったのか声をかけた。しかし、そのシャルティアの表情が引きつる。

 

「立ったまま気絶していんす!?」

 

「えっ? うえええ!? こ、コキュートス! 大丈夫なの!?」

 

 シャルティアとは反対側で立つアウラが、目を丸くしてコキュートスに呼びかけた。その彼女の向こうに居るマーレも、杖を抱きかかえたままオロオロしている。

 だが、コキュートスは反応しない。彫像のように立ち尽くしたままだ。

 

「ええ~……」

 

 シャルティアらが騒いだことで状況を把握したモモンガは、あまりの展開に呻き声を漏らしている。次いで建御雷に目を向けたが、さすがの彼も絶句している様子だ。

 しかし、コキュートスは死んだわけではなく気絶していただけなので、この事態はすぐに収束する。

 コキュートスが目を覚ましたのだ。

 

「ウ、ウウム?」

 

 二度ほど頭を振り、左上段の手で頭を一撫でする。

 

「ドウヤラ気ヲ失ッテイタヨウダナ。シカシ、武人建御雷様ノ御帰還トイウ、素晴ラシイ夢ヲ見タゾ。アレハ素晴ラシイモノダッタ!」

 

 フンス!

 

 感動のあまり冷気の息を吐いているが、その発言内容に呆れ顔となるアウラ達……の更に向こう。デミウルゴスから声が飛んだ。

 人差し指で眼鏡位置を直しつつ彼は言う。

 

「何を言ってるんですか。夢なんかじゃありませんよ、コキュートス? ほら、玉座の方を見て」

 

「ムッ? 玉座?」

 

 これが人間種か亜人系の……目蓋を持つ者であれば、目をしばたたかせていたのだろうか。その様な気配を放ちつつ、コキュートスは玉座方向へと目を向ける。

 そこには玉座に座するモモンガ。両脇に並ぶ至高の御方。そして玉座の右脇にアルベドが居て……何より、左脇には武人建御雷が立っていた。

 

「ブ、武人建御雷様! 我ガ創造主! オオオオ、イツオ戻リニ!?」

 

「え? いつって……俺はナザリックの外に飛ばされて……ええ?」

 

 異世界転移時の出現場所について言及しかけた建御雷。しかし、コキュートスが聞いているのはそういう事ではないと感じ、口をつぐんでいる。

 一瞬、妙な静寂が玉座の間を支配した。

 そして一つの咳払い。モモンガの発したそれが、静寂を打破する。

 

「あ、あ~……コキュートスよ。念のために聞くが、お前……直近の記憶は何処まである?」

 

「アインズ様。直近ノ記憶……デ、ゴザイマスカ?」

 

 コキュートスは不思議そうに首を傾げたが、やがて説明を始めた。

 それによると、モモンガが新たな至高の御方の帰還を宣言したところまでは覚えているらしい。

 

「つまり、そこから気絶していたと?」

 

「ソノ様デ……」

 

 申し訳なさそうに言うコキュートスに対し、ぎこちなく頷くモモンガ。だが、内心では精神安定化の一歩手前に迫るほど噴き出していた。

 

(武人建御雷の『武』の字を聞いた時点で気絶してたとか、それマジか!? デカい図体して、なんて可愛いんだ! こいつ!)

 

 見れば、ヘロヘロ達もプルプル震えている。どうやら思いはモモンガと同じのようだ。

 では、肝心の武人建御雷はどうだろう。

 モモンガが左脇を横目で見たところ、やはり建御雷もプルプル震えていた。だが、こちらは噴き出すのを堪えて震えているのではない。

 

「お、俺が戻ってきたのを、そんなに喜んでくれたのか。コキュートス! ぐふうう、最高だ! こんなことってマジかよ! 俺は今、モーレツに感動している!」

 

 左手には納刀した大太刀。右手はグッと握った拳。

 それぞれを高く掲げて建御雷は咆えた。それを聞いたコキュートスが「武人建御雷様!」と叫び、建御雷は愛すべき創造NPCに向き直っている。

 

「長いこと留守にしてて済まなかったな! コキュートス! 後で第六階層の闘技場へ行ってPVPしようぜ!」

 

「喜ンデ、オ付キ合イイタシマス! 武人建御雷様!」

 

 再会した主従の第一行動予定がPVP。

 それで良いのか……とモモンガは思うが、逆に建御雷とコキュートスの組合せらしいとも言える。

 創造主と被創造NPCの仲睦まじい(?)会話に、皆がホッコリしていた。

 めでたしめでたしだ。

 だが、一人、弐式炎雷のみは浮かない表情をしている。

 彼は親友たる武人建御雷と、その創造NPCのコキュートスが再会したことを大いに喜んでいた。つい最近、自分自身が創造NPCのナーベラル・ガンマと再会しており、親友の感激する心持ちは大いに理解できるからだ。

 事前に仲間達と相談した、サプライズ的に再会する演出も上手くいったようで、コキュートスが立ったまま気絶したのには驚いたが、上々の首尾に満足もしている。

 しかし、しかしだ。弐式は一頻り建御雷を祝福した後は、ある一点に視線を集中させていた。

 眼前で居並ぶ階層守護者ら……の、彼らにとって右方で並ぶ戦闘メイド(プレアデス)。その中ほどで立つナーベラル・ガンマ。その彼女から視線を離せなかったのだ。

 

(普通に……してるよな?) 

 

 過日、ナーベラルは、人間の騎士……ロンデス・ディ・グランプを勧誘するべく交渉中のモモンガに口を挟み、モモンガに恥をかかせている。もちろん、勧誘交渉は失敗した。その失敗は、ナーベラルのみの責任とまでは言わないが、彼女の差し出口によって潮目が変わったのは間違いない。

 事後、弐式はナーベラルを叱責し、彼女をメイド長であるペストーニャ・S・ワンコに預けて再教育を依頼したのだが……。

 

(預ける経緯を話してる途中から、ペスの目つきが鋭くなっていたの怖かったな~。最後のあたりなんか、歯を剥いて唸ってたし……)

 

 あれから、まだ数日も経過していない。そして今、少し離れた場所にてナーベラルが立っている。見た目は、ユリ・アルファなどのように澄ました『メイドの無表情』だ。

 少しは成長したのだろうか。

 

(後で話してみようかな……)

 

 ペストーニャから再教育終了の報告がない現状、弐式の方から声をかけるのはどうかと思うが、気になって仕方がないのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 武人建御雷とコキュートスの再会が一段落し、玉座の間では、僕達に対する表彰式が始まろうとしていた。

 今回、お褒めの言葉を賜るのはシャルティア・ブラッドフォールンと、ソリュシャン・イプシロン。そして二名の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)だ。

 まずは、シャルティア。

 彼女はモモンガの命により、転移後世界における武技使いの発見捕獲、あるいは勧誘のため活動していた。結果は、転移後世界でも超一流と目される武技使い、ブレイン・アングラウスの発見、勧誘成功である。彼の勧誘に関しては、この世界に転移して間もない武人建御雷が接触していたことで、ブレインが建御雷に心酔しており、非常にスムーズに完了していた。

 以上の経緯から、シャルティアは「自分の手柄ではない」と主張したのだが、それを聞いた建御雷が「みんな引き連れて、俺やブレインの居るところまで来てくれたんだろ? でなけりゃ、ブレインがナザリックに来るのが遅れてたかも知れねーじゃねーか。いいから、シャルティアの手柄にしとけ」と述べ、モモンガやヘロヘロらが賛同したことで、他の誰が異議を挟むでもなくシャルティアの手柄と確定している。

 なお、褒美に関してはモモンガを始めとしたギルメン全員からのお褒めの言葉と、ペロロンチーノが使用していたプレイヤー用百科事典(エンサイクロペディア)の譲渡となった。僕達からすれば、ギルメンから褒められるだけでも過分であるのに、それが現状存在する五人全員からとなれば、まさに天にも昇る気分となる。

 そこへ来て、自身の創造主であるペロロンチーノが使用していたアイテムの譲渡だ。先ほどのコキュートスではないが、シャルティアが立ったまま気絶しかけていたのでアウラが支える羽目になった。

 続いてソリュシャン。

 彼女の本来の任務は、ヘロヘロに同行し、王国王都の情報収集および商活動。その他冒険者として活動することである。

 現状、王都に到着していないので、彼女の任務は達成されていないし、当然ながら関連した成果も上がっていない。しかし今回、シャルティアからの要請によって、死を撒く剣団の隠れ家襲撃に参加。道中の罠などを発見解除し、隠れ家の抜け穴発見にも貢献していた。

 

「私も鼻が高いですよ~。さすがはソリュシャンです!」

 

 ヘロヘロが手放しで褒めている。

 先のシャルティアも喜びようが凄かったが、ソリュシャンの場合は褒める面子の中に自身の創造主が交じっているのだ。気絶こそしなかったが感極まって泣き出してしまい、触腕をフリフリしながらはしゃいでいたヘロヘロが硬直してしまう。

 こちらはユリ・アルファやルプスレギナ・ベータが宥め役となっており、玉座の間は一時、騒然となった。

 

(騒々しい、静かにせよ! な~んて、場を締める雰囲気でもないんだよな~。だいたい、練習もしてないのに、そんな偉そうな物言いができるわけないっての!)

 

 手の打ちようもなくモモンガが傍観していると、徐々にではあるが玉座の間が静まっていく。見ればシャルティアが持ち直し、百科事典(エンサイクロペディア)を胸に抱いて瞳を潤ませていた。ソリュシャンは……と視線を転じたところ、こちらは上手くユリ達やヘロヘロが宥めてくれたようだ。深々とヘロヘロにお辞儀するソリュシャンに対し、こちらへ戻ってくるヘロヘロは後ろ手(?)に触腕を振っている。

 残るは、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に対する褒美だ。

 今回、死を撒く剣団の殲滅及び、ブレイン・アングラウスの勧誘に際して動いた中で、彼女らが成したのは襲ってきた者達を下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)にし情報を得たことと、抜け穴の封鎖だ。抜け穴自体は使用されることがなかったらしいが、万一のことを考えると彼女らの働きを無視するわけにはいかない。

 

(これで何も言わなかったら、直接的な手柄にばかり集中して、補助の任務とかが軽視されたりするんだよな。……ナザリックのNPC達の忠誠心はヤバいから、無用の心配か?)

 

 そう思いたいが、油断するべきではないとモモンガは考えている。

 ヘロヘロ達に相談したところ、「何か成果や功績があるなら褒めるべき時は褒める。それが大事だから、大いに褒めてやるべきだ」とのことだった。

 

吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)、二名よ。今回、シャルティアやソリュシャンを補佐した働きに、私たちは大いに満足している。よくやってくれたな」

 

 守護者らの……強いて言えばシャルティアの後方で立っていた吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は、それぞれが「滅相もございません!」「我々ごときが、アインズ様からお褒めの言葉など! すべてはシャルティア様達の功績です!」と遠慮することおびただしい。

 

(ただ、見るべき働きがあったから褒めてるだけなのにな~。何かアイテムをやるってわけでもないし……。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)か~。……ん?)

 

 ふと、モモンガは思い当たった。

 この吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達はPOPモンスターであり、他にも多数存在するのだが、彼女らに固有の名称はあっただろうか。今のところ吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と呼んでいるが、それはあくまで種族名なのだ。

 気になってシャルティアに確認してみたところ、特に名はないと彼女は言う。

 

「普段は、『お前』、『貴女たち』で事足りているんでありんして……」

 

「そ、そうか……」

 

 見ればPOPモンスターとは言え美人なのに、気の毒……なのか。いや、これでいいのか。どうしたものか……。

 数秒ほど黙考したモモンガは、一つのアイデアを思いつく。

 

(アイテム等を渡す程じゃないけど、褒めるだけでは何か寂しい。今聞いた話を取っかかりに名前を付けてあげてはどうだろう?)

 

 何しろナザリックの所属NPCは、ギルメンに気にかけて貰えたり、相手して貰えただけで大喜びなのだ。名前を付けるだけなら無料(タダ)だし、単に褒めるだけよりも箔が付く。これは名案ではないだろうか。

 モモンガは僕たちに「暫し待て」と言うと、ギルメンらを手招きで玉座周辺に集めた。なお、元々近くに居たアルベドは、そのまま話の輪に入っている。

 

(何となく気まずい……かな?)

 

 キョトンとしたシャルティア達の視線が痛いが、せっかく周囲に仲間達が居るのだから相談しておきたい。決して、なんとなく皆と話し合いたくなったからではない。その様に自己弁護したモモンガは、改めて仲間達に説明した。

 

(「と、言うわけでして。あの吸血鬼の花嫁達に名前でも付けてあげたいと思うんです」)

 

(「それはいいと思うんだけどよ。ひょっとして、モモンガさんが名前を考えるのか?」)

 

 そう建御雷が言うのだが、その声には聞き間違えではない『確かに嫌そうな気配』が滲み出ている。

 喜色満面で提案していたモモンガであったが、さすがに心外だと建御雷を見上げた。

 

(「なんですか。俺のネーミングセンスに問題でも?」)

 

(「問題あるだろ? 誰だったかが止めてなけりゃ、俺達、今頃はアインズ・ウール・ゴウンじゃなくて異形種動物園だぞ?」)

 

(「うっ……」)

 

 それはモモンガ達が、ナザリック地下大墳墓を入手する前の逸話である。クランからギルドへ登録替えする際に、モモンガが考案したギルド名が『異形種動物園』だった。その場では趣味の悪いジョークとして流されて、結局は『アインズ・ウール・ゴウン』と決定されたが、このことは後々までギルメンにからかわれるネタとなったのである。

 

(「う~……。じゃあ、どんな名前なら……」)

 

 口惜しく感じつつモモンガが言うと、建御雷は弐式、ヘロヘロと順に見てから、タブラ・スマラグディナで視線移動を止めた。

 

(「そりゃあ、こういうことはタブラさんだろ? なにか良い感じのネタから引っ張ってきてくれるはずだ。なあ、タブラさん?」)

 

 指名を受けたタブラは、大きな目をギョロッと動かし頷いてみせる。

 

(「ふふふっ。任せてください。と言うわけで、私が考えますけど。良いですよね?」)

 

(「わ、わかりましたよぅ」)

 

 幾分、しょんぼりとしたモモンガであるが、考案するのはタブラで、あくまでも名付けるのはモモンガの仕事となった。言い出したのはギルド長なのだから、命名もギルド長がやるべきとなったのである。

 

(「え? それだと、タブラさんの良いところを俺が取っちゃうんじゃないですか」)

 

(「ギルド長の手が足りない部分を、ギルメンが補う。組織というのは、そういうものですよ」)

 

 タブラの発言に、ギルメンらは「おおっ!」と感心したような声をあげたが、その中にはモモンガも含まれている。

 納得いったモモンガは、さっそくタブラに名前を考案して貰った。

 

(「髪の長い方がヘンリエッテ。短い方がアネット。どうです?」)

 

 モモンガ的にはピンとこなかったものの、どうやら大昔の吸血鬼映画から引っ張ってきた名前であるらしい。

 

(「吸血鬼映画から来るなら、有名どころでカーミラとかだと思ってました」)

 

(「アネットは、その役をやった女優さんの名前なんです」)

 

 ちなみにもう一人のヘンリエッテは、最初期の吸血鬼映画で、吸血鬼役をやった女優の名前から貰ったらしい。

 そんなこんなで名前が決まった後は、いよいよ吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らに対しての命名式となった。

 当然の如く、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二名は恐れ入って辞退しようとするが、モモンガは「我ら総意に基づく褒美だ」と辞退の意思を突っぱねた。

 

「ちなみに、タブラ・スマラグディナさんの考案によるものだ。心して聞くように」

 

「「タブラ・スマラグディナ様!」」

 

 二人声を揃えて叫んでいるのが、なんだか可笑しい。

 ふとタブラの方を見ると、「余計なこと言わないで良いのに」と言いたげであったが、モモンガは無視することにした。

 こうして吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二名には、髪の長い方にヘンリエッテ、髪の短い方にアネットという名前が授けられる。以後、彼女達は同僚の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らから羨望の眼差しで見られることとなるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)……のヘンリエッテとアネットが退室し、玉座の間にはモモンガとギルメン、アルベドと階層守護者。そしてセバスと戦闘メイド(プレアデス)が残っている。なお、ヘンリエッテらと入れ替わるようにして、パンドラズ・アクターが呼び出されていた。立ち位置は玉座の左側……つまりアルベドの反対側で、先程まで武人建御雷が立っていた場所。それに伴い建御雷と弐式は一人分、左方へスライドしていた。

 

「あ~……これからデミウルゴスに、ナザリックの対外戦略の説明。及び、現況報告を行って貰う。これは重要なことであり、我らギルメンの他、僕の主立った者達が知っておくべきことだ」

 

 このような前置きをしたモモンガは、デミウルゴスを見て頷く。

 お前、説明しろ……の合図である。

 ナザリックにおける最高の知恵者。組織運営面ではアルベドにかなわないが、拠点防衛や戦略戦術においてはアルベドを大きく上回る。

 そのような彼と世界征服について語り、手近のエ・ランテルを支配下に置くことをモモンガらが提案してから、まだほんの数日だ。大して事は進んでいないと思うが、念のため確認はしておくべきだろう。

 

(タブラさんも居る。パンドラも呼んだ。俺が理解できないような展開になっても大丈夫……なはず!)

 

 タブラは設定魔と呼ばれるだけあって、その膨大な知識が頼りになる。パンドラは、アルベドやデミウルゴスと同等の知恵者という設定だ。

 モモンガとしては現状、考え得る最強の布陣でデミウルゴスの報告に備えたのだが……。

 

「では、報告を始めます。エ・ランテルの内部からの支配につきましては……すでに完了しております」

 

「は?」

 

 モモンガの下顎がカクンと落ちた。

 ヘロヘロや弐式炎雷も固まっている。平気な顔をしているのはタブラとパンドラ。合流したばかりで、それほど事情が飲み込めていない建御雷ぐらいだ。

 僕達に関しては、シャルティアが「と、都市一つを支配済みでありんすか? 皆殺しにしたのではなくて!?」と驚愕し、アウラの「ほえ~っ。デミウルゴスって、やっぱ凄いんだね~」といった声も聞こえる。

 その驚きの輪にモモンガも加わりたかったが、彼はギルド長。NPCらが至高の御方と崇める存在の中にあって、取りまとめ役を担う身なのだ。

 

(落ち着け、俺! それとなく、それとなく確認するんだ! 本当に今、どうなってんの!?)

 

「静粛に! して、デミウルゴスよ。お前に対し、多少の注文を付けた上で『良きに計らえ』と命じたのは、つい先日のことである。にもかかわらず、すでに完了とは見事。ウルベルトさんも鼻が高いことだろう。そこで……支配完了に至った経緯をだな、他の守護者達に説明するのだ。それは後学のためでもある。ゆえに、わかりやすく……な?」

 

 頑張れモモンガさん! その調子!

 最近、幻聴がよく聞こえるような気がするが、今のは弐式炎雷の声だろうか。

 モモンガは小さく頭を振ると、デミウルゴスを注視した。デミウルゴスは胸に手を当て深々と一礼している。一々格好いいのが何とも羨ましい。

 

「承知しました。アインズ様。では、皆もよく聞いてくれたまえ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 過日、モモンガから『まずはエ・ランテルから支配せよ』との勅命を受けたデミウルゴス。

 彼が最初に行ったこと。それはエ・ランテル都市長、パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの寝室に深夜乗り込み、巧みな弁舌を以て彼を心酔、服従を誓わせることだった。

 

「え? <支配(ドミネート)>とかを使わずにでありんすか?」

 

「そうだよ、シャルティア。彼は人間にしては中々に出来る人物でね。幾つかの政策論議をしたら、すっかり協力的になってくれたさ」

 

 ハッハッハッと笑いながら言うデミウルゴスは、余裕綽々である。前述したが、デミウルゴスは組織運営能力ではアルベドに劣るのだ。それでも、この結果。必死で平静を取り繕うモモンガであったが、開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 

「ふ、ふむ。なるほど。事の始まりからトップを狙うか……。なかなかのものだ。しかし、それだけではないのだろう?」

 

 それだけではない…というのは、モモンガのはったりである。

 一都市の都市長を信服させたからと言って、直ちに都市支配につながるわけではない。という程度なら、モモンガでも理解できるのだ。パナソレイだけ支配し、翌朝「エ・ランテルを丸ごと、誰々の支配下に入れる!」と告知させたとしても、彼が狂人扱いされて都市長の座から引きずり下ろされるだけだろう。

 しかし、モモンガの気が回るのは、そこまでだ。

 では、どうやって都市全体の支配につながるのか。それを考え出すと、途端にモモンガの脳は白紙に戻るのだった。

 これはヘロヘロや弐式に、建御雷達も同様らしく、呻ったり力なく頭を振っていたりする。ただ一人、タブラは平然としているようだが、こちらは興味深そうにデミウルゴスを見ているだけだ。

 

(マジで解らないんだって。教えて! デミウルゴス先生!)

 

「御明察、恐れ入ります」

 

 主人達の混乱に気づかないデミウルゴスは、モモンガに向け再び恭しく一礼する。

 そして彼の解説が再開された。実のところ、強者としての圧迫感に物を言わせた部分はあるのだが、デミウルゴスにとっては些細なことだ。パナソレイは市民の安全を願っていたが、ゆくゆくはモモンガら、至高の御方の臣民となる者達である。そして、ナザリック地下大墳墓の維持費用……その収穫畑でもあるのだ。請われるまでもなく大事に扱うつもりでいる。

 王国軍どころか、それが敵対国たるバハルス帝国の軍と合同して押し寄せたところで撃退が可能なのだ。

 そこを理解して貰ったことで、ようやく都市長は服従を約束したのだった。

 

「ちなみに、彼に対する監視は万全です。あとは王都から派遣された一部貴族や、幅を利かせている大商人。このあたりで特に汚職にまみれて居る者。他では有力なヤクザ者ですかね。それらを、都市長の協力の下でピックアップ。更に、その者達からも、同業他者を『推薦』して貰いました。こちらについては、少し『教育』を施したうえで支配下に置いています。多少の拒食症を発症しておりますが……ま、許容範囲かと」

 

「う、うむ……」

 

 異形種化したままのモモンガであるが、右頬を汗が伝って落ちたような感覚を覚えている。

 いったいどんな『教育』を施したと言うのだろうか。

 モモンガが思うに、パナソレイ都市長も相当に怖い思いをさせられたはずだ。

 そこに加わるデミウルゴスの教育……。

 

(うん。考えるのをやめよう……)

 

 きっと知らなくて良いことなのだろう。パナソレイより酷い目に遭ったのは悪事を働いた者だけらしいし、きっとこれで良いのだ。

 

「デミウルゴス。少し、いいかな?」

 

「はっ! タブラ・スマラグディナ様! なんなりと!」

 

 デミウルゴスがタブラに向き直って一礼する。タブラは「長いからタブラで良いよ。他の皆もそう呼んでくれていいからね」と前置きし、首を傾げた。

 

「都市長と都市の有力者を、表裏共に支配したのはわかったよ。だが、都市を支配下に置くというのは、相当無茶な命令を強制できる……と、そのレベルに至って初めて言えることだ。都市民達はどうするのかね? モモンガさんから聞いた話では、冒険者組合や魔術師ギルドといった組織もあるそうじゃないか。取るに足りない強さではあるが、彼らが一々反抗していたのでは『支配』とは呼べないのではないか? 私は、そう思うんだがね?」

 

(「凄ぇ! 目の付けどころもだけど、あんなにスラスラ喋れるとか。さすがタブラさんだ!」)

 

(「いや、建やん。話の内容に注目しろよ。タブラさんの心配事が残ったままなら、テロとかサボタージュの心配をしなくちゃいけないんじゃね? 都市長とか支配してるのがバレたらの話だけどさぁ。……あ、バレなくても無茶したらサボられたりするのか」)

 

 建御雷と弐式がヒソヒソ話をしており、近くに居たモモンガには聞こえていたが、モモンガは会話に加わらず内心で頷くにとどめている。

 

(ちょっと立ち位置が遠いし。でも弐式さんの言うとおりだよな。デミウルゴス、どうする気なんだろ?)

 

 モモンガ達の心配を余所に、デミウルゴスはニンマリ笑った。

 

「それら御指摘の点につきましては心配御無用です。当面、エ・ランテルを支配下に置いたことは秘密事項といたします。その上で、ナザリックへの現金供給ルートはヤクザ者からの徴収とし、様子を見つつ商人からも献金させましょう。先のヤクザ者達を経由することになりますがね。その他では、一部貴族に様々な便宜を図らせます。こういったことに関し、本来であれば都市長が目を光らせておくべきなのですが……」

 

 その都市長がデミウルゴスに協力的なのだ。

 つまり現時点、都市民や冒険者組合に目を付けられるようなことをしなければ、エ・ランテルはナザリック地下大墳墓に対する維持資金……その供給源になったも同然だった。

 

「如何でしょうか。タブラ様?」 

 

「悪くないね。及第点と言っていい。念のために確認しておくが……。我らナザリックの支配下に置く以上、都市民の生命財産には直接手出しはしないのだろうね? 犯罪者達の管理は重要だよ?」

 

「勿論です。ヤクザ者達には多少の示威行動はともかく、直接的な暴力行為は自衛以外では禁じております。まあ、闇賭場などは、そのままやらせておりますが」

 

「ふむ……」

 

 ここでタブラは、玉座のモモンガを見ている。

 

「モモンガさん。私が思うに、今聞いたデミウルゴスの方針で良いと思います。特に問題点は見当たりませんし。あったとしても後で修正が利く範囲でしょう」

 

「そうですか……。ヘロヘロさん達は、どう思われますか?」

 

 モモンガはヘロヘロ達に確認したが、特に意見を言う者は居なかった。と言うよりも、聞きたいことは、タブラが聞いた状態だったのである。

 

「よろしい。デミウルゴスよ、よくやった! 我らナザリックの者は、とかく外部の者を弱き者、取るに足らぬ者と軽視しがちだが……お前の支配方針は、そこから一歩踏み出したものだ。そうとも、ナザリックに臣従する者は、すべからく平穏な生活を得るべきである。本当に良くやったぞ、デミウルゴス!」

 

 手放しで褒めちぎっているが、言葉の中で「従ってくれる外部の人に乱暴なことはするなよ?」という意味を込めている。

 

「ありがとうございます! アインズ様!」

 

 尻尾をブンブン振っているデミウルゴスを見て、モモンガは大きく頷いた。そんなに無茶をするでもなく、この短期間で都市一つを現金供給源にしてしまうとは。

 

(デミウルゴス、恐ろしい子! てゆうか、ここまでの成果を出されたら、デミウルゴスにも褒美が必要だよな~……何にしようかな)

 

 そのようなことをモモンガは考え出すのだが、デミウルゴスの報告は、まだ終わってはいなかった。

 

「そして、アインズ様。別件になりますが、エ・ランテルに関連して報告があります」

 

 モモンガ達は顔を見合わせる。

 

 まだ、あるんですか?

 

 代表してモモンガが問いかけたいところだが、気合いと根性で堪えて続きを促した。

 

「フム。聞こう」

 

 デミウルゴスが言うには、パナソレイ都市長と幾つかの打合せをした際、もっと有力で有能な貴族を紹介できないかと要求したらしい。その際、パナソレイは幾つかの名を挙げていたが、その中でデミウルゴスが目を止めた者の名、それが……。

 

「レエブン侯?」

 

「エリアス・ブラント・デイル・レエブン、というのがフルネームです。王国には六大貴族と呼ばれる者が存在し、その中でも国王の派閥と貴族の派閥を行き来する……蝙蝠と渾名される男ですが……」

 

 パナソレイに拠れば有能であることは間違いがなく、腹芸がこなせる程度には人が練れているのだとか。

 

「現在、そのレエブンなる者に、パナソレイの筋からつなぎを取っております。身分が違いすぎますが、パナソレイは帝国との紛争地帯に近い都市の都市長ですので、無碍にはできないかと」

 

 デミウルゴスは、レエブン侯の次は大臣格の者達に手を伸ばし、続いて王子や王女……最終的には国王へ到達するつもりで居るらしい。

 

「私が直接出向いて脅すなりすれば、事は簡単なのですが。臣従する者、皆が震え上がって頭を垂れるというのは、アインズ様や他の至高の御方の好むところではないと考えました」

 

 普段であれば「愚考いたしました」となるが、モモンガ達の意を汲んで……ということなので言葉を選んだらしい。

 

「そ、そのとおり! 性急に動いては事をし損じるとも言うしな。積み重ねが大事だと私は思うぞ? そうだ。そのレエブンが貴族の中でも上位の者なら、一度呼んで、ナザリック地下大墳墓の地権についても話し合いたいところではあるな。いや、そういったことは、もっと下位の者が良いのか?」

 

 なるべくそれっぽいことを言う。そのつもりで考え考え話していたモモンガであったが、気がつくと玉座の間が静まりかえっていた。もっとも、モモンガとデミウルゴスの会話であったので、モモンガが喋り終えてデミウルゴスが反応しなければ、それで場は静かになるのだが……。

 

「ど、どうした? 私が何か変なことでも言ったか?」

 

「い、いえ。滅相もありません! 確かにナザリック地下大墳墓は、転移後世界の者からすれば突然に出現したもの。人間どもの法律においては、地権の問題が発生するでしょう。そう遠くない日に交渉役が訪れるはず……。恐らくはバハルス帝国からも……。これは……恥ずべき不覚。万死に値します!」

 

 頭を下げたデミウルゴスが、早口で申し開きをしている。

 最初、何を謝ることがあるのかと思って聞いていたモモンガだが、徐々にデミウルゴスの言いたいことが飲み込めてきた。

 デミウルゴスは王国の法律について熟知していたものの、ナザリック地下大墳墓の地権が係争案件になるとは思っていなかったらしい。

 

(人間ごときの法律で~……とか。栄えあるナザリック地下大墳墓について、権利を主張するなどおこがましい……とか。そんな感じか)

 

 ナザリックに所属するNPCらが有する共通認識……人間種への蔑視から生じたミスというわけだ。デミウルゴスを擁護するとしたら、エ・ランテルに関しては想定していた成果を収め、一歩進んでレエブンと交渉しようとしている状況。それを報告して至高の御方達に褒められ、舞い上がっていたのであろう。

 

(気持ちはわからないけど。そうなるのは理解できるかな。でも釘だけは刺しておくか……)

 

「デミウルゴスよ。勉強になったであろう。弱き者、愚かな者が多い。だからと言って全ての人間を軽んじていてはいかん。その者達の法律やルールもだな。幸い、大事に至る前に認識できたことだし、今回は不問にする」

 

 お説教して、あとはサッと流して終わり。

 また死を以て償うとか言い出されては堪らないのだ。

 一応、左右を確認すると、タブラ達は皆が頷いている。アルベドは何か言いたそうだったが、タブラが何も言わない以上、口を挟む気はないようだった。

 しかし、デミウルゴス本人は、どうやら納得がいかない様子だ。しきりに処罰を……と繰り返している。

 そこでモモンガは、一計を案じた。

 

「それほど罰して欲しいのならば、こういうのはどうだ? デミウルゴスよ、お前がエ・ランテルで成した功績は大だ。レエブンと交渉する準備を進めているのも素晴らしい。これは先のシャルティア達に勝るとも劣らない。よって私は褒美を考えていたのだが……それを無しとする。これでデミウルゴスに対する罰は決定だ。以後、異議申し立てを私は認めない」 

 

「しょ、承知いたしました……」

 

 胸に手を当てて一礼するが、デミウルゴスの尻尾が力なく垂れている。

 見れば見るほど可哀想。とはいえ、今の話題を引きずりたいとも思わない。

 モモンガはタブラの方を見ると、デミウルゴスがつなぎを取ろうとしている貴族、レエブン侯について相談した。

 

「タブラさん。せっかくですし、そのレエブンという人にナザリックへ来てもらいたいですね」

 

 モモンガが考えたのは、なるべく上位の人にナザリックの強さ、素晴らしさを知って欲しいというものだ。そうすることでナザリックの地権問題を穏便に解消しつつ、協力態勢……できるならば資金援助して貰える間柄に持って行きたい。その辺りの関係性を踏み台に、王国支配へ繋げる手もあるのではないか。

 

(うん! 我ながら、これは良い手だぞぉ!) 

 

 しかし、聞かされたタブラの思うところは少しばかり違っている。

 

「ええ。良い考えだと思います。圧倒的な財力に戦力。ナザリック地下大墳墓を見せれば、嫌でも納得するでしょう。デミウルゴスの言う恐怖に依らない……も捨てがたいですが、せっかく呼びつけるのですし? ここで心を折ってしまえば、私達に従った方が得であり、幸せだと思ってくれるでしょう」

 

「え?」

 

(いきなり、そこまでやっちゃうの? 接待して良い気分で帰って貰って、良い印象を与えるとかでいいんじゃないの?)

 

 だが、タブラはこの機会に一つでも多くの成果を求めているようだ。

 

「六大貴族と言っても、デミウルゴスの報告からすればピンキリのようですし。レエブン侯は、どうもピンの方ですね。ならば、心から臣従して欲しい……と。まあ、そんなところです。ドンと派手に出迎えて押し切っちゃいましょう」

 

 その後、地権問題が『縄張り争いのようだ』という観点から建御雷も会話に加わり、弐式が「何なら、俺が行って調べて来ようか?」と自分を親指で示したりする。ヘロヘロは、「やはり戦闘メイド(プレアデス)が勢揃いしてると見栄えがいいですねぇ」などと言っていたが、モモンガは聞かないふりをした。普段であれば同調してはしゃぐところだが、今は僕達の目があるのだ。なお、これらモモンガ達の会話を、アルベド以下のNPCらは実にホッコリした気分で見つめ、聞き取りしていたのは言うまでもない。

 そして、そういった時間にも終わりが訪れる。

 

「んアインズ様! そろそろ夜明けが近づいております。カルネ村にお戻りになった方がよろしいのでは?」

 

 パンドラズ・アクターが敬礼しつつ進言してきたのだ。

 彼のデザインやオーバーアクション。それはNPC作成時にモモンガが『格好良い』と信じて設定したモノであったが、今こうして見ると……やはり恥ずかしい。過去の自分に、他人に見られることを考慮しろと説教してやりたいぐらいだ。

 

(……当時は誰かに見て貰いたくて、ウキウキしながら設定したんだっけな~……)

 

 若干遠い目になりつつも、モモンガはパンドラに対して返事を行う。人に話しかけられて相手を無視するのは、社会人として失格なのだ。

 

「う、うむ。もうそんな時間か。さすがに夜が明けて以降の行動まで、ドッペルゲンガー任せにはできないな。夜が明けてペテルやエンリ達が訪ねてきたら、細かい仕草で違和感を持たれるかもしれない。……戻るとしますか、弐式さん。それとルプスレギナ……」

 

 指名したのは自分のパーティーメンバーの二名だ。ヘロヘロ班のセバスとソリュシャンに関しては、ヘロヘロに一任する。他は平常業務に戻る……と言ったところだろう。

 しかし、ここで挙手する者が居た。

 弐式炎雷である。

 

(うっ……)

 

 先程、円卓の間で似たような流れがあった。その時、手を挙げたのも同じ弐式であり、酷い目に遭ったモモンガは嫌な記憶が甦っている。

 だが、弐式の発言は「少しだけ時間を貰ってナーベラルと話したいんだけど。いいですか?」というものであり、彼がナーベラルをペストーニャに預けていたことを知るモモンガは快諾した。

 

(そうかぁ。弐式さん、ナーベラルのことが心配なのかぁ。俺のことばっかり女性問題で弄んでくれちゃって。このネタで弐式さんを弄れないかなぁ……なんて。うん?)

 

 気がつくと挙げられている手の位置が変わっている。

 弐式は既に手を下ろしてナーベラルの元へ向かっているので、今挙がっている手は……ルプスレギナのものだ。視線が弐式を追いかけていたので、ナーベラルの近くで並んでいるルプスレギナが挙手していることに気づいた……のだが。

 

(何だかニコニコしてるな。悪い報告や申立ではなさそうか?)

 

「ルプスレギナ。何かあるのか? あれば、聞くが?」

 

「お許しを得て申し上げます」

 

 ルプスレギナは一礼してから話しだした。

 それは、守護者統括のアルベドについてのことだ。最近のアルベドは、ナザリック地下大墳墓の運営管理に忙殺されている。ナザリックの僕としては、至高の御方に尽くすことが至上の喜びであるが、アルベド本人は以前、モモンガの外出に同行することを希望していた。

 

「アルベド様は、アインズ様をお慕いになっています。時にはアインズ様と外出してもよろしいのではないでしょうか?」

 

 ほう?

 

 この声はギルメン全員からあがっている。

 それは、ナーベラルに話しかけようとしていた弐式も同様であり、少し驚いたようにルプスレギナを見ていた。居合わせたNPCらなどは、至高の御方に対して、その様な申立は……と眉をひそめるセバスやユリ。やるじゃない! と感心した様子のアウラやソリュシャン。自分自身ならともかく、選りによってアルベド!? と驚愕するシャルティアなど様々である。

 一方、名前を出されたアルベドは、モモンガの右隣で一瞬ニンマリとし、すぐさま清楚な表情に戻していた。ただし、腰の黒翼はパタパタと動いており、その様子は幾人かに目撃されている。

 ちなみにモモンガは、向かって左斜め前方の戦闘メイド(プレアデス)列、その中のルプスレギナに注目していたため、右隣で立つアルベドの翼の動きは目撃していない。

 

「うむ。確かに、アルベドにはナザリックのことを丸投げしたままであるな。アルベドよ。お前の忠勤、大いに感謝している」

 

「もったいない御言葉です。アインズ様……」

 

 この時になってモモンガの視線はアルベドへ向けられたが、既にいつもの状態へ戻っていたアルベドからは何の違和感も覚えなかった。

 恭しく一礼するアルベドに対し、モモンガが頷いている。と、ルプスレギナが更なる発言をしてきた。

 

「アルベド様の御意思もあるかと思いましたが、私としても思うところがありまして、勝手ながら進言させていただきました。この罰は……」

 

「いや、罰とか、そういう話ではないな」

 

 モモンガは左掌を差し向けてルプスレギナの発言を遮ると、右隣で立つアルベドに確認する。

 

「ルプスレギナに言われたから……では、少々情けないものがあるが。私としては、アルベドと共に外へ出てみたいと思っている。しかしながら、アルベド自身の意思はどうだ? そして、ナザリックの運営管理について、何か支障はあるか?」

 

(わたくし)の意思は、アインズ様と御一緒したい……ただ、それだけです。ナザリックの運営管理面につきましては、数日程度でしたら問題はないかと。ただし、(わたくし)の代行を務める者が必要となりますが……」

 

 アルベドが返答し、それを受けたモモンガはフムと唸って下顎に手を当てた。

 

「パーティーメンバーへの加入は構わないだろう。元々、後からメンバーチェンジが可能なようにギルド登録しているからな。今は現状のパーティーメンバーにて行動中であるから、一度、エ・ランテルに戻ってからということになるか。アルベドの代行については……パンドラズ・アクター」

 

「はい! アインズ様っ!」

 

 玉座の左脇からテンションの高い声が聞こえる。

 あまり見たくないなと思いつつ、モモンガは目の端でパンドラに確認した。

 

「お前、暫くだがアルベドの代わりに執務を取り仕切れるか?」

 

「お任せください! とはいえ引き継ぎには、少々お時間を頂きたく……」

 

「う、うむ。当然のことだな」

 

 お時間を頂きたく……と立ったままのパンドラが身を寄せ、モモンガは玉座に座したまま反対側に身を逸らす。

 しかし、アルベドの代行としては問題がないようだ。

 

(俺の心にザクザク斬り込んでくるけど。こいつ、使えるな~)

 

 モモンガは、自分で作ったNPCながら感心してしまう。だが、見た目と挙動は今なお大きなマイナス要素だ。と言っても今更作り替えるなど、それが可能だとしてもモモンガの良識が許さない。よって、このまま我慢するしかないのだろう。

 

「引き継ぎには、どれほどの時間がかかる?」

 

 このモモンガの問いに、パンドラとアルベドは玉座を挟んで視線を交わした。もっともパンドラの目の部分は漆黒の穴だったが……。

 

(わたくし)としては一日あれば充分かと……」

 

「ぅ私もアルベド様と同意見です! んんァインズ様!」

 

 左側のみ、やたらと五月蠅い。

 人化していたなら顰めっ面になっていただろうモモンガは、アルベドの方を向いて頷いた。

 

「よろしい。先程も言ったが、私は今の依頼を遂行しなければならない。二、三日は出たままなので、一日と言わず余裕を持って引き継ぎをするがいい」

 

「「はっ!」」

 

 玉座の左右で二人が頭を垂れる。

 こうしてルプスレギナの進言から始まった、アルベドのモモンガ一行への加入は決定事項となった。いや、解決しなければならない問題点が残っている。

 アルベドの角と腰の翼。

 これをどう誤魔化すかだ。

 鎧……ヘルメス・トリスメギストスを着用していれば腰翼は鎧に隠れ、露出した角は装飾の一部だと誤魔化すこともできるだろう。しかし、せっかくアルベドを外へ連れ出すのに四六時中、全身鎧の姿で居ろというのはあまりにも酷だ。

 人化アイテムを装備させることも考えたが、それだと大幅に弱体化してしまう。ならば、強者ないしプレイヤーに見破られるのを覚悟の上で、幻術を使うことも……。

 

「いっそのこと、開き直ってみてはどうです?」

 

 ヘロヘロがアドバイスしてきた。

 デミウルゴスから聞いた話では、この世界において人間種は弱小種族で、亜人やモンスターの勢力の方が強いとのこと。

 人間種から見れば亜人は敵対種族だが、一部では人間種と交流する亜人部族もあるらしい。

 

「以前から組んでる亜人女性なんです! で押し切っちゃえばいいんですよ!」

 

「そ、それは……」

 

 それじゃ、まだ幻術を使って少しでも隠す方がマシだ。

 そう思うモモンガは少しばかり引いたが、彼にとっては意外なことに、このヘロヘロ案をタブラが後押ししたのである。

 

「モモンガさん。私は良いアイデアだと思いますよ? そもそも玉座の間で配備されてたアルベドは、かつての一五〇〇人侵攻の時でも戦闘参加していませんからね。容姿や名前などは、ほぼ外部に漏れていません。この世界の亜人事情も好都合です。下手に隠して、バレたときに誤魔化すことを考えるなら、いっそ角とか晒して歩けば良いんですよ。それに……私の娘についてウダウダ言うような奴は、ぶっ飛ばしてしまえば問題ありません」

 

(いや、問題ないわけないでしょ! 何言っちゃってるの、タブラさん!)

 

 いつになくタブラが過激だ。ヘロヘロのアイデアで引いたモモンガは、このタブラの発言によって更に引くこととなった。

 しかし、ありのままの姿でアルベドを連れ歩けるというのは魅力的だ。

 確かに問題点は残ったままである。だが……ヘロヘロとタブラの言葉が、モモンガの背をグイグイと押していた。

 

「そう……ですね。その線で行ってみますか」

 

 基本的には、別のグループで傭兵として活動していた女戦士……アルベドが、都合によりモモンガのパーティーに転入してきた。そういうことにする。

 

「装備は……聖遺物級(レリック)で纏めるとしよう。パンドラとデミウルゴス。この世界の戦士系職の装備情報を元に、見た目は派手すぎないが立派……というところに落ち着いた品を探し、アルベドに見繕ってやってくれ。宝物殿の武器庫から持ち出して構わない」

 

「承知しました! アインズ様!」

 

「承知しましたっ! んんァインズ様っ!」

 

 デミウルゴスとパンドラズ・アクターが声を揃えて一礼する。

 ……一部揃ってない部分があったが、モモンガはスルーして頷いて見せた。

 その後、<転移門(ゲート)>による野営地への移動を半時間後とし、玉座の間は一時解散となる。

 タブラは、一息つくべく映画鑑賞に向かい、弐式はナーベラルを連れて、別室へと移動。

 建御雷はコキュートスを伴い、第六階層の闘技場へ。ヘロヘロは「メイド達の顔を見たいので、出発は明日にする」とのことで、ソリュシャンを連れて食堂の方へと姿を消している。なお、馬車移動に関しては満喫した様子であり、再出発時は<転移門(ゲート)>使用で、一気に王都近くへ飛ぶつもりのようだ。

 その他、パンドラズ・アクターとデミウルゴスは、アルベドの装備を探すため、宝物殿へと移動している。

 アウラには、ナザリックの隠蔽作業を終えていたマーレを付けて、近くの森……トブの大森林の調査をするよう、モモンガが命じた。なお、アウラには、ナザリック地下大墳墓正門脇に受付棟を設置するようにも併せて命じている。モモンガ的には、簡単に放棄できるログハウスで良かったのだが、凝り性のタブラが「私が素材を提供しますから、ナザリックの外観にあったイイ感じので行きましょう。客を宿泊させる設備なんかもあれば良いですね!」と主張し、誰も反対しなかったので、そこそこ設備の整った建物が建てられることとなる。

 取りあえず、作業に取りかかるのは夜が明けてからだとモモンガが指示したことにより、アウラ達は第六階層の自分達の住居へ戻ったようだ。

 残りの戦闘メイド(プレアデス)達については、ユリに連れられてメイド部屋へと移動している。ルプスレギナが、モモンガに同行して再び外へ行くことになるため、モモンガの許しを得て同僚達と休憩(お茶会を兼ねた業務連絡及び報告会)をするらしい。

 退室時、ルプスレギナは心の中で「イシシシシ! アルベド様を気遣う心優しいメイド美女の演出いただきっす! アインズ様の好感度、更にゲットっす! アルベド様、ごちになります!」と、ほくそ笑んでいたが、無論、声には出していないので、モモンガやアルベドには知る由もないことであった。

 そして玉座の間には、玉座に座したモモンガと右隣で立つアルベドが残るのみとなる。

 ……。

 暫し、沈黙の時が流れた。が、やがて耐えきれなくなったモモンガが咳払いをする。

 

「あ~……アルベドよ。出発の時まで時間がある。少し、話でもしようではないか」

 

「はい! アインズ様!」

 

 輝かんばかりの笑顔。

 見とれてしまったモモンガが我に返るのは、固まった彼を心配して、アルベドが何度か呼びかけた後のことであった。

 




王国ルートって感じでしょうか。
裏から支配しきって、後でドカンと表に出る感じ……になるのかな。
ウェブ版であった辺境候の王国版になるかは未定です。

デミウルゴスのエ・ランテル支配については、強引適当も良いところですけれど
まあ、あんな感じということで
実際に可能かどうかは別として、デミウルゴスなら何とかしちゃうかな~と。

アルベドを同行させることにしました。
理由は……ルプスレギナのヒロインポイントが加算されすぎたこと。
ここらでモモンガさんと同じ場所で出番増やさないと……。

本作は、この辺りから原作ルートから離れていく感じです。
とはいえ原作であった幾つかのイベントは拾いたい気もします。

ちなみにヘンリエッテとアネットの元ネタは、

『吸血鬼』(原題:Vampyr)
ヘンリエット・ジェラルド(マルグリット・ショパン役)

『血とバラ』(原題: Et mourir de plaisir) 
アネット・ヴァディム(カーミラ役)

から頂きました。 

<誤字報告>

ARlAさん、Mr.ランターンさん、ゲオザーグさん、ありがとうございます

皆さんには、いつも感謝しております
前にも書いたけど誤字報告機能、マジ便利


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第27話

 第九階層、弐式炎雷の私室。

 以前にユグドラシルを引退してから、異世界転移を経て久しぶりの入室である。

 薄暗い部屋の内装は、基本的には和風だ。入ってすぐ土間があり、板間の中央に囲炉裏がある。壁には刀や手裏剣が飾られ、他に掛け軸や木製箪笥など。

 それなりにそれっぽく作られている。

 妙な言い回しであるが、これには理由があった。最初にあてがわれた部屋が洋風だったことで難色を示した弐式が、ヘロヘロ等に頼み込み、模様替えをしたのである。壁板や板間等の装飾データは弐式が課金して取り寄せ、すったもんだの末にでっちあげたのだ。

 ゆえに、『それなりにそれっぽく』と言った風情なのである。

 もっとも、苦心の末に作り上げた忍者部屋の出来に、弐式自身は大いに満足していた。

 

「もう一室、奥に畳の間があるが……今となっちゃ布団を敷いて寝るぐらいにしか使えないな。他は元のままで、アイテム類の収納に使ってる程度かな。まあ、入ってくれ」

 

 そう言って弐式は、セバスに断った上で連れ出したナーベラル・ガンマを自室へと連れ込んだ。

 

(これがヘロヘロさんなら、「さあ! ソリュシャン! 二人で布団の感触を確認しますよーっ!」って、なるんだが……) 

 

 脳裏で異形種化したヘロヘロが「心外です! まあ、言いますけどね」と言ってる姿が浮かんだが、軽く頭を振って掻き消す。

 先行して入った弐式は、ナーベラルに靴を脱ぐように言うと、入口(入るときは洋風ドアだが、閉めると引き戸に変貌する。)とは反対側……つまりは囲炉裏の奥側に座った。荒縄を編んで作った円形座布団は、弐式お気に入りの一品だ。

 そして弐式の対面側に、ナーベラルが座る。

 戦闘メイド(プレアデス)として与えられ装備していたアーマー類は、アイテムボックスへと収納しており、今の彼女は一般メイドとそう変わりない服装となっていた。

 

「さて、ユリたちと積もる話があったろうが、連れ出して悪かったな」

 

「いえ! 弐式炎雷様が悪いことなど!」

 

 軽く頭を下げた弐式を見て、ナーベラルが軽く腰を浮かせるが、弐式は良いから座ってろと彼女の動きを制している。

 

「何から話したもんかな。……ペスから再教育を受けてたはずだが、どうだ? 少しはナザリック外の人に対して、きつい態度取らなくて済むようになったか? 最低でもメイドの業務として対応することは可能か?」

 

 言いつつ、弐式は囲炉裏に木の枝等を投じて着火した。暖を取るためではなく、揺らめく炎を楽しむため。発熱度はメモリゼロにしてある。

 意図的に照明機能を操作し、薄暗くした部屋。

 胡座をかく弐式に対し、正座しているナーベラルは、囲炉裏の炎に顔を照らされながら口を開いた。

 

「出来るようになった……とは思います。自身の心持ちとは別に、ナザリックのメイドとして振る舞えること。それが出来るのであれば、ナザリック地下大墳墓の外だろうと中だろうと、相手が人間であろうと。親しく対話することは難しくはないはず。そうペストーニャ様が……」 

 

「言ったか……」

 

「はい……」

 

 短く答えたナーベラルが頷く。

 己の心を殺して、成すべきを成す。

 それは弐式が憧れた『忍者』に似た心構えだった。

 

 パチパチパチ、パチン……。

 

 囲炉裏で木の枝が爆ぜ、火の粉が上方へと舞い上がる。

 それらは単なるエフェクトであり、SEに過ぎない。

 そのSE以外は聞こえない、ある意味で静まりかえった室内で……弐式が呟くように問いかけた。

 胡座の両膝をグッと掴み、上体と顔を前に出す。

 

「ナーベラル……。人間をどう思ってる?」

 

下衆な下等生物(クサギカメムシ)です」

 

 ……。

 

 パチパチパチ、パチン……。  

 

 再び囲炉裏の中で木が爆ぜる。

 

「……前と、な~んも変わってない気がするぞ?」

 

 驚きや怒りを通り越し、平坦な声になった弐式が問うと、ナーベラルはキリッとした顔のまま答えた。

 

「今のは私の本心です。ただ通常は、このような本音を封じ、場を(わきま)えた発言が可能となっています。概ねですが……」

 

「そ、そうか。そうなの……か?」

 

 姿勢を戻しつつ弐式は呻る。

 僅か数日、預けてから時間がそうたってないのに、ナーベラルが外部運用可能になるとは……。

 ペストーニャ、恐るべし……。

 

(と言うか、どんな再教育をしたんだ?)

 

 弐式がナーベラルを再教育のために預けた際、ペストーニャからは荒療治となる上、一切合切を彼女任せにすることが可能かどうかを聞かれた。これに対し、弐式は二つ返事で了承している。

 その後、必要なアイテムをペストーニャが用意しようとしたので、「それぐらいなら俺が用意するよ」と弐式が用立てたのだが……。

 

(最初は、ペスが俺の似顔絵を用意しようとしたんだっけ。で、それを描く前に、「乱暴な扱いをして、破壊して処分することもあり得るが。それが許されるかどうか……」って、しつこいぐらい、俺に確認してきたんだよな……)

 

 無論、弐式の答えは「不敬とか気にしないでいいから。好きなように使い倒してくれ」だ。

 ナーベラルが少しでもマシになるなら、自分の似顔絵がどうなろうと大した問題ではないのである。ただ必要スキルが無いためか、ペストーニャの画力に問題があった。見かねた弐式が有り余る器用さをもって、ペスの要望を取り入れ用意したのが……全高五〇㎝、デフォルメ弐式くん人形である。

 当初、似顔絵の扱いが乱暴になると聞いていたので、弐式くん人形も酷いことになると弐式は思ったが、やはり許容範囲だ。ちなみに弐式関連のアイテムが『似顔絵』から『人形』にグレードアップしたことで、ペストーニャは一層不敬さを気にかけ、しつこいぐらいに大丈夫かと確認してきている。

 

(いいんだよ、俺のことなんか別に。ナーベラルのためなら……って、やっぱり人形を壊したのか~?)

 

 事前の会話からするに、ペストーニャはナーベラルの再教育にあたって、弐式くん人形を乱暴に扱い……破壊したのだろう。正直に言えば、気分的に微妙ではある。

 だが、それを承知で手製の人形を渡したのだから、今更文句を言う気はない。弐式はグッと堪え飲み込んでおく。

 では、再教育のカリキュラムとは、如何なるものだったのか。そこを弐式がナーベラルに確認したところ、囲炉裏向こうのナーベラルは正座のまま小刻みに震えだした。

 

(……いったい、どんな風に使ったんだ!?)

 

 ナーベラル曰く、目の前に人間の男女(ナーベラルには知らされていないがドッペルゲンガー)を連れてこられ、ひたすら対話演習をしていたらしい。ただ、少しでも『失礼』が生じた場合。ペストーニャがナーベラルの目の前で、弐式くん人形を『使用』したのだとか。

 

「……弐式炎雷様の人形を抱きしめたり、撫でたり、頬ずりしたり、高い高いしたり……」

 

「それ、人形を愛でてるだけじゃないか?」

 

 ペストーニャ、何やってんだ。

 乱暴に扱うとか破壊するとか、処分するとかは何処へ行ったのか。

 思わずペストーニャに対する認識を改めそうになった弐式だが、聞くところによれば、再教育開始の頃、ペストーニャはナーベラルの不出来に歯を食いしばり、断腸の思いが犬面なのに見てわかるほどだったらしい。

 しかし、弐式くん人形を抱きしめたり、愛でたりすると見る間に沈静したのだとか……。

 つまりは、それが目的で当初は似顔絵を描こうとしたのである。

 

(作った人形を有効活用してくれてるようだけどさ。そんなに、そんなにナーベラルのポンコツぶりがストレスだったのか! 辛い思いさせたなぁ……ペス。マジ、ごめんな)

 

 ストレス。ペストーニャの奇行を好意的に解釈した弐式は、改めてナーベラルの話を聞く。何でもペストーニャが人形に何かするたび、ナーベラル自身も猛烈なストレスを感じていたらしい。

 この世に一つしか存在しない、弐式くん人形。それを上司格(戦闘メイド(プレアデス)のリーダーはセバスだが)とはいえ、自分以外の女性が愛でているのだ。

 

「ペストーニャ様の挙動一つで、私の生命活動が停止しそうでした」

 

「憤死しそうだったってこと? なにそれ怖い……」

 

 人形一つで大げさな……とは思うし、何ならナーベラルにも作ってあげて良いと弐式は思っている。ペストーニャに渡した弐式くん人形に一手間加え、スーパー弐式くんを作るのもいいだろう。

 

(あ、これって褒美扱いになるのか? だとしたら何か功績や成果がないと……)

 

 さしあたり、ペストーニャから再教育完了の報告を受け、外に連れ出したナーベラルが外部運用に問題ないことがわかれば……と言ったところだろうか。だが考えてみれば、それはナーベラル以外のNPCであれば、ほぼ普通にできることなのだ。

 あのシャルティアでさえ、幾つか条件付きではあるが怒りを抑え込みつつ外部の者と接することが可能なのである。

 

(不公平ってことに、なりかねないかぁ?)

 

 ナーベラルは弐式の制作NPCなので、無条件で可愛がっても文句は出ないだろう。だが、今回のケースでは弐式は『えこひいき』を感じて躊躇っていた。

 

(取りあえず実績とか成果だ。モモンガさんに、ナーベラルも連れて行っていいか相談してみるかな……)

 

 弐式は下顎を掴み……と言っても、今は異形種化しているので布越しの顎はツルッとした手触りだが……思案する。

 冒険者パーティー『漆黒』は、多人数による変則構成。ナーベラルを増やすのも、弐式とナーベラルだけで別行動を取るのも問題はないはずだ。ナーベラルの再教育さえ終われば、連れ出すのは大丈夫だろう。モモンガも反対はしないはず。

 

「問題は、それほど名声もない俺達が、一人や二人で依頼を受けられるか……だなぁ。いや、漆黒の剣の人たちと組んでるみたいに、他のパーティーに便乗すればいいのか? ……うん?」

 

 気がつくと囲炉裏向こうのナーベラルが、ジッと弐式を見ていた。

 微かに微笑むような……いや、瞳も優しげな雰囲気をたたえている。

 

(え? なに? その慈しむような表情……)

 

 そう言った面持ちで見られると、異形種化しているとは言え照れくさい。何しろナーベラル・ガンマは、弐式炎雷が萌えと理想のすべてを注ぎ込んで作成したNPC……今では、生きた一人の女性なのだから。

 

「ど、どうかしたか? ナーベラル?」

 

「い、いえ……」

 

 声をかけられて我に返ったのか、ナーベラルは頬を赤く染めながらうつむいた。

 

「その……こうして、弐式炎雷様のお部屋で……二人きりで、お話しができる日が来るだなんて……。まるで夢のようです」

 

「そ、そうか……」

 

 嬉しく思うが、返す言葉が思い浮かばない。

 こんなとき何と言えばいいのだろう。どう行動すべきなのだろう。

 弐式は、まだ合流できていないギルメン……ペロロンチーノに脳内で救いを求めた。

 浮かび上がった翼人(バードマン)の胸像は、グッとサムズアップして次のように述べる。

 

『ヤッちゃえばいいんですよ! エロゲーのお約束です!』

 

(相談する相手を間違えたな……)

 

 再びナーベラルに目を向けると、少し驚いたような仕草を見せた後、ニッコリと微笑みを返してくる。

 

(美人の好意的な微笑みヤベェ。押し倒(ペロロンチーノ)してしまいそうだぜ。ゲームキャラとしちゃ、氷の眼差しで蔑まれるのが萌えなんだけど。現実だと、こっちのが良いよね~)

 

 この後の弐式は、モモンガによって呼び出されるまで、ナーベラルとの取り留めもない雑談に興じるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一方、玉座の間でも雑談に興じている者達が居る。

 玉座に座したままのモモンガと、その右傍らで立つアルベドだ。

 冒険者パーティー漆黒の剣が居る野営地に戻るまで半時間ほど。黙っているのも精神的に苦痛だったので、ぎこちなくモモンガから話しだしたのだが……今ではアルベドと談笑するに到っている。

 これは、モモンガが女性と話し慣れしているのではなく、アルベドがサキュバスとしての話術を駆使しているのだ。つまり、会話しやすい空気作りしつつ、モモンガが返答に窮するようなことを言わず、逆に語りやすいように話題を振る。

 時折、アルベドの淫望メーターが振り切れそうになるのだが、その都度、精神が停滞し、理想的な形で冷静さを保っていた。

 

「そうかなるほど。確かに、転移後のナザリックの点検はアルベドに任せきりだったからな。各施設の視察もしておくべきか……」

 

「はい。その際は、(わたくし)がアインズ様を御案内いたします」

 

 本来、モモンガやギルメン達に『各施設の案内役』というものは必要ない。このナザリック地下大墳墓は、モモンガ達が入手し、手入れを行い、今の形にまでしたのだ。逆に……。

 

「はははっ。それを言うなら私がアルベドを案内する……だな。ナザリック内の各所は、その施設設置の経緯を含めて私の方が詳しいのだからな。……ん? そうすると、これは……施設巡りデートになるのか?」

 

「デート!? (わたくし)とアインズ様がですか!? こっ……。……光栄です」

 

 ですか!? の時点で腰背面の黒翼が広がったが、すぐに畳まれる。

 精神の停滞化が発生したのだろう。

 しかし、アルベドはニコニコしている。我が身に生じている状態は、以前に彼女自身が言ったように気にしていない様子だ。

 それをモモンガは申し訳ない気持ちで見ていたが、アルベドもタブラも気にしなくて良いと言っている。だから、いつまでもモモンガが気にしていては、二人の気持ちが無駄になるだろう。

 

(いい加減、俺自身の気持ちを整理しないとな。てゆうかさ……俺、今、普通にデートとか言っちゃった?)

 

 転移前の現実(リアル)におけるモモンガ。すなわち鈴木悟では、ありえない発言だ。

 今現在、モモンガは悟の仮面を着用しておらず、死の支配者(オーバーロード)の状態である。人としての素ではないため、普段言えないこともサラッと言えた……と言ったところだろうか。

 

「う、うむ。そうだな。アルベドの都合が合えばだが。……どうだろうか?」

 

「い、いつでも! ……いえ、都合に関しては可能な限り」

 

 いつでも準備はできている的なことを言いかけたのだろう。だが、やはりアルベドは一旦間を置いてから言い直している。

 

(また停滞か。俺がやったことだが……。ああ、違うな……)

 

 モモンガは再び申し訳なく思いかけたのを思い止まると、話題を変えた。

 と言っても色恋事から離れるつもりではなく、しかし、その方面の話題を一気に進めるのは元来の恋愛ヘタレ根性が邪魔をする。なので、今後のアルベドが冒険者活動に同行する際のことから話を振ることにした。

 

「時に……。外部で活動する私達に同行する件だが。アルベドは、人間を下等生物だと思っているんだったな?」

 

「もちろんでございます。アインズ様。彼の者達は、かつて身の程知らずにもナザリックに侵攻してきた輩。至高の御方に対する不敬な存在でしかありません」

 

 プレイヤー一五〇〇人規模の侵攻戦。

 第八階層において相手側壊滅という形で撃退したが、モモンガ達ギルメンにとっては誇らしい記憶であるも、NPC達にとっては苦い記憶でしかないらしい。

 

(外部の者を嫌う……。取り分け人間種を蔑視してるのは、その辺が理由なのかな……)

 

 人間種をまとめて全部毛嫌いするのは行きすぎだと思うが、上手い説教のしかたがモモンガには思いつかなかった。

 

「ふむ。ふむ、そうか。しかし、お前を外部へ連れて行く以上、ナーベラルのように振る舞われるのは困るぞ?」

 

「十分に承知しております。アインズ様達に、恥をかかせるようなことはしないと誓います」

 

 アルベドはモモンガに対し身体ごと向き直ると、深く一礼する。

 その大きな胸に手を添えると、彼女は付け加えた。

 

「もしも不始末をしでかした場合には、この命を捧げて償わせて頂きます」

 

 これは、相手が至高の御方……ギルメンである場合。ナザリックのNPCたちがよくする言い回しだ。

 自らの生命に重きを置いていない事を強く認識させられるので、これを聞いて嬉しく思うギルメンは今のところ存在しない。

 正直なところ、モモンガだけでなく他のギルメン達も辟易していたが、そうあれかしと創造されたNPC達だから強く言ってやめさせることもできない。

 従ってモモンガ達は、程度の差こそあれ、微妙な思いを抱えながら聞き流すしかないのだ。

 そのはずだった。

 ところが、今のアルベドの発言を聞いてモモンガの胸に生じた感情がある。それは簡単に言えば苛立ちに類するものだろう。

 これまでの……少なくとも、タブラと合流する前までのモモンガであれば、その苛立ちが何なのか理解できなかった。だが、今は理解できている。自分が行った設定改変をアルベドが受け入れ、創造主のタブラに到っては事情を承知の上で、アルベドとモモンガの仲を認めているからだ。

 アルベドに対する負い目の軽減や、タブラの許しを得ていることによる遠慮の無さもあるだろう。

 だから、一瞬間を置いてからモモンガは、傍らのアルベドを見上げ……言った。

 

「アルベドよ。私は、この世界に転移してから、意思を持って喋り行動するお前達を見てきた。その中で感じたことがあってな……」

 

「と、仰いますと?」

 

 モモンガの暗い眼窩で、赤い灯火が揺らめく。

 

「お前達の忠誠心の高さだ」

 

「ありがたきお言葉です」

 

 褒められたと認識したアルベドが頭を下げようとするが、モモンガは右手を挙げることで制した。まだ、言いたいことの半分も喋っていないからだ。つまり、本題は褒めることではない。

 

「しかし、だ。そんなお前達に対し、不快に思うことがある」

 

 モモンガの眼差しの先にあるアルベドの顔。それが苦悶に歪む。言っているモモンガの胸も痛んだが、これは言わずにはいられない。いや、今この時に言っておくべきことだ。

 一瞬、モモンガの脳裏を、カルネ村でロンデスを勧誘するときに口を挟んだナーベラル。そして、直後にナーベラルを森へ連れて行った弐式炎雷の姿がよぎった。

 

「それはな、事あるごとに! 軽々しく! お前達が『命を持って償う』だとか! 自身の生命を軽んじた物言いをすることだ!」

 

 言っているうちに腹が立ってきたせいか、語気が強くなっていく。

 モモンガは女性に、しかも好意的に思っている相手を怒鳴りつける。そんな自分にも腹が立っていた。

 恐らく人化していれば、目に涙を浮かべていただろうモモンガは一旦言葉を切ると、その機能は無いにもかかわらず大きく深呼吸をする。

 そして、恐怖のあまり固まり、小刻みに震えているアルベドを再度見た。

 

「アルベドよ。お前達は自らを創造した者達が、お前達を失ったときにどう思うか考えたことはあるか? 一々死ぬ死ぬと言われて、良い気がするとでも思っているのか?」

 

「も、申し訳……」

 

 震え声で口籠もるアルベドは、半泣きの状態である。

 その様を見て、一気に怒りや苛立ちといった感情が萎んでいくのを感じたモモンガは、嫌味に思われない程度を心がけて嘆息する。

 

「謝罪が欲しいのではない。以後気をつけてくれれば、それで良い。それと……言っておくが、アルベドよ。お前が自身の命を軽んじる言葉を吐くたびに悲しい思いをするのは、お前の創造主であるタブラさんだけではないぞ?」

 

「アインズ様?」

 

 アルベドの声に、怪訝そうに感じているであろう事が窺える響きが混ざった。それを聴覚で聞き分けたモモンガは、我ながら情けないと思いつつも視線をアルベドから逸らす。

 

「私だ。アルベドの私に対する思いは知っているし、お前も知っているだろうが……その、お前は、好みの真ん中を突く存在だからな。俺の方でも意識はしてるんだ。だからな、だから……」

 

 この先を言って良いのか……と、モモンガは思った。しかし、この二人きりでしか居ない状況が、この次いつ来るのだろうか。いや、セッティングしようと思えば自由自在だ。だが『その目的』で時間と場所を用意することから、モモンガは自分が逃げ出しそうな気がしていた。

 だから、今言うしかないのだ。

 

「俺が好きなアルベドには、もっと自分を大事にして欲しいんだ」

 

「アイ……ンズ様……」

 

 口元を手で押さえ、アルベドが目に涙を浮かべている。が、それは先程に見せていた恐怖と後悔によるものではない。歓喜からくるものだ。

 その状態は十数秒ほど続いたが、アルベドからの返事がないため、モモンガは恐る恐る確認している。

 

「好みがどうとかではなく『好き』と言ってしまったが……。め、迷惑ではないよな?」

 

 先述したとおり、アルベドの気持ちはわかっているのだ。それでも確認はしなければならない。何故なら告白したモモンガが不安だからである。

 

(結果は見えている。大丈夫だと思う。でも、万が一これで振られたら……俺はこの先一生、人化できないぞ! 恥ずかしさのあまり死んでしまう!)

 

 その場合、ギルメンやアルベド達が蘇生させるんだろうけどな……などと考えていると、アルベドがモジモジしながら口を開いた。

 

「め、迷惑だなんて……天地が引っ繰り返ろうとも、もう一度別の世界に転移しようとも。ありえないことです。アインズ様。(わたくし)のすべては、アインズ様に捧げ……あっ」

 

 恋する乙女然としていたアルベドが、驚きの声と共に口元に手を当てる。

 

「ど、どうした!?」

 

「いえ、その……先ほど、『命を捧げる』の失言でお叱りを頂いたばかりでしたので。その……」

 

 戸惑っているらしいアルベドは、口元に手を当てたまま、オロオロと視線を左右に振った。この仕草が何とも可笑しく可愛く感じたモモンガは、一瞬呆気に取られた後、大笑している。

 

「ふっはははっ……おっと、抑制されてしまったか……」

 

 アンデッド特性の精神安定化で気を取り直したモモンガは、玉座から立ち上がるとアルベドと向き合った。

 

「まあ、何だ。そういう『捧げる』は良いんじゃないかな。俺は嬉しく思ったぞ?」

 

「あ、ありがとうございます。ところで……アインズ様? 先程から御身の一人称が……」

 

 ほぼ普段の雰囲気に戻ったアルベドが指摘する。

 モモンガは人化の腕輪の効果により人化すると、照れ臭く感じていたことから頭を掻いた。

 

「ああ、知っているだろうが、素での一人称は『俺』なのでな。普段はギルメンと話すときのみで、僕に対しては『私』で通しているが……。『私』の方が良かったか?」

 

「い、いえ、そうではなく……」

 

 アルベドは今日何度目かの赤面状態となり、嬉しそうだが恥ずかしげでもある表情で視線を下げる。

 

(わたくし)にも『俺』と言っていただけるのは……何だか嬉しい気持ちです……」

 

「そ、そうか?」

 

 よくわからないモモンガは首を傾げたが、ふと思い立ったことがあったので提案してみた。

 

「……ふむ。そうだな。アルベドよ。こういう二人きりの時は、アインズではなくモモンガと呼んでくれていいぞ? その方が親しみが湧くのでな」

 

「……っ! は、はい、モモンガ様! そう呼ばせていただきます!」

 

 腰の黒翼が広がり、パタパタと動いている。余程嬉しいらしい。しかし、今のアルベドには精神停滞が起こった様子はなかった。モモンガのことで感情が昂ぶっているのに……だ。

 

(タブラさんから、いずれ設定改変が馴染んでいく……様な話を聞かされたけど。そうなっていくのかな……)

 

 だが、今のアルベドは、モモンガにとって非常に好みの女性である。それは容姿だけのことではなく、声も性格も言動も、ほぼ理想の姿だ。多少困ったところもあるが、それは生きた女性なのだから文句を言うべきではない。

 このままのアルベドを見守っていこう。この先もずっと……。

 

(俺でも、こんな風に真剣に女の人のことを考えられるんだなぁ……。でもこれ、後で思い出して絶対に恥ずかしいやつだ)

 

 それでも告白して振られて、一生恥ずかしさに悶えることを思えば百億倍もマシだろう。

 

(ああ、いいなぁ。幸せって気分が感じられて凄い……。アルベドの設定で『ちなみにビッチである。』が残ったまま、改変も無かったらどうなっていただろうか? あるいは『モモンガを愛している。』と完全に改変入力したらどうなっていたかな?)

 

 前者であれば、ビッチであるという設定が表面に出ていたかもしれない。

 後者だと、ヘロヘロが推測していたが、タブラの隠し設定である『モモンガを愛している』部分と重複し、愛が倍増以上に深まっていた可能性があった。

 どちらも想像するだに悪い予感がする。だが、今のアルベドを見ていると、そういった気分が消え去っていくのだ。

 人化した顔でモモンガはフッと笑い、アルベドに言った。

 

「ともあれ、これで『お友達』から『恋人同士』にランクアップかな?」

 

「こ、恋人同士ですか!? そ、そうですね! そうなんですよね! ふわああああっ」

 

 両頬を手で覆うアルベドは黒翼の動きが激しくなっており、そのまま舞い上がっていきそうである。その姿に苦笑しつつ、モモンガは続けた。

 

「タブラさんも言っていたが、恋人同士の間柄には、結婚後ではできない楽しさがあるらしい。暫くは、その辺を探求してみたいと思うのだが……どうかな?」

 

 ここから一気に結婚してゴールイン。というのは、さすがに腰が引ける。そういう情けなさもあったが、今言ったとおり、恋人関係を楽しみたいという気持ちもあった。何しろ、現実(リアル)では、鈴木悟に恋人は存在しなかったのだから。

 このモモンガの心境あるいは心理に気づいているのかどうか。アルベドは、胸に手を当てて微笑んだ。

 

(わたくし)も、モモンガ様と恋人として過ごしてみたいです!」

 

「そ、そうか。そう言ってくれるか……。いや、嬉しいな。本当に嬉しい……」

 

 喜びながら、モモンガは身体に浮揚感を覚えている。

 

(どうも自分は舞い上がっているらしい。アルベドではないが、このまま<飛行(フライ)>を使わずに飛んでしまいそうだ)

 

 今日のことは一生の思い出になるだろう。アンデッドである自分の一生がいつ終わるかは知れたものではないが……それでも、一生ものの思い出だ。

 何しろ、こんな自分に恋人……彼女ができたのだから。

 

「ふ、ふふ、ふはは……」

 

「ふふっ。くすくすくす……」

 

 玉座の間。モモンガとアルベドしか居ない場に、ほんわかとした空気が充満していく。

 数分後。アルベドの『お出かけ用装備』を持ち出してきたパンドラズ・アクターとデミウルゴスが戻ってくるのだが、入室してきた彼らを見たモモンガが、アタフタと不審な挙動を見せたことで、パンドラ達は顔を見合わせることになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドに用意されたのは、聖遺物級(レリック)の鎧一式と、意匠を凝らした大剣(クレイモア)だ。

 鎧はプレートメイルと呼ばれるもので、肩当てに、胸部と背中及び腹部を覆う胸甲。腰にも左右正面をカバーするアーマーが備わり、手足には手甲と足甲が装備される。

 更には薄手のチェインメイルも着込むこととなり、ここにヘルムとマントを追加すれば、アルベドの冒険者としての装備は完成だ。

 本来の主装備であるヘルメス・トリスメギストス……神器級(ゴッズ)の鎧とは比べるべくもない貧弱さではある。しかし、前述の鎧一式で複数の補助効果があり、防御部位が少なく思えるも、転移後世界の基準で言えば重装甲に見え、性能は遙かに上回っていた。

 

「も、アインズ様。どうでしょうか?」

 

 パンドラが宝物殿から持ち出してきた『簡易更衣室』で着替えたアルベドが、恥ずかしそうに出てくる。

 その際、危うく『モモンガ』と言いかけたようだが、即座にアインズと言い直していた。パンドラとデミウルゴス達も、「まだ言い慣れてないのかな?」と思った程度であるらしく、指摘する素振りは見せていない。

 着替えて装備替えしたアルベドはと言うと、これが中々に凛々しい。

 ほとんど肌の露出が無く、腕は長袖に脚部はズボン。腰の翼も鎧の中に隠されている。更にヘルムを装着すると、アルベドの頭部にある巨大な角が、ヘルメス・トリスメギストスのヘルムのように抵抗なく収まった。角自体はヘルム外に露出しているが、装飾の一部のようにも見えて違和感はない。驚くべきは、長く艶やかな頭髪が、ヘルム装着の動作に合わせて収納されたことだ。

 

「ヘルムにデータクリスタルを組み込んで、角及び頭髪の収納機構を付与しました! そして! 装備一式は黒色で統一しており、これで『漆黒』のパーティーメンバーとして加入しても違和感は無いでしょう!」

 

 パンドラが身振り手振りを交え、クルクル回りながら説明している。

 本来であれば、モモンガの羞恥心をえぐり抜いて背から貫通していくほどの挙動だが、不思議とモモンガは冷静だった。

 

(何故なら、さっき死ぬほど恥ずかしい思いをしたからな!)

 

 好きな女性に告白したときのことを思えば、黒歴史の言動など何ほどのこともないのだ。

 

「ぅ私とデミウルゴス様のコーディネートによってぇん! アルベド様の魅力に大幅な視覚的バフが……」

 

(うん。やっぱ恥ずかしいわ……)

 

 この黒歴史を受け入れられる日は来るのだろうか。

 一瞬、遠い目をしたモモンガは、アルベドに対して大きく頷いた。

 

「アルベドよ。似合っているぞ! なんと言うか、その……()れ……格好いい!」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 途中で口籠もったモモンガに対し、アルベドはヘルムの隙間から湯気を立ち上らせつつ礼を述べる。数秒ほど、二人はモジモジしていたが、それを見守るデミウルゴスはニンマリと笑みを浮かべ、パンドラは不思議そうに卵頭をククッと傾けるのだった。

 




 今回、終盤でアルベドに渡された『お出かけ装備』ですが。
 もちろんオリ設定なので原作には登場しません。
 ところが当初、表示を剣の表記をバルディッシュにしていました。
 これはアニメ三期の最終話で、アルベドが振り回していた長柄斧を剣だと記憶違いしていたためです。
 誤字報告では斧に変えた方が正しいとなっていたのですが、本気で戦うとなったら斧頭武器(バルディッシュ)を持ち出す演出にしたいので、お出かけ装備の方の武器は大剣とします。
 斧から斧に変えたのでは相手が首傾げるだけですし……て、それも面白いかも。
 なお、原作モモンの持ってるような大型ではなく、転移後世界では『普通サイズ』の大剣ということで。

 予約購入した青円盤で見直したら、普通にバルディッシュ持ってたのに。なんで剣だと思ったかな?
 ……『斧頭のような武器』&『モモンが持ってる剣が扇頭の大剣』だからな記憶が混ざったか……。

 <誤字報告>

ペリさんさん、ARlAさん。ありがとうございます。



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第28話

※御報告

実は24話でカルネ村に到着してるのをすっかり忘れてました
1~2日内ぐらいで28話は書き直します


 ナザリック地下大墳墓。第六階層、円形闘技場。

 そこでは真紅の和風甲冑に身を固めた武人建御雷と、彼の創造NPCであるコキュートスが対峙している。と言うより、互いに武器を持っての戦闘中であった。

 無論、敵対者同士としての戦闘ではなく、主と僕の手合わせである。

 ただし、建御雷の提案により特殊技術(スキル)及び回復アイテム使用は禁じられていた。すなわち、経験と剣技と体力での勝負となる。

 こうなると腕四本、ハルバードを二本腕で持ち、残った左右の下腕にそれぞれ剣を有するコキュートスが有利……のように思えるが、そうはならなかった。

 戦闘開始となって暫くたっても、コキュートスが有効打を出せないのである。

 二人とも、極近い間合いで武器を振り回しており、コキュートスなどは三つの武器を竜巻のように繰り出すのだが、これが建御雷に当たらないのだ。

 

(信ジラレン。私ト建御雷様ハ、同ジ100レベル。至高ノ御方トハ言エ、コレホドノ開キガアルハズハ……)

 

「グヌォ!」

 

 唸ると同時に、下腕の剣をクロスし右、左と斬りつけていく。左右からの攻撃を、建御雷が一本の刀で防ぐのは困難。であるなら、跳ぶか後退するところであるが、そこを狙ってハルバードを振り下ろすのだ。これらは、ほぼ一瞬のうちに行われたが、最初の左右斬りつけの時点でコキュートスの目論見は外れることとなる。

 建御雷の立ち姿がブレたかと思うと、左右からの斬りつけが彼の身体を擦り抜けたのだ。

 

(馬鹿ナッ!) 

 

 だが、コキュートスとてナザリックにあっては武器戦闘最強と謳われる存在。驚愕しつつも身体は動いた。しかも、事前に想定していた振り下ろしではなく、ハルバードが建御雷の胸高に達したところで、強引に止め、右に振り抜いたのである。

 これは先程、不可解な動きで攻撃を躱されたことを考慮しての攻撃だ。振り下ろしから強引に向きを変えることで、回避する建御雷に当たることを期待したのである。

 だが、これも当たらない。

 建御雷は最初、振り下ろしをコキュートスの向かって右方に躱そうとしたが、途中からハルバードが追従してきたので、バックステップにより回避。すぐさま前進して斬り込んできたのだ。

 

「ウ、ウォオオオオオオッ!?」

 

 コキュートスは振り抜いたハルバードを正面に戻しつつ、下腕の刀を左右で前に向けて構える。ともかく前進を止めなければ、いや建御雷を後退させなければならない。いったん、仕切り直しだ。

 その思いで繰り出した攻撃であり防御姿勢だったが、建御雷はヌルリとした動きでハルバードを躱すと、左右下腕の剣が繰り出される前に、コキュートスの懐に飛び込んだ。 

 

「お疲れさん!」

 

 ゴキィイイン!

 

 建御雷は刀の柄をコキュートスの側頭部に叩きつけ、僕の巨体を大きく吹き飛ばす。

 勝負は……それで決した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「マイリマシタ……」

 

 そう言って立ち上がるコキュートスを見ながら、建御雷は納刀する。

 こちらの世界に転移してきて、すぐに身一つで人間の山賊……死を撒く剣団と戦い、ブレイン・アングラウスとも戦ったが、まるで歯ごたえがなかった。

 せっかくユグドラシル・アバターの力を手に入れたというのに……。ガッカリすること、おびただしい。

 だが、ヘロヘロらと合流し、モモンガとも再会。その後にコキュートスを見たとき、これだ……と建御雷は思ったのである。

 コキュートスなら、今の自分がどれだけ戦えるか計れるんじゃないか……と。

 結果としては望んだとおりとなった。

 コキュートスはブレインを遙かに凌駕する戦闘力を見せ、しかし、それを建御雷はことごとく上回ったのだ。

 

(ユグドラシルでなくなっても、俺は……強い!)

 

 今後は後から来るであろう、『彼』に勝てるよう研鑽を積み、強化アイテムをガンガン作成する。ブレインから習った武技というのも重要だ。聞けば、武技は多くの種類があるという。それらも覚える必要があるだろう。

 もっと、もっと強くなるのだ。

 

現実(リアル)じゃ道場を閉める羽目になって、日雇い労働みたいなことしてたが……。ここなら、俺は何処までも高みを目指せる! たっちさんとの再戦が楽しみだぜ!)

 

 親から継いだ道場を駄目にしたのは忸怩たる思いがある。が、こっちの世界に来てしまい、この半魔巨人(ネフィリム)の身体になった以上、自分は生まれ変わったと建御雷は認識している。

 外に出れば空気が澄んでいるし、食い物は山賊が出す飯だって美味かった。

 この最高の環境でギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を楽しみつつ、強くなろう。

 そう考えているところへ、コキュートスが歩み寄ってきた。

 

「サスガハ武人建御雷様。私ノ及ブトコロデハアリマセン」

 

 なんとなく、ショボンとしているのが素振りからわかる。そこに可愛らしさを感じながら、建御雷はクククッと笑った。

 

「今はそうだろうがな。この先はわからねぇぞ?」

 

「コノ先……デ、ゴザイマスカ?」

 

 コキュートスが頭部をグリンと傾ける。どうやら首を傾げたらしい。

 

「そうともよ」

 

 さっきも考えたが、この世界にはユグドラシルになかった武技などがある。探せば未知のアイテムだって有るかもしれない。それらを使い、鍛錬に精進も重ねて、もっともっと強くなるのだ。

 

「オ、オオオッ! ソノトオリデス! 武人建御雷様!」

 

「我ながらフルネーム(なげ)ぇ! 建御雷でいいから! でな、お前もどうにかして外へ……」

 

 徐々に気を取り直し、興奮の面持ちとなっていくコキュートスに、建御雷は思うところを語り続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「くふふふっ! そうだ! モモ、アインズ様と御一緒できるのなら、アイテム整理をしなくちゃ! 申し訳ありませんがアインズ様? 少し席を外しても?」

 

「え? あ、うん。いいよ、行って来……ではなく、かまわないとも!」

 

 つい素の口調が出かけたのを気合いで支配者口調に変え、モモンガはアルベドを送り出す。この支配者口調は、モモンガが『偉そうかつ威圧的に聞こえる』ことを意識して使用しているのだが、今のところNPC達には好評である。合流を果たしたギルメンらからは、「格好いい」とか、「どこから、そんな渋い声出してんですか」などと言われているが、こちらも評判は悪くない。

 

(でもな~……)

 

 NPC達は支配者然とした振る舞いを好む。

 そこを気をつけてモモンガは演じているのだが、元がただの営業サラリーマンであるため、精神的な負担は大きい。

 

(俺、そろそろキツいかな~。今、アルベドにフランクな物言いをしかけたけど。完全に素で行動しちゃ駄目だろうか? でも、NPC達に失望されたら困るし……)

 

 と、このようにモモンガは考えていた。しかし、ギルメンが相手の時は素で話しており、その姿は既にNPCらに幾度となく目撃されている。今更、多少素で話したところで、失望されることはないのだ。

 そのことにモモンガが気づくのは、果たしていつのことになるか……。

 

「ん?」

 

 アルベドが退室したのは知っていたが、いつの間にかデミウルゴスの姿がない。

 実はアルベドの退室時、デミウルゴスは「では、アインズ様。私も業務に戻ります」と一礼し、玉座の間から退室していた。ちゃんと一言、アインズに、断って、退室していたのである。 

 

(ぐっ……。気がつかなかった……。俺、アルベドしか見てなかったの? すまん、デミウルゴス。俺は社会人失格だ~)

 

 客観的に見ても浮つきすぎだ。アルベドと良い仲になってから、そう時間はたっていないというのに。これはいったい、どうしたことだろう。

 

(俺……もうちょっと、ちゃんとした奴だと思ってたんだけどなぁ。恋人できた途端に、これかよぉ~)

 

 男一匹、鈴木悟。いや、今では死の支配者(オーバーロード)のモモンガ。人生で初めての春に戸惑うばかりであった。

 ところで、そのモモンガの戸惑いを上乗せする『物体』が、玉座の間には残っている。

 モモンガの創造NPC、パンドラズ・アクターである。

 

「え……と。何か、私に用なのか? 何故残っている?」

 

 問いかけたところ、パンドラは踵を鳴らして敬礼した。

 

 ずどぶしゅ!

 

 モモンガの胸に、シャルティアの清浄投擲槍に似た何かが突き刺さる。

 

「とくに退室を命じられておりませんでしたのでっ! それに!」

 

 パンドラは、両肘を突き出すように腕をクロスし、その場でクルクル回り出した。

 

「ちょ、うぐ、おま……やめ……」

 

 モモンガは精神ゲージどころかMPまで減りそうな感覚を覚え、それを止めさせようとする。しかし、その前にパンドラは、モモンガに相対する向きで動きを止めた。

 

「ぅ私、アインズ様にお願いしたき儀がございまして!」

 

 左手は胸に添えるだけ。胸は若干反らし、掌を上に向けた右手は高らかに、斜め上方へと掲げられていた。

 

「げふ、かはぁ……」

 

(こいつ、この短時間で俺を何回殺せば気が済むんだ!)

 

 今のモモンガは悟の仮面を装着しているが、その下では異形種化した状態である。よって一連のパンドラによる『精神攻撃』により、幾度も精神の安定化が生じていた。

 アンデッドの身になって気づいたが、精神安定化の連打はキツい。いわゆる賢者モードにはなるものの、燻るような精神的ダメージが続くからだ。

 

(途中で人化しようかと思ったけど、心臓発作起こして死にそうだし。怖くて人間になんかなれないよぉ!)

 

 とはいえ、パンドラズ・アクターはモモンガが作成したNPC。モモンガが責任を持って対処しなくてはならない。

 

「願いたい儀? いったい、何のことだ?」

 

「実はですね! 宝物殿の領域守護者! その任には大変満足しておりまして! しかしながら、この身の創造主たるアインズ様から、何かこう直々の御命令を賜りたいのです!」

 

 ビシィ! とポーズを決めるのを目の当たりにし、モモンガは自分自身がビシィ! と岩のように固まった気がする。

 

「じ、直々の命令か……」

 

 ……。

 

『じゃあ、そのまま宝物殿に戻って二度と出てくるな』

 

 一瞬、酷も極まる命令が、モモンガの脳裏でテロップとして流れていった。

 が、流れただけで口に出しはしない。

 モモンガ自身、自分の若気の至りを理由にパンドラを邪険にするのは、それはそれで申し訳ないと思っているのだ。

 

(今からでも作り変えられるなら、そうしたいとも思ってるけどな!)

 

「で? 直々の命令だったな?」

 

「はい!」

 

 弾むような声。モモンガにはパンドラの軍服の、尻の部分から猫の尻尾が生えているのが見えたような気がした。

 

(ブンブン振ってる感じのな! なんで愛玩動物系の萌えムーブなんだよ!) 

 

 ちなみに、猫が尻尾を振るのはイライラしている場合である。なので、モモンガが幻視した『嬉し尾振り』は、彼の記憶違いからくるものだったりする。

 それにしても直々の命令とパンドラは言うが、何をさせたものだろうか。

 アルベドがナザリック外に出ている時は、デミウルゴスと協力してナザリック運営を代行すること。これは既に下命してある。

 その他と言えば、すぐに思いつくのはモモンガ達の冒険行に同行させることだろうか。

 可能ではある。アルベドをナザリックへ戻したときに、彼女と交代させれば良いのだ。

 

(……俺と一緒じゃなくて、ヘロヘロさんのところへ放り込む手もあるか)

 

 あるいは単独にて、別所で何かさせた方が良いのではないか。効率的には、その方が良いはず。

 

(例えばアーグランド評議会、いや評議国……だっけ? そこへ送り込んで調査させるとか。そうだな。ギルメンが向かってない国に送り込むのも良いかもしれないな) 

 

 そうなると、何処へ送り込むかが重要になるだろう。自画自賛だがモモンガにとって、パンドラはナザリックNPCの中でも高性能な方に入るのだ。

 その挙動と言動は別にして……。

 ただ、いつまでも邪険にするのは可哀想であるとの気持ちはある。ルプスレギナやアルベドを連れ歩くのに、パンドラは駄目。というのも、なんだかよろしくない。

 

「適当に変身させて同行させるのもあり……なのかなぁ」

 

「ぅ私を同行させていただけるのですかぁ!?」

 

 我知らず呟いた声。ここまでのパンドラと交わした会話レベルのボリュームよりも、格段に小さい声だった。なのにパンドラは聞き取ったらしい。立ち位置こそ変わらないが、ずいっと上半身を前に出し、対するモモンガは玉座の背もたれに身体を押しつける。

 

「うあ、あ~……その、なんだ。時々、たまには、極まれにだな。アルベドを連れて行くのは、近日中になるだろうから。私と同行させるのは順番的にアルベドの後……つまり、時間的な間隔が必要だ。後日、都合の良い日取りで……ということになるな」

 

「おおおっ!」

 

 いつ連れて行く……ではなく、考えておく……に近い物言いだったが、それでもパンドラは嬉しいようだ。その喜び様は、モモンガに新たな罪悪感を抱かせている。

 

(ぐぬ……。実際に同行させるまでの間、何か命じてやらせておくか?)

 

 適当な雑用ではなく、ナザリックの役に立つこと。それこそ先に考えた、他国の調査でも良いが……。

 

(それを今やらせると、遠くへ追いやった感が半端ないんだよな。ナザリック内や近辺で出来ること……。今、必要なこと……)

 

 必死で考えたところ、モモンガは巻物(スクロール)の備蓄に不安があることを思い出していた。巻物は使用する素材次第で、第十位階魔法ですら封入可能。封入時こそはMPを消費するが、使用時はMP消費がない。更に言えば、必要な職業さえ有していれば、レベルが足らなくても高位魔法が使用可能となる。

 そんな便利アイテムだが、作成のための素材は有限だ。ユグドラシルからナザリック地下大墳墓ごと持ち込んだ素材は大量にあるが、使えば無くなっていく。

 

(そうだ! タブラさんに頼んで、転移後世界の素材で巻物(スクロール)が作れないか研究して貰おう。パンドラにも手伝わせれば、効率良いはず!)

 

 パンドラズ・アクターはギルメンの姿に変身でき、その能力の八割を行使可能だ。生産職のギルメン……あまのまひとつの姿を取らせれば、今考えた様に効率は向上することだろう。

 

「パンドラズ・アクターよ。お前に任せたい重大任務がある!」

 

「おお!」

 

 色めき立つパンドラを、モモンガは右掌を突き出して制した。

 

「任せたいのは、巻物(スクロール)作成に適した現地素材の発見。そして、現地素材を利用した巻物(スクロール)の開発だ。この件はタブラさんを主導で進めたいが、お前の変身能力が大きく役立つことだと判断した」

 

 ただし、ギルメンを動員しての事業になるため、近日中にギルメン会議を開催し、その場で議題としてあげるのだ。

 

「おそらくは採用されると思うが、私が一人で決めて良いことではないのでな。それで、かまわないな?」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神の望みとあらば)!」

 

「ぐはぁあっ!?」

 

 敬礼しつつ高らかに述べられた決め台詞。

 それはパンドラズ・アクター作成時に、モモンガが「最高に格好良い」と思って定めた物だ。しかし、今となっては胸をえぐる黒歴史でしかない。

 

「あのう……アインズ様?」

 

 黒歴史を吐きつけた黒歴史(パンドラ)そのものが、様子を窺ってくる。玉座にてグッタリしているモモンガは絞り出すように命令した。

 

「ど、ドイツ語は控えてくれ。いや、封印だ。いいな?」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 その後暫くたって、モモンガ達はカルネ村の借家へ戻ってきている。

 カルネ村の滞在中の借宿としていた家では、三体のドッペルゲンガーがモモンガの姿を見るなり駆け寄ってきた。

 一瞬、何かあったのかと思ってモモンガは身構えたが、至高の御方が戻ったことで御前にて控えるべく駆け寄ったのだとか。そのことを跪いたモモンドッペルから聞かされ、モモンガは苦笑する。

 

転移門(ゲート)から出て最初に見えたのが、玄関口から最初の部屋……台所兼食卓(ダイニングキッチン)で立ち尽くすドッペルゲンガー三体だったんだよな~。いや、ビックリしたわ~。だって、俺と弐式さんとルプスレギナの見た目したのが、俯き気味に並んで立ってるんだもん)

 

 ホラー映画さながらの光景だ。

 タブラなどが見たら、喜んだかもしれない。

 

「御苦労だったな。私達が戻るまでに何か異変はなかったか?」

 

「はっ! 昨晩から今にかけ、この家に近づいた者はおりませぬ!」

 

 返答したのは弐式ドッペルだ。気合い満々であるが、弐式の姿で跪かれると微妙な気分になる。もっとも、隣で立つ本物の弐式は「お~。俺が跪いてる姿って、こんな感じか。結構格好いいじゃん!」などと呟いているのだが……。

 ともかく、無事に過ごしていてくれたのなら上出来だ。モモンガはひとしきりドッペルゲンガー達を褒めると、<転移門(ゲート)>を発動して彼らをナザリック地下大墳墓へと送り返している。帰る間際のドッペルゲンガー達は、転移門(ゲート)の暗闇に姿が消える瞬間まで何度も振り返っており、その姿がモモンガにとっては印象的だった。

 

「さて……」

 

 転移門(ゲート)を閉じたモモンガは弐式を見る。

 

「さすがにもう寝ている時間は無いですね」

 

「その辺はリング・オブ・サステナンスでカバーしましょうか。あれなら飲食睡眠が不要で……いや、俺とモモンガさんなら、異形種化すればオーケーだよな?」

 

 下顎を掴んで天井を見上げる弐式。彼が言うとおり、モモンガはアンデッドであり弐式はハーフゴーレムだ。モモンガは完全に、ハーフの弐式は限定的にだが、飲食や睡眠を欠くことのデメリットが生じない。むしろ、この場でそこが問題になるのは……。

 

 ジィッ……。

 

 モモンガと弐式の視線が、ほぼ同時にルプスレギナへ向けられた。

 

「な、なんすか!? お二人とも……」

 

 相手が至高の御方二名なので、ルプスレギナは動揺したような素振りを見せる。

 

「ルプスレギナ。お前、リング・オブ・サステナンスは装備しているか?」

 

「え? あ、ハイ。モモンガ様。必要あって睡眠を取るとき以外は、装備したままです!」

 

 そう言ってルプスレギナは、左手の中指にはめられた指輪をモモンガに見せた。

 

「ふむ、確かに。ならばこのまま寝ないでも大丈夫ですかね?」

 

 モモンガの呟きに弐式が頷いたことで、後は朝になるまで待つこととなる。

 この後の予定は、ンフィーレアの薬草採取の護衛だ。彼に付き従って森の奥へ行き、余裕があれば薬草採取を手伝う。  

 

(薬草取りか……。元の世界じゃ、森自体が壊滅状態だったからな。これは楽しみだぞ!)

 

 護衛依頼ではあるが、これはある意味で『薬草のプロの引率で、薬草採集しながら森を散策する』のようなものだ。

 仕事それ自体はしっかりこなすつもりであるが、モモンガは期待に胸を膨らませるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「やっぱり駄目なのか……」

 

 そう言ったのはモモンガであり、彼は今、木の根元を前にしゃがみ込んでいる。

 目の前にあるのは、ンフィーレアが言うところの『なかなか良い薬草』だ。そう彼が、手に持った薬草を示して教えてくれたのだから、同じ草で間違いない。

 ところが……見覚えたのと同じ薬草を発見したというのに、それを採取できないのだ。手を伸ばすと意識が混濁し、気がついたらスカッと掴み損ねているのである。

 

(昨日もそうだったけど、マジで薬草が採れない。やはり、特殊技能(スキル)が無いと薬草採取できないのか!? いや、サンプルで見せて貰ったのと同じ薬草だぞ!?)

 

 以前にも似たようなことが合った気がする。

 しかし今回は、ンフィーレアがおり色々とレクチャーして貰ったのだが、やはり駄目だった。

 

「なんか……つ~ま~ん~な~い~」

 

 モモンガは子供のように口を尖らせ、文句を言う。では、同じユグドラシルプレイヤーの弐式はどうだろうか。彼は今、モモンガのすぐ脇でしゃがんでいるのだが……。

 

「ほい、ほいっと。割りと簡単だな!」

 

 モモンガの目には、その辺で生えてる草にしか見えない薬草。それらを弐式が次々に見つけて掴み取り、片っ端から手提げ籠に放り込んでいる。

 

「弐式さん……薬草採取、できるんですね?」

 

「いやほら、俺は忍者だし? 探索役(シーカー)的にレンジャー特殊技能(スキル)とか持ってるからさ」

 

 ゲームで定め、時には課金して取得した特殊技能(スキル)。それが、こうも役に立つとは。ちなみにルプスレギナも薬草採取が可能なようで、そのこともモモンガが落ち込む一因となっていた。

 聞けば「ニオイでわかるっす!」とのこと。

 

(あ~あ~、そうですか。俺だけ役に立っていないとか、マジか……) 

 

 モモンガがふて腐れながら適当に草を毟り出すと、弐式は肩をすくめて薬草採取を再開した。だが……その弐式の手の動きが不意に止まる。

 

「おっ? 南の方で生命反応を感知……。モモンさん?」

 

 弐式が呼ぶので、モモンガは立ち上がり彼に歩み寄る。

 

「モンスターですか? エンカウントしそうだとか?」

 

「いんや。森のあちこちに配置した分身体からの情報なんだけど。どうも、そいつ……森の賢王らしいんだわ。ガゼフさんより強いかも……」

 

 森の賢王とは、今居るトブの大森林の……その南側を縄張りとする大魔獣だ。姿を見た者はほとんどおらず、挑んだ冒険者パーティーが幾つも壊滅させられている。もっとも害ばかりの存在というわけではなく、魔獣の縄張り近くにカルネ村があり、魔獣を恐れたモンスターが村に近寄らないという効果をもたらしていた。

 ただ、モンスターはともかく、人間の武装集団などは、魔獣の気配を気にすることなくカルネ村を襲撃したのであるが……。

 

「こっちへ来そうですか?」

 

「いえ、眠ってる。イビキが聞こえてるそうです……。で、どうします?」

 

 森の賢王についての情報はンフィーレアから聞かされていたが、カルネ村の対モンスター防衛の観点から生かしておくのが望ましいとも言われている。

 放って置いても良さそうだが、ひょっとしたら魔獣の気が変わって村を襲うかもしれない。

 

「そうですねぇ。……弐式さん、ちょっと提案があるんですけど?」

 

 モモンガは、おびき寄せて力で屈服させることを思いついていた。

上手く支配できれば、森の賢王を従えているということで、冒険者パーティー漆黒の良い宣伝になるかもしれない。ある程度の宣伝効果が見込めたら、森に帰してカルネ村を守らせるのもありだろう。

 それらの事を弐式に説明したところ、弐式は賛成しながらも苦笑する。

 

「弐式さん? どうかしました?」

 

「いやね、モモンガさん……」

 

 肩を揺すって笑いを堪える弐式は、面をまくって人化した顔……その口を手で覆いながら次のように言った。

 

「大魔獣なんですけど。見た目が幌馬車ぐらいもあるジャンガリアン・ハムスターだって言ったら……信じます?」

 




<ボツ原稿>
説明しようとしたのだが……。
「あれ? ンフィー、居たの?」
 驚くべき事実が発覚した。
 なんとエンリは、今この瞬間までンフィーレアが居ることに気づいていなかったのだ。
 後日、冒険者パーティー漆黒の剣のリーダー……ペテル・モークは、当時のことを次のように語っている。
「いやあ、あの凍りついた空気は酷かったですね。自分はバレアレさんを馬車の右前から見てまして、彼の横顔が見えてたんですけど。引きつった笑顔が固まって……。いや、エンリさんが悪いんじゃないと思うんですよ。何と言うか、その……巡り合わせが悪かったんじゃないですかね?」
 ともあれ、数十秒ほどかけて再起動したンフィーレアは、自分が薬草採取のため、冒険者を雇ってエ・ランテルから来たこと。そして、翌日には再びエ・ランテルに戻ることを説明した。
「あ、ああ! いつものあれね!」
 エンリの方でもマズいとは思ったらしい。ことさら笑顔となって、ンフィーレアに馬車を空き地に入れるように言っているが、モモンガの目から見てもンフィーレアは落ち込んだままだった。

・・・・・・・・(ここまで)・・・・・・・

というもので、これだとモモンガのエンリに対する心証が悪くなるし
ンフィーレアのモモンガに対する反感も大きくなるので
バッドエンドしか見えず
本文のように書き直しました。

 
<誤字報告>

ニドラーさん、yomi読みonlyさん、血風連さん、ARlAさん

ありがとうございます。


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第29話

 トブの大森林、その南側を支配する大魔獣。

 森の賢王と呼ばれるそれが、見た目はジャンガリアンハムスターだと聞いたモモンガは目を丸くする。

 

「何とも、それは……。……はったりの利かない容姿ですね」

 

 場所が森で『賢王』と言うのだから、モモンガは漠然と樹木のモンスター……トレントであるとか、オランウータンっぽい魔獣を想像していたのだ。

 モモンガの感想を聞いた弐式は苦笑したが、更に分身体によって探らせたところ、大きさは人の背丈を超えて幌馬車に迫る程度。尻尾は緑のウロコに覆われた鞭状になっているとの新情報を得た。

 レベル的には三〇強で、戦って勝つのは容易だろう。

 

「やはり捕獲して、宣伝材料にするのが良さそうですね」

 

 そう決めたモモンガは、せっかくなので皆の見ている前で倒すこととした。これが例えばモモンガ一人とNPC一人の編制だったなら、他の手立てを考えただろう。だが、今の彼には弐式が居る。ルプスレギナだって居る。

 正面からパーティーとして対決してみたいと思ったのだ。

 そう、これはモモンガの中では紛れもなくPVP、あるいはイベント戦なのである。

 

「おっし! じゃあ、俺の分身体を使って誘き出しましょう。口の利ける奴だといいんだけどなぁ……」

 

 そう言って弐式は分身体へ指示を飛ばした。

 弐式が言うことも、もっともだとモモンガは思う。森の賢王と言うぐらいだから人語を解せるだろうが、もしも話が通じないなら……。

 

(アウラがビーストテイマーの特殊技能(スキル)を持っていたはずだから、彼女に預けて調教するのもありだな)

 

 今頃、アウラはトブの大森林の調査を行い、ナザリック地下大墳墓の正面に受付棟を建設する任務を同時進行中のはず。呼び寄せて手伝わせても良かったろうが、弐式が居るので呼ぶほどのこともないとモモンガは判断していた。

 

(部下の能力を見極めて、複数仕事を割り振る。上司としての腕の見せどころだ。加減を間違えて全体が滞るとか、馬鹿の見本だものな。気をつけないと……)

 

 更に十数秒ほど経過し、弐式が「誘き寄せる準備はできました」と報告してきたので、どのように迎え撃つかを相談しあう。ちなみに、弐式は薬草採取を継続しているので、あちらこちらを歩きながらの相談となった。もちろん、ンフィーレアや漆黒の剣の面々には近づかないよう注意している。

 そして……。

 

「おい、何かデカい気配が近づいてるぞ! 北の方からだ!」

 

 弐式が中腰から背を伸ばし、皆に聞こえるように叫んだ。無論、演技である。

 弐式の分身体が森の賢王を誘き出し、モモンガ達の元へと誘引しているのだ。

 ペテルら漆黒の剣の面々がンフィーレアを呼び戻し、逃げる算段を始めている。レンジャーであり、弐式ほどではないが気配感知のできるルクルットなどは顔面蒼白となっていた。と、そこにモモンガが駆け寄る。

 

「弐式さんの話だと、もう逃げる間はありません。ここで迎え撃ちます! ルプスレギナ!」

 

「はいっす!」

 

 呼ばれるや、ルプスレギナがモモンガの前に出た。そして背に手を伸ばし、背負っていた金属杖を取り出す。弐式は……と見ると、気がついた時にはルプスレギナの右側で立っていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 一連の漆黒の行動に驚愕したペテルが叫ぶ。 

 

「俺達も戦いますよ!? 」

 

「そうです! 同じ依頼を引き受けた身として、ただ見ているわけにはいきません!」

 

 ニニャも杖を構えて叫んでいる。ただ、口論のようにはなっているが、漆黒の剣のメンバーはンフィーレアを守るように位置を変えていた。

 

(良いチームだな……) 

 

 感心するモモンガであったが、だからと言ってペテル達……漆黒の剣を戦わせるわけにはいかない。ここは漆黒の見せ場なのだ。

 

「じゃあ、私達が危なくなったら支援を頼みます。あるいはバレアレさんを連れて逃げてください!」

 

「来るぞ! 正面からのまま!」

 

 モモンガの言い終わりに被せるようにして弐式が叫ぶ。

 直後、弐式の言った正面方向の茂みから、大きな影が飛び出してきた。

 身の丈は人の背丈を大きく上回り、全身を白銀の毛皮で覆った……まさに畏怖すべき大魔獣。

 と思ったのはンフィーレアや漆黒の剣のメンバーで、モモンガと弐式は脱力気味に肩を落としている。

 

(「弐式さん、本当にジャンガリアンじゃないですか……」)

 

(「いやあ……。俺も分身体の情報で見た目知ってましたが、これは……」)

 

 ルプスレギナはと言うと、キョトンとしたまま金属杖を地面に立てていた。後で聞いたところに拠ると、モモンガと弐式が突然やる気をなくした風だったので、対応に困っていたらしい。もっとも、気を取り直したモモンガ達が演技を再開したため、それに合わせる形で表情を引き締めている。

 

「来てしまいましたか。こうなると、この場で迎撃戦ですね」

 

 呟くモモンガの声に合わせて弐式とルプスレギナが身構え、後方で漆黒の剣が各々防御を固めた。ンフィーレアも魔法で戦闘参加すると言っているが、こちらはペテルらに止められている。

 

「それがしを起こした者の、お仲間でござるかな?」

 

 少女の声……のようなものが聞こえた。

 声を発したのは目の前の大魔獣……巨大ハムスターだ。

 

「それがし? って何でしたっけ?」

 

「名前をぼかして人を指す時に『(ぼう)氏は~』って言うでしょ? その『某』の字で、『それがし』とも読むんですよ。この場合は、名乗る名は無いが自分のこと……みたいな感じですかね。時代劇でよく聞きますし」

 

 さすが忍者。詳しい。 

 納得いったモモンガは頷いたが、ハムスターの方でも「ふむ。よくはわからんが、そんな感じでござる!」と大きく頷いており、それがまた脱力を誘う。

 とはいえ、どうやら会話が可能な生き物であるらしい。

 モモンガは弐式とルプスレギナを間に置いた状態で、ハムスターとの交渉を開始した。

 

「私の仲間が睡眠の邪魔をしたようで済まなかった。君は……森の賢王と呼ばれる魔獣で間違いないのかな?」

 

 わざとであるし迷惑をかけたのは事実。なので、まずは謝罪から入る。

 モモンガの低姿勢な態度にルプスレギナが嫌そうな顔をしていたが、角度的にモモンガからは見えていない。

 森の賢王(ハムスター)はと言うと、後ろ足立ち姿勢のまま前足をワキワキさせ、得意げに胸を反らせた。

 

「いかにも。人間共は、そう呼んでいるようでござるな。さて……安眠妨害をされた上に、縄張りに踏み込まれたとあっては、それがしも黙っているわけにはいかぬでござる。小腹も空いているので、お主らをいただくでござるよ!」

 

(「俺、人化してないと骨なんだけど。ポリポリされちゃうのかな?」)

 

(「それを言ったら、俺だってツルンとしたハーフゴーレムですよ」)

 

 モモンガと肩越しに振り返る弐式はボソボソと言葉を交わしたが、やがてモモンガが咳払いをし、森の賢王を指さした。

 

「私達を捕食するとは片腹痛い! 冒険者パーティー漆黒の強さ、身をもって知るのだな!」

 

 キリッ!

 

 打ち合わせどおりのセリフだが、それら段取りと無関係な森の賢王は返事をしない。フンと鼻で笑うや、大蛇のような尾を突出させてきた。

 レベル三〇強の能力から繰り出された攻撃は、ンフィーレアは勿論のこと、ペテル達にも目視できない。ただ緑がかったうねりが、気がつくと真っ直ぐ伸びてモモンガに到達している。そういった唐突な光景だ。

 そして、その神速の攻撃を、モモンガが粗末な木の杖(実は聖遺物級(レリック)の魔法杖を、みすぼらしく偽装したものである)で、ペチンと撥ねのけた動作だけが……ペテル達には妙にハッキリと見えていた。

 

「今の一撃、人間を殺すに十分だったと思うでござるが……」

 

 森の賢王の声に戸惑いの色が混じる。

 躱された、あるいは強固な盾や鎧で防がれた。それならば納得もできただろう。

 だが、今の攻撃を軽々と撥ねのけたのは、肉体強度が劣る魔法職。そして手にあるのは粗末な木の杖だ。

 

(信じられないんだろうな~。こっちは武器性能もあるけど、アイテムでステータス増し増しにしてるんだよ。すまないねっ!)

 

 モモンガは密かに筋力強化の小手……イルアングライベルを装備していたし、その他、装備したアイテム類によって森の賢王登場前からバフが掛かっている状態だった。レベル三〇かそこらの物理攻撃など、物の数ではないのである。 

 

「ありえないでござるよ……。お主、本当に魔法職でござるか? ローブに杖の組み合わせは、確かそうだったと記憶するでござるが?」

 

「なるほど、なるほど」

 

 問いかけてくる森の賢王に、モモンガは二度ほど頷いて見せた。

 

「私が魔法職……魔法詠唱者(マジックキャスター)である証拠を見たいと? ならば御要望に応えようではないか! ついでに我がパーティーの(事前に練習した)連繋もな!」

 

 モモンガが叫ぶ。

 それと同時に、弐式が飛苦無(とびくない)と呼ばれる両刃の忍者道具を投じた。森の賢王にも見える(・・・)速さで飛んだ飛苦無は、足下……正確には接地している後ろ足に向かっていたが、森の賢王は「フンでござる!」の声と共に跳躍。飛苦無を回避した。

 しかし跳んだ先、地上十数メートルの上空には、より速く、より高く跳躍した弐式が待ち構えていたのである。

 

「むっ! いつの間……」

 

「忍者スパイク!」

 

 この世界の者達には知るよしもない、排球(バレーボール)のアタックモーション。その一撃が森の賢王の背に決まった。

 

 ベシィッ!

 

「ぎょわああああっ!?」

 

 手加減されたとはいえ、レベル一〇〇プレイヤーの一撃は強烈だ。森の賢王は腹を下に、前足後ろ足を上方へ反らせる体勢で急降下していく。このままだと、森の地面に激突してしまうが……。

 そこに鉄杖を持ったルプスレギナが待ち構えていた。

 

「にひひっ! すまっしゅ!」

 

「どひいぃぃぃいいっ!?」

 

 弐式から「こう言って殴るんだ」と教わったとおり、ルプスレギナが叫びながら鉄杖を振るう。振られることによって生じる遠心力。そこにルプスレギナの筋力値が加わって、杖端の鈍器は一撃必殺の威力を有するのだ。

 もっとも、殺さないようにとも言われていたので、手加減された打撃は吹き飛ばすに留まっている。そして吹き飛ばされた先には、これまた、いつの間にかモモンガが移動済みであり、既に魔法発動の準備を終えていた。

 

「ホームラン!(威力減衰ファイアーボール)」

 

「ぐべらっ!?」

 

 レベル補正等はあるものの、ほどよく減衰した火球。その炸裂を直下で受けた森の賢王は、再び上空へと上昇していく。

 その先には、<飛行(フライ)>のアイテムによって滞空したままの弐式が居て……。

 以後は、前述の繰り返しである。

 数分たって森の賢王は解放されたが、顔をボコボコに腫らし、小山のごとき巨躯を震わせながら泣いていたという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そ、それがし、殿に忠誠を誓うでござるよ!」

 

 後ろ足で立った森の賢王が、左前足を掲げている。

 忠誠を捧げた先は……モモンガであるが、モモンガはと言うと森の賢王の取ったポーズがパンドラの敬礼を連想させたため、密かに悪寒を感じていた。

 

(ぶるるっ。おっと……。しかし、忠誠と言われてもなぁ)

 

 ナザリックNPCだけで間に合ってます。

 そう言いたいが、森の賢王のネームバリューと現実的な強さは良い宣伝になるのだ。諦めて忠誠を受け入れることとしたモモンガであるが、ここで「はて?」と首を傾げている。

 森の賢王というのは称号だ。であるならば、普段呼びする本名があるのではないか。そこを当人に確認したところ、名前と呼べるものはないと言う。

 

「そもそも森の賢王の称号とて、返り討ちにした冒険者が口走ったのが気に入った故、名乗ることにしたのでござるよ」

 

 その冒険者は見逃してやったそうで、逃げ帰った先……例えば冒険者組合の宿なり酒場なりで吹聴したのが広まったのだろう。

 ならば森の賢王には名前をつけなければならない。いちいち森の賢王では仰々しいし、何より自分よりも偉い存在を呼びつけているような気分となるのだ。

 

(俺、小市民だからな!)

 

「あ、あのう……モモンさん?」

 

「はい?」

 

 背後からペテルに呼ばれたので振り返ったところ、ンフィーレアと漆黒の剣メンバーが呆然となって森の賢王を見ていた。 

 

「ど、どうしました、皆さん?」

 

「どうもこうも……」

 

 この見るからに強大な魔獣を、三人がかりで軽くボコボコにした。その事実が、目の当たりにしたのに信じられないらしい。しかも、モモンガ達の戦いぶりを見るに、それぞれ単独でも森の賢王を倒せていたようなのだ。

 

「モモンさん達は、いったい……どれほど強いんですか?」

 

「諸々秘密です」

 

 モモンガは人差し指を口前で立てると、ぎこちないと自覚しつつウインクして見せる。

 

「まあ、私達の故郷(ユグドラシル)では、中の上あたりの強さとか……そんな感じですかね」

 

「故郷(南方)ではって……」

 

 森の賢王を遊び半分で完封するような存在が、中の上。

 悪すぎる冗談にしか聞こえず、もはやペテルは言葉もない。それは二人の会話を聞いていたンフィーレア、他の漆黒の剣のメンバーらも同様だ。

 

「さて……」

 

 ペテル達が黙ってしまったので、モモンガは森の賢王を振り返る。彼……いや、雌とのことなので彼女の名付けを再開するのだ。

 

「ん~……。……ハム……太郎?」

 

「モモンさん。それは何だか、色んな意味で危険な名前ですよ。第一、太郎は雄につけるものです」

 

 すかさず弐式から突っ込みが入る。

 良い名前だ! と鼻で大きく息していたモモンガは、クリンと首だけ回して弐式を見た。

 

「なんです? 弐式さんには、他に良い命名案でも?」

 

「え? 俺?」

 

 振られた弐式は、肩を上下させて怯む。

 モモンガの駄目ネーミングセンスに突っ込みを入れただけなのだが、命名案を聞かれるとは思っていなかったのだ。

 

(森の賢王……だ、大魔獣。森の暴れ者……暴れん坊。暴れん坊賢王……。そういや昔、建やんに見せられた時代劇の動画データで……)

 

 脳内でグルグル思考を回していた弐式は、過去の記憶からとある名前を思い出し、それを流用する。

 

「徳……じゃなかった。し、新之助?」

 

「むう、なかなか渋いですけど。それだって男性の名前ですよね?」

 

 若干悔しさをにじませながらモモンガが言い、更に暫く話し合った結果。

 森の賢王の名は『ハムスケ』に決定した。

 

「いいんじゃないですか? 俺のと弐式さんのを足して割った感じだし。でも男性的な『スケ』は残っちゃいましたね」

 

「はっはっはっ。『スケ』の響きは残したかったんで、しょうがないことなんですよ」

 

 誤魔化すように弐式が笑うが、ハムスケはと言うと「それがし、生まれ変わった気分で、新しい名と共に頑張るでござるよ!」と意気込みを語っている。やる気があることは大いに結構なので、モモンガ達は彼女を気分良いままにさせておくことにした。

 これにて森の賢王問題は解決……と思いきや、モモンガの前に新たな問題が発生する。

 モモンガはハムスケを広告塔として連れ歩きたいのだが、ハムスケがトブの大森林から居なくなると、森の勢力図が混乱する恐れがあるのだ。つまり、ハムスケよりも自重しない勢力が、近くのカルネ村を襲う可能性が高くなる。

 ンフィーレアから相談を受けたモモンガは、ハムスケを見た。

 冒険者として必要な時だけ連れ歩き、普段は森で常駐させれば良いのではないか。

 その案をハムスケに確認したところ、現時点で森の勢力バランスが崩れてるらしい。ハムスケ単体では多数のモンスターが押し寄せた場合、防ぎきれる自信が無いとのこと。

 

「ふむ。では、カルネ村防衛のために、策を講じる必要があるな」

 

(トブの大森林はアウラに調査させているが、その中間報告でもさせてみるか。場合によっては、他の勢力とやらを屈服させる必要があるし……ん?)

 

 ここでモモンガは、先日、カルネ村に送り込んだブレイン・アングラウスのことを思い出す。彼は今、どうしているのだろうか。今回の冒険依頼でカルネ村に立ち寄った際、その姿を見かけなかったので気が回らなかったが……。

 

(ンフィーレアに聞いて確認……。あ、彼は外から来た人間だから、カルネ村の事情は知らないか。村に戻ったらエンリに聞いてみよう)

 

 どのみちトブの大森林の調査は進めるつもりだし、ハムスケ以外の勢力をどうにかしなくてはならないだろう。そこはナザリックで何とかしようとモモンガは考えていた。

 もっとも、カルネ村に対する脅威は、ロンデス達のことを思えば森だけではない。しかし、ブレインなどを活用すれば、少しは村の自助努力の足しになるだろう。

 そう判断したモモンガは、ンフィーレアに「その件については私に考えがあるので」と誤魔化し、彼に村へ戻るよう促す。今、森の中に居るのは、ンフィーレアの薬草採取の護衛兼手伝いなので、彼が戻ると言わなければ終了にならないのだ。

 

「ええ、薬草採取は中止しましょう。実は、モンスターとの戦闘がまるで発生しなかったので……ハムスケさんの一件は別にしてですけど……持ってきた袋類は満杯なんです」

 

「ならば、村に戻りましょう。村長と相談することがありますし、私の方でも先日、カルネ村に預けた男が居ましてね。彼の様子も知っておきたいのです」

 

 笑いながら言うモモンガであったが、言いながら徐々にブレインのことが気になりだしている。

 ブレインは武人建御雷に懐いており、ナザリックへ武技教官として通うことを考えると逃げるとは思えない。カルネ村の警護を任せたわけでもないので、特に用が無ければ村を出たりもするだろう。

 

(う~ん。外出承認簿でも作るかな? 村からの出入りは帳簿に記載して……。って、職場外にある住居地からの出入りまで管理するとか、それどうなの!?)

 

 現状、ブレイン・アングラウスは『お雇いの外部協力者』であり、ナザリックの僕になったわけではない。窮屈を感じるような監視や拘束は、組織としてブラックも極まる。

 

(いや、僕相手でもブラックは駄目だ! 現実(リアル)の頃のヘロヘロさんのような存在を生むなんて……)

 

「世界征服か……。それをしたら、こういう心配しなきゃいけない枠が広がるんだよな~」

 

 元々はナザリック地下大墳墓の維持費を捻出する為の、一つのアイデアにすぎなかった。今のところ、エ・ランテルを裏から支配できてるそうだが、それだけでも上々の首尾と言っていい。余裕があれば、他の都市にも手を伸ばしてもいいだろう。何なら、王国を乗っ取ることも……。

 その先には世界征服があるのかも知れないが、支配したからには今考えたように責任が生じる。

 

(上手く統治しなくちゃいけないのか……。都市運営ゲーとか得意じゃないんだけど……)

 

 その辺はギルメンでも頭脳派の者に、そしてデミウルゴスあたりに丸投げしても良いだろう。だが、モモンガ個人の考えとしては『ブラック企業の要素は可能な限り廃する』を盛り込みたかった。

 

「ああ、胃が痛い……」

 

 人化したモモンガは、途端に胃の奥深いところでキリキリした痛みを感じている。

 これがゲーム『ユグドラシル』の中で、サービスが続行中。今もなおギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が健在だったのなら。どれほど気が楽だったろう。少なくともギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の全盛期、モモンガの気苦労と言えばギルメン達の取りまとめであり、たっち・みーやウルベルトの喧嘩の仲裁程度だったのだから。 

 

「でも、こっちでもギルド長を引き受けちゃったからな~」

 

 ハアと溜息をつきつつ、モモンガは皆と共にカルネ村へと戻って行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 その頃。

 モモンガが気にしていたブレイン・アングラウスは、カルネ村を離れ、街道外の荒野でモンスターと戦っていた。

 

「でやぁ! せい! ふん!」

 

 昼時の陽光を受け、額に汗しながらゴブリンやオーガを切り伏せていく。

 その手にあるのは、元よりブレインが所持していた刀ではない。

 至高の四十一人。その一人である武人建御雷より貸与された物だ。

 柄や鍔の拵えは、今までに見たこともないほど素晴らしいもので、美麗かつ無骨……言い方を変えれば、美しくある一方で、武人の蛮用に耐える質実剛健さを有している。

 刀身もまた素晴らしい。

 素晴らしすぎるので、今日は街道外荒野で試し斬り……というわけだ。

 建御雷が言うには、「試しに作った物だ。使ってみろ。本当なら攻撃力が爆高(ばくだか)で、身体強化とか盛り盛りのも作れるんだが……。そんなの使ってたら自分が強くなったかどうかわからないからな」とのことで、魔法剣としての攻撃力はあるものの、バフ系の能力は一切付与されていない。

 ただ、この世界の刀剣に比して耐久力が遙かに上で、刃がこぼれるなり減るなりしても、時間経過と共に回復するのだ。そもそも、刀身の素材が(この世界の感覚で)上質であるため、キチンと刃を当てさえすれば大概の物は真っ二つ。

 

「ちゃんと刃を当てないと単なる鈍器だからな? お前の技量次第ってこった」

 

 という建御雷の補足説明も、ブレインが大いに気に入っている点だった。  

 

「要するに、上達すりゃ上達するほど強くなれるってんだろ!? 最高だぜ、建御雷の旦那よぉ!」

 

 ここには居ない建御雷に賛辞を送りながら、ブレインは戦い続ける。ちなみに、カルネ村に案内された後、極短時間ながらナザリック地下大墳墓に連れられ、建御雷から刀を貰ったのだが……。

 ナザリックの僕達の眼がある場で『建御雷の旦那』と呼んだ時は、本当に命が危なかった。

 

(旦那が居なかったら俺、死んでたよな~……)

 

 直接に何かされたわけではないが、浴びせかけられる殺気だけで心臓が止まりそうになったものだ。呼ばれた側の建御雷が「俺の子分なんだから、いいんだよ!」と一喝して黙らせてくれなければ、自分で今思ったとおり死んでいただろう。

 もっとも、一喝された僕達が揃って自害しそうになり、大慌てで宥めだした建御雷の姿をブレインは鮮明に覚えている。

 

「忠誠心すげぇんだよな。……取りあえず、旦那を旦那と呼ぶのはいい感じだが。他の方々には口の利き方を……」

 

 いつの間にか身体強化(レベルアップ)していたらしく、掴みかかってきたオーガを避けざまに蹴って転がしたブレインは、それに斬りつけながら街道に目を向けた。

 人目に付かないよう距離を取っているので目視はできないが、人影が移動している気配を感じたのだ。

 

「一人だけ、えらく気配がキツいな。隠そうともしてやがらねぇし。いや、二人か? 片方は、そこそこだが……」

 

 呟きながら刀を振るうブレインは、最後のオーガを斬り伏せると、身体ごと街道に向き直った。

 

「さっきの奴は、俺より強そう……だと?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 お昼時の街道を一組の男女が歩いている。

 男は元スレイン法国騎士隊、副隊長を務めていたロンデス・ディ・グランプ。

女は元スレイン法国漆黒聖典、第九席次だったクレマンティーヌ。

 ロンデスは以前、隊長ベリュースに率いられ、バハルス帝国騎士を装ってカルネ村を襲撃した男である。それは各地を襲撃されたことで王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが出張り、それを陽光聖典に任せて暗殺することを目的とした作戦行動だった。しかし、偶然にも前日より寝泊まりしていた弐式炎雷に、事の終盤にはモモンガとヘロヘロにまで乱入されて失敗に終わっている。

 事後、捕縛されたロンデスはベリュースと共にエ・ランテルに送られ、当面は留置所暮らしが続くはずだった。ところが、口封じ目的かスレイン法国の手の者が出現し、隣の牢で居たベリュースを殺害。ロンデスも危ないところであったが、モモンガが脱出補助のために付けていた影の悪魔(シャドーデーモン)によって救われている。

 と、そこまでは良かったのだが、モモンガが「解放しろ」としか命令していなかったことで、エ・ランテル内の路地に放り出されてしまった。丸腰のロンデスは、都市門を強行突破することができず、こそこそと路地裏を彷徨っていたのだが……。

 

(まさか、漆黒聖典の関係者と出くわすとはな……)

 

 今、少し前を鼻歌交じりで歩いている女……クレマンティーヌ。彼女と出会ったのは、都市内の墓地に差し掛かった時だ。とある用で墓地を目指していたクレマンティーヌは、戯れにロンデスを殺そうとしたのだが、ロンデスがスレイン法国出身であると口走ったことで気勢を削がれている。そして、ナザリック地下大墳墓という場所に誘われ、そこを頼るつもりでいると聞くや、ロンデスに便乗すると決め込んだのだ。

 以後、二人は行動を共にし、クレマンティーヌの戦闘力に物を言わせて都市の通用門を突破。道すがら遭遇した野盗を、主にクレマンティーヌ一人で返り討ちにし、金品に非常食、武装一式を入手している。

 武装に関しては、クレマンティーヌはスレイン法国から持ち出した刺突短剣(スティレット)やモーニングスター。それに胸部と腰部を覆う……露出度の高いアーマーがあったため、ほとんどがロンデスの装備とされた。

 よってロンデスは今、野盗から剥ぎ取った革鎧一式とロングソードを装備している。

 

「いんやぁ~。あたしが頭とか喉とか狙って、ドスってした死体があって良かったよね~。鎧が破れたり血で汚れたら、使い物に……。ん~、ちょっと汚れてたかな~」

 

「その辺は感謝するが。息がある野盗を拷問しようとしたのには、大いに引かせて貰ったぞ」

 

 そう、クレマンティーヌは一部の野盗に関しては、急所ではなく手足の関節部を刺し、行動できなくしていた。そして芋虫の如くのたうつ野盗の一人を、頭髪を掴むことで引き上げ、刺突短剣(スティレット)で刺突し始めたのである。

 ロンデスが呆気に取られていたため最初の一人は、五度ほど刺されたところで死亡したが、次の一人に手を伸ばしたところで、ようやくロンデスが制止したのだった。

 

「止めるなり即座に殺したので、救えたわけではないのだが……」

 

「ロンちゃん、危ないとこだったよ~?」

 

 ブツブツ文句を言うロンデスを、クレマンティーヌが肩越しに振り返る。

 

「あの時は沢山殺して、一人楽しめたから気が晴れてたけど~。そうじゃなかったらロンちゃんで楽しんでたかも」

 

「物騒な冗談は止めてくれ。あと、ロンちゃんと呼ぶな」

 

 むっすりしたロンデスが抗議するも、クレマンティーヌは「にゃはははは~っ♪」と笑って無視するのみだ。その態度にロンデスは憮然としたが、笑い飛ばしてるクレマンティーヌ側でも思うところがあった。

 

(こいつと話してると、な~んか調子狂うんだよね~)

 

 逃げ出して来ただけあって、クレマンティーヌは元の職場……漆黒聖典で順風満帆だったわけではない。優秀な兄を引き合いに出され、出来損ないだのと蔑まれていた。口うるさく指図された回数などは数え切れないほどだ。

 だから、クレマンティーヌには常に胸に溜まるものがあった。

 自分を蔑んだり、糞兄貴と比べた奴を殺したい。

 しかし、スレイン法国には自分より強く、自分を殺せる者が存在した。とてもではないが、実行には移せない。

 やむを得ず与えられた任務をこなし、我慢に我慢を重ねる日々が経過していく。だが、何事にも限度というものがある。ついに先日、クレマンティーヌは限界を迎えてしまった。

 もう嫌だ。こんな糞みたいな職場、いや糞国家なんか出て行ってやる。私は自由だ。

 爆発した彼女は、幾つかの装備を失敬し、闇の巫女から国宝中の国宝、叡者の額冠を奪い取って姿をくらましたのである。

 叡者の額冠を奪われた闇の巫女は、そのアイテムの副次効果により即座に発狂した。が、今日まで兄との比較で性格が歪み、度重なる殺人任務が趣味と嗜好に変貌したクレマンティーヌにとって、大きな問題とはならなかった。

 追い詰められたクレマンティーヌからすれば、自分の都合が一番大事だからだ。

 このように、溜まった衝動が爆発するに任せて逐電した彼女であるが、まるっきりの無策だったわけではない。

 こっそり加入していた犯罪結社ズーラーノーンにおける知人で、自身と同じ十二高弟の一人……カジット・デイル・バダンテール。彼がリ・エスティーゼ王国のエ・ランテルにて潜伏中であるとの情報を得ていた事で、彼を利用……もとい、頼るべくエ・ランテルに向かったのだ。

 何をしでかそうとしているのかは知らないが、法国からの追っ手ないし討手の眼を誤魔化せるなら何だっていい。

 ともあれ、エ・ランテルに到着したクレマンティーヌは、持ち前の身体能力と、ロンデスのような足手まといが居なかったこともあって、容易に都市内への潜入を果たしている。その後、カジットの潜伏地……都市内墓地に入る直前でロンデスと出会い、今に至るわけだ。

 

(第七位階魔法を使うとか胡散臭いけど、ニグンが目撃してるって言うなら確認してみる価値はあるよね~。ナザリック地下大墳墓か……どんなとこなんだろ?) 

 

 聞けばロンデスは、その第七位階魔法の使い手とやらに勧誘されているらしい。何でも、この近隣諸国の世情に疎いので案内役が欲しいのだとか。

 そんな理由で、王国にあっては犯罪者のロンデスを雇うのであれば、戦闘力や知り得た情報量の点で、完全にロンデスの上位互換なクレマンティーヌも雇って貰える目がある。

 上手くすれば、法国の追っ手から匿って貰えるかもしれない。

 

「ふふ~ん」

 

 自身の将来。そこに明るいものが見えた……様な気がしたクレマンティーヌは、上機嫌で鼻を鳴らした。 

 良い気分過ぎて、街道を行く通行人を面白おかしく殺したいぐらいだ。

 ところがエ・ランテルを出てからこっち、先に出会した野盗以外で人を殺せていない。

 原因はロンデス。

 街道移動中は、冒険者の護衛を受けた商隊馬車と出会ったりするが、規模が小さい場合はクレマンティーヌの標的になりやすい。エ・ランテルを出てからも一度、ちょうど良い感じの商隊に遭遇し、しかも男性冒険者がクレマンティーヌにちょっかいを出してきた。

 マントで全身を覆っているとは言え、クレマンティーヌの脚や手は時折露出する。これを見て「金は払うから、その辺の茂みで……」と来たわけだ。

 一目見るなり売女(ばいた)扱い。これはクレマンティーヌでなくとも許せる発言ではない。当然、クレマンティーヌは激怒……は、しなかったが『殺して良い認定』をし、音もなく刺突短剣(スティレット)が抜かれかけた。もし、クレマンティーヌが単独行動中であったなら、最初に無礼を働いた男が行動不能にされ、居合わせた商隊メンバーを殺戮。最後に、最初に動けなくした男を拷問の末に殺したことだろう。

 が、今回は、それを制する者が居た。ロンデスである。

 

「おい! 俺の連れは商売女じゃない。遠慮してくれ」

 

 これにより無礼な男は、遅れて駆けつけた商隊護衛のリーダーに叱り飛ばされ、クレマンティーヌは面白くない顔をしつつも刺突短剣(スティレット)の柄から手を離したのだった。

 それ以後、他の街道通行者とは遭遇していないが、クレマンティーヌのストレスは徐々に高まりつつある。

 

(ったく、ナザリックとかってのに紹介して貰うんだから、大目に見てやってるけどさぁ。ほんとなら私に説教した時点でドスッ! だよ? ……つ~か、さぁ……)

 

 更にムカつくのはロンデスに対し、それほど腹が立っていない点だ。

 

(なんだってのさ。私は泣く子も黙る、漆黒聖典の第九席次だよ? それが……)

 

 なんとはなしに苛っとした気分になる。こういうときは、誰か殺してスカッとするのが一番だが、手近のロンデスで発散するわけにはいかない。

 誰か殺して良さそうな奴は……と周囲に向けたクレマンティーヌは、街道外で闘争の空気を感じた。

 

(誰か戦ってる? モンスターと人間……かなぁ。人間の方は一人? なんで気がつかなかったかな?)

 

 クレマンティーヌは眉をひそめたが、すぐに理由に思い当たって顔を顰めている。

 今の今までロンデス及び他のことを考えていたので、気がつかなかったのだ。

 

(面白くな~い。ますます殺しをしたい気分になっちゃったわけだけど~)

 

 相手が殺意剥き出しで襲ってくるならともかく、こちらから喧嘩を売りに行くとロンデスが五月蠅(うるさ)い。いや、クレマンティーヌ的には、自分がこよなく愛する人殺しに口出しされたところで止める気は……。

 

(……アレだ。アレよ。新しい就職先(?)の紹介役だから、私的に気を遣う必要があるわけ。他に何にもないし!)

 

 先程も考えたことを引き合いに出し、クレマンティーヌは自分を納得させた。それでもモヤモヤしたものは消え去っていないが、やがて戦闘があったと思しき方角から一人の男が駆けてくると、彼女の意識は相手に集中することとなる。

 現れたのは一人の男性剣士だった。

 青い髪に無精髭。黒いシャツに黄土色のズボンと焦げ茶のブーツ。

 走行音からして服の下にチェインシャツを着ている風だが、基本的には軽装のようだ。腰に()いた剣……いや刀からは、異様な雰囲気が漂っている。どのような能力があるかは定かではないが、まずもって最高級の品であろう。

 

(武器の程度からして相当強いな、こいつ……。私には及ばないだろうけど……。……どうかな?)

 

 膂力や体力、それに速度。更には戦闘経験の点で、クレマンティーヌには自信があった。

だが、街道外から来た剣士を見るに、自分の方が勝る……とは思っていても、楽勝できるほどの差は無いとも判断している。

 殺して発散できる奴が自分の方から来てくれた。と思いきや、警戒に値する戦闘者が出現したというわけだ。

 

「よう、お二人さん。どちらへ向かってるんだ?」

 

 数メートルの所まで来た剣士は声をかけてくるが、第一声が『行き先を尋ねること』とは妙な話である。

 見ず知らずの人間の行動を詮索する気か……的に煽ろうとしたクレマンティーヌであったが、一瞬早くロンデスが口を開いた。

 

「地元の方かな?」

 

「ん? ああ、地元って言やあ地元だな。最近、越してきたばかりだが……」

 

 質問に質問で返されたとでも思ったのか、剣士が怪訝そうな顔をして頷いている。だが、いきなり『行き先』を訪ねてきたのは剣士の方なのだから、おあいこではあった。 

 

(ロンデスの奴。煽り返してる? 普段、そういう対応する奴じゃないんだけど……。なんかあったかな?)

 

 もはや、殺す殺されるの空気を作る気も無くなったクレマンティーヌは、男二人の会話を聞くことにする。交渉が苦手というわけではないが、ロンデスが肩代わりしてくれるなら、その方が楽だからだ。

 

「ふむ。地元の方ならば、周辺の地理に詳しいだろう。質問に質問で返した非礼は詫びよう。先程の質問は、我々の行き先についてだったな」

 

 剣士の方に害意が無いと判断したのかロンデスが、肩の力を抜いて話しだす。

 クレマンティーヌは「あ~……ナザリックのことを聞くんだ?」と思ったが、地元民なら知ってそう……と言うロンデスの意見には同意できたので、黙って聞いている。

 

「おおむね我らが向かっていた先に、ナザリック地下大墳墓という場所があるそうなのだ。御存知かな?」

 

「ナザリックだと!?」

 

 剣士の雰囲気が一変した。

 彼は目を丸くし、口を大きく開けていたが……やがて警戒するような目つきになったかと思うと、すぐに気の抜けたような溜息をつく。

 

「なんなの? 今の顔芸は?」

 

 思わず口を出してしまったクレマンティーヌに、剣士は肩をすくめて苦笑した。

 

「顔芸たぁヒドいな。いや、あそこにちょっかい出す気かな……と思ったんだが……。二人だけで何かするってもんでもないだろうし。どうせ俺が気にしたところで、仕方がないかな……と思ってな」

 

 流れるように言う剣士は、言い終わりに表情を引き締めると、ロンデスに向かって顔を突き出す。

 

「念のために聞いておくが。アンタら、ナザリックの客か? 悪さしに行くってんなら、やめといた方がいいぞ? 死ぬより酷い目に遭うからな」

 

 その表情は真剣そのものだ。

 単なる脅しではないと判断したロンデスが、こちらも真面目な表情で頷いている。

 

「どちらかと言えば客……違うか、勧誘を受けた身だから就職希望者だな。アインズ・ウール・ゴウンという方から直接誘われている」

 

「アインズ様!? しかも直々にか!? そりゃあ……大したもんだ」

 

 驚く剣士の様子からすると、ただの地元民ではないらしい。その強さは別にしても、ナザリック地下大墳墓の関係者である可能性が見えていた。

 ロンデスはクレマンティーヌと顔を見合わせると、その辺りを確認してみる。すると剣士はニッと笑って見せた。

 

「そういや名乗ってなかったな。俺は、ブレイン・アングラウス。最近、ナザリックで武技教官として雇われた者さ」

 

「ブレイン……アングラウス?」

 

 その名を確かめるようにロンデスが呟く。ブレインの名を知っている様子だ。そしてクレマンティーヌも、ブレインについては知っていることがあった。

 以前、リ・エスティーゼ王国の御前試合に出場し、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと戦って惜しくも敗退した天才剣士の名だ。

 

「なるほど。貴殿が、噂に聞いたブレイン・アングラウスか。こちらも名乗らなくてはな。私は、ロンデス・ディ・グランプ。こちらはクレマンティーヌだ」

 

「よろしく~」

 

 態度を改めてロンデスが紹介する。その隣りでクレマンティーヌはヒラヒラと掌を振った。が、少し……ほんの少しだけ、興味が湧いてニタリと笑う。

 

「ブレイン・アングラウスか~……。ね~? さっき向こうで戦ってたのはアンタでしょ? 相手はゴブリン? オーガー? その刀の試し斬りだったのかにゃ~? 満足いった~? いってないよね~? 私ならさ~、いい感じで相手できると思うんだけどぉ~」

 

「あ、こら。初対面の人に何言ってるんだ! と言うか、この人はナザリック地下大墳墓の関係者だぞ!?」

 

 叱責の途中から顔色が悪くなっていくロンデスを、ブレインは「そりゃ、そんな感じにもなるよな」と思いつつ見ていた。しかし、クレマンティーヌの申し出は、ブレインとしても願ったり叶ったりだ。

 何しろ、わざわざ走ってきたのは「強者と手合わせができるかも……」という期待があったからである。

 

「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」

 

 顔を引きつらせているロンデスに笑いかけると、ブレインは次いでクレマンティーヌに話しかけた。

 

「俺も、その目的でこっちへ来たんだし。死ぬの殺すののところまでしなきゃ大丈夫だろ? ……見た感じ、姐さんは俺より強そうなんだが……」

 

 俺より強そう。

 その言葉がブレインから出たところで、クレマンティーヌが心底嬉しそうにニンマリする。ブレインとしては相手の方が強いと認めるのは癪だったが、事実なのだからしかたがないと考えていた。

 

「ま、ここは一つ。胸を借る気持ちで手合わせを頼めるかな?」

 

 そう言った途端、クレマンティーヌがマントの下で自らの胸を抱きしめる。

 

「いやん。胸を借りるだなんて、えっちぃ! 私、そういう女じゃないんだから~」

 

 本気で嫌がっているわけではないのは明白だ。顔が笑っているし、その目も笑っている。

 さすがのブレインも、これには閉口したのか、頭をボリボリ掻くとジト目でクレマンティーヌを睨んだ。

 

「そういう意味じゃねーよ……」

 




<誤字報告>

ARlAさん、フウヨウハイさん

ありがとうございました


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第30話

 昼過ぎ。

 カルネ村から少し離れた街道で、二人の男女が対峙していた。

 男の方は、ブレイン・アングラウス。王国戦士長に惜敗した天才剣士として有名であり、現在ではナザリック地下大墳墓において武技教官として雇われている。

 対する女性側は、クレマンティーヌ。元スレイン法国特殊部隊、漆黒聖典で第九席次を務めていた戦士だ。その武力は人間種としては、ほぼ最強に位置する。

 ロンデスと共にナザリックへ向かう途中だった彼女らを、近くで試し斬りという名のモンスター狩りをしていたブレインが発見し、手合わせを申し込むべく合流したのだ。

 もっとも、ブレインの要望を察したクレマンティーヌが、先に手合わせを申し出たのであるが……。

 

「これぐらい離れてた方がいいかな?」

 

 ブレインがサクサクと丈の低い草を踏みしめ、クレマンティーヌから距離を取っていく。そして五メートルほども距離を取ったところで、クルリと振り返った。

 

「姐さんは、取っかかりは離れてた方がやりやすいだろ?」

 

 この問いかけに、クレマンティーヌの笑み……その口端が耳近くまで広がる。

 まるで口が裂けたかのようだ。

 

「さっすが噂のブレイン・アングラウス。私の戦い方とか解っちゃうんだぁ~?」

 

 マントの留め具を外したクレマンティーヌが、ずいっと前に出る。マントが自重と風によって後方下へずり落ちると、胸と腰を覆う軽鎧、さらには手甲足甲が姿を現した。

 腰にはモーニングスターと四本の刺突短剣(スティレット)を下げている。しかし、そう言った武装確認後、ブレインの目にとまったのは……鎧の装甲部に貼り付けられた物体だった。

 

「鱗鎧? いや、冒険者プレートか……。……物騒な趣味だな」

 

 僅かに眼を細めたブレインが言うと、クレマンティーヌはケラケラ笑いながら戯けて見せる。

 

「いんやぁ~、いい表現いただいちゃった! まさしく趣味~。な~に? 私に説教とかしちゃう? 殺しを楽しむな~……とか?」

 

 クレマンティーヌは戦った相手が冒険者だった場合は、殺害した後に冒険者プレートを奪うことにしていた。それは、己の腕一本、武力を頼みに危険な稼業を営む冒険者……それらを狩った証であり、一種のトロフィーであった。

 とはいえ強者ばかりを選んで殺しているわけではなく、中には銅級のプレートもある。命乞いの仕方や死に際が見苦しくて、『狩り』をするたびにゾクゾクするのだ。

 このような話を聞かせると、筋の良い……あるいは正道の騎士(クレマンティーヌからすれば失笑ものの存在)であるなら、顔を真っ赤にして激昂する。では、ブレイン・アングラウスはどうだろうか。

 彼は……。

 

「いや? 俺は、あんたの親でも彼氏でもないからな」

 

 苦笑しつつ肩をすくめたのみだ。

 

「俺もそれなりに、真っ当じゃないことをしてきたから。説教なんてする気、ねーよ。てゆうか、俺のこと揺さぶってるつもりなら時間の無駄だが?」

 

 言い終えるなりブレインが斜に構え、腰を落とす。左手は腰の鞘を掴み、右手は刀の柄にかけられていた。そして放たれる、刃のような剣気。

 

「へぇ~え……」

 

 クレマンティーヌは、耳まで裂けた笑みをひくつかせる。

 それは怒りに類する感情表現ではない。滅多に見ない面白そうな玩具。それを見つけた喜びから来るものだ。

 

「私の方が強そうとか言っておいて、油断ならないわ~。マジ、凄いわ~」

 

 腰から刺突短剣(スティレット)を一本引き抜くと、持った右手を後方へ反らす。同時に体勢をブレインよりも低く、もっと低く下げ……左手で地面を掴んだ。それはモモンガ達の居た現実(リアル)における、陸上競技。そこで見られたクラウチングスタートの体勢に似ている。

 

「殺すのがもったいない感じ~……」

 

「おいおい。就職したばっかなんで殺すのは勘弁……」

 

「<能力向上>。<能力……超向上!>」

 

 軽口を叩こうとしたブレインの言い終わりに被せるように、クレマンティーヌは武技を発動した。その聞こえた武技名に、ブレインの顔が引きつる。

 <能力向上>は、身体能力を一時的に向上させる武技だ。そして字面どおり、<能力超向上>は、<能力向上>の上位武技である。その修得の難しさは、有名どころの戦闘者でも困難だと言われるほどだ。

 ブレインも現時点では使用できない。

 

(それを別武技と複数発動とか、マジ? ……てか、<能力向上>の大小重ねがけかよ。……俺の<領域>で捉えきれるんかね?)

 

 ブレインの<領域>は、自身を中心とした三メートル範囲内で、極限まで攻撃命中率と回避率を上昇させる武技だ。これはブレインのオリジナル武技で、不可視の相手とて捕捉可能なのだが……。

 

(最後の特性は、今関係ないな。……いや、あるか)

 

 ブレインが見たところ、クレマンティーヌは高速突撃型の戦士だ。更に言えば、彼女は膂力に速度、体力や耐久力まで、戦士として必要な要素のほとんどがブレインを上回ってる。少なくとも、そうブレインには見えていた。

 であるならば、武技まで使って増速した彼女の突撃を、ブレインは目視できるだろうか。

 

(無理……かな? おっかないねぇ……。<領域>の不可視知覚で追えりゃ良いんだが……)

 

 捉えさえすれば、これまたオリジナルの武技<瞬閃>……いや、上位版の<神閃>といった高速剣技で迎撃可能だ。それこそ<領域>との合わせ技である、秘剣虎落笛(ひけんもがりぶえ)を叩き込める。本来は喉を狙う技だが、余裕があれば軽傷で済むような斬り方をすればいいだろう。

 このように、ブレインは格上が相手ということもあり、慎重になっていた。

 一方、クレマンティーヌの方でも、納刀したまま構えているブレインに対し攻めあぐねている。

 ブレインが読んだように高速突撃をしたいのだが、ブレイン側に隙が無いのだ。どこにどのルートで突っ込んでも迎撃されるような……。

 

(やっぱ居合いの使い手かぁ。相性悪ぅ~。相手の待ち構えてるとこに突っ込むって阿呆だし? どうしよっかな~……)

 

 迷っている間にも、せっかく発動した武技の効果時間が過ぎていく。

 元々気が短いクレマンティーヌは、苛立ち……かけたが、この時はアッサリと気分を入れ替えていた。

 

(別に殺し合いじゃないしぃ~。手合わせなら難しく考えることないよね~。ブレイン・アングラウスの居合いの迎撃。それを圧し潰せるかどうか、試してみよ~)

 

 メシッ……。

 

 左手で掴んだ地面が握りしめられる。手甲の指先が地中に消えた。

 次の瞬間……。

 

 ズドン! 

 

 と、地面を蹴ったとは思えない音を発し、クレマンティーヌが跳ぶ。ボブカットの金髪が反射する陽光。それがうねる線のような(きら)めきとなって、瞬時にブレインの間合い……<領域>の外縁に到達した。

 一方、ブレイン側でも迎撃行動に移行している。剣気による結界。それが侵されるなり、身体が動く。彼のオリジナル武技<領域>とは、そういう武技なのだ。

 そして振るわれるのは、これまたオリジナル武技の<神閃>。元より居合抜きによる高速抜刀が、武技化したことで更なる高速化。そこから高みを目指して改良したものだ。相手には(レベルにもよるが)抜き手すら見えず、斬られた事実にすら気づけない。

 それほどの技なのだが、クレマンティーヌはブレインの上を行った。

 ブレインの<領域>に飛び込むや、さらなる武技、<流水加速>を発動させたのである。

 これは<能力向上>系の武技が身体能力を向上させるのと違って、速度特化で向上させる武技だ。つまり、<領域>内で捉えられたはずが、そこから更に増速したことになる。

 

(嘘だろ!?)

 

 クレマンティーヌの手甲狙いで<神閃>を発動させていたブレインが目を剥いた。両者にしてみれば刹那の攻防ではあるが、高速戦闘に対応できる彼らは、思考も加速しているのだ。

 高速であるにもかかわらず、妙にゆっくりに見えるクレマンティーヌ。彼女が突如として速さを増し、迫る刃を回避してブレインに迫ってくる。右手に持たれた刺突短剣(スティレット)が狙うのは、鞘を握ったままの左肩だろうか。

 

「う、うぉおあああ!?」

 

 喉よ裂けろとばかりに咆哮。ブレインは気合いと根性で、振っている刀の軌道を変えようとした。上体も可能な限り回して向きを変えようとする。

 高速攻撃中、その半ばでの攻撃目標変更。

 これはブレインらクラスの剣士にしてみれば、不可能中の不可能事だ。

 なぜなら「あっ!」と思った、その時。それは、すでに行動を終えた後なのである。

 時間を戻すことができない以上、「あっ!」と思ったところから引き返せた人間は存在しない。

 ブレインがやろうとしているのは、つまりはそういうことなのだ。

 しかし、この時のブレインは不可能を可能にした。

 クレマンティーヌの<流水加速>発動によって外れるはずだった刀身が向きを変え、急角度で彼女を追い出したのだ。狙う先は……ともかく、真っ先に身体に刺さりそうな刺突短剣(スティレット)。これを跳ね上げるか叩き落とせれば……。

 

(よっしゃ! ……うげぇっ!?)

 

 ブレインは見た。

 迫るクレマンティーヌの左手に、いつの間にか二本目の刺突短剣(スティレット)が握られているのを……。そして、クレマンティーヌがしてやったりとばかりに笑み崩れているのも見てしまう。

 このままでは右の刺突短剣(スティレット)を退けたとしても、左の刺突短剣(スティレット)で痛い目を見るのは確実だった。

 一方、クレマンティーヌはブレインが見た笑みのまま、自身の勝利を確信している。

 

(超()い技にぃ、途轍もない根性だけどぉ! 地力と経験が足りなかったね~っ! 左肩、いっただき!)

 

 驚愕に引きつるブレインの表情が、ゾクゾクするほど面白い。

 このまま戻って来た刀によって右の刺突短剣(スティレット)を弾かせ、クレマンティーヌ自身は吹き抜けていく刀身をかいくぐる。そして、ブレインの肩に左の刺突短剣(スティレット)を突き立てるのだ。

 音に聞こえた天才剣士を負かす。また、最強に近づいてしまった。

 股間と背筋に痺れるような感覚が走るが、決着はクレマンティーヌの想像どおりにはならなかったのである。

 

 カツッ……パキン!

 

 乾いた音がしたかと思うと、ブレインの刀が右刺突短剣(スティレット)を半ばから斬り飛ばしてしまったのだ。

 瞬間。刺突短剣(スティレット)から青い電光がほとばしるが、それらはすべてブレインの刀……その刀身に絡まり、吸い取られていった。

 しかし、両者にとっては、今の現象よりも気にかかることがある。

 

「あ、悪い」

 

「ちょぉおおおおおっ!?」

 

 本来なら、突撃の勢いを載せた一撃をブレインの肩に叩き込み、彼を吹き飛ばしていただろう。

 しかし、刺突短剣(スティレット)を斬られたクレマンティーヌは、ブレインの眼前で足を止めると、無残な姿となった刺突短剣(スティレット)を顔前に差し上げた。

 無い。どう見ても、剣身の半ばから先が無くなっている。

 

「なんてことしてくれんの、あんた! これはねぇ! そこいらじゃ手に入らない上物なのよ!?」

 

「だから、悪かったって……」

 

 もはや手合わせどころではない。

 クレマンティーヌは、その場で崩れ落ちて愚痴り出すし、ブレインは頭を掻きながら対応に困っている。

 

「え~と……。終わったのかな? 二人とも、怪我が無くて何よりだが……」

 

 見届け役のロンデスが近寄って来た。

 彼は落ち込んでいるクレマンティーヌを一瞥すると、まだ話ができそうなブレインに声をかける。

 

「結局のところ、勝負はどうなったんだ? 俺には、よく見えなかったが……」

 

「勝負? ああ、俺の負けだ」

 

 ブレインは苦笑交じりに答えた。

 刺突短剣(スティレット)を斬れなければ、攻撃を受けて倒されたのはブレインの方だ。

 それに、クレマンティーヌが武技追加で増速した時。あれに対応できたのは奇跡もいいところで、二度と同じことができるとは思えない。無理やり剣の軌道を曲げた腕や、捻った腰なんかが今になってズキズキ痛んでいる。回復のポーションを飲んでおくべきだろう。

 

「それと、こいつにも助けられた」

 

 腰の刀を、ブレインは鞘越しにポンポンと叩いた。

 刺突短剣(スティレット)を斬った後の雷撃。あれを防げたのは武器性能のおかげだ。刀が雷を引き受けてくれなければ、ブレインは大地に倒れ伏していたに違いない。

 

「クレマンティーヌの方でも急所は狙ってこなかったしな。もう、勝てた要素が見当たらねぇよ。しかし、だ。そんなことより……これ、どうしよう?」

 

「これ……なんて、随分な言い方するじゃないの!」

 

 突如復活したクレマンティーヌが、ブレインに食ってかかる。

 自分は前の職場を脱走した身だ。持ち出した武具は、かつて使用していた物ほどではないが、先ほど言ったように滅多なことでは入手できない逸品である。刺突短剣(スティレット)自体は残り三本あるものの、この損失は大きい。 

 

「あれはねえ、魔法詠唱者に魔法を封じてもらえれば、私だって<火球(ファイヤーボール)>や<雷撃(ライトニング)>を使える、超便利武器だったんだからね!」

 

「おま、あの雷撃ってそういうことだったのか!? <雷撃(ライトニング)>をブチかまそうとか、俺を殺す気か!」

 

 超至近距離で殺傷力の高い魔法が発動したのだと認識し、ブレインが気色ばむ。だが、クレマンティーヌは何処吹く風だ。

 

「私は、魔法まで使う気なかったしぃ? あんたが刺突短剣(スティレット)を斬ったから暴発したんじゃないの?」

 

 そういうことなのかも知れないが、クレマンティーヌ自身も刺突短剣(スティレット)の構造や理屈を把握しているわけではないため、真実は闇の中である。そうして二人は泥沼の口論に発展しかけたのだが、ここでロンデスが口を挟んだ。

 

「その辺にしたらどうだ。クレマンティーヌ。俺達は先を急ぐ身だぞ? 訪ね先……いや、頼り先の関係者と関係を悪化させてどうする? それに、アングラウス殿。できれば、壊れた刺突短剣(スティレット)の代わりになるような武器について、何か心当たりがあれば助かるのだが?」

 

 言いつつロンデスの視線はブレインの腰……刀に向けられる。それに気づいたブレインは、鞘口を手で押さえると半歩ほど身を引いた。

 

「こいつは、やるわけにはいかんぞ?」

 

「私ぃ、刀とか趣味じゃない~」

 

 脇からクレマンティーヌが苦情を申し立てるが、ロンデスは聞き流す。

 

「いや、そういった素晴らしい刀を入手できたんだ。何か伝手でもあるのではないか?」

 

 売り手や入手先を紹介してくれるのであれば、そこで武器を購入することも可能だ。して、購入代金の幾分かをブレインに出して貰うのはどうだろう。

 ロンデスが自案を提示すると、ブレインとクレマンティーヌは顔を見合わせた。

 

「で? アングラウスとしては、今の話……どうなわけぇ?」

 

「この刀の入手先か? ……ぶっちゃけ、ナザリック地下大墳墓。で、俺の雇い主の一人なんだが……。頼めるのかなぁ……」

 

 ブレインは渋面となる。

 自分と関係が深い至高の四十一人と言えば、武人建御雷だ。彼は気さくで大らかだが、周囲の僕達はそうではない。気安く頼みごとなどしては、僕達の怒りを買うのではないだろうか。

 暫く考えたブレインは、捨てられそうな犬の目で見てくるロンデスと、「損失~、補填~、弁償~」と子供のように煽り立てるクレマンティーヌに根負けし、首を縦に振るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「じゃあ、村長と打ち合わせたとおり、ナザリックからゴーレムを貸し出して、外壁なんか作らせますかね?」 

 

 村長宅から出たモモンガは、続いて外に出た弐式炎雷に話しかけた。

 

「ええ。まずは防壁ですよね。せっかくだから、何かギミックを付けてみようかな」

 

 弐式も乗り気である。

 森からカルネ村に戻ったモモンガ達は、ペテルら漆黒の剣と村内で一時別れ、ンフィーレアを伴って村長宅に入っていた。相談内容は、森の賢王……改め、ハムスケから得た情報で、トブの大森林内のモンスター勢力図が乱れていること。このことについて、カルネ村にモンスターが押し寄せる危険性についてだ。

 これを聞かされた村長は大いに驚いていたが、すぐに事態の深刻さを認識。モモンガに対してナザリックの助力を要請した。ただ、何もかも頼るというのではなく、カルネ村で支払える範囲内での有償で……となっている。

 この判断の理由として、一つにはベリュースらの襲撃によって死者は出たが、男手が壊滅したわけではないこと。もう一つとして、すがるばかりでは情けないし、申し訳なくも感じていることがある。

 

「とにかく前に向けて、村民一丸となって復興したい」

 

 そういう村長の言葉に粋を感じたモモンガは、弐式と相談の上、ゴーレムの貸し出しを決定したのだった。 

 

「大したモンスター……この場合は機材かな? そう、大した機材でもないですし。タブラさん達には後で報告する……で、いいですよね?」

 

「ゴーレム自体はモモンさんの手持ち品だし。いいんじゃないすか? てゆうか、そろそろ名前の呼び分けが面倒になってきましたね」

 

「むう……」

 

 弐式に言われたモモンガは、口をへの字に曲げて唸る。

 本名は鈴木悟。現状、仲間内ではモモンガ。ナザリックの僕及び、対外的にはアインズ・ウール・ゴウン。冒険者としてはモモン。鈴木悟はともかく、三つの名前を使い分けていることになるのだ。

 しかも、カルネ村村民や村に来た者の幾人かは、アインズとモモンが同一人物であると知っている。

 

「ん~……でも、前にも言いましたけど。モモンはアインズの別名義で、ペンネームみたいなものですし。冒険者登録の限定名ですから。その辺は、ゆるゆるやっていけばいいかな……と」

 

「ですかね。そんなに堅く考えなくていいってことかな。……お? ブレインの気配……」

 

 頷いていた弐式が、村の入口側を見て呟く。彼のセンサーにブレインが引っかかったらしい。

 

「戻って来ましたか。エンリが試し斬りに行ったと言ってましたから。その帰……」

 

「いや、モモンさん。誰か連れてるようですよ? ……ああこれ、ロンデスだわ。他にもう一人……」

 

 と、この時、影の悪魔(シャドウ・デーモン)が一体出現し、同様の報告をしてきた。そして自分が話した内容を既に弐式が知っていたことについて、大いに動揺し謝罪している。

 

「いいって、いいって。お前らの潜んでる位置だと、俺の感知範囲の中なんだから。むしろ、任務を立派に果たしてるのが確認できて満足だよ。この調子で、今後も頑張ってくれ」

 

 そう言って弐式が肩をパムパム叩くと、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は感激の涙を流しながら姿を消した。

 

「弐式さんも、『至高の御方』らしくなってきましたね」

 

「強いて言うなら、部活の後輩を褒めてる感覚なんですけどね~」

 

 二人で軽口を叩き合いつつ、ルプスレギナを引き連れてブレインが来る方向を目指す。弐式の話によると、村中央の広場あたりで出会すそうなのだが……。

 

「あ、居た居た。ブレイン。本当にロンデスを連れてますね。もう一人は……女性かな?」

 

 広場の端で居るブレイン達を、モモンガが発見する。

 ブレインの方でもモモンガと弐式、それにルプスレギナに気づいたようだが、こちらは顔を引きつらせて驚いていた。

 人の顔を見て驚くとは失礼な。これでも気を遣って人化してるんだぞ……とモモンガがむくれている隣で、弐式が呟く。

 

「『うげっ! アインズ様! 村に来てたのか……』って言ってますね」

 

「相変わらずの忍者イヤーです。でも、『うげっ!』の部分は必要でしたか?」

 

 弐式の方を見て言うモモンガ。その目の端で、赤い髪がスライドするのが見えた。ルプスレギナがモモンガらを追い越して前に出たのだ。

 

「『来てたのか』ではなく『御出(おいで)だったのですね』でしょうが。口の利き方を知らない下等生物には仕置きが必要です」

 

「ちょ! ルプスレギナ! 何する気だ!? 口調も違ってるぞ!」

 

 慌てて手を伸ばしたモモンガが、ルプスレギナの左肩を掴んで引き留める。その肩越しにルプスレギナは振り返ったが、表情には不満が溢れていた。

 

「ですが、ア……モモンさん。新参者の態度がなってないとか……」

 

 不満げだったのが泣きそうなものに変貌する。

 

「ルプスレギナ……」

 

 モモンガはルプスレギナの肩から手を離した。

 

(職場に愛着や誇りを持てるなら、そこに泥を塗るような行為は容認できないか。それは理解できるな……。現実(リアル)の頃の俺には無かった感覚だけど……)

 

 営業職の鈴木悟は、自分の仕事スキルには一定の自信を持っていた……と、モモンガは思う。それなりに長く続けてきた仕事であるし、自分だけのノウハウもあったから異世界転移した日まで、解雇もされずに続けてこられたのだ。

 ただ、仕事や職場に愛着があったかと聞かれると首を傾げざるを得ない。自分はユグドラシルのためだけに生きていたようなものだから。

 

(そんな俺からすれば、ルプスレギナや他のNPCらがナザリックを誇りに思うのは嬉しくもあるし……羨ましいんだよな)

 

 なんとなく感慨にふけってしまうが、それを瞬時に振り払ったモモンガはルプスレギナを諭すことにする。

 

「ルプスレギナよ。今の私は冒険者のモモンだ。お前にも言ったように、一々の畏まった態度や物言いは不要である。ま、周囲の目は意識するべきで、その場に合わせた対応は必要であるがな。そう言ったわけで、今のブレインの対応については特に咎めるに値しない。と私は判断した。そういうことだ」

 

「はい。わかりました……」

 

 心から納得いった風ではないが、取り敢えず矛先を収めてくれたらしい。

 何やら、モモンガが掴んだ肩を手で押さえ、嬉しそうに頬を染めているが……。

 

(……可愛いじゃないか。……と、とにかくだ。ナーベラルばりにアレな言動とかされなくて良かった)

 

 弐式に聞かせるわけにはいかないので、心の中で呟く。ところが、気がつくと弐式がジッとモモンガを見ていた。

 

「な、なんです?」

 

「モモンさん。今、ナーベラルみたいなことを言い出さなくて良かった。とか思ってたでしょう?」

 

「うっ!?」

 

 モモンガは石化したように固まる。特に今は人化中なので、驚きが顔全体で表現されていた。 

 

「ま、責めてるわけじゃないです。ペスに預けてるナーベラルに会いましたが、かなり良い感じで出来るメイドになってますよ。人間嫌いは、そのままですけど」

 

「ほほう?」

 

 弐式の言ってることが贔屓目によるものでないなら、それは重畳だとモモンガは思う。ナーベラルは容姿が人間寄りで、しかも美人。加えて、戦闘メイド(プレアデス)の中では高位階の魔法を使いこなすという逸材だ。対人コミュニケーション能力に難があったが、そこを改善できたのなら外部で運用するのも良いだろう。

 

「弐式さんにナーベラルを付けて、プラス何人か……ですかね。それで外部行動班が一つでも増えるなら、上々です」

 

「ふふふっ。我が冒険者パーティー『漆黒』は、多人数の変動編制ですからね。その辺は自由自在だからマジ便利!」

 

 そう言って笑い合いながら、弐式は「……その節は、うちのナーベラルが御迷惑を……」と頭を下げ、対するモモンガが「いえいえ。今の成長につながったのなら何よりですよ」と返す。

 ギルド長とギルメンの和やかな語らいが展開されたわけだが、この間に、ブレイン達がモモンガ達の前に到着していた。

 

「あのう、アインズ様?」

 

 おそるおそると言った風にブレインが話しかけてくる。モモンガは「俺、そんなに怖いか? 今は人化中だぞ?」と思ったものの、それを口に出すでもなく頷いて見せた。

 

「今は冒険者活動中なので、モモンと呼んでほしいが……。まあ、この村の中ではアインズで構わんだろう。今後は気をつけてくれ。で……」 

 

 モモンガの視線が、ブレインからロンデスへとスライドする。

 幾分緊張しているような面持ちのロンデスであるが、特に怪我などはしていないようだ。

 

(ふむふむ。影の悪魔(シャドウ・デーモン)らは報告どおりに上手くやったようだな)

 

 いい感じだぞ! と気を良くしたのも束の間、ロンデスから「助けてはもらえたが、丸腰で路地裏に放り出された」と聞き、肩を落とすことになる。

 

「それは……申し訳なかったな。影の悪魔(シャドウ・デーモン)達には、後で言っておこう。それで、この村には私を訪ねてきてくれたのかね?」

 

「偶然に出会ったアングラウス殿の案内でな。元々、ゴウン殿を頼るつもりだったので、貴殿を訪ねて来たということで間違いない。ゴウン殿……」

 

 ロンデスは一歩前に出ると、モモンガの前で跪いた。

 

「俺には、もうスレイン法国へ戻るという選択肢が無い。戻ったとしても殺されるだけなのでな。他に職を探すとしたら……ありがたくも勧誘してくれた貴殿の下しか考えられない。先に誘って貰ってから日が空いたが、俺を……雇っていただけるだろうか?」

 

 言いながら見上げるロンデスの瞳が、真っ直ぐにモモンガの目に突き刺さってくる。

 モモンガはジンワリと胸が熱くなるのを感じ、大きく頷いた。

 

「よかろう。当面は、そこに居るブレインと同じ、外部協力員の待遇だな。無論、ナザリックの一員であるから、功績や成果に応じた報酬は期待してくれて良い。給与については、改めて協議させて貰おう」

 

 住居についてはカルネ村に用意し……。

 

「モモンさん。この村を襲撃した前科があるのに、カルネ村入居はマズいですよ」

 

「おっと、そうでしたね」

 

 弐式に耳打ちされたモモンガは、「なんで、そこに思い当たらなかったかな?」と呟きつつ、別案を模索した。

 

「トブの大森林の中……は、アレらが居るからロンデスも気まずいか。そうなると……ナザリック地下大墳墓の第六階層かな」

 

「アウラとマーレのところですか。あそこは闘技場の他に森があるし、人間も住めそうですよね」

 

 弐式の賛意を得たモモンガは、その場で<伝言(メッセージ)>を飛ばしてタブラ達、他のギルメンの了承を取った。ナザリック内に外部の者を住まわせるのだから、緊急の協議案件だと考えたのである。

 結果としては全員が賛成。

 元よりロンデスについて知っていたヘロヘロは「異議なし!」の一言で了承。タブラと建御雷は「モモンガさんが良いって言うなら、問題ない」とのこと。ギルメンからの信頼が重たいが、ともかく反対者が居なかったので、村に常駐させている戦闘メイド(プレアデス)……ユリ・アルファに一時、ロンデスを預けることとする。

 先ほど話し合った『襲撃犯のロンデスをカルネ村に置くのか?』に抵触するが、あくまで一時的な措置だ。

 

「後はアウラに言って、第六階層にログハウスでも建てさせるか……。それはそうと……」

 

 モモンガは、ロンデスに「いいから立て」と促し、彼のすぐ後ろで居る女性戦士に目を向けた。

 

「貴女は、どなただったかな? カルネ村への移住希望者であるなら、村長と話すと良い……が?」

 

 言い終わりにロンデスを見る。

 ロンデスを連れてきたのはブレインだが、女性戦士の振る舞いを見るに、彼女はロンデスと行動を共にしているように見える。ならば、彼女についてはロンデスに聞くべきだろう。

 

「実は、エ・ランテルの牢より脱して暫くの頃、同市内で偶然に出会いまして……」

 

 雇用されることが決まった後なので、ロンデスの口調が変わっている。そこにモモンガは幾ばくかの寂しさを覚えたが、顔に出すことなく頷き、続きを促した。

 

「互いに身分を明かした後、彼女がナザリックでの雇用を希望しましたので。以後は行動を共にしていました」

 

「ほう、身分?」

 

 ロンデスの身分……この場合、元の身分である元スレイン法国騎士ということはモモンガも知っている。だが、それを聞いて行動を共にしたと言うのであれば、この女戦士は名のある冒険者だろうか。それともスレイン法国の関係者だろうか。

 モモンガの視線は、改めて女性戦士に向けられた。

 

「先に名乗るとしよう。我が名はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓の支配者……の取りまとめ役だ」

 

「先に御名乗りをいただき、痛み入ります」

 

 女性戦士は、跪きはしなかったが胸に手を当て一礼する。その所作は、礼儀作法に疎いモモンガや弐式が見ても、自分達とは一味違うものと感じさせた。強いて言うなら、デミウルゴスがモモンガ達に対して一礼するのを彷彿とさせる。

 

「私はクレマンティーヌ。そちらのロンデス・ディ・グランプと同じ、スレイン法国に属しておりました」

 

「なるほど。スレイン法国の方か。我ら、ナザリックでの雇用を希望とのことだが……。元の所属について聞いても良いかな?」

 

 騎士のようには見えないが、礼儀作法は大したものだ。ひょっとしたら、貴族のお転婆令嬢かもしれない。そんなことを考えていたモモンガであったが、クレマンティーヌの口から出た台詞に目を剥くこととなる。

 

「スレイン法国の特殊工作部隊……六色聖典が一、漆黒聖典にて第九席次を務めておりました」

 

「漆黒聖典!」

 

 モモンガは驚きの声色にて、クレマンティーヌが口に出した部隊名を復唱した。

 漆黒聖典。それは陽光聖典よりも戦闘力が高い部隊の名だ。デミウルゴスの報告に拠れば、破滅の竜王なる存在が復活すれば対処するのが主目的らしい。

 また、タブラ・スマラグディナの考察するところでは、他にも任務があるはずだし、他の聖典で手に負えない事態が発生すれば出張ってくるだろうとのことだ。

 

「ふむ。噂には聞いている。母国では重要な立ち位置だったのだろう? こう言っては何だが、我らナザリックは現状、有名であるとは言いがたい。そのような組織に身をゆだねて構わないのかな?」

 

 興味もあって聞いてみると、クレマンティーヌは「母国に未練は無い」と言う。

 

「それにロンデスから、アインズ様は第七位階魔法を修めておられると聞きました。そのような強大な方にお仕えできれば、これに勝る喜びはありません」

 

「なるほど……そうか」

 

 言葉少なに答えたモモンガは、おべっかが過ぎる気がする……と考えていた。言動や態度に何ら問題はないのだが、やはり『営業用の態度』に思えてしまう。

 

(営業スマイルとか、そういうのは良いんだよ、俺も営業時代にやってたし。でも、クレマンティーヌって、他に何かありそうだな……)

 

 上手く言葉にはできない。だが、漠然とした違和感を覚える。

 

(なんて言うのかな。薄皮一枚、かぶって話をしてる……みたいな……)

 

 暫し考えたモモンガは、またも弐式に相談することとした。

 

「弐式さん。クレマンティーヌに関しては、全員で相談した方が良いと思いませんか?」

 

「……」

 

「弐式さん?」 

 

 返事をしない弐式にモモンガが重ねて声をかけると、それでようやく弐式がモモンガを見た。

 

「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた。ええと、何でしたっけ?」

 

 モモンガが質問を繰り返すと、弐式は「それは賛成です」と答える。

 その後、ロンデスとクレマンティーヌは、カルネ村におけるナザリックの拠点……空き家を改装したもの……に行き、第六階層での住居が整うまで住み込むこととなった。同時に、カルネ村駐在を務めるユリ・アルファの指揮下に入るととなる。

 

「ギルメン会議でクレマンティーヌの扱いが決まったら、ロンデスと共に呼び出しますかね」

 

 去って行くロンデスとクレマンティーヌの後ろ姿を見送りながら、モモンガは弐式に話しかけた。それを受けて、弐式が一つの案を提示する。

 

「モモンさん。そこのブレインもそうですが。ナザリックの一員となる以上、俺達の素性……違うな『正体』を知らせておきません?」

 

「え? 人化してない方の? そういうのって、隠しておいた方が良くないですか?」

 

 ギルメンの幾人かと合流できたことで、普段はユルユルなモモンガであるが、ある面においては慎重なままである。

 そんなモモンガに弐式が食い下がった。

 

「いやね、ロンデスやブレインはともかく、クレマンティーヌはビシッとやっておかないと……どうも危ない気がするんですよ。さっきの丁寧な態度だって、なんか上っ面だけみたいな気がするし」

 

「ああ、弐式さんも同じ考えでしたか。と言うか、さっき考え事してたのは、それだったんですね。それなら賛成です。タブラさん達にも話を通しておきましょう」 

 

 笑いながら「話がまとまってからのことですけど。やるとなったら玉座の間がいいですかね~」と言ったモモンガは、所在なげに立っているブレインを見る。

 

「建御雷さんから刀を借りたそうだが。使い勝手はどうだ?」

 

「え? あ、はい! 極上です!」

 

 それまで硬かったブレインの表情が柔らかくなった。自分で対応できる話題を振られて緊張が解けたらしい。

 

「頑丈ですし、良く斬れます。さっきもクレマンティーヌの雷撃を……あ……」

 

「どうした?」 

 

 言葉を切ったブレインの顔を、モモンガが覗き込んだ。

 少し焦り気味のブレインが言うには、出会ったばかりのクレマンティーヌと手合わせをし、彼女の武器を壊してしまったらしい。しかも、魔法を封入できる珍しい物だったとか。

 

「へ~え。ユグドラシルでは見ないし、聞かない武器ですね」

 

「まあ属性効果なんて付与しちゃえばいいですし。違う効果のが欲しいなら、複数用意してアイテムボックスに入れておけば……と、壊したアイテムの補填だったな」

 

 話に入ってきた弐式に対応していたモモンガは、途中でブレインを見る。

 

「よろしい。後で仲間と話しておこう。良いのがあったはずだ。……まあ、クレマンティーヌが持ってる刺突短剣(スティレット)を見せてもらって、その後になるだろうがな」

 

「ありがとうございます!」

 

 ホッとした面持ちのブレインであったが、続いてモモンガが「後でクレマンティーヌとロンデスを呼ぶから。せっかくだし、お前も立ち会うように」と言うと、脱力しかけた肩に再び力が入ることとなる。

 

「お、俺も……ですか?」

 

「まあ、ついでだ。難しく考えなくてよろしい」

 

 そう告げると、モモンガは弐式とルプスレギナを連れて、漆黒の剣と合流するべく歩き出すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「驚いたぞ。クレマンティーヌが、あんなに真面目な態度が取れるだなんてな」

 

 指定された家に向かう道すがら、ロンデスが笑いかける。対するクレマンティーヌは「あんなの、聖典で訓練させられただけよ」と面白くなさそうに呟いたが、やがてその足を止めた。合わせるように足を止めたロンデスは「どうかしたか?」と声をかけたが、クレマンティーヌは勢いよくロンデスの顔を見るや、怯えた表情で訴えかける。

 

「……わからない。わかんないんだよ! 私、だいたいの奴は見た感じで強さがわかるんだよ? 戦士職や魔法職なんか関係なくね!」

 

 だが、モモンガや弐式を見ても、クレマンティーヌにはピンとこなかったらしい。

 ではモモンガ達は、強者を装った弱者なのか。

 仮定を口に出したクレマンティーヌは、即座に「それは絶対に違う」と自ら否定した。

 

「ロンデスや、あのニグンが第七位階魔法を使うのを見たんでしょ? だったら、やっぱり強いんだよ。問題は、私に見抜かせない強さが、本当はどの程度なのか……」

 

 クレマンティーヌは続けて言う。

 自分は、スレイン法国から自由になりたい。好き勝手にやっていきたい。人だって気ままに殺したい。しかし、それをするためにはスレイン法国からの追及が障害となる。

 ロンデスに同行しナザリックを頼る気になったのは、法国の追っ手から身を守るのが目的だった。

 

「けどさ……。ここまで底が読めない相手だとは思わなかったよ……」

 

「正体が知れないのは同意するが……。そこまで怯えるほどなのか? 俺には、わからん。途轍もなく強い……ぐらいの認識しかないな」

 

 頭を振るロンデス。その彼を、クレマンティーヌは羨ましそうに見つめた。

 

「わからないって言うなら、私を基準に考えてみれば? ロンちゃんにとってのさ、漆黒聖典隊員って、どんな強さなわけぇ?」

 

「漆黒聖典隊員の強さ……」

 

 ロンデスは、まず陽光聖典がモモンガ達と戦ったときのことを思い出す。集団でアルベドと戦い、一切合切が通用せず方針を転換。力試しの一環として、魔封じの水晶から強大な天使を召喚したが……モモンガによって一瞬で滅ぼされてしまった。

 陽光聖典が弱かったのではなく、モモンガ達が強大すぎたのだ。

 では、その陽光聖典よりも強いと思われる漆黒聖典はどうか。ロンデスが知る漆黒聖典隊員は、目の前のクレマンティーヌだけである。その彼女の強さは、天才剣士として知られるブレインとの手合わせで見る機会があった。

 結果としては判定勝ちのようであったが、あれはブレインの持つ武器が強すぎた結果であって、刺突短剣(スティレット)が斬られていなければ、クレマンティーヌが危なげなく勝っていたことだろう。

 見比べて感じたところでは、クレマンティーヌは彼女一人だけでも陽光聖典隊以上の強さを持つようにロンデスは思う。

 この感想を述べたところ、クレマンティーヌは「にゃははは!」と笑った。

 

「高く評価してくれて、ありがとうね~。実際は戦いように依るし、陽光聖典隊員の魔法攻撃をさばき切れるかどうかで勝敗が変わっちゃうんだけどさ~」

 

 だが、必ず負けるわけでもないと言うのだから、彼女の戦闘力は凄まじいものだと理解できる。

 こうして話の前段階として『クレマンティーヌの強さ』がロンデスに知れたところで、クレマンティーヌは表情を硬く……そして暗くした。

 

「でね、ロンちゃん? アインズ……様と、ニシキ……様の近くにさ、赤毛の女が居たでしょ?」

 

「居たな。確か、ルプスレギナ……だったか? 従者か何かだろうが……」

 

 返事をするロンデスに向け、クレマンティーヌは力無げに笑って見せる。

 

「節々で私に殺気ぶつけてきてたから解るんだぁ。あの女ね、私より強いんだよ?」

 




<誤字報告>
ARlAさん、schneizelさん、Mr.ランターンさん
ありがとうございます

しかし、毎度毎度、投稿時に誤字を取り切れてないのが何とも……
自分の描き方は、ガサッと投稿文を書き上げた後で、
読み返しながら手直ししていくというものなのですが……
まことにもってトホホなのです……


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第31話

「はぁあああ……」

 

 悩み多き少年、エ・ランテル期待の薬師、ンフィーレア・バレアレが深い溜息をついた場所。そこは悩みの多くの部分を占める少女、エンリ・エモットの自宅である。

 トブの大森林での薬草採取から戻ったンフィーレアは、森の賢王……現ハムスケより、森の勢力バランスが崩れつつあると聞かされた件について村長宅で報告。モモンガ達と共に対策を協議した。

 結果として村を囲う防壁を築くことが決定し、モモンガからゴーレムを数体借り受けることにもなったのであるが……。

 

「ゴーレム数体を一体につき、エ・ランテルの安宿の泊代程度で貸し出すなんて……。どういう金銭感覚してるんだぁ? しかも月額ぅ!?」

 

 食卓上で組んだ腕に顔を埋める。

 家主たるエモット夫妻は、件の防壁建築の説明会が開催されるため村長に呼び出されており、今この家に居るのはンフィーレアとエンリ、それに彼女の妹のネムだけだ。

 

「僕の感覚だと、モモン……ここは村の中だしアインズさんでいいのか。いや、人前だと『様』を付けた方がいいかも?」

 

 過日発生した、帝国騎士を装った法国騎士隊の襲撃。

 これを撃退したのは『アインズとニシキ(弐式)』であるという村内評判であり、村民にとってモモンガらは崇敬の対象となりつつあった。そこへ来て、防壁建築のためにゴーレムを超格安で貸し出すとあっては、崇敬の念が倍増……もはや崇拝化である。

 もちろん、エンリも『アインズ』を崇拝する一人で、しかもンフィーレアが見たところ、それは恩人に対する思いだけではない。

 

(エンリ。アインズさんのことを話すとき、瞳がキラキラしてた。頬だって赤く染めてるし! これって絶対に恋だよね! あああああああ!)

 

 どうして、こうなったのだろう。

 自分は、エンリとは歳が近い唯一の異性で、仲だって悪くなかった。なのに、暫くして会ってみると、エンリは最近知り合ったばかりの男に夢中なのである。

 嫉妬せずにはいられない。

 だが、燃え上がりかけた嫉妬の炎は、モモンガの顔を思い出すや鎮火した。

 ンフィーレアが思うに、彼とモモンガでは差がありすぎるのだ。魔法詠唱者としての実力。財力だって大きく違う。背丈はともかく、顔は……そんなに負けていないと思うが、たまにモモンガが見せる優しげな微笑。あれはンフィーレアとて目を奪われることがあった。

 

(つまり、見た目だけじゃなく、人柄だって僕が惹かれるほど凄いわけだ。アインズさんにはエンリを諦めないって言ったけど……。どうやって勝てって言うんだぁ!?) 

 

 唯一の救いは、エンリを遙かに上回る『絶世の美女(ルプスレギナ)』が、モモンガの近くに居ること。モモンガの方でもエンリを意識してはいるようだが、ルプスレギナとの仲の方が親密そうに見えていた。

 

(エンリ……。アインズさんに振られないかなぁ……) 

 

 仮に声に出したとして、それがエンリの耳に入ったら、ンフィーレアが振られること必至の台詞である。

 

(努力で振り向いて貰えるなら、いくらでも努力するけど……)

 

 外堀から埋めていくのはどうだろうか。エンリの両親に対する心証を良くし、味方に付ける。エンリの結婚相手がエ・ランテルの名士の孫だなんて、願ったり叶ったり。

 そういう風に思って貰えたら最高で、事実、村が襲撃される前までは順調に事が進んでいた。エンリ狙いの下心でアプローチしたわけではないが、好きな女性の両親なのだから割り増しに愛想良くもすれば、サービスもすると言うものだ。

 しかし、エンリの両親の目は、今では完全にモモンガに向かっていた。どちらかと言えば、父親の方は弐式に恩義を感じているようだが、彼にしてみればモモンガと弐式のどちらでもエンリの貰い手としては最高であろう。

 

「はぁああああ……」

 

「ンフィー、どうかした?」

 

 井戸から水をくんできたエンリが、食卓部屋に入ってくる。木製のコップをンフィーレアの前に置いた彼女は、対面の椅子に腰掛けた。

 

「どうしちゃったの? 溜息なんかついて」

 

「え? いや、あははは。ちょっと……ね」

 

 君と恋仲になるために、何処をどう攻めたものやらと考えを煮詰めてました。

 などと言えるはずもなく、ンフィーレアは誤魔化している。そんな彼に対し、エンリは胸前で手指を組むと、こちらも熱い溜息をついた。

 

「ねえ、ンフィー聞いた? アインズ様、村にゴーレムを貸してくれるんですって! それも信じられないぐらい安くで! 凄い凄い魔法使いで、お金持ちで……優しくて。私、憧れちゃうな~」

 

「ぐう……」

 

 ンフィーレアは小さく呻く。

 エンリは、だらしなくデレデレしているわけではない。心からモモンガを尊敬し、あこがれの念を抱き、それを『友人』であるンフィーレアに語っているだけなのだ。

 なのに、ンフィーレアはエンリの笑顔が眩しくて直視できないでいた。

 そして、その後の数分間。

 エンリは『自分が如何にアインズ様を尊敬し、憧れているか』をンフィーレアに語って聞かせ、満足した後に「両親の手伝いに行く」と言い家を出て行った。

 後に残ったのは真っ白に燃え尽き、テーブルに突っ伏するンフィーレアのみ。

 

「もう駄目だ……。エンリぃ~……。……惚れ薬……開発してみるかなぁ……」

 

「ほれぐすり……って、なぁに?」 

 

 幼い声がすぐ脇で聞こえ、ンフィーレアの身体がビクリと揺れる。

 軋むような動作でンフィーレアが顔を向けると、そこにはエンリの妹、ネムが居て、不思議そうにンフィーレアを見上げていた。

 焦るあまり、気の迷いを口に出すと言った有様のンフィーレアであったが、顔を上げた瞬間からネムと顔を合わせるまでの間。ほんの数秒ほどで、いつもの雰囲気と面持ちを復帰させている。

 

「ああ、他人に自分を好きにさせる薬さ。まあ、違法薬なんだけど。直接に飲まない香水なんかは違法じゃないしね。そこを工夫して異性を惹きつける……そんな薬の注文が入ってるのさ」

 

 勿論、この場で考えたデタラメのエピソードだ。

 普段のンフィーレアは、営業トークの中で薬物に関する話題をぼかして話すことが多い。素人さんに知られてはいけない原材料や薬草について、口に出すときは注意が必要だからだ。

 そうやって培った話術で、ネムを煙に巻くことにしたのだが、どうやら上手くいったらしい。

 

「ふう~ん。よくわかんない。あはははっ!」

 

 不思議そうにしているネムの頭を撫でてやると、嬉しそうに笑いはしゃいだ。

 わからないと言った口で、エンリに惚れ薬のことを話すかも知れないが、今『ネムに説明した』という事実を設けたばかり。エンリに問われたとて、同じ説明をするだけのことだ。

 

(こういう、駆け引きとか誤魔化し合いとか……。エンリ達相手には、したくないんだけど……)

 

 今回ばかりは、やむを得ない。緊急措置として職業スキルを活用したまでのことだ。

 

「じゃあね! ンフィーお兄ちゃん!」

 

「う、うん……」

 

 屈託無く笑いながら、ネムは姉の手伝いをするのだと言って家を出て行く。

 後ろ姿を見送るンフィーレアは「エンリの、妹かぁ……」と呟き、数秒後には何かを振り払うように頭を振るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ロンデスとクレマンティーヌをユリ・アルファの駐在所(カルネ村における借家)に預けたモモンガ達は、ンフィーレアを護衛しつつエ・ランテルに戻っている。薬草については通常の倍ほどの量が採取でき、その質も上々だとか。

 

(まずは依頼達成……いやいや、エ・ランテルに着くまでが仕事です! 気を抜いてはいけないな……)

 

 ンフィーレアが御者を務める荷馬車。その左側で弐式の後ろを歩きながら、モモンガは気を引き締めた。すぐ後ろにはルプスレギナが居て、鼻歌交じりで歩いているのは何となくわかるが、時折、熱い視線が飛んでくる。

 

「モモンさんの背中、格好いいっす~……」

 

 などという呟きも聞こえたりで、モモンガとしては「そうか? そうなのか!?」と自分の後ろ姿について考えることもあった。

 他に気になることと言えば、街道移動中……漆黒の剣のニニャが、暇を見ては魔法運用について聞きに来ることだ。

 魔法の理屈などモモンガには理解できないが、低位階の魔法をやりくりしてパーティーに貢献する術ならお手の物。ユグドラシルで練り上げた戦法・戦術を伝授したところ、ニニャの尊敬の念は天にも昇るほどとなった。

 

「モモンさん、素晴らしいです! どれもこれも、こんな戦い方や第二位階魔法の使い方なんて、初めて知りました!」

 

「ハッハッハッ。そうかな? いやあ、それほどでもないんだけどね」

 

 モモンガは照れくさそうに笑い、頭を掻いた。

 鈴木悟としては、趣味の話題で年下女性から尊敬されたことがない。故に、機嫌の程は実に上々だ。

 前方を行く弐式からは「ルプーが近くに居るのに、別の女の子と仲良くするとか。モモンさん、ただもんじゃねーな」などと呟かれ、それが強化された聴覚で拾えるのだが……モモンガは努めて無視をした。 

 

(まったく。ニニャは愛嬌があって可愛いけど、見所がある魔法詠唱者なんです。上級者としては面倒見たくなるじゃないですか。素直だし! あと可愛いし!)

 

 後輩的存在に慕われている。それが可愛い系の女子とあっては、愛想が良くなって当然なのだ。

 

(そのはず! ……と思いたいんだけど、エンリのこともあるし。アルベドにルプスレギナかぁ~……。俺、やっぱ気が多いのかな……)

 

 現実(リアル)ではない自然あふれるこの世界に来て、色々と吹っ切れてしまったのだろうか。ヘロヘロ的な感じで……。

 そう思いつつ、一つ物を教わるたびニニャが「うはぁ! 凄いです!」とはしゃぐのを見ると、モモンガは自然に頬が緩んでいく。

 そして、それを面白くなさそうに見つめる視線が二組あった。

 一人は、ルプスレギナ。彼女はモモンガを慕っており、既に告白済みの身である。明確な返事はモモンガから告げられていないが、感触は悪くないと思っている。そんな彼女にとって、人間の女……ニニャがモモンガに擦り寄るのは、まったくもって面白いことではなかった。ただ、ニニャを感情的に排除しようとはしない。そういった行為がモモンガ達、至高の御方の嫌うところであるのは理解できているからだ。

 

(人間なんて面白おかしくブッ殺したいっすけど。アインズ様と冒険して築き上げた『こっちの私』のイメージ。損なうわけにはいかないっすからねぇ)

 

 強硬手段に出てモモンガに嫌われるぐらいなら、今見ている苛立つ光景など幾らでも我慢できる。そう覚悟を決めたルプスレギナは、そのつど深呼吸をして気を落ち着けるのだった。

 と、このようにルプスレギナは、自らの恋路のハッピーエンドに向けて心を砕いている。

 その一方で、ただひたすらに落ち込んでいる者も居た。

 

(なんなの、アインズさん。中性的な少年にも大人気とか……。どっちでもいけるの? いけちゃうの?)

 

 ンフィーレア・バレアレである。言ってる彼自身も『中性的な少年』に分類されるのだが、本人は気がついていない。

 

(モテモテで羨ましいなぁ。……本当に……)

 

 ニニャと楽しく魔法談義をしているモモンガを、ンフィーレアはジトッと睨みつけた。今のところ街道は『この先暫く道なりです』状態なので、多少は手綱さばきが狂っても大丈夫。だが、手綱を握る手が震えているのは、すぐ隣で歩くペテル・モークの眼にも明らかだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 翌日の午前中。

 モモンガ達は、エ・ランテルに帰り着いている。帰路では特にモンスターや野盗の襲撃も無く、ひたすらエ・ランテルを目指すのみだった。強いて言えば、モモンガとニニャの会話。そして、ルプスレギナに言い寄るルクルットの声が聞こえていたのみ。

 エ・ランテル到着後は冒険者組合へ向かい、両パーティー合わせて依頼達成報告を行っている。これは依頼主であるンフィーレア・バレアレが護衛対象であったため、完了検査は滞りなく終えていた。もっとも、ハムスケの使役魔獣としての登録が必要だったので、ほんのちょっぴり手間取りはしたが……。

 ともあれ、これにて冒険依頼は無事達成。冒険者パーティー漆黒の記念すべき初依頼は、成功で終わったのだ。

 依頼主であるンフィーレアとは冒険者組合で別れ、報酬は漆黒の剣とモモンガら漆黒とで分配している。そして夜になってから、そこそこお高い酒場で打ち上げパーティーをし、漆黒の剣とは名残を惜しみながら別れていた。

 

「いや~……モモンさん。ニニャちゃんの、『僕! 女の子れすけど! モモンさんと仲良くできまふか!』には、まいりましたね~。モテモテですね」

 

 夜道を歩く弐式が、モモンガを冷やかした。

 そう、打ち上げパーティーの場で、酔いの回ったニニャが自身の性別をカミングアウトしつつ、モモンガに訴えかけてきたのである。

 今思い出しても、ペテル達の引きつった顔と言ったらなかった。聞けば、パーティーメンバーの全員がニニャが女であることは知っていたそうで、気を遣って知らないフリをしていたのに……と、複雑そうであったのがモモンガとしては印象深い。

 モモンガ自身は弐式情報で知っていたが、いきなりの告白に人化状態でのほろ酔いが一瞬で醒め、しどろもどろの対応になったものだ。

 

「ん、まあ……。仲良くできるとは言ったし、男としては悪い気はしないんですけど。俺、これで良いんですかね……」

 

 モモンガは隣に弐式、後方にルプスレギナを連れたまま夜空を見上げた。ちなみにハムスケは、漆黒の剣との打ち上げ前に、冒険者組合と提携している馬車組合へ預けている。後で引き取りに行かなければならないだろう。その後は宣伝用に連れ回すも良し。カルネ村に置いて、防衛力の一助とするも良しだ。

 

「これで良いか……と言いますと?」

 

 つられて夜空を見上げた弐式が、面を付けた状態ではわからないが、恐らく横目でモモンガを見ながら聞き返す。モモンガは……すぐには答えなかった。

 

(星、綺麗だな~……)

 

 今日のところは晴天であり、星がよく見えている。

 空高く舞い上がれば、以前に弐式と共に見た広大な星空を見ることもできるだろう。今は、エ・ランテルの街並み、建物の屋根などが視界に入っているが……それはそれで、また趣深い。

 そうした中、モモンガは弐式に視線を戻した。月明かりが遮るものなく地上まで届いており、夜空の下で照らし出された弐式炎雷……忍者の姿は、そこまで時代劇者にこだわりがないモモンガが見ても実に格好が良い。

 

「俺、思うんですよ。弐式さん。アルベドと交際……中で、ルプスレギナに告白されて……」

 

 モモンガは肩越しにルプスレギナを振り返った。

 一瞬目が合ったルプスレギナは、少しだけ怯えたような眼をする。

 

「いや、嬉しいですけどね」

 

 弐式に向き直りながら言うと、後方からは非常に嬉しげな気配が伝わってきた。それを心地よく感じる自分に苦笑しながらモモンガは続ける。

 更にエンリ、ニニャ。二人の人間女性とも関係性は良好だ。勿論、社会人としての関係ではなく、男女の関係性として良好なのである。

 

「カルネ村から戻るまでにも考えたんですが。こんな気の多いことで良いんでしょうか。やはり、一人……」

 

 喜色にまみれていた後方からの気配が、一気に盛り下がった。

 ある意味で圧力がかけられているような感覚であり、モモンガは酢を飲んだような気分になったが、フォローの意味も兼ねて言葉を続ける。

 

「ないし二人に絞った方がいいんじゃ……」

 

 後方のルプスレギナの気配が、一転、再び嬉しそうなものへと変わった。ここまで来ると、疲れる一方で面白みも感じる。が、弐式が話し出したので、モモンガは意識を隣に向けた。

 

「前にも言ったかも知れないけどさ。いいんじゃないですか? 最終的に嫁さんが五人や十人になっても」

 

 弐式は言う。男と女の好きとか愛してるなんてのは、本人同士の問題なんだから。周りに不幸をまき散らしたり迷惑がかからなければ、それでいい。

 

「元の世界での重婚規程なんて、もう俺達には関係ないんだし。こっちの国……例えば王国の法律で似たようなのがあるかもですけど。そこは支配して法律を変えちゃえばいいんですよ。そもそも、俺達に王国の法律なんて関係ないか。後は……モモンさんが手を出した女性全員に対して責任を取れるなら。それでいいんじゃないですか?」

 

 関係した女性、全員に対して責任を取る。

 幾人も居る妻との関係を円満に保ち、養い、子育てをする。

 現実(リアル)で恋人の居なかったモモンガには、ハードルが高いことのように思えた。しかし、結婚して家庭を持つ男なら、誰もがしていることである。自分の場合は、奥さんの数が多くなるのだろうが……。

 

「今の俺には妻や子を守る力があるし、金だって稼げば良い……か」

 

「よっ! 大黒柱っ! 支える一家の数は多いぞ! まだ結婚してないけど!」

 

 茶化す弐式を苦笑交じりに睨むが、モモンガは普段は発揮できない『この方面の意気地』が沸き上がってきたような気がしていた。

 足を止めて振り返ると、ルプスレギナが遅れて一歩踏み込んできたため二人の距離が詰まる。手を回せば抱擁できそうな程の至近距離だ。

 

「そんなわけだ。すまないな、ルプスレギナ。『お前一人だけ』というのが理想だったかも知れないが……。すでにアルベドが居る以上、俺は、こういう奴なんだ。幻滅したか?」

 

「幻滅だなんて、とんでもないです!」

 

 モモンガなりに腹をくくった上での問いかけだったが、ルプスレギナは勢いよく首を横に振る。

 

「私はモモン……ガ様と……その、モモンさんに気持ちを伝えられただけで……。駄目だって言われなくて、本当に嬉しくて……」

 

 ルプスレギナは、どこかのサキュバスや吸血鬼のように、妻になりたいだとかは押し込んで来ない。これがもし『奥ゆかしさ』や『一歩引いた気の弱さ』を演出しているのなら大したものだ……と、端で見ている弐式は思ったが、彼が有する特殊技能(スキル)では、判断がつかなかった。

 

(メコン川さんの娘さんだし? 悪い話じゃないよな。これがルプーじゃなくてナーベラルだったら……邪魔をするか、俺が泣くけど)

 

 そもそも余所様の色恋ごとである、相談されてたら話ぐらい聞くし、思いつく範囲でアドバイスもするが、最終的なことはモモンガと相手が決めることだ。

 そんなことよりも弐式が気になるのは、今のルプスレギナの言葉に対し、モモンガがどう返すかである。ここでヘタレた物言いをするようでは、モモンガとルプスレギナの縮まった距離が開きかねない。

 

(余所のプレイヤーとPVPするよりハラハラするな……。てゆうか、俺が居る場で、そういう話すんのマジ勘弁……。てか、二度目なんだよなぁ~)

 

 実に居たたまれない気分だ。しかし、「俺、用を思い出したから!」と離脱するタイミングが、なかなか掴めない。第一、この恋愛ドラマがここからどうなるか、見てみたい気持ちだってあるのだ。

 離脱してから分身で盗み見する手もあるが、それをするぐらいなら堂々と居座って見聞きしよう。そもそも、弐式が居る場でおっ始めたのはモモンガ達なのである。

 

(邪魔者の自覚は大いにあるが、俺は悪くない! そして、情報収集に努めるのは忍者の道だ!)

 

 そして、この場を耐え抜き、後で今の話を酒の肴にして他のギルメンらと盛り上がろう。

 そう決めた弐式は、特殊技能(スキル)まで動員して気配を消し、居ながらにして空気と化すのであった。

 と、こうした弐式の努力もあって、モモンガとルプスレギナは更に二人だけの世界にのめり込んでいる。夜中なだけあり、他に通行人が居ないのが色々な意味で救いだ。

 

「ルプスレギナ……」

 

「は、はい。モモンさん」

 

 名を呼ばれたルプスレギナが返事をすると、モモンガは少し息を吸ってから切り出す。

 

「実を言うとな……。私は、お前のもう一面……(カルマ)の悪寄りな部分について知っている。ヘロヘロさんから聞いたのだがな」

 

「え……」

 

 ルプスレギナが硬直するが、モモンガは笑って彼女の肩に手を置く。自分を好きだと言ってくれている女性が相手なので、決してセクハラ行為ではない。

 

「ヘロヘロさんは、メイド関連のNPC作成に関わりがあるからな。獣王メコン川さんがルプスレギナを作るときに、彼から色々と聞かされていたらしい。と、そういうことを言いたいのではなくて……だな」

 

 モモンガは、ルプスレギナの二面性を知った上で、これからも側に居て欲しいのだと説明した。

 これを聞き……ルプスレギナは、驚きと共に歓喜によって身を震わせる。

 

(私が、こういう性格なのは獣王メコン川様が『そうあれ』として、私をお作りになったため。私は、そのことを誇らしく思っているけれど、戦闘メイド(プレアデス)の姉妹の中では、悪い方の性格を好ましく思ってない人が居る……)

 

 しかし、モモンガは言った。

 どちらの性格も知った上で側に居て欲しいと……。

 

「もったいない……お言葉です……」

 

 ルプスレギナの褐色の頬を、涙が伝って落ちた。

 

「でも、本当に? 悪い子の方の私で居ても? お嫌いになったりしませんか?」

 

「無論だ」

 

 胸前で祈るように手を組むルプスレギナに対し、モモンガは即答する。

 

「しかし、改めて考えると……どっちのルプスレギナも良い感じだな」

 

「そうなんですかぁ!? でもでもぉ、強いて言えばどっちの私が好みなんです?」 

 

 それはまあ、明るく人懐っこい方であろう。

 圧される形で答えを絞り出したモモンガに、ルプスレギナは大きな胸をポムンと叩いて見せた。

 

「だったら基本的には、こっちの私で行くっす!」

 

「か、かまわないのか? 今は、ああ言ったが。私は……」

 

「彼氏の好みに合わせるのも女冥利ってもんすよ!」

 

「そ、そうか……」

 

 かろうじて返事をしたモモンガの耳に、聞き捨てならない声が飛び込んだのは、この時だ。

 

「やべぇ。モモンガさん、コンソール操作も無しでNPCの性格設定を変更しやがった……。マジ、ぱねぇ」

 

「ちょっと、弐式さん!」

 

 弐式の声は呟きレベルだったが、はっきり聞き取ったモモンガは勢いよく振り向く。

 

「それは人聞きが悪いですYO!」

 

「イチャイチャしてるのが悪いんです。あと、なんでラップ風なんですか」

 

 ……。

 二人は暫し顔を見合わせた後、どちらから共なく吹き出した。

 今のやりとりは、以前に同じ二人でやったものだからだ。もっとも、ラップ風に言う役と突っ込み役は入れ替わっているが……。

 

「弐式さんは、ナーベラルとはどうなんです?」

 

 モモンガが聞くと、弐式は下顎部に手をやって、わざとらしく考える素振りをして見せた。

 

「まあ、それなりに進捗中ですかね。前にも話したとおり、ペスのところで順調にやってますし。そうだ! 今度、俺の冒険者チーム作っていいですかね? 漆黒の弐式班って感じで!」

 

 少し前までのモモンガであれば、この発言を聞いたときに寂しさを感じたことだろう。だが、今のモモンガは聞き終えてニンマリと笑っている。

 

「ナーベラルと外で良い感じになりたいと?」

 

「いけませんか? モモンガさん?」

 

「滅相もない。この方面でのお仲間が増えれば、肩身の狭い思いも……って、あれ?」

 

「おっ?」

 

 モモンガが不意に言葉を切り、弐式も何か感じたのか夜空を見上げる。つられてモモンガも夜空を見上げるが、そこには星が多く見える夜空があるだけで……。

 

『うははは~。モモンガさんも弐式さんも、こっちへようこそ~』

 

 巨大な古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の幻影が、夜空に見えたような気がする。

 

「……冒険者組合の宿に戻って、ナザリックに転移しますか……。弐式さん」

 

「そうっすね。ロンデスとかを迎える準備とかしなきゃですしね。モモンさん……」

 

 見てはいけないものを見た気にでもなったか、弐式がモモン呼びに戻しつつ頷く。

 幾分盛り下がった状態でモモンガと弐式は歩き出すが、その後ろを付いて歩くルプスレギナは、自身の心情に戸惑っていた。

 彼女の創造主、獣王メコン川が設定した(カルマ)は、極悪寄りだ。ソリュシャンよりはマシな部類だが、それでも悪の色が濃い。そう、二面性があると言ってもルプスレギナの本質は『悪』なのである。

 つまり、『明るく快活で朗らかなルプスレギナ』というのは、彼女にとって演じやすく、性から外れたものではないが……本質とは異なる『人柄』。遊びの人格モデルなのだ。

 故に、愛するモモンガのためとはいえ、普段から演じ続けていくのは、二面性設定があるとは言え精神的な負担が生じる。しかし、そこを踏ん張ってこそ、愛しい御方をつなぎ止められるというものだ。耐えなければならない。

 そう思っていたのだが……。

 

(あれぇ? ……おかしいっす。モモンガ様のことを考えてると、こっちの私風に振る舞い続けても……)

 

 少し後ろから自身の明るい振る舞いを見て、それを鼻で笑い、その姿に騙されて安心している者を冷笑する。そういう気分になれないのだ。

 もちろん、モモンガ相手に裏のある態度や心持ちで居る気はないが、それまで出来ていたことが出来ない。そのことに気づいたルプスレギナは、戸惑うことしきりであった。

 それどころか、元より『明るく快活で朗らかなルプスレギナ』であったような気すらしてくる。そして、そうあることが嬉しく思え、胸が高鳴るのだ。

 

(これ……マジっすか? もちろん、本心からモモンガ様をお慕いして愛してるっすけど。こんな、純真な小娘みたいにドキドキするなんて……)

 

 獣王メコン川によって「そうあれ」と創造された自分が、変貌していく。それは恐ろしいことではあった。だが、モモンガを思うと心地よさに切り替わる。

 胸元に手を当ててみると、いつもより鼓動が速くなっていた。

 

「どうした、ルプスレギナ?」

 

 モモンガから声がかかり、慌てて顔を上げると、モモンガ達は少し先まで移動している。ルプスレギナがついて来ないので、足を止めて呼びかけたのだ。

 

「は、はい! 今行きますぅっ!」

 

 返事をして駆け出すと、モモンガと弐式は前に向き直って歩き出す。

 その左側を歩くモモンガの背。それは駆けて追うルプスレギナにとって、大きく、そして暖かいものに思えてならないのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で、円卓の間に集まったわけですが」

 

 モモンガは自身の席に座し、ギルメン達を見回す。

 現在、円卓の間にはギルメンだけが入っており、ギルド長であるモモンガの他、ヘロヘロ、弐式炎雷、武人建御雷、タブラ・スマラグディナと、合流を果たしたギルメン全員が揃っている。ちなみに、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン会議であるからと、全員が異形種化している。 

 参加者数は、前回よりも増えており、そのことはモモンガにとって、この上ない喜びだ。人数が増えてこれほど嬉しいのであれば、たっち・みーやウルベルト・アレイン・オードル。その他多数のギルメン。彼らとも早く合流を果たさねばならない。

 そう心に決める一方で、モモンガには気になることがあった。

 自分以外のギルメンが、ニヤニヤであったり、生暖かい眼であったりと様々であるが、総じて楽しげな視線を向けてくるのだ。

 

(何だろう。この場を逃げた方がいいような……この場に居てはいけないような……)

 

「……皆さん。どうかしました? 俺の顔に何か付いてますか?」

 

「いえね、モモンガさん」

 

 タブラが、タコのような頭部をククッと傾けながら言う。

 

「ルプスレギナとの関係が大きく前進したそうで……」

 

「なっ! ……っ! 弐式さんっ!?」

 

 腰を浮かせたモモンガは、建御雷の隣で横を向いている弐式を睨んだ。下手な口笛を吹いているのが小憎たらしい。  

 

「い、いやあ。ギルド長の幸せエピソードは、ギルメン間で共有しないといけないな~……って」

 

「そういうのは、俺のプ~ラ~イ~バ~シ~に配慮した上でやっていただきたいんですけどね!」

 

「モモンガさん。弐式の馬鹿が、すまねぇ……な!」

 

 言うなり建御雷が弐式の後頭部を鷲づかみにし、円卓上へ押しつける。

 

「いだだだだっ! 建やん、これダメージ入ってる! ごめん、助けて!」  

 

 ジタバタもがく弐式に、建御雷が「謝るのはモモンガさんにだ」と言い、弐式がモモンガに謝罪したことで場は収まった。

 モモンガにしてみれば、そこまで激怒していたわけではない。なので、建御雷の行動に驚いてしまったが……どうやら女性関係をネタにして、長時間弄られるのは避けられたらしい。その点については助かったとモモンガは思っている。 

 

(前に似たようなことで弄られたときは酷かったからな~。建御雷さんが合流してくれて本当に良かった)

 

 建御雷は、小難しい話には関わってこないが、仲間内での礼儀には割りとキチッとしたところがある。気さくで大らかではあっても、度を越した失礼や無礼は許さないのだ。他のギルメンで似たところがある者と言えば、ぶくぶく茶釜などが挙げられる。

 

(茶釜さんの場合は、シモの話に厳しいんだけど……。おっと……)

 

 会議を進めることを思い出したモモンガは、小さく頭を振って皆を見回した。

 

「え~……それで皆さん。議題についてですが……」

 

 まずは、かねてから外部協力員として勧誘していた、ロンデス・ディ・グランプがカルネ村に到着したこと。そして、彼がスレイン法国の特殊工作部隊、漆黒聖典に所属していた女性、クレマンティーヌを伴っていたことだ。

 

「その漆黒聖典ってのは、六色聖典の中で戦闘力が突出してるんだっけ? 弐式の見たところではどうだ?」

 

「レベル四〇ぐらいかなぁ。この世界では、確かに突出して強いと思うけどさ……」

 

 建御雷の問いに弐式が答える。そのレベルの低さに建御雷は興味を失いかけたようだが、ブレインより強いと聞かされると興味を持ち直したらしい。

 

「そっか。じゃあ武技とかの教官役にも使えそうだな……」

 

「この世界の案内役や解説役としても使えますよ。ブレインは教官役で収まってますけど、割りと有名人らしいですし。ロンデスとクレマンティーヌも、俺達が外に出るときに同行させたいですね」

 

 モモンガの提案に皆が頷く。これでロンデスに加え、クレマンティーヌもナザリックでの『お雇い』の身分となった。いや、なって良いと決まったわけだ。もっとも、この後の顔合わせで「やっぱり、やめます」とロンデス達から言われかねないが……。

 

(断られたら……。記憶操作でもしてロンデスは放り出す……いや、別途雇い直すか。クレマンティーヌは可哀想なことになるかもだけど……)

 

 頼ってきた人間が、こっちの事情を知った上で就職辞退した……からと言って、モモンガは殺そうとまでは思わない。ただし、クレマンティーヌは前職が前職なので、可能な限り情報を絞り出したいところだ。

 

(拷問部屋行きにはならないだろうが、<支配(ドミネート)>と<記憶操作(コントロール・アムネジア)>を使うことになるな。……対象女性(クレマンティーヌ)のプライバシーが完全無視になるとか……。……どう考えても悪手だな)

 

 この時、モモンガは考えただけに留めている。数人とは言え、今はギルメンが居るのだ。そして、ここはユグドラシルではない。ゲームではない現実で、皆がどう思うか。それを常に考慮すべきであるから、過激なことを思いついても即行動へ移すのは危険だろう。

 ロンデスとクレマンティーヌが『無事』にナザリックの一員となったら、第六階層の森林部で居を構えさせる案。こちらについても、皆の了承を得たので、モモンガは内心で胸を撫で下ろした。

 これはロンデス達を心配していた……わけではなく、ギルド長として外部の者をポンポン追加するにあたり、会議が揉めることを気にしていたのである。昔、たっち・みーとウルベルトが喧嘩を始めたときなどは、毎度胃の痛い思いをしたものだ。

 また、弐式がナーベラルと他幾人かを引き連れ、冒険者パーティー漆黒の弐式班として行動したい件についても認められていた。

 

「モモンガさんが、ルプーとイチャイチャしてるのを見てるとさぁ。俺もナーベラルと楽しくやりたいんだよね~。……外で、それも別班で」

 

 外は兎も角、別班で行動したい理由は「やっぱさ、NPCとイチャイチャしてる姿をギルメンに見られるって……嫌じゃん?」だそうで、聞かされたモモンガは少しばかり苛っとしたものだ。

 

「俺は、ルプスレギナとイチャイチャしていたわけでは……。ゴホン。それで? 弐式さんは、他に誰を連れて行くんです?」

 

 この問いに対し、弐式は首を傾げることで返答している。

 要するに決めていなかったのだ。

 モモンガと弐式以外のギルメンは顔を見合わせたり、肩をすくめるなどしたが、結局のところ、どういった編制であれば良いのだろうか。

 弐式の戦闘力は転移後世界にあって破格だが、同レベルのプレイヤーを前にしたときは装甲値の低さが問題となる。壁となり得るタンク役が必要だが……。

 

「コキュートスを人化させて、高級防具でガチガチに固めて同行させるってのは?」

 

 挙手しつつ建御雷が言うが、これは良い案だと皆が思った。コキュートスに人間蔑視が皆無というわけではない。しかし、他の階層守護者と比べれば遙かにマシだ。

 まずは、妥当なところであろう。

 もっとも、コキュートスの創造主である建御雷が、今言ったような装備で同行する案もある。しかし……。

 

「弐式がナーベラルとイチャイチャするのを見せつけられるんだろ? 俺ぁ、真っ平御免だ。そもそも、弐式も嫌って言ってるしな」

 

 とのことで、建御雷は残留することとなった。

 暫くはコキュートスが守護していた第五階層に陣取り、ブレインなどと稽古などに励むらしい。

 弐式班のメンバーが、タンク役戦士(コキュートス)探索役(弐式)魔法詠唱者(ナーベラル)と決まったところで、後は回復役……信仰系の同行者が居れば様になる。

 モモンガが、マーレか人化したペストーニャとかか……などと考えていると、弐式が挙手しつつ発言した。

 

「モモンガさん。ルプスレギナを俺んとこに移してくれません?」

 

「ルプスレギナを……ですか?」

 

 モモンガは首を傾げる。

 要望に応えるのは(やぶさ)かではないが、そうなるとモモンガ班から回復担当が居なくなるのだ。モモンガ達を負傷させられる存在は、そうは居ないだろうが、冒険者として活動する手前、第三者を治療する必要があるかもしれない。治癒のポーションを多数持ち歩けば良いとしても、ポーション作成のための原材料……特にユグドラシル由来の品が有限とあっては、あまり使いたい手ではない。

 

(それこそ俺の所にマーレを入れるか、ペストーニャを入れるかだな。しかし、弐式さんの班でやっても良いわけだから……。何故、わざわざルプスレギナを引き抜くんだろう?)

 

 気になったモモンガが確認したところ、弐式は幾分呆れが混じった声で答えた。

 

「モモンガさん。次はアルベドを連れて行くんでしょ? 女の子二人の方は良いかもしれないけど……ルプスレギナ同伴で、アルベドとイチャイチャするのは駄目でしょーっ?」

 

 それとも、パーティーメンバーを自分以外女にして、みんなとイチャエロな冒険をしたいのか。

 

「うっ……」

 

 指摘を受けたモモンガは、座した状態でよろめくという器用な挙動を見せた。

 アルベドとは交際状態で、ルプスレギナとも同じく交際中だ。弐式が言ったとおり、ルプスレギナ側ではアルベドの同行を推したぐらいだから、アルベドと険悪なことにはならないだろう。また、アルベドは自身が『第一恋人』という認識があるだろうし、ルプスレギナには借りがあるようなものだから、これまたルプスレギナと険悪な状態になる可能性は低い。

 二人同時に連れ歩いて大きな支障は無いと言える。

 しかし、だ。個別に恋人とした女性達を、まとめて連れ歩くというのは、モモンガにとって精神的難易度が高い所業なのである。

 

「ペロロンチーノさんなら、『ハーレムだぁあああ! ひゃっほぉぉおおい!』とか言って喜ぶんでしょうけど。ああ、俺も大丈夫かな……メイド限定ですけどね」

 

 ヘロヘロが粘体の身体をフルフルさせながら言う。

 だが、モモンガは、ペロロンチーノやヘロヘロではない。

 いずれ……いずれ、妻を複数人持つことになろうとも、今は無理。

 結局、モモンガは弐式案を呑み、ルプスレギナを『異動』させることにした。

 

「では、弐式さんの班は、弐式さん、コキュートス、ナーベラルとルプスレギナの四人編制と言うことで決まりですね」

 

 このモモンガの取り纏めに、その場の皆が了承。弐式班の編制が確定した。

 そうなると、次なる問題が浮上する。ルプスレギナを引き抜かれ、弐式が別班になったことで、モモンガのみとなったモモンガ班をどうするかだ……。

 

「いっそのこと、アルベドと二人で行動してみませんか?」

 

 タブラの発言に皆の視線が彼へと集中した。

 防御力が高い戦士系のアルベドを前衛とし、モモンガが魔法詠唱者として後衛を務める。

 バランスとしては良いのだろうが人数が少ない。この編制を人間でやると、数的戦力不足が問題となる。だが、そこは一〇〇レベルプレイヤーとNPCだ。まずもって大丈夫だろう。

 回復に関してはポーションを使えば良いし……。

 

「在庫が気になるにしても、今は錬金術を修めてる私が居ますからね。最悪、転移後世界の材料でも良い感じのポーションを作って見せますよ」

 

 ……妙に協力的だ。

 何か含むところでもあるのだろうか。

 

(いや、おおよその見当はついてるんだけどね……)

 

 だが、確認はしておくべきだ。

 モモンガは、タブラに向き直ると直球で尋ねてみた。「何か、お考えですか?」と。

 強く聞いたわけではないが、タブラはその手指でタコ頭を掻いた。

 

「いえね。モモンガさんはルプスレギナと良い感じらしいですし、ここはアルベドとも大いに前進してみてはどうか……とね」

 

「やっぱり……」

 

 ハアアアと深い溜息をついたモモンガであるが、アルベドと二人旅というのも興味がある。元設定の『ちなみにビッチである。』が残っていたなら不安もあったろうが、今のアルベドならば問題はないはず。

 

「モモンガさんも冒険者として一働きしたことですし、こっちの世界には少し慣れたんじゃないですか?」

 

 ならば、アルベドをエスコートして旅することも可能ではないか。

 そう推してくるタブラに、モモンガは苦笑交じりではあったが頷いている。

 

「わかりました。アルベドと二人で行動しましょう。何かあったら、すぐに<転移門(ゲート)>で逃げるか、ナザリックに連絡します」

 

 この決定も皆の了承得たことで、外部行動班はモモンガ班と弐式班。そしてヘロヘロ班の三班構成となった。なお、ヘロヘロ班……ヘロヘロ、セバス、ソリュシャンの編制に変更はない。

 その後、ロンデスとクレマンティーヌ。この二人をどう扱うかが話し合われ、当面は二人ともナザリックの第六階層で住まわせ、最古図書館(アッシュールバニパル)にて転移後世界の情報を書き留めることとなった。これには司書長である骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスとタブラが関わる。

 当初の狙いどおり、転移後世界の案内役を担わせようにも、モモンガらの活動域は今のところ、王国に留まっている。この時点で、お尋ね者のロンデスが使えない。クレマンティーヌの場合は、スレイン法国にあってロンデスよりも上位機関の所属だったため、前述したように当分は図書館通いが良いだろうと判断されたのだった。

 そうして大まかな打合せが終わると、モモンガの<伝言(メッセージ)>により、円卓の間に守護者統括アルベドが、その彼女からの<伝言(メッセージ)>で階層守護者らが招集されることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第九階層通路。

 

「え、円卓の間に集合だなんて……。やっぱり緊張するよね。お姉ちゃん……」

 

 杖を持ったダークエルフの女装男子……マーレ・ベロ・フィオーレは、斜め前を歩く男装女子の姉……アウラ・ベラ・フィオーラに話しかけた。おどおどしている弟と違い、普通に歩くアウラは肩越しにマーレを振り返ると、ニヒヒと笑いながら答える。

 

「ビクビクしない。アルベドも、今後についての指示があるって言ってたじゃん。何か任務を賜るんだよ、きっと!」

 

「そ、そうなのかなぁ……。そうだといいけど。えへへ……」

 

 嬉しそうにマーレがはにかむので、アウラは苦笑気味に前に向き直ったが、そこに一人の少女が居た。 

 

「げっ、シャルティア……」

 

 創造主、ぶくぶく茶釜によって『仲が悪い』と定められた存在。ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層までを担当する守護者……シャルティア・ブラッドフォールンだ。ボールガウン姿のシャルティアは、通路十字路の右側から姿を現したが、こちらもアウラを発見して嫌そうな顔をしている。

 

「ちびっ!? そちらも呼ばれたんでありんすか?」

 

「ちびって言うな! ああっ……と、守護者は全員呼ばれたみたいだからねぇ」 

 

 売り言葉に買い言葉。いつもの調子で喧嘩を始めようとしたのだが、アウラはすぐに切り替えて答えた。なぜなら、シャルティアの後ろからデミウルゴスとコキュートスが姿を現したからだ。

 これは、新たに出現した二人に怯えたのではなく、至高の御方に呼ばれての移動中、喧嘩をして時間を浪費するのはマズい……それを、彼らを見ることで瞬時に思い出したことによる。それは、アウラの反応を見たシャルティアも同様だったらしく、ススッと移動するとアウラの隣に並んで歩き出した。

 

「聞いた話でありんすが。ルプスレギナが、アルベドをアインズ様達に同行させるよう願い出たとか……」

 

「それ、あたしも聞いたよ。でもまあ、いいんじゃないの? アルベドもアインズ様と良い感じらしいし」

 

 心底口惜しそうなシャルティアと、飄々とした態度を崩さないアウラ。実に対照的だ。少し後ろを歩くマーレは、二人が本気で喧嘩し出さないかとハラハラしているが……。

 

「我ラマデ呼ビ出サレタト言ウコトハ、各々ニ指示ガアルノダロウカ?」

 

「さて、どうだろうね。だが、アルベドの他では少なくともコキュートスに大役が与えられると見たがね。もっとも、至高の御方からの命令は、すべてが大役なのだけれど」

 

 ズシズシ歩くコキュートスの隣で、デミウルゴスが指先で眼鏡位置を直しながら会話に応じている。

 

「何ッ? コノ私ニカ!?」

 

 ブシーッ!

 

 冷気の息を吐くコキュートスにデミウルゴスは頷いて見せた。

 

「ああ。私が推察したところでは……おや?」

 

 通路の向こうに見えてきた、円卓の間の入口扉。その前に一人の女性が居る。

 守護者統括アルベド。その彼女が扉に手をかけようとしたところで、シャルティアの声が飛んだ。

 

「アルベド! 抜け駆けする気!?」

 

 いの一番で入室したかったのだろうか。同行する者達は顔を見合わせたが、誰一人言葉を発することなく「条件反射的に張り合ってるだけだな」と察し、敢えて口出しはしなかった。

 そして、アルベドが入室せずにシャルティア達を待ち、シャルティア達が歩くのを止めなかったので、両者は扉前にて合流することとなる。

 

「抜け駆けだなんて人聞きの悪い。<伝言(メッセージ)>で呼ばれたときに、たまたま近くに居ただけよ」

 

 アルベドは集まった者達を一巡り視線で撫でると、ふわりと微笑んだ。

 

「さあ、至高の御方がお待ちよ。皆で入室しましょう」




<誤字報告>
yomi読みonlyさん、ありがとうございます。


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第32話

 守護者統括アルベド。その他、階層守護者達。

 セバスや、ルプスレギナを始めとした幾人かの戦闘メイド(プレアデス)

 さらには(モモンガがタブラ達に言われてしかたなく呼んだ)宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクター。

 僕らが勢揃いし、壁際に並んだところでモモンガは口を開いた。

 

「あ~……お前達。そうやって壁際で立っているのも何だから、空いている席に座ったらどうだ?」

 

 モモンガの発言に、他のギルメン達が頷き……かけたのを、アルベドの悲鳴のような声が制止させる。

 

「とんでもない!」

 

 ちなみに、アルベドのみはモモンガ席の左肩側後方(やはり壁際)に居るため、真っ先に声が届くのはモモンガということになる。突然の発声にモモンガがビクリと肩を揺らす中、アルベドはモモンガに訴えた。

 

「円卓の間の席は、至高の御方のためにある物です! (わたくし)共の如き僕が座るなど……」

 

「ええ~……」

 

 かすれたような声を出したモモンガは、対面側で真っ先に目が合ったヘロヘロに救いを求めたが、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)はフルフルと全身を左右に振るのみ。他のギルメンは……と見回すも、やはり似たような仕草をしている。

 

(ぐぬ……。やむを得ないか~。……なんかこう、罰として立たせてる感がありすぎて話しにくいんだよぉ~)

 

 こんなことなら玉座の間で話した方が良かったと思うモモンガであるが、一々玉座の間に集めるのも仰々しすぎて疲れるのだ。それを踏まえ、円卓の間にアルベドらを集めたわけだが、これはこれでモモンガにストレスが溜まっていく。

 

「で、では、そのままで聞くが良い……」

 

 両手で顔を覆いたくなるのをグッと堪え、モモンガはギルメン会議での決定事項をアルベドらに告げ始めた。

 

「先日、ルプスレギナから進言があったが、それを採用することにした。すなわち、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の外部情報収集部局、いわゆる冒険者パーティー漆黒において人事異動を行う」

 アルベドの腰で黒翼がバサリと動く。離れた位置で立つルプスレギナは、特に表情に変化はないが……いや、少し苦笑し肩をすくめたようだ。 

 

「モモンガ班より弐式炎雷を分離、弐式班を新編成する。その際、ルプスレギナ・ベータを、新設する弐式炎雷班へ異動させ、班員が私のみとなったモモンガ班には、暫定的ではあるが守護者統括アルベドを配置する。また、弐式班にはコキュートス及びナーベラル・ガンマを増員、四人編制とする。この決定に異議のある者は?」 

 

 モモンガは壁際で居並ぶNPCらを見回す。

 アルベドによってモモンガ班を追われる形となったルプスレギナ。彼女は、落ち込んでるかと思いきや、「うしっ!」と気合いを入れ直していた。どうやらギルメンに同行するというのは、NPCらにとって重大極まる任務であるらしい。モモンガ班から弐式班に移ったからと言って、気落ちすることなく、逆に使命感に燃えているようだ。

 ちなみに、この時のルプスレギナは、モモンガの好感度アップを狙ったわけではなく、ただ純粋に気合いを入れ直していただけ。にもかかわらず、その姿を目撃したモモンガは「いちいち可愛いことするよな」と彼女に対する思いを新たにしていた。

 続いてモモンガの視界に入ったのはナーベラルで、彼女はペストーニャから研修期間終了を告げられた上で参集している。今回の弐式班編入については聞かされていなかったらしく、その驚きは大きいようだ。いや、大きすぎたらしい。

 

「わ、私なぞを……。アインズ様に御迷惑をおかけした私が?」 

 

 その場で崩れ落ち、落涙する頬を手で覆う。両側からはルプスレギナとシズが肩に手をかけ「泣いちゃ駄目」や「さ、立って弐式炎雷様に立派な姿を見せるっす!」と声を掛けているのが聞こえてきた。

 

『女の子同士の友情って、いいよね……』 

 

 モモンガを始めとした、ギルメン全員の心が一つになった瞬間である。

 特に、ナーベラルの創造主である弐式の萌え……感動ぶりは尋常ではなく、興奮した際のペロロンチーノばりに席を立とうとしたが、隣で座る建御雷によって押さえ込まれていた。

 

「じっとしてろ。今、大事な話してんだから」

 

 肩を掴まれているだけなのだが、尻が椅子から離れない。諦めて力を抜いたことで建御雷の手が離れたが、弐式に反省している様子はなかった。

 

「俺……ナーベラルと冒険できるんだなぁ……。こっちの世界へ来て、マジで良かった」

 

「ルプスレギナも居れば、俺のコキュートスだって居るんだから。二人きりってわけじゃねぇぞ? ……モモンガさんと違ってな」

 

 建御雷が言うも、弐式はスルーしている。

 では、今話題に上がったコキュートスはどうだろう。

 ライトブルーの蟲王は……冷気の息を撒き散らし、こちらも興奮状態だった。

 

「オオオオオオオオッ! ツイニ私ニオ呼ビガ! コノ時ヲドンナニ待チ望ンダカ!」

 

 確認するまでもなく乗り気満々で、大変に結構である。

 対照的に落ち込んでいるのが、シャルティアだ。

 モモンガを巡るライバルと目していたアルベドは、モモンガ班への加入が命じられ、聞けばルプスレギナもモモンガとの仲が進展中とのこと。ナーベラルは創造主である弐式炎雷の班に配属されるし、コキュートスまでもが同班への配属となった。

 自分と同じように班付きではない階層守護者と言えば、アウラとマーレの姉弟にデミウルゴス。だが、それぞれトブの大森林の探索であるとか、王国支配のための作戦指揮と言った重要任務を与えられている。

 

(では……(わらわ)は?)

 

 創造主、ペロロンチーノによって『一日に一度、自称が「妾」になる』と定められたシャルティア。その一回を胸中の独白で使用したシャルティアは、すがるような思いでモモンガを見つめ、我知らず……右手を挙げていた。 

 

「あっ! ……なんで?」

 

「ん? シャルティアには何か異議があるのか?」

 

 当然ながら、挙げた手はモモンガの目にとまっている。

 シャルティアは「いいえ、そんな! 至高の御方の決定に異議などっ!? 不敬でありんす!」と、元より白い顔色を蒼くしていた。一方、モモンガらにしてみれば何を言うのかと興味津々である。

 基本的にNPCは、ギルメンに対して反対意見を述べることが少ない。ギルメンやナザリックを思っての進言はするのだ。が、ギルメンの発言を引っ繰り返すとなると、途端に口が重くなる。いや、考えることすら罪悪と認識している節すらあった。

 そんな中で、「異議がある者は?」と聞かれて挙手したシャルティア。

 彼女は何を言おうとしているのだろうか。

 モモンガは浮き浮きしつつ、銀髪の美少女に視線を向けた。

 

(いや~……意外だ。それ以上に面白い!)

 

 本来、モモンガ……鈴木悟は、想定外の事態が苦手である。営業のプレゼンとて、徹底的に事前研究し、資料を取りそろえ、相手方の質問を想定するといった、万全の体制を整えて臨むのだ。故に、想定外の事態には苦手意識があるのだが……この時の彼は、肩の力を抜きノホホンと構えていた。

 なぜなら今、自分の周囲にはギルメンが何人も居る。困ったことがあれば相談すればいいし、何と言っても知能派のタブラが居るのだ。自分一人で悩まなくて良いというのは、こんなにも気楽だったのか。そういう思いから来る安心感に、モモンガは満たされていたのである。どれほど満たされていたかと言うと、異形種化していたので精神の安定化が起こってしまったほどだ。

 

(……ふう。しかし、ナザリックの維持費を一人で稼いでた頃は、本当に相談相手が居なかったものな~。……引退した人にメールで相談するわけにもいかないし)

 

 過去を振り返りつつ質問を待っていたモモンガだが、暫く待ってもシャルティアが口を開かないので首を傾げた。

 

「どうした? 何か言いたいことがあるのではないか? 遠慮せずに言うがいい」

 

「ですが、そのう……。思わず挙手してしまったのでありんして。至高の御方に対して異議などと、許されないことでありんすから……。これは、いわゆる提案のようなもので……」

 

 その消え入りそうな声を聞いたモモンガは、シャルティアが他のNPCからのキツい視線にさらされていることに気づく。至高の御方に対して異議を申し立てようとしているシャルティアを、皆が敵視しているのだ。これは非常に良くない。

 

(程度の差はあるが、セバスやユリまでもか!? 普段温厚な人物のキツい表情って、傍目にも効くな……。胃が痛い……。今、骨しか無いけど……)

 

 モモンガは一瞬、ギルメン達を見た。集まったNPCには、居合わせたギルメン達の創造した者も居る。彼らを一纏めにして指導……きつめに言えば『叱責』して良いものか。そこを意識したわけだが、皆から黙したままの頷きがあったため、敢えて相談無しに口を開いた。ただし、いきなり怒鳴りつけるわけにはいかないので、努めて朗らかに問いかけている。

 

「……お前達。私は『異議があるか?』と聞いたのだ。それに対し、異議がある者が挙手したからと言って何の問題がある?」

 

 これにより、セバスやユリなどが一礼して表情を改めたが、アウラやマーレ、ソリュシャンにナーベラルが納得できない様子だ。 

 

「……お前達……」

 

 先ほどの発言と同じ出だし。だが、明らかにモモンガの声のトーンが低くなっている。

 

(やべっ! モモンガさん、怒ってる!)

 

 一言一句同様に思ったのは弐式と建御雷だったが、タブラやヘロヘロも似たようなことを考えていた。モモンガが、身内相手で無茶な怒り方をする人物でないことは皆知っているが、誰かが一言述べて、彼をクールダウンさせなければならない。

 

「モ……」

 

 声を発しかけたのはタブラ。しかし、一瞬早くアルベドが話し出した。

 

「あなた達、いい加減にしなさい」

 

 怒りを押し込めた声はドスが利いており、実に怖い。苛立ちのあまり口を開こうとしたモモンガが後方を振り仰ぐと、アルベドはアウラやマーレなどを見据えて語りかけている。

 

「失礼を働いた。不敬だった。それならシャルティアは謝罪が必要だし、程度によっては罰が必要。けれど、アインズ様が仰ったように、シャルティアは求められて意見しようとしただけよ。至高の御方に対する忠誠心は重要。でも、それが過ぎれば至高の御方を不快にさせるわ。……そうですよね。アインズ様?」

 

 オーラが幻視できるほどの迫力だったが、モモンガに確認を求めたときには女神の微笑みに変わっていた。

 

「あ、うん。うむ!」

 

 モモンガは二度ほど頷いてから、壁際のNPCらに向き直る。

 

「アルベドが言ったとおりだ。以後、気をつけるように。さ、さて……シャルティア。待たせたな。話を聞こう」

 

「は、はぃいい」

 

 モモンガ対面の壁際、向かって右端で立つシャルティアは、背筋を鉄棒でも入っているかの如く真っ直ぐ伸ばす。

 状況は、アルベドのおかげではあるが良くなった。後は言いたいことを言うだけだ。

 しかし、シャルティアは内心で冷や汗を掻いている。

 

(……ど、どうしよう……)

 

 実のところ、シャルティアが当初申し立てたかったのは「他の者達ばかり任務を賜ってずるいでありんす! 私にも何か……そう例えば、アルベドと共にアインズ様の御随行を……」というものだった。

 だが、アルベドにフォローして貰った今の流れで、自らの欲求を声高に叫べばどうなるか。考えるまでもなくシャルティアは非難されるだろう。モモンガや他の至高の御方(ギルメン)にも呆れられるに違いない。

 

(それぐらい、私にだってわかりんす! でも、挙げた手を引っ込めるわけにはいきんせん! アインズ様は、私の言葉をお待ちで……)

 

 かつて無いほどの重圧が、シャルティアの脳を締めつける。

 何を言えば丸く収まるか、何を言えば至高の御方に喜んでいただけるか。そして、自分にもホンの少しで良いから何らかの利益があれば……。

 刹那。しかし、シャルティアにとっては数時間にも感じられる思考の狭間で、ふと、ある事柄が思い浮かんできた。

 

「……アインズ様。今ナザリックでは、私以外の階層守護者は皆、本来の使命とは別に任務を頂いておりんす」

 

(要は言い様でありんす! はしたなく、物欲しげに訴えるから心証が良くありんせん! ならば……)

 

 シャルティアは周囲の反応を確認しつつ、力を込めて言葉を紡いだ。 

 

「私にも何か一つ、任務を与えていただければ……。きっと、役に立って御覧に入れましょう」

 

 間違った郭言葉が引っ込むほどの気迫。

 それを受けたモモンガは「おお……」と声に出し、ヘロヘロや弐式からも「へえ」だの「ほお」と言った声が漏れ出る。

 中でもモモンガは、「アルベドだけ狡い! 自分も連れて行け!」的なことを言い出すのではないかと身構えていたのだが、「仕事が欲しい。頑張ってみせます!」と言われたので感心せざるを得ない。

 意欲は買うし、嬉しくもあるので何かさせてやりたいのだが……。

 

「ん?」

 

 気がつくと建御雷が挙手していた。

 

「建御雷さん。何か?」

 

「その意気込みや良しって奴だよ。俺の所で一仕事して貰おうかと思ってな。他に用事を任せたい人が居るなら、順番について相談するが……」

 

 他のギルメン達からの発言は無い。 

 

「決まりだな。モモンガさんも構わないかい?」

 

「ええ。ですが、どのような仕事を?」

 

 モモンガに問われた建御雷は説明を始めた。

 現状、ナザリックにはブレイン・アングラウスとクレマンティーヌという、武技使いの人間が居る。その内、クレマンティーヌはタブラ預かりとなり、スレイン法国や転移後世界の情報を纏める任務に就く……ことになる予定だ。

 武技教官役として動かせるのは、暫く前に雇い入れたブレインのみなのである。

 

「俺とコキュートスで武技を教わったり、ブレインを鍛えたりしてるんだけどな。今度、コキュートスが外に出るだろ? 人手が減った……ってのもあるが、ここで一つ、日々の稽古に変化をつけたくてさ。シャルティアさえ良ければ、暇を見てブレインの相手をしてやって欲しいんだ」

 

 コキュートスとは違う……シャルティアの目でブレインを測り、鍛える。その中でシャルティアが武技を修得できれば、それはもう万々歳ではないか。

 

「シャルティアは近接も強いからな。手始めに<斬撃>とか覚えてみてもいいんじゃないか? どうだ、シャルティア? しばらく俺の所に通うか? 俺と模擬戦もして欲しいんだがな」

 

 言い終わりに建御雷がシャルティアを見ると、シャルティアは頬を紅潮させて頷いた。

 

「是非ともやらせて欲しいでありんす! 粉骨砕身! 励みますえ!」

 

 気がつけば挙がっていた右手。ダメ元で考え、発した進言。

 それらが上手く噛み合い、首尾良く御指名の任務を賜ったことで、シャルティアは天にも昇らんばかりの喜びようである。

 こうしてシャルティアの一件が解決したが、浮かれるシャルティアを見て苦笑する者が居た。モモンガの左斜め後ろで立つアルベドだ。

 彼女はシャルティアが挙手した瞬間、円卓を飛び越えてシャルティアに襲いかかる自分を見た……ような気がした。しかし、そうなる原因となったシャルティアの行動に、モモンガが関係するとの認識があり、精神の停滞化が発生したのである。

 

(そうだわ……。アインズ様が……アインズ様に……心地よくあって頂くために……。守護者統括としてシャルティアを……皆を指導しなければ……) 

 

 導き出した最適解のまま、アルベドは同僚達を叱責した。後はシャルティア次第であり、これ以上のフォローをするつもりはなかったが、どうやらシャルティアは自力で上手く切り抜けたらしい。

 

(残念なことだわ。アインズ様に色目を使う娘が一人、大きく後退するかと思ったのだけれど……)

 

 ナザリック内の女性は、至高の御方を、そしてモモンガを異性として慕う者が多い。その中でもシャルティアは、アルベドと並んでモモンガに対し積極的であり、言わばライバル的存在だ。

 ルプスレギナに関しては意外ではあったが、既にモモンガ側で受け入れているようだし、正妻の地位はアルベドに譲る気で居るため、やはり最大のライバルは『正妻の地位』を狙うシャルティアであろう。

 シャルティアが目障りだ……。

 

(正妻の地位……アインズ様の……。……ふう……)

 

 また停滞化した。苛立ちは一度霧散したが、精神復帰後はジワリとした苛立ちが残る。あまり愉快な感覚ではないものの、この停滞化によって救われている面があるのも確かだ。

 

(だから、まあ……)

 

 アルベドは頬を染めて嬉しそうにしているシャルティアを見て、小さく微笑む。

 

(まあ……たまには良いのかしら……ね……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャルティアの進言が受け入れられると、今度はデミウルゴスが挙手をした。「アインズ様。一つ、確認しておきたいことが……」との言いだしであり、アウラ達が目くじらを立てていた『異議あり』ではない。

 もっとも、口を動かせばシャルティアの百倍手強い相手なので、質問される側のモモンガは脳内で大いに身構えた。

 

「デミウルゴスか……。確認したいこととは?」

 

「はい。冒険者パーティー漆黒の、モモ……んんっ……アインズ様班。その人数編制に、いささか不安があるかと……」

 

 その瞬間、デミウルゴスとアルベドの視線が衝突する。バチィというSEが聞こえたような気がし、モモンガは再びアルベドを振り仰ぐ。斜め後方で立つアルベドはモモンガの視線に気づくと、すぐに目を合わせてきてニッコリと微笑んだ。その表情からは『眼から音がする何かを飛ばした』ようには思えない。

 

「アインズ様? 何か?」

 

「い、いや、何でもない。……それで、デミウルゴス? 人数編成の不安とは、やはり数が少ないということか? 私とアルベドでは不安だと?」

 

 慌てて正面左方、壁際で立つスーツ姿の悪魔に確認したところ、「さようです。アインズ様」という返事があった。 

 

「ヘロヘロ様と弐式炎雷様の班には、それなりの僕が複数配置されています。しかしながら、アインズ様の班の新編成……アインズ様の他は、アルベド一人のみというのは……」

 

 デミウルゴスは首を左右に振り、肩をすくめて見せた。

 いやはや、呆れました。

 そんな声が聞こえた気がする。

 これがモモンガに対しての態度であるなら(僕間で)大問題だろう。だが、今回、デミウルゴスはモモンガに対して話しながら、その真の矛先は別に向けられていた。

 すなわち、アルベドである。

 

「そのような次第でして、アインズ様。この件に関しましては、私からアルベドに確認したいことがあるのですが。よろしいですか?」

 

 聞いて良いかと言われても、モモンガには断る理由がない。だが、今の話の流れでアルベドに丸投げするのは、モモンガの男としての意地が許さなかった。

 

「ふむ。デミウルゴスよ。お前の不安はもっともである」

 

 斜め後ろで「え? アインズ様?」というか細い声が聞こえたが、モモンガは無視して話し続ける。  

 

「しかし、だ。冒険者パーティー漆黒、モモンガ班のリーダーは私だ。まずは私に聞くのが筋だと思うが、どうかな?」

 

「それは……」

 

 デミウルゴスが少し狼狽えたような素振りを見せた。

 このような状況では、モモンガはNPC……僕同士で話すに任せ、話がこじれだしたら介入してくることが多い。デミウルゴスとしては、言葉に出した不安は真実であったが、外に出る至高の御方の安全について配慮が足らないようにも思え、少しアルベドに釘を刺したかっただけなのである。

 なのに、この時は事の最初からモモンガが介入してきた。

 デミウルゴスらしからぬ計算ミスと言える。そうなった原因はと言うと、ただただモモンガのアルベドに対する思いと意地の発露にあった。

 つまり、モモンガが感情的に自分の話に介入するはずがない。ある程度は傍観しているはず。そう思い込んでいた故のミスだったわけだ。

 こういった事情により、デミウルゴスの予定では『デミウルゴス対アルベド』の構図になるはずだったのが、今では『デミウルゴス対モモンガ』の構図となっている。

 

(どうして、こんなことに……) 

 

 モモンガの盾役ならば、防御最強のアルベドは適役であり、問題になるのは二人のみと班員数が少ないことだけだ。だが、僕視点で人員の少なさを言うのであれば、ヘロヘロ班や弐式班だって少なすぎるのである。本来ならば、軍団規模の兵力を率いて貰うべきなのだから。

 勿論、そういったことを承知しているモモンガは、理路整然と反論した。

 一方、デミウルゴスは元からアルベドに釘を刺すのが目的であり、上手くすればモモンガの気が変わって一人ないし二人の増員をねじ込めれば……と思っていた程度。多少の抵抗を見せたものの、モモンガに翻意させる気など端から無かったため、大人しく引き下がることになるのだった。

 ちなみに、モモンガとデミウルゴスが話している間……アルベドが頬を染め、その瞳を潤ませながら立ち尽くしていたのは言うまでもない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(ウルベルトさんが合流してたら、もうちょっと楽だったかな?)

 

 一礼して引き下がるデミウルゴスを見ながら、モモンガは思う。

 先ほどのような場面でデミウルゴスの創造主、ウルベルト・アレイン・オードルが居合わせたなら、どうなったか。ウルベルトはデミウルゴスではなく、モモンガの肩を持った可能性が高い。

 なぜならウルベルトは「他人の色恋に口出しするのは野暮」というポリシーの持ち主だったからだ。モモンガとアルベドが交際中なのは、現状のギルメンは全員が知っていることなので、合流を果たしていたならウルベルトも知っていたことだろう。

 

(デミウルゴスを叱責はしないだろうけど、咳払いして黙らせたりした……かな?)

 

 ウルベルト自身は元来気の優しい男だったので、後で自室にデミウルゴスを呼んで慰めたかも知れない。そう思うとモモンガは可笑しさが込み上げてきたが、吹き出すわけにもいかないのでグッと堪えることにした。

 

(ウルベルトさんや、たっちさんとも早く合流したいな~)

 

 そんなことをモモンガが考えていると、円卓の間では僕側からの報告が行われている。

 まず、第一から第三階層までの守護者、シャルティアは特に侵入者無しとのこと。ナザリック地下大墳墓には、外部からの侵入に対する結界及び警備網が存在するが、何らかの手段を用いて、いきなり各階層に侵入される可能性が皆無とは言えない。そこを考えると、シャルティアは十分に任務を果たしていると言える。以後、各階層守護者の報告が続くが、侵入者に関しては現状で『無し』だ。

 アウラとマーレに任せていたナザリック正面での受付棟建築、並びに第六階層大森林での住居建築は既に完了したらしい。幾日か前に言いつけた受付棟は兎も角、第六階層の住居は完成が早すぎる。そこをアウラに確認したところ、「頑張りました!」と大変に得意げであった。

 

(休み無しでやったのか……。またはドラゴンキンなどを使った人海戦術だろうけど、感心できないなぁ……)

 

 モモンガは大いに褒め称えたが、NPCらの献身の危うさを感じている。飲食及び睡眠が不要となるアイテム類。それらを装備すれば疲労無しで働き続けられるが、精神的な疲労はどうだろうか。ナザリックNPCの忠誠心と勤労意欲は、文字どおり超人的ではあるものの、気疲れ等で焼き切れたりはしないか。そこをモモンガは心配したのだ。

 後でギルメン達と対策を相談しなければ……そう考えていたところに、アウラから一つの報告がもたらされる。

 

「それと~、森の奥でリザードマンの集落を発見しました。それぞれ離れてますけど、五つあるみたいです」

 

「ほう? リザードマン?」 

 

 モモンガの脳裏に、かつてユグドラシルで見かけた上級モンスターとしてのリザードマンが思い浮かぶ。ハイとかグレートとかアークとか、そういうのがくっついた強いモンスター達だ。

 少しばかりの期待を込めて確認すると、アウラは「そこまで強そうなのは居ませんでしたね。冒険者……ですか? それの強そうなのくらいのが居たかな~って印象です」と返す。そこでモモンガの興味は急降下した。

 

(なんだ、雑魚か……。期待して損した。殺したらゾンビの材料ぐらいにはなるかな?)

 

 今は異形種化しているので思考が物騒な方向へ流れていく。とはいえ、まだどうでも良いレベルの感覚だったので、急いでの方針決定はしなかったが、その間にタブラが発言した。

 

「なるほど! 森の奥にリザードマンの集落を見た! ですか。興味深いですね」

 

 設定魔魂に火が着いたらしい。ひとしきり映画や古典小説に登場するリザードマンについて語っていたが、やがてタブラは「使者を出して交流したいですね」と言い出した。現実(リアル)では体験できなかった、異民族との文化的交流をしてみたいらしい。

 

「死獣天朱雀さんが居てくれたら、もっと面白いことになったんでしょうけどね」

 

 教授や先生の愛称で呼ばれたギルメンの名を出すので、モモンガも思わず頬が緩む。

 モモンガとしてはリザードマンに興味ないままだったが、ギルメンが乗り気で接触を図りたいというのであれば、止める気はない。安全確保のため、護衛を連れて行くことを条件に許可を出した。

 

「護衛……ですか。大丈夫とは思うんですけど、できれば前衛を任せられる人が良いですね。今日明日に出発するわけではないし……。そうだ、建御雷さん?」

 

「なんすか、タブラさん?」

 

 不意に話を振られた建御雷が返事をしたところ、タブラは、「都合さえ良ければ、リザードマンの集落へ行くのに付き合って貰えませんか」と持ちかけている。誘われた建御雷は少し考えた様子だったが、すぐに「いいっすよ。後で日取りを打ち合わせますか」と了承した。なお、建御雷はタブラからの用件についてシャルティアを誘っており、シャルティアは二つ返事で了承している。

 このようにして、リザードマン集落への対応も決定。

 最後に……デミウルゴスによる、王国支配作戦の進捗について報告されることとなった。

 モモンガやヘロヘロ達、現実(リアル)からユグドラシルを経由して転移して来た者としては、人間国家が相手とあって、かなり重要な案件である。概ね知り得た実力差からして、そう脅威にはならないと思うのだが、人間の狡猾さは嫌と言う程知っていた。間違っても油断をするべき相手ではない。

 手始めに手を伸ばしたエ・ランテルは、裏からの支配が完了しているとデミウルゴスは報告していた、さて、そこから何処まで進捗しているのだろうか。

 

「結論から申しますと。王国支配作戦につきまして、進捗率は七割方と言ったところです」

 

 モモンガら『至高の御方』の時が止まった。

 先日は地方都市を支配したばかりで、今は王国全体を考えても七割の進捗率。

 お前、いったい何をしたんだ……。

 そう言った視線がモモンガらから集中するが、デミウルゴスは誇らしげに胸を張ると具体的な説明を開始した。

 まず、リ・エスティーゼ王国は、国王ランポッサⅢ世と六大貴族を最上位とした封建国家であり、六大貴族は王派閥と貴族派閥に割れている。

 

「六大貴族で使えそうなのは、王派閥に二家、貴族派閥に一家と言ったところでして。近々、ナザリックに呼びつけることを考えているのは、貴族派閥のレエブン侯です。他の二家、王派閥のぺスペア侯とウロヴァーナ辺境伯に関しては、すでに『交渉』が完了しております。ナザリックが王国へ接触した際には、進んで協力してくれることでしょう」

 

「他の三貴族は勧誘とかしなくて良いんですか?」

 

 聞いたのはヘロヘロだったが、残りの大貴族に関しては、残しておくと害になるばかりであり、有益に使い潰した方が良いとデミウルゴスは言う。

 例えば王派閥のブルムラシュー侯は、敵対国である帝国に、国家の情報を売り渡している。

 例えば貴族派閥のボウロロープ侯は、多少軍の指揮能力はあるが、魔法を軽視するという王国独特の悪癖から使い物にならない。同じ貴族派閥のリットン伯は、勢力拡大ばかりのみしか意識しておらず、為政者としては無能を超えた有害だった。

 こういった事情を聞かされると、モモンガ達としても敢えて取り込みたいとは思わない。

 

「そう言った次第でして。私が判断しますに、使える大貴族の中で最も有能なレエブン侯を味方につけるべく、近々、彼を呼ぼうと考えています。これは過日、御報告したとおりですが……」

 

 ナザリック地下大墳墓を見せつけ、逆らうことの愚を認識させるのだ。

 ここまで聞いたところでは、特に問題が無いように思える。大貴族らに対して行った『交渉』については、聞きたくもあり、聞かない方が良いような……。

 少し悩んだが、モモンガは小さく頭を振って考えなかったことにした。

 

(うん。俺が知らなくて良いことなんだろうな……。タブラさん達も聞こうとしないし。今のところ上手くいってるみたいで……。だったら、それで良いじゃないか。これは決して思考停止とかじゃないぞぉ! で、大問題なのは、そのレエブン侯の相手をするのが、俺ってことか~……とほほ~)

 

 貴族の偉いさんを相手に何を喋れば良いのだろう。

 他企業の副社長とかを接待する感じだろうか。それはそれで胃が痛いが、今度呼びつけるレエブン侯は、モモンガの感覚で『外国の要人』という要素が加わる。しかも貴族。

 タブラ達も同席してくれるので心強いが、出来れば勘弁して欲しいものだ。

 

「……そうもいかないか。わかった。デミウルゴスよ。お前の方で日程を調整し、レエブン侯との謁見の準備を進めよ」

 

「はっ! 承知いたしました! それと、もう一つ、スレイン法国に関しましては、ナザリックに対しての使節が出発したとのことです。近日中に、カルネ村に訪れるかと……」

 

「そうか、なるほど……」

 

 言葉短く答えたが、モモンガはウンザリしている。

 今、レエブン侯を迎える話をしたばかりで、暫くしたら別の国の人間がやってくるのだ。

 見ればギルメン中で平気な顔をしているのはタブラのみ。他は皆、疲れたような顔をしている。

 

(この辺で切り上げるか……)

 

 まだまだ話すべき事はあるかもしれない。しかし、モモンガの把握力や脳性能では限界が近かった。気分転換を図るためにも、別な行動に出たい。

 その思いから、モモンガは会議の終了を告げる。

 ギルメンらからは特に意見は無かったし、NPC達からも特に申立は無かった。だから、これで終わりだ。

 そして予定された、次の行動が始まるのであるが……。

 

「あっ……。そう言えば、そうだったな……」

 

 モモンガは予定を思い出して、胃がキュッとなる感覚を味わっていた。

 次の予定。それは、玉座の間にクレマンティーヌとロンデス、それにブレインを呼んで、モモンガ達が異形種であること等を伝えることだ。

 ブレインは建御雷の異形種化した姿を知っているので大丈夫だろうが、他の二人が、どういう反応を示すか。

 拒絶するなら厳しい対応を取ることになる。

 あまり良く知らないクレマンティーヌはともかく、ロンデスには好感を持っているので、モモンガとしては上手くいって欲しいのであるが……。

 

(こっちが雇い主の立場なのに、なんで面接を受けるような気分になるんだろうな~)

 

 何となく釈然としないまま、モモンガは皆と共に席を立つのだった。

 




<誤字報告>
電話秘書さん、リリマルさん
ありがとうございました


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第33話

「ふん~ふん~……んんん~」

 

 豪華絢爛、天上の美。

 ナザリック地下大墳墓の第十階層通路を、ブレイン・アングラウスが歩いている。服装は死を撒く剣団時代と替わらないが、腰に帯びた刀は武人建御雷による手製の品だ。作った本人が言うには、頑丈さと刃こぼれの自動修復、ある程度の対魔力攻撃ができる程度で『練習刀』らしい。だが、ブレインは、この練習用の刀が(いた)くお気に入りだった。下手な振り方をする気はないが、刃こぼれや折損を恐れなくて良いというのは、様々な技を試せるからだ。

 そして、そんな彼の後方数歩分のところを、クレマンティーヌとロンデスが寄り添いながら歩いている。

 恋人同士で仲睦まじい……わけではなく、ナザリック地下大墳墓の偉容に圧倒されているのだ。あまりの迫力に、隣を歩く者と離れるのが不安になってしまうのである。

 

「ろ、ロンデス……。あんた、とんでもないところに連れて来てくれたわね……」

 

「い、いや……俺も知らなかったし……」

 

 カルネ村に到着した後、モモンガらに言われるまま戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファの駐在所に居た二人だが、ユリから「至高の御方がお呼びです」と言われ、奥にあった大きな鏡を使って、ナザリック受付棟という建物に転移した。そして更に鏡を使ってナザリック地下大墳墓内へと転移したわけだ。

 その後は、案内役として呼ばれたブレインについて歩いているのだが……。

 見る者すべてに圧倒されているというのが、二人の置かれた状況である。しかも、そこかしこで見かけるモンスターは、クレマンティーヌが何人居れば勝てるか想像もつかない程の強者ばかりだ。

 クレマンティーヌは、モモンガらの迫力に気圧されたことはあっても、その強さについては目の当たりにしていない。見ていない相手の強さに怯える彼女ではなかったが、ここまで来ると、自分が『とんでもない』場所に連れて来られたというのは体感できていた。

 ロンデスに至っては、顔から表情が消え、クレマンティーヌに話しかけられてようやく我に返るといった状態である。

 

「ひっ! また来た!」

 

 うげっ、とでも言いたそうにクレマンティーヌが上体を反らした。

 通路の向こうから歩いてくるのは、二体のモンスターだ。ブレインが言うには、警備モンスターとのことだが、やはりクレマンティーヌでも勝てる要素が見当たらない強者である。彼らが気まぐれにでも襲いかかってきたら、クレマンティーヌやロンデスなどはアッと言う間に肉片と化すだろう。

 一方、怯える二人の前を行くブレインはと言うと……。

 

「早く終わらせて、旦那と稽古して~な~。ハッハッハッ! あっ、お疲れ様っす!」

 

 通りかかった警備のモンスターに対し、シュタッと手を挙げて挨拶している。後方から「ちょお!? そんな口の利き方していいわけっ!?」と、か細い悲鳴が聞こえるが、ブレインは気にしていない。モンスター側も「うむ」と一声発して頷いただけで、そのまま去って行った。 

 クレマンティーヌとロンデスは、呆気に取られてモンスターを見送っていたが、ブレインが足を止めないままだったので彼との距離が開いてしまう。それに気づいた二人は、慌ててブレインの後を追った。

 

「お、置いてかないでよ!」

 

「アングラウス殿。よく平気で話しかけられるな……」

 

 すぐ後ろまで迫った二人が話しかけるが、ブレインはロンデスを肩越しに振り返って言う。

 

「あんたら、このナザリックを頼って来たんだろ? 早い内に慣れた方が気が楽だ。組織の一員になれば、至高の御方に失礼がない限りは身内扱いしてくれるんだから。そこまで怖がることもなくなるだろうよ。ま、頑張るんだな」

 

 言うだけ言うと、ブレインは前に向き直った。

 三人が呼ばれた場所は『玉座の間』。ブレイン自身も入ったことはなく、内部の情報は聞き出せないでいたが、それでも『お偉いさん』が集まる場というのはイメージできている。

 この先で、いったい何を見せられるのか。

 クレマンティーヌとロンデスは、生きた心地がしないまま、ブレインの後をついて歩き続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「え? 最初から異形種の姿で対面しないんですか?」

 

 玉座に座したモモンガは、骸骨の顔を左方……人化した状態のヘロヘロの向こう、タブラへ向ける。人間で言えば五十代の紳士風、そんな容貌のタブラは、愉快そうに頷いてみせた。

 

「ええ。この手の面接にはインパクトが必要ですから。初っぱなから忠誠心が期待できない以上、彼らには恐れ入って貰う必要があるんですよ」

 

(建御雷さんの異形姿を知ってるブレインは別としても……。他の二人を驚かしたいだけじゃないの?)

 

 タブラの言うことに納得できる要素はある。だが、普段の彼のことを思えば、鵜呑みにするのは抵抗があった。

 誰か、別の意見を聞いた方が良いのかもしれない。

 モモンガは右傍らで立つ守護者統括、アルベドを見上げた。

 

「アルベドはナザリックに仕える者としてどう思う? 今のタブラさんの案はメリットがあるか? 参考意見として聞きたい」

 

 最初、アルベドは顔だけ向けてモモンガの質問を聞いていたが、質問が終わると身体ごとモモンガに向き直り一礼した。

 

「恐れながら。タブラ様のお考えは、何一つとして間違ってはいません。こちらのことを良くわかっていない者を臣従させるために、眼にもわかりやすい衝撃を用意するというのは良き手立てかと……」

 

「ふむ……」

 

 一礼したアルベドが前に向き直るのを確認すると、モモンガは視線を左右に振り向けた。玉座の左方にはヘロヘロとタブラ、右方にはアルベドと弐式に建御雷が居る。

 そして、モモンガから見て玉座の間右脇に階層守護者(末席にパンドラズ・アクターが立っている)が並び、左脇にはセバスと戦闘メイド(プレアデス)が並んでいた。

 そして……入口からモモンガまでの通路を構成するようにして、異形の群れが並んでいる。

 デミウルゴスの親衛隊である三魔将や、恐怖公。それに本来なら玉座の間の扉番を務めるモンスターまで含まれているあたり、本気も本気の構成と言えた。転移後世界での強者が含まれるとはいえ、相手は人間種が三人。ここまでやる必要があるのだろうか。

 実を言えば、今回の謁見(あるいは採用面接)は予行演習を兼ねているのだ。

 今後、他の客を玉座の間に通すこともあるだろう。その際に侮られないため、今のうちに予行演習を行い、感覚を掴んでおく。ちなみに発案者はタブラ・スマラグディナ。

 

(まあ、必要……なのかな? 営業なんかでは、ハッタリが必要なこともあったし)

 

 この、やり過ぎ感あふれる演習も、ナザリックの『今後』のために必要なこと。

 そう自分を納得させたモモンガの耳に、アルベドの声が聞こえてきた。

 

「モモンガ様。ブレイン達が到着し、扉前で待機しているとのこと。入室を許可してよろしいでしょうか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 5メートルを超えるであろう巨大な扉。右に女神、左に悪魔が彫刻されているが、目を見張るのは彫刻精度の高さだ。気になるのは、ここへ来るまでの各所で扉前に居た強大なモンスターの姿……いわゆる門番の姿がないこと。

 実は、中で並ぶモンスターの中に組み込まれているため、一時的に門番が居ないのである。故に、左右を強大なモンスターに挟まれて入室許可を待つという事態は避けられたが、クレマンティーヌやロンデスにしてみれば巨大な扉だけで十分以上に威圧的だった。

 

「もう駄目、ありとあらゆる物が規格外すぎでしょ?」

 

 力無く笑うクレマンティーヌを見てブレインは苦笑したが、もう一人、ロンデスを見た際には眼を細めている。何やら決意を込めた眼で扉を見上げているのだ。

 

「どうした、ロンデス?」

 

「いやな……」

 

 扉から目を離したロンデスは、ブレインを見て小さく笑う。

 

「思ったんだ。このような場所に今、どうして俺は立っているのか……とな。俺は、カルネ村で死んでいてもおかしくはなかった。多くの部下が死んだ。ほとんどは弐式炎雷様に倒されたのだが、その中に俺が含まれなかったのは偶然に過ぎない。俺などよりも……もっと他に前途有望な若者が……」

 

「ロンちゃん~……」

 

 クレマンティーヌの声が聞こえたかと思うと、彼女の顔がロンデスの左肩口から現れる。

 二、三歩ほど離れたところで呻いてたはずが、いつの間にか背後にまで移動していたらしい。

 

「気配を消して背後に回るな」

 

「殺し合いの経験は、私の方が多そうだから言うんだけどぉ。拾った自分の命については深く考えない方がいいと思うよ~」

 

 そんなことを考えている暇があるなら、これからどうするか考えた方がいい。

 

「これからの参考にするぐらいは良いかもだけど。ロンちゃんの例を持ち出すなら、私だって、ロンちゃんについて来なかったら今頃どうなってたかわからないし~」

 

 人生、なるようにしかならないのだ。

 

「いやはや、君に元気づけられるとはな……」

 

 苦笑しつつロンデスが言い、クレマンティーヌは「あたしが人を気遣うなんて滅多にないんだよ!? もっと感動しなくちゃ!」と憤慨する。じゃれるように掴みかかってくる彼女を好きなようにさせながら、ロンデスはブレインを見た。

 

「というわけで、勝手ながら少しは気が楽になったようだ」

 

「そいつは良かった。だが……仲がいいな、あんたら」

 

 生暖かい目で見るブレインの前では、ほぼ直立不動のロンデスに対し、クレマンティーヌが肩車するかのようによじ登り、ロンデスの頭髪をワシャワシャ掻き回している。

 

「ん? そう見えるか?」

 

 そう返したのはロンデスだったが、クレマンティーヌはパッと飛び降りてブレインを指差した。

 

「私とロンちゃんは、そんなんじゃない~っ!」

 

「あ~、わかったよ。面倒くせぇ」

 

 ブレインは口で言ったとおり面倒くささを顔に出し、掌をヒラヒラ振る。が、すぐに表情を引き締めた。

 

「言ってなかったが、中に入ったら大人しく礼儀正しくしろよ? あと、ビビって驚いたり、声をあげたりもするな」

 

「やけに脅すな? 確かに、アインズ様を始め、お仲間の……いや、御友人の方々は強大な力をお持ちだとは思うが……」

 

 訝しげに言うロンデスに、ブレインは首を振ってみせる。

 

「俺が師事してる至高の御方……武人建御雷の旦那はな、人間じゃないんだ。半魔巨人(ネフィリム)という種族らしい。他の御方については、まだ知らないが……おそらく……」

 

「……本当か?」

 

 確認されたブレインは頷くことで返事をした。あとは多くを語るまでもない。

 至高の御方と呼ばれる、ナザリック地下大墳墓の支配者達。その一人が人ではないなら、他のメンバーはどうなのか。至高の御方の纏め役というアインズ・ウール・ゴウンも、実は人ではないのではないか。

 そういう思いがロンデス、そしてクレマンティーヌの脳裏を駆け巡る。

 数秒ほど固まっていたロンデスとクレマンティーヌは、先程、その意匠の精緻さに唸らされた扉を見上げた。

 この向こうに、自分達の雇い主になる……かも知れない者達が居る。

 ブレインは、その雇い主候補達が人ではないと言うのだ。

 

 ブルルッ……。

 

 クレマンティーヌが身震いする。その口が開き、何かを言いかけたところで、被さるようにロンデスが発言した。

 

「人かどうか、種族の違いなどは関係ない。以前に所属していたスレイン法国では、そのあたりは厳しかったが……。そう、今の俺には関係ないんだ。アインズ・ウール・ゴウン殿は、俺にとって信頼する……信じて頼るに充分すぎるほどの御方。それが、すべてだ」

 

 きっぱりと言い切るロンデスの瞳に迷いはない。

 元より建御雷の稽古相手を務めているブレインには、今更言われるまでもないことだったが、ブレイン的に吹き出しそうになったことがある。

 ロンデスが喋っている内に、クレマンティーヌの顔から不安の色が薄れていったのだ。少し強張っていたのが、今ではすっかりいつもの調子。この変化に、ロンデスの発言が関係しないわけがない。

 

(そんな仲じゃない……ねえ?)

 

 結婚どころか、一人の女と長く交際したこともないブレインにとって、ロンデスとクレマンティーヌの関係はよく解らないものだ。クレマンティーヌが、一方的にロンデスを好いているのか。これは何となくわかるが、ロンデスに関しては本当に解らない。

 クレマンティーヌは、ブレインが見ても美女の範疇だ。スタイルだって抜群に良い。下世話な話だが、娼婦として売り出したら人気者になるだろう。そんな彼女に密着されて顔色一つ変えないのだから……。

 

(恐れ入るぜ……)

 

 自分よりは戦闘者として明らかに劣るロンデス。しかし、ある面においては見上げた部分もあるようだ。

 心の内で納得したブレインは、聞かされたロンデスの決意について頷いている。

 

「そうかい? なら、これ以上俺から言うことはないな」

 

 肩をすくめて言うブレインは、ニカッと笑って先を続けた。

 

「頑張って『この後』を切り抜けて、俺の同僚になってくれや」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 扉が開かれた。

 元々の扉番を務めていたモンスターが、つかつか歩いて扉に手をかける様は、玉座から見ているモモンガにすれば微妙である。

 

(扉番ぐらいは外に出しておくべきだったかな?)

 

 だが、今更の話だ。

 気を取り直して開かれた扉のあたりを見ると、真ん中にブレイン、向かって右にクレマンティーヌ、左側にロンデスが立っていた。いずれも呆然としている。ブレインのみは建御雷の異形姿を知っているはずだが、その彼も硬直しているようだ。

 やはりと言うべきか、集結した異形らの姿と数に圧倒されているらしい。

 

(タブラさん、薬が効きすぎなんじゃないっ!? この後、異形の姿を見せて大丈夫なのかぁっ!?)

 

 モモンガが焦っていると、右方端で立つ建御雷から声が飛ぶ。

 

「ブレイン! そんなとこに居ないで、早く来い!」

 

 最初に反応したのは居並ぶモンスター達だ。それらの視線が一斉にブレインを指した。ブレインはと言うと「今の声、武御雷の旦那か!? いや、怖ぇええから!」と小声で悲鳴をあげたが、ここで動かなければ後で……いや、今どうなるかわからない。

 玉座にはアインズ……モモンガが居て、その左右には数名の人間が立っている。モモンガの隣には、アルベドというサキュバスも居るが……。

 

(今の旦那の声は、あの人間の男だよな? 建御雷の旦那、姿を変えてるのか? ……まさか……他のメンバーに合わせてるとか? てことは……)

 

 先程、『おそらく』と前置きした上で、至高の御方が全員人間ではないかも……と話していたが、それが現実味を帯びてきたようだ。さすがのブレインも、胃が縮こまる思いを味わっている。

 ブレインは生唾を飲み下すと、左右のロンデスとクレマンティーヌを交互に見た。

 

「二人とも、行くぞ……」

 

 カクカク頷く二人の反応を見たブレインは、玉座を目指して歩を進める。その歩みは遅い。そして、ぎこちない。

 ようやく「おそらくは、この辺で良いのだろう」と言った地点まで進むと、誰が言うでもなく三人共が跪いた。他二人は兎も角、ブレインは誰かに跪くなど本来性に合わない。しかし、間近で建御雷やモモンガ達を見て、彼らが、ただ者ではない……どころか、神にも等しい力の持ち主というのは理解できている。そこへ来て、この玉座の間に集められた強大な異形達だ。

 安っぽい意地や矜持。そういったものが消し飛ぶには充分すぎた。

 

(お行儀の良い騎士様のように、膝を突く……か。この俺がねぇ……)

 

 鼻で笑いたくなるのを堪えつつ、ブレインは頭を下げ続けた。許しを得ずに玉座を仰ぎ見るのは良くない……ぐらいのことは理解できている。

 暫く待つと、アルベドから「面を上げなさい」との言葉があった。

 一方、モモンガにしてみれば、就職希望者と、実質雇い入れ済みの人間が合わせて三人。であるのに、何故か自らが企業の採用面接を受けているような気分になっている。

 

(ああ~、掌に『の』の字を書いて飲み込むんだっけ? って、もう面談者が目の前に居るのに、そんなことできるか~っ!)

 

 こういうときこそ精神の安定化だ。だが、残念。今のモモンガは人化の腕輪による人化中であり、精神の安定化は発生しないのだ。

 

(うわあああん! 幻術で悟顔を作って、中だけ死の支配者(オーバーロード)で居れば良かったああああ!)

 

 実は、今からでも可能(幻術で悟顔を作り、人化アイテムの効果を切る)なのだが、焦っているモモンガは気がつかない。

 やむなく気合いと根性で平静を装うと、ブレイン達に話しかけた。

 

「うむ。よく来たな。今回、お前達を呼んだのは、このナザリックの一員になるのだから私達の真の姿を知って貰おうと考えたことによる。後で驚かれても困るのでな……。と、その前に、何か質問はあるか?」

 

 そう言ったが、モモンガの本心としては「質問なんかしないで! NPC達の目もあるんだから!」というものである。しかし、大事の前にはワンクッション欲しいところだ。「はい、じゃあ見せます!」で異形化するのは、何だか重みが足りない。そう思ったことで口を突いて出たのだが、もっと他に言うことがあったのではとモモンガは後悔していた。

 そのモモンガに追い打ちをかけるが如く、一本の手が挙げられる。

 ブレインの腕だ。

 ちなみに、「至高の御方に対して質問など!」という声はNPCらからは出ていない。つい先程、円卓の間でシャルティアが挙手した際の顛末が、すでに僕間で情報共有されているからだ。異様な伝達速度であるが、この辺がナザリックに所属する者の、忠誠心の高さの表れであろう。

 

「ブレインだったな。何か質問があるのか?」

 

「はっ! そちらにいらっしゃる……お、私から見て左端の……黒髪の男性の方。お声から察するに、武人建御雷のだ……様だと思いますが……。そのお姿は?」

 

「ふむ……」

 

 一声うなったモモンガであったが、質問内容に関しては胸を撫で下ろす気分で居た。これなら返答可能だし、これからのことに関連した質問だからだ。まさにワンクッション置けたと言える。 

 一応、建御雷を見ると、細身マッチョの好漢と言った容姿の彼はニヤニヤしていた。

 

(ブレイン一人だけ、ギルメンの本当の姿を知ってるシチュエーション……ってのが面白いんだろうな~……)

 

 ブレインが気の毒だと思うが、建御雷の顔を見ていると緊張感が削げてくる。モモンガは肩が軽くなった気分でブレインに答えた。

 

「ブレインは建御雷さんの姿を知っていたのだったな。まあ、そういうことだ。彼はアイテムの力によって姿を変えている。人間種の姿へ……とな」

 

 ゴクリ……。

 

 生唾を飲む音。それを誰が発したのかは定かではないが、一気に玉座の間が静まりかえる。ギルメンやNPCにモンスター。これらは元より音を発していない。玉座のモモンガを前にしたブレイン達、三人の緊張感が場の静寂を強調しているのだ。

 とはいえ、繰り返し述べたように、ブレインは建御雷の真の姿を知っている。彼に比べると、ロンデスとクレマンティーヌの緊張ぶりは見ていて可哀想なほどだった。

 

(ま、このぐらいにしておくか……)

 

 モモンガは玉座から腰を上げ、立ち上がった後は一歩前に出る。そのモモンガに合わせるように左右のギルメンらが位置調整をし、一方でアルベドが一歩後退した。

 

 ザザッ。

 

 大きな音ではない。だが、静まりかえった室内ゆえ玉座周辺の移動音が大きく響き、このことでブレイン達の緊張度が増した。が、それは彼らだけのことではない。

 

(俺だって緊張してるんだ! 何だよ、今の音の響き方!)

 

 モモンガも、一杯一杯である。

 乱れがちになる呼吸を抑え、ブレイン達を見下ろした。これから先、例えば王国を支配などしたら、貴族達が挨拶に来たりするのだろうか。考えただけで胃が痛くなる。

 しかし、ギルド長を任されている以上、自分が一歩前に出てギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の顔にならなければならない。

 

(ゆ、ユグドラシルの時と、同じようにすればいいんだ。踏ん張れ、俺! 俺一人だけじゃないんだから!)

 

「それでは見るが良い。我らの真の姿を!」

 

 言うなり、モモンガは人化の腕輪の効果を解除した。ギルメン達もモモンガの声に合わせ、自力で人化できる者は人化解除し、アイテムが必要な者はアイテム効果を解除する。

 そして出現したのは、死の支配者(モモンガ)古き漆黒の粘体(ヘロヘロ)脳喰い(タブラ)仮面の忍者(弐式)半魔巨人(建御雷)の五人。その全員がレベル一〇〇という、転移後世界にあっては神そのものの集団だ。 

 ロンデスは勿論のこと、建御雷以外の真の姿を目の当たりにしたブレインも、言葉無く固まっている。しかし、クレマンティーヌのみ、別の意味で驚愕していた。

 

「そんな、嘘……スルシャーナ様? え? でも、だって……」

 

「スルシャーナ?」

 

 モモンガは首を傾げたが、すぐに思い当たる。

 最近、デミウルゴスから報告を受けた中に、そのような名があったのだ。

 

(確か六大神とか言うのの一人で、見た目は骸骨とかそんなのだっけ? あ~……俺、似てるのか……)

 

 モモンガ達……ギルメンの中では、伝説で知られる八欲王や、口だけの賢者、そして六大神などは、自分達と同じユグドラシル・プレイヤーではないかと考えられている。六大神のスルシャーナがモモンガに似ているということは、同じ死の支配者(オーバーロード)だったのかもしれない。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン。スルシャーナという名ではないが、もしかすると同郷者かも知れないな。クレマンティーヌよ。お前達を呼んだのは、雇用者として顔見せをするためだったが……。今の話、興味が湧いたぞ!」

 

 ギン……。

 

 巨大人型兵器のカメラアイが点灯するような音と共に、モモンガの眼窩の奥で赤炎が燃え上がった。モモンガが意識してやった行動ではないが、かなり怖い。

 ゆえに左右方向から……。 

 

(「モモンガさん、おっかねえな。こっち来てから、ずっとああなのか? 弐式よ?」)

 

(「いや、そんなことは……。でも、たまに怖いんだよ」)

 

(「モモンガさん、今日も魔王ロールが決まってますね~」)

 

(「ふ~む。ヘロヘロさん……。とっさに今の対応ができるとは……。これはモモンガさんに、新たな魔王人格が備わったとか……。だったら、本物の厨二発動を目の当たりにしたわけで、実に興味深いですよ」)

 

(「くふぅ~……。アインズ様ぁああん。素て……素敵だわ……。ええ、本当に」)

 

 アルベドの声も混じっているが、概ねはギルメンらの雑談が聞こえてくる。

 異形種ゆえの優れた聴力で聞き取ったモモンガは、ハッと我に返ったものの、今更方向転換はできない。

 

「く、クレマンティーヌよ。スルシャーナについて、お前の知っていることを話して貰おう。そして、何か疑問に思ったようだが、それも聞かせて貰おうか」

 

 もう、やけくそだ。この機会に聞き出せることは聞いてしまおう。

 そのつもりでクレマンティーヌを急かしたところ、おどおどしながらではあったが、クレマンティーヌは語り出した。

 スルシャーナに関しては、スレイン法国の神殿で見た石像と、モモンガがそっくりであるらしい。

 

「アインズ様が……じゃなくて、石像がアインズ様にそっくりなんだよねぇ?」

 

「だ、だよね。お姉ちゃん……」

 

 アウラ達、姉弟の声が聞こえてきた。

 モモンガは「どっちもでも良いじゃないか」との感想を持ちつつも、クレマンティーヌの話に耳を傾け続ける。そうして得た情報は、デミウルゴスから聞いたものと大して変わりがなかった。デミウルゴスによる諜報精度が優れていること。それが証明された瞬間である。

 

「ふむ。では、私の顔を見て不思議そうに呟いていたな。その件について聞こう。何か気になることでもあったか?」

 

「そ、それは……」 

 

 クレマンティーヌの挙動がおかしくなった。キョロキョロと周囲のモンスターやNPCらに視線を振りまいているのだ。

 

「何を気にしているのかは知らんが。私が聞きたいと言ったことだ。遠慮せずに話せ。……ここには私の許しなく、お前に敵意を向ける者など居ないのだからな!」

 

 最後の一言のみ、語気を強めて言う。それはクレマンティーヌだけにではなく、僕達にも向けた言葉だ。多少の無礼があっても一々騒ぐな……と、そう前もって釘を刺したのである。

 

「そ、それでは……。実は私、見た相手の強さというのが、大まかに把握できるんですけど。その、ゴウン……様? や、他の方々の強さが解らなくて……。こんなこと、その初めてで……なんて言うか、すみません」

 

 たどたどしく喋るクレマンティーヌは額のみならず、全身が汗びっしょりだ。

 ともあれ、言いたいことは言わせたものの、その内容の意味がモモンガには良くわからない。

 

(ここにペロロンチーノさんが居たら、「パンツまでグッショリですかね!」とか言って、茶釜さんに折檻されてたろうな~……ではなくて。見て強さが解るか……。大した特技なんだけど。それが解らないとなると、なんだ? 俺達に問題があるのか?)

 

 首を傾げたモモンガであったが、そんな彼に対して弐式から声が飛ぶ。

 

「アインズさん? ひょっとして探知阻害系のアイテムのせいじゃないですか?」

 

「え? ああ、なるほど。その可能性が高いですね!」    

 

 ユグドラシルでは探知系魔法に対する対策は重要だ。相手プレイヤーに悟られないうちに、有利な位置取りをしたり、場合によっては逃走する際にも活用ができる。そう言ったアイテムを、モモンガ達は皆が所有しているのだが……。

 

「じゃあ、この指輪を取れば、クレマンティーヌが何か把握できるかもしれませんね!」

 

 いいこと思いつきました! とばかりに、モモンガが骨だけの指から指輪を抜き取りにかかる。そして、それを見た弐式達もモモンガに同調した。

 

「ん? せっかくだし、俺もアイテムを外して見て貰うか。どんな感じだろうな?」

 

「待て待て、建やん。こういうのは、みんなでやらなくちゃ!」 

 

「なるほど~、事のついでに私も見て貰いますか。まあ粘体ですから、見えるとこには装備してないんですけどね~」

 

「では、私も……。一人だけ日を改めるのも効率が悪いですし」

 

 このような調子で、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』構成員の足並みが揃っていく。モモンガにとっては至福の時間であるが、この展開について行けない者も居た……。

 

「へっ? あの、何を? ちょっと……ちょっと待って!」

 

 呆気に取られていたクレマンティーヌが立ち上がりかけるも、時既に遅し。玉座前で並ぶモモンガら五人、一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーが一斉に探知阻害系アイテムを解除した。

 

 ゴウ! 

 

 と、突風の如き圧力が……の程度であれば、クレマンティーヌは耐えられたかも知れない。だが、彼女が感じたのはズドンという爆圧。もちろん爆心地は、すぐ目の前。

 これにより最初に気を失ったのは、『強者度感知』を自ら話題に出し、そのせいでモモンガ達を強く意識していたクレマンティーヌだった。呆気に取られた表情のまま、瞳から光が消えて……前のめりに昏倒。

 続いて、クレマンティーヌに次ぐ強者のブレイン。

 クレマンティーヌとモモンガの会話を聞き、「そういや、強い気配って旦那にも感じなかったな」とか思っていたところへ超越者らの圧力が襲いかかってきた。クレマンティーヌ程には神経を研ぎ澄ませていなかったが、やはり一〇〇レベルプレイヤー五人分の圧力には抗しきれず、腰を浮かせたところで瞳が上向きに半転。そのまま後方へと倒れ込んだ。

 残るはロンデスだが、先の二人と違い、辛うじて失神を免れている。気配感知や強者度感知の能力が圧倒的に劣っていたからだろう。途轍もなく怖い……加えて圧迫感を感じてはいたが、精神の根深いところで感じることがなかったためか、跪いたままで震えるに留まった。

 

「な、なななな……何を……されたのでしょうか?」

 

 歯の根が合わず、身体だけでなく声まで震えてしまう。 

 雇う云々は嘘っぱちで、実は、自分達を絶望に陥れて楽しんでいるのではないか。そのような疑念をロンデスが抱いたところで、モモンガは申し訳なさそうに頭を掻いた。今は異形種化しているので頭髪は無いのだが、そこは気分の問題である。

 

「何をしたと言われてもな……。普段隠してる、普通の気配……気配なのかな? そういうのを見せただけなのだが……。どうも刺激が強すぎたようだ。すまないな……」

 

「普通の気配を……見せた……だけ?」

 

 ロンデスの顔に貼り付いた怯えが、驚愕によって塗り変えられていく。それを見つつモモンガが「うん、そう」と頷いたところで、ついにロンデスも限界を迎えて失神。

 かくして、『至高の御方の挨拶』は無事に終了した。

 なお、無事終了を口に出したのはデミウルゴスとアルベドである。モモンガや弐式などは「え? 呼んだ人間が全員失神したんだけど?」と呟いたが、アルベド達に言わせれば、人間ごときが至高の御方の実力を目の当たりにしたのだから、当然の結果……ということらしい。階層守護者らに目を向けると、アウラやマーレなどから「ま、あれはあれで正しい反応だよね~」とか「ぼ、僕は、もう少し感動しても良いと思うんだけど……」といった声が聞こえてきた。

 

(お前ら……人間って言っても、同僚になる三人だぞ? もうちょっと優しくしてやれ!)

 

 そう思うモモンガだが、気絶させたのはモモンガ達である。NPCらの態度を咎める資格など無いのだ。それが理解できているのか、ギルメンらからも特にNPCらの反応を咎める意見が出ない。

 

(……何だか微妙だが、とにかく、まあ良し!)

 

 強引に自分を納得させ、ペストーニャにブレイン達の介抱を命令したモモンガは、深く大きな溜息をつきながら解散を宣言するのだった。 

 ……。

 ちなみに、ブレイン達が意識を取り戻したのは翌朝のこととなる。

 ブレインは引き続きナザリックに留まり、クレマンティーヌとロンデスは、当初の予定どおりナザリックへ所属することを希望した。

 そのことについて、三人の介抱を担当していたペストーニャから報告があり、クレマンティーヌが特に素直な態度を見せていたと聞いたモモンガは、それを執務机で椅子をギシリと鳴らし次のように呟いた。

 

「そうか……。上手くいったのだな……」

 

 なお、クレマンティーヌについては、普段の彼女からは想像もできないほど卑屈な態度を取り、怯え震えながらの所属希望だった……というのが実際のところである。しかし、次にモモンガと顔を合わせたときには、普段の調子を取り戻していたため、この時の様子がモモンガに伝わるのは数年立った先。直接にクレマンティーヌから聞かされるまで待たなければならない。

 




モモンガさんが指輪を外し、衝撃のあまりクレマンティーヌが引っ繰り返る。
オバロSSでは『お約束』シーンですが、一捻り欲しくて5人同時のアイテム解除となりました。

<誤字報告>
冥﨑梓さん、ふーんさん、ARlAさん、佐藤東沙さん
ありがとうございます
18話とか、その辺りにもまだ誤字があったのか……。マジかよ……。


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第34話

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテル。

 三重城壁で知られる城塞都市である。

 その日の早朝、冒険者組合の一階酒場にて、注目を浴びているテーブルがあった。

 冒険者パーティー、漆黒の面々だ。魔法詠唱者(マジックキャスター)モモン(モモンガ)。神官戦士のルプスレギナ。忍者のニシキ(弐式炎雷)。メンバーの全員が衣服及び装具を黒色で纏めており、そのことから冒険者組合での登録名は漆黒。全員が登録間もない銅級冒険者で、本来ならば駆け出し、あるいは新人として軽く扱われる。だが、この三人に関して、そのようなことはなかった。

 モモンは、第三位階を使いこなす凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)……でありながら、素手で戦士を殴り倒せる膂力を有する。

 ルプスレギナは、神官戦士であり、その腕前は白金級冒険者を上回るほどだ。

 忍者のニシキに関しては、多対一でも後れを取らない素早さと、武闘家さながらの格闘能力も注目の的となっている。

 先日も都市の名士、ンフィーレア・バレアレの指名依頼を完遂しており、エ・ランテル冒険者組合に所属する冒険者の間では、一部を除いて評価が高い。瞬く間に白金級にまで上り詰めるのではないかと、もっぱらの評判であった。

 もっとも、三人が注目を浴びているのはパーティーの紅一点、ルプスレギナの美貌による部分も大きかったのだが……。

 

「じゃあ、モモンさん。今日から、俺とルプスレギナは別行動ということで……」

 

 弐式が向かいのモモンガに言うと、周囲のテーブルがざわめく。

 現在、一階酒場でたむろしている冒険者らは、前日から泊まっていた者が朝食を取りに来た。または、これからパーティーメンバーが集結して、依頼地へ向かう。そういった者達だ。中には依頼も受けず、これまでの貯蓄でダラダラしている者も居るが、皆に共通しているのは漆黒の会話に耳を傾けていること。

 

(「おい、モモンだけ漆黒を外れるみたいだぜ?」)

 

(「魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人でか? 嘘だろ? パーティー内で喧嘩でもしたかな?」)

 

(「雰囲気は悪くないようだが……」)

 

(「どうせなら、ルプスレギナさんがフリーになって、こっちに来てくんね~かな~)

 

 無論、これらの囁き声は弐式やルプスレギナに聞き取られている。モモンガも同じだ。頭部の耳を帽子で隠しているルプスレギナは別として、モモンガも弐式も今は人化中。しかし、その身体能力は高いため、聴力は転移世界の常人を遙かに上回るのだ。

 

(「ルプーが自分のとこに来ないか……ですって。弐式さん」)

 

(「ハッハッハッ。夢見るのは自由ですよ。モモンさん」) 

 

 悪い顔でコソコソ話しているが、モモンガ達の会話は周囲の冒険者達には聞こえていない。ただ一人、同じテーブルで居るルプスレギナは、モモンガ達を見て笑み崩れていた。

 至高の御方二人が楽しく会話をし、自分が同じ場に居合わせている。それだけで、彼女にとっては幸せなのだ。

 

(いつものニシシ笑いっぽいけど、眼が優しげって言うか、幸せそうで……良い表情をするよなぁ)

 

 惚れた女だから持ち上げているわけではない。

 心の中でモモンガが付け足していると、酒場入口から人が入ってきた。その数は三名。

 一人は黒い甲冑を身にまとい、長柄斧槍(ハルバード)を持った巨漢。刈り込まれたアイスブルーの頭髪が印象的だが、その顔立ちは頑健な岩のようだ。ただし、寡黙な武人という面立ちでもあり、総じて美男だと言える。

 もう一人は、先の男とは対照的に小柄で、同じく黒い甲冑を着用しているものの……その胸部が盛り上がっていた。形状から推察するに女なのだろう。ヘルムを着用しているが、下部は露出しているので、口元や微かに見える鼻梁から美人であると思われる。付け加えるなら、ヘルムには巨大な角飾りが備わっており、実に印象的であった。武装は背負った大剣、そして縦長の方形盾だ。

 三人目は、黒髪をポニーテールに纏めた女性。男性のような黒の衣服を身にまとい、これまた黒いマントを羽織っている。ルプスレギナが持つ殴打目的がメインの杖とは違い、先端が湾曲した木製杖を持っており、魔法詠唱者(マジックキャスター)だというのが見て取れた。特筆すべきは、その美貌だ。ルプスレギナが、その天上の美で話題になっているのだが、その彼女に勝るとも劣らない美女なのである。強いて言えば快活、天真爛漫なルプスレギナに対し、この女性は硬く冷たい表情が印象的だと言えるだろう。

 三人とも、その装備が見た目にも高級で、周囲の冒険者から羨望の眼差しを集めていたが……。

 

ブリジット(アルベド)! それに、ラッセル(コキュートス)ナーベ(ナーベラル)! こっちだ!」

 

 弐式が呼びかけたことで、三人はモモンガ達のテーブルへ向けて歩き出した。そして、テーブル前に到着すると、今度はモモンガが話しかける。

 

「よく来てくれたな、三人とも。待っていたぞ」

 

 この日、冒険者パーティー漆黒は、南方で活動中だった仲間を呼び寄せ、班分割及び増員のために冒険者登録を行うこととなっていた。……と、そういう筋書きなのであり、モモンガが言った「よく来てくれた」云々は、もちろん演技である。

 アルベド達は、モモンガ達が冒険者組合に入るのを確認し、少し遅れて入ってきただけなのだ。

 ……普通に、一緒に入れば良いのではないか……と、モモンガは首を傾げたのだが、弐式の「演出は大事ですよ! モモンガさん!」という意見に押し負けたことでこうなっている。

 

「あ~……んっんんっ! 早速で申し訳ないが、三人とも冒険者登録を済ませてパーティーに編入して欲しい」

 

 冒険者登録。これをするにあたり、ナザリック勢には共通の問題点がある。

 モモンガ達やNPCの多くが、王国語ないし共通語について不知という点だ。しかし、一部のギルメンや知能の高いNPCは、デミウルゴスが得た資料等によって、読み書き可能なレベルで言語習得している。ギルメンではタブラ、特殊技能(スキル)で読み書きを覚えた弐式炎雷。NPCではデミウルゴス、アルベド、司書長(ティトゥス)、恐怖公などが居る。

 今居るアルベドらを組合受付へ送り出した場合、アルベドは他の二人に変わって登録事務の手続きを済ませてくれることだろう。いや、その手はずになるよう、出発前に相談は済ませてあった。だから、登録手続き自体に心配はない……とモモンガは思う。

 だが、現時点、モモンガにとっての気がかりは、もう一つあった。それは発案者タブラによる『仕込みのイベント』が控えていることなのだが、それが事前の想定や打ち合わせどおりに済むかどうか。今のところは未確定だった。 

 

(……冒険者登録した後の話なんだけど……。それで騒ぎになったら……俺がフォローする予定なんだけどさぁ……)

 

 やはり心配である。しかし、当のアルベドは特に動じていない様子であり、モモンガの指示に対して頷いて見せた。

 

「了解したわ。モモン。それでは少し、席を離れるわね。ラッセル、ナーベ?」

 

 アルベドは、少し左右後方で立つコキュートス達を振り返る。

 

「受付へ行きましょう。冒険者登録を済ませるわよ?」

 

「うむ。行くとするか。ナーベよ」

 

「承知しました。では行って来ます、弐式さん」

 

 歩き出した三人を見送るモモンガと弐式は、テーブル越しに身を乗り出し、顔を寄せて囁き合っている。

 

(「見ましたか、モモンさん。今の反応! コ……ラッセルは、まだ解りませんが……ブリジットとナーベの自然な反応が凄い!」)

 

(「ええ、ええ! 従者みたいな態度じゃなくて、冒険者仲間に対するような話し方。まさに俺達が望んでいたものですよ!」)

 

 コキュートスは幾分堅さが見えるが、それは彼の性格からすれば妥当なところだろう。寡黙……あるいは物静かな巨漢の戦士、大いに結構だ。アルベドに関しては流石と言うほかない。女戦士、冒険者ブリジットをそつなく演じている。タブラの設定による優秀さが、遺憾なく発揮されている様子だ。

 そして、モモンガ達が最も注目し、驚いたのがナーベラルである。

 丁寧口調に変わりはないが、弐式のことを「弐式さー……ん」ではなく「弐式さん」と淀みなく言えているのが素晴らしい。

 組合に入ってからここまで、周囲より向けられる視線に対し、従来の嫌悪感に満ちた表情を見せないのも良い感じだ。ナーベラルに関しては、以前にカルネ村で露呈していた空気の読めなさ、備わっていない臨機応変、結果予測力の欠如。これらがほぼ改善されているように思える。

 

(「弐式さんとナーベに対して、失礼な言い方かも知れないですけど。見違えましたよ! これなら、人間相手の対応を任せても大丈夫そうですね!」)

 

(「いやあ照れるなぁ。モモンさん。もっと言ってください。でも……ですよ?」)

 

 嬉しそうに笑った弐式であるが、ふと声のトーンを真面目なものに変えて言う。

 先日、ナザリックへ戻った際、弐式は自室でナーベラルと話したそうなのだが、根本的な人間蔑視は消えていないとのこと。

 

(「そこは注意すべきだと思いましたね」)

 

(「なるほど。アルベドも同様かも……かな。でも、いいんじゃないですか?」)

 

 誰かを心の中で嫌っているなど、そんなことはナザリックNPCだけでなく人間だって変わらない。しかし、だ。そういう本音での毛嫌いを押し殺し、都合良く対応するのが『社会人』というものだろう。

 それが出来ているのなら、人間蔑視があっても気にするところではない。

 

(「ただ、ストレスは溜まるかもしれませんから。アルベドや他の者達には、発散する期間が必要かもですね。無理をして心を病まれては困ります」)

 

(「なるほど。モモンさんの言うとおりだ。そうなると必要なのは『有給休暇』ですかね?」)

 

 有給休暇。かつての現実(リアル)では、企業の中で存在した制度。だが、ほとんど消化できなかった制度でもある。それを思い出したモモンガは苦笑したが、確かにナザリックNPCには必要なことのように思えた。

 

(ナザリックNPCは、基本無給で働いてるからな~。その辺はタブラさん達と相談することにして、せめて定期的な休暇は与えたいな……)

 

 アルベドやセバスに聞いたところでは、ナザリックNPCらは不眠不休で働き続けているらしい。給与も無いのに不眠不休。外に出れば自然が多く、空気は美味い。施設内では食事も美味い。そんな転移後世界のナザリック地下大墳墓とは言え、NPCらの現状の業務形態は、モモンガにとって容認できるものではなかった。

 スウと鼻で息を吸ったモモンガは、弐式の隣で座るルプスレギナを見る。

 

「今の弐式さんとの話は聞いていたな。お前達に、定期的に休みを取らせようと思うが……どうだ?」

 

「……」

 

 それまでニコニコしていたルプスレギナの顔から、表情が消えた。数秒ほど間を置いて、彼女は口を開く。

 

「お言葉ですが、真っ平御免っす」

 

 ナザリックNPCとしては、他のNPCに聞かれたらその場で殺されかねない物言いだ。しかし、今の彼女は一冒険者のルプスレギナであり、モモンガは冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)モモン。これで良い、何も間違っていない態度だ。

 それが理解できているモモンガは、流石に言葉に詰まったものの、すぐに気を取り直して理由を尋ねている。

 

「拒否する理由は何だ? 場所が場所なので、配慮しつつ説明してくれ」

 

「え? あ~……つまり、こうです」

 

 ルプスレギナは困ったような顔になったが、それでも求めに応じるべく話し出した。

 ナザリックの僕達は、至高の御方に仕えることを至上の喜びとしている。その僕達に『休暇』などと言う、『働いてはいけない期間』を設けることは苦痛でしかない。

 どうか、僕達から至高の御方へ奉仕できる機会を奪わないで欲しい。

 ルプスレギナが言ったのは、概ねそのようなことだった。

 

(重症だなぁ……。いや、NPCら的には正常なんだろうけどさ)

 

 幾分うんざりしながら弐式を見ると、弐式は無言で首を横に振る。今ここでルプスレギナを説き伏せるのは無理だと判断したらしい。モモンガも同意見だ。

 

(アルベドにも相談してみるか……。駄目……なんだろうかなぁ)

 

 モモンガが設定改変した結果でもあるが、今のアルベドは冷静な判断力が向上している。良き相談相手になって欲しいが……結局のところ、彼女もナザリックNPCなのだ。都合良く寄りかかるのは、モモンガの我が儘なのかもしれない。

 そうモモンガが思い、溜息をついたとき。

 冒険者登録を済ませたアルベド達が戻って来た。

 

「滞りなく完了したわ」

 

 報告しつつ、アルベドがモモンガの隣に座る。コキュートスはルプスレギナの隣で、ナーベラルは弐式の隣と言った席配置だ。総勢六人となったわけで、傍目にはよくある人数編成の冒険者パーティーに見えることだろう。しかし、この後は二人編成のモモンガ班と、四人編制の弐式班として行動することになる。

 

「そう言えば、冒険者登録して編成替えするところまでは考えてましたけど。弐式さんは、この後どうするんですか?」

 

 モモンガとしてはエ・ランテル周辺で依頼をこなし、できればエ・ランテル冒険者組合では最高位にあるミスリル級を目指したい。その上のオリハルコン級まで行ければ上々だが、まずは……アルベドと二人、アチコチ見て回るのが優先されるだろう。

 一方、聞かれた弐式は下顎を掴んで考える素振りをすると、モモンガに向き直って、人差し指を立ててみせた。

 

「バハルス帝国に行ってみようと思うんです」

 

 今、ナザリック勢の冒険者班は、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルにモモンガ班と弐式班、王都にヘロヘロ班が居る。ヘロヘロに関しては馬車移動を諦めたようなので、今頃はシャルティアの<転移門(ゲート)>により王都へ到着しているはずだ。

 

「冒険者チーム……パーティなのかな? それに所属する全班が王国に集中してるってのも、効率的じゃないと言うか……面白味の食いあいになりますからね。エ・ランテル周辺はモモン班、王都はヘイグ(ヘロヘロ)班。そして俺は帝国! そんな感じで行きませんか?」

 

「ふ~む。良いと思うんですけど……」

 

 てっきり、弐式も王都内で行動すると思っていたモモンガである。そこはかとなく寂しさを感じるし、そういう大事なことは事前に言って欲しいとも思う。

 また、『至高の御方』の外出に関し、NPCらには配慮が必要だ。特に、護衛だ護衛だと口を酸っぱくして言うアルベドとデミウルゴスに対しては、気を遣うべきだろう。なので、モモンガは今この場に居るアルベドに対して謝罪した。

 

「そういうわけで……すまないな。アル……ブリジット。弐式さんは帝国の方へ行くとのことだ。諸々のフォローに関しては頼んで良いかな?」

 

 デミウルゴスやパンドラズ・アクターと連絡を取り合って、弐式班のフォローをさせて欲しい。そういうことだ。

 

「そうね。そうするわ」

 

「あ~……。悪いな、ブリジット。相談も無しで帝国行きとか決めちゃってさ……」

 

 聞いている内に思い当たったのか、弐式がアルベドに対して頭を下げる。普段であれば、至高の御方が僕に頭を下げるなど、された側の僕が大パニックになる行為だ。事実、同じテーブルで居合わせているナーベラル、ルプスレギナ、そしてコキュートスの顔が引きつっているのがモモンガから見て取れた。しかし……。

 

「気にしなくていいのよ? 仲間ですもの、助けあうのは当然のことだわ」

 

 アルベドは先程までと何一つ変わらず、このように返したのである。

 これを聞き、ルプスレギナを除いた僕達……コキュートスとナーベラルは目を剥いた。だが、モモンガと弐式は感動に震えている。

 

「お、おおおう……」

 

「ブリジット、なかなかイイ感じなんだけどさ。その口調って……」

 

 途中で言葉を切った弐式が、テーブル上に身を乗り出して囁く。

 

(「ひょっとして練習とかした?」)

 

(「いいえ。普段、同僚達と話している口調を、そのまま使っただけです。外出用の口調としてみたのですが……。駄目でしょうか?」)

 

 この瞬間だけ、元の口調に戻したアルベドに対し、隣で聞いていたモモンガはグリンと彼女に顔を向けた。

 

(「いや、大いに結構だ! 今後も一つ、それで頼む」)

 

(「承知しました。そうさせて貰うわね? モモン?」)

 

 アルベドが言い終わりに外出用の口調へと切り替え、モモンガは喜びを隠せない。この様子をコキュートス、それにナーベラルが驚きの表情で見ていたが、やがて顔を見合わせ頷き合った。

 アルベドの態度から学んだことがあれば、モモンガとしても嬉しい。しかし、そうではなく僕として敵視しているのであれば、フォローしなくてはならないだろう。モモンガは先んじてコキュートス達に釘を刺しておくことにする。

 

「思うところはあるだろうが、必要なことだ。二人とも、よろしく頼むぞ?」

 

「……了解した。そうさせて貰おう」

 

「私は同僚間では、これが素なので。そのままとさせて貰います」

 

 二人とも、対同僚用の口調で通すことにしたらしい。ナーベラルに幾分の硬さが見られるが、年長者やパーティーリーダーに対するものと思えば許容範囲だろう。

 ルプスレギナに関しては……アルベドが戻ってから終始ニコニコ顔だ。これは自分と同じ、砕けた口調で話す者が増えてホッとしているということなのだろうか。モモンガには良く解らなかったが、彼女が嬉しそうなので良しとする。

 そして……弐式達と別れる前の、予定されたイベントが開始されることとなった。

 

「ブリジット。屋内なのだし、ヘルムは取ったらどうだ?」

 

 モモンガが言うと、アルベドが反応するよりも先に酒場内がざわめく。ルプスレギナとナーベ。美の化身のような女性が二人も居る漆黒。その一員なのだから……と、ブリジット(アルベド)の素顔に興味が集まったのだ。

 

「そう言えば……。私としたことが、駄目ね。外を歩くときはヘルムを着けたままだから、うっかりしていたわ……」

 

 ヘルムに手を掛けながら「冒険者登録の時に、顔を見せなくて良かったのかしら?」などと呟いているが、これに関してはモモンガも同感だった。

 

 カチャリ……。

 

 顎下の留め具を外し、アルベドが両手でヘルムを持ち上げる。

 するとヘルムの裾から艶やかな黒髪が現れ、肩へ背へと落ちていくが、見ていた者が最初に目を奪われたのは、アルベドの素顔だった。

 ルプスレギナやナーベラルも、途轍もない美しさなのだが、アルベドはその上を行く。女神という存在が目の前に出現したなら、まさに今のアルベドを見たような感動を覚えたことだろう。

 だが、その感動の時間は長くは続かなかった。

 確かに酒場内の視線はアルベドの美貌に奪われていたが、皆の注目は、すぐに別のモノに奪われたからだ。

 すなわち……頭部の巨大な角……である。

 

「お、おい? あれ、角……だよな?」

 

「人間種じゃない? 亜人か!」

 

「……モモン達との会話からするに、危険性は小さいようだが……。亜人って、冒険者登録していいんだっけ?」

 

 この転移後世界において、亜人は人類にとっての脅威だ。と言うよりも、人類以外の種族に対して人類が弱体なのである。顕著なのは竜王国で、ビーストマン国からの侵攻に晒され、自国のみの戦力では抗し切れていない。法国等からの戦力支援を得て、どうにか持ち堪えている……と目されているが、実際は押し切られる寸前の状態だった。

 こういったことから、人類圏の国家では『人間種でない』というだけで蔑視され、あるいは奴隷として売買されたり、殺されたりする。

 アルベドに向けられていた羨望の視線が、嫌悪ないし恐怖、あるいは忌避といったモノに変わろうとしたとき。冒険者組合の受付嬢が駆けてきた。

 

「あ、あの! ブリジットさん!? あなた、人間種じゃなかったんですかっ!?」

 

 肩で息をしているところを見ると、相当に焦り、慌てて駆けてきたらしい。が、対するアルベドは平然としたものだ。テーブル上にヘルムを置き、ゆっくりと受付嬢を見上げる。

 

「そうだけど。何か問題があるのかしら?」

 

「何か、問題……って」

 

 アルベドの美貌に気圧されつつも、困り顔の受付嬢。その彼女が、縋るようにモモンガを見る。モモンガは溜息をつくと、こちらも座したまま受付嬢を見上げた。

 

「ふむ。私達は南方から来たものでな。こちらの作法や習慣には慣れていないところがある。亜人だと駄目なのかね? 彼女の行動については私が責任を持つし、それで問題ないのではないか?」

 

 説得を試みるが、受付嬢の反応は芳しくない。困り顔で口籠もるばかりだ。モモンガは内心「まあ、そうだろうな」と思いつつ、続く台詞を口に出した。

 

「確認するが、冒険者組合の規定に『亜人は登録させない』といった規則でもあるのかな? 都市に入る際も、亜人であるかどうかを確認されなかったと思うが?」

 

 冒険者組合の登録規定に、亜人を除外する項目が無いことは確認済みだ。そもそも想定していなかったと思われるが、都合が良いので活用させて貰うこととする。

 しかし、受付嬢は首を縦には振らなかった。

 

「ですが……」

 

「そうか、ならば結構だ」

 

 きっぱり言い放ち、モモンガは席を立つ。

 自分達は、事情あって南方より出てきたが、仕事を探している。得意分野から言って冒険者が適した職業だと思い、エ・ランテルへ来たのだが……仲間を拒絶されるのであれば、是非もない。

 

「王都の冒険者組合にでも行ってみるか。そこも駄目なら帝国へ行ってもいいし、法国や聖王国なども良いかもしれない。弐式さん、行くとしましょうか?」

 

「だな。俺は元から別の所へ行くつもりだけど……。モモンさん。一緒に帝国へでも行きますか?」

 

 そう言って弐式も席を立つ。いや、合わせるようにアルベドや、ナーベラル達も席を立った。この行動を見た受付嬢は、一段と動揺を増している。

 冒険者パーティー漆黒は、現状、銅級冒険者の集団でしかない。しかし、その実力は白金級に迫るか、場合によっては上回ると言われる程のものだ。これほどの実力者達が、余所の冒険者組合を拠点とする。場合によっては、組合拠点としての登録を変更されるかもしれない。

 それは、エ・ランテル冒険者組合にとって大きな損失だった。都市から離れられることによる戦力低下も問題だが、拠点変更までされたら、幾ら漆黒が活躍してもエ・ランテル冒険者組合の評判向上につながらないからだ。

 

「し、暫くお待ちください! く、組合長を呼んで来ます!」

 

 言うなり受付嬢は、奥へと駆け去って行く。

 

「待つとは言ってないんだがな……」

 

 モモンガは苦笑すると腰を下ろした。他の者達も同様に腰を下ろしている。

 一段落ついたが、このように早い段階でアルベドの角を晒し、亜人としての冒険者活動を認めさせる。それがモモンガ達の狙いだった。

 コキュートスのように、人化しなければ外部行動に難があるNPC。

 ルプスレギナやナーベラルのように、ある程度そのままで外部行動に支障が無いNPC。

 アルベドの場合は、中間に位置するとモモンガは考えている。

 万全を期すため、アルベドを人化させるつもりだったが、タブラの提案によって素のままで外部活動できるかどうか、それを試すこととなったのだ。

 

「上手く行けば良いが……。俺だって、その何だ……アル……ブリジットとは、小細工なしで外を歩きたいからな」

 

 我知らず考えが口に出てしまう。

 そんなモモンガを弐式がホッコリしつつ見つめ、アルベド以外の僕達は嬉しそうに頷いていた。

 アルベドはと言うと……。

 

「……くふぅう……。ふう……。フフッ……」

 

 喜びのあまり一瞬で精神が停滞化。強制的に冷静さを取り戻したものの、消えずに残った歓喜によって小さく微笑むのだった。

 




 仕事の都合上、今回は文章量が少ないです。
 本当は、王都到着後のヘロヘロさん達についても書く予定だったんですけど……。 
 今週は、更に泊まり仕事がありそうなので、次の投稿にも影響すると思います。
 おのれ……梅雨め……。 

 コキュートスの偽名はカート・ラッセルから、アルベドの偽名はブリジット・バルドーから頂きました。タブラさんが考案した……という設定です。


<誤字報告>

a092476601さん、nicom@n@さん、佐藤東沙さん、ゲオザーグさん

毎度ありがとうございます

今回、34話は書き上げてから一回しか読み返しができてないので、いつにも増して不安定化も……。

4日の早朝4時から5日の12時頃まで起きっぱなしだったので、今夜は普通に寝たいというか何と言うか……。


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第35話

「よく来てくれたね、モモン君……」

 

 駆け戻って来た受付嬢に案内されたのは、エ・ランテル冒険者組合の組合長室。応接セットの応対側席で座しているのは、組合長のプルトン・アインザックだ。グレーのポワポワ頭髪と同色の口髭。かつては冒険者として鳴らしたであろう体躯は、初老とは言え逞しいものだ。

 その彼が今、モモンと弐式の前で額に汗しながら説明している。

 エ・ランテル冒険者組合としては、冒険者パーティー……チーム漆黒に対し、可能な限りの便宜を取り計らう……と。

 

「え? そうなんですか?」 

 

 モモンガは、隣の弐式と顔を見合わせる。長椅子型ソファの後方では、急遽用意された丸椅子に座したアルベド達がおり、こちらは当然だと言いたげにドヤ顔をしていた。

 

「実は……だね」

 

 アインザックは額の汗を拭いながら説明を続ける。

 彼が言うには、どうやら都市長の筋から、漆黒に関しての協力要請が来ているらしい。それが不思議なことに、全面的な協力ではなく……。

 

「ことさら派手に持ち上げたりせず、それとなく手を貸してやって欲しい……というものなのだよ……」

 

 では、先程の「可能な限りの便宜を……」というのは何なのか。モモンガが確認したところ、どうやらアインザックの意気込みが加味された結果であるらしい。

 

「私としてもだね、君達には大いに期待しているものがあるのだ。知っているかね? 王都には蒼の薔薇、そして朱の雫というアダマンタイト級冒険者が居る。バハルス帝国にも二チーム居たかな。ところが、我がエ・ランテル冒険者組合には、最上位でもミスリル級が三チームだ。私はね、自分が組合長でいる時期に、我がエ・ランテル冒険者組合からアダマンタイト級冒険者を輩出したいのだよ!」

 

 ハアハア……。

 

 肩で息をするアインザック。それを見守るモモンガと弐式は無言だ。しかし、熱く語る組合長の姿に多少なりとも感銘を受けている。

 

(俺が皆と一緒に、アインズ・ウール・ゴウンを盛り上げようとしてたのを思い出すな……)

 

 当時を懐かしく思っていたモモンガは、ふと弐式と目が合い、どちらからともなく頷き合った。所詮、自分達は観光がてら、そして息抜きがてら冒険者をやっているに過ぎない。だが、こうして自分の所属組織を大きくしよう……立派な物にしようとしているアインザックには、何となく好感を抱いたのだ。

 

「アインザック組合長。私達は、チームメンバーに何人か居る人間種以外の者。彼らについて、不当な差別や不利益が無ければ、それで十分ですとも」

 

「そう、モモンさんの言うとおり。俺達は楽しく冒険できれば、それでいいんです。俺の班は帝国に行きますけど、ブリジットを悪く扱わないって言うなら、所属……拠点登録でしたっけ? それはエ・ランテル冒険者組合のままにしておきますよ」

 

 そう言って弐式が最後に人差し指を立てると、アインザックは安心した様子で大きく息を吐いた。

 

「そう言って貰えると助かるよ。モモン君達には、近日中に昇格試験を受けてもらうとしよう。冒険者の昇格には実績が必要だが、そのための試験でもあるからね。君たちの実力なら、なに……私が手心を加えずとも、無事に突破してみせるだろうさ」

 

 すっかり肩の力が抜けたらしく、軽口まで飛び出す始末だ。これにはモモンガも弐式も苦笑を禁じ得なかったが、この調子の良い組合長のことは少しぐらい手伝いたい気持ちになっても、鬱陶しいとは思わない。

 自分達がエ・ランテルを拠点にすることで彼の利益になり、アルベドについて五月蠅く言わないのであれば、現状維持でも構わないだろう。

 

「では、組合長。ブリジット(アルベド)に関しては、冒険者登録は……登録したままでよろしいのですね?」

 

「無論だ」

 

 モモンガの確認にアインザックは大きく、そして力強く頷いた。

 

「我が組合では広く冒険者を募集している。目に余る素行の悪さや、犯罪行為に手を染めない限りは、全力で組合員の権利を守ることを明言させて貰おう」

 

 それは相手が国そのものであっても譲る気は無いという、アインザックの決意の表明でもあった。そう言って差し出されたアインザックの手を、モモンガは笑顔と共に握り返す。

 

「信じますよ、組合長。ところで……エ・ランテルの都市長殿が、私達に便宜を図るように……ですか。今聞いた限りでは、微妙に配慮をした要請のようで……」

 

「そうなんだ。都市長のことは良く知っているつもりだが、本来、一冒険者チームに対して強権を振りかざすタイプではなくてな。しかも君が言ったように、今回は随分と微妙な……。いったい、何があったのやら……」

 

 アインザックは不思議そうにしているが、モモンガと弐式には把握できていた。

 これはデミウルゴスの差し金だ……と。

 過日、デミウルゴスは、エ・ランテルに関しての支配活動は完了していると報告した。都市長もナザリックに対して従順であると……。

 

(けど、この様子だと、デミウルゴスはアインザック組合長に手を出していないな。……なんでだろうな)

 

 モモンガは不思議に思う。有力者や大商人に関しても、ナザリックの支配下にあるはず。言い換えると、このエ・ランテル冒険者組合など、デミウルゴスの眼には『有力者』として映らなかったのだろうか。

 

(後でデミウルゴスに聞いてみるか。いや、タブラさんに相談かな?)

 

 そう思うモモンガであったが、実はこの状況、タブラの入れ知恵が加わったことによるデミウルゴスの『接待』なのだ。

 

「いいかい、デミウルゴス。君達が敬う『至高の御方』には、息抜きや戯れごとなんかが必要だ。気疲れしてしまうからね。また、行く先々で殊更持ち上げられても、それはそれで鬱陶しいだろう。君達からの賞賛とは別物なんだものなぁ。そこでだ……部分的に都市民らを手つかずで放置し、その上でモモンガさん達に楽しんで貰う。ここが重要なんだよ」

 

 つまり、わざとらしい支配都市の情景などより、あるがままの転移後世界を観光して貰おうというわけだ。支配されずにいる者が、モモンガ達に接する以上、ある程度の不敬は発生するだろうが……。

 

「多少の不都合は、まあ言ってみれば隠し味みたいなものなんだよ」

 

 このようにタブラが(そその)かしたことで、デミウルゴスは意図的に冒険者組合などを、支配活動の対象から外していたのである。もっとも、度を過ぎての不利益をもたらすようであるなら、速やかに支配下に置けるよう各所に僕を配置し、目を光らせているのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「デミウルゴスですかね?」

 

「デミウルゴスでしょうね。俺が思うに、気の回し方に関しちゃ、(やっこ)さんらしくない気もするけど……」

 

 冒険者組合を出たところでモモンガが問うと、弐式が頷いた。だが、確かにデミウルゴスらしからぬ緩さが感じられる。  

 要検証だと二人は思ったが、アルベドの冒険者登録が上手くいったのは実にめでたい。今後、アウラやマーレなど、人間に見た目が近い者を冒険者登録させる際にも、今回の事例は役立つことだろう。

 ともあれ、漆黒の増員計画は完了した。

 昇格試験についてもアインザックと話すことが出来たが、漆黒は大人数なので、各メンバーが昇格試験を受けてくれれば良いとのこと。

 

「各個人が昇格試験を受ける。ただし、数人纏めての受験も可。その後は、編制する班員で、例えば一人でも下位級が混ざってたら、その最下位冒険者に合わせた等級チームとして扱う……か。その辺は普通な感じだな」

 

「いや、弐式さん。多人数の漆黒で、他の班に銅級が居ても銀級で揃ってる班については、銀級としてチーム名を使って良い……って言うのは、割と優遇されてると思いますよ」

 

 モモンガが指摘すると、弐式は「それもそうか……」と頷く。変に特別扱いされるのは本意ではないが、この微妙さ加減なら気にするほどでもないだろう。

 

「文句を言ってくる奴が居るかも知れませんけど。そこはまあ、すぐに組合長に泣きつくんじゃなくて、俺達で『穏便に対処』すればいいんじゃないですか?」

 

 このモモンガの提案にも弐式は頷いている。この世界の冒険者で、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンに対抗できる者など、ほんの一握りだ。優しく頭を撫でて諭すぐらいは造作もないだろう。

 

「そんなところっすか。じゃあ、ここで別行動ですね。俺達は、これから都市外へ出て……適当なところで、帝国へ飛びますよ」

 

 シャルティアに<転移門(ゲート)>で送り届けて貰うという寸法だ。今頃、シャルティアは、建御雷の稽古に付き合わされているかもしれない。だが、事前に<伝言(メッセージ)>を入れておけば、予定は合わせられるだろう。

 

「それじゃ、モモンさん……」

 

 スッと差し出された手を、モモンガは笑顔で握りしめた。

 

「弐式さん、気をつけてください。帝国は王国と違って、デミウルゴスの手があまり入ってないんですから」

 

「な~に、そこはそれ。俺は忍者ですからね。デミウルゴスの手間が省ける程度には情報収集してきますよ」

 

 危ないから気をつけろと言うモモンガに対し、弐式は情報が少ない分は自分で何とかすると返す。微妙に会話が噛み合っていない。だが、その噛み合ってなさに可笑しさを感じた二人は、どちらからともなく笑い出した。

 

「弐式さんは昔と変わりませんね。でも、気をつけて欲しいのは本当ですよ?」

 

「わかってますって。……それじゃ」

 

 シュタッと手を挙げて、弐式が都市門へと歩き出す。彼に付き従うのは、戦士ラッセル(コキュートス)、神官戦士のルプスレギナ、魔法詠唱者(マジックキャスター)としてのナーベ(ナーベラル)だ。

 戦士に神官戦士、そして魔法使いと忍者。

 こうして見るとバランスの良いパーティーではある。少なくとも魔法詠唱者(モモンガ)戦士(アルベド)の二人組よりは、バランスが良い。

 そんなことを考えて小さく苦笑したモモンガは、弐式と、彼に付き従う三人が去って行くのを見送った。

 少しばかり寂しい。

 だが、その寂しさは、かつて弐式が引退を告げて去って行った時。あの時のことを思えば百億倍もマシだ。なぜなら、気が向けばいつだって<伝言(メッセージ)>で話せるし、会おうと思えば<転移門(ゲート)>で会えるのだから。

 

「さて、ブリジット(アルベド)。俺達は、これからどうするべきかな?」 

 

「そう……ねぇ」

 

 思案する素振りで空を見上げたアルベドは、露出した口元に笑みを浮かべる。

 

「モモンがエスコートして、エ・ランテルを案内してくれる……というのは?」

 

 僕としては『至高の御方』に対し、あるまじき要求だ。だが、こういう態度こそモモンガが求めたものである。

 

「ふふん。(デミウルゴスの報告で)把握しているだろうに。まあ、かまわんか……。ブリジットとブラブラ散策する。ふむ……いかん、楽しくなってきた。いや、良いのか?」

 

 一人呟いたモモンガは、続けて「適当に屋台で軽食でも買って、公園にでも行くとするか……」と言い、アルベドを見た。 

 

「それで、いいかな?」

 

 確認する声には幾分、不安げなものが混じっている。男同士で連れ立って歩くのは経験があるが、それを女性との二人連れ時に準用して良いのかどうか。モモンガには自信がなかったのだ。

 対するアルベドの反応とは……。

 

「くふうう! 全然、オッケ……ふう……。名案だわ。丁度、小腹も空いてきたところだし……。そうしましょうか」

 

 一瞬、身をよじりかけたアルベドだが、即座に精神の停滞化が発生。先程までのクールな口調を取り戻している。

 今の態度を見るに、どうやら演技していない部分……いわゆる本音でも嬉しいようだ。

 少しばかり安心したモモンガは、「で、では、行くぞ?」と言って歩き出す。アルベドも、すぐに追いついて横に並んだ。

 そして歌うように涼やかな声で言う。

 

「ええ、良くてよ。モモン」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 同時刻。

 ナザリック地下大墳墓の第六階層、大森林……その中にある円形闘技場(コロッセウム)にて、一つの暗黒環が閉じられていた。

 暗黒環。<転移門(ゲート)>使用時に出現する黒い円孔を閉じたのは、シャルティア・ブラッドフォールン。本来であれば、第一から第三階層を任された階層守護者であるが、今日のところは、武人建御雷によって円形闘技場へ呼び出されている。

 ちなみに、今の<転移門(ゲート)>閉鎖は、一度エ・ランテルの都市外へ転移し、弐式班と合流。彼らをバハルス帝国帝都へと送り届けた後のことだ。

 

「すべて完了しんしたでありんすえ」

 

 掌の(ほこり)(はた)く素振りをしたシャルティアは、クルッと振り返って建御雷を見た。その白い頬は薄ら桃色に染まっており、瞳はキラキラ状態。褒めて欲しいのが見え見えだ。

 建御雷の隣で立つブレイン・アングラウスは、敢えて何も言わなかったが、建御雷としては苦笑しつつもスルーするわけにはいかない。

 

「おう。御苦労だったな、シャルティア! 弐式の奴が便利使いして悪かったぜ!」

 

「と、とんでもありんせん! 至高の御方に御奉仕するのは、私達、僕の存在意義でありんすから! 建御雷様には、どうかお気遣いなきよう!」

 

 シャルティアは音がしそうなほど首を振り、あわせて掌もブンブン振ってみせた。建御雷としては、「あとで弐式をギュッとやっておくから」的に言っただけなのだが、この反応に少しばかり引いてしまう。

 

「そ、そうか。なら、とっとと始めるか。まずはブレイン!」

 

「うっす!」

 

 呼ばれたブレインが、気合いの声と共に一歩踏み出した。腰には例の練習刀を佩いており、腕は後ろ手に組んだ状態。

 これから行われるのは、ブレインの持つ武技の性能試験及び武技指導だ。

 以前、死を撒く剣団の隠れ家だった洞窟で、ブレイン対シャルティアの戦いが発生しているが、あのときはブレインが武技を結集させた一撃を繰り出したぐらいである。今回は、シャルティアを前に置き、腰を据えて色々試そうというわけだ。

 本来であれば、クレマンティーヌも加えたいが、今の彼女はタブラと共に最古図書館(アッシュールバニパル)へ籠もっている。

 

「始めてくれ」

 

「了解したぜ、旦那!」

 

 シャルティアに向けて歩を進めたブレインは、適切な間合いで立ち止まると腰を落とした。そうして刀の柄に手をかけたが、そこで首を傾げた。

 

「じゃあ、行くぜ? シャルティア……様?」

 

 名前の後に付ける敬称に迷いが出たらしい。

 ブレインは普段、至高の御方である武人建御雷を『旦那』呼びしているが、本来であれば極刑ものである。しかし、建御雷は気にしていない。笑って許容しているし、むしろ面白がっているほどだ。一方でブレインは、モモンガら他のギルメンに関して『様』付けで呼んでいた。無頼な態度が板につきながらも、ちゃんと弁えているのである。

 では、ナザリックNPCに関して、ブレインはどう呼べば良いのだろうか。

 NPCの場合、守護者統括アルベドは、基本的に他の者を呼び捨てだ。階層守護者間でも互いに呼び捨てである。これが一般メイドや戦闘メイド(プレアデス)、それにセバスやペストーニャ。あるいは領域守護者が階層守護者以上を呼ぶ場合は、『様』付けとなるのだ。

 そして今、ブレインの目の前には階層守護者のシャルティアが居る。

 

「……」

 

「はあ~。別に呼び捨てでも構わないでありんすよ」

 

 溜息交じりにシャルティアが言った。

 シャルティアにとって、ブレインは下等生物に過ぎないが、そのように扱うことを至高の御方は望んでいない。そもそも、ブレインの立ち位置や身分を考慮する場合、彼は建御雷の直属で、シャルティアとは上司部下の関係ではないのだ。

 だから、呼び捨てで構わない。

 これを聞き、ブレインは肩の力を抜いたが……すぐに苦笑する。

 

「お心遣いは有り難いんですけどね。シャルティア様と呼ばせて貰いますよ。なんせ、アンタ、勤め先の上の人だ……」

 

「お好きにどうぞ、でありんす」

 

 ブレインの申出にシャルティアも苦笑してみせた。こちらは肩もすくめており、特に人間種だからと言って毛嫌いしているようには見えない。彼女の中では、ブレインは既にナザリックの一員なのだ。

 

「ふっははっ。じゃあ改めて、行くぜ? シャルティア様。 ……まずは!」

 

 刀の柄を握り込むや、すかさず抜刀。

 建御雷からは当てて良いと言われているので、本気も本気の斬り込みだ。

 狙いはシャルティアの鼻先だったが、シャルティアは以前のように回避せずに受け流した。

 

 チュギィィィン!

 

 激しい金属音。だが、ブレインの斬り込みを受け流したのは、シャルティアの左手……の小指の爪だ。そう、小指一本の爪先で受け流したのである。

 

「相変わらず、(すげ)ぇな……」

 

 納刀したブレインは呆れ口調で呟いたが、シャルティアは眼を細めてブレインを見つめている。

 

「今のは、武技を使っていんせんではありんせんかぇ?」

 

「そのとおり。今のは通常の斬り込みだよ」

 

 これから様々な武技を試すのだ。それに先立ち通常剣技の威力、あるいは剣筋に速さというものを見て貰わなければ、強さの比較ができないだろう。

 

「あんたぐらいになると、俺ごときの速さとかは差がわからんかもだけどな……。念のためさ」

 

「そうでありんしたか……」

 

 シャルティアは相づちを打ちながらチラリと建御雷を見た。少し離れたところで腕組みして立つ建御雷は、ウンウンと頷いている。

 

(このまま続けて良いという事でありんすね?)

 

 自分は今、至高の御方の命で武技実験に関わっている。万に一つもミスは許されない。シャルティアはブレインに視線を戻した。その表情に、怠惰や不真面目さは微塵も存在しない。

 

「では、武技の実験に移りんしょうか?」

 

「いいともさ。基本的なところで<斬撃>から行ってみるか」

 

 この後、ブレインは修得している攻撃武技を一通り試し、そのすべてを爪先一つで防がれることとなった。建御雷と出会う前にシャルティアと出会していたら、プライドがへし折れて剣士を廃業していたかもしれない。しかし、ブレインの心は建御雷によって一度、心服という意味で折られている。その上で、ここに、ナザリック地下大墳墓に居るのだ。

 

(これ以上、折れようがねぇからな。高ぇ頂ばかり見られて眼福ってもんさ)

 

 建御雷に稽古をつけて貰えるし、成果を上げたら武具やマジックアイテムを貰える目だってあるらしい。そこへ来て居心地が良い上、飯も美味い。あちこちで見かけるモンスターは大層恐ろしいが、そこを耐えて態度に気をつけさえすれば……ナザリック地下大墳墓は、まさに最高の環境だった。

 

「次はぁ……武技の練習からやりますか。え~……と、建御雷の旦那とシャルティア様に指導する……で良かったですかね?」

 

 肩で息をしながら呼吸を整えるブレインは、額の汗を手ぬぐいで拭きながら確認する。建御雷達が双方頷いたので、予定に変更は無いようだ。

 

「んじゃ、旦那は<斬撃>覚えてるからアレだけど。今はシャルティア様も居ますから、基本的なところから説明しますね。武技って言うのは、集中力を使って攻撃や防御に……」

 

 説明が進んでいくと、基本的な型の話になり、見本としてブレインが取ったポーズをシャルティアが真似る。その横では、体格で遙かにシャルティアを上回る半魔巨人(ネフィリム)が、まったく同じ行動をしていた。

 それを見て危うく吹き出しそうになったブレインは、抜いた刀を肩に載せる。

 

「……旦那、何やってんの?」

 

「ん? いや、ほら。基本を(おろそ)かにしちゃいけねぇだろ? おさらいだよ、お~さ~ら~い。ほりゃ! 武技、<斬撃>!」

 

 言いつつ武技を発動させたところ、建御雷の持つ練習刀が気合いで光り、割り増しで速く振られた。ちなみに、シャルティアは失敗している。

 自室から適当に持ち出してきた玩具の刀……ブレインの目には途轍もない逸品に見える……を持つシャルティアは、不思議そうに小首を傾げた。

 

「失敗したようでありんす……」

 

「地力は凄いんだから、すぐにモノにできますよ」

 

 シャルティアは、彼女を知らない者が見れば可憐な美少女だ。しかし、彼女の正体は真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だとブレインは聞いている。そのような頂上の存在に対して、何を助言してるんだか……。

 そういう思いにかられるが、無論、口に出したりはしない。下手な冗談口は、相手にも寄るが自分の命に関わるからだ。ただ、自分の指導に従い、えっちらおっちら型の練習をする建御雷達の姿。それは二人の強さから掛け離れた滑稽さ、かつ可愛らしさを感じさせている。

 

(あんたら、俺の腹筋を試してんのか?)

 

 吹き出すのを堪えるのに多大な労苦を強いられるブレイン。彼が建御雷から休息を告げられるのは、今より三時間後のことであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「王都ですよ!」

 

 冒険者プレートをチラつかせ、ソリュシャンに色目を使う門兵を睨みつける。そうしてリ・エスティーゼ王国の王都入りを果たした冒険者チーム漆黒……ヘイグ(ヘロヘロ)班のリーダーたるヘイグ(ヘロヘロ)は、セバスらを見て声高に呼びかけていた。

 傍目には漆黒の胴着を着込んだ冒険者で、少し恰幅の良い小柄なオジさん。もとい、無精髭を生やした青年である。

 その興奮した姿は『おのぼりさん』そのものであるが、呼びかけられたセバスとソリュシャンは、ニコニコしながらヘロヘロを見つめていた。

 

「ヘイグ様。これから、どういたしましょうか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 ヘロヘロは、エ・ランテルよりも格段に人の多い通りを見回しながら、セバスに向き直る。

 

「まずは王都の冒険者組合へ顔出しですかね! その後は……格安の家でも探しましょう! 商売をするためには事務所だとか、店舗が必要です!」

 

 お昼までには、まだ時間がある。面白い依頼がないか見てみるのも良いだろう。ひょっとしたら、酒場で手頃な家屋等の情報が入手できるかもしれない。

 

「ううん。初めての町……都市だとか、ワクワクしますね。それに王国戦士長のガゼフさんでしたっけ? 王国の偉い人に独自でコネがあるって良い感じですからね。彼にも挨拶をしておきたいところです。後で王城を訪ねてみるかな~」

 

 ウキウキしながら歩くヘロヘロは、前述したように今は人の姿を取っている。ただし、人化しているわけではなく、アイテムの力で人の姿に変形しているのだ。早い話がソリュシャンと同じ形態変化である。これなら人化によるレベルの低下は発生しない。とはいえ、異形種化したままだと、徐々に人としての精神が目減りしていくので、適度に人化する必要があった。

 

(そのためにも、気兼ねしないで人化できる拠点が欲しいんですよね~) 

 

 通常の下位冒険者であれば、冒険者組合の宿を拠点とすることが多い。しかし、ヘロヘロの要望にはそぐわないので、商業拠点兼、住居としての家屋を欲しているわけだ。

 

「たのも~」

 

 ゆるっゆるの口調で言いつつ冒険者組合に入ったところ、当然ではあるが一階酒場で居た面々から注目を浴びる。が、その注目も一瞬のことだ。先頭を切って入って来たヘロヘロの胸に下がる……銅級のプレート。それが、すべてであり、皆の関心が霧散した理由でもある。

 どちらかと言えば、セバスやソリュシャンの方が注目を浴びているようだ。

 セバスは、その落ち着いた佇まいと、ガッシリした体格。そして、執事然としたスーツスタイル。それらが注目されたらしい。

 ソリュシャンに関しては、もっと単純だ。彼女の美貌に男女の区別なく目を奪われていたのである。

 全般的にはヘロヘロが一番軽んじられている形となったが、ヘロヘロ本人は気にしていない。事実はどうあれ、自分自身は大した存在ではない。それがモモンガを始めとした、大方のギルメンの共通認識であり、その様に軽んじられるのに抵抗感が無かったからだ。

 

「すみませ~ん。滞在登録を、お願いできますか~?」

 

 受付嬢に話しかけたところ、視線が冒険者プレートに向けられ、次いで顔と身なりをチェックされた後、同行しているセバスとソリュシャンに移った目が見開かれる。酒場テーブルの冒険者らと反応がほぼ同じなわけで、さすがにヘロヘロは苦笑した。

 

「私達はエ・ランテル登録の冒険者ですが、当面は王都で活動したくありまして。滞在登録をお願いします」

 

 重ねて申し出たところ、我に返ったらしい受付嬢が、カウンター下から分厚い帳簿を取り出す。

 滞在登録というのは、他都市を拠点とする冒険者が一時的に都市滞在する際、冒険者組合で登録しておくことだ。こうすることで、都市側は他都市の冒険者がどれだけ入ってきているかを把握できる。また、その他都市冒険者らが問題を起こしても速やかに、拠点都市の冒険者組合に確認を取れるのだ。 

 帳簿に記載の無いことが確認された後、ヘロヘロは代筆で所定の用紙に記入して貰っている。書かれた内容はチーム名にメンバー名、それにプレート色による等級だ。 

 事務手続きが完了し、代筆手数料も含めた費用を支払ったヘロヘロは、王都内の家屋で適当な空き家がないか聞いてみた。

 

「独自に拠点が欲しいですし、商売もやりたいものでして。元店舗というのがあると助かるんですが」

 

「でしたら、当組合は冒険者の方々に対し、住居の斡旋も行っていますから。今、カタログを出しますね」

 

 打てば響くように受付嬢が言い、その上半身をカウンターの下へと潜らせている。口振りからするに、カタログには幾つかの空き物件が記されているのだろう。

 

(う~ん。手早い対応です。冒険者プレートだけで人を判断するのは頂けませんが、まあ事務屋さんですしね。しかたないですね)

 

 カウンターに片肘置いたヘロヘロは、磨き上げられたカウンターの手触りを確認しながら、受付嬢が顔を出すのを待った。と、ここで声をかけてくる者が居る。いや声をかけられたのはヘロヘロではない。ソリュシャンだ。

 

「よう? そんな冴えないおっさんや、爺さんと一緒じゃなくてさ。俺達と組まないか?」

 

「銅級だが面倒は見てやるし、取り分に色を付けてやってもいいんだぜ? もっとも、俺達の夜の面倒も見て貰うがな」

 

 右肩越しに振り返ったヘロヘロは、彼ら側の細い目をわずかに開けると、まずは相手の装備を確認した。大柄な男とソリュシャンよりは背の高そうな細身の男。どちらも防具に金属部分が多く、特に大男の方はプレートアーマーと呼んで良いぐらいの代物だ。素材的には鉄製らしく思える。ヘロヘロは鍛冶系の特殊技能(スキル)を持っていないので確実ではないが、大きく外れてはいないだろう。

 

(冒険者プレートからすると金級ですか。年の頃は、どちらも三〇代ぐらい。話に聞いた漆黒の剣の人達よりは強そう……かな? 品の良さではプレート間の差よりも、こっちの方が格落ちっぽいですが……いやはや)

 

 揉めて喧嘩になっても問題はない。ヘロヘロ一人で楽に勝てることだろう。

 この古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の躰になったせいか、あるいは修めている<モンク>系職業のおかげか、ヘロヘロは見ただけである程度の相手の強さを感じ取れるようになっていたのだ。

 

(こんな事ができるだなんて。剣と魔法の世界って、凄いんですねぇ……。さて……と)

 

 今のところ、ソリュシャンは笑顔で拒絶しているが、相手方も粘っている。

 我慢の限界を迎えたソリュシャンが相手に大怪我させるとマズいので、ヘロヘロはチームリーダーとして前に出なければならない。放って置いてもセバスが対処するだろうが、他の冒険者チームの目もある。やはり、リーダーのヘロヘロがガツンとやるべきだ。

 受付カウンターの上から肘を離し、身体ごと後方へ向き直る。

 一歩踏み出したところでセバスと目が合ったが、彼はフッと目を細めた後に身を引いた。どうやらヘロヘロの意図を汲み取った上で、花を持たせてくれるらしい。

 が、完全に丸投げしたわけではなく、何かあれば飛び込んでくる様子だ。

 

(さっき『冴えないおっさん』呼ばわりされたとき、妙に大人しかったけれど……。二人に気を遣わせちゃいましたかねぇ) 

 

 苦笑しつつ歩を進めると、酒場内の視線が自分に向くのが解る。どうやらリーダーとしての行動や力量を計られているようだ。となると、これは所謂『新人試し』の一環ではないだろうか。

 

(モモンガさん達と、エ・ランテル冒険者組合に行ったときに、似たようなことがあったっけ……)

 

 あの時はモモンガが前に出て、魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながらにして腕力でねじ伏せていた。思い起こせば、セバスとソリュシャンも居合わせたはずで……。

 

(今のところ、ソリュシャンが自力で排除にかからないのは……。やはり、そういう事なんですかね)

 

 思ったとおり、二人には気を遣わせているようだ。いや、もしかしたら、これはセバス達なりの奉仕行動なのかもしれない。そのように見方を変えると、小市民感覚の持ち主たるヘロヘロは何とも言えない気分になるのだった。

 

「お大尽扱いは慣れてないんですけど……。ま、とにかく。え~、そこの貴方達。ちょ……」

 

「貴方達! いったい、何をしているの!」

 

 間延びしたヘロヘロの声を打ち消す……女性の声。

 ヘロヘロは「ほえ?」と一声発して声の主を探したが、同様にセバス達……だけではなく、声をかけてきたチンピラ風の戦士二人、それに酒場内で居合わせた者達も視線を移動させている。

 声が聞こえたのは入口方向で、そこでは一人の女性が立っていた。

 スタイルは中々によろしい。それが一目でわかるのは、身体にフィットしたスーツとボディラインが解りやすい防具類のためだ。身体の周囲には幅広剣の剣身のようなモノが複数囲むように浮遊し、背には大きな黒色の剣を背負っている。

 何よりもヘロヘロが注目したのは、その長い金髪と、背丈的に豊かな部類の胸だろう。

 

(金髪に巨乳! 俺のストライクゾーンをビシバシ攻めてくるじゃないですか! しかも美人だし!)

 

 娘にして、恋び……手を着けたい女性筆頭、ソリュシャン・イプシロンを作成したときの興奮がチラリと甦った。と、同時に脇からソリュシャンの視線が突き刺さる。咎めているという程ではないものの、何か様子を窺うような視線だ。

 

(心、読まれましたかね? 女性って、そういうところ鋭いですよね~)

 

 ウゲッと酢を飲んだ表情になったヘロヘロだが、そんな彼の前で事態は進展していく。

 金髪の女性は、新人冒険者(ソリュシャン)に絡んでいると思しき戦士二人に説教しているようだ。凛としてて気の強そうな口調。しかし、若い女の説教に、チンピラ達は耳を傾けるだろうか。

 

(やはり俺が……)

 

 そう思ったヘロヘロが割り込もうとしたとき。

 男達の態度が急激に軟化した。気まずげに愛想笑いを浮かべるや、女性にペコペコ頭を下げて、自分達の仲間らしき者達が居るテーブルへと戻って行ったのである。

 

「ありゃ?」

 

 予想外の展開だ。

 ヘロヘロが目を丸くしていると、金髪女性がヘロヘロを向きニコリと微笑む。

 

「ごめんなさいね。悪い人達じゃないんだけど、新人を見るとちょっかい出そうって言うのが、習わしと言うか何と言うか……」

 

「はあ……。いえ、助けていただいて有り難いです。でも、そういう事でしたら、色々とマズかったのでは? 貴女の立場の話ですけど……」

 

 やはり『新人試し』の一環だったらしいが、それを邪魔した金髪女性は、冒険者としては浮いた状態なのではないだろうか。厚意からの行動だったとしても、それはそれで逆に心配してしまうヘロヘロである。

 しかし、金髪女性は一瞬焦ったような顔になったが、すぐにカラカラと笑い出した。

 

「だ、大丈夫! だって私、いつもこうしてるもの! 私の見てる前でやったのが巡り合わせが悪かったと言うか……」

 

 段々尻すぼみになっていくので、やはりマズかったとは思っているのだろう。

 少なくとも、見ず知らずの『新人』であるヘロヘロ達を助けてくれたので、悪い人物ではないはずだ。

 

(武装もしてるし冒険者なのかな? にしては美人過ぎますけど~)

 

 再び美女観察モードになったヘロヘロは、彼女の胸元を見て下げられた冒険者プレートの色に瞠目する。 

 色からするとアダマンタイト。

 つまり、この気の良い美人冒険者はアダマンタイト級冒険者なのだ。そこに気づいたヘロヘロの脳内で、リ・エスティーゼ王国に存在するというアダマンタイト級冒険者……それに関する情報が浮上してきた。

 

(デミウルゴス情報で聞きましたよ! 好みの容姿なので、格別に覚えてるんです! 確か、彼女の名前は……)

 

「蒼の薔薇の、ラキュースさん……でしたか?」

 

 呟くように言うと、金髪女性が照れたような表情を浮かべる。 

 

「知っててくれて嬉しいわ。そう、私が蒼の薔薇のラキュース。よろしくね!」

 

 聞いた話では貴族だと言うラキュースは、気さくに自己紹介をした。ヘロヘロにしてみると、貴族に関しては物語上のイメージしかないため、この気さくさが意外に感じられる。

 

(もっと高慢ちきな感じかと思ったんですけどね~)

 

 感心しつつ、ヘロヘロは自己紹介を行おうとした。先に名乗らずに聞いてしまって失礼だったかな……と思うが、今更後戻りはできない。

 

(モモンガさんなら、記憶操作とかして仕切り直したんでしょうかね~)

 

 モモンガが聞いたら「自己紹介の段取りが狂ったぐらいで、記憶操作なんかしませんけどっ!?」と憤慨しそうなことを考えるヘロヘロは、胸に手を当ててニッコリ笑って見せた。

 

「先に名乗って頂いて恐縮です。私はヘイグ(ヘロヘロ)。冒険者チーム漆黒の一員で、現在は後ろのセバスにソリュシャンを率いて、ヘイグ班のリーダーを務めています」

 




<久々の捏造ポイント>
・滞在登録
 まあ、王都ですし王国は冒険者が多いって話ですから、こういうモノがあった方が『それっぽい』かな? あっても、そこまでの原作逸脱にならないだろうし……と思ったものでして。ここから何か話的に発展させるかどうかは未定です。

<誤字報告>
yomi読みonlyさん、a092476601さん、冥﨑梓さん、ARlAさん、阿久祢子さん、佐藤東沙さん

ありがとうございました


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第36話

「モモンガさん達、楽しんでるかなぁ……」

 

 ナザリック地下大墳墓。その最奥近くに存在する最古図書館(アッシュールバニパル)

 そこで、クレマンティーヌとロンデスから情報収集していたタブラ・スマラグディナは、ふと天井を見上げて呟いた。ちなみに、クレマンティーヌが怯えるので今は人化中だ。 

 

(デミウルゴスには、必要最小限の……しかし、奥深い骨組み的な部分の支配をするよう言いつけてあるけど……。そうでないと……ねえ?)

 

 支配漬けの異国情景など、観光目的で出歩く友人達にとってはマイナス要素でしかない。その支配下の情景が、自分達の組織によって成されたモノなら、尚のこと興醒めである。

 

(支配者として、支配国を愛でるという意味合いなら良いのかもだけど……)

 

 タブラの見たところ、モモンガを始めとしたギルメン達は、誰一人として『支配者』の心境には到っていないらしい。それについてはタブラも同様だが、この先は少し認識を改める必要があると考えている。

 理由の一つは、このナザリック地下大墳墓のNPC達だ。彼らは転移後世界にあって、総じて強大である。彼らだけでも、周辺諸国を滅ぼすなど容易いことだろう。

 更に、集いつつあるギルメン……ユグドラシル・プレイヤーなどは、その戦闘経験や知見からして、NPCを上回る強大さを持つ。例えばタブラだ。錬金術師としての実力もさることながら、単純火力ならモモンガを上回る戦闘力は、大抵のNPCよりも強力である。

 知力や知謀に関してはデミウルゴスに劣るだろうが、知的経験値の差で暫くは彼の上を行けるはずだ。

 

(設定年齢が何十歳とか言ったところで、作成されてから数年の『子供』だ。人間蔑視で凝り固まっている点も付け入る隙が大きい。まだまだだな……)

 

 ともあれ、そのような一大戦力が、難攻不落の大要塞に揃うのだ。

 加えてNPCらに根強い『人間蔑視』も、ナザリック外の存在に対してはマイナスに働くだろう。

 今は、ナザリック地下大墳墓の維持資金目当てで、近隣の都市を支配し、当面の最終目標をリ・エスティーゼ王国の征服に掲げているが……。

 

(それを推し進めていくようなことになれば、行き着く先は世界征服か。モモンガさん達は、ウルベルトさんらを思い出して言ってる節があるけれど。NPC側の受け取り方は、大真面目。デミウルゴスなんか、たまに修正しないと支配事業を拡大させるし……)

 

 結局、支配者として無自覚では居られないということだ。

 タブラ自身、自覚したいとは思わないが、NPCに丸投げしすぎると転移後世界は悲惨なことになる。

 

(この素晴らしい世界を楽しむのは良いけど、締めるとことは締めなければねぇ……)

 

 噂に聞く……と言うより、今改めてクレマンティーヌから聞かされた八欲王の伝説など、プレイヤーによる失敗例の一つであろう。

 八人のプレイヤーにより、世界を大混乱に陥れた後にギルド内で仲間割れ。あげくは、何度も死んでデスペナルティーによって弱体化し、滅ぼされるに至る。

 タブラが思うに、ユグドラシル全盛時の……そしてギルド『アインズ・ウール・ゴウン』全盛時のギルメン四十一人が全員揃ったとしたら。おそらく、八欲王達のように内部分裂は避けられないだろう。ゲーム時代と違い、本当に命がかかった状態で分裂などあり得るのか……という考えもあるだろうが、八欲王の事例がある以上、その考えに寄りかかるのは危険すぎた。

 

(自然環境良く、衣食住も上質で、ユグドラシル時代のアバター性能とレベルが変わらずに行使可能。おまけに転移後世界の住人らは大方が脆弱。この『設定』で個人の損得勘定や欲望がどう変貌を遂げるか……。……見てみたい気もするんだけど……) 

 

 あの気の良いギルド長を、二度も泣かせる気はタブラにはない。

 せめて自分、そして同調してくれるギルメン達とで、モモンガとナザリック地下大墳墓を守るべきだろう。

 

(今居るメンバーは皆、協力してくれそうな人が揃ってるよう……かな?)

 

 タブラは現実(リアル)においては自殺一歩手前の状態だった。こちらの世界に来られて本当に幸せだ。ことさらギルドの和を乱す気はない。

 ヘロヘロと弐式は、両親から独立しての一人暮らしだったらしい。双方とも転移後世界とナザリック地下大墳墓の住み心地、自身の作成NPCには満足しているようだ。モモンガに関しては、友情の他に義理を感じており、彼を裏切るような真似はおそらくしないだろう。

 

(建御雷さんは、道場が立ちゆかなくなって路頭に迷いかけてた……。今は開き直って転移後世界とナザリックを楽しんでいる……か。モモンガさんとも仲が良いし、親友の弐式さんが転移してきているのも大きい。彼も問題なさそうだな。)

 

 残るはモモンガだが、彼のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に対する執着は尋常ではない。彼自身が、自分の都合でギルドを割るようなことは、まずもってありえないとタブラは断言できる。かつてギルド崩壊に際し、必死で皆を取りまとめようとしていたように、彼はギルド維持のために尽力するはずだ。

 

(以前は失敗したけれど……ね)

 

 最終的にモモンガは、彼一人でユグドラシル終焉を迎えかけたのだが、そうなった経緯に関してはモモンガだけの責任ではない。だから、タブラはギルド崩壊について、モモンガにとやかく言う気はまったくなかった。

 言う資格が無いのだ……と、自身の不甲斐なさを自嘲しながら、タブラは脱線しかけた脳内取り纏めを再開する。

 今居るギルメンについては、問題ないのを再確認した。

 では、これから合流するギルメンについては、どうだろうか。

 両親と同居している者や、妻子など家族がある者は帰りたがるのではないか。その思いが暴走して、ギルドに不和をもたらすのではないか。

 例えば、現実(リアル)への帰還方法を模索するあまり、ギルド共有財産である世界級(ワールド)アイテムに手を出すなどだ。

 

(あり得る……。こっちでの機能試験は進んでないけど、世界級(ワールド)アイテムの使いようによっては、現実(リアル)への帰還が可能かもしれないな……)

 

 具体的に如何すれば可能なのかは、残念ながら思いつけない。こういうときは軍師と呼ばれた、ぷにっと萌えが居れば……とタブラは思う。

 

現実(リアル)への帰還目的でギルメンが暴走するとしたら、帰還派のリーダーに担がれるのは……たっち・みーさんか)

 

 彼の安定した社会的地位、円満な家庭に関してはギルドの誰もが知っていた。家族を残して転移して来たとしたら、さぞかし帰りたいだろう。彼が身勝手な行動に出るとは想像し難いが、彼には人望も実力もある。ユグドラシル時代のままの戦闘力が発揮できるだろうから、大いに頼りにされるはずだ。同じように親や妻子を思うギルメンにすがられたら、正義漢のたっち・みーは行動に出る可能性が大である。

 

(ただ帰りたいだけなら、私や、それこそモモンガさん達も喜んで協力するんだ。さっき考えたことだけど、世界級(ワールド)アイテムを使えば何とかなりそうな気もするし……。でも、家族恋しさに暴走して、世界級(ワールド)アイテムを強奪、勝手に使用される恐れがあるってのが何ともはや……。たっちさんを向こうに回しての内戦とか、寒気がするなぁ。大惨事になるぞ……。今のところ、偶然にも後顧の憂いがないギルメンばかり揃っているから、そんな心配を暫くしなくて済む……うん?)

 

 そこまで考えたタブラは、頭髪をオールバックに纏めた頭を傾ける。

 

(偶然にも……後顧の憂いがないギルメンばかり揃ってる? それ、本当に偶然か?)

 

 タブラを含めた今居るギルメン五人は、転移後世界に残留することに迷いがほぼ無く、むしろ転移してきたことを喜んでいる者ばかりだ。

 だが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン四十一人の内、先着五人までの全員が転移後世界残留派。それを偶然の一言で片付けるのは、タブラ的に抵抗感があった。

 

(しかし、その偶然が絶対に無い……とは言い切れないな。それを言うなら、ユグドラシル魔法が通用する剣と魔法の世界に転移なんて、転移前なら『絶対にない』って思ったろうし。転移した後となっては……ね。頭から否定するのは、それはそれで……)

 

「あのう……。タブラ様?」

 

 長考中だったタブラに、テーブルの向かい側から声がかかる。

 ふと眼を向けると、羊皮紙に羽根ペンで書き付けていたクレマンティーヌがタブラを見ていた。

 

「どうかされたんですか? お声がけしても、その……」

 

 タブラが返事をしなかったので、声を少し大きくして呼びかけてきたのである。ちなみに今、彼女が言い淀んでいるのは司書長らの眼があるからだ。

 

「いや、すまないね。ちょっと考えごとを……。それはまあ脇に置くとして、私に何か話があったんだっけ?」

 

 謝罪しつつ強引に話題を変えたタブラ。しかし、そのことを突っ込む者は居ない。ここに居るのは僕とクレマンティーヌ達だけだからだ。至高の御方が『脇に置く』と言ったのなら、そうするべきなのである。

 

「あ、はい。え~と……実は、ですね。モモンガ様が、冒険者活動の拠点にされてるエ・ランテルなんですけど。あそこで、私の知り合いが危ないことを企んでまして……」

 

「ほほう、それで?」

 

 身振り手振りを交えたクレマンティーヌの報告に、タブラは興味を抱いて相槌を打った。しかし、それを何故今頃になって言うのだろうか。もっと早く報告しても良かったはず。

 そのようにタブラに追求されたクレマンティーヌは、幾分怯えながらも答えてみせた。

 

「そ、そのう……何と言いますか。カルネ村からこっち、ぷれいやー様……至高の御方とお目にかかって(わたくし)、大いに動揺しておりましてですね。しかしながら、ここで物書きをしてる内に、色々落ち着いてきたもので……」

 

 ふと、エ・ランテルで合流しようとしていた知人のことを思い出したらしい。

 

「クレマンティーヌ。俺は今の話、初耳なんだが? 俺達が出会った辺りのことを言ってるなら、あそこに危険な連中が居たのか?」 

 

 クレマンティーヌの隣で座るロンデスが、羽根ペンの動きを止め、横目で睨みつけている。

 

「話してなかったから初耳なのは当たりま……うわ、ごめん! 溜息とかつかないでっ!?」

 

 わたわたしているクレマンティーヌを見やりながら、タブラは「フム」と頷き、指を自らのこめかみに当てた。

 

「その知人が犯罪結社ズーラーノーンの高弟……ねぇ。確か、デミウルゴスの報告にあった組織名だったかな。ちょっと待っててくれる? 伝言(メッセージ)で彼に聞いてみるから」

  

 

◇◇◇◇

 

 

 きらびやかな豪華さの中に、落ち着きある雰囲気。

 一言で言えば高貴さだろうか。そういった趣ある一室……テーブルを挟んだソファの片側で腰掛けるデミウルゴスは、何者かからの<伝言(メッセージ)>を受信していた。

 

「おや? ああ、申し訳ない。誰か<伝言(メッセージ)>を送ってきたようで……。少し、構わないですか?」

 

 対談相手の許可を得て、座したまま<伝言(メッセージ)>に出たデミウルゴスであったが……。

 

 ガタン!

 

 重いソファが後方へ傾く勢いで立ち上がるや、背筋を伸ばして一礼した。

 

「これは! いえ! 大丈夫です! 今は……」

 

 慌て気味に会話していたのが、急に普段どおりの表情になる。そして、こめかみに指を当てたままで対談相手を見直した。

 

「思ったよりも内々の話でしてね。少しの間、部屋の隅に行っても?」

 

 先程と同じく対談相手の許可を取ろうとしたわけだが、違っているのは許可を貰う前に席から離れたことだ。そそくさと部屋の隅に移動したデミウルゴスは、再び背筋を伸ばす。と言っても、対談者に対して背を向けているので、正面に見えるのは部屋の隅だ。

 

「お待たせしました。それで……タブラ様。御用件とは?」

 

『ほう、私のフルネームを口にできない状況か。いや、実は……』

 

 タブラは用件を述べ出す。急遽、<伝言(メッセージ)>を飛ばした相手……デミウルゴスは、何やら仕事の途中だったらしい。しかし、上手くやりくりして<伝言(メッセージ)>に応じてくれたようだ。

 

(手短に済まさなければ、彼に悪いね……)

 

 上手くやりくりしたと言うか、直前までの対談相手を待たせているだけなのだが、音声のみの<伝言(メッセージ)>では、そこまで把握できない。

 

『今、クレマンティーヌ達から情報収集中なんだけど。エ・ランテルに、ズーラーノーンとか言う秘密結社の一味が潜伏中で……と、これは君の報告書にもあったことだね。その現地のズーラーノーンは、今どうなってるのかな?』

 

「監視を付けた後は、放置中でございます」

 

 モモンガ達が冒険者拠点とする都市で、社会悪に寄った結社組織を放置するなど、問題行動ではないか。

 そういったことを自己指摘しつつ、デミウルゴスは続ける。

 

「しかしながら、この転移後世界にあっては、それなりに知られた集団でありますので……。何かの役に立つかと思い、敢えて放置していた次第です」

 

『なるほど……。イベントキープ的な感じか……。よくわかったよ』 

 

 タブラは、クレマンティーヌをチラリと見てから<伝言(メッセージ)>の会話に戻った。

 

『デミウルゴス。その組織をモモンガさんとアルベドが潰して、名声の肥やしにしたら……不都合かい?』 

 

 それが今回、タブラがデミウルゴスに<伝言(メッセージ)>をした主な目的だった。今のところ、モモンガ班も弐式班もヘロヘロ班も、皆が銅級冒険者である。チーム漆黒、すべからく銅級なのだ。

 適当にモンスターをバラ撒いて、依頼を受けて倒し、名声を稼ぐことで……どこかに転移して居るであろうギルメンに知らしめる……でも良いのだが、エ・ランテルに天然物の『手柄』があるのなら話は別だ。大いに有効活用したい。

 このタブラの質問に対し、デミウルゴスは一も二もなく首肯した。

 

「素晴らしい案だと思います。そのズーラーノーン共は本家組織から疎遠になりつつあるようですので、壊滅させたとしても支障はないでしょう。漆黒の各班の位置からすると……タブラ様の仰るとおり、モモン様の班に担当して頂くのがよろしいかと。モモン様には、私から御連絡を?」

 

『いや、ちょっと細かい注文があるから。私から<伝言(メッセージ)>を入れておくよ。それとカジットと言ったかな……こっちの世界の魔法詠唱者(マジックキャスター)で、クレマンティーヌの知り合いがエ・ランテルのズーラーノーンに居るそうなんだ。勧誘したいと思ってね』

 

「なるほど……。そういうことですか……」

 

 ニンマリ笑ったデミウルゴスが<伝言(メッセージ)>を継続したまま頷く。音声のみであるが、タブラには、その仕草表情が目に見えるようだ。

 

(どうせ何か深読みしてるんだろうな……。まあ害が大きいわけじゃないし、放っておくか……)

 

 その後すぐに<伝言(メッセージ)>を解除したタブラは、様子を見守っていたクレマンティーヌらの視線を敢えて無視しつつ呟いている。 

 

「それにしてもデミウルゴス。<伝言(メッセージ)>前は、誰かと話してる雰囲気だったけど。……相手は誰だったのかな?」

 

 一方、<伝言(メッセージ)>された側のデミウルゴスは、口元に笑みを残したままソファに戻っていた。それまでジッと待っていた対談者が、腰を下ろしたデミウルゴスを見て話しかけてくる。

 

「話は……もう終わったのかな?」

 

「ええ」

 

 短く答えたデミウルゴスは、待ってる間に口をつけていたらしい対談者のティーカップに目を向けた。中身は紅茶だが、そこには大量の角砂糖が投じられているはずだ。飲食及び睡眠不要のアイテムを装備しているとは言え、たまにナザリック内のバーへ行くデミウルゴスは、酒だけでなく紅茶も嗜んでいる。その彼からすれば、目の前のティーカップ……その紅茶に含まれる糖分は過剰であった。

 

「他人の嗜好について、とやかく言うつもりはないのですが……。砂糖は控えた方がよろしいのでは?」

 

「こうでもしないと飲めたものではないのだから仕方がない。それより、話の続きといこうではないか。デミウルゴス殿?」

 

「そうしますか……」

 

 聞く耳を持たない対談者に、デミウルゴスは苦笑する。そして、人差し指で眼鏡の位置を直すと、タブラから<伝言(メッセージ)>が来る前の会話を再開した。

 

「私達、双方の利益に関して、より具体的に……。よろしいですね? ザナック殿下……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中。もう少し詳細に述べるとしたら、朝食時よりも暫く後。

 モモンガとアルベドは、エ・ランテルの大通りを散策中であった。

 デート中であった。

 

(俺にとっては、何から何まで未知の領域であった……。いや、現在進行形で未知だ)

 

 好みの美人女性、しかも交際中のアルベドを隣に置いて歩いているのだ。嬉しいは嬉しいのだが、常に「はわわ! こんな感じでいいの!?」状態であり、人化しているモモンガの精神は疲弊しつつあった。だが、心地よい疲弊でもある。  

 

(さて……)

 

 これから如何するか。

 まず、弐式と別れた後に二人で決めたプランは、屋台で軽食を購入。その後、公園に移動するというものだった。

 

ブリジット(アルベド)は、何か食べたい物があるか?」

 

「そうねぇ。軽く濃いめのものが欲しいかしら」

 

 今の彼女は、ナザリック地下大墳墓の守護者統括アルベド……ではなく、冒険者チーム漆黒の一員、女戦士ブリジット。その立ち位置を弁えた上で、モモンガが望む『仲間』としての態度で応じてくれている。それが、モモンガとしては大いに嬉しい。こう言ったモモンガ好みの対応は、彼女以外のNPCでは難しいのだ。加えて言えば、モモンガにはアルベドが上手くやってくれていることが心底意外だった。

 

(至高の御方、マジ至高! の筆頭格なだけになぁ。やはり俺が設定弄ったせいなんだろうな~。複雑だ。……と、そんなことよりもアルベドのリクエストだ)

 

 アルベドが言った『軽く』とは、事前に話していたとおり軽食という意味だ。『濃いめ』というのは味付けのことだろう。

 ツイ~ッと視線を流すと、通りの各所に存在する屋台の中で……腸詰めの串焼き屋台がモモンガの目にとまった。

 現実(リアル)で言うところのソーセージの串焼きだが、ソースはケチャップ風とマスタード風の二種類。それら調味料については、冒険者組合の酒場飯で食べたことがあるので、ケチャップ等と味が変わらないのは確認済みだ。料理の程度が現実(リアル)で知られるものより低レベルな転移後世界だが、調味料に関しては遜色ないことがある。過去の転移プレイヤーが作成して広めたのかも知れないが、モモンガ達、遅着組のプレイヤーにしてみれば有り難い限りだ。

 

「あの、腸詰めの串焼きでどうだろう?」 

 

「そうね。食べてみたいぅわ……」

 

 澄まし声で言うアルベドだが、語尾がおかしい。ほんの一瞬、テンションが上がりかけたのを、無理矢理抑え込んだような……。

 モモンガが視線を向けると、アルベドは顔ごと視線を逸らした。が、やがて耐えきれなくなったのか、俯いた後で頬を染め……眼だけでモモンガを見返している。

 なお、今はヘルム着用中なので、彼女の眼の動きはモモンガには見えていない。

 

「……その、モモンと一緒に屋台で買い食いだなんて。あらかじめ決めてたとは言え……本当にデートっぽい感じで、テンション上がっちゃったんだもの……それで、つい……」

 

 嬉しさのあまり、声が裏返りかけたのだ。

 

(なに、この可愛(かわい)くも美しい生物……)

 

 これにはモモンガも赤面せざるを得ない。頬が熱くなっているのは自覚できるので、それを誤魔化すべく咳払いを一つ。そして自分より背丈の低いアルベドを見て、モモンガは言った。

 

「俺はてっきり、小腹が空いたので我慢できなくなったのかと……」

 

「い、い~じ~わ~る~です~っ!」

 

 アルベドの口調が、僅かであるが素に近くなる。そして頬を膨らませると、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「私の繊細な心は傷ついたわ。腸詰めの串焼きは、モモンの奢りね!」

 

「ハイハイ。謹んで奢らせて貰いますよ」

 

 いかにも「仕方がない」といった口調でモモンガが言い、二人は屋台に向けて歩き出す。その後は二本ずつの串焼きを買い、精算を済ませて歩き出すあたりまで共に無言だ。

 しかし、二人の脳内では多少の温度差はあれど、混乱の嵐が吹き荒れていたのである。

 

(おいおいおいおい! さっきの俺、凄くデートっぽい返しじゃなかった!? まるで恋人同士! いや、恋人同士なんだけど! くう~、良い感じの台詞がビシッと決まると気持ちいいものなんだな~っ! 今度、デート中における決め台詞とか練習してみようか!)

 

 練習するとしたら、その姿を他人に見られるわけにはいかない。自室で一人で居る時が最適だ。もっとも、デート台詞の練習だけでは恥ずかしすぎるので、支配者としてのポーズや台詞も研究するべきだろう。

 そう考えたモモンガは、後日、実際に各種台詞やポーズの研究を始めることとなる。これにより、ギルメンにとっては魔王ロールのギルド長。ナザリックNPCにとっては至高の御方の取り纏め役としての振る舞いに、磨きがかかっていくのだった。無論、主目的であるデート台詞にも磨きがかかっていくのだが……。

 一方、アルベドはと言うと……。

 

(モモンガ様に、おご……奢らせるだなんて! ……ふう……。 (わたくし)は何という……ふう……。あまりにも不敬……ふう……。……落ち着いたわ。精神の停滞化が三連続だなんて……どれほど……)

 

 このように、頻発する停滞化に戸惑いながらも、その心は留まることを知らない高揚感で満たされている。大きな木の葉を組み合わせて作った包装紙……この場合は包装葉だろうか……に包まれた腸詰めの串焼きを持ちながら、アルベドはヘルムから露出した口元をほころばせるのだった。

 そうして歩き続け、公園に到着したモモンガ達は、外縁付近に設置されたベンチの一つに並んで腰を下ろしている。

 

「公園か……」

 

 今現在、公園内の人影はそれほど多くない。通りがかりで公園を通過する者や、暇そうな冒険者ぐらいだ。モモンガ達も暇そうな冒険者に分類されるが、男女一人ずつのカップルと言えばモモンガ達だけ。

 浮いた、あるいは目立つ存在となっていたのだが、モモンガはモモンガで公園という存在、その風景を物珍しく見回している。

 

現実(リアル)で居た頃は、アーコロジーに本物の公園なんて無かったな~)

 

 個室トイレぐらいの部屋。その上下及び四方がディスプレイになっていて、空気汚染されていなかった頃の公園風景(だけでなく、その他自然風景など)を映し出す有料サービスならあった。いわゆる疑似体験ルームと言ったものなのだが、使用料が高い上に移動ができるわけでもないため、アッと言う間に廃れている。VRでいいじゃないか……というのが主な理由だ。

 

(飲食物を持ち込んで、景色を見ながら飲み食いできるのは大きかったと思うけど。トイレ飯と何が違うんだ? って話にもなったんだっけ……)

 

 何となく、物悲しさを感じる。だが、今はアルベドとデート中なのだ。過去の思い出よりもデート相手に集中しなければならない。  

 

「……さっそくだが、食べることにしようか」

 

 言いながらモモンガが串焼きを取り出すと、アルベドが包装された串焼きを太股の上に置き、ヘルムに手を掛けた。

 

「ヘルムを取って食べるのか?」

 

 先程、冒険者組合の酒場では上手くいったが、ここは人通りがそれなりにある屋外……公園だ。当然ながら人目がある。ヘルムを取ればアルベドの頭部の角が目につくわけで、騒ぎになるのではないだろうか。

 それを考えると、アルベドのヘルムは口元開放型(戦闘時にはシャッターを引き出して閉鎖可能)なので、酒場での騒ぎの後だが、やはりヘルム着用のまま食べた方が良いのではないだろうか。

 そのようにモモンガが心配したところ、アルベドは「大丈夫よ」と笑う。

 

「目を引くし驚かれるでしょうけど、私の容姿は人間寄りだもの。それほど騒ぎにはならないと思うわ。それに……」

 

 アルベドは胸元に下がった冒険者プレートを指で弾いて見せた。

 銅板で作成されたプレートが上方に跳ね上がったかと思うと、重力に引かれて胸元へと落ちていく。

 

「今の私は『亜人』扱いではあるけれど、身分確かな冒険者。文句があるなら、冒険者組合に言うべきだし。多少絡まれたところで、問題にはならないわ」

 

 言い終えてヘルムを取ると、艶やかな黒髪が流れ落ちてきた。続いて現れるのは、人間では到達困難な美。

 そして当然と言うべきか、同時に現れた物がある。頭部の角だ。

 ヘルム装着時は大仰な装飾物にしか見えなかった角だが、ヘルムを外すと装飾物では無く、頭部に直接生えたモノだというのが見て解るようになる。

 やはり、周囲からは驚きの声があがった。

 

「やだ、何あれ? 角? 亜人じゃないの!?」

 

「兵隊を呼べ……って、よく見ろ冒険者じゃないか」

 

「ほんとだ。それにしても角……いや、そうではなくて美人だ……」

 

「貴族の女とか、あんな感じなのかね?」

 

「隣の魔法詠唱者(マジックキャスター)は……チームメンバーか? 彼氏じゃないよな?」

 

「冴えない感じだものな。俺……声をかけて来ようかな?」

 

 聞いている分には、騒ぎにまでは到っていないように思える。

 どちらかと言えばアルベドの美貌を賞賛し、連れないし彼氏と目されるモモンガについてやっかみを言っているぐらいだ。

 

「モモン……ガ様に対して不敬……。……顔は覚えたから、後で粛清リストに載せておかなくちゃ……」

 

「うぉい!?」

 

 物騒なことを言いだしたのでモモンガは目を剥く。途中で停滞化した気配はあったのに、この反応とは……。

 

(どれだけ怒ってるんだ? 怖い……)

 

 他者に向けられた怒りであっても、恋人が怒っているのを見ると引いてしまう。それが顔に出たのだろうか、アルベドは目を瞬かせ、すぐさま表情を元に戻した。

 

「おほほ。大したことではありませんのよ? ……ではなくて、ああいう感じだから。私の角に関しては気にする必要はないわ。さ、食べましょう?」

 

 アルベドはヘルムを脇に置くと、串を持って腸詰めを口元に運ぶ。ちなみに彼女が選択したソースはマスタード風だ。

 

「……あむ」

 

 艶やかな唇が環状に広がり、腸詰めの先端部が口腔に押し込まれる。

 はぷっだか、カプッといった音が聞こえたはずだが、モモンガは自分が食べることを忘れ、アルベドの食事光景に見とれていた。周囲を通りかかった男性らもアルベドに注目している。

 

(腸詰めをくわえてる姿がエロすぎだろ!? そういや彼女、サキュバスでしたーっ!)

 

「ん~……」

 

 ぼりん。

 

 ぱりっと焼かれた腸詰めが噛み切られる。

 その瞬間、「うっ!?」と呻いたのはモモンガだけではない。周囲の声に気づいたモモンガが視線を振り向けると、幾人かの男性が前屈みになって退散するところだった。 

 無論、モモンガも立って居れば前屈みになったろうが、座っているのも、それはそれで危険な状態には違いない。

 そこで彼が取った行動とは……。

 

(素早くアイテムボックスより悟の仮面を取りだし、瞬着! 仮面下で異形種化して……)

 

「……ふう」

 

 精神の安定化が発動。モモンガの心に平穏が訪れた。

 鈴木悟と死の支配者(オーバーロード)では体格が違うのだが、そこは着用しているローブの効果で誤魔化せている。ただ、着て身動きしたときの少しの変化なら、そのままとなるため、やはり先程は危険だった。

 ともあれ、下腹部にて危機的テントが構築されるのは回避できたことになる。モモンガ大勝利だ。

 そんな彼の隣では、一口目を終えたアルベドが掌で頬を擦っていた。

 

「んん~。美味し~っ! ナザ……じゃなかった、実家の料理に比べるべくもないけど、こういうのって美味しいわね~。特に、今はモモンと一緒だし!」

 

「そ、そうか。そういうものか……は、ハハハ」

 

 相性が良い。あるいは好意を持った相手と一緒なら、食事は楽しいものになる。それぐらいはモモンガにも理解できているが、恋人同士となると初体験であるため、よく解らない。

 

(自分でも解るけど、舞い上がってるもんな~。って、中高生か! 俺は小卒だけど!)

 

 大人の男性として、アルベドを上手くエスコートできているかが不安でしかたがない。その気持ちを誤魔化すべくモモンガは再度人化、腸詰めの串焼きにかぶりつく。

 味の感想としては「けっこう美味しい」というものだ。

 モモンガが選択したのはケチャップ風のソース。酸い目の味付けが好みに合っている。それがアルベド言うところの『恋人同士で食べている』からなのかは不明なままだったが……。

 

「うん、そうだな。美味しいな。ブリジットの言うとおりかもしれないな」

 

「くふうっ! ……そう思って貰えるなら嬉しいことだわ」 

 

 アルベドの物言いから「また停滞化したのか……。俺も精神の安定化があるから、マジで他人事じゃなく解るんだよな~」と、しみじみ思うモモンガ。彼は、そのまま食べることに意識を向け直したが、隣で座るアルベドの視線が、つい先程、テント構築を防いだ部位に向けられていることには気づいていない。

 彼が清い身体のままでデートを終えられるか、それはまだ不透明なままである。

 




 別に清いまま終わらなくてもいいじゃん
 サクッと捕食させちゃおうかな……とも思ってたり

<捏造ポイント>

・建御雷の実家道場が閉鎖になってる
・弐式とヘロヘロが両親から離れて独立してた
・疑似体験個室の有料サービス
・転移後世界にケチャップとマスタードに似た調味料があること
・モモンガが着用している体格変化を誤魔化せるローブ

<誤字指摘>
沙夜、冥﨑梓、ARlA、佐藤東沙、yomi読みonly、a092476601、冥﨑梓、ARlA、阿久祢子、佐藤東沙
以上、読者様方。ありがとうございました。
(名前が重複している方は、その都度、誤字指摘を頂いています)


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第37話

「モモンガさん達、楽しんでるかなぁ……」

 

 暫く前にタブラが言った台詞。それを、そっくりそのまま口に出す者が居る。

 ザ・ニンジャこと弐式炎雷だ。

 弐式は先程、バハルス帝国の帝都に到着したばかり。随分と早い到着のように思えるが、これはヘロヘロのような馬車移動での拘りが無かったため、帝都近くまで<転移門(ゲート)>で移動したことによる。

 

(シャルティアに<転移門(ゲート)>して貰ったわけだけど。モモンガさんが<転移門(ゲート)>係を買って出ようとしたのは驚いたな~。……ギルメンのために何か出来るってのが嬉しくてしょうがないんだろうけど。……重い……)

 

 ほぼ十年以上、一人でナザリック地下大墳墓を維持していた反動だろうか。モモンガは、ギルメンが絡むと人が変わったようになる。弐式らギルメンとしては、嬉しいし感謝もする一方で、モモンガの好意や厚意が重く感じてしまうのだ。

 

(そもそも、以前にユグドラシル引退とかしてなけりゃ。こんな思いはしなくて済んだかもだから、俺の自業自得……は言いすぎにしても、仕方のない話か……)

 

 冒険者プレートの威力もあって、割とすんなり帝都に入った弐式は、エ・ランテルとは格段に違う、立派に整備された町並みを見ながら考えていた。もしも自分達が引退しなかったら、モモンガは今、どんな風に接してくれていただろうか……と。

 

(……やべぇ……。今と大して変わらない気がする……)

 

 そう、気配りのギルド長は、ifルートであっても今と変わらない気がしたのである。そして、それは大きく間違った想像ではないという確信が、弐式にはあった。

 

(今度こそは……モモンガさんを支えきらないとな……) 

 

 かつての現実(リアル)に未練は無いし、転移後の世界は最高だ。今の弐式にとっては転移後世界こそが現実(リアル)であるとも言える。そう、この転移後世界に関わる他で、優先すべき『本業』を抱えているわけではなし、やむなく引退することなどもありえない。第一、引退すると言ったところで、他に行くべき別の現実(リアル)など存在しないのだ。

 だから、余程の事情が無い限り、弐式はナザリック地下大墳墓を離れる気は無いし、モモンガを見捨てる気も無かった。前述したように、元の現実(リアル)にだって帰る気は無い。

 

(帰る方法があったとしても、そりゃあ帰りたい人だけが帰ればいいのさ……)

 

「あの、ニシキさん? これから、どうしましょうか?」

 

 問うてきたのはナーベラルだ。

 ペストーニャには『対外的な対応力』と『空気を読む』関連の再教育を主に依頼していたが、今のナーベラルは弐式を呼ぶ際の妙な間延びが無くなっている。

 

(ふ~ん……)

 

 ユグドラシル時代、ナーベラル作成時は『ポンコツぶり』を萌えの一つとして作成方針に組み込んでいた。しかし、こうして出来るメイド感……いや、出来る女性感を出されると、これはこれで良いものだと思ってしまう。

 

(ポンコツでも有能でも、俺のナーベラルは最高ってことだな!)

 

「そうだなぁ……」

 

 振り向くと、自分に付き従うパーティーメンバーの姿が見えた。

 ナーベラル、ルプスレギナ、コキュートス。全員、冒険者としての衣装に防具……無論、黒基調である……を装備しており、コキュートスに到っては人間男性に人化している。忍者(弐式)戦士(コキュートス)僧侶(ルプスレギナ)魔法詠唱者(ナーベラル)と、冒険者チームとしてのバランスは中々に良いものだ。

 

「取りあえず、帝都の冒険者組合に顔出しするか。拠点とする宿に関しては、適当な安宿を使ってもいいんだろうが……。まあ、現地を見てからだな。ん? ちょっと待った!」

 

 弐式が感じたのは<伝言(メッセージ)>の受信。相手は……。

 

「<伝言(メッセージ)>だ。『友達』から連絡が入った……」

 

 班員達に電流走る。現状、弐式が言う『友達』とは、同格の至高の御方であるに違いないからだ。

 

「そこの路地に入ろう。俺が分身を出して、盗み聞きする奴が居ないか警戒するが……。皆も一応は警戒しててくれ」

 

「了」

 

 弐式班では『承知しました』や『御心のままに』などと言った物言いは、可能な限り控える方針である。チームリーダーとして弐式が指示を出し、その内容に異論が無い場合は『了』を返答の基本とするのだ。もっとも、班員個人が普通に返事をするのも自由とされているので、この場合はナーベラル達が息を合わせたと言って良い。

 

(うんうん。俺の班、キビキビとしてて良い感じだな~……。忍者部隊って感じ? いや、隠密侍的な感じか?)

 

 弐式は大昔の動画データ……時代劇を見るのは大好きだ。中でも忍者系が好きなのだが、今回の場合は建御雷が好きな侍系、それも一芸に秀でた侍が集結する類だろうか。

 

(俺も昔、建やんに動画を見せて貰ったっけな。確かイサカ・ジューゾーとかジューモンジ・コヤタとか居たっけ……。スギ様、格好良かったな~)

 

『弐式さん? 聞いてます?』

 

「ああ、ごめん。今、路地に入ったところだから……」

 

 弐式は伝言(メッセージ)相手……ヘロヘロに謝罪すると、自分の目で路地四方、そして上方を確認した。特に見張られている気配はない。念のため分身体を数体出した弐式は、彼らに隠形術を使用させた上で周囲に配置した。

 

「オッケー。いいぜ、ヘロヘロさん。気兼ねなく話せるようになった」

 

『取り込み中でしたかね?』

 

 脳内に響くヘロヘロの声が、申し訳なさそうなものに変わる。弐式は見えないと知りながら、顔前で手の平を振った。

 

「いやいや、帝都の街中を歩いてただけだから。で? 急な話なんでしょ?」

 

『ええ。実はギルメン情報……かもなんですが……』

 

「おっ? おおっ!?」 

 

 驚きの声と共に、弐式は自分の周囲に立つ班員らを見回す。弐式班の班員は、先に述べたとおり、ナーベラルとルプスレギナ。そして、コキュートスだ。このうち、創造主であるギルメンが合流済みなのは、弐式炎雷のナーベラル・ガンマと、武人建御雷のコキュートスの二名。ルプスレギナのみ、創造主の獣王メコン川が合流を果たせていない。

 

(俺としちゃ、班員(ルプスレギナ)の喜ぶ顔が見たいところだ。メコン川さんが来たのかな? ……そう上手くいくかな?)

 

 不謹慎な例えではあるが、イベントガチャを引いている気分になる。そして、ゲームのガチャもそうだが、物欲センサーとでも言うのだろうか……こういう時は、狙い目のブツが当たらないものなのだ。

 弐式は内心で苦笑しながら、ヘロヘロに問いかける。

 

「で? 情報って言うからには、まだ合流できてないんでしょ? 聞こえてきたのは誰の話なんすか?」

 

 これを聞き、それと察した班員らが色めき立った。ルプスレギナが目の色を変えているのは当然としても、他二名も喜びを隠そうともしていない。やはり、ナザリックに所属するNPCにとって、『至高の御方』帰還は、例え誰が戻ろうとも喜ばしいことなのだ。

 

『結論から言うと、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんですね』

 

「茶釜さんとペロロンさんか! 今度は二人同時ですか!?」

 

「ぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様!?」

 

 弐式の会話を聞いたナーベラルが声をあげ、コキュートスと顔を見合わせている。

 

「アウラ様に、マーレ様。シャルティア様も、お喜びになりますね!」

 

「うむ! 喜ぶのは我らとて同じこと! 素晴らしき朗報だ!」

 

「でも、お二人とも、今は……どちらにいらっしゃるんすか?」

 

 最後に発言したのはルプスレギナだったが、それを聞きたいのは弐式も同様だ。再度<伝言(メッセージ)>越しに確認したところ、ヘロヘロからドヤ顔が見えそうな声が返ってきた。

 

『まずは事の発端から説明しましょう!』

 

 ヘロヘロは、王都の冒険者組合でアダマンタイト級冒険者チームのリーダー、ラキュースと別れた後、組合の受付で格安物件を探して貰っていたらしい。安宿を拠点にするよりも、一戸建てのような物件を拠点とし、商売も同時に行う気だったとのことだ。そして、受付カウンターに寄りかかること数分も経った頃。ヘロヘロの耳に、とある冒険者の声が入って来た。

 

「今日も依頼掲示板は、依頼が山盛りだな。景気がいいぜ」

 

「そっちの新しめの依頼は何だ?」

 

 と、こういった内容だ。ヘロヘロは最初、「定番の冒険者会話も良いものですねぇ」等と感慨深げに聞いていたのだが、続く冒険者らの会話を聞き、驚愕と共に振り向くこととなる。 

 

「帝国の冒険者組合から流れてきた依頼か?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンに関する情報求む……か。ん~……知らない話だ。ていうか、人名か? 地名か? わからん!」

 

「ちょ、ちょっと! その依頼、私にも見せてください!」

 

 慌てて駆け寄ったヘロヘロらが依頼紙を見たところ、冒険者らの会話どおりであり、詳しい情報は何も記載されてはいない。ただ、バハルス帝国の帝都冒険者組合が、依頼紙の連絡先であること。そして、記載された依頼人の名が……。

 

『かぜっち&ペロンです』

 

「あ~……あの二人以外の何を連想するんだって言うぐらい、あの二人っすね」

 

 かぜっちとは、茶釜が幾つか持っていた芸名の一つ、『風海久美』のことで、ファンから呼ばれていた際のあだ名だ。同じギルメンのやまいこに対し、そう呼ぶよう迫っていた茶釜の姿を、弐式は目撃したことがある。ペロンは、ペロロンチーノを縮めたものだろう。

 

「そうなると二人とも帝都か、ひょっとしたら帝都近辺に居るのか。で、冒険者組合の伝手で、アインズ・ウール・ゴウン関係者……ギルメンを探してると……」

 

 班員らの注目を浴びながら、弐式は下顎に手をやりフムと考え込んだ。

 

「俺達みたいに、冒険者をやってるかもしれないなぁ……」

 

 もっとも、ナザリック地下大墳墓という一大拠点があって、冒険者業を観光がてらにやってる弐式達とは違い、茶釜達の場合は生活費等を稼ぐための……もっと切実なものかもしれないが……。

 

「ヘロヘロさん? 今の話、モモンガさんに報告しましたか?」

 

 この質問に対し、ヘロヘロは報告していないと答えている。これは絶対確実な情報とは言えないし、茶釜達が居ると思われる帝都には弐式が居るため、まずは現地組の弐式に相談しようと思い立ったらしい。

 

「なるほど。言われてみれば、俺だってヘロヘロさんの立場なら同じことしたかもな。よし! じゃあ、こうしましょう!」

 

 今からヘロヘロが、モモンガに<伝言(メッセージ)>で連絡し、一度、ギルメン会議をするか、あるいは<伝言(メッセージ)>会議で済ませ……例えば弐式班が、単独で帝都冒険者組合へ行き、そこで調査にかかるかを判断して貰うのだ。

 

『そんなところですかね。いや、一応、現地班の弐式さんに話しておこうと思っただけだったんですけど。意見を聞くことができて気が楽になりましたよ。じゃ、いったん<伝言(メッセージ)>を切りますね! モモンガさんの指示が出たら、すぐに連絡しますから。今は路地裏……でしたっけ? 少しだけ待ってて貰えますか?』

 

「了解っす! 待ってます!」

 

 こうしてヘロヘロからの<伝言(メッセージ)>が、一時終了となる。弐式が会話内容を伝えると、ナーベラル達は揃って緊張した面持ちとなった。事はモモンガの耳に届けられ、場合によっては『至高の御方』達が協議の上で、今後の対応を決めるのだ。至高の御方の決めた事ならば、ナザリックの僕達は全力でサポートしなければならない。そういった決意が、各自の全身からにじみ出している。

 それを見た弐式は若干引いたが、支配者らしい態度を欠かしてはならないと、気を引き締めつつ皆に語りかけた。無論、それが自分の性に合わないと思いながら……ではあったが……。

 

「モモンガさんの判断によっちゃあ、この後の行動が変わるかもだから。え~と、指示があっても慌てないようにな?」

 

「了!」

 

 ビシッと揃えられた声が返ってくる。弐式は「おお……」と上体を反らしたが、ギルメン……友人らのために、班員がやる気に満ちているのは見ていて嬉しい。加えて照れ臭いやらで、弐式は鼻の下を指で擦りたくなった。

 

(おっと、今は異形種化してるんだっけか。あれ? でも、待てよ?)

 

 ナザリック地下大墳墓へ帰還してから、ある程度の日数が経過しており、その間に知り得たことが幾つかある。その内の一つ、ナザリックのNPC達は、ギルメン……至高の御方の気配と言うか存在感を感知できるのだ。モモンガがテストだと言って、魔法で鎧を召喚して変装したが、デミウルゴスなどには一目見るなり正体を看破されている。

 これをギルメン捜索に利用できないだろうか。

 

(けど、探知範囲が狭いから……駄目かな?)

 

 良くて目の前の距離というのがネックだ。これもモモンガテストの事例だが、アウラやマーレの目の前に、モモンガが<転移門(ゲート)>で移動したことがある。その際、転移門(ゲート)から出たところで「この気配は……。モモンガ様!?」となったのである。

 

(別の場所にモモンガさんが転移したら、それでもうアウラは気配が感じられなくなったしな~。やっぱ距離がな~。……発見したギルメンと思しき人物が、正体を隠してて俺達じゃギルメンかどうか確定できない。そんなときに有効な手かもしれないけど……)

 

 その状況だと、弐式らのようなナザリック帰還組は、被発見者に相当嫌われてるのではないだろうか。嫌われている理由に関しては、まったく心当たりがないのだが。

 

(ナザリックに戻りたくない……とかもあるだろうし……)

 

 いずれにせよ、嫌な想定ではある。

 肩を落として溜息をつきたくなるのをグッと堪えた弐式は、周囲警戒の体勢に戻った班員達をチラ見した。

 

(こっちで生きて、ユグドラシル全盛時みたいに楽しい感じのを、ずっと続けていきたいんだけど……。まあ、アレだな。転移後世界は転移後世界で、不安に満ちてるよな~。手近なとこだと、ギルメンとの合流に不安があるのが……まあ、不安だ)

 

 何かと戦って勝って、それで解決することばかりなら手っ取り早いのに……と弐式は思う。しかし、転移後世界とて現実(リアル)だ。ただ強いだけで、すべて上手く行くわけではない。異形種になって、人間に対する種族的親近感が薄れたとは言え、この世界で生きていくのだから、多くを学んで活用することも大事だ。

 

(物見遊山の気分だけじゃ駄目か~。そうだよな~。やっぱここ、ゲームと違うわ……)

 

 漠然と再認識しつつ、弐式はヘロヘロからの<伝言(メッセージ)>を待ち続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ヘロヘロから<伝言(メッセージ)>が届いたとき。

 モモンガは、エ・ランテルの宿に居た。と言っても、冒険者が使うような安宿ではない。それなりに値の張る宿だ。日が暮れたわけでもないのに宿にしけ込んでいる理由は……いわゆる『ご休憩目的』で、アルベドに上手く言いくるめられてのチェックインだったのである。

 モモンガとしては、単なる休憩及び見学に近い感覚だったが、アルベドのような女性と二人で宿泊施設に……というシチュエーションに胸をときめかせていたのも事実だ。とはいえ、入室するなりベッドに追い込まれ、押し倒されこそしなかったが迫られるとは考えてもいなかった。

 

「ぶ、ぶぶ、ブリジット! 今の俺達は、恋人として交際中だな!?」

 

 装飾の多いベッドに腰掛けたモモンガは、左脇で腰掛けにじり寄ってくるアルベドに対し訴えかける。ヘルムを取った状態のアルベドは、不思議そうに小首を傾げると、頷いてみせた。

 

「ええ、そうよ。でも、恋人同士……もう少しだけ、私達は解り合う必要があると思うの……」

 

「う……あ……」

 

 これが、サキュバスの本能、あるいは歪んだ愛情による『捕食』行動であったのなら、モモンガは恐怖心から<転移門(ゲート)>を使ってでも逃げたことだろう。しかし、今のアルベドは『嬉し恥ずかしアタック中』的雰囲気に留まっているため、モモンガは行動に出ることができなかった。

 だが、口は動く。

 

「そ、そうだ。私に関して感情が昂ぶると、精神が停滞化するのではなかったか? 今一つ深呼吸でもして、気を落ち着けたらどうだろうか?」

 

「精神の……安定化?」

 

 ギシリ……。

 

 冒険者御用達の安宿では備わっていない、ベッドのマットレス。それが音を立てた。更に数センチ、ほぼモモンガの目の前まで迫ったアルベドが妖艶に微笑む。

 

「そんなもの、すでに何度も発動しているわ……」

 

「うっ!?」

 

 モモンガは気づいた。精神の停滞化が何度も発動している。にもかかわらず迫ってきていると言うことは、冷静さを取り戻してなお、アルベドは今の行動を是としたのだ。つまり、思い止まる気は彼女側では一切ない。

 

(どうする!? 『至高の御方』として叱責して止めさせるか!? けど、それって恋人に対して取る対応なのか!?)

 

 好みドストライクとはいえ、交際中でない相手なら強行に突っぱねることもできた。だが、すでに交際中の相手が恋人として迫ってくるのを、上司として拒絶する。それは、果たして正しいことだろうか。

 

(俺は……俺は、どうすれば良いんだ!? このまま、やっちゃって良いのか!? た、タブラさーん!)

 

 もしかすると、義理の父親になるかもしれないギルメンに救いを求めるが、<伝言(メッセージ)>をしたわけでもないため、当然ながらタブラからの言葉は聞こえてこない。しかし、もしこの場にタブラが居るか、本当に<伝言(メッセージ)>をしていたなら、タブラはこう言ったことだろう。

 

「モモンガさん。ここは冷静になって、男女逆で考えてください。女性側の同意無しで男が押し倒して事に及ぶのは、恋人同士であっても立派な事案です。と言うか普通に考えて、今の状況も事案です。平たく言って『れいぽぅ』です。まあ、モモンガさんには抵抗や逃げる為の手段があるんですから。それをしないなら、そのままで良いんじゃないですかね。あ、式場の準備とかしなくちゃ……」

 

 つまり、タブラの助けが得られそうな状況だったとしても、モモンガが望むような助けは得られないのであった。

 進退窮まるモモンガ。そんな彼に、アルベドはトドメの一撃を加えてくる。

 

「あの……ギュッと抱きしめて……キス……するだけでも、駄目でしょうか? それ以上のことは望みませんから……」

 

 潤んだアルベドの瞳。その端から、真珠のような雫が頬を伝って落ちていった。

 

(ぐっ……)

 

 呻いたのは心の中だったが、モモンガの心はもはや陥落したも同然の状態である。実のところ、アルベド側ではハグしてキス以上のことに及ぶ気はなく、彼女なりに気合いと根性で我慢していたのだ。故に、このまま何事もなければ、アルベドの『作戦目標』は達成されたに違いない。

 だが、何事かは起こった。

 

『モモンガさ~ん。ヘロヘロです。今、取り込み中ですか~?』

 

「へ、ヘロヘロさん!?」

 

 こめかみに指を当てるや、アルベドから数十センチほど腰をスライドさせて離れる。女性にしな垂れかかられながら、男性と電話……もとい、<伝言(メッセージ)>できるほど、モモンガの神経は太くないのだ。

 ギルメン、ヘロヘロ。ユグドラシル最後の時にモモンガを訪問してくれた友人が、<伝言(メッセージ)>を送ってきた。このことは今のモモンガにとって、ある意味で大きな救いだったが、幾分ヘロヘロの声が上擦っているような気がしなくもない。何かあったのだろうか。

 

「ヘロヘロさん? どうかしましたか?」

 

『モモンガさん。俺、今は王都に居るんですけど。ちょっと……大いに気になる情報を入手しまして』

 

「ほほう?」

 

 先程までの混乱ぶりが嘘のように落ち着くのを感じながら、モモンガは首を傾げた。重ねて内容を聞いたモモンガは、あまりの内容に硬直する。

 

「茶釜さんとペロロンさんが帝都に居る……かもしれない!?」

 

 隣りでアルベドが息を呑む音が聞こえた。モモンガ自身は人化中であったため、息をするのも忘れている状態だったが、気を取り直してヘロヘロに話しかける。

 

「それで? 俺に<伝言(メッセージ)>してきたという事は、判断を求めてると?」

 

『そのとおりです。このまま、弐式さんに任せて良いですかね?』

 

 それが手っ取り早くも最善だとモモンガは判断する。しかし、今はナザリックにタブラや建御雷が居る。彼らと相談してからでも良いのではないか。このような大事をギルド長とはいえ、自分一人で決めて判断して良いものではない。そんな気がしたモモンガは、小さく頭を振ってからヘロヘロに回答する。。

 

「一度、ナザリックの円卓の間に行きませんか? <伝言(メッセージ)>は一対一の通信方法ですから、会議には向きません。この際ですから、帝都の弐式さんも<転移門(ゲート)>で呼びましょう」

 

『なるほど。ギルメン会議ですか。俺は今、王国冒険者組合で借りた会議室に居まして。班員は、どうしましょう? 暫く、この部屋に残していきますか?』

 

 それを言われると、モモンガには同行者としてアルベドが居る。弐式にもナーベラル達、班員が居るのだ。モモンガは一瞬視線を下げたが、すぐに決断を下した。

 

「事は急ぎですし、長々と話し合うことにはならないでしょう。ある程度の摺り合わせをしたら、それぞれが元の場所に戻る……で良いんじゃないですか?」

 

 この提案にヘロヘロが賛同し、モモンガは早速<転移門(ゲート)>を発動しようとする。が、寸前のところで、ヘロヘロから確認の問いかけがあった。

 

『俺と弐式さんを戻す<転移門(ゲート)>ですけど。シャルティアにも手伝わせます?』

 

「いや、これから説明して手伝わせる時間が惜しい気もしますので、俺が<転移門(ゲート)>を連発して二人を戻しますよ。それでいきましょう」

 

 モモンガはヘロヘロから了承を貰うと、<伝言(メッセージ)>を解除した。そして、隣りで心配そうに見ていたアルベドを見る。

 

「隣りで聞いて、ある程度は把握しているだろうが。どうやら帝都周辺に、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんが居る……可能性があるらしい」

 

「やはり!」

 

 先程までの恋や、愛といった感情に浮かされていた様子は微塵も感じられない。アルベドの真剣な表情に頼もしさを感じつつ、モモンガは話を続けた。

 

「これから弐式さんとヘロヘロさんを<転移門(ゲート)>でナザリックへ連れ戻す。すまないがギルメン会議を行うので、アルベドは待機していて欲しい。何、すぐに戻るから……」

 

 アルベドは、一緒に戻りたそうにしていたが、先に『待機していろ』と言われたのでは従わざるを得ない。渋々と言った様子で頷き、「承知……しました」とだけ答えた。その姿が、あまりにションボリしていたのでモモンガの胸は痛んだが、今は弐式達を待たせている。

 心を鬼にしてベッドから立ち上がると、一度だけアルベドを振り向いた後、<転移門(ゲート)>を起動させて、暗黒環の中へと姿を消したのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 <転移門(ゲート)>に次ぐ<転移門(ゲート)>の使用。それにより、ヘロヘロと弐式を連れ戻し、更にはタブラや建御雷と連絡を取ったモモンガは……皆と円卓の間へ入室していた。休憩も兼ねて、全員が人化した状態で……だ。

 そこで……。

 

「<伝言(メッセージ)>の時に様子がおかしかった。そうヘロヘロさんに聞きましたよ? モモンガさん。ひょっとして……アルベドと、いたしてました?」

 

 合流済みギルメンが揃う前で、タブラが爆弾を投じてくる。それは『子作り作業をしてたかどうか』という問いであったが、実行に到らなかったとは言えアルベドに迫られていたモモンガは激しく狼狽えた。

 

「いたしてません! いたしてませんよ!?」

 

「え? そうなんだ? 残念だなぁ。式場の準備をしなくちゃと思ってたんですけど……」

 

「だあああああ! 気が早い! てゆうか、本当に致してませんから! 早く茶釜さん達の話をしましょう! ねっ! 皆さんも、そう思いますよね!?」

 

 必死で訴えかけたところ、建御雷が「タブラさん……」と一言述べ、それによってタブラが肩をすくめて見せた。どうやら弄られるのは終了したらしい。

 そうして会議に移るのだが、タブラはタブラで話したいことがあるとのこと。モモンガが確認したところ「いやあ、そこまで重要じゃないですから。ヘロヘロさんや弐式さんの話を先に議論しましょう」とタブラが引き下がっている。

 

「では、第一の議題として……ヘロヘロさんと弐式さんに説明して貰いましょうか」

 

 モモンガに促された弐式達は顔を見合わせたが、最初に情報を得たのはヘロヘロだったため、彼が説明することとなった。内容は、路地裏で居た弐式に語ったものと同じであり、聞いたモモンガ達は互いに顔を見合わせた。

 

「茶釜さん達が帝都か、帝都近辺に居て……帝都冒険者組合で俺達を探す依頼を出している……というわけですか」

 

 モモンガが呟くと、シンとした空気が円卓の間に充満していく。それは数秒ほど続いたが、建御雷が「あのさ」と発言したことで沈黙が破られた。

 

「帝都辺りに居るって話だろ? だったら、茶釜さん達に<伝言(メッセージ)>飛ばして、呼びかけるのが手っ取り早いんじゃねぇの?」

 

 なるほど名案だ。どうして、そこに思い当たらなかったのだろうか。

 いや、異世界転移後は各自で<伝言(メッセージ)>を試したのだが、未合流のギルメンに連絡がつながらなかったのは確認済みである。しかし、今回の場合は、そこに居る可能性がある茶釜とペロロンチーノが対象なのだ。二人に狙いを定め、気合いと心を込めて<伝言(メッセージ)>すれば、通じるのではないだろうか。

 そう思い、各自で順番に<伝言(メッセージ)>を発動したが……茶釜達が受信することは無かったのである。

 

「チッ。俺も駄目か……」

 

 最後に試した建御雷が、舌打ちと共にこめかみから指を放した。

 

「どうなってんだ? 俺ら合流組は、何の支障もなく<伝言(メッセージ)>で連絡できてるってのによ……」

 

 吐き捨てるように言う口振りから、建御雷が苛立っているのがわかる。かける言葉もないモモンガだったが、その視線をタブラに向けた。

 

「タブラさん。どう思います?」

 

 設定魔と呼ばれるタブラであれば、膨大な事例や物語から引用して、何らかの答えを導き出せる。いや、そこまで行かずとも皆が頷けるような推論を語れるのではないか。そう期待を込めての問いかけだったが、タブラはほぼノータイムで口を開いた。

 

「私達同士で<伝言(メッセージ)>ができて、未合流の茶釜さん達とは<伝言(メッセージ)>できない理由。……何らかの条件があるのかもしれませんね。例えば……異世界転移後は、一度でもナザリック地下大墳墓に入らないと、<伝言(メッセージ)>リンクが繋がらないとか。あるいは、合流済みギルメンの誰かと接触する必要があるとか……。今考えられるのは、そんなところでしょうか」

 

 おお……。

 

 円卓の間に、ギルメン達の声が響く。そこに含まれるのは主に感嘆だ。言われてみれば……と思えるような内容だったが、すぐに思いつけるあたりがタブラらしく、そして凄いと思える。

 

「ま、推論に過ぎませんけどね」

 

「いや、検証は必要でしょうけど、納得いく話でしたよ。では、茶釜さん達の話に戻りましょうか」

 

 司会進行のギルド長、モモンガが話題を元に戻した。

 と言っても方針は概ね決まっている。<伝言(メッセージ)>で連絡がつかないとなれば、現地で探し歩くまでだ。

 

「弐式さんに帝都へ戻って貰い、弐式さんの班で茶釜さん達を探して貰いたいと思うのですが?」

 

「俺は構わないっすよ?」

 

 弐式が頷き、モモンガが視線を皆に振り向けたところ、誰からも異議はないらしい。これにより、弐式が帝都で茶釜達を捜索することが確定した。

 

「任せてくださいよ、モモンガさん。分身体でも何でも使って、隅々まで探して見せますって。さしあたりは冒険者組合へ行って『アインズ・ウール・ゴウンの情報求む』って依頼について聞き取りですかね。その場に茶釜さん達が居たら、手間が省けていいんだけど」

 

 もしも増援が必要なら、ナザリックからは建御雷が、エ・ランテルからモモンガとアルベドが、王都からはヘロヘロ班が駆けつけることとなる。主にモモンガやシャルティアの<転移門(ゲート)>を使用するため、即座に戦力集結できるはずだ。

 

「増援を出す場合は、シャルティアとアウラにマーレも送り込みますか。やはり、早く会わせてあげたいですしね。ただし、本当に発見できるまでは三人には内緒にしておきましょう。あの子達の戦闘力は貴重ですし、この件で浮き足立たれても困ります」

 

 このモモンガの提案を皆が了承。加えて弐式から増援要請があるまでは、他の者達は直前までの行動や予定どおりに動くこととした。そうして、茶釜とペロロンチーノ姉弟の探索については話が一段落する。

 

「続きまして。(タブラ)が、クレマンティーヌとデミウルゴスから聞いた情報を話させて貰いましょうか」

 

 続くタブラの議題は、クレマンティーヌ情報でエ・ランテルに秘密結社ズーラーノーンの一派が潜伏しているというものだ。これを討伐して、モモンガ達の名声の肥やしにしてはどうか……とタブラは提案する。

 

「デミウルゴスに確認を取ったんですけど、退治しちゃって問題ないそうです」

 

「え? あいつ、知ってたんですか。そのズーラーノーンって言うの……」

 

 初耳だったモモンガは驚いたが、デミウルゴスが『現地の弱小勢力』だと判断したことで、暫く寝かせ……放置しておくつもりだったと聞かされると、苦笑しつつも納得した。

 

「なるほど。選択できる討伐イベントってわけですか。それはそれで面白そうですね」

 

「リーダーのカジットという男については、クレマンティーヌの知人だそうで。現地の死霊系魔法詠唱者(マジックキャスター)という点と、裏社会に通じてるあたり、勧誘してみる価値はありそうです」

 

 更には勧誘ミッションだ。

 大いに乗り気になったモモンガは、茶釜達のことは気になりながらも、概ねは弐式に任せ、自身はアルベドと共にエ・ランテル墓地へ向かうこととする。

 こうしてエ・ランテルでのズーラーノーン討伐も方針が決まり、ギルメン会議は終了した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラが、ヘロヘロと弐式を王都と帝都に送ることを申し出たので、モモンガは寄り道することなくアルベドが待つ宿部屋へ転移を果たしている。

 <転移門(ゲート)>の暗黒環から出たモモンガは、すぐにアルベドの姿を探していた。

 

「アルベ……うっ!」

 

 彼女自体は、すぐに発見できている。しかし、ベッドに腰掛けたまま俯いている姿は、呻き声を上げるに十分なほどの寂寥感を放っていた。

 

「あ、あ~……戻ったんだが……」

 

「モモンガ様!」

 

 モモンガが声をかけると同時、いや、気配を感知したのか僅かに早くアルベドが顔を向けてくる。その顔には、先程までの暗い気配は微塵も感じられない。それどころか『モモン呼び』を忘れてしまうほど、気分が高揚しているようだ。

 

「ま、待たせてしまったようだな」

 

「とんでもございません! モモンガ様の御命令であるならば、百年でも千年でも待って見せます!」 

 

 完全に、守護者統括アルベドに戻っている。

 出先の宿部屋で放置されたのが、そこまでショックだったのだろうか。それとも、ベッド上で迫っていたのが失敗したのが、尾を引いているとか……。

 

(童貞の俺には、わかんないことだな。うん……)

 

 そんなことを考え現実逃避するモモンガだが、いつまで童貞で居られるのだろうか……とも思っている。

 ともあれ気を取り直したモモンガは、アルベドにナザリック外での呼び方について再度注意した後、ギルメン会議の内容を説明した。

 

「なるほど。そういう事になったのね……」

 

 外出用の口調に戻ったアルベドが頷くので、モモンガは安堵しつつ今後の予定を述べていく。

 

「俺達はエ・ランテルの墓地へ向かう。まだ夕刻前だから、早ければ陽が落ちるまでに事が解決するかもな。カジットとか言う男にも興味はある。ブリジット(アルベド)よ。今から出発できるか?」

 

「もちろんよ! 二人だけの共同作業ということよね!」

 

 共同作業と言われると、まるで結婚式のケーキカットのようだ。

 モモンガは苦笑しかけたが、その隙に傍らに座っていたアルベドが顔を寄せてくる。回避する余裕もなくアルベドは到達し、モモンガの頬に触れた。感じられたのは柔らかくも濡れた感触。頬にキスされたのだ……と、モモンガが気づいた頃には、アルベドは元の少し離れた位置に座り直していた。そして呆気に取られているモモンガを見て、話しかけてくる。

 

「さっきは怖がらせちゃったみたいで、ごめんなさいね。でも私、暫くは最後までする気はないから。だから、次は安心して……ゆっくりと……ね?」

 

「え? あ……はい」

 

 最後にウインクを決められたモモンガとしては、その様な返事をするしかない。

 次は安心して……と言われたが、今度、今のように迫られたとしたら。自分はハグやキスだけで終えられるだろうか。アルベドが……ではなく、モモンガは自分の男としての抑制力にまったく自信が持てない。

 

(……思うにヘロヘロさんの<伝言(メッセージ)>前って、割りと脱童貞のチャンスだったのかもな~。……いや、駄目か。やってる最中に、ギルメンから<伝言(メッセージ)>が入るとか冗談じゃないぞ……) 

 

 行為に及ぶとすれば、ナザリック地下大墳墓の自室が良いだろうか。それも、<伝言(メッセージ)>が来ないように準備をしてからがいい。その<伝言(メッセージ)>の魔法を、今はタブラとヘロヘロに対して行使する準備をしつつ、モモンガは天井を見上げた。

 

(……覗き見対策も必要かな。ギルメンの良識を信じたいけど、こんな事で探知とかの対策をするなんて……ちょっと前なら想像もしなかったな~)

 

「で、では、改めて出発するぞ。タブラさんも言っていたが、俺達の名声を稼ぐチャンスであるし、人材確保の機会でもある。気を引き締めていくとしよう」

 

「ええ! 任せておいて!」

 

 アルベドはベッドに置いたヘルムを手に取り、両手で持って胸の高さまで持ち上げた。そしてヘルム正面をモモンガに見せるようにしながら、楽しげに微笑む。

 

「私はモモンの盾。すべて防いで弾いて叩き返して、モモンの邪魔なんてさせないんだから!」

 




伝言(メッセージ)>は一対一限定というのをすっかり忘れてましたので、大幅に書き換えました。


<捏造ポイント?>

冒険者組合に宿があるかどうか。あって良さそうな気はするんですけど。これも今一つ……。なので、今回はボカしています。

<誤字報告>
佐藤東沙さん、沙夜さん
ありがとうございました


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第38話

「これで滞在登録完了……と。それでね、おねーさん。この依頼紙について、ちょっと聞きたいんだけど~?」

 

 帝都冒険者組合、そこで滞在登録を済ませた弐式炎雷は、後ろに班員らを待たせながら受付嬢に話しかけた。カウンター上に片肘置いて前屈み。フレンドリーさをアピールするべく、人化した状態でもあり、面はまくり上げている。

 一見、気の良い若者風であり、敵意や粗暴さは微塵も感じられなかった。故に、受付嬢は特に眉をひそめるでもなく、この新顔冒険者(弐式)に応対してくれたのだが……。

 

「……あら? そんな依頼……貼り付けてあったかしら?」

 

 二十代半ば……やたら美形が多い転移後世界でも、中の上クラス(注・弐式判断)と思われる受付嬢は、訝しげに弐式が差し出した依頼紙を覗き込んだ。その声が聞こえたのだろう、少し離れて座っていた別の受付嬢が席を立ち、弐式の対応をしている受付嬢の背後へ回る。

 

「よく見なさいよ。請負人(ワーカー)依頼じゃないの。普通の依頼とは、受付の組番号が違うんだから」

 

「ああ、忘れてた……」

 

 助言を受けて頷いた受付嬢は、弐式に対して説明し始めた。

 まず、請負人(ワーカー)とは冒険者登録をしないで冒険者業を行う者のことを言う。実際は、荒っぽい犯罪紛いの仕事も請けるため、登録外冒険者……では柔らかい表現かもしれない。冒険者組合や組合登録の冒険者にしてみれば、商売仇以上で犯罪者未満の鼻つまみ者となる。

 ワーカーで居るメリットは、組合を通さずに依頼を請けられるため、手数料その他を差っ引かれることがない点。デメリットは依頼は自分で探す必要があるし、依頼自体の解決に掛かる情報収集もすべて自らで行わなければならない点。依頼主に裏切られることもあるが、通常の冒険者であれば後ろに控えているはずの組合が存在しないため、自身の安全確保についても自己責任となるのだ。

 

「……事情あって、仕方なくワーカーになる方も居ますので……。皆が皆、素行が悪いというわけではないのですが……」

 

 そう言う受付嬢は、少し困り顔となっている。弐式が小声で確認したところ、組合受付で『ワーカー』という言葉を連呼したくないらしい。

 

(役場の受付で、担当職員が『ヤクザ』を連呼してるようなものか……)

 

 チラリと後方の様子を窺うと、ナーベラル達の向こう、各テーブルで座る何組かの冒険者達が、胡散臭そうな目で弐式達を見ていた。どうやら、今程度の会話でも注目を浴びてしまうらしい。

 要点だけ聞いて退散した方がイイと判断した弐式は、受付嬢に続きを話すように促す。

 

「あ、はい。それで、ワーカー依頼ですけど。この場合は……」

 

 ワーカー側で、組合冒険者の助力が必要な場合、依頼掲示板の片隅に貼りに来ることがあるのだそうだ。無論、無断というわけではなく、受付に一声かけて……である。

 

「掲示板に依頼紙を貼るには、期間に応じて費用が発生します。他国の組合にも依頼を出す場合は、別途手数料を支払って貰います。……普通は、そこまでして冒険者組合の手を借りるワーカーなんて居ないんですけど……」

 

 どうも、そのワーカーには余程の事情があったらしい。

 商売敵やドロップアウト組と言っても、場合によっては組合冒険者と助け合うこともある。良い気はしない冒険者組合ではあるが、打算や現実を見て、そして先に述べたように事情ある者達への配慮のため……こういったワーカー依頼に関しては黙認状態なのだった。

 

「ちなみに、そのワーカーの人って、どんな見た目でした? 依頼人としては二人居るみたいですけど?」

 

 この手の聞き取りは、かつての現実(リアル)であれば個人情報として扱われ、聞き出しにくいのだが、転移後世界では別のようだ。もっとも、弐式達が銅級とはいえプレート持ちの冒険者なのに対し、聞き出し対象の二人は、ワーカーだという事もあるだろう。ともかく、受付嬢は弐式が拍子抜けするほど、あっさりとワーカー達の容姿を教えてくれた。

 

「かぜっちさんが女性の方。長身で黒髪の……格好いい感じだったかしら。盾二枚を両手に持つスタイル? ペロンさんは、こちらも黒髪。大柄ではなくて細身で……弓矢を持っていたわね。どうやら姉弟関係のようだった……かしら?」

 

「ますます、あの二人っぽいな。つか、これで別人だったら、暫く酒の肴にできるぐらい笑えるんだが」

 

 二人の連絡先がワーカー行きつけの安宿であり、その場所まで確認した弐式は、受付嬢に礼を言ってから班員らと共に組合を出ている。本来、帝都冒険者組合で手頃な依頼を探すつもりだったが、今の弐式には茶釜とペロロンチーノを探すという大目標があるのだ。脇目も振らず、ワーカーの集まる宿へ移動するべきだろう。

 

「ニシキ殿。知り得た情報の二人は、あの方々だと思われるか?」

 

 ラッセル(コキュートス)が後方から問いかけてきた。些か固い物言いだが、それでも臣下としての口調でないあたり、コキュートスなりに頑張っていると言える。

 

「さあな。それを確認しに行くんだから……」

 

 肩越しに振り返った弐式は、コキュートスが、そしてナーベラルとルプスレギナが、揃いも揃って悲痛な表情をしていることに気づいた。悪目立ちしない程度に駆けていた足が……止まる。

 

「何だ、お前達。そのシケた面は? ひょっとして、探し当てたワーカーが、例の二人じゃないかもって心配してんのか? 違ってたら責任とか絶望感を感じちゃうとかか?」

 

 身体ごと振り向いて言う弐式に、班員達は黙り込んだ。その態度が、どうにも弐式には気にくわない。通りのど真ん中、数人連れで立ち止まっている弐式らを、通行人達がチラ見していくが、苛っと来ている弐式は気にも止めていない。

 班員達が押し黙り、沈黙の時は数秒、あるいは十数秒ほども続いただろうか。最初に口を開いたのは、ルプスレギナだった。

 

「ニシキさん。私達は、こう思うんす。お捜ししなければいけない方々を見つけることができずに、なにが僕なのか……と。そんな役立たずの自分達に、存在価値が……いえ、その……」

 

「ああ、そっち方面か……」

 

 弐式は渋面になると、目を閉じて頭を掻く。

 そして、数秒後。おもむろにルプスレギナの前に立つと、彼女を見下ろしつつ言った。

 

「似たようなことはモモ……んん、ンガさんも言ってるようだけど。ルプスレギナ? それは駄目な僕対応です」

 

「へっ? ええっ!?」

 

 キョトンとして聞いていたルプスレギナの顔が、一瞬の間を置いて驚愕に染まる。それは、すぐ隣で立つナーベラルやコキュートスも同じだ。言葉足らずと言うよりも、簡潔すぎる物言いだったため理解が及んでいないらしい。弐式は溜息をつくと、路地裏を親指で指し示した。

 

「さすがに通行の邪魔だから、またもや路地裏へゴーだ」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 先程の通りから、一番最寄りの路地裏。

 弐式は目の前で並ぶ班員らに対し、特にルプスレギナに向けて人差し指を立ててみせた。

 

「さっき俺は、ルプスレギナの考え方は『駄目な僕対応』と言ったが……。俺達、ギルメンから見ると、よろしくないってことだ」

 

 これを聞き、ルプスレギナの褐色の肌が蒼くなる。すぐさま何かを言おうとしたが、それは眼前に突き出された弐式の右掌によって制された。

 

「おおっと。死を以って償います~何て言ったら怒るぞ? 最近だと、アルベドがモモンガさんにそれを言って、こっぴどく叱られたって話だからな。俺だって、怒る。それにラッセル(コキュートス)?」

 

 弐式の目が向けられ、コキュートスがビクリと揺れる。普段の蟲王の姿であれば、お? ゆれた? ぐらいにしか思えないが、今は巨漢の戦士姿だ。明らかに動揺しているのが見て取れた。

 

「お前の創造主、建やんならだ。何かミスする度に死ぬ死ぬ言って、それで喜んでくれるとか思ってんの? もしそうなら、建やんが聞いたら呆れるぞ?」

 

「そ、それは……」

 

 口籠もるコキュートスを睨めつけた弐式は、最後に自らの創造NPC、ナーベラルを見たが……。

 

「お前は割愛。つか、俺が怒ってる理由とか理解できてる感じだし?」

 

 読心術なんて特殊技能(スキル)は無いが、その程度は見てわかるのだ。神妙な表情こそしているが、他の二人ほど理解が及んでいない……という様子ではない。

 

「まあ、身贔屓じゃないけど、ペスに預けた甲斐はあったってことだな。色々学べたようで結構結構。……でだ」

 

 弐式は僅かながら嬉しそうな表情のナーベラルから、ルプスレギナ達に向き直る。本来、ルプスレギナに対して説教するつもりだったが、ここはコキュートスにも言っておいた方が良いだろう。

 

(建やんには、後で言っておくか……。告げ口みたいで嫌なんだけど)

 

「いいか? お前らの忠誠心は、俺達ギルメンからすれば貴重だ。ありがたい。だがな、同時に、お前達の存在自体も貴重だ。捨てがたいんだ。わかるか? それを、お前ら、何かある度に死ぬ死ぬって。それを軽々しく口に出すのも、モモンガさんが怒った理由だけど。俺は俺で言いたいことがあるぞ? いいか? 過剰に責任を感じて無駄に落ち込むな。反省したり緊張感持つのは良いよ? でも、それで生活……あ~、任務に支障を来すとかあったら、馬鹿みたいじゃないか。周りの雰囲気だって悪くなるし」

 

 一気に喋り抜いた弐式は、ここで両腰に拳裏を当てると一息ついた。

 

「ルプスレギナは言ったな。俺達の役に立てなかったら存在理由が……って。んな、わけねーよ。そりゃあ度を過ぎれば怒りもするし、罰だってあるかもしれないけどさ。そう簡単に見捨てるかよ。価値だって無くならないぜ? そもそも、お前らを作るのに俺達がどれだけ手間暇かけたと思ってんだ。色んな意味で、安く見られちゃあ困るってこったよ」

 

 説教ぶりが建やんに似てきたな……などと思いつつ、弐式は話を締めくくりにかかる。

 

「まあ、とにかくだ。そういう風に落ち込んだり悩むことがあるなら、手近なギルメンか……それこそ創造主に相談しろ。お前らの親なんだから。同僚に相談したっていいんだぞ? というわけで、はい! この話、終わり!」

 

 パンパン手を叩き、弐式は表通りへと歩き出した。そう、言うだけ言ったなら元の予定行動に戻るべきだ。

 

「さあ、気を取り直せ~。気分を入れ替えろ~。コキュー……おっと、ラッセルは難しいかもしれんが、接客するときの愛想良い態度だ。それで行こう~。くれぐれも、くさくさした態度を茶釜さん達に見せるんじゃないぞ~? ……俺が茶釜さんに叱られるからな……」

 

 弐式さん、あなた……NPCの子らに何て顔させてんの。

 茶釜のドスが利いた声。それが幻聴となって弐式の脳内を通過していく。彼女が弟のペロロンチーノに対し、マジ怒りで説教している場面は何度か見かけたが、あの調子で叱られたらたまったものではない。

 ナーベラル達からは「了!」と返ってくるが、弐式は面をまくり、人化した顔で無理やり微笑む。

 

「リラックスだよ、リラックス。肩の力を抜いていこ~。な?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 同じ頃。エ・ランテルでは、モモンガがアルベドと共に城壁外周部……共同墓地に入ろうとしていた。西側地区で四分の一を占める巨大墓地は、なるほど手を入れれば隠れ家の一つや二つ作れそうではある。

 

「ああ、すみません。ちょっと良いですか?」

 

 門に到達したモモンガは、衛兵隊に一声かけた。共同墓地に入るための交渉である。理由としては『アンデッド蔓延るカッツェ平原へ出かけるための訓練』というのを用意していたが……。

 

「真っ昼間から墓荒らしするってもんでもないし、かまわんだろう。今は昼時だし、アンデッドも、居たとしてスケルトンかゾンビだろう。せいぜい頑張るんだな」

 

 と、このように割と簡単に許可が出た。

 衛兵からの有り難い言葉を背に受け、モモンガはアルベドを前に置いて墓地を進んで行く。歩きながら見渡せば、確かに広い墓地であるし……何となくではあったが、ナザリック地下大墳墓の地表部を連想した。アンデッドも、前情報どおりスケルトンやゾンビが居るのを感じる。

 

「さて……そろそろ良いかな?」

 

 門や共同墓地を囲む壁上からは見えなくなったと判断し、モモンガは人化を解いた。そして発動した魔法は……<転移門(ゲート)>。これは、モモンガ達が別所へ行くためのものではなく、ナザリックから助っ人を呼ぶためのものだ。

 

「え……と。お邪魔します?」

 

 こわごわ暗黒環から顔を出したのは、最古図書館で情報の書き写しをしているはずのクレマンティーヌだった。今回、彼女の知人が共同墓地に潜伏していると言うので、それを訪問するにあたり、モモンガはクレマンティーヌを呼ぶことにしたのだ。

 

「うん。よく来てくれた。さっそくだが、カジットなる者のところへ案内してくれるかな?」

 

「え? あ、はい」

 

 クレマンティーヌが知るところの、ナザリックで一番偉い人……モモンガが普通に話しかけてきたので、クレマンティーヌは呆気に取られる。だが、口籠もっているのは良くない。何故なら、モモンガの隣に居るアルベドが、ヘルム越しに刺すような視線を飛ばしてきているからだ。

 

「わ、私が聞いていた、ズーラーノーン筋の話だと、最奥の地下霊廟に神殿があるそうで。そこを根城にしてるはずです」

 

 クレマンティーヌとしては、すでにモモンガらに提出済みである秘宝、叡者の額冠……これをカジットに提供し、カジットの計画を後押しして騒動を起こさせるのが狙いだった。

 

「エ・ランテルで有名な薬師の孫。ンフィーレア・バレアレ、でしたか。その少年が持つ『ありとあらゆるマジックアイテムを使用可能』な生まれながらの異能(タレント)が都合良くて、彼を誘拐しようとかも考えてたんです」

 

 叡者の額冠は、装備すると装備者の精神を破壊、自我を封印することで超高位魔法の使用が可能になるというアイテムだ。ンフィーレアならば使用可能だが、デメリットである自我封印からは逃れられない。また、装備を解除すると発狂してしまうという更なるデメリットまであった。

 

「それをンフィーレアで実行するつもりだったのか。何と言うかエグいな……。ああ、話し方は普通にしてくれていいぞ? 人化は解いたが、今は『お出かけ中』なのでな。私も気が楽で良い」

 

 ナザリック地下大墳墓で、モモンガはクレマンティーヌがロンデスと会話しているのを見たことがある。普段からアノ口調だと色々と問題はあるが、場を(わきま)えてくれるなら、むしろ普段の口調で話してくれた方が良い。ギルメンは増えたものの、ナザリックには異常に持ち上げてくるNPCが多く気苦労は絶えない。なので、モモンガは砕けた会話を欲しているのだ。

 単なる提案の気分で言ったモモンガだが、言われた側のクレマンティーヌは大いに驚いている。彼女の生まれてから培ってきた常識において、プレイヤーとは神そのものなのだ。自分が絶対に勝てないと思っている神人ですら、プレイヤーの前ではゴミ同然。そんな神様から、普段どおり喋れてと言われても……。

 

「ええっ!? 私なんかが、ぷれいやー様に対して恐れ多……」

 

「そういうの、いいから。……まあ、無理にとは言わないが……」

 

 (はよ)う口調を変えろ。そう急かした一方で、無理やり喋らせるのもどうかと思ったモモンガは、後半でトーンダウンしている。それがションボリしたように見えたクレマンティーヌは、重い溜息をついて顔を伏せ……すぐに顔を上げた。

 

「じゃ、じゃあ……大丈夫そうな時には、ロンデスやブレインと話してる感じで行きますから。……空気読み間違えたときは、柔らかい感じで御指摘願えます?」

 

「うむ。そうしよう。で? 続きを聞かせて貰えるかな?」

 

 クレマンティーヌの了承を得たことで、一転してモモンガの声は明るいものとなった。すぐ隣りでアルベドが、ハアと溜息をついたような気がしたが、それは「仕方ないわね」といったニュアンスを感じたので、モモンガは敢えて無視をする。

 

「え~、説明の続き、行きます」

 

 二人の様子を窺いながら、クレマンティーヌが説明を再開した。

 

「私、法国からの脱走者でして……」

 

「口調……」

 

 ボソッとモモンガは指摘したが「マジメな報告を上司にしてるんですから。それ用の口調というのがあります」とクレマンティーヌに言われ、何も言えなくなってしまう。隣のアルベドは、今度は満足そうに何度も頷いており、モモンガは口をへの字に曲げた。……もっとも、今は異形種化しているので、表情に変化は生まれなかったが……。 

 

「法国からは追っ手が掛かっていたものですから、カジットがやらかす騒動のドサクサに紛れて逃げようとしてたんです」

 

 マジメな報告用の口調と言っていたが、先程までよりは幾分柔らかく感じられる。何となく気分が良くなったモモンガは、報告内容について頷いて見せる。

 

「ほうほう。では、カジットは何をやろうとしていたのかな?」

 

「死の螺旋という大儀式ですが……」

 

「大儀式? ふむ……」

 

 モモンガは首を傾げた。

 この転移後世界は、八欲王のせいと思われるがユグドラシル魔法が存在する。モモンガはユグドラシル魔法については偏りがあるものの、割と良く知っている方だ。なのに、死の螺旋については思い当たることがない。

 

「この世界の独自魔法か? それとも……」

 

 デミウルゴスからの情報では、ユグドラシルにあったアイテム名が、現地語なまりで伝わっていることもあるようだ。

 

(今のところは詳細不明だな……。警戒しておくべきだろう)

 

「それもまあ、カジット本人に聞けばわかることか。素直に応じてくれると手間が省けるんだが……」

 

 この先で潜伏している連中を活用して名声を稼ぎ、カジットについては、彼の態度次第で彼自身の運命が決まると言って良いだろう。反抗的なら<支配(ドミネート)>で色々喋らせても良いし、タブラに脳を吸って貰う手もあった。

 

(おっと、いけないいけない。死の支配者(オーバーロード)になると、どうも考えが物騒になるよな。ここは営業マンとしての経験を活かして、人材を勧誘だ!)

 

 現実(リアル)での仕事経験のため、交渉に関しては幾らかのノウハウを持っている。それが活かせるかどうか、モモンガは少しだけ楽しいと感じていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 リ・エスティーゼ王国、王都の中央通り……から少し外れた商店街。

 

「さて、私達は冒険依頼を遂行するべく、旅立ちます~」

 

 冒険者組合の伝手で早々に店舗兼住居を確保。簡単なモンスター討伐依頼も受注したヘロヘロは、入口で見送るセバスに向けてヒラヒラと手を振った。対するセバスは、隙のない所作で一礼する。

 

「いってらっしゃいませ。ヘイグ(ヘロヘロ)様」

 

 彼に関しては留守番兼ねた情報収集、そして各所での商談が任務だ。情報収集に関しては本来、ソリュシャンが適任だろうが、そこはソリュシャンを連れ歩きたいヘロヘロの意向により、セバスが担当とされている。

「例のゴミ装備を見せ歩いて、ついでに色々と話を聞けば十分ですよ。困ったことがあったら、自宅待機。私の帰りを待って相談してください」

 

 

 ゴミ装備とはユグドラシル時代に、戦闘によってモンスターからドロップした物や、PVPで入手したアイテム類……の中でも最下級品のことだ。ギルメンの私室等にて「捨てるのも面倒くさい」と、大量に溜め込まれており、それらを売りさばくつもりなのである。転移後世界は、強さだけでなく流通するアイテム類も貧相なので、飛ぶように売れるはずだ。

 

「とはいえ、やはり連絡要員が必要かな~」

 

 こめかみを指で掻いたヘロヘロは、誰を呼ぶべきかと考える。出発前にも話に出たが、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。彼女あたりが良いかもしれない。

 

(スクロールじゃなくて、呪符で<伝言(メッセージ)>できるってのがポイント高いですよね~) 

 

「決めました。ギルド長に連絡を取って、了承が貰えればエントマを呼びます。彼女なら単独で留守番ができますし、連絡要員としても優秀です」

 

 弐式ばりに人差し指を立てつつ言うと、セバスが再度一礼する。

 

「承知しました。それでは、情報収集と商談につきましては、エントマの到着を待つか、私の単独待機が決定となってからでよろしいでしょうか?」

 

「うん、そうしてくれます? 面倒事を押しつけちゃって、悪いんですけどね~」

 

 滅相もございません。

 そういった声に送り出されながら、ヘロヘロは歩き出した。中央通りに一度出てから進み、城門より外へ出るのだ。隣を歩くソリュシャンは、黒基調の革鎧を装備しているが、特に顔を隠しているわけでもなく、両足の太股は露出していた。それらは(ヘロヘロ)の欲目関係なく、魅力的に過ぎ、行き交う人々の……主に男性の視線を集めている。

 

(いや~、良い気はしませんけど。イイ気分ですね!)

 

 ユグドラシル時代、ナザリック地下大墳墓は第八階層まで攻め込まれたことがあった。だが、それより下層に居た戦闘メイド(プレアデス)達は、外部への情報流出が少なかったようにヘロヘロは記憶する。ギルメン個人で、親しい知人に見せびらかした事例はあるが……。

 

(それが、こうして衆目に晒されて……。ああ……男共の視線は気に入りませんが、ソリュシャンが注目を浴びてるというのは……。うん?)

 

 ソリュシャンに対し向けられる数多くの『色目』。その中に一つだけ異質なものを見かけたヘロヘロは、それに対して目を向けた。何を持って異質なのかと言えば、視線の種類である。色香や美貌によって、だらしなく細められたものではなく、敵意にも似た鋭い視線が一つだけあったのだ。

 

(俺が持ってる、モンク系特殊技能(スキル)の何かが反応しましたかね?)

 

 視線の主を見たところ、大柄な男性であるらしい。マントとフードを着用しているので、顔まではわからない。だが、チラリと見えた褐色の腕は太く筋肉質で、格闘に向いていると言える。何より、黒基調の衣服が格闘者の道着っぽく、同じく黒い胴着を着ているヘロヘロは親近感を抱いた。

 

(冒険者ですかね~。見たところモンク系っぽいですけど)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ゼロ。この筋骨逞しい男は、リ・エスティーゼ王国王都に巣くう犯罪組織、『八本指(はっぽんゆび)』に所属している。その中でも警備部門の長を務め、最強の実働部隊『六腕(ろくわん)』にあってはリーダーを務めるほどの重鎮であった。

 しかし、最近はどうも景気がよろしくない。

 この国の第三王女が余計なことを言い出して、奴隷売買を禁止してしまったし、組織と繋がりのあった貴族共も反応が悪くなっていた。たちまち組織が立ちゆかなくなるほどではないが、麻薬部門が管理する地方の麻薬畑が燃やされたとも聞く。組織では焼き討ち犯を捜索しているが、それが発見されたという報告は聞こえてこない。

 

(つまらん……。腕尽くで解決しない事なんて、俺の性には合わん!)

 

 モヤッとした気分を解消すべく、フード着用ではあったが気晴らしに表通りを歩いてみた……というのが、本日の彼の行動だ。しかし、適当にブラついていたところ、ゼロは気になるものを見かけている。最初は、何やら騒がしいな……程度だったが、道行く者達の視線がある一点に集約されていくのだ。

 見れば冒険者の盗賊職、そんな出で立ちの女が歩いている。それだけなら珍しい物ではないが、ゼロが目を見張ったのは第一に女の美しさだった。落ち目となった奴隷売買部門の長、コッコドールの息がかかった娼館で幾人かの美女を抱いたことはあるし、麻薬取引部門の長であるヒルマ・シュグネウスは、元が高級娼婦だったと言うだけあって相当な美女だ。美人枠に入れると言うなら、六腕の一員、紅一点のエドストレームも戦闘者ながら上物の美女である。だが、それらと比べても、通りを行く盗賊風の女は圧倒的な美しさを誇っていた。

 そして第二の着目点。その盗賊職らしき女が、自分よりも強いのではないか……という感覚だ。威圧感や殺気などは感じないが、一挙手一投足、それらがゼロから見て大変な高みにある。 

 

「あんな奴が……居るのか……」

 

 普段の、自分の腕っ節に自信が満ちあふれ、手頃な強者とは喧嘩を売ってでも戦ってみたい。そんな状態のゼロであれば、「コッコドールが喜びそうな美女だな」で済ませていたことだろう。しかし、今日の彼はブルーな気分だった。最近の上手くいかない状況にウンザリして、気分転換に出歩いていたのだ。

 その気分の差が、一目見ただけの盗賊女の強さを勘づかせたのである。

 

「一緒に居る男は……俺と同じ、モンクか? しかし、女ほどの強さは感じられない。動作も一般人程度だ……」

 

 続いてゼロが注目したのは盗賊女……ソリュシャンと共に歩く男、ヘロヘロであったが、ヘロヘロは探知阻害のアイテムを装備しているため、一〇〇レベルプレイヤーとしての威圧感が封印中である。しかも、モンク職持ちとは言っても当の本人がユルユル気分で歩いているため、ソリュシャンのように動作に凄味が表れることはない。同行者設定とは言え、護衛のつもりで居るソリュシャンとは、違いが出るものなのだ。

 結果として、ヘロヘロはゼロの興味の対象外となったものの、立ち止まっているゼロに対してヘロヘロ達は歩いているため、二人の……特にゼロが気にかけたソリュシャンの姿は暫くすると見えなくなった。ヘロヘロ達について行く野次馬も居たようだが、ゼロはヘロヘロ達に背を向けると、肩越しに一度振り返ってから歩き出す。

 

「何にせよ顔は覚えた。目立つ美女だから、後で探すのも容易いだろう。組織に勧誘するか……」

 

 あるいは自分よりも強そうな者に対し、師事を請うべきか。と、一瞬浮かんだ考えを、ゼロは一笑に付した。

 

「馬鹿な。この俺が女に教えを請うなど……」

 

 一笑に付したはず。しかし、捨て去りきれない思いが彼の脳裏に、そして拳にこびりついて残っていた。

 ギュッと握った拳。その爪側を上に向け、ゼロは覗き込む。

 これまでの人生で鍛えに鍛え抜いてきた、自分の自信のよりどころだ。今日まで、すべてこの拳で渡り歩いてきた。

 

(こいつを極限まで鍛え上げるのが、俺の望みだ)

 

 そのためには手段は選ばない。八本指に居るのだって、資金潤沢であるし、良い思いをしながら生活し、好きなように戦えるからだ。

 ……。

 

「少し会って……話を聞いてみるぐらい、構わないかもしれんな……」

 

 誰に言うでもなく、いや、恐らく自分に言い聞かせる為の呟きを漏らしたゼロは、踵を返すと歩き出す。その行く先は……ヘロヘロ達が向かった方向だ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式達はバハルス帝国帝都、その少しばかり治安の悪い場所を歩いていた。

 冒険者組合で聞いた、ワーカーの溜まり場となっている宿が目的地である。

 

「ああ、あそこか……」

 

 言いつつ見た先には、二階建ての古びた宿があった。見ている間にも、一組の冒険者……もといワーカーが数人連れで出てくる。

 

(フフン。さすが、俺!)

 

 探索役として鍛え上げた弐式は、少しの会話だけでも正確に目的地へ行き着けるのだ。僅かに得意げな気分となり、弐式はナーベラル達を連れて宿の中へと入って行く。入った先で最初に感じたのは……多くの視線だ。

 今は昼過ぎであり、遅めの昼食を取ろうとしているのか、数組のワーカーチームが各テーブルに居た。それらが弐式達に視線を向けてきたのである。

 

(う~ん。このパターン、多いな~……でも、当然の反応でもあるよな)

 

 入って来たのが余所者か新顔か。あるいは、名の知れた犯罪者か。一瞥ぐらいはしてみるものなのだろう。そして、こうした宿の酒場に入ると、班員の中の女性が注目を浴びる。これもまた、いつもと同じだ。

 ヒューといった口笛やら、下品な誘い声が聞こえてきた。その辺もまた、冒険者組合の冒険者と同じ……いや幾分か、こちらの方が下品だろうか。

 

(冒険者組合の顔色を窺わなくていい分、タガが外れてるんだな)

 

 違いはわかったが気にしない対応に変わりはない。絡んできたとしても、死なない程度にブッ飛ばすだけだ。

 カウンターにまで移動した弐式は、宿主らしい男に話しかける。

 

「俺に一番高い酒を頂戴。それと聞きたいことがあるんだが……」

 

「冒険者か……。こんなとこに来るもんじゃねぇが……」

 

 言いつつ陶器のジョッキを出した宿主は、口元の白髪髭を歪ませながら酒を注いだ。弐式はと言うと、カウンター上部に貼り出された板書きのメニューに目をやり、懐から酒代と、それに加えて銀貨を一枚出す。更に空いた方の手で、ワーカー依頼の用紙も出し、そこで質問開始だ。

 

「この依頼紙を見てね。かぜっちって人と、ペロンって人に会いたいんだが……」

 

 瞬間、酒場内の空気が揺らいだ。宿主の返答がまだなので、弐式の発言に何やら問題があったらしい。

 

「どうやら皆さん、御存知のようで……。で?」

 

「……そいつらなら、五日前だったかな。ワーカー一組にくっついて出稼ぎに行ってるよ。帝都外の西街道で掃除……モンスター討伐だから、もうすぐ帰ってくるんじゃないか?」

 

 急かされた宿主は、カウンター上の通貨を手の平で掻き集めると、それを握り込んで奥へと消えて行く。

 

「へえ。二人とも……こっちで、上手くやってるっぽい?」

 

 一人呟いた弐式は、ジョッキの酒をあおる……それなりに美味しかった……と、離れた場所で分身体を数体出した。もうすぐ帰ってくると言うのであれば、こちらから出向いて捜したいのだ。ひょっとしたら面倒事に巻き込まれているかもしれないし、そうであるなら助けに行かなければならない。

 そうして放った分身体の一人から、「聞いた容姿の男女……を交えた、ワーカーチームを発見した」と報告があったのは、わずか数分後のことである。

 




 月曜から、忙しくて書けるかわからないので、頑張って書いたのだ。
 ゆえに次の土日で投稿できるかは、ちょっと自信が無いという……。
 色々と上手く乗り切れますように……。

 今回は弐式さんのお説教を入れてみました。モモンガさんの対アルベドの説教は、あんな感じでしたが……弐式さんが怒るとこんな感じ。
 一回ぐらいの説教描写で、ナザリックNPCが様変わりするのもどうなのか……という事で、敢えて書いてみました。
 後は、NPC間で情報共有して内心はともかく、態度が大人しくなってくれれば……と思うんですけど、それだとモモンガさんが警戒しているストレスが溜まるんですよね~。
 その辺りで、また何か書けそうかな。

 ちなみにゼロに関しては書いてるときに、出しちゃえ! という感覚での登場となりました。彼の運命にどう影響するかは未定です。

<誤字報告>

阿久祢子さん、冥﨑梓さん、Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん

ありがとうございました

★★茶釜ペロン姉弟が同行してるワーカーチーム★★
アンケート実施しております。
期日は7月31日(金曜) 正午。
注:姉弟と一緒だからといって死亡フラグが消えるわけではありません。


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第39話

「ったくよぉ! 帝都は目の前だってのに!」

 

 金髪の一部に赤毛混じり。特徴的な頭髪の戦士、ヘッケラン・ターマイトが双剣を振るう。半球状のガードから伸びた刃は、飛びかかってきたゴブリンを二匹同時に切り裂いた。

 

「帰りは良い天気で! 遅めの! 昼食は! どは!」 

 

 ヘッケランの背後方向で、数体のゴブリンを引き受けていた神官戦士……ロバーデイク・ゴルトランが、軽口の途中で一撃貰う。短剣での一撃を脇腹に突き込まれたのだが、幸いにも全身鎧を貫通するほどでは無かったらしい。すぐさま、そのゴブリンを蹴り飛ばしている。

 

「行きつけの食堂、の予定だったんですけどねぇ! と言うか、なんですか! この数は!」

 

 自分を取り囲むゴブリンを寄せ付けまいと、ロバーデイクはモーニングスターをブンブン振り回した。その彼の後ろでは、ヘッケランとの間に挟まれるように二人の女性が居て、こちらも戦闘中である。

 

「無駄口を叩かない!」

 

 ハーフエルフのイミーナが弓矢を引き絞り、ロバーデイクの後方に回ろうとしたゴブリンを射貫いた。もう一人の女性、こちらは少女と言っていい年齢だが、金髪の魔法詠唱者(マジックキャスター)……アルシェ・イーブ・リイル・フルトが、身長ほどある鉄の棒を振りかざし、魔法の矢を撃ち出している。  

 

「ゴブリンは! 集落が天災地変で駄目になったとき、総員で別の棲処を探すことがある! それに、ぶつかったのかも!」

 

「って、言ってもなぁ! アルシェよぉ!」

 

 ヘッケランは呼びかけながら、手槍を持ったゴブリン二匹の間に飛び込んだ。そのまま身体をコマのように回転させて、顔面や喉を切り裂き、自身はゴブリンらが倒れるよりも早く跳んで他のゴブリンに襲いかかっている。

 

「だったら、オークとかホブゴブリンとか、オーガやギガントバジリスクまで居るの、おかしくねぇ!?」

 

 オーガに率いられたゴブリン集団というのは聞いたことがある。だが、そこに複数種のモンスター……しかも、ギガントバジリスク数体が含まれる状況は、あまり聞いたことがなかった。また、ロバーデイクが言ったようにモンスターの数が多い。本来、ワーカーチームのフォーサイトだけでは、逃げの一手……いや、逃げるのも難しい状況である。

 それが、こうして無駄口を叩きながら戦えているのには理由があった。

 つい先日、臨時で組むことになった二人のワーカー。女性の盾使い、かぜっちと、弓使いの男性ペロン。二人の戦闘力が突出しているので、この数の暴力を押さえ込めているのだ。現に、かぜっちらは二人でオーガを次々に倒し、今では主にギガントバジリスクを相手取っている。

 

「姉ちゃん。数、多いね~……」

 

 黒髪の弓使いペロンが、ぼやきながら矢を放った。放たれた矢はオーガの眉間を射貫き、後方の別オーガの頭部に突き刺さっている。明らかにイミーナの放つ矢とは威力が違っていた。

 

「ひょっとして、俺達のせいだったり?」

 

 数日前、フォーサイトのモンスター討伐(という名目の部位収拾)に同行していたペロン達であるが、離れた場所に居たギガントバジリスクに手を出そうとして取り逃がしている。これはペロン達の手抜かりというわけではなく、戦闘中にヘッケランらが別のモンスターに襲われ、それを助けるためにギガントバジリスクを放置したのだ。

 そして今、ペロンが目を細めて遠方を確認したところ、モンスター集団の後方にギガントバジリスクが何体か居るのが見える。先日取り逃がした個体が含まれるかは不明だが、モンスター集団が来た方向と言うのが、昨日のギガントバジリスクが逃げた方向と同じなのだ。ペロンとしては、何となく微妙な気分になるのである。

 

「こんなことなら、やっつけておいた方が良かったかなぁ……無理してでもさ」

 

「済んだことで不平を言わない! いざとなったら、あんたが特殊技能(スキル)とか使って全部やっつけな!」

 

 黒髪の美人戦士……かぜっちは、両腕に備えた盾でモンスターの攻撃を防ぎ、縁や表面によって(はた)き飛ばしていた。人間女性としては少し背が高いものの筋肉質ではない。だが、オーガの棍棒(丸太)による殴打を苦もなく受け止めている。尋常な膂力(りょりょく)ではなかった。

 遠距離の小型モンスターを次々に射倒すペロン。そのペロンを守るべく、縦横無尽に位置を変え、近づこうとする大型モンスターを叩く、かぜっち。二人のコンビネーションは、その周囲でモンスターの生残を許さないと言える程のものだった。しかし、二人が離れたのか、ヘッケランらフォーサイトの方で移動してしまったのか……双方の距離が離れた、その時。かぜっちらが居るのとは反対側で、フォーサイトの前にギガントバジリスクが出現する。

 

「姉ちゃん! ギガントバジリスクだ! けど、射線上にヘッケラン達が居るよ!?」

 

 素早く弓を構えたペロンが、引きつるような声をあげた。

 そう、このまま矢を放てばヘッケランらフォーサイトが巻き込まれるのだ。ペロンの技量を以ってすれば、あるいは特殊技能(スキル)を使用すれば。放った矢はヘッケランらの間を縫うようにして飛び、ギガントバジリスクを直撃するだろう。しかし、『今の状態』で完全を求めるのは冒険が過ぎた。

 

「でええい、間の悪い!」

 

 指揮官としても優れた力量を有するかぜっちだが、この状況に接し一瞬迷いを見せている。

 

(どうする? 弟を元に戻して飛ばす? 上空からなら遮蔽物なんて関係ない。でも、それをやったら私達の正体が……)

 

 前方、かぜっちの盾など届くべくもない距離で、ヘッケランがギガントバジリスクの前に立ちはだかっているのが見えていた。その背からは、チームメンバーを守るため、一歩も退かない覚悟が見て取れる。そして、そのヘッケランに向かってロバーデイクが移動しているのも同様に確認できた。彼も同じ気持ちなのだろう。

 しかし、あの二人でギガントバジリスクを防げるとは思えない。きっと蹴散らされ、その後ろに居るイミーナやアルシェも無事では済まないはずだ。

 

(ええい! もう知らん!)

 

 かぜっちは悩むことを放棄すると、正面の戦況を見据えたままペロンに叫びかける。

 

「弟! 飛んで良し!」

 

 極短い指示だったが、それだけで弟には伝わるはずだ。高所を確保し、真の姿を現した弟にとって、ギガントバジリスクなど一〇〇体居ようが問題ではない。

 だが、問題のギガントバジリスクを倒したのはペロンではなかったのである。

 どこから出現したのか、それ以前に、いつの間に近くまで来ていたのか解らない一つの影。それが、ギガントバジリスクに飛び掛かるや、手刀の一撃で首をはね飛ばしたのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式炎雷が放った分身体の一体は、帝都アーウィンタールを出て西側街道……その周辺を探索していた。そして、さほど帝都から離れていない場所で、モンスターの群れと戦う冒険者達、いやワーカー達を発見する。その中に二人、弐式分身体にとって見覚えのある者達が居た。

 

(女の両盾使いに、男の弓使い。ギルメン率が更に上昇だ! 従ってぇ、助太刀決定!)

 

 素早く判断を下すと、それまで継続していた隠形系スキルをかなぐり捨て、ギガントバジリスクに挑みかかっていく。もっとも、忍者らしく背後に回り込んでからの強襲ではあったが……。

 

「瞬殺! 弐式スラッシュ!」

 

 解説しなければならない。

 瞬殺! 弐式スラッシュとは、各種ゲームにおいて知られる忍者キャラの首はね攻撃で、ユグドラシルにもある技……その特殊技能(スキル)に対し、弐式が勝手に命名したものなのだ。聞いただけで腰が砕けるが、分身体が放ったとしても威力は相当なものとなる。もちろん、ギガントバジリスク如きの首などは、一瞬で胴体と泣き別れとなり宙を舞っていた。

 この頃になると、かぜっちらが手近のギガントバジリスクやオーガらを駆逐しており、残った小型モンスターは逃散し始めている。

 戦闘は終わったのだ。

 

「……あ、あ~……助けてくれて、礼を言うぜ?」

 

 少し引き気味のヘッケランが、剣を鞘に収め……ずに下げるに留め、礼を述べる。その彼の周囲にはフォーサイトメンバーが集まり、彼らも口々に礼を述べていた。ただし、引き気味であるのは、ヘッケランと同様だ。

 ギガントバジリスクを倒した弐式分身体の強さに、恐れをなした……というのとは少し違う。一人や二人でギガントバジリスクを倒すというのなら、かぜっちとペロンの実例があるのだ。今引いているのは、いきなり現れた見知らぬ人物が、一人でギガントバジリスクを倒したという事実……そこから来る危険性が大きい。なぜなら、気が変わって襲いかかって来たとしたら、フォーサイトでは太刀打ちできない可能性が高いからだ。

 他人の善意を無条件で信用するな。

 それが、ワーカーが世渡りするために必要な考え方の一つである。

 一方、弐式分身体としては、フォーサイトに警戒されていることなどは興味の対象外だった。なぜなら、こちらに向けて『ペロン』と『かぜっち』と思しき男女、二人が駆けて来ているのが見えている。彼らの正体を確認するのが最優先なのだ。

 

「ちょ、ちょっと! えええ!? そこの忍者の人! もしかして、あなたは……」

 

 真っ先に駆けつけた男性……ペロンは弐式分身体を指さし、途中で言葉を無くしたまま固まっていた。そんな彼を見た弐式分身体は、両腰に拳を当て、得意げに胸を反らす。

 

「ふふふ。俺か? 俺は貴様の、よ~く知ってる奴よ」

 

「何、馬鹿なことを言ってるの、弐式さん……。普段どおりの見た目だし……」

 

 遅れて駆けつけたかぜっちが、呆れたような声で弐式分身体に話しかけた。が、その表情に安堵感が含まれているのは、弐式分身体の見間違えではない。

 

「はははっ。いや~……。……ええと? かぜっちさんとペロンさんだっけ?」

 

 笑って誤魔化しつつ、弐式分身体が確認した。冒険者組合にて『アインズ・ウール・ゴウンに関する情報求む』の問合せ依頼を貼らせた本人であるかどうか。そして、今の二人を何と呼べば良いのか。

 その意図を読み取ったのだろう、かぜっちは苦笑しつつ頷いて見せる。

 

「ええ、そうよ。弐式さんの方は、他に誰か居るの?」

 

 それは、あの場所……モモンガからのメールに答えられず、燻った心のまま弐式の誘いに応じて集まった、あの場所で、他に居たギルメンらが一緒かどうか……という問いだった。

 

「居るには居るんだけど……」

 

 弐式分身体が視線を移動させ、かぜっちが視線の向かった方を見る。そこにはフォーサイトの面々が居て、何か聞きたそうに弐式分身体らを見ていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「助けに来た人が、かぜっち達の仲間だったとは! こいつは凄い偶然だぜ!」

 

 帝都までの短い道のりを歩きながら、ヘッケランが上機嫌で話している。それを聞き、かぜっち……ぶくぶく茶釜は、弟ペロン……ペロロンチーノと顔を見合わせ苦笑した。

 弐式から聞いたところに依ると、帝都から分身体を出し、捜索しながら移動させていたそうで、偶然というのとは少しばかり違う。この場合は、凄くタイミングが良かった……であろうか。

 

「それにしても、ペロンの弓の腕は相変わらず凄かったわね~。見てたけど、ギガントバジリスクを前から後ろまで貫通してたでしょ? 何なの、あれ? 武技?」

 

 ヘッケランの隣を歩くイミーナが、頭の後ろで腕を組みながら聞いてきた。勿論、ペロロンチーノは武技を使用できない。特殊技能(スキル)で貫通強化した矢を放っただけだ。それを詳細には話せないため、「そうそう! 武技! 凄いっしょ!?」と適当なことを言ったところ、イミーナから教えてほしいとせがまれ、ペロロンチーノはタジタジになっている。

 

「あの馬鹿……余計なことを……」

 

 身振り手振りを交えての言い訳を始めた弟。その様子を見た茶釜が、額に手を当てた。

 

「お二人とも、変わりないようで……。安心しました……よ?」

 

 この二人の様子を見ていた弐式は、努めて朗らかに問いかける。だが、頭から安心しているのではないことは、その口調からも明らかだ。

 弐式の心配。それは、異形種となった事による、精神の変化である。見たところ、茶釜もペロロンチーノも、ユグドラシルの集合地で会ったときと変わりがない。しかし、モモンガやヘロヘロ、そして自分なども精神には変化が見られるのだ。この姉弟だけ無事と言うことは考えにくい。

 

(建やんと違って、自力で人化は出来るようだけど。さて……)

 

 まだ影響が出ていないだけで、これから異形種としての精神変調が発生するとしたら。二人がパニックを起こす前に情報を提供しておく必要があった。今はフォーサイトの面々が居るから話せないが、帝都に戻ったらヘッケラン達とは別れて、一度、ナザリック地下大墳墓に転移した方が良いだろう。

 ……などと弐式が思案していると、隣で歩く茶釜が、いつの間にか視線を向けてきていた。

 

「……なんすか? 茶……かぜっちさん?」

 

「考えてること、わかるわよ? 精神的な影響でしょ? 私も弟も、もうわかってるから……」

 

 必要最小限の言葉で茶釜は言う。声は小さくしているが、今居るメンバーではイミーナに聞き取られる可能性があった。転移後世界の現地人に怪しまれるような発言は、控えるべきだろう。しかし、今の短い会話で弐式は確認ができた。茶釜達は、異形種化による精神変調については理解できているようだ。

 

「今のところは平気。何とかしなくちゃとは思ってたけど……。弐式さん達も同じなんでしょ?」

 

「まあね? その辺は、今のところ折り合い付けてる感じ……なのかなぁ?」 

 

 異形種のままで居ると、精神の異形種化が進んでいく。異世界転移後に備わった人化能力、あるいはアイテムによって人化すると、人の心を取り戻していくのだが……。

 

(実態は異形種なもんだから、人化し続けると、それはそれでストレスとか溜まるんだよな~)

 

 適度に人化したり、異形種化したりと面倒ではある。その内、後発で合流するギルメンで、面倒だから異形種のままで居る……と考える者が出るかもしれない。個人の自由だと思うが、身体だけでなく頭の中まで完全に異形種化したとしたら。そうでない者との間に軋轢が生じるのではないだろうか。

 

(こんなことは、モモンガさんやタブラさんが考えてほしいんだけど。もうゲームじゃなくて、衣食住に人生まで、こっちに来ちゃったからな~。無責任では居られないか~……)

 

 ユグドラシルと似通った異世界。そこで強大な力を振るいつつ暮らしていく。現実(リアル)で居た頃を思えば夢のような展開だが、当然ながら楽しいことばかりではないのである。

 

「なあ、あんた? ニシキさんって言ったっけ?」

 

 ヘッケランが弐式に話しかけてきた。話しかけるべく移動してきたのだが、弐式側では少し前から察知している。

 

「帝都じゃあ見たことないんだが、ワーカーじゃないんだろ? よそから来たのかい?」

 

「ああ、俺は冒険者でね。本来の拠点は王国のエ・ランテルさ」

 

 ヘッケランの視線は冒険者プレートに向けられていたので、身分を偽る意味がない。弐式が正直に答えたところ、ヘッケランは、わざとらしく目を丸くした。

 

「王国……リ・エスティーゼ王国から来たのか。かぜっち達を探しに?」

 

「ま、そういうこと。俺自身は、別で仲間を連れてるんで、暫くは帝都の冒険者組合で稼ぐつもりだけどな」

 

 探り合いの色も見えたが、弐式はヘッケラン達との会話を楽しみつつ、帝都へ向けて歩を進めていく。そんな中で、弐式はフォーサイトメンバーの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェという少女に目を向けた。

 

「え? 弐式さん、アルシェちゃんに興味があるんですか? いや~、俺と同士ですね! 同好の士という意味ですけど!」 

 

「うっさい、エロ鳥。そんな話と違うわ!」

 

 横から口を挟んできたペロロンチーノの言いぐさ。それが、あまりにあまりな内容なので、弐式は面下で目を剥いた。だが、彼の怒りは急速に鎮火していく。なぜなら凄く良い笑顔の茶釜が進み出て、ペロロンチーノの胸ぐらを掴んだからだ。

 

「弟~……。ちょっと向こうで、お姉ちゃんと! お話ししような~……」

 

「え? いや、冗談! 冗談だから! 姉ちゃん、勘弁してぇ~っ!」 

 

 悲鳴をあげるペロロンチーノが、茶釜によって街道外へ引きずられて行く。行く先には小さな茂みがあるので、そこで説教ないし折檻をされるのだろう。完全にペロロンチーノの自業自得であった。そのことが理解できている弐式は、何事もなかったかのようにヘッケランとの会話を再開している。

 

「それで、あのアルシェって()なんだけど」

 

「お、おう?」

 

 茂みに引きずり込まれるペロロンチーノを見ていたヘッケランは、弐式に顔を向け直した。顔が呆気に取られたままだが、会話には支障がない。弐式が気になっていたのは、アルシェが妙に機嫌が良いこと。他チームの事なので首を突っ込むべきではないだろうが、会話のネタの一つとして口に出してみたのだ。

 

「何か、良いことでもあったのか?」

 

「ああ、いや……。……今回、ギガントバジリスクやオーガの討伐数が異様に多かったからな。高難度モンスターの収集部位が山盛りだろ? 一気に大金が入るんで嬉しいんじゃないか?」

 

 ヘッケランが説明する。ヘッケラン自身は、アルシェが何かと入り用だというぐらいしか事情を掴んでいなかったが、そこまで部外者に話すこともなかろうと、ぼかした内容での説明だ。

 ちなみに、ワーカーのフォーサイトがモンスター討伐をしても、冒険者組合では収集部位を換金してくれない。登録冒険者ではないからだ。従って、フォーサイトが収集したのは討伐証明に必要な部位だけではなく、ギガントバジリスクの角や鱗といった、高級アイテムの作成資材となる部位が大半を占める。お宝の山と言っても過言ではない。無論、フォーサイトの取り分はチーム内で分配したが、一人分の取り分にしたって一財産である。贅沢さえしなければ、数年……上手く運用すれば十年以上だって楽して生活ができるはずだ。そう、贅沢さえしなければ……。

 

(アルシェは頭が良いからな。場合によっちゃあ、潤沢な資金が入手できたからって、ワーカーを引退しちまうかも)

 

 その場合は、他の魔法詠唱者(マジックキャスター)を探さなければならないが、ヘッケランとしてはアルシェを引き留める気はなかった。ワーカーなんて危ない仕事、辞められるなら辞めた方が良いのだ。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 帝都へ戻り、ワーカーの溜まり場たる安宿に戻った弐式達は、フォーサイトと別れている。と言っても、フォーサイトのねぐらも同じ宿であったため、別の部屋に分かれて入っただけなのだが。

 そして……。

 

「ぶくぶく茶釜様!? ペロロンチーノ様も!」

 

 真っ先に声をあげたナーベラルを筆頭に、部屋で待機していたコキュートスとルプスレギナ、三名が一斉に跪いた。

 

「う~む。部屋で待たせておいて良かった……」

 

 弐式本体は僕達よりも後方に居たが、さすがに跪いてはいない。苦笑しつつ分身体を消すと、茶釜達を出迎えている。

 

「よっ! 茶釜さんにペロロンさん! あの時ぶり! まあ、分身体で先に合流してたから妙な気分だけどな! ていうかペロロンさん、目の周りに青痰できてるぞ? ポーションとか飲めよ」

 

「え~? でも……」

 

 オドオドしているペロロンチーノは茶釜をチラ見したが、姉が溜息交じりに頷くと、アイテムボックスから赤ポーション……下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出し、がぶがぶと飲み下した。右目の青痰が見る間に消え失せていく。

 

「あ~……楽になった~……」

 

「ペロロンさんは変わらないなぁ……」

 

 空になった薬瓶を持ち、額の汗を拭うペロロンチーノを、弐式は感心するやら呆れるやらといった調子で見やる。そんな弐式に対し、跪いたままのナーベラルらを見ていた茶釜が呟くように言った。

 

「本当にNPCが動いてるのね。自分の意思を持って……」

 

「そだよ~。茶釜さんのところのアウラにマーレ。ペロロンさんのシャルティアも動いてる。是非とも会ってやってほしいな」

 

「「うっ……」」

 

 呻いたのは茶釜だけではない。ペロロンチーノも同様だ。

 

(え? 私にとっての『理想の姉弟』なアウラ達が、本当に動いてるの? マジ? めっちゃ可愛い男の娘にしたとか、あれやこれや盛り込んでるのに!? スカートの丈、もう一センチ長くしておけば良かった!)

 

(俺の性癖の塊が……。ゲームならまだしも、実物の女の子だとヤバい事になってるんじゃ……。シャルティア……。見たいけど、会うのはおっかない……)

 

「何考えてるか、わかるんだけどさぁ。アウラ達もシャルティアも、もうギルメン何人かとは会って話をしたりしてるからな~。早いとこ腹くくって、会ってやりなよ~」

 

 自分が作成したNPCが意思を有して動いている。この点では、弐式は茶釜達と同じ立場だ。言われた茶釜達は弐式を見て、次いでナーベラルを見たが……。

 

「ナーベラル? ちょっと顔を上げてくれる?」

 

「は、はい。ぶくぶく茶釜様!」

 

 跪いたままのナーベラルが顔を上げると、茶釜は進み出て片膝を突き、ナーベラルの顔を覗き込んだ。

 

「ふえっ!? あ、あの、あのう……」

 

 至高の御方から超至近距離で見つめられたナーベラルは、頬を紅潮させて目を逸らすが、茶釜はと言うと、ニヤリと笑って後方の弐式を見上げている。

 

「弐式さん。ユグドラシルで見たときも綺麗だったけど、こうして見ると大層な美人じゃないの? 弐式さんの好み?」

 

「うっ……」

 

 今度は弐式が呻く番だ。

 モモンガやヘロヘロ、そしてタブラに建御雷。彼らにナーベラルを見られ褒められるのは良い。最初に見たり言われたりをされてから、日数が経過しているからだ。しかし、茶釜とペロロンチーノは、転移後世界でのナーベラルを見るのは今が初めてである。

 そう、弐式炎雷の目の前には今、自身の性癖の塊であるナーベラルを初めて見る人物……ユグドラシル・プレイヤーが二人も居るのだ。

 

(う、うおおおお。これは久々に恥ずかしい!)

 

 面の下で頬が熱くなるのを感じて……弐式は異形種化する。その途端、プシューッとガスでも抜けるかのように、気の焦りや羞恥心が沈静化した。モモンガが、たまにやっている事を真似たのだが、コレはコレで便利だ。ハーフゴーレム万歳である。

 

「とにかく、モモンガさん達と連絡を取り合って、皆で顔合わせしよう。で、その後でアウラ達やシャルティアと会うんだぞ? 二人とも、いいよな?」

 

 弐式が念を押すように言い含めたところ、茶釜姉弟は「はぁ~い」「わかりましたよう」と、それぞれの返事をするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテル西区の共同墓地……と言っても、時間は少し遡る。

 弐式が分身体を出して茶釜らの捜索を開始した頃、モモンガはアルベドとクレマンティーヌを引き連れ、墓地最奥の地下神殿へと踏み込んでいた。

 

「おお、雰囲気あるな。悪の組織の隠れ家って感じだ……」

 

 暢気に感想を述べているが、本来、今のモモンガは非常に危険な状態である。例えるなら、敵ギルドの本拠地に、一〇〇レベルのプレイヤー一人とNPC。そして、四〇レベルに満たない女性を伴って乗り込んでいるようなものだからだ。

 もっとも、クレマンティーヌから聞いたカジット・デイル・バダンテールの実力からすると、モモンガ一人でも何とかなるのだろうが……。

 

(慢心駄目、絶対。そうですよね、ぷにっと萌えさん?)

 

 未だ合流を果たせていないギルドの軍師、その名を口の中で呟いていると、クレマンティーヌが前に出る。

 

「カジっちゃ~~ん! カジっちゃん、居る~っ?」

 

「その呼び方は止めんか。ズーラーノーンの名が泣くわ」

 

 くぐもった声と共に、神殿入り口の柱、その陰から一人の男が姿を現した。赤いローブにスキンヘッド。しわを刻んだ顔つきなのだが、肌には艶があり、一見した容貌に反して老人というわけではないように思える。

 

 カッ。

 

 手に持った杖で石畳を突くと、カジットはクレマンティーヌを睨めつけた。

 

「真っ昼間に押しかけおって。言っておくが儂は忙しい。用件は手短に……そこの二人は誰だ?」

 

 モモンガ達に気がついたらしい。と言うより、それまで向けていなかった興味を、モモンガとアルベドに向けたと言うべきか。

 

「んふふっ。教えてあげるぅ~」

 

 クレマンティーヌは、口を耳まで裂けるようにして笑み崩れた。

 

「この御二人はね~、私の上司で、御主人様。特に魔法詠唱者(マジックキャスター)の見た目をしている御方は、一番偉い人で神様だから。失礼のないようにね~」

 

 口調は軽いが、持ち上げ方が半端ではない。モモンガは面映ゆくなったが、アルベドは誇らしそうに何度も頷いている。カジットはと言うと……。 

 

「くははっ、神とはなっ。これは大きく出たものよ」

 

 信じられないのだろう。一笑に付したが、その笑い顔は途中で真顔となる。

 

「クレマンティーヌよ。おぬし、他人に使われているにしては随分と楽しそうだな? 前の組織……職場に居た頃は、嫌で嫌で仕方がないといった風情であったが……。何やら、事が上手く運んでいると見える。羨ましいものよ」

 

 言葉の締めくくりで気優しげな顔を見せるので、これにはクレマンティーヌも驚きを隠せない。それまでのからかうような態度が一気に鳴りを潜めた。

 

「あれ? カジッ……ちゃん?」

 

「どうかしたのか? クレマンティーヌ?」

 

 訝しげな声に、気になることでもあったのかとモモンガが聞くと、クレマンティーヌは戸惑い気味に語り出した。カジットと彼女は、秘密結社ズーラーノーンの高弟として同僚の間柄であったが、それほど親しかったわけではない。しかし、カジットがどのように振る舞っていたかぐらいは知っている。

 

「以前は……その、私が言うのも何ですけど、自分の都合ばかりで偉そうで……。今みたいな羨み方をする奴じゃなかったんです……」

 

 クレマンティーヌの記憶上のカジットならば、口で羨むことを言ったとして、態度は相手を馬鹿にするか、蔑むようなものになったはずだ。

 

「ふん。言葉だけでなく、その様に見えるような態度を取ったか?」

 

 クレマンティーヌによるモモンガへの報告。それを聞いてたカジットは、鼻を鳴らすと溜息をついた。

 

「儂もヤキが回ったということよな。……良かろう、気晴らしぐらいにはなるか。聞かせてやろう……」

 

 カジットは物陰に潜んでいた部下を下がらせると、少し進み出てモモンガらとの間合いを詰める。これは戦うためではなく、これからの会話を大きな声で行いたくないための行動だった。

 

「さて、何処から話したものか……」

 

 この地におけるカジットの目的。それは、儀式魔法『死の螺旋』を完遂することだ。しかし、必要な負のエネルギーが大きく不足している。この地において五年頑張ってみたが、一向に埒が明かなかった。

 

「抜本的な解決策もなく、ダラダラと日が過ぎて行くのみでな。いい加減で気が萎えかけていたところよ。……ま、諦めるわけには行かぬので、忙しいわけだが……」

 

「その様な事情を、私達に聞かせて良いのかね?」

 

 一通りの自分語りを聞き終えたところで、モモンガは問う。旧知の間柄であるクレマンティーヌだけならまだしも、この場には初対面であるモモンガとアルベドも居るのだ。内容から考えても、モモンガ達に聞かせて良い話ではなかったはずだ。

 しかし、カジットは苦笑し、顔の横で手の平を振って見せる。

 

「クレマンティーヌの連れ……いや、雇い主なのであろう? その女を抱き込むぐらいだから、そこら辺の偽善者ではないだろうし……。こっち寄りの存在と見た……。従って、気晴らしで愚痴を聞かせるぐらい問題ではない。そもそも、すべてを語ったわけではないしの……」

 

 とはいえ、儂も口が軽くなった。

 そう最後に呟き、カジットはクレマンティーヌではなく、モモンガを見据える。

 

「で? 改めて聞くが、儂に何用かな?」

 

「勧誘だよ」

 

 モモンガは、カジットの言い終わりに繋げるようなタイミングで言い放った。

 

「このクレマンティーヌが、エ・ランテルで知人が居るというのでね。ズーラーノーン……。裏の組織に詳しい魔法詠唱者(マジックキャスター)というのに興味があった……そんなところかな?」

 

「ほう?」

 

 少し、ほんの少しだが興味を持った様子で、カジットが片眉……眉自体は喪失しているが……を上げる。モモンガはと言うと、営業交渉をしている感覚が湧いてきたのもあり、更に言葉に熱を持たせた。

 

「どうだ? 私の下で働いてみないか? 少なくとも、この世界の中にあっては待遇は良い方になると思うぞ?」

 




 アンケート結果どおり、フォーサイトが茶釜姉弟と同行してる感じになりました。
 他のワーカーチームは、そのうち登場すると思います。



<捏造ポイント>

・瞬殺! 弐式スラッシュ
その他諸々……。

<誤字報告>
冥﨑梓さん、ARlAさん、佐藤東沙さん

ありがとうございました


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第40話

「勧誘……のぉ? さてさて……」

 

 カジットは掴んだ下顎をしごいている。見るからに楽しげな表情だが、これは煮詰まったところへ、気晴らしのネタが転がり込んできたと思っているのだ。

 

「条件次第……と言うより、儂の欲するモノを提示できるかどうかによるのぉ……」

 

 もったいぶった物言いをしながら、カジットはモモンガを見る。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の、おぬしよ。名は何と言ったかな?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

「ならばゴウン……殿よ」

 

 本来であれば呼び捨てにするところだったのだろう。しかし、クレマンティーヌの顔を立てたのか、僅かに遅れながらもカジットは『殿』を付けた。

 

「困難を極め、不可能に近いことではあるが……聞いて貰えるかな?」 

 

 彼の欲するモノとは、三〇年以上前に病死した母の蘇生である。しかしながら、この世界における蘇生魔法……人間が扱える範囲での信仰系魔法では力が及ばない。活路を魔力系魔法に求めたが、それでも見通しは暗かった。カジット自身の努力は大したものと言えるが、成果が出る前に寿命が尽きそうなのだ。

 

「儂は、こう見えて四十代でな。まだ身体の動く内に『死の螺旋』の儀式によって、この身をエルダーリッチと変え、更なる研究を行おうとしたわけよ」

 

 それ以前に、母の蘇生がかなえば話は早いのだが……と、カジットは目を伏せる。

 

「思えば……子供の頃の儂が、ほんの少し早く家に戻っておれば……。母の体調不良に気づいて、助けを呼べたやも知れぬ。いや、今言っても詮無きことよな……」

 

「……」

 

 自嘲気味に話を締めくくったカジットに対し、モモンガらは静聴の構えを維持していた。アルベドは無関心。クレマンティーヌは「へ~、そうだったんだ~」と思いつつも、深く感動した様子はない。では、モモンガは、どうだったか……。

 

(幼い頃に母が病死! しかも自分は死を看取れなかった! 俺と同じじゃないか!)

 

 大いに共感していた。

 モモンガは、かつての現実(リアル)で鈴木悟だった頃。その幼少時に、カジットと同じように母親を亡くしている。そう、同じように「自分が早く気づいていれば」と思ったことは数え切れないのだ。故に、覚えた共感たるや並のものではなかった。

 ここに来る前、モモンガは「クレマンティーヌの紹介だから有能なのだろう。裏組織にも通じてるとなると、これは使えそうな人材かも?」ぐらいにしか思っていなかったが、事情を聞かされた今は大きく違っている。親近感が極めて大となったし、『できれば確保したい人材』から『可能な範囲で力になってやりたい人材』へと評価が上昇していたのだ。

 では、カジット望みである『母親の蘇生』は可能だろうか。聞けば、死後三〇年以上経過しているとのことだが……。

 

(死体が残っていても損傷は激しいか。いや、それ以上に経過年数が問題だな。転生とか生まれ変わりに関してはわからないが、その状態になってたら……蘇生関連の魔法では無理なんじゃないか?)

 

 死後、何年経てば転生したことになるのか。そもそも、この世界に転生はあるのか。転生しているなら、蘇生魔法で蘇生させることは不可能か。可能だとしたら、転生後の人物は死んでしまうのか。

 検証すべき事は山ほどある。 

 

「カジットよ。話は聞かせて貰った。私からも話すべき事はあるが、幾つか確認しても構わないかな?」

 

「……どうぞ」

 

 上から言うでもなく、馬鹿にするでもなく、カジットは『ぶっきらぼう』とも言える口調で短く答えた。久しぶりで自身の事情を語ったことで、少し気が抜けたらしい。モモンガは一つ頷くと、先程気になっていたことを聞いてみた。

 

「……と、そういった懸念があってな。どのような魔法であっても蘇生が不可能な可能性があるが……。そこは、どう考えているのだ? 蘇生が可能だとしても、生まれ変わった先の母の人生、それを蔑ろにしてまで蘇生させる気か?」

 

「決まっておろう。儂にとっては……。……ぐむう」

 

 何を馬鹿な……とでも言いたげなカジットの表情が途中で歪む。

 

「どうした?」

 

「……儂にとっては、母の蘇生こそが唯一の望み。他の事情など知ったことではない。例え、それが母の転生先の人生を蔑ろとすることであっても……とな。普段の儂であれば、そう言っていたはずなのだ。何しろ儂は狂っておるからな。そう、狂っておったのだ……」

 

 カジットの手から黒い杖が落ち、カランと乾いた音を立てて石畳上に転がった。その杖を拾おうともせず、カジットは両手で顔を覆う。

 

「笑止、滑稽なことよ。今日この日まで、長年にわたり研究に身を捧げていた儂が……会ったばかりの男に身の上話をした程度で、心が揺らぐと言うのか……」

 

 カジットは顔面を覆う手指の隙間から、モモンガを見た。目の前の魔法詠唱者(マジックキャスター)からは、同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)としての凄みを感じない。その近くで立つ、黒衣の女戦士やクレマンティーヌの方が強者の気配を感じさせているほどだ。

 しかし、その二人を従えるアインズ・ウール・ゴウンとは、やはり何かしらの強者ではないのか。あるいは……母の蘇生に関わる研究について、有益な情報や手助けが得られるのではないか。そうカジットが考えたところに、モモンガの声が飛ぶ。

 

「なるほど。まだ見込みはあるようだな……。では、確認だ」

 

 モモンガは、カジットが知る蘇生系の魔法について聞いてみた。訝しげながらカジットが答えたのは、第五位階魔法の<死者復活(レイズデッド)>である。ただ、<死者復活(レイズデッド)>は死体の損傷が大きいと成功しないし、ある程度の強さ(レベル)が備わっていないと、失敗時に蘇生対象者が灰化してしまう。現状、人類が使用可能な魔法到達点は第六位階であり、第六位階には蘇生系の魔法が存在しないため、カジットは信仰系魔法に見切りをつけて魔力系魔法の研究をしていたのだ。

 

「大儀式を以ってする第七位階ならば、あるいは蘇生系の魔法があるやも知れぬ……。だが、悔しいが儂では人も物も条件が悪すぎでな。と、一定以上の魔法知識を持つ者なら、これらのことは知っておるか。そうであろう? で、何が言いたい?」

 

「カジットよ。蘇生系の魔法は、第五位階で終わりではないぞ? お前が言ったとおり、第七位階にも存在するし、その先にもある」

 

 モモンガが言うと、カジットは眼球がこぼれ落ちんばかりに目を見開く。

 

「なんと! まことか!?」 

 

「本当だ。第七位階に<蘇生(リザレクション)>があるし、第九位階には<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>が存在する」

 

 モモンガが説明すると、カジットは震えながら一歩前に出た。

 

「おぬしは……第七位階、いや、それ以上の魔法を知っている。いや、もしや! 使えるのか!?」

 

「使えるが、信仰系の魔法は専門外でな。が、部下の中には使える者が居る。その者に命ずれば、高位階の蘇生系魔法の行使は可能だろう」

 

 カジットが「おおおおっ!」と感極まった声をあげるが、それをモモンガは掌を突き出すことで制した。

 

「しかしながら、私達は『こちらの世界』に関して不慣れだ。行使可能な魔法が、知ったままの効果を発揮するかの検証は完了していない。蘇生系魔法の幾つかも、そういうこととなっている。実験が必要なのだ。更に言うとだ……先程、話に出した『対象者が転生している場合』の問題もあるぞ?」

 

 対象者が事情あって蘇生を拒むということはあるらしい。それが転生して新たな人生を歩む者であれば、なおのこと蘇生を拒まれる可能性が高まるだろう。先に聞いたときは僅かの迷いを見せたカジットであるが、高位魔法による蘇生の目が見えてくると、それはそれで大いに迷うらしい。くぐもった声で呻き、歪んだ表情には脂汗を浮かべている。

 

「しかし、しかし……だな。儂は母の蘇生を……蘇生が駄目でも、せめて何か、最後に母と語りたいのだ。そうでなければ、儂は一歩も前には進めない。そして今まで生きてきたこと、積み上げた努力、犯してきた罪。それらに何らかの終着点を見いだせなければ、儂は……」

 

 要は、母のためであり、自分のためでもある。

 カジットに諦める意思がないことを確認したモモンガは、幾度か頷くと、差し伸べるように手を突き出した。

 

「どうだ、カジットよ。お前の今まで培ってきた魔法の知識に技術。そして、ズーラーノーンを始めとする裏社会に対する知見。それらを私の下で役立ててみないか? 当然ながら衣食住の保障はあるし、功績や成果次第では褒美もある。例えば、蘇生系魔法の運用実験の対象として、お前の母親を選抜するといったことだな。無論、実験なので失敗するかもしれんが、褒美として行うのだから費用はこちらで持とう」

 

「うわ~……破格の待遇だわ……」 

 

 呆気に取られたクレマンティーヌが呟く。そう思うのも当然だ。彼女にとって、モモンガらギルメン……ユグドラシル・プレイヤーは、神とも称される『ぷれいやー』なのだ。その神とも言うべき存在が、自ら勧誘してくるのである。これが破格と言わずに何と言えば良いのだろう。

 

(私の場合は、ナザリック地下大墳墓まで出向いて行って、自分で売り込んだんだものね~……。カジッちゃん、ついてるよ。あんた、超ついてる)

 

 内心感嘆する彼女であったが、そもそもカジットの存在をナザリック側で知らしめたのは、クレマンティーヌの行動によるものだ。彼女がカジットを売り込んだと言っても良い。もっとも、それとてカジットにすれば、『超ついてる』の一端なのかもしれないが……。

 

「……ありがたい話だとは思う。クレマンティーヌが大人しく従っているところを見ると、途轍もない力の持ち主であることも推察できよう。しかし、ですな……もう一声、何か儂に踏ん切りを付けさせていただけまいか?」 

 

「踏ん切り?」

 

 モモンガは小首を傾げた。カジットの言いたいことはわかるが、具体的に何をすれば良いのだろうか。言葉遣いが変わりつつあるカジットを前に、モモンガは暫し考え込んでいた。

 

「アインズ様。発言しても、よろしいでしょうか?」

 

 モモンガに話しかける女性の声。声の方を見ると、アルベドがヘルム着用のまま、モモンガに向き直っていた。どうやらブリジットとしてではなく、アルベドとして意見具申をしたいらしい。

 

「ああ言っているのです。ほんの少しばかり、真のお姿に戻るか、お力を見せてやればよろしいかと……」

 

「ん? ああ、なるほどな」

 

 納得が行ったモモンガは、大きく頷いた。要するに、自分がどれほど強大な存在か、カジットに教えれば良いのだ。 

 

「これからナザリックに就職するのだ。雇い主が正体不明ではやりにくいだろうしな!」

 

 機嫌良く言ったモモンガが「大いに参考になったぞ!」と褒めたところ、アルベドは嬉しそうに身をくねらせている。

 

「くふう! 恐れ……多いことですわ」

 

 淫らな吐息と共に出た言葉が、後半部分で事務的かつ平坦なものへと変貌した。精神の停滞化が発生したのだろう。このアルベドの精神停滞化は、モモンガに関連したことで精神が高ぶると、モモンガがユグドラシル終焉時に設定改変した『モモンガを』が発動する。しかし、『モモンガを如何するか』までは入力されていないため、一瞬ではあるが、思考及び精神が停滞化するのだ。

 プログラマーであるヘロヘロに言わせると、「モモンガに関連した行動に移ろうとするが、該当する行動設定が無くてフリーズする」といったことらしい。ただ、機械や単なるプログラムと違ってアルベドは意思を持った生物であるため、すぐさま精神が再起動するのだ。

 

(俺のアンデッド特性、『精神が強制的に安定化する』と、どっちがマシなんだろうな~……)

 

 やくたいもない考えを軽く頭を振ることで振り払い、モモンガはカジットに向き直る。

 

「カジットよ。まずは私の真の姿を見せるとしよう!」

 

 バサリとローブを翻し、アイテムボックスに設定した完全装備セットを瞬着。更には異形種化。ほぼ一瞬のうちにモモンガは死の支配者(オーバーロード)の姿となる。

 

「お、おお、おおおおおおっ!? 人間ではなかったのか! エルダーリッチ!? いや、違う、これは……まさか……」

 

「おっと、そうそう。後は探知阻害の指輪だな」

 

 驚くカジットを前に、モモンガは指にはめた指輪の一つに手をかけた。背後でクレマンティーヌが「いいっ!?」と引きつった声を出しているが、カジットが良い反応を示すものだから、モモンガの耳には届いていない。

 そして……指輪が引き抜かれた。

 

 ズバウ!

 

 そのような擬音がふさわしいと思える。

 風速何十メートルと形容すべき力の圧力が、まさしく突風となってモモンガから放出された。アルベドなどは身を震わせて感動しているが、逃げ遅れたクレマンティーヌは両腕を顔前で交差するようにして耐えている。

 

「ぐぎぎぎぎっ。早く指輪を付け直して~~~っ。……いえ、付け直してください、いいい!」

 

 そして、カジットは……。

 

「神だ……。間違いない、貴方様こそ……すべてを超越した御方」

 

 途切れることない涙を流しながら、両手両膝を石畳上に突いていた。その見開かれた瞳には、もはやモモンガを疑う何物も存在しない。

 ナザリック地下大墳墓の外部協力員にして、正式採用者。その枠にカジットが加わった瞬間であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ほぼ同時刻。

 王都の路地裏では、ヘロヘロが八本指の警備部門の長……ゼロと対峙していた。

 事の発端は、ヘロヘロ達を尾行していたゼロが、あっという間に発見された事による。何しろ探索役として有能なソリュシャンが居るのだ。バレないわけがない。ソリュシャンの提案に乗ったヘロヘロが、ふらりと路地に入り、それを追って来たゼロと御対面……というわけだ。

 ゼロとしては、ここから腕試しに持ち込んでも良かったのだが、ヘイグ(ヘロヘロ)と名乗るモンクが、あまりにもホンワカした空気を醸し出していたことで毒気を抜かれ、会話するに及んでいる。

 

「あなた、地元の方で……奇遇にも私と同じ修行僧(モンク)系ですか~。いや~、お強そうで」

 

 ヘロヘロは見た目に関して述べたのだが、ゼロは気分を良くした。自分では勝てなさそうな者……ソリュシャンの前で、強さを評価されたのが自尊心をくすぐるのである。

 

(俺も存外、小物だな)

 

 (おだ)てられて舞い上がる自分を自嘲しながら、ゼロは交渉に移った。たまには闇仕事関係なく腕試しをしたいし、相手(ヘロヘロ)の方で友好的なのだから、腕の立つ女(ソリュシャン)との手合わせをと願い出たのだ。

 

「え? う~ん……お断りしたいですねぇ」 

 

 しかし、女自身では無く、その主人……ヘロヘロからは良い答えが返ってこない。

 理由としては、王都に来たばかりなのでノンビリしたいし、そもそもソリュシャンを危ない目に遭わせたくないというもの。ちなみに前者が本音で、後者は本音半分混じりの建前である。根が一般人のヘロヘロとしては、例えソリュシャンの方が強かろうと、こんなゴツいオッサンと喧嘩させたくはないのだ。

 では、セバスを前に押し出して「相手してやりなさい」とやれば良いのだろうが、あいにくと彼は別行動中。やはり、ここは断る一手であろう。

 

「むう……」

 

 一方、断る理由を聞かされたゼロだが、彼自身でも意外なことに少しばかり怯んでいた。連れの女性を危ない目に遭わせたくないと言われると、そのまま殴り合いに持ち込むのもどうかと思ってしまうのだ。仕事でなら女も容赦なく殺すゼロであったが、今は仕事中ではない。

 

「ふうん?」

 

 あからさまに気落ちしたゼロを、ヘロヘロは身長差の関係で下から覗き込み唸っている。いきなりソリュシャンと手合わせしたいと言われたときは驚いたが、こちらの事情を聞いて戸惑うあたり、目の前の男(ゼロ)には話の通じる部分があるようだ。

 

(地元の冒険者だとしたら、少し話を聞いてみたい気もしますし……。それに……)

 

 ふとヘロヘロの脳裏を、以前に世間話を聞く目的もあって雇った御者、ザックのことがよぎった。自分達をはめて襲った者達の一員であったが、ザックのみ気が向いたので殺さずに見逃している。今頃は、何処で如何しているやら……。

 

「まあ、話ぐらい……聞いてみても良いかもですね。私も聞きたいことがありますし。何でしたら、彼女じゃなくて私が相手してもいいんですけど~……」 

 

「なに!?」

 

 ヘロヘロの提案は、ゼロにとって二重の意味で聞き捨てならない。一つには、ソリュシャンとの手合わせの機会が消えなかったこと。そして、もう一つが……ソリュシャンではなくヘロヘロが相手するということだ。

 

「どういうことだ? その女は、貴さ……あんたの護衛じゃないのか? あんたが護衛よりも強いとしても……いや、すまんが、それほどの強者には見えないのだが……」

 

「あ~……この指輪で探知阻害してますから。それが原因ですかね~……」

 

 戸惑うゼロを見たヘロヘロが、指輪を引き抜こうとする。しかし、それをソリュシャンが制止した。

 

「ヘイグ様。今ここで指輪を外すと、大騒ぎになるかと……」

 

 そう、至高の御方……一〇〇レベルプレイヤーであるヘロヘロ達が探知阻害系アイテムを解除すると、力の波動や圧力といったものが全方位に放散されるらしい。そして、それは人類最強クラスのクレマンティーヌであっても恐れおののき、引っ繰り返るほどの力を有するのだ。ヘロヘロによる『見た目判断』では、このゼロは『強そう』の部類に入るのだが、彼が耐えられたとしても、周囲の通行人や住人がただでは済まないだろう。

 手っ取り早い強さの証明方法を諦めたヘロヘロは、行儀良くヘロヘロの対応を待つゼロに向き直った。

 

「取り敢えず、話が聞ける場所へ行きますかね?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そうして場所を変えたのだが、ヘロヘロが入ったのは王都冒険者組合の貸し会議室である。犯罪組織の部門長であるゼロにとっては、居心地悪いことこの上ない。入口の段階で逃げることを考えたが、ヘロヘロやソリュシャンといった、毛色の違いすぎる強者達に興味があったので、やむなく中へと同行している。

 

(いざとなったら、壁でもブチ抜いて逃げるか……)

 

 そういった判断もあったのだが、組合に居る冒険者達だけならまだしも、目の前に居るヘロヘロ達から逃げ出せる可能性は絶無だ。

 そして、貸し会議室に入ってから数分後……。

 

「ほう。うちのソリュシャンが、そこまでの身のこなしですか……」

 

「うむ。そうだ。あれほどの足運びは見たことがない」

 

 ヘロヘロが差し向かいで座るゼロに対して問うと、ゼロは真面目な顔で答えている。ゼロが言うには、どちらかと言えば貴族邸の女給のような……訓練された淑やかな動きだが、まるで隙が見えないとのこと。

 貴族邸の女給のようであり、訓練された淑やかな動き。

 

「うん……うん!」

 

 ヘロヘロは、ゼロが口に出した表現をいたく気に入った。なぜならソリュシャン・イプシロンこそは自分の理想を詰め込んだ『メイドさん』なのだから。隣で座るソリュシャンをチラ見すると、ゼロからの評価を当然のごとく受け止め、微かに微笑んでいた。

 

(そう! それですよ! ソリュシャン! 照れるでもなくドヤ顔するでもなく、平然と受け止め……それでいて微かに表情に出す。完璧です!)

 

 この場にゼロが居なければ、声に出していただろう台詞を脳内で絶叫するに留め、ヘロヘロは軽く咳払いをする。

 

「なるほど。御用件と理由については理解できました。しかし、先程も言いましたように、私は必要外で彼女を危険な目に遭わせたくはありません。例えゼロさんの方が弱くとも……ね」

 

「むう……」

 

 ゼロが渋い顔になるが、それをヘロヘロは掌を突き出すことで押しとどめた。彼にはゼロの申出を断るにあたって、代案があるのだ。

 

「そこで……これもさっき言いましたが、私はソリュシャンより強いんです。この私で手を打ちませんか? 私で良ければ、お相手しますよ? もっとも、対価は頂きますがね」

 

「金か?」

 

 ヘロヘロの言い終わりへつなげるようにして、ゼロが聞いてくる。ヘロヘロは口の端に笑みを浮かべると、その細い目を左側だけ薄ら開けてゼロを見た。

 

「金には困っていませんよ」

 

(王都への馬車移動に拘っていた頃、道すがら野盗から巻き上げてましたしね~)

 

 モモンガや弐式らもそうだが、割りと同じ方法で小銭を貯めているのだ。遊び暮らせるほどではないが、そこそこの資金は確保できている。いざとなれば自室の金品を処分すれば良いし、そもそも王都には商目的で来ているのだ。これから稼ぐこともできるだろう。

 

(なんでしたら冒険依頼を請けて稼いでもいいわけですし~)

 

「では、俺に何をさせたい?」

 

 重ねて問うゼロに対し、ヘロヘロは考えていたことを提案する。

 

「王都の案内……でしょうかね。私達、初めて王都に来たんですよ。それも今日」

 

 この提案にゼロは小首を傾げた。ヘロヘロ達は知らないが、ゼロは八本指にあっては警備部門の長を務めている。広域暴力団で言う幹部組長であり、れっきとした一家の親分さんのようなものなのだ。それを掴まえて、王都の観光案内とは……。

 

(ふざけている。だが、手合わせの結果、負けたとして……暫くは付き合いが切れないとなると……)

 

 自分に勝つような相手を組織に誘うのは難しいかも知れない。だが、誘ってみる価値はあるし、それが駄目でも色々と教えを請うことは可能だろう。しかしながら、これら提案を受けて話を纏めるには一つだけ問題点があった。

 目の前の男……ヘイグ(ヘロヘロ)が、言っているほど強いかどうかという点だ。

 

「そちらの女よりも、あんたが強いのか。それが本当かどうかが問題だな」

 

「証明しましょうか? 手っ取り早いですしね~」

 

 言いつつヘロヘロは席を立った。呆気に取られているゼロを見ながら、会議テーブルを回り込んで行く。

 

「強さを求める。大いに結構です。風体からして堅気の人とは思えませんが、まあ今回の動機は悪くありません。手合わせした結果にも寄りますが……色々と手ほどきすることもあるでしょう。ですが、その前に……」

 

 座ったままのゼロの近くまで来たヘロヘロは、後ろ手に手を組んだまま笑いかけた。

 

「まずは一発、私を殴って貰えますか? どの程度使えるか見てみたいんですよ~」

 

「……正気か?」

 

 ガタリ……。

 

 椅子を鳴らしてゼロが立ち上がる。一歩脇に踏み出した彼は、両手で腰帯の位置を直すと、それまで座っていた椅子を足でテーブル下へ押し込んだ。

 

「俺が殴ったら、本気でなくとも大概の奴は死ぬぞ?」

 

 口元は笑っているが目は笑っていない。気の弱い者が見たら卒倒しそうな怒気を噴出している。しかし、ヘロヘロは気にもとめずに頷いた。

 

「かまいません。いつでも、どう……」

 

「シッ!」

 

 ボッ!

 

 空気が押しのけられる音が聞こえ、ゼロの右拳がヘロヘロの顔面に突き刺さった。かのように見えたが、その岩石のような拳は……ヘロヘロの左手の平一枚で止められている。

 

「馬鹿な……」

 

 拳をヘロヘロの掌に押し当てた、その姿勢のままゼロは呻いた。今の一撃は、かなり本気の一撃だったはず。見た目上、体格で下回るヘロヘロなど、ガードの上からでも吹き飛ばすに充分な威力を有していた。それなのにヘロヘロは微動だにせず、軽く受け止めたのである。

 

(やはり強いのか!? 俺よりも、あの女よりも!)

 

 ゼロは全力での殴打や、そこに加えるべき奥の手……シャーマニック・アデプト、彫り込んだ獣の入れ墨からの増力も使用していない。しかし、今の一撃で理解していた。目の前の男、ヘイグ(ヘロヘロ)が、自分よりも遙かな高みに居ることを……。

 

「俺の目が曇っていたようだ。あんたのような強者を目の前にして、その強さを見抜けないとはな……」 

 

「アイテムの効果だと思うんですけどね~」

 

 ボソリと呟き、ヘロヘロはゼロの拳から手を離す。今のヘロヘロはソリュシャン同様、変形しているだけであって人化はしていない。だが、探知阻害のアイテムは装備しているため、一〇〇レベルプレイヤーとしての圧力は封じられたままなのだ。

 

「一発殴っただけで理解できるとは、話が早くて助かります。でもまあ、せっかくですし、奥の手か何かあるなら試しておきますか? 次はサービスでガードもしませんけど? あ、でも少し技は使うかな~?」

 

「うむ。胸を借りるとしよう!」

 

 もはやゼロは、自分の何を持ち出してもヘロヘロに通用しないと考えている。だが、自分の全力全開を受けてくれると言うのだ。ここは言葉に甘えるべきだろう。

 

「しばし、準備が必要だ。行くぞ……カアアアアアアッ!」

 

 気合いの声と共に、シャーマニック・アデプトの憑依特殊技能(スキル)を発動。足の豹(パンサー)背中の隼(ファルコン)腕の犀(ライノセラス)胸の野牛(バッファロー)頭の獅子(ライオン)。それぞれの入れ墨が発光し、豹の蹴り足に隼の風を切る速さ、犀の重厚さと野牛の突進力が加わる。最後に、獅子の勇猛さと増力も加味されたことで、元より鍛え上げられたゼロの拳は、その破壊力を大きく向上させるのだ。

 

「ふぬおぉああ!」

 

 自分の持つありとあらゆる物を込め、ついでにこっそり幾つかの武技も発動。額に血管を浮かせ、食いしばった歯の前部分を剥き出しにしたゼロは、微動だにしないヘロヘロの顔面に拳を叩きつけた。

 

 がつん!

 

「ぐふぁっ!?」

 

 非常に痛そうな音がしたかと思うと、ゼロが後方に吹き飛ぶ。仰向けに転がったゼロに対し、ヘロヘロは……ビクともしていない。いや、まったく動いていないように見える。

 

「わ、わからん……。俺はいったい、何をされたんだ?」 

 

「ん~……強いて言えば~。殴った威力を、そのまま返されたってところでしょうかね~」

 

 ゼロの手を引いて立ち上がらせながら、ヘロヘロは説明した。もっとも、現実(リアル)の頃のヘロヘロはプログラマー業だったので、道場経営していた建御雷と違って、この手の説明は得意ではない。従って、起こった事実、やったことのみを説明することとなる。

 

「両の足で踏ん張り、しかし床に衝撃を伝えず、受け流した力の向きをゼロさんに向けたんですよ。自分の力で自分を吹き飛ばしたってことになりますかね~。私の生まれ故郷では、アイキドーと言って、そういう技術があるんです」

 

 修行僧(モンク)のレベルを高める際に必要な経験アイテム。その中に、奥義書が幾つかあったが、中でも合気道の知識や経験がヘロヘロの中に組み込まれているらしい。そこまで説明する必要はないかとヘロヘロが考えていると、ゼロが笑い出した。

 

「ふっははははっ! 感服だ! 俺は今、素晴らしき目標を見つけた! 王都の案内だったな? 喜んで引き受けるとも! それで、その……手ほどきの話なんだが……」

 

 気恥ずかしげに頭を掻きながらゼロが言うので、ヘロヘロは「おじさんなのに、可愛げを感じさせるとは……侮れませんね~」と内心思いつつ快諾した。

 

「ま、お互いの都合が合うとき……ということで。では、お時間さえ良ければ、冒険者組合の近辺の案内でもして貰いましょうかね」

 

「了解した。この俺で良ければな!」

 

 そう言って笑うゼロの顔には、犯罪組織の一部門を取り仕切る長としての闇や風格は微塵も感じられない。そこに居たのは、腕っ節による強さを求める一人の男だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓の執事、セバス・チャンは王都の裏道を歩いている。

 彼に与えられた任務は、人の集まる場所でナザリック地下大墳墓から持ち出した武器等を見せびらかし、ヘロヘロが開業予定している商店の宣伝を行うことだ。その他では、王都の地理を把握するなど、現地調査も兼ねている。その彼に付き従うのが、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータで、ヘロヘロの要望によって呼び出された戦闘メイド(プレアデス)の一人であった。

 エントマは各種呪符を使用することで、後方支援を得意とし、中でも呪符によって<伝言(メッセージ)>を行える点が重要視されている。要は連絡要員として期待されているのだ。

 なお、エントマは虫使いとしての一面も有し、虫を使った探索も得意とする。そのエントマが加わったことで、元より探索力の高いソリュシャンが居るヘロヘロ班は、情報収集能力においてモモンガ班を優越し、弐式班に迫るほどまで向上していた。

 

「セバス様~? こんな汚い場所を歩いて、何か意味があるんですかぁ?」

 

「それを判断するのは私達ではありませんよ。エントマ。すべては至高の御方の御命令を遂行するためです」

 

 与えられた任務を忠実にこなし、至高の御方へ奉仕に役立てる。それがナザリックの僕にとってのすべてだ。何よりも優先される。このような裏道の散策とて、地理把握という点では意味があるのだ。

 

「それに、こうして歩いているだけでも何かしらの発見はあるかもしれません。例えば……」

 

 ガチャリ。

 

 歩き続けるセバス達の前で、左前方、店舗か何かの裏口が開いた。誰か出てくるのだろうか。通行人たるセバスとエントマは、視線によって注意を向けながら歩いていたが、やがて出現したのは人ではなかった。ずだ袋。そう、あちこち綻びが生じ、元が何色だったかわからない袋。それが無造作に投じられたのだ。その中身は何なのか。

 風に乗って漂ってくるのは、汚臭、腐臭、そして血の臭いだ。

 セバスは、歩きながらエントマに命じた。

 

「エントマ。あの袋の中が見たいのですが……」

 

「了解しました~」

 

 エントマが着用する着物風のメイド服。その裾から十数匹の虫が飛び出し、ずだ袋へと向かっていく。それらの虫は甲皮が鋭利な刃状となっており、高速でかすめ飛ぶことで相手を斬り裂くのだ。もっとも、サイズが小さいので攻撃力自体は低いが、衣服を切り裂く程度なら問題ない。今目標となったずだ袋……その口紐とて例外ではなく、瞬時に斬り裂いて飛び、エントマの裾中へと戻って行く。

 

「ふむ?」

 

 セバスは歩きながら口の開いた袋を注視していたが、中から覗いたのは薄汚れた手だった。大小の傷があり、部分的には紫色に変色している。爪などは剥がされているようだが……。

 

(地元民のイザコザ……ですかね?) 

 

 関わるべきでないと判断し、通り過ぎようとする。だが、そのずだ袋から伸びた手が届くほど近い場所を通ったのは、セバスの中で思うところがあったためだろうか。何にせよ、セバスのズボンの裾は袋から伸びた手によって掴まれることとなる。

 




至高の御方と接触、力の差を見せつけられ、心服。
カジットとゼロで、ちょっと差異はありますが概ね同じパターンです。
ええ、二人続けて似たようなパターンというのもマンネリ化しますので、どっちか殺そうかと思ったんですけど……イイや、助けちめぇ……と。(笑
直前にオバマスをプレイしてて、割りと大変な展開を目の当たりにしたのも二人が助かった理由の一つだったり。
てか、オバマスってガンガン死にますね。ビビりました。

しかし、事の最初から勧誘に行ったモモンガ班でああなったのは当然として、ヘロヘロ班の方は違和感なかったですかね?
ゼロをもうちょっと強硬な態度で描くことも考えたのですが、前述のようなわけで、ああなりました。でもまだ運命が確定したわけではありません。たぶん。

<誤字報告>

ああああfdkさん、冥﨑梓さん、暇人mk2さん、阿久祢子さん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん

ありがとうございました

と言うか第4話とか、かなり序盤の話で誤字が残ってたことに驚愕
マジかよ……
これで結構、投稿前には読み返してるんですけどね~


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第41話

「……これは、どうしたものですかね……」

 

 セバス・チャンは苦悩していた。

 今、彼の目の前では一人の大男が座り込み、自分の喉を押さえてむせている。

 事の発端はこうだ。情報収集のため、エントマと共に王都の路地裏を散策していたのだが、とある店舗の裏口からずだ袋が放り出された。気になったのでエントマに中身を露出させたが、どうやら中には怪我人が入っていたらしい。

 セバス自身は、地元民とのイザコザを回避するべく無視しようとしたのだが……創造主であるたっち・みーの影響が出たのかどうか、つい袋の近くを通ってしまい、結果としてズボンの裾を掴まれてしまう。直後、目の前の男が裏口から出てきて、こう言ったのだ。

 

「おい、爺、何見てるんだ?」

 

 後は御覧のとおり。

 困った人を助けるのは当たり前。

 たっち・みーのモットーに従い、更には女性から『助けて』の言葉を引き出したセバスが、掴みかかってきた男を締めあげて今に到る。

 さて、問題となるのは、この後だ。

 セバスには一度助けた女性を、その命の危機が迫っていると知りながら放置するという選択肢はない。このまま連れ帰り、ソリュシャンに治癒の巻物を使わせて治療を……。

 

「あっ……」

 

 思わず声が漏れ出る。

 王都で確保した住居兼店舗、そこで合流できるのはソリュシャンだけではない。至高の御方であるヘロヘロも居るのだ。

 

(本当に……どうしたものなのか……)

 

「この糞ジジイ! よくもやりやがったな!」

 

 回復したらしい大男が再び掴みかかってきたが、セバスは軽く躱して間合いを詰めると、素早い拳の一撃で今度こそ男を昏倒させる。これで暫くは起き上がってこられないだろう。

 それでは、これからセバスが取りたい行動に関し、何が問題なのか。それを考察しなければならない。

 セバスは無言で女性を抱え上げると、その場を離れるべく歩き出した。

 

「セバス様~? その人間をどうされるのですかぁ? 私のオヤツとかですかぁ~」

 

 エントマが話しかけてきているが、そんなことをする気は毛頭ない。何しろ、助けた対象なのだ。それをエントマの軽食にするわけにはいかない。

 まず、この女性を連れ帰る行為。これについて考えるべきだ。それ自体がナザリックの利益になるかと言えば、否定せざるを得ない。自分で言うのも口惜しいが、これは完全なるセバスの自己満足だからだ。更に言えば、住居兼店舗に連れ戻ることで、女性の危機が倍増する恐れがある。エントマが言ったように、ナザリックの者は多くが人間に対して否定的であり、蔑んでいた。食料としか認識しない者も存在する。余程気をつけなければ、碌な扱いをされないだろう。

 最後に、いや、一番最初に考えるべき事なのだが、このセバスの行為が至高の御方らにとって、どう思われるか……である。放り出せ……ならまだしも、速やかに処分せよ……という命令が出たとき。勿論、セバスは従うのだが、想像しただけで気持ちは重い。創造主であるたっち・みーの心情やモットー、そういったものを裏切ることになるのではないか。そこまで考えが到っただけで自害したくなる。

 

(……道ばたで拾ったものです。少しだけ密かに匿い、体調等が回復したら帰す……。そうしてみては……)

 

「ん?」

 

 気がつくと隣を歩くエントマが、ジッとセバスを見上げていた。

 

(エントマ……。なんでしょうか? 少し前にも、こんな風に見上げられたことが……)

 

 その瞬間、セバスは至高の御方……その纏め役たるモモンガの言葉を思い出す。

 

(あれは確か……。そう、ナザリック地下大墳墓が転移した直後のこと。私とエントマが……)  

 

 モモンガの命令によってナザリック外を探索し、カルネ村を発見した……その報告をした際に、モモンガから聞かされたのだ。

 

『お前の判断は正しい。わからないことがあれば可能な限り、早い段階で相談をするべきだ。報告、連絡、相談は重要。お前の創造主たる、たっち・みーさんも、そこは(仕事柄)きっちりしていたからな』

 

 報告、連絡、相談は重要。

 ならば、ここはやはり報告をするべきだろう。報告先は……行動を共にする至高の御方であるヘロヘロ様。助けた女性に関しては、慈悲を願い出て、せめて負傷等の手当をした後に帰せば良い。

 

(ヘロヘロ様は……そう、ヘロヘロ様だけでなく、至高の御方は皆様方が、お優しい方。きっと、きっと大丈夫なはずです……)

 

 この考えには、セバスの願望が多分に含まれていた。だが、実のところ、合流を果たしているギルメンだと、誰がセバスの相談を受けたとしても、女性の介抱ぐらいまでなら許可したことだろう。ちなみに最も危ないのは、異形種化した状態で小一時間経ったぐらいのモモンガなのだが、その彼とてセバスが真摯に願い出れば考慮ぐらいはするし、他のギルメンの目を気にして温情の籠もった配慮をする可能性が高い。

 何にせよ、セバスは班長のヘロヘロに連絡を取ることとした。<伝言(メッセージ)>は使用できないし、巻物の持ち合わせもないが、同行者としてエントマが居る。彼女に頼めば良いのだ。

 

「エントマ。ヘロヘロ様に連絡を取ってください……」  

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……はい?」

 

 エントマからの呪符伝言(メッセージ)。それをヘロヘロが受信したのは、ゼロと共に王都冒険者組合を出た直後のことである。通話者がエントマからセバスに代わり、呪符伝言(メッセージ)の便利さに感心していたヘロヘロは、セバスからの報告を聞いて……ニヤリと笑った。

 

「ほほう。女性を連れ込みたいと? 仕事中のはずですが、中々やりますね」

 

『いえ、そうではなく。怪我人を保護したのでございます。それに……』

 

 続くセバスの報告に、ヘロヘロの顔から笑みが消えた。

 

「地元のヤクザと揉めた? その女性は、その相手の店の従業員?」

 

『誠に申し訳ございません! すべては、私の不徳によるものでして!』

 

 呪符伝言(メッセージ)の向こうでセバスが頭を下げている。それが見えたような気がしたヘロヘロは、再びホンワカした笑みを浮かべた。

 

「起こってしまったことは仕方がないですよ。重要なのは、どう対処するかです。バグ取り作業のようなものですかねぇ。取りあえず、その女の人を連れて店に戻ってください。私も……今は冒険者組合の前ですから、すぐに行きます」  

 

「どうした? なにか面倒事か?」

 

 呪符伝言(メッセージ)を解除したヘロヘロにゼロが話しかけてくる。これから、王都内のめぼしい商店や酒場などを案内するはずだったが、ヘロヘロが立ち止まって呟いているので戻って来たのだ。

 

「<伝言(メッセージ)>をしていたようだが……。そんな不確かなものを、よく使う気になるな?」

 

 この転移後世界では、<伝言(メッセージ)>に信用が置かれていない。過去に虚偽情報によって踊らされた国家が滅んだことで、<伝言(メッセージ)>を信用しすぎる者は愚か者呼ばわりされるのだとか。

 

「ハハハ、まあモノは使いようですよ。と、どうやら私の仲間が地元ヤクザと揉めたようでして……」

 

「ほ~う? ならば、俺が力になれるやもしれんな!」

 

 得意げな顔で、ゼロは自らの分厚い胸板を叩いた。

 

「俺は、王都では裏の組織に顔が利く! どこの下っ端ヤクザが相手かは知らんが、まあ任せておいてくれ!」

 

「おお~、頼もしいですね! じゃあ一緒について来てくれますか?」

 

 ニッコリ笑うヘロヘロ。その彼に向けてゼロが「承知した!」と答えた。

 実に良い雰囲気である。しかし……その揉めた相手のヤクザ組織というのが、他ならぬ自身が所属する組織、八本指。その奴隷部門であることを、この時のゼロは気づかないでいたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

ヘイグ(ヘロヘロ)様。お帰りなさいませ」

 

 ヘロヘロが住居兼店舗に戻ったところ、一足先に戻っていたセバスとエントマが、入口の向こうで出迎え一礼する。顔を上げた彼はヘロヘロを見たが、すぐに同行者であるソリュシャン……の隣で居る大男、ゼロに気がついた。

 

「そちらの方は?」

 

「この人はゼロ。王都での協力者のようなものですよ。どうやらセバスの抱えてる問題にも、力になってくれるようです」

 

「なんと……」

 

 完璧な執事であるセバスだが、ヘロヘロの説明に驚きを隠せない。

 

(ヘロヘロ様は、私と別れてからの極短時間で、地元のヤクザ者をどうにか出来そうな人材を見つけたというのですか。なんという……これが至高の御方の力なのですね。それに比べて私は、まだまだ未熟……) 

 

 ヘロヘロの知らないところで、彼に対する尊敬の念が増していく。それに気がつかないヘロヘロは、店舗内の内部を見回した。店舗内と言っても内装には手が入っておらず、前の持ち主が残していった陳列台などが置かれているだけだ。

 

「それで? その女性というのは、何処ですか?」

 

「こちらです……」

 

 セバスがヘロヘロらを奥へと案内する。いずれは、従業員の待機所であったり事務室であったり、そういう部屋になる場所だ。エントマに外部での警戒を命じたヘロヘロは、セバスに連れられて中に入って行く。これまたガランとしているが、床に敷いた毛布の上に……女性が一人寝かされていた。

 見れば、全身アザだらけの傷だらけ、辛うじて息をしているのが解ると言ったレベルで、一刻も早く処置を施すべきだろう。

 

「ソリュシャン、彼女の傷の具合を見て貰えますか? 詳細が掴めたら報告に来てください」

 

「承知しました」

 

 黒衣の女盗賊。そういった出で立ちのソリュシャンだが、この時はメイドとしての一礼を行っている。そして頭を上げるや、寝かされた女性の傍らで膝をつき、診断を開始した。

 

「じゃあ、奥へ行きましょうか?」

 

 ソリュシャンが行動に出たのを確認し、ヘロヘロはセバスとゼロを促す。奥にも一室あり、机や椅子などが集められていたはずだ。そこで椅子等を並べれば、男三人ぐらいは座って話ができるだろう。もちろん、椅子の数には余裕があるので、ソリュシャンが入って来たら彼女も座ることが可能だ。

 

「申し訳ございません、ヘイグ様……。この度は私の勝手な判断で……」

 

「セバス?」   

 

 椅子を四つ並べて向かい合うように座る。と同時にセバスが謝りだしたので、ヘロヘロはキョトンとする。今日、セバスが取った行動で、何か謝られるようなことでもあったのだろうか。まあ、ヤクザと揉めたのは問題だろうが……。

 

「よくわかりませんが、事情を詳しく話してください」

 

 改めて聞いてみたところ、状況は想像以上によろしくない。

 まず、王都へ来たばかりだというのに、ヤクザ風の組織と揉めてしまった。しかも、セバスが少し話したという店舗側の男は、女性のことを『従業員』だと言ったらしい。解雇という体で処分しようとしていたらしいが、それでもセバスのやったことは拉致誘拐とされる可能性があった。

 

「ま、本人が助けて欲しいと言ったそうなので、拉致誘拐は無いですかね~。となると職場放棄の手助けをした感じなのか……」

 

 ブツブツ呟きながらヘロヘロは考え続ける。

 彼が思うに、今解っているリ・エスティーゼ王国の国軍……それ全部が相手であっても、ナザリック側が負ける要素は無い。ましてや、ヤクザ組織なんかは物の数ではないだろう。しかし、ある部分において非はこちらにあるようだ。それを力尽くで押し通すのは、ヘロヘロの美意識、それが言い過ぎなら良識にそぐわなかった。

 

(金でも渡して穏便に済ませましょうかね~……。……穏便に済まないで強請ってきたら、それを口実に実力行使に出ても良いわけですしね~)

 

 相手側から非道に押し込んでくるなら、遠慮などしなくて良いのである。普段のヘロヘロからすると少々過激な思考に寄っているが、これは現在、彼が変形しているだけで異形種化したままであることが大きい。

 

(おっと、いけないいけない。人間的な思考を忘れては駄目ですよ……っと。でも、相手の出方を見るのは悪くな……おや?)

 

 ふと見ると、右前で座るゼロが腕組みをして唸っている。随分と渋い表情で、どちらかと言えば困り顔なのだが……。 

 

「ゼロ? どうかしましたか?」

 

「いや、その……だな。事情を聞いて解ったことがあるんだが、その女が働いていた店というのがな。実は、俺の勤め先の関連組織のようでな……」

 

 歯切れの悪いモノの言い方をしているが、その意味を飲み込めたセバスが鋭い視線をゼロに向けた。

 

「ゼロ様と仰いましたか? 力になるというのは、どういった意味だったのか……御教授願えますかねぇ?」

 

 言葉遣いこそ丁寧だが、語気に含まれた圧力は凄まじい。少なくとも不機嫌なのはゼロにも理解できる。もしもゼロが、セバスをただの老人だと侮っていたなら、笑い飛ばしたかもしれない。だが、相手(セバス)はヘロヘロの身内である。思いも寄らない実力者である可能性が高いし、ましてや……そう『ヘロヘロの身内』なのだ。いつものように、売られた喧嘩を買う態度を取るわけにはいかなかった。

 よってゼロは、ニヤリと笑いつつ顔前で手の平を振る。

 

「そう怖い言い方をしなさんな、爺さん。その店は、俺の同僚がやってる奴隷……おっと、娼館ってだけだよ。ヘイグさんには世話になるからな。俺から口利きして、無かったことにしてもイイって話だ」

 

「同僚がやってる……奴隷……と聞こえましたが? この国では奴隷売買などは禁じられているのではなかったですか?」

 

 幾分、セバスの語気が穏やかな物になったが、彼の追求は止まらない。ゼロが視線を向けてくるのを感じたヘロヘロは、ゼロ側の事情を知りたい気持ちもあったため、頷くことで説明の続きを促している。

 

「わかった。では、少し語らせてもらうか……」

 

 ゼロによると、彼は八本指と呼ばれる……王都を根城とした大犯罪組織の幹部であるらしい。彼の場合は警備部門の長で、娼館を仕切っているのは奴隷部門の長、コッコドールという男とのこと。

 

「この国の、黄金の姫……第三王女のせいで奴隷売買が禁止になってな。奴隷部門ってのは落ち目なんだが……抜け道ってのはあるんだ。借金のカタに強制労働する契約を結ばせたりとか……そんな感じだな」

 

 セバスが連れてきた女性に関して、ゼロは詳しいことを知らない。だが、扱われようからして最後の一働きをさせられたと考えている。あるいは、奴隷扱いの酷い客に、格安の奴隷をあてがったとか……そんなところであろう。 

 そのあたりを、ゼロはボカしながら説明していたが、ここでノック音がした。ヘロヘロが入室許可を出すと、ソリュシャンが入ってくる。同じく許可を貰ってヘロヘロの隣に座った彼女は、女の負傷の程度や病状についての報告を始めた。

 

「梅毒の他、二種類の性病。肋骨数本及び指の骨にヒビ。右腕と両足の筋が切断されています。前歯の上下が抜かれ、内臓にも不調の様子が……。裂肛もありました。後は薬物中毒の症状に、打ち身裂傷は数えきれず。そんなところでしょうか」

 

「随分と、えげつない事になってますねぇ」

 

 うは~っと息を吐くヘロヘロが対側の男性陣を見ると、セバスがきつい視線をゼロに向け、ゼロは気まずそうに視線を逸らしていた。

 

「ソリュシャンは<大治癒(ヒール)>の巻物を持っていましたよね?」

 

「はい!」

 

 速やかに、かつ嬉しそうにソリュシャンが返事をする。

 

「じゃあ、それを使って治してやってください。病気やバッドステータスなんかも治るはずですし」

 

「承知しました」

 

 恭しく一礼し、ソリュシャンが退室して行った。それを見送ったヘロヘロは、ゼロに向き直る。

 ここから問題になるのは、八本指の奴隷部門がどういった行動に出るかだ。ゼロが言うには、いきなり荒事に出るわけではなく、まずは脅しに掛かるのが常道らしい。

 

「警備部門から人を出して欲しいと、俺に声がかかるだろう。後は、表だって圧力を掛けられる奴を連れて、ここへやって来る……そういう事になるだろうな」

 

 それをゼロなら止められるのだ。

 ゼロは自分を売り込めた気がして得意げな気持ちになったが、ヘロヘロがボソリと呟いた言葉を耳にして目を剥くことになる。

 

「……私の伝手で人手(ギルメン)を集めて、八本指とかを丸ごと潰しても良いのですけどね~……」

 

 幾らヘロヘロ達が強いと言っても、そこまでのことが可能だろうか。にわかには信じがたいが、ヘロヘロは人手を集めると言っている。

 

ヘイグ(ヘロヘロ)は、自らを冒険者兼商人だと言っていたが、本当はもっと……別の何かに属しているのではないか? 例えば八本指よりも強力な……)

 

 そんな規模の裏組織など、ゼロは聞いたことがない。だが、冒険者を兼ねた商人業などという、ゼロからすれば趣味や道楽のようなことをしているヘロヘロが、これほどに強いのだ。彼の後ろに何か組織が……いや、ヘロヘロほど強い存在が数人でも居たら、もうどうしようもない。敵対したら、八本指などはヘロヘロが言ったように丸ごと消し飛ぶだろう。

 

(念のために裏を取るか? いや、駄目だ。こそこそ嗅ぎ回っているとヘイグ(ヘロヘロ)に知られたら、今の関係が崩れるやもしれん。最低限、俺の安全だけでも確保しなければ……。ここはコッコドールに話をつけて、連れ帰った女に関しては俺持ちで対価を出す。このあたりだろうな……)

 

 ちょっとした出費だが、廃棄予定の女一人分ぐらいはどうとでもなる。

 

「ヘイグ殿。せっかく相手方の関係者である俺が居るんだ。ここは一つ、任せてくれないか? 悪いようにはしないつもりだ」  

 

「そうですか? ……じゃあ、取りあえず頼んでみますか。私の方でも、友人達に相談したいですし。でもまあ行動に出るかは、ゼロの報告を待つことにしますので……なるべく早くで、報告して欲しいですね」

 

「了解した。任せてくれ!」

 

 自信たっぷりに請け負ったゼロは、椅子から立ち上がると部屋を出て行った。その後ろ姿を見送ったヘロヘロは、セバス付きの影の悪魔(シャドウ・デーモン)を一体、ゼロについて行かせるよう指示を出している。

 

「つまりは、あのゼロを信用しておられないと?」

 

「保険ですよ。ほ~け~ん~。一応、バレないことを最優先にさせてますから、何か面白い話を持ち帰れたら上出来。ゼロが行き着く隠れ家なんかの場所でもわかれば、もうそれでデカした感じですよ」

 

 視線が鋭いままのセバスに言ったヘロヘロは、続けて<伝言(メッセージ)>の準備を始める。事が事だけに、まずはモモンガに相談するべきだろう。王都に巣くう八本指の幹部、ゼロと繋がりが持てたこと。そしてセバスが連れ帰った女性のこと。王都で住居兼店舗を確保できたこと。

 

(蒼の薔薇のリーダーと接触できたことも報告しなきゃですね~。いや~、俺って割と働いてる感じですかね~)

 

 内心でハッハッハと笑い、口元は笑みの形に口端を持ち上げるに留める。そして、<伝言(メッセージ)>発動してモモンガに連絡を取ったところ、いつになく上擦った声が聞こえてきた。 

 

『へ、ヘロヘロさん!? ヘロヘロさん! 大変です! 大変なんですよ!』

 

「ど、どうしました? そんなに慌てて?」

 

 大抵の事態にもノンビリした態度を崩さないヘロヘロであるが、ギルド長が慌てふためいている様子は、さすがに驚いてしまう。

 

『ちゃ、茶釜さんとペロロンチーノさんが見つかりました! 弐式さんが帝国の方で遭遇したって!』

 

「え? えぇええええええええ!?」

 

 押さえきれずに声が出たことで、セバスが目を見開き腰を浮かせた。次いで、ダダダダと隠密特殊技能(スキル)を使っていないのか、足音高く駆けてきたソリュシャンが部屋に飛び込んでくる。

 

「ヘロヘロ様!? 今のお声はっ!?」

 

 偽名を使うことも忘れてソリュシャンが声をかけた。が、こめかみに指を当てたヘロヘロは、サッと空いた方の手の平を挙げてソリュシャンを、そして視線によってセバスを制する。

 

「モモンガさん。俺は今、王都の一角で住居兼店舗を確保してまして。そこに居るんですけど。<転移門(ゲート)>で迎えに来て貰えますか?」

 

『え? ええと、そっちに<伝言(メッセージ)>中のヘロヘロさんが居るわけだから……映像は……と。あ、そうか、セバス付きの影の悪魔(シャドウ・デーモン)も居るんだっけ。……ああ、大丈夫です。じゃあ、迎えに行きますから、皆で円卓の間に集合しましょう。ちょっとアルベドとも話しますから、少しだけ待ってくださいね! あ、弐式さん達も迎えに行かなくちゃ!』

 

 ……ブツン……。

 

 かなりテンパった様子の声を最後に<伝言(メッセージ)>が途切れた。

 ギルド長、慌ててるなぁ……と思うヘロヘロであったが、慌てる気持ちは十分に理解ができる。またギルメンが合流できたのだ。しかも、今回は二人同時らしい。

 

(けど、ペロロンさんはともかく、茶釜さんか~。現実(リアル)に帰りたいでしょうかねぇ~)

 

 ブラック企業に扱き使われ、体調を崩していたヘロヘロ。彼は、間違っても現実(リアル)に戻りたいとは思わない。両親は健在だが、あの色々と極まった現実(リアル)では、自分が生き残ることが最優先。掴んだチャンスは逃すべきではないというのが、底辺層の常識だ。

 では、ぶくぶく茶釜はどうだろうか。彼女は現実(リアル)においては声優として活躍していた。紛れもなく勝ち組である。帰りたいと願うかもしれない。弟のペロロンチーノも、姉のマネージャー的な仕事をしていたので、まあまあ安泰な人生を送っていたと言える。

 

(ペロロンさんの場合は、理想の嫁さん……シャルティアが居ますからね~。こっちに残りそうな気もしますが……)

 

 それもこれも、二人に直接会って話を聞いてからだろう。ヘロヘロとしては転移後世界に残留して欲しいが、現実(リアル)に戻りたいと言うのであれば止める気はないし、積極的に手伝う気でいた。皆、自分の信じる幸せに向かって生きるべきだからだ。

 

(俺の幸せの場所は、ソリュシャンやメイド達が居る転移後世界で決定ですけどね~)

 

「セバス、ソリュシャン……」

 

 ヘロヘロは思案するのを止め、控えたままのセバス達を見た。「はっ!」というキビキビした声が聞こえる中、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノが戻ったことを伝える。

 

「なんと! ぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様が!」

 

 セバスが驚愕し、ソリュシャンと顔を見合わせた。それはナザリックの僕にとって最上級の朗報だ。叶うことであれば、一刻も早く茶釜達の元へ馳せ参じ、神々しい姿を目にしたい。そう思う二人であったが、ヘロヘロが下した指示は『待機』であった。

 

「この場を手薄にするわけにはいきません。影の悪魔(シャドウ・デーモン)だけでは対応力に不安がありますし、あの女性のこともあるでしょう。……どうせすぐに戻りますから、外で見張りをしているエントマ、それにセバスとソリュシャンで待機していてください。女性が目を覚ましたら、セバスには精神的なケアとかですかね……世話なんかをお願いしますね?」

 

 この指示に対してセバスが何か答えようとしたが、その前に<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現する。中から出てきたのは、言うまでもなくモモンガだ。

 

「向こうで皆集まってますよ! ヘロヘロさんも早く来て下さい!」

 

「じゃ、じゃあ、セバスにソリュシャン。後は頼みましたよぉおおおお~っ!」

 

 拉致されるかのようにヘロヘロが暗黒環へと押し込まれていく。その姿が消えると暗黒環は消失したが、セバスとソリュシャンは暫くの間、傅いた状態で頭を垂れ続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いや~……円卓の間よね~。懐かしいな~」

 

 黒髪を肩で切り揃えた女性が、円卓の間にて席に着き、周囲を見回している。一見、金属鎧を身にまとった女戦士風だが、彼女こそがギルド『アインズ・ウール・ゴウン』四十一人が一人、ぶくぶく茶釜なのだ。その隣りで座る青年弓使い……ペロロンチーノも、久しぶりで見る円卓の間を懐かしそうに見回している。二人とも、今のところは人化した状態のままだ。この二人の様子を、対側で座るタブラ・スマラグディナに弐式炎雷、そして武人建御雷がホッコリした様子で眺めていた。ちなみに、元から設定された配席ではなく、茶釜達と既に合流していたギルメンとで別れて座っている。

 

「ヘロヘロさんのとこに行ったモモンガさん、まだ戻らねぇのか?」

 

 建御雷がボソリと呟くと、その場に居たギルメン全員が顔を見合わせた。そして、その視線が壁際で立つ、一人の女性に向かう。

 

「アルベド? モモンガさんから連絡とか来てない? <伝言(メッセージ)>とかでさ」

 

 代表して問うたのはタブラであったが、連絡は来ていないとアルベドは言う。(わたくし)が至らないために……と頭を下げるのだが、別にアルベドのせいではない。

 

「いや、謝らなくていいから」

 

 そう言ってアルベドを元の姿勢に戻させると、タブラは小さく溜息をついた。

 このように集結したギルメンらは、茶釜姉弟を含めてソワソワしだしているのだが、建御雷やタブラが気にしたようにモモンガが戻って来ないのが原因である。とはいえ戻りが遅いということではない。何故なら、ヘロヘロを迎えに行くと言ってモモンガは<転移門(ゲート)>を使用したわけだが、その際の暗黒環がまだ円卓の間に残っているのだ。

 つまり、モモンガが姿を消してから一分と経過していないのである。

 

(これはアレだ。宴会場には主賓が来ているのに、幹事役の人が遅れた出席者を迎えに行ってるとか、そういう状況だ)

 

 そう思ったタブラが一人苦笑していると、暗黒環から一人の青年が出てきた。黒い武道着姿……ヘロヘロだ。続いてモモンガも出てくる。人化しているモモンガは、その顔にホッとした気持ちがありありと表現されていた。

 

「皆さん、お待たせしました! これで現時点でのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが勢揃いです!」

 

 少しばかり芝居がかった物言い。しかし、それがギルメン達の気分を高揚させる。何故ならモモンガが喜んでいるのと同様に、自分達も喜んでいるし嬉しいのだ。

 

「いやあ、めでたい! 茶釜さんにペロロンさんも合流か~。建やんが合流してからだと、そう日が経ってないわけで、次のギルメンも早めに合流できそうですよね!」

 

 ヘロヘロと同様、こちらは班員らを帝都の安宿に残してきた弐式炎雷。彼が上機嫌で言うと、モモンガ達は皆が頷いた。

 

「では、ぶくぶく茶釜さんとペロロンさんから、何か一言……頂きましょうか!」

 

 そう言ったのはモモンガ……ではなく、タブラである。瞬間、ヘロヘロの、弐式の、そして建御雷の目に妖しい光が宿った。

 ギルメンの合流。すなわち、恒例の土下座タイムである。

 ユグドラシルの集合地において、弐式がノリで言ったことではあるが、今のところ、モモンガと合流を果たしたギルメンの全員が、モモンガに対して土下座謝罪を敢行している。タブラのように失敗する者も居たが、茶釜姉弟の場合は果たしてどうなるか……。

 

「一言……ねえ」

 

 皆から注目される中、まず茶釜が席を立った。そして……。

 

「モモンガさん。招集かかってたのに行けなくて、ごめんなさいね? 今度、時計にサービスボイスを追加で入れるから……それで何と言うか……許してね? てへ」

 

「はっ?」

 

 茶釜の立ったままでの謝罪に対し、一声発したのはモモンガではない。かすれるような声だったので誰の声だったのかも判別不可能だ。場の空気は軽く硬直状態に陥ったが、すかさずペロロンチーノも立ち上がる。

 

「俺もゴメンだよ、モモンガさん。どうしても外せない仕事があってさ……モモンガさんから連絡があったときには、もうキャンセルなんてできない状態で……。とにかく、ごめんなさい」

 

 姉の隣りに並んで頭を下げるペロロンチーノ。

 場の空気は硬度を増すこととなったが、いち早く復活したモモンガが咳払いをした。

 

「いえいえ、そうやって謝って頂いて、俺の方こそ恐縮しちゃいますよ。お二人とも、どうか気にしないで……。そう、気楽な感じでいきましょう。ね?」

 

 ペロロンチーノは勿論のこと、茶釜も普通にしているようで緊張していたのだろう。モモンガが気を遣いながら言うのを聞くと、目に見えて肩の力が抜けたようだ。そして、それを見たモモンガが朗らかに笑いながら言う。

 

「それにしても、茶釜さん達が土下座するかと思って緊張しましたよ。拘束系の課金アイテムを準備していたんですけど、いやあ使うことにならなくて良かった良かった」  

 

「え? 土下座? なにそれ?」

 

 腰を下ろした茶釜が不思議そうな顔をしている。その姉に身を寄せ、ペロロンチーノが耳打ちした。

 

「ほら、弐式さんが集合地で言ってたじゃん。モモンガさんの所に皆で押しかけてジャンピング土下座しようって……。アレじゃないの?」

 

「ああ~……」

 

 納得いったように頷いた茶釜は、テーブル上で両肘を置いて手指を組む。

 

「モモンガさん。そりゃあね、現実(リアル)で仕事の都合があったとは言え、ユグドラシルにモモンガさんを置いて行ったのは申し訳ないと思うの。それこそ土下座したいくらいにはね。でもね、私は思うわけよ。だからと言って、本当に土下座をしてね、それで自分の気は晴れるかもしれないけれど、モモンガさんに対して変な圧力がかかるんじゃないかって……」

 

 世の中には土下座が必要な場合、すべき場合も確かにあるだろうが、時と場所による。

 

「周囲にギルメンが居て、アルベドだっけ? 彼女も見てるってのに、私自身が言うのも何だけど……女性の土下座とか……モモンガさん的にも気まずいんじゃないの? そもそも土下座って、ノリでするものなの? 相手の気持ちを考えた上で、真剣に謝りたい人がすることじゃないわよね?」

 

「「「「ううっ!」」」」

 

 タブラにヘロヘロ、弐式に建御雷。四人のギルメンが胸を押さえて呻いた。

 

「その様子だとタブラさん達は……やっちゃったみたい? ……まさかとは思うけど、面白半分で土下座したりは……してないわよね? あの集合地のノリ自体は悪いものじゃなかったけど、本当にやるとなると話は別なんだけど~……」

 

 冗談めかして言ってる風で、しかし茶釜の目は笑っていない。隣で座るペロロンチーノが怯えているが、それはタブラ達とて同じだ。ちなみに、モモンガも怯えている。

 その後、ペロロンチーノの失態に対する程ではないが、ちょっと厳しめのお説教が茶釜によって展開され、ギルメン達(モモンガとペロロンチーノを除く)は大いに反省することとなるのだった。




 ピンクの肉棒にエロ鳥人、土下座せず!
 まあ、人数多くなると人それぞれということで……。
 今回、モモンガさんの出番が少ないです。モモンガファンの皆様申し訳ございません。
 茶釜姉弟の合流によって、他ギルメンの出番が圧迫を受けるため、ヘロヘロ班の描写を持ってきた結果によります。
 じゃあ、茶釜姉弟の合流を遅らせれば良かったか……と言うと……。
 SSのタイトルがアレですし、適度にギルメンを補充しないと私にアレでオバロな禁断症状が出ちゃうのです。
 最終回、近いかな……いや、まだブルプラさんとか、ぷにっと萌さんとか、何人か居るし~。
 大トリがヤギ&バッタペアになるかは、今のところ未定です。
 職業柄、弐式さんが発見する展開は多くなる予定。

 セバスがツアレを拾ってる現場にヘロヘロ達が合流する展開も考えたのですが、本文のような形になりました。


<誤字報告>
憲彦さん、ゲオザーグさん、佐藤東沙さん

ありがとうございました
あんな、あんな数の誤字が……うせやろ……
嘘だと言ってよ、ジョー!


余談ですが、自分は学生時代以降は「嘘だと言ってよ!バーニィ!」をよく耳にしましたが
子供の頃だと、偉人漫画本とかでシューレス・ジョーの逸話をよく見聞きした口なのです
あれ自体は、新聞記者のでっち上げ話らしいですけど


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第42話

「ま、こんなところかしらね」

 

 グッタリしたギルメン達を前に、ぶくぶく茶釜は溜息をつきながら肩の力を抜いた。説教されていたギルメンらは青息吐息ではあるが……。

 

「茶釜さん達は、いつ頃こっちの世界に来てたんです? 帝国でワーカーというのをやってたらしいですけど」

 

 一応、説教の対象とならなかったモモンガが、話題を変更するべく茶釜に話しかけた。もっとも、その意図だけでなく、茶釜姉弟が何をしていたかについては実際に興味がある。

 

(茶釜さん達に迷惑かけたような奴が居たら、ギュッという目に遭わさないといけないし……)

 

 人化しているのに発想が過激なのは、事がギルメンに関わることだからだ。

 一方、モモンガに聞かれた茶釜は、弟のペロロンチーノと顔を見合わせると、彼が頷いたのを確認してから話しだした。

 

「じゃあ……ユグドラシルの集合地に行こうとした……そのあたりから話してみようかしら。時系列的に他の人と違う感じだしね。ああ、そうだ」

 

 ふと思い出したように、茶釜はアルベドに目を向ける。それまでモモンガの後ろで立っていたアルベドだが、NPCの彼女には聞かせたくないような話もしなければいけない。

 

「込み入った話になるのよ。悪いけどアルベドは、少しの間だけ外に出ててね?」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドが一礼して退室すると、茶釜は当時のことを話しだしている。

 茶釜とペロロンチーノは、弐式が指定したユグドラシルでの集合地へ行こうとはしていたらしい。しかし、モモンガからの誘いに応じられなかったように、仕事の都合で身動きが取れなかったのだ。

 当日も、せめてメールで連絡しようとしていたのだが、モモンガどころか弐式にもメールが届かなかった。収録の合間にはペロロンチーノもメールをしたそうだが、これも駄目だったとのこと。

 

「俺も四十一人の中じゃ、仲の良かったギルメンに片っ端からメールしたんだけど、駄目だった。あ、でも、通じた人は居たかな?」

 

 ペロロンチーノが口を挟むが、モモンガ達が確認したところ、ペロロンチーノが言うメール等で連絡の通じたギルメンとは、ユグドラシル集合地に来なかった者達であるらしい。

 

「ふうん? 何か……ルール的なものの存在を感じますねぇ」

 

 そうタブラが呟くと、皆がタブラに注目するが、タブラ自身は「ああ、続けて続けて」と茶釜を促したので、語り役は再び茶釜に戻った。

 

「私と弟で現実(リアル)の記憶があるのは、ユグドラシル最終日から三日後まで……かしらね」

 

 ユグドラシル最終日を過ぎて一日たち、二日たち、そして三日目。茶釜達は、なおもギルメンらと連絡を取ろうとしていた。しかし、連絡がつくのは、後で解ったことだが、ユグドラシル集合地に行かなかった者ばかりだ。

 姉弟で、それぞれ帰宅してからは、ネットでユグドラシルに入ろうとも試みたものの、既にサービス終了後であり、ログインすら出来ていない。その後、とある事情でモモンガに連絡するべくメールを送信しようとしたところ……。

 

「その瞬間、例の集合地に居たわけよ。最初は驚いたわ~……何度試してもログイン出来なかったユグドラシルに入れたわけだし、アバターは人間のモノだけど、現実(リアル)での容姿に近い感じだし……。アイテム類は空っけつだったかな。キャラ作成時に指定できる最低限の衣類だけは着用してたっけ。ユグドラシルって、そのあたりの規制はキツかったものね」

 

 中でも最大の驚きは、居合わせたギルメンらの時間認識だ。誰も彼も、その場に居た全員が「今はユグドラシルの最終日だ」と言って譲らないのである。唯一の例外が、たっちみーとウルベルトで、この二人に関しては、ユグドラシル終了日の三日前からログインしていたらしい。

 

「もちろん、三日間ずっとじゃなくて、気がついたら居た……ってのが、私達と同じなんだけど……」

 

 謎は残るが、たっち達の話は一先ず置くとして茶釜姉弟の『その後』である。

 最も遅れてログインしてきたヘロヘロを発端とし、弐式が盛り上げ役となってナザリックに押しかけようとしたところまでは記憶にあるが、気がつくと姉弟で真っ昼間の荒野に放り出されていた。

 現実(リアル)からユグドラシルへ放り込まれ、今度は見知らぬ土地である。さすがにパニックになったが、気が落ち着いてきた頃に互いの顔や風体を確認したところ、ユグドラシル・アバターの姿であることを確認する。そこから連想して幾つか実験した結果、魔法や特殊技能(スキル)の類は使えたし、何より人間アバターと、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』時代のアバターの姿をチェンジできることも判明した。しかも一〇〇レベルである。

 

「それでまあ、ユグドラシルでの初心者時代を思い出して……異形種だからって狩られまくってた頃のアレね……基本的には人間の姿で居ることにしたわけ。でも、弟には鳥人(バードマン)になって空から周囲を探索して貰ってたんだけど……」

 

 ちなみに、魔法が使えるので<伝言(メッセージ)>を何度も試したらしいが、誰にも通じなかったと茶釜は言う。

 

「ちょっと待った。茶釜さん。今は、どうなんです? 俺に<伝言(メッセージ)>して貰えますか?」

 

 挙手しながら言う弐式に対して、「え? いいけど?」と茶釜が<伝言(メッセージ)>を発動したところ、これが難なく繋がった。

 

「え? ええ? 何で?」

 

 戸惑いを隠せない茶釜であるが、それは居合わせたモモンガ達や<伝言(メッセージ)>の試用を提案した弐式も同じだ。そんな中で、タブラが一声唸ってから口を開いている。

 

「思うんですけどね。こっちの世界に転移すると、ギルメンの誰かと接触しない限り……<伝言(メッセージ)>の接続ができないんじゃないでしょうか?」

 

 タブラの推察するところでは、一度引退したギルメンは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』との繋がりが切れている。これはユグドラシル・プレイヤーとしての登録が解除されていることのみを意味しない。

 

「もっと他の、深い何かがあると思うんですけど。取りあえず、ユグドラシルで引退した結果、こっちの世界でも繋がりが切れたまま……という可能性が考えられます」

 

「それで、一度接触するまでは、<伝言(メッセージ)>で連絡できないか……。俺も<伝言(メッセージ)>は試したけど繋がらなかったしな……」

 

 頷きながら言ったのは、茶釜達と同様にナザリック外部へ転移した建御雷だ。彼も死を撒く剣団の洞窟に居た頃、何度も<伝言(メッセージ)>を試したが、やはり駄目だったと言う。ちなみに弐式の場合は、転移直後にゴブリンの襲撃を受けてパニックになったことと、翌日にはモモンガ達と接触できたので、<伝言(メッセージ)>を試してはいない。

 だが、これら茶釜達や建御雷の事例を思うと、タブラの推察が真実味を帯びてくる。とはいえタブラは、「まだ二組……三人の事例があるだけですからね。確実だとは言えません。そういう可能性もある……とだけに留めておきましょう」と慎重な態度であった。

 さて、話は茶釜達の転移後の動向に戻る。

 空行くペロロンチーノであったが、すぐに街道らしきものを発見し、そのことを茶釜に伝えた。荒野を彷徨くよりはマシだと判断した茶釜は、ペロロンチーノを地上に戻し、街道へと移動を開始する。

 

「その後は、どちらに進むかって話になったんだけど、まあ土地勘が無いからね。もう一度、弟を飛ばして、街道の……後で解ったんだけど、帝都の方へ探索を進めたのね」

 

 その途中で発見したのが、帝都へ向けて街道移動中のフォーサイト……ではなく、グリンガム率いるワーカーチーム『ヘビーマッシャー』だった。人間のみのチームだったので茶釜達は警戒したが、考えてみれば、今の自分達は人化が可能となっている。どうして可能となったかは不明のままだが、これを利用しない手はない。

 そのままテクテクと街道を歩き、転移後世界の人間よりは身体能力が高いので、さほど時を置かずにグリンガム達に追いついている。

 

「弐式さんに聞いたんだけど。多人数で複数班編制の冒険者チーム『漆黒』だっけ? グリンガムのヘビーマッシャーも同じタイプでね、私達が出会ったのはグリンガム率いる主班のチームだったかな? 大仕事の後で八人編制だったけど、帝都まで同行してくれたわけ。色々話が聞けて勉強になったっけね~。あと、イイ人揃いだった」

 

 グリンガムらの方で勝手に『南方人』扱いして、茶釜達を特に怪しむでもなかったらしい。茶釜達の戦闘力には驚いていた様子だが、それでも右も左もわからない『おのぼりさん』に対して、親切に接してくれたのだとか。

 

「私が思うに、使えそうな相手だったら将来的に伝手やコネでも作っておきたい。そんな考えもあったんだと思うんだけど、助かったのは事実よね」

 

 その後は現地では有名な老ワーカー、パルパトラ・オグリオン率いるワーカーチーム、竜狩りに紹介して貰ったり、そのパルパトラからの口利きで、こちらも名が知れていたワーカーチームのフォーサイトに臨時加入したりもできた。

 

「パルパトラお爺ちゃんは、打算の度合いがグリンガム以上だったけど、私ら……新人に対する気配りなんかは高齢者相応の出来物だったわね~。フォーサイトを紹介してくれたぐらいだし」

 

 茶釜が言うには、良い人だと見せかけて適当なロクデナシチームに丸投げする可能性だってあったのだから、やはりパルパトラの配慮には感謝するべきとのことだ。

 

「フォーサイトは~。割と居心地良かったかな。仲間同士で和気藹々としてて、ユグドラシル時代を思い出しちゃったかも。で、そうやって何回か彼らにくっついて依頼をこなして……割と名が売れ出した頃……」

 

 街道でのモンスター討伐依頼を終えて、フォーサイトと共に帝都へ向かっている途中でモンスター集団の襲撃を受けたのである。その後は、弐式が助太刀するべく飛び込んできて……現在に到る。

 

「ま、こんなとこかな? 思うに、異世界転移してきたのは二週間程前なのかしら?」

 

 語り終えた茶釜は、冗談めかして肩をすくめてみせるが、今度はモモンガ達が現状を語る番となった。

 まず、ナザリック地下大墳墓が、丸ごとNPC達込みで転移して来ていること。

 その維持費を稼ぐため、数班に分かれて冒険者活動などをしているが、一部のNPCが世界征服事業に邁進していること。

 現時点でモモンガ班がエ・ランテル、ヘロヘロ班がリ・エスティーゼ王国王都、弐式班がバハルス帝国帝都に居ることなどだ。

 このように現状を説明したのは、既合流組の代表であるモモンガだったが、彼としては茶釜達に確認しておくべき事が一つある。

 

「茶釜さん達は、これからどうします? 現実(リアル)へ帰る方法を探しますか? 俺達は……こっちの世界に残るつもりなんですけど?」

 

 そう、モモンガ達は現実(リアル)に帰るつもりはない。しかし、茶釜とペロロンチーノはどうだろうか。程度の差こそあれど、現実(リアル)で行き詰まりを見せていたモモンガ達と違い、茶釜達は安定した職を有していたはず。以前に聞いた話では両親も健在とのことで、帰りたいのではないだろうか。

 しかし、茶釜姉弟から返ってきた答えは『帰る気は無い』だった。

 まず一点、モモンガらが気にしていた両親については、暫く前に他界していたらしい。ユグドラシルを引退することになった理由を茶釜達は「仕事が忙しくなったから」としていたが、あれは嘘で、実際は体調を崩した両親の介護が必要だったことによる。

 

「結局、その後で両親が亡くなって……。悲しかったけど……それでも生きてくためには仕事しなくちゃ……でしょ? ユグドラシルに復帰するのは、どの面下げて……って気があったし。で、舞台や声優の仕事を続けてたんだけど……出演してたアニメのスポンサーの……社長の馬鹿息子がね~……」

 

 いわゆる枕営業を茶釜に持ちかけてきたらしい。当然ながら茶釜は「冗談じゃない! ふざけんな!」と激昂。怒り心頭に発した状態で事務所に相談するも、これが頼りにならなかった。結局、スポンサーの力の方が強すぎて、茶釜は弟と共に職を追われるか、馬鹿息子の性玩具になるかのどちらかを選ぶ……そんなところにまで追い詰められていたと彼女は言う。

 

「手近な警察関係者と言ったら、たっちさんなんだけど。相変わらず連絡は取れないし……」

 

 警察。それ自体に通報するとして、警察沙汰にした後……しかも有力なスポンサーを敵に回したことで、自分達が解雇されるかも思うとそれもできない。にっちもさっちも行かなくなり、姉弟揃って精神的に追い込まれた状況下……最後の最後にモモンガに連絡を取ろうとしたところで、二人はこの世界に飛ばされたのだった。

 

「そんなわけでね~。私達、現実(リアル)に戻ったら、それはそれで詰み状態なわけ」

 

「だから、モモンガさん。それに皆さん! お願い! 俺達を、ここに置いてください!」

 

 ケッと吐き捨てるように言う茶釜に続き、ペロロンチーノが拝み倒す勢いで懇願する。

 このように事情を聞かされ、頼み込まれたモモンガ達であるが、聞かされた茶釜達の、あまりと言えばあまりな事情に言葉を無くしていた。

 

「思うんですけど、ここに来たギルメンって……たいがいヒドい状況ですよね~。現実(リアル)の方の話ですけど」

 

 重い溜息をつきながら、ヘロヘロが言う。

 ヘロヘロ自身、プログラマー業がブラック過ぎて体調を崩し、下手をすれば過労死が待っていた。

 タブラは家族を亡くし、職も無くし、将来に向けての希望が無くなったことで自殺寸前の有様。

 建御雷は両親から引き継いだ道場を閉めて、無職となることが確定していた。

 厳しい労働環境で何とか踏ん張っていたモモンガと弐式が、先の二人からすれば幾分マシと言える状態だったが、それは比較論であって、ヒドい状況だったことに違いはない。誰も彼もが碌な目に遭っていないのだ。

 以上のことを鑑みて視点を変えると、全員に共通しているのは、後顧の憂いがない……あるいは、現実(リアル)に未練がないという点であるが……。

 

「そこを偶然と考えて良いものか……ですねぇ。タブラさんは、どう思います?」

 

 モモンガから話を振られたタブラは、オールバックに纏めた頭髪に指を沈め、二度ほど掻いてから、質問者のモモンガに目を向ける。

 

「モモンガさんの懸念は、私も以前から感じてました。けれど、先の<伝言(メッセージ)>の件と同じで、事例が少ないです。なので偶然でないとは、まだ確定し難いですね。アインズ・ウール・ゴウンのギルメンは、最大でも四十一人。何人まで同じなら確定なのか? という問題もありますしね。今のところは、現実(リアル)に未練等が無い人ばかり転移して来ている……と言うだけに、しておきましょうか」

 

 一気に話し終えると、タブラは腰位置をズラして椅子の背もたれに寄りかかったが、その彼にモモンガが追加の質問を行う。

 

「設定好きのタブラさんとしてはどうです?」

 

「偶然なわけないですよ。こういうのに作為とか意図があってこそ萌えるんじゃないですか!」

 

 即答であった。

 社会人、あるいは組織人としてのタブラの見解は先のとおりだが、趣味人としては今の意見を押したいらしい。弐式などは「萌え……って……」と呆れ気味であったが、タブラの反応は実に彼らしいとギルメンの皆が思っている。

 

「偶然じゃないと仮定しておいた方が、いざって時に……驚きは少ないかもね~」

 

 苦笑交じりで茶釜が言うと、モモンガを筆頭に皆が頷いた。

 その後は、茶釜とペロロンチーノには、現役時代に使用していた部屋をそのまま使って貰うことが話し合われている。室内の物品については指一本触れていないとモモンガが説明したことで、茶釜姉弟が驚き恐縮、更には礼を述べるという一幕もあった。

 そして……。

 

「もはや恒例になりましたが、ギルメンの帰還報告の話です」

 

 モモンガが議題を切り出し、既に合流済みであったギルメンらが「んだんだ、それがあったね~」と頷いている。  

 合流したばかりの茶釜姉弟は一瞬何のことかわからない様子だったが、すぐに思い当たったらしい。なお、先に気づいたのは姉の茶釜で、弟のペロロンチーノは少し遅れて「あっ」と声に出している。

 

「モモンガさん。あたし、ちょっと持病の(しゃく)が……」

 

「それは大変です。上位の治癒ポーションを出しましょうか?」

 

「いえ、結構です……」

 

 逃げようとした茶釜であるが、すぐさま退路を塞がれたことで前言撤回した。そんな彼女を、建御雷が不思議そうに見つめて言う。

 

「茶釜さん、どうしたんだ? アウラやマーレに会いたくないのか?」

 

「建やんは解らんだろうけど、ユグドラシル時代にゲーム感覚で萌えブチ込んだキャラが、意思を持って動いてるんだぜ? そりゃあ恥ずかしいさ」

 

 弐式が説明したことで、少しは納得いったらしい。建御雷は頷いたが、すぐに口を開きなおしている。

 

「けどよ? 意思を持ってるからこそ、作った責任はあるし大事にすべきなんじゃないか? そもそも、誰かに言われて嫌々作ったもんでもないんだろ? それを会いたくないとか。やっぱり、俺にはわかんねーな」

 

「「「ぐぬぬ……」」」

 

 言い返せる要素が絶無であるため、茶釜姉弟は唸ったが、ここにモモンガも加わっている。彼には『生きて動く黒歴史』ことパンドラズ・アクターが居るからだ。少なくともモモンガには、自己作成のNPCに会いたがらない茶釜達の気持ちは理解できる。

 

(二人にはアウラ達やシャルティアにあって欲しいんだけど。パンドラのことを考えるとな~……)

 

 モモンガさんも、パンドラと会えよ。でもって優しくしてやれ。

 建御雷の発しそうな台詞が、彼の声で幻聴となって聞こえる。本人が目の前に居るのに、何とも不思議な感覚だ。

 

(パンドラか~……。恥ずかしいは恥ずかしいけど、軍服とか格好いいんだよ。オーバーアクションも……な~……ヘロヘロさん達には、もう見られてるし……ん~……。ちょくちょく会って慣れてみても……。……いいや、違うな……)

 

 顔を合わすだけなら転移後に何度か会っている。だが、じっくり腰を据え、二人きりで語り合ったことはなかったのではないか。しかし、今日……作成NPCに会うことの恥ずかしさを口にする茶釜姉弟を見ていると、その往生際の悪い姿が、どうにも自分に重なってしまう。

 そこへ来て、モモンガの背を押す建御雷の声……の幻聴だ。

 何人かのギルメンに、すでにパンドラを目撃されてるというのも大きい。

 モモンガは後でパンドラを呼んで、ちょっとだけ話してみるか……などと考えつつ、作成NPCのことを思ってオロオロしている茶釜姉弟に目を向けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あ~……回数も重ねたことで、何故(なにゆえ)、お前達が呼ばれたかについては察しがついていると思う」

 

 玉座の間。

 その最奥にある玉座で座したモモンガは、アルベドを左傍らに立たせ、左側には手前から弐式と建御雷、右側には、やはり手前からヘロヘロとタブラを配置して口を開いた。

 眼前には各階層守護者と、シャルティアの<転移門(ゲート)>によって連れ戻された、冒険者チーム漆黒の各班員らも集結している。皆、天まで昇りそうな高揚感に包まれており、それが少し離れた玉座のモモンガからもハッキリと確認できていた。

 

「何と言うか……。誰か戻るたびに招集して、すまないな」

 

「何を仰います!」

 

 悲鳴のような声を発したのはデミウルゴスだ。

 彼は、パンドラズアクター(一応、この場に呼ばれている)の如く、大きな身振り手振りで『至高の御方帰還』に対する思いを述べる。

 

「至高の御方が、お戻りになられた。この素晴らしき報に接し、我らナザリックの僕が集結するのは当然のことにございます!」

 

「そ、そうか?」

 

 他の者も同じなのか。そう思って視線を巡らせると、僕達は皆が同感だと言わんばかりに頷いていた。

 

「……そうなのか。うむ。では、発表するとしようか」

 

 精神的疲労を感じつつ、モモンガは司会を進行する。これにより喜びの度合いを増したのが、シャルティアであり、アウラとマーレであった。見れば、デミウルゴスの尻尾もヒクヒクと揺れている。その他、執事のセバスや、ユリやエントマにシズなどの戦闘メイド(プレアデス)らもソワソワしているのが見て取れる。いや、自身の創造主が未帰還である全ての僕が、期待に身を震わせているのだ。

 

(該当者を知ってるだけに、何だか申し訳ない気分だ……)

 

 シャルティアとアウラ達を見ながら、モモンガは帰還したギルメンの名を述べていく。

 

「今回合流し、ナザリックへの帰還を果たしたのは……ぶくぶく茶釜さんと、ペロロンチーノさんだ! では、どうぞ……」

 

 場が大きくざわめいたが、モモンガは淡々と茶釜達の登場を促した。姉弟との再会や合流、そして残留意思を確認できたのは嬉しいし、高揚感を感じるが、この『帰還の儀式』の司会を務めること数回目。さすがに慣れてきているのだ。

 

(でもギルメンが戻って来たことを喜ぶNPCらを見ていると、やっぱりこう……胸が熱くなるな。胸熱だ。いやホント、マジで……。……あ、やば……精神が沈静化しそう……。……ふう……)

 

 落ち着きを取り戻しているところに、左脇の方から(それまで弐式の特殊技能(スキル)とモモンガの魔法補助で姿を消していた)茶釜とペロロンチーノが進み出る。

 当然と言うべきか、双方共に異形種としての姿だ。また、霊廟から装備を取り寄せているので、姿も(茶釜はともかく)全盛期のものとなっている。

 その二人の姿を見て、立ち上がった者達が居た。

 シャルティアと、アウラにマーレだ。

 

「ペロロンチーノ様ぁ!」

 

「「ぶくぶく茶釜様!」」

 

 三人とも立ち上がりはしたが、そのまま動こうとはしない。跪いていたのが、許しを得ずに立ち上がったので、それがマズいと思っているようだ。縋るような視線がモモンガに向けられ……。

 

「かまわん。創造主の元へ行くが良い」

 

 と、モモンガが許可した瞬間。三人は、各々の創造主の元へと駆け出した。

 さて、一〇〇レベルNPCの突進となったわけだが、アウラとマーレのダブルタックルを、茶釜は真正面から受け止めている。ギルド随一のタンク役は伊達ではない。

 

「この子達をこうして抱き留められるなんて。そんなことが実際に出来るとわかってたら、もうちょっと……まともな自分用アバターを選択したのにね~」

 

 苦笑しつつ言う茶釜に「そんなことないです! ぶくぶく茶釜様は凄く綺麗です!」「ぼ、僕も、お姉ちゃんと同じように思ってます!」と涙ながらにエルフ姉弟が訴えている。

 実に良い光景だ。モモンガ達も感動のあまり、涙を禁じ得ない。

 一方で、ペロロンチーノは色々と酷いことになっている。

 まず、シャルティアのタックル。これをペロロンチーノは受けきることができなかった。

 金色の甲冑。その胸部にシャルティアが激突するや、後方へ吹き飛ばされたのである。弐式と建御雷が受け止めていなければ、ダメージを負っていたかもしれない。少なくとも、鎧下の胸部はズキズキと痛んでいる。

 

「あたたた。凄いタックルだな……」

 

「はうあ! ペロロンチーノ様! もうしわけございません!」

 

 背後から弐式達に支えられたペロロンチーノが後頭部を擦っていると、その胸に顔を埋めていたシャルティアがガバッと顔を上げ、縋りつくようにして謝罪する。

 

「だ、大丈夫だよ。特に問題は……。……」

 

「ぺ、ペロロンチーノ様?」

 

 途中で言葉を切ったペロロンチーノを、シャルティアが心配げに覗き込んだ。ペロロンチーノは、暫しシャルティアを見つめた後……感極まったように呟く。

 

「ホントだ。本当にシャルティアが動いて喋ってる……。これは……シャルティアと色んな事ができるんだろうか? していいのか!?」

 

「ああ! ペロロンチーノ様! シャルティアは、ペロロンチーノ様に全てを捧げられます! どうか、如何様にでもぉ!」

 

「シャルティアアアアアアア!」

 

 想像を遙かに超える美声、それで「如何様にでも」などと言われたペロロンチーノは、瞬時に理性が吹き飛び、愛すべきNPCを掻き抱くが……。

 

「ペロロンさん。そういうのは自室でやってくんねーかな?」

 

「建やんの言うとおりだよ。てか、早く退いて……」

 

「あ、すみません……」

 

 背後に居たギルメン二人に言われ、ペロロンチーノは立ち上がる。もっとも、シャルティアを抱きしめたままだ。ペロロンチーノとの体格差によって、彼女は人形かヌイグルミのように見える。

 こういった様子であり、茶釜もペロロンチーノも、NPCとの再会を果たしていた。そして、そんな二組を玉座からモモンガが見つめている。

 

(二人とも、会う前は散々恥ずかしいとか言っておいて……。他のみんなも普通にしてるし……。やっぱ、黒歴史なんて他人から見て、そんなに気にすることじゃないのか?)

 

 それでもオーバーアクションは恥ずかしいけどな……。

 そんな風に内心で付け足しながら、モモンガはある覚悟を決めていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの帰還報告式が終わって、小一時間後。

 せっかくナザリックに戻ったのだから、一晩くらい泊まっていっても良いのではないか。そうモモンガが提案したことにより、冒険者チーム漆黒の各班は、元の出張先には戻らず、各自がナザリック地下大墳墓での一夜を過ごしている。

 一例を挙げると、モモンガはパンドラズ・アクターを自室に呼んで話をするなどしていたが、武人建御雷と弐式炎雷の場合は、二人で酒盛りをしていた。場所は建御雷の私室。無論、弐式は人化しているが、彼に合わせるように建御雷も人化した状態である。

 

「建やん。建やん、聞いてるか?」

 

「ああ、聞いてるよ」

 

 二人は床の中央で胡座をかいており、その間には大皿に盛られた摘まみ類が置かれていた。NPCに関してはコキュートスもナーベラルも居らず、完全な二人きりだ。

 すっかりできあがった弐式が、黙々と飲んでいる建御雷に対して一方に話しかけている。

 

「建やんよぉ。だから、俺は言ってやったんだ」

 

「おう」

 

 建御雷が短く相槌を打つと、弐式は升に満たされた日本酒をあおる。

 

 ゴッゴッゴッ……。

 

「ぷはぁ! ルプスレギナとコキュートスにさぁ! ちょっとミスしたぐらいで一々死ぬとか言うなって! そんな軽々しく、お前らのことを見捨てたりするか! いい加減にしろってな!」

 

「……おう」

 

 建御雷は少し間を置いたが、やはり短く相槌を打った。弐式はと言うと、空になった升の中身を見つめるや、泣きそうな顔で口をへの字に曲げる。

 

「阿呆だな、俺。馬鹿だなぁ、俺。軽々しく見捨てるわけないとか、どの口から出てくるんだ。俺……前にナーベラルを見捨ててるんじゃん」

 

「……ああ、そうだな。俺もだ」

 

 建御雷は自分が持つ大杯を床に置いた。

 そう、弐式や建御雷は、かつてユグドラシルを引退するに当たって作成したNPCを見捨てている。だが、それは当時のユグドラシルが単なるゲームだったからだ。ナーベラルやコキュートスが、ゲームのキャラに過ぎなかったからだ。記念だと言って、キャラだけ持ち出すことも出来なかったからだ。

 そう、どうしようもない事情は確かにあったのである。

 しかし、こちらの世界に転移して来て、意思を持って動くNPCらと会い、彼らがユグドラシルを去った創造主らをどう見ていたか。それを知る機会を得て、弐式達は思い知らされた。

 

「至高の御方は、モモンガ様一人を残し、他の方は去って行かれた。あるいは、姿をお隠しになった……か」

 

 建御雷が呟き、それを聞いた弐式が肩を揺らす。

 

「な? そんな風に思われてたなんてさ……。俺達が何かこう……悪い事をしたみたいじゃん? なんだってんだ。……こっちの世界に来なけりゃ、こんな気持ちにならなくて済んだ……ああ、いや違う!」

 

 弐式は大皿の摘まみ、その中の乾き物を鷲掴みにすると口に放り込んだ。バリボリ音を立てて噛み砕き、酒で流し込む。

 

「ぶはっ! ナーベラル達を置いて出ていった話だ! そんな俺が偉そうに説教こいたんだぜ!? 見捨てるもんかーってさぁ? 恥ずかしくて顔から火が出そうだったわ! けどさぁ! けど……」

 

 それまでの勢いを無くし、弐式は肩を落とした。

 

「ああいう時にさ、他に何て言えば良かったんだ? モモンガさんは俺みたいに叱ったって言うけど、タブラさんなら? 茶釜さんなら? ヘロヘロさんやペロロンさんなら何て言ってた? ……建やんなら? だってさ、だってアイツら、すぐに死ぬとか言うし……」

 

 そこから先は、もう言葉にならない。肩を上下に揺すりだした弐式をジッと見つめ、建御雷は酒瓶を手に取る。そして異形種化すると、体格が拡大したことでリーチが伸びた腕を伸ばし、弐式の升に酒を注いだ。

 

「俺も同じように言ってたさ。恥知らずだと思うがな。そうさ、皆同じように言うだろうよ。何故なら、今のコキュートスらは俺達にとって本物だからだ。生きてるんだ。それを知った以上、ユグドラシルの時と同じように扱えるもんかい」

 

「建やん……」

 

 弐式が泣きはらした顔を上げ、建御雷は自分の大杯に酒を注いで一気に煽る。

 

「でもなあ、ユグドラシルの時にやってたことは取消にはできねぇ。だからさ、それを忘れないようにしながら、アイツらについて責任を取り続けるしかないんじゃないか?」

 

「責任……」

 

 それは創造主としての責任だ。

 ユグドラシル時代ならデータを削除して終わりだ。だが、今の建御雷達にそんなことは出来そうもない。出来るはずがない。ならば、NPC達を生み出した者としての責任は取り続けるべきだろう。

 

「連中の創造主様。(あるじ)、あるいは親としてな……。弐式の場合は、恋人や嫁さんでも良いのか? 俺のコキュートスなんかは……アイテム次第じゃ、女に変えて嫁さんにするのもありだな。ハッハッハッ」

 

 本気とも冗談ともつかない口調で言った建御雷は、最後に笑うと弐式を見直した。

 

「とは言えだ。そこら辺は各自のさじ加減だ。俺の勝手な言い分を、他の人に押しつける気はサラサラない。責任を取っても良いし、NPCを放り出して出ていってもいい。同じナザリックに居ながら、まるで相手にしないって選択肢もあるだろうよ。俺は……暫くダチか兄弟分、または弟子みたいな感じでコキュートスと付き合っていくつもりだ。もちろん、軽々しく死ぬなとか、見捨てたりはしねぇ! って言うつもりだぜ? みっともないのを承知でな。弐式……お前は、どうする?」

 

「俺?」

 

「そう、お前だ。お前は説教したんだろ? その上で、自分に説教する資格は無いって言って反省してる。だが、その先だ。いつまでもウジウジしたって始まらねぇ。お前は、どうしたいんだ。どうして行くつもりなんだ?」

 

 ……。

 数秒ほど、沈黙の時が二人の間を満たした。

 弐式は服の袖で目元を拭うと、親友たる武人建御雷……今は異形種化して、半魔巨人(ネフィリム)と化している彼の目を真っ向から見返す。

 

「ここで……このナザリックで、ナーベラルの創造主を続けるよ。格好悪いことも山程あると思うけど、でもナーベラルの創造主をやめたりしない。ずうっと一緒に居る……」

 

「なら、それでイイじゃないか。済んだことや過ぎたことは、酒でも飲んで忘れ……いや、紛らわしちまえ。そんでもって今晩寝たら、明日からはまたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』をやっていこう。な?」

 

 そう言って酒瓶を突き出してくる建御雷に対し、弐式は苦笑にも似た笑みを浮かべると、残っていた酒を飲み干してから升を差し出すのだった。

 




 事情あって休暇を取ったので、投稿が早いのだ。
 次は、いつもどおりに土日掲載ですかね。
 台風5~7号に囲まれてるので、職場事情では、どうなるか……ですけど。

 弐式&建御雷の酒盛りのくだりですが。
 ナーベラルへの説教を自慢げに語る弐式を、建御雷が叱り飛ばす展開にするかどうか悩みました。
 でも、それをすると弐式さんを下げる感じになるので、本文のような感じにしています。
 今回の酒盛りシーンは、結構前から考えてまして。感想で『お説教』について触れられたときは、このシーンに早く辿り着きたいな~……とウキウキしてた次第。
 そう言えば、そろそろレエブン候がナザリックに来ますね。遅れて報告の御訪問隊も来るでしょうし。イベントは、まだまだ多い感じです。
 どっちも来るのが遅い? そこはもう御都合主義的な時間合わせというアレです。


<誤字報告>
kubiwatukさん、冥﨑梓さん、リリマルさん、憲彦さん、佐藤東沙さん

毎度のことながら、ありがとうございます。
御指摘受けて確認に行きますとね、何でこんなの見落としたんだろうってのが散見してて。自分のオツムに絶望感を感じてしまうのです。
そんなわけで、今後ともよろしくお願いします~。


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第43話

 ナザリック地下大墳墓の第九階層。

 そこはロイヤルスイートと呼ばれ、荘厳と絢爛さを兼ね備えた……まさに理想の白亜。アインズ・ウール・ゴウンのギルメンらが、趣味と酔狂を注ぎ込んだ階層でもある。主にギルメンの私室、お馴染み円卓の間、執務室に客間が配置され、店舗施設や娯楽施設も数多く備わっていた。

 その中の一つ、スパリゾートナザリック。十七もの浴槽(九種類)を有する一大入浴施設で、大浴場に至っては十二エリアに分割されている。

 ナザリックに帰還を果たしたぶくぶく茶釜は、アウラとマーレを連れて混浴露天風呂へと繰り出していた。

 

「うっはーっ! ユグドラシル時代にも見に来たけど、転移した後だと何これ? 極楽って奴なの!?」

 

 胸から太ももまでを湯浴み着で覆った茶釜は、両手を高く掲げて感動に浸っている。その後ろでは、やはり湯浴み着を来たアウラと、二人の女性と同じように『胸と尻下』まで湯浴み着で覆ったマーレが居た。

 混浴露天風呂だから男のマーレが居ても良いのだが、それでも男性ギルメンから言わせるとマーレは『勇者』であり、相手が茶釜なだけに『大変な糞度胸』ということになる。もっとも、茶釜が「風呂に誘ったは良いが、マーレだけ男風呂に一人で入るのは可哀想」と彼を混浴露天風呂に誘い、マーレが喜んで受け入れただけなのだが……。

 

「身体を洗ってから入りましょーね~」

 

 引率のお姉さん風に茶釜が言うと、「はい! 茶釜様!」「わ、わかりましたぁ!」といった声が返ってくる。ユグドラシル時代に作成したNPCの双子。その二人が意思を持って動いており、基本的には命令に従ってくれるとあって、茶釜は興奮を抑えるのに苦労していた。

 

(やっべー。愚弟がロリ趣味なのが理解できてしまいそうで、なんてゆうか超怖いわ~……。ダメダメ、弟に毒されちゃ駄目! 女同士のアウラならまだしも……いや、駄目だけど。異性のマーレが相手だと、本当に洒落にならない。こういう時はアレよ! YESロリータ、NOタッチ!) 

 

 YESロリータ、NOタッチ。

 これは通常、少女に対して使われる言葉だが、今の状況では男児たるマーレにも適用して良いだろう……と茶釜は思う。ちなみに以前、ペロロンチーノが「ショタや男の娘には、また別の言い方や標語があるんじゃないの? YESショタとか」と指摘したが、「うっさい黙れ、愚弟! うちのマーレは少女枠なんですぅ!」と姉によって封殺されている。

 色々と歪んでいるが、少なくとも幼児に対して、いかがわしい行為に及ぶべきでないというのは、現実(リアル)における社会人……ぶくぶく茶釜の精神の根底にまで叩き込まれた『社会常識』であった。そのはずだった。

 しかし、しかしである。

 この転移後世界にあってはユグドラシル運営は存在しない。ちょっとエロいことを口走っただけで垢バンしてくる、無敵の邪神は居ないのだ。そして、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』ギルメンは、ナザリックNPCに対して絶対の発言力と強制力を持つ。対するNPC達は、何を言われても絶対に服従だ。

 つまり……茶釜はナザリックNPC、特に自身の制作したアウラとマーレに対し、何をしても良いのである。

 ……。

 

「とう!」

 

 ざっぱあ!

 

 考えている内に洗い場へと到着し、右にアウラ左にマーレを配置して座った茶釜は、かけ声一発、黄色基調のプラ洗面器で冷水をかぶった。キンキンに冷えた、やり過ぎ感溢れる冷水が、頭部から肩、背中や太ももに股間、そして臀部へと流れ落ち……茶釜の全身を震わせる。

 

「うひいいいっ! 冷たい! って、何で温度調節がマイナスまであるのよ! カランの口に氷柱(つらら)ができてるじゃない! いったい誰が、こんな……」

 

 スパリゾートナザリックの制作メンバーは誰だったか。そして、今居る露天風呂を主に手がけたのは……。

 

(ジャングル風呂なんかはブルー・プラネットさんがメイン。その他は他二人と共同。装飾ギミック担当は確か……)

 

 茶釜の脳裏にギルメン随一の鼻つまみ者が浮かぶ……が、敢えてそれを無視する。こっちの世界に転移してて欲しくないからだ。故に関係者の内で、叱りやすい人物が代わって浮上し……。 

 

「ブルー・プラネットさんか……。合流したら、この冷水を根で吸水させてやる……」

 

 肩まで伸ばした髪から水の雫をしたたらせ、茶釜は苦笑気味に笑った。

 実際にやるかはともかく、この場の苛立ちを誰かにぶつけなくては気が収まらないのである。と、そんな彼女をアウラとマーレが不思議そうに見上げており、視線に気づいた茶釜は慌てて笑みを浮かべた。

 

「ど、どうかした? 二人とも?」 

 

「い、いえ……その……ですね」

 

 歯切れの悪い言い方をしながらアウラが俯く。その茶褐色の耳は真っ赤に染まっていた。

 

「ぶくぶく茶釜様は、綺麗だなぁ……って」

 

「え? あ~……アウラみたいな美少女に言われると照れちゃうわ~。でも、本当にそうなの? と言うか、私、今はピンクの粘体じゃなくて人間の姿なんだけど?」

 

 問われたアウラは「ぶくぶく茶釜様は、お美しいんです!」と言って譲らない。視線を動かしてマーレに目で問うたところ、力強い頷きが返ってきた。

 

「私が、綺麗……美しい……ねぇ」

 

 茶釜は洗い場正面、個別に貼り付けられた鏡を見る。そこには、入浴着を身にまとった女性が映し出されていた。現実(リアル)で長年見慣れた顔……ではない。詳しく述べるとすれば、血色が良くなり健康さも増している。

 

「むう……。言われてみれば……」

 

 かつての生業としてギルメンらに知られていた声優業。ただし、声優という職業は、俳優業の一芸に過ぎず、茶釜は舞台やドラマにも出演していた。時にはオーディションに受かって、ヒロイン役を任されたこともあるぐらいだ。元々、容姿は優れていたのである。そこに健康美が加われば、美しさが増し増しだ。

 そして最も注目すべき点は……ほんの少し、いや数年近く若返っていること。

 

「一応、二十代……かな? 元々童顔だって言われてたから、そう大きく変わってない感じだけど。肌の張りとか艶が……。なんで私だけ……。モモンガさん達は、現実(リアル)のオフ会で会った時のままなのに……」

 

 聞けば人化が出来る出来ないと言った段階で、すでに個人差があるらしいし、この若返りも個人差だろうか。顔のあちこちをいじくり「あ、眉が手入れしないままで綺麗……。マジ?」などと呟いた茶釜は、「あとで、モモンガさんとタブラさんにでも相談するか」と言ってから、心配そうにしているアウラとマーレを見た。

 

「取り敢えず洗いっこしましょう! その後で、お風呂にドボンよ!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……結構、散らかってるね」

 

 ナザリック地下大墳墓の第二階層、屍蝋玄室。そこはユグドラシル時代にペロロンチーノが作り上げた、シャルティアの私室……その領域である。玉座の間での帰還式を終えた後、ここまで共に歩いてきたが、そのことがシャルティアにとって仇となった。

 普段、シャルティアが爛れた生活を送っているせいで、屍蝋玄室は、そこかしこが放置された物品等で散乱していたのだ。本来であれば、ペロロンチーノに見られても大丈夫なよう、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らを総動員して整理整頓、屋内清掃を行っていたはず。今回、それを急遽やったのだが、達成できなかった。理由としては、帰還式のあと、すぐにペロロンチーノがシャルティアを連れて屍蝋玄室へ行くと言い出したことによる。また、素直に「今散らかっていますので」とでも言えば良かったものを、プライドの高さからシャルティアが言い出せなかったのも大きい。

 そもそも、日頃から片付けておくとか、ギルメンが一人、また一人と帰還してきているのだから、ペロロンチーノが戻るまでの間に片付けておいても良かったのだ。それをしていなかったのは、シャルティアが「ペロロンチーノ様が御帰還あそばされたら、私は~……はふぅ……」などと、任務以外の時は夢想にふけって居たのが原因である。

 それだけ、自身の創造主が戻ってくると言うのは、NPC達にとっては重大事であるし、至上至福の出来事なのだ。とは言え、今回のシャルティアのような事例は珍しい部類だが……。

 

「ううう~っ……」

 

 スカートを掴んで涙目になるシャルティア。が、その彼女の頭にペロロンチーノがポンと手を置く。ちなみに今は異形種化したままなので、鳥人形態だ。

 

「俺も現実(リアル)じゃ部屋を散らかしてた口だし。ま、今からでも掃除すればいいんじゃないの? そんなわけで~……」

 

 ペロロンチーノは黄金仮面を装着した鳥頭を左右に向けると、壁際で控えている吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らに話しかけた。

 

「俺、シャルティアと九階層の自室に行ってるから。君たち、片付けとか掃除を頼めるかな?」

 

「「「「「「「承知しました! ペロロンチーノ様!」」」」」」」

 

 綺麗に揃った声と共に、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が一礼する。その中には、かつてタブラによって名を与えられた二名……髪の長いヘンリエッテと短髪のアネットも居た。二人は、武人建御雷の発見及び帰還にあたって功績があり、褒美として名を与えられたのである。それ以外に特別な待遇などは無かったものの、至高の御方によって名を与えられた一点をもって、同僚たる他の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らからは羨望の眼差しを向けられていた。

 何しろ、名を与えられたということは、ギルメンにとっては『名有りのキャラ』ということになり、必然的に覚えられ、たまに顔を合わせたときには名を呼ばれたりする。シャルティア関連で用があるときなどは、言付け役として使われたりもするし、名付け役となったタブラに至っては、たまに資料作成や必要書籍の取り寄せ等の手伝いをさせていた。

 それなりに重宝されていると言えるだろう。

 このあたりの事情はペロロンチーノも聞かされており、通り過ぎざまに「ヘンリエッテとアネットも頑張ってね!」と声をかけていく。当然ながら二人は「はい! ペロロンチーノ様!」と上擦った声で返事をし、他の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは声にこそ出さないものの、やはり羨ましそうな視線を二人に向けるのだった。

 さて、ペロロンチーノはシャルティアを連れて今度は自室に向かったわけだが、その間の会話で思い知ったことがある。

 それは、シャルティアのモモンガに対する思いだ。

 

(キャラ作成時の設定に、死体愛好癖(ネクロフィリア)なんて入れるんじゃなかったな~) 

 

 そう、シャルティアの性癖には死体愛好癖(ネクロフィリア)が設定されているのだ。転移後世界で自我を有して動くシャルティアにとって、そのことが何を意味するのか。

 

(やっぱり、モモンガさん……。シャルティアにとってドストライクじゃないか……)

 

 ユグドラシル時代は、「シャルティアがモモンガさんに惚れてしまう!」などと言って大騒ぎしたこともあるが、ここへ来て現実味を帯びてしまった。いや、現実となってしまった。

 理想の嫁にとって最も気を惹く人物は、自分でなくて友人。

 この事実は今、ペロロンチーノを大きく打ちのめしている。

 

「ねえ? シャルティア?」

 

「はい! ペロロンチーノ様!」 

 

 自室に入って数分間、ペロロンチーノはシャルティアが率先して用意した紅茶を飲みながら彼女と雑談に興じていたが、覚悟を決めて話を切り出した。

 創造主のペロロンチーノと、好みドストライクのモモンガ。

 果たしてシャルティアは、どちらを選ぶのだろうか……。

 

「シャルティアは……確か、死んだ人が好きだよな?」 

 

「はいでありんす!」

 

 即答したシャルティアは、大きく膨らんだ胸元に手を当て、頬を染めながら自身の性癖について語り出した。

 

「私は、死体が好きで好きでたまらないのでありんして。この気持ち、ペロロンチーノ様から頂いたものでありんすぇ!」

 

「……ぐっは~……」

 

 絞められる鶏のような声を出し、ペロロンチーノはテーブルの上に突っ伏す。

 今、ペロロンチーノの前には、一つの壁がそびえ立っているのだ。それは『爆撃の翼王』と称されるペロロンチーノであっても飛び越すことはできない、果てしなく高い壁だ。その壁の名を……モモンガという。

 

(モモンガさん……。よもや、こんな形で俺の前に立ちはだかるとは……)

 

 気分を出しているが、ユグドラシル時代に気づく機会があったのだから、そのときに設定を書き換えておけば良かったのである。転移後世界に居る今の状況を予期せよというのは酷に過ぎるが、それでも機会を不意にしたのはペロロンチーノの責任であろう。

 

(キャラの完成度を優先した結果が、これだよ!)

 

 この部屋で一人、それも椅子に座ってなければ……おそらくペロロンチーノは両手と両膝を床について、うなだれていたに違いない。

 だが、こよなくエロゲーを愛する男、ペロロンチーノ。自身が心血を注いで完成させたシャルティア・ブラッドフォールンが、幸せになるのなら……そのために彼女がモモンガに嫁ぐことがあったとしても本望なのだ。なぜなら、可愛い女の子にはハッピーエンドがあるべきなのだから。

 

(ついでにエロもあれば最高だよね~。シャルティアと骨でどうなるのかは、俺の想像力を超えるけど)

 

 ともあれ、気持ちにある程度の整理がついた今、ペロロンチーノには更に確認しなければならないことがあった。

 答えはわかっている。改めて聞くのは勇気のいる行為だ。聞いて精神的なダメージを受けるのも承知している。だが、シャルティアに聞かなければならない。

 ペロロンチーノは、創造主と差し向かいでお茶していることが嬉しいのか、ひたすら上機嫌なシャルティアに向けて口を開いた。

 

「と、時にシャルティア。君がお嫁さんに行くとしたら、誰が良いのかな?」

 

 言った、言ってしまった。

 全身を覆う羽毛が汗によって濡れていく感覚を覚えながら、ペロロンチーノは大いに後悔する。自分は馬鹿ではないだろうか。そこに有ると解っている地雷を踏み抜きに行くなんて……。

 

(なにが精神的ダメージも承知の上だ。理想のお嫁さんで、最高の女の子に、面と向かって聞くことか!? 今、俺、めっちゃ死にたいんですけどぉ! 色んな意味で! てゆうか、死ぬ!)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが一人、ペロロンチーノ。失恋に死す。だが、鳥人の心臓が停止しようとした……まさに刹那のところで、シャルティアの声が発せられ、ペロロンチーノを現世に留めた。

 

「ペロロンチーノ様?」

 

「はっ!?」

 

 我に返ったペロロンチーノが視線を真正面に向けると、ティーカップを皿に戻したシャルティアが不思議そうに小首を傾げている。 

 

「私がお嫁に行くとしたら、旦那様はペロロンチーノ様以外にありんせんでありんすが?」

 

 リーンゴーン。

 

 ペロロンチーノの心臓が、教会の鐘のような音を立てた。無論、彼の幻聴だが、それが聞こえてもおかしくないほど、今のペロロンチーノは幸福感で満たされていた。

 

「そ、そうなんだ!? う、うっはー! 嬉しいよ! ……でもさ? さっき聞いた話だと……」 

 

 シャルティアの好きなタイプは、死んだ人ではなかったか。ならば、ナザリック地下大墳墓における最高峰の死人と言えば、モモンガではないのか。

 そこを確認したところ、シャルティアは控えめなドヤ顔で胸を張る。

 

「ペロロンチーノ様。愛と性癖……もとい、憧れは別腹なのでありんす。モモンガ様は、私にとって、言わば憧れと萌えの星。スターなのでありんすから」

 

「お、おおう。スター……」

 

 シャルティアの言に圧倒されながら、ペロロンチーノはあることを思い出していた。現実(リアル)で居た頃、結婚しているにもかかわらず、妻がアイドルグループにはまる。そんな事例をニュースか何かで見聞きしたことがあった。握手会へ参加するために音楽データを買い、イベントには必ず参加。自室には、アイドルポスターが所狭しと貼られているのだ。それでいて、妻や母であることを疎かにはしないし、夫のことはキチンと愛している。

 それがシャルティアの言った、愛と憧れは別腹というものではないだろうか。

 

「な、なるほど……。別腹か……」

 

 概ね納得したペロロンチーノは、顎下……正確には嘴下の汗を拭う。もっとも黄金仮面を装着しているので、マスク越しの仕草になってしまうのだが……。

 

「……よし、この際だから、これも聞いちゃおう」

 

 心は既に落ち着いた。

 シャルティア・ブラッドフォールンは、ユグドラシル時代と変わらず、ペロロンチーノの嫁なのだ。そうなると心に余裕ができた分、好奇心が湧いてくる。

 過日、弐式炎雷によって呼ばれていたユグドラシルでの集合地。ペロロンチーノは姉と共に時空を超えて参集し、今に至るのだが……。

 

(もしもあのとき、あの場所に居なければ。……もし、俺がこっちの世界に転移していなかったら?)

 

 ペロロンチーノが居ない世界で、シャルティアはどのような選択をしただろうか。仮定の話であると強調した上で聞いてみたところ、シャルティアは「その場合は、モモンガ様の正妻の座を希望したと思いんす」と言った。今の状況からペロロンチーノの存在を差っ引いただけなら、男性ギルメンはモモンガの他にタブラやヘロヘロ、弐式や建御雷と揃っている。その中でもやはり、好みの真芯を貫く存在……モモンガが一番良いのだろう。

 

(……こっちの世界に転移してきて良かったな~……。……あ、でも、俺が来ていない状況なら、さっき考えたみたいに、シャルティアの相手がモモンガさんってのも悪くないか……)

 

 自分の理想の嫁で最高の女の子、シャルティア。自分が側に居られないとして、モモンガなら任せられる。なんとはなしに思ったペロロンチーノだったが、今ここにペロロンチーノは居る……存在する。それがすべてだ。だから、シャルティアがモモンガの嫁になることはあり得ない。

 

(いや~、心晴れ晴れだよ! 肩も軽くなったな~……)

 

 しかし、変な汗をかいたので、一風呂浴びたい気分である。

 すぐにスパリゾートナザリックのことを思い出したペロロンチーノは、シャルティアを風呂に誘った。勿論、目指すは混浴露天風呂だ。

 

現実(リアル)ならアウトだが、ここは転移後世界! しかも俺は創造主で、シャルティアは忠誠を誓う僕! なんら問題はないな!)

 

「お風呂でありんすか!? 喜んで、お伴いたしんす!」

 

 創造主の言葉にシャルティアが逆らうはずもなく、それどころか彼女的に望むところのバッチコイ提案だったため、ここに二人の完全なる同意がなされた。 

 そう、向かう先は、第九階層のスパリゾートナザリック。現在、ぶくぶく茶釜とアウラ及びマーレが入浴中の場所である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 暫くたって、ペロロンチーノは第九階層の通路で正座していた。

 シャルティアを連れて意気揚々とスパリゾートナザリックを目指したのだが、途中で風呂上がりの茶釜達と遭遇したのである。それだけなら、「各種店舗を見て回るんだ!」的に誤魔化すこともできただろうが、茶釜の「二人で何処行くの?」という質問に対し、シャルティアが「ペロロンチーノ様と混浴露天風呂に行く途中なのです。いえ、ありんす!」と正直に言ってしまった。

 

「ほぉ~う?」

 

 風呂上がりで上機嫌だった茶釜。その人化した額に青い筋が浮く。表情的には笑顔なのだが、目が据わっているので、ひたすら怖い。その彼女が、怯えるペロロンチーノに茶釜が正座を命じたことで、今の状況ができあがったというわけだ。

 正座する完全武装の鳥人、ペロロンチーノ。

 その前で腕組みしながら立つ浴衣美人、ぶくぶく茶釜。

 二人の後方では、それぞれの制作NPCらがオロオロしながら様子を見守っている。

 

「弟。お姉ちゃんはね、あんたは小さな女の子に……実際に手を出すようなことはしないと信じてたよ」

 

「過去形なの!? それに、まだ手を出してないし!」

 

 ペロロンチーノの言い分は正しい。手を出すとしたら、風呂場でのことになるため、通路移動中だった彼はシャルティアに手を出していないのだ。しかし、その言い訳は茶釜には通用しなかった。

 

「そんな屁理屈は通りません。さて……どうしたものかしらねぇ……」

 

 茶釜が、弟に対する折檻メニューについて考え出すが、ここでペロロンチーノの脳をあるアイデアが駆け抜ける。

 今、人化して浴衣を着た姉は、見るからに風呂上がりだ。よく見ればアウラとマーレも浴衣姿である。よもやマーレだけを男風呂に放り込み、女二人と男一人に分かれて……というのは考えにくい。そして先程、茶釜がシャルティアに向けた質問。そこから導き出される起死回生の策とは……。

 

「ま、マーレ? 聞きたいんだけどさ? さっきまで何してたの?」

 

「え? ぼ、僕……僕は、ぶくぶく茶釜様と、お風呂に入ってました……。一緒に……」

 

「あっ……」 

 

 掠れるような声を発したのは他ならぬ茶釜だ。

 弟のペロロンチーノが、少女のシャルティアを伴って混浴露天風呂へ行くことを咎め立てした彼女であったが、ついさっきまで、茶釜自身が少年のマーレと混浴風呂で居たのだ。

 これで弟に対して偉そうな物言いができるだろうか。

 

「姉ちゃん。……俺とシャルティアが一緒に風呂入(ふろはい)ることについて、とやかく言えるの?」

 

「で、でも! 私達は普通にお風呂入ってただけよ!? ね、ねえ! マーレ!?」

 

 創造主、ぶくぶく茶釜からの支援要請。彼女に創造された僕として、マーレは(まなじり)を決し、恐れ多いながらペロロンチーノに向けて訴える。

 

「は、はい! ふ、普通に洗いっこしただけですから!」 

 

「洗いっこ!? 姉ちゃんとマーレが!?」

 

「どひぃ!? それ言っちゃうかな~っ!?」

 

 予想していたとは言え、驚きを隠せないペロロンチーノ。そして、掌を顔に当てて天井を仰ぐ茶釜。

 形勢は逆転した。

 ペロロンチーノとシャルティアは、何も言えなくなった茶釜を振り切り、混浴露天風呂へ直行。薄い本が出せそうなぐらいの熱々入浴プレイへ……至れなかったのである。

 なぜなら、通路のど真ん中で騒いでるところへ、別の一団が通りかかったからだ。

 

「お? 何だ、ペロロンさんも風呂か? 俺は弐式と一緒なんだが、一緒に行くか?」

 

 人化して着流し姿の武人建御雷が話しかけてくる。手提げ籠を持っており、中には徳利が詰め込まれているようだ。そして、その背後から、いつもと変わらず忍者服姿の弐式炎雷が顔を出す。

 

「いや~、さっきまで建やんの部屋で飲んでたんだけどさ。寝る前に、風呂行って飲もうぜってことになって~」

 

「で、途中で俺達が合流したんですよ……って、何してるんですか? 茶釜さんにペロロンチーノさん。また、ペロロンチーノさんが何かしたとか?」

 

 弐式の言い終わりにつないで発言したのは、人化したモモンガである。簡易なローブ姿だが、その隣には軍服着用のパンドラズ・アクターが居て、ビシリと敬礼をしていた。敬礼した際に、モモンガの表情がひくつく。しかし、それは一瞬のことだったので誰にも気づかれていない。

 さて、ペロロンチーノを正座させた状態の茶釜だったが、弟が何かしたのか……と聞かれて、すぐに返答ができていない。当然だ。まだ何もしていないのだから。

 

(これからシャルティアを風呂に連れ込もうってところだったんだけど! 私がマーレと混浴しちゃった後だから、それを言うわけにも……)

 

 万事休す。このまま弟は、現実(リアル)ではアウトな相手(シャルティア)を連れて、混浴露天風呂に行ってしまうのだろうか。少なくとも茶釜は、マーレやアウラに対して洗いっこ以上のことをしていないが、弟はやる。やるはずだ。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 唸る茶釜。対して、ペロロンチーノは全身から力を抜いた。これで、当初の目的どおり、シャルティアと混浴を楽しめる。そんなことを考えているのだろう。

 だが、そうはならない。

 

「よっしゃ! 丁度いいや! ペロロンさんも、俺達と一緒に風呂へ行こーぜ?」

 

 ズカズカと歩み寄った建御雷が、ペロロンチーノの腕を取って引っ張り上げたのだ。

 

「へ? え? 一緒って、あの……シャルティアは?」

 

「男風呂に女の子を連れ込めるわけねーだろ? 何のために女風呂があると思ってんだ?」

 

 会話しつつ建御雷は移動開始したので、必然的にペロロンチーノはシャルティアから遠ざかっていく。

 

「まあ、シャルティアと風呂入りたいなら、自室のバスユニットでして欲しいですよね~」

 

 そう言うのはモモンガであり、何が起こっていたのかは察したようだが、ペロロンチーノの肩を持つ気は無いらしい。

 

「いってらっしゃ~い! シャルティアは私が預かっておくから~っ!」 

 

 ブンブン手を振った茶釜は、呆然と立ち尽くしているシャルティアに話しかけた。

 

「邪魔して悪かったけど。ここはまあ……次の機会にして……。どう? 私達とお風呂に入らない? 湯冷めした感じだから、また入り直したいしぃ~」

 

「ぶ、ぶくぶく茶釜様とでありんすか!?」

 

 鼓膜を揺さぶる魅惑の誘いに、シャルティアは瞳を輝かせる。もちろん、ペロロンチーノとの混浴が無くなったのは残念だが、目の前の相手は創造主の姉だ。しかも美人。男女どちらでもOKなシャルティアとしては、これは願ってもないチャンスと言える。そもそも創造主の姉とは言っても、ぶくぶく茶釜は言わば『余所様の至高の御方』なのだ。それだけにペロロンチーノよりは、甘えるにあたってのハードルが高い。が、向こうから誘ってくれるなら、ついて行くことに文句を言う者は居ないのである。現に、アウラやマーレは少しムッとしていたが、口に出して反対はしていない。

 

(ペロロンチーノ様とは、今晩寝室で……)

 

 初めてを奪って貰えば良い。

 そう判断したシャルティアは、アンデッドであるにも関わらず、太陽のような笑みで茶釜の誘いに応じるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ううう……。シャルティアとの混浴が~……」 

 

 人化して、肩まで湯につかったペロロンチーノが泣いている。その左傍らで湯に浸かる弐式は、こちらも人化した状態で御猪口の日本酒を干していた。

 

「やろうと思えば、いつの夜にだってやれるんだから。今日は巡り合わせが悪かっただけだよ~。ほれ、ペロロンさんも、グイッとやろう! あ、お酒の話ね」

 

 言いつつ湯に浮いた盆から徳利を取った弐式は、酒を注いだ御猪口を差し出す。それをジトッと睨んだペロロンチーノであるが、引ったくるようにして手に取り、顔を上に向けて一気にあおった。

 

「ぷはぁ! ……お酒、美味いっすね……。食うもの飲むもの、みんな美味いし。転移してきて良かったな~。……弐式さん、弐式さんはナーベラルとはどうなんです? もうしちゃいました?」

 

「ペロロンさん。もっと声は小さめで……。今、サーチしたら混浴露天風呂の方に茶釜さんとアウラにマーレ、シャルティアも居るみたいだし。そういう話を女性陣に聞かれたくないんだよ~」

 

 困り顔で言う弐式であったが、自分がした報告内容で一つ引っかかる部分があった。

 

「って、茶釜さん……マーレと一緒に入ってるのか……。普段、女装させてるからって……」

 

「でしょ? でしょ? 姉ちゃんが、それやってるのに! 俺だってシャルティアと一緒に混浴したかった~……。……って、今行けば一緒に入れるんじゃん!」

 

 名案だ! とばかりにペロロンチーノが立ち上がるが、右傍らで手酌飲みしている建御雷から、氷のように冷たい声が飛ぶ。

 

「今行ったら茶釜さんも居るぞ? その歳で、実の姉と裸の付き合いか? ん?」

 

「うぐっ……」

 

 どぽん。

 

 ペロロンチーノは力無く湯に沈んだ。

 

「ぶくぶくぶく。ううう……。歳、歳、歳~。歳は甲子に在りて、天下大吉~」

 

「なんで黄巾賊のスローガンなんだよ?」

 

 冷静に突っ込む建御雷に、「昔、三国志系の女体化エロゲーがあったんですよ~」とペロロンチーノが答えている。早くも酒が回っているようだ。どうやらペロロンチーノは酒に弱いらしい。弐式はと言うと、こちらも手酌飲みを続け、ペロロンチーノのエロゲ話題に関わるまいと横を向いている。

 

「あのゲーム、素晴らしい出来で、ヒロインも超ツボだったんですけど! 例によって声をあててるのが姉ちゃんで~~~っ!」

 

「聞いてねーよ、ペロロンさん……」

 

「俺も、ナーベラルを風呂に誘ってみるかなぁ……。自室なら……」

 

 実に騒がしい。そして、このように騒いでいる建御雷らから、少し離れたところで……モモンガとパンドラズ・アクターが湯に浸かっていた。

 

「ふう~。やはり人化しての入浴は最高だな」

 

「本当に、疲れが落ちますね~」

 

 はふうと顎下までを湯に沈めたモモンガに、パンドラが応じる。茶釜姉弟の帰還報告式の後、モモンガがパンドラを風呂に誘ったのだ。これに喜んだパンドラが承知したことで今に至る。

 

(パンドラと肩を並べて風呂に入るとか、ユグドラシル時代は想像すらしなかったよな~)

 

 先程、通路で茶釜姉弟に会ったときにパンドラが敬礼をした。彼のオーバーアクションについては、その一挙手一投足に至るまでが、モモンガにとって羞恥の象徴。そのはずだったのだが、どういうわけか少しイラッときた程度で済んでいる。

 モモンガが思うに、どうもここ最近、パンドラに対する苦手意識が薄れている気がするのだ。やはり、すでに幾人かのギルメンに見られたからだろうか。

 ギルメン達は、パンドラのオーバーアクションを見て面白がりはするが、馬鹿にしたりはしない。

 

(後は、パンドラを格好良く思って貰えれば……。……ま、いいか。パンドラの格好良さは、俺だけが解っていたら、それで充分だよな。いや、格好いいとは思って欲しいけど!)

 

 でも、ドイツ語だけは止めさせよう。

 そう心に決めたモモンガは、いつか将来の外出で、パンドラに何をさせようかと考えつつ目を閉じるのだった。

 




 お風呂回なのだ。
 何度か触れてますが、早くレエブン候とか法国の一団をナザリックに到着させたいんですけど。こういうのを書かずには居られないんですよね~。
 次回ぐらいで、到着するのかな?
 転移門(ゲート)を使える人が多いと、行ったり戻ったりが頻繁に行えるので、何処でキャラ出してもおかしくないのは助かってます。

<誤字報告>

トマス二世さん、佐藤東沙さん、フウヨウハイさん、憲彦さん、kubiwatukiさん

ありがとうございました。

セリフに関してはテンポや口調を優先するので、多少文法がおかしいところは、そのままにしておくことがあります。


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第44話

 一晩明けて、各自で朝食をとったギルメン達は、異形種化した状態で円卓の間に再集結していた。

 今回はアルベドにデミウルゴス、パンドラズ・アクターを主軸とし、他は各階層守護者らも円卓の間に入れている。各NPCは創造主が帰還している場合は、その後ろで、そうでない者は創造主の席の後ろで立っていた。なお、アルベドのみは、タブラからの勧めによって、モモンガの後ろで立っている。つまりは、パンドラズ・アクターと並んで立っているのだ。

 

「え、え~……昨日は、茶釜さんとペロロンチーノさんが帰還したことで、それ一色でして。他のことは、あまり話せませんでした」

 

 背後から感じる、妙な闘争の気配。それを感じながら、モモンガは司会を務めている。

 この朝、皆を集めたのは、先日は話せなかった現状報告や、今後の予定について話し合うためだ。多少は重複することがあっても再確認ができるので、かまわないだろうと判断している。

 まず、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』としての活動方針。

 これはナザリック地下大墳墓の維持費を安定供給するべく、支配域を増やしていくのが主軸である。異世界転移後のモモンガ達は、ノリで世界征服などと言ったが、デミウルゴスが大真面目に対応し、精力的に活動していた。

 

「直近で聞いた話では、王国の支配がほぼ完了しているとのことで……レエブン侯なる者が、ナザリックに来るのだったか?」

 

 モモンガが視線を動かす。そこはギルメンのウルベルト・アレイン・オードルの席であるが、その後ろにデミウルゴスが立っていた。

 

「はい、モモンガ様。早ければ三日後、この地に訪れる予定です。……正確には、カルネ村を経由し、ナザリック出張所から転移してくることになるでしょう」

 

 ナザリック出張所とは、当初は空き家を借りて戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファを常駐させていたものだ。現在では、カルネ村から少し離れたトブの大森林にグリーンシークレットハウスを設置し、そこでユリを常駐させている。

 

「……確か、森のグリーンシークレットハウスには、スレイン法国の陽光聖典隊員が居るのではなかったか?」

 

「はい。現在、交代及び連絡のため、隊員の入れ替え中でして。滞在しているのは二名です」

 

 デミウルゴスからは、レエブン侯に数日遅れる形で法国からも訪問団が来る……との追加報告がされている。

 つまり、王国と法国から、それぞれ偉い人がやってくるのだ。

 前にも聞いて胃を痛めたことだが、モモンガとしては、自分には荷が重すぎるという意識が強い。タブラが同席してくれるそうなので、そこが救いではあるのだが……。

 

「そう言えば、タブラさんはクレマンティーヌやロンデスから、この世界の情報を聞き取りしてるんでしたか?」

 

「ええ、クレマンティーヌが居てくれて助かります。彼女、法国の最強特殊部隊の一員だったそうですから、知ってることが多いんですよね~。あと、一般常識的な話だと、ロンデスが居るのも大きいかな。彼、クレマンティーヌが語り漏らしたところを補完してくれますし……」

 

「ほほう……」

 

 タブラに二人を預けていたが、なかなかの成果が出ているようだ。モモンガは感心したが、タブラに任せていた件については、もう一つある。

 

「タブラさん。巻物(スクロール)の素材についても調べて貰ってましたが、どうです? 良いのが見つかりました?」

 

「それなんですけどね~」

 

 途端にタブラの語りが鈍くなる。いったい、どうしたのだろうか。普段であれば、聞きもしない余談を交えて喋り倒すというのに……。モモンガや他のギルメン達は顔を見合わせたが、やがてタブラが報告を再開した。

 

「いえ、実はですね。アウラ達の協力を得て、トブの大森林に棲息するモンスターの皮などを試していたんですが……」

 

 どうも巻物(スクロール)素材としては良くないらしい。良くて第一位階の魔法を封入できるかどうかなのだ。もっと時間を掛けて素材を集めれば、もう一つか二つ、封入位階が上昇するのではないか。そうタブラは睨んでいたのだが、ここで新たな展開が訪れる。

 

「デミウルゴスが、使ってみてはどうか……ということで、持ち込んだ革がありまして。それを使った上で、私が個人所有する巻物製作アイテムを併用すると、現時点で第三位階の魔法を封入できたんです」

 

「ほう! それは素晴らしい!」

 

 モモンガは、骸骨の顔では表現できないだろうな~……と思いつつ、顔をほころばせた。

 この転移後世界は、魔法の位階が貧弱だ。人類最強と呼ばれる魔法詠唱者(マジックキャスター)でも第六位階まで、様々な高級資材や大人数を動員して、やっと第七位階が使用できると言ったところか。

 そんな世界だからこそ、第三位階の巻物などは高く売れるだろう。研究が進めば封入出来る位階も上昇するかもしれないし、革の調達が容易になれば量産も期待できる。実に夢の多い話だ。

 必然、モモンガの興味はデミウルゴスが供出したという革に向かう。

 

「それで? デミウルゴスが持ってきたという革。それは何の皮なんです?」

 

「人間の皮」

 

 極短く、何の感情も含ませずにタブラが言うと、円卓の間は静まりかえった。その状態は数秒程続いたが、司会のモモンガが咳払いしつつ確認を行う。

 

「に、人間の皮……ですか。いや、異形種化してて良かったです。人間に同族意識とかないですからね。とは言え……どうやって調達した革なんですかね?」

 

 この質問にタブラは答えず、デミウルゴスに解説役を投げた。あまり話したくないらしい。

 

「ナザリック周辺の街道は常に監視下にあります。通行人狙いで潜んでいた野盗を捕獲しまして、皮を採取した次第にございます」

 

 一礼し、胸に手を当てて説明するデミウルゴスは、実に嬉しそうだ。最後に「皮を採取するための専用施設などがあれば、もっと効率は良くなるのですが」などと言うものだから、壁際で戦闘メイド(プレアデス)と共に立つセバスからの視線が、実にキツいものとなっている。

 さて、現状、最も効率の良い巻物(スクロール)の素材が人間の皮だと判明したわけだが、これをどうすべきか……モモンガ達は悩んだ。

 

「俺としては……」

 

 モモンガは率先して思うところを述べる。会議の場が固まったのだから、そこを動かすのは司会の役目だからだ。

 

「人間の皮であっても、皮は皮。そう思います。それが素材として良好であるのなら、積極的に使っていくべきでしょう」

 

 その瞬間、デミウルゴスの尾の先がヒョコリと持ち上がる。どうやら、自分が持ち込んだ人間の革について、モモンガが肯定的なのが嬉しかったらしい。しかし、そのデミウルゴスの歓喜も、続くモモンガの言葉を聞くことで沈下する。 

 

「とは言え、問題は会話可能な生物の皮という点です。対応を誤れば、後から来るであろうギルメンの心証が悪いものとなるでしょう。怒るのは、たっちさんや……やまいこさんでしょうが……。というより、これ……無差別採取なんかしたら、ウルベルトさんも怒りますよね?」 

 

 伺い気味にモモンガが言うと、ギルメン達は皆が頷いた。中でも建御雷が挙手し、モモンガの許可を得てから発言している。

 

「モモンガさんの言うとおりだ。ウルベルトさんは悪に拘ってたが、猟奇殺人は好みじゃない。あの人のは何て言うか、事を正すにあたってルールに拘らない。後悔しない……後悔しない方向で自分を通すとか、そういうのだしな」

 

 この意見に関しても、ギルメン達は頷くことで同意した。モモンガも同意しているが、視界の端で大きくしょげているデミウルゴスが気の毒でならない。

 

(創造主の意に反しそうな事をしてたわけだからな~。まあ、大事に到る前……と言うか、ウルベルトさんが来る前で良かったじゃないか)

 

 その後、タブラから一つの案が提示される。

 現状、巻物(スクロール)素材として、最も効率良い素材が人間の皮なのだから、それを安定供給できるようにするべきだ。それも、ギルメンら……特に、たっち・みーなどが納得する方向で……。

 

「その辺に配慮しつつ、新鮮な死体か、死体にしていい人間を調達すればいいんですよ」

 

「そんな方法があるんですか? タブラさん?」

 

 テーブル上で身を乗り出すようにしているペロロンチーノに、タブラは頷いて見せる。そして、ウルベルトの席の後ろで肩を落としているデミウルゴスに声をかけた。

 

「デミウルゴス。君は王国の支配を進めているそうだが?」

 

「は、はい。そのとおりでございます……タブラ様」

 

「じゃあ、死刑確定した罪人……死刑囚だね。これを引き取ることは可能だろうか? 法的に譲渡するとまではいかなくて良いんだ。例えば……王都や都市から人目に付かない程度に離れて、街道外で解放する。あるいは捨てると言った具合にだ……」

 

「なるほど……」

 

 デミウルゴスは、タブラが言いたいことを読み取ったらしい。モモンガとしても、死刑囚の身体から採取できるのなら、たっち・みーらも、それほど難色は示さないだろうとは思う。気になるのは、この程度の案が知恵者であるデミウルゴスに思いつけなかったこと。

 

(考えてみたら、人間に対して乱暴狼藉を働く……について、デミウルゴスは配慮とかしそうにないよな……)

 

 元より考えもしないのだから、思いつけなくて当然というわけだ。しかし、気づいた以上、デミウルゴスは理解が早い。

 

「街道外に放置された死刑囚を、我らが回収し、皮の採取を行うわけですね!」

 

「そのとおり。ただ、さっきから私達が言っているように、後から来るギルメンに対する配慮は必要だ。死刑囚を厚く遇する必要はないが、非道に過ぎる扱いは、これも無しとしよう」

 

 この後、必要なアイテムをデミウルゴスに貸し出しし、捕獲した死刑囚に関しては石化処置を施す。その後は、必要に応じ解呪して皮を採取すること。採取するにあたっては可能な限り苦痛を排することとした。第五階層の氷河で氷漬けにして保管する案も出たが、いちいち解凍するのはコスト的に問題があるとして却下されている。

 

「肝心の、死刑囚を街道外に放置する件については……大丈夫なのかな?」

 

「勿論です、タブラ様。死刑囚を、死刑執行後に墓地へ埋葬する事については、元より人間の間で批判的意見がありまして。そこを利用しようかと……」

 

 要するに、モンスターに捕食させて始末させようという発想だ。それはそれで、えげつないが、捨てたモノを拾うのだからナザリック側の手が汚れるわけではない。モモンガとしては「そうか?」と思う部分もあるが、他に代案を思い浮かべられないので、敢えて発言することはなかった。

 

「そんなところだねぇ。それで、たっちさん達が難色を示すようなら、他の手を考えようじゃないか」 

 

 そうタブラが言い、モモンガや他のギルメンらが頷いたことで方針は決定される。街道外で捨てられる死刑囚を回収し、第三位階魔法に耐えられる巻物(スクロール)を量産するのだ。皮に余裕があれば、より上位の魔法封入を試みる実験も行う。それら詳細についても話し合われると、次は冒険者チーム漆黒としての各班長達が、現状報告を行うこととなった。

 まず、モモンガ班だが、勧誘に成功したカジットは一先ずタブラに預け、巻物(スクロール)開発の助手とする。彼の母親の蘇生については、カジットの覚悟が決まったところで実験の一環として行う予定だ。エ・ランテル共同墓地にはカジットの弟子数名が残留しているが、彼らについては現地でカジットの配下を続けさせることにした。

 

「あれ? エ・ランテルの共同墓地で、カジットの一団を始末して功績や名声の足しにする作戦。あれは、どうなったんです?」

 

 挙手しつつ聞いてくる弐式に、モモンガは一瞬苦笑したが、そのまま説明を続けた。

 せっかく悪そうなことを企んでくれていたのだから、利用しない手はない。元からのカジットの計画に手を加え、墓地内でアンデッドを大量発生させるのだ。 

 

「それを漆黒のメンバーで駆除して、名声を稼ぐんですよ、勿論、墓地から外へは出さないように命令しますけど」

 

 得意げに語るモモンガに、今度はヘロヘロが「でも、何だかマッチポンプですよね~」と指摘する。勿論、これはマッチポンプだ。だが、マッチポンプの何が悪いのか。墓地内でアンデッドが発生するのは日常茶飯事で、外壁や門で封鎖されているし、冒険者が巡回したりもする。そこに普段より多くのアンデッドが出現し、モモンガ達が倒すだけなのである。

 

「なぁに、バレなきゃ良いんですよ。アンデッドの中には、普段どおり発生したアンデッドも混じってるんですから、冒険者による駆除活動には違いありません」

 

 シレッと言い放つモモンガであったが、この件については考慮すべき点があった。冒険者チーム漆黒の、誰をアンデッド討伐に向かわせるかである。

 現状、王国のエ・ランテルで滞在している……という事になっている漆黒メンバーは、モモン(モモンガ)ブリジット(アルベド)の二名だ。弐式班はバハルス帝国の帝都、ヘイグ(ヘロヘロ)班は、王国の王都で居ることになっている。<転移門(ゲート)>を使えば全班集結は可能だが、世間的には妙な目で見られることだろう。

 

「俺とタブラさんが冒険者登録ってのをして、増員しようか?」

 

 そう建御雷が言うと、タブラも頷いたが、モモンガとしては思い出したことがあった。建御雷とタブラの二人は、トブの大森林でリザードマンの集落を見に行くと言っていたのではないだろうか。あの件は、どうなったのだろうか。

 

(さっきの報告では話してなかったようだけど……)

 

 一応、モモンガが確認すると、タブラ達は顔を見合わせてから気まずそうにモモンガをチラ見する。

 

「すまねぇ、モモンガさん。忘れてたわ」

 

巻物(スクロール)の開発に研究。……あと、映画鑑賞がね~……」

 

 それぞれ、頭を掻いたり下げたりしているが、タブラに関しては趣味に時間を割いたのも大きいらしい。いや、完全に忘れていた建御雷も大いに問題なのだが。

 そもそも、モモンガ達が今手がけているのは、それぞれ思いつきや相談の結果による行動なので、厳密には勤務や職務ではない。よって、特に気合いを入れて取り組むという意識がギルメンにないのだ。

 しかし、締めるところは締めた方が良いのかもしれない。

 

(ナザリックの各所に、ギルメンや階層守護者の行動予定を書く掲示板……とか設置した方が良いのか? それも書き込みデータが連動して同じ表示が出るやつ)

 

 パソコンで言う共有フォルダに、社員の予定表を書くための……表計算ソフトで作ったカレンダーファイルを置くようなものだ。各ギルメンはアルベドないし、彼女の代理を務める者に予定ができた都度報告し、予定掲示板へ記載させるのである。

 これなら、誰が何をしているか把握できるし、自分自身の予定忘れも減ることだろう。

 しかし、タブラと建御雷が自分の行動予定を忘れていたと聞いた、まさにその場で提案するのもどうなのか。

 

「と言った感じで……どうでしょう?」

 

 モモンガが、怖ず怖ずと提案したところ……ギルメン達は皆が掲示板設置に同意している。

堅苦しいのは御免だが、掲示板なんかは有れば便利。そういった感覚らしい。

 なお、エ・ランテルでのアンデッド大量発生事件……もといナザリック主催イベントについて、参加するのはモモンガ班だけとなった。それで良いのか……と、モモンガはギルメンらに念押ししたのだが、デート中なんだから二人で頑張ってきて……との反応だった。言われたモモンガは言葉に詰まったが、後ろで立つアルベドは頬をほんのり赤く染めて俯いてしまう。その彼女の隣に居るパンドラズ・アクターは、満足気に何度も頷いているが、こちらに関してモモンガは……。

 

(こんにゃろう……)

 

 と思っていた。しかし、ここ最近では、パンドラズ・アクターにも可愛げを感じてきたところなので、「まあ、いいか……」とも思っている。

 ギルメンらが居る中で一緒に風呂にも入ったし、それなりに恥ずかしい感覚も薄れた……はずだ。ならば、そのうち一緒に外へ出てもいいだろう。モモンガも製作NPCを持つ身なのだから、誰かに見せびらかしたい気持ちはあるのだ。

 

(ドッペルゲンガーなんだから、自力で人間に偽装させて……。コスチュームを色違いか、もう少し弄って……。そうだ、大昔のドイツ軍歩兵っぽくしてみてはどうだろう? マシンガンとか、あと何だっけ? パン、パンツァー・ファウスト? そういうのを持たせて、柄付きの手榴弾とか投げさせるんだよ! さ、最高すぎる! 銃火器なんかは魔法アイテムです……とか言い張っちゃえ!)

 

 妄想がはかどるが、今は会議中。他の議題や報告を済まさなければならない。

 モモンガ班の次は、ヘロヘロ班だ。ヘロヘロ班は現在、リ・エスティーゼ王国の王都に到着して間もないが、店舗を確保したりと事前の予定は、順調に進捗しているようだ。とは言え、問題は発生したようで……。

 ギルメン席に座ったヘロヘロが、触腕風に粘体の一部を伸ばし、頭頂部を掻くような仕草をする。

 

「地理把握のために行動していたセバスが、現地で女の人を拾ってきまして……。ツアレという名前だそうですが……」

 

 瞬間、壁際で立つセバスには、円卓の間に居た全員の視線が集中した。

 NPC達の視線に込められた感情は、ほとんどが同じである。

 

「お前、ヘロヘロ様に迷惑かけたのか!?」

 

 というもので、最初の一瞬は驚愕が、その次には殺意が込められていた。

 一方で、モモンガを始めとしたギルメン達の表情は明るい。

 

「いや~、<伝言(メッセージ)>で聞いてましたけど。セバスもやるものですね」

 

「ペロロンさん……。セバスは怪我人を保護しただけでしょ? でも、たっちさんがやりそうな事で、ほっこりしますよね~」

 

 ペロロンチーノと弐式が騒いでいるが、その他はモモンガを始めとして、特にセバスを責める声が挙がらない。居合わせたNPC達は、この様子にも驚いているようだ。

 

「ね、ねえ? マーレ? ヘロヘロ様も、弐式炎雷様も、怒っていないみたい?」

 

「う、うん……。そう……見えるけど?」

 

 戸惑いがNPCの間で広がっていく。続けてセバスが、ツアレを拾った結果、現地のヤクザ組織と揉めたことについて報告すると、またもやNPC達に殺気が宿るが、やはりモモンガ達は怒る気配を見せなかった。

 

「そのゼロって人が、問題のヤクザ組織の幹部だったとか……。なんとまあ、イベントが繋がってる感じで……。ヘロヘロさん、楽しそうじゃねーか」

 

「建御雷さんの言うとおりだわ。私も、また外に出てみた~い!」

 

 建御雷が羨ましそうに言い、それに同調した茶釜が、ぬるびちゃあ! っと身を震わせる。このことで建御雷背後のコキュートスと、茶釜背後のアウラにマーレが三人で顔を見合わせ戸惑っているのだが、建御雷達は気づいていない。

 

「それで~、モモンガさん。俺的にはセバスの拾った女の人をですね……ああ、今はカルネ村出張所の客間で寝かせてるんですけど。彼女をナザリックで引き取れたらな~……って思うんですよ~」

 

 このヘロヘロの申し出に、ほんの一瞬だが円卓の間がざわめいた。「え?」や「本当でありんすか!?」といった声は、主にNPC達から挙がったが、提案を受けたモモンガはその骸骨顔をククッと傾ける。

 

「ん~……すでに、クレマンティーヌにロンデス。ブレインにカジット。現地の人間を何人か雇ってますが、彼らは現地人の中でも有能な部類です。そのツアレという女性は、何かこう……特技とかが有るんですか? 俺としては、引き取るにあたってメリットとか有ればなぁ……と思うんですけど?」

 

 引き取るための条件を付けつつ、モモンガは更に「困ってるから手助けする……は良いとして。その都度拾ってきたら、ナザリックが現地人で溢れてしまいますよ。ロンデスとかを雇った俺が言うことじゃないかもですけど……」と付け加える。

 難色を示すモモンガであったが、カルネ村に住まわせればいいんじゃないかと思っているので、そこまでツアレに対して否定的ではない。ヘロヘロが何か言ってくれて、その辺で落としどころになるかどうか探っているのだ。

 

「特技……ですか。特殊技能(スキル)じゃなくて何か……ありましたっけ? セバス?」

 

「はっ! 恐れながら……」

 

 一礼したセバスは、とある空席を一瞥する。そこは、未だ帰還を果たしていない彼の創造主、たっち・みーの席だ。

 

(たっち・みー様……)

 

 王都の路地裏で捨てられたツアレ……彼女の口から『助けて』という言葉を聞いたあの時。彼女を守るために取った行動は、たっち・みーの行動理念『困った人を助けるのは当たり前』から逸脱したものではないとセバスは考える。

 モモンガが言うとおり、手助けするだけならともかく、連れ帰ってしまったのは問題だろうが……ならばこそ、軽々に見捨てる気はセバスにはなかった。幸いなことにヘロヘロはツアレに対して同情的だし、モモンガも、そこまで強く反対しているわけではない。

 

「ツアレから聞きますに、彼女は家庭料理が得意なようでして。ナザリックの食堂にバリエーションが加わるやも……と考えた次第にございます」

 

 ナザリックに対するメリットとしては弱いかもしれない。しかし、話の流れから察するに、何かしらメリットを挙げればモモンガは納得するような雰囲気だ。これで、上手くいく……話がまとまる。そう、円卓の間に居る多くの者が思った、その時……。

 一つの手が挙げられた。

 それは、たっち・みーと同じく空席となっている、ウルベルト・アレイン・オードルの席……その後ろで立つデミウルゴスの手だ。

 

「セバス……栄えあるナザリックの食堂で、家庭料理とは……如何なものかと。そう、私は思うんですけどねぇ」

 

「デミウルゴス様。今、私に質問をされているのはモモンガ様でして、私は、それに答えたに過ぎません」

 

 家庭料理は如何なものかと聞かれ、モモンガに聞かれたので返事したまでだ……と返すセバス。いつになく攻撃的であり、デミウルゴスの笑みが一瞬ひくつくが、そのデミウルゴスは「私だって、モモンガ様に発言を許可されているのだよ」と反撃した。

 そう、発言の許可は下りている。

 挙げられたデミウルゴスの手と彼の視線に対し、モモンガが思わず頷いてしまったのだ。

 

(ううっ……)

 

 始まってしまった口論に、かつての記憶が甦る。

 セバス達の創造主、たっち・みーとウルベルトも、こうして些細なことで口論をしていたものだ。当時は胃の痛い思いをさせられたが……。

 

(……って、あれ?)

 

 こうして思い出す分には、中々に懐かしく感じてしまう。見ればギルメン達も「たっちさん達を思い出すよね? 姉ちゃん」や「あれで、クエストへの出発が遅れたことがあるのよね~」といった様子で、良いものを見せられている気分になっているようだ。 

 

(フフッ。やはり、NPCはギルメン達の子供ということか……。……俺のパンドラもな……)

 

 肩越しにチラリと振り返ったモモンガは、軽く肩をすくめ、咳払いによってセバス達の口論を止める。

 

「お前達、いい加減にしろ。ともかく、そのツアレという女を連れて来い。今は、カルネ村だったか? ペロロンチーノさん? シャルティアに<転移門(ゲート)>で連れてきて貰っても?」

 

 ペロロンチーノに、シャルティアを使って良いかと確認したところ、「全然、オッケーっす!」と快諾を得られた。セバスにも確認したところ、「すでにソリュシャンによって、一切合切が治癒されたとの報告が上がっておりますれば。ここに呼んでも差し支えないかと……」とツアレ自身の状態についても問題がないとのことだ。モモンガは頷き、シャルティアに目を向けたが……その前に、人化して挙手している茶釜に目が止まる。

 

「茶釜さん?」

 

「人間の女の人を呼びに行くんでしょ? 私が一緒に行くわよ。怖がらせちゃいけないし……。それに、モモンガさん達も人化しておいて。異形種の姿だと、卒倒しちゃうかもしれないから」

 

 正論だ。

 ギルメン間から同調する声が挙がり、モモンガも茶釜の意見に同意したので、この場に居るギルメンらは一斉に人化を行った。

 

「じゃあ、行ってくるわね~」

 

 シャルティアによって構築された<転移門(ゲート)>の暗黒環に茶釜が消えると、モモンガ達は肩の力を抜いて語り合う。

 

「俺、スルトとか倒しに行こうって揉めてたときのことを思い出しましたよ」

 

「モモンガさんもですか? 俺は、エロ系の女性型モンスターを狩りに行きたいとか言って、姉ちゃんに叱られましたっけね~」

 

 ペロロンチーノが<転移門(ゲート)>の暗黒環を見つめながら言う。叱られた記憶ではあるのだが、それでも何処か懐かしそうだ。

 茶釜が戻るまでの間、皆でワイワイと、たっち・みーとウルベルトについて語り合う。それを聞くNPC……例えば、アウラやマーレなどは『至高の御方』の話題に目を輝かせていた。一方で、話題のギルメンの製作NPCであるセバスとデミウルゴスは、それぞれの創造主の話題を喜びと共に聞き入り、同時に二人が喧嘩していたエピソードについて、何となく気まずさを感じている。

 そんな中で、暗黒環から茶釜が戻って来た。今の茶釜は重装の女戦士風だが、その彼女に手を引かれて出てきた金髪の女性……ツアレは、その身体をメイド服に包んでいる。

 

「ヘロヘロさん?」

 

「俺は着せてませんよ? 基本的にセバスやソリュシャンに任せてましたしね」

 

 問うモモンガに対し、武道家姿のヘロヘロは顔前でパタパタと手の平を振った。代わって答えたのは茶釜だ。

 

「ちょっとした寝間着を着てるだけだったしね。何か着せられる物を……って探したんだけど、運び込んであった荷物からメイド服を見つけたのよ。そんなわけで、ヘロヘロさん? 一着拝借したから」

 

「かまいませんよ~。元々、従業員用に用意した物ですしね~」

 

 気前よく返事をするヘロヘロだが、その彼には「あんた、武器防具店の従業員にメイド服を着せる気だったのか!?」というギルメンの視線が突き刺さる。少なくとも、現地人を雇い入れるにしても女性限定のつもりでいたのは明白で、これにはさすがのペロロンチーノも引いている。

 

「くっ。ヘロヘロさんに一歩先を行かれた感じだ~……」

 

 訂正しなければならない。引いていたのではなく羨ましがっていたのだ。

 さて、円卓の間に連れ込まれた人間女性、ツアレであるが、席に着いている人物らはともかくとして、壁際で立つ者の中の……コキュートスを見て大いに怯えている。一見して人間でないと見てとれる者は、他にアルベドやパンドラズ・アクターなどが居た。だが、コキュートスの見た目の方が、ツアレにとってはインパクトが強かったらしい。

 

「あっ……」

 

 漏れ出た声、それは武人建御雷のものだ。自分達が人化することに気が向いていて、つい背後のコキュートスのことを忘れていたのである。これはモモンガ達も同様で、一瞬、言葉を無くしたが……そこに茶釜の容赦ない言葉が降りかかった。

 

「あんた達、何やってんの?」

 

「ぐっ……」

 

 反論の余地がなくモモンガ達は押し黙ったが、そんな彼らを無視して茶釜はツアレに向き直った。

 

「怖がらせて、ごめんなさいね~。まあアレよ、置物だと思って気にしないで……」

 

「は、はい……」

 

 まだ少し怯えている様子であったが、茶釜に手を引かれて彼女の席の近くへ移動していく。その間、コキュートスの「置物……」という呟きがあり、これを聞いた茶釜は「後で謝っておかなくちゃ……」と内心舌を出していた。

 そうして、茶釜の席の後ろでアウラとマーレ……茶釜の右肩側なので、アウラの隣にツアレが立ったのだが、モモンガが何か言う前に弐式が身を乗り出す。

 

「あれ? この女の人、何処かで見たような気がしますけど?」

 

「え? 何よ、弐式さん? 同じ部屋にナーベラルが居るってのにナンパ?」

 

「違ぇって! 人聞き悪いですよ、茶釜さん! 本当に見たことが……って、ああ、そうか! モモンガさん!」

 

「はい?」

 

 突然、名を呼ばれたモモンガは間の抜けた声を出したが、続く弐式の言葉を聞いて少なからず驚くことになる。

 

「漆黒の剣のニニャちゃんに似てるんですよ! ひょっとしたら話に聞いてた、お姉さんじゃないですか!?」

 

「え? ええええ!? そうなんですか!?」

 

 思わず席を立ったモモンガであるが精神の安定化が……人化しているために発生しない。ドキつく胸を異形種化することで解消したかったが、さすがに一人だけ異形の姿をさらすのもどうかと思ったので、モモンガは根性で耐えている。   

 

「み、見間違いとか?」

 

「俺の忍者特殊技能(スキル)……と言うか、探索特殊技能(スキル)を舐めて貰っちゃあ困ります。一度見た人物の顔は、脳内データベースに入ってますから。今、頭の中で見比べてるんですけど、そっくりですよ! 顔立ちが!」

 

 力説する弐式に、「マジですか……」と返したモモンガは、改めてツアレの顔を見た。初対面の女性の顔を覗き込むのはどうかと思ったし、茶釜に叱られるかと思ったが、茶釜は茶釜で、一連の会話から事情を読み取ったのか何も言わない。

 

(言われてみると、目の感じとか似てるのか……)

 

 ならば、ここは漆黒の剣のニニャに連絡を取って、姉の発見を告げるべきだろう。いや、確証は無いので、姉らしき人を発見したと告げるべきだ。

 

「やれやれ……」

 

 モモンガは一息吐いてから頭を掻く。

 妙なところで思わぬ縁が繋がったものだ。しかし、生死不明の身内が無事だとしたら、これはめでたい事なのだろう。

 自分のことを慕ってくれている少女魔法詠唱者(マジックキャスター)。その喜ぶ姿が脳裏に浮かび、モモンガは「悪くない気分だな」と呟くのだった。




17日の月曜に仕事上のイベント目白押しで試練が多いので
土日で気合いを入れて書いたのだ。
無事に切り抜けられますように……。

<捏造ポイント>
弐式は探索特殊技能(スキル)で人の顔を覚えられる。

<誤字報告>
冥﨑梓さん、佐藤東沙さん、憲彦さん、化蛇さん

いつもありがとうございます~。


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第45話

 さて、話はツアレのことに戻る。

 モモンガはツアレに対し、妹が冒険者として活動していること。その主な目的は、姉を探すことにあると伝えた。ツアレは大いに驚いていたが、妹が元気だと知れたのが嬉しかったらしい。セバスによって支えられながらではあるが、俯き涙している。

 中々に良い展開だ。ツアレがセバスに懐いてるような気もするが、それを気のせいだとして、モモンガは次の思考に移った。

 次なる行動は……ニニャに連絡を取るべきだろう。

 ツアレを発見したのは、ヘロヘロ班のセバスだが、ツアレの妹と思われるニニャと面識があるのは、モモンガと弐式炎雷、それにルプスレギナである。ニニャへの連絡は、班長のモモンガが行うのが筋だ。

 

「じゃあ、俺が<伝言(メッセージ)>で連絡を取りますね。今は午前中だし、もう起きてると思うんだけど……」

 

 言いつつ<伝言(メッセージ)>を発動すると、すぐにニニャとつながった。

 

『え? モモンさん、ですか? これ、<伝言(メッセージ)>ですよね?』

 

 聞こえる声は警戒の色を帯びている。転移後世界では過去の事例から<伝言(メッセージ)>は信用されないのだが、ニニャも例外ではないらしい。

 

「ああ、すまないね。知らせておくべきと言うか、相談しておくべきことがあったもので……。少しの間、構わないかな?」 

 

『え? ええ、構いませんが……』

 

 聞けば今のニニャは、依頼を受けてエ・ランテル冒険者組合を出ようとしたところだったらしい。モモンガからの<伝言(メッセージ)>受信を受けたことで、組合を出てすぐ……入口の脇に立ち止まっているとのことだ。

 

「では、手短に話した方がいいな。以前、カルネ村から一緒に戻る途中、君から聞かされたことで……」

 

『ぶはっ!?』

 

 ニニャが吹き出すのが盛大に聞こえ、モモンガはビクリと身を揺らす。

 

「ど、どうした!?」

 

『いえ、その……僕が、モモンさんのことを好きだ……って言った、あの話でしょうか?』

 

 他のメンバーに気を遣っているのだろうか、ニニャの声が小さくなった。だが、<伝言(メッセージ)>相手のモモンガにはハッキリと聞こえている。

 

 ぶほっ!

 

 先程のニニャと同様、モモンガも吹き出した。モモンガには、ニニャが吹き出した際の漆黒の剣メンバーの様子はわからなかったが、自分が吹き出す分には周囲のギルメンの様子が見て取れる。各々、席に座ったままでモモンガの様子を窺っているようだ。

 

(ニニャの声が俺にしか聞こえなくて良かった。本当に良かった……)

 

 つい先日までなら弐式とヘロヘロが騒いだろうが、今はエロゲーマスター(ペロロンチーノ)が合流している。一人増えただけなのに、十割増しのお祭り騒ぎになるのは確定だ。

 

(ふう……)

 

 モモンガは気を取り直すと、ニニャの告白関連の話題には極力触れないようにしつつ<伝言(メッセージ)>を続けた。

 

「いや、その話ではなくてな。君のお姉さんの話だ」

 

『ね、姉さんの!? ど、どういうことですか!?』

 

 ニニャの声が裏返っている。

 無理もない。カルネ村からの帰り、彼……彼女から昔、貴族によって連れて行かれた姉のことをモモンガは聞かされていた。ニニャ自身、魔法習得に要する経験が通常の半分で済むというタレント(生まれ持った特殊能力)を活用し、魔法詠唱者(マジックキャスター)となって……冒険者業の傍ら、姉を探していたそうなのだが……。

 その姉に関しての情報だ。ニニャが食いつかないはずがない。

 

「結論から言うと、君のお姉さんらしき女性を保護した。経緯を話して良いかな?」

 

『お、お願いします!』

 

 鼻息の荒いニニャの声に頷きながら、モモンガは説明を開始した。

 

「まず、私の冒険者チーム『漆黒』は、多人数の変動編制だ。私はエ・ランテルを拠点にしているが、王国王都にも別で一チーム居てね。そこの班員らが、偶然に保護した女性が居て、顔立ちが君に良く似ているんだよ。名前はツアレ……と言うらしいが……」

 

『姉さんの名は、ツアレニーニャです!』

 

「むう!?」

 

 慌ててセバスに確認すると、彼に促されたツアレが「ほ、本名は……ツアレニーニャ・ベイロンで……す」と述べた。どうやらツアレは、偽名を名乗っていたらしい。そもそも、カルネ村の帰りでニニャから話を聞いたときは、姉の名について確認していなかった。日を改めて、相談に乗るつもりだったのが裏目に出たようだ。これは迂闊だったと、モモンガは反省する。

 

(そもそも人捜しの話なのに、名前を教えてくれなかったニニャが……。いや、冒険者チームは、他チームと協力することはあっても馴れ合いをすることはないと聞く。一度組んだだけの『漆黒』に、遠慮ないし警戒したのか……)

 

 なんにせよ、現にツアレ……ツアレニーニャは発見されているのだ。それで良しとしよう。そう考えたモモンガは、ニニャに向け今後の方針について相談した。

 

「君の姉さんは、ナザ……ごほん、カルネ村で預かっているが、どうするね? 引き取りに来られるかな?」

 

 本当はナザリック地下大墳墓の一室に居るのだが、あまり名前を出したくないので咄嗟に嘘をつく。

 

(後で、カルネ村の出張所にツアレを移動させておくか……。あのグリーンシークレットハウス、大活躍だな……)

 

 しかし、有用なアイテムを設置したままというのは良くない。あちこち出歩く身としては、是非とも持ち歩きたい逸品なのだ。

 

(今度、グリーンシークレットハウスを引き上げて、代わりに一軒家でも建てるか……)

 

 そんなことを考えるモモンガの耳に、チームメンバーと相談していたらしいニニャの声が聞こえてきた。

 

『今の依頼を片付けたら、すぐに向かいます! エ・ランテル近くでの野盗討伐なので、数日で終わると思います!』

 

 すぐに駆けつけるかと思いきや、今受けている仕事を完遂してからのことにするらしい。聞けば、ニニャは一人ででもカルネ村に向かおうとしたようなのだが、ペテル達が止めたとのこと。チームリーダーのペテルは、依頼をキャンセルしてチームでカルネ村に向かうことを提案するも、今度はニニャがペテルを止めた。

 

『僕一人の事情で、チームが受けた依頼をキャンセルするなんて……絶対に駄目ですから!』

 

 幸いにも、先にニニャが述べたとおり、数日内で完遂できそうな依頼だったため、依頼遂行を優先したとのことだ。

 

『姉さんは……無事なんですよね?』

 

「うむ。元気にしているぞ?」

 

 発見したときは無事どころではなく、死ぬ一歩手前だったのだが、それを今言ってニニャを心配させることはない。モモンガは「カルネ村近くの森に、私のチームの拠点がある。そこで預かっているから、慌てずに訪ねて来なさい」と伝えた。それで<伝言(メッセージ)>は終わったが、魔法効果が途切れる直前、ニニャが何度も礼を言っていたのがモモンガには印象的だった。

 

「漆黒の剣のニニャには、ツアレはカルネ村の出張所で預かっていると説明した。ツアレの健康状態にも依るが……そこで立っているなら大丈夫だろう。その他、問題がなければ今日明日中で彼女を出張所へ移すように。出張所には、そこに居るユリ・アルファが配置中だが……。ヘロヘロさん。セバスを少し借りて良いですか?」

 

 最後に、ヘロヘロに向けて話を切り出すが、「ツアレさんの付き添いですよね? 構いませんよ~。終わったら王都のお店に戻してください」と察しの良いことで、モモンガは説明の手間が省けている。

 

「ありがとうございます。それでは……セバス!」

 

「はっ!」

 

 名を呼ばれたセバスが背筋を伸ばした。いや、元々伸びていたのだから、この場合は伸ばし直すだ。

 

「カルネ村出張所へ戻るユリと共に、ツアレを送るように。その後は、ヘロヘロさんの班に復帰だ。その間の<転移門(ゲート)>使用については……。こちらはシャルティアに頼んで構いませんか? ペロロンチーノさん?」

 

 途中でペロロンチーノに許可を求めるが、ペロロンチーノはニヤリと笑って親指を立てた。

 

「ありがとうございます。では、そういうことだ。セバス、カルネ村からヘロヘロ班復帰まではシャルティアに送ってもらうように。シャルティアも頼んだぞ?」

 

「承知しましたでありんす」

 

 ペロロンチーノの後ろ、正確には少しズレた位置で立つシャルティアが一礼する。

 

「うむ。そこに居るツアレは、私達の外部での友人である、ニニャの姉らしい。確定ではないが、そのように心得よ。つまりは、大事な客人ということだ」

 

「承知しました。モモンガ様」

 

「心に刻みましたでありんすぇ」

 

 そう答えて一礼したセバス達と、それを見て慌てて頭を下げるツアレ。彼らを見て頷いたモモンガは、そこで他の議案ないし議題が出ないかを確認し、会議を締めくくることにする。

 モモンガや他のギルメン達は、ツアレが居る手前、人化したままで席を立とうとしたが……。

 

「……ふむ? 何か動きがありましたか?」

 

 デミウルゴスの呟きで皆の動きが止まった。

 モモンガやNPC達が振り返ると、ウルベルトの席付近で立つデミウルゴスが、何やらブツブツと話している。<伝言(メッセージ)>を受信したようなのだが、皆が注視している中、彼はすぐに会話を終えた。

 

「モモンガ様。バハルス帝国に送り込んだ影の悪魔(シャドウデーモン)から<伝言(メッセージ)>がありました。些事かと思われますが、お耳に入れてもよろしいでしょうか?」

 

 本当に些事なら、ここで俺を引き留めたりしないんだろうな。

 そんなことを考えながら、モモンガは呟く。

 

「バハルス帝国と言えば……現地班は弐式さんの班か。……弐式さんと、特に急ぎでない方は少しだけ残ってもらえますか? デミウルゴスの報告を聞いてみましょう」

 

 結果、ギルメン全員が席に座り直すこととなった。この状況に到り、デミウルゴスの額左から頬、そして顎下にかけて一筋の汗が流れ落ちていく。が、一瞬強張った表情を立て直し、彼は報告を続けた。

 

「申し訳ございません……。急な報告でして……。では、申し上げます」

 

 始まったデミウルゴスの報告。その内容とは次のようなものだった。

 以前、バハルス帝国の皇帝に、ナザリック地下大墳墓の存在が知られたと報告されている。どうやら、ガゼフ・ストロノーフがカルネ村襲撃事件からの帰還後、事の顛末を報告し、その内容が王国貴族を経由してバハルス帝国へ流れたのだとか。

 

「あぁん?」

 

 今回の報告……に係る前段の説明を聞き、建御雷が首を傾げた。

 

「リ・エスティーゼ王国の戦士長が報告すると、それが何でバハルス帝国に伝わるんだ? 両方の国で戦争中って話だよな?」

 

「あ~、建やん……。ほら、王国の六大貴族ってのに、バハルス帝国へ情報を売ってる奴が居るって話で……」

 

 弐式が補足すると、建御雷は「ああ、そんな話も聞いたっけな……。その貴族、馬鹿じゃねーの?」と納得する。この会話に耳を傾けていたモモンガも「王国貴族って、マジでろくでもないな」と思うが、今はバハルス帝国の動きについて知るのが重要だ。デミウルゴスに対し、続きを話すよう促すことにする。

 

「では、続けます。ガゼフの王国に対する報告では、強力な忍者と魔法詠唱者(マジックキャスター)について触れられています。王国では忍者について注目されたようですが、魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しては……ほとんど、その、見向きもされなかったようでして……」

 

 この場合の忍者とは弐式炎雷のことであり、魔法詠唱者(マジックキャスター)とはモモンガのことだ。デミウルゴスの報告が後半部で歯切れ悪くなったのは、モモンガに配慮してのことらしい。もっとも、王国では魔法詠唱者(マジックキャスター)の地位が低いというのは以前から知っていたことであるから、モモンガは何ら気にしていなかったのだが……。

 

(ともかく、流れから察するに、バハルス帝国が何かしようって話か? まさか、そのバハルス帝国の使節とかが来たりはしないよな? レエブン侯とスレイン法国だけで、もうお腹一杯なんだよ~……)

 

 現実逃避したいと言うか、この帝国の件に関わりたくない。

 大いにウンザリしているモモンガであったが、ギルド長を任されている以上、目の前の課題から目を逸らすわけにはいかなかった。

 

「デミウルゴスよ。王国の、魔法詠唱者(マジックキャスター)に対しての認識は知っている。だから、そこは気にしなくて良い。で? バハルス帝国の皇帝はどうしようというのだ?」

 

「はい。帝国側では忍者は勿論のこと、魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しても大いに興味を持っているそうです」

 

 世界的に有名な魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインという老人が、ガゼフが出会った強力な魔法詠唱者(マジックキャスター)……モモンガに興味を持ったらしい。

 

「ナザリック地下大墳墓の所在地について大まかに伝わったところで、どうやらワーカーを数チーム送り込むことにしたのだとか。つまりは、現地調査ということです」

 

 それを聞いた途端、モモンガを始めとしたギルメンの間に剣呑な空気が漂い出す。

 

「ほほう。このナザリックに侵入すると? いやはや、久しぶりすぎて笑ってしまうな」

 

 クッハッハッハッと悪そうにモモンガが言うと、建御雷が「ブレインとかで、あのレベルだから期待持てねーけど。ワーカーってのはアレだろ? 冒険者のアウトローな感じのやつ。面白そうなのが居ると良いけどな」と発言する。その口調はモモンガと同じく楽しそうだ。視線を転じれば、タブラも気が乗っているようで……。

 

「侵入者撃退ギミックを、あれこれ試したいですね! 費用が発生するタイプは……必要な金貨は私が出しますから。で? 送り込まれるワーカーは、どんな人が揃っているのかな? そこまで解ってる?」

 

 ウキウキしながらデミウルゴスに聞いていたりする。ナザリック地下大墳墓内のギミックに関しては、タブラ発案の物が多く、その効果を自分の目で確かめたいのだろう。聞かれたデミウルゴスは、よどみなく答えだした。モモンガからすると、さっき<伝言(メッセージ)>で聞いただけなのに、よくメモも無しで話ができるな……と感心することしきりである。

 

「はい。数日前、帝国でも有名なワーカー数チームに対し、名指しの依頼が出されたとのことです。依頼内容は、ナザリック地下大墳墓の調査と、その報告。現地で入手した物品に関しては、各ワーカーチームの所有として構わない……と」

 

「誰の物かも知れない墓地に乗り込んで、埋葬品を見つけたら好きなように懐に入れて良い……ねぇ。ぶっ殺し確定?」

 

 普段と比べて口調に険のあるペロロンチーノが言うと、モモンガ達は頷いた。特に事情が無い限り、ナザリック地下大墳墓に土足で踏み込むような輩は、生きていない状態にしてお引き取り……いや、帰すわけにはいかないので、丁重に保管して実験材料にでもすべきだろう。

 

「それで? そのワーカーって言うのは、なんていうチームなの? 知り合いが居たら手心加えて……てゆうか、お礼も兼ねて歓迎したいしぃ~。いや、今の『歓迎』は反語的表現じゃなくてね? その都度、お礼は言ったんだけど、なんて言うか……ねえ?」

 

 茶釜も本来であれば、手ぐすね引いて待ち構える心境になっているはずだ。しかし、今回は相手がワーカーということで、気になっているらしい。そこはモモンガも納得がいく話なので、デミウルゴスの口から出るワーカーチームの名前に注意した。

 

「はっ! 判明した限りでは、『竜狩り』『ヘビーマッシャー』『フォーサイト』『天武』の四チームにございます」 

 

「ほとんど知り合いじゃん……」

 

 脱力した茶釜が円卓のギルメンを見回すと、皆が「あ~……」と苦笑を顔に浮かべている。今聞いたチーム名の大部分は、昨日、茶釜から世話になったと聞かされたものだ。これらに向かって「このナザリックに、喧嘩売りに来た奴が居る!」という対応はできないだろう。

 モモンガは茶釜からの困ったような視線を受け、微笑みながら頷いてみせた。

 

「え~……デミウルゴスから報告のあった、帝国皇帝の依頼を受けて……」

 

「あ、モモンガ様。申し訳ありません。どうやら間に貴族を一人かませて、皇帝の直接な依頼という体にはしないようです。実質は、皇帝による指図に他なりませんが……」

 

「うむ。今、デミウルゴスから補足説明が入ったとおり……多少小細工をしつつ、帝国皇帝がワーカーチームを送り込んできます。で、問題は四チームの三つまでが、茶釜さん達が世話になったチームだそうで。ここは一つ……接待対応で行きたいと思うのですが?」

 

 このモモンガの提案に、ギルメン達は皆が頷き、茶釜姉弟にいたってはホッと胸を撫で下ろしている。恩人に対して、残虐非道なことをしなくて済んだと思っているようだ。

 では、モモンガが言った接待対応とは何か。

 それは、かつてのユグドラシル時代、ギルメンの外部の知人友人が、噂に聞くナザリック地下大墳墓に挑戦したいと願い出た際、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が取っていた特別な対応である。

 基本的に、死ぬまでやるか撤退ありにするかは事前申告制で、第一から第三階層(場合によっては他の階層も含む)までを探索させ、アンデッドや各種トラップで対応。ダンジョンアタックを満喫して貰った後は、第六階層の円形闘技場でPVPだ。ナザリック側からの対戦者は、挑戦者側からの指名制となり、一番人気はモモンガ、続いてたっち・みーやウルベルトだった。もちろん、多人数チームでの団体戦を行ったこともある。

 

(で、最後は記念撮影で締める……と。『お客さん』から、ギルメンの外での話とか聞けることもあったし。楽しかったな~)

 

 ユグドラシルが活気に満ちていた頃のことを思い出すと、モモンガの胸は熱くなった。そして、今のナザリック地下大墳墓は、新天地にて再び活気を取り戻しつつあるのだ。そこへ来て茶釜姉弟の知人、しかも異世界転移後間もない頃の……彼女らの面倒を見てくれた人達が乗り込んでくる。なんと素晴らしい。

 

「でもさ。茶釜さんから聞いた中だと、天武ってチームの話はなかったよね?」

 

 弐式の指摘に皆が同意を示した。確かに、天武の名は初耳だ。モモンガは代表して茶釜に確認するが……茶釜から返ってきたのは、現実(リアル)でのオフ会でも見たことが無いほどの渋い顔だった。

 

「昨日の説明に名前が出なかったのは当然。なぜなら、直接に会ったことはないからよ」

 

 だが、噂なら聞いたことがある。

 チームリーダーのエルヤーという剣士は、気障で増上慢(ぞうじょうまん)。腕前はアダマンタイト級冒険者に迫るとか言われているが、実のところガゼフに迫る程度には強いらしい。

 

「増上慢って何でしたっけ?」

 

 不思議そうにしているヘロヘロが呟くと、すかさずタブラが解説を始めた。

 

「仏教で言う仏陀の境地……悟りですかね。そこまで達してないのに、到達したとか思い込んでる慢心のことですよ。と言うか、滅多に聞かない言葉なのに、良く知ってましたね。茶釜さん?」

 

 感心したタブラに対し、茶釜が「昔、ゲームでね、尼さんの吹き替えをやったことがあるのよ~」と答えている。その茶釜の隣では、ペロロンチーノが頭を抱えて呻いているのだが……やはり、エロゲーの吹き替え関連でトラブルがあったのだろうか。

 

(尼さんがヒロインだったら、茶釜さんが絡んでないと思ったんだろうな~。妙なところで引きの強いことで、ご愁傷様です)

 

 内心で合掌しつつ、モモンガが天武の情報に耳を傾けると、これがとんでもないチームだった。リーダーのエルヤーの性格が最悪な点について、先の話では説明し切れていなかったのである。

 

「何だかね~、エルフの女の子を何人も奴隷買いしてね~。夜とか、やりたい放題ヤッててね~……。普段から粗末な服しか着せてないしぃ~……。人目のある場所でも、かまわずに殴る蹴るするとかでぇ~……」 

 

「はい! 茶釜さん! もういいです! もういいですから!」

 

 語るに連れて茶釜の声のトーンが下がり、声優ゆえの演技力も相まって、場の空気がドンドン重くなっていく。さらに、今の茶釜は異形種形態でなく人化しているので、表情の作り込みも加わると、さながら『寝られなくなる胸糞話』を聞かされている気分になるのだ。

 

(お、恐ろしい……。重力操作による圧力攻撃を受けたとしても、ここまでの重苦しさや圧迫感は出ないんじゃないか!?)

 

 モモンガから悲鳴混じりの制止を受け、茶釜が声と顔から圧を抜く。 

 

「それでまあ、エルヤーって奴の生死はどうでも良いんだけど。エルフの女の子は助けてあげられたらな~って思うわけよ。自己満足に過ぎないけどね~。面倒はアウラ達の第六階層で見るとか~。どう? モモンガさん?」

 

「そういうことなら……」

 

 聞いた上で判断できるエルヤーの強さは、良くてガゼフやブレインクラス。転移後世界では強者の部類だろうが、その性根は大きな減点要素だ。だから、モモンガは惜しいとは思わない。せっかくだから、ブレインを出して戦わせてみても面白いかもしれない……と考えたところで、茶釜が救いたいと言うエルフのことを思い出す。

 

(虐げられるエルフか……。……いいな、実にいい) 

 

 モモンガに虐待趣味があるわけではない。むしろ、逆だ。

 

「皆さん、茶釜さんの話を聞きましたか? エルフが人間に虐げられてるそうですよ。やまいこさんの妹さん……あけみさんの事例があるので、厳密にはエルフは異形種枠ではないのですが……。でも、ムカつきませんか?」  

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。それは本来、異形種狩りから異形種を守るために結成されたクラン、ナインズ・オウン・ゴールが一度解散した後に再結成されたギルドだ。今居るギルメンでも、モモンガを筆頭としてユグドラシル登録から間もない頃……異形種狩りにあって苦汁を舐めた者が居る。

 そんな彼らにしてみれば、人間が得意げに人間でない者……エルフを虐げているという話は、聞いていて面白かろうはずがないのだ。

 

「決まりだな。そのエルヤーって奴だけは、懲罰コースだ。せいぜい酷い目に遭わせてやるとしよう。茶釜さんの友達の……知人らしいが、殺すまでやるかは態度次第だな」

 

 そう言って腕組みした建御雷が、鼻息を荒くしている。エルヤーが刀使いだとも聞かされたので、なおのこと腹が立っているらしい。 

 

「抵抗できない女をいたぶるなんざ……刀使いの風上にも置けねえ奴だ。なあ、コキュートス!」 

 

「建御雷様ノ、仰ルトオリデス!」

 

 ぶしーっ!

 

 コキュートスが冷気の息を吐いた。

 創造主と制作NPCで、機嫌の悪いことこの上ない。

 エルヤーに関して結末が見えたモモンガは、話題を他の三チームに変えることとした。

 

「接待プレイするのは良いとして、どんな感じにしましょうかね?」

 

 そうして話し合われた結果。基本的な対応はユグドラシル時代と変わらないが、表層部の墓地にある金品類は、一時的に引き上げること。ユグドラシルのレベル換算で二十ないし三十といったところを想定すること。そして……。

 

「第一から第三階層の各所に、メダル等のポイントアイテムを配置して、獲得点数に応じて『お土産』を持たせるとか、そんな感じですかね? 茶釜さんの恩人らしいですから、サービスは必要でしょう。それに先駆けて、第六階層の円形闘技場でPVP……と」

 

 モモンガの取り纏めに皆が頷く。

 お土産というのは、挑戦者の頑張りに対して手頃なアイテムを進呈するということだ。相手のレベルによっては、粗品過ぎると失礼に当たるのだが、今回のワーカー達にはどういった品が適当だろうか。

 

「モモンガさん。転移後世界じゃ一番硬くてアダマンタイトって話だし、一番活躍したチームにアダマンタイト品。二番手以降はオリハルコン品とかでいいんじゃない? 何なら私が出すし」

 

 そう茶釜が言い終えると、モモンガやギルメン達からは特に反対意見が出ない。決定である。それにアダマンタイトやオリハルコンなど、モモンガ達からすれば柔らか金属も良いところだ。ギルメン各自の部屋には売るほど……あるいは捨てたいほどに溜め込まれている。惜しくも何ともない。

 こうして帝国皇帝……ではなく、皇帝の指図であることを隠した状態での貴族依頼によって、乗り込んでくるワーカーチーム……一チーム、天武のみは『特別待遇』となるが、それらに対する方針が固まった。

 なお、ナザリックにちょっかい出した帝国の皇帝。彼に関しては、どう対処するかについても話し合われたが、モモンガ以下のギルメン達は暫く様子見ということにしている。この決定には過密スケジュールで限界を感じたモモンガの意向が強く反映されていた。

 

(ふう……一段落ついたか……。しかし……随分と俺達も緩くなったな。いや、これは……。)

 

 モモンガは、椅子の背もたれに体重をかけながら考える。

 今回決まった一連の対応、ユグドラシル時代のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を知る者が見れば、いささか手厚すぎるように思えるだろう。

 だが、これは相手方の大半が茶釜姉弟が世話になった者達であることだけが理由ではない。ある程度のギルメン数が揃った状態で、ダンジョンアタックを受けたこと。それも大きく後押ししているのだ。

 要するに……懐かしさに加えて興が乗った結果、お祭り気分となっていたのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 朝のギルメン会議が終わり、各ギルメンは円卓の間入口でモモンガと別れて姿を消す。この後は暫くナザリック内で休憩したりして、外部で活動する者は持ち場に戻ったりするのだろう。ツアレも、ニニャら漆黒の剣が到着するのを待つため、カルネ村近くの森……ナザリック出張所へ向かった。もちろん、一人では行けないので、シャルティアによる<転移門(ゲート)>を使用し、セバスと共に……だ。

 そんな中で、冒険者チーム漆黒のモモンガ班……モモンガとアルベドの二人は、次なる予定に向けて行動に移っていた。

 この二人に関しては近々、王国の六大貴族の一人であるレエブン侯、少し遅れる形でスレイン法国の訪問団が来るため、ナザリック地下大墳墓で待機することとなったのである。なお、茶釜姉弟もナザリックに留まっているが、こちらは偶然を装って、フォーサイトらナザリック調査隊に潜り込むのが目的だ。

 

「恩人ではあるけど、調子こいて余計な悪さされても困るしね~。私と弟で、できるだけ誘導してみる感じ?」

 

 正体を明かす気は無いが、添乗員的にワーカー達を引っ張るとのことで、茶釜本人は非常にノリノリである。

 そして数日が経過し、ニニャ達がカルネ村にやって来た。

 デミウルゴスの報告によると、数時間後にはレエブン侯がナザリック地下大墳墓に到着するというタイミングでの到着だ。モモンガとしてはナザリック待機を続けたかったが、彼がカルネ村に居ると居ないとでは話の進めやすさが違う。手短に済ませるという心づもりで、<転移門(ゲート)>をくぐることとなった。

 

(漆黒の剣の面々やニニャと会えるのは嬉しいけど。長話はできないなぁ……)

 

 本心を言えば、現地の冒険者。それも仲の良い人達とは色々と話をしてみたいのである。多忙な我が身を呪いつつ<転移門(ゲート)>の暗黒環を抜けたモモンガは、転移先のグリーンシークレットハウス内を見回した。

 

「お待ちしていました。モモンガ様」

 

 客間として使われる一室。その壁際で、先に到着していたセバスとユリが並んで立っている。モモンガは頷くと、ツアレの姿を探した。

 

「ツアレは? それに陽光聖典の隊員も居たはずだが?」

 

「それぞれ別室に待機しています。特に陽光聖典隊員のお二方には、来客がある間は外に出ないよう頼んであります」

 

 セバスの質問に満足したモモンガは、ニニャ達を出迎えるべく外に出て行く。

 

 そして……。

 

「姉さああああん!」 

 

 グリーンシークレットハウス。その客間に案内されたニニャが、呼ばれて出てきたツアレに駆け寄り抱きついている。メイド服姿のツアレは一瞬驚いたようだが、すぐに相手が妹だと解ったようで、涙ぐんでいた。

 

(美しい光景だ~。建御雷さんと再会したときの弐式さんを思い出すが、あれは何と言うか……暑苦しかったからなぁ)

 

 感慨深いやら苦笑してしまうやら。そんな複雑な気分のモモンガに、ペテルが話しかけてくる。

 

「ニニャに代わって感謝します。モモンさん」

 

「いやいや。王都に行っていた別班の班員……そこに居るセバスの手柄ですとも」

 

 自分がしたことではないのに感謝され、気恥ずかしくなったモモンガはセバスに話を振った。ペテルがセバスに歩み寄って行くのを見ていると、今度はニニャがモモンガに話しかけてくる。

 

「モモンさん! 姉さんに会えました! 何とお礼を言えば良いか……」

 

 ニニャは最後に言葉を詰まらせ、溜めていた涙をこぼれさせた。その傍らで、メイド服姿のツアレが頭を下げて一礼している。

 

「なに、巡り合わせだよ。たまたまセバスが、君のお姉さんを助けた。そして、私と弐式が君の顔と、聞かされたお姉さんの話を覚えていた。巡り合わせというやつだ」

 

 それでも感謝したいとニニャが言うので、モモンガは指で頬を掻きながらであったが、彼女の感謝を受け入れた。あまり頑なに断るのもどうかと思ったからだ。

 

「ん、まあ、それで……これから君たちは、どうする?」

 

 聞けばニニャは冒険者を続け、ツアレはセバスの下で働きたいらしい。

 

(むう。セバスを名指しか……。いったい、何があったんだ? そう言われても、俺の一存では決めかねるな……)

 

 ナザリックで雇用した現地の人間は数人居るが、やはり人を一人雇うのだ。ギルメン会議にて協議して決めた方が良いだろう。正式雇用ではないが、カルネ村の出張所で暫く見習いとして働いて貰い、その間の衣食住は保障する。費用及び経費に関しては、モモンガの自腹で賄って構わないだろう。

 

(……このぐらいなら、<伝言(メッセージ)>で各ギルメンに話を通す……で良いのかな?)

 

 考えている内に、ギルメン会議で持ち出すほどではないと判断したモモンガは、手早く<伝言(メッセージ)>で連絡を回してみた。結果、各ギルメンから了承を得たことで、ここにツアレニーニャ・ベイロンの正式雇用が確定している。

 そのことをツアレに告げると、姉妹揃って喜んでくれた……のだが、ニニャに関してはモモンガの拠点については知らないのに、そんな簡単に同意して良いのだろうか。そこを気にしたモモンガが聞いて確認したところ、ニニャは胸を張って答えている。

 

「モモンさんになら、安心して姉を預けられます! むしろ、安心して姉を預けられない人を好きになったりしません!」

 

 と、大変な信頼ぶりだ。人化した状態のモモンガは、ニニャの信頼と好意に対して頬が熱くなるのを感じている。

 

(う、うん。なんと言うか……責任重大だな。セバスには、しっかり面倒見るように言っておくか)

 

 先程チラッと考えたとおり、ツアレはカルネ村出張所にて常駐させることとした。彼女に関しての責任者はセバスとし、普段の面倒及び指導はユリが対応するのだ。

 その後、漆黒の剣の面々と談笑し、モモンガは森へと姿を消す……ふりをして<転移門(ゲート)>によりナザリック地下大墳墓へと帰還している。

 暗黒環をくぐった先は、見慣れたナザリックの表層墓地。モモンガは周囲を見回しながら続く予定を思い出し……肩を落とした。

 続いての業務は、王国六大貴族の一人……レエブン侯の訪問について応対することだ。

 

(その後は、スレイン法国の訪問団か? そっちは最初にカルネ村の出張所に来るんだったかな。……いっや~、スケジュールがギッシギシだよ~。俺って、大企業の社長さんみたい? 参っちゃうな~。はは、はははは……)

 

 ノリ良く考えたモモンガであるが、再び肩を落とす。

 

(俺の(がら)じゃない。柄じゃないよ~。タブラさんが居なかったら、絶対に追い返すか、相手してないわ~……)

 

 モモンガとしては、そのように自分の行動を予想するのだが、仮にナザリック唯一の責任者として重大な訪問客を迎えた場合。その責務からモモンガは逃げたり……しようとするだろうが、他に適任者が居なければ逃げたりしないのだ。しかし、そうなると彼の心に多大なストレスが降りかかるのは避けられない。したがって、タブラのような対外交渉が可能なギルメンが居ることは、モモンガが自身が考えたように大変ありがたいのであった。

 

『モモンガさん。そう鬱な顔をしないで。私も一緒に応対するって言ったでしょ?』

 

 かつて聞いたタブラの台詞が、脳内で幻聴となって……。

 

「いや! 現に聞こえてるし!?」

 

『そりゃそうですよ。<伝言(メッセージ)>で話しかけてるんですから』 

 

 いつの間にか<伝言(メッセージ)>の精神糸が届いており、モモンガは無意識のうちに接続していたらしい。慌ててこめかみに指を当てたモモンガは周囲を見回す。

 

「鬱な顔って、まるで見えてるみたいじゃないですか! <伝言(メッセージ)>なのに!」

 

 この時、モモンガが想定していたのは、転移後世界でタブラと合流を果たした際のことだ。宝物殿に居たタブラ本人を、パンドラズ・アクターが擬態したタブラだとモモンガは誤認してしまったのである。あの時のことを思えば、最初に顔を合わせたときにタブラが名乗り出てくれれば良かったのだ。

 

(あの時と同じなら、タブラさんは……その辺に隠れているはず!)

 

『残念。遠隔視の鏡で見ながら<伝言(メッセージ)>してますので、近くには居ません』

 

「ぐっ……」

 

 そこはかとなく感じる敗北感。

 モモンガは短く呻いたが、異形種化して気を取り直し、その骸骨フェイスをキリッと上向けた。

 

「それで? <伝言(メッセージ)>の御用件は?」

 

『いい感じで誤魔化しましたね。レエブン侯が、あと一時間ほどで到着するので、最終打合せをしておきたくて。場所は……第九階層に新設した応接室でどうでしょうか?』

 

 慌てさせられたが、用件自体は真面(まとも)なもののようだ。モモンガ側に異論は無く、<伝言(メッセージ)>を終えると、そのまま<転移門(ゲート)>を発動させる。

 

「無事に終わるといいんだけどな……」

 

 レエブン侯にスレイン法国の訪問使節への応対。何度考えても気が重い案件であり、それらに比べるとワーカー達のダンジョンアタックなどは、待ち遠しいくらいのお祭りイベントだ。

 

「はあ~~~……」

 

 重い溜息を一つ残し、モモンガは<転移門(ゲート)>の暗黒環へと入って行くのだった。 

 




 帝国のお城に、アウラ達が乗り込む展開はなくなったかな。
 ほとんど書き終えてからジルクニフのことを思い出したので、サラッと済ませています。
 いや、まだわアウラ達御訪問が無くなったとも限りませんとも。
 ワーカーチームには甘い対応になりましたが、モモンガさんに精神的余裕があるのと、茶釜姉弟の恩人揃い(一部除く)なので、こんな感じかな……と。

<誤字報告>
 Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん

 毎度ありがとうございます


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第46話

 少し時間を遡る。

 円卓の間を出たギルメンらは出口解散しようとしたが、自然とその足は少し離れた……皆通路の向こう曲がり角を曲がった場所へと向かう。NPC達には持ち場に戻るよう告げてあるので、今は何とはなしに皆人化し、ギルメンのみで移動中だ。

 それぞれには、それぞれの行動予定がある。だが、それを差し置いても人目を……特にモモンガの目を避けて話したいことがあった。

 その内容とは……。

 

「さっきのギルメン会議な……。俺達……いや、モモンガさんもだけど、おかしくなかったか?」

 

 角を曲がった先で、建御雷が誰に言うでもなく呟いた。

 この呟きに皆が頷く。

 

「久々のダンジョンアタック。しかも相手は『お客さん』だもの。私からして、ワーカーチームと顔見知りなもんで浮かれてるし。……みんな浮かれてたと思うわ~」

 

 茶釜の意見に対しても皆は頷いた。

 そう、あの懐かしきユグドラシル時代。外部の友人知人が事前申請し、ダンジョンアタックを仕掛けてくる……これは実に楽しいイベントだった。ここに居る皆はヘロヘロ以外、全員が引退済みであったが、こうして異世界転移してきた以上は、思う存分『今』を楽しみたい。現実(リアル)での生活や仕事事情など、もはや気にする必要は無いのだから。

 ゆえに、今回のダンジョンアタックは非常に楽しみであったのだが……。

 

「ワーカーチームを差し向けてきた相手。バハルス帝国ですけどね。それに対する対応を保留にしたのは良くなかったですね~。確かに、面倒臭い案件ではあるんですけど~」

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。かく言う私も浮かれていた一人ですが……」

 

 ヘロヘロの後を継いで発言したタブラが、皆を見回す。

 

「私としては、ナザリックに……ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にちょっかい出して、ワーカーだけ切り捨てて自分は知らん顔。そんなことを許してはいけないと思うんです。これは面子だけの話ではなくて、ナザリックの安全に関わることですから」

 

 その後、立ち話が暫く続き、『バハルス帝国に対する反撃と恫喝』についてモモンガに談判することが決定した。いや、モモンガ以外のギルメン間で同意が成されたと言うべきだろう。なぜなら、決定に係る最終的な権限はギルド長であるモモンガにあるのだから。

 概ねの話が終わり、ペロロンチーノが顔を指で掻く。

 

「最終決定権者……ですか。モモンガさんに責任を負わせちゃってますねぇ……」

 

「ギルド長は形式的な役職。されどギルドの顔役であることから、形式的なだけでは済まされない。そこはモモンガさんも理解していますよ。それだけに、自分で良いのかと思ったりしているようですが……」

 

 タブラが通路の天井を見上げた。

 

「そんなモモンガさんに、頼んでギルド長を続けて貰ってますからね。私達、ギルメンで支えるべきです。後から来た茶釜さん達がどう思ってるか……そこは未確認ですが」 

 

「何言ってるのよ、タブラさん。私も弟も、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長は、モモンガさんしか務まらないと思ってる。申し訳ないと思うんだけど……」

 

 少し沈んだ茶釜の声。しかし、聞き終えた皆の脳裏に「ええ~? 俺がやるんですかぁ?」と、困りながらも拒絶はしない……そんなモモンガの声が聞こえたような気がした。

 ハハ……。

 最初に誰が漏らした笑いかは不明だ。しかし、それは瞬時にギルメン間に伝播し、皆の顔に笑みが浮かぶ。 

 

「じゃあ、決定ってことで。あとはモモンガさんの説得……と言うか、方針転換の相談だけど。誰が行く? 皆で行く?」

 

 面を装着したままなので、異形種化しているかどうかは体格で判断……今は人化中の弐式が言うと、タブラが挙手した。

 

「皆で押しかけると、圧迫感を与えることになります。責任感の強いモモンガさんは、追い込まれますよ。ここは私が立候補するとしましょう。多少説教くさいことも言うことになると思いますし……」

 

 口の端を笑みの形に持ち上げながら言うタブラだが、その目は笑っていない。ギルメンらは一様に頷くと共に、皆の総意を受けたタブラの訪問を受けることになるモモンガを気の毒に……そして申し訳なく思うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層客間。

 元々ユグドラシル時代にも客間は設定されていたが、華美過ぎるので今回、新たに設置されたものだ。質素な中にも高貴さを。そういったコンセプトの下に壁掛け絵画や応接セットが選抜され、そして配置されている。ちなみに、元からあった華美な客間は、親しい友人に見せびらかしたり、相手をビビらせる目的で使用される予定だ。

 

「ふむ。この新設の客間は落ち着きがありますね。タブラさん。これは和の心というやつですか?」

 

 ソファに腰を下ろしたモモンガは、異形種化したことによる骸骨顔で周囲を見回す。基本的には洋風なのだが、明るすぎない壁紙、黒寄りの暗い色調などが気分を落ち着かせてくれる。

 

「まあ、そんなものですね。相手を落ち着かせる効果が望めますし、私達、日本人も落ち着きます。さて……モモンガさん?」  

 

 モモンガの対面、こちらも異形種化したタブラ・スマラグディナは、相槌を打ってから話を切り出した。

 

「先程、カルネ村から戻ったモモンガさんには『レエブン侯が来る前の軽い打ち合わせ』ということで<伝言(メッセージ)>を入れましたが、実は今からする……最初の話に、レエブン侯は関係ありません」

 

「と、言いますと?」

 

 首を傾げたモモンガに対し、タブラが語り出す。

 今話し合いたいのはバハルス帝国に対する対応についてだ。先のギルメン会議では、ワーカーを差し向けてくる帝国皇帝に対し、暫く対応を保留すると決定している。しかし、ギルメン達の意見としては、報復行動に移りたいらしい。

 

「え? 皆さん、そうだったんですか? だったら、会議の時に言ってくれれば……」

 

「久しぶりのお祭り騒ぎは良いものですから。皆、浮ついてたんですよ。無論、私もですけどね。しかし、やはり一組織として活動している以上、攻撃されたのなら反撃はするべきです」

 

 タブラの案は、こうだ。

 ワーカーの侵入には会議で話し合ったとおり、お客様待遇で対応する。その後で、帝国の皇城に乗り込み、武威を示すのだ。

 

「茶釜さん達の事情もありますから、ワーカーと帝国に関しては切り離して考えるべきでしょう。とにかく、帝国にはナザリックに手出ししたら酷い目にあう。そういう現実を見せつけておくべきです」

 

「しかし、タブラさん。相手は『国』ですよ? もう少し慎重になった方が……」

 

 モモンガの脳裏に、現実(リアル)で勤めていた会社の上司や社長が思い浮かび、次いでアーコロジーを支配していた大企業などが思い浮かぶ。一個人や小規模な集まりで、そういった大きな存在を相手取るなど、リスクが大きすぎないだろうか。そう思ったのだ。だが、そんなモモンガを見てタブラは小さく溜息を漏らす。

 

「国相手ということなら、もう王国に裏から手を出して……。なるほど、そういう事ですか……」

 

「え? え? なんです? そのデミウルゴスみたいな言い方。怖いんですけど?」

 

 軽く背を反らすモモンガであるが、どうやら冗談で言ってるのではないと感じ、姿勢を正した。

 

「すみません。どういうことでしょうか?」

 

「……モモンガさん。手出しする分には良いけれど、攻め込まれる分には腰が引けてしまう。なぜなら相手は『国家』だから。そんなところじゃないですか?」

 

 タブラの指摘に、モモンガは言葉を発することができない。

 確かに、そのように考えてはいた。

 相手はゲーム上の敵対ギルドなどではなく、れっきとした『国家』なのだ。そんなものを相手に真正面から迎撃して、もしもギルメンに怪我人や死者が出たら……。

 

「……って、あれ?」

 

 モモンガは首を傾げた。

 転移後世界での強者の程度は知れている。ガゼフやブレイン程度であったり、魔法詠唱者(マジックキャスター)で言えば、第六位階程度で最強と言われるフールーダ・パラダインあたりだ。もう少し上向きに強い者が居るかも知れないが、それだってモモンガ一人ならまだしも、ギルメンの数が揃いつつある今では対処可能だろう。

 その他、有象無象の集まりなどに関しては、何万人集まったとしてもギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の相手にはならない。

 

(なのに何故……俺は、バハルス帝国と事を構えるのを恐れていたんだろう?)

 

 考えれば考えるほど、さっきタブラに「相手は『国』ですよ?」と言った自分の不安が薄れていく。このことについてタブラに相談したところ、タブラはニッコリ笑って頷いた。

 

「モモンガさん。私が思うに、モモンガさんは現実(リアル)での国家や大企業に対する印象を、こちらへ持ち込んでいたんですよ。それは私達もですけど。普通は思いますよね? ゲーム好きが集まったところで、喧嘩をするには相手が悪すぎる。なぜなら、相手は強大な『国』なのだから……って」

 

「そう、そうだった気がします。でも……どうして……」

 

 今ちょっと考えただけで、自分の思い違いに気づけたのだ。それが何故、タブラから指摘されるまで自分で考えられなかったのか。その思い込みの理由は何だったのか。

 

「私達、ギルメンが理由でしょう」

 

 タブラが苦笑している。

 次々に集まってくるギルメン。そのことでモモンガは、かつてのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の全盛期を思い出し、ユグドラシル時代の気分に浸っていたのだ。だから、ほとんどデミウルゴス任せにしている王国支配なら兎も角、バハルス帝国のように相手方から手を出されると、現実(リアル)での大企業や国家を思い出して慎重になる。

 

「ギルメン会議でも、ワーカーイベントや他が忙しいからと言って、バハルス帝国に対しては態度保留としましたけど。実際は……」

 

「そのとおりです。モモンガさん。現実(リアル)での大企業や国に対する印象……恐れなどを重ね合わせて、極力相手にしないようにした。そんなところでしょう……。その辺は、モモンガさんだけじゃなくて、私を含めた他の皆も同じでしょうけどね」

 

 タブラによって結論を出されると、モモンガは肩を落とした。

 

「すみません。俺はギルド長失格です。現実(リアル)と転移後世界を混同して、こちらでのギルドの運営方針を誤るところでした」

 

「いえいえ、私達の方こそ。本当はモモンガさんが言ったように、会議の時に言えば良かったんです。それを会議中に気づかず、後になって相談して、やっぱり止めましょうなんてのは……どうにも不細工な話で申し訳ないと思ってます」

 

 その後、モモンガとタブラの間で、「いえいえ、そんなことは。こちらこそ……」の応酬となったが、やがて落ち着いたところで次の話題へ移ることとなる。

 

「しかし、そうなると……帝国への報復行動の内容ですが……」

 

 先程、タブラは敵城に乗り込んで武威を示すと言った。豪快かつ派手でワクワクするが、帝国側の手の内すべてが剥かれたわけではない。ギルメンを差し向けるのは、控えるべきだろう。

 ソファに腰掛けたままのモモンガは、暫し顎に手を当てて考えたが、やがて顔を上げてタブラを見た。タブラは異形種化しているので、その表情が判別できなかったが、何か上機嫌そうな雰囲気が伝わってくる。

 

(俺が面白いアイデアを思いつくとか、期待されてるのかな~? それはそれでプレッシャーなんだけどさ~)

 

「ん~……ゴホン。敵城への乗り込み案、実に良いですね。やりましょう。ただし、ぷにっと萌えさんの教えもあります。俺やギルメンで直接に乗り込みたいところですが、まずはNPCの誰かを差し向けてみてはどうでしょうか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 タブラはタコに似た頭部をククッと傾け、思案を開始。すぐに一案を思いついて提示してきた。

 

「アウラとマーレを高レベルのドラゴン付きで送り出す……なんてのも良さそうですけど。対人交渉では難があるかもしれませんね。無駄に相手を見下して、失礼なことをしそうですし。喧嘩を買うなり売り返すにしても、変に煽るだけではねぇ……」

 

 それに相手は、今支配しようとしている王国の敵対国だ。今後のことを考えると、きちんと説教できる者が出向いた方が良いだろう。

 

「デミウルゴス……は、かなりイイ感じなんですけど。どうですか、タブラさん?」

 

「ふむ……。そうだ、他に良い候補が居ますよ?」

 

 そう言ってタブラは「フフフッ」と笑うのだが、モモンガには心当たりがない。いや、アルベドなども良いと思うが、タブラはアルベドを推したいのだろうか。

 

(……いや、もう一人、智に優れた者が居たな……。あいつか……)

 

 少し前のモモンガなら思い出すことはなかったろうが、その『あいつ』とは……。

 

「ひょっとして、パンドラズ・アクターですか?」

 

「そのとおり。彼なら交渉役として申し分ありません。誰に対しても丁寧な態度を取れますし、デミウルゴスのように人間だからと見下すようなこともありません。それで出向いて一発、大威力の魔法をブッ放し、相手の度肝を抜いてから迷惑だったことを訴える。その上で、二度とつまらないちょっかい出すんじゃないぞ……と、脅してくるんですよ。何なら詫びとして賠償金でも払って貰いますかね?」

 

 ノリノリで言うタブラだが、モモンガとしても納得はできる。今聞いたことを、パンドラならばそつなくこなせるだろう。

 

「でも、ギルメンの誰のコピーをさせますか? 魔法を使うなら俺かタブラさん?」

 

「ウルベルトさんでも良さそうですけど、今居ない人の姿で大々的にやらかすってのも考えちゃいますねぇ。でも、ウルベルトさんか……いいかもですね」

 

 暫く相談した結果、パンドラにはウルベルトの姿を取らせることにした。見た目の解りやすい威圧感を採用したのである。その点で言うと、モモンガやタブラも威圧感はあるが、ウルベルトの場合は『今、本人が居ない』というのが大きい。仮に後で狙われたとしても、当人が居ないのだから危険度が低いというわけだ。

 

「合流した後でウルベルトさんが危ないかもですが。それはそれで本人には謝った上で注意を促します。私やモモンガさんが帝国に乗り込んだとしても、結局は対応が変わらないわけですしね」

 

「なるほど。では、タブラさんの案で行きますか。俺的にもウルベルトさんで行きたかったんですよね~。格好いいし……」

 

 その後、<伝言(メッセージ)>で各ギルメンに話をした結果、タブラの言うことはもっともだと皆が賛成し、パンドラをウルベルトに仕立てて乗り込ませる案については絶賛を浴びた。よって、あらためてギルメン会議に通すまでもなく、モモンガ及びタブラ発案による帝国皇城御訪問については決定となる。

 それは……帝国皇城において、局所的な地獄が出現する。その決定でもあった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中、ナザリック地下大墳墓付近の街道。

 

「モンスターの襲撃が……無いな」

 

 リ・エスティーゼ王国六大貴族の一人、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは、揺れる馬車の中から外を見て呟いた。周囲は私兵百名と、子飼いの元オリハルコン冒険者で固めている。だが、自領であるエ・レエブルを出てから今まで、彼らが戦闘状態になったことは一度もない。

 

「幸運だと思って良いのだろうか? いや、しかし……嫌な予感がする」

 

 実は、デミウルゴスの放ったモンスターが、エ・レエブルを出発した直後からエリアス達を守っていたのだ。そうなった経緯は、エリアスのナザリック訪問をザナックとデミウルゴスが決めたことにある。

 当初、ザナックは街道移動の危険性を述べた。都市を出ての街道移動は、モンスターや野盗が出没することもあって危険である。護衛の工面をしなければ……と難しい顔をしたところで、デミウルゴスが朗らかに笑い、道中の安全について請け負ったのだった。

 

(ザナック殿下は、私の子飼いの冒険者と私兵で十分に足りるだろうと言っておられたが……。……殿下、顔が引きつっていたな……。ナザリック地下大墳墓……。いったい何があると言うのだ?)

 

 今回、ナザリック地下大墳墓を訪問する目的は、突如として出現した巨大墳墓に対し、王国の支配域としての正当性を確認するというものだ。

 墳墓の主は、アインズ・ウール・ゴウンという強力な魔法詠唱者(マジックキャスター)らしいが、ガゼフ・ストロノーフ戦士長から報告が上がった際には、他の有力な貴族らは共に目撃された強力な忍者には関心を示しても、魔法詠唱者(マジックキャスター)の方には冷笑を浮かべるのみだった。

 

(まったく、魔法詠唱者(マジックキャスター)軽視も度を過ぎると国を滅ぼすぞ。いや、六大貴族でもマシな方……王派閥のベスペア侯とウロヴァーナ辺境伯は、特に反応を示さなかったな。興味が無いと言えばそれまでなのだろうが……)

 

 マシではない方の六大貴族、貴族派閥のボウロロープ侯が息巻いて自分で使者を出すと申し立てていたが、ザナック第二王子が強硬にレエブン侯(エリアス)を推したのである。正直言って迷惑だったが、あのザナックが真剣な表情で頼むのだ。当のボウロロープ侯の見ている前で、頭まで下げられたとあっては、エリアスも派遣依頼について了承するしかなかった。

 

(それにしても、ああも表だって頼られると困るのだが……)

 

 王国の六大貴族は、王派閥と貴族派閥で割れて対立している。エリアス自身は、王家とは疎遠な方の貴族派閥に属していたが……。実を言うと、ザナック第二王子を次期国王にするべく、敢えて貴族派閥に身を置いているのだ。当面は対向派閥を内部から操作する役割を担っていたが、しかし、他の六大貴族の目に付くところで、王族と親しい間柄だと思われる様な振る舞いをされると今後の活動に支障が出る。

 

(そこまでして、私を向かわせなければならない理由があるのか? ウロヴァーナ辺境伯の方が無難に人当たりが良く……ああ、老齢だものな)

 

 やはり自分が行くしかなかったようだ。その他の者では相手方に対して無礼を働きそうだし、ガゼフ・ストロノーフをして警戒させるほどの強者で、しかも魔法詠唱者(マジックキャスター)。敵に回せば……帝国のフールーダ・パラダインほどでないにしても被害が大きい。

 

(私が王位簒奪を目論んでいたのは過去の話。今の私は……)

 

 妻とは政略結婚だったが、子が生まれたことでエリアスは家族愛……主に息子に対しての愛に目覚めていた。我が子の幸せのために、王国を良くしなければならない。それにはザナック第二王子こそが、リ・エスティーゼ王国の次期国王に相応しい。そう思い、エリアスは今日まで頑張ってきたのだ。

 

「……リーたんに、すべて引き継いで……リーたんが幸せになれば……」

 

 エリアスの口から呟きが漏れ出る。

 自領の屋敷で居るはずの愛すべき我が子。その名を何度か呟くと、エリアスは意を決して車窓の外へ視線を向け直した。

 

(リーたん。パパ……頑張るからね!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と、このように……今頃、レエブン侯は馬車の中で考えていることでしょう。今回呼びつけたのは社会見学のようなものでして……。もっと肩の力を抜いても良いと思うんですがねぇ……」

 

 アルベドの私室。簡易な応接セットでソファに尻を沈めたデミウルゴスは、眼鏡の位置を指で直すと困り顔で頭を振った。その対面にて座るのは、この部屋の主……守護者統括アルベドだ。 

 

「そのレエブンが、どう考えてるかについては解ったけど……」

 

 アルベドは不機嫌丸出しでデミウルゴスに問いかける。

 

「あなた、(わたくし)の質問に答えていないって理解できてる?」

 

「無論、答えるのはこれからですよ。余裕が無いですね?」

 

 肩をすくめて戯けるデミウルゴスに、アルベドは歯ぎしりしたが……すぐに納めた。精神の停滞化が発生したのだ。

 

「気が殺げたわ……。まったく、モモンガ様に関してのことじゃないというのに……。これじゃ(わたくし)が、怒らない女みたいじゃない」

 

「いや、停滞化が発生するほど怒ったということですよね? 正直、怖いんですけど? で、何でしたか? そうそう……私の王国支配に対する姿勢が甘いのではないか……。そういう質問でしたね」

 

 やれやれと肩をすくめて見せたデミウルゴスは、自身の王国支配にかかる姿勢について説明を始める。結論から言えば、デミウルゴスは丸くなったわけではないし、人間に対して慈悲深くなったわけでもない。

 

「人間など、至高の御方の慈悲によってしか幸せを掴めぬ、下賤で哀れな生き物。そう思っていることに一切の変わりはありませんとも」

 

 と彼は言うものの、やはりデミウルゴスの支配事業にかかる姿勢は甘い……とアルベドは考える。では、そこに何らかの狙いや計画があるのだろうか。そこを確認したところ、デミウルゴスはあると答えた。

 

「過日、タブラ・スマラグディナ様とお話しする機会を賜りまして。ただ単に力で支配し、人間を虐げること。それを至高の御方が望んでおられないことを改めて知りました。そして……至高の御方が、この転移後の世界をユグドラシルと同様に楽しもうと考えられているということも知ったのです」

 

 更には、モモンガが玉座の間で言った「力尽くでの支配など誰にでもできる」や「ウルベルトさんなら面白味に欠けると言う」と言った言葉も、デミウルゴスに与えた影響が大きい。

 

「つまりね、アルベド。私は、こう思うんだよ。この転移後の世界は……至高の御方を楽しませるべき世界、壮大な一大レジャー施設にするべきだと」

 

 モモンガ達が、現実(リアル)というデミウルゴス達には手出しできない世界からの束縛……そこから解き放たれた。そして、この世界で楽しく生きていこうとしている。ならば、ナザリックの僕としては、それを全力でバックアップするべきではないか。

 

「タブラ・スマラグディナ様とは、他にも幾度かお話をする機会がありましてね。安楽は良くても退屈は良くない。多少の不都合は、ある種のスパイスである……と教わりました。アルベド……至高の御方がナザリックから離れ、姿をお隠しになる。その様なことは、二度とあってはいけないのです……」

 

 デミウルゴスは膝上に腕を置き、手指を絡ませると強く握りしめた。

 その様子をアルベドはジッと見つめていたが、やがて小さく息を吐く。

 

「至高の御方のお考えは尊重すべきよ。何よりも優先されると言っていいわ。ナザリックを離れる……とのお考えなら、それに従うべきでしょう。でも……デミウルゴスの考えには聞くべき点がある。魅力的だわ。そうね、この転移後世界をレジャー施設、あるいは観光地として楽しんで頂けるのなら……。そして、このナザリック地下大墳墓が帰るべき『家』あるいは『故郷』として認識して頂けるなら。これに勝る喜びは無いわ……。働きがいが増すというものよ」

 

 徐々にアルベドの目つきが鋭くなり、最後には不敵な笑みと共に、デミウルゴスと視線を交わしにかかる。その視線を真正面から受け止めたデミウルゴスは、いつもの笑みを口元に浮かべた。

 

「御理解頂けたようで、幸いです」

 

「でも、言っておくけど……」

 

 アルベドは、今話した目標に掛かる活動で、至高の御方の不興を買うことがあれば……即座に行動中止とすることを告げる。これに関し、デミウルゴスに異論などあるはずがなく、満面の笑みと共に了承するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中、何とか昼前にナザリック地下大墳墓前に到着したエリアス一行は、巨大な墳墓の正面脇に立てられた……二階建ての建物に案内された。私兵百名については、その建物にて待機することとなる。

 

「ちょっとした屋敷ほどの大きさだが、それでも百名を収容できるものなのかね?」

 

「ええ、問題ありません。内部は魔法処理によって空間が確保されていますので。千人程までなら、宿泊が可能となっています」

 

 金髪の美人メイド……レエブン侯(エリアス)及び法国の訪問団への対応に当たって動員された戦闘メイド(プレアデス)の一人、ソリュシャンが説明を行う。それを聞いたエリアスは、軽く頭を振ると気を取り直して頷き、後方で待機している私兵隊の隊長を振り返った。

 

「魔法のおかげで大丈夫だそうだ。すまないが……ここで待機していてくれるだろうか?」

 

「し、しかし、それでは護衛の任が務まらず。何卒、御再考を……」

 

 慌てた隊長が抗弁するも、エリアスは笑って顔を横に振る。

 

「お前達を連れてきたのは、道中の安全のためだよ。目的地には着いたし、相手方のお屋敷に兵を連れて乗り込むわけにはいかないだろう? それに……だ」

 

 エリアスは、自分の周囲に居る男達を見回した。

 彼らは五人で構成される、元オリハルコン級冒険者……今ではエリアスが頼りとする親衛隊だ。

 

「彼らも居る。今日は幾つかの確認と話を聞きに来ただけだから、何の問題もないさ」

 

 この発言を受けて親衛隊のリーダー、ボリス・アクセルソンが自信たっぷりに頷いてみせる。彼は聖騎士とイビルスレイヤーを修めた戦士であり、私兵隊長よりも強いのだ。その彼が仲間と力を合わせたなら、私兵一〇〇名などは軽く蹴散らされるだろう。

 

(<火球(ファイヤーボール)>を撃ち込まれたところに斬り込まれ、その斬り込んでくる奴……例えばボリスに向けて支援魔法が飛んでくるとか……。そんなのの相手なんか、絶対に無理だものな……)

 

「わかりました。何かありましたら、どうにか外まで逃げてきて下さい。我々が盾となりますので」

 

 溜息交じりに私兵隊長が言うと、エリアスはニッコリ微笑んだ。

 

「ああ、その際は頼りにさせて貰おう」

 

 そう言い残し、エリアスはボリス達を連れて中へと入って行く。彼を案内したのは金髪メイド(ソリュシャン)だが、彼女が居なくなると代わりに中から黒髪のメイドが出てきた。長い髪をポニーテール状に纏めた……これまた絶世の美女だ。

 

「ここからは(わたくし)、ナーベラル・ガンマが担当させて頂きます。それでは、こちらにどうぞ……」

 

 仕事としての笑みだろうが、ナーベラルが微笑むと周囲に花が咲いたような錯覚が生じる。この時、ナザリック内の円卓の間にて、他のギルメンと共に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を見ていた弐式炎雷が、「うひょーっ! ナーベラル、マジ最高ーっ! ドジッ娘メイドも良いけど、有能メイドも最高ですなぁ!」とペロロンチーノ張りに叫んで小躍りし、近くに居た茶釜から冷たい目で見られていた。が、無論、ナーベラルには知る由も無いことである。弐式の命により、ペストーニャの厳しい指導を経て生まれ変わったナーベラル。彼女は、内心では虫酸が走る思いに耐えながら、レエブン侯(エリアス)の私兵らを内部へと案内するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おー、第九階層の通路に驚いてますね~」

 

 円卓の間に戻ったギルメン達……その中で、ヘロヘロが遠隔視の鏡に映るエリアス達を見て呟いている。その口調は実に楽しそうだ。

 各人は異形種化して所定の席に座り、中央に設置された四基の遠隔視の鏡を観察中である。ちなみに、遠隔視の鏡は本来であれば室内を覗けず、音声も拾えない仕様なのだが、ギルメンの幾人かがアイテムを持ち寄り補正を掛けることで諸問題を解決していた。

 

「第九階層は、どこもかしこもナザリックの美術陣が気合いを入れまくったからな。しかし、異世界転移して実体化すると、まるで美術館だぜ……」

 

 腕組みして映像を見続ける建御雷は、感心するやら呆れるやらといった様子。その隣で座る弐式は、「俺、ナーベラルを見たいんだけど。映像を受付棟に戻したら駄目かな?」と発言し、建御雷から叱られていた。

 

「基本的には応接室で話を聞くんだっけ? 俺達、見てるだけでいいんだよね?」

 

「弟、話を聞いてなかったの? ある程度話がまとまったら、玉座の間に案内して皆で挨拶することになってたでしょ?」

 

 茶釜姉弟が話し合ってると、エリアス達はソリュシャンの案内により応接室へと入っていく。室内にはモモンガとタブラ、それにアルベドとデミウルゴスが居るはずだ。

 

「レエブン侯かぁ。お貴族様ってやつよね~。デミウルゴスは有能な人だって言ってたけれど、協力的になってくれるかしらね?」

 

「人間は、至高の御方に協力的であるべきですよ!」

 

「ぼ、僕も、お姉ちゃんの言うとおりだと思います!」

 

 茶釜の後ろで居るアウラ達が発言する。NPCの認識によると、許可無く発言するのは不敬となっていたが、場の空気さえ読んでくれれば一々許可は取らなくて良い……と、モモンガが通達を出していた。従って、まだ遠慮がちな様子は見受けられるが、各NPC達は積極的に発言するようになっている。

 

「建御雷様。レエブン侯ナル者ガ従エテイル男達デスガ。強者ハ居リマスデショウカ?」

 

「さてな。デミウルゴス情報だと、元オリハルコン級とかって言うクラスだか位階だかの冒険者だったらしいが。クレマンティーヌより強いとは思えね~な。けど、いい目をしてると思うぜ? 五人一度に相手したら、面白い戦いが期待できるかもな」

 

「ソウデアレバ重畳デゴザイマスナ!」

 

 建御雷とコキュートスが会話しているが、こちらに関して他のギルメンらは「お客さん相手に闘志を燃やさないで~」と声にならない悲鳴をあげていた。

 

「ん……ゴホン。まあ、タブラさんは上手くいっても失敗しても他にやりようはある……みたいなこと言ってたけど。最近、ぷにっと萌えさんみたいに軍師働きしてるわよね~、あの人」

 

「今のところ頭脳労働だと、タブラさんと茶釜さんって感じだし。女性の茶釜さんを前に出すなら自分が……とか、考えてんじゃないかな?」

 

「え? 女性?」

 

 弐式が発言すると、茶釜はピンクの粘体を淫猥によじらせる。

 

「そんなこと言われると、私、どんな顔して良いかわかんない~」

 

「姉ちゃん。異形種化したままで、顔も何もないと思うんだけど?」

 

 よせば良いのにツッコミを入れたペロロンチーノだが、案の定、茶釜によって締められていた。

 

「まあ、私が頭脳労働枠かはともかく……手が足りなくなったら、そっち方面でも動くから~。後は、ぷにっと萌えさんが合流したら更に楽になるわよね!」

 

 アウラとマーレから「凄いです! 茶釜様!」といった讃辞を浴びながら、茶釜が身体を揺らしている。やはり淫猥だ。そういう仕草は人化してやって欲しい……とは、ペロロンチーノ以外の男性陣の総意だったが、誰も声には出さない。

 思っているだけに留めて、セクハラ発言には注意しなければ……。

 自分達はペロロンチーノとは違うのである。

 




 当初書き進めてた段階では、冒頭のギルメン会話が丸々無くて、タブラさんとモモンガさんの会話に関しては、タブラさんの説教色が強めでした。
 でまあ、モモンガさんを下げすぎかな……と思ったのと、皆で浮ついてたことにすれば、ある程度は展開の説得力が増すかな……と思って、このような形になっています。
 これでも、まだちょっと強引かな……とは思うのですが。
 レエブン侯には、原作よりは気楽(ホンの少し程度でしょうが)に協力して貰いたいと思ってたりします。
 そして、帝国に関しては対応保留と思わせといてウルベルト・コピーのパンドラを差し向けられるという結果になっています。
 最初の一発でジルクニフが死んだりして。
 連載を早めに終わらせるとしたら、ありなんですけど。 

 次回、台風の進路によっては、1回投稿をお休みするかもしれません。

<誤字報告>

ARlAさん、SHUNZIさん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん、トマス二世さん

いつも、ありがとうございます。

キャラのセリフに関しては、口調や言い回し、口籠もった感じの表現などで、文法的におかしいままにしてる場合がありますので、御了承願います。



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第47話

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 その通路を歩くレエブン侯ことエリアスと、お伴の親衛隊……元オリハルコン級冒険者五人は、ソリュシャン・イプシロンによって先導されながら通路を歩いている。

 壁際に置かれた壺一つ、とある通路で見かけた彫像。他には壁や天井の装飾など、目に映る一つ一つがエリアスらを圧倒していた。

 

(どれほどの資金を投入すれば、こんな……ここは通路だろう? ここまで華美にする必要があるというのか!? それとも、これが普通だとでも言うのか!?)

 

 受付棟と呼ばれる外部の屋敷、そこから大きな鏡をくぐって転移して来たのも驚きだが、このナザリック地下大墳墓の内装には本当に驚かされる。華美なのもあるが、感性の品格とでも言うのだろうか……装飾の洗練され具合が、王国の例えば王城などとは大違いだ。後方で歩くボリスら親衛隊に到っては、キョロキョロしすぎて首筋でも痛めたのか、手でさすっている有様。

 そうこうしている間に、エリアスらの少し前方右側の扉前でソリュシャンが立ち止まった。

 

 コンコン。

 

 軽やかなノックと共に、来客の到着を内部へ報告する。

 

(……気のせいか?)

 

 エリアスは小首を傾げた。自分達と話していたときよりも、ソリュシャンの表情が輝いているのだ。

 

(それ程までに主人に心酔しているということか。あるいは……手つきのメイドなのかも知れないな。あれほどの美貌ならば、その可能性は高い)

 

 これはエリアスの内心での独白だが、もしも別室で見物しているヘロヘロに聞こえたとしたら、「中に居るのはモモンガさんとタブラさんなんですけどね~。ああ、アルベドとデミウルゴスも居るか。私が居たら、もっと別な表情が見られたんですかね~」と言ったことだろう。

 

(いよいよ、アインズ・ウール・ゴウンと御対面か。ストロノーフ殿が強く警戒するほどの魔法詠唱者(マジックキャスター)……どれほどの者か。……緊張するな)

 

 襟に指をかけ、エリアスは首を軽く振った。

 無論、そんな自分を別室から魔法のアイテムによって観察されているとは想像もしていない。しかも、観察者たるヘロヘロ達のノリは『はじめてのおつかい』に近いものだ。茶釜から「うはっ、イケメンじゃないの! レエブン侯、頑張って~」などと、無責任な声が飛び、建御雷からは「茶釜さん。そこはモモンガさんを応援してやろうぜ?」といった突っ込みが入る中、エリアスはボリス達……親衛隊と共に応接室へと入って行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとタブラがソファに腰掛け待っていると、外からノックする音が聞こえた。

 

「ソリュシャンです。レエブン侯と親衛隊の方々をお連れしました」

 

「そうか」

 

 できれば来て欲しくなかったのだが、すでに扉の向こうまで来ている。モモンガは人化させた顔を酢でも飲んだように歪めると、入って貰うよう告げた。一度立ち上がって挨拶した後は、レエブン侯には向かい側のソファに座って貰うこととする。親衛隊に関してはリーダーのボリスのみ、レエブン侯の隣に座って貰うことにした。残りのメンバーは、応接室内から移動できる別室で待機して貰うつもりだ。

 モモンガ側としては、相手方と人数を合わせるべく、最初から同席していたアルベドとデミウルゴスを、親衛隊と同じ部屋へ移動させる。命令を受けたアルベドらは一瞬何か言いかけたようだが、タブラが「すまないが……」と一言発すると、それで顔を見合わせ、一礼してから退室して行った。

 

「……」

 

 別室へ移動して行く仲間達とアルベドらを、親衛長のボリスは黙って見送っている。そして皆が別室へ消え、扉が閉まったのを確認すると、思い出したかのようにモモンガへ向きなおった。

 

「それでは俺……いや、私が残りますが……。剣などの装備は持ったままでよろしいですか? 私も、それに他の者もレエブン侯の護衛ですので」

 

 その申出をモモンガは快諾している。

 エリアス達は安心したようだが、モモンガからしてみればボリス達の持つ武具では傷一つ負わないのだから、武器ぐらい好きに持っていて構わない。それでレエブン侯が安心して話せるなら、安い譲歩と言えるだろう。 

 

(なにせ上位物理無効化Ⅲがあるからな。レベル六〇までの攻撃しか防げないけど、クレマンティーヌの本気攻撃を試しても大丈夫だったし。この人達が、突然に暴れ出しても大丈夫!)

 

 戦闘面において、モモンガは余裕の構えだった。

 もっとも、これからの対話に関してはまったく自信が無いので、戦々恐々としている。タブラ任せにしたいのだが、それは駄目だと事前にタブラから言われていた。レエブン侯の入室までに幾つかの質問を予想した上で、模範解答を教え込まれ、後は流れでよろしく……とのことである。

 

(俺、資料取り揃えて準備万端整えないと、プレゼンとか出来ないタイプなんですけどーっ!)

 

 まったくもって準備が足りない。

 今のモモンガは、これは当人の気分的な話であるが、事前情報の無いレイドボスの前へ丸腰で放り出されたも同然の状態だった。いや、隣にはタブラが居るのだが、全面的に頼れないのが心を削りにかかる。

 こんな時、異形種化していれば、精神の安定化が起きて気楽で居られたかもしれないのに……。

 

(どうせ後で異形種の姿を見せるんだし……って、よく考えたら悟の仮面を付けて中身は異形種化しておけば良かったーっ! 何で忘れてたんだ、俺ーっ!)

 

 せっかく作ったアイテムを装備し忘れるとは、ギルメン達に知られたら長くからかわれること間違いなし。今から装備しても良いのだろうが、面と向かい合った状態でコソコソ小細工をするのは如何なものだろう。

 

(レエブン侯は、こんな訳のわからないところに数人で乗り込んで来たんだものな。俺が人間だったら絶対に無理だ。尊敬するよ、まったく……)

 

 敬意を表する。

 その意味を込め、モモンガは改めて腹をくくった。

 

「ようこそ。我らがナザリック地下大墳墓へ。先程すでに挨拶をしたが、改めて名乗ろう。私は当墳墓の支配者取り纏め役、アインズ・ウール・ゴウン。隣の男性は、同じく支配者の一人で……今回は私の補佐を務めるタブラ・スマラグディナと言う。……貴殿のことは……レエブン侯とお呼びしてよろしいかな?」 

 

「それで結構です。私の名は長いですからね」

 

 表面上は愛想良く、しかも微笑みながら言うエリアスに対し、モモンガは緊張の色を隠せない。腹をくくったと言っても、それで緊張感が無くなるわけではないのだ。

 

(……と言うか、妙に愛想が良いな。ナザリック地下大墳墓の地権に関して調査に来たんじゃないのか?)

 

 首を傾げたくなるのを堪えながら、今回の訪問にあたっての目的を確認すると、エリアスからは「そのとおりです」との返答があった。

 

「単刀直入に伺いたいのですが、このナザリック地下大墳墓とは大昔から存在していたのでしょうか? 少なくとも私自身は寡聞にして存じません。正直申し上げて、突然に出現したとしか……」

 

 そう言って笑うエリアスは困り顔だが、言われた側のモモンガは舌を巻いている。傍目にはそうとしか見えないだろうから「突然に出現した」と言ったのだろうが、ナザリックの住人であるモモンガにしても「突然に転移した」としか言えないのだから、心臓の鼓動が一拍飛んだような気分である。

 

(鋭いと見ていいのかな? さて、どう返事をしたものか……打合せどおりにいくか?)

 

 タブラと話し合って決めた回答例では、「昔から存在してましたが、何か?」というものだ。実態としては不法占用しているのだが、有りもしない地権を主張して突っぱねる。当然ながら、相手側に悪印象を与えるだろうが、何しろこちらは王国に対して支配を最終目的とした侵略事業の真っ最中なのだ。ここで多少は高圧的に出ても構わない。そういう方針だった……。

 

(でも、やはり、う~ん……。レエブン侯の物腰が、想定していたのとは違うんだよな~……)

 

 実は、タブラと相談して決めた高圧態度案は、『王国貴族……レエブン侯が強い態度で地権を主張してきた場合』を想定したものである。強気には強気で。そういうつもりだったのだ。

 ところが今のところ、エリアスの腰は低い。

 途中で豹変するかもしれないが、ここは当初の回答案から変更するべきだろう。

 

(となると第二案……。『魔法実験で転移して、この地に出現しちゃいました』だっけ?)

 

 この場合、土地の不法占用が確定なわけで、王国に対して分が悪くなる。ただ、馬鹿正直に下から接するのではなく、これで相手の出方を見るという狙いもあった。タブラが言うところでは『駆け引きのテクニック』であるらしい。モモンガにしても現実(リアル)での営業時代には、弱みをチラ見させてから交渉を有利に運んだことがあるため、タブラの考案した『第二案』には納得できる部分があった。

 

(やはり、ここは第二案だな。タブラさ~ん?)

 

 左隣のタブラを横目で見たところ、モモンガの心情を読み取ったのか彼は小さく頷いて見せる。打合せどおり、第二案で話して良いということだ。

 

「レエブン侯。まさにそのとおり、我らの地下大墳墓は突然に出現したのですよ」

 

「と、仰いますと?」

 

 口調は平坦なものだが、エリアスの目は大きく見開かれている。そんなこと、あるはずがない……と、そう思っているのだ。

 

「かつて居た場所で、とある魔法実験をしましてね。その失敗で、地表部から地下施設まで……丸ごとこの地に転移してしまったのです」

 

「そのような大規模な魔法……聞いたことがない……」

 

 エリアスが右隣のボリスに目を向けると、ボリスも困惑顔で首を横に振る。

 

「信じて頂けるかはともかく、王国に対しては早めに御挨拶に伺えば良かったのですが、なにぶん、転移してから日が浅いもので……。近くの村で活動するのが精一杯でした。結果としては、レエブン侯に御足労頂くことになりましたが、その件については申し訳なく……」

 

「な、なるほど……。いや、まだ納得したわけではないのだが……」

 

 額の汗をハンカチで拭ったエリアスは、暫し視線を下げた後にモモンガへと視線を戻してきた。

 

「では、その転移の事故があったとして……貴殿らは、どうされるおつもりなのか。この地は……王国の領土なのですが……」

 

「ふむ……」

 

 多少路線は変わったが、概ねはタブラと相談した様に話が進んでいる。高圧的に喧嘩を売ってくるようであれば、真正面からの王国支配に取り組む。こちらを尊重した上での交渉を行うのであれば……。

 

「当方としては王国に対して敵対する意思はない。(支配する意思はあるけどね!)しかしながら、元々の王国民ではないので、臣民あるいは王国民として服従するのは御免被る。土地代とて支払う気はない」

 

 取りつく島もないような言い様にエリアス達は呆気に取られるが、それが怒気や憤慨へ移行する前に、モモンガは一つの提案を行う。

 

「とはいえ、それだと王国側も収まりがつくまい。そこで……だ。我々からは、王国に対して一定の助力をする用意がある」

 

「と、仰いますと?」

 

 エリアスが身を乗り出すようにして聞いてくるが、そこでモモンガは首を傾げた。

 

「先程から気になっていた……。レエブン侯は、こちらを上位に見立ててお話をされる。我々は、まだお互いについて良く知っているとは言いがたいと思うのだが……」

 

 素直に疑問をぶつけてみると、エリアスは苦笑する。

 

「今回、私が地権交渉役を任されたのは第二王子の意向によります。その際、第二王子から、くれぐれも失礼の無いようにと念を押されていまして……」

 

「ふむ、第二王子……。なるほど……」

 

 なるほどと言ったが、勿論、モモンガは理解していない。何故、第二王子がレエブン侯を寄越すのか。どういった水面下の動きがあったのか。まったく不明だ。

 

(どうせ、デミウルゴスがやってる支配事業の影響なのだろうが……)

 

 こうなったら深く考えても仕方がない。

 

「失礼をした。話を戻すとしよう。助力の話だったな」

 

 一つ一つ区切って言ったモモンガは、これまたタブラと打ち合わせ済みである『助力の内容』について述べていく。具体的に何をするかと言えば、戦力の提供だ。 

 

「このローブを見て貰っておわかりかと思うが、私とタブラは魔法詠唱者(マジックキャスター)。その実力は非常に大きなものだ。また、ナザリックには多くの強者が存在し、一大戦力として王国の支えになるだろう。この助力をもって、この地における我らの……自治権を認めて頂きたい」

 

 本当は、ザナック第二王子を足がかりとして裏からの支配を目論んでいるのだが、それを正直に話す気はない。 

 

「それは……また、大きく出……いや、途方もない……」

 

 エリアスは魔法詠唱者(マジックキャスター)を軽んじる大多数の貴族とは違い、その力を正しく理解している。それはボリスら元オリハルコン級冒険者らと接することで、体感して培った感覚だが、それでも一大戦力だと言われると首を傾げざるを得ない。

 

(バハルス帝国のフールーダ・パラダインなら、一人で一軍に匹敵する……あるいは戦局を変えることが可能な魔法詠唱者(マジックキャスター)と言えるが……)

 

 目の前の二人が、フールーダに匹敵する魔法詠唱者(マジックキャスター)かと言われると、鵜呑みにはできない。これほどの豪華絢爛な巨大地下施設を所有していたとしても、その主が大魔法詠唱者(マジックキャスター)であるとは限らないではないか。

 そうした思いから、エリアスは次のような質問をモモンガに投げかけた。

 

「人を見る目がないとお思いになるでしょうが、私にはゴウン殿の実力がよくわからない。どうも魔法には詳しくないもので……」

 

 いったい、何位階の魔法まで使用可能なのか。

 探ると言えば人聞きが悪い。しかし、戦力を提供すると聞かされれば、ナザリック側の使用できる魔法位階の上限……それを知りたいのは当然だろう。そして勿論、この質問もタブラにとっては想定の範囲であった。

 

「なるほど。詳しくないと言うのであれば、先に話さねばならないことがある。この地において、人が扱える魔法位階の上限は第六位階だと聞いた」

 

 段取りどおりに話せば良いだけなので、モモンガの口調は余裕に満ちている。

 

「仰るとおり。帝国のフールーダ・パラダインは、人類最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)と言われるが……。その彼で、第六位階が上限のはずですな」

 

 エリアスが頷いたのを確認したモモンガは、その人化した顔を愉快そうに歪めて続けた。

 

「では、私や隣のタブラが、第七位階の魔法を使用可能だと言えば……如何かな?」

 

「なっ!? 第七位階ですと!?」

 

 エリアスが腰を浮かし、ボリスが顔全体で驚愕を表現する。モモンガにしてみれば、ナイスリアクションだが、この辺で駄目押しが必要だということも理解していた。

 

(実演は大事! ニグンやロンデスの時にもやったし!)

 

 そもそも手の内を見せるにしても、第七位階の魔法で済むのであれば気が楽だ。タブラが言うには、「転移後世界では第六位階が最高。大儀式を行うと第七位階も……という程度であれば、我々は普通に第七位階まで使えるとした方が良いでしょう。一段上で見積もられても第八位階。念を入れてもう一段階上げたところで第九位階ですからね」とのこと。モモンガ達は第九位階の上、第十位階や超位魔法を使えるのだから、隠し球を有することとなる。

 とは言え、更に上を見積もられて、第十位階及び超位魔法に相当する『何か』を使えると想定された場合はどうなるか。この心配をモモンガが口にしたとき、タブラは肩を揺すって笑ったものだ。

 

「想定できたところで、第六位階止まりの人達が超位魔法に対抗できるわけないですよ。よしんば対抗可能だったとしても、ほら、『目の前にプレイヤーが居る』と思えば、特に慌てることはないです」

 

 アインズ・ウール・ゴウン側のプレイヤー数が負けているなら撤退するだけだし、同数ないし数で勝っているなら、やりようはある。相手方に、たっち・みーのような超個人が存在するなら話は変わるが、それとて対処法はあるのだ。

 

「興味がおありのようだ。ならば、レエブン侯……」

 

 タブラとの会話を心地よく反芻しながら、モモンガはエリアスに申し出る。

 

「このナザリック内には闘技場がある。そこで、魔法の実演などしてみようかと思うのだが……。御覧になるかな?」

 

「よろしく頼む! いや、頼みます!」 

 

 期待に満ちた表情で言うエリアスに対し、モモンガは鷹揚に頷いてみせる。

 その後、エリアスや親衛隊らは、第六階層の円形闘技場にて第七位階魔法が乱発されるのを目の当たりにすることとなった。そして暫くしてから同応接室に戻ってきた時……エリアスと親衛隊の面々は、口から魂が抜けるが如き放心状態になっていたという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第六階層でのデモンストレーションが終了し、エリアス達は元居た応接室へ戻っている。高位階魔法の乱発を目の当たりにしたせいか放心状態から回復せず、心配したモモンガは魔法で元に戻すことも考えたが、来客に魔法をかけるのは如何なものかとタブラが指摘したことにより、一度休憩することとなったのだ。

 

(大丈夫かなぁ……)

 

 闘技場で立つモモンガは、アルベドによって連行……もとい、引率されたエリアス達を見送ると、タブラと連れだって円卓の間へ移動する。室内では人化した状態の各ギルメンが居て、モモンガ達を労ってくれた。本来なら、エリアスらとのやり取りを報告するところだが、その必要はない。なぜなら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で事の最初から見ていたからだ。本来なら音声を飛ばせないアイテムであるが、そこは課金アイテムを組み込むことで、いわゆるテレビ放送を視聴するかのような運用が可能となっている。

 

「モモンガさんよ。タブラさんとで、焼夷(ナパーム)やら連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)なんかを阿呆ほどブッ放してたよな。レエブン侯って人、お伴の連中と一緒に固まってたぞ?」

 

 自分の席で座る武御雷が苦笑交じりで言った。それに釣られるようにヘロヘロやペロロンチーノも笑うが、言われているモモンガとしては気恥ずかしいことこの上ない。レベル的には圧倒的格下の相手に、第七位階程度の魔法を放ってドヤ顔していたのだから、思い出すと顔が熱くなる。

 

「あ、あ~……いや、ゴホン。それで……ですね。さっき俺とタブラさんとで魔法を見せた感触は良かったと思うんですよ。後は、玉座の間で正体を明かして心を折る……じゃなかった、敵対する無意味さを認識して貰おうと思うんですけど? ただ……」

 

 最後にモモンガが口籠もると、ギルメン達は顔を見合わせた。

 これからの予定はモモンガが言ったとおり、異形種としての姿を見せてエリアスらの心を折ること。しかし、応接室で話し、闘技場で発動させた魔法の一つ一つに目を丸くするエリアスらの態度が、モモンガの心を軟化させていたのだ。

 

(そこまでしなくて良いんじゃないの?)

 

 異形種化したままでエリアスらに応対していれば、このような気持ちにはならなかったのかもしれない。だが、人のままで接したこと、かつての全員ではないが幾人かの仲間が共にあること。それらの要因がモモンガを躊躇わせている。

 

「ああ、脅して従わせるの……気が進まなくなったわけね~」

 

 察した茶釜が言うと、建御雷や弐式が「なるほど……。まあ、ねえ。レエブン侯、礼儀正しいものな」と頷いた。ペロロンチーノやヘロヘロも、特に反対する意思は無いようで建御雷達の言葉に頷いている。残るギルメンはタブラだが……。

 

「いいんじゃないですか? 相手の態度によって対応を変えるのは、大いに『あり』ですよ。たらし込まれるのは避けるべきですけど。今回は相手方……王国の戦力や……裏なんかに脅威はありませんし。仲良くしつつ支配できるなら、それに越したことはありません。それと、私的にはデミウルゴスに確認しておきたいんですけど……」

 

 つらつらと述べてモモンガを安心させたタブラが、言い終わりにデミウルゴスの方を見た。デミウルゴスは創造主(ウルベルト)の居ない席の後ろで立っていたが、名を呼ばれてタブラの……そしてモモンガを含めた『至高の御方』の目が向いたことで背筋を伸ばす。元々伸ばしていた背筋は、より一層力を入れたことでガチガチに固まっているのが見て取れた。

 

「そう固くならなくていいよ。さっきレエブン侯から聞いたのだけれど、彼はザナック第二王子からの強い要望で、ここに来ることになったそうなんだ。デミウルゴス。これは君が第二王子に指示したことなのかな?」

 

「結論から申し上げますと、誘導した……と言ったところでしょうか。タブラ・スマラグディナ様。私が第二王子に要請したのは、誰か信頼するに足る者を地権交渉人として寄こすことです。あとは第二王子との会話において、レエブン侯の名を出した程度で……」

 

 最終的にレエブン侯が来ることになったのは、あくまでザナック第二王子の意向によるもので間違いないとのこと。

 この説明を頷きながら聞いていたタブラは、苦笑しつつ天井を仰ぎ見る。

 

「なるほど。そうなると、ザナック第二王子……いや、王国は運が良かったことになるかな? 違うな。レエブン侯を選抜した第二王子の、賢明さ故のベストルートか……」 

 

 訳がわからない。そういった空気が円卓の間に蔓延したことで、タブラは皆に説明した。

 元々のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』側の方針。それは、差し向けられた地権交渉人の態度が悪ければ、最終的に地権交渉人を殺害、そのまま王国に侵攻を開始していたかもしれない。そう、裏からの支配など無かったことにして力でねじ伏せにかかるのだ。

 

「最悪は、そのルートになるかな? ううん、けれどナザリックには私達が揃っているから……ねぇ。相手の態度が悪かった……威圧的や攻撃的だった場合でも、いきなりそこまではいかないか。私達に対しての無礼があったからと言って、それで指示を待たずに行動に出るような僕は居ないと思うし~」

 

 言いながら、タブラはデミウルゴスとアルベドを見る。デミウルゴスらは焦りを隠すように視線を下げた。これはセバスやソリュシャンなど、他の僕らも同じである。唯一、モモンガの後ろで立つパンドラズ・アクターのみは、身動ぎもせず直立不動を保っていた。

 

(パンドラだけが……か。デミウルゴスや私のアルベドも凄いけど、彼が頭一つ抜きん出てる感じだな……。モモンガさん、いったいどういう設定をパンドラに盛り込んだんだろう。今度、詳細な設定の聞き取りでもしてみようかな?) 

 

 実行したらモモンガの精神が死ぬか、暫く自室に籠もって出てこなくなるようなことを考え、タブラは話を元に戻す。

 

「そんなわけで、多少は可能性があったんですよ。私達の手による王国殲滅という可能性がね。けれど、実際は違った。レエブン侯の言動……態度かな、それが割と好印象なのでモモンガさんの心が動かされている。もちろん、私もです。いや本当に、ザナック第二王子の人選が良かったおかげですね! そこで……」

 

 当初の『異形種としての正体を晒して心を折りに掛かる』という方針を破棄。このまま戦力の貸し出し等、協力態勢のまま王国との関係を進めていくことをタブラは提案した。

 

「要はナザリック地下大墳墓の維持費用を調達できれば良いのであって、王国を利用しながらではありますけど、友好的に行動してもかまわないでしょう。無論、途中で王国が掌を返した場合は元どおりの方針になるか殲滅ですし……。そう、あれです……アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売るとタダでは済まないというやつです」

 

 言い終えたタブラが肩をすくめると、ギルメンの誰もが悪そうな笑みを浮かべた。

 そう、アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売るとタダでは済まないのだ。しかし、協力的かつ友好的な相手であるなら、親交もやぶさかではない。ユグドラシル時代とて、少なくはあったがアインズ・ウール・ゴウンと親しくしている者は居たのだ。

 

「では、モモンガさん。どうぞ……」

 

「え? あ、はい……」

 

 話を振られたモモンガは、人化したままの……鈴木悟の顔で慌てながら、居住まいを正す。

 

「え~……皆さん。当初、俺達は地権交渉人として派遣されるのが大貴族であると聞いて、上から目線で好き放題言われることを想定していました。そうした相手に武力を見せつけ、正体を晒して反抗心等をへし折る予定だったのですが、どうやらレエブン侯にそれをする必要は無いと思います。そこで、タブラさんの話でもありましたが、基本的には王国へ協力する形で接していき、支配に関してはナザリックの意向に添うよう、裏から誘導する方向で動きたいと思います。どうでしょうか?」

 

 反対意見は……出なかった。

 皆、遠隔視の鏡で見聞きしていたので、モモンガの気持ちは良くわかるのだ。あちこちで「んだんだ、モモンガさんの言うとおりだ」や「建やん。ちゃんと考えてるか? 俺もモモンガさんの考えに賛成だけどさ」と言った声が聞こえる。

 つまりは、修正されたモモンガ案で決定ということだ。

 

(良かった~……。相手の方で落ち度が無いなら、無理に恫喝する必要とか無いもんね。人化してると本当にそう思うわ~) 

 

 肩の荷が下りた気分になったモモンガであるが、無論、それは錯覚である。何故なら、エリアス達が帰った後、暫くすると、今度は法国の訪問団がやってくるのだから……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一方、応接室に戻ったエリアス達は、モモンガらが居ないこともあって応接セットをフル活用して腰を下ろしていた。が、エリアスを始めとして皆が脱力している。

 

「本当だった。本当に、第七位階だった。それを、あんなにポンポン発動させるとか……え? 何? 神様? 神様なの?」

 

 親衛隊唯一の魔法詠唱者(マジックキャスター)、ルンドクヴィストが引きつった笑いを浮かべながら言うと、リーダーのボリスが薄ら寒そうに周囲を見回した。

 

「案外、本当に神様なのかもな。見てた感じ、ゴウン殿……いや、『様』達は気さくな感じがしたが……。怒らせたら生きて帰れる気がしないぞ……。あっ……」

 

 言った直後、ボリスは口を右掌で覆う。

 生きて帰れないなどとは、護衛対象に聞かせて良い言葉ではないのだ。しかし、慌てるボリスに向けて、エリアスは右手の平をスッと掲げた。

 

「構わない。私だって、その様に思うからな。しかし……だ。あれほどの力を見せられては、相手方の要求を突っぱねることなどできまい。彼らの要求とは、この地の自治権だったが……ただ明け渡すならともかく、あの力を持って協力してくれると言うのであれば。ここは要求を呑むのが最良の選択だろう。他の頭悪い系の大貴族を説得するのは骨だが……」

 

 地権交渉の権限は自分にあるのだから、ある程度のゴリ押しは可能だろう。少なくとも、要求を呑むところまでは問題ないはずだ。ただ、今心配したとおり、六大貴族には納得せずに騒ぐ者も居るだろう。下手をすれば、勝手に討伐軍を派遣しかねない。

 

(そこは早急にザナック殿下と……いや、国王陛下とも協議して釘を刺すか……。あるいは……)

 

 もっと踏み込んだ対策が必要かも知れない。

 例えば、無断でナザリック地下大墳墓や、その関係者に手出しするならば、王国の敵と見なす……といった対策だ。

 

「そうやって関係を切らないと、王国に対して責任を求められる。いや、もう一声必要か……。事を察知したらナザリック側にも連絡し、共に対処を講じるのだ。基本的に王国側だけで何とかできようが、無理なら協力を要請したいし、何より……事前にナザリック側に知らせることで、阿呆共に対する『縁切り』を認知して貰えることだろう」

 

 一人呟き続けたエリアスがふと気づくと、ボリス達親衛隊が、呆気に取られた様子で彼を見ている。

 

「どうした、お前達?」

 

「れ、レエブン侯……。今のお言葉を聞かせて頂きましたが……。そこまで、しなくてはいけないのでしょうか?」

 

 代表して発言したのはボリスだったが、その声は微かに震えていた。他の者も口には出さないが、不安そうにエリアスを見ている。対するエリアスは溜息をつき、太股の上に腕を乗せると手指を組んだ。

 

「そこまで……しなくてはいけないのだ。そもそもだな、ここで私が地権を強く主張して、ゴウン殿達と物別れに終わったらどうするんだ? さっき見た第七位階魔法が王都に降り注ぐんだぞ? 下手すれば明日……いや、今日にも王国が滅んでしまうわ。だから、これでいいんだ」  

 

 エリアスが力説すると、ボリス達は納得いったのか質問することを止める。それら親衛隊の様子を見たエリアスは、フンと鼻を鳴らして天井を見上げた。

 

(あれだけの魔法を使えるなら、正面から叩き潰す形で王国を支配できるはずだが……。それをしないのは……話のできる相手だと見て良いのだろうか。他にも目的があるかも知れん……が、王国が安泰なら目を瞑っておくべきか……。さしあたっては帝国との紛争、あれに助力して貰いたいものだ)

 

 ここ数年のバハルス帝国との紛争は、王国側に不利となっている。帝国側は多くの職業軍人(主に騎士など)を抱えているが、王国側は農民などを徴兵した軍編制だ。数で帝国に優越できるも、その質は比べるべくもない。それに、戦死者が出た場合、国家としての生産力に打撃を受ける割合は王国の方が大きいのである。エリアスの見たところ、毎年紛争を続けていくとしたら、あと数回の内に、王国はバハルス帝国の軍事行動に対応できなくなるはずだ。

 そうなる前に、バハルス帝国に手痛い打撃を与えることができれば……。

 

(やはりナザリックの助力は必要だ。……それもまた馬鹿共(大貴族)が騒ぐだろうが……なに、大丈夫だ)

 

 いざとなれば、ナザリック側に好きなように動いて貰えば良い。彼らの行動を力で止められる者など、王国には存在しないのだから。

 

(彼の王国戦士長殿でも不可能だろうな……)

 

 最後に付け足したエリアスは、少し前のモモンガとは違い、本当に軽くなった肩をすくめるのだった。

 




前回投稿から随分と間が開きまして申し訳ない。
クレーマー対応に追われたり、仕事が増えたり、自宅修繕周りで上手く事が進まなかったり、気疲れか自動車事故でマイカー全損したり……と。
色々あって書く余裕が無かったものでして。
とにかく最近は平日に書く余裕が無いので、土日でちょっとずつ書き進めてました。
ここ数週間は、土曜日に医者通いしてましたけど……。

さて、私事はココまでにして……。
レエブン侯は、あんな感じになりました。
方針転換した理由は本文のとおりですが、書き手的には「このあと法国が来るのに、インパクトは後に回した方が良いよね?」といった感じです。
玉座での正体お披露目を2連発するのもどうかと思いまして……。

レエブン侯が来たのはデミウルゴスの策謀によるものか?
過去にも触れてたと思いますが、厳密には今回のデミの説明の方でいく……ということで。

<誤字報告>
食べるの大好きさん、リリマルさん、yomi読みonlyさん、
冥﨑梓さん、埼玉紅さそりさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第48話

 ナザリック地下大墳墓、第六階層。円形闘技場。

 

「俺が思うに、最後の斬り込みは狙いは良かったと思うぜ? 受けられても、そこを起点に別の攻撃ができたろうし、躱されても方向は絞れるってんで、追撃しやすい。そんなとこだろ?」

 

 茜色の空……が表示された闘技場の『空』の下、武人建御雷がレクチャーしている。相手はレエブン侯ことエリアスが連れて来た親衛隊のリーダー、ボリス・アクセルソンだ。エリアスとモモンガ達の会談が終了したので、元オリハルコン級冒険者だというボリスらに興味を持っていた建御雷が手合わせを申し出たのである。建御雷は人化した状態であったが、どういうわけかモモンガやヘロヘロの三〇レベル相当を超える、五〇レベル相当の身体能力を有しており、ボリスらをパーティーごと相手取っても苦も無く勝利を得ていた。

 

「読まれてましたか……」 

 

「ははっ、まあな」

 

 悔しいを通り越しているのか笑っているボリスに対して、建御雷は曖昧に頷く。

 

(なんかズルしてるみて~で、申し訳ないな……)

 

 レベル差による身体能力の違いからボリスの動きが遅すぎ、更には近接職として有している特殊技能(スキル)の中で、相手の攻撃を軌道のように察知できるものがあるのだ。もちろん、自身の現実(リアル)で培った技術や経験も役立ったが、そんな建御雷だからこそ思う。

 

(ゲームなんかじゃなくて、元より身一つで鍛え上げたボリスの方が凄ぇんだけどなぁ)

 

 しかし、今の武人建御雷の正体は半魔巨人(ネフィリム)だ。人化していたとしても、その本質は異形種。その現実に、そこはとなく寂しさを覚えた建御雷は、その思いを表に出すことなく、手合わせから指導へと変わったボリスとの会話に興じ続けるのだった。

 一方、エリアスから「ゴウン殿には、忍者のお仲間もいらっしゃるとか?」と聞かれたことで、弐式炎雷も闘技場に顔を出している。彼が相手をしているのは、親衛隊で盗賊職を修めているロックマイアーだ。

 

「うへぇ!? 今のナイフ、死角から投げたのに掴み取ったりするのか!?」

 

「風切り音もあるけど、投げたナイフに気配が残る……残留思念って言うのかな。そういうのも感知の決め手になるんだよね~」

 

 ロックマイアーが投じたナイフ二本を、弐式が右手だけでジャグリングのようにしている。こちらもプレイヤー故の高レベルと特殊技能(スキル)に物を言わせているが、建御雷と違って悩んだりはしていない。仮面と忍服の下は、誰に恥じることもなくハーフゴーレムの状態だ。後で建御雷から「お前は大人げない」と説教されることになる弐式は、罠発見や解除についてロックマイアーと語り合っている。

 親衛隊メンバーと語りあっているギルメンはもう一人居て、それはタブラなのだが、相手たる親衛隊メンバーは魔法詠唱者(マジックキャスター)のルンドクヴィストだ。ルンドクヴィストは先のデモンストレーションを見て最も感じ入った人物でもある。何しろ第三位階で精一杯の彼が、第七位階魔法を目の当たりにしたのだ。興奮の次元がボリスなどとは段違いであり、その場でモモンガ達に弟子入りを申し出たほどだった。

 そのようなルンドクヴィストに対し、一歩前に出て対応したのはタブラ・スマラグディナ。一見気むずかしい風貌のタブラだが、その物腰は柔らかくフレンドリーであり、四十五歳と、さほど歳の離れていないルンドクヴィストの質問に次々と答えていく。中には「それほどの位階に到達するには、何処で修行を積んだのか?」と言った答えにくい質問もあったが、そこはさすがのタブラで、相手が納得する方向へと話を受け流していた。

 

「そんなわけで弟子は取ってないんですけど、ここで会った機会と言っては何ですが、これを進呈しましょう」

 

 そう言って手渡したのは、一冊の書物。タイトルは『第四位階への案内状』だ。

 

「こ、これは!?」

 

 興奮気味に受け取り、許可を得て開いてみたルンドクヴィストだったが、その顔は途端に強張る。文字が読めず、内容が理解できないのだ。

 

「なるほど。……ほとんど日本語ですしねぇ……。しかし、大丈夫ですよ」

 

 そう言ってタブラは笑う。

 このアイテム、所持した状態でモンスターを一定数倒すと第四位階魔法が解放されるというものなのだ。よって内容が理解できずとも効果は発揮できる。

 

(元々は、高レベル帯の戦闘に交ざれない魔法職が、一人で経験値稼ぎするための補助アイテムなのだけどね~。第三位階までしか使えない魔法職限定で、取得経験値にボーナスがつくって言う……)

 

 マメにログインして経験値を稼いでいると、ほぼ使うことのないゴミアイテムなのだが、ルンドクヴィストには有益な品となるだろう。そのアイテム効果についてタブラが色々ボカしつつ説明すると、ルンドクヴィストは目を輝かせた。

 

「だ、第四位階!? この俺……いや、私が、第四位階に到達できるのですか!?」

 

 転移後世界では、熟練した魔法詠唱者(マジックキャスター)で第三位階、英雄と呼ばれる存在で第五位階が限界位階だと言われている。第四位階と言えば、その狭間……一部の天才と呼ばれる者達の領域なのだ。

 興奮するルンドクヴィストに対し、タブラは「まあまあ」と落ち着かせにかかる。

 

「ルンドクヴィスト殿には、検証をお願いしたいのですよ」

 

「検証……ですか?」

 

 ルンドクヴィストが今一つ理解が及ばないようなので、タブラは説明を続ける。

 タブラ自身は自力で今の位階に到達したが、結果としてこのアイテムを使用しなかった。ゆえに効果は確かにあると思うが、実証はできていない……という設定で、ルンドクヴィストに検証を依頼するのだ。

 

「信用のおけない人で試すわけにはいかないですしね。ま、そういった実験を兼ねているので、無料で進呈しますよ」

 

「こ、このような貴重なアイテム……いや、本を……」

 

 ルンドクヴィストは震える手で本を抱きしめる。

 

「それを持った状態でモンスターを倒す等して……その間の使用感覚や、首尾良く第四位階に到達できた場合など。ルンドクヴィスト殿からレポートを提出して貰えるのなら、別途謝礼はしますよ。金銭か魔法(マジック)アイテムになるかは、今のところ未定ですが……」

 

「是非とも、魔法アイテムでお願いします!」

 

 鼻息荒く申し出るルンドクヴィストに、タブラは苦笑を禁じ得なかったが、それでも愛想良く話し続けるのだった。

 円形闘技場で繰り広げられる仲間(ギルメン)達とレエブン侯親衛隊の交流。これをモモンガは、離れた位置でエリアスと共に見ている。

 

「何と言いますか……。私の親衛隊……部下共が……」

 

「いえいえ、皆楽しくやっているようで。お気遣いなく」

 

 額に汗するエリアスに対し、モモンガは人化した顔をホッコリさせていた。ユグドラシル時代、ギルメンのギルド外での知人友人をナザリックに呼んだことはあるが、ギルメンが楽しそうにしているとモモンガも楽しくなってくる。こういった客なら、まさに大歓迎なのだ。

 

「時に……ゴウン殿?」

 

「なんでしょう?」

 

 隣で立つエリアスが問いかけてきたので、モモンガは相手に顔を向けた。対するエリアスは先度とは違う汗を額に浮かべながら、下から伺うようにして口を開く。

 

「正直なところ、ゴウン殿の目指すところは……何処にあるのでしょうか?」

 

「目指すところとは……。随分と曖昧な質問だ……」

 

 ゆったりと微笑みながら、モモンガはその穏やかな瞳をギルメン達からエリアスに向けた。もっとも内心では大いに焦っている。

 

(なんでそういう突っ込んだ質問を、タブラさんが離れてるときにするかなーっ!?)

 

 しかも質問内容は、ナザリックの方針に関することだ。こんな事を自分一人で答えて良いものだろうか。モモンガは悩んだが、結局、当たり障りなく真実に近いところを話すことにした。全部を話すわけにはいかない。しかし、本音を交えて言えば、相手は納得するかもしれない。そう考えたのだ。

 

「レエブン侯。私は私の友人と、その子供達が大事だ。そして皆を守っていくためにはナザリック地下大墳墓が重要であると考えている。当面は皆を護り、ナザリックを維持するために尽力することになるだろうな。その後については……わからん、としておこうか」

 

 一息で話しきり、モモンガは闘技場の上部で展開されている『夕焼けの空』を見上げた。

 

こちら(転移後世界)に来て日が浅く、考えると言えばその程度のことだ。だがな、レエブン侯……何を置いても守りたいものというのは……貴殿にも有るのではないかね?」

 

(よーし! イイ感じで締めくくったぞぉ!)

 

 一党を率いる者としては身内が大事で拠点も大事というのは、当たり障りがなくて悪くない説明だろう。それほど内情も漏洩していない感じで、これならタブラも褒めてくれるのではないだろうか。

 満足感に浸るモモンガであるが、気がつくとエリアスが小刻みに震えていた。

 

「……レエブン侯? どうかし……」

 

「そのとおりですとも! ゴウン殿!」

 

「うを……」

 

 声を掛けようとした瞬間。モモンガは目を輝かせたエリアスに詰め寄られ、軽く仰け反った。勢いに負けて少し引いたわけだが、エリアスの方は構わず続ける。

 

「守りたいもの! ええ、私にもあります! 一人息子でして、私は愛情を込めて『リーたん』と呼んでいるのですが! これがもう、目に入れても痛くないほどの愛らしさ! まさに天使!」

 

 人外の領域に達する魔法を見たせいか、あるいは、その様な強大な力を持つ者に接して緊張していたのか、妙なスイッチが入ったエリアスが興奮しつつ喋り続けている。これにはモモンガも困惑を通り越して困り果てたが、考えてみれば営業先で社長さんの自慢話に付き合うようなものだ。そう思えば……と気を取り直し、エリアスの語りに付き合い続けることとする。

 結果としてエリアスの『リーたん自慢』は二十分の長きにわたり、話し終わる頃には親衛隊やギルメンらが自分達の用件を終えて、モモンガ達を見物していた。根気強くエリアスの話を聞くモモンガを、他の者達……主にギルメンらはホッコリした目で見ていたという……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「では、ゴウン殿! これにて失礼します! 必ずや良き報告をお持ちしますので!」

 

 満面の笑みを浮かべたエリアスは一礼し、馬車の中へと乗り込んでいく。その馬車の周囲を元冒険者の親衛隊が取り囲み、ナザリック外で待機していた私兵ら百名ほどが付き従いだした。

 見送るのは、モモンガとタブラ。そして彼らの後方で立つアルベドとデミウルゴスの四人。その姿が小さくなり、更にはナザリック地下大墳墓周辺にある『以前には存在しなかった丘陵地帯』にさしかかったところで、馬車内のエリアスは肩の力を抜いた。

 

「悪くはない感触だったな。……後は努力と運次第だが……」

 

「努力と運……ですか?」

 

 対面で座る親衛隊リーダー……ボリス・アクセルソンは首を傾げる。ボリスの膝上には武人建御雷から土産として持たされた長剣が一振り置かれていた。建御雷にしてみればユグドラシル時代のドロップ品で、特に思い入れがあるわけではない。だが、オリハルコン素体にアダマンタイトコーティング、使用者の筋力と魔法耐久力を五パーセント上昇させる効果……。それは、この世界にあっては相当に強力なものだ。ボリスに言わせれば「お伽噺クラスの神剣」であった。その剣の鞘を大事そうに撫でながらボリスが言うので、エリアスは苦笑しつつ言う。

 

「今日、あの地に出向いたのは地権交渉のためだった。何しろ王国の領地を勝手に占有しているのだからな。だが、ザナック王子は非常に気を遣っておられる。くれぐれも失礼の無いように……と。だから、私は考えた。名目上は地権交渉であるが、私に期待されているのは、あの地に居る者達を見極め、理解することだと……」

 

「……理解は出来ましたか? 私的には……色々と体感できたのですが……」

 

 少し稽古を付けて貰ったが、建御雷の強さはボリスの寿命が千年延びて、その延びた分を修行漬けにしたとしても届く領域ではないように思えた。その様な高き存在に稽古をつけて貰い、なおかつ超兵器とでも言うべき剣を譲られたのだ。出発前ならエリアスの言ったことは理解できなかったろうが、今のボリスなら何となくわかる。

 しかし、エリアスは笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「理解は及ばなかった……と言っておこうか。私では、あの者……いや、あの方達の力を測るには知恵も経験も力も不足している。……あの第三王女なら、あるいは……いや、ともかく理解は出来なかった……ということだ。ただ、絶対に敵に回すべきではない存在というのはわかる。そして、今のところ、友好的で居てくれるということもな」

 

 これがもし、自分以外の貴族などが地権交渉に赴いていたなら、どうなっていたか……。例えば、魔法詠唱者(マジックキャスター)を軽んじるタイプで、貴族第一主義のような者がナザリックに行ったとしたら……。

 

 ブルルッ……。

 

 寒気を感じたエリアスは『今回は発生しなかった事態』を頭から振り払う。

 

「そこで努力と運の話に戻るが……。そういった強大な力を持つ者達が、いつまで王国に対して敵対しないで居てくれるだろうか。このまま、ずっと……友好的で居てくれると思うか?」

 

「それは……。何とも……」

 

 ありえない。そう断言することができず、ボリスは顔を歪めた。個人的に武人建御雷という男には、大きな尊敬の念を持っている。が、今のエリアスの言葉を否定し切ることができないのだ。

 即答できず口籠もるボリスを見て、エリアスは大きく頷いた。

 

「私もボリスと同じだ。私が見たゴウン殿の人となりは、親しみやすく何処か一般人……いや、こう言ったら失礼だが、平民のような雰囲気を感じたな。だが、それもまた彼の人となりだろう。無理している雰囲気も窺えたが……好感を持てる範囲ではあった」

 

 しかし……だ。個人的な好感とは別に、強大な勢力には一定の注意を払うべきだろう。機嫌を損ねでもしたら、最良の友人が最悪の敵になりかねない。

 

「そうならないようにする努力は必要だ。が、私達の手から『水』が漏れることもあるだろう。阿呆な貴族が独自にゴウン殿達……ナザリックにちょっかいを出したりなどな。今のうちに対策を講じておかなければならない。完璧を期すべきだ。だが、それでも……」

 

 エリアスの口から大きな溜息が出た。

 

「それでも運の要素が強い。いやはや、私達の手に余る不測の事態など、起こって欲しくはないが……やはり運を期待してしまうな。マメにナザリックに顔を出して、彼らの協力を仰ぎつつ、王国上層部の愚かな部分を締めあげなければ……」

 

「レエブン侯……」

 

 主の口から出る『覚悟』の大きさに、ボリスは言葉も出ない。しかし、その小さな呟きを耳にしたエリアスは、ボリスに目を戻した。

 

「そんな顔をするな。さっきも言ったろう? 今日会って話し、個人的に思った限りでは、ゴウン殿らは良き隣人だ。彼らの力に期待しつつ、彼らを裏切らないよう努力しようじゃないか。そして自分達に運があるよう、神に祈るとしよう」

 

 そう言って笑いかけるエリアスの顔からは、ここ暫くの間、貼り付いていた心労などが綺麗さっぱり消えて無くなっている。

 そして、そんな彼らの会話を、隠形した上で馬車屋根に張り付いていたハンゾウがすべて聞き取っており、ナザリックへ報告するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と、そんなわけで、レエブン侯は協力的になってくれたようです」

 

 ギルメン会議と言うことで、アルベドらNPCを排した円卓の間。

 そこでハンゾウからの伝言(メッセージ)を受けたモモンガは、エリアスらの会話内容を皆に伝えていた。各席に座したギルメン達は、総じて「おおっ!」と喜びの声をあげている。

 ちなみに、今はモモンガを始めとして全員が異形種の姿だ。これはストレス発散のためで、モモンガ達は人化をしている時間が長いと異形種としての本性が抑圧される……それを発散するべく、弐式が言うところの『ゲージ減らし』を行っているのだ。

 

「接待成功ですね! さすがはモモンガさんだ!」

 

「はっはっはっ。ペロロンチーノさん、皆さんが頑張ったおかげですよ」

 

 親衛隊の稽古等に付き合ったのは建御雷と弐式、そしてタブラだが、他のメンバーが控えていてくれたことは、モモンガにとって大いに頼もしかった。この一大試練を切り抜けられたのは、決して自分の力だけではなく、ギルメン達の存在が大きかったことにある。何はともあれ、事は大きな成果を得て終了した。めでたしめでたし。

 

死の支配者(オーバーロード)、最大の試練……完!) 

 

 すべて終えた気になったモモンガは、大いなる達成感を抱きながら目を閉じ……。

 

「次は、法国の訪問団ですね!」

 

「ぐふうっ!?」

 

 ペロロンチーノの心ないセリフによって大きくむせた。

 そう、王国の訪問者たるレエブン侯らは帰ったが、暫くすると法国の訪問団がやってくる。当然ながら、モモンガはギルド長として前に出なければならない。

 

「うううう……ふう……」

 

 精神の安定化が生じて、取りあえず平静には戻った。だが、悩みは尽きない。次に来る法国訪問団は、その危険度においてエリアスらとは比べ物にならないからだ。

 潜入させたハンゾウや、ナザリックに居るクレマンティーヌの情報などを合わせると、ガゼフよりも強いというクレマンティーヌ……よりも随分と強い『番外席次』という存在や、他にも六大神の血を引くという神人が居るとのこと。更には強力な武具の存在も確認されている。

 

「まあ、モモンガさんの心労も解るけどな……。あれだっけ? 世界級(ワールド)アイテムっぽいのがあるんだよな? それも傾城傾国らしいのが~」

 

 机上で両肘を突き、組んだ手指に顎を乗せる。そういった姿勢で脱力しているのは弐式だ。彼の呟きを聞いて、ギルメン間から「ああ~……」という声が漏れ出た。

 世界級(ワールド)アイテム『傾城傾国』は、チャイナドレス風の着用アイテムであり、その効果は精神支配というもの。本来なら精神支配を受けないはずのアンデッドにも効果が及び、モモンガなどが攻撃された場合は問答無用で支配されることだろう。

 

「確かに厄介です」

 

 弐式の後を継ぐ形で口を開いたのはタブラだ。

 

「すぐに思いつく対策としては、こちらも世界級(ワールド)アイテムを持つことですかね。影響力を相殺できますから。ただ、今なら全員に行き渡るだけのアイテム数がありますが、今後、ギルメンが増えるとそうはいきませんね」

 

 いずれは誰か一人に世界級(ワールド)アイテムを持たせ、相手が世界級(ワールド)アイテムを使いそうになったら、単身前に出て攻撃効果を引き受ける……という手段をとる時が来るだろう。

 

「と言っても、事前の情報収集さえ怠らなければ対処は可能でしょうけど」

 

「それだよ、タブラさん! 情報収集は大事! 忍者の仕事だ!」

 

 弐式が手指から顎を離し、身を浮かす。その隣では建御雷が二度三度と頷いていた。

 

「この際、そういう情報部隊は必要だな。影の悪魔(シャドウ・デーモン)も居るし、ハンゾウだって居る。同系列のカシンコジやフウマを用意してもいいな」

 

「おお! わかってくれるか! 建やん!」

 

 侍と忍者で大盛り上がりをしている。二人が「何だろう、特撮であったよな! 霞谷七人衆(かすみだにしちにんしゅう)とか!」や「それは仮面の忍者に出てたな! よく覚えてるじゃないか、弐式!」等と騒いでいるのを見ていると、モモンガは一人追い込まれていたのが馬鹿らしくなってきた。

 

(……法国の人達が来たら、さっきのレエブン侯を相手してたみたいすればいいか……。油断はしないけど! それにしても忍者の情報部隊ねぇ……。諜報部隊って言うのかな? 王国とか法国の社会の裏とか、もっと調べたりできるかも? ……社会の裏と言えば、あのゼロって人はどうしてるかなぁ……)

 

 闘鬼ゼロのことは、ヘロヘロから聞いている。リ・エスティーゼ王国王都に巣くう犯罪組織、八本指の幹部の一人ということだ。俺に任せとけと胸を叩いたらしい彼は、今頃、上手くやっているだろうか。

 

(ヘロヘロさんは影の悪魔(シャドウ・デーモン)を張り付けたとか言ってたっけ……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 話の流れから、モモンガはゼロという男のことを気にしていたが、当のゼロは激怒していた。

 

「何を考えてるんだ、コッコドールの奴は! この俺が弱腰だと!? 戦って勝てない相手に弱腰で何が悪い!」

 

 ダン!

 

 と拳を叩きつけたのは、麻薬部門の長、ヒルマ・シュグネウスの屋敷の客間……その中央に置かれたテーブルだ。高級品ゆえ、腕自慢の一撃に耐えるようには作られていないが、そこはゼロが力加減をしたので壊れずに済んでいる。対面側で座る妙齢の美女、ヒルマはピクリと片眉を上げると、キセルから口を離して煙を吐いた。

 

「壊さないでおくれよ? それ、高いテーブルなんだからさ」

 

「わかってる!」

 

 ソファに硬い尻を沈め直したゼロは、鼻息荒く答えてから腕を組む。 

 ヘイグ(ヘロヘロ)と別れた後、ゼロは配下の腕利き……六腕を全員連れて、奴隷部門の長、コッコドールの元へと顔を出した。その用件はヘイグ(ヘロヘロ)の部下であるセバスが連れ去った(保護した)、廃棄予定の女の件。これに目を瞑るようにとの交渉だ。ゼロとしては事情の説明をし、自分の顔に免じて勘弁して欲しいことを告げ、その上で適正な金銭も差し出したのである。これ以上ないほどの誠意を見せ、コッコドールのメンツにも配慮したわけだが、それでもコッコドール的に思うところはあったらしい。

 

「……まあイイけど。あんたも弱腰になったものよねぇ。そのお爺さん達に、弱味でも握られてるの?」

 

 そう言われて、普段使わない愛想笑いのための表情筋がつりそうになったが、何とか堪えることにゼロは成功した。ただ、そのまま自分の隠れ家へ戻るには腸が煮えすぎたので、気晴らしも兼ねてヒルマの屋敷を訪問したのだ。

 

「で? その連中……本当に、あんたが言うほど強いわけ? そこに居る、六腕の人達で何とかなるんじゃないの?」

 

 現在、ゼロの右隣にマルムヴィスト、左隣にエドストレームが座り、後方に用意させた椅子にはペシュリアン、デイバーノック、サキュロントが腰を下ろしていた。不死王の二つ名を持つデイバーノックは、その名のとおりアンデッド……エルダーリッチであり、椅子は不要と断りかけたのだが「一人だけ立ってないで座れ」とゼロに言われたため、後列の中央で腰を下ろしている。

 一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われた猛者。大抵の強者が相手ならば、ゼロも含めた六人がかりで倒せるはずなのだ。

 

「無理だ。メイドに勝てそうになかったし、ヘイグ(ヘロヘロ)にも俺の力は通用しなかった。一緒に居た老人も……落ち着いた目で見れば、メイド以上の強者だったように思う。……あの場に居た人数で、徒党ないし組織の総員でないとしたら……」

 

 そう言ってからゼロが重い息を吐くと、他の六腕達は顔を見合わせた。ゼロの言うことを疑うわけではないが、それほどの強者、いや組織が存在するのだろうか。

 

「……ちっ」

 

 背後の戸惑いが気配となって伝わる。ゼロは舌打ちをしたが、その彼にヒルマが再び煙を吐きつつ話しかけた。

 

「そう言えばさ、ゼロ。最近、議長と他何人かの長の様子がおかしいんだよ。あんた、何か知ってる?」

 

「議長と、他の? いや……小耳に挟んだぐらいで、詳しくは知らんが?」

 

 ゼロは首を傾げる。ヒルマが言うには、議長と他の……具体的には、密輸部門、窃盗部門、金融部門、賭博部門の長らが、こそこそと何かしている様子らしい。

 

「何かやってると聞いてはいたが、議長と各部門の半分か……」

 

「そうなんだよ。なんかこう、仲間外れにされてるみたいでさ……。気味が悪いったら……」

 

 ヒルマは表情を変えていない。だが、伝わる気配でゼロは見抜いていた。高級娼婦から成り上がった一筋縄ではいかない女。その彼女(ヒルマ)が怯えているのだ。

 

「気味が悪いと言うよりも、きな臭いな……。どうもこれは……身の振り方を考えた方が良いかもしれん」

 

「どういうことだい?」

 

 縋るように聞いてくるヒルマに対し、ゼロは「これは俺の勘だが……」と前置きした上で自分の考えを述べた。 

 

「議長が部門の半分の長らと何かしているんだろう? そして俺達には話が回ってこない。ひょっとして、俺達に知られるとマズいことを企んでるんじゃないか? 最近は、どうも景気が良くないしな。このまま組織(八本指)の金回りが悪くなるとすれば……例えば……」

 

 例えば、不要な部門を切り捨てるかどうかと言った企みだ。しかし、それはおかしいとヒルマが反論する。

 

「コッコドールの奴隷売買部門は落ち目だから、切り捨てがあるかもしれないけど。それにしたって規模縮小したり、他の仕事をさせたりできるじゃないか。それなりに人数の居る各部門を消すなんて、手間と金がかかりすぎだよ。第一、あたしの麻薬取引部門は儲かってる。ゼロの警備部門は、用心棒や貴族の護衛で引く手あまただろ? それを……複数部門まとめて切り捨てだなんて……」

 

 合理的でない。

 割に合わない。

 組織が成り立たない。

 それまでやっていた裏仕事はどうするのか。

 幾つも思い浮かぶが、ゼロが言った『切り捨て』を否定しきるほどの強い根拠にはならない。現に組織全体の景気は悪いのだ。

 

(方針転換して、国から目を付けられやすい部門業から手を引くとか? え? なに? それを言い出したら、奴隷部門や麻薬取引部門なんて、いの一番に切り捨て対象だし……)

 

 ヒルマは寒気が一層増したような気分となり、美しい顔を青ざめさせた。

 今の考えだと、ゼロの警備部門には切り捨てを逃れられる目があるのだが、混乱しているヒルマは気がつかないでいる。

 

「ぜ、ゼロ……」

 

「そう怯えるな。切り捨て云々については、俺の単なる思いつきだ。そうと決まったわけじゃない。だがまあ、楽観はできんな。俺達抜きで議長らが何か企んでるのは間違いないのだろう? ならば、俺達は俺達で行動に出るまでだ」

 

 問題は、具体的にどうするか……である。

 本部に乗り込んで議長を問い質すか。警備部門の戦闘力であれば可能だが、それをやって「実は何事もなかった」となれば大問題だ。そこで幻魔サキュロントを本部に差し向け、議長らについて調べさせる。尻尾でも掴めればしめたもの。真実、ゼロ達を切り捨てにかかっているのなら組織離脱を計ればいいし、何事もなければ、それに越したことはない。

 

「サキュロントから報告が来るまでの間、俺達はヘイグ(ヘロヘロ)に会いに行く。奴との約束を果たせるし、そのまま相談を持ちかけて味方につけてもいい」

 

 どれほどの手勢がヘイグ(ヘロヘロ)の元に居るかは未確認だが、ヘイグ(ヘロヘロ)達だけでも味方になってくれれば、八本指を丸ごと敵に回したとしても生き残る目はある。

 

(味方が駄目でも、よその国に逃げる手助けぐらいは期待できるか? 金か宝石でも手土産にして頼み込むのも手だな……)

 

 聞けばヘイグ(ヘロヘロ)は王都で拠点を構えて間が無いらしい、なんでも武器防具を扱う店を開き、冒険者稼業の傍らで経営するのだとか。その資金提供をするとなれば、少しは相談に乗ってくれるのではないだろうか。 

 

「では、早速だが、俺はヘイグ(ヘロヘロ)に会ってくる。ヒルマは普通にしていろ」

 

「あ、ああ……わかったよ……」

 

 落ち着かない様子のヒルマに一言残し、ゼロは六腕を率いて屋敷を出た。そして外に出るや、サキュロントに対し、本部へ行くよう命令する。

 

「議長らが何をしているか。なぜ幾つかの部門の長には話を通さないのか。そのあたりを調べてくれ……」

 

「了解したぜ、ボス。けど、本当に俺達の切り捨てなんてあり得るのか?」

 

 目深に被ったフードの下から不安そうな声が漏れ出た。六腕の中では戦闘力において下位の男だが、もう少し肝が据わっていても良いのでは……とゼロは思う。

 

「ヒルマにも言ったが、俺の思いつきの発言に過ぎん。だが、議長の企みから省かれてるというのも良くない気分だろう? そこを確認するんだ」

 

 ここまで言うと、少し安心したのかサキュロントは素早く路地裏へと消えて行った。その背を見送ったゼロは面白くなさげに鼻を鳴らしたが、すぐに口元を笑みの形に歪めている。

 

(どうも……オカマ野郎(コッコドール)の愚痴を言いに寄っただけなんだが、妙なことになった。八本指に居続けるか、オサラバするか……。さて……)

 

 犯罪組織の一親分で居るのは気分が良かったが、それももう長くないのかもしれない。しかし、自分には鍛え上げた腕っ節と、裏社会を渡ってきた経験がある。場合によっては、ヒルマも連れて組織抜けすれば、よそで一旗揚げることも可能だろう。

 

(それにヘイグ(ヘロヘロ)だ。俺が求めた強者……。奴と共に居れば、俺は更なる高みを目指せる気がする)

 

 アダマンタイト級冒険者の実力を有する……と噂される六腕だが、では実際に戦ってみろと言われれば些か自信がない。ゼロ個人にしても、王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇。例えば、あのチームの戦士ガガーランと戦って勝てるだろうか。

 

(客観的に考えれば、分が悪いな……)

 

 だが、今は勝てずとも精進し続ければ勝てるかもしれないではないか。

 

「フフッ、くくくっ……」

 

 出会ったばかりの強者ヘイグ(ヘロヘロ)の存在に活路を見いだしたゼロは、ヘイグ(ヘロヘロ)の拠点へと向けて歩き続けるのだった。 

 




レエブン侯とゼロ達と法国訪問団。
全者共にハッピーエンドになるかは未定です。

なんかもう、ほとんどの原作キャラがハッピーで良いんじゃないかと思うんですけど、どうでしょう?
もちろん悲惨枠というのはありますけど。

<誤字報告>
食べるの大好きさん、対艦ヘリ骸龍さん、佐藤東沙さん
冥﨑梓さん、kubiwatukiさん、戦人さん

毎度ありがとうございます

毎度と言えば、書き上がりで最後に誤字報告について打ち込んでるんですけど
この頃になると疲れ目になってるのか涙がボロボロ出てくるという
また誤字あるんだろうな~……
ちなみに今回は当初の執筆時に2回、「」とかの間を1行あける時点で2回、次話投稿画面で1回読み返しています
もう目が限界……


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第49話

 カルネ村。

 ナザリック勢力にとっては、転移後世界でのファーストコンタクト集落である。バハルス帝国騎士団を装ったスレイン法国兵の襲撃。これによって多数の死者を出したカルネ村は、リ・エスティーゼ王国の支配下にありながら、実質、アインズ・ウール・ゴウン寄りとなっていた。これは、ナザリック駐在所(村内の空き家を譲り受けて使用中)経由で、村民全員がアインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓う旨の報告がされていることから明らかだ。

 報告された側のモモンガとしては「忠誠とか言われても困るんですけど?」とオロオロしたが、弐式が「現地の流儀があるんだから、無下に断るのはどうなのかな?」と言い、そもそもリ・エスティーゼ王国に対しては裏からの支配事業が進んでいる。

 

(考えてみれば、今更の遠慮は意味が無いものな~)

 

 と思い至ったことで、カルネ村村民の忠誠を受け取ることにしていた。ただし、表だって王国と事を構えるのは先送りにしたい。そこで、村長を始めとした村民には、当分は今までどおり王国国民として暮らすようにと通達を出している。

 それらの顛末を思い起こすモモンガは現在、弐式と甲冑フル装備のアルベド、そしてルプスレギナを引き連れて、カルネ村を徒歩移動中だ。

 スレイン法国から訪問団が夜間に到着する見込みのため、先立って転移してきたのである。行き先はカルネ村の近く……森に設置したグリーンシークレットハウスということになるが、直接に転移しなかったのは夜とは言えカルネ村の様子を見たかったからだ。

 

(「将来的には、『表向き』でカルネ村の統治権とか……王国から貰いたいですよね?」)

 

(「ああ、それはいい感じですね。モモ……アインズさん。デミウルゴスが上手くやってるなら、それを『命令』でやれそうですけど。とにかくナザリックから一番近い人間の集落だし。俺はアインズさんの案に賛成です」)

 

 モモンガと共に歩く弐式炎雷が、囁きに応じる。周囲には誰も居ないが、呼び方を変えるあたり気を遣っているのだろう。現在、モモンガの通り名はギルド長としての『アインズ・ウール・ゴウン』と、冒険者としての『モモン』の二つだ。ただ、アインズ・ウール・ゴウンとモモンが同一人物とであると知る者は、転移後世界人に幾人か居る。このため、モモンガはメインをアインズ・ウール・ゴウン、息抜き名目や資金調達名目の行動名をモモンとして使い分けることにしていた。

 

(モモンとして動いてるときは、もっと気楽に話しかけてくれていいんですよ~……って感じなんだけど、駄目かな?)

 

 いっそ、アインズ・ウール・ゴウンで統一してナザリックの代表業と冒険者業をやってもいい気がしてきたが、モモンガとしては気楽に動ける『モモン』を割りと気に入っているのだ。

 この思いを武人建御雷に話したところ、「いいんじゃないですか? 息抜きは大事だし、ちょっと正体の知られた遠山の金さんみたいなもんでしょ? 気にするこたねー……ですよ。なんかあったときはフォローすっから、思い切り楽しんでください」と珍妙な言い回しで言ってくれている。

 

(たまにユグドラシル時代みたいな感じになるんだよな~、建御雷さん)

 

 それはそれで懐かしくも親しみがあるが、モモンガとしてはもっと弐式を相手にするようにフランクな物言いをしてほしいのである。しかし、そこを正面切って要請するのもどうかと思うので、今のところは建御雷任せとしていた。

 

「え? あれ? ゴウン様? それにニシキ様も……」

 

 女性の声がする。モモンガが視線を向けると、いつの間にか弐式がモモンガの前に移動しており、二人の前方には一人の村娘が居た。

 エンリ・エモットである。 

 彼女は寝間着(店売りの品ではなく、就寝用に使っている衣服)の上に上着を一枚羽織った姿だ。

 

「エンリか。若い娘さんが夜に一人歩きかね?」 

 

「はい、いいえ、ゴウン様。ちょっとオシ……」

 

 キョトンとした表情が見る間に赤くなる。人化しているとは言え、レベル相応に視力が強化されているモモンガとしては、顔色の変化は普通に視認できていた。

 

「エンリ? どうかし……」

 

「すみません! 何と言うか急な用がありまして! し、失礼します!」

 

 突如、深々と一礼するや、エンリは早口で言い残して闇の中へと駆け去って行く。

 

「……はて?」

 

 モモンガは首を傾げたが、少し後方……ルプスレギナと並んで歩いていたアルベドが彼に歩み寄り、そっと耳打ちした。普段の姿なら美女の耳打ちは嬉しいものだが、ガッチガチの鎧姿なので非常に物々しい気分になる。

 

(交際中の『彼女』なんだから、嬉しいっちゃあ嬉しいんだけど……)

 

 そんなことを考えていたモモンガは、聞かされた内容に目を剥くこととなった。

 

(「アインズ様。あの方向にあるのは、村の共同トイレです」)

 

「え? あ、ああ~……」

 

 驚きつつ納得いったモモンガは、特にコメントするでもなく声を出す。

 

(急な用って、用を足すことか……なんて、ぶくぶく茶釜さんに聞かれたら折檻されるな)

 

 モモンガの脳内で、茶釜の「モモンガさん。……デリカシー……」というドスの利いた声が聞こえたような気がした。

 

 ぶるるっ!

 

 モモンガは身震いする。弐式からは「どうしました? アインズさんも尿意ですか?」との声が飛び、それに対して「違いますよっ!」と答えていると、話し相手たる弐式が何か感じ取ったのか、村の出口の方を見た。

 

「弐式さん? 来ましたか?」

 

「そのようで。村外周部の影の悪魔(シャドウ・デーモン)にとっては探知外ですけど、俺の分身体が更に外……村から離れたところで居ますからね」

 

 弐式はドヤ顔で言うが、モモンガは「カルネ村の外周警戒に配置された影の悪魔達が、また情けなさで泣きそうな顔になるな」と思いつつ頷いた。このまま歩けば村に入ってきた訪問団と出会すことになるが、弐式の報告では立派な法衣を身に纏った男が一人、粗末な槍を持った長髪の男が一人、巨大な盾を持った男が一人に、髪が白黒ツートンの女が一人。後はニグンが陽光聖典隊員二名を連れて同行しているらしい。そして、最も注目すべきが、一行の中程で歩く老婆……金糸で龍を縫い込んだチャイナドレスの老婆の存在だ。

 

(「六色聖典取り纏め役のレイモンに、漆黒聖典隊長。漆黒聖典の隊員は……盾の奴が巨盾万壁で、白黒ツートンの女は番外席次って奴かな? 最強戦力投入とか殺意増し増しだな~……やる気なのかな? 最優先で警戒すべきは婆さんだと思うけど……」)

 

 弐式の呟きを聞くにつれ、モモンガの眉間には皺が寄っていく。口はへの字を超越した富士山型になっていた。

 

(「ですよねぇ。一番強いのを連れて来たのも問題ですけど、傾城傾国を装備状態で出向いて来たとかマジですか? ユグドラシル時代なら、問答無用で攻撃するところですよ。……ちなみにニグンは、どんな感じなんです?」)

 

 唯一顔見知りのニグンについて聞いてみたところ、どうやらニグンは、部下と共に肩を落として歩いているようだ。その表情は暗く、何やらブツブツ呟いているとのこと。

 

「……弐式さん、その呟きって分身体で聞き取れます?」

 

 気になったモモンガは囁き声ではなく、ハッキリと発声した。何となく嫌な予感。あるいは以前、現実で感じたような胸の痛みを感じたからだ。

 

(……上司に無理な理由を話しても聞いて貰えず、失敗の見えた営業に行かされた記憶が……うごご……) 

 

「オッケー。それぐらいなら簡単だし! え~……なになに……」

 

 分身体と念話可能な弐式は、伝言のようにこめかみに指を当てたが……すぐに肩を落とした。

 

「に、弐式さん? どうかしましたか?」

 

「モモン……~ンズさん。『ケイ・セケ・コゥクを持ち出すだなんて……。なぜ解ってくれないのだ。相手は第七位階魔法をバンバン撃てるんだぞ? 下手をすれば第八位階も……。風の神官長様は解ってくれたのに……ああ、ゴウン殿に何と言って詫びれば……』だそうで……」

 

 弐式が口真似しつつニグンの呟き内容を告げると、そのあまりの内容に、モモンガは「ぬ~わ~~」と小さく声をあげる。そして歩みを止めて頭を抱えた。

 

「レエブン侯とは始まりから終わりまで上手くいったのに……。こっちは頭からヤル気ですか? しかも世界級アイテムまで用意して……」

 

 もういっそのこと、顔を合わす前に十位階魔法あたりで吹き飛ばしてしまえばいいのではないか。そう思うモモンガであったが、ニグンとその隊員らが乗り気でないらしく、一緒に粉砕するのは気の毒が過ぎる。

 ……。

 数秒の間を置いて、モモンガと弐式は顔を見合わせた。

 

「弐式さん。取り敢えず、話ぐらいはしてみますか?」

 

「ですね~。攻撃して来そうになったら、俺の分身体を数体突っ込ませて……」

 

 それらを世界級(ワールド)アイテムの囮にしつつ、相手が混乱している隙に脅威度の高い方から仕留めていくのだ。最優先なのは傾城傾国を着た老婆。白髪で皺くちゃの見た目で、本来ならグラマラス美人が着てそうなチャイナドレスを着用している。できれば直視したくないが、そこを我慢して倒さなければならない。第二位の目標としては番外席次だろう。何しろスレイン法国最強らしいので油断はできない。

 

「アインズさん。レイモンは殺さずに確保しましょう。ニグンに関しては、取り敢えず放置でいいですかね? レイモンとは別で、詳しい事情とか聞いてみたいし」

 

「弐式さんの段取りでいいと思いますよ。まあ、最初から話し合いで済めばいいんですけどね~。傾城傾国を用意してるのも、自分達より強い相手と会うための用心だと思えば解らないでもないし」 

 

 ちなみに、モモンガはモモンガ玉、弐式は幾億の刃、アルベドはギンヌンガガプ、最後にルプスレギナが山河社稷図を装備している。このことにより、モモンガ達は世界級アイテムによる攻撃を受けても、無効化できるのだ。

 本来であればレベル的に劣るルプスレギナは連れて来たくなかったのだが、本人が「モモンガ様の楯になれるなら本望です!」と言い張って聞かなかったのである。もちろん、『至高の御方』としての権威を以て命令により拒絶することは可能だ。しかし、茶釜の発言によりルプスレギナの随行が確定する。

 

「モモンガさん。女の子の決意を無下にしちゃいけないわ。今は世界級アイテムの数に余裕があるんだから、何か一つ持たせて連れてってあげなさい。あと、ちゃんと守ってあげるのよ?」

 

 とのことで、モモンガとしては「はい」以外の返事はあり得なかった。もっとも、モモンガに対して無理を言い、あげく至高の御方の茶釜をして「ルプスレギナを守るように」とまで言わせたことで、ルプスレギナは他の僕達から怒りないし、嫉妬の視線を受けていたのだが……。

 

「まあ、そういった次第だ」

 

 弐式との相談を終えたモモンガは、クリッと愛嬌を感じる仕草でアルベドとルプスレギナを振り返る。

 

「取り敢えず様子見で対話をすることにした。場所は予定どおり、グリーンシークレットハウスだ。が、話の展開によってはグリーンシークレットハウスへ行く前に戦闘になるかもしれん。注意しておいてくれ」

 

「「承知しました! アインズ様!」」

 

 アルベドとルプスレギナの声が綺麗に揃う。

 このように、突発的な戦闘開始に対する行動案がまとまり、モモンガらは移動を再開した。なお、法国の訪問団との対話に関しては幾つかのシミュレートが事前に成されている。主にタブラとデミウルゴス、そしてアルベドによる『質問等の想定』と、それらに対する回答案の構築だ。

 例えば、法国側が最優先で要求してきそうなことに、『ぷれいやー様には、神として法国に来てほしい』がある。勿論、返答は『お断り』だ。今居るギルメンの誰もが、神様扱いなどはNPCから言われてるだけで腹一杯なのに、この上、国単位で神様扱いされるなど真っ平御免なのだ。他にも幾つかの質問等が想定されたが、後は直接話してみなければわからない。

 ちなみに、法国の訪問団が来る前からカルネ村周辺には高レベルモンスターが多数配置されており、モモンガらに対する言動及び態度によっては生きて帰るなどあり得ない状況にあった。これら万全の体制で待ち構えることができたのは、デミウルゴスやモモンガが差し向けた影の悪魔やハンゾウらの功績が大きい。

 

(弐式さんと建御雷さんが言ってたけど、情報収集の組織は確かに必要だな~)

 

 これまで、モモンガとしてはギルメンで複数班をつくり、冒険者として情報収集するぐらいしかしてこなかった。だが、やはり本格的な情報部門は必要だろう。 

 

(弐式さんを部門の長……頭目とか頭領とかって呼んだ方が喜びそうだけど……とにかく責任者にして、誰か賢い系のNPCを補佐に付けるか。追加のハンゾウとかは……召喚費用はギルド持ちだよな……)

 

 ギルドの資金としては、何事もなければ向こう千年ぐらいはナザリック地下大墳墓を維持できる程の貯蓄があった。これはデミウルゴスやアルベドによって確認済みで、当面は多少の出費ではビクともしないことになる。しかし、資金は使えば減るので増やすことを考えなければならない。

 

(そのための王国支配で、税の徴収……あるいは、帳簿を細工して横流しとか……。その辺はデミウルゴスに……)

 

「……」

 

 思考を中断したモモンガは、声にならない呻き声を口の中で噛み殺した。

 何でもかんでもデミウルゴス。果たしてそれで良いのか。

 そう思ってしまったのである。弐式の副官につけるとして、他に誰か適任は……となると、最初に思い当たるのはアルベドなのだが、アルベドはアルベドで、ナザリック地下大墳墓の内政を任せている。一大組織を、その施設ごと管理しつつ回しているのだ。そんな彼女に、新たな肩書きを載せるのは気の毒だとモモンガは思う。

 

(やはり……奴か……)

 

 パンドラズ・アクター。モモンガが作成した一〇〇レベルのドッペルゲンガーは、これまでの長きにわたってモモンガの『黒歴史』又は『若さの恥部の証』のような存在であった。異世界転移をし、NPCが意思を持って動き出してからは、その気持ちもより一層強まっていたが……。

 

(一緒に風呂入ったりして話してみると、これが凄いんだよな。丁寧な物腰、相手が人間であっても変わらない態度。本音のところは不明だけど、総じて人格者っぽいし)

 

 モモンガは人格者と評したが、どちらかと言えば『場の空気を読んでの対応力が極めて高い』と言うべきだろう。至高の御方……モモンガを始めとしたギルメンらの意図するところを汲んで、その上で意見したり相談に乗ったりする。これはアルベドやデミウルゴスには現時点では不可能なことだ。

 

(今のアルベドは……ちょっとやれそうな気もするけど。やっぱりパンドラかな~)

 

 その上で賢さがトップクラスときては、パンドラを活用しない手はなかった。

 とはいえ、悩ましい点もある。

 パンドラが黒歴史すぎるので人目にさらしたくな……もとい、優秀すぎるので、何をやらせたものか迷ってしまうのだ。

 

(内政面の代打起用……は、アルベドには前にも言ったけど、これはいいな。けど、いきなりやるとアルベドのメンツに関わるし……。取り敢えず弐式さんの補佐にして、忍者部隊? とかが上手く回り出したら、別の僕と交代させて宝物殿の領域守護者に戻す……。後は必要に応じて、他のNPCのヘルプに回す……特にアルベドの。そんな感じでいいよな?)

 

 忍者系の召喚モンスターには色々と種類があるので、パンドラの後任は弐式に選抜して貰うとして……などと考えていると、いつの間にやら村の入口近くに到達していた。入口から村の外……少し離れた場所で、法国の訪問団らしき者達の姿が見えている。今は夜なので、街灯もない転移後世界では月明かりだけが頼り……法国の訪問団はランタン等を使用しているが……モモンガ達は夜目が利くので何の問題もない。

 

(そう言えば、エンリは照明器具の類いを持ってなかったな……。……慣れた家から共同トイレまでの道のりだし、月明かりだけで十分か……)

 

「んっ、ゴホン。法国の訪問団の方々とお見受けするが……」

 

 言いつつモモンガが後列のニグンに目を向けたところ、ニグンは泣きそうな顔で目を逸らした。モモンガに対し、何か言うようなことはないらしい。

 以前、ニグン率いる陽光聖典と交戦した際、すでに捕虜となっていたロンデスが身の危険を顧みずにニグンらへ助言したことがある。そのときと状況が似ているので、ニグンとロンデスの違いが気になるところだ。

 

(あのときのロンデスと、今のニグンでは立場が違うしな~。でも、勤め人って本当に難儀だ~……)

 

 駄目な上司ってマジたまらんもの~……と思いつつ、モモンガは相手方の返事を待つ。

 訪問団側は、レイモンが「如何にも! 我らは、スレイン法国より派遣されし者!」と答えた後、漆黒聖典隊長らしき男と言葉を交わし、後方からニグンを呼びつけているようだ。

 

(「アインズさん。ニグンが『あれが、アインズ・ウール・ゴウンという男か?』って聞かれてる~」)

 

 弐式から耳打ちされて、そういう確認は必要だろうと理解したモモンガは、レイモンが次の行動に出るまで待つことにする。そして1分近く待った後に、訪問団がモモンガへ向けて移動を再開、ある程度の距離が詰まったところで、レイモンが隊長を伴って進み出てきた。

 

「お待たせしたな。改めて自己紹介させていただく。私はレイモン・ザーグ・ローランサン。スレイン法国の特務部隊……六色聖典の取り纏め役を任されている。こっちは漆黒聖典の隊長だ。……すでに御承知のことかもしれんがな」

 

 六色聖典は、スレイン法国では神官長直轄の特殊工作部隊群だ。そこをボカしたいのか紹介を省きたいのか、レイモンは特務部隊と説明する。

 

「ふむ……なるほど。すでに承知とは、何のことか解りかねるが……」

 

 一方、モモンガは、レイモンが「どうせ、何かしら調べてんだろ?」的なことを言ったので惚けてから自己紹介をした。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓のギルド長……そちらで言うところの、取り纏め役を任されている。隣に居るのは、同じ支配者の弐式。後ろに居る二人は護衛だ。名前については必要に応じて紹介するとしよう」

 

 そして森の方を見て、話す場所を変えることを提案する。

 

「村人を起こすのは気の毒、いや迷惑なのでな。当方としては、他人の安眠を妨害するようなことにはならないよう注意を払いたいが……どうかな?」

 

「まったくもって同感だ。さて、案内をしていただくとして……その前に確認しなければならないことがある」

 

 レイモンは真っ直ぐモモンガを見ながら……一瞬、生唾を飲み込み……確認したいことを口に出した。

 

「あなた方は、『ぷれいやー様』なのだろうか?」

 

「……ユグドラシルのプレイヤーか? という意味であれば、そうだな」

 

 モモンガが答えると、訪問団の面々がざわつきだした。

 

「やはり! 『ぷれいやー様』なのか!?」

 

「でもよ、カイレ様。そのように思える力は感じねーぞ?」

 

 そういう巨盾万壁に、傾城傾国を着た老婆……カイレが「軽々に侮るでない! 巧妙に隠しておられるかもしれんではないか!」と叱りつけている。それらはレイモンが肩越しに振り返ったことで静まったが、弐式は前の方……レイモンの後方で立つ白黒頭髪の少女、番外席次の視線が気になっていた。

 

(値踏みしてる目つきだな~。なんつうか、交渉とかどうでも良くて……喧嘩したがってるっぽい?)

 

 異世界転移してから、鍛え上げた一〇〇レベルプレイヤーとしての能力が身に染みついているらしく、弐式は鋭い洞察力によって番外席次の思惑を読み取っている。

 そう、まさに弐式が睨んだとおり、番外席次はモモンガらと戦いたがっていた。

 

(あの魔法詠唱者と忍者、どちらの方が強いんだろう? でも、強さは感じないな~。……ま、闘えばわかるよね?)

 

 黙っていれば結構な美少女なのだが、その目はトロンとして潤み、平たく言えば欲情の眼差しでモモンガと弐式を交互に見ている。母親がエルフの国王に拉致されて孕まされ、対法国用の兵器になろうとしたところを、法国によって奪い返されたのが彼女であったが、幼少期の教育により性格及び性癖が歪みきっているのだ。今の彼女にとって、自分を打ち負かせるほどの強者の子を孕むこと。それが至上の目的となっていた。

 

 ……ぞくっ……。

 

 モモンガと弐式は同時に寒気を感じたが、その原因がわからず首を傾げる。弐式は番外席次を見ていたものの、そのような思惑によって視線を向けられているとは想像ができなかった。ただ、アルベドとルプスレギナが何となく察したようで、番外席次に向けて剣呑な目を向けている。

 

(「ルプスレギナ。あの白黒小娘、油断がならないわ……」)

 

(「はいっす、アルベド様。あれは色んな意味で敵です!」)

 

 女の勘、恐るべしだ。

 それらの状況にまで気が回らないモモンガは、肩越しに振り返って番外席次らを見ているレイモンをジッと見る。 

 

(タブラさんが言うには、自分達が『プレイヤー』であるかどうか。これは正直に答えて良い……だったな)

 

 転移後世界の位階魔法の程度は低く、ニグンの目の前でモモンガが第七位階魔法を使用した以上、ユグドラシルプレイヤーである可能性を気にされるのは当然の流れだ。重要なのは、それを聞いた法国側がどういった行動に出るかである。

 と、そう説明したタブラを、モモンガは交渉の場に呼びたかった。だが、ニグンから伝わった情報の中に居ないタブラが、ここで顔を出すのは控えた方が良い……と、そうタブラ自身が判断したのである。

 

「ニグンが知っているギルメンは、モモンガさんと弐式さん、それにヘロヘロさんの三人ですからね。いずれは他のギルメンのことも知れ渡るでしょうが、今のところは三人だけだと思わせておいた方がいいです。そうそう、ヘロヘロさんにはナザリックで待機して貰って、事前情報より一人少ないことで油断を誘いましょうか」

 

(タブラさんも、エグいこと考えるな……)

 

 モモンガがタブラの説明を思い出していると、案の定、レイモンが首を傾げた。

 

「支配者……の方は、もう一人いらっしゃるのではなかったかな?」

 

「彼か……。彼は所用で外出中だ」

 

 モモンガに同行せず待機となったヘロヘロは、今はナザリック地下大墳墓の円卓の間に居て、他のギルメンらと共に交渉模様を見ている。勿論、音声付きだ。遠隔視の鏡改、様々である。

 事前の打ち合わせでは、<転移門(ゲート)>と念のために補助アイテムを併用し、状況に応じて援軍として駆けつける手はずになっていた。つまり、レイモンら法国訪問団は、事と次第によってはモモンガと弐式の二名だけでなく、ナザリックが保有するプレイヤー戦力のすべて……七人を相手取ることになるのだ。

 そうとは知らないレイモンは、その表情こそ大きく動かなかったが……。

 

 ……チッ……。

 

(うん?)

 

 レイモンの口元から生じた音を、モモンガが聞き取る。

 

(今の、舌打ちか? 俺って今は人化中で、死の支配者(オーバーロード)ほどステータスは高くな……いや、現実の頃よりは断然良く聞こえるんだわ。そんなの知らんだろうけどさ!)

 

 モモンガこと鈴木悟は、元は営業マンだ。営業先で嫌味を言われたり煽られたりはしょっちゅうであり、このレイモンのような態度を取られたからといって直ちに言い返したりはしない。しかし……。

 

(『三人全員』が居なかったのが、そんなに不満か? けど態度には気をつけた方がいいぞ~? 俺が即反撃しないことと、舌打ちを聞かされたことで機嫌が悪くなるのは別問題なんだからな~?)

 

 笑顔……営業スマイルを維持しつつ、モモンガはレイモンに対する評価を数段落としていた。ちなみに、レイモンの舌打ちは弐式は勿論、アルベドやルプスレギナにも聞こえており、モモンガとほぼ同じ感覚と判断の弐式はともかく、アルベド達が攻撃行動に移らないのは、モモンガ達の顔を潰さないが為である。

 

(はあっはあっ! 我慢、我慢するのよ! 私ぃ~っ!)

 

(うにゅあああ! ぶっ殺したいっす~っ! でも私は、少し前のナーちゃんとは違うっすよ~っ! でも! でも! くきぃいいいい!)

 

 彼女らの忍耐も、すぐに限界を迎えそうだ。

 アルベドは本来の鎧フル装備により、性別が判別しがたい見た目の上、ヘルムによって顔が隠れている。そのため、ヘルムの下では般若面のごとき形相となっていた。そういった意味では、アルベド以上に忍耐を強いられているのがルプスレギナである。何しろ顔を隠す物が無いため、煮えたぎる憤りを顔に出して発散することができないのだ。

 

(くううう、笑顔、笑顔~っ。自分が出来るメイドなのが辛すぎるっす~っ!)

 

 そういった背後の気配を、モモンガは察することができない。しかし、忍者特殊技能増し増しの弐式は、生唾を飲む思いで囁いた。

 

「アインズさん。後ろ、やべぇ……」

 

「え? あ、あ~……」

 

 言われて初めて気づく、狂気じみた怒りのオーラ。モモンガは、部下へ……そして恋人らに対する配慮が足りないと、自らを叱咤しながらレイモンを見返した。 

 

「私の友人が同席できないのが御不満かな?」

 

「……耳が良いな。……もう、かまわんか……」

 

 これまで、ギリギリで礼儀を保っていたレイモンの口調が変わる。目つきも厳しい。

 

「皆の者! 私は見た! そして認識した! この者達は、『ぷれいやー様』にあらず! 何ら強き力も感じないことこそが、その証拠!」

 

 そうレイモンが叫ぶや否や、巨盾万壁がレイモンの前に出て鏡のような巨大な盾を構え、同じく進み出た隊長が巨盾万壁の左脇で粗末な槍を構える。

 

 ……しかし、隊長達の顔色が優れない。

 

「『ぷれいやー様』じゃないって、ホントかな? どう思う、隊長?」

 

「彼らから強さは感じない。どちらかと言えば、後ろに居る二人の方が強者に思える。だが、我らの後ろで居るニグンが死にものぐるいで帰還し、血相を変えて『ぷれいやー様』発見の報告をした事実がな……」 

 

 所属隊は違えど、ニグンは陽光聖典の隊長だ。更に言えば、彼の職務に対する熱心な姿勢は、漆黒聖典隊長も良く知っている。そのニグンが、アインズ・ウール・ゴウンについて報告してきた際の様子は、隊長も伝え聞いていた。今言ったとおり、カルネ村近郊から法国までの距離を走り抜き、息も絶え絶えになっての報告だったという。そこに偽りがあるとは思えない。

 故に、レイモンが『ぷれいやー様にあらず』と断じた後も、こうして守りを固めるだけで隊長や攻撃に移ることができなかった。

 

(そうだ。確かに強さは感じない。しかし、見て感じただけで、『ぷれいやー様』ではないと判断して良いのか? もっと聞き取りをするなどして、それから判断すれば良いのではないか? レイモン様は……何をお考えなのだ?)

 

 前に出て防御姿勢を取ったまま、隊長は背後の六色聖典纏め役……土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンの様子を窺うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 実のところ、レイモンは焦っていた。

 現在、人類国家は亜人種によって押されている。このまま何もしないで居ては滅びが待つだけだ。いや、亜人から侵攻を受けている聖王国の例を見るに、滅ぶだけならまだ良い方で、下手をすれば食肉としての運命が待っている。そんな状況下にあって、スレイン法国は人類の護り手たる大任を背負っていたのだ。

 中でも六色聖典は、亜人集落を殲滅するなど、抵抗勢力の先鋒として働いているのだが……レイモンが取り纏め役となってから、どうも業績が芳しくない。いや、どちらかと言えば不祥事や損害を被る事件が多発している。

 不祥事で言えば、漆黒聖典の第九席次だったクレマンティーヌの脱走だ。漆黒聖典の内情を知り、人類最強クラスである戦士の脱走は大きな痛手となる。元漆黒聖典隊員であるレイモンにとって、これは面目丸潰れの事件でもあった。

 損害を被った事件となると、陽光聖典隊長のニグンを監視していた土の巫女姫が、突如発生した大爆発で死亡したことが挙げられる。その際、法国本国には聖典部隊がある程度残っており、その取り纏め役であるレイモンは「いったい何してたんだ? 各聖典部隊に、しっかりやるよう言えよ」的に他の神官長から嫌味を言われていた。更には最高神官長から「諸々、上手くやって貰わねば困るのだが?」と小言を受ける有様だ。

 この頃から、レイモンは精神的に追い込まれていくことになる。

 自分より有能な者が居れば、纏め役を譲るのは(やぶさ)かではない。そうすることで組織が寄り上手く回るのなら、それが一番だからだ。しかし、責任上は自分の失態になるとしても……脱走者や、わけのわからない事故や事件で死人が出たことまで責任を負わされるのは、精神衛生上、非常によろしくない。修行を積んだ聖職者とはいえ、辛いものは辛いのだ。

 そういった事情で鬱な気分に悩まされるレイモンだったが、土の巫女が死亡した件を神官会議に掛け、「破滅(厄災)の竜王の復活だ!」と判断することに成功する。「あんな事ができるのは破滅(厄災)の竜王ぐらいのものだ!」という強引な論法だが、それぐらいしか思い当たらない……と他の神官長が納得した。いや、納得させたのである。

 これで派遣した漆黒聖典が何らかの成果を挙げるか、重要な情報を持ち帰るかすれば、レイモンの評価にも繋がったはずだ。彼の精神的不安定さも、少しはマシなものとなったことだろう。以前の、そう六色聖典の取り纏め役に選ばれたときの出来る男に戻れたはずなのだ。ところが、そうなる前にニグンが帰還し、土の巫女姫の死亡にはアインズ・ウール・ゴウンが関係するという報告がなされたのである。結果として、派遣した漆黒聖典は帰還することとなった。つまり、派遣したことによる成果はなし。

 そこでレイモンは、次なる手として訪問団を派遣し、アインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者……ニグンの報告を信じるならば『ぷれいやー』と思しき人物に接触を図ることにした。基本的には『友好的な接触』だ。土の巫女の死亡に関しては、アインズ・ウール・ゴウンに原因があるようだが、そこは事故として譲歩しなければならない。

 

(それも、相手が真実『ぷれいやー』であるならば……だ)

 

 六大神と同格の存在であるならば、友好的接触は当然だとレイモンも思う。しかし、『ぷれいやー』ではなく、単なる強者であった場合ならばどうか。その時は、法国に対して大損害を与えたことを後悔させなければならない。

 そして、レイモンが見たところ、アインズ・ウール・ゴウン一党の支配者として出てきた二人には、何の脅威も感じなかったのである。その辺の一般人の方が、まだ強そうに感じるかもしれない。

 そう思った瞬間、レイモンの中で『現場方針』が確定した。

 『ぷれいやー』に対する友好的接触ではなく、法国に仇なす者の討伐ないし捕縛。しかも、相手は土の巫女姫殺害犯なのだ。これこそ大きな成果と言えるだろう。

 

(更に言えば、六色聖典取り纏め役の私、自らが出向いての陣頭指揮だ。これで他の神官長共から五月蠅く言われることはないはず。法国の敵も消えるわけで、万々歳だ)

 

 レイモンの見立てが間違っていなければ、思い描いたとおりに成果を得て、本国への凱旋ができたことだろう。傾きかけた立場も持ち直したに違いない。だが、今この時点、彼……レイモンが居る場所では、彼が見抜けていないことがあった。

 それは、今まさに捕縛しようとしている相手、アインズ・ウール・ゴウンと弐式炎雷が、ただの強者ではなく、探知阻害のアイテムを装備した一〇〇レベルプレイヤーという事実である。

 当然と言うべきか、この後の展開がレイモンの期待どおりに運ぶはずは有り得ないのだった。

 




 タイミング良く目撃された方が居るかもですが
 今回、一度投稿してから削除して、投稿し直しています
 詳細は活動報告で~

レイモンを下げすぎかな~っと思ったのですが
 本文のような状態になりました
 誰も彼も話のわかる人物だったら、盛り上がりに欠けるかな……と

 正直言って、自分の仕事状況を反映したりしています(笑
 自分が似たような行動を取ったら確実にクビが飛びますけど
 
 レイモンは本来、超出来る人なのですが、背負った責任の重さと、ここ最近の諸々が合わさって精神的にヤバいのです
 これがもし、ニグンが戻らず、巫女姫死亡の真相が伝わらないで、出向いた漆黒聖典が正体不明の吸血鬼にでくわし、カイレとか巨盾万壁が殺されて撤退……とか
 レイモンの責任を問うどころの状況ではなくなってたら、原作の展開になってたかもしれません
 つまり……ニグンが生きて戻ったのがいけなかったんだよ!
 な、なんだってー!
 というわけでレイモンの願望は達成ならず、ですね

 そうそう評価でコメントついてると、めっちゃ嬉しいです
 読んでますよ~
 次話に向けてブーストかかるんですわ~

<誤字報告> 
yu-さん、憲彦さん、佐藤東沙さん、サキクさん

毎度ありがとうございます
ちなみにセリフに関しては、変な言い回しをしてることがありますが
余程の誤字でなければ、口調優先で変なままにしてることがあったりします


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第50話

 ごきげんよう諸君。

 私の名は、ニグン・グリッド・ルーイン。

 スレイン法国特殊工作部隊、陽光聖典の隊長だ。

 本日は、神官長会議で決定した、『魔法詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンとの友好的接触』を目的とし、リ・エスティーゼ王国のカルネ村へと出向いている。と言っても、派遣隊……訪問団の長を務めるのは私ではない。

 驚くなかれ、六色聖典の取り纏め役にして、土の神官長……レイモン・ザーグ・ローランサン様だ。レイモン様は元漆黒聖典隊員だから、実働隊員としての従事経験は当然あるだろうが、神官長取り纏め役の陣頭指揮など聞いたことがない……。まったくもって驚きだ。驚くと言えば、本国を出発する際、私もレイモン様の指揮下に入るよう言われている。理由を聞くと、派遣される訪問団は漆黒聖典主体となるが、その人数が足りないので部下を連れて同行せよとの仰せだった。

 人数が足りない? はて? 

 漆黒聖典の構成員は、陽光聖典ほど数が多くないが、それでも一騎当千の猛者が全部で十二人は居たはずだ。ああ、例のクレマンティーヌは脱走したらしいが、補充で一人入ったらしい。それら全員で行けば良いではないか……。なぜ陽光聖典隊長の私が、よその隊のオマケとして同行しなければならんのだ……。

 ……。

 ……ゴウン殿らの容姿を知ってるからだな……。とほほ……。

 そして、出発当日の朝。集合地に赴いた私は、そこで一人の少女を見る。

 白黒の頭髪で中々に見目麗しいが……彼女が噂に聞いた番外席次らしい。異名は確か、絶死絶命だったか……。あの神人であり、途轍もなく強い漆黒聖典隊長を完膚なきまでに叩きのめしたという。とにかく、私の想像を超える怪物少女だ。漆黒聖典隊員の中で比較的気さくな巨盾万壁……セドラン殿に話を聞いたところ、番外席次の同行は、レイモン様が強引にねじ込んだらしい。それ以前に、レイモン様による陣頭指揮、これもまたレイモン様の強い意向だとか……。

 ただ、番外席次を外に出すのは、神官長会議でかなり揉めたらしく、本国の護りが手薄になる他、『重大な危機』を招きかねないとの懸念もあったようだ。だが、レイモン殿が「万難を排すべく彼女が必要である!」と押し切り、やむなく彼女を出す代わりに、漆黒聖典からの派遣人員を絞ることになったとのこと……。

 妙だな。私が知るレイモン様は、もっと沈着冷静で、自分の意思を通すにあたっては根回し等、事前の準備を怠らない方だったように思うが……。焦っておられるのだろうか?

 それに、番外席次一人と、今回同行しない漆黒聖典隊員十人近く。それが戦力として釣り合うかどうかも気になるが……そこは、陽光聖典所属の私には感知しかねるところだ。

 しかし、なるほど……それで漆黒聖典の派遣にも関わらず、隊長とセドラン殿、それに番外席次の三人しか居ないのだな。私と二名の陽光聖典隊員は、まさに人数合わせか。

 ああ、いや、ゴウン殿の面通しの役目があるのだった……。

 ……む? 遅れて一人来た? あれは……カイレ様か? げぇ!? ケイ・セケ・コゥク!? しかも着用しているだと!? カイレ様は高齢の女性で、こう言ってはなんだが『若き美貌』というものが消え去って久しい御方だ。そのカイレ様が、か、躰の線が出て、かつ太股もあらわな衣服を着用すると……ぐふう! し、視覚的な破壊力が……。いや、言うまい。目を逸らせば大丈夫だ。ともかくケイ・セケ・コゥクの話だな。あれこそは法国にあって最重要の秘宝、神のごとき力を持つ驚天動地、超絶無比の……いかん、自分で何を言ってるか解らなくなってきた。先程、眼球に注入された精神的打撃が、脳に回ったのかもしれん。よ、要するに、凄まじく強力なマジックアイテムなのだ。効果は精神支配……だったな。それを持ち出して、どうするつもりなのだ? まさか、ゴウン殿に使うつもりなのか? いかん! それはマズいぞ! 相手は二人以上なのに一人精神支配したところで……あ、同士討ちさせれば良いのか……。

 それなら……。

 ……っ!。

 だああああああっ! 駄目だ駄目だ!

 最低でも三人居るんだから、一人支配したぐらいじゃ押し負けるではないか!

 レイモン様に確認したところ、「(なんじ)が報告したのであろう? 相手は『ぷれいやー様』かもしれないと。それが確実ならば友好に接するまでだし、そうでないとしたら、『ぷれいやー様』だと錯覚するほどの強者でしかないということだ。つまり、敬う対象ではなく討伐対象だな。ならば、強者に見合った用意をして何が悪い?」とのことだった。

 理屈は通っている気がするが、相手人数が多いことに対する解決策がない気がするのです。土の神官長様……。

 ……やはり焦っておられるのか。もう駄目かもしれない。

 いや! これは我らを鼓舞するために『強気』を演じているのだろう。現地に到着したら、現実を見据えた案を述べてくれるはず! きっとそうだ。そうに違いない! 

 ……そうであって欲しい……。

 そして本国を出発、カルネ村を目指した私達……訪問団だが……。

 道中、様々なモンスターに遭遇したものの、ほとんど漆黒聖典隊長……ええい、もう隊長で良いか……その隊長が一人で倒していた。多数が相手の時は手助けしようとしたが、私と陽光聖典隊員で数体倒す間に、彼は数十体倒している。ありえるか? ここまで差があるのか……。隊長は「第五席次が同行できていたら、もっと楽だった」と言うが、第五席次と言えば、クアイエッセ殿か。ギガントバジリスク等の強力個体を十体も操るんだったな。

 ……もう、私達なんて必要ないんじゃないかな……。

 いや、ゴウン殿の顔を知ってるのは私だけで……と、これはさっき言ったか……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ついて来るんじゃなかった。拒否権など存在しないのだが、本当に心の底から同行を拒絶するべきだった。例え受け入れられずとも、その時に「嫌だ」と言った事実は、自分にとって心の慰めになるからだ。

 え? さっきの今で何があったのか?

 実は、もうすぐカルネ村に到着するのだが、レイモン様が……とんでもないことを言いだした。「ゴウンと会って、『ぷれいやー様』でなければ即座に捕縛する」とのこと。

 いやいやいやいや! それ、出発時にも聞きましたけど、本気だったんですか!? 

 レイモン様、私の話……いや報告を聞いてましたよね? ゴウン殿は、第七位階魔法を使うんですよ? 忍者のニシキ殿や、モンクらしき方も、そのゴウン殿と同格の強者だと見積もれば……勝てるわけないじゃないですか! そもそも訪問団の派遣目的は『友好的接触』ですよね? それがどうして捕縛という話になるんです? 

 どどど、どうどうどう、落ち着いて、落ち着いて考え直しましょう。ね?

 ……駄目だった。「ゴウンに負けて、敗北主義に成り下がったのか?」とか、皆の前で言われてしまった。皆の前でだぞ? それって部下を指導するやり方として、どうなんだろう。私は、これでも陽光聖典隊長なのに……。こんな事なら無理を言って風の神官長、ドミニク様にも同行して貰うのだった。私が言うのも何だが、ドミニク様はドミニク様で酷薄なところはある。しかし、今のレイモン様よりは現実が見えているはずだ。きっと上手くレイモン様を諫めてくれたことだろう。でも、ああ、もう駄目だ。この場には、レイモン様を止められる人間は居ない。カイレ様ならあるいは……と思ったが、それとなく相談したら、頭の中は『ぷれいやー様』に会うことで一杯。しかも、「『ぷれいやー様』でなかったら、その場で支配下に置いてやる」と鼻息の荒いこと、この上なかった。

 ……貴女(あなた)もか……。

 嗚呼、帰りたい……本国へ帰りたい……。

 今は悪い夢を見ているだけで、目を覚ませば、そこは本国の陽光聖典詰所。私は仮眠室で横になってるだけだったとか……。

 唇が笑みの形でひくつくのを感じつつ、頬をつねってみたが……しっかりと痛かった……。

 そうして夜の頃にカルネ村へ到着したのだが、なんと、ゴウン殿とニシキ殿が村の入口付近で出迎えてくれている。ゴウン殿の話では、ナザリック地下大墳墓の主人的な立ち位置らしいが、随分と腰が軽い。それほど、法国を重要視しているという事なのだろうか。従者として重甲冑の……そうだ、あの滅法強かったアルベドという女性。もう一人は赤毛褐色肌のメイドが居る。ゴウン殿達からは、相変わらず強さを感じないが、従者達からは、そこはかとなく強さを感じる。……わかってるとも、あれは擬態だ。おそらく従属神のアルベド殿は、途轍もなく強かったではないか。きっと何かしらのアイテムか魔法で、溢れる強さを隠しているに違いない。私は、ゴウン殿達の強さを知っているから、この『強者感の無さ』の不自然さを感じ取れるのだ。うむ、我が隊員二名も途惑っているようだな。先のカルネ村襲撃時……ガゼフ討伐作戦時の参加隊員だけあって理解できるのだろう。

 では、肝心のレイモン様は……どうだろうか?

 ……駄目だな。ゴウン殿達を見る目が、完全に獲物を発見した狩人だ。あなた、聖職者で神官長でしょうが……。なんでそんなに攻撃的なんですか。ゴウン殿から強さを感じないから、『ぷれいやー様』じゃないと判断しているのだろうが……。と言うか、私、帰還時の報告で言いましたよね!? ゴウン殿達は、巧妙に力を隠してるって!

 ……これはマズいぞ。どうにかしなければ。……そうだ! 以前のように、ゴウン殿にお願いして第七位階魔法の実演をして貰えば良いではないか! それを提案しようと、私が口を開きかけたとき。レイモン様が声を大にして叫んだ。 

 

「皆の者! 私は見た! そして認識した! この者達は、『ぷれいやー様』にあらず! 何ら強き力も感じないことこそが、その証拠!」

 

 ぬあああああああああああ!? 遅かったぁああああ! 本当に、いきなり捕縛命令ぃぃぃっ!? もうちょっと様子見とかあああああ……。

 あ、ゴウン殿とニシキ殿が顔を見合わせて溜息をついてる!? 駄目だ、終わった……。これ、下手したら法国とか滅ぼされるんじゃなかろうか。それを私は、見ないで済むんだな……。はは、ハハハハ……。

 ……。

 いかん、立ったまま気を失っていたようだ。

 かなり恐ろしい思いをしたような気がするが、どれほど気を失っていたのか……。ちょっとした立ち眩みのようなもので、クラッと来ただけなのかもしれないな。周囲を確認すると、誰も居ない……。そうか、皆、殺されてしまったか……。違う! 皆、平伏しているのだ! 戦闘にはならなかったのか? レイモン様は、どうなったのだ!?

 急速に正気を取り戻していく中で、私が前方に見たもの。

 それはスレイン法国、土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサン様が、地面に頭を擦りつけて土下座している姿。そして、複雑な格子状に縄をかけられ、両手両足を背側で束ねて縛られている……番外席次の姿だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「皆の者! 私は見た! そして認識した! この者達は、『ぷれいやー様』にあらず! 何ら強き力も感じないことこそが、その証拠!」

 

 そうレイモンが叫ぶや、巨盾万壁セドランがレイモンの前に出て巨大な盾を構え、同じく進み出た隊長がセドランの左脇で粗末な槍を構える。

 この様子をモモンガは……呆気に取られて見ていた。学芸会の下手な芝居を見せられているような気分でもある。

 

(何、この人……。俺が、自分はプレイヤーだって言ってるのに……)

 

 我に返るや、今度は苛立ちが募ってくるが、それもプシューとガス抜きのように萎んでいった。

 

(このパターンは何度か体験したなぁ。探知阻害の指輪のせいか……)

 

 ギルメンなら皆が装備している探知阻害系のアイテムは、ユグドラシルプレイヤーにも通用するアイテムだ。転移後世界にあっては、一〇〇レベルプレイヤーの圧倒的なオーラ、あるいは強者の気配などを完全に隠しきる効果が加わっている。レイモンが「何ら強き力も感じない」と言ったのは、このアイテムを装備したままで、隠蔽効果が継続しているからだ。

 

(ボコボコにして身体で解らせてやってもいいんだけど。それだと、後の話運びが面倒だし……。これまでの段取りが無駄になるのもな~。それにさぁ……)

 

 こちら側のアイテム効果とは言え、それで勘違いして敵対行動に踏み切ったとなると……レイモンの後方で顔面蒼白となり、アワアワと変な踊りを踊っているニグンが可哀想な気がする。

 

(てゆうか何だ、あれ? ハンドサイン? 頑張ってるな~、ニグン。問題は、それが背中を向けてるレイモンに見えてないってことだけどな。……ニグンは喧嘩相手の一員なんだけど、俺達に一定の理解を示してくれてる現地(びと)だしな~)

 

 今のところ、モモンガが知り得た法国関係者と言えば、ニグンを始めとする陽光聖典。そして……それ以外だ。

 

(おっと、クレマンティーヌとロンデスは~……元法国関係者だな。それで……だ)

 

 今、モモンガの目の前には『それ以外』の法国関係者らが居る。

 残念と言うべきか、ニグンにとっては幸運と言うべきか、レイモンの言動を見れば見るほど、モモンガにはニグンら陽光聖典がマシに思えていた。

 

(どうなんだろうなぁ。まとまった数が居る、現地人の特殊工作部隊とか。超欲しいんだけど。それを言ったら漆黒聖典もそうか……)

 

 注意すべきは、スレイン法国が人類至上主義で、亜人蔑視が強い国だということ。異形種救済のために結成されたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』とは、そりが合わない可能性が高い。

 その辺も踏まえて、法国とは慎重に接触したいと思っていたのに、この有様だ。ギルド長のモモンガとしては、ただでさえ異世界転移してから日が浅く、これから他のギルメンも探さなくてはいけないのに、妙なトラブルは避けたいのである。

 

(取り敢えず、いつもの手でいくか……) 

 

「弐式さん。異形種化して、指輪を取っちゃいましょう」

 

「え? ああ、なるほど。やってみますか! ふひひ、たまげて引っ繰り返ればいいんだ」

 

 ここまで黙っていた弐式も、レイモンの言動には腹を立てていたようだ。悪そうな笑い声とともに、指輪のはまった手を差し上げる。

 

「「せぇの……」」

 

 タイミングを合わせて指輪が引き抜かれた。弐式は衣装そのままな上に、面も装着した状態なので、異形種化しても見た目は変わらない。一方、モモンガは悟の仮面を着用していないので、死の支配者(オーバーロード)としての骸骨顔が剥き出しだ。更には最強装備まで装備し直すというオマケつきである。

 そして溢れ出すのは、一〇〇レベルプレイヤー二人による……力の奔流。

 この力の前には、転移後世界の高いところで四〇レベル程度の者達など、ひとたまりもなく心折られてしまうのである。ちなみに以前、クレマンティーヌなどが複数ギルメンによる一斉指輪解除を体験している。もちろん、ひとたまりもなかった。

 今回は、モモンガと弐式だけと比較的に規模は小さいが、あくまで比較論であり、転移後世界の現地人にとって大き過ぎる力であることに変わりはない。

 まず、レイモンが失神。糸の切れた操り人形のごとく、膝から崩れ落ち、顔面を地面にて強打する。次いで漆黒聖典隊長と巨盾万壁セドランが硬直。失神しないでいるのは、さすがに漆黒聖典と言うべきだろう。そして、カイレは……その世界級(ワールド)アイテム、傾城傾国を使えぬまま、胸を押さえてうずくまった。

 

(むう、女性高齢者か……。心臓発作とかで死ぬの、やめてくれよな? 色々と微妙な気分になるんだから……。あと、傾城傾国を着た状態で死ぬのも勘弁だ。正視するに堪えん)

 

 次にモモンガは、ニグンと陽光聖典隊員の二名に目を向ける。こちらはニグンが立ったまま気を失い、隊員らは引っ繰り返って気絶していた。

 これにて法国のナザリック訪問団は壊滅……いや、まだ一人残っている。

 一人正気を保ったまま、熱に浮かされた視線を向けてくる少女……番外席次、絶死絶命だ。見たところ、十文字槍状の戦鎌(ウォーサイズ)を装備しているのだが、鎧を身につけている様子はない。

 

(軽装の戦鎌使いか? 確か、希少な生まれついての特殊能力(タレント)持ちで……)

 

 そうモモンガが思った瞬間、番外席次が瞬時に距離を詰めてきた。転移後世界の現地人にしては随分と速い。だが、一〇〇レベルプレイヤーとして完全状態になったモモンガには、まだまだ対応可能な速さではある。

 

「フッ、<時間停止(タイム・ストップ)>!」

 

 その瞬間、時間が停止した。勿論、飛び込んで来た番外席次の動きも停止する。飛び込み様、戦鎌で薙ぎ払おうとしたらしいが、跳ねた状態なので空中停止したままだ。

 

「お~、けっこう良い動きしてましたけど。モモンガさんには(さわ)れませんでしたねぇ……。ま、時間対策が無いとこんなもんか……」

 

 つかつか歩いて近寄った弐式が、番外席次の顔を間近で覗き込む。彼自身は高レベルかつ、アイテム等で対策しているので<時間停止(タイム・ストップ)>は通用しない。従者ではアルベドが停止することなく待機しているが、レベルの低いルプスレギナは停止状態にあった。

 弐式はアルベドらをチラ見した後、改めて番外席次の顔を覗き込む。

 完全に停止しているが、熱に浮かされたような笑顔は変わりがない。

 

「……ペロロンさんが居たら喜びそうな表情だなぁ……」

 

 エロい云々について、敢えて触れずに言った弐式は、アイテムボックスから何やら取り出した。それは赤い縄で手で掴めるように束ねられている。

 

「弐式さん。それは?」

 

(くれない)捕縛縄(ほばくなわ)。課金アイテムですよ。MPチャージすれば何度でも使える類いの品で、ちょっとお高いんですけど……。まあ、忍者的に持っておきたかったと言うか……」 

 

 苦笑しつつ説明した弐式は、それを使用状態にすると番外席次の顔前で設置した。

 

「本来は投げつけるんですけど、今は時間停止中ですからね。こんな感じになるのか……。効果が発動するのは、時間停止が解除した後だな」

 

 お値段数千円のこのアイテムは、自分より低レベルの相手を高確率で捕縛するというもの。持続時間は捕縛成功から十五分。一回のMPフルチャージで二回使用でき、使用回数を使い終えると、一時間経過するまでMPチャージができなくなる。

 

「ユグドラシルの時は、一〇〇レベルプレイヤー相手の戦闘がほとんどですからね。一〇〇レベル未満の、因縁を付けてきた連中にしか使ったことはないんですけど」

 

 他の問題点と言えば、身代わり系のアイテムがあるとそちらに反応する等、対抗策が複数存在すること。そして、三種類の縛り方をスロット管理できるが、発動する縛り方はランダムという仕様だ。総合的に評価するなら、ジョークアイテムの類いである。

 

「このタイミングで使ったら、回避も抵抗もできないだろうな~。お? そろそろ<時間停止(タイム・ストップ)>の効果切れですか?」

 

 説明を続けていた弐式が言うと、その三秒後に魔法の効果が切れた。当然ながら、突撃中だった番外席次は紅の捕縛縄に突っ込むことになり……。

 

 バシィ!

 

 鞭で引っぱたかれたような音と共に捕縛され、地面に転がることとなった。

 

「えっ!? 何これ!?」

 

「えっ!? 何これ!?」

 

 まったく同じセリフだが、前者は番外席次のもので、後者は弐式の発した声である。番外席次は、気がつくと自分が捕縛状態にあったので驚いたのだが、弐式の驚きは別のところにあった。

 

「なんで……なんで、こんなエッチな縛り方になってるんだぁ!?」

 

 頭を抱えた弐式が叫ぶ。

 エッチな縛り方とは、番外席次を拘束した……縄のかけ方にあった。まず、その胴体を亀の甲模様に見える……いわゆる亀甲縛りにし、手足を背側に反らせるようにして束ねて縛っているのだ。

 

「痛い! 痛たたた!? 縄が、縄が股間に食い込んでる!? てゆうか、なんで縄ぐらい切れないのよぉ!?」

 

 ジタバタすることすらできず、番外席次は地面に転がったままで藻掻いている。

 

「うわああ! ごめん! でも、事が解決するまで我慢してて!」

 

「我慢できるわけないでしょ!? この変態! 私は自分から迫るのはいいけど、無理矢理されるのは嫌なの! ……私に勝った人が相手なら別だけど……」

 

「なんか言い出したし……」

 

 謝っていた弐式は、捕縛状態にある番外席次が妙なことを口走りだしたので、引き気味に気を落ち着かせた。そこへ……モモンガが声をかける。

 

「弐式さん……。その縛り方……」

 

「いや! ちが、違うんです! モモンガズさん! 俺は、グルグル巻きを設定してたはずで! 他の設定スロットに、別の縛り方は入れてなかったはずなんですぅ!」

 

 呼び方が限りなく『アインズ』から遠のいているが、弐式は気づかずに弁明を続けた。

 

「え~? でも、アイテムの所有者は弐式さんなんでしょ? 他の誰が設定を変えるんです?」 

 

「それは……はっ!」

 

 弐式は思い出す。かつて、このジョークアイテムを購入したことをギルメンに自慢して回っていたとき、ある人物が「素晴らしいアイテムじゃないですか! ちょっと貸してもらえます?」と言ったことを。そして、その人物の申出を自分が快諾したことを。

 

 ピッ!

 

 素早くこめかみに指を当て、弐式は<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 

「ペロロンチーノさん! 見てるんでしょ! 何てことしてくれるんですか!」

 

『ご、ごめ、ごめんなさい! だって、あんな風にエロモンスターを縛れたらいいな……って~っ!』

 

 <伝言(メッセージ)>で伝わるペロロンチーノの声は半泣きだ。それもそのはず、彼が居る円卓の間には姉のぶくぶく茶釜も居て、一連の状況を見聞きしているのだから。

 

「泣いたって駄目ですよ!? 俺がユグドラシル時代に使ってたときは、一種類の縛り方だけのつもりだったんですけど! でも、たまたま亀甲縛りが出なかっただけで……下手したら、俺が垢バンされちゃうでしょうが!」

 

『うああああん! ごめんなさい! でも、俺だって、弐式さんが気づいて亀甲縛りを削除してると思ってたん……』

 

 ……ぶつん……。

 

 唐突に、ペロロンチーノの声が途切れた。

 

「ちょっ、ペロロンさん!?」 

 

 夜空を仰ぐように通信していた弐式が、その顔を地面に向けるように振りながら呼びかける。そこへ、<伝言(メッセージ)>の通信線が伸びてくる感覚があった。

 

「あっ! ペロロンさん! いきなり<伝言(メッセージ)>を切って、どういうつも……」  

 

『ごめんなさいね。弐式さん……』

 

 <伝言(メッセージ)>主はペロロンチーノではない。姉のぶくぶく茶釜だ。通話相手が入れ替わったことで弐式は戸惑ったが、茶釜の声に含まれる怒気が尋常ではないため、声を発することができない。

 

「え? お? は?」

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改で全部見てたわ。愚弟には焼きを入れておくから……。弐式さんは戻ったら、手裏剣の的にするなり好きにしてあげてちょうだい。本当に、ごめんなさいね。……あ、悪いんだけど、その番外席次って子に謝っておいてね? 弐式さんへの埋め合わせはするから……』

 

 そして<伝言(メッセージ)>が途切れる。

 後に残ったのは、何とも居たたまれない気分の弐式と、状況が解らずオロオロしているモモンガだ。アルベドとルプスレギナは、先程まで激怒していたのがモモンガらの狼狽え様を見てキョトンとしていた。

 

「に、弐式さん?」

 

「なんかもう、俺……PVP的な気分では無くなりまして……」

 

 声をかけたモモンガに返事をしながら、弐式は法国の訪問団を見る。探知阻害の指輪は外したままなので、気絶する者や硬直する者が出る等、悲惨な状態は続いているようだ。

 

「アインズさん。取り敢えず、レイモンが目を覚ましたら事情を聞くなりしましょうか……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 結局、法国の訪問団は、それぞれが自然に目を覚ますのを待つこととなった。

 と言っても、最初にレイモンが復活してからは皆の回復が早く、最後に立ったまま気絶していたニグンが目を覚ますまで、二分ほどを要したのみだ。

 そのわずか二分ほどの中で、事態は急速に動いていく。

 まず、レイモンが目を覚ますなり平伏した。地面に額をこすりつける様は、紛うことなき土下座だ。

 

「スレイン法国って、土下座の文化とかあったのか……」

 

「六大神様からの伝承にございます!」

 

 モモンガの呟きに対し、すかさずレイモンが答えている。その口調からは、当初の攻撃的な態度は微塵も感じられない。説明を受けたモモンガにしてみれば、「何伝えてんだよ。六大神の……たぶんプレイヤーの人達……」と呆れてしまう。が、レイモンの土下座を見て呆気に取られていた隊長とセドランが怖ず怖ずと平伏し、カイレや陽光聖典隊員など、遅れて目を覚ました者達が平伏し出すと、モモンガは我に返って咳払いした。

 

「ん、ごほん。弐式さん。取り敢えず指輪を元に戻しましょう」

 

「そだね~……」

 

 弐式の声は、まだ脱力したままだ。ゆえに、ここからはモモンガ一人でレイモンらと話を進めなければならない。<転移門(ゲート)>でギルメンの助っ人を呼びたいが、せっかく人数を絞って揺さぶりをかけたのだから、それはまだ早いと言うものだ。

 

「む? ニグンも目を覚ましたようだな。取り敢えず、事情を聞かせて貰おうか。わざわざ連絡要員を置いて、日取りを決めて、その上で訪問団を送って来たにしては、随分な言動だったが……。……何か、釈明はあるのかね?」

 

 考えてみれば、世界級(ワールド)アイテムの傾城傾国まで用意しての行動だ。簡単に勘弁してやることはできない。

 

「はっ! その件につきましては、すべて(わたくし)が責任を負うべきものです! スルシャーナ様!」

 

 最後に出た名前に、モモンガは「ん?」と首を傾げるが、すぐにクレマンティーヌから聞かされていた、六大神の一人の名であると思い出した。

 

「私は、お前達の神……スルシャーナではない。同郷、同種族ではあろうが、別人だ。さて、私達を強者でないと誤認したのは、アイテムの効果によるものだから目をつむってやってもいい。だが、そこの老婆が身につけているアイテム、それは強大な力を秘めているな? そこまで事前準備されたのでは、私としても生半可なことでは水に流すことは難しいが……。釈明はどうした?」

 

 実のところ、モモンガは弐式とペロロンチーノの一件で気が抜けており、そこまで怒りが前に出ているわけではない。しかし、あわや世界級(ワールド)アイテムによる攻撃を受けるところだったというのは、対策を講じていても良い気分でないのは確かだ。思い出すだけで、徐々に怒りが込み上げてくる。そこへ魔王ロールをしていることも相まって、モモンガの口調は重々しく威圧感に満ちあふれていた。

 それに震え上がったレイモンが言うには、出発の当初から『ぷれいやー様であるなら友好的接触』、『ぷれいやー様ではないなら捕縛ないし討伐』と方針を決めていたとのこと。

 

「ただし、それは! 私が現場判断として考えたことでして! 本国の決定は、あくまで友好的接触だったのです! どうか、この一件につきましては、私一人の責任ということでお収めいただけますよう!」

 

「フム……断る」

 

 素っ気なくモモンガは言い、対するスレイン法国訪問団の面々が顔色をなくす。普段であれば、モモンガは困惑して沈黙時間を長く取るところだ。だが、レイモンが言い訳を述べ出す直前、タブラから<伝言(メッセージ)>が来ており、円卓の間でのギルメン意見を伝えていた。

 

『モモンガさん、皆と相談したんですけどね。戦争するとか滅ぼすまでは行かなくていいです。ここは可能な限り圧迫して、好条件を引き出す方向で行きましょう。この先、ずう~っと、ナザリックの糧になって貰うんですよ。さしあたり、傾城傾国は慰謝料代わりに頂きたいですねぇ。他にもあれば、この機会に巻き上げたいところです』

 

 やり口や発想がヤクザそのものだ。が、ユグドラシル時代のモモンガ達は、敵対ギルドに対して似たようなことをしたのである。懐かしい気分も相まって、モモンガはギルメンらの提案を受け入れることにした。

 

「ふむ……ふむ、なるほど。そうか……」

 

こめかみに指を当てたいのを我慢しつつ、モモンガは頷く。レイモンらに<伝言(メッセージ)>で相談しているのを悟られたくないため、詳細な打合せができないのが辛いところだ。

 

「レイモンと言ったな? そこの老婆が着用しているアイテムのことは、先にも言ったとおり、我らは承知している。そのレベルのアイテムを持ち出されたのでは、お前達を滅ぼさないわけにはいかないだろう。確定ではないが、気分的には滅殺だ」

 

「そんなっ!?」

 

 悲鳴のような声があがるが、「オメーに、泣き言を言う資格とかねーから!」的な気分で居るモモンガは、取りつく島もない。軽く溜息をつくと、レイモン達と向き合っていたのが右九〇度に向きを変え、ツカツカと歩き出した。漆黒のローブが月明かりを反射し、ある種幻想的に見えるが、その顔は骸骨であり実に恐ろしい。レイモンらにとって更に恐ろしいのは、このままモモンガが立ち去ってしまうことだろう。『ぷれいやー』を怒らせたまま帰すなど、これ以上に恐ろしいことはない。

 

「一つ、聞きたい……」

 

 モモンガは足を止めると、顔だけでレイモンを見た。平伏するレイモンに対し、立っているモモンガからの視線であるため、必然的に上から目線となる。

 

「お前は、私達が『ぷれいやー』であれば、友好的接触を行うと言っていたな。友好的とは……どうしたかったのだ?」

 

「それは……その、人類を守護するための新たな神として、我がスレイン法国に御出願いたく……」

 

「却下だ」 

 

 話を聞いてくれる! と表情を明るくして言ったレイモンは、モモンガが即答したので言葉を無くした。

 

「そこの弐式と私は異形種だ。そんな私達に、人類の守護者……しかも、神になれだと? 話にならないな」

 

「で、では! ゴウン様は、人類の敵となられるおつもりでしょうか!」 

 

 声をあげたのは、レイモンではなく隊長だ。その手には、みすぼらしい槍が握りしめられている。

 

「そうは言わない。我々は迫害される異形種の味方だが、ことさら人類に敵対する気もないということだ。その証拠に、カルネ村の人々とは仲良くさせて貰っているぞ? ともかく、法国へ行き、神として腰を落ち着ける気はない。そして……良い様に利用される気もな……」

 

 ギン!

 

 モモンガの暗い眼窩の奥で、赤い炎が明滅した。それを見た隊長が、引きつるような呻き声と共に平伏し直す。

 

「そういうわけで、神として法国へ行く云々の話は無しだ。そもそも、亜人蔑視や捕らえたエルフを奴隷にして売りさばくといった政策は、我らが大いに嫌う行為である。平たく言えば、そんな国とはお近づきになりたくない。そう言ったところだな」

 

 モモンガが思うに、六大神の一人であるスルシャーナは、モモンガと同じ死の支配者(オーバーロード)であるらしい。そんな彼が、わざわざ亜人蔑視の教義を残したりするだろうか。六大神、残りの五人がやった可能性もあるが、スルシャーナが仲間達から嫌われていたのかどうか。謎は深まるばかりだ。

 

(タブラさんが言ってたっけ。有名どころの宗教で、教祖が残した教義がそのまま後世に伝わってる例なんてほとんど無いって。弟子や後世の信徒が、都合良く解釈して書き換えたりする例も多いとか……)

 

 タブラの解説を聞いていると、ちょっぴり宗教に興味が湧くが、今大事なことはスレイン法国とは関わりたくないということだ。もっとも、タブラが言ったとおり、慰謝料の類いは毟り取るつもりでいるわけだが……。

 

(何とか、こう……もうちょっと事を上手く運べないかな? ……そうだ! 長い年月で、教義が人間に都合良く変わってきてるなら、ここで手直しして、俺達に都合良くしたっていいよな!? 亜人蔑視を真っ先に無くして……亜人を優遇……まではしなくていいか。差別がなくなればいいんだし。後は、お布施の何割かをナザリックに納めるとか……。もちろん、今回の慰謝料とは別で! 俺達に関しては……敬えど利用するべからず! 勝手に崇める分には自由だよ? む~……でも勝手に神殿作って、俺達の名前を使って銭儲けされるのは嫌だから、法国には取り締まりをさせるかな? それをさせて、お布施を貰うとなると、少しは相談に乗ってもいい……のか? まあ、自分の国に来て教え導いてください、なんてのは駄目にしておこう)

 

 これらを頭の中で纏めたモモンガは、目の前に居るレイモンらを如何するか。それを円卓の間のギルメンらと相談するべく、<伝言(メッセージ)>を発動させた。

 通話相手は、タブラ・スマラグディナである。

 




 法国は……即滅亡とはならない感じですね。
 本作における各国の扱いは、

 王国>聖王国≧竜王国>>>越えられない壁>法国>帝国>エルフの国

みたいな感じです。越えられない壁の右側は、滅ぶ可能性があります。
王国がトップに来てるのは、ナザリック側の方針と、カルネ村住民とレエブン侯のおかげ。
聖王国は、カルカがモモンガさんの好み寄りかな……と思ったので。レメディオス次第では竜王国よりも下位になるかもしれません。
 竜王国は、あの女王は好感度稼げると思うんですけど、まあ聖王国と同じぐらいかな……と。
 法国は資金畑的に……。あと、レイモンが功を焦ったせいで、扱いは悪くなります。
 帝国は……ナザリックが王国寄りで動いてるので、舵取り次第では悲惨なことに。黒山羊の出番は無いかもしれません。
エルフの国に関して登場予定は未定ですが、今後出てくるとしたら茶釜さんが合流した後なので、滅んじゃうんじゃないですかね。

<捏造ポイント>

・紅の捕縛縄
 課金要素は縛り方をエディットできるところ。
でも、エロい縛り方をしたら垢バンされる糞要素あり。

・番外席次の強さ
 タレントとか良く解らなかったので、実力発揮前に捕縛することに。
 一〇〇レベルプレイヤーを二人向こうに回して、時間停止と課金アイテムの合わせ技ときたら、アレぐらいになるかな……と。
 ちなみに、竜王にバレる関連については完全に失念していまして。感想を見て、「ぬあ!?」と思った次第。本作では『ぷれいやー紛いの強者』対策で敢えて番外席次を連れ出したとか、たまたま見つからなかったとか、御都合主義的に流したいと思います。

・探知阻害の指輪を外すと圧力で倒れる
 実は、原作で倒れたとか影響があったのってフールーダとアルシェぐらいでして。そこから考察すると、現地人の誰も彼もが倒れるっていうのはおかしいんですよね~。
 後の話で、本文中で捕捉していますが、本作のモモンガさん達は、人化することによって生じた発狂ゲージがありますので、その絡みのストレスとか、そういったものが溜まっています。で、指輪を外すと圧力が噴きだして……という感じ。これもまあ、フォローとしては弱いという御意見を頂いているのですが、今から本文各所を書き直すのもキツいので、「集う至高では、そうなってるんだな~」と思っていただければ幸いです。


<誤字報告>

h995さん、たこ焼き製造工場さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


それと、皆さん、毎度感想ありがとうございます
ブースト掛かりまして、今回、いつもより2000文字ほど多めです
評価のコメントも読んでますよ~、テンション上がる上がる(笑


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第51話

 放心状態の法国訪問団は、森に設置したグリーンシークレットハウスへと移動させることとなった。ナザリック内で会議をするので、その間、一晩泊まって頭を冷やしておくように……というのが、モモンガが彼らに下した命令だ。

 

「なお、ニグン殿については我らに同行して貰う」

 

「えっ!? ゴウン殿? 私……ですか?」

 

 とぼとぼと歩き出した訪問団の中で、ニグンが立ち止まり、自らを指差した。

 

「レイモンさ……いえ、土の神官長の方が適任では?」

 

 身内の人間を『様』付けで呼ぶのを憚ったのか、ニグンは途中で言い直す。その言葉を受けたモモンガは弐式と共にレイモンへと視線を向け、訪問団の面々もレイモンを見たが……。

 

「わた、私は……そんなつもりでは……。法国の、いや救うべき人々のために……。それもこれも他の神官長達が私を責めたりするから……。第一、野蛮な亜人共が……」

 

 うつろな目つきでブツブツと呟いている。一部、モモンガ達の気に障る発言があったが、漆黒聖典の隊長と巨盾万壁セドランが慌てて口を塞いだので、モモンガは聞かなかったことにした。

 どう見てもレイモンは交渉の場に立てる様子ではない。

 

(今の発言は覚えとくけどな。レイモン、減点一~……)

 

 脳内採点表にチェックしたモモンガは、ニグンに向き直る。

 

「レイモン殿は体調が優れないようだ。その様子では<獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)>を使っても、すぐに今の状態になってしまうだろう。そちらの老婦人も、体調が優れないようだし……。そうなると聖典部隊の隊長格と協議したいが、以前から面識があるのはニグン殿なのでな。何なら、漆黒聖典隊長もついて来てかまわないが?」

 

 そうモモンガが告げたところ、ニグンと漆黒聖典隊長は顔を見合わせる。先に口を開いたのは漆黒聖典の隊長だ。

 

「いや、私はレイモン様の警護をしなくてはならん。それに、カイレ様や番外席次のことも気にかかる」

 

 番外席次については捕縛状態を解除されたのだが、その途端、弐式に飛び掛かったため、今度は殴る蹴るを一回ずつされた上に改めて捕縛されていた。ちなみに二度目の捕縛は紅の捕縛縄ではなく、それよりも上位の捕縛縄を使用している。これは課金アイテムではなく、上位モンスターからのドロップ品だ。ただし、縛り方をエディットできるでもなく、単にグルグル巻きにされるだけ。ペロロンチーノに言わせれば、性能優先で面白味のないアイテムだった。

 

「むーっ! むーっ!」

 

 縛り上げられた上、猿ぐつわを噛まされた番外席次は不満そうに唸っている。その彼女は、今はセドランによって小脇に抱えられていた。

 

「……」

 

「……」

 

 番外席次に、ニグンと隊長の険しい視線が向けられる。

 

(「もう勘弁して欲しい……。漆黒聖典の方で、ちゃんと言い聞かせてくれませんか?」)

 

(「無理を言わないでくれ。あの人が、私の言うことなんて聞くものか……」)

 

 見た目は少女なので、この扱いは見るに堪えない。だが、番外席次を自由にしておくと、ナザリック地下大墳墓の支配者格に突っかかっていくのだ。今のところ二回(紅の捕縛縄での一回目を含む)やらかしているが、その都度、弐式によって取り押さえられている。

 法国最強の存在が苦も無く捻られる様は、傍らで目の当たりにした漆黒聖典隊員の戦意を挫くに充分なものだった。

 

「ともかく、ここはニグン殿にお願いしたい」

 

 自分自身、戦意を挫かれている隊長は、そのことには触れず、ニグンに向けて頭を下げる。ニグンは下げられた頭を酢を飲んだような顔で見ていたが、やがて大きな溜息をついた。

 

「仕方ありませんな。私が行きましょう。ただし……頑張りますが、諸々の責任に関しては負えませんぞ?」

 

「責任を取るのは貴方ではない……」

 

 そう言って隊長が視線を逸らした先には、力無く歩いて行くレイモンの姿がある。傍らには番外席次を抱えたセドランが居て、その後ろを左右から陽光聖典隊員に支えられたカイレが歩いている。

 

(あいつら……隊長の私を置いて……。一人ぐらい残ればいいだろうに! 後で説教だ!)

 

 怒りで顔を歪めたニグンは、大きく息を吐いてから隊長に対して頷き、次いでモモンガに向き直った。

 

「ゴウン殿。私が行きましょう。……一つ、お手柔らかに……」

 

「そこは、これまでのレイモン殿や番外席次……だったか? 彼女の行動が物を言うな。まあ、そんなに悪いようにはしないからついて来たまえ。ああ、協議場所には転移して行くから……<転移門(ゲート)>!」

 

 モモンガの前に<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現する。

 ナザリック地下大墳墓内への直接転移は諸々の段取りが必要だが、タブラからの<伝言(メッセージ)>で受け入れ準備完了を聞いているため、気にせず転移が可能だ。

 

(第一会議室でいいんだっけな……)

 

 ニグンを円卓の間に入れるのは、モモンガ及びギルメンらの気が向かなかったので、以前、別に用意した会議室へと転移することにしている。ギルメン達は移動済みとのことなので、今のタイミングで転移しても何ら問題はないはずだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うおっ! いや、失礼しました!」

 

 <転移門(ゲート)>の暗黒環を抜けたのはモモンガの方が先だったが、続いて出てきたニグンが驚きの声をあげる。それも当然、会議室ではタブラを始めとするギルメンらが、異形種化した姿で勢揃いしていたのだから。

 ここまでモモンガと弐式、ヘロヘロの三人だけ……という体で話が運んでいたのを、一気に現状のギルメン全員を紹介することになったわけだ。このことについて、モモンガは「大丈夫なんですか?」とタブラに確認したが「大丈夫です。本当なら、レイモンを立たせてガツンと情報開示したかったんですけど……。この際、ニグンでも構わないでしょう。弐式さんが単独で番外席次ちゃんを捻ってますからね。一人相手でも駄目だったのに、七人も『ぷれいやー様』が居ると知ったら、もう何もできないでしょうよ」とのことだった。

 

(ニグンはともかく、責任者のレイモンの立場を我が身に置き換えたら……寒気がするな……。俺だったら、辞表だけ残して逐電(ちくでん)すると思う……)

 

 それで逃げ切れるかは別の話であるが……。

 

「モモ……ごほん。アインズさんは、そっちの席です」 

 

 タブラから声がかかった。

 人差し指で示されているのは、長方形の口の時に並んだ会議テーブルの……上座だ。そこに座った場合、右隣にタブラ、左隣にぶくぶく茶釜。向かって右列手前から、武人建御雷、弐式炎雷。左手前からだと、ペロロンチーノとヘロヘロが配席されていた。そしてニグンはと言うと、モモンガの対面席である。

 

「あのう……」

 

 ニグンが呼びかけつつ挙手したので、モモンガ達は一斉にニグンを見た。それにより七人もの異形種の視線を浴びたニグンは大いに怯んだが、歯を食いしばって体勢を元に戻している。

 

「あの……ですね。本当に私で良かったのでしょうか? 土の神官長は無理でも、やはり漆黒聖典隊長も居れば良かったかと……」

 

「むう……」

 

 モモンガとしては、元より面識があるニグンの方が話しやすかったのだ。が、考えてみれば今のニグンは、営業先で重役が居並ぶ場へ単身出向くようなもの。

 

(少しばかり……ニグンが気の毒か……)

 

 モモンガは再考した。数で圧迫して要望を押し通すつもりだったが、それは漆黒聖典隊長が加わり、一人増えても同じことだ。そう、一人増えてもやることに変更はない。

 チラリとタブラへ視線を向けると、「ギルド長のお好きなように」との発言があった。他の者達も頷いているので、好きにして良いらしい。……それはそれで、モモンガの責任感にダメージが入るのだが……。

 

(胃にキリキリ来るな~。今は異形種化してるから、胃とか無いんだけど!)

 

 数秒間、思い悩んだモモンガはニグンに選ばせることにした。

 

「自分一人で不安と言うなら、今からでも漆黒聖典隊長を呼んでもかまわないぞ。<転移門(ゲート)>を使えば、すぐだからな。……どうする? 漆黒聖典隊長を呼ぶかね?」

 

「うっ……」

 

 聞き入れられると思っていなかったのか、ニグンは声を詰まらせる。しかし、モモンガの視線を受け止めると、覚悟を決めたかのような顔で頷いた。

 

「……気弱なところを御覧に入れて、申し訳ありません。やはり、私一人でお話を伺いたいかと思います」

 

「そうか……」

 

 大した根性だ……と、モモンガは思う。

 今、ニグンの前に居るのは、(モモンガ)タコ頭の人型異形(タブラ)ピンクの肉棒(茶釜)黄金甲冑の鳥人(ペロロンチーノ)半魔巨人(建御雷)漆黒のスライム(ヘロヘロ)だ。忍び装束のため、一見してハーフゴーレムだとは解らない弐式を別にしても、これだけの異形……しかもユグドラシル・プレイヤーを前に、逃げ出さないとは賞賛に値する。

 

(ニグン……加点一だな……)

 

 ニグンに対する評価を、レイモンとは真逆の方向に改め……モモンガは本題へと入って行く。

 

「席について貰ったことだし、始めるとしようか」

 

 ただし、最初に述べるのは苦情だ。

 

「今回、貴国の訪問団が……レイモン殿が言っていたような用件で来られるとは、我々は想像もしていなかったわけだが……。ニグン殿、『今度、正式にお邪魔します』と言っておきながら、戦備を整え、戦うつもりで乗り込んでくるというのは実に失礼な話だ。そうは思わないかね?」

 

 前半部の時点でニグンの表情が強張り、後半部の問いかけで彼の広い額に汗が浮き出る。

 

「それはその……なんと申しますか……。不幸な行き違いが……」

 

 精一杯の愛想笑いを浮かべるも、浮き出た汗は滝のように流れ落ち、顎先からしたたり落ちていた。注目すべきは、彼のこめかみであり、プックリと血管の筋が浮いている。

 

(レイモン様め……。私の忠告を聞かずに好き放題やった挙げ句、私が尻ぬぐいか……。帰ったら最高神官長様に訴えてやる。……絶対にだ……) 

 

 その内心はモモンガ達には伝わらなかったが、事の経緯は概ね把握できているので『誰に対して腹を立てているのか』については確認するまでもない。ただ一つ、モモンガらが思うのは『気の毒』ということだ。しかし、気の毒だからと言って手心を加える気は毛頭なかった。

 

「そのような言い訳が通用するとでも? 何なら我ら全員で、法国へ『お邪魔します』と言って出向き、したい放題暴れても良いのだが……」

 

「ま、ままま、待っていただきたい! ゴウン殿! いや、様! 今回のことは、一部の限られた者が、暴走した結果でございます! 法国の民に落ち度はなく、そのことを御考慮いただきたく! ……っ!」

 

 モモンガが突き出した右掌。それによりニグンの弁明が途切れる。

 

「わかってるとも。だから、そう声を張り上げなくともよろしい。今のは例え話だ。一般の国民に落ち度が無いことも理解している。だがな、ニグン殿……」

 

 机上で両肘をついたモモンガは、手指を組み合わせてニグンに問いかけた。

 訪問団を率いる責任者、しかも神官長という重い立場にある者が、出迎えた訪問先のトップに対し暴言を浴びせ、捕縛行動にまで出た。これは大問題だ。

 

「ナザリック地下大墳墓は国家ではない。しかし、貴国が訪問団を派遣したからには、交渉が発生する……一勢力ないし組織ではないだろうか? そうなると……かかる失礼な振る舞いに対し、先に述べた『例え話』が現実味を帯びてくるわけだ。我々にも面目というものがあるのでな。だが、そうならないためにも、貴国は我らに対する誠意を見せるべきだ。……そうは思わないかね?」

 

 少し前の問いかけと同じ締めくくり方。しかし、今放ったモモンガの声色には隠しきれない……いや、隠すつもりもない険がこもっている。

 

「ご、ごもっともですが……」

 

 ニグンが手の甲で額の汗を拭いながら、申し開きをした。

 このような重大な案件を、自分一人で決定は出来かねる。一度、本国へ持ち帰って協議の上で、改めて返答したい。

 そのようなことをニグンが身振り手振りを交えつつ述べた。言い終えた後、肩で息をしているのが彼の緊張の度合いを示している。

 

「……ふむ。当方は、それで構わない」

 

「おおっ!」

 

 ニグンが喜色満面となった。が、その顔は汗でまみれているので、いささか暑苦しい。

 

「本来であればレイモン殿と話すべきことであるが、彼は体調が優れない様子。ニグン殿を指名したのは面識があったからだ。こう言っては何だが、話しやすいからな。そもそも、今ここで返事等を求める気はないのだよ。では、我らからの要求を述べさせて貰うとしよう」

 

 モモンガは、ニグンに見えるように掌を差し出すと、指折りしながら要求を述べ始めた。それに伴い、ニグンの表情は徐々に強張っていくことになる。

 

 一つ、スレイン法国はナザリック地下大墳墓に対し公式に謝罪すること。

 一つ、ナザリック所属のプレイヤーは、スレイン法国で神となる気はない。

 一つ、ケイ・セケ・コゥク(傾城傾国)は法国には過ぎた道具なので、ナザリックに引き渡すこと。

 

「あとは慰謝料も欲しいが、それこそ誠意の見せどころだな。大まかには、こんなところだが……。いやあ、寛大過ぎたかな? 少し心配になってしまったぞ」

 

「は? いえ、その……」

 

 からから笑うモモンガに対し、ニグンの顔色は悪い。顔面蒼白を通り越して、土気色に見えるほどだ。

 

(慰謝料は……何とか捻出できるだろう。他の要求については……)

 

 まず、公式の謝罪。

 公式と言うからには、他国にも知らしめなければならない。スレイン法国の威信が揺らぐこと間違いないが、このことについては厳しいながらも何とかなるだろう。

 しかし、二番目と三番目は大問題だ。

 せっかく降臨した『ぷれいやー様』を神として誘い、奉ることができない。しかも、断られているのだ。この要求を持ち帰った場合、本国の神官長ら……いや、最高神官長が納得するとは思えなかった。だが、それはニグンが責任を負うことではないだろう。今ここでゴネたりしたら、機嫌を損ねたゴウン……モモンガ達が、先に述べたとおりのことを本国で実行するだろうからだ。

 

(素直に持ち帰って報告するしかないな。怒り心頭に発した最高神官長様から、レイモン様が激しく糾弾されるだろうが……)

 

 その結果、死をもって償わされる可能性があるが、そのこともニグンが関知するところではない。訪問団の責任者が追うべき『責任』だからだ。

 そして、残る一つ、『ケイ・セケ・コゥクを引き渡す』。これが、最も揉める案件となるだろう。『ぷれいやー様』らが神としてスレイン法国に来ないのも大問題だが、彼らは現にナザリック地下大墳墓に居る。この先の努力と誠意を見せることで関係修復ができれば、まだ望みはある……ようにニグンには思えた。

 だが、『ぷれいやー様』相手にも通用するであろう、ケイ・セケ・コゥク。この超重要アイテムの引渡しは、何としても回避するべきだ。

 

(とは言え、困難極まる……。いや、渡すしかあるまい……)

 

 その気になれば、モモンガ達は力尽くで強奪することも可能なのだ。それをせずに、『引渡しを要求するだけ』というのは、これこそ法国側の誠意を確認しに来ているのではないか。そういった裏の目論見があることを考慮すると、最高神官長もケイ・セケ・コゥクの引き渡しに応じる以外の選択肢はないだろう。

 と、そのような事を考え纏めたニグンは、額……いや顔全体の汗を拭いながら口を開いた。

 

「ゴウン様。お考えを拝聴し、私は考えました。考えましたが……難しくあります。あ、いえ、今のは私自身の感想でして……」

 

 感想と言っているが、面談した自分が『難しい』と言った事実。それを残したいのだ。モモンガも、ニグンの思惑は理解できるので頷いている。

 

「そうだろうとも。では、カルネ村近郊の待機施設(グリーンシークレットハウス)へ行き、レイモン殿らと共に本国へ戻ることだ……。先の要求に対する返答の期日は……今日より一ヶ月後としておこう。国家として返事をするのだし、距離もあるだろう。もう一声欲しいだろうが、まずは一ヶ月だ。延長は受け付けるが……」

 

 ニグンの顔に再び明るいものが見えた。が、それも続くモモンガの言葉で掻き消える。

 

「延長した場合は、要求が増えたりするかもしれんな。それと、敢えて言っておくが、時間稼ぎをしようとは思わないことだ。我々の我慢にも限度というものがある。突然、我慢の限界が来て法国へ行き、第七位階魔法を乱発して鬱憤晴らしをするかもしれない。まあ、期日までに返答があれば良いだけのことだ」

 

「はは、はいいい! 承知しました!」

 

 ニグンは首振り人形のようにガクガク頷いている。が、ふと思い当たったかのように挙手した。

 

「ご、ゴウン様? 先程の要求ですが、法国側で受け入れられない場合は……」

 

「その場合は、先の訪問団が『単なる侵攻部隊だった』ということになる。つまりは、宣戦布告なしで攻撃を受けたわけだ。無論、ナザリック地下大墳墓は、敵対勢力に対して全力を挙げての攻勢に出るだろう。ああ、何だったか、『ぷれいやー様』か? それが七人束にしての大暴れとなると、千年先まで残る伝説になるな。ニグン殿は、伝説の立会人になるというわけだ。……生き残れたらの話ではあるが」 

 

 そこまで言い終えたモモンガはニグンを見たが、震えながら聞いていたニグンは暫くたってから、その肩を落とすのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と、あんな感じで良かったですかね? 弐式さんは、どう思います?」

 

「うん、そうそう。建やん、もうちょっと高めで……。ええ、モモンガさん。俺的には良かったと思いますよ。うん、なかなかイイ感じだ!」

 

 茫然自失に近いニグンを、デミウルゴスとシャルティアに送らせ、再びギルメンだけとなった会議室。そこで肩の荷が下りた心持ちのモモンガが言うと、聞かれた弐式は作業しつつ答え、両手を腰に当てて大きく頷いた。

 会議室で何の作業をしていたのか。

 それはグルグル巻きのペロロンチーノを、会議室の天井から逆さ吊りにする作業だ。

 暴走した番外席次を捕縛する一幕で、弐式はペロロンチーノの過去の悪戯により恥を掻かされた。その、お仕置きを行うのである。

 

「に、弐式さん!? 俺、もう姉ちゃんに折檻されましたから!」 

 

「何言ってるんですか。ニグンの前に出る手前、ボコボコになった顔じゃマズいからってポーションで治したんでしょ? 俺の分は、まだ残ってますからね~」

 

 頭を下にして吊られたペロロンチーノ。彼の訴えを、弐式は鼻で笑い飛ばした。

 

「た、建御雷しゃん! 建御雷さんからも何とか言ってください!」

 

 弐式が聞く耳持たないので、今度は吊り下げの手伝いをしていた建御雷に救いを求める。しかし、ここで助けるようなら最初から手伝いなどしていない。

 

「まあ、諦めて苦無(くない)の的になるんだな。転移後世界ならまだしも、ユグドラシル時代でのエロトラップは許されるもんじゃないぜ?」

 

 紅の捕縛縄の捕縛形態スロット。そこに仕込まれた亀甲巾着縛り……それは、ユグドラシル時代に発動していたとしたら、いわゆる垢バンとなる可能性が高い危険なものだった。

 事の次第を知って肝が冷えた弐式の憤りは、建御雷も良く理解できており、この件に関してペロロンチーノを擁護する気は一切なかった。

 

「さ~て、ペロロンさんの防御を抜ける程度の苦無(くない)で、十本投げますかね~……。そこそこ痛いですし、クリティカルしても……一応しないように投げますけど、急所とかに当たったらクリティカルの確率は高いかな~。ま、俺の腕前を信用してくださいな」

 

「ちょ、ちょ~っ!? 建御雷さんが俺のことを揺らしてるんですけど!? それで腕前を信用とかぁ~~っ!?」

 

 絞められる鶏のような悲鳴にあるとおり、建御雷がペロロンチーノを強めに押している。これにより、逆さ吊りのペロロンチーノは振り子のごとく左右に揺れ出した。

 

「じゃあ、一本目! いきますよ~っ」

 

 左手に九本、右手に一本。それぞれ苦無の切っ先を持った弐式が言う。

 ペロロンチーノの運命……いや命は、まさに風前の灯火だった。

 彼に救いは無いのだろうか。さっき折檻したばかりの茶釜は無理として、タブラやヘロヘロはどうだろうか。

 揺れる視界の中、ペロロンチーノは見た。

 タブラとヘロヘロが笑いを堪えている様を……。

 

(味方が居ない! 駄目だ! 俺、死んじゃう! たぶん蘇生できるけど、マジで死ぬの嫌ぁああ~っ!)

 

 揺れてる程度で弐式の手元は狂わないだろうが、的になった者としては平静ではいられない。恐怖のあまり声の出ないペロロンチーノが、内心で悲鳴をあげた……そのとき。

  

「あの、弐式さん?」

 

 一人の声が場の空気を止め、弐式が声の主を振り返った。  

 

「モモンガさん……」

 

「も、モモンガさん!?」

 

 意外そうな弐式の声と、ペロロンチーノの喜びの声が重なる。同時に、他のギルメンらの視線がモモンガに集まった。ともかく、ペロロンチーノにとっては最後の救いである。ギルド長であり、皆の信頼も厚いモモンガなら、弐式を説得できるはずだ。

 揺れの収まってきたペロロンチーノが期待の眼差しを向ける中、モモンガは静々(しずしず)と弐式に向かって進み出る。そして、アイテムボックスから赤い布切れを取り出し、骸骨剥き出しの口をカパッと開いた。

 

「目隠しするのを忘れてますよ?」

 

「あ、これはどうも!」

 

「ギャーーーーーッ!?」 

 

 差し出された赤い布を弐式が受け取り、ペロロンチーノは今度こそ生声での悲鳴をあげる。

 そうして再び建御雷によって揺らされたペロロンチーノは、目隠しした弐式が、実は、ちょっとチクッとするだけのジョークアイテムである苦無を投じる様を、十回に渡って目撃する羽目になるのだった。

 なお、ペロロンチーノは恐怖のあまり、天井から下ろされたときに聞かされるまで本物の苦無だと思い込んでいたという……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式による仕置き、終了。

 改めて会議室のテーブルに着いたモモンガ達は、頭に数本の苦無を生やしたペロロンチーノがスンスンと鼻を鳴らす中、会議を再開した。

 

「弐式さんには聞きましたけど、他の皆さんはどうです? 割りと打合せどおり、ニグンと話せたと思うんですけど?」

 

 モモンガの確認に対し、最初に発言したのはタブラだ。

 

「ほぼ満点です。あそこまで圧迫しておけば、要求は受け入れられるでしょう」

 

「ほぼ……ですか。やはり、到らなかった点が?」

 

 心配になってモモンガが確認したところ、クレマンティーヌとロンデスのことについて言い忘れている点を挙げられた。

 

「ああ~……」

 

 思わず頭を抱える。

 本来であれば、ニグンにクレマンティーヌ達のことを伝え、今ではナザリックで雇用した従業員なので手出し無用……と釘を刺す予定だった。モモンガは、モモンガなりに必死に対応していたが、このことについては言い漏らしたのだ。

 やはり自分は、ギルド長として失格だ。

 モモンガは、暗い闇に吸い込まれていくような落下感を覚えていたが、その彼をタブラの明るい声が引き戻す。

 

「大丈夫ですよ。と言うか気にしないでください、モモンガさん。ニグン相手の時は、私も知ってて黙ってましたし……」

 

「と、言いますと?」

 

 気がついてたなら、その場で言って欲しかった。そう思うモモンガの声には恨みがましさが宿るが、それもタブラの説明を聞いて霧散する。

 

「この後、レイモン達は帰るんですよね? せっかくだから見送ってあげましょう。で、その際に言うんですよ。クレマンティーヌとロンデスのことを……。いい感じで死体蹴り……おっと、追い打ちができると思いませんか?」

 

「ううっ……」

 

 モモンガの重い気分は確かに霧散した。ただ、その一方で少し引いた。

 そこまで法国を追い込むのか……と思ってしまったのだ。

 

(受け入れがたい要求三つに、オマケで脱走者に対する手出し無用通達か……。しかも帰り際に……。レイモンはどうでもいいけど、ニグンの胃に穴が開くんじゃないか?)

 

 見れば、同席しているギルメン達も少し引いている様子である。会議室に微妙な……なんとも言えない空気が漂ったが、それを咳払いと共に建御雷が打破する。

 

「ま、なんだな。連中が要求を蹴ったら、法国へ乗り込んで暴れるだけだしな」

 

 建御雷の口調は楽しそうだ。彼にしてみれば、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改で見聞きしていただけだが、レイモンが強気に出た場面ではタブラに<転移門(ゲート)>使用を促し、現場へ駆けつけようとしたらしい。

 

「弐式が一緒だから大丈夫だと思ったし、実際、大丈夫だったけどな。でもよ、乗り込んで来た奴がモモンガさんに喧嘩売る様子ってのは、やっぱ見ててイラッと来るんだわ」

 

 振り上げた拳の行き場がない。そういう表現がある。しかし、この場合の建御雷は、拳を振り上げる理由と機会はあったが、それをグッと堪えた状態なのだ。法国で暴れられるなら、それは丁度良いストレス発散なのである。

 

「ハハハ、何と言いますか……。どうも……」

 

 喜んで良いのやら、NPC達に聞かれなくて良かったと思うべきか。モモンガが苦笑していると、今度は弐式が挙手した。

 

「取り敢えず、法国関連は相手の返事待ちって事かな? じゃあ、この後は暫くどうしましょう?」

 

 この後、暫く……。

 モモンガの脳裏に浮かんだ今後の予定は、バハルス帝国から差し向けられたワーカーチームに対応することだ。ただし、そのチームの大半は茶釜姉弟が世話になった者達なので、基本的に接待対応となる。

 その他では、建御雷とタブラが、トブの大森林にあるリザードマン集落を覗きに行くという予定もあったはずだ。

 

「確か、コキュートスも一緒に行くんでしたっけ? 建御雷さん?」

 

「おう、そうだよ。それとモモンガさん? 茶釜さんの許可が貰えたらなんだけど、アウラを貸して欲しいな……」

 

 森を移動するなら、闇妖精であるアウラが居ると心強い。建御雷は言いながらモモンガから茶釜に視線をスライドさせたが、これに対して茶釜が「オッケー。いいわよん!」と愛嬌たっぷりに了承している。もっとも、その姿はピンクの肉棒のままなので、身を揺すって話をすると淫猥な事この上なかったが……。

 

「俺の方は、王都で八本指関連の揉め事ですかね~」

 

 ヘロヘロがフルフル粘体を振るわせながら言う。

 冒険者チームとしてのヘロヘロ班は、班員のセバスがニニャの姉……ツアレニーニャ・ベイロンを保護したことで、現地の闇組織、八本指と揉めていた。直接の相手は奴隷売買部門だが、ここでヘロヘロと知り合っていた警備部門の長、ゼロが登場する。ゼロはヘロヘロの強さに感じ入り、協力的であったため、ツアレの件については自分が話をつけると請け負ったのだ。

 

「彼に付けた影の悪魔(シャドーデーモン)からの報告では、ツアレの件については上手く収めてくれたようです。ただ、奴隷部門の長との仲が少し悪くなったようでして……。ゼロ自身は何人かの部下を連れて、俺のところ……ナザリックへ来たがってるようですねぇ」

 

 ゼロにはナザリックのことを教えていないが、場合によっては雇っても良いのではないか……とヘロヘロが提案する。

 

「ゼロ……とは、どんな男でしたっけ?」 

 

現実(リアル)で言う、ヤクザの幹部らしいです。話した感じでは、ブレインに似た雰囲気がありましたっけ」

 

「ほう、ブレインと似ている?」

 

 モモンガの問いにヘロヘロが答えたところで、建御雷が食いついた。

 

「そいつは面白そうだ。モモンガさん、前科者を雇うにあたって何か縛りはありましたか?」

 

「今のところは何も……」

 

 モモンガは首を横に振る。

 ロンデスにも言ったが、前科は問わないのだ。ただし、前の職場のノリで犯罪に手を染められても困る。あと、裏切りは許さない。

 その点についてモモンガが言うと、建御雷は胸を叩いて見せた。

 

「任せてくれ! 俺が、きっちり仕込んでやるからよ!」

 

「建やんは、ほんと腕自慢の奴が好きだよな。ゼロと言えば……六腕って腕利き集団のボス格って聞いたけど、他にどんな奴が居るんだっけ?」

 

 弐式は誰に聞くとも無く発言したが、この質問にはタブラが答えている。

 

「デミウルゴスの報告では……」

 

 幻魔、サキュロント。幻影魔法を駆使する軽戦士。

 千殺、マルムヴィスト。致死毒を仕込んだ特注のレイピアを使う剣士。

 踊る三日月刀(シミター)、エドストレーム。六本のシミターを操り戦う。

 不死王、デイバーノック。人と意思疎通が可能なエルダーリッチ。

 空間斬、ペシュリアン。極細の剣を鞭の如く振るう戦士。

 

「最後に闘鬼ゼロ。修行僧(モンク)で、獣の精霊を憑依させることによって爆発的な攻撃力を得るそうです」 

 

「聞いてるだけでウキウキしてくるな。レベル的に大したことないんだろうけど、それぞれに個性があっていいじゃないか! 異世界の特殊戦闘職みたいな感じか? いや~、楽しみだ!」

 

 建御雷の興味と興奮は、タブラの説明を聞いた後も右肩上がりのままだ。

 そして、ここで挙手した者が居た。先程、弐式によってキツいお仕置きをされたペロロンチーノである。

 

「モモンガさん? ゼロって人を含めて全員採用となりますかね? 俺的にはエドストレームって人が気になるかな~」

 

「立ち直り早いな、ペロロンさん。苦無は……もう抜いていいから……」

 

 溜息交じりで弐式が言い、ペロロンチーノが「あ、そうですか? じゃあ、遠慮なく……」と頭部や肩の苦無を抜いていく。弐式の腕前は確かで、揺れる的に目隠しをしたぐらいでは、事故としてのクリティカルすら出なかった。が、軽傷で済んだペロロンチーノが苦無を刺したままだったので、弐式の方で気を遣う羽目になったらしい。

 その様子を苦笑しつつ見ていたモモンガは、咳払いをしてから真面目な声色で答えた。

 

「ペロロンチーノさん。それは本人達の意思と、あとは行動によりますね」

 

 そう言いつつ、モモンガは今一度自分の考えを確認する。能力があってナザリックの役に立つなら、転移後世界の現地協力者や従業員として扱うのは吝かではない。ブレインやクレマンティーヌらの例を見るに、余程問題のある者でなければギルメン達も反対はしないはずだ。NPC達については……我慢はしてくれるだろう。

 

「建御雷さんも言いましたけど。強さはともかく個性的ですし、裏社会のプロともなれば、抱え込みたくはありますね!」




 予定が入ったり消えたりで、ちょっと早めの投稿となりました。
 レイモンがブツブツ独り言言ってるのは、銀英伝の旧OVAでレベロ議長が「それもこれもヤンが~」と言ってたのをイメージしました。


<誤字報告>
ネムイデスさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

今回、セルフ誤字チェックはそれなりにやったつもりなんですけど
節々、自分でも『何じゃこりゃ?』と言いたくなるような誤字があって、いつにも増して自信がなかったりします



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第52話

 夜が明けた。

 グリーンシークレットハウスにて宿泊していた法国の訪問団一行は、タブラ・スマラグディナの<転移門(ゲート)>により、カルネ村の外……街道寄りの小道へ移動している。この後は、法国へ帰国するだけなのだが、一行を率いるのは土の神官長レイモンではない。陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーインだ。

 

(なんで私が……)

 

 ニグンが口の中でブツブツ言っているが、不満に思うのも無理はない。本来のリーダーであるレイモンが、茫然自失の状態から復帰していないこと。ニグンよりも上位者であるカイレも体調を崩しがちで、自分とほぼ同格の漆黒聖典隊長が「帰路のモンスター等の対処は任せて欲しい」と述べて、総指揮をニグンに委ねてしまったのだ。

 

(上役二人を引率しての外部行動とか、勘弁して欲しいのだが……)

 

 帰るまでの全責任が自分の肩に乗ってくるかと思うと、ひたすら気が重くなる。やはり漆黒聖典隊長と、二人で指揮統率したいところだ。しかし、一隊を率いる者が二人居るのは、指揮系統の混乱を招き危険である。やはり自分が頑張るしかない。

 ナザリックとの交渉が一段落し、ようやく……いや、一時的に肩の荷が下りたと思ったところにこれだ。ニグンの口から重い溜息が漏れる。

 一方、モモンガは、ニグンに負けず劣らずの重い気分で居た。

 今、彼はタブラと武人建御雷と共にニグンらの見送りに来ているのだが、これからの彼には一つ仕事があった。それは意気消沈して帰るニグンらに対し、とどめの一撃を入れるような行為だ。

 身体が異形種、心は概ね人のまま。そして根本的な在り方としては異形種。こんな身体になった上に、ここはゲーム世界だったユグドラシルとは違う。人が生き死にする現実なのだ。つまり……。

 

(そんな仲悪いでもない人に、魔王ロールで追い込みかけるとか……。俺の営業テク的に駄目だろう? いや、マジで……)

 

 と、モモンガの根っこの部分で、鈴木悟が悲鳴をあげていたのである。

 しかし、今は異形種化しているため、本能と言うべき部分では「やるべき事をやって何が悪い?」という思いもあった。それらがせめぎ合い、吐き気を催す方向で気分が悪くなるのだが……。

 

(……安定化されたか……)

 

 アンデッド特有の精神安定化が発生し、モモンガは気を取り直す。加えて異形種化したままであることが、彼の中の鈴木悟を精神の隅へと追いやっていた。

 

(弐式さんが言ってたっけ。異形種化しているままの時間が長いと、精神の『異形種ゲージ』が溜まって、人としての心が希薄になるって……)

 

 ところが人化したままだと、本質的には異形種なのだから、それはそれでストレスが溜まる。なんとも面倒な話だ。

 こうやって人の心が無くなることを気にしながら、この先を生きていくことになるのか。いっそのこと、このまま異形種に……死の支配者(オーバーロード)であることに染まりきった方が楽なのではないか……。

 

(いけない、いけない。死の支配者(オーバーロード)の身体に引っ張られすぎだ……)

 

 戻ったら人化して、スパリゾート・ナザリックで一風呂浴びるか。

 そんなことを考えたモモンガは、出発しようとしているニグンを呼び止めた。

 

「おっと、そうだ。ニグン殿。一つ言い忘れていたことがあった」

 

「と、仰いますと?」

 

 少し離れた位置に居たニグンは、朝の陽光を浴びながら振り返る。訓練された笑顔だが、その左眉と口の端がひくついているのをモモンガは見逃さなかった。「まだ何かあるんですか?」と言いたげだが、続くモモンガの言葉を聞いてニグンの顔の引きつり具合が酷くなる。

 

「クレマンティーヌという女性を知っているかね?」

 

 ……ざわり……。

 

 ニグンの周囲が騒がしくなった。

 大声あげての騒ぎではないが「漆黒聖典の裏切り者!」や「なぜ知ってるんだ! まさか……」といった囁き声が伝わってくる。本人達は囁き声のつもりだろうが、聴力の強化されているモモンガ達には、しっかりと聞き取れていた。

 

「んっ! ごほん!」

 

 咳払い。

 それはニグンが発したもので、直後に彼が左右……肩越しに背後までを振り向くと、それで訪問団の騒ぎは静まった。ちなみに顔色を変えて囁き合っていた中には、漆黒聖典隊長と巨盾万壁セドランも含まれており、ニグンは苦虫を噛みつぶしたような顔となる。その顔を気合いと根性で笑顔に戻し、ニグンは口を開いた。

 

「ゴウン様。クレマンティーヌは……我が国の者に相違ありません。その女は重大な犯罪者でして、国を挙げて捜索中なのですが……。ここで名を出されたとなると……身柄は確保されているのでしょうか?」

 

「察しが良くて助かる。ふとしたことから彼女を雇うことになったのだよ。今ではナザリックの現地人従業員として良くやってくれている。知ってはいるだろうが、彼女は優秀なのでな」

 

 機嫌良く説明するモモンガに対し、ニグンの笑顔は再び引きつり出す。

 クレマンティーヌの性格や性癖は聞き及んでいるので、最初は彼女が粗相をしでかし、その件で法国が責められていると思ったのだ。ところが、そのクレマンティーヌは驚くべき事に、ナザリック地下大墳墓で『ぷれいやー様』に仕えているという。

 つまり、クレマンティーヌのせいで法国が更なる危機にさらされる恐れは無いが、一方で国を揺るがす犯罪人を、その居場所が知れているのに手を出しがたくなったということになるのだ。

 

「……クレマンティーヌ……殿を、我が国にお引き渡しいただくというのは?」  

 

「聞けない話だ」

 

 無理と思いつつ聞いたニグンを、モモンガは突っぱねる。

 

「言ったとおり、今の彼女はナザリックの一員なのでな。私には部下を守る義務がある。そのようなわけで、諸々目を瞑っていただけるとありがたい」

 

 モモンガとしては、威厳があると思っている声色と喋り方だ。実に重々しい。しかし、傍らで聞く建御雷とタブラの二人からは、次のような呟きが聞こえてくる。

 

(「犯罪者か知らんが、俺んところで雇ってるんだから四の五の文句を言うなってか? 打ち合わせどおりだけど、魔王ロールで言うとえげつないな」) 

 

(「いやあ、様になってますねぇ。さすがはモモンガさんですよ。まさに魔王様!」)

 

 これらギルメンの囁き声も、やはりモモンガには聞き取れている。

 

(まったく、もう。それじゃ俺が悪者みたいじゃないですか。えげつないのは理解できるけど!)

 

「それと、もう一人……ロンデスという法国の元騎士が居てな。勝手に退職したそうだが……。彼もまたクレマンティーヌと共に、ナザリック入りしている。彼に関しても、よろしく目を瞑って欲しい」

 

 内心でギルメンに抗議しながらも、言うべきことは言う。

 クレマンティーヌのことで押され気味のニグンに対し、モモンガは更にロンデスのことを盛り込んだ。ニグンはと言うと、クレマンティーヌだけでも頭が痛いところへロンデスまで加わり呆気に取られている。

 

(ロンデス? ああ……以前、ゴウン様が第七位階魔法のデモンストレーションをする直前に、我らに向かって助言した男か……)

 

 思い返せば、『ぷれいやー様』に捕獲された状態で、彼らに不利益な情報を叫ぶとは見上げた根性だった。あのときはニグンも一杯一杯だったので気が回らなかったが、今となっては陽光聖典の隊員に見習わせたいぐらいである。

 ニグンは目を閉じて顔の角度を上げると、口の端に笑みを浮かべた。が、すぐに笑みを引っ込め、への字口とし、鼻で大きく息を吐き出した。

 

「わかりました。彼女らに関して、法国は今後関知しないこととしましょう」 

 

「ニグン殿!?」

 

 驚きの声を発したのは漆黒聖典隊長。が、その彼を首だけ回して振り返ったニグンは、目力のみで黙らせた。この一連の流れをモモンガは黙って見ていたが、向き直ったニグンに対して問いかけている。

 

「早々に理解を得られて嬉しいが……。構わないのかね? 本国へ持ち帰って、検討の後に返答するべきでは?」

 

 気を遣った部分もあるが、不思議に思ったモモンガは率直に聞いてみた。すると、ニグンはニヤリと笑って肩をすくめる。

 

「先の御要望と比べた場合、比較的に軽い案件です。軽視すべきではありませんがね。どうせ持ち帰ったところで、ゴウン様を説得できるお話など持って来られませんし……。であるならば、ここで早々に快諾するのが双方に有益と考えたまでです」

 

「なるほど。確かにそうだ」

 

 モモンガとしては、ナザリックの一員となったクレマンティーヌらを見放す選択肢はない。だから、この場で快諾して貰うのはニグンの言ったとおり都合が良いのだ。

 

「しかし、そこまで詳細に説明しなくとも良いのではないかな? もっと駆け引きをするべきと思わなかったのだろうか?」

 

 ニグンの狙いは読めているが、それでもモモンガは聞いてみる。会話の流れと言うか、ニグンと話している内に発生した『やりとりの空気』が、何となく小気味良かったからだ。

 対するニグンは、カラカラと笑ってモモンガを見返した。

 

「なぁに……つまり、こういうことです。ここで一つか二つ、ゴウン様に譲歩……おっと、協力して好印象を稼いでおこうと……。すべては法国のためです」

 

「はっ、ははは、はははははっ! ……抑制されたか……」

 

 あけすけな物言いにモモンガは笑いが止まらなかったが、精神の高揚が一定値に達したのか一瞬で素に戻る。だが、胸の奥には先程の高揚感が残っている。

 

(なんだ、ニグンは随分と変わったな。ガゼフ襲撃の時に見たのとは大違いだ。男子三日会わざれば刮目してみよ……だったか? 一皮剥けたと言うか……とにかく変わった)

 

 その原因となると、主にモモンガらの真の姿を知ったことや、レイモンや漆黒聖典隊長が交渉の役に立っていないことが挙げられるかも知れない。想像を超える難局にさらされ続けて、開き直ったのもあるだろう。

 

(俺にとっては、好ましい変化ではあるな)

 

 二度ほど頷いたモモンガは、心の採点表でニグンに加点すると、打合せにはなかった一言を述べた。

 

「なるほどなるほど。……気に入ったぞ、ニグン殿。この先、転職する気があったらナザリックに来るといい。我らは優秀な人材を求めているのでな」

 

 この発言にニグンらは驚愕したが、モモンガの両側で立つタブラと建御雷は「さすがモモンガさんだ」や「あそこでサラッとあのセリフが出るあたり、本物の魔王様ですよね~」といった調子で御満悦である。それらを聞き取り肩をすくめたモモンガは、ニグン達に別れを告げると、タブラ達と共に<転移門(ゲート)>でナザリックへと戻るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ニグン殿……」

 

 朝日の下、街道を行く法国の訪問団。その中で先頭を行くニグンに、漆黒聖典隊長……隊長が話しかけている。疲れが見える表情だが、真剣そのものだ。

 

「クレマンティーヌと、もう一人の脱走者についてですが……あれで良かったのですか?」

 

 後ろから聞かれたニグンは、見えはしないが左後方の隊長に向けて瞳を寄せると、前方を見直しながら返事をする。

 

「ゴウン様に言ったとおりだ。他の要求の方が判断に困る。……どうせ、ナザリック側の良いように呑むしかないだろうが……。そこはクレマンティーヌらの件とて変わらん。であるならば、放置して問題なさそうなクレマンティーヌらについては、あの場で快諾した方が、ナザリックの心証は良くなろう。そういうことだ。どのみち、情報に関しては全て吸い出された後だろうし……。と言うより、ゴウン様に説明した際には、貴殿も聞いていただろう?」

 

 二人の会話は、モモンガらと対面する前と後で立ち位置が変わっていた。

 どちらも聖典の隊長なので地位的には同格なのだが、以前は、ニグンの方が一歩引き、隊長も普通に受け入れていた。それは単純に、個々の戦闘力に大きな差があるためだ。しかし、今ではニグンが普通に振る舞っているのに対し、隊長は敬語を使っている。これはニグンにとっては不可解なことだったが、隊長としては「『ぷれいやー様』達と対等に交渉をし、あまつさえ勧誘までされた」と、ニグンに対する評価が著しく上昇していたのが原因であった。

 

「それは、そうですが……」

 

「本国に帰還した後、神官長様らが先の約定を反故にする可能性はあるが……いや、ないか。私の判断を是とするはずだ。そもそもだな、あそこでクレマンティーヌらに拘って、ゴウン様らの機嫌を損ねる方が問題だったと、私は思うぞ?」

 

 例え少しでも心証を良くし、本命の要求に関してナザリック側から譲歩を引き出す。公式謝罪とケイ・セケ・コゥクを引き渡すことについては拒めないだろうが、慰謝料などは減額交渉が期待できる。神として降臨いただくのは無理としても、その内に気が変わって法国に足を運ぶぐらいはあるかもしれない。

 それらが叶うのであれば、クレマンティーヌらも役に立つというものだ。

 

「まるで『神官長』のような見解ないし、物言いに聞こえますが?」

 

「勘弁して欲しい。私は陽光聖典の隊長を務めるまでが限界の男だ。……これ以上、責任を重くされてはたまらん……」

 

 最後に本音を付け加えたニグンは口を尖らせたが、それを見た隊長はキョトンとしたような表情の後に、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「先程、ゴウン殿から勧誘を受けたようですが……。『ぷれいやー様』の僕……羨ましい話です」

 

「ありがたい話だと思うが……。立場上、おいそれと飛びつくわけにはいかん」

 

 互いに冗談の範疇で済ませようとしているので、口調は軽いものとなる。ニヤリと笑って返したニグンは、徐々に頭上へ昇りつつある太陽を見上げた。

 

(あの高き場所を行く陽光は不変だ。私も陽光聖典としてそうありたかったが……)

 

 変わる時が来たのか、変わっても良いのか……。

 肩越しに振り返ると、漆黒聖典隊長が「本当に羨ましい話だ。私も精進せねば……」などとブツブツ呟いている。更に後方では陽光聖典隊員に支えられるカイレと、同じくセドランによって支えられるレイモンの姿が見えた。レイモンは、うつろな目つきで何事か呟いているようだが、傍らのセドランが渋い顔をしているところを見ると、ろくでもないことを呟いているのだろう。

 

(転職……か)

 

 モモンガの言っていた言葉が脳内で再生された。

 

「それも……いいのかもしれんな……」

 

 誰に言うでもなく呟き、ニグンは空を見上げる。自分の隊の象徴たる太陽は、変わらずそこにあった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「とまあ、そういうわけで法国との交渉は概ね上手くいった感じです」

 

 トブの大森林を歩くタコ頭の異形……タブラ・スマラグディナは、先頭を歩くアウラ・ベラ・フィオーラに説明している。

 本日は、ニグン達が帰った翌日にあたり、トブの大森林の奥地で発見されたリザードマン集落へ遊びに……ではなく調査に赴くのだ。参加メンバーは武人建御雷とタブラ。そこに……。

 

「へえぇえ! さすがは至高の御方です! 不可能なことなんてありませんね!」

 

 肩越しに振り返り、瞳をキラキラさせているアウラを加えた三名……のはずだったが、アウラの弟、マーレ・ベロ・フィオーレ。そしてアウラとマーレの創造主である、ぶくぶく茶釜が同行している。当初はアウラだけの出向を了承していた茶釜だが、「暇だから、私とマーレも行く!」と言ってついて来たのだ。建御雷とタブラ側で特に断る理由もなく、ギルド長のモモンガが了承したことで、今回の派遣メンバーが決定したのである。

 

「う~ん……」

 

 ズルズルと森の小道を這うピンクの肉棒、茶釜が首を傾げたような素振りを見せた。その声が聞こえた建御雷が、鞘に収めた大太刀を肩に担いだままで振り返る。

 

「茶釜さ~ん? 何かあったっすか?」

 

「いえね、建御雷さん。粘体の身体で、舗装もしてない森の小道を歩いてるでしょ? 徐々に削れて無くなる~……とか、おろし金でおろされたみたいに痛い~……とか。そういうのがあるかと思ったんだけど、特に何にも無いのが不思議だな~って」 

 

 この疑問に、建御雷の左隣を歩いていたタブラが答えた。

 

「物理ダメージとして通ってないからじゃないですか?」

 

「でも、全力疾走して転んだりすると痛い思いをするじゃない?」 

 

 その後暫く、タブラと茶釜の物理ダメージ論議は続く。それが正しいかどうかはともかく、二人の行き着いた結論とは……。

 

「普通にしてる分には平気で、必要以上に力を入れて、意識しないところで転んだりするとダメージが通る……ですかねぇ」

 

「それって地面で自分を殴ってる感じ? 不思議な仕様よね~……。そう思わない? マーレ?」

 

 完全に解決したとは言えないが、茶釜はマーレに話を振る。茶釜の隣を歩いていたマーレは、杖を抱きしめながら答えた。 

 

「よ、よくわからないですけど、至高の御方が凄いのは間違いないです!」

 

「あはは~。ありがと~……てか、マジ可愛いな! こんちくしょー!」

 

 困ったように笑った茶釜が、粘体を触腕状に伸ばしてマーレの頭を撫で回す。途端にマーレは溶けそうな表情となり、その尖った耳を水平……次いで下方へと下げた。

 

「はうあう~。茶釜様! そんなにしていただいたら、僕~……」

 

「ふははは! ()い奴め! く~……理想の弟的少年だわ~~」

 

(あんたの『理想の弟的少年』ってのは、ミニスカ履いてるのかよ……)

 

 そういった感想が口から出かけたものの、建御雷はグッと堪えている。ユグドラシル時代、アウラやマーレの服装についてツッコミを入れた者は、例外なく激しい攻撃……もとい口撃にあって撃沈されていたのだ。今の茶釜は肉体が異形種のそれなので、色々な『圧』が増している。どれほどのダメージを受けるかわからないとあっては、まさに触らぬ神に祟りなしだった。

 ともかく、後方で創造主(茶釜)創造NPC(マーレ)がイチャイチャしている。歩きながら聞く建御雷とタブラとしては苦笑を禁じ得ない。

 

「ホント、仲がいいな。茶釜さんのところは」

 

「そもそも、ギルメンで製作NPCと仲が悪い人って、そんなに居ませんしね~」

 

 そうやって男共が呟いてる間にも茶釜はマーレを抱え上げ、頭の上に座らせている。

 

「ああ~、最っ高に楽しぃ~っ!」

 

 茶釜自身、アウラやマーレを作成するにあたっては『やりすぎた感』があった。そのため、実際に動いてるアウラ達と会う機会があったら、恥ずかしさの余り逃げるかも知れないと思っていたのである。しかし、現実に会ってみると、これがアウラもマーレも果てしなく可愛いのだ。その上、自分のことを無条件で慕ってくれている。

 

(こんなワンダホーで、パライソなことがあって良いのかしら!? もう絶対に現実(リアル)に戻りたくないわ~)

 

 これが嘘偽りの無い、茶釜の本心だった。

 どうせ現実(リアル)に戻ったところで、人生は詰んでいた。茶釜姉弟には戻る選択肢はない。ならば、こっちの世界で幸せに過ごせるなら万々歳ではないか。

 

「うにゅう……。羨ましい……」

 

 そんなマーレとのスキンシップが続く一方で、アウラが不満そうにしている。彼女はチラチラと後方を振り返り、茶釜達の様子を窺っていた。当然、その仕草は建御雷に見えており、彼らに気を遣わせることとなる。

 

「アウラ?」

 

「は、はい! 建御雷様!」

 

 ビクリと肩を揺らしたアウラが、すぐ後ろの建御雷を見た。と言っても、左肩越しで茶釜を見ていたところなので、その視線を上げれば建御雷の顔に行きあたる。ちなみに、ぶくぶく茶釜や武人建御雷、それにタブラ・スマラグディナ等、名前の長いギルメンらはNPC達が律儀に全読みしてくるので、名前のみや省略して呼ぶことを許可していた。NPCらは恐れ多い、あるいは不敬だと遠慮したものの「親しみ重視だ!」とモモンガが命じたことで従っている。

 

「リザードマンの集落には、この小道を道なりに進めばいいんだよな?」

 

「は、はい! 途中で枝分かれすることもないので、それで大丈夫です!」

 

 元々、トブの大森林の調査を命じられていただけあって、アウラは自信たっぷりに胸を叩いて見せた。

 

「じゃあ、茶釜さんのところへ行って良し!」

 

「え、ええ!? あ、あの……あたし、何か粗相をしましたか?」

 

 不安そうになるアウラであるが、対する建御雷は左手の平をヒラヒラ振って否定する。

 

「ちげーよ。このまま歩いてて目的地に着くなら、当面は道案内とか要らないだろ? 後ろへ行って、茶釜さんに甘えて来いって言ってんだよ」

 

「で、でも、道案内の任務が……」

 

「それはもう達成できてますよ。アウラ、御苦労でしたね。茶釜さんやモモンガさんも、きっと褒めてくれるでしょう」 

 

 アウラは任務と言いつつ、明らかに迷っていた。が、説得にタブラも加わったことで、一度目を閉じてから朗らかな笑顔で建御雷達を見直している。

 

「わかりました! お言葉に甘えさせていただきます!」

 

「おう! 茶釜さんには、俺達から……おっ?」

 

 言いつつ建御雷が振り返ると、茶釜が触腕状にした粘体でサムズアップをしているのが見えた。器用なことしてるな……と思いつつ、建御雷はアウラを送り出す。

 

「まあなんだ、茶釜さんは解ってくれてるから問題ない。ほれ、行ってこい」

 

「は、はい!」

 

 元気良く返事したアウラが、タタタと後方へ駆けて行く。その後ろ姿を見送った建御雷は、前方に向き直って移動を再開した。

 

「ああいうコミュニケーションも良いもんっすね。うちはNPCがコキュートスなんで、男友達か弟分みたいな感じになるんすわ。暑苦しいのは嫌いじゃないですけど、ちょっと羨ましいかな……」

 

「私のところは、アルベドは嫁に出したので、ルベドとニグレドとのコミュニケーションですかね~……。ルベドは、ちょっと難しい子なんですけど……」

 

 ニグレドは、情報収集特化型の優れたNPCである。面皮を剥がされた……デザインの少女で、タブラ作成の三姉妹では長女の位置づけだ。彼女の部屋に入るには、あるアイテムと儀式が必要になるが、それはタブラの悪乗りの産物で……ニグレド本人は、至って(限定的ながら)心の優しい少女なのだ。

 三女ルベドに関しては、ナザリックに幾つかある秘密要素の一つで、個としてはナザリック最強のNPCである。その強さの一例を挙げると、肉弾戦においてはアルベドやコキュートス、セバスを上回るほどだ。

 

「難しい子って……。ルベドは確か……タイマンだと、たっちさんでも勝てないんじゃなかったっけ?」

 

「まあ、相性の問題ですけどね。私的には、対策アイテムを取り揃えて、バフ盛りして、更に作戦があれば……たっちさんなら勝てそうな気がしますけど。ただ、一対一は本当に厳しいですね。ルベドと戦うとして、ナザリックに居るのが……例えばモモンガさんだけだったら、完全装備であっても当然勝てません。もう第八階層のあれらと、世界級(ワールド)アイテムを併用するぐらいしかないでしょうね」

 

 モモンガ一人で……とタブラが話したのは、ナザリック地下大墳墓には、ギルメンがモモンガのみの時期があったからだ。異世界転移前、ヘロヘロが行動を起こさなければ、モモンガは一人で転移した可能性が高く、建御雷には寒気を覚える例え話として聞こえていた。

 

「おっかねぇな……。モモンガさんだけで転移しなくて良かったぜ……」

 

「一対一の戦いを前提とするから、そう思ってしまうんですよ。今の状況であれば、ルベドの対処は可能です」

 

 タンクとして、ぶくぶく茶釜。

 アタッカーとして、武人建御雷と弐式炎雷。

 後衛にはタブラ・スマラグディナとペロロンチーノ。そして、モモンガである。

 

回復役(ヒーラー)が居ないのが惜しいですけど、ある程度はポーションで代用できますしね。これだけ居たらルベドに勝ち目はありません。こっちには世界級(ワールド)アイテムだってありますから。最悪、第八階層に戦地を移動させる手も……。とまあ、そういった話は置いておくとして……私には娘二人が残ってますけど、茶釜さんみたいにできるかと言われると微妙かな~……」

 

 こういう時は、凝った設定が裏目に出た感じになるが、タブラに悔いはない。そして、それは建御雷も同様だ。

 

「それで良いってことで造ったから、自分のNPC(コキュートス)に文句は無いんですけどねぇ」

 

 建御雷は、言いながら左手の指で頬を掻いた。

 

「でも可愛い系のNPCと仲良くするってのは、やっぱイイ感じに思えるなぁ。隣の芝生は青く見えるってやつですか?」

 

「そうかもしれませんね。っと、そろそろ到着かな? はい、皆さん……と言っても建御雷さんと茶釜さ~ん? 打ち合わせどおり、ここからは人化して行きますよ~?」

 

 タブラが呼びかけ、建御雷らが頷く。

 相手はリザードマンなので、人間相手ほど気を遣う必要はないだろうが、それでも種類違いの異形がゾロゾロ姿を現したのでは驚くだろう。そこで人化だ。タブラ達が人の姿となれば、同行している護衛は闇妖精のアウラとマーレ。概ねはヒト種の一行にしか見えないだろう。多少はリザードマン達も安心して接してくれるのではないか……というのがタブラとモモンガの狙いだった。

 

(人間やエルフだから安心する……じゃなくて、異形種よりはマシなはず……か。モモンガさんの発想だけど。相変わらずのバランス感覚と言うか、さすがと言うか……)

 

 端から異形種の姿で押しかけるつもりだったタブラであるが、時折、自分の予想や想像を超えた判断力を示すモモンガについて一人感心するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 法国の訪問団が帰ったので、ギルメンの一部は遊びに出かけたりしていたが、留守番組の中で一際幸せに溺れている者が居る。

 ペロロンチーノだ。

 現在、彼は自室にて自身の作成NPC……シャルティア・ブラッドフォールンと共に居るのだが、自室は自室でも、場所は寝室だった。

 そう、ベッド上なのだ。

 彼は今、シャルティアとの性的な行為を終え、事後の余韻に浸っていたのである。ちなみに、いたしていた際は人化していたが、事が終えた後は幸せと嬉しさと歓喜と高揚感と、愛しさと切なさと、心強さが雨のように降り注ぎ、感極まって異形種化している。

 

「幸せだな~……」

 

 天井を見上げつつ、ペロロンチーノは呟いた。直後、寄り添って寝息を立てているシャルティアを起こさないよう、嘴に手をあてる。だが、溢れ出る幸福感に達成感も加わってきたことで、彼は脳内で快哉をあげた。  

 

(やった! 俺はやったぞ! ついに『卒業』だ! すっごい気持ち良かったし! 俺は、俺は、やればできる子なんですよ! モモンガさーーーーん!)

 

 こんなことで名前を出されたと知ったら、さぞかしモモンガは困惑しただろうが、幸いにしてペロロンチーノの脳内絶叫を聞き取る者は居ない。

 

「ホントに幸せだな~。理想の女の子と本当に……できるだなんて。なにしろ、法律とか気にしなくていいんだもんな~」

 

(こんなワンダホーで、パライソなことがあって良いんだろうか? もう絶対に現実(リアル)に戻りたくないわ~)

 

 奇しくも姉弟で同じようなことを考えている。もっとも、シチュエーションについては天と地ほども開きがあるのだが……。

 

「そう言えば今度、アルシェちゃんがナザリックに来るんだっけ? 格好いいところを見せたら、仲良くなれたりするかなぁ……」

 

 バハルス帝国が差し向けてくるワーカーチームには、ペロロンチーノらが異世界転移の直後で世話になった者が多くおり、その中にチーム『フォーサイト』のアルシェ・イーブ・リイル・フルトが居た。シャルティアよりは一回り大柄だが、総じて小柄の範疇であり、ペロロンチーノにとってはストライクゾーン内の少女である。

 

(シャルティアの背格好や銀髪は至高だけど。アルシェちゃんの金髪や髪型もいいよね! それと気が強そうで、頑張ってる感じが最高に萌えだし! ……って、ん?)

 

 気がつくとシャルティアが目を覚ましており、胸元から上目遣いに見ていた。よく見ると、頬が小さく膨らんでいる。

 

「え? あれ? 起こしちゃった? ごめんね? ……何か怒ってる?」

 

 途惑い気味に聞くと、シャルティアはペロロンチーノの胸板……の羽毛に人差し指を差し込み、くすぐるようにして『の』の字を書き出す。

 

「ペロロンチーノ様……。こういう時に他の女の名を口に出すのは、マナー違反だと思うんでりありんすぇ」

 

「うっ……ごめんなさい……」

 

 反論の余地がなく、ペロロンチーノがシュンとしたところ、それを見たシャルティアが慌ててフォローを始めた。

 

「いえ! ペロロンチーノ様が謝られることは何一つありません! 私の口が過ぎたからで……ぶふっ!?」

 

 余程慌てたのか似非郭言葉が消えている。その縋るように言うシャルティアの声が、途中で遮られた。ペロロンチーノが抱きしめたことで、その小さな顔を胸板の羽毛に埋められたのだ。数秒たってペロロンチーノの腕の力がゆるみ、シャルティアが顔をあげると、ペロロンチーノは笑いながら彼女の頭を撫でつける。

 

「今のは俺が悪かったから、俺が謝る……で、()~の。でもまあ、シャルティアは俺の特別で一番だけど、他の女の子に目移りしちゃうこともあるって……その、ごめんね?」

 

「いいえ!」

 

 仰向けになったペロロンチーノの胸板上で、シャルティアが躰を起こした。その際、平坦に近い胸が見えたが、言うまでもなくペロロンチーノの視線は釘付けである。

 

「特別で一番! その御言葉を頂けただけで、妾は世界一の果報者でありんす!」

 

「お、おう! 一日に一回の『妾』を、ここで!? そ、そう言って貰えると、俺も嬉しいよ!」

 

 慌ててシャルティアの瞳に視線を戻したペロロンチーノであるが、心の中では首を傾げていた。

 嫌われることを恐れているのもあったろうが、ほぼ無条件のイエスマン。

 これはペロロンチーノにとって『理想の女の子による理想の反応』のはずだ。しかし、実際にされると何やらマズいことをしている気分になる。

 

(うう……本当に、こんな感じで良いのかなぁ……)

 

 一人の女の子を『こんな感じ』に設定してしまった。そのことを後悔するのは簡単だが、それはシャルティアに対して失礼ではないだろうか。自分は責任を取るべきではないだろうか。いや、抱いたこと等に関しては責任を取るつもりだが、創造主としての責任は……。

 

「やっべ……。普通に現実の女の子と交際するより、難しい感じになってきた……」

 

「……?」

 

 徐々に事の重大さが飲み込めてきたペロロンチーノである。一方、抱きしられめながら頭を撫でられるシャルティアは、一瞬キョトンとしたものの、すぐに嬉しそうにペロロンチーノの胸へ顔を埋めるのだった。

 




 ニグン、法国離脱の恐れあり。
 実際、どう動くのかは未定です。

 ルベドに関しては迷ったのですが、充分な対策をすれば、たっち・みーさん単独でも勝算がある……ような扱いとしました。
 一原作読者としては、たっちさんの強さに幻想を抱いてるものでして。
 『第八階層のあれら』と世界級(ワールド)アイテムの併用に、たっちさんの強さが見合うかどうか……というのも激しく気になりますが……。
 ちなみに、たっちさんが聞いたら「無理に決まってるじゃないですか。私を殺す気ですか?」とか言うと思います。でも、そこを引っ繰り返して欲しいんですよね~。
 最終的に「最強の『個』」という部分に注目し、ギルメン複数なら勝利可能。色々と盛り盛りにしたたっちさんなら勝てる……みたいなイメージとなりました。
 どっちのパターンでも、実際にヤルとなったら世界級(ワールド)アイテムを装備するでしょうけど。

 ペロロンチーノさん、一皮剥ける! 
 本当は「モモンガさーーーん!」のあたりに「読者の皆さん、見てますかーーっ!」とか入れたかったのですが、断念しました。 
 あと、言うまでもなく、イビルアイもペロロンさんのロックオン対象。
 今のところ、蒼の薔薇はラキュースが出たぐらいですけど、ペロロンさんの目に入ったらイビルアイは……。
 書いたときの、お楽しみと言ったところでしょうか。

<誤字報告>
satakeさん

毎度ありがとうございます

そう言えば今回の第52話で、「正 関知」「誤 感知」という誤字があったのですが、
実は、投稿前のチェック中に気がついてまして
間違いなく目に止まっていました
……が、「?」と違和感を感じたものの、何がおかしいのか解らずスルー

……書き上がりの精神状態、ヤベー……


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第53話

「<魔法三重化(トリプレットマジック)>、<火球(ファイヤーボール)!>」

 

 人化したモモンガ……冒険者モモンとしての彼が魔法を発動させると、三つの火球が同時に射出された。魔法三重化(トリプレットマジック)は、文字どおり魔法を三重がけして発動させる効果を持つため、このような運用が可能となっている。

 

 ズドグァアアアアン!

 

 放たれた三つの火球は、モモンガが指定した目標付近で炸裂し、盛大に火炎を撒き散らした。付近には多数のゾンビやスケルトンが居たが、その多くが焼き尽くされている。

 

「うむ。墓石には被害がないな。上出来だ……」

 

 モモンガは満足げに頷いた。墓石に被害はない……そう、ここはエ・ランテル外周部の墓地。城壁内西側地区の共同墓地だ。そしてモモンガは現在、アルベド……冒険者ブリジットと共に、アンデッドの掃討中である。

 ちなみに時刻としては昼過ぎだ。

 たまたま、その時間帯にアンデッドが湧いたのかと言うと、そうではなく、早朝に湧き出したのが徐々に増えて、巡回の衛兵に発見されたのである。

 そういう筋書きなのだが、原因はモモンガにあった。

 少し前に配下としたカジット・デイル・バダンテールが、死の螺旋の儀式を途中放棄していたことに目を付け、第七位階魔法<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>を使用してアンデッドを湧き出させたのだ。

 その目的は、冒険者として名声を手っ取り早く稼ぐため。

 

(彷徨いてる墓地由来のアンデッドも、ちゃんと始末するし。召喚したアンデッド共には、外壁や門に群がるだけで居住区には入らないよう指示済みだ)

 

 誰にも迷惑はかけていないし、この機会に元から居るアンデッドも掃討すれば……万事めでたしである。

 

(多少、苦しいかな? マッチポンプには違いないわけだしな)

 

 だが、必要なことなのだ。

 名声を得ると言うことは、モモンガ達のことが噂として広まることにつながる。冒険者としての登録名は、モモン、ニシキ(弐式炎雷)ヘイグ(ヘロヘロ)と、ギルメンとしての名前から多少遠ざかっていた。しかし、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンならば、この名を聞いて気にはなるだろう。ひょっとしたら、探しに来てくれるかもしれない。そういう期待を込めてのマッチポンプだった。

 

「はぁっ!」

 

 背後ではブリジット(アルベド)がバスタードソードを振り回し、ゾンビを薙ぎ倒している。このアンデッド退治は以前から予定していたもので、アルベドは大いに楽しみにしていた。それがついに実行となったので、この張り切り様だ。

 

「ぬふふふ! モモン……ガ様との共同作業よぉ! うりゃああぁぁ……。……とう!」

 

 ハイテンションが過ぎたせいか、精神の停滞化が発生したらしい。それでもヘルムの下部から見える口はニヤついているので、かなり喜んでいるのは一目瞭然だ。

 

(共同作業って……結婚式のケーキカットじゃないんだから……)

 

 苦笑しつつ<火球(ファイヤーボール)>を連射するが、同時に別の意味でもモモンガは苦笑している。現実(リアル)での自分は、女性と交際したことはなかった。が、もしも結婚することがあったとして、式場でケーキカットなどできただろうか。

 

(難しかっただろうな……)

 

 食に拘る性分ではなかったから普段の食生活はヒドいものだった。とは言え、ある程度の貯蓄はあったから無理をすれば、少し大きめのケーキは用意できたかも知れないが……。

 

(それをするぐらいなら式場を豪華な感じに……いや、そもそも式場の費用を削って生活費の足しに……。いや、ユグドラシルの課金アイテムを……。……ふう……)

 

 精神の安定化が発生したわけではない。あまりにせこい自分の考えに、呆れて溜息が出たのだ。こんなことでは現実(リアル)に居続けたとしても、結婚どころか恋人すらできなかっただろう。

 

「今は、アルベドとルプスレギナが居るからいいんだけどな……。あと、ナザリック外にエンリとニニャ?」

 

 ボソッと呟きつつ、今度は<雷撃(ライトニング)>を三連発で撃ち出した。通常の第三位階の使い手なら、数体を貫通する程度だろう。だが、モモンガが発動させた場合は飛躍的に威力が上昇するのだ。

 

「バフ盛りしてるし、一〇〇レベルだし……。ゾンビやスケルトンぐらいなら物の数ではないな~。はっはっはっ!」

 

 鼻歌交じりでアンデッドを掃討していく。低レベル冒険者の目から見れば無尽蔵なMP。詠唱高速化により連射される魔法。外壁上からは衛兵らの喝采がやまず、離れた場所で戦う冒険者らは、口をあんぐりと開け……そのせいで動きが止まってアンデッドに襲われかけ、慌てて反撃したりしている。ちなみに、この時の墓地には漆黒の剣の面々も居た。彼らに関してはモモンガの強さを知っているため、他の冒険者らのように隙を見せたりはしていない。

 

「……モモンさん、相変わらず凄まじいな。さっきから何発、火球(ファイヤーボール)をブッ放してんだよ?」

 

 ルクルットが、ペテルの背後に回ろうとしたゾンビの頭部を射貫きながら言う。陣形中央のニニャを守るダインも、メイスでスケルトンの頭部を砕きながら頷いた。

 

「十発目から先は数えていないのである。モモンさんは上機嫌で笑ってるので、まだまだ余裕そうなのである」

 

ブリジット(アルベド)さん、でしたっけ? 彼女も凄いですよ。迷惑なことに防具装着のままで埋葬した死体が動いてますけど、問題なく真っ二つにしてますし……」

 

 同じ戦士職ゆえに他の者よりアルベドの凄さがわかるのだろう。ペテルは、アンデッド・ウルフを切り払いながら顔を引きつらせている。

 

「お喋りしてると危ないですよ! <魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 パーティーの中央に陣取るニニャが、魔法の矢を撃ち出した。これがアルベドの背後に迫ろうとしていたゾンビの頭部に見事命中、一撃で倒している。アルベドはと言うと、後方にステップし、そのゾンビを斬り払おうとしたのだが、ニニャによって倒されてしまった形だ。目標を失い、一瞬の間ができたところで、アルベドはニニャを振り向き……露出している口元をほころばせている。

 

「うっ……」

 

 アルベドはヘルムを装着しているので、その瞳は見えない。が、口元……唇の変化を見たニニャは頬を赤く染めた。

 

「ニニャ、どうかしたのであるか?」 

 

 見える位置でモモン達が暴れているせいか、近場のアンデッド密度が低くなっている。一息ついたダインが二、三歩後退してきて、背中越しでニニャに声をかけたが……我に返ったニニャはビクリと肩を揺らした。

 

「な、何でもない……よ? 他のチームに目立った怪我人はないし、このまま撃退できそうだね!」

 

 ダインの注意を他チームに向ける。一応、嘘は言っていない。ダインは一瞬首を傾げるも、言われたとおりに周囲に視線を巡らせた。離れた場所でエ・ランテルのミスリル級チームが戦っており、見事な連携でアンデッドを押し返している。

 

「うむ。あれは、クラルグラ……であるかな? 油断は禁物であるが……むっ! ……ペテルの援護に行ってくるのである!」

 

 三体のアンデッドを同時に相手取っているペテルを不利と見たのか、ダインが会話を中断して駆け出した。その背を見送ったニニャは、新たに<魔法の矢(マジックアロー)>を唱えつつ、離れた場所で戦うアルベドを見る。

 

ブリジット(アルベド)さん、ずるいなぁ。口元だけで凄く綺麗なんだもの。モモンさんが、ますます遠くなっちゃうよ~)

 

 今回のアンデッド大量発生事件が起こる少し前、ニニャは、アルベドのヘルム下の素顔をあらためて見せて貰っていた。冒険者ギルドでのことだったが、あまりの美貌に立ちくらみを起こしかけたものだ。

 ちなみに、ルクルットがアルベドに声がけし、涼やかな笑みと共に『お断り』されている。

 

(モモンさんとブリジット(アルベド)さん……お似合いだな~……)

 

 このままでは、お似合いの二人を遠目に応援するだけで終わってしまいそうだ。しかし、告白して振られていない以上、自分にも望みはある。あるはずだ。

 

「フッ……」

 

 ニニャは笑みを浮かべてみた。先のアルベドほどではないが、今の『笑み』は、中々にイケていると自分で思う。

 

「さあ! 恋する乙女はアタックあるのみ! どんどんいきますよ~っ! <魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 一方、順調にアンデッドを倒していたモモンガは、あるものを目撃して動きを止めていた。その視線の先に居るのは、巨大な竜型スケルトン。

 

「おおっと! これはこれは、魔法絶対耐性……ぷっ……の、スケリトル・ドラゴンじゃないか……」

 

 転移後世界におけるスケリトル・ドラゴンは、人骨が寄り集まってできた竜型のアンデッドで、魔法攻撃が一切通用しないモンスターとして有名だ。ただし、実際は第六位階魔法までを無効化できるのであって、第七位階魔法から上の魔法は無効化できない。ここにモモンガが失笑した理由がある。

 

(第六位階までの無効化ぐらいで『絶対魔法耐性』だもんな~……。ユグドラシルでプレイヤーが吹聴してたら、絶対に掲示板でネタにされるし……)

 

 一〇〇レベルプレイヤーから見た時のスケリトル・ドラゴンの実態と、転移後世界での持ち上げられ方。これは二つ合わせて、結構なお笑いネタなのだ。しかし、ここで重要なことは、このスケリトル・ドラゴンをモモンガが倒せるかどうかである。

 結論を言うなら『可能だが今は無理』だ。

 死の支配者(オーバーロード)状態であれば、超位魔法までが使用可能だし、その状態で悟の仮面を使用しても第七位階まで使用できる。ところが、人化した今の状態であれば第六位階までが上限なのだ。

 

(む~ん。ギャラリーが居るから、人化したままでイベントを乗り切りたいんだよな~……。てゆうか俺、一応は第三位階までの使い手ってことになってるし) 

 

 この方針を通す場合、モモンガにはスケリトル・ドラゴンを倒すことができない。しかし、この場にはスケリトル・ドラゴンを打倒できる手立てがあった。

 

ブリジット(アルベド)!」

 

「はぁ~い! お呼びかしら? モモン?」

 

 風のようにアルベドが駆けつけて来る。そつなく冒険者仲間としての口調を使いこなしているのは、さすがと言って良いだろう。

 モモンガは、スケリトル・ドラゴンと、それを遠巻きに見てオロオロしている冒険者らを見ながら……スケリトル・ドラゴンを指差した。

 

「すまんが、あのスケリトル・ドラゴンを始末してくれ。何でも、魔法に対する絶対耐性を持っているそうなのでな」

 

「魔法に対する絶対耐性? ……ああ……」

 

 聞き終えて不思議そうにしていたアルベドだが、すぐ口元に苦笑を浮かべる。

 

「転……ゴホン……現地の魔法のレベルだと、そう思うのも仕方ないのでしょうけどねぇ」

 

「今の俺は『世間体』があるので対処できん。そこで、ブリジット(アルベド)だ」

 

 魔法が駄目なら物理で倒せば良い。

 その理屈は正しいが、一つ問題があった。スケリトル・ドラゴンは、スケルトンが有する特性をほぼ兼ね備えている。つまり、刺突耐性や斬撃耐性があるのだ。

 

「ん~……バスタードソードじゃ、ちょっと面倒かしら」

 

 アルベドに聞いてみたところ、彼女のアイテムボックスにはメイス等の殴打武器が収納されている。これは、モモンガも同様だ。だが、それを今ここで取り出すと、大いに目立つこととなる。

 

「俺の杖を貸そうか? ……いや、周り中に冒険者が居るじゃないか。ふむ……」

 

 モモンガのアイデアは、その辺に居る冒険者からメイスやモーニングスターなどを借りることだ。アルベドはバルディッシュ(斧頭の長柄武器)を得意とし、長剣類もかなり使える。殴打武器はどうかと言うと……。

 

「そこはタブ……お父様から、与えられた技能をやりくりすれば大丈夫よ。じゃあ、行ってくるわね!」

 

 ヒラヒラと手を振りつつ、アルベドは駆けて行く。

 その背を見送るモモンガは、アルベドの左右からゾンビが追従しようとしていたので<魔法の矢(マジックアロー)>により射倒した。

 そして周辺にアンデッドが居なくなったので、下顎に手をやって呟く。

 

「今の会話は良かった……。これだなぁ……これが冒険だ」

 

 この世界にナザリック地下大墳墓と共に手にし、至高の御方だとNPC達から崇められる。それで良い気分になることもあるが、自分には過ぎた崇拝だと思うし、それを重荷に感じることもあった。もしもモモンガだけで転移して来たとしたら、早々に嫌気がさし、外部活動をメインにしていたことだろう。

 

(そう都合良く逃げられるとは思えないけどな~。絶対に僕達がついて来るし! 連れて行く相手によっちゃあ、外でも気が休まらないだろうし!)

 

 何となくナーベラルの顔が思い浮かぶが、弐式に対して失礼なので、軽く頭を振る。

 

(思えば……ヘロヘロさん達が居てくれて本当に良かった)

 

 そして、ログアウトする必要が無い現状、かつて味わったギルド衰退の末路を回避しようと、一人決意を新たにするのだった。

 

「はあああああっ!」

 

「うん? おっ?」

 

 気がつくと、ダインからメイスを強奪……もとい、借り受けたアルベドが跳躍しており、スケリトル・ドラゴンの頭部を一撃で粉砕している。それを見た周囲の冒険者や外壁上の衛兵らから、「ブリジットさーん!」という野太い声があがった。

 

(随分と余裕だな。よく聞けば女性冒険者の声も混じってるし……)

 

 チーム漆黒の女冒険者、ブリジット(アルベド)は人間ではない。これはエ・ランテルでは有名な話だ。そのアルベドは冒険者活動中、口より上の部分を隠したヘルムを装着していることが多い。つまり、顔全体は見えていないのだ。この二つの要素があるにもかかわらず、彼女のファンは多かった。

 

(たまに顔見せしてるし、街中をブラついてる時はヘルムを取ったりするしな~)

 

 加えて不埒な行為を働く男には厳しいが、相手が礼儀正しい分には愛想良く振る舞っている。人気があって当然と言ったところだろうか。

 

「一方で、俺は人化すると平凡フェイスだからなぁ。言うなればブリジット(アルベド)の添え物か……むっ?」

 

 地面より僅かな揺れを感じ、モモンガは周囲を見回した。

 アルベドが居る付近で、新たなスケリトル・ドラゴンが二体出現している。しかし、この揺れは別だ。

 

集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)か……。あれは俺が召喚したのじゃなくて、墓地由来のアンデッドだな」

 

 全高四メートル以上、死体が集合して出来た巨人が門の付近で出現している。位置的にはモモンガの方が近く、アルベドは少し遠い。しかも、アルベドはスケリトル・ドラゴンだけでなく、集まってきたゾンビやスケルトンの相手をしているので、暫くは動けないだろう。

 

「となると、俺の出番だ!」

 

 杖を握りしめて身体ごと向き直ると、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)に、一人の戦士が斬りかかって行くのが見えた。が、振り回す腕の一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「イグヴァルジがぁ!?」

 

「し、死んでる!?」

 

「死んでない! 白目剥いて気絶してるだけだ! 早く引きずっていけ!」

 

 中々に切羽詰まった声が聞こえてくるが、モモンガは「痛そうな飛び方したな~」と思うのみで、魔法の準備に入っていた。

 

「<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>の影響か? 強化されてるっぽいけど、図体デカいだけなんだから、あんなに慌てなくてもねえ……。<魔法三重化(トリプレットマジック)>! <雷撃(ライトニング)>!」

 

 魔法の三重化により、一度の詠唱で三発分の<雷撃(ライトニング)>が発現する。モモンガは射線を少しずつずらしながら、三発同時に射出した。

 一方、エ・ランテルで三チーム居るだけのミスリル級冒険者チームの一つ、クラルグラ。たった今、リーダーのイグヴァルジがのされたのだが、残るメンバーで集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)を抑えるのは難しい。それ単体ならまだしも、周囲にはゾンビ等が居るのだ。現状、じわじわと押し込まれており、他のミスリル級チームを呼ぶにも、遠くに居るので駆けつけるまでに時間がかかる。まさに危機的状況であった。

 

「だああ! 他のみんなで時間を稼いでくれ!」 

 

 チームの一人が叫んだ。だらしなく舌を放り出しているイグヴァルジを、背中側から両脇に腕を入れて引きずっている。近くにミスリル級冒険者は居ないが、銀級の冒険者チームが二チームほど居るので救援を求めたのだ。しかし、それら他のチームも集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)と共に出現したアンデッドに手こずっている。呼ばれて駆けつけるというわけにはいかないようだ。そして、その間にも集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)はクラルグラに迫ってくる。横方向に避けて背後の外壁をさらすか、あくまで踏みとどまって最後まで戦うか。判断を下すべきリーダーは、今なお失神中。

 

「ああ、くそっ……」

 

 そんな言葉が漏れ出た……そのとき。

 

 ジャッ……バシィィィィン!

 

 閃光が走り、引っ叩かれたような音が場に居た者達の鼓膜を振るわせた。

 見えたのは、三条の青い稲妻。それらは集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の頭部、胸部、腹部を同時に貫通していた。

 

『オオオォン……』

 

 くぐもったような呻き声と共に、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)が崩れ落ちていく。

 

「は? え?」

 

 イグヴァルジを抱え、尻餅をついた男が見たもの。

 それは崩壊した集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の後方で、左手の杖を地面に立て、右手の人差し指を向けている……魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンの姿だった。

 

 ウォオオオオオオオオッ!

 

 外壁上の衛兵、そして墓地の冒険者らが大歓声を挙げる。それらの声は先のブリジット(アルベド)への声援を遙かに凌駕し、墓地を揺るがしていた。叫んでいるのはイグヴァルジを抱きかかえた男も同じだ。

 

「お、おお!?」

 

 首を回して後背の外壁上を見上げ、歓声をあげる衛兵を目撃。次いで周囲の冒険者らが、剣や槍を振り上げて叫んでいるのも視認する。最後に、離れた位置で居るモモンに視線を戻した時……彼は、イグヴァルジを抱えたままで叫んでいた。

 

「うお、うおぉおおおおおお!!」

 

「んが? むにゅ……なに? どうかした?」

 

 耳元で叫ばれたイグヴァルジが目を覚ましたが、エ・ランテルを守る者達にとっては些細なことだ。そして、この大騒ぎの間、外壁に押し寄せようとしていたアンデッド集団の残りは潮が引くように墓地の奥へと戻って行く。実は、墓地由来のアンデッドは既に駆逐されており、残っていたのはモモンガによる第七位階魔法<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>の召喚アンデッドのみなのだ。従って、墓地奥へ撤退したのはモモンガの指示であり、後ほどナザリック地下大墳墓へ回収される予定である。

 

(今の集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)は、墓地由来アンデッドの最後の一体だったか? しかし、みんなお祭り騒ぎだな)

 

 モモンガとしては雑魚モンスターを倒したに過ぎないため、衛兵や冒険者らの興奮に理解が及ばない。しかし、そんなモモンガに駆け寄る者が居た。

 

「モモーーーーン!」

 

 冒険者チーム漆黒、モモンガ班におけるモモンガ以外で唯一の班員、アルベドだ。借りていたメイスを腰のベルトにかけ、楯とヘルムを放り投げた彼女は、黒く長い髪を振り乱しながらモモンガに飛びつく。

 

「やったわね! モモン!」

 

 喜色満面だ。モモンガとしては首に抱きつかれてドギマギしているのだが、ここで童貞坊やのように慌てては情けないものがある。なので咳払いをすると、アルベドに囁きかけた。

 

(「少しばかり、スキンシップが過ぎるのではないか?」)

 

(「チームメイトとして、恋人として、自然に振る舞ったつもりなのですが……。駄目でしたか?」) 

 

 僅かながら本来のアルベドとして答えられ、モモンガは黙り込む。

 駄目ではないのだ。むしろ嬉しい。今のアルベドは『勝手に設定を弄った他人のNPC』ではなく、『作成者公認の交際相手』なのだから。

 

「いや、その……駄目ではなくて……。むしろ嬉しいが……」

 

 照れにより赤く染まった顔で、視線は斜め上……つまり、目を逸らしつつモモンガが言ったところ、アルベドが「ホントですか!?」と顔を跳ね上げた。

 

「わた、(わたくし)、こんな幸せで……ふう……凄く幸せよ? モモン……」

 

 感極まっていたアルベドが突然、素に戻るや、妖艶な笑みを浮かべて囁きかけてくる。それがあまりに劇的な変化だったので、モモンガは生唾を飲み下した。

 

「て、停滞化が起こる前と後で、破壊力が変わらないとか……。ともかく、離れるのだ。皆の目があるだろう?」

 

 モモンガの一言うとおり、今では周囲を冒険者達に囲まれ、外壁上には衛兵が居る。そんな中で、二人は熱々の抱擁を交わしているのだ。

 

(違う! これは、アルベドが一方的に首にしがみついてるのであって……)

 

 そうは思うものの、冒険者達からは「お熱いねぇ!」などと囃され、口笛まで吹かれている始末。このままでは良い見世物である。

 

ブリジット(アルベド)……」

 

「んもう、見せつけてあげれば良いのにぃ。でも、そうね……。モモン、ここは勝利宣言が必要だわ」

 

 残念そうに離れたアルベドが人差し指を立てて言うので、モモンガは先程までとは違った意味で目を剥いた。

 

「勝利宣言って、勝ち鬨とかをあげろって? 俺が!? 柄じゃないんだが……」

 

「駄目ですぅ……じゃなくて、駄目よぉ。今一番の支持を受けてるのはモモンなんだから、モモンがビシッと決めないと~」

 

 ブリジットとして話すアルベドが追い込んでくる。周囲からも「そうだそうだ! 男を見せなくちゃ!」との声があがった。人の気も知らないで……とモモンガは思うが、ここは一声発しないことには場が収まらないだろう。

 覚悟を決め、咳払いをしてから深呼吸をすると……モモンガは右手に持った杖を高く掲げ挙げた。

 

「アンデッド共を! 俺達で蹴散らしてやったぞーーーっ!」

 

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 墓地で外壁上で、そして都市の内部から、爆発するような歓声が聞こえる。「ああ、言っちゃった」と肩を落としながらアルベドに目を向けると、嬉しそうに拍手している姿が見えた。

 

「なんだかなぁ……。嬉しいんだけどさ……」

 

 先にアルベドに抱きつかれた時に言ったのと同じことを言う。

 だが、こんな風に喝采を浴びるのも悪くはないな……とモモンガは思うのだった。

 こうして、エ・ランテルを揺るがした、墓地におけるアンデッド大量発生事件は幕を下ろす。アンデッド発生規模の大きさと、撃退側で死者が出なかったことで有名な事件となり、主戦力として暴れ回った冒険者チーム漆黒……モモンとブリジットの名は近隣都市に……そして遠く、バハルス帝国や聖王国にまで轟くこととなる。

 後日、モモンとブリジットは一気にオリハルコン級へと昇格するが、それにはエ・ランテルのミスリル級冒険者チームの各リーダーの推薦があった。中でも最後の最後でモモンガによって命を救われたクラルグラのリーダー……イグヴァルジは、ひときわ熱心に推薦していたという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が墓地で戦っていた、少し前……午前中。

 

「ふんふん。イイ感じですねぇ~」

 

 後ろ髪を紐で縛った武道家風の男……ヘイグ(ヘロヘロ)は、満足げに呟いていた。

 今日は、リ・エスティーゼ王国王都におけるヘイグ武器防具店の開店日、その前日にあたる。

 彼が立っているのは、まさにその店内で、周囲には陳列台が並び武器防具が並べられていた。もっとも、それらの品はユグドラシル時代のドロップ品であり、中でもゴミアイテムばかりであるため、ヘロヘロから見ると貧相極まりない。

 

(でも、転移後の世界では一級品の扱いらしいですし。こうして店っぽい雰囲気が出来上がると、なんかこう……お店を構えたんだな~って気になりますね)

 

 そんなことを考えつつ、少し出た腹を道着上からポンポン叩いていると、店奥に通じる扉が開いた。執事服のセバス・チャンと、冒険者としてのソリュシャン・イプシロン。そして、メイド服着用の女性……新たに店員となったツアレニーニャ・ベイロン。通称、ツアレが入ってくる。

 

「セバス。品揃えや釣銭等、店を回していく諸々について準備は整っていますか?」

 

 そう言って肩越しに振り返るヘロヘロの姿は、服装を変えればコンビニ店の店長のように見えた。自分でも威厳が足りないと思うヘロヘロだが、セバス達にとっては違うようで、セバスはビシッと整った一礼を返してくる。

 

「はっ! 現状、抜かりはないように思います」

 

「それは結構。当面は、セバスとツアレで店番をして貰いますが、客入り等、状況によってはナザリックから私が作成したメイドを呼ぶことも考えています。そのように心得ておいてください」

 

「承知しました! ヘロヘロ様!」

 

 再度一礼するセバスを見て頷いたヘロヘロは、次にソリュシャンを見た。ソリュシャンはメイド服姿のツアレと違って、黒基調の冒険者装束である。盗賊業として冒険者ギルドに登録しており、黒塗りの革鎧等を身につけているが総じて軽装だ。

 

「ソリュシャンは、私に同行して貰います。ま、冒険者ギルドで、簡単な依頼からこなしていきましょう。ゆくゆくは、モンスターの素材なども販売したいものです」

 

「はい、ヘロヘロ様。ソリュシャンは、お側を離れません」

 

 そう言ってニッコリ微笑むソリュシャンは、とてもカルマが悪全振りとは思えない。

 

(良いものですねぇ。俺的には、濁った目で蔑むように見られるのも良いんですけど……)

 

 声に出したとしたらセバスやツアレが引くようなことを考え、ヘロヘロはウンウンと頷いた。

 一通りの確認をしたヘロヘロは、最後にツアレを見る。

 ツアレは平凡な顔立ちだが、愛嬌ある可愛い系とも言え、胸がそこそこ大きいこともあってメイド服がよく似合う。髪は妹のニニャとは違って金髪であり、そのこともヘロヘロにとっては萌えポイントだった。

 

(セバスと良い仲っぽいのが残念ですけど。従業員として確保できただけで十分ですかね)

 

 いつしかジイッと見入っていたようで、ツアレが怯えたような素振りを見せたが、すぐにセバスが「申し訳ありません。病み上がりなもので……」とフォローを入れる。

 

(元からナザリックに居るメイド達相手なら、叱責してたんじゃないですかね? 本当に仲が良いですね~……)

 

 そう思ったが、やはり口に出して言うわけにもいかず、ヘロヘロは咳払いをするに留め、ツアレに話しかけた。

 

「ん、おほん。気にしなくていいですよ、事情は知っていますので。……ツアレさん?」

 

「ひゃ、はい!」

 

 話しかけられたことで驚いたのか、あるいは怖がったのか、ツアレは返事の声を裏返らせてしまう。これによりセバスが心配するような表情となり、ソリュシャンのツアレを見る目が厳しくなった。

 

「ああ、もう! とにかくツアレさんは、無理しない範囲で頑張ってください。勤務態度……いや働きぶりですか。それによっては褒美などを考えてますので」

 

「しょ、承知いたしました! ヘロヘロ様!」

 

 ギルメン……至高の御方による褒美となると、ナザリックの僕達は恐れ入って遠慮する。しかし、人間であるツアレに、そのような素振りは見られない。またもソリュシャンの視線が厳しくなり、ヘロヘロは溜息をついた。

 

「ソリュシャン。もう出発しますよ。エ・ランテルでは、モモンガさんとアルベドが頑張ってるようですから、こっちも張り切らないと」

 

「はい! ヘロヘロ様!」

 

 ソリュシャンが声を弾ませてついて来る。ツアレと僕達のギクシャク感は、端で見ていて精神的にくるものがあるが、それもツアレが仕事を地道にこなしていけば解決するとヘロヘロは思っていた。何のかんのと言って、ナザリックの僕達は身内意識が強い。身内だからと言って甘い対応はしないだけなのだ。

 

「うん?」

 

 店舗の正面出入り口の取っ手に手をかけようとしたところで、ヘロヘロは人の気配を感じている。表通りに人の気配は多いが、今感じたのは……口論の気配だ。  

 

(気配、気配ね~……。マンガやアニメですかね。モンクの特殊技能(スキル)って、凄いんですねぇ……)

 

 他人事のように感心しながら耳を澄ますと、次のような会話が聞こえ、そして店に近づいてくる。

 

「アダマンタイト級冒険者が、チーム揃って何してるんだか。冒険者ギルドなら向こうだぞ? ほら、行った行った」

 

「五月蠅い、キザチャラ男。私の許容範囲を上に越してるオッサンこそ、この場から消えるべき」

 

「お、オッサン!? 俺は、まだ三〇代だぞ!?」

 

「十二才より上は、すべてオッサン。加齢臭がキツい」

 

「ぐっ、このぉお……」

 

「いい加減にしろ! 女子供相手でムキになるな!」

 

「でもよぉ、ボスぅ~……」

 

「女子供とは聞き捨てならんな。小僧、口の利き方には気をつけた方がいい」

 

「ほぉう、赤いフードに白仮面。お前が噂に聞いた老幼女か……」

 

「なっ!? 老幼女とは、どういう意味だ!!」

 

「つまり、ロリ(ばばあ)。でも卑下することはない。永遠の少女は至高だから」

 

変 態(同性愛者)は黙っていろ! そんなことより……」

 

「え? あっちの忍者の子、そういう趣味なの!? 噂は本当だったんだ……」

 

「おうよ、踊り子のアンタは気をつけた方がいいぜ? それにしても、童貞は居なさそうだな。つまんね~の」

 

「あなた達、いい加減にしなさい。それにしても……白昼堂々、表通りを歩いているとはね。それも六人全員で……」

 

「そこの店に用があるんでな。俺は店長と知り合いなんだ」

 

 ドアの取っ手に手を掛けたままのヘロヘロは、半開きの口をへの字状にした。

 

(ゼロの声と聞き覚えある女の人の声。それに随分と大人数のような……。開店日は明日なのに、何の用なんですかねぇ……)

 

 ともあれ店前で騒がれては迷惑である。今日は営業しないので支障ないが、それでも変な噂が立っては困るのだ。ヘロヘロはソリュシャンに目配せすると、彼女が頷くのを確認してから外に出た。

 

「あの~……店前で騒がれると困るんですけど~」

 




モモンガさんメインの回になると力が入るので、かなり行数を食いました。
ギルメン多数モノを書く上で注意しているのは、モモンガさんの影が薄くならないようにすること。
彼を中心かつ主軸で書き進めてると、他ギルメンの活躍シーンとか書きやすいんです。

アルベドが抱きつくシーンは、その昔、劇場版うる星やつら4でのラストシーンをイメージしました。あそこまで跳ねてませんが……。
あるいは「しのぶさん、好きだぁあああ!」(by仏滅高校の総番)のノリでもいいかも。

ヘイグ武器防具店が、ようやく始動。
とはいえ開店日前日に、客があったようです。
サキュロントとペシュリアンは台詞なし……。

<誤字報告>

nicom@n@さん、佐藤東沙さん、mobimobiさん

毎度ありがとうございます



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第54話

 今、冒険者ヘイグ(ヘロヘロ)の前に、十一人の男女が居る。

 リ・エスティーゼ王国王都におけるヘイグ武器防具店、その開店前日に押しかけたのは、王都冒険者組合で名を馳せているアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇五名。そして、裏社会を牛耳る八本指、その警備部門を担う六腕の六人だ。

 昼間、店前での騒ぎを聞きつけて表に出たヘロヘロは、社会的に真逆のグループが対峙している場面へ飛び込んだことになる。

 

「あっ……」

 

 呆気に取られたヘロヘロの口から声が漏れたが、驚いたのは六腕と蒼の薔薇も同じだ。六腕のリーダーであるゼロと、蒼の薔薇のリーダー、ラキュース。双方の視線が向けられ、互いのメンバーや構成員らもヘロヘロに目を向ける。

 数秒間……妙な沈黙が場を支配した。

 

「……人数では、六腕が勝ってるんですかね?」

 

「数の問題じゃないわよ!」

 

 何となく聞いたヘロヘロに、ラキュースが反応する。が、店から顔だけ出しているヘロヘロに、ラキュースは溜息をつきながら乱れた金髪を掻き上げた。

 

「と、とにかく説明が欲しいわね。冒険者登録をした貴方が、どうして六腕と知り合いなわけ? 実は八本指の構成員なの?」

 

「違いますよ? ちょっとした出来事でゼロさんと知り合っただけです。他の方とは今日が初対面ですし」

 

 六腕と蒼の薔薇が白昼堂々鉢合わせしている。これは事情が少しでも把握できる現地人なら大ごとだと顔色を変える事態だ。しかし、双方について、デミウルゴス情報で聞かされているとは言え、まだまだ世情に疎いヘロヘロにはピンと来ない。

 取りあえず、聞かれたことについてあった事実を述べるのだが、「そんな言い訳が信用できるか!」と赤フードの白仮面少女が騒ぎだした。が、大柄な女戦士によって「お前が騒ぎ出すと話が前に進まないだろ?」と、仮面越しに口元を押さえられて後ろへ回されている。「もがー! 仮面を顔に押しつけるな! 私は真面目な話をだな!」「ああ、ハイハイ。また後でな」と言った二人の会話を聞き流し、今度はゼロが一歩進み出た。

 

「俺達のことも調べたようじゃないか? ヘイグ?」

 

「お店を開きますから、現地調査は少しぐらい……。……ああ、そうか。六腕の貴方達と蒼の薔薇が一緒というのはマズいんじゃないですか?」

 

「今、気がついたのかよ……」

 

 ニヤリと笑いながら話しかけたものの、あくまでノンビリしたヘロヘロの反応にゼロも呆れ顔だ。

 

「いやあ、引っ越してきたばかりで、まだ色々と疎くて~……」 

 

 誤魔化し笑いしつつ後ろ頭を掻くヘロヘロだが、六腕と蒼の薔薇の後方……通りを行き交う人々の視線が気になった。六腕に関して、一目見て犯罪集団だと気がつく者は居ない。だが、蒼の薔薇は著名人揃い。中でもラキュースは蒼の薔薇のリーダーであり、貴族子女でもあるから、大いに目立つのだ。

 ヘロヘロは話の場を移すことを考えたが、自分の後ろには自分の店がある。一応、二階には客間もあり、この人数相手ではさすがに手狭となるが許容範囲だろう。

 

(一工夫ある屋内空間ですしね~)

 

 目の前ではゼロとラキュースが再び睨み合っているが、その二人にヘロヘロは声をかけた。

 

「店前で立ち話も通行の邪魔ですし。皆さん、店の中へどうぞ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ヘイグ武器防具店の内装は、ヘロヘロが現実(リアル)に居た頃で実際に見たり、ネットで見知ったような『店』の内装を意識している。例えば陳列台などは、安価な品であれば手に取って見られるよう、平積みしているが、高価な品などはガラスケース入りとなっていた。こういった陳列形式は、転移後世界では珍しいとのこと。その一方で壁には槍や盾が掛けてあったり、隅の方では金網ゴミバケツのような容器に、剣がギッシリ詰められていたりする。

 

(ふふふっ。タブラさんと建御雷さんの監修が入ってますからね。それっぽく見える店内に洗練されたデザイン。我が店ながら、最高にイカしてますよ~)

 

 開店前だが、初の客を引き連れて店内に入ったヘロヘロは御満悦だ。

 実際、ラキュースはガラスケースでの陳列に感心していたし、六腕の面々も並べられた武器防具の質の高さには驚いている様子。中でも緑のフードを被った男……幻魔サキュロントが、先行くヘロヘロの背に声をかけてきた。

 

「あ~……店長? 出来の良い武器ばかりだが、オリハルコン・コーティングの武器とかはあるのか?」

 

 そう言うサキュロントの視線は、チラリとガラスケース内の剣に向けられている。その両刃剣は長剣と短剣の間ぐらいの刃渡りで、軽戦士に向いた品だ。ちなみに彼が見ている剣は、ミスリル・コーティングの鉄剣である。

 ヘロヘロは当初、アダマンタイト製の剣を入れようかと思ったのだが、建御雷と一緒に相談に乗ってくれたブレイン・アングラウスが「そんなのは国宝級の剣です。普通の冒険者だと、ビビって入って来なくなるんじゃないですか? ああ、冷やかしは増えるのかな?」とアドバイスしたのだ。

 そこで、ちょっと無理をすれば購入できそうな武器を『見世物』とし、資金に余裕があるような人物にはカタログを見せることで対応することとしている。なお、今はまだ未設置だが、店前には『総オリハルコン製の長剣、入りました!』等の看板を置く予定だ。

 

「ありますよ~? 最初は様子見で営業しますから、その内に陳列台へ置きますかね~。お客さんの予算次第では、アダマンタイトの武器防具なんかも出すつもりです」

 

 ざわっ!

 

 ヘロヘロの背後で空気が変わった。

 裏社会の大物や、アダマンタイト級冒険者が相手なので、これぐらいは言って良いだろうと思ったのだが……。

 恐る恐る振り返ると、居並ぶ面々が目を丸くしている。仮面装着のイビルアイや、フードを目深に被っている不死王デイバーノックなどは表情が解らないが、やはり驚いている様子だ。

 

「あの……どうかしました?」

 

 驚いてる理由はわかる。しかし、聞かずにはいられない。

 聞かれた側の面々は一瞬言葉に詰まったものの、最も早く再起動したゼロが強張った顔で質問してきた。

 

「ほ、本当にアダマンタイト製武具の在庫があるのか? コーティングとかではなくて?」

 

「ホントですよ? 例えば……ほら」

 

 言いつつ、皆から死角になっている胸元から……という体で、アイテムボックスよりアダマンタイト製のナイフを取り出す。魔法付与等は一切していないが、ドロップ品のアダマンタイト武具では良い方の品だ。

 

「はい、これ」

 

「お、おう……」

 

 鞘の部分を持ってゼロに手渡すと、ゼロがナイフを抜いて凝視する。もちろん、彼を囲むように配下の六腕や蒼の薔薇達もナイフに注目した。

 

「これは……素晴らしいな。俺が持って突き立てたら、そこのガガーランの鎧を貫通するんじゃないか?」

 

「怖いこと言うなよ、ハゲのオッサンよ。でも、本当にスゲーな。なあ、店長さん。じゃあ、アダマンタイト製の刺突戦鎚(ウォーピック)とかもあるのかい?」

 

 蒼の薔薇の大柄な女戦士……ガガーランが、ゼロの言い草に顔を顰めつつ聞き、ヘロヘロは「ある」と答えている。そして、腕利きの冒険者等にはアダマンタイト製の武具の需要がありそうだと、内心ほくそ笑んだ。

 

(もうちょっと、良い品を出しても良いかもしれませんねぇ……)

 

 そうして階段を上り、二階の客間へ到着したヘロヘロは皆を中へ案内する。ソリュシャンは同行しているが、店の主であるヘロヘロが直接に案内した形だ。つまり、ソリュシャンは仕事を奪われた、あるいは主に自分の仕事をさせている形になるが……その心には花が咲いている。

 

(重要なお客様を、主が直に応接するのは……ありだわ。それにヘロヘロ様、なんだか御機嫌そう……)

 

 出来たての店舗を他人に見せびらかすことで、ヘロヘロのテンションが上がっているのだ。歩く後ろ姿もリズミカルであり、これにはソリュシャンも笑顔が隠せない。

 そして、その後ろでレズの方の忍者……ティアが、ソリュシャンの背をジイッと見つめていた。

 

(あの盗賊職……鬼リーダーに通じる美人! これはモノにしないと……)

 

 鬼リーダーとはラキュースのことだが、どの辺が通じるかと言えば、やはり金髪だろうか。今のソリュシャンは冒険者としての装束なので、髪はポニーテール状にまとめている。だが、普段のメイド服姿で両脇縦ロールの髪型にしていたとしたら、ティアの食いつきは少し強めになったかもしれない。

 さて、この建物は二階建てで、一階は店舗、倉庫、従業員待機所、厨房等となっている。二階については、ヘロヘロ達の個室と客間等、そしてこの応接室の配置となっていた。

 

「気のせいか? 思ったよりも広いな……」

 

 中に通されたゼロが、壁や天井を見ながら呟く。それを聞いた六腕の面々や、ラキュースら蒼の薔薇も同じ感想を抱いた様子だ。

 実は気のせいではなく、本当に広くなっていたのである。

 

(フフフ、割と良い立地ではありましたけど。もう少し広さが欲しかったもので、設置型の課金アイテムで、屋内空間を拡げているんですよ~)

 

 これはヘロヘロ個人の要望から来たものであるが、課金アイテム自体はヘロヘロの持ち出しなので、ギルメンやナザリックには迷惑をかけていないのだ。内心鼻高々のヘロヘロであったが、それを説明して自慢するわけにはいかず、グッと堪えてソファに腰掛けている。なお、ソリュシャンはヘロヘロの隣だ。メイドとしてならともかく、今の彼女は冒険者チームのメンバーなので、それらしく振る舞っているのだ。

 対する来客側は、ゼロとラキュースが対面ソファに腰を下ろし、他の者は立つこととなったが……。

 

 コンコン……。

 

 外からノック音が聞こえ、ヘロヘロが誰かと問うと「セバスです。椅子をお持ちしました」と答えが返ってくる。

 

「失礼します」

 

 許可を得て入って来たセバスは、キッチリ九つの木製丸椅子を持っており、皆に一礼してから丸椅子を置きだした。

 

「失礼しました」

 

 流れるように作業を終え、最後に扉前で一礼すると退室して行く。一連の洗練された動き……執事ムーブとでも言うべき所作に皆が感心していたが、中でもラキュースは貴族子女として大いに注目している。

 

(実家の執事でも、あれほどの綺麗な動き……できたかしら? 物腰も洗練されていて……だけど、まるで……何故か武人のようにも……)

 

「ところで……」

 

 ラキュースが考えにふけっているのだが、皆が席に着いたと見たヘロヘロは、構わずに話しだした。

 

「今日は、どういった御用件でしょう? 特にお約束は無かったように思うのですが?」

 

 至極真っ当な質問に、ゼロとラキュースが視線を交わす。三人掛けのソファも、ゼロとラキュースが座っただけで満杯状態であり、大男と女性の対比が目にも強烈だ。ある種、異様な光景とも言える。

 

(それにしても、さっきゼロに言いましたけど……犯罪組織の親分さんと、アダマンタイト級冒険者が並んで座ってるのはマズい状況ですよね、これ……)

 

 それを言うなら、店前にて鉢合わせされた時点で手遅れだろう。しかも困ったことに、ヘロヘロにとってゼロもラキュースも顔見知りなのだ。

 

(うわ~……ややこしい状況です~。モモンガさん、助けて~……)

 

 だが、頼みの骸骨は、今はエ・ランテルで活動中。<伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>の合わせ技で呼び出せるが、そこまで頼り切ったのではギルメンとして情けない。腹を括ったヘロヘロは、ゼロ達の返答を待ったが……色々考えてる間にも二人からの声はなかったようだ。いったい、どうしたのか……と目を向けたところ……。

 

(「おい、蒼の薔薇。お前が先に言え」)

 

(「何言ってるのよ、犯罪者。チーム名で私を呼ばないでくれる? それより、男の貴方が先に言えばイイでしょ!?」)

 

(「事前の約束なしで押しかけたんだから、ちょっと気まずいんだ! ここは女のお前が気を利かせろ!」)

 

(「あぁら、へんけ~ん。女がどうとか、お貴族様みたいなこと言うのね~。古いんだわ~」)

 

(「お貴族様は、お前だろ~が! そもそも男の女の言い出したのは、そっちで……」)

 

(……仲、いいですね~……)

 

 思ったよりもギスギスしていないように思え、ヘロヘロは気が抜けてしまった。

 目の前で取っ組み合いでも始められたらどうしようかと思ったが、この様子では心配無用らしい。しかし、こうして見ているだけでは話は前に進まない。ソファの後方で呆れている面々、その誰かが注意してくれるのを待つ手もあったが、ヘロヘロは咳払いして口を開いた。

 

「ごほん」

 

 その咳払いで、ゼロとラキュースが聞こえよがしな囁き合いをやめ、ヘロヘロに向き直る。

 

「じゃあ、店主の私が話し相手を決めるとしましょう。まずはゼロさん。今日は、どのような御用件で?」

 

「ん、俺が先か……」

 

 少しばかり気後れした風であったが、ゼロは目に力を入れて話しだした。

 本日の来店目的は、先日に請け負ったツアレの件が上手くいったことを伝えるためだ。同じ部屋に蒼の薔薇が居るので、詳細には語れない。しかし、大まかに説明するだけでヘロヘロには理解できた。

 

「ほほう。ならば、彼女に関しては安心して良さそうですね。ゼロさんには、感謝します」

 

「はっはっはっ。いやいや……」

 

 胸を反らして笑うゼロはすぐに謙遜した様な素振りを見せたが、上体をグッと前に倒し、顔を前に突きだした。と言っても、ヘロヘロとの間にはテーブルがあるので、近さを気にする程ではない。

 

「その事とは別に、今日は頼みたいことがあってな……」

 

「蒼の薔薇の皆さんが居る場で伺って、大丈夫な内容でしょうか?」

 

 犯罪紛いの相談なら、蒼の薔薇の面々を帰せなくなるか、王都でのヘロヘロの立場が悪くなるのだ。さすがにヘロヘロは身構えたが、ゼロは「違う違う」と顔前で手の平を振った。

 

「実はな、ヘイグ。あんたらの強さってのを、後ろの連中に見せてやって欲しいんだ。俺は納得してるんだが、やはり目の当たりにしないと理解できない部分があるようでな」

 

「なるほど……」

 

 頷くヘロヘロは、あることを思いだしている。それは王国の六大貴族の一人、レエブン侯がナザリック地下大墳墓を訪問し、彼に対してモモンガとタブラがデモンストレーションをしたことだ。

 

(あんな感じで良いんですかね~)

 

 そうなると、レエブン侯の時のように魔法だけでなく、近接戦でも色々と見せた方が良いのかもしれない。むしろ魔法専門は六人中だとデイバーノックだけなので、近接メインで対応した方が良いだろう。

 

「一応、仲間と相談しますけど。ゼロさんは、お仲間と一緒に私達の『力』を知って、どうするつもりなんですか? 先程の理由がすべてですか?」

 

 転移後世界の強者は強くてレベル四〇前後、中には八〇から一〇〇に迫る者も居るようだが、ゼロ達相手ならレベル四〇程度の見せ方で良いだろう。それなら手の内を明かす様なことにはならないはずだし、仲間達も文句は言わないだろうとヘロヘロは思う。しかし、ゼロの目的ぐらいは確認しておくべきだ。

 一方、聞かれた側のゼロは意外そうな顔になったが、咳払いをして説明し始める。

 内容としては次のようなものだ。

 自分達は、八本指の一部門を担っているが、単なる犯罪者ではなく一角の武人揃い。ヘイグ(ヘロヘロ)のような強者が居るなら、是非とも教えを請いたいのだ。

 

「あと、そろそろ足を洗いたい……というのもある。いつまでも闇稼業でやっていけるってものでもないしな」

 

「なるほ……」

 

「それは、虫が良すぎるんじゃないかしら?」

 

 横からラキュースが口を挟む。

 闘鬼ゼロと言えば、犯罪組織八本指の警備部門……その長として知られた男だ。配下の六腕も、一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われている。その武勇が優れていることにラキュースは疑いを持たないが、一方でゼロ達が手を染めてきた犯罪についても知っていた。

 

「これまで散々に悪事を働いておきながら、『都合でやめます』なんて事が通用するとでも?」

 

「しないだろうな……」 

 

 睨みつけるラキュースに対し、ゼロは口の端で笑みを浮かべている。

 ラキュースは大物犯罪者を前に、毅然とした態度を取っているつもりだろう。が、ゼロの対面側で座るヘロヘロには二人の様子が見えており、別の見解があった。

 

(アダマンタイト級冒険者と犯罪者……と言うよりは、小娘と年長者の構図ですねぇ~)

 

 どちらの肩を持ちたいかと聞かれると、ヘロヘロは「ラキュースさんの方です!」と即答するだろう。美人でスタイルが良くて金髪で、最高なことに金髪をロール巻きしている。ソリュシャン程にはロール部が多くないが、ヘロヘロ的には充分だ。

 好みに近い美人。それだけで仲良くする価値がある。

 一方で、ゼロや六腕達に関しては、ヘロヘロは有益な存在だと思っていた。

 何しろ国内で最大の犯罪組織、八本指。その一部門の長と幹部達である。

 

(王国の裏社会を支配しようって時に、彼らと親密になるというのは悪くないですから)

 

 この考えの発案者はヘロヘロではなく、モモンガやタブラだ。しかし、その考えに納得している以上、ゼロ達を無碍に切り捨てる気はなかった。

 

(ナザリックの僕は優秀ですけど、人間社会については無知もいいところですし。ゼロ達には、そのあたりの監督とかして欲しいんですよね~)

 

 八本指に情報部門等があるなら、そちらに任せても良いし、その場合でもゼロ達には不特定のチンピラに睨みを利かせたりして欲しい。こういった考えにもモモンガ達の発言が反映されているが、一通り考えたヘロヘロは「少し、相談してきます」と言って席を立った。

 ちなみに、蒼の薔薇側の用件は、ふとしたことで知り合ったヘイグ(ヘロヘロ)が、武器防具店を経営すると聞いて、冒険者組合へ行くついでに寄っただけとのこと。結局、今は六腕が気になるので、できればデモンストレーションないし手合わせに同席したいというのがラキュースの主張だった。

 思ったよりも面倒な話ではなかったと判断したヘロヘロは、内心で胸を撫で下ろしている。

 

(それも含めて、相談してみますかね~)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ほう、なるほど。六腕と蒼の薔薇が一度に御来店ですか」

 

 トブの大森林。森の小道……事前に影の悪魔(シャドウ・デーモン)らが伐開(ばっかい)したもの……を歩いていたタブラ・スマラグディナは、ヘロヘロからの<伝言(メッセージ)>を受け、その足を止めている。彼と同じく人化中のぶくぶく茶釜や武人建御雷、後はアウラとマーレが見守る中、タブラは聞いた話を頭の中で纏めていた。

 まず、今タブラが言ったとおり、リ・エスティーゼ王国王都におけるヘロヘロの武器防具店に、六腕と蒼の薔薇が一度に訪問したこと。犯罪組織の幹部クラスとアダマンタイト級冒険者チームという組み合わせであり、ひたすら相性が悪い。しかも、蒼の薔薇が見て見ぬ振りをしてくれれば良かったのだが、リーダーのラキュースが早々にゼロに噛みついたらしい。

 

『どうしましょうか?』

 

「ヘロヘロさんは……どうしたいんですか?」

 

 質問に対して質問で返したところ、ヘロヘロは一瞬黙り込んだが、「どちらも味方につけておきたい」と言ってきた。

 その理由は、ゼロには世話になったし、そこそこの付き合いがあること。

 蒼の薔薇に関しては、ラキュースに冒険者ギルドで助けて貰ったこと。

 

『あと、金髪美人なのが最高です! あ、六腕のエドストレームさんも美人ですよ? 褐色美人にメイド服が似合うのはルプスレギナで実証済みですから! 彼女にも着せてみたいですね!』

 

 最後の情報はどうでも良いが、ヘロヘロの要望は難題である。

 一方の肩を持てば一方の心証が悪くなるのは必然の状況なので、ここから両方と仲良くするというのは至難の業だろう。さすがのタブラも即答しかねた。

 

「その方法はともかく……。蒼の薔薇が同席してる状況で、ゼロにデモンストレーションすると言ったのはマズかったですね。蒼の薔薇も見たがるんじゃないですか?」

 

『うっ! 実は見たがってるんです……』

 

 ヘロヘロの呻き声が聞こえてくる。

 聞けばヘロヘロは異形種の姿をさらし、魔法なり近接戦なりでゼロ達の度肝を抜くことを考えていたらしい。しかし、真の姿を見せまいと、デモンストレーションの場に蒼の薔薇を呼ばないのは、彼女らの不興を買う。日を改めて蒼の薔薇だけ別で……とするのも、変に勘ぐられる元だろう。

 

「両方いっぺんにデモンストレーションを見せて、六腕と蒼の薔薇が互いに意識するより、私達の方に目を向けさせておくのが良いと思います。それに、私達の凄さを知って貰えば、何かと都合が良いこともあるでしょう……」

 

 その場合は、ヘロヘロ案による『異形種としてデモンストレーションする』ができなくなる。蒼の薔薇のリーダーが、貴族子女というのが一番の問題だ。

 

「先日、レエブン侯に人化した状態でデモンストレーションしてますからねぇ。当分は私達のことを人だと思っていて欲しいですし」

 

『では、レエブン侯の時と同じで、人化してデモンストレーションしますか? それでも問題ないですよね?』

 

 ヘロヘロが言うと、タブラは「ええ、問題はないですね」と呟いた。しかし、そうなると誰がデモンストレーション役として出るべきだろうか。

 タブラはヘロヘロと協議を進め、次の人選を仮決定する。

 

「近接戦は建御雷さんと弐式さん、それにヘロヘロさんで行きましょう」

 

 六腕にはモンクのゼロが居るので、モンク職を修得しているヘロヘロは適任だ。建御雷には、双方の戦士系メンバーの相手をして貰おう。弐式は言わずもがな、蒼の薔薇の双子忍者の担当だ。

 なお、ナザリック側のメンバーは、ヘロヘロと弐式が異形種化していると知られることなく、一〇〇レベルとして戦える。弐式は忍者装束で全身を覆っているし、ヘロヘロはアイテム効果でソリュシャンのように人間形態になれるからだ。

 

『建御雷さんは人化した状態で、レベル五〇相当の力を発揮できるんでしたっけ? しかし、デモンストレーションと言うか……これは手合わせに近くなってきましたね~』

 

「はははっ、まったくです」

 

 残るは魔法担当だが、これはモモンガに頼むこととした。

 理由は、モモンガが課金アイテムをやりくりして開発した『悟の仮面』である。この仮面を装着することで、モモンガは見た目と触れた感触に関して人化できるし、装着状態で異形種化すれば多少位階落ちするものの、第七位階までの魔法が使用可能なのだ。

 

「私もモモンガさんと同じで、人化した状態だと第六位階まで使えます。アイテム使用で位階を引き上げられますけど、モモンガさんが良いアイテムを持ってますしね……。彼に頼むとしましょう」

 

 こうしてデモンストレーションないし手合わせのメンバーが選出されたが、後は各ギルメンに対して話を通す作業が待っている。

 

『じゃあ、さっそく俺が<伝言(メッセージ)>で……』

 

「ああ、私がやっておきますよ。ヘロヘロさんは接客中なんでしょ? お客様を待たせてはいけません」

 

 タブラは森の中を歩いているだけ、しかも今は小休止に近い状態なので、数人のギルメンに<伝言(メッセージ)>するぐらいは大した手間ではないのだ。これをタブラが説明すると、ヘロヘロから了承した旨の返答があった。

 

『なるほど。そういうことでしたら……お手数ですが、お願いできますか?』

 

「了解しました。建御雷さんは今一緒に居て、概ね把握してくれてますし……ああ、OKだそうです」

 

 すぐ近くまで来ていた建御雷が右手の親指と人差し指で輪を作っている。それを見たタブラは、了承を得た旨を告げる。建御雷はニンマリ笑ってウインクまでしているのだが、それについては敢えてヘロヘロに告げなかった。

 

「あ~……弐式さんも断らないだろうって言ってくれてます。後はモモンガさんですが、今はエ・ランテルで『イベント』の最中でしたっけ?」

 

 モモンガが、アルベドと共にエ・ランテル共同墓地で『アンデッド大量発生事件』の解決にあたること。これは、ギルメンに周知済みの行動予定だった。だから、タブラが問いかけるように言ったのは単なる確認である。

 

「ヘロヘロさんは応接室に戻って、雑談でもしながら連絡を待ってください。モモンガさんは戦ってる最中かもしれませんが、相手が相手なので<伝言(メッセージ)>ぐらいは余裕でこなせるでしょう。そんなに時間はかかりません」

 

 そもそも、エ・ランテル共同墓地に溢れたアンデッドは、その多くがモモンガによって作り出されたものだ。その気になれば、モモンガ達をスルーして他を襲うように命令することも可能なのである。多少は墓地由来のアンデッドも居るだろうが、やはりモモンガ達の敵ではない。

 

「アルベドに護衛させながら、モモンガさんは悠々と<伝言(メッセージ)>することも可能ですし。……ときに、ヘロヘロさん?」

 

『はい、なんですか?』

 

 タブラは話の締めくくりに確認した。

 何故、最初にモモンガに相談せず、自分だったのだろうか……と。

 

「ギルド長に、まず相談すべき……と思ったりはしませんでしたか?」

 

 ギルメンとしてのヘロヘロは、転移後世界でのモモンガに対して、どういう意識を持っているのか。そこを確認したかったのである。<伝言(メッセージ)>向こうのヘロヘロは暫しの沈黙を置き、タブラに答えた。

 

『いや~……ゲームだったユグドラシル時代なら、そうしたんですけどね~。気楽な間柄でしたし。でも、今は何と言いますか……俺達ってゲームじゃなくて、サークルとかを超えた自治会とか組合みたいなものじゃないですか。その場合、ギルド長のモモンガさんは、自治会長だったり組合長だとか、そういう立ち位置でしょ? ちょっとしたことなら話は別ですが、この案件は重要そうですし、いきなり組織のトップに直談判とかできませんよ。まず、誰かに相談しなくちゃ』

 

 このヘロヘロの言い様、タブラは自然に受け入れることができている。彼自身、現実(リアル)では雇われての勤め人だったからだ。

 

(最後は失職して自殺寸前だったけどね。しかし、そうか。いつまでもゲーム気分では居られない……。なるほど、そのとおりだ。私の気の回しすぎだったかな……)

 

 限りなく低い可能性であったが、タブラはヘロヘロがモモンガを軽視しているのではないか……と警戒していたのである。だが、それは杞憂だった。

 

(ヘロヘロさんの人柄からして、ないだろうとは思っていたけど。何事も念のためだ……)

 

 身体ごと、ゲームまがいの異世界へ転移した。ならば人として真剣な距離感に、立場の意識が重要。それはそうだろう。

 しかし、ゲームでの能力を身につけた現状が大問題だ。

 プレイヤーだと目される伝説の存在……八欲王は、仲間割れの末に滅んだという。それを知った以上、好き勝手に皆が行動して内部分裂を起こす事態など、タブラにとってはもっての外だった。

 

(実際、合流したら危なそうなギルメンは居るし……気をつけないと……。……あれ?)

 

 人化した顔を渋面にしていたタブラは、キョトンとした表情になる。そして、異世界転移前、『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』で見かけたメンバー……中でも合流を果たしていない者を指折り数えてみた。

 

(たっち・みーさん、ウルベルトさん、ブルー・プラネットさん、やまいこさん、ホワイトブリムさん、獣王メコン川さん、あまのまひとつさん、ぷにっと萌えさん。……んん?)

 

 考えてみると、自分勝手な行動で内部分裂を起こすような者が居ない。フルメンバーの四十一人で考えた場合だと、るし★ふぁーという問題児が居るのだが、そのような者は集いの場には居なかったように思う。

 たっち・みーとウルベルトの不仲は重大な不安要素だが、それとて現実となった転移後世界では自重するはずだ。妻子持ちのたっち・みーが、現実(リアル)へ戻るべく行動に出る可能性は高いものの、その場合は、モモンガを筆頭に皆で協力するつもりなので、やはり問題にならない。

 

(モモンガさんを中心に、皆で相談し合って対処すれば……大丈夫……なのかな?)

 

 何となく気が抜けたタブラは、ヘロヘロとの<伝言(メッセージ)>を打ち切り、まずは弐式あての<伝言(メッセージ)>を発動するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラがモモンガあてに<伝言(メッセージ)>を飛ばした時。

 エ・ランテルではアンデッド騒動が終息し、モモンガは冒険者ギルド……組合長室にて、プルトン・アインザックと話している最中だった。

 

「ん? タブラさん? ええ、はい。大丈夫です」

 

 こめかみに指を当てつつモモンガは席を立つ。

 

「組合長、すみません。友人から<伝言(メッセージ)>が入りまして。席を外してよろしいでしょうか? 報酬等の話の続きは、ブリジット(アルベド)と進めておいて貰って構いません」

 

「そうかね。君が良いなら、私は構わないが……」

 

 そう言うアインザックは少しばかりニヤけている。彼は一人でソファに座っているが、モモンガが退室すると、アインザックの対面で座るのはアルベドのみだ。今のアルベドはヘルムを取っているので、『亜人』とは言え、絶世の美女と一対一で話すのが嬉しいのだろう。

 

(がたいの良い白髪交じりのオッサンが、まだまだ元気なことで……) 

 

 少し話をしたところでは、アインザックは分別のある大人のようだ。アルベドに妙なちょっかいを出すことはないだろうし、少しぐらい良い思いをさせてもかまわないだろう。そう判断したモモンガは組合長室を出た。その際、背後で「ブリジット君。相手は友人だそうだが、<伝言(メッセージ)>を使うのは如何なものだろう?」というアインザックの声が聞こえている。

 転移後世界では、<伝言(メッセージ)>を逆用されて国が滅んだとかいう伝説があり、基本的に<伝言(メッセージ)>は信用されていない。アインザックは親身になって心配してくれているのだろうが、ユグドラシル時代から<伝言(メッセージ)>を多用していたモモンガにとっては、「お気遣いいただき、ありがとうございます?」ぐらいのコメントしか出ない。気を遣ってくれているのは確かなので、ほんの少しだが、アインザックに対する好感度が上がった気はする。だが、今はタブラとの通話が重要だ。

 

「ああ、すみません。今、部屋の外に出ました。周囲には誰も居ないので、普通に話せますよ?」

 

 そうしてタブラの話を聞くと、王都ではヘロヘロが六腕と蒼の薔薇、双方同時の訪問を受けたとのこと。

 

(ヘロヘロさん、本当にイベントが多いな……)

 

 揉め事か厄介事かはわからないが、向こうの方からヘロヘロに押し寄せてくるイメージだ。もっとも、モモンガはモモンガで、レエブン侯の訪問や法国訪問団の対応をしたりとイベントが不足しているわけではない。現にアンデッド掃討のすぐ後で、ヘロヘロ関連の事案について相談を受けたりしている。

 

「なるほど。両方いっぺんに、ナザリックの力を知らしめるんですね? そういうことでしたら俺も出ますよ。他の参加予定者の意見は? なるほど、すでに了承を得ていると?」

 

 更には茶釜姉弟の了承も得ているとのことだ。

 ならば、この場はアルベドに任せて本格的に退席し、モモンガ自身は<転移門(ゲート)>で王都へ飛べば良い。いや、先に建御雷と弐式を拾って行くべきだろう。

 

「ええ、ええ。悟の仮面は装着します。は? 先に皆で意見を纏めて申し訳ない? いえいえ、話が早くまとまって助かります。言わば根回しは抜かりなしですね……ということで。……え? 稟議書(りんぎしょ)が必要? 今後ですか?」

 

 稟議書とは、会社や公的機関において会議の手間を省くため、簡易案件を書類に纏めて供覧し、最終的に決裁権者の決裁を得て……組織としての承認を得るための書類事務のことを言う。転移前の現実(リアル)におけるモモンガは、営業職のサラリーマンであり、当然知っている言葉だったが……この転移後世界で聞くとは思わなかった。

 

(アルベドやデミウルゴスから報告書が山程回ってきてたけど。今度は稟議書か~……。ギルメンが増えるたびに、押印する人が増えていくのかな……)

 

 可能性は少ないがギルメン四十一人が揃っていたとしたら、四十人回りの事務決裁となる。誰かが何か疑問を持てば、その都度書類がストップするし、想像しただけで吐き気がしそうだ。

 ローブの上から胃のあたりを撫でたモモンガは、今考えたことをタブラに話してみる。本音を言えば勘弁して欲しいのだ。しかし、タブラは「ギルド長以外は数人に絞って、一定期間で交代させれば手間ではないですよ。言わば当番制ですかね~」と思いの外乗り気である。

 

「ん? ちょっと待ってください」

 

 げんなりしたモモンガは、ふと気づいたことがあってタブラに確認した。

 

「タブラさん。ギルド長以外はギルメンの交代制と言いましたね?」

 

『言いました』

 

「じゃあ、ギルド長の俺はどうなるんです?」

 

『そりゃあ当然、モモンガさんは固定ですよ』

 

 ですよね~……と、モモンガは肩を落とす。その彼の鼓膜……もとい脳内の聴覚を、タブラの笑い声が震わせた。

 

『そう重く受け止めなくて大丈夫ですよ。これは一種のケジメのようなものですし、どのみち、急ぎの案件は<伝言(メッセージ)>で皆の了解を得ることも多くなるでしょうから』

 

 書類を回すのは、その決定事項についてギルメンらが了承した証拠を残すようなもの。それはモモンガ一人に責任を負わせることを軽減させる狙いもあると、タブラは言う。

 

「……でも、決裁権者は俺なんですよね?」

 

『まあ、そうです』

 

 そこはギルド長なのだし、頑張って貰うしかないとのこと。しかし、皆でモモンガを支えるのは変わりないのだから……。

 

『気楽にドンと構えててくださいな。面倒くさいことでもギルメンの数だけ脳味噌があるんですから、何とかなりますって。強い敵なんてものが存在しても、全員でかかれば大丈夫でしょう』

 

 勝てないようなら、皆で逃げるという選択肢だってあるのだ。

 

「そうですか……そうですよね! では、俺は弐式さん達を拾ってヘロヘロさんのところへ飛びますので!」

 

 気を取り直して<伝言(メッセージ)>を終えたモモンガは、「あ~……乗せられて安請け合いしちゃったかな~」と思う。しかし、自分はアインズ・ウール・ゴウンのギルド長なのだ。

 

(みんなが、そう認めてくれてる以上……期待を裏切らないように頑張らなくちゃ!)

 

 タブラが言ってくれたように、ギルメンの数だけ考える頭はある。一人で思い悩むことはないと再認識したモモンガは、足取りも軽く、アルベドとアインザックが居る冒険者組合長の部屋へと入って行くのだった。

 




 現地人へのデモンストレーションは3回目になります。
 1回目は交戦対象だったニグンに乞われたとき。
 2回目はレエブン侯に対して行ったとき。
 そして今回が3回目となります。
 しかも対応メンバーは2回目とほぼ同じ……。
 マンネリ化か? ……と思ったのですが、六腕だけが相手ならともかく、今回は蒼の薔薇が居ますので。気を遣いますしトラブルの元になるでしょう。
 主にイビルアイの活躍の場が増えると思います。(笑
 感想での返信で書きましたが、蒼の薔薇で死人が出るかどうかはイビルアイの言動にかかっています。まあ、大丈夫かとは思うんですけど。
 

<誤字報告>

D.D.D.さん、劉魔さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

ちなみに、セリフに関しては口語体重視なので、喋ってる当人の精神状態を反映してわざと崩してる場合がありますので、御了承くださいませ。


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第55話

「建やんから聞きましたよ! デモンストレーション、いいじゃないですか!」

 

「うをぅ……」

 

 タブラとの<伝言(メッセージ)>相談後、アインザックとアルベドに一声かけてから<転移門(ゲート)>をくぐったモモンガ。今は、バハルス帝国帝都……酒場宿に移動済みであったが、<転移門(ゲート)>の暗黒環を出るなり弐式が食いついてきたので、骸骨顔を後方に引いた。弐式の後ろを見ると、ナーベラルとルプスレギナが居てニコニコしている。彼女らが現弐式班のメンバーなのだが、こういう時の笑顔がどういうものか……モモンガは、ある程度なら推察できるようになっていた。

 

(『至高の御方』同士、仲良く語り合ってるのが嬉しいんだろうな~)

 

 ナザリックのNPC達は、至高の御方……ギルメンに構って貰うことを至上の喜びとしている(当人らは『至高の御方に奉仕すること』が喜びだと主張しているが)。その一方で、ギルメン同士が仲良くしているのを見ても嬉しいらしい。

 もっとも……。

 

(ちょ、ルプスレギナ……)

 

 アルベドに次ぐモモンガの交際相手、ルプスレギナ・ベータが、ニコニコしつつウインクしている。モモンガとしては悪い気はしないが、肩まで挙げた手をヒラヒラ振るのは如何なものだろう。弐式は気にしないだろうし、モモンガは照れるだけだが……。

 

 ……ゴッ……。

 

「ふぎゃ!?」

 

 ナーベラルの拳骨をくらい、ルプスレギナが頭部を押さえた。 

 当然、弐式にもルプスレギナの声は聞こえている。しかし、彼は振り返ることなく話を続けた。

 

「メイド同士の問題は、メイド同士で話し合って貰うとして……」

 

「弐式さん、後ろの様子が見えてたんですか?」

 

 ルプスレギナがウインク等をし始めてから、弐式は一度も背後を振り返っていない。モモンガが聞くと、弐式は自慢げに両拳を腰に当てた。

 

「ふふふっ。俺の鍛え上げた忍者特殊技能(スキル)は、背後の仕草を感知することなど容易いんですよ。それにしても、蒼の薔薇が一緒というのはいいですね。双子の忍者が居るそうじゃないですか」

 

「ああ、食いつきのポイントはそこですか……」

 

 忍者をイメージしたビルドの弐式は、転移後世界の現地忍者が気になるらしい。弐式は前回、レエブン侯一行を相手としたデモンストレーションに参加している。同じ事を二度やらせるのはどうだろう……とモモンガは考えていたのだが、今の発言を聞く分には乗り気のようだ。

 

「では、ルプスレギナとナーベラルは、この宿で留守番して貰うことに……」

 

「アインズ様~。その、一つよろしいでしょうか?」

 

 ルプスレギナ達について話しかけたモモンガに、当のルプスレギナが怖ず怖ずと挙手する。皆の視線が彼女に集中したが、ルプスレギナは上目遣いにモモンガを見たままで話しだすことをしない。

 

「おっと、そうか。あ、あ~……ルプスレギナには何か意見があるのか?」

 

「ええと、ですね。今のデモンストレーションのお話ですけど、私とナーちゃ……ナーベラルも同行して、え~……け、見学してもよろしいでしょうか?」

 

「ちょっ!?」

 

 いきなり名前を出されたナーベラルが目を剥いた。だが、ルプスレギナは気にもとめずモモンガに向けて話し続ける。

 

「ナザリックの僕としては、至高の御方の勇姿を目にしたいものなのです。それが自身の創造主となれば、なおさらのこと。ナーベラルに御慈悲を……。……そして、私としてはアインズ様の……」

 

 言い終わり様、ルプスレギナは胸に手を当てて顔を伏せた。実にしおらしく、様になっている。しかし、普段の彼女を知る者達からすれば「演技してるな~」としか思えない。

 

「へ、へぇ~……そうなの? ……ナーベラルは、ルプスレギナと同じ意見なのかな?」

 

 聞いたのは弐式炎雷だ。言わずと知れたナーベラル・ガンマの創造主である。ナーベラルは引きつった顔で「何言ってるの! よしなさい!」と、ルプスレギナの肩を掴んで揺さぶっていたが、弐式に質問されるや弾けるように弐式を見た。

 

「はっ!? あの、弐式……炎雷様?」

 

「うんうん、戸惑った表情も最高だな。で、どうなのさ? 俺の勇姿ってやつを見たい?」

 

 弐式は面を取っていない。しかし、面の下の顔がニヤついているのは声色からして明らかだ。隣で聞いてるモモンガは「これって、セクハラじゃないの?」と思っていたが、ナーベラルから縋るような視線を向けられて大きく頷いている。

 

「かまわない。思うところを述べよ。弐式さんも、それを望んでいるはずだ」

 

 精一杯、威厳のあると思っている声で言うものの、弐式が「そうだぞ! モモンガさんの言うとおり!」等と囃し立てるものだから、色々と台無しである。モモンガが首を回して睨めつけると弐式は黙り込んだが、一々目くじらを立てるものではないとモモンガは判断した。何より、この忍者とメイドのコンビに付き合っていると、時間が過ぎていくばかりである。

 

「で? どうなんだ? ナーベラル・ガンマ?」

 

「はい、アインズ様。私も弐式炎雷様の勇姿を拝見したいです!」

 

 最初はモジモジしていたものの、言い終わる頃には頬が紅潮、目は爛々と輝いていた。

 

「そうか! 嬉しいぞ、ナーベラル! 俺、張り切っちゃう!」

 

「弐式炎雷様!」

 

 主従で大いに盛り上がっている。

 イチャついているというわけではないが、男と女で楽しげにされると、見せられている側としては微妙な気分になるのだ。

 

(ちぇっ、仲良くしちゃって。俺にだって……)

 

 モモンガの視線がルプスレギナに向く。今交際中の女性の内、エ・ランテルでアインザックと協議中のアルベドはこの場に居ない。だが、ルプスレギナは居るのだ。

 

「あ~……ルプスレギナ。もう決まったようなものだが、一緒に来るんだな?」

 

「はい! アインズ様! 何処までもお供するっす!」

 

 お日様のような笑顔で言うルプスレギナを見たモモンガは、大きく頷く。

 

(うっわ、笑顔眩しっ! ……この子、本当にカルマが極悪寄りなのか?)

 

 頷いた首を『傾げる』に移行したくなったが、そこは根性で耐え抜き、モモンガは皆を見回した。

 

「では、トブの大森林へ行き、建御雷さんと合流。続いてヘロヘロさんの店に跳ぶぞ!」

 

「「「はい! アインズ様!」」」

 

 ……メイド二人の声に男の声が混ざる。

 ナーベラルは戸惑い、ルプスレギナは吹き出して良いのかどうかで困っているようだ。

 モモンガはと言うと、ジトッとした視線を弐式に向けている。

 

「……弐式さん?」

 

「の、ノリですよ! ノリ! 今、一緒に言ったらウケるかな~って!」 

 

 身振り手振りしつつ弐式が言うのを、ハアと溜息を吐きながら「いいですけど」とだけコメントし<転移門(ゲート)>を発動した。

 

(ここに建御雷さんが居たら……弐式さん、説教されたんだろうな~)

 

 モモンガは「拾いに来る順番、間違えたかな?」と思いつつ、建御雷が居るトブの大森林へ向けて開いた<転移門(ゲート)>の暗黒環をくぐるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 ユグドラシルで極普通に運用していた魔法<転移門(ゲート)>。

 それは転移後世界では、変わらず便利に性能を発揮してくれている。帝国帝都から、トブの大森林までなど一瞬で到着できるのだ。

 

「あ~、どっこらせ……」

 

 年寄り臭い声と共にモモンガは暗黒環を通過したが、その彼に対し、さっき弐式がやったような勢いで食いついてくる者が居た。

 武人建御雷である。

 

「おう! モモンガさん! あの後、タブラさんから話を聞いたぜ! 裏社会の腕利きと、アダマンタイト級冒険者だってな! 腕が鳴るぜーっ!」

 

 うほほーっ!

 

 ガッツポーズの腕を上げ下げしながら、人化した建御雷が吠えている。

 本人曰く、「レエブン侯のお供達も面白かったが、今度の連中も一癖二癖ありそうじゃねぇか! 最高だ!」とのこと。

 

「今回の奴らも面白そうだよな! 建やん!」

 

「わかってくれるか! 弐式ぃ!」

 

 後から<転移門(ゲート)>を抜けてきた弐式が声をかけ、建御雷と盛りあがっている。親友同士で実に暑苦しい。 

 弐式達は放っておいて大丈夫そうと見たモモンガは、王国王都への出発前に、タブラに声をかけようとした。が、そのタブラが何か考え込んでいる。

 

「どうかしましたか? タブラさん?」

 

 モモンガが声をかけたところ、こちらも人化しているタブラが視線を向けてきた。

 

「いえ、実はデミウルゴスからの報告で、気になることが……。……六腕の中に不死王デイバーノックって言う、エルダーリッチが居ますよね?」

 

「ああ、居ましたね。第六位階も使えないのに不死王とか、大変な自信家です」

 

 二つ名に関しては失笑を禁じ得ないが、対話が可能で人間社会に潜伏できるエルダーリッチは、転移後世界にあっては希少だ。会って話してみなければ解らないが、人材としても希少だとモモンガは思っている。

 

「そのデイバーノックが、どうかしましたか?」

 

「いえね、同じように蒼の薔薇の情報も報告として上がってるんですが、そのメンバーに居るイビルアイという魔法詠唱者(マジックキャスター)がね、どうもデイバーノックと似ている節があるんですよ。普段顔を隠してる……デイバーノックはフードのみですが……あとは食事している姿の目撃例がないとか……。そこへ来て、転移後世界の現地勢としては強力な使い手というのもね~」

 

「ほう……」

 

 そこまで言われると、モモンガもピンときた。

 

「イビルアイが、アンデッドかもしれない……と?」

 

「いやあ、たまたまデイバーノックがアンデッドなだけで、イビルアイが別物の強者である可能性もあります。実力を隠してるユグドラシル・プレイヤーだったりね。ただ、共に王国きっての戦闘集団。中でも魔法詠唱者(マジックキャスター)が人並み外れて強力で、食事している様子がない。そして、六腕の方の人物……デイバーノックはアンデッド。共通項が幾つかあるし、気になりますよね? 用心するに越したことはないというアレです」

 

「なるほど……」

 

 六腕のデイバーノックはエルダーリッチだと判明しているので、それほどの脅威ではない。しかし、蒼の薔薇のイビルアイに関しては不明要素が多いようだ。タブラが言ったように、実力を隠したユグドラシル・プレイヤーだとしたら事である。

 

「でもまあ、アダマンタイト級冒険者チームのメンバーなんでしょ? そのイビルアイって人は? だったら国を代表する名士ってことなんだし、六腕よりも話が通じるんじゃないですか?」

 

「う~ん。だと良いんですけどね~。ま、とにかく気をつけてくださいな」

 

 小首を傾げるタブラだが、モモンガの主張にも一理あると考えていた。確かに、アダマンタイト級冒険者は英雄……の領域に踏み込んでいるかは兎も角、地元では名士の類いだろう。であるならば、その名士としての体裁や名声を貶めるような行為はしないはずだ。

 

(デイバーノックは犯罪組織の一員だけど、組織人としては弁えた言動をしているとデミウルゴスの報告にあったものな……)

 

 イビルアイの正体がアンデッドかプレイヤーかはわからないし、単なる強者かもしれない。だが、対照的な存在……六腕の一員であるアンデッドが、組織一部門の重鎮としてやっていけているのだ。

 

(デイバーノックが大丈夫なのだし? 人の冒険者チームで普通に混じってるなら、それほど気にすることではないのかも。私も心配しすぎかな……とデカいフラグを立てつつ、ここは様子見と行きますか)

 

 最悪、イビルアイがユグドラシル・プレイヤーだとしても、現地に赴くのはモモンガ達、一〇〇レベルプレイヤーが四人。囮にできるルプスレギナ達も居るし、戦うなり逃げるなりの対処は可能なはずだ。そう判断したタブラは、肩の力を抜く。

 

「そうなの? じゃあ、建御雷さんと弐式さん。それにヘロヘロさんか~。それだけ前衛戦闘ができる人が居たら、私の出番はないかな~」

 

 不意に茶釜の声がしたので、モモンガとタブラが目を向けると、茶釜が触腕状に伸ばした粘体でアウラとマーレを抱え上げていた。いわゆる『高い高い』である。幼児に対する扱いなのだが、アウラ達は嬉しそうに笑っている。 

 

(そうだよな、茶釜さんはトブの大森林で待機だっけ。……茶釜さんが参加してたら、どうなったかな?)

 

 モモンガは考えてみた。

 茶釜は異世界転移後、暫くは冒険者として生活していたという。ユグドラシル時代を踏襲し、両腕に盾を構える戦士スタイル。ユグドラシル風に言うならタンク職だ。人化状態の身体能力に関しては、ヘロヘロと同じレベル三〇ぐらいだが、ヘロヘロのようにアイテム効果でレベル一〇〇のまま人間形態を取れるかもしれない。 

 

(いや、たぶん出来るな……。二人は同じスライム系なんだし……)

 

 その後、少し考えてからモモンガは茶釜を誘ってみたが、茶釜は笑って触腕を左右に振る。

 

「私はタブラさんと、あとアウラやマーレと一緒に待ってる。あまり大人数で出向くのもね~」

 

「そう言われると、そうかもですね……」

 

 デモンストレーションに参加する予定のギルメンは、モモンガ、建御雷、弐式、ヘロヘロの四人。現地勢相手に一〇〇レベルプレイヤーが四人では多いと考えるべきだろう。ここにソリュシャンとルプスレギナ、それにナーベラルが見学者として同行する。総勢七人だ。

 

「……そうだなぁ」

 

 会話が耳に入っていたのか建御雷がズカズカと進み出る。

 

「どうだい、茶釜さん。この際、タブラさんとで先にリザードマンの集落へ行ってみるか? 待ってる間、暇だろう?」 

 

 元々、リザードマンの集落にはタブラと建御雷、そしてアウラの三人で出向く予定だった。しかし、今のリザードマン集落訪問組から建御雷が抜けたとしても、代わりに茶釜が居るし、元々の同行予定になかったマーレも一緒だ。

 ……戦力的には問題ないのではないか。

 そう考えての発言だったが、言われた側の茶釜、そしてタブラは互いに顔を見合わせている。

 

「私は良いと思うけど、タブラさんはどう?」

 

「悪くはないですね。御言葉に甘えるとしましょうか?」

 

 同意を示すタブラは「暫く森林浴をするか、建御雷さんが戻るまでは一度、ナザリックに戻ることも考えたのですが……」と述べた後、モモンガ達を見回してニヤリと笑った。

 

「茶釜さんとデートというのも興味深いですしね」

 

 おお! と、男性陣から声が挙がる。

 現状の合流済みギルメンでは、こういった軽口はペロロンチーノや弐式が言いそうなものだが、人化したタブラが言うと妙に様になっているのだ。

 

「あら、あらあらあら~」

 

 タブラの発言を受け、茶釜は少し赤くなった頬を手の平で挟み……異形種化する。  

 

「何だか照れちゃうわ~」

 

「茶釜さん、その姿で身をくねらせるの……やめて貰えます?」

 

 冷静にモモンガがツッコミを入れるものの、茶釜が気にしている様子はない。

 アウラとマーレに関しては、茶釜に同行することを当然のように思っているので、リザードマン集落に向かうのは、この四人ということで決定した。

 

「あ、あのう……」

 

 さあ、王都組は転移するし、リザードマン集落訪問組は移動開始だ……となりかけたところで、アウラが誰に言うとでもなく声を上げた。怖ず怖ずと挙手しているのが可愛らしく思えるが、そういう仕草は快活な彼女には似つかわしくない。モモンガを始めとしたギルメンの視線が一斉にアウラに向けられると、アウラは肩を微かに揺らしたが、やがてモモンガを見た。

 モモンガは左右で立つタブラ達を見たが、視線や表情で「ほら、モモンガさんですよ」と言われ、やむなく自分の顔を指差している。

 

「俺……じゃなかった、私か?」

 

「え? ええと、はい……。あの、お聞きしたいことが……」

 

 そこまで言ったアウラは、視線を下げてモジモジしだした。やはり、いつもと様子が違う。心配になったモモンガが「聞きたいことがあるのなら、構わないから言いなさい」と急かしたところ……アウラは深呼吸の後にモモンガの視線を見返した。

 

「モモ……アインズ様っ! ぶくぶく茶釜様とタブラ・スマラグディナ様は、こ、交際されているのでしょうか!?」 

 

 瞬間、場の空気が硬直する。

 いち早く回復したのは、精神の安定化から復帰したモモンガだ。オロオロとタブラに茶釜と二人の様子を確認するが、両者とも固まったままである。他に建御雷と弐式も居たが、この二名も固まっていた。

 

(マーレ……も駄目か。俺以上にオロオロしてるし……)

 

 涙目のマーレが杖を支えにしてプルプル震えている。その姿を見て少しだけ落ち着いたモモンガは、全身に力を入れて見上げてくるアウラに対し口を開いた。

 

「ふむ。タブラさんの発言を受けて、そう思ったのか……。その件について、私は聞いたことはないが……。そういう事なら私にではなく、そこに居る本人達に聞けば良いのではないか? と言うか、なぜ私に聞くのだ?」

 

 至極もっともな指摘だとモモンガは思う。自分が茶釜と交際しているなら、聞かれて答えることも何かあるだろうが、そうではないのだから……。

 

「えっと、その……本人には聞きにくいし……」

 

「私には聞きやすいと?」

 

 そうだとしたら少し嬉しいとモモンガは思う。NPC達に慕われているような気になるからだ。

 

(茶釜さんを差し置いて……という気もしないではないが、俺と茶釜さんでは、アウラの気の持ちようも違うだろうし。慕われている……ということで良いよな?) 

 

 心に余裕ができたモモンガは、目の前のアウラの頭を撫でる。サラサラの金髪を撫でつけると、アウラは少し驚いたようだが、先程までよりも顔を赤くして俯いた。

 

「ふむ……ふむ、なるほど。ギルメン同士の交際事情は、私も把握しておきたいところだ。ん、ゴホン。ギルド長としてだがな! そう言ったわけで、タブラさんに茶釜さん?」

 

 アウラの頭から手を離したモモンガは、並んで立つタブラ達に向けてクリンと首を回す。タブラは割と平然としているが、茶釜はピンクの粘体をビクリと揺らした。

 

「実のところ、どうなんです? アウラが気にしているようですが……」

 

「ぐ、ぐぬぬ。愚弟が軽口言ってるなら、鳥的に絞めて終わりなんだけど。よりによって……モモンガさんかぁ……」

 

 血を吐くとまではいかないが、絞り出すように言う茶釜を見てモモンガは首を傾げる。

 

(よりによって、俺? どういう意味なんだ?)

 

 さっぱり意味がわからない。タブラとの交際に関して、モモンガが質問すると都合が悪いのだろうか。

 

「ハッハッハッ!」

 

 木漏れ日が差し込む森の小道で、突如、タブラの笑いが木霊する。

 モモンガを始めとしたギルメン、そしてアウラとマーレがタブラに注目すると、タブラは笑いを止めて皆を見回した。

 

「モモンガさん。それにアウラ。私と茶釜さんは、少なくとも今は交際していませんよ? まあ、将来的にどうなるかは解りませんけど……ね?」

 

 言いつつ、人化中のタブラがピンクの肉棒……茶釜に対してウインクする。

 

「ぬふう! イケメン! じゃなかった、そうねぇ。今は、そうですよね~……でもまあ、将来的には誰がお相手になるかわからないんだけど~」

 

 茶釜はタブラがやったように視線を巡らせた。その対象は右隣のタブラ、右斜め前方向で並んでいる建御雷と弐式、左前で居るアウラと……モモンガだ。モモンガに対してだけは二、三秒だが視線を留めている。他の者達に関しては、撫でるように視線を通過させただけだったのだが……。

 

「ま、いいか。たまには、オジ様にエスコートして貰うのも悪くないしぃ~」

 

「私も美人の女性と御同道できるなら、張り切れるってものです。まあ、戦闘になったら守って貰う立場ですけどね。モモンガさんでなくて残念でしょうけど」

 

 互いに言い合い、ニィィィと笑い合う。もっとも片方は中年男性で、片方はピンクの肉棒である。

 

(絵にならないなぁ……。でも、なんで俺の名前が出るんだろう?)

 

 よく解らないながら、モモンガはアウラに声をかけた。

 

「ともあれ……そういう事らしい。……茶釜さんとタブラさんの護衛は任せたぞ。アウラ?」

 

「は、はい! もちろんです、アインズ様! 命じられるまでもなくですが……アインズ様の御命令とあらば、より一層頑張ります!」

 

 小ぶりな胸を叩いて、アウラが請け負う。その快活さと元気の良さと、売り込み……とでも言うのだろうか、アピールが目に眩しい。だが、ルプスレギナの笑顔と同じで悪い気はしないのだ。

 

「そ、そうか。そう言ってくれると嬉しいぞ。アウラよ」

 

 モモンガが再び頭を撫で、アウラは「にしし!」と嬉しそうに笑う。

 そして、その様子をいつの間にか集まっていたタブラ達が見ていた。

 

「アウラ、モモンガさんに懐いてんのな」

 

「建やん、あれは単に懐いてるのとは違うように思えるぜ」

 

「フフフ、ナーベラルと仲の良い弐式さんは見る目が違うようですね」

 

「ちょ、タブラさん!?」

 

 弐式が慌て、建御雷とタブラが声をあげて笑う。建御雷などは身体を揺すって笑っていた。そうした賑やかかつ和やかな空気の中……茶釜のみはジッとアウラを見ていた。

 

(アウラが……モモンガさんを? ほほう……これは後で聞き取り調査をしなければね~)

 

 茶釜はニンマリと笑う。しかし、今は異形種化しているので表情は表に出ていない。

 その後、モモンガ達はリザードマン集落を目指すタブラ一行と別れ、<転移門(ゲート)>にて移動した。行き先は、リ・エスティーゼ王国王都にあるヘロヘロの拠点、ヘイグ武器防具店である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「事前には聞いてましたけど、大人数になりましたねぇ……」

 

 ヘイグ武器防具店の二階……その一角にある部屋で、ヘロヘロがモモンガ達を出迎えていた。<転移門(ゲート)>の暗黒環をくぐってきたモモンガ達は、建御雷のみが人化している。弐式は忍び装束の中で異形種化していたし、モモンガは悟の仮面着用で、仮面下では異形種化していた。

 ギルメン三人に、お供としてルプスレギナとナーベラルが居るのだから、総勢で五人。ちょっとした冒険者チーム程度の人数であるから、多いと言えば多いのだろう。

 

「ハハッ、各々蒼の薔薇や六腕に興味がありましたし。ヘロヘロさんの手助けとなれば、駆けつけるのは当然ですから」

 

「モモンガさん……」 

 

 照れ臭い気分になったヘロヘロが頭を掻きつつ建御雷と弐式を見ると、二人とも大きく頷いている。ますます照れ臭い。

 

「さ、さあ、移動しましょうか。ここは空き部屋で広さはいいですけど、殺風景ですし」

 

 そうしてヘロヘロが案内しようとしたのは、一階の店舗である。これから蒼の薔薇及び六腕とも合流するのだが、そうなると二十人近い人数となるため、一階店舗ぐらいしか場所がないのだ。

 

「それでも大規模商店ってわけじゃないですから、手狭ですけどね。倉庫でも良かったかな……あ~、でも、駄目ですね~」

 

 一階倉庫であれば、アイテムで空間を弄っているため数十人ぐらい入っても大丈夫……とは言え、さすがに色々と誤魔化しきれなくなる。そこで、一階店舗で集合したらモモンガの<転移門(ゲート)>で移動するのだ。

 

「ヘロヘロさん?」

 

 部屋を出てすぐに、モモンガがヘロヘロに問いかける。

 

「元々、外の何処かでデモンストレーションないし手合わせをすると思ってましたが……。何処にしましょうか?」

 

「モモンガさんを<転移門(ゲート)>係にさせて悪いですねぇ。ええと、王都の東側街道の……街道外、人目に付かないような離れた場所でいいんじゃないでしょうか?」 

 

 案内役のヘロヘロが振り返ると、特に誰からも別意見や提案が出ない。モモンガも頷いているので、後はモモンガ任せで大丈夫だろう。

 それほど離れていない客間に到着し、ヘロヘロは一応ノックしてみたが、ノックし終わるや扉が開いた。中から顔を出したのは……ヘロヘロの製作NPC、ソリュシャン・イプシロンである。ちなみに、現在は冒険者として盗賊職を演じている。

 

「ヘイグ様……。少々、問題が……」

 

「問題……ですか?」

 

 片眉を上げたヘロヘロは、ソリュシャンが身を引いた隙間から顔を覗き込ませた。

 すると……。

 

「だいたいだな、犯罪者が昼間から外を歩いてるのがおかしいんだ! そもそもザコが口出しするんじゃない!」

 

 ガガーランによって、フードの後ろを掴まれたイビルアイが食ってかかっている。一方、噛みつかれた側の幻魔サキュロントは、右方で居るイビルアイに対して目を剥いた。

 

「なんだと、このチビ助! 幼女ババアだか何だか知らないが、口の利き方に気をつけろ!」

 

 サキュロントも空間斬ペシュリアンが立ち塞がっており、その背に阻まれて前に出ることができていない。

 双方のリーダーであるラキュースとゼロは、ヘロヘロが退室する前と変わらず並んでソファに座っているのだが、ラキュースは両手で顔を覆って俯き、ゼロは腕を組み不機嫌そうに瞑目していた。

 

(いや、リーダーの貴方達が何とかしてくださいよ!)

 

 ゲンナリしたヘロヘロは、ソリュシャンに何故このような状態になっているのかを聞いてみる。

 

「最初は、ラキュースさんがゼロに対して嫌味を言っていたのですが……」

 

 すぐにイビルアイが口出しするようになり、あまりの攻撃的な態度にサキュロントが耐えきれなくなったらしい。ラキュースとゼロは、それなりに抑えようとしたらしいが、サキュロントはともかくイビルアイが止まらなかったのだとか……。

 

(……喧嘩売ったのは蒼の薔薇の方ですか……)

 

 突出して騒いでいるのはイビルアイだが、勘弁して欲しいとヘロヘロは思う。ともかく、自分が仲間を連れて戻って来たからには、騒ぎも一段落するはずだ。さっそく王都外の荒野にでも連れ出して、力を見せるとしよう。

 

「あ~……皆さん? 大変お待たせしました。準備が整いましたので……」

 

「んっ? 戻って来たか、店主!」

 

 イビルアイが首だけ回し、ヘロヘロを……そして、後ろに居るモモンガ達を見て言う。

 

「後ろに居るのが、さっき言っていた仲間か? 魔法詠唱者(マジックキャスター)が居るようだが……本当に実力者なのか? 冴えない顔をしているが」 

 

 口論中の勢いで言ったのだろうが、その発言内容が問題だ。

 ヘロヘロ達……モモンガ以外全員の顔が強張る。

 モモンガ当人は、「まあ、冴えない顔なのは事実だし」と苦笑いしているものの、他のギルメン達はギルド長を馬鹿にされて腹を立てていたのだ。当然ながら、ナーベラルにソリュシャン、そしてルプスレギナの立腹はギルメンのそれを大きく超える。

 

「この下等生物(ゾウリムシ)……モモ、アイ、モモンさんに対して何て口の利き方……」

 

「身の程知らずの脳を、ジワジワと溶かしてあげましょうか?」

 

「背中から爪を入れて、小さい胸まで内側から掻きむしってやりたいっす……」

 

 それら僕達の声は、当然ながら蒼の薔薇や六腕にも聞こえたようで、皆が黙り込んだ。もっとも、蒼の薔薇は気まずそうにしているだけだが、六腕のゼロ以外のメンバーは不服そうにしている。これは僅かな態度の違いだが、ヘロヘロには思い当たることがあった。

 

(蒼の薔薇は社会人として控えた様子ですけど、六腕は……まあ、俺達の実力を知ってるのは、ゼロぐらいですしね~。若い女の子にさっきみたいな事を言われたら、頭にきますか……)

 

 それら六腕の態度も、デモンストレーション後には変わっていることだろう。何しろリーダーのゼロで実証済みなのだ。蒼の薔薇も同様だと思いたいが、気になるのはイビルアイである。 

 

「ふん。どうせ犯罪者と連んでいるような連中だ。人数が増えたところで……」

 

 ガガーランによって頭を押さえつけられながら、まだ何か言っているようだ。これから行われるデモンストレーション。果たして無事に終わることができるかどうか。

 

(特に蒼の薔薇が危ないかもしれませんね……。ま、どうでもいいですね)

 

 温厚なヘロヘロにしては冷たい対応のようだが、今のヘロヘロは形態変化しているだけの異形種であり、人間としての感覚が薄まっているのだ。そのことが、この対応を後押ししていた。普段であればヘロヘロは、自分で気がついたかもしれない。だが、この時はモモンガのことを悪く言われたことで頭にきていたため、蒼の薔薇に対する配慮等を重視できなかったのである。

 

「それじゃあ皆さん、一度一階へ……いや、もういいか、面倒くさい……。モモンさん」

 

 ヘロヘロは、モモンガをアインズではなく、モモンと呼んだ。今のヘロヘロは冒険者ヘイグであり、モモンガはチームメンバーとして呼んだのだから、ここはモモンと呼ぶべきだろう。

 

「すみませんが、廊下で<転移門(ゲート)>を開いて貰えますか? とっとと移動しちゃいましょう」

 

 やはりモモンガを馬鹿にされた苛立ちが残っているようだ。ヘロヘロの声はモモンガが一瞬固まる程度には冷気を含んでいた。

 




 ヘロヘロさん、静かに激おこ中。
 異形種化しているので、種族的に親近感のない人間には厳しいのだ。
 と言うか建御雷さんも弐式さんも、助けてくれそうにないし。
 どうなる、蒼の薔薇!

 せめてナザリック側が全員人化していれば……。
 あ、建御雷さんは人化中だから助けてくれるかも……。
 でも死なない程度のペナルティーだと、助け船は出してくれないかも。
 いや、マジでどうしましょうかね……。

 年内は、あと何回更新できるかな~……。

<誤字報告>
佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第56話

「……っ? はいはい。こちら、タブラ・スマラグディナです」

 

 トブの大森林。リザードマン集落へ向けて歩いていたタブラは、不意に接続を求めてきた<伝言(メッセージ)>に応じた。

 

『タブラさん、どーも。俺です。今、王都外の東側街道……から離れた荒野に居ます』

 

「ヘロヘロさんですか。何かありました?」

 

 足を止めてこめかみに指当てていると、先頭を歩いていたアウラが振り返り、後ろで着いて歩いていた同じく人化中の茶釜が、マーレと共に前に回って覗き込んでくる。それら何か聞きたそうにしている面々を、掌を出すことで押しとどめたタブラは、ヘロヘロの話に聞き入った。

 

『……とまあ、そんなわけでして』

 

「なるほど。確かにギルド長は美男子ではありません。が、『冴えない顔つき』というのは、初対面にしては言い過ぎですね。喧嘩を売っていると言ってもいい……いや、喧嘩を売ってます」

 

 一通りの説明を聞いたタブラは思うところを述べる。が、その口調は言っている間にキツいものへ変わっていった。周囲で聞いている茶釜達も、誰かは知らないがギルド長……モモンガに対して失礼な物言いをしたことだけは把握できたらしい。当然ながら、アウラマーレの闇妖精姉弟らが鋭い殺気を放ち始め、茶釜などは端麗な顔を不機嫌そうに歪ませている。

 

『タブラさんは、今は人化してるんですか?』

 

「ええ、はい。人化してますが?」

 

 ヘロヘロが言うには「自分はモモンガを馬鹿にされたことで腹を立てたが、それは異形種化していることで、割り増しで腹を立てているのではないか。人化して耳にしたとしたら、今ほど腹を立てていないのではないか」と、そう思ったとのことだ。

 

「なるほど。それで私に何か別の相談があったものの、今の私が人化中なので参考意見を聞きたかったと?」

 

『……はい』

 

 伝わってくるヘロヘロの声色は重い。

 相当に腹を立てているのが伝わってくるし、このようなことで相談を持ちかけたことについて申し訳なく思っていることも理解できた。

 タブラは剣呑な表情で居る茶釜達を一瞥すると、視線を上げて森の木々の隙間から差しこむ陽光を見て目を細める。

 

「私個人の見解を言うなら、人化した状態で聞いても腹が立ちますね。ヘロヘロさんが異形種化したことで、割り増しの立腹となっているのも確かでしょうが……」

 

 タブラは<伝言(メッセージ)>向こうのヘロヘロに対して説明した。そして、それは近くに居る茶釜達に聞かせるためでもある。

 

「ヘロヘロさん。あなたは先日、『自分達は自治会や組合みたいなもので、モモンガさんは自治会長や組合長みたいなもの』と言いました。まったく、そのとおりだと思います。しかし、私としては、そこに付け足すべき要素があると思うんですよ」

 

『……と、言いますと?』

 

「私達は『必要に迫られて集団化』しただけではなく、個人と個人の友誼、そして皆との集まりに愛着を持っているということです。そして皆……ギルド長であるモモンガさんのことを慕っています」

 

『そのとおりです!』

 

 ヘロヘロの声に力がこもる。

 モモンガは周囲に気を遣ってばかりだ。たまには我が儘を言って良いぐらいだ。そんな彼に、ユグドラシル時代……そして、転移後世界でどれほど心救われたことか。

 

「私はね、ヘロヘロさん。事情があったにせよ、ナザリックを……ユグドラシルを離れたことがあります。そして、例の集合地では土下座案で皆と意気投合しましたが……いざ、異世界転移して宝物殿に飛ばされた時、『どの面を下げてモモンガさんに会えば良いんだ』と思いました。自分が情けなかったです。けどね、モモンガさんは私をただの一度も責めなかったんですよ。そして、この転移後世界で再びナザリックに受け入れてくれた……。なんと、ありがたいことか。嬉しかったことか……」

 

 話している内にタブラも感情が高ぶっていく。自分らしくないと思うが、溢れる思いは止められない。

 

「そんなモモンガさんを軽んじるような発言は、当然ながら許せませんとも。そもそも、ギルドの長を馬鹿にするということは、私達、ギルメン全員に喧嘩を売ったということです。冴えない顔? 言った奴の面皮を引っ剥がしてやりたいですね」

 

 そこまで言い放ったタブラが気がついた時、茶釜が何度も頷き、アウラとマーレが感動のあまり涙ぐんでいるのが見えた。

 

「……ああ、少し感情的になってしまったようですね」

 

『いえ、タブラさんの本音が聞けて嬉しかったです。まったく同感ですし、そのままモモンガさんに伝えたいくらいですよ~』

 

 ヘロヘロの声が弾んでいる。そのことが余計にタブラを気恥ずかしくさせていた。

 

「それは勘弁してください。で? もう一つ、私に用件があるのでしょう?」

 

『ははは、お見通しでしたっけ? 相談内容も読まれてるでしょうが……一応、聞いて貰いましょう』

 

 ヘロヘロの相談内容とは、蒼の薔薇のイビルアイに対する懲罰……もとい、お仕置きについてだ。 

 

『言われた時は殺意が湧いたんですが……。こうして話してると殺すほどのことじゃないんじゃないか……と思う一方で、やはり何か痛い目に遭わせた方が良いんじゃないか? とも思うわけです』

 

 ところが、ナザリック側のメンバー構成からして、イビルアイの相手をするのはモモンガである。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)には魔法詠唱者(マジックキャスター)ですしね~。でも、モモンガさんが自分を悪く言われたからと言って、見た目小さな女の子を痛い目に遭わせると思いますか?』

 

「思いませんね。渋い顔はするでしょうが、接待プレイをしそうです。現実(リアル)では営業職だったそうですし」

 

 話し合っているうちに、タブラもイビルアイを殺処分する気は薄まってきていた。とは言うものの、予定どおりにモモンガに任せたら当たり障りのない対応をする可能性が高い。それはそれで悪くはないのだろうが、イビルアイの言動を知るギルメンやNPCにとってはストレスが溜まるのだ。

 

「ヘロヘロさんの用件は、私がモモンガさんと交代して、イビルアイをギッタンギッタンに叩きのめすことだったのでしょうが……。それだと、モモンガさんの凄さが伝わりませんねぇ。特にイビルアイに……」

 

『ん~……やはり、問題はそこですか……』

 

 モモンガに任せると手緩い対応となり、交代したタブラがイビルアイを叩きのめしても、それではモモンガの凄さが伝わらない。 

 実に悩ましい問題だが、数秒ほど考え込んだタブラがポンと手を打った。

 

「こうなったら、ギルメンとNPCをダシにしましょう」

 

 モモンガ自身は気にしていないだろうが、居合わせたギルメンやNPCは激しく立腹している。このことをモモンガに訴え、少し厳しめでイビルアイと手合わせして貰うのだ。

 

「居合わせてるナザリック勢の全員が頭に来ているとなれば、モモンガさんも動かざるを得ないでしょう。……こういうやり方は、あまり好きじゃないのですけど」

 

『ですね~。ギルド長は……もう少し自分に自信と、皆のトップに立っているという自覚を……と言いたいですけど。まあ、しょうがないですよ。モモンガさんは、あのモモンガさんで居るのが一番いいと思いますから』

 

 一組織のトップ、為政者、国王……色々と呼び名はあるだろうが、そのどれになるとしてもモモンガは穴が多い。恐らく転移後世界での王族や政治家と比べても、例えば国を豊かにするとか言った能力では大きく劣るはずだ。何故なら、彼は一般人なのだから。だが、そういった足りない部分はギルメンで補っていけば良いし、転移後世界で人材を募っても良い。

 重要なことは、ヘロヘロが言ったとおり、モモンガらしいモモンガのことを皆が好いていると言うことだ。それで今は充分だとヘロヘロとタブラは思う。

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。とはいえ、我々のストレス的なアレやコレやで、ときどき頑張って貰うことにはなるのですが……」

 

 溜息交じりにタブラが言うと、<伝言(メッセージ)>向こうのヘロヘロが小さく笑い出す。他の者に聞こえるのを気にしているのだろうが、トブの大森林に居るタブラは誰憚ることなく笑った。

 

「ハハハハッ。それでは話は決まりですね。モモンガさんの説得はヘロヘロさんにお願いします。私の名前を使ってくれて構いませんし、渋るようでしたら私に<伝言(メッセージ)>してください。説得役を交代します。それでも駄目なときは……」

 

 茶釜とアウラにマーレ。三人の視線が集まる中、タブラは目の前には居ないヘロヘロに対して肩をすくめてみせる。

 

「モモンガさんの好きなようにして貰いましょう。それはそれで、まあ……いいじゃないですか」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「本当だった! ここは王都東街道の南側荒野だ!」

 

 赤いマントを翻し、イビルアイが空から降りてきた。

 モモンガの<転移門(ゲート)>で移動した後、蒼の薔薇も六腕も大遠距離の転移魔法に驚愕していたが、イビルアイが幻術の類ではないかと疑い、飛行の魔法で上空から確認していたのだ。結果として北側に街道、西側に王都が確認できたので、こうして降りてきたのだが……イビルアイは何やら不機嫌そうである。

 

「大した力を持っているようだが……それだけに怪しいな……」

 

 少し離れて居並ぶ蒼の薔薇と六腕。その蒼の薔薇の中へ降り立ったイビルアイは、クルリとモモンガに向き直って呟いた。当然ながら、悟の仮面の下で異形種化しているモモンガには聞き取れている。

 

(え~……実力は認めてくれたっぽいのに、今度は怪しまれちゃうの? 面倒くさいなぁ……)

 

 モモンガはウンザリし出したが、同行している建御雷と弐式、そしてルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャンと言ったNPC組は良い気がしない。しかも、人化している建御雷は渋面になった程度だが、他の者達はギルド長に、そして至高の御方に対して無礼な目を向けられていることで、怒りゲージがドンドン溜まっている状態にあった。

 そうした状況の中、「ちょっと<伝言(メッセージ)>をしてきます」と離れていたヘロヘロが戻って来る。人化……ではなく、人に形態変化中のヘロヘロは、息を切らせ……るフリをしつつ駆けてきたが、場の雰囲気を感じ取って首を傾げた。

 

「モモンガさん? 何かありましたか?」

 

「え? ああ、少し……。それで<伝言(メッセージ)>の用件は終わったんですか?」

 

 友人が相手なので気分を入れ替えたモモンガは、ヘロヘロが頷いたのを見ると、今あったことを説明した。すると、ほへーっと聞いていたヘロヘロの表情が見る間に厳しくなっていく。

 

「え? あれ?」

 

「そうですか……ちょっと目を離した隙に……」

 

 ヘロヘロの糸目が微かに開き、いつもより大きく瞳が見えていた。目が笑っていない……という表現は良く聞くが、今のヘロヘロはまさにそれだ。加えて言うなら、顔全体も笑っていない。

 

「あ、あの……ヘロヘロ……さん?」

 

「モモンガさん、ちょっと……」

 

 ヘロヘロが手招きするので、モモンガは人差し指で自分の顔を指差し、彼についていく。弐式達はともかく、蒼の薔薇や六腕には聞こえない位置まで移動すると、ヘロヘロは思うところを述べてきた。

 曰く、イビルアイという少女の態度は目に余る。それにモモンガを馬鹿にされたことで、ギルメンやNPC達の苛立ちが大きい。ここは一つ、イビルアイを痛い目に遭わせるべきだ。

 

「と、思うのですが。どうでしょう、モモンガさん?」

 

「なるほど、そういうことですか。先程の<伝言(メッセージ)>、ひょっとして……そのことで誰かと相談を?」

 

 ヘロヘロが頷く。

 モモンガは暫し何も言わなかったが、やがて『冴えない風貌の青年』の顔で眉をひそめた。

 

「そうですか……。気を遣わせてしまったようですね……」

 

 顔を伏せ口惜しげに言うも……すぐに表情を明るくして後ろ頭を掻く。

 

「俺、自分のことなら悪く言われても我慢できるもので……」

 

「ああ、やっぱり……」

 

 脱力した感のあるヘロヘロが肩を落とすので、事情を聞いてみたところ、モモンガが今のようなことを言うのは予想できたので、一時はモモンガとタブラを交代させることを考えていたらしい。

 

「むう。そこまで……でしたか?」

 

「そこまでなんですよ。モモンガさん」

 

 徐々にヘロヘロの、いや、ギルメンやNPC達の心情が飲み込めてきたモモンガは、さすがに真面目な顔となった。イビルアイについては適当に相手するつもりだったが、身内のことを思えば少し厳しめで対応しなくてはならないだろう。

 ただ、それには絶妙な力加減が必要だ。

 

「おおむね賛成なんですけどね、ヘロヘロさん。地元名士の蒼の薔薇と敵対するのは良くありませんし、子供相手に乱暴したのでは、たっちさんが合流したときに気を悪くされるでしょう? あ、やまいこさんやウルベルトさんも良い顔はしないかな?」

 

 その後、ヘロヘロと相談を続けた結果、イビルアイには……いや、蒼の薔薇も六腕も『手合わせ』で対応することとなる。蒼の薔薇には厳しめだが、殺すのは無しだ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)枠は、イビルアイの他は六腕のデイバーノックですか。連戦になるのかな、それとも二人同時に相手するか……。どっちの方がいいかな……」

 

 モモンガは少し悩んだが、イビルアイと先に手合わせすることにしている。対イビルアイ戦を見せつけることで、デイバーノックの戦意が砕けることを期待したのだ。無論、デイバーノックがモモンガとの手合わせを望むのなら、断ることなく受けるつもりである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おい、サキュロント……」

 

 離れた場所で仲間の元へ戻るイビルアイの姿、それを腕組みしながら見ていたゼロは、部下の名を呼んだ。彼の後方で並ぶ六腕の一人、サキュロントは呼ばれたことで返事をする。

 

「何だ、ボス?」

 

「そう言えば、お前に用件を言いつけてあったな」

 

 最近、八本指の議長が、幾人かの部門長と結託して行動している。それを麻薬取扱部門のヒルマが知り、不安を感じているのだ。議長達は何を考え、何を隠しているのか。ゼロは、サキュロントに調査を命じてあったのだが……。

 

「お前は、すぐに戻って来たな……。いや、蒼の薔薇と鉢合わせたので、報告は聞けずに居たが……。……何があった? 本部に戻らなかったのか?」

 

「いや、それがな……ボス……」 

 

 サキュロントが言うには、ゼロと別れた直後、警備部門における部下がサキュロントの前に姿を現したらしい。

 

「子飼いの連中で、色々と調べさせててな……。そいつの報告によると議長達は……どうやら『別の組織』と手を組もうとしているらしい」

 

「別の組織だと? 手を組むと言うことは互角ないし、場合によっては向こうが格上か。そんな組織が、この国にあるのか? それとも別の国か?」

 

 サキュロントが言ったとおりの組織が存在するなら、今までゼロの耳に入ってこなかったのは不可解だ。公的機関なら知っているはずだし、裏社会の組織なら、もっと以前に八本指と利害関係で対立しているだろうからだ。

 

「相手組織の詳細は不明だ。一つ解ったことはあるんだが……。それよりな……どうも議長は、その『組織』の武力を俺達、警備部門より上に見ているらしい。警備部門に話を通さなかったのは、俺達が反発するのを警戒したからだとか……」

 

「チッ……」

 

 ゼロは、舌打ちのみで苛立ちを紛らわせる。怒声を発したいが、周囲に漆黒や蒼の薔薇が居るのだ。無闇に騒ぎ立てるわけにはいかない。

 

「それが本当なら油断ならんな。ヒルマのところに話が行かなかった理由は?」

 

「何でも、相手『組織』が、麻薬の取り扱いに関して注文を付けているらしい。運営形態を変えるとかで検討中なんだそうだ」

 

 どういう注文で、どういう風に運営形態を変えたいのかは不明とのこと。いずれの情報にしても確証は無いが、今のところは聞いた内容だけで充分だ。

 

「よく調べてくれた。……そして手際が良い。前から本部を探っていたのか?」

 

 ゼロは普段、部下を戦闘力だけで判断する。しかし、今回のサキュロントの働きは見事だ。言われたサキュロントも、満更でないのか口元に笑みを浮かべた。

 

「警備部門のためには、余所のことを知っておく必要があるんでな。本部だって、俺達から見りゃあ『余所様』さ。っと、そうそう……相手組織のことで解ったことなんだが……」

 

「一つあると言っていたな。何が解った?」

 

 ゼロが確認すると、サキュロントは少し自慢げに笑う。

 

「議長に接触してる奴の名前さ」 

 

「名前?」

 

 サキュロントが腕を広げ、肩をすくめた。

 

「ヤルダって言うらしい。手下の一人が、議長の口から漏れた言葉を聞き取ったんだとか。まあ、本名か偽名か、全部聞き取れたのか……色々と微妙だがな」 

 

「ヤルダ……。ふん、名前か……」

 

 聞き覚えはないが、情報は情報だ。ゼロは引き続き調査を進めるようサキュロントに言うと、その視線をモモンガ達……漆黒へと向けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 かくして時は昼を過ぎ、荒野では手合わせが始まろうとしている。

 ヘイグ武器防具店……ナザリック陣営、蒼の薔薇、六腕。三グループが三角形の頂点に位置する形で距離を取り、布陣していた。布陣と言っても、各グループごとに集合しているだけなのだが、彼らの視線は各頂点からの中心地点に向けられている。

 そこでは弐式炎雷と、蒼の薔薇の忍者……ティナとティア、そして六腕の踊る三日月刀(シミター)ことエドストレーム、更には幻魔サキュロントが戦闘中だった。

 三勢力が同時に出ていることになるが、実質的に一対四の形式である。何故なら、これはナザリック側(一応、ヘイグ武器防具店の店主一党……冒険者チーム漆黒ということになっている)と他勢力の手合わせだからだ。ちなみに、デモンストレーションの件に関しては、蒼の薔薇と六腕の双方から断られ、全員が手合わせを望んでいる。いや、一部訂正しなければならない。六腕のサキュロントのみは「ええ? 腕前を見せて貰うだけでいいじゃないか」と言いかけたようだが、言い終わる前にゼロから睨まれて黙り込んでいた。その彼も、直後にイビルアイから「怖じ気づいたのなら帰っていいんだぞ?」と煽られたことで、やる気にはなったようだが……。

 

(うおお!? なぜだ!? なぜ、こっちを見てるんだ!?)

 

 結果として、手合わせの一番手として投入されることになったサキュロントは、ヘイグ武器防具店店主の仲間という忍者(弐式)に驚愕している。

 一対四を提案したのは弐式だったが、指名を受けた四人の中で一番最初に突っかかったのがサキュロントだった。四人がかりで来いと言われて気を悪くしたのは皆同じである。ただ、蒼の薔薇の二人と六腕の二人、その中で最も堪え性のなかったサキュロントが先駆けただけなのだ。

 しかし、感情任せの無策だったわけではない。真正面から斬りかかる……フリをして幻影と交代。自身は透明化して、弐式の背後に回り込んだのである。これは走る音にアイテム等での欺瞞があり、生半可なことではサキュロント本体を見抜けはしないだろう。下手をすればゼロやガガーランとて背後に立つことを許しかねない技術だった。

 が、それも弐式には通用しない。

 事の最初から弐式の視線はサキュロントに向けられており、背後に回る頃には身体ごと向き直っている有様だった。

 

「ううっ……」

 

 サキュロントが隠し身を解くと、それと同時に弐式の正面……今では背後に迫っていた幻影も消える。剣の切っ先を下げたサキュロントは、一、二歩後退した。その彼に対し、弐式は下げていた腕を組んでみせる。

 

「俺の目を誤魔化すには、随分とレベル……練度が足りないな」

 

「お、おお、俺が練度不足だとぉ!? 俺は六腕の一人、幻魔サキュロントだぞ!」

 

 怒りで気を持ち直したサキュロントが剣の切っ先を上げて激昂するも、弐式は動じずに答えた。

 

「それがどうし……ああ、しまった!」

 

 弐式は暗く重くしていた声を明るくし、自身の後頭部を掌でポンと叩く。

 

「悪い悪い。俺達が腹立ててるのは六腕の方じゃなかったわ。ごめんな~。ちょっとイラッとしてたもんだからさ~」

 

「な、何を訳のわからないことを……」

 

「お喋りしてんじゃないよ! サキュロント!」

 

 ビュゴッ!

 

 女性……エドストレームの声と共に、四本の三日月刀(シミター)が飛ぶ。舞踊(ダンス)の魔法が付与されており、敵対象者を自動追尾にて攻撃する武器だ。常人が使用すれば一撃離脱を繰り返すだけだが、エドストレームの優れた空間把握能力と脳の柔軟性があれば、千変万化……まさに踊るがごとき攻撃が可能となる。その三日月刀(シミター)が前後左右、弐式の胴体を狙って突進するも、弐式は右手一本ですべて受け止めた。

 

「はあっ!?」

 

 弐式の背後、離れた位置に居たエドストレームが、三日月刀(シミター)を差し向けたポーズのままで目を丸くする。かなり強いとゼロから聞かされていたので、この一撃では倒せないだろうとは思っていた。だが、四本すべて掴み取られるとは思わなかったのだ。しかも弐式は、右手だけしか使っていない。

 

「ど、どういう体術してるのさ! わっ!?」

 

 驚きを口に出したが、言い終わる頃には弐式が目の前に居た。

 思わず身をかばうように腕を上げ、上体を後方に反らすエドストレームに対し、弐式は自分の下顎を掴んで興味深げに覗き込む。

 

「な、なにさ!?」

 

「近くで見ると美人さんだねぇ。ペロロンさんやヘロ……ヘイグさんらの好みからは外れるかもだけど、俺の好み的には~……」

 

 髪が黒くないのと、肌の色でナーベラルが上だけど……銀髪褐色肌も、これはこれで個性的だ。

 などと頷く弐式に、エドストレームは頬を紅潮させつつ眼光を鋭くする。手合わせの最中に余裕を見せられたのと、からかわれたと思ったことで頭に血が上ったのだが……そこに介入する影が二つ。

 

(手合わせ中に気を抜きすぎ)

 

 ティナが弐式の後方に出現し、次いでティアがエドストレームの後方より、彼女の頭越しで跳躍する。後方のティアには手を出しにくいし、ティアを攻撃するにはエドストレームが邪魔だ。そして、どちらか一方に対応すれば、片方に対して手が回らなくなる。

 普通の相手なら、これで勝負は決し、ティア達の攻撃を受けた弐式は荒野に倒れ伏すはずだった。しかしながら弐式は、転移後世界の強者基準で言えば『普通の相手』ではない。

 後方から突きかかってきたティナの攻撃を腕ごと右腋で挟み取り、上方のティアに対しては振り下ろされる苦無を躱しつつ、左手で胸ぐらを掴みあげた。

 

「ぐっ! 離せっ!」

 

 挟まれた腕がビクともしないことで、ティナは弐式の背を蹴ろうとする。が、その頭上からティアが降ってきた。

 

「あぐぁ!?」

 

「ぐぎっ!」

 

 最初の声は、ほぼ不意打ち状態となったティナのもの。後者は、投げ落とされる際に歯を食いしばっていたティアの声だ。ティアの方がダメージは少なかったようだが、あくまで比較してである。頭と頭で衝突したのだから、すぐには次の行動に移れない。そこへ半身だけ振り向く形となった弐式の蹴りが飛んできた。

 

 ドカァ!

 

 落下中で逆向きだったティアの腹部に弐式の足刀が突き刺さる。蹴られた身体は後方へ飛ぶが、すぐ後ろに居たティナが身体で受け止める羽目になり、二人まとめて十メートル以上は飛ばされることとなった。

 

「うわ……」

 

 容赦ない蹴りにエドストレームが声をあげたので、弐式は彼女に向き直る。

 

「そうそう、三日月刀(シミター)は返しておくから。まだ見せたいことがあったら、ドンドンやってね~」

 

 そう言って弐式は、腰帯にさした三日月刀(シミター)四本をエドストレームの足下へ置いた。当然、隙だらけとなるが、エドストレームは攻撃できていない。頭上にはまだ二本の三日月刀(シミター)が滞空していたものの、ついさっき四方からの攻撃を止められたばかりなのだ。二本の三日月刀(シミター)で何ができると言うのか。

 動けないエドストレームであったが、中腰になっている弐式の背後に迫る者が居た。

 最初に突っかけ、幻術を看破された後は放置されていたサキュロントである。

 先程と同じく隠し身であったが、音を立てず這いつくばるようにしての移動接敵だ。全身全霊をかけた背後取りである。しかし……。

 

「ああ、わかってるから」

 

「ぶぎょ!?」

 

 頭を上げながら一歩後退した弐式は、その足でサキュロントの顔面を踏んだ。カエルのような声と共にサキュロントが姿を現し、剣を取り落として突っ伏する。顔面を蹴り砕かれるとか鼻血を出すとか、そういったダメージは無い。ただ上から顔を踏まれたので悶絶したのだ。

 

「さあて、続きと行きますか……」

 

 そう呟いた弐式は今度はエドストレームを放置して、ティナとティアの方へ向かう。彼にとって、念入りに相手したいのは蒼の薔薇の方なのだから……。

 

(直接ムカついてるのはイビルアイってのだけだけどぉ~。俺的には発散したいものがあるんだよね~)

 

 その後、弐式はサキュロントとエドストレームに関しては軽くいなすだけとしたが、ティアとティナに関しては厳しめの対応を続行している。殴ったり蹴ったり、あるときは投げ飛ばしたり。大怪我はさせないものの、一方的にボコボコにしたのだ。最終的に姉妹揃って大の字となったティア達が降参し、合間を縫って攻撃していたが何一つ通用しなかったサキュロントとエドストレームらが負けを認めたことで、弐式の出番は終わったのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「お帰りなさい。残念……だったわね?」

 

 よろけながら戻って来たティアとティナを見て、ラキュースは安堵しつつ声をかけた。二人は擦り傷だらけだったが、見たところ大きな傷は一つとしてない。これならポーション瓶一つで回復できそうだ。

 が、ティアとティナは並んで頬を膨らませている。

 

「相手にならなかった……」

 

「同じ忍者なのに実力が違いすぎる。悔しさも感じないぐらい何も通用しなかった」

 

 それほどなのか……と聞きたいが、ラキュース達は離れて一部始終を見ていたのだ。少なくとも、ラキュースが見た限りではティア達が手を抜いていたようには見えなかった。

 

「ヘイグと、その一党……。いえ、冒険者チーム漆黒……。想像を超える強者だという事ね……」

 

 ラキュースは軽く握った拳を口元に当てて考えている。

 それほど強いのであれば少しは噂になりそうなものだが、チーム漆黒については聞いたことがないのだ。もっとも、つい先日、モモンガとアルベドがエ・ランテルでのアンデッド騒動において活躍している。なので、さほど時を置かず、王都にはチーム漆黒の噂が届くことになるのだが……。

 

「次は俺か……。おっかないねぇ……」 

 

 かすれた太い声。深紅の鎧に身を包んだ女戦士、ガガーランが愛用の刺突戦鎚(ウォーピック)……鉄砕き(フェルアイアン)を一振りしつつ言った。

 

 ブォン!

 

 巨大な刺突戦鎚による風圧で、ラキュースの前髪が揺れる。

 大柄なガガーランの体躯と、その膂力から繰り出される攻撃は頼もしいが、眼前のヘイグ達を見ていると、いつものような安心感が生まれない。

 次はガガーランが言ったように、彼女の番で、六腕からは空間斬ペシュリアンと千殺マルムヴィストが出ることになっている。

 

「俺達の相手になるってのは、あのタケヤンって男らしいが……。童貞じゃなさそうにしても、弐式ってのと同じくらい強いとしたら勝ち目ねーな……。ラキュースはゼロと組んで、ヘイグとやるんだっけ?」

 

「組むってわけじゃないけど……。そっか、私、二対一でヘイグと手合わせするのね……」

 

 卑怯だとかを言いたいわけではない。

 先程、チームメンバーのティアとティナが、六腕の二人とで挑んだにも関わらず、ニシキという男に敗北したのだ。続くガガーランは、タケヤンとは三対一で戦うのだが、ラキュースの場合では更に一人減ることとなる。相手に対して数で勝っているのは間違いないのに、自分の順番では数的に不利になるような気がしてしかたがなかった。

 

「憂鬱よね~。手合わせなんて申し出るんじゃなかったかしら? それにしても、ヘイグのお仲間達……私達に対して当たりが厳しくない?」

 

 先に手合わせしたティア達は、大怪我こそしなかったが一方的に叩きのめされていた。六腕の二人に関しては軽くいなされるだけだったのにである。

 

「まるで、私達に対して怒っているようだわ……」

 

「まるでも何も、怒ってるだろ? イビルアイが余計なこと言ったからじゃないのかぁ?」

 

 ブンブンと素振りしているガガーランが、その目をラキュースからイビルアイに転じた。腰を下ろして項垂れていたティアとティナも顔を上げてイビルアイを見る。最後にラキュースが視線を向けると、イビルアイは狼狽えたように皆を見回した。

 

「わ、私が何を言ったと言うんだ!?」

 

「言ったろーがよ。モモンって言う魔法詠唱者(マジックキャスター)の顔を見て『冴えない』だとかケチつけてたろ? あれでヘイグ達の目つきが変わったんだぜ? 聞いた話じゃ、ヘイグは冒険者チーム漆黒のメンバーで、そのリーダーがモモンって言うじゃないか。おめーはな、相手さんのリーダーに失礼なことを言ったんだよ。仲間としちゃ腹が立って当たり前だろ? それぐらい解れよな……」

 

「ぐっ……。だが、私は……」

 

 咎められたイビルアイは呻くのみだ。が、その彼女を一瞥したラキュースは溜息をついてガガーランを見た。

 

「ガガーランの言うとおりだと思うわ……」

 

「ラキュース! お前まで!?」

 

 見捨てられた様な気分になったのか、イビルアイは悲鳴のような声を出す。それに対し、ラキュースは黙って頭を振った。

 

「貴方だけの責任じゃないわ。イビルアイが、いつものイビルアイ過ぎて……。その場でヘイグ……いえ、モモンさんに謝らなかった私の落ち度でもあるのよ。アダマンタイト級だのと持ち上げられて、少し傲慢になっていたのかしらね……」

 

「ラキュース……」

 

 ここ数年、強気で誇り高く振る舞っていたラキュース。その彼女の気弱な声に、イビルアイは力なく俯くのみだ。

 

「ま、俺は俺でケジメつけるつもりだったが……。これがその機会ってやつだ。とにかく、やるしかねーさ!」

 

 話は終わりだとばかりにガガーランが言い、前に出る。

 

「手合わせする以上、俺は……こいつを振るうだけだしな!」

 

 そうして歩み出すと、六腕側からもペシュリアンとマルムヴィストが進み出ているのが見えた。

 

(犯罪者と組んで戦うだなんて、笑える話になったもんだ……)

 

 ガガーランは分厚い唇を笑みの形に曲げ、左手に持った鉄砕きを肩に担ぐ。そして右腕を横に伸ばすと、後方のラキュース達に向けて親指を立ててみせた。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくる! 見ててくれよ!」

 




む~ん。
最初の予定どおり、イビルアイに関してはモモンガさんにお任せに。
5行ぐらいで纏められたかもですが、ヘロヘロさんとタブラさんとの会話とか、入れたかったものでして。

12月13日の1時半過ぎぐらいで書き上がったのですが、読み返しと誤字チェックしてると疲れ目で涙が出てくるという……。


<誤字報告>
誤字報告機能は本当に便利ですね~

macheさん、ARlAさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん、はなまる市場さん

毎度ありがとうございます

それと評価つけてくださってる方々もありがとうございます。
コメント読んでますよ~。


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第57話

「弐式さん! 凄かったですよ!」

 

「いやあ照れるなぁ、モモンさん。もっと言ってくださいよ」

 

 モモンガから声をかけられ、弐式は思わず調子に乗る。弐式としては「あんな感じで良かったかな~……。まあ悪口言った当人じゃないしね~」と、微妙な気分で戻って来たのだが、裏表のない素直な賞賛には頬が緩みっぱなしだ。

 

(って、今はハーフゴーレムになってるからホッペとか無いんだけどね~)

 

 そして、モモンガと共に観戦していた建御雷やヘロヘロ、そしてルプスレギナにソリュシャンも褒め称えてくれる。実に気分が良い。

 

「ニシキさん……」

 

 ふと声がしたので目を向けると、居並ぶ戦闘メイド(プレアデス)……今は冒険者としての装束に身を固めているが、その三人娘の真ん中にナーベラル・ガンマが立って居て弐式をジッと見ている。弐式はモモンガに歩み寄ろうとしていたが、ナーベラルと目が合うなり即座に方向転換。斜めに向きを変えて歩き、ナーベラルの前に立った。

 

「ちょ、弐式さ~ん……」

 

「モモンさん、俺が後で言っておくから……」

 

 力なく弐式を呼ぶモモンガの肩に建御雷が手を置いている。そのことに気がつかないまま、弐式はナーベラルに話しかけた。

 

「どうだった!? 蒼の薔薇との忍者とか、好き放題振り回してやったぜ!」

 

「素晴らしかったです! 可能であれば映像と音声をデータクリスタルに記録して、永久保存にしたいくらいです!」

 

「いやあ照れるなぁ、ナーベラル! もっと言っていいんだぞ!」

 

「素晴らしいです! 弐式様!」

 

 モモンガに対して言ったことを、ほぼそのままナーベラルに言う弐式。しかし、声に籠もる熱量が別方向で多い。ナーベラルもナーベラルで、抑制が利いていないのか、さん付けが様付けに戻ってしまっているようだ。

 突如、出現した桃色空間に、モモンガや残りのギルメンは呆気に取られてしまう。もっとも、NPCであるルプスレギナとソリュシャンは、感動の面持ちで弐式とナーベラルに見入っていたが……。 

 

「二人の世界に入っちゃいましたか……。ギルド長の俺としては、どうしましょうかね~。他のギルメンの目がある場所では、恋愛行為は禁止とか……ギルドルールでも新設しますかね~?」

 

「も、モモン……ガさん!?」

 

 ジト目のモモンガから出た言葉。これに反応したのは弐式ではなくヘロヘロである。

 

「そういうこと言うの、やめてもらえます!? そんなことになったら……俺がソリュシャンと、外でイチャイチャできないでしょ!」

 

「ええ~っ? いいじゃないですか。そんなのギルメンの目につかないところで……って、ああっ!?」

 

 負けじと言い返していたモモンガだが、途中で言葉を切るや頭を抱えて叫ぶ。

 

「それだと俺も、アルベドやルプスレギナと外でイチャイチャできないじゃん!?」

 

 骸骨が墓穴を掘る。

 悟の仮面未着用であれば、アンデッド・ジョークを体現できたであろうモモンガだが、その彼のローブの裾をルプスレギナが引いた。モモンガを見上げる顔は、恐る恐るといった風情ではあるものの瞳に期待の光が宿っている。

 

「あのう……外でのイチャイチャ。私は、いつでも準備万端っす!」

 

「ルプスレギナ……」

 

 お前、いつの間に近くへ来てたんだ? と言いかけたのを飲み込み、モモンガはルプスレギナの両肩に手を置いた。そして見上げてくる赤毛美女と視線を交わしつつ口を開く。

 

「ルプスレギナよ。その気持ち、嬉しく思うぞ? しかしな、弐式さんのアレは悪い見本だ。よって私的には、もう少しソフトな……」

 

「モモン……ゴホン……さん! 聞こえてますからね!?」

 

 ナーベラルとハグしている弐式から声が飛ぶ。これに対しモモンガがプイと顔をそらしているが、一連の状況を見ていた建御雷は疲れたように溜息をついた。

 

「まったく、いつもどおりで騒がしいったら……。え~と、俺の出番は次だったっけ?」

 

「はい。タケヤン様」

 

 確認混じりの呟きに、ソリュシャンが応じている。盗賊職の装束や装備を身につけているが、その美しさには一点の曇りもない。ヘロヘロを見るでもなく、きちんと自分に向いて話しかけてきた彼女を、建御雷はマジマジと見返した。

 

「教えてくれて助かるが……。お前さん、ヘイグ(ヘロヘロ)さんのところに行ってなくていいのか?」

 

「衣装は替われど(わたくし)はメイドですので。特にお呼びが掛かっていない今は、至高の御方にお仕えするべきかと……」

 

「うを……」

 

 後に武人建御雷は語る。

 そう言って微笑んだソリュシャンは、メイド服着用でないにも拘らずメイドに見えた……と。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「すまねぇ、ボス。まるで相手にならなかった……」

 

 すっかりしょげたサキュロントが身を小さくして戻って来た。蒼の薔薇のティア達と同様、身体の各所に擦り傷を負っているが、程度としてはティア達よりも軽傷である。ツバでも付けておけば治るようなものだ。

 一緒に戻って来たエドストレームに至っては、ほとんど無傷。これは手合わせ目的であることと、六腕に関して特に悪感情を抱いていない弐式が、女相手ということで基本的に手を出さなかったことによる。

 

「私の三日月刀(シミター)も、まるで役立たず。世の中には強い奴が居るものねぇ。……自信、無くしちゃうわ」

 

「相手が悪かったんだ。気にするな」

 

 エドストレーム自身は自嘲気味に言ったのだが、いつもなら怒鳴りつけてくるであろうゼロが慰めるようなことを言うので驚いた。

 

「……あ、ああ、ボスはヘイグ達の強さを知ってるんだっけ?」

 

「ヘイグには、本気の拳を片手で止められたからな」

 

 それについては事前に聞かされていた六腕メンバーだが、最初に聞いた時はゼロの似合わない冗談かと思っていたのである。ところが、実際に戦ってみると想像を超えてヘイグ達……いや、冒険者チーム漆黒が強すぎる。自分達のボスであるゼロの言は、嘘偽りないものだったのだ。

 そうなると、出番の残っているペシュリアンやマルムヴィストの顔色が悪くなる。次に出る漆黒メンバーはタケヤンという男らしいが、さっき見たニシキぐらい強いとなると、ガガーランを加えた三人がかりでも勝てる自信はなかった。

 

「俺とペシュリアンは不戦敗ってことには~……」

 

「駄目だ」

 

 怖ず怖ずと手を挙げたマルムヴィストの提案を、ゼロが一蹴する。

 

「せっかく自分より強い奴と、命の心配なく戦えるんだ。胸を借りる気持ちで、全力で戦ってこい」

 

「う~……やっぱり?」

 

 マルムヴィストは顔の横まで挙げていた手を下ろした。これ以上ごねたらゼロに殴られかねないので、覚悟を決めるが、共に戦うことになるペシュリアンに声をかけている。

 

「お前も俺も災難だな?」

 

「俺はボスの言うとおりだと思う。正直言って怖いが……。またとない機会だからな、精一杯闘い抜く……」

 

 全身甲冑のペシュリアンは、その表情が見えない。しかし、平坦な口調からは少しだが覚悟のようなものが感じ取れた。

 

「そうか、そうか。お前は、そういう奴だったな。わかったよ、俺も最後まで付き合うわ~」

 

 今度こそ諦めのついたマルムヴィストは、腰に下げた愛用のレイピア……薔薇の棘を鞘越しにポンポン叩くと、同僚たるペシュリアンと共に歩き出す。それはまるで散歩に出るような、気負いのない歩みだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 武人建御雷。彼は当人が思う分には、武人と呼ばれるほどの武人ではない。

 要するに、町道場の師範代ぐらいの自己評価なのだ。

 だから、NPC達から『至高の御方』あるいは『武人』建御雷様などと持ち上げられると気恥ずかしくなってしまう。何故なら、転移後世界はユグドラシルのようなゲームではなく、現実なのだから。

 そんな彼にしてみれば、鍛え上げることによって強さを得たゼロやガガーランなどは尊敬に値する人物だと言えるだろう。

 

(ガガーラン、空間斬ペシュリアン、千殺マルムヴィストか……)

 

 これから対戦する相手の名前を指折り数えてみたが、その中ではガガーランが問題だ。彼女の仲間であるイビルアイが、モモンガを指して『冴えない顔』と言い放った場には建御雷も居合わせている。その際、自分を含めたギルメンの中で、建御雷のみが人化しており、人化してからの時間経過が短いこともあって、弐式が言うところの『異形種ゲージ』が溜まっていなかった。だから、完全にではないが、建御雷の精神は現実(リアル)での建御雷のそれに近かったはずだ。しかし……建御雷は大いに腹を立てたのである。

 

(モモンガさんのこと、何も知らねーでよ……)

 

 気分的にはイビルアイを斬り殺す、あるいは蹴飛ばすぐらいはしたかったが……今では拳骨を頭に落としてやりたいぐらいだろうか。そうなった理由の一つには、子供の口汚さ相手に、一々頭へ血を上らせるのも馬鹿らしいこと。もう一つは、自分が直接にイビルアイの相手をしないこと。最後にガガーラン達が前に出たことで、彼女らに意識が向き、イビルアイ関連では頭が冷えてきたことなどが挙げられる。

 

(まあ、いいやな。モモンガさんなら、上手い落としどころにはまるよう……イビルアイをシメてくれるだろうぜ)

 

 建御雷は、抜き身の大太刀を肩に乗せて前に出た。

 今の彼は人化中だが、モモンガやヘロヘロのレベル三〇と違い、レベル五〇台の強さを発揮できる。今のところ、合流ギルメンでは建御雷のみが、人化中にレベル五〇で戦えるのだ。これはタブラの推測によると、個人差……ということらしいが、それも確定した話ではない。だが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にあって前衛を務める建御雷にしてみれば、人化中でのレベルが高いことは実に有り難いことだった。さらに、装備を伝説(レジェンド)級で統一しており、それら装備効果もあって戦闘力はレベル六〇以上に達している。

 転移後世界の大抵の強者が相手でも、必ずやモモンガを守り抜けるだろう。もっとも、今の状態で対応できない相手が出現したら、その場合は異形種化し、アイテムボックスから最強装備を取り出して戦うまでのことだ。

 

(さて『試合』だ。相手に集中しなくちゃな……。マルムヴィストは、まあいいとして……)

 

 ガガーランはイビルアイ関連で興味があったが、ペシュリアンに関しては彼の異名が気になっている。

 空間斬。

 離れた敵に対し、まるで空間を飛び越えて斬り裂くような倒し方をするらしい。もっともそれは、ウルミあるいは斬糸剣と呼ばれる武器によるもので、高速で振るうことによって音速の域にまで達した……鞭状の斬撃から来るものだ。建御雷はデミウルゴス情報で知っていたが、それはそれで興味があると思ったのである。

 

(最初は、たっちさんの技に似た感じかと思ったけど、違ってガックリ来たんだよな~……。でも、そういう事を体術とかで出来るってのは凄いからな。勉強させてもらうとしよう)

 

 考えながら歩いて行くと、やがて距離が詰まって足が止まった。見ればガガーラン達も三人が横並びになって建御雷を待っている。

 

「すまねぇな。待たせちまったか?」

 

 ぶっきらぼうな謝罪だが、これに対し三人中では中央で立つマルムヴィストが応じた。

 

「気にすることはないさ、あんたの方が強そうだし? 俺達は出迎えるぐらいで丁度いい……ってね。だよな? 蒼の薔薇の人?」

 

 話を振った相手は同僚のペシュリアンでなく、本来なら敵対関係にあるガガーランだ。

 聞かれたガガーランは下唇を持ち上げると、マルムヴィスト側の片眉も上げてニカッと笑う。 

 

「そうともさ。俺達は精々、胸を借りるつもりでやらせてもらう。それとな……」

 

 冗談めかして言っていたガガーランは、その表情を引き締めると建御雷に向けて頭を下げた。

 

「店でのことだ。イビルアイが、モモンさんに失礼なことを言って悪かった。勘弁してやってほしい」

 

「む? ……そうか」

 

 言葉短く返した建御雷だが、内心では焦っている。自分達の中では、イビルアイに対して厳しめの対応をするのは確定事項なのだ。何より、モモンガ自身が方針に納得しているらしい。

 

(このタイミングで謝られてもな~……)

 

 今の謝罪で、建御雷から蒼の薔薇……それもイビルアイに対する怒りはほぼ霧散したが、この後のイビルアイの言動次第では怒りがぶり返す可能性もある。だが、結局のところはモモンガがどうしたいかだ。

 チラッと振り返ったところ、モモンガがヘロヘロ達と一緒に応援している姿が見える。弐式がナーベラルの肩を抱いて応援している姿は見ててイラッとしたが、今はモモンガだ。遠目にも普通にしているようだが、彼は予定どおりイビルアイを痛い目に遭わせるだろうか。

 

(殺すようなことはしないと言っていたが、上手くやってくれよ? モモンガさん……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて、始めるとするか……」

 

 建御雷は右手に持った大太刀の切っ先を下げると、対面側……左からガガーラン、マルムヴィスト、ペシュリアンの順番で見た。両翼に重装甲の戦士を置いて、真ん中に軽装剣士のマルムヴィスト。それで良いのか……と首を傾げていると、マルムヴィストの方から声がかかった。

 

「俺が真ん中なのが不思議かい? でもなぁ、あんたら……俺のことも調べてあるんだろ?」

 

「ああ、それなりにな。数多くの手法で相手を殺す……引き出しの多いところから『千殺』……だったっけ?」

 

 これもまたデミウルゴス情報だが、覚えていた建御雷は要点だけを掻い摘まんで言ってみせる。するとマルムヴィストは、金糸刺繍を施した上着を揺すりながら笑いだした。

 

「ふはははっ。あんたらのような強者に知ってもらえてるとは光栄だ。なら、わかるだろ? これは手合わせだ。毒とかを使うわけにはいかないわけで……一剣士としてお相手する」

 

 鞘を鳴らしてレイピアを抜き、マルムヴィストは切っ先を建御雷に向ける。その姿は犯罪組織の幹部ではなく、まるで物語に登場する凄腕の剣士のように見えた。事実、マルムヴィストは凄腕なのだが、この場合は『真っ当な剣士』に見えていたのである。

 

「クククッ……」

 

 笑い声を発したのは建御雷ではない。マルムヴィストの右隣で立つガガーランだ。その彼女を建御雷が見て、中央のマルムヴィストにペシュリアンまでが加わって見上げる視線を向けたが、ガガーランは横目でマルムヴィストを見つつ口を開く。

 

「なんだなんだ、ヤクザの大幹部様と思いきや……立派な戦闘者っぽいこと言うじゃねーの。どうだい? 今晩、俺と寝てみっか? 童貞じゃなくても歓迎するぜ?」

 

「……遠慮する……」

 

 引きつり顔で答えたマルムヴィストはガガーランから距離を取ろうとしたが、その方向にはペシュリアンが居て動けない。と言うよりも、迫ったマルムヴィストの背を鬱陶しく感じたのか、ペシュリアンがマルムヴィストの背を押し返した。

 

「おい、こら!? 押すな!」 

 

「こっちの台詞だ……。……タケヤン殿? マルムヴィストの話が途中で途切れたが、俺達の陣形……理解しているのだろう?」

 

 ヘルムのスリットからの眼光が建御雷を射貫く。それを平然と受け流しながら、建御雷は空いた方の左手で自分の顎を掴み、首を傾げてみせた。

 

「そうだな。この手合わせの形式だと、マルムヴィストは剣士として戦うしかない。だが、得物はレイピアだ。振り回して当てても有効打は期待できないから、やはり突きにかかるしかないな。その突きに専念するために、両脇を重装甲の戦士で固める。……俺がマルムヴィストの突きに気を取られていると、ペシュリアンやガガーランの攻撃が飛んでくるわけで……つまり、マルムヴィストを活かすべく、三人束で突撃してくるわけだな」

 

「御明察……。単純明快、解りやすい戦法だ。だがな、相手の戦い方を把握できてるのと、それに対応できるかは別問題だ……」

 

 ペシュリアンが腰に差した剣を引き抜く。鈴のような音が聞こえたかと思うと、抜かれた鍔元からは糸のような物が垂れ下がっていた。

 

「知っているだろうが、俺の剣は空間を斬り裂く。果たして見切れるかな?」

 

「見切れると思うぞ?」

 

 ここまでマルムヴィストやガガーラン、それにペシュリアンが良い雰囲気を作ってきたのだが、建御雷のあっけらかんとした物言いが場を硬直させる。

 

「う、え? 見切れるだと?」

 

「ああ、そう言った。俺の友人には、本当に空間を斬っちまう人が居てな。それと比べたら……。まあなんだ、そこに及ばなくても名前は格好良いのを付けたいものな。わかるぜ?」

 

 建御雷の脳裏をよぎったのは白銀の騎士、たっち・みーの姿だ。ユグドラシル時代、何度挑戦しても彼には勝てなかった。現実(リアル)にあって、たっちは警察官。職業柄、武術は修めているだろうし日頃から鍛えてもいただろう。だが、その点においては実家道場の師範だった建御雷に分があるはずだ。なのに一度たりとも勝てていない。現実とゲームは違うだろうが、建御雷は納得がいかなかった。

 

(使えるモノは何でも使って勝つ。心も、技も、身体も、すべてが道具だ! だから、俺は足りないものを補うべく、最強の刀作りに邁進した!)

 

 それでも勝つことができなかったのは口惜しい限りだが、建御雷は自分のやり方を後悔していない。それどころか、転移後世界でも繰り返そうとしていた。

 

(たっちさんよ。俺は武技を覚えたぜ? まずは斬撃ってやつだ。そしてこれからもドンドン覚えていく。武器だって凄いのを作るんだ。だからよ、早くこっちに来て合流するんだな。次に会ったときは、俺の方が強くなってる可能性が高いんだから!)

 

「どうやら、お喋りでも強さは一流のようだぜ……」

 

「うん?」

 

 煽り言葉で建御雷が我に返ると、ガガーランが肉食獣のような笑みを浮かべつつ刺突戦鎚を構えている。今のは喧嘩を売っているのではなく、テンションが上がってきたことによるものらしい。見れば、マルムヴィストも表情が険しくなり、抜いたレイピアの切っ先を建御雷に向けていた。ペシュリアンに至っては斬糸剣を持った手をピクピク小刻みに動かしており、いつでも攻撃できる態勢にある。

 

「行くぜ! 野郎ども!」

 

 空気を振るわす怒声と共にガガーランが駆け出した。おう! という声は挙がらない。一瞬遅れたもののマルムヴィストがガガーランを追い越し、矢のような速さで駆けて行く。ただし、自分以外の者との距離は測っているようで、突出しすぎていないのが彼の冷静さを示していた。左翼側ではペシュリアンも駆けているが、こちらは全身鎧でありながら少なくともガガーランには遅れていない。恐らく、そう長く走れるわけではないだろうが、タケヤン(建御雷)との間合いさえ詰められれば充分だ。後は彼の斬糸剣が物を言うだろう。

 綿密な打ち合わせなどしていなかったが、一流の戦士達にとっては、その場の空気の読み合いで連繋することは可能なのだ。 

 対する建御雷は、どうであったか。

 微動だにしていない。迫り来る三人の戦士を待ち構えるのみだ。これが同格の一〇〇レベルプレイヤー三人が相手だとしたら、敗北の可能性は高かったが、ガガーラン達のレベルは低い。その動きは人化した状態の建御雷から見ても遅いものだった。

 

(ナザリックで鍛えたら、もうちょい見られる感じにはなるか?)

 

 そういった感想が浮かぶほどの余裕を持ちながら、建御雷は行動に出る。

 まず、突出してくるマルムヴィストだ。彼の切っ先は建御雷の顔面を狙っている。どうやら手合わせだというのに本気で突き込んで来ているようで……これは建御雷としては好ましい行為だった。何故なら実力の差が大きい以上、殺すつもりで攻撃しなければ話にならない。もっとも、そこまでやっても建御雷との差は埋まらないのであるが……。

 

(避けて……いや、ガントレットで払っとくか……)

 

 毒は使っていないと言っていたが、それは嘘で使っているかもしれない。所持アイテムの効果で毒耐性は得ているが、やはり毒を受けるのは気分的に良くないのだ。とはいえ、刀で払うのは、それはそれで一手損するような気がする。そこで建御雷は、マルムヴィストのレイピアを左手のガントレットで打ち払った。

 

「腕でかよ!?」

 

 大太刀で対応すると思っていたらしく、マルムヴィストが目を丸くするが、その彼を喧嘩キックで吹き飛ばしつつ、建御雷は左右に気を配る。最初に攻撃の気配が近づいたのは、向かって右……ペシュリアンからだ。噂の空間斬……斬糸剣の切っ先が渦を巻くように迫ってくる。それが目指しているのは、ヘルムを装着していないため剥き出しとなっている建御雷の頭部だ。

 

(と見せかけて……刀だな)

 

 チラッと見た左側では、刺突戦鎚を振りかぶったガガーランの姿が見えている。が、建御雷の注意はペシュリアンの斬糸剣に向けられていた。磨き上げられた技と言うのだろうか、頭部を狙っていた斬糸剣の切っ先が急カーブを描き、建御雷の大太刀に進路変更する。そして、そのまま大太刀を絡め取った。

 

「剣を止めたぞ! 蒼の薔薇!」

 

「よっしゃあああああ!」

 

 ギチギチという金属音が聞こえ、ペシュリアンが力一杯に斬糸剣を引く。ガガーランの攻撃に対し、大太刀での対処をさせないつもりのようだ。こうなると建御雷は大太刀を放棄して後退するか、空いた方の左手でガガーランに対抗するしかない。だが、普通はガガーランが持つ巨大な刺突戦鎚を腕一本では止められないのだ。

 

((勝った!))

 

 刹那、ガガーランとペシュリアンは同時に勝利を確信したが、建御雷はニンマリと笑っている。

 

「狙いは良かったが……」  

 

 ガラスコップを指で弾いたような音がした。

 

「なっ!?」

 

 ペシュリアンが目を剥く前で、斬糸剣が切断され、先端部側が宙を舞う。そして振り抜かれた大太刀は、ガガーランの刺突戦鎚を跳ね上げ……そのまま弧を描いてガガーランの首元にあてがわれた。

 

「斬糸剣で俺の刀を止めきれない。そんな事態も想定しておくべきだったな」

 

「無茶言うない。鋼の糸で縛られた剣で、そのまま切り抜けてくるとか想定できるもんか。……降参だ」

 

 ガガーランが苦笑しつつ両手を挙げると、ペシュリアンも長さが半減した斬糸剣の鍔元を見ながら頷いた。

 

「ええ~? 何だよ、お前ら負けちゃったのかぁ?」

 

 ガガーラン達の後方から、最初に蹴飛ばされたマルムヴィストが歩いて来る。腹部を手で押さえているが、内臓破裂などはしていない様子だ。

 

「せっかく俺が、身体を張って囮になったってのに……」

 

 つまり、最初からマルムヴィストは主戦力ではなく、最後にガガーランの攻撃を当てさせるための囮だった。ペシュリアンによる戦法の解説も、すべてデタラメだったのである。

 

「悪ぃ悪ぃ。タケヤンが強すぎでさぁ……。貸し一つってことで、なんなら今晩、身体で払ってもいいぜ?」

 

「だから遠慮するって言ってんだろ!?」

 

 さすがに気色ばんで怒鳴っているマルムヴィスト。その彼の近くでペシュリアンが「これ、特注品なんだがな……」と呟いている。

 その様子を見ながら、建御雷は大太刀を鞘に収めた。

 

「とりあえず、こんなものかな……」

 

 自分は役割を上手く達成したと思う。ヘロヘロもモモンガも、きっと上手くやるだろう。後は、イビルアイ自身の問題だが、こればかりは彼女が何とかするしかない。

 イビルアイが、これ以上余計なことを言って新たな墓穴を掘削しないよう、建御雷はほんの少しだけ祈るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 建御雷が勝利したのを見たモモンガは、満足感と共に大きく頷いている。

 

「さすがは建御雷さんだ。次はヘロ……ヘイグさんですけど、頑張ってくださいね! 応援してますから!」

 

「はっはっはっ!」

 

 人間形態のヘロヘロは、腹をポンポン叩きながら胸を反らして笑った。

 

「レベル差が大きいですし、今の俺は全力戦闘が可能ですからね。負ける要素がありませんよ」

 

「と、デカいフラグを構築しつつ、ヘイグ氏は戦地へと赴くのであった……」

 

 右後方からの声に、ヘロヘロはキッと振り向く。

 

「弐式さん、変なモノローグ入れないでくれませんか?」

 

「油断しちゃいけないってことですよ。相手は蒼の薔薇と六腕のリーダーなんでしょ?」

 

 確かにそうだが、ヘロヘロが言ったとおりレベル差は大きい。ヘロヘロの勝利は動かないようにモモンガは思った。だが、先程の建御雷の一戦を見るに、相手方も相応の工夫を凝らすことだろう。やはり油断はしてはいけないように思える。

 

「ヘイグさん。気をつけてくださいね?」

 

「うっ……わかりました。気をつけます……」

 

 モモンガに心配をかけたのでは、さすがのヘロヘロも気楽では居られない。弛んでいた表情が幾分か引き締まるが、それもソリュシャンと目が合うまでだった。

 

「ヘイグ様……。ご武運をお祈りしています」

 

 ナザリックのNPCとしては、万が一の敗戦すら心配していないのだろうが、敢えてそう言ったことで、ヘロヘロの戦意は大いに高まることとなる。

 

「任せてください! 弐式さんや建御か……タケヤンさんみたいに、格好良く勝ってきますから!」

 

 道着の上から胸を叩き、ヘロヘロが肩で風を切りながら歩き出した。蒼の薔薇と六腕からは、それぞれラキュースとゼロが出ているようだ。

 

「建やん。どう思う?」

 

「え? 大丈夫だろ? 変な油断さえしなければ……」

 

 言ってる二人は「これも、フラグみたいな会話だよな……」と思いつつ、ヘロヘロの背を見送っている。

 そしてモモンガは……。

 

(ヘロヘロさん、頑張って!)

 

 勝算多く、負けは無いであろう戦いに出向いたヘロヘロを、友人として、そしてギルド長として真剣に応援するのだった。




 たくさん感想を頂いたので頑張って書きました。
 日曜だけで書いたことになります。

 効果音に関しては、まあボチボチ書いていきます。
 演出上、行間にあった方が格好いいと思うときはガンガン使っていきますので。

<誤字報告>

ARlAさん、佐藤東沙さん、前後方不敗さん、戦人さん、ken2kaさん、ホイミソさん、macheさん

毎度ありがとうございます
56話は、眠気と疲れ目の限界に達してた状態だったので、ここ数話内では一番誤字が多かったです
目を開いてるとボロボロ涙出てくるんですよ~

そして57話は、翌日が月曜という中で書いたので、読み返しが足りてないと思います
……どうなんでしょうねぇ、自分の目で見た感じでは誤字は無いように思うんですけど
いつものように沢山あるんだろうな……あ、また涙出てきた……


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第58話

「てへ! ごめん、負けちゃった!」

 

 戻って来たガガーランが、頭を掻きながら舌を出した。

 見たところ怪我などはしていない様子であり、迎え出たラキュースは、安堵しつつ胸を撫で下ろす。手合わせを観戦していたので無傷なのは知っているが、無事に戻ってくれて何よりなのだ。

 

「それにしても、ティアとティナに続いてガガーランまで……」

 

 事ここに到り、ラキュースの視線は王国最大の犯罪組織、八本指の集団……よりも、最近知ったばかりの冒険者チーム、漆黒に釘付けとなっている。最初、ティア達が弐式に敗れたときは「ティア達よりも上手の忍者が居るだなんて……」ぐらいの認識だったが、さすがにガガーランまでが敗北すると、彼女からはアダマンタイト冒険者としての余裕さが失われていた。

 

「アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇……。でも、上には上が居るという事なのね……」

 

 乙女のみが着用できる全身鎧、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)

 通常のブロードソードよりも大きな剣が浮遊し、敵を貫く……浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)

 そして、魔剣キリネイラム。十三英雄の一人が残した四大暗黒剣の一つ。夜空の星を思わせる漆黒の剣身、それが見た目の上の特徴だ。そこに魔力を注ぎ込むと刀身が膨れ上がり、敵へ向けての大爆発を起こすことが可能となる。

 これを使えば勝てるのではないか。

 そう思ったラキュースは、すぐに頭を振った。

 

(これは手合わせよ。暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)を使うわけには……)

 

「まだだ! まだ負けたわけじゃないぞ!」

 

 突然、イビルアイが叫んだことで、ラキュースは思考を中断する。見れば、イビルアイはガガーランに食ってかかっているようだ。

 

「この手合わせは四回やることになっている! 残るはラキュースと、最後に私だ!」

 

 身振り手振りを交えて演説するイビルアイは、ガガーランに向けてグッと拳を突き上げた。拳を突き出す……とならなかったのは、身長差が大きいからである。

 

「こう言っては何だが、ラキュースは実力もさることながら、装備も一級品だ。そして私は蒼の薔薇一の強者! ここから二連勝すれば、少なくとも引き分けには持ち込める! それに……」

 

 イビルアイはガガーランに向けていた顔を、仮面ごと六腕の方に向けた。

 

「業腹だが、あの犯罪者共も居る。少しは足しになるだろう」

 

 そう言うイビルアイは、いつもと同じ調子だ。自身を強者だと信じる心が、仲間の敗北を素直に受け入れさせない。ガガーランに対して強く述べる姿……それは、近くで見守るラキュースにとって滑稽なもののように感じられた。

 

(ここで完膚なきまでに敗北する。それで良いのかもしれないわね……)

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ。その六腕が一緒に戦って、二回も負けてるだろうが。ちゃんと現実を見ろ」

 

「その現実を私が覆すと言ってるんだ!」

 

 ガガーランとイビルアイが口論している。

 その様子を他人事……いや、遠い世界の出来事を見る目で見たラキュースは、自身の両頬を手の平で叩き、手合わせの場へと歩き出すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 半ばから切断された斬糸剣。

 それの柄を握ったまま溜息をつくペシュリアンを引き連れ、マルムヴィストはゼロの元へと戻って来た。

 

「ごめん、ボス~。負けちゃった~」

 

 気障な伊達男がテヘペロするが、その彼に対するゼロの返答は突き出された拳だった。

 

「フン!」

 

「うぉわ!? あぶね!」

 

 マルムヴィストは大袈裟に頭部をかばいながら後退する。ゼロが本気で踏み込んで殴っていたら、今頃頭が吹き飛んでいただろうが、本気でないのが解っているので文句を言う余裕はあった。

 

「なにすんだよぉ! 俺達、真面目に戦ってきたんだぜ!? 痛い思いしたのは俺だけだったしぃ!」

 

「だから当てなかったろうが。それに、今のは何となくムカついたからだ」

 

 言い捨てたゼロだが、「まあ、良くやった方だ」と労うと、今度はペシュリアンに目を向ける。

 

「斬糸剣は残念だったな。手合わせで武器破壊をしてきた以上、抗議する余地はあるだろう。俺が後でヘイグに言って、似た武器を値引いて売って貰うとしよう」

 

「……頼む」

 

 言葉少なにペシュリアンが言うと、ゼロは頷いて手合わせの場を向いた。

 

「次は俺で、蒼の薔薇のリーダーと一緒か。それでも、ヘイグ相手では勝ち目は無いだろうが……」

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

「ボス、楽しそうね?」

 

 声に振り返ると、地面に腰を下ろしたエドストレームが見上げてきていた。

 

「楽しいとも。こんなに楽しいのは久しぶりだ!」

 

 八本指の一員たる自分が蒼の薔薇のリーダーと共闘するなど、つい先日までは想像すらできなかった。そして戦う相手は……自分より強き者。

 

「ヘイグとは、もっと若い頃に出会いたかったが……。なに、俺とてまだ時間切れじゃないさ」

 

 そう言って笑うと、ゼロは手合わせの場へと歩を進める。一瞬、脳裏で六腕としては出番が最後になるデイバーノックのことがよぎった。目の端で見たところ、彼は平然と立っており、その視線は漆黒のリーダー……モモンに向けられているらしい。

 

(対戦相手が気になるか? 当然だな。しかし、漆黒のリーダーか……蒼の薔薇のイビルアイが喧嘩を売っていたが……。ヘイグよりも強いのだろうか?)

 

 興味が湧く。しかし、今はヘイグとの手合わせが先だ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンか……。ま、後日の機会に期待だな……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さてさて、私の出番ですが。どうします? 二人と私で戦いますか? それとも順番で?」

 

 黒い胴着に身を包んだヘロヘロは、人の良さそうな笑みを浮かべながら質問した。小柄で恰幅があり、長めの黒髪を後ろで縛っている風体は、パッと見では強者に思えない。だが、その実態は形態変化により人の姿を取った……一〇〇レベルのプレイヤーなのだ。

 

「ここに居る漆黒の中じゃあ、今はヘイグ(ヘロヘロ)さんが一番強いんだよな~」

 

 弐式がボソリと呟き、人化したままの建御雷が頷く。

 

「お前とヘイグさんだけが最大レベルで、真っ正面からの近接格闘だと、ヘイグさんの方が強いからな。何しろ、モンクだし……」

 

 それらの会話は、モモンガやソリュシャン達にしか聞こえなかったが、聞いた者を笑み崩れさせるには充分だった。特にソリュシャンは常になく嬉しそうにしていたし、モモンガに到っては大きく頷いている。

 

「どうします? 私は、どちらでも良いですよ?」

 

 ヘロヘロの問いかけに対し、対戦者達は顔を見合わせていた。

 ラキュースは戸惑い顔で、ゼロは面白そうに口の端を持ち上げている。

 

「どうする? 蒼の薔薇? 俺は一人でやりたいが……助けて欲しいなら、手を貸してもいいぞ?」

 

「しょ、勝率を上げたいのなら協力するべきだわ!」

 

 ラキュースが食ってかかるが、胸を反らすゼロは小馬鹿にしたように彼女を見下ろした。

 

「その口振り、勝てそうにないのは理解できてるのか。後は面子の問題か……。アダマンタイト級冒険者も大変だな」

 

 そう言うゼロにも裏社会に生きる者としての面子はあったが、時と場合による。特に今はヘロヘロの胸を借りる気分なので、全力さえ出し切れれば良く、勝ち負けは関係なかった。

 

「口論してても始まらんか。おい、ヘイグ。俺は、この女と協力して戦うことにする。連携するとは限らんが、構わないな?」

 

 斜め下を指差しながらゼロが言うので、ヘロヘロは頷いてみせる。

 

「いいですよ~。どっちでも良かったですし」

 

「ちょっと、勝手に!?」

 

 ラキュースが何か言っているが、もはやヘロヘロは気にしなかった。そもそも、彼にとってのラキュースは王都に来た時点からの知人であったが、今ではモモンガに喧嘩を売ったイビルアイの仲間という要素が加わっている。冒険者チームのメンバーの失言は、リーダーにも責任があるし……。

 

(イビルアイがモモンガさんを馬鹿にしたとき、すぐ謝罪するよう言わなかったのは……いただけません。あと、いまだに謝らせに来ないのも……ね)

 

 先の手合わせではガガーランが建御雷に謝罪していたが、ガガーラン自身に関しては問題ないとヘロヘロは思う。あの性格なども好印象だ。しかし、ラキュースに関しては別だった。

 

(リーダーの責任って重いんですよ? その辺は後で、少し話でもしますかね……)

 

「じゃあ、始めますか。いつでも、何処からでも掛かってきて良いですよ?」

 

 腕をダランと下げたまま、ヘロヘロは笑い……片眉を持ち上げる。ゼロから「準備しても構わないか?」との問いかけがあったが、これに対しヘロヘロは快諾している。

 

「では、遠慮なく。カァアアアアア!」

 

 ゼロが発動したのは、以前にもヘロヘロに見せたシャーマニック・アデプトの憑依特殊技能(スキル)だ。前回は、五種の獣霊を宿したが……今度は違う。

 

(パンサー)! (パンサー)! (ファルコン)! (ファルコン)! (ライノセラス)!」

 

 足の豹と背の隼を、それぞれ重ねがけしたのだ。

 

「重ねがけは身体の負担が大きくてな……痛くてたまらん」

 

 額に汗しながら言うゼロは、それでも笑みを浮かべつつヘロヘロを見る。

 

「脚力の増強と背を押す力に絞ってみた……。腕は……まあオマケだ。意味は解るな?」

 

「速度と足回り重視……。とにかく私に、一発食らわせたいってところですかね~」

 

 ラキュースに対するのとは違い、ヘロヘロの口調からは機嫌の良さが窺えた。事実、転移後世界の『猛者』が、低レベルなりに工夫しているのが見られたわけで、状況を楽しんでいるのだ。

 ヘロヘロが答えると、ゼロの笑みが濃くなる。肉食獣の形相と言っていい。

 

「わかって貰えて嬉しく思う! 蒼の薔薇! 援護は頼んだ!」

 

 言うなりゼロが駆け出した。ラキュースは「チーム名で呼ばないでってば! ああもう!」と、見る間に遠退くゼロの背に声をかけるも、半ばやけくそ気味で浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を起動させる。

 

「射出!」

 

 発声するや、周囲で浮いていた剣群が切っ先をヘロヘロに向け……飛翔した。高速で飛ぶこともあるが、相手はヘロヘロ一人なので六本同時という数が物を言う。つまりは回避しがたい。そして、エドストレームの三日月刀(シミター)よりは機動性で劣るものの、一撃あたりの威力は大きく優越するのだ。

 これがゼロの背後より彼を避ける形で飛ぶのだから、並大抵の強者では避け切れはしない。また、防ぐなり回避するなりできても、突っ込んでくるゼロを放置するわけにはいかなかった。

 

(くくくっ! どうするヘイグ? マルムヴィスト達の戦法と似ているが、俺達はモノが違うぞ! それに……)

 

「さっき見たのと変わりないじゃないですか……」

 

 興が削げたヘロヘロは、迫り来る剣群とゼロを見る。どうやらラキュースの剣群が先に到達しそうだが……。

 

(刺さっても大したことはないんですけど、絵面的にマズいですし。ヒトじゃないことをアピールする場でもありませんしね~。弾くとしますか……)

 

 両拳を胸まで上げたヘロヘロは、飛来する『剣』を手の甲や裏拳で弾いた。それこそ常人には不可能で、ゼロならあるいは可能かもしれない防御法だったが、ヘロヘロは平然とラキュースの『剣』を弾いていく。

 

「よっ! はっ!」

 

 防具や金属部でなく、素手で弾いているにも関わらず、金属同士の激突音が生じていた。観戦する六腕の面々にしてみれば、自分達のボスであるゼロならやりかねないことを、見た目強そうでもないヘロヘロがしている事実に驚きを隠せない。

 

「ほ、本当に強かったのか……。タケヤンの仲間だもんな……」

 

 マルムヴィストが掠れた声を漏らす中、剣を弾くヘロヘロにゼロが到達しようとしていた。

 

「もらったぞ! ヘイグ!」

 

 ゼロが握った右拳を、曲げた肘ごと後ろへ引く。両手でラキュースの剣を払っているヘロヘロには、その一撃に対処する術はないようにゼロは思った。が、ゼロの目指す目標……ヘロヘロは、剣群を打ち払いながらニヤリと笑う。

 

(この剣は威力不足です。もっと数を増やすかしないと、囮にもなりませんよ~)

 

 その意味では、建御雷の意識を逸らすことに成功したマルムヴィストは良くやったと言える。

 迫るゼロを蹴るか殴るか。どちらにしようか考えたヘロヘロは、蹴飛ばすことにして足に力を入れたが……。

 

「フッ!」

 

 間近に迫ったゼロが笑みを浮かべるや、その姿は大きくブレた。

 

「ふはっ! 残像とは……古典的ですよ!」

 

 強化された速度と足回りにより、残像を残して背後に回る。それがゼロの策だったのだろうが、たっち・みーから古典特撮や漫画知識を半ば強制的に叩き込まれていたヘロヘロからすれば、すべてお見通しなのだ。改造人間にされた仮面バイク乗りのドラマを強引に視聴させられたのは、楽しくも辛い思い出だが、こういう時は感謝してもいいとヘロヘロは思う。

 

「ほっ!」

 

 背後に回ったであろうゼロを張り倒すべく、握った拳を振り抜いた。かのように見えたヘロヘロだが、その腕の動きを途中で止めると、肩越しに振り返っていた首を戻して前を見る。

 

「何だと!?」

 

 そこでは……最初に見えた残像の位置で、急停止しているゼロの姿があった。

 

「気づいていたのか!?」

 

「残像を残して背後へ……と思わせて、強化した足腰と更なる加速で正面に戻る。上手くいけば私の後ろ頭を殴れたんでしょうけどね~……。惜しかったですね?」

 

 そう言ってヘロヘロが笑うと、ゼロは歯噛みしつつ再起動したが、その拳が突き出されるよりも先に、彼の腹部にはヘロヘロの拳が突き刺さる。

 

「おぐぅ!?」

 

 ゼロが腹部を押さえて悶絶すると、ヘロヘロは少し間合いの遠いラキュースを振り返った。

 

「剣を飛ばしながら、あなたも斬り込んでくる……とかでも良かったんですけどねぇ」

 

 ラキュースの元へと剣群が戻るのを見つつヘロヘロは言ったが、ふと視線を下げ、再び上げたところで、それまで浮かべていた笑みを引っ込める。

 

「一対一の手合わせになりそうですが、その前に蒼の薔薇のリーダーである貴女に聞きたいことがあります」

 

「何……かしら?」

 

 戻って来た剣群を周囲で浮遊させたラキュースが、両手で剣を構えながら聞き返してきた。

 

「つまり……ですね」

 

 イビルアイがモモンガに失礼な態度を取ったとき、何故、リーダーのラキュースが止めようとしなかったのか。そして、今なおイビルアイから謝罪がないのは、どういう了見か。

 薄く目を開いて言うヘロヘロは、その笑っていない視線でラキュースを射貫く。対するラキュースは口惜しげに唇を噛んだが、魔剣の切っ先を下ろしヘロヘロから目を逸らした。

 

「最初の質問、それは……私の増長から来たものよ。王国のアダマンタイト級とか言われて、調子づいてたのね。イビルアイは、いつもあの調子なのだけど……」

 

「普段、イビルアイの物言いに直面する人は、あなた方に言い返すことをしなかった……ですか? そりゃあそうでしょう、アダマンタイト級冒険者に喧嘩を売る者は居ないでしょうしね。ただねぇ、そうやって黙ってた人達も怒っていたんだと思いますよ?」

 

 しかし今回、蒼の薔薇を上回る強者、冒険者チーム漆黒がイビルアイの言動に腹を立てた。そして、いつものことだと苦笑するに留めたラキュースの対応が、今のこの状況を招いたと言える。

 

「私達、漆黒じゃなくとも、そのうち別の……あなた達よりも強い誰かが怒って、同じ事になってたでしょうけどね。そうそう、もう一つの質問。まだ答えて貰ってませんが?」

 

「それは……」

 

 こういう状況になってしまった以上、遅きに失している。だが、今からでもイビルアイに謝らせるべきではないか。ガガーランは建御雷に謝っていたが、それはイビルアイの代わりに謝っただけのことだ。今ここでラキュースが頭を下げても同じだろう。

 

「リーダーのラキュースさんとしては、どう思ってるんですかねぇ?」

 

「……すみませんでした。ヘイグさん。蒼の薔薇のリーダーとして心から謝罪させていただきます」

 

 ヘロヘロの問いかけに対し、ラキュースが頭を下げる。ただ、それはラキュースが蒼の薔薇を代表して頭を下げただけのことだ。イビルアイ個人による謝罪に関しては関係がなく、ここまでの話の流れを無視した行為でもある。

 ゆえにヘロヘロは奥歯を噛みしめ、一歩踏み出そうとしたが、その彼に頭を上げたラキュースが訴えかけた。

 

「ヘイグさん! イビルアイを……叱っていただけませんか!?」

 

「はあ!?」

 

 ここまで不機嫌で通していたヘロヘロだが、この一言には目を丸くする。

 

「冗談……で言ってるんじゃないんですよね? それ、私がやることですか? 蒼の薔薇の……内々の話でしょ?」

 

「馬鹿を言ってるのは承知してます。でも……私達じゃ駄目なんです……」

 

 情けなさそうに、そして泣きそうな顔でラキュースは言った。

 蒼の薔薇で一番の強者。それはラキュースではなく、イビルアイなのだと。その実力差はイビルアイと他の全員が戦ったとしても、イビルアイが勝利するほどである。

 

「そんな私が、私達が言ったとしても、彼女は……あの子は素直に受け入れないでしょう。叱ることの出来る人物に心当たりはあるのですが、今はここには居ませんので……。どうか……」

 

「はあ……。何なんですか、もう……」

 

 六腕のついでに蒼の薔薇の相手をして、イビルアイの件でシメてやるつもりだった。なのに、妙な方向に話が進みつつある。ヘロヘロは顔を右手で覆ったが、指の隙間から蒼の薔薇を一瞥した。

 

(全員女性で、全員金髪……。特にラキュースさんは俺の好みに近いし……。まあ、たまには大柄でゴツイ系のメイドさんが居ても……)

 

 現実逃避ではない。

 金髪と女性。そして美人。欲を言えば、巨乳過ぎない程度に胸が大きければ良い。

 そういったヘロヘロの思考が、話の落としどころとして蒼の薔薇に関する『メリット』を探っていたのだ。

 

(いや、実際にメイド勧誘するわけじゃないですけど、妄想ぐらいしないと気が落ち着かないんですよ~)

 

「……すう、ふう……」

 

 鼻で大きく呼吸したヘロヘロは、顔から手を離してラキュースに視線を戻した。

 

「いいでしょう。この後のイビルアイさんの態度にもよると思いますが、モモンさんや他の皆さんには私から話をしてあげてもいいです。それにイビルアイさんに関しては……モモンさんに頼んでみましょう。魔法詠唱者(マジックキャスター)同士ですしね……」

 

「あ、ありがとうござ……」

 

 礼を言おうとするラキュースを、ヘロヘロが掌を突き出すことで止める。

 

「けどね、あなた方は知っておくべきだと思うんですよ。私達は皆、モモンさんの友人ですし、大なり小なり借りや恩がある。尊敬もしてるし慕ってもいるんです。そのモモンさんを正面切って貶す人が居たとしたら、そんなの許せませんよね? アレを耳にしたとき、衝動的にイビルアイさんを殺してしまうところでしたよ。ああ、でも……言ってて解ってきたこともあります。ああ、なるほど。そういうことだったのか……。このことを皆に……モモン……ガさんに伝えなくちゃ……」

 

 一人呟くヘロヘロは構えを取った。

 

 現実(リアル)での彼に、武術経験などは何もない。だが、ユグドラシル時代に修得した修行僧(モンク)特殊技能(スキル)があることで、戦いに必要な動作を身体が覚えているのだ。

 

「……急用を思い出しました。いえ、思い当たりました。なので、手早く終わらせるとしましょうか。ですが、あなたにもケジメは必要です。……私……俺にも必要なのかな……」

 

 言い終わりに苦笑する。しかし、その笑みをすぐに引っ込め、ヘロヘロは手招きした。先手は譲る。そういうジェスチャーだが、上手く伝わったらしく、ラキュースが前に出た。

 

「胸を……お借りします! 射出!」

 

 浮遊する剣群が飛翔し、後を追ってラキュースが駆ける。

 やっていることは先程から何も変わっていない。いや、ゼロが居ない分、勝ち目が薄くなっていた。が、ラキュースは気にしない。

 胸を借りる。

 ただ、それだけを念頭に彼女は駆けていた。

 迎え撃つヘロヘロは、大物めいた笑みを浮かべている。そこには現実(リアル)での一プログラマーではない、ユグドラシルにおける古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、ヘロヘロの姿があった。

 

(今はヒトに形態変化してますけどねぇ!)

 

 飛来する剣群を殴って払って弾き飛ばす。ここまでの展開も変わりがない。

 このままだと、ラキュースはゼロのように殴られて悶絶し、それで終わりになるだろう。しかし、ラキュースは魔剣キリネイラムを振るいながら叫んでいた。

 

「全力です! 超技!  暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」

 

 その破壊力ゆえ使わないと決めていた技。それが超至近距離にて発動する。今の立ち位置なら、ヘロヘロの後方には誰も居ない。広範囲の爆発であっても、被害を被るのはヘロヘロ一人だ。

 

(勝てた?)

 

「いやあ、格好いい技ですねぇ」

 

 前方を薙ぎ払う爆風に、勝利を確認しようとしたラキュース。その耳元で声がした。

 

「ヘイグッ!?」

 

「そのとおり!」

 

 強化されたゼロすら遠く及ばない速度で回り込んでいたヘロヘロは、ラキュースの肩とベルトを掴むや一気に頭上へと抱え上げる。そしてジタバタ藻掻くラキュースを、背中から地面に叩きつけた。

 

「がはぁ!?」

 

 ギャグ漫画のごとく、人型にメリ込んだりはしない。充分に手加減はしたので骨も折れてはいないはずだ。だが、背中を強打したことでラキュースは肺の空気を吐き出し、後ろ手に背を押さえながら転がり回った。

 

「あが、ががが! うぎ……」

 

「ふむ。そんなに痛かったですかね? もう少し手加減の度合いを……」

 

 呟くヘロヘロだが、近寄ってくる気配に気づいて視線を向けると、そこには左手で腹部を押さえたゼロが居る。

 

「女には優しいな……と言おうと思ったんだが、容赦がないな。何も、俺と同じぐらいの痛い思いをさせなくてもいいんじゃないのか?」

 

「妥当なところですよ。それに、私は美人の女性を殴ったり蹴ったりする趣味はありませんしね」

 

 その代わりに、ぶん投げたわけだ。

 ゼロは苦笑しながら頭髪の無い後頭部を掻いたが、後方の仲間を肩越しに振り返る。

 

「俺のところで残ってるのはデイバーノックか。そっちはモモンって奴……じゃなかった人で、蒼の薔薇はイビルアイ……だな」

 

 ゼロは、イビルアイがモモンにケチを付けた場に居合わせていた。

 

「殺しは……しないんだろう?」

 

「いやあ、そういうつもりは実は少しあったんですけど。まあ色々と、ちょっと……」

 

 言葉を濁しつつ、ヘロヘロはゼロと別れてモモンガ達の元へと向かった。ラキュースは放置だ。すぐに息も整うだろうから、仲間の元には自分で歩いて帰って貰う。そんな腹づもりだったが、手合わせが終わったと見たガガーラン達がラキュースに駆け寄るのが見えた。

 

(じゃあ、大丈夫ですね。そんなことより……)

 

 モモンガに確認しなければならないことがある。いや、モモンガだけではない。建御雷と弐式にもだ。

 ヘロヘロは小走りに、モモンガ達の元へと移動するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 時間は少し遡る。

 具体的には、ヘロヘロがラキュースに対し「モモンには借りや恩があるし、慕っている」と聞かせているあたりだ。

 

「ヘロヘロさん……」

 

 モモンガは皆が慕ってくれているのは、時折ギルメン達の口から出ることもあるので知っていたつもりだ。だが、改めて……しかも他人相手に語っているところを見ると胸が熱くなる。

 熱く……。

 

「ふう……。……あれ?」

 

 モモンガは首を傾げた。

 今の現象は、最近慣れてきたアンデッドの精神安定化だ。とはいえ、今の安定化にモモンガは違和感を感じている。

 

(今、そんなに感情が昂ぶっていたか?)

 

 大きな喜びで安定化、大きな怒りで安定化、大きな悲しみで安定化、大きく楽しんだことで安定化。喜怒哀楽で感情が昂ぶると、精神の安定が発生する。今のモモンガは悟の仮面の下で異形種化しているため、精神安定化は変わらずに発動するのだが……。

 

「あれ? んん?」

 

 ヘロヘロの発言に感動していたのは確かである。しかし、モモンガが思う精神安定化の発動までは余裕があったはずなのだ。

 

「モモンさん、どうかした?」

 

 しきりに首を傾げていると、弐式が声をかけてくる。声を掛けるだけでなく彼は近くまで来ており、建御雷やソリュシャン達もついて来ていた。

 

「いや、気のせいだと思うんですけど……」

 

 モモンガは、今起こったことを話してみる。聞かされた弐式達も、これには首を傾げており、心当たりはないようだ。

 

「わっかんね~。モモンさん、こういう時はタブラさんだよ。相談してみたら?」

 

「それもそうですね」

 

 弐式の提案に素直に従うことにしたモモンガは、こめかみに指を当てると<伝言(メッセージ)>を発動させる。

 通信相手は、トブの大森林でリザードマン集落を目指す、タブラ・スマラグディナだ。

 




今回、ちょっと少なめです。
何と言うか、行間に効果音とか入れないと調子悪い。(笑
どうも合間にドカバキ音を入れることで、書き進めるリズムを取っていたようでして、思うように書き進めませんでした。
ひょっとしたら、いつもと文体が違うかも。
効果音が好きなだけじゃなかったと自覚して自分でも驚きです。

ちょっとリハビリに『超戦艦空母 長門改』でも読み返してみるかな……。
ガガーン、ガガーン、ガガーン、ダダダダダダ!
……ふう。魚雷抱えた艦攻で急降下攻撃するシーンは、いつ見ても最高だぜ。

アンケートの方も、好きなようにやって良いとの声が大半だったようで、次回からは元からの書き方に戻したいと思います。

戦闘中に、ヘロヘロさんがとあることに気づいていますが、元々の予定では、今話の終盤であったようにモモンガさんが一人で気づく感じでした。

書いてる最中に予定が変わるのは、よくある感じなのです。

<誤字報告>
ARlAさん、macheさん、リリマルさん、D.D.D.さん
戦人さん、佐藤東沙さん、前後方不敗さん、ken2kaさん
ホイミソさん

毎度ありがとうございます

一太郎から本文を転写する際、文頭の一マス空ける部分が、なぜか半角スペース×2で広がっており、転写後に空欄が消失する……というのが多発しています。
一応、投稿の前後でチェックしているのですが……。


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第59話

「ヘロ……ヘイグさん。軽く捻ってやりましたね!」

 

 戻って来たヘロヘロを弐式が出迎えている。その弐式はヘロヘロに駆け寄ると、耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「でも、女の人を地面に叩きつけるとか、ちょっと手荒かったんじゃありません?」

 

「ははっ、俺は女性を殴ったり蹴ったりしたくないもので。足下に投げたのも、最後まで力加減を……と思ったんですけど、どうも人間相手だと……ね」

 

 ゼロに聞かせたのと同じ説明をヘロヘロは行う。が、近寄ってきた仲間達の中にモモンガの姿が見えないのに気づき彼を探した。 

 

「弐式さん、モモンさんは?」

 

「何だか気になることがあるって、今はタブラさんと<伝言(メッセージ)>中です」

 

 そう言った弐式は、左の親指で肩越しに後方を示す。ヘロヘロが覗き込んだところ、確かにモモンガが居て、こめかみに指を当てているところだった。

 

「気になること……ですか。俺もラキュースさんと話してる内に気がついたことがあって……。モモンさんと相談したかったんですけど……」

 

「ヘイグさんもか……。俺と弐式も、少し気になってることがあってな……」

 

 話に入ってきた建御雷が言うには、自分の手合わせが終わった後で弐式と観戦しながら話していたが、お互いに気になることがあったらしい。

 

「ちょっとした怒りとかの……感情の違和感なんだが、ヘイグさんはどうだ? ラキュースって女と話してたときに、何か感じるモノがあったようだが?」

 

「俺も同じですよ、タケヤンさん。でも……ほんの少しの違和感なんですよね。それこそ気のせいかもってぐらいで……」

 

 ヘロヘロ達が感じた違和感。それは、イビルアイに対する殺意の緩やかな減衰だ。ヘイグ武器防具店でイビルアイがモモンガを貶した際、あれほど怒りが燃えあがり、イビルアイを始末しようと思ったのに、現時点では、それほどでもないのだ。

 

「熱しやすく冷めやすい。そんな言葉があるけどさ、なんか違うんだよな……」

 

 弐式の呟きに、ヘロヘロも建御雷も頷く。側に居るソリュシャン達は心配そうにしているが……。

 

「大丈夫ですよ~」

 

 安心させるようにヘロヘロはニッコリ笑い、その笑顔のままでモモンガを見た。今なお<伝言(メッセージ)>中のギルド長を見て、ヘロヘロは細い目を少し開く。

 

(なんの相談……なんですかねぇ。俺達のと同じ心配事……なのかな?)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おや、モモンガさん。ここに来て頻繁の<伝言(メッセージ)>攻勢とは……。さては私の声が恋しくなりましたか?」

 

 茶釜と共に森の小道を行くタブラは、モモンガからの<伝言(メッセージ)>に機嫌良く笑ったが、話の内容を聞くにつれ表情から笑みが消えて行った。

 

「特に身に覚えがないのに、精神の安定化が?」

 

 立ち止まったタブラは、右手の『こめかみに指』はそのままで、左手指で下顎を掻く。

 

『どう思います? タブラさん。俺の気のせいなんでしょうか?』

 

「モモンガさん。喜怒哀楽以外となると、大きな不安や恐怖が精神安定化の発動条件になりそうですが、そういう感覚は無かったんですね?」

 

 モモンガからは『はい』との答えが返ってきた。

 

『タブラさん。タブラさんと話していて思ったんですけど、ますます原因不明です。俺、このままで大丈夫なんですかね?』

 

 医者でもないタブラに相談するのはどうかと、モモンガは思っているらしい。だが、タブラにしてみれば、ちょっとの異変でも相談して貰えるのはありがたいのだ。何しろ、ここは異世界で、自分達は人間ではない存在となってしまった。対外的な情報だけでなく、自分達に関する情報すらも大いに不足している。

 

(しかし、原因不明の精神安定化……ねぇ。アンデッドの特性だから、今居るギルメンだとモモンガさんだけの症状であり現象か……。思い当たることと言えば……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラが黙り込んでしまったことで、モモンガの不安は膨れあがりつつあった。

 

(タブラさんでも解らないとなると、いよいよ原因不明か? 不安だぁ~……。い、今のところ害は無いようだから、暫くは放置でもいいのかな……いいんだろうか?)

 

 だが、これが自分だけの問題でなかったとしたらどうだろう。例えば伝染病のようなもので、他のギルメンにも波及するとしたら……。

 

『モモンガさん……』

 

「はい! タブラさん!」

 

 不意にタブラが呼びかけてきたので、モモンガは声高に返事をする。これは六腕や蒼の薔薇にも聞こえたようで、各リーダーと合流した双方は、皆がモモンガの方を見ていた。

 

『喜怒哀楽の他に、細分化して不満、恐怖と言った負の感情。しかし、それら以外にも一つ……アンデッドが精神安定化を発生させる事態に、心当たりがあります』

 

「と、言いますと!?」

 

 まったく心当たりの無いモモンガは、食いつくようにタブラを急かした。しかし、続くタブラの言葉を聞いたモモンガは、恐怖によって精神安定化を発動することとなる。

 

『気が変になった時……。つまり、発狂しかけたときですよ』

 

「えっ? ……ふう……。ええええ!? ふう……」

 

 二度目の精神安定化は驚きによるものだ。

 

『ああ、なるほど。それで私達も……モモンガさんはアンデッドだから……真っ先に……』

 

「ちょっと! 一人で納得してないで!」

 

『ああ、すみません。思うところを説明しますと……』

 

 タブラの推察は、次のようなものとなる。

 モモンガを始めとするギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のユグドラシル・プレイヤーは、基本的に異形種だ。異形種の状態が長いと精神まで異形種化してしまうため、時折人化してバランスを取っているわけだが、それでも精神的には不安定な部分がある。

 

『情緒不安定とでも言うんですかね。そこへ精神的な揺さぶりが掛かると、極端な方へ振れ切ってしまうと……』

 

「精神的な揺さぶり……ですか。我々が、何らかの精神攻撃を受けたということですか?」

 

 モモンガの近くでは、弐式達が今の発言を聞いて肩を揺らしたり、腕組みしていた腕を解いたりしているが、タブラとの会話に集中するモモンガは気づいていない。

 

『違いますよ、モモンガさん。ほら、ヘロヘロさんの店で、イビルアイって人がモモンガさんのことを悪く言ったでしょう? あれです』

 

「ああ、あれですか……。……あんなことで……ですか?」

 

 モモンガには良く解らない。

 冴えない顔だと言われたが、他人から言われて良い気はしないものの、間違った評価ではないと思っているからだ。

 

『モモンガさん。重要なことなんですよ、私達にとってはね。ただ、さっきの話であったように精神的に不安定ですから。ちょっとのことでも極端な反応を示してしまうわけです』

 

 人化すると時間経過と共に精神異常の度合いは減衰していくが、そこには個人差があるし、例えば一気に激怒状態となった際には、自制が利かずに相手を殺傷してしまうことも……。

 

「恐ろしいですね。けど、随分と詳しいように聞こえますが?」

 

『そりゃあ、ヘロヘロさんから相談を受けたとき、私も感情的になりましたからね。人化していたにも関わらず……』

 

 タブラが『人化状態』で感情を爆発させたと聞いて、モモンガは事の重大さをようやく感じ取る。

 

(あのタブラさんが……。じゃあ、ヘロヘロさんや弐式さん達が……本当に発狂しかけてたってことか!? た、大変じゃないか!)

 

 何らかの対応が必要だと感じ、慌ててタブラに聞くも……『これは精神安定系の補助アイテムで対応可能でしょう』とのことだ。

 

『今のところ、ふとしたことで正気に戻るレベルのようですし。結局のところは病気……いや、種族的なペナルティからくる状態異常みたいなもの……なのかもしれませんね』

 

「なるほど! アイテムで対応できる可能性がある分、状況は悪くないと思いたいですが……。って、俺はどうなるんです!?」

 

 そう、この<伝言(メッセージ)>の目的は、不自然な精神安定化を気にしたモモンガが、タブラに相談したものだった。それについては、まだ回答を得られていないが……。

 

『モモンガさんなら大丈夫ですよ。それこそ、その精神安定化がありますし。私達は定期的に異形種化したり人化したりしてますからね。モモンガさんの場合は、人化してるときに変になってても、異形種化すれば精神が安定化されるわけです。ずっと人のままで居るわけじゃないでしょうし、それで解決ですね』

 

 他のギルメンの場合、異形種化した状態で気が変になったなら危険だが、その場合でも、誰かが止めるだろうし。今こうして気がついたのだから、これからアイテム等で正気を保てば良いだけのこと……と、タブラは言う。

 

「じゃあ……さっきの俺の精神安定化は……」

 

『状況を聞くに、徐々に狂う方向で精神が傾いてたのが、一定値を超えたので安定化されたんじゃないですか? モモンガさんは、イビルアイさんに怒ってたわけじゃないんでしょ? ヘロヘロさん達、ギルメンの雰囲気に当てられてたんですかね~』

 

 確証は無いですけれど、とタブラは言うが、言われてみると頷ける部分が多い。ギルメンが三人集まって、モモンガの悪口を聞いただけで怒り心頭に発し……というのは怒りすぎだと思っていたが……。

 

「みんなが俺のことで怒ってたので、嬉しく感じてましたが……。そこでもう危なくなってたのか……。おっかないなぁ……。じゃあ、ちょっとした悪口で皆が怒ったのも、今聞いた話が原因だったんですね~……」

 

『いや、それは違うと思いますよ?』

 

「は?」

 

 話が終わりかけたと思ったらタブラが否定する。いったい何が違うと言うのか。

 

『今回の私達の暴走は、種族的なものや体質的なことに大きな要因がありました。ですが、モモンガさん。あなたは私達のギルド長であり、大切な友人です。その事実には一点の曇りもありません』

 

 だから……と、タブラは続けた。

 

『この先、別の誰かがモモンガさんを馬鹿にするようなことがあったら……。それを見聞きしたギルメンは怒るでしょうね。精神安定系のアイテムを装備していようが、今日のように……』

 

「……何と言うか……コメントしがたいです」

 

 人と異形種の間で揺れ動く精神。それを安定させるアイテムを装備したとしても、まだ怒ると言うのか。モモンガは一笑に付したかったが、友人の友を思う心を笑うことはできない。かと言って、素直に肯定するには重すぎる。故に『コメントしがたい』のだ。

 

(うわ~……タブラさんの声、弐式さん達には聞こえてないはずなんだけど。みんなの視線が痛い……)

 

 モモンガの声だけでも、おぼろげながら会話内容が『見えて』いるのだろう。ギルメンらとNPC達からの視線を浴びながらモモンガは言葉に詰まった。が、その彼の聴覚に、タブラの次なる言葉が伝わってくる。

 

『理解できませんか? じゃあ、立場を入れ替えて考えてみることです。モモンガさん。あなた、ヘロヘロさんの店でイビルアイさんに馬鹿にされたのが……自分でなく、ヘロヘロさんや弐式さんだったら。どうしてました?』

 

「どうしてた……って、そりゃあ……」

 

 モモンガは、言われたとおりのシチュエーションを脳内で思い描いてみた。

 場所は、ヘロヘロの武器防具店。

 イビルアイが、その仮面を向けているのは自分ではなく……弐式炎雷で、少女あるいは老婆のような声で彼女が言うのだ。

 

「お前がニシキか。冴えない顔だ」

 

 ……ビキィ……。

 

 悟の仮面の下、異形種化しているにも関わらず、こめかみの血管が膨れる感覚が生じ……。

 

「ふう……」

 

 モモンガの精神が安定化された。

 ちょっと想像しただけで安定化されるのは困りものだが、長年心の拠り所だったギルメンを侮辱されたとあっては、頭に血が上るのも仕方なし。

 

『モモンガさん、今、精神が安定化されました?』

 

「されましたね。ええ、タブラさんの言いたいことが理解できましたよ。これは腹が立ちます。これからの手合わせに向けて気合いが入った感じです」

 

 こめかみに指を当てたままでイビルアイに目を向けると、視線の先でイビルアイがラキュースに対して何か訴えかけている姿が見えた。声までは聞こえないが、どうせ碌でもないことを口走っているのだろう。

 

「それで……この後、俺はイビルアイをブチのめせばいいんですね?」

 

 <伝言(メッセージ)>を始める前より乗り気になったモモンガが言うと、タブラからは『いえ、そこはお好きなように』との声が返ってきた。何となく肩に入った力が抜ける。タブラが言うには、ギルメンの思いを知って欲しかっただけで、それにモモンガまで同調する必要は無いとのことだ。

 

「んん~……何と言いますか、どうして良いのか解らなくなってきましたよ」

 

『モモンガさんらしい……とは、混乱させた私が言うことではないのですが。本当に好きなようにやって良いと思いますよ? フォローは、私らギルメンがやりますので……』

 

 好きにせよと言われても、やはり困ってしまう。モモンガは顔を伏せて足下を見ていたが、やがて顔を上げた。

 

「取りあえず……当初の予定どおり、手合わせでイビルアイを完封します。今後のこともありますから……お手柔らかな感じになりますかね。このまま何事もなければ……ですが」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「しかし、ラキュースまで敗北するとはな……」

 

 モモンガが声をあげたので一瞬視線を転じていたイビルアイは、顔ごとラキュースに向き直る。戻って来た当初、ラキュースは主に背中の打撲が酷くて歩くこともままならない状態だったが、今ではポーションを飲んだことで回復している。それでも少し辛そうにしているのが痛々しいが、ラキュースは追加のポーションを拒んでいた。自分で回復魔法を使えるし、暫くは反省のために痛い思いをしておきたい……と、そう主張するのである。

 

「私の精進が足りなかった結果よ。何より、漆黒の人達は強すぎるわ……。私達、蒼の薔薇よりもね……」

 

「そ、それはラキュース自身が負けたから、そう思うのだろう! 私が一矢報いてやるさ!」

 

 威勢良く言い放つイビルアイ。しかし、彼女に向けられる仲間達の視線は冷ややかなものだ。それもそうだろう、手合わせに参加すること自体は良いにしても、自分達が六腕よりも割り増しで痛い思いをしているのは、イビルアイが原因なのだから。

 

「あのなぁ……」

 

 ティアとティナの隣りで腰を下ろしていたガガーランが、鼻で溜息をつきながら頭を掻く。

 

「オメーには、もう付ける薬がねーや。モモンに揉んで貰って、少しは反省しろい」

 

「なっ!? ガガーラン!?」

 

 驚いたようにガガーランを見たイビルアイは、ティアとティナを見たが、双子の忍者は揃って視線を逸らすのみ。こういう時、普段の彼女らであればガガーランに追随し「ガガーランの言うとおり」「イビルアイには反省が必要」などと言うはずだが、それすら無いあたり、ティア達も腹に据えかねているのだろう。

 最後に、すぐ側で立つラキュースを見上げたが、彼女は冷たくイビルアイを見下ろすのみだ。

 仲間達と共に居るはずが、味方が一人も居ない。

 イビルアイは少し怯んだ。が、今日まで培ってきた『強者としての矜持』が彼女の判断を狂わせる。

 

「わかった、もういい! お前達はここで、私がモモンを叩きのめすところを見ているんだな!」

 

 そう言い捨てると、イビルアイは赤いマントを翻し、手合わせの場へと歩を進めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 手合わせの場にモモンガが立つ。

 装備は最強の神器(ゴッズ)級ではなく、少し落ち着いた見た目の……伝説(レジェンド)級だ。モモンガとしてはワンランク下の聖遺物(レリック)級で充分だと思うのだが、ギルメン達から駄目出しをくらい、今の装備としている。

 

(みんな、心配しすぎだよ……。とはいえ、油断は禁物! 気を引き締めなくちゃ!)

 

 実力差は動かないが、イビルアイの立ち回りによっては苦戦する可能性もある。そもそも、モモンガは三回戦う内の初戦は落として良い主義だが、ユグドラシルでのPVP感覚で居ると、足をすくわれるかもしれない。

 

(第一、この一戦きりだものな。それに今は、転移後世界こそが現実(リアル)。皆に恥をかかせないよう、キッチリと勝ち星を貰わないとね!)

 

 気になるのは対戦相手たるイビルアイの戦法だ。魔法詠唱者(マジックキャスター)だと聞いているが、詳しい戦い方は情報として入ってきていない。見た目は小柄だから、小回りの利いた位置替えで的を絞らせないとか、接近戦を避けそうだというのは想定できる。だが、戦いには『想定外』が付きものなのだ。

 

(その想定外に、俺が何処まで対応できるか……だな)

 

「おい……」

 

「うん?」

 

 少し離れたところで立つイビルアイが、声をかけてきた。タブラとの会話直後であり、また、文句でも言うつもりか……とモモンガは目を細める。しかし、そんな彼の目の前で、イビルアイは頭を下げた。

 

「モモン……殿、だったな。ヘイグの店では失礼なことを言った。遅くなったが詫びさせて貰う」 

 

「……その謝罪を受け入れましょう」

 

 元々、モモンガは怒っていなかった。だから、イビルアイが謝るのであれば、しつこく根に持つこともない。だが、彼女が頭を下げたからこそ言っておかねばならないことがある。モモンガは、仮面越しながらホッとした様子を感じさせるイビルアイに向けて口を開いた。

 

「とはいえ、私はチーム漆黒のリーダーでして。怒ってくれた仲間に対して、行動で示し……いや、行動を見せなければなりません。それなりに力をお見せすることになりますが、よろしいですか?」

 

「無論だ」

 

 イビルアイは、その平坦に近い胸を張って言う。

 自分が謝罪したのは、失礼な言動の為に仲間に迷惑をかけ、今さっき叱られたからだ。それに仲間の顔を立てるという意味合いもある。が、それと手合わせとは別の話だ。

 

「私は蒼の薔薇で一番強い。一勝を得るため、全力で手合わせしよう!」

 

「え? ああ、はい……」

 

 イビルアイは鼻息荒くして言うが、対するモモンガの反応は薄い。

 

(謝罪したから水に流しても良いかな……って思ったけどさ。こいつ、俺のこと煽ってるのか?)

 

 この日、モモンガのイビルアイに対する心証は変動が激しい。最初『冴えない顔だ』とか言われたときは、取引先の失礼な対応だ……ぐらいにしか思っていなかった。タブラの例え話で弐式が馬鹿にされたところを想像したときは、大いに腹が立ったものだ。つい今しがた、頭を下げて謝罪されたときには怒りが和らいだりもしている。しかし、その謝罪の動機が『モモンに対して申し訳ないから』ではなく、仲間に叱られたから……そして仲間の面子の為というのは如何なものだろう。

 そこには、モモンガに対しての『申し訳なさ』の要素が微塵も感じられないのだ。

 

(仲間の為の行動……それで頑張るって言うなら、俺も同じだろうけど。やらかした側の人が言うと、やっぱり腹が立つな……)

 

 こうして、イビルアイとの手合わせに対し、モモンガは僅かばかりの『苛立ち』を込めて応じることとなる。無論、蒼の薔薇との今後を鑑み、殺すところまではやらないつもりだが、ある意味、イビルアイは自分の死刑執行命令書にサインしたも同然の状況だった。

 

「ふふふっ。私を他のメンバーと同じと思うなよ?」

 

 イビルアイは、まるで気がついていない。自分の姿が傍目に滑稽極まるもので、モモンガの怒りの火に油を注いでいることを……。今の彼女が何を口に出しても、すでに怒っているモモンガにとっては燃料の追加投入なのだ。

 

(こんにゃろう……)

 

 据わった目で下唇を突き出したモモンガは、蒼の薔薇に目を向けた。ラキュースがモモンガに対してペコペコと頭を下げており、その近くで顔……主に目の辺りを右手の平で覆ったガガーランが頭を振っているのが見える。

 

(ん、ん~……まあ……殺しはしないと思いますよ? たぶん……)

 

 イビルアイは別として、彼女のチームメンバーに対しては気の毒だと思う気持ちが、モモンガにはあった。続いて肩越しに振り返ってヘロヘロ達を見ると、人化しているヘロヘロが困り顔で苦笑し、建御雷が何とも言えない顰めっ面をしている。弐式に関しては面を下ろしているので表情は見えないが、腕組みをしたまま首を左右に振っているので、どうやら呆れているらしい。なお、ルプスレギナを始めとしたプレアデス組は、怒り心頭に発した状態で、モモンガか他のギルメンが命令すれば、イビルアイに飛びかかるであろう状態だった。

 最後に……モモンガはイビルアイの後方、六腕のメンバー寄りの位置で立つデイバーノックを見た。

 

「デイバーノックさんは、イビルアイさんの後でいいんですよね? 何でしたら、二人一緒でも構わないんですけど」

 

「いや、俺はイビルアイの後でいい」

 

 武器戦闘などでは寸止めもあり得るが、一度撃ち出した魔法は手加減が難しい。今まで連繋したこともないイビルアイと一緒に戦ったところで、上手く機能する自信もないし、順番を後に回して見学させて貰いたいとのことだ。

 

「貴殿のお仲間の実力を見るに、俺とモモン殿では力の差は同じく大きいだろう。どちらかと言えば、手合わせよりも魔法詠唱者(マジックキャスター)の先達に教えを請いたいぐらいなのだ」

 

「そうですか……。それが貴方の望みなら……」

 

 何となく心洗われたような気分となったモモンガは、ここ暫く眉間に寄せていたシワを解放した。これは自分が担当することになった対戦相手二名の内、イビルアイが余りにも余りな人物だったので、対照的にデイバーノックが出来た人物に思えたことによる。

 

(魔法を教えるとか、俺には出来ないと思うんだけど……。何かレベルアップに使えるアイテムを貸してあげても良いかな~)

 

 ちょっとだけ機嫌が良くなったが、その『御機嫌ゲージ』も、イビルアイへ目を戻した途端に上昇が止まる。本日の不快度発生源なのだから仕方ないが、そのイビルアイがデイバーノックに対し「ふん。ヤクザ者にしては腰抜けな奴め」などと喧嘩を売っているので、せっかく上昇していたモモンガの機嫌は減少に転じていた。

 

「何だか、やる前から疲れるんだが……。さっさと始めますか」

 

 こうして微妙な空気の中、モモンガとイビルアイの手合わせが始まる。

 が、最初の数秒間は互いに何もしないままだ。先に焦れたイビルアイが、握った両拳を上下させて抗議する。

 

「何をしている? さっさと掛かって来ないか!」

 

「え?」

 

 言われたモモンガは首を傾げた。先手は『格下』であるイビルアイに譲るつもりだったのである。それを説明すると、イビルアイは猛然と噛みついてきた。

 

「馬鹿を言うな!  私を舐めるのもいい加減にしろ! いつでも掛かって来ていいんだからな!」

 

「はあ……。……ああ、そうですか。じゃあ、先手を頂いても? アイテムとか使っていいですかね? あと、召喚魔法とか使いますけど、いいですか?」

 

 もはや疲れた様子を隠そうともしないモモンガが申し出ると、イビルアイはカラカラ笑いながら了承する。

 

「フッ、好きにするがいい。どうせ、ちょっと強い悪魔か天使を召喚できる程度だろうがな」

 

 怒鳴っているうちに普段の調子が戻って来たのだろう。尊大な態度でイビルアイが言うのを見ていると、モモンガは別の意味でやる気を無くしていた。

 元々、戦闘経験を活かした魔法の組み立てで、イビルアイを翻弄。例えば、イビルアイと同じか似た魔法を使って完封し、実力の差を思い知らせる……と言った展開を考えていたのだ。しかし、今のモモンガは違う。

 

(もう、どうでもいいや。ドカンと派手にやるか……)

 

 モモンガは、アイテムボックスから適当にガントレット……イルアングライベルという増力効果のある物を取り出すと、両手に装着。さらに嫉妬マスクを取り出して装着した。この嫉妬マスクを装着する瞬間、モモンガは悟の仮面をアイテムボックスへと収納している。

 その結果、ここに一〇〇レベルプレイヤー、モモンガが出現したのだ。

 顔を上げたとき、嫉妬マスクを装着したと知ったギルメンらは吹きだしたが、その笑いをすぐに引っ込めている。モモンガが、装備の質はともかくとして、全力で戦うつもりで居ることを悟ったからだ。

 

「モモンさん、位階魔法の制限を度外視するつもりですね~」

 

「嫉妬マスクの下は……素の状態(オーバーロード)ですよね? ……怒りゲージがマックスなのか? おっかないな~……」

 

 ヘロヘロと弐式の囁き合う声が聞こえてくる。

 言われてるほど怒っていない……つもりのモモンガだが、位階制限を無視する気でいるのは確かだ。

 

「じゃあ、イビルアイさん。御言葉に甘えて召喚魔法を使いますね? もうちょっとだけ、時間を頂けますか?」

 

「面倒くさい男だ。早くしろ!」

 

 イビルアイの『厚意』からくる言葉に、モモンガは黙って頷く。

 そして黙ったまま……。

 

 ……超位魔法を発動した。

 

 次の瞬間、モモンガを中心として、半径五メートルほどの立体魔法陣が出現する。蒼く光る魔法陣は、紋様や魔法文字が目まぐるしく移動し、更には強烈な魔力波動を放出していた。

 これを見た六腕や蒼の薔薇の面々は、体感できる魔力波動に顔色を変えて硬直する。

 当然ながら、最も近くで魔力波動を浴びることとなったイビルアイは、硬直するだけでは済んでいない。

 

「ぐあああ!? な、ななななっ!?」

 

 吹き飛ばされそうになりながらも何とか踏みとどまり、魔法陣の中でたたずむモモンガに叫んでいる。

 

「お、おいぃい!? 何だ、それは! いったい何位階の魔法なんだ!?」

 

「え? 何位階でしたっけかね~? 忘れちゃいました」

 

 モモンガは下アゴの右部分に人差し指を当て、カクンと首を傾げて見せた。その馬鹿にしたような……もとい、馬鹿にした態度を見たイビルアイは、魔法発動を阻止するべく行動に移ろうとしたが……。

 

「え? なんですか? 召喚魔法を使わせてくれるんじゃなかったんですか?」

 

「ぐ、ぐぬう……」

 

 モモンガの至極もっともな突っ込みを受け、その場で踏みとどまっている。

 そうして両者睨み合うと言うよりは、歯ぎしりするイビルアイと、鼻歌混じりで時間経過を待つモモンガ……といった構図のまま、超位魔法の発動準備時間が経過した。

 

「む? 時間か。それじゃ、行きますよ~」

 

 のんびりした口調で告げたモモンガは、グッと握った拳を持ち上げる。

 

「<天軍降臨(パンテオン)>!」

 

 閃光と共に出現したのは、獅子顔の六天使だ。広げた一対と体を包む一対の四枚翼を有しており、身につけた光り輝く鎧は、ラキュースやゼロが見た印象では、如何なる攻撃をも跳ね返すように思えた。武装は目の紋様を施された盾と、穂先が炎に包まれた槍である。

 その正体は、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)。八〇レベル台の天使であり、ユグドラシルにおいてはタンク役として優れ、探知能力も高いことで知られていた。もっとも、今重要なことは一体相手するだけでもイビルアイに勝ち目は無いという事実である。

 

「じゃあ、君達。そこの……」

 

 モモンガは、突き出した人差し指をイビルアイに向けた。イビルアイが肩を揺らして後退するが、そんなことは知ったことではない。

 

「赤フードに仮面の人をボコボコにしてやって。あ、殺さないようにね?」

 

「「「「「「御意!」」」」」」

 

 モモンガに対し傅いていた六天使。それらが一斉に立ち上がり、身体ごとイビルアイに向き直る。

 

「ううっ!」

 

 イビルアイは更に一歩後退したが……おもむろに右手の平を突き出すと、第四位階魔法の水晶騎士槍(クリスタルランス)を射出した。これは彼女の使用可能な魔法の中でも強力な部類だが、標的となった門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)は盾で受け止め弾き飛ばす。

 

「ふうん、第四位階魔法か。じゃあ、良くて第五位階までかな? それでは天使達よ。やってしまいなさい」

 

 値踏みするように言うモモンガの命令に応じ、六天使が動き出した。彼らはイビルアイを囲むように移動し、オロオロしている彼女に対して攻撃を開始する。

 その後の展開は、まさに一方的だった。

 イビルアイは、<魔法最強化(マキシマイズマジック)>を併用し、<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>を使用したが、まったく通用しない。それどころか、<水晶盾(クリスタルシールド)>を斬り裂かれ、<水晶防壁(クリスタルウォール)>を蹴り砕かれるなどして防御すらままならなかった。

 挙げ句、槍で突かれるでもなく素手で掴み取られると、アタック、トス、レシーブといったバレーボールのテクニックで打ち上げられたり、叩きつけられたりしたのである。以前、森の賢王と呼ばれるハムスケが、モモンガと弐式らによって似たような目にあわされたのだが、観戦した弐式が「ハムスケの時よりヒドい」とコメントしたほどの酷い有様となった。

 そして、最後の一撃……。

 

「ナイアガラドライブショット!」

 

 いつの間にか、バレーからサッカーに移行していた門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)がイビルアイをトスの要領で蹴り上げ、天高く打ち上がった彼女を、別の門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)が蹴り落とす。

 この時点でイビルアイは声も出せなくなっており、弾丸のように地面へ激突すると、大きく跳ねた後に地面に転がって動かなくなった。

 手合わせ終了である。

 見方によれば、ただの集団リンチであったが、これはモモンガの先手を許し、使用魔法が発動するまで待つことになったイビルアイの自業自得である。

 

「ううむ。ちょっとやり過ぎたかな?」

 

 モモンガはフードの上から頭を掻くと、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)に命じ、イビルアイを仲間の元へ届けさせた。

 

「主命により、お届け物である」

 

「え? あ、はい。御丁寧にどうも……」

 

 猫のように首根っこを掴まれたイビルアイが、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)によって差し出される。イビルアイが一方的に叩きのめされる様を見ていた後のことで、ラキュースは門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)に怯えたが、特に何をされるでもなくイビルアイを渡されたので、彼女を受け取り、地面に下ろして軽く揺さぶった。

 

「ね、ねえ? イビルアイ? 大丈夫? 死んでないわよね?」

 

 実のところ、イビルアイはアンデッドであり、既に死んでいるのだが……この際細かいことを言っている場合ではない。数回揺さぶると、イビルアイは顔を持ち上げ、左右を確認した。そして近くに門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)が居ないと知るや、頭を抱えて呻き出す。

 

「ううう! ごめんなさい、ごめんなさい! もう生意気なこと言ったりしませんから……」

 

「イビルアイ……」

 

 声の調子から、それなりに余裕があることを知ったラキュースは、安心して表情を和らげた。イビルアイの素顔を知る身としては、実年齢は別にしても少女を集団で殴る蹴るした行為について不満に思うが、一連の展開を見ているために文句を言うこともできない。

 

(良い薬になったと思うべき……なのかしらね。それにしても、あの六体の天使を召喚した魔法。あれは何位階の魔法だったのかしら? 私は聞いたこともないのだけれど……)

 

 モモンが、バハルス帝国のフールーダ・パラダインと同等の使い手だとしたら、使用可能な最高位階は、人類の到達点として知られる第六位階魔法だ。しかし、第六位階の魔法でさっき見た天使を六体も召喚できるのだろうか……。

 

(まさか……もっと上の位階魔法なんじゃ……) 

 

 ともあれ、蒼の薔薇の出番は終了だ。

 残りは六腕の不死王……デイバーノックだけなのだが……。

 

「見ていて思ったが、やっぱり勝てそうにない。手合わせは辞退させて貰おう。……後で魔法について相談に乗っていただきたいが、よろしいかな?」

 

「ええ、かまいませんが……」

 

 イビルアイが相手の時とは違い、それなりに愛想の良くなったモモンガが、デイバーノックの申し出を受け入れている。

 こうして、六腕と蒼の薔薇を相手とした手合わせは終了した。

 六腕にとっては、被害少なく実りは大きい結果で終わっている。高みを知れたし、チーム漆黒……その実態は一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーの集団と、終始友好的で居られたからだ。

 一方で蒼の薔薇は悲惨の一言に尽きる。イビルアイの失言に始まり、手合わせの度に敗北。それだけなら六腕と同じだが、最後には事の発端たるイビルアイが完膚なきまでに叩きのめされてしまった。しかも、チーム漆黒からの心証は良くない。

 イビルアイ以外のメンバーに関しては、心証最悪と言うほどではないだろうが、チームメンバーにイビルアイが居ることで、今後、漆黒とはギクシャクした関係になる可能性が高いと思われる。

 

「ハア……。先が思いやられるわ……」

 

 溜息をついたラキュースは、六腕側でデイバーノックが「戦わず終わって、すまない」とゼロに頭を下げており、ゼロが「あんなの相手にできないからな。まあ仕方がない」と笑って許している姿を見……もう一度溜息をつくのだった。 

 




 おそらく年内最後の投稿になります。

 とまあ、今回の第59話のような次第でして
 モモンガさんを始めとしたギルメンには、精神的に爆弾を抱えていただきました。
 一応、アイテムで解消できるようなことになってますが、この先のトラブルの種になるかどうかは未定です。
 
 と言うか、低評価コメで随分と評判が悪いので、これで解消になるかもしれません。(笑
 いや~……調整平均が下がる下がる(笑
 やはり説明不足でしたか? 自分の筆力では、今のところこれ以上上手く書けませんでして。申し訳ないです。

 イビルアイに関しては殺さないように苦心しました。
 まあ、あんな感じですかね。
 ナイアガラドライブショットに関しては、グーグルとかで画像検索していただければ……。スターダスト11で画像検索しても良いかもしれません。
 あの勢いで、イビルアイは地面に叩きつけられたんですね~……。
 
 次話以降は、トブの大森林におけるタブラ&茶釜をメインで書き進めたいと思います。
 基本的にモモンガさんは全話顔出しさせる予定なので、何処かで出番があると思います。

 それでは皆さん、良いお年を~。

<誤字報告>
macheさん、ARlAさん、戦人さん、サマリオンさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

今回、投稿直前のチェックでは幾つかの誤字を修正しているのですが、まだ有るのかな……。


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第60話

 手合わせが終わったことで、皆、王都のヘイグ武器防具店へと移動した。モモンガ……悟の仮面着用に戻っている……の<転移門(ゲート)>によるものだが、ナザリック勢……チーム漆黒以外の面々については、雰囲気がはっきりと分かれている。

 まず、王国冒険者チーム、蒼の薔薇。

 彼女らは、リーダーのラキュースを筆頭にほぼ全員が肩を落としていた。双子の忍者は、六腕と共に戦ったにもかかわらず、一人の忍者(弐式)に敗北したことで自信を喪失している。普段であれば、減らず口を叩くのだろうが、やはり自分達の得意分野で後れを取ったのが原因のようだ。ラキュースは自分のチームが負けたことと、イビルアイの失言及び、それを注意しなかったことを気に病んでいる。あの時こうすれば、こうしておけば……と何度も呟いているのが傍目にも痛々しい。最も悲惨なのがイビルアイで、日頃から高くそびえ立っていた鼻をへし折られたことで、大いにしょげ返っていた。彼女も何やら呟いているが、こちらは「あれは、まさか……だとしたら……相談……」などと意味を成さない内容だ。チラチラとモモンガの様子を窺っているが、モモンガの方で相手にしていないため、その場では会話が発生しなかった。

 そんな中、一人元気なのがガガーランである。

 一階店内の隅で集まり、暗い雰囲気を醸し出す仲間達を軽口で励ましているのだが、中々に手こずっている様子だ。

 

(やれやれ、ちょっと負けたとか失敗したぐらいで引きずっちまってさぁ……)

 

 ガガーランは、自分が英雄の域に到達できないと達観しているため、過ぎたプライドは有していない。いや、プライドは高くあるのだが、失敗や失態に捕らわれることは少ないと言ったところだろうか。むしろ今回の敗北で、次の機会に向けて発奮するほどだ。

 

(もうちっと肩の力を抜いていいと思うんだがなぁ。……さて……)

 

 先程からイビルアイが何度も視線を向けている相手、モモン……モモンガに、ガガーランは目を向ける。自分が戦ったタケヤン(建御雷)や、ラキュースが戦ったヘイグ(ヘロヘロ)。それにティアとティナの相手だったニシキ(弐式)。いずれも天空の高みにある強者だったが、モモン(モモンガ)は別格だったように思う。

 イビルアイの攻撃が何一つ通用せず……この辺は他の蒼の薔薇メンバーも同じだったが……最後に使用した召喚魔法、あれは人間に扱える域を超えていた。魔法に詳しくない戦士職のガガーランが見ても、そう思うのだ。後でイビルアイに聞いて確認しないと解らないが、自分の勘は外れていないだろうとガガーランは睨んでいる。

 

「なんにせよ、死人が出なくて良かった。いったん、拠点に戻らないとだな……」 

 

 目の前で立ったまま俯いているラキュース。彼女の頭に大きな掌を乗せたガガーランは、不慣れながら慰めるべく撫でてやるのだった。

 もう一方、犯罪組織八本指の警備部門、その幹部たる六腕の面々。

 こちらはモモンガ達の近くに居て、それぞれが思い思いの相手に語りかけていた。手合わせして完敗したのは蒼の薔薇と同じだが、悲壮感などはまるで無い。むしろ、和気藹々としている。

 

「思ったとおりだ。やはりヘイグは強かったな!」

 

「はっはっはっ。これでも鍛えてますからね~」

 

 機嫌良さそうに褒め称えるゼロに対し、満更でない様子のヘロヘロが答えた。人化中のヘロヘロは、おっとりした表情に笑みを浮かべている。そのヘロヘロから見て左側に弐式が立っており、こちらはサキュロント及びエドストレームと会話中だ。

 

「私の三日月刀(シミター)を掴み取るとか、人間離れしてるわねぇ?」

 

「中身は一応、人間だよ~?」

 

 人化した弐式が面をまくり上げると、気の良さそうな青年の顔が露出した。これを見たエドストレームが、少し意外そうな顔で「ふぅん。なかなかイイ男じゃない?」と言い、弐式の背後に居たナーベラルから睨まれている。

 

「俺の幻術を見破ったのは、何かコツがあるのかい?」

 

 会話が途切れたと見たサキュロントが話しかけてきたが、これに対して弐式は「レベ……ごほん、鍛え方の差かな……」と誤魔化しながら答えている。言いかけたとおり、レベル差によって、視覚及び精神に偽情報を送り込まれることを阻止したのだが、これをそのまま説明できないと判断したのだ。

 

「今のサキュロントさんだと、アイテム補助で底上げしてもいいんじゃないかと思うんだけど。そういう品は店で売ってると思うから、へ……ヘイグさんと相談するといいんじゃないかな?」 

 

「そうか! そうだな! 物によっちゃあ出来ることの幅が広がるし……でも、俺の持ち金で足りるかな?」

 

 言いつつサキュロントはエドストレームを見たが、エドストレームはプイと顔を逸らしながら手の平を振った。

 

「金の相談には乗らないよ? と言うか、そういう話ならボスとやりな」

 

「冷たいこと言うなよ~……」

 

 情け無さそうな声を出すサキュロントを見て、弐式が笑う。

 そうした弐式の、ヘロヘロを挟んだ反対側に建御雷が居て、こちらはペシュリアン及びマルムヴィストと話している最中だ。

 

「斬糸剣だったか? 手合わせだったってのに、壊しちまって悪かったな?」

 

「いや、俺の未熟が原因だ。壊されるのが嫌なら、ほどいて引けば良かったんだからな」

 

 腰に戻した斬糸剣をポンポンと叩きつつペシュリアンは言う。が、声を潜めると、少しだけ建御雷に顔を寄せて囁いた。

 

「向こうで、サキュロントが何か言ってるようだが、俺は俺で代わりの武器を用意しなくてはならなくてだな。見てのとおり珍しい武器なんだが、似たような品はあるかな?」

 

 店主であるヘロヘロに言うべきなのだろうが、そのヘロヘロの仲間が目の前に居るので聞いてみたとのことだ。これが弐式やモモンガであれば、「私からヘロヘロさんに聞いておきますよ」と返したろうが、ペシュリアンの前で立つのは武人建御雷である。

 建御雷は、待ってましたとばかりに胸を叩いた。

 

「何を隠そう実は、この俺は武器の製作が得意でな。材料もいいのが揃ってるから、近日中に斬糸剣を作ってやるよ! お代は武器を壊した詫びで、サービスしておくぜ!」

 

「そ、そうか! よろしく頼む!」

 

「上手くやったなぁ、ペシュリアン……。な、なあ? 俺も、この剣より良いのがあると嬉しいんだが~……」

 

 それまで会話を聞いているだけだったマルムヴィストが割り込んでくる。彼は腰のレイピア……薔薇の棘を指差して言うが、建御雷は少し唸った後で顔を横に振った。

 

「使い込まれた良い剣じゃないか。大事にするんだな。まあ、打ち直してやっても良いんだが……そこは、もうちっと腕を磨いてからだ」

 

「そんなぁ~……」

 

 先程のサキュロントと同様、情けない声を出すマルムヴィスト。だが、そんな彼に対し建御雷は一つの案を提示する。

 

「俺の知ってる奴……人に、刺突武器を得意にしてるのが居てな。そいつと稽古して、互角ぐらいの腕になったら、そのレイピアを手直ししてやってもいいぜ?」

 

「ほんとかっ!? ようし決まった! 俺の相手する気の毒な奴と稽古だ!」

 

 表情が明るくなるマルムヴィスト。

 しかし、彼は気づいていない。サキュロントは必要とされる資金を頑張って稼ぐだけなのだが、マルムヴィストが稽古相手の刺突武器使い……クレマンティーヌと互角の腕になるためには、途轍もない苦労が伴うことを……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「へくちっ!」

 

 クレマンティーヌがクシャミをした。

 彼女が居るのは、ナザリック地下大墳墓の第十階層、最古図書館(アッシュールバニパル)。その一室である制作室の……片隅に設けられた作業机だ。

 今は、ロンデス・ディ・グランプと共に、転移後世界の各国言語を日本語に翻訳するべく作業中である。と言っても、まずは法国で使用される単語類が対象だ。一つ一つの単語に平仮名で読み仮名を書き込む作業を行っている。

 もっとも、法国で伝わっていた神字が平仮名だったので、筆記は主にクレマンティーヌが行い、ロンデスが図書館配置の死の支配者(オーバーロード)……アウレリウスに意味の説明などをする分業制となってるのだが……。

 

「クレマンティーヌ、風邪か?」

 

 すっかり馴染みとなったアウレリウスと話していたロンデスが振り返る。「そういう露出度の高い格好をしてるからだぞ?」と注意するが、クレマンティーヌは「図書館はクーチョーが効いてるから、風邪なんかひかないよ~」と聞く耳を持たない。

 

「にしてもさ~。ナザリックは御飯が美味しいし、貰った個室も住み心地良いんだけど。たまには外に出たいよね~」

 

「カジットという人は、たまに外に出ているらしいが?」

 

「えっ!? それホント!? カジッちゃんばかり、ズル~い!」

 

 そう言ってクレマンティーヌが頬を膨らませるが、カジットの場合は遊びで外に出ているのではなく、あくまで仕事目的である。巻物(スクロール)の素材として有用な物を探すべく、採取活動を行っているのだ。現状、人皮が最適だとされているが、犯罪者の皮を使用するにしても、やはり後で合流するギルメンには難色を示す者が居るだろう……という事で、カジットにお鉢が回ってきたのである。

 

「我らが採取した際よりも効率が良いらしく、カジットは功績を挙げていることになるがな……」

 

 アウレリウスがボソリと述べたため、クレマンティーヌ達は感心したように顔を見合わせた。

 

「それって、カジッちゃんが御褒美貰えそうってことだよね? 負けてらんないな~っ!」

 

 言うなりクレマンティーヌは作業を再開した。羽根ペンを動かしてガリガリ書き込んでいる様は、傍目には乱暴そうに見えるのだが……ロンデスが見たところでは相当な達筆である。

 

「俺より字が上手いんだよな……」

 

「へっへ~ん。漆黒聖典の元第九席次は伊達じゃないってね~」

 

 漆黒聖典在籍時、徹底的に仕込まれたとのことで、喋りながらもクレマンティーヌの筆跡は乱れない。ロンデスは感心しつつ呆れたが、すぐにアウレリウスに向き直ると、クレマンティーヌが書いた単語の意味について説明を始めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「モモン殿。俺、いや私は……多くの魔法を知りたいのだ……」 

 

 ギルメンらと六腕メンバーが語り合っている中、モモンガにはデイバーノックが話しかけている。普段から目深にフードを被っている彼だが、さすがに目の前で立つとエルダーリッチ然とした風貌がよく見えていた。しなびた、あるいは干からびたような面皮の一部が剥がれ、頬下の筋肉や歯茎が剥き出しになっている。見た目にも明らかなアンデッド顔であり、普通の人間なら恐れ怯えるところだ。

 

(しかし、この俺もアンデッドなんだよな~)

 

 デイバーノックは話を切り出したところで首を傾げ「アンデッドで、しかも喋っているのに……気にならないのか?」と不思議そうにしている。

 異世界転移の直後のモモンガは、鏡を見て「うっわ! 骸骨、()わっ!」と思ったものだが、今では慣れたものだ。朗らかに笑い飛ばしている。

 

「ハハハ、こうして普通に話せているじゃないですか。何も問題はありませんよ。それで、多くの魔法を知りたいのでしたか?」

 

「う、うむ!」

 

 デイバーノックが握った両拳を持ち上げた。妙に反応が可愛らしく、おっさんのアンデッドに萌えを感じる趣味を持たないモモンガとしては困るのだが、ここは咳払いで受け流す。

 

「ごほん。こちらの()か……いえ、エルダーリッチの方が頑張るとどうなるのか。興味はあるのですが、私は人に魔法を教えるのが苦手でして……」

 

 正直言って、魔法の仕組みなどはまったく理解できない。使えるから使える。ただ、それだけなのだ。

 

「そうか……」

 

 デイバーノックは落胆したようだが、モモンガには秘策がある。

 ナザリック地下大墳墓の最古図書館。あそこならデイバーノックの助けになるような魔法書籍があるはずだ。

 

(タブラさんが、元から書籍データは色々揃ってて……異世界転移したら、それが妙にそれっぽい内容になってたとか言ってたし!)

 

 問題は、例によって外部の者を第十階層に通して良いかどうかだが……考えてみれば、クレマンティーヌ(モモンガの脳内では、テヘペロしながらVサインしている姿が見えている)、ロンデス(こちらはキリッとした真面目顔)、それにカジット(最古図書館にて目を輝かせながら書籍をめくる姿……)らがすでに居るのだ。

 

(今更一人増やしたところで、問題ないよな。……皆に一声かけておくべきだろうけど……。あっ……)

 

 唐突にモモンガは思い当たる。

 一声かけておくべきと言うのであれば、イビルアイと手合わせしたとき……諸々の制限や予定を無視して超位魔法を使用したのは問題ではないだろうか。今こうして王都のヘイグ武器防具店に戻って来たわけだが、ここまでヘロヘロ達が何も言わないので気にしていなかったのだ。

 

(イビルアイの言動がアレ過ぎたから、ついノリで<天軍降臨(パンテオン)>を使っちゃった! これってマズいんじゃないの!?)

 

 マズいのである。

 冒険者チーム漆黒の魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンは、第三位階までの使い手という設定なのだ。いざとなれば第四位階まで使える……という隠し要素があるが、対イビルアイ戦では超位魔法を使っている。色々と台無しであろう。

 

(いや、待て! 転移後世界の人々は、超位魔法など見たことがないはずだ! たぶん! 例のフールーダって人で第六位階が限界という話だし、案外、わけのわからない魔法ってことで済むんじゃ……駄目かぁ……)

 

 王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇で、一番強いと自称するイビルアイ。その彼女をボコボコに出来る天使を呼び出したのだから、『わけのわからない召喚魔法』などという曖昧なことで話が終わらないのは目に見えている。

 

(記憶操作するか? でも、あれって上手く機能するのか? 蒼の薔薇の全員を? え、ええ~っ?)

 

 困難だと、モモンガは判断した。

 取り込めそうな六腕はともかく、蒼の薔薇を皆殺しにして口封じする選択肢も選びがたい。いや、死の支配者(オーバーロード)となった今なら、精神的な面から見ても実行は可能だろうが、後で合流するギルメンに言い訳できないし、今居るギルメンだって難色を示すだろう。

 事ここに到ってはなるようにしかならない。

 とにかく、後でヘロヘロ達に相談だ。今のところ何も言ってこないのだから、何かしらの打開策があるか、あるいは気にしていないだけか……。

 

「モモン殿?」

 

「あ、はい!」

 

 長考しすぎたのだろう。デイバーノックが不安そうな顔をして、モモンガを見ていた。不安なのは自分も同じだよ! ……と思うモモンガだが、同じアンデッドながら不安そうにしているデイバーノックの顔を見ていると、何だか肩に入った力が抜けてくる。

 

「デイバーノックさん。私には貴方を指導することはできませんが、有用な資料やアイテムは用意できます。そういう意味であれば、相談に乗れると思いますよ?」

 

「おお!」

 

 デイバーノックの表情が明るくなった。

 アンデッドなので強面のままだが、妙に微笑ましい。

 この調子で、転移後世界でも親しい者が増えて……そう、例えば、ギルメン達のような友人ができれば……。

 

(あるいは……ユグドラシル時代で、ギルド加入の制限を緩和しておけば良かったかな~)

 

 ギルメンが次々と引退し、ログイン時間をモモンガ一人で過ごす期間は随分と長かったように思う。今はヘロヘロ達が居るので、それほどの孤独感はないが、やはり仲間は多い方が良いのかもしれない。

 モモンガは「やった! 俺は、また一つ高みを目指せるぞ!」と喜びを露わにするデイバーノックを見ながら思った。

 

(転移後世界の人達は……ゲームのキャラとかじゃなくて、『本物』だものな……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 手合わせも済んだことで、六腕や蒼の薔薇は帰ることになった。

 この流れで心配する必要は無いだろうが、一応、六腕の後をつけて攻撃したりしないよう、モモンガはラキュースに釘を刺している。

 

「そんなことしません。そういう気分でもないですし……」

 

 沈んだ声で言うラキュースは、ペコリと頭を下げてモモンガに背を向けた。が、入れ替わるようにイビルアイが進み出る。それが擦れ違い様の行動だったため、ラキュースが「えっ?」と振り返るも、それには構わずイビルアイはモモンガに話しかけた。

 

「ずっと考えていた! いや、ひょっとしたらラキュース達が手合わせしているときに気がついていたかもしれない。わ、私が、アレほど完膚なきまでに叩きのめされるなんて……他に考えられなくて!」

 

 その上擦った声に、六腕達もイビルアイに目を向けている。

 徐々に店内の空気が緊張感を帯びてきており、イビルアイが話している内にヘロヘロや弐式など、ギルメン達がモモンガの側に寄ってきた。

 それら仲間の気配……この場合は床板を踏む音など……を感じつつ、モモンガは口を開く。

 

「いったい、何に気づいたと言うのでしょう?」

 

「モモン殿。おま……いや、あなた方は……ぷれいやーではないだろうか!?」 

 

 ざわりと店内の空気が揺らいだ。

 まず、蒼の薔薇の面々は表情を硬くしている。どうやら『ぷれいやー』という言葉に聞き覚えがあるらしい。六腕だと、デイバーノックのみが驚いているようだ。

 そして、モモンガとギルメン達に関しては警戒の色を濃くしている。

 ぷれいやー……すなわち、ユグドラシル・プレイヤーを知っているということなのだ。

 こいつ……いや、蒼の薔薇を帰して良いのだろうか。

 そんな思いが、言葉を交わすことなくモモンガ達の中で統一されていくが……。

 

「イビルアイさん。その『ぷれいやー』というのは何でしょう? 知らない言葉です」

 

 モモンガは、しらばっくれてみせた。

 本来、ここで「俺、プレイヤーですけど?」とでも言えば話は早かったに違いない。だが、今日の手合わせの中でイビルアイと接したモモンガは、彼女……そして蒼の薔薇について、ある印象を強く抱いていた。

 すなわち……失礼すぎて信用するに値しない……である。

 ほぼ、イビルアイ一人のせいなのだが、チームで一番の強者が失礼で無礼というのは、チーム全体の印象を悪くしていた。

 そう思ったことと、今の『ぷれいやー』発言で、やはり超位魔法を使ったことは早計だったとモモンガは後悔する。だが、過ぎたことを言ってもしかたがない。

 モモンガは、肩越しにヘロヘロ達を振り返った。

 その仕草と視線の意味するところは、「この人達を残して、色々と情報収集したい」というものだが、余すところなく伝わったようで、ヘロヘロ達は揃って笑みを浮かべている。ニンマリ笑って頷いたモモンガは、改めてイビルアイへと向き直った。

 

「知らない言葉なので……イビルアイさんには、色々と教わりたいんです。どうでしょう? お時間に余裕はありますか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「デイバーノック。ぷれいやーというのは何だ?」

 

 ヘイグ武器防具店を後にした六腕は、王都の拠点に向けて移動を開始していた。その道すがら、ゼロがデイバーノックに聞いている。共に歩くマルムヴィストや他の六腕メンバーも興味があるらしく、ゼロとデイバーノックを交互に見ていた。

 聞かれたデイバーノックは一瞬口籠もったが、すぐに説明を始める。

 

「六腕に入る前からと今日まで、俺は魔法の知識を収集するべく活動していた。だから、魔法関係の情報は多く集まるんだ。で……な、その中で時折、『ぷれいやー』という言葉が聞こえてくる」

 

 実のところ、デイバーノックにとって有益な情報ではなかったらしい。何しろ、おとぎ話に近いもので、即座に魔法の改善や新たな力に結びつくものではなかったからだ。

 

「まあ、六大神に関係するだろうから、その意味では無駄な情報ではなかったかもしれんな……」

 

「おい、解るように説明しろ」

 

 答えていたのが呟きに変わり、さらには自問自答へと変貌していく、このままでは埒があかないと感じたゼロが声をかけたところ……デイバーノックは、呆然とした面持ちでゼロを見返した。

 

「ぷれいやーとは……神だ」

 

「はっ?」

 

 ゼロが目を丸くし、周囲の六腕メンバーもキョトンとした顔つきとなる。だが、デイバーノックは構わずに説明を続けた。

 

「六大神は知っているな? (いにしえ)からの伝承によると……それら全員が、ぷれいやーという存在だったらしい……と言われている。あくまで伝承での話だがな……」

 

「おい、ちょっと待てよ! ……おっと」

 

 声を大きくしたマルムヴィストは、通行人の目を気にして口元を押さえたが、それでも声を小にしながらデイバーノックに囁きかける。

 

「じゃあ何か? イビルアイがモモンを『ぷれいやー』かもって判断したってことは……モモンは神様ってことか?」

 

 冗談めかし、薄ら笑いを交えて言うマルムヴィストだが、その浮かべた笑みは引きつっていた。魔法の詳しいことはマルムヴィストには解らない。だが、アダマンタイト級に匹敵すると言われた自分が、同僚と共に、しかも、そこへ本物のアダマンタイト級冒険者であるガガーランも加えて戦い……一人の男に敗北したのだ。それも、つい先程のことである。モモンを『神』と同列に扱ったからと言って、頭から笑い飛ばすには受けた衝撃が大きかったのだ。

 

「本当に神かどうかは断言できん。しかしな、幾らか魔法を使えるサキュロントなら理解できるんじゃないか?」

 

 名前を出されたサキュロントが自分を指差したが、デイバーノックは頷いて話を続ける。

 

「イビルアイと手合わせしたときに、モモンが呼び出した天使。あの途轍もなく強力な天使だ。第五位階の魔法……<龍雷(ドラゴンライトニング)>を軽く弾いていたろう? あんなものを召喚できる位階というのは、いったい第何位階なんだ? 人類の最大到達点、第六位階魔法か?」

 

「そんなこと、俺に言われたって……。でも、あのな……俺的な感覚で言わせて貰ったら、あの天使……人間が召喚するのって、無理じゃないか?」

 

 自信なさげにサキュロントが言う。大きく頷いたデイバーノックは、黙って聞いているゼロに向き直った。

 

「つまり、そういうことだ。ボス。『ぷれいやー』とは神で、イビルアイはモモンを『ぷれいやー』と呼んだ。そしてモモンが使う魔法は、人の域を大きく超えている……。確かな情報としては、こんなところだ」

 

「なるほどな……」

 

 いつしか立ち止まっていたゼロは、そのゴツイ下顎を右手で掴んで撫でさする。

 

「面白い! まったくもって面白いぞ!」

 

 白い歯と歯茎を剥き出しにし、呆気に取られた部下達を見回した。

 

「いいじゃないか! どのみち漆黒とは繋がりを持ちたかったんだ。ヘイグと懇意にしておけば、より良い武具やアイテムを入手できるかと思っていたし、その強さにも惹かれていたが……神と来たか……」

 

 この瞬間、ゼロは今後の『舵取り』の方針を、大まかにではあるが固めている。  

 八本指を抜けてモモン達につくか、あるいは八本指在籍のままでモモン達につくか。どちらの方が有益だろうか。どちらの方が面白いだろうか。

 

「いやはや悩ましいな」

 

 悩ましいと言いながら、底抜けの笑顔でゼロは皆を見回した。

 

「おい、拠点に戻ったら作戦会議だ! この先、ずっと楽しくなるぞ!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ほうほう。そのイビルアイさんから、色々と聞けたわけですか」

 

『ええ、クレマンティーヌの話とも一致しますし。やはり六大神はユグドラシル・プレイヤーで間違いないようです。他にも十三英雄などの話も聞けましたよ……どうやら、生き残りが一人か二人居るようで……』

 

 この日、何度目かの<伝言(メッセージ)>を受けていたタブラは、モモンガからの報告を聞いて二度、三度と頷いている。

 手合わせも上手くいったようだし、六腕との関係は良好で、蒼の薔薇からは情報も得られたようだ。もっとも、蒼の薔薇とは六腕ほどには友好的になれなかったようだが……。

 

(聞いていたイビルアイの態度……言動では無理もないかなぁ。今は反省しているらしいけれど、第一印象が悪いのでは……ね)

 

 一方で、ナザリック勢としては反省点もある。

 モモンガが事前の相談もなしで、位階魔法の上限を無視し、超位魔法を使用したことだ。そもそも、そのことを切っ掛けとしてイビルアイが『ぷれいやー』という言葉を持ち出したのだから、これは問題だ。……問題なのだが……。

 

(取り返しのつく範囲かな~……)

 

 むしろ、良くやったとタブラは言いたい。

 組織的には褒められたことではないが、どうせ転移後世界で活動していけば、いずれはプレイヤーであることがバレるのだ。もっと効果的な正体の明かしどころもあったろうが……。

 

(ああ~……いけない、いけない。イビルアイのモモンガさんに対する態度を思い起こすと……どうも……ね)

 

 聞いただけのことなのに、どうしようもなく怒りが湧き上がる。

 やはり精神的に無理や歪みが生じているのだろうか。すぐにでも精神安定系のアイテムを装備すべきだと思うが、今のモモンガとの<伝言(メッセージ)>においては、このままで良いとタブラは判断した。

 

(今暫くはね~。私だって……ある程度は発散したいんです。これも歪みの影響かな……。でも、そうか……そうなると……。ああ、そうかモモンガさんは……)

 

「モモンガさんには、今後は気をつけていただくとして。私、思ったんですけどね……」

 

『何でしょう?』

 

 以前……と言っても同日中のことなので、それほど前ではないが、タブラはモモンガに対し『ギルメンは人化と異形種化の繰り返しだけでは精神安定を得られない。精神安定系のアイテムでも使わなければ、人として気が触れて……発狂する』と持論を語って聞かせた。ただ、その中で『モモンガに限ってはアンデッドの精神安定化があり、発狂する前に安定化される』とも語っている。

 このことについて、タブラは今のモモンガの報告を聞き……間違いではないか……と思ったのだ。

 

(やっぱり、モモンガさんにも精神安定系のアイテムって必要だ……)

 

 発狂しきった時点で、モモンガの精神は安定化される。が、徐々に気が変になった場合、発狂点に到達するまでに精神が幾分か変調を来すようなのだ。

 

(ちょっとだけ怒りっぽくなったり、深く考えることをやめたり……しかも、それをノリの一環でやってる認識なのでタチが悪い。発狂点まで行ったら安定化されるにしても、そのときは既に事後なんだものな……)

 

 このことをモモンガに説明すると、<伝言(メッセージ)>向こうのモモンガは恐縮することしきりで何度も謝っている。それはそれで、また変になっているのでは……と思ったタブラは、早く精神安定系のアイテムを装備するように伝え、モモンガとの<伝言(メッセージ)>を終えた。

 

「モモンガさんも、それにタブラさんも大変ね~」

 

 少し先行していた茶釜が振り向いて言う。今の彼女は人化しており、二枚の大盾を背負った姿なのだが、右手でアウラ、左手でマーレと手を繋いでいた。

 

「茶釜さん。だいたいの事情は御存知でしょうが……その、茶釜さんは大丈夫なんですか?」

 

 度々繋がるモモンガとの<伝言(メッセージ)>の合間、茶釜には一通りの説明をしていたのだが、今見ている限り……茶釜は普通だ。だが、彼女だけが普通などということがあり得るだろうか。

 

(男の私達と、女の茶釜さんで何か差異があるとか? いや、モモンガさんの事例もある。軽々しく結論を出すのは危険だ。私だって、今の自分が正気だとは限らないのだから……)

 

 背中に嫌な汗を感じながらタブラが考えていると、茶釜が少し考えるような素振りを見せた後で微笑んでいる。

 

「ん~……駄目みたい」

 

「ちゃ、茶釜さん!?」

 

「茶釜様! どこか、お身体を悪くされてるんですか!?」

 

「僕、ナザリックからポーションを取ってきましょうか!?」

 

 茶釜の自己診断結果に反応した声は、三人分だ。

 最初はタブラで、アウラ、そしてマーレと続く。タブラは驚愕で、アウラ達は驚きに恐怖を加えて顔を引きつらせているが、当の茶釜はいたって普通な様子で、唇の端に人差し指を当てた。

 

「モモンガさんやタブラさん達みたいに、気が変になっていないかってことよね? こっちの世界に来る前と、今の自分で精神的に変わったところがあるかどうか……というと、そりゃあ変わってるわよ。ええ、人化と異形種化の繰り返しもしてるけど……モモンガさん達みたく、『そういう意識決定しちゃいけないだろうってことも、平気で納得して感情任せ』にしてたりするし……」

 

 つまり、タブラ達と症状は同程度……ということだ。

 

(うわ、駄目だ……。早く精神安定系のアイテムを、宝物殿やギルメン各自の自室からでもいいから取り寄せて……皆で装備しなくちゃ……)

 

「異世界転移前の私だったらさ……。モモンガさんが馬鹿にされて皆が攻撃的になった時、同じように腹は立ったと思うけど……暴走しかけたら止めに入ってると思うんだよね~。でも、ついさっきタブラさんから色々聞かされるまで気がつかなかったし……。……あれで良いと思ってたし……」

 

 喋り続ける茶釜は、顔が笑ってる。目も笑ってる。怒ってはいない。

 だけど、怖い……。

 タブラをしてジリジリと後退させるほどなのだが、そこで言葉を切った茶釜は泣くような笑顔に転じた。だが、頬を涙が伝っているわけではない。

 そんな複雑な表情のままで、茶釜は再び口を開いた。

 

「あ~、やっぱ駄目だわ。喋りながら何とか、心持ちとか立て直そうとしてたんだけど~……無理みたい。タブラさん? 何か精神安定系のアイテムとか……持ってる? 狂いかけてるのに頭が普通に回るって、すっごい気持ち悪いの」

 

 結局、タブラは<伝言(メッセージ)>によりナザリックのペロロンチーノと連絡を取り、シャルティアの<転移門(ゲート)>でアイテムを取り寄せた。そうしてアイテム装備をした結果、茶釜は正気に戻っている。

 そして、この茶釜の一件は全ギルメンに<伝言(メッセージ)>で周知され、同日中に皆が精神安定系のアイテムを所持することになるのだった。

 




色々と、お騒がせして申し訳ありません。
評価コメントや感想で応援を頂きまして、発奮して第60話を書きました。

自分としましては、批判されることも大事な御意見と捉えていまして、しかしながらSSに関しては好きで楽しく書いてるので、何と言うか悩ましい状態になってしまったのでした。

さて、第60話。
黙って皆に合わせてるようで茶釜さんもおかしくなっていたという。しかも、タブラさんより冷静に自己診断してたとか、マジ茶釜さんパネェっす。
ペロロンさんもアイテム装備で正気になってますが、シャルティアと致したときは狂ってたのかと言うとさにあらず。アレは素なのです。

さて、令和2年も残るは本日と12月31日だけとなりました。
ひょっとしたら大晦日~1月3日の中で頑張って書くかもしれませんが。

取りあえず、また年末の御挨拶をしておきます。

皆様、良いお年を~。

そうだ、感想に返信しなくちゃ!

<誤字報告>

爆弾さん、冥﨑梓さん、D.D.D.さん、ARlAさん

毎度ありがとうございます

『。。』みたいな誤字もあったりで、やはり書き上がりは目がショボショボしてるので、どうにもこうにも……。
あと、一太郎で書いてると、どうしても転写の際に文頭で一マス空ける……が、半角スペース×2になってて、どういう原理か一マス詰まるという現象が発生するんですな。泣ける……。


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第61話

「あ゛あ゛~……アイテムの精神安定化って最高よね~。頭すっきり~……」

 

「姉ちゃん、すっきりしたのは頭だけなんだろ? 肩に手を当てながら言うの止めよ~よ~。歳が……」 

 

「あ゛ぁ?」

 

 茶釜がペロロンチーノを振り返って睨みつける。

 ここはトブの大森林。ここまで色々と事案が発生したものの、リザードマン集落はもう目と鼻の先だ。……いや、すでに見えている。

 

「ふむ……」

 

 茶釜は鼻を鳴らした。現時点、茶釜とタブラは人化しているが、ペロロンチーノは鳥人形態のまま。このままリザードマンと接触して良いものだろうか。

 

「弟、あんたはどうするの? このまま私達と一緒に来る? シャルティアも一緒で構わないわよ?」 

 

 鳥人形態のペロロンチーノは現実(リアル)の時より若干背が高い。そもそも元から身長差があったのであり、茶釜は高い角度でペロロンチーノを見上げた。

 

「いやあ、俺ってば、シャルティアとナザリック内デートの予定なんだぁ。な? シャルティア?」

 

「はいでありんす! ペロロンチーノ様!」

 

 傍らに立つシャルティアが、茶釜よりも高い角度でペロロンチーノを見上げている。輝かしい笑顔は、花が咲いたと言うよりも、宝石を撒き散らしているかのごとしだ。が、その笑顔も、茶釜の側で居るアウラが微笑ましそうに見ているのに気づくと、気恥ずかしげにツンと顔を逸らすことになるのだが……。

 

「……ナザリックに合流してから、ずっと思ってたんだけど。意外だわ……」

 

「何がさ? 姉ちゃん?」 

 

 ペロロンチーノが首を傾げると、まとわりつくアウラとマーレの頭を撫でながら、茶釜は言う。ペロロンチーノは、シャルティアを作成する際に気合いを入れすぎた。言い方を変えれば、萌えの心を詰め込みすぎていた。ユグドラシル時代は、それで良かったろうが……NPC達が意思を持って動く、この転移後世界でシャルティアを見たら……。

 

「私も身に覚えがあるから解るんだけど。嬉し恥ずかし過ぎて、悶絶するかと思ってたのよね~」

 

 本当は、性癖が具現化されたことで悶絶……と言うのが正しい。そして茶釜が言ったとおり、萌えを詰め込んだのはアウラやマーレの作成でも同じである。例えばマーレのスカートの丈をミリ単位で拘ったのは後悔などなく良い思い出だ。しかし、実際に着用しているマーレを見た時は、申し訳なさと恥ずかしさで逃げたくなるほどだった。

 そういう事情から出た問いかけであり、「私はキツかったけど、お前、大丈夫なわけ?」という茶釜の思いが込められている。 

 ただ、目の前にシャルティアが居る手前、茶釜は言葉を選んでいた。

 

「嬉し恥ずかしで悶絶? そりゃあ、したさ。でもねぇ、姉ちゃん」

 

 ペロロンチーノがシャルティアと繋いでいた手を離し、シャルティアの頭の上に乗せる。

 

「ペロロンチーノ様? ふわっ!?」

 

 姉がアウラ達にしているようにシャルティアの頭を撫で、ペロロンチーノは嬉しそうに笑う。今は黄金仮面を装着しているので、表情などはわからない。だが、その口から漏れ出る声が、この上なく嬉しそうなのだ。

 

「俺が作った、一番の女の子なんだぜ? そういうのは会って話したら吹っ飛んだし、俺にとって過去の話なのさ~」

 

「ぺ、ペロロンチーノ様! 素敵でありんす!」 

 

 創造主とNPCで盛りあがっている。しかし、そんな二人を茶釜は胡散臭そうに見て言った。

 

「その話は、まあ理解……しておいてやるとして……。……あんた達、仲良くなりすぎじゃない?」

 

 茶釜とペロロンチーノは、異世界転移してからそれなりの日数が経過している。だが、ナザリックに合流を果たしてからだと日が浅い。それはつまり、ペロロンチーノとシャルティアは、『再会』してから日が浅いと言うことになるのだ。ところが、茶釜の見立てでは、二人は初々しいカップルのように見えている。いくら何でも関係の発展が早すぎではないだろうか……。

 

(まさか、でも……ひょっとして……)

 

「弟……。ひょっとして、シャルティアと……何かした?」

 

「ううっ!?」

 

 ペロロンチーノが身を翻すようにして呻く。何か返事をしたわけではないが、この仕草だけで茶釜には全て理解できた。

 弟は……シャルティアと深い関係になっている。

 

(ストレートに言えば、やっちゃった……だ)

 

 元の現実(リアル)で手を出せば、お巡りさんに逮捕連行(ドナドナ)されること請け合いの少女、シャルティア・ブラッドフォールンと……弟がベッドイン。

 茶釜のこめかみに血管が浮く。

 異形種化していれば、さぞかし淫猥な見た目になったことだろう。だが、今は人化中だ。精神安定系のアイテムだって装備している。それはアンデッドの精神安定のような即効性を持たないが、精神の異常値を徐々に平常ラインへと戻す効果を持っていた。従って、茶釜の精神は怒りで爆発しそうになったのが徐々に沈静化されていく。

 

(でも、これ……アイテム効果だけじゃないわよねぇ……)

 

 浮かんだ血管を人差し指で押さえながら、茶釜は目を閉じ考えた。

 ここは元の現実(リアル)ではないから、法律関係は無効だ。転移後世界の法的に、シャルティアの外見年齢はどうかと思うのだが、それもまあナザリックの者には無関係だろう。そもそもシャルティアは人間ではないし、弟も今となっては人間ではない。そして創造主と製作NPCという間柄でもある。

 

(諸々オーケーか……。当人らが合意してるなら……良いのかしら……ねぇ?)

 

 空気を読まなかったり、場を弁えなかったり、他人に失礼あるいは不快な性的言動。これらは許すべきでないが、愛し合う二人に姉がちょっかい出すのも無粋な話だろう。

 茶釜は目を開くと、不安そうにしているペロロンチーノを見た。ペロロンチーノが「うひっ」と情けない声を出して半歩後退するが、その彼にシャルティアが縋りついている。

 

「……なんかムカつくけど。いいわよ、別に……」

 

「へっ?」

 

 殴られる! ……と、腕で頭部を守ろうとしたペロロンチーノが窺うような視線を向けてくるが、茶釜は両手を腰に当てて鼻を鳴らした。 

 

「お互い好き合って交際してるんでしょ? だったら、そのまま付き合えばいいじゃない。姉の私なんか関係なく」

 

「姉ちゃん……」

 

 認められたと理解したペロロンチーノが、仮面で見えないながらも徐々に笑顔になっていく。しかし、茶釜は釘を刺すことを忘れなかった。姉として、弟とシャルティアとの交際に文句は言わないが、シャルティアを泣かせるようなことをしたら、一女性としては黙っていない。

 

「きっつい説教と折檻が待ってるからね? シャルティア以外の女に手を出すなんて絶対に駄目よ? ラノベじゃないんだから、ハーレム駄目! 絶対!」

 

「うぐっ……。マジモン異世界で、エロモンスターを探す夢が……」

 

 素直に「わかったよ、姉ちゃん」とでも言っておけばいいものを、弟の不用意な発言により、茶釜は目つきを鋭くした。

 

「あぁん? 何か言ったかしら?」

 

「い、いいえ、何でも……そうだ!」

 

 エロゲーマスターに電流走る。

 ナザリックのギルメンには、その辺のラノベ主人公など目ではないハーレム男が居るではないか。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、ヘロヘロ。戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンを筆頭に、一般メイドの三分の一を作製した……ナザリック、メイド好き三人衆の一人だ。今のヘロヘロこそ、ナザリック一の輝けるハーレム男と言って過言ではない。

 彼の存在が、この状況を打破するのでは……。

 ペロロンチーノは両拳をグッと握って持ち上げると、黄金鎧のエフェクトを煌めかせながら訴えかけた。 

 

「ね、姉ちゃん! ヘロヘロさんは一〇人以上のメイドさんと仲良くしてるんだよ!? 俺だって少しぐらい……」

 

「よそはよそ! うちはうち!」

 

 弟が繰り出してきた逆転の一打……それを茶釜は一刀両断にする。しかし、怯んだペロロンチーノが次のようなことを口走ったことで、茶釜は片眉を上げた。

 

「モモンガさんも……いや、あの人は現時点で二人か。ヘロヘロさんと比べてインパクトがな~……」

 

「モモンガさん?」

 

 モモンガは現時点で二人……。

 何のことかと暫し考えた茶釜だったが、すぐにアルベドとルプスレギナのことに思い当たる。モモンガは現在、アルベドとルプスレギナの両名と交際中なのだ。小耳に挟んだところでは、転移後世界にも何人か仲良くしている女性が居るとか……。

 

「……ふむ。モモンガさんね……。ま、いいかぁ」

 

 一つ頷き、茶釜はペロロンチーノを見る。

 

「もう元の現実(リアル)じゃなくて、異世界なんだし? モテる男はハーレム作るのもありよね!」

 

「さっきと言ってることが真逆!?」

 

 何だか解らないうちに姉が意見を翻したので、ペロロンチーノは驚愕したが、同時に今の発言の問題点にも気がついた。

 

「てゆうか、なんでヘロヘロさんの時は駄目で、モモンガさんだと態度が変わるんだよぅ!」

 

「う、うっさい黙れ、弟! アイテムも貰ったし、用は済んだんだから速やかにナザリックへ帰還! ほれ、とっとと帰る! シャルティア! かまわないからナザリックで風呂(スパリゾートナザリック)にでも沈めてきて!」

 

 強引に会話を打ちきり、創造主ではないながらシャルティアに指示を出す。シャルティアとしては、本来ならペロロンチーノの意向が優先されるはずだが、この時は茶釜の指示を受け入れていた。嬉々として……。

 

「承知しましたでありんす! ささ、ペロロンチーノ様、こちらへ!」

 

「ええええ!? 嬉しいけど、姉ちゃん横暴だぁああっ!」

 

 絞められる前の鶏のような声を残し、ペロロンチーノが<転移門(ゲート)>の暗黒環に姿を消した。

 

「ふう、行ったか……。精々、煩悩とか洗い流して……真人間になるんだぞ? あ、今は鳥か……」

 

「ペロロンチーノさんの扱いがヒドい……って、ユグドラシルの時と変わりない感じですけど」

 

 それまで傍観していたタブラが話しかけてきたので、茶釜は愛嬌を増量してクリンッと振り返る。

 

「てへっ! 放置してて御免ね! タブラさん~」

 

「いえ、構いませんが。でも、ペロロンチーノさんが女性と交際するのに、それほど干渉しませんでしたね? 相手は見た目の年齢が……ええと、少女然としたシャルティアですけど……良かったんですか?」

 

 問いかけるタブラだが、その表情は笑っている。心配していない……ということは、からかいあるいは弄っているのだ。そう判断した茶釜は、現実(リアル)とは法律が違ってること、自分達は異形種であること等を述べて質問を受け流す。  

 

「なるほどね……。そういう事にしておきますか……」

 

 しかし、タブラの方が上手だったようで、気になる点のあった茶釜は話題を継続することにした。ツカツカと歩み寄り、上体を前に倒すと……斜め上に向けてタブラへ視線を送る。

 

「……タブラさん、何だか察しが良くない?」

 

「これでも元妻帯者でして。女性の口振りから察するのは、割と慣れが……」

 

「ぶくぶく茶釜様! リザードマンが、こっちに来ます!」

 

 アウラからの警告が飛んだ。

 見れば、集落の方から一人のリザードマンが歩いてくる。

 茶混じりの黒いウロコ、胸には『亡』の字に似た紋様が施されているのが特徴だ。

 

「あ~……集落近くで騒いでたから気づかれましたか」

 

 タブラが呟くと、茶釜から離れたアウラがタブラの前に立つ。至高の御方達を守る……という気迫が漲っているが、その彼女の肩にタブラは手を置いた。

 

「まずは話してみるとしましょう。周囲にはアウラのお友達(モンスター)が居るので心配ありませんし」

 

「タブラ様……。はい! そうします!」

 

 一瞬、キョトンとしたアウラが、すぐ嬉しそうにはにかむ。タブラは、後方の茶釜を肩越しに振り返った。

 

「茶釜さん、大変です。アウラが可愛すぎで……」

 

「ぬふふ。そうでしょう、そうでしょう。アウラとマーレは可愛いんです」

 

「お話中、すまないが……」

 

 すぐ近くまで来ていたリザードマンが、遠慮がちに話しかけてくる。氷で出来たような扇型の剣を背負っているが、彼が歴戦の戦士であるなら、すぐさま抜いて斬りかかってくることだろう。

 

「この先の集落に何か用だろうか? 俺はザリュース・シャシャ。旅をしていて、集落で逗留中の身だ」

 

「これは御丁寧に、どうも。私はタブラ・スマラグディナ。長いのでタブラで結構です。後ろの女性は……ぶくぶく茶釜。茶釜さんって呼んで貰っていいですよね?」

 

 確認したところ茶釜からは「おっけ! かまわないわよん!」と快諾されている。続いてアウラとマーレを紹介した後、タブラは来訪した目的を述べた。

 

「実は私達、森の向こうで拠点を構えていまして。近くの森に何があるか……と調査をしていたのです。平たく言えば探検ですね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 王国王都、ヘイグ武器防具店前。

 

「では、私達はこれで……」

 

 そう言ってラキュースが背を向け、蒼の薔薇は立ち去ろうとしている。

 イビルアイを対象とした質問タイムが終了したわけだが、ラキュースや他のチームメンバーにも色々と聞けたので収穫は大きい。

 ティアとティナなどは「ニシキ……さんは、イジャニーヤと関係があるのか?」等と自分達から話を振っており、転移後世界の忍者組織ないし暗殺組織の存在を知れたことで、これもまた大きな収穫となった。 

 

(「おっと、そうだ。一つ聞くことがあるのを忘れていた」)

 

(「なんです? モモンさん?」)

 

 小さく呟いたのだが、聞き取ったニシキが左肩後方から顔を寄せてくる。

 

(「タブラさんと<伝言(メッセージ)>で話したんですけど。イビルアイが人間じゃないかも……って。ほら、六腕のデイバーノックと似た感じで……」)

 

 転移後世界の存在としては強者であることと、諸々の関連性から、アンデッドないしは人間より強力な存在ではないのか……と睨んでいることをモモンガは説明した。

 

(「俺の正体が……だってこと、教えちゃマズいですかね?」)

 

(「モモンガさん、マズいでしょう。それで信頼は得られるかもしれませんが、いずれ漏れる事だとしても一気に情報漏洩しすぎです。……遠回しに探りを入れて、後は影の悪魔(シャドウ・デーモン)……は心許ないから、ハンゾウで探ってみては?」)

 

 弐式の提案を聞いてヘロヘロや建御雷を見ると、二人とも頷いている。

 方針が決定したことで、モモンガは去りゆく蒼の薔薇……中でもラキュースに声を掛けた。

 

「ラキュースさん、一つ聞き忘れていたことがありまして」

 

「……なんでしょう?」

 

 ラキュースが振り返ったので、他のメンバーも一斉に振り返る。

 

「六腕のデイバーノックさん。あの方は、ああいう種族の方でしたが。ラキュースさんは、どう思われましたか? 彼が人間社会の中に紛れ込む。このことについて……」

 

「モモンさん……」

 

 この瞬間、ラキュースがチラリとイビルアイに視線を向けたことを、モモンガは見逃さなかった。

 

「私は……デイバーノックの行いを肯定しません。ですが、彼の種族に関しては……話せて……意思疎通ができれば、人の世に居ても良いのでは……。そう考えています。では……」

 

 そう言ってラキュースは背を向け直し、今度こそメンバーらと共に去って行く。

 その背を見送りながら、モモンガはイビルアイのアンデッド説を強く認識していた。

 

「当たり……ですかね?」

 

「ですね。じゃあ、俺の自腹でハンゾウを召喚して貰って、イビルアイを調べてみますか……」

 

 弐式が自分自身に親指を向けて言うので、モモンガは頷いたが、ここで誰からか<伝言(メッセージ)>の糸が伸びてくる。

 

「誰かな? はい、モモンですが……」

 

『あのう……モモンガ様? アルベドですが……』

 

「うっ!?」

 

 それは、エ・ランテル冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックとの対話の場に残していったアルベドからの<伝言(メッセージ)>だった。

 冒険者ネームのブリジットではなく本名を口に出しているということは、別の場所……それも人目に付かない場所に移動したということなのだろう。

 

『組合長とは話を終えまして。特に問題点や、新たな情報は得られなかったように思います。それで、その……ご指示のとおり、酒場宿で部屋を取って待機しているのですが……』

 

 放置時間が長くなったため、不安になって<伝言(メッセージ)>してきたらしい。可愛い……と思う一方、申し訳ないという気持ちがモモンガの中で増大していく。しかも今は人化中なので、彼の焦りは大量の汗と引きつった表情という形で大きく出ていた。

 心配そうにしている弐式達に説明したところ「それはマズい! 長引かせて悪かった。すぐに戻ってやるべき」ということになったので、一度、ヘロヘロの店に戻り、<転移門(ゲート)>を使用することとしている。

 

「アルベド、すまなかった! 弐式さんを帝都へ送って、建御雷さんをトブの森へ送ったら、すぐにアルベドのところへ行く。すまないな、もう少しだけ待っていてくれ!」

 

『すぐに私のところへ!? はうう、何と言うパワーワー……ド、ふう……お待ちしていますわ! モモンガ様!』

 

 この言葉を最後に、アルベドとの<伝言(メッセージ)>が終了した。

 モモンガは一息ついて手の甲で額の汗を拭うが、ヘロヘロ達、ギルメンのニヨニヨした笑いが気になったので皆を店内に追い立てる。

 

「さあさあ、お客さんは帰ったので元の配置に戻りますよ! 特に変更はないですねっ?」

 

 基本的にはアルベドに告げた配置となるだろうが、念のためにモモンガは聞いてみた。

 ギルメン達は特に反応なし。NPC達も特には……いや、腕が一本上がっている。

 

「ルプスレギナは何か意見があるのか?」

 

「はい。あのう、アル……じゃなかったブリジットさんとのデートも一段落したと思いますので、私はエ・ランテルに行きたいかな~……と」

 

 上目遣いで窺うように言うルプスレギナ。その彼女をソリュシャンが横目で睨み、ナーベラルにいたっては、「よしなさい! 至高の御方に要求を述べるだなんて!」と肩を掴んで揺さぶっている。ルプスレギナの頭部はガックンガックン揺れているが、申し出を引っ込める気はないようだ。

 

「かまわんが……」

 

 その一言でソリュシャンがスッと視線を前に戻し、ルプスレギナが瞳を輝かせる。ナーベラルはルプスレギナの肩から手を離し、モモンガに一礼していた。

 彼女らに対して一つ頷いたモモンガは、口の中で下唇の裏側を軽く噛む。

 

(けど、ルプスレギナを連れて戻るのは、確かにマズいかも知れないなぁ……)

 

 デート中の女性を待たせておいて、他の女性を連れて戻って来るというのは、モモンガの観点からすれば大変外道な行いだ。

 

(「確か、冒険者の名声稼ぎを兼ねた……デート中だったろ? アルベドが居るところへルプーを連れてくとか、モモンガさん。マジ、パネェ……」)

 

(「弐式も、そう思うか。俺には真似できねーわ。さすがはモモンガさんだ」)

 

(「俺もソリュシャンと……取りあえず王都をブラブラ歩いてみますかね~」)

 

 弐式が、建御雷が、ヘロヘロが何か言っているようだが、モモンガは「あーあー、聞こえない!」の精神で無視をする。足早に店内へと戻り、こめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。もちろん、相手はアルベドだ。

 

「アルベド、さっきの今で申し訳ないが。相談がある」

 

『モモンガ様!? ……っ……はい、何なりと』

 

 喜色にまみれたアルベドの声が、一瞬で落ち着いたものとなる。

 アルベドは、天にも昇るような思いでモモンガの話を聞いていたが、事がルプスレギナに触れ出すと、幾分か声色に陰りが感じられるようになった。

 そしてモモンガは、「ルプスレギナが申し出た」ではなく「弐式さんに預けているルプスレギナを呼び戻したい」と話したのである。これはルプスレギナを呼び戻すことを彼女の責任にする……のではなく、あくまでにモモンガ自身の判断によるものだと言いたかったのだが……。

 

(俺の発案じゃなくて、ルプスレギナが戻りたいと申し出たこと……勘づかれたかな?)

 

 モモンガは汗が頬を伝い落ちるのを感じながら、アルベドの声を待つのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドはモモンガが心配したとおり、ルプスレギナ自身がモモンガ班への帰班を申し出たと気づいている。現在のモモンガ班の行動目的が名声稼ぎ……にデートを兼ねている以上、一定の成果を挙げない内は、モモンガが他の『女』をパーティーに加えるとは考えにくい。もっと他の、重要な異常があるのなら話は別だが……。

 

(やってくれるわね、あの小娘……)

 

 というルプスレギナへの思いは当然あった。しかし、その苛立ちはすぐに沈静化する。これは設定替えによる精神停滞化ではない。高く設定されたアルベドの頭脳が、ある打算を弾きだしたのだ。

 

(これは……チャンスよ。お優しいモモンガ様は、(わたくし)の居る場所にルプスレギナを連れてくるにあたって、お心を痛めているに違いないもの。(わたくし)が気を悪くするのではないか……と)

 

 しかし、それこそがアルベドの狙い目だ。

 <転移門(ゲート)>から出てきたルプスレギナを、敢えて快く出迎える。共に行動している間も、辛く当たったりはしない。むしろ、彼女と協力するべきだ。

 

(そんな(わたくし)を見て、モモンガ様の心証が向上すること間違いなし! ルプスレギナに貸しも作れるわで、まさに一石二鳥よ!)

 

 そうと決まれば話は早い。

 アルベドは、モモンガからは見えていないにも関わらず、花の咲いたがごとき笑顔で天井を見上げた。

 

「モモンガ様? (わたくし)は、ルプスレギナの帰班を歓迎します。その方がチーム漆黒……モモンガ『様』班の戦力増強になりますし」

 

『そうか、そう言ってくれるか!』

 

 モモンガの明るい声。それを聞くだけでアルベドは股間が熱くなるが、その劣情を最近慣れてきた精神停滞化で抑え込み、胸の熱さへと変換。努めて平静に、そして理解のある女性を演じつつ……アルベドは空いた方の手を胸に当てた。 

 

「はい。ルプスレギナの帰班について現状、何一つ問題はありません」

 

 が、ここでアルベドの声のトーンが一段と艶を帯びる。

 

「……よろしければ、二人同時に夜伽を命じられても?」

 

『そ、それは、また後日のこととする! 暫くしたら、そっちへ行くので待つように!』

 

 <伝言(メッセージ)>が途切れた。

 ベッドに腰掛けていたアルベドは、ヘルムを外して脇に置くと、両腰の脇で手を突いてから……小さく苦笑した。

 

「ちょっと……焦っちゃったかしらね?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザリュースにあてがわれている仮住居。

 そこに通された茶釜は、ザリュースに勧められるままタブラと並んで腰を下ろした。背負っていた大盾二枚は邪魔なので外し、自分の後ろに置く。アイテムボックスに収納することも考えたが、わざわざ注目されることはしなくて良い。ただ、後ろで座るアウラとマーレが一枚ずつ、大盾を分けて抱えている様は……チラッと見ただけだが大層可愛いかった。

 

「では、集落に対して敵対行動を取るわけではないのだな?」

 

「ええ、そちらから手を出さない限りは……」

 

 タブラがザリュースの問いに答えている。茶釜はと言うと、物珍しげに木の枝や蔓で作られた住居内を見回していた。一人で住んでいると言うだけあって、内部は一室のみ。何か飾っているわけでもなく、ひたすら殺風景だ。

 

「飾り気が無いかな? 人間のお嬢さん」

 

「へっ? いや、リザードマンの家って初めてだから……何となく……」

 

 不意にザリュースに話しかけられた茶釜は、気恥ずかしく感じて頭を掻いたが、ザリュースは「気にすることはない」と言って笑った。

 

「何しろ俺は旅の途中で、ここは借家だ。変に手を入れるわけにはいかないのでな」

 

 ザリュースは、実は集落出身のリザードマンであり、暫く旅に出ていたのが、最近になって戻って来たらしい。

 

「へえ。じゃあ、また旅に出たり?」

 

「まあ、そんなところだ。ただ、その前に一仕事終えていかねばならないが……」

 

 魚の養殖。 

 それがザリュースが言う『一仕事』だ。  

 トブの大森林は広いが、集落の食を賄うには不向きと来ている。何しろリザードマンが好んで食するのは魚なのだから。その魚は近くの湖で獲れるものの、年々漁獲量が減っていた。

 

「食えば減る。当然だな。そこで、俺が旅先で人間から教わった『養殖』だ。養殖を知っているか?」

 

「ええ、まあ。多少は……」

 

 曖昧にだが茶釜が返事をすると、ザリュースは嬉しそうに笑った。

 

「やはり知っていたか。人間の知恵だものな。俺は生け簀を作り、魚の養殖を始めた。湖には魚を食べる水棲のモンスターが居るし、空から魚を食べに来るモンスターだって居る。それらから魚を守りつつ、餌をやって数を増やすんだ」

 

 そうすることでリザードマンの集落からは、餓死する者が居なくなり、他の集落と食料を巡って争うこともなくなる。

 

「立派ねぇ……尊敬するわ……」

 

 ハアと溜息が出た茶釜だが、隣りで話を聞いているタブラにそっと耳打ちした。

 

(「面白くて良い話が聞けたんだけど。タブラさんは、魚の養殖とか詳しいかしら?」)

 

(「いいえ、残念ながら」)

 

 人化して、中年男性の魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿をしたタブラは、首を横に振ったが、すぐに思いついたことがあるらしく、人差し指を立てて見せた。

 

(「ナザリックで、そういう事に詳しい人となると……ブルー・プラネットさんですかね」)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』きっての自然愛好家。現実(リアル)で水質汚染等、自然破壊に心痛めていた男である。せめてユグドラシルでは……とナザリック地下大墳墓の第六階層にて大森林や、ギルメンの誰もが見惚れた夜空を彼は作り出していた。

 ちなみに、異世界転移前、『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に参加していた一人でもあり、今ここに茶釜達が居ることを思えば、合流できる可能性の高いギルメンでもある。

 

「そっか~。でも、今はまだ居ないものね~」

 

「でも、最古図書館なら養殖の解説本なんかが有るんじゃないですか? ブルー・プラネットさんなら、データとか入れてそうですし」

 

「何の話だ?」

 

 声を潜めることをやめて話しだした茶釜達の会話に、ザリュースが割り込んできた。茶釜の後ろでアウラとマーレが良い顔をしていないが、そこは敢えてスルーしながら茶釜は説明する。

 

「私達の拠点にね、魚の養殖に関して詳しい資料があったかも……って。もし良かったら協力してもいいんだけど?」

 

 こういった事を勝手に決めて良いものか、悩む部分もあった。しかし、タブラが「その程度の情報なら、信頼を得るための必要経費じゃないですか? 私としても、転移後世界で養殖が上手くいくか興味がありますし。モモンガさんや他のメンバーには、一緒に話をしますから……。まあ、誰も反対しないと思いますけどね」と述べたことで、茶釜の心は決まった。

 後日、タブラの言ったとおり、ギルメン会議にてリザードマン集落への協力が決定される。もちろん、ただ単に力を貸すだけでなく、養殖が上手くいったら魚の一部をナザリックに提供すること。たまに建御雷等が遊びに行って、ザリュースや他のリザードマンと稽古したりするなども決められていた。

 少し離れた場所に、他のリザードマン集落もあるとのことだが、そちらに関しては当分の間は不干渉。相手方から接触してきた場合は、その際の言動による。これは当然の対応のように思えるが、わざわざ話し合って決められたのは……蒼の薔薇のイビルアイを想定したのが原因だ。端から喧嘩を売ってくるような相手に、こちらから愛想良くする必要はないとギルメン一致で決まったものである。

 それだけ、イビルアイがモモンガに対して行った言動はギルメンの不興を買っており、一応の制裁は加えたものの、まだ尾を引いている部分があったということだ。

 何にせよ、リザードマン集落の見物に行く……というタブラと茶釜の行動により、結果としてリザードマン達の食糧事情は劇的に改善されることとなった。最古図書館には養殖に関する資料があったし、湖の水質に関してはマーレのドルイド魔法が大いに役立ったのである。

 しかし、そうなるまでの間に幾つかの事件や出会いがあり、その中の事件というのが……トブの大森林奥地に封印されていた魔樹、ザイトルクワエとの遭遇だった。

 




新年、あけましておめでとうございます

去年の1月26日に第1話を投稿しましたが、年を越すとは思いませんでした。(笑

今のところ、感想等で登場リクエストあったのは、ぷにっと萌えさんかな。
基本的に『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に出てた人なら、登場する目はあります。
設定上、見た目がハッキリ解ってる人なら……と言いたいんですけど、ブルプラさんやメコン川さんは、容姿の設定がないんですよね。
メコン川さんに関してはライオン丸で行こうと思いますが、ブルプラさんは……尊敬すべき先達SSを参考にさせて貰うかも知れません。未定ですが……。

今年の年末頃は、どうなってますかね~。
まだ『集う至高の御方』が続いてたりして。


<誤字報告>
阿久祢子さん、yomi読みonlyさん、化蛇さん、佐藤東沙さん、クウヤさん

毎度ありがとうございます

あ、そうそう、八本指本部の調査に出かけたサキュロントが、いつの間にか手合わせの場に同行してますが
阿久祢子さんの御指摘により、56話で一部書き足しています。



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第62話

「じゃあな! モモンガさん。アルベドによろしくな!」  

 

 リザードマン集落で、人化した武人建御雷が手を振っている。

 モモンガが先にタブラへ<伝言(メッセージ)>したところ、既にリザードマンとは平和的接触に成功しており、更には養殖関連で助力したい旨の要望を告げられた。これに対しモモンガは、各ギルメンに<伝言(メッセージ)>で伝達。全員の了承が得られたことで、必要な物資については後日、タブラから申請書が提出されるということで話がまとまっている。

 その後、まずヘロヘロ班がリ・エスティーゼ王国王都のヘイグ防具店に残留、モモンガは弐式班を……ルプスレギナは残して……バハルス帝国帝都へ送り、最後に建御雷をトブの大森林……タブラと茶釜が居るリザードマン集落へと送り届けたのだ。

 建御雷から声をかけられたのは、各班転送の最後と言うことになるが、モモンガとしては「え? ああ、はい……」という何とも締まらない返事をするしかなかった。

 アルベドによろしく。

 その言葉の意味するところは、建御雷からアルベドに対して「頑張れ」「しっかりやれよ」といったことを言いたい……のではない。いや、少しはあるのだろうが、本音としてはルプスレギナを伴ったモモンガがアルベドと再合流することについて、モモンガをからかっているのだ。

 

(くう~っ。他人事だと思って~……)

 

 ニヤニヤしている建御雷に背を向けるモモンガだが、事実、他人事なのだから面白いのだろう。更に言えば、ナザリックに集結したギルメンの内、建御雷は異性との交際話題がない人物だ。他にはタブラや茶釜が居るが、この二人に関しては制作NPCに異性が居るという、建御雷とは決定的な違いがある。コキュートスを性転換して人化させ、その上で交際すれば話は別だろうが、建御雷からは冗談で触れられたことはあっても、本気で実行する気配はない。NPCを除外しても交際している女性は居ないとのことだ。故に、色恋沙汰に関して、今のところ建御雷は身軽な身であり、気軽に異性ネタでモモンガを弄れるのである。

 (しか)めっ面で<転移門(ゲート)>をくぐったモモンガだったが、その顔は門を通過したところで引きつることとなった。ニュッと顔を出した先では、ルプスレギナが居て、モモンガの渋い顔を見るなり肩を揺らしたからである。

 

「え? え~……と」

 

 困った顔で視線を巡らせたところ、モモンガはソリュシャンを隣に立たせたヘロヘロが額に手を当てている姿を目撃した。

 

「モモンガさん。これからアルベドの所へ行くんでしょ? そんな顰めっ面で出てきたら……同行するルプスレギナが不安に思うじゃないですか」

 

「そ、そうです……ね?」

 

 チラッとソリュシャンを見たが、こちらはモモンガにではなくルプスレギナに言いたいことがあるらしい。大方、「至高の御方の御尊顔を拝して怯えるなど、不敬!」とでも思っているのだろう。面倒くさくなったモモンガが咳払いをすると、ソリュシャンはルプスレギナからモモンガに視線を戻し、小さく一礼した。 

 

(これで良し、いや良くない)

 

 ルプスレギナへのフォローが残っている。

 

「いや、すまなかったな、ルプスレギナ。転移前に建御雷さんにからかわれてな……うむ、気にすることは何もないぞ?」

 

「は、はい! 気にしてないっす!」

 

 気にしていない人は、そういう気張った物言いをしない。とは言え、彼女には別の緊張する要因があると、モモンガは感じ取っていた。

 

(ヘロヘロさんも言ってたけど、この後、アルベドが居るところへ行くんだものな~……)

 

 場所は、エ・ランテルの宿なのだが、その一室では冒険者ブリジットとしてのアルベドが待ち構えている。ルプスレギナにとっては直属の上司ではないが、紛れもなく上役の一人であり、そして同じ男性を愛する女性でもあるのだ。考えてみれば、アルベドがブリジットとしてモモンガ班に配属された際、ルプスレギナは入れ替わる形で弐式班へ異動している。このため、冒険者チーム漆黒のモモンガ班で、アルベドとルプスレギナが同時配属されるのは、今回が初めてだった。

 

(ど、どうなるんだろう……)

 

 二人がモモンガを巡って喧嘩した場合、喧嘩の内容にもよるが、片方だけの肩を持つわけにはいかない。三人は三角関係ではなく、円満交際中なのだから。

 だが、しかし、敢えてアルベド達に優先順位をつけるとするならば、モモンガとしてはアルベドに軍配が上がる。最初の交際相手であるし、容姿はタブラが言ったとおりモモンガの好みの集大成だからだ。性格も、中途半端な改変をしたことで心苦しく思うものの、今のアルベドは非常にモモンガ好みである。お互いに長寿命なのでノンビリと構えているが、これがもし二人とも人間であるなら、数年の交際期間を経て結婚という流れになっていた可能性が高い。

 

(いや、ルプスレギナが好みでないのかと言われると、彼女は彼女で好みなんだけどな)

 

 燃えるような赤い髪が良い感じだし、褐色美人というのも良い。顔立ちだって、獣王メコン川が気合いを入れて作成しただけあって、まさに天上の美……だ。性格は……設定上、極悪らしいが、モモンガの前では明るく振る舞ってくれている。気を遣わせて申し訳ないと思うが、明るいルプスレギナのことをモモンガは好いていた。

 ……。

 

(この上、外に出るとエンリとニニャから好意を寄せられているか……。俺、こんなにモテる奴だったっけ?)

 

「ごほん、それではエ・ランテルに行くか……」

 

 最後に浮かんだ戸惑いに似た気持ちを振り払い、モモンガはルプスレギナに声をかけた。対するルプスレギナは一瞬目を泳がせたが、それでも笑顔になって返事をしている。

 

「はい! モモンガ様!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アイテムボックスから手鏡を出す。

 服装の乱れなし、髪型オッケー、化粧完璧。

 これからモモンガを出迎えるにあたって、一点の曇りもないはずだ。そう判断したアルベドは、手鏡をアイテムボックスにしまいヘルムを被った……ところで肩を落とす……。

 

(わたくし)、何をしてるの……。ヘルムを被ったら、見えるのは良くて鼻元までじゃない……」

 

 そう、ブリジットとして着用するヘルムは、顔の下半分が露出している。下から仰ぎ見れば鼻の穴ぐらいは見えるだろうか。しかし、逆に言えば顔の上半分は見えないのだ。

 いったい、何のための身だしなみチェックだったのか。

 自分に呆れるアルベドだったが、いつモモンガが姿を現すか解らない。速やかにヘルムを取り、もう一度髪型のチェックをしているところへ<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現した。

 

「アルベドよ。随分と待たせて、すまなかったな。……本当に、すまなかった」

 

「いいえ、モモンガ様。モモンガ様のお戻りを心よりお待ちしていましたが、モモンガ様が謝罪されることは何一つとしてありません。そして、ルプスレギナ?」

 

 モモンガに対して一通り思うところを述べたアルベドは、モモンガの後ろから顔を覗かせているルプスレギナに話しかける。

 

「良く来てくれたわ。モモンガ班には回復魔法の使い手が居ないから、あなたの合流は大助かりよ」

 

「はあ、はい。それはどうもっす……」

 

 愛想良く話しかけているためか、ルプスレギナは徐々にではあるがモモンガの後ろから出てきた。そのモモンガを盾にするような姿に、多少イラッと来たアルベドであるが、その思いは乙女の笑顔で塗りつぶしている。

 

「モモンガ様。これからの行動予定は、何かありますでしょうか?」

 

「これと言ってない……が、冒険者組合に出向き、次なる依頼を物色するのも悪くはないな。当面、目指すはアダマンタイト級だ。私とアルベドがオリハルコン級になったからと言って、満足するわけにはいかない。この転移後世界の何処かに居るであろうギルメンに知らしめるべく、我らには『名声』が必要なのだからな!」

 

 今のモモンガは人化中だ。本人は冴えない風貌だと思っているそうだが、アルベドに言わせれば、凜々しくも気優しい青年である。そして何より、愛する男性なのだ。

 

(いけないわ……見惚れてしまって……。ふう……でも、素敵……)

 

 精神の停滞化が発生した。

 これはモモンガなどアンデッドの、一気に平静に戻される精神安定化とは少しばかり毛色が違う。

 異世界転移直前、モモンガがアルベドの設定を読み、文末の『ちなみにビッチである。』を酷いと思ったことで『モモンガを愛している。』と改変しようとした。が、その入力途中でヘロヘロが出現したことで驚き、『モモンガを』とだけ入力して確定してしまったのである。これによりアルベドは、モモンガ関連の思考で精神が高ぶると『モモンガを』とまでは考えるのだが、そこで目的入力がされていないため、一瞬、思考停止するようになってしまった。

 もっとも、思考自体はすぐ復帰するので生活や業務に支障はない。どちらかと言えば、モモンガ関連においては一度立ち止まって自分を省みることができるようになったことで、実に有効に機能している。時には鬱陶しさも感じるが、この『精神停滞化』にアルベドは助けられることが多かった。

 

(タブラ様のお話では、モモンガ様は異性交遊に奥手。ならば、ガンガン押し込んでいくのは愚策よ。まずは好感を高めないと……) 

 

 そうした判断から、ルプスレギナと協調することにしたアルベドであるが、今のところ事は順調に進捗している。今日とて、暫し別行動をしていたモモンガが、戻ってきた時にルプスレギナを伴っているというハプニングがあった。しかし、前述の判断から、アルベドは快くルプスレギナに相対したのである。

 一方、アルベドに親しげな微笑みを見たルプスレギナは、アルベドの意図こそ読めないものの、胡散臭さを感じ取っていた。ただ、アルベドは多少の打算こそあれど、本心からルプスレギナと親しくしようとしていたので、『胡散臭さ』というのはルプスレギナの錯覚である。

 

「あの、モモンガ様?」

 

 ルプスレギナが明るい表情の裏……内心で小首を傾げている前で、アルベドは申し立てた。

 ルプスレギナが帰班したなら、自分は守護者統括としてナザリック地下大墳墓に戻り、本来の業務に戻るべきではないか。現状、パンドラズ・アクターがアルベドの代わりを務めているが、彼に負担がかかりすぎるのではないか。そして、モモンガの制作NPCであるパンドラを、たまにはモモンガの供回りとしてあげても良いのではないか。と、そのような申し立てだ。

 これに対してモモンガは唸り、ルプスレギナに到っては澄ました表情を維持できず、目を丸くしている。

 

(ルプスレギナ……(わたくし)がナザリックへ戻るように言うとでも思ったのね。まあ、それは良いとして……モモンガ様は、どうお答えになるかしら?)

 

 奥手のモモンガにしてみれば、アルベドとルプスレギナ……交際相手を二人同時に連れ回すのはプレッシャーだろう。わざわざ<転移門(ゲート)>で連れ戻したルプスレギナを、ここでナザリックに戻す選択はしないはず。となると、精神的な平穏を得るために、アルベドの申し立てを聞き入れてナザリックに戻し、供回りを一人のままとする可能性が高い。

 

(ここで(わたくし)をナザリックへ戻すかどうか。それで(わたくし)に対する好感の度合いを見ることができるわ……)

 

 至高の御方の心を測るなど不敬極まるが、申し立て自体は真っ当なものなので許される範囲だろう。

 モモンガ班に残るよう言われるなら、モモンガの好感度が高いと見るべきで実に喜ばしい。問題は、ナザリックへの帰還を命じられた場合だが、そうなったとしてもアルベドは抗議や抵抗など一切なしで命令を受け入れるつもりだった。何なら、自分と入れ替わりでモモンガ班に残るルプスレギナに対し、親しく励ましの言葉をかけてやってもいい。モモンガとの別れ際には、目の端で涙を浮かべるぐらいしても良いだろう。

 

(そう、ナザリックへ帰還するよう命じられたとしても、これはチャンスよ。ルプスレギナには、(わたくし)が『聞き分けのいい女』を演出するための、アシストをして貰うまでのこと。くふふ~)

 

 このようにアルベドは、モモンガの自分に対する好感向上を目論んでいた。ただし、これはモモンガを、自分との結婚へ追い込む意図があってやっているのではない。あくまで好感度を高めるためだ。では、アルベドの当面の狙いは何なのかと言えば……実は『モモンガからの自発的なプロポーズ』である。

 

(抱かれて既成事実を作ったりして、殿方を結婚するしかない状況に追い込むなんて……美しくないわ。と言うか、夜這いしようにも精神の停滞化が発生するし……。だったら、モモンガ様からプロポーズしていただけるよう頑張った方が断然いいじゃない!)

 

 最大の障害は、今の自分以上にガツガツしているシャルティアだったが、こちらは創造主のペロロンチーノが戻ったことで、完全に色目の向きが変わっている。モモンガに対しては『后の座狙い』から『猛烈な一ファン』になったと言って良いだろう。そうなると、残る当面のライバルはルプスレギナだ。しかし、アルベドには容姿がモモンガ好みという強力なアドバンテージがあるので、モモンガの心証さえ悪くしなければ問題にならないと思われる。

 

(くふ、くふふふ……ふう)

 

 モモンガ達が戻って来てから、何度目になるかわからない精神の停滞化。これによって高揚感には大きくブレーキがかかった。アルベドはモモンガに気取られぬよう、静かに深呼吸すると、モモンガの返答を待つのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ルプスレギナが戻った以上、自分(アルベド)はナザリックに戻るべきではないか。

 そうアルベドから申し出られた時、モモンガは唸るしかなかった。

 申出自体は、ありがたい。パンドラの負担が減るし、ナザリックの運営は、やはりアルベドに任せるのが最適だろうからだ。それよりも重要なことは、交際中の女性二人を連れ回さなくて済むこと。これは大きい。

 

(いがみ合ってる二人……というのじゃないだけ随分とマシなんだが。これはこれで俺の精神疲労が……)

 

 では、アルベドをナザリックに戻すべきだろうか。

 モモンガは……即断できなかった。

 

(あれ? ……上手く言葉が出ないな……。アルベドをナザリックに戻し……んん? なんか嫌な気分だぞ?)

 

 アルベドがモモンガ班から居なくなる。

 アルベドの申出を受け入れた場合……モモンガ班で発生する事態を思うと、何やら苛立つのだ。モモンガは視線を下げると自分の下顎に手を当てる。数秒間、自分の気持ちと向き合い、おもむろにアルベドを見た。

 

「いや、すまないが……アルベドには暫く同行して欲しい」

 

 これを聞き、アルベドは微笑みの『笑み』の度合いを濃くし、ルプスレギナは口元を口笛でも吹くような形に変えている。もちろん、モモンガの前で口笛を吹くようなことはしないのだが……。

 

「ルプスレギナに引き継いでおくこともあるだろうし、その……あれだ。ええと、アルベドとルプスレギナが私の班で在籍しているのを、エ・ランテルの人間に印象づけておきたいしな」

 

 かなり苦しいが何とか言い切ったところ、アルベド達はモモンガに「承知いたしました」と一礼した。

 

「ぬう……」

 

 モモンガは、アルベドに対し「さっそく冒険者組合へ行く」と告げ、アルベドがヘルムを装着する様を見ながら口をへの字に曲げる。

 

(何なんだろうなぁ。女二人連れ回してバツの悪い思いをするより、アルベドに居て欲しいと思ったわけか? 離れたくないとか子供じゃあるまいし……いや、これは俺の我が儘なのか? 私は我が儘なのだ……とか、たまに俺言うけど……。何だか恥ずかしい気分になる我が儘だな……。わからん……)

 

 頬が火照っている気がするのだが、ひょっとして今の自分は赤面しているのだろうか。そう思ったモモンガは手で頬を擦ってみたが、その様をアルベドらがニコニコしながら見ているのに気づく。

 

「わ、私の顔など見ても面白いことはないぞ! しゅ、出発する!」

 

 完全なる照れ隠しであり、モモンガは言い終えるや二人に背を向けた。そのモモンガの背に、アルベドとルプスレギナは綺麗に揃った言葉を投げかける。

 

「「承知しました! モモンガ様!」」

 

「ぐむっ……」

 

 先程聞いた同じセリフよりも元気溌剌であり、モモンガは小さく呻くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ班にルプスレギナが帰班してから、数日が経過している。

 モモンガ班は、リ・エスティーゼ王国の都市エ・ランテルにて高難易度の依頼を物色。バハルス帝国帝都の弐式班(弐式炎雷、ナーベラル・ガンマ)も同じく依頼を物色……しつつ、ナザリック地下大墳墓ダンジョンアタックを行うワーカーチームの情報を集めていた。王国王都のヘロヘロ班(ヘロヘロ、セバス・チャン、ソリュシャン・イプシロン、ツアレニーニャ・ベイロン)は、ヘイグ武器防具店を切り盛りしている。もっとも、ヘロヘロはソリュシャンとデートしていることが多かったし、セバスはセバスで合間を縫って情報収集に勤しんでいる。基本的に、店で常駐するのはツアレと言うことになるが、それでは不安が大きいので、ナザリック地下大墳墓より新たな人員が派遣されていた。ある程度、人間相手の接客が可能で、いざとなればツアレを守れる者。ブレイン・アングラウスである。

 

「六腕の誰かに来て貰うことも考えたんですけど、さすがに王都で店番させるのはね~」

 

「はあ……」

 

 店内の入口付近で立つヘロヘロ。人化した彼がゆるく言うと、黒基調の店員服を着込んだブレインが返事をした。無精髭を剃られてサッパリした顔は、気が乗らないと表情で語っている。先日まで、ナザリックの第四階層でコキュートスと稽古していたのだが、ブレインにとってはその方が充実していたらしい。ちなみに、コキュートスにとっては、手加減の練習相手として最適だったとか。

 

「まあまあ、ちゃんとお給料は出ますし。売り上げによっては、私から建御雷さんに頼んで、良い感じの刀とか打って貰いますよ?」

 

「それマジっすか!? この前、俺が頼ん……おっと、お願いしたら『クレマンティーヌのは作るが、お前は練習刀で我慢しろ』って言われたんすよ! うっひょー! やる気が出てきた!」

 

 ころっと態度を変えて喜ぶブレイン。その様子を見たヘロヘロは満足げに頷いている。

 

(もっとも建御雷さんの性格からして、ブレインの実力に見合った……ちょっと良い感じの刀を作ってくれるってところですかね~)

 

 ブレインが今所有している刀も、実は建御雷の作成品だ。ただし、練習刀の位置づけであり、ある程度の魔法防御を斬ることはできるものの、壊れにくさと自動修復に重きを置いている。今の話のとおりヘロヘロが頼んだ場合、その刀より上質の物を建御雷は作るだろうが、ブレインの育成を鑑みて、過ぎた強力武器にはならないはずだ。

 

(建御雷さんは武器作成に燃えてましたけど、頭から武器頼みって人じゃないですし)

 

 強力な武器には、それに見合った実力が必要。その信念に基づき、建御雷は自身を鍛えることも怠らなかった。現に異世界転移後は、現地の『武技』なる技術も習得している。

 

「そう言えば、建御雷さんは斬撃以外の武技を覚えたんですか?」

 

「旦那っすか? 旦那なら、クレマンティーヌを呼びつけて要塞を教わってたっけ」

 

 要塞は防御系の武技で、武器や防具で攻撃を跳ね返すものだ。上位の武技には重要塞、不落要塞が存在する。クレマンティーヌは不落要塞の使い手であるから、建御雷の依頼により、まずは最下級の要塞を伝授していたのだった。

 

「ほへ~。熱心ですね~。私も何か覚えてみますかね~」

 

 ヘロヘロの真の姿は古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)なので、敵からの攻撃を跳ね返すというのはイメージ的に合わない……と、ヘロヘロ自身は思っている。しかし、柔らかいスライムが防御堅固で……となると、それはそれで意外性があって面白いかもしれない。それに、外を出歩く時は人化するか人間形態を取るので、例えばゼロの打撃などを腕一本で弾き返すという戦い方は、ヘロヘロからすれば格好良いようにも思えた。

 

(今のままでも出来るんですけど……同格のプレイヤーに通じるものじゃないですしね~。ソリュシャンに格好良いところを見せたいのもあるし……。建御雷さんが要塞を覚えたら、俺も教わってみるかな~)

 

 そのように考えるヘロヘロだったが、話が脱線していることに気づき、仕事の話を再開する。

 

「様子を見て、ロンデスやクレマンティーヌにも店に出て貰うことを考えています。二人には別の仕事もありますから、交代制になりますかね~。もちろん、休暇日も予定してますから……働きづめにはならないですよ?」

 

 元の現実(リアル)では、ブラック過ぎる勤務形態のおかげで過労死しかけたヘロヘロである。転移後世界で人を雇う立場になったからには、利益優先で従業員を使い潰す気は毛頭なかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 こうした中、モモンガを始めとしたギルメン達は、時折ではあったがトブの大森林……リザードマン集落に顔を出している。リザードマン集落が重要というわけではないが、手頃な都市育成シミュレーションをしている感覚があり、生け簀等の進捗状況を見物しに行っていたのだ。

 その意味ではカルネ村も対象になるのだが、こちらはすでにナザリック出張所が存在し、戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファが常駐。彼女を介して、細々とした技術や知識がもたらされていた。そこへ新たにリザードマン集落との接触があり、助力する方針となったことで……モモンガらの目がリザードマン集落に向いたのである。

 リザードマン集落とカルネ村。どっちの方がより発展するか、関わるギルメンを分けて競争しても面白いのでは……という提案もあったが、建御雷の「本腰入れて関わるわけじゃないが、それでも遊びでやってんじゃねぇんだからさ。その都度、適当に……でいいんじゃねぇか? どっちもさ」との発言により、お流れとなっていた。

 近々、バハルス帝国皇帝の命令で、ワーカーチーム……異世界転移直後の茶釜姉弟が世話になった面々が大半……のナザリック地下大墳墓ダンジョンアタックがある予定だが、それまでは皆、したい事や、するべき事をして日々を過ごしていたのである。

 そして、ある日の昼過ぎ……。

 

「兄貴ぃ! ヘイグの兄貴ってばよ! 俺に稽古つけてくれって!」

 

「ああ、もう! 兄貴って呼ぶのやめて貰えますかね? ガラが悪い感じでしょ!」

 

 ザリュース・シャシャのリザードマン集落。もっとも部族名は緑爪(グリーン・クロー)と言い、族長は彼の兄である、シャースーリュー・シャシャなのだそうだが……その集落の中で、ヘロヘロが一人のリザードマンにつきまとわれていた。

 全高二メートルを超える巨躯で、右腕は巨躯と比べた上でも不釣り合いなほどに大きく太く鍛えられている。彼の名は、ゼンベル・ググー。リザードマン部族の一つ、竜牙(ドラゴン・タスク)の族長だ。

 彼とヘロヘロの出会いは、タブラと茶釜による緑爪(グリーン・クロー)族との接触を受け、ヘロヘロが「じゃあ、俺も! ソリュシャンと遊びに……いえ、探索に行きます!」と思い立ったのが発端となる。シャースーリューから大まかな位置を聞いたヘロヘロは、トブの大森林を進み、即日、ゼンベルが統治する竜牙(ドラゴン・タスク)族の集落へ行き当たったのだが……そこで出てきたゼンベルが、ヘロヘロに対して腕試しを申し込んだのである。

 結果は、ゼンベルのボロ負け。

 ヘロヘロが観衆に解るようにと、見える範囲での速さで戦ったこと。そして、見て貰う以上は派手に……と考えたことで、過日に手合わせしたゼロよりも(ひど)いことになった。もちろん、殺しはしなかったのだが、結果としてゼンベルはヘロヘロに心酔。兄貴と慕ってつきまとい、稽古をせがむようになったのだ。

 

「兄貴って呼び方は嫌か?」

 

 ゼンベルが首を傾げる。

 

「じゃあ、ヘイグの叔父貴(おじき)で!」

 

「ヤクザっぽくなってるじゃないですか!」

 

 なんて呼び方してるんだ! とヘロヘロが抗議したとき、視界の東向き、遠く奥の方……森の茂みから何かが飛び出してきた。巨大なジャンガリアン・ハムスター、モモンガ達の家来を自称するハムスケである。ちなみに雌。その背には人化した茶釜が跨がっており、茶釜の前にマーレがちょこんと座り、後ろではアウラが嬉しそうにしがみついていた。

 

「ヘロヘ……ヘイグさーん!」

 

 ヘロヘロの冒険者名を呼びながら、茶釜がハムスケに乗ったまま駆けて来る。巨大なハムスターが地響きを立て、雑草と土煙を巻き上げながらヘロヘロに迫るのは、見ていて圧巻だ。

 

「殿ぉおおおおっ!」

 

 殿……それはハムスケが、ナザリックの男性ギルメンを呼ぶときの呼称である。では、女性ギルメンである茶釜を呼ぶときはどうなるかと言うと……。

 

御姫様(おひいさま)を、お連れしたでござるよぉおおおお!」

 

 四肢で急制動をかけ、ハムスケがヘロヘロの前で停止した。ヘロヘロは舞い上がる土埃を掌で払いながら、茶釜を見上げる。

 

「おひいさま……ですねぇ。茶釜さん?」

 

 ニカッと笑うのは、『おひいさま』という呼び方が何度聞いても可笑しいからだ。対する茶釜は、ハムスケの上で胸を反らしている。

 

「うふん。女は幾つになっても『お姫さま』なのよ!」

 

 そう言って笑う茶釜は、二枚の大盾を背負っていない。後ろにアウラを座らせる都合上、アイテムボックスに収納しているのだろう。そんな風にヘロヘロが推察していると、「……と、それどころじゃないんだった!」と言うや、茶釜がハムスケの背から飛び降りてきた。

 

「茶釜さん、何か面白いものでも見つけましたか?」

 

 近くに来た茶釜に問うと、茶釜は続いて飛び降りてきたアウラ達を一瞬振り返ってから説明を始める。それによると、茶釜はアウラ達と共にトブの大森林の南部……未調査区域を探索していたらしい。その際、冒険者組合の依頼を受けて行動中だったモモンガ班と遭遇し、途中まで行動を共にしていたのだとか。

 

「モモ……ンさんですか。モモンさん達は、どうしたんです?」

 

「ええと、順を追って話すわね」

 

 まず、モモンガ達だ。モモンガは、エ・ランテルの冒険者組合で高難易度の依頼を受けたらしい。その内容は、トブの大森林で効能の高い薬草を採取してくること。元よりトブの大森林は強力なモンスターが徘徊しており、大変に危険だ。しかし、モモンガとしては名声を高める機会であったため、自信満々で引き受けてきたという。第一、危険と言っても大方の生息モンスターは調査が出来ているのだ。多少手に余るモンスターが居たとしても、今のモモンガには六人ものギルメンがついている。一度引き上げて、ギルメンらと共に再度アタックするという選択肢もあった。

 そうして、アルベドとルプスレギナを引き連れたモモンガが森に入り、途中で茶釜達と遭遇して合流。共に森の奥を目指したのだが、一人のドライアードと出会ったことから話の方向が変わる。

 

「ドライアードって木の精霊ですよね?」

 

「そっ、ピニスン・ポール・ペルリア……だったかな? 見た目は裸の女性なんだけど、肌が木質でね。髪の毛は新緑色って言うのかしら? 葉っぱそのものだったけど……。 で、その()が助けを求めてきたわけよ」

 

 ピニスンは、モモンガ達が遭遇した場所に生える木の精霊だが、彼女の木よりも更に東側……そこに封印された魔樹が居ると言う。最近になって封印が解ける気配があり、ピニスン感覚では近くの自分にも危害が及ぶため、七人組を呼んで欲しいとのことなのだ。

 

「七人組? 冒険者ですか?」

 

「どうかしらねぇ、冒険者なのかな? ピニスンは日数感覚が薄いから、下手したら何十年も前の話ってことになるし……。でね、その七人組ってのが前に魔樹の触手……枝かな? んん、触手が暴れたときに助けてくれたらしいんだけど……。呼ぶって言っても……ねえ?」

 

 本当に何十年も経過していたとしたら、探し出せても戦える年齢ではない可能性が高いし、すでに死んでいることも考えられる。そうなると、その七人組を探すよりも、もっと手っ取り早い対策を講じる方が確実だ。

 つまり、モモンガ達で魔樹を封印するか倒してしまうのである。

 と、それだけならトブの大森林における安全度が高まったろうし、モモンガ達にとって良い感じの暇潰しにもなっただろう。しかし、茶釜の話はまだ終わっていない。

 

「それでね、ヘロヘロさん。ピニスンが言うには、私達より先……彼女感覚で陽が三回沈むくらい前に……別の誰かが彼女に出会ってたそうなの。一人で行動してたらしいんだけど……」

 

「ほほう……。この危ない森で一人?」   

 

 やはり冒険者かな……と思うヘロヘロだったが、続く茶釜の説明を聞いて表情が固まり、次第に驚愕のそれに変貌していく。

 その出会った人物の風貌とは、一見したところは人間。身長は二メートルに迫るほどだったそうだが、身の丈の割に細身で……。

 

「フェードラ帽にレザージャケット。シャベルを持った黒髪の長髪で、髭面の……男性型木像……いや、植物系異形種ですか。それって……」

 

「ブルー・プラネットさんが使ってた、ユグドラシル・アバター……の見た目よね?」

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の初期メンバー、ブルー・プラネット。自然をこよなく愛する彼は、現実には岩のようにガッチリした巨漢で、現実(リアル)での建御雷よりも大柄だ。そんな彼は、自由度の高いユグドラシルに仮初めの自然を見いだすべくプレイヤーとなったのだが……。

 

「タブラさんに大昔の冒険活劇映画の話を聞かされて、資料を集めてアバターを作り直したんだっけね?」

 

「そうですね~……さすがに映画そのままの容姿だと問題があるから、漫画か何かで似たようなキャラを探して、デザインを混ぜたと聞きましたが……」

 

 あとは己の自然愛を大いに反映して、植物系の異形種から始め、ブループラネットは一〇〇レベルに到達している。その彼が、このトブの大森林に居るのだろうか。ヘロヘロの胸に熱い思いが込みあげるが、腑に落ちない点もある。

 どうして、ブルー・プラネットは今ここに居ないのか。どうして茶釜が、今ここに居るのか。ブルー・プラネットと合流を果たせていないのであれば、何故探しに行かないのか。

 次々に湧き上がる疑問を口に出したところ、茶釜は伏し目がちになって両脇に居るアウラとマーレの頭を撫でた。

 

「ピニスンがね……その人、出会ったときから凄くはしゃいでて、魔樹の話を聞くなり魔樹が居る方へ走っていって、そのまま戻らないんだって……」 

 

 更に詳しい話を聞き出すべく、モモンガ班がピニスンの木の場所で残り、茶釜はペット代わりに連れ歩いていたハムスケに乗ってヘロヘロに知らせに来たというのが現状らしい。

 

「慌ててたから<伝言(メッセージ)>するの忘れちゃって……。でも、聞いた話からブルー・プラネットさんだと思うし、でも……様子が変だし……」

 

「それは……」

 

 普段は明るく気の強い、ぶくぶく茶釜。その彼女が不安がっている。

 ヘロヘロは衝撃を受けて掠れた声を出したが、その瞬間……少し離れたところで<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現した。顔を出したのは人化したモモンガだ。

 

「だいたいの話は聞けました! このまま探しに行った方が良さそうです! って、ヘロヘロさん!? 事情、聞いてますよね! 俺、これからタブラさんに連絡を取って<転移門(ゲート)>でギルメンを集めます! 全員で行きますよ! ブルー・プラネットさんのところへ!」

 

 一気に言い放ち、モモンガは顔を引っ込める。そして暗黒環も消失した。

 モモンガの慌てぶりを見たヘロヘロは、暗黒環のあった場所から茶釜に向き直る。

 

「何となく俺……解りましたよ……。ブルー・プラネットさん……おかしくなってるんですね?」

 




 アルベドが純愛頑張り系になっていく……。
 人間蔑視とか、ナザリック以外は価値がない……とかは、原作のままなんですけどね~。
 モモンガさんの心証を悪くするから口に出さないだけなのです。
 追い込まれるでもない状況からのモモンガさんの自発的プロポーズ。
 果たして書く機会があるのか……。

 久々にブレイン登場。
 建御雷さんが外出してるときは、コキュートスによってボコボコにされてますので、今では原作の対ゼロ戦時より強くなってます。
 振られた刀を拳で受けようものなら、斬り裂かれて腕の数が増えちゃいますね。

 ゼンベルも登場。
 ヘロヘロさんとの遭遇シーンは端折りましたが、憎めない近所の悪ガキポジションを確立しています。ソリュシャンには睨まれてますが……。

 ピニスンは『封印の魔樹』のカバーイラストを参考にしています。次話以降で会話シーンも入れてみたいです。ドライアードって言ったら人間男性を誘惑するイメージがあるんですけど、ピニスンってどうなんでしょうね。

 ハムスケは、冒頭のモモンガさん視点を書いてる時点では出すつもりは無かったのですが、良い機会なので出しました。茶釜さんを「御姫様(おひいさま)」呼びするシーンを入れられたので満足。

 新たに登場した……する予定? のギルメンは、ブルー・プラネットさん。
 見た目は、ハリソン・フォードのインディアナ・ジョーンズ……を元に弄った感じで、顔つき髪型は漫画『頑丈人間スパルタカス』(安永航一郎:著)に登場する、マッキンリィ飢村(うえむら)。画像検索したんですけど、中々見つからず(笑
 漫画がキンドルになってないし……。
 連載開始は1993年という古い漫画なのですが、御存知の方、いらっしゃいます?
 元ネタの飢村は、典型的な安永氏風味のアレなキャラですが、本作では中身がブルプラさんなので、基本的に穏やかな人柄です。ちなみに、人化すると異形種形態より大柄になるという……。
 あとは異形種にする必要があったので、ウィキを見ても種族的な情報が無い……のを良いことに、木人像に見える植物型異形種としました。造形がゴツゴツしたマネキンみたいな感じですかね。初期のバーチャファイターみたいな感じかな~。足なんかは一見靴履いてるように見えますが、根っこの集合体だとか何とか……。
 原作等で容姿が公式に発表されたら、絶対に本作の容姿と違ってると思いますが、本作ではこれで行きたいと思います。
 
 例によって不穏な引きになってますが、まあ本作のいつものアレですので、ノンビリと次回をお待ちください。

 そうそう、評価コメントで応援していただき、ありがとうございます。
 しっかり読んでますよ~。
 ここで個別に返信とかしていいのかな……。評価コメントって、後書きで書いていいんだっけ?

<誤字報告>
D.D.D.さん、ARlAさん、佐藤東沙さん、サマリオンさん

毎度ありがとうございます 


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第63話

 昼を過ぎて暫くたったトブの大森林……東部。

 アウラの魔獣らが先行して伐開(ばっかい)した小道を、異形種化したモモンガ達が進んで行く。

 モモンガ達一行の構成は、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の合流済みギルメン全員。そこにアルベド、シャルティア、ルプスレギナ、ソリュシャン、アウラ、マーレ。オマケとしてハムスケが同行していた。なお、茶釜とヘロヘロの会話を聞いていたリザードマン……ゼンベルが同行したがったが、これは拒否している。

 

「おかしくなったブルー・プラネットさんとの接触ですからね。場合によっては異形種化が必要でしょうし。もう暫くは『親切な人間種』で居たいですからねぇ」

 

 そう言ってモモンガが笑うと、先行している弐式が肩越しに振り返り、モモンガの周囲のギルメンが顔を見合わせて苦笑した。親切な人間種。そう、今のところリザードマン達には、モモンガらの真の姿を見せていない。理由としては与える情報を絞っているというもの。だが、本音は別にある。過ぎた忠誠心や信仰心の無いところでノンビリしたい……あるいはノンビリできる場所を確保したいのだ。ナザリックで僕達から寄せられる忠誠は、嫌ではないが少し……いや、大いに息苦しい。忠誠に見合った態度を取る必要があるので、モモンガのような生粋の一般人は気疲れしているし、素のままで行動しているように見える建御雷やペロロンチーノとて、同様に気疲れしているのだ。それを思うと、ザリュースらのリザードマン集落は居心地が良い。ザリュースやシャースーリューは、モモンガ達を親切な人間種……あるいは友人として信頼してくれているが、言ってしまえばそこ止まりだ。恩義は感じているにしても、ことさら敬うようなことはしない。それが実に心地良いのである。

 

「モモンガさんの言うとおりですよ。……カルネ村は……カルネ村も悪くないんですけどね~。最近、俺のことを拝む人が居るんですよね~……ハハハ……」

 

 前に向き直った弐式が、歩きながら肩を落とす。

 協力的かつ親しみを持ってくれるのは良いが、それが信仰の域まで達するのは御免だ。カルネ村には、もっとこう……RPGにおける素朴な一村落で居て欲しかったのである。

 

「無理無理、ストーン・ゴーレムとか格安で貸し出してるんでしょ? そんなことしたら、ありがたがられて当たり前じゃないの」

 

 茶釜のツッコミに肩を落としたのは、モモンガ、そしてヘロヘロと弐式の三人だ。茶釜からは「責任取って、最後まで面倒見なさいよね!」と説教され、揃って力なく返事をしている。

 

「ま、まあ、カルネ村の村民は、俺達の正体を知った人が居る上で、それなりに恐がりもせず接してくれてますから。それはそれで得がたい存在ですよね~……。と、その話は置いておくとして……」

 

 モモンガは前方を見た。その視線は、やや……いや、かなり高い角度だ。そこには途方もなく巨大な樹木があった。直径三〇メートルほど、六本の長大な枝……触手を有し、全高は一〇〇メートルを超える。

 

「デカいな……。あれがザイトルクワエか。うちだと戦略級攻城用ゴーレムの……ええと、ガルガンチュアが一番デカいが、あれで何メートルだっけ? タブラさん?」

 

 右手の平でひさしを作りながら建御雷が言うと、タブラもザイトルクワエを見上げながら口を開いた。

 

「三〇メートルだったかな。取っ組み合いさせたら大迫力で面白そうなんだけど、ガルガンチュアは攻城用だしね~……。ああでも、取っ組み合いはできるのかな?」

 

 茶釜の許可を得て、アウラに強さ等を確認させたところ、ザイトルクワエのレベルは八〇から八五……体力値は測定不能。この転移後世界でモモンガ達が遭遇した存在では、現時点で間違いなく最強であろう。

 

「そこのピニスンが言うには、世界を滅ぼせる存在なんだってな?」

 

 モモンガの左後方に居る弐式が、肩越しに親指でピニスンを指す。名前を出されたドライアード……ピニスンは、近くの木にしがみつきながら何度も頷いた。ここまで道案内及び「君達のことが心配だから!」と、戦力にならないながらも頑張って付いて来ている。だが、自身の木から遠く離れるわけにはいかないので、今居る場所で居るのが精一杯だろう。道中の彼女は非常に騒がしく、モモンガ達が異形種化してからは特に酷くなった。しかし、その都度アルベド達に睨まれ、ハムスケに諭される等して黙らされていた。可哀想な気がしないでもないが、度を超えて五月蠅いのは困る。

 モモンガは苦笑を噛み殺しつつ、弐式を振り返った。

 

「クレマンティーヌでレベル四〇ぐらいですからねぇ。八〇台ともなれば世界を滅ぼしうるんでしょうけど……」

 

 一〇〇レベル揃いのモモンガ達では、まるで相手にならない。そんなことよりも、問題はブルー・プラネットだ。ピニスンの案内どおり歩いて来たが、こちらへ来たと言うならブルー・プラネットはザイトルクワエと遭遇したはず……。

 

「弐式さん。ブルプラさんは見つかりましたか~」

 

 周囲を見回すヘロヘロが問うと、弐式は頭を掻いた。

 

「ん~……実は俺、さっきからセンサーで探ってるんだけどさ。……その辺で倒れてるって様子もないし~……。……あっ、居た……」

 

「えっ!? どこ!? どこですか!?」

 

 自身の最強武器である弓……ゲイ・ボウを持ったペロロンチーノが聞くと、弐式は何故か黙ったままザイトルクワエの頭頂部、枝葉の密集したあたりを指差した。モモンガ達の視線が一斉に上を向く。

 そこに……ブルー・プラネットが居た。

 異形種化しており、身長は一七〇センチ後半、フェードラ帽に革ジャケット。シャベルを背負い、腰には巻いた鞭を下げている。容姿は黒髪の長髪で、髭面の男性……に見えるゴツゴツした木人だ。大昔の冒険活劇映画で登場する考古学者的な風体は、モモンガ達の知るブルー・プラネットの姿に間違いなかった。

 ただ、遠目に見ても様子がおかしい。

 張り出した枝上で立つ彼は、ピニスンもかくやと言うべき大声で何やらまくし立てているのだ。

 全員で耳を澄ましてみる……。

 

「格好いいぞ! ザイトルクワエ! どんどん木を喰って成長するんだ!」

 

「木を喰って育つ木なんて、最高すぎだろ!」

 

「うひゃほぉおおお! 愛おしすぎるんだぜぇえええ! いぇあああああ!」

 

 まるで、ロックバンドのライブ会場で熱狂する観客のようだ。

 ブルー・プラネットによる魂の叫びを聞いたモモンガは、悲痛な表情(異形種化しているので表情は変わらないが)で首を横に振った。

 

「ブルー・プラネットさん……。本当におかしくなってる……」

 

「てゆうか、木を喰うのが格好良いとか、私の知ってるブルー・プラネットさんなら絶対に言わないわよね~……」

 

 モモンガの呟きを受けて茶釜も頷くが、居合わせたギルメンらの背には冷や汗が流れ落ちていた。

 現実(リアル)から来たユグドラシル・プレイヤーである、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン達。彼らは総じて真の姿が異形種であり、たまに人化しないと精神が異形種化しきってしまう。その対策として人化があり、人化直後は異形種の時の精神を引きずったりするが、暫くすると人寄りの精神状態になった。

 では、人化したままで居れば良いかとなると、そうでもなく、今度は徐々に異形種ゲージ(弐式による命名)なる精神値が上昇し、精神的ストレスが蓄積される。具体的に何が起こるかと言うと、見た目は人なのに思考形態が異形種のようになったり、他には気疲れを感じたりするのだ。

 これは異形種化し直すことで発散されるが、異形種化したままで居ると精神が異形種寄りに……と、事態は延々とループする。

 しかも、最近発覚したことなのだが更に問題点があって、異形種と人間種、『どちらか一方で居続けられない事によるストレス』というのがあるらしい。このストレスにより発狂ゲージ(こちらはタブラの命名)が上昇……当人が気づかない内に気が変になっていき、最後は発狂状態に到るという現象、あるいは症状があった。

 現時点、その隠し要素的な症状を押さえ込むために、モモンガ達は精神安定系のアイテムを(アンデッドであるモモンガも含めて)全員装備しているが……。

 

「その精神安定系のアイテムなしだと、ああなるのか……。色んな意味で、おっかねぇ……」

 

 建御雷が呟くが、思いは皆同じだ。

 発狂状態と言うから、気が触れる、気がおかしくなる、狂う等……絶対に刃物を持たせてはいけない状態になると思っていたのに、今のブルー・プラネットの状態はあんまりだ。

 

「俺達が想定してた状態になることもあるんでしょうけど、あれが発狂状態の一つの在り方なんですね~……。建御雷さんの言うとおり、恐ろしいですねぇ」

 

 ヘロヘロが粘体の身体をフルフル震わせている。

 自分の愛するものや趣味に関すること。それを基準に、ブルー・プラネットのようになるとしたら……。

 

「やっべぇ……。俺、姉ちゃんに殺されるかも……」

 

 何を想像したのやらヘロヘロの隣に居るペロロンチーノが、ヘロヘロと同様に震えていた。そして、その姿を見て笑うギルメンは誰一人としていない。

 なぜなら、自分が『好きなこと』について理性を無くしたとき。他者に恥じることのない発露ができるかどうか、自信のある者などそうそう居ないからである。

 

「で? どうする? モモンガさん?」

 

「ど、どうするって……建御雷さん……。発狂と言っても、結局は『状態異常』だと思いますし……」

 

 モモンガは、ザイトルクワエの上で「叩け! ロボ!」などと言い出しているブルー・プラネットを見上げた。

 

「うう……ええと、ブルー・プラネットさんを取り押さえて~、<獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)>とか精神安定系の魔法を叩き込んで~……それで駄目なら<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>も使いますかね? 俺のレベルが下がり……ああ、アイテムがあるから大丈夫か。最終手段としては、一回死んで貰って蘇生させるとか……ありますけど……」

 

 ギルメンを殺害するなど、考えただけで吐き気がする。

 しかし、それも選択しうる有効そうな案なのだ。ブルー・プラネットを元に戻すためには、ありとあらゆる手を尽くすべき。そう考えたモモンガは生唾を飲み込んだが、樹上で大はしゃぎしているブルー・プラネットを見ていると、「あのままで居た方が、本人は幸せではないか?」とも思ってしまう。

 

「モモンガさん。解りますよ。本能のまま生きられて、恥じる心が無いのなら……それは幸せなのかもしれない」

 

「タブラさん……うっ!?」

 

 シリアスな声色で語るタブラを振り返ったモモンガは、一言呻いて硬直した。タブラは、長方形のクリスタルを持ち、樹上のブルー・プラネットを覗き込んで……撮影していたのだ。

 

「う~ん。決まってますね。ブルー・プラネットさん。照れや羞恥のないノリノリの様は……何としても残しておくべき黒歴史! いや、違う! 今後、ギルメンが『発狂』する事態に向けて……対策資料として最適です!」

 

 本音がダダ漏れだが、今のタブラの発言からすると、ブルー・プラネットの言動を参考資料として記録するつもりであるらしい。 

 え? あの姿をギルメン会議でスクリーンに映し出したりするの? 

 なにそれ、怖い……。

 やめて、とめて、ブルー・プラネットさんが可哀想!

 モモンガを始めとしたギルメンは大いに引いたが、やろうとしていること自体は間違ったものでないから、止めさせるのは躊躇(ためら)われた。

 

「はっ!? おい、みんな! 惚けてる場合じゃねぇ! モモンガさん!」

 

 我に返った建御雷がモモンガに訴えかける。

 

「とにかく取り押さえちまおう! 長引くとブルー・プラネットさんの心の傷がデカくなるぞ!」

 

「俺が幹を駆け上がって、ブルプラさんを昏倒させるから! 援護よろ!」

 

 言うなり弐式炎雷が駆け出した。あっという間に根元との距離が詰まるが、ブルー・プラネットも一〇〇レベルのプレイヤーだ。すぐさま察知すると、その視線を弐式に向けた。

 

「うわはははは! 弐式さんじゃないですか! 取り敢えず死ね!」

 

「取り敢えず死ねだぁ!? てか、俺のこと解ってんのかよ!」

 

 残像を残して駆ける弐式は、中身がハーフゴーレムなのだが、気持ちの上では目を剥いた。しかし、その剥いた目に大きな塊が映る。いびつな球形で直径数十センチほどもある物体……木の種子だ。それが数え切れないほどの雨霰となって飛来する。直撃した場合、弐式の防御力では大ダメージは免れないだろう。

 

「けど、俺は避けゲーが大得意!」

 

 あらかじめ着弾点が解ってるかのように、弐式はスルスルと種子を避け続けた。そこにモモンガが発した幾多ものバフ魔法がかかる。筋力増強、防御力増強、視認阻害、そういった効果を持つ魔法群を身に浴び、弐式の戦意は天衝くほどに高くなった。

 

「ひょーっ! こりゃいいや! モモンガさんのバフは最高だぜっ!」

 

 根元に到達した弐式が、ザイトルクワエの幹を駆け上がる。

 

「ぬううう! ザイトルクワエの武器は種子だけじゃありませんよ!」

 

 大げさな身振り手振り。ブルー・プラネットは妙なポーズで動きを止めると、駆け上がってくる弐式を指差した。

 

(ユグドラシルの時のブルプラさんなら、絶対にしないポーズだ……。気の毒に……)

 

 ブルー・プラネットが正気に戻った後で、タブラ撮影による映像を見せられるとしたら……それは、我が身に置き換えれば悶絶ものである。一刻も早く、彼を取り押さえなければならない。

 

「ぬっ?」

 

 ほぼ垂直の幹を駆け上がる弐式は、不意に大きな影の中に入った。ザイトルクワエ頭頂部の枝葉か……と思いきや、さにあらず。六本ある触手のうち、六本すべてが弐式を叩くべく移動していたのだ。列車通過時のような風切り音と共に、最初の一本が振り下ろされる。直撃したら潰されるか、斜め上方からの殴打なので、こそぎ落とされるように地面へ叩きつけられるだろう。

 

「ちっ!」

 

 当たるわけがないと思うものの、移動速度は鈍る。舌打ちする弐式が見たのは、爆炎に包まれる二本の触手、切断された二本の触手、そして……宙を舞う建御雷が二本の触手を切り飛ばす姿だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「上手くいったようですね」 

 

 最大強化した<現断(リアリティ・スラッシュ)>で触手二本を切断したモモンガは、支援攻撃が成功したことで安堵の息を漏らす。

 爆炎で吹き飛ばした触手二本については、ペロロンチーノとタブラによるものだ。弓……ゲイ・ボウによる遠距離爆撃と、最大強化した爆炎系の魔法。それらの攻撃力の前には、レベル八〇台のモンスター、その身体の一部など一撃で破壊可能なのだ。もっとも、少し時間をかければモモンガだけでも六本の触手を破壊可能である。だが、見ているだけでは面白く……もとい、何をしに来たのかわからない! と、ペロロンチーノや建御雷が主張し、主立った者で攻撃参加したのだった。

 そして残る二本の触手。これは建御雷が担当することになったが、遠距離攻撃が苦手な彼は、同行していたマーレに頼み、ウッドランド・ストライド……対象を転移させる特殊技能(スキル)で弐式の近くまで転移している。アイテムでの飛行も考えたが、飛行速度が遅く、迎撃されることを考慮してボツ案となったのだ。もっとも、飛行アイテムの使用が禁じられたわけではない。

 

「建御雷さん、上手く<飛行(フライ)>のアイテムを使えたようですね! 落下が止まりましたよ!」

 

 構えていたゲイ・ボウを降ろし、ペロロンチーノが言った。とは言え、矢はつがえたままだ。戦力差的に勝てる相手だし、勝ったも同然の状況と言えるものの油断はしていない。普段、おちゃらけている男であるが、こと遠距離戦闘となると勝利を得るための思考がフル回転するのだ。そして、そんなペロロンチーノの恐ろしいところは、そう言った戦闘思考を展開しているのに、表面上は普段とまるで変わらないところである。

 

「アイテムが発動せず、そのまま落ちるようだったら……吹き飛ばし系の特殊技能(スキル)をやりくりして、落下ダメージを減らすつもりだったんですけどね~」

 

 それを数百メートルも離れた、しかも落下中の建御雷に行おうとしたらしい。聞いているモモンガとしては感心することしきりだったが、後は弐式である。モモンガ達からは、弐式の下方……<飛行(フライ)>のアイテムで急制動をかけた建御雷が、上昇に転じているのが見えていた。まもなく弐式に合流できるだろうが、枝間を移り渡る戦いは、建御雷にとって不得手だろう。

 

「そこで! 俺も行きますよ~っ!」

 

 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)……ヘロヘロが、触腕をフリフリしながら言っている。そう、更なる増援として、ヘロヘロもマーレのウッドランド・ストライドで転移するのだ。もっとも足場の悪さで難儀しそうなのは、前述の建御雷と同じである。

 やはり、この戦いのメインは弐式なのだ。

 

(よってたかってブルー・プラネットさんを引きずり下ろして、ボコボコにするのが楽なんだけど……。弐式さんが一人の方がやりやすいって言うし……)

 

 モモンガは各ギルメンに対してバフ系の魔法を飛ばしながら、道中の弐式の言葉を思い出していた。一対一の形になるのなら、高機動戦闘を得意とする弐式としてはやりやすいかもしれない。しかしだ、弐式がいつも口に出すのは「忍者の本領は気づかれないうちに背後から首をスパッ!」であったり「俺なら、たっちさんと建やんの合間を縫って攻撃を当てるなんて造作もないぜ!」というものだ。そこから考えると、相手が手の内の知れたギルメンとは言え、わざわざ一対一で戦おうとするだろうか。

 

(あるいは弐式さん、ブルー・プラネットさんを大勢で袋叩きにしたくなかったのかな……)

 

 だとしたら、モモンガは大いに同感である。

 手段を選ぶ状況ではないが、それでもしたくない事はあるのだ。

 

「弐式さ……うっ!?」

 

 気がつくと、ザイトルクワエが種子の散弾を放っていた。少しばかり考え事にかまけていたモモンガは、遅ればせながら……しかし、まだ間に合うと睨んで<石壁(ウォール・オブ・ストーン)>を発動しようとする。だが、それよりも先に二つの影が視界に飛び込んできた。

 

「「ウォールズ・オブ・ジェリコ!」」

 

 同じ全体防御特殊技能(スキル)で種子の散弾を防ぎ弾いたのは、専用の三重装甲甲冑……ヘルメス・トリスメギストスを身に纏ったアルベドと、二つの盾を前にかざしたピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜だ。

 

「モモンガ様。お怪我はありませんか?」

 

「モモンガさん。油断するとは珍しいわねぇ~」

 

 そう言って二人は振り返るが、彼女らはモモンガの目の前に居るわけではない。後衛として布陣する皆を守るよう立ち回っており、モモンガから幾分離れた前方に居た。そのほか、マーレもドルイド魔法により、樹木を瞬時に生やして種子を防ぐなどしている。

 

「至高の御方に向けて種を飛ばすなんて! 不敬!」

 

「おおっ? やるのか、アウラ! じゃあ、俺も!」

 

 アウラが弓を構えてレインアロー系特殊技能(スキル)を放つと、僅かに遅れてペロロンチーノも同じ特殊技能(スキル)を放つ。特筆すべきは、特殊技能(スキル)発動がアウラより遅かったにもかかわらず、ペロロンチーノの特殊技能(スキル)の方が先に放たれたことだ。それら放たれた矢は、飛来する種子をことごとく撃ち落としていき……中には幹に直撃したりもするのだが、アウラのものよりペロロンチーノの方が威力は上だった。

 

「うわ~……さすがはペロロンチーノ様!」 

 

「ふふふっ、俺の特技は弓矢だからね~」

 

 新たな矢をつがえながら、ペロロンチーノはアウラからの賞賛に笑み崩れる。が、その一幕を面白く思わない者が居た……。

 

「くうう~っ! チビ(アウラ)ったら、ペロロンチーノ様と仲良くして~っ!」

 

 シャルティアが親指の爪を噛みしめ、射貫くような視線でアウラを睨んでいる。ペロロンチーノに付いて来た彼女だが、手持ちの遠距離攻撃が多くないため、今は飛来する種子からタブラを守るぐらいしかすることがない。深紅の甲冑に装備された翼によって飛行可能であるものの、ブルー・プラネットと直接戦うのは至高の御方……ギルメンのみと聞かされたため、眼前の戦いに参加できないでいたのだ。

 そのシャルティアに、一つの種子が飛来するが……。

 

「ふんっ!」

 

 スポイトランスの一振りで種子を打ち返す。それは勢いよく飛んでザイトルクワエの幹に突き刺さり、ザイトルクワエは植物らしからぬ悲鳴をあげた。シャルティアは忌々しそうにザイトルクワエを見たが、その視界にマーレのウッドランド・ストライドによって転移したヘロヘロの姿が飛び込んでくる。今はザイトルクワエの幹に貼り付いているようだが、ここから戦闘に加わるのだろう。

 

「ううう、私も<転移門(ゲート)>で……」

 

 シャルティアならば可能だ。だが、それを勝手に行って良いものか。今周囲に居るアルベドやマーレにアウラは、与えられた役目を忠実にこなしている。至高の御方から指示が無い以上、自分は予備兵力として待機しているべきではないか。

 そういう思いもあったが、最初から後方待機……見学を命じられているナーベラルやソリュシャン、それにルプスレギナを見ると、守護者最強の自分が何もしないで居るのはプライドが許さない。

 

「何か……何かしなくちゃ……」

 

 一人吐く言葉は、尻すぼみに小さくなった。と同時に、シャルティアの目がブルー・プラネットからザイトルクワエに向いていく。

 

「直接戦って駄目な相手は、ブルー・プラネット様だけ……でありんすよねぇ……。そうだわ!」

 

 ひらめいたアイデアを胸に抱き、シャルティアはペロロンチーノに呼びかけた。

 

「ペロロンチーノ様! 妾に名案がありんす!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「弐式ぃぃいいい! すぐに戻るからなーーっ!」

 

 触手二本を斬り飛ばした建御雷が、声だけ残して落下していく。

 

「建やん!?」

 

 小さくなる親友の姿に弐式は慌てたが、建御雷が落下を止めて上昇に転じたのを確認すると安心した。何らかのアイテム効果で飛んでいるのだろうが、落下して地面に叩きつけられないなら何だっていい。

 

「さて、ようやく……顔を見ながら話せるな。ブルー・プラネットさん」

 

 仲間達の援護により、弐式はブルー・プラネットの立つ枝に到達していた。目の前で立つ木人……フェードラ帽に革ジャケット、木彫りの渋い髭面は、そう遠くない以前に『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』で見た姿と変わりがない。いや、発狂していることは別にして、大きく違う点が一つある。

 

「……遠目に見て気がついてたけど……。表情、変わるようになったんすね……」

 

 そう、ブルー・プラネットは表情を変えることができるようになっていた。ユグドラシルにおいては、彼に限らず、プレイヤーのアバターは表情に変化を付けることができない。閉じた口でデザインしたら、何をどうしようと口は閉じたままなのだ。ところが、モモンガや建御雷など、デザイン上、表情が存在する者達は、転移後世界においては表情を変えられる。モモンガの場合は良くて口の開閉ぐらいだが、建御雷などは割と自由に表情を変えられるようだ。

 それらモモンガ達の事例を知りながら、何故、弐式がブルー・プラネットの表情について触れたかと言うと……ブルー・プラネットの顔つきが濃かったからだ。キャラデザインの元になった冒険家の考古学者はともかく、顔デザインの流用元となったキャラはひたすら濃かった。だから、その表情が動くということは何かにつけて濃いのだ。

 

(……濃い! 濃いわ~……。あのキャラデザで表情が動くと、こんな濃いのか……)

 

 ブルー・プラネットが正気ならば、この濃さは激減しただろうと弐式は思う。落ち着きを感じさせる雰囲気が漂い、ダンディーな木彫りのおじさんに見えたはずなのだ。しかし……弐式からの指摘を受けたブルー・プラネットは、歯茎を見せながらグワリと笑った。

 

「お? そう言えば口が動く感じですね? 俺の表情が変わってましたか? どうです、男前が上がった感じでしょう?」

 

「ブルプラさん……。あまり調子に乗るとか、浮ついた感じのことは言わない方がいいと思うぞ? タブラさんが資料だとか言って撮影してんだから……絶対に後悔する」

 

 既に数々のアレな言動を撮影されているので、もはや手遅れと言える。しかし、ブルー・プラネットは鼻で笑い飛ばした。

 

「それがどうしたと言うんです? 俺は、この()と一緒に居られさえすれば、他はどうだっていいんです」

 

 この()……女性のことだろうか。

 弐式は周囲を見回したが、他に誰か居るような気配はない。

 

「まさか……」

 

 引きつった声と共に、足下の枝を見る。その枝は……ザイトルクワエの枝だ。

 

「そのとおり! 樹高一〇〇メートル以上、しかも動く! 彼女ほど俺の嫁に相応しい存在は、他にありえませんよ!」

 

「うわあ、うわあ……」

 

 首を振りながら弐式が後ずさる。

 百歩譲ってピニスンのようなドライアードなら納得もできよう。だが、ザイトルクワエは「樹高一〇〇メートル以上、しかも動く!」は置いておくとして、その見た目は立木だ。世の中に性癖は様々あれど、まさか木を嫁にする男が居るとは……。

 

「お、恐ろしい……。ブルプラさんが正気でも、同じことを言いそうだと思ったのが更に恐ろしい……」

 

「フフッ、褒めても何も出ませんよ?」

 

 ブルー・プラネットが鼻の下を人差し指で擦るが、鼻水等は出ないので仕草だけのこと。得意げに言うブルーに、弐式は続く言葉が出なかったが……。

 

「褒めてねぇって……」

 

 聞き覚えのあるブスッとした声。弐式が振り返ると、そこには弐式の居る枝……の近くの枝へ降り立った建御雷が居た。

 

「どっこらせ……と。やっぱ俺は地に足がついてないと駄目だわ。木の枝も……まあ、無いよりはマシか……」

 

 建御雷は、抜き身の大太刀を下げ、踏みにじるようにして足場を確認する。ブルー・プラネットまでは少々遠いが、建御雷の身体能力なら一飛びで間合いを詰められるだろう。

 そしてこの時、ザイトルクワエには新たなナザリック勢が到着していた。

 ヘロヘロと、少し遅れてシャルティア。マーレのウッドランド・ストライドで転移した二名が、ザイトルクワエの幹に取りついたのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ばっちり到着できましたね~」

 

 ザイトルクワエの幹にへばりついたヘロヘロは、狙いどおりに移動成功したので機嫌良さそうに笑う。と、そこに遅れてシャルティアも転移して来た。彼女は飛行能力を有するほか、自力で<転移門(ゲート)>を使用できるのだが、ペロロンチーノに進言し、敢えてマーレのウッドランド・ストライドで転移して来たのである。

 これは自力で転移することで強く目立つことより、他のナザリックの僕らと共同することで、至高の御方達への心証を良くしようとした……言わば打算によるもの。シャルティアらしからぬ思考に思えるが、これは皆と共同し『出来る女』を印象づけているアルベドの影響を受けているのだ。

 シャルティア自身、アルベドから影響を受ける……あるいは感化されていることは自覚しており、良い気はしていない。だが、この『作戦』を実行したことによる、効果は大きかった。

 何しろ転移前、ペロロンチーノから「凄いや、シャルティア! でも、気をつけてね! 怪我なんかしないようにね!」と感心され、かつ心配されたのである。このことにより、シャルティアの機嫌及び士気はすこぶる高かった。

 

「ヘロヘロ様! 私がお供させていただくでありんすえ!」

 

 ザイトルクワエに到達後、自力で飛んでいるシャルティアが言うと、幹にへばり付いているヘロヘロは嬉しそうに笑う。

 

「それは心強い。ありがとう、シャルティア。ペロロンさんにも後でお礼を言わないと~」

 

 自身の創造主に、他の至高の御方がお礼を……。

 それを聞いたシャルティアは舞い上がりそうな気分になった。実際に宙を舞っているので、十数センチほど上昇してしまったほどだ。

 

「はっ! 浮ついてはいけないのでありんす! それにしてもマーレのウッドランド・ストライドは具合が良かった感じでありんすね。弐式炎雷様もマーレに転移して貰えば良かったでありんしょうか?」

 

 ここで「私が<転移門(ゲート)>で……」と言わないのが重要である。あくまでも控えめに……。対するヘロヘロは、そういったシャルティアの思惑には気がつかず、「へえ……」と感心しながら首を横に振った。

 

「ああ、いやいや。弐式さんがブルプラさんの気を惹いてたから、私達が妨害もされずに転移できたんですよ。相手方の気を逸らすという意味では大助かりです」

 

 それに、後方で支援魔法を飛ばすモモンガ達も煙たく感じられていたのだろう、ヘロヘロ達が転移した直後には種子による攻撃を受けていたようだ。

 

「さて! 我々はザイトルクワエを攻撃しますよ! 私が幹を溶かして潜り込みますので、シャルティアは一緒に付いて来てください」

 

「内側から攻撃するんでありんすね! さすがは至高の御方! 面白そうでありんす!」

 

 さすがと言われるほどの事じゃないんだけれど……と苦笑するヘロヘロだったが、頭上を見上げると、弐式と建御雷がブルー・プラネットと交戦しているようだ。二人の邪魔をさせないためにも、ザイトルクワエには早々に退場して貰いたい。

 

「ザイトルクワエは大した問題じゃないですけど、後が大変ですよね~」

 

 この場合、大変なのはブルー・プラネットだ。彼が正気に戻った後のことを考えると、ひたすら気の毒に思うヘロヘロだったが、気を引き締めなおし、ザイトルクワエ内部へと進んで行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「すりゃあ!」

 

 ブルー・プラネットが鞭を振るう。

 元の現実(リアル)においては、ブルホイップと呼ばれる鞭で、彼のアバターデザインのモデルとなった映画主人公が使用していた物と同じである。ただし、ユグドラシルで作成したアイテムだから強度は実物の比ではないし、様々な付与効果があった。

 

「げっ!? 回避できねぇ!?」

 

 残像だけ残し、後方へ一歩引いた弐式が驚愕の声をあげる。

 残像を鞭が擦り抜けたところで、「忍者を舐めて貰っちゃ困ります。そうそう当たるもんじゃありませんよ」と言いたかったのだが、右腕の手首付近を絡め取られてしまったのだ。

 

「ふふふっ。あてが外れましたか? いや、何、ユグドラシルを引退したとき、有り金はたいて装備をアップデートしておいたんですよ」

 

 実際は、第六階層の大森林に最後の投資をした後で、残金を投入したのである。なので、言ってるほどのパワーアップは果たせていないのだが、それをわざわざ語ることはしない。

 

「弐式さんの想定を上回るには十分でしたかね?」

 

「くっそ! 戦うときだけ正気っぽいとか! ぐっ……滑る!?」

 

 弐式は手にした主武装の忍者刀……天照で斬りつけるが、鞭を切断することができなかった。鞭の表面が濡れており、刃が滑るのだ。

 

「くっくっくっ。樹液ですよ! おまけにヤニの類いも分泌しますから、切れ味も落ちる特別大サービス!」

 

「でえええ!? 俺の大事な刀に、なんてことしてくれやがるんですか!?」

 

 建御雷ほどではないが、弐式もお気に入りの武器に投資している。思い入れは大きいのだ。そんな刀を汚されたり駄目にされたのだから、当然、頭に血が上る。しかし、弐式が激昂するよりも先に事態は進展する。

 弐式の右腕が、鞭が絡んだ部位を基点に木化……いや、樹化しだしたのだ。 

 

「これはっ!?」

 

「見てのとおり、絡め取った部位を樹化する効果です! 驚いてて抵抗するのを忘れましたか? 愉快、愉快! さぁて何を実らせましょうか? 弐式さんは忍者ですし、日本っぽく柿でもいいですかねぇ!」

 

 柿を実らせたから、どうだと言うのか……。

 弐式は呆れたが一瞬で頭を冷やす。柿が実った分だけ、体力を吸い取られたりするのではないか。そもそも腕一本を樹にされた時点で、戦闘力が激減する。そういったことに考えが及んだのだ。

 とにかく、得体の知れない攻撃を受け続けるのはまずい。

 

「うりゃあ!」

 

 無事な左手で忍者刀……月読を振るい、弐式は己の右腕を肩口から斬り飛ばした。ブルー・プラネットの鞭から離脱成功。片腕を喪失したのは大きな痛手……だが、そうはならない。

 弐式の右腕の肩口、その残った部位がポロッと脱落し、新たな腕が忍者服込みで生えてきたのである。

 

「なんと!? 忍術ですか!?」 

 

「まあ、変わり身の術とでも言っておきましょうか」

 

 あらかじめ大量の金貨を消費することで、四肢のダメージを肩代わりさせる……課金アイテムを併用したギミックだ。もっとも再チャージには、一度取り出した金貨を消費する必要があるので、戦闘中に使用できるのは手足の各部位につき一回切りとなる。

 かくして、弐式とブルー・プラネットのPVPは仕切り直しとなった。

 

「ふふん。弐式さん、俺の武器は鞭だけじゃないですよ。あの冒険する考古学者の武器と言えば……拳銃!」

 

「背中のシャベルを使わないで、それかよ!?」

 

 鞭を手元に引き戻したブルー・プラネットが、革ジャケットの下からスミス&ウェッソンM1917リボルバーを取り出す。この銃に弐式は見覚えがあった。

 

(使ってるとこ、初めて見たぜ……)

 

 ブルー・プラネットのアバターデザイン……映画キャラスタイルは、作成時はギルメンから評判が悪かった。「ファンタジー世界にそぐわない」、「世界観を壊す」と不評だったのだ。そこをブルー・プラネットは「ファンタジー世界を旅する冒険考古学者! いいじゃないですか!」と主張、設定好きのタブラを味方につけて押し通したのである。そんな事情があるのに、現実味がある……と言うか、実銃そのものの見た目な拳銃だから、やはり他のギルメン達は良い顔をしない。後に、ユグドラシルではパワードスーツが実装されるのだが、その時点では実現していなかったため、彼の拳銃に対しての風当たりは強かった。

 

「評判が悪くて封印してましたが、やむを得ません! 密かに強化し続けた、このM1917の威力は尋常じゃありませんよ? まさに、デンジャラス&デンジャラス!」

 

「危険! そして危険!?」

 

 珍妙な物言いに弐式が驚くと、ブルー・プラネットは不敵に笑いながら銃口を弐式に向ける。が、その彼の頭部に真上から大太刀が振り下ろされた。

 

「あっ……」

 

 刀の峰で頭部を強打されたブルー・プラネットが、拳銃と鞭を取り落とし、後方へ倒れ込む。その彼の後方で立ち、大太刀を肩に乗せているのは建御雷だ。

 

「ブルプラさん、俺のことを完全に忘れてたな……」

 

 弐式が相手をしている間、建御雷は枝間を静かに移動し、ブルー・プラネットの背後に回り込んでいたのである。背後から斬りかかるのは建御雷の主義に反するが、場合が場合だ。

 

「正気のブルー・プラネットさんなら、気づいてたかもだけどね~」 

 

 特殊効果のある縄を取り出した弐式が、手早くブルー・プラネットを拘束していく。それを見た建御雷は、視線を足下の枝に向けた。

 世界を滅ぼしうる魔樹、ザイトルクワエ。その強さはナザリック勢にしてみれば問題ないものだが、放置しておくのは危険だろう。捕獲してナザリックに連れて行くにしても、発狂状態のブルー・プラネットが嫁呼ばわりしていたので、今のうちに始末しておいた方がいい。

 

「てか、今気がついたんだがな、弐式よ……。こいつ、死んでねぇか?」

 

「へっ? あ、ほんとだ……。そういや、さっきまで変に震えてたっけ?」

 

 建御雷の指摘を受けた弐式がスキャンしたところ、確かにザイトルクワエの生命反応が消失している。何があったと言うのか……。二人としては途中から幹に取りついていた、ヘロヘロ達の仕業だと思うのだが……。

 そんなことを考えていると、少し下方の幹が内側から掘り抜かれた。顔を出したのは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)とシャルティアである。

 

「かなり高いところに出ましたね~」

 

「ヘロヘロ様? ザイトルクワエは、もう死んでいるようでありんす」

 

 内部を掘り進んできたらしい二人が、暢気に会話しているのが聞こえた。

 ブルー・プラネットの捕縛に成功。そして、ザイトルクワエの捕獲ないし討滅。

 二つの目標が達成したことで、戦闘は終了したと言って良い。

 後は、ブルー・プラネットをナザリック地下大墳墓へ連れ帰り、正気に戻すだけなのだが……。

 

「ブルプラさんにとっては、色んな意味で気の毒なことになるな……」

 

「だよな~」

 

 建御雷の呟きに応じながら、弐式は眼下のヘロヘロ達を見る。ヘロヘロとシャルティアは、幹に作った出口より身を乗り出し、モモンガ達に向けて手を振っているようだ。その様は、まるで遊園地の遊具に乗った親子である。

 

(シャルティアの創造主はペロロンさんだから、父親の友人と一緒ってところか……)

 

 良い例えだと思うも、ブルー・プラネットのことに気を向け直した途端、弐式は疲れを感じてしまう。異形種化……つまりハーフゴーレムの身体のまま溜息をついてみたが、口に相当する部分から呼気が出ていないにもかかわらず、それなりに気が紛れたようだ。

 

「異形種の身体ねぇ……。つくづくデタラメだな……」

 

 こういう時、笑って良いやら落胆してしまうべきか、よく解らない気分になった弐式は再度溜息をつくのだった。

 




 ザイトルクワエ、死亡。
 そしてブルー・プラネットさんの捕獲完了~。
 大勢による袋叩きにはなりませんでしたが、建御雷さんの不意打ちが決め手となりました。ブルプラさんを大怪我させないため、ああなった感じです。一〇〇レベルプレイヤーが峰打ち一発で昏倒するのか……とも思ったのですが、大太刀の条件付き付与効果みたいなもの……ということで。本文中に書こうかと思ったんですけど、テンポの調整がつかなくて~。後で何か閃いたら、書き足すかもしれません。
 
 ブルプラさんの狂いっぷりは如何だったでしょうか。
 一〇〇レベルプレイヤーの敵対。事態は割りと深刻なはずですが、別の方向で深刻になるように頑張ってみました。
 後発の登場ギルメンで、シリアスに発狂する人が出るかは未定です。

 今回、弐式さんの変わり身の術とか、捏造設定が山のようにあります。そもそもブルプラさんの異形種姿とか装備とか、捏造の塊ですし……。

 ちなみに「デンジャラス&デンジャラス」「危険! そして危険!?」の下りは、故島木譲二さんの持ちネタ「キックアンドキック」「蹴り、そして蹴り…」から頂きました。
 カンカンヘッドは男のロマンなのです。
 なお、『&』は『アンド』とカタカナ表記するらしいですけど、本文では読みやすさ重視で『&』にしています。

 対ブルー・プラネット&ザイトルクワエ戦においては、同行したNPCが数人ほど空気化しています。至高の御方同士の戦闘になるのに、ついて来ないというのも不自然だろうと思ったのですが、原作と違ってモモンガさんサイドにギルメンが多いですから。シャルティアやアルベドはともかく、戦闘メイド(プレアデス)では出る幕が無いんですよね……。
 正直、本話を書き出した頃はペロロンチーノ&シャルティアの出番は考えていませんでした。
 次回、戦闘後の会話シーンでルプスレギナやソリュシャンに出番をつけたいと思います。


<誤字報告>

所長さん、ARlAさん、サマリオンさん、佐藤東沙さん、macheさん、冥﨑梓さん

毎度ありがとうございます
今回、特筆すべきは所長さん。実に35回(35話分?)の誤字報告をして頂きました。回数の数え間違いがあったら申し訳ありません。
『。』が半角になってる箇所が多かったようです。
正直言って、チェック仕切れないと言うか、書き上がりは数回読み返すだけで目にダメージ溜まる感じでして……。 

ぐふ、投稿して読み返してたら『特に』を『得意に』とか誤字してるのを発見……。マジかよ……。

正直言って、誤字報告機能は本当にありがたいです。
あと、感想頂けるのも嬉しいです。
某所でオリ小説を投稿していますが、現状、向こうを休んで『集う至高の御方』に全力投球しています。
本作が終わったら、向こうを再開させるかな……。


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第64話

「アインズ様ーっ! 薬草、見つけましたーっ!」

 

 生命活動を停止したザイトルクワエの樹上から、アウラが叫んでいる。アインズ……モモンガが、モモンとして請けた冒険依頼、『万病に効く薬草の採取』は、これにて達成だ。

 

「ん~……冒険者組合に薬草を引き渡してこそ達成か……。今、浮かれるわけにはいかないよな~」

 

 骸骨顔で呟くモモンガは、アウラが枝から飛び降りてくるのを見て呟く。人間がやろうものならダイナミック投身自殺だが、アウラの身体能力であれば無理なく着地できるはずだ。これは今ここに居るナザリックの者なら皆が同じである。先のザイトルクワエとの交戦中、マーレのウッドランド・ストライドで空中に転移した建御雷が、触手二本を撃破。その直後に落下した際……<飛行(フライ)>のアイテムで戦線復帰したが、あれは身体能力でアウラに劣っているのではなく、早期の戦線復帰を優先したからだ。

 

「にしてもモモンガで、アインズで、モモンか……」

 

「俳優名と、声優名と、エロゲ声優名みたいですね!」

 

 いい加減で使い分けが面倒と思っての独白だったが、横からペロロンチーノが話しかけてきたことでモモンガはガックリ肩を落とす。

 

(使い分けは面倒だけど、それぞれの名前に役割を振っちゃったんだし? 今更何ともならないとして! 今俺が言ったのは、ただの愚痴で! ペロロンチーノさんの例えは解りやすいんだけどさぁ! ……うん? ……茶釜さんが何も言ってこないな?)

 

 いつもならペロロンチーノがシモの話を振った場合、すかさず茶釜の説教が始まるのだ。それを見越してグッと堪えていたモモンガだが、ペロロンチーノのエロゲ話題が止まらないので首を傾げた。茶釜は今、何をしているのだろうか。

 目の前にペロロンチーノが居るため、視線をチラッと動かしてみたところ、ペロロンチーノの後方……ザイトルクワエ側に十数メートルのところでアルベドと会話中だった。

 

(ガールズトークかな?)

 

 見たところ険悪そうでもないし、声をかけて邪魔するのも悪いだろう。茶釜の介入が期待できないことを悟ったモモンガは、やむを得ずペロロンチーノのエロゲトークに付き合うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「意外ねぇ……」

 

「何が……でしょうか。ぶくぶく茶釜様?」

 

 ザイトルクワエとの交戦中は、後衛を守るべく離れて行動していたぶくぶく茶釜とアルベド。だが、今は概ねモモンガの前方にて並んで立っていた。

 盾二枚を持ったピンクの粘体と、性別が判別しづらいほどゴツい重甲冑。何とも奇妙な取り合わせだ。二人は戦闘終了後も油断なく周囲を警戒していたが、茶釜がボソリと呟いたところ、アルベドが反応してきた。

 敵意無く、アウラやシャルティアが創造主以外のギルメンと会話するときのような舞い上がった声色。しかし、元の現実(リアル)にあって女優……中でも声優業で有名だった茶釜の耳は誤魔化せない。アルベドの問いかけてくる声には、ある種の違和感が混じっているのだ。

 

(これ……私の様子を探ってる?)

 

 だが、相手を探ってるのは茶釜とて同じだ。だから、僅かに感じた違和感を敢えて無視し、アルベドとの会話を継続する。

 

「なんて言うかね。アルベドなら、モモンガさんを重点的に防護しそうかな~って思ってたわけよ」

 

 アルベドがモモンガと交際しているのは知っていた。正直に言うと、先を越された感がある。そして、ちょっと悔しい。茶釜にとってモモンガ……かつての鈴木悟氏は、それなりに意識していた男性なのだ。

 

(お互いに仕事が忙しかったのと、オフで逢うには住所が遠かったし……。もっと押し込んでモノにしちゃえば良かったかなぁ……)

 

 これが弟のペロロンチーノであれば「モノにする!? エロい!」などと騒ぐのだろうが、茶釜が言うのは交際するという意味である。将来的に弟の言うような展開があるかも知れないが、まずは清いお付き合いからだ。

 そんなことを茶釜が考えていると、アルベドが重甲冑の第一装甲を解除した。そして女性としてのボディラインが見て取れる第二外装へ移行すると、ヘルムを取って小脇に抱える。ヘルムが取られると艶やかな黒髪が流れ落ちるが、その美しさは同じ女性である茶釜であっても見惚れるに充分すぎた。

 

「ぶくぶく茶釜様……」 

 

「茶釜で良いって言ったわよね? 長いんだから」

 

「では、茶釜様……」

 

 言い直したアルベドは、胸に手を当てて思うところを述べる。

 確かに、一人の女としてはモモンガを重点的に護りたいという気持ちがあった。他の至高の御方に対して不敬だとは思うが、この気持ちに嘘はつけない。ただ、先のザイトルクワエとの戦いは、アルベドにとってナザリックとしての戦いだ。ならば、自分の果たすべき事は、戦場に配置された守護者統括として戦うこと。

 

「己の全能力を駆使して、背後の皆を護ること。それこそが至高の御方の御期待に添うことだと判断いたしました」

 

「ぬっ……。一〇〇点満点の回答な上に、自分の思いまで乗っけてくるとは……」

 

 茶釜は思った。手強い……と。

 この先、自分がモモンガを諦めないとしたら、その前に立ちはだかるのはアルベドと、ルプスレギナだ。カルネ村のエンリや、冒険者のニニャなどは愛人枠だろうから、きちんとした結婚式を挙げて本妻になるのは、先の二人だろう。 

 今から、そこに割り込む余地はあるだろうか。

 見込みはあると睨んだ茶釜であったが、まずは本妻格のアルベドと仲良くしておきたいと考えた。無論、ルプスレギナとも親交を深めるつもりだ。

 

(上手く立ち回ってモモンガさんの一番を狙えれば御の字だけど。……当面は、第三夫人ぐらいに食い込めれば……。第三夫人ね~……日本人の感覚だとアレだけど、ここは異世界なんだし~、問題ないか~)

 

 一瞬、脳裏で弟の「姉ちゃん、リアルハーレムだな!」という声が聞こえたような気がしたが、茶釜は無視した。

 

「ふ~む……むん!」

 

 気合い一発、茶釜は人化する。

 人間種としての茶釜の容姿は、二十代前半まで若返っているが、基本的に元の現実(リアル)での姿だ。アルベドよりも背が高く、スラッとしている。胸のサイズはアルベドやルプスレギナにも負けていない。黒髪を肩の辺りで切り揃えているので、マニッシュとでも言うのだろうか、少し男性的な雰囲気を醸し出している。

 実を言うとゲームのユグドラシルにおいて、一人称が『僕』であったギルメン……やまいこ。彼女の現実(リアル)の姿として、男性ギルメンからイメージされていたのが、この茶釜の実像なのだ。しかし、オフ会で会ってみると茶釜は前述のとおり。やまいこは……お淑やかな妙齢の女性だったので、モモンガを始めとした男性ギルメンは大いに驚いたものだ。

 

「俺! やまいこさんは姉ちゃんみたいな、スパルタンな感じだと思ってた!」

 

 などと口走ったペロロンチーノが、やまいこからグーで頭を殴られていた光景を茶釜はしっかりと覚えていた。

 

(私から見ても、やまちゃんは小柄な和風美人だったものね~。学生時代はポニーテールの元気っ()だったそうだけど) 

 

 ちなみに、やまいこが「僕と違うタイプ~」と言って、茶釜をモデルに作成したのがユリ・アルファだったりする。もっとも、少しきつめの茶釜に対して、ユリは柔和な顔立ちなのだが……。 

 

「さて……と」

 

 プレートアーマー装備の女戦士となった茶釜は、正面で立つアルベドを見た。異形種化していた先程までと違い、今では茶釜の方が背が高くなっている。

 

「モモンガさんと交際中……だったわね? ルプスレギナも一緒だそうだけど?」

 

「そのとおりでございますが……」

 

 アルベドは微笑みながら返すが、相手が茶釜ではなくシャルティアだったとしたら、「そのとおりだけど、何かしら?」と煽るように言ったに違いない。だが、茶釜はギルメンで、アルベドにとっては『至高の御方』の一人なのだ。女として愛するのはモモンガ一人であるにしても、茶釜も敬愛すべき存在なのである。

 先程から茶釜が気にしている探ってくるような違和感。それさえ無視すれば、アルベドの口調や物腰は、一点の曇りもない忠誠心と敬愛で満ちていた。  

 

(アレよね~。モモンガさんや弐式さんが言ってた『死ねと言ったら喜んで死ぬ』タイプの忠誠心よね~……。それでモモンガさんに叱られたって聞いたけど)

 

 その点についてアルベドは反省しているらしいが、高すぎる忠誠心に変わりはない。茶釜の趣味ではないが、今ここでベッドに誘ったとしたら……アルベドは喜んで茶釜の部屋までついて来ることだろう。

 そんな盲目的な忠誠心は御免被りたい。しかし、そうあれと生み出された彼女らに、強く言って改めさせるのもどうかと茶釜は思う。

 そういった考えを溜息で塗りつぶし、茶釜は笑顔でアルベドに言い放った。

 

「私もモモンガさんに告白していいかな? 願いが成就したら、第三夫人あたりに収まりたいんだけど?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 茶釜から声をかけられたとき。

 アルベドは天にも昇るような気持ちだった。

 彼女にとって至高の御方は、一人の例外もなく敬愛し、己の全てを投げ打ってでも奉仕すべき存在である。中でもモモンガは最愛の殿方で、幸せこの上ないことに『恋人』として交際中だ。

 そして現状、ナザリック地下大墳墓に戻ったギルメンの中で、ぶくぶく茶釜は唯一の……女性である。アルベドからすれば同性で、おこがましいながら親近感も感じていた。しかし、全身全霊をかけて忠誠を誓う存在であるにも関わらず、茶釜を見ていると胸がざわめくのだ。

 

(何なのかしら? これは……不安?)

 

 至高の御方に対して不安を感じるなど、万死に値する。自害してしまいたいほどの激情が胸を埋めていくが……いったい何が不安なのか。アルベドは極短い時間ながら考察してみた。そして、ナザリックのNPCとしては高く設定された彼女の知能が、不安の正体についての解答を導き出す。

 

(ぶくぶく茶釜様が……(わたくし)のライバルに!?)

 

 結論から述べると、そういうことになるのだ。

 考えてみれば、至高の御方は続々とナザリックに帰還しているが、その中で女性は茶釜一人だけ。殿方の至高の御方であれば、同じ至高の存在で女性の茶釜に心が傾くのは……アルベドにしてみれば当然のように思えた。そして逆に考えると、茶釜がモモンガに心奪われることもあり得る。なぜ他の弐式炎雷などではなくモモンガの名が出るかと言うと、アルベドにとって最も注目すべき男性の至高の御方だからだ。 

 つまり、茶釜がモモンガに惚れ……もとい、恋をし、モモンガもまた茶釜に恋をする。しかも至高の御方同士なのだから、実にお似合いだ。

 

(けれど、そうなると……(わたくし)達はどうなるの?)

 

 現状、アルベドはモモンガの恋人である。ルプスレギナも同じだが、モモンガがアルベドとルプスレギナに序列を付けるとしたら、第一位はアルベドになるだろう。だが、そこへ茶釜が加わるとどうなるか。 

 

(茶釜様が第一で、(わたくし)が第二位……かしらね。……いいえ、まだまだ考察が甘いわ……)

 

 最悪の場合、妻は茶釜一人として、アルベドやルプスレギナとの婚約は取りやめになる可能性がある。そもそも、交際しているだけで婚約にすら到っていないのだ。

 アルベドは胃に穴が開きそうなほどの心痛を感じたが、それを精神力と、モモンガ関連の思考であるから『精神の停滞化』で抑え込む。そうして、あくまで表面上は平静を保っていたわけだが、会話の中で茶釜がとんでもないことを言い出した。

 

「私もモモンガさんに告白していいかな? 願いが成就したら、第三夫人あたりに収まりたいんだけど?」

 

 アルベドの精神が、またもや停滞化する。

 すぐさま再起動したものの脳内は混乱したままだ。

 今、茶釜は何と言ったのか。

 モモンガに告白して良いか。

 それは至高の御方の意思なので、どうこう言う資格は自分には無い……とアルベドは思う。

 しかし『茶釜が第三夫人』とは、どういう事なのか。アルベドとルプスレギナが第一夫人と第二夫人で良いのか。そんなことが許されるのか。

 アルベドの混乱は続く。

 ギャグ漫画であれば、アルベドの顔を汗がダラダラ伝い落ち、唇は横一文字を保てずに波形に……そして目はグルグルと渦巻いていただろう。だが、これは漫画などではなく現実だ。ゆえにアルベドの顔は、大汗はともかく瞳の焦点が定まらず、口元は震えているという悲壮な状態となっていた。

 

「ちょっと……大丈夫なの?」

 

 心配になったらしい茶釜が声をかけてくるが、至高の御方に気遣わせるなど万死……いや、このまま黙っているのも不敬極まる失態だ。アルベドは奥歯を噛みしめると、微笑みながら茶釜を見返した。

 

「いえ、何でもありません。失礼いたしました。ところで……その、第三夫人とは……いったい……」

 

「言葉どおりの意味だけど?」

 

 茶釜は言う。

 自分はモモンガに惹かれているが、今ある彼の交際関係について肯定する気はあっても否定する気は無い。その関係性を壊したいとも思わない。後から出てきた自分は、もしもモモンガが許容してくれるなら、第三夫人の位置に納まりたいが……アルベドやルプスレギナには認めて欲しい。

 そういった意味なのだ。

 確かに言葉どおりの意味だろうが、アルベドにとっては容認しがたい。ナザリックの僕として生み出された際に備わった……精神の根深いところにあるものが許してくれないのだ。

 

「……茶釜様。(わたくし)の容認ということでしたら。お気に……」

 

「アルベド。私はね、一人の女性として聞いてるの。今は……三人か、その三人全員でモモンガさんと結婚するところまで行ったら、姉妹みたいな関係になるかもだし? 根回し……じゃなかった、仲とか良くしておきたいじゃん? でもまあ、すぐに答えを出さなくてもいいわ。今話したのは、スジを通しておきたかったからだもの。モモンガさんの気持ちも変わるかもしれないわけだしね~」

 

 冗談めかして茶釜が言うが、アルベドにとっては冗談では済まされない。

 少なくとも、この場ですぐに返事して良いようなことでないのは理解できる。

 

「茶釜様。返答と致しましては、何一つとして不服ありません……となります。これは確定事項です。しかしながら、一女性としての御質問……とのことですので、数日ほど、お時間を頂けますでしょうか?」

 

 茶釜の口振りから、アルベドとルプスレギナがモモンガと交際すること……その先に婚約や婚姻があることを認めてくれているのは解る。事実、そう言っている。その上で、モモンガに接近する『後発の女性』として、アルベドに話を通しに来てくれているわけだ。もったいないと思うし、涙が出そうになるほど嬉しい。

 それでも、今ここで茶釜の言葉に飛びつくのは、アルベドの女としての矜持が許さなかった。

 

「……このことはルプスレギナと相談してもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ。と言うより、相談しておいてね? 私からも話しておくけど」

 

 そう言って茶釜は肩の高さで手を振り、モモンガの所へ歩いて行く。その後ろ姿を、アルベドは暫し見つめ続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 採取した『万病に効く薬草』を冒険者組合へ届けるのは、後日のこととなった。

 冒険者組合の依頼には、ある程度の期間が見込まれているのだ。一日や二日遅れたとしても問題ではない。どちらかと言えば、依頼を請けるなり<転移門(ゲート)>で近くまで移動、即日発見して提出……では不審に思われるだろう。少し時間をおくぐらいで丁度良いのである。

 そう理屈づけたモモンガだが、結局のところ、合流を果たしたブルー・プラネットのことが最優先なだけだ。そして、それは現状のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の総意でもあった。

 そうした判断の下、ナザリック地下大墳墓へ帰還したモモンガ達は、真っ先に第六階層の円形闘技場に向かっている。そこで精神安定系の魔法や、呪い解除のアイテムなどをブルー・プラネットに対して試すのだ。異世界転移後のギルメンで、初の完全発狂者ということもあり、半ば人体実験じみている。モモンガを始めとして、ギルメンの誰も良い気がしなかったが必要なことだと割り切っていた。

 

「アインズ様。すべて完了しました……わん」

 

 NPCの中で唯一、ペストーニャだけが呼ばれて、ブルー・プラネットの治療にあたっていたが、それが終わったので報告と共に一礼している。

 

「さて……」

 

 回復及び治癒。

 その他の呪い解除など、一通りの処置が終わったところで、モモンガは頑張ってくれたNPC……ペストーニャに下がるよう指示を出した。

 

「御苦労だったな。後の事は、私達に任せておくが良い」

 

「はい。承知しました。……敢えて進言することをお許し頂きたいのですが? ……わん」

 

 犬頭のメイド長が下がることなく発言する。ブルー・プラネットに向き直りかけていたモモンガ、その他のギルメンらの視線が一斉にペストーニャに向けられた。

 

「……許可する」

 

 本当はNPCの居ない状況にしたいのだが、ペストーニャは数多くのNPCの中で、トップクラスの人格者だ。しかも有能である。そんな彼女の進言を強く拒むのは気が引けた。

 

(それもあるけど、ここには茶釜さんが居るしな~……。聞く耳持たないで追っ払ったりしたら、凄いお説教をされるのが目に見えてるし!)

 

 ペロロンチーノが叱られている様は何度となく目撃している。あの勢いで叱られるぐらいなら、少し気が急いていても話ぐらいは聞いておくべきだろう。

 一方、そういったモモンガの内心など想像できないペストーニャであるが、今が緊急の時だというのは理解できていた。

 

「手短に申し上げます。アルベド様やシャルティア様など、戦える僕をお呼びになるべきです。……わん」

 

「却下だ。そのことについては、既に話は終わっていただろう?」

 

 茶釜の説教に怯えたモモンガだが、結局は突っぱねている。言ったとおり、その件については話は済んでいるからだ。円形闘技場にペストーニャを呼んだ際、その場にギルメンしか居ないことで、ペストーニャが今と同じことを言い、モモンガが皆と相談して今と同じ回答をしたのである。

 理由は、ブルー・プラネットが発狂したままで、また彼と戦うことになった場合。その模様を僕達に見せたくなかったのだ。トブの大森林にてアルベド達には見せているので今更な話だが、それを反省したことにより却下したのである。

 二度目の進言も却下されたペストーニャは項垂れたが、モモンガが追い払うように手を振ると、再び一礼してから去って行った。特に指示はしていないが、元の配置に戻ったのだろう。

 

「少し、キツく言いすぎましたかね?」

 

 ペストーニャを見送ったモモンガがギルメン達を見ると「そのとおり、言い過ぎだ~」、「ギルド長、マジで鬼~」といった心ない言葉が弐式とペロロンチーノから浴びせられた。が、すぐさま茶釜と建御雷の殴打により黙らされている。もっとも、弐式がゲンコツでボカリとやられたのに対し、ペロロンチーノは盾で張り倒されたのだが……。

 

「姉ちゃん……ツッコミが暴力的すぎる……」

 

 頭を押さえたペロロンチーノが抗議するも、茶釜は鼻を鳴らしたのみでブループラネットを見た。

 

「目を覚ましそうかしら? まだ発狂したままだったら、もう一度取り押さえて……次は流れ星の指輪(シューティングスター)の出番よね?」

 

 茶釜の呟きを聞き、モモンガは頷く。

 モモンガが所有する課金アイテム、流れ星の指輪(シューティングスター)。使用回数はフルカウントの三回分残っているが、その内の一回分を消費することで、<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>を発動させるのだ。この魔法は、ユグドラシルにあっては経験値を消費して願い事を叶える……二〇〇以上の選択肢から選択する魔法だった。だが、今のところは未検証であり、どのように発動するかは解っていない。

 

(だが、ユグドラシル時代に見た選択肢の中には、状態異常を消し去るものがあったはずだ。これに賭けるしかない。それでも駄目なときは……)

 

 ブルー・プラネットに死んで貰うのだ。

 その後に蘇生させて、状態異常……すなわち『発狂』が解消されているかを確認する。

 それでも駄目なときは……。

 モモンガは頭を振って不吉な想定を振り払う。

 

(まずは今だ。今のペストーニャの治療で元に戻っていれば、何の問題もない!)

 

 願望混じりだが気合いを入れ直したモモンガは、仰向けに寝かされている木人……ブループラネットを見た。遠目に見れば人が倒れているように見えるが、近くで見ると荒削りのマネキン人形のようだ。

 と、そのブルー・プラネットが目を開けた。

 木彫りの人面が稼働するので気持ち悪いが、彼の場合はモデルとなった顔が濃いので濃さの方が先に来る。思わず苦笑しそうになったモモンガであるが、自分を守るように茶釜と建御雷が動いたのを見て気を引き締めた。

 左前に盾を構えた茶釜、右前に大太刀を担いだ建御雷。その間から覗き込むようにして、モモンガはブルー・プラネットに話しかける。

 

「ブルー・プラネットさん? 俺のことが解りますか? モモンガです」

 

 ここで「わかりますよ」と返されたとしても、まだ安心はできない。何故なら、トブの大森林で発狂状態のブルー・プラネットと戦ったとき。彼は弐式のことを、弐式本人だと認識しながら攻撃してきたのだ。

 茶釜と建御雷の構えに力が入る。

 そして戦闘態勢に入っているのは二人だけではない。ブルー・プラネットを挟んだモモンガの向かい側、そこにはヘロヘロが居て、いつでも強酸攻撃ができるように待機しているのだ。その隣では弐式も居て、彼の場合は捕縛用の縄を取り出し待機している。更にはモモンガから見て右にタブラ、左にはペロロンチーノが離れて配置されており、いつでも長距離からの魔法や爆撃を飛ばせるようになっていた。

 つまり、ブルー・プラネットが発狂状態のままであっても瞬殺可能なのだ。

 

「ううっ……うっ!?」

 

 ブルー・プラネットが一声呻く。そして上体を起こすと、被ったままのフェードラ帽の位置を直してからモモンガを見上げた。

 

「モモンガさん……俺、どうなってたんですか?」

 

 モモンガ達は一瞬、周囲のギルメンと視線を交わし合う。これはトブの大森林で戦っていたときの記憶が無いということなのだろうか。判断に迷うところだが、この反応は想定内だ。

 

(皆で相談済みだからな!)

 

 モモンガは一息吸うと、ブルー・プラネットとの会話を継続した。

 

「ブルー・プラネットさん。ザイトルクワエは、貴方のお嫁さんだったそうですね?」

 

 ブルー・プラネットの肩がビクリと揺れる。

 この瞬間、それまで心配そうにしていたモモンガ達の表情が変化した。それは不機嫌と悪戯心が混じった、ある種複雑なものだ。

 モモンガは質問を続ける。

 

「何でしたっけ? 樹高が一〇〇メートルを超えて、しかも動く! いやあ、ブルー・プラネットさんの萌えポイントがそうだったとは意外でしたよ~」

 

「うっ……ぐふう……」

 

 徐々にブルー・プラネットの視線が下がり、ついには俯いてしまった。

 もはや記憶欠落等の異常が無いことは明白である。だが、まだ甘い。モモンガは先の戦闘でも最も気になっていたことを指摘する。

 

「弐式さんを、弐式さんだと解った上で『取りあえず死ね!』はマジで無いわ~……と思うんですが。どうでしょう?」

 

「ううっ!」

 

 ブルー・プラネットの顔が上を向き、大きく歪んでいるのが見えた。さすがにモモンガは胸に痛みを覚えたが、精神異常の状態にあったとは言えギルメン相手に『死ね』と言ったのである。目が覚めたとき、最初にしらばっくれようとしたのも減点要素だ。

 

(そもそも喧嘩や売り言葉に買い言葉というのじゃなくて、本当に殺そうとしてたんだもんな~……。それを『どうなってたんですか?』とか……ねえ?)

 

 しかたのない部分は認めつつも、モモンガは敢えて心を鬼にしてブルー・プラネットの反応を待った。

 待つこと数秒……。

 ブルー・プラネットが周囲を見回し、モモンガとは反対側に弐式が居るのを確認すると、真剣な眼差しで弐式と視線を合わせた。その顔立ちは相変わらず濃いままだが、トブの大森林で戦ったときとは明らかに印象が違う。落ち着きを感じさせる瞳、そして全体的な『静』の佇まい。それが濃い顔立ちをダンディな容貌へと変化させているのだ。

 

「弐式炎雷さん……」

 

「は、はい……」

 

 気がつくと正座の姿勢に移行しているブルー・プラネットに対し、弐式が構えを揺らす。そんな彼に対し、ブルー・プラネットはフェードラ帽を取って脇に置いた。そして流れるような動作で頭を下げたのである。  

 

「先程は、大変失礼な物言いをしてすみませんでした。更には命を奪うような行為に及びまして……本当に申し訳ありませんでした」

 

 土下座。

 それは異世界転移後、複数のギルメンがモモンガに対して行った……謝罪の表明だ。幾人かは照れ隠しの意味もあって巫山戯ていたり、建御雷のように気持ちが乗りすぎて割腹自決しかけた者も居る。だが、今行われたブルー・プラネットの土下座は、これまでモモンガが見たギルメンの中では、最も真摯な気持ちが込められているように思えた。

 

「え? あ、ああ……その何と言うか……。どういたしまして?」

 

 弐式がギクシャクした身振りと共に、何とも締まらない返事をしている。無理もない。普段はギルメンが合流する度に、どうやってモモンガに対する土下座を成功させるかを考えているのだ。その自分が土下座されているのだから、あたふたしたくもなるだろう。

 

「そして……」

 

 闘技場の地面に額を擦りつけていたブルー・プラネットは、頭を上げて周囲のギルメンを見回すと、もう一言「皆さん。迷惑をかけてすみませんでした」と謝罪した。

 トブの大森林でモモンガ達と戦ったブルー・プラネット。

 あの時の彼は発狂していた。正気ではなかった。

 ゆえにこの時、闘技場で目覚めて皆に謝罪した時こそが、異世界転移後の彼にとって初めてのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』への合流及び帰還を果たした瞬間だと言えるだろう。

 正座したまま、申し訳なさそうに微笑むブルー・プラネット。彼を見たモモンガは、そう思うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「というわけで、帰還の儀式は終了しました。ここからはNPCも居ないことですし、気楽な雰囲気でやっていきましょうか!」

 

 円卓でギルド長の席に座ったモモンガは、骸骨顔で朗らかに宣言した。

 各自席に着いたギルメン達が、一人を除いて「うおー」だとか「いえ~」だとかノリの良い歓声をあげている。ちなみに例外たる一人とはブルー・プラネットだ。

 先程まで、モモンガ達は玉座の間で帰還の儀式を行っていた。そう、主立ったNPC達が揃った前で、ブルー・プラネットの帰還を宣言したのである。アルベドやシャルティアなど、トブの大森林でブルー・プラネットを見た者も居たが、申し訳なさそうに頭を掻くブルー・プラネットに対し、誰もが笑顔で彼の帰還を祝福していた。そうして儀式が終わり、アルベドらを元の配置に戻したところで、モモンガはギルメン達と共に円卓の間へ移動したのである。

 その目的は合流ギルメンが一人増えたので、現況確認を兼ねたブルー・プラネットへの説明と、もう一つの目的を行うべく……ギルメン会議をするためだ。

 そわそわと居心地悪そうにしているブルー・プラネットに向け、モモンガは途中でタブラや弐式など他のギルメンのコメントも挟みつつ、現況の説明をする。説明の内容はギルメン各自の転移時点や前後の経緯、転移後世界におけるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の行動目的。他、各班の動向などだ。

 それらは滞りなく進行し、ブルー・プラネットも幾つかの質問をしている。中でも、ザイトルクワエから採取した種子や、モモンガが冒険者組合の依頼によって採取した『万病に効く薬草』を第六階層で研究及び栽培する件については、諸手を挙げて賛成していた。

 こうしてブルー・プラネット以外……モモンガ達にとって前段となる現況説明が終了し、次の話題に移ることとなる。

 

「では、次の議題として……ギルメンが発狂した場合について……ですが。タブラさん、お願いします」 

 

「了解です。ギルド長」

 

 微かに震えた声で言うタブラが、アイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出した。同時に弐式と建御雷が席を立ち、円卓の間の下座……モモンガの対面側の壁にスクリーンを設置する。これらはデータクリスタルに録画した映像や音声を視聴するための機材一式だ。

 この時点で、ブルー・プラネットが目に見えて動揺しだしているが、タブラは腹筋の動揺を気合いで抑え込みつつ機器を操作した。

 円卓の間の照明が落ち、暗闇が支配する空間となる。そしてスクリーンに映像が映し出された。

 場所はトブの大森林で、ザイトルクワエの枝葉が密集している付近。大きく張り出した枝上で……ブルー・プラネットが仁王立ちになっている。

 

「まずは、これを見ていただきましょう」

 

 タブラが機器操作すると、映像上のブルー・プラネットが動き出した。

 

『うひゃほぉおおお! 愛おしすぎるんだぜぇえええ! いぇあああああ!』

 

 タブラが機器を操作し、映像上のブルー・プラネットが動きを止める。

 

「え~、このように……発狂しきると、普段絶対に言わないようなことも平気で口走るという症状が……」

 

「ちょっとぉおおおおおおおおお!?」

 

 明かりが投射映像によるものしかない円卓の間に、ブルー・プラネットの悲鳴が響き渡った。上に向けた掌を胸の左右でワキワキさせながら、ブルー・プラネットは訴える。

 

「謝りましたよね!? 闘技場で俺、謝りましたよね!? めっちゃイイ雰囲気でしたよね!?」

 

「ブルー・プラネットさん。これは必要なことなんですよ」

 

 諭すように言うタブラの声は、もはや誰が聞いても笑いを堪えているのが解るほど震えていた。その声に乗る形で建御雷も発言している。

 

「まあまあ、ブルー・プラネットさん。いいじゃね~か。俺達もまあ、何だ。それなりに苦労というか一仕事したんだからよ。発狂とかってのは原因究明とか研究すべきだし? ギルメン同士で相談し合うべきじゃね~かな~……と思うんだわ」

 

 もっともらしいことを言っているが、建御雷は笑いながら言っているので説得力は大いに欠けていた。

 そうした中、茶釜が粘体を触腕状にして挙手する。

 

「ギルド長~……映画が止まってますけど~」

 

「今、映画って言いました!?」

 

 ブルー・プラネットが目を剥くが、モモンガは大きく頷いてタブラに続行を指示した。記録映像はタブラによってチャプター分けされているらしく、一瞬、映像が暗転したかと思うと次なるシーンに移行する。と言っても、枝上のブルー・プラネットに変化はないようだが……。

 

『樹高一〇〇メートル以上、しかも動く! 彼女ほど俺の嫁に相応しい存在は、他にありえませんよ!』

 

「嫌ぁあああああああっ!?」

 

 モモンガは、野太い声による『絹を裂くような悲鳴』というのを生まれて初めて聞くこととなった。その後も新たな映像音声が披露される度にブルー・プラネットが悲鳴をあげ……三〇分が経過。

 映写アイテムが停止して照明が戻った円卓の間には、力なく突っ伏すブルー・プラネットの姿があった。

 

「あの~……ブルー・プラネットさん?」

 

 さすがに心配になったモモンガが声をかけるも、ブルー・プラネットからは返事がない。

 ただの朽ち木のようだ……。

 「やりすぎたか?」とモモンガ達は思うのだが、トブの大森林におけるブルー・プラネットの言動を思い出すと「これぐらいは良いか?」とも思う。

 

「え~と……映像の検証は、これぐらいにしておきますか」

 

 モモンガが言うと、ブルー・プラネット以外のギルメンらが頷いた。

 結局のところ、解ったことは少ない。

 今回のケースでは異形種化したままで、おそらく『人化できない時間』が長期化したことで発狂ゲージが溜まりきり、発狂するに到ったこと。趣味や嗜好に向けてのタガが外れ、ギルメンに対する攻撃を躊躇わなくなるなどの精神状態が確認された。

 

「ああ、それと、発狂中の記憶はバッチリあるのが解ったよな? 建やん?」 

 

「んだんだ、ブルー・プラネットさんは誤魔化そうとしてたみたいだけどな」

 

 弐式の言葉に頷く建御雷が「誤魔化そうと」と述べたところで、机上に突っ伏したブルー・プラネットの肩が揺れた。どうやら意識はあるらしい。

 

「じゃあ話は終わりですね! モモンガさん、この後みんなで風呂にでも行きませんか?」

 

 席を立ってペロロンチーノが言うと、場の空気は一気に明るくなった。和を重んじる男のムード作りは、実に効果が大きい。

 

「そうですね! ひとっ風呂浴びて、サッパリするとしましょうか! ブルー・プラネットさんも、御一緒に、どうですか?」

 

 助けられた気分になったモモンガは了承し、そしてブルー・プラネットに呼びかけている。ブルー・プラネットはと言うと「うう~、わかりました~」と躰を起こしているが、茶釜から「そう言えば、女湯のカランの温度設定。あれをやったのブルー・プラネットさん? すんごく冷たかったんだけど?」と質問を受け、弾けるように首を横に振った。

 

 

「ち、違いますよ! スパリゾートナザリックの最終調整は、るし★ふぁーさんとベルリバーさんがやったんです! 俺が担当したのもジャングル風呂がメインで……」

 

「ふ~ん、そうなの……。……合流しそうなのはベルリバーさんか……。会ったら問い詰めないと……」

 

 言ってるうちに茶釜の声にはドスが利きだしており、モモンガら男性陣は震えあがった。この寒さを何とかするには風呂……そう、風呂に行かなくては。心が一つにまとまったモモンガ達は、先程までのことを忘れて円卓の間を出ている。

 茶釜については、ユリ・アルファなど女性NPCを誘っての女湯行きだが、モモンガ達はギルメン男性のみでの入浴となった。途中、ブルー・プラネット関連の重い話になったものの……最終的には、皆で大いに風呂場ではしゃいでいる。その際、幾人かがマナーを逸脱した行為に及び、るし★ふぁーが密かに設置したレオ・ゴーレムが起動……戦闘となるのだが、ギルメン複数が居合わせたことで難なく撃破。可能性は低いがるし★ふぁーが合流したら皆でシメようと誓い合い、総じて楽しい入浴となったのである。

 




 第64話の投稿となりました。
 ブルプラさんに関しては、あんな感じになりましたが楽しんで頂けましたでしょうか?
 活動報告で書いた『日曜の午前中から再度書き始める』的な部分は、『採取した『万病に効く薬草』を冒険者組合へ届けるのは、後日のこととなった。』あたりから先です。
 本当は早く円卓の間でのシーンを書きたかったのですが、何と言いますか、ザイトルクワエ戦からいきなり円卓の間でのアレ……となると、どうにもしっくり来ない感じでして。闘技場での土下座シーンを入れることとなりました。
 ギルメン合流時に土下座関係のシーンを入れてきましたが、マンネリ化しないように捻った結果、今回のようになった次第です。

 今回は捏造設定多いです。
 円卓の間での映写機アイテムは勿論のこと、茶釜&やまいこの現実(リアル)での姿を、通常のイメージとは入れ替えてみました。茶釜さんが見た目ボーイッシュで、やまいこさんがお淑やかな感じですかね。
 ユリ・アルファの外見モデル元が茶釜の現実(リアル)の容姿というのも、もちろん捏造です。
一応、DVD特典のプロローグとか読み返したんですけど、他で二人の容姿がはっきりしてる設定がありましたら、申し訳ないですが本作では今のままで行きたいと思います。


<誤字報告>

みえるさん、yomi読みonlyさん、佐藤東沙さん、狐のコンさん

毎度ありがとうございます

みえるさん、合計17回(感想掲示板で+1回)の御指摘ありがとうございます。

誤字……誤字が無くならない~……。


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第65話

「お風呂回ですね!」

 

 人化状態のペロロンチーノが、浴場への引き戸を開け放ち叫んでいる。脱衣場に居るモモンガ達は、腰タオル一枚で騒ぐなよ……と思いつつ脱衣を進めた。

 

「お風呂回って、ペロロンさん。男湯には男しか居ないじゃない。何処に需要があるんだよーっ」 

 

 弐式が「この人は、しょうがねーな~」と、ぼやきつつ突っ込んでいる。すると、ペロロンチーノが弐式に向き直った。

 

「それはもう腐向きの方々に……おっと! いやいや弐式さん、ナザリックには美人女性がたくさん居るじゃないですか! 一応、姉ちゃんも居るし……」

 

「一応とか言ってると、茶釜さんにブッ殺されるぞ?」

 

 腰タオル無しで、タオルは肩掛け。

 建御雷が男らしく浴場へ踏み込んで行くと、ペロロンチーノは硬直したが、すぐに元気を取り戻して建御雷の後をついて行った。

 

「き、聞こえなければ問題なしですよ!」

 

「じゃあ陰口か? 俺は感心しね~なぁ」

 

 二人の会話を聞いていたモモンガは、タブラ、ヘロヘロ、ブルー・プラネットと顔を見合わせて苦笑し、二人に続いて浴場へと入って行く。

 そして身体を洗った後、全員で入湯。

 当然ながらタオルは折りたたんで頭の上だ。ちなみに大人数で浸かれるジャングル風呂の大浴槽で並んでおり、モモンガを基準として右にブルー・プラネット、建御雷、弐式。左にヘロヘロ、タブラの配置となっている。

 モモンガは、気優しそうな青年。

 ヘロヘロは、小柄で(かた)太りした糸目の青年。基本的にニコニコしている。

 弐式は、茶髪でノリの良さそうな青年。

 建御雷は、がっしりした体つきで実直そうな青年。

 タブラは、白髪まじりの頭髪をオールバックに纏めた中年男性。

 そして今回、新たに合流したギルメン……ブルー・プラネットは、建御雷を上回る体格に岩のような顔つきの青年である。

 全員、湯に身体を浸ける心地よさを堪能していたが、やがて建御雷が口を開いた。

 

「ブルー・プラネットさんよ。円卓では話題に出なかったけど、あんたはどうする? 元の現実(リアル)に帰りたいか?」

 

「元の現実(リアル)……ですか……」

 

 ブルー・プラネットは両手ですくった湯を顔に浴びせ、顔を上に向ける。作成担当が自分であるジャングル風呂、その上空には星空が広がっていた。第六階層の夜時間でもそうだが、ナザリック地下大墳墓で作り上げた『自然』は、ブルー・プラネットにとっては数少ない自慢事の一つだ。

 しかし、それとてナザリックの外で広がる『本物の自然』を前にすると色あせてしまう。いや、ナザリックの自然も素晴らしいが、やはり本物には敵わないと言ったところか。

 

「俺はね、建御雷さん。いや、みんなにも聞いて欲しいかな。NPC達や女の人……茶釜さんが居る前では言えないこともあるし。そうだなぁ、未練がましい話……愚痴になるのかなあ……」

 

 ブルー・プラネットは、ゴツゴツした顔で苦笑すると話し出した。

 幼い頃の彼は、親が子供の頃から持っていた図鑑で草花の絵を見たり、かつて存在した世界一大きな木の写真を見て育っている。自然愛好家としては、その頃が出発点と言えるだろう。そうして社会に出る直前、学校の視聴覚教室で現在の汚れきった空を見たブルー・プラネットは、こう思った。

 

「この世界の空は汚れきっている。俺が何とかしなくちゃ……ってね」

 

 そう思って就職した先が、アーコロジーの環境管理局である。そこで彼は、外縁都市部の排気設備点検などを志願していた。

 

「危険だったし事故で何人も死んだけど、実際に都市区画の外を見られる数少ない職場だったから……。そうだ、得られる物も多かったかな」

 

 職場が職場だけに、外部の気象データや汚染物質のサンプルが入手できている。ブルー・プラネットは職員権限を利用し、時には小銭を握らせるなどして、汚染物質の解析を行った。しかし……上手くいかないのだ。

 

「当然だよね~。俺が頑張ってどうにかなるなら、他の誰かが何とかしてるはずだもの。やれたことは自分の権限ではどうにも出来ないほど、外の自然が駄目になっているのを再確認できたことと……。後は、外縁都市部の……空気清浄システムの性能を二割半ほど向上できたぐらいかな~……」

 

「「「「に、二割半っ!?」」」

 

 話を聞いていたモモンガ達が腰を浮かせる。ペロロンチーノなどは完全に立ち上がっていた。股間で揺れるモノが目に優しくないが、今はそれどころではない。

 

「に、二割半って……ブルー・プラネットさん! 凄いじゃないですか!」

 

 力んだ声でペロロンチーノが言うと、モモンガ達も頷いている。

 外縁都市内部ではマスク無しだと屋外を歩けず、空調施設の老朽化もあって、屋内でも気管等を病んで死に至る者が後を絶たなかった。そんな状況下で、空気環境が二割半も向上するとしたらどうだろうか。それは外縁都市で住む者にとって大きな功績である。空気環境の悪化による死者の数は大幅に減少していたはずなのだから。

 

「ブルー・プラネットさん、凄い……」

 

 モモンガの……そして皆のブルー・プラネットを見る目が、偉人を見るそれに変貌した。だが、ブルー・プラネットは笑って手の平を振っている。

 

「いやいや、大したことじゃないんですよ。大雑把に言えばフィルターの質を向上させて、交換周期を短くしただけだから。まあ、実行に移すまで苦労はしましたけどね……」

 

 上からの圧力で誰も彼もが非協力的、いや妨害までされた。そんな中、ブルー・プラネットは四方八方に働きかけ、半ば脅しのような手口まで使って前述の数値を実現している。そう、並大抵の努力ではなかったのだ。

 

「良いフィルターを使ってマメに交換する。ただ、それだけの事だったなぁ……」

 

 ただ、それだけの事。長年にわたり、それすらしようとしなかったアーコロジーの支配者層には本当に腹が立つ。自分達の健康と生活さえ快適なら、他はどうでも良いなど……ブルー・プラネットにしてみれば「殺意が湧きますよ!」と言ったところだ。もっとも、ユグドラシル内で人間種を相手にするならともかく、現実(リアル)で人殺しなどブルー・プラネットにできるはずもないのだが……。

 

「そんなわけで、無理が祟ったせいか胸を病んじゃいまして。病院通いが増えたことで左遷されまして……。色々、やり過ぎたから睨まれてたんだな~」

 

 研究開発、その他計画立案といった部署から外された彼は、ひたすら都市区画外の調査に回された。そして持ち帰るデータは、活用されることなく破棄される。身体を病む前のブルー・プラネットなら、どうにかして上にねじ込めたのだろうが……。

 

「ちょっと躰を動かすだけで目眩とか吐き気とか……。ああ、肺とかはずっと調子悪いままだったかな……。で、待機室で仮眠してたところにモモンガさんからメールを貰ったんですけど、もう引退してたし、ナザリックがどうなってるか解らなかったもので……。ああ、やっぱり言い訳がましいな……不義理って言うんですかね。モモンガさんに申し訳なくて……」

 

 モモンガからの誘いに応じることができなかった。その後、弐式からのメールがあって、こちらは誘われるまま集合地へ赴き……今に到る。

 

「いや本当に……モモンガさん、申し訳ありません。一人でナザリックを維持し続けてただなんて……。再登録して手伝えれば良かったんですけど……」

 

 そう言ってブルー・プラネットがペコリと頭を下げたところ、左方で居るモモンガが慌てて首を横に振った。

 

「いや、そんな! とんでもないですよ! 皆、事情があって引退したんだし、ユグドラシルはゲームです。ブルー・プラネットさんは現実(リアル)で頑張ってたんですよね!? 現実(リアル)での仕事や生活が優先なのは当たり前ですよ! 俺が一人残ってたのは、何と言うか……」

 

 モモンガが口籠もる。

 これは「自分にはナザリックしかなかった」と言おうとしたのだが、一人で呟くのは良いとしても、数人のギルメンの前で言うには情けないという思いがあったからだ。いずれにせよ、モモンガには……そして一連の話を聞いたギルメン達には、ブルー・プラネットを責める気はまったくなかった。これほどまでに現実(リアル)の自然を愛し、アーコロジーに尽くした男を責めて良いわけがない。そして、これほどまでにブルー・プラネットが報われなくて良いのか。それも良いはずがないのだ。

 この時、モモンガ達の思考は、一瞬ではあったが危険な方向に傾きかけている。

 例えば妻子あるたっち・みー等を現実(リアル)に戻すためではなく、アーコロジーの支配者層に思い知らせるためだけに……現実(リアル)に戻る方法を模索するべきではないか。そういった意見が出だしたのだ。だが、ブルー・プラネットは皆の申し出を謝絶した。そして力説する。

 

「モモンガさん。それに、みんなも。この転移後の世界は……あんなにも自然が一杯で素晴らしいじゃないですか! ナザリック地下大墳墓が実現しているとか、もう最高ですよ! 仲間も集まってるし……他の人も合流できる可能性があるんでしょ? だったら、俺なんかのために元の現実(リアル)へ行く必要なんてありません!」

 

「ブルー・プラネットさん……。みれ……思い残したことは無いんですか?」

 

 未練と言いかけたモモンガが、『思い残し』と言い直してから問いかけた。

 

「思い残したことですか……」

 

 ブルー・プラネットは目を閉じ、自分の人生を振り返る。

 元の現実(リアル)……外縁都市における中流以下の層では、自分が青年になった頃に親が存命という者は少ない。ブルー・プラネットも両親は既に他界しており、その死因はモモンガの母親と同じで過労死だ。恋人を作る機会が無かったから独身で……。

 

「強いて言えば仕事が心残りですかねぇ……。たぶんですけど、俺が居なくなったら外縁都市の空気環境システムって以前の運用に戻ると思うんです。でも、まあ……しょうがないですよね……」

 

 下層民の健康など支配者層は考慮しない。下手に元気づかれて反対運動が活発化するのも厄介だと思うはずだ。すぐに外縁都市の空気環境は、ブルー・プラネットが頑張る前の状態に戻るだろう。すべては元どおり……元どおりになるのだ。

 

「今から戻っても、同じ事ができると思えないし……。そうできないように左遷されたし……。でも、俺……俺は頑張ったと思うんです。だけど、でも、あそこまでやって……俺がやったことと言えば、さざ波一つ立てた程度のことだったのか……ハハハッ……」

 

 ブルー・プラネットは俯く。

 湯面には岩のような顔が泣き顔となって映っていた。

 

「建御雷さん、それにモモンガさん……」

 

「おう……」

 

「……はい……」

 

 モモンガ達はただ一言、返事のみをする。どう言葉を投げかければ良いかわからないからだ。

 

「元の現実(リアル)で、やり残したことは確かにあります。でも、全部出しきって擦り切れるまで頑張って……あれ以上のことは俺にはできないと思います。そう思うんです。ですから、もういいんです。……このユグドラシルに似た世界へ来て異形種になったのは、俺がそう思ってるだけかもしれないけど何だか『生まれ変わった』ように思えて……」

 

 そこで言葉を切ったブルー・プラネットは、鼻をすすってから左右のギルメンらを見回し……最後に上方で広がる星空を見上げた。

 

「転移した後、トブの大森林でしたっけ? そこで木々の間から青い空を見て……。今見えてる空は汚れていない。汚れないよう俺が何とかしなくちゃ……。そう思えたことが嬉しくてですね……。あの本当の青空があることが、本っ当に嬉しくてですね……。ですから俺は……こっちの世界で引き続き頑張りたいと思います」

 

 それが、精根尽きるまで現実(リアル)で理想を追い求めた男の出した答えだった。その彼の吹っ切れたような泣き笑いを見て、モモンガ達は一様に「本当に……偉い人だ……」と感動している。

 そして、こうも思っていた。

 こんな偉い人を円卓であんな弄り方して、マジすみませんでした……と。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一方、女湯では数人の女性が集っている。

 ギルメンは現状唯一人の女性である茶釜。他はシャルティアと戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファだ。

 茶釜は、円卓の間からスパリゾートナザリックの前までモモンガ達と一緒だったのだが、途中で見かけた二人を誘って女湯に入っている。そして今は、三人で湯船に浸かっていた。ちなみに、茶釜の頭の片隅に円卓で見たブルー・プラネットの印象が残っていたため、何とはなしにジャングル風呂での入浴となっている。モモンガ達と違って三人と小人数であるため、浴槽は比較的小さなものを使っているのだが……。

 

「それにしても……ユリが眼鏡を外すと、本当に茶釜様にそっくりでありんすねぇ……」

 

 シャルティアが並んで座る茶釜とユリを見た感想を述べる。

 背格好も同じ、顔立ちも同じ、髪の色も同じ。

 これで髪型と表情に出ている性格が同じなら、もう見分けがつかないところだ。ユリは困ったような、それでいて嬉しそうにしていたが……茶釜はと言うとケラケラ笑っている。

 

「そりゃあそうよ。やまちゃん……やまいこさんは、私をモデルにユリを作ったんだから」

 

「うぇ!? そ、そうだったんですか!?」

 

 驚きのあまり、シャルティアの口調から似非郭言葉が消えていた。それを面白そうに見た茶釜だが、気になったのはユリも驚いていることだ。

 

「あれ? ユリは知らなかったの?」

 

「ええ……いえ、はい。初耳ですが……」

 

「ふ~ん、そっか……」

 

 それまで目線が横並びになるよう座っていた茶釜が、尻の位置をずらせて下顎が浸かるほどに頭の位置を下げる。その姿を追うユリとシャルティアの視線が下がるのを見つつ、茶釜は会話を再開した。

 

「やまちゃんがね~……私のこと格好良いって言ってね……」

 

 やまいこがユリ・アルファを作製することになった経緯。それは、言動や性格が男性的でありながら見た目は清楚な日本人女性……そんなやまいこが、一つの理想像として茶釜を見ていたことにある。

 

「そ、それは! やまいこ様と茶釜様が、ラブな関係であったということでありんしょうか!?」

 

「違うわよ~」

 

 否定しながら、茶釜はシャルティアの様子を注視した。茶釜やユリよりも随分と背が低い彼女は、当然ながら座高も低い。なので差し向かいで座るため、底面の岩に腰掛けていた。そのシャルティアが目を爛々と光らせ、湯あたりではない熱さで頬を染めている。

 これは弟のペロロンチーノがシャルティア作成時に、自身の萌えの心を余すところなく……いや、厳選して盛り込んだ結果だ。ちなみに、今発動しているのは『同性愛』の部分だろう。

 

(それでいて、男もいけちゃうバイ・セクシャル設定だから……)

 

 他にもサドやマゾといった性癖も備わっていたはずで、ゲームならともかく現実化して動くシャルティアにとっては、傍目に酷な設定だと思えた。が、それは第三者としての見解だ。当のシャルティアは「創造主様から頂いた大切な気持ちでありんす!」と御満悦なので、茶釜が口出しすることではないのだろう。ただ、その性癖を向けられる側としては困るわけだが……。

 

「冗談で秋波(しゅうは)を送ったことがあるけど、振られちゃってるしね。やまちゃん、そっち方面は興味が無いと言うか『嫌だ』って言ってたっけ……」

 

 やまいこは言動や性格はともかく、容姿は女性的だった。清楚あるいは和風美人だったと言っていい。ゆえに、その方面の趣味がある女性からはギャップ萌えもあってか大人気で、幾人からも告白されたらしい。中にはストーカー行為に及んだ女性も居たとかで、やまいこ自身は『同性愛』に関して嫌悪感すら抱いていた。

 

(冗談とは言え、付き合おうとか言って……悪いことしたわね~)

 

「ま、そういう事で、私とやまちゃんは親友なの。わかった?」

 

「はい! 承知しましたでありんす!」

 

 シャルティアが元気良く挙手し、それを見た茶釜は「うん、よろしい!」と頷きつつ立ち上がる。

 

「そろそろ、上がろうかしら? 貴女達はどうする?」

 

 茶釜としては男性陣と待ち合わせしてるでもないため、そのまま自室に戻ろうと思っている。シャルティアについてはペロロンチーノと<伝言(メッセージ)>で連絡を取り合って、風呂上がりにバーへ向かう予定らしい。よって、暫くは入浴続行だ。ユリは、通常業務に戻るとのことで茶釜と共に立ち上がっていた。

 身体の曲線に沿って流れ落ちる湯。上気した白い肌。巨乳モデル体型。

 同じ女性であっても目を引く裸身であるが、一瞬目を惹かれた茶釜は苦笑している。

 

(私の裸って、他人からはこんな風に見えてるんだ……。我ながらと言うか……綺麗よねぇ……)

 

 ユグドラシル時代、NPCの衣服を脱がす行為は垢バンの対象とされていたが、転移後世界では全てが自由だ。こうしてNPCと裸の付き合いもできる。しかも、ナザリックで人の姿を有する僕は美人揃いときた。

 

(やっばいな~……弟の性癖を笑えないかも……)

 

 軽く頭を振った茶釜は、スタスタと脱衣場に向けて歩いて行く。シャルティアは湯に浸かったままだが、頭を振った仕草を見たのかユリが付いて来た。

 

「あの、茶釜様? お身体に変わりありませんか? もしや湯あたりとか……」

 

「大丈夫だって、考え事してただけだから~」

 

 努めてユリの方を見ないようにする。さっきまで同じ湯に並んで浸かっていて平気だったのに、今では意識してしまう。我ながら度し難いと茶釜は思うのだ。

 

(てゆうか、オッパイ揺らしながら近づくな~っ! 意識しちゃうでしょ! それも私と見た目が同じだってのに、あああああ……)

 

 多少テンパりながら茶釜は歩を進めた。そんな茶釜にユリは付き従い、最終的には脱衣場にて茶釜の着衣を手伝うに及ぶ。結果として、暫く後に通路へ出た茶釜は、口から魂が出るような状態で自室を目指すことになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ブルー・プラネットの合流後。

 ナザリック地下大墳墓は活動を再開している。

 チーム漆黒の各班は派遣先へと戻り、ナザリックで残留する者は各々が割り振られた作業に従事していた。

 各班の割り振りと、ナザリック残留者の行動予定や状況は次のとおりとなる。

 

 

<ブルー・プラネット合流直後のナザリック勢及び冒険者チーム漆黒>

 

【チーム漆黒】

モモンガ班……王国エ・ランテル 

(班長)モモンガ (班員)茶釜、アルベド、ルプスレギナ

 

ヘロヘロ班……王国王都 

(班長)ヘロヘロ (班員)ソリュシャン、セバス、エントマ、ブレイン、ツアレ

 

弐式班…………帝国帝都

(班長)弐式炎雷 (班員)ペロロンチーノ、シャルティア、ナーベラル

 

【ナザリック地下大墳墓】

武人建御雷

……たっち・みー合流に向けて新武器の作成中。コキュートス及び、たまに呼び戻すブレインとでPVP。

 

ブルー・プラネット

……スパナザで傷ついた心を癒やしつつ、第六階層でザイトルクワエの種子、万病に効く薬草の研究。その他は第六階層での耕作実験など。助手としてアウラとマーレ。なお、助手二人に関しては、モモンガ班へ出向することもある。

 

タブラ・スマラグディナ

……クレマンティーヌ及びロンデス、更にカジットと共に言語翻訳作業。翻訳眼鏡の量産化について研究。スクロール素材の研究。余った時間はクレマンティーヌらを巻き込んで映画鑑賞。

 

 

 そんな中、午前中のエ・ランテルを歩く魔法詠唱者(マジックキャスター)が居る。

 モモンガだ。

 帝国のワーカーチームがナザリックへ来るには少し時間的余裕があるため、薬草採取の報告及び提出を兼ね、手頃な依頼でも請けようかとエ・ランテル冒険者組合へ向かったのだが……。

 

かぜっち(茶釜様)は、どんな依頼があれば良いと思うっすか?」

 

「そぉねぇ……高難易度で~、モンスターなんかサックリ倒して~、手短に終わるやつがいいかな~」

 

「私も、かぜっちに賛成だわ。空いた時間でモモン(アインズ様)と……ピクニックなんかしても良いんじゃ……ふう……良いと思うの」

 

 専用のメイド服……を模した冒険者服のルプスレギナ、人化し二枚の大盾を背負った茶釜と、女戦士ブリジットとして振る舞うアルベド。これら三人を従え、魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンが行く。今は朝食時を過ぎて、大通りでは各店舗が営業を開始する時間帯だ。人通りは多くないが、それだけに四人連れ……男一人に女三人という編制は目立っている。

 

(視線が痛いな~……。すれ違う人が、み~んな振り返っていくんだもんな~。最初に茶釜さん達を見て、次に俺だろ? たまんないな~)

 

 今は人化中なので、アンデッドの精神安定化は発動してくれない。性分ではない注目を浴びながら、モモンガは溜息をついた。

 

(それにしても、美人女性を三人連れて歩くとか……。俺の人生って、どうなっちゃったの?)

 

 営業職の鈴木悟だったときは、女性に敬遠されたり嫌われたりはしなかったが、特に好かれるということも(鈴木悟が認識していた範囲では)無かったはずだ。強いて言えばユグドラシルをプレイ中、茶釜や餡ころもっちもち、やまいこといった女性ギルメンと親しく会話していたぐらいだろうか。いや、ユグドラシルのオフ会はあったので、茶釜らとは実際に顔を合わしたことがある。茶釜は今の姿より幾分成熟した三十代前後ぐらいだったろうか。やまいこは茶釜より少し年上で、意外なことに良家の出といった容姿だった。モモンガを始めとした男性ギルメンとしては、茶釜とやまいこの容姿について逆のイメージがあった為、大いに驚いたものだ。もちろん、モモンガは思ったことを口に出すほど愚かではなかったが、口に出すほど愚かだったペロロンチーノが、やまいこから鉄拳制裁されているのを目撃している。

 

(餡ころもっちもちさんは、気弱そうなOL風だったな~……ユグドラシルだと、あんなに自由に振る舞ってたのに)

 

 思いつきやノリで動く餡ころもっちもちと、取り敢えず殴って反応を見るやまいこ。たっち・みーや、るし★ふぁー程ではないが、この二人もトラブルメーカーだったとモモンガは記憶していた。と、かつての女性ギルメンらを思い出していたモモンガだが、今注目すべきは茶釜だ。

 今回の冒険者組合行きに際し、茶釜は「私、モモンガさんの班に入りた~い!」と申し出たのである。断る理由が思い当たらず、モモンガは二つ返事で了承した。が、直後、自分の班には交際中の女性が二人居ることを思い出している。

 茶釜の付き添い及び、自分も弐式班に入りたいと同席していたペロロンチーノが「モモンガさん、地雷原に踏み込んでいくな~……。しかも、その地雷原は自分で敷設(ふせつ)したってのがな~」と軽口を叩いていたのは、まったくもって嫌な思い出だ。

 

(気が回らなかったのは俺の落ち度だけどさ。地雷原って何だよ。茶釜さん達が地雷なわけないじゃないか。ペロロンチーノさんも失礼なこと言うもんだよ、まったく)

 

 このように脳内で順調にフラグを構築しつつ、モモンガは背後の茶釜達をチラ見する。茶釜達三人は和気藹々と談笑を続けているようだ。

 

(特に問題ないな……。いつものガールズトークだ)

 

 ただ、ふとした拍子に女性達から視線を感じることがある。背筋がゾクッとするような視線だ。険悪な視線ではない。どちらかと言えば、値踏みをされているような……。

 ……狙われているような……。

 モモンガは軽く頭を振ると、歩くことに集中した。

 

(気のせい気のせい。モンスター討伐の依頼でも請けて、出向いた先でピクニック……名案じゃないか。弁当とか用意しなくちゃ……。エ・ランテルの酒場とかで作ってくれるかな?)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガが地雷原……もとい、女性三人(現実)から目を逸らせていた時。

 茶釜達はモモンガとのピクニックについて協議中であった。 

 

(「それでね? さっきブリジット(アルベド)が言ってたピクニック。この後の都合次第で、そのまま行っちゃわない? モモンさんには、私からお願いするし~」)

 

(「ふぉおおお!? そんな嬉しいこと! いいんすか!? かぜっち(茶釜様)!」)

 

(「あ、あのう、かぜっち? さっきのは、ついブリジットとしてのノリで言っただけで……」)

 

 喜ぶルプスレギナとは対照的にアルベドは戸惑っている。だが、茶釜はヒラヒラ手を振って笑い飛ばした。

 

(「い~のよ! お弁当なんかは手作りが良いんでしょうけど、急な話だしぃ、<伝言(メッセージ)>でナザリックの食堂へ連絡して作って貰いましょう。配達役は<転移門(ゲート)>を使える人ってことになるから……タブラさんで良いかな?」)

 

(「し、至高の御方を配達役になど!? ましてや、タブラ様!?」)

 

 ギルメンを使いっ走りにする。しかも、それが自分の創造主ということもあって、アルベドは息を呑んだ。すぐさま異議を申し立てたものの、茶釜が「じゃあ、シャルティアに頼む?」と言ったことで黙っている。

 

(良くない……良くない展開だわ……)

 

 現時点、シャルティア・ブラッドフォールンがその愛を向ける対象は、彼女の創造主であるペロロンチーノだ。しかし、ペロロンチーノによるキャラ作成時、シャルティアには死体愛好(ネクロフィリア)の性癖が設定されている。つまり、シャルティアにとって愛するのはペロロンチーノであっても、アンデッドのモモンガは過剰なまでの憧れの対象となるのだ。

 

(ピクニックに付いて来たがったり、同行したらしたで……アインズ様にベタベタするに違いないわ……)

 

 今のシャルティアは、モモンガの本妻の座を狙った動きはしないだろうが、愛人や恋人になりたがる可能性は高い。そういう彼女がピクニックに同行することは、正直言って迷惑なのだ。

 

(他の時ならともかく、(わたくし)達のイベントに割り込まないで欲しいものね……。でも、どうしたら良いのかしら?)

 

 ピクニックでの弁当を広げる場に、弁当を<転移門(ゲート)>で運んできたシャルティア。その彼女が自分も混ざりたいと言い出したら、断るのは困難だろう。何より、モモンガが了承する。

 

(今のところ恋人でない茶釜様が同行してるんだもの、シャルティアが加わることを容認されるはず! (わたくし)とルプスレギナで、強く言って追い返すのも良くないし……。それって減点要素よね! アインズ様の心証を悪くしてしまうわ!)

 

 やって来たシャルティアを追い返す理屈が用意できない以上、茶釜が言う『タブラに弁当を持って来させる』案を呑まざるを得ない。創造主であるタブラに対し、心の底から申し訳ないとアルベドは思う。だが、その一方でタブラと会う機会が増えたことに喜びを感じるのだ。

 モモンガによって設定の一部を変えられたとは言え、自身の創造主に高い忠誠心と敬愛の念を持つ点については、アルベドも他のNPCと何ら変わりがないのである。

 

(「ふふ~ん。どうやらオーケーみたいねぇ……」)

 

 アルベドの心情や葛藤を全て読み取ったわけではないが、表情から反対する意思がないと感じた茶釜は、さっそくタブラに<伝言(メッセージ)>を飛ばし、弁当のデリバリーを要請した。この時、タブラは休憩がてら、クレマンティーヌから人生相談を受けていたのだが、評価の高い兄と比較されることを苦痛に感じていた彼女の心が良い感じでほぐれたところだったので、茶釜からの要請に快く応じている。

 その際……。

 

『せっかくだし、私も参加……顔を出して良いかな?』

 

 とタブラが言い出したので、茶釜は首を傾げた。

 

「タブラさん。私は別に良いとして、(アルベド)の恋路に首を突っ込むのは……父親としてどうかと思うんだけど?」

 

『違いますよ。逆です。そして、アルベドだけに限った話でもないし。……モモンガさんは、あのとおりの人柄だからね。アタックしても気がつかないこともあるでしょ?』

 

 つまり、タブラは「それとなくフォローしよう」と言っているのである。これを聞いた茶釜は呆気に取られたが、次第に人化した顔……頬が熱くなっていく。

 

(タブラさんの言ってることは正しいわ。間違ってない。女の方から強引にアタックするのは、モモンガさん相手だと悪手になりかねないけど。ここで男性ギルメンが居て、それとなくサポートやフォローしてくれたとしたらどうかしら? モモンガさんの好感度を稼ぎやすい! でも……)

 

 好きな男性と楽しくしている姿を、知人男性に間近で見られる。これはどう考えても恥ずかしい。

 

(それにアルベドは、ライバル……ってわけでもないけど、そのアルベドの『お父さん』が同伴とか、それどうなの? しかもアルベドが見てる前で、タブラさんにフォローして貰う? きっついわねぇ~)

 

 羞恥心と実利。そこに女としての矜持も加味した茶釜は、暫し黙考した後、目を開きつつ口も開いた。

 

「タブラさん……。やっぱり遠慮します。お弁当は持ってきて貰うだけでいい。ありがとね?」

 

 こうしてギルメン同士の<伝言(メッセージ)>は終了したが、茶釜は知らない。<伝言(メッセージ)>を終えた最古図書館のタブラが、カジットのスクロール作成作業を離れた位置で見ながら次のように呟いていたことを……。 

 

「断られたか。まあ、無理だとは思っていたけど。茶釜さんの頑張りに期待だな~。いや、ここはアルベドを応援すべきか……。どっちにしろ私が見てる前で、二人がやりにくそうにしてるのを見物できなかったのは残念かな~……ハッハッハッ」

 




 そう言えば、円卓ではブルー・プラネットさんを弄るばっかりで定番の現実(リアル)での状況等について触れていなかったので、お風呂回として用意してみました。書いてる最中、あまりにシリアスな感じになったので、書き終えた後は「正直、ここまでやるつもりは無かった」といった感じです。
 空気環境の二割半向上は、盛りすぎかと思ったのですが「ブルプラさん、スゲー!」感を出すために盛ったままにしてみました。ブルプラさんが居なくなったら、すぐ元どおりになる程度のものですしね~。

 お風呂シーンに関しては、お色気シーンとかは最小限に留めています。
 比重の関係で浮くユリの乳とか、それにシャルティアがむしゃぶりつこうとして、異形種化した茶釜に触腕状の粘体で絡め取られるとか。
 建御雷さんの分厚い大胸筋の手触りをタブラさんが解説するとか。
 そういうのも考えていたのですが、割愛しました。

 ユリの容姿は、茶釜さんの現実(リアル)での姿を模したもの。
 ……という捏造設定ですが、せっかくなので女湯シーンで使ってみました。

 次回はピクニック回と……そういうのをやってる間に時間経過したとして
 そろそろワーカー編に入っていきたいと思います。


<誤字報告>

D.D.D.さん、みえるさん、キャストさん、狐のコンさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。

……なんでああいう誤字を見落とすかな……。
自分の目の性能を疑ってしまいますわ~。裸眼視力は良くないんですけどね。


<オマケ:ボツ原稿>

・・・・・・・・・・・・・・・
(「そりゃあ、ブリジット(アルベド)が一番で、ルプーが二番。私は三番目かしらね~」)
 聞かれたならば答えよう……と茶釜がデート順を述べたところ、ルプスレギナとヘルム装着(下半分は露出)のアルベドが顔を見合わせる。
(「あ、あのう……今は冒険者でって事になってますけど。いくら何でも、それはマズいんじゃないですか?」)
(「ルプーの言うとおりです! 一番は至高の御方が……」)
(「しゃらぁぁぁっぷ! いいこと? 現状、あんた達二人はモモンさんの恋人で、私は単なる班員で友人。恋人が優先するのは当然でしょ? あと、至高の御方とか言わない」) その後、アルベドとルプスレギナは茶釜を翻意させようと粘ったが、茶釜が首を縦に振ることはなかった。かくしてモモンガとのデート順は、アルベドに始まって二番手がルプスレギナ、三番手が茶釜として決定されたのである。 
(「ブリジットが最初にモモンガさんに告白したんでしょ? 一番手、いいじゃないの!胸を張ってデートしてきなさい」)
(「茶……かぜっち……。ありがとう……」)
 目元はヘルムで見えないが、震える口からするとアルベドは涙ぐんでいるらしい。茶釜はウンウンと頷くと、すぐ前にあるモモンガの背を見つめた。
(もちろん、他意はあるんだけどね~……)
 茶釜は内心で舌を出す。
 アルベド達と何度かデートをしているモモンガだが、茶釜の見たところでは……まだ女性慣れしていない。アルベドとルプスレギナ、この二人と数日おきにデートして、最後の茶釜の順番となったとき。少しは肩の力が抜けているのではないか。
(リラックスしたモモンガさんと、お気楽デート! そして、あわよくば告白よ!) 
 己の考案した完璧な計画に、茶釜は笑みを浮かべないよう表情筋を引き締める。
 もっとも、
・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本文で、モモンガさんがエ・ランテルを歩いてるあたりで書いてたものです。
 三回に分けてデート回を書こうとしてたのですが、書いてる途中で正気に戻りまして。
 本文のようにピクニックに変更してみました。
 さすがに、そろそろワーカー編に入りたいし、いつまでたってもフォーサイトとか来ないのもマズかろう……と。


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第66話

「ふむ。ギガントバジリスクは、この一体だけか……」

 

 ユグドラシルから持ち込みの木製杖を握りなおし、モモンガが呟いている。

 エ・ランテル冒険者組合で貼り出されていた討伐依頼の内、最も高難度だったのがギガントバジリスクの討伐だった。エ・ランテルの東側街道付近で出没するとのことで、茶釜の許可を得てアウラを(モモンガの<転移門(ゲート)>で)呼び出し、彼女に探知させたところ……すぐさま発見。エ・ランテルを出てから、人目に付かない場所で<転移門(ゲート)>を使用し、一気に現地まで移動したのが数分ほど前の話だ。

 なお、ギガントバジリスク自体は大した相手ではなかったため、モモンガが女性陣から声援を浴びながら、一瞬だけ異形種化し……<現断(リアリティスラッシュ)>で真っ二つにしている。ちなみに、左右に分ける形での真っ二つだ。茶釜が「おひらきって感じよねぇ」と呟いていたのが、モモンガとしては印象に残っている。

 

「討伐完了の報告には部位提出が必要だったな。ギガントバジリスクの場合は確か、鼻先の角を根元から……あっ」

 

 鼻先に一本角があるモンスターを、綺麗に『おひらき』にしたらどうなるか。

 

「つ、角が半分に割れてる……」

 

 バジリスク本体は、それぞれの切断面を下に倒れ伏しており、鼻先の角は両方に付いていた。つまり真っ二つ……なのである。それを見下ろすモモンガは、暫し無言であった。

 が、そんな彼を見て盛り上がっている者達が居る。

 

(「や~ん! 途方に暮れてるモモンガさん、可愛い~っ!」)

 

(「普段見られないお姿っす! これがタブラ様が仰る『ギャップ萌え』っすね!」)

 

(「失礼よ、ルプスレギナ。でも、可愛く見えるのよね……不思議だわ……。普段は、あんなに素敵なのに……」)

 

 冒険者チーム漆黒のモモンガ班、その班員である女性達だ。なお、茶釜に関しては、ギガントバジリスク捜索のために呼んだアウラを、ぬいぐるみのように抱きしめている。その態勢で「モモンガさん、可愛い!」などと言ってるのだ。これでは前述した『ぬいぐるみのように』ではなく、ぬいぐるみ扱いそのものである。そういった扱いをされているアウラは、さぞかし不機嫌……なはずがなく、溶けそうな顔で「でへへ~っ!」と笑っていた。

 

(「アウラ様、幸せそうで何よりっす」)

 

(「(わたくし)も、タブラ様に抱きしめられたら嬉しくて泣いちゃうわね~……絶対に!」)

 

 アルベドにとってのタブラ・スマラグディナは、モモンガを除けば他の『至高の御方』と比して別格の存在である。それは自らの創造主だからだ。これはナザリックに所属する者なら、一部の女性NPCを除外して皆同じ意見であろう。

 そして今、茶釜とアルベドの間に『一部の女性NPC』が一人居る。

 ルプスレギナ・ベータ。

 この赤髪褐色肌の美女は、創造主を獣王メコン川とする女性NPCだ。当然ながらメコン川に対する忠誠心は、他の『至高の御方』よりも一段高いが、そうでありながら彼女の愛情はモモンガに向けられていた。ナーベラル・ガンマやソリュシャン・イプシロンなど、自身の創造主が帰還し、創造主に対して愛情を捧げているのとは対照的だ。

 

(「ねえ、ルプスレギナ?」)

 

(「なんすか? ブリジット(アルベド様)?」)  

 

 周囲に人の気配はないし、遠巻きに護衛している影の悪魔(シャドウデーモン)からも、不審者発見の報告は無い。アルベドは気になっていたことをルプスレギナに聞いてみた。

 ルプスレギナは、異世界転移の前……頻繁にナザリックに姿を見せる唯一の至高の御方、モモンガに心惹かれ、異世界転移後はモモンガに告白して今に到る。その告白に際し、「モモンガ様は特別なんです」と言っていた。

 確かに特別なのだろう。モモンガは一人で頑張っていたし、一人でナザリックを……NPCらを護っていたのだから。アルベドのように始めから『モモンガを愛する』ように作られていない者でも、モモンガを愛してしまうのは当然のように思える。

 ならばこそ、アルベドは確認しておきたかった。

 

(「ナザリックで、貴女のように創造主様とは別で、特別にアインズ様を愛してる……そういう僕って他に誰か居るの?」)

 

 『至高の御方に愛されたい、相手して欲しい』であるなら大多数の僕が当てはまるが、この場合は『モモンガ限定』、しかも『創造主は除外』だ。そういった僕が、ルプスレギナの他に居るのだろうか。聞かれたルプスレギナは、下唇の下に人差し指を当てて考えていたが……。

 

(「デミウルゴス様とか男性の方は知らないっす。女性だと……シャルティア様が、さっきの条件を別にしても筆頭枠だったんすけど。今はペロロンチーノ様が戻ってますから……。愛情と憧れは別腹ってことっすね」)

 

 そこはアルベドも何となくだが理解できる。おそらくシャルティアには、ペロロンチーノの存在が『愛する方向』で強く刻み込まれているのだろう。

 

(それも男女の関係になる方向で! そう創造主様に作られたということよね……。ほんの少しだけど、シャルティアが羨ましいわ)

 

 と、このようにアルベドは解釈したが、実は違う。

 ペロロンチーノはシャルティアを作成するにあたって、自分を愛するように設定文を書き込んだりはしていない。普段から「俺の嫁を作るんですよ!」とか「見てください! 俺の理想の女の子の集大成を!」等と吹聴していたことが、シャルティアに大きく影響しているのだ。そして、それはシャルティア完成後、彼女を連れ回しているときでも他のギルメンに対して言っていたため、シャルティアの中では『ペロロンチーノ様が自分を愛してる。嬉しい。好き。大好き。自分もペロロンチーノ様を愛してる!』と熟成されていき、今に到るというわけだ。

 

(「じゃあ、他には居ないのかしら?」)

 

 重ねてアルベドが聞くと、ルプスレギナは口を尖らせる。

 

(「全員のことを把握するのは無理っすよ~。でも、アウラ様は……アインズ様のことが特別に好きかも……」)

 

(「アウラが? 確かに、アインズ様に懐いてる気はするわね……」)

 

 アルベドの視線がルプスレギナから、茶釜に抱きかかえられているアウラに移った。アルベドにとってのアウラは、『仲が悪い』という設定上のことではあるが、シャルティアといがみ合ったり、シャルティアに対して『姉』ぶったりしている姿が印象深い。アルベドからすれば、まだまだ子供なのだが……。

 

(ルプスレギナは……彼女自身の好みが合致した結果、アインズ様への告白に到ったと思うのだけれど。アウラの場合、何か理由はあるのかしら? ……あっ)

 

 抱っこされて恍惚の表情で居るアウラ……のすぐ上に茶釜の顔があり、こちらは少し熱の籠もった視線をモモンガに送っている。その表情は、時折見かけるアウラがモモンガを見ているときのものと同じだ。

 

(男性の好みが同じ……なのね。さすがは創造主様と被創造物……)

 

 だとすると、親と子でモモンガの取り合いになるだろうか。いや、モモンガが双方受け入れてしまえば問題はない。至高の存在には伴侶の人数制限などないのだから。

 

(でも、親子を纏めて妻にするだなんて……。ある意味、背徳的……なのかしら?)

 

 アウラは茶釜が腹を痛めて産んだ実子ではない。だが、先に考えたとおり、創造主と被創造物の間柄なのだから、親子と言って良いのかもしれない。そう思えば、背徳的なのだが……。

 

(タブラ・スマラグディナ様なら、どう思われるのかしら?)

 

 アルベドは、タブラが発言しそうな内容を想定してみる。至高の御方の考えを完全に読み解くのは不可能だろう。だが、普段の言動を参考にすれば、ある程度見えてくるものがあった。

 目を閉じれば、敬愛すべき創造主(タブラ)の姿が思い浮かび、アルベドに対して人差し指を立てて見せている。

 

『母娘を同時に妻としてオロオロしているモモンガさん……。萌えだと思わないかな?』

 

 カッと目を見開いたアルベドの脳裏で、聞こえた幻聴がエコーを残しつつ消えて行った。

 

『萌えだと思わないかな?』『萌えだと思わない……』『萌えだと……』『萌え……』

 

(まさしく、そのとおりです! タブラ・スマラグディナ様! ……ふう) 

 

 モモンガについて思考を働かせたとき、一瞬の停滞が発生する。それは異世界転移の直前、モモンガが施した設定改変によるものだ。しかし、このときは、すべて考え終わってから発動している。それ程に、脳内妄想の『タブラによる見解』はアルベドの心を貫いたのだ。

 アルベドの考察……脳内妄想により述べられたタブラの見解は、実のところタブラ本人が聞いても「そのとおりだよ!」と言うほどに正確なものである。つまり、茶釜とアウラの親子のごとき似通った感性は、タブラとアルベドであっても同様だったのだ。

 そのことに思い至ったアルベドは、小さく笑っている。

 

(「どうかしたっすか?」)

 

(「いいえ、別に」)

 

 歌うような声色でルプスレギナに返事をしたとき、アルベドの視線はすでにモモンガに向け直されていた。視線の先では、モモンガが「そうだ! 割れてても角は角だし。念のために頭を切り取って組合に持って行けば完璧じゃないか!」と一人納得している。ポンと手を打っているのだが、その仕草が何とも可愛らしく、そして愛おしい。

 アルベドは深く……深く深呼吸した後、守護者統括の表情で一言だけ呟いている。

 

「確かに……萌えだわ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 離れた位置から<現断(リアリティスラッシュ)>でギガントバジリスクの頭部を切り離す。その後にアイテムボックスへと収納。

 

「ふう……」

 

 一息ついたモモンガは、遠くに居るアルベド達を振り返った。ギガントバジリスクは一人で倒したが、証明部位の収集に手間取っている。女性を待たせたのは不味かったのではないだろうか。そういう思いがあったのだが、アルベド達はニコニコしながらモモンガを見ている。振り向いた瞬間、何か別の表情から今の表情になったような気がしたが、モモンガは「気のせいだろう」と結論づけていた。

 

「本体は……爪や骨、血肉などが素材として売れるそうだから、これもアイテムボックスに放り込むとして。後はエ・ランテルに戻って冒険者組合に報告するだけか……。その後は……」

 

 独り言だが聞かせるように言っていると、アルベド、ルプスレギナ、何故かアウラをぬいぐるみのように抱きかかえている茶釜。この三人中、向かって一番右で立つ茶釜が、左手で挙手した。ちなみにアウラは右手で抱っこしたままだ。 

 

(アウラが……アウラが飼い主に抱えられた猫みたいになってる!)

 

 どうしてアウラを抱っこしたままなのか。それが創造主と被創造物の正しい在り方なのか。幾つかの疑問が浮かんだが、モモンガは敢えて触れず、茶釜の挙手にのみ反応してみせた。

 

「茶が……かぜっちさん? どうかしましたか?」

 

「あのね、モモンさん。さっきブリジットが『仕事が終わったらピクニック』って言ったけれど。せっかく外に出てることだし、どこか景色の良い場所でお弁当でも広げたいな~って」

 

 そのことならモモンガも覚えている。エ・ランテルの酒場で弁当などを作って貰えるかを考えた程度には意識していた。それを茶釜が言い出し、他の者が黙っているという事は、女性陣としては話が決まっているのだろう。

 

(だとしたら、俺に選択権は……ないな!)

 

 そもそもモモンガが乗り気というのが大きい。そして、かつてのユグドラシル時代。思い起こせばギルメンの三人娘……ペロロンチーノが「はぁ? 娘?」と口走り、三人がかりで焼きを入れられたのは良い思い出だ……ぶくぶく茶釜、やまいこ、餡ころもっちもち。この三人が言い出して行動に出たとき、止められる者はモモンガを含めて誰も居なかった。余程、行動理由が間違っているなら話は別だが……。

 

(ピクニックで弁当なら別に構わないだろ? 今は仕事中だけど、食事を取って悪いと言うことはないし) 

 

 これらの考えを脳内でサッとまとめたモモンガは、茶釜に対して頷いた。

 

「いいですね! じゃあ、お弁当については、俺が<転移門(ゲート)>を使ってエ・ランテルあたりで調達してきましょうか?」 

 

「それがね! ……っと、え? マジ? 行動早~い! タブラさん、大好き!」

 

 茶釜が何か言おうとしたようだが、こめかみに左手指を当ててモモンガ以外の誰かに応答する。どうやら<伝言(メッセージ)>が来たようで、相手はタブラらしい。

 しかし、「タブラさん、大好き!」とはどういうことだろうか。二人は、そういう関係だったのだろうか。何となく胸がチクッとしたモモンガであるが、アルベドやルプスレギナが居る手前、深く考えないことにする。

 

「モモン……さ~ん! 弁当なら当てがあると言うか、できたから! 今呼ぶわね!」

 

 モモンガの戸惑いを余所に、茶釜が朗らかな声で言った。そして左手を空に掲げ、指を鳴らす。

 

「カムヒヤ! タブラ・スマラグディナ~ッ!」

 

「はぁっ?」

 

 何言ってるの、茶釜さん……と続けようとしたところ、モモンガのすぐ近くで<転移門(ゲート)>の暗黒環が広がった。その暗闇の中から、人化したタブラが姿を現す。

 

「どうも~。お弁当のお届けにあがりました。ナザリッ……おっと、ええと、ナザ弁を五人分! はい、これ」

 

 タブラはアイテムボックスから弁当の包みを取り出すと、呆気に取られているモモンガに差し出した。

 

「タブラさん、これはいったい……」

 

「いやなに、茶釜さんからピクニックで弁当が必要とのことでしてね。私がナザリックの食堂で用意して貰ったんですよ。一応は無料ですし、美味しいから問題ないですよね?」

 

「え、ええ……それはまあ……って、あっ! タブラさん、何処へ行くんですか!?」

 

 弁当の包みを受け取ったモモンガは、タブラが<転移門(ゲート)>の暗黒環に向き直ったのを見て呼び止める。

 

「もちろん、ナザ……ごほん、戻るんですよ。今は休憩時間で、ロンデス達と映画鑑賞中……」

 

 タブラは説明するが、言い終わる前に暗黒環の暗闇から手が伸び、彼の腕を掴んだ。

 

「た、タブラ様! 早く戻って! エーガってのが怖すぎて、ロンデスが白目剥いてる!」

 

 腕だけでなく頭まで出したのは、クレマンティーヌ。その顔は恐怖で引きつっているようだ。

 

「え~? 解りやすいように世界観を合わせたのがマズかったかな~……と言うか、君達、死霊とか悪霊とか平気じゃないの?」

 

「自分が戦うんじゃなくて見てるだけだから、すっごく怖いんです! 何か音楽も怖いし! それと火を噴く黒杖に、動くノコギリを手に付けた主人公とか、わけわかんないですし!」

 

 テンパって言うクレマンティーヌによって、タブラが暗黒環に引きずり込まれていく。

 

「せっかくバッドエ……いや、ディレクターズカット版をチョイスしたのに~……あ、モモンガさん、頑張ってね~」

 

「ちょっと! タブラさーーーーん!」

 

 呼び止める声もむなしく、タブラは姿を消した。左手で弁当を抱えたモモンガが右手を伸ばすも、伸ばした先の<転移門(ゲート)>は消滅した後だ。モモンガは暫く手を伸ばした状態で固まっていたが、やがてぎこちない動作でアルベド達を見る。

 

「……ピクニックに……行くか?」 

 

 気まずげな声が出てしまい、自分を叱りたくなったが……了承の意を込めて返ってきた女性らの声は、いずれも花が咲かんばかりに嬉しそうなものだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ピクニックは、ギガントバジリスクを倒した場より少し南進した地点で行っている。そこは、なだらかな丘だ。南へ下った先には、木々に囲まれた湖がある。

 

「いい感じの湖なのに人の気配が無いわねぇ……。穴場なのかしら?」

 

「茶釜さん。街道から離れすぎてますから、モンスターが多く出るんですよ」 

 

 モモンガが説明すると、茶釜からは「ああ~」と納得したような声が返ってくる。遠目に観察すると、湖の畔には結構な数のモンスターが居て……ハンゾウや影の悪魔(シャドウデーモン)によって追い散らされているところだった。

 

(野生動物が追いやられていく……。あ、モンスターか……)

 

 アルベドの話では、こちらにちょっかい出してきそうなモンスターを重点的に追い立ててるとのことだが……。

 

(ま、考えないようにするか……)

 

 モモンガは軽く頭を振ると、昼食の場とした地点で周囲を見回した。前述の湖を一望できる、見晴らしの良い場所だ。空を見上げれば小さな雲が流れていく良い天気で、ピクニック日和と言って良いだろう。

 さっそくアイテムボックスより弁当の包みを取り出すが、ここでモモンガは首を傾げている。

 

(このまま座って良いんだっけ? 周辺は草の背が低いから大丈夫だと思うけど)

 

 都市外が汚染されていた元の現実(リアル)は、当然だがピクニックに適した環境ではなかった。従って、モモンガは……茶釜も同様のはずだがピクニックの経験は無い。

 が、そこにタブラから<伝言(メッセージ)>が入る。

 

『モモンガさん。お弁当を拡げるためのシートなら、お弁当の包みの底に、別で包んで入れてありますよ。八人用なので、ゆったり腰を下ろせるはずです』

 

「……タブラさん。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見てたりします?」

 

 良いタイミングで、しかも丁度いい内容のアドバイスだ。そうも思いたくなる。しかし、タブラは笑って否定した。

 

『シートのことを言い忘れてただけですよ~。しかし、遠隔視の鏡ですか。実は建御雷さんと弐式さんと共同で、遠隔視の鏡の改良を目論んでましてね』

 

 遠隔視の鏡を二台使って、映像通信を可能としたい……というものだ。

 <伝言(メッセージ)>は複数での会話ができないし、相手の顔や姿が見えない。

 遠隔視の鏡の場合は、室内の映像を送信できず音声も伝わらない。

 そこで双方の長所を掛け合わせ、映像通信の実現を目指すのだ。

 

「可能なんですか?」

 

『例によって課金アイテムを使うことになりますが、大丈夫なはずです。モモンガさんが執務室で、外に出てるギルメンからの報告を映像音声で受ける日も近いですね』

 

 といった魔法アイテムの技術発展にかかる話題を振られ、モモンガは当初気にかかっていた「あんた、俺のこと観察してたの?」という疑念を忘れてしまう。それを思い出したのは、タブラが<伝言(メッセージ)>を切った後だが、改めて<伝言(メッセージ)>するのもどうかと思ったので、そのままシートを取り出して拡げた。

 

「……それでは昼食にしようか?」

 

 タブラとの会話で気が削げた感覚があるものの、それでもモモンガは笑顔で茶釜達に言う。何しろ、ここに居るのは自分以外はすべて女性だ。しかも美形揃い。嬉しくないはずがない。

 

(自分一人で異世界転移してたら、メリットの少ない人化をすることは考えなかったろうし……こんな感覚を味わうこともなかったかも?)

 

 自分が効率重視だという認識はある。ユグドラシル時代では、入手したアイテムの性能を確認するべく、自身は骸骨の見た目ながら女物の魔法ドレスを着たこともあった。アイテムの性能確認のためなら、見た目など関係ないのだ。

 

(ずっと女物を着てろって話なら嫌だけどさ……。でも、効率って大事だよね) 

 

 そんなモモンガであるから、デメリットが生じる人化のために、装備したアイテムを外すなど考えもつかなかったろう。だが、ギルメン達が多く合流した今は違う。飲食、睡眠が可能だし、人としての喜怒哀楽が機能しているのは本当にありがたい。

 モモンガは人化した自分……その胸が高鳴るのを感じながら、皆と共にシートに腰を下ろす。そして、タブラが届けた弁当を拡げるが、その内容はバスケットに入ったサンドイッチ。ホットドッグや唐揚げなど。他に保温容器に入ったスープ。別容器には、お茶やコーヒーといったものだ。この世界に転移してから、食事情は劇的に改善及び向上したが……たまにはサンドイッチも良い。

 

(そんな風に思うようになるなんてな~。この俺が!)

 

 営業職をしていた頃は、微妙な味付けのチューブ食ばかりだった。思い起こせば嫌な思い出なのだが、当時はちょっと我慢しながら食べていた気がする。

 

「んっ?」

 

 気がつくと皆がモモンガを見ていた。

 中央に並べられたバスケットと保温容器。その前に座るモモンガを基準として、右側にアルベド。左側にルプスレギナ。対面側に茶釜が座っていて、彼女とアルベドの間にアウラが腰を下ろしている。それら四人の視線がモモンガに向けられていたのだ。

 はて何が……と考えるも、すぐにモモンガは思い当たる。

 

(一番最初に食べろ……ということか?) 

 

 どうやら当たりのようで、モモンガがバスケットに手を伸ばすと皆が笑顔になった。それをチラ見したモモンガは一瞬手の動きを止めるが、手を引っ込めるわけにも行かない。適当に一つのサンドイッチを手に取った。すると、茶釜、アルベド、アウラ、ルプスレギナの順でバスケットに手を伸ばし出す。

 

(なんか、大昔の家庭の食事で、こんなのがあったって聞いたな……。父親……世帯主が手をつけるまで食べちゃ駄目~……とか)

 

 そんな上下関係、家庭に持ち込むとか運用とかするなよ……そう思いつつサンドイッチを頬張ると、口の中に肉の旨味が広がる。よく見ないで手に取ったのだが、ハムカツのサンドイッチだったらしい。

 

(うまっ! いやあ、思いのほか美味いな! 正直、サンドイッチをなめてたよ!)

 

 転移後はナザリック食で鍛えられているとは言え、まだまだモモンガの舌は貧しく『お子様』だ。最初の一つを食べきり、次の一つに手を伸ばそうとしたところ、右前のアルベドが紙コップを差し出した。中は保温容器に入っていたスープらしいが……。

 

「アインズ様。どうぞ……」

 

 結界アイテムを使用していることもあり、呼び方がアインズになっている。

 

「うむ……うむ?」

 

 紙コップを受け取ろうとしたモモンガは、左前のルプスレギナが薄紙で包んだホットドッグを持っている姿を目に留めた。自分で食べようとしているのではない。モモンガに対して差し出そうとしているのだ。

 

(こ、これは! モテ男に対して我先に食べさせようとするあれか!)

 

 大昔から流行り続けているハーレム系のライトノベル。その中でよく見かける、やたらと周囲の女性に好かれる少年あるいは青年を、女性らが取り合うように世話を焼くという構図だ。モモンガとしては、自分ではシチュエーションに釣り合わないと思っている。同時に気恥ずかしくも思うので、モモンガは次に声をかけてきそうなルプスレギナに対し、先手を打って呼びかけた。 

 

「ルプスレギナ?」

 

「おかまいなく! アルベド様のから、お先にどうぞっす!」

 

「はい? ……あっ」

 

 想像していたのとは違う言葉にモモンガは目を丸くしたが、差し出していた掌に紙コップを当てられたことで我に返った。

 

「あ、ああ、すまないな。アルベド……」

 

 紙コップを受け取り、中のスープ……オニオンスープを飲む。タマネギの濃い味が気を落ち着かせてくれる。二口飲んで紙コップをシート上に置いたところ、待ってましたとばかりに、ルプスレギナがホットドッグを差し出してきた。

 

「じゃあ次は私っすね! このホットドッグが私的にオススメっす~っ!」

 

「お、おお。そうか……い、いただこう……」

 

 この時点で、ようやく……モモンガは自分の置かれた状況に理解が及ぶ。 

 モモンガを取り合いしているのではない。モモンガに迫る順……それを、女性らが互いに納得いく順番で回しているのだ。

 

「いや、そんな……。……あむっ」

 

 受け取ったホットドッグを囓ると、ルプスレギナが嬉しそうに「やったっすーっ!」と快哉を上げている。喜んでくれて何よりだが、そのルプスレギナから茶釜に視線を転じたところ、ニマニマしながら様子を窺っているのが見えた。それもアウラと共に……である。

 

(え? 何? 本当に仲良く順番待ちしてるの!? 電子書籍のラノベや漫画じゃ、こういう時って喧嘩してたよね!?)  

 

 自分の持つ創作劇知識では出てこない展開だ。モモンガはホットドッグの味を忘れる程に混乱する。その心理状態は……茶釜からすれば手に取るように解るものであった。

 

(フフフ、驚いてる驚いてる。モモンガさん、私達がモモンガさんを巡って喧嘩するとか思ってたでしょーっ? 発想がラノベ的よね~。そんなことして、モモンガさんが私達に嫌気さすなんて真っ平御免なのよ。だったら皆で仲良く、モモンガさんを囲った方が良いに決まってるじゃない)

 

 一夫多妻が許される世界であるし、許されないとしても法律を変える手がある。そもそも自分達は、転移後世界における何処何処の国家の法律を無視……できるほどには『力』があるのだ。ならば、モモンガを独占せずとも皆で嫁になって幸せになればいい。

 

(ハーレム系ラノベで見かける負けヒロインなんて、必要ないのよ! みんなで幸せになろ~じゃない!)

 

 そう内心の独白を締めくくった茶釜は、モモンガがホットドッグを食べ終えたのを見て、今度はツナサラダのサンドイッチを指し示した。

 

「モモンガさん? こっちのも美味しそうよ? 私も食べるから、同じのを食べない?」

 

 その瞬間、アルベドとルプスレギナが「その手があったか!?」と言いたげに驚きの表情を見せた。茶釜は、モモンガが「そうですね! いただきましょうか!」と手を伸ばすのを見つつ、自らも手を伸ばすと……二人の指先が触れあう。

 

「あ、すみません! 茶釜さん!」

 

「い~の、い~の! ささ、食べましょ~っ」

 

 そうして同じ種類のサンドイッチを共に頬張り、茶釜はアルベドとルプスレギナに目をやった。二人とも「あれ、いいな~」と羨ましそうにしている。茶釜はサンドイッチの残りを囓りながら笑った。

 

(んふふん。二人とも、まだまだね~)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達がピクニックに興じている頃。

 ナザリック地下大墳墓を目指して移動中の一団があった。

 バハルス帝国より出発した、複数のワーカー(請負人)チーム。請けた依頼は、王国内に出現したと思われる未捜索遺跡……墳墓。その調査だ。依頼人は帝国貴族だが……そのフェメール伯爵を動かしたのは、帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。しかし、そのことは、馬車内のワーカーチーム、そして周囲を護衛する金級冒険者の誰一人として知らない。

 

「けどよ、四チームも集めるかね? 依頼主のお貴族様ってのは、余程その遺跡ってのに御執心と見えるな」

 

 魔獣八足馬(スレイプニール)が二頭で引く大型馬車。その幌掛けされた荷台に乗る男が呟いた。男の名はヘッケラン・ターマイト。今回集まった四チーム十八人、その内の四人……フォーサイトのリーダーである。相乗りしているのは、同じく雇われたワーカーチームのヘビーマッシャー。戦士グリンガムをリーダーとする、戦士二人、盗賊、神官、魔術師が一人ずつの五人構成だ。フォーサイトの二刀戦士(ヘッケラン)神官(ロバーデイク)魔法詠唱者(アルシェ)半森妖精のレンジャー(イミーナ)の四人構成と大きく異なっているが、それは各チームのやり方と方針による違いだ。現に、今回集まったワーカーチームは皆異なる編制である。

 

「ヘッケランよ。依頼主のことを詮索せぬ方が良いと……我は思うのだが?」

 

 向かい側の座席で座るグリンガムが、ヘッケランの呟きに反応した。苦言を呈しているようだが、顔が笑っているので単に会話をしたいだけのようだ。対するヘッケランはヘッと鼻で笑い、顔の横で手の平を振った。

 

「詮索してるんじゃねぇって。気になっただけさ」

 

「それを口に出したら、詮索してるも同じ」 

 

 ヘッケランにツッコミを入れたのはグリンガムではなく、ヘッケランとはイミーナを挟んで左側に座るアルシェ・イーブ・リイル・フルト。まだ年若い少女は、杖を抱くように固定しながら横目でヘッケランを見ている。

 

「こいつは汝も一本取られたな!」

 

 グリンガムがヒゲを揺らして笑うので、ヘッケランはバツが悪くなったが、話しやすい空気にはなった。

 

「依頼主はともかくとしてな。現地に着いたら、三日間は馬車を中心に野営地……拠点だろ? 俺達が仕事してる間、残ってるのは金級の冒険者達だけで大丈夫だと思うか?」

 

 今回の依頼では、墳墓と見られる遺跡に馬車はついてこない。その護衛として雇われた金級冒険者達もそうだ。あくまで依頼期間中の拠点維持と、その防衛をしているだけなのである。その金級冒険者らの実力が当てになるかと言うと……。

 

「未知数だな。これでアダマンタイト級……とまでは言わないが、オリハルコン級の冒険者でもつけてくれたら安心だったが……」

 

 確かにグリンガムの言うとおりだと、ヘッケランは思う。連れている女エルフらを虐待するアホの天才剣士、チーム天武のリーダー……エルヤー・ウズルスも言っていたが、金級冒険者の警戒網をくぐってモンスターに入り込まれでもしたら目も当てられない。

 

「そこは信用するしかないのでは?」

 

 フォーサイトの神官、ロバーデイク・ゴルトロンが柔和な顔で言う。ヘッケランからすると二人挟んだ左側に居るので、ロバーデイクは前屈みになって顔を覗かせていた。

 

「信用ねぇ……。俺らワーカーには『信用』なんて甘えた言葉は……。って、おい、グリンガムよ」

 

「なんだ?」

 

 ヘッケランは話題を変えた。会話上の旗色が悪いのもあったが、信用という言葉で思い出したことがある。それは、遺跡に向かう道すがら、街道を行く二人連れの男性冒険者と合流したことだ。

 一人はシシマルという刀使いの剣士。皮肉っぽい笑みを浮かべているが話してみると気の良い男だ。もう一人は気むずかしそうにしている青年で、名をバリルベと言う。彼も剣士とのことだが……。

 

「なるほど。ヘッケランは、仕事中に遭遇し、同行するようになった二人が信用できるかどうか不安だと……。ええと、確か二人とも、帝都に流れ込んできた旅人で冒険者登録したばかり……だったか?」

 

「グリンガム。連中、帝都の冒険者組合で冒険者チーム漆黒の噂を聞いた……それで会いに行きたくなったって話だ。余所の国まで冒険者に会いに行くとか、物好きだよな?」

 

 ヘビーマッシャーの盗賊が言うと、グリンガムは顎髭を弄りながら頷く。

 

「そうだ。確かに、そう言っていたな。俺は覚えていたぞ? しかし、チーム漆黒か……。帝国にまで噂が聞こえてくるとはな……。クラスは何だったか?」

 

 グリンガムとしては自分のチームの盗賊に聞いたのだが、自信が無いのか仲間と顔を見合わせている。と、ここでイミーナが挙手した。

 

「あ~、あたし知ってる。グリンガムのところみたいに、多人数の複数班体制で、リーダーの魔法詠唱者(マジックキャスター)と、もう一人がオリハルコン級。あとは銅級や鉄級だったかな?」

 

「むっ? 詳しいな?」

 

 感心したグリンガムに向け、イミーナはチロッと舌を出して見せる。

 

「ほら、ちょっと前まで帝都に居た、かぜっちとペロン。あの二人って、漆黒の班長の一人と知り合いだったらしくて~。その時にニシキ……だったかな? 班長さんに話を聞いたわけ」

 

「なるほど、かぜっちとペロンか。あの盾使いと弓使いは凄腕だったな……」

 

 そう呟くグリンガムの言葉に乗って、荷台上のワーカー達はシシマル達について語り合いだしたが、どれもこれも憶測に過ぎない。最終的にロバーデイクが「気になるなら、本人達に聞けばよろしいのでは?」と提案したものの、それだと素性の詮索になる……とのことで会話の流れが途切れてしまった。

 

「お互いに素性の詮索はしない。それがマナーでありルール……」

 

 最後にアルシェが言うと、皆納得いったのか漆黒やシシマル達に関しての話題は出なくなり、話題は目指す遺跡についてのことに移行していくのだった。

 




 タブラさんがクレマンティーヌらに見せている映画は何だったのか……。

・ディレクターズカット版。
・クレマン達に合わせた世界観。
・火を吹く黒い杖、腕に動くノコギリをつけている。
・死霊や悪霊が敵。

 ブルース・キャンベルって格好いいですよね?
 アレでクレマン達が怖がるのか……とも思うのですが、まあ異世界人は感覚が違うということで。

 ピクニックに関しては、もう1シーン入れたい感じです。
 ここで描写しておかないと、茶釜さんとアウラが……。

 今回、最後の方でワーカー編に入っています。
 エルヤーさんに関しては通常運転で、助かる見込み……ないかな?

 最後に、原作で登場してないのが二人出てますけど
 いったい、何者なんだ……。

 怪傑ライオン丸の主題歌とか、本文中で堂々と歌わせたいんだけど
 ……ガイドラインを見たらバッチリ登録されてますね。
 これなら行けそうかな。 

<誤字報告>
ワトンソくんさん、所長さん、夜猫子さん

毎度ありがとうございます。

正直、ワーカー編の原作って(精神的ダメージなアレで)滅多に読み返さないので
ワーカーに用意された馬車って何台だっけ?
スレイプニールは馬車1台に何頭?
ワーカーや金級冒険者って何人だったかな?
といったあたりが忘却の彼方でしたので、読み直しました。
他に設定上のミスとかあったら、適宜修正します。


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第67話

 食事を終えて、モモンガは茶釜らと雑談に興じていた。

 なお、今のモモンガは胡座の中央にアウラを乗せた状態である。

 

「よーし! 乗っちゃえ、アウラ!」

 

「い、いいんですかっ!? 茶釜様!?」 

 

「私が許す!」

 

「俺の意思はっ!?」

 

 というやりとりの結果、モモンガはアウラの椅子と化していたのだ。

 モモンガの感覚としては、少女であるアウラを胡座の中に置くというのは、どうにも額に汗する状況である。周囲からどう見えているか非常に気になるし……ましてや真正面にはアウラの創造主である茶釜が居て、じっと見てきているのだ。

 

(危険だ! このままだと、ふとしたことでアウラに良からぬ真似をしている……ように取られかねない! そんなことになったら、ナザリックにおける社会人としての俺が死ぬ! どうかタブラさんが、遠隔視の鏡で覗き見していませんように!)

 

 保護者(茶釜)が容認しているので、あり得ない想定(タブラのことは別にしても)なのだが、モモンガは大真面目であった。

 

「あ~……アウラよ。座り心地はどうだ? もし、座りにくければ降りても~……」

 

「温かくって、凄く居心地良いです!」

 

 言い終わるより先に、振り仰ぐようにして見てくるアウラ。そのキラキラした瞳に、モモンガは頷くしかない。無邪気な少女に対して「否」を突きつけるほど、彼は鬼ではないのだ。

 

(鬼ではないけどアンデッド! 今は人化してるけどさ! でもな~)

 

 人としての実年齢を考慮すると、モモンガ……鈴木悟に妹が居れば、アウラのような年頃だろうか。いや、それだと歳が離れすぎだから、姪っ子ポジションだろうか。

 

(茶釜さんとこの子だしな~……) 

 

 そういったことを考えていると、茶釜が話しかけてきた。

 

「モモンガさん? ところでさ~」

 

「はい?」

 

 茶釜は両脇で座るアルベドと、ルプスレギナ。その双方が、共にモモンガと交際中であることを確認してくる。聞かれたモモンガとしては肯定するしかない。

 

(アルベドとルプスレギナが同席してるんだぞ! 「いや、そうじゃなくて!」なんて、照れとか物の弾みでも言えるかよ!)

 

 しかし、茶釜は何の意図があって今の質問をしたのだろうか。正直言って、女性ギルメンから改めて複数女性と交際してると指摘され、モモンガは羞恥で頭がどうにかなりそうだ。アルベド達との交際を恥じているのではない。女性側で望んだこととは言え、二股かけていることを女性ギルメンに確認されたのが恥ずかしいのだ。

 

(これがNPCなら、無闇矢鱈な忠誠心で納得してくれるだろうけど! 茶釜さんは『鈴木悟』を知ってる女の人だぞーっ!?)

 

 許されるならば<転移門(ゲート)>を発動して何処かへ逃げてしまいたい。だが、アルベドとルプスレギナを置いて逃げるわけには……。

 

「いや、あのね? 責めてるわけじゃないのよ? 男なら一人に決めんか~い! とか言うつもりはないし!」

 

「ぐふぅ!?」

 

 気遣ってくれたらしい茶釜が言うのだが、それはモモンガの胸を深くえぐってしまう。だが、女性二人と交際している件を責める気はないとのことだ。これは朗報である。

 

(良かった……。この件で、ペロロンチーノさんが普段されてるみたいに説教なんてされたら、俺……ショック死して蘇生魔法の世話になるところだったよ~)

 

 モモンガは内心で胸を撫で下ろした。しかし、そうなると茶釜は何を話したいのだろうか。ユグドラシル時代、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にあっては唯一の芸能人で、女性声優だった彼女。彼女の意図するところは……。

 

「モモンガさん……あのね? モモンガさんの恋人の席とか枠って……まだ余ってる?」

 

「へっ? へぁっ!?」

 

 変な声が出てた。

 恋人の席や枠の余りとは何なのか。今の交際人数に、新たに誰か加えようと言うのか。今のアルベド達二人でも、一杯一杯なのだが……。

 

(エンリやニニャを除いても二人居るんだぞ!? いやまあ、今日のピクニックなんか、茶釜さんとアウラが居ても上手く回せてた感じだし? それを思えば……)  

 

 余裕があると言えば、あるのだろうか。

 考えてみれば、転移後世界のモモンガは頑強かつ強大だ。体力面に関しては、人化した状態でも常人を遙かに上回っているし、金銭面に関しては前述の体力(あるいは魔法など)をフル活用すれば、やはり常人を上回る稼ぎを得られるだろう。そもそもナザリック地下大墳墓で住むなら、ギルドホームの維持費さえどうにか出来れば、一生安泰だ。

 

(アンデッドだから『一生』は終わり無いんだけどな……。ギルドホームとしての維持費は……ギルメンが増える程に分担が減るだろうし。……あれ? 恋人や奥さんが増えても大丈夫なのか?)

 

 また、場合によってはパンドラズ・アクターに商人働きでもして貰って、援助して貰う手もある。配偶者が増えたとて、それほど問題では……。

 

(いや! 問題あるだろ! 何馬鹿な計算してんだよ、俺! アルベド達の気持ちが優先じゃん! あと、パンドラのことも!)

 

 自分を叱り飛ばし、モモンガは皆の様子を窺う。アルベドとルプスレギナは……平然としているように見えた。話の流れによっては、モモンガの恋人(そして将来の妻)が増える可能性があるのにだ。アウラはと言うと、モモンガの顎下でキョロキョロしているのが解る。その視線はアルベド、茶釜、ルプスレギナへと巡っていき、最も長く留まるのは茶釜を見ているときのようだ。

 どうも……場の空気がおかしい。

 そして、自分もおかしいとモモンガは思う。

 茶釜は「恋人枠は余っているか?」と聞いた。アルベド達が同席している以上、モモンガとしては「アルベド達が居ますので、余っていません」と言うべきなのだ。しかし、先程テンパって色々考えたのもあるが、「余っていません」の言葉が出てこない。出てこないなら、自分は茶釜に向けて何と言いたいのか。

 

(逆のことか? 逆ってことは、恋人枠は余ってます~……とか? いやいやいや、目の前にアルベドとルプスレギナが居るんだぞ!? どんな軽薄男なんだ、俺は!? でも、そうなると……) 

 

 結論……恋人枠は余ってないが、余っていないと言いたくない。

 そこに思考が到ったモモンガは愕然とする。異形種化していたなら、間違いなく精神の安定化が発動したはずだ。

 

(なんたる唾棄すべき優柔不断! 茶釜さんのことが嫌なら、断ればいい話だよな! すでに恋人が居るんだから、断る理由としては十分なんだし。ということは俺……茶釜さんのことが嫌じゃ……ない? ……いや、いや待てよ!? ちょっと待った! さっき茶釜さんは『自分の席』の話だと言ってたか? ……なんで俺、いつの間に茶釜さんのことを対象だと……)

 

 瞬時に沸き上がった自分への怒り。だが、ふと気がつくと、意外な方向に考えが向かっている。茶釜は『恋人枠の空き』について、自分のことだとして話を切り出したわけではない。なのに、今のモモンガは茶釜を対象として恋人枠のことを考えているのだ。

 

(俺……茶釜さんのことを、そういう対象として認識してるのか?)

 

 茶釜のことは嫌いではない。それは確定事項だ。何故なら、嫌いな相手と友だち付き合いすることはないのだから。

 

(では、では……す、すす、好きって気持ちがあるのか? 相手は茶釜さんだぞ!?)

 

 モモンガは内心パニックになる。顔に出さずに居るのは奇跡と言っていいだろう。そして、この時……茶釜にとって幸運なことが三つあった。

 一つ目は、アルベド達が絶世の美女とはいえ、元はゲームキャラであること。

 例えば、モモンガの好みを集約して作成されたとアルベドといえど、元はゲームキャラという認識がモモンガの根底にあるのだ。これは好きや嫌いの話ではなく、アルベドらNPCにとっての事実でもある。

 二つ目は、茶釜が元々人間で、モモンガにとってはアルベドらより身近な存在であったこと。

 ユグドラシル内で言えば、共に過ごした時間の長さはアルベドらの方が長いかもしれない。しかし、茶釜とはオフ会で会ったこともあるのだ。その人物も、友人としてでなら良く知っている。

 そして三つ目。モモンガが茶釜に対し、異性として「いいな……」と思っていたこと。声優業がメインとは言え、茶釜はれっきとした女優だ。容姿も整っているし、職業柄トークも上手い。特定の話題に対して当たりは強いが、総じて人格者でもある。異性として惹かれる要素は多いのだ。

 

(この俺の好みのドストライクは、やはりアルベドだ。しかし、だけど……俺は……)

 

「アインズ様……」

 

 グルグルと回る思考に、モモンガが沈もうとしたとき。アルベドがモモンガを呼んだ。

 我知らず頭を抱えかけていたモモンガだが、その手を下ろすとアルベドに顔を向ける。

 

「アインズ様。(わたくし)やルプスレギナを気遣われているのでしたら、もったいないことですが、その必要はありません。至高の御方の伴侶に、人数制限はないと心得ております」

 

「私も、そう思います!」

 

 アルベドの発言にルプスレギナが乗った。語尾が「っす」になっていないあたり、彼女の真剣さが伝わってくる。そして、これらのことにより、モモンガが茶釜を受け入れるにあたっての最大の障害……『現恋人らの反対』が解消されたことになるのだ。だが、同時に退路を断たれたことにもなる。

 つまり……。

 

(「もう恋人が居ますので」が断る理由として使えない!)

 

 たっち・みーばりに課金エフェクトを用意していたとしたら、背景を暗転し、雷を落としていたところである。

 今聞いた言葉を真に受けて、アルベド達を気遣わなくて良いのか。彼女たちに無理を強いていると判断して気遣うべきなのか。すべて自分の責任において判断し、モモンガは返事をしなければならない。それは大人の男として当たり前のことだったが、恋愛初心者の域を脱していないモモンガにとって、大きな精神ストレスを伴う選択だった。

 

(ど、どうしたら……。そ、そうだ! ちゃ、茶釜さんが、御自身のことを指して『空き枠』の話をしているのかどうか。そこを確かめなければ!)

 

 返事の前の大事な確認事項。だが、それをするには、質問に対して質問で返すことが必要になる。何か、上手い言い方を考えなければならない。モモンガは、過去にギルメン達から「モモンガさんは対応力が高いから」と言われたことを思い出し、脳をフル回転させた。モモンガとしては、そこまで言われる程ではないと思う。しかし、ここはギルメンらの言葉にすがりたい気持ちで一杯だったのである。

 

(よし、これだ! 腹をくくって……言うぞ!)

 

 モモンガは、敢えて一歩踏み込むことを決意した。重要なカード、それを一枚切りつつ茶釜に確認するのだ。

 

「茶釜さん。アルベド達は、ありがたくもこう言ってくれています。俺自身、恋人枠……でしたか? そこに空きがあるかと言われると……汗顔の至りですが、あると思います」

 

 そこまで話した段階で、茶釜の表情が輝いた。これを見る限り、茶釜の言う『空き枠』とは、『彼女自身を対象とした質問』である可能性が高まったように思える。残るは確認あるのみだ。

 

「ときに……その空き枠に対して、どなたか推薦されるおつもりでしょうか?」

 

 瞬間、場の空気が凍ったような気がした。

 女性三人の表情は笑顔だが、発する緊張感はモモンガの胃に継続的なダメージを与えている。

 

(ど、どうだ? と言うか、このリアクションは何だ!? 怒ってるの!? 呆れてるの!?)

 

 人化したままのモモンガは、左手を胃の部分に当てながら額に汗を浮かべた。

 

『ここまでの話の流れで、対象者が誰だか認識してないのか? それとも認識した上で、知らん顔で質問しているのか、このヘタレ骸骨野郎!』

 

 という女性陣の思いが、今感じてるプレッシャーに込められているのだろうか。

 しかし、そう思われたとしてもだ。確認もせず茶釜を対象者として話を進めて、それで別人物の恋人推薦だった場合……。モモンガは恥ずかしさのあまり、ナザリック地下大墳墓を離脱し、ギルメンらに見つからないよう姿を隠してしまうだろう。

 

(深い海の底で千年ぐらい沈んでるかもしれないな~……)

 

 それでも探索役として優秀な弐式が存在し、他にも数人のギルメンが揃っている以上、早々に発見されてしまうのだろうが……。

 

「モモンガさん……」

 

 茶釜の声がしたので、モモンガは我に返って視線を向ける。茶釜はニカッと笑うや、親指で自分を指し示した。

 

「その恋人枠。空き枠を所望してるのは……この私!」

 

 やはり、そうだったのか。と思うモモンガの前で、茶釜の顔……その白い肌が急速に紅潮していく。そしてドヤ顔ながらプルプルと震え、目尻には涙が浮かんでいた。

 事ここに到り、モモンガが発する言葉は一つしか無いと言って良い。

 

「茶釜さん。さっきも言ったとおり、恋人枠には空きがあります。そして……結論から申し上げますと、有り難くお受けしたいと思います」

 

「モモンガさん……」

 

 感極まったのか、茶釜の目の端から溜まっていた涙がこぼれ落ちていった。それを見たモモンガの胸に、何やら突き刺さるような感覚が生じる。

 

(うわ……茶釜さんの泣き顔、ヤバすぎ。綺麗っ! で……結論出した途端、胸がドキドキしてきたぞ。さっきまでのドキドキと違うって解るのがまた……)

 

 落ち着きのない自分の心臓に苦笑を禁じ得ないが、重大な申出と、その受諾が完了した事でモモンガは一気に肩の力が抜けた。

 晴れて交際相手となった茶釜。こうなった以上、恋人同士になる前に思っていたことや、茶釜に聞きたかったことを話したり聞いたりしても良いかもしれない。今の茶釜は、ススッと膝移動したアルベド達によって祝福されているが、モモンガは敢えて口を挟むようにして問いかけた。

 

「茶釜さん。ユグドラシルやオフ会でお目にかかったときは、普通に話していたように思うんですけど。その……俺のことは、いつから?」

 

「くふふ、気になる?」

 

 アルベドのような笑いと共に、茶釜が指で目尻を拭う。そしてオフ会などで、自分がどのようにモモンガ……鈴木悟にアプローチしていたかを説明するのだが、当時を振り返ってみても思い当たることはなかった。ましてや、鈴木悟にとっての当時の茶釜は、まさに高嶺の花。ストレートに告白でもされない限り、悟側で気がつくのは困難であったとしか言えない……。それがモモンガの認識だったが、これを馬鹿正直に言ったところ、「モモンガさんは自分に自信を持たなくちゃ! 自己評価が低すぎるのも考え物よん!」と茶釜に言われてへこむこととなる。その様子を見て茶釜が笑い、アルベド達もつられて笑った。まさに和気藹々だ。

 

(いや~、へこむけど……楽しい。男が俺一人で、交際相手の女性が三人って状況なのに、刺されもせずに無事とか……。マジ、ハーレム……)

 

 男冥利に尽きるとか、幸せ満喫中だとか。そういった事をモモンガが思い浮かべていると、顎下でアウラが振り仰いでくるのを感じた。

 

「ん? アウラ、どうかしたか?」

 

 相手が階層守護者なので、威厳がある……と自分で思っている太い声を出す。しかし、さっきまで茶釜と素の声で話していたため今ひとつ決まらない。だが、アウラやアルベド達にしてみれば、支配者らしく振る舞うのは喜ばしいことらしく、アルベドとルプスレギナが瞳を輝かせているのが見える。

 

(素の声でも、作った声でも喜ばれるとか……)

 

 まるでアイドルだ。もっとも元の現実(リアル)のアイドルと比べれば、アルベドらにとっての『至高の御方』というのは比較にできないほど素晴らしいものなのだろう。たぶん、自分には一生理解できないかもしれない。そんなことを思うモモンガに、下方からアウラが問いかけてくる。

 

「アインズ様。アインズ様は、ぶくぶく茶釜様を……お嫁さんにされるのですか?」

 

「ぐふっ!」

 

 設定年齢が70代とは言え、見た目は少女。そのようなアウラから、母とも言える茶釜のことについて聞かれ、モモンガは一瞬むせた。

 

「ん、んん、まあ今のところは、アルベドらと同じ交際相手だな。結婚というのはお互い、相手を良く知って行うものだ。将来的……そう、将来的には……うっ!?」

 

 将来的には結婚する……ことがある……かもしれない。

 そう言いかけたモモンガであったが、茶釜から鋭い視線を、アルベド達からはウルウルした瞳を向けられて言葉に詰まる。

 

(何、この目力(めぢから)の圧力! 今はまだ交際期間中なんだから、結婚とかは可能性の話だろ~っ!? ……現状、九割九分以上の可能性かも知れないけどさぁ!)

 

「アインズ様?」

 

 戸惑うようなアウラの声に、モモンガは気を取り直して会話を再開した。

 

「おっと、すまんな。茶釜さんとは、アルベドにルプスレギナもそうだが、将来的に結婚する可能性はあるだろうな」

 

 なんとなく「そうとも! 結婚するぞ!」と言いたくなかったので、そう述べたのだが、モモンガの耳に舌打ちが聞こえたような気がする。それが誰によるものかは明白だったが、モモンガは知らん顔で通した。

 

(いいじゃん別に! 責任取って結婚する気はあるけど、ぐいぐい押し込まれるのは男としては嫌なんですぅ!)

 

 そう言って舌を出したいところだが、実行するわけにはいかない。心を落ち着けるためにアウラの頭を撫でたが、そのアウラが続けて口を開いた。

 

「アインズ様……。私……は駄目ですか?」

 

「なに?」

 

 思わず太い声で反応したモモンガであるが、これは威厳を意識したのではなく、驚きのあまり太い声が出てしまったことによる。一方、アウラは「あ、しまった!」とでも言いたげに手で口を押さえていた。

 

「す、すみません、アインズ様! 今のは、何と言うか……その……」

 

「う、うむ……」

 

 このピクニックが始まってから、ここまでの展開を鑑みれば……モモンガとしても、いつものように聞き違いで流したりしない。ましてや、アウラの気持ちに気がつかないということもない。アウラは、茶釜やアルベド達のように、モモンガのことを好いている。慕っているというレベルを超えて恋しているのだ。

 では、モモンガ側はアウラをどう思っているだろうか。答えから言うならば、人物的に好ましく思っているが、交際相手の女性としては対象外……という事になる。

 

(いや、見た目は可愛いし、美人に成長する目も十分あると思うよ? でも、今現在の姿が……小学生ぐらいだし……)

 

 ここは、少女の夢を壊さないためにも将来に期待するようなことを言って、お茶を濁すのが良いかもしれない。ダークエルフのアウラがアルベドぐらいに成長するまで、百年ほどかかるだろうし、その頃までには、アウラの気持ちが別に向いている可能性だってある。

 

(そうだ。それで行こう!)

 

 それなりに方針立てて考えたのだが、言い訳がましいことを考えていた分、長考となってしまったらしい。口を開こうとした瞬間、茶釜の声がモモンガの鼓膜を揺さぶった。

 

「いいじゃない! アウラもモモンガさんの恋人になっちゃえば!」

「うぇえええっ!? い、いいんですかぁ!?」

 

 先程、モモンガの胡座のど真ん中に座ることを指示された……その時よりも、アウラの声が裏返っている。彼女の視線がモモンガと茶釜を行ったり来たりしているのが解るが、モモンガはそれどころではない。

 

(ちゃ、ちゃちゃちゃ、茶釜さん! 何言ってくれちゃってるんですかぁあああ!?)

 

 たった今、茶釜と交際します。彼女の告白を受け入れますと、そう言ったばかりなのだ。そこに更に一人追加しようと言うのか。しかも、アウラは茶釜とは母娘のような関係である。

 

「ちゃ、茶釜さん!?」

 

「なによ? モモンガさんは、アウラのことが不満なの?」

 

「不満……なんですか? アインズ様?」

 

 不機嫌そうな茶釜の声。一方、アウラの声からは不安が感じられた。何しろ声が震えているのだから、これはモモンガにだって感じ取れる。モモンガは軽く握った左の拳を口元に当てると、数秒ほど、誰とも目を合わさず考えた。

 

「茶釜さん……」

 

「な、何よ……」

 

 暫くして出した声は力がこもっており、あの茶釜をして少し身構えさせている。

 

「茶釜さん。俺はアウラのことが嫌いではないです。好感を持ってる要素も多いです。しかしですね……見た目上の年齢差はどうなんでしょうね?」

 

 ここで容姿が『交際相手としての好みから外れている』とは言わない。立場を逆にして考えれば、絶対に言うべきでない言葉だ。だが、ある程度はモモンガの女性の好みを知る茶釜としては、その意図するところを誤ることなく把握している。

 

(ぐぬう。考えてみれば、そうか……。モモンガさんの『彼女』になれたもんで、少し調子に乗りすぎたわね。愚弟を笑えないわ~。私だって、アウラぐらいの少年を押しつけられたら……いやまあ、マーレは別にしてもね。モモンガさんの気持ちは解るわよ……)

 

 ここで強く押せば、モモンガが折れてアウラを受け入れる可能性はあった。アウラは茶釜にとって大事な存在だ。彼女の恋心は叶えたいと思う。しかし、それはモモンガに強要することで成して良いものではない。双方、あるいは一方が嫌々交際するなど考えただけで吐き気がするのだ。

 

(元の現実(リアル)で、枕営業させられそうになったのを思い出すわ~……)

 

 そこで、アウラの気持ちの落としどころを考えなければならない。諦めるという選択肢は無しとして、彼女の恋を成就させようとした場合……アウラの現年齢、と言うよりも見た目の幼さが立ちはだかる。魔法やアイテムで、手っ取り早く成長させる手はあるだろうが、それはどうかと茶釜は思っていた。

 

(……しょうがない、アウラには百年くらい待ってもらいましょうかね~)

 

 アウラが成長するのを待つというわけだ。

 その時、アウラがモモンガを好きなままで居るのなら、再度アタックさせれば良いではないか。容姿が好みでない方向に成長しているかもしれないが、その時はその時だ。

 

(失恋したって事になったら、慰めてあげないとね~……。って、今から失敗したときのことを考えてどうすんの! アウラを応援しないと!)

 

 このような考えにより、茶釜は思うところをモモンガに対して述べている。それはモモンガにとっても納得いく内容だったので、モモンガは大きく頷いた。

 

「なるほど。アウラの成長を待つ……ですか。俺は賛成です。アウラは、どう思う? 今すぐに……という話ではなくなったが。……そのときになって、まだ俺……じゃなかった、私のことを好いていてくれるなら……」

 

 内心ホッとしているが、ほとんど婚約に近い交際の約束であるため、モモンガの声は幾分か硬い。アウラはと言うと不安そうにしているものの、茶釜が頷いたのを見て瞳に力を入れた。

 

「私、待ちます! 百年頑張って……不敬かも知れないけど、茶釜様みたいな超美人になります! アインズ様のことだって、変わらずに好きで居続けるんですから! アインズ様! 期待しててくださいね!」

 

「う、うむ。期待させて貰おう!」

 

 モモンガが力強く答えたところ、胡座の真ん中で座るアウラは「やったー!」と諸手を挙げて喜んでいる。その様子を見た茶釜はもちろん、アルベドやルプスレギナも嬉しそうにしているが……。

 

(これで二人増えて一気に四人か……)

 

 どんどん恋人の数が増えていく。受け入れたのは自分の意思だから、ここは素直に嬉しいと思うべきなのだろう。だが、やはり恋人の人員増加は、この辺にしておくべきではないかとモモンガは思うのだ。

 

(外部には、エンリとニニャも居るんだっけ……)

 

 この二人と交際するかはともかく、何となくだが、外部の人間である彼女らに『癒し』を感じてしまうのは気のせいだろうか。

 

(いや、現状から逃げたいのではなくてね……)

 

 今目の前では、モモンガの胡座から抜け出たアウラが、中央の弁当類を避けて回り込み、茶釜に抱きついている。

 

「茶釜様! 私、頑張ってアインズ様好みの美人になります!」

 

「その意気よ! 頑張れ!」

 

「はい!」

 

 微笑ましい母娘の情景……に見えるが、モモンガとしては何とも複雑な光景だ。その母娘の両方が、自分の恋人……あるいは配偶者になるかもしれない。片方は確定である。

 

(ああ、そうだ……。ペロロンチーノさんに話しておかないと……)

 

 茶釜と結婚するなら、ペロロンチーノはモモンガにとって義理の弟になるのだ。やはり、この話はしておくべきだろう。そう考えながらモモンガは、じゃれ合う茶釜とアウラを見ていた。しかし、今考えた『誰々と交際する件』について話さなければならない相手。それが新たに一人、ナザリック地下大墳墓に近づいていることを、この時のモモンガは知る由もなかったのである。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いっきし!」

 

 一人の男がクシャミをした。転移後世界の者が見たなら、変わったデザインだとしか思わないだろうが、南蛮胴具足風の甲冑を身につけた男だ。

 

「風邪か?」

 

「違うって……」

 

 行動を共にする剣士から声を掛けられて否定した彼は、周囲を見回した。青空の下、踏み固められた街道を八足馬二頭で引く馬車が行き、周囲を雇われた六人の冒険者が固めている。自分達二人は、ある目的のため街道移動中だったが、この馬車隊と遭遇、面白い話を聞いたので同行することにしたのだ。

 彼の名はシシマル……こと、獣王メコン川。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンにして、ルプスレギナ・ベータの創造主である。

 『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に出向いた前日。メコン川は、一つの予定をこなしていた。それは、元の現実(リアル)でベルリバーと会い、あるデータを預かることだったのだが……。

 

「弐式さんの誘いに乗って、えらい事になったよな~。モモンガさんには、正直すまんかったと思うけどさぁ」

 

「まったくだ……。俺は……まあ、アレだが……」

 

 相槌を打ったのは、メコン川と比べると軽装……胸当てや肩当てなど、最小限の防具を装着した男、バリルベ……ことベルリバーである。メコン川と同じくギルメンだ。メコン川がニヒルな笑みを浮かべているのに対し、こちらは気むずかしそうに顔を顰めている。

 ベルリバーが元の現実(リアル)でメコン川を呼び出したのは、巨大複合企業の不味い情報を入手し、それをメコン川に託すためである。それ自体は無事に終えていたが、ベルリバー自身は数日内に、得た情報を元にして『行動』に出る予定だった。もっとも、彼の行動は察知されており、予定どおりの行動に出たとしたら……いや、それよりも早く企業側の手によって殺害されていたのだが……。

 

メコ(メコン川)さんは、もう死んでたはずで……」

 

「いや、集会の時も言ったけど、俺は知らないぞ? ベル(ベルリバー)さんが言ってる日付って、集会に行った日じゃん。俺がベルさんと会った次の日だよ! ベルさん、俺と似た名前の奴が死んだ話を、ニュースとかで見たんじゃないのか?」

 

 どうにも話が噛み合わない。

 集会における、たっち・みーとウルベルト。それに、茶釜とペロロンチーノ。前者二人は、ヘロヘロの時系列を基準に言うなら三日前。後者は、ユグドラシル終了後、ある程度の日数が経過してからのログインだった。その様な者は他にも何人か存在しており、つまるところ、集会に居合わせたギルメンらはほぼ全員、ログインの時系列がバラバラなのである。

 もっとも、この時のメコン川とベルリバーにしてみれば、知り得た一部のギルメンの情報と、自分達二人分の情報だけで情報整理するしかなかった。集会の場でも話し合いはしたのだが、当時、場を支配していた『妙な雰囲気』によって会話らしい会話にならなかったのである。

 

「俺は、ベルさんからデータを預かった後、自宅に戻っててな。集会の当日、弐式さんからメールが届いてたんで、緊張をほぐすためにログインしたんだわ」

 

 そうして集会の場へ赴き、ギルメン同士の会話がループしたり、他の思考に勝手に誘導されたりしていた。だが、遅れてログインして来たヘロヘロの発案によって、皆と共にナザリック地下大墳墓に向かっている。とにかくモモンガに会おうとしたのだ。結果として、異世界転移に巻き込まれることとなるが、その際、すぐ近くで途方に暮れていたベルリバーと共に転移してしまったのである。

 

「……メコさん。集会の時も言ったけど、俺が知ってる『事実』……いや『現実』は違う。メコさんと会った次の日にな、メコさんの住んでる区画が吹っ飛んだんだよ。爆破テロだったそうだが……。本当かどうか怪しいもんだ」

 

「マジかよ……」

 

 ベルリバーは、このような話を冗談で言う男ではない。それを知っているメコン川は、どうやら自分が死んだらしいという事を真剣に考え始めた。特徴的な笑みを引っ込めたメコン川を横目で見ながら、ベルリバーは自身も考えにふける。が、そこにメコン川から声がかかった。

 

「ベルさん。今の話どおりなら、ベルさんがログインしたのはユグドラシル終了の後じゃないか。どうやって集会の場に行ったんだ?」

 

「取っかかりは同じだよ。俺も弐式さんからメールを貰ってた。もっとも俺の場合は、外を歩いてたとき、携帯端末に着信があったんだけどな」

 

 その段階で、すでに話がおかしくなっている。

 例えばヘロヘロが弐式からメールを貰ったのは、ユグドラシル終了日の当日だ。なのにベルリバーは、ユグドラシル終了後……メコン川の居住区が爆破された後でメールを受信している。明らかに時系列がおかしいのだ。

 

「……どうなってるんだ? 変だったのは集会の場だけの話じゃないのかよ?」

 

 ベルリバーは舌打ちしたが、頭をバリボリ掻いてから話を続ける。

 弐式からのメールだが、ベルリバーはメール本文を読み終えた瞬間、集会の場へと転送されていたのだ。

 

「魔法のある転移後世界に来ておいて何だが、あれはもう超常現象だな。集会の場に居たときは、何故か気にもならなかったけどさ。……後は、メコさんと同じ展開だ。俺は、あの場から現実(リアル)に戻りたかったが、その手立ても無く、それを模索する意識も別の方向に誘導されてた。モモンガさんに会って謝りたい気持ちってのは、あったけどな。ヘロヘロさんが来なかったら……あのままだったかも知れないなぁ」

 

「モモンガさんの所へ行くんだ! でも合わせる顔が……って皆で言い合ったまま、ずっとあの場所であのままでか? 寒気がするな……」

 

 結局は二人とも、集会の場で異世界転移に巻き込まれることとなった。転移し終えたのは……つい数日前、場所は帝都西側の荒野である。他のギルメンに<伝言(メッセージ)>しても通じず、手持ちの金はなく、アイテムボックスにあったのは三流のゴミ装備のみ。どうにか街道を発見し、帝都に転がり込んだのだが、行き着いた冒険者組合で王国冒険者チーム……漆黒の噂を耳にした。

 主立った構成員はモモン、ブリジット、ヘイグ、ニシキ、ナーベ、ラッセル、セバス……。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンやNPCを連想させる名に、これは! と思い立ち、そのまま二人は帝都を飛び出したのだ。なお、主に帝都で行動しているはずの弐式は、ブルー・プラネット帰還により一時期、自班の班員らと共にナザリックへ戻っている。そして再び帝都に戻ったときには、メコン川達は帝都を出ていたのだからタイミングが悪いと言うほかない。

 

「それにしても、ベルさん……。俺も焦ってたけどさ、冒険者組合で登録して路銀ぐらいは稼いでおきたかったな」

 

「まあな……」

 

 二人揃って一文無しなのだ。せっかく人里……帝都に入ったのだから、旅の準備ぐらいはするべきだった。ユグドラシル時代は知的に立ち回っていたベルリバーも、モモンガ達と合流できる目があると知って、やはり焦っていたのだろう。

 その様な状態で出発し、最初に問題となったのは水と食料である。

 この時点で、一度帝都に戻ろうかと議論になったが、もう出発しているのだからと王国行きを続行した。それほどに他のギルメンらと会いたかったのだ。

 と、二人は結論づけたが、今の会話をモモンガやタブラ達が聞いたなら「精神に影響が出始めてる……」と思ったことだろう。

 しかし、異世界転移後、それなりの日数が経過しているモモンガ達とは違い、メコン川達は日が浅い。自分達の体調に関しても良く解っていない状態なので、特に違和感もなく会話を継続している。

 

「水とか食料が何とかなったのは幸いだったな~」

 

「メコさんのおかげだよ。鼻の性能が凄いったら……」

 

 水に関しては、メコン川が異形種化して水場を嗅ぎつけた。食用にできるモンスターについても同じである。更に都合の良いことに、異形種形態で多くの口を持つベルリバーや、獅子の獣人であるメコン川にとって生肉を食すことは苦痛にならなかったことが大きい。

 ただ、途中で合流した、ナザリックを目指すワーカーら……を乗せた馬車隊の面々から「少しだが食料は分けてやれるぞ? 金は貰うがな」と言われ、銅貨一枚も所持していなかったメコン川らは非常に情けない思いを味わっている。倒したモンスターの部位でも持っていれば話は変わったのだろうが、ここまで食べることしか考えていなかったので、部位収集を失念していたのである。つまり対価として出せる物は、何も無かったのだ。

 その体験が、王国の……話で聞いた漆黒の拠点、エ・ランテルという都市。そこに向かうことを一時中断、路銀稼ぎとして遺跡行きを決定した理由だった。

 

「この先にあるって言う遺跡で、少しでも路銀を稼げるといいんだけどな~……」

 

「まったくだよ……」

 

 メコン川のぼやきに、ベルリバーが言葉少なに答えた。

 現地の遺跡に到達したら、そこで二人は目を剥くほどに驚くことになるのだが、それはもう暫く後のこととなる。

 




 恋愛が絡むと書く速度が遅くなるようです。

 今回、茶釜さんがモモンガハーレムに加入しました。
 茶釜さん当人は、第三夫人で良いという考えですが、モモンガさんが誰を一番好きになるかはモモンガさん次第という考えも持ってます。とはいえ、原作のシャルティアのように「モモンガさんにとって面倒くさい」方向で張り合う気はないので、基本的にアルベドとは協力関係だったりします。
 あと、話の流れの上で、今回はルプスレギナの影が薄いですね。
 次回は冒頭に出番を持ってこようかな……。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 弐式さんのメールは時空を超える。
 超えさせてる存在があるのですけど、本編で触れられるかは未定。
 まあ、戦国自衛隊とかでもタイムスリップした理由とか不明のままですしね。

 メコン川&ベルリバーの現状は、自力での人化が可能。アイテムボックス内は、武器防具一組の装備のみ。わりと頻繁に人化と異形種化を繰り返してるのだけど、発狂ゲージは蓄積中。ナザリックのギルメンらとは接触してないので<伝言(メッセージ)>不可。

 人間名に関しては、よく見かける二次設定ですがベルリバーさんが鈴川さん。メコン川さんが、目根川さんって感じにしようと思います。二人の間からして、二人きりの時は本名で呼び合う気もしますが、基本的にゲーム時代のユーザー名で通す感じ。何となくですけど、元の現実(リアル)に踏ん切りついてるのかもですね。

 原作のベルリバーさんは、企業の不正データを誰かに渡してますが、本作では、その誰かはメコン川さんということにしました。
 ベルリバーさんは、合流ギルメンで初の『元の現実(リアル)に戻りたい』メンバーになるか? 集会の場に集えた条件を満たしてるので、どうなるかな……。
 二人で組んでるときは、基本的にメコン川さんが主で動いています。
 メコン川さんに関しては、ニヒルかつ建御雷と弐式を足して割ったような性格として書いていくつもりです。
 ベルリバーさんは原作準拠な感じにしたいのですが、どうなるかは未定。 

 ルプーのパパが合流しそうなので、合流してからが楽しみです。

 しかし、せっかくのワーカーイベントなのに、この二人出したらヘッケラン達の影が薄くなるかな~……。
 うまく調整できるといいんですけど、無理でもまあ、原作でもワーカーはゲストキャラでしたしね。
 今、変換ミスって「ゲストキャラでした死ね」となりました。ワーカー、死んぢゃうの? まあ、書いてみてのお楽しみかと……。

<誤字報告>

macheさん、yu-さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。

読者の皆様、いつも感想及び評価&コメントありがとうございます
気が向かれましたら、評価など入れていただけると凄く励みになります


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第68話

「ふぇえええっ!? 茶釜様、あ、アインズ様と……お付き合いするんですかぁ!?」 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層の巨大樹……の内部に備え付けられた茶釜の私室。そこは壁こそ巨大樹内をくり抜いたままだが、ピンク色のカーペットの他、木製のテーブルや座椅子が用意され、奥にはベッドやクローゼットまである。今は茶釜とアウラ姉弟の三人が使用中で、声をあげたのはマーレ・ベロ・フィオーレだ。アウラの弟だが、相も変わらず裾の短いスカートを着用……つまりは女装をしている。ナザリックへの合流を果たしたとき、茶釜は己の萌えの極致たるマーレを見て逃げたくなったが……今ではすっかり慣れていた。その気弱な仕草、磨き抜かれた美貌、そしてギリギリのスカート。いずれも素晴らしく、ギルメンの誰に対しても、茶釜は胸を張って言うことができる。「女装少年は至高だ」と……。

 そんなマーレが、テーブル向こうで驚いているのを見た茶釜は、ピンクの粘体を振るわせた。

 

「そうなのよ~。思いが叶って、私、幸せ~っ。あ、そうそう、アウラも……アウラは、交際の予約を取り付けたんだったわね?」

 

 茶釜が粘体の一部を持ち上げ、人差し指を立てるような仕草をする。話を振られたアウラはマーレの隣りで座っていたが、モジモジしつつ頬を赤く染めた。

 

「えへへ……。お、大人になるまで待たなくちゃ……ですけどね」

 

 そう言うアウラは、茶釜を見て話をしようとするものの恥ずかしさのあまり、幾度か目線を外してしまう。至高の存在から目を逸らす。その行為は本来、ナザリックの僕にとっては不敬に当たるものだ。しかし、この場でアウラを咎める者は居ない。目線を外された茶釜が、真っ赤になっているアウラを見てニヨニヨしているからだ。つまるところ、これは創造主と被創造物の恋バナなのであり、実に和やかな雰囲気であった。

 ……いや、一人だけ頬を膨らませている者が居る。

 マーレだ。彼はテーブルに視線を向けながら、その目に涙を溜めていた。

 

「僕だけ……。……何だか……嫌な気持ちになりそうで……。嫌です……」

 

 ブツブツ呟いているが、出た言葉の内容が意味不明だ。何より、表情が暗くなっているのが怖い。これで室内の雰囲気が一気に重くなったが、最初に反応したのは姉のアウラだった。座椅子に座っていた状態から、膝を立てて腰を浮かせる。

 

「マーレ、あんたねぇ……」

 

 恐らくは普段の調子で説教しようとしたのだろう。しかし、そのアウラを茶釜が止めた。姉が弟を叱り飛ばす。それは自分がアウラ達に設定した結果だが、今は駄目だと判断したのだ。

 

(私が愚弟を叱るのはいいんだけど。アウラとマーレが実際にやってるのを見ると……ねえ?)

 

 実のところ、この問題は深刻ではない。例えば、シャルティアはペロロンチーノによって『アウラと仲が悪い』と設定されているが、その設定に従って仲が悪いように振る舞っているだけであって、心の底から嫌っているわけではないのだ。それと同じで、茶釜から「もう少し優しくしてあげなさい」と言われれば、多少は改善するだろう。

 

「マーレ? 何か思うところがあるなら、我慢せずに言っていいのよ?」

 

「ぶくぶく茶釜様……」

 

 茶釜の名に関しては、茶釜自身が「長いから茶釜でいい」と言っている。これは武人建御雷やタブラ・スマラグディナも同様だ。この二名と比べて名が短い部類の弐式炎雷ですら、「弐式でいい」と宣言している。モモンガにしたところで、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ってはいるが、身内にはアインズと呼ばせていた。にもかかわらず、茶釜のフルネームを呼んだのは、マーレの思いの深さゆえであった。

 

「……茶釜様」

 

 茶釜の名を呼び直したマーレは、ポツリポツリと語り出す。

 姉のアウラだけモモンガと交際予定を立てて、不公平な気がしたこと。

 茶釜が交際したことで、不敬ながら『茶釜を取られた気がした』こと。

 自分だけ取り残されたような気になったこと。

 そして……茶釜と姉が、自分から遠ざかったような気分になったこと。

 端的に言えば、寂しくなったこと

 これらを述べたマーレは、顔を歪ませるや……ビャアアアと泣き出した。

 

「むう……これは……」

 

 茶釜とアウラは顔を見合わせる。怒ってはいない。不快でもない。込みあげてくる気持ちは……。

 

(なに、この可愛い生き物!?)

 

 というものであった。

 茶釜とアウラの萌心に火が着いたわけだが、マーレをこのままにはしておけない。

 要するに、マーレは嫉妬しているのだ。更には寂しがっている。ならば、ここは『親』である茶釜が、一肌脱がなければならないだろう。 

 

「マーレ? 寂しがることはないのよ? 私は、もう何処にも消えたりしないから」

 

 仕事や遊びで何処かには行くのだろうから、茶釜は敢えて『消える』という言葉を使用した。かつて茶釜達がユグドラシルを引退したとき……当時のNPC達は話すことはできなかったが、朧気ながら記憶があってギルメン達は『姿を隠した』という扱いになっていたらしい。そうなると、やはり『消える』という言葉が適切だ。

 マーレは、『消える』という言葉に強く反応し、縋るような瞳を茶釜に向けてくる。

 

「マーレ、こう考えてみなさい。あなた達にとって、私は母親みたいなものよ」

 

 恐れ多いとマーレが慌てるが、それを制して茶釜は話を続けた。

 母親である茶釜がモモンガと交際し、将来的に結婚したとしたらどうだろうか。アウラとマーレにとって、モモンガは父親のような存在になるのではないか。

 

「あ、アインズ様が、おと……父上に!?」

 

 一瞬、言葉を選んだのが妙に可愛らしい。そして、マーレの隣りで座るアウラも目を丸くしている。彼女の表情が驚きに染まりだしたのは、茶釜による『母親』発言のあたりからだが、それほどに今話している内容は衝撃的だったようだ。

 

「そうよ。だから寂しがる必要はないわけ」

 

 気がつくと、マーレの顔からは『暗いもの』が消えている。宥めることに成功した茶釜は嬉しくなったが、今度はアウラが複雑な表情になっているので「ん?」と彼女に視線を向けた。

 

「アウラ、どうかしたの?」

 

「え? いえ、その……ですね」

 

 座椅子に腰を下ろしたままのアウラは、腕組みして考え込んでいたが、茶釜に話しかけられて苦笑する。茶釜とモモンガが結婚して、モモンガがアウラ達にとっての父親的存在になったとしよう。その場合、およそ百年先でモモンガに再度告白しようとするアウラは、果たしてどうなるのだろうか。

 

「父親に……交際を申し込む感じになるんでしょうか?」

 

 創造主と被創造物は縁戚関係ではない間柄だが、今の話の流れだと、こういう心配事が浮上するのである。しかし、茶釜は粘体を持ち上げて、人差し指を振るような仕草をして見せた。

 

「よく考えてみなさい。ヘロヘロさんはソリュシャンと良い感じだし、弐式さんもナーベラルと良い感じでしょ? 創造主と良い仲になって悪いってことは無いわけよ」

 

「な、なるほど! それもそうですね! さすがは茶釜様!」

 

 これにて一件落着。

 茶釜とアウラ達は互いに笑顔となるが、その笑顔の下でマーレがある思いを抱いていることに、茶釜はまるで気がついていなかった。

 

(そうなんだ? 創造主様と(しもべ)が、恋人同士になっても変じゃないんだ? じゃあ、じゃあ……(ぼく)、茶釜様のお婿さんになれる?)

 

 創造主と僕間の交際については大丈夫だろう。結婚することも問題ではない。だが、茶釜にはモモンガという交際相手が居て、結婚も視野に入れている。ここに婿候補として割り込むのは考えもの……と思うところだが、マーレには問題ないように思えていた。

 至高の存在であるモモンガが、複数の交際相手……妻を得ようとしているのだ。ならば同格の茶釜が、複数の夫や婿を得てもかまわないではないか。もちろん、茶釜の気持ちが大事であるから無理強いはできない。するつもりもない。そこまで考えたマーレは、「えへへへへ!」と朗らかに笑う顔の下で、密かに決意を固めるのだった。

 

(茶釜様! 僕、頑張ります!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アインズ様。これからの御予定はありますでしょうか?」

 

 そうモモンガに問いかけてくるのは、ルプスレギナだ。彼女は今、ナザリック地下大墳墓……第九階層の通路を行く死の支配者(オーバーロード)、モモンガの隣で歩いている。ピクニックの後で一度ナザリックへ戻ったのだが、まずアルベドが、代行を努めていたパンドラと交代するべく守護者統括業務に戻り、続いて茶釜とアウラが第六階層へ移動。結果としてルプスレギナだけが残ったのである。本来であれば、ルプスレギナも戦闘メイド(プレアデス)としての任務に戻るところだが、アルベドと茶釜によってモモンガに付き従うよう指示されていたのだ。その際、茶釜から「専属メイドってところかしらねぇ」と言われ、テンションを上げていた姿がモモンガの記憶に新しい。

 

「予定か……」

 

 モモンガは異形種化したことで、剥き出しになっているアゴ骨に指を当てた。

 デミウルゴスからの報告では、帝国の手の者……ワーカー隊はナザリックからすぐの地点まで来ているらしい。ならばと、外に出ていた者を呼び寄せ、万全の体制で待ち構えることにしたのだ。

 もっとも、相手が危険だからという理由での全員対応ではない。差し向けられたワーカーチームの面々は、ほとんどが異世界転移してすぐの茶釜姉弟が世話になった人物達であり、一部を除いて接待対応することが決定されている。具体的にはユグドラシル時代、外部の知人友人らに体験版的なダンジョンアタックを楽しんで貰ったときの手法を使うのだ。三階層までの迷路を満喫して貰ったり、第六階層に転移させてPVPするなどである。ただ、調子に乗って何度も押しかけられては困るので、少しは怖い思いをして貰わなければならない。その上で、彼らと面識のある茶釜姉弟が、ナザリックの関係者であると明かすなどして、平和的にお帰りいただくという寸法だ。

 

(茶釜さん達のカミングアウトについては、タイミングが早まるかもな~)

 

 茶釜姉弟がナザリック関係者だと明かす件については、弐式から情報の出し過ぎではないかとの意見が出ている。しかし、茶釜が「大方は無事に帰す前提だし? 今後も付き合いがあると思うのよね。だったら、あの人達の口からナザリックや皆に向けての悪口なんて聞きたくないし~」と言ったことで、弐式は意見を引っ込めていた。

 

「予定ならば、まずは来客の『歓迎』に向けての準備だな」

 

 表層部の墓地にある金目の物品を回収。さらに、第一から第三階層までを自由に通路改編できるよう、ペロロンチーノ及びシャルティアと打ち合わせを行う。最後に第六階層でのPVPだが……。

 

「冒険者チーム漆黒として活動していない建御雷さんとタブラさん。それにブルー・プラネットさんが出ると言ったところか」

 

「む~、私達は出番が無いんですね」

 

 ルプスレギナが口を尖らせている。彼女としては、例え『お客さん扱い』であっても、ナザリックに乗り込んでくる者の前に立ちはだかりたいという気持ちがあるのだ。これは他のNPC達も同じのようで、アルベドやデミウルゴス経由で迎撃隊に加わりたいと申し出る者が続出している。とはいえ、アルベド達から「茶釜様達が恩を受けた相手」と聞かされるや、皆畏まって申し出を取り下げていた。

 

「……戦闘メイド(プレアデス)では、ユリやシズに出番があったかな。ルプスレギナの場合は、私と外に出てチームを組むことが多いから……出ない方が良いだろうな」

 

「そうですか……。でも、アインズ様と一緒……ニヒヒ……」

 

 それまでメイドとして振る舞っていたのが、急に崩した笑い声となったのでモモンガは足を止めてルプスレギナを見た。

 

「そう言えば、先程までの口調は久しぶりに聞いた気がするな」

 

「それは何と言いますか……」

 

 ルプスレギナが言うには、場所柄を弁えているとのこと。モモンガからは素の口調の方が好みだと聞かされているが、それを通すには他の僕達の視線が痛いのだ。そして素の口調は、楽は楽なのだが……ナザリックの僕として生まれた以上、ルプスレギナには『至高の御方』に傅きたいという欲求があるらしい。

 

「真面目なのと、気楽にしているの。自分は、どちらも気に入ってるんですけどね」

 

「ふむ……。ある意味で少し俺達と似ているな……」

 

 モモンガ達は、異形種であり続けると精神が異形の方向へ引き寄せられる……と同時に、大いに発散ができた。一方、人化することで一気に人の心を取り戻せるが……本性である『異形』が封じられることでストレスが溜まり、徐々に異形種の精神に引き寄せられる。そこで異形種化して、ストレス発散し……の繰り返しだ。こまめに人化と異形種化を繰り返してバランスを取りたいところだが、どちらかで居続けられないことで今度は『発狂ゲージ』が蓄積される。この発狂ゲージは精神安定系のアイテムで解消できるため、今のところモモンガ達は精神的に落ち着いていた。

 そのことを思い出してモモンガは納得する。自分達の体質と、ルプスレギナの感じるストレスの有様が似ている気がしたからだ。が、ルプスレギナはキョトンとしている。よく解らないのだろう。

 

(さっきまでは美人……って感じがしてたのに、今は可愛い感じだな……)

 

 考えてみれば、アルベドや茶釜にも『出来る女性』と『可愛らしい女性』の二面性があるようだとモモンガは思った。そして、それは彼女らに限ったことではなく、すべての女性が同じなのではないか……と最近になって思うのだ。今のルプスレギナの変化を見ただけでも、モモンガは思いを新たにしている。

 

(けど、それは俺が気づいてなかっただけで、当たり前のことだったのかもな……)

 

 自分の童貞さ加減は根が深い。

 そう思うと情けない限りだが、これから自分の『男』を磨けば良いだけのこと。磨き上げられる自信は無いが、やる気が無いよりマシだろう。

 

「ま、いいか。いいとも、ルプスレギナ。俺は砕けたお前も、メイドのお前も好きだからな……」

 

 そう言ってルプスレギナの頭に載せたモモンガは、すぐに手を離すと再び歩き出した。後方にはルプスレギナが一人残される。放置されたのではなく、動けずに居たのだ。

 真っ赤になったルプスレギナは、震える手で帽子越しに頭を押さえている。モモンガの手は既に無いが、先程の感触はまだ残っていた。

 

「あ、アインズ様……。今の一言と頭ポンは強烈すぎっす。破壊力ヤバいっす……」

 

 周囲にギルメンが居たら、「モモンガさん……あれ素でやってるのか?」と驚愕したであろうシーンだが、モモンガ本人は(まさ)しく素でやっているので自分が何をしたか気がついていない。

 ルプスレギナは、溶け落ちそうな腰に力を入れて歩き出したが、モモンガに追いつくよりも先にモモンガが歩みを止めた。

 

「ヘロヘロさん? どうかしましたか?」

 

 <伝言(メッセージ)>がヘロヘロから届いたことで、モモンガは歩みを止めたのだが、どうもヘロヘロの様子がおかしい。

 

『も、ももも、モモンガさん! 大変、大変なんですよ!』

 

「どうしたんですか!? そんなに慌てて!?」

 

 現状、ナザリック大墳墓には合流済みのギルメンが全員集まっている。総勢で八人だ。一〇〇レベルの階層守護者だって居るし、その他の戦力も強大。大抵の敵が押し寄せたところで、すぐに押し切られるということはないはずだが……。

 

(思い当たるのは、帝国派遣のワーカー隊か……)

 

 ただ、それは戦力的に問題とならない。ただ近くに来ている侵入予定者というだけのことだ。あるいは、そのワーカー隊に何らかのイレギュラーが生じたのかとモモンガは考えたが、ヘロヘロの声が誰かと話し合っている様子だったので耳を澄ませる。

 

『え? あ、はい、聞いてみます! モモンガさん! ルプスレギナは、そこに居ますか!?』

 

「え? ええ、一緒ですが?」

 

 返事しつつ後方を見ると、異常を察したのか険しい表情のルプスレギナが駆けてくるところだった。

 

「ヘロヘロさん、ルプスレギナに関係あることなんですね?」

 

『とにかく二人で円卓まで来てください! 大至急です!』

 

 <伝言(メッセージ)>が途切れる。モモンガは、こめかみに指を当てたまま口を開閉したが、手を下ろしてルプスレギナに向き直った。

 

「円卓に行くぞ? どうやら、お前にも関係があるらしい」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓内は、階層間の転移ができない。とはいえ、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用すれば、玉座の間以外は転移可能となる。モモンガは、ルプスレギナに指輪を貸し出そうとしたが、同じフロアなら転移は可能であることを思いだし、<転移門(ゲート)>を発動させて移動した。<転移門(ゲート)>の暗黒環を抜けると、そこは円卓であり、すでにモモンガ以外のギルメンが揃っている。全員が異形種化しており、壁……モモンガの席の対面側に設置された遠隔視の鏡を凝視していた。室内にNPCは誰も居らず、モモンガと共に転移して来たルプスレギナのみとなるらしい。

 

「ヘロヘロさん? いったい何があったんですか?」

 

 席に着いている古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)に話しかけると、ヘロヘロがモモンガを振り向く。

 

「ナザリックに戻ってた弐式さんが、分身体を出して調べてたんですけどね……。あれを見てください」

 

 見るように言われたのは遠隔視の鏡だ。そこには野営の準備をするワーカー隊の姿が映し出されていた。まだ昼を過ぎて少したった時間帯なので、拠点としての野営準備をしているのだろう。恐らく、今日の夜にはナザリックに侵入してくるものと思われる。しかし、ヘロヘロが見ろと言いたかったのは、そういう事ではなく、今映し出されている人物だ。

 双剣の男と、戦斧を持つ小男。その二人をサーベル一本で軽くあしらっている人物。その気むずかしそうな顔に、モモンガは見覚えがあった。元の現実(リアル)ではオフ会で見た顔だ。

 

「べ、ベルリバーさん!?」

 

「彼だけじゃないですよ」

 

 ブルー・プラネットが言うと、操作役のタブラが遠隔視の鏡の視点を変える。次に映し出されたのは、魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われる金髪の少女と話す……ニヒルな男性剣士だ。

 

「こっちは獣王メコン川さんですか……。あっ……」

 

 気がつくと隣で立つルプスレギナが、滂沱(ぼうだ)のごとく涙を流していた。

 

「獣王……メコン川様……。獣王メコン川様! 私です! ルプスレギナ・ベータです! お待ちしていました! 心配してました! ずっと、貴方様に何かあったのではと! 獣王メコン川様ぁ!」

 

「落ち着け! ルプスレギナ!」

 

 遠隔視の鏡に駆け寄ろうとしたルプスレギナを抱き留め、彼女の耳元でモモンガが叫ぶ。

 

「遠隔視の鏡に駆け寄ってどうする! メコン川さんは外に居るのだぞ!」

 

「う……あ……」

 

 藻掻いていたルプスレギナが急激に力を喪失した。ガクリと項垂れた姿は見る者の心を痛くさせる。『戻って来た』創造主を目の当たりにしたNPCの衝撃とは、それほどに大きなものなのだ。

 

「落ち着いたか? ルプスレギナ?」

 

 動きを止めたものの、今度は特に反応しなくなったルプスレギナ。その彼女をモモンガは覗き込むが、俯いたルプスレギナから次のような言葉が発せられ、彼は硬直する。

 

「アインズ様……。おっぱい掴んでるっす……」

 

「なっ!? ……ふう」

 

「「「「「「「なにぃいいいいいいい!?」」」」」」」

 

 驚愕したモモンガは精神の安定化を生じさせたが、そこから復帰するよりも先に、居合わせたギルメン全員が絶叫した。

 

「も、モモンガさん! それは事案ですよ! じあ、へぶっ!?」

 

「事案云々は、お前が言えたことかぁ!」

 

 黄金仮面に両手を当て、ペロロンチーノが立ち上がろうとした……が、すぐさま茶釜によって張り倒されている。

 

「モモンガさん達、仲が良いですね~。俺もソリュシャンの胸とか触ってみようかな~。あ、弐式さんのところは、どうなんですか?」

 

「ボチボチですよ。ヘロヘロさん。そうだな~、俺もナーベラルとデートしたいかな~。でへへ……」

 

 一方、ヘロへロと弐式がテーブル越しに語り合っているが、弐式の隣りで座る建御雷は、我関せずとばかりに腕を組んで瞑目していた。残るギルメンは、タブラとブルー・プラネットであるが……。

 

「タブラさん……。ひょっとして録画してますか?」

 

「もちろんですよ。『思い出に残るナザリックの情景』とでも言いますかね~。後で合流する人達にも見せなくちゃ。さしあたり、ベルリバーさんとメコン川さんかな~」

 

 愉快そうにタブラが肩を揺すり、それを見たブルー・プラネットは帽子のひさしを下げようとした。が、樹人であるため動かないことを思い出し……溜息をつく。

 

(その分、俺のアレが見られる機会が減るならな……。それはそれで都合がいいか……)

 

「なっ……あっ……」

 

 これら様々な反応を示すギルメンらを前に、モモンガは呆然となった。だが再び精神の安定化が発生し……そのことで我に返ったモモンガは、サッとルプスレギナから身を離している。

 

「す、すまないな。皆の目がある場でするべき行為ではなかった。謝罪させて貰おう」

 

「謝罪なんてとんでもない! アインズ様なら、いつでも触っていただいて大丈夫です!」

 

 ルプスレギナが自身の双丘を持ち上げて言うので、モモンガは精神安定化を発生させた。

 

(うっ! ふう……)

 

 もちろん、今のルプスレギナの発言は室内のギルメンに聞こえている。ペロロンチーノや弐式は叫びかけた……が、「へっくしょーい!」と、わざとらしいクシャミによって場が一気に静まりかえった。

 

「う~い。あんまり騒がしいもんだからクシャミが出ちった。ごめんね!」

 

 おどけた口調で言う茶釜だが、その発する威圧感は恐ろしく怖い。腰を浮かしていたペロロンチーノと弐式が座り直し、モモンガはそそくさと自分の席……ギルド長の席へと移動している。なお、ルプスレギナはモモンガの席の左斜め後ろで待機だ。ギルメンの空き席に座るように言っても聞いてくれないので、魔法で椅子を出そうとしたが、これも謝絶されている。

 

「こういう時、メイドは立っているものなんです」

 

「そ、そうか……」

 

 飲食不要となるアイテムを装備しているから、立ち疲れすらしない。休みなしで働き続けることが可能なのだが、それはどうかとモモンガは思う。しかし、今は画面に映るメコン川達のことが優先だ。

 

「それで……あの二人は、あそこで何をしてるんですかね?」

 

 皆に話しかけるが、モモンガの目は弐式に向けられている。ギルドでトップクラスの探索役、弐式炎雷。最初に二人を発見したのが彼なら、他にも知っていることがあるだろう。

 

「皆さんは、弐式さんから話を聞いた後ですか?」

 

 続けて問うと、弐式以外の者が首を横に振る。弐式の説明によると、メコン川達を発見した際、弐式本体の近くには建御雷が居て「皆を集めるんだ!」と主張した。それにより、まずは手分けしてギルメン全員に招集を掛けたのだ。従って、他の者達も集まったばかりで何も聞いていないのである。ちなみにヘロヘロは、建御雷からの要請でモモンガに<伝言(メッセージ)>をしたらしい。

 

「モモンガさん。俺の分身体が、メコン川さん達を発見したところまでは話したよな?」

 

 弐式は、二人を発見したが接触はしていないとのこと。後は<伝言(メッセージ)>を試したものの、繋がらなかったらしい。接触しなかった理由は、建御雷にギルメン招集を優先させられたこともあるが、メコン川達がナザリックに侵入しようとする者達と同行していることも大きかった。何故、行動を共にしているのか。

 

「はい! メコン川さん達は誰かに操られてて、ナザリックに侵入しようとしている!」

 

 ペロロンチーノが挙手しつつ意見を述べる。その可能性は考慮するべきだろう。かつて、ユグドラシルには洗脳系アイテムが存在した。クレマンティーヌ情報によると法国にも存在する(しかも世界級(ワールド)アイテムであるらしい)そうだから、洗脳の可能性は大いにある。実のところ、モモンガ達は洗脳系世界級(ワールド)アイテムの対策として世界級(ワールド)アイテムの携帯を考えたことがあった。しかし、今ならまだしも、ギルメン数が増えていけばギルド所有の世界級(ワールド)アイテムの数は足りなくなる。そうなると、外出する人数を絞るしかない。だが……これまで方針決定を先送りにしていたのだ。先送りにしていた理由は、建御雷の「やられるときは、どんなに警戒しててもやられるもんだ。いちいちビビっててどうする」という主張が通ったことによる。

 

「なるほど、洗脳ですか。そうかもしれませんね。そうでないとしても、今後は対策を講じておくべきでしょう」

 

 そう言ってモモンガが建御雷に視線を送ると、建御雷は面白くなさそうに視線を逸らした。それを見たモモンガは胃のあたりで痛みを覚えたが、何もしないわけにはいかない。最低でも洗脳系アイテム……それも世界級(ワールド)アイテムの攻撃を受けても大丈夫なようにしておくべきだろう。

 

(洗脳攻撃の対策に絞るなら、身代わりアイテムを持っておけば良いだけの話だから……。世界級(ワールド)アイテムを携帯するほどじゃないんだけど……。それでも心配は尽きないな……)

 

 単体狙い撃ちの洗脳攻撃なら、例え世界級(ワールド)アイテムが相手でも身代わりで充分だ。しかし、ユグドラシルにおける世界級(ワールド)アイテムは二〇〇種ある。世界級(ワールド)アイテム以外で対抗できる世界級(ワールド)アイテムの方が、数は少ないのだ。すべてに対応するには、やはり世界級(ワールド)アイテムの個人携帯しか手はないだろう。

 

(……建御雷さんが言ったように、ある程度諦めて行動するしかないか?)

 

 ユグドラシル時代は、そうしていた。誰かが洗脳されたとしても、敵ごと倒してしまえば後で蘇生させるだけの話だからだ。しかし、それをで『ユグドラシル世界が現実化した』ような転移後世界でもできるかと言うと、かなり難しい。ゲームとは違って本当に命が掛かっているからだ。

 

(一度にナザリック外へ出る人数を絞るか、ある程度は仕方ないとして諦めるか……)

 

 モモンガとしては前者を採用したいが、他のギルメンが外で楽しくやっている間、ナザリック地下大墳墓で居るというのも精神的によろしくない。遊戯施設などは存在するが、やはり居残ることによるストレスは皆無ではないのだ。

 

「んっ?」

 

 気がつくと、皆の視線がモモンガに集まっている。どうしたのかと思い、視線を巡らせれば……タブラが挙手していた。

 

「あ、これは気がつかなくて! タブラさん、どうぞ!」

 

 慌てて発言を促すと、タブラが挙げていた手を下ろす。

 

「モモンガさん。一人で悩むことはないですよ。ギルメンは私や他にも居るんだから、気軽に相談してくださいね? さて、ペロロンチーノさんの意見も踏まえてのことなんだけど。私としては、やはり接触を試みたいところだね。それが手っ取り早いし……」 

 

 タブラの提案によると、弐式の分身体を使用するのが安心確実とのことだ。

 

「弐式さんは、下手に接触してメコン川さん達が暴発するのを危惧したんでしょうけど。私としては、まずは接触することが必要だと思うね」

 

 接触したことで、メコン川とベルリバーが敵に回ったとしよう。彼らが本物か偽物か……という問題もあるが、本物だとしても今居るギルメン全員でかかれば苦もなく倒せる。接触した結果、敵意もなく正気であり……ナザリックに合流するのが目的だと判明すれば、それはそれで万事めでたしだ。

 このタブラの意見を受けたモモンガは、弐式分身体による接触について他の意見を求めたが、特に反対意見は出なかった。こうして、タブラの意見が採用され、弐式分身体による接触が行われることとなる。

 

「念のために二人か三人、ギルメンにはナザリックに残って貰いましょう。そして、出向くギルメンには世界級(ワールド)アイテムを携帯して貰います。ただし、世界級(ワールド)アイテム以外での攻撃が予想されますので、様子がおかしいと思ったら即時撤退ということで……」

 

 モモンガの取り纏めに皆が頷いた。そして、外に出てメコン川達の元へ向かうのは、弐式、茶釜、タブラの三人となる。モモンガも加わりたかったが、外に出たメンバーに何かあったとき、残った者を取り纏めて貰わなければと……他のギルメン全員の反対にあって却下されていた。

 そうして大筋で話がまとまり、アルベドとデミウルゴス、それにパンドラを呼んで詳細な打ち合わせを行おうとしたところ……ルプスレギナが発言する。ギルメン同士の会話に口を挟むのは、ナザリックの僕として有り得ない行動だが、この時のルプスレギナは構わずに口を開いていた。

 

「あの……アインズ様? 獣王メコン川様と……戦われるのですか?」

 




 日曜の1日で書きました。
 正確には朝8時に書き始めて、休憩等を挟みつつ19時ぐらいに書き上がり……でしょうか。今から数回ほど読み返す(誤字チェック)ので、投稿できるのは20時くらいかな~。それでも無くならない誤字……うごご……。

 次回あたりから、2週間に一度の投稿になるかもしれません。たぶん、そうなります。
 4月以降は、もっと厳しくなるかも。
 異動時ですが残留したらしたで忙しいし、異動してたら更に忙しいし。
 今、半グレ系のクレーマーに絡まれてるのもあるかも……。

 さて、マーレが不穏な感じです。将来的には茶釜さんのお婿さんに収まって貰いたいですが、本編で茶釜サンにアタックするかは未定です。
 冒頭の第六階層でのシーンは当初書く予定はありませんでした。
 しかし、ここで書いておかないと、茶釜さんの『交際報告』が遅れるか、サラッと流してしまう感じになるので、敢えて挿入しました。これがなかったらメコン川さん達に接触するところまで書いていたかもですね。

 メコン川さん達の発見についてですが。
 当初は、思わぬ進撃速度で階層踏破されたことで、焦ったモモンガさん達が侵入メンバーを確認したところ……という感じで発見されることを考えていました。しかし、間近まで来たら弐式さんが調べに行くだろうと思ったので、本文のような展開になっています。


<誤字報告>
ARlA さん、リリマルさん

 毎度ありがとうございます。

 今回、特に自信が無いです……。


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第69話

「あの……アインズ様? 獣王メコン川様と……戦われるのですか?」

 

 左斜め後方からのルプスレギナによる視線。それがモモンガに突き刺さった。モモンガの感覚としては、後頭部の左側に視線を感じている。メコン川との戦闘の可能性。場合によっては戦闘になるだろうし、メコン川達の抵抗の度合いによっては……殺すところまで行くかもしれない。それをストレートに伝えて良いものかモモンガは迷ったが、すぐに奥歯を噛んで気合いを入れ直した。

 

「戦うかは状況に依るな。先程、ペロロンチーノさんも言っていただろう? メコン川さん達が洗脳されている恐れも……」

 

 そうやって説明していくのだが、ルプスレギナの曇った表情は中々晴れない。席で座ったままのギルメン達も、何事か……とモモンガ達を見てくる。更に説明を続けていると、アルベドとパンドラズ・アクターが円卓の間に転移してきた。この二人にはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡してあるので、<伝言(メッセージ)>を受けるなり転移してきたらしい。モモンガが目の端での視線を向けたところ、「何事かあったのでしょうか?」とアルベドがタブラに質問しているのが見える。アルベドの後ろにはパンドラが立っているのだが、こちらは顔をモモンガの方に向けているのみだ。

 

「……というわけでな。戦うというのは最悪の事態での話だ。その場合でも、可能な限り取り押さえる方向で努力するので、ルプスレギナは心配しなくてよろしい」

 

 説明終了。後はルプスレギナが納得してくれるのを祈るばかりだが、ルプスレギナは一瞬モモンガから目を逸らした後、潤んだ瞳を向け直してきた。

 

「アインズ様! 派遣される至高の御方と同行することを、お許しください!」

 

「むう、それは……」

 

 気持ちはわかるのだが、いざ戦闘となると巻き込まれる恐れがある。ましてや発生する戦闘は一〇〇レベルプレイヤー同士の戦いだ。ルプスレギナでは耐えられないだろう。

 

(足手まといだが……)

 

 創造NPCの居ないベルリバーならともかく、獣王メコン川が相手ならルプスレギナの同行する意味合いは大きい。洗脳されている場合は精神的な揺さぶりが期待できるし、正気であれば早々に創造主と被創造NPCの対面が叶うことになる。

 

(連れては行くが、姿を隠した上で後方待機。これだな!)

 

 モモンガがよく使用する完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)。これは他者には掛けられないが、下位の姿隠し系魔法は存在するし、幾つかのアイテムを併用することで完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)に迫る効果が期待できた。そこまでやれば、魔法剣士であるベルリバーの目も誤魔化せることだろう。

 

(メコン川さんも少しは魔法を使えるけど、必要最低限のレベルだからな。問題なしだ)

 

 概ねの方針を決めたモモンガは、ルプスレギナを同行させることを提案した。勿論、先程考えた段取りを含んでの提案である。これに対し、ギルメンからの異議は無く、満場一致で採用となった。

 

「弐式さん、茶釜さん、タブラさん。ルプスレギナを頼みます」

 

 そう言ってモモンガが頭を下げると、左後方のルプスレギナが慌てた……が、右後方位置に移動していたアルベドに視線で黙らされている。

 

「任しといてよ! いざとなったら俺が分身体を山程出して、ルプスレギナの撤退のアシストをするからさ!」

 

「何か攻撃が飛んできても、私が防いでみせるしね~。ギルド一の盾役、お忘れなく~」

 

「まあ、あれですよ。モモンガさんの彼女ということは、アルベドの妹みたいなものですから? 私の娘みたいな存在でもあるでしょ? もし、手を出したら~……」

 

 弐式と茶釜が快く請け負い、最後にタブラが思うところを述べるが、それが何とも怖いのでモモンガ達は「ひえっ」と身を引いた。

 

(「……弐式よ。展開次第では、メコン川さん達……焼かれるな」)

 

(「トカゲの黒焼き風にね……」) 

 

 建御雷と弐式の囁き声が聞こえてくる。「そのままアイテムの材料にされるんじゃないか?」などといった内容も耳に届くが、同じく聞こえているはずのタブラは平然としていた。先程の発言は、何処まで本気だったのか。それを思うだけで、モモンガは腹部に手を当てたくなる。

 

(う~む。ギルメン間のピリリとした緊張感。ユグドラシル時代を思い出すなぁ……。できれば、再び味わいたくなかったけど!)

 

 この会議の間だけで、モモンガの胃はどれほどダメージを負ったことだろう。異形種化していて、胃自体は消え去っているのだが、精神的なダメージは『胃』で感じてしまうらしい。

 

(ありもしない胃で胃痛を感じるって、これ、どうなの!?)

 

 アンデッドにも効く胃薬。そんなものが宝物殿にあっただろうか。あるいは人化して上級ポーションでも飲めば、この胃痛から解放されるのだろうか。尽きない悩みではあるが、モモンガは頭を振って強引に忘れると、遅れて入ってきたデミウルゴスも交えて派遣メンバーを再検討するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一〇〇レベルプレイヤーとの戦闘を前提に、派遣チームを組む。

 そうなると、呼ばれはしたもののアルベドは純然たる戦闘者ではない。居残りのギルメン組と共に、ナザリック地下大墳墓の指揮に回ることになるだろう。デミウルゴスとパンドラが交互に発言し、弐式達が撤退するとなったときの支援態勢について提案していく中、アルベドは音も無く移動してルプスレギナの隣に立った。そして、ルプスレギナの頭部に口を寄せて囁く。それは、すぐ目の前のモモンガにも聞こえないくらいの小さな声だ。

 

(「ベルリバー様と……貴女の創造主様の、獣王メコン川様……。お戻りになったのね……。おめでとう、ルプスレギナ。貴女だけでなく、ナザリックの僕にとって至上の喜びだわ」)

 

(「はい! ありがとうございます! 凄く嬉しいです!」)

 

 声を大きくするわけにはいかない。だが、表情は最大限に輝いている。そんなルプスレギナに、アルベドはフワリと微笑んで見せた。

 

(「先程、タブラ様が仰ってたけれど、貴女と私でアインズ様の伴侶となったら、(わたくし)達は姉妹のような間柄になるのよね。(わたくし)が姉……なのかしら? 姉としては、今回のこと応援してるわ」)

 

(「あ、ありがとう……ございます」)

 

 いつになくアルベドが優しい。そう感じたのか、ルプスレギナが口ごもる。もっとも、アルベド側としては当然の接し方なのだ。こうして『他の恋人』に対して友好的に振る舞うことで、モモンガや他の至高の御方に対する心証アップを狙える。勿論、恋人つながりの姉妹として、ルプスレギナには親愛の情もあるのだから……。

 

(優しさも全部が嘘ではないわよね~。色々とやらかしそうだから、目を離せないのが困りものだけど……)

 

 アルベドにとってのルプスレギナは、手のかかる妹と言ったところだろうか。戦闘メイド(プレアデス)では長女格のユリ・アルファ。彼女の気苦労が、少しは理解できたような気がする。

 

(「あのう、アルベド様?」)

 

(「何かしら?」)

 

 幾分おどおどした視線。それがほんの少し高い位置から向けられ、アルベドは笑顔で応じた。ルプスレギナは言う、「姉として接していただけるのは嬉しいっすけど。それで、その……守護者統括としては……どうなんでしょうか?」と。素の口調が、途中で丁寧なものに変わっているが、それだけに不安ということだろう。身内としてではなく仕事上はどうなのか……。この質問に対する回答は、アルベドの中で既に決まっている。

 アルベドは……ニッコリと微笑んだ。

 

(「至高の御方に対して~、強く誓願するだなんて~……万死に値するわぁ~」)

 

 歌うように言っているが、内容は大いに厳しい。ルプスレギナは声も無く顔を引きつらせた。そこにアルベドが追撃をかける。口調は朗らかなままなのだが、それがまた怖さを倍増させていた。

 

(「本当なら 餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)に頼んで、下腹を重点的に『別荘化』して貰うところよ。発言には気をつけることね?」)

 

 餓食狐蟲王は、ナザリック地下大墳墓の第六階層……蟲毒の大穴にて領域守護者を務める者だ。五大最悪の一柱で『外見最悪』としても知られている。寄生虫の芽殖孤虫(がしょくこちゅう)をモチーフとしており、主に拷問から一歩以上踏み出した『永く続く苦しみ』を担当するNPCだ。彼によって『巣』にされると、対象者は体重が増えるという……。想像以上、もしくは想像どおりのレベルでアルベドを怒らせていたと知り、ルプスレギナは身を震わせた。

 

(「と言うか、さっきの発言を聞いたのがシャルティアで、他に誰も居ない状態だったら……あなた、危なかったわよ? 至高の御方や(わたくし)が居たら、庇うこともできるけど……。本当に気をつけなさいね?」)

 

 重ねて注意を受け、ルプスレギナはカクカクと頷く。

 これだけ言えば当分は大丈夫だろう。そう判断したアルベドは、元の立ち位置へ戻った。横目で確認すると、ルプスレギナは心臓を掴まれたような顔で息を呑んでいる。

 

(さっきの話、無理があるのだけど……。気がついていないみたいねぇ)

 

 『聞いたのがシャルティアで、他に誰も居なければ』という、この前提が既におかしいのだ。この場合だと、その場にはルプスレギナとシャルティアと、他にもう一人……ルプスレギナから誓願された至高の御方が居るはず。アルベドが思うに、多少の誓願なら今居る至高の御方で目くじらを立てるような人物は居ない。それがモモンガだろうとペロロンチーノだろうと、誰であっても聞くだけは聞いてくれるだろう。勿論、シャルティアが居合わせて激昂したとしても宥めてくれるはずだ。

 

(そもそも、至高の御方に対して、軽々しく誓願なんてするべきではないのだけどね)

 

 そう声に出さず呟くと、アルベドは反省している様子のルプスレギナを見て、小さく舌を出すのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そんなわけで……やって参りました! ワーカー隊は、ほら目の前! 遮蔽物がない街道で、ここに居る我々に、まったく気づいていません! 呑気な様子です!」 

 

 先頭の弐式が、しゃがみながら後方のメンバーに振り向き囁く。その囁きぶりを立ったまま見守るギルメンら……中でもタブラは、元の現実(リアル)換算で言えば一〇〇年以上前に存在したテレビ番組のことを思い出していた。

 

(ギルメンの誰かが、最古図書館にデータを入れてたんだっけ。女性芸能人の寝起きを観察するとか……。そのコーナー・レポーターの囁きに似てる~)

 

 囁いてると言っても、それなりに大きな声である。だが、数十メートル程先で居るワーカー達は気づく様子がなかった。それもそのはず、弐式は特殊技能(スキル)で完全に姿を消していたし、声も特殊技能(スキル)によって仲間にしか聞こえない。タブラに茶釜、お供として付けられたパンドラズ・アクター達も、魔法やアイテムの効果でほぼ完全に姿を消しているのだ。ちなみにパンドラは、必要に応じてウルベルトに擬態……使用可能な高位の攻撃魔法をバラ撒いて撤退の補助を行う役割だ。

 

「パンドラズ・アクター。連れ出しちゃって、ゴメンね~。アルベドの代行は終わったんだから、宝物殿に戻りたかったでしょ? それとも、モモンガさんのお付きの方が良かった?」

 

 茶釜(異形種化中)が、自分の右隣で身を潜めているパンドラに言うと、黄色い軍服姿のパンドラは首を横に振った。

 

「至高の御方の御命令っとあらば! このパンドラズ・アクター。全身全霊を掛けて遂行する所存。ぶくぶく茶釜様には、どうかお気遣い、んん! 無きよう願いまっす!」

 

 モモンガから『身内相手の芝居がかった物言い禁止令』が出ているので、パンドラの口調がいささか硬い。しかし、節々でテンションが高いため、色々と台無しである。もっとも、合流したギルメンらは当初こそパンドラを見て面白がっていたが、『オーバーアクションとハイテンションを芸風にしている』と考えた結果……。

 

(黒歴史と思うほどヒドくないんじゃないの? モモンガさん?)

 

 と思うようになっていた。

 ナザリックの僕達は人間蔑視が強く、基本的に沸点が低い。ところが、このパンドラズ・アクターは比較的温厚だ。そして知能は高く、能力は汎用性に富む。相談すれば話を聞いてくれるし、ある意味、ナザリックではトップクラスに頼れる僕なのだ。

 

「ああ、居ますね。ベルリバーさんと獣王メコン川さん」

 

 タブラの呟きにより、皆の視線が馬車二台を中心とした拠点に向けられる。現在、護衛の金級冒険者らが周囲を警戒し、ワーカー隊の各チームは、馬車外で思い思いに休息を取っているようだ。何人かは馬車の荷台に居るようだが、ベルリバーとメコン川に関しては馬車の外に居る。

 ベルリバーは槍使いの老人と手合わせ中で、メコン川は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見た時と同じ、魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女と馬車の近くで立ち話に興じていた。

 

「獣王メコン川様……」

 

 ギルメン三人は「さあ、どう接触しようか?」と、割りと気楽な構えで居るのだが、誓願してまで同行したルプスレギナは真剣である。何しろ、この後の展開によっては創造主である獣王メコン川と戦闘になるのだ。生きた心地がしないという言葉は、今のルプスレギナのためにあると言って良い。このルプスレギナの呟きによって、一気に気が引き締まったギルメン達。中でも弐式は、軽く咳払いをして行動開始を告げる。

 

「じゃあ、俺が分身体を出してメコン川さんに接触してみるよ。上手く行ったらベルリバーさんを呼んで貰って、街道外の林で話し合おう」

 

 弐式が言うのは、街道脇に見えるちょっとした規模の林だ。都市間の街道ではよく見られる光景で、林や森の中には水場があることが多い。そして、こういった場所にはモンスターが潜んでおり、街道移動する商隊を襲撃したりするのだ。弐式が会談の場とした茂みにもゴブリンやオーガーが居たのだが、事前に『処理済み』である。

 

「ニンニン!」

 

 弐式が印を組んで呟くと、彼の右隣に同じ姿勢でしゃがむ弐式が出現した。これが弐式の分身体である。本体よりは格段に戦闘力が落ちるものの、分身体ごとに弐式の人格が宿っていて後で記憶を統合することも可能だ。

 

「弐式さん、今の掛け声……必要なの?」

 

「き、気分の問題なんですよ、茶釜さん。ですよね? タブラさ~ん?」

 

 ジト目で見てくる茶釜の視線が痛い。言い訳しつつ弐式がタブラに救いを求めると、タブラは幾度か頷いてから茶釜に向き直った。

 

「肩の力を抜くという意味では必要だと思いますね。この後で戦闘になっても大丈夫なよう、準備はしてあるんですから。ここは気にしない方向で……」

 

「タブラさんが、そう言うなら……」

 

 あっさり納得する茶釜だが、この展開に弐式は衝撃を受けている。

 

「「馬鹿な……。俺が言い訳したときは納得してなさそうだったのに……」」

 

 弐式は、分身体と二人で落ち込んだ。

 弐式とタブラに対する、茶釜の対応差。これは普段の言動による印象差が大きいことによる。タブラも弐式も興が乗ると暴走したりするが、年の功もあってかタブラの方が信頼度が高いのだ。加えて言えば茶釜にとって、タブラと弐式はペロロンチーノ寄りのポジションであり、弐式の方が一歩……いや数歩分、ペロロンチーノ寄りと認識されている。

 

(手の掛かる弟ポジと、手の掛かる年長者。……そりゃあ、タブラさんの話に耳を傾けるわよ。ま、丁度いいタイミングだったしね)

 

「言ってみただけだから。気にしないの」

 

「む~……まあ、いいですけど~」

 

 若干口を尖らせているが、女性ギルメンと親しく会話するのは嫌ではない。しかも、相手は女性芸能人だ。今となっては、その肩書きに意味はないが、それでも弐式にとって茶釜は親切にしたい……仲良くしていたい異性であった。

 

(でも最近、モモンガさんと付き合いだしたらしいんだよね~……)

 

 気にしていた女性が遠のいたわけで、何となく口惜しい気がする。とはいえ嫉妬にまみれるほどではない。一夫多妻路線をひた走るモモンガだが、彼のことも嫌いではないし、友人としては建御雷と並んで最高の人物だからだ。それに、自分にはナーベラルが居る。ユグドラシル時代は、表情を動かすことも発声することもない、ただのゲームキャラだった。なのに今は怒って泣いて、そして微笑みかけてくれる。それも自分の理想を追求した女性キャラ……女性がだ。

 

(ナーベラルを思い出すだけで、幸せ気分になるとか……俺も安上がりだな~)

 

 少し考え込んで気が晴れた弐式は、分身体と顔を見合わせる。

 

「じゃ、行ってくるよ。本体の俺!」

 

「気をつけてな~、分身体の俺~」

 

 弐式同士で俺俺言い合っている様は、知らない者が見ればややこしい。しかし、同行している者達は初めて見るものではないので、特に驚いたりはしなかった。ともあれ、弐式分身体は鼻歌でも歌いそうな足取りで歩を進めていく。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「竜()突き!」

 

 竜狩りのリーダー、パルパトラ・オグリオンが武技を発動した。八〇歳の老人だが、使用した武技は四〇年以上前に彼が編み出したものだ。今では多くの冒険者達に使用されているが、さすがは元祖、その技のキレは見物している請負人達を唸らせるものがある。だが、凄まじい速さで繰り出される二段突きを、ベルリバーは最低限の動きで回避した。これを見た請負人らが、パルパトラの攻撃時よりも大きくどよめいている。

 

「う~わ、今の見たか? ()けた先に二段目を入れたのに……バリルベさん、スルッと躱したぞ?」

 

「ヘッケラン。汝なら今の動き……できるか?」

 

「無理言うなよ。躱して踏み込んだところへだぞ? 刺さるって」

 

 腰を下ろして語り合うのはヘッケランとグリンガムだ。パルパトラに先駆けてバリルベ……ベルリバーと対戦したものの二人纏めてあしらわれ、もはや悔しいという気持ちすら湧いてこない。二人の敗北を見たパルパトラが「()ぉれ。儂も一手揉ん()貰うとしようかの?」と対戦を申し出たが、ヘッケラン達はパルパトラの敗北を確信している。二人合わせて一撃もベルリバーに入れられなかったし、その強さは大いに感じ取っていたからだ。

 

「恐ろしいの。(かんか)えられん反応をしよる……」

 

 高齢により前歯のほとんどを喪失。そのことで濁点を発声できないパルパトラが、左手で額の汗を拭った。

 

「お主、儂の(うこ)きを読ん()か? それとも、見てから余裕()回避しとるのかの?」

 

「さて、どっちですかねぇ」

 

 ベルリバーは(とぼ)ける。本当は後者なのだが、それだと技術的には負けていると認めることになり……言いたくなかったのだ。

 

(レベル差で、余裕の対応ができてるけど……。この爺さん、PVPでの立ち回りとか上手くて参考になるわ~)

 

 このようにパルパトラの腕前を認めているので、ベルリバーは一気に終わらせるのではなく、手加減しつつ手合わせを引き延ばしていた。

 一方、獣王メコン川は、馬車の近くにて歓談中である。相手は左隣で立つフォーサイトの一員、アルシェ。魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、本当なら魔法剣士のベルリバーと話が合うはずだが、どういうわけか剣士色の濃いメコン川と話すことが多かった。

 

「俺なんかと話してて面白いかい? 魔法は少し使える程度だし、本当はこっちが専門でね?」

 

 腰に差した刀を人差し指で突きながら言うと、アルシェは首を横に振る。

 

「あなたの話は凄く面白い。剣士から見た魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦い方など、大いに参考になる。それに話しやすいし……」

 

 そう言うアルシェが小さく微笑むと、メコン川は口の端に笑みを浮かべたまま、刀の柄を突いていた指で頭を掻いた。

 

「んん~。俺、そんな話しやすそうに見えっかね? ほら、これ?」

 

 頭から離した右手。その人差し指が次に向かったのは、メコン川の口元……左端だ。

 

「こ~んなニヤけた、軽薄そうな男。こんなのと親しくしない方が良いんじゃないのかぁ? 若い娘さんがさぁ?」

 

 メコン川の人化した姿は、元の現実(リアル)で『人』だったときの姿と同じである。第三者から見るとニヒルに見える笑みだが、メコン川自身は『自分はヘラヘラしている』という認識だった。だからアルシェのような、中高生ぐらいの女の子に懐かれるのが良くわからない。

 

「軽薄そうな男がニヤついてるのは、チーム内で見慣れてる。それに、貴方の笑みは悪くない。か、格好いいと、思う……」

 

 最後に少し噛んで言い終えたアルシェは、少し頬赤くして俯いた。その反応を流せるほど鈍くないメコン川は、鼻の頭を掻くと、こちらもアルシェから目を逸らす。

 

「そうなのかなぁ?」

 

「……いい雰囲気のところ悪いけど……」

 

 声がした。

 それは頭上、少し斜め後ろ……馬車の幌上からのものだ。

 

(こんな近くまで!? 声をかけられるまで気配が掴めなかったぞ!? それに、今の声は……)

 

 聞き覚えがある声だ。

 メコン川は一歩進み出ると、キョトンとするアルシェが見守る前で、可能な限り自然な動作で背後を振り返る。どのくらい自然だったかと言うと、向き直りつつアルシェの前に立つのだ。これなら、進み出たその場で向きを変えるより自然である。

 

(あっ……あ~……)

 

 向きを変えながら視線で一瞬……馬車幌の上部を見たメコン川は、弐式炎雷の姿を確認した。本当なら声をあげるなりしたかったが、弐式分身体が人差し指を口元に当てているのを見て、小さく頷いている。

 

(アルシェが気がついてないってことは、俺にだけ見せて、声も届かせてるってわけか……)

 

 取りあえずアルシェらワーカーを巻き込む気がないと悟り、メコン川は弐式に気づかないフリをした。

 

シシマル(メコン川)? どうかした?」

 

「悪いな、アルシェ。話途中なんだが、その……アレだ。催しちまってな。向こうの茂みに行ってくるわ……」

 

 向こうというのは、幌上部で弐式が指差している街道外の茂みだ。そして、そこには茶釜達やルプスレギナも潜んでいる。無論、メコン川は茂みの中に誰が居るか等知らなかったが、とにかく、ユグドラシル時代の友人……の姿をした人物について行くことにした。

 

(ベルリバーさんは、爺様と手合わせしてるしな。後で良いか……。罠だとしても、二人纏めてどうにかされるよりは……)

 

 幌上部から飛び降りた弐式分身体について行くが、アルシェに手を振りながらベルリバーに目をやると、パルパトラの槍を躱しながら視線を向けてきている。メコン川は口端の笑みを濃くし、ベルリバーに向けて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 

「ベルリバーさん。返事はしなくていいから聞いてくれ。今な、弐式炎雷さんと会ってる」

 

 それまで視線だけ向けてきていたベルリバーが、顔ごとメコン川を見ているのが確認できる。平静を装っているのか、元より落ち着いたままなのか、表情自体に変わりはないように見えているが……。

 

「よそ見とは余裕じゃ(しゃ)の!」

 

 気を悪くしたらしいパルパトラが突きかかった。だが、見もせずステップで躱すあたりは流石のレベル差と言える。メコン川は、ベルリバーがパルパトラに向き直るのを確認してから、<伝言(メッセージ)>での会話を再開した。

 

「弐式さんが本物かは解らない。本物なら再度連絡するし、違ってて戦闘になったら派手に暴れるから、助っ人に来てくれ。以上だ」

 

『了……』

 

 短いが返事が聞こえる。それを聞いてメコン川は<伝言(メッセージ)>を打ち切ったが、その彼に弐式分身体が近づいてくる。歩くことは中断していないので、メコン川の右隣で歩く形だ。

 

「俺が偽者かも知れないとは……警戒してますね?」

 

「そりゃあ、こんな見も知らない異世界だ。知ってる顔だからって安心はしてられない。俺がヘマすると、ベルさんに迷惑がかかるからな……」

 

 ……。

 そのまま数歩、二人は黙って歩き続ける。再び口を開いたのはメコン川の方が先だった。

 

「そっちに何人居る?」

 

「まだ言えない。悪いけど、こっちもメコン川さん達を警戒してるからさ」

 

「ほ~う? 俺達のことを警戒? そっちが俺達を疑う理由ってのがあるわけか……」

 

 メコン川が、弐式に対して警戒心を抱いているのは、ユグドラシルの集合地で見た弐式と目の前の弐式が、同じ人物かどうか判断できないからだ。会話しながら、自分達と同じ理由で警戒しているのか……とも考えたが、どうも弐式の様子がおかしい。

 

「弐式さん。さっきから、ワーカー隊をチラ見してるな。連中に何かあるのかって……あ、ああ~、『遺跡』ってのはもしかして……」

 

 ワーカー隊の行動目的が、王国に出現した『謎の遺跡』の調査だとは聞いている。そして、そのワーカー隊を気にする弐式。これらの要素から、メコン川は一つの考えに行きあたっていた。

 

「ナザリック地下大墳墓も転移して来ている?」

 

「……正解」

 

 言葉少なに、弐式分身体が答える。マーレの活躍によって多少の偽装は施しているが、ワーカー隊……帝国に位置が知られた状態では、気休め程度の効果にしかならないだろう。どのみち王国側にも所在地は知れている。だから、これぐらいは教えても問題はないというのが弐式の判断だった。

 

「時にメコン川さん? 人化できるようになってるようだけど、自力? それともアイテムの効果? あと、探知阻害のアイテムなんかは持ってるの?」

 

「人化は自力だな。探知阻害のアイテムは持ってる。ベルさんも同じだ。装備に関しちゃあ二線級の物しかないな」

 

 メコン川とベルリバーでは、ベルリバーが一式分多く装備を持っていたり、メコン川はポーション類を多く持っていると言った具合で、統一性がなかった。ましてや、ユグドラシルでの集合地に居たときには持っていなかったポーションやアイテムも有ったりと、不可解な要素は多い。

 そういった事を話し合っている内に林へ到達したので、メコン川は弐式の後に続いて茂みの中へと入って行った。ガサガサと藪などを掻き分けて広い場所に出ると、そこには見慣れた異形……タブラ・スマラグディナと、ぶくぶく茶釜が居る。

 

「タブラさんと茶釜さんか」

 

「お久しぶりですねぇ。獣王メコン川さん」

 

 待っていたメンバーの中で、タブラが手を振って挨拶するが、メコン川は少し考えてからタブラに話しかけた。

 

「タブラさん。さっき、弐式さんから聞いたんだけど。俺達みたく、人化できるようになってるか? だったら、今ここで人化して欲しいんだが……」

 

「あ~、なるほど。それは良い考えだね」

 

 タブラが快諾する。メコン川は、自分の狙いをタブラが読み取ってくれたことに感謝した。ここへ来るまでの弐式との会話で、弐式が本人だと大まかに把握できている。口調と声が、ユグドラシル集合地で聞いたものと同じだからだ。後は、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の外部の者に知られていない情報を確認するだけ。例えば、タブラの素顔などである。

 

(拒否されたら面倒くさいことになったかもだが、タブラさんは流石だな……)

 

 そう考えている間にタブラが人化し、オフ会で見たことのある中年男性が目の前に出現した。芸能人である茶釜は別として、タブラや弐式は一般人。外部に顔と名前は知られていない。

 

「ギルド外に友人知人は居るだろうが……。これはまあ、なるほど。本物か……」

 

 このやり取りを見ていた茶釜も人化して見せ、メコン川はタブラ達が本物であると言う確信を強める。そんなメコン川に、今度はタブラが質問してきた。ナザリック地下大墳墓の調査を目的としたワーカー隊。そこにメコン川とベルリバーが加わっているのは、何か理由があるのか……という質問内容だ。この質問に対し、メコン川は包み隠すことなく話している。

 

「路銀稼ぎだよ。俺達は、『遺跡』がナザリック地下大墳墓だとは知らなかったからな。ワーカー隊に便乗して『遺跡』へ入って、金目の物を漁ろうとしてたんだ。が、ナザリックだって言うなら、俺達の私室があるはずで……モモンガさんが中のアイテムとか売ってなけりゃ、当面の資金に問題はないのかな?」

 

 当然と言うべきか、モモンガはギルメン達の私室には手を付けていない。メコン川やベルリバーの私室内は、引退時のままとなっている。

 

「そもそも、王国で活躍してるって言う『チーム漆黒』に会いに行こうとしてたんだが……。伝わってるチームメンバーの名前からすると、モモンガさん達も転移してるわけか……。あ、それとな……」

 

 メコン川は、漆黒メンバーの名前にルプスレギナの名があったことを思い出していた。ルプスレギナという名の人物が、メコン川の作製した戦闘メイド(プレアデス)……ルプスレギナ・ベータのことだとしたら……。彼の記憶するところでは、NPCはナザリック地下大墳墓から出せなかったはず。

 

「何か課金アイテムでもやりくりして、外に出したのか? いや、ユグドラシル仕様のままなら無理だよな? ギルメンの誰かが、ルプーの名を使って行動しているとかか?」

 

 最後の推測で行くと、モモンガという人物も、別なギルメンが偽名として使用している可能性がある。それ自体は上手い手だとメコン川は思うが、NPCのナザリック外運用に関しては確認しておきたかった。

 このメコン川の質問を聞き、人化しているタブラと茶釜が顔を見合わせ、次いで弐式分身体を見る。弐式分身体が無言で頷くと……タブラは、自分達の後方の茂みに向けて声をかけた。

 

「ルプスレギナ。出てきて構わないよ」

 

「あん?」

 

 メコン川は首を傾げたが、タブラの後方で茂みがガサリと音を立てたことで、そちらに意識を集中する。が、その集中も、出てきた人物を見て一瞬途切れた。個別デザインのメイド服に赤い頭髪、褐色肌。自分の好みを反映させた美貌と大きな胸。それは(まさ)しく戦闘メイド(プレアデス)、ルプスレギナ・ベータである。

 

「本当にルプスレギナか……。ナザリックの外で、しかも普通に動いてるとか……。おっと……」

 

 人化したままでは解らないかもしれない。そんな意識が働いたことで、メコン川は異形種化した。出現したのは、甲冑こそ南蛮胴具足風のままだが、頭部が白獅子の獣人……獣王メコン川、その異形種としての姿だ。

 

「獣王メコン川様ぁ!」

 

 異形種化が完了するなりルプスレギナが駆け出し、メコン川の胸に飛び込んでいく。それを抱き留めながら、メコン川は、モモンガであれば精神安定化が起こったであろう感動を覚えていた。

 

「うおお、マジか。ルプスレギナを抱きしめられる日が来ようとはな~。……異世界転移って凄ぇ……」

 

 獣王メコン川がルプスレギナを抱きしめる。

 この光景を目の当たりにした弐式分身体と茶釜にタブラは、互いに顔を見合わせた。

 実に感動的な場面なのだが……。

 

(「ねぇ、弐式さん? ルプスレギナって……メコン川さんにとって、どういうポジションだった? 娘? 恋人?」)

 

(「げっ!? そういや、そういう問題もあったっけな……。いや、俺は聞いたことないんだよ。茶釜さんが知らないってんなら……タブラさんは?」)

 

(「私も聞いたことはないかな。……確認してみましょうか?」)

 

 三人で囁き合う。

 せっかくのギルメンとの合流で、そういった事を気にする必要があるのだろうか。実はある。何故なら、目の前でメコン川に抱きしめられているルプスレギナは、ギルド長のモモンガと交際中だからだ。娘か恋人か、どちらになるかで揉め事が起こる。

 

(「いや、どっちの場合でも、メコン川さん次第で揉め事になるよな……」)

 

(「そうですね~。でもね、弐式さん……。聞いておくべき事なんですよ……」)

 

 明らかに気が乗らない様子のタブラは、泣いているルプスレギナを抱きしめたままのメコン川に話しかけた。

 

「メコン川さん? 後でベルリバーさんとも、お話ししたいんですけど。その前に……ルプスレギナって、メコン川さんの娘さん的な存在でしたか? ああ、いえ、私のところのアルベドが娘ポジでして……」

 

「ん? 俺ですか?」

 

 メコン川の獅子顔が、ブレイン・イーター……タブラの方を向く。メコン川は暫し瞑目していたが、やがて照れの入った笑顔でタブラを見直した。

 

「弐式さんとこの、ナーベラルみたいな感じですかね!」

 

 そう彼が言った瞬間、腕の中のルプスレギナがビクリと身体を揺らし、タブラ達の顔からは血の気が引いていく。茶釜の異形種形態は粘体なのだが、それでも『顔面に相当する感覚』で上から下に向けて冷たくなるのを感じていた。弐式とナーベラルの関係性と同じということは、メコン川にとってのルプスレギナは、恋人ポジションの認識ということになる。

 

(((誰がメコン川さんに、モモンガさんとルプーの交際の話をする?)))

 

 タブラ達三人は、げんなりした視線を交わし合った。

 明るく軽く話せる弐式。

 普段の立場の強さと、女性であることからメコン川の『遠慮』を期待できる茶釜。

 趣味にさえ走らなければ、大抵のギルメンを説得できるタブラ。

 誰が話しても良さそうだし、メコン川が激昂しない可能性だってある。だが、三人とも、自分が説明役になるのは嫌だった。抱きしめてる恋人にしたい女性が、実は友人と交際中である……などと、そんな説明をしたい者など存在しないのだ。しかし、グズグズしては居られない。話すのが後になるほど、最初に対面したタブラ達の立場が悪くなるだろう。つまり、「何で最初に会ったときに話してくれなかったんですかねぇ?」とメコン川から問い詰められるかもしれないのである。

 

「メコン川さん。実は……ですね」

 

 最終的に説明役になった者。それは、タブラ・スマラグディナだった。

 後日、弐式炎雷は次のように語っている。

 趣味話を語るときの百分の一も軽快さがなく、肩を落としたタブラの後ろ姿。それは、ユグドラシル時代を含めても初めて見る姿だった……と。

 




 ルプスレギナをメコン川さんの娘にするか恋人枠にするか。
 かなり迷いました。
娘ポジなら、難なく合流してワーカー隊のダンジョンアタックに持ち込めたと思うんですけど、何もかも円満解決じゃあ面白くないかな~……と。物語を書いてる以上、山あり谷ありじゃないと盛りあがらない感じがしましたもので。

 久々にピンチ展開を書いてますが、感想返信では中々に伏線とかの解説がし難い感じでして……。暴れん坊将軍で言う「処刑テーマ」や、水戸黄門の印籠が出るようなあたりまで、お待ち頂ければ幸いです……。

 メコン川さんとベルリバーさんは、元の現実(リアル)では付き合いの長い友人という本作設定で書いています。弐式&建御雷とは、違った感じの間柄が描写できれば……と思います。

 今回、あんまりお笑い要素が無いな~……。
 展開上、こういう時もあるということで……。
 と思って後書き書いてたら、冒頭で『スターどっきり』ネタを入れてたのを忘れてました。1998年頃までやってたそうですが、御存知ない方は『スターどっきり 寝起き』で動画検索すると、当時の番組内容が見られるかもしれません。
 

<誤字報告>
D.D.D.さん、ARlAさん、グラスリーフさん、トマス二世さん、冥﨑梓さん、nicom@n@さん

毎度ありがとうございます
台詞に関しては、喋りの口調を重視してますので、文法的におかしい場合でもそのままにしていることがあります。わざと崩してることもあったり。


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第70話

 ナザリック地下大墳墓、第九階層の円卓。

 そこには獣王メコン川とベルリバーへの接触隊……に加わらなかったギルメン達が居り、固唾を呑んで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を注視している。

 本来、遠隔視の鏡は音声を送信できないが、そこは<伝言(メッセージ)>の運用で解決していた。具体的には、現場に派遣した影の悪魔(シャドウ・デーモン)と、円卓の間に配置した影の悪魔(シャドウ・デーモン)で<伝言(メッセージ)>を使用し、実況を口頭伝達しているのだ。将来的には、<伝言(メッセージ)>を組み込んだ送受信機的アイテムを開発、それを後付けした遠隔視の鏡同士にて映像付き会話を実現する。そういった事をタブラが考案して、試作品を幾つか完成させていたが、今のところ完成品と呼べる品はできていなかった。

 

「『……は? ルプスレギナが、モモンガさんと交際中?』」

 

 円卓の間にて、モモンガの対面に備え付けられた遠隔視の鏡。その右脇で立つ影の悪魔(シャドウ・デーモン)の語りは平坦で棒読みに近い。だが、画面に映し出されたメコン川は、ルプスレギナを抱きしめながら人化するも、その顔からは特徴的な笑みが消えていた。いつも口の端のどちらかを持ち上げる……そんな笑みを浮かべているのに、今はそれがない。これはユグドラシル時代の彼を知る者なら解ることだったが、メコン川が怒っている証拠だった。

 

「『タブラさん、それってどういう……。ああ、ルプスレギナに聞いた方が早いのか……。ルプスレギナ? タブラさんの言ってることに修正点はあるか?』」

 

 円卓の遠隔視の鏡。その脇で立つ影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、タブラのことを『タブラさん』と発音している。これは<伝言(メッセージ)>で伝達される台詞をそのまま発声しているからだが、当初は「恐れ多いことです!」と恐縮していた。しかし、モモンガ達から、「見聞きしたことを正しく伝えるのも忠義だ」と諭されたことで、今は張りきって伝達係を務めている。モモンガ達としては大いに役立ってくれているので、後で褒美でも渡すべきだと考えたのだが、今はルプスレギナの返答に注目するべきだろう。

 画面上、メコン川によって抱きしめられたままのルプスレギナは、その顔を上げて怖ず怖ずとではあるが口を開いた。

 

「『いえ、特には……。あ、アインズ様と交際してるのは、ぶくぶく茶釜様とアルベド様も居て……』」

 

 ガタン! と音高く、モモンガが立ち上がる。

 遠隔視の鏡には、触腕状にした粘体で頭部を抑える茶釜が映っており、建御雷に言われて影の悪魔(シャドウ・デーモン)が画面移動させると、メコン川が茶釜を見ていた。

 

「『茶釜さん。アインズというのは?』」

 

「『ええと、モモンガさんがね。ギルメンを探し出すための宣伝材料って感じで~、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるのよ。対外的にね』」

 

「『アルベドってのは、タブラさんのNPCだったと思いますけど。アルベドと一緒に茶釜さんもモモンガさんと交際してるんですか? ルプスレギナが交際中なのに?』」

 

 先に述べたように、影の悪魔(シャドウ・デーモン)の口調はメコン川の口調を再現していない。棒読みのままだ。しかし、遠隔視の鏡ではピンクの肉棒……もとい茶釜が、ジリジリと後退しているのが見えていた。メコン川は怒鳴ったりはしていないようだが、現場での圧力は相当なものらしい。

 

「『いや、メコン川さん……あのな……』」

 

 弐式分身体が身振り手振りを交えた説明を行うが、それは「最初がアルベドで、次にルプスレギナ。最後に茶釜さんの順で……」というものだったので、メコン川の怒りを鎮火させる効果は薄かったようだ。しかし、新たに得た情報で少し思うところがあったのか、メコン川は数秒ほど黙った……が、すぐにタブラを見ている。

 

「『タブラさんは、自分のNPCがモモンガさんと交際してるのは容認しているようですけど。後から交際相手を増やすことについては、どうなんですか? アルベドが蔑ろにされているとは思いませんか?』」

 

 現在、アルベドはメコン川の居る現地には居ないし、円卓の間にも居ない。パンドラズ・アクターから引き継ぎを受けた後は、ナザリック地下大墳墓の守護者統括として業務に復帰しているはずだ。この場に彼女が居たら、どんな顔をしただろうか。モモンガは一瞬、そんなことを考えたが、遠隔視の鏡に映るタブラは、その人化した中年男性の顔に苦笑を浮かべた。

 

「『私のアルベドは、そもそもモモンガさんの嫁にするつもりで作製しましたから。それに、元の現実(リアル)の法律が適用されるわけではないですし。奥さんの五人や十人、居ても良いんじゃないですか? ああ、念のために言っておきますけど、アルベドやルプスレギナ達は仲良くやってますよ? ねえ、茶釜さん?』」

 

 この長いセリフを、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、ほんの少し遅れる程度で伝達している。しかも、間に現地の影の悪魔(シャドウ・デーモン)も入っているというのにだ。そのことに感心するものの、立ち上がったモモンガは微動だにせず、遠隔視の鏡に見入っていた。そして、次のメコン川の台詞が聞こえた瞬間。<転移門(ゲート)>を発動させて、暗黒環へと飛び込んだのである。

 

「『茶釜さんは……モモンガさんの味方か……。彼女だもんな……。……オーケー、わかりました。今からナザリックへ行って、あの骨を組み立て前の骨格標本にしてきます』」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ねえ、アルシェ?」

 

 ワーカー隊の拠点。その馬車の近くで立つアルシェに、同じフォーサイトのメンバーである、イミーナが話しかけた。半森妖精(ハーフエルフ)の彼女は、特徴的な尖った耳をひくつかせると、ニヤニヤしつつアルシェに寄り添う。

 

シシマル(メコン川)さんのこと、気に入った? モンスターの襲撃があったとき、助けて貰ってたものねぇ?」

 

「……そんなことはない……」 

 

 言葉短く答えるアルシェだが、その頬は薄く紅潮していた。普段は動かない表情も、今は視線が落ち着かず左右に振れている。本人が小柄なせいもあってか、身の丈に近いサイズ比の杖を握りしめると、アルシェは最終的に視線を落とした。

 

「チーム外の冒険者だけど、今は集団行動中。手の届く範囲で仲間が危なかったら、助けることだってあると思う」   

 

 この拠点地へ到着するまでの間、ワーカー隊は幾度かの襲撃を受けている。相手は野盗やモンスターであり、イミーナが語った一幕は最後の襲撃で発生した。出現したのはゴブリンと狼の混成集団だったが、冒険者達の警戒網をくぐり抜けた一頭の狼が、後衛であるアルシェに襲いかかったのである。この時、アルシェは前衛として戦うヘッケランの援護のため、三発の<魔法の矢(マジック・アロー)>を撃ち出していたが、その撃ち終わりに飛びかかられたことで咄嗟に対応ができなかった。杖と腕で顔前付近をかばったが、狼側では防御のない場所を噛めば良いので、ダメージは免れない。だが、そこへ駆けつけたのがシシマルことメコン川だった。アルシェ達の感覚では重量がある甲冑……それを着込んでいるにも関わらず、風のように前線から戻ってくると、手に持った刀で狼を切り裂いたのだ。

 

「もうちっと、仲間のレンジャーの近くに居た方がいいな」 

 

 そう言って血振りをするメコン川にアルシェは礼を言ったが、メコン川は口端の笑みを深めただけで、何も言わず前線へと戻って行ったのである。その後ろ姿が、アルシェの脳裏に焼きついて消えないのだ。

 

「戦闘中に助けられるのだったら、ヘッケランに助けて貰ったこともあるし……」

 

「ヘッケランは私のだから、あげないわよ?」

 

「違う、そういうことじゃない」

 

 冗談交じりのツッコミにマジレスしたアルシェは、メコン川が入って行った林の藪を見る。後を追いかけて二人きりになって、再び話してみたい気もするが……。彼の林へ行った用件が用件だけに、追いかけて林に入るのは憚られた。

 

「なんだろう……。シシマルを見てると、少しだけ胸がドキドキする……」

 

 我知らず声に出しており、それを聞いたイミーナが「春だ! アルシェに春が!」と呟くも……。

 

「動悸が激しい……。これはシシマルに関連した何らかの病……。気をつけないと……」

 

 続くアルシェの独り言を聞いて肩を落とし、イミーナはヘッケランの元へと歩いて行く。その後ろ姿を見てアルシェは悪戯っぽく微笑み、再び熱の籠もった瞳で林の方を見続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 今、モモンガの目の前に獣王メコン川が居る。

 元の現実(リアル)では、オフ会で見たことのある『人』としての姿だ。それが南蛮具足胴と呼ばれる甲冑を着込んでいる姿は、コスプレをしているような錯覚に囚われるが、メコン川自身は結構な男前なので似合っている。死の支配者(オーバーロード)の姿で現場到着したモモンガは、<転移門(ゲート)>を閉じると、タブラと茶釜そして弐式の姿を確認してからメコン川に向き直った。

 メコン川が怒っているのは、モモンガの交際相手の中に自身が作製したNPCのルプスレギナが含まれていることだ。そして、ルプスレギナ一人だけでなく、茶釜自身とタブラ作製のアルベド、この二人と同時交際していることも気に入らないのだろう。この場には茶釜とタブラが居たが、二人を頼るわけには行かないとモモンガは思っている。これは、モモンガが一人で解決すべき事だからだ。

 

(とにかく、まずは人化だ)

 

 表情が出ない死の支配者(オーバーロード)のままでは、釈明や謝罪をするには失礼にあたる。そう考えたモモンガは、アイテム効果により人化した。それにより鈴木悟が出現するのだが、完全装備が似合わない。モモンガに恋する女性達には別の意見があるだろうが、モモンガ自身、自分はハンサムや色男ではないという認識なのだ。そこで冒険者モモンとして活動する際の装備に切り替え、モモンガはメコン川に対して口を開いた。

 

「お久しぶりです。獣王メコン川さん……」

 

「ああ、久しぶりだな。モモンガさん……」

 

 異世界転移後、モモンガはヘロヘロを始めとして数人のギルメンと合流を果たしてきた。しかし、その中にあって今のメコン川の声は、合流時の顔合わせとしては硬く冷たいものである。それがモモンガの心を鋭く突き刺すのだが、非難されるだけのことはしたという自覚があるので、甘んじて受け止めていた。どちらかと言えば、タブラや茶釜が何か言おうとした様子であり、モモンガは視線を向けることで二人の行動を制していた。

 

「メコン川さん、それで……ですね」

 

「うん、まあ……どうにかして、さっきの会話聞いてたか? だったら話は早いな……」

 

 メコン川がルプスレギナを離し、彼女を後方に置くようにして進み出る。互いの距離は五メートル弱、メコン川がその気になれば一瞬で間合いを詰められるだろう。

 

「ルプスレギナについて、俺に言うべき事があるんじゃないか?」

 

「……」

 

 いきなりの本題である。モモンガは唇を一舐めして湿らせると、一息吸ってからメコン川の眼を見返した。

 

「異世界転移してからですけど……。ルプスレギナさんとは、お付き合いさせて頂いてます」

 

「制作者の俺に、一言も無しで?」

 

 鋭い指摘がモモンガの胸をえぐる。

 しかし、これは言った方のメコン川も渋い顔をした。ルプスレギナが意思を持って動き出したのは、異世界転移してからだというのは理解できる。メコン川の不在時に、モモンガとルプスレギナが男女の仲になったとして、合流していないメコン川に一言有るべきだった……というのは、少しばかり言いがかりのような気がしたからだ。

 

(俺が合流できる可能性があるとは思ってただろうけど……。それがいつになるかは解ってなかったわけだしな)

 

 やむを得なかった。仕方なかった。運命の巡り合わせが悪かった。

 そういった思いが浮かぶも、メコン川は納得するには到っていない。何しろ、自分の理想を詰めこんで作成した女性NPCが、実在女性として動いていると言うのに、そのことを知ったときには、もうモモンガと交際していたのだ。確かに『出遅れた感』はあるが、何も無しで引っ込むわけには行かなかった。ルプスレギナの気持ちを大事にしたい……という思いは確かにあって、メコン川の心の隅で大きくなりつつある。しかし、モモンガを一発なりともブン殴らなければ収まりがつかないのだ。

 そして、ベルリバーと一緒に異世界転移してから知ったことだが、この世界ではユグドラシルの魔法が有効である。蘇生の魔法が存在するとも聞いた。ならば……。

 

「モモンガさん。さっきの会話、聞いてたんだろ? 俺が……あんたのことを、組み立て前の骨格標本みたいにしてやる。そう言ったのも聞いていたか?」

 

「ええ、聞いていました……」

 

 確認されたモモンガは、殺されるかもしれないと覚悟を決める。落ち着いて考えてみれば、実在女性になったとはいえ、ルプスレギナはNPCだ。その彼女絡みの色恋、その揉め事で殺す殺される。そこまで行くのは尋常ではない。弐式が言うところの『発狂ゲージ』が溜まっているのではないか。

 

(その心配は確かにある。だが……だけどなぁ……メコン川さんの腹立ちも、もっともだ。俺だって、アルベドやルプスレギナや、茶釜さんに手出しする奴が居たら、ブッ殺したいと思うし……)

 

 と、このように、モモンガはモモンガで覚悟を決めていたのだが、メコン川の方はどうだったかと言うと、話している内に頭がかなり冷えだしている。無論、モモンガを殴りでもしなければ気が済まない程度の怒りはあったが、それとて殴ればスッキリするとメコン川は思っていたのだ。だから、次に口から出る言葉に、そこまで剣呑な内容が盛り込まれることは無かった。無いはずだった。

 

「じゃあ、その覚悟が……」

 

 あるのなら一発ブン殴らせろ。そう続けようとしたところ、メコン川の前にルプスレギナが回り込んだ。モモンガに背を向ける形で……ということは、メコン川の前に立ちはだかる形で立っている。

 両手を横に拡げるルプスレギナは、その目に涙を浮かべながら叫んだ。

 

「獣王メコン川様! 私が身の程知らずにも告白したのが悪いんです! お二方が仲違いされる原因が私なら、今ここで自害しますので! どうか!」

 

 ……。

 場が静まりかえる。

 モモンガやタブラに茶釜などは、「あちゃあ、ここで始まったか……」ぐらいにしか思わず、手で顔を押さえたり肩を落とすなどしていた。しかし、メコン川には衝撃的だったようで、手前のルプスレギナと、その後方のモモンガの顔を何度か視線移動させ、ルプスレギナを指差しながら口をパクパクさせている。それが数秒ほど続いたが、やがてメコン川は、眉間に皺を寄せつつルプスレギナに言った。

 

「俺は、モモンガさんと話がある。仲違いとかじゃないから、暫くここで居ろ。いいな?」

 

 言い終えるとメコン川は、手を下ろしたルプスレギナの左側を回り込むように移動し、モモンガの前までやって来た。そしてモモンガの左肩を掴むと、その場でグルンと一八〇度回す。メコン川自身も半歩ほど進んでいるので、二人してルプスレギナに背を向けた状態だ。

 

(「モモンガさん! 今のルプスレギナのアレ! 何なんですか! 俺とモモンガさんが喧嘩しそうになって、それが自分絡みだから自害って……自殺でしょっ!?」)

 

 先程までの怒った姿も滅多に見られないものだが、今のように目を剥いて驚いているメコン川というのも珍しい。その驚く気持ちが十分理解できるモモンガは、小さく溜息をついてメコン川を見た。

 

(「メコン川さん。動き出したNPC達の忠誠心って凄いんです。ちょっと注意されたら自害するって言うし。俺達、ギルメンの思うところを理解できないと自害するって言うし。俺達に不快な思いをさせたと自分で判断したら、それでまた自害するって言うし……」)

 

 正直に言って、回りくどい脅迫じゃないか……と思うことがある。弐式もナーベラルを叱責したことがあるそうだが、自害をちらつかせるスタイルにイラッと来たのだとか……。

 

(「NPC達は大真面目なんでしょうけどね~。ああ、でも、NPC達……ルプスレギナの今のアレだって、割とマシな感じになってるんですよ?」)

 

(「今のアレでか!?」) 

 

 更に目を剥いたメコン川が、肩越しに振り返ってルプスレギナを見ている。モモンガの立ち位置からだと、大して姿勢を変えることなくルプスレギナが見えていたが、彼女は下顎の近くで祈るように手を組んでおり、心配そうにしている姿が確認できた。

 

(「……モモンガさん」)

 

 やがて、メコン川がモモンガに向き直り……口を開く。

 

(「ここは異世界だ。現実(リアル)での常識は通用しない。タブラさんが言ったとおり、恋人や嫁さんが何人居たって別に構わないだろう。ただな……ルプスレギナのことを大事にする。その気持ちはあるんだろうな?」)

 

(「御言葉ですが、愚問です。ルプスレギナに限らず、誰一人として蔑ろにするつもりはありませんよ」)

 

 モモンガはメコン川と視線を合わせながら、きっぱりと返答した。一人の男としてハーレム状態を喜ぶ気持ちは当然ある。だが、交際を始めた以上、全力で恋人達を大事にするという気持ちもまた当然あるのだ。鼻の下を伸ばしているばかりではないのである。

 そのモモンガの視線を、メコン川は真っ向から受け止めていたが、やがて小さく溜息をつくと視線を逸らせた。

 

(「ちょっと、ルプスレギナと話してくる……」)

 

 そのままモモンガと目を合わせることなく、メコン川はルプスレギナへ向けて歩き出す。彼の表情は角度的にモモンガから見えなくなったが、何やら呟いているのは聞き取れていた。

 

「あ~あ、自害とかマジかよ。……こんな事になるんだったらな~……モモンガさんからメール貰ったときに、ナザリックへ行ってれば……何とかなったのかな~。後悔することばっかりだ……」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ルプスレギナ……」

 

 メコン川は、ルプスレギナの前に立つと彼女の名を呼んだ。「はい」と不安そうな返事があったが、その表情も綺麗だとメコン川は思う。さすがに自分の萌えを集約したキャラだ。戻ってくるまでに愚痴めいたことを呟いたが、やはりモモンガに譲るのは惜しい気がする。しかし、大事なのはルプスレギナの気持ちではないだろうか。

 

(このまま連れ去って、二人で隠れて……ってのは、俺の趣味じゃないしなぁ……)

 

 もし実行したとしたら、ルプスレギナを記憶改竄や洗脳でもしない限り、彼女の浮かない顔を見ながら過ごすことになるだろう。記憶改竄等をしても、メコン川の心には重いモノが残り続けるはずだ。

 

(俺自身の記憶も弄れば、二人で幸せに過ごせるか? いや、それはそれで地獄だな……)

 

 結局はルプスレギナ次第……なのだろう。

 

「ルプスレギナ。モモンガさんのこと、愛してるんだな?」

 

「はい」

 

 即答だ。しかも、それまで不安そうにしていたのが嬉しそう、かつ誇らしげに答えている。メコン川は一瞬怯んだが、奥歯を噛んでから質問を続けた。

 

「ちなみに、モモンガさんの何処が良かったんだ?」

 

「ナザリックに、ずっと居てくれたことです。私達のことを気にかけての事ではなかったのは理解してます。でも、本当に嬉しくて……」 

 

「ぐっ……」

 

 メコン川がナザリックを離れた理由は、何となく……だ。強いて言えば、たっち・みーやウルベルト、建御雷や弐式と言った主要メンバーが引退し、寂しくなったのもあった。モモンガがギルド長を務める状態に変化はなかったが、彼を中心としたギルメンが櫛の歯が欠けるが如く減っていく。そんな様を見続けるのが……何となく……耐えられなかったのだ。

 

(気がついたら、モモンガさんにサヨナラして引退してたもんな~……)

 

 のめり込む気持ちが薄れたら止め時。ゲームを止める時というのは、得てしてそういうものだとメコン川は思う。あの頃に、NPC達が実在化することを予期していたら、あるいは引退せずに残留を……。

 

(そんなこと思いつけるはずないか……)

 

 結局のところ、ユグドラシルがサービス終了する日まで、ナザリックを愛し続けたモモンガがルプスレギナに愛された。ただ、それだけのことなのだ。

 

(うん?)

 

 ふと、タブラの視線に気づいた。隣にはモモンガの現恋人の一人である茶釜も居るが、彼女とは違う視線をタブラは向けてきている。

 

(なるほど……。アルベドは自分にとって娘のようなもの……か)

 

 メコン川にとってのルプスレギナは、娘と呼ぶには年格好が近い。だが、自らの手で作成したのだから、そういう意味では娘なのかもしれない。

 

「はああああああああああああ……」

 

 重く、そして長い溜息が出た。

 それは、自分の中に溜まった『良くない何か』を吐き出すかのような溜息だ。良くない何かには未練も含まれているとメコン川は思う。メコン川は口の端を上げると、ルプスレギナの頭を帽子越しに撫でつけた。

 そして、モモンガに向き直って言う。

 

「モモンガさん。後で俺とPVPしよう。今……と言いたいけど、色々と忙しいだろ? ああ、死ぬまでやるとかじゃなくて、ライフが残り一割とか二割まで減ったら負けって感じかなぁ……」

 

 背後のルプスレギナが息を呑んだ。それを感知したメコン川は、後ろ手に掌を突き出して黙らせると、なおも話を続ける。

 

「俺のルプスレギナに、俺に無断で手を出したんだから受けてくれるよな? あと勝敗の結果について条件があるんだが、これも呑んで貰うぞ? 絶対にな」

 

「PVPするのは受け入れます。それで、勝敗の結果について条件とは?」

 

 モモンガは生唾を飲んだ様子だ。改めて覚悟を決めた表情であり、それが驚きの表情に変わることを思うと、メコン川は何やら愉快な気分になってきた。

 

「まず、俺が負けたら、モモンガさんとルプスレギナの交際を認めてやろう。そして、俺が勝った場合は……モモンガさんとルプスレギナの交際を認めてやってもいい」

「はい……。……はい?」

 

 真剣な表情で答えたモモンガが、間の抜けた顔で聞き返してくる。近くで居る茶釜にタブラ、弐式分身体も呆気に取られた様子だ。

 

「あの、メコン川さん?」

 

「なんです? モモンガさん?」

 

 モモンガの発音が妙にぎごちない。大いに笑えるが、メコン川は澄まし顔で聞き返した。

 

「じゃあ、PVPをやって……俺が勝っても負けても、ルプスレギナとのことは認めてくれるんですか?」

 

「そう言ったつもりですが?」

 

 そうなるとPVPをやる意味は何なのか。そこをモモンガは確認してきたが、メコン川は「言わせるなよ」と呟いてから鼻で笑った。

 

「そこはそれ、せめて一発ブン殴らないと気が済まないからです。ただ、交際を認める前提である以上、無抵抗のモモンガさんを殴るのも気が引けますから、PVPしましょうと……。解ってもらえますか?」

 

「はい……。はい! わかります!」

 

 言っているうちに嬉しくなったのだろう、弾む声でモモンガが話を合わせてくる。その様子を見守っていた茶釜達の視線……これが心なしか温かいものになったので、メコン川は照れを感じていた。

 

(小芝居するのって小っ恥ずかしいねぇ。……ん?)

 

 背後に迫る気配。それが誰のものなのか解っているので、メコン川は鎧等の防具をアイテムボックスに収納する。直後、背に柔らかいものが当たり、細い腕が胸に回された。

 

「ありがとうございます! 獣王メコン川様! 大好きっすーっ!」

 

「はっはっはっ! もっと胸を当ててくれていいんだぞっ?」

 

「大サービスで、ギュッと行くっすーっ!」

 

 ルプスレギナの言葉どおり、大きな胸が背中に押し当てられる。キャラ作成時にはニヤニヤしながら設定したことだったが、あの設定は間違いではなかったとメコン川は思う。超絶美人女性のハグと胸の感触を楽しみながら、「やっぱりモモンガさんにやるには惜しいかな?」と口の中で呟くメコン川であったが、泣きながら喜ぶルプスレギナを見ると、「まあいいか……」と思い直すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「とまあ、そういうわけでして。俺達ナザリック側は、ワーカー隊の皆さんに、接待プレイをしようとしてるところなんです」

 

 モモンガは、ワーカー隊に対するナザリック側の姿勢と行動予定を説明している。相手は獣王メコン川と……ベルリバーだ。メコン川との話が概ねまとまったので、モモンガは現状の説明をしようとしたのだが、メコン川の戻りが遅いので様子を見に来たベルリバーと、そのまま合流を果たしたのである。

 

「メコさん、何の連絡もしてこなかったからな……。弐式さんと会ってるって言うから、結構気にしてたのに……」

 

 説明を聞き終えたベルリバーが、不機嫌そうにメコン川を睨んだ。言われたメコン川は苦笑しながら頭を掻く。

 

「悪い。ちょっと込み入った話になってたもんでさ……」

 

 込み入った話とは、モモンガとルプスレギナの交際のことだ。後でPVPすることにはなったが、一応、モモンガとメコン川の間で話はついている。その辺りの事情も聞いたベルリバーは、改めてモモンガを見た。

 

「久しぶりで会ったが、相変わらずギルメンに振り回されてるな。モモンガさん」

 

「いえ、メコン川さんの件は、俺が悪いですから……」

 

 そう言ってモモンガが恐縮すると、ベルリバーは表情を和らげる。彼が普段気難しげにしているのは、基本的に対人関係で自分が粗相をしていないか気にしているからだ。それだけコミュニケーション能力に自信がないのだが、「俺は悩み多き年頃なんだよ」とは本人の言である。

 

「メコさんは、ナザリックに行くつもりのようだけど。俺も、当面は世話になりたいかな……。何せ、行く当てがないもので……」

 

 再び表情を硬くしたベルリバーがナザリック入りを申し出るが、モモンガ達の方では拒絶する気は微塵もない。ただ、今の台詞には気になる部分があった。「当面は世話になりたい」ということは、ずっとナザリック地下大墳墓に居るわけではないのだろうか。そこをモモンガが確認すると、ベルリバーは「そうだ」と言う。

 

「ユグドラシルを引退したのは、メコさんと同じで気力や意欲が削げたところにあるんだが……。こっちの世界は好きだな。ずっと居たいよ? でも……今の俺は、現実(リアル)にやり残してきたことがあるんだ」

 

 ナザリックを拠点としつつ、元の現実(リアル)に戻れる手立てを探りたいとのことだ。ただし、理想的なのは元の現実(リアル)と今居る世界を出入り可能とすることで、一方通行のような仕様ならば少し考えたいともベルリバーは説明している。

 

現実(リアル)で、やり残したことはあると言ったよな? 心残りだってあるさ。けど、こっちの世界は凄い。天国みたいだ……。空気が綺麗で空は青い。草木もあるし……信じられるか? 川が干上がらず、綺麗な水が流れてて……そのまま飲めるんだぜ? ま、生水は沸かした方がいいんだろうけど、今の俺達は頑丈だからさ」 

 

 転移後世界の素晴らしさは、ベルリバーの『やり残したこと』に対する気持ちを揺らがせるほどの衝撃だった。だから、責任感や使命感から元の現実(リアル)への帰還を目指したいが、それが一方通行の帰還であるなら転移後世界に残りたい。

 

「往復可能でなくて、一方通行の帰還方法が判明ないし確立されて……それが残るだけかも知れないけどな」

 

 そう言ってベルリバーが肩をすくめると、モモンガは大きく頷いてみせた。

 

「一度、ギルメン会議で話し合いたいと思いますが、俺としては反対はしないですね」

 

 ギルメンそれぞれに事情や思い、それに現実(リアル)へ残してきたものがある。モモンガを始めとして、多くのギルメンは転移後世界での残留を希望していたが、中にはベルリバーのように現実(リアル)へ戻りたい者も居るだろう。そういった帰還を希望するギルメンの意思を、モモンガは否定しない。むしろ協力したいと考えていたほどだ。

 

「俺は個人の意思は尊重しますからね。それがギルメンなら、力の及ぶ限り手助けしますとも。ただ、その……引き留めたい気持ちも、あるんですけどね……」 

 

「わかってるよ、モモンガさん。俺が言ってるのは、やり残してきたことに対するケジメみたいなものさ。さっきも言ったように、こっちに戻って来られないような帰還方法しかないなら、現実(リアル)に戻る気はないんだしな」

 

 ベルリバーは、極親しい者にしか見せない笑みを浮かべる。

 つまり、往復可能な帰還方法であれば、事さえ済めばナザリックに戻ってくると言うことだ。それが理解できたモモンガは、満面の笑みを浮かべた。

 

「なるほど、そうですか。ともあれ、お二人の合流を歓迎しますよ! 獣王メコン川さん! ベルリバーさん!」

 




メコン川さんに偏り過ぎちゃったかな……と思うのですが
ベルリバーさんはベルリバーさんで色々ある予定です
状況が状況なので実行していませんが、土下座イベントも考えています
ここのところ実行したギルメンは出てませんが、
さて、どうなるかな……
土下座しない人が増えると、ヘロヘロさんや弐式さんがドンドン気まずくなるんですけど
まあ、大きな問題ではないですね(笑

アルシェがメコン川を慕うシーンを挟んでみました。
ルプー取られて気の毒……とか、モモンガさんの引き立て役みたいに終わるのもどうか……と思ったので、
同行中のワーカーからアルシェに白羽の矢……みたいな
ゆくゆくは他作家さんのところで見かけたように、種族替えとかして寿命延ばしたりするのかな~

今回書いてみて思ったのは、割りと上手い感じでメコン川さんのイベントを消化できたかな……と言うこと。
後回しにしてたら、メコン川さんがベルリバーさんを巻き込んで完全にワーカー側についたりとか
そんなことも考えてたので、今回で終わらせて良かったと思います。
先にも述べましたが、おかげでベルリバーさんの出番が減ってますけど
これでいいのだ……たぶん。

おっと、そろそろペロロンチーノさんの『姉とモモンガさんの交際』に関する反応とか書いてみたいですね。
時系列的には、もう知ってるんですけど。

さて、次週は3月最後の投稿になるかな~
年度末ってのは何度体験してもヤバいですし、今年度は初めての職場ですしね~


<誤字報告>
D.D.D.さん、ARlAさん、サマリオンさん

毎度ありがとうございます

それと評価&コメ、ありがとうございます。
10点使いきりと言うことで9点入れて頂いた方も居まして、その気持ちだけで
次の話を書くキー打ちの速度が上昇します。
今後は、評価コメに関してのレスも、それとなくしていくつもりです。




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第71話

 獣王メコン川とベルリバー、彼らとの合流が果たされた。

 モモンガとしては盛大に歓迎パーティーでも開きたいところだが、目前にはワーカー隊が迫っている。転移後世界の戦力としては侮れないが、ユグドラシル基準で考えれば初心者レベル。吹けば飛ぶような有象無象であった……が、その大半は茶釜姉弟の恩人なので吹き散らすわけにはいかない。

 どうするべきか。

 メコン川らと合流した林で、モモンガ達は顔を見合わせた。そこへメコン川達が「そういうことなら、そのまま続きをやるべきだ。あと、俺達も交ぜてくれ」と主張したのである。歓迎パーティーは後で良いという事だろう。このことにより、若干の修正を加えつつ、ワーカー隊への接待対応が開始された。

 モモンガや元からナザリックに居たギルメンには、それぞれ事前に取り決めた役割があり、メコン川とベルリバーについては、ワーカー隊のお目付役としてナザリック地下大墳墓に乗り込む手はずが決定されている。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いやぁ、すまんね。少し気になることがあってな……」

 

 悪びれず、笑いながらメコン川……冒険者シシマルが言う。隣に立つのは同じく冒険者のバリルベ……を名乗るベルリバー。

 

「シシマルを呼びに行ったが、その気になる事ってのを聞いてるうちに時間が経ってしまった。すまない……」

 

 二人揃って謝罪すると、話を聞いていたヘッケランが「いや、いいんだ。気にしないでくれ。ええと……そう、うちのアルシェが気にしてたもんでな!」と誤魔化すように言い、彼の斜め後方で居るアルシェが「ヘッケラン!」と顔を赤くして怒った。詰め寄られて言い訳しているヘッケランを見て、メコン川とベルリバーは顔を見合わせた。

 

(「ベルさん。出会ってから色々と話す機会があったが、やはり気持ちの良い連中だな?」)

 

(「まったくだ。茶釜さんが気に入るはずだ……」)

 

 戻って来たメコン川達に話しかけてきたのは、ワーカーチームの一つフォーサイトだった。途中から加わった新顔が、妙な行動をしているので偵察に来たと言ったところか。善意だけでの心配でないのは解っているが、和気藹々としたヘッケラン達を見ているとホッコリする。グリンガム率いるヘビーマッシャーや、パルパトラの竜狩り。こちらも良心の人揃いというわけではないが、悪人というわけでもないようだ。ただ……。

 

「きゃああっ!?」

 

 離れたところで声がしたので目を向けると、青い髪の女性が男性剣士に殴り倒されているのが見える。ワーカーチーム天武、そのリーダーのエルヤー・ウズルスに暴行を受けたようだ。天武は、剣士のエルヤーと女性エルフの神官、ドルイド、レンジャーからなる四人編制だが、女性エルフは三人共がエルヤー所有の奴隷だった。元はスレイン法国から流れてきた奴隷であり、バハルス帝国の奴隷市場でエルヤーに購入されたらしい。奴隷の証として、エルフ特有の長い耳は半ばから切り落とされていた。 

 

「エルヤーか。才能に全振りして、賢さがヒドいことになってる感じだな」

 

 メコン川がゲーム用語を交えて呟くと、細かい意味は解らないながらも概ね理解したヘッケランが頷く。

 

「だな。まあ、腕も人格も上々なんて、そうは居ないんだが……。あれは駄目すぎだ」

 

「……余所様のことだ。こちらに迷惑がかからなければ、放っておくべきだろう」

 

 会話の腰を折る、あるいは中断させる形でベルリバーが口を挟んだ。これにはフォーサイトの女半妖精(ハーフエルフ)……イミーナが表情を厳しくしたが、続けてベルリバーが「それが冒険者同士の関わりというものだ。見ていて吐き気はするがな」と言うのを聞き、渋々ながら突っかかるのを思いとどまっている。ベルリバーとしては、転移後世界の『冒険者』の在り方について詳しいわけではない。今言ったのは、かつてのユグドラシルにおけるギルド間の関わり方、それを参考にしただけだ。これからナザリック地下大墳墓に侵入しようと言うのに、余計な揉め事を起こされては面倒という考えもある。では、エルフ奴隷達の扱いについてベルリバーがどう思っていたかと言うと、言ったとおり吐き気がしそうなほど苛立っていた。そもそも、地位や権力に物を言わせて弱者に好き放題する……その構図が気に入らない。これはウルベルトよりも穏やかなレベルだったが、元の現実(リアル)においては巨大企業の不正を調べ上げる程のものだ。

 

(自然に恵まれてるってだけで幸せなのに……。この恵まれた世界で何やってんだか。馬鹿か?)

 

 本音を言えば、今すぐサーベルを抜いてエルヤーを五体泣き別れにし、エルフ達を解放したいのである。だが、彼女らはエルヤーの正当な所有物だ。勝手な正義感で手出しをすることはできない。少なくともベルリバーの筋論では、そういうことになる。

 

(モモンガさんから聞いたNPC達の気性か? 彼らに言わせれば『ベルリバー様の御心のままに』ってところだろうが、強さに物を言わせて押し通すって、俺の好みのやり方じゃないんだ……)

 

 それとなく助けてやれれば良いが……と、そのように考えながら、ベルリバーはメコン川に目配せする。ここからはモモンガとの打合せどおり、ワーカー隊を誘導しなければならない。

 

「それでな、ヘッケラン。シシマルと話してた時に色々あったんだが……。どうも、これから行く遺跡ってのが……俺達の知り合いが拠点にしてる場所らしいんだ」

 

「……なんだって? どういうことだ?」

 

 ヘッケランの表情が急速に引き締まっていく。掴みはオッケーだと、ベルリバーは確信した。

 

「うん。実は……その遺跡から接触があったんだよ」

 

「なんで、それを早く言わなかった?」

 

 目つきが険しくなっているヘッケランに対し、ベルリバーは肩をすくめてみせる。

 すぐに言わなかったのは、言い出すタイミングを掴めなかったから。そうベルリバーは説明した。これは本当である。言い出すタイミングが掴めたから、今言っているだけなのだ。

 

「それで、先方からの伝言があって……それを、パルパトラやグリンガムも交えて話したいんだ。エルヤーも入れて俺達の話を聞くかは……ヘッケラン達の判断に任せたい」

 

 そこまで言って、ベルリバーは疲れたように息を吐く。事実、疲れている。こうした演技めいた会話は得意ではないからだ。一方、話を聞いたヘッケランは暫し呆然としていたが、やがてイミーナに指示を出す。

 

「老公とグリンガムを呼んでくれ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 イミーナは、すぐに老公……パルパトラと、グリンガムを連れて戻って来た。

 双方、街道外なので武装したままであり、「何事かあったのか?」と訝しそうにしている。

 そうして集まった二人に元から居るヘッケランを加え、少し離れた場所に移動。イミーナなどのフォーサイトメンバーは馬車付近へと戻って貰った。まずは、リーダー格だけで話をするのだ。

 

「結論……と言うか、大事なところから話すことにする」

 

 最初に話し出したのはベルリバーだ。軽戦士の風体で腕組みをしつつ、右手だけ挙げて、下顎付近を指で掻いている。普段から気難しげなのだが、今は一段と難しそうな顔をしていた。まずは取っかかりの部分だけを話し、全容を聞かせるのにエルヤーも呼ぶかどうか、それをヘッケラン達に決めて貰わなければならない。

 

「さっきヘッケランにも話したんだが……。これから向かう遺跡というのは、俺やシシマルの知人らの拠点らしい」

 

「なんと!?」

 

「どういうことだ!?」

 

 パルパトラとグリンガムが驚く。驚きつつ、一歩ないし半歩後退して槍や戦斧に手を掛けているが、これから侵入する場所の関係者が目の前に居たら警戒したくもなるだろう。その二人を「まあまあ」とメコン川が宥めた。

 

「それを説明するんだが、ちょっとややこしい事になっててな。べ……バリルベさんが説明するから、取り敢えず聞いてくれ」

 

 これによりパルパトラ達が落ち着いたので、ベルリバーは改めて話し出す。

 先程、シシマル(メコン川)が用便のため林に入ったところ、遺跡からの使いが姿を見せたこと。途中でバリルベ(ベルリバー)が加わり、話し合いの末、かつての魔法実験の失敗で離ればなれになった遺跡であるのが解ったこと。

 と、ここまで嘘を並べ立てたところで、グリンガムが口を挟んできた。

 

「バリルベ、ちょっと待った。魔法実験とは何だ?」

 

「拠点を大規模な魔法攻撃から守るため、拠点自体を転移魔法を応用した結界で覆ってはどうか……というものだ。要するに、飛んできた魔法を何処かに転移させてしまえば大丈夫……といった発想だったんだが……」

 

 ところが、実験段階で拠点自体が転移してしまい、外部で観察していたメコン川やベルリバー、他何人かがバラバラに転移してしまった。

 そういう嘘設定だ。

 聞いたグリンガム、それにパルパトラやヘッケランも信じられないと言った顔をしている。

 

「信じるかどうかは勝手だが、そういった事情だ。侵入予定の遺跡が元居た拠点だとは、俺もシシマルもさっきまで知らなくてな。……で、もう薄々わかってると思うんだが……」

 

 使いの者が来るということは、ワーカー隊の接近が察知されているということだ。それについてベルリバーが言及すると、ヘッケラン達の顔が渋くなる。察知された状態で侵入を試みるか、無理だと判断して撤退するか。その判断を迫られることになるからだ。

 

「あ~……バリルベ?」

 

 ヘッケランが怖ず怖ずと挙手した。

 

「遺跡には……その、あんたらの仲間……あ、いや、友達が居るんだよな?」

 

「そうだな。言っておくが、俺達より強い人が揃ってるぞ? 内部に踏み込んだ場合は、言動に注意した方がいいな」

 

 頷きながらベルリバーが言うと、それがまさしく聞きたいことであったらしく、ヘッケランが呻いた。パルパトラ達も嫌そうな顔をしている。何しろ先程、目の前で語るベルリバー一人に軽く捻られたばかりなのだ。その彼よりも強い者が何人も居る。それも、侵入しようとしていることがバレているとあっては、一刻も早く逃げることを考えるべきだろう。

 

「およその状況(しょうきょう)は把握()きたわい。じゃが(しゃか)ウズルス(うするす)(はす)して話したいこととは、なにかの?」

 

「そこだな。う~ん……話してしまうか……。大まかには、遺跡の中の連中から伝言があってな。三つの選択肢をやろうとのことだ」

 

 一つ目は、何もせずに帰ること。遺跡側では追っ手等は出さないとのことだ。

 二つ目は、客として訪れること。この場合は歓迎し、食事などして帰るのも良いだろう。

 三つ目は、遺跡体験として挑戦者的に侵入してくること。

 

「俺達に関わりたくないなら一つ目。二つ目は、美味い飯を食って帰るだけだ」

 

「バリルベ。汝のお薦めとしては、どれが一番良い選択なのだ?」

 

 背の低いグリンガムが、ベルリバーを見上げながら言う。その視線には疑いの色が混じっているものの、真剣そのものではあった。

 

「俺のお薦めは三つ目だ。地表部から入り、三層目の最奥を目指して貰う。多少のモンスターは出すが、まあ勝てる範囲だろう。言っておくが徐々に強くしていくそうだから、油断はするなよ? 後は……第三層の最奥で、強めの奴がボスとして出てくるからな。挑戦するなら気をつけるように。そいつに負けるか、それ以前に全滅判定になったら、治療してからお引き取り願う。基本的には殺さない方針だ。死んでも蘇生はするから安心して欲しい。おっと忘れてた、これは言っておかないと……」

 

 第一層から第三層まで、そこかしこに武具やアイテム等がある。入手できたなら、持って帰っても良い。自分達で使っても良いし、売って金に換えるのも良いだろう。

 

「で、第三層までの情報は、そのまま持ち帰って報告してくれて構わない。最後に……引率ってわけじゃないが、俺とシシマルが同行する。チーム単位で分散するなら、遺跡側から更に人を出す。ここまでで何か質問は?」

 

 長い説明を終えて一安心したベルリバーが、ヘッケラン達を見回す。ヘッケラン達はと言うと、更に戸惑いが深まった様子だ。暫く視線を交わし合っていたが、やがてヘッケランがベルリバーに向き直る。

 

「随分と……その、俺達に好意的なように思うんだが……。理由を聞いていいかな?」

 

「そこは俺も聞いたんだけどな。ええと……冒険者の名で、かぜっちとペロンって聞いたことはあるか? あんた方に世話になったとかでな……」

 

 だから接客待遇でも良かったのだが、部外者を簡単に呼び込むのは憚られるという意見も出た。そこで、三つの選択肢を設定したというわけだ。ちなみに、接客待遇派は茶釜、ペロロンチーノ、弐式の三人。挑戦者待遇派は、モモンガ、建御雷、ヘロヘロ。どっちでも良いとしたのはタブラとブルー・プラネット、そしてメコン川達である。割と綺麗に分かれており、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』で意見が割れたときに行われるコイン投票をするかという意見も出た。しかし、ワーカー隊に思い入れのある茶釜の意見により、ヘッケラン達に選択させることとしている。挑戦者待遇派のモモンガ達も、それぐらいなら別に……と茶釜の顔を立てたのだった。

 そういった事情を知らないヘッケランであったが、茶釜姉弟の冒険者名が出たところで、この日何度目かの驚きで顔が固まった。

 

「聞いたことと言うか、覚えているぞ? 我のチームが帝国の帝都近辺で拾った二人だな。暫くの間、ヘッケランのところで活動していたはずだが……」

 

「そうだぜ! かぜっちとペロン! あの二人……遺跡の関係者だったのか!?」

 

 グリンガムに続いてヘッケランが言い、それを受けてベルリバーは大きく頷く。こうなると、かぜっちとペロン……茶釜とペロロンチーノを探しに来た弐式炎雷も、遺跡関係者なのでは、ということになり……。

 

「え? なに? ニシキって、王国の冒険者チーム『漆黒』の一員だよな? てことは、漆黒のチームメンバーも? そ、そうなのか?」

 

 愕然とした様子のヘッケランは、震える声で呟きながらメコン川を見る。ベルリバーではなくメコン川を相手としたのは、信じられない事実を別の人物に否定して欲しかった……という思いが心の底にあったからだ。だが、メコン川は無情にも首を縦に振る。

 

「うん、そう」

 

 場の空気が一気に重くなった。

 メコン川達にしてみれば、「茶釜さん達の恩人だとか知らんかったわ~。ナザリックを楽しく体験して、手土産片手に帰れば?」程度の考えだったのだが、ヘッケラン達からすると「なんだか、えらい事を知ってしまった……」様な気分になっていたのである。

 

「大方は、バリルベさんが言ったとおりだ。ほとんど喋っちまったな~……で、この話をエルヤーにも聞かせるか? 聞かせないなら、エルヤーだけ別対応だけど」 

 

 メコン川が自分に意識を向けさせるべく、パムッと手の平を合わせて言うと、ヘッケラン達は何事かを囁き合った後、「相談したいから、ちょっと時間が欲しい」とヘッケランが申し出た。そしてメコン川達の了承を得ると、自分達の感覚ではメコン川達に聞こえないであろう位置まで遠ざかって、円陣を組んだのである。もっとも、その程度の距離なら、メコン川達には囁き合いであろうが聞き取れてしまうのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「なあ? どう思う?」

 

 ヘッケランの呟きに、グリンガムが「上手い話すぎる。あれを信じるのは馬鹿だろ?」と一蹴した。それに対し、パルパトラが白髪髭を左手でしごきながら呟く。

 

「しかしの、か()っちとペロン()仲間とか言うておった。あのニシキもじゃ(しゃ)。これを、()う思う? 敵に回すには危険す()るし……。話に乗ってみるのも一つの手()はないかの?」

 

「ぬう……。老公、一理ありますが……」

 

 唸るグリンガムを見て、ヘッケランが口を開いた。

 

「俺は……乗ってみるべきだと思う」

 

「ヘッケラン。汝……」

 

「まあ聞けよ、グリンガム。バリルベが言った三つの選択肢。このまま帰る、飯だけ食って帰る、最後は三層までだったか? 遺跡に挑戦して、アイテムとかを頂いて帰る。本来なら、元々の予定どおり『勝手に侵入する』が加わって、選択肢が四つになるんだよな。でもよ、バリルベの話を信用しないで、今から『勝手に侵入』とかして……無事で済むと思うか?」

 

 事前に察知されているのだから、相手は手ぐすね引いて待ち構えているだろう。そこにバリルベと同等以上の者達が居るとなれば、生還率は極めて低くなる。真正面から喧嘩を売って危険な目に遭うより、かぜっちやペロン、そしてシシマルにバリルベらと面識があることで遺跡側が友好的なのだから、これを利用しない手は無いだろう。    

 

「何もしないで帰るってのは論外だし? 飯にも興味あるけど、やっぱり得るものがなくちゃな。それにさ、帝都で一緒だったかぜっち達や、今一緒に居るバリルベ達も悪い奴じゃなさそうだし……」

 

 そう言ってニカッと笑うヘッケランは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンの大半が、悪寄りのカルマであることを知らない。もっとも、それはゲームにおけるステータス値の話で、根っからの性悪が少ないという点ではヘッケランの見立てどおりなのだ。

 

「……」

 

 ヘッケランの考えを聞いたパルパトラとグリンガムは、「どうする?」とばかりに顔を見合わせたが、元々乗り気だったパルパトラがヘッケランに追従。グリンガムも折れる形で選択肢の三……遺跡側同意の下での挑戦的探索を選ぶこととなる。

 そして、この話をエルヤーを知らせないことで三者の意見が一致した。ベルリバー達の口ぶりからして、エルヤーに好意的でないのが感じ取れるからだ。そうなると、エルヤーの天武のみが、選択肢の四……『遺跡側の申し出に乗らず、勝手に侵入』を選んで遺跡入りすることになる。

 

「エルヤーには、その選択肢を選んだ自覚は無いだろうがな……。それなりに『危ないから止めた方がいい』とか言うつもりだけどさ……。俺、エルヤーのことが嫌いなんだよな~」

 

「ヘッケランもか? 我もだ。それに、土産用のアイテムを用意してくれているのなら、分け前は多い方が良かろう」

 

バリルベ(はりるへ)の強さからして、アイテム類の質には期待して良さそうじゃ(しゃ)しの。受けた仕事(しこと)は成功確定()、雇い主から報酬を(いたた)けよう。それにの……この機会に、ワーカーの(はし)さらしを(のそ)くのも悪うないわ。とはいえ……」

 

 パルパトラは悪そうな笑みを打ち消して、ふさふさの白髪眉を下げた。

 エルヤー・ウズルスは腕が達者なクズだ。ワーカーの評判を下げる代表格であり、死んでも構わないだろう。むしろ清々する。しかし、彼が連れているエルフ奴隷達が、チームリーダーに巻き込まれて殺されるとしたら哀れだ。

 

「そこは俺達からバリルベに話してみるか……。余所のメンバーを気遣うなんてな、ワーカーの了見じゃないんだが。寝覚めが悪くなるのも嫌だしな」

 

 そうヘッケランが言うと、パルパトラ達は同意を示すように頷くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そうか。エルフの娘達に関しては、俺もシシマルも思うところがある。任せておいてくれ。悪いようにはしないさ。じゃあ、エルヤーは遺跡に対する敵として乗り込んでくる……で、いいんだな? 奴のことを強いと思ってるようだが、間違いなく死ぬぞ?」

 

 ベルリバーが確認すると、ヘッケラン達は揃って頷いた。「殺して貰って構いません」と口に出して言う気はないらしい。黙認ということだ。相談した上で決めたのだろうが、それでも面白くなさそうな顔をしている。

 

嫌いな奴(エルヤー)を切り捨てるのは良いが、仕事上の仲間(エルヤー)をはめるについては自分が悪者になったような気がする……ってところか。気の持ちようってやつだな……)

 

 ヘッケラン達の気持ちは理解できるので、ベルリバーは頷いた。これでエルヤーの死は確定である。彼の態度次第では生還の目もあるだろうが、恐らく無理だろう。後は、ワーカー隊が遺跡……ナザリック地下大墳墓に入った後の、目付役ギルメンの割り振りだ。ヘッケラン達の話しでは、チーム別で探索させて貰うとのことで、ナザリックからは最低でも四人のお目付役を出すことになっている。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で監視はできるだろうが、身近に一人付けた方が面白……もとい、何かと便利だとギルメン会議で決まったのだ。

 

(俺とメコさんは、<伝言(メッセージ)>参加だったけどな……)

 

 フォーサイトには、メコン川。ヘビー・マッシャーには、弐式。竜狩りには、茶釜が付くこととなる。これら三チームのメンバーには、各リーダーから今回の挑戦的侵入について、大まかな説明がある予定だ。そして天武には……ベルリバーが付くこととなった。

 

「もっともエルヤーには、俺の姿は見せない。危なくなっても助けない。……あの、女エルフ達は別だがな……」

 

 そう言ってベルリバーが話を締めくくると、ヘッケラン達は少しばかりホッとしたような表情を見せた。どうやら口で言っていた以上に、エルフ奴隷達のことが気に掛かっていたらしい。ベルリバーのような丸投げできる相手が居なければ、心を鬼にして見捨てたかも知れないが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「う~ん。予定どおりと言うか想定どおりと言うか……。冒険者チーム漆黒が、この遺跡……ナザリック地下大墳墓と関わりがあるって知られちゃいましたね」

 

 円卓のギルメン席。そこで座るブルー・プラネットが、遠隔視の鏡を見ながら苦笑している。言われた側のモモンガも苦笑で返すが、ブルー・プラネットが言ったように元々決めていたことなので大して気にはならない。むしろ気が楽になっている。

 

(何て言うかさ……名前を三つも取り回して、関連性を徹底秘匿するなんて肩が凝るんだよな~……。そもそも、カルネ村ではモモンガ=アインズ・ウール・ゴウン=モモンってことになってるんだし~)

 

 かつての本名は、鈴木悟。

 異世界転移を経て異形種となった後では、モモンガ。

 ギルメンを呼び寄せるために名乗った、ギルド長としてのアインズ・ウール・ゴウン。

 息抜きの冒険者活動時に名乗る、モモン。

 このうち、後者三つを運用しているのだが、先程考えたように気疲れするし面倒くさいのだ。現状、ギルメンは着実に集まってきているし、モモン名義の方ではベルリバーや獣王メコン川を呼び寄せることに成功した。今後は王国のレエブン侯などから、アインズの名も広まって行くだろうから、もっとオープンにしても良いのではないか。

 そう主張し、皆を納得させようとしたモモンガだが、それとなく本音を察したギルメン達が賛成してくれたことで、こういった展開になっていた。ありがたくも少し気が楽になった……様な気がする。だが、実のところ、モモンガがやることに大した変化はなかった。王国とやり取りする時はアインズの名を使うし、冒険者モモンの名も捨てたり変える必要性を感じないからだ。

 

(アインズとモモンは別人扱いが続くんだよな~。……まあ、そっちの方が便利だけど。冒険者モモンの他、漆黒メンバーはナザリック関係者という扱いで……。多少恐れられるかも知れないけど、息抜きの名義としては暫く続けられそうかな~)

 

 少なくとも(錯覚かも知れないが)気は楽になった。それで良いではないか……とモモンガは思う。

 仮に、現時点でギルメンが一人も合流して居らず、モモンガ一人であったのなら。それぞれの名前の関連性は徹底して秘匿したことだろう。そして、そういった途切れることの無い緊張感は、アンデッド特性の精神安定化があったとしても、徐々にモモンガの精神を蝕んでいく要因になったはずだ。

 

(ただでさえ発狂ゲージとかがあるのに、この上、過度の精神負担とか冗談じゃないわ……)

 

 幸いにも多数のギルメンが一緒に居るので、モモンガの精神的負担は少ない。暫くはギルメンの捜索を続けつつ、転移以後世界を楽しもう。そんな気分で居るぐらいだ。

 対外的に大きな行動と言えば『世界征服』があるが、乗り気で活動しているデミウルゴスには釘を刺してあるし、王国を支配下におければ一息つけるだろう。

 

(タブラさんが、そう言ってた! 俺も、そう思うし!)

 

 後はウルベルトが合流してくれれば、デミウルゴスの指導監督は彼に任せて良いはずだ。

 

(……大丈夫なのかな?)

 

 ウルベルトは、ベルリバーや他の二人とで、「ユグドラシルの世界一つぐらい征服しよう」と言っていた男だ。さすがにゲームと現実の区別はつけるだろうが、合流できたら確認の上で、デミウルゴスのことを頼もうとモモンガは考えている。

 

(後は……)

 

 遠隔視の鏡に映るベルリバーとワーカー達の会話を聞きながら、モモンガは、当面の気になることを考えてみた。真っ先に思い浮かぶのはアルベド達……恋人三人娘のことだが、こちらは喧嘩も起こらず上手く回っていると思う。これでいいのかな……と思うこともあるが、これまで女性との交際経験が無いのだ。手探りでやっていくしかないだろう。

 恋人と言えば、直近で加わった茶釜だが、彼女の弟であるペロロンチーノに交際開始を報告したところ、「あ~、ようやくですか。姉ちゃん、決心したんだな~」と、それほど驚いた様子はなかった。彼が言うには、随分と前から茶釜はモモンガに対して好意を抱いていたらしい。そこはモモンガも茶釜から聞いて知っていたが、驚いたのはペロロンチーノが、それを知りつつ素知らぬ顔をしていたことだ。

 

「教えてくれても良かったんじゃないですか?」

 

 もっと早くに知っていたら、元の現実(リアル)で茶釜と交際できてたかもしれない。そう思うと一言言ってやりたくなったモモンガだが、言われたペロロンチーノは顔前で手の平を振った。

 

「『お前の口からモモンガさんに伝えたら、殺す』って、昔の新機動戦記なんとかってアニメのキャラ張りに言われてたんですよぉ。言えるわけないでしょ?」

 

 それが本当かどうか、茶釜に確認する勇気はモモンガには無いが、彼女なら言いそうだと思う。

 

「何はともあれ、姉ちゃんの思いが叶ってめでたい限りですよ。叱られ役も、モモンガさんと俺で分けられそうですしね! よろしく頼みますね! 義兄さん!」

 

 そう言うとペロロンチーノは、報告の場となった彼の私室で笑ったものだ。

 

(めでたいは、めでたいだろうけど。ペロロンチーノさんの思うとおりになるかな?)

 

 モモンガの考えるところでは無理だ。 

 モモンガとて、時には茶釜を怒らせたり説教されたりするだろう。しかし、シモの話題での失態ならペロロンチーノの方が格段にやらかすはずだ。 

 

「シャルティアと結婚するところまで行けば、ペロロンチーノさんは落ち着いた感じになるのかなぁ……」

 

 口の中で呟き、モモンガはペロロンチーノを見た。彼はタブラと、第三階層までのトラップの設置状況を話し合ってる最中だ。費用の掛からないトラップが多い中、タブラの自腹による面白トラップも混ざっており、それを聞かされたペロロンチーノが爆笑している。他のギルメンが、それなりに静かに話し合ってる中、一人爆笑しているのだから非常に浮いた存在だ。当然ながら、茶釜の視線が向けられるのだが、それに気づいた様子はない。

 

「……駄目かな?」

 

 当分は、ペロロンチーノが何かやらかしては茶釜に叱られるという光景を見続けることになるだろう。将来的に義理の弟となる男のことだ、少しはフォローするつもりだが、巻き込まれて一緒に説教されるようなことはすまいと、モモンガは固く心に誓うのだった。

 




 今回は準備回みたいな感じですかね。
 次話以降、ワーカー隊が色んな意味でヒドイ目にあうかもです。
 タブラさんの面白トラップに乞う御期待。
 感想で面白いアイデアとか書いて貰ったら、採用することがあるかもしれません。
 確定ではないですけど。

 本作を書き始めた当初、終着点はまだそんなに決めてなかったのですが、ワーカー編は書きたいと思っていまして。原作がああだったので、救済方向で進めようとは思っていました。
 ギルメンの誰かを怒らせて「お前ら同士で殺し合え」みたいな展開とかも良いかな~と思ったりしましたが、やっぱりオバロ二次は初めて書くので救済ルートで行こうかと。
 
 アルシェの借金問題とか、どうしようかな……。
 ……ちょっと考えてはあるんですけど。

 エルヤー、密かに死亡確定?
 他に三チーム居るつもりが、実は自分の天武だけで単独進入してるに近い状況という。何それ怖い。ギルメンのお目付役の展開は、最初、ナザリック正門脇の応接棟でパルパトラが茶釜と会って……みたいな感じをイメージしていたんですが、本文のような展開となりました。各員の配置状況からして、エルフ娘達はバリルベさんの担当になる可能性が高いですね。
 
 ワーカー編は、他にも幾つか案がありまして、闘技場でヘッケランが嘘ハッタリ交えた交渉の中で、漆黒のモモンの名前を出して否定され、アルシェが諦めずに抗弁したら……モモン・茶釜・ペロロンチーノ、弐式が本当に助けに来るとか。
 あるいは、合流メンバーがタブラとヘロヘロだけであり、交渉中にヘッケランの嘘が発覚。モモンガさんが激怒したら、その怒りパワーでタブラさんが調整中の防衛システムが起動。ナザリックに直接転移するところを、結界に阻まれて異空間に居た、茶釜、たっち、ウルベルト、建御雷、ペロロンチーノ等が姿を現す……という案もありました。
 
たっち「ワールドブレイク! おお! 空間が開いた! って、モモンガさん!?」
ペロ「え? モモンガさん!? 何処です、何処!?」
ウルベルト「俺にも見せろ……って、痛い!? おい、空間の割れ目に挟まっちまったぞ!?」
弐式「え? あ、ホントだ!? 痛たたたっっ!?」
ウルベルト「新たに割り込んでくるなーっ!!」
ペロ「挟まって身動きが……た、建御雷さん何とかして!」
建御雷「なんとか」(どげし!
ウルベルト「ぐはぁ!?」
ペロ「出られたけど、蹴るこたぁないでしょ!? 鬼ですか!?」
ウルベルト「痛たたた……。悪魔の所業だ……」
弐式「このロリコン~ッ」
建御雷「誰がロリコンだ!?」
茶釜「うっさい、男共! ごめんね~、モモンガさん。騒がしくしちゃって~」

 という感じですかね~。
 この後、そこに居る人間種の人達って何? ということになって、事情の説明を受けた一部ギルメンが殺気立つんですけど、異世界だって言うなら現地の人の話が聞きたいとか合流ギルメンの取りなしがあってフォーサイトが助かる感じ。
 一気に6~7人が合流を果たすわけで、短期連載だったらこっちの展開になっていたかもしれません。

 今回の展開で、冒険者チーム漆黒の素性が漏れますが、メコ&ベルの実績があるので宣伝効果重視で行く事になっています。あと、ギルメン多くてモモンガさんの気が弛んでるとか、ギルメンらも余り気にしてないとか。そういった要因もあります。ぷにっと萌えさんとか居たら、展開が変わったかな……。
 次に『名前』で引き寄せられるのは、誰になるんでしょうねぇ。
 


<誤字報告>

D.D.D.さん、戦人さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

評価の方で、ギルメンとの再会がワンパターンにならないというコメントを頂いています。
一応、重複しない方向で書くように気をつけています。

ヘロヘロ……転移前からモモンガと合流
弐式……カルネ村近くに単独転移
タブラ……ナザリック宝物殿に転移。パンドラと共謀してモモンガさんを脅かす。
建御雷……死を撒く剣団の拠点付近に単独転移。剣団の客分。
茶釜、ペロロン……帝国方面に二人で転移。弐式に連れられて合流。
ブルプラ……トブの大森林に単独転移。大自然に感動して発狂。黒歴史を刻む。
メコ&ベル……帝国方面に二人で転移。ワーカー隊と合流。

 こう見ると、茶釜&ペロロンと、メコ&ベルが割りと近い感じなのかも。


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第72話

 陽が沈んだ。

 夜の暗闇の中、金級冒険者らが松明等を設置し、馬車を中心とした拠点が炎で照らし出される。

 

「よし、じゃあ行くぞ?」

 

 何となく「お前が号令をかけろ」という空気になったことで、ヘッケラン・ターマイトが小さく、しかし良く通る声で出発の合図を出した。これに対し、竜狩りのパルパトラ・オグリオン、ヘビーマッシャーのグリンガムが頷く。双方のチームメンバー、そしてヘッケランのフォーサイトのメンバーに関しては、すでにベルリバーから告げられた遺跡……ナザリック地下大墳墓側との密約が伝えられていた。

 彼らは、これからナザリック側承認の下で、挑戦的探索に赴くのだ。探索域として指定されたのは第三階層までで、ナザリック側としては知られて困るような領域ではない。中には『黒棺』など、特殊な領域も存在するが、第三階層までは通路のデザインを自由に変更できるため、ワーカー隊が侵入できないよう配慮されていた。こうした状況で探索を行い、お土産用のアイテム類を入手、適度に戦闘など危ない思いをして帰って貰うのだ。

 これはユグドラシル時代、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が親しい外部の知人などを招いて、疑似ダンジョンアタックを楽しんで貰うなどしていた……接待のようなものである。本来であれば、良く知らない相手にすることではないのだが、今回は特別だ。

 ギルドメンバーの茶釜姉弟。この二人が転移後世界に飛ばされた時、親身になって帝都まで送り届けてくれたのがヘビーマッシャーのグリンガムであり、帝都で相談に乗ってくれたのが竜狩りのパルパトラで、路銀稼ぎの面倒を見るべく、一時的にチーム編入させてくれたのがフォーサイトのヘッケランだった。こういった恩義から、本来は殲滅排除するべき侵入者……ワーカー隊に対する友好的対応につながっている。

 しかし、ナザリック側、つまりモモンガ達は全ての侵入者に好意的だったわけではない。

 チーム天武、エルヤー・ウズルス。

 天才剣士と知られる彼は、腕こそ一流だが、その人格は歪みきっている。奴隷市場で購入した三人のエルフ女性(森祭司、レンジャー、神官)を玩具のように弄び、気晴らしに暴行するのだ。その行いは帝都滞在中の茶釜の目にとまっており、彼の評価は底なしで低かった。以上のことからナザリック側の意向を踏まえた上で、ヘッケラン達が協議をし、エルヤーにのみ、前述の接待ないし挑戦的探索について知らせないこととしている。

 そうなると、今回の探索中にエルヤーが普段どおりの言動を行った場合、ナザリック側の機嫌を損ねて死亡する可能性があった。なお、引き連れているエルフ女性らには、お目こぼしがある予定となっている。

 

「ふ~む、遺跡と言うよりは墓地……墳墓だな」

 

 不自然に盛り上がった地面が外壁に達しており、その正面入口から見える光景は、今グリンガムが言ったとおり墓地そのものだ。気になるのは、入口脇に二階建ての建物があること。墳墓自体は、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているが、この建物も割と新しい建屋にしては雰囲気が怖い。月明かりに照らし出された悪魔の館と言ったところだろうか。それも当然で、この建物は外部の客を一時滞在させたりすることも踏まえた応接棟なのだ。しかも、タブラの趣味が加わっていて、墳墓に合わせた……怖さを感じるデザインとなっている。

 なお、ベルリバーからは応接棟に立ち寄るよう言われていたので、天武以外のワーカーチームは、初めて見知ったような素振りをしつつ意見を交わし合った。

 

「どう見ても、遺跡……墳墓に関係ある建物。誰か居るかも知れない……」

 

 フォーサイトのアルシェが言うと、各チームのリーダー達は顔を見合わせる。

 

「どうする? 挨拶でもしておくか?」

 

 ヘッケランが誰に言うでもなく呟くと、パルパトラとグリンガムが頷く。

 

「儂らの仕事(しこと)は『遺跡の調査』じゃ(しゃ)からな。あの建物、調()ぬわけにはいくまいて……」

 

「老公の意見に同感だ。ただし、何が居るか解らないからな。せっかく多数のチームが居るんだ、安全策として皆で踏み込んでみてはどうかな?」

 

 二階建て建物の調査をしようという意見が多い。あらかじめ密約があるからこその判断なのだ。しかし、裏の事情を知らないエルヤーは、鼻で笑い飛ばしている。

 

「話にならないですね。あんな遺跡の、しかも外にあるような建物を調べて何になるんです? 我々の目的は『遺跡の調査』でしょう? あんなものは無視して、さっさと遺跡内部に入ることが大事だと、私は思いますけどね」

 

 言い終えたところでドヤ顔をしているが、ヘッケラン達に言わせれば「こいつ、正気か?」や「話にならないのは、お前のオツムだ……」といったところだ。ベルリバー達からの情報が無かったとしても、見るからに墳墓関係の建物ではないか。それを調べないでどうする。

 

(本当に剣腕だけの小僧なのじゃな。呆れるわ……)

 

 パルパトラは愛用の槍を右肩に担ぐと、空いた方の手でこめかみを掻いた。呆れるが、今は少しだけ心地よい。何しろ内心の呟きは発音の必要がないため、往年の口調のままだ。我ながら、しょうも無いと思うが、気分が良いというのは重要である。

 口の端で微かに笑みを浮かべたパルパトラであったが、すぐに視線を鋭くしてエルヤーを見た。そして、彼のことを意識から外す。

 

(思えば妙なことになったものよ……)

 

 本来であれば初日の探索権を、このエルヤーやヘッケランらに譲って危険箇所を調べさせるつもりだった。そして自分達は、翌日以降、幾分かの安全を確保した状態で、墳墓の探索を行うことを考えていたのである。先行したヘッケランらが大損害を被るようなら、探索自体を断念して撤退してもいい。墳墓側との密約がなければパルパトラの竜狩りは、そうなっていたはずだ。また、あの建物の調査を行うのは竜狩りの担当になるよう、他のチームリーダーらに交渉したことだろう。

 

(そうならなくて良かったのかの? ……終わってみなけりゃわからんか……)

 

 小さく溜息をつき、首を横に振る。この仕草にエルヤーを馬鹿にする意図はない。だが、エルヤーはその様に受け取ったらしく、怒りで顔を歪めた。もっとも、パルパトラの方では、エルヤーに対して何も言う気が無くなっている。元からエルヤーと親しくする気が無かったし、同じ雇い主に雇われた者として、最低限の義理は果たしたからだ。このようにパルパトラは沈黙したが、今度は入れ替わるようにしてグリンガムが口を開いた。

 

「いい加減にせぬか、汝! 墳墓内部では別行動だろうが、今は人数が揃っているのだぞ! 怪しい建物を安全に調査をしようとは思わんのか!」

 

 実のところ、エルヤー以外の三リーダーで、最も親身にエルヤーを説得したのがグリンガムだったと言える。彼が率いるヘビーマッシャーは、多人数の変動編制だ。今回も、休息を取ったりしている者がチームから外れており、フルメンバーでの参加ではない。そうした多数の冒険者を束ねているからこそ、集団行動の乱れには五月蠅いのである。それも相まっての説得だったが、エルヤー自身にとって不幸なことに、エルヤーには通用しなかった。

 

「まったく思いませんね。細々と安全を気にしないで済む実力。それがあるからこそ、私は早く中に入りたいんですよ。実力が無い皆さんは、そら、そこの建物を調べて……私の後からゆっくりとついて来ればいいでしょう」

 

 この態度には天武以外のチームメンバーらも気を悪くする。フォーサイトのイミーナなどは食ってかかろうとしたが、その彼女の前にヘッケランが移動し背をさらした。

 

「いいさ、いいさ。エルヤーさんのお好きなように。俺達は後から、おっかなびっくり入って行くことにしよう」

 

「ちょっと! ヘッケ……」

 

 裏の事情は知っているが、エルヤーの態度には我慢ならない。だが、肩越しに向けられるヘッケランの視線に、イミーナは身をすくませた。イミーナが黙ると、ヘッケランはエルヤーに向き直った。 

 

「ああ、待たせて済まないな。エルヤー。先に入って、危ないモンスターなんかはバッサバッサと斬り伏せてくれてると凄く嬉しい。期待してるぜ?」

 

 人の良さそうな笑顔でヘッケランが言うと、少し身構えていたエルヤーは、引きつった笑みと共に胸を反らす。

 

「そうさせて貰いましょう。ただし、露払いをさせられる以上、入手した金品は私の所有物とします。後で文句を言わないでくださいね。さ、行きますよ」

 

 好き放題言った後で、エルヤーはエルフ達を連れて墳墓へ踏み込んで行った。足取り軽く、意気揚々と去って行く彼の後ろ姿は、見ていて非常に滑稽だと言える。

 

「行ったか……。皆と合わせてる方が、絶対にお得なんだけどなぁ。ま、人それぞれの人生ってやつだな」

 

 そう言ったのは、ヘッケラン達の後方で立つベルリバーとメコン川のうち、メコン川の方だ。メコン川は口の端を持ち上げると、肩越しに背後……応接棟を親指で示した。

 

「さて、皆さん。中に入ろうか。エルヤーが先に行ってくれたので、簡単な打合せもできそうだしな。……まあ、大人数でも大丈夫なんだが、取り敢えずリーダー方だけで入ってくれるか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 入ってすぐの場所は、ヘッケラン達に言わせると冒険者組合の受付に似ている。広い部屋に長いカウンターがあり、カウンター上に一つ、床には二つ、鉢植えが置かれて植物が植えられていた。天井を見上げれば、凝った水晶細工の……シャンデリアのような物が飾られていて、魔法光を放っている。背後の出口以外では、部屋の右側とカウンタのー奥に扉が見えた。そして、カウンターの奥に女性が一人、手前側の丸椅子には男女が一人ずつ座っている。奥の眼鏡をかけたメイド風の女性は初見だが、手前の男女についてヘッケラン達は見覚えがあった。

 

「かぜっちとニシキ!?」

 

「は~い、ヘッケラン。相変わらずイイ男ね~。帝都では世話になったわ。おじいちゃんに、グリンガムもね。感謝してる~」

 

 丸椅子から立ち上がって一礼するのは、背に二枚の大盾を背負った女性、かぜっち……こと、ぶくぶく茶釜だ。長身でスタイルが良く、かなりの美人ではあるが、カウンター奥のメイド女性と似ている事にヘッケランは気づいていた。

 

(遺跡……じゃなかった、この墳墓の関係者ってのは本当だったのか。てか、奥のメイドさんは双子の姉妹か何かか?)

 

 油断なく観察していると、今度は忍者服の弐式が座ったまま振り返り、面をまくりながら口を開く。

 

「は~い、ヘッケラン。相変わらずイイ男ね~。帝都では世話になったわ。おじいちゃんに、グリンガムもね。感謝してる~」

 

 茶釜のセリフを丸ごと真似ており、ヘッケランは脱力した。と、茶釜が手を伸ばして弐式の耳をひねる。

 

「いっ!? 痛だだだだだっ!? ちゃ、かぜっちさん!? 痛いですから!」

 

「しょうもないことを言うからよ。ったく!」

 

 弐式の耳から手を離し、茶釜は呆れ顔で弐式を見た。

 

「それにしても、仕事柄わかるんだけど……口調の真似が完璧ね~」

 

「そこはそれ、忍者スキルがあるからさ」

 

 ちなみに、口調の真似だけでなく、声色もコピーできるのだとか。そこを敢えて地声で真似たのは、弐式なりのこだわりらしい。

 

「あ~、あの、いいかな?」

 

 ヘッケランは、茶釜達が『ここで何をしているのか』を聞いてみた。聞かれた側の茶釜達は互いに視線を交わし合ったが、代表して茶釜が人懐っこそうな笑みを浮かべている。

 

「ヘッケラン達が遺跡と呼んでる、ここ……ナザリック地下大墳墓っていうのが正式名称なんだけど。そのナザリック側からのお目付役ってところかしら」

 

 基本的にワーカーチームに同行し、困ったときには助言するのが役目だ。

 

「降参して帰りたいって時には、私達に声を掛けてくれればいいから~」

 

「なあ、かぜっち?」

 

 明るく言う茶釜に対し、グリンガムが困り顔で話しかけた。

 帝都で受けた恩を返す。

 ベルリバーやメコン川達から聞かされているし、それはそれで良いのだが、いささかサービスが過ぎるのではないか。こうも好意的だと妙に勘ぐってしまうのだ。やはり何か裏でもあるのではないか……と。

 そこをグリンガムはストレートに聞いたが、茶釜……ナザリック側が正直に言う筋合いはない。お人好しは言い過ぎにしても、焦ったが故の馬鹿な質問ではあった。パルパトラが肩と白髪眉を落とし、ヘッケランが「あちゃー」と言いたげな顔になる。

 一方、茶釜はキョトンとした顔になると、その表情のままで回答した。

 

「裏? お礼目的以外でってことなら、一応あるわよ?」

 

 この一言にヘッケラン達は身構えるが、茶釜は「そんな構えなくていいのに」と話を続けている。

 茶釜が語る、お礼目的以外の裏というのは次のようなものだ。

 ナザリック地下大墳墓は表層こそ墓地だが、その実態は一大地下要塞である。この地に転移してきて、各所が無事機能するか試験をしたいのだが、丁度良くワーカー隊が向かってきた。本来であれば外に出て叩き潰すか、引き込んで磨り潰すかなのだが、ワーカー隊のほとんどが茶釜達の知人であり恩人である。そこで連絡を取って、行動の選択をさせたのだ。

 

「そのまま、何もせずに帰ってもいいし、美味しい御飯を食べて帰ってもいい。ヘッケラン達が選んだ三つ目については……お土産を渡して終わりってのは大盤振る舞いが過ぎるから、ナザリックの迎撃態勢のチェックを手伝って貰う感じで、報酬も兼ねて……というところかしらね。仕事として依頼しても良かったんだけど、今は事情が事情でしょ?」

 

 侵入者……そして挑戦者として入ってくれる方が都合が良い。ワーカー隊にしても、本来の目的は『遺跡』の情報を持ち帰ることなのだから。

 また、事前に説明したとおり、多少の怪我人や死人が出ても治癒や蘇生はする。とは言え、ナザリック側も試験やチェック目的で動くので、少しは怖い思いをするかも知れない。

 

「それに見合った物は用意してるつもり。例えば~」

 

 茶釜は背に手を回す振りをして、アイテムボックスから一振りの短剣を取り出した。それは、剣身が半透明な水晶で出来ており、薄らと白いオーラが立ち上っている。込められた魔力量は微妙だが、転移後世界の武器としては破格の性能だ。これを見たヘッケラン達は目を見開いた。

 

「こいつは凄ぇ……。魔剣ってやつか?」

 

「こう言っては何だが、売れば大金になりそうだぞ。ヘッケラン」

 

「それも魅力じゃ(しゃ)()、やはり得()たい魔法武器(ふき)は確保しておきたいものよのぉ」

 

 リーダー三人の目が眩んでいる。その様子を見て苦笑した茶釜は、掲げた剣に気合いを込めた。すると、剣身が伸びて長剣ほどの長さとなる。

 

「とまあ、短剣として使用できるし、長剣にも変化するのよ。おまけに魔法剣だから、威力は高いし……ゴーストなんかも斬れちゃうわね」

 

 更に言えば、立ち上るオーラのエフェクトをオフにすることも可能だ。

 

「こういったアイテム類を、何カ所かに配置してあるの。それが迷宮の試験運用に付き合って貰う報酬ってわけね。諸事情で金貨とかは置かないけど、良い物を用意してあるから、上手く探し出してゲットしてね~。……で、今からでも、御飯を食べて帰るコースに変更してもいいんだけど……どうする?」

 

 コース変更をする者は誰も居ない。サンプルとして見せられた魔法剣に、皆が心奪われていたのだ。ナザリックとしては、ユグドラシルで売却したとしたら、二束三文にしかならないゴミアイテムなのだが、喜んで頂けているようで何よりである。

 

(アイテムのチョイス……ブレインやクレマンティーヌ、カジットに相談して良かったわ~。そうそう、デイバーノックにも礼を言っておかなくちゃね!)

 

 王国の犯罪組織、八本指。今では、ナザリックの支配下にあり、主に王国裏社会の統制を担っている。その警備部門の幹部、六腕の一人であり、不死王の異名で知られたエルダー・リッチ……それがデイバーノックだ。人間社会に溶け込めるアンデッドで、転移後世界においては希少な存在である。主にモモンガとタブラが興味を示し、ナザリックまで呼びつけては聞き取りなどしてデータ収集を行っていた。そんなデイバーノックに対する報酬は、最古図書館での魔法書閲覧。それだけで良いのかとモモンガが確認したが、デイバーノックは充分だと言い放っている。以後、彼はナザリックに呼ばれての用事が済んだら、数日は泊まり込んで最古図書館に入り浸っていた。閲覧できる書籍には制限がかかっているのだが、モモンガ達からすれば低レベルの物でも、デイバーノックにとっては神話の書籍に見えるらしい。当人が幸せそうで何よりだが、時折、六腕からの呼び出しによって泣く泣く王都に戻っているようだ。

 

(六腕というか、八本指から退職したがってるのよね~)

 

 最古図書館の司書長相手に愚痴を言ってるとかで、その情報は、モモンガを始めとしたギルメンの耳にも入っていた。ナザリックとしても、転移後世界の一般常識を知り、対話可能なアンデッド。そのデイバーノックから来る(ナザリックの僕には期待できない)自由な見解や意見。それらは是非とも欲しい。なので、デイバーノックの口からナザリックへの転職の話が出たら、基本的に雇い入れる方向で動くよう、ギルメン間では話がまとまっていた。

 

「かぜっち」

 

 茶釜がデイバーノックのことを考えているうちに、ヘッケラン達の方で話がまとまったらしい。ヘッケランが不敵な笑みを浮かべながら茶釜を見ている。

 

「最初はな、疑ってたんだ。話が上手すぎるってな。しかし、かぜっちやペロン、ニシキにバリルベとシシマル。短い付き合いだが人柄は、概ねだが理解したつもりだ。信じるぜ! そして、お宝には期待させてもらおう!」

 

「こうなったら腹をくくるしかない。恩着せがましいことを言うものではないが、かぜっち達の心意気をありがたく受け取りたいと我は思う」

 

「稼ぎど(きと)ころを嗅()分けるのも冒険者(ほうけんしゃ)……おっと、ワーカーの(うて)の見せ()ころじゃ(しゃ)て。今回は、ナザリック地下大墳墓(なさりっくちかたいふんほ)と言ったかの? その大要塞(たいようさい)とやらを堪能させて貰うとしよう」

 

 グリンガムも、そしてパルパトラも、完全な乗り気となって笑みを浮かべていた。これを受けて茶釜もニッコリ微笑む。

 

「話は決まりね! じゃあ、さっそく第一階層に降りるわよ~っ!」 

 

 心弾むのを隠さず茶釜が拳を突き上げた。しかし、今ひとつヘッケラン達のノリがよろしくない。互いに顔を見合わせているのだ。 

 

「うん? どうかした?」

 

「あのな、かぜっちよ」

 

 戸惑いながら話し出したのは、グリンガム。彼が言うには、今すぐ出たらエルヤーに追いついてしまうのではないか。そうなると、ナザリック側のお目付役が同行していることについて、何か勘ぐられるのではないか……という、至極もっともな心配があるとのこと。だが、心配御無用と茶釜は笑い飛ばす。

 

「その辺の配慮に抜かりはないから、気にしないでいいわよ~」

 

 第三階層までの迷宮は、通路の組み替えが自由自在なのだ。エルヤーは後続のヘッケラン達と出会うことなく、奥へ奥へと突き進むことになる。

 

「とは言え、俺はエルヤーについて行かなくちゃな……」

 

 そう呟き、ベルリバーが応接棟の出口に向かった。彼は密約に参加していないエルヤーに対し、姿を隠して監視を行うことになっている。ベルリバー自身は<完全不可知化>を使用できないものの、そこはアイテム類で補う予定だ。

 そうしてベルリバーが一人出て行くと、残った者達も揃って応接棟を出た。その後は、ナザリック地下大墳墓……その第一階層を目指すこととなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「第一階層に入りましたね」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)に映る映像を見ながら、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)……ヘロヘロが呟く。円卓には今、モモンガ、ヘロヘロ、タブラが居た。ギルメンに関しては全員が異形種化している。モモンガの両斜め後ろには、アルベドとパンドラズ・アクターが立ち、ヘロヘロの後ろにはソリュシャン、遠隔視の鏡の脇にはデミウルゴスが立っていた。茶釜など、行動中のギルメンの制作NPC……例えばアウラやマーレ、ナーベラルなどは、創造主の席の後ろで待機している。

 

「ええ、始まりましたね」

 

 モモンガは楽しそうに頷いた。

 

「ギルメン多数が居る状況でのナザリック侵入は久しぶりです。しかも、互いに合意の上で……ですから、肩の力を抜いて楽しめそうですよ」

 

「私やペロロンチーノさんが考案した、アレやアレなトラップも試せますしね! いや~、垢バンが無いって最高ですね!」 

 

 続けてタブラが発言し、円卓にはモモンガ達の悪そうな笑いが木霊する。アルベドやアウラも追従して笑っているが、これはモモンガ達が上機嫌なので嬉しくなっているのが笑いの大部分を占めているらしい。

 現在、モモンガの対面側の壁付近には、遠隔視の鏡が四基据え付けられている。モモンガ一人だけの頃は、使っても一基だけだった。だが、今回のワーカー隊に対応するには一基だけでは不便だと、ギルメンの私物を持ち出し……三基を追加で用意したのだ。しかも、ナザリック内ということで、第三階層までの各所に音声送受信のアイテムを配置し、それぞれの鏡からは音声が伝わるという拘りようである。

 

「そういうことをしなくても、遠隔視の鏡を使うだけで通話可能にしたいんですけどね~」

 

「あまのまひとつさんかウルベルトさんが合流したら、一気に完成形に持ち込めそうですね!」

 

 タブラのぼやきにモモンガが反応すると、タブラとヘロヘロが笑み崩れた。それぞれブレイン・イーターと古き漆黒の粘体なのだが、何となく雰囲気で伝わってくる。

 

「とは言え、お二人頼みというのも少々情けないので、もう少し頑張ってみますか……」

 

 フッフッフッと笑いながらタブラが言い、それを受けてモモンガとヘロヘロも笑った。と、ここで遠隔視の鏡の一つにてイベントが発生する。弐式が同行するヘビーマッシャーが、第一階層で徘徊するよう配置されたモンスターと遭遇したのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……第一階層だったか? 地面の下なのに、そこそこ明るいな」

 

 先頭を行く盗賊……の後ろに続くグリンガムが、周囲を見回しながら呟く。通路の奥へは数メートル先まで見通せていた。松明やランタンを用意しなくて済むのでありがたいが、これはこれで不気味だ。見も知らぬ初挑戦のダンジョン。不安を増加させる一因ではあるのだが……。

 

「ああ、通路が明るいのは、明るさを調節できるからだよ。やろうと思えば眩しいくらいに明るくできるんだぜ?」

 

 最後尾を歩く弐式が得意げに説明するので、雰囲気が台無しである。肩の力が抜けることおびただしいが、一応は有益な情報なのでグリンガムらは特に文句を言わない。と、先頭の盗賊が、何者かの気配を感じて歩くのを止めた。

 

「歩く音だ。カシャカシャ……って、これ……スケルトンか?」

 

 言っているうちに口調が拍子抜けしたものへと変わっていく。盗賊の言ったとおりスケルトンが出るなら、緊張することはない。斬撃や刺突に耐性があるモンスターではあるが、そこさえ注意すれば殴ったり蹴ったりで倒すことができる雑魚モンスターなのだ。グリンガムら、ヘビーマッシャーの面々は顔を見合わせている。そして、グリンガムが弐式を見た。

 

「ニシキよ? これが俺達が戦うモンスターか? ただのスケルトンだぞ?」

 

 グリンガムの顔は悪い冗談でも聞いたかのように笑っているが、弐式が「どんどん強くなるから期待していいよ?」と言うと、笑顔のまま顔を引きつらせた。

 

「時間経過で強くなったりするかもしれないから、慎重すぎるのも良くないかもな~」

 

「そ、そうなのかぁ!?」

 

 雇い主や同業者に舐められないよう、仰々しい物言いをするグリンガムだが、第一階層に入ったあたりで素の口調に戻している。今の裏返った声などは、完全に素の口調だ。一方、弐式は「さあ?」と肩をすくめてみせた。

 

「俺、モンスターの配置の担当じゃないし。でも、担当者については知ってるからさ。それぐらいはするかも」

 

 死んでも蘇生するから、気にしないで……と弐式が親指を立てるものの、よく知らない相手の『蘇生の約束』など、あてにはできない。グリンガム達は、暗闇の向こうからスケルトンが姿を見せると雄叫びをあげて挑みかかった。スケルトンを強敵と見たのではなく、弐式が言った『時間経過によるモンスターの強化』を気にしたのだ。早くモンスターを倒せば、その浮いた時間を探索に割ける。その算段から来る速攻だった。結果としてヘビーマッシャーは、出現した五体のスケルトンを粉砕。少し進んだ先の玄室では、ゾンビとスケルトンによる混成部隊との戦闘も発生したが、これも危なげなく撃破した。連勝である。だが、喜んではいられない。弐式の言うとおりならば、時間に余裕は無いからだ。

 

「いきなり強くなってるじゃないか……。先が思いやられるぞ……」

 

 盗賊だけに任せるのではなく、グリンガムもブツブツ言いながら、玄室の探索を開始している……と、盗賊が声をあげた。

 

「グリンガム……。木箱だ……」

 

「おう……」

 

 ガランとした部屋の隅に、大きさとしては数十センチ四方の木箱が置かれている。鍵穴があるところを見ると、施錠されているらしい。面妖なのは、木箱のすぐ後ろ……石壁の腰高のあたりに、羊皮紙が貼られていることだ。盗賊が片眉を上げ、書かれている文字を読んでいく。

 

「ああ、何々? 『玄室撃破おめでとう。今回のお土産箱は……効果抜群、治癒ポーションを人数分だ。ただし、箱には罠がある。怪我しないタイプだから頑張るように』だとさ……」

 

 盗賊の報告を聞き、グリンガムの眉がひん曲がった。こんな巫山戯たダンジョンは初めてだ。だが、事情や経緯を思い出せば、腕試し感覚で楽しめば良いのではないか……とも思う。

 

(いや、駄目だ! 出てきたモンスターは今のところ大したことないが、本物だ。この先、何が出てくるかもわからん。気を弛めるべきじゃない!)

 

 軽く頭を振ったグリンガムは、戸惑っている盗賊に歩み寄り肩を叩いた。

 

「罠があると教えてくれてるんだ。怪我はしないそうだが、そこは注意をして取りかかってくれ……」

 

「了解だ。任せてくれ!」

 

 そう言って胸を叩き、盗賊が木箱の前でしゃがみ込む。グリンガムと神官、魔術師は後退して出口のあたりで待機だ。弐式はと言うと、ヘビーマッシャーとは少し離れたところで石壁に寄りかかり、腕を組んでいた。当然と言えば当然だが、罠の解除を手伝う様子はない。

 そして、数分後……。

 

「あっ……」

 

 聞きたくない盗賊の声と共に、木箱から白い煙が噴出した。その白煙は、猛烈な勢いで玄室内に充満していく。

 

「みんな! 玄室から出るんだ!」

 

 グリンガムの指示が飛び、メンバー三人が彼と共に出口に殺到した。だが、入口の扉は固く閉ざされている。

 

「開かない! 開かないぞ!? グリンガム!」

 

「よし! どいてろぉ!」

 

 神官の悲鳴を受け、グリンガムが前に出た。盾を背に回し、両手で持った斧を振り上げる。本来であれば盗賊に解錠させるのだが、今は時間が無い。

 

「うりゃああああ!」

 

 ガツン。

 

 そんな音がしたものの、グリンガムの斧は切っ先すら扉に入っていない。いや、掠り傷もつけてはいない。見た目は木製の扉なのに、常軌を逸した頑丈さである。

 

「くっ!? でい! おりゃ! ふんお!」

 

 血相を変えたグリンガムが斧を振り回すも、やはり扉はビクともしない。その内、白煙が迫ってきて、グリンガム達は煙を吸引することとなった。

 

「ぐうう!? ふひっ!? ふひゃは!? ぐはははははは!?」

 

 グリンガムが斧を取り落とし、肩を揺すりながら笑い出す。彼だけではない、盗賊や神官、それに魔術師も笑い出している。  

 

「に、ニシキ!? これは、いったい……」

 

 早くも息も絶え絶えであるグリンガムが聞くと、弐式は<伝言(メッセージ)>でタブラに確認を取った。

 

「笑いガスだってさ? 効果は暫く続くけど、ちょっと休憩って感じでいいんじゃないの?」

 

「けひっ! ひゃははは! な、なんで、おめ、お前だけ平気なんだ!?」

 

「ええ~? 俺、忍者だもん。これぐらい平気~」 

 

「ふざけるな~~~っ!! きゃぁあああはははははっ!」

 

 自らを指差して忍者アピールする弐式を、グリンガムは怒鳴りつけた……が、そのまま床に崩れ落ちると、笑いの地獄に埋もれていく。 

 そして、約十分後。

 笑いガスの効果がピタリと切れ、ヘビーマッシャーは全身全霊の笑いから解放された。四人共が玄室の床で大の字になり、未だに痙攣する腹筋を手で押さえている。もっともグリンガムや神官、それに盗賊などは鎧着用なので、直接腹に手を当てることは不可能だ。だが、それでも腹部に手を当てずにはいられなかった。

 

「ぐぬううう。腹筋に甚大な被害を受けたぞ……」

 

 何とかして身体を起こしたグリンガムに、弐式が「手に入れたポーションを使えば?」と声を掛けたが、グリンガムは「そんな、もったいない事ができるか!」と拒否している。

 更に数分が経過し、何とか行動が可能になったところで、グリンガムらはヨロヨロと立ち上がった。最初に取った行動は、入手した治癒ポーションの確認だ。木箱の中には薬瓶が四本。ただし、透明な瓶の中身は、グリンガム達が知る青色ではなく赤色となっている。

 

「赤い色? 誰か、見たり聞いたりしたことはあるか?」

 

「いや……」

 

 グリンガムの問いに対し、神官が首を横に振った。

 毒かも、という疑念が湧き上がるが、ここは普通のダンジョンではない。自分達にはダンジョン管理者の一人が同行しているのだ。瓶を一つ手に取ったグリンガムは、仲間三人と顔を見合わせていたが、やがて少し離れたところで立つ弐式を見た。

 

「効能について質問をしても?」

 

「それぐらいなら……良いかな?」

 

 弐式は少し考えたが、すぐに自分の判断で情報開示を始める。

 

「ええとだな、良く知られてる青色ポーションよりも効果は上だ。即効性で、飲んでも掛けても効き目が出る。あと、劣化しない」

 

「劣化しないだと!?」

 

 グリンガム達は、グリンガムが持つ薬瓶を見直す。手に握られた薬瓶の中で、赤い液体が揺れていた。見た目には血液にしか見えないのだ。だが、それは通常のポーションよりも上の効果を有するらしい。

 

「おお……」

 

 グリンガム達の胸に、小さなものであったが達成感が生じた。

 

「くくくっ。これで多少の怪我をしても大丈夫だな。その場で戦線復帰できるぞ!?」

 

「それだけじゃないぜ、グリンガム! 都市の薬師に売ったら、高く買い取ってくれそうだ!」

 

 盗賊が声をあげ、グリンガムらは「それがあったか!?」と、どよめいた。

 

「よぉし! この調子で第三階層とやらまで突き進む! 老公やヘッケラン達に負けるんじゃねぇぞ、お前ら!」

 

 瞳に金貨が浮かんでそうな顔つきのグリンガムが叫び、チームメンバーが「おう!」と答える。その様子を、弐式は何度も頷きながら見ていた。

 

(見ていると初心を思い出すな~。俺も、そろそろ冒険者組合で依頼受けて冒険したいかも……)

 




 正直、接待ダンジョンアタックに関しては、ワーカー隊の扱いを決めた頃は大盤振る舞いかな……と思ってたのですが、ワーカーらに事情を説明したことで割りと良い感じで話が組めたかなと思います。
 やはり茶釜さんとの縁があったことと、ガイドさん役に茶釜さんも出たことが大きかったかな~と。
 ちなみにエルヤー以外では、グリンガムが割りと危ない感じでした。会話の流れによっては、弐式さんを無視して暴走したりしたかもなのです。危うく、二次創作なのに黒棺行きになるところでした。
 あとパルパトラの台詞のルビ打ちがキツい。(笑 
 アニメ準拠で普通に喋らせれば良かった……。

 茶釜さんがサンプルとして見せた短剣は、原作でアインザックがモモンガさんから貰った短剣をモデルにしています。本作版の方がチョッピリ性能は上なのですが、白っぽい見た目とオーラの点で、原作の物より人気と取引価格は下という設定。

 垢バン無いのでエロトラップの制限は無い……のですけど、アルシェやイミーナが、その対象になるかは未定です。感想の反応次第かな~……。
 しかしですね、エロトラップが女性ワーカー相手に発動すると、色んな意味でタブラさんやペロロンチーノさんが危ないのです。……主にペロロンさんの命が危ないのかな~。

 ワーカー編は、場所がナザリック内なので、ギルメンの集中運用が描きやすく、書いてて楽しいです。とはいえ、ダラダラ続けても良くないので、それぞれに見せ場を設けるぐらいで留めようかとも考えています。

 次の土日は27日と28日か……。
 投稿できるかなぁ……。
 とか言って、キー打ちのノリが良かったので、73話については、一部書き進めてたりするんですけど。
 今日明日の雨で職場呼び出しがあるかもなので、この土日での進捗は厳しいかな……。
 
 それとコメントで御指摘頂いたので、タグと『あらすじ』にハーレムについて記載しています。たまに恋愛要素を盛り込んでるだけで、そんなにハーレムを意識した書き方はしてないつもりだったのですが。

 ……人化するとかも、タグに書いておいた方がいいですかね? 

<誤字報告>

Othuyegさん、Mr.ランターンさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

今回の72話は、忙しい中で書いたせいか、2箇所も『戦闘を行く盗賊』とか書いてまして。もう眼が~……書き上がり時は、いつも疲れ目で涙が出るんですな……。



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第73話

 チーム竜狩りのリーダー、パルパトラ・オグリオンがナザリック地下大墳墓、その第一階層を探索中だ。緑竜の鱗を削り出した逸品……緑の鎧を着用、肩には愛用の槍を担ぎ、周囲をチームメンバーの戦士や僧侶が固めている。先頭ではヘビーマッシャーと同じく盗賊が配置され、罠の有無などを警戒しながら歩いていた。

 そして……。

 

「ふんふん~」

 

 背に二枚の大盾。重装の戦士として同行する『かぜっち』……ぶくぶく茶釜。その彼女が、鼻歌交じりでパルパトラの隣を歩いていた。パルパトラは最初、やりにくそうにしていたが、次第に調子を取り戻したらしく茶釜に向けて質問などしている。

 

「なるほ()のぉ。(たい)三階層よりも、ま()下層()あるとな?」

 

「そうなの! 雪原や森なんかもあるのよ!」

 

「ほ、ほほう……」

 

 茶釜は上機嫌で喋っているが、パルパトラやチームメンバーはテンション下がることおびただしい。名の知れたワーカーチームとは言え、事前情報の無い(ある程度は弐式達から聞いているが)ダンジョン攻略は厳しいのだ。そこへ来て、森や雪原の存在である。

 

(さすがに嘘じゃろ? 地面の下に潜って、何で森や雪原が出てくるんじゃ?)

 

 乾いた笑いしか出てこない。しかし、茶釜の口ぶりにはハッタリを感じさせる物は何も無いのだ。そもそも、パルパトラの長い冒険者及びワーカー人生から見ても、今回のダンジョン入りは異常である。ダンジョン主の了承の下、案内人まで付けて貰って探索するなど、前代未聞だ。やはり、罠なのではないか。このまま『かぜっち』を名乗る女と行動を共にして良いものか。ヘッケランやグリンガムと相談の上で乗った探索だが、今更ながら後悔し始めるパルパトラだった。

 だが、そうした後悔や不安は、四つ目の玄室で消し飛ぶことになる。

 

「<青竜()突き>!」

 

 雷の追加効果と共に、竜の牙の槍が突き出された。対するモンスターは、玄室配備のモンスターのリーダー格、食屍鬼(グール)。ゾンビ四体に食屍鬼(グール)一体という編制だったが、まだまだ竜狩りの敵ではない。

 

「ぐああううう!」

 

 顎下から頭部を突かれた食屍鬼(グール)が、雷撃効果によって痙攣する。その痩せた身体が動きを止めたところで、パルパトラは一瞬押し込んでから槍を引き抜いた。

 

「こんなものかの。麻痺(とく)の爪も、槍より手()(みしか)()は役に立たんわな。それ()()じゃ(しゃ)な?」

 

 どうと言うのは、この玄室の木箱だ。これまでに入手したのは、人数分の治癒ポーション、<火球(ファイアーボール)>の込められた巻物(スクロール)が三本。ミスリル製の短剣が一本だ。かなりの成果だが、帝都で購入可能な品々でもある。ポーションは別だろうが、数を揃えれば代替可能だ。

 

(つき)は、もっと目新しい物()ええのぉ」

 

「例によって、また羊皮紙が貼ってあるぜ?」

 

 盗賊が指差すのは、木箱後ろの壁。これまでにも見てきた腰高の位置に貼られた羊皮紙だった。

 

『順調な様子で大いに結構です~。今回は~特別サービスとして、板金鎧並みの性能を有する革鎧を入れてみました。対魔法防御も一つ付いてて、盗賊の方には最適の防具かと。もちろん罠もあるんですけどね。頑張って!』

 

 木箱付近に貼られる羊皮紙の警告文。これはモモンガやヘロヘロが交代で書いており、今回はヘロヘロが書いたらしい。ギルメンである茶釜には一目瞭然だが、パルパトラ達は嬉しさと渋さが入り交じった複雑な表情になっている。これまでに開けた木箱は三つ。一つ目の罠解除は失敗。罠は、衣服にも効果がある吸盤付きの矢。当然ながら殺傷力は無いが、ハリネズミの様になった盗賊は涙目になっていた。二つ目の罠解除は成功。茶釜によって知らされた罠の内容は、<火球(ファイアーボール)>の効果音が鳴り響くというもの。三つ目の罠解除は失敗。罠の内容は、ランダムで選出された部位の体毛が二メートルになる魔法である。これは解錠失敗した盗賊に魔法が直撃し、ランダムで伸びた体毛は……よりにもよって股間だった。ボンという音と共に、盗賊のズボンの前が膨張。そこかしこの隙間から縮れた体毛が飛び出す大惨事となる。だが、盗賊が悲惨な思いをしたのは、その先のことだ。これがもし、男所帯の竜狩りメンバーだけで行動していたのなら、皆で爆笑したり苦笑したりしつつ、当の盗賊も伸びた体毛の処理をしたことだろう。だが、今の竜狩りにはお目付役として茶釜が同行している。長身でスタイルの良い、絶世の美女が……だ。

 

「ちくしょーっ! 見ないでくれーっ!」

 

 半泣きでカミソリを振るう盗賊に背を向けた茶釜は、<伝言(メッセージ)>で『増毛罠』をチョイスしたのがペロロンチーノであると知り、後で焼きを入れると心に誓ったものだ。

 

(あんの愚弟めぇ……。アルシェ……は、罠解除しないにしても、イミーナが引っかかってたらどうすんのよ! 破廉恥馬鹿鳥! 絶対に殺す!)

 

 ちなみにペロロンチーノ自身は、タブラから<伝言(メッセージ)>で結果を聞き、「な~んだ、男ですか。ハズレだな~……」と待機場所でボヤいている。しかし、それだけだ。心の底から残念には思っていない。何故かと言えば、本命の木箱罠が控えているからである。増毛罠などは、タブラに配慮したダミーのようなものだ。

 

「男が掛かったらギャグですが、女性が掛かると美人らしからぬギャップが良いと思うんですけど? ある意味ハイブリッドですよ、これは!」

 

「んん~……ホラーやグロは良いですし、清楚に見えてビッチとかも良いんですけど。下品なのはね~……でもまあ、気の強い女性が羞恥に悶えるとか……。それもまたギャップ萌えなのかな~……」

 

 このようにタブラを言いくるめて設置した、幾つかの木箱罠。その中に、少数ではあるが渾身のエロトラップを仕込んでいるのだ。それらもワーカー隊の動向によっては、今回の増毛罠のように不発で終わるだろうが、ペロロンチーノとしてはどちらでも良かった。

 

(垢バンの無い世界で、ユグドラシル風に振る舞えるとか最高だよな~。思う存分エロができるし。失敗しても次がある! 非道はしないけどエロは大事! これ、男の真理だよね~)

 

 自分の配置場所として設定されたのは、第三階層の最奥部。そこでシャルティアと共に課金罠を設置しながら、ペロロンチーノはニンマリとほくそ笑む。そんな彼には、ワーカー隊が帰った後で、苛烈な折檻が待っているのだが……この時点では知るよしもないことであった。

 一方、竜狩りであるが当然と言うべきか、発見した木箱罠の解除を行うこととなっている。罠の存在は不安だし警戒に値するが、羊皮紙に書いてあるとおりの品が入っているとしたら、とんでもないレアアイテムだ。少なくとも竜狩りメンバーの感覚においては、そう呼べるほどの価値があった。何しろ、魔法で強化された鎧というものは、この世界……モモンガらが言う転移後世界で出回っているが、大方は防御性能が五分上昇する程度。十年に一つの品と言われる物でも、良くて一割上昇する程度なのだ。具体的に言えば、転移後世界で出回っている魔法強化した革鎧は、かなりの良品であっても鎖帷子やリングメイルの防御性能には及ばない。だが、この木箱内の革鎧は、板金鎧並みの防御性能があるらしいのだ。

 

「あり得ねえぜ……。本当に貰って帰っていいのか?」

 

 盗賊が呟きつつ木箱に手を掛ける。相も変わらず鍵穴一つだけの施錠であり、他に細工などはない。ただ、ここまでの経験上、解錠に失敗すると罠が発動するのは間違いなかった。問題は、どんな罠が発動するかだが……。

 

「ぬ~……今までより簡単っぽい?」

 

 盗賊が、ピックや針金類を鍵穴に差しこみつつ首を傾げた。手に伝わる感触から、解錠の進捗がスムーズだと感じたのである。実は、他のチームの失敗状況がひどく、タブラが解錠の難易度を下げたのだ。

 

「絶対に発動する罠なんて、テンション下がるじゃないですか」

 

 とのことであり、モモンガ達も了承の上で解錠は難易度が下げられている。更に解錠作業が、一定時間内に五割ほど進捗した場合、木箱には異変が生じる様に設定変えが成されていた。その異変とは……。

 

「よ~し、よしよし。いいぞ~……現在、俺の鍵開けは道半ばを過ぎて……おおっ!?」

 

 盗賊が声をあげる。竜狩りのメンバーが身構えたが、これは解錠を失敗したのではなく、木箱上にて文字が魔法光で表示され、そのことで驚いたのだ。 

 

「脅かすなってんだ。……ええと、『解錠進捗のスピードボーナス。罠の内容情報。解錠に失敗すると、木箱正面に向けて<雷撃(ライトニング)>が撃ち出されます』だとぉ!?」

 

 今度は命に関わる驚きだ。威力次第では一発で死にかねない。いきなり殺しに来た木箱罠を前に、竜狩りメンバーには動揺が走るが……おもむろに立ち上がった盗賊は、木箱正面方向からメンバーをどかせる。そして、自身の短剣を引き抜くと木箱の蓋の合わせ目に差し込み、短剣の柄に向けてブーツ底にて一蹴り。その瞬間、盗賊は横っ飛びに逃げ、勢いよく開いた木箱から蒼い極太電光がほとばしった。見た目にも解りやすい、当たったら死ぬ威力である。それが誰も居ない方向へ放たれると、後に残るのは開放された木箱のみだ。

 

「ひょっひょっ。やる()はないか。もう一人前かの?」

 

 槍を構えて姿勢を低くしていたパルパトラが、警戒を解きつつ言い、立ち上がった盗賊は照れくさそうに頭を掻く。

 

「いや~、まだまだですよ。てゆうか、俺を一人前にするの何回目なんです? それより、お宝~」

 

 防御性能が板金鎧レベルとは言え、革鎧ということは自分に回される可能性が高い。盗賊は声を弾ませながら中を覗き込んだ。竜狩りメンバーもパルパトラを始めとして苦笑しながらゾロゾロと集まって行く。木箱から取り出されたのは、事前情報と違わずに革鎧。革製手甲とブーツに装着する革製足甲もセットで収納されている。そして、一枚の紙片も入っていた。

 

「なんだこりゃ? 羊皮紙じゃないのか? えらく綺麗な……紙だな?」

 

 盗賊が紙片を摘まみ上げて言うが、後方で見ている茶釜には解る。

 

(タブラさん、羊皮紙に書くのが面倒くさくなったのね……)

 

 コピー用紙を小さく切り分けたものだが、そこにはこう書かれている。

 

・板金鎧レベルにまで硬化処理済み。

・自己修復機能(小)。

 ※破損の程度によっては、修復不可。

・第二位階までの魔法の無効化。

 ※味方の治癒魔法も無効化するので注意

 

(……ゴミだわ……。それもオークションに出したら笑いものにされて、拡散されるレベル……)

 

 茶釜の評価が実に厳しい。

 一〇〇レベルプレイヤーからすれば当然の見解で、鉄製の板金鎧並みと言うのは、紙装甲で知られる弐式の防御力を大きく下回っている。ユグドラシル初心者の最初期の装備品と言って差し支えないだろう。極短い運用期間の後、新たな防具を入手したら売り飛ばされるか捨てられる程度の品だ。茶釜は「あんなの渡して気を悪くしないかしら?」と不安だったが、当の竜狩りメンバーは躍り上がって喜んでいる。飲酒が許される状況であれば、どんちゃん騒ぎになっていたことだろう。 

 

「さっきまで着てた革鎧と同じ重さだ! よし! 胸のあたりを一発、剣でやってくれ!!」

 

「よしきた! まずは軽めで!」

 

「……今、『ガキン!』とか言ったぞ!? 革鎧なのに!?」

 

「手応え硬いな!? ちょっと傷入るだけとか、嘘だろ!?」

 

 盗賊と戦士で大いにはしゃいでいる。

 パルパトラも白髪眉を揺らしながら笑っているので、お土産アイテムは喜ばれていると見て良い。

 

(結果オーライかしらね~)

 

 異世界転移の直後、彼らの世話になった茶釜としては、パルパトラ達が喜んでくれているとほっこりする。それほどに見知らぬ世界に放り出されたときは心細かったのだ。弟が一緒だったから、まだしも気を張って居られたものの、一人で転移していたらどうなっていたかわからない。転移後暫くして、冒険者達の業界事情を教わったのだが、あの状況の茶釜達が野盗や冒険者に襲われなかったのは奇跡と言って良い。撃退は出来たろうが、訳もわからないままに人殺し……という展開にならなかったのは、まことにもって幸運である。そういった事情から、茶釜がヘッケラン達に感じている恩は、モモンガが思うよりも大きく深いものだった。

 

(あ~……阿呆な弟に対する怒りが浄化されていく~)

 

 内心呟いてしまうほど、気が優しくなる茶釜。

 このままワーカー隊が何事もなく帰っていれば、茶釜はペロロンチーノに対して簡単な口頭注意だけで済ませていた可能性がある。だが、そうはならない。何故なら、竜狩りの盗賊を襲った以上の破廉恥罠が、フォーサイトの前に出現したからである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「う~ん。上手く罠回避しましたね。モモンガさんは、今のをどう思います?」

 

 タブラが聞いてくるので、モモンガは朗らかに答えた。

 

「良かったと思いますよ? 機転を利かせるあたり、熟練の冒険者って感じじゃないですか。映画みたいですね!」

 

 最初、モモンガは<雷撃(ライトニング)>の存在と、撃ち出される方向まで情報開示したのは甘かったかと思っていた。しかし、大怪我させたり殺したりするのが目的でないため、必要なことだったと思い直している。そして、今見たような機転を利かせた罠回避を見られただけで得した気分だ。今回設置された木箱罠には、モモンガが設置したものも含まれており、今の<雷撃(ライトニング)>罠などがそれにあたる。基本的に、オーソドックスな魔法発動型のものが多く、途中で追加した『解錠進捗率によるボーナス情報開示』も、罠内容の説明が多くなっていた。

 

(本来なら、鍵穴からピックを差し込んで、中のワイヤーを切ったり、落ちそうな薬瓶を固定したりするんだろうけど……)

 

 木箱内に映像の送信アイテムを設置し、盗賊のテクニックを堪能することも考えたが、それだと時間がかかるのだ。木箱罠の解除が、箱の鍵解錠と連動しているのは、そういった見物人側の都合による。

 

「おや? フォーサイトが玄室の守護者を撃破したようですね」

 

 ヘロヘロの声を聞き、モモンガが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)に視線を向けると、ヘッケラン達がゾンビ・ウォリアー五体を倒しきったところだった。ちなみに、この玄室配置のゾンビ・ウォリアーは、一定の戦闘時間が経過すると武器を投げ捨てて騎馬戦形態となり、交戦相手に向けて突進してくる……という、モモンガらの感覚では『お笑い』担当である。

 もっとも、ヘッケラン達はロバーデイクが轢かれたり、ヘッケランが反転した『騎馬』に後ろ足で蹴られたりと大いに苦戦したらしい。今は、最後の一体を倒したところで、フォーサイトのメンバーらは手を叩き合ったりして喜んでいた。

 実に微笑ましい。だが、そんな風に感じるモモンガ達の空気は、デミウルゴスの報告によって凍りつくこととなる。

 

「アインズ様。フォーサイトが居る玄室の木箱は、十五番木箱です」

 

「十五番……だと?」

 

 モモンガ、そしてタブラとヘロヘロが顔を見合わせた。

 十五番木箱とは何か。それは、ペロロンチーノが罠を設定した木箱の一つである。

 

「ぐぬうっ! あの木箱の部屋に、よりにもよってフォーサイトが入ってしまったのか……」

 

「こっそり罠を入れ替えちゃえば良かったかな?」

 

 タブラが呟くが、モモンガは力無く首を横に振った。ペロロンチーノには罠の設置許可を出したのだ。それを勝手に入れ替えることなどできない。例え茶釜が罠の変更を迫ったとしても、モモンガはペロロンチーノの承諾がない限り、手出ししないつもりだった。

 

「他の男性だけのチームが入ってくれれば良かったんですけどね~」

 

 ヘロヘロが呟くと、モモンガとタブラは揃って頷く。

 

「何事もなければ良いんだけど……。無理だよな……。いや、解錠さえ上手くいけば……」

 

 モモンガの呟きは空しく宙を彷徨い、円卓の中で消えていった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「『今回の品は、自己修復及び自己洗浄、先端発光機能のあるキーピック一式。魔力消費により、着衣の防御力を(鉄鎧まで)上昇させる髪飾りだ』」

 

 第一階層のとある玄室で、イミーナが木箱後ろの壁に貼られた羊皮紙……壁貼りの警告文書は羊皮紙の使用が継続している……の内容を読み上げていく。ここまでは良い。ヘッケラン達の感覚では大したお宝なのだ。フォーサイトの面々が、「このナザリック地下大墳墓とやらに挑んだ甲斐があるというものだ」と言いたげな表情になっていく。だが、問題は続く一文にあった。

 

「『今回の罠については、チームメンバー全員の装備を解除するというものだ。解除された装備は、足下に置かれるとのことだから喪失することはない。しかし、すべて解除されるので……その、なんだ、罠の設置申し立てに抗しきれなかった私を許して欲しい。本当に申し訳ない』……ですって」

 

 しゃがんでいたイミーナが肩越しに振り返ると、後方で待機するヘッケラン、ロバーデイク、照明補助としてランタンを持つアルシェの三人は、何とも言えない困り顔で顔を見合わせた。困り顔になっているのは、お目付役として同行している獣王メコン川も同様である。

 

(「書いたのはモモンガさんで、罠のチョイスはペロロンチーノさんか。あの鳥め……ギルド長を謝らせやがって……。しかも、なんて罠を仕掛けてやがる」)

 

 いつもは口の端を持ち上げる笑みが特徴的なメコン川だが、この時ばかりは口をへの字にしていた。ここまで幾つかの玄室を突破し、フォーサイトメンバーとは親密度が上昇している。それに、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェには懐かれている様子で、メコン川も悪い気はしない。それらフォーサイトのメンバー全員の装備が、場合によっては全解除されるらしい……つまりは素っ裸だ。

 

「別に無理して鍵開けしなくてもいいぞ? 第三階層の最奥まで行くか、無理なら降参して帰っても良いんだから」

 

 遠慮がちにメコン川が言うと、振り向いたヘッケランが、イミーナとアルシェが頷くのを確認してから答える。

 

「いや、挑戦させて貰うぜ。これだけのアイテムを、怪我したり死んだりせずに入手できるんだろ? イミーナ達も大丈夫……いや、我慢するって言ってくれてる」

 

 不敵な笑みは格好良い。だが、口元がひくついているのがメコン川には見えていた。

 

(ふざけた罠を用意しやがって……って感じか? けど、俺が選んだ罠じゃないしなぁ)

 

 同僚のミスで自分が代わりに苦情対応をする。社会人あるあるだが、当然ながら良い気はしない。メコン川は、ペロロンチーノに対する苛立ちを新たにしていた。なお、木箱の罠を選んだのがペロロンチーノであるのは、伝言(メッセージ)でモモンガに聞いたことで確認している。タブラが設置したのは、主にジョーク系やホラー系の罠であるらしい。

 

「そうか。わかったよ……」

 

 メコン川は少し肩を落とすと、諦めたような口調で呟いた。

 

「けど、俺個人としちゃ何かフォローはする。解錠失敗しないのが一番良いんだけどな」

 

 タブラからの<伝言(メッセージ)>では、罠の解錠難易度を引き下げたとのことで、おそらく大丈夫だろうとメコン川は思っていた。しかし、ペロロンチーノのエロへの執念は、タブラの気が回らないところにまで手が伸びていたのである。

 それは、解錠作業の進捗が半ばに達したところで発生した。

 木箱上に表示される魔法光の文字であるが、今回は一文字あたりのフォントサイズが手の平大。それが画面一杯に『うわあああああああああああああああああああああ!』と転移後世界の標準文字で赤色表示されたのだ。しかも、今回は表示画面が数十センチ四方ではなく、畳二畳分ほどとかなり大きい。声こそ出ないものの、その文字のみの絶叫を目の当たりにしたイミーナが「はあ?」と声をあげ……手を滑らせた。

 次の瞬間、フォーサイトメンバー着用している全てが消失。各自の足下で配置される。

 

「ぬわあああっ!?」

 

「神よっ!?」

 

 男二人が股間を手で覆った。女性二人も例外ではない。

 

「ごめん! やっちゃった!」

 

「ひっ!?」

 

 イミーナが叫ぶように謝罪し、アルシェが引きつった声をあげる。胸と股間を手で覆う仕草は双方とも同じだ。本来であれば、メンバー同士で気まずい思いをしながら衣服と装具を身に纏い出すのだろうが……ここには今、メコン川が居る。

 

「ほらよ!」

 

 アイテムボックスに突っ込んでいた手を引き出すと、メコン川はマントを四人分取り出して放り投げた。異形種としてのフル装備がマント着用の姿なので、替えのマントを常備しているのだが、それらはフォーサイト各メンバーの頭上に落ち……ヘッケランらは慌てて身を覆っている。

 

「すまねぇ! 助かる!」

 

 マントを羽織ったままで着用開始。一人の例外もなく顔が真っ赤だ。ちなみにメコン川も顔が赤い。苦虫を噛みつぶしたような顔で居るが、その脳内にはアルシェとイミーナの裸体背面……腰の曲線や尻の形などが鮮明に思い出されていた。

 

(離れて後ろの方で居たもんだから、位置的になぁ……。オマケにさぁ……)

 

 人化していると言っても、元の現実(リアル)での人間体よりは身体性能が良い。この場合、視力が良かったり夜目が利いたりするわけで、アルシェらの臀部最下部の曲線……その更に下から覗くモノも、ハッキリと見えていた。

 

(やっべぇ……イミーナは知らんが、アルシェって絶対に俺より一回り以上年下だろ? これって事案じゃないよな?)

 

 こういう時、モモンガのように精神の安定化があればと思うのだが、あったとしても今は人化しているのだから意味がない。妙にドキつく胸を甲冑の上から押さえながら、メコン川は嘆息する。イミーナとアルシェ、どちらかと言えばアルシェの方が印象に残るのだ。

 

(俺、もうちょっと年上好みのはずなんだけどな……。妙に懐かれてるから、そのせいなのかもな……。それにしてもペロロンさんめ、ヒント機能で妨害してくるたぁ……)

 

 解錠作業が設定時間よりも早く進捗すると、木箱上で出現する魔法文字。ヒント機能のようなものだが、今回は嫌がらせの罠だったようだ。もっとも、ヒント機能の追加はタブラの進言を受けたモモンガが許可したことで、ヒント内容については罠の設置者の責任で記載することになっている。ここが、モモンガとタブラにとって盲点となったようだ。ヒント機能を使って解錠の妨害をするなど考えつかなかったのである。そして、考えついたペロロンチーノが文面で驚かせる設定を仕込み、イミーナがまんまと引っかかったというわけだ。

 いそいそと着込んでいるヘッケラン達を前に、メコン川が頭を掻きつつ謝る。

 

「すまんなぁ。罠を仕込んだ奴は、後で絞めておくから……(鳥だけに)」

 

 ヘッケランとロバーデイクからは「覚悟の上だったんだし、気にすんな」「これも一つの試練ですよ」と優しい言葉が返ってきた。が、気がつくと普段の装備を着込んだアルシェが、畳んだマントを持ってメコン川の前に進み出ている。

 

「うあ、あ~……と。ごめんな?」

 

 気まずさから頭を掻くメコン川だったが、その彼をアルシェはジッと見上げた。そして薄暗い中、しかし、メコン川にはハッキリと見える赤らめた顔で……彼女は口を開く。

 

「……見た?」

 

「いや、ええと……その……。見えました。ごめんなさい」

 

 誤魔化したいのは山々だが、この状況で嘘を言っても仕方がない。正直に言って謝ったところ、アルシェは「んっ!」とマントを差し出した。

 

「お、おお?」

 

 戸惑いつつメコン川が受け取ると、アルシェはヘッケラン達に向き直って歩き出す。「嫌われたかな?」とメコン川が口の端を持ち上げようとしたとき、アルシェの足が止まって肩越しに振り返った。

 

「お、怒ってないから……」

 

 それだけ言い残し、仲間達の元へと駆けて行く。戻ったアルシェは、にやけ顔のイミーナから指でツンツンされて何か言い返しているようだが、からかうように笑うイミーナは意にも介していない。それを見てヘッケランとロバーデイクが楽しげに笑うのを、メコン川は今度こそ口の端を持ち上げながら見つめ続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ちょっと行って、あの下等生物をブッ殺してくるっす!」

 

「待てーっ! ルプスレギナ、ステイ! ステイーッ!」

 

 メコン川のギルメン席。今は空席となっている椅子の後ろで、ルプスレギナが駆け出そうとする。それをモモンガが必死になって呼び止めたのだが、ルプスレギナはアッサリと聞き入れて椅子の後ろへ戻っていた。その顔には不満の要素が一欠片も浮かんではいないが……いや、訂正しなければならない。遠隔視の鏡を見る彼女の眉間には、シワが寄っている。

 

(メコン川さんが謝ったことが、相当気にくわない様子だな~。ナザリックのNPCなら当然か~……)

 

 ギルメンが外部の者に対して頭を下げるというのは、モモンガにしてみても腹立たしいことだ。しかし、ギルメン側に落ち度があった場合なら話は別である。それにしても今の展開……。

 

(メコン川さん、あのアルシェって娘と良い感じじゃないかぁ? 春か!? またしてもギルメンに春が来たというのかっ!?)

 

 自分の色恋には鈍いモモンガだが、ギルメンが対象となると妙に勘が鋭い。かつて……アルベド達と交際し始める前までのモモンガならば、ギルド長権限を振りかざしての妨害行動を夢想するところである。しかし、アルベドと茶釜、そしてルプスレギナと交際している今となっては、ギルメンの春を応援したいという気持ちが強く出ていた。

 

(今のところ確認できてる俺以外のカップルは、ヘロヘロさんとソリュシャン、弐式さんとナーベラルってところか~。どっちも交際報告は受けてないけど……。ナザリック外の異性が相手なのは、メコン川さんが初なのかな~……うっ!)

 

 ナザリック外の異性との交際という点では、メコン川が初ではないことにモモンガは思い当たる。モモンガ自身が、カルネ村のエンリや冒険者のニニャと良い感じなのである。

 

(いや、俺はエンリやニニャとは正式に付き合ってないし! ……告白されて、断らなかった時点で付き合ってるようなものか……)

 

 そもそも、今更、交際を断る気はないし、二人のことは気に入っていた。そうなると、久しぶりで二人の顔を見たくなってくる。

 

(ここのところ忙しかったし、久しぶりにカルネ村に顔出してみたりするかぁ? でも、帝国と揉めそうなんだけど、時間とかあるかな~)

 

 しかし、メコン川もそうだが、ナザリック外の女性と交際するとしたら、何処まで相手に正体を明かすべきだろう。ユグドラシル時代は効率重視で、人化する気などサラサラなかったが、今は体質の変化もあって人化することに抵抗はない。ギルメン達も人化能力を得ていない建御雷なども含めて、頃合いを見て人化を繰り返している。やはり、精神の異形種ゲージや発狂ゲージを気にしているのだ。

 

(ブルー・プラネットさんの悲劇は繰り返してはならないものな……。っと、そうではなくて……)

 

 モモンガは、「あ~、ペロロンチーノさん。死んだな~」と呟いているブルー・プラネットをチラ見してから、脱線しかけた思考を元に戻した。今考えなければならないのは、エンリやニニャが死の支配者(オーバーロード)としてのモモンガを受け入れてくれるかどうかだ。

 

(エンリは俺が骸骨だって知ってるんだっけ? ニニャは~……難しい……のかもな)

 

 異世界転移してから、それなりの日数が経過した。転移後世界の人間達が、人外の者……異形種に対してどういう認識を持っているかは理解できているつもりだ。改めてエンリ達にお付き合いオーケーを出したとして、その後でニニャに異形種であることが知られたら……。

 

(それで怖がられたり、騙した呼ばわりとかされたら……。俺、心折れちゃうかも……)

 

 いざとなったら記憶操作するなど、魔法で洗脳する手もある。だが、それで自分のことを好きにさせるなど吐き気がするし、やるとしても自分のことを忘れさせるぐらいだろう。とはいえ、そんな事にはならない方が良いし、なって欲しくはない。

 

(自分のまいた種だけど、気が重いな~……)

 

 まいた種。そう表現したモモンガだが、エンリとニニャとの出会いを悪いものだとは思っていなかった。ただ、この辺で留めておかないと、交際女性の増員に際限がないというのも理解できている。

 今更ながら、今後は女性との付き合いについて、慎重にならなければと思うモモンガであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第一階層、最奥。

 最奥と言っても、通路の組み替えで今回『最奥』となった場所である。木箱のある玄室と同じ造りだが、広さは数倍ほども大きい。具体的にはテニスの試合が二つ同時に行える程度だろうか。

 この日、ナザリック地下大墳墓へ侵入したワーカーチームの中で、最も早く第一階層最奥に到達したのは、エルヤー・ウズルスの天武である。モモンガ達の通路操作により、玄室に行き当たることなく移動していた為、到達が早いのは当然なのだ。

 

「随分と広いところに出ましたね? 奥には……むっ?」

 

 先頭に立って歩いていたエルヤーが前方を注視する。かなり離れた奥、両開きの扉付近で人影が確認できた。人影と言っても随分と大柄だ。オーガほどではないが、それでも人の背丈ではない。遠目に見えるシルエットも何だか変だ。

 

「腕の数が六本? モンスターで確定ですね……」

 

 スラリと刀を引き抜きながら呟くエルヤーだが、すぐにエルフ達を怒鳴りつけた。

 

「何をしてるんです!? 敵ですよっ!?」

 

 その一声で、それまで何をするでもなくボウッとしていた女エルフらが身構える。怠慢なのではない。奴隷として買われた上、日頃からエルヤーの暴行にさらされている。探索活動に意欲や積極性などあるはずがないのだ。ただ、反抗心はへし折られているので、彼女らは言われるまま支援行動に移った。

 

「ふむふむ、まあ良いでしょう。けれど、こういうのは言われる前にするものですよ?」

 

 刀の一時的な魔法強化や、肉体能力の向上など、幾つかの魔法を帯びたエルヤーは、自信たっぷりに笑みを浮かべて前に出る。

 

「ここまで雑魚ばかりでしたが、多少は歯ごたえがあると良いのですけどねぇ……」

 

 自分の勝利に微塵の疑いも抱いていない。

 だが、エルヤーは気づいていなかった。彼の前で立つ者こそ、ナザリック地下大墳墓の支配者の一人、大食らいの魔法剣士こと……ベルリバーなのだ。一〇〇レベルプレイヤーを相手にして、エルヤーに勝ち目などあるはずがない。彼に残された道は、どのように負けるか。ただ、それだけであった。なお、生死に関してはベルリバーに対する態度次第とも言えるが……。

 

「そこのモンスター。さっさと掛かって来なさい……と言っても理解できないでしょうねぇ。モンスターというのは、人様の言葉など理解できない下等生物なのですから。ハハハハッ」

 

 この嘲笑を聞いたベルリバーは特に反応を示さなかったが、遠隔視の鏡で見ているモモンガ達は「道化ですねぇ」と顔を見合わせ、アルベドやデミウルゴスなどは怒髪天を衝くほどに激怒している。このようにナザリックの僕達の怒りを買ったことで、いきなり生還率が低くなった。

 そうとは知らないエルヤーは、抜いた刀を両手で持ち、ベルリバーとの間合いを詰めていく。

 

「来ないなら……こちらから行きます!」

 

 エルヤーは駆け出した。

 スライドするように間合いを詰める武技、<縮地改>を会得している彼だが、それを使うまでもないと普通に走っている。要はベルリバーを舐めてかかっているのだ。不用意な接近によって、敗北への到達時間が短くなったわけだが、エルヤーは自身の勝利を確信したまま駆け続けた。そして、刀の届く間合いに到ったところで攻撃……それまでに斬り倒してきたゾンビらと同様に、目の前のモンスターも倒す。それがエルヤーの脳内でのプランである。

 直後、彼の思い描いたように刀が振られ、その刃はベルリバーの肉体を捉えた。だが、生じた結果は、エルヤーが想像していたものとは大きく違っていたのである。

 




第一階層の最奥まで到達。
この辺からダイジェストになるのかな。

エンリとニニャが、正式にモモンガ奥さんズに加入するかどうか。

モモンガ・ハーレムについては、特に思惑があって出来たものではないです。

アルベド……モモンガさんの嫁と言えば彼女
ルプー……後で合流するメコン川さんと揉めるか、話のネタにでもなれば~
茶釜……ギルメンの彼女とか居てもええやん

後は、原作イベントの改編でエンリとニニャが……。
気がつくと奥さん候補が5人という……。

すみませんね~、無計画にノリでハーレム化しちゃって。
……後はカルカをねじ込めたら……と思うんですけど、駄目かな?
他のギルメンに受け持って貰えば良いかな……。

エロトラップに関しては、装備解除罠で終わりな感じです。たぶん。
これ以上やると、ペロロンさんの命がマジでヤバいのだ。
……第三階層の最奥で、何かあるかも知れませんが……。

エルヤーの相手はベルリバーさんになりました。
ブレインを出そうかと思ったのですが、女エルフの押しつけ先を何と言うか……アレだったのです。
エルヤー、どうしようかなぁ……。

次は4月3日か4日か……。どうだろう、年度始めで書き進められるかな~。

<誤字報告>

D.D.D.さん、サマリオンさん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます


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第74話

 ナザリック地下大墳墓、第三階層。

 その最奥で、エルヤー・ウズルスが駆けている。抜いた刀を両手で持ち、大きく振りかざした姿は抜刀突撃と言って良い。スライドするかのような挙動で距離を詰める武技<縮地>を使える彼だが、この時は相手を舐めており、普通に駆けていた。

 しかし、その相手というのがナザリックの支配者の一人、ベルリバー。大喰らいの異名を持つ魔法剣士で、一〇〇レベルのユグドラシル・プレイヤーだ。本来は六本の腕に、錫杖やメイスなども持つスタイルだが、この時は赤い剣身の両刃剣を左上段の手に持っているのみ。これはエルヤーのように相手を舐めているのではなく、彼我の戦力差を正確に把握していることによる。

 

(本当は、剣もいらないぐらいなんだけどな……)

 

 ベルリバーは、弱い者イジメをしているような気分になったものの、今更止めるわけには行かない。エルヤー・ウズルスについては、街道でワーカー隊に合流してからの言動をずっと見てきた。チームメンバーの女エルフらに対する、殴る蹴るの暴行。まったくもって見るに堪えない。ワーカーチームのナザリック侵入後は、ここまでアイテム効果で姿に音、気配まで消しながら尾行していたが……その間にも理不尽な暴力行為が幾度もあって、何度止めに入ろうと思ったか解らないくらいだ。

 異世界転移をして異形種の身体となったプレイヤーは、人間やエルフに対する同族意識などを喪失する。そうなるはずだ……と、モモンガ達から聞かされていた。実際にそういう感覚はあると、ベルリバーも認識している。しかし、身についた人化能力を行使していたので、今のところは人間寄りの感覚を維持できていた。

 

(ここにはモモンガさん達も居るしな。人づきあいする以上、人としての心は大事だよ。異形種……モンスターみたいになるのは嫌だもの。それにぃ、ゲームの悪役や……元の現実(リアル)での権力を振りかざす阿呆共みたいになるのは真っ平御免だ)

 

 こういう心根の持ち主だからこそ、元の現実(リアル)では巨大企業の不正を探っていたのだし、反政府活動を行うウルベルトにも協力していたのである。そんなベルリバーから見たエルヤーは、人として完全にアウトだった。転移後世界的に正規の手続きを踏み、対価を支払って購入した奴隷だろうが、女エルフ達に対する遇し方は見ていて吐き気がする。これがエルフではなくて、オーガやゴブリンであっても似たような気分になったろうが、天武の女エルフ達は美人揃いだ。その彼女らが殴られたりされる様を見るのは、本当に我慢がならない。

 

(俺の独りよがりの我が儘だけどさ……。気に入らないものは気に入らないんだよな~)

 

 考えているうちにエルヤーの刀が振るわれ、その切っ先が剣を持つ右上段腕の二の腕あたりに命中した。と言っても、ベルリバーがダランと下げた腕をそのままにしていたので、狙った部位に当たっただけなのだ。が、その切っ先がベルリバーを傷つけたかと言うと、掠り傷一つ付けてはいない。何故なら、くすんだ赤い肌には口があり、その牙がエルヤーの刀を咥え取っていたからだ。

 

「な、何ですか、その口は……体中に!?」

 

 エルヤーは目を剥き力一杯に刀を引く。だが、ビクともしない。

 

「ぐっ、くっ! この! 汚いですよ!」

 

「ああ、なるほど。他人様の大事な物を咥えるってのは良くなかったな」

 

 人で言う頭部付近の口にあたる位置。そこに配置された口で発声したベルリバーは、腕部の口を開いて刀を放した。これによりエルヤーは、力一杯引いていた反動で大きく後ろに仰け反る。が、そのまま武技<縮地>を発動して距離を取った。そして刀を右手だけで持ち、空いた方の左手甲で顎下の汗を拭う。軽く背を曲げ、いつでも飛び退けるようにしているあたり、今の仕草と相まって格好良く見えていた。……が、この場で見ている者……ベルリバーや女エルフ達からの反応は皆無だ。

 

「ふ、ふふん。話が出来るモンスターだとは驚きました。その剣と鎧、値打ち物と見ましたが……それを差し出せば、帰って貰っていいですよ? 見逃してあげます」

 

「……はあ?」

 

 エルヤーの言いぐさを聞いたベルリバーは、呆気に取られる。たった今、斬撃を口一つで防がれた男が言う台詞だろうか。それとも、ベルリバーが把握できていない実力を、エルヤーが隠し持っているのか……。

 

(聞いた話じゃ、建御雷さんの子分の……ブレインって奴と、どっこいのレベルらしいんだけどな~)

 

 レベル五〇を超えていないのは確実で、エルヤーの何を持ち出してもベルリバーに勝つのは無理だと判断できる。ベルリバーは、溜息をつくとエルヤーに話しかけた。

 

「エルヤーだったか? 侵入してから、ずっと観察してたが……。お前、ひどいもんだな」

 

「なにぃ?」

 

 いきなりの駄目出しに、エルヤーの顔が怒りで歪む。

 

「お前、チームリーダーだってのに、連れの女の子を怒鳴りつけるのは当たり前……殴る蹴るで言うこと聞かせるとか。男の風上にも置けない奴だって話さ」

 

 ベルリバーにとって、権力で無理を通し、好き放題するというのは唾棄すべき行いだ。喧嘩相手や戦争相手にするならまだしも、仲間の女性に対して行われるそれは、絶対に見過ごせない。

 

(こんなの、たっちさんやウルベルトさんが見たら興奮して暴れてたかもな……)

 

 言いたいことを言って「俺が言いたいのは、そういうことだ」とエルヤーを指差す。しかし、エルヤーは一瞬呆気にとられた後で吹き出した。

 

「お、女の子っ!? これは奴隷、それもエルフですよ!?」

 

「これって、おま……」

 

 エルヤーの言いたいこと、そして吹き出した理由は何となく想像が付く。しかし、美人女性を三人掴まえて『これ』呼ばわりというのは、ベルリバーの想像を超えていた。それまで保っていた、元の現実(リアル)での社会人としての忍耐……それが弾け飛ぶのを感じる。

 

「……モモンガさん」

 

 ベルリバーは右上段の手指をこめかみに当てると、<伝言(メッセージ)>を発動した。

 

「モモンガさん。事前に確認しましたが……もう一度だけ聞きます。こいつ、殺していいんですよね? いや、俺の好きにしていいんでしたっけ?」

 

『他のチームも見放しているようですし、問題なしです。あの、ベルリバーさん? 暴走……してないですよね?』

 

「大丈夫ですよ……」

 

 脳内で聞こえるモモンガの声が不安そうなので、ベルリバーは一言のみ返事をする。その後で頭が冷えるのを感じたが、その冷えた頭で得た情報を再確認してみた。

 

(エルヤーにとっての女エルフ……奴隷は、一応、正当な対価を支払って入手した資産だ。しかし、エルフの様な『人間ではない』奴隷は、物扱いする主が居たとして、嫌な目で見られることはあっても、それを止める奴はそうそう居ない。なぜなら主の所有物……資産だからだ。人が所有物で、資産ねぇ……馬鹿じゃねぇの?)

 

 とは言え、それを気に入らないからと、エルヤーを殺して奴隷解放しても良いのだろうか。ベルリバーの思う筋論では、駄目なような気がする。しかし、外部で通りすがりに見かけただけならともかく、ここはナザリック地下大墳墓。自分達の領域だ。それも排除すべき侵入者として、エルヤーはベルリバーの前に立っている。態度も悪いし攻撃的でもあった。

 

(うん、やっぱ好きにしていいよな)

 

「モモンガさん。殺すとこまでやった時は……死体の回収を頼みます」

 

 このままバッサリ斬り殺しても良いが、エルヤーには他の死に方をさせてみたい気もする。ベルリバーは左上段腕で持つ剣を握りしめた。と、ここで戦いの高揚感以外の感覚が彼の内側から湧き出してきた。

 

(腹が減ってきたな……。こんな空腹になるほど、飯食ってから時間経ってたっけ? 獲物が目の前に居るからって……獲物!? エルヤーは人間だろ!?)

 

 いつの間にか目の前の剣士を『食料』だと認識していた事に、ベルリバーは寒気を覚える。そして空腹を感じるのは腹部だけではない。全身各所の口が「何か喰わせろ」と騒ぎ立てているのだ。それらの欲求、食の催促はベルリバーの脳を激しく揺さぶっていた。

 

(う~お~……やべ~、やべ~って。おっかねぇ!? これが異形種ゲージが溜まるってやつか? 俺の種族だと、こんな感じになるんだな~。自重、自重。さて……と)

 

『ベルリバーさん?』

 

「ああ、いえ、何でもないです。じゃあ、通話を切りますね」

 

 モモンガの声に努めて朗らかに答えたベルリバーは、様子を窺っているエルヤーに話しかけた。これから言うことは、最後通告であり、人としてのベルリバーが果たす……最後の義理立てのようなものだ。更に言えば、エルヤーを食料として認識したことでショックを受け、血なまぐさい行動から逃れようとしたのもある。

 

「待たせたな。さっき試して解ったろうが、お前の腕前じゃあ俺は倒せない。今日までの行いを反省して、そこのエルフの娘らに対する扱いを良くすると言うのなら……まあ、このまま帰ってくれてもいいかな?」

 

 おそらく無駄だろうと思いつつ言うが、案の定、無駄だった。エルヤーは左手に持った刀の切っ先を下ろすと、肩を上下に揺する勢いで笑い出したのである。

 

「へほっ!? はっはっひゃ! これは傑作だ。私の実力を見切ったつもりで居るとは……口が利けると言っても所詮はモンスターですか。それに、何です? 奴隷共の待遇を良くしろとか……アレですか? たまに奴隷共が可哀想だとか、口出ししてくる馬鹿が居ますけど、まさかモンスターがねぇ……。言っておきますが、この三人は私の『お古』ですよ? いえ、惜しんでるわけじゃなくて、他の男の使い古しなんて願い下げでしょ? 帝国の帝都でやってる奴隷市で、新品を買った方が良いんじゃないですか? もっとも……」

 

 そこまでベラベラ喋っていたエルヤーの表情が、嘲りの愉悦で歪む。

 

「その化け物然としたなりで、帝都を歩けるとは思えませんけどねぇ! 逆に捕獲されて見世物小屋に入れられるのがオチですよ! あははははっ!」

 

 エルヤーは「言ってやった!」的な達成感でもあるのか、ご機嫌な様子だ。一方、ベルリバーは怒るより先に呆れ、今は冷たい目でエルヤーをジッと見ている。

 

(人が仏心……と、気分転換の気まぐれで逃がしてやるって言ってんのに……。何処までボンクラなんだ……)

 

 そこに<伝言(メッセージ)>が飛んできた。無言で右手の指をこめかみへ当てると、モモンガの声が脳内で鳴り響く。

 

『ベルリバーさん! もう我慢できません! 今からヘロヘロさん達とで行きますから!』

 

「一人で大丈夫です」

 

 一言言って<伝言(メッセージ)>を切ったベルリバーは、顔をしかめた。どうやらモモンガの笑って済ませるレベルを超えたらしい。

 

(俺相手の悪口とは言え、あの気の良いギルド長を怒らせるなんて……。あ~……ギルメンの事だと、モモンガさんは怒るか……)

 

 ベルリバーは、おもむろに一歩前に出た。事ここに至って、エルヤーを生かして帰す気は毛頭ない。ここまで感じていた、『仲間のワーカーチームに見捨てられ、密約に交ぜて貰えない』ことに関しての気の毒さも、今では綺麗さっぱり消し飛んでいる。

 

「俺は魔法剣士だ」

 

 そう切り出すと、一歩進んだベルリバーを見て身構えていたエルヤーが片眉を上げた。

 

「自己紹介ですか?」

 

「これから起こることの事前説明さ。と言っても、お前なんかは剣だけで十分、魔法を使う必要もないって話なんだが。言っておくけど、実力の計りそこないや自惚れじゃないぞ? お前と違ってな」

 

 エルヤーの額に血管の筋が浮く。ベルリバーは、街道移動中のエルヤーを見ているので解っていたが、やはり煽り耐性がない。と言うよりも、煽った相手から反撃されることに対して耐性がないと言うべきか。

 

「まず、お前の最強の技を先に出させてやろう。エルフの()らから支援魔法とか、かけて貰ってもいいぞ? で、それを歯牙にもかけない俺は、お前の身体のあちこちを斬って最後に倒す。そこで死んだ方がマシかもしれんが、死ななかったら……もっと酷い目に遭う。そういう段取りだ。わかったか?」

 

 言い終えたベルリバーは、エルヤーの反応を待ったが、エルヤーは歯茎を剥き出しにして歯を食いしばり、唇を震わせている。そして、戦い慣れしていない者が見たら卒倒しそうな視線をベルリバーに向けながら吐き捨てた。

 

「よ~く理解できました。あなたが身の程知らずの愚か者だということがね! お前達! 何をボサッとしている! 支援魔法を寄越せ!」

 

 エルヤーが、ベルリバーから目を離さないまま叫ぶと、後方のエルフ達は怖ず怖ずと手を伸ばし、魔法を発動させる。エルヤーが言ったとおりで、肉体能力上昇等の支援魔法ばかりだ。魔法の種類に関しては先程よりも多い。ワーカーチーム天武の最強技と言ったところだろうか。肉体強化魔法の効果のせいか、体格が一回り大きくなったように見えるエルヤーが得意げに叫んだ。

 

「先手を譲ると言いましたね!? しかも最強の技を出せと!? 私という強者を見て、恐れを感じない無神経を! 死んだ後で後悔することです! 武技! <能力向上>! <能力超向上>!」

 

「へ~……武技って、能力向上ってのもあるんだ? 字面どおりだとしたら、覚えたいもんだな~」

 

 この時点のベルリバーは、ブレインやクレマンティーヌの存在は聞かされていたが、誰がどのような武技を使うかまでは知り得ていない。しかし、ブレイン達は転移後世界の基準では強者らしいので、<能力向上>について知ってるかもと、ベルリバーは当たりをつけている。後日、クレマンティーヌが<能力超向上>まで会得していると確認したベルリバーは、彼女から教えを請うことになるのだが……。

 

「<縮地改>!」

 

「おっ?」

 

 考え込んでいる間にエルヤーが仕掛けてきた。 

 スライドするかのごとく距離を詰める武技、<縮地>。それが、左右への動きも可能となったのが<縮地改>だ。ヘビの様な動きで攪乱しつつ、常人では瞬間移動と感じるほどの速度で距離を詰めてくる。突き出された切っ先は、装甲がない頭部を標的としている……が、ベルリバーからすればスローモーションだ。頭を右に傾けて、切っ先をスルリと躱そうとする。しかし……。

 

(……おい。まだ顔の近くにも来ないのかよ。……トロくせぇな)

 

 支援魔法を受けたエルヤーが、渾身の力を込めて繰り出した突き。それが中々に到達しない。咄嗟に高速思考へ移っていたベルリバーは苛ついたが、ここで口の端を持ち上げている。それはメコン川のニヒルな笑みに似ているものの、大きく違う点があった。

 

(そうだな。この人でなし野郎の、泣きっ面を見てやるか)

 

 相手をいたぶりたい。

 そういった感覚が、今の笑みには込められているのだ。これは普段のベルリバーからすると有り得ない思考だが、それほどまでに異形種化による精神の異形化が進行していると言える。

 

(って、だ~っ! またか!? 精神安定化のアイテム、役に立ってないんじゃないか!? 自重! 本っ当に自重だ! 俺!)

 

 歯を食いしばって剣を振るうと、エルヤーの刀は刀身が数センチ単位でバラバラになり、足下の石畳に落ちていった。

 

「あっ、ええっ!?」

 

 ブーツ底の鋲で火花を散らしながらエルヤーが急停止する。ほんの数センチの刀身を残すのみとなった刀と、足下に散らばる鉄片。それらを交互に見る仕草が滑稽極まる。

 

「い、今の一瞬で、何回斬りつけたと……」

 

「あ~、いかん。いかんな~」

 

 ブツブツ呟きながらベルリバーは前に出た。押されるようにエルヤーが後退するが、ベルリバーは相手が後退した分だけ歩を進めていく。

 

「転移してから思ってたけど……。俺、メコさん達と比べたら変になるの早くね?」

 

 言いつつ剣を振るうと、エルヤーの左上腕がスッパリ裂けた。切断したわけではないし傷も浅いが、当然痛みを感じるわけで、エルヤーは「ひぎぃ!?」という情けない声をあげている。  

 

「俺だけ何かあるのか? そういやモモンガさんも、アンデッドだからヘロヘロさんより状態が悪くなるの早いとか言ってたし~……。種族特性に関係が……あ~……」

 

 思い当たることがあったので、ベルリバーはエルヤーの右足の甲に剣を突き立て、すぐさま引き抜いた。これにより、エルヤーは石畳に足を縫い止められこそしなかったが、後退する速度が目に見えて低下する。

 

「痛い、痛いいいいっ!? お前達! 何をしてる! 回復を寄こせっ!?」

 

 先に斬られた左上腕部の傷を刀を持ったままの手で押さえながら、エルヤーが叫ぶ。しかし、エルフ達は魔法を行使しない。青い髪の神官と金髪の森祭司。回復魔法の使い手が二人居て、二人ともが何の支援も行わないのだ。それどころか、命令されたのに返事すらしようとしない。エルヤーが鼻水垂らした泣き顔で振り向くと、後方の女エルフ達は……ニヤニヤと笑っていた。主であるエルヤーが負傷し、助けを求めているのにである。

 

「お、お前達……」

 

「暴食か~……この口が沢山の身体って、メリットもあるけどデメリットもあるものな~」

 

 言い終わりに剣を振るい、それによってエルヤーの背には斜めの切れ込みが入った。背骨に損傷を与えない程度の傷なのだが、エルヤーは今度こそ刀を放り出し、背に手を回しながら石畳上を転げ回る。

 

「いぎぃいいい! あぎぃいい!」

 

 その様子を興味なさげに、しかし一応は確認しつつ、ベルリバーは左上段腕で持った剣を肩に担いだ。そして、右手で指折り数えだす。

 

「精神の異形種ゲージと、発狂ゲージだっけ? そこに俺の種族デメリットが乗っかるのか……。うわ、精神安定化のアイテム、マジで今持ってる一つだけだと足りなさそう!」

 

 似たような状態のアンデッド……モモンガは、精神安定効果のある指輪一つで事足りているらしい。この差は何なのか。アンデッドと生者の差だろうか。

 

「これは検証が必要ですね!」

 

 タブラのウキウキ声が聞こえたような気がしたが、<伝言(メッセージ)>は来ていないので幻聴だろう。ベルリバーは軽く頭を振り、注意を女エルフ達に向けた。エルフらはニヤニヤしていたが、ベルリバーの注意が自分達に向けられたと察したらしく、三人で身を寄せ合って震えている。倒れてのたうっているエルヤーに対し、もはや『仲間』としての行動に出る気はないようだ。ベルリバーは、続いて泣き叫んでいるエルヤーを見て、左足太股にも切れ込みを入れる。さらには右手……こちらは手首から先を斬り飛ばした。

 

「お~い、そこのエルフ達。もう勝負ついた感じだけど、どうする? 君らだけで俺と戦うか~? それとも、これを持って帰る? 俺は、どっちでもいいよ~?」

 

 ベルリバーとしては、女性エルフらに対する扱いが気に入らなかっただけで、彼女らを殺すなどとは考えていない。ただ、エルヤーが駄目になっている現状、彼女ら自身に身の振り方を考えさせようと思ったのだ。

 

(綺麗な女の人がヒドイ目に遭ってるのを助けたい。そう思う気持ち、あるんだよな~……異形種化してても人の感覚が残ってて一安心だ)

 

 精神安定系のアイテムは今一つ頼りないが、それでも持っていなければ、今この瞬間に感じている気持ちもどうなっていたかわからない。一方、女エルフ達はと言うと、互いに顔を見合わせ、ベルリバーを見た。三人を代表してか、青髪の神官が口を開く。

 

「あ、あの……よろしければ、ウズルスの処分をお願いできますか?」

 

 恐る恐るといった風ではあるが、はっきりとエルヤーの処分を申し出てきた。他の二人は……とベルリバーが見たところ、同意するように頷いている。

 

「構わないのか? チームの仲間で主人なんだろう?」

 

「確かに同じチームですが、『仲間』なんかじゃないですし、『主人』としては最低です!」

 

 神官の顔が、嫌悪混じりの怒りで歪んだ。つまりは、それほどの扱いを受けてきたということなのだ。敢えて追及しないことにしたベルリバーは、「そうか」とだけ呟いてエルヤーを見た。

 

「<麻痺(パラライズ)>」

 

 かけた魔法は、転移後世界でも知られている程度の位階魔法だが、全身各所を負傷しているエルヤーには気を張って抵抗することなどできない。あっさりと麻痺状態になり、小刻みに震えるのみとなる。元々、ベルリバーの攻撃によって四肢を負傷し、身動きができなかったのだが、喚き続けられるのは鬱陶しいと感じたのだ。

 

「まあ、なんだな。日頃の行いのツケってやつか? 良い勉強になっただろ? まあ、学べたとしても後日に活かす機会はないだろうけどな」

 

 エルヤーが目だけで睨んできたが、それが彼にできる限界でもある。ベルリバーは鼻で笑い飛ばすと、エルフ達に歩み寄った。エルフ達は少し怯えたようだが、エルヤーの速さを歯牙にも掛けなかった戦いぶりを目の当たりにしたせいか、逃げる様子はない。

 

「じゃあ、あそこで転がってるウズルスは俺達の方で処分しておく。君らは、どうする? このまま第三階層の最奥を目指すか?」

 

「わかりません……」

 

 青髪の神官は所々つっかえながら答えた。彼女たちはエルヤーの命ずるまま、彼に同行していた。自分達では、何も判断できない……と。

 

「先程の戦い……で、ウズルスを見捨てたのは、彼から逃れられること……彼が酷い目にあうことの喜びが……大きかったからだと思います。でも、自分達では生きている彼に手を出すことはできないんです。その……怖くて……」

 

 エルヤーに買われ、振るわれ続けてきた暴力。そして陵辱によって心折られて、主体的な判断力が摩耗しているのだ。

 

(なるほど……)

 

 石畳上で転がるエルヤーを目の端で捉え、ベルリバーは思う。こいつ……新たな情報が入る度に屑度が上昇するな……と。そんな屑は取りあえず放置し、ベルリバーはエルフ達のことを再考した。本来、エルヤーをブチのめすか殺すことができたら、ベルリバーとしては満足なのだ。虐げられていたエルフ達も、自由の身となって思い思いの行動を取るはず。万事めでたし。そうなるはずだった。だが、今聞いた話だとエルフ達は、この先どうして良いか解らないらしい。

 

(外に出て数日も経ったら、気持ちが落ち着くんじゃないか? でも、その前に野盗とかに捕まってしまうか、変な奴に騙されそうかも……。……駄目だ、心配だ……)

 

 目の前に居る三人がムサいオッサン揃いなら、もう少し心配の度合いが小さかったかも知れないが、美人三人と来ては……。

 

(ペロロンさんのことを悪く言えないか? いや、俺のは下心だけじゃなくてな~……)

 

 理論武装を図ろうとするが、そういう事に頭を使うのも面倒な気がする。最終的にベルリバーは、難しく考えることをやめた。

 

(もうイイや。俺の責任で面倒見ちまおう)

 

 第九階層には空き部屋があったはずだし、それが駄目なら、茶釜に頼み込んで第六階層の森林に住まわせる手もある。そう言えば、ナザリックの外に来客応対用の建物もあった。

 

「君ら、暫くここに居ろ。それがいいと……俺は思うんだが……」

 

 暫く……そう、暫くは自分やブルー・プラネットらで作った温泉にでも浸かって、ノンビリする。そのうち気も楽になって、前に向かって歩いて行けるだろう。

 

(適当すぎるかな? でもな~、俺って一度思い込んだら、後先考えるの面倒なんだよ。危ない思いして巨大企業の情報探ってたけど、保身のこととか考えるの面倒だったし……)

 

 ユグドラシルのゲーム中は、割と考えて行動していたが、あれは周囲にかかる迷惑を考慮していただけだ。楽しく遊ぶためのゲームで、友人に不快な思いをさせるなど、ベルリバーの良心が許さない。ただ、自分一人の事となると、あまり後先考えなくなる。それは悪い癖だとメコン川にはよく言われたが、結局のところ、転移後世界に来た後も性根に変わりはないとベルリバーは思っていた。

 

(生き方や性格なんて、そうそう変えられないしな……)

 

「っと、そうだ。こういう事はモモンガさんに相談しないと!」

 

 エルフ達に待つよう言い、ベルリバーは<伝言(メッセージ)>を始める。

 

「モモンガさ~ん……。御相談がありまして~……」

 

 第一声から腰が低い。それもそのはず、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は、社会人かつ異形種限定のギルド。外部の者を引き入れる……例えば今回のようなケースだと、社会人の件は大丈夫だとして、エルフは異形種枠でないためアウトなのだ。ゲーム時代のギルドルールを異世界転移後でも厳守するとは思わないが、ルールはルール。他のギルメンに、それもギルド長のモモンガには相談しておくべきだろう。

 

(断られたら、カルネ村ってところへ行って貰うしかないかな……)

 

 考えてみれば、それが一番のような気もするが、では何故、ナザリックでの預かりを最初に考えたのか。ベルリバーは、モモンガからの応答を待ちながら「あれ?」と小首を傾げた。

 

(……精神疲労のリハビリには最適だろうけど……。……あ~、外の人にナザリックを自慢したいとかあったかな……。うわ、俺、ガキ臭い……。いや、どうなんだ?)

 

 かつては引退して後にしたナザリックだが、その内部の作成には大きく関与している。それを外部の人間に見せびらかしたいという気持ちは確かにあった。そういった気持ちは、自分だけでなく他のギルメンにも大なり小なりあるはずで……自分だけが子供っぽいのではない。そう開き直っていたところへ、モモンガからの応答があった。

 

『御相談とは何ですか~。ベルリバーさ~ん』

 

 声が笑っている。

 ベルリバーは「そういや、見てるんだっけ……」と口の中で呟いてから、天武のエルフ達を引き取る。あるいは、暫くナザリックで滞在させられないか相談してみた。

 

「やまいこさんの妹さんの、あけみちゃんの例もあるし……。難しいとは思うんだけど……」

 

 ギルメンのやまいこ。彼女の妹がエルフでアバターを作成しており、それを理由にギルド入りできなかった事例がある。それを持ち出した上で、曲げて頼めないか……と言いかけたが、それより先にモモンガが『ベルリバーさんが責任持ってくれるなら構いませんよ』と言ってきた。

 

「え? いいんですか? でも、ギルドルールは……それに、他のギルメンの意見も聞かないと……」

 

『もうゲームじゃなくて現実ですし、臨機応変ですよ。他のギルメンの了承という事でしたら、さっきベルリバーさんがエルフ達を誘ってるときに、俺が<伝言(メッセージ)>して協議しておきました。全員一致でエルフ達の受け入れに賛成です。さっきも言ったとおり、ベルリバーさんに責任持って貰いますけど』

 

 例えば、費用の発生する部分はベルリバー持ちということだ。

 ベルリバーは呆気に取られていたが、やがて一息ついてから礼を述べる。

 

「ありがとう、モモンガさん。しかし、行動が早いですね……」

 

『いや~……ギルメンの春が立て続けとあっては、ギルド長として尽力せざるを……』

 

「いや、そんなんじゃないですから」

 

 こんにゃろう、変な気の回し方を……と抗議しかけるも、ベルリバーは思い止まる。今、モモンガは気になる事を言った。ギルメンの春が立て続け、とは何のことか。ベルリバーに関しては気の回しすぎだと思うが、自分の他にも誰か『春』……異性関係で何かあった者が居るのだろうか。

 

「モモンガさん? 俺の事は誤解ですけど、他に誰か……何かあった人が居るんですか?」

 

『メコン川さんですよ』

 

「メコさんが!?」

 

 驚きつつ確認すると、友人のメコン川がフォーサイトの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェと良い雰囲気らしい。街道移動中、妙に懐かれているなと思っていたが、まさかそんな事になっているとは。

 

「そうですか。ルプーがモモンガさんの方へ行っちゃったので、心配してましたが……」

 

『うぐっ!?』

 

 ギルド長の呻き声が、妙に心地よく聞こえる。そのことで幾分気が晴れたベルリバーは、エルフ達に目を向けつつ話を続けた。

 

「まあ、ともかく……エルフ達の件については礼を言いますよ。まずは、お客さん待遇って事で……第九階層に部屋を用意してあげていいですかね?」

 

 駄目なら外部の建物か、それも駄目となると結局はカルネ村行きだが、モモンガは構わないと言う。どうやらナザリックを見せびらかしたいという気持ちは、モモンガにもあったようで、ベルリバーの推察は当たっていたようだ。

 

『単に保護するだけならともかく……いや、ゴホンゴホン。何でもないですとも!』

 

「だから俺は違うって……ああ、もういいです。彼女らがナザリックに居たいって事になったら、このまま自分の部屋に行って……適当な空き部屋に案内するかな。そうでなかったら、ええと……カルネ村ってところに連れて行きますね! あと、エルヤーの回収もよろしく! それじゃ!」

 

 バツの悪い事、この上ない。<伝言(メッセージ)>を切ったベルリバーは「んも~」とムクれたが、寄り添うようにして様子を窺っているエルフ達に向き直った。

 

「一応、ここの親分には話を通したけど。どうするんだっけ? ここに留まって俺の……ええい、俺の世話になるか? それとも外の何処かへ行くか? 返事は……」

 

 そこまで言ってから、ベルリバーは頭を抱えた。

 勝手に話を進めて返事を急かすというのは、彼の趣味ではない。頭頂部を上段両腕でワキワキ揉みながら、ベルリバーは言う。

 

「もう、取りあえず俺の部屋に行くか……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ベルリバーさん狼狽えてましたね~。まあ、人間じゃないからって奴隷にするだの暴行するだのとか、気分が悪いですから。あれで良かったんじゃないですか?」

 

 ブルー・プラネットが遠隔視の鏡を見ながら、呟いている。まったく同感だとモモンガは思った。

 

「あのエルフらに関してはベルリバーさんに一任で良いでしょう。部屋に連れて行くと言ってましたが……」

 

 この先、エルフ達がナザリックの客で在り続けるかどうかは、それこそベルリバー任せだ。ベルリバー自身も言っていたが、エルフ達が望むのであれば、カルネ村に行かせても良いし、何処か好きなところへ行ってくれてもかまわない。

 

「後で、ベルリバーさんから報告があるでしょう。さて……残るワーカーチームは三つになりましたね」

 

 モモンガは、話題を他のワーカーチームの現状に変えた。現在、円卓の壁に備え付けられた遠隔視の鏡四基のうち、ワーカーチームが映っているのは三基だ。

 

「天武が脱落したとなると、第一階層の最奥に一番近いのは……どのチームでしたっけ?」

 

「ヘビーマッシャーでございます。ヘロヘロ様」

 

 ヘロヘロの呟きに答えたのは、四基並んだ遠隔視……その鏡の向かって左端で立つデミウルゴス。恭しく一礼したデミウルゴスは、各ワーカーチームの現在地について解説を始める。

 

「現在、ヘビーマッシャーはリーダーの意向により、駆け足に近い速度で移動中です。ジョーク罠が多く、殺傷能力がある罠の場合は事前告知がある事で、多少乱暴に進んでも大丈夫と判断したようです」

 

「フッフッフッ。第二階層からは本気罠が増えるのだがな……。まあ一部の罠は、やはり事前告知するけど」

 

「そして、他の二チームですが……」

 

 モモンガが呟き終えるのを待ち、デミウルゴスが解説を再開した。次に名前が挙がったのはパルパトラの竜狩り。このチームは堅実に玄室を一つ一つ攻略しているので、ドアを蹴破って入って行くヘビーマッシャーよりは進行速度が遅い。それはフォーサイトも同じなのだが、通路操作によって二つのチームが合流しないよう調整がされていた。

 

「なるほど。次の第一階層最奥への突入は、ヘビーマッシャーか。……建御雷さんは?」

 

「ベルリバー様が移動しましたので、すでに最奥部にて待機済みでございます」

 

 つまりは予定どおりに進捗中ということだ。

 今回の迎撃計画、第一階層最奥で防衛するのは本来、ベルリバーの役回りではない。エルフ達の扱いにキレかけた彼が、モモンガ達に<伝言(メッセージ)>で頼み込み、第一階層最奥の広間を借りてエルヤーを始末しただけの事。真の防衛役は、凍河の支配者コキュートス。そして、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のザ・サムライこと、武人建御雷なのだ。 

 




今回仕事で色々ありすぎて大不調……。
諸々、後で手を入れます。
第75話は二週間後かも知れません。


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第75話

「それで……エルフ達に懐かれたというわけですね?」

 

「懐かれたと言うか、何と言うか……」

 

 モモンガが確認すると、円卓の自席に腰を下ろしたベルリバーは頭を掻いた。今のベルリバーは異形種化した状態であり、タブラ・スマラグディナが近くで立って、興味深げにあちこちを観察している。

 

「タブラさん……。そんなに見ても何も出ないですから……」

 

「いや~、興味深いもので。暴食でしたか? 精神安定系のアイテム効果を貫通して、異形種としての特性が表に出るとは……」

 

 ベルリバーは先程、第一階層の最奥にてエルヤー・ウズルス率いるワーカーチーム……天武と交戦した。交戦と言っても、ベルリバーが一方的にエルヤーを叩きのめしたという内容だ。戦闘後、エルヤーは負傷によって身動きの取れないまま、影の悪魔(シャドウデーモン)らが、何処かへ運び去っている。

 そのエルヤーとの戦いの中で、ベルリバーは種族特性の『暴食』が表面化し、人であるエルヤーを『獲物』または『食料』として認識したらしい。

 

「新たに精神安定系のアイテムを装備して、それで人化したら収まる程度なんだけど……」

 

 ベルリバーが肩を落として溜息をついた。

 他のユグドラシル・プレイヤーが全て同様か定かではないが、少なくともギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンらは、異形種化すると精神が急速に異形種寄りとなる。いわゆる異形種ゲージが溜まっていくのだ。言動や思考に影響が出たあたり、ベルリバーの場合は異形種ゲージが振り切っていたのかもしれない。これを聞かされたモモンガ達は大いに焦ったが、試しにグレードの高い精神安定系アイテムを持たせたところ、ベルリバーの精神異形種化は緩やかなものとなっている。ちなみに、ベルリバーへのアイテム提供者はタブラだ。同じアイテムは他の幾人かも所有していたが、最初に提供を申し出たのがタブラだったのである。

 

「モモンガさん? モモンガさんの『アンデッド特性で人間種に親近感が湧かない』症状も興味深いですが、ベルリバーさんの種族特性『暴食』が食欲を通じて精神に影響を及ぼすというのも、また興味深い。『暴食』とは、そういったものでしたっけ?」

 

 そう聞いてくるタブラに対し、モモンガは「俺の記憶では違いますね」と答えた。モモンガが知るベルリバーの種族特性『暴食』は、ユグドラシルにおいては全身の口での噛みつきによる、防御効果と攻撃効果があること。噛みつき攻撃で与えたダメージ分だけ、HPが回復すること。口一つにつき、第六位階までの魔法を一回分ストックでき、一発から全弾発射まで撃ち分けることができたことだ。後者に関しては、第六位階とは言え数十発の魔法を同時発射可能となり、やりようによっては高レベルプレイヤーにも通じる。

 

「種族的にMPは多くなかったはずで、口を全部使う魔法攻撃となると、ある程度は戦闘前にチャージしておかないと無理でしたっけ。そうですよね? ベルリバーさん?」

 

「そんなことまで良く覚えてますね、モモンガさん。そうです、そのあたりの仕様は異世界転移しても変わらない感じかな~。ユグドラシルだと、そこまでして第六位階を数撃ちしても、本格的な魔法職には防がれることが多かったですけどね。見た目の派手さ重視だったかな~」

 

 そもそもベルリバーは魔法剣士としてビルドしていたが、『剣も使える魔法使い』ではなく、『魔法も使える剣士』といったスタイルを確立していた。つまりは剣士寄りであり、一歩間違えば器用貧乏になりかねない。だが、そこは一緒に組むギルメン、それが魔法職か戦士職かで立ち回りを上手く変えている。

 

「そうでした、そうでした。思い出すなぁ……ベルリバーさんとのPVP……」

 

 斜向かい側の席で座る樹人……ブルー・プラネットが苦笑した。

 ギルメン同士で模擬戦をする機会は多かったが、相手方にベルリバーが混ざっていると、ウルベルトによる強力な魔法攻撃の合間に飛び込んで斬りつけてきたり、たっち・みーが馬鹿げた剣技で立ちふさがる……その影から、ちょこちょこと魔法攻撃してきたりして、実に迷惑だった。

 

「引退前にやったPVPだと、俺のこと、ちまちまと<火球(ファイアーボール)>で燃やそうとしてましたっけね~。建御雷さんの後ろから……。大して効かないんだけど、気が散るったらなかったですよ」

 

「え~っ? ユグドラシルの時は、フレンドリー・ファイアの規制があったから良いじゃないですか~。味方同士だとダメージが入らなかったんだし~」

 

 ベルリバーとブルー・プラネットが思い出話にふけりかけたところで、モモンガが骨の手をパンと打つ。どんな理屈でその音が出るのかは、モモンガにも把握できていない。

 

「さて、話題を元に戻しますか。ベルリバーさんが、三人の女性エルフと仲が良くなった件です」

 

「うっ……そこまで戻るんですね?」

 

 ベルリバーは渋面になったものの怒りはしなかった。

 エルヤーが連れていた三人の女エルフ達は、ベルリバーの部屋に入ったあたりまでは怯えていたが、ベルリバーが人化すると落ち着きを取り戻したらしい。

 

「ヘロヘロさんのところのメイドを呼んで、お茶と茶菓子を出したりしましてね。身の上話を聞いたりしているうちに、彼女らの耳が気になったんです」

 

 ファンタジーRPG等で知られるエルフと言えば、耳が尖っていることでも有名だ。古典小説では、耳は少し尖っているだけだったそうだが、一時期、アンテナのごとく長い耳が流行ったこともあるらしい。転移後世界のエルフは、その『一時期の流行』に近い程度には耳が長い。……本来であれば……。

 

「奴隷にされるとですね、耳を半分ほど切り落とされるということで……。信じられますか? 女の子の耳をですよ? いやまあ、男エルフでも酷い話ですけど」

 

 話を聞き続けるにしても、その切られた耳が目につくため、ベルリバーはペストーニャを呼んで治癒させたのだそうだ。耳の切断面は塞がっていたが、高位の治癒魔法だったため問題なく完治。すると、エルフ達は涙を流して喜び、ベルリバーに忠誠を誓ったらしい。

 

「忠誠を誓うなら、治癒をしたペストーニャで良いじゃないかと思うんですけど……。エルヤーを倒したことと……治癒魔法の使い手を紹介したってことで……その、俺が対象になったそうでして……」

 

 言っているうちにベルリバーの口調がたどたどしくなるが、対するモモンガらギルメン(モモンガの他はタブラとヘロヘロ、ブルー・プラネット)はニヤニヤしている。

 

「それで、当人達はどうしたいんですか~? 忠誠を誓うということは、ツアレニーニャさんのようにナザリックで働くということでしょうか?」

 

 そうヘロヘロが聞くのだが、やはりナザリックへ就職することになるだろうとベルリバーは言っている。戦闘職としてはレベルが低すぎるので、メイド業務が最適かもしれない。

 

「ベルリバーさんの専属メイドですか……。しかも美人エルフが三人……。ベルリバーさんには忠誠を誓っていると?」

 

 モモンガの呟きを聞き、ベルリバー以外のギルメンが顔を見合わせた。そして、ブルー・プラネットが困ったように頭を振る。

 

「後でウルベルトさんが合流したら、嫌な顔をされそうですね」

 

「えっ? 何でですか!?」

 

 ベルリバーが狼狽えた。元の現実(リアル)における活動の都合上、ベルリバーはウルベルトとよく会っていたが、仲は悪くない方だと思っている。今の話でウルベルトの機嫌を損ねる要素があったかどうか……考えたが良くわからないらしい。

 一方、モモンガには思い当たることがあった。

 

「なるほど、そうか。……仲の良い異性が数人……。俺も危ないかも……」

 

 額に汗する感覚のモモンガは、ベルリバーが腕組みをし、全身各所の口で「う~ん」と唸っているのを見ていたが、その視界の隅ではデミウルゴスの姿を捉えている。

 

(あっ、デミウルゴスが興味深そうにしてる……)

 

 モモンガの正面、壁掛けの遠隔視の鏡が並ぶ……その左端で、デミウルゴスが尻尾を振りながらモモンガ達を見ているのだ。どうやら創造主であるウルベルトの名が出たので、興味を持ったらしい。

 

(と言うより、創造主の話なら何でも聞きたいって感じなんだろうな~)

 

 デミウルゴスも混ぜて雑談に興じるべきだろうか。

 そう考えたモモンガは、すぐに脳内で却下している。

 何故なら、ウルベルトに嫌な顔をされる理由とは、ベルリバーが『良い仲の異性が三人』という、モテない男から見れば恵まれた状況にあるからだ。いわゆるリア充だからである。ウルベルト・アレイン・オードルという男は、リア充をこよなく嫌っていた。たっち・みーとは反りが合わないところが多かったが、たっちが恵まれた家庭に、結婚生活、社会的に上の地位にあるといった勝ち組であったのも、ウルベルトがたっちを嫌っていた大きな要因である。これはリア充を前にした時、特に何も思わない者からすれば馬鹿な話だ。

 そのようなウルベルトの面目を潰しかねない事情を、デミウルゴスに聞かせて良いかとなると……やはり駄目だろう。

 

(それとだ……。俺は、ウルベルトさんからリア充への文句を直接聞いてたけど、他のギルメンの誰が知ってるとか知らないとかまで把握してないんだよな~。……大抵のギルメンは知ってたかも? どうだったっけ? ここに居るメンバーは知ってたはずだけど……)

 

 ユグドラシルでのウルベルトが「たっちの野郎、恵まれてるからってお高くとまりやがって」や「ちっ、リア充ですか。虫酸が走りますね!」等と口走っていたのは、よく見られた光景だ。しかし、だからと言ってギルメン全員が知っている前提で話すことはできない。今のうちに確認しておくべきだろう。

 

(あと、デミウルゴスに聞かせるのは、やはりアウトだ。ウルベルトさんにケチをつける? なんか違うな。文句を言いたいわけでもないし……。……そう、ウルベルトさんに対する夢は、可能な限り長く見せてやろうとか……そんな感じか!)

 

 モモンガは軽く咳払いすると、各ギルメンを手招きで呼び寄せた。そして皆が席を立って円卓を周り込んでくると、デミウルゴス、更にアルベドにルプスレギナといった僕達に指示を出す。

 

「今から少し、内密の話をする。ギルメ……ええと、至高の存在同士の重要な議題だ。念のために盗聴防止のアイテムを使用するが、暫く待つように」

 

 各僕が「承知しました。アインズ様!」と一礼するのを確認し、モモンガはギルメン達とで小さな円陣を組んだ。

 

(「アイテムまで使うとは尋常じゃないですね。さっきの話……それほどの問題なんですか?」)

 

 ベルリバーがグッと顔を寄せてくる。露出している肌の各所に口があって、ガチガチ歯を鳴らしているため非常に怖い。ウルベルトを困らせるかもしれないとなれば、気になるのだろう。

 

(「ベルリバーさん、忘れたんですか? ウルベルトさんってリア充が大嫌いじゃないですか」)

 

 ベルリバーもそうだが、モモンガも小声だ。盗聴防止アイテムを使用しているので、普通に話しても良いのだが、同じ室内の見えるところにデミウルゴス達が居るので、これは気分の問題である。

 

(「へっ? あ、あ~っ……そう言えば、そうでしたね!」)

 

 モモンガの説明でベルリバーは納得したようだが、その彼がチラリとデミウルゴスを見た。タブラにヘロヘロ、ブルー・プラネットもデミウルゴスを見る。次に口を開いたのは、モモンガに向き直ったブルー・プラネットだ。

 

(「モモンガさん、『実はな、ウルベルトさんって、他の恵まれた幸せ者が妬ましくて大っ嫌いなんだ』……って、デミウルゴスに聞かせたら、どうなると思います?」)

 

(「そりゃあ……」)

 

 モモンガは言葉に詰まったが、代わってタブラが答える。

 

(「あまりの情けなさに発狂して暴走するかもだね」)

 

(「そこまで行くんすか!?」)

 

 声の裏返っているベルリバーに、モモンガ達は頷いて肯定した。

 ナザリックのNPC……(しもべ)達の忠誠心は高い。青天井と言っても良い。それ故に、外部の者と諍いが発生したりするのだが、それはさておき、この忠誠心は自らの創造主が対象になると更に跳ね上がる。まさに神として崇め奉るほどなのだ。その創造主自身が、製作NPCの期待や敬愛を損ない穢すようなことをしたらどうなるか。あるいは、そのような事実があると知ったら製作NPCはどうなるか。

 

(「大方は、『それも創造主様の美徳だ!』となるだろうけど。まあ、一周……いや、感覚的な物言いになるけど二周回って発狂する可能性がある……のかな? ないのかな? う~ん、考えてみたけど未知数だよねぇ」)

 

 そう言ってタブラが笑うのだが、聞かされているモモンガ達としては笑い事ではない。

 

(「賭けの要素がある以上、多少は大丈夫でも……やっぱり不安だよ。モモンガさん、どうにかなりませんか?」)

 

 ベルリバーから話を振られたモモンガは「うん゛~……」と、トイレで踏ん張るような声を出した。

 ウルベルト・アレイン・オードルという男は知恵が回るし、魔法詠唱者(マジックキャスター)としても腕前は天下一品。面倒見が良くて他人への配慮もできるという、男前のバーゲンセールのような男だ。ただ一つ、元の現実(リアル)における上流階層の人々に対して、激しい妬みや劣等感を持っている点を除けば……だが。

 

(「どうにかって言われましてもねぇ……。そう言えば……ウルベルトさんの困ったアレな部分。ギルメンで知らない人って居ましたっけ?」)

 

 モモンガが聞くとタブラ達は顔を見合わせたが、皆の意見を総合したところ、ほぼ全員が知っていたのではないかという結論が出た。

 

(「たっちさん本人に対しても色々言ってましたしね~。そうなるとぉ~……合流してくるギルメンに、可能な限りウルベルトさんのアレ……発作ですか? それをデミウルゴスに黙っておくよう話を通すんですか~? 何だか手間ですね~」)

 

 面倒くさそうに言うヘロヘロに反応こそしなかったが、モモンガも同意見である。それに、ギルメンだけが黙っていれば良いという問題ではないのだ。

 

(「ここでデミウルゴスに黙ってたとして……ウルベルトさんが合流したらどうします? その日のうちに、デミウルゴスが把握しちゃうんじゃないですか?」)

 

 このベルリバーの意見が最大の問題点となる。合流を果たしたウルベルトがやらかしてしまえば……いや、そうでなくともナザリック随一の知恵者であるデミウルゴスが早々に把握するかも知れない。

 モモンガ達は考え込んだが、暫くしてヘロヘロが顔をあげる。

 

(「皆さん……。この転移後世界の基準で言えば、ナザリック地下大墳墓って、かなり恵まれてますよね? 各種店舗は揃ってるし、スパリゾートはあるし、食事は美味しいし、難攻不落の要塞だから安全だし~」)

 

 維持費がかかるのが難点だが、確かにヘロヘロの言うとおりだ。だが、それがどうしたと言うのだろうか。ギルメンにとっては、言われるでもなく当然の事実だ。

 皆が怪訝そうにしているのを見たヘロヘロが、「ふふふ……」と笑う。

 

(「ウルベルトさんがナザリックに合流したら、それはもうリア充と言って良いんじゃないでしょうか?」)

 

 ヘロヘロ以外、モモンガ達の脳裏に電流が走った。特にモモンガは、ギルメン中では最初期に異世界転移してきただけあって、思うところが多い。

 

(「確かに! ナザリック地下大墳墓で住むということは勝ち組ですね。そう言えば、エ・ランテルで食べた食事は……元の現実(リアル)での食事の百倍美味かったけど、ナザリックの食事は遙か上を行くしな~」)

 

(「そうですよね~。食が満たされて幸せって重要ですよね~」)

 

 モモンガと共に転移してきたヘロヘロも、同じ体験をしただけあって大きく頷いていた。その後、幾度かの脱線を挟みながら、モモンガ達はウルベルトについて語り合っている。そこから導き出された答えは、次のようなものだ。

 

『まあ、大丈夫だろう。ナザリック地下大墳墓の力を信じ、ウルベルトさんの心が癒やされることを期待しようじゃないか! ウルベルトさんに幸あれ!』

 

 後日、この時の相談内容が合流を果たしたウルベルトの耳に入り、モモンガ、タブラ、ヘロヘロ、ブルー・プラネット、ベルリバーの五名は、第六階層の闘技場に呼び出され……「なんて失礼なことを相談してるんですか! それにですね! 俺のリア充嫌いは、もっと奥が深いんです!」という怒声と共に、<火球(ファイアボール)>の雨を降らされることとなる。この時、キャーキャー言いながら逃げ惑うモモンガ達を、たっち・みーが観客席で見物しており、「ウルベルトさんって、可愛いところがありますよね?」と隣で座る茶釜に言うのだが、<火球(ファイアボール)>の爆裂音の中で聞きとがめたウルベルトが、「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! たっちぃ!」と激昂する一幕も発生した。この一連の事件は、ギルメン間で長く語り継がれるエピソードとなるのだった。なお、デミウルゴスは特に発狂するでもなく、ウルベルトを敬愛したままだったという。

 ともかく、ウルベルトに関する異性交遊関連でのリア充問題は、今のところ大丈夫だとモモンガ達は判断した。獣王メコン川がアルシェと良い関係になったり、モモンガが複数人を恋人にしていたりと、リア充が増えつつあるナザリックで、一つの問題が解決した形である。……実際には、まるで解決していなかったのは前述したとおりなのだが……。

 

「まあ、ヘロヘロさんのところが、異性交遊系のリア充としては最も大規模ですからね。おかげで俺達には、ウルベルトさんの嫉妬パワーの矛先が向かないかもですけど」

 

「怖いこと言わないでくださいよ~、モモンガさん。ああ~、ホワイトブリムさんか、ク・ドゥ・グラースさん、早く合流しないかな~」

 

 一般メイドを作成した立ち位置で、ヘロヘロは多くのメイドに創造主だと認識されている。口に出してはいないが、ソリュシャン以外の一般メイドの何人かに手を出しており、同じくメイド作成に関わった二人のギルメンの合流を心から願っていた。

 一通りの相談を終えたモモンガ達は、盗聴防止アイテムの効果を停止させ、各自の席へ戻るが……そこへデミウルゴスが報告する。

 

「アインズ様。第一階層の最奥へ、ヘビーマッシャーが突入しております」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達がウルベルトについて話し合っていた頃。

 武人建御雷とコキュートスのコンビは、待機する玄室へ突入してきたヘビーマッシャーの面々を出迎えていた。

 建御雷の甲冑は、コキュートスらに懇願されての最高装備。大太刀は使い潰して構わない聖遺物級(レリック)となっている。傍らで一歩下がって控えているコキュートスは、こちらは斬神刀皇の名を持つ刀等、四本の腕すべてに武器を持つという完全装備だ。建御雷からは「なあ? 相手の実力からすると、やりすぎじゃないのか?」と問われ、「武人建御雷様ト(くつわ)ヲ並ベル栄誉ニ(アズ)カリマシテハ、最強装備以外アリ得マセヌ!(フンスッ!)」と鼻息荒いことこの上ない。

 

「ん~……改めて言っとくけどな、殺すのは無しだぞ? 大怪我も駄目。わかってるよな?」

 

「無論デゴザイマス! ソモソモ、私ガ本気ヲ出スホドノ相手デハ……」

 

「そういうことを『客』の前で言わない。……と、ヘビーマッシャーの皆さん方。待たせて済まなかったな」

 

 建御雷は「武人建御雷様ガ謝罪サレルヨウナコトハ!」とコキュートスが騒いでいるのを聞き流しながら、グリンガムに話しかけた。

 

「俺達が第一階層最奥の守護者、あ~……俺が武人建御雷、こっちがコキュートスと言う。よろしくな?」

 

 偽名らしきものを考えていたが、先程からコキュートスが建御雷のフルネームを連呼している。もはや隠す意味もないかと諦め、建御雷は説明を続けた。

 

「ここでは俺達を相手に戦って貰う。死人が出ないよう気をつけるから安心してくれ。とは言え、殴ったり蹴ったり、刀を振ったりするから……それなりの怪我はするかもな。ああ、治癒のポーションは多めに用意してあるから、そこも安心だ」

 

 ここまで説明が進むと、グリンガムが黙ったまま手を挙げる。

 

「はい、そこのリーダー……っぽい人」

 

「貴殿らと戦うという話だが……。俺達に同行しているニシキ……殿は、どうされるのか?」

 

 仕事用の仰々しい口調で、グリンガムが建御雷に聞いた。

 各ワーカーチームには、ナザリックからのお目付役が付いて同行している。フォーサイトには獣王メコン川。竜狩りには、ぶくぶく茶釜。『特別待遇』だった天武には、監視役としてベルリバー。そして、グリンガムのヘビーマッシャーには、弐式炎雷が同行している。

 

「『ニシキ』については今までと同じだ。ワーカーチームの戦闘で、基本的に手助けはしない。そうだな? 弐式?」

 

 通り名と本名が、一部だけでも発音が同じだと便利だ。そう思いながら建御雷が呼びかけると、壁に寄りかかって腕組みをしていた弐式が手を振る。

 

「そだよ~。たけや……建御雷さ~……ん」

 

「なんだよ、その間延びした呼び方……」

 

 ツッコミを入れるが、理由は解っていた。武人建御雷の冒険者名が『タケヤン』で、弐式だけが使用する建御雷の呼び方が『建やん』だからだ。弐式の方で配慮したようなのだが、言っている最中に思い出したのか妙な呼び方になったのである。

 

(冒険者名……通り名を、もうちょっと真面目に考えるべきだったな……)

 

「なるほど。それと、もう一つあるんだが……」 

 

 建御雷と弐式のやりとりが一段落ついたと見たのか、グリンガムが再び口を開いた。彼らからすれば、建御雷とコキュートスのコンビは見るからに勝てそうにない。これは負けることが前提の勝負なのだろうか……と。対する建御雷は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「実力差が理解できてるあたり、なかなかだ。俺に関しちゃ探知阻害のアイテムを使ってるってのにな……。ああ、コキュートスが強そうに見え……思えるわけか。なるほどな~……。と、すまんすまん。無論、そういった嫌がらせのような勝負じゃない。おい、コキュートス。アレを……」

 

「ハイッ! 武人建御雷様!」

 

 事前に決めた段取りどおり、コキュートスがアイテムボックスから巨大な砂時計を取り出す。下に砂が溜まりきったそれが石畳上に置かれるのを確認し、建御雷はグリンガムに向き直った。

 

「砂が落ちきるのに一日かかりそうな見た目だが、実は十分ほどで砂は落ちきる。それまでに、ヘビーマッシャーのメンバーが諦めず戦い続けること。それがヘビーマッシャーの勝利条件だ」

 

「途中で戦わなくなったり、諦めた場合は……どうなる?」

 

 緊張している様子のグリンガムが聞くので、建御雷は「そこで戦闘終了だな。やる気が無い感じでダラダラしていると、俺の判断で終了だ」と答えている。

 

「その終わり方でも怪我とかは治癒するし、それまでに獲得したアイテム類は持って帰っていい」

 

 ヘビーマッシャーのメンバーが表情を明るくした。

 

「あんな物凄いのと戦うとか、死なない前提でも勘弁だぜ。よくわからんけど、鎧を着た方は……もっと強いんだろ? ここは降参の一手だな」

 

「なあ、グリンガム? 今まで手に入れたお宝だけで満足して帰ろう。な? そうしようや」

 

 戦士と盗賊がグリンガムの説得にかかる。魔術師と神官も頷いているが、その様子を「ほほ~ん」と見やりながら、建御雷は誰に言うでもなく呟いた。ただし、呟きと表現するには声が大きい。

 

「聞いた話なんだが、第二階層からは魔法の巻物(スクロール)が増えるんだそうだ。第三位階は当たり前、第四位階や第五位階なんてのもあるんだとよ~。もちろん、信仰系の巻物(スクロール)だってあるだろうな。おっと……上限が第四位階までだが、使った奴の使用可能位階を一位階上げる魔法書があるとか何とか……」

 

「「グリンガム!」」

 

 魔術師と神官がグリンガムに駆け寄り、両側から肩を掴んだ。

 

「な、なんだ!? どうした汝ら……というか、お前ら!?」 

 

「い、位階! 使える位階が一つ上がるんだぞ!? 絶対に入手して、自分達で……いや、俺達のどっちかに使わせてくれ! 第三っ! 第三位階が目の前に!」

 

 狼狽えるグリンガムの前で、魔術師が杖をフリフリ、空いた方の手をワキワキ開閉しながら騒ぐ。と、その彼の前に神官が進み出た。

 

「いや待て! 第四位階が上限で……ということは、頑張って第三位階を使えるようになるまで待てば、第四位階が狙えるってことじゃないか?」

 

「お前、天才かよ!」

 

 魔力系と信仰系の使い手らが盛り上がっており、戦士と盗賊は呆気に取られていたが、その二人も「武具だって、総ミスリル製が増えるし、たまにオリハルコン製も混ざるんだったかな?」という建御雷の声を聞くと、同じくグリンガムの肩を掴むことになる。

 

「痛たたたっ! 四人がかりで俺を揺さぶるな! わかった、わかったから!」

 

「ああ、すまん。つい興奮しちゃって……」 

 

 魔術師が手を離すと、他の三人も手を離した。グリンガムは駄々っ子を見るような顔でメンバーを見ていたが、やがて大きな溜息をつく。

 

「まあ、しゃあないか。美味しい話だものな! しかも、死ぬことはないって話だし。……やってみるか!」

 

 ニヤリと笑うグリンガムの言葉に、メンバー達が快哉を叫んだ。

 その様子を見る建御雷は、ウンウンと頷いている。

 

「死なないにしても、痛い目には遭うかもなんだが……。一攫千金や、お宝狙いで虎口へ飛び込むか……。挑戦者ってのは、そうでないとな。いや、転移後世界だと、冒険者だったか……」 

 

「シカシ、建御雷様。命ノ危険ガ無イトイウノハ、少々ヌルイノデハ?」

 

 コキュートスの指摘はもっともだが、今回の侵入対応は基本的に『接待』だ。本来であれば、茶釜姉弟の恩人達に対して怪我などさせたくはないのである。それを諸々協議して、『演習』目的で、模擬戦の相手として雇う……という体裁を取っているのだ。そこは僕達も知っているはずだが、どうにも収まりがつかないらしい。

 

「ま、茶釜さんらの恩人達だしな。テストに付き合ってくれてるんだから、手心加えるってのは大事だぜ? それにだ……」

 

 どうせ、この転移後世界には長居するつもりなんだし、侵入者は今回のワーカー隊だけでは終わらないだろう。つまらない小物も多いだろうが、中には骨のある奴だって居るはずだ。

 

「一〇〇レベルの俺達を、強さ以外で楽しませてくれるような奴とかな……。そういう奴らを相手に、もたつくとかしてたら失礼ってもんだろ? だから、俺達には演習や練習が必要なのさ」

 

 これはモモンガも言っていたことだが、ユグドラシル・プレイヤーの強さが一〇〇レベルを上限としているなら、レベル以外の部分で強くならなければならない。もはやゲームではないのだから、頭だけでなく身体を使っての戦い方にも磨きをかけるべきだ。武技を学んでいるのも、強さの向上を睨んでのことである。

 

「俺達は、もっと強くならなくちゃ……」

 

 そう呟く建御雷の視線は、誰をも捉えず……宙に向けられていた。そこにコキュートスの、彼に似つかわしくない遠慮がちな声がかかる。

 

「ソレハ……タッチ・ミー様ト戦ウタメデショウカ?」

 

 建御雷が幾度もたっち・みーに戦いを挑んでいたことは、ナザリックに所属する者ならば皆が知っている。建御雷が敗北を重ねていたこともだ。建御雷にとっては面白くない質問だったはずだが、彼はカラカラと笑い飛ばしている。

 

「そう、それもある。たっちさんにはタイマンで勝ったことがないからな。今も勝てる気はしねぇが……こいつは男の子の意地ってやつさ。もちろん、ナザリックのために強くなるってのもあるがな! この話、前にもしたか? まあいいか!」

 

 そう笑ってグリンガム達に向けて進み出る建御雷の背を、コキュートスはジッと見続けていた。蟲王の表情は変化しない。だが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見るモモンガ達や、同じ玄室で居る冒険者達にはハッキリと解っていた。コキュートスが感動によって打ち震えていることに……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第一階層最奥の間。

 そこでの第一戦は、武人建御雷とコキュートス。そしてグリンガム率いるヘビーマッシャーとの戦いとなった。もっとも、純粋な闘争という意味では端から勝負は決まっている。ヘビーマッシャーの何を持ち出しても建御雷達に敵うわけがないのだ。しかし、ヘビーマッシャーは建御雷達に立ち向かい続けている。それは勝利条件が『十分間戦い続けること』と設定されているからだ。ただし、ダラダラと逃げに徹していると、建御雷の判断で終了……失格扱いとなるため、ヘビーマッシャーは戦い続けなければならない。

 

「よっしゃ! 腕一本いただき! って、おわぁああああああ!?」

 

 煙幕玉を投げた盗賊が、コキュートスの背後から縄を投げて腕を絡め取った。そして膂力で負けて振り回されている。それを見た魔術師が、<衝撃波(ショック・ウェーブ)>をコキュートスの顔目がけて連発したが、せっかくの煙幕を吹き飛ばして盗賊に怒鳴りつけられていた。

 一方、グリンガムと戦士に神官、この三人は建御雷を取り囲んでいる。

 

「俺達の武器では傷一つ付かんそうだ。遠慮の必要がないから、思いっきりやれ!」

 

「「うぉおおおおおお!」」

 

 グリンガムの指示を受け戦士が長剣を、神官が錫杖型のメイスを振るって建御雷に挑みかかった。グリンガムも同じだ。片刃だが肉厚の斧を振りかぶり、建御雷目がけて振り下ろす。三方向からのタイミングを合わせた攻撃だ。しかし……。

 

「おおっと、危ない、危ない」

 

 戯けたように言う建御雷は、軽いステップと共にグリンガム達の攻撃を躱していく。スルスルと避ける様は、まるで忍者……弐式炎雷のようだ。

 

「こういうのは得意じゃないんだが、まあアレだ。……レベル……強さの差がな~」

 

 これは先程のコキュートスと違い、馬鹿にしているのではない。

 残念だと思っているのだ。

 悪気はないのだが、口調から伝わってくる真意がグリンガム達のプライドを刺激し、三人の男に歯茎を剥かせる。

 

「言ってくれるじゃねぇか! 改めて全力戦闘だ! 野郎共、たたんじまえ!」

 

「おう! って何だか、寸劇のチンピラみたいだな~」

 

「それを言うな~っ!」

 

 戦士のぼやきを大声で黙らせ、グリンガムは建御雷の正面から突進した。

 ……。

 そして、十分が経過する。

 

「は~い、時間で~す。お疲れ~」

 

 大太刀を肩に担いで立つのは……武人建御雷。

 結局のところ、ヘビーマッシャーは建御雷達と時間いっぱい戦い続けた。これにて第一階層クリアとなる。

 今、建御雷の足下にはグリンガムと、戦士、神官が大の字になって転がっていた。息も絶え絶えの状態であり、そこかしこに切り傷を負っているが、大怪我と呼べるほどのものはない。コキュートスの方はと見ると、こちらは盗賊と魔術師をお手玉のように放っているところだった。

 

「ムッ? モウ終ワリデスカ?」

 

 言われて気づいたようで、落下してくる盗賊達の衣類を掴んで石畳への激突を防ぐ。そして、丁重に二人を降ろした。しかし、その場でうずくまる盗賊と魔術師は……。

 

「うぉええええええっ!」

 

 ビチャビチャビチャ……と胃の内容物を吐瀉する。それを見てコキュートスが冷気の息を吐いた。

 

「オノレ、栄エアルナザリックノ地ニ……痴レ者共ガッ!」

 

「いや、あんな事されたら吐くだろ?」

 

 呆れ口調で呟くと、建御雷は指をこめかみに当てて<伝言(メッセージ)>を発動、「モモ……アインズさ~ん。終わったぜ~」と呼びかけるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「第一階層を最初にクリアしたのはヘビーマッシャーですか……」

 

 大昔の映画主人公……冒険考古学者風の樹人、ブルー・プラネットが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を見て言う。映し出された映像は、赤く塗られた角ヘルムを建御雷から渡されて、グリンガムが喜んでいるシーンだ。第一階層へ出かける前の建御雷が言っていたことだが、グリンガム用に甲冑一式を用意しており、第三階層最奥を突破できれば一式揃うらしい。

 

「三チームのリーダーでは、グリンガムが一番イケイケで親分肌ですからね~。建御雷さん、気に入ったのかもしれませんね~」

 

 ブレインのような『己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった』様な男も好みだが、豪快に突き進んでいくタイプの男にも好感を覚えるのだろう。ブルー・プラネットに続くヘロヘロの言葉に皆が頷いた。

 

「さぁて、俺も出るとしますかね~」

 

 そう言いつつ、モモンガは席を立っている。

 第一階層を突破したチームが出た以上、第二階層最奥で待機するギルメンの出番なのだ。そう、第二階層最奥の守護者とは他でもないモモンガであった。

 




前回、書き忘れましたが

ベルリバーさんの『暴食』に関するアレとかコレとかは、
一切合切捏造ですので。

ウルベルトさんとたっちさんを出してみました。
これで合流確定ですね。
ある意味ネタバレですが、ギルメン合流を同じように書いててもアレなので
たまには良いかな……と思います。
ちなみに、闘技場へ呼び出されたモモンガさん達ですが
書いてて『イチャイチャしてるな~』とニヤニヤしてました。

建御雷さんが、『前にも言ったっけ?』と言ってるアレは、書いてる私が忘れていることによります。
ボロが出る前に最終回まで全力疾走せねば……。

次話に関しては、少し書き進めているのですが
どうなるかな……また二週間後になったり?

<誤字報告>
D.D.D.さん、Paradisaeaさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第76話

 ナザリック地下大墳墓、第二階層。

 本来、第三階層まではシャルティア・ブラッドフォールンが守護する階層域だが、ワーカー隊への対応については階層ごとに守護者を置いていた。例を挙げると、第一階層の最奥玄室には、武人建御雷とコキュートスが配置されるという具合だ。

 現状、ワーカー隊は、ヘビーマッシャーとフォーサイトが第一階層を突破している。突破と言っても、建御雷らに十分間挑み続ければ最奥玄室クリアとなるので、本人らにやる気さえあれば突破は難しくない。竜狩りに関しては、リーダーのパルパトラが慎重に行動しているため、攻略速度は他チームに比して遅かった。しかし……。

 

「ヘビーマッシャーとフォーサイトなら、ちょっと前に第二階層へ降りて行ったぜ?」

 

 と建御雷に聞かされると、さすがに顔色が変わって行動を早めることとなる。

 最奥玄室の突破報酬は、全チーム漏れなく入手可能だが、途中の玄室で入手できるアイテム類は早い者勝ちだからだ。

 第二階層については、各玄室に配置されるモンスターの強さが少し上昇し、木箱の中身が豪華になっている。豪華さ上昇というのは、各種巻物(スクロール)類が増えている点だ。本来、巻物に使用される羊皮紙は消耗品であり、転移後世界では材料の調達が困難である。と言うのも、現地調達できる羊皮紙を使用して、ユグドラシルの製法で魔法を封入すると……羊皮紙が燃えあがるのだ。原材料を人皮とすることによって、ある程度の代用が可能だが、後で合流するギルメンの心情に配慮して試製したのみである。では、こういった状況下で巻物(スクロール)を、報酬あるいは景品として出して良いものだろうか。いや、駄目だろう。そこまでの大盤振る舞いはできない。

 ……そうなるはずだった。

 ここで、タブラ・スマラグディナとブルー・プラネットの出番となる。

 まず、タブラが、大昔のエジプトという国で作成されたパピルス紙のことを思い出したのが発端だ。パピルスは羊皮紙の代用品になるのではないか……と考えたのである。ユグドラシルでは『動物皮』ではなく『植物由来の紙』でも巻物(スクロール)の原料にでき、原材料のグレードによっては動物皮に勝ることもあった。

 とは言え、現実のパピルス原材料となるカミガヤツリ(必要なのは茎の繊維)を一から栽培するのは面倒……となったところで、すでに合流していたブルー・プラネットが「じゃあ、俺が」と挙手し、手始めに木の皮で試してみようという事になったのである。そして、これがいきなり大当たりとなった。ブルー・プラネットがスキル使用して生やした木は、その皮が魔法封入能力に優れ、タブラ考案の巻物(スクロール)作成術と上手く噛み合ったのだ。

 

「役に立てて良かったですよ。いや~、この特殊木を植生する特殊技能(スキル)で、本当に……本物の巻物(スクロール)を作ることになるとは……。普通は取得しないネタ特殊技能(スキル)だし、巻物(スクロール)の原材料として運用するためには、一見関係なさそうな専用イベントを、四つも単独クリアする必要があるという隠し要素がありましてね~……苦労したな~。自然愛がなかったらヤバかったな~。普通に羊皮紙の巻物(スクロール)を作る方が、手間もかからず安上がりってのも、精神的にキツかった……。あ、そうそう、そこまでして樹木を生やしても、資材運用が可能になるまでの成長速度が遅くて……。その成長促進には、課金アイテムの成長促進剤が必要になるという……うごご……」 

 

 円卓で話していた時、ブルー・プラネットは人化していたのだが、ユグドラシル当時を思い出したのか滅多に見ない表情となっており、モモンガ達は大いに怯えたものだ。

 幸いだったのは、ブルー・プラネットがスキル使用で生やした樹木に、成長促進系の魔法が効果を示したこと。これにより巻物(スクロール)の原材料が、ある程度は安定供給されることとなった。ちなみに駄目元で成長促進の魔法をかけたブルー・プラネットは、効果があったことで狂喜乱舞している。

 こうして作成された巻物(スクロール)は、封入可能位階が第六位階までと、それまでの巻物(スクロール)と比して大きな飛躍を遂げていた。まさにブルー・プラネットの自然愛と、ユグドラシル時代における『流した血の汗と、涙を拭かなかった努力』の結晶と言えるだろう。現時点でも売り物として通用するが、更なる改良により、超位魔法は難しいにしても第十位階までの封入を目指すことで、研究開発の続行が決定となっていた。

 そういった経緯があって今回、第二階層の木箱には試作品の巻物(スクロール)が多めに入っている。

 デザインが気に入らない。

 もうちょっと質感を柔らかくしたい。

 見た目を羊皮紙っぽくできないだろうか。

 という指摘や要望によって量産化を見送られ、気楽に使い潰すつもりだった巻物(スクロール)だ。ちなみに第一階層で出た巻物(スクロール)も、基本的にブルー・プラネット式の巻物(スクロール)である。

 以上が、第二階層における木箱の変更点だ。階層としての変更点は前述したとおりもう一つあり、それが配置されるモンスターの変更である。第一階層ではアンデッド系のモンスターが多かったが、第二階層からは獣系、ゴーレム系など多くの種類を盛り込んでいくのだ。危険度が一気に上昇するが、手加減するように言ってあるので問題は無いとモモンガ達は判断した。また、どれも別階層から引っ張ってきたポップモンスターだったり、低レベルのドロップモンスターだったりするので、やはり使い潰すことに問題はない。

 

「一番良くて第六位階か~。しょぼいけど、喜んで貰えるだろうか……。第三階層では奮発して第八位階とかの巻物(スクロール)を入れてもいいかもな~」

 

 そう呟くモモンガは、第二階層最奥として設定された玄室で待機中だ。お供……随行者はパンドラズ・アクター。ちなみに、この人選にはアルベドとルプスレギナが難色を示している。パンドラズ・アクターが実力不足というのではなく、単に自分が随行者になりたかったらしい。だが、モモンガは反対を押し切ってパンドラズ・アクターを選んだ。最近まで、アルベドの代行としてナザリックの運営を仕切っていたパンドラズ・アクターに、褒美として随行を許すことにしたのだ。

 

「モモンガさん……。あんなに黒歴史だとか言っていたのに……」

 

「複数のギルメンに目撃されてる時点で、黒歴史も何も無いもんですよ。ブルー・プラネットさん」

 

 ワーカー隊の侵入前、感動している風のブルー・プラネットに対して、モモンガはフッと笑いつつ言っている。そのすぐ後、咳払いをした弐式がモモンガの前に進み出たのだが……。

 

「モモンガさん……。あんなに黒歴史だとか言っていたのに……」

 

「弐式さん……。笑いを堪えながら言うの、やめて貰えます?」

 

 プププ……と吹き出しそうにしている弐式に対し、モモンガは憮然としながら言ったものだ。なお、弐式は近くで聞いていた建御雷によって、脳天に拳骨を落とされている。

 そういった経緯により、モモンガは軍服姿のパンドラズ・アクターと並んで立っていた。円卓からの報告によると、ワーカーチームの一つがこの玄室に辿り着こうとしているらしいが……。

 

「すまないな、パンドラズ・アクター」

 

 呟くように言うと、パンドラズ・アクターが特徴的な卵顔をギュルンと回し、モモンガを見た。

 

「いかがなされましたか? 父上?」

 

「そういや、その呼び方にオーケー出したんだっけな~。……じゃなかった。せっかくの随行なのに、外に連れ出してやれなくて悪いと思ったんだが……」

 

 ブルー・プラネットに言ったとおり、今のモモンガにはパンドラズ・アクターがそれほどの黒歴史には思えない。ただし、言動の大仰さとドイツ語に関しては、現在進行形で羞恥を感じてしまうのが困りものだ。

 

(それを考えると、今回のワーカー達の侵入は丁度良かったな~。外の人間に対して、パンドラがどういう風に振る舞うかチェックできるし!)  

 

 つまりは、御褒美を兼ねた試験運用ということだ。考えてみればワーカー隊が帰った後は、彼らを派遣したバハルス帝国に対し、パンドラズ・アクターを差し向けることになっている。それもウルベルトの格好で行かせるのだから、ウルベルトの評判を落とすようなことはさせられない。

 

(タブラさんは「マズい具合になったら、後でウルベルトさんに謝りましょう」って言ってたけど、やらかさないに越したことはないし)

 

「お気遣いいただき、ありがとうございます! しかし……」

 

「うん?」

 

 感極まったパンドラズ・アクターの声に、モモンガは考えるの止めた。

 

「ぅ(わたくし)! 父上のお側に居られるだけで(とぇん)にも昇るほど幸せなのです! いえ、この場! こそが天上世界と言えるでしょう! ええ、絶対に!」

 

 クルリと回って右手は胸に当て、左手は斜め上で、掌は天井に向けられている。

 何度言っても改まらないのだが、他の姿……外装を使用しているときは控えめになるようだ。アクターの名が示すとおり、外装の『キャラクター』を演じているのだろう。

 

「なんだな~……お前のそれも……あれも……。もう見慣れてきたかな……。いや、まだ、ちょっと……」

 

 『それ』は、今の振る舞いだが、『あれ』はパンドラズ・アクターの振る舞いを見て笑う人々の態度だったりする。最初はヘロヘロや弐式達の反応が非常に恥ずかしかった。何度、パンドラズ・アクターを宝物殿に戻して二度と出さないようにしようと思ったことか。しかし、パンドラズ・アクターを見た際のギルメンの反応を繰り返し見ていくうち、それほど心が痛まなくなっていたのだ。早い話が慣れである。ギルメンらの方でも、パンドラ自身が話のわかる常識人であることから、単なるネタキャラではないように認識していることも大きい。

 

(今回は、試験運用みたいに考えてパンドラを連れてきたが……。ひょっとしたら俺自身の心を試すことになるかも知れないな~)

 

 そうあれかしとして生み出されたパンドラは、制作意図に従って行動しているだけなのだ。彼に苦手意識を持つのは良くないし、慣れてみると、ちょっと目に余ることもあるが、我慢できる範囲だとモモンガは思う。

 

(第一、タブラさん達は自分の制作NPCと仲が良いのに、俺だけパンドラを邪険にしていたらギルド長として示しがつかないじゃないか)

 

 決意を新たにし、モモンガは手に持ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握りしめた。本物のギルド武器ではなくレプリカである。破壊されるとギルドが崩壊するため、製作過程で出来たハリボテを用意したのだが、建御雷を始めとしたギルメンらが「ギルド長はたとえハリボテ……レプリカでも、それなりの物を持たなくちゃ!」と言い、各自が材料等を供出、タブラと建御雷によって魔改造されている。見た目は本物と変わらず、性能は遠く及ばない……という点は変わらないものの、当初より強力になっている。詠唱時間の短縮効果や魔法の攻撃ダメージの増加、各種防御効果など盛り盛りだ。作成者の一人である建御雷からは、「武器なんてものは、剣でも杖でも、実戦で使い倒してこそ値打ちがあると俺は思ってます。まあ、ギルド武器は軽々しく持ち出すもんじゃねぇけどな。だからこそのレプリカであり代用品! 壊したってかまわねぇんだ、思いっきり活用してくださいよ! ギルド長!」とまで言われている。モモンガとしては、ギルメン達の心遣いが身にしみて目頭が熱くなったほどだ。実際、異形種化していなければ、年甲斐もなく号泣していたかもしれない。

 

(危ないところだったよな~。精神の安定化が、これほどまでに有り難いとは……)

 

 醜態を晒さずに済み、モモンガはアンデッド特有の体質に感謝するのだった。

 そうしてワーカー隊を待ち受けること十数分。最初に玄室へ入ってきたのはヘビーマッシャーであり、一通りの会話を終えると、ヘルムのみ建御雷から貰った赤い物に換えたグリンガムが、鼻息荒く挑みかかってきた。とはいえ、モモンガには上位物理無効化Ⅲと上位魔法無効化Ⅲがパッシブ……常時発動している。見た目が魔法詠唱者(マジックキャスター)っぽい骸骨(グリンガム達はエルダーリッチと誤認していたが)でも、グリンガム達の持つ武器では傷一つ付けられないのだ。

 

「な、なんて硬いエルダーリッチなんだ……」

 

 斧を下げて肩で息するグリンガムが呟いている。

 

「さっきも言ったが、私はエルダーリッチではないぞ?」

 

 では何だ……と言うグリンガムの問いに、モモンガは「死の支配者(オーバーロード)だ。聞いたことはないか?」と返したが、グリンガムは首を横に振っている。

 

(む~ん? 帝国のワーカーも知らないのか……。ブレインやクレマンティーヌも知らないって言ってたし、転移後世界では死の支配者(オーバーロード)は目撃例すらないのか? ……まあ、現地モンスターに死の支配者(オーバーロード)とか居たら危険だし、居ないで結構なんだが……知名度低いってショックだな~)

 

 知名度の低い種族として死の支配者(オーバーロード)を挙げるのなら、弐式のハーフゴーレムやヘロヘロの古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)も知名度は低いだろう。おそらく転移後世界には存在しないのだから。そう考えると、自分だけのことではないので気が晴れるが、モモンガが長考している間も、ヘビーマッシャーの攻撃は続いていた。

 

「ふん! はあ! てやぁ! ろ、ローブに切れ目すら入らないぞ!?」

 

「俺の<浄化>も効果が無いようだ……。もうペースを落としていいんじゃないか?」

 

 戦士と神官がゲンナリしている。モモンガは建御雷と同じように、砂時計を使用した時間制限を設けていたが、戦闘開始より五分が経過……ヘビーマッシャーは、基本的にその場を動かないモモンガに対し傷一つつけられないでいた。モモンガの方も、ただ立っているだけではなく、低位階のデバフ系魔法を使用していたりする。

 

「ぬわー、目が見えない!」

 

「痒っ!? 全身が妙にかゆいぃいい!?」

 

 視力低減(フィールド視認距離の低下)や麻痺(の劣化版)を受けて、神官と魔術師が悲鳴をあげた。もっとも端から見れば変な踊りを踊っているようにしか見えない。そして、そのまま残り時間を過ごされても面白くないので、モモンガは<魔法解体(マジックディストラクション)>等で、その都度魔法効果を打ち消していた。

 

「とまあ、こういった魔法攻撃をされることもあるので、アイテム類で魔法耐性を上昇させておくのは重要だな」

 

「んアインズ様ぁ! 頑張(ぐわんば)ってーっ!」

 

 出口の横で立つパンドラズ・アクターから声援が飛ぶ。モモンガがチラッと視線を送ると、軍服姿のパンドラズ・アクターが手を振っている姿が確認できた。初戦は自分一人で相手するからと待機を命じたので、声援を送るしかすることがないのだろうが……。

 

(正直言って微妙!)

 

 盗賊がスリングで飛ばしてきた鉄球を頭部に受けながら、モモンガは暗い眼窩の奥で赤い光を強めた。悪い気はしないが、応援ならアルベドかルプスレギナの方が良かったとモモンガは思う。やはり、男性より女性だ。それが交際中の『彼女』であれば、なお良しである。

 

(後な~、あのオーバーアクションに、まだ抵抗がな~……)

 

 うんざり気味の視線をパンドラズ・アクターに向けると、その視線を受けたパンドラは暫し声援を止めた。そして、カクンと首を傾げた後、右手をモモンガに突き出してサムズアップしてくる。

 

「えっ? 何を……ちょっ、おまっ! なにぃいいいいっ!?」

 

 戸惑うモモンガは、精神の安定化を発生させつつ見た。パンドラズ・アクターが姿を変貌させ、アルベドになる瞬間を……。遠目には本物と見分けがつかず、さすがの擬態能力である。パンドラズ・アクターが擬態したアルベド(以下、『パンベド』という。)は、花咲くような笑顔でモモンガに向け手を振った。

 

「んアインズ様ぁ! 頑張(ぐわんば)ってーっ!」

 

 言ってることは先程と同じ。しかし、声はアルベドの物なので耳に心地よいし、口ぶりはパンドラズ・アクターのままなのに、可愛らしく感じてしまう。

 

(本物に負けず劣らず清楚で上品というのが、妙に腹立つんだよな~……あっ!)

 

 ヘビーマッシャーの攻撃を一身で受け止めているモモンガは、パンベドの向かって左に<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現するのを目撃した。そこから飛び出てきたのは本物の守護者統括アルベドであり、その伸ばした右手でパンベドの胸ぐらを掴み挙げている。無表情ながら眼差しだけ極寒のアルベドと、引きつった表情のパンベド。二者は数秒ほど視線を交わしていたが、やがてアルベドが手を離し、モモンガに向けて深々と一礼する。そして、今度はパンベドの右耳を掴むと強引に引っ張り、暗黒環内へと戻って行った。なお、暗黒環が閉じる前に、ひょっこり首を出したシャルティアが笑顔と共に手を振っていたりする。

 

(あ~……第三階層からシャルティアを呼び出して、<転移門(ゲート)>役を頼んだんだな。創造主のタブラさんが同じ円卓に居たはずだが、さすがに<転移門(ゲート)>役を頼むのは無理だったか……NPCの忠誠心的に……)

 

 そんなことをしている間に砂時計の砂が落ちきり、ヘビーマッシャーの挑戦時間が終了した。時間いっぱいを戦い抜いたので、当然ながら第二階層を突破したことになる。モモンガの方でも、実力派ワーカー達の連係攻撃を堪能できたし、諸々あった合間に、低位階の攻撃魔法を数撃ちして相手方の度肝を抜いていた。それにもめげず戦闘を継続したわけで、モモンガの心証においても合格点である。

 

(冒険者……おっと、ワーカー相手の良い練習になったしな~) 

 

 モモンガにとってのワーカー隊は、茶釜姉弟の恩人であるのは確かだ。だが、臨時雇いのアルバイトのようなものでもある。それが頑張りを見せたことで満足を得たモモンガは、上機嫌でアイテムボックスに手を突っ込んだ。

 

「これは疲労低減の指輪だ。労働による疲れや空腹感が半減することだろう。これが人数分と、リーダーのグリンガムには、建御雷さんから預かっている物がある」

 

 言いつつ、指輪の次に取り出したのは真っ赤な鎧だ。部分的に色分けしてあり、サーモンピンクの部分がある。ちなみに既に入手したヘルムも、どちらかと言えばサーモンピンク色である。

 

「これは総オリハルコン製の鎧だ。ええと、渡されたメモによるとだな、衝撃吸収や打撃と斬撃に刺突耐性、体力回復効果……それと第二位階までの魔法耐性があるとのことで……うわ、大盤振る舞いの盛り盛りだな……ゴホン。建御雷さんからの追伸では、『完全耐性じゃないから性能を過信することなく、お守り程度に思っておくように』とのことだ」

 

「おおおおおっ!?」

 

 受け取ったグリンガムが、瞳をキラキラさせながら感動し叫んだ。

 ヘビーマッシャーの面々は、手渡されたアイテムを掲げたり抱きしめたりしながら大喜びの最中だが、モモンガはふと思った疑問を投げかけてみる。

 

「今のところアイテムばかりだが、どうだね? やはり金銭の方が良いということは……」

 

「いや、アイテムがいい! そうだな? みんな!」

 

 赤い鎧を抱きしめたグリンガムが言うと、ヘビーマッシャーのメンバーらは声を揃えて「おう!」と答えている。中でも、神官と魔術師の喜びようが印象的だ。聞けば、モモンガが待機する第二階層最奥の玄室へ到達するまでに、建御雷に聞かされた『第四位階上限で、使用者の位階を一つ上げる魔法書』を二冊入手したらしく、「帰ったら猛特訓と猛勉強だ! 自力で第三位階に達するぞ! それでもって第四位階だ!」と息巻いている。

 

(やる気に満ちてるっていいな~……。異世界転移する前の俺と比べたら大違いだ……)

 

 何となくしんみりするが、すぐに気を取り直したモモンガは第三階層への扉を開いた。

 

「ここを通過すれば第三階層へ降りられる。モンスターは更に強力になるが、ここまでで入手したアイテム類があれば何とかなるだろう。基本的に最奥玄室へ追い立てるように指示しているが、逃げてばかりでは途中のアイテム類を取りこぼすことになるぞ? 自分達の力量を考慮した挑戦を期待する」

 

「うむ! 世話になったな、ゴウン殿! では、ちょっと行ってくる!」 

 

 豪快に笑いながらグリンガムが扉向こうの階段を降りて行き、他のメンバーらも付いて行った。

 

(世話になったか……。ま、俺も色々と参考にはなったし。人間と話してると何と言うか、良い感じで俺の感覚が人間寄りになるんだよな……)

 

 異世界転移して我が身がアンデッドとなったとき、モモンガからは人間に対する同種族意識が霧散している。それが今のように感じて振る舞えるのは、鈴木悟としての記憶や意識が残滓として存在していたからであり、更にはギルメン達が共にあるのが大きい。大切な友人らに、心の底まで化け物になった有様など見せたくはないのだ。その思いがモモンガの心を人として留め、熱心に精神の異形種ゲージや発狂ゲージのバランス取りをさせているのである。このような状態だから、グリンガムらのような人間と会話していると、人間寄りの精神ゲージのようなものが上昇していくのを感じるのだ。

 

「外部の人間と、もっと関わりを持つべきだろうな。精神系アイテムのやりくりで何とかできてる部分もあるけど、そういうアイテム頼みのバランス調整だけじゃなくて…………うん?」

 

 ついさっきアルベド達が消えたあたりで、再び<転移門(ゲート)>の暗黒間が展開された。呟くのを止めたモモンガが見ていると、中から軍服姿のパンドラズ・アクターがペッと吐き出される。そのパンドラに近づきながら、モモンガは聞いた。

 

「ヘビーマッシャーの相手をしながら見てたが……。何をしとるんだ、お前は……」

 

「いやあ、父上の勇姿を目の当たりにしてですね……。感動のあまり、最も効果的な応援をしようとしたのですが……」

 

 その明晰な頭脳から導き出したのは、アルベドの姿による声援だったとのこと。聞かされたモモンガにしてみれば「天にも昇る幸せ……だったか? 舞い上がりすぎだろ?」という感想しか出てこない。ただ、アルベド本人の承諾を得ていなかったこと……そして、見た目振る舞いはともかく、自分の口調で応援したことが、パンドラズ・アクターにとって致命的なミスとなった。その様子を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見ていたアルベドが激怒(直後に精神が停滞化)したことで、先程の乱入につながったのだとか。

 

「で? 先程、<転移門(ゲート)>でアルベドに拉致、いや連行されてから……何があったんだ?」

 

「はあ……それが……」

 

 言われてもいないのに正座するパンドラズ・アクター。彼が言うにはこうだ。

 転移した先は円卓だったが、そこで今やってるように正座させられた彼は、アルベドから大説教を受けた。極短い時間ではあったが「今後、無断で擬態することがあっても、(わたくし)のイメージを損なわないように!」と強く言いつけられて、シャルティアが開いた<転移門(ゲート)>に放り込まれたのだとか。

 

「うむ、確かに。知人友人に身内、そのイメージを損なうようなことがあってはいけないな。アルベドが言ったことは正しいぞ。アルベドには私の方からも詫びておくが……。ワーカー達が帰った後は、お前をウルベルトさんに擬態させて送り込む予定なのだから……今、失敗したのは良かったかもしれないか……」

 

「アインズ様……。私が軽率でした……」

 

 シュンとなっているパンドラズ・アクターを見ていると、モモンガは「しょうがないな」という気分になる。これは親心だろうかと考えたが、どちらかと言えば失敗した後輩を見ている気分に近い。

 

(創造主であり親でもあると言って、やはり実の親子ってわけじゃないからな。でも、こいつにとっての俺は創造主で親なんだ。複雑だな~……)

 

 いっそのこと、ユグドラシル時代に『息子である』と設定しておけば良かったか。そんなことを考えても今更である。そもそも、息子だと思いたいなら今からでもそう思えば良いのだ。

 

(要するに、俺の気持ち次第なんだな……)

 

 パンドラズ・アクターとは、スパリゾート・ナザリックで一緒に風呂に入ったこともあるが、ここに来てまた少し気持ちが解れた気がする。モモンガは、自分がパンドラズ・アクターにとって良き創造主や良き父になれるか、その点についてまだ自信はない。だが、取りあえずは頑張ろう。その様に決意を新たにしていると、正座したままのパンドラズ・アクターが見上げてきているのに気がついた。  

 

「ああ、すまないな。もう立って良いぞ?」

 

 言われたまま素直に立つ、自分が作ったNPC。パンドラズ・アクターを上から下まで見て確認したモモンガは、おもむろに呟いている。

 

「なんだ……改めて見ると、やっぱり格好いいじゃないか。さてさて、パンドラズ・アクターよ。次に乗り込んでくるのは、どのチームだったかな?」

 

「は、はい! アインズ様! 最も近くまで来ているのはフォーサイトでして……」

 

 一瞬前まで落ち込んでいたパンドラズ・アクターが嬉々として報告を始め、モモンガは骸骨顔ながら唇が笑みの形に変わるのを感じるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ほうほう、御両親に浪費癖が……」

 

「そう。だから、私にはお金が必要……」

 

 ナザリック地下大墳墓、第二階層。

 フォーサイトは順調に階層を攻略しつつあり、今は数カ所の玄室をクリアした後で通路移動中である。身の上話をしているのは、チームの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェ・イーブ・リイル・フルト。聞き役は旅の剣士シシマルこと、獣王メコン川だ。人化してフォーサイトに同行するメコン川は、あくまでチームのお目付役なのだが、アルシェに懐かれており、こうして身の上話を聞かされるほどに関係は良好だった。

 

(「おい? 俺達だって、最近になってようやく聞けた家庭事情なんだぜ?」)

 

(「それを知り合って間もないシシマルさんに……。何だか複雑ですね~……」)

 

 チームリーダーのヘッケラン・ターマイトと、神官ロバーデイク・ゴルトロンが囁き合っている。いい歳した大人の男が、肩越しに後方をチラ見しながらやっているので、一番前を歩くイミーナは、肩をすくめつつ溜息をついた。

 

(二人揃って、お馬鹿よね~。女は惚れた男に頼りたいとか縋りたいって思うものなのよ。そう思う私だって、アルシェはもう少し強がると思ってたんだけどね……)

 

 今の会話の発端は、チームの最後尾を歩いていたメコン川が「ワーカーって冒険者より危険なんだろ? 冒険者をしてれば良いんじゃないのか?」と話題を振ってきたことで、聞かれた側のヘッケラン達にしてみれば、個人の事情に踏み込まないのがマナーであるから無視しても良かったのだ。しかし、見たこともないアイテムを複数手に入れ上機嫌になっているヘッケランが饒舌に語り出し、ロバーデイクが孤児のためであるとか話したことで、つられてアルシェも自身の事情を話したのである。そして今は、アルシェのみがメコン川と会話を継続している。

 

「だから、入手したアイテムの幾つかは……お金に換えないと借金を返せない……」

 

「手に入れたアイテムは自分のモノなんだから、好きにすればいいと思うけどさ」

 

 赤塗りの南蛮具足胴。転移後世界では珍しい型の甲冑を着込んだメコン川は、いつものニヒルな笑みを引っ込めている。話題が話題だけに、ニヤニヤしてはいられないのだ。それに、今のアルシェの話には気になる部分がある。

 

「でもよ? そうやってアルシェが金作っても、親父さん達が無駄づかいしたら駄目なんじゃないか? 余所の家の話で意見して悪いんだけどな」

 

「そんなことはない。シシマルに聞いて貰えるだけで少しは気が楽になる。……本当に救われた気分になる……」

 

 そう言ってアルシェは俯き気味に前方に目を逸らすが、その耳が赤くなっているのはメコン川からはハッキリ視認できていた。人化しているとは言え、五〇レベル前後の身体強化なので、薄暗くとも視認できるのだ。

 

(アルシェには直接言えないが、その両親……糞だな。汚物だ。こっそり殺処分して、アルシェを記憶操作すればいいんじゃないか? モモンガさんあたりに頼めば……いや、駄目か。外道が過ぎる……)

 

 聞けばアルシェには幼い妹達が居るとかで、いきなり両親を亡くすのは良くないだろう。その妹達も記憶操作で……と思ったところでメコン川は、軽く頭を振った。

 

(だ~か~ら、なんでそう物騒な方向に考えが進むかね~……。試しで精神安定化アイテムを外してるんだが、人化してるのにこの有様とか冗談じゃないわ)

 

 いそいそとアイテムボックスに手を突っ込み、取り出した精神安定効果のある指輪をはめる。何となく頭が冷えたような気分になり、メコン川はホッと一息ついた。これで暫くは人の心を保てる。とはいえ、この状態が続くと異形種で居られないストレスが溜まって、発狂ゲージが上昇するのが困りものだ。発狂ゲージを下げるには、精神回復効果も含む安定系アイテムを装備するか、強化した<獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)>をかける必要がある。

 

(ペストーニャがギルメンのかかりつけ医みたいになってて笑う。ああ、笑い事じゃないか……。一度、発狂しきって発散するのも良い手らしいけど、事例がブルー・プラネットさん一人ってだけじゃあなぁ~)

 

 円卓で、タブラが録画したブルー・プラネットの発狂模様を見せられたが、ああはなりたくないとメコン川は思うのだ。自分の心の奥底にある、恥ずかしい部分をさらけ出すなんて容認できない。

 

(タブラさんが、俺とベルさんにアノ映像を見せるって言ったときの、ブルー・プラネットさんの顔。一気に萎れたあの顔は気の毒だったな~……あんな顔、俺自身がすることがあってはいけないのだ。うん)

 

 この先、たっち・みーやウルベルトが合流しても、ブルプラ発狂映像は研修資料的に用いられるのだろう。その資料の一つには加わりたくないメコン川は、人の心を保ち続けることの決意を新たにするのだった。

 

「よお、シシマル~?」

 

「うん? どした? ヘッケラン」

 

 前の方からヘッケランが呼びかけてくるので、メコン川は注意を向けたが、ヘッケランからの質問は、最奥玄室の守護者はどんな人物か……というもの。

 メコン川は下顎を掴むと、目を閉じて考え込むような素振りをする。

 

「ん~……確か、ここで一番偉い人が出てくるはずだ」

 

「えっ!? じゃあ、一番強い人ってことか!?」

 

 ヘッケランの声が裏返った。見れば、イミーナやロバーデイクも驚きの表情をメコン川に向けている。

 

「ああ、いや、強いは強いんだけど、一番強い人ってのは他に居るんだ。この先に居るのは死の支配者(オーバーロード)って言って、エルダー・リッチなんかよりも上位の種族なんだが……」

 

 ヘッケラン達は、死の支配者(オーバーロード)が何なのかは良く知らないらしいが、エルダー・リッチよりも上と聞いて顔色を悪くする。話しながら片目を開けたメコン川は、ヘッケラン達の反応に気づいて手をヒラヒラ振った。

 

「ははっ。怖がるこたぁないさ。建御雷さんの時と同じで、設定時間を戦いきれば玄室クリアなんだと。その人は魔法詠唱者(マジックキャスター)だけど、かなりの戦闘巧者だから……まあ倒し切れはしないだろうけどな」

 

 そう言って説明を終えたところ、前方のヘッケラン達からは「うえ~、また体力勝負かよ~」とか「良い訓練になると思って頑張るしかないですね」や「建御雷って人みたく、矢が跳ね返されるの~? ……あれ、自信なくすのよね……。でも、ロバーが言ってるみたいに、怪我しない人目がけての弓の練習だと思えば……」といった声が聞こえてくる。練習になるのはナザリック側としても同じで、メコン川はニンマリと笑う。そしてアルシェにも目を向けたが……。

 

「私が頑張らないと……」

 

 などと思い詰めた表情で呟いている。

 

(重症だな。責任果たさないどころか害にしかならない親なんざ、見捨てて逃げたっていいのに。妹達とか連れてさぁ……)

 

 アルシェは第三位階の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるから、親の借金のことさえなければ、普通に働いていけるはずだ。なのにアルシェは親を見捨てることなく、借金の返済で奔走している。見れば見るほど不憫で何とかしてやりたいが、短絡的な行動は悪手だと先程考えたばかりだ。

 

(後でモモンガさんに相談してみるかな……)

 

 先頭を行くイミーナが最奥玄室の扉に行きあたり、罠の有無を確認している。特に何も無いと判断したのか、しゃがんだままで脇に退き、ヘッケランとロバーデイクが扉に手を掛けた。自分の隣ではアルシェが緊張した様子で杖を握りしめている。

 

「ともかく、後での話だな……」

 

 今は割り当てられた役目を果たすことに集中しよう。気を取り直したメコン川は、フォーサイト共に最奥玄室へと入って行くのだった。

 




 職場の2年目は、前年度まで居たベテランが何人か異動で抜けてるので、忙しいのだ。

 というわけで、週一が難しくなってきております。
 ワーカー編が長くなってる感じですけど、あと3~4話分ぐらいですかね~。
 その後は予定どおり、パンドラが帝国に殴り込む感じです。
 ベル&メコのイベントも消化できてる感じだし……ああ、アルシェの家庭事情も何とかしなくちゃ。
 本作は現状終盤戦のような感じでして、100話前後で終われれば良いかな……と思っています。後は、たまに外伝的な話を書ければ良いかな……と。年内で完結に持ち込めるかな~……。台風さんの機嫌にも寄るんでしょうけど。
 終わり方は、余程の路線変更がなければ『俺達の冒険は続く!』で行こうと思います。我がギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は永遠に不滅! な感じで……。

 ……カルカ、出せるのかな……。

 今回の捏造ポイントは、タブラさんとブルー・プラネットさんが合わさると、木の皮で上等な巻物が作れること。人皮巻物作って揉め事起こすぐらいなら、多少の御都合主義には目を瞑ろうと思いました。作中設定で、達成難易度が激ムズになってるようにしましたので、バランスが取れてる……と良いんですけど。

 モモンガ&パンドラ。パンドラが下手打つのもどうなのか……と思ったんですけど、ホンワカした感じで書けたかな……と思います。
 ちなみに修正前は、アルベドに胸ぐらを掴まれるんじゃなくて、一撃のもとに殴り倒してました。ただ、モモンガさんの作製NPCに暴行を加えるのは遠慮するんじゃないかと思ったので、本文のような展開になっています。
 
<誤字報告>

D.D.D.さん、ARlAさん、トマス二世さん、戦人さん

毎度ありがとうございます
執筆は一太郎でやってるんですけど、ドラッグコピーで転写すると、ところどころ段落最初の一マスあけが、半角スペース×2になって、結果的に一文字分詰まるとか……。
投稿前にチェックはやってるんですけど、その頃には疲れ目で涙ボロボロ出てることが多くて何ともはやなのです。


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第77話

「ようこそ! ワーカーチームの諸君! いや、フォーサイトの諸君と言った方が良いかな? くっくっくっ」

 

 ヘッケラン達が第二階層の最奥玄室に踏み込むと、待ち構えていた守護者が語りかけてくる。漆黒の、それでいて時々紫っぽい艶を見せるローブ。黄金仕立てのようであり、七つの蛇が色とりどりの宝玉をくわえている長大な杖。何より目を引くのは、ローブから覗く顔だ。骸骨。そう、白骨の顔が確認でき、暗い眼窩には赤い光が揺らめいている。装備の豪華さから言っても、ただのエルダー・リッチではあり得ない。何より、その骸骨は人語を操っている。 

 

「おお、怖ぇえ……。普通のダンジョン探索で出会したら、絶対に逃げてるわ」

 

 冗談めかして言うヘッケランだが、目が笑っていないし、強がりで浮かべた笑みも口の端がひくついている。その彼に、モーニングスターを握り部分と中程で保持したロバーデイクが声をかけた。

 

「ヘッケラン? 何か返事した方が良いんじゃないですか? 骸骨の人、黙ったままこっちを見てますけど?」

 

「そ、そうか。そうだな……」

 

 戸惑い気味に答えたヘッケランであるが、顔は「嫌だなぁ」と言っている。

 

(こういう交渉はリーダーの仕事だってのは解ってるけど、嫌なもんは嫌なんだよ。相手はアンデッドだぜ? あーっ! (うち)に帰りてーっ! 実家に戻るのは真っ平御免だけどさーっ!)

 

 ここへ来るまでに収得した数々のアイテム。これだけで一財産だ。売れば一生遊んで暮らせるだろうし、武具等を有効活用すれば、今までに踏破してきたダンジョンや高難易度の依頼程度は、鼻歌交じりで踏破や遂行が可能である。この辺で降参して帰りたいのだが、こんな好条件でレアアイテムが入手できる機会など、この先死ぬまで無いと断言できる。

 

「あ、あ~っ。ブジンタケミカヅチさんから聞いてるかもだけど、俺がフォーサイトのリーダー、ヘッケラン・ターマイトだ……です。そちらの、お名前を伺っても?」

 

 慣れない言葉遣いで下出に出ると、奥でたたずむ骸骨……モモンガは一つ頷いた。

 

「我が名はアインズ・ウール・ゴウン。このナザリック地下大墳墓では、支配者の取り纏め役となっている。短い間だが、よろしくな? 本来、ナザリックに無断で踏み込んだ者には死より重い罰をくれてやるところなのだが……今回は事情が事情だ。これまでと同じように最後まで楽しんで行って欲しい。この第二階層最奥玄室では、基本的に私と……こちら……」

 

 モモンガがローブを翻すと、その背後から向かって右に軍服姿の人物が登場する。ヘッケラン達向きに、しかし、横にスライドするように出てきた彼は……顔が真っ白で目と口に当たる部分に黒い穴が開いている。彼もまた人間ではない。

 

(わたくし)、パンドラズ・アクターと申します。アインズ様の護衛兼、随行者として参上しました」

 

 軍帽のひさしを摘まみ、優雅に一礼するのを頷きながら見たモモンガは、ヘッケラン達に向き直った。

 

「基本的なルールは、第一階層での建御雷さんと同じだ。後で取り出す砂時計で、十分間戦い続ければ玄室クリアとなる。ダラッとした戦いぶりだと、私の判断で失格となるから、注意するように。後は~……先程、ヘビーマッシャーの相手をしたときは魔法詠唱者(マジックキャスター)として対応したが、フォーサイトの諸君には他のことも試させて貰うとしよう。パンドラズ・アクターにも戦って貰うが……うん?」

 

 いつの間にかアルシェが手を挙げている。

 

「ふむ。何か質問でも?」

 

 落ち着き払って問いかけたモモンガだが、内心では「何を聞かれるのか?」と落ち着かない。ギルメン達からは対応力が高いと言われているものの、モモンガ自身は、自分は充分な準備があってこそ自信ある行動ができると思っているからだ。

 

「あなたは今、自分が魔法詠唱者(マジックキャスター)だと言った。でも、不可解。あなたからは何の魔力も感じられない……。だから、あなたは魔法詠唱者(マジックキャスター)ではない」

 

「なるほど、探知系魔法でも使っているのかな?」

 

 そうモモンガは推察したが、実は違う。アルシェは生まれながらの異能(タレント)所有者であり、その能力は相手の魔法力を探知し、魔力系魔法詠唱者に限って何位階まで使用可能か判別できるというものだ。そう言ったわけで特に魔法を使用しているわけではない。しかし、モモンガは勘違いに気がつかないままで話を進めた。

 

「魔力が感じられないというのはあれだな、私が探知阻害のアイテムを装備しているからだ。それを外せば私のMP……魔力を感じて貰えるが……」

 

 言いつつ掌を返して指先を上に向け、骨の指から指輪を外そうとした……ところで、モモンガの動きが止まる。この時、モモンガの脳裏をよぎったのは、以前、探知阻害の指輪を外す場に居合わせた人間達の反応だ。

 

(ブレインやクレマンティーヌにロンデス、あとカジットか。気絶したり引っ繰り返ったり地獄絵図だったような……。こんな未成年の女の子に耐えられるのか?)

 

 モモンガは少し上にズラしていた指輪から手を離すと、アルシェを見る。

 

「言っておくが、私の本来の魔力は膨大だ。そこのヘッケラン殿よりも強いと思われる剣士でも、圧力に負けて引っ繰り返るほどでな。アルシェ殿が、どのように魔力を感じているかは知らないが、余程気をつけないと失神する恐れがある。それでも見てみるかね?」

 

 先程、アルシェはモモンガの魔力が感知できないことで魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないと指摘しただけで、魔力を見たいと言ったわけではない。嫌なら嫌で、探知阻害の指輪を取ることは止めよう。そう思っての問いかけだったが、アルシェは瞳に決意を宿して頷いた。  

 

「かまわない。ここ……ナザリック地下大墳墓は、想像を超えて強い存在が多い。中でも魔法詠唱者(マジックキャスター)が、どれほどの高みに居るのか。それを知ることは私にとって有益であり重要」

 

「そ、そうか。そこまでの覚悟ならば……。メコ……シシマルさんも止めてくれればいいのに……」

 

 最後にボソッと呟き、フォーサイトの後ろで居るメコン川を見たが、メコン川は口の端を持ち上げて肩をすくめるのみだ。モモンガはハアと溜息をつき、パンドラズ・アクターに指示を出す。

 

「彼女にアレを……」

 

「承知しました! アインズ様っ!」

 

 元気よく答えたパンドラスアクターは、アイテムボックスから一つのアイテムを取り出すと、ツカツカと軍靴を鳴らしながらアルシェの前まで移動した。ヘッケランとロバーデイクがアルシェの前に立とうとしたが、「一品お渡しするだけですので」とパンドラズ・アクターに言われて引き下がっている。

 

「ぅお嬢さん! こちらを、どうぞ!」

 

 どうぞ! の発音が「だぅぞ!」になっており、後方で見守るモモンガは、右手を顔面に当てた。

 

(頼むから、もうちょっと普通に!)

 

「あの……これは?」

 

 パンドラズ・アクターが手渡したのは、焦げ茶色の革袋。何の魔法付与もされていない、極普通の革袋である。アルシェの怪訝そうな視線を受けたパンドラズ・アクターは、優雅に一礼すると次のように述べた。

 

「エチケット袋でございます! 気分が悪くなったときに、遠っ慮無く! ご使用ください!」

 

 そう言い切ると、パンドラズ・アクターはモモンガの元へと戻って行く。アルシェはパンドラズ・アクターの背を見送っていたが、一瞬、革袋に視線を落とした後、モモンガを見直した。

 

「……準備はできた。どうぞ……」

 

「う、うむ……。では……」

 

 どうして進んでキツい思いをしようとするのか。モモンガにはさっぱり理解できないが、アルシェには退く気がないらしい。モモンガは先の展開を想像して気鬱になりながらも、相手方に指輪を抜く瞬間が視認できるよう手を挙げ、上に向けて指輪を引き抜いた。

 瞬間、モモンガを基点とした圧倒的な魔力オーラが発生する。渦巻く魔力圧の突風は、本来なら魔力感知できない戦士職であろうとも無視することのできない魔王的白骨パワーとなって、フォーサイトに対し無慈悲に襲いかかった。

 

「うぐほぉ!?」

 

「なん、ですか! こ、ぐはぁ!?」

 

 ヘッケランとロバーデイクが踏ん張ろうとしたものの、吹き飛ばされるように後方へ転倒した。いち早く危険を察知したイミーナは、立っていた位置でうずくまったが、それでも耐えきれなくなり這いつくばるような体勢になっている。そしてアルシェ……アルシェは吐いていた。その場で膝を突き、口を広げた革袋に顔を突っ込んで嘔吐(えず)いている。

 

「やはりこうなったか……」 

 

 以前、タブラから聞いた話によると、モモンガ達は精神安定系アイテムで抑え込んでいる異形種としての(さが)が、探知阻害系アイテムを外すことで表面化するらしい。ただ、そこには発狂ゲージを抑え込んでいる部分も上乗せされているとのことで、それが魔力感知力の鈍い戦士職……例えばブレインや、クレマンティーヌであっても影響を及ぼすとのこと。これを聞いた時、モモンガは気になることがあってタブラに質問している。

 

「タブラさん。もしも人化しないとか出来ないとかで、精神が異形種側に振り切ってたらどうでしょうね? 人の心は無くなるでしょうが、発狂とかしないわけですけど……」

 

 その状況設定の場合、探知阻害系アイテムを外したときの影響は今と違うのかどうか……。

 最古図書館のシアタールームで行った質問であるが、タブラはタコに似た頭部を傾けながら、目の前の死の支配者(オーバーロード)に向けて口を開いた。

 

「興味深い考察だね。その場合だと……。……溜まったストレス……じゃなかった発狂ゲージとかが存在しないので……。モモンガさんも私に聞く前に推測したんだろうけど、魔法詠唱者(マジックキャスター)以外には、大してオーラ的な圧力はかからないんじゃないかな? ちょっとは気圧されるかもですけどね~」

 

 じゃあ、そっちの方が良かったかもしれない。そうモモンガは思った。探知阻害系アイテム……例えば指輪を外すたびに、人間が引っ繰り返る。今のように顔を見て吐かれたりもする。正直言って良い気分ではないのだ。それをそのまま口に出したところ、タブラは苦笑しながら長い人差し指を交差する。いわゆるバッテンのマークだ。

 

「駄目です。ダメダメですよ、モモンガさん。ユグドラシルで見かけた野良の死の支配者(オーバーロード)になりたいならともかく、その考えでは、モモンガさんがモモンガさんではなくなってしまいます。NPC達は喜ぶかも知れませんけどね。あ、でも、モモンガさんなら、デイバーノックみたいになるのかな? いや、エルダー・リッチとは違うから、アンデッドとしての格の差が、そのまま比例して違いに差が出たかも? 人間に対しての当たりがデイバーノックよりキツくなったかもしれないなぁ……。これは本当の魔王降臨になるかもですね! ロールではなくて!」

 

「嬉しそうに言わないでくださいよぅ……」

 

 やはり身も心も化け物になるのか……と、身震いしたことをモモンガは思い出す。

 

(身も心も異形種化したら、後で合流するたっちさんに討伐されたりして……。う~、やだやだ。現状維持が一番だな~。もっと楽に、人としての精神を維持できる方法があれば良いんだけど。そうそう都合良くはいかないか……)

 

 モモンガは石畳上でへたり込んでいるフォーサイトを見た。

 

「で? どうするね? すぐに始めるか? 少し休憩した方が……」

 

 フォーサイトからの回答は「少し息を整えさせて欲しい」だった。無論、モモンガは鷹揚に頷いている。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 暫しの休憩時間を得たフォーサイトは、モモンガ達とは反対側……玄室の入口付近で車座になっていた。

 

「何なんだ、あのとんでもない迫力と言うかプレッシャーは!? ここの偉いさんって、みんな、あんな感じなのかぁ!?」

 

「第一階層で対戦したブジンタケミカヅチさんでしたか、あの方も探知阻害のアイテムというのを使ってたんですかね?」

 

 引きつった顔で言うヘッケランに対し、ゲンナリ顔のロバーデイクが頷きながら言っている。肩越しにヘッケランが振り返ると、後方……出口側で立つモモンガが、パンドラズ・アクターと何か話しているのが見えた。

 

「んアインズ様! 休憩時間中に何かお飲み物でも!」

 

「今、人化とか出来ないだろうが。もうちょっと大人しくしててくれ」

 

 という会話がなされているが、距離があるのでヘッケラン達には聞こえていない。

 振り返るのを止めたヘッケランは、チームメンバーを見回す。

 

「どうする? ブジンタケミカヅチさん……の時から解ってたことだが、思ってた以上にヤバいところに乗り込んだみたいだ……。このまま続ける……で良いんだよな?」

 

 この問いにロバーデイクとイミーナが頷いた。アルシェはと言うと、アインズから手渡されたポーションが効いたのか、すっかり元どおりとなって頷いている。

 

「アルシェ。気分はどうだ? 大丈夫か? あと、あのアインズって人は、どんな感じの魔力だった?」

 

「多少、口の中が酸っぱいけど問題ない。それより、あのアインズという人……アンデッドは、完全に人を超えた魔力の持ち主。位階が上に突き抜けすぎてて、何が何だか……。ロバーの前で言うのも何だけど、神が目の前に居たらあんな感じだと思う。本当の戦いなら、勝つなんて絶対無理。逃げるのも無理。誠心誠意謝って、勘弁して貰うのが最良」

 

 それもアインズ側で殺すことを前提としていたら、もうどうにもならないとアルシェは言う。だが……。

 

「これは本当の戦いじゃない。相手にとっては演習で、私達はお客様待遇で相手されてる。一生に一度あるかないかの幸運。諦めるなんて、もっての外。貰える物は全部、ありがたく貰って帰る」

 

「だな……。みんなも、いいよな?」

 

 ヘッと笑いヘッケランが確認すると、ロバーデイクもイミーナも、口の端で笑いながら頷く。

 

「よっしゃ!」

 

 両膝を音高く叩き、ヘッケランは立ち上がった。他のメンバーも次々に立ち上がってリーダーと共にモモンガに向き直っている。

 

「ゴウンの大将! 待たせたな! おっ(ぱじ)めようじゃないの!」

 

「うむ! 私の方でも色々試させて貰う。十分間、楽しもうではないか!」

 

 両手を広げて高く掲げた。そのようなポーズをモモンガが取り……その脇でパンドラズ・アクターがいそいそと大砂時計を引っ繰り返している。

 

「完了しました! んアインズ様っ!」

 

「う、うむ……」 

 

 敬礼するパンドラズ・アクターに若干引きながら、モモンガは咳払いをし、戦闘開始を告げるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとパンドラズ・アクター、対するフォーサイトの戦いは、当初は遠距離戦で開始された。イミーナが、モモンガの周囲を回るように駆けながら矢を放ち、ヘッケランとロバーデイクの後方からアルシェが雷撃を撃ち出すという具合だ。そして、それをモモンガが微動だにせず、鼻歌交じりで跳ね返していく。特殊技能(スキル)の上位物理無効化Ⅲと上位魔法無効化Ⅲが威力を発揮している形だが、ヘッケラン達は何らかの魔法障壁だと思っている様子だ。

 

「え~と……派手派手しく<火球(ファイヤーボール)>……だと死んじゃうから、威力減衰版で……いや、こっちの方が面白いかな? <鈍足(スロー)> !」

 

 対象の移動速度を低下させる魔法。何の強化もしていない普通の魔法発動だが、それでも対象……イミーナの魔法耐性を貫通した。

 

「うっ! うぎぎぎぎっ! 上手く動けない~~~~っ!」

 

 右手に矢、左手に弓を持ったイミーナが、歯を食いしばりながら走ろうとしている。だが、それは関節の錆びた人形が無理矢理に動いているようにしか見えない。

 

「おい、イミーナ! 大丈夫かっ!?」

 

「これ……が、大丈夫そうに、見えるっての~~~っ!?」

 

 傍目には巫山戯ているようにしか見えないイミーナ。その彼女に、ヘッケランが呼びかけているが、モモンガは構わず次のターゲットを選んでいた。

 

「ん~……よし、君に決めた! <支配(ドミネート)>!」

 

 これは精神支配の魔法である。全種族対象であり、魔法使用者を非常に親しい友人と認識させる。たとえ友人相手であっても、言えないと思ってることは言えないが……。

 

「ま、それとて物の言い様なんだよな~」

 

 モモンガは、対象者となったロバーデイクに向けて言い放つ。

 

「友よ! ここ最近で! 絶対に知られて困るほどじゃないけど、知られると恥ずかしいことを述べてくれ!」

 

「何を……はっ!? ロバーッ!?」

 

 イミーナを見ていたヘッケランが、両手に一本ずつの剣を構えてロバーデイクを振り返った。ロバーデイクは既に魔法の直撃を受けた後だったが、モーニングスターを降ろし、空いた方の手で気恥ずかしそうに頭を掻いてみせる。

 

「いや~実は、今回の仕事で出発する前日にですね。奮発して高価な菓子を買ったんですよ。ええ、一人で食べましたとも。ヘッケラン達であろうとも分けるわけにはいきません。ああ~、美味しかったな~……」

 

 玄室内を微妙な沈黙が支配した。

 

「あ~……それが、その、知られて恥ずかしいことなのかね? お菓子?」

 

「当然です! 心の友よ! 孤児院に寄附するお金も大事ですが、私は甘い物に目が……はっ!?」

 

 何か悪いことをしている気分になったモモンガが魔法の効果を解除すると、ロバーデイクは我に返ってモーニングスターを取り落とす。そして両手で顔を覆った。

 

「くううっ! 完全な個人的かつ秘密の楽しみだったのに……」

 

「ああ、そう……」

 

 気が抜けた風のヘッケランであったが、一転、視線を鋭くしてモモンガを睨みつける。

 

「ゴウンの旦那よ。よくも、俺のチームメンバー達を辱めてくれたな?」

 

「あたしも!? あたしも辱められた内に入ってるのっ!?」

 

 離れた位置で変なポーズのイミーナが叫んでいるが、取り敢えずは無視し、ヘッケランは右手の剣をモモンガに突き付けた。

 

「だが、このヘッケラン・ターマイトに小細工は通用しねぇ! この剣で叩きに叩いて、頭蓋骨に切れ目を並べてやるぜ!」

 

「えっ!? 無理だろうけど、なにそれ怖い!」

 

 ノリで後ずさるモモンガ。その彼に向け、ヘッケランが駆け出した。

 

「武技ぃっ! 双剣斬撃!」

 

 本来の本気攻撃であれば、武技の同時発動の限界を向上させる『限界突破』を併用するのだが、使用後の肉体的損耗が大きく、今回は双剣斬撃のみだ。別に命がかかっているわけではないし、無理をしてモモンガを倒す必要がないことからきた判断である。急速に間合いを詰めたヘッケランが、左右の剣を振り上げ、同時に斬りつけた。しかし、それらの剣はモモンガではなく、間に割って入った者により食い止められている。

 

「なにっ!? って、あんた……ニシキ!?」

 

 ヘッケランが目を丸くして驚き、自分の剣を止めた者の名を口に出した。彼の剣を、刃渡り五〇センチほどの苦無二本で止めているのは、グリンガム率いるヘビーマッシャーに同行しているはずのニシキ……弐式炎雷だったからだ。

 

「ん違います。私はパンドラズ・アクターですよ」 

 

 言いつつ弐式に擬態したパンドラ(以下、『パニキ』という。)は、苦無を振るってヘッケランを押しのける。ヘッケランが押された勢いで飛び退るのを見たパニキは、追撃することなく苦無二本を左手で持つと、軍服着用時のように胸に右手を当てて一礼した。

 

「弐式え……ごほん、弐式様の許可は頂いておりますので、貴方様のお相手はこの姿で務めさせていただきます。失礼ながら、力の差は大きいかと……」

 

 顔を上げながら締めくくると、ヘッケランの額に血管が浮く。ヘッケランは概ね笑顔でありながら、まったく笑っていない目でパニキを睨みつけた。

 

「言ってくれるじゃねぇか! 言葉には気をつけないと……怪我するぜ!」

 

 ヘッケランは、今度こそ武技『限界突破』を併用して『双剣斬撃』を繰り出す。これはグリンガムでも受け止めることは困難で、パルパトラであってもいなすのは難しい。しかし、パニキはまったく慌てることなく二本の苦無を放り出した。

 

「ケガ? 毛がどうしたのでしょうか? 頭髪に気をつけるべきは、そちらの方では?」

 

 素早く懐に手を突っ込んだパニキは、迫るヘッケランに向けて跳躍する。そして二人は交差……それまでの立ち位置を入れ替えるようにして互いに背を向け合った。ヘッケランは双剣を振り切った姿勢で、そしてパニキは……右手に櫛、左手に整髪スプレーを持った状態だ。

 

「う私なりにイメージチェンジを模索してみましたが! いかがでしょうか!」

 

 言いつつ振り返るパニキに対し、ヘッケランは何を言われているのか理解できない。しかし、ここでモモンガが唖然となって呟いた。

 

「よ、横分け……ヘッケラン!?」

 

「横分け? 分けるって何を?」

 

 モモンガに問いかけながら、ヘッケランは頭部に違和感を感じている。そして右の剣を鞘に戻すと頭に手をやるのだが……そこでは短く刈り込まれただけだった頭髪が、見事な七三分けになっていたのだ。フォーサイトメンバーでは、ロバーデイクがそれなりの横分けヘアであるが、今のヘッケランは整髪料も使用しているため、カッチカチの七三分けである。

 

「な、なんじゃこりゃああああああっ!?」

 

「至高の御方(うぉんかた)の前に出るには、身だしなみを整えることが重要です。少し目に余りましたので、僭越ながら手入れさせて頂きました!」

 

 誇らしげに言うパニキは、チラチラとモモンガを見ている。褒めて欲しいのだろう。モモンガは口を開きかけたが、声を発する前にフォーサイトを見てみた。

 

「きゃひ!? あははははっ!? 何それヘッケラン! 超ウケるんだけどぉ!?」

 

「ぶふっ!? にあ、似合ってますよ! ヘッケ……げほっ! ぶはっ!」

 

「……ぷっ」

 

 これがフォーサイトのメンバーによる感想だ。モモンガとしては「うあ~、ひどいな~」ぐらいにしか思わなかったが、ヘッケランとしては堪ったものではない。左手に剣を持ったまま、右の拳を振り上げる。

 

「笑ってんじゃねぇぞ、イミーナぁ! あと、ロバーも同じ横分けのくせして、むせるほど笑うな! あ、アルシェまで!? ち、ちくしょーっ……って、髪型を崩せねぇ!?」

 

 手櫛で七三分けをグシャグシャにしようとしたヘッケランは驚愕した。髪型が崩れない……いや、正確には崩れてもすぐ七三分けに戻ってしまう。頭髪に手指を差したまま、ヘッケランはパニキに対し目を剥いた。当然と言うべきか、額には血管が浮き出ている。この時、パニキはモモンガの傍らに戻っており、腕組みをしながら状況を観察していたが、ヘッケランの視線を受けて頷いた。

 

「特殊な整髪料を使用しました! 自動修復効果がありますので、あと半日はそのままでございまっす!」

 

「おい、弐式さんの姿で敬礼するんじゃない」

 

 言い終わりにパニキが敬礼したので、モモンガが注意するのだが、ヘッケランはそれどころではない。今、パニキは何と言ったのか。

 

(自動修復効果? 効果が続いてる間は、グシャグシャにしても元に戻るのか? 半日も? いっそのこと剃っちまうか? いや、いくら何でも、つるっぱげってのは……。じゃあ、半日このままで……)

 

 考える内に進退窮まったヘッケランは、身体を震わせて叫ぶ。

 

「なんて事してくれたんだーっ!」

 

 目尻には涙が浮かんでおり、彼の怒り具合が見て取れた。モモンガは、パニキと手を取り合って「キャー、怖~い!」と反応するが、おどけてるのが見え見えなため、ヘッケランの怒りは更に燃えあがる。

 

「二人とも、俺と同じ髪型にしてやらぁーっ!」

 

「俺達、髪とかないんですけど!?」

 

 パニキ……パンドラはともかく、モモンガの場合は人化すると頭髪が存在するのだが、そこまで説明する気はない。かくしてフォーサイトでは一人、ヘッケランのみがヒートアップすることとなる。もっとも、怒ったところで、モモンガ達には何一つ通用しないのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「はい! 時間終了どぅぇっす!」

 

 軍服姿のパンドラズ・アクターが宣言し、戦闘が終了する。

 フォーサイトは時間一杯闘い抜き、先に通過したヘビーマッシャーと同様、第三階層への通過権を得た。勿論、最奥玄室の突破報酬付きだ。なお、ヘッケランの七三分けについては、あまりに気の毒だと思ったモモンガがパンドラズ・アクターに言いつけ、元に戻させている。

 

「ああ、俺の本当の髪型だ! ……ひどい目に遭ったぜ……」 

 

「はっはっはっ。悪乗りして済まなかったな。では、第二階層、最奥玄室の特別報酬を受け取るが良い」

 

 ふて腐れているヘッケランに、モモンガは二振りの剣を差し出した。これは、見た目こそヘッケラン所有の双剣に似ているが、装飾の華美さで勝り、性能面では遙かに上を行く。まず、材質は総オリハルコン製。更に建御雷の手で硬化処理がなされ、ある程度の再生能力を持つ。

 

「後は、魔力付与もしてあるという話だから、幽霊(ゴースト)死霊(レイス)なんかにも通用する」

 

「うおおおおおおっ!? 本当に貰っちまっていいのかぁ!?」

 

 さっきまでの不機嫌が一瞬で消し飛んだようで、ヘッケランが瞳をキラキラさせながら確認してくる。

 

「うむ。お持ち帰りで、どうぞ……だ。また会う機会があれば、使い心地などを聞かせてくれると、建御雷さんが喜ぶだろう」

 

 それぐらいなら、お安い御用だ……とヘッケランは言うが、受け取った剣二本を片手で持ちニヤリと笑った。

 

「これなら……ゴウンの大将が、またあの鎧姿になっても勝てそうかな?」

 

 先程の対戦時、モモンガは「テストだ」と言って、漆黒の鎧姿……戦士の姿になっている。それは魔法で作り出した鎧と巨大な双大剣を装備し、<完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)>の魔法で自身を戦士化したものだ。格下相手の戦いであるから、憧れのたっち・みーの様に戦いたかったというのが、この戦闘スタイルを取った理由である。レベルそのままで戦士化できると言っても、戦士系の特殊技能(スキル)が生えてくるわけではないので、戦い方は非常に素人臭い。また魔法の使用も、MP回復もできない有様となるのだが、これが結構、フォーサイトとは良い勝負になっていた。モモンガとしては「今度、建御雷さんに戦い方を教わろうかな」と御満悦だったが、ヘッケランから勝てそうかどうか聞かれると、鼻で笑いそうになるのを抑え込むのに苦労する。

 

「いやいや、無理だとも。その剣では、先程作り出した鎧に傷を付けることすらできないな。いや、頑張ればヘコませるぐらいは出来るのかな? 今より、もっと強くなるのが前提だが……」

 

「ちぇっ、残念!」

 

 そう言って肩をすくめたヘッケランは、フォーサイトメンバーに第三階層へ降りることを告げようとした。が、ここでメコン川がモモンガに声をかけている。

 

「ちょっと待った。モ……アインズさん」

 

 メコン川は頭の横の高さで挙手し、眼だけでフォーサイトの面々を見ると、口の端を持ち上げてからモモンガに言った。

 

「相談事があるんだ。そこのアルシェって子のことでな……」

 




仕事明けで、手直しと誤字チェックしました。
目が~……。あと、眠気もヤバい……キーボード叩いてると、何度か意識喪失……。

今回、モモンガさんの担当分の二戦目としてフォーサイトと戦って貰いました。真面目に戦うと原作より早く終わっちゃうので、本文のような感じでまとめています。

今更ですが、探知阻害の指輪を外すと戦士職も引っ繰り返るのはおかしい気がしましたので、一応の理由付けをしています。すべては発狂ゲージが悪いのだ~。

今回、せっかく同じ場所にパンドラズ・アクターが居るので、アルシェにはエチケット袋を渡しています。

ヘッケランを、横分け……七三分けにしてみました。ロバーデイクも横分け風ですが、あちらが風にそよぐ感じなのに対し、ヘッケランは塗り塗りのカチカチになっています。ちなみに、この展開の発想の元になったのは、横分け銀蝿。

戦闘後に少し触れている程度ですが、原作における戦士モモンをちょっとだけ出してみました。全話を書いてた頃は、これを主軸に書こうと思ってたのですが、どういうわけか本文のような感じに……。

第一階層での建御雷さんは、三チーム中のヘビーマッシャーとの戦闘シーンを書きましたが、基本的に最奥玄室では全チームを相手に戦っています。今回の第二階層ではヘビーマッシャーとフォーサイトの出番がありましたが、第三階層最奥玄室では……竜狩りの出番となるでしょう。乞う御期待。

<誤字報告>
zzzzさん、よんてさん、null_gtsさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん、戦人戦人さん

毎度ありがとうございます


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第78話

「ああ、すみません。俺です。え? 俺じゃ解らない? ……もう、見てるくせに。アインズですよ。ちょっとメコ……シシマルさんと話が……え? 見てたから知ってる? ぐぬぬ……。そ、そんなわけで、話が終わるまで通路操作で竜狩りをグルグル迂回させて下さい。その分、木箱にサービス? そこは、お任せで……はい、それじゃ……」

 

 ナザリック地下大墳墓、第二階層の最奥玄室。

 獣王メコン川(人化中)とフォーサイトの面々に背を向けて<伝言(メッセージ)>をしていたモモンガは、クルッとメコン川に向き直った。

 

「タブラさん達の了解を得ましたので、少しぐらいなら話をする時間がありますよ」

 

「今の<伝言(メッセージ)>の相手、タブラさんか……。まあ、いいや……。フォーサイトの皆も、こっちに来な……」

 

 モモンガの<伝言(メッセージ)>応答を聞いて、タブラがモモンガをからかっていたのが解ったのだろう、メコン川は一瞬呆れたような顔を担ったが、すぐに気を取り直し、本題に入る。

 ……。

 

「ほう? そちらのお嬢さんの親御さんが、借金を……」

 

 モモンガが視線を向けると、アルシェは怯えたようにメコン川の後ろに隠れた。

 

(人化か!? 人化してるかどうかの差なのか!?)

 

 若い娘さんに怖がられている。

 モモンガは密かに傷ついたが、そんな彼を、メコン川の隣りで居るロバーデイクとヘッケランが囁き合いながら見ていた。

 

(「なんか、骸骨の人……さっきまでと雰囲気が違くね?」)

 

(「あれが素なんですかね~」)

 

 もちろん、異形種化して聴力が強化されたモモンガには聞こえているのだが、咳払いでヘッケラン達を黙らせてから会話を再開した。

 

「まあ、茶が……かぜっちさん達が世話になったので、相談に乗るのは(やぶさ)かじゃないですけど。金貨数百枚とかは(ナザリックの見得とか面子にかけて)出せるでしょうが……問題の解決にはなりませんよね?」

 

 今ある借金をチャラにしたところで、アルシェの両親が無駄づかいすれば新たな借金ができあがる。ナザリック側も、そう何度も助けてやるほどお人好しではない。メコン川がアルシェを気にかけているのであれば、以後はメコン川が私費を投じて……という事になるが、それだと終わりがないのだ。

 そこはメコン川も理解ができているらしく、肩をすくめてみせる。であるならモモンガとしても一安心なのだが、肝心のアルシェは……と見ると、メコン川の左脇から顔を覗かせていたのが、今では真っ赤になって俯いていた。大きな声では言えない家庭事情、それを会って間もない人物同士が相談しているのが、余程恥ずかしいのだろう。

 

「わかってますって。……そこで相談なんですけど。なんか上手い考えとか……ないですかね?」

 

「ぶっちゃけましたね~。ん~……」

 

 モモンガは下顎を掴むと考え出した。

 現金支給が悪手だから、親の方を何とかする……意識改革などが適切だろうか。しかし、教育者でもないモモンガには、上手い手など思いつかない。

 

(やまいこさんの本職は教師だって話だから、彼女の合流を待って丸投げ……いやいや、半魔巨人(ネフィリム)が鉄拳制裁する姿しか思い浮かばないぞ!? ええい、ここは魔法か? 魔法なのか? さっきロバーデイクに使った<支配(ドミネート)>は……ああ、支配されてる間の記憶が残っちゃうか。あれで意識が改善するってものでもないし……。ならば……)

 

 モモンガはピッと右の人差し指を立ててみせる。

 

「<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で記憶を弄って、真人間にしちゃうと言うのは?」

 

「モ……アインズさん。例えばだけどさ、『ペロさんの記憶を<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で弄って、真人間にしちゃう』とか言い出す奴が居たとしたら……どう思います?」 

 

「ぐぬ……」

 

 どれほど自分が非道な発言をしたのか思い知り、モモンガは呻いた。見ればフォーサイトの面々からの視線が厳しいものになっている。言っただけでこれでは、実行したら完全に敵対することだろう。フォーサイト程度のワーカーが敵に回ったところで、蟻のように踏みつぶせるが、それでは茶釜姉弟の面目が丸つぶれなのだ。

 

「魔法が駄目となると、俺達みたいな異形種が手出しするのも本来は良くないんでしょうねぇ。人の手で何とかできそうな方法限定か~。だったら、俺に相談することじゃないと思うんだけどなぁ……。……他で、御両親を更生させる方法はと言うと~……。……おっ?」

 

 左手でレプリカのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを弄び、再び下顎を掴んだモモンガであるが、手持ちのカードを吟味し直したところで一つ思い当たる事があった。

 

「シシマルさん? アルシェさんの御両親が主に借金している相手というのは、帝国の闇金でしたっけ?」

 

「や、闇金……。まあ、そうですね。ヤクザの(しのぎ)みたいなものなのかなぁ」

 

「それだ!」

 

 モモンガがメコン川を指差すと、呟いていたメコン川とフォーサイトの視線がモモンガに集まる。

 

「ヤクザにはヤクザですよ! 八本指から圧力をかけさせて黙らせちゃいましょう!」

 

「おっ? おおっ!!」

 

 それは名案だと、メコン川が表情を明るくした。帝国側の闇金組織のバックが、どれほどの規模なのかは不明である。しかし、王国側の八本指とて相当なものだし、もしも戦力的に不足しているなら、ナザリック側から兵を出しても良い。これならアルシェの両親が闇金の餌食になることもないだろう。

 

「そりゃあいい。名案だよ、アインズさん。けど、その場合でも御両親の悪い癖が心配だな……」

 

 メコン川の反応を見て、フォーサイトの面々も顔を見合わせる。

 

「シシマルの言うとおりだ。あの八本指を顎で使えるのはたまげたけど……闇金が手を出さなくなったとして、アルシェの親父さん達が有り金で無駄づかいしたら……。それで、あっと言う間にゼニ無しだぜ? 余所で金借りるかもしれねぇし……」

 

「やはり私が、神の教えを拳に乗せて説法しましょうか?」

 

 やや過激な対処法をフォーサイトの男性陣が話し合うが、これに対してイミーナが口を開きかけたところで、モモンガが続く事案を披露した。

 

「フフフッ。それも対処可能だ。まず、八本指から帝国闇金に睨みを利かせて、アルシェの御両親から手を引かせるし、金を貸さないようにさせる。続いて、八本指でアルシェの両親を引き取り、働いて食べていけるように『研修』させるのだ。まあ借金分ぐらい……は厳しいだろうから、八本指視点でマシな感じになるまで働いて貰うかな。堅気の仕事でな……」

 

 犯罪組織だからと言って、収入源は違法行為ばかりではない。表向きの真っ当な商業活動もしているのだ。そこでアルシェの両親を働かせ、性根を入れ替えて貰うという寸法である。モモンガは、八本指の警備部門……六腕に顔が利くヘロヘロと建御雷に<伝言(メッセージ)>で連絡をしたが、両者とも賛同してくれた。後は、アルシェの決断次第なのだが……。

 

「アルシェ嬢。そんなところで……どうかな?」

 

 モモンガが確認すると、アルシェは不安そうに目を伏せる。

 

「王国の八本指と言えば、帝国でも噂に聞いた大犯罪組織。そんなところに父や母が……」

 

 その呟きを聞いて他のフォーサイトメンバーは表情を暗くするが、モモンガは首を傾げながらアルシェに語りかけた。

 

「では、現状維持かね? 帝国の闇金については、八本指経由でアルシェ嬢の御両親に手を出させないことは可能だし、叩き潰すのはもっと簡単だろう。だが、そのままだと現状維持は確定だ。御両親は別の金貸しから金を借りるだろうし、借金生活は再開される。今回のダンジョン・アタックで入手した品を売って金に換える手もあるだろうが、借金生活が再開されるまでの時間が延びるだけだ。言っておくが私達は、そう何度も手を貸したりはしないぞ? 今が最大にして最後の機会だと、私は思うのだがね?」

 

 言うだけ言ってモモンガが口を閉ざすと、玄室内を沈黙が支配する。そして数分が経過し、杖を固く握りしめたアルシェがシシマルを見た。

 

「ん? 俺か? 俺はアインズさんの提案が、最良の一手じゃないかと思うね。厳しく接してくれるところに放り込んで、少しは現実を知って貰うのがいいんじゃないか? あと、世渡りについても勉強して貰うといい。『研修』はヤクザ組織だって話だけど、そこら辺は上手くやるさ。なあ? アインズさん?」

 

「うむ。最低限、怪我はさせな……まあ、厳しめのボディタッチはあるかもしれんが、そこはポーションを惜しまず治療することを約束しよう」

 

 そんな説明で女の子が安心すると思ってるのかよ……というメコン川の視線を敢えて無視し、モモンガが言い終える。対するアルシェは、数秒ほど視線を泳がせてからモモンガに歩み寄って見上げた。そして杖を握りしめながら言う。

 

「……了解した。父と母をお願いします……」

 

 この瞬間、アルシェ・イーブ・リイル・フルトの両親の運命は決定した。真人間となって働き、収入を得て、度を超えた無駄づかいはせずに親として子を導く存在になるのだ。ただし、そこに行き着くまでの間、二人は八本指支配下の飲食店や運送業者などで、馬車馬のように働くこととなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 円卓。現時点では、出番が終了した武人建御雷が戻って来ており、タブラ・スマラグディナ、ヘロヘロ、ブルー・プラネット、ベルリバーと、五人のギルメンが待機中だ。(しもべ)としてはアルベド、ルプスレギナ等が居て、それぞれの創造主の後ろ、あるいは割り当て席の後ろで立って居る。

 

「あの女の子の親ってのは……屑だな。それも純粋培養の夢見がちな屑だ」

 

 建御雷が苛立ちを隠さずに吐き捨てると、背後のコキュートスが「マッタクデス!」と憤りを見せた。ナザリックの(しもべ)の多くは、外部の者を慮るようなことをせず、創造主が怒ったから自分も怒るというだけの者が多い。ただ、コキュートスの場合は、武人として創造されているだけあって、非道な行為は気にくわない様子だ。もちろん、そこには建御雷の怒りも大いに影響しているのだろうが。

 

「ともかく、上手くいきそうで何よりじゃないですかぁ。八本指には……俺から、ゼロ達に言って投げときますかね。モモンガさんやメコン川さんと相談した後で……ですけど~」

 

 建御雷を宥めにかかるヘロヘロだが、一瞬言い淀んだのは「八本指にはデミウルゴスから……」と言いかけたからである。

 

(デミウルゴスに丸投げしたら、どんなえげつない事するか解ったもんじゃないですしね~。ゼロ達には、成功報酬で何かマジックアイテムでも出しますかね)

 

 ゼロには、魔法付与したオリハルコンのメリケンサックといった具合で、それぞれの得意とする武具で上質な物を渡せば良いだろう。確か私室の屑ドロップ品の収納に、それらしい物があったはずで……と考えていたヘロヘロは、タブラがある一点をジィッと見ていることに気がついた。視線の先にあるのは、ギルド長……モモンガの席で、その両脇の離れた場所にアルベドとルプスレギナが立って居る。二人とも遠隔視の鏡に映るモモンガを見ているのだが、ルプスレギナは上目遣いで物欲しそうに、そしてアルベドは腕組みしながら据わった目で舌打ちなどしている。

 

「うわあ……」

 

 ヘロヘロは察した。

 モモンガの現在の随行者は、パンドラズ・アクター。話し合った上でモモンガが決定したことなのだが、アルベド達にしてみるとモモンガと共に行動できないのが口惜しいのだろう。

 

(いっそのこと、あの二人も一緒に連れて行けば良かったんじゃないですかねぇ。ああ、それだと、すぐに対戦が終わるか……。悪くすると、ただ見ているだけの人が出ちゃうのか……)

 

 モモンガがアルベドと組み、ワーカーを相手に遊んでる様子。それを壁際で傍観するルプスレギナ……あるいは、その逆。想像しただけで気の毒になるというか居たたまれない。

 

(一方で、パンドラがナザリックに放置されてるのを思うと、それはそれで気の毒ですしね~。今回ばかりは、パンドラに良い目を見させたい……のかな~?)

 

 異形種化し、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の姿になっているヘロヘロは、ギルメン席の上でクルリと背後に向き直った。向き直った先にはメイド服姿のソリュシャン・イプシロンが居て、急に向き直ったヘロヘロに驚いた様子であったが、すぐに微笑んでいる。

 

「ヘロヘロ様? 何か御用でしょうか?」

 

「……いえ、何と言うか……。ソリュシャン、少し私の頭を撫でて貰えます? あ、酸は切ってますので」

 

「承知しました。それでは……」

 

 ソリュシャンは一瞬、恐れ多いと躊躇したが、右手を伸ばしてヘロヘロの頭頂部を撫でた。

 

「ああ~、癒されますね~。やはり創造したNPCと、創造主は仲良くあるべきなんですよ~」

 

「?」

 

 感極まっているヘロヘロの言葉に、ソリュシャンは少し首を傾げたが、それでも嬉しそうにヘロヘロを撫で続けている。周囲から見ると、「何をイチャイチャしてるの?」という光景だが、ヘロヘロは気にしなかった。

 

「……ヘロヘロさんは置いておくとして。この後で、モモンガさんが竜狩りの相手をしたら、全チームが第二階層を突破。残るは第三階層ですか……」

 

 ジト目でヘロヘロを見ていたブルー・プラネットが言う。これにタブラとベルリバーが反応した。

 

「第三階層か~……第三階層は、木箱の中身が更にグレードアップしてるんでしたっけ? タブラさん?」

 

「消耗品である試作品の巻物が多めだけど、そこに魔法補助アイテムが加わるね。ネタアイテムとかも含まれるんだけど……。ま、それより……気になるのは最奥玄室の二人かな~。きっと無事じゃ済まない……いやいや、後で酷いことになるかも?」

 

 出来れば関わりたくないと言ったタブラの口調に、アルベドが「どうかなさいまして?」と問いかけるも、タブラは力なく首を横に振る。

 

「こっちの話さ。え~と、ベルリバーさん? さっきまでのチーム同行中だけど、他のワーカーチームの状況は……」

 

 ベルリバーに対して言いながら、タブラは四基並ぶ遠隔視の鏡の……向かって右端で、アルベドと共に立つデミウルゴスを見た。

 

「デミウルゴスから報告が行ってるんだったかな?」

 

「え? ああ……その都度、<伝言(メッセージ)>で報告がありましたね……って、ああ違うな……そっちの話か……」

 

 先程、ブルー・プラネットが第三階層の話を持ち出したので、ベルリバーは木箱報酬の取得に関する話だと思っていたらしい。しかし、すぐにタブラの言いたいことを察して遠隔視の鏡の……左端の一基を見た。その遠隔視の鏡には、第三階層の最奥玄室が映し出されている。そこで入口から最も離れた場所……玄室の奥で待機している者達こそ、今回のダンジョン・アタックにおける最後の守護者なのだ。すなわち、爆撃の翼王ペロロンチーノと、鮮血の戦乙女ことシャルティア・ブラッドフォールンである。

 映像上のペロロンチーノは、暇を持て余しているのか腰を下ろして胡座をかいており、その中にシャルティアを座らせてキャッキャウフフしている。脳天気にイチャついてる光景だ。それを見たタブラを始めとした円卓のギルメン達は、溜息を禁じ得ない。

 

「ヘビーマッシャーのアレとか、フォーサイトがエロトラップに引っかかった話……。ベルリバーさんが知ってたんだから、当然、茶釜さんの耳にも入ってるんだよな?」

 

 誰に言うでもなく建御雷が呟くと、ギルメン達の気は更に重くなった。ヘビーマッシャーのメンバーで、男性が増毛罠の直撃を股間に受けたのは確かにマズい。だが、女性であるアルシェやイミーナを含むフォーサイトが、脱衣トラップを受けて全裸にされた件。これは、ヘビーマッシャーを数段上回るほどにマズいのだ。『あ~、ペロロンチーノさん。死んだな~』とは、その脱衣トラップが発動した直後、ブルー・プラネットが言った台詞だが、タブラ達にしてみれば、そうなる以外の未来が想像できない。

 

「フォローに回ります? ペロロンチーノさんの……」

 

「無理でしょ?」

 

 ブルー・プラネットの怖ず怖ずとした問いに、ベルリバーが答えた。他のギルメンも、ベルリバーと同じ考えである。ペロロンチーノは大事な友人だが、彼に非がある状況で、怒り心頭に発した茶釜の前に立つ勇気は誰も持ち合わせていないのだ。

 

「うん? ……はい。タブラですが?」

 

 タブラがこめかみに指を当てて応答する。どうやら<伝言(メッセージ)>らしいが、「はい、そうですね、はい。それは……皆との相談次第ですけど、わかりました。いいえ」という受け答えの後に、<伝言(メッセージ)>は打ち切られた。と同時に大きな溜息が聞こえ、タブラが肩を落とす。

 

「タブラさん。誰からだったんです?」

 

 何の気なしにヘロヘロが聞くと、タブラは一言「茶釜さん……」とだけ答えた。瞬間、他のギルメンが腰を浮かせたり、身動(みじろ)ぎするなどの反応を示す。

 

「な、内容を聞いても大丈夫ですか?」

 

「要望があっただけだね」

 

 ベルリバーに対してタブラは答え、会話内容を説明した。

 茶釜は第三階層について、通路変更でワーカーチームの進行速度を調整し、最奥玄室への到達は……自分が同行する竜狩りを最後にするよう要望してきたのだ。

 

「それに対して、私は『皆と相談してみないと』と答えたわけだね。で、茶釜さんの要望について、何か反対意見は?」

 

 発言する者は居ない。続いてタブラはモモンガにも伝言(メッセージ)で確認を取ったが、「茶釜さんの、よろしいように」という返事があったのみだ。

 

「モモンガさんも、あまり口出しはしたくない……か。これはペロロンチーノさん、完全に詰んだね。前にやらかしたときは、弐式さんから手裏剣の的にされてたけど……それより(ひど)いことになるかな~」

 

「なあ、タブラさん。竜狩りの第三階層最奥玄室入りを最後に回すのはいいとして、さっきの茶釜さん相手の<伝言(メッセージ)>を『いいえ』で締めてたよな? 何か、茶釜さんの言ったことに反対したのか?」

 

 建御雷が聞くと、タブラは「ああ~、あれですか」と呟く。円卓を見回したところ他のギルメンも興味があるようで、タブラは肩をすくめて次のように説明した。 

 

「最後に茶釜さんが言ったんだよ。『タブラさん、弟のこと庇い立てする?』ってね。皆さんなら、どう返事したかな?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 状況は刻一刻と悪くなっている。

 いや、ワーカーチームに対する報酬木箱のトラップについて、エロ要素を盛り込んだ時点で、最悪の結末へのルートは確定していたのだろう。そのことに気がついていないのか、あるいは無意識に思考を逸らせているのか……ペロロンチーノは元気一杯で、ヘビーマッシャーとフォーサイトの相手を済ませていた。ルールは建御雷が考案した『十分戦い続ける』というものを採用。男だけだったヘビーマッシャーの相手はつまらなかったが、女性が二人居るフォーサイトはペロロンチーノにとって格好の獲物だった。とはいえ、世話になった相手に婦女暴行を働くわけにはいかない。例え、自分が『冒険者の弓使い、ペロン』だと解らないよう、異形種化して居たとしても……だ。

 

「はい! じゃあ、魔力回復速度と打撃と、第六位階までの魔法効果が二割増しになる魔法の杖! 次は、<雷撃(ライトニング)>を最大五十発まで撃てる弓ね。ああ、弓だけど、撃った<雷撃(ライトニング)>は一発あたり三十分で回復するから。それと、一度に撃てるのは一発だよ~」

 

 他にも用意してあったのだが、女性メンバー対象の品を渡したのは、「女の子が喜ぶ顔ってイイじゃないですか!」というペロロンチーノの主張による。もっとも、ヘッケランはモモンガから貰った双剣で満足していたし、ロバーデイクの場合は、木箱アイテムで、野球バットサイズから二メートル程までに伸縮可能なメイス(総オリハルコン製で魔法付与増し増し)を入手していたため、特に文句は無い。ちなみに、この最奥玄室で渡したアイテム二つのうち、弓に気合いが入っているのは弓がペロロンチーノの好みの武具だからだ。

 そうして二つのワーカーチームがダンジョン・アタックを終えたが、彼らは最後のチームがアタックを終えるまで、ナザリック外部の受付棟で待つこととなる。通常、他のチームを待つという行為は、対象チームが全滅して戻って来ない可能性があるため余り行われない。しかし、今回は無事帰還することが確定しているため、ヘッケランもグリンガムも竜狩りが戻るのを待つことにしていた。

 そうして少しばかりの時間が経過し、ペロロンチーノにとっては面白くないことに、男性ばかりのワーカーチーム……竜狩りが最後の挑戦者として玄室に入ってくる。

 

「……フォーサイトが最後の方が良かったな~……」

 

 ボソリとペロロンチーノが文句を言うが、この侵入順は竜狩りに同行するギルメン、ぶくぶく茶釜が事前の根回しによって通路操作させた結果なのだ。それはペロロンチーノにとっては知らないことであり、おめでたいことに竜狩りが入ってきても普通に構えている。

 この光景を、円卓に戻ったモモンガは「うあ~……」と呻きながら見ていた。

 

「ヘビーマッシャーやフォーサイトで、ペロロンチーノさんの設定した木箱罠が炸裂しましたけど。やっぱりデッドエンドが見え……あれ? 茶釜さん、侵入順を指定までした割には怒ってないのかな? 笑顔だし……」

 

 そう、竜狩りのリーダーパルパトラ・オグリオンの隣を歩く茶釜は、そのユリ・アルファに似た(正確にはユリが茶釜をモデルにしている)少しきつめの顔を笑顔にしている。機嫌良さそうと言うよりは、愛想良く微笑んでいる感じの笑みなのだが……。

 

「モモンガさん。交際相手の顔色は上手く読まなくちゃ駄目ですよ」

 

 建御雷が忠告し、デミウルゴスに指示を出す。

 

「デミウルゴス。茶釜さんの顔をアップにしてくれ。そうそう、それでもって左のこめかみあたりに視点を移動だ」

 

 建御雷が指示したとおり、遠隔視の鏡には茶釜の左こめかみがアップで映し出された。これによりモモンガが「あっ……」という声を発している。何故なら、茶釜のこめかみにはプックリと血管が浮き上がっていたのだから。

 

「お、怒ってるね~……」

 

 ベルリバーが呟くが、その声は微かに震えている。

 この後、茶釜がどのような行動に出るのか、モモンガ達には想像もつかなかった。ただ、ペロロンチーノが酷い目に遭うのは間違いないと皆が確信している。ひょっとしたらユグドラシルでもない、この転移後世界で初めてのギルメン蘇生があるかもしれない。建御雷が手を合わせて「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と念仏を唱える中、映像上のペロロンチーノは、本日三度目となる名乗りを始めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ようこそ! 竜狩りの皆さん。俺の名はペロロンチーノ。そして、隣に居る絶世の美少女は俺の忠実なる僕、シャルティア・ブラッドフォールン!」

 

 光の粒を振りまくエフェクト。派手派手しい黄金鎧を身にまとった鳥人……ペロロンチーノが名乗りを上げ、紹介されたシャルティアが優雅に一礼する。

 

「シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。短い時間でありんすが、どうぞよろしくでありんすえ」

 

 シャルティアがフワリと微笑み、竜狩り側ではパルパトラ以外の者が「おおっ!」と声をあげた。シャルティアの美貌に見とれたわけだが、ペロロンチーノは満足気に何度も頷いている。

 

(いや~、ユグドラシルの時もそうだったけど、シャルティアが注目を浴びるのは気持ちいいな~)

 

 ナザリック地下大墳墓で、最初に敵対者を迎え撃つのはシャルティアが受け持つ第三層までだ。強者が来た場合はよく突破されたが、多くのプレイヤーは低レベルであっても物見遊山で訪れたため、シャルティアのプレイヤー撃破率は高い。ある意味で、一番知名度の高いナザリックNPCだと言える。

 

(攻略掲示板とかでも、シャルティアの美少女ぶりは話題になったもんな~。ワーカーの最後の相手が男ばかりってのはアレだけど。やっぱり良いもんだよ、うんうん! ……うん?) 

 

 男ばかりのワーカーチーム竜狩り。その後ろにいるのは、付き添いのギルメン……姉の茶釜なのだが、その彼女がニコニコしていることに、ペロロンチーノはようやく気がついた。

 

(姉ちゃん、なんか凄く機嫌良さそ……げっ……)

 

 鳥人ゆえの優れた視力が、こめかみに浮いた血管を視認。ここでようやく姉が激怒していることに気がついたのだが、ずっと黙っていた茶釜が口を開く。

 

「どうしたのかしら? ペロロンチーノさん? 始める前の説明が中断しているようだけど?」

 

 茶釜は人化中で、ペロロンチーノは異形種化中だ。つまり、冒険者かぜっちと弟ペロンではなく、冒険者かぜっちとナザリックのペロロンチーノということでこの玄室に居るわけだから、「さん」付けは当然である。だが、今の姉による「さん」付けは、ペロロンチーノに背骨へ氷柱が差し込まれたが如き寒気を感じさせた。

 

(姉ちゃん、怒ってる! 凄い怒ってる! なんでだ!? 俺、何かした!?) 

 

 内心の独白なので、茶釜は勿論、円卓で観戦しているモモンガ達にも聞こえなかったが、もし聞こえていたら皆が口を揃えて言ったことだろう。「いや、なんでもなにも……」と。

 普段、シモの冗談やエロ関係で姉の怒りを買っているのに、そこに気づかない鈍さと脳天気さは如何にもペロロンチーノらしいと言えた。ただ、今回の茶釜の怒りはユグドラシル時代の比ではない。何故なら、ちょっとでもエロを表面に出すと垢バンされていたユグドラシル時代と違って、転移後世界ではストッパー的なものがない。やろうと思えば何処まででもやれるわけで、結果として今回は、ヘビーマッシャーの男性一人と、女性二人を含むフォーサイト全員に被害が出ているのだ。

 

「え、ええと……。だ、第三階層の最奥玄室でも、十分ルールは同じで……」

 

 しどろもどろになりながら説明していくペロロンチーノの態度に、竜狩りのメンバーが顔を見合わせているが、今は何とかイベントを終えなければならない。姉が何に対して怒っているのかは不明だとしても、ここで逃げたりしたらギルメン全員の顔に泥を塗ることになる。何としても成し遂げなければならなかった。

 

「ぺ、ペロロンチーノ様?」

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから……」

 

 不安げに見上げてくるシャルティアの頭を撫でながら、ペロロンチーノは言う。が、それは自分に言い聞かせている言葉でもあるのだ。かくして、一通りの説明を終えたペロロンチーノはシャルティアと共に竜狩りと対戦することになるが、それは終了後に茶釜から叱られるという確定的予想を抱きながらの『作業』となった。気持ち的には、ずっと竜狩りと戦い続けたいものの、制限時間は十分間と定められている。

 

(誰だよ~っ。十分なんて制限時間を決めたのは~っ!)

 

 主武器である弓……ゲイ・ボウで、『ウルトラ手加減攻撃』をしながら、涙目のペロロンチーノは内心で絶叫した。だが、最奥玄室での時間制限を始めたのは、第一階層で最奥玄室配置だった武人建御雷であり、そのことはモモンガを始めとしたギルメン全員が知っている。無論、ペロロンチーノもだ。よって今の内心絶叫は、事情や経緯を知った上での泣き言となるが、これをもし口に出していたら茶釜はこう言ったことだろう。

 

「あ? なに? あんた、建御雷さんが悪いって言うの? 関係……ないわよねぇ?」

 

 さすがに、そこは想像できるため、ペロロンチーノは歯を……もとい、嘴を強く噛み合わせながら戦い続けた。

 そして、十分が経過。

 口から魂が抜け出そうな状態でありながらも、何とか竜狩りを送り出すことに成功する。

 今回、第三階層で最奥と定められた玄室の出口は、ナザリック外部の受付棟の玄関先に転移地点が定められており、今頃、竜狩りは受付棟内で待っている他チームと合流していることだろう。

 

「さて……と」

 

 竜狩りに続いて転移設定が成された扉をくぐろうとした茶釜が、ペロロンチーノを振り返る。その顔は笑顔のままだ。

 

「ワーカー隊が帰ったら、円卓に来なさい。モモンガさん達が居る前で、たっぷりと言いたいこと……あるんだからね?」

 

 言い出しは朗らかだった声と口調が、モモンガの名前が出たあたりからドスの効いた重苦しいものへと変貌していく。シャルティアが怯え、ペロロンチーノは仮面下の顔が汗まみれになるのを感じていた。

 

「それじゃ~ね~」

 

 口調を明るい物に戻した茶釜が、肩越しにヒラヒラ手を振って転移していく。 

 これで、玄室にはペロロンチーノとシャルティアが残るのみとなったが、ペロロンチーノはゲイ・ボウを持った左手と、空いた方の右手をダランと下げて脱力した。

 

「逃げ……逃げないと……。しゃ、シャルティア! <転移門(ゲート)>! <転移門(ゲート)>で外に出られるっ!?」

 

 普段は逃亡するところまでしないペロロンチーノだが、今回ばかりは話が別だ。このまま円卓に行ったら、何をされるか解ったものではない。しかし、数秒をおいて、シャルティアは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「だ、駄目でありんす。ナザリック全体の警戒レベルが引き上げられていて、外部への転移が禁じられているようでありんして……」

 

「対処済みか……。遅かった……」

 

 ペロロンチーノはゲイ・ボウを取り落とし、その場で膝を突く。いや、走って逃げたらどうだろうか。そういう考えが一瞬浮上したが、すぐに霧散している。今のナザリックには、探索役として優秀すぎる弐式炎雷が居るのだ。そこにモモンガやタブラが加わることを思うと、逃げたところでアッと言う間に捕縛されるのは間違いない。

 

『クククッ。知らなかったのか? ナザリックから逃げる事など不可能だ』

 

 魔王ロールしているモモンガの台詞を脳内幻聴で聞きながら、ペロロンチーノは人化した。これからシャルティアを伴って円卓……ではなく、ナザリック外部の受付棟へ向かうのだ。後で説教が待ってるから落ち込んでいるとは言え、見送りをすっぽかしたのでは姉の説教が酷くなるだろう。

 

「あ~……何が、いけなかったんだろうな~」

 

 先程、内心で「俺、何かした!?」と言った時とは違い、ペロロンチーノは声に出しながら呟いた。これは円卓で見ていたモモンガ達にも聞こえており、「うわ、気がついてないんだ!?」と引かれていたが、絶望の底に居るペロロンチーノには知る由もないことであった。

 




GW中に、もう一話書けましたので投稿します。

アルシェの両親に関しては、あんな感じですかね。
せっかく八本指がナザリック参加になっているので、ああいう流れにしてみました。原作で帝国の闇組織ってのは、どういう感じなのか良くわからないんですけど。八本指よりは規模が大きくないと考えました。王国と違って国のトップがジルですしね~。ヤクザ組織なんて大きくなりようがないかも。


ペロロンさんにはもっと派手な活躍シーンを用意したかったのですが、茶釜さんが見てる前なので無理でした。
次回はアンケートの結果どおり唐揚げかな~……。

<誤字報告>
ARlAさん、化蛇さん、zzzzさん

毎度ありがとうございます

今回、自分的には「創造」を「想像」と打ち間違えてるところを何カ所か発見したんですけど、他にもあるんだろうな~……。


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第79話

「じゃあ、今回見聞きしたことを、そのまま報告していいんだな?」

 

 ナザリック地下大墳墓、正門脇の受付棟。転移後世界感覚で立派と言える二階建ての建物前に、ワーカー隊が朝日を浴びつつ勢揃いしていた。ダンジョンアタックで階層移動する都度、取得アイテムの大半を戦闘メイド(プレアデス)に預けていたため、第三階層突破時には結構な大荷物となっている。だが、誰もそのことについて文句は言わない。それどころか全員が満面の笑みを浮かべているのだ。

 質問したヘッケランも、その表情はニヤけている。

 

「構わない。ただ、今回のような対応は特殊事例だということは忘れずに報告しておいて欲しい。今後の不幸な出会いを避けるためにな」

 

 そうモモンガが言うと「心得たぜ!」とヘッケランが応じた。今回、ヘッケラン達が死人を出さずに第三階層まで突破……転移後世界の感覚で言う高品質の武具や魔法アイテムなどを大量入手できた理由。それは、異世界転移して間もない頃の茶釜姉弟に対し、ヘッケラン達が親切に接したからだ。

 

「依頼を受ける前に、かぜっち達と知り合ってなかったらと思うと寒気がするな……」

 

 しみじみと呟いたのはグリンガムだったが、現にかぜっち……茶釜らと接していなかったエルヤー・ウズルスは戻っていない。彼が連れていたエルフ達に関しては、高位の治癒魔法を使ったらしく、全員が欠損した耳を元に戻して『見送り側』で控えている。

 

「時に……ウ()ルスは、()うなったんじゃ(しゃ)?」

 

 相変わらず濁点を発音できないパルパトラ・オグリオンが確認してきた。一応、生死ぐらいは知っておきたいのだろう。帝国のワーカーの溜まり場に行ったとき、他の者達に聞かれるだろうからだ。

 

「我も知っておきたいな。いちいち『知らん』でとおすより、何らかの答えを用意できれば、五月蠅く聞いてくる者の数は減ることだろう」

 

 グリンガムもパルパトラの質問に乗ってきたので、モモンガは骨剥き出しの下顎を掴み、思わせぶりに視線を逸らしてみせる。

 

「ああ、あの男か……。死んだ……という事にしておこう」

 

 エルヤー・ウズルスは死んだ。

 事実だが、少しばかり事情が複雑になっている。

 その事情とは、竜狩りが第三階層を突破したすぐ後のことだ。モモンガ……そしてタブラと建御雷は、麻痺させたままのエルヤーに会いに行った。エルヤーはフォーサイトなどの他チームと違い、紛れもなくナザリックの敵。ワーカー隊に関する予定、その大方が終わったことで、残ったエルヤーの処遇を決めようとしたのである。

 しかし、エルヤーを放り込んだ第三階層玄室。そこで転がる彼を見たとき……モモンガ達は「こいつ、どうしたもんかな?」と首を傾げてしまった。エルヤー・ウズルスという男は、転移後世界の基準では天才剣士として知られている。名声だけでも使い道はあるし、武技を多数取得しているとあっては、良い具合のサンプルにもなるだろう。早い話が、殺すのはもったいないのでは……ということだ。

 

「彼を雇い入れてみますかね?」

 

 そう発言したのはタブラだったが、聞かれたモモンガと建御雷は良い顔をしていない。何故なら、エルヤーには人格面での問題がある。ベルリバーと対戦した際のエルヤーの態度を思い出だしただけで、モモンガ達は苛立ちを覚えるのだ。

 そこで三人で相談した結果、エルヤーを奴隷雇用とする案が出る。例えば武技教官等として働かせ、功績の蓄積によっては、ブレインやクレマンティーヌと同じ扱いにしても良いのでは……というものだ。他のギルメンに<伝言(メッセージ)>で確認したところ、「エルヤーが承諾するなら、良いのでは?」と皆の了承が得られた。ナザリックに敵対した者への処遇としては甘く感じるが、これは一緒に来ていた他の三チームが比較的『良い人』が多かったことが大きい。エルヤーの素行や言動の悪さは目につくが、周囲の同業者の良印象で、エルヤー自身の悪印象が緩和されたとでも言うべきだろう。

 エルヤーにとっては奴隷からの再スタートとなるが、恐らく最大にして最後のチャンス、幸運イベントになるはずだ。だが、そうはならなかった。

 治癒を施したエルヤーに方針を告げたところ、話を聞いたエルヤーは、高い鼻を上に向けるや引きつった顔で笑い飛ばしたのである。

 

「ハ、ハハハハッ! 馬鹿を言ってはいけません! 誰が化け物の奴隷になど! 武技っ! <縮地>!」

 

 言い終えるなり高速移動の武技を発動し、エルヤーは開け放たれたままだった出口から飛び出して行った。この時の縮地は、エルヤーにとって渾身の発動であり、彼の人生でも他に例がないほどの速度を発揮している。もっとも、それでも建御雷などからすれば遅すぎなのだが……。

 

「あ~あ、逃げちまいやんの。第三階層までは今は閉鎖してるから、俺達の許可が無けりゃ出られないってのにな」

 

 建御雷が、「どれ、引っ捕まえてくるか……」と歩き出そうとする。モモンガも似たような感覚だったので「やれやれ」と肩をすくめたが、あることを思い出して叫んだ。

 

「って、マズいです! この玄室から出たら、エルヤーが死んじゃいますよ!?」

 

 それを聞いた建御雷が「え? なんで? トラップとか痛い思いしても死ぬほどじゃないんだろ?」と振り返ったが、これにタブラが反応する。

 

「ああ、そうだった。この玄室って、ワーカーチームを通さない予定の区画だったね」

 

「……つまり?」

 

 建御雷が聞くので、モモンガとタブラは顔を見合わせ……揃って建御雷を見直した。

 

「「この辺一帯は、通路トラップが通常配置のままで……」」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 モモンガ達が言い終えるまえに、エルヤーの絶叫が発生する。聞こえ具合からして、そう離れていない位置のようだ。

 

「さっそく引っかかったのか、面倒くせぇ……」

 

「あはは、たぶん死んでますよね~」 

 

 うんざり気味の建御雷と話し合いながらモモンガは歩き出す。背後ではタブラが歩き出した気配がするので、そのままモモンガは玄室から出た。今回のダンジョン・アタックでは、ワーカー達を通す区画に気合いを入れたことで、それ以外は手入れがされていない。あちこちで通路が寸断されていたりするわけだが、エルヤーを放り込んであった玄室からは、左右に一本道が続くのみ。それも数百メートルほどで行き止まりなのだ。ただし、モモンガ達が言ったように罠の配置は事前に配置したままなので、殺傷力の高い物が多い。その結果……。

 

「あ~あ、やっぱり死んでますね~……」

 

 モモンガが呟く。

 暫く行った先で、通路の床、壁、天井、上下左右斜めと、あらゆる方向から飛び出した槍により刺し止められた……エルヤー・ウズルスが居た。実に七本もの槍で貫かれており、飛び退こうとでもしたのか両足は床から浮いた状態になっている。見開かれた目に光はなく、表情は『絶叫』というタイトルを付けて良いぐらいの有様だ。これに建御雷がズカズカと歩み寄り、エルヤーの死に顔を覗き込む。

 

「実際、絶叫してたものなぁ。で、モモンガさん、こいつ……どうします?」

 

「どうするって……」

 

 この場合の「どうする」とは、奴隷として雇用する云々ではなく、蘇生するかどうかという意味だ。しかし、蘇生させたところで、先程のように反抗的な態度なのは変わらないだろう。モモンガは後ろで立つタブラを振り返った。

 

「俺的には、もう死なせたままで良いんじゃないかと思うんですけど。タブラさんは、どう思います?」

 

「う~ん。私達の言うことを聞かないんじゃねぇ。吸血鬼化とかさせて、ナザリックの僕にするとかなら、忠誠を誓ってくれそうだけど……」

 

「普段の素行がアレで、負けた後でもあんな態度で、こんな自爆するような阿呆を僕にっすか? 俺ぁ嫌だなぁ……」

 

 タブラの呟きに対し、建御雷が首を横に振った。建御雷の主張に関しては、モモンガも全く同感である。

 

「俺は建御雷さんに賛成ですね。武技の使い手で、転移後世界基準で強いのって言ったらブレインとクレマンティーヌが居るじゃないですか。無理に僕にしなくても……ああでも、エルフ達が言ってましたけど、縮地とかはエルヤーのオリジナルでしたっけ? そこはレアっぽくて惜しい気もしますけど……」

 

「モモンガさん。そんなこと言わないでくださいよ。俺も惜しい気分になっちゃうでしょ?」

 

 建御雷が文句を言いながら最後に苦笑するので、モモンガは肩をすくめてみせた。

 エルヤー本人はともかく、彼が会得しているオリジナル武技は確かに惜しい。これに関してはモモンガと建御雷の意見が一致した形だ。その後も暫く、串刺しにされたエルヤーの死体の前で三人は協議を続けている。皆、人間の死体が目の前にあっても、特に気にしている様子はない。この辺は異形種化しているだけのことはあるな……と、モモンガは考えていた。

 

(俺だって、あ~……人間の死体だな~……ぐらいにしか思わないし)

 

 アンデッド化した今でも人間に対し、元の現実(リアル)で居た頃のように考えたり思ったりできるのは、ギルメン達が一緒に居てくれるからだとモモンガは思う。そして、そんなことを考えている間にタブラと建御雷の話し合いが終わったらしい。

 結論、レベルダウンしてかまわないので簡易に蘇生させ、<支配(ドミネート)>で武技その他の情報について絞り出す。その後で様々な実験に供してから、改めて殺処分するのだ。

 

「そうなりましたか。じゃあ、俺の方から今の案で各ギルメンと調整してみます。ですが……それにしても……」

 

 モモンガがクククッと笑いを堪えながら言うと、タブラ達がモモンガを見る。

 

「お二人とも、エルヤーを雇用するとかってのは無くなってるんですね?」

 

「だってよぉ、モモンガさん。さっきも言ったけど、あの態度で、この結末だろ? やっぱり阿呆は駄目だわ」

 

「あれですよ。入社試験は合格しそうだったんですけど、先にやった採用面接でアウトって感じ?」

 

 それぞれに言い終えたところで、高身長の建御雷と、それより低いタブラが斜めのラインで視線を交わした。そして……。

 

「「いえ~い」」

 

 エルヤーに関しての意見が合って、それで気を良くしたのか二人でハイタッチしている。仲が良くて大変に結構だ。モモンガは朗らかな気持ちで頷くと、七本の槍で刺されたままのエルヤーに目をやった。

 

(今のハイタッチを見られただけでも、この男がナザリックに来た価値はあったな)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 お昼までもう暫くかかる……といった陽光を浴びながら、ワーカー隊が帰って行く。

 各チームの面々は総じて喜色満面であり、あれを売って金に換えよう等と話し合っては瞳をキラキラさせていた。幾人かの魔法詠唱者(マジックキャスター)達が「この本は絶対に売らないからな!」などと、入手した本型アイテム(上限が第四位階までで、行使可能位階を一位階上昇させる効果付き)を抱きかかえている姿は、モモンガ達から見ても微笑ましいものだった。

 各リーダーにしても、『三〇歳若返るポーション(注:タブラの試作品)』を入手したパルパトラが、だらしない顔で笑み崩れていたし、オリハルコンの斧の他、防具一式を深紅のオリハルコン製で揃えたグリンガムが、宙に舞い上がりそうになっていたのも印象深い。ヘッケランも入手したオリハルコンの双剣を腰に下げ、鞘の上からポンポンと叩いてはニヤニヤしていた。

 中でもモモンガ達の注目を集めたのは、フォーサイトの女魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェだ。彼女が、何度か獣王メコン川を振り返っていたのが印象的であり、ワーカー隊の後ろ姿が小さくなったところで、人化したベルリバーや弐式などがメコン川を冷やかしている。

 

「メコさん、アルシェちゃんに残って貰うように言わなくて良かったのか? タレント持ちってのもポイント高いし」

 

「そういうのじゃないから。あとタレントとか、どうでもいい」

 

「でも、メコン川さん。アルシェちゃんは可愛いですよね?」

 

「そこは弐式さんに同意するけど、と言うか……二人とも、いい加減にしてくんない?」

 

 右肩側にベルリバー、左肩側に弐式と挟まれる形で、さすがのメコン川も笑みを引っ込めてうんざりしているようだ。そのメコン川が救いを求めるように視線を向けてくるので、モモンガは咳払いをして皆の注目を集める。

 

「ともあれ接待ダンジョン・アタックが無事に終わって良かったじゃないですか。ここで解散してもいいんですけど……。やることが……残ってますよね?」

 

 見え見えの話題転換だが、解散前にやることが残っているのは事実だ。

 全員の視線が、異形種化したペロロンチーノと人化した茶釜に向かう。

 

「さ~て、ワーカー隊の皆さんも帰ったことだし? お姉ちゃんとお話しましょうか? 円卓で……みんなの見ている前で……」

 

 笑顔が怖すぎで、見ているモモンガ達も半歩後退するほどだ。それを目の前でやられているペロロンチーノは、その身を震わせるや茶釜の前で正座する。

 

「ごめんなさい! 姉ちゃん、俺が悪かったよ! 許して!」

 

「何が……悪かったのかしら?」

 

 周囲の空気が重くなった。

 魔法効果ではない、殺気でもない、威圧でもない。

 口調と声に込めた感情。それだけで茶釜は居並ぶ一〇〇レベルプレイヤー達に重圧感を覚えさせている。

 

(こわ)っ! 声優って本当に凄い! じゃなくて、ここにNPCが居なくて良かった! いや、パンドラが居たか……)

 

 モモンガが隣のパンドラズ・アクターに目を向けると、彼は膝をつきこそしないが、立ったまま変なポーズでビクンビクンと痙攣していた。

 

「パンドラよ。辛いなら宝物殿に帰っていいんだぞ?」

 

「い、いいえ、いいえ! アインズ様っ! 随行の任を果たっすべくっ! ん(わたくし)は! 一歩も退くことが! 許されっハァァァァン!」

 

 立ったまま身悶えする軍服姿の埴輪顔は、正直言って気持ちが悪い。

 

(その目障りな動き、やめて欲しいな~……。だけど……なんか慣れてきてる気がして、複雑な気分~……) 

 

 肩を落として溜息をつく死の支配者(オーバーロード)。しかし、このパンドラズ・アクターの不思議な踊り……もとい、気持ち悪い動作が場の空気を軽くした。目の端でパンドラズ・アクターを見た茶釜が、溜息をつき「じゃあ、円卓に行きましょうか」とプレッシャーを解いたのである。この場合は、事前の演技口調で固まっていたペロロンチーノ(及びモモンガ達)を、明るい口調でほぐしたということになる。正座を続けているペロロンチーノは、仮面装着なので表情が見えないものの、どうやら安堵した様子なのだが……。

 

(この場で長時間説教されるのが無くなっただけで、この後のアレが無くなるわけじゃないんだよな~……)

 

 茶釜がどのような説教と折檻を用意しているか……。

 先に<伝言(メッセージ)>で聞かされ、内容調整で協議参加していたモモンガは、「俺は許された!?」とソワソワし出しているペロロンチーノを見て溜息をつく。

 そうしてNPCなどの(しもべ)を通常任務に戻し、ギルメンだけで向かったのは円卓……ではなく、ナザリック地下大墳墓の第五階層にある真実の部屋。本来であれば特別情報収集官、ニューロニスト・ペインキルが管理する区画だ。いわゆる拷問部屋である。しかし、今はニューロニストや、拷問の悪魔(トーチャー)は居らず、モモンガ達ギルメンのみが入室している。なお、パンドラズ・アクターについては、前述のとおり宝物殿に戻していた。

 

(ワーカーも帰ったし、俺の玄室守護者役が終わったら……パンドラの随行任務も終了だものな。それに、この後の展開は見せたくないし……。暫くギルメンと話し合ってるから、宝物殿でアイテムの手入れを頼む……って言ったらパンドラの奴、喜んでたな~……)

 

 マジックアイテムを磨くのが好き。

 その様に設定を作り、彼を創造したのだ。異形種化しているモモンガに目蓋はないが、気持ち的に目を閉ざすと、鼻歌交じりでアイテムを磨くパンドラズ・アクターの姿が思い浮かぶ。暫し、自分の創造したNPCへ思いを馳せていたかったが、残念なことにペロロンチーノの引きつった声が鼓膜を揺さぶってきた。

 

「ね、姉ちゃん!? ここって真実の部屋じゃん!? 円卓に行くんじゃなかったのっ!?」

 

 両脇を締め、両手の平を上に向けたペロロンチーノが茶釜に訴えている。だが、今居るギルメン中、一人だけ人化している茶釜は薄く笑って弟を見た。

 

「だって、行き先が真実の部屋だ……って言ってたら、あんた騒いだでしょ? 『嘘も方便』というやつかしらね~」

 

「そのことわざ、『良い事をするために小さな悪さは許される』とかだろ! 誤用だーっ!」

 

 必死で叫ぶが、その様子を離れて見ていたタブラが「『滞りなく事を運ぶために、嘘が必要』という意味もあるから、誤用じゃないよ~」と注釈を入れた。そのタブラにペロロンチーノが「い、今は解釈の正しさなんか、どうでもいいんですっ!」と噛みつくも、茶釜の咳払いによってタブラに向いた顔を、姉へ向け直すことになる。

 

「う……あ、ヒッ……」

 

「ぅ(おとぅと)ぅお~……。お前……」

 

 地獄の底から聞こえてくる……とでも言うのだろうか。モモンガに渡した腕輪時計の「お兄ちゃん!」と呼びかけてくる声からは、想像もつかない重低音だ。しかも、ビブラートを利かせているので大変に恐ろしい。

 部屋の中央に居る姉弟と違って、モモンガや他のギルメンは壁際に居るのだが、気がつくと背が壁に接する状態となっていた。

 

(「も、モモンガさん? そう言えば私、映画を観る予定があったんですよ。意思を持ったトマトが人を殺すって話の……」)

 

 言いながらタブラが<転移門(ゲート)>を展開し、暗黒環の中に入ろうとするが、その腕をモモンガが掴み引き戻す。

 

(「逃げようとしたって駄目ですよ、タブラさん!」)

 

 かく言うモモンガも、こんな事に同席したくはない。だが、今回はペロロンチーノのエロ罠が()()の人間に被害を与えたことが問題となっている。ペロロンチーノが罠の設置を申し出た際に、却下しきれなかった点でモモンガやタブラなど、罠の設置組にも責任がある……と言えばあるのだ。だから「後は任せました!」と言って逃げるわけにはいかないのである。なお、今居るメンバーで、ペロロンチーノを止めることが出来たかも知れない者としては、他にヘロヘロとブルー・プラネットが居た。一方で、第一階層で最奥玄室の守護者を担った建御雷や、ワーカーチームに同行していた弐式とメコン川、エルヤーと対戦したベルリバーには責任はない。しかし、建御雷達は「ギルメンのしでかした事だから……」と主張、敢えて真実の部屋に居残っていた。

 

「なぁ? なんで毛が生えたり、服を脱がせるような罠を仕込んだ? あ? ここはユグドラシルの……ゲームの中じゃないって理解してるよな? なぁ?」

 

「いや、その……」

 

 この真実の部屋においても、ペロロンチーノは説教が始まった際に正座の姿勢を取っている。しかし、彼の視線は時折、正面の姉ではなく部屋の奥に向けられた。この部屋は拷問部屋なのだから、そこかしこに拷問台があったり、飾りとして鉄の処女が置かれていたり、壁にはペンチや鞭などの拷問具が掛けられていたりする。その中で、ペロロンチーノが最も気になったのが……大鍋だ。その人一人沈められそうな大鍋は、火に掛けられて油が煮立っているように見える。ニューロニスト達は、モモンガ達が使用するからと言われて部屋を出たはずで、そうなると煮えたぎった油は何のための用意なのだろうか。もしかして、この後使う予定でもあるのだろうか。そして、誰に対して使うのか……。

 

(も、もも、もしかして……俺?)

 

 瞬間、ペロロンチーノの全身から汗が噴き出した。その発汗量たるや、竜狩りの相手をしていた際の……茶釜の怒りの視線に気づいたときの比ではない。

 

「おら、黙ってないで何か言えってのよ」

 

「は、ははは、はいいいいっ! 女の子が罠にかかれば面白そうだと思いました!」

 

 絞められる鶏のような声で返事したところ、茶釜は腰に手を当てて溜息をついた。

 

「今度という今度はね、お姉ちゃん……あんたには愛想が尽きたわ。ゲームの中ではっちゃけたり、空気を読まない下ネタで他人の気を悪くさせたり、そういうのとは次元が違うのよね……。まさか……まさか、本物の人間相手に猥褻な行為をするたぁなぁ……」

 

 言い終わりで再び声が重くなる。更には巻き舌効果も加わって、受付棟の前で聞いた時よりも一段と凄味が増しているようだ。最初、モモンガ達は一定の間隔を空けて立っていたが、今では皆で寄り添うように移動している。

 

(「モモンガさん、笑ってくれていいぜ? 俺、怖くて小便ちびりそうだ……」)

 

(「俺だって怖いですよ、建御雷さん。人化してたら、もう漏らしてます」)

 

 モモンガは右方向、タブラの向こうで居る建御雷に返事したが、その思いは他のギルメンも同じのようだ。

 

「う、うううう……」

 

「う~、じゃなくてな。ああもう、何も話せないなら、それはそれで腹が立ってきた~。……なあ? お前のやらかした事で、ナザリックの皆に迷惑かかってるんだからさ。何かしろよ。役に立つことやってみろって話だ」

 

 ペロロンチーノの前に立つ茶釜……大盾二枚を背負った板金鎧の女戦士……が、上半身を前傾させて、正座中の鳥人に顔を近づける。

 

「や、やや、役に立つこと?」

 

 ペロロンチーノの声は完全に上擦っており、それを聞いた茶釜は大きく頷いた。

 

「モモンガさんのデバフ魔法の実験台。体を張って役に立つところを示したら、説教は勘弁してやる」

 

「そ、そうなの!? お安い御用だよ、姉ちゃん! モモンガさん! 俺の事、好きにして!」

 

 弾けるように立ち上がり、ペロロンチーノはモモンガに対して叫ぶ。実は、この一連の会話の流れ。これはペロロンチーノを除外して、皆で打ち合わせたものなのだ。この後の事も予定が組まれているが、まるで気がついていないペロロンチーノは『救いの神を見る眼差し』でモモンガを見ている。

 

「誤解を招くような言い方には気をつけて欲しいんですけどね~……。はあ~……。……じゃ、行きますよ? ペロロンチーノさん?」

 

 レプリカのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをアイテムボックスから取り出し、モモンガは魔法を次々に発動させていく。

 

「抵抗とかすんなよ~?」

 

「ううう、わかってるよう~」

 

 姉の念押しに対し、ペロロンチーノが返事をしているが、モモンガは構わず魔法を発動させ続けた。その結果、普通なら楽に抵抗できるはずの低位階デバフ魔法まで纏めてくらい、ペロロンチーノは一〇〇レベルプレイヤーにあるまじき弱体化を実現してしまう。

 

「はい、終わりましたよ」

 

「ありがとう! モモンガさん! 姉ちゃん! これで、説教は終わりだよね!?」

 

 モモンガ達、ギルメンらの視線が処刑場の死刑囚を見るものに変わっているが、ペロロンチーノは喜びに声を震わせながら確認した。対する茶釜は胸の下で腕組みすると、右手を上げて顎下に人差し指の甲を当てる。

 

「ああ、終わりだな。……説教は」

 

「……はっ?」

 

 一言発して硬直したペロロンチーノの姿を、モモンガは当分忘れられないだろうなと思った。

 数秒の後、再起動したペロロンチーノは、さすがに気色ばんで茶釜に抗議する。

 

「さっき言ってたじゃん! 説教を終わりにするって! これ以上、何があるって言うんだよぉ!」

 

「決まってるだろ? 折檻よ、折檻」

 

「せっ……」

 

 絶句したペロロンチーノが、モモンガを見て、次いで壁際のギルメン達を順に視線で確認して行った。ギルメン側の反応は様々である。

 並んで立つベルリバーとメコン川が目を逸らし、建御雷が重い溜息をついて俯いた。弐式はパンと手を合わせて「ごめん」と謝り、タブラとブルー・プラネットがわざとらしく口笛を吹いている。そしてモモンガは……「すみません、ペロロンチーノさん! 俺には、もうこうするしか……」と言い訳しながら後ずさっていた。それらギルメン達の姿に、立ったままのペロロンチーノはワナワナと拳を震わせる。

 

「ひどいです! 見損ないましたよ、皆さん! 姉ちゃんの味方だったんですね! ……ぐうっ!?」

 

 モモンガ達をなじる声が途中で途切れた。茶釜がペロロンチーノの向こう(ずね)を蹴り飛ばしたからだ。異形種化しているペロロンチーノと人化した茶釜では、レベルもステータス値も大きく異なる。本来であれば、人化中の茶釜が蹴ってもペロロンチーノは平気だったろうが、今はモモンガによるデバフ魔法を山盛り掛けられているのだ。結果としてペロロンチーノは、蹴られた右脛を抑えて(うずくま)ることになる。

 

(いっつ)ぅううう!?」

 

「喚くな愚弟。お前が悪いんであって、モモンガさん達に見損なった部分なんかない。それとな、みんなと私の彼氏を悪く言うな」

 

 口調は怖いままだが、最後の部分で『私の彼氏』という言葉が出たため、壁際のギルメン達は、途端にニヤニヤしながらモモンガに視線を集めた。

 

「モモンガさん、そういや茶釜さんと付き合ってるんだったな」

 

「そんな話もあったな~。改めて聞かされると驚くわ。本当にマジだったのか……」

 

 ベルリバーとメコン川の囁き合う声が聞こえ、モモンガは頬が熱くなるのを感じている。ヘロヘロなどは「モモンガハーレムは、何処まで行くんでしょうね~。安心してメイドさん達と仲良くできるから、俺は大助かりなんですけどね~」などと言って、粘体の身体を上下させていた。

 

(ぐうっ。ヘロヘロさんめ……。俺の交際関係がアレだからって、自分も好き放題……)

 

 異世界転移した当初、ヘロヘロはソリュシャンらNPCに手を出すことについて、外聞を気にしたらしい。しきりに同類を作るべく、モモンガに対して積極的にNPCに手を出すよう言っていた。それは後に合流した弐式炎雷が、自身の創造NPCであるナーベラル・ガンマと仲良くしだした事で矛先が変わった様に思えていたのだが……。どうやら、モモンガが交際女性の数を増やしたことにより、当初のように都合良く利用することを考えたらしい。

 唇を噛む思いのモモンガは、ヘロヘロを睨んだが、自分とヘロヘロでは異性交遊に関して大きな違いがある事も理解している。

 

(ヘロヘロさんが、自身の創造NPCにしか手を出してないのに対し、俺はタブラさんとメコン川さんのNPC、ギルメンの茶釜さんに、外部ではニニャとエンリだものな~。最後の二人は……そ、外妻枠だけどな!)

 

 自分の方が女性に対して不誠実かもしれない。そういう思いが強くなり、モモンガは肩を落としつつペロロンチーノを注視するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 茶釜からなじられ終えたペロロンチーノが、真実の部屋の奥へと引きずられていく。そこにある大鍋では油が煮えたぎっており、近づいただけで強い熱気が感じられた。

 

「ね、姉ちゃん! 本気なの!? さっき、片栗粉をかけられて……これじゃあ唐揚げの準備じゃないかぁ!?」

 

「そうそう、今回の折檻は唐揚げの刑よ。色々考えたんだけど、アンケートを採ったら、唐揚げが良いって決まっちゃってね~」

 

 喚く鳥人の首後ろや肩を持って歩く茶釜は、機嫌良さそうに笑って言う。これを聞いたペロロンチーノは「アンケートって、モモンガさん達に!? ひどい! みんなで俺の事を弄ぶ気なんだ! 同人誌みたいに!」などと、訳のわからないことを供述……もとい叫んでいるが、それで茶釜が止まるわけではない。

 

「さ~、楽しい油風呂の時間よ~。デバフ増し増しだから、ちゃんと熱く感じるはずよ~。日本男児の根性が試される時かしらねぇ~」

 

「こ、殺されるぅ! 誰か助けてーっ! シャルティアぁああああ!?」

 

 階層守護者最強とされる自身の創造NPCの名を叫ぶが、この真実の部屋にNPCは一人も呼ばれてはいない。特にシャルティアに関しては、ダンジョン・アタックで使用した第三階層までの後片付けを命じてあるため、今は一生懸命に作業していることだろう。

 そんな中、静々と進み出る者が居た。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガである。

 皆の注目が彼に集まり、茶釜も手を止めるが、ペロロンチーノにとっては救いの神のように見えていた。

 

「モモンガさん?」

 

「モモンガさん!!」

 

 怪訝そうに呟く茶釜と、半泣きのペロロンチーノの声が重なる。そんな二人の前に進み出たモモンガは、チラッとペロロンチーノを見てから茶釜と視線を交わした。

 

「茶釜さん。鍋への鳥肉投入は俺達も手伝います」

 

「あら、助かるわ。さすが、ダーリン!」

 

「ぎゃああああああああああ!?」

 

 救いの神と思えた友人。だが、(モモンガ)は救いの神ではなく、そして友人でもなかった。

 絶叫するペロロンチーノは、姉とモモンガ、そしてワラワラ集まってきたギルメン達によって、煮えたぎる油の中へ投じられる。

 その様は……正しく『唐揚げ』の調理だった。

 

◇◇◇◇

 

 

「熱っ!? 熱ぃいいいいい!? 全身火傷しちゃううううう!?」

 

 真実の部屋の油鍋……ではなく石畳上で、ペロロンチーノが七転八倒している。

 ギルメンの手によって、油鍋に投じられたのではなかったのか。

 実は今、彼は幻覚の中で油風呂を味わっているのだ。

 

「お~、効いてる効いてる。さすが、無抵抗でデバフ魔法を受けただけのことはありますねぇ」

 

 感心した様子でブルー・プラネットがペロロンチーノを覗き込んでいる。その隣では、弐式が楽しげにしながらペロロンチーノを見て、次いでモモンガを見た。

 

「デバフ系魔法を乱発してる中に、幻覚系魔法を織り交ぜておくだなんて……。さすがですね、モモンガさん」

 

「はっはっはっ、抵抗しないよう頑張ってるペロロンチーノさんは気がつかなかったみたいですけどね~。ものごっつ強化しましたから、数日間は悪夢でうなされますよ。後遺症ってやつですね!」

 

 ペロロンチーノの折檻内容については、<伝言(メッセージ)>で事前協議されていたが、実際に唐揚げ調理するのは度が過ぎるとして、今回の手段が採用されたのである。もっとも、今足下で転げ回っているペロロンチーノにしてみれば、紛れもない油風呂地獄を『幻覚』で味わうことになるのだ。ちなみに、幻覚魔法を受けた後のペロロンチーノに関するモモンガ達の会話だが、これは対象の魔法抵抗を貫通できた場合に機能する、幻覚をモニター表示できる魔法アイテム……これをタブラがでっち上げて用意しており、足下で悶えているペロロンチーノと『映像』を見ながら行ったものである。

 

「とまあ、魔法切れした後に覚醒しても、かなり強い『現実感』が残りますけど。これはこれで……ここまでやって良かったんですかね?」

 

 皆で決めたことだったが、さすがに気になったモモンガが確認すると、茶釜はケラケラ笑いながら頷いている。

 

「本当に油風呂に沈められなかったんだから、逆にありがたいと思ってくれなくちゃ! でも、今後も何かやらかすとしたら……本当に唐揚げにした方が良いのかもね~……」

 

 そう言って溜息をつく茶釜の顔は、苦虫を噛み潰したようだ。ギルメン達も「どうしたもんかな」と顔を見合わせていたが、モモンガは「そうならないと良いんだけど……無理かなぁ」と考えている。茶釜の言う『今後のやらかし』に対し、ペロロンチーノに取り返しの付かないレベルの折檻が……と思うと寒気を覚えるが、そうならないようにフォローだけはしようと決心する。そのモモンガの足下では、幻覚を見たままのペロロンチーノがのたうち回っていた。

 

「たぁ~すけて~っ! 俺、熱いの嫌なんですぅ~っ! お熱いのは、シャルティアとムフフしてるだけで十分だから~~っ!」 

 

 ……。

 妙に余裕が感じられる悲鳴。

 それを聞いたモモンガ達は、一斉に大きな溜息をつく。

 また、こんな事があるのかもな……と。

 




 エルヤーですが、本人の過失による事故死となりました。
 ブレイン達が既に雇用されている以上、オリジナル武技なんかはモモンガさんの興味を引くと思った感じです。原作ではスルーでしたが。
 で、他のチームメンバーよりは扱いがキツいんですけど、上手くやればブレインと似たポジションになる……可能性は高かったんですが、脱走して罠で事故死しました。結果としてナザリック穏健派三人からも愛想を尽かされることに。
 最後に決めた方針のとおりにならなかった、あるいは黒棺行きにならなかったのは、後日に合流するたっちさんや、やまいこさんを気にしたことによります。
 まあ、野盗なんかは散々殺したりしてますし、殺意を持って刃を向けてきたエルヤーなんか、殺して大丈夫なんでしょうが、拷問とか惨たらしく……には中々持って行きにくかった感じです。今回、一番書き抜くのに時間がかかりました。

 唐揚げに関しては、本文のようなVR式の折檻になりました。
 熱した油で痛手を与えるにはデバフ……と思ったのが発端でして。VR式なら遠慮なく酷い目に遭わせられるという結論に至りました。
 茶釜さんがメタいこと言ってますけど、お遊び的な感じですね。読者に向けてウインクして貰おうかと10分ほど考え込んでました。
 幻覚魔法が発動してからの会話は、タブラさんの開発による不思議アイテムで会話関与した感じになってますが、まあ細かいことは置いてノリで
……ということにしておいていただければ。
<誤字報告>

佐藤東沙さん

  毎度ありがとうございます

 うお~、そろそろメッセージで忠告頂いた、矛盾箇所とか手入れしなくちゃ~
 あと、今更気がついたんですけど、投稿文量が多いほど、誤字等チェックに時間がかかるという……



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第80話

 スンスンと、ペロロンチーノが鼻をすすっている。

 大釜に満たされた油で煮られる、あるいは揚げられる……というVR体験をした彼だが、半時間ほど第三階層の玄室で転がり回った後、茶釜から「もう見飽きた。てゆうか、見苦しい」という理由で解放され現在に到っていた。

 ここは円卓。

 ワーカー隊が帰ったので、今後の行動予定を話し合うのだが、居るのはギルメンだけでNPC達は一人も入室していない。ペロロンチーノが落ち着くまで待つとの判断だったが、それもようやく治まってきたようで、モモンガが声をかけた。

 

「え~……ペロロンチーノさんも落ち着いてきたようですので、始めますか」

 

「モモンガさん! ひどい! 俺の心はバリケードなんですよ!? もっと優しく……うひっ!?」

 

 反射的に抗議したペロロンチーノは、すぐさま姉の視線によって黙らされることとなる。一連の会話を聞いていたギルメンらは、「なにがバリケードだよ。デリケートの間違い……。……ペロロンさんの場合はバリケードで合ってるのかもな」と思った。だが、茶釜が不機嫌そうにしているので口を出すことはない。とばっちりは御免だからだ。

 

「……で、では、デミウルゴスとアルベドを呼びます。他に呼ぶべき僕は居ましたっけ?」

 

 モモンガが確認したところ、各ギルメンの創造NPCを呼ぶことになった。当然、パンドラズ・アクターも呼ぶのだが、もはや人前に出すだけで恥ずかしい……と言うほどではない。これまで幾度もギルメン達の居る前でパンドラズ・アクターを立たせているため、モモンガは慣れてきていたのだ。

 

(それでもオーバー・アクションは控えて欲しいけどな。ドイツ語に関しては……まあいいか。言語の運用が恥ずかしいだなんて、ドイツの人に失礼だよ。第一、格好良いのは事実なんだし!)

 

 この転移後世界にドイツ人が居るかはさておき、暫く待つとNPC達が集合した。各NPCは創造主の後ろに移動して立つが、シャルティアのみはギルメン席で座るペロロンチーノ……の膝上で鎮座し、ぬいぐるみのように頭を撫でられている。

 

「ああ~、シャルティアはいいな~。癒やされるな~」

 

「お喜びいただき、妾も無上の幸せでありんすえ~。でへへへ……」

 

 だらしない笑みだ。しかし、シャルティアほどの美少女となると、それもまた美しく感じられる。本当なら、アウラに自慢げな視線など飛ばして挑発でもしただろうが、喧嘩友達たるアウラ当人は、ペロロンチーノの隣、ぶくぶく茶釜の席の後ろで弟のマーレと共に立っていた。位置と角度的に視線を合わせようがなく、シャルティアの方では挑発ができないし、アウラ側ではシャルティアのドヤ顔を見ずに済んでいる。

 

(平和が何よりだな~)

 

 どうせ、会議が終わって解散するとなれば、シャルティアとアウラが顔を合わせる機会があって、そこで必ず喧嘩になるのだ。今ぐらいは騒がしくなくても良いではないか。そんな風にモモンガが考えていると、例によって司会役を任されたデミウルゴスが、一礼をしてから現状の報告を始めた。

 

「今回のワーカー隊につきましては、様々なデータが得られました。殺傷力の高いトラップなどは一部を除き未使用でしたが、転移後世界における『程度』の把握が大きく前進しましたので、今後の防衛費の節約が見込めます」 

 

「うむ。ヘロヘロさんが王都でやってる武器防具店が順調とは言え、出費は控えたいところだ。実に良い報告だ」

 

 モモンガは頷きながらヘロヘロを見る。ヘロヘロは椅子の背もたれ越しにソリュシャンに肩揉みさせて「ほへ~、いいですね~」などと言っていた。だが、今のヘロヘロは異形種化した状態……古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の身体である。その部位が肩かどうかは別にしても、手揉みしたところで何か良いことがあるのだろうか。

 

(気分がいい……ってことなのか? 若い女性に肩を揉ませるか~……いい身分だな~……)

 

 そう思うモモンガとて『至高の御方』だ。一言命じれば、一般メイドが肩ぐらい揉んでくれるだろうし、そもそも交際中のアルベドやルプスレギナが居る。恋人に命じて肩を揉ませる趣味はモモンガにはないが、お願いすればやってくれることは間違いない。

 

(そう、命じるのではない。お願いだ! あ、でも、茶釜さんは……怖いから対象外で……)

 

『なによ、モモちゃん。私に肩揉んで欲しいんじゃないの? ……ねえ?』

 

 言い進めるにつれて声が重くなっていく。そんな恐ろしい幻聴を、頭を振ることで打ち消したモモンガは、ヘロヘロが運営する『ヘイグ武器防具店』について考えてみた。

 ヘロヘロが冒険者ヘイグの名義で運営している店、それがヘイグ武器防具店である。店長はヘロヘロ、店長代理がセバス・チャンで、従業員としてはツアレニーニャ・ベイロンや現地雇用の女性等が居た。店頭に出しているのは、良くて総オリハルコン製の武具で、ほとんどは鉄製の武具だ。今のところはユグドラシル時代にドロップした屑アイテムメインで品出ししているが、それも数が減ったら鍛冶長に頼んで、そこそこの武具を作っても良いだろう。デミウルゴスも解っているのか、続いてヘイグ武器防具店の販売実績を報告した。モモンガが言ったように順調で、武具類はよく売れているらしいし、王都での評判も上々とのことだ。更に言えば、オマケで設置した薬品コーナー……ポーション類も売れている。

 

「……リ・エスティーゼ王国の上層部については、六大貴族すべての取り込みに成功しております。しかしながら、以前の報告でもあったように、中には害にしかならない無能者も居るようです。なので時期を見て、その者らを親戚筋の使える者とすげ替える予定でございます。そして六大貴族の一人、レエブン侯ですが……」

 

 デミウルゴスが報告を続けた。

 レエブン侯……エリアス・ブラント・デイル・レエブンは、第二王子の命令によってナザリックを訪れたことがある。現状、モモンガ達が異形だとは知らされていないが、ナザリックの力は思い知ったらしく、デミウルゴスによると、エリアスが協力的なので思いの外事が早く進んだとのことだ。

 

「つい先程、使いの者が書簡を届けてきました。つまらない魔法の細工などは無いようですが、実は開封せずとも内容については把握できています」

 

 王国の王城には数体の影の悪魔(シャドウ・デーモン)を潜入させており、今回の場合は、エリアスが第二王子と協議しているのを盗み聞きしたことで事前に知り得たのだ。そして、その内容とは……。

 

「バハルス帝国との年間行事……じゃなかった、収穫期に行われる戦いに、力を貸して欲しい……かあ」

 

 デミウルゴスからの報告を聞いたブルー・プラネットが呟くと、モモンガ達は「ふむ」とか「ふ~ん」とか、「こっちの世界は割と美形が多いですけど、帝国に金髪でナイスバディーの女性とかいますかね~?」とか「それより、美形のロリが居るかどうかですよ!」と様々な反応を示している。ちなみに最後に発言したのは、ヘロヘロと……いつの間にか立ち直っていたペロロンチーノだ。

 以前、スレイン法国の番外席次と弐式炎雷が戦った際、ペロロンチーノは弐式所有の捕縛効果がある縄アイテムに対し、緊縛モデルとして『亀甲縛り』をスロット入りさせていたことがある。その仕込み自体はユグドラシルでの現役時代に行ったものだが、おかげで弐式は番外席次から変態呼ばわりされることとなった。事後、ペロロンチーノに対して折檻(逆さ吊りで手裏剣の的)が執り行われ、折檻後のペロロンチーノは先程と同じく鼻をすすっていたものだ。だが、そのときも立ち直りは早かった。

 

「黙れ、愚弟。せめて一日か二日は、しおらしくできないのか? ……で? モモンガさんは、どう思ってるの?」

 

 調子を取り戻した弟を茶釜が黙らせている。そのまま質問してきたので、モモンガは首を傾げた。

 

「ふむ……」

 

 モモンガが把握するところでは、ブルー・プラネットが言ったとおり、王国の東に存在するバハルス帝国が、毎年の収穫時期に侵攻してくるというものだ。転移後世界では人間なんてモンスターや亜人の餌なんだから、人類国家同士で仲良くすれば良いのに。そうモモンガは思うが、それでも争ってしまうのが『人間』なのだろうとも思っている。

 

「攻めてくる帝国は職業軍人が多くて、王国側は数こそ多いものの農民とかの徴兵。時期が収穫期だから、勝敗にかかわらず王国の方が疲弊するって話でしたっけね。ああ、その時期に農民で死者多数ともなれば、なおのこと王国の国力が弱まる……か」 

 

「王国、詰んでるな……」

 

 呟いたのはベルリバーだが、その口調には力が感じられた。モモンガ達と合流し、今のナザリックが王国を支配するべく活動中であると知らされている。ならば、その王国にちょっかいを出す帝国は、ナザリックにとっての敵だ。リスク回避が信条のベルリバーであったが、向こうから手を出してくるというのであれば、戦うことに躊躇いはない。そして、その思いはモモンガ達、他のギルメンも同じなのだ。

 

「ベルリバーさんが言ったとおり、王国は良くない状況です。けれど、俺達は王国を支配したいわけですから、味方になったり手助けしたりするのは(やぶさ)かじゃないと思うんです。今回の場合、帝国軍が相手だと、スレイン法国を相手するより楽勝っぽいですし……。我らナザリックにしてみれば、なんてことない仕事でしょう。けれど……ただ働きは嫌ですよね?」 

 

 ギルメン達の多くが「そうだな、モモンガさんの言うとおりだ」と呟く。そんな中、モモンガはデミウルゴスに「何か旨みがあるんだろ?」と目線で促した。

 

「お察しのとおりでございます、アインズ様」

 

 デミウルゴスが恭しく一礼する。

 この年の帝国側からの侵攻、その迎撃戦に参戦して功績を挙げれば、ナザリック地下大墳墓の地権を認める……というものだ。同時に、六大貴族の一員……つまりは七番目の大貴族としての席を用意するとのこと。

 おお! とギルメンから声が挙がるのだが、その中でも声が大きかった建御雷と弐式はすぐに顔を見合わせた。他のギルメンも同じだ。喜んだのは一瞬だけのことで、皆がモモンガに注目する。モモンガは歯茎どころかアゴ骨も剥き出しの骸骨顔で、口を二度ほど開閉し、正面、遠隔視の鏡の脇で立つデミウルゴスを見た。

 

「地権は元々欲していたものだから、めでたい話だ。これで胸を張って、我らの支配域だと主張できるわけだな。大貴族の地位については、将来的に支配者となる我らからすれば笑ってしまうものだが……。しかしな、転移後世界の現地感覚で言えば、大盤振る舞い過ぎではないか? 何かの罠か?」

 

 一回戦っただけで、そこまでの地位を用意するというのは、話が美味しすぎて罠の存在を疑ってしまう。モモンガの質問は、ギルメン達の思いを見事に代弁したようで、皆が頷いていた。一方、質問された側のデミウルゴスは、左の人差し指でメガネ位置を直し、説明を行っている。

 

「六大貴族の反抗的な部分は、すでに支配下にあります。他の良識派に属する大貴族については、レエブン侯から根回しをさせ……私の方からほんの少し助力した上で……戦功の報酬としての貴族位授与は了承済みであります。何の問題もありません」

 

 要するに、王国対帝国の『年間行事』にかこつけて、デミウルゴスがねじ込んだのだ。

 

「そ、そうなの? ……ゴホン……そうだったか。さすがはデミウルゴス、ナザリック随一の知恵者だ。ウルベルトさんも、この話を聞いたら大いに自慢することだろう。そうですよね? 皆さん?」

 

 他のギルメンも巻き込もうと視線を巡らせると、ギルメン達は大きく頷いた。メコン川などは「あ~、言うねぇ。きっと言う。『どうです! 俺のデミウルゴスは凄いんですよ!』って感じでね」と、ウルベルトの口調を真似して言う。これを弐式やペロロンチーノから似てると褒められ、メコン川は口の端を持ち上げていた。

 

「い、いえ、その……そのような……」 

 

 少し頬を赤くして尻尾を振るデミウルゴスは、軽く咳払いしてからモモンガに向き直る。話題が脱線していたが、王国が帝国との戦いについて助力を求めている件について、どう判断するべきか。その決裁を求めているのだ。

 

「皆さん。デミウルゴスの働きによって、この転移後世界に出現したナザリック地下大墳墓の地権が、戦功次第で王国から承認されるようです。俺は、この話に乗るべき……と言いますか、いい感じのお膳立てができてますので、乗りたいと考えます。異議のある方は……」

 

 誰も挙手しない。

 これで王国への助力が決定した。

 戦場で吹き荒れる一〇〇レベルプレイヤーの猛威。その結果、密かに監視を続けている竜の王が大いに慌てる事となるのだが、今のモモンガ達には知る由もない。

 ともあれ、対帝国戦での王国への助力については話が終わった……かのように思えたが、ここでペロロンチーノが発言する。

 

「ところで、七番目の大貴族ということは、一人だけが対象ってことですよね? 誰がなるんです? その大貴族に?」

 

 言い終えた瞬間、円卓が静まり返った。言ったペロロンチーノは、シャルティアをヌイグルミのように抱っこした状態で、「んっ? んっ?」と周囲を見回していたが、ギルメンやNPC達の視線が徐々にある一点へと向けられていく。

 

「えっ? ええっ!? お、俺ですか!?」

 

 裏返った声で言い、モモンガが自分を指差すと……ギルメン達が頷いた。それも、ニンマリとした笑み付きでだ。

 

「たった一人、ギルメンから大貴族様を選ぶとなると、そりゃあギルド長……モモンガさんしか居ねぇってことよ」  

 

「建やんに賛成! やっぱさ、うちで一番偉い人って言ったらギルド長なんだから、そういう面倒くさいことはお願いします!」

 

「本音が出てますよ、弐式さん……」

 

 侍と忍者の会話を聞いて、忍者の方に睨みを利かせたモモンガであるが、やがて大きな溜息をついて肩を落とした。全員が賛成しているということは、反対しても無駄だ。金貨を使った投票でも負けるのは目に見えている。モモンガが本気で「嫌だ!」と言えば話は別だろうが、ここまで期待されている以上、ギルド長としては退くわけには行かない。

 

「わかりました! 皆さんが俺にって言うなら、自信はないですけど引き受けます。でも、フォローはして貰いますからね?」

 

 ギルメンから異議は出ない。タブラが「それは当然だね。手伝えることは皆で手伝うよ」と発言し、これについても異議が出ない。

 六大貴族ならぬ七大貴族の一人にモモンガがなることは、ほぼ確定だ。

 

「その帝国との戦いでヘマをしなければ……という事になりますけどね」

 

 気を引き締めたかったか、あるいは単に不安なだけか、ブルー・プラネットが発言する。しかし、相手は人類国家のバハルス帝国だ。聞けば、使用可能な魔法位階は六位階までで、フールーダ・パラダインという人物が一人居るだけ。そんな相手と戦って負ける要素があるとは思えない。

 

「ふ~む、心配しすぎじゃないですか? 帝国の魔法は第六位階までですし、数だけは多い……と言うぐらいしか見るべき点がないですけどね~。いや、軍団運用に関しては王国よりマシなのかな? 研究するに値します……かね?」

 

 そうヘロヘロが言うと、それも一理あるか……とモモンガは考えた。ここに居るギルメンなら、例えばモモンガやタブラにペロロンチーノ、遠距離からの広範囲攻撃に長けた者なら、一方的に帝国軍を殲滅できる。だが、大軍の運用に関しては、職業軍人である帝国軍に軍配が上がるのではないか。

 

(何しろ、こっちには職業軍人なんて居ないし。デミウルゴスは、要塞防衛とかは得意だろうけど……。ぷにっと萌えさんが居たら話は別なのかな……。でも、あの人はあの人でゲーマーに過ぎないし……過ぎないんだっけ?)

 

 いずれにせよ、将来的に合流できるかもしれないが、今のところぷにっと萌えは居ない。

 ぷにっと萌えに思いを馳せていたモモンガは、軽く頭を振ると提案した。

 

「助力するとなった以上、王国側から貰えるものは貰っておくべきですし……今回の戦争に乗っかって、得るものは得た方が良いと思います。デミウルゴスとパンドラズ・アクターに、王国と帝国軍の軍団運用について記録させましょう。それと、出陣するギルメンですが、ブルー・プラネットさんが言ったヘマをする可能性……。こちらも考慮して、ギルメンは複数人出します。基本的にはメイン火力の後衛と、それを守る前衛ですね」

 

 モモンガの提案は概ね皆に受け入れられ、参戦メンバーが選出されることとなる。

 前衛、武人建御雷(異形種化)、弐式炎雷(異形種化)、ぶくぶく茶釜(異形種化)。

 後衛、モモンガ(異形種化)、ブルー・プラネット(異形種化)、ペロロンチーノ(異形種化)。

 後は見栄えを重視して死の騎士(デス・ナイト)を三〇〇体ほど引き連れていく。

 モモンガに関しては基本的に『悟の仮面』着用で、仮面下では異形種化した状態だ。これだと第七位階までしか魔法を使えないが、いざとなったら『嫉妬する者達のマスク』に付け替えて全力戦闘を行う。残りのギルメンは、ナザリック防衛のために残ったり、予備兵力として控えておく予定だ。

 

「これだけ居たら、ユグドラシル時代の上位ギルドでも押しかけてこない限りは、大丈夫だと思うんですけど」

 

 賛同が欲しいモモンガがタブラを見て言うと、タブラはタコに似た頭部をカクンと傾ける。 

 

「そりゃあ大丈夫だろうね。明らかに、帝国だけを想定した布陣じゃないし。モモンガさん……他のプレイヤーへの宣伝も狙ってるでしょ? うちのギルドの人とか、よその人とか……」

 

「ええ、続いて説明しようと思ってたんです」

 

 王国と帝国の戦いは、毎年の収穫時期に行われる……いわゆる年間行事だ。二国とその民草にとっては、毎度のことだが、ここでモモンガ達が王国に加勢したらどうだろう。派手に帝国軍を粉砕すれば、近隣諸国に轟く噂になるのではないか。

 

「まだ合流を果たしていないギルメンに、ナザリックの存在を知って貰える。その可能性が高まると思うんですよね」

 

 実際、モモンガ達が冒険者活動をしている噂で、ベルリバーと獣王メコン川が釣られている。国家間の戦争で名を挙げれば、更に効果は高いはずだ。

 

「確かにそうだけど、デメリットっぽいこともあるわよねぇ? タブラさんがさっき言ったけど、余所のプレイヤーに知られる……だっけ?」

 

 茶釜が椅子の両脇に立たせたアウラとマーレの頭を撫でながら、モモンガを見る。もっとも、今は異形種化しているため、ピンクの肉棒が頭頂部を傾けたようにしか見えないのだが……。

 

「……ええ、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の……ではなく、余所のプレイヤーの注目を浴びることになるでしょうね。居れば……の話ですが。俺は、そういう所在の不確かな余所のプレイヤーを釣り上げたいんですよ」

 

 かつて存在したという八欲王や十三英雄。彼らはユグドラシル・プレイヤーである可能性が高い。そして現状、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン達が続々と集結しつつあるのだ。現時点、この転移後世界に余所のプレイヤーが居ない……とは言い切れない。

 

「俺は……俺達は王国を支配しようとしています。それはナザリック維持のためであるし……欲や見栄の部分もあるんだと思います。しかし、ユグドラシル時代の『アインズ・ウール・ゴウン』が悪の象徴であり、そのように偏見の目で見られることがあったとして……今のところは、他のプレイヤーに悪し様に言われることはないと思うんです。暴虐や悪逆で迷惑かけてるわけじゃないですからね。……ちょっとあるのかな?」

 

 モモンガは首を傾げたが、この時は異形種化したまま会議をしているので、思考は徐々に異形種の方へ傾いている。なので、モモンガは心に浮かんだ疑問を無視することにした。

 

「ま、いいか……。そんなわけで、後から顔を出されて『悪者呼ばわり』で敵対されるぐらいなら、とっとと顔合わせして話をつけたいんですよね~……」

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に引き込めれば良いし、それが無理なら同盟状態に持ち込みたい。ゲームだったユグドラシルでは仲良くできなかったとしても、転移後世界はゲームではないのだから、穏便に友誼を結べるのではないか。

 

「相手の方でナザリックと敵対したいと言うなら……戦う。相手の規模によっては、大幅な譲歩や……最悪はナザリック地下大墳墓を放棄して逃げる……も視野に入るかな。う~ん、俺一人で囮になって帝国軍と戦う方がいいのか? 先言った人数を、そのまま出して『本当はもっと多くのプレイヤーが居る』と見せかけた方が……」

 

 ブツブツ呟くモモンガは、タブラを初めとしたギルメンに相談したが、『戦争参加して旨味を得つつ宣伝する方針』は変えなくて良いとして話がまとまる。建御雷や弐式が「派手に暴れたいし」と主張し、ペロロンチーノも乗り気になった結果でもあるのだが……。

 

「では、さっきの選抜メンバーで出るのは変更無しということで……。それでですね、この際ですけど余所のプレイヤー以外でも、反応を見たい存在……組織とかかなぁ、そういうのがありまして……」

 

「わかってるぜ、モモンガさん。こっちの世界の強者だな……」

 

 メコン川が、椅子の背もたれに体重を掛けつつ言う。異形種化した彼は、頭部が白い雄ライオンの獣人だ。赤い衣服に、黒い胴鎧と手甲に足甲。裏地が白の黒マントという出で立ちで、一見、侍風なので武人建御雷と被っているが、どちらかと言えばメコン川は忍者寄りの設定だ。大昔の特撮ヒーローをモチーフにしているらしく、ユグドラシル時代はたっち・みーと特撮の話で盛り上がっていた。

 

「どうせモモンガさんのことだ。目星は付けてあるんでしょ?」

 

 そう言ってメコン川は笑う。人化した状態であればニヒルな笑みだが、異形種化した今は肉食獣が獲物を見つけた顔にしか見えない。

 

「嫌だなぁ、メコン川さん。買いかぶりすぎですよ。ただ、アーグランド評議国……でしたっけ? あそこがどう出るか、反応を見てみたいですねぇ」

 

 リ・エスティーゼ王国の北西に位置するアーグランド評議国は、数頭のドラゴンが治める亜人国家だ。亜人は一種類に限らず、幾多の種が集まっている。

 

「評議国と言えば竜王とかが居るそうだな。俺としちゃあ、出向いて行って手合わせしたいところ……なんだが?」

 

 そう言ったのは建御雷だが、今居るメンバーで「そりゃあいい、やりましょう!」と言う者は居ない。建御雷は浮かしかけた尻を降ろして肩をすくめた。

 

「へいへい。情報が少ない中で、危ない橋は渡らないって言うんでしょ? たっち・みーさんが居たら『面白そうだ』って言って、乗ってくれたかもだけどなぁ」

 

「たっちさんなら、言いそうですけどね~」

 

 ヘロヘロの意見には、モモンガも同感だと思う。たっち・みーは正義を体現したプレイを行っていたが、基本的には脳筋寄りで、腕っ節にも自信があることから、面倒ごとには進んで乗り込んでいく悪癖があった。

 

「で、まあ……評議国の話です」

 

 モモンガが話を元に戻す。

 

「クレマンティーヌからの情報ですけど、スレイン法国とは随分と仲が悪いようでして。評議国は亜人国家ですから、人類至上主義の法国とは仲が悪くて当然でしょうが……。以前……」

 

 法国から、訪問使節がナザリックへ送り込まれたことがある。その際、使節のリーダーだったレイモン神官長の暴走で戦闘になったが、大筋では勘弁して帰って貰っていた。

 

「ああ、そんな話も聞きましたね」

 

 それまで黙って話を聞いていたブルー・プラネットが、腕組みしながらモモンガを見る。

 

「俺が合流する前のことだそうですけど。モモンガさん的には、それが何かマズいんですか? 法国に売られた喧嘩を粉砕して、寛大にも死人なしで帰らせたんでしょ?」

 

「寛大だったのが、この場合は少しマズいんですよ。ブルー・プラネットさん」

 

 ブルー・プラネットの質問に答えたのは、モモンガではなくタブラだ。

 評議国と法国は犬猿の仲。そこへ来て、法国がナザリックに喧嘩を売り、敗北したにもかかわらず無事に帰った。これを知った評議国が、どう思うか……。

 

「なるほど! 敵の敵は味方じゃなくて、やっぱり敵……みたいな?」

 

 ブルー・プラネットが納得いったように言うと、モモンガは頷いてみせた。

 

「『俺が大嫌いな法国と、喧嘩してたようで実は仲が良いんじゃねーか!』と、思われる可能性があるんですよね~。そこまでの事情を、評議国が知ってる前提での話ですけど。クレマンティーヌに聞いたら、ある程度把握されてるんじゃないか……って」 

 

 説明しながらモモンガは、クレマンティーヌに聞き取りをしたときのことを思い出している。

 

漆黒聖典(前の職場)や風花聖典でも気づいてたっけ……。評議国は法国が嫌いで睨みを利かせてますからねぇ。色々と法国のことは把握してるんですよ。大まかな感じでしょうけど……。訪問使節の件だって、ある程度把握されてると思いますよ? それに今回は、神官長が漆黒聖典を引き連れて動いたんだし、その時点で「何かあったのか?」って目を付けられてると思うんです。で、帰るときのレイモン神官長……。あの茫然自失の状態と来たら……』

 

 ちなみに縛り上げられた番外席次は、猿ぐつわをしても五月蠅いので、天幕で簀巻きにされて運ばれたらしい。

 

「喧嘩売ってきた法国の人間を負かしたけど、無事に帰してる。つまりは、法国寄りのプレイヤー一党と思われるかぁ……」

 

 弐式の呟きを聞き、レイモン達を(ニグンら陽光聖典組を除いて)皆殺しにしておけば良かったかとモモンガは思うが、すべては済んだことだ。ここから評議国とどう接していくか、改めて考えればいい。

 

「それで今回、ギルメン複数……ユグドラシル・プレイヤー数人で派手に暴れてですね。評議国側の反応も見たいんですよね。亜人国家だそうですから、人類国家同士の戦争なんて知ったこっちゃないでしょうけど……。プレイヤーが多数居て、表だって活動してるとなると……接触とかしてくるんじゃないでしょうか?」

 

 これは言ったモモンガ自身、思い切った案だと思う。仮に、ナザリック地下大墳墓と自分一人だけ……他のギルメンは一人も居ない状態で異世界転移したなら、絶対にやらなかったはずだ。しかし、転移後世界の大まかな『強さ事情』を考慮すると、今のギルメンの人数であれば、何とかなるのではないか。

 

(……ヘロヘロさん達が居ることで、俺の気が大きくなってるのか? もちろん、それもあるだろうが……。警戒を怠らなければ、不測の事態にも対処できるはず!)

 

 心中で考えを纏めているモモンガに対し、ベルリバーが挙手する。

 

「でも、モモンガさん。藪を突いて蛇って言葉もありますよ? 今生きてるリーダー格のドラゴン達が、八欲王だかのプレイヤー集団に良い印象持ってなかったら……持ってないんでしょうけど、危ないんじゃないですか? 始原の魔法とかもあるそうですし……」

 

 さっきは戦う気満々だったのに、今は慎重論。

 矛盾しているようだが、転移後世界の人類国家ごときと、プレイヤーに匹敵するかもしれない未知の現地勢力では、対応や心構えが違って当然なのだ。

 更に言えば、ベルリバーはギルメン会議において、「危ないから止めた方が良いんじゃないか?」といった発言をすることが多い。かつてのユグドラシル時代、このナザリック地下大墳墓にギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の全力でダンジョン・アタックを仕掛けた際も、事前の会議では慎重論を口に出していた。

 

(あのときも、『俺は反対しましたからね?』とか言って、最終的にはナザリック攻略に参加してくれたしな~)

 

 昔を懐かしみながら、モモンガは「評議国側が文句を言って来たなら……そこは、やはり相手次第ですよ」と答えている。少し手合わせして強さを図るのも良いし、手強いと見たら撤退しても良い。これはさっき話したとおりだ。ベルリバーが発言したことで、再度協議されたが、方針に変更はなかった。

 なんだかんだと言って結局は賭けの要素が強い方針であり、メンバーは大なり小なり不安を覚えていたりする。後日、発生したとある事件によって、この方針は揺るぎないものとなるのだが、この時のモモンガやギルメン達は、「取りあえず、やってみようか?」程度のノリで居たのだった。

 その後、幾つかの議題について協議され、モモンガ達は最後の議題に取りかかっている。

 帝国への報復についてだ。

 ワーカー隊自体は、大半が茶釜姉弟の恩人だったので、演習も兼ねての客扱いで『歓待』し、帰って貰っている。だが、彼らを送り込んだ帝国には何らかの報復を行うべきだ。ワーカー隊の件が発覚してすぐの頃は、ウルベルトに擬態させたパンドラズ・アクターを出撃させ、皇帝に直接抗議……威圧ないし恫喝することが話し合われている。

 

「けど、ここに来て帝国との戦争で、王国に手助けすることになったものねぇ」

 

 これは弐式の呟きだ。

 後日に戦場でぶつかって殺しまくるのなら、今回伝える予定だった抗議は、その戦いの場で言えば手間がなくて良いのではないか。そういった意味合いが彼の呟きに込められている。これを聞き、円卓では「言われてみるとそうかも……」という雰囲気が充満しだした。

 

「え? じゃあ、モモンガさんが戦場で『今日、多くの帝国兵が死ぬのは、すべて皇帝が余計なことをしたせいだ。せいぜい皇帝を恨むといい』みたいなことを、帝国の兵隊に言う展開とかありますかね?」

 

 ペロロンチーノが、モモンガの『魔王ロール』時の口調を真似て言うと、モモンガを始めとした各ギルメンが「そりゃあいい!」「似てる似てる!」と大いに笑う。茶釜などは「素人臭がするけど、演技できてる方じゃない?」と辛口コメントだが、声は朗らかなので悪い気分ではないのだろう。そして、この明るい雰囲気のまま……パンドラズ・アクターの帝国派遣は取りやめとなった。その代わり、戦場ではえげつないことになるはずだ。だが、モモンガ達はあまり気にしていない。乞われて加勢するのだし、戦争だから人が死ぬのは当たり前。異世界転移してから、ある程度の日数も経過したし、人死にや殺人に関してそれほどの忌避感はないのだ。

 気になるのは、たっち・みーなどの良識派が合流したときにどう思われるかだが、モモンガ達は「王国からの依頼を引き受けるのは、仕方のないことだ」と考えている。

 

(仮に当初の予定のまま、パンドラズ・アクターが帝都に派遣されていたとしたら……。どうなっていたかな?)

 

 モモンガは、ふと考えてみた。

 ある程度の人的被害が、帝国側に生じていたのは確実だろう。

 今回、モモンガ達の方針転換によって、パンドラズ・アクターは帝都に行かなくなった。そのことにより、悲劇的な展開を回避できたのかもしれない。

 

(ふふふっ、帝国は運が良い!)

 

 そう考えを締めくくったモモンガだが、それは大きな間違いなのだ。

 予定どおりにパンドラズ・アクターを送り込んだ場合。皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、ウルベルトの姿をしたパンドラズ・アクターと交渉……その優れた判断力と行動力を活かしてナザリックに自らが赴き、謝罪をしていたかもしれない。ひょっとしたら、謝った分だけ戦場における帝国軍の損害が減少……いや、ジルクニフの頑張り次第では、戦いそのものが無くなっていた可能性もある。何しろ、攻め手は帝国側なのだから……。

 しかし、そうはならなかった。

 ジルクニフは、ワーカー隊の報告を受けてナザリックの強大さを知ることには成功したものの、お客様対応に感謝したワーカー達が報告内容を控えめにしたことで、『すぐに対応するべき危険』とは判断できなかったのである。

 彼にとって、ワーカー隊の人的被害の程度が判断材料になっていたことも、そうなった一因だ。つまり、一人も死人が出ていない(天武は途中で逃亡したと報告されている)のでは、『その程度の脅威』でしかない……と思ってしまったのだ。そして、ナザリック側から何の抗議もなかったことで、ワーカー隊の背後に居る帝国に気がついていないのではないか……とも考えてしまう。

 結果、ジルクニフはナザリック地下大墳墓に対して『それとなく監視』するにとどめ、近々予定されている王国との戦いに注意を向けることとなった。

 ナザリック地下大墳墓の戦力を見誤ったこと。そのツケは後日、『必要とした戦場を失う』形で支払わされることになるが、この時のジルクニフはまったく気づいていなかったのである。

 




 原作ではアウラとマーレがやったジルクニフに対する恫喝。
 パンドラズ・アクターがウルベルトさんの姿を借りてやる予定だったのが、今回のギルメン会議で中止になりました。
 
 発端は……ワーカー隊が帰ったら、パンドラの『こんにちわ恫喝』に向けてギルメン会議のシーンを入れようと思ったことでして。

1)会議するんだったら、デミウルゴスの現況報告を入れるとわかりやすいじゃん。
2)王国の支配状況報告とかやるやる。
3)そういや帝国との軍事衝突とかあったな~。
4)今の時点でレエブン侯がナザリックの強さを知ってて、六大貴族が支配下?
5)それって、この早い時期にレエブン侯からヘルプとかありそうじゃないの?
6)その話がジルクニフの謝罪訪問より先だったら、展開変わって面白そう。

 ということで、今回の展開となりました。
 哀れジルクニフ。予定どおりパンドラが恫喝しに行ってたら、自分の足でナザリックまで行って、モモンガさん達の凄さを目の当たりにできたかもしれないのよ。原作みたいに。
 でも、そうならなかったので、帝国軍がヒドイ目に合うのは確定です。

 ユグドラシル気分を味わおうと、異形種化してギルメン会議したことも、ジルクニフにとっては運が悪かった感じです。

 あと、モモンガさん達の自信を後押しする要素も、追加投入する予定。
 ぶっちゃけ、ベル&メコのイベントも一通り入れたので、次なるギルメンの投入なのですが。
 誰が良いですかね?
 たっち・みー&ウルベルト?
 ぷにっと萌え&やまいこ?

 今後も頑張って書きますので、評価など入れて頂けると励みになります

<誤字報告>

はなまる市場さん、佐藤東沙さん、ウキヨライフさん

毎度ありがとうございます

エアコン壊れてて、土日の昼からの暑さがヤバい……


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第81話

「なるほど……。ナザリック地下大墳墓の戦力は強大です……か。まあ、撃退されたんだから、そう報告するだろうな」

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール……皇城。

 昼前の執務室で、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、報告書に目を通している。内容は、過日に敵国……リ・エスティーゼ王国との国境緩衝地帯に出現した、巨大墳墓の調査報告だ。皇帝の勅命であることを隠すべく、貴族の一人からの依頼という体で腕利きとされるワーカーチームを四チームも投入したが、全チームが死傷者なしで帰還したらしい。

 

「いや、一つのチーム……天武が途中で逃亡したらしいな」

 

「そうなんですかい?」

 

 執務机の前で立つ四人の騎士、帝国四騎士と称される中のリーダー格……バジウッド・ペシュメルがいかつい髭面で発言する。許可なく発言したわけだが、それほどの信頼をジルクニフから得ているのだ。同時に、ジルクニフが自身の認めた者に対して寛容ということでもある。

 

「天武のリーダーは、あのガゼフ・ストロノーフに匹敵するって噂の凄腕剣士……。それが逃げたってのは解せない話だなぁ」

 

「ふむ?」

 

 ジルクニフは、報告書に再度目を通した。

 生還した三チームの報告をまとめると、各ワーカーチームはナザリック地下大墳墓へ侵入してすぐに別行動をとり、第三階層まで到達したが、そこに天武の姿はなかったと記されている。

 

「逃亡云々はナザリック側の関係者から聞いた話……か。なるほど、相手側の証言のみでは、確かに解せない部分はあるな。だが、死んだにせよ逃げたにせよ、他の三チームが生還したのだから誤差の範囲だ。私としては、侵入したワーカーチームを全滅させられなかったことで、ナザリック側の実力が測れたように思う」

 

 冒険者として見た場合。ナザリックに差し向けたワーカーチームは、どれも上位に食い込める実力者だ。ジルクニフの想定では、ワーカー隊を全滅させられるなら、ナザリック地下大墳墓は『大いに警戒する』に値するのだが……。

 

「結論、念のために警戒は続ける。しかし、それは最優先事項ではない。私が思うに、ナザリックの強大さも、ワーカーたちが大げさに言っているだけなのではないか?」

 

 報酬額を吊り上げたいがために、依頼の難度が思っていたより高かったと主張する。それはあり得そうな事であり、冒険者と比べてアウトロー色の強いワーカーなら言いそうだ。その場に居た者達は、書記官も四騎士も、そして帝国最強の魔法詠唱者……フールーダ・パラダインも大きく頷いていた。

 

「報告のとおりであれば、良くて第三位階の使い手しかいないワーカー隊を殲滅できなかった……。その時点で、もはや見るべき点はありませんな」

 

 この落ち着きのある物言い。知らない人が見れば、逸脱者の異名にふさわしい、孤高の魔法詠唱者だ……と思うだろう。だが、この執務室に居る者達は皆が知っている。フールーダは、その実力の高さに間違いはないとしても、未知の魔法を目にした場合は、間違いばかりおこす狂人であることを……。

 

「まあ、爺が言うならば……そうなのだろう。では、決定だ。ナザリック地下大墳墓に関しては、先に述べたとおり一応の見張りを残して放置。今は、王国との戦いを優先する! 予定する戦場はカッツェ平野だ!」

 

 そう宣言したジルクニフは、皆が頭を垂れて一礼したことで満足げに頷いている。

 なお、モモンガ達が当初の予定どおり、ウルベルト化させたパンドラズ・アクター(以下、「ウルパン」という)を差し向けていた場合……おそらく、このタイミングで城の上空へ乗り込むことになっていたはずだ。ウルパンはワーカー隊によってナザリックが被った迷惑(実のところ、ワーカー隊の大部分は茶釜姉弟の恩人だったので、それほどの迷惑はない)について申し立てた上で、謝罪と賠償を要求し、脅しとして第七位階以上の魔法を一発撃って帰ってくる予定だった。

 そうなっていたら多大な人的被害が発生し、ジルクニフはナザリックに対する認識を改めていたことだろう。フールーダも、自身の使用上限である第六位階魔法を超える魔法を目の当たりにしたことで、是非ともナザリックへ赴こうとしたはずだ。

 だが、そうはならなかったので、ジルクニフが『自分が何に対してちょっかいを出したのか』を正しく認識するのは、後日のこととなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アーグランド評議国。

 そのとある場所……石壁に掛かった魔法灯があってもなお薄暗い寝床で、一頭の巨大な竜が寝そべっていた。

 ツァインドルクス=ヴァイシオン……通称、ツアー。それが彼の名だ。評議国で永久評議員を務めるも、普段はこうして寝そべっていたり、今は壁際で立たせている白銀の鎧……この鎧を操作して出歩いていたりする。そんな彼にとって目下の悩みは、最近になって出現したと思われる『ぷれいやー』のことだ。

 『ぷれいやー』とは、ツアーなど一部の実力者や賢者などが知る存在で、百年おきに異世界よりやって来る者達のことを言う。かつて世界を制覇するところまで行った八欲王なども、『ぷれいやー』だと言われている。この世界の魔法の法則をねじ曲げ、位階魔法なるものを現出させ、強大無比なアイテムを所有する……恐るべき存在だ。かつて、竜達は八欲王に立ち向かったが、そのほとんどが殺戮された。

 

(イビルアイが伝えてきた、冒険者チーム漆黒……。あのイビルアイが一方的に()されたそうだから、実力からすると『ぷれいやー』の可能性が高いよね~。いや、単にイビルアイより強いだけの人って方が、僕としても嬉しいんだけど。『ぷれいやー』だとしても、イビルアイと対戦した人物だけが『ぷれいやー』……とかなら、まだ何とか……)

 

 だが、そんなツアーの願望を裏切って、チーム漆黒にはモモン……モモンガを筆頭に、ユグドラシル・プレイヤーが複数存在する。漆黒に登録していない者も含めると、現状で十人。八欲王よりも二人多く『ぷれいやー』が存在するのだ。

 

「あ~……やだやだ。ひょっとしたら『ぷれいやー』が複数居るだとか、冗談じゃないよ。でも、放っておけないよね……。様子伺いがてら挨拶だけでもしておこうかな~……。行きたくないな~……。誰か、代わってくれないかな~……」

 

 もたげていた首を落とし、目を閉じる。

 子竜のブレスのように溜息が吹き荒れるが、そのだらしない様を見て苦言を呈する者は居ない。この部屋に居るのはツアーだけなのだから。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ワーカー隊が帰り、帝国帝都への報復訪問が無くなった。

 王国から要請された、帝国との戦いへの参戦までも日数的に余裕がある。

 そのような状況であったので、モモンガ以下のギルメン達は思い思いの日常を送っていた。

 

「ウレイ! クーデ! シシマルが迷惑してるから離れなさい」

 

 ここは帝国帝都。集合住宅のような建物の一角……フルト家では、アルシェが妹二人にお説教をしている。この日、昼過ぎの頃にシシマルこと獣王メコン川が訪問したのだが、あっという間にアルシェの妹二人に懐かれてしまったのだ。メコン川は今、来客用ソファの中央に座っている。そして、その両側にアルシェの妹二人が座ってニコニコしていた。

 

「ウレイは、お隣で座ってるだけだもん~」

 

「姉様。焼き餅は、メッ! なの」

 

「な、なな、ああ……」

 

 アルシェは四人分のティーセットを載せたトレイを持ちながら、顔を赤く染める。それら姉妹のじゃれ合いを見たメコン川は、口の端を持ち上げたが……ふとアルシェに目を向けた。

 

「な、なに?」

 

「いや、冒険者……じゃなかった、ワーカーをやってるときの服装と違うから、なんか新鮮だな~……と」

 

 今のアルシェは、いわゆる部屋着姿だ。白いブラウスに赤い紐ネクタイ、濃紺のスカート。いかにも『お嬢様』といった雰囲気で、よく似合っているとメコン川は思う。

 

「よく似合ってる」

 

 思うだけでなく口にも出してみた。相手が年下の女性なので、精神的に余裕があるのだ。

 

「そ、そう?」

 

 言葉少なに反応するアルシェだが、口元がほころんでいるので嬉しいとは思っているらしい。が、その嬉しそうな表情も、ウレイリカの情報漏洩によって凍りつくこととなる。

 

「姉様、とっておきを褒められて『ごまんえつ』だね~」

 

「ちょっ!? 何言ってるの~っ!」

 

「ごま……えつって、な~に?」

 

 慌てるアルシェをよそにクーデリカが聞くと、ウレイリカは得意げに胸を張った。

 

「母様が教えてくれたの。思ったとおりになって嬉しいときの様子なんだって」

 

「そうなんだ~? 姉様、『ごまんえん』なんだね~」

 

「違う~。『ごまんえつ』なの~っ!」

 

 この一連の様子をメコン川は「五万円か~。アルシェの何が五万円なんだろうな~」等と考えながら聞き流している。だが、震える手でトレイからティーカップを降ろしているアルシェを見ると真っ赤な顔で涙目になっているので、さすがに気の毒だと思った。

 

「さあさあ、お茶の時間だ。俺はアルシェと話があるから、お茶を飲んだら部屋で勉強でもしてきな……いや、してきなさい」

 

 お子様には退場願う。当然ながら、幼い妹たちは抗議したが、アルシェが諭したことで渋々ながら部屋を出て行った。もっとも、室外の廊下には護衛と称して付いて来たルプスレギナが居たので、妹達は退屈しない時を過ごすこととなる。

 

(優しいお姉さんとして接するように言いつけてあるから、大丈夫だろ)

 

 自分で作っておいて何だが、ルプスレギナのカルマを極悪に設定したのは悪ノリが過ぎたとメコン川は反省している。生きて動いてる彼女を見ると、もう少し普通に設定できなかったのか……と思うのだ。

 

(だが、そんな風に思うのは今を生きてるルプスレギナに失礼ってもんだし。まあ、指示したら控えめにはしてくれるから良いんだけど……。それとは別で、モモンガさんと交際し始めてから「自分を抑えるのが余り苦にならない」とか言ってるんだよな~、ルプスレギナが……。おのれ、モモンガさんめ。やるじゃねーか)

 

 異世界転移した今となっては、NPC達の設定を改変するのは容易なことではない。しかし、モモンガは交際してからの僅かな期間で、ルプスレギナを変えつつあるのだ。

 

(ラブか? ラブラブだと、ああなるのか!? んっ?)

 

 気がつくとアルシェが対面側に座っていて、ジッとメコン川を見ている。

 

「シシマル、何か考えごと?」

 

「いや? 俺の友達が最近、女と上手くやってるので感心してただけさ」 

 

 嘘は言っていない。だが、『女と上手くやってる』のあたりで、一瞬、アルシェの目が泳いだ。これは、メコン川が男女交際についての話題を持ち出したので、「良い機会が到来!?」とか「攻めるべきっ!? いや、慎重に事を進めた方が……」などと思ったことによる。

 

「そ、そうなの? ……あ、ええと、今日は父様と母様の様子について教えてくれるって……」 

 

「うん、それだ」

 

 メコン川は頷いた。今日、フルト家を訪問した目的がそれなのだ。現在、アルシェの両親は王国の犯罪組織、八本指に預けられて矯正中である。帝国貴族としての地位と名誉を復活させ、皇帝ジルクニフにフルト家の価値を認めさせる……という不可能事。これを諦めさせた上で、現実に開眼させ、働いて食べていけるようにするのだ。

 

「それで……成果は上がってる?」

 

「う~ん。それがな~……」

 

 メコン川は、六腕のサキュロントから聞かされた報告を思い出し、渋い顔をする。

 母親の方は、割と上手く行っているのだ。

 八本指の麻薬取扱部門……現在では医薬品製造部門にて、経理の事務員として働いているとのことで、当初は本人の世間知らずなところが悪く出ていたらしい。しかし、助けてくれる者が居ない中で、同僚に叱責され、粘り強く指導を受けた結果、一通りの事務仕事が出来るようになったとのことだ。

 

「元は貴族だから、読み書きは出来るわけだしな。頭の回転も悪くなかったそうで、計算事もこなすらしい。このまま仕事に慣れたら、普通に雇っても良いんだとか……」

 

 更には、我慢や客観的な物の見方も身についてきたそうで、ゆくゆくはフルト家からの通いで働ける可能性もあるらしい。

 

「母様が……。凄い……」

 

 親としての母を慕ってはいたのだろう。だが、労働者としての評価は、アルシェの中で相当低かったようだ。感動して瞳をキラキラさせている。 

 そして、そんなアルシェの感動を叩き壊すことになるのが、父親に関する報告だ。

 

「で……だ。親父さんの方は……良くない感じなんだな~」

 

 妻と同じ職場では良くないと、引き離す目的で奴隷部門……こちらは闇の職業斡旋所となっていた……で、妻と同様に経理事務を担当している。しかし、未だに貴族気分が抜けないので、同僚やお目付役は頭を抱えているらしい。

 

「仕事も覚えられないし……と言うか、覚える気が無いそうでな~。『私は、いっさい何もしないぞ!』と椅子に座り込んで腕組みして、そっぽ向いてるそうだ。出された飯は、当然のように食ってるらしいけどな……」

 

「と、父様……。自分が何処で働かされてるのか、まるで解ってない……」

 

 アルシェが額に手を当てて呻いた。見ているだけで気の毒になるが、メコン川は更に気の毒になる情報をアルシェに聞かせなければならない。アルシェの父は、厳しく物を言われたぐらいでは素直にならないのだ。つまりは心が折れないのである。それは貴族としてのプライドと、都合の悪い現実を見ない生き方に原因があった。

 

「六腕からな、いや、八本指で俺達に距離が近いのが連中ってだけなんだが……その六腕から連絡があって……」 

 

 アルシェ父に対する待遇と指導を、もう少し厳しくしたい……と。

 

「シシマルの大将。あの親父、口で言うだけで何とかするの……無理ですぜ……」

 

 面目の無さからか、渋面で言ったサキュロントの様子は今でも思い出せる。無理なことを頼んでしまったな……と申し訳なく思う一方、両親の矯正を引き受けておいて、この有様だ。

 

(面目ないのは俺も同じか……)

 

 自分が情けなくて落ち込むが、しかし、この思いを口に出すわけにはいかない。何処でナザリックの(しもべ)が聞いているかわからないのだ。至高の御方の気持ちを暗くさせている存在を、僕達が許すとは思えない。罰を受ける覚悟でアルシェ父を誅殺する恐れがあった。死んだところで、高位の蘇生魔法であればレベルが低くとも生き返るのだが、それで済む話でもない。

 なので、次の段階として待遇と指導を厳しくするのである。

 アルシェはテーブル上のティーカップ……ほとんど中身が減っていないそれをジッと見つめていたが、やがて手を伸ばして取り上げると、一気に飲み干した。そして、一息吐きながらティーカップを戻すと、力のこもった目でメコン川を見る。

 

「後々まで残るような怪我をさせたりしない?」

 

「そこは大丈夫だ。厳しくと言っても、拷問のようなことはしないように言ってあるからな」

 

 二人は暫し見つめ合っていたが、やがてアルシェが頭を下げた。

 

「……では、よろしくお願いします。多少痛い思いをしても、人並み程度になるのが父のためだから……」

 

「……了解した」

 

 ここまで娘に言わせるって、親として本当に駄目だな……と、メコン川は思う。実の娘に性的暴行を加えたり、博打に狂ったり、癇癪起こして周囲の人間に迷惑をかけたり。駄目な親も様々だが、アルシェ父の駄目さ加減も相当なものだ。

 

(俺達に関わることがなくて、あのまま借金漬けの放蕩生活を続けてたらどうなってたんだろうな。借金の(かた)に娘を売ったりとか? ハハッ、まさかな。いくら何でも、そんな事はしないだろう?)

 

 あり得たかも知れない展開を予想したメコン川は、自分の想像力の豊かさに呆れて頭を振った。彼の感覚において、親が子を売ることなどあってはならない事。ましてや、アルシェの家は両親さえ無駄づかいしなければ、何とかなる……少なくとも娘を売るようなことはしないで済むからだ。

 

(俺と知り合った時点で詰んでたっぽいけどな……。アルシェの稼ぎがなかったら、ヤバかったんだろうな~。やめやめ、現にフルト家はマシになりつつあるんだから、つまらんこと考えるのは止めだ……)

 

「さて……と。伝えたい話は以上で、アルシェも了解してくれたから……俺の用件は終わりなんだが……。アルシェは何か予定はあるか? 無ければ昼飯でも奢るぞ?」

 

 面白くない用件でアルシェの気分を害したかもしれない。そういう思いから来るフォローだが、一人で外食する気分でもないのだ。ナザリックに戻って転移後世界レベルで言えば極上の料理を楽しむのもありだが、ここはアルシェと食べに行くのが、メコン川自身にとって精神衛生上プラスになるはずだった。

 一方、アルシェはというと、先程までの暗かったり厳しかったりした表情が嘘のように瞳を輝かせている。

 

「それは素晴らしい提案。是非、お願いした……」

 

「外で、お昼御飯だって!」

 

「姉様、ずる~い!」

 

 扉の向こうで妹二人の声がした。ずるい呼ばわりをしたのはウレイリカの方だろう。

 メコン川が見ている前で、顰めっ面を赤くしたアルシェが立ち上がる。そのままツカツカと扉に歩み寄ったアルシェは、無言で扉を開けた。出現したのは、突然扉が開いたことで固まっているクーデリカとウレイリカ。そして彼女らのすぐ後ろで立つルプスレギナだ。妹二人は、無言で睨んでくるアルシェを見て引きつった顔をしているが、ルプスレギナも口をへの字に曲げたメコン川から睨まれて引きつった顔をしている。

 

「ウレイにクーデ? 盗み聞きをするのは貴族でなくても恥ずかしい行為。シシマルに言うべき事があるでしょ?」

 

「「シシマルさん。姉様、ごめんなさい……」」

 

 二人揃って二回に分けて頭を下げる姿、まさしく天使だ。

 では、内面を天使とは真逆の方に設定された駄犬……ルプスレギナはと言うと、メコン川から掌を上にした右の人差し指でクイクイと招かれ入室。そのままソファの間際へと移動した。メコン川は座ったまま、両膝に両肘を置き、組んだ手で口元を覆っていたが……左脇で立つルプスレギナを()めつける。

 

「妹二人を連れてきた目的は……なんだ?」

 

 言葉少なだが口調には苛立ちが含まれており、それがルプスレギナを怯えさせた。ルプスレギナは床とメコン川を交互に見ながら言い訳を開始する。

 

「あの……ですね。あの子達が、『姉様達の所へ行きたい』って言うものですから……」

 

「ふ~ん? そういう事だったのか、なるほどな……。で、お前自身の狙いは?」

 

 確かに言いそうだと納得しながら、メコン川はルプスレギナの本心を聞いた。至高の御方から質問された以上、ナザリックの僕は嘘偽りなく回答しなければならない。

 

「『ナイスアイデアっす! 今行ったら、二人がムフフな事になってるかもっすから、みんなで聞きに行くっす~っ!』って……」

 

「このやろ~……」

 

 ソファから立ち上がったメコン川は、立ち尽くすルプスレギナに寄ると拳を握り込んで……ルプスレギナの両こめかみに当てた。

 

「い、痛だだだだだだっ!? 痛いっす~~~っ!」

 

「俺は別にしても、アルシェに迷惑で……妹さんらの教育に悪いだろうが! 俺は、お前を、そんな風に創造した覚えは~……めっちゃあるけど……。少しは自重しろ!」

 

「申し訳ありません! 獣お……ぎゃーっ!?」

 

 ルプスレギナのこめかみに加わる圧力が増す。

 

「お前な~……今、何を口走ろうとしたんだ? モモンガさんから聞いた話じゃ、割とまともな感じだったのにな~……。なんで突然、駄目になったんだ?」

 

 そう、モモンガが見ているルプスレギナは、割と『まとも』だ。当初は点数稼ぎのために『まとも』を演じている部分があったが、モモンガと交際しだしてからは、嫌われたくないという思いから『まとも』に振る舞うのが苦ではなくなってきている。

 その情報を先程思い出したばかりなのに……とメコン川は嘆息したが、このルプスレギナ駄犬化には理由があった。モモンガは恋愛対象で交際相手だが、メコン川はその立場も揺るぎない創造主様である。ルプスレギナとしては無限に湧き上がる敬愛心と、言い方は悪いが依存心をメコン川に向けており、早い話が甘えているのだ。はしゃいで困らせ、かまって貰ってお仕置きされる。それが彼女としては(モモンガとの関係とは別枠で)無上の喜びなのだ。

 ナザリックに合流してから日の浅いメコン川にはピンとこない話であったが、後日、茶釜から説教と共に教えられたことで、メコン川は「ある程度の許容と躾が必要ねぇ……。ルプーの見た目が、二十代の女性ってのがな~。俺が躾するとかマジかよ……」と肩を落とすことになる。やはり、もっと真面目で有能な設定にしておけば良かったんだ。と後悔はするが、かつてウキウキしながら作成した理想形なので、それほど嫌な気分でもないメコン川であった。

 だが、それはほんの少し未来でのこと。メコン川は、「怒ってないから」とルプスレギナを安心させてから頭を掻いた。

 

「まあ、なんとかするしかないな……。俺は創造主様だものな……」 

 

  

◇◇◇◇

 

 

「じゃあ、俺の修行の成果を見ててくださいよ~」

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層の闘技場。時間設定は外部と同じなので、今は青空の下である。

 そこでは異形種化したヘロヘロが居て、粘体を伸ばした触腕で手を振ってるような動作をしていた。少し離れたところではモモンガ、武人建御雷、弐式炎雷、タブラ・スマラグディナがヘロヘロの『修行の成果』を見物中。僕としては、パンドラズ・アクターとアルベド、ソリュシャンとコキュートスとナーベラルが居る。このうち、コキュートスは大振りな刀……斬神刀皇を構えてヘロヘロの前で立っていた。

 

「デハ、ヘロヘロ様。始メマス!」 

 

「はい、ど~ぞ」

 

 ノンビリした口調でヘロヘロが言うや、コキュートスが斬神刀皇を振り上げる。そして、それを見たヘロヘロが叫んだ。

 

「武技っ! <要塞>っ!」

 

 直後、ヘロヘロの身体……黒い粘体に斬神刀皇が直撃する。しかし、ヘロヘロに何らダメージを与えることなく弾き返された。

 いわゆる、ギルメンによる武技の実地演習だったのだが、見事成功である。モモンガ達が「お~っ!」と声をあげて拍手する中、ヘロヘロは照れくさそうにしながらズルズル戻って来た。

 

「どうです? 俺の武技も、なかなかのものでしょ?」

 

「いやあ、最高! やわらかスライムがカッチカチですもん!」

 

 弐式が興奮しているが、彼自身もクレマンティーヌから流水加速を教わっている。修得までは時間が掛かりそうだが、ただでさえ素早い弐式が流水加速を使えるようになったら、どうなるのか……。モモンガ達は「手に負えないことになるな」とか「たっちさん相手でも、タイマンで勝てるんじゃないか?」と話し合っており、それを聞いた弐式は練習に熱を上げていた。

 

「茶釜さんも<盾突撃>や<盾打撃>を練習してるんだっけな?」

 

 建御雷が呟いたとおり、茶釜もまた武技を学んでいる。

 盾での打撃などは、ユグドラシル時代にもスキルとして存在しており、両手に盾を構えるスタイルの茶釜は、勿論、それらのスキルを修得していた。では、スキルの<盾打撃>と、武技の<盾打撃>。二つを同時発動したらどうなるか。まだ実証していないが、大きな攻撃力向上が期待されるだろう。

 しかし、気になる点もある。建御雷やヘロヘロは、武技で消費する集中力……その疲れ具合は、ブレインやクレマンティーヌからの情報と比べると、大して変わらないと感じていた。

 

「効果はプレイヤーが使う武技の方が上っぽいのは、やはりレベルが高いから……なのかな?」

 

 以上のことから、一度に発動できる武技の回数は、個人の精神的頑健差による……とタブラは考察している。修行して鍛えたブレイン達とでは、精神的な頑健さは負けるだろうが……ともかくスキルと武技の重ね掛けは大丈夫なようで、茶釜や弐式の武技修得が待たれるところだ。 

 

「武技って言うのは面白いですね~。MP消費しないで技が出せるんだから」

 

「でもよぉ、ヘロヘロさん。やっぱ集中力を消費するってのは、注意が必要だと……俺は思うんだわ」

 

 コキュートスと共に戻ったヘロヘロが、ソリュシャンから受け取ったタオルで顔(?)を拭きながら言うので、建御雷は唸るように話しかけた。もっとも、「粘体の何をタオルで拭いてるんだ?」と思ってもいたりもするのだが……。

 

「元の現実(リアル)で武道をやってた経験からすると、突き一つ、蹴りの一発でも体力と一緒に精神力を削るものなんだ。それを思うと武技を乱発するのは駄目だろうぜ? こりゃあ、なにか修行でもして精神的に鍛えないといけないかもな。ブレインやクレマンティーヌに聞いてみるか?」

 

「あ~、そこは納得ですね~。あ、ソリュシャン。タオル、どうもありがとうです~」

 

「もったいない、御言葉です……」

 

 返却されたタオルを受け取り、ソリュシャンが優雅に一礼した。ナザリックに戻っているので、今の彼女は専用のメイド服姿。ニコニコしていて、普段の表情として設定された死んだ目つきも嬉しそうだ。が、内心ではヘロヘロの体液が付着したタオルを、宝物として保管しようと考えていたりする。この行動予定を口に出すとヘロヘロ達が引くのが解っているため、敢えて黙っているのだ。  

 

(これは……ヘロヘロ様が使用されたタオルを、私が一時的に保管するだけ……)

 

 なお、その一時的な期間が、どれほどの長さになるのかは未定である。

 

「うん?」

 

 一瞬、ソリュシャンが悪そうな笑みを浮かべたのでヘロヘロは首を傾げ、下から顔を覗き込んだ。しかし、ソリュシャンは「何か?」と言いたげな表情でニッコリ微笑んだため、「気のせいですね~」と建御雷らとの会話に戻っている。

 

「……平和だな~。……平和なのかな?」

 

 ヘロヘロとソリュシャンの様子を見ていたモモンガが呟いた。それは苦笑交じりであったが、胸中は大いなる満足で埋め尽くされている。ヘロヘロ達のことだけではない。弐式や建御雷らが、このナザリックで和気藹々としているのだ。これらの光景こそ、ユグドラシルの最後の数年間、モモンガが求めてやまないものだった。

 

(いや~……この感動、何度でも味わえて……たまんないな~)

 

「モモンガさんは……この後は外出の予定でしたっけ?」

 

 タブラが聞くので、モモンガはこの後の予定を思い出す。

 

「ええと、カルネ村でブルー・プラネットさんが試験的に農場をつくったので、それを見に行きます。そうそう、茶釜さんも一緒に来るんでした。『私も、ブルプラさんの畑とか見た~い』って……」

 

「ほほう……。茶釜さんが……。モモンガさんと一緒にカルネ村へ……」

 

 タブラはタコに似た頭部を傾けたが、やがて元の角度に戻して大きく頷いた。

 

「いいんじゃないですか? 私も今度、見に行こうかと思います」

 

「何でしたら、タブラさんも一緒に行きますか?」

 

「おっと、アルベドと映画を見る予定がありましてね……」

 

 残念なことに予定があると言われ、モモンガは特に気にするでもなく引き下がっている。だが、タブラは内心で安堵していた。

 

(モモンガさんは気がついてないみたいだけど、茶釜さんがカルネ村へ行く本当の目的って……エンリという女性に会うためだよね~。まあ、いびったり殺したりってのは無いだろうけど、ピリピリした場面に居合わせたくないし……。映像で見る分には良いかも……なんだけどね~)

 

 彼氏の『外妻』を検分に行くであろう茶釜。

 それに気がついていないモモンガ。

 この組合せはタブラ的にゾクゾクするものだ。しかし、巻き込まれて面倒くさい思いをするのは嫌なのだ。それに、アルベドと一緒に映画鑑賞する予定があるのは嘘ではない。

 

(『ローマの休日』を一緒に見て、私の解説を聞きたいとか……。これはモモンガさんとシチュエーション・プレイと言うか、そういう趣向のデートをしたいという事なんだろうね~。これは……気合いを入れてアドバイスしてあげなければね! ……視聴後にね!)

 

 以前、タブラはモモンガに対して「父親風を吹かすようなことはない」と言ったものの、タブラにとってのアルベドは、紛れもなく娘的存在だ。モモンガと良い仲の女性は、他にルプスレギナやニニャなどが存在するが、そんな彼女らに負けないよう、アルベドを応援しようと密かに気合いを込めるのだった。

 

 




 ジルクニフに関しては前話の最後あたりで、大方こんな感じになると書いたのですが、やはりキャラに喋らせた方が……出番があった方が良いと思ったので、こんな感じになりました。

 ツアーに関しては、14巻を読み返して「戦うとなったら性格がキツいな~」と思ったのですが、『ぷれいやー』が二人以上存在する可能性により、ああいう方針にして貰いました。
 そう言えば、弐式さんならツアーの前に気がつかれずに立てたりするんですかね? 弐式さんならやれそうかも?

 感想でアルシェの出番について御要望があったので、ギルメンの日常でピックアップしてみました。順調に関係を構築中です。
 ちなみにアルシェパパがどうなるかと言うと、『パタリロ 警察長官』で画像検索して頂ければ……。なお、アルシェパパには、件の警察長官みたいな格好良い正体はありません。

 ギルメンの日常については、いきなりカッツェ平野で暴れさせても話を巻きすぎてる感じがするので入れてみました。
 次回は、久しぶりでエンリが登場する予定。
 ニニャは出ないかもです。
 今、6月12日 午前10時過ぎ。
 かなり蒸し蒸ししてきました。朝6時ぐらいから書いてましたが、限界が訪れつつあるようで……。
 早く部屋を片付けないと……。
 2階建て家屋の2階でエアコン死んだら、マジヤバい……。
 最近は1階で寝てます。エアコンもあるし。

<誤字報告>
D.D.D.さん、はなまる市場さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます



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第82話

 リ・エスティーゼ王国、辺境の村……カルネ村。

 この小さな村は、今では魔法詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンが管理する村となっている。ナザリック地下大墳墓と親しくしているということで、レエブン侯が気を利かせた結果だ。村民らも村の恩人であるアインズ……モモンガが治めてくれるのならと、諸手を挙げて歓迎している。

 従って……。

 

「おや、ゴウンの殿様。カルネ村へようこそ」

 

「ゴウンの殿様、しめた鳥で燻製を作りました。お屋敷で使ってくだせぇ」

 

 モモンガが人化した顔で村を歩けば、年寄りらが声をかけてくる。

 モモンガは正式に領地として与えられたのではなく、管理者としての立位置だ。加えて言えば、村長でもない。それを聞かされたカルネ村村民が相談し合い、見出した呼び名が『殿様』だったのである。

 

「モモンガさん、お殿様になったのね~」

 

 隣を歩く、二枚の大盾を背負った女戦士……人化したぶくぶく茶釜が、からかうように言う。長身でユリ・アルファに似た顔……正確には、ユリのモデルとなったのが茶釜なのだが……が笑うと、モモンガは照れくさくなった。アルベドやルプスレギナに褒められると、二人への思いの差や違いが関係するのか、それぞれで嬉しさの感じ方が違う。だが、茶釜に褒められると、それがアルベド達とは、また違った嬉しさとなるのだ。

 

(これは何て言うのかなぁ……)

 

 自分の心の中にある異性への好意。これに順位をつけるのなら、トップはアルベド。続いて茶釜とルプスレギナが同率二位という具合だ。にもかかわらず、今のモモンガは新鮮な嬉しさで満たされている。

 

(これは、アレだな……。本当の俺を知ってる、対等な女性だから……というのが大きいんだろうな~)

 

 人と人同士による普通な恋愛。

 今は異形種となった身でも、元は人間なのだから嬉しく感じるのだ。そして、それは茶釜にとっても同様であり、更にはアルベドやルプスレギナに対する大きなアドバンテージでもあった。もっとも、この『大きなアドバンテージ』、茶釜としては武器として振りかざし、アルベド達よりも有利に立つという気はない。あくまで独自の売りとして、モモンガに対して活用する気だ。

 

(ぬっふっふっふっ。第一夫人や第二夫人は譲ってあげるわよ。アルベド達とは仲良くやりたいしね~。でも、私なりにアピールするのは別! 使える武器は何だって使うわ~)

 

 ユリ・アルファならしそうにない悪い笑みを浮かべた茶釜は、左隣を歩くモモンガにそっと手を伸ばす。水平に……ではない。頭を撫でる意図はないので、斜め上でもない。斜め下方向だ。その先にあるのは、モモンガがローブの袖から出している手……である。

 

「へっ? ちゃ、茶釜……さん!?」

 

「んふふ~。手ぐらい、つないだっていいじゃない。だって、私達……」

 

「あっ! モモ……じゃなかった、ゴウン様!」

 

 モモンガ達の歓談を寸断する形で、若い女性の声がした。

 声が聞こえた方を見ると、モモンガにとっては顔見知りの女性が居る。

 エンリ・エモット、それが彼女の名だ。かつて帝国兵……を装った法国騎士がカルネ村を襲撃した際、たまたま居合わせた弐式炎雷が迎撃に出た。一方、モモンガもそのことを察知し、ヘロヘロと共にナザリック地下大墳墓から出撃している。そうした中で、エンリの危機に介入したのがモモンガだったのだ。その後、エンリから好意を抱いていることを告げられ、拒否するでもなく今日に到っているのだが……。 

 ……。

 

(俺が茶釜さんを連れてカルネ村に来るのって、マズくねっ!?)

 

 遅いのである。

 茶釜自身、モモンガの第三夫人狙いであることを公言しているので、一人や二人の夫人や妾が増えたところで気にはしないだろうが、それでもモモンガとしては配慮が必要だろう。では、どうすれば良かったのか。

 

(茶釜さんに内緒でカルネ村訪問……は、なんだかコソコソしてるみたいで嫌だな。カルネ村に来なければ……って、俺はブルー・プラネットさんの畑を見に来たんだし~。いや、それを取りやめれば……って、ああもう~)

 

 結論。最初に茶釜が同行を申し出たとき、上手く断れなかった時点で詰んでいたのだ。

 もっとも、断るにしても理由が必要で、モモンガは上手い言い訳を思いつけていない。今のこの状況になっても……だ。

 

(二人が喧嘩とかしませんように……)

 

 おどおどした表情のエンリと、楽しげな茶釜。二人を見ながらモモンガは、骨格標本のように固まるしかなかった。

 そして、そんなモモンガを見ている者が居る。

 場所は近くの茂みで、見ている者の正体は弐式炎雷だ。彼はタブラ・スマラグディナから預かったデータクリスタル製の録画装置を構えている。携帯型でもなく、スマホ型でもなく、時代がかったハンディカメラ型だ。そのカメラの目が向けられているのは……言うまでもなくモモンガである。

 

(「うほほ~っ。タブラさんの言ったとおりだ。モモンガさんを挟んで、女二人の熱いバトルが始まる予感だぜ~っ!」)

 

 痴話喧嘩に類する事態が生じると睨んだタブラが、こっそりと弐式に監視及び録画を依頼していたのだ。この録画データは、ギルメン同士の飲み会で鑑賞される予定であり、茶釜には内緒となっていた。もっとも、ナザリック内における茶釜ルートの情報網により、あっという間にバレて、タブラと弐式は並んで正座させられることとなる。

 

「え~と、あなたがエンリ・エモットさん? 私は……ぶくぶく茶釜。冒険者としての通り名は、『かぜっち』。よろしくね?」

 

「あ、はい! エンリ・エモットです!」

 

 バネでも入っているかのような勢いでお辞儀したエンリは、頭を上げながら茶釜を見た。

 

「あの……ぶくぶ」

 

「かぜっち。この姿……じゃないか、冒険者の格好をしているときは、かぜっちって呼んでね~。あと『様』とかいらないから『さん』で、お願いするわね?」

 

 茶釜がそう言ったことで場の空気は柔らかくなったが、すぐに硬くなる。

 

「で、では、かぜっちさん。かぜっちさんは……ゴウン様の、お、お友達でしょうか?」

 

(ゴウン様か~……)

 

 そう思ったのは茶釜ではなくモモンガだ。エンリには、モモンガと呼んで良いと伝えてあるのだが、初対面の人間が居るので『家名』で呼んでいるらしい。 

 

(ちょっと距離を置かれてる感じで、心に響くな~。そもそも『ゴウン』は本当の家名とかじゃないし。まあ、他人の目があるときは呼び分けるように言ったのは、この俺なんだけどさ……)

 

 一方、茶釜は「ゴウン?」と首を傾げていたが、すぐにモモンガの通り名の一つだと気づいて、笑顔になった。

 

「私とモモ……アインズさんはね~。こういう仲なのっ!」

 

 言うなり茶釜は、モモンガの右腕にしがみついた。と、同時に胸を押し当てたのだが、残念なことに今は甲冑を着込んでいる。このため、モモンガの腕には胸の形に整形された鉄板の感触しか伝わらない。だが、しがみつかれた側のモモンガは女性に不慣れなこともあってドギマギし、エンリは顔全体で驚愕を示す。

 この時、近くの茂みでは弐式が「いけ! そこだ! 茶釜さん! モモンガさんを押し倒すんだ! 何なら俺が、課金アイテムで他の人の視界や視力を阻害しちゃうよ!」などと小声で叫んでいた。さらに、たまたま薬草の採取に来ていたンフィーレア・バレアレが、これまた近くの家屋の影から指をくわえて見ていたりする。

 

(あわわ……。モモンさん、じゃなかったゴウン様に新たな女性が~……。どこまでモテるんだ、あの人……。英雄? 英雄だと、女の人が寄ってくるの? 僕じゃ、どうあがいても勝てないって言うのかぁあああああ!)

 

 妬ましさの余り、ンフィーレアの瞳が闇に染まり……かけたところで、彼の服の袖が引かれた。振り返るとエンリの妹、ネム・エモットが居て眉間に皺を寄せている。

 

「フラッと歩いて行ったと思ったら、何してるの! 集めた薬草を馬車に積むんだから、ンフィーレアお兄ちゃんが居ないと、仕分けができないでしょ!」

 

「ご、ごめん。でも、エンリが……」

 

 おぼつかない口調でンフィーレアが言い訳すると、ネムはンフィーレアを押しのけて家屋の角から顔を出した。

 

「……ゴウン様に新しい女の人……。お姉ちゃん、負けそうなのかな?」

 

 村が襲撃されてから、ネムは『おませ』と言うよりは、少し賢しくなっている。それは命の危険に直面して助かった後の……生き抜くための成長だった。

 

「お姉ちゃん、ネムは応援してるからね! そんなことより、ンフィーレアお兄ちゃんは仕事に戻るの!」

 

 ンフィーレアの腰を両手で……押したいところであるが、身長差的に無理があるため、お尻を押す形となる。

 

「ええええっ!? でも、エンリが~っ……」 

 

「はいはい。仕事に打ち込んで忘れましょ~ね~」

 

 完全に子供扱いだ。だが、ネム個人としては、ンフィーレアを高く評価している。魔法を使えるし、薬師としての腕は天下一品。エ・ランテルでは名家であり、性格も悪くない。いわゆる優良物件なのだ。

 ネムから見たところ、姉はンフィーレアに対して、そこそこの好意を抱いていたようだが、今はアインズ(モモンガ)にぞっこんである。余程のことがなければ、姉の気持ちがンフィーレアに傾くことはないだろう。

 そういったことを理屈ではなく感覚で理解していたネムは、有望株の少年と良好な関係を構築するべく、彼を仕事場……荷積み作業中の馬車へと追い立てるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「つまり……ゴウン様の恋人様でいらっしゃると?」

 

 軽く握った右手、それを胸元に当てながらエンリが問う。恋人という言葉に『様』を付けるのは妙ではあるが、モモンガの地位と一村民に過ぎないエンリだと、そうも言いたくなるのだろう。

 

(茶釜さんを煽ってるんじゃ……ないよな?)

 

 モモンガは生唾を飲む思いだ。煽るのではなく、素朴な問いかけなのは解っているが、問題は茶釜がどう受け取るかだ。モモンガと、茂みで居る弐式がハラハラしつつ見守る中、茶釜は……ニッコリ笑った。

 

「そう、恋人なの。内々の順番だと恋人三号ってところかしら? 一番はアルベドで、二番はルプスレギナかしらね~」

 

 これを聞いたモモンガは「え? 矛先が俺に向いてる!?」と思ってしまう。恋人当人らから気にしないと言われているが、モモンガとしてはアルベド一人に絞れなかったことで負い目があるのだ。

 

(ううっ……)

 

 モモンガは右手を胃のあたりに当てる。今は人化しているので、普通に存在する胃がキリキリと痛むのだ。そして、それを見た弐式が「ああ! モモンガさんの胃に、モモンガさんの胃に穴が開きそう! レポーター弐式は、このまま様子を見守りたいと思います!」などと一人囁いているのだが、忍者スキルを使用しているので誰にも聞こえてはいない。

 この時、弐式の側に武人建御雷が居たら「馬鹿言ってないで、モモンガさんを助けてやれよ」と言ったことだろう。だが、その場合、弐式は次のように答えたはずだ。「え? 普通に嫌だけど? 俺が死んじゃうじゃん?」……と。 

 

「ゴウン様……」

 

 エンリが不安そうな視線をモモンガに向ける。

 これはいったい、どういう事なのか。と、そう問いかけたいのだろう。

 対するモモンガは……ここで目を逸らすなどすれば最低の行為だったが、エンリの瞳を見返しながら頷いている。

 

「何と言うか……増えてしまってな」

 

「モ……アインズさん。言い方が……まあ、他に言い様もないんでしょうけど……」

 

 茶釜は「私達はペットか何かか?」と一瞬気色ばんだ。しかし、本来、茶釜の合流時で言うなら、モモンガはアルベドとルプスレギナ……エンリとニニャを加えれば四人と幸せに過ごしていたはずなのだ。そのモモンガに対し、合流時期が遅れたとは言え、後から強引に迫ったのは自分だ。それに、モモンガの口調は申し訳なさにまみれている。聞けば、モモンガとエンリは異世界転移後の間もない頃に知り合ったそうで、双方好意を抱き合っていたらしい。それを思えば、暫くぶりに会ったというのに、自分は新たな女性を連れている……そんな状況にモモンガの良心が痛むのは当然だろう。

 更に言えば、茶釜の良心も痛んでいる。

 後から割り込んで、先にモモンガと良い仲になっていたエンリの席を奪ったような気になったのだ。そして涙目になっているエンリの姿に、茶釜はとうとう耐えられなくなった。

 

「ちょっと、エンリちゃんを借りるわね!」

 

「うひゃ!?」

 

 ササッと歩み寄り、背中越しでエンリの右肩を掴む。そのまま茶釜はエンリを連れて、手近な建物の影へと入って行った。それを見送るモモンガは「あああ……」と手を差し伸べたが、それで二人に届くはずもなく、その場に立ち尽くしてしまう。

 そして、数分が経過……。

 茶釜とエンリは再び姿を現したのだが、二人は……和気藹々としていた。 

 

「えええっ!? モモンガ様って、そんな感じなんですかぁ!?」

 

「そうなのよ~。だから、怖がらないであげてね~?」

 

 いつの間にか、エンリのモモンガに対する呼び方が『モモンガ様』になっている。ついさっきまで、『ゴウン様』とか『アインズ様』だったのに……だ。

 

「えっ? へっ?」

 

 戸惑うモモンガに、茶釜が歩み寄って笑いかける。

 

「駄目よ~、モモンガさん。こんな良い娘を放ったらかしにしておいちゃ~」

 

「そんな、茶釜様……」

 

 茶釜の言葉を受けて、エンリが恥ずかしげにモジモジした。

 

(二人の仲が良くなってるーーーっ!?)

 

 声も無く驚愕するモモンガ。

 いったい、この数分間で何があったのか。何を語り合えば、ここまで仲良くなれるのか。

 ガールズ・トーク恐るべし。いや、それで済ませて良いのか。

 様々な思考が脳内で渦巻く中、モモンガは茶釜達からの問いかけに対し「はい、はい」としか答えることができないのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エンリ・エモットとの単独デート。

 それを茶釜に約束させられたところで、エンリは「家の手伝いがありますから」と言って去って行った。終始、笑顔だった。

 

「いや~、モモンガさん。モテる男は辛いわねぇ~」

 

 男らしく、ハッハッハッと笑いながら茶釜がモモンガの肩を叩く。

 

「なんか、不本意なモテ方なんですけどね……。いや、嫌じゃないんですけどね……」

 

 今回のカルネ村訪問は、ブルー・プラネットの畑の視察が目的だ。とは言え、エンリのことは心の隅で気になっていたのである。茶釜に会わせると不味い云々は、無意識に考えないようにしていた……のだが、だからこそ、茶釜がしてくれたことは、本心で言えば有り難かった。

 

(男のプライド的な部分では、少し不満だったのは……茶釜さんに知られないようにしよう)

 

 ご機嫌な様子の茶釜と改めて手をつなぎ、カルネ村の西方少し離れた場所へ行くと……そこにブルー・プラネットの畑があった。二百メートル四方を碁盤目状に区分けしており、それぞれの畑でトウモロコシやトマトなどが実っている。用水や肥料に関してはスキルや魔法で解決しており、まさにしたい放題の状態であった。

 

「ブルー・プラネットさ~ん。遊びに……じゃなかった、様子を見に来ました~」

 

「はははっ。遊びに来たで構いませんよ~」

 

 ノンビリした声は、トウモロコシ畑の方から聞こえる。出現したのは、気優しそう……だが、岩のような顔立ちの大男。人化したブルー・プラネットである。

 白いシャツに、焦げ茶の農作業ズボン。手には軍手がはめられており、とどめに麦わら帽の着用だ。おっと、首にかかった白タオルを忘れてはいけない。どこから見ても完璧な農業青年の姿であった。 

 

「ブルー・プラネットさん。人化して農作業ですか?」

 

 異形種化していた方がスキル等を活用できるのでは……と、モモンガは首を傾げた。それを見たブルー・プラネットは、タオルで汗を拭いながらカラカラ笑う。

 

「人の姿で汗水垂らして畑仕事。元の現実(リアル)に居た頃は、一度でいいからやってみたかったんですよね~」

 

 言い終えたブルー・プラネットは、空を見上げて陽光の眩しさに目を細めると、視線を落として畑を見回した。そして、モモンガに視線を戻す。

 

「モモンガさん。俺はね、自然が大好きなんです」

 

「知ってます」

 

「元の現実(リアル)じゃ食べるどころか、実物を見ることもできなかった野菜を育てて……この世界で広めたいんです。ああ、あちこちの珍しい植物なんかも見てみたいなぁ……」

 

「最高ですね」

 

 嘘偽りなく、心の底から最高だとモモンガは思った。美味しい野菜を食べたいのもあるが、ギルメン……ブルー・プラネットがやりたいことを見つけて、それで幸せそうなのが一点の曇りもなく素晴らしい。

 最高だと言ってモモンガが笑うと、ブルー・プラネットもニッコリ微笑んだ。と、そこにトウモロコシ畑の向こうからブルー・プラネットを呼ぶ声がする。

 

「ブルー・プラネットの大将~。こっちのカボチャってのは、もう収穫していいのか~?」

 

 ブレイン・アングラウスの声だ。どうやら畑仕事を手伝っているらしい。そして、彼だけでなく、カジット・デイル・バダンテールの声もする。

 

「やれやれ、野良仕事なんて何十年ぶりかのぉ……。あ~、ポーションが美味い」

 

「こら! ちょっと腰が痛いからってポーションを飲むな!」 

 

「ケチケチするな、アングラウス。儂は年寄りなんだぞ?」

 

 このカジットの物言いにブレインが「あんた、年寄りって歳じゃないだろ!?」と突っ込みを入れているが、これらを聞いたブルー・プラネットは指で頬を掻いてからモモンガに背を向けようとした。

 

「そんなわけで、当分はカルネ村に通いますから。皆さんによろしく~……あ、ギルメン会議やギルドとしての行動には参加しますので」

 

 そう言って肩越しに笑い、ブルー・プラネットはトウモロコシ畑の中へと姿を消す。

 

「ブルー・プラネットさん。幸せそうね~」

 

「ええ、本当に……」

 

 茶釜の呟きに、モモンガは頷きながら答える。そして、思うのだ。あの笑顔を守るために、あまり発狂の件で弄らないよう、タブラさんに言っておかなければ……と。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが一人……ベルリバーは、私室にて異形種化した状態でくつろいでいる。ユグドラシルでの現役時代、ゲームにおけるアクセサリーでしかなかった室内家具は、今では豪華極まる『実物』として存在していた。

 

(このソファとかテーブルとか、元の現実(リアル)で買ったら、どれくらいの値段がするんだろ~な~……)

 

 家一軒では済まない……どころではない金額を想像して、ベルリバーは溜息をつく。豪華な絨毯にシャンデリア、壁際の書棚に観葉植物。窓には幻術を付与した『外の景色』が映し出されており、青空や草原などが見えていた。

 とはいえ居心地は良好である。

 モモンガが、私室をゴージャスに設定しすぎたので落ち着かないとぼやいており、それを聞けば、理想の快適空間を設定した過去の自分を褒めたい気分で一杯だ。

 

(もうちょっと家具とかの価格帯を下の方に見て、落ち着いた感じにしても良かったろうが……。ま、モモンガさんの部屋よりはマシか……。それに……) 

 

 ベルリバーは、室内に居る三人の人物を見てみる。

 

「ベルリバー様! 紅茶が入りました!」

 

「ああ、そこに置いてくれ……」

 

 メイド服姿の青髪エルフが、指示のままにテーブルにティーセットを置いた。それにベルリバーが手を伸ばすと、寝室から金髪のエルフが出てくる。こちらもメイド服着用だ。

 

「寝室の清掃、完了しました。ベルリバー様」

 

「ああ、うん。お疲れ……いや、御苦労」

 

 ぎこちなく労いながら、ベルリバーは紅茶を飲む。危うく日本茶のノリで啜ろうとしたのは内緒だ。

 帝国に雇われたワーカー達によるナザリック侵入……もとい、訪問の後。チーム天武に所属していた三人の奴隷エルフは、全員がベルリバーの専属メイドとなっている。ベルリバーがペストーニャに命じ、切断された耳を治癒したことで感激したらしい。モモンガやヘロヘロ、それにペロロンチーノがニヤニヤしてるのは正直言ってウザイが、ベルリバーとて美人に慕われるのは悪い気がしない。なのでエルフ達の好きなようにさせている。

 ちなみに三人目の茶髪エルフは、ペストーニャの元で研修中だ。三人のエルフは、交代でペストーニャから指導を受けており、ベルリバーとしては「やってる内に覚えれば良いんじゃないの?」と言ったのだが、ペストーニャが譲らなかったのである。

 

(譲らなかったと言うか、俺が首を縦に振るまで説得し続けられたと言うか……。紅茶、美味しいな~……。しっかし、本物の紅茶を飲める日が来るとは……)

 

 ベルリバーは、元の現実(リアル)では、紅茶……という名の『色つき湯』しか飲んだことがない。ちなみに別売りの紅茶風香料は、魚型醤油入れ(ランチャームという)サイズでモモンガ……鈴木悟氏の月給一ヶ月分だ。それも、紅茶由来の成分は一切含まれないという粗悪品である。

 

(阿呆みたいな値段だったな~。俺は香料なしで飲んでたけど……。絵の具の水溶液を飲むのと、どっちがマシだったのかな~……)

 

 ともあれ、ナザリックで出される紅茶は最高だ。紅茶のみならず、口に入るモノは何でも超絶美味。このままでは太ってしまうかもしれない。だが、多少の暴飲暴食が、全身に口のあるベルリバーに影響あるのかどうか……。

 

(ないかも……。暴食のスキルとかがあるくらいだし……)

 

 そういった事を考えながら、ベルリバーはエルフ達に目を向ける。 

 彼女らには名前がつけられていた。本来の名はあったのだが、ベルリバーの元に身を寄せたことで、自分の過去との決別を図りたかったらしい。問題だったのは、ベルリバーに名付け親になって欲しいと願われたこと。自分は、モモンガよりマシなネーミングセンスを持っていると自負するところだが、それでも自信があるわけではない。ならば……と、タブラに頼んで一緒に考えて貰ったのだ。

 

(しかし、タブラさんめ……。たっちさんやタブラさんに見せられた映画なんかで、何が好きかとか聞いてくると思ったら……)

 

 普通に好きな映画名を答えたところ、それらの映画の登場人物から三人の名をつけられてしまった。

 

 青髪神官のエルフが、デルフィーヌ。

 金髪ドルイドのエルフが、フェリシタス。

 茶髪レンジャーのエルフが、スカーレット。

 

 タブラからは「ベルリバーさん、映画の好みが渋いですね」と言われたが、そうなったのはタブラの責任が大である。なお、たっち・みーに見せられた特撮映画のタイトルは口には出さなかった。嫌な予感がしたからであり、結果としては良かったと言えるだろう。

 こういった経緯から、ベルリバーが好きな映画……物語の登場人物から取った名だと説明したところ、エルフ達は三人とも大喜びしている。

 

「何だかな~。まあ、気に入ってくれたらなら良いんだけど。本当に何だかな~……」

 

 天井を見上げると、水晶飾りのシャンデリアが目に入った。飾られている水晶はガラスやプラスチックではなく本物だ。やろうと思えば宝石で飾り立てることもできたが、それはベルリバーの趣味ではない。

 

(豪華な私室に、美味い飯と酒。専属のメイドは、エルフ美人で、三人で~……か。やっべ~……駄目になりそう)

 

 これはモモンガに何か仕事でも用意して貰わないと……引き籠もってしまいそうだ。

 そう思いつつ、いつの間にか新たに用意されている紅茶に口をつけ……。

 

「……さっきと味が違うな。美味いけど……」

 

「茶葉を変えました! ペストーニャ様が、使いなさい……って!」

 

 妙に元気が良いデルフィーヌが、呟きに反応する。

 

「そうなの、茶葉をね……。そっか、そうだよな……紅茶って銘柄が色々あるんだっけ」

 

 当たり前のことだが、考えが到らなかった。

 どこまで貧乏性なのか。いや、これは元の現実(リアル)から来た人間なら、たいていはベルリバーと同じ反応になるのだろう。ベルリバーが特別に貧乏なのではない。

 

(たっちさんなら、色んな種類を飲んだこと……あるんだろうか?)

 

 ウルベルトの勝ち組嫌いが、ほんの少しだけ理解できたような気がする。もっとも、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンには、たっち・みーレベルの勝ち組は何人か居たし、それ以上の者も居た。それを思えば、たっちだけを意識するのは間違いなのだ。

 

(俺、ウルベルトさんに影響されてるのかな~……)

 

 茶菓子として出されたパウンドケーキを囓りながら、ベルリバーは「風呂でも行こうかな……」と考えている。かつてはブルー・プラネットなどと一緒に手を入れたスパリゾート・ナザリック。それが本当に入浴できる施設として存在するのだ。

 

「そうだな。一風呂浴びて、変な考えを洗い流しちまおう……」

 

 そんなベルリバーは、「お背中を流します!」と言うエルフ達を説得するのに苦労することになるのだが、この時の彼には知る由もないことであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 このように各ギルメンが思い思いの行動を取っている中、ペロロンチーノも余暇を過ごしている。今の彼は、シャルティア・ブラッドフォールンを抱きかかえて大空の散歩中だ。モモンガからは、遠くに行きすぎないように言われているので、ナザリック地下大墳墓の近辺にて飛び回っている。

 

「どうかな? シャルティア? シャルティアなら自分で飛べるんだろうけど……」

 

「さいっこうでありんす! ペロロンチーノ様!」

 

 抱きかかえられたシャルティアは、日傘を握りしめながら溶けそうな笑顔で答えた。ペロロンチーノは高速で飛行しているので、日傘にかかる風圧は相当なものだが、魔法で強化されているため壊れたりはしない。また、シャルティアの力が強いので、風に持って行かれることもなかった。

 

(シャルティア、可愛いな~。小さいな~。柔らかいな~。香水の匂いがたまらないな~……)

 

 異形種化したペロロンチーノは、獣人系のメコン川には負けるものの嗅覚が強化されている。本来であれば、この強風の中でも汗の匂いを嗅ぎ取れたろうが……残念なことにシャルティアはアンデッドなので、汗をかかない。

 

(にもかかわらず、冷や汗をかいたりはするんだよな~。ベッドでも汗をかくし……。不思議だな~……。……汗の香りを楽しむのは、そういった時でいいかな~……うん?)

 

 擦り寄ってくるシャルティアの感触を楽しんでいるペロロンチーノは、下方……地上で気になるものを発見した。

 ナザリック地下大墳墓の外壁正面門。その脇には、来訪者に対応するための受付棟が建てられている。タブラの趣味により怪しい雰囲気がする二階建て洋館だが、内部は空間が拡げられており、二百人程度なら楽に寝泊まりさせることが可能だ。現在は戦闘メイド(プレアデス)らが交代で受付嬢を務めている。

 

(玄関先に誰か居る? 二人?)

 

 おかしい……とペロロンチーノは思った。

 ナザリック地下大墳墓の周辺には(しもべ)が配置されており、近づく者は、ナザリックに到達する、かなり前から察知されているはずなのだ。そして察知された場合は、警備担当等に報告が行き、すぐさまモモンガやギルメンに知らされるようになっている。

 

(それが無いってことは、警戒網を擦り抜けてきたのか……。受付棟の前に立たれるまで、俺が発見できなかったってのも、大問題だよな)

 

 シャルティアと空中デートに興じて居たが、一応、スキルを使用し地上や空への注意は怠っていなかった。それすらも擦り抜けてきたということは、転移後世界の現地人のなせる業ではない。

 

「超位魔法とか課金アイテムとか使ったかな~? シャルティア、ちょっといい?」

 

 ペロロンチーノの声が、硬く真面目なものになる。それを聞いたシャルティアは、自分が粗相でもしたのかと顔を青ざめさせたが、ペロロンチーノが事情を話すと彼女も真面目な顔になった。

 

「侵入者でありんしょうか? 先の帝国ワーカーとは違って、本当の意味での……で、ありんすが」

 

「さてね~。でも、最初に発見した時点で、すでに受付棟前……と来たら、かなり出来る相手には違いないだろうね。モモンガさんに伝言(メッセージ)で連絡しよう。それと、地上に降りようか?」

 

 そして、シャルティアを前に出し、ペロロンチーノは後方支援として来訪者に接触するのだ。モモンガ達の到着を待ちたいが、どうせすぐに来るだろうし、受付棟内の戦闘メイド(プレアデス)に何かあったら大変だ。

 

(もうゲームじゃないんだから、蘇生すれば良いってもんじゃないしね~。戦闘メイド(プレアデス)の子達を、死ぬかどうかで相手の力量を測る道具にするとか……冗談じゃないよ)

 

 最後の方は口の中で呟きつつ、ペロロンチーノはアイテムボックスを確認する。主兵装たる弓……ゲイ・ボウは入れたままだ。最悪、受付棟を吹き飛ばす展開になるかもしれないが、戦闘メイド(プレアデス)を助けるためなら建物の一つや二つ惜しくはないのだ。

 

「さぁて、モモンガさんやタブラさんに『受付棟を壊してごめんなさい』って謝ることになるかな~?」

 




暑い……。
暑い時期、私室の片付けははかどらないので、クーラー購入の目処は立っておりません。
さて、何とか第82話を書き上げました。
この時点で、指先が疲労というかアレで、上手く打てなかったり……。

エンリと茶釜さんですが、アッサリ目で仲良くさせています。
ドロッとした女同士のバトルとか、書くの疲れるし……。
ニニャ、どうなるかな~
ンフィーレアが登場していますが、ネムと夫婦になるかは未定。

ブルプラさんは、転移後世界を満喫しています。 
当分、カルネ村から動くことはないのではないかと思います。

ベルリバーさん、快適生活に途惑い中。
エルフの名前ですが、

 青髪神官のエルフが、デルフィーヌ。
 金髪ドルイドのエルフが、フェリシタス。
 茶髪レンジャーのエルフが、スカーレット。

上から

『ロシュフォールの恋人たち』に出演したときの、カトリーヌ・ドヌーヴの役名。
『肉体と悪魔』に出演したときのグレタ・ガルボの役名、
『風と共に去りぬ』に出演したときの、ヴィヴィアン・リーの役名。

といった感じです。 

最後、ペロロンチーノさんが何やら事件に遭遇していますが
さて、誰が来たのやら……。


<誤字報告>
ハイヴァップさん、戦人さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第83話

 小さな雲が転々と流れていく青空の下 、二人連れが石畳上を歩いている。

 街道からナザリック地下大墳墓へと続く道であり、石畳を整備したのはモモンガ達だ。アウラ配下のドラゴンキンやモンスターを動員し、数日で完成させている。王国の領土内で、堂々と工事をしているわけだが、デミウルゴスによって支配事業が進んでおり、どこからも文句は出なかった。

 デミウルゴスなどは「王国にやらせても良かったんですがねぇ……」と不満そうにしていたが、シャルティアから「人間なんかに任せて、良い物ができるんでありんすか?」と言われて方針転換したのは彼自身。だから、『誰にやらせるべきか』の点で文句は出ても、そこ止まりというわけだ。

 

「いきなり、すっごい石畳に変わったね~」

 

 二人連れの片方、小柄な女性が相方に話しかける。

 背丈は王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のティアやティナぐらい。腰まで伸ばされた黒髪は、いわゆる姫様カットで纏められている。服装は、白で纏められた上着にスカート。茶色のロングブーツ。白い帽子を被っているが、幅の広い円形のひさしが特徴的だ。年の頃は十代後半に思えるが……。

 

「これって、王国がやってるのかな?」

 

「違うと思いますね」

 

 返事をしたのは、隣を歩く男。女よりも背は高いが、長身と言うほどの背丈ではない。

 (かすり)単衣(ひとえ)の着物と羽織に袴姿。いずれも皺だらけだったり、よれよれである。頭には形の崩れたお釜帽を被っており、白足袋と下駄履きなので、石畳を歩くたびにカラコロと音が鳴っていた。左手には茶色の革トランクを下げている。

 

「国策で道路整備をするなら、こういった道より街道の方が先ですよ。都市間の行き来や流通に関わりますから……。地元の有力者から申し立てがあって、部分的に整備したとも考えられますが、まあ、例の村で聞いた話じゃあ、まず無理でしょうね。エ・ランテルとの立地関係からして、やはり重要視すべきは街道の方です。そして、もう一つ……」

 

 男は足を止めると、その場でタップダンスのようなものを踊ってみせた。履いているのが木下駄なので、カラコロ音がリズミカルに流れる。

 

「すべての石のサイズが見た感じ均一で、きっちり組まれています。しかも、ぐらつきもしない。こんな施工、王国では無理ですよ」

 

 ここへ来るついでに知り合った商人から聞いたのだが、王都では主要な大通りですら地面が剥き出しらしい。国の顔である首都ですら、そういう状態では地方都市での道路整備などは無理だろう。

 

「帝国との紛争を毎年やってると聞きますしね~。道路整備なんかに回す資金がないんでしょうね。あるいは、インフラ整備なんかを軽視してるのかな……。よく持ってますよね、この国……」

 

「ふ~ん」

 

 男の説明に対し、女は気のない反応を示したが、すぐに表情を明るくして人差し指を立てた。 

 

「じゃあ、この辺の現地人には難しい道路工事なんだ? やっぱり、この先に居るのって……」

 

「エ・ランテルの冒険者組合で見た貼り紙が正しければ……ですけどね。やれやれ、情報が少ない中で動くのは良い気分じゃないですね」

 

 そう言って男が帽子越しで頭を掻くと、女は軽く握った拳を口元に当てて笑う。

 

「ふふふっ! その仕草……服装に似合ってて良いね!」

 

「そうですか? アイテムボックスに入ってる服で、強化魔法とかが付与されてるのがこれだけだったんですけどね。こっちの世界の店売り品は、今のところ普通の服しかないし……」

 

 彼の着ている服装一式は、ユグドラシル時代に購入した名探偵シリーズの一つだ。ギルド長から「推理力が凄いですね! 軍師と言うより、小説の探偵みたいだ!」と言われ、調子に乗って買った物だが……。

 

「引退時に使ってたメイン装備でも入っていればね~……。……入ってたとして、私のは人化した状態で着られるか解らないけど」

 

「でも、無いよりは良いじゃない。それに本当に似合ってるし!」

 

「それはどうも……。そちらの服装も良くお似合いで……。それとは別で、そちらはメインの防具一式が揃ってるそうで、羨ましい限りです。……しかし、私は元の現実(リアル)の時の姿で人化してますけど、そっちはオフ会で会ったときよりも若く見えますね。女性優遇ってやつですかね?」

 

 男がジト目で見るので、女は困り顔で舌を出した。

 

「それを僕に言われても困るよ~。でも、まあ若くなったのは嬉しいかな~。……僕だけ若くて、ごめんね?」

 

「くっ。可愛さで誤魔化すとは……。若返って破壊力が増してるな~…。む~……私の服装の話が出たから、聞きたかったことを聞きますけど。その服こそ、何でアイテムボックスに入れてあったんですか? ここまで何度か着替えてるから、種類違いで複数持ってるように思うんですけど?」

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 女は現在も同様だが、ユグドラシル時代は可愛い物に目がなかった。ギルドメンバーの女性仲間と、人間種のアバターに偽装して買い物に行き、「あれは可愛い!」「これは可愛くて良い物よ!」と、装備の性能度外視で買いあさったものだ。それらの何種類かが、アイテムボックスに入っていたのである。 

 

「残念なことに、メイン武器は入ってなかったけど。まあ、この転移後世界で彷徨いてるモンスターなら、殴って倒せちゃうし」 

 

「人化した、その姿でモンスターを撲殺してるんですから、絵面としては凄いと思いますけどね……。ユグドラシルの時に見せられた、フリフリドレスの半魔巨人(ネフィリム)というのも強烈でしたけど……」

 

 色んな意味で感心する……と男が溜息をついた。その横顔を女は面白そうに見ていたが、やがて少し不安そうな顔になる。

 

「ねえ……この先に、みんなが居ると思う?」

 

「さて、どうですかね? 私達を釣るための罠……って事もありますし」

 

「そっか~……」

 

 不安そうな顔に暗さが加味された。男は自分の見解で気を悪くさせたかと思い、慌てたが……その素振りを気合いで抑え込んで話を続けている。

 

「みんなが居れば最高ですし、騙ってる奴らなら退治するまでです!」

 

「そっか、そうだよね! モモンガさん達のことを騙る奴らが居たら、ぶっ飛ばしちゃう!」

 

 女は清楚な顔をほころばせ、ある意味で似合っているガッツポーズをした。

 

「その意気ですよ! やまいこさん!」

 

「うん! 頑張ろうね! ぷにっと萌えさん!」

 

 避暑地の令嬢のような服装のやまいこと、日本三大名探偵の一人……的な服装のぷにっと萌えは、仲良くナザリック地下大墳墓へ向かう石畳を歩み続けるのだった。

 

◇◇◇◇

 

 

 そして時間が経過し、ペロロンチーノがシャルティアと空中散歩に興じていた頃。

 ぷにっと萌え達は、ナザリック地下大墳墓の前に到着する。

 二人は懐かしい光景に目を奪われていた。

 

「ナザリックだ……。ぷにっと萌えさん、ナザリック地下大墳墓だよ!」

 

「本当ですね。本当にギルドホームも転移してきたのか……。外壁に盛り土してあるのは隠蔽しようとしたからなのかな? 盛り土の上を歩いて、外壁上部に取りつかれそうな気もするけど……。見た感じ、毒の沼地が無くなってるし……。仕方のないことなのかなぁ」

 

 ぷにっと萌えは、お釜帽を上から手で押さえつつ、ナザリック地下大墳墓を観察する。

 

(上空がガラ空き……に見えるけど、おそらく幻術でも展開してるのかな? 中に居るのがモモンガさんだったら、そうすると思うし……)

 

 ぷにっと萌えの中では、現ナザリック地下大墳墓の中にギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが居る可能性が高まっていた。しかし、推測だけで行動するのは危険だ。

 

「ギルメンの誰かが姿でも見せてくれたら、話は早いんだけどね」

 

 そう呟く、ぷにっと萌えの目に……ユグドラシル時代には無かった建築物が映る。モモンガ達が建設した受付棟だ。二階建てで妙に古びた感じがし、外壁にはツタなどが見える。

 

「あの無駄に怪しい雰囲気……。絶対にタブラさんの趣味が入ってるな……」

 

 そういう気がするだけだ……と、自分の中の冷静な部分が指摘し、それに押し負ける形で『仲間と合流できそうな事で喜ぶ感覚』が消えていく。

 事に当たっては常に冷静であれ。

 自分のモットーであるが、「素直に喜ぶこともできやしない……」と舌打ちしたい気分だ。

 

(ここまで、探知阻害の指輪と課金アイテムで誤魔化してきたけど。……どうする?)

 

 おそらく、二階建ての建物(受付棟)は、来客に対応するための施設だ。いきなりナザリック内に外部の者を招き入れたくないとのことだろうが、あの施設に行くのが正しい道筋だ……と、ぷにっと萌えは考える。

 

(弐式炎雷さんが居たら、分身体でも送り込んで様子を見るところ……。いやいや、自分はともかく、弐式さんがユグドラシルと同じ事ができるとは限らないじゃないか。願望偏重は負けフラグですよ……っと)

 

 作戦立案に希望や願望を加えてはならない。

 敵軍は、そこに居ないはずだから……。

 自分達の作戦に引っかかるはずだから……。

 そういった考え方は、負けフラグ構築の『餌』となる。

 

(弐式さん……とまではいかないだろうけど、エ・ランテルで冒険者でも雇ってくれば良かったな……) 

 

 やまいこと自分は一緒に異世界転移し、エ・ランテル近傍の集落に出現したが、住民から聞いたエ・ランテルに一度行き、冒険者組合でナザリックの情報を得たのである。

 もっと情報収集すれば、都市長経由でデミウルゴスに連絡がついたかも知れないが、やまいこの意向により、飛び出すようにエ・ランテルを出発してしまった。そして、その際、ぷにっと萌えの方でも、やまいこを強く説得することはしていない。

 

(自分も冷静さを欠いていたかな? ギルメンと逢えそうで浮ついてたかも? ……今からでもエ・ランテルに戻って、情報収集を再度するべきだろうか……。やまいこさんとは『騙り者は、ぶっ飛ばす』的に話してたけど、やっぱり危険は避けたいし……) 

 

 エ・ランテルまでは遠いが、自分達の身体能力なら苦にはならない。

 そうだ、そうしよう。自分一人だけならまだしも、女性のやまいこが居るのだから、安全策を採らなければならない。ここまで来ておいて、引き返すことを持ち出すのは心苦しいが……

 

「やまいこさん……」

 

 ぷにっと萌えは、お釜帽越しに頭を掻きむしると、振り向いて首を傾げているやまいこに話しかけた。内容は前述したとおり、エ・ランテルに戻って情報収集をやり直すというものであるが……。これを聞いたやまいこは、傾げていた首を更に傾げる。

 

「え? あの建物にお邪魔すればいいじゃない?」

 

「いや、罠の可能性もありますし……」

 

 おそらく、こうなるだろうなと思っていたぷにっと萌えは、一応の説得を試みた。話しながら「無理なんだろうな~」とも思うが、自分の性分からして言わざるを得ない。

 そして……。

 

「その罠を、あそこに入って確かめれば良いんじゃない! 大丈夫! メイン武器じゃないけど、ぶん殴れる道具は幾つかあるし! 相手が強くても、逃げるためのアイテムもあるから! そうそう、課金アイテムだってあるよね! だから、大丈夫!」

 

「ええ……」

 

 ぷにっと萌えは呻いた。

 これは無理だ……と彼は思う。何が無理なのか。

 こうなったやまいこを説得するのは、やはり無理ということだ。

 

(く~……ここに、モモンガさんが居ればな~……)

 

 あの気の良いギルド長なら、やまいこの説得を任せられたはず。

 

『無理に決まってるじゃないですか。やめてくださいよ、俺に振るのは~……』

 

 と、ぼやきつつ、やまいこの説得にかかったであろうモモンガの姿を幻視し、ぷにっと萌えは口の端で笑った。

 結局のところ……ぷにっと萌えは、やまいこに押し切られる形で二階建て建物(受付棟)を訪問することになる。後になって考えてみれば大正解の行動だったが、この時のぷにっと萌えは、万が一の事態にはやまいこだけでも逃がすべく、手持ちのアイテムを点検しながら策を巡らせていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ごめんください」

 

「たのも~」

 

 ぷにっと萌えとやまいこが、並んで受付棟の玄関扉を叩いている。丁寧に言ったのがぷにっと萌えで、時代がかった物言いをしたのがやまいこだ。

 中からは、「どうぞ、お入りください」と、感情がこもっていないような声が聞こえてくる。少女の声のようだが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に居たギルメンは、全員が社会人だった。そういうギルド加入規則なり制限があったのだ。だから、今の声はギルメンの声ではない。

 

(声優の茶釜さんなら声を変えられるか? いや……やはり、まずかったかな?)

 

 ぷにっと萌えは、ユグドラシル時代では感じたことのない緊張感を味わっていた。この転移後世界はユグドラシルの魔法がある。中世ファンタジー風RPGのような世界感……しかし、紛れもない現実だ。ゲーム感覚ではない、本当の命のやり取りがある。現地人の野盗などは軽く捻ることができたが、同じユグドラシルプレイヤー相手で自分の戦い方が通用するか……ぷにっと萌えは測りかねていたのだ。

 が、そんな彼の緊張をよそに、やまいこはドアノブに手を掛けて中へと入って行く。

 

「やまいこさ~~~~んっ!?」

 

「……え? やまいこ……様? え? でも、この気配……」

 

 慌てて追いかけた先は、どうやら受付のカウンターがある場で、そのカウンターの向こうで一人の少女が立ち、やまいこを見て硬直していた。その外見は非常に整っており、赤金色のストレートヘア。都市迷彩色のメイド服を着用している。

 この少女の容姿に、ぷにっと萌え達は見覚えがあった。

 

「ぷにっと萌えさん……。この子、戦闘メイド(プレアデス)じゃないかな? ほら、ナザリックの下の方に配置されてた……」

 

「あ~……居ましたね。やまいこさんとこの子は、ユリ・アルファでしたっけ? この子は……」

 

 やまいこの問いかけに、ぷにっと萌えが答えているが、格好が格好なだけに考える姿は探偵そのものである。もっとも、ぷにっと萌えの容姿は映画俳優よりも、お笑い番組で探偵の扮装をしていた男性に似ているのだが……。

 一方、受付の戦闘メイド(プレアデス)……シズ・デルタは「ぷにっと萌え様……本当に?」と呟き、再び人形のように固まっている。

 

「タブラさんのNPCだね!」

 

「違いますよ。ガーネットさんのNPCで、シーゼットニイチニハチ・デルタです。略称はシズ・デルタだった……かな? タブラさんのNPCは、アルベドやニグレドでしょ?」

 

 ぷにっと萌えが間違いを指摘し、反論しようとしたやまいこは、アルベド達の名が出たところで正しい情報を思い出したようだ。

 

「そっか、そうだったね! ええと、シズ? 今、喋ってたよね? NPCって会話機能があったっけ? まあ、いいや!」

 

「良くはなくて、けっこう重要なことですよ。NPCが会話してるんですから……」

 

 この、ぷにっと萌えの呟きをスルーしたやまいこは、なおもシズに対して話しかけている。

 

「僕達のこと解るかな? やまいこと、ぷにっと萌えさんだよ~?」

 

 カウンターに寄って手を突き、顔を寄せる。それをされたシズは、眼帯の掛かっていない右目を僅かに見開き、同時に背を後方へ反らせていた。

 

「やまいこさん。その格好じゃ、解らないと思いますよ? 私もですけど……」 

 

「あ、そうだったね! この格好じゃ解らないか~……」

 

 これは失敗! と、やまいこが舌を出したが、実のところ、ナザリックの僕達にとってギルメン……至高の御方は、特別な気配を放っている。それを感知できているので、目の前のやまいこ達がギルメンである事は確信しているのだ。

 そこに気がついていないやまいこは、ぷにっと萌えから指摘を受けたことで……装備を変えた。

 

「これでどうかな! 現役時代のメイン防具だよ~っ!」

 

「やまいこさん……。服装だけ変えても駄目でしょ? と言うか、その服……体格が違っても着られるんですね。見た目にサイズがピッタリなんですけど?」

 

 そう、やまいこは小柄な黒髪女性の姿で、装備を現役時のメイン防具へと切り替えていたのである。その防具は、主に半魔巨人(ネフィリム)の姿で着用していたものだが、サイズが自動調整されるのか、何の支障もなく着ることができていた。

 

「おっと! じゃあ……はい!」

 

 掛け声と共に『半魔巨人(ネフィリム)やまいこ』が出現する。

 

「あ、アアアア……」

 

 シズは無表情だが、カタカタ震え……もはやショート寸前だ。

 至高の御方が、新たに帰還した。しかも、獣王メコン川とベルリバーのように二人同時である。これがルプスレギナなどであれば、多幸感のあまり卒倒したかもしれないが、シズはオートマトン……自動人形だ。なので、比喩表現ではなく本当にショートしかけたのである。

 そして……そんなシズの危機的状況に、新たな『至高の御方』が投入された。

 

「シズ~? お客様でありんしょうか~?」

 

 先程まで、ナザリック上空に居たペロロンチーノである……が、受付棟に入ってきたのはシャルティア・ブラッドフォールンだ。「俺が先に覗いてみるから」と格好つけようとしたペロロンチーノを「危ないでありんすから……」と説得し、彼女が先に入ることになった。そのシャルティアも、カウンター前で立つやまいこを見て、目を見開いている。ついでに言えば、下顎が外れそうな程に落ちていた。

 

「や、ややややや、やまいこ様ぁああああ!?」

 

「ええっ!? 今、『やまいこ様』って言った!?」

 

 シャルティアを押し退けるのを躊躇ったのか、後ろから現れたペロロンチーノがシャルティアの頭越しに身を乗り出してくる。その顔をカウンターに向けたペロロンチーノは、下方のシャルティアとほぼ同じ表情になったが、残念なことに仮面着用のため、表情は見えていない。

 

「……はっ! おっと……」

 

 仮面下で我に返ったペロロンチーノは、一瞬、視線を下げてから朗らかに話しかけた。

 

「やまいこさんに、ぷにっと萌えさんじゃないですか! 俺です! 弐式炎雷ですよ!」

 

 自分を指差しながら放った言葉に、室内に居たシャルティア以外の者は固まる。そして、いち早く再起動したぷにっと萌えが、お釜帽の位置を直しながら下から覗き込むように口を開いた。

 

「ペロロンチーノさん……。今のは引っかけですか?」

 

「あ~、良かったぁ! 本物だった! 俺達、『至高の御方』の気配とか解らないもので……」

 

 ペロロンチーノが弐式炎雷と名乗ったのは、モモンガとタブラの指示による行動だ。受付棟に入ったのが、ギルメンの姿をしていた場合、今のように言うよう言われていたのである。

 

「あれで戸惑ったり、そのまま俺を弐式さん扱いするようだったら……シャルティアに清浄投擲槍(せいじょうとうてきそう)をブッ(ぱな)させて、シズをさらって逃げるように……って」

 

 清浄投擲槍はアンデッドに特効のあるスキルで、『やまいこ達を騙る何者か』の正体によっては効果が上下したであろう。しかし、これは見せスキルであり、いきなり清浄投擲槍を撃ってくるような相手、それを追うことを躊躇わせる狙いがあった。

 

「僕達、危ないところだったんだね~」

 

「ですね……。戸惑うだけで清浄投擲槍とは……」 

 

 仮にそうなっていたとしても、ぷにっと萌えは逃走用に課金アイテムの類を用意していたので問題なかったろうが……。

 更に聞けば、首尾良く受付棟を出られたなら、外で集合しているギルメン達と合流……建屋ごと粉砕する予定だったとペロロンチーノは言う。

 

「ここまで悟られずに来る相手なら、それぐらいやっても死なないだろう。後は情報を吸い出すだけって……モモンガさんが……」

 

「えげつないなぁ……。さすがはモモンガさん……」

 

 ぷにっと萌えは唸った。

 モモンガは、ぷにっと萌えのことを戦術等の師匠のように見ていたが、ぷにっと萌えに言わせれば、状況への対応力と決断力ではモモンガの方が上を行く。

 

「ともかく、上手い具合に皆さんと合流できたようで一安心です。モモンガさん達は外に居るんですよね? ……外に出ても?」

 

 ぷにっと萌えが確認したところ、ペロロンチーノは「どうぞ! どうぞ!」と、外に案内してくれた。その後ろを付いて歩くシャルティアが、満面の笑みを浮かべているのが微笑ましい。

 

「シズも、おいで? 僕達と一緒にね!」

 

 ぷにっと萌えの背後では、やまいこがシズを呼び寄せ、手を繋いで皆に続こうとしている。肩越しでぷにっと萌えが確認したところでは、半魔巨人(ネフィリム)に手を繋いで貰っているシズが伏し目がちになっていた。相手が相手だから怖がっているとは思えないので、恥ずかしがっているのかな……と推測する。

 

(なんにせよ一安心かな? あ、モモンガさん達から現在の状況について教わらなくちゃ……)

 

 やることは山程あって、忙しくなるな……。

 そう思ったぷにっと萌えは、(せわ)しなく頭を掻くと受付棟の外へ出て行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ぷにっと萌えさん! それに、やまいこさんも!」

 

 合流済みのギルメン。それをペロロンチーノを除いて全員招集したモモンガは、ペロロンチーノに続いて、ぷにっと萌え達が出てきたのを見て声をあげた。

 溢れ出る多幸感。爆発的な歓喜が……アンデッド特性の一つ、精神の安定化で霧散する。

 

「ぐぬぬ……。ならば人化だ! ……ぷにっと萌えさん! それに、やまいこさんも!」

 

「そこからやり直すんですね~……」

 

 カッ! と叫んで、手を差し伸べているモモンガを見て、すぐ隣りで居るヘロヘロが苦笑交じりに呟いた。ただし、モモンガが普段から、「異形種化していると戦闘力的に安心だけど、喜怒哀楽が沈静化されるので嫌だなぁ……」と、ぼやいているのを聞いている。このため馬鹿にするような気持ちは一切ない。

 

「モモンガさん。それに、ヘロヘロさんにタブラさん……弐式さんや建御雷さん。他にも……結構な人数が集まってますね。これで全員ですか?」

 

 あまり見ない着物姿のぷにっと萌えが確認してきたので、モモンガは首を縦に振った。

 

「ええ、ぷにっと萌えさん達を含めると十二人になります。ぷにっと萌えさん達は、いつ頃転移して来たんですか? それに、その着物は……ああ、いつぞや俺が『探偵みたい』って言ったときのアレですか!」

 

「うわ、覚えてるんですか……。いやあ、手持ちで強化付与のある服が、これしかなかったもので……」

 

 驚きながらも嬉しそうなぷにっと萌えが説明するには、二人は一緒に異世界転移し、エ・ランテル近傍の集落に出現したらしい。そこで住民から聞いたエ・ランテルに一度行き、冒険者組合でナザリックの情報を得たのだとか……。

 

「冒険者組合に、『ナザリック地下大墳墓をお探しの方。現在の所在地は……』って貼り紙を出してたでしょ?」

 

 それを発見したのはやまいこだったが、貼り紙を片手に駆け寄ってきて、ぷにっと萌えの腕を掴むや外へ飛び出したとのこと。おかげで、組合酒場での情報収集ができなかったと、ぷにっと萌えはぼやいた。「それは残念でしたね……」とモモンガは呟く。本当に残念だからだ。

 

「ナザリックを探しに来たり、アインズ・ウール・ゴウン……俺の通り名の一つですけど……それに用がある人が問い合わせてきたら、デミウルゴスに連絡が行くようになってたんですよ。受付嬢と話せてたら、もっと早く合流できてたでしょうね」

 

 モモンガが言い終えると同時に、彼とぷにっと萌えが、やまいこへ視線を向ける。それらの視線を受けたやまいこは、わざとらしく口笛を吹き出した。

 

「だって僕、知らなかったんだも~ん」

 

「え~と……立ち話もなんですから、ナザリックへ行きますか……」

 

 やまいこさんは相変わらずだな~……と苦笑しつつ、モモンガは<転移門(ゲート)>を展開する。ギルメン達は出現した暗黒環へと入って行くが、その姿を見送るモモンガは満足気に頷いた。

 

「俺の<転移門(ゲート)>に、ギルメンがぞろぞろ入って行く……最高すぎて泣きそうだ……」

 

 言ってる端から彼の頬を涙が伝い、落ちていく。

 そう言えば人化していたんだっけ……と手の甲で涙を拭い、モモンガは最後に暗黒環へと入って行った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「なるほど。ナザリック地下大墳墓を維持するため、資金調達を目的とした一国の支配ですか……」

 

 円卓へ移動した後、モモンガが現在の状況について説明を終えると、ぷにっと萌えは頭を掻いた。ちなみに、服装の元ネタである探偵のようにフケは落ちていない。

 円卓に居るのはギルメンのみで、今は全員が人化していた。

 

「ぷにっと萌えさん。それに、やまいこさんはどう思いますか?」

 

 そう言って質問するモモンガが気にしていたのは、実はぷにっと萌えではなく、やまいこの反応である。やまいこはギルメンの中でも正義感の強い人物で、こうと決めたら曲げない頑固さを持ち合わせている。今のところ王国の支配や、世界征服に向けての方針があってナザリックは動いているので、できれば「そんなことは止めようよ」などと言って欲しくないのだ。

 

「私は良いと思いますよ。無理な力攻めじゃなくて、内部から切り崩していくというのは好みですし……」

 

 ぷにっと萌えに関しては、半ば予想どおりの返答である。とはいえ、幾らか問題点を指摘されると覚悟していたモモンガは、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

(及第点ぐらいは貰えたかな~?)

 

 さて、気になるやまいこの反応だが、こちらも「それで良いと思うよ!」と肯定的だ。理由を聞くと……。

 

「転移後世界が元の現実(リアル)と違うのは、もう身に染みてわかってるからさ。野盗に襲われたりしたしね~。あと、転移したとき、近くにあった集落で王国の行政が酷いのは嫌って程聞かされたから……」

 

 やまいこが言う集落は、丸太の柵などで護りを固めている集落だったが、それでもモンスターや野盗の被害が絶えないらしい。王国どころか、エ・ランテルに頼んでも、軍隊はおろか冒険者すら派遣してくれないとのこと。

 

「冒険者には依頼料が必要だけど、国が動かないって言うのはね~……。ああいうのは、本当に嫌だよね」

 

 必要があって王国支配して、それで王国国民達の生活が楽になるなら、その方が良い……。そう言って、やまいこは笑った。

 

「小さな子がね……飢えて泣いて、それを抱きかかえてる母親が子供に泣いて謝ってる。僕はね、そういうのも大嫌いなんだ……。モモンガさんなら、そんな国造り……しないよね?」

 

 話し終わる頃には、やまいこの目が完全に据わっていた。今のやまいこは人化しているので、黒髪の綺麗な女性が睨んでいるようにしか見えない……が、発せられる圧が尋常でないため、メコン川やベルリバーが身震いした。

 モモンガは、どうだったかと言うと……。

 

「勿論です。政治が拙いから民草が苦しむというのは、可能な限り避けたいと考えています」

 

 やまいこの視線を真っ向から受け止め、力強く言い放っている。

 元の現実(リアル)において、モモンガは幼少時に母親を過労死で亡くしていた。そんな彼からすれば、やまいこの言ったことなど、彼女に言われるまでもなく承知している。

 そして、それは意気込みだけではない。

 ユグドラシルのアイテムや、転移後世界の現地勢に比べて強力なギルメン達。これらの力を結集すれば、理想の国家運営は可能なように思えていた。

 

(難しいことは山程あるだろうけど……そうか、そうだな。国を支配するなら、それぐらいできなくちゃ……。やらなくちゃ……)

 

 なんとなく目の前が明るくなったような気がしたモモンガは、元の世界へ戻る気があるかどうかといった、ギルメンが合流した際に行う質問を投げかけていくのだった。

 




新ギルメンとして、ぷにっと萌え&やまいこを投入。

人化してるときの姿は、ぷにっと萌えさんに関しては
若い頃に志村けんがやってた、全員集合の探偵コントがモデルです。
いわゆる石坂版の金田一耕助スタイル。

やまいこさんについては、茶釜さんの時に触れたように
原作のイメージとは茶釜&やまいこで逆にしています。
石畳上で歩いていたときの服装は、王国に乗り込んでブレインに爪切りされたときのシャルティア……の服装に近いですが、幾分大人しめのデザインです。

書いてる最中「エ・ランテルに寄ったら、ちょっと聞き込みしたらナザリックと連絡がつくんじゃね?」と思いまして
やまいこさんに暴走して貰いました。

円卓でのシーンは、実は書く予定が無くて
玉座の間でのギルメン帰還報告シーンにしようかと思ったのですが
一度、円卓で話すシーンを入れないと……と思い、本文のような構成になっています。

第100話までに完結しそうかな?


<誤字報告>

はなまる市場さん、X兵隊元帥(曹長)さん、サマリオンさん、
D.D.D.さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。
ちょっと今回、本当に余裕がないので
読み返しチェックが足りてないかもです……。




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第84話

「と、言うわけで……やまいこさん、ぷにっと萌えさん。俺達ギルメンには、異形種化と人化したとき、そして隠しパラメータみたいなもので、発狂に関する精神ゲージがあるようなんです」

 

 人化したギルメンらが見守る中、モモンガが『口頭』での説明を終える。モモンガからは、明らかに安堵した様子のブルー・プラネットが見えているが、敢えて触れはしない。モモンガにしてみれば、発狂時のブルー・プラネットの言動にカチンと来ていたものの、今では何も気にしていないからだ。更に言えば、ギルメン達も必要以上に弄るのは『単なるイジメ』と認識しており、モモンガと同様でブルー・プラネットの発狂状態については触れなかった。

 

「凄い!」

 

 説明を聞き終えたやまいこが、感心した目でモモンガを見てから、次いでぷにっと萌えを見た。

 

「ぷにっと萌えさんの言ったとおりだよ!」

 

「ほう? ぷにっと萌えさんは、この現象というか事態を把握されていたと?」

 

 モモンガは驚きつつ聞いてみる。ただし、驚いてはいるが意外だとは思っていない。彼にとって、ぷにっと萌えはギルドきっての知恵者。軍師と呼ばれた男なのだから。 

 一方で、ぷにっと萌えは肩をすくめている。

 

「自分の他に、やまいこさんが居ましたからね。私の言動が変になっているのは、やまいこさんの指摘で解りましたので、アイテムボックスに入れてあった精神安定系アイテムを装備しています。後は、装備したり外したりを繰り返して検証してました。……やまいこさんは、アイテム無しで平気だったみたいですけど……」

 

 皆の視線が、やまいこに向かう。

 やまいこはキョトンとしていたが、やがて舌を出して笑ってみせた。

 

「だって、平気だったし。特に精神安定のアイテムも使ってないけど……。……僕が変なの?」

 

 モモンガは「うっ、可愛い……」と呟きそうになったが、同じ部屋に茶釜が居るので唇を噛んで抑え込んでいる。

 

(と言うか……なんで、やまいこさんは若返ってるんだ? 茶釜さんも二十代ぐらいまで若返ってるけどさぁ。俺達、男衆は人化した姿が元のままなのに……なんか不公平? いやいや、今はやまいこさんが『精神的に普通に見える』件についてだ) 

 

 もう一度、モモンガはやまいこを見たが、至って普通であり、発狂している雰囲気などはない。

 

(ブルー・プラネットさんとは発狂のしかたが違ったり? 普段どおりに見えて、実は変になってるとかだったら……)  

 

 モモンガの背筋に悪寒が走る。

 ブルー・プラネット型の狂態は、本人にとって絶叫ものの黒歴史であるが、周囲の者にしてみると、悪い状態であるのが解りやすくて良いのである。だが、見た目に解らない状態で発狂されていたら、重大な場面で『事故』が発生するかもしれない。

 

「やまいこさん。嫌かもしれませんが、念のためです。精神安定系のアイテムは身につけておいて貰えますか?」 

 

「うん。わかった。モモンガさんが、そう言うなら!」

 

 思ったよりも簡単に了承して貰えたので、モモンガは肩の力を抜いた。が、ギルメン達の視線が自分に集中しているので、左右を見回す。

 

「な、何ですか……皆さん?」

 

 だが、誰も返事をしない。

 

(「どう思う? ペロロンチーノさん?」)

 

 突然、耳元で弐式炎雷の声が聞こえたので、ペロロンチーノは肩をビクリと揺らした。そして口元を手で覆い、(「弐式さん、いきなり声を飛ばさないでくださいよ。スキルですか?」)と囁き返す。

 

(「ごめんごめん。いやね、やまいこさん……モモンガさんの言うことに、随分と素直に従ってるじゃん? ひょっとして、モモンガハーレムに加入とか?」)

 

(「ええっ? おっと……いや、それはないんじゃないですか?」)

 

(「ほほう? ペロロン先生は違うと仰る? ならば、その根拠は?」)

 

 面白そうに言う弐式に対し、ペロロンチーノは小声であったがキッパリと言い放つ。

 

(「やまいこさんのモモンガさんを見る目。あれは友達を見る目ですよ。まあ、親しみはあるだろうから、親友ですかね?」)

 

(「へ~っ……」)

 

 自信を持って言うペロロンチーノを、弐式は感心しつつ見直した。この鳥は(今は人化中だが)、こんなにも色恋について自信家だっただろうか。もっとこう厨二病気味の、空気を読まない変態紳士ではなかっただろうか。

 

(シャルティアと毎日ベッドインしているそうだし、そういう感覚が鍛えられていくのかね~)

 

 ひるがえって弐式自身はどうかと言うと、ナーベラルとはまだ身体を重ねていない。デートまがいの外出は何度かしているのだが、そこ止まりなのだ。

 

(俺も……そろそろ一皮剥けるべきなのか?)

 

 そんなことを考えている間に、やまいこが茶釜とガールズトークを始め、再会の喜びや、先に転移後世界に来た茶釜はどうだったかを語り合っている。

 

「ふふふ、やまちゃん。私ね、モモンガさんと交際してるのよっ! アルベドとルプスレギナに続いて三番目だけど!」

 

「ええええっ!? ついに思い切ったんだ! しかも、交際に漕ぎ着けるとは大成功じゃない! おめでとーっ! って、モモンガさんの交際人数が凄い!」 

 

 茶釜が、モモンガ(彼氏)の居る前で交際報告をし始めたものだから、モモンガは顔が熱くなるのを止められなくなった。ここで男性ギルメンらの生温かい視線が飛んできたら、モモンガは両手で顔を覆っていたことだろう。しかし、タブラを初めとした男性陣は目を逸らしたり、そっぽを向いたりと、知らん顔を決め込んでいる。いったい如何したというのか。

 

(女同士で盛り上がってるのに、口とか挟めねーよ!)

 

 これは建御雷の感想であったが、それは他の男性ギルメンも同じであった。更に言えば、ここでモモンガをからかって茶釜の機嫌を損ねるのも怖かった。連動してやまいこも怒る可能性があることを思えば、触らぬ神に祟りなし……というわけだ。

 結局、茶釜達の会話が一段落したところで、モモンガが咳払いと共に、次の議題へ移行することとなる。

 

「あ~、ゴホン。では、恒例のギルメン帰還報告会について話し合いたいと思います」

 

 ギルメン帰還報告会とは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが、転移後世界で合流を果たした際、玉座の間に主だった僕を集めて報告することだ。最近では、獣王メコン川とベルリバーが帰還したときに執り行われている。

 ちなみにモモンガは、ギルメン帰還の都度、招集をかけることについて面倒だと思われていないか……と心配になったことがあった。そこで、第九階層の通路を歩いていた際、通りがかったデミウルゴスに確認したことがある。以前の報告会で、似たようなことを聞いていたものの、改めて確認したくなったのだが……。

 

「面倒などと恐れ多い! 以前にも申し上げましたが、至高の御方の帰還は、我らナザリックの僕の悲願! 無上の喜びだけがあるのです!」

 

 このように、真剣な顔で力説され、モモンガは「あ、うん……」としか言うことができなかった。念のためにアルベドとルプスレギナにも聞いてみたが、ほぼ同じ反応となっている。ルプスレギナなどは、対外的に『妖艶かつ真面目ぶる』際に使用する態度と口調であったため、モモンガは気圧されてしまったものだ。

 

「え~、そんなわけで、ナザリックの僕達が大変に喜びます。彼らの都合にもよりますが、今回も報告会は行いますので、やまいこさんと、ぷにっと萌えさんは参加をよろしくお願いします」

 

 このように締めると、ぷにっと萌え達は同時に頷く。

 ここで「え? 照れ臭いから嫌」と言われた場合、モモンガとしては困るので、すんなり話が纏まってホッとした。

 

(あとは、最終日にナザリックに行けなかった件で土下座……とか言い出さなければいいんだけど……)

 

 合流を果たしたギルメンには、モモンガと会った際に土下座をする者が居る。

 それはユグドラシルの最終日、「モモンガを一人きりにして申し訳ない、顔向けできない!」と思った者達が集っていた場で、弐式が提案した「みんなでナザリックに押しかけてジャンピング土下座しようぜ!」が発端なのだ。

 モモンガからすれば、気持ちだけで充分すぎるほどに嬉しいため、実際に土下座をされると逆に申し訳ない気分になってしまう。

 この時点でモモンガに対し、土下座を敢行したのはヘロヘロ、弐式、建御雷、タブラ、ブルー・プラネットの五人。

 土下座に成功したのは、ヘロヘロ、弐式、建御雷、ブルー・プラネットである。

 他のメンバーは、茶釜のように自身の信条から土下座をしていなかったり、ベルリバーやメコン川のように話題にも出さなかったりと様々だ。

 後日、モモンガは、ぷにっと萌えと、やまいこ……そして、ベルリバーとメコン川に対し、それとなく聞いてみた。全員が茶釜と同じで、相手……すなわちモモンガに申し訳ない気持ちはあれど、土下座は変に圧力をかけるからしないという回答を得ている。なお、メコン川がニヤリと笑って「じゃあ、今からでも一発……気合いのこもった土下座を~」とやり出したので、モモンガは慌てて止める羽目になるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……はい? あ、アインズ様!?」 

 

 ナザリック地下大墳墓、戦闘メイド(プレアデス)の待機室で居たユリ・アルファは、不意に接続してきた<伝言(メッセージ)>に応じた。そして、相手が『至高の御方』の纏め役、アインズ・ウール・ゴウンであると知って声を裏返らせている。

 同時に、同じ部屋に居たソリュシャン、ナーベラル、ルプスレギナ、シズ、エントマが直立不動となって、ギュルンと音がしそうな勢いで首を回し……ユリを凝視した。至高の御方からの<伝言(メッセージ)>となれば、内容を問わず最優先事項。ユリだけでなく、自分達も行動する可能性があるため、モモンガの声は聞こえずともユリの発言には注意しなければならない。

 

『うむ、私だ。実は……だな、この転移後異世界の現地人で新たにメイドを雇うことになった。種族は……人間だな。勿論、女性だ。名前はマイコ……と言うのだが……。今から向かわせるので、ユリに面倒を見て貰いたい。他の戦闘メイド(プレアデス)にも、よろしく頼む』

 

「アインズ様。その人間の新人メイドを、研修指導的に扱えばよろしいのでしょうか?」

 

 転移後世界における現地雇いの新人メイド。

 これは初めてのことではない。王国の王都でセバス・チャンが拾い……最終的にはナザリックで雇用することになった、ツアレニーニャ・ベイロン(通称はツアレ)が既に存在するからだ。

 

「へ~、また人間のメイドが増えるんすね~」

 

 少し離れた場所で立っているルプスレギナが呟いているが、すぐ隣のソリュシャンに「静かに……」と窘められている。

 

「了解いたしました。責任を持って指導しますので、アインズ様におかれましては御心配なく……はい、はい。それでは、失礼します」

 

 <伝言(メッセージ)>を終えたユリは、その場で深く一礼すると頭を上げて一息ついた。アンデッド……デュラハンのユリに呼吸の必要はないが、至高の存在との会話は極度の緊張を伴う。仕草のみとは言え、一息つきたくなるものなのだ。

 

「ユリ姉様。新人のメイドが来るのですか? それも私達、戦闘メイド(プレアデス)の指導を受けに?」

 

 ナーベラルが小首を傾げている。

 そう、考えてみればおかしな話なのだ。単にメイドとしての教育や指導を行うのなら、ツアレがそうだったように、メイド長であるペストーニャに任せるのが筋だ。なのに、今回の新人は戦闘メイド(プレアデス)であるユリたちに指導を任せるとアインズ……モモンガは言うのである。

 

「人間の女に、戦闘メイド(プレアデス)が務まるとは思えないわ……。一般メイドとしての教育指導で良いのでしょうけど……。何か……理由があるのかしら……」

 

 濁った瞳のソリュシャンも不可解そうにしているが、ユリは皆を見回しながら腹筋に力を入れた。

 

「アインズ様には深いお考えがあってのことなのよ。僕達は理解できずとも従い、与えられた任務を遂行するのみ。ともかく、その新人が来るのを待ちましょう」

 

 きびきびとした口調で言うと、戦闘メイド(プレアデス)達が表情を引き締めて頷く。一方、ユリは同じように気を引き締めていたものの、モモンガからの直接の<伝言(メッセージ)>に感動していた。ナザリックに存在する僕達にとって、最大の喜びは『ギルメンに構って貰うこと』なので、自分一人を指定して……ということになる<伝言(メッセージ)>を、ギルメンから貰うことは大きな喜びなのだ。

 ユリは妹たちに見えないよう、大きな胸に手を当てた。

 

(アインズ様からの勅命。命に代えても果たさなければ……。それにしても……)

 

 閉じていた目を開き、ユリは懐かしい気分に捕らわれている。

 

(マイコ……。あの方の、真のお名前と同じ……。僕の創造主様は……合流できる可能性が高いそうだけど……。早く、お目に掛かりたいな……)

 

「ところで……」

 

 ユリは、先程から黙ったままのシズに目を向けた。シズが口数少ないのは普段からのことだが、今の彼女は両手で自分の口を塞いでいる。

 

「シズは、さっきから何をしているの?」

 

「知ってることを話してはいけないと、アインズ様が……」

 

 もごもご言いつつ、シズは首を横に振った。あからさまに怪しいが、「アインズ様の名を出して言うのだから追及してはいけない」とユリは判断する。

 

「そうなの? であれば大任ね。頑張って務めなさい」

 

「わかった……」

 

 そう言ってシズが黙り込んだので、ユリは皆と共に新人を待つことにした。ふとシズから視線を逸らすと、ルプスレギナとナーベラルが「新人メイドは、どのような人物か?」について語り合っているのが見える。 

 ユリも気になるところではあるが、どうせすぐに来るのだ。戦闘メイドの取り纏め役としては、弛んでいる室内の空気を引き締めなければならない。

 パンパンと手を叩き、ユリは皆の注目を集めた。

 

「皆、新人が来るから気を引き締めなさい。先輩として、お手本になるような態度が必要よ?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルメン帰還報告会は、毎度のように玉座の間で執り行う。

 モモンガ達はアルベドとデミウルゴス、そしてパンドラズ・アクターに事前に知らせ、準備を任せていた。

 その間、極短い時間ではあったが、やまいこが行動している。

 戦闘メイド(プレアデス)の待機部屋に、現地雇いの新人メイド……として顔出しするサプライズを目論んだのだ。

 

「ユグドラシル時代の人化は、デフォルトデザインだったから。この顔を知ってるのは、オフ会で会ったことがあるギルメンだけなんだよね~。しかも、今の僕は若返ってるし~」

 

 通路を歩くやまいこは、お供として同行しているモモンガとパンドラズ・アクターに対し「ぬっふっふっ!」と笑ってみせる。

 偽装は完璧だ……とのことだが、ユリに新人メイドの名が『マイコ』と伝わっている時点で、すでに綻びが出ている。<伝言(メッセージ)>でユリに伝達したモモンガも、そこには気がついていたし指摘もしたのだが……やまいこが「大丈夫!」と言って取り合わなかったのである。

 

「まあ、ほどほどでお願いしますね。とは言え、探知阻害のアイテムに加えて、弐式さんから借りた気配隠蔽アイテムか……。支配者オーラは隠しきれると思うんですけど、それが僕……特に自身の制作NPCに通用するか。中々に興味深いですね」

 

 そう言いながら骸骨顔のモモンガは、やまいこのテンションが上がっていることが気になっていた。異形種ゲージや発狂ゲージ。それらを上手くバランス取りするためのアイテム類を、やまいこは装備しているはずだ。なのに彼女のテンションは高い。

 

(何か……あるのか?)

 

 いざとなれば、ナザリック地下大墳墓に集結しているギルメン全員に連絡を取り、やまいこを取り押さえる。あまりやりたくはないが、そのプランを考えていると、隣を歩くパンドラズ・アクターが何度か頷きながら呟いた。

 

「やまいこ様。楽しそうですね。ユリ殿と再会するのが、よほど嬉しいのでしょう」

 

「ああ……」

 

 そういう事だったか……とモモンガは、自分の心配が空回りであったことを悟る。やまいこはゲージ云々で変になっていたのではない。ただ、ユリとの再会が嬉しかったのである。 

 モモンガの位置からは、少し前を歩く黒髪のメイド……の後ろ姿が見えていた。調子外れな鼻歌を聴いていると、肩に入った力が抜けていくのを感じる。

 

「なあ、パンドラズ・アクター?」

 

「はい、アインズ様!」

 

 敬礼などはしないが、歩きながら背筋が一瞬伸びた。元々姿勢は良いので、反り返ると言った方が適切かもしれない。

 

「お前が、俺の人化した顔を知らないとしよう。その上で、今のやまいこさんのように、アイテム効果で俺が気配を隠したとして……。お前、俺の正体を見破れるか?」

 

 この質問に対し、パンドラズ・アクターは即答しなかった。

 

 カツカツカツカツ……。

 

 通路を歩き続け、数秒後に俯いていたパンドラズ・アクターがモモンガを見る。

 

「さすがに、ここまでの状態では難しいかと……。しかし……」

 

「しかし?」

 

「我が創造主であるアインズ様。貴方様を前にしたとき、私はアインズ様を感じずには居られないでしょう!」

 

「ふむ……ふむ、なるほど。そういうものか……」

 

「はい!」

 

 今のパンドラズ・アクターは、穴が三つ開いた卵顔だ。軍服にマント、軍帽を着用しているので、基本形である。その顔から表情は読み取れないが、確かな自信をモモンガは感じ取っていた。

 

「それは……何と言うか……。嬉しいものだな……」

 

 パンドラズ・アクターを黒歴史として認識していた頃だと、この言葉は出なかったに違いない。だが、異世界転移して月日が経過、パンドラズ・アクターと触れ合い語り合う機会は多くあった。今のモモンガは、父と子の間柄……と言うには、まだ照れがあるが、パンドラズ・アクターを大切に思っているのである。

 一方、このモモンガの発言を聞いたパンドラズ・アクターは声を弾ませている。

 

「光栄でっす! んんんアインズさまっ!」

 

「歩きながら敬礼すんなって言ってるだろ……」

 

 文句を付けるが腹は立たない。

 親子という認識は前述したとおり強くはないが、兄弟のような家族が居たら、こんな感じだったかも知れないな……と思いつつ、モモンガは歩き続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「失礼します! ぼ……私、今日からお世話になります……マイコです!」

 

 一人で戦闘メイド(プレアデス)の待機室に入ったマイコこと、やまいこは元気に言い放ち、お辞儀をした。前方にはユリ・アルファを始めとして戦闘メイド(プレアデス)が居並ぶのだが、頭を下げているやまいこはニヤつきが止まらない。

 

(うっは~! 部屋に入ったときに見たけど、みんな美人さんだよ~っ! 特に親の欲目かも知れないけど、ユリが一番美人~っ! やばい! 女の子同士のアレとかコレとか超苦手なんだけど、これは何と言うか……別腹! 別問題! 別カテゴリーだよーっ!)

 

 かつて、冗談半分ではあるが、茶釜がやまいこにモーションをかけた事があった。やまいこは、以前に同性から言い寄られたことでトラウマを持っており、元から百合関係に関心が無かったこともあって、このときは茶釜を振っている。

 

(「うわ、なにこれ。やまちゃん、超嬉しそーじゃん。傷つくわ~。ユリは私と同じ顔なのに……」)

 

 やまいこが入室した直後、モモンガを探していた茶釜(異形種化)が通りがかり、そのまま隠蔽アイテムを使用して交ざってきたのだ。今はタブラ作成の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)ポータブルで、室内を見物している。ちなみに、ナザリック内限定だが、音声も受信できる優れものだ。

 モモンガとしては「通路で何してるんだかな~」と思うが、ここまで来たら最後まで付き合うしかない。

 

(「ほんと、悔しいけど……やまちゃん、楽しそうね~。私とユリと、いったい何が違うって……まあ、色々と違うんだけど……」)

 

 友人と娘の如き制作物。

 これだけで、すでに大きく違う。

 

(「友情パワーも、親子の絆の前には無力なのね~」)

 

 よよよ……と、わざとらしく泣き崩れているのを、彼氏としての立場から放置できないモモンガは、頭を撫でる等して慰めようとした。だが……。

 

(ピンクの肉棒の頭頂部を、手で撫でていいのかっ!?)

 

 あまりに酷い絵面になると考え、差し出そうとした手の動きが止まる。ユグドラシルでやったとしたら、運営による垢バンの可能性が高い行為だからだ。

 

「うん? ああ、なるほど……」

 

 モモンガの硬直に気づいた茶釜は、即座に人化。二枚の大盾はアイテムボックスに収納しているので、長身の女戦士の姿でモモンガに擦り寄る。

 

(「これなら、撫でてくれる~? 慰めて~」)

 

(「うええ!? い、いいですけど……」)

 

 美人の二十代女性。それも交際相手の頭を撫でるという行為に、モモンガは精神の安定化を繰り返した。

 

(「俺も人化した方がいいのかな?」)

 

(「むふふ、(しゃ~わ)せ~。別に骸骨のままでも良いわよ。恋人に撫でられてることに変わりはないんだし~。あ、そうだ! いいこと思いついた!」)

 

 頭を撫でられて気持ち良さそうにしていた茶釜は、突然、表情を明るくするとモモンガから離れた。こめかみに指を当てているところを見ると、誰かに<伝言(メッセージ)>をしているのだろう。

 

(ラビッツ・イヤーで聞き取るか? いやいや、目の前でやるのはヤバいだろ!? って……普通に聞こえるし……)

 

 一瞬、盗聴を思い立ち「何を考えてるんだ俺は!」と断念したモモンガは、茶釜が普通に声に出して話していることに気づいた。隠蔽アイテムを使っているから室内のユリたちには聞こえないが、余りに堂々と<伝言>に興じているので、モモンガの下顎がカクンと落ちる。

 

(茶釜さんは……相変わらず、茶釜さんだな~)

 

 自分の恋人ながら感心してしまう。

 そして、茶釜が誰と何の話をしているかと言うと……。

 

「そうなの! 今来たら、モモンガさんが撫で撫でしてくれるのよ! あなたも来なさい! タブラさんは、そこに居る? ラッキー! じゃあ<転移門(ゲート)>してもらってね! 今すぐ!」

 

 話しているうちに気が乗ってきたのか、声の圧が増している。凄く悪そうな口調だ。

 

(しかも相手は……アルベドか……。恋人同士? 同士? え~と、俺の彼女同士で仲良くて大いに結構なんだけどさ~……。会話内容が……無条件で撫でるのを前提で話してるとか……) 

 

 内心で口を尖らせていると、すぐ近くで<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現する。中から出てきたのは、やはりと言うべきかアルベドだ。

 

「あ、アインズ様……。あの……ですね。茶釜様から、お話を……」

 

「皆まで言わなくてよろしい。……こっちへ……」

 

 モモンガが堂々と対応しているように聞こえるだろうか。違う、そうではない。あまりの展開に気が動転し、魔王ロールで話しているだけなのだ。一方、アルベドも「はぅうう! アインズ様に撫で撫で……。……いけないわ。無様な姿をご覧に入れては駄目よ。(わたくし)……でも、サキュバスとしての本能がぁあああ!」と、モモンガによる設定改変で生じた『精神の停滞化 ※モモンガ限定』で、交互に興奮状態と冷静状態になっている。だが、彼女だけが悪目立ちしたりはしない。何故ならモモンガも、精神の安定化を繰り返しているからだ。

 

「何と言うか……二人とも、難儀よね……」

 

 茶釜から呆れと同情の入り交じったコメントを貰いつつ、モモンガは近寄ってきたアルベドの頭に手を載せた。サラリとした黒髪の感触が、骨の指に伝わってくる。

 

「アインズ様。(わたくし)、幸せですぅ~」

 

「俺の方は、綺麗な女の人の頭を次々に触って……もう何が何やら……おっと」

 

 思わず本音を口走り、モモンガは口をつぐむ。だが、その音声は既にアルベドの鼓膜を揺さぶっていた。もちろん茶釜にも聞こえている。そして<転移門(ゲート)>の暗黒環から上半身を乗り出し、ハンディカメラ型のデータクリスタルを構えているタブラにも……だ。

 

「あ、アイ……モモンガ様が、(わたくし)を綺麗な女の人って……。ふ、ふええ……くっ、感涙して余韻を楽しめないというのは辛いわぁ……」 

 

 精神の停滞化が発生したようで、アルベドが口惜しそうにしている。その姿が、これまた可愛らしいのでモモンガは追加で頭を撫でてやったが、その彼に茶釜が寄って話しかけた。

 

「モモンガさん? 女性の好みのポイント一つに……黒髪ロングがあったわよね?」

 

「え? なんで知ってるんですか? まあ、そうなんですけど……。茶釜さんは、今の髪型が似合ってると俺は思いますよ?」

 

 モモンガがサラッと返したことで、茶釜は驚きの表情となる。

 

「そ~ゆ~ことを、狙わずに言うのがモモンガさんよね~。……破壊力凄いわ……」

 

「え? なんです? 俺、なんかしました?」 

 

 茶釜の呟きの意味がわからずモモンガがオタオタするが、手の届く位置で居たアルベドが半歩寄って下からモモンガを見つめた。

 

「な、何かな?」

 

「モモンガ様は、そういったことは解らないままで良いと、(わたくし)は愚考します」

 

「は、はい!?」

 

 ますます訳がわからない。

 混乱の魔法でも掛けられたかのようなモモンガをよそに「おお! アルベド、解ってるじゃ~ん!」と茶釜がサムズアップし、それを受けてアルベドが優雅に一礼している。

 放っておけば、このまま恋人同士三人でイチャイチャし続けていたかもしれないが、ここにタブラからの声がかかった。

 

「三人とも、室内が興味深いことになってると思うんだけど?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「マイコだっけ? 私、ルプスレギナ・ベータ。今日からビシビシしごくっすよ! 覚悟はいいっすか~? ミスをしたら折檻っす!」

 

 戦闘メイド(プレアデス)らが次々に自己紹介しており、今はルプスレギナが親指で自分を指している。先輩風を吹かしている相手が『至高の御方』だとは、まるで気がついていない様子だ。アイテムの効果が正しく発揮されていることを確認したやまいこは、ニッコリ笑う。

 

「はい! 頑張ります!」 

 

「良い心がけね」

 

 ルプスレギナの次に話しかけたのは、先に自己紹介を終えていたナーベラルだ。異世界転移が発生して暫くの頃は、人間に対する蔑視を隠そうともしなかったが、ペストーニャの『苛烈な再指導』を受けたことで、今では少々きつめながら普通に話すことができている。

 

「メイドとしての仕事を覚えることも大事だけど、何より優先しなければならないのは『至高の御方』のために全力を尽くすこと。他は一切合切、二の次よ。わかった? ミスしたら本来は死ぬべきだけど、最近は至高の御方が寛大だから……」

 

「は、はい……。……うわ~、重い~。みんなの苦労が偲ばれるよね~」

 

「今、何か言った?」

 

「いいえ、何も! それでは……まずは何をすれば良いのでしょうか?」

 

 誤魔化すように微笑みかけたが、この微笑みがナーベラルにとっては感じるものがあったらしい。気圧されるように小さく仰け反ると、少し頬を染めて「そ、それは……ユリ姉様に聞きなさい!」と投げた。この指示を受けてやまいこはユリの方を向くが、後方で「ナーちゃん、何赤くなってるっすか? そっちの趣味っすか? 弐式炎雷様がお気の毒っす」「そんなわけないでしょ! ただ、何と言うか……シズに通じる可愛らしさが……」といった会話がなされていたが、やまいこは敢えて聞かない振りをして、ユリを見上げた。

 

(ぐふ~……柔和な顔立ちのかぜっち(茶釜)って感じで、ドストライク~……。NPC作成に気合いを入れて本当に良かったよ~)

 

 女性同士の色恋に対する忌避感はあるものの、可愛いモノや綺麗なモノを愛でる乙女心は消えていない。更に、今はユリだけでなく他の戦闘メイド(プレアデス)達に囲まれおり、やまいこは幸せであった。

 が、そのやまいこの表情が曇る。

 目の前で立つユリ・アルファ。彼女が怪訝そうな表情で顔を覗き込んできたからだ。

 

「あ、あの……私が何か?」

 

「あなた……マイコ……という名だったわね?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「気づかれましたね。あるいは、センサーに引っかかったと言うべきでしょうか?」

 

 モモンガ達と共に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)ポータブルを覗き込んでいたパンドラズ・アクターが呟く。

 

「お前の言うとおり、創造主の気配には気がつくものなのだな」

 

「はい、アインズ様!」

 

 パンドラズ・アクターが言うには、マイコという名が切っ掛けらしい。やまいこの本名は山瀬舞子なので、名前をそのまま使用したのだが……。

 

「おそらく、やまいこ様の本名と似ている……そう思った瞬間、ユリ殿は違和感を感じたはずです。違和感と言いますか……創造主との絆感と言うべきですかね」

 

 それに気づくと、後は感じるままに創造主だと確信するに至る……とのこと。

 

「なるほど、興味深いですね」

 

 いつの間に暗黒環から出てきたタブラが、パンドラズ・アクターの説明を聞いて頷いている。

 

「今度、その絆感とやらを誤魔化せるようなアイテムを作ってみますか!」

 

 この場に、僕が二人居ること。それを微塵も気にしない物言いだ。

 モモンガも、さすがに乾いた笑いしか出なかったが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)ポータブルに映し出される光景が気になったので、視線を画面に戻した。

 そこでは……床に膝を突いたユリ・アルファが、戸惑うやまいこに縋り付いている。

 

「僕が、やまいこ様を見間違うはずがありません! 姿は違っても……いいえ! 他の至高の御方のように、人化されているんですよね! ねっ!?」

 

 瞳に涙を浮かべながら、ユリの口元は引きつった笑みで歪んでいた。

 肩を掴んで揺さぶられるやまいこは、ユリのあまりの剣幕に驚いていたが、やがて足腰に力を入れて揺さぶりに耐えると、ユリの両頬に手を添える。

 

「バレちゃあ仕方ないか……。と言うよりも、そんな顔をさせて御免ね?」

 

 そして異形種化。装備もユグドラシル時代に愛用していたもので揃えており、やまいこはナザリックの僕なら誰もが知る姿となった。

 半魔巨人(ネフィリム)

 その姿を目の当たりにしたユリの頬を涙が伝い落ちる。先程からも涙していたが、それまでの不安から来る狂気の涙とは違い、今流しているのは歓喜の涙だ。

 

「う、ああ、ああああ! やまいこ様! やまいこ様ぁあああ!」

 

 ユリが立ち上がり、再びやまいこに縋り付いていく。それをしっかりと抱き留めるやまいこ。実に感動的な再会シーンだ。

 通路のモモンガ達、そして室内の戦闘メイド(プレアデス)達。

 皆が二人の再会を喜び、やまいこ達を祝福していた。

 ただ、そんな中で二名、顔色の悪い者が居る。

 正体が知れる前のマイコ……やまいこに対し、先輩風を吹かせて大きな口を叩いた……ルプスレギナとナーベラルだ。

 




やまいこさんに焦点を当ててみました。
よそのオバロ愛読SS様とシチュエーションが被ってて
どうしようかと思いましたが、独自色が出せてるかな……。

この話でギルメン帰還報告会まで書こうかと思ってましたが、再会シーンに力を入れたので次回に持ち越しです。

ぷにっと萌えさんの出番もねじ込むつもりだったり。

ベル&メコの帰還報告会は省略しました。
関係NPCにルプスレギナが居るので、回想的にチョット触れるかも知れません。

<誤字報告>
Mr.ランターンさん、トマス二世さん、戦人さん、D.D.D.さん、
佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

いつも後書き書いてるあたりで、疲れ目で涙出てくるという……

あ、息抜きにオリジナルも投稿してるので、暇潰しにでも読んで頂ければ……。
ざまぁ系ですけど、追放する側を主人公にしています。いわゆる悪役転生系。


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第85話

「皆、良く集まってくれた!」

 

 世界級(ワールド)アイテム『諸王の玉座』に腰掛けたモモンガが口を開く。

 モモンガの右側にパンドラズ・アクター、左側にアルベド。この三人の両側、まず右方には弐式炎雷、武人建御雷、獣王メコン川、ベルリバーが立ち、左方にはヘロヘロ、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、ブルー・プラネット、タブラ・スマラグディナが立っている。

 モモンガを中心として、『現状の合流済みギルメン』が勢揃いだ。

 対面しているNPC等の僕達にとっては、それだけで感涙ものだろう。だが、今回のイベントはここからだ。

 

「毎度のことであるが……新たにギルメンが二名帰還した。実に喜ばしいことである! では、さっそく紹介しよう! ぷにっと萌えさん! やまいこさん! どうぞ!」

 

 告げられた名に僕達が(どよ)めき、モモンガの右方……ベルリバーの向こう側で、やまいことぷにっと萌えが出現する。響めきが歓声に変わった。僕達の中には戦闘メイド(プレアデス)も含まれており、やまいこの制作NPCであるユリ・アルファも居る。茶釜をモデルとした……元モデルとは違う柔和な笑顔で、頬に涙しているのが印象的だ。

 ……と、喜んでいるのは見て解るが、自らの創造主の帰還としては反応が大人しい。建御雷が帰還した際の報告会では、コキュートスが(立ったまま気絶したので)感動をあらわにしなかった。このことでシャルティアなどが激昂しかけたのだが、今回も一瞬、そのような雰囲気になりかけている。しかし、やまいこが次のように発言したことで、剣呑な空気は霧散した。

 

「あ、そうそう! ボクは、ユリや戦闘メイド(プレアデス)達と先に会ってるんだよ~……。ユリ~、後でお茶しようね~。他の戦闘メイド(プレアデス)の子も一緒に~」

 

 一応、式典の体を取っているのだが、やまいこは私語に興じており、これにはモモンガ達も苦笑を禁じ得ない。そして、ぷにっと萌えが咳払いと共に挨拶を始めた。

 

「え~……ぷにっと萌えです」

 

 こちらも異形種化しており、ヴァイン・デスと呼ばれる姿になっている。緑の草やツタが寄り合わさって、とんがり帽子を被った神官のような見た目。それは、かつてユグドラシルで見た『軍師』のままで、モモンガ達は「おお~」と声をあげていた。

 

「長らく留守にしていて申し訳ありません。しかし、こうして戻って来たからには粉骨砕身、ナザリックのために働こうと思います。『軍師』だとか言われてますが……正直、デミウルゴスには勝てる気がしません」

 

「そんな、私ごときが!?」

 

 許しなく発言したデミウルゴスに、僕達の視線が突き刺さる。だが、ぷにっと萌えはスッと手を挙げて場の空気を治めた。

 

「得意分野の違い……ですかね。よそのプレイヤーが来て敵対した場合などは、頭脳面での働きに関してはお約束しますよ。何しろ私は、プレイヤーとの戦いが得意なのです」

 

 対プレイヤー戦……あるいは戦術的な戦闘。

 この点において、ぷにっと萌えはデミウルゴスに後れを取る気はさらさらない。

 モモンガ達からは転移後の経緯を聞かされていたが、彼が思うに、デミウルゴスには戦闘面での経験が不足しているのだ。その他、相手を侮るというナザリックの僕に共通する欠点もある。

 

(同程度の戦力でデミウルゴスと模擬戦をしたら、俺が勝つだろうな……)

 

 最初、設定どおりの『最高の知恵者』としてデミウルゴスが存在するなら、自分はユグドラシル時代ほどに活躍できないのではないか。そう思っていたのだが、どうやらまだ活躍の場は残されているようだ。

 

(モモンガさん達と相談して、現状の合流メンバーでの最適な戦闘編成を考えてみようかな……。もう幾つか案はあるしね……)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』でやることは、昔も今も変わらない。得意分野の『頭脳働き』で頑張るのみだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 こうしてギルメン帰還報告会は、つつがなく終了。

 多くの僕達は退出し、元の任務に戻るように命じられた。

 玉座の間に残っているのは、モモンガを始めとしたギルメン。アルベドと、パンドラズ・アクター。階層守護者、セバス、戦闘メイド(プレアデス)となっている。

 

「え~……ルプスレギナとナーベラルに関して、両者から謝罪があるとのことです……」

 

 モモンガが言うと、事情を知らないペロロンチーノ、建御雷、ブルー・プラネットなどが居並んだままで顔を見合わせた。

 

「モモンガさん。ルプー達が何かしたんですか?」

 

 事情を知らないギルメンを代表してペロロンチーノが挙手する。

 ルプスレギナとナーベラルがしでかしたこと。それは、探知阻害や隠蔽系のアイテムを複数持ったやまいこが、人化して新人メイドとして戦闘メイド(プレアデス)の部屋にサプライズ訪問した結果……。制作NPCのユリとは感涙ものの再会を果たした。そこまでは良かったが、直前にルプスレギナとナーベラルが先輩風を吹かして、やまいこに大きな口を叩いたのだ。

 状況からすれば仕方のないことであり、モモンガ達の観点からすると咎めるべき事も何もない様に思う。しかし、ナザリックの僕的には大罪だったようで、モモンガや茶釜、それに当のやまいこが「かまわないから」と言ってるにもかかわらず、謝罪を申し出たのである。

 

「と、言うわけで……二人から謝罪があるそうです」

 

「ああ~……」

 

 疲れ混じりの呻きと共に、ペロロンチーノが挙げた手を下ろした。

 見れば建御雷とブルー・プラネットも、顔を見合わせて頷いている。ナザリックの僕達が、ギルメンに対する不敬等で気に病みだすと、中々落ち着いてくれないこと。それは皆が承知しているのだ。

 であるならば、いっそ好きなように謝罪させてガス抜きをすれば良い。その上でモモンガあたりが「うむ、以後は気をつけるように」とでも言えば良いのだ。何処が悪かったか等のアドバイスもできれば上々だろう。

 ただ、もう一点、気になるところがあるのだが……。そこはルプスレギナの創造主である獣王メコン川と、ナーベラルの創造主である弐式炎雷との三人で話し合い、モモンガは打合せ済みだった。

 

「さて、謝罪する二人に緊張を強いるのも問題だし、ここは人化して聞いてみるとしますか」

 

 モモンガが提案すると、「そうだな、それがいい」や「俺達、見た目が怖いですからね~……」といった声と共に、ギルメン達が人化していく。 

 モモンガの右方、パンドラズ・アクターの向こう……建御雷は、角刈りで強面の青年。こちらは筋骨隆々の身体に冒険者『タケヤン』としての戦士スタイルの装備だ。腰には大小二本の刀を吊っている。

 弐式は、服装こそ忍者スタイルのままだが、中身は茶髪の剽軽な若者。転移直後で生じた装備制限は、ナザリックの自室から取り寄せたアイテムで解決しているらしい。

 メコン川は、長刀を背負った和風甲冑の戦士で、これはワーカー隊に同行していたときは違う武装だ。刈り込んだ黒髪で、額には前髪がかかっている。ニヒルな笑みが特徴的な……実は、気の良いおじさんである。

 ベルリバーは、両方の腰に長剣を吊っている。いわゆる二刀使いのスタイルであり、魔法も使う魔法剣士としての冒険者スタイルを彼は採用していた。武器防具に関してはメコン川と同様で、ナザリック地下大墳墓の自室から取り寄せた物に換えている。容姿は、ウェイブのかかった黒髪の青年で、前髪で目元を隠しており、口元は気むずかしさを表現するように横一文字で結ばれていた。

 やまいこは、小柄な黒髪(お姫様カット)の女性。服装は……今回は、やまいことしての装備を着用している。モモンガ達からすればコスプレにしか見えないが、本人は気に入っているようだ。

 ぷにっと萌えは、金田一耕助スタイルの青年である。転移後の当初は、やむなく着用していたが……皆から『悪くない』と言われて気に入ったらしい。本人はコメディアン顔だと言うが、見ようによっては、美男子に見えなくもない。

 モモンガの左方、アルベドの向こう……ヘロヘロは、小太りした気の良さそうな青年。こちらは黒基調の道着着用で、武道家スタイルだ。黒髪を後頭部の下の方で縛っている。

 茶釜は、冒険者『かぜっち』としての女戦士スタイル。長身であるから、二枚の大盾を背負う姿が実に様になっている。ユリ・アルファのモデルになった彼女であるが、表情はユリと比べて基本的にきつめだ。

 ペロロンチーノは、こちらも姉と同じく冒険者『ペロン』としてのスタイル。派手な革鎧に矢筒と弓を背負っている。王都で冒険者働きをしていた頃とは違い、装備の類いは聖遺物級(レリック)に変更されている。この辺は茶釜やメコン川達と同じだ。気になる見た目は、オフ会で他のギルメンにも驚かれたが……結構な美青年である。普段の言動が色々と台無しにしているが、黙っていれば見目麗しいと言って良いだろう。

 ブルー・プラネットは、農作業服に麦わら帽子。ただ、室内なので人化するなり帽子は取っていた。この行為を見たやまいこが、慌てて帽子を取っているのだが、それはさておき……人化したブルー・プラネットは、岩のような顔つきの大男である。体格で言えば、建御雷より一回り大きい。

 タブラは、白髪をオールバックで纏めた、白衣の学者スタイル。医務室などで差し向かいに座ると、人生相談をしたくなる柔和な顔つき……なのだが、映画鑑賞中の表情は、熱中しているためか凄みがあったり怖かったりと印象が変わる。

 最後に中央で玉座に座したモモンガ。こちらはメイン装備と同じ色調だが、簡易版のローブを着用。顔立ちは鈴木悟のままである。

 

「俺は、普通顔ですからね~。これで、怖くないでしょう?」

 

 と自嘲すると、ペロロンチーノが「いやいや、モモンガさんは結構なハンサムですよ」と発言し、続いて茶釜が「黙れ弟! モモンガさんは、物凄いハンサムなんだよ!」と睨みを利かせている。

 

「ほ、褒めたのに……」

 

 弱々しいペロロンチーノの呟きに苦笑しながら、モモンガは咳払いをした。

 

「では、ルプスレギナとナーベラル。前に出るのだ、そして謝罪……思うところを述べるが良い」

 

(考えてみると、人化した顔で魔王ロールとかキツいな~……。人化中だから、精神の安定化が仕事してくれないもんな~)

 

 いっそ、悟の仮面を着用すれば良かったかとも思う。

 それなら仮面の下が異形種で良いわけだから、悟の顔で喋りつつ、精神的にキツい場合は精神の安定化が生じるのだ。もっとも、部下と面と向かって話をするのに、自分は仮面着用……というシチュエーションをモモンガ自身が嫌い、今回、悟の仮面の使用は断念していた。

 さて、前に出てきたルプスレギナ達は、前からギルメン、後方の広い範囲からは同僚や守護者の視線を浴びるという状況に緊張していたが、やがて二人で視線を交わしている。視線の意味するところは「どちらから先に謝罪するか……」だ。二人で声を揃えて謝罪できれば良いが、練習していたのならともかく、ぶっつけ本番で声を揃えるのは難しい。何しろ、何を喋るかの打合せすらしていないのだ。

 ただただ、至高の御方に対して謝罪の意を伝えたいだけ。後は自分の身がどうなろうとも構わない。それがナザリックの僕というものだ……という認識が二人にはあった。しかし、異世界転移後から今日までで、ほんの少しの違いが二人には生じている。その違いは、モモンガ達には把握できていたが、この『機会』に検証してみることとなったのだ。

 

(ルプー達を使って実験してるようなものだけど、意識調査みたいなものだし。メコン川さんと弐式さんの了解は取っているから……セーフだよな? よし、やるぞ!)

 

 内心で腹を括りなおしたモモンガは、まずナーベラルを見た。

 

「気持ちはわかるが、我々とて暇な身ではないのでな。では、ナーベラルよ。お前から始めるが良い」

 

「は、はっ!」

 

 更に一歩前に出たナーベラルは、弐式……面を付けたままなので表情の読めない彼を見てから、モモンガに対して跪き、胸に手を当てた。

 

「この度はやまいこ様に対し、知らなかったとはいえ、僕にあるまじき物言いをしてしまいました。この失態について、いかような罰でもお与えください……」

 

 モモンガが思うところでは完璧だ。

 少なくとも、以前のように「自害してお詫びします」などと言い出すより、百倍も素晴らしい。チラッと右方の弐式に目をやると、パンドラズ・アクターの向こうで右手を突き出し、親指を立てているのが見えた。弐式的にも今のナーベラルには満足な様子だ。

 さて、実はナーベラルに関しては、無難に謝罪できる要素が元からあった。彼女は以前、メイド長であるペストーニャに預けられて再教育を受けている。だから、モモンガ達は「大丈夫だろう」と思いつつ見ていたのである。

 問題なのは、ルプスレギナの方だ。

 モモンガ達が「何かしでかすたびに死ぬ死ぬ言うんじゃない!」と言っているのは伝わっているはずなので、大丈夫だと思いたい。だが、彼女は、創造主のメコン川が「駄犬で申し訳ない」と言うほどのスチャラカメイドだ。

 果たして、どうなるか……。

 

(本当に、どうなるんだ……)

 

 ナーベラルが元の立ち位置に戻って行く。それを見ながらモモンガは、ハラハラする胸を手で押さえたくなるのを必死で堪えていた。

 

「次、ルプスレギナ……」

 

「はい!」

 

 ナーベラルの時よりも少し重い口調で呼ぶと、ルプスレギナが元気よく返事をする。

 何やら勝ち誇った目でナーベラルを見ており、この時点で『やらかしそう』な雰囲気がモモンガ達には伝わっていた。

 そして、一歩進み出たルプスレギナは、先程のナーベラルがそうだったように、創造主のメコン川を見た後で……モモンガに対して跪く。

 

「この度はやまいこ様に対し、知らなかったとはいえ、僕にあるまじき物言いをしてしまいました。この失態について……この場で自害してお詫び申し上げます!」

 

 この発言に対する、僕達の反応は大きく分けて二種類だ。

 それでこそ僕たるものの在り方だ……と頷く者。

 その言い方だと、至高の御方のお怒りが……と顔を引きつらせる者。

 前者にはシャルティアやコキュートスがおり、後者にはデミウルゴス、アルベド、ソリュシャン、セバスなどが居る。基本的には後者派が大部分と言って良いだろう。

 では、モモンガ達、ギルメンはどうだったか。こちらは、一人を除いて「あ~……やっぱり駄目だったか……」という反応だ。だが、多くの僕の反応を見ていると、イイ感じで意識改革が進んでいる様子であり、悪くない……という思いもあった。

 問題は、例外たる一人……獣王メコン川氏の反応である。

 モモンガが、パンドラズ・アクター越し……弐式の時よりも、身体を前に倒して覗き込むと……。

 

「チッ……」

 

 舌打ちと共に、目つきを厳しくしているメコン川が見えた。

 口元などは、富士山のような形にひん曲がっている。

 

(はわわ……。メコン川さんが、お怒りだ……)

 

 見ているモモンガの額に、変な汗が浮いた。そのモモンガの視線に気がついたメコン川は、それまでの厳しい表情を一転、明るいものとし、笑顔で右の親指を立てると……下に向けて指し示した。

 

「なっ!? あっ……」

 

 この仕草を見て驚きの声をあげたのは、跪いたままのルプスレギナで、メコン川の下に向けられた親指を凝視している。すぐ隣で立つナーベラルは「馬鹿ね……」と呟いているが、おそらくルプスレギナには聞こえていないだろう。 

 

「あ~……二人の謝罪は受け取った。罰が欲しいのであれば、くれてやろうと思う。まずは、ナーベラル」

 

「はっ!」

 

 姿勢を正したナーベラルに対し、モモンガは告げた。

 

「至高の四十一人の一人たる、やまいこさんに対しての不敬な物言いは言語道断。知らなかったとは言え、許されるものではない。従って、そのような罪を犯したナーベラル・ガンマを戦闘メイド(プレアデス)の任に付けたままにしておくことは、はなはだ不適切だと考える。そこで一時的に、戦闘メイド(プレアデス)より解任し……」

 

 解任し……とモモンガが言ったところで、ナーベラルの肩がビクリと揺れたが、続くモモンガの言葉を聞いて目を見開くこととなる。

 

「……解任し、弐式炎雷さんの専属メイドとして配置換えを行う。期間は……一ヶ月とする。なお、これは弐式さんも了承済みなので、反論は認めない」

 

 創造主様の専属メイド……罰と言うより御褒美なのでは……。

 そういった僕達の囁きが聞こえたが、モモンガが咳払いによって封殺する。

 

「で、続いてルプスレギナ……」

 

「……はい……」

 

 こちらはナーベラルと違って、返事に元気がない。先程、メコン川を怒らせているので、口から魂が抜けたような状態なのだ。

 

「至高の四十一人の一人たる、やまいこさんに対しての不敬な物言いは言語道断。知らなかったとは言え、許されるものではない。従って、そのような罪を犯したルプスレギナ・ベータを戦闘メイド(プレアデス)の任に付けたままにしておくことは、はなはだ不適切だと考える。そこで一時的に、戦闘メイド(プレアデス)より解任し……」

 

 ここまではナーベラルと同じである。

 では、ここ先はどうなるのか。死罪か……それはそれで名誉だが……と各僕は思うのだが、モモンガの口から「死をくれてやる」的な言葉は出なかった。

 

「……解任し、ペストーニャに預けてメイドとしての再研修を受けるものとする。期間は一ヶ月とする。なお、これはメコン川さんも了承済みなので、反論は認めない」

 

「は、はひ……」

 

 ルプスレギナの声が裏返っている。

 モモンガは、ナーベラルが再研修を受けるにあたって、かなり辛い目に遭ったと聞いているが、モモンガ的には「死ぬよりはマシなんじゃないの?」という感覚だ。もっとも、ナーベラルの時は、何かしでかすたびに目の前で『弐式くん人形(※弐式のお手製である)』を、ペストーニャが抱きしめたり甘噛みしたりするので、ナーベラルとしては大変な精神的ダメージを被っている。

 後日、弐式の手により『モモンガくん人形』と『メコン川くん人形』が作成されてペストーニャの手に渡り、何か失敗するたびにルプスレギナが悲鳴をあげることになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 そして、後日……。

 

「その考えは、アインズ様達の好むところではありません。あ、わん!」 

 

 幾つかの質疑応答を繰り返していたペストーニャ・S・ワンコは、メイドの控え室……の一室で、特徴的な犬頭を横に振った。

 対するルプスレギナは、絶望により顔を青くする。

 

「ぺ、ペストーニャ様! なにとぞ、御慈悲を!」

 

「なりません。そして、ステイ! あ、わん」

 

 厳しい声によりルプスレギナの動きが止まった。その彼女に背を向け、ペストーニャはアイテムボックスより二つの人形……ぬいぐるみを取り出す。『モモンガくん人形』と『メコン川くん人形』だ。

 

「さて……今回は、どうしましょうかしら? わん」

 

「ううううっ……」

 

 涙目で唸るルプスレギナの前で、ペストーニャは閃いた……とばかりに口を開く。

 

「そうそう、ペロロンチーノ様から教わった特殊ジャンルがあるのだったわ! わん」

 

「へっ? ペロロンチーノ様?」

 

 ルプスレギナは怪訝そうにしているが、ギルメンが同じ部屋に居たとしたら、ペロロンチーノの名が出た時点で嫌な予感がしたことだろう。

 ペストーニャは、右手にモモンガくん人形、左手にメコン川くん人形を持つと、二体が会話するかのように揺らした。

 

「これより、至高の御方を『さん』付けで呼びますが、ペロロンチーノ様の他、アインズ様と獣王メコン川様の了承は得ています。では……こほん。あ、わん」

 

 咳払いしたペストーニャは、声を太くして……モモンガ達が会話しているかのように話し出した。

 

『何か御用ですか? メコン川さん?』

 

『いやな、モモンガさん。実は俺……前からモモンガさんのことが……」

 

「ふ、ふうぉおおおおおお!? まさかのカップリング! やべーっす~っ!」 

 

 先程までの暗い雰囲気は何処へやら、鼻息を荒くしたルプスレギナが『人形劇』に対して食いつきを見せた。その様子を見ながら、ペストーニャは二体の人形を近づけていく。

 

『モモンガさん!』

 

『いけない、メコン川さん! そこは……肋骨の隙間……』

 

「うっほぉおおおおおおお!?」

 

 ルプスレギナの興奮が最高潮に達した……そのとき、ペストーニャはサッと人形をアイテムボックスに収納した。

 

「不出来なメイドに、これ以上見せることはまかりなりません。わん」

 

「むぎゃーっ! 殺生っす! 続きを見たいっす! こんなこと、何回繰り返せばいいんすか~~~っ!」

 

 猛抗議するルプスレギナに、ペストーニャは呆れ口調で言い放つ。

 

「何回って……あなたが立派なメイドになるまでですよ。あ、わん!」

 

「そんなぁ~~~~~~っ!!」

 

 更なる後日……。

 この指導方法がモモンガとメコン川の耳に入り、ペロロンチーノが『マッチョマンで寿司詰めのプールに放り込まれる幻覚を見せられる』折檻を受けたほか、ペストーニャには「その指導は止めるように」との勅命が下されることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アルベド……楽しそうだな?」

 

 午前中の王国王都。

 冒険者……魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンとして歩いていたモモンガは、隣を歩くハーフヘルムの女戦士ブリジット……ことアルベドに話しかけた。

 

「それは、もちろん! ルプスレギナが研修中ですから……ふう……ではなく、久しぶりの二人行動だから、デートみたいなものだし!」

 

 途中で精神の停滞化が発生したようだ。

 アルベドは、モモンガによって自身の設定を『ちなみにビッチである。』から『モモンガを』に改編されており、モモンガについて何か考えると……この新設定に思考がリンクする。しかし、目的について記載が無いため、そこで思考が一瞬停滞するのだ。このため、アルベドの思考は冷静さを取り戻し、結果としてサキュバスとしての本能や過ぎた忠誠心が抑え込まれるのである。

 なお、ヘロヘロの見解では、例えば『モモンガを愛している。』と改編していた場合、アルベドの長大な設定項目には、すでに『モモンガを愛している。』が隠しメッセージとして盛り込まれているので、設定の効果が二倍以上で発動。その大きすぎ、かつ重すぎる愛ゆえに、アルベドが何をしでかしたか想像もつかない……とのことだ。

 後に合流したタブラは、ヘロヘロの見解に納得しているので、まさにヘロヘロの見解どおりの事態になった可能性が高い。

 

(いっそ、ビッチの設定のままが良かったのかな?)

 

 時折、そう思うモモンガであるが、アルベドと恋人同士になった今では、彼女が誰彼構わずベッドインする姿など想像するだけで吐き気がするのだ。

 

(いや、今のままで良いんだ。良いったら、良いんだ……)

 

 何故ならモモンガ自身、今のアルベドのことが好きで、彼女に愛されていることが本当に幸せだから……。

 

『私に好かれてるのは、どうなの? モモちゃん~?』

 

『アイ……モモンガ様! 私も、めっちゃ愛してるっすよ~っ!』

 

『ゴウン様……。私とデートのお約束……』 

 

『モモンさん! 僕もデートしたいです!』

 

(わたくし)、今夜は寝床を共に……ふう……』

 

(ううっ!?) 

 

 モモンガの脳内を複数女性の声が、幻聴となって通過していく。 

 茶釜、ルプスレギナ、エンリ、四人目はニニャだろうか。

 

「って、なんでアルベドの声まで!? あっ……」

 

 気がつくと、アルベドが顔を寄せていてモモンガに囁きかけていた。

 

「アル……ごほん、ブリジット……」

 

「ごめんなさ~い。だって、二人きりなのに、モモンったら心ここに在らずって感じなんだもの~」

 

 きゃっ! 恥ずかしい!

 と、アルベドのテンションが高い。先程の囁きの際、停滞化したらしいのだが、今は『精神の停滞化さん』がクールタイム中なのだろうか。

 

「ブリジット……。二人きりと何度も言ってますが……。私も居るんですけどねぇ?」

 

 うんざり気味の声は……モモンガ達の後方から聞こえた。

 アイテムにより最低限、人間っぽく姿を変えた(人化ではない)デミウルゴスが、二人の後ろを歩いているのだ。ちなみに、禍々しい悪魔仮面を着用中。

 その彼をアルベドが肩越しに振り返り、一言言い放つ。

 

「あら、ヤルダバオト。居たの?」

 

「ええ、居ましたとも。一緒にナザリックを出たでしょうが……」

 

 不満たらたらのデミウルゴスは、歩きながら肩をすくめた。

 『ヤルダバオト』というのは、レエブン侯等の王国側重鎮と交渉を行う際の、デミウルゴスの偽名だ。

 そして今日の二人……ではなく、三人の目的地は王城である。

 来たる帝国の決戦において、ナザリック勢が参戦するにあたり、事前に国王や六大貴族に顔見せをしておくべき……となったので、モモンガ達が出向くことになったのだ。

 デミウルゴスは「アインズ様に御足労願うのは、僕として不出来の極み……」と恐縮していたが、モモンガ自身は「え? 必要なら行くよ?」と、本音は嫌だったが部下の手前格好つけている。ギルメンに関しては、建御雷などが「おっ? 営業か? モモンガさん、頑張ってな!」などと言い、他のギルメンも同調したことで今回の出張決定となっていた。

 アルベドはデートだと言って喜んでいるが、この時点で王都には大量の僕が姿を隠して潜入しており、万が一の事態には、それらを盾として撤退する予定である。

 

(展開によっては、玉座? 王座? とにかく王城の謁見の場へ、ヘロヘロさん達を呼びつけることもあるだろうし……。ふ、ふつ、普通に……話をすれば……ばばば……)

 

 モモンガは、緊張で胃がどうにかなりそうだ。

 こういう時は、アンデッド体の『精神安定化』が欲しいのだが、「緊張をほぐすために、異形種化します」という姿を、アルベドやデミウルゴスに見せたくはない。悟の仮面も、封印だ。ルプスレギナらの謝罪の時と同じで、誤魔化しなしの頑張りを(しもべ)……この場合、特にアルベドに見せたいのである。

 なので、モモンガは酸っぱいものを飲み下しながら耐えていた。

 

(え~と、おさらいしておこう。王様に会って挨拶して……帝国とは、どんな風に戦うかを説明すればいいんだよな? 第十位階魔法とか、超位魔法で良い感じのを見繕って……王様達に決めて貰えば良い。そんな感じだよな?)

 

「モモン? 王城が見えてるけど、貧相な感じよね?」

 

「うむ……」

 

「支配した暁には、徹底的な改装が必要かしら?」

 

「うむ……」

 

「帰りには、城下の飲食店で『二人きり』の食事なんかいいかも?」 

 

「うむ……」

 

「きゃっ!? やったわ!」

 

 謁見でのプレゼン内容の精査。それで頭が一杯のモモンガは、基本的に生返事ばかりだ。そこに、ブリジットとしての願望をねじ込み、了承の言質を得たアルベドは、拳を握りしめて喜んでいる。

 この様子を後ろから見ていたデミウルゴスは「アルベド……。調子に乗りすぎですよ……」と力無く頭を振るのだった。

 




 次回、デミウルゴスによる「は~、軍勢を引き連れて……の方が、断然効果的だったんですけどねぇ」との愚痴が……。
 今の時点で、モモンガさんは貴族内定者であって、貴族ではありませんので。『軍勢』は見送りです。
 
 ルプーとナーベに関しては、失態役を逆にしても良かったのですが、ペスの『躾』を受けたときのリアクションが、ルプーの方が書きやすかったので、ああなりました。
 ナーベラルでも書けたと思いますけど、躾内容は同じでもスポ根風になったと思います。

 今回、良い機会なので、ギルメンの人化した姿をおさらいしてみました。
 正直、茶釜さんとやまいこさんの容姿は、逆の方が解りやすかったかな……と思うのですが、まあ、書いてて楽しいので……。

 ペロロンチーノさんには、いつも感謝しています。
 ……次の折檻を考えておかなくちゃ……。
 そうだ、感想とかで良いアイデアがあったら採用するかもしれません。
 
 平行して書いてる、オリジナルの方。
 次の2話分ぐらい、湿っぽい話になるので、盛りあがらないかも……。
 3話同時掲載と化した方が良いのかもな~。

<誤字報告>

Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第86話

「ん? 一般の入場列に並ばなくて良いのか?」

 

 ヤルダバオト仮面着用のデミウルゴスが、貴族用の受付門へ誘導していくので、モモンガは首を傾げた。ブリジット……アルベドは「当然よね~」などと呟いているので、これで良いらしいのだが……。

 

(見るからに冒険者っぽい風体の俺とアルベドが……デミウルゴスも居るけど、三人連れで馬車が並んでる方へ歩いて行くもんだから。一般列からの視線が痛いったら……)

 

 よく見ると、列をなす貴族用の馬車、その窓からも視線が飛んできている。

 これはナザリック地下大墳墓で、僕達から向けられる敬愛や忠誠の視線ではない。好奇心からの視線だ。

 

(悪目立ちしてるってことじゃないかーっ! ど、どうしたらいいんだ~~~っ!)

 

 顔だけは平然としているが、額を伝って落ちる汗は滝のごとし。

 ここでモモンガが、絶望のオーラⅠでも発していたら、周囲の人間達は恐怖のあまり視線を向けるどころではなくなっていただろう。だが、今のモモンガは人化中、アンデッドの種族スキルは使用できない。

 

(このままでは、俺の胃に……胃に穴が!)

 

 ここはポーションでも飲むしかないのか。しかし、精神的苦痛から生じる胃の痛みを、ポーションでどうにかできるのか。いや、元の現実(リアル)では胃薬があったから、ポーションで何とかなるのでは。

 とりとめも無く考え続けていると、何やら前方が騒がしい。モモンガが視線を向けると、貴族用の通用門から誰か出てきたようだ。細身で長身、金髪の男性。きらびやかだが下品ではない衣服を身に纏っている。それが兵からの言葉に耳を傾けるや、モモンガ達を見て歩き出した。いや、小走りに近いと言っていい。

 

(俺達に用か? 周囲の兵が……いや、一番前の馬車から顔出してる貴族が驚いてるな。……ひょっとして、かなり偉い人? って、レエブン侯じゃないか!?)

 

 モモンガは胃痛が更に酷くなったような気がする。

 

(なんで偉い人が外に出てくるんだよ? 営業の俺には、担当レベルで十分でしょ!? あ、今の俺って、組織のトップだったわ……。ギルメンの取り纏め役って、そんなに偉い人だったのか……。知らなかったな~……。あははは……)

 

 内心で現実逃避しても、時間は流れていく。

 部下を二人連れたエリアス・ブラント・デイル・レエブン……エリアスが、現実逃避している間にモモンガ達の前まで到達していた。

 

「王城へ、ようこそ! アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

「ああ……レエブン侯。今、列に並んでいるところで……。あっ……」

 

 モモンガは自分が、そして随行のアルベドが冒険者装束であることを思い出す。ここへ来るまで冒険者として行動していたのは、軍勢を連れての移動でない以上、目立たない格好が良いだろうと考えたからだ。

 

(出発前にアルベドが、「その方が気が楽だよ……とタブラ様が……」って、言ってたのもあるけどな……)

 

 加えて言えば、モモンガ自身が『一般入場者』の列に並ぶつもりだったこともある。

 ナザリックの代表とはいえ、自分は一般人であるという感覚が抜けていないのだ。

 

「ゴウン殿? どうか……なさいましたか? 中へ御案内しますが?」

 

 怪訝そうにエリアスが問うので、モモンガはバツの悪い思いで笑みを浮かべた。

 

「いやなに、目立たないよう冒険者の格好で来たのだが、城に入ってから着替えようと思っていたのでな。……あの貴族用の通用門から入れば良いのかな? と言うか、並ばなくて良いのかね?」

 

 言いながら「しどろもどろだな……」と思うが、エリアスは「並ぶかどうか」という質問が気になったらしい。ハッと気づいたような顔になると、瞬時に接客の顔に戻って言う。

 

「え、ええ。そのとおりです。ゴウン殿を、お待たせするわけにはいきませんので。これより、謁見前の控え室に御案内します。着替えなどは、そこで……」

 

 控え室を用意と言うが、モモンガとしては門をくぐって人目が減ったら、装備スロットから設定した装備に変更するだけのことだ。なお、今回使用するつもりの装備は、神器級(ゴッズ)ではない。今装備している、冒険者活動用より上等な……聖遺物級(レリック)のものだ。

 

(神器級のフル装備だと、両肩の骨アーマーがね~……。この顔と合わないと言うか……)

 

 アルベドや他の僕達には別な意見があるだろうが、とにかくモモンガは、自分の本来の顔には似合わないと思っている。

 その他、魔法詠唱者(マジックキャスター)のイメージ及び武装として『杖』が必要だから、モモンガは道中、冒険者活動用の杖を持っていた。この現地レベルで言えば破格に上等な杖も、装備チェンジ後は宝石をあしらった聖遺物級(レリック)に持ち替えとなる。

 

「では、こちらへどうぞ……」

 

 エリアスに案内されるまま、貴族用の通用門へと向かい……背後で門が閉じるや装備チェンジ。モモンガの装備が格段に上質なものとなった。先に述べたとおり、上から下まで聖遺物級(レリック)である。 

 これにはエリアスも、部下の二人……どうやら戦士らしい……も驚いていたが、より驚いたのは女戦士ブリジットが、守護者統括アルベドの姿になったことだろう。ブリジットがアルベドであることはデミウルゴス経由で通達済みだったが、実際に見ると……見た目の点で驚くらしい。

 

「ふう。ハーフヘルムとは言え、頭を押さえつけられているようで窮屈なのよね。あと、腰回りも……」

 

 腰の黒翼をパタパタさせているので、普段の姿に戻ったのが快適なのだろう。

 

「おおおおお……」

 

 解き放たれた天上の美貌に、エリアスと部下の二人は見入っている。更に言えば、門内で行動する兵士なども見入っていた。

 

「そして、俺達は空気か……」

 

「ですね……」

 

 モモンガはホッとしながら、デミウルゴスは憮然としながら呟く。モモンガは、必要以上に注目を浴びなくて良いので安堵したのだが、デミウルゴスは「アルベド(あなた)がアインズ様より目立ってどうするんですか!」と立腹しているのだ。

 

「……アルベド」 

 

 周囲に一般人や冒険者が居ない。なので偽名のブリジットではなく、本名をデミウルゴスは口に出した。その苛立ち混じりの声を聞いたアルベドは、自身の失態に気づき、モモンガのところまで二、三歩の距離だが小走りに寄ってくる。

 

「……ふう……。も、申し訳ありません! アインズ様! 守護者統括の(わたくし)が、アインズ様よりも目立ってしまうなど……」

 

 停滞化が発生したのか、アルベドはキビキビと謝罪した。もっとも、モモンガとしては「いいぞ、もっとやれ!」状態だったので、多少ガッカリしながら謝罪を受け入れている。

 

「ああ、うむ。気にすることはないぞ? ええと……あれだ、つまらない注目は浴びたくはないのでな」

 

 そう言ってしまってから、モモンガは「しまった!」と後悔した。アルベドが「つまらない注目を浴びていた」と言ったも同然だからだ。

 

(ひょっとして嫌味に聞こえた!? 上司の俺より目立ちやがって! ……みたいな感じで!? 違う、違うんだ~っ! 今のは魔王ロールが入ってただけで、他意はないんだーっ!)

 

「はううう……。アインズ様、お優しいです……」

 

「はっ?」

 

 実際に頭を抱えるわけに行かず、表面上は平然と……しかし、内心で苦悩していたモモンガは、突然の『優しい』発言に硬直する。見れば、アルベドはウルウルした瞳でモモンガを見つめていた。

 

(わたくし)の失態を、その様に……。いえ、聞き流して頂ければ幸いです。それでは、ヤルダバオト? 控え室とやらに案内して貰いましょうか?」

 

「……承知しました……」

 

 やれやれとでも言いたげなデミウルゴスが、指で眼鏡位置をなお……そうとして、仮面に指を当て、溜息をつく。

 

「それでは、レエブン侯?」

 

「承知しました、ヤルダバオト殿!」

 

 エリアスがデミウルゴスに一礼し、部下の男達に何事かを言いつけた。

 一人は、モモンガ……アインズ・ウール・ゴウンの入城を報告するために走り出し、もう一人はエリアスと共に、モモンガ達を案内していく。

 

(お城、お城か……)

 

 モモンガは一瞬だけ青空を見上げると、見上げたままの視線を正面でそびえ立つ王城……ロ・レンテ城に向けた。

 

「営業先の……本社だ……」

 

「……?」

 

 アルベドには解らないようだが、元営業職のモモンガとしては重要事項である。

 ここから先、王国の支配に向けて上手く舵取りできるかは、モモンガの手腕にかかっているのだ。

 

(緊張するな~。出発前、デミウルゴスから「アインズ様の、お望みのままにしていただければ幸いです!」とか言われたときは、胃に清浄投擲槍の直撃をくらった気になったけど……)

 

 小用を足すと言って離れ、ぷにっと萌えに<伝言(メッセージ)>で相談したところ、彼の見解では、ほとんどの根回しはデミウルゴスが済ませているはず……とのこと。

 

『出来レースって奴ですかね? モモンガさんが普通に頑張れば、何てことはない様になってるはずです。あ、でもデミウルゴスの主目的を考えると、イベント要素が付加されてるのかな? まあ、ちょっとしたスパイスですね!』

 

 その『ちょっとしたスパイス』が何なのか、ぷにっと萌えは教えてくれなかった。

 

『だって、デミウルゴスの仕込みを、ここで話すわけには……。って、タブラさんも言ってるし。とにかく頑張って!』

 

 その言葉を最後に<伝言(メッセージ)>は切られている。

 どうやら、ぷにっと萌えは自分の見解をタブラに聞かせて、チェックして貰っていたらしい。

 

(軍事方面では自分、人の観察ではタブラさん……。得意分野の違いだって、ぷにっと萌えさんは言ってたっけ。しかし……)

 

 モモンガは帰還報告会でのぷにっと萌えの言葉を思い出した。

 

(デミウルゴスに勝てる気がしないとか、よく言うよな~。俺じゃ理解できないデミウルゴスの行動を、読み取ってる感じだし……)

 

 それが出来るのは、デミウルゴスの超理解力の足を引っ張る、『人間蔑視と傲慢』から生じる隙を突いているだけ……と、ぷにっと萌えは言うだろう。タブラと相談していることも大きい。しかし、デミウルゴスの考え等を読んでいるのは確かなのだ。

 やはり、ぷにっと萌えは凄い。

 『軍師』の帰還を実感できたようで、モモンガは気分良く城の中へと入って行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そして、謁見の間。

 国王……ランポッサ三世が座する玉座の前で、モモンガは跪いている。

 両脇には貴族が並んでいて、レエブン侯の姿も確認できた。彼が居ると言うことは、その周辺に居るのが六大貴族らしい。玉座の近くには王国戦士長のガゼフ・ストロノーフがおり、モモンガを見て機嫌良さそうに微笑んでいた。モモンガも知った顔、それも好感を抱いている人間を見たことで口元が弛んでいる。 

 しかし、その笑みも王の周辺に注意を向けたところで、横一文字に引き締められた。

 玉座の向かって右方に、三人の人物が居る。

 男性二人に、女性一人。この三人の立つ場所は、王の傍らでこそないものの、同じ高さ。明らかに他の貴族とは地位が違う。そしてモモンガは、事前にデミウルゴスから渡された資料……似顔絵等により、この三人について把握できていた。

 

(王様から、向かって右……やたら体格の良い男が、第一王子のバルブロ。真ん中で居る小太りの青年が第二王子のザナック。一番端で居る、とんでもないレベルの美少女が第三王女ラナー……だったかな? 他に第二王女が居るはずだけど……そう言えば、資料に無かった気が……)

 

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは、剣腕こそなかなかのものだが、貴族至上主義で平民のことを重く考えない。それ故かどうか領地を持たされておらず、為政者としての実力は未知数だ。弟妹に対しては、頭脳面で自分が劣ると認識しているようだが……肉親の情は薄い。

 ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、兄のバルブロとは対照的に武に秀でていない。代わりに頭脳面で優れ、国を思う心も王族に相応しいレベルで備えている。兄に対してはともかく、妹に関しては自身を上回る知謀に脅威を感じ、不気味に思っているものの……親族として気にかけている部分があった。

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフについては、デミウルゴスが『特筆すべき』と評するほどの知謀の持ち主である。その分、人として欠けたり歪んだ部分を持つが、デミウルゴスやアルベドは些細なことだと認識していた。子飼いの兵士、クライムに懸想(執着レベル)しており、彼とは(飼い主と犬の関係的に)添い遂げたいと考えている。

 報告書を読んだだけの感想で言えば、モモンガとしてはザナックあたりと仲良くできれば良いな……と考えていた。一人の男としては、ラナーの美貌に気が向くのだが、美人は間に合っているし、精神的に怖い部分があるのでは関わり合いになりたくないのである。

 

「陛下……」

 

「ああ、うむ。そうか……」

 

 侍従、あるいは宰相のような存在か、一人の老人がランポッサ三世の傍らに寄り、耳打ちした。ランポッサ三世が気怠げに頷き、老人は離れて行ったが……。

 

(今のお爺さん、誰だっけ? 重要な人?)

 

 モモンガにしてみれば、もはや周囲の人間の着ている服がどれもこれも同じように見えてしまう。緊張していることもあるが、元営業職であるのに顔の判別だってついていない。事前に予習してきた人物以外は『へのへのもへじ顔』にしか見えないのだ。 

 

(あ~、早く終わらせて帰りたい。気分転換に、王都冒険者組合で依頼でも見繕って、アルベドと冒険に出かけるのもいいかもな~)

 

 人は……本意ではない仕事の場に放り込まれると、事の最初から帰りたくなるという……。

 今のモモンガが、まさにその状態であったが、そんな彼にランポッサ三世が声をかけた。

 

「面を上げよ。そなたが、噂に聞くアインズ・ウール・ゴウンか?」

 

「はっ、お初に御意を得ます。カルネ村の北東にて、勝手ながら住みついております……魔法詠唱者のアインズ・ウール・ゴウンと申します。本日は、帝国との戦いの前に御挨拶に伺った次第です」

 

(面を上げよか……。何だか新鮮だな~)

 

 普段はナザリックの(しもべ)に対して言っている言葉を、自分が言われる。そこに面白味を感じたモモンガは、メコン川ばりに口の端を持ち上げそうになるのを堪えていた。

 一方、モモンガの右後方のアルベドと、左後方のデミウルゴスは、双方が激しい怒りを堪えるのに難儀している。その我慢は、にやけ顔になるのを軽く堪えただけのモモンガと違い、途轍もない労力を二人に課していた。

 

(うぎぎぎ! ……ふう……。も、モモンガ様に対して……ふう……。お、おも……面を上げよ、ですってぇええええ!? ……ふう……。一億回の惨殺刑でも足りないわね!)

 

(私が計画して、アインズ様とは打ち合わせ済みの……下からの口上。それは良いのです、アインズ様が御納得の上ですから……。ですが! アインズ様に対して、お、おも……面を上げよ、とは……。想定内とはいえ忌々しい! 私が守護する第七階層で、溶岩風呂での湯治させたいくらいです! ああ、ウルベルト様! 私に平常心をお与え下さい!)

 

 この怒りっぷりで、顔には出していないのだから大したものである。

 ただ、二人の我慢をモモンガは把握していた。

 出立前、タブラから「基本、ポーズとはいえ下手に出ることになるし、相手は上から物を言うけれど。それって、アルベド達の精神的負担が大きいと思うんだよ。だから、早めに切り上げてやってね」と言われていたからである。

 

(おお、やばい雰囲気が背後から……。言われて注意してたから気づけたけど、やはり早めに切り上げるべきだな。うん……)

 

 本日の予定は、謁見の間での挨拶と、帝国との戦いの後の……報酬について確認するのだ。その過程で、魔法詠唱者としての実力を披露する必要があるとも、タブラ達からは言われている。

 

(また、デモンストレーションか~。何回目なんだろうな~。<転移門(ゲート)>で王都近くの街道に移動して、魔法を幾つかブッ放せばいいんだよな?)

 

 王国では魔法詠唱者の地位が低く、貴族間で蔓延る常識としては『手品師』扱いだとか……。魔法が実在しない元の現実(リアル)なら話は別だが、この転移後世界では馬鹿な考えだとしか、モモンガには思えない。

 

「ふん、連れている女の美貌は大したものだが、所詮は手品師よ……」

 

「魔法使い如きに、我らを呼び集めるとは……。陛下も御歳を召されましたな」

 

「あのような下賤の詐欺師に、領地と爵位を与えようなどと……。正気の沙汰とは思えませぬ……」

 

 中堅層の貴族らが(さえず)っており、人化中とはいえ聴覚が強化されたモモンガには全て聞き取れていた。

 

(お~、予想どおりの反応! しっかし、自分達の王様……社長が呼んだ客に、聞こえるように悪口言うとか正気か? 王様に恥かかせてるんだけど、そこを理解できてないのか? 回り回って自分達の値打ちも下げてるんだけど……。あと、国の評価も落ちてるか……)

 

 腹が立つよりも心配してしまう。もっとも、貴族達にしてみれば、自分の発言で自分が恥をかくという思考は埒外なので、言い終えた後は皆が得意げな顔をしていた。ただ、中堅貴族は人数が多いため、モモンガに対する悪口は絶えない。このままではアルベド達の忍耐に限界突破が生じるので、そろそろ誰かが叱責するなどして欲しいのだが……。

 

(王様は……駄目か。何だか口をモゴモゴさせているし……。息子さん達は……。ウワァ、第一王子がニヤニヤしてるじゃん。駄目だこりゃ。第二王子が渋い顔しているのが救いっちゃあ、救いかな~)

 

 貴族達の物言いが、何処までデミウルゴスの仕込みかはモモンガには解らない。しかし、『アドリブ』だった場合は、後で酷い目にあうんじゃないか……と、他人事ながら心配していると、力の籠もった声が謁見の間の空気を震わせた。

 

「皆、口を慎め! ゴウン殿は陛下が招待した客人であるぞ!」

 

 ランポッサ三世ではない。エリアスの声でもない。

 その声は貴族派閥の筆頭として知られる、ボウロロープ侯が発したものだ。つまり、王家の権力低下を望む派閥のリーダーが、王の呼んだ客の肩を持った図式であり、それまで囀っていた貴族らは目を丸くして口をつぐんでいた。視線を転じると、ランポッサ三世も驚いているし、第一王子バルブロなどは口を大きく開けて驚愕している。

 

(え~と、第一王子……バルブロ王子の奥さんって、ボウロロープ侯の娘さんだっけ? じゃあ、バルブロ王子は貴族派閥寄りってことだから、そりゃ驚くか……)

 

「ゴウンよ、皆が失礼をしたな。私からも詫びさせて貰おう……。すまなかった……」

 

 玉座から立ち上がるでもない、頭を下げるでもない。

 ランポッサ三世は言葉のみで謝罪したが、上に立つ者が過剰に下手に出ては舐められる。そのことをモモンガは(ユグドラシル時代の他ギルドとの交流で)知っていたので、相手方の事情に一定の理解をした。

 

「いえ、陛下の御言葉、もったいなく……。では……」

 

 自分は、庶民育ちも良いところなので、畏まった喋り方をしていると口の筋肉がつりそうだ。営業トークなら何とかなるだろうが、それをここで使うわけにはいかない、ましてや魔王ロールも論外である。

 可能な限り言葉を選びながら、モモンガは話を続けた。

 来たる帝国との戦いでは、魔法詠唱者としての力を尽くし戦うこと。その戦果によっては、爵位と領地を約束して貰っていることを心より感謝している……と、その様なことを述べている。

 総じて、ランポッサ三世に対する敬意が見て取れる態度(モモンガにしてみれば、営業先の社長さんと話してる感覚なので、当然の態度)であり、居並ぶ貴族達も満足した様子だ。……訂正しなければならない、貴族派閥に属する中堅貴族達は、面白くなさそうにしている。

 

(自分達の代表格……六大貴族の中の……貴族派閥の人達が、大人しくしてるのにねぇ……)

 

 デミウルゴスの話では、六大貴族のどうしようもないメンバーに関しては『王派閥か貴族派閥であるかを問わず教育済み』だそうで、帝国に情報を売るなどしていたブルムラシュー侯(王派閥)、内政力が壊滅的に駄目なリットン伯(貴族派閥)については、後日に長子等へ代替わりさせるつもりらしい。

 その意味ではボウロロープ侯も危なかったそうだが、指揮官としての能力がガゼフより上なので、保留になったのだとか……。 

 

(……で、バルブロ第一王子が、今も俺のこと、キッツい目で睨んでるんですけどっ!?)

 

 社長さんの息子で重役。そのポジションであるバルブロに嫌われているのは、営業活動中の身として辛いのだが、ここだけデミウルゴスが手抜かりをしたのだろうか。

 

(まさか、これがぷにっと萌えさんの言ってたスパイス要素だとか? ひょっとして中堅貴族の人達も!?)

 

 だとしたら、そんなスパイス要素はモモンガ的に不要なのだが……。

 バルブロ達については、何処かで攻略できる目があるのだろうか。そういった事を意識の隅で考えつつ、モモンガは説明を終えた。

 

「ゴウンよ。つまり、そなたは、この場に居る我らを……魔法で遠く離れた荒野へ転移させることが可能だというのか? そして、その場で第六位階を超える魔法を見せてくれると?」

 

「そのとおりでございます」

 

 モモンガが肯定したので、ランポッサ三世は信じられないと言いたげに首を横に振ったが、王子達を見るとラナーはニコニコしたままであり、ザナックは目を見開いて驚いている。バルブロに関しては……。

 

「馬鹿も休み休みに言え! いや、むしろ馬鹿を言うな! ここに居る全員を、遠く離れた場所に転移!? できるわけがない! そして第六位階を超えた位階などと、大言するにも程があろう! 我らは、子供向けのおとぎ話を聞きに来たのではないぞ!」

 

 苛立ちを隠そうともしない。

 父親が、それも国王が話をしているというのに割り込んでくるなど、常識的に考えてあり得ないのだが、バルブロはまったくの自然体で怒鳴っていた。つまり、この割り込み発言が許されると信じて疑っていないのである。

 

(レエブン侯が顔面蒼白だ……。義理の親父さんの、ボウロロープ侯は……あ~あ、怒ってるぞ~。……第一王子様、大丈夫なのか?) 

 

 モモンガが視線を向けた先では、ボウロロープ侯が苦虫を噛み潰したような顔になっており、「娘をやるんじゃなかった……」と小さく呟いている。王派閥側では白髪の老人……ウロヴァーナ辺境伯が、嘆息しつつ首を横に振っていた。

 

「あの……バルブロ殿下……。今は、陛下がお話し中ですので……」

 

 控えめな声で美青年……六大貴族中で最も歳の若いペスペア侯(王派閥)が苦言を呈しているが、彼自身は貴族達に推薦される次期国王候補。そのペスペア侯の発言が、王位継承のライバルであるバルブロとしては面白くなかったのだろう。適当に言い訳でもすれば格好がついたかもしれないのに「ふん!」と鼻を鳴らして顔を横に向けている。

 

(なんか、不快を通り越して痛々しい……)

 

 そして相手にするだけ時間の無駄と判断したモモンガは、一連のやり取りには触れず、ランポッサ三世に進言した。

 

「……陛下。(わたくし)めの魔法能力につきまして、やはり実証が必要と思われますので……。さっそく、<転移門(ゲート)>にて皆様と移動したいのですが……」 

 

「ふむ……。愚息の為に気を遣わせてしまい、すまないな」

 

 ランポッサ三世が、まず謝罪する。それで居合わせた貴族達がざわめくのだが、それを視線で黙らせた彼は話を続けた。

 

「さっそく、そう……さっそく、そうしたいのだが、ここに居る者達の中には、いきなり荒野へ出向くには服装を変えた方が良い者もおるだろう。暫し休憩を挟み、再びこの場で集合し……それから……というのはどうかな?」

 

「仰せのままに……」

 

 それもそうか……と、モモンガは思う。同時に、その休憩の時間の中で、色々と相談したいんだろうな……とも考えていた。

 

(御提案につきましては後日に回答させていただきます……的なことを言われなかっただけマシか~。訪問した日にデモンストレーションができるなんて、ラッキーだよ!)

 

 元営業職として手応えを感じたモモンガは、アルベドとデミウルゴスを連れて機嫌良く謁見の間を出て行く。そして、その後ろ姿をランポッサ三世がジッと見つめていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて、ゴウンはあのように言っていたが……。皆の意見を聞きたい」

 

 モモンガに言ったまま皆を着替えに行かせるのではなく、ランポッサ三世は貴族達から意見を聞き出そうとしている。多くの貴族は、「ここが自分の存在感を示す機会!」と考えたようで、口々に発言した。ほとんどの者は、モモンガを「手品師風情が大言を吐きおって!」と憤っていたが、ランポッサ三世と六大貴族は白けた目で反モモンガ派の貴族を見ている。

 実のところ、ランポッサ三世は意見を聞きたかったのではなく、デモンストレーション前の貴族達の反応を見たかったのだ。

 

(ゴウンの魔法で度肝を抜かれてからだと、本質が見えない……か。ウロヴァーナ辺境伯とボウロロープ侯……派閥別の者が意見を一致させたのには驚いたが……。確かに、そのとおりではあるな……)

 

 モモンガのデモンストレーションにかこつけて貴族にふるいを掛ける。

 これはウロヴァーナ辺境伯ら、二人からの進言を事前に受けたことによるが、見もしないモモンガの実力を貶す貴族達の愚かさは、ランポッサ三世を大きく失望させていた。

 

(貴族……貴族か。この者達の、いったい何が(とうと)いのだろうか……)

 

 今日まで、各派閥に配慮して放置していたが、ここは大ナタを振るうべきではないか。彼の帝国の鮮血帝を見習うべきではないか。そうランポッサ三世は考え始めていた。

 

(これまでは不可能だった。儂の優柔不断と、落ち込んだ王家の力では無理だった。しかし、ゴウンの力がレエブン侯から聞いたほどであるのなら。そして先程、ゴウン自らが言ったほどであるのなら! 可能となるやもしれんな……)

 

 無能な貴族、有害な貴族。

 それらを排除することを実行に移す……。

 昨日までの自分なら考えるだけで終わらせていたことを、ランポッサ三世は真剣に考えている。

 

(それらが成功し、帝国との戦いに勝利したなら……。ゴウンの功績は巨大過ぎるものとなろう。大貴族の一人となるのは確約済みだが……。……褒美と称して、ラナーを嫁がせても良いやもしれんな……)

 

 権威や家柄ではなく、確固たる武力と本当の功績を有する者には、それなりの対応が必要。

 例えば、ペスペア侯の妻はランポッサ三世の長女であるが、それと同じ事をするだけだ……。

 

「クククッ……。愚かしいな……」

 

 ランポッサ三世は、誰にも聞こえないよう口の中で呟く。

 

「儂は国王として低脳だが、人の親としては屑の極みだ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「お前達……その、大丈夫か?」

 

 控え室に案内されたモモンガは、アルベド達を見て声をかけた。

 デミウルゴスは(モモンガの許可を得た上で)備え付けの椅子にどっかと腰を下ろし、両膝に手を乗せて俯いている。

 

「ふふ、ふふふ……我慢、我慢ですよ。我慢するのです、私……。いやあ、事前に思考実験したのですが、これほどに精神的に来るものだったとは……。人間の愚かさを侮っていました……。今からでも皆殺しにできませんかねぇ……」

 

 何やら物騒なことを呟き続けており、その内容はモモンガを戦慄させた。 

 あのデミウルゴスが、自らの構築したシナリオどおり事が進んでいるのに、精神的ダメージを受けているのだ。

 そしてアルベドは……。

 

「くきぃ~っ! あの第一王子、アインズ様に対して、あの……ふう……。考えてみれば、第一王子って不要なのではないかしら? 八つ裂きにしてアインズ様の前……ふう……八つ裂きでは足りないから、ニューロニストに預けた方が……」

 

 精神の停滞化を繰り返しているにもかかわらず、徐々に発言が過激になっていくのが恐ろしい。

 何より今声をかけたのに、二人とも反応してくれない。そのナザリックの(しもべ)としてはあり得ない事実が、より一層の恐ろしさをモモンガに感じさせている。

 

(た、助けて~っ! タブラさん! ウルベルトさ~~~ん!!)

 

 ジリジリと壁に向けて後退しながら、モモンガは救援を要請した。相手は二人の創造主達だ。もっとも、<伝言(メッセージ)>を使用していないので、心の中で叫んだだけなのだが……。

 

『大丈夫ですって。そのまま頑張って! ……ぷぷっ……』

 

『モモンガさん。俺、合流してないから助けるとか無理ですよ』

 

 <伝言(メッセージ)>めいた幻聴に、モモンガは肩を落としてしまう。

 

(俺の幻聴なのに、タブラさんが笑ってた気がするし!)

 

 このまま、この状態のアルベド達を連れて、デモンストレーションをしなければならないのだろうか。

 

(駄目だ! 俺の胃に……胃に穴が開いてしまう! と言うか発狂しちゃう!)

 

 それを避けるためには(しもべ)ではなく、同じ立場の……ギルメンを呼ぶべきではないか。そう、必要なのは、対等な立場の相談相手。今すぐに<伝言(メッセージ)>で誰かを呼んで……。

 

(でも、それをしたら、デミウルゴス達の顔を潰しちゃうな……)

 

 そんなことを考え、モモンガは躊躇する。デミウルゴスもアルベドも、モモンガが命じれば面目などは度外視で従うだろうが、不甲斐ない自分自身を責めるだろう。

 

(営業先で行動を共にする上司に、「もういい。邪魔だから、君だけ先に帰れ」とか言われる感じか……。状況と失態の大きさによっては、帰りの駅のホームで飛び込み自殺してしまいそう……)

 

 モモンガの考える理想の上司像としては、そんな事態はあってはならないものだ。だからモモンガは、「辛いなら帰れ」や「他の人を呼ぶから」等とは言わなかった。

 

「すまないな。アルベド、デミウルゴス……」

 

 そう呟くと、二人の(しもべ)が瞬時に顔を上げる。

 

「何を!? アインズ様が謝罪されるようなことは一切ありません!」

 

「デミウルゴスの言うとおりです! (わたくし)達が到らないばかりに!」

 

 二人の申し立てを、モモンガは掌を突き出すことで制した。

 

「あの人間共の物言いが、お前達にとって耐え難いものである事は知っている。だがな、解っていたことではないか、アルベド。予定どおりの展開ではないか、デミウルゴス。……気にしないのが無理なら、せめて私を見ていろ。なに、荒野で魔法を使うだけだ。元より、それは『俺の仕事』なのだからな……。デモンストレーションの相手は愚か者が多いが……身内の見物人が居れば、張り合いも出るというものだ……」

 

 言っている間に魔王ロールが交じりだしたが、モモンガは最後まで言ってのけた。これで二人は解ってくれるだろうか……そんな不安が脳裏をよぎるが……。 

 

「何と言う、慈悲深い……。このデミウルゴス、アインズ様の勇姿から目を離すことなどありえません!」

 

 椅子から離れ、跪いたデミウルゴスが言う。

 

「アインズ様……」

 

 アルベドも、デミウルゴスの右隣へ移動し跪いた。

 

(わたくし)も、デミウルゴスと同様にございます。加えて……ふう……愛しい御方の姿を目に焼き付けたいと存じます!」

 

「そ、そうか……。二人とも、よろしく頼む……」

 

 二人からの「はっ!」という声を聞きながら、モモンガは、アルベドの下げたままの頭を見つめている。

 

(今、精神の停滞化が発動したよな? にも関わらず『愛しい御方の』……か。普通の反応だと思いたいけど、声のテンションが高かったし! いやまあ、許容範囲ではあるし、嬉しいな~って思える感じだったけどさ! ……停滞化が発動しなかったら、何を口走ってたんだぁ?) 

 

 サキュバスの本能に由来するようなことを言っていたのだろうか。

 

 ……ぞくり……。

 

 背筋に冷たいモノを感じる。

 ほんのチョッピリだが、「アルベドの設定を改編して良かったかもしれない」と、モモンガは思うのだった……。

 




 今回、あまり盛り上がりが無かった感じです。
 次回は、デモストレーション回になるので、準備段階なのかな。

 スパイス的なイベント要素を重視した結果、自分達に高負荷のストレスが生じたデミウルゴス。
 ウルベルトさんが見たら「何やってんの、お前?」と言われるかもです。……言われますね。で、「モモンガさんなら、多少の失態は大目に見てくれるから、もっとこう威圧するんだよ! ビビらせちまえ!」とかやり出すのです。で、モモンガさんが胃痛のために倒れそうになって、後で怒ったたっちさん……いや、茶釜さんの前でウルベルトさんが正座させられるまでがセット。
 現時点でウルベルトさんが居たら、こんな感じになってたと思います。
 パンドラが同行してるか、事前にパンドラも交えて計画内容をチェックしていれば、マシだったかもですね~。

 デミウルゴスが仕込んだスパイス要素は、バルブロと中堅貴族派の貴族達。
 デミウルゴスには監視対象とされています。モモンガさんの魔法を見て大人しくなれば良いんですけど、その後の素行によってはニューロニスト預かりか体重が増えるコース確定です。

 ボウロロープ侯はデミウルゴスの教育を受けた一人です。
 恐怖の部分もありますが、基本的には強大な力に心酔してる状態。

 そう言えばペスペア侯が死なない場合、彼が次期国王になるんですかね。派閥に関係なく次期国王に推されてるとか、相当なものですよ。ん~……ラナーあたりの婿になって……って感じ?
 ランポッサ三世は、実力次第ではモモンガさんにラナーを嫁がせる気……いや、考え中なので、その手は駄目か~……。
 なお、モモンガさんのハーレム要員を増やすよう囁きかける、手指のパッシブスキルは健在なのですが、ラナーに関しては気合いと根性でクライム君に回したいと考えております。

 王城に出向いたモモンガさんは、基本的に営業気分です。
 自分一人だけが転移していた場合の、『仲間と造りあげたナザリック』の何もかもを背負って気張っている状態……というわけではありませんので。
 ナザリックの代表ではあっても、一人で背負い込んでるわけではないってところですかね。
 困ったら<伝言(メッセージ)>で相談できるギルメンが居るというのは、大きいのです。

 アルベドの変調に関しては、実は変調でも何でもなくて、『精神停滞化』の間隙を縫って、サキュバスの本性がチラッと出ているだけです。『精神停滞化』の設定は用意しましたが、清楚なだけのアルベドはアルベドじゃない……と考えました。


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第87話

「では、これより魔法の実演を始めます。よろしいですか?」

 

「う、うむ……」

 

 晴天下……ランポッサ三世があらかじめ用意されたマーキーテントの下で頷く。彼が座っているのは大理石の椅子だ。座席が軽やかに回転する優れもの。そして同じく大理石のテーブルがランポッサ三世の背後にあり、テーブルの周囲には謁見の間に居た貴族達が座っている。 

 ここは王都を遠く離れた街道を、更に遠く離れた荒野。

 モモンガが魔法のデモンストレーションをするので、王城……謁見の間から<転移門(ゲート)>で移動したのだ。

 ランポッサ三世は、ぎこちなく返事をしたが、並んで座る王族や貴族達は、ラナー王女を除いて顔色が悪い。何故なら、<転移門(ゲート)>で移動した時点で度肝を抜かれているからだ。

 ただ一人……第一王子のバルブロのみは、顔色が悪いながらも不平を漏らしていたが……。

 

「て、ててて、転移ができたからと言って、それが何の役に立つ! 兵站において大いに役に……あ、ごほん……。と、ともかく! 戦場で第一に役立つのは破壊力だ! それを見るまでは、ゴウンを認めるわけにはいかん!」

 

 一人席を立ち、身振り手振りを交えて叫んでいる。

 

(「<転移門(ゲート)>。あの大魔法が、兵站で役立つあたりは理解できているのか。兄上も存外、馬鹿ではないようで……」) 

 

 ボソリと呟いたのは第二王子のザナックだ。バルブロのすぐ隣という席位置で言うのだから大変な度胸だが、バルブロ自身が大声を出して騒いでいるので、本人には聞こえていない。

 

「おい、妹よ。お前なら……あのゴウンを、どう使う?」

 

 隣でバルブロが騒いでいるままだが、ザナックの声は左隣のラナーに届いていた。そういった発声のコツがあるのだ。ほとんど口を動かさずに、背後の者に声を聞かせる技術もあるとザナックは聞くが、そこまでは体得していない。

 ゴウンを、どう使うか。

 ザナックにしてみれば、攻撃魔法で<転移門(ゲート)>ほどの事ができれば、戦いの役には立つと思えた。押し寄せる軍勢を吹き飛ばし、薙ぎ払うなどだ。転移魔法も、長距離移動の時間短縮には役立つ。

 

(こんなところか? しかし、妹……ラナーは、俺の思いも寄らないことを考えるからな……)

 

 人としての人格や、他者に配慮る点。他人の気持ちを考えるなど。

 自分がラナーに勝る部分は確かにあると思う。ただ、結果に結びつける手腕や知謀に関しては、ラナーの方が遙かな高みにあると言って良い。

 

(こいつのは……アレだ。人外の知謀の余録で、国政とか上手くやりそうな感じで……)

 

 ラナー自身は、国民の安寧などに興味無いのかもしれない。

 考え続けるにつれ、ザナックは背筋が寒くなってくるのだが……。

 

「私なら、使う……などとは考えませんね」

 

「……なに?」

 

 不意に聞こえたラナーの返答を、ザナックは脳内で咀嚼した。

 アインズ・ウール・ゴウンが使えない人物という意味だろうか。

 

(そんなはずは……。いや、使ってはならない? 使う……『使う』が駄目なのか?)

 

 徐々に、ラナーが言った言葉の意味が飲み込めてくる。

 ザナックは、話しかけた時点ではニヤニヤしていた顔を強張らせた。

 

「奴……いや、ゴウン殿を使う……利用するという考えが危険だとでも? それ程なのか?」

 

「はい。我が国での魔法詠唱者(マジックキャスター)に対する考え方は通用しません。論外と言っていいです。便利な能力者という見方ですら危険で……軽んじるのは絶対に避けるべきでしょう」 

 

 そう言って、ラナーはニッコリ微笑む。

 

「……そう思う根拠については?」

 

「話せば長くなりますので……」

 

 どうせ、メイドから漏れ伝わった話で、ラナーが推測したのだろうな……とザナックは判断し、聞くのを止めた。 

 

(いずれにせよ、ゴウンが行使する魔法の程度で判断できるだろう。しかし、俺の想像を超える魔法か……。兵士千人を吹き飛ばすとか、そんなところかな……)

 

 このザナックの目算は、王国において、中堅貴族が聞けば「第二王子殿下も、御冗談がお好きで……」と笑い話にされるものだ。つまり、真に受けてもらえない与太話の類いである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザナックとラナーが話していた内容は、モモンガには伝わらなかった。

 騒ぎ立てるバルブロの声量がありすぎて、声が紛れてしまったのである。モモンガにしてみれば聞き分けることは可能だったが、バルブロ独演会に飽きてしまい、聞き分ける必要性を感じていない。

 

「……というわけで! 貴様のペテンを見抜いてやる! 覚悟しろ! ぐはっ!?」 

 

 鼻息も荒く言い終えたバルブロが、どっかと腰を下ろして尻の痛みに顔をしかめる。

 

(大理石の椅子だっつーの。バーカ……)

 

 営業スマイルは崩さないが、いい加減に腹の立っていたモモンガは、心の中で吐き捨ててから、ランポッサ三世に対する説明を再開した。

 

「では、実演に入ります。まず、比較対象として、御覧になったことのある方も多いと思われます、第三位階の<火球(ファイアボール)>。続いて、第五位階の<龍雷(ドラゴンライトニング)>……」

 

 ちまちまと見せていくのが面倒なので、第三位階から始めて一段飛ばしだ。

 

「第七位階の<焼夷(ナパーム)>で、最後となりま……」

 

 いい調子で語っていたモモンガは、ふと首を傾げた。

 

(戦争相手の帝国は、軍隊を出してくるはずなんだから……。もっと見栄えがいい魔法にしたいかな? 第九位階の<核爆発(ニュークリアブラスト)>なんかがいいんだけど、アレは俺を中心に発動するからな~……)

 

 使用前に<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>で、離れて<核爆発(ニュークリアブラスト)>を使用し、直後に<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>で戻れば良いのではないか……。

 そんなことも考えたが、最終的に<核爆発(ニュークリアブラスト)>の使用は却下した。

 

(やっぱり、凄い魔法を見て感動してる人の顔って、間近で見たいし? となると……)

 

 モモンガは、ランポッサ三世らから少し身体を背けるようにして<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

「ぷにっと萌えさん? モモンガです。デモンストレーションで使用する魔法なんですけど……」

 

 事前の打ち合わせでは、第七位階の<焼夷(ナパーム)>までだった。だが、軍隊相手の範囲魔法となると、もう一声、ど派手な魔法が良いでのはないか。

 

『ふ~む。あまり情報は与えたくないんですけど……。見てる俺達も、派手な方が楽しいですしね。いいんじゃないですか?』

 

「ああ、そういえば、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改で見てるんでしたっけ」

 

 遠隔視の鏡改は、遠隔視の鏡を課金アイテム等を使用して改造したものだ。

 従来の遠隔視の鏡は、音声が伝わらないという欠点があり、受像対象の声を伝えるには相手に<伝言(メッセージ)>を使って貰う必要がある。受像対象が敵対者の場合は、現場に人語を解する僕を配置して、<伝言(メッセージ)>で聞き取った内容を喋らせることとなる。不便なこと、この上ない。

 しかし、タブラの手が入った遠隔視の鏡改は、現場の音声を届けることができるのだ。

 

『双方で会話をするためには、やっぱり<伝言(メッセージ)>を使うことになるんですけどね~』

 

 理想形は、現場のモモンガが念じるだけで、ナザリック地下大墳墓内の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改が起動。思念波と発声の組み合わせで通話できるようになることだろう。

 

『それをするには更なる開発が必要でしょうね~。俺的には手の平サイズの遠隔視の鏡とかで、お互いの映像を見ながら会話とかを目指したいです。おっと、魔法の話でした!』

 

 ぷにっと萌えが話題を元に戻した。

 ランポッサ三世らに対して見せる、大トリの魔法。それに相応しいのは何か。

 <伝言(メッセージ)>の向こうで、ぷにっと萌えが何やら相談しているようだったが……。

 

『事前にもうちょっと詰めておけば良かったですね。情報秘匿だけに注目してたのは良くなかったです。ええと、第十位階の<隕石落下(メテオフォール)>が良いんじゃないですか?』

 

「え? いいんですか? スレイン法国の訪問団にも、そこまでは見せてないんですけど?」

 

 スレイン法国の訪問団に対して、実際に見せたのは第七位階までだ。

 法国側が、ナザリックの魔法位階を高く見積もったとして……第七位階の次の第八位階。それより上を見ても第九位階や第十位階止まりであろう。

 このようにモモンガ達は、運用できる魔法位階の上限を偽ることで、超位魔法の存在を隠そうと考えていた。なのに、ここで第十位階を使用すると、超位魔法の存在を勘ぐられるのではないだろうか。

 

『法国とのことは聞きましたけど、あの時とは状況が違います。考えてみてください、モモンガさん。合流できているギルメンの人数が違うんですよ。敵性ユグドラシル・プレイヤーのことを考えたところで、居たら居たでプレイヤー相手の戦い方をするだけです。ここは……今回のデモンストレーションを最大限に利用することを考えましょう!』

 

 ぷにっと萌えは言う。

 第十位階の魔法。しかも、見た目に派手な<隕石落下(メテオフォール)>を目の当たりにしたランポッサ三世以下、特に六大貴族や中堅貴族達はどう思うだろうか。魔法の強大さをあちこちに触れ回るのではないだろうか。

 

『アインズ・ウール・ゴウンの名を広めて、ギルメンに知らしめる……でしたか? 良い考えだと思いますよ? やまいこさんや俺も、噂を聞いて合流できた口ですから。でしたら、帝国に情報を売っていたブルムラシュー侯の情報ルート。あれが、かなり使えると思うんです!』

 

 情報を流す方法には幾つかある。例えば次の二つだ。

 情報屋を雇って、情報を流す。

 名を上げて、それが広まるのを期待する。

 モモンガ達が冒険者チーム漆黒として活動していたのは、後者にあたる。

 今回、ぷにっと萌えは二つの方法を合わせようというのだ。

 

『このデモンストレーションで確固たる実績をあげて、情報屋……ブルムラシュー侯に、あちこち触れ回って貰うんですよ』

 

 王国の六大貴族からもたらされる情報。その価値と確度は、裏社会の情報屋の比ではない。確かな情報として、帝国や法国のみならず、聖王国や竜王国にまで届くことだろう。

 

『一笑に付される……「そんなことが、あるはずがない」とかですか。そうなる可能性も低いですよ? そっちに居る、国王や中堅貴族の人達も目撃しますし。情報の裏取りをすればするほど、情報の確度が高まるでしょうね』

 

 だから、構わずやって良いと、ぷにっと萌えは言うのだ。

 

『まだ合流できていない人達の合流が早まるのなら、第十位階魔法や超位魔法の情報なんて安いものです! 次は誰が来ますかね~。あまのまひとつさんですか? ホワイトブリムさんですか? それとも、たっち・みーさんやウルベルトさん……』

 

 言っているうちに、ぷにっと萌えの声には熱が籠もってきた。モモンガも同様だ。ここで大盤振る舞いすることで、ギルメン達の合流が早まる。その可能性が少しでもあるのなら……。

 

(全力全開で<隕石落下(メテオフォール)>だ!)

 

 問題は、人化中は第六位までしか使用できないこと。悟の仮面を着用した場合でも、仮面の下で異形種化して第八位階までが限界なのだ。つまり、第十位階魔法を使用するためには、異形種……死の支配者(オーバーロード)としての顔を晒さなければならない。

 

(まあ、今着ているのはローブだから、手甲を装着してフードを被れば良いだけだしね~)

 

 そして、第十位階魔法を発動する際は、ランポッサ三世達に背を向けていれば良いのだ。第八位階よりも下位の魔法を使うときにも背を向けていれば、不自然ではないだろう。

 

(更には、幻術で人化時の顔を作っておこう。手甲は念のために装備! もう完璧だな!)

 

『何事にも完璧っていうのは、無いんですけどね~』 

 

「……ぷにっと萌えさん。俺の心を読むの、やめて貰えます?」

 

 僅かに憮然となりながら抗議するが、そんなことはすぐに忘れ去り、モモンガは確認した。今、ぷにっと萌えはナザリック地下大墳墓の円卓に居て、他に合流済みのギルメンが勢揃いしているはずだ。皆の意見は、どうなのだろうか。

 

『他の人達? みんな賛成してますよ。と言うか、円卓に食べ物や酒やらを持ち込んでドンチャン騒ぎしてます。異形種化してるから、すっごく混沌……本当の意味で人外魔境です。酒の入った建御雷さんが「頑張れ! モモンガさん!」とか、ペロロンチーノさんが「きゃほー! モモンガさん、日本一ぃ!」とか、茶釜さんが「ね~? 花火大会は、まだ~?」とか言ってますし~』 

 

「……宴会芸の出し物じゃないんですけどね~……」

 

 苦笑する一方で、その宴会に混ざりたいという気持ちがわき上がってくる。

 かつて、元の現実(リアル)で皆と参加したオフ会は楽しかった。だが、食事や酒は最底辺のものだった。一方、転移後のナザリック地下大墳墓で出される食事は美食の極み。それらを飲み食いしながら皆と騒ぎたい。

 そう考えたモモンガは、気合いを込めて言い放った。

 

「二次会に間に合うようにしないといけませんね!」

 

『その意気ですよ! モモンガさん!』

 

 こうして<伝言(メッセージ)>が終了する。

 しかし、いささか長話が過ぎたかもしれない。ランポッサ三世達を待たせすぎた。

 両脇で立つデミウルゴス(今はヤルダバオト仮面を着用中)とアルベドをチラ見したが、二人とも涼しげな表情で居る。来賓を待たせていることについて、何も気にしていない様子だ。

 

(デミウルゴスの顔は見えないけどな! ……一言謝ってから、シレッと続行するか~)

 

 だが、そう思ってランポッサ三世達に意識が向くと、<伝言(メッセージ)>中は気にならなかった声が聞こえてきた。

 

「だから! 第七位階などと言うのは、まやかしで大ボラだと言ってるだろうが!」

 

「ば、バルブロ殿下、落ち着いて!」

 

 腕を振り回しながら叫んでいるバルブロを、エリアスや他の六大貴族らが縋り付くようにして押しとどめている。ザナックは無視を決め込んで顔を背けているし、ラナーはニコニコしていた。

 そして、ランポッサ三世は……両耳に人差し指を突っ込んでモモンガを見ている。

 

「む? もう、良さそうか? バルブロ! 少しは静かにせんか! 見苦しい様を晒して、王家に恥をかかせる気か!」

 

 モモンガと目が合うなりバルブロを叱り飛ばしたので、どうやらモモンガが背を向けている間は、騒いでいるバルブロを放置して間を持たせてくれていたらしい。

 

(取引先から来た社員に対して優しい対応! 見習うべき気配りじゃないか!)

 

 ランポッサ三世は、一国の王としては色々と問題がある。

 これはデミウルゴスから聞かされていたし、ぷにっと萌えやタブラも、高く評価はしなかった。しかし、今の対応で、モモンガのランポッサ三世に対する心証は上昇している。

 

「お待たせしました! 最後の魔法実演ですが、第十位階魔法……<隕石落下(メテオフォール)>の実演を行います!」

 

 この宣言により、バルブロがより一層に騒ぎ出したが、モモンガは構わず続けた。

 アイテムボックスから手甲を取り出し、ローブのフードを目深に被る。まだ異形種化はしていない。モモンガは人化状態で、第六位階までの魔法を使用できるからだ。

 

「まずは、第三位階の<火球(ファイアボール)>です!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ランポッサ三世らが、実演される魔法について感想を述べられたのは、最初の第三位階……<火球(ファイアボール)>までだ。続く、第五位階の<龍雷(ドラゴンライトニング)>。突き進む龍の如き雷光を見せつけられ、もはや言葉が出ない状態となっている。

 

「くくくっ、第五位階程度で絶句とは……」

 

「あら、笑っちゃ駄目よ。デミ……ヤルダバオト。帝国のパラダインとか言う人間で、第六位階が限度なのでしょ? ましてや王国ではねぇ……」

 

 <龍雷(ドラゴンライトニング)>を放った直後、モモンガの耳にアルベド達が囁きあう声が届いた。

 

(お前ら! 煽るようなことを言ってるんじゃない!)

 

 この場の全員に背を向けたままのモモンガは、僕二人(片方は恋人だが)の会話に心の中で突っ込みを入れた。今のところ、観客達に声は届いていないようだし、彼らの目の前で身内を叱責するのは避けたい。

 

(みっともないからな!)

 

 だが、この先、何処でボロが出るかわからないのだ。そうなる前に畳みかけるべきだろう。

 モモンガは、「次は第七位階の<焼夷(ナパーム)>となります!」と大声で言い放ち、<焼夷(ナパーム)>を発動させた。

 

 キュドォォォォオオ!

 

 天高く火炎が吹き上がる。

 

「え~、このように猛烈な火炎が吹き上がります。地上の敵のみならず、上手くやれば低い高度を飛ぶ相手を炙ることも可能です。飛び掛かってくる相手の目の前で発動すると、『飛んで火に入る夏の虫』的な光景を楽しめますので、修得の際には是非試してください」

 

 この世界の、いったい誰が第七位階魔法を修得できると言うのか。しかも、ここは魔法後進国のリ・エスティーゼ王国なのだ。そういったツッコミを、ランポッサ三世以下の全員が思い浮かべていた。いや、一人、第一王子バルブロのみは不服そうに唾を吐いている。これをモモンガが見ていたら、「この人……王族なんだよな?」と、あまりの下品さに呆れていたことだろう。アルベドやデミウルゴスだったら、モモンガが止める前にバルブロを殺害していたかもしれない。

 だが、バルブロにとって幸運なことに、モモンガ達は彼に対して背を向けていた。先にアルベドらが嘲笑したときでさえ、背後のざわめきや驚愕の声が途切れたことが原因であり、後方を見ていなかったのだ。

 ……が、そのバルブロの幸運も、そこで終わりを告げる。

 現場のモモンガ達は、背後の光景を見ていないので気にしていなかったが、ナザリック地下大墳墓の円卓に居たギルメン達は別なのだ。加えて言えば、シャルティアやアウラにマーレ、コキュートスなど、主立った守護者が揃っているし戦闘メイド(プレアデス)も、ほぼ全員が居合わせている。

 

「あんだぁ? あの髭マッチョぉ。モモ……ンガさんに、ひっく! 唾ぁ吐いてんのかぁ?」

 

 ベロンベロンになる一歩手前。上半身裸になっている武人建御雷が、大ジョッキでビールをあおりながら巻き舌で唸る。

 

「モモンガさんは一生懸命に頑張ってるというのにね~……。ソリュシャンは、どう思いますか?」

 

 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)……ヘロヘロが、追加の料理を運んできたソリュシャンに問うと、彼女はニッコリと微笑む。

 

「殺すべきかと……」

 

 その他、何人かのギルメンも似たり寄ったりの会話をしており、宴会……もとい、円卓は一転して雰囲気が悪くなりつつあった。

 

「はわわ……」

 

 元の現実(リアル)時代からの下戸だったり、酒が好きではないギルメンも居る。

 宴会における『食べ専』組。

 その一人が、目の据わりだしたギルメン達を前に呆然とする……ぷにっと萌えだ。

 

(いけない! このままでは酔った勢いで……皆が、モモンガさんのところへ行ってしまう!)

 

 そして生じるのは、父親のランポッサ三世(他に息子と娘が一名ずつ)の前で催される、バルブロ王子惨殺イベント……。

 高位の蘇生魔法や、<洗脳(ドミネート)>で取り返しが付くかも知れないが、それでは余りに外道過ぎる。

 

「こ、これは……どうしたものか……」

 

 まったく酒が駄目というわけではないので、ちびちび飲んでいた彼だが、ほぼ素面の状態であることで酔っ払い組の有様に焦っていた。そして、彼と同様のポジションであるギルメンに、ブルー・プラネットとメコン川、そしてタブラが居る。一応、正気を保っている彼らは、一箇所に集まり、ケチャップのかかったイカリングなどを食べていたのだが……。

 

「おいおい、やべー雰囲気だよ。どうすんの、ぷにっと萌えさん? ベルさんも、こんな感じだし……」

 

 白獅子の顔をほんのり赤くしたメコン川が、グラスの日本酒を舐めながら聞く。彼の相棒たるベルリバーは……多くの口を持つ異形の姿で、悪い酔い方をしていた。

 

「美味い酒と食いもんでさ~。贅沢で幸せだよ~。でもな~……元の現実(リアル)の、アレとかコレを放置したまんまなんだよ~……。いや、戻る目処がついてないのは解るよ? こっちの世界で居るのが、俺にとって幸せだってのもわかってるんだけどさ~。なんつ~の? このままで良いのかね~ってのが……。割り切りたいけど、割り切れないってかさ~……。聞いてるぅ!? メコさん!」

 

 突然、ジョッキをテーブルに置くや、メコン川に話を振ってくる。

 

「聞いてるって……」

 

 面倒くさそうに言いながら手の平で押しのけ……ると、ベルリバーの口の一つに手を突っ込んでしまうので、メコン川は左手の人差し指で、口と口の間を突いて押す。

 

「ぬわ~~~~っ」

 

 大げさな声と共にベルリバーが反対側に傾き、そのままテーブル上で突っ伏した。

 

「ふごごご~、すぴ~~。もう食べられないよ……」

 

「寝ちまった……。てか、異形種化したベルさんが言って、これほど似合わない台詞も無いな……。さて……」

 

 メコン川はグラスを置いて、ぷにっと萌えを見る。

 

「マジでやべーぞ、ぷにさんよ。皆が、暴走する前に何とかしなくちゃ……。こんな時、軍師的には、どうすんの?」

 

「む、むうう。どうにかして、みんなの興味を逸らさないと……。もうすぐ、モモンガさんが<隕石落下(メテオフォール)>を使うので、そこまで持たせられれば……」

 

 後は、なし崩しで酒盛りの場を盛り上げれば、<転移門(ゲート)>を使って現地に殴り込むといった、最悪の結末を迎えずに済むだろう。だが、何をすれば皆の興味をそらせるのか……。

 

「……ここは、私に任せて貰いましょうかね……」

 

 ゆらりと立ち上がったブレイン・イーター……タブラ・スマラグディナが、ぷにっと萌えを見た。

 

「私に、秘策があります!」

 

「秘策っ!?」

 

 オウム返しに言うぷにっと萌えに対し、タブラは一つ頷いてから歩き出す。そのまま円卓各席の外側を周り込み、ギルド長席の対面側……遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改の前に立った。当然、映像の大部分が見られなくなるわけだが、それをやったのが他の者ならともかく、タブラだったため場は一瞬で静まり返る。

 

「え~、皆さん。宴たけなわですが、ここで一つ芸などを……」

 

 これを聞き、ギルメン達が囁き会う。 

 元の現実(リアル)でオフ会をしたことはあったが、タブラは歓談しながら飲み食いするだけで、歌を歌ったり等の目立つことはしていなかった。それに、普段の知的な(解説したがりな面はあったが)イメージもあって、宴会芸を披露するというのが意外に思われたのである。

 更に言えば、タブラがホラー好みなこともあり、「怖い物を見せられるのでは?」と皆が身構えたことも、場が静まった一因であった。

 

「取り出したのは何の変哲もない、大きな板ですが……」

 

 タブラは淡々と準備を進めていく。

 アイテムボックスから取り出した大きな板。それを自分の背後……遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改側に置き、その板にピタリと背を貼り付けた。そして両手を斜め上……板に付くように上げると……。

 

「秘技! タコの干物! 板張りで作成中!」

 

 クワッ!

 

「……つまり、タブラさんは『タコの干物作成風景を』再現しているわけで……」

 

「やめろ、ブルプラさん。ギャグのマジ解説は止めるんだ……」 

 

 ブルー・プラネットをメコン川が制した。それほど酔いが回っていない彼らにしてみれば、お寒い限りのギャグとしか言えない。しかし、浴びるほど酒を飲んだギルメン達は、どうだろうか……。

 ……止まっていた時は……再び動き出す……。

 

「きゃははははは! タブラさん、超サイコー!」

 

 ペロロンチーノがタブラを指差し、ケタケタ笑い出した。

 かと思えば、建御雷が「ちくしょう! タブラさんめ、身体張ってるじゃねーか! 俺も一肌脱ぐか!」と言って、残った衣服に手を掛け……弐式に「たけやん! 下は駄目だ! 運営が異世界転移してきて、垢バンされるからマジで!」と縋りつかれている。

 その二人の様子を、ユリとナーベラルとコキュートスが顔を赤くしながら目を両手で覆い……指の隙間から見ていたりするのだ。

 

「人外魔境の混沌が、更に濃くなった!? でも、悪い空気は無くなったから……これでいいのか。いいんだっけ?」 

 

「やあ。少しは間が持ちましたかね?」

 

 ぷにっと萌えが状況把握に努めていると、タブラが戻ってきた。

 

「何とかなって良かった。酒が入った人達には、くだらないギャグの方がウケやすいんですよ」

 

 そう言ってタブラは笑う。そして、ふと考え込み「古典ギャグでも、いけたかもしれないな~。ぐるりと回って、う○こち○ちんとか……」等と呟いているので、ぷにっと萌えはブルー・プラネットと顔を見合わせた。

 

「タブラさん。あれで結構、酔いが回ってるんじゃ……」 

 

「ブルプラさんも、そう思いますか?」

 

 タブラは酒が強くない。好きで飲む習慣もないため、大酒飲みのグループから離れていたのだが、宴会の場の雰囲気で酔ったのだろうか。

 

(素の可能性も大いにあるんだけど……)

 

 ぷにっと萌えは、それ以上深く考えることをやめる。

 ともかく、タブラの活躍により危機は去った。遠隔視の鏡改の方を見ると、黄金鎧の上から帯を巻いたペロロンチーノを、ピンクの肉棒……茶釜が帯を退くことでグルグル回している。

 

「ほれほれ、回っちゃえ! 弟~っ!」

 

「あ~れ~っ! って、こういうのは女の人の役でしょ! 姉ちゃ~~~ん!」

 

「うっさい! 女の人を回したらセクハラでしょうが! 男が回されてこそのお笑い芸! 大人しく回されるのよ!」

 

「それはそれで、セクハラだーーーっ! あ~れ~っ!」

 

 再び帯回しをされ、ペロロンチーノは悲鳴をあげた。

 その姿を見た建御雷と弐式が、やんややんやと囃したて……ルプスレギナが「僭越ですが、私も帯を回されたく……」と挙手するも、メコン川に睨まれて挙げた手を下ろしている。

 

「後は……モモンガさんに期待ですか」 

 

 ぷにっと萌えは胸を撫で下ろし、板が撤去されたことで見えるようになった遠隔視の鏡改を見た。そこでは「最後の魔法実演に移ります。今まで以上に大きな音が……」と注意を促すモモンガの姿が映し出されている。

 <隕石落下(メテオフォール)>の実演も、もうすぐのようだ。

 その後は、ランポッサ三世のコメントを貰ってから、彼らを王城へ送り届け……それらを済ませたモモンガ達が帰ってくるのを待つだけ。

 自分の席に座り直し、ぷにっと萌えは呟いた。

 

「モモンガさんなら、最強化とか三重化とかやりそうかな。まあ、問題はないと思うんだけど……」

 




 タブラさんの一発芸。
 なんかこう、自然に書けていました。と言うか、あの流れを変えられなかったです。
 
 そして、上昇するランポッサ三世の評価。
 出先で親切にされると嬉しいものなのです。

 元々、魔法実演会は今回で終わらせる予定だったのですが、『現場の判断』(書き手の思いつき)で、法国に見せたよりも上の位階の魔法を使おうと考えたところから、ギルメンの宴会路線にシフト。
 気がつくと、ペロロンチーノさんが回されることに……。
 回されるペロロンチーノさん……。
 薄いBL本が厚くなりそうです。

 あと、素面では押さえ役の建御雷さんが、酒が入ったら脱ぐ感じになりました。
 弐式さんは結構飲んでも大丈夫なタイプ。

 さて、第十位階魔法を披露しただけのギルメン誘因効果はあるのかどうか……。
 そりゃあ、ありますとも! 本作のタイトルは『集う至高の御方』ですから。
 不発に終わって情報開示しただけ……なんて事にはならないのです。
 現在、土曜の午前8時40分。
 室内は程良くサウナ状態……。
 オリ小説の方、土日で書けるかな……。

<誤字報告>
D.D.D.さん、トマス二世さん

毎度ありがとうございます。
今回、暑くて読み直しは二回しただけ……。
結構な数の誤字取りをしたのですが、まだあるかも……。
もう一回読み返しておくか……。


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第88話

 ランポッサ三世を始めとした王族や貴族達は、今、空を見上げている。

 荒野の上空には、先程から雲がかかっているのだが、彼らが注目するのは雲ではない。その雲を引き裂いて降る巨大な隕石だ。しかも隕石は一つではなく三つ降ってくる。<魔法三重化>により数が増え、<魔法効果範囲拡大化>により被害半径が増大した……第十位階の魔法なのだ。

 大気を震わせて落下する隕石群は、荒野に落着するや……。

 

 ドフッ! キュワアアア!

 

 閃光と共に、ドーム状の炎の塊を作り出し……。

 

 ズガァアアアアアアアアン!

 

 落雷を百倍化したような轟音を発して、破壊を撒き散らす。

 それぞれの落下地点には巨大なクレーターが生じ、周囲数キロメートルの距離にあったあらゆるモノを吹き飛ばしていった。

 

(う~ん。隕石を落としてる割りに、爆風の範囲が広島型原爆並みか少し上ぐらい……とか、ぷにっと萌えさんが言ってたけど……。やっぱり成層圏から落ちてくるのとは違うのかな~)

 

 などと、呑気に考えているモモンガ。それにランポッサ三世以下の観客らも爆風や衝撃波の被害域に入っている。しかし、あらかじめモモンガが結界系の魔法を展開していたので被害なしだ。もっとも、自分達を避けていく爆風というのも凄まじい光景であるから、身体的には安全でも精神面では混乱の極みだった。全員が顔ごと視線を右往左往、あるいは真上に向けたりしている。護衛として付いて来ているガゼフも同様なので、彼らの驚愕の度合いが知れるというものだ。

 ただし、一人だけ、終始態度の変わらない者が居る。ラナー王女……彼女のみ、ニコニコ笑顔のままなのだ。いや、「まあ、凄い魔法ですのね~」などと言ってはいるのだが……。彼女の一人浮いた姿は、やはりモモンガやアルベド達には見えていない。

 しかし、ナザリック地下大墳墓の円卓……で、宴会中のギルメン達は、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改により、ラナーの姿を見ていた。

 

「お、おー……。あの王女さん? 肝が据わってるな……」

 

 両手に持った丸盆。その左手の方で股間を隠していた半魔巨人(ネフィリム)、建御雷(アイテムボックス収納の私物だろうが、額にネクタイを巻いている)が、踊りの動きを止めて呟く。それは単なる感想だったが、隣……ではなく、少し離れた別ギルメンの席で座る弐式が、そっぽを向いたままで反応した。

 

「王国には蒼の薔薇とかが居るから、<火球(ファイヤーボール)>なんかは見る機会が多いだろうけど……。<隕石落下(メテオフォール)>を見て驚かないってのは凄いな。と言うか、いい加減で服を着てくれ……たけやん……」

 

 疲れた声で弐式が言う。

 建御雷は「しょーがねーな~。酒飲んで脱ぐのは気持ちいいのに……」と、ぼやいてから弐式に背を向けた。いらない情報だが、弐式からは建御雷の尻が丸見えである。

 

「……異形種化! ふう……。ハーフゴーレム体だと、嘔吐できないから助かるぜ……」

 

「失敬だな、弐式はよ~。俺は毎日ちゃんと風呂に入ってるぞ? つまりだ、身も心も清潔漢ってことよ」

 

「今の『清潔感』の『感』、絶対に普通の発音じゃないだろ? てか、風呂入ってないとかの汚いって話じゃないから!」

 

 ゴソゴソと着込みながら抗議する建御雷に、弐式がツッコミを入れている。

 親友同士であっても、親しき仲に礼儀あり。

 どうも今日の建御雷は、いつもより酒量が過ぎているようだ。  

 今のは弐式と建御雷の場合だが、他の酒気帯びギルメンも程度の差こそあれど、酷いことになっている。

 

「今、敵性ユグドラシル・プレイヤーが乗り込んできたら……危ないですかね? ぷにっと萌えさん?」 

 

 麦茶の入ったグラスを持つ樹人……ブルー・プラネットが、ぷにっと萌えに聞いた。聞きながら、グラスに人差し指を突っ込んで吸水していたりする。

 

「指から吸えるって便利……なのかな? 味覚的にはどうなんだろう? ……ええと、大丈夫だと思いますよ? 元の現実(リアル)で、ゲーム中に実際に酒盛りをしたなら、各々が自宅でバイザーを着けて飲んでて、急な襲撃には対応できなかったでしょうけど……」

 

 転移後世界には魔法が存在する。

 酒酔いというのは状態異常だから、毒消し系の魔法で解決できるのだ。だから、プレイヤーの襲撃があったとして、この状態からでもすぐに対応可能である。

 

「……そうか、モモンガさんの二次会参加は無理かと思ってたけど。皆を回復させたら、大丈夫かな~」

 

 ぷにっと萌えの視線の先では、帯回し終了後のペロロンチーノが円卓に上がり、黄金鎧着用のままポールダンスに移行……しようとして、茶釜とやまいこからブーイングを受けているところだった。

 

「誰が、そこまでしろと言ったぁ! 愚弟~っ!」

 

「ブー、ブーッ! 引っ込めー!」

 

 何故かアイテムボックスに収納されていた座布団を取り出し、ペロロンチーノに投げつけている。

 

「あ、こら! 物を投げないでください! 物を投げ……ぶはっ!? り、理不尽だーっ!」

 

 ペロロンチーノは、手裏剣のように飛ぶ座布団の直撃を受けて悶絶しているが……。

 ぷにっと萌えに言わせると、同情するにはあたらない。

 

「帯を巻き取られた瞬間にポーズを決めて、アイテムボックスからポールを取り出してたんだよな~。何が理不尽なんだか……」 

 

 悪乗りしたんだから、ペロロンチーノの自業自得。

 しかも、投じられた座布団ごときでダメージを受けることはないし、躱そうと思えば躱せるのだ。つまるところ、ペロロンチーノは姉たちと楽しく戯れている……と判断したぷにっと萌えは、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改に注意を戻す。

 そこでは、呆然としたままのランポッサ三世達を、展開した<転移門(ゲート)>の暗黒環に押し込んでいるモモンガの姿が映し出されていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふう、やっと終わった……」

 

 謁見の間を出たモモンガは、小さく呟いている。勿論、今は人化中だ。

 魔法実演の後、<転移門(ゲート)>で王城の謁見の間に戻ったモモンガは、その場で簡単な打合せを行った。

 帝国との戦いにおいては、ナザリックの軍勢を前に出し、モモンガの<隕石落下(メテオフォール)>を使用。壊乱ないし壊滅した帝国軍に対し、王国軍が突撃を敢行する。帝国の最強魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインが出てきたら、ナザリック勢で対応する……というものだ。

 

(細かいことは、レエブン侯とボウロロープ侯とで相談して決める……だっけ? 何だか王様、すっごい脱力してたけど。……バルブロ王子は真っ白になってたかな~。ざまぁ。ん~……レエブン侯達との打ち合わせには、ぷにっと萌えさんにも入って貰おう。うん、それがいい!)

 

 対人関係ではタブラ。軍事関連では、ぷにっと萌え。索敵や調査では弐式、直接の戦闘面では建御雷やメコン川にベルリバー。他にも相談に乗ってくれるギルメンが数人居る。ギルド長としての責任は重いが、モモンガとヘロヘロの二人だけだった当初を思えば遙かに気楽だ。

 そんなモモンガが足取りも軽く歩いていると、案内役として前を歩くガゼフが、肩越しに振り返ってきた。

 

「ゴウン殿には久しぶりで会うのに、挨拶が遅れましたな」

 

「いえいえ、こちらこそ。正直、王様や貴族……様? の前に出る機会などなかったもので、緊張し通しでして……」

 

 緊張云々は混じりっけなしの本音だったが、ガゼフは謙遜と捉えたらしい。苦笑あるいは困ったように笑うと、その表情を引き締めた。

 

「第十位階魔法でしたか……。かの帝国の大魔法使い、フールーダ・パラダインでも第六位階が限界と聞きます。どうやら私は、とんでもない人物と出会ってしまったようだ。カルネ村での一件では、御友人と手合わせするなど、無礼を働いてしまい……本当に申し訳ない」

 

 真摯に真面目に誠実に、むせるような男臭も加えてガゼフが頭を下げる。モモンガとしては謝られるような事ではないので内心、大いに慌てた。が、その後ろで控えるデミウルゴスは、ニヤリと笑いながら横を向いて眼鏡位置を指で直し、アルベドは幾分ドヤ顔になった後で……精神が停滞化したのか、すまし顔に戻っている。

 

「そんな、無礼なんて……。弐式さんも手合わせは楽しんでましたし。そうだ……近頃、私の友人がまた合流しまして。ストロノーフ殿さえ良ければ、また手合わせなど……。いえ、彼らが武技の習得に熱心なものですから……。御指導もお願いできれば……」

 

 この時、モモンガが手合わせの対象として考えていたのは、建御雷とメコン川、そしてベルリバーの三名である。ナザリックにおける『アングラウス先生の武技教室』には、今ではギルメンの前衛系のほとんどが参加しており、中でも剣や刀を使うギルメンとして、この三名を連想したのだ。

 

「それは……願ってもない! 弐式殿との手合わせで感じましたが、遙かな高みを体験できるのは望外の喜びです! 是非とも!」

 

 笑顔で言うガゼフの目が、爛々と輝いている。 

 こういった戦士の気質はモモンガには理解できない。だが、魔法詠唱者(マジックキャスター)として考えた場合は、ある程度の納得が可能だ。

 

(俺だって、見たこともない魔法とかがあったら興味あるしな! ……ん?)

 

 前方……すでに見えてきている控え室の手前に、一人の男性騎士が立っている。遠目に若く見えて十代ぐらいだろうか……。そうモモンガが考えていると、ガゼフが口を開いた。

 

「クライムではないか。そこで何をしている?」

 

 知り合いか、それとも部下か……。

 今のところは口を挟むべきではないと、モモンガが口をつぐんでいると、クライムと呼ばれた少年は一礼してから駆け寄ってきた。

 

「ラナー様……いえ、ラナー王女殿下が、ゴウン様とお話をしたい……と」

 

(え? 俺、この後はレエブン侯とちょっと話をして帰るだけなんだけど!?)

 

 予定に無かった会談でありモモンガは狼狽えたが、かろうじて顔には出していない。とはいえ、アルベド達に匹敵する知謀の持ち主と聞かされているので、「会いたくないな~」という気持ちは強かった。

 

「クライム。このことは、陛下も御承知のことなのか?」

 

「はい! 許しは得ているとのことでした! ただ、ゴウン様の都合を優先する……とのことで……」 

 

 言い終わるにつれ、クライムの視線がガゼフからモモンガに移動していく。ここで初めて、モモンガは戸惑いを顔に出した。

 

(俺の都合次第かよ!?)

 

 都合は、悪いと言えば悪い。

 何しろ、ギルメン達の酒盛りに混ざるべく、早く帰りたいと考えているからだ。しかし、ここで断って良いものだろうか……とも、モモンガは考える。

 

(営業先で、会議後に重役から個人的に話があると言われた! みたいな感じか? 営業職としては、断るわけには行かないんだよな~……。とほほ、相手は王女様だよ? デミウルゴスに丸投げしたら駄目かな?)

 

 ここに居るのがデミウルゴスとアルベドだけなら、「そのような些事は、デミウルゴスに任せよう」とか言って逃げられただろう。

 だが、ガゼフが居る。

 彼に対して誤魔化すような対応をするのは、モモンガは何とはなしに嫌だった。

 

「少しだけなら大丈夫ですよ」

 

 そう言うしかない。

 言ってしまった以上は、行く先が控え室からラナーの私室に変更される。

 一国の王女の部屋に入って大丈夫なのだろうか。

 今更ながら後悔するが、こうなった以上は会って話をするしかない。モモンガは足取りも重くクライムの後をついて行く。そうして暫く歩いた先に、ラナーの部屋があった。クライムが言うには、本来の私室ではなく来賓用の控え室を臨時使用しているらしい。

 

(少し気が楽になったかな……。女の子の私室に入るのは、どうも……ねえ?)

 

「ゴウン様。こちらです!」

 

 歳の若さにしてはしわがれた声でクライムが言うので、モモンガは扉の開かれた部屋へと入って行く。その際、ガゼフが「では、私は失礼します……」と去って行ったので、モモンガは内心「俺を置いて行かないで~~~っ!」と手を伸ばしたくなったが、実行に移すわけにも行かない。なので、そのまま入室する。

 室内は、控え室という字面から言えば豪華だ。ソファやテーブル、窓枠にカーテンなど、一々金が掛かっているように見える。

 

(さすが、来賓用。まあ、ナザリックには劣るけど……あっ) 

 

 サッと室内を眺めたモモンガは、ある人物に目を止めた。それは座っていたソファから立ち上がった少女で、謁見の間でも見た……ラナー王女だ。

 

(やっぱり、すっごい美少女だな~)

 

 と言うのがモモンガの感想である。モモンガが見たことのある現地人として、アルベドに迫るレベルの美人というのは、今のところラナーぐらいだろう。ナザリックで美人を見慣れているので助かったが、異世界転移の直後ならテンパってただろうな……とモモンガは思う。

 

(更に言えば、俺の恋人は三人も居るからな! ニニャが入ったら四人だけど! その内の一人はアルベドで……今、一緒に居るし……)

 

 さすがに恋人同伴の状態で、別の女性に対して鼻の下を伸ばすわけにはいかない。

 と、そこまで考えたモモンガであったが、室内にはラナー以外にも人が二人居たので、そちらにも目を向けている。入ってすぐに意識を向けなかったのは理由があり、まず一人が以前に会ったことのあるイビルアイだったからだ。

 王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の一員。それが仮面の少女アンデッド、イビルアイである。以前、イビルアイが所属する蒼の薔薇は、冒険者チーム漆黒としてのモモンガ達と手合わせすることになり、弐式や建御雷にヘロヘロ、そしてモモンガが彼女らと対戦した。蒼の薔薇は、王国の犯罪組織『八本指』、その警備部門の幹部……六腕と組んで戦ったのだが、結果としてチーム漆黒が全勝している。

 その中でモモンガと対戦したのが、イビルアイと六腕の不死王デイバーノックのコンビだった。そして先に単独で戦ったイビルアイは、事前にモモンガ達を怒らせた言動が仇となり、念入りに叩きのめされている。なお余談であるが、戦闘模様を観戦したデイバーノックは、不戦敗を選択し、その後はナザリックで不定期に働きつつ、現地人からすれば貴重極まりない書物に触れて幸せに過ごしていた。

 と、そのような経緯があるイビルアイを見たので、モモンガは彼女を意識するまでに時間が掛かったというわけだ。嫌なモノは見たくないのである。残るもう一人、こちらへの対応が遅れたのは、その人物が白金の鎧で全身を覆っており、肌の露出がないこともあって、一瞬、置物のように思えたからだった。

 

「ふむ……。失礼します、ラナー王女殿下。謁見の間でお目に掛かりましたが、アインズ・ウール・ゴウンと申します」

 

「ええ、その後は見事な魔法を見せていただきました。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。第三王女ですが……そこは気になさらず、楽に話していただければ……と思います」

 

(気楽にってねぇ……。営業先で出てくる偉い人は、たいがいそう言うんだけどさぁ……)

 

 酒の場の無礼講というのは、真に受けてはいけない。

 それと似たようなものだと判断し、モモンガは気を楽にする事はなかった。

 

「……失礼します」

 

 指定されたソファの中央に座ったモモンガは、左にデミウルゴス、右隣にアルベドを座らせている。アルベド達は、モモンガの座るソファの後ろで立とうとしたのだが、ラナーが「お二人も、どうぞ……」と勧めてきたので、両脇に座らせていた。

 テーブルを挟んで正面にラナー。左手前にイビルアイ、右手前に白金の鎧。

 クライムのみはラナーの指示も謝絶し、彼女の向かって右斜め後方で立っている。

 

「さて、王女殿下? 私にお話があるそうですが……。その前に、そちらの鎧の方について、紹介して頂けますか?」

 

 王女の用件を先にすべきかとも思ったが、誰とも解らない人物が居たのでは話もできない。モモンガの要望を「もっともだ」と判断したのか、ラナーは小さく頷いて鎧の人物を見た。その視線を受け、白金の鎧が頷く。

 

「はじめまして。アインズ・ウール・ゴウン殿」

 

 鎧の人物は、落ち着きのある声と口調で話し出した。

 

「僕のことはツアーと呼んで欲しい。そこに居るイビルアイの友達なんだよ」

 

「なるほど、了解した。私がアインズ・ウール・ゴウンだ。それで? そのイビルアイ殿の友達が何故、ここに居るのかな? ちなみに言っておくが、私はイビルアイ殿の友達ではない」

 

「ぬぐっ!?」

 

 イビルアイの呻き声が聞こえたが、モモンガは聞こえないフリをする。

 いつまでもイビルアイの態度の悪さについて引きずるわけではないが、第一印象が悪かった事でモモンガの気分はよろしくない。好きではない上に嫌いの部類に入るイビルアイの友達と聞き、モモンガの態度は自然と冷たいものとなっていた。

 

(って、いか~ん! つい言っちゃったけど、俺はまだ仕事中! 喧嘩売るような事を言ってど~する!)

 

 こんな事では、ナザリックの僕達の喧嘩っ早さを強く咎められない。

 モモンガは深く反省した。

 

「いや、すまないな。イビルアイ殿とは少し事情があるもので……。ツアー殿に対して、悪く思うところはないのだ」

 

「解ってるよ。イビルアイは、この世界では強い部類だから、大抵の相手には強い態度で出ちゃうんだよね。喧嘩を売る相手は、よく見てから……と、常々……いや、時々かな~、言っているんだけど……」

 

「わ、私は! その……だな……」

 

 反射的にイビルアイが声をあげたが、反論できる余地がないと見たのか、特に何を言うでもなく黙り込む。その様子を目の端で見たモモンガは、再びラナーに視線を戻した。

 

「申し訳ない、王女殿下。つい話し込んでしまって……。それで……私に何か御用件でしたか?」

 

「私はゴウン様を、神のごとき魔法詠唱者(マジックキャスター)と見込んで御相談があるのです。とは言え、そこは些細な話ですから。イビルアイさんとツアー様の御用件を先に……」

 

 それで良いのかと思う一方、モモンガは『アルベドぐらい賢い』というラナーの『些細な相談』を警戒してしまう。しかし、その話は後だと言われたので、モモンガは頷いてツアーに話しかけた。

 

「では、ツアー殿の話が先だ。ときに……先程の質問には、まだ答えて貰っていないように思うのだが?」

 

「僕が、何故ここに居るか……だったね。表向きはラナー王女の護衛かな。普通なら蒼の薔薇か、イビルアイ一人で事足りるのだろうけど。イビルアイは、君に負けちゃったそうだしね」

 

 ツアーは身振り手振りを交えながら答えるが、モモンガはツアーの動きを妙に感じていた。なめらかに動いているように見えて、動きが若干ちぐはぐなのだ。

 

(後ろから二人羽織をしている……と言うのかな……)

 

 出会ってすぐに戦闘となれば、こうした事には気がつかなかったかもしれない。落ち着いて話し合っているからこそ、気がつけたのである。

 

(この人、本当に人間なのかな?)

 

 イビルアイと同じようにアンデッドという可能性もあるが、弐式炎雷のことを思えばゴーレムのような存在なのかもしれない。幾つか魔法をかけて調べてみたいと思うものの、初対面の相手に「ちょっと魔法をかけてもいいですか?」とは言えないのだ。

 

(さすがに非常識だものな~)

 

「イビルアイ殿に勝ったのは、たまたま(元々勝つつもりだったのと、俺が頭にきてたから)だな。しかし、表向きが護衛? では、ツアー殿の本当の用件は別にあると?」

 

「それは……」

 

 ツアーが口籠もる。

 とはいえ、軽く握った拳を口元に当てるといった仕草をするでもなく、座ったままで微動だにしない。ここだけ見ても「突然、挙動が無くなるってのは不自然だな~」という印象を持ってしまう。

 

 

(そもそも、全身鎧を着てるって言っても、呼吸してたら多少は身体が動くよな? やっぱり、このツアーって人……弐式さんみたいなゴーレムじゃないの?) 

 

 少なくとも油断するべきではない。

 転移後世界における魔法位階の程度を思うと、『喋るゴーレム』なんてものがあったら大事件だ。

 

(いや、ゴーレムにスピーカーみたいな魔道具を埋め込めば、こっちの世界でもいけるのかな? ……うん?)

 

 ツアーが口籠もっている間に色々考えたが、思いのほかツアーが黙ったままなので、モモンガは首を傾げる。黙ったままという以前に、もはや置物の雰囲気だ。

 

「お、おい……ツアー?」

 

 イビルアイが対面のツアーに呼びかけている。だが、返事がない。

 モモンガの両側では、アルベドとデミウルゴスが視線を交わしている。それに気がついたモモンガはアルベドに目を向けてみたが、フルフルと首を横に振るのみだ。

 

(アルベド達でも把握できないか……。こういうわけの解らない事態って、本当に嫌なんだけど!)

 

 もう暫く待つべきか、ツアーに声をかけるべきか。

 悩んだ末に、モモンガは声をかけることにした。

 

「ん、ごほん。ツアー殿? どうかされたのかな? 体調でも悪いのであれば、話などは後日に……」

 

「うんっ?」 

 

 鎧は動かないものの、ツアーが反応を示す。

 

「あ、ああ、すまないね。ちょっと客……じゃなかった、体調……そう、体調が悪かったんだよ。もう回復したから、心配ないよ。ハハハハ……」

 

 笑っているが、全身鎧は微動だにしない。いや、途中から『笑っているように』動き出した。どう見ても不自然である。それに今、モモンガにとって聞き流すには不審過ぎる発言があった。

 

(今、『客』って言ったか?)

 

 モモンガは膝に置いた右手をあげ、自分の下顎を掴む。

 

(ツアーに客が来てるってこと? 客って、何処(どこ)に? ここじゃない何処かでツアーに客? <伝言(メッセージ)>でも受信したか? そうでないとしたら、ここじゃない何処かって……)

 

 俯き考えていたモモンガは、ふと、イビルアイを見た。左方で座るイビルアイは、モモンガの視線に気づくや、仮面着用のままの顔をプイと逸らす。モモンガが上体を傾けて覗き込むようにすると、今度は身体ごと捻るようにして顔を逸らした。

 

(イビルアイは何か知っている……か? おっと……)

 

 一連のモモンガの動作は皆の注目を集めていたようで、集まる視線に気づいたモモンガは姿勢を元に戻している。

 

「ふむ、まどろっこしいな。ツアー殿? 何か隠していることに関連して、都合の悪いことでもあったかな?」

 

「おい!」

 

 イビルアイが立ち上がった。仮面をつけているので表情は見えないが、声を聞くに恐らくは血相を変えているのだろう。そのまま何か言いかけたようだが、ツアーが手を挙げて彼女を黙らせた。

 

「いや、本当に済まないね。ある程度は見抜かれているようだし、もういいのかな? 実は僕……こういう者なんだよね」

 

 言いながら自身のヘルメットに手をかけたツアーは、そのままヘルメットを脱ぐ。いや、直後にモモンガが見たモノからすると、『脱ぐ』ではなく『外した』と言った方が良いだろう。

 取ったヘルメットの下には、何も無かったのだから……。

 この事実に最も驚いたのは「えっ!? なっ!?」と声をあげたクライムだったが、その次に驚いたのはモモンガだ。しかし、アルベド達の目がある手前、根性と営業魂で驚きを封じ込めている。

 

「……ここまでの会話から察するに、ツアー殿の本体は別の場所に居る……ということで良いのかな?」

 

「御明察だね」

 

 ツアーはヘルメットを装着……鎧にはめ直すと、肩をすくめてみせた。

 

「改めて自己紹介と行こうかな? 僕はアーグランド評議国の関係者だ。そこで永久評議委員を任されている。本名は……役職を言っちゃったからすぐに解るだろうけど、ツァインドルクス=ヴァイシオンだよ。普段は、ツアーって呼んでいいからね」

 

「ほう……。アーグランド評議国……」

 

 王国の北西……無数に山脈がある辺りに存在する国家だが、モモンガが知っている情報では確かドラゴンが統治する国だったはずだ。その評議員ということは、このツアーの正体はドラゴンということになるのだが……。

 

「では、ツアー殿は評議員閣下ということか……。ツアー閣下と、お呼びすべきかな?」

 

「別に公式の場ではないから、好きに呼んでくれて構わないよ。で、ゴウン殿の質問に答えていなかったね。僕の本当の用件……。それはね……『ぷれいやー』と話が出来るかどうか。そして、話が出来る相手かどうかを確認に来たのさ」

 

 『ぷれいやー』、つまり、ユグドラシル・プレイヤーと言いたいのだろう。今日までにモモンガらを指して『ぷれいやー』かどうかを聞いた人物は、他にも居る。今、同じ部屋に居るイビルアイだ。その時は、彼女の失礼な言動に腹を立てていたので、モモンガは知らないフリをした。しかし、今のところ、ツアーはイビルアイほどに悪い態度を取っていない。また、モモンガは事前にぷにっと萌えやタブラと協議していて、「『ぷれいやー』かどうかを聞いてくる者が居たら、自分の判断で回答して良い」と決めていた。

 

「『ぷれいやー』というのが、ユグドラシル・プレイヤーのことを指すなら、そうだ……と言っておこう」

 

「ちょっと待て! 前に私が聞いた時は、知らないと言っていただろうが!」

 

 左方のイビルアイが腰を浮かせて抗議をするが、「それは君の態度に問題があって、私が気を悪くしていたからだよ。あの時は、感情的になっていてすまなかったね」とモモンガが言うと、一言呻いて腰を下ろしている。

 

「普段からの言動には気をつけるべきだよね~」

 

 イビルアイが黙ると、ツアーが会話を再開した。

 

「まあ、僕は国の顔役みたいなものだから。強大な存在が出現すると、気にはなるんだよ。『ぷれいやー』は……ゴウン殿は、一人じゃないって聞いたけど?」

 

 今度は人数を探ってくる。当然、正確な人数まで喋るのは情報を渡しすぎなので、モモンガは曖昧に答えることにした。ただし、蒼の薔薇と手合わせをした際、イビルアイには弐式やヘロヘロ、建御雷などの姿を見られているので、「いいや? 俺しか居ないが?」と言う手は使えない。

 

「そうだな。私の他にも幾人か……。で? 話というのは何かな? 実のところ、私は忙しい身でね」

 

「せっかちだね~。けど、約束なしで会いに来たのは僕の方なんだし、そうだね。聞きたいことを聞くとしようか……。あっ……」

 

 ここでツアーは、再び黙り込んだ。

 それは話を切り出すのを躊躇っている……のではなく、先程のように遠隔操作を止めたように見える。

 

(客が……とか言ってたから、本体の前に居る誰かと話してるのか?)

 

 それはそれで失礼な話だが、そもそもツアー本人が来ていないので仕方がないのかもしれない。

 

(元の現実(リアル)で言う、ウェブ会議みたいなものだし……。それでも離席したりするときは、一言断るものだけど。ドラゴンに人間のマナーを求めるのも、ちょっとな……)

 

 モモンガが一定の理解をしていると、ツアーが再起動する。

 

「本当に申し訳ないね。ちょっとリグ……いや、客が……」

 

「さっきから挙動がおかしいと思ってたが……。あのババアが来てるのか……」

 

 イビルアイの呟きから察するに、ツアーの本体前で居る『客』とは老齢の女性らしい。新たな情報にモモンガが頷き、その仕草を見たのかツアーが咳払いをした。

 

「あ~、ゴホン。用件、そう、用件だったよ。僕はね、アインズ・ウール・ゴウン……君に確認したいのさ。君達が、この世界に破壊をもたらす存在か、混乱をもたらす存在か……どうかをね……」

 




 2~3話前までは、ラナーと話すシーンすら用意してなかったんですけど、ここでラナーを出さないと、出ないままで終わっちゃいそうな気がしたもので。あと、クライムも。
 で、せっかくだからツアーも出しちゃえ……と。
 少しは展開が早くなったかな?

 本当なら、ツアーがモモンガさんと顔を合わせるのは、第十位階魔法の実演が伝わった後で……とか考えてたんですけど、イビルアイとの一件がありましたので、彼女から先に伝わって正体を探りに来ても良いかな……と思いました。
 本作とツアーが戦うとしたら、原作14巻のような展開の後で、ギルメン全員で袋叩きですかね。その戦いが発生する頃には、ギルメンは更に2~3人増えてると思います。

 イビルアイ、ツアーが一緒に居るので、雰囲気が初対面時に近い感じに戻ってます。いいのか~? ツアーが助けてくれるとは限らないぞ~。

 そして、やはり入れてしまった宴会シーン。
 いやもう、ギルメン同士の会話とか書いてたら止まらないんですよ。


<誤字報告> 

戦人さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます
ここ最近、土曜の朝の涼しいうちに一気に書き上げてるので
どうも誤字チェックが……暑い……


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第89話

「破壊と混乱?」

 

 ツアーに問われたモモンガは、ソファに座ったまま視線を斜め上……天井に向けた。

 王城の来賓用控え室と言うだけあって、木枠の彫り物や、貼り付けられた壁紙のデザインが見事だ。中世系ファンタジー世界として正解の装飾なのか……と言われると首を傾げるところであるが、自分達の他に、過去にもユグドラシル・プレイヤーが来ていたらしいので、細かい事は言うべきではないのだろう。

 

(破壊と混乱ねぇ……)

 

 破壊というのは、転移後世界の全体を指して言っているのだろうか。だとしたら、そんなつもりは毛頭無いと言って良い。元の現実(リアル)における自然環境の絶望さを思えば、マスク無しで外出できるわ、川の水は飲めるわ、野生動物が居て……空も青い。まさに天国みたいな世界だ。それを破壊するなんて、とんでもない。 

 

(自然環境を破壊し尽くして、ゲームに出てくる魔界みたいに……いや、元の現実(リアル)みたいな環境に変えてやるぞ! なんて言ったら、俺、ブループラネットさんに殺されちゃう。合流済みや、合流する可能性があるギルメンでも怒るだろうしな~)

 

 最悪、行きすぎた発狂状態だと判断され、幽閉されてしまうかもしれない。

 では、混乱に関しては……どうだろうか。

 モモンガ達は、王国に対して裏から手を回し支配しようとしている。が、あくまでナザリック地下大墳墓の維持費を確保するためだし、支配した王国の民を酷い目に遭わせる気はないのだ。  

 モモンガは天井に向けていた視線を下げて、中が空っぽの甲冑……ツアーを見る。

 

「この自然環境が素晴らしい世界に対して、無体な事をする気はないのだが……。そもそも、ツアー殿が言う破壊と混乱とは、どういったモノなのだろうか?」

 

「そうだねぇ……。破壊に関しては、そのまま侵略行為……みたいなモノかな? 相手に対して慈悲なく殲滅するとか……」

 

 ツアーの口調は変わらない。

 破壊と混乱を問題としながら、『破壊』については適当な印象すら感じる。

 本題は、『混乱』の方かも知れないと睨んだモモンガは、今の王国に対して行っている支配活動を、ふわっとした形で確認してみた。

 

「ふむ。相手国の法に抵触しない範囲内で、権力を得るというのは侵略かね?」

 

「侵略とは言わないだろうね。その場合で侵略になるとしたら……実権を握りきった段階で突然に手の平を返し、別の国にとって都合の良い(まつりごと)をするとかだろうねぇ。それでも既に実権は握ってるんだから、う~ん……。侵略ではないのかな?」

 

 モモンガとしては、ナザリック地下大墳墓の維持費を引き出す代わりに、王国の政治は良いものにする予定だ。これは、ツアーの感覚ではオーケーが出ると見て良いだろう。

 

「なるほど、なるほど。であるならば、問題はなさそうだ。それでは『混乱』とは、どういったものなのかな?」

 

 そうモモンガが言った瞬間。

 室内の温度が、数度分ほど下がったような気がした。

 冷気の発生源はツアーだ。

 遠隔操作している甲冑越しに、冷たい怒りのようなものを放散している。

 

「この世界の在り方を勝手に変える……などだね。知っているかな? 位階魔法なんてものは、昔は存在しなかったんだよ」

 

「ある時に位階魔法が出現した……ということか?」

 

 ツアーが頷いた。

 モモンガは、「へえ、そんな事があるもんだな。偶然って凄い……なわけないか」と内心の独白にツッコミを入れる。ユグドラシル・プレイヤーが異世界転移して、転移先で元から位階魔法があった……ではなく、位階魔法が生えてきた。

 どんな偶然があったら、そんな事が可能になるのか。

 偶然ではないとしたら……。

 

「私に注意……釘を刺しに来て、その話題を出すということは……。位階魔法の出現に関して、プレイヤーが何かしでかしたということかな?」

 

「御明察だよ。世界を揺るがす強大なアイテムを使って、位階魔法を出現させたんだ。他で聞いて貰えば解るだろうけど、そのまま世界中に侵略の手を伸ばしてねぇ……ドラゴンも大勢殺されたな~」

 

 ノンビリとした口調に変わりはないが、声に含まれる熱が急低下していく。

 

(ああ、かなり怒ってるな。俺も色々調べたり、タブラさんやデミウルゴスから聞いてたけど……。やらかしたのは八欲王だろうな~。転移した先の世界が中世ファンタジーっぽいからって、好き放題やり過ぎだろ?)

 

 慎重に支配活動をしている自分を見習って欲しい。そうモモンガは考えていた。そして、自分が一人で転移してきたらどうなっていただろうかとも考えてみた。

 ナザリック地下大墳墓と僕達。それらと自分一人だけで……。

 

(以前にも似たような事を考えたが、やはり、アルベドとデミウルゴスが頼りになるだろうな。そうだ、パンドラズ・アクターが居るじゃないか! あいつを呼び出して、事あるごとに相談だ。それなら、転移後世界に大きな迷惑を掛けることなくナザリックを維持していける! 完璧じゃないか! 俺はパンドラとは仲がいい! 親しくしている! きっと、そうなっていたはずだ!)

 

 モモンガにとって、パンドラズ・アクターは他者の目に触れさせたくない黒歴史だった。しかし、話し合ってみると可愛いところがあるし、自分が創造したNPCだけあって取っつきやすい。絶対にモモンガを裏切らないというのも、重要なポイントだ。

 

(ふふふ、パンドラが……アルベドから守護者統括の地位を奪っていたりなんかしてな!)

 

 モモンガ的に、高い可能性でそうなっていたであろう別時空。その楽しい妄想に浸っていると、ツアーが音を立ててヘルムを上下させた。どうやら頷いたらしい。

 

「で? アインズ・ウール・ゴウン殿。君達は、どうなのかな? 破壊を撒き散らし、世界を混乱させ……世の(ことわり)を乱そうとする? であるならば、僕にも考えがあるんだけど……」

 

「釘を刺しに来たと思いきや、脅しかね?」

 

 この発言でモモンガが気を悪くしたと判断したのか、両隣で座るアルベドとデミウルゴスが殺気を発した。

 

「よせ、いちいち怒るほどのことではない」

 

 モモンガには、殺気というのが感覚として理解できていない。だが、すぐ隣で座る者が身体を強張らせたかどうかぐらいは解るのだ。

 

(くそ~、嫌味を言うのに、身内に気を遣わなければならないとか……)

 

 泰然自若。動じない構えで喋っているが、モモンガは内心でヒヤヒヤしていた。この場で戦うところまで行かないだろうが、仲違いした状態でツアーと別れるのは良くない。最終的に戦うかも知れないが、相手が相手……水面下で準備する期間が必要だからだ。

 そのようにモモンガは考えていたが、ツアーは気の圧力を下げながら会話を再開している。

 

「脅しに聞こえたなら謝るよ。けど、僕は多少なりとも責任を負う立場なんだよね。しかも、相手が『ぷれいやー』とくれば、恐れるし緊張もする。警戒だってしてるのさ。その辺を解って欲しいなぁ」

 

「そこは理解できると言っておこう。しかし、世界を揺るがす強大なアイテムを使って……か」

 

 そんなことができるアイテムと言えば、世界級(ワールド)アイテムだろう……とモモンガは推察した。そして、どんな世界級(ワールド)アイテムであれば、ツアーが言うような事を実現できるかも見当がついている。

 

五行相克(ごぎょうそうこく)か、あるいは永劫の蛇の指輪(ウロボロス)か……)

 

 かつて、元の現実(リアル)……ユグドラシルにおいて、運営に対し、システムの変更が要求できる世界級(ワールド)アイテムが存在した。『五行相克(ごぎょうそうこく)』と、その上位互換である『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』だ。それらを使って、転移後世界の(ことわり)を歪めたのだとしたら、世界級(ワールド)アイテムの性能再現度は、凄まじい事になっていると言えるだろう。

 

(見も知らぬ世界に放り込まれて、手元に『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』があったなら、勝手知ったる位階魔法を使えるようにしたくなる……か?)

 

 『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』を使うことで、元の世界に戻る事も可能だったかもしれない。だが、モモンガは「俺なら、元の現実(リアル)に戻るために『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』等を使ったりしないな」と考えていた。

 この転移後世界は自然環境が健常である。その一点だけでも、モモンガを引き留めるに十分な魅力を有しているからだ。ましてや数多くのギルメンが居て、幸せに暮らしているともなれば、元の現実(リアル)に戻るなどは絶対にあり得ない。

 元の現実(リアル)に戻る理由。それがあるギルメンなどには、別の意見があるかもしれないが……。

 

(たっち・みーさんは妻帯者だったな……。合流できたとして、そこを理由に元の現実(リアル)に戻りたいということなら、全面的に協力するけど……。おっと、ツアーに返事しなくちゃ……) 

 

「そういった強大なアイテムがあったとしても、昔にしでかした連中のような真似はしないだろうな。私はね、ツアー殿。今の、この世界を気に入っているのだよ」 

 

「今の世界か……。今の世界ってさ、歪められた後の世界なんだけどねぇ……」

 

 ツアーの声が再び圧力を帯びた。モモンガが『今の世界を気に入ってる』と言ったのが気に入らないらしい。「お前たち、『ぷれいやー』が歪めた世界じゃないか! それを、言うに事欠いて好きだと!? 貴様が言うのか!」というところだろうか。

 

「それを私に言われてもな。それで? 私の回答は御期待に添えたかね? ラナー殿下との話に移っても構わないかな?」 

 

 いい加減で面倒くさい。

 一瞬、ツアーに対する苛立ちがモモンガの中で浮上したが、視界の端にイビルアイが入ると、そちらに対する苛立ちに移り変わる。

 

(俺も思いのほか、イビルアイには腹が立っていたようで……)

 

 内心苦笑するモモンガ。とはいえ、現時点でツアーに対する心証はマイナス寄りなため、用件が済んだなら帰って欲しいのだ。

 

「そう邪険にしないで欲しいね。じゃあ、ゴウン殿の意思は確認できたとして……。最後に二つ聞きたい」

 

「なにかな?」

 

「まず……今、そっちに『ぷれいやー』は何人居るのだろうか?」

 

 室内が静まりかえった。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の現有ギルメンと言えば、モモンガ、ヘロヘロ、タブラ・スマラグディナ、弐式炎雷、武人建御雷、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、ブルー・プラネット、獣王メコン川、ベルリバー、やまいこ、ぷにっと萌え。総勢十二人である。この人数を過小に伝えるか、過大に伝えるか。あるいは、そのままの人数で伝えるか。本来なら、モモンガは大いに迷ったことだろう。ギルメンの人数に関する情報は、戦略的な重要性が高いからだ。

 だが、このツアーの質問は想定内である。そして、ぷにっと萌えやタブラからは次のように答えて良いと、モモンガは言われていた。

 

「私を含めて十二人だな……。それが、どうかしたかね?」

 

「じゅ、十二人!? それは……イビルアイから聞いていたよりも、随分と多いんだけど……」

 

 ツアーが、イビルアイに向けてヘルムを回すと、イビルアイは身振り手振りを交えながら、「わ、私は! この目で見て、確認した人数を言っただけだぞ!」と弁解する。

 

「君を疑ってるわけじゃないよ。でも、十二人……かあ……」

 

 遠隔操作している甲冑越しであるが、ツアーの声は間違いなく震えていた……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふふふ、驚いてる驚いてる……」

 

 ナザリック地下大墳墓の円卓では、解毒処理して酔いの抜けたギルメン達が、異形種化したまま再び席につき、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)改を見ている。

 笑って呟いたのは、タブラだ。

 

「あのツアーって人……ドラゴンでしたっけ? どう判断するかなぁ。本当のギルメン数を十二人以下と見るか、それ以上と見るか。あるいは言葉どおりに受け止めるか……。ぷにっと萌えさんは、どう思います?」

 

 呟きから、ぷにっと萌えに対する問いかけに移行したので、ギルメン達の視線はぷにっと萌えに集中する。

 

「タブラさんも予想はできてるでしょうに……。そうですね……」

 

 ぷにっと萌えは、緑のツタや草皮によって小柄な魔法使いに見える姿で頷いた。

 

「俺の見立てでは、少ない人数に見積もるでしょうね。あのツアーは、『ぷれいやー』を恐れているようですし、確証のない人数情報を聞かされたなら、願望が混じった判断をするでしょうよ。『ゴウンは人数を水増しして、ハッタリを言ってるに違いない!』って感じにね。そうだなぁ、ギルメン数を十人か九人ぐらいだと考えるかな……。『ぷれいやー』への恐れと警戒が、俺達の思う以上だったら……八欲王より少ない、六人か七人ってところですかね」

 

 おお……とギルメン達が(どよ)めくが、ぷにっと萌えは内心では「どっちでもいい」と考えていた。ツアーが、ギルメン数を過小どころか過剰に見積もったとして、どの場合であっても対処法はあるからだ。

 

(今くれてやった情報でやりたいのは、ツアーを精神的に揺さぶることだし)

 

 法国から伝わった情報では、ツアーは評議国において竜王と称される存在である。その彼が『ぷれいやー』に対して恐れを抱き動揺するなら、評議国それ自体も大きく揺れるだろう。破れかぶれになって戦いを挑んでくる可能性もあるが、ぷにっと萌えの考えでは、その可能性は限りなく低かった。

 

(モモンガさんが正直に話した、ナザリックの現有ギルメン……十二人。これが八欲王より多いってことが、ツアーを悩ませるだろうしね~)

 

 かつて転移後世界に存在した、ユグドラシル・プレイヤーの集団……と思われる八欲王。最終的には壊滅したらしいが、八人かそこらのプレイヤーによって、ツアー達は散々な目に遭わされたらしい。八欲王の全員が一〇〇レベルのプレイヤーだったとしても、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンだって全員が一〇〇レベルだ。しかも、ナザリック側が人数で上回っている。

 

(更に言えば、八欲王と戦った時よりもドラゴンの数が減ってるとか、強いドラゴンの多くが死んだとか……。ナザリック側に有利な要素があるしね。まあ、油断は禁物だけど、評議国と戦ってナザリック側が負ける事はないだろうな……)

 

 極端な話、ナザリックに居るギルメンが、例えばモモンガ一人だけであっても何とかなると、ぷにっと萌えは睨んでいる。

 

「それに、ですよ? この転移後世界には、我々のようにナザリックのギルメンが転移してきてます。聞いた話では、短い期間で続々と合流できてるようですし、時間の経過と共に評議国との戦力差は広がっていくことでしょう。ツアーを始めとした評議国の上層部が悩み、うだうだと議論して時間を潰してくれれれば、言うことなしですねぇ。無論……」

 

 ぷにっと萌えは、居合わせたギルメン達の顔を見回した。

 

「……破れかぶれで戦いを仕掛けてきたとしても、受けて立つまでのことですが」

 

 この言葉を聞いたギルメン達の顔に影が差し、眼光のみが怪しく光り出す。口元などは三日月型だ。中には、ヘロヘロのように人化しないと表情が出ない者が居るし、弐式のように面を装着している者だって居る。が、醸し出す雰囲気は、明らかに悪い笑みを浮かべているものだ。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』として強大な敵を迎え撃つ。

 これは彼らの闘争心を掻き立てるに充分すぎるシチュエーションであった。

 

「ただ、一つ気になること……懸念事項があるんですよ」

 

 中々に悪い雰囲気であったが、ぷにっと萌えが一言漏らすや、円卓は一瞬で空気が引き締まる。

 

「いえね、王国でやったデモンストレーション。一番の目的は、遠くに居るかもしれないギルメンに対し、我々の存在を知らしめることですが……。強力な魔法を使ったことで、それを知った帝国が怖じ気づくのではないか……とね。戦い自体が無くなる可能性があります。まあ、モモンガさんの魔法の後は、建御雷さん達の突撃を予定してたので、その分の情報が表に出ないなら、それはそれで良いんですけど」

 

 ナザリックのギルメン的には大暴れの場が無くなるかもしれないので不満だ。しかし、死人の数が減るのであれば、それはきっと悪いことではないのだろう。そう判断したギルメン達は、互いに頷き合い……再び酒瓶に手を伸ばすのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「人数については解ったよ。本当かどうか解らないけど……。じゃあ、残る質問をさせて貰うとしようかな」

 

 残った質問。それは、近日中に発生するであろう帝国との戦いにおいて、モモンガ達が王国に加勢する際……。

 

「君は、どの位階までの魔法を使うつもりなのだろうか?」

 

「第十位階の魔法だな。ちなみに<隕石落下(メテオフォール)>というのを使用する予定だ。空の高いところから隕石が降ってくる魔法でな、地上の軍勢などはあらかた吹き飛ぶ。凄く派手だし、見栄えがするぞ~?」

 

 カラカラと笑いながらモモンガは言うが、ツアーは本体の方で冷や汗を流している。

 

(隕石を降らせる魔法って、八欲王達が使ってたアレだっけ? あんな魔法を人間の国同士の戦いで使うとか……)

 

 ツアーの感覚では、そういった高位階魔法を使うのは止めてほしいのだが、言ったところでモモンガが止めないだろうというのも予想できている。

 

(もう……ゴウン達の実力を測れれば良いかな~)

 

 ツアーは半ば諦めて溜息をついた。

 ラナーから聞いた話では、モモンガが大きい魔法を使用した後に、ナザリック勢が帝国軍に向けて突撃するらしい。その後の残敵掃討は王国軍の受け持ちだ。つまりはモモンガ以外の『ぷれいやー』の戦いをぶりを見られるわけで、ここで苦言を呈してモモンガの機嫌を損ねる必要はないとツアーは判断している。

 

(どうせ、その戦い……ゴウンの魔法や、他の『ぷれいやー』を相手にして死ぬのは、大抵が人間だしね……)

 

 多くの種族が集う評議国。その代表者の一人たるツアーにとって、亜人を迫害する事の多い人間には、それほどの親しみを感じていない。中にはガゼフやラナー、それに今、ツアーの本体前で立つ老婆のように、見どころのある人間は存在するが……。

 

「わかったよ。君達と帝国との戦いを見るのは……別に構わないのだろう?」

 

「構わないとも。大いに我らの力を知って欲しい。今後の付き合いに良い影響が出るはずだ」

 

 モモンガは本心から言ったのだが、同席している者達には脅しにしか聞こえていない。ツアーは乾いた声で笑い、イビルアイは声も出ない状態である。

 その後、ラナーとモモンガの対談に移行しかけたが、ラナーが「私個人の、重要なお話になりますので。申し訳ないのですが……」と、ツアー及びイビルアイ、そしてクライムの退室を希望した。ツアーは用件が済んでいたので、ラナーさえ良ければ帰りたいと思っていたし、そこはイビルアイも同様だ。クライムのみは頑強に反対したが、ラナーが頼み込む形でようやく退室に同意している。

 

「さて……お待たせしました」

 

「それほど待ったわけではないが……。それで重要な話とは何かね?」

 

 一国の王女が、護衛を全て排して話したいこと。

 その一点だけで緊張するに値する。

 モモンガからすれば、『ぷれいやー』を嫌う感情をにじませるツアーの方が、余程やりやすい相手だった。

 生唾を飲み下す思いでモモンガが待っていると、ラナーはニッコリ微笑む。

 

(わたくし)を、お雇いになりませんか?」

 

「……あの、王女殿下?」

 

 モモンガは「はぁ?」といった驚きの声を出さなかった自分を、褒めたい気持ちで一杯だった。そもそも、モモンガは帝国との戦いで功績を挙げ、王国貴族になろうとしている。つまり、雇われるのはモモンガ達の方で、ラナーは雇う側なのだ。

 

「現時点で、私は王国の……まあ民のようなものですから。ラナー殿下は、その……要望とか通達とか、命令などすれば良いのではないですか?」

 

「いえいえ、強大な力を持つ方に対して、私が自分自身を売り込んでいるというお話ですので……」

 

 ラナーは言う。

 帝国最強、そして人類最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるフールーダ・パラダイン。彼が第六位階を上限としているのに対し、モモンガは第十位階を使用でき、これを実証した。それはラナーにとって驚嘆に値することで、頼って(すが)るべき、まさに神の力なのだ。

 

「王国の貴族のほとんどは、魔法詠唱者(マジックキャスター)に重きを置いていません。理解が及ばない、あるいは理解したくないのでしょうね。ですが、(わたくし)は違います」

 

 王女として表向きには無理だが、個人としてならモモンガ達のために尽力できる。

 

「非才の身ですが……知恵働きの方面でしたら、お力になれるかと……」

 

 非才の身とは謙遜も良いところだ。しかし、アルベド達から高く評価されるラナーの知謀。これを取り込めるとしたら、ナザリックにとって大きな益になるだろう。問題は、モモンガが『ナザリックの僕らが思うほど偉大な人物』ではないことがバレる可能性が高いことだ。だが、ナザリック側にはアルベドやデミウルゴス、ぷにっと萌えやタブラなど知恵者が揃っている。

 

(そもそも、俺が何てことない凡人だってバレたところで、別に構わないしな。今のナザリックにはタブラさんや、ぷにっと萌えさんが居る。そもそも、だいたいのギルメンは俺なんかより凄いんだ。知恵者枠ならパンドラだって居るぞ? そう考えたら気楽なもんだよ)

 

 仲間達の存在がモモンガの気を大きくし、そして軽くしていた。

 

「なるほど……。ラナー殿下のお気持ちは解りました。それで、雇われたいとのことですが……。その対価として、我らは何を支払えば良いのでしょうか? 金貨……などではないのでしょう?」

 

「さあ、何だと思われますか?」

 

 悪戯っぽく微笑みながらラナーが言うので、モモンガは「ふむ」と唸る。

 相手は王族なのだから、金銭ではないのは当然だろう。それ以外となると、ラナーが先程から持ち上げている魔法関連だろうか。ラナー自身が、高位階の魔法を習得するのは難しい……いや、ナザリック所有のアイテム次第では可能だが、彼女が望むこととは違っているのはモモンガにも読み取れる。

 

「何かしらの……魔法のアイテムをお望みなのかな?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ああ、疲れた。どっと疲れたよ……」

 

 言葉どおりの疲れを声に滲ませながら、ツアーが呟いた。

 控え室を退室した後は、イビルアイと共に王城の通路を歩いているのだが、その辺の窓から外に出て飛んで帰らないあたり、イビルアイに愚痴を言いたいのだろう。

 イビルアイにしてみれば、ツアーの本体前に居るらしい死者使いの老婆……リグリット・ベルスー・カウラウが聞き役に回って欲しいのだが、ツアーはイビルアイに話そうとしている。

 

「あのな、ツアー。疲れたのは同意するが……。私の方こそ疲れたぞ。ゴウン達の嫌悪感を私に集めて、お前はシレッと話をしていたのだからな」

 

「その埋め合わせは、ちゃんとすると言ってるじゃないか」

 

 以前、モモンガ達を怒らせたイビルアイ。わざわざ、彼女を同席させた理由とは、ツアーがモモンガとの会談の場に(表向きラナーの護衛として)同席できるようにするためだ。……と、モモンガには説明したのだが、実は違う。

 元から嫌われているイビルアイを同席させることで、ツアー自身がある程度強く出ても、モモンガから悪く思われないように……というのが真の狙いだ。事実、モモンガは良い気こそしていなかったが、イビルアイに対する悪感情の方が大きいことで、ツアーに対しては今すぐどうこうという考えには到っていない。

 

「ん、まあ……ツアーに同席して欲しいと相談したのは私だからな。ああいう風に利用されることも事前には聞かされていたし。しかし……自分より強い者に煙たがられながら、他人の会話に同席する。それが、あんなに精神的に来るものがあるとはな……」

 

 イビルアイはアンデッドである。幾つか事情があって、特殊なアンデッドではあるが、精神的な疲労に関しては生者よりも耐性があった。にもかかわらず精神的疲労を感じるというのは、それだけモモンガからプレッシャーを感じていたということだろう。

 

「それで? ツアーとしては、どうする気なんだ?」

 

「どうするも何も、見学させて貰うだけさ……」

 

 十二人居るという『ぷれいやー』が何人出てくるかはわからない。だが、それぞれの戦い方や強さを知っておくのは、後々の役に立つはずだ。

 

「……でもねぇ、八欲王より人数が多いというのが本当なら、もうどうしようもないよ……」

 

「ツアーでも、そう思うほどなのか!?」

 

 信じられないといった口調で、イビルアイがツアーを見上げた。

 

「……本当に『ぷれいやー』が十二人も居て、八欲王よりも多いのならね……」 

 

「……と言うと?」

 

 イビルアイの問いかけに対し、ツアーは右手の平を出して沈黙を要求する。

 

「『盗聴防止』の魔法を使ったよ。そういうアイテムを持たせているのでね。では、会話の続きといこうか……」

 

 通路の一角、柱の陰で立ち止まったツアーは、自分の思うところを語り出した。

 

「いくら何でも、『ぷれいやー』が十二人も居るわけないよ。あの八欲王だって八人だよ?」

 

「十二人という人数がハッタリだと言うのか? では、ツアーは何人だと思っているんだ?」

 

「……そうだねぇ……」

 

 ツアーは甲冑の腕を操作し、腕組みしつつ右手でヘルムの顎部分に手を当てる。

 ゴウン(モモンガ)が言った十二人という人数。これが嘘だとしよう。では、少なく見積もって八欲王と同じ八人居るかどうか……。それを考えたツアーは『あり得ない』と判断し、深く考えることを放棄した。八欲王と戦ったときと比べ、ドラゴンの勢力は大きく衰えている。八欲王と同じ規模の『ぷれいやー』を相手取るなど、もはや不可能だ。

 ツアーの(モモンガと対面した後の)感覚的で言えば、一人の『ぷれいやー』にだって勝てるかどうか怪しい。

 

(やりように寄るのかな~……。けど、イビルアイが見ただけでも、ニシキ(弐式)ヘイグ(ヘロヘロ)タケヤン(建御雷)……そして、モモン……アインズ・ウール・ゴウン。四人も『ぷれいやー』が居るんだよね~……。……冒険者チームの漆黒って、他にもメンバーが居るんだっけ? 最低でも四人以上か~……無理だよね~) 

 

 この時点で、ツアーには戦ってナザリック陣営を排除する選択肢はなかった。

 

(いや、いやいや! 『ぷれいやー』は、実はゴウンだけで……他のニシキなどは、すべて従属神というのはどうだろう?)

 

 従属神とは、『ぷれいやー』に従う神の如き者として、ツアーなど、一部の存在には認識されている存在だ。これは、ナザリックで言うところのNPCにあたる。

 アインズ・ウール・ゴウンは、申告した十二人に足りない数を従属神で水増ししている。ゴウン以外の者は、全員が従属神ではないか……。

 そう思い込みたい一心で、ツアーはナザリック陣営の戦力を過小評価しようとしていた。

 無論、ツアーは愚かなドラゴンではないから、願望に基づく状況判断は危険だと認識している。しかし、『ぷれいやー』の恐ろしさを知っていることで、どうしても過小評価に判断が傾いていくのだ。

 だが、今想定したように、ゴウン(モモンガ)以外の存在、全員が従属神だった場合……。

 ツアーは、本体の方で大きな溜息をつく。

 

(どのみち勝てないよね~……。『ぷれいやー』一人に、従属神が数人以上とか……冗談じゃないよ……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「何と言うか……。あの王女様、想像以上に闇が深かったな~……」 

 

 レエブン侯との打合せを終えたモモンガは、<転移門(ゲート)>により戻ったナザリックの第九階層を歩きつつ呟いた。本拠地に戻って来たので異形種化しているが、死の支配者(オーバーロード)になるなり、アンデッド特性の精神安定化が発生したので驚いている。

 

(俺、一国の王族とか、ドラゴンの王様と話をしたもんな~……人化したままで。よくもまあ、胃に穴が開かなかったものだよ! ほんと!)

 

 そのモモンガの隣を歩くのは異形種化した獣王メコン川で、<転移門(ゲート)>で戻ると言うモモンガを迎えに来たのだ。この二人の後ろを、守護者統括アルベドが歩いている。デミウルゴスは、他の業務により別行動中だった。

 

「俺達も、遠隔視の鏡改で見てたけどさ……。愛するクライムと永遠に愛し合いたいから、何かこうイイ感じの種族に生まれ変わらせてください。ってのはな~……みんな、ドン引きだったよ。ああ、タブラさんは、『限られた情報から、そこまで想定している!?』って、大はしゃぎで解説してたけど……」

 

「タブラさ~~ん……」

 

 ここには居ないが、これから向かう円卓に居るであろうタブラに、モモンガは力無く呼びかけた。タコ顔の異形が、爆笑しながらアレはこうだとか、この時のラナーの感情はどうだったか……とか解説している様が容易に想像できる。

 

「それで? モモンガさん的には、どうすんのよ? 王女様の願い、かなえてやるのか?」

 

「ん~……」

 

 右隣のメコン川が獅子顔を寄せて覗き込んでくると、モモンガは唸った。ギルメン達の了承が必要だが、ラナーの希望を叶えられるアイテムというのはあるし、彼女の功績次第では渡してやっても良いだろう。 

 

「クライムという少年に関しては、大変な女性に好かれているという点で思うところはあるんですけどね~」

 

「クライムの方で王女様に憧れてるってのが、せめてもの救いか~……」

 

 もういいや、他人の色恋に踏み込みたくない。

 そういった認識がモモンガとメコン川の間で生まれ、会話が途切れる。続いてやってくるのは気まずい雰囲気だが、これを払拭(ふっしょく)するべく、モモンガは新たな話題を切り出した。

 

「そう言えばメコン川さん。先日、ダンジョンアタックしてきた中の……アルシェというお嬢さんと親しくなったそうですが……」

 

「うん? 親しい……のか? 親しいのかもな……」

 

 歩き続けるメコン川は、斜め上を見ながら下顎の右を指で掻く。左側の口の端を持ち上げる癖はいつも通りだが、異形種化してやると肉食獣が牙を剥いているようにしか見えない。

 メコン川がアルシェと出会ったのは、帝国貴族からの依頼でナザリックに向かっていたワーカー隊と、ナザリックに向けて移動中だったメコン川とベルリバーが遭遇したのが最初だ。道中で生じたモンスター等の襲撃、その際にアルシェをかばった辺りから慕われだし、彼女の両親の更生に向けて口を()いてやったことで、アルシェの気持ちが一気に傾いたように思える。

 それはちゃんと認識しているメコン川であったし、アルシェに対しても悪い気はしていないのだが……。

 

「歳の差が……なぁ」

 

「親子ほど離れてるとまでは言えませんけど、オジサンと少女ですからねぇ……」

 

 モモンガは笑ったが、エンリやニニャと自分の年齢差を考えると、そう笑ってもいられない。

 

(俺……よく考えたら凄いことしてるんじゃないか?)

 

 第六位階が上限とか言われている界隈で、第十位階魔法をブッ放すのも凄いが、それと別なところで……複数の少女と交際するというのは凄い。

 少なくとも、元の現実(リアル)ではあり得なかったことだ。

 

「アルベドは、どう思う?」

 

 モモンガは歩きながら、肩越しでアルベドを見る。

 

「ああ、ええと……男女の交際で、男の方が随分年上という話なのだが……」

 

「ちょっ!? モモンガさん!? それを女の人……しかも、恋人に聞くのかぁ!?」

 

 メコン川が目を剥いている。モモンガ自身、「しまった!」と思うが、内心ではメコン川の事情にかこつけてエンリやニニャの事を確認したいのだ。果たして、設定年齢と実年齢については定かではないが、おそらく二十代設定のアルベドはどう思うだろうか。

 

「……アインズ様?」

 

 アルベドはスウッと目を細めて確認してきた。

 

「獣王メコン川様のお話……ですよね?」

 

「う、うむ。至高の御方とか、そういうのは無しにしての話でもある」 

 

 まじめくさって魔王ロールをしているが、要は恋愛相談である。しかも、相手はサキュバスだ。

 

「そう……ですね。アインズ様、世の中には年上でないと駄目、年下でなければ嫌だ……という好みの問題があります。(わたくし)が見たところ、アルシェは特に年齢に拘る性格ではありません。そこで獣王メコン川様に関してですが、着実な積み上げによってアルシェの好感度が蓄積し……」

 

「着実なって……。俺、好感度の蓄積とかしてたっけっ!? 俺の知らない何かがあったの!?」

 

 メコン川が自分を指差している。呆気に取られた白獅子顔というのは中々見られるものではないが、モモンガは敢えて無視してアルベドに続きを促した。

 

「好感度の蓄積によって、『頼りになる年上の男性』という対象になったことでしょう。その後は、両親の一件で相談に乗ったこともあって好意が確定したようですが。以上のことから年齢差に関しては、もはや問題ではありません。獣王メコン川様が悩まれることは、何も無いように思えますね」

 

「ふむ、なるほど……」

 

 隣でメコン川が少しホッとした様子で居るが、モモンガはチラ見したのみで『自分の場合』について考えてみる。

 

(ふむ。女性側の好感度さえ高ければ、年齢差は問題ではないか……。他人から、どう見えるのかも気になるけど、アルベドの様子からすると、当人同士の問題として考えて良さそうかな……。他人のつまらない目などは気にする必要もないと……)

 

 何となく気が楽になったが、自分の隣にエンリ、あるいはニニャ……その配置で町を歩く姿を想像すると、やっぱり気恥ずかしい。アルベドやルプスレギナに置き換えると、それほどではないのだから……やはり、自分の中で年齢差問題は燻っているようだ。

 

(俺が慣れるしかないのかなぁ……。しかし、好感度ねぇ。ペロロンチーノさんが聞いたら、色々語り出しそうだ……。あと、タブラさんも……)

 

 タブラのことを思い浮かべたところで、モモンガは再度アルベドを振り返る。

 

「参考になったぞ、アルベドよ。その、すまなかったな……色々と……」

 

「もったいないお言葉です。……お気遣いなく……」  

 

 モモンガが礼を言うと、アルベドはフワリと微笑んだ。

 恋人に対し、直接的にではないにせよ、他の女性のことを聞くのはどうかとモモンガは思う。これを問題視せずに応じ、謝罪を受け入れてくれたことは……モモンガにとって、アルベドに対する大きな借りだ。

 

(何かで報いてあげないとな~……。贈り物とか? う~ん、何が良いんだろう? タブラさんに相談してみるかな?)

 

 そんなことを考えているうちに、円卓の前に到着する。アルベドが前に出て扉を開けようとしたが、それよりも先に内側から扉が開け放たれた。 

 

「モモンガさん! おっ疲れさまーーーーっ!」

 

「うわっと!? 弐式さん!?」

 

 飛び出てきた弐式が抱きついてくる。酒臭く、酔っ払っている様子から見ても面の下では人化しているらしい。その彼を首にぶら下げ、驚いたまま歩を進めると、円卓からは次々にギルメンが出てきた。

 

「モモンガさん! これから食堂で二次会をやるんですよ!」

 

 ペロロンチーノが、両手に一本ずつ持った酒瓶を掲げて言う。

 モモンガがツアーと話をしていた辺りでは皆素面だったのだが、ラナーと話し出したところから再び飲み出したらしい。後で茶釜に聞いたところでは、「最初は軽く飲みながら聞いてたんだけど~、なんかもう、途中からガンガン飲んでないと聞いてられない感じでさ~」とのことだった。

 モモンガに語った茶釜はゲッソリしており、ラナーのクライムに対する思いは、ギルメン達にとって衝撃的だったらしい。

 

「さあ、モモンガさん。俺達の戦い(飲み会)は、これからだ!」

 

「えっ? 何、その最終回みたいな言い方!?」

 

 続いて姿を見せたのは建御雷だが、戸惑うモモンガの左肩を掴んで一八〇度回すと、そのまま背中を押し始める。半魔巨人(ネフィリム)のパワーなので、モモンガは抗しきれず今来た通路を戻り始めた。

 

「み、皆さん! もう随分と飲んだんじゃないですか!?」

 

「だって、モモンガさんは飲んでないじゃな~い!」

 

 背中を押す手が増える。建御雷と同じ半魔巨人(ネフィリム)のやまいこだ。

 

「やっぱり、モモンガさんが居ないと盛り上がらないし!」

 

「やまいこさん、俺が居ても盛り上がら……うわわ! 二人で押さないでくださいよぅ!」

 

 どんどん押されていくモモンガの背を見て、ペロロンチーノがベルリバーと顔を見合わせる。

 

「ややや! ベルリバーさん! モモンガさんが拉致されていきますよ!」  

 

「なんてこった! 誘拐事件ですよ! ペロロンチーノさん!」

 

 酒が入っている者同士で「追跡だーっ!」とモモンガの後を追って駆け出した。

 拉致も何も、食堂に行くことは解っているので、あくまでノリなのだ。

 その後を、茶釜やブルー・プラネット、ぷにっと萌えにタブラなど、残りのギルメンがゾロゾロとついて行く。

 ナザリック地下大墳墓における飲み会は、まだまだ続きそうであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「陛下! (わたくし)めは、勝手ながら職を辞したいと存じます!」

 

「本当に勝手だぞ……。いったい何があった? 爺?」

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、目の前で息を荒くしている老人に向けて溜息をつき、羽根ペンを置いた。ここは皇帝の執務室であり、そこへ駆け込んできたのは宮廷魔術師のフールーダ・パラダイン。大陸に居る人間種としては四人居る逸脱者……英雄の領域を超えた『逸脱者』と呼ばれる者の一人だ。

 白で埋め尽くされた長髪に、これまた白しかない長い髭。

 顔に刻まれた数多の皺は、フールーダが長い年月を生きてきたことの証である。だが、彼は第六位階魔法と儀式によって寿命を延ばしており、見た目以上の高齢者なのだ。

 その逸脱者が息を荒らげて辞意を表明したのだから、ジルクニフのみならず、護衛の当番として室内に居た女性騎士、レイナース・ロックブルズも呆気に取られている。レイナースは過去にモンスターから呪いを受けており、顔の右半分を膿が吹き出す醜いものに変えられていた。だが、髪で隠した右半分……ではない、露出した左半分は美しいままなので、それがポカンと口を開けている様は、実年齢より幼い印象を周囲に与えている。

 

「何があったも何も、報告を聞いたであろう! 第十位階! 第十位階じゃぞ! そのような大魔法使いが、よりにもよって王国に居たとは! 儂は弟子入りして、教えを請わねばならんのじゃ! そういう事で、儂は王国に行くのでな! さらばじゃ!」

 

「レイナース!」

 

 言いたいことをまくし立てたフールーダが背を向けると、ジルクニフは目の間を指で揉みながらレイナースを呼ぶ。それは名を呼んだだけだったが、声に含まれた意図をレイナースは(あやま)たず理解していた。

 甲冑を着込んでいるというのに音もなく、そして風のように駆けてフールーダの背後に立つ。 

 

 ガツン。

 

 とても硬い音がしたかと思うと、フールーダは前のめりにパタリと倒れた。その足下では愛用の槍を構えたレイナースが居て、息を吐いている。

 

「気絶させました。と言いますか、簡単に背後が取れすぎて驚きです」

 

「爺は、魔法に目が眩むと駄目になるからな……」

 

 執務机で両肘を突き、組んだ指の上に額をのせたジルクニフは、チラリと机上の書類を見た。それは、フールーダが言っていた『第十位階』の魔法に関する報告書だ。

 

「王国のブルムラシューからの情報によると、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアインズ・ウール・ゴウンは第十位階魔法を使用する。それも、巨大な隕石を空から降らせる……か」

 

 自国の最強魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインでも第六位階が限界である。いったい、どういった冗談なのだろうか。冗談や嘘なら、フールーダが狂っ……おかしくなって普通に迷惑だ。だが、事実だとしたら大問題だと言えた。

 

「王国と戦ったら、空から隕石が降ってくるだと? それも第十位階? ……なんだって、そんなことになってるんだ? アインズ・ウール・ゴウンは……大したことのない魔法使いじゃなかったのか?」

 

 ジルクニフは組んでいた手を離すと、うつむき気味だった頭部を抱えて髪を掻きむしる。

 執務机上に金色の頭髪が落ちるが、彼は気にしなかった。

 

「ワーカー共め! 凄いとか恐ろしいとかじゃなく、もっと具体的な情報を寄越せば良いものを!」

 

 とは言え、第十位階魔法を目の当たりにするような状況であれば、送り込んだワーカー隊は誰一人として戻ってくることはなかっただろう。断片的にとは言え、情報を得られただけマシだ。と、ジルクニフは思い、自分を慰めた。

 しかし、彼は知らない。

 ワーカー隊は、ナザリック地下大墳墓側に友好的な知人が居たことで、友好的にナザリックの凄さを体感及び体験したことを……。更には、お土産的に大量のアイテムを得たことに恩を感じており、報告自体はぼかしたものにしようと、生還した全チームで示し合わせていたことを……。

 ジルクニフは、手を振って抜けた頭髪を振り払うと、うんざりしつつ口を開いた。

 

「今年の王国との戦いは見合わせだな。第十位階魔法の隕石が降ってくる? そんなところに兵を行かせられるものか。どれほどの威力か想像もつかんが無駄死にするだけだ。後は……爺を友好使節として王国に送り込むか。休戦の交渉をさせたいし、爺を亡命? ではなく、転職させるわけにはいかないからな。第十位階魔法の真偽についても、その機会に確かめさせればいいだろう。王国と戦うにしても、そこの真偽をしっかり確かめてからでも遅くはないのだからな。……この辺りで爺が納得してくれれば良いのだが……」




多忙で一週間休んでしまいまして……。

ツアー、結果的に読み違いしてますが。
『ぷれいやー』が怖くて大嫌いなので、あんな感じになりました。
ぷにっと萌えさんに踊らされてる感じですね。

書いてて困ったのが、ジルクニフ。
なんか自然に戦争回避を考え出してしまいました。
原作では黒山羊が出たあの戦いが、本作では無くなるかも?

その代わり、ペロリストが王国に向かうようです。
せっかくなのでレイナースも行かせますか。
アイテム持たせたペストーニャとかに診せたら、一発で治る感じでいいんじゃないですかね。

しかし、戦争が無くなったら一気に展開が進むかな……。

次回は、コロナワクチン2回目の週なので、たぶんお休みします。

<誤字報告>
トマス二世さん、D.D.D.さん、Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます





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第90話

「ぶくぶく茶釜様! アインズ様! 新鮮な果物をお持ちしました!」

 

「お、お持ちしました……」

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層、守護者であるアウラとマーレの住居にて、アウラの元気な声が響き渡る。弟のマーレの声も聞こえるが、姉の声量に負けて打ち消されがちだ。

 現在、モモンガは茶釜に誘われて第六階層を訪れ、茶釜とテーブルを挟んでの歓談中。ちなみに、両者とも異形種としての姿。茶釜の「なんと言うか、気分! そう、気分なの!」という主張に押されての異形種化である。これには交際中でありながら、モモンガと人化状態でイチャイチャするのに照れを感じる……茶釜の事情があった。もし、ペロロンチーノが同席していたら「エロゲ声優やってたくせに、なに乙女ぶってんの?」と突っ込んで、張り倒されていたことだろう。

 さて、ここで一つの問題が発生している。

 スライム種の茶釜はともかく、アンデッドのモモンガは、異形種化していると飲食ができないのだ。ゆえに、テーブル上に置かれた細工の多いガラス器。そこに盛られた様々なカット・フルーツを見て、モモンガ達は固まることとなる。

 

「え~と……」

 

 モモンガは戸惑い気味にアウラ達を見たが、茶釜の近くで並んで立つ双子は、キラキラした目でモモンガを見ていた。はっきり言って、アンデッドであることを理由に食べない……で済む空気ではない。

 

(そもそも、俺だって人化できる以上は、美味しいものを食べたいしね~……)

 

「……茶釜さん?」

 

「はい」

 

「フルーツをつまもうかと思いますので……人化しますね?」

 

「……はい……」

 

 こういった会話がなされ、まずモモンガが人化した。同時に最強装備では肩アーマーが邪魔なので、おとなしめのローブに変更する。

 ……。

 だが、モモンガはフルーツに手を伸ばさない。

 良く考えてみれば、人化等の準備を終えたからと言って、自分だけフルーツをパクついて良いものか。彼氏としてアウトの行為ではないのか……と、そう思ったのだ。そして、この数秒間ほどの沈黙に、茶釜が耐えられなくなる。

 

「ええい! 女は度胸!」

 

 照れを振り払いつつ人化し、女戦士としての茶釜が出現した。トレードマークの大盾二枚はアイテムボックスの中。甲冑も装備して居らず、冒険者としては軽装の状態である。

 

「じゃあ、私も食べるとしましょうかね! アウラとマーレは、こっちにおいで~。一緒に食べるのよ~」

 

「はい! ぶ……茶釜様!」

 

「お、お邪魔しますぅ!」

 

 誘われるなり、それぞれが椅子を抱えて駆けてきた。なお、アウラが返事をする際に口ごもっていたが、これは茶釜が出した指示によるものだ。茶釜は、プレイヤー名が『ぶくぶく茶釜』であるが、長いので『茶釜』と呼ぶことを許している。しかし、僕達にしてみれば、至高の御方の名前は偉大なものなので、略して呼ぶのには慣れが必要なのだ。それが自らの創造主となれば、ときどきフルネームで呼ぼうとしてしまう。

 

(フルーツを持ってきたときも、アウラがフルネーム呼びしてたものね~。私が良いって言ってるんだから、早く慣れて欲しいのだけど……)

 

 両脇に座って嬉しそうにしているアウラ達を見て、茶釜は苦笑した。

 そうしてフルーツを摘まみながらの歓談となるが、その中でモモンガが帝国関連の話題を持ち出す。

 

「茶釜さん? ぷにっと萌えさんが、帝国と王国が毎年やってる戦いですけど、今年度はなくなるんじゃないかって言ってました。茶釜さんは、どう思います?」

 

「私? う~ん、ぷにっと萌えさんの言うとおりになると思うわよ? 第六位階が上限の帝国側……その立場に立って考えると、第十位階魔法の使い手と敵対するだなんて正気の沙汰じゃないもの」

 

 やはり、デモンストレーションで第十位階魔法を使わなければ良かったか……と、モモンガは唇を噛んだが、考えてみれば、第六位階より上の魔法を使用するのは元々の予定に入っていたのだ。途中でモモンガが方針を変えなくても、こうなっていたのではないか。

 

(ぷにっと萌えさん……。最初から、帝国との対戦を回避することを考えていたんじゃないか?)

 

 だとすれば、その目的は何か。

 大威力魔法による大量死。それを避けたかったのではないか。

 そこに考えが到ったモモンガは、茶釜に聞いてみたが、回答は「大方は、そうじゃないかしら?」というものだった。

 

「将来的に、帝国と交易するか支配するか、どっちにしても帝国人民は金儲けのための資源だもの。数が多いに越したことはないんだし、それを大きく減らすのってもったいないでしょ?」

 

「確かに……」

 

「とまあ、そんなことより! どんどん食べなさい! アウラ達もよ~」

 

 茶釜が言うと、彼女の両脇から元気な返事が聞こえる。声だけでなく食べっぷりも元気なのだが、そのアウラ達の視線が、時折、茶釜の方を向いているのにモモンガは気がついた。

 

「アウラ達は……茶釜さんのことが何か気になるのか?」

 

「へっ? 私っ!?」

 

 言われて気がついたらしく、茶釜が自分を指差してからアウラ達を交互に見た。一方、アウラ達はと言うと恐縮することしきりであったが、やがてアウラがモジモジしながら語り出す。

 

「ええとですね、創造主である茶釜様と、一緒に食事ができて幸せだな~……とか、茶釜様は凜々しくてお美しいな~……って思ってました」

 

「ふむ。凜々しくて美しいか……確かに……」

 

「ちょ、モモンガさん。冷静に納得しないで、その……恥ずかしいから……」

 

 照れる茶釜だが、それもまた凶悪に可愛いので、モモンガとしては眼福だ。

 

「こう恥ずかしさで悶えるって、私のキャラじゃないんだけど。でも、なんだか悪くない気分~。それにしても凜々しくて……ねぇ」

 

 自分がきつめの顔立ちというのは自覚しているが、もう少し表情を作ってみても良いのかもしれないと茶釜は思う。例えば、自分をモデルに創造されたユリ・アルファのように……。

 

「茶釜さんは、普段どおりでいいと思いますよ?」

 

「……モモンガさん、そういう事をサラッと言うんだから……。無自覚たらしってやつ?」

 

 口を尖らせる茶釜。しかし、その内心は「今のままが良いって! やだ、嬉しい! テンション上がる! 好きな人に、そういう風に言われるのって超ヤバい! 胸がドキドキするし、顔とか熱くて……嫌あああ! 今、顔に出てるっ!?」と、多幸感と羞恥の坩堝(るつぼ)と化していた。

 茶釜は両頬を手の平で挟んで俯いてしまったが、彼女をそうさせたモモンガは首を傾げて呟く。

 

「ユリ・アルファのモデルという話は前にも聞きましたけど、普段の面立ちは結構違ってますよね? やまいこさんの性格が影響してるのかな?」

 

「……う~、それもあるけど、やまちゃんの理想とかも入ってると思うわよ?」

 

 頬を擦りつつ茶釜が復活した。

 ユリの作成時、やまいこからお披露目された茶釜は「私をモデルにした……にしては、優しげねぇ……」と苦笑したらしい。

 

「そしたら、やまちゃんが『だって、かぜっちはニコニコしてるのも魅力的だから!』って言ったのよね~……」

 

 つまり、ユリが普段から優しげな雰囲気でいるのは、制作者であるやまいこの性格的影響もあるが、茶釜のニコニコ顔を見たいという、やまいこの思いも反映されているのだ。

 

「なるほど、理想ということですか。となると、茶釜さんのアウラとマーレも、似た感じで製作されたんですかね?」

 

「まあ……そうなんだけど……。私の……理想的な姉弟の在り方と言いますか……。何と言うか……」

 

「……ああ、なるほど……」

 

 茶釜が言いにくそうにし、モモンガは事情を察した。が、アウラ達は感涙しつつ聞いている。

 自分達は、至高の御方……それも創造主様の理想形として生み出された。それは、ナザリックの僕にとって、この上ない喜びをもたらす情報だったのだ。

 

(感動してるアウラ達に教えるわけにはいかないけど。茶釜さんが言ってる理想形って、そんなに褒められたものじゃないと思うぞ~?)

 

 弟、ペロロンチーノとの姉弟関係から来る不満やストレスを、ユグドラシルの特徴たる『自由さ』の中で最大限に発散した結果……。生まれたものは、容姿端麗なロリとショタ。姉は弟に対して常に上位。弟は気弱で姉には絶対服従だ。

 

(茶釜さんがどう思ってるか微妙だけど。アウラ達が幸せそうだから、別に良いんだろうな……たぶん……)

 

「ああ、ハイハイ。抱っこね。弟も、あなた達ぐらい可愛ければな~……」

 

 懐いてくるアウラ達の相手をする茶釜。

 その様子を見ているモモンガは、何だかペロロンチーノが気の毒に思えてくるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンの一人、やまいこ。彼女は現在、自室にて着せ替え人形となっている。

 エ・ランテルに出かけたいけど、外出用の服で良い感じの物があるか……という問いを、自らが創造した僕、戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファに投げかけたのが発端だ。

 まず、異形種化した姿で行くのか、人化して行くのか。それを聞かれたので、「人間の都市に行くんだから、人化するよね!」と答えたことで、ユリが発憤。この状況へと流れていったのである。

 

「ユリ~……。もう、この辺で良いと思うんだけど?」

 

 少し硬めのクッション型丸椅子に座らされたやまいこは、もう何着目になるか解らない黒ゴスの衣装に身を包みながら、ユリに話しかけた。周囲では多くの一般メイドが衣装を抱えて移動しており、非常に忙しそうだ。しかし、誰も彼も、皆が喜悦にまみれた表情をしている。やまいこの……至高の御方のお世話をすることが嬉しくてたまらないのだ。

 そして、ユリはと言うと、やまいこの長い黒髪を丁寧にくしけずりながら、眉間に皺を寄せる。

 

「いけません。やまいこ様には、外出されるに相応しい衣装というものがございます。徹底的に吟味するのは、(ぼく)達……ナザリックの(しもべ)の使命なのです!」

 

「「「「きゃーっ! ユリさ~ん!」」」」 

 

 言い終わりに人差し指で眼鏡位置を直し、舞台劇か何かのようにポーズを決めるユリ。そのユリに周囲の一般メイド達が、替えのブラシや別衣装を持ったままで黄色い声をあげた。

 

「あ~、うん。もう、好きにしてね?」

 

(ユリって、こういう子だったっけ?)

 

 苦笑しながらやまいこは首を傾げる。

 

「はううう! やまいこ様っ!」

 

 一方、創造主がやまいこである事。そこからくる遺伝のような可愛い物好きに、創造主のお世話をする多幸感も相まって……ユリのテンションは、高いところを維持したままなのだ。

 やまいことしては、嫌な反応ではないので好きにさせていたのだが、着せ替え人形状態も時間が長くなると飽きてくる。

 

「ふ~ん……」

 

 足の長さに比して、少し高めの椅子の上。

 やまいこは足をブラブラさせつつ、外出計画を練っていた。

 

(もう少ししたら切り上げて、誰か誘ってエ・ランテルに行こうかな~。……誰に声を掛けよっかな?)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 王国王都に位置する、ヘイグ武器防具店。

 店長は、冒険者ヘイグことヘロヘロであり、普段店を切り盛りしているのは店長代理のセバス・チャン。外には、ソリュシャン・イプシロンやツアレニーニャ・ベイロンなどが従業員として働いている。

 今日は、珍しくヘロヘロ(人化中)が、店長として顔を出しているのだが、格好は冒険者としての装束……いわゆるモンクの修道服姿であった。よって、慣れた客でもなければヘロヘロを見て店長だとは思わない。

 客と言えば、今は午前中……店内には男性戦士が三名、女性盗賊一名、魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき男女が一名ずつの計六名。大人数とはいかないが、武器防具店の開店直後として考えれば多い方だ。ヘイグ武器防具店は儲かっているのである。

 

(ポーションも売れてる感じですね~。こちらの世界の素材でポーション作成をさせてますが、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)としての性能は、そこらの薬師の上を行きますからね~)

 

 錬金術の得意なタブラ・スマラグディナが合流しているので、ナザリックのポーション事情は明るいのだ。もし、エ・ランテルでポーション販売をしたとしたら、バレアレ氏に対する営業妨害になったことだろう。

 

「よっ! 店長! 珍しく顔を出してるじゃないか?」

 

 かけられた声に振り向くと、そこには王国の犯罪組織『八本指』……における、警備部門の幹部にして『六腕』の一員、幻魔サキュロントが居た。一緒に居る全身甲冑の男は同じく六腕所属である、空間斬ペシュリアンだ。

 

「これはこれは、いらっしゃい。今日は武器をお求めで?」

 

「今日は、こいつの用さ。俺は、あ~……付き添い兼の見物人ってとこだな」

 

 サキュロントが親指で後方のペシュリアンを指し示すと、少し後ろに居たペシュリアンは、サキュロントの左肩側を回り込むようにして前に出た。

 

「頼んであった、新しい斬糸剣が完成したと聞いたのでな。寄らせて貰った」

 

 以前、六腕のメンバーは、王国のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のメンバーと共に、ナザリックのギルメンらと手合わせをしたことがある。その際、ペシュリアンは同僚のマルムヴィスト、蒼の薔薇のガガーランと共に武人建御雷と対戦し……敗北したのだ。手合わせの最中に彼の愛用する武器、斬糸剣は細切れにされてしまったのだが、気の毒に思った建御雷が「新しいのを用意してやる」と約束していたのである。

 その新しい斬糸剣の完成について、ヘロヘロは事前に建御雷から聞かされていた。

 

「そうそう! セバスに、貴方と連絡を取るよう言ってたんでしたっけ。ソリュシャン~? 建御雷さんからの届け物は……」

 

「こちらに用意してあります」

 

 いつの間に用意したのか……と思いたくなるほどの即答ぶりだが、スライム種の特徴である体内収納をしたのではなく、カウンターの下に収納してあったらしい。

 ソリュシャンの抱える木造りの収納箱を受け取ったヘロヘロは、ペシュリアンに手渡そうとして躊躇った。

 

「贈答用に包装した方がいいですかね?」

 

「いや、良ければすぐに現物を見たい。ここで取り出しても構わないだろうか?」

 

 気取った贈答包装よりも、現物。

 わかりやすくて大いに結構! と、ヘロヘロは頷き、店内に三つ用意されたテーブルへとペシュリアン達を案内した。これらのテーブルは、商談をしたり、商品の説明をするために使用されるものだ。椅子四つと共に設置された木製の円テーブル、そこに木箱を置いたヘロヘロはペシュリアンの反応を楽しみにしつつ蓋を取り払う。

 出現したのは、値の張りそうな紫の布を敷物とした……一振りの長剣だった。

 これを見たペシュリアンが首を傾げる。

 

「斬糸剣……なのだな? いや、前のも長めの鞘に収納していたが……」

 

「もちろん、斬糸剣ですよ~。鞘に収納というのも同じです。ただし……」

 

 鞘を装着したままでの殴打に耐える構造となっていた。ここまでは、普通の剣でも可能なことだが、この斬糸剣は、鍔元の操作で鞘に両刃が出現する。

 

「とまあ、普通の剣としても使えます。斬糸剣は特徴的で目立ちますからね。身分を隠しての立ち回りなども可能でしょう。鞘に刃が出るというのも特徴的なので、将来的には貴方を示す特徴になるでしょうが……。最初は鞘での殴打。危ないと感じたら両刃を出す……という運用もいい感じかもしれませんね」

 

「中々に良い細工だ。しかし、細工の多い道具は壊れやすいとも聞く。耐久性はどうなのだ? 殴打に耐えるとのことだが、両刃を出す機構に影響は出ないのか?」

 

 ペシュリアンが、実用性を重視した質問をしてきた。実にもっともな質問だが、ヘロヘロ……ではなく、制作者の建御雷に抜かりはない。

 鞘に両刃が出現するのはマジックアイテムによるもので、鍔内部にあるマジックアイテムが破損しない限り、機能不全には陥らないのだ。なお、両刃自体に関しては破損しても暫くすると再生可能である。と、この辺りの説明を受けたペシュリアンは、表情こそ見えないが何度も頷いているので気に入った様子だ。

 

「なるほど。良くわかった。それで……肝心の斬糸剣なのだが?」

 

 斬糸剣に関しての運用は、基本的に従来どおり。

 鞘での殴打や両刃を出しての戦闘中でも、手元操作で鞘が脱落し、斬糸剣の運用が可能となる。

 

「鞘には帰還の魔法が仕込まれています。王都の端と端ぐらいの距離なら、呼び戻すように念じると斬糸剣に装着されるそうです」

 

 本当は、更に数㎞ぐらい離れていても鞘の転送が可能なのだが、面倒だと思ったヘロヘロは適当に説明を行っていた。

 さて、新規に建御雷が作成した斬糸剣だが、総アダマンタイト製の逸品でもある。転移後世界では硬いことで知られるアダマンタイトだが、そこは建御雷の武器作成スキルによって、斬糸剣として運用可能なように仕立て上げられていた。

 

「総……アダマンタイト製……だと? ほ、本当なのか?」

 

「鞘も、ほとんどアダマンタイト製ですよ~。転移後……じゃなくて、こちらの世間一般では最高級素材だそうで。ふんだんに使用しました。建御雷さんも、手持ちの武器で良い感じのがなかったからって、張り切ってましたからね~。……最初から、お手製にしようと思ってた節がありますけど……。ま、それはともかく、斬糸剣ですが……炎の魔法が付与されているそうです」

 

 簡単に言えば、使用者の思念に合わせて、斬糸剣から炎が吹き出すというものだ。火力レベルは<火球(ファイヤーボール)>相当。

 

「飛んでくる魔法を撃ち落としたりできるでしょうね。あとは絡め取った相手を丸焼きにしたりとか……。ああそうそう、思念を集中すると熱が吹き出さずに、斬糸剣自体が赤熱化……標的を焼き溶かして切断……なんてことも可能だそうです。……熱量は<火球(ファイヤーボール)>の集約程度ですので、過信はしないように~」

 

 ちなみに、一日で三回までの使用が可能だ。

 本来、もっと高い性能の斬糸剣を製作できたのだが、建御雷の「無闇矢鱈に高性能な武器を持たせたら、武器が強いだけで、そいつのためにならない」という主張及び主義によって、今の性能に落ち着いている。それを言うなら、魔法付与は余計な気もするが、建御雷の中の『凝り性』の部分が我慢できなかったらしい。

 こういった事情のある斬糸剣だが、一通りの説明を受けたペシュリアンは「さっそく試してみたい!」と申し出たので、皆で試用室へ移動している。そして巻き藁を火だるまにしたり、廃棄用の全身鎧を赤熱・斬糸剣で溶断したことで、ペシュリアンのテンションは天にも昇らん程となっていた。

 

「建御雷さんからの伝言です。『良い感じの武器になったと思うが、性能頼みの戦い方に堕しないように。腕が上がったと思ったら、また訪ねて来い。上達具合によっては、もっと良い物を造ってやる。鎧とかもな……』とのことです~。気に入られてますね~」

 

「おお……おお、そうか! やるぞ! 俺は、もっと上手くなる!」

 

 鞘に戻した斬糸剣を撫でながら、ペシュリアンが吠える。

 

「ちぇっ、いいよな~」

 

 その様子を不服そうに見るサキュロントが、下唇を突き出した。そして、腰の短剣をみて、「俺も、この店で新調しようかな~……」などと呟いている。そこに商機を見出したヘロヘロは、細い目を笑みの形にし、サキュロントに話しかけた。

 

「六腕の皆さんには、王国の裏を支えて貰ってますから。これからの仕事ぶりによっては、格安で御相談に乗りますよ?」

 

「ほ、ほんとかっ!?」

 

「ええ!」

 

 色めき立つサキュロントに、ヘロヘロは頷いてみせるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あんた、アンデッドなのに勉強家よね~」

 

 ナザリックの最古図書館(アッシュールバニパル)

 そこで一冊の本を読んでいたクレマンティーヌは、斜向かいで座るアンデッド……デイバーノックに話しかけた。現在、最古図書館には司書達以外に、カジット・デイル・バダンテールも居るが、こちらはクレマンティーヌ達から離れた位置で書物に埋もれている。チラッと見える表情は、興奮に満ちており、魔法的情報を欲するままに得ているようだ。

 デイバーノックも、自身の左右に書物を積み上げている。多くは死霊系魔法のようだが、中にはドルイド系魔法の書物も含まれていた。

 

「エルダー・リッチとして自我を得てより、俺は魔法への興味が尽きなくてな。ここは天国だ。神の世界だ……。許されるならば、ここで寝泊まりしたいくらいだ」

 

「ご熱心ね~。私は、モンスターの資料をあさったり……たまにマンガ……だっけ? こんな風に絵本を読むぐらいかしらね~」

 

 そう言いつつクレマンティーヌは、右目に装着した片眼鏡(モノクル)を人差し指で突いてみせる。それは翻訳機能があるマジックアイテムで、タブラが私物の在庫品を最古図書館に備え付けたものだ。これにより、転移後世界の者であっても日本語等で記された書籍を読むことが可能となる。ちなみにデイバーノックも使用しているが、彼の場合は、素で読めるようになるためと、時折外していた。

 

「なんにせよ、本を読むということは大切だ。新たな知識は、自身を豊かにする。ちなみに……どのような絵本を読んでいるのだ?」

 

「んん~? ええと……超生意気な幼児が、育児施設の大人や両親をからかったり、大人の女にちょっかい出す感じの……」

 

 眉間に皺を寄せたクレマンティーヌが、下唇の下に指を当てて視線を上に向ける。聞くにろくでもない書物のようだ……とデイバーノックは思ったが、そこで最古図書館に一人の男性が入ってきた。

 元スレイン法国の騎士、ロンデス・ディ・クランプである。

 カルネ村を襲撃した後、様々な経緯があってクレマンティーヌと共にナザリック入りした彼だが、今では翻訳等の事務仕事、たまにギルメンのお供として外について行くなどして働いていた。これはクレマンティーヌも、ほぼ同様だ。彼女がロンデスと違うのは、武技の教官として、ナザリックの者達に接することがあるほか、スレイン法国の中枢に対してのコメントを求められたときに答えるなど……である。

 

「クレマンティーヌ。時間だぞ? 俺と一緒に、弐式様に同行するのだろう?」

 

「え? 時間には随分と余裕があるんじゃないの?」

 

 この日、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン……弐式炎雷が、ギルメン捜索の一環で、聖王国方面へ出かけることとなっていた。途中で<転移門(ゲート)>を使用して王国に寄り、ヘロヘロと合流してから本格的な行動に移るのだ。

 クレマンティーヌとロンデスについては、転移後世界に関するガイド役として同行することになってる。その他、お供としてナーベラル・ガンマとソリュシャン・イプシロンの同行が予定されていた。

 もっとも出発予定は本日の午後であり、今は午前中なのだから、クレマンティーヌが言ったとおり時間的な余裕はある。

 

「軍人たる者、時間前に準備は整えておくものだ」

 

「私、軍人じゃないしぃ。もう漆黒聖典とかでもないしぃ~」

 

 漫画本を放り出し、テーブル上に下顎をつけたクレマンティーヌは、面倒くさそうに言いながらロンデスを見る。対するロンデスは「駄々っ子か?」と呆れ、両手を腰に当てた。

 

「軍人ではないが、いい歳した大人だろう? ほら、さっさと立つ! 本を片付けるのも忘れないように!」

 

「歳のこと言うとか……ロンちゃん、モテないわよ~? ……私以外に……」 

 

 ふて腐れながら立ち上がったクレマンティーヌであったが、その顔色が青くなる。少し離れた書棚の影から、司書長、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスがジッと見ていることに気がついたからだ。二本角を生やした骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)は、動物の特徴を備えており、足には蹄などがある。骸骨なので表情は窺えないが、何となく視線が冷たいのは理解できた。

 すでにナザリックの一員となって久しいクレマンティーヌが、なぜティトゥスに睨まれるのか。それは『至高の御方』が関係する事柄で、クレマンティーヌがだらけた素振りを見せているからだ。

 

「あ、あは、あははははは! に、弐式炎雷様をお待たせするのは、駄目の駄目駄目だよね~っ! ロンちゃん! 特急で支度するわよ!」

 

「そのロンちゃんというの、本当にやめてくれないか?」

 

「いいから! とっとと行く!」

 

 これで誤魔化せますようにと願いつつ、クレマンティーヌは走る……のは司書長から叱られる行為なので、ツカツカと歩いて漫画本を返却。ロンデスと共に最古図書館を出て行った。

 デイバーノックは二人の後ろ姿を見送ったが、やがて一言「仲が良いな……」とだけ呟き、再び魔導書に目を向けている。ただ、クレマンティーヌが読んでいたマンガ……漫画なるものに対し、彼は興味が湧いており、後日、『女学校の生徒間における、スール制度なる姉貴分と妹分の間柄から生じるドラマを題材とした小説……を原作とした漫画』を読みふけるデイバーノックの姿が目撃されることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓……の宝物殿。

 ここでは今、二人のギルメンが居て数々のアイテム類を発掘中だ。

 一人は、ペロロンチーノ、もう一人はベルリバーである。ちなみにデストラップ対策は講じているので、安全な状況下での発掘作業中なのだ。なお、ペロロンチーノの制作NPCであるシャルティアも居て、別所で発掘作業に従事している。

 彼らが居るのは金貨類や、それほど重要ではないアイテムを山積みしている場で、本来なら一〇〇レベルのプレイヤーが、手作業で漁るような重要アイテムは存在しない。しかし、ここは転移後世界。ユグドラシルにおいては、ネタアイテムやジョークアイテムだった物が、思わぬ効果を発揮するかもしれない……ということで、ギルメン達は交代で発掘作業に当たっているのだ。

 そして、今日の当番は、ペロロンチーノ及びベルリバーのコンビとなっている。

 

「なあ、ペロロンチーノさん?」

 

「なんです? ベルリバーさん?」

 

 パーティーアイテムのクラッカーのような物を手にし「何だっけ、これ?」と呟いていたペロロンチーノは、そのクラッカーをアイテムボックスに収納しつつベルリバーを見た。

 

「聞きたいことがあるんだが……」

 

「なんです? 真面目な話っぽいですね?」

 

 完全に発掘作業の手を止めたペロロンチーノは、身体ごとベルリバーに向き直った。

 

「そう、真面目な話だ。ペロロンチーノさん、俺はな、元の現実(リアル)では割と厄介なことに関わっていた。下手を打ったら殺されるかもってレベルのな」

 

「それは物騒ですね……」

 

 ベルリバーが語った内容は、元の現実(リアル)で生きる者なら、大抵は知ってる大企業の闇に関わることだった。ベルリバーは、その大企業について重大な情報を入手しており、それを利用して大企業に一矢報いようと……。

 

「画策してたところ、志半ばで転移後世界に来たわけだ。メコさんと一緒にな。まあ、予定どおりの行動を取ってたら、数日先まで生きていられたか怪しいもんだが……」

 

「本当に物騒ですね。それで? それを俺に話したって事は……お悩みですか? 元の現実(リアル)に戻るかどうか……とか」

 

「そ、そうなんだ! そうなんだが……」

 

 ベルリバーは「意外だ!」という思いを込めてペロロンチーノを見た。エロゲー好きで下ネタ好き。明るく気の良いチャラ男……なペロロンチーノが、鋭い読みを発揮している。

 

「ちょっとしたリサーチのつもりだったけど、今の話だけで良くわかったな」

 

「ふふふっ。エロゲーで数多(あまた)のロリ(キャラ)を落としてきた俺を、舐めて貰っては困ります!」

 

 やはり、思っていたとおりの男だった……。

 ベルリバーは、肩の力が抜ける思いで話を続ける。

 自分は、元の現実(リアル)では精一杯やった。最後の最後まで行動し続けたから、悔いはない。

 

「そのつもりだったんだが……残してきたことが、どんな結果に終わったのか気になってな……」

 

「それで、他のギルメン……俺が帰るつもりかどうか聞きたかったと?」

 

 ベルリバーは頷いた。

 対するペロロンチーノは仮面着用なので、表情は解らないが……やがて小さく溜息をつく。

 

「ベルリバーさんの悩みの解決になるかは解らないですけど、俺自身は帰るつもりはないですよ。あと、姉ちゃんもですけど」

 

 ペロロンチーノと姉のぶくぶく茶釜は、元の現実(リアル)でかなり追い詰められた状況だった。姉が有力者の性玩具になるかもという……あの状況に戻るくらいなら、転移後世界で面白おかしく過ごしている方が万倍も素晴らしい。

 

「そうか……。そうだよな……。こっちの世界の方がいいものな……」

 

 ベルリバー自身、このことで何度も悩んでは居た。

 その都度、「もう色々忘れて、転移後世界で楽しく生きていこう」で悩みは解決するのだが、ふと、元の現実(リアル)のことを思い出したときに、また悩み出すのである。

 

「結局のところ、俺は無理して元の現実(リアル)に戻る気が無いんだよな~……」

 

 大企業がらみの活動については、ウルベルト・アレイン・オードルとも連携していたが、ウルベルトが合流したら、また相談してみよう。そのように、ベルリバーは判断した。

 

(って、考えるのも、もう何度目なんだか……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 更に数日が経過し、モモンガは自室に手を加えた執務室で書類と格闘している。

 現在、異形種化中であり、骸骨が書類仕事とか随分な光景だ、そう彼自身も思うのだが、それも最初の頃だけで、今はとにかく書類の内容に目を通すので必死だった。とは言え、多くはタブラ及びぷにっと萌えの目が通った後なので、モモンガとしては確認して決裁するだけだ。今のところ「これは間違ってるんじゃないか?」と思ったことは一度もない。

 

(俺以外の……誰も彼もが有能すぎる!)

 

 嬉しいことではあるが、組織のトップとしては少しばかり情けなく思うのだ。そういった沈んだ気分で書類の始末を続けていくと……とある報告書がモモンガの目にとまった。

 

「うん? 帝国から王国に対し、休戦申し入れの動きあり……だと?」

 

 よく目を通したところ、近日中に帝国から王国に対し、毎年行われていた戦いを休止することと、交易に関しての協議を行いたいから使節を派遣するつもりのようだ。

 

(ふ~ん? まあ、戦争しないで交易しましょうってのはいいと思うんだけど、帝国側が折れる形になるのか……。王国側が、調子に乗ってきつい条件とか付けたり……は、しないだろうな。デミウルゴスの指導が入ってるんだしな) 

 

 それでも折れた側……帝国は何らかの賠償を支払うことになるだろう。それは金銭だったり、ナザリック地下大墳墓の地権に関して口出ししないことなどだろうが、モモンガは難しく考えることを放棄した。

 

(俺の判断が必要なら、タブラさん達が相談してくるだろうし。オッケー、オッケー、問題なし!)

 

「アルベドよ。帝国との戦いがなくなりそうで、思った以上に事は簡単に運びそうだな」

 

 傍らで立つ守護者統括に聞いてみる。

 問題があるようなら何か言うだろうし、問題なしだと言うのなら……そういう事なのだろう。何しろ、アルベドはモモンガよりも遙かに賢いのだから……。

 

「はい、アインズ様。王国の支配完了は目前。次は帝国ですが、武力によらない支配を至高の御方はお望みですから、この度の展開は非常に望ましいかと。ですが……」

 

 それまで事務的に話していたアルベドが、素に戻って困り顔になる。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、アインズ様を初めとした至高の御方の活躍が見られず、ナザリックの僕としては残念の極みなのです……」

 

 そう言ってアルベドがはにかんだので、モモンガは破顔する。もっとも、今は異形種化しているので、骸骨がカパッと口を開けただけにしか見えないのだが……。

 

「そうか、確かにそうだな。私も建御雷さん達が突撃する様は見てみたかったな……。なぁに、この世界は広い。いずれは、そういった機会もあるだろうよ。では、特に問題はないのだな?」

 

 モモンガとしては念押しでの確認だったが、アルベドは「そう言えば……」と話し出す。

 

「帝国の使節団の中に、帝国最強……人類最強でしたか? 魔法詠唱者(マジックキャスター)のフールーダ・パラダインが含まれる可能性は高いです。帝国が休戦を考えたのは、第十位階魔法のデモンストレーションが原因ですので、向学心からアインズ様に面会を求める可能性も高いですわね」

 

「えっ……」

 

 モモンガは直前まで上機嫌だったが、それが寸断された。

 一国の上層部の人間と会うなどは、先日のデモンストレーションの一件だけでお腹一杯なのだ。正直言って勘弁して欲しいし、タブラ辺りに丸投げできないかとも思ってしまう。

 

(そうだ、タブラさんに任せよう! それがいい! いや~、俺一人で転移したんじゃなくて本当に良かった! 持つべきものは友人! ギルメンなんだよな~っ!)

 

 モモンガの機嫌は、再び上向きになった。

 そんなモモンガが、タブラに向けて<伝言(メッセージ)>をし、「何言ってるんですか。第十位階魔法を使ったのはモモンガさんだって知られてるんですから。モモンガさんが応対するのがベストでしょ?」とお説教をされ、肩を落とすのは数分後のこととなる。

 なお、対案として「パンドラズ・アクターを代わりに出す」と述べたところ、「責任から逃げちゃいけません」と真っ向から粉砕されてしまった。結局のところ、タブラの付き添いを願い出て、それが了承された事のみがモモンガにとっての安心材料となる。

 <伝言(メッセージ)>を終えたモモンガは、重々しく(こうべ)を垂れながら呟いた。

 

「なんで、そ~なるの?」

 

 後に、この台詞を口真似つきでアルベドから聞かされたタブラは「うう~ん、遙か昔のコメディアンのギャグとは、さすがはモモンガさん……」と感心しつつ唸ったという。

 




 今回は、基本的に日常回となります。
 話が進んだ部分と言えば、フールーダの出張が確定なのと、弐式&ヘロヘロが聖王国方面に出かけるところですか。

 そろそろ最終章、突入かな~。
 100話まで行かないかもしれませんね。
 ギルメン同士やギルメンとNPC達の日常回に関しては、感想などでリクエストがあったら採用するかも知れません。書くのが苦手なキャラは、無理かもですけど。

 ペシュリアンに渡した建御雷製作の斬糸剣。能力を盛りすぎたかな……と思いましたが、まあ許容範囲かな……と。
 ペシュリアンが建御雷さんに気に入られているのは、扱いの難しい武器で、裏社会でそれなりに登り詰めてるから……とか。 

 ベルリバーさんの真面目&悩みムーブは、今回で終わりかな。
 何度もやると、うっとうしさが先に来ますから。
 ウルベルトさんが合流したときに、どうなるかですけど……。

 タブラさん、厳しい感じですけど。一緒に来て! って頼んだら、付いて来てくれる人なのです。モモンガさん以外が相手だと、どうなるかわかりませんが……。
 
<誤字報告>

D.D.D.さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第91話

「そういった次第で、我が国の皇帝は王国との関係改善を求めておるわけですな」

 

 昼も過ぎた時間の王城。その貴賓室の中でも一番上等な部屋で、一人の老人が熱弁を振るっている。彼の名はフールーダ・パラダイン。人類としては最高位の第六位階魔法を習得し、三重詠唱者(トライアッド)、または逸脱者の称号で知られる大魔法使いだ。そして、バハルス帝国の宮廷魔法使いでもある。

 本日は、長く続いた王国と帝国の戦争を休止すべく、護衛である帝国四騎士……の一人、レイナース・ロックブルズを伴っての交渉中なのだ。フールーダとしては自分一人で事足りたのだが、レイナースが「帝国が誇るパラダイン様に、護衛の一人もつけないとあっては笑い話にされます!」と抗議し、やむなく同行を認めている。

 

「用件は理解した。が、はいそうですかと受け入れるわけにはいかなくてな。パラダイン殿……」

 

 そう言ったのはフールーダの対面で座る小太りの青年……王国の第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。隣で座る六大貴族の一人、エリアス……エリアス・ブラント・デイル・レエブンも真面目な顔で頷いている。

 この二人が交渉役になったのは、事情があった。

 まず、王国では魔法詠唱者(マジックキャスター)の立場が弱い。モモンガのデモンストレーションによって、頭から馬鹿にするものではない……という認識が広まりつつあるが、「人類最強だか逸脱者だか知らないが、魔法使い相手に国王が応対するのは如何なものか?」といった意見が出たのが発端だ。

 では、国王でなければ誰が応対するのか……となったとき、白羽の矢が立ったのがザナックである。つまり、国王本人でなくとも、王族であれば大臣格よりは上位者であるし、帝国側に対して下手に出ることなく失礼にも当たらないというわけだ。もっとも、第二王子のザナックを前に出すということは、バルブロ第一王子の面目が潰れるということでもある。当然ながら、バルブロは良い顔をしなかったが、かのフールーダ・パラダイン相手に、論戦で上手く立ち回れるか……とランポッサ三世に問われ、渋々引き下がっていた。ちなみにバルブロは、引き下がる際にも抗議をしている。だが、今度は六大貴族の一人……ボウロロープ侯(バルブロの妻の父親、つまり(しゅうと)である)に諫められ、それでようやく矛先を収めたのだった。

 こうしてザナックが交渉役となり、補佐として選ばれたのはレエブン侯……エリアス。

 エリアスの選抜は、ザナックが要望したことと、交渉役の補佐として適任だとランポッサ三世が承認したことによる。

 そのような事情の下に、ザナックとエリアスは交渉役となり、フールーダ(護衛としてレイナースが同席)との休戦交渉は順調に進んでいた。と言っても、今は両者によるジャブの打ち合い中だ。

 

「パラダイン殿。二つの国家が長く争っているのだ。帝国側が休戦を望むのであれば、いくらかの譲歩が必要だと考えるのだが? 間違っているかな?」

 

 ザナックは背が低く……小太りな青年である。痩せれば少しは見栄えが良くなると思われるのに、ダイエットに励もうとはしない。今も、話しながらテーブル上に用意されたティーカップに角砂糖を投じている。

 ぽちゃ、ちゃぽ、ぽちょん、ちゃぽ、ぽちゃ……。

 投じられる角砂糖の個数が増すごとに、フールーダの斜め後方で立つレイナースの眉間に皺が寄った。体型に気をつかう若き女性としては、大量の砂糖使用は見るだけで自分の体重が増すような気がしたのである。

 

(嘘、まだお砂糖を入れるの!? あれじゃ、紅茶の底で溶け残った砂糖が……。うう、気分が悪くなってきたわ。手は届かないから、槍で砂糖瓶を張り飛ばして……あ、槍は預けてきたんだっけ……。うぎぎ……)

 

 眉間の皺以外、可能な限り無表情を装うレイナース。彼女の忍耐は限界が近い。元々、レイナースにとって休戦交渉などはオマケなのだ。早く終わらせ、本来の目的に向けての行動に移りたいので、フールーダには適切かつ手早く交渉を終わらせて欲しい。

 一方、フールーダだが、彼とて休戦交渉がオマケなのはレイナースと同様である。

 

(第十位階魔法を操る逸脱……いや、超越者! 何が何でも教えを請わねば! 儂の前に、更なる深淵への導き手が出現したのじゃ! 多少の譲歩など、どうでも良いわ!)

 

 フールーダは、その長い白髪髭を掴んでしごくと目を閉じた。そして、おもむろに右目でザナックを見ると、ニッコリ笑う。

 

「何一つ間違っておりませんな。さよう、争いを休止するためには、休止したくなった側が、相手方に対して譲る姿勢を見せる。当然のことでしょう。貴国の御要望を伺いたくあるのですが、我が国の誠意を御覧に入れるべく、こちら側から条件についてお話しましょう」

 

 フールーダは指折りしながら、休戦条件を述べていく。

 一つ、帝国は王国に対し賠償金を支払う。ただし、支払い能力には限度があるので、分割払いを希望する。

 一つ、賠償金とは別に、今後十年間、食料(保存食や穀物等を含む)を提供する。

 一つ、バハルス帝国皇帝の直筆による、謝罪文書を差し出す。

 一つ、休戦期間は十年間とする。

 一つ、休戦期間更新については、両国で協議して定めるものとする。

 一つ、帝国はナザリック地下大墳墓の地権に関し、これを認める。

 

「他にもありますが……まずは、こんなところですかな」

 

 フールーダは説明を終えたが、聞かされたザナックとエリアスは目の端で視線を交わした。

 

(悪くないな。皇帝の謝罪文書。それがあれば、戦争継続派の馬鹿共を黙らせられる)

 

(ええ! まさに……)

 

 賠償金や食料も有り難いが、戦争継続派の貴族達……彼らを説得する材料が増えるとなると、ザナックとしては手間が減るので個人的に嬉しいのだ。そもそも、戦争継続派の不満を受け流しつつ黙らせるのは、骨も折れる上、時間がかかるのは確実。だらだら時間をかけていると休戦交渉で不利になるのだ。

 

(ふむ、効果ありか……)

 

 ザナック達の様子を見ていたフールーダは、素知らぬ顔で紅茶に口を付けた。 

 皇帝直筆の謝罪文書は、ジルクニフ自身や帝国の名誉に泥を塗るものだ。だが、それも書き方次第だろう。元々、ジルクニフは謝罪文書については了承していたし、了承を得ていたからこそフールーダは今の条件を持ち出したのである。

 やがてザナックが大きく頷いて口を開く。

 

「今回の交渉については、私が全権を委任されている。休戦の条件としては、今聞いたもので問題ない。賠償金の金額については、また協議して定めたいし、諸々を文書に起こすべきだろう。そこは、後日に改めて……ということで構わないだろうか?」

 

「大いに結構ですな。王国も休戦の条件については相談が必要でしょう。私……いえ、帝国としましても、今日の交渉だけですべてが決まるとは思っておりませぬ。両国の平和のため、私は、貴国の許可さえ頂ければ王国に滞在し、何度でも足を運ぶ所存ですぞ!」

 

 休戦に乗り気……な様に見えるフールーダの物言いに、ザナックとエリアスは、「おお!」と瞳を輝かせた。逸脱者、フールーダ・パラダインが、ここまで言うのだ。

 休戦交渉は成立する。長年の戦争で国力が疲弊する現状、これを脱する日も近い。そう思えたのである。

 ただ、ザナックもエリアスも手放しで喜んでいたのではなく、この『帝国にとって少しキツい条件』には裏があるのではないかと睨んでいた。裏というのは、休戦下で『次の戦争』のための戦備を整えたり、直接的な武力に寄らない、例えば経済的な攻撃を加えられるのでは……といった懸念だ。

 そして、それは八割方当たっていた。

 ジルクニフは、直接戦わないとしても、別の方法があると考えていたのである。ザナック達が考えていた、経済的な締めつけも選択肢の一つだ。賠償金などは、交易で優位に立てば回収できるし、謝罪文書での不名誉とて、帝国が王国よりも優位に立っていれば、有名無実化することも可能。

 言うなれば、王国を叩くための手段が、武力行使から路線変更しただけなのだ。

 とはいえ、第十位階魔法の使い手。その存在が事実なら、王国を滅ぼすのは困難の極みだともジルクニフは考えている。最終局面で、フールーダを遙かに凌ぐ魔法詠唱者(マジックキャスター)が出張ってくるなら、王国に対してはやり過ぎないようにするのが重要だろう。さじ加減を探りつつ、王国から絞り取ることを考えた方が良い。その結果、王国が自滅するなら儲けもの……と言ったところだろうか。

 それがバハルス帝国皇帝、ジルクニフの判断だった。

 そして、条件の一つとして提示した、「ナザリック地下大墳墓の地権について認める」には、第十位階魔法の使い手……モモンガに対する警戒と、敵対する意思がないというアプローチが含まれている。

 

「ところで、『ナザリック地下大墳墓の地権を認める』とは……。どういう事だろうか?」

 

 問いかけるザナックの顔は、ほんの僅かだが引きつっていた。

 モモンガによる過日のデモンストレーションは、転移魔法によって移動した上で執り行われている。他国の間者などは付いて来られなかったはずだ。にもかかわらず、フールーダはナザリック地下大墳墓の地権について言及し、休戦条件の一つとしたのである。

 

(大方はブルムラシュー侯からの情報だろうが……。あの馬鹿、どれほどの速さで情報を流してるんだ……)

 

 内心舌打ちするザナックだが、ブルムラシュー侯自身は既にナザリックの僕に近い存在となっている。このデモンストレーションに係る情報漏洩についても、ナザリック側からの指示で行ったものなのだ。それをザナックが知るのは、もう暫く経ってからのこととなる。

 

「さよう、ナザリック地下大墳墓ですな。聞きましたぞ? 何でも第十位階魔法を操る超越者が居るとか……。是非とも『魔道』について、教えを請わねば……と」

 

「パラダイン殿。要望ではなく質問の答え……で、お願いします」

 

 背後で立つレイナースが軽く前傾して囁きかけた。『様』ではなく『殿』としているのは、自分達にとっての外部の者……ザナック達が目の前に居るからだ。

 フールーダは「わかっておる!」と憤慨し、深呼吸を一回入れてから、ザナックへの回答を再開する。

 

「失礼しましたな。正直な話、第十位階魔法の使い手と言いますのは、帝国にとって非常識なまでに脅威なのです。本来、こういった弱みについて語るのは愚策ですが、何しろ第十位階。下手な駆け引きは、帝国の滅亡を意味しますので……。この休戦条件を通じて、ナザリック地下大墳墓とは、よしみを結びたいと……こう考えておるわけです。何とぞ、アインズ・ウール・ゴウン殿にお取り次ぎをお願いしたい」

 

 一気に語ったフールーダは、ソファに座ったまま両膝を掴み、深々と頭を下げた。

 全権委任されて交渉に出向いている以上、フールーダが頭を下げるということは、帝国が頭を下げたのと同義であり、意味合いは途轍もなく重い。その程度の事はフールーダも心得ているが、彼の本来の目的上、頭を下げて上手く事が運ぶなら、どんな頭でも平気で下げられるのだ。自分の頭であろうと、帝国の頭であろうと……。

 だが、そういったフールーダの利己的な思惑まで考えが及ばないザナック達は、彼らなりにフールーダの振る舞いを解釈する。

 

(パラダインが、ここまでするとは……。やはり、第十位階魔法とは威力だけでなく、理解できる者にとっては俺が思う以上に脅威なのだ。アインズ・ウール・ゴウン。帝国相手の大きなカードとなるが……火傷するのは御免だ。ゴウンに対しては、今後も慎重かつ丁重に接していくべきだろうな……)

 

(ザナック殿下も同じ思いか……。それにしても取り次ぎ願いとは……。ここはもったいぶって、取り次ぎを餌に休戦条件を釣り上げるべきだろうか? いや、駄目だな。ゴウン殿に会いたいという者を押しとどめて、利益追求など、ゴウン殿の機嫌を損ねかねん。快く取り次いで、パラダインとゴウン殿……双方の心証を良くしておくべきだ)

 

 ザナックとエリアスは目配せし合ったが、この件についてはエリアスが説明役に回った。

 

「取り次ぐのは問題ありませんが、アインズ・ウール・ゴウンの都合もあります。私どもの方で日程調整しますので、パラダイン殿には暫く王城にて滞在していただいて、結果報告をお待ちいただければ……」

 

「当方は、それで問題ありません。是非とも、よろしくお願いします」

 

 そう言ってフールーダは、もう一度頭を下げ、帝国と王国の休戦交渉は、第一回目の幕を下ろすのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「意外です。すぐさま面会できるよう、恫か……いえ、働きかけるものかと……」

 

 フールーダにあてがわれた王城の宿泊室で、レイナースはソファに腰掛けたフールーダに話しかけていた。彼女にも個室は用意されているのだが、フールーダと話をするべく、彼の部屋について来たのである。

 

「皇帝陛下から特にキツく言いつけられていたのでな……」

 

 すぐにモモンガと会うことが出来ない様子なので、フールーダは肩を落としていた。いつもなら、ぐいぐい押し込んで取り次ぎをさせるのだ。周囲の声など、彼の鼓膜を震わせることすらできない。それが、未知なる魔法に接したフールーダの在り方である。しかし、その彼が、普段の自分を押し殺すほどの自重を見せている。

 いったいジルクニフに何を言われたのか。

 

「良いか、爺よ? ゴウンとやらにとって、何が迷惑かを常に考えろ。第十位階魔法の使い手を怒らせるようなことは、絶対に不可だ。それ以前に、ゴウンの方で気を悪くしたら、お前を寄せ付けなくなるぞ? いつもの爺なら、実力に物を言わせて押し込むんだろうが……今回は相手の方が強いんだろ? まあ、会えるわけはないな。それで良いなら、思うがまま行動するんだな」

 

 と、このように言われたのだ。

 アレをするな、コレをするなと言われただけなら、振り切って本能の赴くまま行動に出る。魔法詠唱者(マジックキャスター)としての道……魔道を極めるためなら、他のことに気を取られてはならない。それがフールーダの信条だ。しかし、それをした結果、望む物が手に入らないと言われれば……さすがのフールーダも躊躇ってしまう。

 とは言え、冷静になった頭で考えてみれば、ジルクニフの言ったことは一々もっともであり、相手……アインズ・ウール・ゴウンに配慮した行動さえ取っていれば、少なくとも敬遠されることもない。そして、接触し続けられれば、第十位階の魔法の深淵に触れることもできるだろう。

 

(頭だけは若いつもりだったが、人として大事なことを忘れ……おっと、軽視しておったのか……)

 

 苦い顔で自省していると、レイナースが残念そうであり、安心したようでもある溜息をついた。

 

「すぐに会えないのは私も残念です。けれど、また高齢者に向けて槍を振るうかと思うと、気が重いですし。これで良かったのかもしれませんね」

 

 つい先日のこと、第十位階魔法を操る魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンの情報を得たフールーダは、皇帝の執務室で大興奮し、ジルクニフに対し辞意を申し出ている。が、居合わせたレイナースによって槍での殴打を頭部にくらい、その場で昏倒したのだ。

 不意打ちに近い一撃で昏倒したせいか、フールーダはその出来事を忘れており、不思議そうに首を傾げた。

 

「槍を振るう? ……何のことじゃ?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 フールーダの部屋を出たレイナースは、王城の通路を歩いている。

 彼女の認識では、順調に事が進んでいた。

 

(ここまで来たわ……。第十位階魔法の使い手……。果たして、私の望みを叶えてくれる力の持ち主なのかしら? 個人的に面会できれば良いのだけど、無理ならフールーダ様が同席していても構わない……。フールーダ様は、私の望みを御存知でしょうし)

 

 レイナースの望みは、その美しい顔の右半分。討伐したモンスターの死に際の呪詛によって、醜く変えられた部分を元に戻すことだ。醜悪に爛れ、時折、布で拭わなければしたたり落ちるほどの膿。彼女の女としての幸せを、ことごとく粉砕した呪いを解けるのであれば……どんなことでもする。

 

(皇帝陛下は、私の同行を強く止めるかと思ったけれど……。思いの外、簡単に認めてくれたわね……)

 

 帝国四騎士の一人として、『重爆』の異名を持つレイナースであるが、その皇帝に対する忠誠心は四騎士の中で一番低かった。最大の目的が呪いの解呪なのだから、それを達成する前に死ぬなどとんでもない。ジルクニフに対し、皇帝よりも自分の命を優先すると約束を取り交わしてあるほどだ。

 仮に第十位階魔法の使い手が、解呪と引き替えに帝国からの移籍を求めるなら、レイナースはそれに乗るつもりだった。

 しかしながら、レイナースは騎士として有能である。

 レイナースが先程思ったとおり、皇帝ジルクニフは今のところ、彼女を手放したくないと考えているらしい。そのジルクニフが今回の同行を邪魔しなかったのが、レイナースにしてみれば意外なのだ。

 

(私の顔のことを、私が思っていた以上に気にかけてくれてたのかしら? ……それも皇帝陛下のイメージじゃないか……。……無理に引き留めた場合、私が叛意を抱くことのデメリットを考慮した……が正解かしらね。そんな事になるくらいなら、恩を売っておくとか……。実際、感謝はしてるのだけど……。それに……)

 

 もっと他のことを、ジルクニフは考えているはずだ。しかし、それが何なのかまではレイナースには解らない。

 用意された部屋に到着したレイナースは、扉の取っ手に手を掛けながら目に力を込めた。

 

「何にせよ、私は私のしたいことをするだけよ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アインズ様、紅茶の用意ができたようです」 

 

「ふむ、メイドだったか。……入ってよろしい」

 

 私室兼の執務室。

 書類仕事をしていたモモンガは、ノック音を確認したアルベドから言われ、羽根ペンを置いた。魔法アイテムの羽根ペンは、インク壷につけずともインクが補充される。これは、元の現実(リアル)で羽根ペンを使ったことのないモモンガには助かる仕様だ。

 

(後は、もう少し太いと使いやすいんだが……。万年筆型のアイテムならあったような気がするし……。それにな~……よっと!)

 

 先程まで人化状態だったモモンガは、異形種化して、羽根ペンを持ち直してみる。やはり、骨だけの指だと羽根ペンは持ちにくかった。

 

(羽根ペンを使い続けるとしても、異形種化したときに使いやすいのが欲しいところだ。……けど、持ちにくいってだけで、持ててるのが凄いよ。骨だけの指なのに……)

 

 再び人化し、用意された紅茶を飲むと……これが実に美味しい。それまで仕事一色だった脳が洗われていくようだ。

 

(元の現実(リアル)で飲んでた紅茶は『臭い付きの色水』だった。それが良く理解できる味わいだよな~)

 

 こちらの世界に転移し、ナザリックの美食を口にするようになって結構日が経つのだが、『美味しさ』に関する感動は色あせることがない。そしてカップに口をつけながら、机上の書類を見ると、良い具合に数が減っている。もう一踏ん張りすれば、すべて『退治』できるはずだ。

 この良好な進捗は、モモンガの過剰な頑張り……だけでなく、他のギルメンにも書類仕事を回していることによる。何人かのギルメンがローテーションを組んで、供覧及びチェックをしており、モモンガの負担が減っているのだ。 

 

(俺一人でナザリックのことを全部把握して、判断や決断をするとか、冗談じゃない。そんなことになったら発狂してしまう! ……発狂ゲージとか溜まりきっても、アンデッドの精神安定化があるんだっけ……)

 

 以前、タブラに相談したことがあるが、異形種化と人化を繰り返していると、どちらか一方で居られないストレス……発狂ゲージが蓄積する。これが一定値以上になると、ギルメンは発狂し、突拍子もない行動に出るのだ。良い例として……良くはないが……合流時のブルー・プラネットなどが挙げられる。ああならないためにも、更なる精神安定系のアイテム装備が必要となるのだ。

 モモンガの場合は、異形種化さえすれば精神の安定化があるので、発狂しても長続きはしないというわけだ。

 

(この転移後世界で、人化したまま異形種化をしない……なんて事にはならないものな。どこかで発狂状態は解除される……だったか。でも、俺一人で転移してたら、最強セッティングの指輪装備を外して、精神安定系の指輪を……って考えたりしないだろうし。そもそも、人化するとか思いついてたか? 確か、俺の私物で人化アイテムは無かったはずで、わざわざギルメンの私室から取り寄せたりしない……よな? ……じゃあ、人化することなく異形種のままでジワジワ発狂したり? いやいや、まさか。さすがに自分で気がついて、メンタルケアしてるはずだよ。発狂とか、ありえないわ~……)

 

 そういった事を考えつつ、モモンガは紅茶を飲み干し、メイド……ヘロヘロ作製のインクリメントに礼を言って下がらせる。そして再開された書類仕事は、僅か数分で完了した。わざわざ紅茶タイムで休憩するほどではなかったのだろうが、紅茶パワーで早く終わったのだとモモンガは思うことにした。

 

(せっかく糞みたいな元の現実(リアル)から離れられたんだし? ギルメンも合流してきてるし! 人生、常に前向きでなくちゃね! さて、この後は何しようかな……)

 

 ここまでは仕事時間。ここから先は自由時間。

 そして、同じ部屋に恋人……アルベドが居る。

 モモンガは余暇の過ごし方について、アドバイスを求めることにした。

 

「アルベドよ。少し相談があるのだが……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「モモンガ様? 湯加減は……いかがでしょうか?」

 

「う、うん。問題ないと思うけど……」

 

 白いレイヤード・ビキニ着用、髪をアップにしたアルベドからの問いかけに、人化状態のモモンガが答えている。

 今二人が居るのは……スパリゾート・ナザリック。しかも、混浴区域ではなく、男湯である。

 そんなことをして良いのか。本来であれば良くない。

 以前、酒の入ったヘロヘロが、人化状態でソリュシャンと男湯へ(先客が居ないのは確認済みで)入った際、設置されていたライオンの石像が「マナー違反とリア充に天誅を!」と叫んで襲いかかってきたのだ。

 これは、ギルメンの一人だった、るし★ふぁーの仕込んだギミックである。

 かけ湯しないで湯船につかろうとしたり、男女が同伴で混浴区域以外へ進入すると、るし★ふぁーのアナウンス付きでゴーレムが襲いかかるというものだ。

 このときのゴーレムは、なかなかの強さに設定されていたが、近接戦闘が得意なヘロヘロによってグズグズに溶かされている。以後、タブラとベルリバー、更にブルー・プラネットによって、大浴場内の仕掛けが徹底的に網羅され、るし★ふぁーが仕込んだギミックは、ほぼすべて機能を停止していた。

 現在では、ナザリック内でのカップル(モモンガ×アルベド、弐式×ナーベラル、ヘロヘロ×ソリュシャンなど)が増加したことで、『全施設混浴の日』が設定されている。もっとも、複数のカップルで使用するため、男女ともに水着着用が義務づけられていた。

 そのように変貌を遂げたスパリゾート・ナザリックに、モモンガとアルベドは来ているのだ。ちなみに、今は炭酸水素温泉(ぬる湯の人工型)の浴槽にて入浴中である。

 

(風呂には誘われたけど、そう言えば混浴の日だったっけ……。俺の人生で、美人の女の人と、肩触れあう感じで風呂に入る日が来ようとはな~……。これは夢でも見てるのか?)

 

 それ以前に、元の現実(リアル)では水が貴重だったので、アイロンだかシャワーの頭のような機器……スチームバスがせいぜいだった。なのに、今は女性と二人で入浴という、正しく現実離れ……もとい、元の現実(リアル)離れした漫画的展開の真っ只中であり、モモンガは現実逃避しかけている。

 しかし……。

 湯の中でアルベドが肩を寄せてきたので、モモンガの意識は強引に現実へと引き戻された。

 

「モモンガ様? どうか……なさいまして?」

 

「い、いや、いい湯加減だな~……と」

 

 アルベドが更に寄ってくる。

 アルベドが『アインズ』ではなく、モモンガと呼んでいるのは、二人きりの時は『モモンガ』と呼んでかまわないと許可を与えているためだ。また、モモンガの口調が素に近いのは、恋人と……中でもアルベドと二人でいるときは、可能な限り、素の口調で喋ろうと決めたことによる。

 そして……モモンガが先程と同じような返事をしたのは、恋人との大接近で緊張が頂点に達したためだ。更に言えば、このまま人化を続けていると、のぼせてしまう。

 

(湯あたりでなくて、恥ずかしさの余りにな!)

 

 だが、のぼせることにはならなかった。新たな事態が発生し、モモンガの頭部に集合するはずだった血液が下方へ向かったからだ。

 その新たな事態とは……。

 

(いかーん! 俺のアレが臨戦態勢に!)

 

 アルベドとの過度な接近が、モモンガの男を奮い立たせ、股間の『モモンガさん』を起動させてしまったのである。このままでは浴槽から出られない。<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>で逃げられるだろうが、恋人をお風呂に置き去りというのは最低な行為の一つだとモモンガは考えている。

 この場を、どう切り抜けるか……。

 

(幸いなことに、ここは炭酸水素温泉! 自然湧出型ではなく、炭酸ガスを送り込む方式だ! 透明湯であるが、湯面(ゆおもて)は乱れているし、気泡も多いのでアルベドには気づかれていないはず! 今のうちに何とか……ああ、でもどうすれば……)

 

 異世界転移後、最大の危機と言っていい事態に、モモンガは混乱困惑するのだった。

 一方、アルベドであるが、モモンガを風呂に誘ってから何度目か解らない精神停滞化を終え、清楚に微笑んでいる。少なくとも表面上は……。 

 

(ああ、モモンガ様……。なんて雄々しいのかしら……)

 

 モモンガは、水着を押し上げる『モモンガさん』について、アルベドには気づかれていないと思っていたが、その期待を裏切ってアルベドはすべて把握していた。

 

(くふふっ! サキュバスの眼力を以ってすれば乱れた湯面、気泡渦巻く湯面下など問題にならないわ! そう、アレがモモンガ様のサイズなのね……)

 

 普段は、脳内思考で呼ぶときでさえ『アインズ』呼びなのだが、この状況でのアルベドは、何の遠慮もなく『モモンガ』と呼んでいる。混浴という状況と、恋人という立場。それらが、彼女の背を押しているのだ。

 

(平均サイズよりも少し……。でも、水着で窮屈そうだから本当は、もっと……くふ~っ! ……ふう。まあ、それはそれとして……)

 

 モモンガによる設定改変で生じるようになった精神停滞化。それが、またもや発動している。このことによって、アルベドが暴走、モモンガに襲いかかって風呂に沈める……などという事態には発展しない。

 しかし、暴走しかけたサキュバスが一度間を置くと、後に残るのは冷静になったサキュバスである。

 のぼせた欲情を排した捕食者としての思考。そこに、守護者統括としての明晰な頭脳を加味した結果……。アルベドの脳内では、すでにモモンガの寝室で迎える『朝チュン』までのルートが確定していた。

 

(タブラ様からの情報によると、至高の御方の私室ではBGMの設定ができたはず! ……ふう……。朝チュンの効果音は、ペロロンチーノ様からデータクリスタルで下賜されているし、何の問題もないわね!)

 

 精神の停滞化を挟みつつ、モモンガの退路は断たれていく。

 そしてモモンガであるが、さすがに『湯あたりに近い状態』が限界を迎えようとしていた。

 

(ぐぞ~……。あづい~。本格的に湯あたりに突入しちゃうぞ! どうする? どうすればいいんだ~……あっ?)

 

 天井方向を仰いだモモンガの視界の端、そこで動く人影がある。

 人化した上で海パン一丁の弐式炎雷と、黒いモノキニ(前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニ)着用のナーベラルが通りがかったのだ。

 

「あれ? 弐式さん? ヘロヘロさんと一緒に、聖王国ってところに行ったんじゃなかったですか?」 

 

「いや~、何と言いますか……」

 

 弐式が後ろ頭を掻きながら言うには、旅先で風呂に入りたくなったので、タブラに頼み、<転移門(ゲート)>で送って貰ったらしい。

 

「幾つかの町や村を経由しつつ、宿に泊まったりしてたんだけど……。お湯を貰って身体を拭くだけってのがね~……。それしかないなら我慢もするんだけど……。ほら、俺達って、やろうと思えば旅先からでも戻ってこられるじゃないですか」

 

「確かに……。そう言えば以前、ヘロヘロさんが馬車移動に拘りを見せてたんですけど、最近ではあまり『やはり馬車ですよ~』とか言わなくなったかな? まあ、せっかく魔法とかで便利に動けるのに、それを活用しない手はないですしね」

 

 そう言った話はさておいて、モモンガはナーベラルが気になった。

 今まで肩越しに振り返って話していたのを、身体ごと向き直り、湯槽縁に肘を乗せる。こうすることで股間前面が下方ないし壁面を向くので、モモンガとしても都合が良いのだ。

 

「チッ……」

 

 舌打ちが聞こえたような気がするが、今はナーベラルのことが優先だ。

 弐式の隣で立つナーベラルは、アルベドと同様、長い髪をヘアピン等で纏めている。黒いモノキニが彼女の美しさを引き立てているが、モモンガが気になったのはナーベラルの様子だった。腕を降ろし、下腹部の前で指を組み合わせてモジモジしている。うつむき加減であるものの、浴槽内という低い位置に居るモモンガからは、ナーベラルの顔がよく見えていた。

 

(真っ赤だ……。俺みたく、風呂に入ってるわけでもないのに……。これはどういうことだ?)

 

 現在、自分が悩まされている湯あたり問題と無関係であるなら、顔が赤いとなると思い当たるのは怒りか羞恥だろう。ナーベラルの表情からすれば、怒りよりも羞恥が表現として相応しい。

 

(何を恥ずかしがっているんだ? にょ、にょにょ、尿意を我慢しているとかか!? いや、それなら一言断って離れればいいだけのことだし。まさか……)

 

 嫌がるナーベラルに、弐式が命令して水着を着させたのではないか。よその創造主と創造物の間柄に口出しするわけではないが、セクハラが成されているのであれば、ギルド長としては看過できない。

 

「弐式さん。ナーベラルが少し……その、恥ずかしがっているようですが? あ~、随分と……」

 

「え? あれ? そうなのか? ナーベラル?」

 

 言われて初めて気がついた。

 そういった様子で弐式がナーベラルを覗き込むと、ナーベラルは黙したまま顔を背けた。この仕草は、ナザリックの僕の観点では不敬にあたる。例えば、アルベドは湯船の中で向き直り、足を崩して座っていた(跪こうとして、モモンガ達から「風呂の中で跪くなんてしなくていい」と言われている)が、今のナーベラルの素振りを見て眉間に皺を寄せていた。

 

(俺の真横からの『圧』が凄いな~……。俺向きじゃないんだけどさ。そんなに目くじら立てなくていいじゃん、アルベド~……)

 

「んんっ、ごほん! 弐式さん? ナーベラルの水着、似合ってますけど……弐式さんが選んであげたんですか?」

 

 創造主としての権力を濫用して、無理矢理に着せてるんじゃなかろうな。

 という本音を包み隠しつつ聞いてみると、弐式は「それがいい」と言っただけで、水着を試着して披露したのはナーベラル本人の意思らしい。もっとも、水着の選定には他の戦闘メイド(プレアデス)の意見が反映されているそうだが……。 

 

「る、ルプー……いえ、ルプスレギナが……」

 

『これで行くしかないっしょ! ガードの堅い正面に、背筋があらわな背面! この組み合わせの前には、弐式炎雷様もメロメロになること間違いなし!』 

 

 という意見によって押し切られたらしい。

 ナーベラルとしては弐式に対し、はしたない姿を見せたくないので、大人しめのデザインの水着を選びたかったとのことだが……。

 

(ふむう、ギルメンによる婦女子への乱行はなかったか……。それは良かったけど……)

 

「弐式さん?」

 

 モモンガは湯槽の縁に肘を乗せたまま、右手で弐式を手招きした。自分の顔を指差した弐式が、ナーベラルを置いてモモンガに近寄り、中腰となる。

 

(「で、どうなんです? 弐式さんは、ナーベラルにメロメロなんですか?」)

 

(「いや、もう最高ですよ。水着姿の若い女の子! その背中を……前もですけど、ガン見して許されるとか! ……ここは天国ですか?」)

 

(「いいえ、ナザリックです」)

 

 モモンガ達は囁きあったが、それぞれの同伴者たるアルベドとナーベラルは聴力が優れている。会話の一部始終は、彼女らの鼓膜が捉えており、ナーベラルはより一層顔を赤くした。アルベドはというと、弐式が喜んでいるので怒気を消し、「初々しいわね~。(わたくし)も、あの路線が良いのかしら?」とニマニマ笑いながらナーベラルを見ている。

 その後、暫く話してから、弐式はナーベラルを連れてジャングル風呂へと移動して行った。

 モモンガは、会話している内に『モモンガさん』が待機モードに移行したので、湯から上がることにする。

 

(ギルメンと、それも男の人と話してると、色々と収まりがつくもんだな~。……色々と……。弐式さんには、感謝しかないよ~)

 

 そんなことで感謝されていると知ったら、弐式は嫌な顔をしただろうが、モモンガは上機嫌でペタペタ歩いている。その後ろをついて歩くアルベドは、『モモンガさん』による自分に対しての無双が期待できなくなったので少し気を落としていた。

 明暗が分かれた形の二人であったが、危機感の薄れたモモンガが「寝湯というのもあったっけ? 試してみるか!」と思い立ったことで、新たな危機が彼に訪れ……かけることとなる。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガ。

 渾身のオウンゴールであった。

 が、そのことでアルベドに加点されなかったのは、後述する禁則事項のためである。この死の支配者(オーバーロード)は運が良いのだ。

 そして、風呂上がり。

 すっきりした表情のモモンガを脱衣場で見た弐式が、「モモンガさんの様子からすると……。アルベドのために、椿の花でも落とした方がいいですかね?」と聞き、モモンガは「そんなことまでしてませんよ!」と叫ぶこととなる。そして、「……よく考えたら、適度に異形種化をして、ナニをクールダウンすれば良かったんじゃないか……。精神の安定化があるんだし……」と呟き、モモンガは肩を落とすのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 女性用の脱衣場。

 

「あの、アルベド様? 最後まで……なさったのでしょうか?」

 

 水着を脱ぎ、戦闘メイド(プレアデス)のメイド服を着込んでいるナーベラルが、こちらも守護者統括の衣装に着替えているアルベドに聞いた。

 アルベドは後ろ手に髪をたくし上げて整えると、薄く笑ってみせる。

 

「そんなこと、できるわけないでしょ? 禁則事項よ」

 

 るし☆ふぁーのギミックが満載であった頃よりゆるゆるになっているが、スパリゾート・ナザリックには幾つかの禁則事項が存在する。その中の一つに、『浴場での性行為』があるのだ。これを無視して事に及ぶと、強制的に転移魔法が発動、脱衣場に飛ばされるのである。これはナザリックの防衛機構を流用しているので、ギルメンでは抵抗できない。

 

「まあ、多少のスキンシップはあったけれどね……」

 

「す、スキンシップ……ですか」

 

 ナーベラルはスキンシップの内容についても聞きたがったが、アルベドは自分の唇に人差し指を当てて「それは秘密なの」とノーコメントで通した。

 実際のところ、何があったのか。

 アルベドはモモンガに対し、寝湯での添い寝を申し出たのである。

 石枕は幾つか用意されているものを、利用者が運んで使うタイプだったので、二人分を並べることは可能だった。加えて言うと、敷居も移動可能な設置型だ。

 もし、アルベドと恋人同士の関係でなければ、モモンガは断るか逃げ出していたことだろう。しかし、今の二人は紛れもなく恋人同士なのだ。

 数分かけての黙考の末、モモンガはアルベドの申し出を受け入れた。

 そして行われたのは……申し出どおりの添い寝である。アルベドがモモンガに跨がって腰を振ったり、擦り寄ってきた彼女をモモンガが抱きしめたりということは一切ない。ただただ、流れる湯に身を置き、横になるだけだ。

 その中でアルベドは、モモンガと様々な話をした。

 ユグドラシルのこと、元の現実(リアル)のこと、失った家族のことなど……。

 それらすべてがアルベドにとって興味深いことであり、モモンガに対する思いを深めるものである。

 

(アインズ様の大切な思い出を知ることができた……。他の至高の御方にもお話しになっていないことも幾つか……。(わたくし)だけが知っているアインズ様の……。こんな幸せなことがあって良いのかしら?)

 

 モモンガとは別行動中、しかも目の前にナーベラルが居るので、アルベドは脳内であっても『アインズ』呼びに戻している。

 

(それに……)

 

 寝湯で居た間、アルベドもモモンガに対し、好きな食べ物やタブラへの敬愛の心、守護者統括としての悩みなどを聞いて貰い、そのことによって心が軽くなってもいた。

 

(話すだけで心が軽くなるだなんて、やはり至高の御方は素晴らしいわ!)

 

 鼻歌を歌いたくなるが、ナーベラルが居るので自重しなければならない。

 着替えを終えたアルベドは、スパリゾート・ナザリックの入口に向かいながら考えた。

 

(朝チュン計画は頓挫したけど、構わないわ! ……ふう……だって、アインズ様は、ずっとナザリックに居てくださるのだから……)

 

「そうよ、時間は幾らでも……。でも、朝チュン計画を諦めるわけには……」

 

 気づかぬうちに最後の部分を声に出し、アルベドは「しまった!」と思ったが、ナーベラルは「弐式炎雷様に褒めていただいた水着、大切に保管しておかなければ」等と一人呟いていたので、どうやら聞こえていなかったらしい。

 その様子を見て、アルベドはホッとすると、悪戯っぽく小さく舌を出すのだった。

 




フールーダが王国にやってまいりました。
次回あたり、モモンガさんと対面ですかね~……。
他の作家さんのSSでもペロリストぶりを発揮している古田さんですが、道成増やら。

レイナースは救います。確定事項です。
バッドルートも書けますけど、そんな鬱展開、本作では必要ないのです。

アルベド分を補充しておこうと思いましたので、彼女をクローズアップしつつ『お風呂回』を持ってきました。
途中で顔を出すギルメンを、建御雷&コキュートスにしようかと思ったんですけど、華やかさがな~……と、却下。
メコン川&ルプスレギナにしようとして「アルベドの出番が食われ……はしないけど目減りする」ということで却下しました。同じ理由で茶釜&アウラ達も却下。

結局、王国と帝国の戦争は休止になりそうです。
まあ、いいのかな~……。
弐式&ヘロヘロの聖王国探索隊ですが、その道中模様を次回書ければな……と思っています。

<誤字報告>

rin.さん、佐藤東沙さん、ジュークさん、戦人さん

毎度ありがとうございます。
自分は読んでるときのリズム重視な書き方してますので、ちょっとおかしい文体でも残しておきたいところは残すことがあったりします。とか言って、だいたいは誤字脱字が多いんですけど。


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第92話

「おおおおおおおっ! 貴方様こそ! 我が真実の神! 魔の頂への導き主! 儂は、儂は、すべてを差し出しますぞーっ!」

 

「うわっひゃあああっ!?」

 

 今、悲鳴をあげたのはモモンガ……ではなく、タブラ・スマラグディナである。彼の目前、白髪の老魔法使い、フールーダ・パラダインがテーブル上にて跪き、胸に手を当ててタブラに顔を寄せている。その顔と顔の距離は、非常に近い。

 タブラの隣に座って目を丸くするモモンガは、漆黒ローブ(冒険者チーム『漆黒』仕様で、聖遺物級(レリック)相当。)着用の上で、悟の仮面を使用しつつの人化中だ。一方、タブラは、デザインの違う漆黒仕様の黒ローブを着用しているが、モモンガのように仮面を使用しているわけでもなく異形種化中。ただし、強力な幻術と課金アイテムの併用で、人化したタブラを出現させているわけだ。

 モモンガの厳重さと比較して、タブラは身バレ対策がゆるゆる。

 そのように思えるが、これは一つの実験なのだ。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の使用位階を見抜く……看破の魔眼とでも言うべきタレント(生まれながらの異能)。これを有するフールーダに対し、探知阻害のアイテム以外の装備が、どこまで影響があるかを試したいのである。

 本来なら、各アイテムのオンオフを試していく手はずだったが、探知阻害の指輪を外したが為に大変なことになってしまったようだ。

 ちなみに、帝国の冒険者チーム『フォーサイト』の一員、アルシェも同様のタレントを持つが、彼女に対しては実験済みである。結果は、探知阻害のアイテムを装備しているかどうかが重要なのであって、他の要素は影響しないというもの。

 今回、フールーダに対しては、別個人に対する同じ実験で、データ収集をしたいのだ。

 そういった思惑の下、モモンガと付き添いのタブラ(護衛名目で、人化した武人建御雷と獣王メコン川も同行している。)は、帝国の宮廷魔法使い……フールーダ・パラダインと面会をした。場所は、王城の来賓室である。

 面会の開始当初は、極普通の歓談となった。

 フールーダは当たり障りのない話をし、モモンガとタブラが転移後世界の魔法知識を得て感心したような声をあげる。これは演技ではなく、本心からの反応だ。

 

(お~……そんな回りくどい儀式を……。俺なんか、プレイヤーでアンデッドで一〇〇レベルなものだから、『出来るから出来る』の状態だし? ちょちょいのちょいで、第十位階魔法とか使えるんだけど……。こっちの世界の人は苦労してるんだな~……)

 

(ちょっと手順を組み替えるだけで、大幅に効率アップできそうだね~。その辺りで恩でも着せて、色々と協力して貰えそうかな~)

 

 自分達よりも実力で劣っていても、創意工夫の有り様について知れることは重要だ。自分達の思いつかない様な手法が、意外と役立ったりする。モモンガとタブラは、ソファ後ろで立つ建御雷達の「(位階魔法の)上限が低い割に、あの素材の組み合わせを思いつくとか……スゲーな……。どんだけ、実験とかしたんだか……」とか「建御か……おっと、タケヤンも、そう思うか? やっぱ年季が入ってると色々違うよな~」といった声を聞きながら、フールーダとの歓談を続けたのである。

 実に、有意義な時間であった。

 それが、おかしくなったのは……フールーダが、第十位階魔法の話を持ち出してからだ。

 まず、過日のデモンストレーションで、第十位階魔法を使ったのは誰か……という話になる。実行者はモモンガだったので、モモンガが「私だが?」と挙手した。その彼を一瞥してフールーダ、溜息と共に肩を落とす。看破の魔眼でモモンガの位階上限を見たようだが、モモンガは探知阻害の指輪を装着しているので、オーラなどは出ていない。次いで、タブラを見るも、こちらとて結果は同じだ。彼もモモンガと同様、探知阻害系のアイテムを装備しているのである。

 必然、本当にモモンガが第十位階魔法を使用したのか……と疑われることとなり、フールーダが「失礼ながら……」と、タレントによってモモンガ達の位階魔法を探っていたことを明かした。

 

(そういう事を黙ってやるなよ……。しかも、本人()の目の前でさぁ……)

 

 と思うモモンガであったが、フールーダのタレントについては事前に知っているので、無断で『看破の魔眼』を使われることは織り込み済みである。

 

(しかし、話の流れ上だけど、フールーダに対して第十位階魔法が使えることを証明する必要があるな。本人も確認したがってるし……)

 

 ランポッサ三世達に対してやったデモンストレーションのように、実演する方法がそれだ。とはいえ、今から<転移門(ゲート)>を使って移動し……というのは面倒くさい。そこで、アルシェに対して行った手を使うものとする。

 探知阻害のアイテムを外すのだ。

 フールーダのタレントは、アルシェと同様であるらしく、指輪類を一つ外すだけで納得して貰えることだろう。ただし、同じ部屋にレイナースが居るのは問題だ。発狂ゲージの溜まり具合も関連して、彼女に圧力が掛かる可能性が高い。したがって、フールーダとは違って、『事前に一言』言っておくべきだとモモンガ達は判断した。

 

「というわけで、レイナース殿は気をつけた方が良い。引っ繰り返る恐れがあるので、しゃがむとか……その様な感じだな」

 

 モモンガがフールーダ達に説明をし、まずタブラが「じゃあ、とりあえず私だけ外してみますかね?」と、探知阻害効果のある指輪を外す。だが、その結果、噴出したオーラを『看破の魔眼』で見たフールーダが……発狂した。

 

「こ、これじゃあ! これこそが!」

 

 そう叫ぶなりピョンと跳躍。

 膝高ほどのテーブル上に降り立つと、タブラに対して跪き、先程の宣言をしたのである。

 その行動、寄せられた顔の濃さ。どれもが理解不能であり、そして気持ちが悪い。

 最も間近で接することになったタブラが、悲鳴をあげるのも無理からぬことだ。

 

「た、タブラさんが裏声で叫ぶとか……。ホラー映画を見てるときしか聞いたことないぞ……」

 

 そう呟いたのは建御雷だったが、直接に攻撃されたわけでもないので、手を出すべきかどうか迷っている。これはメコン川やモモンガも同じだ。

 

「ぐ、うぎぎ……」

 

 モモンガ達とは別で、行動に出ようとしている者も居る。

 ソファの後ろで立つ、レイナースだ。彼女は槍を杖代わりとして踏ん張っていたが、タブラから噴出する圧により、金縛りのような状態となっている。

 

(こんのぉ、ボケ老人! この前は! 自重するようなことを言ってたでしょうがぁ!)

 

 想像を遙かに超えるタブラからの圧。第十位階魔法の行使を目にするまでもなく、彼が強者である事は理解できていた。絶対に戦ってはいけない相手なのだ……と。そして、そんなタブラ達に対し、フールーダが普段どおりの奇行に出たのが許せない。

 このままだとレイナース個人の目的達成が危うくなる。それも問題だが、第十位階魔法を使う相手に無礼を働き、機嫌を損ねでもしたら……。

 食いしばった歯に力を込め、レイナースは槍を振り上げた。

 

「国を……滅ぼす気かーっ!」

 

 室内の空気を震わせる怒声と共に、槍を振るう。

 ソファの後ろからなので離れた間合いだが、槍という長柄武器なだけあり、十分に穂が届く。さすがに穂先で突いたり、斬ったりするわけにはいかないので、レイナースは刃の無い部分でフールーダの頭部を張り飛ばした。

 

 ガボン!

 

 金属製のトレイ。その底部を叩いたような音がした。

 人の頭部を殴打したというのに……だ。

 

「がはっ!?」

 

 フールーダは咳き込むように息を吐くと、前のめりに昏倒。

 そのまま倒れ込んだ場合、硬直したタブラとの顔面接触になるため、レイナースが槍の穂先で引っかけて元のソファへと放り込んでいる。フールーダが、ソファ上で白く燃え尽きたボクサーのように項垂れ、そこから数秒間、室内にはレイナースの荒い息が聞こえるだけとなった。が、精神安定化により、いち早く再起動したモモンガが、タブラの肩を掴んで大きく揺さぶる。

 

「タブラさん! 指輪! 指輪を元に戻さなくちゃ!」

 

「え? ああ、そうでした! 騎士の人……レイナースさんでしたか!? 助けて頂いて……本当に、本当に! ありがとうございました!」

 

 礼を言うタブラの声は震えていた。

 ホラー映画などでは、怖い物を見ることになるのが前提だし、それと知った上で視聴に臨んでいるのだから、ある程度の覚悟はできている。しかし、初対面に近い老人に飛びかかられ、顔面の大アップを見せられるというのは、彼にとって初体験なのだ。後日、タブラは「失禁しなかった自分を褒めてやりたい」とまで述べている。

 

「いえ、その老人は未知の魔法に関して目がなく……。時折、正気を無くすのです。こちらこそ、本当に御迷惑を……」

 

 胸に手を当てて謝罪するレイナースであるが、モモンガ達が何か言う前に「失礼します」と言い、取り出したハンカチで顔を拭った。拭った箇所は、髪で隠れた右側……。

 

 にぢゃあ……。

 

 粘着質のある液体に触れたような音がし、顔から手が離れた際には、ハンカチに膿のようなものが付着していた。

 

「見苦しいもので……申し訳ありません。私の……持病なのです」

 

「……それは……病気かな? それとも呪いの類だろうか?」

 

 ようやく気が落ち着いてきたらしいタブラが聞くと、レイナースは言いにくそうにしながら……しかし、内心では歓喜しつつ身の上の事情を語り出す。

 

「ふむ、モンスター討伐時に呪いを……」

 

 一通り聞いたタブラは、モモンガによって強めの麻痺状態にされたフールーダをチラ見しつつ、レイナースの顔に掛かった呪いについて考察した。そして、レイナースを本人の許可を得た上で観察した結果、所有する職業(クラス)に『カースドナイト』があるのを確認する。

 カースドナイトの職業(クラス)特徴は、強力な治癒魔法でなければ癒えない傷を与える力を有すること。職業(クラス)のペナルティとしては、レベル四〇程度より下のアイテムを所持できず、破壊してしまうというものがあった。

 ちなみにナザリックでは、シャルティア・ブラッドフォールンが、カースドナイトの職業(クラス)所有者である。

 

「タブラさん。ひょっとして、このカースドナイト。呪われた結果……職業(クラス)がついたんですかね?」

 

「恐らく、そうでしょう……。レイナースさんは、カースドナイトを取得するにはレベルが低いようですしね。レイナースさん? まずは、おかけになって……」

 

 タブラが勧めると、レイナースは戸惑った様子を見せたが、断るのも失礼と考えたのか、槍をメコン川に預けてからソファに腰を下ろした。護衛任務中であるのに、主武器を手放すのは問題かもしれない。だが、護衛対象のフールーダが失礼を働いた末に昏倒中なので、構わないと思ったようだ。

 

「あっ……すみません。また……」

 

 また膿が出たのだろう、ハンカチを取り出して顔を拭っている。 

 それを見たモモンガ達が思ったのは、「気の毒だ……」ということ。タブラが助けられた恩義もあるが、今は人化(モモンガは、悟の仮面の下で)しているだけあって、感情も移入してしまう。そして「なんとかしてあげたい」と最初に考えたのはタブラだった。

 

(「モモンガさん、何とかしてあげてもいいですかね?」)

 

(「こっちの世界だと難しそうな呪詛のようですしね……。対価は……さっき、タブラさんを助けて貰ったってことで、要求しなくていいかな?」)

 

 モモンガは、肩越しに後方の建御雷とメコン川を見たが、どちらもレイナースを助けるについては賛成の様子だ。

 

「レイナース殿。おっと、ロックブルズ殿?」

 

「ゴウン様。レイナースと呼んでいただいて構いません。どうか、呼びやすいように……」

 

「ならばレイナース殿と呼ばせていただこう。そして……」 

 

 レイナースさえ良ければ呪詛について相談に乗ると申し出たところ、レイナースは感激しつつ申し出を受け入れている。元々、第十位階魔法の使い手ならば、呪詛をどうにかできるのでは……と期待していたのだ。この話に乗らないわけがない。

 そして、彼女の顔に掛けられた呪いについて、考察が始まった。と言っても、今回の場合はタブラではなく、主にモモンガが考察している。職業クラス関係など、ゲームルールに関してはモモンガの方が詳しいからだ。

 

「さすがモモ……アインズさん。私は、ギミック関係と錬金術の方なら多少はいけるんですけどね~」

 

「俺が思うに、タブラさんが得意な錬金術の出番もあると思いますよ?」

 

「え? そうなんですか?」

 

 首を傾げるタブラに対し、モモンガは思うところを述べだす。

 まず、レイナースに呪詛をかけたモンスターだが、呪いの得意なモンスターだったと言うより、職業(クラス)の付与が可能な能力を持っていたとモモンガは考えていた。

 

「こっちの世界で言う生まれながらの異能(タレント)ってやつですか? そういうのを持ったモンスターだった可能性があります」

 

 死に際にタレントを発動し、レイナースにカースドナイトの職業(クラス)を付与したというのがモモンガの見解だ。

 

「攻撃魔法ではないから、レイナースさんの虚を突いて抵抗を擦り抜けた……と言ったところでしょうか」

 

「モモ……んんっ、アインズさんよ。それだとレイナースさんに、カースドナイトの職業(クラス)が付くだけじゃねぇっすか?」

 

 建御雷から質問され、モモンガは説明を続ける。

 確かに、そのとおりだ。だが、その職業(クラス)付与、わざと失敗すればどうなるか……。

 

「カースドナイトの職業(クラス)特性が歪むでしょうね。規定のレベルに達していなくても、職業(クラス)取得できるかもだし、失敗のペナルティで、一部の能力低下や不具合なんかが発生するんじゃないですかね? 不具合、ええと……症状がどうなるか、ランダム要素がありますけど。高い確率で良くない……状態……に……その……」

 

 流暢に語っていたモモンガだが、徐々に歯切れが悪くなった。

 彼の言う不具合こそが、レイナースの顔に生じた歪みであり、膿の発生なのだ。 

 

「ん、ごほん。失礼。結論から言いますと、レイナース殿の顔の……症じょ……ゴホ、ゴホン! 状態異常を解消することは可能です」

 

「ほ、本当ですか!? ゴウン様!」

 

 腰を浮かすレイナースに対し、モモンガは頷いてみせる。

 理屈としては簡単で、不完全な職業(クラス)『カースドナイト』が呪詛として効果を発揮しているなら、その職業(クラス)自体を取っ払えば良いのだ。

 

「手っ取り早いのは、一度死んで……蘇生する際に手を加えることですが。わざわざ、死ななくともタブラさんが居ますしね! 呪いのアイテムを外すアレです!」

 

「へっ? ……ああ、なるほど。仮死薬ですか……」

 

 タブラの有する職業(クラス)、錬金術師。様々な高位ポーションを作成可能だが、その作成可能なポーションの中に仮死薬がある。ユグドラシル時代では、プレイヤーのアバターに使用することで、一時的に死亡扱いとなる効果があった。

 

 代表的な用途は、死なないと外すことができない呪いのアイテムを、デス・ペナルティ無しで外すことができるというもの。この効果が、レイナースにかけられた呪詛を解くのに有効ではないかと、モモンガは考えたのである。

 

「確かに、あの効果なら上手くいきそうですね。……私の私室に在庫があったはずだから、アルベドに言って……いや、<転移門(ゲート)>で私が行った方が早いか……」

 

 そう呟くとタブラは席を立ち、<転移門(ゲート)>で姿を消した。そして、数分後には再び姿を現している。随分と早い戻りだが、最初に(<伝言(メッセージ)>で一報入れた上で)<転移門(ゲート)>によってナザリック地下大墳墓に転移し、施設内ではギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用したことで、行動が早くなったのだ。

 

「お待たせしました。これが『仮死薬』です」

 

 差し出すのは小さな薬瓶。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)と同じ瓶であるが、中の液体はピンク色だ。

 

「これを飲むと、貴女は一時的に仮死状態となります。効果時間は数十秒ですが、その間にカースドナイトの職業(クラス)を除去しますので、御安心を……」

 

 モモンガに仮死薬のことを指摘されて、タブラも仮死薬の運用について思い出している。本来、仮死薬で職業(クラス)除去はできないが、モモンガの想定どおりの状態であるなら、レイナースのカースドナイトは『剥がれやすく』なっているはずだ。服用して一発除去できないとしても、タブラが一緒に持ち出してきたポーションの幾つかで、クラス除去が可能となる。

 

(高い確率で大丈夫だね! ……もしダメなら、流れ星の指輪(シューティングスター)を使っちゃおう)

 

 流れ星の指輪(シューティングスター)は、超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>を経験値消費なしで三回発動可能とする。しかも魔法使用におけるレベルダウンもなく、一方で効果は魔法版より高いという超々希少アイテムだ。モモンガなどは多額の課金の末に入手したが、タブラが所有するのは、知人から譲り受けたものである。

 ユグドラシル時代の感覚で言えば、他者のためにおいそれと使えるアイテムではなかったが、今のタブラは使用することに何の躊躇も感じていない。レイナースに対しては、フールーダの件で大いに感謝しているからだ。

 

「さあ! どうぞ! まずはポーションでいってみましょう!」

 

「え? あの……展開について行けなくて……。こ、高価なポーションなのでは?」

 

 戸惑うレイナースに、タブラは「必要なら、また作れますので!」と言ってグイグイ押しつけていく。

 

「タブラさん、よっぽど怖かったんだな……」

 

 そういった建御雷の呟きが聞こえる中、ようやくレイナースがポーションを受け取った。この後はレイナースがポーションを飲み、仮死状態となったところで、モモンガ達がカースドナイトの職業(クラス)を剥がし……削除に掛かるの流れとなる。が、ここでモモンガが重要なことに思い当たった。

 

「カースドナイトの職業(クラス)が無くなると、レイナース殿は今の状態より弱体化することになる。その点は構わないのだろうか?」

 

 レイナースの境遇を聞くに、カースドナイトに拘りは無いと推測できた。だが、聞いておかなければならない。ユグドラシル時代では「職業(クラス)が消えるだなんて聞いてない!」などと、事前説明の不足や相手方の無知によってトラブルに到った事例があるからだ。

 

「この顔から呪いが消えるなら! 弱くなることなど問題ではありません!」

 

 両手で持ったポーション瓶を胸元に寄せ、レイナースが叫ぶ。眉間に寄せられたシワ、据わった目、震える口元。モモンガは若干引きながら思った。

 

(こわっ! マジだ……。でも、この様子だと本当に心配しなくてよさそうかな~)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 レイナースの意思が確認できたことで、モモンガ達は解呪に向けての行動に移る。

 

「女の人を床で寝かせるのはダメだな。ソファは肘掛けがあるから駄目だし……。これを敷こうぜ」

 

 メコン川が、アイテムボックスからマントを取り出し、建御雷が「レイナースさんが仮死状態になってるの、他の奴に見られたらマズいだろ?」と、見張りのために室外へと出て行った。 

 

「では、ポーションを飲んでください。味は果実ジュースですけど、飲むと意識を失いますので、私が支えて横にします。後は、こちらのアインズさんと私でカースドナイトを除去しますので」 

 

 甲冑を外し、メコン川が用意したマントの上で腰を下ろしたレイナースは、タブラに対して頷いてから瓶の蓋を開け、口元へ寄せていく。

 そして、それらの様子を……フールーダが見ていた。

 解呪作業自体はソファ等の応接セットの脇で行われていたので、麻痺で動けない状態でも視界の端で視認できたのだ。

 

(あの呪詛を解呪できるというのか!? 儂でも手が出せぬというのに! いやはや、さすがは第十位階の使い手様方じゃあああ! 何が何でも、教えを請わねばぁあああああ!)

 

 しかし、昏倒後に施された麻痺(モモンガによるもの)が強力なので指一本動かすことができない。

 第十位階魔法の使い手達と面会できたというのに……だ。

 モモンガ達はフールーダを放置したまま、レイナースにかかり切り。それはモモンガ達にしてみれば、タブラの恩人に対する恩返しなのだが、フールーダにとっては嫉妬が蓄積される時間でしかなかった。

 

「ほいっと、これで終了。思ったとおり、仮死状態にしてからの耐呪系バフ魔法で剥がれましたね~。顔の状態も綺麗さっぱりで……おお、美人ですね!」

 

 モモンガが覗き込むと、レイナースの顔の右半分……そこを醜く歪めていたモノが、跡形もなく消え去っている。復活したレイナースの顔立ちは、アルベドやナザリックの女性らを見慣れたモモンガからしても、十分に美人だと思えた。NPC達のような完成された美形も良いが、個性ある自然のままの美も良いものだと、そう感じたのである。それはタブラやメコン川も同感のようで、二人とも、唸ったり感心したりしていた。

 

「それにしても、さすがはモモ……~ンズさんだね。職業(クラス)とは言え、取得した原因は呪詛であり、呪いとしてレイナースさんにこびりついてる。……つまり、職業(クラス)としては定着が不安定。それを見抜くとは……。いやはや、対応力のキレはユグドラシル時代と変わりないですね!」 

 

「い、いやぁ~……」

 

 タブラに褒められ、モモンガは照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「ユグドラシルでの知識が役に立っただけですよ。それに、タブラさんが仮死薬を提供してくれなかったら、本当にレイナースさんを死なせるか、ナザリックで在庫を探したりとか手間取ったはずで……。しかし、良かったんですか? 仮死薬は消耗品ですけど、こっち(の世界)じゃ、素材が入手できるかどうか……」

 

 転移後世界では、入手の目処が立っていない素材が多い。ナザリック地下大墳墓に大量の素材在庫があるとは言え、使い切ればそれまでなので、補充できない素材の使用は控えたいところだ。今回はフールーダの一件があったので、レイナースに対してタブラの私物である仮死薬を使用したのだが……。

 

「かまわないよ。まだ私物の在庫はあるし、私からすれば……レイナースさんには恩を返したりないくらいさ」

 

 そう言ってタブラは肩をすくめる。

 それなら、それで良いのだが……と、寝かされたレイナースの前で膝を突きながら、モモンガは思った。が、直後に、隣で立つメコン川と顔を見合わせている。

 

((どんだけ怖かったんだ?))

 

 タブラの感じた常にない恐怖は、フールーダの跳躍顔面アップを目の当たりにしなければ解らないものなのだろう。その後、「もう終わったか~?」と建御雷が呼びかけてきたので彼を室内に入れ、更に数分経過したところでレイナースが目を覚ました。

 

「……うう、私は……」

 

「お目覚めですか?」

 

 タブラの声を聞いたレイナースは、暫しボウッとしていたが、数秒後には目に力のある輝きが戻る。そして勢いよく上体を起こし、手の平で顔の右側を擦った。

 

「無いっ! あの嫌な手触りが無くて! こんな、こんな……」

 

 レイナースの頬を涙が伝って落ちる。そのまま両手で顔を覆い、レイナースは泣き続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「本当に、どれほどの言葉を積み上げても、感謝を表現するに足りません」

 

 ようやく落ち着いたレイナースが、ソファに腰掛け、同じくソファに戻ったモモンガとタブラに礼を述べている。その表情は歓喜に満ちており、護衛任務中の騎士とは思えないほどだ。なお、護衛対象のフールーダは、今もなお麻痺したままであり、レイナースの隣で座らされている。

 

「いやあ、危ないところを助けていただきましたので。私の方こそ、レイナース殿にはお礼を言わせていただきます。ありがとうございました」

 

 そう言って笑うタブラは、こちらもまた上機嫌だ。

 危ない目とは、フールーダに迫られたことを言っているのだが、これにはモモンガも、そして、ソファの後ろで立つ建御雷達も苦笑いである。

 

「お礼と言うなら、こちらのアインズさんにもお願いしますね。カースドナイトを呪いごと引っぺがしたのは、アインズさんなんだし」

 

「功績としては、仮死薬を提供したタブラさんの方が大きいと思いますけどね」

 

 このように謙遜しあっているが、後ろで見守る建御雷とメコン川に言わせれば、五分五分と言ったところだ。

 モモンガは、治療手順の発案者で、カースドナイトの除去を担当している。だが、それはタブラ提供の仮死薬があったからこそ、スムーズに事が進んだのであって、無駄な時間を必要としなかった点ではタブラの功績も大きい。しかも、使った仮死薬はタブラの私物なのだ。

 

「この御恩に報いるため、ナザリック地下大墳墓でお仕えしたいのですが……。帝国騎士としての任もありますので……そちらが落ち着いてから、すべてを捧げたく……」 

 

 そう言ってレイナースが上目遣いで見てきたので、モモンガとタブラは顔を見合わせる。後ろの二人も同じだ。

 このレイナースの申出は、モモンガ達にとっては……実は有り難い。スレイン法国関連ではクレマンティーヌとロンデス。王国では六大貴族や八本指。そう言った協力者や伝手があるものの、帝国方面では今のところ人材が少ないのだ。

 

(強いて言えば、ワーカーに友好的なチームが幾つかあるぐらいかな~。そっちだと、メコン川さんと個人的に親しい女性も居るし?)

 

 モモンガが肩越しにメコン川を見ると、視線の意味を察したのか、メコン川が口をへの字に曲げる。

 

(おおっと、怖い怖い。まあ、なんだな~。影の悪魔(シャドウデーモン)ばかりじゃ不都合もあるし、帝国の上層部に居る人間が協力者になってくれるのは有り難いんだよね~。……上層部の……協力者か~……)

 

 モモンガの視線がフールーダに向けられた。

 フールーダは今もなお麻痺したままだが、帝国上層部の者と言えば、彼こそが重要人物ではないだろうか。本来であれば、レイナースよりも先に勧誘すべきなのだ。それをせずに、レイナースと歓談しているのは、フールーダによってタブラが怖い目に遭わされたからである。警戒しているのもあるし、目を覚まして矛先が自分に向くのは嫌だという思いもあった。

 

(高位魔法に対する執着の程は理解したけど……。これって俺だけじゃなくて、建御雷さんやメコン川さんも目を付けられるかもしれないのか……)

 

 フールーダからすれば、後ろで立つ建御雷達だって、第十位階魔法を使えるかも知れない……と考える可能性がある。

 フールーダによって大接近される建御雷やメコン川の姿。それを、モモンガは想像してみた。

 

(気持ち悪っ! 誰得の光景なんだよ!)

 

 やっぱり駄目だ。人類で一番強い魔法詠唱者(マジックキャスター)は貴重だが、生理的な嫌悪感を考慮した場合、フールーダはアウトとしか言えない。以後は、フールーダを抜きにして、レイナースとだけ話をした方が……と、そういった事をモモンガは(実は他の三人も同様に)考えていた。

 現時点で、帝国はレイナースの働きもあり、モモンガ達から悪印象を持たれていない。レイナース自身は、呪いが解けて幸福の真っ只中。ただ一人、フールーダだけがナザリックの支配者四人から嫌がられている。

 このままだと、フールーダはナザリックと……第十位階魔法の使い手(本来は、その上の超位魔法も使用可能)と接触できず、縁も切れた状態で終わってしまうのだ。

 麻痺して項垂れた状態のフールーダ。彼の目には悔し涙が浮かんでいたが、そこへ救いの手が差し伸べられることとなる。

 

「レイナース殿さえ良ければ、我らは雇用することに問題はない。しかし、帝国の騎士を辞すると言っても、上司……帝国四騎士の上役と言えば、皇帝陛下なのだろうか? ともかく、陛下の許可を得ることだな。無論、後任の方への引継ぎはしておくべきだろう」

 

 それら諸問題を解決できたなら、いつでも訪ねてくると良い……そう言ってモモンガが笑顔を浮かべると、レイナースは喜びをあらわにした。が、ここで彼女の視線がフールーダに向けられる。

 今、彼女の隣で麻痺し呻いている老人。彼は、その実力や普段の人格は別にして、魔法が絡むと狂人であり変態だ。負の面が重すぎて、他の美点を帳消しにしている。だが、今回、レイナースがモモンガやタブラと出会えたのは、フールーダの護衛役だったことが大きい。

 

(借りが……あるのよね……)

 

 フールーダの目的は潰えようとしているが、自分は目的を達成して幸せだ。それが逆の立場だったらと思うと、そう思っただけで目眩がする。

 

(少しだけ、手助けしてみようかしら。後は……フールーダ様次第……よね?)

 

「ゴウン様。そして、タブラ・スマ……」

 

「長いからタブラで構わないよ~」

 

 タブラの口調は愛想で満ちあふれていた。これならば……と手応えを感じたレイナースは、一瞬、フールーダを見てからタブラに対して話しかける。

 

「こちらのフールーダ・パラダイン殿は、先程のとおり、未知の魔法を目にしたり接する機会があると、我を無くすのです。目に余る行動だったと承知していますが、どうか話だけでも聞いてあげては……いただけないでしょうか?」

 

「え、え~と……アインズさん?」

 

 タブラが、モモンガに顔を向けた。 

 今、タブラの中では様々な思いが渦巻いている。それら思考の中で、最も目立つのがフールーダの顔面度アップだ。タブラにとっては、かなりのトラウマになっているようで、身震いを禁じ得ない。

 

(やだな~……)

 

 正直言って、お断りしたいのだ。しかし、考えてみれば気色悪い思いをさせられただけで、悪意を持って危害を加えられたわけではない。何かを追い求めて必死になるという気持ちも理解できる。

 

(おかしくなる前までの魔法談義は参考になったし。んん~……)

 

 数分ばかり黙考してから、タブラはモモンガを見た。

 

「話くらいなら、聞いてあげてもいいんじゃないですかね? アインズさんが……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 フールーダに見せられた狂態はひとまず脇に置いて、彼の話を聞いてみることとなった。

 ただし、手足を縛って拘束した上で……だ。

 

「猿ぐつわは噛ませないのですか? 彼は、その……魔法詠唱者(マジックキャスター)……ですが?」

 

 レイナースが聞いてくる。口を自由にしておくと、何らかの魔法を行使するのでは……と危惧しているのだ。一方、モモンガ達はと言うと、レイナースの危惧を問題視していない。詠唱が出来たとして、飛んで来るであろう魔法は第六位階が上限だからだ。

 

「まあ、危険なのは……スキンシップの方だし?」

 

 モモンガが呟くと、タブラ達……ナザリック組が頷いた。

 

「別に縛ってなくても、俺とタケヤン(建御雷)で撃退できるけどな?」

 

シシマル(メコン川)の言うとおりだ。さっきだって、あの大接近の状態からでもブッ飛ばせたんだぜ?」

 

 言い訳がましく聞こえるが、二人の実力を知るモモンガは嫌味などを言ったりしない。心から同意しつつ頷いて、フールーダに向き直る。フールーダは……手足を拘束された状態で、モモンガを見ていた。

 

「……何か?」

 

「いや、貴方様からはタブラ・スマラグディナ様のような力を感じませぬが……。もしや、同じように指輪で?」

 

「いかにも!」

 

 探知阻害の指輪について説明したモモンガは、幻影で人化状態の顔を作り出し、異形種化した上で、一瞬だけ指輪を外して即座に着け直す。

 瞬間的に、室内には魔力圧が吹き荒れた。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 フールーダのモモンガを見る目。そこに……タブラを見るときと同様の喜色が宿る。その視線を受けたモモンガは「うわ、タブラさんに任せたままの方が良かったかな?」と思ったが、今更タブラに振るわけにもいかない。

 

「それで……第十位階魔法に興味があるとのことだが、どうしたいのかね? 我らに弟子入りでもしたいとかかな?」

 

「そのとおりでございます!」

 

 即答であった。

 これにはモモンガも、隣で座るタブラと顔を見合わせる。

 

「あ、あ~……聞くところによると、パラダイン殿は帝国の主席宮廷魔術師だとか。その責任の重さから言って、多忙……ではないのかね?」

 

「まったく問題ございません! 私は魔導の深淵を知るためならば、すべてを投げ打つ覚悟ですぞ! 職責であろうと弟子であろうと、私を縛るには及ばないのです! 塵芥のごとし、ですな!」

 

「な、なるほど……」

 

 元々、帝国の主席宮廷魔術師には興味があったのだが、こうもあっさりと前職を放棄すると言われては、モモンガとしても鼻白んでしまう。この場合の鼻白むとは、気後れすると言うより、興醒めや不愉快な気持ちの意味合いが強い。早い話、フールーダに『責任感の無い男』という印象を持ったのだ。

 

(レイナースさんも似たようなことを言ってたけど、彼女の場合は、きちんと退職して来るって言ったのにな~。この違いって、何と言うか……ひどいな……)

 

 フールーダは転移後世界の人間として、実力的にはガゼフやクレマンティーヌと同様、レアな存在と言える。だが、ガゼフは勿論のこと、あのクレマンティーヌでさえ仕事は真面目に取り組むのだ。二人に比べると、フールーダは信用ができない。

 

(いや、クレマンティーヌは、前の職場が嫌になって勝手に退職したんだっけ? ん~、それを思うと、己の欲望や都合に忠実なのは、今更問題視するほどじゃないのかな~……。こっちに付いてから真面目にやってくれれば良いんだし……。クレマンティーヌと同じか~……そっか~……)

 

 というのがモモンガの判断であったが、これをクレマンティーヌが聞いたとしたら、「失礼ねぇ! 私は、あのジジイほど自分勝手じゃない~っ!」と憤慨したことだろう。もっとも、憤慨の場にロンデスが居合わせたなら「え? 自分勝手だろ?」とコメントして、クレマンティーヌを涙目にさせていただろうが……。

 

「パラダイン殿の覚悟は理解したが、当面は帝国での職務に専念するべきだろうと私は思う。その辺はレイナース殿と同じだ」

 

 そもそも、帝国の重鎮を事前準備なしで引き抜く形になったら、色々と面倒だ。当たり前だが、皇帝は良い気がしないだろう。警戒されるし敵対視もされるはず。そういった説明をすると、フールーダは引き下がったが、モモンガとしては「採用面接の場で、面接官から説教されてる感じか~……」と、フールーダに対する評価を更に下げていた。

 

(帝国からの情報源とか、内部操作の面ではフールーダの方が役に立つんだろうけど……。人格面ではレイナースさんの方が好感持てるんだよ……)

 

 結局、モモンガは死霊系の魔導書などを渡し、帝国内での協力者としてフールーダを雇うことにした。フールーダは「魔導書の文字が読めない」と言っていたが、記載は日本語が主体なので当然である。そこで、早く帰りたいと考えるタブラが「じゃあ、これを貸しておくから」と、翻訳機能のある片眼鏡を渡し、それでようやくフールーダとの会談はお開きとなった。

 室外に出たモモンガ達は、ナザリック地下大墳墓側に<伝言(メッセージ)>を入れた後、<転移門(ゲート)>で移動し、着いた先で一斉に脱力する。

 

「なんつ~か、凄まじい爺さんだったな……」

 

「建御雷さんの言うとおりだよ。タブラさん、お疲れ~……あと、モモンガさんも」

 

 ナザリック地下大墳墓の門前で立つ建御雷達が、疲れた様子でモモンガ達を振り返った。疲れていると言っても、フールーダと相対していたときはソファ座りのモモンガ達を前に配置していたので、比較的にダメージが少ない。そして、フールーダと間近で話すことになったモモンガとタブラは深い溜息をついた。

 

「いや~……キツかったですね~。タブラさんは、マジでお疲れ様でした」

 

「本当に疲れましたよ、モモンガさん……。何て言うんですかね、元の現実(リアル)で言えば、『刃物を持って泥酔した人と個室に閉じ込められる』的な緊張感と言うか、恐怖感と言いますか?」

 

 しみじみと語るタブラの口調は、途轍もなく重い。

 見ていられない心境になったモモンガは、「これ、アルベドには聞かせられないな~」と思いつつ、建御雷らとでタブラをショットバーに誘い、酒を飲んで忘れることにしたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アインズ様達が、御帰還? 特に問題は……ないのですね? それは喜ばしい。それで、今はどちらに? ショットバー……そうですか……」

 

 一般メイドからの報告を受け、プレアデスのリーダーである執事、セバス・チャンは頷いている。彼が今居るのは、ナザリック地下大墳墓の食堂付近の通路であり、ついさっきまで、執事助手のエクレア・エクレール・エイクレアーに対して、掃除の指示を出していたところだ。

 

「それではセバス様! 行ってまいりまぁ~~っす!」

 

「……さて、急ぎの御用件がないか……アインズ様に直接、お伺いするべきでしょうね」

 

 イワトビペンギンにしか見えないエクレアが、男性使用人の小脇に抱えられて遠ざかっていく。その後ろ姿を見送りつつ、セバスは呟き、自身も通路を歩き出した。歩く所作は執事として完璧なまでに整っており、町を歩けば金持ちなどが雇おうとして声を掛けてくるほどだ。ただし、足取りは僅かながら速くなっている。これは、至高の御方に接することができるため、心が躍っていることによる。ナザリックのNPCにとって、至高の御方……ギルメンに構って貰うことが至上の喜び(当人達は『お仕えすることが至上の喜び』と言っている)ので、執事として完璧に近いセバスと言えども、平静では居られないのだ。

 

「むっ……」

 

 暫く行くと、通路の十字路、向かって右側からデミウルゴスが姿を現す。セバスは一瞬眉をひそめたが、すぐに普段どおりの表情となって歩き続けた。悠然と歩くデミウルゴスに対し、セバスはツカツカと歩いているので次第に両者の距離は詰まり、やがてセバスがデミウルゴスを追い抜き……。

 

 ツカツカツカツカ……。

 ツカツカツカツカ……。

 

「……デミウルゴス様?」

 

「何かな、セバス?」

 

 右前を歩くデミウルゴスにセバスが声を掛け、それに対してデミウルゴスが振り返ることなく返事をした。

 

「どうして急に、早足となったのでしょうか?」

 

「さて……速く歩きたいからだねぇ。それが、どうかしたのかな?」

 

 ……更に数秒ほど、二人は歩き続ける。位置関係に変化は出ない。デミウルゴスが右前で、セバスが左後方だ。

 

「デミウルゴス様……」

 

「何だね? 私は忙しいのだよ」

 

 デミウルゴスの声色に苛立ちが含まれる。それを察したセバスは、今度は隠そうともせずに顔を顰めた。

 

「デミウルゴス様は……どちらに向かわれるのでしょうか?」

 

「それを君に教える必要を感じないがねぇ。なに、取るに足らないことさ。君が気にすることはないよ」

 

「果たして、そうでしょうか。到着した先での御用件は、取るに足らないことだと?」

 

 この時点で、セバスにはデミウルゴスの行く先が把握できている。自分と同じ目的地……ショットバーで、会いに行こうとしているのは……。

 

「アインズ様でしたら、タブラ様達と御休憩中とのことですが……。取るに足らない用件とは、それをお邪魔するほどのものなのでしょうか?」

 

「君は、しつこいね……」

 

 デミウルゴスが足を止めた。

 実のところ、デミウルゴス側でも重要な用件はないのだ。セバスと同様、何か使命を与えて貰えることを期待しつつ……実際は構って欲しくてモモンガ達に会いに行こうとしている。

 

「ふむ、なるほど……。まあ、私は御用を伺いに行くのですが……。抜け駆けは感心しませんね」

 

「よしてくれないか、人聞きの悪い。速く歩いたのは忠誠心の発露だよ。他意は無いとも」

 

 言い訳するデミウルゴスに対し、セバスが鋭く突っ込む。そして、デミウルゴスが反論し、セバスが呻いた。その繰り返しに発展し、やがて二人は……傍目には仲良く並んで歩き出したのである。

 




 フールーダが自重すると言ったな? あれは嘘だ。
 レイナースが一緒じゃなかったら、ただのペロリスト扱いで返品されてたでしょうけど。
 今話で、フールーダとレイナースを一通りイベント進捗させた感じです。
 また出てくるかな~。
 法国のニグンとかも再登場させたいんですけど、機会を挟めるか不明。

 そういえばルプスレギナ関連で、寝取られ展開という御指摘を請けました。
 返信でも書きましたが、ルプスレギナのモモンガハーレム加入の辺りまで、ノリで人員増やしてた感じでして。やたらと増やすもんじゃないな~、と反省しています。
 モモンガさんをギルメンと揉めさせて、話の展開に波風立たせたかったのもありますけど……。
 
 あと、最終回は近い! そんな気がします。


<誤字報告>
 オッサマーさん、D.D.D.さん、ジュークさん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます
 今回、ヤバい……夜勤明けの疲れ目で涙止まらない~……。 


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第93話

「ふんふん~」

 

 橙色のコート。十字の飾りの付いた帽子という出で立ちで、一人の少女……人化した状態のやまいこが歩いている。

 場所は、お昼過ぎのカルネ村。お供は、こちらも人化したギルメン、ぶくぶく茶釜だ。そして、やまいこの制作NPCであるユリ・アルファ。茶釜の制作NPCのアウラとマーレも同行していた。

 

「それで、かぜっち? 帝国との戦争はなくなったんだっけ?」

 

「うん。王様やレエブン侯と相談して、帝国からの条件を呑んだらしいわね~。両国同士での休戦協定の調印だったかしら? それは、まだだそうだけど、当分は戦わないんじゃないかな~」

 

 茶釜は交渉に直接関わっていないが、大まかには<伝言(メッセージ)>で聞いているし、ナザリック内で回った供覧報板(板状の用箋鋏に報告書を挟んだもの。供覧印の押印用紙つき。)を読んだところでは、そういう事らしい。担当者欄に、モモンガの紋章の押印があったし、交渉で同席していたタブラと建御雷、それにメコン川の押印もあった。

 

「やまちゃんのところには、まだ供覧板が回ってないの? 私が見た限りでは、帝国側が譲歩しすぎてて気持ち悪いくらいだったんだけど……」

 

 ユグドラシル時代で、他ギルドと似たような交渉をして、帝国と同じような条件を提示されたとしたら……裏での狙いがあるかを勘ぐるところだ。だが、ここは転移後世界。茶釜の考えすぎかも知れないし、何かの罠があったとしても、踏みつぶせるほどの戦力差がある。

 

「問題ないとは……思うのよね~。ああ、でも、別の問題ならあるのか……」

 

 モモンガ……この転移後世界では、ナザリック地下大墳墓の代表者……アインズ・ウール・ゴウンは、帝国と王国との戦いに際し、王国側の新戦力として参戦。大活躍の末、六大貴族の新たな一人、七番目の大貴族となる……はずだった。そうなるはずだった。しかし、休戦状態となったことで、戦功をあげる機会を喪失したことになる。

 

「さすがに何も無しで大貴族になるというのは、良くないってことになって~……」

 

 アルベドやデミウルゴスなど、NPC達は「功績など無くとも高い地位に就くべきです!」と主張したが、モモンガ達の羞恥心が「うぇっへっへっへっ! 特に働いてないけど地位だけ貰っとくぜぇ!」という展開を許さなかった。

 その後も、とにかく大貴族に昇格させて、この問題から解放されたい大貴族側。そして、遠慮の塊と化したナザリックのギルメン側。双方で協議が執り行われ、アインズ・ウール・ゴウンには、辺境侯という地位が与えられることとなる。早い話が、ナザリック地下大墳墓近辺では王族の次に偉い人……という扱いだ。責任を持つ都市や集落としては、エ・ランテルとカルネ村がある。

 

「あ~……じゃあ、モモンガさんって、名実ともにカルネ村のお殿様になったんだね!」

 

「そうなのよ。モモンガさん、ここに来るたびに『ゴウンの殿様~っ』って言われてたけど、本当のお殿様になっちゃったわけ。あと、エ・ランテルの殿様でもあるのか……あそこは都市長が居るから、カルネ村とはまた違った感じかな。とはいえ、出世したものよね~……元の現実(リアル)のことを思えばだけど」

 

 茶釜は、しみじみと呟いた。

 モモンガ……鈴木悟が営業職だったことを馬鹿にしているのではない。一民間人が『殿様』になったという事実について、素直に感心しているのだ。茶釜の感覚で言えば、元の現実(リアル)を牛耳っていた大企業の、幹部にでもなったような出世具合なのである。

 

「で? そんな殿様と交際してるって、どういう気分なのかな? かぜっち~?」 

 

「うふん、幸せ~! だけど、『お殿様』とかに関しては、凄いと思っても実感が湧かな~い!」

 

 ニヨニヨ笑うやまいこの質問に対し、茶釜は笑い飛ばすように答える。

 元の現実(リアル)では声優業であり、有名人の端くれと言える茶釜であったが、自分が『殿様』と呼ばれる上位者と交際することになるとは思っていなかったからだ。

 そのように会話しつつ歩いていると、進行方向右、とある民家の陰から一人の少女が現れた。

 エンリ・エモット。それが彼女の名だ。

 辺境の村人としては整った顔立ちをしており、スタイルも良く……。

 

「何より胸が大きい! 俺的にはマイナス要素ですけどね!」

 

 と声高く叫んだのは、数日ほど前のペロロンチーノだ。が、それを円卓でやったものだから、居合わせた茶釜によって折檻されたのはいつもの流れである。

 

「かぜっち様! 今日はユリさんと……お友達の方ですか?」

 

 エンリ側で、以前から面識があるのは茶釜とユリだ。やまいこに関しては初対面。従って茶釜に最初に声をかけ、最後にやまいこについて確認するという流れになっている。お友達云々についても『初対面の女の子は、茶釜の友達?』という感覚で、それも普通なら失礼には当たらない。そう、普通ならば……。

 

(しもべ)のボク……私よりも、至高の御方を後に……」

 

 ユリが眼鏡位置を直しながら、普段は柔和な視線をキツくした。

 話題に名前が出る順番で、『至高の御方』が(しもべ)より後に呼ばれる。それが堪らなく不満で、『至高の御方』に対する不敬だと感じたのだ。

 モモンガ達が頭を痛める『行きすぎた忠誠心の発露』だが、これを聞いて茶釜の顔が引きつる。

 しかし、ここでやまいこが愛想良く挙手した。

 

「はいは~い! かぜっちさんの友達で、マイコだよ~。あと、ユリの直の主人でもあるから、そこのところもよろしく~!」

 

 ナザリックのギルメン達は、人化状態では別の名を設定している。

 モモンガは、ナザリック代表のアインズ・ウール・ゴウンと冒険者名モモン。

 ヘロヘロは、ヘイグ。

 弐式はニシキ、建御雷はタケヤン。

 メコン川が、シシマル。ベルリバーがバリルベといった具合だ。

 カルネ村の住人には、諸々バレている部分もあるが、住人達の方でモモンガ達を敬っており、普段通している『設定』に付き合ってくれている。

 

「かぜっち様の!? し、失礼しました!」

 

「いやいや、普通の対応だったよ~。……ユリ? ドヤ顔しなくていいからね?」

 

 後方で胸を反らせているユリをたしなめ、やまいこは改めてエンリを見た。

 

(元気っ娘で純朴で、慕ってくれてるか……。モモンガさんってだけじゃなくて、男の人にドストライクだよね~。……好みにも依るんだろうけどさ……)

 

 女性視点からで言えば、少々あざとい気もするが、エンリは素でやってる部分が多いのだ。だから、マイナス評価とするには当たらない。

 

(村娘として十分やっていけてるから、生活面の女子力は鍛えられてるし……)

 

 ひょっとしたらアルベドや茶釜達にとって、侮れない相手なのかもしれない。

 

「余計な助け船になるかも……うん?」

 

 ふと気がつくと、視界の端に一人の少年と少女が入ってきた。

 やまいこは知らないが、少年はンフィーレア・バレアレで、少女はネム・エモット。ンフィーレアはエンリに想いを寄せていた人物であり、ネムはエンリの妹だ。なお、ネムの年齢は幼女の範囲を脱してはいない。

 薬草らしきものが山盛りとなった籠をンフィーレアが運び、ネムは小さめの籠に盛られた薬草を運んでいる。

 

「ふ~ん? 今日は、村の周辺で枝拾いなんだね?」

 

「そうなの! 村から離れちゃいけないって、お父さんに言われてるから! 村の周りだけ!」

 

「じゃあ、薬草の積み込みが終わったら、枝拾いを手伝うよ」

 

「ほんと!? ンフィーお兄ちゃん、大好き!」

 

 実に仲が良い。

 しかし、ンフィーレアがエンリを狙って……もとい慕っていたことを知る者が見ると、複雑に感じる情景だ。エンリが駄目だったからって、妹の……幼女に手を出してるのかと、そう思われてもしかたがない。

 だが、やまいこはそういった事情を知らなかった。だから……。

 

「年上のお兄さんと親密に……かぁ~。これはこれで良いものだよね~」

 

 こういう感想となる。

 

「ちょっと良いかしら~?」

 

 やまいこの注意はンフィーレアに向けられているが、茶釜はと言うと、『予定』どおり、エンリに話しかけていた。

 

「エンリちゃん。今度、アインズさんとデートするんだっけ?」

 

「は、はい。いつになるかは……わからないんですけど」

 

「やはりか……」

 

 上背がある茶釜は、上からエンリに寄せていた顔を離す。左手は腰、右手は下アゴのあたり。実に様になっていて格好いい。エンリなどは見とれているが、茶釜は同性からの視線には気づかず考え込んでいた。

 

(モモちゃん、デートする約束を取りつけたまではいいけど……。焦らせすぎじゃない? まあ、こんな事だろうとは思ってたけどさ……)

 

 モモンガと交際中の茶釜であったが、先にモモンガと親密になった女性に対しては、協力的な態度を取っている。これは自分が後から加わった女であり、先達に気を遣っているからだ。

 

「ここは茶が……かぜっちお姉さんが、一肌脱いであげるしかないわねぇ……」

 

「ふえ? ええっ?」

 

 ペロロンチーノ張りの悪い笑みを浮かべる茶釜を見て、エンリが怯えている。茶釜は「失礼な反応!?」と、普段の表情に戻りながら、モモンガに<伝言(メッセージ)>を飛ばすのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

友人(茶釜)の提案により、ナザリックでのデートとなったが……。これで良かったのかね?」

 

 冒険者仕様の漆黒ローブをまとったモモンガ(人化中)が、エンリに話しかける。

 ここはナザリック地下大墳墓内部、第九階層「ロイヤルスイート」の……とある通路。

 茶釜とやまいこの提案により、エンリとのデート場所をナザリック地下大墳墓としたのだが、モモンガとしては「これで良かったのだろうか?」と思うことしきりだ。エンリにとっては物珍しいかも知れないが、モモンガにしてみれば家デートや職場デートに近いのである。

 

(職場に彼女を連れ込んで、遊び歩いてる感じとか……。マジで緊張するわ……)

 

 第九階層では、ブティックや衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン等があり、エンリを連れ回してきた。総じてエンリの反応は良かったが、中でも喜んでくれたのは、雑貨屋と鍛冶長のところへ連れて行ったときだ。

 

(まさか、宝石やネイルアートよりも、雑貨や農具の方が良かったとは……)

 

「はい! ゴウン様! 色んなモノが見られて素敵でしたし! 凄いクワや鎌を買って頂けて、最高に幸せです! これで村も大助かりです!」

 

「そ、そうか……」

 

 これはデートではなく、カルネ村の必要物資を買い与えてるだけではないか。

 

(何だかな~……。俺自身は、エンリとブラブラ買い物ができて、嬉しい……と言うか、ホッコリした気分になれるんだけどさ~) 

 

 好みドストライクのアルベドと幸せデート。

 ナザリックNPCとしては、大いに合わせてくれるルプスレギナと、ノリ良くテンション高めのデート。

 ギルメン女性で、元の現実(リアル)では憧れの対象だった茶釜とドキドキデート。

 皆、路線違いで個性的なデートになりそうだが、今やってるエンリとのデートは、特に何か違うような気がする。

 

(肩の力の抜け具合って言うのか? いったい何が違うんだろう?)

 

 モモンガは首を傾げたが、エンリ自身はどう思っているのか。

 答え……幸せ気分を満喫中である。

 何しろ、通路だけで豪華絢爛。

 案内された店舗類も豪華絢爛。

 揃えられた品々も豪華絢爛だ。少なくともエンリの目には、そのように映っていた。

 

(それに、ゴウン様が買ってくれたクワや鎌……もう凄すぎ! エ・ランテルでも見かけたことないくらい高級品だし! というか、近くで並んでたミスリル製とかオリハルコン製の農具って……わけわかんないし! ここ、天国なの!?)

 

 モモンガからは「欲しいのがあったら言いたまえ」と言われたものの、あまりの豪華さに恐れおののき、エンリは遠慮している。何とか欲しいものを伝えたが、それはクワや鎌などの農具であり、しかも鋼鉄製のものであった。

 エンリの感覚では、ミスリルやオリハルコンと言った高価な品物は、農具として実用するにはもったいなさ過ぎるのだ。とはいえ、ここまで彼女が遠慮しているのは「エ・ランテルで買ったら幾らぐらいか? え~と、総ミスリル製の長剣で言うと……」と、価格比較を説明したモモンガにも責任がある。黙って買い与えておけば良かったのだ……とモモンガが思った頃には、すでに会計を済ませており、今更「やっぱりオリハルコン製にしようか?」とは言えない空気だった。

 

(鍛冶長にも迷惑かけちゃったな~……。エンリが鉄製の農具はあるかって聞いて、それが無かったものだから特急で作らせる羽目になったし……。後で労っておかないとな~)

 

 鉄製品の品揃えが無かったのは、「そんな低レベルなアイテムを置くだなんて、ナザリックの名折れだ!」と、ユグドラシル時代にギルメン会議で決めたことに因る。それも重大な議題ではなく、進行役のモモンガが事のついでに議題として出し、即決でギルメン達が決めたのだ。

 

(俺も反対しなかったしな~……。当時は、それで良かったけど今後はどうしよう?)

 

 数秒程考えてみたが、やはりナザリック内店舗に低品質の物を置くのは良くないとモモンガは判断する。ヘロヘロが王都で経営しているヘイグ武器防具店。あそこに鉄製農具を置くことも考えたが……。

 

(武器防具店に農具はないだろう。それじゃあ金物屋だよ。別で店とか作った方がいいのかな……。ナザリック農具店とかか? うん?)

 

 気がつくと、エンリが瞳をキラキラさせてモモンガを見上げていた。

 

「ゴウン様! こんなに良くしていただいて、本当にありがとうございます!」

 

「ふむ、喜んで貰えたようで何よりだ。私も嬉しいとも!」

 

 双方共に本心だ。

 しかし、エンリは『農具の良い物』を買い与えられた事による高揚感だけでない、別な胸の高鳴りを感じていた。モモンガの隣で歩き、彼と話をしていると『楽しい』のだ。そして、その一歩先の『嬉しさ』を感じ、よくよく考えると『幸せ』だな……という気持ちに気づく。

 

(茶釜様には、「エンリちゃんは、好きだって自覚と踏み込みが足りない」って言われたけど……言われてたけど! 男の人と一緒に歩いて、買い物したり話したり……。それで嬉しくて幸せって……うわわ……)

 

 元よりモモンガには憧れていたし、好意も抱いていたエンリだが、ここで気持ちが更に燃え上がった形だ。燃料投下の追加……と言うより、元々抱えていた予備燃料タンクに火がついたと言うべきだろう。

 

「うん?」

 

 歩きながら真っ赤になって俯いたエンリを、モモンガは不思議に思って覗き込もうとする。その結果、エンリが頬を染めて照れているのに気づき、その照れがモモンガに伝染した。

 

(え、何これ!? 可愛い!! って、エンリの幸せオーラが! 俺を! 支配する! ……これ、異形種化しても抵抗できなさそうだな~。する気もないけど。……いや~、何と言いますか……甘酸っぱいって言うの?)

 

 今のモモンガには交際女性が数人居る。しかし、エンリと接して得られる感覚は、他の女性にはない独特のものだ。エンリが人間だからだろうか。ニニャとも親交を深めれば、ある程度の検証が可能かも知れないが……。

 

(……目の前のエンリに集中するか……)

 

 今はデート中である。

 細かいことはさておき、エンリと一緒に居る時間を楽しむべきだろう。

 そう気を取り直したモモンガは、通路前方、右側に見えてきた店舗を指差した。

 

「そうそう、あそこは食器類を扱う店でな。アダマンタイト製の果物ナイフなどが……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で、弐式さん? 聖王国方面に居るらしいギルメンって、あの二人で確定……なんですか?」

 

 青空の下、街道を歩くヘロヘロ……人化しているので冒険者の修行僧(モンク)ヘイグは、隣を歩く忍者……弐式炎雷に話しかけた。二人の後ろには、それぞれの製作NPC……ソリュシャン・イプシロンとナーベラル・ガンマが、冒険者としての出で立ちで付き従っている。今は創造主二人が会話中なので黙って歩いているが、ヘロヘロ達がギルメン同士で会話している姿というのは、ナザリックの(しもべ)にとって眼福であるらしい。程度の差はあるものの、二人でウットリとした視線をヘロヘロ達の背に向けている。

 現在、ヘロヘロと弐式は、新たに得たギルメン情報により、ローブル聖王国に向けて徒歩移動中である。聖王国は、モモンガ達が積極的に関わっているリ・エスティーゼ王国の南西に位置する国で、地図上ではUの字を横に倒したように表示されていた。途中、アベリオン丘陵の西側を通過するのだが、今のところ面倒事には巻き込まれていない。

 

「ええ、ヘロヘロさん。たっちさんとウルベルトさん……らしいですよ。確定じゃないですね」

 

 ヘロヘロの質問に弐式が答えているが、曖昧な物言いだ。これは、目撃情報が八本指からのものであり、伝聞を元に動いていることによる。

 

「法国の六色聖典で、情報収集に強いのが風花聖典だったかな? その人達にも動いて貰ってたんですけど。間にアベリオン丘陵とエイヴァーシャー大森林があるせいで、貿易できないレベルで国交が機能してないらしくて……」

 

「ああ~、なるほど。犯罪組織の方が動けてるんですね~。しかし、たっちさんとウルベルトさんね~……」

 

 頷くヘロヘロは、たっちとウルベルトが居るかもという点で、モモンガを連想する。ギルドの初期メンバーの中で、あの二人はモモンガとは仲が良かったはずだ。

 

「弐式さん。モモンガさんには誰が居そうなのか……って、話してあるんでしたっけ?」

 

「話してありますよ~……。ただ、未確認だから、期待しすぎないようにとは言ってあるんだけど……」

 

 たっち達の名を聞いたモモンガは、すべてを投げ打って聖王国へ『お出かけ』しようとしたが、居合わせたギルメン全員から止められている。その後のギルメン会議によってヘロヘロ達が出向くこととなったのだが、会議決定がされたときのモモンガの落ち込みようは、見ていられないレベルだった。

 

「モモンガさん、カルネ村のエンリちゃんと学生気分に近いデートができたって、ウキウキしてたんだけど。そこから気分が盛り下がるのは早かったな~……。ちょっと複雑かも……」

 

「ですかね~……」

 

 自室の執務机で項垂れ、置物のように固まっている骸骨。

 ギルメンを探しに行けないことで、あそこまで落ち込んでいるモモンガというのは、異世界転移をしてからだと初めて見る姿だ。モモンガと一緒に転移したヘロヘロはともかく、弐式としては、少したっち達に嫉妬してしまうのである。 

 もっとも、クラン時代のリーダーとリーダー格で、ユグドラシル時代でも皆を良くも悪くも引っ張っていたたっちとウルベルトだ。弐式自身も会いたいという気持ちは強いため、つまらない嫉妬は封印して情報収集に努めている。例えば、こうして話しながら歩いている間も、複数の分身体を数キロ間隔で周辺に配置し、警戒していたりするのだ。更に言えば影の悪魔(シャドウ・デーモン)や、モモンガから借りたハンゾウなども動員している。

 ちなみに、魔法や乗用魔獣を使用して一気に聖王国まで行かず、徒歩移動を選んだのは、たっち達が既に移動していて行き違いが発生することを懸念したからだ。

 

「今のところ、先行して聖王国に行かせた影の悪魔(シャドウ・デーモン)達からは報告はないですし……。ま、地道に探していくとしましょう」

 

 そう言って弐式が話を締めくくると、ヘロヘロは「そうですね~」と同意してから歩速を落とした。そのまま弐式から遅れる形で距離を取る。

 

「ヘロヘロ様?」

 

 自分の隣にまで移動してきたヘロヘロを、ソリュシャンがキョトンとした表情で見つめた。今のソリュシャンは、冒険者チーム漆黒仕様の盗賊服(黒基調の革鎧や衣装)だが、そんな彼女をヘロヘロは満足気に上から下まで見回す。セクハラ行為のように見えるが、創造主と被創造物の間柄なので、誰に文句を言われる筋合いもない行為なのだ。

 

「んふ~、やはり似合いますね! 気合いを入れて装備を選んだ甲斐があるというものです。ソリュシャンの魅力が増し増しになっていますよ!」

 

 ムフウと鼻息荒く褒め称える。ソリュシャンは「光栄です」と涼やかに礼を述べていたが、いつもは死んでいる(ように設定された)瞳がキラキラしているので凄く喜んでいるのは明白だ。

 ヘロヘロはNPCとイチャイチャし出したが、弐式は弐式でナーベラルが居る。ヘロヘロが後方へと移動を開始したとき、弐式は左肩越しでジイッと見ていたが、背後からピンク色の空気が漂いだしたところで自分も歩速を落とした。そして追いつく形でナーベラルが近くに来ると、気恥ずかしそうに俯いているナーベラルを覗き込む。

 

「俺もヘロヘロさんみたいに……ベタ褒めした方がいい?」

 

「い、いえ、そんな! 私なんぞが、弐式炎雷様からのお褒めの言葉を賜るなど!」

 

 真っ赤になって否定しているが、その睫毛の長い瞳がチラチラと弐式を向いていた。弐式は面の下でニンマリ笑い、ナーベラルの耳元に顔を寄せる。

 

「俺は、ナーベラルは綺麗で可愛いと思うな~……そんな風に作ったんだし~」

 

「はう! はわわわわわっ!」

 

 テンパって目をグルグルさせているナーベラルの反応が、実に心地よい。弐式は彼女から顔を離すと、前方に目を向けつつ考えた。

 

(しっかし、先行してる影の悪魔(シャドウ・デーモン)とかから、マジで報告が来ないな。たっちさん達、聖王国に居ないのか? 変装して名前を変えてる可能性が高いけど……それだと探すの難しいか? ナザリックの(しもべ)は人間のこと下に見てるから、ちょっと付け髭したぐらいで、もう見分けがつかなさそうだし……)

 

 八本指の手の者の方が、場合によっては余程役に立つ。

 そう思うが、これはナザリックの(しもべ)達には聞かせてはいけない言葉だろう。

 

(俺も……モモンガさん達もだけど、人間軽視に関しちゃ(しもべ)達のことを悪く言えないけどね~)

 

 異世界転移後、弐式はハーフゴーレムとなった。その結果、人間に対する同族意識は激減している。人化すると多少はマシになるが、それでも別種族のように人間を見てしまう部分があった。

 しかし、適材適所を考えると人間を軽視してばかりでは駄目だと、弐式は考えている。

 今回の事例のように、人間の方が効率良く優秀な面もあるからだ。

 

(能力を軽視しちゃいかんよね~。そういや、俺の美醜観は、人間だった頃のままなんだけど……。そこが変異しなくて良かったよな~)

 

 元の現実(リアル)で気合いを入れて作成したナーベラルの人としての姿。これを見て醜悪なモンスターのようだと感じるようになってたらと思うと寒気がする。

 

「さて……たっちさんとウルベルトさんか……」

 

 伝え聞いた話では、やたら仲の悪い騎士と魔法詠唱者(マジックキャスター)のコンビが、人間離れした強さで活躍しているということだ。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンなら、誰もが連想する。たっち・みーとウルベルトではないか……と。

 それが期待外れに終わるか、首尾良く二人と合流できるか。今の弐式には解らない。ただ、こういったギルメン情報が入ると真っ先に捜索隊員となるのが自分であることは、能力からして当然と思うし、役得だとも思っている。

 

(何しろ、真っ先に合流ギルメンと会えるんだものな~。……モモンガさん、ごめんね~)

 

 心の中で手を合わせつつ、弐式はナーベラルをいじりながら聖王国へ向けて歩き続けるのだった。

 




 今回、ちょっと少なめです。
 気分はすっかり師走。もう12月でしたっけ?(@@; 
 まだ10月か……。
 
 切りの良いところだったのと、ここから80行ぐらい書く気力がなくて
 この辺での終了となりました。

 エンリ関係でちょっと手こずった感じですかね~。
 エンリはモモンガさんにとっての、特別枠の癒し要素……という扱いにしています。
 そうでもしないと影が薄く……。
 もうニニャまで手が回らないかも。ラスト近辺でちょっと出てくるかな……。
 
 たっち&ウルの合流なるか……。どうなんでしょうね。

 書く時間と精神的な余裕が脅かされてるので、何とも言えない感じです。
 次の投稿は、また2~3週間後になるかもです。
 今回、本当に書く気力がヤバかった……。
 そして、日曜の21時前の時点で、誤字脱字チェックにかかるという……。
 
 
<誤字報告>
 初代TKさん、D.D.D.さん、愚物さん、トマス二世さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます
 うお~、目がショボショボする……。読み返し、読み返しをしなければ……。


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第94話

 ヘロヘロと弐式炎雷が、それぞれの制作NPCを連れてローブル聖王国を目指し、ナザリック地下大墳墓を出発した……数日前。

 聖王国からリ・エスティーゼ王国に向けて、出発した冒険者が二人居る。

 一人は、白く塗装された甲冑で身を包んだ騎士。

 もう一人は、黒色基調で纏めたローブの魔法詠唱者(マジックキャスター)

 どちらも三〇代の男性だ。

 騎士は、精悍な顔つきで、話すときは溌剌としているのだが……沈黙の時が訪れると、どんより曇り顔となる。本来は陽の気が多めなのだろう。だが、今は何か悩みを抱えているらしい。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)は、ウェーブの掛かった髪を肩まで伸ばして適当に切りそろえており、すべてを胡散臭そうな目で見ている。また、その目は地位の高い者を見るときは、厳しさを宿して細められるのだ。しかし、今は心配そうに騎士を見ている。

 騎士の名はヒロシ・タチ。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の名は、アレイン。

 その正体は、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』最強の騎士、たっち・みーと、最強魔法詠唱者(マジックキャスター)ウルベルト・アレイン・オードルである。

 二人はユグドラシルにおいて『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』へ参加しており、そこで異世界転移に巻き込まれた。その際、言い争いをしていて位置が近かったためか、二人で揃って転移したのである。

 二人組で転移したギルメンと言えば、獣王メコン川とベルリバー、ぷにっと萌えとやまいこ、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノなどが居る。だが、不仲同士での転移は初の事例であろう。

 当然と言うべきか、転移直後から二人の仲は悪かった。そして、現状把握が進むにつれ互いに自重しなくなり、口論が絶えなくなる。本来であれば、早期に喧嘩別れして別行動を取っていただろうが、そうならなかったのは……たっち・みーの様子が少し、いや、かなりおかしかったからだ。

 まず、躁鬱とでも言うべきか、明るいときと暗いとき、攻撃的なときと妙に気落ちしたときが、たっちに生じている。それらの落差は傍目にも大きなもので、精神医療の専門家でないウルベルトから見ても「こいつ、おかしいんじゃないか?」と判断できるレベルだった。それでいて、他者との会話は普通にこなしているのだから、不気味と言って良い。

 ウルベルトは最初、「何だか知らんが、リア充が落ちぶれた雰囲気で……いいざまだ」と、せせら笑っていたが、さすがに様子がおかしすぎるので心配になっていた。何より、他のギルメンと合流できた際、「たっちなら、様子が変で気味が悪かったから打ち捨ててきた」などと言えるはずがない。そもそも異世界転移という異常事態に際し、好き嫌いは別としてギルメン同士で助け合わねばならないのだ。

 ……そういった理論武装の下、ウルベルトは、時として邪険にしてくるたっち・みーに対し辛抱強く接していく事となる。このことでウルベルトのストレスは急速に増加。後日、ギルメンらに「あの時は、『なんで俺、たっちの介護みたいな事してんだろうな~』って思ってましたよ。……キツかった」と述べ、皆から労われることとなる。

 そういったウルベルトの苦境に転機が訪れたのは、街道に行き当たった後で商隊に遭遇したときだ。最低限の装備はアイテムボックスに用意があったことと、人化が可能になっていたことで、商隊に護衛のオマケとして同行することに成功。商隊が向かうという聖王国北部領へ移動することになった。

 なお、二人が聖王国北部領に到着したのは、時期的にはモモンガ達が茶釜姉弟と合流を果たした頃にあたる。

 当座の路銀稼ぎとして冒険者働きを始めた二人だったが、人化した状態でも転移後世界ではトップクラスの強者。異形種化すれば、一〇〇レベルプレイヤーの強さと本性が剥き出しになる。そんな二人の前では、高難度と称される討伐依頼など物の数ではない。たちまち頭角を現し、最強冒険者として国中に認知されていた。

 ちなみに、冒険者活動を行う上で重要なことの一つにチーム名がある。一人で行動するなら自分の名前だけで問題ないが、チームで動くとなると知名度を上げるために、チーム名が必要となるのだ。それで有名になれば、チーム名で名指し依頼を請けることがあるので、チーム名を決めることのメリットは大きい。

 このチーム名、たっち・みー案では、同様に異世界転移していると思われるギルメンらに知らしめるべく、『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗ろうとしていた。しかし、ウルベルトから「自分達が転移してきてるぐらいだから、敵対ギルドのプレイヤーだって転移して来てるかもしれないだろ? 却下だ」と駄目出しを受け、双方で悩んだあげく『たっち&ウル』……転じて『タッチアンドール』を名乗っている。これなら、敵対ギルドのプレイヤーに素性バレしたりしないだろうが、アインズ・ウール・ゴウンのギルメン達にだってわかりにくい。しかし、考え疲れもあって「もう、これでいいだろ?」と判断し、今に到るのだった。

 こういった経緯により、冒険者チーム『タッチアンドール』として名をあげていくと、必然的に権力者の目にとまる。まず、根城にしている冒険者酒場の宿へ、聖王国の聖騎士団から使者が来た。たっち・みーが勧誘を受けたわけだが、鬱状態のたっちが乗り気ではなく、丁重にお断りしている。続いて、神殿の神官団からウルベルトに勧誘があったが、権力者嫌いのウルベルトが誘いに乗るわけもないため、けんもほろろに使者を追い返した。

 その結果、次の日の早朝、二人は聖騎士団の団長、レメディオス・カストディオと、神殿の最高司祭かつ神官団の団長である、ケラルト・カストディオの姉妹に怒鳴り込まれることとなる。

 聖王国騎士団長、レメディオス・カストディオ。二〇代半ばの女性騎士で、四大聖剣の一つ、聖剣サファルリシアの所持を許されている。その強さ、もしくは国家(及び文化面)への功績の大きさによって聖王から与えられる九色(きゅうしき)の称号のうち『白』を与えられている人物でもあった。なお、整った顔つきではあるが目つきは悪……鋭い。

 そのレメディオスの二つ年下の妹が、ケラルト・カストディオで、こちらも前述したとおり最高司祭かつ神官団団長の地位に就いている。姉のレメディオスは肩上で切り揃えた茶髪という髪型だが、ケラルトは腰まで伸ばしており、女性的な印象は姉よりも上だ。レメディオス自身も「神が三物(知性、才能、美貌)を与えた」と評価している。ただし、腹の黒い部分があり、相手の失礼に対しては表面上受け流すが、裏で報復を考えるといった性格だった。実力的には信仰系魔法の第四位階まで使える……という事にしているが、本当は第五位階までが使用可能。これは王国のアダマンタイト冒険者、チーム蒼の薔薇のリーダー……ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラを超える実力と言って良い。もっともラキュースに言わせれば、「私、剣も使えるから魔法面だけで強さを比べられても困るわよ」ということになるだろう。

 姉妹の性格上、本来であれば即座に怒鳴り込むのはレメディオスの方となる。剣腕は素晴らしいが、常識人ではなく残念人なため、感情のままに行動するのだ。一方で、ケラルトは姉と違って知的な面が優れており、このような状況では表に出ず、次の策を講じるところ……なのだが……。

 今回、ケラルトが出張ってきたのは、使者を追い返した際、ウルベルトが放った「はぁぁん? 私より弱い人の下に入れと? 冒険者活動の実績を調べたにも関わらず? そんな身の程知らずな判断をする人が最高司祭で、この国は果たして大丈夫なんですかねぇ。あなた、転職した方が良いですよ? オークの集落とかがあるそうですから、そちらなんかがお薦めです」という、ケラルトをオーク以下扱いした無礼極まる発言が原因である。さすがのケラルトも(悪口雑言を聞かされた部下達の手前もあって)一笑に付すわけにはいかず、レメディオスと議論を交わし、頭に血が上っていたこともあって二人揃っての訪問をしたのだった。

 この訪問も、基本的には勧誘が主目的だったが、乗り気ではないたっちの覇気の無さにレメディオスが激昂。さらに、ウルベルトの(こな)れた煽りによって、ケラルトの忍耐機能が破綻し……。

 

「貴様の弛んだ性根を叩き直してやる! 表へ出ろ! ケラルト! 止めるなよ!」

 

「え~え~、止めるわけないわよ。私だって、この口の躾がなってない男に教育をしないといけないもの」

 

 と、こういった展開になるのだった。

 結果から言えば、たっち達の圧勝である。

 人化した状態であっても、実力でカストディオ姉妹を上回るため、たっちは様子見で数合斬り結んだ後、溜息と共に剣の柄でレメディオスの後頭部を殴打。彼女を昏倒させている。ウルベルトは、ケラルトに魔力切れを起こすまで好き放題攻撃させた後、まったくの無傷で<火球(ファイアボール)>を放ち、彼女を吹き飛ばしていた。殺すところまでやらなかったのは、せっかく冒険者稼業が板に付いてきたのに、要人殺害の犯罪者へジョブチェンジすることを面倒だと思ったからだ。

 倒れた二人の頭にポーションをかけ、「もう来るんじゃないぞ? 連れて帰ってやれ」とウルベルトが、姉妹の従者らに言い、無言のままのたっちと共に冒険者酒場に引っ込んだことで、この一件は終了する。

 ……終了したはずだった……。

 更に翌日、今度は『清廉の聖王女』と称されるカルカ・ベサーレスが、数人の騎士と共に冒険者酒場を訪問したのである。カストディオ姉妹を叩きのめした報復にでも来たのか……と、考えたのはウルベルトだったが、(どよ)めく冒険者らのテーブルの間を縫って進んできたカルカは、出迎えたウルベルトらに対して謝罪したのだ。

 

「先日は、最高司祭と聖騎士団団長が大変な失礼を……。二人には強く言って聞かせますので、どうか……お話だけでも……」

 

 ウルベルトとしては、権力の頂点たる王女の訪問に良い顔をしなかったが、開口一番謝罪して頭を下げた点は評価した。むさい王や王子の類いが来たら、謝罪があっても対応を厳しくしたろうが、カルカは「ローブルの至宝」と評される美貌で知られる王女だ。しかも人柄が良い。そんな金髪美女に下手に出られては、さすがのウルベルトも悪い態度では居られないのである。

 

「何、鼻の下を伸ばしてるんです?」

 

「ち、ちげーよ。ふざけんな、糞たっち!」

 

 二階の宿部屋からの階段、その途中で足を止めていたたっちの呟きに、ウルベルトは憮然として答えた。気難しげな顔、その額に血の筋をプックリ浮かせて……だ。

 その後、宿泊部屋にカルカを案内して話を聞いたところ、勧誘については諦めるので、高難度の名指し依頼をすることを許して欲しいとのことだった。引き受けるかどうかは都合によるとウルベルトが回答すると、カルカは快く微笑み、そして頷いている。

 

「もちろん、問題などありません。聞けば、アダマンタイト級の認可を受ける日も近いとか……。そのような方々の協力を得られることは、本当に喜ばしいことです! 今後ともよろしくお願いします。チーム『タッチアンドール』のお二方!」

 

 用意された粗末な丸椅子に腰掛けたカルカは、再びウルベルト達に頭を下げた。

 それを見たウルベルトは、「ほぉん? 王女様って言うから、どんなのかと思ったけど、面構えに見合って人柄は良いみたいだな。甘さが目立つけどな……」との感想を持ったが、同席していたたっちも思うところがあったのか、それまでの無気力さを幾分か改善し、カルカからの名指し依頼では積極的に動くようになる。

 また、たっちはレメディオスから、ウルベルトはケラルトから稽古や魔法講義を要請され、有償ではあったが二人に付き合うこととなった。その稽古等の回数が増すに連れ、カストディオ姉妹の態度は軟化していったのだが……どういうわけか、手製の茶菓子を持って割り込む、聖王女カルカの姿が目撃されることになる。

 そして現在、商人からの情報で「リ・エスティーゼ王国に、漆黒と呼ばれる大人数の冒険者チームが居るらしい。メンバーは、モモン、ニシキ、タケヤン、かぜっち、ペロン……」と聞かされ、更には巨大な魔法の発動が目撃されたという情報も得たことで、たっち・みーとウルベルトは王国へ向かうべく、出発するのだった。

 その二人を、カルカ、そしてカストディオ姉妹の三人が(その後ろに騎士と神官が数人ずつ控えているが)見送っている。

 

タチ(たっち)! 結局、一度も勝てないままだったが、私は修行を続けるからな! 次に会うときの成長ぶりに期待してくれ!」 

 

 元気よく騎士服姿のレメディオスが叫んだ。剣がらみで興味のあることについて、レメディオスは周囲を顧みることなく行動に出ることが多く、しかも好きでやっているから鼻息は荒いし、頬も赤くなる。だが、この時の頬の紅潮はそれだけではない……と、カルカとケラルトは睨んでいた。

 乙女心の代わりに聖剣が備わっているのではないか。

 独身のまま、高齢化していくのではないか。

 そう思っていたレメディオスに春が来たかもしれないのだ。

 このレメディオスの別れの言葉に対し、たっち・みーはぎこちなくではあるが、笑みを浮かべて頷いている。

 

「期待しますよ。出会った当初は塞ぎ込んでて申し訳なかったが、少し持ち直せたのはレメディオス殿の人柄に依るところが大きい。私で役に立つなら、剣の手合わせには可能な限り応じましょう」

 

 自分で持ち直したと言うだけあり、たっちは溌剌とした態度で話した。少なくとも重苦しい様子は微塵も感じられない。レメディオスを心配させまいと頑張っているようなのだが、それでもユグドラシル時代のたっちを知るウルベルトからすれば、「無理してるな……」と思ってしまうのだ。

 

 一方、双子の妹であるケラルトは、神官衣を下から押し上げる胸を強調しつつ、ウルベルトの前に進み出た。

 

アレイン(ウルベルト)の魔法理論。学ぶところが多く、自分の浅学さを思い知りました。姉の台詞ではありませんが、次に会ったときには一層上達していますので……。また、魔法を教えてくださいね?」

 

 ケラルトは最高司祭として話すとき、このような口調であることが多い。それは外向きの態度であって、カルカやレメディオスなど気心の知れた者との会話では、砕けた口調となる。では、今のケラルトは外向きの態度で話しているのだろうか。

 

(ぬぬぬ? ケラルト、何だか艶っぽいぞ? まさか、まさか……アレインに!?)

 

(あらぁ、あらあら。ケラルトったら、あんな清楚と艶を兼ね備えた態度を取れたのね。普段、貴族の男性と話すときは、事務的な口調で通してるのに……)

 

 レメディオスとカルカが、ケラルトの常にない態度に気づき囁きあっている。ケラルトの方でも姉と聖王女の反応に気づいていたが、こちらは知らぬ振りで通していた。

 

「なぁに、私の友人達には負けるが、ケラルト殿の努力は尊敬に値すると思いますよ? 大いに期待させていただきます」

 

 これがウルベルトの返事だ。嘘は言っていない。

 彼が思うに、ケラルトの研鑽や努力は大したものなのだ。少なくともユグドラシル時代のゲーム感覚でいたプレイヤー達などより、ずっと真摯な態度で『力』に向き合っている。それも当然、この転移後世界は魔法などはあってもゲームではなく、現実なのだから。

 

(所詮、俺達の力なんて、棚ぼたみたいに備わったものだしな。一から努力してるような奴は尊敬に値するね! それに、ケラルトは腹黒いところはあるが良い奴だ)

 

 元の現実(リアル)において、特定の女性と異性交遊をしてこなかったウルベルトだが、不思議とケラルトとは気が合うようで、一緒に居ても悪い気はしていない。

 また会いに来てもいいかもしれないな……などと思っていると、たっちから視線を向けられているのに気づいて咳払いをする。

 

「ごほん。じゃあ、私達はこれで……」

 

「お待ちください」

 

 背を向けようとしたウルベルトに、カルカが声をかけた。それまで右前にケラルト、左前にレメディオスを置いて、後方で控えていたカルカだが、ウルベルトらを呼び止めるや前に出てくる。必然、カストディオ姉妹の間を割って出てくることになるのだ。

 

 ガス! ドン!

 

 ……肩で割って出てくることになるのだ。

 

(「あ痛たたた! 今の、肩で押しのけていったわよ!?」)

 

(「ケラルトはともかく、甲冑を着てる私も肩で……。怪我とかしてないのか?」)

 

 カストディオ姉妹が顔を見合わせているのを無視し、カルカは花のような笑顔を浮かべた。

 

(何よ何よ、二人とも。稽古や講義にかこつけて仲良くなって! 二人だけ良い人を確保しようだなんて、そうはいかないわ! 私にだって機会はあるべきよ!)

 

 カルカ・ベサーレスは、二〇代半ば。

 この転移後世界では、結婚していてもおかしくない年齢だ。むしろ危機感を覚える年頃と言える。彼女の危機感がどの程度のものかと言うと、肌年齢等を維持するべく、新たに信仰系魔法を開発してスキンケアを行っているほどなのだ。その他の美肌技術も含めて、カルカは門外不出にしていたが、たっちとウルベルトに関しては、二人の実力の高さから情報開示している。これが……結果として大正解だった。

 ウルベルトは専門外の信仰系魔法とはいえ、自分で魔法を開発した事について大絶賛したし、たっちは前衛職だが、新魔法の開発がただ事でないことは理解できている。こちらはカルカの努力に対して惜しみない賞賛を贈ったものだ。

 二人の男性から高い好感度を得ていたカルカは、高揚した気持ちをおくびにも出さず微笑む。

 

「貴方方が聖王国で滞在している間、いくつもの高難度依頼を解決して頂きました。本当に感謝しています。これから王国に向かわれるとのことですが……。差し支えなければ目的など……。いえ、立場上、他国のことは気になりますので……」

 

 もっともらしいことを言っているが、カルカが一番気にしているのは王国で存在するかも知れない『女性の影』である。ウルベルト達に、深い仲の女性が居るのではないかと考えているのだ。実際は全くの杞憂なのだが、婚期について焦りを覚えるカルカは真剣であった。

 このカルカの質問を受け、たっちとウルベルトは顔を見合わせ、同時にカルカを見返している。そして、「古い友人が滞在していると聞いて、久しぶりで会いに行くところなのです」と、たっちが述べた後、それぞれがカルカに対して声をかけた。

 

「また来ますよ。こちらには筋の良い……剣の稽古相手が居ますしね。それと……聖王女様の、お手製菓子も好きですから」 

 

「私も、癪ですが同じ意見です。ケラルト殿は飲み込みが早いので、しごき甲斐がある。その間につまむ、聖王女様の菓子は悪くな……絶品ですかねぇ」

 

 憎まれ口を叩こうとしたが、すんでの所でウルベルトは言い直す。そうする程度にはカルカのことが気に入っているらしい。この時、たっちは躁鬱の症状が引っ込んでいたので、ユグドラシル時代のノリでウルベルトをからかおうとしたが、止めにした。

 

(ここで喧嘩をして、カルカさんを困らせるわけにはいかない。カルカさんの笑顔は、何と言うか……良いものな。特に、今の俺にとっては……)

 

 この後、たっちとウルベルトは、いつまでも手を振り続けるカルカとカストディオ姉妹に見送られながら、王国へと向けて出発する。暫くは黙々と歩いていたが、カルカ達の姿が見えなくなった時点で、ウルベルトが口を開き、いつものように口論が始まったのは言うまでもない。ただ、たっちが節々でブツンと電池が切れたように鬱になるため、口論一回ごとの継続時間は短いものとなるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「カルカ……」

 

 たっち達の姿が見えなくなったところで、ケラルトがカルカの名を呼ぶ。神官団長と王女だが、カストディオ姉妹とカルカは大いに親しい。名前で呼び合える程の間柄なのだ。ただ、全員が独身であるためか、女性同士の恋愛関係を噂されており、三人共が迷惑に感じている。

 そういった下世話な噂を払拭するためには、異性との交際ないし婚姻が効果的だが……少し前まで、レメディオスには恋愛願望が無く、ケラルトは自身に見合った異性と出会えていなかった。カルカに到っては、出会いの機会そのものが他の二人よりも少ない。

 このような物悲しい状況で突如として出現したのが、たっち・みーとウルベルトである。剣腕でレメディオスを、魔法分野でケラルトの上を行き、容姿人格共に不味くないという良物件だ。

 出会ってからの期間は短いものの、現時点でレメディオスは、たっちに好感を抱き、更には尊敬しているという恋愛未満の状態。カルカとケラルトは、結婚前提の異性としてロックオン中である。特にカルカは、ケラルトの目がウルベルトだけに向けられているのに対し、たっちとウルベルト双方に着目していた。

 

「何かしら? ケラルト?」

 

「なにって……アレイン(ウルベルト)は、私が狙ってるんだから。遠慮して欲しいかな~……って」

 

 ジト目で訴えるケラルトだが、カルカは何処吹く風で笑い飛ばし……もとい、華やかな笑みで受け流す。

 

「ふふっ、何言ってるの。こういう事は自由恋愛でしょ? 早い者勝ちなの!」

 

「じ、自由恋愛……。言っちゃあ悪いけど、『聖王女様』が言って、これほど似合わない言葉もないわね……。それと、タチ(たっち)も狙ってるなら、旦那二人とかって事でしょ? 最終的に片方とだけ結婚するにしても、二人キープしておきたいとか……。聖王女として本当にどうなの、それ?」

 

 ドン引きしつつ言うケラルトに「言いたいことは解るけど、納得したくはないものね~。私だって恋愛したいんだもの。何度も言うけど、早い者勝ちよ」とカルカが反撃。二人は口元に笑みを浮かべ、笑っていない目で睨み合ったが、どちらからともなくレメディオスを見た。レメディオスは少し潤んだ瞳で、たっち達の去った方向を見つめている。

 

(「む~……。その時、姉の姿は、まるで女性のようだった……なんて」)

 

(「ケラルト、それは(ひど)すぎよ。せめて『思春期の小娘のようだ』とか……」)

 

(「それはそれで、『聖王女様』の方が酷いと思うんですぅ~」)

 

 実のところ、この時点でレメディオスは、まだ色恋の対象としてタチ(たっち)を見ていなかった。ケラルトの、ウルベルトの反応には気が回っていたのに……である。

 しかし、このすぐ後、それとなく確認してきたカルカとケラルトに対し、驚き赤面しながら「わ、わわわ! 私はだな! タチ(たっち)を剣士として尊敬しているんだ! ほ、ほ、本当なんだからな!」と否定し、そこでようやく自分の気持ちに気づいている。

 余計な質問で、恋の花が咲くこととなったわけだ。

 ウルベルト狙いのケラルトはともかく、双方狙いのカルカは大いに後悔するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 出発した背後で、カルカ達がガールズトークを繰り広げていたが、たっちとウルベルトも、それなりにカルカ達について話し合っていた。

 

「たっちさん? 聖王女やレメディオスが気になるなら、残っても良かったんですよ? 体調も良くなさそうなんだし……」

 

 丁寧な物言い。カルカ達と別れる際にも同様の口調だったが、ウルベルトが今の口調で話しているときは、敬語や丁寧語が必要な相手の時に使い分けるほか、『ウルベルトを演じている』状態だったりする。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが相手だと、ほぼこの口調だが、頭に血が上ったり感情的になると、本来の荒っぽい口調が出てくるのだ。

 なので、仲の悪いたっち・みー相手でも、通常は感情的にならない限り、ウルベルトは丁寧に接している。では、この時のウルベルトが通常どおり接しているかと言えば、さにあらず。異世界転移後、ずっと躁鬱状態にあるたっちを警戒して、当たり障りないよう接しているのだ。

 無論、こうしたウルベルトの対応にはたっちも気づいており、精神的に落ち着いているときは無闇に反発しないようにしている。だが、躁鬱の状態で言えば、たっちは鬱の方に偏りがちで、少しのことでも憎まれ口を叩くことがあった。

 相手との会話で憎まれ口を叩くのは、本来であればウルベルトの方がよくやることだ。しかし、たっちがこうなってからは、ウルベルトは自重を強いられている。二人で行動しているのに、二人共が反抗的な態度や口調では、物事が一々荒れるからだ。これにより、ウルベルトの抱えるストレスは、更に増し増しとなっていくのである。

 

「私の体調自体は問題ないと、転移した時から言ってるでしょ? 大丈夫ですよ。聞かされてる聖王国と王国との距離からすれば、カルカさん達に会いに行くのはいつだってできるんですから。今は、ギルメン達と合流することを優先しなくちゃ……」

 

 ムスッとした声で言うたっちの横顔は、元の現実(リアル)におけるオフ会で見たときと変わらない。ただ、その目には疲れが見えており、時折、ブツブツ呟くのが何とも不気味だった。

 

(ギルメンかぁ……。皆と合流できたら、こいつ……少しはマシになるのかな?)

 

 この時期のナザリック地下大墳墓では、異形種化していると精神が異形種に偏り、人化していると、異形種で居られないストレスで、人としての精神が異形種化していくという症例が確認されている。これは異形種化と人化を交互に行えば、取りあえずの対処が可能だったが、今度は『どちらか片方で居続けられないストレス』が蓄積されて、最終的に発狂することとなる。これを発狂ゲージが溜まるというのだが、精神安定化のアイテムを装備することで、解消できることも判明していた。

 ウルベルトはどうだったかと言うと、異形種化と人化の交互実行で精神のバランスを取れることには気づいている。そのことをたっちにも教え、対処させていたぐらいだ。だが、発狂ゲージについては気がついていない。本来の彼であれば気がつけたかもしれないが、今はたっちがおかしい事になっているので、気が回っていない状態だった。

 

「まあ、ギルメンとの合流優先については、私も同意しますけどねぇ。はあ~、たっちと意見が同じとか、マジかよ……。……レメディオスと言えば、眼光が鋭い感じでしたけど。……彼女より、眼光の鋭い女の子が居ましたっけね?」

 

「……九色(きゅうしき)の黒……パベル・バラハさんの娘さんですよ。従者……訓練兵だったかな。確かに眼光は鋭かったですねぇ、レメディオスさんよりも……。結構、整った顔立ちの女の子でしたけど、目つきだけは父親似……なのかな。……名前は知らないんですけどね」

 

 ウルベルトが話題を変えたことで、たっちも乗ってきた。

 パベル・バラハの娘……名をネイア・バラハと言うが、聖王国滞在中、たっちとウルベルトはたまに見かける程度で、話したことはなかった。ただただ、その暗殺者の如き眼光が印象に残っていたのである。

 ネイアは聖騎士として才能が無く、どちらかと言えば弓術で名を成した父親からの才能を受け継いでいた。だが、それほど接していないことで、たっち達も彼女の『職業選択』の向き不向きにまでは気がついていない。

 ネイアについての話題はここで終わり、彼女に関して再び二人の意識が向くのは、少しばかり後日のこととなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……不本意だ」

 

 執務机で置物と化していた骸骨。モモンガが、眼窩の灯火と共に再起動する。

 八本指からの情報からすると、恐らく目撃されたのはたっち・みーとウルベルトだ。ほぼ、確定と言っていい。二人はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』発足前の、クラン時代からのメンバーで、モモンガにとっては双方共に憧れの対象だ。たっちにはソロ活動時代に助けて貰った恩義と格好良さから、彼のファンとなり、ウルベルトに関してはその最強ぶりと悪魔的ロールに惚れ込んでいた。

 

「そんな二人を、俺が探しに行けないなんて……そんなことがあって良いのだろうか? いいや、良くない!」

 

 ダン! と執務机に拳を振り下ろす。壊してはいけないので力を加減しているが、ユグドラシル時代であれば、ダメージゼロの表示が浮かんだはずだ。モモンガは、机に叩きつけられ今では置かれた状態の握り拳をジッと見る。そして、おもむろに立ち上がった。

 

「よし、俺一人で探しに行こう! ……ふう……」

 

 苛立ちと焦りが限界を超え、アンデッドの精神安定化が発動する。

 

(ちっ! こういう事は、異形種化したままで悩むものではないな!)

 

 そう思って人化してみたが、一度落ち着いてしまうと、今度はギルメン達から言われた「弐式さんの探索力を信用しなさい」という言葉が思い出され、のし掛かってくる。

 

(……異形種化しよっと……。……ふう)

 

 精神を安定させたモモンガは、どっかりと椅子に腰を落とした。とはいえ、悩みが消えたわけではないので、今度は机上に肘を突く形で頭を抱えてしまう。

 苦悩する骸骨像の完成である。

 

「ぐぬぬぬ! 俺は、俺はどうすれば……」

 

 このまま、異形種化と人化の繰り返しを続けるかと思われたが、その時……。

 

 コンコン。

 

 外からドアがノックされた。

 

「あの……アルベドです。タブラ様からの御命令で、お茶を……」

 

 今は良い。悪いが持って帰ってくれ。

 そう言おうとしたが、タブラの名前が出たのでモモンガは言葉を飲み込む。

 タブラの指示で来たと言うのなら、ここで追い返すと次の策を講じられるだけだ。それも、『アルベドのお茶』などではなく、もっと抗いがたい何かがやってくるに違いない。そんな事をされるぐらいなら、素直に恋人が持ってきたお茶を飲んでおくべきだろう。

 

(ぬ~……タブラさんめ。俺が我慢できなくなるのを見越してたな?)

 

「……入って、よろ……」

 

 入室許可をしようとしたモモンガは、一度言葉を切り、ドアの向こうに語りかける。

 

「アルベドは、一人で来たのか?」

 

「は、はい。タブラ様からは一人で行くように……と」

 

 アルベドの声は心細げであり、その声色がモモンガの苛立ちと焦りを掻き消していった。そして、それは『自分一人での捜索』に向けた意欲の減衰をも意味する。

 

(ああん! たっちさんとウルベルトさんが遠のいていくぅ~……)

 

『モモンガさ~ん。焦らないでくださいね~、くださいね~、ね~ね~……』

 

『タブラさんに逆らうと、後が怖いですよ? たまに俺より悪魔的だし』

 

 モモンガの脳内で、妙にエコーがかかったたっちの声と、あまり聞いたことのない、神妙な口調のウルベルトの声が聞こえた。その幻聴は、二人の胸像イメージと共に消えて行く。

 

「タブラさんには、かなわないな~……」

 

 腹が立つと言うより、してやられた感が強い。次に考えてしまうのは、アルベドを遣いに出されるほど心配させていたのか……ということ。

 

(俺は……ギルド長として、まだまだだなぁ……)

 

 ギルメン達に言わせれば、本当に良くやっているギルド長……モモンガなのだが、自己評価はこのとおり低い。モモンガ当人は、自分のPVPの強さ(初見で勝てる強さではなく、最終的に勝てる強さ)に自信はあったが、組織のトップとしては自信が無いのだ。

 この先、組織運営能力に自信が持てるようになる日が来るのだろうか。

 

「はあ……駄目そう……」

 

 モモンガは軽く頭を振る。

 そして思うのだ。自分は、ちょっとユグドラシルで名が知れた程度の、元営業サラリーマンだ。頑張っても、そうそう大人物になれるわけではない。ギルメン達とNPC達の力を借りて、その時々で一所懸命にやるしかないではないか……と。

 

「あの、アインズ様?」

 

「ああ、すまないな。入っていいから……」

 

 アルベドを待たせていたことを思い出し、モモンガは入室を許可した。まだ少し口調は硬いものの、恋人向けの砕けた調子になりつつある。

 その後、応接セットに移動してアルベドと差し向かいで紅茶を飲み、茶菓子を摘まむのだが……。

 アルベドから、タブラが「追い返されたら、別のことをするから報告するように」と指示を出していたと聞かされ、更には「この話は、モモンガさんに聞かせるようにね」とまで言われていたと知り、モモンガは背筋を震わせることとなる。

 結局のところ、一切合切を諦めてティータイムを満喫することになり、モモンガとしては十分すぎるほどのリラックスタイムとなった。そして、創造主の命令から始まって愛する男性とのティータイムを得たアルベドは、一点の曇りもなく幸せだったという。

 




 今回、冒頭部分のたっち&ウルの転移後の経緯を書いてたとき。
「これ、二人の転移時期に遡って、20話ぐらい書けるんじゃね?」
 と思ったのですが、そうなるとモモンガさんの出番が激減。
 たまの幕間に、ちょろっと『そのときのモモンガさん、その他のギルメン』を書くぐらいで対応できるか? とも思いましたが、
「そんなの、たっち&ウルがメインじゃん。『集う至高』は、モモンガさんがメインじゃないと駄目! というか一部のギルメンに偏った書き方すると、自分の筆力ではギルメン多数型として破綻しちゃう。そうだ、機会があれば外伝で書いちゃえ」
 というわけで、本編では経緯を書くに留めました。
 今話も何とか、モモンガさんの出番を入れられました。ノルマ達成でございます。
 まあ、外伝を書くかは定かではないんですけど。書かないかもですけど。


 ネイアを、どうにかねじ込みました。
 モモンガさんのお供として聖王国を際来訪したたっち&ウル、そしてネイアがどうなるのか……とかは構想としてあるのですけど。書くとしても番外編で、ですかね~。
 弓つながりでペロロンチーノさんと仲良くなる感じかもです。無論、シャルティアに睨まれます。実は、その辺りを経緯書きのように10行ぐらい書いたんですけど、駆け足すぎだろ? と思ったので端折りました。

 何か、外伝前提で話が進んで行く~……。

 カルカとカストディオ姉妹に関しては、原作があんな感じでしたので、二次創作補正で幸せになっていただきます。あと書き手の贔屓。
 でも、このキャラ配置だと、誰か泣くんじゃないかな……。
 カルカとか、カルカとか、カルカとか……。
 タッチさんかウルベルトさんのどちらかに、二人面倒見て貰いますかね。 
 カルカをどっちにくっつけても、話は書けそうですし。

 いざとなったら、モモンガハーレムにブチ込んでもいいかな~……。
 また低評価つきそうなので、やめた方がイイかな。

 カルカに対するウルベルトさんの認識や感覚は、甘めで書いています。
 活動家としての継続してきた諸々が、異世界転移でブツンと切れてること。
 たっちの介護で精神的にまいってたこと。
 カルカが為政者として手ぬるく甘いけど、本心から国のことを憂いていること。
 諸々が理由ですかね。
 あと女性の美醜感覚についてはウルベルトさんは、庶民並みとして扱ってますので、ケラルトやカルカと仲良くできること自体は嬉しく感じてるように描写しています。

 たっち&ウルがナザリックに合流したら、あとは何かイベント書いて最終回になると思います。100話近く続けてきましたので、エタらないように頑張ります。

<誤字報告> 
メスガキだいすきの会さん、D.D.D.さん、トマス二世さん、戦人さん、zzzzさん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。


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第95話

 その日、ナザリック地下大墳墓の代表者たるモモンガ(異形種化中)は、自室の執務机で書類に目を通していた。その隣には守護者統括アルベドが立ち、腰の黒翼をパタつかせている。本当なら、アルベドにも机を用意して座らせたいのだが、アルベドから、「何を仰いますか! ……ふう……。アインズ様の傍らで立つのは……ふう……、守護者統括の誉れです!」と、精神の停滞化を挟みつつ言い張られ、最終的にはタブラの「好きにさせてあげればいいんじゃないですか? ぷぷっ」という、朗らかな口調の裏切りを受けたことで、モモンガは了承せざるを得なかった。

 

(タブラさんも、タブラさんだよ。娘さんを立たせっぱなしで良いって、それってどうなの!? おかげで、何と言うか……プレッシャーを感じるし! それがタブラさんの狙いだと思うし!)

 

 すでにアルベドとは交際中なのだから、悪く感じるプレッシャーではない。だが、執務机に座っている間、ずっと恋人の視線を向けられるというのは、正直言って仕事に集中できない。むず痒い、あるいは照れ臭いのだ。

 

(なんか、こう……視姦……ではなくて、愛でられてる感覚が……)

 

 一方的に愛でられているのも落ち着かないので、座ったまま目の端でアルベドを見ると……骸骨とサキュバスの視線が合う。アルベドが……少し照れたように微笑んだ。

 ……。

 ……。

 ……。

 

(いかーーーん! 見つめ合ったまま、時間だけが過ぎていくじゃないか!)

 

 完全に仕事の手が止まったモモンガは、自分を叱咤して手元の書類に目を向けた。

 今、内容を確認している書類は、旅行命令簿。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンは、ナザリック地下大墳墓の近隣……カルネ村までは、簡易な外出承認簿で出かけられる。外出承認については、外出する者以外一人のギルメンの了承とモモンガへの<伝言(メッセージ)>があれば良い。カルネ村より遠くへ出かける際に必要なのが、今回の旅行命令簿だ。こちらはギルメン五人以上の供覧と、モモンガの決裁が必要となる。ただし、急な用件の場合は、外出であろうと旅行であろうと、モモンガへの<伝言(メッセージ)>で足りるのだ。

 

(俺で足りると言うか、俺の責任が重いってことなんだけどな~……)

 

 溜息をつきつつ旅行命令簿の内容に目を通すと、申請者はペロロンチーノで、同行するのがシャルティアとなっている。行き先はトブの大森林の奥を通って、少し北の方まで。そこまでは良かったのだが、『旅行目的』の項に記載された内容で、モモンガの目が止まった。

 

「エロモンスターの生息地探索……だと?」 

 

 ユグドラシル時代、ペロロンチーノは他のギルメンを誘うなどして、エロ(ペロロンチーノが思うところの『エロ』であって、18禁要素はない)モンスターを狩りに行ったことがある。それを、この転移後世界でもやりたいのだろうが……。

 

(文書に書いてまでして、やることかぁ? 今のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は実質、王国の上位組織だから、公文書って言って良いくらいなのに……)

 

 ちなみに、ナザリック地下大墳墓における文書事務規定で、旅行命令簿の保存期間は五年間となっている。この辺りの規定や規則は、タブラやぷにっと萌えが考案し、ギルメン会議で定められたものだ。当初は、「堅苦しすぎないか?」といった声もあがったが、各ギルメンの外出や目的について情報共有しやすいので、そのまま規定を運用している。もっとも、急ぎの場合は、モモンガや他のギルメンに<伝言(メッセージ)>すれば良いのは前述したとおりなので、書類申請は事後になることもある。

 そして、今回のペロロンチーノの旅行命令簿にある目的……エロモンスターの生息地探索といった、あまり褒められた内容でない申請は、ギルメンの誰かがストップをかけるものだが……。

 

(茶釜さんとかがね~。……しかし、供覧の押印欄に押印してるのは、弐式さんと、建御雷さんと、ヘロヘロさんと、メコン川さんと、ブルー・プラネットさんか……。ペロロンチーノさん、すぐに了承してくれそうな人のところばかり回って、わざと茶釜さんに見せてないみたいだな……)

 

 旅行命令簿の押印欄。その上部欄外に、建御雷などの名が(おそらくはペロロンチーノの筆跡で)書き込まれている。

 これを見たモモンガは、自分の推測に自信を持った。あらかじめ押印箇所の付近に自分の名前が書いてあれば、書類を見せられたギルメンは押印しやすくなるだろう。

 よほど、姉の茶釜には内緒で行動したいのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 決裁権者たるギルド長……モモンガは、ぶくぶく茶釜と交際中なのである。

 

(巻き添えで叱られるのは嫌だしぃ~。と言うか、やっぱり五人とかじゃなくて、全員に回す方式の方がいいのかな~。でも、人数が増えると……将来的に最大で四一人の供覧が必要になるし……)

 

 ユグドラシル時代は、メール本文に平打ちでギルメンの了承を取っていたものだが、異世界転移して現実の中で行動するとなると、やはり正式な書類決裁が必要となる。

 

(書類に押印すると、決定した内容に責任を持つことになるし~。でも、最大で四一人か~……)

 

 もうちょっと、タブラやぷにっと萌えと調整した方が良いのかもしれない。

 

(超重要案件で全員、重要案件で半数、通常案件で一〇人、簡易決裁で五人……みたいな感じ? 通常と簡易の押印者は、前に話してたみたいに当番制とか……。こんな感じで、必要なギルメンの押印数を減らす~……みたいな?)

 

 そう思いながらモモンガは羽根ペンを手に取り、サラサラと欄外に書き込んでから自分の印鑑で押印した。決裁権者による押印が完了したので、これにて旅行命令簿の決裁は完了である。

 

「ただし、ぶくぶく茶釜の押印付き了承を得ることを条件とする……と。これで良し……」

 

 かなりの確率で、茶釜の駄目出しをくらうのだろうが、そこはペロロンチーノがきちんと説明して、姉の茶釜を説得できれば良いのだ。モモンガは満足げに頷き、ペロロンチーノの旅行命令簿を決裁済み書類用の卓上カゴに入れる。

 そして、一息つくべく天井を見上げた。

 天上で蠢く護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)らを視線で労いつつ、モモンガは思う。

 

(異世界転移しても書類仕事に追われるか~……たまんないな~……。でも、死の支配者(オーバーロード)の身体だと疲労は感じないから便利だよな~……。……異形種化したままだと、どんどん思考が人間から遠ざかるんだけど!)

 

 モモンガ達は、その種族特性によって程度が変動するが、異形種化してるときは完全に、人化しても暫くすると人間種に対する同族意識がなくなる。人化時に、まだしも踏ん張れているのは、モモンガ達プレイヤーが、元々が人間だからだろう。それに、常時装備している精神安定化のアイテムも大いに役立っている。

 

(俺はアンデッドだから、元からある精神安定化とのやりくりが面倒……いや、有効な部分もあるけど。他のギルメンらと合流できてる以上、頭の中まで混じりっけなしの異形種になるのは避けたいものな~……)

 

 ユグドラシル時代は、格好良いと思って種族選択をし、後期には自分なりに極めていたと自負する死の支配者(オーバーロード)。だが、それはあくまでゲームだからであって、身も心も異形になりたいと思ったことは一度もない。

 ユグドラシル時代と同様、皆と楽しくやりたいのなら、やはり人の心はキープしておくべきだろう。

 と、モモンガが物思いにふけっていると、<伝言(メッセージ)>の糸が伸びてきた。

 モモンガは座ったまま背筋を伸ばすと、右手指をこめかみに当てる。

 

「アインズだが?」

 

『ああ! モモンガさん! 俺です! ヘロヘロです! 今、聖王国へ向かってる途中で、もうすぐ到着だったんですけど!』

 

 <伝言(メッセージ)>の相手はヘロヘロだった。声が上擦っているので、緊急事態であることは理解できる。手に負えない敵対生物でも出たか……。それとも……もしや……。

 

「ヘロヘロさん? 何があったんですか?」

 

『そ、そうだ! 改良型の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)があったでしょ!? ぷにっと萌えさんのアイデアが入った最新型! あれを出してください! こっちでも出しますから!』

 

「え? ええ、今出します。ヘロヘロさんの方から発信でいいですか? 俺の機体のアドレスは登録してありますよね?」 

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は、ユグドラシル時代では微妙なアイテムだった。それが重要アイテム化したのは、異世界転移してからのことで、周辺の地形や、地表付近の情景を観察できる機能が有用だったからだ。もっとも、音声を通さない仕様はユグドラシル時代のままだったので、映像の現地に口の利ける下僕を配置して、会話内容を<伝言(メッセージ)>で口頭伝達するという、工夫を凝らす必要があった。だが、タブラや他のギルメンによる、課金アイテムを投入した改造により、今では二台あれば相互で会話が可能な状態にまで機能が向上している。

 

「……よっと……」

 

 アイテムボックスから<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>を取り出し、モモンガは執務机の前方数メートルの場所に設置した。最初は何も映っていなかったが、すぐにヘロヘロからの受信を受け……映像が表示される。

 映し出されたのは何処かの一室で、手前右に古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)……ヘロヘロが、その左側に、いつもの忍服姿の弐式炎雷が映っており、二人の背後……画面の奥には扉の無い入口が見えていた。総じて石造りであり、宿泊機能のあるユグドラシル・アイテムにしては貧相、転移後世界の宿部屋にしては頑丈さが過ぎるようだが……。

 

「ヘロヘロさん? そこは何処かの……砦か何かですか?」

 

『ええ、近くに廃砦があって……と言っても、弐式さんの分身体が発見したので、街道からは離れ……いや、それよりも報告です!』

 

 モモンガとヘロヘロは<伝言(メッセージ)>を既に切っており、今は遠隔視の鏡越しで会話している。

 

『たっち・みーさんとウルベルト・アレイン・オードルさん! お二人を発見して、合流できたんですよ!』

 

「えっ? えええええええええええええええっ!?」

 

 モモンガは立ち上がった。

 

「……ふう……」

 

 そして、喜びのあまり精神の安定化が発生したので、しおしおと着席する。 

 

「くそ~……このことを予見して、会話途中で人化しなかったとは……。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、俺の馬鹿!」

 

 以前やったように人化してやり直したいが、今は報告を聞くのが先だ。

 何しろ、たっち・みーとウルベルトの帰還報告なのだから。

 

「そ、それで? ヘロヘロさん! お二人は無事なんですか!? 怪我とかしていません?」

 

 多少の怪我はポーションでどうとでもなるが、そこを忘れているあたり、モモンガの動揺の大きさがヘロヘロには理解できる。

 

(モモンガさんは、お二人のファンですしね~……)

 

 ヘロヘロは敢えて指摘しないようにしたらしく、話を続けた。

 

『怪我は……してたんですけど、ポーションで治しました。今は、すぐ隣の部屋で待機して貰ってます。で、あの二人を呼ぶ前に、弐式さんから発見したときの状況を聞いてください』

 

 ヘロヘロが言い終わると同時に、向かって左側の弐式が一歩前に出る。

 

『俺の分身体が、街道向こうから歩いてくるたっちさん達を見つけましてね。それで、何と言うか……本体の俺が見つけたときには、二人で取っ組み合いの喧嘩をしてて……』

 

「うぉう……」

 

 モモンガの骨しか見えない喉から呻き声が出た。結構な低音である。

 たっちやウルベルトがユグドラシルを引退する前、よく喧嘩していたことを思い出し、あの頃の胃痛を感じたのだ。当時は、他のギルメンらの耳目がある中、モモンガは必死に喧嘩を仲裁していたものである。

 

「ぐぬぬ……」

 

 発見報告による喜びが萎えかけたが、モモンガは気合いと根性で己を奮い立たせた。

 

「で、でも! 今は落ち着いているんですよね? 弐式さん?」

 

『喧嘩してる二人に、俺とヘロヘロさんで飛び込むのは怖かっ……まあ、それはいいか。ええ、落ち着いてますよ? ただねぇ、モモンガさん。今のたっちさ……』

 

 

◇◇◇◇

 

 

「また、そういう事を言いますか! いい加減にしないと成敗しますよ!」

 

「何いきなり怒ってんだ? って、抜きやがったな!? やろうってのか! 鬱野郎!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 突如聞こえてきた声に、画面内のヘロヘロと弐式は肩越しで通路側を振り返る。

 ヘロヘロは異形種化中なので肩は無いが、見えてる部分が時計回りで回っているので、やはり振り返っているのだろう。

 

『また、始まりましたか~……。困りますね~……』

 

『ヘロヘロさん。今のたっちさん、すぐに黙り込む感じだから……。ここは放っておいて大丈夫なんじゃ……』

 

 幾分、うんざりした様子のヘロヘロに、弐式があまり聞いたことのない不安そうな声を出している。

 

(今のたっちさん? ウルベルトさんに問題はないのか? いや、喧嘩はしてるんだけど……。すぐ黙り込むって、たっちさんに何かあったんだろうか? あと、鬱って何!?)

 

 モモンガが混乱している間にも、聞こえてくるたっちとウルベルトの喧嘩は続いた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

『ああっ! 剣が折れた!?』 

 

『ふはははは! アイテムボックスで腐ってたようなナマクラで、私に勝てると思いましたか? 大間違いなんですよ!』

 

『ぐぬぬ! 剣が無くても戦えるんですからね! くらえ! 騎士(ライダー)チョップ! チョップ! チョップ!』

 

『あっ、(いた)っ! ぐはっ! こらっ! 割とマジで痛いから止めろ!』 

 

『ふふふっ! 騎士でライダー読みはどうかと思いましたが、騎乗するつながりだし、構わないでしょう!』

 

『んなこと聞いてねぇ! つか、人が優しくしてたら、つけあがりやがって! もう容赦しねぇぞ! この、エッチ・スケッチ・ワンたっちーっ!』

 

『よくわからない罵倒は止めて貰いましょうか! それに、私はエッチじゃないです!』

 

 

◇◇◇◇

 

 

 通路から伝わる声は、姿こそ見えないものの、本格的な取っ組み合いが始まる寸前であることが理解できる。と言うより、ウルベルトがたっちによって殴打されているようだ。モモンガは、白骨剥き出しの額を汗が流れ落ちる……ような感覚を覚えた。

 画面に映る弐式も、心配そうに背後の通路を見ていたが、すぐにヘロヘロと共に向き直っている。

 

『モモンガさん。たっちさんねぇ、今は元気そうなんだけど……。何か悩んでるみたいで、たまにブツンと無気力になったり、妙に喧嘩っ早くなるんですよ! ウルベルトさんもチラッと言ってましたけど、躁鬱的な……いや、そうだ、これって発狂してるんじゃないですかぁ!? たっちさんが!』

 

 言ってるうちに気がついた。

 そんな様子の弐式が声を裏返らせたが、その一方で、聞こえてくる言い争いの声は激しさを増している。

 

 

◇◇◇◇

 

 

『さあ、次の技は……これです! とぉおおお! 騎士(ライッダァアアア)キィィィック!』

 

『おわぁああああああ!?』

 

 ズガーーーン!!

 

『チッ! よく躱しましたね!』

 

『信じらんねぇ! このバッタ、真上へ跳んだのに跳び蹴りを当ててきやがった!?』

 

『ふふふっ! 原初の騎士(ライダー)キックとは、そういうものなんですよ!』

 

 

◇◇◇◇

 

 

『屋内で真上に跳んで、跳び蹴りを当てる? 物理的に不可能でしょ?』

 

『俺もそう思うけど……たっちさんなら、やりかねねぇ……。てか、ヘロヘロさん。俺、ちょっと行って止めてくるわ……』

 

 さすがに放置できなくなったのか、弐式がヘロヘロに一言断り、モモンガに背を向けて歩き出す。そのまま弐式は、画面奥の出入口から通路……左の方へと姿を消した。

 

「ヘロヘロさん。弐式さんは一人で大丈夫なんですか?」

 

『うう~ん。二人で行って、二人纏めて畳まれることを考えると……。まずは、一人の方が……』

 

 困り顔のヘロヘロが、モモンガの質問に答えようとする。

 そこへ、弐式がたっち達に話しかける声が聞こえてきた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

『なあ、二人とも。今、モモンガさんと連絡がついてるからさぁ……』

 

『『弐式さんは引っ込んでてください!』』

 

 ズガボーーーーン!

 

『グワーーーーーッ!?』

 

 

◇◇◇◇

 

 

『グワーーーーーッ!?』

 

 モモンガが見ている遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)。その画面奥には扉のない出入口があり、通路が見えている。そこを左から右に……吹き飛ばされた弐式が一瞬映って消えて行った。

 

『「に、弐式さぁああああん!?」』

 

 モモンガとヘロヘロは同時に叫んだが、入口付近の天井寄りにサムズアップする弐式の胸像が浮かんで消えたことで、二人は顔を見合わせる。

 

『今の、幻覚じゃなくてハッキリ見えましたよね?』

 

「また弐式さんの忍者アイテムですか? 思ったより余裕ある……のかな?」

 

 本当のところは後で弐式本人に聞くとして、今大事なことは、たっち達の喧嘩を止めることだ。いち早く我に返ったヘロヘロが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)にかぶりつきとなって、モモンガに呼びかける。

 

『とにかく! もう俺達じゃ無理です! モモンガさん! 早く来て!』 

 

「わ、わかりました!」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)同士は通信中は同期しているため、<転移門(ゲート)>の座標指定にリンクできるよう調整されているのだ。このことで、映っている場所へ転移するのが容易になっている。 

 席を立ったモモンガは、建御雷らの手による強化版レプリカ『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を取り出すと、心配そうにしているアルベドに指示を出した。

 

「アルベド! 今すぐに完全武装は可能か?」

 

「はい! タブラ様と建御雷様に調整して頂きましたので、瞬時に装着可能です!」 

 

 アルベドは知謀の面で優れているが、戦闘面では守備力を重視して創造されている。

 最悪、たっちとウルベルトの戦い……もとい、喧嘩に割り込むことになるので、弐式のようになりたくなければ、アルベドの防御力を頼るべきだ。

 

「良し! では、たっちさんとウルベルトさんを止めに行くぞ! すまんが、アルベドを頼ることになるかもしれん!」

 

「アインズ様が(わたくし)を頼りに!? ……ぐ、ぐわんばりまっ……頑張ります。どうぞ、固き壁としてお頼りください」

 

 精神の停滞化が発生したらしい。上気したアルベドの顔が一瞬で平坦なものとなり、涼やかな声と共に一礼する。

 

「苦労させるな……。俺のせいで……」

 

 もう何度思ったかわからない。

 異世界転移の直前、モモンガがアルベドに対して行った設定改変。

 『ちなみにビッチである』を『モモンガを』に書き換えたことで、アルベドはモモンガについて強く何かを考えた瞬間、思考目的を喪失して思考自体が停止するようになってしまった。アルベドに言わせれば、冷静に物事が考えられるようになったので重宝しているそうなのだが、モモンガにしてみれば罪悪感の象徴でしかない。

 だが、そんなモモンガの思いを知るアルベドは、軽く微笑んで首を横に振った。

 

「アイン……モモンガ様の『せい』で、今の(わたくし)は幸せなのですから……。もう良いではありませんか。さあ、ヘロヘロ様達がお待ちですよ! それに、たっち・みー様と、ウルベルト・アレイン・オードル様も!」

 

「そ、そうか、そうだな! 行くぞ、アルベド! <転移門(ゲート)>、オープン!」

 

 恋人の言葉で目を見開かされたモモンガは、そのアルベドの手を取ると……一瞬で頬を紅潮させた彼女を連れ、<転移門(ゲート)>の暗黒環へと身を躍らせるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そして、現在。

 聖王国北部領から、北東へ進むこと約三〇キロ。

 街道を少し離れた場所にある廃砦の一室で、モモンガは、全身甲冑を着込んだアルベドと共に立っていた。右隣には弐式が居て、左側には古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)状態のヘロヘロが居る。アルベドは、少し後方で待機状態だ。

 たっち・みーとウルベルトに関しては、異形種化したまま、モモンガの眼前で並んで正座中。モモンガから見て、右前にウルベルト、左前にたっちが座っている。

 先程の喧嘩の最中(さなか)、<転移門(ゲート)>で駆けつけたモモンガが「いい加減に喧嘩を止めてください! 弐式さんが怪我してるでしょ!」と叫んだ(実際には、かすり傷も負っていない)ところ、「仕方のないことなんです! この山羊が!」とか「止めないでくれ! モモンガさん! このバッタが!」と言って、二人は聞く耳を持たなかった。そのため、モモンガは威力を減衰させた<火球(ファイアボール)>を放って止める羽目になったのである。

 せっかく待ち望んだ二人との合流なのに、なぜ攻撃魔法を放たなければならないのか。

 

「まったくもう! 信じられませんよ! 二人とも! 再会の感動が台無しです!」

 

 死の支配者(オーバーロード)のまま、モモンガがプリプリ怒っている。

 これに対し、正座を続けるたっちとウルベルトは顔を見合わせ、すぐさま二人でモモンガを宥めだした。

 

「いや、あの、違うんだ、モモンガさん! 聞いてくれ! 俺は悪くないんだが、このたっちが……」

 

「私のせいにするの、やめて貰えます? さっきのはウルベルトさんが……」

 

 宥めると言うより、言い訳攻勢である。

 ヘロヘロと弐式が「こんな時だけ息がぴったりですね~」「俺を吹っ飛ばしたときも息が合ってましたっけ。忍者受け身で無傷でしたけど」と呟き合っており、それが耳に入ったウルベルトはスルーしたが、たっちの方はトーンダウンした。

 

「どうせ、どうせ、俺が悪いんですよ。全部、俺が……」

 

 たっちは、随分と落ち込んでいるようだ。正座したまま項垂れ、ブツブツと呟いている。これには両の拳を上下させて説教していたモモンガも、その動きを止めてたっちに見入ってしまった。それは、弐式やヘロヘロも同じで、自己弁護していたウルベルトに到っては、隣のたっちと、目の前で立つモモンガを上下斜めのラインで視線移動している。

 

「あの、ウルベルトさん? 昔……ユグドラシルで見かけた二人の喧嘩とは、雰囲気が違うようですが……。さっきの喧嘩の発端は何だったんですか?」

 

「えっ? あ、ああ……モモンガさん、実はですね。あ、最初から話しますね?」 

 

 ウルベルトは正座したまま、これまでの経緯を話し出す。

 異世界転移してから聖王国を出るまでを簡単に説明し、その後、詳細に語ったのは……たっち・みーの状態等についてだ。

 異世界転移後のたっちは、躁鬱の切り替えが激しく、更には鬱の方に偏りがちなので、ウルベルトは対応に苦慮していたこと。

 ウルベルトをからかったり嫌味を言うときは普通なのに、煽り耐性が激減しているのか、ちょっと言い返されただけで激怒したりすることなど。そして、時にはメソメソ泣き出すといった事をウルベルトは語っている。

 

「それで、ですね。さっきは、俺が『前から思ってたけど、何を落ち込んでいるんですか。そんなことでは、現実(リアル)で待ってる奥さんと娘さんに顔向けできないでしょ! 頑張るんですよ! 家族のところに帰るんでしょ?』って言ったら、たっちが突然にブチ切れて……」

 

「聞いてる限りだと……ウルベルトさんにしては、たっちさんに対して優しく振る舞ってますね~」

 

 ヘロヘロが触腕状の粘体を口元に当てるようにして言うと、ウルベルトが「でしょ? でしょ? 俺、すっごく頑張ったんですよ?」と訴えかける。モモンガも、ウルベルトは頑張ったと思うが……。

 

(じゃあ、なんでたっちさんは怒ったんだろう? ウルベルトさんは、たっちさんの奥さんや娘さんのことを気にかけただけなのに。しかも、励ましてるし……)

 

 やはり発狂状態なのだろうか。そうでないとしたら、他に何か理由があるのか……。

 鬱を患った者の精神状態など、医者ではないモモンガには理解できない。だから、先ず気に障った文言があったかどうかを考えてみることにした。

 

(何を落ち込んでるんですか……は、問い質してるだけだよな? 次は、現実(リアル)で待ってる奥さんと娘さん……か。……奥さんと……娘さん?)

 

 モモンガは、出もしない生唾を飲んだ気持ちになる。

 たっちの妻子に、何かあったのだろうか。

 直接聞いて確認するのが……何となく怖く感じる。

 

(ウルベルトさんに対して、そうしたように……俺にも怒ったりするかな? でも、聞いてみないと……)

 

 モモンガは人化した。

 アンデッドの精神安定化が頼りになる場面。だが、そういうものに頼ってはいけないと感じたのだ。加えて言えば、表情が動かない骸骨顔というのも、腹を割って話をする相手に失礼である。

 たっち・みーの前に進み出たモモンガは、両膝を突くと、立てた踵に尻を乗せた。そして、項垂れているたっちを覗き込むようにして話しかける。

 

「たっちさん? ひょっとして……御家族に何かあったんですか?」

 

 その瞬間、たっちの身体がビクリと揺れ、少し後方で居るヘロヘロと弐式が、たっちに注目した。ウルベルトなどは、隣で正座するたっちを見たまま、固まっていた。更に後ろで居るアルベドがオロオロしているが、モモンガは、それら周囲の反応を無視し、なおもたっちに向けて話し続けた。

 

「たっちさん。……御家族のことでなければ、何があったんです? それとも、やっぱり御家族のことなんですか? その……他人の俺達に、どうこう言う資格はないかもしれませんが……。聞くぐらいなら……」

 

 たっちは答えない。

 正座し、両拳を膝付近に乗せたまま、俯いている。

 そして、モモンガが緊張感により、アンデッドの精神安定化を欲し始めた頃。ようやく、たっちが顔を上げた。彼の視線は……モモンガ達の後方で控える、アルベドに向けられている。

 

「そちらの甲冑の方は? 見たことあるような……」

 

 アルベドの作成時期は、たっち・みーの引退前だ。タブラが「各階層に守護者が居るなら、守護者統括とかが居るとイイ感じですよね!」と言って作製(本音は、モモンガへ『恋人的キャラ』を残すためだったが……)したので、彼女の事は知っている。

 

「……アルベド。ヘルムを取ってくれるか?」

 

「はい、アインズ様!」

 

 至高の御方同士の会話に関われたのが嬉しいのだろう。弾んだ声で返事したアルベドは、いそいそとヘルムを取る。巨大な角……は元々見えていたが、ヘルムで隠されていた艶やかで長い髪。そして、天上の美と称される美しい顔が露わとなった。

 

「やはり、タブラさんのアルベドですか……。NPCが自分の意思で動いてるように見えますが? それにNPCって、ナザリックから出せましたっけ? と言うか、ナザリック地下大墳墓も転移して来ているんですか? あと、今、アインズ様って……」

 

 たっち・みーが首を傾げている。口調は普段どおりのものになっているので、話している内に気を持ち直したらしい。隣で正座したままのウルベルトも事情を聞きたそうにしているので、モモンガは、異世界転移後から今日までの状況を掻い摘んで説明した。

 

「……というわけでして。現在は、ナザリック地下大墳墓の維持費確保に向けて、周辺国家を支配……と言いますか、裏から手を回す感じで身内や保護国にしている感じですかね。その一方で、転移して来てるであろうギルメンを捜索している……と」

 

「なるほど……。そうなると、私が作製したセバス・チャンも、意思を持って動いてるんですね?」

 

 たっちが呟きつつ頷くと、ウルベルトも「おお~! じゃあ、デミウルゴスも自分で動いてるのか。こいつは最高だ! 会ってみないとな!」と嬉しそうに言っている。

 一連の会話で室内の雰囲気は明るくなったが、たっちはモモンガの質問に答えていない。たっち自身も、そこは理解しているらしく、再びアルベドに目を向けた。そして、そこからモモンガに視線を移動させて言う。

 

「モモンガさん。ちょっと、ギルメンだけの話にしたいので……」

 

「わかりました。アルベド……暫く、砦外部の警戒に当たって貰えるだろうか?」

 

「承知しました」

 

 アルベドは胸に手を当てて一礼し、ヘルムを装着すると部屋から出て行った。

これで室内には、モモンガ、ヘロヘロ、弐式。そして、合流を果たしたたっちとウルベルトの五人……ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンのみとなる。

 

(何となくホッとした気分になるな~。アルベドには悪いけど! これはアレだな、男だけで女性の目を気にすることがないからって感じの……)

 

 付け加えるなら、ギルメンだけの状態になったというのも大きいだろう。

 たっちの要望どおり、アルベドを退室させたモモンガは、たっちが口を開くのを待った。正座を続けさせるのは可哀想かな……と思ったが、たっちもウルベルトも特に何も言わないので、座らせたままとする。どのみち、身体能力は転移後世界の人間を上回っているので、少々のことでは足が痺れたりはしないはずだ。

 

「え~……と、実は……ですね」

 

 たっちはモゴモゴ言っていたが、やがて次の言葉を発すると、プイとモモンガから顔を背けた。

 

「つ、妻と娘に……逃げられまして……」

 

「はっ? え? 逃げ?」

 

 理解が追いつかない。

 モモンガの知るたっち・みーは、現実(リアル)では『お金持ち』『警察官』『美人で幼馴染みの奥さん』『娘さんも居る』という超絶勝ち組で、夫婦仲も円満だったはずだ。それがどうして、娘さん込みで奥さんが逃げることになるのだろうか……。

 

「ここ数年、テロ事件が多発してたじゃないですか……」

 

 たっちが呟くように語り出す。

 

「警察関連では対策本部とかが設置されて……対策本部なんてのは、対策する事件が発生しないと、普段は設置されません。当たり前ですよね。でも、設置されると公務員としては仕事が増えるわけでして……。人員削減とか言って、毎年人が減らされて……。あと、予算も……。ギリギリのかつかつで毎年度の仕事を回してたのに、もはや対応力の限界を超えてまして。公務員を減らして、良い事なんて一つも無いと思うんですけどね。サービス残業……は、公式に認められていないので黙ってサービス残業をして、職場泊でなんとか……。でも、人手は足りないし……」

 

 仕事は増える、予算は減る。

 頑張って年度末に漕ぎつければ「お? 今年度は大丈夫だったか? じゃあ、来年度も一人減らして平気だな? あと、予算も……」と、職場状況が更に悪化。

 この悪循環の中、たっちはそれでも奮闘していたが、彼の妻子が限界を迎えたらしい。

 

「『帰ってこない貴方を待つのに疲れました。娘も新しい父親を欲しがっていますので……。あてはありますから御心配なく。追伸:離婚届に押印をお願いします』と、置き手紙が……」

 

「「「うわあ、うわあ……」」」 

 

 たっちの前で膝を突いていたモモンガ。そして、後ろで立ってるヘロヘロと弐式が、顔を振りながら後退する。たっちの隣で正座するウルベルトは、「ちょっと! 俺を置いていかないでくださいよ!」と腰を浮かせて手を差し出しているが、とにかく、今はたっちから距離を取りたい。それほどに聞かされた内容が重かったのだ。

 

「ひ、悲惨すぎる……」

 

 弐式が、顎下の汗を右手の甲で拭うような仕草をして言う。中身が人化しているかは定かではないが、異形種化してハーフゴーレム体だったとしても、流れない汗を拭いたくなるほどには衝撃的だったのだろう。

 

「職権で行方を追ったんですけど、どうも……上の方から妨害される感じでして……。上流階級の人に囲われたか……そんな感じですかね~。妻……元妻の実家からは、『君が、しっかりしていないから、いけないんだ! もう関わらないでくれ!』とか言って(なじ)られるし……」

 

 そうして妻子が消息を絶ってより、捜索の成果が出ないまま日数が経過する。

 精神的にボロボロとなっていたたっちは、とあるテログループが破壊活動を目論んでいるという情報を入手し、単独でテログループの集合場所に向かったらしい。

 

「単独? 一人で……ですか?」

 

「ええ、モモンガさん。何と言いますか……もう何もかも、どうでも良くなってまして。逮捕とかするんじゃなくて、目につくテロリストを一人か二人射殺したら、自分も頭を撃ち抜いて死のうかな……と」

 

 更に話が重くなった。

 合流済みのギルメンはいずれも、碌でもない状況下で異世界転移をしているが、建御雷や弐式のように多少の不満を抱えるだけの者も居れば、タブラのように失業と体調不良から自殺を考えていた者も居たりと、悪状況の程度は様々だ。

 そんな中で、たっちの転移前の状況は酷すぎる。

 

「おい、ちょっと待て……」

 

 皆が呆然とする中、声をあげたのはウルベルト。彼は、肘位置が肩の高さという半端な挙手をしながら、たっちを見ている。

 

「その集合場所って、俺が行く予定だった場所なんじゃ……。ええと、その……あそこだろ?」

 

 このセリフから、ウルベルトがテロリストの一員だったことが読み取れるが、今は元の現実(リアル)で何をしていたかを問題視する場合ではない。もっとも、ウルベルト本人は大いに気にしているようで、重ねてたっちに確認した。

 

「どうなんだ? たっち……」

 

「ええ、そうです。集まった情報の中で、そこが一番早く、簡単に移動できる場所でしたので。ウルベルトさんが来るかどうか……それ以前に、集合メンバーが誰だとかまでは把握できてませんでしたけど」

 

 シレッとたっちが言い放ち、それを聞いたウルベルトは正座したまま、たっちから上体を離そうとする。意味はないが、両手で身をかばおうともしているようだ。

 

「お、おっかねぇし、危ねぇ!? 俺、タイミングと場合によったら、たっちに射殺されるところだったのか……」

 

「知ってたら、目指す集合場所は変えてたでしょうけどね。ウルベルトさんとは馬が合いませんでしたけど、殺したいほど憎いとかじゃあなかったですし。すみませんね~、モモンガさん。ユグドラシルでは『正義』ぶってましたけど、どうやら、追い詰められた私は『悪』だったようです」

 

 言い終わり、たっちの会話対象がモモンガに切り替わる。突然、話を振られたモモンガは言葉に詰まったが、たっちに訴えかけた。

 

「そんなことありません! そこまで追い詰められたら、人間どうなるか……。俺だって暴走してたかもしれないですし! それに、たっちさんは……」

 

 感極まり声が出ない。だが、モモンガは人としての顔を歪めながらたっちに語りかける。

 

「たっちさんは……精一杯、頑張ったんですよ。それは残念ですが、奥さんと娘さんに伝わらなかった……。残念です。でも、俺達は知ってます。今、知りましたから……」

 

 絞り出すような声は、異世界転移したことで死の支配者(オーバーロード)に生まれ変わったモモンガのものではない。在りし日……元の現実(リアル)で皆と楽しく過ごし、オフ会などで親交を深めていた……鈴木悟の声そのものだ。

 声に乗った思いの深さを感じたのか、ヘロヘロ、弐式、そしてウルベルトが大きく頷いている。

 

「モモンガさん。それに皆さん……。ありがとうございます。完全に吹っ切れたわけじゃあないですが、それでも少し救われましたし……報われた気がします」

 

 たっちは、一瞬だけ言葉を切り、ウルベルトを見た。それから再びモモンガを見上げる。

 

「私達は今回、二人で王国を目指していました。それは、冒険者チーム『漆黒』と巨大魔法の発動の噂を聞き、皆の……ギルメンの存在を確認するため。そして、合流するためです。その目的は、こうして達成された形ですが……。こんな私達の合流を認めていただけますか?」

 

 バッタの異形種。その目に宿る光は、躁でもなく鬱でもなく、ただひたすらに真摯なものだった。実に良い流れだが、ここでウルベルトが我に返る。

 

「おま!? こんな私達って……今の重い流れに、俺を巻き込むな!」

 

「ええ~? だって、ウルベルトさん。貴方、テロリストじゃないですか。それはそれで、皆の了承が要るんじゃないですか?」

 

 言い終えたたっちは、プイと顔を背ける。が、バッタ顔の口からは、どうやって出してるのか口笛音がピ~プ~と聞こえた。

 そこから、またワアワアと口論が始まるのだが……雰囲気は明るい。

 モモンガは胸の奥が熱くなるのを感じた。大いに感動している。今、異形種化してなくて良かったと、心の底からそう思っていた。

 

(おっと、たっちさんに返事をしなくちゃ……)

 

 ゴホン。

 

 モモンガは咳払いをし、皆の注目を集めてから立ち上がる。そして、正座したままの二人に対して言った。

 

「ギルメン会議という名の帰還報告会が必要でしょうが……。ここに居るメンバーは、全員がお二人を歓迎していますよ。たっち・みーさん。そして、ウルベルト・アレイン・オードルさん」

 




 たっち&ウルの合流に到達しました。
 私の一太郎が、事あるごとに『タッチ』と変換してくれますので、大変に難儀しました。

 ユグドラシルでの集合地で、たっちさんが普通にウルベルトさんと口論してたのは、次回で触れます。まあ、現場における『時系列の乱れ』というよりは、会話ループに見られる認識の混乱や記憶障害が原因だったりします。
 ここら辺の原理や理由は解明する予定はございません。
 異世界転移や、タイムスリップの原因なんて、別に解明しなくても良いと思いますし。
 自分は、仮装戦記小説とか買いあさってたので、このような認識なのです。

 アルベドのことを知ってるかどうか……という点で、たっちさんの引退時期については捏造です。

 今回、一番筆の勢い……キー打ちの速度が良かったのは、たっち&ウルの口論&喧嘩シーンでしょうか。
 セリフばかり並ぶと、小説ではなく台本の雰囲気ですが、別室から音声だけ聞こえてくる雰囲気を出すのに、良い感じかと思いました。

 読み返して、今回で最終回にしたら打ち切り感バリバリだな~……と思ったのですが、もう2~3回ぐらい続くんじゃよ。


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第96話

「と言うわけで、お二方(ふたかた)……どうぞ」 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層の静まりかえった円卓にて、モモンガの声だけが響き渡った。室内には、現状で合流済みのギルメンが全員揃っており、自らの指定席に座っている。 

 皆落ち着いているようだが、内心では歓声をあげて(さけ)類を持ち出し、ドンチャン騒ぎに移行したい。それをグッと(こら)えている状態なのだ。

 無論、たっち達の帰還報告(ギルメン達を呼び寄せる<伝言(メッセージ)>の段階で、大まかには知らせているが……。)をしたモモンガも、想いはギルメン達と同様である。

 

(こういうのって、『溜め』が必要なんだよ! みんなも、わかってくれてるんだなぁ!)

 

 居並ぶギルメン達は、モモンガを始めとして全員が異形種化していた。

 帰還したギルメンを迎えるのならば、この姿が相応しい。

 誰が言うでもなく、そして一人の例外もなく、異形の群れとなって円卓で待機中なのだ。

 

 ガチャリ。

 

 扉の開く音が、妙に大きく聞こえる。

 静々と言うより、恐る恐るといった挙動で入ってきたのは、白銀の騎士……たっち・みーだ。はためき効果で、深紅のマントが翻っているが、本人がオドオドしているので、どうにも締まらない。しかも、入室と同時にギルメン達の姿を見て驚いたのか、入口のところで固まっている。

 

「ちょっと、そんなところで止まらないでくださいよ!」

 

 呆れの色が濃い抗議と共に、たっちの背を押してウルベルト・アレイン・オードルが姿を現した。こちらは、何の気負いもなく、引退前に皆がよく見た『悪魔』の雰囲気を醸し出している。

 対照的な態度の二人が、円卓を周り込んでそれぞれの席後ろで立つと、我慢の限界を超えたのかギルメンらが我先に話しだした。

 

「待ってたぜ! たっち・みーさん! さあ、PVPだ! ユグドラシル時代とは一味違うところを見せてやる! 今度こそ、俺の勝ちだな! あ、それと、合流時に弐式をブッ飛ばしたそうだから、その仇討ちもやらないとな!」

 

 立ち上がった武人建御雷が、フロントダブルバイセップスを決めながらPVPを要求する。その隣で座ったままの弐式炎雷は、「落ち着けよ、建やん。つ~か、仇討ちって……俺、死んでない~。まずは、NPC達にも帰還報告をしなくちゃだろ? 宴会は……NPC達に教えた後か……。待ち遠しいなぁ」と呆れ声の後で、ウットリした声を出していた。

 

「ウルベルトさんが来たら、ナザリックの魔法打撃力は一安心ですね」

 

 そう言ったのは、単純火力ではモモンガの上を行くタブラ・スマラグディナ。しかし、言い終えた彼は、タコに似た頭部を傾げている。

 

「と言うか、たっち・みーさんも加わりましたし……。これ……同じ人数か、ちょっと多いぐらいのユグドラシル・プレイヤーが敵対しても、軽く蹴散らせそうですよね?」

 

「理解した上で言ってるんでしょうが、油断は禁物ですよ、タブラさん。その規模のプレイヤーが向こうに回ったら、まずは情報収集です。相手の嫌がることを調べてから、奇襲。何もさせずに殲滅……というのが最良です」

 

 タブラの呟きに反応したぷにっと萌えが、流れるように説明している。それは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の対プレイヤー戦における必勝法のようなものだ。

 

「この戦法を知ってる相手でも、対処できる手立ては幾つかありますし。ま、事前の準備さえ怠らなければ、危ないことにはならないでしょうよ。もちろん、先手を取られないための警戒は必要です」

 

 ナザリックに手を出そうという輩を探し出して、先に叩き潰す。あるいは有益な踊り方をさせる。ぷにっと萌えは、人化していれば悪い笑顔を見せていたことだろう。

 

(「ねえ? やまちゃん……。たっちさんの話、聞いた?」)

 

(「奥さんと娘さんのこと? <伝言(メッセージ)>で聞いたよ……。ヒドい話だよね~……」)

 

 アイテムを利用して二人だけの囁き合いをしているのは、ぶくぶく茶釜とやまいこ。

 二人の好みからは少し外れているが、たっち・みーは、その特撮趣味と、ちょっと強めの正義感に目をつむれば、男性として良物件だ。何しろ、精悍さの方面で容姿が整い、地位と資産が充実している。配偶者と娘に対する対応も、茶釜達から見れば合格点を付けて良いぐらいだ。

 その彼が、異世界転移前に直面した人生最大の苦境……妻子の逃亡。

 女性として、逃げた妻子の気持ちはちょっぴり理解できる。夫の不在が長いというのは、確かに辛いだろう。しかし、たっち・みーの人となりを知る友人としては、たっちの肩を持ちたいのだ。

 ただし、たっちの妻は、その身勝手によって逃げたのではなく、自分を見初めた相手によって強引に囲われた可能性がある。置き手紙だって、あの内容で書くことを強要されたかもしれないではないか。この推測が正解であるなら、たっちは何としても元の現実(リアル)に戻りたがるだろう。

 数日後、茶釜とやまいこは、たっちの自室を訪ね、自分達の推測について相談した。

 

「……お気遣いいただき……。……ありがたく……思います」

 

 茶釜とやまいこを前にしたたっちは、官憲らしい硬い口調で礼を述べた後、次のように説明を行っている。

 異世界転移前のたっちは、情報屋を雇うなどして独自の捜査で妻子の行方を追って居た。最終的に所在こそ掴めなかったものの、とある高級レストランで食事をする妻子の写真画像を入手できている。某大企業の幹部と思しき男性と食事を共にする妻子……元妻子は、実に幸せそうだったと、たっちは語り、そして力無く笑った。

 

「私が見たのは何年前か……というぐらい、良い笑顔でしたよ」

 

 つまり、彼の妻子は、権力者によって無理矢理に……ではなく、自分の意思によってたっちを裏切り、姿を消したわけだ。

 であるならば、たっちはテロリストを心中相手とするのではなく、妻子と男らが揃っているところへ、拳銃片手に乗り込むべきだったのではないか。

 たっちは「そう思われるかもしれませんが……」と前置きし、「今思い返せば、それでも妻子が幸せなら……それはそれで良かったと思うんですよ。妻だけじゃなくて、娘のこともありますしね。向こうはどうだったか知らないですけど、これでも妻子を愛していましたので……。それを思うと、私の報復なんかで射殺とか……ねぇ。ただね、ただ……私の気持ちのぶつけどころと言うか、落としどころは如何しても必要だったんです。欲しかったんです。顔や喉を掻きむしって叫びたくなる程、どうしようもなくて……。おかしくなりそうで……いや、もう、おかしくなっていたもので……」と述べている。

 結果として、たっち・みーは怒りや憎悪と言った負の精神のはけ口を、テロリスト……犯罪者らに向けたのだった。だが、それすらも、今回の異世界転移によって実行できないまま終わっている。

 

「まあ、実行できなくて良かったんでしょうねぇ……。私自身が……私の本来の敵たる、犯罪者にならないで済んだんですから……」

 

 そう呟いて締めくくった、たっち・みーが今、引退前のユグドラシル時代のように笑い、モモンガ達と語り合えているのは、かつての友人らが集い、元の現実(リアル)のことなど何も気にしなくて良い環境で、気の向くまま過ごしているからだ。多少の傷は心に残っているが、それも癒やされていくことだろう。

 それに、たっち自身が、自分の気持ちに折り合いを付けているのなら、敢えて他人がつつきに行くものではない。

 と、このように茶釜とやまいこが納得し、溜息をつくのは、前述したとおり後日のこととなる。だが、今の二人は何となく釈然としない気持ちのまま、ちょっと曖昧な笑顔でたっち達を迎えていた。

 

「ところで……」

 

 モモンガ達に「どうぞどうぞ」と勧められ席に着いた、たっちら二人。その内のウルベルトが、ある一点を見ながら発言する。

 

「ペロロンチーノさんは、どうしてボコボコに顔を腫らしてるんですか?」

 

 ウルベルトが見ているのは、黄金甲冑を装備した仮面のバードマンだ。仮面の下で顔が腫れているらしく、きちんと装着できていない。その証拠に、仮面が妙な方向を向いている。

 ウルベルトの指摘について答える者は居なかったが、ギルメン全員の視線が茶釜を向いたのでウルベルトは察した。

 

「なるほど。問題視する事ではないわけですね」

 

「ウルベルトさん、それはあんまり! うっ!!」

 

 抗議しようと腰を浮かせたペロロンチーノが、茶釜の視線によって黙らされている。

 一連の流れを見ていたモモンガは「ペロロンチーノさん……。諦めないで、マジで茶釜さんのところへハンコを貰いに行ったんだな~。……勇者だ!」と感心し、ペロロンチーノのエロさ加減を見直していた。

 暫く前、ペロロンチーノは『エロモンスターの生息地域の探索』について、旅行命令簿の決裁権者たるモモンガから、「ぶくぶく茶釜の了承と押印を得ること」を条件とされていた。

 決裁権者の押印があるとはいえ、申請書が条件付きでUターンしてきたので、ペロロンチーノは大いに狼狽えたが、数分間の熟慮の末、姉の自室(落ち着いた雰囲気の、ホテルの一室風。書棚やクローゼットなどがある。寝室と、通路につながる客間は別。)へ赴き……その、溢れんばかりの熱意を以って『エロモンスター生息地の探索』の有益さを説いたのである。

 

 曰く、「ナザリックで把握していないモンスターとかが居たら、確保したいじゃん!」

 

 曰く、「そうやって確保して、手下とかにできたら戦力アップにつながるし!」

 

 曰く、「人間と交配可能な感じだったら、数も増やせ……うっ!?」

 

 三つ目の『有益さ提示』で、姉の視線が鋭くなった。この時の茶釜は異形種化しており、ピンクの肉棒状態だったが、なぜだか眼光の鋭さが感じられたのである。

 だが、ペロロンチーノはめげない。

 

 曰く、「ふ、ふふふ、風俗通い……とか、しなくても良い職場環境づくりが……」

 

 しどろもどろになって続けるも、触椀二本で書類を持つ茶釜は、『眼光』の鋭さを増すばかりである。

 

 曰く、「そ、そうだ! 男っぽいエロモンスターが居たら、姉ちゃん達だって……」

 

 ビリィィィ! ばりばりばり!

 

 これは、ペロロンチーノの旅行命令簿(A4用紙一枚と、大まかな現地周辺の広域地図)が引き裂かれた音だ。茶釜は伸ばした二本の粘体……触腕でもって、器用に千切り捨てている。

 

「ね、姉ちゃんっ!?」

 

 狼狽えるペロロンチーノに対し、書類の破り捨てを終えた茶釜はキッと顔……らしき部分を向けた。そして、先程まで書類破りに使用していた触椀を、自身の頭部(?)より高く掲げて威嚇の姿勢を取る。

 

「こぉんのぉ愚弟がぁああ。最初は、少しはマシなこと言ってると思ってたよ? 風俗云々も、まあギルドの男衆のことを思えば目をつむっても良かったかもしれない。けどねぇ……そこに姉ちゃんや、やまちゃんを引き合いに出す性根と、デリカシーの無さと、破廉恥さは許しがたいのよね~……」

 

「は、はわぁあああああ……」

 

 必死で考えながら喋っていたが、必死なあまりに配慮が抜け落ちていた。

 言われてみて気がついたのだが、放った失言は茶釜の鼓膜(?)を振るわせた後である。

 すでに手遅れなのだ。

 にじり寄る茶釜に対し、ペロロンチーノはジリジリと後退。そのまま部屋の壁に背が付くかと思われたが、ふと気づいたことがありペロロンチーノは姉に訴えかけた。

 

「ね、姉ちゃん! このことは、やまいこさんには内緒で……」

 

 失言等で、姉の茶釜に説教されたり折檻されたりは毎度のこと。しかし、余所の家の女性に嫌われるのは避けたい。しかも、やまいこは人化した姿がペロロンチーノのストライクゾーンに近く、今の件については知られたくない相手であった。

 だが、弟の訴えで動きを止めていた茶釜は、ピンクの肉棒にしか見えない身体を器用に変形させ、肩をすくめてみせる。

 

「残念ね。もう遅いのだわさ!」

 

「わさ!?」

 

 姉の珍妙な言い回しに、ペロロンチーノの声が裏返った。一方、その声をスルーした茶釜は、右側の粘体触椀で指を鳴らす。

 

「やまちゃん! カムヒア!」

 

「どうやって指を鳴らしたのっ!? て、やま……やまいこさん!?」

 

 ペロロンチーノが周囲を見回すと、彼から見て右方……客間側の扉が開き、一人の半魔巨人(ネフィリム)が姿を現した。言わずと知れた女性ギルメン三人衆(餡ころもっちもちは未合流)の一人、やまいこである。

 その目(というより、目周りのまぶたや皮膚)は怒りに震え、両手には赤く巨大なガントレット……女教師怒りの鉄拳が装着されていた。

 

「弟君……いや、ペロロンチーノさん。ボクは……基本的に、かぜっちと同文!」

 

「ちょっと待って! 話し合いの余地があるでしょ!?」

 

 ペロロンチーノの甲高い声は、絞められてる鶏のようだ。異世界転移後、もう何回絞められているかわからないが、こういう時に出す定番の声色である。茶釜が「話し合いの余地なんか無いわよ~」と呟いているが、ペロロンチーノは敢えて無視し、視線でやまいこに縋りついた。

 しかし、やまいこの反応は冷たい。

 

「話し合い? もう言わずに済まそうかと思ったけど、聞きたいんだ? そっか、そっか。ペロロンチーノさんさぁ~……ボクが風俗通いとか、すると思ってたわけ? 通うこと自体は犯罪でも何でもないし、男の人の事情も理解するけどさ。そういうのが好きじゃないボクにしてみたらさ、さっきの話……結構な侮辱なんだよね~……」

 

 ガシーン!

 

 巨大なガントレットが打ち合わされた。

 

「いや、あの……その……ひぃいいいい」 

 

 後退を続けた結果、今度こそ壁に背の付いたペロロンチーノ。

 その彼に、ピンクの肉棒と半魔巨人(ネフィリム)の影が伸びて迫っていく。

 そして……。

 

「現在に到る……と?」

 

 そうベルリバーに確認したのは、ベルリバーの隣で座る獣王メコン川だ。彼の視線は、石像のように固まったペロロンチーノと、鋭い視線で彼を睨む茶釜及びやまいこに向けられている。

 

「そうなんだよ、メコさん。ここ最近のペロロンさんは、幻覚で酷い目に遭わされてたけど……。久しぶりで本当の折檻を受けたらしい。それも、やまいこさんの鉄拳制裁で……」

 

「聞いただけで恐ろしいな……」

 

 メコン川は、その白獅子然とした顔を天井に向けて溜息をついた。

 彼とて男性であるし、元人間なので異性の好みは人間種が基本だ。性欲も当然あるわけで、風俗通いと聞けば興味も湧くが……。

 

「それを茶釜さんと、やまいこさんを引き合いに出して、しかも当人ら相手に説得か……。ありえね~わ~……」

 

「だよな~……」

 

 ベルリバーが頷いたところで、モモンガが議題を切り出す。

 

「え~、それでは、たっちさんとウルベルトさんが合流しました。お二人は、ナザリックに合流、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に復帰したいとのことですが……異議のある方は?」

 

 挙手するものは居ない。

 満場一致で二人の復帰が可決された。そのことをモモンガが宣言すると、ギルメン全員が拍手をする。それが収まると、モモンガは咳払いをしてから、次の議題を持ち出した。

 

「え~……続きまして。ギルド長こと(わたくし)、モモンガから提案があります。たっち・みーさんが合流復帰されたことですし、長らくギルド長を務めさせていただいた私ですが~……その任を、たっち・みーさんと交代したいかと……。異議のある方は挙手を……」

 

 出席しているギルメンが全員挙手する。

 満場一致で、ギルド長交代案が否決された。そのことを、モモンガが意気消沈しつつ宣言すると、ギルメンらは先程よりも音高く拍手をする。音量増加の要因は、たっち・みーとウルベルトが拍手に加わっているからだ。

 

「モモンガさんも、諦めが悪いですねぇ……」

 

「まったくです、ブルー・プラネットさん。とはいえ、あの諦めない姿はモモンガさんらしいと言えば、らしいんですけどね」

 

 苦笑するブルー・プラネットに、カラカラ笑うぷにっと萌えが応じて言う。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。

 最盛期の構成メンバーは総員で四十一人。

 現在は、その半数にも満たない人数であるが、へこむモモンガを見て楽しげに笑うギルメンらの姿は、ギルドの最盛期を彷彿とさせる。

 ギルド長席で頭を抱えるモモンガは……。

 

(これだよ、これ! この数年間、この雰囲気が欲しかったんだ! 他のギルメンも合流して人数が更に増えたら、もっと凄くて、楽しくなるぞぉ!)

 

 悩ましく思う一方で、円卓に満ちた明るい雰囲気に歓喜するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルメン会議での帰還報告が終了。

 その他で話し合われたのは、異世界転移の直前、ウルベルトはともかくとして、たっち・みーが普通に話していたことだ。彼は妻子に逃げられて、精神的に参っていたはずなのだが……。

 

「そう言われると不思議なんですけど……。あの時は、妙に妻子のことを意識していなくて……。おかしいですよね。なんでなんだろう……」

 

 というのが、たっち自身によって語られた当時の心境だ。

 明らかに精神状態が歪められているが、それは会話ループ状態に陥っていた他のギルメンにも心当たりがある事で、皆が顔を見合わせることとなる。当時、『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に居合わせていなかったモモンガとヘロヘロについては、離れた席で首を傾げていた。

 謎は深まるばかりだったが、ここでタブラが挙手し、「設定好きの推察ですが……」と前置きをした上で、持論を述べている。

 あの集合地で居た者は、皆が精神状態をおかしくしていた。ゲーム的な見方をするならば、集合地……フィールドにはデバフ効果のようなものが存在したのではないか。

 この考えはタブラが言ったとおり、推察に過ぎなかったが、モモンガ達に一定の納得感を与えている。そして、それ以上、この話題に触れることはなかった。

 今となってはユグドラシルの『集合地』に戻って検証をするわけにもいかない。ある程度の納得ができれば十分なのだ。 

 こうして一つの話題が終わったが、次にすべきことは……となると、NPC達に対する帰還報告である。これは、異世界転移直後のヘロヘロに始まる……ギルメン帰還時の重大な儀式だ。

 

「まあ、アレですよ。NPCが創造主と対面して感動するシーンって、良いものですからね!」

 

 そう言って骸骨顔のモモンガが人差し指を立てると、弐式や建御雷、既に製作NPCとの対面を済ませたギルメンらが頷く。

 

「確かに、そうよね~……。私なんて、萌えと欲望の具現化した存在……アウラ達に対面するとか、元の現実(リアル)の頃だと想像するだけで、恥ずかしくて……。でも、実際に会ってみると、これが愛らしいのよね~……ぐへへ……」

 

 これは茶釜のコメントだが、モモンガら男性ギルメン達は、「ピンクの肉棒の姿で、身もだえするのは止めて欲しい……」と考えていた。勿論、声に出したりはしないのだが……。

 そうした会話に興じていたが、モモンガが「それでは皆さん。そろそろ……」と促すと、皆が席を立ち、円卓から出ることとなる。

 モモンガが先頭で、すぐ後ろにたっちとウルベルト。その後は、タブラやブルー・プラネットなどギルメン達が続く。

 

「まずは、たっちさん達は別室待機で……」

 

 段取りを話しつつ、モモンガが通路に一歩出たとき……。

 そこに、ティーセットを載せたワゴンとメイド、そしてセバス・チャンが居て……その彼と目が合った。

 

「あ、え~と……たっちさんは~……」

 

 何となくだが、直前のセリフを繰り返そうとしてしまう。

 モモンガは、セバスの視線が自分から少し左にそれて後方に向かったのを確認すると、そっとそちら側を振り返った。

 

「せ、セバス……チャンか……」

 

 白銀の騎士がセバスの名を口にしている。最初戸惑った風で、言い終わりにシャンとした口調になっているあたり、たっちらしい持ち直し方だ。

 

(警察関係者ともなると、混乱からの復帰が早いな~……)

 

 モモンガが感心していると、セバスがたっちに向け、一般メイドと共に一礼する。

 

「我が創造主にして最強の騎士、たっち・みー様。貴方様の御帰還を、心より歓迎いたします。そして、天より高く歓喜することをお許しくださいませ」

 

「……許そう。……セバス。長らく留守にしていて済まなかった……」

 

 たっちにしてみれば、「ギルドの雰囲気が悪くなったのと、仕事都合で引退しただけなんだから。ここまで感激されると申し訳ない気分になるな。と言うか、偉そうに『許す』だなんて……。ああ、でも言っちゃったし……」と思っているのだが、謝罪の言葉が出たところで、セバスが下げた頭を振った。

 

「いいえ! いいえ、たっち・みー様! 御身が謝罪されるようなことは、何一つとしてなく……」

 

 言葉が途切れる。

 NPC基準で言えば、至高の御方に対する報告や会話を無様に途切れさせるなど、万死に値するのだが……。

 通路に落ちる水滴が、セバスの心情を余すことなく表現していた。

 たっちは、モモンガの右側から回り込んで前に出ると、セバスの前に立って彼の肩に手を置く。

 

「とにかく顔を上げてくれないか。セバスがその姿勢のままだと、私としては会話しにくいんだ」

 

「こ、これは到らぬ事で! この失態は死をもって……あっ」

 

 反射的に背筋を伸ばしたセバスは、その目でたっち・みーを直視し、次いでモモンガ達を視界内で認識する。まず、把握できたことは、フルフェイスのヘルムを装着したたっちが困惑していること。そして、その彼が困ったように振り返った先で、モモンガ達が苦笑していること。

 最後に、至高の御方達は、『ナザリックの下僕達が「死を以って償う」のを好んでいないこと』をセバスは思い出した。

 多人数の至高の御方を直視した高揚感は一瞬で掻き消え、胸の内からは後悔が湧き上がってくる。さらには、己の存在を抹消したくなったが、責任を取るための自害は至高の御方に背く行為だ。これらのことから、敏腕執事セバス・チャンは、完全に意識をフリーズさせてしまうこととなる。

 だが、そんなセバスを見て、モモンガは頬が緩むのを感じていた。

 

(わかる、わかるぞ~。想定外の事態って、自分のミスが乗っかってくるとパニックに拍車がかかるんだよな~。うんうん!)

 

 元の現実(リアル)での営業職時代。仕事で出向いた先で、モモンガ……鈴木悟も苦労をした経験があるのだ。

 

「そう、硬くならないでいいとも。セバスよ……。たっちさんとの話が済んだら、玉座の間に来るように」

 

 そう声をかけると、モモンガは他のギルメンと共に歩き出す。背後からはセバスのすすり泣きが聞こえてきたが、それをホッコリした笑みと共に聞き流す。

 だが、続いて……。

 

「そう言えば、お前……人間の女性と交際中なんだって?」

 

 ガシッ! という音は両肩を掴んだ音だ。肩越しに振り返ったモモンガは、たっちがフルフェイスのヘルム着用のまま、首を傾げるようにしてセバスを覗き込んでいる姿を見たが……そっと正面に向き直っている。

 

(『親子』の会話を盗み聞きしちゃいけないよな。……たぶん……) 

 

 今見たことは忘れよう……。

 そう思っているモモンガの耳に、後ろを歩くウルベルトの呟きが聞こえてきた。

 

「なるほど。ああいうサプライズも、中々に良いものですね」

 

「ですよね~……。ウルベルトさんも、デミウルゴス相手に『サプライズ』をやってみますか?」

 

 ウルベルトなら、どういった趣向を凝らすだろうか。

 モモンガは、幾分かの期待を込めて聞いてみたが、背後のウルベルトが首を振る気配が感じられた。

 

「やめておきましょう。たっちさんに先を越されてしまいましたからね。同じ事をするのはムカつ……面白くありませんので。ここはオーソドックスに玉座の間で……。ただ……」

 

「ただ? なんです?」

 

 何か思いついたらしいウルベルトに、モモンガが聞き返す。一緒に歩くギルメン達も興味があるようだ。

 

「いや、既に聞いてることなんですけど、俺的に試してみたいことがありまして……」

 

 そう言うとウルベルトは山羊頭ながら、器用に歯を剥いて笑ってみせたのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層……玉座の間。

 そこには各階層守護者、戦闘メイド(プレアデス)に、執事のセバスなど主立ったNPCらが呼び出され並んでいた。

 そして、玉座にはモモンガが座り、彼の右にパンドラズ・アクター、弐式炎雷、武人建御雷、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ(腫れた顔はポーションで治療済み)、ブルー・プラネットが立っている。左側にはアルベド、ヘロヘロ、タブラ・スマラグディナ、獣王メコン川、ベルリバー、やまいこ、ぷにっと萌えの配置だ。

 こういった顔ぶれが玉座の間で集まるのは、これまでにも何度かあった。そのほとんどが『ギルメンの帰還報告』であり、呼び出されたNPCの中で自らの創造主が帰還していない者……デミウルゴスや、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータなどは、興奮の気配を隠せない。

 そんなプレッシャーすら感じる熱気を前に、モモンガは座したままで口を開いた。

 

「皆、よく集まってくれた。毎度のことだが、ギルメンの帰還報告会である。今回、合流し帰還を果たしたのは……二名!」

 

 ざわりと空気が揺らいだ。

 デミウルゴスら、創造主未帰還組の緊張が限界に近い。それが見て取れるため、モモンガは焦らすのをやめる。

 

「で、では、お二人に登場していただこう。どうぞ!」

 

 壇上の両脇、モモンガから見て左から登場したのは、白銀の騎士……たっち・みー。右からは災厄の魔……ウルベルト・アレイン・オードルが登場している。共に、自室から取り寄せた最強装備で身を包んでいた。これらの装備は、異世界転移の直後まで霊廟で飾られていたが、弐式が合流した辺りから総て回収し、各ギルメンの自室に戻しておいたのである。

 

(と言っても、部屋の中の何処に置けば良いかわからないのもあったから、取り敢えず入ってすぐの所に、簡易アイテムボックスの機能がある宝箱に入れて……そのまま置いてあるんだけどな!)

 

 そういった事をモモンガは考えていたが、今回の合流ギルメンの制作NPC……たっちはセバス、ウルベルトならデミウルゴスの反応が気になった。これまで、ソリュシャンはヘロヘロの帰還に際し、大人の女性的に涙しながら静かに喜び、アウラとマーレは茶釜との再会に際して号泣していた。コキュートスなどは建御雷の名を聞いただけで気絶してしまった程である。 

 では今回、創造主との再会がかなったNPC二人の反応はどうかと言うと……。

 まず、セバス・チャン。

 初老の完璧執事は、感極まった表情で微笑み……そして涙していた。

 これには、たっち・みーが狼狽えている。

 何故なら、セバスとは事前に顔を合わせ、再会を喜び合っていたからだ。ちょっと男女交際の問題で危険な気配はあったものの、無事に収まっているらしい。

 

「えっ!? ついさっき、私と会ったよね!」

 

 口調が素に近くなっているたっちだが、セバスはハンカチで涙を拭い、創造主に視線を向け直す。

 

「失礼しました、たっち・みー様。この度は、偉大なりし至高の御方……我が創造主様の帰還報告。感動は新たな形となりまして、涙を禁じ得ないのでございます」

 

 それを聞き、玉座の間に呼ばれたNPCら……僕達から「おおおおっ!」と声があがる。これは驚いたのではない。創造主と被創造物の正しい在り方とも言うべき情景に、大いなる共感を得たのだ。

 

(良かったですねぇ、たっちさん! ……セバスとツアレ関連の、アレな話題は上手くいったんだな~……。とまあ、こっちはこれでいいんだよ。問題はな~、ウルベルトさんとデミウルゴスがな~……)

 

 玉座のモモンガは、少しだけ頭を前に出すと右端で立つウルベルトを見た。山羊頭の貴公子。災厄の魔。最強装備のウルベルト・アレイン・オードルだ。彼は悠然とした態度で立ち、その目はデミウルゴスを見ている。一方、デミウルゴスは……ウルベルトの登場時こそ表情を輝かせたが、今では少し考え込んでいるような素振りだ。

 

(ううっ! ……バレてる……のか?)

 

 実は、今並んで立つウルベルトは……本物ではない。

 最上級の幻像系魔法に、ウルベルト持ち出しの課金アイテムを使用し、欺瞞(ぎまん)効果を大アップ。そこへタブラと、弐式と、ブルー・プラネットと、トドメにウルベルトが手を加え、更にはウルベルト本人からデータ取りしたことにより、『至高の御方の気配』まで再現しているという……ウルトラスーパー超ハイグレードな幻体なのだ。

 何故、そんなものを用意したかと言うと、発端はモモンガとパンドラズ・アクターのエピソードにあった。

 

『姿が変わろうとも、そこに創造主が居るのであれば存在に気づく』

 

 そのようなことを、パンドラがモモンガに対して言った……というものだが、そこにウルベルトが興味を持ったのである。

 

「私が幻体で登場したら……。デミウルゴスは、私本人じゃないって気がつきますかねぇ?」

 

 創造主との再会を夢見るNPCに対し、何という悪魔的発想だろうか。

 これにはモモンガや茶釜、それにやまいこなどが「デミウルゴスが可哀想だから、やめたげなさいよ」と注意したのだが、他の多くのギルメンが「面白そうだから!」という理由でウルベルトの肩を持ったのである。最終的に二種の金貨を用いたギルメン投票にまで発展し、ここで勝ちを得たウルベルトの案が通ったことで、現在に到るというわけだ。

 なお、金貨投票なので、誰がどう投票したかは明らかにされていないが、各ギルメンの投票模様は次のとおりとなる。

 

賛成:ウルベルト「私がやりたいんだから、当然ながら賛成です」

   タブラ「課金アイテムまで使うんだし、興味がありますとも」

   ぷにっと萌え「タブラさんと同じです。貴重なデータですよ、これは!」

   建御雷「なんか、面白そうだから!」

   弐式「デミウルゴスには悪いけど、忍者スキルが通用するか知りたいし~」

   ブルー・プラネット「他のギルメンが黒歴史を作るのは、良いことだと思います」

   ベルリバー「ウルベルトさんが乗り気だから」

   ヘロヘロ「どっちでも良いんですけど、おもしろそうではありますよね~」

 

反対:モモンガ「デミウルゴスが可哀想じゃないですか」

   茶釜「モモンガさんと同じ。素直に感動展開でいいじゃない」

   やまいこ「モモンガさんと同じ。たちの悪い悪戯、良くない!」

   ペロロンチーノ「姉ちゃんが、反対に入れろって……」

   メコン川「俺の趣味じゃない」

   たっち・みー「まったくもって感心しません! そもそも、ウル(長いので省略)」

 

 結果だけを見れば、かなりの接戦だ。

 ともあれ、ウルベルトの悪戯がギルメン会議で承認されたことで、事は動きだし、モモンガ達反対組は目をつむりつつ帰還報告会に参加していた。

 ちなみに、幻体ではなくパンドラズ・アクターに擬態させようという案もあったが、今ひとつ演技力に信頼が置けなかったので却下されている。そもそも、幻体の操作及び発声は、ウルベルト本人がすることになっており、演技をする必要などないのだ。

 では、幻体ウルベルトの登場を目の当たりにした、デミウルゴスの反応はどうだったか。

 表情は……不動である。セバスのように泣くこともしない。

 この態度に居並ぶ(しもべ)達は「不敬だ!」と怒りを噴出させた。デミウルゴスは、建御雷の帰還報告時におけるコキュートスのように気絶するでもなく、平然としているからだ。

 

「あ、あ~……え~と、デミウルゴスよ。お前の創造主、ウルベルトさんが帰還したのだが~……」 

 

 デミウルゴスの冷めた反応と、悪くなった場の雰囲気。

 モモンガが途惑いつつ声をかけたところ、デミウルゴスは人差し指でメガネの位置を直した。

 

「アインズ様。これは私に対する、何らかの試験なのでしょうか? 本物のウルベルト・アレイン・オードル様でないことは理解できるのですが……」

 

 玉座の間の空気が驚愕で揺らぐ。

 NPC達は、幻体ウルベルトが本物でないという指摘に驚いたのだが、モモンガ達は「あそこまでやっても駄目なの!?」という意味合いで驚いていた。

 ともあれ、問いかけられたのはモモンガであるため、皆はモモンガの回答に注目することとなる。

 NPC達は、デミウルゴスの指摘が間違いないのか……と。

 ギルメン達は、モモンガさん、上手く答えてあげて! ……と。

 

(後始末するの、俺かよ!?)

 

 暗い眼窩の奥で赤い光点が明滅し、モモンガは精神安定化が発動するのを感じた。

 強制的に混乱や同様が掻き消え、モモンガは良い気分ではないながらも咳払いをする。

 

「うむ! み、見事であったぞ! デミウルゴスよ! よくぞ見抜いた! さすがはウルベルトさんの子だ!」

 

「お褒めいただき、光栄の極みでございます!」

 

 綺麗な動きでデミウルゴスが一礼し、モモンガは内心で胸を撫で下ろした。

 シャルティアやアウラなどのNPC達は、デミウルゴスに感心しているようだし、デミウルゴス自身も表面上は気を悪くしていないらしい。

 場の雰囲気は一気に明るく和やかなものとなり……モモンガは、ここが決め所だと判断した。

 

「デミウルゴスの推察は大当たりだったわけだが……。この実け……ん、ゴホン……試験は、ある人物によって立案されたものでな……」

 

 ズイッと身を乗り出すように話しているのは、デミウルゴスに良く聞かせるため……ではなく、NPC達からは見えない位置に居る右方のウルベルトをチラ見するためだ。ウルベルトは自分を指差したり、顔や手を振って「やめて、とめて!」とアピールしているが、モモンガは心を鬼とする。

 

(知りません! とっとと出てきて、顔を見せてやってください!)

 

「では、登場していただこう。……どうぞ……」

 

 どうぞ……とモモンガが言ったが、ウルベルトは動こうとしない。しかし、他のギルメンらの「はよ出てこい!」という視線の圧力に屈し、山羊頭の悪魔はヒョコッと顔を見せた。

 

「え~と、その……なんだ。久しぶり?」 

 

 斜めに出した顔の横で手を振ってみせるが、デミウルゴスは今度も反応を示さない。

 やはり、コキュートスのように気絶してしまったのだろうか。 

 そう思ったモモンガは心配になったが、直後、デミウルゴスは直立不動のままで口を開いた。

 

「ウルベルト・アレイン・オードルさば! 貴方様のきがんを、ぐふ……心よ……り、……ふぐぅおおお……」

 

 普段のデミウルゴスからは想像もつかない、狼狽ぶりと号泣。

 シャルティアやアウラがオロオロし、セバスが目を見開いて驚愕を示す中、モモンガを始めとしたギルメン間で罪悪感が増大していく。

 実験賛成組は、こんな事しなければ良かったと後悔し、反対組は、ウルベルトを何としてでも止めるべきだったと後悔するのだ。

 結局のところ、慌ててデミウルゴスに駆け寄ったウルベルトが、必死に謝り、創造主による謝罪で混乱したデミウルゴスが自害を申し出る……といった酷い混乱が発生。

 それは数分ほど続いたが、最終的にモモンガの「騒々しい! 静かにせよ!」との一喝で終息することとなる。

 居合わせたすべての者が硬直するのを確認し、モモンガは溜息をついた……。

 

(練習したおかげか、上手く静まったけど……。これは……後で、デミウルゴスに謝らないとな~……。みんなで……)

 

 今のウルベルトとデミウルゴスの有様を見ると、それはそれでデミウルゴスが混乱しそうなのだが、ケジメだけはつけねばならない。そう思うモモンガであった。

 




 創造主との対面。
 セバスとデミウルゴスで、ほとんど同じにして「普段は仲悪いくせに、反応が大して変わらない」みたいな演出も考えたのですが……。
 本文のようになりました。
 感激のあまり泣くのは同じなのですが、創造主の個性から展開を描き分けています。
 
 集合地での、記憶の混乱模様については危うく書き忘れるところだったのですが、一応話題の一つとして挿入しました。

 ギルメン報告会で、舞台の袖に居るだけのウルベルトにデミウルゴスが気がつかなかったのは、モモンガ達の人数が多いので気配が紛れたとか何とか……。
 
 そう言えば、今下の方に表示されてるかもですが、アンケートをしております。
 ふるって御参加くださいませ。
 

 <誤字報告>

 麟として時雨さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます


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第97話

「私の忠実な(しもべ)、デミウルゴスよ」

 

「はい! 我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様!」

 

 玉座の間、本来ならNPC……(しもべ)達が立つ場へと降りたウルベルトが、デミウルゴスの両肩を掴んで語りかけている。

 つい先頃、たっち・みーとセバス・チャンも同じような体勢だったが、こっちは些か情けない部分があった。

 主な会話内容が『再会にかこつけて試すようなことをした件』についての謝罪だからだ。

 この様子を、玉座で座るモモンガ……両隣には、合流済みのギルメンが居並んで居る……は、皆でウルベルトらを注視している。一方、アルベドを始めとする主立ったNPCは、一旦解散して退室していた。今は、玉座の間の外で待機しており、ウルベルトの用件が済んだら再び呼び戻す予定である。これは、ウルベルト……至高の御方がデミウルゴスに謝るのは良いとして、それを他のNPCに見せるのはどうか……と判断した、モモンガの命令によるものだ。

 

(俺とか他のギルメンなら見て良いかというと、それも駄目なんだろうけど。今回はな~……)

 

 モモンガは、この状態に到った原因……金貨投票のことを思い出した。

 先に行った金貨投票では、ギルメンの半数以上がウルベルトの肩を持っている。言うまでもなく、賛成派は非のある立場だ。一方、モモンガを含む残りの反対派は、反対こそしたものの、投票で方針確定した後は特に止めようともしなかった。

 これはモモンガ達、反対派の考えでは、反対派も有罪(ギルティ)となる。

 なので皆で相談し、ウルベルトの謝罪が終わったら、全員でデミウルゴスに謝る……と、そういう段取りなのだ。

 

(問題点は、デミウルゴスの「至高の御方が謝罪するなどもったいない!」ってのが、ゲージ振り切って天高く昇りそうなのがな~……。でも、筋は通しておくべきだし……)

 

「いや、何と言うか、至高の御方オーラって言うのか? そういうのを、お前達は感じ取れるんだってな? 前にも、モモンガさんの変装を見破ったとか何とか……。それを聞いてな、何処までやったら見破れなくなるのか~……と興味が湧いたもんで、試させて貰ったんだ。正直言って、すまなかった」

 

 ウルベルトが謝罪後に頭を下げると、モモンガ達の想定どおり、デミウルゴスが狼狽えだした。

 

「ウルベルト様が頭をお下げになることなど、何一つとしてありません! どうか、どうか!」

 

 デミウルゴスは必死で訴えているが、ウルベルトは頭を上げない。

 

「デミウルゴス。私に悪気は無かったことは、これはもう間違いない事実だが……」

 

 ギルメン達は「嘘こけっ! ノリノリで主導してたくせに!」と思ったが、ここで言っても状況は解決しないので、グッと堪えて見守る。

 

「デミウルゴスを試したことも、また事実だ。本当に済まなかった。どうか許して欲しい」

 

「許すも許さないもありません! この(わたくし)、至高の御方の御命令ならば如何なる事でも受け入れる所存! ですから、どうか……」

 

「そうか……そう言ってくれるか……。感謝する」

 

 確かめるように言うと、ウルベルトは頭を上げた。そして、デミウルゴスの顔を正面から覗き込む。

 

「久々で見たが、やはりイケメンだな。お前を製作するにあたって、眼鏡や目の宝石とか、随分金がかかったし、素材確保のクエストも難儀したもんだ。が、その甲斐はあったようだな!」

 

「もったいない御言葉です!」

 

 ニヤリと笑うウルベルトと、キリッとした面持ちで応じるデミウルゴス。

 何やら、創造主と被創造物でイチャイチャしだした。

 そっとしておきたいのが人情だが、玉座の間の外ではシャルティアらを待たせている。モモンガは申し訳なさを感じながら、咳払いをした。

 

「ごほん。あ~……ウルベルトさん? 実験についての賛成や反対はともかく、今回はギルメン全員が一枚噛んでいましたので……。そろそろ、デミウルゴスに謝罪したいのですが?」

 

 この呼びかけに、ウルベルトは山羊頭を回してモモンガと視線を合わせ……やがてニヤリと笑っている。先程も同じ笑みを見せていたが、今度のは意味合いが違うようだ。

 

((((((((……あっ、悪いことを考えてる顔だ……))))))))

 

 モモンガとギルメンの心は、<伝言(メッセージ)>なしで一つとなった。

 仲間達の目が半目になる中、ウルベルトはデミウルゴスに聞く。

 

「って、モモンガさんが言ってるけど、どうする? デミウルゴス? 一〇人超えのギルメンから一斉に『ごめんなさい』されるとか、滅多にない機会だと思うんだが~……」

 

 デミウルゴスの返答が読めているのか、ウルベルトはニヤニヤ顔だ。対するデミウルゴスは……顔を引きつらせながら申し立てた。

 

「何と言いますか……。ご、ご容赦願えますでしょうか? 私は、気にしておりませんので……」

 

「聞いたとおりですよ、モモンガさん。それに皆さん。本人が良いって言ってるんだし、それで良いと……私は思うんですけどねぇ」

 

 確かにウルベルトの言うとおりだ。

 ただ、それでも「悪魔だな~」という感想が、ギルメン達の脳内で浮かび消えて行く。

 結果的に、ウルベルトは自分だけデミウルゴスに謝って、他のギルメンからは謝罪の機会を奪ったのだ。傍目には『デミウルゴスの意思を尊重した判断』に見えていて、それが間違ったことでもないから、余計に悪魔的だと思える。

 もっとも……。

 

(うひょー! ウルベルトさん、格好いい! 大災厄の魔だーっ!!)

 

 モモンガなどは内心で大喜びしているのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「というわけで、円卓に移動したのだが……」

 

 玉座の間から円卓へ移動。

 ギルド長席に座ったモモンガは、話を切り出しつつ室内を見回した。

 現時点での合流済みギルメン。その全員が自らの指定席に座っている。

 ギルメンだけでやった帰還報告会と違っているのは、それぞれのギルメンの背後に制作NPCが立っていること(アルベドのみは、モモンガの左後方で立っている。パンドラズ・アクターは右後方)だろうか。この製作NPCの背後配置は、異世界転移後の会議では、たびたび見られたが、今回は合流済みギルメンの数が過去最大だ。

 

(俺を入れてギルメン数は一四人。で、同席する制作NPCは一二人。合わせて二六人か……。この部屋も賑やかになったな~……)

 

 モモンガは、自分一人でナザリック地下大墳墓の維持費を稼いでいた頃、ごくたまに円卓を覗いたことがある。

 

(随分と寂しい思いをしたよな~……。ガックリきて円卓の照明を落とすんだけど、真っ暗闇になった円卓が、こう妙に怖い感じでさ~……急いで扉を閉めたっけ)

 

 単に室内人数を増やしたいのであれば、命令コマンドでもってNPC達を移動させ、円卓に詰め込めば良い。

 だが、そういう事ではないのだ。

 意思を持つ者が複数居て、皆とワイワイ馬鹿騒ぎしてこそではないか。

 ユグドラシル時代のNPCには、それを求めることは不可能だった。

 

(しか~し! 今は違う!)

 

 意思を持って動くNPC達は、十分に『人数』としてカウントできる。しかも今回、円卓に集めたNPCは、それぞれの創造主が居る状態なのだ。だから、誰々の代替品のような扱いではない。モモンガは精神的な余裕を持って、NPC達を一個人として受け入れていた。

 

「え? 茶釜様……シャルティアの胸が、アレだって御存知だったんですかぁ!?」

 

「ふっふっふっ! 『至高の御方』は、皆のことを知ってるものなのよん!」

 

 座席に座っ……乗ったピンクの肉棒(茶釜)が、背もたれの端から覗き込むアウラに自慢している。反対側の端から顔を見せるマーレは「ふぇええええ! 凄いです! 茶釜様!」と感心する事しきりだ。

 もちろん、それらの会話は、隣で座る茶釜の弟……ペロロンチーノに聞こえており、彼は膝上に乗せたシャルティアの頭を撫でながら、シュンとなっている。

 

「ごめんね~、シャルティア~……。姉ちゃんには、シャルティアのデータを見られてるんだよね~……。ユグドラシル時代の話だけどさ~……」

 

 あんたんとこの子を見せなさい。

 そう言って乗り込んできた姉に、ペロロンチーノは為す術がなかったのである。そんな彼に対し、シャルティアは大きく(パッド多重装備の)胸を張って口を開いた。

 

「まったく問題ありんせん! 私は、ペロロンチーノ様が気に入ってくださるなら、その他はどうでも良いのでありんすえ!」

 

「しゃ、シャルティアアアアアア!」

 

 それまで頭を撫でていたペロロンチーノが、膝上のシャルティアを掻き抱く。

 

「やっぱり、シャルティアは最高の女の子だよぉ! ぺたんこ最高ぉおお!」

 

「ひゃふぁ!? わ、(わらわ)も、最っ高に幸せでありんすぅううう!」

 

 ペロロンチーノに抱きしめられたシャルティアは、とろけきった淫らな顔で歓喜を示した。仲が良くて結構だが、問題だったのは同じ円卓で居るギルメンやNPC達だ。過ぎたスキンシップを見せられて、良い気がしないのである。

 他人様に見せるべきでないような行為は、自室等、二人きりの場所でやって欲しいのだ。

 複数ギルメンの視線がモモンガに向けられ、モモンガがギルド長の職責において厳重注意を……するよりも早く、茶釜とやまいこが行動に出た。まず、茶釜が、アイテムボックスより一番重い金属塊を取り出し、斜向かいのやまいこに放って渡す。それを受け取ったやまいこは、座ったまま右腕のみで投擲。茶釜の隣で座るペロロンチーノの顔面に、金属塊が直撃した。

 

「ぐべらっ!?」

 

「ぺ、ペロロンチーノ様ぁあああああ!?」

 

 椅子の背もたれに向けてダランと脱力した創造主に、膝上のシャルティアが呼びかける。しかし、ペロロンチーノは反応しない。この一撃で死ぬはずもないことから、意識が飛んだだけだと思われる。

 

「あ~……シャルティアよ。ペロロンチーノさんは、暫し休憩するそうだ。そっとしておいてあげなさい」

 

 一連の出来事を、口をカパッと開けて見ていたモモンガは、半泣きでペロロンチーノに縋りついているシャルティアに声をかけた。そして、茶釜に向き直って確認する。

 

「目が覚めたら、治癒のポーションを飲んで貰う……で良いですよね? 茶釜さん?」

 

「おっけいよん! 本当は、そのまま自室にブチ込んでやりたいところだけどね~」

 

 粘体を触腕状にして持ち上げ、サムズアップのような仕草をする茶釜。モモンガは「は、ハハハ……」と乾いた声を漏らすのみだ。

 

(茶釜さんを怒らせるのは、マジでNGだ。わかってたことだが、今は交際中なんだし。より一層の注意が俺に要求されるぞぉ!!)

 

 元の現実(リアル)で、茶釜は憧れの女性だった。それは今も変わらないが、いざ付き合ってみると怖い部分は、怖いまま。普通に接していれば、茶釜の怒りを買うことはそうそう無いはずだが、モモンガとしては背筋が伸びる思いなのである。

 

「そ、それでは、周辺域の支配事業について、デミウルゴスから説明をして貰おうと思います。ウルベルトさん、よろしいですか?」

 

 これまではウルベルトが不在だったので、デミウルゴスに直接命令していたが、今はウルベルトが居る。勝手に指図するのもマズかろうと、モモンガはウルベルトに確認を取った。

 

「かまいません。と言うか、大まかな事情は聞いていますから、ちょっとしたことなら私の了解を得なくて良いですよ。普通に気をつけて貰えれば、それで十分です」

 

 そうウルベルトが言うと、建御雷が「んだんだ、ウルベルトさんの言うとおり!」と続き、他のギルメン達も頷いている。

 

「なるほど……。では、デミウルゴスよ。説明を頼む」 

 

「承知いたしました。アインズ様」

 

 モモンガが対外的に、ナザリック地下大墳墓の代表者として名乗っている名前。アインズ・ウール・ゴウン。それは本来、ギルドネームであるが、モモンガ呼びに戻すと言った宣言をしていないため、ナザリックの(しもべ)達は基本的にアインズ呼びをする。

 モモンガに対して一礼したデミウルゴスは、ウルベルトの背後から半歩左に移動して現状解説を始めた。

 まず、リ・エスティーゼ王国について。

 帝国とは休戦状態になったため、ナザリック勢は目立った戦功を得る機会を喪失していた。その結果、モモンガは六大貴族級の地位を得られていない。しかし、代わりと言っては何だが、六大貴族らが気を遣って尽力し、辺境侯としての地位を得ることとなった。その支配域はナザリック地下大墳墓と、周辺の森林。そしてカルネ村と、エ・ランテルだ。

 

「王国に対する税は、他の貴族よりも多くの免除が認められています。その分、バハルス帝国や、スレイン法国に対しての防備を頼む……という意味合いがあるようですが……。それら両国の戦力を考慮しますと、現状のナザリックとしては通常の対応で問題ないでしょう。なにしろ至高の御方が、大勢帰還されていますので……」

 

 他の報告としては、第三王女ラナーと密約を結び、彼女の功績次第では、望むアイテムを下賜するという事だろうか。

 

「また、王国の冒険者チームで特筆すべきは、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』ですが、王国を拠点とする冒険者の中で最強というだけのことでして、脅威ではありません。アインズ様達が実際に手合わせをし、余裕を持って完勝したことからも明らかでしょう。ただ、珍しいアンデッドが所属しているようですが……」

 

 イビルアイについて、デミウルゴスが触れる。

 ただ、イビルアイはモモンガに対し「さえない」等と言い放ったり、態度が悪かったことでギルメンからの心証は悪い。一応、手合わせの時に、モモンガ自身によってボコボコにされているが、事後も節々で態度が悪かったため、ナザリック側の心証は悪いままだった。

 イビルアイについては他に、仮面を取れば美少女……という情報が得られているため、普段ならペロロンチーノが擁護して騒ぐパターンである。だが、モモンガ関連の事情を聞かされているペロロンチーノは、意識が回復してポーションを飲んでいるところだったが特に反応しなかった。

 

「後は……同じく王国の冒険者チームで、『漆黒の剣』ですが……」

 

「そっちは、それとなく動向をチェックしておいてくれるか? 私と弐式さんが世話になったことがあるチームなのでな」

 

 世話になったので目をかけたいのは本当ながら、チーム『漆黒の剣』には、男装女子の魔法詠唱者(マジックキャスター)、ニニャが居ることも理由として大きい。ニニャは、モモンガが個人的に仲良くなった少女なのだ。彼女の姉であるツアレを救い、ナザリックで雇用したのは暫く前のことになるが……。

 

(近々、ニニャに会いに行った方がいいだろうな~。放置しっぱなしと言うのも……)

 

 ニニャと似た立場の人物で、カルネ村のエンリ・エモットが居る。こちらはモモンガとデートしたり等、恋人としての関係は進捗中である。

 

(アルベドとルプスレギナ。茶釜さんとエンリ、そして……ニニャ! 現状で五人! アウラも大きくなったら、俺の后になりたいってことで……彼女も加えると六人! ……これ以上、増えたりしないだろうな? まあ、増やしてるのは俺なんだけどさ……)

 

 人化した状態でも、モモンガには転移後世界の英雄クラスと同等か、それ以上の体力があった。配偶者が多くても、夜の生活で干からびるということはないだろう。しかし、世間体というものがある。あまり、交際女性や配偶者を増やすのは、どうかとモモンガは思う。思うのだが……ここでモモンガは首を傾げた。

 

(まぁ、今更か……)

 

 アルベド一人に絞れず、二人三人と交際女性を増やした時点で、自分は既にハーレム状態なのだ。ここから何人か増えたところで、大差はないし、女性らに対してモモンガが責任を持つことに変わりはない。

 

(現状で、大黒柱役を女性六人分か……。責任重大だな……)

 

 ここで気になるのは、エンリとニニャ……二人と普段接していないことだ。ナザリックで取り込めば良いのだが、エンリは村を離れたくないようだし、ニニャは漆黒の剣を続けたい様子。

 元からナザリックの一員であるアルベドやルプスレギナ、ギルメンの茶釜とは別の交際形態になるだろう。場合によっては、結婚しても一緒に住むことがないかもしれない。その辺は、エンリ達の自主性と意思、あるいは選択を尊重することとして、モモンガはデミウルゴスの説明に意識を戻した。

 

「続きまして、カルネ村とエ・ランテルからの税収ですが……。カルネ村は、アインズ様の御命令により、税に関してはほぼ免除状態です。ですので、主にエ・ランテルについて御説明いたします」

 

 デミウルゴスによると、エ・ランテルに関しては期待した程の税収ではないとのこと。ただし、カルネ村の税収や、モモンガ達の冒険者働きで得られる報酬よりは額が大きいため、現状維持。その他では、生産物などについてナザリックの力でテコ入れし、税収アップを狙うとのことだ。

 

(そう言えば、六大貴族と第二王子は味方についてるんだっけ? そこら辺を上手くやりくりして、色々と増税したら……もうちょいエ・ランテルから搾れそうだな~。……なんて事は、デミウルゴスならとっくに考えついてるか?)

 

 黙って聞いていると、思ったようなことをデミウルゴスが解説したので、モモンガは「俺も、少しは支配者が板についてきたかな……」と、ほくそ笑んでいる。

 だが、ここでウルベルトが発言した。

 

「デミウルゴス。村や都市からの税収と言うけれど、無理な徴収はしていないだろうね? アレもコレも税をかけて、生きてるだけで罰金……みたいなことはしてないか? ゲームじゃないんだから、支配下の民を豊かにしないのは、支配者として無能……いや、有害の極みだからね?」

 

「ぐふっ!?」

 

 見えない何かが、モモンガの胸をえぐる。

 デミウルゴスは「承知しております。ご安心を!」と答えたが、モモンガはと言うと、心にダメージを受け、胸を押さえて呻いていた。それに気がつかないウルベルトは、デミウルゴス相手の会話を続行する。

 

「本当に、大丈夫なのだろうね? デミウルゴス?」

 

 元の現実(リアル)ではテロリストだったこともあり、ウルベルトは『国民を苦しめる支配者層』という構図を特に嫌っているのだ。

 

「その点については十分に配慮しています。エ・ランテルからの税収増につきましては、民衆受けの良いモンスターによる運送業などを新規に興し、そこからの税収を想定したものですので。現地では雇用の受入口となり、市民の生活水準向上が見込まれます」

 

 聞けば、他にもゴーレムのレンタルなどをしているようで、エ・ランテルやカルネ村の住人達の生活は楽になっているらしい。

 

「なるほど、よく理解できたよ。さすがは私のデミウルゴスだ。続けてくれたまえ」

 

「光栄です。ウルベルト様! では、続きまして……」

 

 尻尾をブンブン振るデミウルゴス。その彼による説明が、スレイン法国関連に移行した。

 

「法国は、奴隷制について段階的に廃止する模様です。何しろ重要な資金源であることと、一気に廃止すれば経済が混乱するとのことで……」

 

 加えて言うと、奴隷制が廃止となれば、今居る奴隷はどうなるのか……という問題が発生する。法国側は、希望者には功績次第で市民権を与えたりするなどして対応するつもりのようだ。

 

「ただ、今後、新たに入手したエルフなどについては、一部、王国ないしナザリックで面倒を見て貰えないか……といった議論もされているようで……」

 

 奴隷ではない人口増、そして労働人口の増加でもある。

 この問題に関して、モモンガはギルメンらと相談した。その結果、王国の都市に行きたい者は、手続きの面倒をナザリックが見ることとし、ナザリックの世話になりたい者は、トブの大森林で住めば良いということになった。どのみち、トブの大森林は(転移後世界の基準で)強力なモンスターが多く、人類国家の支配は及んでいない。好きなように住めば良いのである。

 そこまで話が進むと、モモンガは一声唸ってから呟いた。

 

「トブの大森林か……。ある程度の伐採などは必要だな……。人を襲う獣……的なモンスターは、ナザリックで処理すれば良いことだし。定期的に(しもべ)を巡回させるか……。茶釜さん? アウラに任せてもいいですか? 支配下のモンスターで居住区を整備し、新たに住む奴隷やエルフ達を守れれば……と。それとマーレには、耕作などする場合の指導や、チェックなどを頼みたいです。あ、これはブルー・プラネットさんにも、お願いしたいですね」

 

 トブの大森林で住むことになるエルフ達や元奴隷には、基本的に自給自足をして欲しい。とは言え、妙な作物を育てられて、それで問題が起こっても困るのだ。

 

「おっけ! 聞いてみるわね~」

 

 軽い口調で返事した茶釜は、頭部……ピンクの肉棒の頭頂部を左右に振りながら、後方のアウラ達を見た。

 

「アウラ、マーレ? モモンガさんからのお仕事、引き受けられる?」

 

「はい! 問題ありません!」

 

茶釜の背もたれの向かって左側から顔を出したアウラが、挙手しながら返事をする。

 

「森の中のモンスターは、私がバッチリ締めておきますので! 巡回も、そいつらにやらせます! 伐採も問題なくて……ああ、ハムスケを使う手もあるか。かまわないですか? アインズ様?」

 

 ハムスケは以前、モモンガと弐式、更にお供として同行していたルプスレギナによって面白おかしく捕獲された魔獣だ。人語を解し、モモンガを『殿』、茶釜を『お(ひい)様』と呼ぶ。現在は、カルネ村付近にて放し飼い状態であり、たまに遊びに行くモモンガなどとは、よく顔を合わせていた。

 

「かまわないとも。どうせ森の中で食っちゃ寝しているだろうから、好きに使ってよろしい。……マーレは、どうだったかな?」 

 

 姉のアウラが話し終えるのを待っていたのか、マーレは茶釜の向かって右側で姿を見せ、両拳を胸前で握って気合いを溜めている。

 

「は、はい! アインズ様! す、スケジュールを組む必要はありますけど、定期的に見回ったり指導したりするのは、も、問題ありません!」

 

「うむ、よろしく頼む。ブルー・プラネットさんは、どうでしょうか?」

 

 モモンガがブルー・プラネットに視線を向けると、古い映画に登場する『冒険する考古学者風』の樹人……ブルー・プラネットが、少し驚いたように肩を揺らした。

 

「どうかしました?」

 

 モモンガが首を傾げたところ、ブルー・プラネットは動かない帽子を手で押さえながら苦笑する。

 

「い、いや~……マーレと話してたときの重厚さから、一転して、普段のモモンガさんの口調になったので……。合流してから、それなり日が経ってますけど、切り替えの凄さには驚かされますね~。ああ、耕作指導については了解です」

 

 ブルー・プラネットの感想には、他のギルメン達も同感だったようで、「俺も思った。モモンガさん、やっぱスゲーわ」とか「魔王っぽくて素敵よね~、いつもの口調も素敵だけど!」と言ったギルメンの声が聞こえた。ちなみに前者が建御雷で、後者は茶釜だ。

 なお、NPC達も全員が頷いており、特にアルベドは茶釜の感想に大きな共感を覚えたようで、腰の黒翼をパタつかせながら何度も頷いていた。

 

(うう……アルベドからの視線を感じる……。照れ臭い……)

 

 モモンガからは、角度的にルプスレギナが腕組みしつつ頷く姿が見えており、これもまた照れ臭い。しかし、左斜め後方で居るアルベドの視線を感じるとは……。

 

死の支配者(オーバーロード)のスキルに、視線感知とかあったかな?)

 

 なかったはずとモモンガは記憶するが、それはさておき、別の懸案事項について考えることとする。

 

(法国関連と言えば……アレはどうなってたっけ? 世界級(ワールド)アイテムを寄こせって言った件……)

 

 以前、法国は親善使節と偽り、ナザリック地下大墳墓に攻撃部隊を送り込んできた。それを返り討ちにした際、モモンガは手打ちにする条件を幾つか突き付けている。その中に、『世界級(ワールド)アイテムの傾城傾国を、ナザリックに譲渡する』というものがあった。これが実行されたかどうか気になったのだ。

 このことについては、タブラが挙手しながら発言している。

 

「モモンガさん。それについては、私がデミウルゴスから報告を受けてますよ。先日、ようやく届いたそうです」

 

 時期的に、たっちとウルベルトの帰還が重なったため、報告を聞いて対応したタブラがモモンガの耳に入れるのを忘れていたのだ。

 

「手の空いてた建御雷さんに着せてみましたが、問題の洗脳効果は発動できませんでしたね。やはりレベルが足りてても、女性でなければ無理っぽいです」

 

「いや~、半魔巨人(ネフィリム)の身体でも着られるんだから、ビックリしたぜ!」

 

 タブラの説明で名前が出たことで、建御雷が反応し「まいったまいった」と頭を掻く。

 

(まいったのはこっちだよ! 半魔巨人(ネフィリム)状態の建御雷さんが、チャイナドレス着用って……傾城傾国は女物でしょ!?)

 

 モモンガは唖然となった。

 想像してはいけないモノを想像したことで、精神の安定化が発生し、誤魔化すように咳払いをする。

 

「ごほん! 事が世界級(ワールド)アイテム関連ですから、次からは早めの報告でお願いしますね? タブラさん? 建御雷さん?」

 

 二人のギルメンから「気をつけます」との返事があり、モモンガは話題を変えることにした。と言っても、口から出たのは傾城傾国を運んできた法国関係者のことだ。

 

「タブラさん。傾城傾国は誰が持って来たんです?」

 

「ああ、ニグンと陽光聖典ですよ。カルネ村に到着したときは、建御雷さんがブレインと一緒に野良仕事の手伝いをしてましたから、『プレイヤー様が増えてる!?』とか言って驚いてましたけどね」

 

 聞かれたタブラが、立てた人差し指(?)を振りながら説明する。

 

「カルネ村の近くの待機所……グリーン・シークレットハウスは、モモンガさんの私物だから回収したでしょ? 最近、新たに家を建てましてね。そこに居る二名の交代も兼ねて、ニグン達が来たようです」

 

 タブラの説明でも触れたように、法国はカルネ村近く……森の中で、常時二名の隊員を待機させている。概ねは陽光聖典の隊員で、普段は村人との交流を行っていた。

 

「野良仕事の手伝いとかする中で、法国の教義を説くなど布教活動もしているようですがね。ああ、亜人蔑視を説くとかは禁止させてますので、御心配なく」

 

「ニグン達は、今は待機所ですか?」

 

 聞いてみたところ、待機所に居るのだが、手狭なので何人かは空き家で寝泊まりしているらしい。

 

「なんで空き家があるかと言えば、法国がガゼフ・ストロノーフを狙って襲撃したからなんですけどね~……」

 

 襲撃により大勢の死者が出た結果、空き家が多くなっている。

 タブラが肩をすくめながら言うが、モモンガとしては苦笑……するのもどうかと思ったので、ムニムニと口を動かすのみだ。もっとも、今は骸骨の姿なので、動かすべき唇は存在していない。

 

「おっと……デミウルゴスよ、話の腰を折ってすまなかったな。続けてくれ」

 

「はい! 続きまして……」

 

 モモンガに説明の再開を促され、デミウルゴスが元気よく返事をした。ここからは、たっちとウルベルトがローブル聖王国を再訪問する話となる。

 元々、二人が聖王国を出発し、王国を目指して移動していたのは、モモンガ達……ギルメンが居るかどうかを確認するためだ。居なければ居ないで、聖王国に戻るつもりだったが、モモンガ達が、ナザリック地下大墳墓込みで転移してきたことが確認できたため、今後の根拠地はナザリック地下大墳墓ということになる。

 そこで、目的が果たせたことを報告するべく、聖王国に行きたいと言うのだ。

 

「こっちの世界って、<伝言(メッセージ)>が信用されてませんからね。使いを出すのも何ですし。自分達で戻ってみようかと……」

 

「たっちさんの意見に賛同するのは(しゃく)ですけど、まあそういうことです」

 

 普段は仲の悪い二人が、特にいがみ合うでもなく同じ行動を取ろうとしている。

 異世界転移したことで、元の現実(リアル)でのしがらみが無くなり、お互いに歩み寄ったのだろうか。

 

(いや、違うな……)

 

 モモンガは、白骨剥き出しの下顎に指を当てる。

 

(たっちさんとウルベルトさんは、お互いの事情があるそうだけど、性格自体も合わないから仲が悪かったんだし……。となると……)

 

「聖王国で……何かあったんですか?」

 

 モモンガの声が低くなった。

 これは、二人が何らかの弱みを握られて、聖王国に行かざるを得ない状況に追い込まれているのでは……と心配したことによる。それは、タブラやぷにっと萌えも同様だったらしく、それまで場の雰囲気を楽しんでいたのが、今ではジッとたっち達を見ていた。モモンガ達の雰囲気が変わったことで、それは他のギルメン達に伝播……円卓はギルメンもNPCも皆が静まりかえる状況となっている。

 ところが、問題のたっちとウルベルトは「え? なに? み、皆さん、どうかしたんですか?」と言動が怪しい。警察関係者だったたっち風に言えば、挙動不審な様子だ。

 

「……たっち・みーさん、ウルベルト・アレイン・オードルさん……。お二人は、聖王国で、なにか、あったんですか?」

 

 モモンガはドスの利いた声で、区切りつつ言う。他のギルメンらの視線もキツくなり、たっちらは身を小さくしていたが……やがて、総てを白状した。

 異世界転移後、たっち達は聖王国を拠点としていたが、その間に世話になったり、親しくしていた女性に会いに行きたい。

 つまりは、これが二人の本音である。

 観念したたっちは性格上、堂々と言い放ったが、ウルベルトは幾つかの理由を持ち出して、『仕方なさ』を強調しているのが印象的だ。

 一方、二人の遠出理由が『女性目当て』であると知ったギルメン達は、円卓を揺るがす大爆笑……をしかけて、瞬時に沈静化した。ウルベルトだけの話題なら、「ウルベルトさんに春が来たーっ! ギルメン全員でバックアップだーっ!」と騒ぐところである。しかし、今回の『春到来』に関係する、もう一人が大問題なのだ。

 その、もう一人とは、元の現実(リアル)において妻子に逃げられ、傷心のあまり、拳銃片手にテロリストの集合地へ乗り込もうとしていた……たっち・みーである。

 転移後世界での合流後、自身の事情を話していた時のたっちのドス黒……もとい、暗い雰囲気を知っているだけに、「たっちさんには癒やしが必要だし。茶化すのは駄目だろ?」と、モモンガを始め、皆が直感したのだ。

 そして、たっち以外の者達(NPCは思考停止中)はこう思った。

 ……これ、どうしよう……と。

 皆の視線が、ある一点を指向し出すが、そこに居るのは……。

 ギルド長こと、モモンガである。

 

(俺か!? 俺が何とかするのか!? この状況を!!)

 

 異形種化中のモモンガは、精神の安定化を一回挟んだ後で、頭蓋骨の中に詰まっていないであろう脳細胞を活性化させた。

 

(考えろ! 考えるんだ! こうなったら、二人には気分良く聖王国に行って貰うしかないじゃないか! 話の流れを誘導するんだ! なんかこう、『ソレナラ、シカタナイデスネ~』的な、流れで! なんか、あったか? 聖王国関連で、俺が口に出しても不自然じゃないネタとかさぁ!)

 

 モモンガは考えた。

 そして、口から出たのは……。

 

「女性に会いに行く。いいじゃないですか! そう言えば、聖王国については王女が凄い美人だって聞きましたっけ。興味ありますね! 俺も一緒に行っていいですか!」

 

 というものだ。

 基本的には、「自分も興味あるから一緒に行くし、いいんじゃないの?」というニュアンスである。

 ただし、同じ部屋にアルベド、ルプスレギナ、茶釜。三人の交際女性が居る状況で、言って良いことではない。

 それにモモンガが気づいたのは、言い終わる寸前であり、すでに手遅れの状態だった。

 




 さて今回、最初は、モモンガさんを筆頭にギルメン全員でデミウルゴスに謝るシーンを考えてましたが、本文のような展開になりました。
 全員土下座は、ちょっと悪乗りが過ぎる気がしましたし。

 
 円卓における席配置ですが、本作ではきっちり決めていません。
 モモンガさんは、端っこ(遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング))が置かれる側。
 茶釜姉弟は二人並ぶ。
 やまいこさんは、茶釜さんの斜向かい。
 たっち&ウルは茶釜姉弟のそれよりも間隔が開く形で斜向かい同士。
ぐらいしか決めていません。後はテキトーです。

 ベルリバーさん、ぷにっと萌えさん、ブルー・プラネットさんには製作NPCが居ないものとして書き進めてますが……居ませんよね?
 ぷにさんかブルプラさんが、オーレオール・オメガの創造主って展開はいけそうなんですけど。ぷにさんはウィキ、ブルプラさんは、他作家さんのSSで見かけましたかね~。


 感想でナザリック無双の希望がありましたので、竜王国にも行ってみますか。
 予定される被害者はビーストマン。
 そんなに深く書かないかもですけど。


 アンケートで、カルカの『モモンガハーレム入り』がトップを取ったことにより、ノリノリでハーレム増員なのです。
 『たっちの嫁』はともかく、『未婚の生涯』が人気集めたのはビビりました。
 未婚の生涯がトップを取ってたら、子供抱きかかえて里帰りしてきたレメディオスやケラルトに煽られて、こめかみに青筋立てるカルカとか、そういう展開を書いてたと思います。

ケラ「やっぱり子供って良いものよね~。姉さんも、そう思うでしょ?」
レメ「そうだな! そう言えば、カルカは結婚とかしないのか?」

 みたいな感じ?
 あと、レメやケラがそれなりに老けてる時期になっても、カルカだけ自力で二〇代半ばの容姿とか……。
 逆にカルカだけ老いが目立つのに、カストディオ姉妹だけ若いままとか。

 カルカは人柄は良い方だし、一応は国のトップ(王様序列は低いけど)なので、モモンガさんに対して、人間よりな施策の相談役にはなるんじゃないですかね。……色々現実を見て、ナザリックに染まるかもですけど。

 次回以降は聖王国行きになりますけど、合間合間で、ぷにっと萌えさんややまいこさん、ベル&メコあたりの話を挟もうかと考えています。


<誤字報告>

D.D.D.さん、はなまる市場さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第98話

 ナザリック地下大墳墓、円卓。

 今居るのは、異形化したギルメンが一四人。

 ギルメンの制作NPCが一二人。計二十六人だ。

 ギルメン達は指定の席に座り、NPC達は各々の創造主の後ろで立つ。

 それが、つい先程までの配置であった。……が、今は違う。

 ギルメンでは、ぶくぶく茶釜。NPCでは、アルベドとルプスレギナ・ベータ。

 この三人が円卓の隅(ギルド長席のモモンガから見て右奥)で集まり、円陣を組む形で話し合っているのだ。

 その一方、ギルド長のモモンガは自分の席で項垂れ、男性ギルメンらは各自の席にて背筋を伸ばしている。

 何故、そんなことになっているのか。

 原因は、たっち・みーが、聖王国の聖騎士団長レメディオス・カストディオに、そしてウルベルトが、神官団長のケラルト・カストディオに会うべく、一度、聖王国へ向かうと言い出したことによる。

 それを聞いたギルメンらは、一瞬、爆笑しかけたものの、たっち・みーの事情……元の現実(リアル)で妻子に逃げられた事情を思い出し、おちゃらける雰囲気ではなくなってしまった。

 そこでモモンガは、困り果てたギルメンらの視線……期待に応じ、頭蓋骨の中は空洞ながら頭脳をフル回転。たっち達を気持ちよく送り出せる台詞を模索したのである。

 そうして考えついた台詞とは、次のようなものだ。

 

「女性に会いに行く。いいじゃないですか。そう言えば、聖王国の王女は物凄い美人って聞きますし、興味がありますね! 俺も一緒に行っていいですかね!」

 

 これは、ギルド長も同様に興味があるし、一緒に行くと言っている。だから、たっちとウルベルトが女性目当てで遠出しても別に構わないだろう……という雰囲気作りを狙った台詞である。

 ギルド長自身が、身体を張ってギルメンに配慮しているわけで、これ自体は良い話だ。問題点があるとすれば、同じ部屋にアルベド、ルプスレギナ、茶釜という、ギルド長……モモンガの交際相手が居たことだろう。

 モモンガは言い終わりの寸前に気がついたが、すでに交際女性らの鼓膜はモモンガの台詞を捉えた後だった。

 直後、ピンクの肉棒……茶釜が席から降り、アルベドとルプスレギナを手招きして呼び寄せ……現在の状況に到るというわけだ。三人は盗聴防止のアイテムを使用しているらしく、弐式であっても会話内容が聞き取れない。もっとも、先程のモモンガの発言に関して話し合っているのは明白なのだが……。

 

(ああ、どうして……)

 

 ギルド長席のモモンガは、俯いたまま頭を抱える。

 

(どうして、こんな事にぃいいいい!!)

 

 どうしてもこうしても、たっち達のフォローに気を向けるあまり、アルベド達への配慮を失念していたから、こうなったのだ。

 居合わせた男性ギルメン達は、モモンガの失敗について正しく理解していたが、同時にモモンガの苦悩と努力も理解できており、「モモンガさん! 頑張って!」と心の中で声援を送っていた。無論、モモンガの交際女性三人……中でも茶釜が、無体なことを言い出すようなら、全員で口を挟むつもりではある。もっとも、ペロロンチーノ相手なら別として、茶釜がモモンガに対して無体なことを言う事態にはならないのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて……アイテムで盗聴防止はしたわよ」

 

 隅で居る茶釜は、左右斜め前で立ち、自分を見下ろしている女性二人を見た。

 その二人とはアルベドと、ルプスレギナである。

 彼女らを呼んで移動した際、跪こうとしたので茶釜は立ったままで良いと伝えた。この立ち位置では茶釜の顔がギルメン達に見えてしまうので、跪かれるよりは立って貰った方が都合が良いからだ。

 

(スライムの顔が見えたからって、どうってことないんだけど。気分の問題よね~)

 

 ともかく、アルベドらによるNPCバリアーによって、茶釜からはギルメン達の視線が見えない。他のギルメン側からも同様だろう。そして、さっき茶釜が言ったように盗聴防止アイテムも使用したので、弐式ですら会話内容は聞き取れないはずだ。

 

「さて、あなた達を呼び集めたのは~……モモンガさんを囲む女として、相談があるからなの」

 

「と、仰いますと?」

 

 アルベドが聞いてきたので、茶釜は自分が思う『懸念事項』について語る。

 

「モモンガさんは、聖王国の聖王女様? っていう人に興味がある。会いたいって言ってたけど。私的には、たっちさんとウルベルトさんが聖王国に行きやすくする。そのために言ったと思うのよね~……ここは理解できてる?」

 

 粘体を触手のように振りつつ言うと、アルベドとルプスレギナは顔を見合わせてから頷いた。

 

「アインズ様の、優しさ溢れる御配慮かと……」

 

「私も、そう思うっす」

 

 二人の『賢さ』からすると、モモンガの失敗した部分には気づきそうなものだ。しかし、敢えて目を逸らしているのか、無意識に考えないようにしているのか。茶釜には今一つ、判断がつかない。

 

「そ、そうなの? ……でね、ここからが本題。私達、交際相手が居る場所で、他の女性に興味あります~……って、モモンガさんは言ったわけだけど。これ、どう思う?」

 

 茶釜が知る、元の現実(リアル)の人間女性なら、「私の居る前で、堂々と浮気発言か?」と気を悪くすることだろう。茶釜自身、元の現実(リアル)における人間女性の端くれだから、片眉を動かす程度には気になった。しかし、転移後世界におけるモモンガの立場を理解しているし、元の世界の倫理を持ち出すことの愚かさについても弁えている。

 だが、アルベドとルプスレギナはどうだろうか。

 彼女らの『至高の御方』に対する敬意と忠誠心を思えば、文句など出るはずがない。しかし、一人の女性としてどう思っているのか。ここは確認しておかなければ……と茶釜は考えたのである。

 

(二人が嫌な思いをしているのなら、モモンガさんに言って、それなりにフォローをして貰わないとね~……)

 

 と、このように、茶釜としてはアルベド達に配慮した上での質問だったが、対するアルベド達の回答は……こうだ。

 

「アインズ様は、至高の存在ですから。后は多い方が良いと思いますが?」

 

「同感っす! ペロロンチーノ様から教わったことで、コウキュウとかオーオクみたいなのが、あっても良いぐらいなんすよね~」

 

 ほぼ予想していたとおりの内容である。

 予想していなかったのは、弟のペロロンチーノが、ルプスレギナに対して妙な入れ知恵をしていたことだ。

 茶釜は、アルベド達の考えについては「そうよね~、そう思うわよね~。あなた達なら……。無用の心配だったか……」と脱力したが、ペロロンチーノの件に関しては怒りを覚え、頭頂部に血管のようなものを浮き上がらせるという……ピンクの肉棒がやってはいけない表現をしている。

 

(あんのぉ、馬鹿鳥がぁ! メコン川さんの子に何を教えてるの! ……後でムキムキマッチョメンのマミーを大量に用意して、狭い部屋で揉みくちゃにしてやる!)

 

 もちろん、ペロロンチーノが実力でマミー達を排除できないよう、モモンガらにバフ魔法を掛けさせてからの話だ。

 ともあれ、アルベド達の考えは把握できた。

 モモンガに交際相手……将来の嫁が増える件については、本当に問題視していないらしい。

 

(女性側の資格や態度、言動についてはチェックが厳しいんでしょうけどね~……。けど、人数が増えるのは構わない……と。何と言うか、私一人で気を揉んでるのが馬鹿らしくなってくるわね。ただねぇ、今回の聖王女さんについてはアルベド達が無視できないと思う要素が、一つあるのよね~)

 

 ローブル聖王国の王女……通称・聖王女。カルカ・ベサーレス。

 彼女は美しく、政治手腕はともかく人柄も良く、国民の大多数から慕われる人物だ。

 そこまでは良いとして……。

 

「あなた達、気がついてる? 聖王女って、モモンガさんがこっちの世界に来てから、顔も見てないのに興味があるって言った……初めての女性なのよ?」

 

 この言葉にアルベド達は衝撃を受けた。

 モモンガにとって、カルネ村のエンリや、冒険者のニニャは、直接会って親しくなったり好感度が上昇した結果、二人を特別視するようになっている。

 茶釜に関しては、元の現実(リアル)で、モモンガ側で少し意識していた上、茶釜から告白して交際が始まったケースだ。

 女性側から告白したケースとなると、ルプスレギナも茶釜と同様だろう。

 アルベドなどは、タブラがモモンガのために設定……想像した女性であり、先に述べた四人とは一線を画していると言える。

 では、聖王女カルカ・ベサーレスはどうだろう。

 転移後世界における諸国の王族。

 現状、ナザリックのギルメンからすれば、王国のランポッサ三世や帝国の皇帝ジルクニフなどは、遠隔視の鏡等で顔と名前が一致している程度で、これは聖王国の聖王女カルカも同様だ。

 どこかの国の王族。偉い人。

 元の現実(リアル)から転移して来たモモンガ達にしてみれば、その程度の印象でスタートしていることとなる。

 にもかかわらず、モモンガは噂で聞いただけの聖王女に対し、会いたいとまで言ったのだ。

 茶釜は、表情が強張ったアルベド達を見ながら続けた。

 

「じゃあ、会ってもいない内から意識されてる聖王女カルカって……かなりの強敵かも? いや、敵ってわけじゃないんでしょうけどねぇ。これって、正妃だとか側室だとか、第何番の夫人とかの序列的に、マズいんじゃないの? 私は~、ほら? 元から序列的に第三夫人だし? 今更、序列どうこう言わないけど……。あ、でも頭の上がらない相手が増えるってのは困るのかしらね?」

 

 そう言いながら、茶釜は「もっとも、エンリやニニャ、それにカルカって王女が相手なら……たぶん困ることにならないでしょうけどね~」と内心で呟いている。

 モモンガ夫人の序列上位者が(しもべ)の場合は、茶釜に対して偉そうにはしないだろう。現に、アルベドとルプスレギナは、現状の『恋人序列』が茶釜より上であっても(しもべ)としての態度を変えていない。

 では、人間のモモンガ夫人(ないし恋人)が上位序列となり、それを持ちだし、茶釜に大きな態度を取った場合はどうだろう。立場上、(しもべ)達や、(しもべ)のモモンガ夫人達は我慢するだろうが、モモンガ自身が良い顔をしないはずだ。

 

(モモンガさんって、相手のことを考えない言動って嫌いだし……。そこは、他のみんなも同じだけど……)

 

 モモンガや茶釜などのギルメンは、転移後世界で異形種となり、精神が人と異形種の間を揺れ動いてる。それが基本的に『人寄り』をキープしているのは、他のギルメンらが居る手前、自分だけ頭の中まで異形種化するのを恐れているからだ。そして、精神が人のままキープできている以上、元の現実(リアル)で言う『社会通念上』で他人の迷惑になる行為は、基本的に憚られる。

 

(だから、他人がする傲慢や我が儘な行為って、それが身内でも嫌な顔を……。おっと、思考が脱線しすぎちゃったかしら?)

 

 結局のところ、夫人序列が茶釜より上だとして、茶釜に対して大きな態度に出て許されると言えば、現状では、やまいこぐらいのものだ。そのやまいこは、モモンガに対して恋愛感情がないようだし、モモンガの目もやまいこには向いていない。

 

(やまちゃんは美人可愛い系だけど、モモちゃんのドストライクはアルベドだものね~。やまちゃんには悪い言い方だけど、身長とスタイルで弾かれるか~……)

 

 それを言い出すとエンリはともかく、ニニャも弾かれそうなものだが、そこはそれ、モモンガにしてみれば何となく照準が合ってしまい、それが外れなかっただけなのだ。また、魔法詠唱者(マジックキャスター)として尊敬しつつ、男性として意識してくるというのも、モモンガがニニャを気に入っている要素である。

 

(さて……)

 

 茶釜は『序列問題』に意識を戻した。

 現状の序列は、第一夫人がアルベドで、ルプスレギナが第二夫人。茶釜は自分で言っていたとおり、第三夫人である。だが、モモンガが唯一、自発的に意識したカルカがトップに躍り出たとしたらどうだろう。

 

「という風に、私は考えてるんだけど……」

 

「わ、(わたくし)達の序列が……スライドする?」

 

 アルベドの声が震えている。ルプスレギナはオロオロしているようだ。

 自分達の序列が降下するのが嫌なのか、人間に負けるのが嫌なのか。

 恐らくは両方だと睨んだ茶釜であるが、アルベドの序列一位に関しては動かないとも思っている。

 

(さっきも考えたけど、アルベドはモモンガさんのドストライク。何しろ、モモンガさんの好みを事前聞き取りして、タブラさんが設定組んだんだものね~……。そんなアルベドが、ゲームじゃなくて実体化してるのに……誰が勝てるってのよ……)

 

 茶釜自身はアルベドに勝つ気がなく、モモンガの恋人ポジション……後々には嫁の座を確保できていればそれで良いのだ。

 

(略奪愛ってのは性に合わないから、元の現実(リアル)だったら諦めてたでしょうけど。こっちの世界は男側の余裕次第で、割り込む……じゃなかった、乗っかる余地は多いものね~)

 

 その後、茶釜はアルベド達と話し合ったが、最終的に、モモンガらの聖王国行きについて行くこととなった。

 名目は「行ってみたかったから」と「モモンガさん達が気になる女性に会ってみたい」というものだ。言うまでもなく、一番会ってみたいのはレメディオスでもなくケラルトでもなく、カルカである。

 真の狙いは、カルカに対する人物評価。

 男性ギルメンの誰もが……そして、モモンガも察しはついていたが、反対することは出来なかった。特に反対する理由もなかったし、茶釜の狙いを思えば反対することは出来なかったからである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルメン会議が行われた翌日。

 モモンガ達はローブル聖王国に到着していた。

 随分と早い移動だが、<転移門(ゲート)>を使用したことで、国境までは一瞬で移動可能なのである。

 今、モモンガ達の前にあるのは、聖王国とアベリオン丘陵を隔てる長大な城壁の北端だ。そこでは街道を旅してきた商隊などが、兵士のチェックを受けた上で入国しているのが見える。夜間であれば篝火が焚かれていたりして物々しいのだろうが、今は日中なので列の後方から見ている光景は、ある意味でのどかな雰囲気が漂っている。

 

「今、入国審査を受けてる商隊……。王国から来たんですかね?」

 

 冒険者ペロンの姿で居るペロロンチーノが目を細めた。誰に対しての呟きかは不明だが、これにモモンガが反応する。

 

「さて、どうですかね? アーグランド評議国から来たかも知れませんよ?」

 

 そう言うモモンガも、今は冒険者モモンの姿だ。

 今回、モモンガと行動を共にするギルメンは、たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、弐式炎雷の五人。そして、デミウルゴスから「護衛を! 護衛をつけてください! あと、できれば私も同行……」と泣きつかれたことで、(しもべ)からはデミウルゴス、セバス・チャン、アルベド、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマが選抜されている。

 これら総勢十一人は、全員が冒険者チーム『漆黒』として行動中なのだ。

 モモンガは、漆黒のローブをまとった魔法詠唱者(マジックキャスター)、モモン。

 たっち・みーは、板金鎧とブロードソードに方形盾。これらを装備した騎士ヒロシ・タチ。

 ウルベルトは、モモンガとは違うデザインのローブ(幾分か禍々しさが強調されている)を着用した魔法詠唱者(マジックキャスター)アレイン。

 ペロロンチーノは、革鎧着用の弓兵ペロン。

 茶釜は、大盾二枚を背負った女戦士かぜっち。

 弐式は、忍者のニシキ。

 いずれも人化しており、チームカラーの漆黒で装備の色を統一している。

 お供の(しもべ)達も、概ね装備は漆黒寄りだ。

 ただし、アルベドが黒い女戦士ブリジット、ナーベラルが漆黒の女忍者ナーベ、デミウルゴスが、いつものスーツの漆黒版着用と、普段とは違う姿であるのに対し、セバスとルプスレギナに関しては通常の執事服と神官風メイド服のままとなっている。

 装備に変わりがないのは、セバスとルプスレギナの通常装備が、元から黒多めだからだ。

 このように、チーム漆黒の名に偽りなく全員が黒色装備であったが、装備色を変えるにあたって渋い顔をした者が一人居る。

 たっち・みーだ。

 彼は、正義の騎士ロールの一環で、最強装備は白銀の鎧、異世界転移して暫くの間は白く塗った鎧で通していたが、今回、皆と合わせるべく黒い鎧や盾を装備することとなった。

 

「私のカラーじゃないんですけどねぇ……」

 

 それが用意された装備一式を見た際の、たっちのコメントだったが、文句を言う彼を見たヘロヘロによって「たっちさん。チーム漆黒は、世を忍ぶ仮の姿なんですよ。黒い装備で良いじゃないですか。そして、ここぞと言うときに装備を白いのに換えるんです。それでこそヒーローってものじゃないですか? まあ、見た目だけだと格好悪いですから、強さと行動の正しさも要求されるんでしょうけど」と説得されたことで、一転機嫌を良くして黒い装備に身を包んでいる。

 一部始終を見ていたウルベルトは「チョロい奴だな……」と思ったが、声には出さなかった。

 その様な黒一色の集団が姿を現すと、入国審査の順番待ちをしていた者らは大いに警戒する。見た目の威圧感が半端ではないし、都市外で黒装束に近い集団と言えば、思い当たるのが野盗の類だからだ。

 

「おい、ちょっと! そこのお前達!」 

 

 当然ながら、城壁北端の砦から兵士が派遣されてくる。その数は約二十名。モモンガ達の倍ほど居るが、チーム漆黒側の誰か一人だけで蹴散らせるほど、戦力には差があった。

 モモンガ達……中でもギルメンは余裕の構えだが、対照的に(しもべ)達は機嫌を悪くしている。人間蔑視の少ないセバスですら、目つきが鋭くなっていた。これは、ギルメン……至高の御方を『お前呼ばわり』されたのが原因だ。

 

「うぉ~う。モモンさん達を、お前呼ばわりっすか~……。さすが人間、命を投げ捨てるとは愚かっすね~……」

 

 ルプスレギナが、聖印型の聖杖を背から取り出しつつ言う。口調はおどけて、表情も笑っているが……その目は害虫を見る目つきだった。

 

「同意見だわ。例え無知ゆえの暴言でも、駆除すべきね……」

 

 ナーベラルも、大型の苦無を逆手に持って前傾姿勢となる。

 セバスは黙ったまま、白い手袋の具合を確かめてから拳を握っているが、その様子を見たデミウルゴスが、指で眼鏡の位置を直しつつ笑う。

 

「おやおや、セバス。君なら止めると思っていたのだがね?」

 

「殺す必要はないと思いますが、殴って叱るぐらいはかまわないでしょう。……事故で命を落とすこともあるかもしれませんがね」

 

 ほとんどの(しもべ)達は殲滅戦を行うつもりでいたが、そこにアルベドからの声がかかった。

 

「やめなさい。モモン達の迷惑になるわ」

 

 これは精神が停滞化した後の発言だ。だが、怒りに身を任そうとしている同僚達を止めるには効力が不足している。しかし、更なる声が(しもべ)達に向けて発せられた。

 鋭い視線で(しもべ)達を睨めつける……モモンガである。

 

「アル……ブリジットの言うとおりだ。ここで兵士と揉めてどうする? それにだ、ああいう役目の者達は、ああいう物言いをするものだろう? いちいち怒る程ではないな。だから、お前達の気持ちだけ、有り難く受け取っておくとしよう……」

 

 叱られたことでシュンとなった(しもべ)達であったが、モモンガがフォローのために一言付け足したので、皆表情を明るくする。それを確認したモモンガは、一つ頷いてから前に出た。とはいえ、その内心は冷や汗ものだ。

 

(アルベドが先に言ってくれたおかげで、俺も言いやすかった。マジで助かった。しっかし、キレるの早すぎだろ? セバスかルプスレギナだけなら、我慢してくれたかもって感じだが……。(しもべ)的に、人数が増えると沸点が低くなるのか? 同調圧力みたいな感じでさぁ……)

 

 ナザリックに戻ったら、タブラに相談してみるべきかもしれない。

 そう思いつつ、モモンガは隊長格らしい兵士との交渉を開始した。

 

「ああ、兵隊さん。私達に……何か?」

 

「何かと言うか、黒ずくめのお前達こそ何だ? 野盗の類なら白昼堂々、大した度胸だが?」

 

 後方に二十人近い兵を並べているせいか、隊長は強気な物言いを続ける。対するモモンガは「煽るような言い方、止めてくれないかな~。また(しもべ)達が怒るだろ?」と内心で口を尖らせたが、顔に出したりはしない。元の現実(リアル)で営業職だった彼は、出向いた先で暴言を浴びせられることなど日常茶飯事。官憲……この場合は兵士から荒っぽい物言いをされたところで、動揺したり、ましてや怒ったりはしないのである。

 

「私達は冒険者です。王国のエ・ランテル冒険者組合に所属していまして……私はモモン。一応、リーダーを任されています」

 

「ふむ、冒険者証は……本物か」

 

 差し出された冒険者証を一瞥した隊長は、その態度を変えない。

 これから入国するであろう者達に対して、特に愛想良くする必要性を感じなかったし、冒険者証に記載された等級が、モモンガ個人としてはオリハルコン級だったが、チームとしての等級記載が(シルバー)級と下位だったからだ。

 実力者揃いのチーム漆黒が、なぜ銀級止まりなのか。

 これは、モモンガやアルベドが白金級である一方で、茶釜とペロロンチーノの等級が(シルバー)級であることによる。つまり、冒険者のチーム等級は、チームメンバーの最も低い等級が採用されるのだ。

 

「俺と姉ちゃん、帝国じゃ請負人(ワーカー)だったし……。モモンガさん達と合流した後は、そこまで冒険者活動をしてなかったから……」

 

「まあ、これから頑張ればいいのよ……」

 

 茶釜姉弟が顔を見合わせて落ち込んでいる。

 その様子を見ていた弐式は、面の下で苦笑しつつ、二人の前に回り込んだ。

 

「そうそう、これから頑張れば良いんですよ。二人なら高難度の依頼だって、なんてことないでしょ? みんなで頑張れば、全員でアダマンタイト級になるのだって、アッと言う間ですって!」

 

 弐式の言った言葉は、説得力のあるもので、確かにナザリックのギルメンがその気になれば、全員がアダマンタイト級……つまりはチーム漆黒がアダマンタイト級チームになるのも難しくはない。それを成すだけの実力があるからだ。

 弐式の発言でチームの雰囲気が明るくなる。気を良くしたペロロンチーノが軽口を叩いて、茶釜に締められているようだが、それでも雰囲気は明るいままだ。

 

(俺も混ざりたいな~……)

 

 仲間達の和気藹々とした雰囲気を背で感じながら、モモンガは入国手続きに向けての交渉を続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 入国審査を完了し、聖王国へと入ったモモンガ達は、まずは冒険者組合を目指している。

 たっちやウルベルト、そしてモモンガの入国目的からすれば寄り道なのだが、一応、冒険者チームとして行動中なので、組合に顔を出さないと後々面倒なのだ。

 その組合では、入国の報告だけ済ませ、モモンガ達は酒場でたむろする冒険者達から情報収集を行うこととした。ある程度のことは事前にデミウルゴスから聞いているが、ナマの声による情報の新鮮さを重視したのである。

 

「じゃあ、俺が行って来ますね~」

 

 十人規模で座れる円テーブルがないので、隣接した二つのテーブルに分かれ……弐式が席を立つ。向かったのは最寄りのテーブルで酒を飲んでいる冒険者チームだ。

 

「ややや、聖王国の先輩方。ちょいと色々教わりたいんだけど……」

 

 面をまくり上げた弐式が語りかけると、座ったままの冒険者達はジロリと弐式を睨めつけた。

 戦士二人、僧侶一人、魔法詠唱者(マジックキャスター)一人に盗賊が一人。全員男性だが、バランスの良い組み合わせである。

 その中でリーダーらしき戦士……三〇代の男が弐式の呼びかけに反応した。

 

「見ない顔だ。聖王国には来たばかりか? って、後ろに居るのはタチとアレインか……。ここ数日は見かけなかったが、知り合い……いや同じチームなのか? まあいい。ただで聞きたい……とは言わねぇよな?」

 

「もちろんだよ! お姉さ~ん! お酒~っ!」

 

 弐式が女給を呼び寄せ、既にテーブルにあったものより高値の酒を注文すると、冒険者達の機嫌は一気に良くなった。

 

「そうそう、そういう風にしてくれると、俺達も話しやすくなるってもんだ。で? 何が聞きたい?」

 

 ……。

 数分後、聞くだけ聞いた弐式は笑顔で冒険者達と別れ、モモンガ達のテーブルへと戻ってくる。ギルメンだけで座るテーブルで、空いている椅子に腰を下ろした弐式は、肩越しで一瞬だけ冒険者達を見てからモモンガに、そして皆に話しかけた。

 

「概ね、事前の報告どおりです。聖王国……の北部は、聖王女カルカが強気の政策を打ち出してないから、諸々景気が停滞してる感じ。国民の不満は溜まってる……ってさ。聖王女の人柄に関しては、良く思われてるみたいだから不満爆発ってところまでは達してないみたいだけど……。冒険者的には、国の方からアレコレ言われることが多くて、それも不満みたいですね。ただ、少し……」

 

 デミウルゴスから聞いていない情報があると、弐式は言う。

 それが聞こえたらしいデミウルゴスが、隣のテーブルで肩を揺らした……が、今は報告が優先するので、弐式は構わず話し続けた。

 

「城壁の外側で、亜人の動きが活発になってるって話です。これは、あの冒険者の感覚的な感想で、聖王国の上層部は問題視していない雰囲気だとか……。特に軍隊とかを動かしてる雰囲気がないらしいんですよね~……」

 

 本当に冒険者が肌で感じた程度の感想なので、聖王国の上層部は把握すらしていない可能性が高い。

 

「そうですか……」

 

 モモンガは頷いてから、隣のテーブルのデミウルゴスを見る。デミウルゴスは、自分の報告が不充分だったのでは……と汗をかいていたが、モモンガの視線を受けて背筋を伸ばしている。

 

「デミ……ヤルダ的には、どう思ってたんだ? いや、把握はしていたのか?」 

 

 デミウルゴスが裏で動くときの名はヤルダバオト。冒険者として登録した名はヤルダである。その冒険者名で問われたデミウルゴスは、首を横に振った。

 

「把握はしていました。ですが、モモンさん達の実力からすれば、目に見えるギリギリの距離を羽虫が通り過ぎるがごとし……です。例え、全種全氏族の亜人が束になって動いたとしても、お一人で対処できる範囲でしょう」

 

 そういう戦力差なので、デミウルゴスは気にしていなかったのだ。

 この説明を聞いたモモンガ達は、ギルメン同士で顔を見合わせる。

 

「一人で対処……できるんですかね?」

 

「相手の規模が問題だし、どう対処するかによって話は変わりますね」

 

 モモンガの問いかけにウルベルトが答えた。

 人化していて、気障……という言葉が似合う彼は、フッと笑いながら持論を述べていく。

 

「相手方を殲滅する場合。広範囲攻撃のできる私やモモンさん、それにペロンさんなら、何とかなるでしょう。それとて、相手方が逃げずに向かってくればの話ですが。一方で、タチさんやニシキさん、かぜっちさんの場合、大軍を殲滅するには時間がかかるでしょうね。ただ、押し包まれて負けるという展開には誰もならないと思います」

 

 押し包まれたとしても、後衛職なら片っ端から吹き飛ばせば良い。前衛職なら、手近なところから倒せば良いだけだ。それに、(しもべ)達は嫌がる話だろうが、分が悪いと感じたなら後退しても良いのである。

 

「なるほど。俺達にとっては、そんな程度……という事ですか、そして国の上層部にしてみても、今のところは気にする様子でもないと……。そう言えば、タチさんとアレインさんは最近まで、ここで冒険者活動をしていたんでしたっけ? その時は、気になってました?」

 

 モモンガがたっちとウルベルトに聞くと、二人は顔を見合わせてから同時にモモンガを見返した。

 

「いいえ。聖王国の都市外で冒険依頼をこなしていたときは、襲ってきた亜人を倒したりしましたが……。気にするほどの圧力を感じてませんでしたので……」

 

「私もタチさんと同じです。襲ってくる以外だと、少し離れたところで亜人が目についたぐらいですかね」

 

 ならば、やはり問題ないのか……と、モモンガは思う。

 自分達には、脅威や危険という意味での問題がない。

 聖王国としても、軍隊を動かすほどの問題視をしていないし、そもそも知らない可能性が高い。

 ここで聞いただけの、あくまでも一冒険者の感想に過ぎないからだ。

 

(さて、この状況をユグドラシル的に考えた場合は……どうかな?)

 

 少しの異変は、何かの予兆。そんな可能性だってある。

 現にユグドラシル時代のイベントなどでも、プレイヤーの不意を突いてくるものがあった。イベント発生には小さな予兆があるが、それを見過ごし、後日に情報掲示板などで、自分達が未参加に終わったことを知ったときは悔しかったものだ。

 

「……と思うんですが、一応は気に留めておいた方がいいかもしれませんね」

 

 モモンガが意見を述べると、ギルメン達は全員が頷いている。

 亜人がコソコソ動き、それを感じた先に何かが起こるとすれば……最初に思い浮かぶのは、数を集めての襲撃などだ。

 それが発生して欲しいか、そうでないか。

 モモンガ達の場合は、発生して欲しい……ということになる。

 

「こっちの世界に来てから、全力戦闘をしたことってないですからねぇ。大軍に向けて大災厄(グランドカタストロフ)をブッ放してみたいんですよ」

 

「人間の肩だけ持つのはどうかと思いますけど、今は人として冒険者活動中ですしね。亜人が押しかけてくるなら撃退するまでです。私も、次元断切(ワールドブレイク)を試してみたいですしね」

 

 ウルベルトとたっちが乗り気で語り、弐式や茶釜なども同意している。

 そして、それはモモンガとて同じなのだ。

 

(ギルメン複数と大軍を相手に大暴れか~……。うわは~……脳内で変な汁が出てくる感じだ……)

 

 ユグドラシルでの終盤における数年間。

 自分以外のギルメンがほぼ居ないナザリックで、ギルドホーム維持に奮闘していたモモンガ。その彼からすれば、今居るギルメン達と大暴れするのは待ちに待った大イベントなのである。

 

(亜人、攻めてこないかな~……)

 

 そう思ってみるが、亜人には亜人の都合があるはずだ。ナザリック側で小細工して、亜人達が攻めてくるように仕向ける手もあるが、そこまでするつもりはない。それが必要なことだとしたら、ぷにっと萌えやタブラが何か考えるのだろう。

 

「ま、攻めてきたら攻めてきたときのことですよ。注意だけはしておきましょう。さて、組合での用事も済みましたし、首都のホバンス……でしたっけ? そっちに向かいましょうか?」

 

 そう言ってモモンガが話を締めくくった。

 そして、せっかく酒場に入ったのだからと軽食を腹に入れ、その後に酒場を出て行く。

 向かう先はモモンガが言ったとおり、首都ホバンスだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達は、亜人が大挙して押し寄せることを期待した。

 だが、積極的に攻めてくるように働きかけるようなことはしなかったので、期待止まりだ。(しもべ)にだって、ああしろこうしろといった指示は出していない。

 しかし、モモンガやギルメン達にとっては幸運なことに、亜人達にとっては不運なことに、亜人側では戦力が集まりつつある。

 これは、ある事柄が発端だ。

 ここ暫くの間で、各亜人氏族の名のある強者が討ち取られている。それが人間の冒険者によって……しかも、騎士と魔法詠唱者(マジックキャスター)、たった二人の冒険者によって成されたことだからだ。

 各氏族の長……亜人王達は思った。

 幾人もの強者が、引き連れていた手下ごと亡き者にされた。しかも、相手は貧弱な人間がたったの二人。

 このまま何もしないのでは、亜人が舐められるのではないか。いや、他の氏族はいざ知らず、自分の氏族が舐められるのは我慢がならない。

 報復するべきだ。

 ただ、問題の二人を探すのは面倒だし、発見したとしても各氏族が月に一、二度やっている聖王国侵攻の部隊……数十人単位で攻め込む程度では返り討ちに遭う可能性が高い。実際に、幾度も討ち倒されている。

 それに、同じ規模での部隊編制ではインパクトに欠けるのだ。

 何しろ亜人側としては、潰された面子を取り戻したいのだから。

 そこで、さしあたり戦力を掻き集めることとし、標的は聖王国に設定した。

 事の発端である『例の二人』を狙うことは諦めていないが、せっかく亜人戦力を集めるのだから、ここは一つ、一大侵攻を行ってみてはどうだろうか……と考えたのである。

 いくつもの氏族が集結し、勢いに任せて聖王国とやらに押し込んでいき、人間達が慌てて出てきたところを捻りつぶすのだ。それによって確保した『食料』で腹が満ちれば上々。あの忌々しい城壁を突破できれば、なお上出来で、そのまま中に雪崩れ込めれば最高だ。

 そこまでやれば、その内に例の二人も見つかるだろう。

 亜人達は、基本的に人間を下に見ているので、成功した場合の『獲物』や『収穫』について思いを馳せると、後はもう留まることを知らない。最初は近場の氏族同士で話し合っていたのが、複数の亜人王で会合を開くようになり、最終的には数万を超える軍勢の派遣が決定していた。全力で数を集めれば十万に達したろうが、そこまで無理をする気はなく、数万で十分と判断したのである。もっとも亜人一人の強さは、大抵の人間を優越しているので、実質的には人類の軍勢十万に迫る戦力となるのだ。

 そして、その動きはモモンガ達が亜人に興味を示したことで、積極的に亜人の情報を集め出したデミウルゴスの情報網に察知され、軍勢集結が活発になったところでモモンガ達の知るところとなる。

 勿論、モモンガ達は大いに喜ぶこととなるのだった。

 




 今回の捏造ポイント。
1 冒険者チームのランクは、メンバーの最低等級で決まる。
2 亜人の部族単位を氏族にしたこと。
3 元の現実(リアル)でモモンガさんが茶釜さんを意識していた。

 本作限定設定ということで……。
 まあ冒険者のランクに関しては、リーダーだけアダマンタイト級で、他全員が銅級でもアダマンタイトチームになるのかどうか……と悩んだことに寄ります。
 蒼の薔薇は、チーム単位でアダマンタイト級とか言ってますけど、そこに鉄や銅の冒険者が入っても、チームランクはアダマンタイト級のままなのか……とか。チーム全員が同じランクの場合、違うランク冒険者の新規加入は駄目なことになっているのか……とか、いや、そんなわけないだろ……とか。
 悩み抜いた末に、最低ランクのメンバー基準ということにしました。
 なので、合流したギルメンの冒険者活動でのランクが低いままだと、チーム漆黒のランクは低くなります。ワーカーだった茶釜さんとペロロンチーノさんが加入したので、一気にランクが下がり、今は銀等級のチームということに……。
 もっとも、エ・ランテルではモモンやブリジットの実力が知られているので、都市のトップランクとして扱われています。
 モモンガさんが茶釜さんを意識していた件は、身近に居る芸能人で美人ですから。まあ、ちょっとは意識していたんじゃないかな……と。

 今回、、ギルメン会議での『女性会議』をボツにしようかと思ってました。
 茶釜さんの理屈のこね方が、どうもしっくりこなかったもので。書いてると、すぐに話が脱線するし……。
 投稿版も上手くいってるとは言い難いのですが、モモンガハーレムのナザリック勢が同行するようには書けたかな……と思います。


 亜人との戦いについて。
 原作と違ってヤルダバオトが扇動していませんので、氏族連合となって押し寄せる理由がありません。正直、どうやって亜人軍勢とモモンガさん達を戦わせようかと悩んでいましたが、たっち&ウルの転移先が聖王国だったので、彼ら二人の行動が原因ということにしました。
 小さな落石が、崖崩れに繋がる感じですかね~。
 終盤、亜人王達の会話とか入れてみたかったんですが、こっちは、ちょっと余裕がなくて断念しています。

 正直、聖王国編の読み込みが足りないので、亜人王達の登場シーンに関しては原作を読み返すこととなりますが……。
 時間が……。
 次話は、年内に書けるかどうか自信が……ああ、大晦日とか正月に書けば良いのか……。
 
 大まかな戦闘シーンとかは考えていたりしますので、頑張ります。
 そういや最近、サラサラッと書けないんですよね、本文を……。何となく、ぎこちないというか……。
 四六時中、仕事のことを考えてるのが原因かも……。

<誤字報告>
 爆弾さん、バイローフーさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。
 あ、作中のキャラのセリフは話し言葉重視で書いてるので
 そのままにしておくことがあります。


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第99話

 カランカランと音が鳴る。

 これは、リ・エスティーゼ王国王都に位置するヘイグ武器防具店。そこの入口扉が開閉したことで生じた音だ。

 扉の上部には小洒落た鐘が吊られているのだが、音高く入店したのは客……ではなく、店長のヘイグことヘロヘロである。今は人間に形態変化し、漆黒の武道着を着用中。

 そのヘロヘロは、店員であるツアレニーニャ・ベイロン、更にはベルリバー付きのエルフ娘三人による「いらっしゃいませーっ!」の声に顔を緩ませた後、店内へと踏み込んでいく。

 ヘロヘロの人としての見た目は、小太りしたオジサンなので強さを感じさせない。だが、今は単なる人化ではなく異形種化した状態で人に擬態しているため、一〇〇レベルプレイヤーとしての全力戦闘が可能な状態だ。

 その強さがどれ程のものか、一つ例を挙げるとすれば、王国の全戦力を(蒼の薔薇等の冒険者込みで)相手にしても、容易く勝利を得られるほどである。

 

(相手が逃げずに押し寄せ続ける前提だし……。第六位階も使えない人達を捻りつぶして、それが強さの証明になるかというと、微妙ですけどね~……)

 

 ヘロヘロは店内を見回した後、被創造物のNPCであるソリュシャン・イプシロン、そして一組の男女……ロンデスとクレマンティーヌを連れて中へと踏み込んで行った。

 

「……お客さんが居ないじゃないですか。私の店って、流行ってたんじゃなかったですか?」

 

「ヘロ……ヘイグさん。今は飯時だよ~。武器防具の店なんか、覗きに来る人は居ないって……」

 

 奥の方からベルリバーが出てくる。

 苦笑気味の彼は人化中で、仕立ての良い服を着込んだ店員スタイルだ。ウェイブの掛かった髪を切り揃え、少し気むずかしさを感じる面立ちである。

 

「俺んとこのエルフっ()達に小遣い稼ぎしないか……って言うから、なんだと思ってたけど。ヘロヘロさん、メイド服を着せたかっただけじゃないの?」

 

 黙っていれば、法曹関係者と言っても通る容姿のベルリバーだが、その口調は軽く、そして気安い。加えて言えば、ヘロヘロと話している時の目は穏やかで楽しげだ。

 

「はっはっはっはっ!」

 

 ベルリバーから指摘を受けたヘロヘロは、胸を反らして笑う。そして、その笑いをピタリと止めてベルリバーを見返した。

 

「そのとおりです。美人さんはメイド服を着るべきですからね~」

 

「歪みないな~……。まあ、綺麗さだとか可愛さは増してる感じですけどね」

 

 そうベルリバーが呟くと、青髪のデルフィーヌ、金髪のフェリシタス、茶髪のスカーレットは表情を輝かせて、視線を交わし合う。

 ここは転移後世界で彼女らはエルフだが、こうして見ているとメイド服を着た女子大生か女子高生のように見えてしまい、ベルリバーは軽く頭を振って妙な妄想を振り払った。

 

(俺に褒められて、そんなに嬉しいかね~……。……けど、上手く女を口説けたらこんな気分なのか?)

 

 ベルリバーは、元の現実(リアル)において、何か喋って女性を喜ばせたという経験はほとんど無い。だから、小首を傾げながらも悪い気はしなかった。

 

「で、ヘロヘロさん? 何か忘れ物ですか? それとも、店内で店長業務?」

 

 店長が外から戻ってきたのだから、この二択ぐらいだとベルリバーは考える。だが、ヘロヘロは第三の選択肢を口に出した。

 

「いや~、ロンデスの装備を調達しようかと思いまして」

 

 ロンデス・ディ・グランプは、カルネ村を襲撃した件で捕縛された際、武装解除されている。そしてナザリックの手引きにより逃亡したが、その時点では丸腰だった。現在は、モモンガが所有していた甲冑と剣を装備している。それらは総てミスリル製だったが、アイテムボックスの隅で放置されていたゴミアイテムなのだ。

 このような低品質の装備では、ナザリック勢の一員として相応しくない。

 そういった意見が出た中で、ヘロヘロが提案したのである。

 

「俺の店で売ってる良い装備を着せて、宣伝……広告塔にしたいんですけど。どうでしょうか?」

 

 この場合の『良い装備』とは、転移後世界の感覚で言う『良い装備』という意味だ。ただし、未知のプレイヤーの注目を避けるため、材質で言えば、アダマンタイト製が上限となる。このヘロヘロの提案はギルメン会議で可決され、ロンデスにはヘイグ防具店で装備一式を購入して貰うこととなった。

 まず、ロンデスに必要額の金貨や宝石類を渡し、王都のヘイグ防具店に行かせる。その渡した資金で、あらかじめ用意してあった装備一式を購入し……店内で着用したら、玄関から出て行くのだ。

 以後は、冒険者チーム漆黒の一員となって冒険に参加して貰ったり、クレマンティーヌと組んで二人で冒険依頼をこなしたりする。

 

「マッチポンプ……いや、サクラってやつかな? 普段、この店で『ちょっと良い物』しか買わない連中が見たら、頑張って良い物を買おうとするでしょうね。それに、何処で買ったか聞かれたら、この店の名前を出す……か」

 

 ギルメン会議で聞いた内容。それをベルリバーは呟くように確認した。確かに効果がありそうで、ギルメン会議で可決されただけのことはある……と改めて認識する。

 ふとクレマンティーヌを見ると、防具系の装備は漆黒色で、聞けば元々使っていた防具にデザインだけ似せて、ナザリックで新調したらしい。ちなみに総アダマンタイト製。メインの武器は刺突短剣(スティレット)のままだが、ブレインに破壊された後で、総ての刺突短剣(スティレット)が強力なものに更新されている。が、その刺突短剣(スティレット)は最近になって新しいものと交換されていた。

 

「建御雷さんが張り切りましてね~……」

 

 ヘロヘロが語る、当時の建御雷の様子とは次のようなものだ。

 

「クレマンティーヌには、壊れた刺突短剣(スティレット)の代わりで、属性付き刺突短剣(スティレット)を渡してたけどよ! 考えてみたら、壊れた方の刺突短剣(スティレット)って尖った仕様だよな! 魔法を武器に込めて、使ったら再充填!? そんなの属性武器でいいじゃん!? 使っても暫くしたら、魔力が回復するんだし! 俺もそう思ってたさ! でも、面白い! 面白いぜ! パワーアップ込みで再現してやらぁ!」

 

 といった具合で、武器開発魂に火がついたらしい。

 建御雷は、その動機が打倒たっち・みーとはいえ、こと武器開発にかけては自信がある。転移後世界の武器に出来ることが、自作武器で出来ないなど許容できないのだ。

 新刺突短剣(スティレット)の製作に付き合わされたブレインによると、槌を振るう建御雷の両眼が本当に燃えていたそうで、大いにビビったらしい。それを聞いたモモンガ達は「たぶん、たっちさんの『正義降臨』みたいな課金エフェクトだな~……」と乾いた笑みを浮かべたものだ。

 結果、できあがったのは総アダマンタイト製の刺突短剣(スティレット)

 特殊技能(スキル)による硬化処理と、建御雷持ち出しのアイテム効果により、強度と耐久性は、普通にアダマンタイトを加工した場合と比べて実に二倍強。この時点で転移後世界にあっては神器と呼ばれるレベルの代物だが、目玉は魔法の充填機構だ。

 クレマンティーヌが元々持っていた刺突短剣(スティレット)の魔法充填機構を、建御雷は気合いと根性で完全再現。更には充填した魔法とは別に、刺突短剣(スティレット)に属性が付与でき、その属性がデータクリスタルの差し換えによって交換可能なのだ。

 

(つば)元のデータクリスタルを差し換えることで、炎属性にしたり氷属性にしたり……か。で、鋭い氷刃で戦ってると思いきや、突然、切っ先から<火球(ファイアボール)>が飛んできたりするんだな。え? 充填魔法の位階は、第六位階まで? ……こっちの世界だと、もはや超兵器だな~」

 

 呆れたようにベルリバーが言うと、会話で名を出されたクレマンティーヌは腰の刺突短剣(スティレット)に手を当てて笑う。

 

「いやもう、最高です! 壊れた刺突短剣(スティレット)や、前に頂いた属性付き刺突短剣(スティレット)も良かったですけど、今度のは総アダマンタイト製の強化版! それも魔法充填に属性交換付きですから! ベルリバー様の想定された戦い方とか、もう考えただけでゾクゾクしますね!」

 

 言ってるうちに、強者を翻弄する戦いを想像したのか、口の形は耳まで裂けて……。

 

「こら、調子に乗るんじゃない」

 

 斜め後ろで居たロンデスによって、頭頂部をペシンと叩かれることになる。

 かつてのクレマンティーヌであれば、自分よりも弱い相手にこのような事をされたら、いたぶり尽くして惨殺したものだ。だが、相手がロンデスになると対応がガラリと変わる。

 クレマンティーヌは、クラウチング突撃で使用する手甲を左手にはめているが、その手で叩かれた頭を押さえると、頬を膨らませてロンデスを睨んだ。

 

「何よぉ、ロンちゃん。面白おかしい戦闘を妄想したっていいじゃないのさ~」

 

「それを、至高の御方が居る場でするなということだ。ヘロヘロ様、ベルリバー様。どうも、申し訳ないことで……」

 

 同僚の失敗を、会社の遙か上役に向けて謝罪する。

 そのような態度でロンデスが謝るので、ヘロヘロ達は「いえいえ……じゃなかった、いやいや、気にしなくて良いから」と首と手の平を振った。二人にしてみれば、ナザリックNPCらの無上の忠誠には、まだなんとか対応が可能。ユグドラシル・アバターを念頭に置いたロールを行えば良いのだ。しかし、転移後世界の人間が相手となると、つい元の現実(リアル)での対応になりがちである。

 

((つくづく、人の上に立つって事に向いてないな~……))

 

 一方、モモンガやタブラなどは上手くやっている方だと二人は思う。この転移後世界で生きていく以上、いずれはモモンガ達のように振る舞えるようにならなければいけない。

 

(ま、頑張るしかないか……)

 

(しかたないですね~。俺は、ソリュシャンとメイドさん達が居れば満足なんですけどね~……。……メイドさんの増員はウェルカムですけどね!)

 

 意気込みの度合いに差があるものの、ベルリバーとヘロヘロはナザリックのため、そして他のギルメン達に恥をかかせないよう、頑張ることを誓うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「やれやれ、私がお供で()かったんですかね? ユリが居るのに……」

 

 皺が目立つ絣の単衣の着物と羽織を着用し、よれよれの袴履き。そういった服装のぷにっと萌えが、頭のお釜帽を手で押さえつつ言う。下駄履きなので歩くたびにカラコロと鳴って、道行く人々の視線を集めていた。

 そんな彼と共に歩くのは、黒ゴス服に身を包んだ黒髪の少女……やまいこである。

 

「ボクが萌えさんと外出したかったんだから、もちろん()いんだよ~」

 

 今、二人が歩いているのは、リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテル。息抜きの外出を願い出たのはやまいこだが、行き先として近場のエ・ランテルを選択したのは、ギルメン達の承諾が得やすいと考えたからだ。事実、モモンガを決裁権者とする外出承認の申請は、滞りなく決裁が下りていた。ただ、最低でも一人、NPCの随行を条件とされているので、今回はユリ・アルファが選出されている。ちなみに、いつものメイド服姿だ。

 やまいことしては「萌えさんと二人だけの方が良かったな~」と思うのだが、それを口に出すとユリが自害しかねない。三人連れの散策も悪くないか……と自分を納得させ、今に到っていた。

 

「そ~だ! ユリは、お腹すいてない? その辺の屋台で何か買おう!」

 

 明るい口調でやまいこが言う。だが、後方のユリは困り顔で視線を逸らした。

 

「え、ええと……ですね。ボ……私は、飲食等が不要になるアイテムを装備していますので……」

 

「ユリ~? ユリは、そのアイテム……必要ないでしょ?」

 

 やまいこは不満を隠そうとしない。

 ナザリックの(しもべ)は、ほとんどが飲食睡眠不要化のアイテムを所有しており、不眠不休かつ飲まず食わずでの労働を可能としている。だが、やまいこはもちろん、モモンガ達は当該アイテムの使用について良い顔をしなかった。

 ナザリックのギルメンは、元の現実(リアル)では、「有給? なにそれ、美味しいの?」が当然の労働環境であった者が多く、飲食睡眠を排した労働など容認できるはずがないのだ。とはいえ、飲食睡眠不要というアイテム性能が、すこぶる便利である事実は揺らがない。よって、モモンガ達の下した指示は「必要な時以外はアイテム装備から外して、飲食睡眠等は普通に取るようにせよ」というものだ。

 以後、ナザリックの(しもべ)達は、指示を守って活動しているが、今回、ユリは「他の姉妹の手本となるべく、率先してアイテム装備している」とのことらしい。

 やまいこが指摘したとおり、ユリはアンデッドなのでアイテム装備の意味はほぼ無いものの、言い訳としてはスジが通っている。

 

(アンデッドの事情を言わなかったのは、人目があるからかな? 飲食不要のアイテムを持ち出して、遠慮し通す気のようだけど……。やまいこさん、どうするのかな~)

 

 ぷにっと萌えが見守っていると、やまいこは膨れっ面から一転、ニンマリと笑ってユリを見た。

 

「屋台で買い食いするのは決定となりました! 随行のユリも含まれますので、遠慮は認めませ~ん! だよ~! あと、アイテムは外しておくように」

 

「うぐっ……。承知しました……」

 

 一瞬、言い返そうとする素振りを見せたユリだが、相手が相手なので、早々に諦めたらしい。

 

「強権発動ですねぇ……」

 

 ユリが諦めたのを見て、ぷにっと萌えは苦笑する。

 あまりに無体なことを言うのであれば、ギルメンとして苦言を呈するつもりだったが、今のは許容範囲だ。問題は、言われた側のユリがどう感じるかだが……。ぷにっと萌えが確認したところ、これがショックを受けた風でもなく、嬉しそうにアイテムを外す姿が確認できた。

 

(本当は、やまいこさんと食事するのが嬉しいんだろうな~)

 

 ぷにっと萌えは、串焼きの屋台に向けて進路変更したやまいこについて歩きつつ、後方のユリに話しかける。

 

「まあ、創造主の命令なんだから、誰に気兼ねすることなく肩の力を抜いていいんじゃないかな?」

 

「は、はい! ありがとうごいます!」

 

 黒髪を纏めた美人メイドが表情を輝かせ、ぷにっと萌えは頷いた。そして、そのぷにっと萌えを、少し前で歩くやまいこが見つめている。

 

「……なんでしょうか。やまいこさん?」

 

「ユリと交際するなら、ボクの許可が必要だからね?」

 

 キリッとした口調だが、目が笑っているので本気ではないらしい。ぷにっと萌えは肩をすくめてみせた。

 

「その気になったら、許可の申請をしますよ」

 

 その後、屋台で串焼きを購入した三人は、公園まで移動し、ベンチで並んで座ることになる。配席は、やまいこを基準として、右にユリ、左にぷにっと萌えだ。三人を知らない者が見た場合、子連れの夫婦に見えることもあるだろう。もっとも、妻役のユリはメイド服姿なのだが……。

 

「で? 子供役はボクなわけ? 体格や身長差的に納得できるけど、納得いかな~い!」

 

 串の肉をモッキュモッキュ頬張りながら、やまいこが不平を口に出した。これを聞いたぷにっと萌えは「このタレ、けっこういけるな」と思いながら、視線をやまいこに向ける。

 

「じゃあ、位置を変えます? 左から俺、ユリ、やまいこさん。あるいは、ユリ、俺、やまいこさんかな?」

 

 ぷにっと萌えとしては、後者が美人によるサンドイッチ状態で嬉しいのだ。しかし、やまいこは肉を飲み下してから軽く頬を膨らませて言う。

 

「やっぱり、このままでいい。両手に花だもん」

 

「ユリは兎も角、俺も花ですか……」

 

 どういう目で見られているのかと理解に苦しむが、ぷにっと萌えは一串食べ終えたところで話題を変えることにした。

 

「で? やまいこさんは、俺に何か相談があるんですよね?」

 

「うわ……やっぱり、わかっちゃうんだ? さすがは、萌えさん……」

 

 感心するやまいこは、一瞬だけ右隣のユリを見ると、その視線を落とす。

 彼女が、ぷにっと萌えに話したかったこととは、彼に元の現実(リアル)へと戻る意思があるかどうかだ。やまいこ自身はというと、戻るつもりはない。自然環境が綺麗な転移後世界、こんな天国を逃す手はないからだ。

 

(両親は随分前に他界してるし、妹は結婚して家を出てる……。学校の生徒達は気になるけど……アレだね、教職員が体調不良で亡くなるなんて日常茶飯事だし。ボクが居なくなっても代わりは居るか……。……いずれはボクも身体を壊したろうし……うん、心残り無しだね!)

 

 合流済みのギルメン達の中には、タブラのように劣悪な環境下で身体を壊した者が居る。それは、やまいこのような教職者であっても例外ではない。更に言えば、多数の教え子を抱えていることで心労も上乗せになるため、激務と言っても過言ではないのだ。

 

(そう、ボク自身の方針は決定してる。この世界に残留だよ。あとは……萌えさんが残ってくれたら……ねえ。……萌えさん次第、なのかな~……)

 

 ぷにっと萌え。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』における軍師的立ち位置の男だ。敵対者に勝利するための効率的な作戦立案は、他のギルメンを遠く突き放して高みに達している。もちろん、ユグドラシル等のゲーム以外……現実(リアル)でも、その知謀は大いに役立っていた。そんな彼を、やまいこは「知的な男性」として認識……意識していたのである。

 ちなみに、ギルド内での知的な男性と言えば、他にタブラ、死獣天朱雀、ウルベルト等が居た。が、やまいこが意識していたのは、ぷにっと萌えのみだ。

 

(タブラさんとは趣味が合わないし、ウルベルトさんの悪乗りは学校の教え子を見てるみたいだし……。朱雀さんは……朱雀さんの歳が上に離れすぎだし……)

 

 人柄で言えばモモンガなども良かったが、彼に関しては茶釜が意識していたので、やまいこはモモンガを『恋愛対象外』の異性としている。

 

 ゆえに、ぷにっと萌えなのだ。

 彼のことを思うと、胸が高鳴るし頬も熱くなる。可愛いモノを抱きしめる感覚で、ぷにっと萌えにハグしたくなるのを、根性で堪えている状態だ。

 これは間違いなく恋。

 少なくとも、やまいこ自身はそう判断している。

 その想いの強さがどの程度かと言うと、前述したように、転移後世界での残留か元の現実(リアル)への帰還について、ぷにっと萌え次第で方針転換しようと考えているぐらいなのだ。直近のギルメン会議では、残留か帰還の意思決定について保留としていたが、その保留した理由がここにあった。

 

(この世界は、本当に凄くて素敵だけど……。でも、萌えさんが居ないのは寂しすぎるし……)

 

「萌えさんは、さ……」

 

 やまいこは、ぷにっと萌えから目をそらせつつ問いかけた。両手はベンチに突いて、足をブラブラさせているので、見た目どおりの幼い仕草となっている。

 

「元の現実(リアル)だけど、戻りたいと思う?」

 

「思いませんね」

 

 即答。

 瞬間、やまいこは笑み崩れ、その脳内では数十発の花火が打ち上げられていた。

 

「そ、そぅなのぉ!? ほんとにぃ!?」

 

「ふぇ!? え、ええ、こっちに残りますが……」

 

 やまいこの声が裏返る。そのテンションに驚くぷにっと萌えは、やまいこの反対側に上体を反らしつつ答えた。

 

「直近のギルメン会議では保留って言いましたけど、俺的には、転移後世界について様子見したかっただけでして……。元の現実(リアル)に戻る理由は、これがほとんどないんですよね~……。こっちの世界の方がメリット大きいし……」

 

 元の現実(リアル)における成人の大抵がそうなのだが、ぷにっと萌えの両親は既に他界しており、未婚の彼には家族と呼べるものがない。仕事は楽しかったが体力……体調的にキツかったし、長続きしないであろう事も予測できていた。となれば、身体生命を蝕む常時発動デバフ……劣悪な自然環境がある元の現実(リアル)より、転移後世界を選ぶのは当然と言えた。

 

「良がっだ……」

 

「はっ?」

 

 突然、やまいこが涙声を発したので、ぷにっと萌えは変な声を出す。戸惑いで染まった顔を向ける彼に対し、やまいこは一度俯いてから空を仰ぎ見た。

 

「良かったよぉおおおお! ふぇええええええ! ボクも、こっちに残るぅ~~!」

 

「ちょ、な!? なんで泣くんですか!? はわわ……。ゆ、ユリ!? やまいこさんを何とか……」 

 

 こういう時の対処は、同じ女性へ投げるに限る。そう判断し、やまいこの向こうで座るユリに呼びかけるも……ユリはユリで涙していた。

 

(やまいこ様が、やまいこ様が残ってくださる! こんな素晴らしいことって……)

 

 やまいこがナザリックに帰還してから今日まで、ユリは「この世界は素晴らしいよね! 気に入ったよ!」や「こんな天国みたいな世界なら、ずっと居たいよね!」といった言葉は聞かされていた。だが、やまいこがギルメン会議では、残留意思について保留としていたことも知っていた。ユリは恐ろしかったのだ。残ると断言しない創造主が、再び姿を隠すのではないかと……。

 

(でも、今の会話で理解できたわ。やまいこ様は、ぷにっと萌え様を慕われてる。ナザリックに残るかどうかは……ぷにっと萌え様次第だったのね……)

 

 ユリとしては、危ないところだったのかもしれない。

 ぷにっと萌えが元の現実(リアル)とやらに戻ると言えば、やまいこは彼について行っただろう。そのとき、ユリの同行が可能かどうか……。

 

(無理ね。だって昔、至高の御方達が仰ってたもの。『うちの子を連れ出せたら』『無理でしょ?』って……。だから、ボクは『モトノリアル』にはついて行けない。だから、だから、本当に良かったよぉおおおお! ふぇええええええ!)

 

 創造主とほぼ同じ泣き方であるが、声には出さない。俯いて、ただただ涙する。

 声をあげて泣くやまいこと、声を殺して泣くユリ。

 その二人と同じベンチで座るぷにっと萌えは……激しく狼狽していた。

 

「あの、ちょっと、何と言うか……二人とも? お願いだから泣きやんで……」

 

 場所は午前中の公園。働く男性などは見かけないが、子連れの女性や老人達が居て、ぷにっと萌え達に視線を向けている。その視線の意味するところは「あの人、女の子と女の人を泣かせて何してんの?」といったものがほとんどだ。子連れの母親からは「しっ! 見ては駄目よ!」という言葉が聞こえ、ぷにっと萌えの心を大いに切り刻んでいる。

 

(だ、誰か助けて! も、モモンガさーーーーん!)

 

 慌てるあまり、<伝言(メッセージ)>を使うことすら忘れている姿は、知恵者だ軍師だと言われている普段のイメージからほど遠い。結局、住民の通報によってエ・ランテルの兵士隊が呼ばれ、その場で事情聴取をされることとなる。

 

「いや、あの! 俺が何かしたわけじゃなくてですね!?」

 

 上手く説明できないぷにっと萌えが解放されたのは、騒ぎを聞きつけた冒険者チーム漆黒のメンバー……実際は、エ・ランテル配備の影の悪魔(シャドウ・デーモン)から連絡を受けて、<転移門(ゲート)>で様子を見に来たモモンガが到着してからのことだ。

 後日、モモンガは「あんなに慌てたぷにっと萌えさんを見たのは初めてですよ。駆けつけたのがタブラさんだったら撮影してたでしょうね。ええ、絶対に」と語っている。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「というわけで、ぷにっと萌えさんとやまいこさんは……仲がよろしいようです。それと、お二人とも転移後世界に残留決定ということで!」

 

 <転移門(ゲート)>で戻ってきたモモンガがイイ笑顔で説明すると、馬車の車内は「おお~」という声で満たされた。これが異形種化していたら禍々しい絵面だったろうが、今は全員が人化中である。ほとんどのギルメンは「残留決定万歳! それにしても意外な組み合わせだ!」と思うものの、祝福する気持ちは皆同じである。そして、『ほとんど』に含まれない茶釜は「やまちゃん、頑張ったわね~」と頷いていた。

 

「おや? 茶釜さんは、やまいこさん達の件について知ってたんですか?」 

 

 たっち相手では神経質そうな表情を崩さないウルベルトが、柔らかい口調で茶釜に話しかけた。彼は悪魔ロールで丁寧な喋り方をすることが多いのだが、今は素の柔らかい口調である。これに対し、茶釜はユリ・アルファの元ネタとなった端正な顔をほころばせると機嫌良く頷いた。

 

「まぁね~。やまちゃんが合流した後は、色々と二人で相談してたし~」

 

 ガールズトークか……。

 そういった感想をモモンガ達は持っていたが、口に出すようなことはしない。

 事は女性ギルメンの恋愛がらみ。茶釜の前で妙なことを口走るわけにはいかないのだ。

 

「う、うう~ん、異国の車窓~。……事前に、デミウルゴスから教えて貰ってたけど、全体的に質素な街並みだね~……」

 

 ペロロンチーノが話題を変えにかかる。

 多少苦しいが、モモンガ達は応援する眼差しを彼に向けていた。

 現在、モモンガ達は国境を越えて手近な都市に入り、その大通りを移動中である。馬車二台(アルベドとセバスが張り切って用意した豪華仕様)での移動であり、ギルメンと(しもべ)で分乗していた。

 先行する馬車に乗るのがギルメン組となり、前側座席ではモモンガを挟んで彼の左にウルベルト、右側にたっち・みー。向かって後席、モモンガから見て右斜め前に茶釜、その茶釜の隣……左前にペロロンチーノが居て、馬車の窓から外を見ているといった状況だ。弐式炎雷に関しては、御者役の人化した魔物と共に、御者席で座っている。

 

「俺は、探索役で忍者だから! 外で警戒に当たらなくて如何するってことですよ~」

 

 と、ノリノリで宣言して御者席に腰を下ろしており、二台目の馬車に乗り込もうとしていた僕達が「至高の御方に、そのような雑事を!」と説得しても耳を貸さなかった。

 もっとも、モモンガ達としては「弐式さんらしい」と苦笑しつつ、弐式の好きなようにさせている。

 モモンガ達が乗る車内は、空間拡張の仕掛けが施されているので、全員が異形種化したとしても、ゆったりさが損なわれることはない。実に快適だ。

 ともあれ、話題を変える意図をもあってペロロンチーノが聖王国について語り出すと、皆が彼に注目する。

 

「ローブル聖王国って、国の名前に『聖』の一文字が入ってますから、実際に見るまでは神聖さでキラキラした国のようなイメージがあったんですけど。それって、どっちかと言えばスレイン法国のイメージなんですね~」

 

 このペロロンチーノのコメントに対し、たっち・みーが反応した。

 

「いや、ペロロンチーノさん。聖王国には事情があるんですよ」

 

 聖王国も、本当ならばスレイン法国のようにしたかった。だが、こちらは亜人が押しかけてくる頻度が高く、国力に余裕がない。街並みを飾り立てて神聖さを醸し出す……とはいかないのだ。

 

「南部の方は少し危険度が低く、貴族達が無駄に金を使って見栄えを良くしてるようですが……。私達が今居る北部は、聖王女様が割ときっちりしてるようですね。最近は、私とウルベルトさんで亜人を撃退してましたから……。私達が来る前よりは、雰囲気が明るいと思うんです」

 

「国軍や冒険者じゃ手こずる規模を、私達二人で蹴散らしてましたからね~。まあ、主にたっちさんが活躍してたんですけどね。外に出す情報を絞りたかったので、十位階魔法とか使えなかったわけですけどね。ええ、発散できませんでしたとも!」

 

 モモンガを間に置き、たっちとは反対側で座るウルベルトが口を尖らせる。

 それで一瞬、二人の雰囲気が悪化しかけた。が、すかさずモモンガが口を挟む。

 

「まあまあ、亜人が消えてなくなったわけではないですし、きっと、また押し寄せてきますよ。そうなったら、ウルベルトさんも大暴れできるんじゃないですか? <大災厄(グランドカタストロフ)>の出番は……ないかもですけど」

 

「ああ、<大災厄(グランドカタストロフ)>ね~。私もね、こうドカンと一発ブチかまして、デミウルゴスに良いところを見せたいんですけどね~……。実行したら目立つこと極大なので、ちょっと難しいですよね~……。ここは我慢か~……」

 

 とウルベルトは言い、困ったように苦笑した。

 それを聞いたギルメンらの感想は、「あのウルベルトさんが、暫く見ないうちに大人に……げふんごふん……ええと、器が大きくなってる?」というものだったが、続くウルベルトの発言で「やっぱり、変わらないな~……」となる。

 

「ま、いずれは<大災厄(グランドカタストロフ)>してやりますけどね! あ~……マジで亜人達が大挙して押し寄せないかな~……。デミウルゴスに言ったら、そんな感じで煽動してくれたりしないかな~……」 

 

「ウルベルトさん。それをデミウルゴスに言うときは、ギルメン会議を通してくださいね?」

 

 モモンガの釘刺しに対し、ウルベルトは「は~い」と返事したが、それを信用する者はモモンガを含めて車内に存在しない。

 責任はウルベルトが持つのだろうが、遠回しな物言いでデミウルゴスを唆すのが目に見えているため、モモンガ達は視線で語り合った。

 

(茶釜さん、もっと念入りに言い聞かせておくべきでしょうか?)

 

(駄目よ~、モモンガさ~ん。ウルベルトさんが引っ込むわけないもん)

 

(姉ちゃんが言っても、どうにかして実現させそうだもんね~)

 

(私が言うと、ウルベルトさん的には逆効果ですかねぇ……)

 

 最後にたっちが溜息をつく。まさしくそのとおりで、彼が口出しするとウルベルトのやる気が燃え上がることだろう。

 結局、ウルベルトも考えなしに大魔法を使うわけじゃないだろうし、<大災厄(グランドカタストロフ)>を使おうとしたら、余程のことでもない限りは放置しておこうと決定された。もっとも、そこまでの意思決定が成されたのは、馬車を降りて暫くたった後のことで、他のギルメンに対しては、モモンガが<伝言(メッセージ)>を飛ばすことで了承を得ている。

 ともあれ、次に亜人が押し寄せてきたら、高い確率で<大災厄(グランドカタストロフ)>が発動することとなった。モモンガ達は「ひどいことになるだろうな~……亜人達が……」と思ったが、それでウルベルトの機嫌が良くなるなら構わないと判断している。

 

「こちら、御者席の弐式。目つきの鋭いおっちゃんが、こっちに向かって走ってきてます。聖王国の軍装で……。ああ、この馬車、豪華すぎで目立ってるから……単なる誰何(すいか)かな?」

 

 弐式の声が車内で聞こえた。

 魔法の<伝言(メッセージ)>ではないので、彼が言うところの『忍者特殊技能(スキル)』なのだろう。モモンガ達は顔を見合わせたが、弐式が『おっちゃん』という表現を使用しているので、敵襲ではないと判断する。そして、軍人による誰何……何者か問いただすこと……だと弐式が判断したなら、おそらくそうなのだろうと考えた。

 

「モモンガさん? 止まれと言われたら、止まってもいいですか?」

 

「……はい、そのようにしてください」

 

 ギルメン達の表情を確認したモモンガが返事をすると、外から男の声が聞こえてきた。

 

「お~い! そこの豪華な馬車、止まってくれ! 何処(いずこ)かの国の貴族様か、大商人殿だろうか? 場合によっては護衛をつけるぞ!」 

 

 貴族であるなら、入国時に伝令が走る。

 モモンガ達は入国時に「このアインズ・ウール・ゴウンは王国の貴族だ」とは言わなかったので、伝令は出ていないはずだ。そのため、商人の馬車か……とも考えたようだが、商人扱いだとしたら、わざわざ呼び止めるだろうか。やはり、貴族だと思われているのかもしれない。

 

(あ、俺って、リ・エスティーゼ王国の辺境侯だから貴族でいいのか……。そう言っておけば良かったかな?)

 

 一瞬、そう考えたモモンガであるが、今回の聖王国行きで王国貴族として行動した場合、王国に対しては届け出が必要になっただろうと思い当たる。デミウルゴス辺りに任せて処理しても良かったが……それを考えただけで、面倒だなと思ってしまった。

 

(冒険者として動く方が気楽だしな~……)

 

「しかし、やはり馬車の見た目が問題か~……。(しもべ)達に押し負けないで、大人しめのデザインのにしておけば良かったな……」

 

 そうモモンガがぼやいている間に、両脇で座るたっちとウルベルトが腰を浮かせ、窓を覗き込んだ。声は左側から聞こえたので、ウルベルトは上体を傾けるだけで視認できたが、左側車窓までの間にウルベルトとモモンガが居るたっちは、席を立つこととなる。

 最初に外を確認して声を発したのは、ウルベルトだ。

 

「ああ、モモンガさん。知ってる顔です。……ええと、あの暗殺者みたいな目つきは……誰だっけ? バベル・パラハさん?」

 

「ウルベルトさん……。兵士長のパベル・バラハさんですよ。名前を間違えて覚えてるじゃないですか。彼は聖王国九色の一色で……色は黒だったかな? おっと、娘さんのネイアちゃんも居るか……。相変わらず、二人揃って目つきが怖いな~……遺伝って凄い……」

 

 座ったまま首を傾げるウルベルトの前で、たっちが呆れたような声を出す。バラハ親子の名誉のために補足すると、呆れたのはウルベルトの物言いと記憶力にであって、バラハ親子の目つきのことではない。

 

「ふふん。人間ごときの名など、いちいち覚えてませんよ」

 

「はいはい、私と違って二回しか会ってないですしね。悪魔ロールで誤魔化さなくていいです。まったく……。モモンガさん? 知人なので、私が対応していいですか?」

 

 ウルベルトの「なんで、俺が会った回数まで覚えてんだよ! きも!」という言葉を無視しながら、たっちが自分を指差して言う。モモンガは二人のやりとりに苦笑していたが、たっちに頷いてみせた。

 

「知人ということでしたら、お願いします」

 

 このように、極自然にモモンガが許可を出す流れとなっているが、モモンガの役職はギルド長のままなので、問題はない。そもそも、ギルメン達はモモンガを慕って集まっているので、何か行動に移るとき……そこにモモンガが居たら、彼に相談して許可を得ることが定着していた。

 

(さっきの弐式さんもだけど、俺の許可とか、いちいち必要なのかぁ? ただの対人対応だろ? ギルドの運営のこととかなら、ともかくさ~……。でも、こういう小人数で行動するときに俺が居たら、俺がリーダーって事になるのか? 俺的には、その都度リーダーとか決めて欲しいんだけどな~……)

 

 ギルド長としての役割やロールもあり、特に問題ないと判断した上で、場の雰囲気を壊さないよう許可を出したわけだが、モモンガは「ふ~ん?」と唸りつつ首を傾げている。

 そんな彼を、車内のギルメン達はホッコリした面持ちで見つめるのだった。

 




 前回の投稿から、随分と間隔が開きまして……申し訳なし。
 武器防具店のベルリバーさんとエルフ娘らをもうちょっと書き込みたかったけど、そのうち書き足すかもです。
 
 今回、リ・エスティーゼ王国王都でのベルリバー&ヘロヘロ、ロンデス&クレマンティーヌ、エルフ三人娘。
 エ・ランテルでの、ぷにっと萌え&やまいことユリ。
 聖王国での、モモンガ、たっち・みー、ウルベルト、ペロロンチーノ、茶釜、弐式が登場しています。あと、バラハパパも。
 名前だけなら、建御雷とブレイン、アルベドとタブラもか~。
 多いですね~……。
 馬車二両目に乗ってる(しもべ)組は、次回ですかね~。

 建御雷さんの目が燃えてたのは、大リーグボールを投げる感じのアレです。
 クレマンとロンデスの新装備が活躍するシーンは、特に予定がありません。

 やまいこさんと萌えさんをカップリングしてみました。
 志@けん風の金田@耕助が、見た目中学生ぐらいの少女と……。

 ペロロン「これは事案! 事案ですよ!」

 とか入れようかと思ったのですが、やまいこさんの実際の(おおまかな)年齢はペロロンチーノさんは知ってるでしょうし、自分の隣に茶釜さんが座ってますから。そこは控える感じで……。

 次回は、聖王国三人娘の登場まで行くかな?

 そして、いつ頃の投稿になるやら……。
 気長にお待ちくださいませ。


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第100話

 モモンガ達の馬車に続く、二台目の馬車。

 その馬車には、聖王国行きの随行として選ばれたNPC達が乗り込んでいた。

 車内では、アルベドが『女戦士ブリジット』として、ナーベラルが『女忍者ナーベ』として座っている。加えてデミウルゴスも、漆黒版スーツ着用と、普段とは違う姿だ。一方、セバスとルプスレギナに関しては、いつもの執事服と神官風メイド服のままとなっていた。これは、冒険者チーム漆黒の一員として、服装を黒色で統一しているが、セバスとルプスレギナは元より仕事衣装が黒多めであるからだ。この理由では、ナーベラルもメイド服で良いのだが、彼女が忍者服を着ているのは弐式の指示である。

 車内におけるNPCの配置は、前席で進行側に向けて左から、セバス、ルプスレギナ、ナーベラルで、後席の左からアルベド、少し離れて右扉付近でデミウルゴスが座っている。

 この配席には一応の基準があり、セバスと戦闘メイド(プレアデス)、守護者統括アルベドと第七階層守護者デミウルゴスというものだ。要するに、使用人組と守護者組……所属別で分かれている。

 ただし、車内の者達には別の思惑があって、その思惑とは普段から仲の悪いデミウルゴスとセバスを、向かい合わせや隣同士で座らせないというものだった。

 

(無用の諍いを避けたいから、なるべく離れて座って貰ったのだけど……)

 

 ブリジットとしてハーフヘルムを着用するアルベドは、露出した口をへの字に曲げる。彼女の正面で座るセバスは、普段の落ち着いた表情に見える……が、付き合いの長さから顰めっ面であるのは把握できていた。

 一方、アルベドの右方で座るデミウルゴスは、こちらも普段と変わらぬ薄笑いを浮かべているが、こちらも付き合いの長さからイラッと来ているのが感じ取れる。

 アルベドはウンザリしつつ、残りの二人、ルプスレギナとナーベラルに視線を転じた。これは二人に救いを求めたのではなく、様子を確認しただけだ。

 ルプスレギナはアルベドの視線に対し、困り顔の苦笑で応え、ナーベラルは視線には気づかない様子でガチガチに緊張している。

 

(ルプスレギナ以外は全員が上位者だから、ナーベラルもあてにできない。となれば、やはり(わたくし)が口を出すべきね)

 

 セバス、デミウルゴス。その刺々しい空気をどうにかしなさい。すぐ前の馬車には至高の御方がいらっしゃるのよ。

 これはアルベドの台詞だが、それが声として発せられる前にセバスが発言した。

 

「デミウルゴス様。今回の(しもべ)の護衛随行にあたって、デミウルゴス様のみ、随行を熱望されたとか?」

 

 セバスは両膝に手を乗せ、背筋を伸ばしている。一分の隙もない執事のように見えるが、デミウルゴスに向けられる視線はキツい。口調も詰問風なため、かなりの圧力が発生しているが……これをデミウルゴスは薄ら笑いのまま受け流した。

 

「確かにそうだね。ええと、君は、たっち・みー様が、ナーベラルは弐式炎雷様が、アルベドとルプスレギナはアインズ様が随行者を決めたのだけど。私の場合は、ウルベルト様が随行者を選定する前に、私が熱望した。けれど、それがどうかしたのかね? 君に何か関係でも?」

 

(しもべ)が至高の御方に対して熱望をするのは、如何なものかと思っただけですが……」

 

 ナザリックの(しもべ)が……この場合は、車内のアルベド達が聞くと、一瞬、セバスの言葉に頷いてしまう。だが、普段のアウラやシャルティアなどが至高の御方に対して『熱望』している事例を思い出し、首を傾げてしまうのだ。

 

(アウラやシャルティアに対して、至高の御方達が叱責しないのだから……そういうときは許されていると思うべきよね?)

 

 黙って様子を見守るアルベドは、頭の中でそう思っている。

 そもそも、今回のデミウルゴスの『熱望』先は、ウルベルトでありモモンガだ。その二人共が了承しているのだから、セバスは言いがかりを付けているとしか思えない。

 さて、デミウルゴスはどう出るか……と車内の注目が集まる中、デミウルゴスは右手の中指で眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。

 

「ああ、それならば問題ありません。私が熱望したお相手は、ウルベルト・アレイン・オードル様です。そのウルベルト様も、ギルド長のアインズ(モモンガ)様から許可を得ているので、何ら問題はありません」

 

 至極、真っ当な反論である。

 対するセバスは、「むむ……」と唸った後に黙り込んでしまった。

 どうやら、感情的にケチを付けただけのようだ。

 そして、この話題はこれで終わってしまう。

 セバスの感じた憤りは皆が理解できていたし、デミウルゴスの説明に反論の余地がないことも又理解できていたからだ。だが、普段から不仲の二人が一度衝突したことで、車内の空気は一気に悪いものとなる。

 ぎすぎすした空気が蔓延したのだ。

 そして、それは先程、アルベドが苦言を呈しそびれた時よりも酷くなっている。

 呆れ果てたアルベドは無視を決め込んだが、ルプスレギナとナーベラルは上位者二名の醸し出す緊張感に、胃の痛い思いを強いられていた。

 ローブル聖王国の北部領王城までは距離があるため、戦闘メイド(プレアデス)らの苦難の時間はまだ続くように思えたが……ここで馬車が停止する。

 聖王国兵士長、パベル・バラハが先頭車を止めたことで、(しもべ)達の乗る馬車も停車したのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いやあ、門兵からの伝令で、随分と豪華な馬車が通過したと聞いてな。様子を見に来たんだが……。まさか、タチ(たっち)アレイン(ウルベルト)が乗った馬車だったとは!」

 

 そう言ってパベルがギラリと笑う。

 本人はニヤリと笑ったつもりだろうが、パベルの眼光が『凶』の方向に鋭すぎるため、モモンガ達には笑みよりも目つきの方が気になったのだ。

 なお、パベルへの応対は先に降車したたっちとウルベルトが行っており、モモンガ達は歩道寄りで停車した馬車……その左側扉から覗き見している。

 

「ああ、パベルさん。ご無沙汰しています。王国で仲間と合流できましてね。その報告に戻って来たところなんです」

 

 溌剌とした声でたっちが喋っているが、今のところ鬱な気分にはなっていないらしい。

 隣で立つウルベルトが思うに、モモンガ達との合流、そして制作NPCであるセバスとの再会が、どうやらたっちには良い影響を与えたようだ。

 

「タチが、レメディオスさんに会いたいと言って聞きませんでしてね。いやはや、困ったものですよ」

 

 ボソッとウルベルトが言い、たっちが「だだをこねる感じでは言ってないでしょ!?」と反論すると、パベルが胸を反らして大笑(たいしょう)した。少し顔が上向き、目は開かれたままたっち達を見ている。正直言って、かなり怖い。

 たっちとウルベルトが我知らず身を寄せ合ったところで、パベルは咳払いをした。

 

「いや、失敬。二人は冒険者活動中も、仲が悪いことで有名だったからな。変わらず仲が悪いことで結構……ん? これは言い回しがおかしいか? それはそうと、二人だけで戻って来たのか?」

 

 そう質問されたたっちとウルベルトは、顔を見合わせる。そして二人で馬車を振り返った後、たっちが説明を始めた。

 

「いえ、王国で合流した仲間が、聖王国には行ったことがないと言うので、ギルマ……リーダーの他、三人ほど連れてきました」

 

「ほぅ、リーダー? 俺は、てっきりタチかアレインがリーダーだと思っていたが……」

 

 この一連の会話は馬車内でも聞き取れており、モモンガは「そうですよ! バラハさんとかいう人! もっと言ってやってください!」と小声で、パベルに声援を送っている。だが、そんなモモンガの声援を、たっちの朗らかな声が打ち砕いた。

 

「いやあ~。今のリーダーの手腕は、私なんかより素晴らしいですから!」

 

「ぐはっ!?」

 

 モモンガは両拳を握りしめたまま固まり、茶釜とペロロンチーノは、ヒビが入って崩れ落ちる骨格標本を幻視する。

 

(「今のモモちゃん、人化してるのに……大変な幻覚を見てしまったわ~」)

 

(「モモンガさんの外堀がどんどん埋まってくよね~。元々、堀なんてないんだけど。でもさ……」)

 

 ペロロンチーノは、モモンガが本気でリーダー……ギルド長交代を願っているようには思えなかった。それを姉の茶釜に言うと、茶釜も苦笑しながら頷いている。

 

(「たっち・みーさんがギルド長をしてる姿を見たい! って思いはあるんでしょうけどね~。でも、引き受けた責任から逃げるようなモモンガさんじゃないし。軽くだだをこねて、それが上手く行かなくてへこむところまでを楽しんでるんじゃないの?」)

 

(「あ~……姉ちゃん。それ、ありえるっぽい!」)

 

 茶釜姉弟が囁きあう一方、馬車の外ではたっち達がパベルとの会話を続けていた。

 

「そもそも、私なんてリーダーの器じゃないですね」

 

「そのとおり!」

 

「ウル、アレインさん。うるさい……」

 

 またも二人は睨み合うこととなるが、パベルがマアマアと取りなすことで険悪な雰囲気が霧散する。これはパベルが仲裁慣れしているということではなく、禍々しい目つきで笑いかけられると、たっちらとしては身体が固まるのだ。

 一瞬、息が詰まる中、たっちより先に再起動したウルベルトがパベルに話しかける。

 

「そういや、パベルさんって、この辺りの配属でしたっけ?」

 

「違うぞ? 今日は……と言うか、数日ほど休みを取っててな。溜まった休暇を消化しつつ、娘のネイアと買い物デート中! というわけだ」

 

「お父さん……。そういうの恥ずかしいから、やめて……」

 

 小声で抗議するネイアが、パベルの袖を掴んで引くも、父親のテンションは天井知らずで上昇していく。

 

「年頃になった愛娘とデート! 男冥利に尽きるってもんじゃないか? ええっ?」

 

「まったくもって、そのとおりです!」

 

 たっちが力強く同意した。しかし、すぐに萎れるがごとく脱力する。

 

「私も、そうだった頃がありましてね~……。けど、なかなか家に帰らないからって……じゃあ、どうしろってんだよ……。養っていけないだろ? 人手も少なかったから休めないし。ふざけや……」

 

 どんどん雰囲気が黒化していくたっちを前に、今度はパベルがおののく。

 

「お、おい、アレイン? タチは、いったいどうしたんだ? 何かあったのか?」

 

「え? いや、その、家庭的な事情がですね……」

 

 たっちの離婚事情は個人情報に関わることなので、自分が説明して良いか判断できない。ウルベルトは短く、ボカした説明をするのだが、それでパベルは察したようだ。

 

「そうか……。気をしっかり持つように……としか言えんな。俺で良ければ、愚痴ぐらいは聞くぞ? タチ?」

 

「ハア……はい。機会があれば……。ところで、ネイアちゃんは訓練兵……でしたっけ?」

 

 完全に気が晴れたわけではないが、幾分か気を取り直したたっちは話題を変える。

 パベル・バラハの娘……ネイア・バラハは、たっちが言ったとおり訓練兵だ。聖騎士志望ということも聞いている。ただし、たっちが見たところでは、彼女に剣を扱う才能はない。

 

(職業の特殊技能(スキル)の反応だけじゃなくて、元の現実(リアル)での訓練経験からしても、ネイアちゃんは向いてないように思うんだよな~……)

 

 魔法が存在する転移後世界の人間に対し、魔法のない元の現実(リアル)感覚で見ても、才能が欠けているように見えるのだ。この才能のなさは相当なものだと言える。

 

(そもそも、ネイアちゃんって弓士向きじゃないかな? 九色に選ばれるぐらい強い弓士の、パベルさんの娘なんだし……。普通に考えると、弓士の方向に進んだ方が良いと思うんだけど……)

 

 父親が凄い弓士と言うことは、凄い指導者と同居しているということでもある。その恵まれた環境を活かすべきではないか。

 そう思うたっちだが、ネイアの聖騎士への志望動機が家庭内事情によるものなら、自分が口出しするべきではないだろうとも考えている。しかし、一度気になってしまった以上、関係者二人が目の前に居るので意識から消えてくれない。更に言えばたっちは、さっきパベルから聞かされた『父親が娘と仲良くする』関連の話題を再開したくなかった。

 

(また、鬱になりそうだし! もういいや、聞いちゃえ!)

 

 たっちは「ふむ、そうだが?」と言ったまま、たっちの反応を待っていたパベルに質問する。

 ネイアちゃんは、弓士の才能があるんじゃないですか……と。

 聖騎士に向いてないのでは……と聞かないのは、聖騎士志望のネイアに配慮したからだ。

 この質問を聞いたパベルは、困り顔で鼻の頭を指で掻き、ネイアはプイと顔を逸らした。

 

「いや、なんだ、俺が見ても剣の才能は無いし、弓使い向きだから……。止めておけとは言ってるんだけどな~……な?」

 

「そんなの、私の勝手だもん……」

 

 他人の前で自分の我が儘を話され、ネイアは機嫌を損ねている。

 たっちとパベルは顔を見合わせて苦笑したが、ここでウルベルトが人差し指を立てた。

 

「路駐した馬車前での立ち話も何ですし。近場の酒場か何かにでも入りませんか? それに今日は、うちのギ……リーダーも居ますから……。そうそう! チーム漆黒、随一の弓使いも居るんですよ。これは何か、相談に乗れるかも知れませんし……ね?」

 

 ウルベルトの本音としては、立ち話が面倒になっていたし、顔見知りが悩みを抱えていることと、それに連動してたっちが情緒不安定になっているのが気になっていた。

 

(パベルさん達の悩み。これを解決できる方向で話を進められたら、たっちの奴も少しはマシになるか? 一石二鳥ってやつ?)

 

 と言った具合でアイデアを思いつき、別所での悩み相談を行う提案をしたのである。

 なんで俺が、たっちのために知恵を絞らなくちゃいけないんだ……という思いはあったが、たっちの鬱が悪化して暴走でもしたら被害は甚大。そのことを思うとギルメンとしての手助けは必要か……といった具合で、自分を納得させていた。

 一方、パベルとしてはネイアの機嫌の問題上、この話題を打ち切りたかったが、アレイン(ウルベルト)の言うとおり、今の自分達は通行の邪魔だと判断する。

 その後、話し合いが行われ、パベルが冒険者組合への移動を提案した。そこなら大人数で話し合っても他人の迷惑にはならないと考えたのだ。なお、馬車は都市の駐留兵の詰所で預かって貰う予定である。

 

「民営の駐車場もあるんだが、詰所だと俺の顔で無料駐車できるからな。馬の世話もバッチリだぞ?」

 

 モモンガ達は、元々、冒険者組合に顔を出すつもりだったし、さっさと用事を済ませて、休憩がてらパベルと話をするのも良いか……と、パベルの提案に乗ることとする。

 弐式が御者に馬車を任せて降車し、次いで車内に居たモモンガ、ペロロンチーノ、そして茶釜が降車した。先頭馬車の御者(悪魔を人化させている)が連絡のため、二台目の馬車に向けて駆けて行くと、モモンガは御者の背を見送ってからパベルに挨拶をする。

 

「はじめまして。チーム漆黒でリーダーを任されてます、モモンです」

 

 元の現実(リアル)での本名は鈴木悟。

 転移後世界での本名はモモンガ。

 王国での貴族としては、アインズ・ウール・ゴウン。

 モモンという名は、アインズ・ウール・ゴウンが冒険者活動を行う際の、通り名やペンネームのようなものとして使用している。

 

(モモンがアインズの通り名だって知れ渡るようになったら、モモンです~……って名乗っても、王国のお貴族様ですか!? って驚かれるようになるんだろうな~……。また新しい名前でも考えるかな?)

 

 ギルメンとのお出かけは、もっと気楽にしたいのだ。

 しかし、モモンガがチーム漆黒のリーダーである以上、名前と見た目を変えたところで結果は同じである。

 

(やはり、ここは新たなリーダーが必要なのかな~……。そうだ! そもそも、チーム漆黒は班活動の体制なんだから、俺が誰かの班に、班員として潜り込めばいいじゃん! これはナイスアイデアだぞ~!)

 

 後日、たっち・みー班に班員として参加することで、モモンガの希望は叶うこととなる。

 たっち・みーによる指揮の下、パーティーの一後衛、一魔法詠唱者(マジックキャスター)として、他のギルメンと共に奮闘するモモンガは……一点の曇りもなく幸せだったという。

 

「なるほど、貴殿がタチとアレインのリーダー……モモン殿か。御存知かも知れないが、私はパベル・バラハ。聖王国で兵士長を務めている」 

 

 キリッとした表情(眼光による怖さが増し増しである)で自己紹介したパベルは、怖い笑顔を浮かべるとモモンガを睨ん……見つめた。

 

「ふむ。装備からすると魔法詠唱者(マジックキャスター)ですかな? 優しげな面立ちだが……人が集う御仁だと見受けた。なるほど……」

 

 パベルは納得しているが、ネイアは不思議そうにしている。ネイアには、一見しただけでモモンガの実力を測りきれないのだ。この辺は、父と娘の人生経験の差かも知れない。とは言え、パベルは全面的にモモンガの人望や統率力を評価していたわけではなかった。

 

(悪い人物ではなさそうだし、馬鹿そうでもない……。それに、あのタチとアレインが大人しく従っているんだ。実力者だ……と認めておいた方が、付き合いの上で無難だものな)

 

 このように第一印象に打算を加味していたのである。

 では、モモンガを一目見て『人が集う人物だ』と評されたことに対し、各ギルメンや、馬車から降りて合流していた(しもべ)達はどう思ったかと言うと……大いに気を良くしていた。

 

(「人間にしては見る目がある奴っす」)

 

(「評価に値するわ。名前を覚える努力をしても良いかもしれないわね」)

 

 ルプスレギナが機嫌良く語り、忍び装束のナーベラルが頷いている。ナーベラルに関しては、異世界転移当初のように人間蔑視をするような発言がなかったため、肩越しに振り返っていた弐式がサムズアップを贈っていた。

 

(「はうあう~。弐式炎雷様~……」)

 

 嬉しさのあまり真っ赤になって俯くナーベラル。

 その姿を、アルベドやセバスなどNPC達が見ているが、至高の御方、それも自身の創造主に褒めて貰えたナーベラルを羨ましく思う気持ちで一杯だ。

 幸いなことに、自分達にはナーベラルと同様、至高の御方……創造主様が共に居る。アルベドとルプスレギナに関しては創造主は同行していないが、こちらは交際中のモモンガが一緒なのだ。

 ここは失敗のないよう手柄を立てて、それでお褒めの言葉を頂けたら無上の幸せに違いない。

 何一つ示し合わせたわけではないが、全員が同じ思いを抱き決意を固めている。

 このNPC達の決意から来る『やる気』を向けられるのは、いったい誰になるのか、この時点では定かではない。だが、転移後世界の者が相手になるとしたら、ほぼ間違いなく悲惨な目に遭うことだろう。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達は、パベルに連れられて冒険者組合に移動した。

 一階が広いフロアとなっており、組合受付と小さな売店がある他、待合用の円テーブルと椅子が何組か置かれている。どこの国でも、冒険者組合の造りは似たようなものとなるが、聖王国と王国の冒険者組合は雰囲気が似ていた。

 似ている理由の一つとして、バハルス帝国の冒険者組合では感じられない活気が挙げられる。

 

「おやぁ? 私達が活動していたときよりも、冒険者が増えてませんか?」

 

 金の刺繍が施された黒のローブ。モモンガよりは「高いローブを着ている」といった風体のウルベルトが受付ホールを見回した。彼が知る聖王国の冒険者組合の受付前と言えば、もう少し……バハルス帝国の組合ほどではないが閑散としていたはずなのだ。

 ウルベルトの声を聞き、モモンガは首を傾げたが、その彼にたっちが歩み寄って耳打ちする。

 

(「モモンさん。聖王国は、亜人の襲撃をたびたび受けてまして……。その亜人が、転移後世界感覚では割と強いんです。いわゆる討伐依頼の難度が高いわけでして……」)

 

 襲撃側の亜人が多い場合は国軍が出動するのだが、それで討伐しきれない場合や、少数での襲撃では、国からの討伐依頼として組合に仕事が回ってくる。しかし、亜人の難度が高いため、依頼を受ける冒険者は少ないのだ。加えて、亜人が彷徨いている中では遺跡探索などできないので、冒険者が減るという状況だった。

 

(「腕の立つ冒険者も居るには居るんですけど、そういう人達は、依頼を受けて出かけてますしね~……」)

 

(「へ~、そうだったんですね? でも、今は冒険者の数が多いんですか?」)

 

 たっちの説明は、聖王国の冒険者組合で冒険者を多く見かける部分に触れていなかったが、ここでタイミング良くパベルが話し出した。もっとも、モモンガとたっちにではなく、先のウルベルトの呟きに対して反応したものだ。

 

「要塞や外壁の向こう、近隣で彷徨く亜人……その中でも好戦的な亜人は、タチとアレインで撃退してたからな。冒険者感覚で安全度が高くなってるんだよ。稼ぎ時だってことで、冒険者が集まるわけだ」

 

 座ろう座ろうとパベルが促すので、モモンガ達は六人がけの円テーブルに移動する。

 パベルの右隣にモモンガが腰掛け、ウルベルト、弐式、茶釜、ペロロンチーノ、たっち、ネイアが座り、ネイアはパベルの左隣という配置だ。なお、足りない椅子は隣のテーブルから取り寄せている。六人掛けのテーブルに八人集まっていることになるが、元々六つの椅子は間隔を空けて配置されるので、八人でも座れるのだ。

 ちなみに、チーム漆黒のリーダーであるモモンガが、パベルの対面に座らなかった理由は、パベルの眼光が怖いからである。

 

「タチさん達は、聖王国で冒険者をしてたって聞きましたけど。亜人を駆逐して回ってたんですか?」

 

 (しもべ)達が隣のテーブルに移動しているのを見ながら、モモンガが確認すると、たっちとウルベルトは顔を見合わせ共に首を横に振る。そして、たっちが話し出した。

 

「モモンさん。亜人はね、時折、ちょっとした集団で押しかけてくるんですよ。それの討伐や迎撃の緊急依頼で私達が出ますよね? で、その亜人達と戦ってると、周辺で居る亜人が察知して集まってくるんです」

 

「けど、私とタチさんでコンビ組んでましたから……。多少数が増えたところで……ねえ?」

 

「なるほど……」

 

 たっちに続いてウルベルトが語り、聞き終えたモモンガは頷く。

 意図したわけではないが、その都度、一網打尽の形になったということだ。

 後に残るのは、亜人が存在しない真空地帯である。

 たっちの話では、普段は月に二回ほどの襲撃が、冒険者活動中に月十数回も発生したそうで、その回数だけ亜人の数が減っているのは確実とのこと。これなら都市外の安全度も高くなると言うものだ。

 そして、襲撃回数増の理由。

 これは、たっち達の知らない話だったが、意気揚々と出かけていった亜人達が戻らないので、興味を持ったり警戒した亜人氏族が、新手を送り出していたことによる。

 それら新手も、二人の働きで磨りつぶされており……今は、各氏族長が合議して、近日中に一大集団となって押し寄せる準備中であった。

 

「さて、何の話でしたっけ? ネイアさんの……進路相談でしたか?」

 

 モモンガが確認すると、左隣のパベルが『愛想のいい人殺し』的笑顔を見せ、その向こうで座るネイアは、注文した果実水に口を付けながら目を逸らす。

 ネイア・バラハの志望は聖騎士。しかし、剣を扱う才能はない。

 父親のパベルは、娘の才能を把握しており、聖騎士……広い目で見て剣士系の職を選ばせたくはないようだ。

 

(て言うかさ、なんで俺が相談聞く流れになってるの?)

 

 パベルに対し、ネイアの進路等について質問したのはたっち・みーだったはず、だが周りを見れば皆がモモンガを見ているのだ。

 

(俺はギルド長ですけどねぇ……。そんな何でもかんでも、良いアイデアが思いついたりはしませんよ?)

 

 事実、良いアイデアを思いつかなかったので、モモンガは他の者へ投げることにする。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』随一の弓使い。

 爆撃の翼王、ペロロンチーノである。

 そのペロロンチーノは、「ネイアちゃん、目力あるな~。……エロゲ的には有りだけど」などと呟き、隣の茶釜によって脇腹を殴られていた。

 この男を、少女の人生を左右する話題に引き込んで大丈夫かどうか。モモンガは不安を覚えたが、結局はペロロンチーノに話を振ってみた。エロゲーマスターではあるが、弓の話となれば信頼できる。ユグドラシルにおける弓使いとしての立ち回りなどは、転移後世界でも通用するはずだからだ。

 

「ペロロ……ごほん……ペロンさん。ネイアさんは、不向きの剣士系、あるいは戦士系を志望されてるそうです。お父上のパベルさんとしては、ネイアさんは弓士向き……でしたか?」

 

「ん? ああ、才能的には俺似だと思ってる」

 

 一応、確認をした上で、モモンガはペロロンチーノに視線を向け直す。

 

「パベルさんと同じ、弓使いとして……ペロンさんはどう思います?」

 

「どう思うったって、自分の人生だもの。好きにすれば良いんじゃないの?」

 

 それだと、向いてない仕事でネイアが苦労するのが目に見えている。だからこそ、パベルは悩み、何度もネイアを説得しているのだ。

 ペロロンチーノとネイア以外が大きく溜息をつき、ネイアは瞳を輝かせていた。

 

(もうちょっと、マシなことを言いなさいよ。この愚弟……)

 

 茶釜は、弟の発言を苦々しく思っているが、先程、ペロロンチーノが下品な軽口を叩いた時のように、物理的な仕置きはしていない。ペロロンチーノの言い分も、間違ってはいないからだ。

 本人のしたいようにすればいい。

 それで失敗しても、本人の責任だし本望でもあるだろう。

 だが、そうなることが解っているのに、放置しておくのは如何なものか。

 

(けど、あまり踏み込んで関わるのも、どうなのかしらね?)

 

 たっちとウルベルトは、パベルやネイアとそこそこ付き合いがあるようだが、モモンガや他のギルメンは初対面だ。これ以上は、他人の余計な差し出口になるのではないか。そう考える茶釜は、自分の口が重くなるのを感じていた。

 しかし、姉の思惑に微塵も勘づいていないペロロンチーノは、続いて口を開く。そして出た言葉は、ネイアを戸惑わせた。

 

「でもまあ、後悔はしないようにね?」

 

「後悔ですか?」

 

 剣の使い手として大成しなくても、自分の選んだ生き方だ。後悔するようなことはありえない……と、若いネイアは思う。そして、斜め前で座るペロンという弓使いの青年、彼もまた自分を説得する気なのではと、少し身構えた。

 ペロロンチーノはと言うと、思うところを述べているだけなのか、大して気負いもせずに話を続けている。

 

「え? だって……何年も経って歳を取ったら、躰は若い時みたいに動かないじゃん? その時になって、少しでも見込みのあったことに時間をかけてれば良かった……とか。そんな風に思っても、やり直しは利かないことが多いし? 歳取ってから才能のある事を始めても、若い頃から頑張ったよりは凄くならないと思うんだよね~。けど、そういうのも踏まえて覚悟があるんだったら、好きにすればいいと思うよ? 人それぞれの人生だからね!」

 

 そう言ってペロロンチーノは朗らかに笑ったが、対照的にネイアの顔色は良くない。

 視線をテーブルに落とし、何かを考え込んでいる。

 その様子に、パベルは落ち着かない様子だったが、ペロロンチーノの口振りに非がないのは理解できていた。

 そしてそれは、モモンガ達も同様である。

 ペロロンさん、明るい口調で痛いところを突くよな~……少女の拘りを蹴散らすスタイル、嫌いじゃないけど容赦がないわ……。

 そういった思いで、ギルド長とギルメン達の心は一つになるのだった。

 




 第100話に到達しました。
 正直、100話も書くとは思わなかった……。

 いつもより千~二千字ほど少なめです。
 これから4月ぐらいまで、投稿ペースが落ちると思います。
 あと、14巻あたりを読み返して、各氏族の長の口調をチェックしなくちゃ……。
 覚えてないのです……。

 聖王国の冒険者組合の状況は、本作独自の展開です。
 ヤルダバオトの裏工作が無くて、たっちとウルベルトのコンビで腕自慢が倒されてますので、モモンガさんが聖王国に足を運んだときの、亜人の圧力の無さが大きく原作と違うところかと……。

 ちなみに、ペロロンさんの「人それぞれの人生だからね」は、アニメ北斗の拳から頂きました。
 ラオウ軍の一グループのリーダーが、持ち場を離れて逃げる際に言った「残りたい人は残ればいいよ。人それぞれの人生だからね」が元ネタ。


<誤字報告>

D.D.D.さん、リリマルさん、ヴァイトさん、ARlAさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。 


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第101話

「今日のところは、これで失礼する」

 

 聖王国の外縁都市。

 冒険者組合前で、パベル・バラハがモモンガ達に一礼している。彼の隣で立つネイア・バラハは、何やら考え込んでいるようだ。

 この日、モモンガ達は、たっちとウルベルトの知人だという聖王国の兵士長、パベル・バラハと遭遇し、立ち話を始めた流れから手近の冒険者組合へ移動して、更に話し合っていた。

 会話内容は、主にパベルと同行していた彼の娘……ネイアの進路相談である。

 ネイアは、弓士としての才能がありながら、本人の拘りにより才能がない剣士……聖騎士を目指していた。父親の説得に耳を貸さない彼女に対し、当初は説得役としてモモンガに話が振られている。しかし、父親のパベルが弓使いであることから、ギルメンにおける弓使い……ペロロンチーノにお鉢が回ったのだ。

 結果、ペロロンチーノから「自分の人生なんだから好きにすればいい。ただし、後で悔やんでも自分の責任」といった内容の言葉を投げかけられ、ネイアは黙り込んでしまう。そこで会話が途切れ、気まずくなったパベルの申し立てにより、話の場はお開きとなっていた。

 そして今、冒険者組合前で別れようとしているのだが、ここでネイアがペロロンチーノを見ながら呟くように質問する。

 

「あの、ペロン(ペロロンチーノ)さん?」

 

「なにかな? ネイアちゃん……さん……」

 

 明るく応えようとしたペロロンチーノが、『ちゃん』を『さん』に変更した。

 ネイアの隣で居るパベルが、値踏みするような視線を向けてきたからだ。普通の眼差しであっても怖いのに、目を細めることで一層怖さが引き立っている。

 

(たっちさんとウルベルトさんは、『ちゃん』付けが許されてるのに! 俺は駄目だとか、これが格差社会か!)

 

 溺愛する娘と口をきこうという男。

 そこそこ付き合いのあるたっち達と、今日が初対面のペロロンチーノでは対応が違って当然なのだ。

 

「さっきのお話ですけど、ペロンさんは後悔とかは……したことないんですか? その弓使いの道を選んで……ですけど……」

 

 ネイアの問いかけは、自分の人生をかけるに足る『職業』として弓使いを選んだことで、ペロロンチーノには後悔はないのか……というものだ。

 この質問に、モモンガを始めとして居合わせた者達……全員の視線が、ペロロンチーノに集まる。

 当のペロロンチーノはというと……。

 

(う~ん……ギャグで返しちゃ駄目なんだろうな~……)

 

 のほほんと馬鹿なことを考えていた。

 仮に、ちゃらけたギャグを口走ったとしたら、茶釜による苛烈な折檻がペロロンチーノに対してなされるだろう。

 一瞬、背筋に冷たいものを感じて身震いしたペロロンチーノは、真面目に回答することとにした。

 

(けど、なんて答えたらいいんだろ? 俺にとっての『弓使い』は、あくまでユグドラシル……ゲームのジョブや特殊技能(スキル)でしかないし。後悔してるか? って聞かれると、ガチビルドだから後悔してないよ~……ってなるんだよね~……)

 

 だが、ネイアが聞きたいのは、そういう事ではないはずだ。

 ペロロンチーノは人生相談ということから、自分の半生を振り返りつつ、そこにユグドラシルにおける弓使いとしての自分を織り交ぜてはどうだろうと考える。本当なら姉やモモンガに相談したいところだが、目の前にネイアが居る状態では<伝言(メッセージ)>を使うわけにもいかない。

 

(喋るときは声に出す仕様だもんな~……。ラノベでよくある感じで、思念だけで会話ができればいいのに……)

 

 心の中で口を尖らせたペロロンチーノは、精一杯の思案顔で口を開く。

 

「後悔ねぇ……。後悔なら山ほどあるよ。あの頃、もっとああしておけば良かった……とか。あそこで、あのアイテムを入手できてたら……とか。別の仕事なら、もっと上手くやれてたんじゃないか……ってね。俺だって、何もかも上手くやってたわけじゃないんだよ。君のお父さんの……パベルさんも、そうなんじゃないの? 何かを選んで、死ぬまで後悔しないなんて……それ、もう色んな意味で『人』じゃないと思うし」

 

「だ、だったら! なんであんな話……」

 

 からかわれたと思ったのだろうか、ネイアが怖い眼差しに怒りを添えて睨んできた。その眼光を、ペロロンチーノは真正面から受け止める。怖いが、怒っているときの姉を思い浮かべることで耐えたのだ。

 

「俺は後悔したからだよ。ミスした経験からの助言ってやつ? ネイアさんは若いんだから、心配してくれる大人の言うことは聞くべきだとも思うんだよね。でも、そういう事を踏まえた上で、ネイアさんの人生はネイアさんのものでしょ? だったら、よく考えなくちゃ!」

 

 考え考えしながら言うペロロンチーノは、巻物(スクロール)を取り出す。それは高位幻術を仕込まれており、使用すると、任意の姿に変身できる効果があった。

 

(しかも、魔法職でなくても使えるタブラさん特製の逸品!) 

 

 手が込んでいる分、製作費用がかかるのだが……ペロロンチーノは使用を躊躇わなかった。

 紐を解いて効果を発動する。

 変身した姿は……冒険者ペロンの姿だ。

 つまり、巻物を使用する前と何一つ変わらない。

 

「おい、ペロン? 今、何をしたんだ? 巻物(スクロール)を使ったようだが……」

 

 皆を代表してパベルが聞くと、ペロロンチーノは「いや、ちょっとした筋力増強ですよ。ほら、武技にも似たようなのがあるでしょ?」と誤魔化し、幻術の下で人化を解いた。本来の姿である鳥人(バードマン)の姿となったわけだが、この幻術を見抜けているのはモモンガ達のみである。

 モモンガ達は「何処からか、よそのユグドラシル・プレイヤーが見てるかも知れないのに、よくやるよ……。後で説教だな……」と思っていたが、何か思うところがあっての行動だと判断し、口は挟んでいない。

 ペロロンチーノは背負っていた弓を取り出すと、矢筒から矢を一本引き抜いた。

 手に持つ弓は、主武装のゲイ・ボウに遠く及ばないものの、転移後世界では紛れもない神器である。幾つかのバフ効果を備えている……が、今回の外出で選ばれた理由は、ペロロンチーノの全力運用に耐える頑丈さにあった。

 

「でもさ~、こんなに後悔してる俺だって……」 

 

 ギリリ……と、矢をつがえて引き絞っていく。(やじり)の向く先は、最初は正面、そして徐々に角度が上がっていき……最後には真上、空に向けられていた。

 

「自分向きの『弓』に関しちゃ、多少は使えるんだよね!」

 

 叫ぶように言うと、ペロロンチーノは空に向けて矢を放つ。

 放たれた矢は一見、普通に空を目指した後……突如、速度を最大限に増した。

 

 轟っ!

 

 何かが高速で通り過ぎたような音がし、猛烈な風が皆の周囲に集まって吹き上げられていく。

 そして矢は、見る間に上空の雲へ到達すると、周囲数百メートルほどの雲を円形に吹き飛ばして更に高みへと昇っていった。

 モモンガ達は、「お~……やるやる」と、ペロロンチーノの『一発芸』に感じ入り、随行のNPC達は、それぞれが空を見上げて『至高の御方』の御技に感動している。そして、ネイアとパベルは……呆気に取られて雲に穿たれた巨大な穴を見ていた。

 

「んん~……。もうちょっと、綺麗な感じで『雲抜き』をしたかったけど……。この弓じゃこんなものかな?」

 

 ペロロンチーノは今ひとつ満足に到らなかったが、その彼に興奮した様子のネイアが話しかける。

 

「わ、私も、弓を極めたら! 今みたいな事ができるんでしょうか……」

 

 その見上げる瞳は、ネイアの思うところでは憧憬一色に染まっていたが、ペロロンチーノは、殺意に満ちた眼差しを向けられたような気分を味わっていた。

 

「う、う~ん。知らない!」

 

 身も蓋もない発言に皆の腰が砕ける。

 今までの展開は何だったのか。

 茶釜の握りしめた拳が徐々に持ち上がっていくが……続くペロロンチーノの言葉でスッと下げられている。

 

「それこそ、ネイアさん次第じゃないの?」

 

「私、次第……」

 

 ネイアはペロロンチーノの言葉を繰り返し、モモンガと弐式が顔を見合わせた。

 

(「弐式さん。こっちの世界の人が、訓練や修行でペロロンチーノさんと同じことができるようになると思います?」)

 

(「自力じゃ無理でしょ? いや、俺達が手を貸して、アイテムも貸したら今のくらいは……)

 

 この囁き声はネイアには聞こえなかったらしく、ネイアはペロロンチーノが持つ弓を見て、次いで自分の右隣で立つ父を見た。

 

「父さん……今度、私に弓を教えてくれる?」

 

「ね、ネイア!?」

 

 禍々しい眼差しが交錯し、すぐにでも殺し合いが始まるような絵面であったが、実態は親子の感動シーンである。

 その目つきのことは脇にどけて、パベルは幸せの絶頂にあった。

 あれほど弓に見向きもしなかったネイアが、弓に対して興味を持ち、父である自分に教えを請うているのだ。これほどの幸せは、そうそうあるものではない。

 今この瞬間、パベル・バラハは転移後世界で最も幸せな父親だった。少なくとも、パベルの主観においては、それが真実だった。

 が、その幸せも瞬く間に消え去っていく。

 

(俺が教えて……いいんだろうか?) 

 

 少し前までのパベルは、こと弓に関しては周辺国で随一の使い手であると自負していた。しかし、ペロン……ペロロンチーノが空に向けて放った矢。それを見た時の衝撃は、彼の自負や自尊心を消し飛ばすに十分だった。

 自分などより、この男に指導を任せた方が良いのではないか……。

 そう考えたパベルは、ネイアの頭に手の平を載せペロロンチーノを見るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いや、驚きましたよ。あのパベルさんが、『俺の娘の指導を頼む』なんて言い出すとは……」 

 

 再び移動を開始した馬車の中で、ウルベルトが言う。

 パベル・バラハは娘を溺愛するタイプの父親だ。ネイアを軟派するような男を見かけたら、弓矢の的にするに違いない。

 このウルベルトの発言に、珍しくたっちも頷き同意を示した。

 

「ですね。まあ、それだけ、ペロロンチーノさんの実力に感じるものがあったんでしょうけど」

 

 この二人の会話のとおり、パベルはネイアに対する弓の指導を、ペロロンチーノに依頼している。

 ペロロンチーノとしては、若い女の子に指導するのは喜ばしい話で、「頑張って格好いいところを見せた甲斐がありましたよ! フラグ立て成功!? 成功なの、これ!? いやっふー!」と馬車内で大騒ぎし、茶釜にボディブローをくらっている。

 なお、このペロロンチーノとネイアの一件は、傍目にも良い展開だったので「部外者だろ? 断っちまえ」と言うギルメンは居なかった。

 ネイアに対する指導については、彼女がナザリック通いをするのは無理だし、ナザリックで預かるのはパベルが許しそうもなかったので、ペロロンチーノが数日おきにネイアの元を訪れて指導することで話は決まっている。

 指導料はパベルの財布から出ることになっていて、指導一回につき銀貨五枚だ。

 ペロロンチーノほどの実力者を雇うには安い額だが、この銀貨五枚を言い出したのはペロロンチーノだったりする。ペロロンチーノとしては片手間に近いことなので、金額に拘るものはなかった。

 

(ふひひっ。女学生ぐらいの女の子に、手取り足取り教えられるとか! 元の現実(リアル)ではなかったことだよ~! ブラボー! 事案万歳!)

 

 ついさっき殴られたばかりなのに、ペロロンチーノは声に出したら、隣で座る茶釜によって雑巾のように絞られるであろう事を考えている。ちなみに、今は人化中なので、何を考えているかは表情から容易に読み取れていた。

 茶釜は苦虫を噛みつぶしたような表情で居るが、彼女が黙っているのは、ペロロンチーノが考えを声に出していないからに過ぎない。

 

「ああ、他のギルメンとも話がつきました。それぐらいのことなら、事後報告で構わないそうです」

 

 <伝言(メッセージ)>で各ギルメンに連絡を回していたモモンガは、ようやく一息つけると肩から力を抜いた。

 聖王国に入って少し時間が経過したが、さっそくイベントが発生したので、一行を率いる身としては緊張を強いられている。

 

(イベントと言っても、ペロロンチーノさんに女の子の教え子ができたんだけどな。エロゲーマスター恐るべし。少し出歩くと女の子が寄ってくるのか!)

 

 ペロロンチーノにしてみれば、ナザリック内で嫁候補を増やし、外でも増やして帰ってくるモモンガに言われたくないだろう。

 

(でも、ネイアさんってペロロンチーノさんの好みだっけ?)

 

 モモンガは、ペロロンチーノの異性の好み……その終局点がシャルティア・ブラッドフォールンだと知っている。

 美少女顔で、銀髪で、小柄で、吸血鬼で、ゴスロリで、残酷で、えせ郭言葉で、貧乳で……。 

 まさに、好みや性癖の闇鍋状態。

 そこから考えるとネイア・バラハという少女は、ペロロンチーノが気に掛けるタイプの美少女だっただろうか……とモモンガは首を傾げた。

 他人の女性の好みなど、本来ならモモンガが口出しするところではないが、やはり知っているだけに気になってしまう。

 

「ペロロンチーノさんは、ネイアさんのことが気に入ったようですね?」

 

 我知らず言葉に出してしまい「あ、言っちゃった……」と口元を押さえるが、せわしなく視線を振ると、車内のギルメン達は興味深そうにしているのが確認できた。モモンガと同様、ペロロンチーノとネイアの組み合わせについては気になっていたらしい。

 

「ネイアさん……パベルさんが居ないから『ちゃん』でいいかな? ネイアちゃんは俺的に良いと思いますよ!」

 

 ペロロンチーノはと言うと、この調子である。

 ああ、お気に入りなんですね……とモモンガが言い終えるのを待ち、今度はウルベルトが発言した。

 

「パベルさん似で目力がある子ですけど。そこも好みということでしょうか?」

 

 それは女性の顔立ちに関して意見を求めるという……同じ車内に女性の茶釜が居ることを考えれば危険な問いかけである。 

 車内の男性陣を緊張感が支配するが、茶釜は黙ったままだ。

 

(愚弟が言ったなら折檻だけど、ウルベルトさんは他人様。我慢我慢……)

 

 このように茶釜は自分を抑えているが、度を過ぎた会話になれば口出しする気では居る。このことはウルベルトも把握しており、額に一筋の汗を垂らしながらペロロンチーノの返答を待っていた。

 

(パベルさんとは知らない仲じゃないですし。その娘さんともなれば、エロゲーマスターに任せるのは要注意なんですよ。茶釜さん……)

 

 単なる好奇心ではなく、ペロロンチーノがどういう目でネイアを見ているかが気になっていたのである。

 一方、ペロロンチーノはウルベルトからの質問に対してキョトンとしていた。

 

「え? 目つきは怖いですけど、何となく惹かれるんですよね~……。……なんでだろう? 元の現実(リアル)では、エロゲ的に有りだとは思ってても、実際は、そこまで好みに突き刺さる要素じゃなかったんですけど……」

 

 言いつつ、途中から考え込んでいく。

 

「こっちの世界に来てから……ですかね? 獲物を狙う猛禽のような眼差しが、妙に良い感じに思えてまして……」

 

(……鳥だからだな……)

 

 それが、モモンガ達の統一した見解だった。

 この異世界に転移した時点で、モモンガ達は人ではない。人化こそできるものの、その本性は異形種なのだ。ただ、他のギルメン達との付き合い上、人としての心は維持しておきたいので、人化期間を設けることで調整している。

 モモンガは頷いた。

 

(そんな調整をしてても、俺はアンデッドだから、ウルベルトさんは悪魔だからといった具合で、少しの影響は出るんだよな~……。鳥人(バードマン)であるペロロンチーノさんの場合は、ああいう感じに影響が出たってわけで……)

 

 つまり、鳥人になったことで、ペロロンチーノの性癖に『眼光の鋭さ』が加わっていたのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 パベル達と別れた後、モモンガ一行は日も暮れてきたので、ナザリック地下大墳墓へ戻って一夜を過ごしている。

 そういう事ができるのであれば、馬車移動などせずに、<転移門(ゲート)>を使って一気に聖王国王都に移動すれば良いのだが、そうしないのは事情があった。

 まず、<転移門(ゲート)>で聖王国入りすると、不法入国になること。

 

「やあ、聖王女様。魔法で移動してきました。え? 国境の入国審査? 知りませんけど?」

 

 では通らないのだ。突然、聖王都に出現するのではなく、きちんと移動してきたという実績が必要なのである。

 デミウルゴスやナーベラルは、知りませんけど? で通す気満々であったが、両者とも創造主に睨まれたことで提案を引っ込めていた。

 国境を普通に通過してからも馬車移動を続けている理由は、かつてヘロヘロが「馬車に乗ってみたいじゃないですか!」と、途中で飽きるまで馬車移動に拘っていたのと同じ理由だ。

 加えて言うなら、乗り物の中で揺られながら、皆でワイワイ話し合ったりしたかったというのもある。

 ただ、車中泊するのも一興という意見はあったが、やはり<転移門(ゲート)>を使えるのだから、ナザリックに戻ろうという決定がなされ、皆でナザリックへ戻っていた。

 そして、夜が明けてから<転移門(ゲート)>で聖王国へ移動。馬車移動が再開されている。

 

「出たり入ったりを<転移門(ゲート)>でやってますから、結局は不法入国ですね。あ、不法出国もあるのか……」

 

 たっち・みーが正論を吐くも、皆、聞かない振りをするのだった。

 モモンガなどは、たっちから指摘されたことで心を痛めたが、他のギルメン全員が<転移門(ゲート)>使用を是としていたので、たっちの肩を持つことはしていない。

 もっとも、馬車移動が再開されると、たっちも菓子などを摘まみながら機嫌良く会話に加わっていたので、モモンガの心痛はすぐに解消された。

 そして、モモンガ達の馬車は聖王都ホバンスに到着する。

 王都を見てモモンガは、立派な街並みだ……との感想を持った。

 王国の王都も立派だったが、そこはお国柄が反映されているのか、街並みは綺麗であり、一見してスラム街などは無いように見える。

 見たままの感想をモモンガが述べると、右隣のたっちが人差し指を立てた。

 

「スラム街っぽい区域もあると言えば、あるんですけどね。聖王女様が色々と手を尽くしているから、荒れてるように見えないだけで……」 

 

 神殿への奉仕活動を条件に、食糧配給などが行われているとのこと。その他にも職業の斡旋所などがあるらしい。

 

「スレイン法国でしたっけ? そっちも似たような奉仕活動をしているらしいですけど、良い感じでは伝わってませんね~」

 

 聖王国での冒険者活動時代に得た情報。それを聞かせてくれるたっちに頷きながら、モモンガはスレイン法国のことを考えてみた。

 

(……思い返しても、あまり良い印象がないな~)

 

 異形種に関して攻撃的だし、危ない宗教国家としてのイメージが強い。

 本来であれば、聖王国に対しても似たような印象を持って、モモンガは身構えたかも知れない……が、こちらはたっちとウルベルトが聖王国の高位者らと仲が良いので、すんなりと訪問に踏み切れていた。

 モモンガは左側の窓……ウルベルトの向こうで流れる街並みを見ながら、自分自身が聖王国に来ることになった理由を思い出す。

 

(聖王女様に会ってみたいですね……か)

 

 元の現実(リアル)における庶民だったモモンガからしてみれば、一国の王族などは雲の上の存在にも等しい。死の支配者(オーバーロード)として考えると、「人間ごときの王女が、何ほどのものだ?」となるが、モモンガは人の心を留めるべく精進しているため、聖王女カルカ・ベサーレスに対しては「偉い人だ」という感覚が強かったのである。

 

(バハルス帝国の皇帝なんかも、タブラさんが「元の現実(リアル)の歴史から見ても、かなり有能ですよ」とか言ってたし。王国だとラナー王女が凄いんだよな。やっぱ国の上の方に居る人って、庶民とは違うわ……。なのに俺ってば、聖王女様に会いたいですね……とか言っちゃって……)

 

 現時点のモモンガは、リ・エスティーゼ王国の辺境侯であり、六大貴族と並び立つ地位を得ている。そう卑下したものではないだろうが、組織のトップ……自身の為政者としての能力不足を自覚しているため、どうしても腰が引けるのだ。

 たっちとウルベルトは、カルカについて「美人で性格の良い人です」としか言ってくれないのだが……。

 

(不安だな~……)

 

 失敗が見えている学校受験や入社面接。

 そのような気分で居るモモンガは、内心で溜息をつくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少しばかり憂鬱な気分のモモンガだったが、そんな心境の時に限って時間は早く過ぎていく。

 モモンガの感覚で言うならば、あっという間に聖王国王城に到着し、たっちとウルベルトが城兵に連絡を行った。その後は、馬車を預けて城内の来賓室に通され、呼ばれるのを待つこととする。恐らくは謁見の間のような場所へ行くことになるだろうが……。

 

「随分と、簡単に通して貰えましたね~……」

 

 面を上げて人の顔を見せた弐式が、ソファの座り心地を確かめながら言った。たっちとウルベルトだけならまだしも、モモンガ達やNPC達まで簡単なチェックのみで城の中へ入れている。

 それだけ、たっち達の活躍が凄く、聖王女や神官団長、そして騎士団長から好意を抱かれているという事なのだろう。

 

(たっちさん達なら、もてて当然か~……)

 

 ギルメンが評価されているのを感じ、モモンガは鼻が高い気分だ。

 たっちは聖騎士団長のレメディオス・カストディオ、ウルベルトは神官団長のケラルト・カストディオと仲が良いらしいが……。

 

(後は聖王女様か……聖王女様ねぇ……。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で、姿は見た……と言うか、ちょい前のギルメン会議で見ることになったけど、確かに凄い美人さんだったな……。たっちさんとウルベルトさん、どっちが聖王女様の交際相手になることやら……)

 

 聖王女と交際するとしたら、たっち・みーかウルベルトのどちらか。

 自分は単に会ってみたいと言ったので、それを実行しているだけ……。

 これが、現時点におけるモモンガの認識である。

 茶釜にアルベド、ルプスレギナなどは、モモンガの新たな嫁候補になるかも知れないと、あれこれ理由を付けて同行してきたほどなのに、肝心のモモンガは……こうなのだ。

 交際相手はエンリ・エモットを加えて四人を数える状況なのに、モモンガの鈍感ポン骨度は成長が見られない。

 

(それにしても……)

 

 モモンガは、この室内で居るギルメンではない者達に目を向けた。

 女戦士ブリジットことアルベドと、もう一人、ルプスレギナ・ベータである。

 他のNPC達は別室で待機しているのだが、この二人のみは茶釜の提案もあって同じ部屋で待機していた。今は、モモンガの右にアルベド、左にルプスレギナの配置でソファに座っている。

 

(茶釜さんは、どうしてアルベド達だけ同室待機にしたんだろう?)

 

 モモンガは首を傾げたが、ここで「いや~、骨でも格好いいけど、人の顔で思案してるの……めっちゃツボだわ……」という茶釜の声が聞こえたので、左斜め前の茶釜を見た。すると茶釜は視線を逸らしてしまう。ただ、顔が赤くなっているのは見て取れた。

 

(指摘したり、気にしたりしない方がいいんだろうな……)

 

 脳裏に浮かぶのは、余計なことを口走って茶釜に折檻されるペロロンチーノの姿。それを日頃見ているモモンガとしては、同じ失敗をするのは避けたいのだ。

 もっとも、この時の茶釜は、モモンガから「茶釜さん? どうかしましたか?」と声をかけられた場合、『構って貰える嬉しさ』が先に立つことで、機嫌良く会話に応じていたことだろう。

 ペロロンチーノに言わせると、モモンガは会話フラグをボッキリ折ったことになるのだが、同様にペロロンチーノに言わせれば誤差の範囲でもあった。

 

「いや、逆に好感度上がってる感じ? その調子ですよ、モモ……んぎゃ!?」

 

 二人の様子を見てニヤニヤしていたペロロンチーノが、茶釜にどつかれている。 

 ペロロンチーノの左側にたっちが座り、モモンガから見て右脇の一人用ソファにウルベルトが座っているが、二人は茶釜達の様子を見て「またやってる……」と呆れたような視線を向けていた。

 

「おっ? 誰か来ますね……」

 

 たっちの対面側で一人用ソファに座っていた弐式が、まくっていた面を降ろしつつ、左肩越しに入口扉を見る。正確には扉から少し離れた壁を見ているのだが、彼が気にしているのは壁向こうの通路であるらしい。

 弐式は、身体能力と特殊技能(スキル)によって接近する人の気配を察知したようだ。

 彼の一言で全員が緊張感を持つが、大方は城側の誰かが呼びに来たのだろうと、臨戦態勢になる程ではなかった。

 

「ん~、三人……歩き方からして全員女。一人は帯剣してるかな? その剣を持ってるのが先頭で、残りの二人はついて歩いてる。最後尾の一人が付き従ってる感じだけど、真ん中の女は……いや、三人とも、ちょっと浮かれてる感じ?」

 

「足音で、そこまでわかるんですか? 忍者スゲぇ……」

 

 ウルベルトが感心八割、呆れ二割といった口調で言い、弐式は照れたように頭を掻いている。 

 ここまでのことを考えると、この部屋に近づいているのは聖王女カルカとカストディオ姉妹ではないだろうか。そのように考えたモモンガがたっちを見たところ、全身甲冑のたっちが腰を浮かせている。

 

「わかりやすいわねぇ……」

 

 その茶釜の呟きを聞かなかった事にし、モモンガは足音の主達を待つことにした。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 悪戯心で染め上げられた顔に笑みを浮かべ、レメディオス・カストディオが通路を歩いている。甲冑は着込んでおらず、弐式が音で聞き分けたとおり帯剣しているのみだ。そのレメディオスは肩で風を切りながら、整った顔を勝ち気で染めていた。

 

「ふふふっ! 来賓室で待たせ、使いの者が『もう暫くお待ちください』と言いに来たかと思いきや……いきなり我らが登場だ。これはタチ(たっち)も驚くぞ!」

 

「姉さん……。私、止めたわよ?」

 

 一人挟んだ後方より妹のケラルトが言うのだが、レメディオスは気にしない。

 二人の間に挟まれて歩く聖王女カルカは、苦笑するのみだ。

 

(レメディオスは普段硬いんだけど、こういう時は可愛いわね~)

 

 そう思うと同時に、自分がカストディオ姉妹よりも後れを取っていることを思い出し、カルカは嘆息している。

 冒険者の騎士、ヒロシ・タチ(たっち・みー)は、高潔であり正義を愛する剣の使い手だ。その剣腕は、聖騎士団長のレメディオスを大きく上回る。

 同じく冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)アレイン(ウルベルト)は、冷静な判断力と知謀、そして神官団長のケラルトを上回る魔法を駆使する。

 実力と人柄から言って、カルカが望む『お婿さん』として申し分ないのだが、タチはレメディオスと、アレインはケラルトと仲が良かった。

 翻ってカルカは、タチ達とどういう関係にあるのか。

 カルカの認識するところではタチやアレインと親しくしているものの、カストディオ姉妹以上の好意を得ているかと言えば正直厳しいところである。

 

(と言うか、負けてると思うわ……)

 

 カルカとしては、タチとアレインにはアタックを仕掛けていたつもりだったが、どうやら『親しい女性』よりも先には達しなかったようだ。

 

(私の見た目や、性格が悪いってことじゃないと思うんだけど……。聖王女って立場が問題なのかしら? 男の人って、女性側の地位が高いと引いてしまうって聞くし……)

 

 そうは思ってもカルカの性格上、立場から来る責任を放棄することはできない。

 それ以前にカルカは王族なのだから、『聖王女』から降りたとしても地位は高いままなのだ。

 

(余程の不始末をしでかして、誰もが認める形で王家から除籍されれば……)

 

「はぁ……」

 

 カルカは頭を振る。

 王家から廃されるような『やらかした女』を何処の誰が嫁として欲しがるだろうか。

 そう思い、カルカは浮かんだ案を消去する。

 現実的には、聖王女でなくなったとしても、カルカを嫁に欲しいと望む男は多いのだが……それが今のカルカにはわからなかった。

 友人たるカストディオ姉妹が、一足先に独身卒業をするかもしれない。その追い詰められた状況にあって、カルカは少しばかり混乱していたのである。

 

(なんだか、こう……ねえ? 大臣とかが文句を言わない感じで地位があって、私を必要としてくれる優しい男性が居ないかしら……。もう、お婿さんじゃなくて、私が通い妻になる感じでもいいから……)

 

 我ながら贅沢なことを考えているなと、カルカは思う。

 この世界のどこに、そんな男性が居るのか。

 もう一度溜息をついてから、カルカは扉前で待つレメディオスを見やり、彼女の視線に向けて笑みを返した。そして、その笑みの裏側で小さく呟いている。

 

「聖王女になんか、なるんじゃなかった……」

 




 ペロロンチーノさんのイベント回・後編でした。
でも、モモンガさんの出番には行を割く。それが本作のジャスティス。
正直、雲抜きまでやったあたりで、ペロロンさんが初対面のネイアに肩入れしすぎな気もしましたが、性癖の追加で何とか……。

 NPC達の影が薄くなるのは、本作のタイトル上しかたないのですが、今のところは至高の御方無双(笑)に向けての準備パートなので、あとで全員に出番がありますので、暫しお待ちを……。
 全員と言っても、エントマとか出ないんじゃないかな……
 最後まで登場しそうにないキャラも居るので、キャラファンの方には申し訳ないです
 セバスとデミには、もうちょい専用で出番を作りたいかも。

 カルカとカストディオ姉妹ですが、モモンガさん中心で書き進めてますので、どうしてもカルカに焦点が合ってしまって姉妹の影が薄く……。
 いや次回か、次々回ぐらいでたっちさんや、ウルベルトさんとイチャイチャして貰いたいと思います。それでもモモンガさんメインで進めますけど。 

 そうだ、メコン川さんの出番も盛り込みたいですね。ベルリバーさんとヘロヘロさんは、ちょい前に出したから、次はメコン川さんです。ついでにフォーサイトの面々も出したいですね。余力があれば、アルシェのパパも。

 とか書いてると最終回が遠のく……。

<誤字報告>
ヴァイトさん、よんてさん、冥咲梓さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第102話

「タチ! 久しぶりだな! さあ、手合わせをしよう! 私の準備は整っているぞ!」

 

 扉を開けて入ってきたレメディオス・カストディオが、喜色満面、他の誰に対しても向けたことがないレベルの笑顔でたっち・みーに呼びかけている。

 入室前は、いきなりの登場でたっちを驚かせるつもりでいた彼女だが、その計画ないし作戦は、すでに忘却の彼方のようだ。

 

「見た感じ美人なのに、ノリが建やんと似てる……」

 

 ボソッと弐式が呟いているが、モモンガは心から同意していた。

 続いて入ってきたのは、カルカの後ろを歩いていたはずのケラルト・カストディオで、こちらはニンマリとした笑顔をウルベルトに向けている。

 

「戻って来たのね、アレイン? 今日は、お仲間の方々を紹介してくれるのかしら?」

 

「ま、そんなところですかね」

 

 三人掛けのソファ、モモンガの右斜め前で座るウルベルトは、肩をすくめながらケラルトに答えた。親しい間柄に見えるが、恋人同士と言うよりも、悪友同士と言った方がしっくりくる。

 

(気が合ってるのかな~? でも、ウルベルトさん、嬉しそうだな~……。何となくだけど、声が弾んでるし……)

 

 こんなに機嫌の良いウルベルトを見たのは、いつぶりだろうかとモモンガは考えた。

 

(む~……ユグドラシルで、ボスドロップのアイテムが良い感じで出たときだったかな?)

 

 一瞬だが、ユグドラシル時代の……冒険していた自分達の姿が、モモンガの脳裏で思い浮かぶ。同時に、誰も居なくなったナザリック地下大墳墓を維持するべく、モンスター狩り等をしていた自分の姿も思い出された。

 胸が締めつけられるやら、せつないやらでモモンガは泣きたくなったが、今は同じ部屋にギルメン達が居る。

 

「……ふう……」

 

 皆の顔を一瞬ずつ目で確認したモモンガは小さく一息ついた。

 

「後で時間があればお相手しましょう」

 

「う……そ、そうか……」

 

 すぐに手合わせできないと言われたレメディオスが拗ね、たっちが笑いながら宥めている。一方、ウルベルトと話すケラルトが「カルカ様の『春』を横取りしてるようで気が引ける」と、苦笑しつつ言い、それを受けてウルベルトが「別の『春』を用意してあげればいいんですよ。丁度いい相手が居ますし……」と悪い笑みを浮かべつつ言った。 

 このように、たっちとウルベルトが女性相手に話しだすと、ソファに残ったモモンガ達は顔を見合わせてしまう。

 

「俺達は、自分の『子』を呼びましょうか?」

 

「弐式さんのナーベラルは隣の部屋で居るからいいですけど、俺のシャルティアは<転移門(ゲート)>で呼び寄せなくちゃですね~」

 

 と、小声で語り合っているのは弐式とペロロンチーノ。

 その二人を見ながら、茶釜が「あちこちでラブい空気が発生してるわね~」と笑っている。茶釜は、モモンガの両隣で座るブリジット(アルベド)とルプスレギナに、「うちの男衆は暢気(のんき)なものよねぇ?」等と話しかけたが、その男衆というのが『至高の御方』であるため、アルベド達は答えにくそうにしていた。

 

(う~ん。みんな楽しそうだな~……)

 

 皆の様子を確認したモモンガからは、先程までの胸のつかえや切なさのようなものが消えている。

 

(俺、あの頃みたいな『一人』じゃないんだよな。そうだそうだ、そうだった……。ふふ、ははは……うん?)

 

 軽く、そして明るくなった気分のまま声に出さず笑っていたモモンガは、ふと扉前で立つ女性に気づいた。

 先行していたレメディオスはともかく、後ろを歩いていたケラルトに先を越され、一人寂しく入室してきた聖王女……カルカ・ベサーレスである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ローブル聖王国の至宝、聖王女カルカは普段見ないほど嬉しそうにしているカストディオ姉妹を見て溜息をついた。そして、疲れたような笑みも浮かべる。

 

(『聖王女』を放置……。女の友情って……何なのかしらね……)

 

 カルカは『結婚願望』が強い。

 いつか理想の男性が目の前に現れる。そんな思いを抱きつつ二十代の半ばを過ごしているのだが、二十代半ばの後にやってくるのは、『三十路前』と『三十路』と『三十代』だ。カルカは(たゆ)まぬ努力と研究により、独自の美容魔法と、化粧品類の開発を行っていたが、それとて彼女が人間である以上は限界が訪れる。

 このまま、女としての春を迎えないまま(しお)れていくのだろうか。

 カルカの思考は、どんどん闇色に染まって重さを増していくが……聖王女としての立場が彼女を正気に留める。

 一人、憮然とした表情で立ち尽くしているわけにはいかないのだ。

 

「ケラルト?」

 

 声をかけた相手はケラルト。姉のレメディオスでは、細かい話がスムーズに進まない。これはレメディオスを馬鹿にしているのではなく、付き合いの長さから来る自然な流れだ。

 

「タチやアレインは、冒険者活動でのお仲間の方を紹介してくれるのではないかしら?」

 

 意訳すると、いつまでもイチャついてないで話を進めろ……となる。

 この時点でカルカは、タチとアレインに対しての『見込み』をほぼ諦めていた。理想の旦那様とするには申し分ないが、自分(カルカ)よりも好きな女性が居る男性相手に如何すれば良いのか。どうすれば自分を振り向かせることができるのか。

 カルカには、まるで方法が思いつかなかった。

 

(タチもアレインも、私のことを『聖王女』という立場じゃなくて、一人の女性として見てくれる殿方だったのに……。……惜しいけれど、しかたないのかしらね……)

 

 男側の好みもあったろうが、逃した魚は大きかったとカルカは思う。

 だが、その逃した魚に固執し、未練がましく求愛行動をすれば……他者からの心証は悪くなるのだ。

 したがって、諦めるときはスッパリ諦める。

 といった思惑の下に澄ました顔をしているカルカだが、この思考をケラルトが読み取っていたとしたら、「アレインを貰っちゃって御免なさいね。でも……好みの問題だから~」と悪い顔で笑い、カルカを落ち込ませていたかもしれない。無論、何らかのフォローはしただろうが……。

 ちなみに、レメディオスの場合だとどうなるか……。

 

「カルカ様? 何やら落ち込んでいる様子ですが……。そうだ! 今度、タチと出かけますので、カルカ様も御一緒にどうですか!」

 

 と、自分とたっちとのデート(レメディオスとしてはデートの自覚なし)への同行を進言し、カルカの落ち込みを激増させていたことだろう。

 

(うう、そうなりそう過ぎて怖い……。レメディオス、恐ろしい子……・)

 

 カルカは内心で戦慄したが、カストディオ姉妹に対して何ら含むところがないよう演じつつ……たおやかな笑みを浮かべて室内を見回した。

 現在、室内に居る男性は、タチとアレイン以外で三人。

 弓士(ペロロンチーノ)と、忍者(弐式)、そして魔法詠唱者(モモンガ)である。

 

(全員、若い殿方……。良し……)

 

 年齢的にモモンガ達(の人化した姿)は、カルカのストライクゾーン内だ。

 面を上げた弐式を始めとして全員が素顔を晒している。カルカが嫌悪感を抱くような顔立ちの者も居らず、カルカは心の中で胸を撫で下ろした。

 後は、人となりが問題となるが、その点について今のところは未知。そこは、この後の会話で確認するとして、第一印象でカルカの気が惹かれたのは……モモンガである。

 決め手は、優しげな雰囲気と醸し出される包容力。

 ペロロンチーノと弐式も、陽の気質なのでカルカ好みであったが、弐式は包容力の点でモモンガに僅かに及ばず、茶目っ気が多そうな点も考慮して、モモンガが一位となっている。

 

(それに……私には、あまり興味がなさそうだし……) 

 

 そうカルカは考えたのだが、弐式側では興味が無いわけではない。

 それどころか、弐式はカルカの美貌を高く評価している。

 ただ、弐式は転移後世界の美人基準で(元の現実(リアル)基準でもだが)、天上の美が備わっているナーベラルが居ることで満足していた。なので、カルカを見たところで、ちょっと目を引く以上の興味を示さないのである。

 では、ペロロンチーノはどうだろうか。彼は大人しくしていると、そこそこの美男子だ。だが、そこはかとなく駄目そうな気配をカルカは感じ取っていた。

 

(何と言うか、ニシキ以上に……私に興味ない雰囲気なのよね……。私の容姿が、彼の好みに合ってないのかしら……)

 

 このように、敏感にペロロンチーノの性癖を感じ取っていたのである。

 婚活女子の鋭い感覚により、ロリ専のエロゲーマスターを回避したことで、残るはモモンガとなるが、このモモンガが前述したとおり、カルカにとって惹かれる要素が多かった。

 

(一緒に居るだけで癒やされる雰囲気……。希少価値だわ! レメディオスも癒し要素があるけど、駄目なところも多いし……。ああ、駄目駄目、ジイッと見てたら失礼にあたるわ!)

 

 気合いで視線をずらすが、時すでに遅し。モモンガがカルカの視線に気づいた。

 

(今、聖王女が俺のことを見てたような……)

 

 カルカとしては、不躾に見つめていたことを触れられたくなかったが、ここでケラルトの声が聞こえてくる。

 

「すみません。久しぶりでアレインと会ったので、話に夢中になってしまいました」

 

 そう言ってケラルトが、座ったままのモモンガに歩み寄って頭を下げる。

 モモンガはカルカの視線に気づいたものの、ケラルトに話しかけられたことで、ケラルトに注意を向けた。

 

(助かったわ! 「何をジロジロ見ているんだ?」と思われては、いきなりつまずいてしまうもの!)

 

 カルカが内心で胸を撫で下ろしていると、モモンガが立ち上がり、ペロロンチーノと弐式、それに茶釜ら他の者達も席を立った。そして、モモンガを先頭に一行が進み出ると、モモンガが膝を突き、他の者達も倣って膝を突いたのを確認してから口を開く。

 

「はじめまして、聖王女様。私はモモン。冒険者チーム漆黒でリーダーを任されています」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「はじめまして、聖王女様。私はモモン。冒険者チーム漆黒でリーダーを任されています」

 

 そう言って挨拶したモモンガであるが、身分としては冒険者モモンで通していた。

 リ・エスティーゼ王国の辺境侯、アインズ・ウール・ゴウン。この名を出すと、さすがに事前通達無しでの入国は不味いとか、政治的にややこしい問題が発生するからだ。

 もっとも、バレて問題になったとしても、レエブン侯に丸投げするつもりなので、モモンガ達は気楽に構えている。それどころか今回、話の流れとモモンガの気分次第で、アインズの名を出して良いとギルメン投票で決定されていた。

 決定の場に居合わせたギルド長……モモンガは「それでいいんですかぁっ!?」と声を裏返らせたものだが、ギルメン投票による決定だから、ギルド長であっても文句は付けられない。

 そこまでして『モモンガ次第でアインズの名を出して良い』としたギルメン達の言い分は……「面白そうだから!」……である。

 

(まったくもう! みんなで俺のことをオモチャにするんだから!)

 

 とはいえ、モモンガは本心から怒ってはいない。ちょっと拗ねてみた……と言ったところだ。

 十人を超えるギルメンが、自分をネタにして楽しくやってくれている。

 この事実は、モモンガの頬を少し膨らませつつも、彼の心を暖かく朗らかにしていた。

 なお、モモンガがカルカ達に「自分は王国の辺境侯だ」と明かした場合、先に述べたとおり、事後処理はレエブン侯に投げることとなっている。大変な迷惑を掛けることになるだろうが、これ幸いとレエブン侯やモモンガを攻撃するような貴族は、もはや王国に存在しない。そもそも、事の解決にはナザリックとして助力する予定なので、大した問題にはならない事が確定済みなのだ。

 

(そうなった場合の話だけど、レエブン侯には何かお礼をしておかないと。リーたんだっけ? 息子さんが喜びそうなお菓子を料理長に用意してもらうとか?)

 

 そんなことを考えていると、カルカが微笑みながら話しかけてくる。

 

「はじめまして、カルカ・ベサーレスです。ここは謁見の間ではありませんし、気を遣わないで普通に……立って話してくださいね。私も、その方が楽なので……」

 

「え? あ、はい」

 

 普通と言われても困ってしまうが、サラリーマン時代の営業トーク……これを流用した丁寧な会話はお手の物。モモンガは、少しホッとしながら立ち上がり、カルカと話すことにした。

 

「そうさせていただきます……が、本当にかまわないのですか? 私、聖王女様とは初対面ですが?」

 

 少しは遠慮した方が良いのではないか。

 モモンガが確認すると、カルカは口元に手を当ててクスクス笑う。

 

「聖騎士団長と神官団長が親しくしてる『男性』……のお友達ですもの。信頼に値しますし、私も親しくしたいですから……」

 

 カルカが『男性』の部分で少し声色を強くしたことで、モモンガは、カルカの両脇で立つカストディオ姉妹を見た。その二人はモモンガではなく、モモンガの後方に目を向けており、どこを見ているのかと肩越しに振り返れば……。

 そこには、たっちとウルベルトが居る。

 たっちは、モモンガが向けた視線に気づくと咳払いし、ウルベルトはモモンガに対し親指を立ててみせた。

 

(どっちも、どっちもらしいと言うか……)

 

 聖騎士団長と神官団長と言えば、聖王国でもかなり高い地位のはずだが、たっちとウルベルトは親しくできているらしい。さすがだ……と思う一方で、モモンガは「俺も、そんなに気負わなくて良いのかな」と考えた。

 そもそも、何らかの思惑があってカルカと会おうとしたわけではない。

 ギルメン会議で場を収めるために、つい弾みで彼女と会ってみたいと言っただけだ。

 そして、言ったとおりに行動し、今、聖王女カルカと面談できる状態となっている。

 交際相手たる、アルベドや茶釜、ルプスレギナに対して「申し訳ないな~」という気持ちはあるが、事、ここに到った以上……開き直ってカルカとの会話を楽しめば良いのではないだろうか。

 

(聖王女の方で親しくしたいって言ってるし! 美人さんだし……)

 

 異世界転移をしたことでモモンガは死の支配者(オーバーロード)になったが、日頃から人化を繰り返していることで、人間性を失ってはいない。

 気を惹かれる美人が居て、それで相手側から親しくしたいなどと言われたら、モモンガだって嬉しく思うのである。

 

(まあ、あれだよ。俺だって男だし?)

 

 好みのドストライクは交際相手のアルベド。そこに変わりはない。

 だが、髪の色も肌の色も、性格だって違うルプスレギナともモモンガは交際している。そして、それは茶釜も同様だ。

 今、目の前に居るカルカは金髪美人だが、金髪だって嫌いなわけじゃないんですよ……と、モモンガはタブラに言いたかった。

 どうしてタブラに言いたくなったかは謎だが、今は、後列で並んでいるアルベド。彼女のことを意識したからかもしれない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達は、別室……会議室に移動していた。

 来賓室では手狭なので、カルカとケラルトが相談して移動を決めたのだ。

 モモンガ達にしてみれば、人数が多くて部屋が狭いという理由に反対する気もなかったので、言われるまま会議室へと移動している。

 壁に掛かった燭台などは、王城の一室に備わる品として高級感を漂わせ、入って来た扉の対面は窓が並んでいて、風通しも良い。今は午前中と言うこともあって、差し込む日差しだけで室内は充分な明るさを確保できていた。

 配席に関しては、モモンガ一行とカルカ達で対面となる。

 巨大な会議机の左端から、モモンガ、たっち、ウルベルト、茶釜、ペロロンチーノ、弐式、アルベド、ルプスレギナの順で座り、モモンガ、たっち、ウルベルトの対面には、カルカ、レメディオス、ケラルトが座っていた。

 更に、別室で待機していたデミウルゴス、セバス、ナーベラルの三人を呼び寄せ、ルプスレギナの隣から順で席についている。

ケラルトによって呼ばれた王城のメイドが、各人に紅茶セットを配し、それが終わったところでカルカが口を開いた。 

 内容としては、たっちとウルベルトが冒険者活動をしていたことで、聖王国は亜人の脅威が軽減され、大いに助かっている。たっち達には、礼は依頼の報酬で充分だと言われたが、この機会にチーム漆黒のリーダーであるモモンガに、直接に礼を述べたかった……と、おおむね、そういった事になる。

 

「それは、タチ(たっち)アレイン(ウルベルト)が頑張ったことですが……。ここは、チームメンバーがお役に立てて何よりです……と言っておきましょうか」

 

 チームメンバーの手柄は、チームの実績となる。そのように解釈したモモンガは、これなら無難だと思う言葉を並べた。反応はどうか……とカルカの様子を窺ったところ、どうやら少し驚いているようだ。

 

(恩着せがましいことを言うとでも思ってたのかな? 冒険者って、がめつくて荒くれのイメージが強いからな~……)

 

 蒼の薔薇のような冒険者は少数派だろうし、彼女らとて、お人好しの善人揃いではない。

 一方、カルカはモモンガの見立てどおり驚いていた。

 今の質問でモモンガの反応を見ようとしたのだが、謙虚な態度で返されたことで意外に思ったのだ。

 

(もう少し、ガツガツした感じかと思ったけれど……。第一印象のまま、穏やかな性格みたいだわ……。いいかも……)

 

 モモンガは、「魔法に関してはアレイン(ウルベルト)の方が上なんです」と自分の実力について本音を語っているが、裏表ない自己評価にカルカは好感を持っている。また、モモンガの自己評価に続けてウルベルトが「対応力はモモンさんの方が断然上ですがね」と語っており、こちらはモモンガに対する評価上昇に繋がっていた。

 

(実力も人望もある……。それでいて穏やか! ここは重要よ! 本当に……私の周囲には居なかったタイプ……よね)

 

 カルカにとって、『親しい』と言える人物は二人居る。

 憎めないが脳筋のレメディオス。

 色々と配慮してくれるが、腹黒い部分のあるケラルト。

 二人とも癖が強い部分があって、しかも、カルカとは同性なのだ……。

 モモンガのような異性は、カルカにとって新鮮と言って良い。

 以上のことから、この時点でのカルカにとって、モモンガはたっちやウルベルトと同程度に惹かれる要素が備わっていたのである。

 後は、二人だけの時間など設けて語り合い、気持ちを通わせるのだ。

 

(頑張るのよ! 私!) 

 

 内心で気合いを入れるカルカだが、その彼女の前に、新たな問題が立ちふさがる。

 現在、モモンガが三人の女性(エンリを含めれば四人)と交際中であるという事実だ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 移動した先の会議室。

 改めて自己紹介をしていく中で、それは発覚した。

 モモンガ、たっち、ウルベルトまでは良い。すでに知っていた情報であり、三人とも、極普通の自己紹介だ。

 しかし、続いて茶釜が立ち上がり、「かぜっちです。戦士をしています。……リーダーのモモンとは交際中です」と言った瞬間、室内の空気にヒビが入った。少なくともモモンガは、そう感じた。

 この緊張感のようなものを発しているのは……聖王女カルカだ。

 続いて、弐式が「あ、ども。ニシキです。忍者をやってます」と、恐る恐る自己紹介をしたことで、ほんの少し空気は和らぐ。しかし、すぐ後でアルベドが「ブリジットと言います。戦士をしています。リーダーのモモンとは交際中です」と言い、ハーフヘルムの下で微笑むと、カルカの表情が大きく歪んだ。

 

(声に出したら「はあああっ!?」とか言いそうな顔してるな~……。気持ちはわかりますよ~?)

 

 モモンガは気恥ずかしく思いつつ、驚くカルカに同情した。

 今のところ、モモンガは王国の辺境侯とは名乗っていないため、カルカとしては冒険者のリーダー格の認識だろう。

 それが複数女性と交際していると聞かされれば、驚くのは無理もない。

 モモンガは、そう思っていたが、カルカとしては『その女性複数と交際中の男性が、ロックオンしようとしていた相手』なので、驚きはモモンガの想定よりも大きかった。

 そこへ更なる追い打ちがかかる。

 

「ルプスレギナと言います。チームでは回復役を務めていて、リーダーのモモンさんとは交際中です」

 

 『モモンの交際女性』としては、この場で三人目となるルプスレギナが、いつもの『っす口調』ではなく、妖しげな魅力を醸し出しつつ自己紹介をしたのだ。

 

「な、な、え……?」

 

 もはや、カルカは言葉も出ない状態となっている。

 その後、デミウルゴスやセバスなどの自己紹介が続くのだが、一応でも頷くなどして反応できたカルカは褒められて良いだろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 自己紹介が終わった後、当たり障りのない雑談に興じながら、カルカは混乱から回復できずに居た。

 

(え? なんなの? モモンは冒険者なのよ……ね? どうして交際女性が三人も居るの? 見た感じは、真面目で優しそうだけど……女好きの遊び人だったのかしら?) 

 

 モモンガが聞いたらショックを受けそうな事を考えるカルカ。しかし、これが普通の反応というものだろう。

 ここから呆れたり幻滅したりするまでがセットとなることが多い。

だが、カルカは踏みとどまった。

 タチ(たっち)アレイン(ウルベルト)。この素晴らしい戦士と魔法詠唱者(マジックキャスター)らを配下とする男がモモンである。それほどの人物ならば、女性の数人ぐらいと交際していても不思議ではないのではないか。大手の商人だって夫人を数人持っていたりする。

 であるならば……。

 

(これぐらいで引いていては駄目よ! 例え第四夫人になろうとも、機会を逃すべきではないわ!)

 

 第四夫人。

 それが聖王女に相応しい立場かはさておき、カルカは、涙目になりかけていた目に力を入れた。

 少し混乱気味ではあるが、まだ彼女はモモンガを諦めては居ない。カルカから見たモモンガ……モモンという男は、それほどの『良物件』なのだ。惜しむらくは冒険者であって身分が低く、カルカとの婚姻関係に持ち込むには大臣や親族に対する押しが弱い。

 

「も、モモンさんは、チーム漆黒のリーダーとのことですが。多くの冒険者の方を取り纏めるというのは、やはり苦労が多いものなのでしょうか?」

 

 身分の問題は一先ず考えないこととして、カルカは自分から話を振った。

 聖王国の聖王女という立場から来る、組織頂点の気苦労。ここから、モモンの共感を誘えないかと、カルカはたおやかな笑みを浮かべながら、モモンガに問いかけるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 数分後。

 

「お恥ずかしい話ですが、大臣や貴族達を説得するのは難しいもので……。それは、あまり周囲には理解されないのです」 

 

「わかります。わかりますとも! そういう気苦労からは無縁で居られないんですよね~」

 

 モモンガは、カルカとすっかり意気投合していた。

 元より、組織トップの地位を望んでいたわけではないこと。

 自分が組織トップだからといって、皆が素直に言うことを聞いてくれるわけではないこと。

 その点において、モモンガは大いに共感している。それどころか、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が仲間同士の寄り合いなのに対し、カルカが責任を持つべきは国家だ。自分などより遙かに気苦労が多いのは、説明されるまでもなく知っていたが、当人から聞かされると同情することしきりなのだ。

 

(王国のランポッサ三世とか、バハルス帝国のジルクニフ皇帝だっけ? あの二人だって、胃の痛い思いはするんだろうけど……聖王女は気が優しい感じだから、俺としては親近感が湧くんだよな~……)

 

 事前にカルカの人柄は知らされていたし、遠隔視の鏡・改(ミラー・オブ・リモートビューイング)で容姿も知っていた。しかし、こうして話してみると大きな親近感が生まれ、モモンガは好感を抱いている。

 ただ、それは『付き合い上の好感』であって、カルカが望むような『結婚を前提とした好感』ではなかった。

 このまま会話を終えたとしたら、多少認識のズレがありつつも、モモンガとカルカは互いに好感を得た程度で終わっていただろう。カルカが何らかの行動に出るとしても、それはもう少し後になったはずだ。

 しかし、ここである人物が介入する。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ウルベルト・アレイン・オードル。

 大災厄の魔の異名を持つ悪魔は、今は人化している口の端を持ち上げながらモモンガを見た。

 

(ふぅん。モモンガさん、ギルメン会議の時は勢いで聖王女に会いたいって言った感じだったけど、まんざらでもなさそうじゃん?)

 

 ギルメン会議では聖王国行きを後押ししてくれた形だったので、ウルベルトとしてはモモンガに借りを作った状態である。モモンガは「気にすることないですよ」と言うかもしれないが、ウルベルトにとっては間違いなく『借り』だ。

 何か、課金アイテムでも進呈しようか……などと考えていたウルベルトであったが、今の状況であれば自分にできることはあるように思えた。

 

(ケラルトは聖王女と仲がいいよな? フム……)

 

 ウルベルトはケラルトを見る。

 ケラルトはカルカの左方、レメディオスを挟んだ席で座り、談笑しているモモンガとカルカを横目に見つつニヤニヤしていた。だが、カルカの様子を見物しながらもウルベルトを意識していたのだろう。すぐ視線に気づき、ウルベルトに視線を合わせてきた。

 

(なに?)

 

(いや、ちょっと話が……)

 

 まったくの無言で意思疎通した二人は、同時に席を立ち、皆の注目を浴びながら部屋の隅へと歩いて行く。ウルベルトはモモンガ達からは遠い方、セバスなどの後ろを通って長大な机を回り込み、ケラルトと合流した。

 

(「で、なんなの? アレイン?」)

 

(「いやほら、カルカ……様さ、うちのモモンと気が合ってる感じだろ?」)

 

 既に親しい間柄のため、ウルベルトは素の口調で思うところを述べる。

 お若い二人を、二人で話させてみてはどうだろうか。

 そう提案したところ、ケラルトは肩越しにモモンガを振り返ってから、すぐに部屋の隅へ向き直る。

 

(「モモン……さんって、感じの良さそうな人だけど……。さっき貴方が言ってたとおり……本当に強いの?」)

 

(「攻撃魔法の威力と、魔法職としての立ち回りは俺の方が強いけど、あの人は覚えてる魔法の数がやべーんだよ」)

 

 モモンガが習得した魔法は、七百を超えるのだ。

 対応力に関しては、ウルベルトを突き放して高みに達していると言っていい。

 ユグドラシル時代、モモンガとはタイマンPVPを行って、ウルベルトは対して負け知らずだったが……。

 

(「集団戦で相手方にモモンが居たら、それだけで勝つのが難しいってぐらいで……とまあ、そういう事は置いておくとして……だ」)

 

 先程の提案について、ケラルトはどう思うか。

 その点を確認したところ、ケラルトは少しだけ難しそうな顔をした。

 軽く握った右拳を口元に当て、数秒ほど考えてから目線だけでウルベルトを見る。

 

(「カルカ様には『出会い』が必要だと思ってたけど、うう……言い方が悪いかも知れないから怒らないでね? 冒険者と聖王女じゃ、身分が違いすぎて色々と難しいわよ?」)

 

 カルカが聖王女ではなく、その辺の貴族子女であれば駆け落ちさせる選択肢もあったろうが、いかんせん『聖王女』としての立場が重すぎる。冒険者と結婚したいなどと言って、それが大臣達に知られれば、様々な妨害を受けることは明らかだ。

 

(「確かにな……」)

 

 ナザリック目線で考えるなら、聖王女という立場など些末なことだし、大臣の妨害などどうとでもなる。しかし、ウルベルトは難しい表情となった。

 政治体制の歪みや不備、腐敗が大嫌いな彼にとって、強引に聖王女カルカを引き抜き、そのせいで一国の政治が乱れるのは避けたい。

 

(元の現実(リアル)で俺はテロリストだったが、国民に迷惑掛けるだけの阿呆とは違う。それは異世界に来たって変わりゃしねぇ)

 

 どうしようもない状況でなければ、事はスマートに運びたいのだ。

 ドッペルゲンガーを身代わりにして、カルカを連れ去ることも考えたが、それではカルカが納得しないだろう。レメディオスやケラルトも怒るはずだ。

 そうなるとカルカを聖王女のまま、モモンガとくっつけることになるが……。

 

(モモンガさんを婿に出すのもな~……。んん~……聖王女は聖王女のままで、モモンガさんはこっちに残ったままで……。それって通い妻とか? いや、モモンガさんが単身赴任? あれ? どっちが単身赴任したことになるんだ?)

 

 少し思考が混乱したウルベルトは、最終的に本人同士の気持ち次第とし、問題がこじれたら魔法等で何とかすることにした。

 

(タブラさんや萌えさんも居るし、俺だけで考えることもないしな!)

 

 今は、モモンガとカルカの手助けか、ちょっとした後押しをすることに集中しよう。 

 そう決めたウルベルトは、カルカと話をするモモンガを見た。

 管理職としての話題でカルカと気が合い、先程から実に楽しそうである。

 一方、チーム漆黒側……それもモモンガとの交際女性らに視線を転じると、ルプスレギナが楽しそうなモモンガを見て嬉しそうにしているのが確認できた。アルベドはと言うと、興味深そうにカルカを観察している。 

 そういう二人を見てるだけで、ウルベルトは口元が弛んだ。 

 

(モモンガハーレムの女性陣のためにも、ここは埒を明けないといけないな……。と言うか、茶釜さん……)

 

 茶釜に関しては、ウルベルトと同じ考えなのか、ウルベルトに向けてウインクを飛ばしてきている。

 何だかなぁ……と肩の力が抜ける思いのウルベルトだが、居並ぶギルメンの中で、茶釜が肩を持ってくれるなら安心できるというものだ。

 

(茶釜さんが反対に回って、後でペロロンチーノさんみたいに説教されるとか冗談じゃないしな……。よし……やるか)

 

 決心したウルベルトは、ケラルトに囁きかける。

 

(「モモンの身分なら問題ないぞ? モモンは王国で貴族をやってるからな」)

 




 カルカの打算回。
 とはいえ、モモンガさんへの好感度は上昇しております。
 ここから、亜人襲撃を交えてモモンガさんと関係が進展……しますように。
 と言うか、たっちさんとウルベルトさんがカストディオ姉妹と仲良くしてなかったら、もう少し手こずってたかもです。
 
 今回、3月最後の投稿になるかもです。

 あと、読み返しと誤字チェックが、本作の中で一番間に合ってないです。ヤバいのです……。

<誤字報告>
D.D.D.さん、佐藤東沙さん、ヴァイトさん、Othuyegさん

毎度ありがとうございます


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第103話

(「モモンが王国の貴族って……そんな話、聞いてないわよ?」)

 

(「言ってなかったからな」)

 

 目が据わるケラルトに対し、ウルベルトは鼻で笑いながら受け流す。

 現在、二人は聖王国王城の会議室、その片隅でモモンガ達に背を向けて囁き合っていた。

 かなり目立っているので、レメディオス、それに冒険者チーム漆黒……ナザリック勢の注目を浴びている。当然、モモンガと聖王女カルカも歓談を止め、ウルベルト達に目を向けていた。だが、聴力が強化されているとは言え、ここまで離れるとウルベルト達の会話は聞き取れない。

 

(「弐式さん。ウル……アレインさんが何を話してるかわかります?」)

 

 ペロロンチーノが隣の席の弐式に囁きかける。弐式は『忍者』を(史実に忠実ではなく、特撮時代劇系で)再現するビルドなので、離れた場所の音を聞き取るのが得意なのだ。聞き耳で言えば、ギルメン全員が元の現実(リアル)よりも遙かに聴力を増しているが、弐式が面の下で異形種化すると、その聞き取り精度は他のギルメンの及ぶところではない。

 ペロロンチーノと弐式の会話は、カルカとレメディオス以外……ナザリック勢の全員が聞き取っている……が、各人は顔に出すことなく平静を保っていた。

 

(「聞こえてるよ~。アレインさんの方で遮音する気がないみたいだし。え~……モモンさんが王国の辺境侯だって、ケラルトさんに教えてるみたい」)

 

 この報告を受け、椅子の後ろで立つ(しもべ)達は、特に反応を示していない。しかし、聞かされたペロロンチーノは、「ほえ?」と小声を発し、たっちと茶釜は「ほほう」と興味深そうな声を出した。そして、モモンガは「はぁ!?」と大きく表情に出してしまう。

 

(あっぶな! もうちょっとで声に出すところだった! ウルベルトさん、何してんの! その情報を出すかどうかは俺の判断次第でしょ!?)

 

 大声を出して止めさせたいが、そうもいかない。

 <伝言(メッセージ)>は声を出さなければならないので使用不可だ。

 <支配(ドミネート)>を使って邪魔しようとしても、モモンガの力量では、余程のバフをかけない限り、ウルベルトの耐性を突破できないだろう。

 つまり、すぐに打てる手立てがない。

 続く弐式の報告に耳を傾けながら、モモンガは気合いと根性で表情を元に戻した。いや、口元が僅かにヒクついている。

 

(これは良くない……。きっと……俺にだけ良くない流れだ!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

(「ほら、聖王国までは情報が来てないか? リ・エスティーゼ王国で、新たに辺境侯ってのが……」) 

 

(「し、知ってるわよ? 報告書は読んだと思うし……」)

 

 ケラルトが、脳内の記憶を検索するかのように考え込んでいる。

 とはいえ、報告は来ているはずなのだ。

 何故なら、聖王国に向けて情報を流したのはデミウルゴスなのだから。

 

(「確かに……」)

 

 記憶を再確認したのか、ケラルトがウルベルトを見返す。

 

(「でも、辺境侯の名は、アインズ・ウール・ゴウンだったはずよ?」)

 

(「モモンの方が通り名でね。息抜きの冒険者活動がやりやすいんだよ」)

 

 この辺は、モモンガが考えた設定どおりだが、弐式経由で聞かされているモモンガは「俺の個人情報が広まる現場を見るのって、複雑な気分だな……」と渋い顔をしていた。

 一方、冒険者モモンがアインズ・ウール・ゴウン辺境侯と同一人物であるという情報、これが事実だと飲み込めてきたケラルトは、その表情をより一層険しくしている。

 

(「辺境侯って、六大貴族と同格だって聞いたわよ? そんな大物がお忍びで入国するなんて、大事件じゃない! 私を……からかってるんじゃないでしょうね?」)

 

(「まあ、あの人の冒険者活動は息抜きだし……。こんな冗談は言わないさ。そういった小難しい問題は脇に置いてだな……どうだ?」)

 

 ウルベルトはニヤリと笑った。

 黙っていると酷薄な印象のウルベルトだが、そうやって笑うと中々に格好良い。たっちのリア充要素の一つ……イケメン振りを嫌っているにしては、ウルベルトも中々に見目が良いのだ。

 自身の『イケメンぶり』について、ウルベルトがどう思っているのか、モモンガを始めとしたギルメン達は気になるのだが……今のところ、正面切ってウルベルトに確認した者は居ない。

 

(「くっ、この……良い顔で笑って……。じゃなくて、どうだ……って、何がよ?」)

 

(「王国の六大貴族と同格……。カルカ様のお相手としちゃ、良い線行ってるんじゃないか?」)

 

 言われたケラルトは一瞬だけ振り返り、モモンガを見た。モモンガとはバッチリ目が合ったわけだが、モモンガは不思議そうに首を傾げてみせる。

 もっとも、一連の会話内容は把握できているので、モモンガは聞こえていない振りをしたのだ。ただ、会話の流れの怪しさには気づいており、いよいよ声を出してウルベルトを呼び戻すべきか……などと考え出していた。

 

(「むう……」)

 

 一声唸って、ケラルトは元の体勢に戻る。

 

(「わ、悪くはないわよ? でも、カルカ様は聖王国の聖王女なの。何処かの誰かに嫁ぐわけにはいかないから、モモン……ゴウン辺境侯は、聖王国に婿入り……」)

 

(「ああ、それは無しで……」)

 

 一言で断られ、ケラルトは目を剥く。

 しかし、目を剥いたのはモモンガも同様だ。

 

(ちょ、さっきから変なこと言ってると思ったら! 何で嫁ぐとか、俺が婿入りするとかしないとか、そんな話になってるの! だいたい、俺は名目上、聖王女に会いに来ただけで、聖王女と結婚するとか、そういうのは……)

 

 聞こえた話が話だけに、モモンガは大きく混乱している。

 

(こういう時は相談だ! 報告、連絡、相談! ホウ、レン、ソウ! 聞いてください! 皆さん! 俺は無実……)

 

 聞いてくださいも何も声は出していない。

 だが、縋るように振り向けられたモモンガの視線を、ほとんどのギルメン達はニヤニヤしながら受け止めた。

 この瞬間、モモンガは悟ったのである。

 一連の流れにギルメン達が関与しているということを……。

 

(って、何を水面下で進めてるんですか――――――――っ!!!!)

 

 絶叫したいモモンガであったが、目だけで訴えているので迫力は今ひとつだ。

 ペロロンチーノは横を向いて口笛を吹き、弐式は両手を合わせて拝むように謝罪し、茶釜は親指を立ててサムズアップしている。たっち・みーは小声で「まことに御免なさい」と謝っているものの、モモンガを助ける行動に出る様子はないようだ。

 

(たっちさんまで……)

 

 周りに敵しか居ない。

 この言葉をギルメン相手に使うことになろうとは、ユグドラシル時代には想像もつかなかったモモンガ。しかし、思い起こせば転移後世界に来てからだと、割とあった状況かも知れない。

 

(が、頑張れ! 俺! 何とかして切り抜けるんだ!)

 

 そう、今は状況を嘆くよりも、被害の少ない方向に舵を切り直すべきだろう。

 第一、自分が弄られるのは構わないにしても、カルカに迷惑がかかるのは避けるべきだ。

 

(カルカ王女は気の合うっぽい女性……人物だから、迷惑かけるわけにはいかないものな……。さて……)

 

 上手く会話を誘導できるかどうか、モモンガは……ギルメンではなく、(しもべ)達に目を向ける。彼らの反応を利用して、活路を見いだせるかと考えたのだが……。

 

(……駄目かーっ!?)

 

 アルベドを始めとした女性組は、ギルメン達が気を良くしているため、この状況を悪いものだとは考えていないらしい。すまし顔を維持しているナーベラルは別にして、アルベドとルプスレギナは、瞳をキラキラさせて状況を見守るのみだ。

 

(セバスなんて、聖王女を見てウンウン頷いてるし! 俺の嫁さ……いや、交際女性が増えるかどうかって展開だぞ!? なんでお前達は、そんな感じなのかな~!)

 

 つくづく(しもべ)の思考は理解しがたい。

 自分のことで追い詰められているため、理解はできるが納得したくない……が正しい表現かも知れない。

 

(ええい! こうなったら元営業職の手腕を見せてやる!)

 

 ここは、丁重に……そう、凄く丁重に「そういう意図で、お邪魔したんじゃないんですぅ!」と説明するしかないだろう。

 

(見た感じ、聖王女はウルベルトさんの思惑について知らないみたいだし……。け、ケラルトさんと話すことができれば……)

 

 レメディオスが武人建御雷っぽい女性なら、ケラルトは言わばウルベルトっぽい女性だ。見た目も知的だし、誠意を持って話せば解ってくれるはず。

 そう思ったモモンガであるが、残念なことに、彼が発言するよりも先にケラルトが皆を振り返った。

 清楚かつ朗らかな笑顔。しかし、モモンガはその笑顔に悪寒を感じている。

 

(なんだか、駄目な予感!)

 

「皆さん、アレインと話して気がついたのですが……。聖王女様とモモン殿は話が弾んでいるようですので、お互いの指導者同士、二人きりの会談の場を設けたいと思います」

 

「はぁっ!?」

 

 今度こそ、思わず声に出してしまったモモンガは、その口を手で覆った。

 しかし、声が出た後の行動であるため、塞いだ意味はない。 

 ギルメン達を見ると『ニヤニヤ度』が上昇しているのが不本意だが、これ以上騒ぎ立てても逆効果だとモモンガは判断した。

 

(せ、聖王女が断ってくれたら……)

 

 モモンガは救いを求めるように、カルカを見てみる。

 カルカは……赤く染まった頬を両手で押さえていた。実に嬉しそうである。

 

「ぐぅ……」

 

 モモンガは力なく項垂れ、それを見たケラルトは悪い笑みを浮かべた。

 

「はい。じゃあ決定と言うことで、後はお若い二人に任せましょう。他の人達は……別の会議室に移動しましょうね~」

 

 ケラルトが場を仕切り、ギルメン達が席を立つ。

 弐式とペロロンチーノが「お若い二人だー!」などと言ってハイタッチしている姿が、モモンガとしては腹が立つ光景でしかない。

 ゾロゾロと出て行く者達を見送るモモンガは、緊張している様子のカルカを一瞥してから、出ていく者の後ろ姿を睨み直し……心の中で叫んだ。

 

(覚えてろよ、貴様ら! 俺の嫁が増えても知らんからな――――――っ!!!)

 

 そうやって吠えた後でモモンガは肩を落とし、小声で付け加えている。

 

「と、脳内で魔王ロールをやってみたものの……。そうなったら、そうなったで責任は取るけどさぁ……。そう、なるのかなぁ……」

 

 この口振りでモモンガは自覚するのだが、カルカと良い関係になるのは嫌ではない。気持ち的には、エンリ・エモットと親しくなった頃を思い出していたりもする。

 

(俺……元の現実(リアル)で居た時は、こんなに気の多い人間だったっけ?)

 

 そうではなかった。

 これは間違いなく断言できる。

 なのに今は、アルベド、ルプスレギナ、エンリ、ニニャに茶釜と来て、今度はカルカだ。

 アルベドだけならまだしも、ルプスレギナにも手を出した時点で、自分は何かのタガが外れてしまったのだろうか。

 

(ギルメンの誰かだったかな、後宮とか大奥とか言っていたのは……)

 

 そうなる未来が見えたような気がして、モモンガは深い溜息をつくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うん?」

 

 ここは、とある地下遺跡の中。

 石組みの通路を歩いていた冒険者シシマル……こと、獣王メコン川は、その人化した顔を天井方向に向けた。

 

「シシマル? どうかしたか?」

 

 隣を歩くヘッケランが聞いてくる。中列のイミーナや、アルシェ、最後尾のロバーデイクとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータもメコン川を気にしているらしく、それぞれがメコン川の背に注目していた。

 

「いいや、なんでもない」

 

 メコン川は一言言って話を流すと、眉間に皺を寄せる。

 

(今、追い詰められた骸骨の絶叫が聞こえたような……)

 

 思い当たる骸骨と言えばモモンガだが、彼が単独行動をして手に負えない敵に囲まれるシチュエーションは、そうそう発生しない……とメコン川は考えた。

 

(モモンガさんは用心深いからな……。今はナザリックもギルメンが多いし、モモンガさんの近くには、弐式さんとか、たっちさんといった頼りになる人が多い……。ま、大丈夫だろ)

 

 その判断は正しい。

 だが、本来ならモモンガの味方をするはずのギルメンが、全員でモモンガを追い込んでいるとは、さすがのメコン川も気づけなかった。

 

(おっと、目の前の仕事に集中しなくちゃ……だな)

 

 可動域重視で装飾を可能な限り排した黒色の当世具足。それを身につけたメコン川は、顔を引き締める。

 今日のメコン川は、請負人(ワーカー)のフォーサイトに臨時加入中であり、バハルス帝国領での遺跡探索に付き合っていた。ちなみにメコン川の臨時加入についての提案者は、フォーサイトの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェだったりする。

 普段のヘッケラン達は、余所者の加入を好まない主義だ。今のフォーサイトメンバーでの連携に慣れているし、メンバーが増えれば報酬の取り分が減るので、それも良くない。だが、今回は生温かい目でアルシェの提案を受け入れていた。

 

「シシマルなら構わないぜ~。実力は俺達より上だし? 何よりアルシェが、ど~~~してもシシマルと冒険したいってんなら……いだぁ!?」

 

 余計なことを口走ったヘッケランが、イミーナによって尻を蹴飛ばされるシーンもあったが、メコン川の臨時加入は問題なく受け入れられていた。

 アルシェとしては、ナザリック地下大墳墓調査……の依頼遂行後、借金返済のために働く必要がなくなっており、肩の力を抜いての請負人(ワーカー)働きである。

 最近気になるメコン川と、一緒に冒険してみたいと思っていただけなのだ。

 

「ただそれだけ。他意はない。絶対にない。ないったらない……」

 

 杖を握りしめてブツブツ言っているアルシェは、顔が火照り赤くなっている。

 アルシェの様子を肩越しに振り返って確認したメコン川は、「フォーサイトのアルシェから誘われたから、一働きしてくる」と言ったときのギルメン達の反応を思い出していた。

 反対する者は誰も居らず、弐式とペロロンチーノがはしゃいだことで、建御雷と茶釜から拳骨をくらった程度だ。他ではモモンガから、護衛兼連絡役としてエントマの同行を条件にされたぐらいだろう。

 

(いい歳こいて、女の子と外出するのに他人さんの許可や応援があるとか……。しかも、保護者……じゃないけど、今回は護衛同伴だぜ? 勘弁して欲しいんだけどな~)

 

 そもそも、今回はフォーサイトと行動を共にしているだけなので、アルシェと二人きりというわけではない。だから、デート扱いされるのはメコン川としては不本意なのだ。

 とはいえ、こうして気ままに冒険をし、現地の気の合う者達と親交を深めるのは楽しい。

 メコン川は、イミーナにからかわれたことでアルシェが顔を真っ赤にして抗議しているのを見ると……僅かに下がっていた口の端を持ち上げた。

 

(ま、いいか。若い女の子と楽しくやれてるんだしな……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「セバス、もう少し右だよ」

 

「了解しました。デミウルゴス様」

 

 モモンガとカルカが残った会議室……とは別の会議室。

 そこで、ギルメン達が作業をしている。もっとも、ギルメン達は指図するだけで基本的に身体を動かすのは(しもべ)だけだ。

 今はセバスとデミウルゴスが、会議テーブルの端で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を設置中である。この二人は互いの創造主の影響を受けたのか仲が悪いのだが、ウルベルトの「デミウルゴス。例の物(遠隔視の鏡)を用意してくれ」に始まり、たっち・みーの「セバス。手伝ってやりなさい」という命令まで加わると、協力して作業せざるを得ない。もっとも、お互いの嫌悪感はともかく、至高の御方……しかも自身の創造主から命令されたことで、二人の機嫌はかなり良かった。

 室内では長方形の会議テーブルの一端に人が集まり、遠隔視の鏡に向かって右側にナザリック勢((しもべ)は、「至高の御方と並んで座るのは、やはり不敬!」と、椅子の後ろで立って待機中)、左側にカストディオ姉妹が座っている。そして、遠隔視の鏡に近い方で座るケラルトが、対面で座るウルベルトに話しかけた。

 

「ねえ? アレイン? あの大きな鏡、何なの? マジックアイテム?」

 

「あれは……。あ~……離れた場所での出来事を見聞きできるマジックアイテムだ」

 

 一瞬、言葉を濁したのは、ユグドラシルのアイテムについて普通に説明して良いかどうか迷ったことによる。しかし、面倒くさくなったのでウルベルトは普通に答えることにした。弐式や茶釜などのギルメン達も、その程度なら情報開示して構わないと考え、特に口を挟んでいない。

 ただ、ナザリック勢にとっての『その程度』は、聞かされたケラルトや聞いていたレメディオスにとっては大問題だった。

 椅子を鳴らして立ち上がったケラルトが、机上に両手を突きながらウルベルトを見る。その表情は真面目そのもので、視線鋭くウルベルトを射貫こうとするが、座ったままのウルベルトは平然と彼女の視線を受け止めた。

 

「何かな?」

 

「遠くの物を映し出して、現地の声も聞こえる? そんなマジックアイテム、聞いたこともないのだけれど?」

 

「そりゃそうさ。俺達で作ったアイテムだからな」

 

 本当はユグドラシルからの持ち込みアイテムを、課金アイテムとギルメンの力によって魔改造したのである。が、そういった事情を隠さずに話すわけにはいかないため、ウルベルトは嘘をついた。

 

「本当……いえ、『そういうこと』なわけね。それは、まあいいわよ……」

 

 内容はともかく、嘘をついていることは見抜いたのか、ケラルトは溜息をつきながら聞き流した。しかし、気になることを追及するのは諦めていない。

 

「でもね、これって途轍もないアイテムよ。わかってる? 敵国の重要会議とか離れた場所から見聞きし放題ってことだし……。敵軍の配置や陣形だって丸わかり……」

 

「そのとおりだ! これは大変だぞ! ケラルト!」

 

 普段の言動は脳筋極まるが、こと軍事に関しては頭の回転が速いレメディオス。その彼女が、すぐ隣で立つケラルトを見ながら声を挙げた。

 このように、聖王国の神官団長と騎士団長が揃って顔色を変えているのだが、対するナザリック勢の反応としては「大袈裟だなぁ……」といったものでしかなかった。

 確かに、この『遠隔視の鏡』は幾たびかの改修の末、探知範囲が拡大され相互の会話も可能となっている。想定される妨害魔法の緩和力も向上したので、大幅に強化されたと言って良い。

 しかし、ギルメン達は『ユグドラシル時代と変わらず、簡単に妨害される使えないアイテム』という認識が拭えなかった。

 何故ならギルメン達であれば、遠隔視の鏡による映像音声の転送を容易く妨害できるのだから……。

 ウルベルトとカストディオ姉妹のやり取りを見ていた弐式は、面の下で苦笑する。

 

(俺なんか、スキルだけで妨害できちゃうし……。転移後世界では有効なアイテムになったんだろうけど、どうも昔からの認識がね~)

 

 最後に弐式が肩をすくめると、それまで黙っていたペロロンチーノが挙手した。

 

「まあまあ、とにかくアイテムを起動しようじゃないですか。モモン……が、ゲフンゴフン、さん達が、何を話しているか気になりますしね!」

 

「ハハッ、それもそうですね! ペロンさん! ……タチさん、どうかしましたか?」

 

 朗らかに応じたウルベルトは、ふと視線をたっちに向ける。

 たっちは腕を組んだまま、横……遠隔視の鏡とは反対方向に顔を向けていた。カストディオ姉妹もつられて視線を向けるが、彼女らからすれば「何か気に入らないことでもあるのか?」といった印象でしかない。

 しかし、ウルベルト達、ナザリックのギルメンはわかっていた。

 たっち・みーは、モモンガとカルカの対談を盗み見ること、そして盗み聞きすることが気に入らないのである。

 ならば、彼だけ離席して会議室の外で待っていれば良いのだろうが、彼が居残っているのはモモンガ以外のメンバーとのギルメン投票で負けたことによる。いったい何の投票で負けたかと言えば、『モモンガさんのイベントトークを楽しむ会の活動停止』にかかる是非の投票だ。

 結論から言えば、反対票は一票のみ。

 つまり、たっちだけが反対という結果に終わっていた。それでも、たっちだけが離席することは可能だろうが、ウルベルトらが悪乗りした際に止める者として彼は会議室に留まっている。

 

(モモンガさん、すみません! けど、皆の暴走を止めるストッパー役は必要で、ああああ……)

 

 腕組みのまま微動だにせず、顔は遠隔視の鏡とは反対側向き。

 その内心は、葛藤で混乱の渦中にある。今は、フルフェイスのヘルムで顔を隠しているが、ヘルムを取ったら変な汗をかいているのが目視できたことだろう。

 そんなたっちを、ペロロンチーノと弐式が「たっちさん、苦悩してるな~。主に俺達のせいで」と申し訳なさそうに見ており、茶釜は「本当に見ては駄目な状況になったら受信をカットすれば良いんだし。たっちさんは、真面目よね~」と苦笑している。ウルベルトは「面倒くさい奴だ」と鼻を鳴らすのみだ。

 

「アレイン様。準備が完了しました」

 

 遠隔視の鏡の隣で立つデミウルゴスが、恭しく一礼している。その反対側、向かって左側ではセバスも同様に一礼していた。

 色々と面倒くさいことは多いものの、取りあえずはモモンガとカルカの対話を楽しもう。

 そう判断したウルベルトは、「では、始めてくれ」と指示を出しつつ、内心ではたっちに対して軽く舌を出していた。

 

(さて……後は、モモンガさんが気づくまで何分持つか……だな)

 

 普段のモモンガなら、ナザリック外で重要な会議をする場合は盗聴防止等の措置を施す。パッシブの妨害手段を備えているのにだ。そして、それはウルベルトから見ても、執拗に思えるほど念入りに行われるのだが……今別室に居るモモンガは、そういった防諜系の魔法を使用していない。

 モモンガが気を抜いているのもあるだろうが、カルカ……女性と楽しくお喋りすることについて、ナザリックの組織運営といった方面の重要性を感じていないからだろう。

 

(俺達にハメられたと気づいた時点で、普段のモモンガさんなら何かしら準備すると思うんだがな~……。やっぱり、浮かれてるのか? うむ、ギルド長が楽しそうで何よりです!)

 

 そして思う壺だ……と、ウルベルトはほくそ笑む。

 

(遠隔視の鏡の使用にあたって、弐式さんに追加で隠蔽のスキルを使ってもらったし……。モモンガさんが自発的に何かしなければ、このまま二人の会話は俺達に筒抜けか……)

 

 このまま妨害されず終いでも面白いだろうし、バレてモモンガが妨害するにしても、それはそれで面白い。

 

(安値だが、俺もアイテムを使って妨害対策してるからな。弐式さん相手にはキツいが、モモンガさんのパッシブでの妨害は通用しないぞ~? どうするモモンガさん? いや、楽しいな~。バレてもバレなくても俺得とか、さすがは俺、天才だな! ふはははは!)

 

 御満悦のウルベルト。

 だが、バレた場合、怒ったモモンガによる説教が待っている。いや、どのみちこの状況に追い込んだことで説教は確定しているのだが、楽しさ優先のウルベルトはまったく気がつかない。もとい、意識が及んでいないのであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「どうも……その、神官団長が変な風に気を回したようで……」

 

「いえ、お気遣いなく……」

 

 仲間の『やんちゃ』に悩まされるところも同じで、親近感が湧く。

 モモンガは(ギルメンに対する説教内容は別で考えるとして)機嫌良く、カルカの謝罪に応じていた。

 そして今、会議室はギルメン達やカストディオ姉妹らが居なくなったことで、感じる『広さ』が増している。そんな状況下で二人きりになったせいか、モモンガの意識はカルカに集中した。

 先ず思ったことは、やはりカルカが美人だということ。

 顔の造形が美しいのは初見のとおりだが、話してみると穏やかな人柄が魅力を後押ししているのがわかる。

 

(話してて気が安らぐってのはいいよな~。普通の女の子なエンリや、魔法詠唱者(マジックキャスター)として慕ってくれるニニャに通じるものがある……ような気がする!)

 

 加えて言えば、生粋のナザリックNPC……アルベドやルプスレギナと違い、忠誠心といったものが無い。つまり、肩が凝らなくて良いのだ。

 

(一国のトップだから、それはそれで肩は凝るけど……。聖王女……カルカさんの場合は、癒し力がね~……)

 

 同様の感想は、カルカの方でも抱いている。

 

(改めて見ると、温和な顔立ちが……良いわ~。あと、顔立ちだけじゃなくて性格も温厚っぽいのが良いわね。私の周囲には居なかったタイプよ!)

 

 思えば意識していた異性……タチ(たっち・みー)とアレイン(ウルベルト)は、それぞれがレメディオスやケラルトと気質が似ている。普段から親しいカストディオ姉妹と似ている部分があるので、意識していたのではないだろうか。その様にカルカは分析していた。

 

(これは……これは、そうね! 暫くお付き合いして、お互いのことをもっと良く知ってから……キャー!)

 

 たおやかな笑みを浮かべながら、心の中ではテンション上がりっぱなし。

 この辺、アルベドも似たようなことをするが、アルベドの場合は、モモンガを対象とすると精神に抑制がかかる。最近は、その精神抑制がなりを潜めだしているのだが、これはタブラの考察によると、モモンガによる設定改変が、実体化したアルベドに馴染んできたということらしい。

 ともあれ現状、アルベドとカルカは、一部であるが通じるものがあると言って良いだろう。

 これらのことについてモモンガは把握できていなかったが、何となくアルベドっぽさを感じているので、これもまた好感度の上昇に繋がっていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「イイ感じね~……」

 

 遠隔視の鏡に映し出される、モモンガとカルカの会話模様。

 それを見つつケラルトが呟いている。

 遠隔視の鏡を起動させた当初こそ、ウルベルトに対して質問の嵐を浴びせていたが、今では落ち着き、画面に見入っていた。これはレメディオスも同様らしく、瞬きを忘れたかのように目を見開き、画面を凝視している。

 一方、ナザリック勢は、最初の方こそ「そこだ! 押せ!」や「モモン……さん! そこは褒めるんですよ!」といった声援が出ていたものの、モモンガとカルカが醸し出す甘酸っぱくもホンワカした雰囲気に当てられ、声が出なくなっていた。

 

「なんだろう、この『いけないものを見ている感』は……」

 

「姉ちゃん、いけないことをしているのは俺達……あ痛っ!」

 

 ペロロンチーノが茶釜に殴られている。

 ただ、折檻めいての強打ではなく、ぽかりと軽く殴ったのみだ。これは、茶釜の注意が画面だけでなく、後ろで並ぶNPC達にも向けられていたことによる。

 セバスやデミウルゴスは「ほほう」や「ふむ」といった小さなリアクションがあるのみ。ナーベラルは弐式が一喜一憂している(今は大人しくなっているが)様を見て瞳をキラキラさせているようだ。

 ルプスレギナに関しては「中々にイイ感じっすね~。……参考にしようかしら……」と、何やら企んでいる様子。

 残るアルベドはと言うと……。

 

「……」

 

 最初の頃のキラキラ感は何処へやら、どことなく口惜しげに、画面に見入っていた。 

 

(『(わたくし)では、モモンガ様とああいった風に話せない』とか思ってそうね~……)

 

 冒険者ブリジットとしてのアルベドは、砕けた態度でモモンガと話せている。だが、やはり演じている部分もあり、根本的にはNPC……『(しもべ)』なのだ。

 

「ふむ……」

 

 鼻を慣らした茶釜は、視線を遠隔視の鏡に戻す。

 今、モモンガとカルカは、互いの好きな食べ物……中でも菓子について語り合っている。モモンガが自分の屋敷(ナザリック地下大墳墓)に凄腕の料理長が居て、彼が作る菓子類は絶品だと言い、対するカルカは興味深そうに質問していた。

 すっかり『お見合い』の雰囲気となっている。

 

(マジでイイ雰囲気ね~……。NPCや現地の娘には無理でも、私なら、ああ出来たかもだけど……。いや、無理か~……) 

 

 元の現実(リアル)において、声優……芸能人である茶釜に対し、モモンガ……鈴木悟は憧れを抱いていた。それは高嶺の花を見るようであり、今のカルカに対する態度とは違っていたように茶釜は思う。

 

(今だって、一歩……いえ、半歩ぐらい引いた感じで接してきてるし。もうちょっと私にも、あんな……カルカさん相手みたいな感じで……ねぇ)

 

 茶釜に言わせれば、生まれついての王族であるカルカの方が、高嶺の花度が上なのだが、どうやらモモンガにそういった意識は(相手が王族という認識はあるものの)ないらしい。

 転移した異世界での王族なので、ピンと来ていないのだろう。

 

(で……考えれば考えるほど、アルベドの気持ちがわかっちゃうのよね~……)

 

 そして、わかるほどに自分に効く。精神系ダメージが入ると言ってもいい。

 このやるせない気持ちをどうすれば良いのか……。

 今更、モモンガとカルカの邪魔をするのは茶釜の趣味ではない。それどころか、見ていてホッコリした気分になれるので、応援したいくらいだ。

 となると、アルベドのフォローに回るのが良いだろう。そうすることで、自分の気持ちが少しは晴れるはず……。

 そう判断した茶釜は、悪い笑みを浮かべた。

 

「ここは、この茶釜さんが一肌脱ぐしかないわねぇ……」

 

「何を思いついたんですか! 勘弁してくださいよ、いや本当に! って、俺の話、聞いてます? 茶釜さん!? 茶釜さ―――――ん!」

 

 モニターに映るモモンガの絶叫が、幻聴となって聞こえた気がする。だが、茶釜は聞かなかったことにし、作戦を練り始めるのだった。

 




 心の絶叫をことごとく無視されるモモンガさん。
 頼りとなるはずのギルメンも助けてくれはしない。
 いったい誰が彼をここまで追い込むのか……。

 書いてる私なんですけど。

 終盤の展開をお読みいただいたとおり、カルカイベントに乗っかる形で、アルベド(メインヒロイン)のイベントを進めようと思っています。

 久々で登場したエントマを喋らせたかったけど、何処かで書こうと思います。

 それにしても最近、仕事が~……。
 投稿頻度は落ちますけど、頑張りますです。

 そうそう、アルベドイベントと、聖王国イベント。この辺を乗り切ったら最終回、最終回が見えて……きそう?

 ちなみに、今回悩んだのは、覗き見する場にたっちさんをどう居座らせるか……と、モモンガさんがギルメンを『貴様ら』呼ばわりするところ。
 後者に関しては、消したり書いたりしてましたが、魔王ロールということで落ち着きました。
 ギルメンに向けての『覚えてろよ、貴様ら!』は、言わせたかったんです。


<誤字報告>

はなまる市場さん、つがさん、D.D.D.さん、トマス二世さん、佐藤東沙さん、
V・X・Tさん

 各キャラのセリフ(話し言葉)については、人が話してる感を出すべく崩し気味にしてることがありますので、修正指定があっても、そのままにしておくことがあります。
 御了承くださいませ。


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第104話

「モモン殿……。この状況……誰の意図だかはわかってますが、こうして二人で話してみると……」

 

「ええ、聖王女様。思っていた以上に話が合いますね……。誰の意図だかはわかっていますが……」

 

 苦笑するカルカに対し、モモンガが笑いながら答えている。

 組織のトップとしての気苦労や、落ち着いた居室の良さに対する見解、菓子の甘さに対する好み。そういった諸々について、モモンガとカルカは意気投合していた。

 なお、モモンガが言う『この状況を意図的に生み出した者』は、ウルベルトであり、カルカにとってはケラルトだったりする。

 

(ウルベルトさんは後で正座させるとして……。気の合う美人さんと話すのが、ここまで穏やかな気分になるとはな~……。気のせいか、発狂ゲージも下がってる気がするな! 気のせいかもだけどな!) 

 

 異世界転移したことで、モモンガ達は人間から異形種になった。

 異形種のままで居ると、人間としての感性や心根がどんどん薄れていき、行き着く先は精神も含んだ完全なる異形種化。

 これが、弐式炎雷の発言が元となった『異形種ゲージが溜まる』という現象である。

 モモンガ達は、この転移後世界において、ユグドラシル時代のように楽しく過ごしたいと考えているため、身も心も異形種化するのは本意ではない。

 そこで、人化アイテムによって人化し、精神を人のものとすることで安定を図っていた。とはいえ、正体と言うべきか本性と言うべきか、本来は異形種であるため人化していても精神の異形種化が徐々に進行する。ならばと、適度に異形種化して『ガス抜き』を行い……と、一連の流れが繰り返されるのだ。

 しかし、単なる繰り返しで済むのならギルメンが面倒さを我慢すれば良いが、ここで隠しパラメータとでも言うべき『発狂ゲージ』が登場する。

 人の姿で居続けられない。

 異形種の姿で居続けられない。

 そうした時間が蓄積することでストレスのようなものが溜まり、普段の当人からは考えられないような言動に出てしまうのだ。

 これが発狂したかのような振る舞いなので、ギルメン間では『発狂ゲージが溜まる』と表現される。

 合流済みのギルメンでは、ブルー・プラネットが発狂したギルメンの代表例だ。

 

(発狂ゲージは、精神安定系アイテムを装備すれば、ガス抜きないし解消ができるわけだけど……。聖王女と話しているだけで同様の効果が得られるとしたら、これは重要な事実だぞぉ!)

 

 思わぬメリットを発見した(ように考えている)モモンガは、内心で歓喜したが、他のギルメンにも同様の効果があるか実験してみようか……とまで考えて、少しイラッとした。

 聖王女……カルカが、他の男性ギルメンと親しく会話している。その情景を思い浮かべたことで気を悪くしたのである。

 

(ふむ、茶釜さんや、やまいこさんが話相手だと特に気にならないか……。これはいったい、どういうことだ?)

 

 モモンガはカルカとの会話を続けながら、幾つかの会話パターンを思い浮かべてみた。たっちとカルカ、ウルベルトとカルカ、ベルリバーとカルカといった具合である。そして、そのどれもが気にくわなかった。

 これはカルカだけが特別だということなのだろうか。

 

(いや、もっと検証が必要だな……)

 

 カルカを除外して他の会話パターンを、モモンガは連想してみる。

 ヘロヘロとユリ・アルファ、獣王メコン川とソリュシャン・イプシロン。

 

(ルプスレギナとペロロンチーノさん……ぬうっ!? 今、かなりイラッと来たぞ!?)

 

 ルプスレギナ・ベータとペロロンチーノ。この両方、あるいは片方が原因なのか。手当たりを感じ取ったモモンガは、今度はルプスレギナとブルー・プラネット。続いてペロロンチーノとユリをカップリングしてみた。すると、ルプスレギナが加わっている時だけ苛立つことが判明する。

 

(では、次……)

 

 と、このように様々なパターンを短時間の内に試したみたところ、一つの結論が得られた。 

 現在、モモンガと交際中の女性が、モモンガ以外の男性と親しくしているパターン。それが脳内シミュレーションの結果であっても、モモンガは苛立ちを感じるということだ。

 

(うわっ、俺って独占欲……つよっ!?)

 

 ちなみに苛立ちの強さ順で考えると、最も腹が立ったのはアルベドが男性ギルメンの会話相手となったパターンで、その後はルプスレギナ、ぶくぶく茶釜、エンリ・エモット、ニニャ……そしてカルカの順になる。

 

(親密度や好感度が関係するとしたら、やはり俺の一押しはアルベドなのか……。さすがは俺の好みを集約しただけのことはあるな……)

 

 アルベドの制作者であるタブラ・スマラグディナのリサーチ力、恐るべし。

 そう思うと同時に、アルベドが自分の中で一番であることについて、モモンガは何となくだがホッとしていた。

 

(今度またデートに誘っちゃおうかな。あ、ルプスレギナや茶釜さんも……。ああ、体が交際女性の数だけあればいいのに!)

 

 悩ましいが、マジックアイテムでどうにかなりそうではある。だが、それはそれで誠意に欠けるような気がして、モモンガは眉間に皺を寄せた。

 

(アイテムで自分を増やして複数デートとか……。複数女性との交際を作業みたいに扱う感じで嫌だな……)

 

 やはり、スケジュールを上手くやりくりして、身一つで対応するべきだろう。

 

(ハーレム男にはハーレム男なりの、根性の見せ方や筋の通し方ってものがあると、俺は思うんだよな~。で……だ)

 

 そこまで考えたところで、モモンガの思考はカルカの件に戻る。

 どうやら自分は、自分で思っていた以上にカルカのことが気に入っているらしい。このまま親しくなり交際することになったら、ギルメン達の思惑どおり、モモンガハーレムに増員となるが……。

 

(皆の期待どおりの展開になるのは気に入らないけど、今更一人増えたところで俺の『ハーレム男』という立ち位置が変わるわけでも……。いやいや、そもそも聖王女の方で俺のことを気に入ってるとは限らないじゃないか。何を考えてるんだ、俺は!)

 

 実のところ、カルカの方ではモモンガをかなり気に入っているのだが、女性との交際経験、あるいはその期間の短いモモンガには、そこまで読み取れていなかった。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

「あ、いえいえ。少し、チームの活動予定などが思い浮かんだものでして……。考えごとなどして申し訳ないかぎりです」

 

 怪訝そうにしているカルカに対し、モモンガは苦笑交じりで謝罪する。言い訳自体は咄嗟に思いついたものだったが、カルカは聞いた言葉をそのまま受け止めたようだ。

 

「そう言えば、モモン殿はチーム漆黒として行動中とのことですが……。聖王国では何か依頼をお受けになるのでしょうか?」

 

 そんな予定はない。

 今回、モモンガは、たっちやウルベルトにくっついて来ただけなのだ。

 だが、カルカから聞かれた『聖王国での冒険依頼』には、ほんの少し興味が湧いている。

 

(後で冒険者組合に顔を出してもいいかも……)

 

 聖王国における冒険者は立場が低い。そのような話を聞いた記憶があったが、何かしらの依頼はあるだろう。

 これも一つの冒険だ。それもギルメンと一緒の! と、モモンガがテンションを高めているところへカルカが話しかけてきた。

 

「もし、よろしければ……ですが、聖王国としての依頼を引き受けていただきたいのです……」

 

「ほほう。国からの指名依頼ですか……。内容を伺ってもよろしいですか?」

 

 モモンガは「イベント発生だ! 面白くなってきたぞぉ!」と内心で喜ぶ。本来、不測の事態を嫌うたちなのだが、今回はカルカとの対話で浮かれていたこと、そして「大方はモンスターの討伐依頼だろう」と当たりをつけていたので、落ち着いた状態でカルカの説明を聞くこととなった。

 そしてカルカが語った依頼内容とは……亜人の討伐。おおむね、モモンガの予想どおりである。

 

「最近、亜人の氏族が合流して一大勢力を構築しているとのことで……」

 

 それはデミウルゴスが意図的に流した情報なのだが、カルカは普段どおり、下から上がってきた報告だと思っているようだ。

 

「動き出す前に亜人の集団……連合のようなものを討伐しろと?」

 

「いえ、まだ何もしていない時点で攻撃するわけにはいきませんので……。それに、腕利きとはいえ冒険者チーム一つで対応するには規模が大きすぎます。彼らが押し寄せてきたときに漆黒が居合わせた場合、協力していただきたいと……」

 

 カルカは一介の冒険者チームに無理を言っていると考えたのか、申し訳なさそうにしている。

 一方で、モモンガは「甘いな~」と少し呆れていた。

 これまでに知った情報では、聖王国は亜人達に何度となく押し寄せられている。そこに敵対勢力が居るのなら、駆逐してしまえば良いのである。

 

(それを放置しているから、態勢が整うたびに押し寄せて……と、ここは国力や軍事力の問題もあるから、聖王女の対応だけを非難するわけにはいかないか……)

 

 何しろ、転移後世界において人間は弱者だ。

 モモンガ達ほどの強さがあればともかく、今の聖王国では一杯一杯なのだろう。

 もっとも聖王国の南部側との連携が取れていないそうなので、そこは聖王国の落ち度ではある。

 

(俺達がリ・エスティーゼ王国でやったみたいに、『内部改革』とかできればいいんだろうが……。今の段階で王国だけじゃなくて聖王国まで手を伸ばすのもな……)

 

 そこまでせずとも、カルカの依頼を受ける程度なら今は問題はないはずだ。

 そういったことを考えながら、モモンガは一つ頷きカルカに視線を合わせなおす。

 

「聖王女様。私は冒険者チーム『漆黒』のリーダーですが、総てを独断で決められるわけではありません。仲間達と相談してから依頼を受けるかどうかを回答する……とさせていただいてよろしいでしょうか?」

 

「もちろんです! 『漆黒』の強さは聞いています! タチ殿とアレイン殿の強さも知っていますから、是非とも前向きに検討してください!」

 

 そう言うカルカの表情は花の咲いたように美しく、モモンガにとっては眩しい限りであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「てことは、この後は俺達と相談か~……」

 

 背もたれに体重をかけたペロロンチーノ……今は人化中である冒険者ペロンが、ギシリと椅子を鳴らす。

 モモンガ達が居た会議室とは別の会議室で待機していたギルメンと(しもべ)、そしてカストディオ姉妹は、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で二人の会話を見聞きしていた。

 モモンガとカルカが親しく談笑している様子は実に心温まるもので、極一部の者……アルベドを除いた者達は「いいものを見た」という気分で一杯である。しかし、覗き見が終わったところで、カルカがモモンガに依頼した内容が話題となっていた。

 

「タチさんはどう思う? けっこうな大仕事になると思うけど?」

 

 弐式がたっちに話を振るが、この場合の『大仕事』というのは転移後世界感覚での話だ。聖王国での亜人の暴れっぷりについては、弐式やペロロンチーノは伝聞でしか知らない。だが、一〇〇レベルプレイヤーとまともに戦えるほどでないことは容易に想像がついていた。なので、ここでたっちに意見を求めたのは、異世界転移から暫くの間、聖王国で冒険者として活動していた経験からの情報……それを再確認したかったからだ。

 

「そうですね……」

 

 騎士スタイルのたっちは、人化中の顔を硬くしつつ、腕組みをする。 

 

「確かに『大仕事』でしょうね。難易度は、ともかくとして……」

 

 たっちも亜人が集合したところで大した相手になるとは考えていない。彼と仲の悪いウルベルトも頷いているので、やはり大したことはないのだ……とギルメン達は認識した。

 そうなると、漆黒においてはどの程度の戦力で戦うかが問題となる。

 多めに人数を出して、それなりに頑張ってる……ように戦うか。

 小人数で軽く蹴散らして、チーム漆黒の武威を示すか。

 ウルベルトの背後で直立不動の姿勢を取っているデミウルゴス。彼から事前に受けた報告では、亜人達の動向は逐一把握しており、『至高の御方』の好きなタイミングで殲滅が可能であるらしい。

 

「モモン……ガ、ごほん! モモンが戻って来たら、その辺を話し合いますか」

 

 ウルベルトが咳払いしながら言うと、居合わせたギルメン達は皆が頷いた。

 一方、カストディオ姉妹は顔を見合わせている。

 タチとアレイン……たっちとウルベルトの実力は(二人が控えめに見せていた分には)知っているが、そこに数人程度の仲間が加わったとして、軍隊が相手する規模の亜人集団と戦えるか疑問だったのだ。

 

「タチ達の実力は理解しているつもりだが、大量の亜人が集まると……普通は冒険者の出番ではないぞ。補助戦力として参加するのが普通で……普通なのだが……」

 

 困惑しているレメディオスに妹のケラルトが頷き、次いでウルベルトを見た。

 

「姉さんの言うとおりよ。アレイン、無理はしなくていいんだからね?」

 

「大丈夫ですよ。やりようは色々とありますから」

 

 ウルベルトはニッコリと笑う。

 演技で慇懃無礼にしているのではなく、気を遣って安心させようとしているのだ。

 この振る舞いに、ぶくぶく茶釜が「声色からして……あれ、本心よね? かなり彼女に気がある感じじゃん……」と呟いている。異世界転移後の異形種化によって聴力が強化されているウルベルトには聞こえているが、彼は知らぬ顔で聞き流していた。

 このように、会議室内のギルメン達は総じてのほほんとしていたが、カストディオ姉妹は困惑するのみである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとカルカは、ギルメン達が待つ会議室へと移動を開始していた。

 元々、モモンガ達が居た会議室こそが最初に全員で入った部屋なのだが、再び他のメンバーを呼び戻すよりは……と、自分達が移動することにしのだ。

 今は、他の者が居る二つ目の会議室へと二人並んで……モモンガが少し遅れて歩こうとしたが、カルカが主従ではないのだし、並んで歩きたいと主張したことによる……歩いており、会議室までの距離が近いこともあって特に会話は生じていない。

 ただし、二人はそれぞれ、脳内で考えごとをしていた。

 モモンガの場合は、次のようなことを考えている。

 

(亜人の大集団か……。ここは一つ、俺達の実力の見せどころだな~。けど、俺的には、ギルメンと一緒に大暴れしたいんだよな~……。本来の異形種っぽく!)

 

 とはいえ、依頼を受けてチーム漆黒として行動するのに、異形種の姿をさらけ出すのは良くない。それにモモンガ達が本気で暴れたら、亜人達がどれ程集まっても一瞬で荒野の塵と化す。いや、塵も残らないだろう。

 

(……ウルベルトさんの大災厄(グランドカタストロフ)は封印だな、ふ~いん! 俺達の見せ場が無くなるというか、全部、ウルベルトさんに持っていかれちゃうし!)

 

 皆で適度に手加減しながら、色々と楽しく暴れる方法を模索するべきだ。

 後は、先程も考えたとおり、聖王国側の目のある場で異形種化できる上手い言い訳があれば良いのだが……。

 

(難題だな……。……そうだ! タブラさんと、ぷにっと萌えさんに相談するか! 今はウルベルトさんも合流しているし、俺が心配するようなことは何も……ないな!)

 

 困ったときに相談できる相手が居るというのは素晴らしい。

 カルカの件についてギルメン達に思うところはあるものの、今の自分は恵まれているとモモンガは思い……その頬を弛めた。

 

(営業職をしていたときは、一人で悩んで一人で決めてが多かったし……。上司は成果を催促するだけだし……。同僚も、ほとんどが競争相手で……。ああ、どうでもいいや、昔のことなんか……)

 

 目の前の楽しいことだけを考えよう。

 異世界に飛ばされた。

 元の現実(リアル)での色んな事が台無しになった。

 更には異形種になって、人間ではなくなった。

 だけど、今はギルメン達がナザリック地下大墳墓と共にある。

 

(それに……だ) 

 

 交際女性が出来たというのも、モモンガの幸福感上昇に大きく影響していた。

 茶釜、ルプスレギナ、エンリ、ニニャ……そしてアルベドだ。

 

(ひょっとしたら聖王女も加わるかも知れないが、一人増えたとしても小さな問題だよ! たぶん! そう、これ以上増やさなければ問題ないしな! たぶん!)

 

 頭の片隅で、タブラの「それはハーレム人員がどんどん増えるフラグですか~?」という声が聞こえた気がするが、モモンガは敢えて無視している。

 このように、モモンガは浮かれ調子であったが、隣で歩くカルカはというと……。

 

(ふふふっ! 上手く行けばモモンの凄いところが見られるかも!)

 

 と、為政者としてはどうかと思われる、しかし、婚活女子としては概ね真っ当な浮かれ方をしていた。

 カルカにとって、モモンの強さは疑いを持つにあたらない。何故なら、圧倒的な実力を誇るタチ(たっち)アレイン(ウルベルト)が所属する冒険者チームのリーダーであり、二人が口を揃えて「モモンは凄い」と言うからだ。

 

(そもそも、亜人が通常よりも大規模な徒党を組んでくるなら、戦力増強は必須だもの。決して私利私欲のためにモモンを……じゃなかった、漆黒に依頼したわけじゃないの!)

 

 そういうことはカストディオ姉妹や大臣、その他軍関係者に言えば良いのだが、内心で言い訳しているのは、自分を納得させるためである。もっとも、自分に対して言い訳している時点で、私利私欲を認めているようなものだ。

 

(だから、私利私欲じゃないーっ! あ……今度亜人が押し寄せてきたら、私も前線に出て視察しようかしら? レメディオス達が一緒なら、皆、反対しないわよね?)

 

 反対されるに決まっている。だが、モモン達の活躍の場を自分の目で見ようというのは、カルカの中では確定事項となっていた。

 ローブル聖王国、聖王女。カルカ・ベサーレス。

 自案を押し通すような強引さを持たず、八方丸く収まるように動きながら、結果としては及第点に少し足らない結果を出す為政者である。

 その人柄は温厚にして、時に優柔不断。それでいて清廉を目指す。

 近年は亜人への対応などで精神的に圧迫されていたが、ここ暫くはタチとアレインの活躍により、国防に余裕が生まれ、今また二人の本隊である漆黒の協力も得られる可能性が見えていた。

 漆黒が戦ってくれるなら国軍の負担減少が期待でき、それを考えたことでカルカは気が楽になっている。

 ……結果として、少しばかりポンコツの気配が漂いだしているようだ。

 が、そういった調子に乗ると暴走するところは、モモンガと一部似ていたりする。

 

「……」

 

 カルカは目の端でモモンガを見て、「何やら思案している横顔……素敵!」と少し頬を染めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 会議室に到着したモモンガは、「俺が先に入る……で良いんだよな?」と扉を開け、カルカよりも先に入って行く。

 そして中に居たギルメンと(しもべ)、カストディオ姉妹にカルカから「亜人大集団への対処」について依頼を受けたことを説明した。

 ギルメンからの反対は特にない。

 

(うん?)

 

 モモンガは首を傾げる。

 ギルメン達が反対しないのは良い。亜人達が、どれ程数を集めたとしても、ナザリックの脅威にはならないからだ。

 しかし、カストディオ姉妹が(微妙な表情ながら)平然としているのは不可解である。

 たっちやウルベルトの実力(の一端)を知っているとは言え、多種族の大規模構成に対する軍事的対応に、アダマンタイト級でもない低級の冒険者チーム(現状、チーム漆黒は合流したギルメンで銅級の者が居るため、チームとしては銅級の扱い)を加えること。これについて何らかの不安要素を述べても良いと思うのだが……。

 

(いきなり聞かされたにしては落ち着いてる感じなんだよな~……。あらかじめ知ってたみたいに……待てよ?)

 

 そのとき、モモンガの脳に電流走る。

 気がついたことについて確認しようとギルメン達の方へ目を……顔ごと向けたところ、ギルメンらは一斉にモモンガから目を逸らした。

 この振る舞いにより、モモンガの疑念は確信へと変わる。

 

(あんたら、俺と聖王女との会話を……覗き見してたのかーっ!)

 

 怒りマックス。しかも、今は異形種化していないので精神の安定化は発生しない。

 どうやって説教してやろうか、聖王女と強引に二人きりにさせられた件もあるが、たっちさんとウルベルトさんには割り増しで説教だ……などと考えていると、ケラルト・カストディオが挙手した。

 

「チーム漆黒の実力については、タチとアレインの強さを知っているので問題ないと思うの。本人達は自信がありそうだし……。でも……聖王女様には、すこ~しばかり私から御相談があるのです……。よろしいですわよ……ねっ!」

 

 語尾を強くした(途中の『です』も、怒りのせいか声色がおかしかった)ケラルトが、ギロリとカルカを睨む。

 それに怯えたカルカは「え、ええ、そうね! 相談は大事だもの!」と引きつった笑みを浮かべながら何度も頷いている。 

 

「では、俺達も相談するとしましょうか?」

 

 ケラルトとカルカの会話に区切りがついたところで、モモンガは「俺の番だな!」と話し出した。今は人化中だというのに、死の支配者(オーバーロード)の暗い眼窩で光る赤の灯火が見えたような気がする。

 ギルメンらが着席したまま硬直する((しもべ)達は少し前より硬直中)のを見て、モモンガは話を続けた。

 

「依頼を受けるかどうかについて意思統一する必要がありますし……。あ、そうそう、ケラルト殿。この会議室の机や椅子ですが、端に寄せても構いませんかね? 後で戻しておきますので……」

 

「ええ、モモン殿。ご存分に……」

 

 机と椅子を端に寄せた会議室で、モモンガが何をしようとしているのか。

 概ね察したケラルトは、異性に対して滅多に向けない柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「こちらはこちらで、時間がかかると思いますので……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うう……だって、モモンの凄いところを見てみたいと思ったんだもん」

 

 カルカは自室のテーブルで椅子に腰を下ろし……項垂れている。

 大臣やカストディオ姉妹に相談もなしで、チーム漆黒に協力要請したことをケラルトから叱られているのだ。そのケラルトはカルカの対面で座り、腕組みをして頬を膨らませている。ケラルトの左側で座るレメディオスは、カルカ寄りの思考であったが、それを口に出すと妹の矛先が自分に向くので、カルカに申し訳ないと思いつつ視線をそらせていた。

 

「思ったんだもん……じゃないです! 子供ですか! もっと立場というものを考えて……」

 

 ケラルトのお説教は続く。

 カルカは基本的に相手の話に耳を傾ける性格なので、お説教が長引くほどに精神がすり減っていくようだ。

 だが、続くケラルトの「確かに、モモン殿や漆黒の実力については、私も見たいけれど……」という呟きを聞き取り、カルカは一気に気分を持ち直す。

 

「でしょ!? だったら……うっ!」

 

 花が咲いたかのような、聖王女のニコニコ顔が硬直した。ケラルトが半目で睨んでいるからだ。

 ケラルトは立ち上げると、両拳の甲を腰に当てて上体を前に倒した。二人の顔と顔の距離が縮まり、カルカは仰け反るように後退する。だが、椅子には背もたれが備わっているので、そこより先には後退できない。 

 

「カ・ル・カ・様? どうやら、今日は、いつになく、お(たる)みの御様子ですので……。聖王女としての在り方や、淑女のマナーについてお話しましょうか? みっちりと……」

 

「はわわ……」

 

 完璧にケラルトを怒らせたことを悟り、カルカは涙目となった。真正面の鬼……ではなくケラルトの隣には、レメディオスが座って居る。彼女に助けを求めるのはどうだろうか。

 

「れ、レメディオス? ケラルトを……」

 

「カルカ様」

 

 カルカが言い終わるよりも先にレメディオスが立ち上がる。

 

「用を思い出しましたので、席を外します」

 

「ちょっとぉおおおお!?」

 

 悲鳴をあげるカルカに対し、レメディオスは背を向けて歩き出した。

 

(申し訳ありません! ああなったケラルトに口を出すと、説教に巻き込まれ……いや、そうではなくて、これはカルカ様に対する愛の鞭! どうか、お許しを……)

 

 ドアノブに手を掛けたところで、「何の用かぐらい、言いなさいよぉ!」という声も掛かるが、それを振り払いレメディオスはカルカの部屋から出て行った。

 バタム……とドアが閉まり、カルカは「ああ……」と手を差し伸べる。しかし、そこにはもうレメディオスの姿はない。

 腰を浮かし、上半身を捻ってドア側を向いていたカルカに……背後から声がかかる。

 

「さて、カルカ様?」

 

 ドア側を向いたままのカルカはビクリと身を揺らし、関節に小石が詰まったゴーレムのごとき挙動でケラルトに向き直った。

 

「あ、あのね、ケラルト。私、政務とかが沢山あって忙しいと思うの……」

 

「大丈夫。ほんの数分です。……密度は濃くしますので……」

 

 怖い笑みを浮かべるケラルトを前にしたカルカの目に、じんわりと涙が浮かんだ。

 

(た、助けて! モモーーーン!)

 

 しかし、その悲痛な心の叫びは、モモンガの耳には届かなかったのである。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ここ数年内で一番の窮地にカルカが立たされていたとき。

 同じ城内に居たナザリックのギルメンも窮地にあった。

 椅子や机を端に寄せる……のではなく、アイテムボックスに収納することで片付けたモモンガ。彼による大説教が始まろうとしていたのだ。

 アルベドを始めとした(しもべ)達は、室外の通路で並んで待機。

 モモンガ以外のギルメンは、モモンガの前で並んで正座中だ。

 

「さてと……」

 

 大まかに事情を聞かされたモモンガは、すわった目でギルメン達を睨めつける。

 向かって左端から、たっち、ウルベルト、茶釜、ペロロンチーノ、弐式の順で並んでおり、全員が人化しているので緊張した面持ちがよく見えていた。人化した冒険者スタイルで顔が見えないのはたっちと弐式だが、双方、ヘルムを外したり面をまくり上げているのでやはり顔は見えている。

 

「俺の交際相手を、俺に無断で増やそうというのは、どうかと思うんですけどねぇ……。それと身内の会話を盗み見……盗み聞きするのは言語道断!」

 

 モモンガの声色は深く重く、そして暗い。

 

(「やっべ……モモンガさん、マジおこじゃん……」)

 

(「あ~あ、ペロロンさん。俺、知らないよ~」)

 

(「弐式さん!? 何、無関係っぽいこと言ってるんです!? 許しませんよ! 一人だけ逃げようだなんて!」)

 

 ペロロンチーノと弐式がコソコソ話しているが、距離が近いのでモモンガにはすべて聞き取れていた。

 モモンガの視線が二人に向けられ、ペロロンチーノ達は正座の姿勢を正す。

 現状、誰もモモンガの問いかけに答えていないが、回答者が居ないのであれば、指名して答えさせるまでである。

 

「では……ウルベルトさん」

 

 ドスの利いた魔王ロールの声が、静まりかえった室内に響き渡った。

 大災厄の魔、ウルベルト・アレイン・オードルが指名されたわけだが、今ここに居るギルメン中、悪巧みしそうな人物と言えば、これほどイメージぴったりな者は居ない。

 一方、ギルメン達は「ヤバい奴が指名された!」と顔を引きつらせている。

 そして……そういった周囲の様子には気づかない様子で、ウルベルトが頭を左に傾けた。

 

「え? 彼女、モモンガさんと気が合いそうだし? 面白いかな……って」

 

「その悪魔を黙らせろーーっ!」

 

 たっちが叫び、ペロロンチーノと弐式が立ち上がる。

 数秒後。正座で並ぶギルメン達の中で、ウルベルトのみが簀巻きで転がされることとなった。口には布が巻かれて発言できなくなっている。

 

「もぶ~? もももも、むぐもっももむももむ~(ええ~? 本当のことを言っただけなのに~)」

 

 何やら呻いているが、その意味は何となくわかる……いや、わからないことにしてギルメン達は無視をした。

 

「むう……」

 

 尊敬すべき大魔法詠唱者(マジックキャスター)の余りと言えば余りな有様。それを見たモモンガは一声呻く。この時点で気が少し萎え「もう、別にいいかな……」と思っていたが、こうしてギルメンを正座で並べた以上、何らかの落としどころは必要だろう。

 

(さて、どうしたものかな~……)

 

「あの、モモちゃん?」

 

 いつになくオドオドした様子の茶釜が挙手をした。挙げた右手の肘の高さが肩位置なので、遠慮がちであることも見て取れる。

 

「はい、茶釜さん。何でしょうか?」

 

「え~とね。実のところ、聖王女さんって、モモちゃん的にどうなの? 好みとしては、今交際中の私達と比べてどのくらいなのかな~~って……」

 

「うっ……」

 

 モモンガは、先程とは違った意味合いを込めて呻いた。茶釜の左右で居るギルメン達も呻きたい気分だ。

 交際中の女性が、新たに出現した女性に対する好感度について聞く。普通に考えれば、これは修羅場である。だが、モモンガがカルカと親しくなる機会を設け、後押ししたメンバーに茶釜も入っているのだ。

 

(茶釜さんの狙いが読めない! と言うか、俺は何て答えれば良いんだぁ!?)

 

 モモンガは大いに混乱した。

 異形種化していれば精神の安定化が発動するのだろうが、人化中であるため、その混乱状態は持続している。

 適当な言い訳を並べて煙に巻く……というのも一つの手だ。

 しかし、前述したとおり、カルカと親しくなるように仕向けたギルメン達には茶釜も含まれているので、その場しのぎな回答は避けるべきだろう。

 

(ぬうううう……)

 

 モモンガは考えた。

 今交際中の女性達と比べて、カルカ・ベサーレスは自分の中でどういった存在なのか。

 

(聖王女と直接会って話したのって、今日が初めてなんだけど……)

 

 あそこまで気が合って話も合うのだから、好感度はかなり高い。 

 知人レベルで留まらず、親しくしたいという気持ちは……ある。

 そしてカルカに対しての執着や独占欲は、先にカルカと話していた際に考えたとおり、かなり大きなものだ。

 だが、会ったばかりの人物をそこまで欲するのは、人としてどうなのか。

 

(今の俺は異形種だけどな! あ、でも人化中か……)

  

 そもそも、カルカの方でモモンガと交際したいと思っているかどうかは不明だ。

 

(俺も気が早すぎるって話だよな。下手したら風俗嬢に入れ込んで暴走するみたいな展開になるぞ? これは自重が必要だぞ……)

 

 モモンガは短い時間の中で熟慮を重ね、これが最適……と自分で考えた回答を述べるべく、その口を開くのだった。 

 




 間隔が開きまして……。
 書ける時間が中々取れないのです……。
 
 今後の予定としては、アルベドや、他2~3人のキャラのシーンを入れていこうかな……と。

 カルカをポンコツ度増し増しで描写しています。
 自分の幸せを見つけた崖っぷち女性の雰囲気が出ていれば……と。


<誤字報告>
はなまる市場さん、よんてさん、桜一郎さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます


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第105話

「そうですね。凄く話が合いますし、聖王女……カルカさんとは親しくしたいとは思いますね。そうだ、政治的な話ではかなり勉強になるかな……」

 

 ぶくぶく茶釜に答えるモモンガは、交際したいとまでは言わない。

 今回、聖王女カルカ・ベサーレスとの『お見合い』のような対談をセッティングしたのはギルメン達で、その内の一人が茶釜だ。つまり、茶釜はモモンガとカルカが親しくなることを良しとしている。むしろ後押ししていると言っていい。

 

(だったら、この回答で間違いはないはず! 一応、本心でもあるしな!)

 

 自分を鼓舞するように、モモンガは内心で確認した。

 あとは茶釜の反応だが……固唾を呑む思いで注視していると、正座する茶釜は思い詰めていた表情をニパッと明るくする。

 

「良かった~。怒られるかと思ったんだけど! そうよね! カルカさんってイイ感じだし? やっぱりタブラさんが言っ……あっ……」

 

 お日様のような笑顔で後ろ頭を掻いていた茶釜が、立てて振る右人差し指の動きと共に硬直した。左右に正座で並ぶギルメン達の視線が茶釜に集中する。立って見下ろすモモンガの視線もだ。

 

「茶釜さん……。タブラさんが……なんですって?」

 

「あ……う……」

 

 出てもいない死のオーラが見えたような気がし、茶釜は呻いた。

 

「に、逃げろ、モモンガさんと……茶釜さんから離れるんだ!」

 

 状況を把握した弐式炎雷の呟き。それと共に、正座中のギルメン達が膝移動で茶釜から距離を取りだした。なお、簀巻きにされたままのウルベルトは、尺取り虫のように這って移動している。

 

「ばばばはん。ぶっぼばっぷ~(茶釜さん。グッドラック~)」

 

 半目で「それは俺、関係ないし……」と遠ざかるウルベルトだが、そんな彼のことを気にする余裕は茶釜にはない。何故なら、涙目で見上げる茶釜の前に、モモンガが歩み寄ってしゃがみ込んだからだ。

 うんこ座りで両手を膝の上に乗せたモモンガは、底冷えする目つきで茶釜と目を合わせる。

 

「詳しく、話を、聞きたいんですけど……ねぇ?」 

 

 茶釜に拒否権はなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 結論から言うと、モモンガとカルカをくっつけること……その発案者はタブラ・スマラグディナである。ウルベルトが絡んでいるように思えたが、先の覗き見にいたる行動は、あくまで彼独自の判断によるものだ。

 一方、モモンガに新たな交際相手が増えることについて茶釜が乗り気だったのは、事前にタブラから企みに関して相談を受け、それについて納得していたからである。ちなみに、たっちらは単にノリではしゃいでいただけであり、タブラの企みには関わっていない。

 そして、そのタブラの企みに係る相談の内容とは……。

 

「え~……と、ですね……」

 

 急遽、<伝言(メッセージ)>及び<転移門(ゲート)>で呼び出されたタブラ(人化中で白衣の学者スタイル)が、モモンガの前で正座している。先程までのギルメン達と違う点は、後ろ手に縛られていることと……その膝の上に厚さ三センチほどの石板が載せられている(膝下に敷く三角の木材も完備)ことだ。もっとも、人化しているとはいえ、元の現実(リアル)時代よりも身体強化されている彼にとって、この程度の『石抱き』は苦にはならない。言うなれば『場のお約束』のようなものだ。

 

「モモンガさんは、これからナザリックのトップとして活動するわけですし」

 

 うんこ座りスタイルのモモンガと、その後方で並んで立つギルメン達から注目されるタブラだが、石抱きの刑に処されているのに軽い口調だ。痛みやダメージが苦にならないのは前述したとおりだが、雰囲気に呑まれることもないらしい。

 ふてぶてしいと言うか、タブラらしい……とギルメンらが思う中、タブラは説明を続けた。

 

「大方の相談事にはギルメン達が対応する上、アルベドやパンドラズ・アクター、それにデミウルゴスも居るでしょう? 盤石に思えるんですけど、やはりこう……転移後世界の人間の政治家で、イイ感じの人が居れば……と」

 

「ほ~う?」

 

 先程、タブラを真正面から見ていたモモンガであるが、今の説明に対しては一定の理解をしている。確かに、アルベドとデミウルゴスは有能だが、人間蔑視は消しきれない。パンドラズ・アクターに、そういう問題はないように見えるも、親の立場と言うべきか、モモンガから何でもかんでも相談するのは躊躇われた。

 となるとタブラが言ったとおり、転移後世界の政治家が身近に居ると助かるように思えるのだ。

 ただ……。

 

「それが、どうして彼女……聖王女カルカ・ベサーレスなんですかね?」

 

「いや、ほら、美人の女性に手取り足取り教えて貰ったら、モモンガさんも嬉しいでしょ?」

 

 ……。

 モモンガは、隣で立つ弐式を見上げた。

 

「弐式さん。一枚追加で……」 

 

「追加オーダー、うけたまわり~っ!」

 

 弐式がアイテムボックスから石板を取り出し、タブラの膝上に載せる。

 ズズ……ゴトンという重い音が聞こえたが、タブラは意に介さない。

 

「でまあ、一応、茶釜さんには話を通したんですけど……」

 

「あ、普通に話し続けるんですね……」

 

 デバフ魔法で、防御力とか落とした方が良いのかもしれない。

 そんなことを考えるモモンガであったが、タブラが茶釜について話し出したので説明内容に耳を傾けた。

 

「おおむね賛成ということで、茶釜さんに遠慮することなく計画を実施しました!」

 

「そこは俺や、アルベド達にも遠慮して欲しかったな~……。ああ、もう立って良いですよ。縄は自分で解いてくださいね?」

 

 タブラの行動は悪気があってのことではない。それは理解できている。

 しかし、既に数人の女性と交際しているモモンガに対して、女性関係で行動するなら相談はして欲しかったところだ。

 

(タブラさんには、何かペナルティが必要だな……) 

 

 モモンガは「あ~、『正座』がキツかった」と言いながら、弐式に石版を手渡すタブラを見て、その目を茶釜に向ける。茶釜は少しシュンとしているようだ。

 

「そうよね。悪ノリが過ぎちゃった……。私としたことが……。発狂ゲージ……のせいにするのは、女がすたると言うか、私の矜持が……。そうよ、私、悪乗りしちゃったんだわ……」

 

 呟き声の内容からすると、いつになく気分が盛り上がっての行動だったらしい。では、正気に戻った彼女は、カルカについてどう思っているのだろうか。

 

「茶釜さん。そう落ち込まないで、悪いのはタブラさんなんですから……。それで……ですね、実のところ、俺と聖王女が親しくなるについては、どう思ってるんです?」

 

「え?」

 

 顔を上げた茶釜は、モモンガから目を逸らしつつ左頬を人差し指で掻く。

 

「今さら一人や二人増えても……って思ってたし、カルカさんは悪くないと思うのよ? むしろイイ感じ。私が個人的に付き合うにしても、彼女、人柄がいいもの。あとは……ほら、一国の王女だから、そういう人が居るとタブラさんが言ってたみたいにメリットも多いでしょ?」

 

 その他のカルカと親しくするメリットとしては、美容関係のオリジナル魔法を編み出している点が上げられる。だが、この時点での茶釜は知り得ていない。デミウルゴスは調査していたものの、重要な情報だと認識しなかったため、『個人の趣味』扱いで報告からは省いていた。

 

「メリットか……。まあ、女の人と交際するのは、それだけじゃないと思うんですけどね~。……どちらかと言えば、メリットがオマケの方ですね。やはり、俺としては気持ちの問題が優先で……」

 

 ふうと一息吐いたモモンガは、天井を見上げたあとで皆を見回した。

 

「もういいですよ、皆さん。聖王女……カルカさんと交際するかは、まだ先の話ですし、確定事項でもないですし。けど、今後はこういうことは相談してくださいね?」

 

 そうモモンガが言って立ち上がったことで、場の空気は明らかに明るくなる。

 さあ、アイテムボックスから机や椅子を出して、会議室を元に戻そう……となったところで、モモンガは皆に交じって動き出していたタブラを呼び止めた。

 

「ああ、タブラさんには、ギルド長としてペナルティを科したいと思います。ウルベルトさんの覗き主導も問題ですけど、そっちはさっきの簀巻き姿を見られたので良しとしましょう。ただ、今回は……タブラさんがやり過ぎだと思いますので……」

 

 左斜め前、たっちと弐式が並んで立つ間……その少し後方で、ウルベルトが手の平を上にして握り拳を作っているのが見えた。タブラに矛先が向いたので、助かったとでも思ったらしい。実際そのとおりなのだが、モモンガは見ない振りをする。

 

(ウルベルトさんについては、何だか萎えちゃったものな……俺。けど、タブラさんには何をしたものかな……)

 

 下顎に手をやって唸るモモンガだが、振り返っていたタブラが身体ごと向き直り面白そうに笑う。

 

「ペナルティねぇ……。さてさて、どうなるものやら。……茶釜さんが普段、ペロロンチーノさんに対してやってる……ペロロンチーノの刑ですかね?」

 

「俺がされてる折檻を、刑罰みたいに言わないでくれますっ!?」

 

 モモンガの左後方でペロロンチーノが騒いでいる。しかし、彼に対して行われているような折檻では、タブラには効果が薄いとモモンガは考えた。

 

(「興味深い体験です!」とか言って喜びそうだし……)

 

 かといって、あまりにも凄惨なペナルティだとギルメン達の反感を買うだろう。それに、ギルメン達が何でもかんでもモモンガの言うことに従うわけではない。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長は、ギルドの長であって独裁者ではないからだ。

 

「でも、ああ……ふむ……。これなら……」

 

 考えのまとまったモモンガが呟くと、タブラは「決まりましたか?」と余裕の構えを見せる。

 

(タブラさん……。その態度、いつまで続きますかね……)

 

 後ろ手に手を組み、不敵に笑う白衣のタブラ。その彼に向け、モモンガはローブから出ている右手を持ち上げると……人差し指を伸ばした。

 

「タブラ・スマラグディナさん。あなたには……ナザリック地下大墳墓の最古図書館(アッシュールバニパル)の利用禁止一ヶ月間。そして、現在貸し出している書籍類の即時返却を命じます!」

 

「なぁっ!?」

 

 それまでニヤニヤしていたタブラが、驚愕で表情を歪める。そして一歩半ほど後退すると、縋るようにモモンガへ手を伸ばした。

 

「と、ということはモモンガさん! シアタールームや視聴覚設備の使用は……」

 

「禁止です!」

 

「で、データクリスタルで小説……いや、学術論文を……」

 

「禁止です!」

 

 取りつく島がない。

 タブラは両手の平を、親指が上になるよう差し出したポーズで固まった。

 その様を確認したモモンガが「うん! 効果大だぞぉ!」と頷くが、この様子の一部始終を目撃したギルメン達は、「あ~あ……」とタブラに目をやる。

 タブラは多趣味であるが、その中で映画鑑賞や書籍閲覧は大きなウェイトを占めていた。それを一ヶ月も禁止されるのは確かに辛いだろう。彼を知るギルメンは、皆がそのように感じていた。 

 無論、ギルド長命令に絶対服従する義務はないのだが、真っ当な理由で下された決定なら従わなければならない。何故なら、皆で「モモンガさんが相応(ふさわ)しい」と就任させたギルド長に対し、無闇に逆らうのは……ナザリック内での世間体が悪いからだ。

 

(ぐぬぬ……。客観的に見て、今回の私はやり過ぎだった……気がするし。ここで逆らうと他のギルメン達から不興を買う。しかし、一ヶ月……一ヶ月も映画断ち……。は、発狂ゲージが振り切れてしまうかも! だ、誰か……)

 

 ギルメンの誰かが同情して助け船でも出してくれれば、多少の緩和ないし減刑があったかもしれない。しかし、救いを求めたタブラが視線を巡らせると、周囲のギルメンらにタブラを助けようとする気はないように見えた。

 

「乗っかった俺達も悪いっちゃ悪いけど、事前に茶釜さんを説得するとか……計画性があるのは……ねぇ?」

 

 弐式が呟き、それに対してたっちやウルベルトらが頷いている。

 

(駄目か~……。ウルベルトさん、私を隠れ蓑にして逃げたな~……とほほ……)

 

 タブラは肩を落とした。

 かくしてホラー愛好家、タブラ・スマラグディナの『映画及び書籍断ち一ヶ月』が確定する。

 当人にとって、効果的な精神的ダメージが発生するペナルティ。それを考案したモモンガに対し、各ギルメンは「やっぱり、モモンガさんを怒らせるとヤバいんだな。自分は気をつけよう」と再認識するのだった。

 なお、このペナルティにより精神的に不安定となったタブラは、また新たな騒動を引き起こすのだが……それは後日の話となる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「他の皆さんも、俺のことであまり色々するのは控えてくださいね? これを言うのは二回目ですけど、大事なことですから! じゃあ、後片付けの再開、よろしくお願いします」

 

 モモンガの指示により、ギルメンらが「了!」と応じて行動に移った。タブラがよろめいているようだったが、モモンガは心を鬼にして無視を決め込んでいる。

 そうして数分経たないうちに、会議室内の机椅子配置が元どおりとなった。

 

「さて……皆さんは、すでに御存知(・・・・・・)かと思いますが……」

 

 皆が席に着いたのを確認したモモンガは、サラッと嫌味を言っている。この切り出しにギルメン達は背筋を伸ばし、真面目な表情となって聞き入った。

 現時点、長い会議テーブル端の一辺にモモンガが座り、彼から視て右手前からたっち・みー、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ。左手前からウルベルト・アレイン・オードル、タブラ・スマラグディナ(ぐったり脱力中)、弐式炎雷が席に着いている。

 

「聖王女からの亜人討伐依頼ですが、俺としては引き受けようかと思っています。まあ、聖王女に良いところを見せたい気持ちがあるのは否定しませんが……」

 

 一度説明を中断したモモンガは、皆を見回してから説明を再開した。

 

「合流ギルメンの人数も増えてきたことですし、この辺りで一度、大軍を相手に大暴れしてみたいんですよ。みんなで、それも本来の姿で!」 

 

 この提案を聞き、ギルメン達は顔を見合わせた。

 転移後世界に来てから、カルネ村以外ではモモンガ達が異形種であることを大っぴらにはしていない。一つには敵性ユグドラシル・プレイヤーに発見されないため。更に言えば、人類にとって異形種は恐るべき存在であり、正体を知られれば敵対行動を取られることが予想されるためだ。

 

「モモンガさん……」

 

 たっちが挙手する。

 

「お気持ちはわかります。みんなと大暴れするのは賛成です。しかしですね、亜人相手だと全力戦闘は瞬殺で終わりますから、大きな手加減は必要でしょう。更に言うと、本来の姿に関する情報開示……これは、そのままやっちゃうんですか? 聖王女達が警戒すると思うんですが?」 

 

 たっちの疑問は、他のギルメン達も同様らしい。各自、頷いているのが見える。

 モモンガは大きく頷くと机上で肘を突き、手指を組み合わせた。

 

「普通ならそうでしょう。しかし、ここに一つのストーリーを組み込みます」

 

「ストーリー?」

 

 質問者であるたっちが首を傾げたのを見て、モモンガは自案を述べ出す。

 

「異形種の姿は……俺達の正体じゃないことにすればいいんですよ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 半時間が経過した頃。

 モモンガ達は最初の会議室にて、再びカルカ達と対面していた。

 たっち、ウルベルト、茶釜、モモンガ、ペロロンチーノ、弐式の順で座り、モモンガの対面にカルカ、カルカの右側にレメディオス、左側にケラルトが座っている。

 アルベド、デミウルゴス、セバス、ルプスレギナといった(しもべ)は、モモンガ達の後ろで待機。タブラに関しては≪転移門(ゲート)≫でナザリックに帰還している。

 

「帰ったら映画……は見られないんでしたね……」

 

 そう言って暗黒環の中に消えたタブラの背からは、何とも言いがたい哀愁が漂っていた。

 モモンガは胸が痛んだが、タブラの自業自得なので心を鬼とし、そのまま見送っている。

 

「さて……おいとまする前に依頼の件について回答しておかなければ……と、聖王女様のお時間を頂いたわけですが……」

 

 そうモモンガが話し出すと、何やらやつれ気味だったカルカの目に力が入った。

 

「本当ですかっ!? モモン殿!」

 

(急に元気になった! 期待されてるんだな~っ! でも、カルカさんが落ち込んでる様子だったのは、何かあったんだろうか?)

 

 カルカが落ち込んでいたのは、ケラルトによる説教の結果である。説教開始前のケラルトは「数分で済ませる」と言ったのだが、最終的に数分では済まなかったことで、カルカは想定以上の説教時間により追加ダメージを(こうむ)っていたのだ。しかし、モモンガの言葉で少し気分を持ち直したらしい。今はキラキラした瞳でモモンガを見ている。

 

(落ち込まれているよりは断然いい。さて、依頼の件だが……)

 

 カルカからの依頼……亜人大集団の討伐協力については引き受ける方針だ。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は、虐げられる異形種の保護を目的として結成された。亜人も広い意味では異形種なので、保護の対象と言える。しかし、相手側で敵対的であったり、利害関係で対立した場合は……保護の対象外だ。

 それに、基本的にモモンガ達は『皆で暴れたい』のである。多少、報酬が物足りなくとも、チーム漆黒の面子を潰さない程度であれば気にすることはないだろう。

 なお、他のギルメンには事前に<伝言(メッセージ)>で連絡し、了承を得ている。

 

「ご依頼につきましては、承ろうと考えています。しかし、相手はあまりにも多くの亜人……。危険は大きいと考えますので、我ら『漆黒』の秘策にて対応したいのですが……」

 

 ここでモモンガは、悩んでいることが見て取れるような……そんな表情を作った。一方、依頼を引き受けると聞いたカルカは喜んだ様子で、机に手を突き腰を浮かせている。「本当ですか! ありがとうございます!」そんな言葉が出かけたのだろうが、モモンガの表情を見て口をつぐんだ。

 カルカは一時停止したが、その左側で座るケラルトは一瞬目の端でカルカを見た後に、モモンガへ質問を投げかけている。

 

「その秘策だけど、何か制限でもあるのかしら?」

 

「制限……。そう、制限と言えば制限ですね。もっとも、命を代償にするとかではなく、我らの風聞が悪くなるかもしれない……そういった制限ですね」

 

 モモンガは説明を続ける。

 チーム漆黒は、南方から来た冒険者集団だ。

 聖王国や王国に帝国、そういった地域では知られていない戦い方や秘術などがあり、その内の秘術に関するものを今回使用する。

 

「ケラルト様は、シャーマニック・アデプトというクラスを御存知でしょうか?」

 

 聞かれたケラルトは、軽く握った拳を口元に当てて黙り込んだ。どうやら、脳内知識を検索しているらしい。

 

「確か……入れ墨に関連する精霊か何かを憑依させて、一時的に身体能力を向上させる……とかだったかしら? 他にも使用方法はあるようだけど?」

 

「つまりは、そのようなものです。大きく違うのは、肉体を一時的に異形種へと転化させ、異形の力を得て戦闘力を増大させるというものですが……」

 

「そんな話……聞いたことがないわ……」

 

 カルカが呆然とした口調で呟き、カルカとレメディオスが驚きの表情で顔を見合わせている。

 そして、腰を下ろして座り直したカルカがモモンガを見た。そこには浮かれた様子が微塵も無く、聖王女としての威厳のようなものが感じられる。

 

「では、モモン殿は……どのような異形種になると?」

 

 その声は固く厳しいものだ。が、モモンガは肩をすくめ、困ったような笑みを浮かべて言う。

 

「私の場合は、『死の支配者(オーバーロード)』と言いまして、エルダー・リッチの上位種のようなものですね。人間からアンデッドに変わりますので、装備なども専用の物に変わりますが……」

 

「それを……今、見せていただきたいのですが……」

 

 このカルカの要望を聞き、モモンガは笑みの形で細めていた目を僅かに見開いた。

 両側で座るギルメン達も、表情を硬くしている。もっとも、それは演技であって、カルカ達から「じゃあ、やってみせろ」と言われるのは想定の範囲なのだ。

 

「かまいませんが……。見た目がモンスターのようだからと言って、いきなり攻撃したりしないでくださいね?」

 

「もちろんです! ケラルトもレメディオスもわかりましたね? レメディオスも!」

 

「あの……カルカ様? どうして私だけ二回言われたのでしょうか?」

 

 レメディオスが頬を膨らませ、ジト目でカルカを見ている。その視線をカルカは受け止めたが、それも一瞬のことで、すぐにモモンガへと目を戻していた。

 

「モモン殿。お願いします……」

 

「承知しました。それでは……」

 

 モモンガは「カルカ様、私の話を……」「ごめんなさい、あとでね~」という声を聞き流しながら、人化アイテムの効果を解除する。 

 次の瞬間、漆黒のローブの魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンの姿は、グレート・モモンガ・ローブ等、神器級(ゴッズ)アイテムで身を固め、肋骨の内側に巨大な赤宝球を有するスケルトン……死の支配者(オーバーロード)へと変貌する。

 これを目の当たりにしたカルカ達は表情を硬くするが、ギルメン達は「お~、ギルド長、かっくい~!」と目を細めたり、頷いたりしていた。後方で並ぶ(しもべ)達に到っては、誇らしげに胸を反らせている。

 

「とまあ、こんな感じですけど。どうです? 怖いとか、やっぱり駄目だとか……そういうのはありますか?」

 

 敢えて威厳や威圧感を出さずにモモンガが言うと、カルカ達はホッとした様子を見せた。

 

「ええ、ええと、驚きましたけど、そうですね……。確認しますが、モモン殿はアンデッドの力で強くなって戦うと? その姿で?」

 

「そのとおりです。種族特性で出来ることが増えますし、使用可能な魔法の位階が上昇したりしますね」

 

 転移後世界の人間に対し、未知であろう死の支配者(オーバーロード)の特性を語るのは、愚かな情報開示だと言えるだろう。仮にモモンガが一人で転移してきたのなら、手の内を晒すことを危険視して口に出さなかったはずだ。それ以前に、人化した姿と異形種の姿を関連づけることさえしなかったに違いない。

 だが、モモンガは何の気負いもなく言ってのけた。

 それは、事前にギルメン達に相談し、了承を得ていたからでもあるが、やはり十人を超えるギルメン達が共にあることが大きい。大きな自信が生まれるし、ユグドラシル時代の感覚が甦ることで「これくらい知られても問題ない」と考えてしまうのだ。

 

(さて……カルカさん達は、どう出るかな?)

 

 モモンガは死の支配者(オーバーロード)の姿のまま、暗い眼窩の中で赤い灯火を揺らめかせている。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ローブル聖王国の聖王女・・・・・・カルカ・ベサーレスの脳内では混乱の嵐が吹き荒れていた。

 好意を持って狙っていた男性が、異形種の姿と力を使って戦うと言うのだ。

 

(……本当……なのかしら?)

 

 さすがのカルカも、色目や欲目だけで判断を誤るほど浮かれてはいない。

 今、モモン……モモンガが語った、「必要に応じて異形種化する」という説明。これが本当なら、一風変わった異能者で済むが、話が逆だった場合……目の前に居る冒険者チーム漆黒は、ほぼ全員の正体が異形種だということになる。

 だとすれば、どうなるか。

 カルカは考えた。

 

(まず、亜人大集団の討伐という『国益』の観点から考えると……タチやアレインが、私が知るよりも更に強くなった状態で戦うことになるわ。それは、聖王国にとって良いことよね……。それに……)

 

 当初心配していた、一冒険者チームを指名して国難に立ち向かわせることの危険性。この危険性というのは、漆黒に多大な損害が生じるのでは……という意味だが、それが大きく軽減されることだろう。

 では、漆黒全員が異形種化して戦う場合の問題点はなんだろうか。

 それまで人間だと思っていた漆黒のメンバーが、人間ではなかった……となると、彼らを頼ったり親しくしていた者達にとっては、心理的ダメージが大きいと思われる。

 

(私が動揺しているくらいだし、彼らが人間ではないことで手の平を返して、批判したり蔑んだりする者が出るでしょうね……。聖王国としてフォローするのは当然として、私達……この私は……どうなのかしら?)

 

 考えている内に気が落ち着いてきたカルカは、よく知らない者達の心証ではなく、自分がどう思っているかを分析し始めた。

 

「あの、モモン殿? 今すぐに、『元の姿』に戻れますか?」

 

「え? あ、はい」

 

 モモンガが一瞬で人化する。

 元の気優しそうな青年が出現し、カルカは内心でホッとした。

 カルカが見た限りでは、異形種になることと元の姿に戻るにあたって特別の困難があったりはしないようだ。

 

(ならば別に……良いのではないかしら?)

 

 それこそ、さっきモモンガが言ったように『シャーマニック・アデプト』みたいなもので、一時的に姿を変えるだけのこと。そう考えてしまえば、不思議なくらいモモンガに対して恐怖心が湧かなかった。

 であるならば、変身後の姿がアンデッドだろうと何だろうと問題は無い。むしろ、強大な異形種の力が人の意識を持って味方してくれるのであれば、心強いと言うべきだ。 

 

(聖王国が異形の力を……という外聞が悪い面もあるだろうけど、今回の件は、こちらから依頼したことだもの。私が全力でモモン達を守らなくちゃ!)

 

 カルカは一瞬目を閉じると、少し多めに息を吸う。

 そして静かに吐き出しながら正面のモモンガを見た。

 モモンガはジッとカルカを見ている。異形の姿を目の当たりにしたカルカが、どういった反応を示すか観察しているかのようだ。

 

(いるかのようだ……ではなく、間違いなく観察している。私のことを試しているのね……。……私が受け入れることを、少しは期待してくれているのかしら? だと良いのだけれど……)

 

 異性として意識している男性からの視線に対し、カルカは場違いな感想を抱く。今は聖王女として思案していたはずだが、どうにもやはり自分は浮かれているらしい。

 

「フフッ、なんだか……ねぇ」

 

 自然に出た呟きと笑み。

 それは自嘲した笑いか、自身に可愛げがあると思ったことによる笑みか、カルカにはわからなかった。わからないまま、カルカはモモンガに回答する。

 

「モモン殿は、モモン殿ですから。怖いと言うよりは頼もしいですね」 

 

 そう言ったカルカの笑顔は、『清廉の聖王女』そして『ローブルの至宝』と呼ばれるに相応しいものだった。

 




 というわけで、カルカはモモンガ・ハーレム入りに向けて大きく前進しました。
 『集う至高』では、カルカ様には幸せな人生を歩んでいただく所存です。
 思ったよりカルカに行を割いてしまいましたが、その辺はノリと勢い。
 本作のモモンガさんは、気合いと根性とギルメン愛で人間性を維持(たまに異形種寄りになるけど)してますので、喧嘩を売らずに接していれば、カルカの理想のお婿さん……じゃなかった理想の旦那様なのです。たぶん。
 カストディオ姉妹に関しても、まあ心配なしということで。
 

 カルカ周りが話固まった感じなので、決戦前にアルベドとできれば茶釜&ルプスレギナにも行を割きたいですね。
 ヒロインをアルベドだけでやってたら、もうちょっと楽だったんでしょうけど、その場のノリでヒロインを増やすもんじゃないですね。
 エンリとニニャに関しては、最終話まで出番があるかどうかは未定です。
 最終話の『各キャラのその後』みたいな感じで名前が出るかな。

 今回、オバロ第4期の第3話を見ながら投稿作業をしています。
 ジルクニフ、可哀想……。笑いの後で目頭が熱くなりました。
 本作のジルクニフは、ナザリック地下大墳墓を放置中です。
 デミウルゴスの監視下ではありますが……。
 

<誤字報告>

桜一郎さん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん、
煙草呑みの似非紳士さん、まるまる777さん

 毎度ありがとうございます


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第106話

「モモン殿は、モモン殿ですから。怖いと言うよりは頼もしいですね」

 

 そう言って微笑むカルカ。その彼女を見たレメディオスとケラルトは、顔を見合わせた。

 カルカ・ベサーレスは聖王国の聖王女。

 対するモモンは、人間の方が正体(と嘘をついている)とはいえ、変身した姿はアンデッド。そして、その姿で振るう力も、不死者のそれであるらしい。

 この二人の交際が周囲に受け入れられるかと言えば、極めて難しいというのがケラルトの見解だった。

 

(でも、カルカ様は良く考えた上でのことなのよね? モモンが異形種……不死者の力を使えても、自分の気持ちを貫く障害にはならないって……。事情を知らない者達の声すら気にならないって……。じゃあ、私と姉さんは……どうなのかしら? アレインとタチ、この二人の姿が異形種に変わったら……)

 

 ケラルトはニコニコしているカルカから視線を外すと、机上へと向け直す。

 そして一息吸うと、斜め前のアレイン……ウルベルトを見て言った。

 

「アレインは、どういった異形種になるのかしら?」

 

「私ですか?」

 

 ウルベルトは、ウルベルト・アレイン・オードルとして……つまりロールの入った口調で言い、自分の顔を指差した。

 

「山羊頭の悪魔と言ったところでしょうか。見てみます?」

 

「見たいわ……」

 

 硬い口調でケラルトが頷くが、それを見たウルベルトは(普段の不機嫌そうな表情や、他人を小馬鹿にしたような態度さえなければ)女性受けしそうな顔を僅かにほころばせる。

 彼を良く知るモモンガ達にすれば、「お高い課金アイテムを、敵性プレイヤーから強奪したときぐらいに嬉しそう!」という感想を抱くのだが、これはウルベルトの『嬉しそう』の中では上位に入るものだ。

 

(おお~、踏み込んできたな! さすが、俺が惚れ……げふんごふん! 見込んだだけのことはある!) 

 

 一方、ウルベルトは、モモンガ達の見立てよりも嬉しさを感じている。

 元の現実(リアル)において、普段の言動や態度から異性に言い寄られたり、惚れられたりすることのなかった彼であるが、腹黒い語り合いに興じられたりと気が合う女性と言えば、このケラルトが初めてなのだ。しかも、ケラルトはかなりの美人である。

 

(強いて言えば、茶釜さんが気が合う感じなんだけど、彼女、怒らせたら俺より怖いし……。そもそも、モモンガさんに気が向いていたし……。モモンガさんか~……モモンガさんねぇ……)

 

 皆の調整役であるギルド長、モモンガは、ユグドラシル時代……ウルベルトにとっては自分が引退して疎遠になるまで人柄が良かったと記憶する。実際、転移後世界で合流してからも変わらずに人柄が良い。そんなモモンガは、女性ギルメンなどから人気があった。もちろん男性ギルメンからもだ。その意味でモモンガは、ウルベルトの嫌う『勝ち組』に分類されていたが、彼の家庭的な境遇や、過酷な就労状況がウルベルトに共感を持たせていたのである。

 嫉妬せずに済んだと言っていい。

 

(まあ、昔のあれこれは、もういいか……。俺は俺で、今はケラルトと良い感じだしな……)

 

 ウルベルトは小さく肩をすくめ、ニヤリと笑った。

 

「じゃあ、お見せします……よ」

 

 次の瞬間、人化を解いたウルベルトは山羊頭の悪魔へと変貌する。

 黒い衣装とシルクハット、それにマント。シルクハットのつばには懐中時計があしらわれていた。

 大災厄の魔、ウルベルト・アレイン・オードル。

 その姿を目の当たりにした、室内の反応は大きく分けて三つだ。

 モモンガを始めとしたギルメン達は、「ウルベルトさん、格好いい!」や「モモンさん、褒めたら調子に乗りますよ?」といったもの。

 ギルメン達の後ろで並ぶ(しもべ)らは、「おおお! 我が創造主! 神々しいお姿です!」というデミウルゴスの胸中の思いを筆頭に、皆が感動しているようだ。

 では、三つ目の反応……ケラルト達はどうだったか。

 カルカは「悪魔!? でも、変身前を見ているから、それほど危険な印象はないわね……」と落ち着いている。

 レメディオスは「悪魔! む~ん、強そう……かな? よくわからないな……アレインが強いのは知ってるけど、やっぱり人は見た目じゃないのか?」と値踏みするような視線をウルベルトに向けていた。もっとも、それは嫌悪感のこもったものではなく、腕試しや試合の相手を見る目である。

 このように呟きには二人の個性が出ているが、共通しているのは否定的でないことだ。聖王国の聖王女や聖騎士団のトップの見解として驚くべきことであったが、これは冒険者アレインとして活動していたウルベルトと、以前より面識のあったことが大きい。

 事前に人柄を知っていて、好感を抱いているというのは重要なのだ。

 さて、カルカ、レメディオスときて、残るはケラルト。彼女とウルベルトの仲が良いのは皆が知っている。なので、異形種化した姿を目の当たりにした反応が、最も注目されるところであったが……。

 

(どうなる……かな?)

 

 表情のわかりにくい山羊顔で、しかし内心では額に汗する思いのウルベルトがジイッとケラルトを見た。

 ケラルトに怖がられたり気持ち悪がられたらショックだな……と思う一方、いい歳して何を十代の学生みたいなこと考えてんだ……と、自分に呆れていたりもする。その背後では人化したデミウルゴスが後ろ手に手を組んで立ち、「無礼な発言は許しませんよ?」と剣呑な気配を発していた。

 

(恐れ多くも、我が創造主様に色目をつかっているんです。ウルベルト様の御意思を尊重し、多少のことには目をつむる気ではいますが……)

 

 事と次第によっては、内密に調教……もとい、教育することになるだろう。

 同じ部屋にデミウルゴスが居ることによって、ケラルトの身の安全はかなり危ういことになっていた。

 もっとも、そういうデミウルゴスの様子は他のギルメンら全員が気づいており、何かあったら全員でケラルトを守るつもりであったし、デミウルゴスには改めて口頭注意するつもりである。

 そして、ケラルト。

 彼女は瞳を潤ませると、両手の平を合わせるようにして口元を覆う。

 

「か……可愛い!」

 

 ……。

 

(((((な、なんだってぇええええええ!?))))) 

 

 ウルベルト以外、居合わせたギルメン全員が同じ叫びを心であげた。

 

「た、確かに、山羊は見ようによっては可愛いですが……。茶釜さん、どう思います?」

 

「モモ……ンさん。私も同感だけど……二足歩行の服着た山羊を見て、初見で可愛いとか……。彼女、やるわね!」

 

 腰を浮かせたモモンガと、彼の右隣で座る茶釜が囁き合っている。これを聞いたモモンガの左方……ペロロンチーノと弐式は頷くことで同意しているようだ。

 

「ふふ~ん」

 

 ウルベルトが「さすがモモンさん達だ。よく解っている」と得意そうに、そしてケラルトから「可愛い」と言われたことについては嬉しそうに笑みを浮かべる。今は山羊顔だから、けっこう怖い笑顔なのだが……これもまた、ケラルトには可愛らしく見えているらしい。

 

「うは~……。ね? 撫でてもいい?」

 

 などと発言するも、カルカから「後にしなさい。私も撫でるから……」と叱られていた。

 以上、聖王国側女性陣の反応にウルベルトは御満悦だったが、たっちの「一見すると草食動物ですしね~……。いいですね~、見た目が哺乳類というのは……」という、ふて腐れたコメントにトゲを感じ、眉間に皺を寄せる。頭には少々血が上ってもいた。

 だが、いつものように口喧嘩を始める前に、たっちのことが心配になる。

 自分は如何してしまったんだ……と思うが、ここは聞かずにはいられない。

 

(「俺は可愛いって言って貰えたけどさ……。お前、どうすんのよ? 虫だろ? 草食うのは同じでも、女ウケしないんじゃないか?」)

 

(「ぐう……」)

 

 山羊顔のウルベルトに対し、人化した状態のたっちが呻いた。

 そう、ウルベルト・アレイン・オードルの正体は山羊の悪魔で、たっち・みーはバッタ……虫系の異形種なのだ。

 一応、カルカやカストディオ姉妹に対しては『人間が異形種の力を身に宿して変身する』設定で通しているが、同じ草食系とはいえ、哺乳類と虫では女性受けが大きく違うのではないか。そうウルベルトは思い、たっちのふて腐れた口調も、そこに原因があった。

 たっちとウルベルトは黙したまま視線を合わせ、同時にレメディオスを見る。

 レメディオスは二人からの視線を受けてキョトンとしていたが、?マークを浮かべつつもニパッと笑みを返してくる。

 

「アホ可愛いという奴ですかね。たっちさん、これは萌えですよ!」

 

 ここには居ないタブラの声が聞こえた気がした。

 たっちは「言いそうだな~」と思いつつ咳払いする。

 

「アレインさんが変身したことですし……。レメディオスさん? 私の変身した姿……見ます? バッタ……なんですけどね……」

 

 自分的には格好良いが、女性には嫌がられそう。

 そう考えるたっちの口調は重い。

 背後で立つセバスに対しては、主として情けない物言いと姿を見せてしまっているな……と申し訳ない気分になる。

 たっちはキャラメイク時にもっと人間寄りか、せめてウルベルトのように哺乳類系にしておけば良かったと、一瞬、後悔していた。

 

(いや、後悔はしないぞ! バッタの改造人間は、本当に格好いいから! 悲哀も込みで!)

 

 ユグドラシルにおいて、たっちが選択した種族は昆虫系の異形種なので、『改造人間』ではない。だが、そこは心意気の問題だ。

 心の中で一瞬だけ気分は盛り上がったものの、それはすぐに萎み込んでいる。

 肝心なのはレメディオスの反応。

 それを思い出したからだ。

 たっち自身、レメディオスを強く意識していることは自覚しており、それだけに彼女から拒絶されることは恐ろしかった。

 

(妻子に逃げられてから、そんなに時間が経過したわけじゃないし。レメディオスにまで嫌われたら……。ショックで一〇〇年ほど、ナザリックの自室に引き籠もるかもしれないな~……)

 

 そうなったら、一日二十四時間、ユグドラシルに入り浸って……モモンガさんに寂しい思いをさせなくて済むかも……とまで考え、たっちは正気に返る。

 今、自分が居るのは転移後世界だ。元の現実(リアル)ではない。

 

(現実逃避している場合じゃないか……)

 

 目の前には親しくなった……と、たっちが考える女性、レメディオス・カストディオが居る。彼女は……唸っていた。「うう~ん」という声が聞こえてくる。

 やはり、虫人間という見た目がアウトなのだろうか。

 たっちは両肩に重しを載せられたような気分になったが、やがてレメディオスは唸るのを止め、腕組みしたまま、たっちを見返した。

 

「わからない! やはり、実際に見てみないとな!」

 

 クワッと言い放つ姿は、女性であっても実に男らしい。

 これを見たたっちは眩しげに上体を反らしたが、やがて奥歯を一度噛むと目に力を入れた。

 

「いいでしょう。では、私の本と……じゃなかった、変身した姿をご覧に入れようじゃないですか」

 

 居合わせたギルメン達から「今、本当の姿とか言いかけたな?」といった視線が飛んでくる。それを感じ取ったたっちは、額に汗しながら異形の姿をさらそうとした。

 が、その直前でレメディオスに話しかけている。

 

「それで、ですね? できたら怖がったり気持ち悪がるとか、そういったのは無しの方向で……」

 

「いいから早くしろ」

 

「はい……」 

 

 ピシャリと言われたたっちが項垂れた。

 と同時に、室内にはひりつくような殺気が充満する。発生源は、セバス・チャンを始めとしたナザリックの(しもべ)らだ。

 今のやりとりにおけるレメディオスの発言……至高の存在に対しての無礼な物言いは、ナザリックの(しもべ)的にとって地雷発言も良いところ。到底、容認できるものではなかったからだ。

 まず、アルベドやナーベラルなどは、強い殺気を放っている。目つきの怖さもエンリ・エモットあたりが見たら卒倒しそうな迫力だ。

 

「クックック、おやおや……これはこれは……」

 

 小さく笑いながら、指で眼鏡位置を直すのはデミウルゴス。彼も殺気を放つ(しもべ)の一人だ。普段と変わらぬ笑みのようだが、表情に浮かぶ影が濃さを増して怖いことになっている。その怖さたるや、横目で見たモモンガが思わず肩を揺らして精神を安定化させたほどだ。

 そして、そういったモモンガの様子を、間に茶釜を挟んで左側で居たウルベルトが見ており、声こそ出さないものの「え? 何? 俺の後ろで何が起きてるの!?」と狼狽えていた。

 このように、(しもべ)達は怒気や殺気を放っていたが、中でも最も強い殺気を放った者が居る。

 たっち・みーの背後で立つ執事、セバス・チャンだ。

 

(我が創造主である、たっち・みー様に対しての乱暴な物言い……。許せるものではありません。万死に値するでしょう)

 

 普段のセバスであれば、『至高の御方』に対する不敬に関しては怒りを覚え、度が過ぎれば殺処分を決意する。

 そう、普段のセバス(・・・・・・)なら、多少の無礼については『怒りを覚える』だけで済むのだ。

 にもかかわらず、『万死に値する』とまで思い到ったのは、レメディオスの不敬な物言いの対象がセバスの創造主、たっち・みーであったからである。

 ナザリックの(しもべ)にとって、自身の創造主に対する不敬は重い。それはモモンガ達、ギルメンらが思う以上に……。

 セバスとしては、速やかにレメディオスに飛び掛かり、誅殺したいところであった。だが、それをすれば創造主のたっち・みーを含む、『至高の御方』全員に恥をかかせることとなる。

 

「ふう~……」

 

 セバスは、すぼめた口から息を吐き、その煮えたぎる殺気を消した。

 ナザリックの(しもべ)として、至高の御方……創造主の面目を優先したのだ。しかし、セバスが思いとどまった理由はそれだけではない。先程からのたっち・みーの様子を観察し、レメディオスの言動をたっちが容認しているとセバスは読み取っていたのである。 

 

(聞けば、たっち・みー様は転移前の世界……『モトノリアル』で辛い思いをされたとのこと。あの女性がたっち・みー様の気を紛らわせるのであれば、私は目をつむるべきでしょうね……)

 

 こうしてセバスは不動の姿勢を維持した。たっち・みーの創造物(セバス)が行動に出ない以上、他の(しもべ)達もセバスにならって行動に出ることはない。

 レメディオスは九死に一生を得た形である。

 もっとも、そのことにまるで気がつかないレメディオスは、わくわくした様子でたっちの『変身』を待っていた。

 

「虫系の亜人というのはあまり見ないが、どういったものだろう?」

 

 レメディオスの呟きが聞こえ、その声色に嫌悪感などが感じられないことで、たっちはいよいよ覚悟を決める。

 

「では……」

 

 たっちは変身……ではなく、人化を解いて異形種の姿に戻った。

 出現したのは、白色基調の甲冑(魔法処理しているので体格の変化には自動対応)に身を包んだバッタの亜人。

 ヘルムは先に取っていたので、昆虫然としたバッタ顔が剥き出しとなっている。

 哺乳類である人間とは掛け離れた面相は、無機質かつ感情を読み取ることができない。

 たっちは、静まりかえった部屋の中、対面で座るレメディオスに話しかけた。

 

「ど、どうですかね? 変身してみましたが?」 

 

 本当は『元の姿に戻った』であるが、そうやって嘘をついていることを、たっちは心苦しく思う。

 

(だが、今はまだ黙っていよう! モモンガさん達とも相談したけど、こちらの正体については当分は黙ってた方がいいし!)

 

 事前に、そのように相談していたのだ。

 現状、ナザリックのギルメン達は『人間種の冒険者』を装っている。カルネ村のエンリなど、正体を知っている者などが一部存在するものの、一応、正体が異形種である件については内緒にする方針でいた。

 また、レメディオスを意識するたっちとしては、正体について徐々に情報開示するのは都合が良かったのもある。

 以上のような思惑の下、たっちはレメディオスに異形種としての素顔を晒したのだが、その反応は……。

 

「なんだ、格好いいじゃないか」

 

 下顎に手を当てて呟く声は、なかなかの好印象。

 

「格好いいと、そう思いますか!?」

 

 喜色多めの声でたっちが問うと、レメディオスは大きく頷く。

 

「見ようによっては甲冑のヘルムみたいだしな。知らないのか、タチ? 動物を模したヘルムを被る騎士は、それなりに居るんだぞ?」

 

 レメディオスは上機嫌だ。この様子を見たたっちは「いいぞ! 悪く思われてない!」と拳を握りしめる。だが、レメディオスの右隣のカルカ、そして左隣のケラルトは知っていた。

 

(ヘルムのことをタチに教えられたのが、嬉しかった?)

 

(それですよね~……)

 

 無論、たっちに対する好印象もあるだろうが、普段、他人から知識や情報を教わることの多いレメディオスにしてみれば、誰かに物を教える体験は嬉しかっただろう。

 カルカとケラルトは、胸を反らして満足げなレメディオスを生温かい目で見ていた。

 一方、たっちは胸を撫で下ろして脱力しており、その様子を見るギルメン達が囁き合うように感想を述べる。

 

「格好いいと言えば、格好いいのかしらね~。たぶん……。男衆は、そこんとこどうなの?」

 

 茶釜が誰に言うともなく呟くと、弐式が腕組みをして頷く。

 

「俺は見慣れてますし、バッタの改造人間が主役やってる特撮ドラマは、(たっちさんに)見せられてますから。格好いい……で、いいんじゃないですか?」

 

「そうですね。慣れちゃいましたね」

 

 ペロロンチーノが同意し、それを聞いたモモンガも頷いてみせた。

 

(そうだよ! そのとおり! たっちさんは、ヘルムを付けても取っても格好いいものな!)

 

 モモンガにとって、たっち・みーという男はずっと以前……ユグドラシルで助けられたときから格好いいのだ。

 異世界転移直前のたっちの悲惨な境遇と、転移後世界に来てからの精神的混乱については配慮が必要だと思う。だが、たっちなら乗り越えてくれると、モモンガは信じていた。

 一人のファンによる過剰な期待に思えるが、実のところ、たっちは立ち直りつつある。

 それは異世界転移後、しばらく続けていた冒険者生活が、ある種の療養となっていたこと。そして、レメディオス・カストディオとの交友がたっちの心を癒やしていたからだ。

 モモンガは、人化して照れ臭そうに頬を掻くたっちを見て、フンスと鼻息をふく。

 

(まだ少し不安定なところはあるけど、きっと大丈夫! たっちさんなら!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふ~ん、じゃあ聖王国からの依頼を受けるってことでいいんですね?」

 

 ナザリック地下大墳墓。

 その第九階層にある円卓で、冒険する考古学者スタイルの樹人……ブルー・プラネットが確認した。

 現在、モモンガ達、聖王国訪問チームはナザリックに帰還している。

 カルカ達に対し、異形種の姿を『変身している』ものとして見せた後、モモンガ達は王都の宿に行くと言い残して、城を出た。その後、適当な宿へ入ってすぐに<転移門(ゲート)>で移動したのだ。

 理由の大半は、他のギルメンと直接に会議をしたかったこと。残りの部分は、設備の良いナザリックで休みたいというもの。

 ちなみに、カルカ達は王城に滞在するよう引き留めたが、モモンガは「一介の冒険者が王城で寝泊まりだなんて恐れ多いですよ」と固辞している。

 

「一介の冒険者って……モモンさんは、実はアインズさんで王国の辺境侯じゃん」 

 

「弐式さん、そこは空気を読んで欲しいところです」

 

 そういった雑談を弐式としながら、モモンガは名残惜しそうにしているカルカ達に背を向けたのだった。

 こうしてナザリックに帰還した後は、留守番組のギルメンを呼んで円卓に集合。内容確認に近い事情説明をし……先程のブルー・プラネットの問いかけに到る。

 カルカ・ベサーレスからの要請である『亜人連合による襲撃への対処依頼』。これはブルー・プラネットにとって初耳ではなく、依頼を受ける前に<伝言(メッセージ)>で相談を受けていたことだ。

 無論、相談を受けたのはカルカ達との対談に居合わせていなかったギルメンも同じであり、全員が引き受けることについて了承している。

 故に、ブルー・プラネットが聞いたのは、単なる確認に過ぎなかった。

 

「ええ、そのとおりです。ブルー・プラネットさん」

 

 モモンガは、ブルー・プラネットに対して頷くと、円卓を見回す。現在、円卓にはモモンガの他、合流済みのギルメンが全員揃っていた。皆、異形種化してリラックスした姿をさらしている。

 それぞれの制作NPCは、創造主の椅子の後ろで待機しているが、アルベドとパンドラズ・アクターは、ギルド長……モモンガの席のやや後ろ、右肩側と左肩側に分かれて立っていた。

 二人の役割はモモンガの補佐。

 もっとも、ギルメンにはタブラやぷにっと萌えが居るので、アルベド達の役割は必要な情報の提示や、会議内容を把握して各NPCに説明することにある。

 

(さて、亜人連合と戦うとなれば……。やっぱり全員で出撃したいところだよな) 

 

 モモンガが思うナザリックの一大決戦。その相手として、亜人連合は物足りない存在だ。しかし、大軍相手ではあるし、転移後世界の人間を相手にするよりは歯ごたえがあるだろう。それに、将来的にビーストマンや、ツアーなどのドラゴン達を相手にすることを考えれば、亜人連合との戦いは『演習』として都合が良い。

 そうした事情や思惑から、ギルメン達は事前の<伝言(メッセージ)>の時点で『ギルメン全員出撃』に賛成している。

 よって、会議はどのように戦うか、誰と誰が行動を共にするか……が主な内容となった。

 各ギルメンから出た提案や主張を、手早く纏めたモモンガが最後に確認する。

 

「……では、最後に<大災厄(グランド・カタストロフ)>でしめる……ということでよろしいですか?」

 

 ギルメン達が頷いた。

 これにより、亜人連合との大戦では、ユグドラシルにおける魔法職最高位、ワールド・ディザスターの最強破壊魔法……<大災厄(グランド・カタストロフ)>が投入されることとなる。

 モモンガとしては、他のギルメンの見せ場が減ったり食われたりするので、<大災厄(グランド・カタストロフ)>は使用しない方向で行きたかった。しかし、ウルベルトが「現時点でのナザリック全力出撃ですよ!? 私の<大災厄(グランド・カタストロフ)>が炸裂しないで、他にどういった盛り上げ方があるんです? あるわけないですよ!」と力説したことで、押し負けたのである。

 もっとも……。

 

(使用タイミングを最後にして貰えて良かった。確かに目立つだろうけど、ほとんど死体を吹き飛ばすぐらいの出番しかないんじゃないの?)

 

 とモモンガは考えており、それはウルベルト以外のギルメンも同様である。

 敢えて指摘しなかったのは、戦闘開始直後にブッ放されて戦う相手が居なくなるよりはマシであるから。そして、今のウルベルトが御満悦であるからだ。

 

(まあ、ウルベルトさんも解ってて言ってるんだろうけど……)

 

 どうしても<大災厄(グランド・カタストロフ)>をねじ込みたかったであろう彼の心境を思えば、モモンガは何となくクスッとしてしまう。そこへウルベルトの視線を感じたので、モモンガは視線を逸らせつつ咳払いをした。

 

「そ、それでは続きまして……」

 

 亜人連合の襲撃時期を操作できないか。

 これについてモモンガ達は話し合った。

 デミウルゴス情報では、相手方はヤル気満々なので、後は準備が整い次第押し寄せてくるであろう……とのこと。

 

「多少は裏から手を回して襲撃を早めたり、先延ばしにしたりとか、そういうのはできるんだよな?」

 

 半魔巨人(ネフィリム)……武人建御雷が挙手しつつ発言した。

 早めたり先延ばしにしたりと言っているが、建御雷自身は早めて欲しいらしい。

 彼に言わせると、元から押し寄せてくるつもりの連中なんだから、遠慮なく叩き潰したいし、ジリジリ待つのは性に合わない。何ならこちら側から乗り込んでもいいくらいだ……とのこと。

 

「ことさら人間の側に立つもんじゃねぇが、亜人の方から向かってくる以上は容赦しねーよ。なぁ、コキュートス?」

 

「オッシャルトオリデス! 武人建御雷様!」

 

 鼻息の荒い建御雷と、その背後で冷気の息を噴出させるコキュートス。

 モモンガ達は息の合った二人を見てホッコリしていたが、建御雷の質問……襲撃時期を操作できるかどうかについて議論ないし回答をしなければならない。

 

「デミウルゴス……」

 

 会議テーブルを指で叩きながら、ウルベルトが(しもべ)の名を呼んだ。

 その斜め後ろで立つデミウルゴスは、人差し指で眼鏡位置を直してから発言する。

 

「可能でございます。すでに私の息のかかった亜人……それも各氏族の幹部クラスを確保しておりますので、氏族会議等での議決を操作することは造作もないことです」

 

 この場合の議決操作とは、襲撃するか止めるかではなく、襲撃する時期の操作だ。

 おお……という声が、居合わせた(しもべ)のみならず、ギルメン達からもあがる。モモンガも声をあげた一人だ。

 

「そうか……そうか、よろしい。さすがはウルベルトさんのデミウルゴスだ。見事……と言っておこう」 

 

 そう言ってモモンガがウルベルトを見ると、ウルベルトは黙したまま頷いた。クールを気取っているようだが、口元が笑み崩れているので喜びを隠せていない。

 一方、モモンガに褒められ、創造主の満足を得たデミウルゴスは、満面に笑みを浮かべて尻尾を振っている。

 

(あっちこっちで仲のよろしいことで……)

 

 モモンガは、人化しているときの獣王メコン川ばりに口の端を持ち上げ、苦笑した。

 異世界転移した直後の頃なら、「どうせ俺のNPCは、アイツだしな……」と、黒歴史扱いしたパンドラズ・アクターについて嘆いたことだろう。他のギルメンが製作したNPCを羨んでもいたはずだ。

 だが、そうはならない。

 今のモモンガは、語り合ったり共に同じ湯船に浸かったりと、付き合いを重ねることでパンドラズ・アクターを気に入っている。いや、気に入り直しているのだ。

 

(今や、自慢の『息子』だしな~……)

 

 こう思えるようになったのは、合流したギルメンらがパンドラについて面白がりこそすれ、馬鹿にしたりしなかったことも大きい。そうであるからこそ、落ち着いてパンドラを見直す余裕も生まれるわけで……。

 モモンガは、左後方で立つパンドラズ・アクターを見た。

 黄色がかった軍服姿のドッペルゲンガー。

 パンドラは、モモンガの視線に気づくと表情のないタマゴ顔をククッと傾ける。

 

「いぃかがなさいましたか! んん、なぁィンズ様!」

 

 独特の口調で問いかけつつ、その場でクルッと回り、ポーズを取ってビシッと静止。

 実にウザい。

 が、それもまあ許容範囲……いや、我慢できる範囲だ。

 モモンガはギルメンやNPC達の「ああ、またやってる」といった視線を笑い飛ばすと、パンドラを軽く睨んだ。

 

「そういう、落ち着きのない行動は感心せんな。ただ、ちょっと見ていただけだ。気にせずにいろ」

 

 睨みはしたものの、口調としては半笑い。なので、パンドラも怒らせた等の認識はなく、その場で敬礼した。

 

「承知しました! ンアィンズ様!」

 

「敬礼は……まあ、いいか……」

 

 ハァと溜息をつく。これは子供のイタズラを放置する、親の心境なのかもな……と、モモンガは肩をすくめ、今度は右後方のアルベドを見てみた。

 タブラ・スマラグディナが、各ギルメンから情報を集めて『モモンガ好み』でデザインしたというNPC。そして、元より自分を愛するように設定されたサキュバス。

 現在は数人いる交際女性の一人で、その中の筆頭格とも言えるアルベドだが、その彼女は、どんな表情で居るだろうか。

 

(呆れ顔か? それとも俺みたいに苦笑しているかな? どっちでも美人には違いないんだろうけど……え?)

 

 少しの好奇心と共に振り返ったモモンガは、その動きをぎこちなく止めた。 

 アルベドは心ここに有らずといった様子で、視線を泳がせていたのである。

 それも一瞬のことで、彼女はフワリと微笑み「いかがなさいましたか?」と問いかけてきた。対するモモンガは、パンドラズ・アクターの時と同様の言葉を返している。

 

「い、いや、ちょっと……その、見ていただけだ。気にしないでよろしい……」

 

 パンドラの時とは違って、途惑いの色が濃くあったせいか、アルベドは心配そうに話しかけてきた。

 

「あの、アインズ様? (わたくし)、何か到らないことが……」

 

「いやいや、そういうことは一切なくてな!?」

 

 座ったまま狼狽えるモモンガと、状況は掴めずに心配し続けるアルベド。

 ギルメン達は議論等を止めて「モモンガさんが、アルベドとイチャイチャしてるぞ?」とか「俺も、部屋に戻ったらナーベラルと……」といった具合で話し合ったり、予定を決めたりしていた。

 中でも、頭にアウラ、膝にマーレを乗せたぶくぶく茶釜と、白獅子の獣人……獣王メコン川の後ろで立つルプスレギナは、視線を交わして頷き合っている。

 この後、二人は他の者には内密で会い、とある企みを語り合うのだが……アルベドへの対応で一杯一杯のモモンガは、この二人の姿は目に入らないのだった。

 




 前の投稿から間隔が開きまして……。
 仕事や実生活で色々あるので、まあ遅れがちなのです。

 レメディオスだけ、「バッタとかキモ!」という方向にして、たっちさんを本格的な鬱に追い込もうかと考えてたりしました。
 たまには原作風味を盛り込むのも良いかな……と思ったのですが、本作は「モモンガさんがギルメンとイチャイチャする」のが主旨なので、本文のような展開となっています。

 だいぶ涼しくなってきましたので、書くペースを上げられるよう諸々頑張りたいと思います。

 今回、ウルベルトさんの「あるわけないですよ」は映画『連合艦隊』から。『トップをねらえ!』よりは映画寄りで……。

 あと、たっちさんの種族はトンボ系とのことを以前に教わり、その時にも触れましたが、本作ではバッタにしています。
 もう書き直すのしんどい(笑

 あ、そうそう、そろそろモモンガさんが……ええと、清い身体じゃなくな……じゃなかった、大人になるかもですが、本作では詳細な描写はしない感じでいきます。別に『18禁』投稿することもないです。
 一応、同人活動してた頃で、18禁小説(オネショタ陵辱とか奴隷御奉仕とか)は他サークルさんの依頼を請けて何回か書いたのですが……。
 ……具体的に書かないだけかもしれませんが、今のところは、そう考えています。

 
<誤字報告>

 tino_ueさん、攻例萎さん、アカイカさん、はなまる市場さん、
 MASSAさん、D.D.D.さん、リリマルさん、佐藤東沙さん
 
毎度ありがとうございます



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第107話

 ギルメン会議が終了し、モモンガ達は円卓で解散した。

 最初に部屋を出た武人建御雷が、傍らのコキュートスを待たせて弐式炎雷を振り返る。

 

「俺は部屋に戻るぜ。コキュートスと新たな武器を模索するつもりだが……。弐式はどうするんだ?」

 

「ふふふ、自室でナーベラルとイチャイチャするんだよ。そして、今日こそは!」

 

 扉付近、弐式炎雷が握った拳を持ち上げた。そのすぐ隣で専用メイド服姿のナーベラル・ガンマが、嬉し恥ずかしといった表情で両頬を押さえている。

 創造主とNPCで仲が良くて大いに結構。だが、テンションの高い弐式の背後で、ユリ・アルファを連れた半魔巨人(ネフィリム)……やまいこが通り過ぎた。

 

「僕とか、かぜっちとか女の人が居るのにね~。そういうこと話すの……感心しないな~……」

 

「ひいっ!?」

 

 女性から投げかけられる氷点下の声。

 弐式は、珍妙なポーズで飛び上がった。更にやまいこ達を追うように、アウラとマーレを触腕状の粘体で抱え上げた茶釜が通っていく。

 

「弟じゃないから、とやかく言わないけどさ……。ナーベラルには優しくしてあげなさいね~」

 

 こちらは、やまいこほど声が冷たくない。『よその子』が相手なので、控えめにしてくれているのだろう。しかし、度が過ぎると茶釜の怒りは爆発するはずだ。

 

(それも弟のペロロンさん向けじゃない、赤の他人相手の戦闘モードで……。恐ろしすぎる……)

 

 この時、弐式は面の下で異形種化しており、ハーフゴーレムの状態だった。顔面はツルリとした『無加工』状態で、材質からして汗などかくはずもない。しかし、確かに弐式は感じていた。

 自分の額から、右頬を伝って落ちる汗の感覚を……。

 

「弐式さん……」

 

「うひゃあ!?」

 

 背後からかかる男性の声。

 やまいこと茶釜に関しては、それほど気にしていなかったが、今驚いたのは弐式の油断によるものだ。忍者としての気配感知を忘れるほど、動揺していたと言うことでもあるのだが、声をかけた人物……ペロロンチーノは顔を左右に振った。

 

「いけませんね~。エッチな話題は、時と場所を考えないと……」

 

「ペロロンさんに言われて、これほどショックな言葉はないですよ……」

 

 ケタケタ笑うバードマンに、弐式は怒りを禁じ得ない。

 面の下で(気持ちだけ)口をへの字にした弐式は、ペロロンチーノを振り返った。ペロロンチーノはシャルティアを伴っていたが、この二人こそ、これからどうするのだろうか。

 

「で? ペロロンさんは、シャルティアと何処へ行くんです?」

 

 そう聞く弐式の口調には嫌味分が増し増しだ。しかし、ペロロンチーノの傍らでシャルティアが上品に会釈したことで、弐式は少しだけ気を和らげている。

 

(NPCは良い子なんだよな……。思い切り悪寄り設定で、創造主はエロゲマスターだけど……)

 

 シャルティアのナイスフォローであったが、それに気づくことのないペロロンチーノが喜々として質問に答えた。

 

「ふふふ、自室でシャルティアとイチャイチャするんですよ。そして、今日もバッチリ!」

 

 先の弐式の台詞を聞いていたのか、ペロロンチーノはそっくり同じ……ではなく、少しばかりアレンジを加えて言い放つ。姉の茶釜が去った後なので、エロトークも思いのままだ。さらに、この後のエッチ行為を思えば気分は上々、挑発行為も平気らしい。

 弐式は、再び気分を害された感覚であったが、ペロロンチーノの左肩側、シャルティアの頭上付近から奥へ進んだ場所……通路の曲がり角を見てニヤリとする。

 

「ペロロンさん……。後ろ……通路の角を見て……」

 

「え? 後ろ? ……げぇ!?」

 

 振り向いた黄金仮面の下から、絞められた鶏のような声が出た。

視線の先で居るのは……ぶくぶく茶釜。

 ピンクの肉棒にしか見えない頭頂部を十字路の角から出し、触腕状の粘体でサムズダウンを作っている。

 その後、無言で頭を引っ込めているが、これは「折檻までする気はないけれど、余計なことを言うな」ということなのだろう。

 一気にテンションを下げたペロロンチーノは、項垂れつつシャルティアの手を引いた。

 

「シャルティア~。部屋に行こうか~……」

 

「はいでありんす……」

 

 創造主が落ち込んでいるので、シャルティアの表情が暗い。

 ペロロンチーノはともかく、絶世の美少女が落ち込むので弐式は気まずくなった。彼の認識において今の一件、シャルティアに落ち度はないのだから……。

 

「あのな、ペロロ……」

 

「まぁ、なんだね! 気に病んでてもしかたないよね!」 

 

 弐式が声をかけ……ようとして、言い始めた直後にペロロンチーノが顔をあげる。

 

「こういう時こそ気分転換だよ! 部屋で美味しいものでも食べたり飲んだりしよっか! シャルティア!」

 

「はいでありんす! ペロロンチーノ様!」

 

 創造主の機嫌良い声を聞いて、シャルティアも暗い表情を輝かせた。

 そしてそのまま、二人で手をつないで去って行く。

 後に残ったのは、ペロロンチーノの肩に手を掛けようとしたのか、右手を差し出した……その状態で固まった弐式と、隣で立つ無表情のナーベラル。

 そして、円卓入口の室内側で立っていたモモンガと他数名だ。

 

「あの、弐式さん? 元気を出してくださいね?」

 

「モモンガさん……。モモンガさんの優しさが、ハーフゴーレムの身体にしみるぜ……」

 

 呟いた弐式は、モモンガに対して一言礼を述べると、ナーベラルを伴って去って行く。先ほど言っていたように、自室でナーベラルとイチャイチャするのだろう。

 移動した先でやろうとしていることは、ペロロンチーノと弐式で大差がない。しかし、二人の気持ちの浮沈には大きな差があるようだった。

 残ったギルメンらは弐式を見送ったが、親しくする異性が居ないブルー・プラネットからは「ペロロンさんや弐式さんも、ああいうのは羨ましいかな……」と声が漏れ出ている。彼の近くで居たのは、近々恋人が出来そうなたっち・みーとウルベルト・アレイン・オードル、請負人(ワーカー)アルシェと仲が良い獣王メコン川。そして、弐式やペロロンチーノと同様に、制作NPCのソリュシャン(および多数の一般メイド)と仲が良いヘロヘロ。エルフ娘三人に慕われているベルリバーなどだ。

 他にはタブラと、ぷにっと萌えも居るが、ぷにっと萌えは最近、やまいこと親しくしている。

 以上のことから、親しい異性の影がないナザリックのギルメンと言えば、今やブルー・プラネットと建御雷のみ。建御雷はコキュートスと共に去った後なので、今ここに居るギルメンで言えば、ブルー・プラネットだけだ。

 居合わせたギルメンらの多くは、「そう言えば、タブラさんも独り身だっけ?」と考えたが、元の現実(リアル)で妻と死別しているタブラに対し、余計な軽口をたたける者は居ない。そもそも、タブラの制作NPCであるアルベドはモモンガの嫁候補だが、彼には他にニグレド等の制作NPCが居るのだ。

 

(タブラさんは、アルベドやニグレドを娘みたいなものと言ってたけど……)

 

 ギルメンにかかる異性交遊の問題だが、モモンガは落ち着いて考えた。

 タブラに関しては、制作NPCとの関係は本人次第なので特に気にすることはないだろう。先述したとおり、悲惨な家庭環境のことを思えば、変にちょっかいを出すべきではない。

 

(そういや建御雷さんも彼女とか居ないんだっけ? あの人は彼女が欲しかったら自分で何とかしそうだけどな~。さて、ブルー・プラネットさんは……どうしたもんかな?)

 

 妙に世話焼き的なことを考え出したが、今のモモンガは複数女性と交際中なので、気分的に余裕があるのだ。

 

(……ふ~む、女の世話で動き回るのも、大きなお世話かも知れないし……。暫くは様子見かな……)

 

「あの、アインズ様?」

 

 ススッと左側に進み出たアルベドが、モモンガを遠慮がちに見上げる。何か言いたそうなので、モモンガは視線だけでなく顔ごと向けて聞いてみた。

 

「アルベド。何かあるのか?」

 

「はい……。ぶくぶく茶釜様から相談があると……。お側を離れても構わないでしょうか?」

 

「茶釜さんが……」

 

 何の相談だろう……と、モモンガは首を傾げる。

 アルベドは、ギルド長モモンガの秘書的立ち位置だが、現在はモモンガと交際中で、創造主はタブラだ。モモンガとしては聞いていない話なので、タブラに視線を向けたが、首を振って返す仕草を見るに、タブラも知らないことらしい。

 

(俺やタブラさんを通さずに……か。これはいったい、どういうことなんだ?)

 

 モモンガ達には聞かせられない話なのだろうか。

 あるいは単なるガールズトークかもしれない……と、モモンガは判断した。

 

「ふむ、ふむ……まあ、いいんじゃないか? 用があれば<伝言(メッセージ)>を出すから。茶釜さんのところへ行ってきなさい」

 

「承知しました。アインズ様……」

 

 許可を得たことで安心したのか、華のような笑みをを浮かべてアルベドが一礼する。そしてそのまま、茶釜達が去った方へと通路を歩いて行った。

 

「タブラさん……」

 

 モモンガが名を呼びつつタブラを探すと、先程のアルベドが居た側とは反対……モモンガの右側に、タブラが移動していた。

 

「いつの間に……。いや、タブラさん……。茶釜さんは、茶飲み話か何かでアルベドを呼んだと思いますか?」

 

「どうだろうね? そうかもしれないし、あるいは重大な話かも……。少なくとも、モモンガさんにとって悪いことにはならないんじゃないかな? 何しろ茶釜さんもアルベドも、両方ともモモンガさんの『彼女』だし……」

 

「うっ……」

 

 モモンガは呻く。

 茶釜とアルベドは、モモンガの彼女。

 タブラの言ったことに間違いはない。

 ただ、それを『アルベドの創造主』から言われると、なんだか居心地が悪かった。

 

(タブラさんめ、最古図書館の使用禁止の件がキツかったので、その仕返し……かな? まあ、俺の邪推かもだけど!)

 

 モモンガが改めて視線を向けると、タブラはタコ似の顔でジッとモモンガを見てくる。

 相変わらず表情が読めない。

 

「あ、後でアルベドから話を聞いてみますかね……」 

 

 モモンガは目を逸らしつつ声を絞り出した。それを聞いたタブラは「話の内容を? アルベドから? そうだね、そうなるだろうね」と言い、笑い声を残しながら去って行く。

 

(なんだろう。この敗北感……)

 

 敗北と言っても何に負けたのかがわからない。

 その後、ウルベルトとベルリバーが連れ立って去り、ブルー・プラネットが「そうだ、カルネ村に新しい肥料を持っていかなくちゃ」と呟きながら去っている。ブルー・プラネットの足取りは軽いように見えたので、女性関係についてはさほど気にしていないらしい。

 

「あ、モモンガさん。私はセバスと、自室でお茶でも飲んでますから」

 

「わかりました~」

 

 シュタッと手を挙げて歩き出すたっちと、律儀に一礼してから歩き出すセバス。

 騎士と執事のコンビは、格好良さを振りまきつつ去って行った。ウルベルトが見たら舌打ちしただろうが、モモンガからすれば格好良く思えるのだ。

 

「獣王メコン川様! アインズ様! 私も失礼します!」

 

「ん? あ、ああ……」

 

 元気な声とともにルプスレギナが一礼して歩き出した。それを見送るモモンガの近くでメコン川が「おう、行ってきな」と声をかけている。 

 

「ルプスレギナは……メイド業務ですか?」

 

 恋人の一人でもある彼女の背を見送りながら、モモンガはメコン川に問いかけた。

 

「いや、茶釜さんに呼ばれたとか言ってたな。戦闘メイド(プレアデス)の仕事は、その後になるんじゃないですか?」

 

 メコン川は、赤い衣装に黒の胴鎧といった出で立ちであり、今は白獅子顔の下顎を掴んで撫でている。

 ルプスレギナの動向については、あまり気にしていない様子だが……。

 

(ルプスレギナも茶釜さんに呼ばれた……。アルベドが呼ばれたのと、何か関係があるのかな? でもこれ、後で俺がアルベドに聞いていいことなのか? やっぱりガールズトークなのか? もう気にしない方が……)

 

「どうかしたんですか? モモンガさん?」

 

 上方から白獅子顔が覗き込んできた。

 顔を上げて見返したモモンガは、今考えていたことを口に出そうとしたが、一瞬目をそらせてから再度、メコン川と目を合わせている。

 

「いえ……ルプスレギナですけどね? 俺とメコン川さんを呼ぶのに、メコン川さんの方が先なんだな~……って」

 

「そりゃあそうですよ、モモンガさん」

 

 思っていたことではなく適当な話題を振ったところ、メコン川は牙を剥きつつニンマリ笑い、黒胴鎧の胸を反らせた。人化していたなら、例の口の端を持ち上げる笑みを見せていたことだろう。

 

「だって、俺はルプスレギナの『創造主様』だもの。彼氏や将来の旦那相手にだって、負けない部分はありますよ」

 

「何と言うか、ごもっとも……」

 

 モモンガは肩をすくめながら苦笑する。

 メコン川との合流前に、彼の作成したNPC……ルプスレギナ・ベータを交際相手とした。そのことは事後承諾ではあったがメコン川に認めて貰っているので、負い目を感じることはない。だが、やはり気にはしてしまう。

 

「メコン川さんは、これからどうするんです?」

 

「俺か~……タブラさんに<転移門(ゲート)>で送って貰って、フォーサイトに会いに行って来ますよ。連中、よそで見つかった遺跡に行くって言ってましたから、それに交ざるんです」

 

 その『フォーサイトに会いに行く』という目的の中で、『アルシェに会いに行く』というのは、理由の何割を占めているのか。興味を持つモモンガだが、これも先程の『茶釜に呼ばれたアルベドやルプスレギナの件』と同様、深入りすると良くないことなのかもしれない。

 

「じゃあ、行ってきま~す」

 

 メコン川が肩越しで手を振りながら去り、合わせるようにヘロヘロもソリュシャンと共に去って行く。

 残ったのは、モモンガとパンドラズ・アクターだ。

 モモンガは、いつの間にか左隣に移動してきたパンドラを見た。

 異世界転移した直後であれば、パンドラに対して今後の予定を聞き、パンドラが本来の配置場所である宝物殿に行くと言って、二人は別々に行動したことだろう。

 だが、ジッと見てくるパンドラの視線を真っ向から受け止めたモモンガは、おもむろに口を開いた。

 

「お前は、あ~……宝物殿に行くのか?」

 

「はい! アインズ様っ!」

 

 ビシリと敬礼をキメてくる姿に、かつてほどの羞恥心は感じない。

 面白くもあり、やはり格好良いとモモンガは思っていた。

 

「そうか……。では、俺も久しぶりで宝物殿を覗きに行くか……。俺以外の人が放り込んだ面白アイテムがあるかも知れないしな……」

 

 ボソッと呟くように、しかし、パンドラに聞こえるように言うと、パンドラが大きく肩を揺らす。

 

「きょ、共同作業! 望外の喜びですが、よろしいのですか? ぬぁインズ様……」

 

「ぬぁって何だよ。俺が行きたいから行くんだ。と言うか、他に人も居ないしモモンガとか、その……他の呼び方で構わないんだが?」

 

 ギルメン相手に近い、しかし微妙に違った口調でモモンガが言うと、パンドラは再度敬礼をした。心なしか先程の敬礼よりも気合いが入っているように見える。

 

「承知いたしましたっ! 父上!」

 

「うむ……うん。じゃあ、行くか」

 

 モモンガは、自分の口調が鈴木悟寄りになっていくのを感じながら歩き出した。

 

「そういや、お前。いつも宝物殿のアイテム整理が……って言ってるけどさ。お前が好きで整理してても追いつかないわけ?」

 

「はい、父上。何しろナザリックの宝物殿には、膨大なアイテムや宝物が……」

 

「だよな~……。源次郎さんが合流できたら、雑にしてる収納区画の整理をお願いしようかな? ……駄目か。あの人の整頓欲に突き刺さる要素って、よくわかんないし……」

 

 自室は汚部屋。しかし、宝物殿に関しては整頓好き。

 そんなギルメンのことを思い出していたモモンガは、軽く頭を振ると、左隣……少し後方を歩くパンドラを振り返った。

 

「やはり、宝物殿の整理に関してはパンドラに頼むのが一番だな。ま、無理しない範囲で頼むよ」

 

「お任せください! 父上!」

 

 歩きながら敬礼するパンドラと、それを見て「ははは、そっかそっか」と機嫌良く笑うモモンガ。

 二人の足音は、通路の奥へと消えていくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 この階層に位置するショットバーで、至高の御方……ギルメン二名が酒を酌み交わしている。

 右側で座るのは山羊頭の悪魔、ウルベルト・アレイン・オードル。

 もう一人は、ウルベルトの左隣で座る多口四腕の異形、ベルリバー。

 二人は連れだって入店し、マスターの茸生物(マイコニド)……クラヴゥ(通称・ピッキー)に対して、ウイスキーをボトルで要求。以後は、二人で話をしたいとしてクラヴゥに席を外して貰い、黙々と飲んでいた。

 

「ピッキーの奴……」

 

 ウルベルトが何杯目かのグラスを干してから口を開く。

 

「弁当でも持って、ブルー・プラネットさんの畑に差し入れしてこいって言ったら、すっげ浮かれてたな……」

 

「彼の創造主は、ブルプラさんですからね~……」

 

 ブルー・プラネットの帰還の儀(帰還報告会)には、当然ながらクラヴゥも同席しており、創造主と二人で一晩語り明かしたらしい。

 

「あれで性別的に女性だったら、ブルプラさんと良い仲になってたかもしれませんね~」

 

 ベルリバーがグラスの氷をカランと鳴らす。それを聞いて、ウルベルトが肩をすくめた。そしてグラスを置くと、肘をついて手を持ち上げ……指を折りだす。

 

「自分の製作NPCと、『男女の関係』でイイ感じになってるのは……ヘロヘロさん、弐式さん、ペロロンさんってところか。あと、将来的に茶釜さんとマーレ?」

 

「制作NPCが異性だと、そういう感じになるんですかね~」

 

 ベルリバーが呟きながらグラスを干し、ウルベルトを見ると、ウルベルトもベルリバーを見ていた。

 このとき、二人で共通する思いは「俺達、相手がNPCじゃないけど上手くやってるよな……」というものである。

 

(ベルリバーさんは、現地のエルフ三人とだっけ?)

 

(ウルベルトさんのお相手は、聖王国の神官団長だったかな……)

 

 二人は黙したまま互いのグラスにウイスキーを注ぎ、チンとグラスを合わせた。

 そして二人してグラスに口を付けていると、ウルベルトが左側に目だけ向けて口を開く。

 

「で? ベルリバーさんは、そういう女がらみの話だけしたいんじゃないんでしょ?」

 

「ん~……まあ、そうなんですけど」

 

 ベルリバーがグラスに付けているのとは別の口、ウルベルト向きに付いている中の一つでモゴモゴ言った。言いにくそうなのだが、ウルベルトはフッと笑い目を閉じる。

 

(服を着た山羊なのに、様になってるな~……。ウルベルトさん、やっぱスゲーわ)

 

 感心九割、呆れ一割の視線をベルリバーが向ける中、ウルベルトが話し出した。

 

「わかってますよ。……俺が元の現実(リアル)に戻るつもりかどうかだろ?」

 

 途中で口調を変えたウルベルトに、ベルリバーはグラスを置いて頷く。

 元の現実(リアル)において、ウルベルトとベルリバーは、社会を牛耳る巨大複合企業に一矢報いるべく活動中だった。そして、二人共が志半ばで異世界に転移した。ベルリバーとしては、元の現実(リアル)でやり残したことが気になったが、この転移後世界の居心地が良すぎて、戻る気がほぼ無くなっている。

 

(けど、ウルベルトさんが戻るって言うなら……戻っても良いかも……)

 

 元の現実(リアル)への帰還理由として持ち出すには、ベルリバーとウルベルトの『友人付き合い』は深くない。ただ、巨大な社会悪を相手に戦ってきた関係性は、住みよい転移後世界を諦めても良い……と思う程度には強かった。

 

「そうですね。それを聞きたかったんです。ウルベルトさんは、どう思ってるんです? 元の現実(リアル)に戻る気は……」 

 

 この問いかけに対し、ウルベルトは再びフッと笑うとベルリバーと同じようにグラスを置いた。そのままカウンターに両肘を付くと、腰から上を捻ってベルリバーに向き、次のように言う。

 

「ない!」

 

「あ、そうなんだ?」

 

 ベルリバーは一瞬気圧されたが、すぐに肩の力を抜いた。

 

「てっきり、『魔法も使えるし、強くなったんだからさ? 意地でも元の現実(リアル)に戻って巨大複合企業に<大災厄(グランドカタストロフ)>だ!』とか言い出すかと……」

 

「いや、チラッとは思ったけど……そんなことしたら、周辺家屋も中の人間ごと全滅じゃん? そりゃ転移前は、多少の人的被害はやむを得ない……とか、馬鹿なテロリストの理屈で突っ走ってたけどさ。そのときでも、周辺住民を全滅させて構わないとか思ってないし……」

 

 世にも奇妙な山羊悪魔の早口。

 全編に渡って言い訳がましさが満ちあふれている。

 何となく笑いたい気分のベルリバーだったが、ここでブフッと吹いたが最後、どんな魔法が飛んでくるかわかったものではない。せっかく異世界転移したというのに、そんなことで死ぬ気はなかった。

 

(しかし、馬鹿なテロリストの理屈か……。そう言われると、そうだよな。俺もウルベルトさんも、相手がデカすぎて気が変になってたのかね……。いや、ウルベルトさんの思いや怒りは本物だったかな? ……俺のだって当時は本物だった……と思うけど)

 

 今は今で異形種になり、人間とは違う倫理や感覚が主となっている。そういったことも、過去の自分達を見つめ直せるようになった大きな要因だろう。

 一方、ウルベルトは長々と言い訳をした自分を恥じていた。

 

(くそ~……さっきみたいなのは俺のキャラじゃないんだ。でも、山羊悪魔になった今のオツムで考えると、つくづく元の現実(リアル)では無茶無謀で馬鹿なことしてたって思うよな~……)

 

 限られた資金と物資をやりくりし、爆弾テロなども行ったが、どうしても巨大複合企業の上層部にまで手が伸ばせなかったのである。元の現実(リアル)でウルベルトができたことは、巨大複合企業に幾分かの物理的破壊、あるいは修繕費的な意味合いで出費させたことぐらいだろう。

 

(ベルリバーさんには例の情報が渡ってたはずだけど、アレを上手く使えたとして、巨大複合企業は本当に傾いてたかな? 大打撃が精々かもな……。まあ、転移前の俺達は、やれると踏んでたわけだけど……)

 

 ウルベルトは本心を頭の中で組み立てると、ベルリバーに対して口を開いた。

 

「ベルリバーさん。こっちの世界……素晴らしく良いじゃないか。八欲王だかが手を出して、色々とユグドラシル風に作り変えられてるみたいだけど、俺は気に入ったね。空気は綺麗で飯も美味い。その上、俺達は強い存在だ。好き放題できるじゃないか。あとは……」

 

 ベルリバーが頷く。

 

「あとは、元の現実(リアル)での巨大複合企業みたいにならないよう、気をつけなければ……ですね?」

 

「そうだ。俺達は人間じゃなくなったし、人間に対して同族意識はなくなった。けど、それだけは気をつけないとな……」

 

 異世界転移するまで戦い続けてきたウルベルトの信念は、山羊悪魔になった今でも変わりない。負け組……弱者に対する不当な理不尽を、ウルベルトらは許さないのだ。

 フウと、二人で息を吐く。

 数秒ほど二人は黙っていたが、気が落ち着いたらしいウルベルトがニヤリと笑った。

 

「とはいえ……だ。こっちで定住するけど、元の現実(リアル)へ戻る……じゃないな、元の現実(リアル)と行き来する方法は模索しておくべきだ」

 

「と言うと?」

 

 興味深そうにしているベルリバーに対し、ウルベルトは語る。

 元の現実(リアル)との行き来が可能になれば、あちらの世界にあった技術や機器などを転移後世界に持ち込めるだろう。転移後世界で現実のものとなった魔法は強力かつ強大だが、魔法だけで出来ないことは多いはずだ。

 

「それとな、このままだと巨大複合企業に負けて終わりだろ? 悔しいじゃないか」

 

「悔しい……。そうですね、まさしくそのとおりです」

 

 ウルベルトさんの言うとおりだ……とベルリバーは思う。

 やられっぱなし、敵わないままで終わった等というのは、容認できるものではない。このまま燻った気持ちを抱えているぐらいなら、転移後世界で得た力で再挑戦するべきだ。

 

(何もしないよりは、ずっといい……。……そうしてる方が、元の俺を忘れないでいられるだろうしな……) 

 

「別に<大災厄(グランドカタストロフ)>しなくたって、巨大複合企業のトップ共の心を折る方法はあるだろうさ」

 

 考え込むベルリバーをよそに、ウルベルトは独り言のように呟いている。

 具体的な心の折り方は思いつかないが、ナザリック地下大墳墓にはニューロニストのような拷問のプロも居る。元の現実(リアル)との行き来さえ可能になれば、彼らに任せる手もあるだろう。

 

「モモンガさん達には、一応、相談しておくか……。俺が『ウルベルト・アレイン・オードル』で居る今は、もうゲームじゃなくて現実だもの……。ユグドラシルの時は、気の向くまま突っ走ってたけど、もうそんなことしてられないし……」

 

 俺にも若い時分があったもんさ、今も若いけど……。

 そんな風に笑っていたウルベルトは、ふとベルリバーの視線が気になった。

 

「……なんだよ?」

 

「いや、色んな意味で大人になったなぁ……と。じゃあ、ウルベルトさん。たっち・みーさんに対しては、嫌いだ~……とか、そういう気持ちはもうないんですか?」

 

 もし、二人の会話をモモンガ達が聞いていたとしたら、今のベルリバーの質問は、ある意味において巨大複合企業に対する二人の思いよりも興味深かったかもしれない。

 ベルリバーも、ウルベルトとたっちの確執は知っているので、今の質問は相当な勇気を必要とした。この質問一つで、ウルベルトの機嫌が急降下する可能性があるからだ。

 対するウルベルトは、グラスを傾けて舌を湿らせてから、ゆっくりベルリバーを見る。

 

「そんなの、嫌いに決まってるだろ?」

 

「ええ~……」

 

 肩を落とすベルリバーをジト目で睨み、ウルベルトは続けた。

 

「今のあいつは、嫁さんと娘に逃げられて確かに不幸だろうさ。精神的にも不安定で、勝ち組要素が少なくなったと言っていい。しかしな、長年身に纏ってきた勝ち組オーラが……俺を苛つかせるんだよ。だいたいなんだよ、あいつ。家庭崩壊して落ち込んでると思いきや、ちゃっかりレメディオスといい感じになりやがって」

 

「いや、聖王国で『彼女』を見つけたのはウルベルトさんも同じで……」

 

「俺は良いんだよ。今は、たっちの話だ。そもそも、あいつと来たら、聖王国を出てから暫くの間、躁と鬱の入れ替わりが激しくて、俺に介護みたいなことさせてたんだぜ?」

 

 正確には、やむを得なくウルベルトがたっちの面倒を見ていた……である。たっちが介護を強要していたわけではない。つまり、ウルベルトの面倒見が良いという話なのだ。

 

「はあ……」

 

「それに! 常々思ってたけど、特撮特撮って五月蠅いんだよ。俺にだって好みってもんがあるんだ。お綺麗な……ありきたりの『正義の味方』なんか、お呼びじゃねーっての。基本とか知ったこっちゃねーし? たっちの奴はな、本当の格好良さってもんをわかってねーのさ。やっぱ、ダークヒーローこそが至高だよな。そうそう、至高のダークヒーローって言えば、モモンガさんが至高の存在でダークっぽいか? あの人を主人公にして小説でも書いたら、受けそうだし……。って、おい! ベルリバーさん、聞いてるか?」

 

「ああ、はい……うん」

 

 何かしら妙なスイッチが入ったウルベルトを右隣に置き、ベルリバーは生返事をする。そして、自分のグラスにウイスキーを注ぐと、ウルベルトとは反対側にある口の一つで呟いた。

 

「……残ってくれるって、聞けただけでもいいか……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとパンドラが宝物殿へ向かい、ウルベルトとベルリバーが楽しく酒を飲んでいた頃。

 ナザリック地下大墳墓の第九階層、そのとある一室……机も椅子もない空の部屋に、三人の女性が集合していた。マジックアイテムのカンテラによって不自然に明るい中、互いに向き合うようにして立つ女性とは……。

 一人はナザリック地下大墳墓、守護者統括アルベド。

 二人目は、戦闘メイド(プレアデス)のルプスレギナ・ベータ。

 三人目は、緊張の面持ちでいる前者二名を前に、腕組みをして立つ……ピンクの肉棒。

 ぶくぶく茶釜である。

 アルベドとルプスレギナは割と高身長で、茶釜も人化すればユリ・アルファと同じと背が高いのだが、今の茶釜は異形種化しているので他二人よりは背が低くなっている。つまり、(しもべ)達から向けられる視線は上から来ていた。入室してすぐ、アルベドとルプスレギナは跪こうとするも、話をする体勢ではないと茶釜に止められている。

 

「さて、私に呼ばれたていで集まって貰ったわけだけど。実は、アルベドから相談を受けたのが集合理由よん!」

 

「えっ!? そうだったんすか!?」

 

 ルプスレギナが大袈裟に驚いた。その隣で立つアルベドは、ヘソの前あたりで指を組んでモゾモゾ動かしており、居心地が悪そうだ。茶釜が下から覗き込むと、アルベドの顔は真っ赤になったり、元に戻ったりを繰り返している。

 

「おお、顔色で精神の沈静化がわかるって凄いわ~。モモンガさんも中途半端な設定換えをしたものだわね~」

 

「あ、ああ、アインズ様は! ……アインズ様は(わたくし)のことを思って、(わたくし)の在り方を変えられたのです。アインズ様は……」

 

 叫ぶように言った後、すぐさま冷静さを取り戻したアルベドが続けて言うので、茶釜は「まあまあ」と触腕状の粘体を振った。

 

「中途半端と思っただけよ。そう焦るほど悪く言ったわけじゃないから、落ち着きなさい」

 

「はい……」

 

 シュンとなったアルベドに対して頷くと、茶釜は改めて話しだす。

 

「ええ~と、それでは『アルベドによるモモンガさんとのベッドイン大作戦』に関する作戦会議を開きたいと思います!」

 

 

 




 1~2ヶ月に1回が良いとこの更新ペースになってしまいました。
 暫くは、モモンガさんの脱童貞話を挟みつつ、各ギルメンの日常行動を追いたいと思います。
 だいたい3話か4話分ぐらいかな~……

<告知>★終了しました。
 感想のとこで、『誰と誰の組合せで会話シーンが見たい』……とかありましたら、先着で3組受付けますよ~。
 ……今居るキャラ限定……別にナザリック勢に限定しませんので。
 登場キャラが多すぎると、私の判断で対象外にしたりしますので御了承くださいませ。★終了しました。

<誤字報告>
ジュークさん、桜一郎さん、tino_ueさん、佐藤東沙さん、ゲーム大好きあっきーさん、冥咲梓さん

毎度ありがとうございます。


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第108話

 タコ頭の異形種……タブラ・スマラグディナが、ナザリック地下大墳墓の第九階層を歩いている。

 

「さてさて、モモンガさんの椿(つばき)の花が落ちることに……なるかな?」

 

 椿の花が落ちるというのは、花が丸ごと落下するため、首が落ちるようにイメージされ、死を意味することが多い。一方、漫画等の古典的表現においては、女性が処女を失う比喩として用いられることもある。なお、男性が喪失側に回る場合でも使用されることがあり、今のタブラは……。

 

「モモンガさんの『童貞喪失』に向けて使用したわけだね~」

 

 と、このように思い、かつ独り言を垂れ流していた。

 考察であったり思いついた設定を話して聞かせるのは、タブラの数多くある趣味の一つである。一人で通路移動している今は、聞かせるギルメンもNPCも居ないため、それが独り言として漏れ出ているのだ。

 

「今のモモンガさんにとって、すでに交際中のアルベドは手出し不可な異性じゃないし。そもそも創造主である私の許可も取ってるしね~……。デートだってやってたし……。アルベドの方から迫っても逃げたりしないかな……。うん?」

 

 歩きながら、人間であれば下顎のような部位に手を当てていたタブラは、前方に人影を認めた。一人ではない。十数人ほど居るようだ。

 

「あれは……確か……」

 

 タブラは、アイテムボックスから使い捨てのアイテムを一品取り出す。それを使用すると、姿は見えず、音も発生せず、ある程度の魔法探知を無効化することができる。

 つまり、一定時間、自身の存在を隠蔽するというアイテムなのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エクレア・エクレール・エイクレアーは、立ち上がったときの全高が一メートルほどの……イワトビペンギンである。

 黒ネクタイを、人間で言うところの裸ネクタイスタイルで着用し、ナザリック地下大墳墓においては執事助手(副執事長)を務める異形種(バードマン)だ。

 その執務において清掃を重要視する彼は、現在、執事服に目出し帽姿の男性使用人数名と、臨時派遣された一般メイド数名を前に、清掃開始前の訓示中である。

 

「いいですか、皆さん!」

 

 エクレアは、モモンガ達がかつて居た元の現実(リアル)で言えば、アニメで勇者役が務まりそうなキビキビとした声を張りあげた。

 

「ナザリック地下大墳墓を維持するにあたり、軽視してはならないのが清掃です! 一に清掃、二に清掃、三四がなくて五に清掃! ナザリックは、美しく清められているのが当たり前! そのように心がけてください!」

 

 言ってることはいささか極端だが間違ってはいない。男性使用人や一般メイドらは真剣な表情で頷いたが、続く言葉がナザリックの(しもべ)としては大いに間違っていた。

 

「いずれ、この私がナザリックを支配するときのためにねぇ……」

 

「イーッ!」

 

 黒い表情と低い声で言うエクレアに対し、男性使用人らが声をあげたが、一般メイドらは思い思いの方向に目を逸らして溜息をついている。 

 エクレアの『ナザリック支配発言』は、ナザリックの(しもべ)にとって許しがたい、万死では足らないほどの大罪だ。にもかかわらず溜息と嫌悪の表情だけで済んでいるのは、エクレアの言動が創造主……餡ころもっちもちによって設定されたものだと、皆が知っているからである。

 至高の御方の定めたことは絶対。

 それは理解できるが、心情的には良いものではなかった。

 メイド達は、エクレアには聞こえないよう囁き合う。

 

(「ねえ? 毎回、呼び出されるたびにアレを聞かされるのって、ストレス溜まらない?」)

 

(「我慢するしかないでしょ? でも、もしアレが至高の御方のお耳に……」) 

 

「やあ、頑張ってるね?」

 

 突如、声がした。

 それは、すぐ近くから発せられたもので、男性の声だ。囁き合っていたメイド達だけでなく、他のメイドや男性使用人、更にはエクレアまでもが辺りを見回しだす。 

 

「どこ? 今の声は何処からです?」

 

「ここだよ、エクレア君」

 

 次に声が聞こえたのは、エクレアの頭上かつ後方。

 言葉をなくしたエクレアが、呆気に取られた表情のまま頭上を仰ぎ見ると、そこには姿を現したタブラ・スマラグディナが居た。タコ顔の目をギョロギョロ動かしながら、背後よりエクレアを見下ろしている。

 

「タブラ……スマラグディナ様……」

 

 エクレアが目を見開いたまま、くちばしを大きく開いた。

 一般メイドや男性使用人達は姿勢を正して一礼したが、顔面蒼白となっている。

 至高の御方が目の前に居るのだから恐れ入るのは当然として、問題は、先程のエクレアの発言を聞かれたかどうかだ。 

 場の空気が一気に硬直したが、タブラは気にならない風でエクレアに話しかける。

 

「ちょっとしたアイテムで姿を隠してたんだよ。黙って近寄って悪かったね。弐式さんや、たっちさん。建御雷さんあたりなら気がついたかな? それはそうと……」

 

 早口で話していたタブラが、ズイッと顔の高度を下げる。

 

「何やら興味深いことを言っていたようだね。エクレア君? ナザリックを支配する……だっけ?」

 

 その場の硬直した空気。そこに零度以下への低温化が加わった。

 至高の御方によって定められた使命……設定とはいえ、ナザリックに対する支配宣言を、よりにもよって別の至高の御方に聞かれてしまったのだ。許されるはずがない。

 それが、ただ側で聞いていただけだとしても同罪だ。この場に居るすべての者に、死を超える苛烈な罰(存在価値の喪失判定など)が下るのではないか。

 (しもべ)達の緊張が、呼吸困難の域に達しようとした、そのとき……。

 

「え? はい、タブラです」

 

 エクレアを見下ろしていたタブラが姿勢を正し、こめかみに指を当てる。

 どうやら、<伝言(メッセージ)>が届いたようなのだが……。

 

「はい、はい。ああ、あのドロップ品のこと? 確か、私の私室に在庫があったはずで……ええはい。それでは後で届け……」

 

 <伝言(メッセージ)>通話を続けるタブラは、一瞬、エクレアを見た。

 表情が読めないタコ顔の視線が、なんとなくだがニヤリと笑ったような気がする。少なくとも、エクレアはそのように感じていた。

 

「……届けようと思ったんだけど、時間はあります? 今から<転移門(ゲート)>を展開するから、こっちに来て貰えると嬉しいなぁ……と。あ、かまわない? では、<転移門(ゲート)>オープン!」

 

 言い終わるや、タブラは<転移門(ゲート)>を詠唱、発動する。

 広がる暗黒環。そこから出てきたのは……。

 

「いや~、すみませんね。タブラさん。俺の部屋にあるかと持ってたんですけど、どうも使い切ってたようでして」

 

「失礼シマス。タブラ・スマラグディナ様」

 

 半魔巨人(ネフィリム)の武人建御雷。そして、その被創造物であるNPC、コキュートスだった。

 暗黒環から出てきた建御雷は、通路にタブラ以外の者……(しもべ)達が居るのに気づき、サッと皆を見回した後でタブラを見る。

 

「エクレアが居るってことは掃除途中だったか? 邪魔しちまったかな?」

 

「通路を歩いてて、それで出会(でくわ)しただけなんだけどね。清掃の邪魔と言えば邪魔だったかな?」

 

 建御雷の発言を受け、タブラが言いながら(しもべ)達を見た。その視線を受けた(しもべ)達は、一斉に顔をブンブン横に振る。

 

「ふ~ん……」

 

 建御雷は小首を傾げたが、<伝言(メッセージ)>で話していたアイテム関連の話題を切り出す前に、この通路に呼んだ理由を確認した。

 

「何かあったんですか?」

 

「いやね、エクレア君が面白い発言をしていたものだからさ」

 

 (しもべ)達に電流走る。

 タブラは建御雷に対し、エクレアの『ナザリック支配発言』を伝える気なのだ。

 何かこう、想像を超えた恐ろしいことが起こるのではないか。

 問題発言の主……エクレアだけでなく、居合わせた(しもべ)全員が、恐怖により再度硬直する。

 

「それでね……」

 

 (しもべ)達の状況を無視し、タブラは建御雷とギルメン同士の会話を展開した。

 

「建御雷さんは、餡ころもっちもちさんから聞いたことがあるかな? ほら、エクレア君の例の設定で……」

 

「お? おーっ! ありましたね! ナザリック支配を目論む……でしたっけ?」

 

 昔を懐かしむ建御雷の声は……実に朗らかだ。

 怒っている様子など微塵もないので、(しもべ)達は「あれ?」と思い始める。

 

「面白いよね。制作時の書き込みが、ここまで影響を与えているだなんて。アルベドを見ている分には、そこまで気にしてなかったけど。いやはや、他の人の制作NPCを見てると興味深いものだよ」

 

 タブラが頷いていると、建御雷は傍らのコキュートスと目の前のエクレアを見比べた。

 

「言われてみると……。なるほど、他人さんの制作NPCか……。いや~マジッすわ。コキュートスを見てる分には、そういう感覚がわからんですね。だって、俺にとっちゃ普通で自然なんだもの!」

 

 ガハハハハと笑う建御雷が、コキュートスの肩の辺りをバシバシ叩く。コキュートスは戸惑った口調で「ア、アリガタキ幸セ? デス?」とコメントしたが、何となく嬉しそうであるのは感じ取れた。

 

「さて……」

 

 タブラは、二人の様子を見て何度か頷き、改めて頭を下げてからエクレアを見下ろす。この時点のエクレアは、すでにタブラに向き直っていた。それでも身長差があるので、見上げるのは変わっていない。

 

「エクレア君は……今後もナザリックの支配を目指すつもりなんだね?」

 

 そう問われたエクレアは、我に返ると右翼……フリッパーを胸に当て、生唾を飲み込んだ。そして、少し震えた声で宣言する。

 

「も、もちろんです! これは我が創造主、餡ころもっちもち様から与えられた大切な使命。怠るわけにはまいりませんとも!」

 

 己が創造主から与えられた使命。

 そうだとしても内容が内容だけに、それをタブラや建御雷の居る前で宣言するのは、死に値するほどの苦悩があり、同じくらいに勇気が必要だったことだろう。

 緊張のあまり涙目となったイワトビペンギンを見ていたタブラは、エクレアを見下ろす姿勢を止めて背筋を伸ばし、建御雷を見た。

 

「……とのことです。建御雷さん」

 

「くっくっくっ。いいねぇ、大したもんだ。そうでなくちゃ。餡ころもっちもちさんも喜ぶだろうよ」

 

 そうして二人で含み笑いをし、頷き合う。

 

「では、エクレア君。今後も、そのように頑張りなさい」 

 

「期待してるぜ? 挑戦なら、いつでも受け付けるからよ?」

 

 それぞれがエクレアを激励する言葉を残し、コキュートスを伴って去って行く。

 エクレア達は、タブラらの後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラと建御雷が通路で立ち話をしている。

 コキュートスのみ、先にタブラの部屋前に行かせており、そこで待機を命じていた。

 よって、今は二人だけでの……盗聴防止アイテムを使っての立ち話中だった。

 

「タブラさんは、エクレアのアレ……成功すると思ってないですよね?」

 

「思わないねぇ」

 

 タブラは建御雷の質問に即答する。

 エクレアの言う『ナザリック地下大墳墓の支配』が、ギルメンを打倒し、ナザリックの頂点に立つことを指すのなら、万が一にも成功することはあり得ない。

 

「現時点だと、合流済みギルメンの過半数がエクレア君の味方について……その味方にモモンガさん、たっちさん、ウルベルトさん、ぷにっと萌えさん、弐式炎雷さんが入ってたら、成功するのかな?」

 

 建御雷が入っていたら……と言われなかったことで、建御雷は幾分気落ちしたが、タブラの言ってることは納得できるので敢えて反論しない。

 

(たっちさんが居なかったら、俺の名前が出たかな?)

 

「ふ~ん、フム……」

 

 タブラは、建御雷の心情に気がついていた。だが、敢えて触れることなく話を続けている。

 

「エクレア君は……実際にナザリックを支配する気はない。いや、違うか。支配する気はあるけど、実行する発想は彼から出ないだろうね」

 

「へぇ、どういうこってす?」

 

 面白そうに聞く建御雷に、タブラは思うところを語って聞かせた。

 つまり、エクレアは餡ころもっちもちの定めた『ナザリックの支配を目論む』を忠実に実行している。

 心の底から真剣に……目論んでいるだけなのだ。

 

「餡ころもっちもちさんは、支配を目論んだ先、ナザリックを支配した後でどうするかを設定してないと思う。そうなると、モモンガさんに設定を書き換えられたアルベドと少し似た感じさ。支配は目論むけど、我々ギルメンに対する忠誠心との兼ね合いで、実行策を思いつかない。……思いつこうとしない。無意識にね」

 

「なるほどねぇ……。じゃあ、エクレアは放置でいいですね?」

 

 建御雷としては、ナザリック支配を狙って本当に反逆してくれても面白いと感じている。しかし、餡ころもっちもちの制作NPCを相手に、本気の命のやりとりをしようとまでは思わない。

 

(エクレアのアレは、見て面白がってるぐらいで良いのかもな)

 

 建御雷の意見に同意したタブラは、今の一件についてギルメン会議にかけることを相談すると、二人でコキュートスが待つタブラの部屋へと移動を再開するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 去って行くタブラ達の姿が見えなくなり、エクレアは胸を張る。キリリとした表情は、いつにも増して自信に満ちあふれていた。

 

「さあ、お掃除をしますよ! 私がナザリックの支配者となる日のために!」

 

 男性使用人は「イーッ!」と応じ、一般メイド達は一礼する。

 先の宣言時と違うのは、一般メイドの嫌悪感がそれほどでもなくなっていること。

 何しろ自分達の見ている前で、タブラ・スマラグディナと武人建御雷……至高の御方二人が、エクレアの『ナザリック支配宣言』について好感を示したのだ。その効果は大きく、一般メイドらの「不敬! だけど我慢せざるを得ない!」という心情を「不敬! だけど、まあ仕方ないのよね?」に変貌させている。

 

「はい! では始めてください!」

 

 これまでの清掃とは違う少しゆるい……しかし、厳粛ではある空気の中、(しもべ)達はエクレアの号令に従って清掃を開始した。

 この日以降、エクレアは更に大きな声で『ナザリック支配』を口に出すことになる。

 しかし、時折遭遇するギルメンが面白がってエクレアの言動を肯定するため、やがて他の(しもべ)達は大して気にもとめなくなったという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層の一室。

 テーブルや椅子が配置されていないガランとした部屋で、三つの人影が集まり、何やら話している。

 

「アルベド? 私はね、弟みたく、下世話なエロ話をするんじゃないのよ? それで……モモンガさんとは、まだ、してないのよねぇ?」

 

「ひっ……」

 

 ピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜がズイッと前に出て、アルベドが後退する。至高の御方の醸し出す圧を感じ、アルベドは大いに怯えた。

 

「そ、そうなの……ですが……。あの……ぶくぶく茶釜様? (わたくし)は、次の……アインズ様とのデートの行き先について、茶釜様に御相談を……」

 

 そう、茶釜は先程「ベッドイン作戦」などと言ったが、アルベドが持ちかけた相談内容は、そうではないのだ。

 弱々しく訂正するアルベドに対し、茶釜はブフウと音を立てる。どうやら溜息をついたらしい。

 

「あのね? デートなんてのは、いつでもできるの。だから、その話は後でよろしい」

 

 茶釜は続けて言う。

 アルベドは、モモンガの交際相手となったナザリックで最初の女性だ。

 外部ではエンリ・エモットやニニャなども居るが、正式に交際した者としてはアルベドが一番手と言って良い。

 ゆくゆくはモモンガの第一夫人になるのだから、早くモモンガとベッドインした方が良い。と言うか、茶釜やルプスレギナからすれば早くベッドインして欲しい。

 

「ぶっちゃけた話、後がつかえてるのよね~……。ルプスレギナも、そう思ってるんじゃないの?」

 

「え? は、はひゃい!? そそ、そんにゃことは~……」

 

 いきなり話を振られ、ルプスレギナが声を裏返らせた。豊かな胸前で人差し指を突き合わせ、視線は左隣の茶釜でなく、おおむね正面で居るアルベドでもない方向を向いている。

 

「でもっすけど、私も早く……アインズ様の御寵愛を賜りたいかな~~って……」

 

 今室内で居る三人の女性は、全員がモモンガの交際相手だ。まぐわう順番ぐらい好きにすれば良い。第三者が居合わせたら、そう思ったことだろう。

 しかし、三人には明確な優先順位があった。

 一番がアルベド、二番がルプスレギナ、三番が茶釜である。

 ルプスレギナにしてみれば、アルベドは上位の存在だから遠慮するし、茶釜は茶釜で、モモンガの交際相手としては後発なので、やはり遠慮がちになる。

 だが、我慢にも限度があるのだ。

 

「至高の御方だっけ? そういう立場を振りかざして私が一番手……って思ったことはあるけど、それだと私が格好悪いじゃない? で、なに? サキュバスのアルベドが、モモンガさんといたさないのは、何か理由でもあるのかしら?」

 

「そ、それはですね……」

 

 アルベドは説明した。

 過日、創造主であるタブラから「恋人関係でイチャイチャするのは結婚するとできない」と諭されたこと。そして、「モモンガは奥手だから焦らずゆっくりと交際するべきだ」とも言われたことを……。

 それは、茶釜としては納得できる理由だったが、ここで納得するわけにはいかない。

 日頃から弟……ペロロンチーノの変質的なエロ言動を咎めているとはいえ、茶釜にだって性欲はあるのだ。

 

(モモンガさんにアレして欲しいし、あんなことだってしてあげたいし! 私だってイチャラブしたいじゃない! 女の子だもの!)

 

 このとき、茶釜の脳内でペロロンチーノによる「姉ちゃんは『女の子』って歳じゃないだろ?」というコメントが聞こえた……ような気がしたので、茶釜は後でペロロンチーノを絞めることにした。

 それはそれとして……。

 

「ルプー、ちょっと……」

 

「はいっす、茶釜様!」

 

 伸ばした触腕状の粘体でルプスレギナの肩をつつき、二人でアルベドに背を向ける。そうしてからルプスレギナを中腰にさせると、茶釜はルプスレギナを相手に囁き合いだした。

 

(「アルベドは、ああ言ってるけど? ルプスレギナはどう思う?」)

 

(「アルベド様に対して失礼ながらっすけど、セックスしちゃいけない理由っぽくは聞こえなかったっす」)

 

(「そうよね~」)

 

 そうやって話していると、二人の後方で居るアルベドが下腹の前で指を組み合わせ、口を尖らせた。

 

「あの、聞こえてますので……」

 

 気まずそうに頬を染めているのが何とも可愛らしい。だが、サキュバスがそれで良いのか……と茶釜は思うのだ。

 

「アルベド、あのね……言っておくけど、貴女たちが敬うギルメン……至高の御方だけどさ。別に結婚してなくて、恋人関係の段階でもエッチするときはするのよ?」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

 アルベドが口元に手を当てて驚くので、茶釜は「そこで驚くのね……」と嘆息し、話を続ける。

 

「そうなのよ。だからね? ま、アレだわ。子供ができないように気をつければ、いたしても良いと思うわけ。……なんで私が、愚弟みたいにエロで語らなくちゃ……」

 

「あの? 今、何か……」

 

 ポロッと出た本音を聞き取ったらしいアルベド。その彼女が、不安そうに覗き込んでくるので、茶釜は慌てて触腕状の粘体を振った。

 

「いやいや、こっちの話。つまり、妊娠に気をつけて存分にやっちゃいなさいってこと! ただし、タブラさんが先に言ったかもだけど、無理強いしたり襲ったりしたら、モモンガさんは逃げるから。そこは注意しなさいよね?」

 

「承知いたしました! 御教授いただき感謝します!」 

 

 輝くような笑みを見せるアルベドを見て、茶釜は安堵の息を吐くが……浮かれるサキュバスがモモンガ関連で感極まり、それでスンと停滞化するのを見て苦笑した。

 

「あとは……モモンガさんが、その気になってくれると手っ取り早いのかもね~……」

 

 だが、それがかなり難しいことは皆が理解しているため、三人は顔を見合わせて苦笑するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓の宝物殿。

 その最奥……ではなく、入ってすぐの地点では、そこかしこに高く積み上げられた金貨の山が存在する。ただし、所々に宝石や、宝飾がゴテゴテ施された剣や王冠などが見えていて、金貨だけの山というわけではない。

 そこでは今、死の支配者(オーバーロード)と軍服姿のドッペルゲンガーが発掘作業を続けていた。

 掘り出される宝物やアイテムの多くは、そこそこの値打ち物どまり。しかし、アンデッドに精神系魔法が通用するようになるアイテムがあったりと、色物アイテムが発見されたりもする。

 

「今の俺にも精神系魔法が……ねぇ。これ、俺が使ってたらヤバかったのか?」

 

 パーティーアイテムのクラッカーに似たアイテムを、モモンガは手に持ってしげしげと覗き込んだ。

 

「見た目はオモチャなんだけどな~。パンドラに教わって助かったというところかぁ?」

 

「お力になれて感激の極みどうぇっす!」

 

 金貨山の少し高いところで、パンドラズ・アクターが下方のモモンガを振り返って敬礼している。さながら崖地クライミングの状態であるから、片手を離して敬礼する姿は見ていて危なっかしい。

 

「あ、こら。金貨がバラバラ落ちてくるだろ。少し、横にずれて作業をしろ」

 

「仰せのままに! 父上!」

 

 パンドラズ・アクターが右方に移動するのを確認し、モモンガは自分の手元……まさぐっている金貨の斜面に視線を戻した。

 

「まったく。今日は、やたらとテンションが高くて困るよ。うん?」

 

 何やら指先に当たる感触。

 王冠とかの換金アイテムかな……と探ってみたが、手応えは小さい。どうやら指輪のようなアイテムのようだ。

 

「と言うか、指輪そのものだな。何のアイテムだっけ?」

 

 素性の解らないアイテムを手にしたとき、モモンガが取る行動は……ただ一つ。

 

「<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>!」

 

 発動した魔法の効果で、モモンガは指輪の名称や効果が把握できた。

 

「おお? 魔法習得数を二〇増やす指輪……だと? 割と良いアイテムじゃないか!」

 

 モモンガのテンションが著しく上昇する。が、今は異形種化しているため、アンデッド特性である精神の安定化によって、普通の気分へと戻されていた。

 

「がっで~む! なんで俺は、こういう時に限って骸骨になってるかなーっ! まあ、いいか……良いアイテムを見つけたには違いないんだし」

 

 気を取り直したモモンガは、アイテムを確認してみる。

 アイテム名称は、『魔法増加の指輪』。効果は先述したとおりだ。

 モモンガ自身、習得魔法数は七〇〇を超えるので、それと比べると『誤差』を超えて、『けっこう()しになる』といった感覚だろうか。

 

「修得を諦めた魔法の中から、二〇個増やせるとなったら……それなりに大きいよな!」

 

 静まったばかりのウキウキ感が甦ってくる。

 モモンガは金貨山に向けていた身体を回し、斜面へ腰を下ろした。そして、指輪をかざすようにして見ると、おもむろに左手の薬指にはめる。

 

「さぁて、修得魔法のスロットに何を入れるかな~」

 

 アイテムボックスにしまい込んである、消費アイテムの魔導書。そして、魔法習得に必要な触媒。それらを物色していたモモンガは、奇妙なことに気がついた。

 

「ん? あれ? 修得魔法のスロットが……増えてないのか?」

 

 ゲームだったユグドラシル時代と違い、転移後世界においては脳内でスロットめいた物が思い浮かぶ。しかし、その何処にも空きがない。

 まるで、『魔法増加の指輪』を使う前のように……。

 

「へっ? あれ? そんなはずは……」 

 

 先程の鑑定で、ミスでもしたのだろうか。

 モモンガは焦る気持ちを根性で抑えながら、改めて<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>を詠唱する。

 そうして左薬指にはまった指輪の情報を再確認したところ、どういうわけかアイテム名と、詳細説明が変わっていた。

 

「はあっ!? ええっ!? なんでだっ!? 別のアイテムが偽装されてたとか……って、誰? <伝言(メッセージ)>? いや、これは……め、メールぅ!?」 

 

 この転移後世界では、ユグドラシルから来たプレイヤーぐらいしか知り得ないメールシステム。それも、今となってはモモンガ達でさえ、どうやって使うか把握できていないものだ。そのメールが今、モモンガに対して届いている。

 モモンガは恐る恐るメールを開き、内容に目を通したが……。

 

『やあやあ、るし★ふぁーだよ! 引っかかったのは誰かな~? モモンガさんあたりだと超ウケるんだけど! <道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>は使った? 残念でした~! 課金アイテムで偽装してるから、二回鑑定しないとアイテムの詳細は見破れませ~ん。で、このメールは二回目の鑑定に反応して、指輪装備者……の、たぶんギルメンに送信されるようになってるんだ。取り敢えず、本当のアイテム詳細を見て爆笑したら、てきとうに遊ぶなりしておいてね! ばいび~!(死語、いや古語?)』

 

 るし★ふぁーとは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンの一人だ。

 弐式炎雷が提唱した『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』には参加しなかった人物で、ユグドラシル時代のナザリック地下大墳墓に顔を出していた頃は、度の過ぎた悪戯によってモモンガ達を悩ませていた。

 

「あ、あんにゃろう! こんな所にまで仕込みを~……」

 

 モモンガは、歯ぎしりして怒りを表現する。

 未合流のギルメンからの通知。

 本来なら喜ぶべきだが、地雷のごとき悪戯を引き当てたのでは喜びがたい。メール本文からすると、この悪戯はユグドラシル時代に仕込まれたと思われる。

 ナザリックの困ったちゃんによる、世界越えの悪戯。

 その直撃を受けたモモンガは、即座に精神の安定化が発動。

 金貨山の斜面に腰を下ろしたまま……白骨の顔面を両手で覆った。

 

「ち、父上っ!? いかがなされましたか!?」

 

 パンドラズ・アクターがモモンガに駆け寄る。様子がおかしいと見て降りてきたらしい。

 我が子の心配する姿を見て、モモンガは気を落ち着けたが、次に気になったのは自分が何をされたか……だ。

 メールの内容からすると、左薬指にはめた指輪に何かあると見て間違いないだろう。

 モモンガは改めて指輪を凝視し、その詳細内容に目を通した。

 

「あ~……なになに? はっ? はああああああっ!? ふう、はああああああっ!? ふう、はあああああっ!? ふう、はああああああっ!?」

 

 アンデッド特性の精神安定を繰り返すモモンガ。

 そうなるほどに彼を驚愕させたアイテム詳細とは……次のようなものである。

 

『性転換の指輪。この指輪を装着した者は、アバターの性別が反転する。他のパラメータや修得魔法等に変動なし。この変更は、運営にバレたら垢バンされかねない、ちょっとアレでヤバい手段により行われる。解除する方法は二つ、一つは使用中のアバターを廃棄して、作り直すこと。もう一つは、性転換後の状態で、元の性別に対する異性と、同じ寝具アイテムを使用してセ……げふんごふん……つまりは、そういう事をすること。制限の厳しいユグドラシルにおいて、どの程度までやれば解除されるかの見極め。アイテム制作者のさじ加減が問われる逸品である。なお、装備者に対し幻術の完全耐性付与あり。』

 

 モモンガは頭を抱えた。

 

「せ、性転換……。じゃあ何か? 今の俺は女か? 上から幻術を被せるのも駄目だと? だったら、悟の仮面も駄目じゃないか。あの馬鹿、なんてことを……なんてことを~……ふう」

 

 精神が安定化する。

 落ち着いた頭で考えると、垢バン覚悟の地雷を残すとは、相当な覚悟が必要だ。おそらくは、ナザリックと距離をおくにあたっての……るし★ふぁーなりの置き土産だったのだろう。

 そう考えると、モモンガは少ししんみりした気分になったが、我が身が置かれた状況を思い出したことで、再度、頭に血がのぼる。

 

(合流できたとしたら、どうしてくれようか。……いや、今は俺の状態異常の解消が先だ。アバターの再作成とかは真っ平御免。というか、こっちの世界でやったら俺、死ぬんじゃないか? 却下だ、却下。だから、もう一つの手段を取るのが無難か……。早い話が、性転換した状態の俺が、女性とエッチなことをすれば……)

 

 こんなことで童貞卒業かよ……とまで考えたモモンガは、直後、その思考を停止した。

 

(ば、ばばば、馬鹿野郎! 今の俺がやったら女性同士の行為だろ!? それにもし、このトラップに茶釜さんや、やまいこさんが引っかかってたら……)

 

 考えるのも恐ろしい。

 

(いや! 待て! 慌てるのは、まだ早い!)

 

 そもそも、このアイテムの詳細内容について、本当のことが書かれているかどうかを怪しむべきなのだ。るし★ふぁーであれば、そのぐらいのフェイントは仕掛けてくるだろう。

 

(今回の引っかけ自体、ハッタリという可能性もある。それに、アイテムの『設定』が転移後世界で現実化すると限ったわけでもない! ……アルベドのアレとかあるけどさぁ! た、タブラさんに相談するか? いや、いい歳して「俺、性転換しちゃったんです……」とか言ったら、それが思い違いでも死ぬまでネタにされる! 俺はアンデッドだから、半永久的に生きたまま笑いものだぁぁぁぁぁぁ!! 死んでるけど!)

 

 ギルメンに相談することは絶対に避けよう。

 そう考えたモモンガの脳内で、新たなメール着信が感知された。

 心当たりのある送信者と言えば、現状で一人しか居ないが……。

 

『追伸(笑):さっきのメールは、ギルメン全員に「引っかかった人が居ます!」メールとして送信する設定だから! メアドを変えてなかったら、引退してる人にも届くよ! 引っかかった人には、もう一通、この追伸と一緒に届くかな? 時間差をつけたメール送信でゴメンね! そんなわけで炊飯器! ではなくて、じゃあ!』

 

 読み終えたところで、更なるメールが着信した。

 おそらくは、追伸メールにあった『引っかかった人が居ますメール』などだろう。

 

(……終わった……)

 

 モモンガは、自分の顔から血の気が引く音を聞いた。幻聴だっただろうが、確かに聞いた。

 そして、この日、何度目かの激昂が湧き上がってくる。

 

「あぁんのぉ……ふう……どぐされがぁ! ……ふう」

 

 激昂と精神の安定化が交互に繰り返された。本来なら、微動だにせず安定化するのが、ガクンガクンとモモンガの上体を揺らしている。

 

「……ふう……こっちに来てるか知らんが! ふう、合流したら……ふう……絶対にブッ殺し……ふう……」

 

「父上っ!? 父上ぇえええええ!?」

 

 傍らのパンドラズ・アクターが必死に呼びかけ、それにより、モモンガはどうにか平静を取り戻した。そして、あることを思いつく。

 

「そうだ……そうだよ! このメールが、ただのハッタリの可能性! これが消えたわけじゃないじゃん! そもそもさ、ユグドラシルでアイテムをでっちあげたからといって、それが転移後世界で有効とは限らな……いや、これはさっき考え……ああもう! とにかく確認しなくちゃ! ぱ、パンドラズ・アクター!」

 

 拳を握りしめたモモンガは、隣のパンドラズ・アクターを呼んだ。「はい、父上!」と直立不動で敬礼する彼に対し、何でも良いから姿見を出すように命令する。

 言いつけたモモンガ自身、「そんなに都合良く姿見を持ってるのか?」と思ったが、どうやら持ち合わせがあったらしく、パンドラズ・アクターはアイテムボックスから姿見を取り出した。

 枠や背板が金で装飾された、上品かつ豪華な品。だが、今は自分の姿さえ確認できれば良い。

 モモンガは急ぎ立ち上がると、アイテムの力で人化しながら姿見を両手で掴んだ。そして、鏡に映る自分を凝視する。

 そこには……一人の女性が映っていた。

 二〇代半ば、黒髪ショートの気優しげな女性だ。着ている衣服は、グレート・モモンガ・ローブのままだが、普段はモモンガ玉を見せつけるべく前を開いているので、大きな乳房がこぼれ出そうになっている。

 

「なんだ……けっこう美人じゃないか……。スタイルだって抜群だし……」

 

 我知らず出たコメントなので、これは本心からのものだが、言い終えたモモンガの目尻に涙が浮かんだ。

 

 ズシャリ……。

 

 そんな音を立て、彼……いや、彼女は金貨の斜面に突っ伏する。この行動により、目の前にあった姿見が倒れ、振動あるいは衝撃によって高所の金貨が降ってきた。

 それら金貨は、モモンガの眼前を通過し落ちていく。だが、モモンガにはパラパラと降る金貨が、宝物殿の室内風景も含めて滲んで見えていた。

 

「は、はは、ハハハ……」

 

 力なく笑う中、モモンガの聴覚が「父上が母上に……」というパンドラズ・アクターの呟きを捉え、ここで涙腺が決壊する。

 

「ははは、はああぁぁぁぁぁん……」

 

 小雨のように金貨が降り注ぎ、パンドラズ・アクターがオロオロと見守る中……モモンガは、さめざめと泣き続けるのだった。

 




 モモンガさんがTSしました……と言っても、そんなにTS状態は続かないです。
 集う至高は、主人公TSメインじゃないのでサラッといきます。
 TS苦手な方、申し訳ないです。展開上、しかたのないことなのです。その辺どうなるかは、数話先をお楽しみに……ということで。
 一応、精神的な女性化はしません。元の人格のまま性別変わるのが、自分的にツボですので。

 昔、エロゲ主人公(鬼畜王ランスのランスですが)をSS中で女体化させたことがあるので、なんとなく懐かしい感じです。

 女体化モモンガさんが人化したときのビジュアルは、ピクシブとかで見かける絵を参考にしています。集う至高における身長は、アルベド170㎝、ユリ174㎝に対して、172㎝と設定。つまりアルベドよりは背が高いけど、人化した茶釜さんよりは低いです。
 本作の茶釜さんは、ユリのモデルという設定なので高身長。
 
 日常エピソードのリクエスト分は、規律式足さんの『エクレア』になりました。
 声のイメージは、もちろん勇者王。私自身は、アズラエル理事長の大ファン(後半の脚本でキャラが壊れるまで)だったり。
 エクレアの『支配言動』を、モモンガさん以外のギルメンが聞いたら……とは常々思ってましたので、ナイスリクエストでした。タブラさんが呼び出すギルメンを、ペロロンチーノさんにするかウルベルトさんにするかでちょっと悩みました。最終的に威圧感のある建御雷さんとなりました。
 次回もリクエストのキャラエピソードを入れようと思いますが、さてどれにしましょうか。あと3件分。
 日常回投稿は最低でも、あと3回は続くかもです。

<誤字報告>
 tino_ue さん、D.D.D.さん、冥咲梓さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。


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第109話

 未合流のギルメン、るし★ふぁー。

 彼がユグドラシル時代に仕込んであった悪戯……それが転移後世界のモモンガに直撃し、モモンガの性別は反転してしまう。

 ついさっきまで、死の支配者(オーバーロード)のモモンガにナニは無くとも、人化さえすればナニはあった。なのに今は、るし★ふぁーのせいでナニも無いのだ。

 モモンガは、泣いた。情けなさのあまり泣いた……。だが、泣いてばかりもいられない。

 一刻も早く、この状態異常……女体化を解消しなければならないのだ。

 

(人化するたびにナニがなくなったのが実感できて、俺の精神が持たないからな……)

 

 異形種化して死の支配者(オーバーロード)の姿になったモモンガは、金貨山の斜面から、どっこらせと腰をあげる。そして、倒した姿見をパンドラズ・アクターに回収させ、具体的な解決策を考えていると……今度は<伝言(メッセージ)>が飛んできた。

 

「ぬう……」

 

 一瞬、硬直するモモンガであったが、スッと手をあげ、こめかみに指を当てている。

 

「はい、弐式炎雷ですが……」

 

『間違い通話のふりをしても駄目だよ、モモンガさん』

 

 通話相手はタブラ・スマラグディナ。合流済みギルメンの中では、誤魔化しの通じにくい人物の一人だ。

 

『るし★ふぁーさんからのメールは見たよ。いや、元から設定してあったとは言え、メール機能が生きてるだなんて興味深いね。口頭では伝えにくい、例えば長文を送るのに使えそうかな? でも、今は……もっと重大なことがあるよね?』

 

「あ、あぁ~あ……アレねっ。るし★ふぁーさんの悪戯で、誰かが女体化したって話ですか? 困ったものですよ、まったく!」

 

 無駄なあがきだと思いつつ、モモンガはしらばっくれる。言い始めの声が裏返っていたが……そのせいかどうか、やはり駄目。タブラには通用しなかった。

 

『なるほど、性転換したのはモモンガさんか……』

 

 覚悟していたものの、あっさり見破られたことでモモンガは動揺する。その動揺は精神の安定化を起こすほどだったが、冷静になったモモンガは魔王ロールの低い声で聞いた。

 

「どうして……そう思うんですか?」

 

 それなりに圧のこもった声だとモモンガは思う。しかし、通話相手たるタブラは、まったく気にする様子がない。

 

『だって、私は何が重大かなんて一つも言ってないのに、モモンガさんは女体化したとか言うし? 性転換じゃなくて女体化と言いだすあたり、悪戯が直撃したのは茶釜さんだとかの女性陣じゃないよね? あと、声も震えてたよ?』

 

 一つ一つ指摘されるたび、モモンガの身体には見えない矢のようなものがブスブス刺さっていった。るし★ふぁーが、この場に居て、二人の会話を聞き取れたとしたら「もっとやって! モモンガさんのHPはまだゼロになってないよ!」と言って笑ったことだろう。

 かくしてモモンガは精神的にボロ切れのようになるが、タブラ側ではモモンガの姿が見えていないため、更に続けた。

 

『それに……』

 

「それに……なんです?」

 

 嫌な予感がしたモモンガは、再び声を低くする。直後、タブラの発した言葉を聞き、彼は肩を落とすこととなった。

 

『実は、モモンガさんに<伝言(メッセージ)>する前に、他のギルメン全員に<伝言(メッセージ)>をして、私がモモンガさんに確認するよう根回し済みなんだよね~』

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ギルメン会議を始めます!」

 

 場所は、ギルメンのみが入室した円卓。

 朗らかな声で宣言したのは、樹人ブルー・プラネット。

 樹人となった彼の濃い髭面は、今、実に明るい。輝いてすらいた。

 モモンガの苦境が、そんなに嬉しいのだろうか。普段は温厚な、ブルー・プラネットらしくない振る舞いと言える。

 だが、これには理由があった。

 転移後世界でモモンガ達と合流した際、軽い発狂状態にあったブルー・プラネットは、トブの大森林で居た大木モンスター……ザイトルクワエを『愛しい人』と認識し、モモンガ達を相手に大暴れをしたのだ。これは彼にとって恥ずべき黒歴史であり、以後は他のギルメンが後々まで羞恥を覚えるような事態に遭遇すると、お仲間が増えた気になって言動がハイになる。

 みんなで恥ずかしい思いをすれば、お互いにわかりあえるじゃないか……という心境だ。

 それが理解できるギルメン達は、苦笑しながらではあったが「おお~」だとか「いえ~」だとか、けっこう乗り気で応じていた。

 何故、乗り気なのか。

 それは今回、るし★ふぁーの悪戯が直撃したのはモモンガ一人であり、他のギルメンに被害はないからだ。加えて言えば、悪戯の内容が『性転換』なので、すぐさまモモンガの命が危ないような状況でないことも大きい。

 そして、そんな異形種化したギルメンら中で、ただ一人……ふて腐れた態度の者が居る。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長こと、モモンガ。

 今回のギルメン会議は、モモンガの身に生じた異変について協議するためのもの。だが、モモンガにしてみれば面白おかしく弄られるための場でしかない。面白かろうはずがないのだ。

 

「むぁったく、みんなイイ気なもんだよ」

 

 頬杖を突くギルド長席の骸骨……モモンガは、もう一方の手の指でテーブルをトントン鳴らしながら、ブツブツ呟いている。

 

「俺の性別が変わった一大事だってぇのに、皆でイベント扱いなんだものな~。……早く終わらないかな~」

 

「まあまあ、モモンガさん」

 

 たっち・みーが挙手した。

 異世界転移前に妻子に逃げられた彼は、躁鬱の差が激しい精神状態なのだが、今は調子が良いらしい。溌剌とした声で話しかけてくる。 

 

「あの、るし★ふぁーさんの悪戯ですし、事は小さくないでしょう? 皆で相談するべきなんですよ!」

 

(さすが、たっちさんだ! 俺の苦境について真面目に対応してくれる!)

 

 モモンガは、たっちに後光がさして見えたような気がした。居合わせたギルメン達の目には、実にチョロく映っているのは言うまでもない。だが、続いて口を開いた弐式の発言により、せっかく持ち直したモモンガの機嫌は急降下する。 

 

「でもさぁ、相談するにしてもモモンガさんの女体化ってのが、どんな感じなのか。それを見てみないことには何とも……ねえ?」

 

 つまりは、女体化したモモンガを見たいと言っているのだ。

 この弐式の発言に関し、反対意見は出ていない。皆、黙ったまま……モモンガをジッと見ている。

 これらギルメン達からの視線。そこに含まれる圧に、モモンガは抗しきれなかった。

 

「わかりましたっ……。今、人化しますから……。おっと、服の前を閉じておかないと……」

 

 嫌々ながら返事をしたモモンガは、ふと思い当たって服の前を閉じる。普段は、世界級(ワールド)アイテムのモモンガ玉を見せつけるべく、服の前を開けているのだ。肋骨奥の赤い宝玉が見える……ということは、人化したら胸元が大きく見えるということ。元が男とはいえ、今は女性の身体なのだから、人化時は気をつけなければならない。

 いそいそとボタンをとめていると、誰かの「ちっ!」という舌打ちが聞こえたが、モモンガは無視をした。

 

「では……」

 

 モモンガは人化アイテムを起動する。

 次の瞬間、ギルド長の指定席で座っていた死の支配者(オーバーロード)が、服装もそのままに(アイテム側の修正によりサイズ調整されているが)人間女性へと変貌した。

 黒髪ショート、気優しげな表情。

 元のモモンガの人化体……鈴木悟の面影を残しているが、面立ちは美人と言って差し支えないものだ。無論、アルベドや戦闘メイド(プレアデス)達の天上の美には及ばないが、一緒に居るだけで安らげる雰囲気を醸し出しているあたり、モモンガが持つ人間的魅力に変わりがないらしい。

 もっとも今は、少しむくれた表情でいるのだが……。

 その御機嫌斜め顔にもかかわらず、人化したモモンガを見たギルメン、特に男性陣から「おお!」という声が漏れ出た。

 

「こいつは……けっこうな美人だな」

 

「だよな、建やん。俺もビックリだわ……」

 

 半魔巨人(ネフィリム)の建御雷と、ハーフゴーレムの弐式が囁き合う。二人は小声で話していたが、同じ部屋に居るギルメンらは聴覚が強化されているので、すべて聞き取れている。

 まったく同感。それが、ギルメン達の総意だ。

 当然ながらモモンガにも聞こえているので、モモンガは不機嫌になって良いのか照れて良いのか、よくわからない気分になった。

 

「やべぇ……」

 

 ペロロンチーノが、黄金仮面のくちばしの下に手の甲を当て、汗でも拭うような仕草をする。

 

「成人女性で、それなりに高身長で、おっぱいも大きいってのに……。俺の性癖が歪んじゃいそ……ぎゃん!?」 

 

 ペロロンチーノの頭部が斜め上に弾けた。

 隣で座るピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜が、アッパーカットの要領で殴り飛ばしたのだ。

 

「オメェの性癖は元から歪んでるだろが! それと! ダーリンに色目を使うんじゃない!」

 

 これは茶釜姉弟のやりとりだったが、今の言葉を聞いて男性ギルメンらが姿勢を正す。

 ペロロンチーノが『転び』そうになるほど、今のモモンガは魅力的。

 それもまた同感だったため、茶釜の発言を聞いて気を引き締めたのだ。

 何を考えてるんだ、しっかりしろ。あれはモモンガさんだぞ。

 ……でも、魅力的。

 そういった空気の中、一人、半魔巨人(ネフィリム)のやまいこがはしゃいでいる。

 

「不思議な魅力だよね~。美人だし可愛いし。色んな服を着せてみたいかもだよ~」 

 

 場の空気を一切読まない発言だったが、それで円卓の緊張した空気が緩んだ。

 ぷにっと萌えが咳払いをしながら挙手をする。

 

「それで? モモンガさんは元に戻りたいんですよね?」

 

「当然です。人化できないなら諦めもつきますけど……。せっかく人化できるのに、この先も性別反転のままだなんて、色んな意味で発狂しちゃいますよ」

 

 女性蔑視からくる発言ではない。

 元からの性別を、本人の意に反して逆転させられているのだ。自由に元に戻れるのなら、一時的なおふざけとして良いかもしれない。しかし、半永久的に逆転したままだと、精神が持たないだろう。いや、下手をすれば、精神が女性寄りに変貌してしまう可能性だってある。

 ウンザリした気持ち。それを重い息に混ぜて吐くモモンガを見て、さすがのペロロンチーノも、同情するような視線を向けた。

 

「モモンガさん……。もし元に戻れなかったら、俺で良ければ嫁にもら……うっ!」

 

 胸に手を当て、真面目声で申し出ていたペロロンチーノが声を詰まらせる。

 左隣で座る茶釜がアッパーの体勢を取っていたこともあるが、それ以上に、他の男性ギルメン達からの視線が恐ろしかったのだ。

 その視線に含まれる意味とは……。

 

『『『『『そこのエロ鳥、モモンガさんを嫁にしようってか?』』』』』

 

 元々、モモンガは皆から慕われているが、女性化したことで庇護欲のようなものが生じているらしい。男性陣の視線は、総じてキツかった。付け加えると、やまいこの視線もキツい。

 それらギルメン達の視線には茶釜も気がついたようで、握り拳のようにしていた粘体を引っ込め「へっ? えっ?」と周囲を見回している。

 

「ペロロンチーノ……さん」

 

 地獄の底から響いてくるような声でウルベルトが言った。

 

「ギルド長を困らせるような発言は……控えて貰えると嬉しいんですけどねぇ?」

 

「は、はいいいいっ!」

 

 ペロロンチーノが絞り出すような声を出し、何度も頷いたことで、場の空気は再び落ち着いたものとなる。

 

「しかしなぁ、マジな話……どうするんだ?」

 

 腕組みした白獅子の獣人……獣王メコン川が皆に問いかけた。

 

「アバターの再作成。こっちの世界でやるとしたら、モモンガさんに一回死ねってことだろ? 八欲王だとかの話を聞けば、蘇生はできるっぽいが……モモンガさんで試すわけにはいかないし。レベル一〇〇まで上げ直すってのも時間がかかりそう。となると、もう一つの手を使うのがいいと……俺は思うんだけど?」

 

 もう一つの手、それはモモンガが元の性別に対する異性と寝具入りし、性交することだ。

 つまり、誰か女性が、今のモモンガと女性同士の性行為をしなければならない。

 いったい、誰がそれを行うのか。

 ギルメン達の脳裏に浮かんだ女性は三人。

 一人目は、モモンガの交際相手の一人で、モモンガのために製作されたアルベド。

 二人目は、モモンガの二人目の交際相手となる、ルプスレギナ・ベータ。

 三人目は、ギルメンの一人で、交際相手の三人目である……ぶくぶく茶釜。

 誰と『元に戻る儀式』を行うのか。一人だけ選ぶのが面倒なら、三人と一緒にしてもいいだろう。

 

「結局は……モモンガさんが決めることですよね?」

 

 ベルリバーが皆を見回しながら言うと、モモンガ以外の全員が頷いた。

 当面、性別反転以外の実害がないのだから、モモンガの好きなタイミングで好きな相手といたせばよい。

 ちなみに、先述した『モモンガといたす相手になりそうな三人』のうち、茶釜のみ、今同じ部屋に居るのだが、彼女が「私がやる!」と、この場で立候補することはなかった。つい先頃、アルベドとルプスレギナを加えた三人で、アルベドに対して早くモモンガとエッチするように言いつけたばかりだからだ。そして、その気持ちは今も揺らいではいない。

 

(……な~んてね。モモンガさんが私と……って選んでくれるなら、私としては……やぶさかではないのよね~。アルベドには後で詫びを入れることになるだろうけど……。あ~、でも、アルベドの背中は押しちゃうかな……。私ってイイ奴よね!)

 

 ともあれ、モモンガの女体化解消については、安全度の高い解決策が判明しているため、モモンガの任意で元に戻る『作業』ないし『儀式』を行うことが、ギルメン会議で決定する。

 また、ナザリック内には、モモンガの女体化について通知が出されることになった。

 

「ええええっ!? ナザリック内に通知しちゃうんですか!?」

 

 人化中のモモンガは高い声で悲鳴をあげたが、ぷにっと萌えから「じゃあ、会議終了のすぐ後でいいから、アルベドか茶釜さんか、それともルプスレギナを呼び出すかして寝室にしけ込みます? 俺達は何だって良いですよ? でも、やっちゃうまでに時間がかかるようなら、周知しておかないと混乱の元ですし……」と言われ、力なく項垂れるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で? ヘロヘロさんは、どうして俺と同じテーブルの……対面で食事してるんです? ソリュシャンと一緒なら、離れて二人で食べれば良いのに……。あと、ロンデスとクレマンティーヌも連れて来てるし……」

 

 これは食堂における、モモンガの台詞である。

 ギルメン会議後、小腹が空いたので食堂に立ち寄ったのだが、一人で食事をしているところにヘロヘロが食堂入りし、ソリュシャンとロンデス達を連れてやって来たのだ。

 そして今、モモンガの対面には人化したヘロヘロが居て、きつねうどんを食している。ずぞぞぞ! と麺をすする音が、日本人のモモンガとしては心地よい。

 そのヘロヘロの左側には戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロン。右側にロンデス・ディ・グランプとクレマンティーヌが居て、それぞれ食事中だった。

 

「ヘロヘロ様……あの、アインズ様が……」

 

 モモンガの問いかけには若干トゲがあったため、ソリュシャン(ナイフとフォークでパンケーキを食し中)が、心配そうな視線をヘロヘロに向けている。

 一方、事情を良く知らないらしいクレマンティーヌが「ねえ? アインズ様……だと思うんだけど、女の人だったっけ?」とロンデスに囁きかけ、ロンデスは「至高の御方には深い事情がおありなのだろう。俺達は詮索しないことだ」と答えていた。

 もちろん、モモンガには小声だろうと聞き取れている。

 

(ロンデス達には、俺の女体化について通知が行ってないのか? 外部からの雇い入れだから、情報の回りが遅いのかもな。それと、ロンデス……気遣いは有り難いが、逆に心に刺さるぞ……)

 

 モモンガが食べているのはオムライス。

 スプーンを握る手に力がこもるが、それでスプーンを曲げるわけにはいかないので、軽く深呼吸をする。そのタイミングで、ヘロヘロがきつねうどんの麺をすすり終え、モモンガの質問に答えてきた。

 

「やだなぁ、邪険にしないでくださいよ~。モモンガさんのことが心配だからに決まってるじゃないですか~。ロンデス達とは食堂前で会いましてね。……で? お相手は決まってるんですか?」

 

「決まってません。食べながらする話じゃないでしょーが。もう!」

 

 プウと膨れるモモンガが妙に可愛らしい。

 これでも本人は御機嫌斜めなのだ。

 もっとも、キツく言いすぎたと思ったモモンガは、(はす)向かいで食事をしているロンデス達(二人とも肉多めのビーフシチュー)……特にロンデスに目を向けた。

 

「あ~……ロンデスが訓練で着ている黒い甲冑。あれは、ヘロヘロさんが王都でやってる武器防具店で用意したものだったか? どんな具合なんだ?」

 

 ぶっきらぼうな物言いだ。しかし、ほわっとした気優しさを醸し出す女性が、男っぽく喋っているようにしか見えない。ロンデスは一瞬、スプーンを持つ手を止めて硬直したが、すぐさま、クレマンティーヌの肘が脇腹に入ったことで我に返っている。

 

「ロンちゃん、鼻の下を伸ばさない……」

 

「ぐぅ、そんなわけ……。し、失礼しました、アインズ様。甲冑及び剣などの装備は、最高の一言です。ナザリックを知る前なら、神器であると確信するほどですが……。実は、そうではないのですよね? ヘロヘロ様?」

 

 女体化しているとは言え、ナザリック地下大墳墓の最高権威……モモンガ相手の会話は精神がすり減るのだろう。質問に対して回答しつつ、ロンデスはヘロヘロに話を振った。そのロンデスの気分が理解できるヘロヘロは、ニッコリ笑いながら頷いている。

 

「ロンデスは、ナザリックを良くわかってきたようですね~。そのとおり、お渡しした甲冑や剣はアダマンタイト主体です。ナザリックで運用する金属の中では、柔らかいと言って良いでしょう。ですが、一つ訂正しておきます。甲冑は特注モデルで、良い素材を混ぜています。例えばコキュートスに殴られても、一発ぐらいなら耐えられますよ。斬神刀皇で斬られたら真っ二つでしょうけどね~」

 

「おお、アダマンタイト主体なのに凄いじゃないですか!」

 

 モモンガが感心する。

 コキュートスのレベルとアダマンタイト鋼の硬度を考えると、これは驚くべき性能だと言って良い。もっとも、ロンデスの筋力ではコキュートスの打撃に耐えられない為、殴られたら吹っ飛ばされるであろう……とヘロヘロが付け加えたところ、モモンガは「駄目じゃないですか……」と盛り上がった気分を低下させた。

 その様子が、これまた可愛らしい。

 美人の可愛らしい姿は、男性のある層には直撃であり、ヘロヘロとロンデスは息を呑んだ。

 

「そ、それでも……ですが」

 

 敢えて気にしない風を装ったロンデスが、クレマンティーヌの肘を警戒しつつ、モモンガとヘロヘロに笑いかける。

 

「素晴らしい武具には違いありません。私は……今、アインズ様やヘロヘロ様達の元で居られることを幸せに感じています」

 

「そうか、そういうものか……。ふむ……」 

 

 モモンガが周囲を見回すと、食堂内には一般メイドや、エクレア配下の男性使用人がおり、ロンデスの言うとおりだと何度も頷いている。

 こうして一つの会話が終わり、皆の食事が進んだ。

 ……が、不意にクレマンティーヌがスプーンを置き、発言する。

 

「それで……アインズ様は、どうして女性の姿なんですか?」

 

 ピキッと、場の空気が凍りついた。

 

(ほほう……)

 

 どんぶりを持ち上げて汁を啜っていたヘロヘロは、どんぶりから口を離してニヤリと笑う。

 

(俺が、『女体化』云々を直接言わなかったのは、必要以上にからかって、モモンガさんを怒らせたくなかったからですが……。いいですね! もっと言ってやりなさい!)

 

 無論、声に出していないが、ヘロヘロはクレマンティーヌを応援した。

 ヘロヘロが『女体化』について突っ込んだ話題を展開すれば、モモンガは『ギルメン相手なりの不機嫌』になるだろう。しかし、クレマンティーヌのような、外部から雇った人間が相手であれば……モモンガは、それなりに対応するはず。少なくとも感情的に叱りつけたりはしないはずだ。

 どのようにモモンガが対応するか、ヘロヘロはワクワクしながら続く展開を待った。

 

「く、クレマンティーヌ……」

 

 沈黙は数秒ほど続いたが、最初に口を開いたのはモモンガ……ではなくロンデス。

 

「もうちょっと場所柄をわきまえて……」 

 

 声の震えを隠せないロンデスに対し、クレマンティーヌは「え~? だって気になるじゃん?」と口を尖らせた。しかし、ロンデスの難しい表情を見て、面白くなさそうな表情になるも……すぐにニンマリ笑って上体を倒し、左側……ロンデスとヘロヘロの向こうで座るソリュシャンを見た。

 

「イプシロン様も、アインズ様のお姿には興味がありますよね~?」

 

「えっ?」

 

 この時、ソリュシャンは気遣わしげにヘロヘロを見ていたのだが、不意に話を振られてキョトンとする。これが自分に関する話題だったら、相手が人間のクレマンティーヌなので「あなたの関知するところではないわ」と塩対応をしたことだろう。いや、今は同じナザリックの一員なので、もう少し柔らかい物言いをしたかもしれない。

 また、ここで大事なことは、質問内容がモモンガに関するものであること。

 突き放すような物言いはできない。

 そして、このソリュシャンの反応はヘロヘロ的に大当たりだった。

 

(死に目クールビューティーの虚を突かれた表情! 最高です! ツボですよツボ! クレマンティーヌ、よくやりました! これは建御雷さんに頼んで、装備のグレードアップをしてあげるべきでしょう!)

 

 密かにクレマンティーヌの強化が決定されたところで、ソリュシャンが気を持ち直す。

 

「そ、そうね。ナザリックの(しもべ)たる者、至高の御方については常に興味を持っておくべきだわ」

 

 (しもべ)としては完璧と言って良い回答だ。

 同じテーブルで居るヘロヘロとロンデスも、特に文句はない。

 聞いたクレマンティーヌにしても、やはり文句はなかった。何故かと言うと、話を振ったソリュシャンから否定や叱責の言葉が出なかったからだ。そうなると、後はモモンガによる回答を待つのみとなる。

 一方、質問された側のモモンガは、当然ながら面白くなかった。

 何故なら、ソリュシャンは元からナザリックの一員なので、外部から雇い入れたクレマンティーヌと違い、モモンガの女体化に関する通知を知っているはずだからだ。それだけでなく、ヘロヘロから事情を聞かされている可能性も高い。

 

(こんな時に模範解答しないで、俺の代わりに説明してくれよな~)

 

 とはいえ、そこまでの忖度(そんたく)を求めるのも酷だろう。

 モモンガは小さく溜息をついた。質問された以上、モモンガとしては何らかの回答をしなければならない。また、同じテーブルにヘロヘロが居るので、上位者として質問を封殺するのはマズい……とも考えていた。

 

(他のギルメンに、どんな風に噂を流されるかわかったもんじゃないし……)

 

 結論、素直に自分の口で説明する。

 ちなみに、ナザリック内における、モモンガの女体化についての通知内容は次のようなものだ。

 

『ギルド長(アインズ・ウール・ゴウン)は、現在、アイテム実験により人化時の姿が女性となっている。ナザリックの(しもべ)達は、ギルド長に対し、可能な範囲で普段どおり接すること。なお、ギルド長が助言を求めた場合は適宜対応し、手に余る場合は、タブラ・スマラグディナまで連絡を取ること。その際、<伝言(メッセージ)の巻物(スクロール)の使用を認める』

 

 つまり、モモンガが(しもべ)に相談して、それで解決しなかったらタブラに連絡が行く。そういった情報の流れが出来ており、モモンガとしては、もはや誰にも相談したくない気分になっていたが、人化すれば女性になる現状、そういうわけにもいかない。

 モモンガ一人では解決できないこと……女性特有の問題もあるだろうからだ。

 

(ともかく! この通知内容から逸脱しないよう、クレマンティーヌに説明しなくては……)

 

 モモンガは舌で唇を湿らせると、興味深そうにしているクレマンティーヌを見て、口を開いた。

 

(しもべ)達の多くは知っていることだが、お前達には通知が行っていないのだな? これはナザリックの連絡体制を見直す必要がありそうだ。ふむ……つまり、ええとだ、今の私はマジックアイテムの実験中なのだよ。実験目的については秘密としておく。……暫くの間、私は人化すると女性になるので、その点について留意しておいて欲しい」

 

 何も間違ったことは言っていないはずだ。

 モモンガはフウと息を吐いたが、クレマンティーヌの様子は……と見たところ、彼女の興味深そうな雰囲気は消えていない。

 

「なるほど。良くわかりました。それで、ふと思ったんです。もし、私の性別が変わって、自分が男になったとしたら……と」

 

「ほう……。興味深い考察……と言って良いのかな?」 

 

 モモンガは純粋に興味を持った。女性視点での性転換について、人間であるクレマンティーヌの見解が聞けるのなら、今の自分にとって何かの役に立つかもしれないからだ。

 

「それで、どう考えたのだ?」

 

 少し上向きになった気分で聞くモモンガ。その彼に対し、クレマンティーヌは人差し指を立てると……珍しく真面目な表情で言った。

 

「おトイレや入浴の時に、新鮮な感覚が味わえるのでは……と」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 昼過ぎ。

 晴天下の聖王国で、ペロロンチーノは大きく伸びをした。

 今立っている場所は騎士団の訓練所で、ペロロンチーノ自身は冒険者ペロンとして行動中だ。なお、お供としてシャルティア・ブラッドフォールン(日傘装備)が同行している。

 ギルメン会議の後、シャルティアを呼んで<転移門(ゲート)>で移動したのだが、その目的は、ネイア・バラハに弓の稽古をつけるためだ。

 このことについて以前、ネイアとは約束しており、父親のパベルの了承も得ている。妙にパベルが乗り気だったのが、ペロロンチーノとしては気になるところだが、とにかくネイアを弓使いとして強くすればいい。それ以外は、あまり考えないことにした。

 

「……う~ん、開放感! 良い天気だし、空とか飛びたくなるね!」

 

「仰るとおりでありんすえ! ペロ……ン様!」 

 

 元気よく言うシャルティア。しかし、ペロロンチーノの偽名に慣れていないのか、呼び方がぎこちない。これでは、弐式炎雷を呼ぶときのナーベラル・ガンマのようだ。

 ペロロンチーノとしては早く慣れて欲しいと思う一方で、こういうシャルティアも可愛いと思っている。言い終えてから、自らの失態を恥じるように口元を押さえる姿など、ペロロンチーノにしてみれば、御飯三杯はいける可愛さだ。

 

「ペロンさーん!」

 

 訓練場の入口から、騎士団従者のネイア・バラハが駆けてくる。

 弓を持ち、矢筒を背負っている姿は、遠目に見てもやる気十分だ。

 

「ちっ!」

 

 嫌そうに舌打ちしたのはシャルティアだったが、気がつかないペロロンチーノは、目深に被った帽子のひさしから半目でネイアを視姦……ではなく、観察する。 

 

(うむ。細身であり、大きく揺れる程ではないオッパイ。(ただ)しく俺の許容範囲! 脳内ギャラリーに保存決定だな。揺れにくい乳房は輝くほど尊いぜ! うお、まぶし! だが、ふ~む、顔立ちは美形と言っていいのに、殺人鬼の眼差しが主張強すぎて……これまた俺の性癖に刺さってくるな! 猛禽の目だよ! それでもって、今日は貧乳日和だ! ぺたんこバンザーイ!)

 

 茶釜に聞かせたら五回は殺されそうなことを考えつつ、ペロロンチーノは最近弟子になったばかりの少女を待った。

 その隣では、シャルティアが変わらぬ鋭い視線でネイアを睨んでいる。

 もちろん、ネイアを注視するペロロンチーノは気づかなかった。

 




 女体化したモモンガさんは、モテる。
というのを自分でも書いてみたかったわけでして……。
 読みたいなら自分で書くを実践してみました。
 もう一つか二つエピソードを入れたいかもです。

 感想リクエストの2番目は、血風連さんによるネイア関連のお話です。
 今回、食堂シーンで行を使ったので、諸々次回に持ち越し。

 モモンガさんが元に戻る頃に亜人と決戦できれば……というのが、今のところの構想。
 どうなるかは未定ですが……。

<誤字報告>

D.D.D.さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます


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第110話

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 その通路の一角に設けられたトイレ……の女子トイレから、人化したモモンガが姿を見せた。彼(るし★ふぁーの悪戯のせいで人化後は女性体)の顔は赤く染まっており、少しばかり目が据わっている。

 

「……」

 

 通路へ一歩踏み出たモモンガは、気まずげな目を入口付近へ向けた。そこでは一般メイドのシクススが立ち、胸高に挙げた手で『アインズ様の御使用につき、貸切り中』のプラカードを持っている。つまり、今はアインズ……モモンガがトイレ使用しているので、女子トイレは他者の使用を禁ずるということだ。

 今のモモンガは人化すると女性になるので、人化中のトイレ問題は、先のギルメン会議でも話題となっていた。解決策の一つとして、モモンガ用のトイレを設置することが考えられたが、それは大げさすぎるとモモンガが固辞。当のモモンガからは、「その都度、<転移門(ゲート)>やギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で自室に転移すればいいじゃないですか!」という提案が出てている。これは、主に男性ギルメンから同意を得られたものの、茶釜とやまいこからは「もし、転移できない事態に陥ったらどうするの? せめて女子トイレを使える体制は整えておくべき」との意見が出た。最終的に、当番制で一般メイドをモモンガに同伴させ、トイレ使用時は女子トイレ前でプラカード(折りたたみ式)を持たせて待機。モモンガは、女子トイレを貸切りで使用する方法が採用されたのだった。無論、余裕があるなら自室へ転移しても良い。 

 

「アインズ様、お済みですか?」

 

 シクススがニッコリ微笑みかけてくる。

 転移後世界の人間種感覚で言えば、天上の美に例えられる美人の笑みだ。それを、用を足した直後、しかも女子トイレから出てきた際に向けられ、モモンガは更に頬が熱くなるのを感じていた。

 

「あ、ああ、うむ。待たせてしまってすまないな。シクスス……」

 

「いいえ! 少しも待ってはいません! アインズ様のお力になれて幸せです!」

 

 おべっかや謙遜は一切含まれていない。

 全身これ、忠誠心と忠誠を尽くせることへの喜びで満ちあふれている。

 

(お、おお……男性上司のトイレ介助をしているというのに、この笑顔の眩しさ……) 

 

 モモンガは申し訳ないやら恥ずかしいやらで、精神が安定化……するかと思ったが、今は人化中なので、恥ずかしさ等はそのままだった。

 

(はうはう、恥ずかしい……。それもこれも、尿意を我慢できないのがな~……)

 

 先程、食堂から出てすぐ、尿意を催したモモンガは手近にあったこの女子トイレに入っている。自室に転移すべきかとも思ったが、男の時よりも尿意を我慢することができなくなっており、やむなく女子トイレに入ったというわけだ。

 

(ゲートオープン! とか、やってる余裕すらなかったものな~。危うく漏らすところだったよ……。初回から茶釜さん達の心配が的中したわけだけど、ここまで我慢ができないとは……。女になった俺の身体が特別なのか?)

 

 モモンガは頬のほてりが早く治まるよう、風を切って歩き出す。シクススも少し遅れて歩き出すが、「はうううん。恥ずかしげなアインズ様……愛らしすぎて、それでいてお美しくて……」などと呟きが漏れていた。

 ちなみに、『女体化したモモンガが特別に尿漏れしやすい』なのではなく、男性と女性の肉体的違いに理由がある。男性と比べると、女性の方が膀胱と尿道口の距離が短く、尿道まわりの筋力は男性より弱い。ゆえに尿が出やすい構造となっているのだ。

 茶釜とやまいこは元より女性であるから、当然知っていた。だが、男性ギルメン達の前で排尿事情を語る気になれず、簡単に理由を述べたのみで、モモンガの女子トイレ使用を強く推していたのである。

 

(もうちょっと尿意に気をつけて、なるべく自室に転移しよう……)

 

 その場合、シクスス等、アインズ当番の一般メイドはどうなるのか。転移前に居た場所で待機させておくのが無難だろうか。

 そういった事を考えていたモモンガは、ふと先の女子トイレにおける用足しを思い返している。

 

(何と言うか……凄かったな。あれが女性の用足しか……。変な性癖に目覚めそうだ……)

 

 自らの視点で見る『女性の排尿シーン』は、モモンガにとって衝撃的だった。彼とて枯れ木ではなく(現在は精神的に)男性であるから、女性のそういうシーンを見て興奮はする。しかし、排尿シーンで興奮する経験は初めてだったため、戸惑いも大きかった。

 

(あと、ペーパーで拭いたときにビクッてなったし! この身体、感じやすくないか!?)

 

 食堂でクレマンティーヌが『トイレや風呂での新鮮な感覚』について語ったことで、事前に少し意識していたのもあるだろう。

 

(さっそく、アレな『新感覚』を体験できてしまったけど……。でもまあ、クレマンティーヌから得た情報は有益だったよな)

 

 モモンガは、食堂におけるクレマンティーヌとの会話を思い出した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少し前の食堂。

 モモンガに『新鮮な感覚』の話をしたクレマンティーヌは、新たな話題を思いついたのか、ニンマリ笑って更に話し出す。

 

「あ、それとですね、アインズ様。大っきい方をしたとき、女は拭く方向がお尻向きがいいって御存知ですか? 手は股の下をくぐらせたら駄目ですからね!」

 

「おい……おい、クレマンティーヌぅ!? ここは食堂だぞ!?」

 

 ロンデスが目を剥いて怒っている。声が裏返っているので、その怒り、あるいは動揺は相当なレベルのようだ。その彼を、手の平を突き出すことで制したモモンガは、クレマンティーヌに向けて身を乗り出した。

 

「ふむ、私は女性になったばかりで、そういったことに疎くてな。是非、聞かせて貰おう」

 

 口調は死の支配者(オーバーロード)でやる魔王ロールなのだが、見た目と声が女性なので、今ひとつ迫力がない。

 一方、クレマンティーヌは軽口として流されることを期待していたため、モモンガが乗り気になると少し驚いていた。そして『その場のノリ』が引いて真面目な気分になると、自分が飲食する場でシモの話をしていることを改めて認識する。

 

(うっひゃああああ! なにこれ! 超恥ずかしいんだけどぉおおお!!)

 

 言い出したときのノリ。それがそのままなら気にならなかったろうが、一度意識してしまうと羞恥が脳を駆け巡るのだ。

 恐れ敬うべき至高の御方に対して何をしてるんだ。相手は『ぷれいやー様』で、神様だぞ~っ! ……と後悔するが、クレマンティーヌにも言い分はある。女性の身体になったモモンガの戸惑ったり恥ずかしがったりしている様子が面白く、さらには至高の御方相手に『女の先輩』として物申せる機会だと調子に乗ってしまったのだ。

 

(にに、逃げたい! 超逃げたい! けど、アインズ様が聞きたそうにしてるというか、聞かれちゃってるから話を続けないと! ……お、お尻の拭き方を口頭説明しろって言うの!?) 

 

 衆人環視の中、しかもロンデスの見ている前で……である。

 クレマンティーヌは、自分を一女性として普通に扱ってくれるロンデスに惹かれていた。出会って暫くしてから意識するようになり、ナザリックで共に働くようになってからは心底惚れてると言っていい。 

 そんな惚れ込んだ男性の前で……それもトイレ指導とは言え、食堂でのシモ話だ。

 せめて、モモンガと一対一、個室で話をするのならサラッと話せたのだろうが……。

 

「クレマンティーヌ、どうかしたのか?」

 

 声をかけられたので、いつのまにかテーブルに向けていた視線を上げると、モモンガが心配そうに首を傾げている。そして、周囲からは興味深そうな視線と聞き耳。極めつけは隣でロンデスが座っていること。

 

「あ、あうう……」

 

 進退窮まったクレマンティーヌは、涙目で語り出した。

 

「お、おお、男の人は、どっちに拭いても大差ないですけど、その……女は前の方に、お、おま……じゃなくて、ひ、泌尿器とかがありますから……」

 

 クレマンティーヌは殺害対象をいたぶる際、口調が下品になる……ことがある。

 その性癖からか、とんでもない単語を言いかけたが、すんでのところで言い換えていた。この時点で、周囲の一般メイドやロンデスはもちろん、ヘロヘロですら顔を赤くし絶句している。だが、ソリュシャンのみは変わらず平然と聞いているようだ。大して興味がない話題なのだろう。

 そして、モモンガはと言うと、性転換した自分の身体のことなので……。

 

「ふむ、ふむ……それで?」

 

 ひたすら真面目に、クレマンティーヌの講義に耳を傾けていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(考えてみれば、食堂で物凄い話をしたもんだよ。恥ずかしい……。けど、ん~……それほど恥ずかしくもないかな? なんでだろうな?)

 

 主に恥ずかしい思いをしたのは、飲食の場でシモ話を振って、それを思い人の前で解説する羽目になったクレマンティーヌであり、モモンガはただの聞き役だったからだ。

 

(話し終わった後のクレマンティーヌ、泣いてたな~……。悪いことしたかな? したんだっけ?)

 

 モモンガは「う゛わぁあああん! ロンぢゃん! あだじ、頑張っだよぉ~」と号泣するクレマンティーヌと、その頭を撫でながら「そうかそうか、次からは調子に乗るんじゃないぞ?」と慰めていたロンデスを思い出している。

 実に仲が良さげで、誰とも交際していない異世界転移直後に見たなら、モモンガは嫉妬したことだろう。

 

(だが、俺は! すでに交際相手が居るからな。嫉妬するにはあたらないぞぉ! しかも、確定で三人! 未確定のエンリとニニャと……あと、アウラを入れたら更に三人加算だ! ハハハハ! はは、ハァ……。交際相手が予定も含めて六人とか……。俺は、一〇〇年前のラノベの主人公か? 今更だけど……)

 

 そういった事も問題……かもしれないが、今重要なことは、モモンガが人化すると女性になってしまうことだ。そして、そんなことはないと思いたいが、もしも、このまま女体化したままだとしたら……。

 リンゴーーン。

 モモンガの脳内で鐘の音が鳴り、とある教会での結婚式が再生された。

 神父だか牧師だかの格好をしたコキュートスの傍らで、ウェディングドレスを着たアルベド、ルプスレギナ、茶釜、アウラ、エンリ、ニニャが立っている。それら並んだ女性らの対面で立つのは、同じくウェディングドレスを着た女性……のモモンガ……。

 

(お、恐ろしい……)

 

 モモンガは歩きながら身震いした。

 

(登場人物全員が幸せそうだったのが、本当に恐ろしい……)

 

 モモンガが女性のままアルベド達と結婚するとしたら、その時点でモモンガの精神は、完全に女性化していることだろう。なんの不満もないに違いない。一点の曇りもなく幸せ……というやつだ。

 ところが、今現在のモモンガは、少なくとも精神上は『男性』である。

 今考えた『未来図』は、彼にとって恐ろしいと言うほかなかった。

 

(でも、どうしたらいいんだろう? 本当に誰かと……するしかないのかな?)

 

 今この時、モモンガに答えを出すことはできない。

 男に戻りたいから、女の身体で女を抱く。

 ギルメン会議で決定した方針とはいえ、そんな手前勝手な都合で、誰か女性に手を出して良いものか。それが交際中の女性であっても、良くはないとモモンガは思う。

 いや、良い悪いの前に、性分的に受け入れがたいのだ。

 しかし、男に戻りたい気持ちは大きい。

 

(わからないな、本当に……。どうしたらいいんだろう? 誰かに相談したいけど……。会議決定した後で、誰かギルメンに……ってわけにもな~……)         

 

 ギルメンが駄目となると、パンドラズ・アクターが候補に挙がる。彼の知謀は頼りになるが、彼の創造主……父親としての立場があるため気軽に相談しづらい。

 こういう時に相談相手として思い浮かぶのは、やはり恋人だろう。

 アルベド、ルプスレギナ、ぶくぶく茶釜。

 誰に相談するべきだろうか。

 複数居る交際相手に、優劣や順位をつけたくはないとモモンガは思う。

 だが、思い浮かべた三人の顔。中でも印象が深かったのは……アルベドだった。

 

(アルベドかぁ……。ルプスレギナは凄く話しやすい感じだし、茶釜さんは『任せんしゃい!』的な包容力を感じるのに……。やっぱり、アルベドなんだよな~……)

 

 タブラが製作にあたり、モモンガの女性の好みを事前調査したため、アルベドは生まれた瞬間から、茶釜やルプスレギナに対して優位らしい。

 恋愛ドラマや、恋愛シミュレーションゲームであれば、ここでアルベド・ルートが確定して、他のヒロインを切り捨てたり泣かせることになる。あとはアルベドとのハッピーエンドに向けて、ほぼ一直線。

 別の攻略対象に浮気すれば、一転してバッドエンドを迎える可能性もあるだろう。

 ところが、モモンガの場合……そうはならない。

 何故なら、すでに彼はハーレム・ルートに乗っているからだ。

 

(……ってことで、いいんだよな? 他の交際相手を差し置いて、アルベドだけに相談しちゃっていいんだよな? だ、大丈夫なんだよな? あとで茶釜さん達、怒ったりしない?)

 

 元々がプレイボーイ気質ではないため、モモンガはオドオドしながら<伝言(メッセージ)>の体勢を取る。

 

「……モモンガだ。アルベドよ、今は手が空いているか? 何処に居る?」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 現実(リアル)から来たユグドラシル・プレイヤーが、この転移後世界にて現地人……に限らず誰かを鍛える場合。つまりはレベルアップさせる場合だが、モンスターなど強い生物と戦わせる方法を選択するはずだ。

 聖王国の従者ネイア・バラハ。彼女の訓練指導を請け負ったペロロンチーノは、迷わずこの方法を採っている。

 つまり……。

 

「はい、次でありんす!」

 

 青空の下、人里から遠く離れた荒野で……深紅の鎧を身に纏ったシャルティアが亜人を蹴り飛ばした。岩のような鱗の亜人は、粗末な槍を持っていたが、事前に受けたシャルティアからの殴打で意識朦朧としている。槍を杖代わりとしているものの、膝は生まれたての子鹿のように震えていた。

 そうしてよろめき出た彼を、少し離れた位置からネイア・バラハが狙っている。

 構えた弓から矢を放つと、真っ直ぐ飛んで亜人の胴体に突き刺さった。

 

「ぎげっ!?」

 

 引きつったような呻き声と共に亜人は倒れ伏す。

 こうして『新たな死』が、ネイア・バラハの『経験値』となった。

 と、このように、ペロロンチーノはネイアを荒野に連れ出し、適当に痛めつけた亜人を前に出してはトドメを刺させていたのである。

 もっとも、亜人を用意する担当はシャルティアであり、ペロロンチーノ自身は人化スタイルのままを通しているため、たまに助言する程度なのだが……。

 

「うう……」

 

 ネイアは殺した亜人に対し、その殺人鬼のような目を向ける。

 

「モンスター……を倒して強くなるのは知ってましたけど……。このやり方は、どうも……その……」

 

 最初、ボコボコにされた亜人を放り出され「さあ、トドメを刺してくんなまし!」と言われたときは、目が点になったものだ。しかし、結果は着実に現れ、ネイアは強くなっていく。更には、巻物(スクロール)等でデバフをかけ、負荷のある状態で走り込みなどもしているため、向上した身体能力への順応も進んでいた。

 

「ペロ、ンさ……んの御指示に、間違いはないということでありんすえ!」

 

 顔の脇にかかった髪を手ではらい、シャルティアが自慢げに言う。最初にネイアが疑問を口に出したときは、「てめぇ、ペロロンチーノ様の仰ることに嘘があるとでも言いやがるか!」と激昂したものだ。しかし、すぐ後ろに居たペロロンチーノの咳払い一つで制されている。

 ペロロンチーノの名が早々に明かされたわけだが、ペロロンチーノは「ペロンが通り名で、本名はペロロンチーノだよ! 内緒にしててね!」と、あっさり流しており、ネイアも「そういうことなら……」と特に気にするでもなく受け入れている。

 一方、創造主が偽名を使っているのに、その本名を明かしたシャルティアは大失態だと顔色をなくしたが、ペロロンチーノは「どうせ、そのうちバレるんだし! 気にしない、気にしない!」との言葉どおり、まったく意に介さなかった。

 そのペロロンチーノは、人差し指を立てると明るい笑顔で宣言する。

 

「じゃあ、ネイアちゃんもイイ感じで強くなってきたし、次は模擬戦をしよっか! 迎撃のね!」

 

「迎撃の模擬戦……ですか?」

 

 返事をしつつ、ネイアは二歩ほど右側で居るシャルティアを見た。

 ペロロンチーノの(しもべ)と名乗る美少女は、その美貌にも驚いたが、荒野での戦いぶりはネイアの想像を超えたものだった。

 

「次のを用意してくるでありんす~」

 

 そう言って翼の生えた甲冑姿で舞い上がり、十数える間に亜人を連れて戻ってくる。

 連れて来られた亜人は、飛んでいるシャルティアにちょっかい出そうとした者達らしいが、ネイアの前に出されたときは一人の例外もなくシャルティアに対して怯えていた。拉致するにあたって相当恐ろしい目に遭わされたことが窺える。もっとも、亜人達は皆、ボコボコに顔を腫らしているので、どんな目に遭ったかの想像は容易なのだが……。

 そんなシャルティアと模擬戦。

 相手になるわけがないと思う一方、ネイアは更に首を傾げた。

 迎撃ということは、相手はネイアに向かって接近してくるのだろう。訓練に付き合ってくれる知人を相手に、矢を放つのは気が引ける。そもそも戦闘時、弓手が単独で戦うことは少ない。接近されたなら、前衛の戦士職などが戦うべきなのだ。

 

「弓手ってのは、後ろで弓引いてるだけとは限らないよ!」

 

 こういった疑問をネイアが持つことは想定範囲だったのか、ペロロンチーノが追加説明を行う。

 

「人手が足らないときは斥候になることもあるしね! そういうとき、敵に襲われて接近戦になることだってあるじゃない! 前衛を擦り抜けて、後ろまで敵が飛び込んでくることもあるし! 要はアレだよ、迎撃の模擬戦って言ったけど、護身術の訓練みたいなものさ!」

 

 そう言われると、納得できる……ような気がする。

 ただ、相手がシャルティアとなるとネイアは怖じ気づいてしまうのだ。

 

「で、でも……ですね。シャルティアさんは強すぎて……」

 

「ネイアちゃん」

 

 ペロロンチーノが鼻の下を指で擦り、自分を親指で指し示す。

 

「俺はシャルティアが相手だなんて、一言も言ってないけど?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ペロロンチーノが考案した、迎撃の模擬戦。

 それはネイアが、遠くから迫ってくるペロロンチーノと戦うというものだ。

 ペロロンチーノを良く知る弐式炎雷などが聞いたら、「それって事案じゃないの?」と言いそうだが、良く知らないネイアは真面目に確認している。

 

「本当に私だけが攻撃するんですか?」

 

 弓矢装備のままのネイアが言うので、ペロロンチーノはニコニコしながら頷いた。

 

「大丈夫だよ! 渡した矢じりは、怪我しない仕様のマジックアイテムだし!」

 

 どのみち、ネイアが普段使いしている矢を使ったとして、それが当たっても装備の差でダメージは通らないのだ。ペロロンチーノは、そのままの矢で模擬戦を行おうとしたが、ネイアが危ないと言うので、アイテムボックスから前述の矢じりを持ちだしたのである。

 

「いえ、そうではなくてですね……」

 

 ネイアが言いたいのは、非武装の相手を射る行為が、やはり落ち着かないというもの。それを説明されたペロロンチーノは、少し考えてからニパッと笑う。

 

「俺が必要だと思ったことなんだよ。俺は弓使いだからね。ネイアちゃんが弓を使ってるのを真正面や間近で見て、それで色々と解ることもあるわけ。それにさ、俺の避け方とか立ち回りを見るのは、ネイアちゃんにとって良い勉強になるんじゃないかな?」

 

「な、なるほど!」

 

 ようやく納得したのか、ネイアが興奮気味に感心している。

 「わかってくれて嬉しいよ!」と言いながら、ペロロンチーノは内心でほくそ笑んだ。

 

(計画どおり……)

 

 それっぽくネイアを諭していたが、言うまでもなく狙いがあってのこと。

 そもそも迎撃での護身術を向上させたいのなら、シャルティアと模擬戦をすれば良い。何も後衛のペロロンチーノが相手する必要はないのだ。

 では、ペロロンチーノの狙いとは何か……。

 

「ルールの説明をするよ! まず、弓の射程ギリギリまで俺が離れます! ネイアちゃんは特別な矢だけど、殺すつもりで攻撃してきてね! 俺は歩いたり走ったりして……何射目で到達するかは、その時によるかな。俺がネイアちゃんの肩とか頭とかにタッチしたら、それで一回終了だよ! 接近戦になっても諦めずに、タッチされるまで頑張って躱してね!」

 

「は、はい!」

 

 ネイアが固い声で返事をした。

 ダメージの入らない矢とは言え、敵でもない知人を弓で射るのは、相当なプレッシャーなのだろう。そして、特別なアイテムの持ち出しまでしてくれるペロロンチーノに対し、ネイアは大きく感謝しているようだった。

 ……と、そんな大真面目な少女を前に、ペロロンチーノは『合法的なタッチ』について了承を得られたことで内心舞い上がっていたりする。 

 

(ひゃっほ~い! 昔のエロゲーなんかで、よくあるじゃん! 『君のラケットの振り方はなっていない、こうするんだ!』『こ、コーチ、身体がくっつきすぎです……』みたいなやつ! あれ、やってみたかったんだ~っ!)

 

 だが、エロゲーでならともかく、そのまま現実でやると……ただの性犯罪者だ。

 そこでペロロンチーノは訓練を隠れ蓑とし、いきなりの密着ではなく少しずつの『お触り』とした。この小細工は上手く行ったようで、ネイアも今のところは不審に思っていないらしい。

 

(いいね、いいね! さ~、何処までやっても大丈夫か、少しずつ確認しますかね~……)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にその人ありと言われた爆撃の翼王……ペロロンチーノ。エロゲーマスターとしての一面は、ギルメンや近しい者が知る程度だったが、本来、こういった直接的な行為に及ぶ男ではない。ネイアが細身かつ、怖い目つきという付加価値があったとしてもだ。

 どうしてこうなったのか。

 やはり、異世界転移して異形種化したことに原因があるのだろう。

 アンデッドであるモモンガなどと違うのは、ペロロンチーノが鳥人であること。猛禽類の本能のようなものが、ペロロンチーノの歯止めを効きにくくしているのだ。

 有無を言わさず手籠めにしたりしないのは、元々のペロロンチーノの気質と、エロに対する彼のこだわりが関係する……のかもしれない。

 ともかく、模擬戦は始まる。

 

「いつでもいいよ~っ」

 

 充分に距離を取ったペロロンチーノが声をかけると、遙か遠くのネイアから……少し遅れて矢が飛んできた。ただし、当たらない。有効射程ギリギリなのだから当然だ。

 

「俺の理想としちゃ、この距離ぐらいなら頭に当てて欲しいんだけどね~……」

 

「ペロロンチーノ様は、あの娘のことがお気に入りなのでありんしょうか?」

 

 隣で立つシャルティアが話しかけてくる。

 ペロロンチーノ一人で的になる予定だったが、シャルティアが「御一緒しても?」と上目遣いで訴えてきたため、ペロロンチーノは承諾するしかなかった。

 そして模擬戦が始まるなりの質問。ペロロンチーノはシャルティアの意図を掴めなかったが、それでも回答するべく空を見上げる。

 

「お気に入り? ん~……」

 

 自分にとって、ネイア・バラハとはどういう存在なのか。

 お気に入りか……と聞かれると、気に入ってるとペロロンチーノは思う。

 頑張り屋で、真っ直ぐで、自分を信頼してくれる女の子。

 元の現実(リアル)では、巡り会えなかったタイプだ。

 

(エロゲーでは何千人と見たけどね~……)

 

 そんなネイアに対し、自分は訓練の一環と称して『お触り』をしようとしている。

 現実の……エロ行為だ……。

 

(はうあっ!?)

 

 ……ペロロンチーノは正気に返った。

 空を見上げたまま、顔の左側で汗が伝って落ちる。

 

(やべぇ……。俺、発狂しかけてた? そんなにゲージは溜まってないと思うんだけど……)

 

 少し考え、自身の種族特性にかかる問題ではないかと思い当たり、ペロロンチーノは舌打ち……しようとして、見上げてくるシャルティアの視線に気がついた。

 周囲を幾本かの矢が通過していく中、ペロロンチーノは不安げなシャルティアに笑いかける。

 

「お気に入り……かな? こっちの世界に女の子は大勢居るだろうけど、その一番手かもしれないね、ネイアちゃんは……」

 

 そうペロロンチーノが言うと、シャルティアはこの世の終わりのような顔になるが、ペロロンチーノは手を伸ばし、ヘルム越しでシャルティアの頭を撫でた。

 

「まあ、特別の一番はシャルティアなんだけどね!」

 

「ペロロンチーノ様!」

 

 さっき曇ったばかりの顔が輝かんばかりだ。

 潤んだ瞳で見上げてくるシャルティアに、ペロロンチーノは気恥ずかしさと嬉しさを隠せない。

 シャルティア・ブラッドフォールンは、ペロロンチーノにとっては理想……エロゲー的な理想を可能な限り詰めこんだ女の子である。転移後世界で動いている彼女を見たときは悶絶しそうになったが、生きて動き、考えて話す彼女に夢中になるまで時間は掛からなかった。

 

(俺は、幸せだなぁ……)

 

 あの先のない『元の現実(リアル)』から脱して、この転移後世界に来られた。

 ナザリック地下大墳墓があるし、モモンガを初めとする気心知れた友人達が大勢居る。

 口うるさくて怖いけど、姉も一緒だ。

 何より……シャルティアが居る。

 

「さて、ネイアちゃんの所に行こうか……。彼女にタッチする度に仕切り直しだけど……。それはシャルティアにお願いしようかな? 結局、シャルティアにお願いすることになっちゃったね!」 

 

「よ、よろしいのでありんすか? 本当はペロロンチーノ様が……」

 

 一瞬、肉欲に瞳を歪ませたシャルティアは、すぐに遠慮してみせた。楽しいことは創造主に……と思っているらしい。そんな彼女に、ペロロンチーノは「いいの、いいの」と言って笑った。

 

「いきなり俺が色々するのもね~。これからも時間はあるんだし、今日は女の子同士で仲良くするといいよ!」

 

「そ、そういうことでしたら! お任せでありんす!」

 

 シャルティアが甲冑の胸を反らせる。と、ここで、ついに矢が命中するコースで飛んできた。数を撃てば何とやらだ。

 もっとも、それはシャルティアが持つスポイトランスで弾かれる。

 

「ようやく、当ててきたようでありんして……」

 

 フンと鼻を鳴らし、ネイアを見やるシャルティア。その横顔に惚れ惚れしながら、ペロロンチーノは歩き出す。

 

「弾くのは簡単だろうけど、いい感じで動いて狙いをつけさせないようにね。でも、到底無理だとか思わせるのは駄目だよ~」

 

「委細承知でありんす!」

 

 弾んだ声で言うシャルティアが、ペロロンチーノの前に出て蛇行しだす。たちまち矢が当たらなくなった。

 ペロロンチーノは頷くと、自分も蛇行しながら遠くのネイアを見る。

 強化された視力で表情がよく見えるのだが、真剣な表情で次の矢を放つ彼女を見ていると、ペロロンチーノは何となくだが嬉しいような気分になった。

 

(何だろうね、この感覚……)

 

 それは親しい者と一緒に何かをする楽しさか、あるいは異性と共に過ごす時間の楽しさか……。ペロロンチーノには解らない。

 シャルティアが質問し、それに対して答えたときの「お気に入り」というのが、自分で思っていたよりも、言葉どおりの意味だったのだろうか。

 

「わからないな~。わからないけど……女の子と楽しくするのは、嬉しいかな……」

 

 少なくとも悪い気分ではない。

 そうやって自分の気持ちを確かめていると、遠くから「ひゃあああ!? しゃ、シャルティアさん! 胸を(つつ)かないでください!?」というネイアの悲鳴が聞こえてきた。

 ペロロンチーノが前方に注意を向けると、弓と矢を両手に持ったネイアが、そのままの手で胸を隠すように自分を抱きしめている。そのネイアを、シャルティアがニタニタ笑いながら見上げているのが見えた。

 

「もう、あそこまで行ったのか……。シャルティアには、もっと手加減するように言わないとな~」

 

 ぼやくように言ったペロロンチーノは、意識して明るい声をあげる。

 

「はい、一回目終了! シャルティア! 俺のところへ戻って来て!」

 

 その声を聞いたシャルティアは、ネイアを見たままで一瞬動きを止め、驚いたようにペロロンチーノを見た。そして、弾けんばかりの喜色を表情と声に宿して叫ぶ。

 

「はい! 妾は御身の元に……戻ります! 今すぐに!」

 




 2022年、最後の投稿になります。
 感想や評価コメントに支えられて、ここまで書いてきました。
 大晦日にシモ話で申し訳ない限り。
 そして、ペロロンチーノさんを危うく性犯罪者にするところでした。書き始めた頃は、本当にタッチさせようとしてたんですけど、こんな感じになってます。
 
 もうすぐ最終回と言って、なかなか終わらないのもどうかと思うのですが、亜人との決戦について開始タイミングを好きなように出来るようにしましたので、暫くは日常回が続くと思います。
 ギルメンが複数居ますので、この機会に色々書いておかないと。
 頃合いを見て、亜人と戦う感じですかね~……。

 それでは皆様、良いお年を……。

<誤字報告>

 D.D.D. さん、トマス二世さん、戦人さん
 毎度ありがとうごさいます。


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第111話

「今日は本当にありがとうございました!」

 

 ネイア・バラハは、高級そうに見える……しかし、全体的に渋めの弓を持って一礼する。

 弓の名は『アメノマ』。その名は日本神話に登場する弓……天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)を元ネタとする。ペロロンチーノのアイテムボックスの中で放置されていた、転移後世界では超性能であっても、ユグドラシル基準では名前負けの微妙武器だ。

 それがネイアに手渡されていた。

 

「聖王国で手に入る武器と比べたら良い物のはずだから! 後は武器の性能に振り回されないように精進してね!」

 

 そう言って手を振ると、ペロロンチーノは去って行く。漆黒のボールガウンに着替えたシャルティアを伴った彼は、街道を進んで小さくなっていき、やがてネイアの視線から消えた。

 この時点で、シャルティアが<転移門(ゲート)>を展開し、二人はナザリック地下大墳墓前に移動しているのだが、そういったことはネイアには解らない。

 ネイアは、ペロロンチーノ達がかつて居た『元の現実(リアル)』での古い漫画に登場するキャラクター……世界一の狙撃屋が照準器を覗くような目つきで、青空を見上げた。

 

「頑張って上達してみせます、ペロンさん! いえ、ペロロンチーノさん!」

 

 訓練の際に見た、シャルティア……深紅の甲冑を身に纏って空を舞う少女の姿は、ネイアにとって衝撃的だった。あのようなアイテムがあり、あのような戦い方があるのかと心底驚いたものだ。

 しかし、ネイアにとって最も注目すべきは、今の自分と同じ弓使い……ペロロンチーノである。弓使いに向いた自身の才能、そこに注目させてくれた上、訓練までつけてくれた。しかも、この手にある神器の如き弓。

 ネイアの背筋を快感にも似た……もとい、快感そのものの震えが走る。

 この日、ネイアには弓使いとしての理想形、そして男性としての理想像が生まれたのだ。

 父親のパベルは嘆くだろうが、恋を知った乙女には些末なこと。

 

「良し! 練習、練習!」

 

 ペロロンチーノと次に会える機会を楽しみにしつつ、ネイアは一人、訓練場へと向かうのだった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 このように、ペロロンチーノはシャルティアと共に聖王国で活動していたが、ナザリック地下大墳墓の外で活動するギルメンは他にも居る。

 獣王メコン川とベルリバー。そして、ベルリバーのお供としてエルフ三人娘。

 彼らは現在、請負人(ワーカー)チームのフォーサイトに臨時加入中だ。

 ベルリバーから見て左右前方には、ヘビーマッシャーと竜狩りも居て、目的地……昼なお暗い森の奥にあるオーガーの集落を見ている。

 今回の依頼内容は、街道を襲撃するオーガー……その集落の殲滅だ。

 

「メコさん。ルプスレギナは連れて来なくて良かったのか?」

 

 立ったまま、正面遠くのオーガー集落、そして左右前方で居る他の請負人(ワーカー)チームを見たベルリバー(今は冒険者バリルベとして人化中)が、新調した胸甲をコンコンと叩きながら言う。軽装の魔法剣士として活動する際は、胸甲を主装甲として、他は手甲とすね当てといった出で立ちだ。服装は、平民から見てお高く、貴族の観点で言えば、普通レベルの外出着といった程度の物で、六腕のマルムヴィスト寄りの雰囲気である。もっとも、肩付近まで伸ばした黒髪を左右に分けた顔は気難しそうであり、優男風のマルムヴィストとは雰囲気や方向性が違っていた。

 その彼に付き従うのは、青髪神官のエルフ……デルフィーヌ。金髪ドルイドのエルフ……フェリシタス。茶髪レンジャーのエルフ……スカーレット。タブラ・スマラグディナによって名付けられた三人の女エルフは、かつて請負人(ワーカー)チーム天武の一員として、主のエルヤー・ウズルスに虐げられていた。エルヤーはナザリック地下大墳墓へのダンジョン・アタックの際、逃走中に通路罠にかかって死亡。この主死亡と、ベルリバーの指示で切り落とされた耳が再生されたことによって、デルフィーヌ達はベルリバーに恩義を感じ、彼に忠誠を誓ったのだ。

 以後は、ベルリバー専属の使用人として働いており、今回は冒険者チーム漆黒の一員となってベルリバー達に同行している。その戦闘力は転移後世界の観点で言えば、中堅どころの冒険者が務まる程度。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンに随行できるとは言えないが、その辺は鍛えていけばいいだろうということで、ベルリバーは彼女らを連れていた。

 装備はそこそこ良い物を用意したし、いざとなればベルリバーが彼女達を守れば良いだろう。

 

(どっちが随行だか護衛だかわからんな~。けど、留守番してなさいって言ったら、泣くんだよな~……)

 

 押しつけがましい忠誠心など気にすることはない。

 しかし、捨てられる子供のように泣かれたことで、ベルリバーは折れるしかなかったのだ。

 出発間際、エルフ娘三人を連れたベルリバーに向けて、聖王国へ出かける前のペロロンチーノが「ヒューヒュー!」と口で口笛の真似をしていたが、思い出すとイラッとくる。と、そのような考えごとをしている彼の隣で、メコン川が回答した。

 

「ルプーは嫁に出したからな。常々、俺が連れ回していいってもんじゃないさ」

 

 和風甲冑(今回は、装飾品少なめの当世具足。色は赤。)を着たメコン川は、そう言ってニヤリと笑う。理由としては真っ当だ。だが、ベルリバーは目尻をさげると、こちらもニヤリと笑い返し、声をひそめた。

 

(「……アルシェちゃんに、ルプーとの仲を勘ぐられる恐れがあるから……じゃないの?」)

 

(「それもある」)

 

 小さな声で即答だ。

 ベルリバーは、ニヤついていた目を見開いた。

 

(え? アルシェとは、マジな関係なの?)

 

 戦闘メイド(プレアデス)、ルプスレギナ・ベータの容姿を見る限り、制作者であるメコン川の女性の好みは、そこそこ高身長、褐色、赤毛、ナイスバディのはずだ。しかるに、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、どれにも当てはまらない。将来的に身長が伸びたりナイスバディになるかもしれないが、髪は染めるにしても、肌の色は難しいだろう。第一、三十過ぎてるメコン川と、十代中盤ないし後半のアルシェでは年の差が……。

 ベルリバーは暫し考えてから、最大の懸念点を指摘した。

 

(「メコさん。年の差……」)

 

(「現状、そこまでの付き合いじゃないし」)

 

 メコン川が苦笑しながら顔の近くで手を振る。

 

(「アルシェに痛くもない腹を探られたくないとか、そういった事だよ」)

 

 つまり現状、メコン川はアルシェと交際していないらしい。

 だが、今の回答では、アルシェに対し気があると言っているも同然だし、傍目には随分と親しく見えるのだが……。

 

(それにな~……。今回みたく請負人(ワーカー)仕事へ混ざりに来たとき、飯食うときはフォーサイトからアルシェだけ抜けてきて、メコさんと携帯食食ってたりするし!)

 

 恋愛の意味で親しいのか。友人として親しい間柄なのか。アルシェ側で麻疹のように気が向いてるだけなのか。

 ベルリバーとしては、恋愛的な方向で二人が親しいと思うのだが……。

 

(まあ、俺が他人の女関係を勘ぐれた立場じゃないしな……)

 

 肩越しに後方を振り返ると、何やら和気藹々と話していたエルフ三人娘が視線に気づき、笑みを向けてくる。リーダー格のデルフィーヌは元気よく、フェリシタスは左右に分けた金髪を揺らしながらフッと微笑んでいた。二人の妹分であるスカーレットは、恥ずかしげではあるものの、最後にニッコリ微笑んでくる。

 それら三人を、肩越しに向けた左目の端でジトッと見たベルリバーは、無言で正面に向き直った。

 

(俺は俺で、手一杯か……)

 

 エルフ娘らに関しての認識は、『初対面の他人』から『ちょっとした縁で居候することになった女性』に変わっている。ベルリバー自身、悪い気はしていない。だが、デルフィーヌ達に対して恋愛感情があるかと聞かれると、首を傾げざるを得ない。

 

「俺も現状は……だけどな」

 

 

◇◇◇◇

 

 

(俺とアルシェの関係が気になるか……)

 

 ベルリバーからの問いかけに答えたメコン川は、その特徴的な『口の端を持ち上げる笑み』を浮かべた。

 正直なところ、彼自身はアルシェに関し、異性としての魅力を感じている。

 それは、アルシェが家族のために一生懸命であったり、普段から真面目であったりと、そういう所を好ましく思っているからだ。何より、アルシェ側でメコン川に気があるらしく、時折仕掛けてくるモーションが可愛らしい。

 現状で相思相愛っぽいのだが、メコン川が手を出さないのは、ベルリバーが言ったように『年の差』があるからだった。加えてアルシェの容姿が、メコン川好みの年齢層に達していないこともある。

 

(もう少し待つぐらい、なんてこたぁないさ……)

 

 そう自分の中で考えを纏めながら、メコン川は左腕を右に回し、その二の腕を下から右腕で巻き上げ……ストレッチをした。これからフォーサイトの一員として、他の二チームと共にオーガ集落を襲撃するのだが……。

 

(どうも集落の様子がおかしいんだよな……。オーガの数が、ぜんっぜん少ねぇし……。パルパトラの爺様……。いや、もう爺様じゃないけど、あちらさんも気にはなってるみたいだし……)

 

 集落内や、周辺に配置した影の悪魔(シャドウ・デーモン)からは、特に報告がない。

 一緒に連れてきた影の悪魔(シャドウ・デーモン)は一〇体だが、彼らの警戒網をオーガが抜けるのは容易ではないはずだ。

 モモンガからは、雑魚と見なした相手を放置し、それらの警戒網通過を報告すらしなかった事例を聞かされていたが……。ナザリックの(しもべ)らは基本的に有能なので、そう同じ失敗はしないだろうとメコン川は考える。

 

(てことはよ? こりゃ、ひょっとして……)

 

 面白いことになるかも……。

 そう思う一方で、メコン川はベルリバーが連れているエルフ娘達が気になった。

 贔屓目に見て、ヘッケラン達にも及ばない実力。それが彼女ら三人だ。

 

(ベルさんなら間違いはないと思うが……俺の方でも気をつけておくか……。後はアルシェだが……こっちもまあ、大丈夫だろ……)

 

 竜狩りやヘビーマッシャーは近くで行動するが、それでも別のチーム。メコン川達はフォーサイトの一員なのだから、竜狩りらのサポートは無理ではないものの手が回らない可能性がある。一方、アルシェやエルフ娘達はフォーサイトの一員であり、メコン川達とは行動を共にするので目が届きやすいし、距離も近い。

 安全面で言うなら、かなり大丈夫なはずだ。

 

「とはいえ、油断は駄目だよな~……」

 

 慢心も駄目です絶対。

 ぷにっと萌えの声が、早口の幻聴となって脳内を流れていく。

 メコン川は、兜の緒を締めながら頷いた。

 

「そうそう、慢心も駄目。気張って対処しますかね……」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「この規模の集落としては、数がおらんの……」

 

 黒々とした長髪の中年男性が、槍を杖代わり……ではなく肩に載せてぼやく。

 その口調は歯が欠けていた頃と違い、はっきりと聞き取れていた。

 請負人(ワーカー)チーム、竜狩りのパルパトラ・オグリオン。

 少し前までは八〇歳という高齢者だったが、過日、ナザリック地下大墳墓で接待的なダンジョンアタックをした際、若返りのポーションを得て今の姿になったのだ。そんな彼は、現在の肉体年齢が五十歳。冒険者や請負人(ワーカー)として見れば若くないが、若返る前よりは格段に若い。

 今の彼にとって最大の目標は、再度、若返りポーションを入手して二十歳まで若返ることだ。とはいえ、ナザリック地下大墳墓に対するダンジョンアタックは、茶釜姉弟に対する恩に報いるため、モモンガ達が企画した『接待』であり、特例中の特例だった。次は、どうする気なのか。

 実は、若返りポーションの作成者たるタブラ・スマラグディナと、個人的に約束を交わしているのだ。

 先日のダンジョンアタックで、同じ請負人(ワーカー)チームのフォーサイトがモモンガ達と相談している間、竜狩りは通路壁の操作で余計な移動を強いられていた。このことの補填もあって、入手した木箱内にはタブラからのサービス品が含まれており、その中の一品が『若返りポーション』だったのである。

 ただ、タブラとしては手慰み的に作ったポーションであり、薬効に確信が持てるものの、贈答品として渡すには臨床試験の少なさが気になったらしい。ナザリックに敵対する人間が相手なら格好の人体実験となっただろうが、何しろパルパトラは茶釜姉弟の恩人の一人だ。粗雑な対応はできない。

 少し悩んだ結果、「出したばかりで申し訳ないが、安全性について検証が足りないので別の品と交換を……」とタブラが申し出たところ、パルパトラが拝み倒す形で、そのまま入手したのだった。

 この時、パルパトラは「若返れるのなら多少の危険は覚悟の上、人体実験であろうが喜んで引き受ける」とまで言い放ち、感じ入ったタブラによって、『三十歳若返るポーション』服薬後のレポートを定期的に提出することで、『二十歳まで若返るポーション』提供の約束を取り付けている。

 以上の事情により、特にヘマをしなければ二十代への若返りを約束されているパルパトラは、浮かれ気分もあるが、ベテランらしさを損なうことなく請負人(ワーカー)業に勤しんでいるのだった。

 そして、そんな彼の後ろ姿を、請負人(ワーカー)チーム……ヘビーマッシャーとフォーサイトの面々が苦笑しながら見ている。

 

「張り切っている……。いや随分と御機嫌だな、老公は……くくっ」

 

「笑うなよ、グリンガム。二回に分けてとはいえ、八十歳から二十歳まで……六十歳も若返る見込みがあるんだろ? そりゃあ御機嫌よろしいさ」

 

 そう言って肩をすくめるヘッケランだが、その彼とて過日のダンジョンアタックでは、高性能の双剣を入手していた。総オリハルコン製で、ある程度の自己再生能力を持ち、ゴーストなどの非実体モンスターにも攻撃が通る。装備替えする前に使っていた双剣もお気に入りだったが、この剣に対する気に入りぶりは遙か上を行くのだ。それは他のメンバー……イミーナ、ロバーデイク、アルシェも同じだ。それぞれがナザリック地下大墳墓で得た装備によって強化されている。

 フォーサイトは強くなった。これからも強くなることだろう。

 そう確信を持ったヘッケランは、愉快な気分で笑う。

 そして、後ろ手で手を振り、自チームへ戻っていくグリンガムの後ろ姿、それを見やってヘッケランは再度笑った。

 肩で風切る歩き方に、嬉しさが滲み出ているからだ。

 以前と同じ甲冑着用のグリンガム。だが、ナザリック地下大墳墓へのダンジョンアタック後は見た目もさることながら、まず装備の色が違う。

 サーモンピンク主体で、各所に濃い赤の塗装がされた全身鎧。

 やはりナザリック地下大墳墓で入手した物だ。

 ひたすら頑健で、魔法を弾き、増力効果を有する上に自己修復機能も備わっている。

 小柄でガッチリした体格のグリンガムは、以前の甲冑だと、ズッシリとした動きで戦うスタイルだった。しかし、今の甲冑を入手してからは風のように戦闘エリアを駆け回り、これまた新調した斧の威力に物を言わせて、モンスターを屠っている。当人が言うには「俺は赤い流星だ!」だそうだが、得意げに語る姿は、髭面のオッサンであっても実に微笑ましい。

 

「うん?」

 

 歩いて行くグリンガムに、戻って来たパルパトラが合流。そのままグリンガムの向きを変えさせて、ヘッケランの元へ連れ立って歩いてきた。

 

「老公さん、どうかしたんすか?」

 

「いやな……ちいとばかし相談があっての」

 

 若返ったことで発音のハッキリしているパルパトラは、口調は実年齢のままで言い、額を指で掻く。そして、ヘッケランに答えてから一瞬、視線をメコン川達に向けた。

 

「各チームのリーダー同士で相談したいが、ヘッケランの所は……シシマルとバリルベにも入って貰いたいんじゃ」

 

 パルパトラの提案により、各チームのリーダーとメコン川ベルリバーが加わっての相談となる。その、お題は……。

 

「思っていたよりも集落の規模が大きい、これは見てわかるの? しかし、その割りにオーガの数が少ない。マズいと思わんか?」

 

 想定したよりも少ないオーガの数。

 これについては、ヘッケランやグリンガムも気になっていた。

 

「狩りか何かで主だった者が外出……遠出している? と、老公は言いたいのかな?」 

 

「汝もそう思うか、ヘッケラン」

 

 ヘッケランの呟きにグリンガムが反応し、三チームのリーダーは顔を見合わせる。

 彼らは、こう思ったのだ。いずれ戻ってくる遠出組と、集落残留組によって挟み撃ちされるのではないか……と。

 であるならば、予想される事態を漫然と待つわけにはいかない。三人は考えた。

 一、今のうちに数の少ない集落を攻撃してはどうか。

 勝算は高いが、戦っている最中に遠出組のオーガが戻って来たら、挟撃されるのではないか。

 二、このまま様子を見てはどうだろう。

 遠出組と出会す可能性があるし、オーガ達の合流を待つのは愚策。

 三、そもそも想定より集落規模が大きいのだから、諦めて帰るのも一つの手。

 これこそ愚策、仮にオーガが遠出していなくとも、無理をすれば勝てる見込みはある。何もしないで帰ったのでは依頼失敗。各チームの評判が大きく低下する。

 このように案を三つ考えたが、どれを選ぶかとなると一番目だろう。

 

「となると、どれだけ早く集落を落とせるかが重要よな。賭けの要素があるので儂ぁ好かんが……今回、フォーサイトに『強者』がおるのでな……」

 

 そう言ってパルパトラがメコン川達を見ると、ヘッケランとグリンガムも二人を見た。

 三人からの視線を受け、メコン川達は「ああ、なるほど」と理解する。

 

「俺達の力を当てにしたいわけだ?」

 

 メコン川が言ったように、パルパトラ達は当てにしていた。メコン川達……ナザリックの強者としての戦闘力を。

 

「あんたらも、その……ブジンタケミカヅチさんや、アインズ・ウール・ゴウンさんみたいに……ええと、凄いんだろ?」

 

 凄いというのは、単に強さだけを指して言っているのではない。ナザリック地下大墳墓でのダンジョンアタックで見た、死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)。そういった者達の一員であるからには、メコン川達も似た存在ではないのか。そうパルパトラ達は考えていたのである。

 これに対し、メコン川とベルリバーは顔を見合わせ、二人揃ってヘッケランに向けて頷いた。

 

「そうだよ。なあ、バリルベさん?」

 

「まあ、そうだな。シシマルさん」

 

「そ、そうか……」

 

 あっさりと肯定したことで、ヘッケランの笑顔が強張る。

 嫌悪感ではない。あのダンジョンアタックの折に体験した『強者』の凄み、そして強さ。それをメコン川達が有していることを確認し、気圧されたのである。

 

(やっぱりそうだったのか! てことは、かぜっちやペロンも? ニシキだって……)

 

 モモンガと戦って手も足も出なかっただけに、同程度と目される強者と行動を共にしていたのかと思えば、冷や汗を禁じ得ない。まさに、背中に氷柱を差し込まれた気分というやつだ。

 

「あ~……おほん」

 

 ヘッケランの引きつり顔を見たベルリバーが咳払いする。

 

「何やら誤解しているようだが……。ナザリック地下大墳墓に居る仲間や俺達は、人間種だぞ?」

 

「なにっ!? そうなのかぁ!?」 

 

 ヘッケランが声をあげ、パルパトラとグリンガムは顔全体で驚きを表現した。

 が、これは嘘なのだ。

 モモンガ達……ナザリック勢は、聖王国からの亜人討伐依頼で戦うにあたって、大っぴらに異形種化するため『異形種の力を宿して変身する』という言い訳……もとい理由をでっちあげていた。そして、人化状態から異形種へと変身する様は、カルカやレメディオス達に見せて受け入れられている。この実例をもって、人前で異形種化する際の理由ないし言い訳とすることが、ギルメン会議で決定されていたのだ。

 

「とまあ、そんなわけで……一緒に行動している以上、俺達を当てにするのは好きにしてくれていい」

 

 設定好きのタブラによってブラッシュアップされた『説明』を語り、ベルリバーが話を締めくくる。これがメコン川であれば、口の端を持ち上げてニヤッと笑ったのだろうが、ベルリバーはムスッとした表情を崩さなかった。不機嫌なのではない。これが普段の顔つきなのだ。

 さて、こうした説明を受けた以上、ヘッケラン達が気にするのは、メコン川達がどういった姿に変貌するか……である。強さ云々は、ナザリック勢の一員であることから確認せずともわかっている。とにもかくにも『変身後の姿』が気になるのだ。

 

「今、ここで変身してみせろって?」

 

 メコン川が親指で自分の顔を指し示すと、ヘッケラン達は一様に頷く。

 対するメコン川達は顔を見合わせたが、メコン川がニヤリと笑い、ベルリバーが無言で頷いた。

 二人で異形種化を実演するのだ。

 だが、その前に各チームのメンバーを集めて、事前説明を行う。リーダーだけに異形種化した姿を見せて、話を聞いただけの他メンバーが後で驚く。そんな面倒なことは御免被りたい。

 呼び集められたメンバーらは、各リーダーから説明を受けて困惑していたが、その様子を見たメコン川は苦笑している。

 

(今まさに遠出組のオーガ達が戻ってきて、集落のオーガとで挟み撃ちされるかもってのに、悠長なことやってるな。もっとも、挟み撃ちされても問題ないわけだが……)

 

 周囲に影の悪魔(シャドウ・デーモン)が居るとか、ベルリバーがエルフ娘達を連れているとか、そういったことではない。メコン川かベルリバー。どちらか一人居るだけでも、この規模のオーガ集落を容易く殲滅できる。だから、悠長に『変身姿』のお披露目会をしていても問題ないのだ。

 

(ヘッケラン達の変身……異形種化要望も、その辺を見込んでるのかも? いや、穿ちすぎかな?)

 

 ヘッケラン達が一通りの説明を終えると、集まった三つの請負人(ワーカー)チーム、そのメンバーらの視線はメコン川達に集まる。

 

「あ~……ヘッケランから説明があったとおり、俺達が本気で戦うときは異形種に変身する」

 

 メコン川は言った。本番でいきなり見て驚かないよう、今ここで変身してみせると。

 メコン川はアルシェと目が合ったが、アルシェの不安げな表情は、目が合うなりキリッと締まったものになり、小さく頷いてきた。

 

(おほっ! いいね! おじさん、やる気が出ちゃう!)

 

「いくぜ! バリル……ベルリバーさん!」

 

「……承知した。メコン川さん!」

 

 偽名でなく本名で呼びかけたメコン川に、ベルリバーもメコン川の本名で応じてくる。

 メコン川は抜刀すると、胸前で水平にし、次いで顔前にて刀を垂直に立てた。そして切っ先側の峰に掌をあてがうと、擦りつけるように鍔元へ滑らせる。

 異形種化時に必要な動作ではない。これは、アバター作成時に参考にした特撮時代劇……それで見た変身ポーズなのだ。

 

「獣王獅子変化!」

 

 なお、掛け声はタブラと一緒に考えたオリジナルである。

 そうして叫んだ次の瞬間、そこには赤いスーツに黒の胴鎧。黒手袋と黒ブーツ。背で飜るは金裏地の黒マント。それらを着用した……白獅子の獣人が立っていた。

 おおっ……と請負人(ワーカー)達から声があがり、それを聞いたベルリバーが、後ろ手に手を組み、うつむき気味で鼻を鳴らす。

 

「……転身……」

 

 ボソリと呟くや、貴族剣士のような姿が一転、多口四腕の異形に変貌した。

 人型に寄り集まったブドウの粒、その一つ一つに口がある異形ぶりは、まだしも人間種に近い獣人メコン川よりもおぞましい。請負人(ワーカー)達のウケもメコン川の時よりは良くない様子で、「おおっ」だった反応が、ベルリバーの時には「うわぁ」となっていた。

 

「……まあ、そういう反応を期待して種族選択したんだがな」

 

 そう呟くベルリバーの声は平坦だ。表情が解らないので、憮然としているのか苦笑しているのか判別がつかない。しかし、メコン川に近い右側の下腕が一瞬サムズアップしたので、メコン川にはベルリバーの考えていることが理解できた。

 

(ユグドラシルの時と同じか。すまんね、ベルリバーさん……)

 

 ユグドラシル時代、二人はコンビで行動することがあったが、当時は人化などせず異形種姿のままである。ギルド外のプレイヤーと話す際は、まずベルリバーの見た目の異様さが目立ち、メコン川は不必要に警戒されたりすることがなかった。

 メコン川の影が薄くなったと言えばそうかもしれないが、ベルリバーが悪目立ちすることで気が楽だったと言える。また、ベルリバーも、そのことは認識していたので「俺ばかり目立ってすみませんね?」「いやいや、その分、俺の格好良さが際立ちますので」といった会話をメコン川と交わし、二人で笑い合っていたものだ。

 今、請負人(ワーカー)達の前で異形種化した際の観衆反応は、まさにユグドラシル時代を彷彿とさせる。

 

「シシマル?」

 

 いつの間にか進み出ていたアルシェが、杖を抱きしめるようにしてメコン川を見上げ、呼びかけた。怯えの色は見えないものの、戸惑っている様子ではある。メコン川は、白獅子顔でニカッと笑ってみせた。

 

「俺だとも。どうだい? この獣面(けものづら)も、なかなかイカすだろう?」

 

「うん、格好良い……」

 

 そう言うアルシェは、言い終わってからモジモジし出す。

 小便か……などと、デリカシーの無いことを言い出さないか、ベルリバーがハラハラ見守る中、メコン川は獅子顔の鼻を人差し指で擦った。

 

「この姿が格好いいのは自負するところだが、アルシェに言われると照れるな……」

 

「むう……その返しは、私の羞恥心に効くから反則……」

 

 お互い照れ合ってるので、傍目にはイチャイチャしているようにしか見えない。白獅子頭の獣人と、人間種の少女の組み合わせなのに……だ。

 数メートルほど離れて見ていた請負人(ワーカー)の中、フォーサイトの面々がススッと横移動して距離を詰め合う。

 ヘッケランを真ん中に置き、右側にロバーデイク、左側にイミーナの配置だ。

 

(「なぁ? アルシェってやっぱり、シシマルとイイ感じだよな? な?」)

 

(「見たとおりでしょ、ヘッケラン? でも、あの変身した姿を見て、あの顔ができるとか……アルシェもやるわね……」)

 

(「しかし、『変身した姿』ですか……。二人とも、あのシシマルさんとバリルベさん……さっきの会話からすると、本名はメコンガワさんとベルリバーさんのようですが。あの姿、本当に『変身した姿』なんですかね?」)

 

 ロバーデイクの問いかけに、ヘッケランとイミーナが顔を見合わせた。

 ロバーデイクは、こう言いたいのだ。

 『変身した姿』なのではなく『元に戻った姿』ではないのか……と。

 言われてみれば、そういう考え方や見方もある。

 ヘッケランとイミーナは右側のロバーデイクを見返し、ロバーデイクも二人を見続けた。

 もし、ロバーデイクの推察が正しいのであれば、メコン川達は自分達に対して嘘をついていることとなる。

 数秒ほど見つめ合い……。

 

「へっ……」

 

 ヘッケランが鼻で笑った。

 

(「別にイイじゃねぇか、偽名なんて請負人(ワーカー)じゃ珍しくもなんともないだろ? あの獣頭が本当の姿だとしても、一緒に仕事してたら人柄はわかるからな」)

 

 そうヘッケランが持論を述べるとロバーデイク達は納得いったように頷いたが、無論、ヘッケランは人柄だけでメコン川達を判断したわけではない。二人の仲間である、ナザリック勢の存在を考えた上でのことなのだ。

 

(仲間が世話になったってだけで、総オリハルコン製で魔法付与までした剣をくれるとか……)

 

 腰に吊った双剣に目をやる。

 ナザリック地下大墳墓でのダンジョンアタックの際、お土産として貰った物だが、入手してから今日まで何度も助けられた。破格の性能と言って良いだろう。

 ナザリックの者達の強さは身をもって知ったが、その上でこのような剣をポンとくれるのだ。たとえ偽名を使っていたとしても、たとえ人間種でない姿が本性だとしても、それだけで忌避するのは躊躇われる。それに、せっかくナザリック側の心証が良いのだから、これからも良い関係を続けられれば……。

 

(「俺たち、勝ち組って奴になれるのかもな……」)

 

(「え、なに? 今なんて言ったの?」)

 

 イミーナが聞き返してくるが、それを「なんでもねぇよ」と言って誤魔化したヘッケランは、離れたところで何やら話し合うメコン川とアルシェを見て、その目を細めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ヘッケラン達の囁き声は、当然ながらメコン川に聞き取れている。

 人化状態ですら聴覚は強化されており、異形種状態だと更に聴力アップするからだ。

 

(なんだ、上手く誤魔化せたと思ったら、ヘッケラン達の方で合わせてくれてる感じか……。せっかく、それっぽく『獣王獅子変化』とかキメ台詞を考えてきたのにな~)

 

 ギルメンで……主にタブラが……知恵を絞って考えた『設定』が無駄になったというわけだ。いや、相手側で合わせる土台になっているので、全部が無駄というわけではない。

 何より、今のメコン川にとっては目の前のアルシェがどう思っているかが重要だ。

 怖がられていないようだが、アルシェもメコン川の正体に気がついているのだろうか。

 

(気づかれてると思った方がいいな……)

 

 観察するように視線を向けていると、俯いてモジモジしていたアルシェが顔を上げる。このことで二人は目が合ったが、見下ろすメコン川に対し、アルシェは不思議そうな顔をした後……微笑んだ。どちらかと言えば『ニンマリ笑顔』寄りと言える。

 そのアルシェが、人差し指を下向きにクイクイと曲げるので、メコン川は白獅子顔を彼女に寄せた。

 

(「どうかしたか?」)

 

 なにか内緒話でもしたいのか。そんな思いでメコン川は問いかけたが、耳の位置が高いと頭を傾けさせられている。そんなメコン川の下げられた耳に向け、アルシェが口元を両手で覆いながら背伸びをした。

 

(「私……諸々、気にならないから……」)

 

(「……それは、まあ……嬉しいお知らせで……」)

 

 年下の少女に気を遣われているので情けない思いはあったが、嬉しいのも事実。今度、メシでも奢ろうと考えながら、顔を寄せている良い機会なのでアルシェに聞いてみた。それは彼にとって、最も重要な質問だ……。

 

(「俺の何が良かったんだ?」)

 

(「それを手短に説明するのは、私にとって難易度が高い……。でも、強いて言うのであれば……」)

 

 まずは、初めて会ってからの戦いぶりだろう。魔法を使う剣士としてなら、メコン川とバリルベは同程度にアルシェの目を惹いていた。そして、異性として意識するようになったのは、依頼中の戦闘で助けて貰ったのが切っ掛けである。本来、チームを組んでいない請負人(ワーカー)同士が躰を張ってかばうなんて滅多にない。物好きな男だ……と認識してから、アルシェの心は緩やかな恋の坂を、ゆっくり降下していった。トドメになったのは、メコン川がナザリック地下大墳墓の関係者であり、その正体に勘づいたことだろうか。

 メコン川が、モモンガ……フォーサイトと対戦した『アインズ・ウール・ゴウン』と同程度強いとしたら、それはもう英雄を超えた神の如き存在だ。その彼に対して覚えた『憧憬』が、アルシェの心をメコン川に釘付けにしたのである。

 

(「あと、一番大事なこと……シシマルの優しい雰囲気が好きだから……」)

 

(「そ、そうか随分と語ってくれたな……。嬉しい感じの情報量が多すぎて……。何と言って良いやら……」)

 

 白獅子の照れ顔とは、どういったものか。

 メコン川は想像もつかない。刀を抜いて鏡代わりにする手もあるが、そこまでして今確認するものではないだろう。

 

(って、何考えてるんだか……)

 

 メコン川は何となく手を伸ばすと、アルシェの頭に触れて撫でた。

 撫でられた側のアルシェは一瞬驚き、子供扱いされたようで気に入らなかったのか少し唸ったが、すぐに心地よさそうに目を閉じて笑う。満面の笑みだ。

 その笑顔が、異形種化して人から離れたメコン川の心にジワリと染みこんでくる。

 

(ペロロンさんを笑えないけど、まあ……いいか……)

 

 普段からエロエロ言ってなければ、ああはなるまい。

 メコン川は暫し、アルシェの頭を撫で続けるのだった。

 そういった二人をすぐ隣りで見ていたベルリバーは、一息吐くと人化する。着飾った服に、胸甲主体の防具とサーベル。後ろ手に腕を組む彼は、「お熱くて羨ましい限りだ」と呟いた。が、すぐ後ろからの視線に気がつき、左肩越しに振り返ってみる。

 そこではエルフ娘らが三人、グッと握りしめた拳を胸元に上げ、ベルリバーの背へ向けて距離を詰めていた。

 

「ベルリバー様!」

 

 青髪のデルフィーヌが真剣な表情で宣言する。

 

「私達、皆、ベルリバー様をお慕いしていますので!」

 

 金髪のフェリシタスと茶髪のスカーレットが、まったく同意見とばかりに頷いた。その様を見たベルリバーは呆気に取られたが、すぐに表情をムスッとしたものにして正面へ向き直る。

 

「嬉しい……と言っておこう」

 

 ぶっきらぼうな口調だ。しかし、その耳は赤い。

 背後からキャーッと黄色い声が挙がると、ベルリバーは頬の火照りを感じて口をへの字に曲げた。

 

「いい歳してモテ期か? 悪くはないが……」

 

 ウルベルトさんが聞いたら嫌な顔をしそうだ……と思ったが、あっちはあっちで聖王国のケラルト・カストディオと良い雰囲気なので、そう文句は言われないだろう。それに気がついたベルリバーは、一瞬だけ素の笑みを浮かべるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層……モモンガの私室。

 執務机前の応接セットで、モモンガとアルベドが座っている。膝高のテーブルには、紅茶が用意されていた。

 

「つまり、モモンガ様は女性の体で女性を抱くに当たり……お悩みであると?」

 

 二人きりの時には、『アインズ』ではなく『モモンガ』と呼んで良い。そう言ってあるので、アルベドはモモンガ呼びで会話している。

 

「平たく言えば……そうだ」

 

 表情のない異形種体で相談するのは失礼かと思ったモモンガは、人化して女性となった顔で頷いた。そして内容が内容なだけに、その頬は赤い。

 対するアルベドは「恥ずかしがるモモンガ様。そそるわぁ……」などと考えていたが、精神の停滞化によって、すぐに冷静さを取り戻している。思考対象たるモモンガが女性になったとしても、モモンガによる設定改変の効果に変わりはないようだ。ただ、タブラの見立てによると、この転移後世界に来てから順応することで、アルベドの『元からの性根』と『設定改変による効果』が混ざりつつあるらしい。いずれは、転移前のアルベドと転移後のアルベド、双方の中間くらいの人格に統合されるとタブラはアルベドに語っていた。

 自身の人格が変貌する。

 通常であれば恐怖すべき事態であるが、アルベドは嬉々として受け入れている。

 何故なら、それはモモンガの望みによって生じたものだからだ。

 たとえどのような人格となっても、モモンガを愛する気持ちが揺らぐことはない。そう確信を持つアルベドは、澄まし顔から花咲くような笑顔になってモモンガを見た。

 

「お気にすることなく、これと思った相手を抱けば良いと思います」

 

「そ、そうか……」

 

 戸惑うモモンガに対し、アルベドは持論を展開する。

 ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の御方は、すべての頂点に立つ存在だ。だから、ナザリックに所属する女性は、すべて至高の御方の所有物であるし、ナザリック外……転移後世界の女性もすべて同じと思って良い。

 いわゆる『ナザリックの(しもべ)思考』全開の論調だが、大方そういった事を言われるだろうと思っていたモモンガは、少し肩を落としながら呆れ顔になった。

 

「うん、まあ、そう言うだろうな」

 

 納得はしたが、モモンガは少し不満を感じている。アルベドは「自分以外の女であろうと、好きに抱いて良い」と言ったも同然で、モモンガが他の女性と関係を持とうが気にしないということだからだ。

 そのことは、支配者として好都合だが、一男性として一押しの女性から言われるのは面白く感じられなかった。

 故に、モモンガの口から次のような言葉が出る。

 

「でも……本当にいいのか? 個人的に思うところがあるのなら、好きに言ってくれていいんだぞ?」

 

 モモンガは知りたかった。ナザリックの(しもべ)としてではなく、一人の女性としてアルベドがどう思っているのかを。そして、言って欲しかった。正直を言えば、自分は嫌だ……と。

 

(どうせ、良いも悪いもない。俺の命じるままで……とか言うんだろうな)

 

 半ば諦めがちのモモンガであったが、アルベドの返答を聞いて伏し目がちだった顔を上げることとなる。

 

「お許しを得て本心を述べますと……良い気はしませんね」

 




 今回、おおむね1万4千文字となります。
 メコ&ベル、主にメコン川さんのパートに力が入りまして……。

 メコン川さんは、わきまえた人物……という設定にしてますので、アルシェとベッドインするのは数年後となるでしょう。ベルリバーさんとエルフ娘らは数日内ですかね。
 オーガー集落の話は今回で終わりにするか考え中。

 ネイアに関しては、原作のアレな弓じゃなくて、オリジナルの弓を渡しています。
 今回で掲示板リクは、残すところ『モモンガとルプー』の二人で過ごすシーンのみとなりました。
 各リクエスト者様には、御満足いただけると嬉しい限り。

 先のギルメン会議後、1日も経過してない有様ですが。
 可能な限り、ギルメン関係のエピソードを詰めこむ所存です。

 他作家さんのところで読んだ、ギルメン同士の模擬戦とかも、やってみたいですね。


<誤字報告>

D.D.D.さん、tino_ueさん

毎度ありがとうございます。


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第112話

「お許しを得て本心を述べますと……良い気はしませんね」

 

 湯気立つティーカップを皿へ戻しながら、アルベドが言う。

 今、彼女は言ったのだ。

 ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の御方……その代表たるモモンガは「好きなように女性を抱いて許される」と言ったその口で、本心は良い気分ではないと。

 すべてにおいて『至高の御方』を優先するナザリックの(しもべ)が、そういった物言いをすることの異常さ。それを、モモンガは身にしみて理解できていた。

 

(俺達に対して粗相をしたら、すぐ死ぬって言ったり! 下等な人間共は至高の御方に対して頭を垂れるべきとか! そんな感じが基本なのに!)

 

 すぐ死ぬ発言は、ここ最近は聞かなくなっているが、それでも至高の御方に対する忠誠心は絶大だ。にもかかわらず、アルベドは「さっきはああ言ったけど、実際は嫌」と言ってのけたのである。 

 

(た、タブラさん! アルベドが、アルベドがーっ!!!)

 

 混乱の極みに達したモモンガは……ソファに座ったまま異形種化した。

 瞬時に精神の安定化が発動し、モモンガは落ち着いた気分となる。背もたれに体重を掛けて天井を見た後、そのまま視線を下げ、人化してからアルベドを見た。

 

「いや、失礼したな。少し気分を落ち着けたくなったのだ」

 

 魔王ロールの口調で言うも、今は女性化しているので女声。表情とて真面目顔だが、顔立ちが美人なので……今ひとつ迫力に欠ける。

 

(わかってはいるんだ。女の躰になってから、鏡の前で表情作りの練習をしたからな! ……威圧感が必要な表情が上手く出ないんだよ~……)

 

 頬を膨らませてむくれている……そんな自分の顔を確認し、モモンガは脱力したものだ。こいつ殺してやる……ぐらいの殺気を込めると迫力は出るが、それは今のアルベドに見せて良い顔ではないだろう。

 

「失礼など一切ありません。どうぞ、モモンガ様のお心のままに……」

 

 そう言って微笑むアルベドは、本当に美しい。

 アルベドの製作にあたって、タブラはモモンガの好みを調査したそうだが、何から何までモモンガのストライクゾーンにはまっている。種族としての分類上、アルベドはサキュバスであり、もう少しガツガツ攻めてくるかとモモンガは思っていたが、今のところ、彼女は清楚な大人の女性として見えていた。

 

(俺の設定改変が効いてるのかな?)

 

 自らしでかしたことなので、設定改変のことは常々気になっている。

 しかし、異世界転移してから今日まで、アルベドは設定改変のことでモモンガを責めたことはなかった。むしろ喜んでいるぐらいだ。

 かつてはゲーム設定上、モモンガの補佐で(玉座の隣で立たせていただけだが)、今では愛すべき交際女性。そのアルベドに尽くさせ慕わせ、モモンガからは指一本触れない現状は、果たして彼女の気持ちに報いているのか。

 モモンガは考えた。苦悩もした。

 そしてギャグ漫画的表現で言えば、目が渦巻き状になるところまで頭が熱くなったところで、何とか言葉を絞り出す。

 

「だ、抱くとしたら、最初は……アルベドにお願いしたいものだ。……今すぐの話ではないがな!」

 

 アルベドの眼光に獣気が宿るのを見たモモンガは、慌てて付け足した。女性化して声が高くなっているため、ほとんど悲鳴である。アルベドの方でも精神の停滞化が発生し、落ち着きを取り戻している。

 そして二人、同じタイミングで紅茶を飲み干してから、モモンガが口を開いた。

 

「なんか、とんでもないことを言ってしまって、すまないな。いや、交際している間柄ではあるんだが、こういったことを頼むのは何と言うか……その、嫌じゃないか? しかも、今は同性同士だろう?」

 

 ブツブツ呟くように言うモモンガは、顔を伏せがちだが、その目は上目遣い。

 ペロロンチーノが同席していたなら「(にょ)モンガさんの萌え死眼力、マジぱねぇ!」と叫んだであろう視線は、アルベドの胸を正面から撃ち抜いた。

 

「ぐふぅ!?」

 

 ティーカップを置いた後で良かった……と、アルベドは胸を押さえながら思う。

 持っていたら取り落としていたところだ。

 アルベドは「どうした! アルベド!?」と狼狽えるモモンガに対し、大丈夫ですと答えてから、気を落ち着かせるための時間を貰う。

 

(モモンガ様、なんて愛らしいの!? 男性だったときとは、また違った魅力! これがタブラ様が仰ってたギャップ萌え!?)

 

 正確には、女性化して違った魅力が見えている……新鮮さだろう。他の要素があるかもしれないが、今のアルベドにはわからない。

 ギルメンを敬愛するナザリックの(しもべ)はもちろん、元よりモモンガを知り、親しみを感じているギルメンまでもが女モモンガに『魅力増し増し感』を覚えるのは、そういった新鮮さが理由なのだ……とアルベドは考えていた。

 

(くふう、この股間を潤す感覚! 女性に魅力を感じるって、こういうことなのね! シャルティアの性癖が理解できちゃって困るわぁ……。ふう……)

 

 精神の停滞化が発生する。

 異世界転移した直後は、モモンガのことで気が高ぶると即座に発生していたものだ。しかし、最近ではタブラが言うところの『設定改変のなじみ』が進んでいるのか、停滞化するタイミングが遅い時がある。

 このまま、自分はどうなるのか……そう思ったこともあったが、その辺は創造主たるタブラが相談に乗ってくれた。

 

「そうだね~……最終的に自制心の強い女性になるのかな? サキュバスとしての行動理念が変質することはないだろうけど、要所要所でグッと堪えられる感じさ。そうなると、奥ゆかしさも増して……モモンガさんの好みにまた一歩踏み込むだろうね! 頑張れ!」

 

 そう言ってサムズアップするタブラ(異形種状態)の姿を思い出し、アルベドは鼻血を噴出しそうになる。

 

(モモンガ様の好みに一歩前進! ふう……素晴らしいわ……)

 

 欲情を噛み殺しつつ鼻血を堪え……外見は清楚なままのアルベドは、穏やかな笑みと共にモモンガを見返す。

 

「他の女性相手だと正直趣味ではありません。ですが、今回は別腹……ふう……いえ、別です。モモンガ様が(わたくし)をお求めになるのであれば、歓喜と共に我が身を捧げます。今す……ぐにでも(わたくし)の準備はできていますので」

 

 言っている最中に、二回ほど精神が停滞化したらしい。

 今の停滞化は間隔が短かったが、どうやら先の停滞化から時間がたっていないと停滞化しやすくなるようだ。

 最終的に落ち着いた物言いで締めくくられたが、モモンガはというと、少しばかり怖じ気づいてしまった。

 

(設定替えしたアルベドでも、ここまで取って食われる感があるとは……)

 

 もしも、モモンガがアルベドの設定替えをした時、『モモンガを愛している。』と最後まで入力しきっていたら……。

 この場でのモモンガは、どうなっていただろうか。

 NPCのアルベドは、創造主……制作者のタブラによって、元からモモンガを愛していると設定されていた。そこへ、更に愛していると加えるのだから、モモンガに対する愛情強化は二倍では済まないかもしれない。

 そう考察したのはヘロヘロだったが、愛情が二倍以上のサキュバスに襲われていたら、モモンガは補食されるがごとく陵辱されていたことだろう。平たく言って強姦である。

 ブルッと背筋を震わせたモモンガは、少し尿意を感じたこともあって席を立った。

 

「参考になった。私の方では気持ち的に準備が必要なのでな。その時が来たら、アルベドに協力して貰うこともあるだろう。その時は……よろしく頼む」

 

 魔王ロールを心がけるのだが、直前までの会話内容を意識して頬が熱くなった。当然ながら、一緒に席を立つアルベドは気がついているだろう。一瞬目の色が変わったものの、奥歯を噛んでモモンガに微笑む。

 

「はい。(わたくし)、その時を心待ちにしていますね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 歩いて通路に出たモモンガは、扉脇で待っていたシクススと共に女子トイレへと向かった。

 そして用を足すと、すでにアルベドが退室している自室へ戻って執務机に移動する。

 椅子の背もたれに体重をかけ、ホッと一息ついたたモモンガは……部屋の隅、モモンガが用意した丸椅子で腰掛けるシクススを一瞥した。

 

(俺のトイレ介助当番だけど、ずっと部屋の前で立たせておくとか無理! 女の子に「俺の尿意が高まるまで立って待っとけ」とか、そんなの言えるわけないだろ!)

 

 かくしてシクススは、モモンガの自室内にて待機することとなったわけだ。最初は部屋の隅で立っていると主張したが、それでは部屋に入れた意味がないし、モモンガの精神衛生上良くない。なので、命令により丸椅子で座らせているのである。

 

(今も真剣な顔で俺のこと見てるし!) 

 

 モモンガは頬を染め、苦虫を噛みつぶす表情でシクススから目を逸らした。

 

(こうなったら、早いとこ女の身体に慣れて、誰の手も借りずにおトイレできるようにならなくちゃ! ……って、女の身体に慣れてちゃ駄目だろ! 元に戻るんだよ! 男の身体に!)

 

 内心の独白に声なくツッコミ。

 執務机をドンと叩きたいが、それをやるとシクススが怯えてしまうので、ストレスの発散もままならない。

 モモンガは異形種化して死の支配者(オーバーロード)になった。

 

「……ふう。落ち着いたか……。このアンデッド特性……精神の安定化は素晴らしいな」

 

 動揺しても異形種化をすれば落ち着くことができる。

 先程のアルベドとの対談時にも役立ったし、まことに便利だ。

 難点を言えば、喜びの感情なども抑制されることだろう。

 実際、ギルメンとの合流確定の報告を受けた際、死の支配者(オーバーロード)の姿で居たことから歓喜が抑制されることもあった。

 その時は腹が立ったものだが、それ以外、これまで特に問題はなかった……とモモンガは思う。

 

(改めて思うに、精神の安定化は本当にメリットが大きい。いや、ギルメンが大勢一緒に居てくれるから精神的に助かってるのは、もっと大きいし、理解もしてるけどさ。だが、もしも、俺一人で異世界転移していたとして……特に不安なく過ごせていたかもしれないな!)

 

 ギルメンが居ない状況は想像するだけで胃が痛くなる。血を吐きそうだ。しかし、この精神の安定化があれば、少なくとも自分は不安でおかしくなることもなく、せめて精神ぐらいは人のままで居られるのではないか。

 

(今と同じで、ナザリック地下大墳墓が一緒に転移してるとしたら。まあ、NPC達も一緒だよな? 忠誠心が凄すぎるのはアレだけど、いたらない俺のことをフォローしてくれるだろうし……こりゃもう大丈夫ってことだよ!)

 

 と、このようなことを考え、モモンガは気を紛らわせている。モモンガ自身、難点を無視した脳天気な発想だ……という自覚はあった。しかし、気晴らしで都合の良いことを考えているだけなのであり、当人としてはこれで良いのだ。

 ……『だが、もしも』……別の世界線で、ギルメンとしては一人きり、ナザリック地下大墳墓と共に異世界転移をしたモモンガが居たとして……。その『彼』が、今の脳天気な考えを聞いたとしたら、どんな顔をするだろうか。

 今のところ、おおむね満たされているモモンガには想像もつかない。

 だから、それ以上深く考えることをせずに席を立った。

 

(アルベドは待ってくれると言っていた。俺は……もう少し気持ちの整理をするか……)

 

 人化して女性体となり、おトイレ番のシクススを伴って通路を行く。モモンガは特に行き先を決めて歩いていたわけではないが、ふとギルメンの誰かに会いたくなった。

 今居るメンバーは、ナザリック地下大墳墓の行動表……ギルメンの在席や外出、外出しているなら行き先が一目で把握できる掲示板。円卓に設置されている……で把握できている。

 

(建御雷さんは武器作成、ブルー・プラネットさんはカルネ村で農作業中、メコン川さんとベルリバーさんは請負人(ワーカー)と冒険中だったかな。……たっちさんとウルベルトさんは外出してないはずだから……)

 

 モモンガは、ウルベルトに向けて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 二人並べてウルベルトを選択したのは、たっちは家庭事情の問題で精神が不安定になることがあるからだ。それを理由に、たっちとの面会を嫌がるモモンガではないが、この時は、そっと見守りたい気持ちがあった。

 

「<伝言(メッセージ)>。……あ、ウルベルトさん? 俺です、モモンガです。今、大丈夫ですか? いえ、ちょっと暇してたもので、誰かの所に遊びに行こうかと……え? ショットバーに居る? じゃあ、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)……じゃなかった、シクススを連れていますから<転移門(ゲート)>で行きますね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いや~、モモンガさん。シクススは勿論だけど、女っ気が増えて良いことですよ。はははは……」

 

 黒いシルクハットを被った二足歩行の山羊が、乾いた笑いでモモンガを出迎えた。

 ウルベルト・アレイン・オードルが居るのは、ショットバーのカウンター席。座席を回し、<転移門(ゲート)>で出現したモモンガを見ている。それほど酔っているようには見えないが、雰囲気がおかしいのは……隣に白銀の騎士、たっち・みーが居るからだろう。

 二人の不仲は周知のとおりなので、並んで座っているのを見れば、「ああ、面倒くさいところに出会した」とギルメンなら誰もが思う。

 モモンガはヒクリと引きつった笑みを浮かべると、静々と進んでウルベルトの隣、たっち・みーとは反対側に腰を下ろした。その際、最強装備では肩アーマーが邪魔なので、簡易的な漆黒のローブに(アイテムボックスを活用した瞬時の装備替えで)着替えている。

 ビクビクしているマスターのクラヴゥを一瞥し、モモンガは「まずは水」とだけ言って、ウルベルト側に肩を寄せた。

 

(「何なんですか、この状況。たっちさんが居るのは聞いてなかったですけど、居るのは良いんですよ。ただ、何故たっちさんは、ああなってるんです?」)

 

(「私だって解りませんよ。後から入って来て、わざわざ隣で飲んでたんですけど……最初は特撮話をしていたのが……」)

 

 途中から家庭事情の話になり、こりゃヤバいと思ったウルベルトが席を立とうとすると、肩を掴んで立たせてくれないらしい。

 

「なんで俺が、こいつのこういうのに付き合わないといけないんだか……」

 

 ウルベルトは山羊顔を左右に振りながら溜息をつく。

 

(こんな情けない顔をしたウルベルトさん、滅多に見ないよな~……)

 

「そう言えば、お二人のNPC……デミウルゴスとセバスはどうしたんです?」

 

 ウルベルトが言うには、デミウルゴスに関しては通常業務に戻しているとのこと。元より一人で飲みたい気分だったので、同行させなかったのだ。セバスの場合は、たっちがショットバーへ入った時点では彼に同行していたが、たっちの様子がおかしくなったので通常業務に戻したらしい。

 そこまで説明したウルベルトは、右側で飲んだくれているたっちをチラ見してから、モモンガに囁きかけた。

 

(「一応、たっちの許可を貰って俺が命じたんですけどね。いや、だって、創造主がアレな感じになって、セバスのオロオロした様子ったらなかったですよ……」)

 

(「たっちさんを悲痛な顔で見ているセバスの様子、容易に想像ができますね……」)

 

 どうやら、「たっちの面倒は見ておくから、お前は仕事がてらツアレって奴の様子でも見てこい」と言いつけたそうだが、モモンガはナイス判断だと思う。若い娘さんと話でもして、気を落ち着かせるのが良いのだ。

 そうなると、次はたっちの気を落ち着かせなければならないのだが……。

 (しもべ)の前で内輪話をするのもどうかと思う。

 

「今更かもしれんが、クラヴゥは席を外してくれ。たっちさんを宥めるのでな……」

 

 モモンガが言うとクラヴゥは頷いたが、席を外す前にウルベルトから「あ、酒瓶を幾つか置いて行ってくれます? お薦めのでね?」と要望されたので、酒瓶を十数本、そしてモモンガのグラスを出して奥へと姿を消した。

 更に、シクススにも通路での待機を命じると、ショットバーにはモモンガ達三人だけとなる……。

 

「さて、どうします? モモンガさん?」

 

「どうしますって言っても、ウルベルトさん……どうしましょう?」

 

 モモンガとウルベルトが顔を見合わせていると、たっちが「んあ?」と声を出した。ブツブツ呟きながらの飲酒だったが、ここでようやく、モモンガが居ることに気がついたらしい。剥き出しの虫顔をゆっくりと左に回し……最初に目が合ったウルベルトは無視(ウルベルトのこめかみに血管が浮くが、これも無視)して、前のめりにウルベルトの向こうに居るモモンガを覗き込んだ。

 一方、表情が解らない虫顔なのに目が据わっているように感じたモモンガは、数センチほど、たっちとは反対側に上体を反らしている。かなり酔いが回っているたっちに、どんな絡まれ方をするのか。

 

(うう……。しっかりしろ! 俺はギルド長だぞー!)

 

 内心で自らを叱咤するモモンガ。しかし、引きつった顔で見ていると、たっちが振りまく負のオーラが霧散していく。プシューというガス抜けの音が聞こえるようだ。

 たっちは、スッと背筋を伸ばすとカウンター上に置いたヘルムを取って装着。咳払いをしてからモモンガに語りかけた。

 

「え、ええと、これはモモンガ……さん!? は、はは、いやあ、お酒ですか? ちょうど良いことに、そこに沢山のボトルが……ええと、え……ええ?」

 

「ちょっと待てーっ!!」

 

 震える声で話すたっちを、目を剥いたウルベルトが遮る。

 

「何ですかウルベルトさん、突然大声を出して……。頭が痛くなるじゃないですか」

 

 少し飲み過ぎましたかね~。妙なモノが見えちゃって……と首を振るたっちを見て、ウルベルトは更に頭に血が上ったようだ。

 

「何ですかじゃねーよ!」

 

 呆気に取られているモモンガを放置したまま、ウルベルトが席を立ってたっちを指差す。

 ついさっきまで、壊れた家庭事情について愚痴を言いながら、酒に溺れていたではないか。それが、モモンガを見るなり落ち着くとは……。

 

「俺が、もう止めとけとか言っても聞かなかったくせに! それに、お前の様子が変だぞ! いったい、どういう……うっ!?」

 

 我慢の限界に来ていたウルベルトだが、ジッと見つめ返してくるたっちに気圧されて言葉を切る。たっちは言った、「やっぱり見えてる……。目の錯覚じゃない……。ウルベルトさん、気がつかなかったんですか?」と。

 

「気がつかないって……何を?」

 

「モモンガさんの背後ですよ! いや、背景と言うべきか!」

 

 突然に名前を出されたモモンガは、戸惑いつつ自分の顔を指差した。

 

「……俺?」 

 

 モモンガにしてみれば一連の会話の、このタイミングで自分の名前が出る理由がわからない。しかし、たっちに言われて反対側、すなわち自身の左側で座るモモンガを見たウルベルトは、その山羊顔を驚愕で染めた。

 

「な……んだと? モモンガさん……それは、課金エフェクトか何かですか?」

 

「はい?」 

 

 わけがわからない。

 モモンガの記憶では今、たっちやウルベルトが驚く、あるいは知らないエフェクト効果がある何かを発動していないはずだ。

 

(絶望のオーラだって出してないよな? 人化してると出せるものじゃないし。二人とも、何を言ってるんだろう?)

 

「あの、お二人とも? 俺に何かあるんですか?」

 

 この問いに対し、ウルベルトがモモンガを指差しながら上擦った声で答える。

 

「何かって、花ですよ、花! モモンガさん、背景に百合の花を背負ってるんですよ!」

 

「はっ? はあああああっ!?」

 

 モモンガが驚愕の声を挙げた瞬間、彼(彼女)の周囲で咲く……よう、たっち達に見えていた百合の花が増量した。

 同時に、モモンガからは普通に見えていた二人は、爆発の閃光に溶けて消えるような感覚を覚える。カッ! と閃光で視界が埋まり、自分達が影を溶かすように消失するという、あの視覚効果だ。

 

「な、なんつー破壊的な魅力だ。モモンガさん、ヤバすぎですよ……」

 

 爆心地のすぐ隣で居たウルベルトが、右手の甲を額に当ててよろめく。その向こうの席で座るたっちは、カウンターに手を置くようにして身を乗り出していたが、力なく肘を突いていた。

 

「危ない……本当は男性なのに……。これは危険だ……」

 

 鬱も吹き飛んだようで、何やら驚いている。

 しかし、一番わけがわからないのはモモンガだ。

 

「どういう事なんですか! 説明してください! たっちさんが落ち込んでるんじゃなかったんですか!?」

 

 真剣な表情で怒るも、やはり二人の反応は微妙である。「いや、そうじゃなくて」とか「私のことは別に良いんですよ!」とか、よく解らないことをモゴモゴ言っている。

 色んな意味で話にならないため、モモンガは助っ人を呼ぶことにした。

 こめかみに指を添えると、<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

「あ、モモンガです。ちょっと御相談がありまして、ショットバーまで来て貰えますか? え? ぷにっと萌えさんと、やまいこさんがそっちに居る? ぐぬぬ……よ、よろしくお願いします。タブラさん……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うっはぁああああ! モモンガさん、お花を背負ってるーっ!? 可愛いよぉおおおおおお! 少女漫画みたーい!」

 

 <転移門(ゲート)>の暗黒環から出てきたやまいこが、モモンガを見るなり縮地のごときダッシュで抱きついてきた。やまいこは衣装こそ半魔巨人(ネフィリム)時の装備だったが、人化していたため小柄である。従って黒ローブのお姉さんに、少女が抱きついているという百合百合しい光景が……。

 モモンガは「はは、ハハハ……」と困り顔だが、その大きな胸に顔を埋めてグリグリしているやまいこは満面の笑顔だ。

 そして、そういった光景を見せられている男性陣は、驚くやら呆れるやらで言葉もない。

 たっちとウルベルトは疲れたのか、やまいこにせがまれて彼女を膝に乗せているモモンガをジッと見ていた。

 

「事案……なんですかね?」

 

「いつまで、おまわり気分なんだよ? じゃれてるだけだろ?」

 

 力なく呟く二人の側に歩いてきたタブラとぷにっと萌え(共に異形種状態)は、興味深そうにモモンガを見る。そして、タブラが先に口を開いた。

 

「たっちさんの『正義降臨』みたいな、課金エフェクトじゃないんですよね?」

 

 自分達が知らない以上、違う……と、タブラ達は思う。ああいった面白効果のあるアイテムを購入したら、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンなら、ネタにしようとして見せびらかすはずだからだ。

 

「俺たちが引退した後に、モモンガさんがお遊びで入手したアイテム……という線もありますけど。まあ、違うんでしょうねぇ」

 

 ぷにっと萌えが、乾いた笑いと共に頭を掻く。そして周囲の男性陣を見回した。

 

「それで……ですね」

 

 モモンガがやまいこの相手をしている間に、タブラ達四人は互いの意見をまとめる。

 まず、人化したモモンガが、たっち・みーの課金エフェクトのように花を背負っていること。

 今は百合の花を背負っているが、他の花も出現するかは検証の余地があること。

 背負った花に、何かしらの効果があるのか……ということ。

 最後に、この花が出現したように見える効果は、いつ、どのタイミングで発生するようになったのかということ。

 おおむね意見を取りまとめた四人は頷き合うと……タブラ以外の三人が、タブラに目を向けた。

 

「はあ、わかりました。私が聞き取りをするんですね?」

 

 困った様子で溜息をついているが、声が弾んでいるのは楽しいからだ。それが理解できるたっち達は、足取り軽くモモンガの席へ向かうタブラを「行ってらっしゃ~い」と見送るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラを始めとした五人のギルメンから、「今のモモンガさんは花を背負ってる!」と聞かされ、モモンガは驚愕した。

 やまいこのセリフであるが、まるで少女漫画だ。

 しかし、言われたところで自分の目には見えないのだが、本当に百合の花など出現しているのだろうか。確認のため、皆に聞いてみたところ、その時々で出たり消えたりしているとのこと。

 通路で待機させていたシクススを呼び入れ、驚く彼女に、いつから花が見えていたかと聞くと「今、初めて見ました!」と証言したことから、ショットバーに入ってシクスス達を退室させてから花が出現したと推測される。

 

「しかし、何故、俺の背景に花が出現したんでしょう? 何の効果が……いや、このタイミングというのがどうにも不可解で……。何で今頃……」

 

 途方に暮れるシュンとした姿が、またもや花を背負った。今度も百合の花だ。

 やまいこが「綺麗~っ!」とはしゃいでいるが、これを見たタブラはぷにっと萌えと視線を交わす。

 

「ぷにっと萌えさん。モモンガさんの感情の起伏によって花が出ているように見えますね」

 

「タブラさんも、そう思いますか? そうなると、モモンガさんの意思でオンオフができそうですね」

 

 二人の考察は続く。

 モモンガの意思で花の出し入れができるとしたら……あれ? これは、もしかして……。

 

「うん?」

 

 カウンター席に座り、膝の上にやまいこを乗せたモモンガは、タブラとぷにっと萌えが進み出たので、そちらに目を向ける。

 

「どうしました? 何か解りましたか?」

 

「いえね、少し試して欲しいんですけど……」

 

 タブラが言う試して欲しいこととは、今の状態で『絶望のオーラ』が出せるかというものだ。最初、モモンガは冗談を言われているのかと思った。絶望のオーラは種族スキルだから、男とか女とかは関係なく、人化している状態では使えない。それを知っているはずのタブラが言うのだから、これはおかしな話だ。

 しかし、タブラの口調は笑っていない。向かって左側で立つぷにっと萌えも、表情こそ解らないものの真剣な様子だ。

 モモンガは、笑みの方向で弛んでいた表情を引き締めた。

 

「わかりました。やってみますね? ええと、絶望のオーラを使う感じでいいのかな?」

 

 膝の上のやまいこに降りてもらい、モモンガは絶望のオーラを使う際の感覚を呼び覚ました。人の状態で、死の支配者(オーバーロード)の時にしていたことをしようと言うのだから、これは難しそう。そんな風に思ったのは、実行直前までで、「やる!」と決めた途端、ギルメンらから驚きの声があがる。

 

「やはり出ましたね。百合の花だ……」

 

「何かバフとかの効果があると思いますか? タブラさん」

 

 タブラとぷにっと萌えが考察し合い、たっちとウルベルトは「美人だな~……というか可憐だ」や「百合か~……悪魔的には薔薇とかがいいんだけど、百合の花言葉って何だっけ?」と囁きあっている。

 このうち、ウルベルトの呟きにやまいこが反応した。

 

「百合の花言葉はね~、『純粋』『無垢』『威厳』だよ~っ!」

 

 万歳するように手を挙げて言うのを聞き、たっちが「純粋……」、ウルベルトが「無垢……」、ぷにっと萌えが「威厳……」と呟く。そして最後にタブラが「何となくモモンガさんっぽいですよね」と言うと、会話の内容を把握したモモンガが頬を膨らませた。

 

「花言葉で俺を語らないでくださいよぅ……」

 

 その後、皆で話し合い、考察や検証をした結果、次の様なことが判明したり把握できている。

 まず、死の支配者(オーバーロード)になると花を出せないこと。

 人化状態では、死の支配者(オーバーロード)時の『絶望のオーラ』操作で花を出し入れできるが、完全にオフにはできないこと。

 花は百合だけでなく、その時の強い感情を表現する花が出る……が、多くの場合は百合の花が出現すること。

 そして、バフ効果としては、モモンガの魅力を激増させるというものが確認された。

 人化して女性になったモモンガが、自分を指差す。

 

「え? じゃあ、さっきやまいこさんから花言葉を教わりましたけど、『呪い』や『復讐』のクロユリを出しても、魅力が上がる効果に変わりはないと?」

 

 事実、頑張ってクロユリを出しても、モモンガには見えない上、見ているたっち達の感想は「ヤバい魅力です」というものだった。なお、同じ部屋に居たままだったシクススは、興奮のあまり鼻血を垂らして蹲っている。

 

「……鼻血を出す要素があったっけ? ま、とにかくです。後は、何で今頃になって、こういった能力だか現象が出てきたかですよ。俺、何かしたっけかな?」

 

 ここで意見を求められるのが、設定好きのタブラ・スマラグディナだ。

 確証は無くて、こういう風に考えられるだけだけど……と前置きして、タブラは語り出す。

 女性化してからのモモンガは、不安や緊張によって抑圧されていて、花を背負う能力が出なかったのではないか。そして、今のモモンガは少し前よりもリラックスしているように見えるので、何か精神的に楽になったことで能力が解放されたのではないか。

 

「と、こんな感じだけど。モモンガさん、ショットバーへ来るまでに何か良いことでもあった?」

 

「良いこと……ですか?」

 

 モモンガは自分の行動を振り返った。

 思い当たることと言えば、自分の部屋でアルベドと話していたことだが……。

 

「ん~……アルベドと話したりしてましたけど、気は楽になりましたっけかね?」

 

「ほう、アルベドと……。今、男の身体になっていないということは、まだいたしていないようですが?」

 

 アルベドの創造主……タブラがタコ顔を寄せてくる。カウンターに背を向けていたモモンガは、仰け反るようにして距離を取った。

 

「そ、それはまあ、してないですけど。い、急ぐようなことでもないでしょ!?」

 

「そうとも言えませんよ?」

 

 タブラの横で居たぷにっと萌えが進み出る。

 モモンガの精神は当然ながら男性のものだが、人化状態が女性体のまま時間経過すると、分泌される女性ホルモン等で、精神に影響が出るのではないか。

 

「つまり、今の状態が長く続くと、モモンガさんは身も心も女性になっちゃったり?」

 

「ううっ……」

 

 モモンガの顔色が目に見えて悪くなる。

 自分としては男に戻りたいと『今は』思っているだけに、ぷにっと萌えの指摘は恐ろしかったのだ。

 

「い、急ぐべきでしょうかね?」

 

「さて……」

 

 ぷにっと萌えが首を傾げる。

 時間経過で女性化が進むという見解は、ぷにっと萌えとしても間違っていないと思う。しかし、どれほど時間が経てば女性化が完了するのかは、さすがの彼にも解らなかった。

 

「俺が見たところ、モモンガさんは自分をしっかり保っているようですし。危ないと思ったら、それこそアルベドとでもベッドインすればいいんじゃないですか?」

 

「やはり、そんなところですかね……。うう、女性同士か~……」

 

 こうして話が一段落付いたところで、ウルベルトが人差し指を立てる。

 

「モモンガさんが人化したら花を背負うようになる効果だけどさ……あれ、何か呼び名でも付けません?」

 

「ウルベルトさんにしては良いことを言いますね。何か呼称があると便利なのは確かです」

 

 続けてたっちが発言するも、余計な一言が混ざっていたのでウルベルトと睨み合いになった。その二人を無視して、やまいこも発言する。

 

「僕も良い提案だと思うけど、そうなると、こういう事で得意なのはタブラさんだよね~」

 

 それもそうだ……とギルメン達の視線がタブラに向けられた。ワクワクしているやまいこ。どうなるか興味があるたっちとウルベルト。ぷにっと萌えも、少しだけ興味がある様子だ。そして、モモンガはというと、どうか変な呼び名が付きませんように……と祈るような気持ちでタブラを見ていた。

 では、肝心のタブラは、どうしていたか。

 タコ顔の下に手を当てると、少し頭を傾けてから指を一本立てる。

 

「まあ、奇をてらってもしかたないね。能力操作が『絶望のオーラ』に似ているんだし、ここは『乙女のオーラ』ってことでいいんじゃないかな?」

 

 おおおおおお!

 

 ショットバーが、どよめきで揺れた。

 さすがタブラさんだ!

 乙女のオーラ、最高!

 モモンガさん、素敵だよ~っ!

 様々な声が溢れる中、モモンガのみ肩を落としている。

 

「とほほ、また俺の女要素が増えたって事じゃないかぁ~……」

 

 悲しむ乙女の呟きは、騒ぎに掻き消されて誰にも聞こえなかったという。

 




 乙女のオーラ。
 前話を書き終えた時点では、まったく話に盛り込む気はありませんでした。
 何と言うか、思いついたのでそのまま入れた感じです。
 最初、絶望のオーラみたいに段階分けして、効果がヤバくなっていくようにしようかと思ったのですが、それだとモモンガさんの『乙女のオーラ』が具体的な効果になっちゃって、何か違うな……と思い、単に魅力上昇としました。
 予定としては、モモンガさんの女性化が終わるのは決戦前ぐらいですかね。
 
<誤字報告>

 アカイカさん、冥咲梓さん、サマリオンさん、佐藤東沙さん、リリマルさん、tino_ueさん、
 毎度ありがとうございます


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第113話

 ナザリック地下大墳墓、ショットバー。

 たっち・みーとウルベルト・アレイン・オードルと会っていたモモンガが、突如、背景(自身の前方も含む)に花を背負うことになった。

 傍目には少女漫画のキャラのごとしだが、その花に触ることはできず、魅力激増の効果がある。

 モモンガは不本意だ。

 自分は心の底まで男なのに、なんで人化すると女になってしまうのか。原因は解っている。この世界には来ていないであろうギルメンの一人、るし★ふぁーが、引退前に仕込んだ性転換トラップにかかったためだ。モモンガを狙い撃ちするかのような巧妙な罠だったので、ある程度は仕方がない。けっして自分に落ち度があるわけではないのだ……とモモンガは内心で自己弁護している。るし★ふぁーに関しては、この転移後世界で彼を見かけることがあれば、ぶっ殺してやろうと考えている程度だ。

 そういった『仕方がない』事情を踏まえても、なお、現状の女性化については不本意である。

 この女の身体、トイレの我慢が利かなくて大いに不便だ。トイレ介助の一般メイドを引き連れることになるし、用足しの度に申し訳ないやら恥ずかしいやら。

 更に言えば、男の時より感じやすいのも困りものだ。

 夜になると、ついついベッドで……。

 と、そんなことよりも、今度は花を背負うことになってしまった。

 

(男の俺が花! おかしいだろ! どー考えてもぉおおおお!!) 

 

 心の中で咆哮すると、感情の高ぶりによって花……百合が咲く。

 ブワワワッとモモンガの周囲を取り巻き、それによって生じた魅力の波動……乙女のオーラがショットバーを埋め尽くした。

 この場に居るギルメンは、異形種化しているたっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル。人化した状態で駆けつけたタブラ・スマラグディナ、やまいこ、ぷにっと萌えの五人。その内、男性四人がオーラの直撃を受けてよろめく。

 

「ぬわぁ! モモンガさんが愛おしい!?」

 

「気をしっかり持て、糞たっち! つか、俺もヤベぇ!!」

 

「はわわわ! やまいこさん、おたすけーっ!?」

 

「おふぅ! いい歳した私も、これには大ピンチ! 興味深い感じだね!」

 

 身構えて後退するたっちをウルベルトが叱咤し、ぷにっと萌えが頭を抱えた。タブラに特別の動きはないが、プルプル震えているので余裕はないらしい。

 男性陣に与えたダメージは大きいようだ。では、女性二人はどうなのか。

 一般メイドのシクススは、仰向けで倒れている。手は胸の上で組まれ、その表情は鼻血こそ流しているものの至福一色だ。

 居合わせたギルメン中、唯一の女性であるやまいこはというと……半魔巨人(ネフィリム)衣装のまま瞳を輝かせている。その『コスプレ少女』(実年齢は少女ではない)は、顔の前でパンと手を鳴らした。

 

「びゅーちほーっ! モモンガさん! 凄いよ! 僕的に駄目なアレがYESになりそうなくらい凄いよぉ!」

 

 満面の笑顔で頬は紅潮し、大きく見開かれた瞳はキレッキレ……もとい、キラッキラである。これには、よろめくウルベルトとたっちが顔を見合わせた。

 

「なあ、たっち? やまいこさんは、なんであんなに普段どおりなんだ?」

 

「……挙動がいつもと違うのはわかるんですけど……」

 

 戸惑う二人の隣では、ぷにっと萌えが手に取った帽子の端を噛みしめながら……やまいこを見ている。

 

「やまいこさ~ん、そのYESは、駄目なYESですから~……。いや、ジャンルとかに文句はつけないですけど、俺的に困るアレでして……」

 

「というわけでモモンガさん……」

 

 いち早く回復したタブラが、異形種化して更に気を落ち着かせた上で、モモンガに向き直った。

 

「せめて気を落ち着かせてくれません? そうだ、異形種化なんかがいいですね。せえの、さんはい!」

 

「……ふうっ」

 

 タブラの合図で異形種化したモモンガが、死の支配者(オーバーロード)の姿で息をつく。精神の安定化が発動したのだ。と同時に、たっちとウルベルトが残念そうな気配を発した。

 

「たっちさん……」

 

「なんです? ウルベルトさん?」

 

 たっちが左向き、ウルベルトが右向きで視線を交わしあう。

 

「モモンガさんの女姿が見られなくなって残念とか思ってませんかねぇ? 既婚者でしょ、あなた?」

 

 たっちが既婚者であることを持ち出すのは、ユグドラシル時代におけるウルベルトの常套手段だ。これでたっちの頭に血が上り、ウルベルト優勢で口喧嘩が始まるのだが……今回は、そうはならなかった。

 たっちは鼻を鳴らし、甲冑の胸を反らせて言う。

 

「私は元既婚者です~。今はフリーだから関係ないんです~。そもそもウルベルトさんの邪推ですから!」

 

 この反撃にウルベルトは目を剥いた。だが……。

 

「邪推じゃねーし? 言いがかりはよして欲しいんですぅ~」

 

 すかさずウルベルトが言い返すと、後は……やはり、いつもどおりの展開だ。

 

「真似しないでくれませんか? そうやって誤魔化すのは、やっぱりウルベルトさんも……」

 

「あ、今『も』って言いましたね? 『も』って!」

 

 勝機を感じたウルベルトが声を高くする。対するたっちは、ウザそうにシッシッと手を振った。

 

「そこで反応するのは、ウルベルトさん『も』そうだってことじゃないですか。語るに落ちてますよ。はい、事件解決!」

 

「解決してねーだろ! ずさんな捜査をするな! 無能警察! あっ!」

 

「えっ?」

 

 何かに気づいたウルベルトが声をあげ、たっちは腕組みした状態でウルベルトが見る方へ顔を向けた。

 そこにあったは飛来する……<火球(ファイアボール)>。

 

 ずがぼーん!

 

「「おわーっ!?」」

 

 二人して悲鳴をあげるが、そこはさすがに百戦錬磨の強者、たっちは甲冑の防御効果で爆風をいなし、ウルベルトは無詠唱化した防御魔法で爆風を防いでいる。どうやら威力減衰版だったらしく被害は出なかったものの、今の<火球(ファイヤーボール)>は何処の誰が……

 

「今、モモンガさんと話し中ですから。お静かに……」  

 

 肩越しに振り返り、左手の平を差し向けていたタブラが冷たく言い放つ。たっち達が騒がしくしていたのを止めに入ったようだが、威力を落としたとはいえ<火球(ファイヤーボール)>を放つとはいかがなものか。

 しかし、たっち達も自分達の揉めごとがモモンガやタブラに迷惑をかけていた自覚はあったので、大人しく黙り込む。それを見たタブラは、呆気に取られている骸骨……モモンガに向き直った。

 

「あの、タブラさん? ショットバーの中で<火球(ファイヤーボール)>を飛ばすのは……」

 

「大丈夫だよ、モモンガさん。燃焼範囲を狭くしたから、危なくないし。さて、モモンガさんの話に戻るとするかな?」

 

 タブラが人差し指を立てると、モモンガは頷き、周囲のギルメン達も(たっちとウルベルトの周囲からは、プスプスと煙が上がっているが)頷いた。

 まず、花を背負う魅力増の効果だが、モモンガさえ気をつけていれば問題はない。なんなら今やったように異形種化すれば効果をカットできる。

 ただ、魅力にあてられた側は、暫くの間、モモンガに好意を抱いてしまうようだ。

 

「その辺、どうなんですか? 皆さん、本当に大丈夫ですか?」

 

 モモンガが聞くと、ギルメン達は顔を見合わせた。

 そして、男性ギルメンのみ、モモンガからササッと距離を取って円陣を構成。モモンガが「え? あの……皆さん?」と声をかけるも、それに応じず相談を始める。

 最初に発言したのは、たっちだ。

 

「さっき感じた爆発的な愛……じゃなくて、好意や好感は静まってますけど。元々モモンガさんは、友人として好感度高めですから。今の気分がどうなのか……ちょっと自信がないですね。ウルベルトさんはどうです?」

 

「私も同じです。う~ん、死の支配者(オーバーロード)になると魅力効果は切れる。しかし、その余波は残るかどうか……私も未定ですね。まあ、好感度は高めですけどね」

 

 いつもの調子を取り戻したらしいウルベルトが、肩をすくめながら言う。

 一方、異形種化し、肩を抱きながら震えているのが、ぷにっと萌えだ。

 

「いやあ、俺も同感ですけどね……」

 

 ぷにっと萌えは、この中では戦況を見極めたりする能力が最も高い。それは空気を読む力が高いということでもある。モモンガの魅力爆発に対するたっちやウルベルトの反応を、間近で観察したことで得られた答えとは……。

 

「やっぱり、皆さん影響を受けてますよ。もちろん、俺もですけど……」

 

「そうだね、本当にそうだね……」

 

 いつもより力なくタブラが相槌を打った。

 彼は多くを語らなかったが、実は先程、亡くした妻に対するよりもモモンガを愛おしく感じている。そのことで少なくないショックを受けていたのだ。

 

(危険だ! モモンガさんには、もっと自重して貰わないと……。というか、とっとと男に戻って貰わなくちゃ!)

 

 実のところ、タブラはモモンガの男性復活……女性相手の同衾劇を楽しく見物していた。だが、この瞬間、はっきりと前向きにモモンガを後押しすると決めている。そして、彼が背を押しやすいモモンガの交際女性といえば、言わずと知れた制作NPCのアルベドなのだ。

 

(焚きつけよう! モモンガさんがビビって逃げないように、アルベドを上手く焚きつけるんだ! あと、モモンガさんもね!)

 

「はあ~~っ……さっきのモモンガさん、美々しかった~……。ギュッとされたいかも!」

 

 唯一の女性、やまいこ(シクススは奥のソファで寝かされている)は、モモンガの近くで組んだ手を胸前に挙げ、溶けるような表情となる。

 それを見たウルベルトは首を傾げた。

 

「さっきはいつも通りと思ったけど、やまいこさん……なんか違う感じ……ですかね?」

 

「そう、違ってるんですよ……」

 

 ぷにっと萌えは、やまいこが女性を恋愛対象にしていないことを知っている。本人から聞かされたことがあるので、これは間違いない情報だ。なのに、今のやまいこの様子はどうだろう。ぷにっと萌えからすれば、女性モモンガに対して恋慕の情を抱きかけているように見えていた。

 

「アレは推しのアイドル歌手を前にしたような態度とは、違ってます。絶対に……」

 

 ぷにっと萌えは顔を振り、隣で立つタブラを見上げる。

 

「タブラさんのNPCに対して、こういうことを言うのは何ですけど……。さしあたってアルベドあたりとで、モモンガさんをベッドルームに放り込むべきじゃないですか?」

 

 モモンガを元に戻すのが最優先。

 この、ぷにっと萌えの意見には、元より同じ事を考えていたタブラも賛成した。

 

「ぷにっと萌えさんも、そう思いますか。それが最善策でしょうね」

 

 ギルメン中の知恵者同士で意見が合う。たっちやウルベルトも異論はないようだ。途中から近くによって話を聞いていたやまいこは「ええ~……。女のモモンガさん、美人なのに~……」と不服そうだが、声を大にして反対する気はないらしい。

 そして、当のモモンガはというと……。

 

「ちょっと、皆さん!? そういうのは、もっとお互いの同意とか雰囲気がですね!」 

 

 見苦しい抵抗を始めていた。今は異形種化しているので、オロオロしている骸骨という姿が実に情けない。そのモモンガに、タブラがズイッと詰め寄る。こちらも異形種化しており、タコ顔の圧が凄い。

 

「な~に言ってるのかな~? 私のアルベドが、モモンガさんとのベッドインを断るわけないでしょ~が。モモンガさん次第だよ。モモンガさんの、やる気し~だ~い~」

 

「ううっ!」

 

 顔面圧に正論まで加わり、モモンガは一歩後退した。

 更にタブラの背後……モモンガ視点では、左右前方からウルベルトとぷにっと萌えが回り込むようにして進み出てくる。

 

「そう、モモンガさん次第です! 頑張って!」

 

 身振り手振りを交えてぷにっと萌えが訴え、ウルベルトは困ったように溜息をつきながら首を横に振る。

 

「モモンガさんの特殊な女子力がですね、私達の性癖に悪い影響を及ぼすと言いますか……。つまり、ええと、とっとと男に戻っちゃってください……と」

 

 気取って言うのだが、途中で説得の努力を放棄するのはどうかとモモンガは思う。

 

「ううっ……」

 

 先程発したのと同じ呻き声。しかし、今度は力が籠もっていない。モモンガは一歩後退した。が、タブラ達は一歩半踏み込んでくる。

 

(ち、近いっ!)

 

 追い込まれている感覚は増す一方だ。

 こんな時、モモンガが頼みとすべきは、やはりたっち・みーだろう。

 モモンガは救いを求める視線を、タブラ達の後方で立つたっちに向けた。

 しかし……。

 白銀の騎士は、顔の前で手をヒラヒラ振る。

 

「私も、自分の性癖がおかしくなるのは嫌ですし……」

 

「なっ!?」

 

 モモンガの骸骨顔が驚愕で歪み……はしなかったが、下顎は大きく落ちた。

 裏切られた、と思う一方「女性化した俺は、身体的に『女』なんだから、それを見て男性の性癖が歪むって、それどうなの!?」とモモンガは内心憤慨する。

 後日、この時の思いをタブラに訴えたところ、タブラからは「モモンガさん、世の中にはTSというジャンルがありましてね。身体は女でも精神が男であればこそ、萌えがはかどるという。これはつまり……」といった具合で三時間ほど語られ、大いに消耗することとなるのだった。

 

(や、やまいこさんは!?)

 

 チラッと彼女の姿を探すと、やまいこは倒れたシクススの傍らでしゃがみ込み、彼女の頬を人差し指で突いている。

 

「鼻血噴いて倒れるとか、どんな妄想したの? ね~?」

 

「そ、それは、その、恐れながら、アインズ様が……」

 

 どうやらシクススの意識が回復したようだ。だが、悲しいかな意識がシクススに向いているので、やまいこに救いを求めるのは無理のようだ。

 このまま、大人しくアルベドと二人で寝室に押し込まれるのだろうか。

 

(否っ!)

 

 死の支配者(オーバーロード)の暗い眼窩で炎が燃えあがる。

 

(俺の童貞は、もっとこう、男の夢がつまったアレな感じで捨てるべきだ!)

 

 いかにも童貞臭いことを雄々しく思い、モモンガは行動に出た。

 

(アイテムの『不可視の黒霧』を使用、そして!)

 

「<転移門(ゲート)>、オープン!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 突如、目の前……モモンガとの間で黒い霧状のモノが出現し、タブラ達は数歩後退した。

 一部の例外(例:るし★ふぁー)を除けば、モモンガはギルメンに対して危険なことをしない。それは皆承知していたが、見慣れない効果だったので一応警戒したのである。

 

「課金アイテム? いえ、これは通常のアイテムですかね?」

 

 タブラが興味深げに覗き込んだ。無論、触りはしないが、その距離が霧に近づいていくので、ウルベルトが肩を掴んで引き戻す。

 

「危ないですよ、タブラさん。しかし、その黒い霧……モヤかな? 私たちが知らないって事は、そんな大層なモノじゃないんでしょうね。と、こんな風に考察させて……モモンガさんの狙いは時間稼ぎかな?」

 

 山羊顔でフフンと笑う。「知恵比べですかね~」と楽しそうだ。

 

「ま、そんなところでしょうね。やまいこさ~ん、ちょっとこっちに来てください」

 

 ぷにっと萌えが、やまいこを呼ぶ。彼もタブラやウルベルトと同様に、慌てていないようだ。

 そういった空気の中、一人落ち着かないのが、たっち・みー。

 

 彼は戸惑ったように、皆を見回した。

 

「ちょっと皆さん。モモンガさんが<転移門(ゲート)>で逃げちゃいましたよ!? 追わないんですか!?」

 

「追わないの?」

 

 焦った声で訴えるたっちと、その横に立ったやまいこが声を合わせる。もっとも、やまいこは焦っていない様子で、たっちと同じ疑問を持っただけらしい。 

 

 これらの問いに対し、タブラとぷにっと萌えは顔を見合わせたが、二人で頷き合った後でぷにっと萌えが口を開いた。

 

「たっちさん、<転移門(ゲート)>に顔だけ入れて、向こうを見て貰えます?」 

 

「はあ? いいですけど、黒い霧は大丈夫なんですかね?」

 

 さすがのたっちも、よく知らないモノに触れたくないらしい。

 

「大きなダメージは無いと思いますよ。不可視効果だけが強烈なのかと……」

 

 まさにぷにっと萌えの言ったとおりで、たっちが黒い霧に触れても何のダメージも受けない。そのまま素通りして開いたままの<転移門(ゲート)>……暗黒環へ顔を突っ込んでいく。頭だけ差し入れた先は、薄暗い通路……。

 

「ああ、第一から第三階層のどこかですね。モモンガさん、ここから上に移動して外に逃げたかな?」

 

 左右を見回すたっちだが、背後からぷにっと萌えが「そうではない」と言い、説明した。

 

「モモンガさんによる、引っかけです。このナザリック内で転移したいなら、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使えばいいじゃないですか。これ見よがしに出した<転移門(ゲート)>は意識誘導と、あわよくば我々を別所に移動させたい狙いがあるんでしょう。要するに<転移門(ゲート)>を使ってないんですよ、あの人」

 

「はい? つまり、どういうことなんです? ぷにっと萌えさん?」

 

 たっちが身を引いて、<転移門(ゲート)>から顔を戻した。

 

「今、魔力探知系の魔法を使いましたが、<転移門(ゲート)>の向こう……暗黒環を通った先じゃないですよ? ……この部屋の扉と<転移門(ゲート)>の間に、魔法を使った痕跡があります。幻術の類かな……。あと非常に小規模な、静寂系魔法の痕跡も感知できました」

 

 ぷにっと萌えは話しながら、感心したように唸る。

 

「背景とまったく同じ『背景』を出したので、気づけませんでした。いや~、ギルド長は結構なお手前ですね」 

 

「感心してる場合ですか、ぷにっと萌えさん。じゃあ、モモンガさんはどうしたって言うんです?」

 

 こうして話している間にも時間は経過していく。

 たっちが再び焦り出すが、ここでタブラが肩をすくめた。おどけたようにタコ顔を傾け、彼は言う。

 

「つまり、モモンガさんはですね……。アイテム効果の黒い霧で視界を妨げた後、<転移門(ゲート)>を使うと見せかけ、幻術に紛れて扉前へ移動。無詠唱の静寂系魔法で音を消しながら……歩いて出て行ったんですよ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さ~て、どれくらい時間を稼げるかな?」

 

 フル装備に戻した死の支配者(オーバーロード)……モモンガが、ナザリックの通路を走っている。

 即興で小細工をしたが、あの場にはタブラにぷにっと萌え、ウルベルトも居た。自分が徒歩でショットバーを出たことは、すぐにバレるはずだ。

 

(あの<転移門(ゲート)>を普通に使って、地上に近い階層まで転移した方が良かったか? いや、駄目だな。ナザリックを出る時に感知されるだろうし、転移阻害の効果を切る指示を出しても、その間に距離を詰められる。それ以前に、ウルベルトさんあたりが指示を出して、外に出られなくされるか……)

 

 外に出ず、地下大墳墓の中で、ほとぼりが冷めるか自分の覚悟が決まるまで隠れる。

 これがモモンガの選んだ選択だった。

 

(ていうかさ~。アルベドと前に話をして、おおむねの覚悟は決めてたはずなんだけどな~)

 

 しかし、ギルメン達から「早くしろ」と詰め寄られたことで、腰が引けてしまったのである。モモンガの女性化に脅威なり危機感を覚えたぷにっと萌え達が、モモンガを急かした結果でもあるが、武人建御雷が居合わせていたら違った展開になっていたかもしれない。

 

(建御雷さんなら「アルベドのことが嫌じゃないなら、スパッと話を前に進めたらいいんじゃないですか? 嫌なんすか?」とか言いそうだな~)

 

 そして、そう言われたとしたらモモンガは聞き入れて、アルベドに会いに行った可能性がある。自分のことだから良く解るのだ。先程、タブラに似たようなことを言われて、今こうして逃げている点については……。

 

(圧力の差……だよね~……)

 

 自分のことをヘタレだと感じつつ、モモンガは走り続ける。

 何はともあれ、次の行動に出なければならない。

 ショットバーから、たっちが飛び出てきたら追いつかれるからだ。弐式には遠く及ばないが、たっちの勘働きは元警察関係者だけあって鋭い。ショットバーを出る際は上手く出し抜けたが、少し距離を取ったからと言って安心できるものではなかった。

 

(なんでナザリック内で、ギルメンから逃げ回ってるんだか。嫌になっちゃうな……)

 

 溜息をつきたくなるが、ひとまず身を隠し、考える時間を確保できる場所を選ばなくてはならない。

 ぶくぶく茶釜の下へ転がり込むか。

 その場合、茶釜から説得されてアルベドと寝室へ入ることになりそうで、モモンガは却下する。交際相手の一人に諭されてアルベドとベッドイン……というのが、果てしなく情けなく感じたからだ。

 次は、自分の製作NPCであるパンドラズ・アクターを味方につけ、宝物殿に立て籠もるというもの。

 これが最良だと思われるが、そこまでやってしまうと『本気の拒絶』風になって、引っ込みが付かなくなりそうだ。アルベドも傷つくだろう。だから、これも却下。

 今のモモンガにとって大事なことは、一人で考える時間を確保できる場所だ。

 

「気が落ち着いて腹が決まったら、その後は、タブラさん達に見つかってもいいわけだし。そうだな、あそこか……」

 

 モモンガは、ショットバーでは使用しなかったギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用する。

 

(それにしても、花を背負う効果。これも、るし★ふぁーさんの仕込みかな? だとしたら、合流時にブッ殺すとして、その前に拷問しよう。そうしよう……)

 

 そう心に決めつつ、モモンガは転移した。

 行き先は第六階層、大森林。

 茶釜の製作NPC、アウラとマーレの姉弟が居住する巨大樹である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ぷにっと萌えさん。デミウルゴスに言って、ナザリックの出入りを封鎖しました。他のギルメンにも事情を話して、この措置に了承して貰ってます。あと、モモンガさんを見かけたら親身になって話を聞いて、こっそり私達に連絡するようにと……」

 

 山羊の悪魔、ウルベルトが<伝言(メッセージ)>を終えて報告する。

 場所は変わらずショットバーのままであり、今はボックス席を『モモンガさんの捕獲対策本部』として使用中だ。座席配置は、ウルベルトの隣にタブラ・スマラグディナ。対面にやまいこ、その真ん中にぷにっと萌え、右側、タブラの対面にたっち・みーというもの。なお、隣のボックス席には急遽呼び出された武人建御雷と弐式炎雷が座っている。

 

「お疲れ様です、ウルベルトさん。防衛時のNPC指揮官設定だからと、デミウルゴスを便利使いして申し訳ないですね。あと、各ギルメンへの連絡役もお疲れ様です」

 

「いえいえ、そんな手間でもなかったですから。それにしてもデミウルゴスの奴、いきなりの<伝言(メッセージ)>で驚いたのかな? 声が上擦ってたし、用件を言ったら張り切りだしたし。情緒が不安定なのかな?」

 

 ウルベルトは、ぷにっと萌えに対して笑って答えた後で首を傾げた。

 ショットバー内のギルメン達は「創造主のあんたが突然連絡したからだろ? それで喜んでるし、張りきってるんですよ!」と言いたかったが、それを言うとウルベルトのデミウルゴス自慢が始まるので、誰も口には出さなかった。

 

「萌えさ~ん」

 

 ウルベルトの後方、隣のボックス席で背を向けて座る弐式。彼が右手を上げてぷにっと萌えを呼ぶ。

 

「俺と建やんはどうすればいいんです? モモンガさんを追いかけるなら、ここに呼ばずに、俺が出動すれば良かったわけですよね?」

 

 この質問を受け、ぷにっと萌えはウルベルト越しで弐式の背に答えた。

 

「弐式さんには、もう暫くしたらモモンガさんのところへ行って貰います。どうせ大森林に転がり込んでるでしょうしね。<伝言(メッセージ)>で説得できれば手っ取り早いんですけど、向こうで通話に応じなければ意味がありませんから。それにまあ、少し時間をおけばモモンガさんも腹が決まりますよ」

 

「そっすか。じゃあ、暫くはここで建やんと酒でも飲んでるかな?」

 

 弐式は納得したようだが、今度は彼の対面側で座る建御雷が挙手する。

 

「じゃあ、俺は? 探索や人捜しなら、弐式だけで手が足りると思うんですけど?」

 

「建御雷さんを呼んだのは私の判断だよ」

 

 反応したのはぷにっと萌えではなくタブラ。

 実のところ、モモンガの潜伏先を推察したのは、ぷにっと萌えだが、放って置いても大丈夫そうと考えたのはタブラだった。ただ、こうして今、モモンガには逃げられているので、同じ失敗をしないように『説得役』として建御雷を呼んだのである。

 

「たっちさんも適役だろうけど、さっき逃げ出したのでモモンガさんが気まずいと思うんだ。そこで、モモンガさんが素直に出頭するか連行されてきたら、建御雷さんにはビシッと言ってあげて欲しいと……」

 

「ビシって言われてもな~……。俺は、思うところを言うだけっすよ?」

 

 それでかまいません……とタブラが答えたところで、ショットバーでの会話が途切れた。

 この後の展開としては、モモンガがショットバーへ来て、腹を括ってアルベドに会いに行くというのが予想される。

 何となく、居合わせたギルメンらの胸が甘酸っぱい思いで満たされた。

 

「……お赤飯の準備でもしますかね?」

 

 タブラがボソッと呟き、たっちが反応する。

 

「それって、女の子の初潮の時にするやつじゃなかったですか?」

 

「こいつ、娘さんが居る……居たからって、ズバッと言うよな……」

 

 先のタブラよりも小さな声で言うのはウルベルト。今のたっちは異形種化しているので聞こえただろうが、ウルベルトがたっちの離婚事情に配慮して小声で言ったのは理解できているので、聞こえないフリをしているようだ。

 

「大昔、吉事に赤飯を炊く風習が一般的だったようですから、『女性の初めて』に限ったものではないですよ。今回の場合、モモンガさんとアルベド用ですかね」

 

 タブラが説明すると皆納得したようだが、不意に弐式が笑い出す。

 

「おめでたに、お赤飯で初潮か~……何と言うか際どい会話してるよな、俺達。茶釜さんが居たら、ヤバい会話内容だったんじゃね?」

 

 それがツボに入ったようで、タブラ達は「ハハハハッ」と爆笑ではないながら、笑い出す。デリカシーの観点から、女性の居るところで話す内容ではない。いやあ、茶釜さんが居なくて良かった。

 そう言って笑い合ってると、ぷにっと萌えの隣で剣呑な気配が噴出した。

 この場に居る、唯一の女性ギルメン……やまいこだ。

 

「楽しそうなところに水差しちゃうようだけど。僕が一緒に居るってこと、忘れてないか……な~?」

 

 半魔巨人(ネフィリム)時の装備を来た少女が、言い終わると同時に半魔巨人(ネフィリム)へと変貌する。ムキッとビルドアップし、体格も肥大。隣のボックス席で居る建御雷と似たような体格だが、怒っていることもあってか実際の体格以上に大きく見えている。

 

「はわわ……」

 

 引きつった声を出したのはぷにっと萌えだが、他の男衆とて同じように「はわわ……」と言いたい。硬直するタブラ達を見回してから、やまいこは立ち上がり、指関節を鳴らし出した。

 

「人化してる時の僕はチンチクリンだけどさ。こうも女として気を遣って貰えないと、傷ついちゃうんだよね~……」

 

 ごきり、ばきり。

 

 大昔のアニメに登場した『世紀末救世主』のごとき指関節鳴らし。

 直後、ショットバーには男数人による「すみませんでした!」の大合唱が響き渡った。

 なお、ショットバーには一般メイドのシクススも居たが、事後、ギルメン全員から「このことは黙っているように」と箝口令を出され、誰にもショットバー内での出来事を喋ることはなかったという。

 

 




 お待たせしました。
 令和5年のGW土曜日に間に合いました。
 今回の投稿も、かなりギリギリだったという……。
 今年度も仕事が変わったので、また1年キツい感じです。

 今回、アイテムで黒い霧を出してますが、本作オリジナルの捏造要素です。

 次回、舞台は大森林に移りますが、掲示板で『今の女体化モモンガさんをマーレが見たらなんかヤバそうな気がする』という御意見がありましたので、いただいてマーレを出すことにしました。

 予定の上では、モモンガさんの女性化現象が終わりそうです。
 ちょっとしたTS展開でしたが、いかがでしたか。

 さて、前述したとおり、まだまだ仕事がヤバい感じなのです。
 結局、4月30日~5月5日まで連続出勤してましたし。(1日と2日は平日ですけど)
 不定期投稿になりますが、よろしくお願いします。

<誤字報告>
 何でもいいでしょ?さん、tino_ue さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。


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第114話

「いや、すまなかったな。急に押しかけて……」

 

「い、いえ! すまないだなんて! どうぞ、ゆっくりしていってくだ、ください!」

 

 用意されたクッションに座る、ガチ装備の骸骨……モモンガに対し、闇妖精の女装少年……マーレが慌てて手を振った。合わせるように首も振っているが、その小動物的愛らしさにモモンガはホッコリする。

 モモンガが転がり込んだのは、ナザリック地下大墳墓の第六階層。その中にある巨大樹だ。そこにはマーレと、彼の姉であるアウラの居住区があり、タブラ達の追及……アルベドとのベッドイン遂行要望からの避難先として、モモンガが選んだ場所でもある。

 

(ここに逃げ込んだことは、もうバレてるんだろうな……)

 

 モモンガには徹頭徹尾逃げ切るつもりはなく、気が落ち着いたらアルベドに会いに行くつもりだった。

 

「ぼ、僕、お茶の用意をしてきますね!」

 

「あ、ああ、うむ……」

 

 死の支配者(オーバーロード)はアンデッドなので、飲食の必要はない。そしてモモンガの外見的デザインの問題から、飲食をしても下顎あたりから落ちてしまう。にもかかわらずモモンガがマーレを止めなかったのは、この世界に来た自分が人化アイテムを運用しているからだ。

 もっとも、現状、人化をすると彼は女性化してしまうのだが……。

 

(それを解決するためには人化……女性化した状態でアルベドと……。ああ、そこに行き着くんだろうけど嬉しいやら、いざとなったらやっぱり腰が引けるやら。あと、やっぱりアルベドに申し訳ないし! アルベドが納得してくれてるのは本人と相談してあるから確認済みなんだけど、でもな~……うん? 木の香り……) 

 

 大仰なガチ装備のまま座るモモンガは、漂う木の香りに気が向く。

 巨大樹の中なのだから、そういった香りがするのは当然だが、モモンガは何となく落ち着くような気がした。

 

(木の中か……木造家屋というのもイイかもしれないなぁ……)

 

 落ち着くと同時に懐かしい気にもなる。元の現実(リアル)に居たときだって、木造家屋に住んだことはないし、営業先でも見たことはなかったのに……。

 

(大昔の日本は木造家屋が多かったって、何かの記録映像で見たっけ……)

 

 そのようなことをふと思う。そして、暫くしてマーレが戻って来た。両手でトレイを持ち、おぼつかない足取りで入室してくる。何ともか弱く頼りない様子だが、これはそのように振る舞うよう創造されているからで、必要な場合にはキビキビと動けるのだ。

 そうして小さな円テーブル(座卓)にトレイが置かれる。載っているのは、二人分のティーセットと、クッキーなどの焼き菓子だ。

 

「ど、どうぞ! です!」

 

 上擦った声はモモンガの対面……ではなく、右斜め後ろで聞こえる。モモンガは首を回すと肩越しに骸骨顔を向けた。

 

「なぜ……そこに立つ?」

 

「あ、アインズ様がお座りになっているときに、僕が座るわけにはいかないからです!」

 

 真剣。まさしく真剣な顔でマーレが言うので、モモンガは気圧されてテーブル側に上体を寄せる。

 

(言い負かされそう! だが!)

 

 小市民感覚の持ち主であるモモンガにとって、自分が紅茶を飲み茶菓子をつまむ際、後方に人を立たせておくというのは許容できる感覚ではない。平たく言えば『落ち着かない』のだ。

 

(百歩譲って、飲食店のウェイトレスさんなら! いや、それでも駄目だ!)

 

 ともかく、マーレを移動させなければならない。移動先は円テーブルの対面一択だ。

 

「マーレよ。私はな、自分一人でなら一人なりに茶を飲んで菓子を食べようとも。しかしだ、同じ部屋に親しい者が居て、一人で飲み食いする趣味はないのだ。よって、お前の待機場所は私の右斜め後方ではなく、対面席となる。わかるな?」

 

「し、親しい者!」

 

 斜め下から来るモモンガの視線を受け止め、マーレの心臓が跳ね上がる。モモンガの言わんとするところは、かろうじて理解できた。が、今のマーレの脳内は『親しい者』というモモンガの声で埋め尽くされている。

 

(はわぁああああ! アインズ様が、アインズ様が僕のことを『親しい者』って! こんな過分で身に余って、嬉しくて過分なことって、あっていいの!? いいのぉ!?)

 

 嬉しさのあまり、思考が支離滅裂だ。

 ナザリックの(しもべ)にとって、ギルメン……至高の御方に構って貰えることは至上の喜び。そこへ『親しい』などと言われた日には、このマーレの反応も無理ないことであった。 

 その後、ふらつく動作でマーレが対面に座り、モモンガは「うむ」と頷いてから、ティーカップに手を伸ばす。

 

「おっと……異形種の姿のままだったか」

 

 このままでは飲食ができない。「これはウッカリだな」と笑いながら人化したところ、対面のマーレが「あっ……」と声をあげた。マーレの前で座るのは、死の支配者(オーバーロード)……ではあるが、今はもう骸骨ではない。モモンガが人化し、その姿が女性体となっているのだ。

 

「むう!」

 

 マーレの反応を見たモモンガは、そう言えばそうだった……と思いつつ、気優しげな顔立ちを困り顔にしながら微笑む。

 

「ナザリック内には通知されているが、このとおり、今は人化すると女性になってしまってな。見苦しいかもしれないが、許して欲しい」

 

(どうだ、納得してくれたか?)

 

 微笑みながら様子を伺うも、マーレは硬直したままであり微動だにしない。

 口を半開きにしてモモンガを凝視しているが、惚けたような表情でもマーレほどの美少女……美少年になると、絵画のように美麗だった。

 ……。

 ……マーレが、まだ復活しない。

 さすがに心配になったモモンガは、テーブルに上半身を乗り出す。

 大きな乳房がユサッと揺れ、その感覚が煩わしい。

 

(邪魔だな……)

 

「マーレ、どうかしたのか?」 

 

 努めて優しく問いかけたところ、マーレが反応を示した。

 まず、その形の良い鼻から一筋の血が垂れて落ちる。

 モモンガは、「何かの攻撃でも受けたか!?」と血相を変え、手を伸ばそうとしたが、そこから逃れるかのようにマーレが遠ざかった。これは逃げたのではなく、座ったまま後方に倒れたのだ。そして彼の頭部が床に落ちると同時に、プシッと鮮血が噴き上がる。

 

「ま、マーレぇええええ!?」

 

 呼んだ名前の発音が、後半から悲鳴に変わった。

 立ち上がったモモンガがテーブルを回り込んで駆けつけると、マーレは完全な失神状態。

 

「くっ……いったい何が! ……あっ」

 

 立ったままマーレを見下ろしていたモモンガ。その視線がマーレから自分の胸元にスライドする。そこに見えたのは、胸元が大きく開かれたローブと、こぼれ出そうになっている乳房。普段、死の支配者(オーバーロード)の時は、みぞおち辺りにあるモモンガ玉を見せつけるべく、ローブの前を開けているのだが……。

 

(そのままで人化したのがマズかったか~)

 

 いそいそと胸元を閉じる。

 ようするに、マーレはモモンガの過度な露出に興奮して失神したのだ。至高の御方の、それも異性の露出となれば、マーレも耐えることはできなかったらしい。

 

(ギルメンが相手の時は気をつけてたけど、マーレが女装美少年だから気にしなかったんだな~。きっとそうだよ! そうに違いない!)

 

 自分の迂闊さに呆れる一方で、誰に対してのものか言い訳がましいことを考えてしまう。

 

「……でも、俺のせいだよな~」

 

 モモンガは嘆息しつつ、マーレの回復に努めた。

 治癒のポーション……興奮して倒れるというのはポーションで治るものなのだろうか。

 精神安定系の魔法……こちらもポーションの持ち合わせがあったが、今ひとつ前例(鼻血を噴いて倒れた者を回復させられるかどうか)に覚えがないので保留。これ以上、妙なことになったのではたまったものではない。

 

「結局は興奮しての失神だから、大丈夫……なはず?」

 

 モモンガは元人間だ。元の現実(リアル)において、子供の頃に鼻血を出して寝込んだことくらいある。ましてや、マーレはレベル一〇〇だ。大したことはないと思われるが、手当や介抱は必要だろう。

 

「鼻血は止まっているな? 取り敢えずハンカチで顔を拭いて、寝かせておくか……。何か枕代わりの物は……」

 

 正座を崩して座り込む(今の身体だと、その方が座りやすい)モモンガは、肩を落として天井を見上げる。その視線が床に落ちて、マーレが座っていたクッションに移るのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「茶釜様~。ぶくぶく茶釜様~」

 

 創造主の名を呼びながらマーレが駆けている。

 空は青空だが、周囲は白いもやが見えるのみ。明らかに現実世界の風景ではないが、マーレは一切気にしていない。満面の笑みで駆け続けていた。視線の先に茶釜が見えているわけでもないのに……である。

 とはいえ、その『茶釜』は唐突に出現した。

 マーレの前方、もやの晴れ間に野原があり、そこでピンクの肉棒が鎮座している。身体(?)の下部がクッション状になっていて、マーレの姉……アウラが両肘を畳むように置いて寝そべり、ニコニコしているのが見えた。

 

(お姉ちゃんばかり、ずるいよぉ!)

 

 嫉妬の気持ちが湧き上がる。

 至高の御方である茶釜は、自分と姉の創造主。姉一人で独り占めして良いはずがないのだ。

 目尻に涙が浮かぶ……が、そのマーレに対し、茶釜が触腕状の粘体を持ち上げて手招きするような仕草を見せた。

 

(僕も行っていいんだ!?)

 

 弾けるような笑顔を浮かべマーレが茶釜に駆け寄る。一瞬、先客たる姉のことが気にかかるが、アウラは茶釜の身体を膝枕のようにして寝そべったまま、立っている弟を「困った子だね~」と笑いながら見上げていた。

 姉も嫌がっていない様子。

 もはや、誰に遠慮することもない。

 マーレは茶釜に誘われるまま、アウラの対面側に飛び込んだ。

 あったかくて、ぷるんぷるん。

 寝心地が極上すぎであり、マーレは魂が抜けそうになる。

 

「マーレ? そんなに寝心地がいいの?」

 

 問いかけてくる茶釜の声は、鈴の音のように鼓膜を揺さぶり、それがまたマーレを幸せの境地へと誘った。しかし、至高の御方かつ創造主の声に対し、無反応で居ることは許されない。

 マーレは握った拳を胸前で合わせながら、ギュッと目をつむって叫んだ。

 

「は、はいい! 最高に幸せです!」

 

 その悲鳴のような声に、膝枕の主は苦笑気味で対応する。

 

「そうか。それなら良かった」

 

 声が……女性の声ではあったが茶釜の声ではない。

 

「ふえっ!?」

 

 反射的に目を開いたマーレが真上を見ると、そこに居たのはピンク色の粘体……ぶくぶく茶釜ではなかった。だがそれは、最近になって見知った『女性の顔』。優しげに微笑み、マーレを見下ろしている。

 マーレは、その名を掠れた声で呼んだ。

 

「アインズ……様……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガは今、横座りをしている。

 いわゆる『女の子座り』だ。見た目は良いが、骨盤と背骨を歪ませてしまう危険な座り方。しかし、モモンガは人化していても人間よりは耐久力が高いので、問題とならない。

 そして、その左向きに倒された左の太ももには、マーレの頭部が載せられている。いわゆる膝枕というやつだ。

 マーレが倒れた際、この部屋にはモモンガとマーレが使っていたクッションがあったが、ふかふかすぎてマーレを寝かせると頭部が沈み込んでしまう。そこで、やむなく膝枕を行うこととなった。もちろん、前述したとおり人化した状態でだ。

 

(女の胸を見てマーレは倒れたんだから、死の支配者(オーバーロード)になった方がいい気もするんだけど……それだと太ももに肉がないしな~……)

 

 何やら幸せそうなマーレの頭を撫でつけながら、モモンガは視線を天井に向けた。

 

「ん、う……。アインズ……様」

 

「おお、気がついたか。マーレ!」

 

 小さな声を聞き取り下を向くと、仰向けになったマーレと目が合う。マーレは目を見開いて硬直しているが……。

 

「どうかしたか? まだ体調が悪いのか?」

 

「ふ、ふぇえええ!? はひ、はいんず様の膝枕で僕っ!」

 

 質問に答えることなくマーレは両手で顔を覆い、太もも上で身をよじった。より具体的には、グリングリンと左右に寝返りを打つ状態だ。

 

「あ、こら! 太ももの上で、そんな……ちょお!?」

 

 女性体でいると妙に敏感なため、モモンガは上体を反らしたが、それでもマーレを放り出すわけにいかず、モモンガは頬を赤くして困り顔となる。が、その声を聞いてマーレが動きを止めた。

 

「はう! 僕、アインズ様に御迷惑を~~っ!!」

 

「いやもう、そういうの良いから……」

 

 そっと伸ばした掌をモモンガはマーレの額に添える。

 

「熱は……ないようだな。まあ、暫くはこうしているといい。言っておくが、迷惑ではないからな?」

 

 こう言い含められるとマーレも大人しく従うしかない。至高の御方からの勅命……任務だと受け止め、キリッとした表情になるが、すぐに長く尖った耳がヘニョッと垂れ、表情が緩んだ。

 

「はうううう、幸せすぎて真面目を維持できませんよぅ」

 

「膝枕中に何を気張ろうとしてるんだ。もっと気を楽にしろ……」

 

 呆れ口調で言うモモンガは、ふと思い当たって心配げにマーレを見る。

 考えてみれば、マーレが倒れたのは服の前を開けたまま人化したモモンガが悪いのだ。

 

「すまなかったな。人化するにあたっては身だしなみ……いや、服の着こなしか? 気を配るべきだったのにな」

 

「あ、アインズ様が! アインズ様に悪いところなんて一つもありません! 僕がだらしなかったからで! 次からは、こうならないよう気をつけます!」

 

 必死で訴えるマーレを見て、モモンガは可笑しさを覚える。気をつけると言っても、どう気をつけるのか。女性の裸体に慣れる訓練でもするのだろうか。

 

(マーレが正座しながらエロ本を読む姿とか、考えただけで笑える。いや、微笑ましいのか?)

 

 困り顔で小首を傾げたモモンガは、一つ咳払いして気を引き締めた。

 

「しかし、そんなに興奮するようなモノか?」

 

 モノというのは、マーレが昏倒する原因となったもので……人化した女性モモンガの両乳房のことだ。

 死の支配者(オーバーロード)でいるとき、モモンガは性欲が希薄となる。だが、人化すると、それは人間並みとなった。ゆえに、女性の裸体に対し、男性たるマーレが興奮すること(マーレの場合は、対象が至高の御方ということが大きいのだが)についても理解がある。

 ここでモモンガが不可解に思ったのは、自分の乳房……裸体が、男性にとっての性の対象になり得るかどうかだ。

 

(だって人化して女になってもさ、俺の正体は男だよ? 男の胸を見たって、それで何が嬉しいわけ? さっぱりわからん)

 

 ここでモモンガは客観的に考え、ペロロンチーノ達の反応を思い出してみる。彼らの反応からすれば、十二分に女として意識されてはいるのだろう。直近で花を背負う珍スキル(?)まで発現したし、女になったモモンガが魅力的であるのは間違いない。改めて首を傾げることではないのだ。

 ……と『理解』したものの、やはり『自分の身体』である。

 モモンガには『納得』しがたいものがあった。

 

「俺の……コレが……ねぇ?」

 

 言いながら、何とはなしに下から左乳房を持ち上げる。

 柔らかくて重い。それに触れただけで、何やら背筋を走る感覚があった。

 その一方で、モモンガには『自分の胸板』を触ってるような印象も存在する。 

 

(精神的に女になったら、こういう疑問とかなくなるのかな? って、そんなの嫌だし。もう、色々と難儀だな~。……あ、俺、ノーブラだったっけ……)

 

「きゅう……」

 

 何やらか細い声が聞こえた。

 

「むっ? あっ……」

 

 胸が邪魔で見えにくいが、太もも上のマーレが再び目を回している。

 

「はにゅうう。は、はひんずしゃまのおっぱひ……」

 

「乳とかいじってる場合じゃなかったか。今度は……鼻血は出ていないようだな……」

 

 さっきの今で二回目となると、モモンガも落ち着いた反応だ。

 もう少し寝かせておこう……と、マーレの頭を撫でつけていたところ、遠くの方から足音が聞こえてくる。それはバタバタと慌ただしく部屋前まで来ると、ノックもなしで扉が開かれた。

 

「マーレ、居るーっ? 今、ぶくぶく茶釜様が……。あっ……」

 

「あっ……」

 

 扉を開いたのはマーレの姉、男装女子のアウラだったが、その彼女はマーレに膝枕をしているモモンガと目が合って硬直している。モモンガはというと「あっ……」と声は出したものの、こちらはマーレの頭を撫でる動きを止めていない。

 二人は、おおむね停止していたが、先に再起動を果たしたのはアウラ。彼女は背後に向けて向き直ると、モモンガ視点で右方向に向けて呼びかけた。

 

「茶釜様ぁ! 大変です! アインズ様がマーレに膝枕してます!」

 

「うぉおおおいっ!?」

 

 何てことを報告しているのか。

 モモンガは声をあげたが、その声は完全に裏返っていた。

 

(それに、茶釜さんが近くに居るのっ!?) 

 

 少し離れたところから聞き覚えのある声が届く。

 

「それって死の支配者(オーバーロード)で~? それとも人化してる~?」

 

「人化してま~~~す!」

 

 モモンガの顔が引きつった。

 

(いかん、逃げなければ! 悪いことしてるわけじゃないけど、なんだか逃げなきゃいけない気がする!)

 

 だがしかし、モモンガの太もも上では気絶から睡眠に移行したマーレが居て、寝息を立てているのだ。これでは転移門(ゲート)ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で逃げることはできない。

 

(そっとだ! そっとマーレの頭を降ろして……)

 

 女装美少年の頭部に手を添えようとしたところ、マーレの手が素早く動き、モモンガの太ももにしがみついてきた。

 

「んう~、アインズ様~……」

 

「ね、寝てるんだよな? 本当に寝てるんだよなぁ!?」

 

(んもぉおおおお! 俺、どうすればいいの!?)

 

 困り果てている間にタイムリミットが訪れる。

 ナザリックで認知される『モモンガの第三夫人候補』……ぶくぶく茶釜がピンクの肉棒、もとい粘体の姿で登場したのだ

 

「確かに膝枕……。いくらダーリンでも、私のマーレにお触りするには本人と私の許可が……」

 

 圧のこもった声で言う茶釜だが、言い進めるにつれて声のトーンが平坦化していく。カマキリの鎌のように構えていた触腕状の粘体二本も、スッと下に降ろされた。

 扉付近で立つ茶釜とアウラは、ジッとモモンガ達を凝視するのみ。

 

「あの……茶釜さん?」

 

 モモンガは戸惑う。

 この状況と展開で、突然に空気が固まる要素があっただろうか。疑問に思うが、その答えを茶釜が口走る。

 

「なにこれ、超エモい!」

 

「凄く古い表現ですよね、それ!?」

 

 百年以上前の流行語だっただろうか、最古図書館の漫画データで見たことがあるな……などとモモンガが考えていると、茶釜が素早く這い寄ってきた。そしてモモンガの眼前にピタリとつけると、モモンガの顔を見て、マーレを見て、再びモモンガを見る。

 

「ダーリン……いやさ、モモンガさん」

 

「はい。って、どうして言い直したんです? 別に良いんですけど」

 

「膝枕……羨ましい……」

 

「はいっ!?」

 

 モモンガは驚いたが、茶釜は構わず喋りだした。

 ガチ装備の黒髪短髪お姉さんが、女装美少年を膝枕して愛でてるとか、なんたる尊さ。

 自分もやって欲しい。

 普段は愚弟のことを厳しく締めてるけれど、こればかりは別腹。弟は駄目でも姉なら許される真理。姉だから許されるんです!

 

「というかね! ずるい、マジで羨ましい! モモンガさんの恋人なんだから、私も膝枕して欲しい! それぐらいねだっても良いと思うの!」

 

「い、いつもの茶釜さんじゃない!?」

 

 太ももにマーレの頭を乗せたまま、モモンガは上半身だけで茶釜から身を逸らした。もっとも、それで取れた距離は十数センチ程度で、あまり意味はない。

 

「他の人達と、交際相手とじゃあ接し方は違うんですぅ! だからモモンガさん、私にも膝枕~~っ」

 

 迫るピンクの肉棒。その後方では、アウラが人差し指をくわえて何かを訴えかけている。

 こうなった以上、モモンガに拒否する選択肢はなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あ゛~……癒やされるわ~……」

 

 この温泉に浸かったオッサンのような声は、ぶくぶく茶釜のものだ。

 彼女は異形種化したまま、モモンガの両膝に頭頂部を載せて寝そべっている。美人女性の膝にピンクの肉棒。大変な絵面だが、モモンガの膝枕を堪能しているのは茶釜だけではない。

 右太ももにアウラ、左太ももにマーレが頭を乗せており、三人ともがモモンガの膝を枕にしていた。なお、アウラとマーレは、だらしない顔で寝息を立てている。

 

「茶釜さん。正面で良かったんですか? 太ももじゃなくて膝だし、ゴツゴツしてますよね?」

 

「それはそうなんだけどぉ、膝と膝に挟まれてるって、なかなか良いものなのよん」

 

「はあ……」

 

 そんなものなのかな……と、モモンガは眉をハの字にしながら苦笑した。

 立場が逆になって、自分が人化した茶釜の両膝に頭をのせたとする。その様を想像すると、何となく気恥ずかしさを感じ、モモンガは困り顔で頬を染めた。

 

(この部屋に逃げ込んでから困ってばかりだな……)

 

 嫌なことをされての『お困り』ではないため、悪い気はしない。

 そして、元々逃げ込んできた理由、『アルベドとのベッドイン』について、そこまで悩んだり焦ったりという気持ちがなくなってきていることにモモンガは気づいた。

 

(息抜きができて気が落ち着いたのか……)

 

「ねえ、ダーリン?」

 

 茶釜がダーリン呼びした瞬間、両膝に乗る感触が変化したので、モモンガは茶釜を見る。そこでは人化した茶釜が居て、モモンガを見上げていた。

 

「少しは気が晴れた?」 

 

「茶釜さん……最初から俺のために……ってわけじゃないですよね?」

 

 一瞬、タブラから何らかの要請をされた茶釜が、モモンガの様子を見に来たのかと思ったのだが……。

 

(茶釜さんなら、タブラさんの要請とか断りそう……)

 

 特に根拠はないが、そうモモンガは考える。

 茶釜はというと、嬉しそうに微笑んだ。

 

「交際相手のことを理解してくれてて嬉しいわ~。他のギルメンのことでならともかく、ダーリンのことだしね~。内容にも依るけど、基本的にモモンガさんの肩は持っちゃうわぁ~」

 

 そう言って笑うと、茶釜は話を続ける。

 

「そもそも、ここに来たのはアウラを送ってきただけだし。偶然よ、偶然。でも……何か困ってたんでしょ? その何かってのも、まあアレだわ、アルベド関係かな……と思うんだけど」

 

 ここで茶釜の雰囲気が変わった。

 悪戯っぽく話していたのが、急に真面目な表情となってモモンガを見上げてくる。

 

「ねえ、モモンガさん。その状態でアルベドとするのって……嫌なの? そうじゃないわよね? きっとそう、戸惑っているだけなんだと思う。でもね、私は、モモンガさんを急かしたりしない。少し前に、アルベドを急かしはしたけれど……」

 

 言っている茶釜は、どことなく歯切れが悪い。

 これもまた、いつもの茶釜らしくない……が、やはり自分を差し置いて『アルベドとの行為』をすすめるのは、複雑な気分であるらしい。

 そのことを察したモモンガは、自分がグダグダしているせいで茶釜やアルベドに迷惑を掛けているとして罪悪感を覚えた。

 

(……逃げてる場合じゃなかったんだよな……)

 

「とか言っちゃってさぁ……アルベドに先駆けて行動に出るのは、やっぱり嫌だし。だけど、とっとといたしちゃって順番を回して欲しいって気もあるしぃ……。んん~……やっぱりモモンガさんを急かしたくなってきたかな……」

 

「すみません……」

 

 モモンガが一言謝ると、茶釜は苦笑した。

 

「謝って欲しくて言ったんじゃないし、モモンガさんが謝ることでもないわよ。でも、少しは背中を押せたかしら?」

 

 膝上の茶釜がウインクする。

 それを見たモモンガは胸が高鳴るのを感じたが、目を細め、微笑みながら頷いた。

 

「そう……ですね。すみません、俺……行きます」

 

 どこへ行くのは問うまでもない。

 茶釜は瞳を閉じて頷くと身体を起こし、アウラとマーレを呼んで起こした。

 

「茶釜様……おはようございまふ……」

 

「お姉ちゃん、よだれ垂れてるよ……」

 

 そう言うマーレも、口元にはよだれの跡が見える。

 

「よし……」

 

 全員が身体を起こしたので、モモンガは身体を起こした。

 そして、おもむろにこめかみに指を当てると<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

「アルベドか? 今人化してるので解りづらいかもしれんが、モモンガだ。今……何処に居る?」

 




御無沙汰しています。
今回、1万文字超えられなかった。
時間が~……。

今回、感想でアイデアを頂いた『アインズ&マーレ』をメインで書きました。

あとは……『モモンガ&ルプスレギナ』でしたっけ?
女体化モモンガさんとの絡みには不参加かな……。
でも、アバターの性別変えるアイテムぐらい普通に有りそうだし
運営チェックが無い世界ならいけそうかもですね。

さて、次は7月中に投稿できるかな……。


<誤字報告>

D.D.D.さん、kubiwatukiさん、tino_ueさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます


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第115話

「……」

 

 アルベドに向けて<伝言(メッセージ)>を飛ばしたモモンガ(人化中なので女性体)であったが、アルベドの「はい! (わたくし)、モモンガ様の! ……アルベドです……」というハイテンションで始まって、スンと終わる応答に言葉を失った。

 

(精神の安定……じゃなかった停滞化か。最近は馴染んできたって聞いてたけど、やっぱり影響は消えてないんだな~……)

 

 申し訳なく思う。だが、このことについてはアルベドとは相談済みで、アルベド本人が納得している状態だ。加えて言えば、アルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナの了承も得ている。

 だから、モモンガは正座のまま背筋を伸ばすと、要点だけ述べようとした。

 

「ようやく覚悟ができたと言うか、決心がついたと言うか……その気になった……と言いますか……ですね」

 

 まったくもって要点だけではない。

 言い進めるにつれ、言葉から威厳が消え去っていく。

 そもそも、自身の女性化の解消にあたり、女性化したままアルベドと同衾することについては、アルベドは了解しているのだが……。

 

(ああもう! 俺ときたら! ここでグネグネと言い淀んでいてはアルベドに失礼だし、俺の男がすたる! 今は女だけどな!)

 

 内心で吠えるも、ここはアウラ達の私室。

 少し離れた場所で並んで座って居る茶釜達からは……。

 

(「ダーリン、頑張れーっ! 早く済ませて、私の順番を頼むわね~っ!」)

 

(「お、お姉ちゃん? アインズ様、アルベドさんとお話ししてるのかな?」)

 

(「そうみたい。う~む、これはドキドキする展開だわね。将来に向けて参考にしよっと!」)

 

 興味津々の視線と小声が飛んでくる。

 

(茶釜さん、圧が、圧が~っ! それとアウラ、何の参考にする気!?)

 

 こめかみに指を当てたままのモモンガは、泣きそうと苦笑の混じった困り顔で通話を続けた。

 

「い、今は私室か? そっちに行っていいだろうか?」

 

「もちろんです! ……お待ちしていますね?」

 

 ハイテンションで了承した直後、しっとりと落ち着いた物言いで付け加えてくる。先程連絡を取ったときのスンとした終わり方でないのは、アルベドの方で精神停滞化の入るタイミングを計ったからだ。つまり、精神の停滞化が解除されるタイミングで、精神停滞化が発生しない程度に気分を盛り上げ直したのである。

 ともあれ<伝言(メッセージ)>は終了した。後は、決戦の場へと赴くのみ。

 モモンガはすっくと立ち上がると、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)をはめた手をギュッと握りつつ、茶釜達を見た。

 

「茶釜さん。行ってきます……」

 

 そう言い残し、モモンガは姿を消す。

 見送った茶釜は、粘体を触腕状に伸ばすと、近くのアウラと、その向こうのマーレの頭を撫でた。うっとり顔になる姉弟を見やりながら、一息吐いて彼女は呟いている。

 

「私の時も、あんな顔で来てくれるのかしらね~……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で転移した。

 モモンガの私室の、一つ飛んだ隣にあるアルベドの私室。その前が転移先だ。アルベドは許すどころか喜ぶだろうが、モモンガには女性の私室内へいきなり転移するという選択肢はない。

 最強装備ではなく、紫がかった黒ローブに装備替えし、モモンガは扉に向けて咳払いをした。

 

「あ、あ~……ゴホン。アルベド、私だ。モモンガだ」

 

 人化しているので女声だが、さっき<伝言(メッセージ)>で話したばかりだ。室内のアルベドは迷いなく「はい! ……お待ちしていました」と返事をする。一瞬の間があったが、やはり精神の停滞化が発動しているらしい。

 

「う、うむ、それでは失礼する……」

 

 許可を得て、おっかなびっくり入室したモモンガは、アルベドの私室をまず見回してみた。

 基本的にはギルメンの私室と同じ仕様で、そこにタブラが用意したであろう応接セットが用意されている。奥には執務机もあり、入室してすぐの家具等の配置はモモンガの部屋と似ていた。

 

「う~ん、ふむ……」

 

 アルベドは入ってすぐの場所で立っていたので、モモンガは二人きりということもあり、フランクな口調で聞いてみる。

 

「俺の部屋と……間取りを合わせてるのか?」

 

「愛する方との一体感を高めるためですわ」

 

 即答だが、愛の重さを感じたモモンガは数センチ身を引いた。

 

「そ、そうか……。それで、その……」

 

 お前と俺で……女同士のエッチを行いたい。

 覚悟を決めたとは言え、ストレートに言える度胸がないモモンガは、アルベドから目を逸らすと、大きな胸の下で手の指を組み合わせてモジモジしだす。

 むやみやたらに可愛らしい。

 これだけでもアルベドは鼻血噴出ものだが、ここに『追加の演出効果』が入った。

 モジモジしだしたタイミングで背後に百合の花が咲き乱れ、アルベドに対して精神的なダメージを与えたのだ。

 

(タブラ・スマラグディナ様から<伝言(メッセージ)>で教わってたけれど、これが乙女のオーラ! ああああ、モモンガ様! ……なんて、美味しそうなのかしら……) 

 

 精神の停滞化が発動したが、冷静になった分、思考が危ないことになっている。しかし、すぐさま飛び掛かってモモンガを『捕食』することはしない。それをやると、モモンガの心が自分から離れていくことが理解できているからだ。

 モモンガは奥手なので強く迫ってはいけない……というタブラの教えが、アルベドの暴走を抑制する一助となっているのもあるだろう。

 

(焦ってはダメ……。男性に戻ったモモンガ様が、御自身の意思で(わたくし)を御賞味くださるよう、上手く事を運ばなくちゃ……。タブラ様も、女のテクニックの見せどころだと仰ってたもの! くふふ~っ)

 

 タブラによる設定が現実化した結果、設定どおりの高知能を誇るアルベド。その彼女が選択した、次なる一手とは……

 応接セットで差し向かいで『お茶をする』こと……である。

 

(いたすまえに、じっくりたっぷり視姦……ではなく鑑賞させていただかないと! それと、お触りも! ……ふう、なにしろ二人きりなんですもの……)

 

 実に(よこしま)かつ淫ら。だが、それもこれも(アルベドの主観において)モモンガに対する愛ゆえなのだ。

 そういった痴女的捕食者の思惑に気がつかないモモンガは、勧められるままソファに腰掛けていたが、「お茶の用意をしますので」と言ってアルベドが席を外し、トレイにティーセットを載せて戻ってくると、感心して小さく声をあげた。

 

「アルベドにお茶を入れて貰うのは、よくあるけど……。なんかこう、良いものだな。いつも思うけど様になってるのがいい……」

 

 何の偽りもなく、真正直な思い。それを感じ取ったアルベドは、テーブルに向けて歩きながら頬を染める。

 

「くふっ! (わたくし)、家事が得意であれとタブラ様に創造されていますの」   

 

 それは『至高の存在』と『(しもべ)』の境を超えた、恋人同士としての軽口だ。言っているアルベド本人は、このような物言いで大丈夫かしらと内心で冷や汗を掻いていたが、モモンガの返答を聞いて子宮が跳ね上がる。

 

「まさしくそう……だね。また一つ、アルベドのことが好きになったかな」

 

 魔王ロールの低音。だが、口調はギルメンと話す際のもの……いや、もう一段踏み込んだ素の口調に近い。ナザリックの(しもべ)と話す際の気負い。それが随分と抜けた……そんな口調なのだ。

 それだけモモンガがアルベドに対して心を許していたのであり、それを察したアルベドは鼻血を噴出するのを必死で堪える羽目になった。

 

(も、モモンガ様……。ぐふううう……)

 

 無論、表情や態度に出すわけにもいかない。耐えているうちに精神の停滞化が発生し、落ち着いたアルベドは、たおやかに微笑み「光栄です」とだけ答えている。

 モモンガはというと、「なんか恥ずかしいこと言っちゃったな……」と照れながら、紅茶カップに口を付けていたが、そのまま対面のアルベドを観察してみた。

 アルベド視点では、カップに口を付けた女性……モモンガが上目遣いでチラ見してきている状態であるため、これまた鼻血もの。この日何度目かの忍耐を試されることとなる。

 さて、守護者統括アルベドは、タブラ・スマラグディナが『設定上、モモンガの嫁として贈呈するべく』創造……作成したNPCだ。しかも、作成にあたり、各ギルメンから可能な限り『モモンガの女性の好み』を聞き出したという念の入れよう。

 腰まで真っ直ぐ伸びた黒髪。白い肌。整った顔立ち。黄金比率と言いたくなる体型の凹凸美。ユグドラシル時代、初めて稼働しているアルベドを見たモモンガは、「等身大立像で部屋に欲しいな」と思ったほどだ。

 つまり、モモンガにとって、アルベドという女性は、爪先から頭の天辺まで『好み』で構成された、言わば奇跡のような存在なのである。

 

(性格も良いんだよな~……何と言うか、サキュバス系なのにガツガツしてないし!)

 

 と、性格面でも好印象。もっとも、今のアルベドの性格は、元々のキャラ設定から『ビッチ要素』をモモンガが排し、更には代替記述として『モモンガを』と入力したことで生じた、奇跡のようなものだ。

 仮に『ちなみにビッチである』がそのままだった場合は、モモンガをメインターゲットとしつつ、男性ギルメンに色目を使っていたことだろう。そのビッチ設定から、今頃は数人とベッドインしていた可能性がある。

 更に言うと、異世界転移の直前、モモンガが中途で終えたアルベドの設定変更……『モモンガを愛している』を入力完遂していた場合。設定上、元より『モモンガを愛している』が組み込まれているアルベドにとっては二重設定となり、愛の度合いが二倍強化では済まなかった……と、ヘロヘロが推測している。

 

(愛ゆえに何があっても、何を排しても俺優先で……と、そんな重たすぎるというか、危ないことになってたかもしれないのか……)

 

 モモンガは、元の現実(リアル)では味わえなかった極上の紅茶で心癒やされつつ、背筋では悪寒を感じるという、器用なことをしていた。

 そして、唐突にアルベドの私室を訪問した目的を思い出す。

 

(俺、アルベドとエッチするんだよな……。茶釜さんや他の皆に押され、踏ん切り付けてやって来たけれど……)

 

 正面で座るアルベドを見ると、当然ながら視線に感づかれ、フワリとした微笑みが返ってきた。一瞬、鼓動が止まったような感覚が生じ、モモンガは慌ててカップに視線を戻す。

 

(あの唇、あの胸、腰、尻、全部好きにしていいのか? 俺、そんなことしていいの? 本当に!?)

 

 アルベド本人の、許可も同意もウェルカムもすでに確認しているので、極端な話、今すぐ(いにしえ)の怪盗三世のように脱衣ダイブしても許されるはずだ。そして、そんなことは理解した上で、この部屋に入った以上、煮え切らない態度はするべきではない。

 ……そうは思っていても、本題を切り出しにくいモモンガは、モジモジし続けるのだった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 無論、こうしたモモンガの経験不足から来る葛藤について、アルベドは手に取るように把握している。これが他の(しもべ)であるなら、相手が『至高の御方』ゆえに、重度の色眼鏡による崇拝で『素晴らしく高尚な好意的解釈』をしていたことだろう。

 だが、アルベドにはギルメンかつ自身の創造主……タブラ・スマラグディナによる入れ知恵があった。

 

「初心な若者だと思って対応するといいよ。うんと優しくしてやるのがいいね。アルベドの趣味から外れるかもだけど、愛する異性との純愛プレイもまた良いものさ。……最初は同性同士になるのかな?」

 

 モモンガが聞いたら「余計なアドバイスですぅ!」と口を尖らせたであろう助言により、アルベドがモモンガの態度を誤解することはない。

 

(くふふ、タブラ様の仰ったとおり。戸惑ってらっしゃるのね……。愛らしいことおびただしいわぁ……)

 

 慈愛の表情で微笑みながら、このサキュバスは次の段階に進もうとしていた。

 お見合いはこのぐらいにし、次は軽いボディータッチ。今は女性同士なのだし、それ以前に恋人同士。ちょっと相手の身体に触ったとして、それは悪いことではないだろう。

 

(悪いどころか最高よ! シャルティアじゃないけれど、女の良さに開眼しそうで困るわぁ! いいえ、困らない! 相手はモモンガ様なのだもの! ふう……)

 

 精神停滞化で適度にクールダウン。

 モモンガが来てから何度目の精神停滞化だかは、もはやアルベド自身も把握できてない。勢いが削がれることを忌々しく思うものの、そのおかげで冷静に対処できているのも事実。そして現状、自分は上手くやれている。

 

(このまま、ベッドインまで雪崩れ込むのよ!)

 

 ちなみに現時点、ナザリック内において、アルベドにはモモンガを目標としたライバルが存在しない。茶釜とルプスレギナは、第一夫人をアルベドに譲る気でいるし、外部の夫人候補であるエンリ・エモットとニニャについては、その『外部の者であること』からモモンガと接する時間が少なく、自然とではあるが候補としての順位が下がっていた。 

 

(一番のライバルになるとしたら、死体愛好のシャルティアだけど……彼女にはペロロンチーノ様がいる。だから除外していいはずよ)

 

 そういったモモンガ周辺の女性事情からすると、急いでモモンガと事をなす必要はない。だが、創造主であるタブラや、至高の御方である茶釜の後押し、私室にモモンガが一人で来ていて、しかも『やる気』であること。この絶好の機会を逃す選択肢はアルベドにはなかった。

 

(よし、やるわ!)

 

「あの、モモンガ様?」

 

 スッと立ち上がり胸に手を当てる。見上げてくるモモンガに対し、アルベドは隣に座って良いかを確認した。

 お互いを解り合うためには対面よりも隣同士で。

 モモンガは戸惑いはしたものの、隣に座らなくて良い理由を積み上げて逃げるでもなく、素直に受け入れている。

 普段の彼らしくないが、この部屋には『そういうことをするために』入室しているのだ。ちょっと気圧された程度で逃げはしない。

 

「か、構わないが……」

 

 テーブルの右側を時計回りに回り込んでくるアルベドを見上げ、その動線を目で追うモモンガ。アルベドがテーブルとソファの間に入り、流れるような動作で横移動して距離を詰めてきたとき「人は、こんな綺麗な所作で横移動できるのか……」と感心したが……気がつくとアルベドが右隣に腰を下ろしていた。

 

(ち、近い! 肩が当たってる! 柔らかっ!? それでいて温かい!)

 

 アルベドとは以前、スパリゾート・ナザリックで混浴したことがある。あのときは湯の中でのことだったが、今回はより相手の体温が感じられて、お肌の触れ合い感が増すのだ。

 そして、並んでソファに座ったことでモモンガは気がついた。

 座高に関して、モモンガよりもアルベドの方が低い。

 立って並ぶと、女性化モモンガの方が少し背が高いから、それも当然……と言いたいが、問題なのは立ったときの身長差よりも座高の差が開いていること。

 

(俺の胴長短足が引き立つなぁ……。この身体、そんなに悪いプロポーションじゃないと思うんだけど、相手が悪すぎだよ)

 

 女になったモモンガは確かに美人の部類だが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が誇る美術系ギルメンによる天上の美……アルベドには及ばない。もっとも、たっち・みーなど男性ギルメンが居合わせ、このモモンガの思いを知ったとしたら、女性化モモンガの体型にはアルベドにない魅力があると言うことだろう。

 作られた完全な美に対する、生粋の自然美というべきか。

 もっとも、そういうところまで思考が及ばないモモンガは、内心で嘆息している。

 

(なんかアレだな。女として負けた気分~……。……って女じゃねーし! 早く元に戻るためにアルベドと~……うっ!?)

 

 アルベドとは反対側に視線を向け、唇を波線のようムニムニ動かしていたモモンガは、不意に右手の指が何かに絡め取られたことで思考を停止した。

 膝上に置いていた手を見ると、いつの間にかアルベドが、モモンガの右手指に自身の左手指を絡ませている。

 細くしなやかで柔らかい。

 指と指を絡め合わせる感覚は、モモンガの背筋に電流に似た何かを走らせていた。

 

「あ、アルベド?」

 

「不躾……だったでしょうか?」

 

 少し頬を紅潮(実際は湯気が出そうなほどだったが精神停滞化で治まりつつある状態)し、瞳を潤ませて言われたのでは「放してくれ」や「不躾だな」などと言えるはずもない。

 

「い、いや、そんなことはないが……。せ、積極的だな……と」

 

「もちろんですわ。何故ならモモンガ様は、(わたくし)をお求め……いえ、男性に戻るために必要……なので、ここに来られたのでしょう? 恋人として積極的、そして協力を惜しまないのは当然です」

 

 モモンガは、「ううむ。当然……なのかな?」と内心で小首を傾げながら、アルベドの指の感触を確かめる。アルベドの方でも同様に返してきたので実に心地よい。そして、ここで改めてアルベドから漂う香水の香りを再確認し、モモンガはリラックスしつつアルベドに対しての『その気』が盛り上がっていた。

 そんなモモンガにアルベドが顔を寄せ、提案してくる。

 

「モモンガ様。これから(わたくし)達は、シャワーを浴びた後、寝室で行為に及ぶわけですが……。その際のことは勿論ながら、今のこの場においても(わたくし)から提案があります」

 

「んあ、なんか背筋が……じゃなくて、提案? き、聞こう……」

 

 指を絡ませあうだけで愛撫されている気になっていたモモンガは、何とか気を取り直して頷いた。アルベドは言う。モモンガは女性の身体の感じ方や、感じやすい部分について知るべきではないか……と。

 

「僭越ではありますが、(わたくし)がレクチャーさせていただきます」

 

「ふむ……(童貞の俺にはありがたいが……)。具体的にはどうするのだ?」

 

「はい」

 

 アルベドは花のような微笑を浮かべながら続けた。

 女性同士の行為を知る……そのレクチャー方法は、アルベドがモモンガを愛撫することで女性の性感について指導する。つまり身体で理解する……ということだ。

 

(レズ行為における攻め受けの、受けを俺にやれというわけだな。恥ずかしいが……まあ、一理ある……のかな?)

 

 この一連の会話中も、アルベドはモモンガの手を握ってくる。その心地よさに、モモンガは徐々に思考を鈍らせていた。普段の彼であれば、ぐいぐい来るアルベドに対して引くところ。だが、やはり訪問目的が『性行為』なので、様子を窺うようにアルベドを見ながら頷いている。

 

「そ、そうだな。は、恥ずかしいが、私も男だ。今は女の身だが……身体で覚えるとしよう」

 

 はい、言質取った。

 もとい、モモンガの了承を得たアルベドは、その獣欲を欠片も見せずにレクチャーを開始する。

 

「はい、モモンガ様。それではまず……耳です」

 

 囁きかけながら、右隣のアルベドが顔を寄せてきた。

 

「耳っ!? 耳って、そういう場所なの!?」

 

「ふぅうう……」

 

 右耳の上から下、そして下から上。

 なぞるようにしてアルベドの吐息が吹きかけられていく。

 

「んひゃ!?」

 

 耳でくすぐったく、背筋でゾクゾクした感覚が走った。モモンガは肩をすくめたが、アルベドが少し身を引いたのを感じ、顔ごと視線を向ける。アルベドはニッコリ微笑んでモモンガが落ち着くのを待っているようだ。

 猶予を感じたモモンガは、肩の力を抜きながら右耳に手を当てる。

 息を吹きかけられた耳は、特に何ともなっていない。何の変哲もない自分の耳。しかし、そこに息を吹きかけられただけで、あのように感じてしまうとは、まこと女性の身体というのは敏感であるらしい。

 そのように自分の身体ながら再発見をしたモモンガは、感心するやら驚くやらで、呆然としている。そこへアルベドが、話しかけてきた。

 

「落ち着かれましたか? それでは次に……髪です」

 

「髪って……さすがに耳と違って、神経とかないんじゃないか?」

 

 低学歴のモモンガとて、それくらいは知っている。しかし、アルベドは微笑んだまま、困ったように小首を傾げた。

 

「そこは……体験あるのみですわ。まずは頭皮に触れず、髪だけ撫でてみますが……よろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ……よろしく頼む」

 

 耳への吐息がけだけで、あそこまで感じたのだ。たとえ髪だろうと何かあるのでは……。そう考えたモモンガは身構えたが、それでも逃げることはせずに了承する。

 

「では……」

 

 白い肌の、しなやかな手。

 それが伸ばされ、モモンガは身体に力が入った。が、アルベドの指がモモンガの黒髪……後頭部のあたりを撫でると、やはり首筋から背筋に走るものを感じる。

 

「うんんん……」

 

「モモンガ様。これが女の髪……ですわ」

 

 いつの間にか顔を近づけていたアルベドが言うと、モモンガは身を震わせながら、目尻に涙を浮かべた。

 

「嘘だ……ろ。ただの、頭髪……じゃないかぁ」

 

 この時点でモモンガ本人には自覚がないものの、すでに股間の秘所が反応を示しだしている。それが『濡れた感覚』としてモモンガの意識に触れるのは、もう暫く後のことになるのだが……。

 その後、モモンガは肩に触れられ、首筋や背骨の上を人差し指で撫でられるなどして、その都度『女の声』をあげることになる。最初こそ、「なんで男の俺が……」と疑問を感じていたモモンガは、今ではトロンとした目つきで息を荒くしていた。

 

「はあ、はあ……。……ふう……」

 

 この「ふう」は、異形種化して精神の沈静化を利用……したのではなく、人化状態で一息ついたもの。ある意味休憩だが、アルベドの部屋に入ってから、もう何度目だか自分でも把握できていない。

 その一息を見たアルベドが、気遣わしげに顔を寄せる。

 

「モモンガ様? お疲れでしょうか? ポーションをご用意していますが……」

 

「い、いや大丈夫。ちょっと胸がドキドキしているだけだから……」

 

 ソファの背もたれに体重をかけ、斜め上の角度で天井を見上げるモモンガは、「エッチするときに、ポーションを飲みながらとか……変だし」と考えていた。それは、元の現実(リアル)ではポーションは存在しなかった上、そういったものの服用なしにエッチできないのは男の矜持が……という思いからくるもので、意地のようなものだ。

 だが、そのなけなしの『男の矜持』を粉砕する発言が、アルベドの口から飛び出す。

 

「そうですか。では息が整ったら、次はオッパイ……触ってみますね!」

 

「おっぱ……」

 

 天井に向けていた頭の角度を戻したモモンガは、目を見開いてアルベドを見た。

 これまでのお触りだけで、ここまで感じさせられたのだ。それが乳房ともなれば、自分はいったいどうなってしまうのか。

 

(怖い……。けど、これをしないと女の身体のことがわからないし……)

 

 冷静になって考えると、モモンガの身体ではなく、アルベドの身体をアルベドの指導にもとづいてモモンガが触る……でも良かったのだ。確かに、今のモモンガの身体で覚える方法だと、より女の感じ方を実感できるだろうが、アルベドの身体を『教材』にしていた場合は、もう少し落ち着いてものを考えられただろう。

 しかし、現実、触られて感じているのはモモンガの身体だ。

 そうなったのはアルベドが会話誘導し、モモンガの身体を触る口実にしていたわけだが、気持ちよさで身体が浮くような状態のモモンガは、特に不思議に思わず、アルベドの申出に対し、恐る恐る頷くのだった。

 

 




 この第115話と次の第116話の間に、モモンガ&アルベドのエッチ回が存在します。
 R-18にして別投稿しています。


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第116話

活動報告で、日常回キャラ組合せの募集(?)をしています。
先着10名様。(御一人様1お題まで)

10名分たまったら一度打ち切ります。(第2回があるかは未定)


 モモンガは今、アルベドの私室……の寝室に居る。

 ベッドで横になり仰向けとなっているが、寝ては居ない。その横では全裸のアルベドが居てモモンガの胸に寄り添うようにして寝息をたてていた。寝顔もまた美麗で、見入ってしまえるほどだが、女性の寝顔を覗き込むのは良くないことだろう。

 そう判断したモモンガは、天井を見つめた。

 この日、モモンガはアルベドと同衾することで女体化が解除……男性に戻っている。同衾する直前のアレコレは、本当に必要なことだったかどうか。深く考えると微妙な気分になるので、モモンガは考えないようにした。

 

(まあ男に戻れたんだし、どうでもいいか。それに……)

 

 少し前までのアルベドの乱れた様子を思い出し、モモンガは気恥ずかしい気分になる。自分が初めてだった(アルベドも初めてだったそうだが)こともあり、すぐに達して情けなさに泣きたくなったり、気を取り直して何度もアルベドを求めたり。控えめに言っても自分は(けだもの)だった。

 そして行為全般について……凄かったと思う。それはもう色々と……。

 

(女の身体って何から何まで気持ちいいんだな~……。いや、自分が女だったときも気持ち良かったけどさ! しかし……)

 

 男に戻った今、思い返せば、『女の身体』というのも案外悪くはなかった。自分で見ても美人だったし、私室の姿見の前でポーズを取って遊んでいたのは、モモンガとしては墓まで持っていく秘密である。

 

(アンデッドなんだけどな! とはいえ、戦闘で負けて殺されるってこともあるから、墓が立つこともあるか……)  

 

 元の現実(リアル)から転移後世界に来たわけだが、ここで死んでも『次の世界』があるとは限らない。死後の世界ならあるかもしれないが、当分の間、モモンガは死ぬ気がなかった。

 

(結婚したら嫁さんができるものな。アルベドだけじゃないぞ? ルプスレギナと茶釜さんで三人。エンリとニニャとカルカ聖王女も入れたら六人か? マジでハーレムになっちゃった……。いや待て! ヘロヘロさんのメイドハーレムに比べたら少ないんだし、まだまだ普通の人数かもしれないぞ、これは!)

 

 ギルメンの多くが「モモンガさん。もう、モモンガハーレムでいいじゃないですか」と言うであろうことをモモンガが考えていると、全裸のアルベドがモゾモゾと擦り寄ってきた。起こしたか……とモモンガは思ったが、どうやら寝たままであるらしい。 

 

(か、可愛い! いや、綺麗な女性が擦り寄ってくるんだから、可愛いのとは違うんだけど! でも可愛い! 俺、幸せ!)

 

 気分が高揚するにつれ、脳内で言葉がたどたどしくなる。

 モモンガは、ついさっき童貞を卒業したわけだが、だからといってすぐに女慣れするわけではないのだ。そうやって胸の中のアルベドを観察していると、視線に気がついたのかアルベドが目を覚ました。二人で横になっているため、左側からアルベドの視線が向けられる。

 

「モモンガ様……」

 

 寝ぼけ顔のアルベドは可愛い。

 そうモモンガが思ったのも束の間、アルベドが表情を引き締めた。

 

「も、申し訳ありません! モモンガ様よりも起床が遅れるなど!」

 

 失態だと感じたことによる羞恥か、頬を染めたアルベドが懸命に訴えかけてくる。これまた実に可愛らしい。

 

「アルベド。落ち着いて……うっ!」

 

 モモンガは目覚めの生理現象……大きくなった『股間のモモンガさん』が、アルベドの下腹で圧迫されるのを感じた。同時に、アルベドも下腹部へ突き当たる感覚に気づいたらしく、頬を紅潮させる。

 

「モモンガ様……。お元気で、いらっしゃいます……ね?」

 

「うん。まあ、何と言うか……生理現象でね……」

 

 結局、モモンガ達がベッドから出たのは、もう一戦こなした後となった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャワーを浴び、モモンガは死の支配者(オーバーロード)となってフル装備の姿。アルベドも、いつもの衣装(化粧もバッチリ)となっており、二人でアルベドの部屋から出た。その際、モモンガは、落ち着きなく廊下の左右を確認してから部屋を出ている。

 

「いや、何……ギルメン達が待ち構えているかと思ったのでな」

 

 口調は、魔王ロールのそれだ。ベッドでいたしているときや、起床した直後は、鈴木悟モードや対ギルメン用の口調だったが、死の支配者(オーバーロード)となった後は何となく魔王ロールをしなければ……と思ったのだ。

 そして、退室時にギルメンを気にしたのは、部屋から出たところでギルメン達が居並び、「モモンガさん! 童貞卒業おめでとう!」等と囃し立てながら拍手する展開を警戒したことによる。

 

(そんなことになってたら、課金アイテム増し増しで<現断(リアリティ・スラッシュ)>を乱射してたと思う。フフフ、命拾いしましたね……ペロロンチーノさん!)

 

 一番やらかしそうなギルメンの名を出したモモンガは、咳払いをしてから姿勢を正した。

 

「取り敢えず……朝食かな。食堂へ行こうか?」

 

「はい! モモンガ様! 仰せのままに!」

 

 腰の黒翼をパタつかせて言うアルベドに対して頷き、モモンガは歩き出す。食堂に到着するまで、浮かれ気味……と表現して良いほどにアルベドの機嫌が良く、モモンガは戸惑うことしきりだった。

 

(俺も嬉しい気分だし? アルベドも同じなのかもしれないな……)

 

 では、アルベドは何を思っていたか。

 

(くふ~、くふふ~。(わたくし)、モモンガ様に『女』にしていただいたのよ! ……ふう……。ああ、モモンガ様の熱い『男性自身』に貫かれて、我が身を掘削されるあの感覚! ……ふう……。思い出しただけで濡れるわ! そう言えば、ペロロンチーノ様が『くっころ』というジャンルがあると仰ってたような……。(わたくし)の場合、『くっさく』なのかしら? 『くっ! (さく)れ!』みたいな? きゃーっ! ……ふう……)

 

 と、このように、精神の停滞化を挟みつつ異次元の妄想にひたっていた。傍目には、いつもよりも機嫌が良い程度にしか見えないのでタチが悪い。やはり、中身は淫魔ということなのだろう。

 暫く並んで歩き食堂に入ったモモンガは、まず各テーブルに視線を巡らせた。一般メイドが幾人かいて、至高の御方……モモンガの登場に喜色を浮かべている。ギルメン等も幾人か居るようだが……。

 

(建御雷さんと弐式炎雷さん。ペロロンチーノさんとシャルティア。……うっ、茶釜さんとルプスレギナか……)

 

 ギルメンの中では、弐式のみが人化しているようだ。

 

(これは……気まずいなぁ……)

 

 テーブルに向かって歩きながら、モモンガは胃に痛みを覚えている。

 アルベドと『いたした』ことで、面白おかしく絡んできそうなのが弐式とペロロンチーノ。だが、より気になるのは、交際相手の茶釜とルプスレギナも居ることだ。はっきり言って、かなり気まずい。

 

(ついさっき、アルベドとアレしてたんだものな~……)

 

 茶釜達の方でもモモンガに気づいたようだが、手を振って「おはよう」と言う以外の行動は起こさなかった。二人とも並んで座っているが、紅茶セットと菓子が前に置かれているだけで、朝食を食べているという様子ではない。

 

(もう朝食を済ませた後か? 席を立たないのは……俺達が食べ終わるのを待ってくれてるのかな?)

 

 なるべく周囲に人の居ない場所を選んだモモンガは、アルベドを右隣に置き、並んで座る。当番メイドに取り寄せさせたのはモーニングセットだ。トーストと目玉焼き、かりっと焼かれたウインナーが食欲をそそる。添えられたサラダは、ブルー・プラネットの畑から採られたもので、ギルメンらからは「美味しい!」と評判だ。湯気立つコーヒーカップから漂う香りも、また良いものである。

 さっそく食し……。

 

「おっと、人化しなければ食べられないな……」

 

 モモンガは「これはしまった」と笑いながら人化した。直後、食堂内がざわめく。

 

(にょ)モンガさんじゃない!? モモンガさんだ! 元に戻ったのか!」

 

 弐式が腰を浮かし立ち上がりかけている。完全に立ち上がっていないのは、建御雷に肩を掴んで座らされたからだ。離れた場所では、シャルティアが「女性のアインズ様は、もう見られないのでありんしょうか?」と力なく呟き、ペロロンチーノから「アバターの性別を逆転させるアイテムって普通にあるから。頼めば見せてくれると思うよ!」と聞かされて暗くなっていた表情を明るくしている。

 るし★ふぁーが作成した性転換の指輪は、運営の目を可能な限りくぐり抜けるべく、課金アイテムまで投入された特別製だった。今、ペロロンチーノが言った性転換アイテムは、ただ単にアバターの性別逆転ができるだけで、よからぬ行為をしようものなら即座に垢バンされるという公式のアイテム。言わば、絶対に(性的な)悪さができない、お遊びアイテムなのである。

 

(転移後世界に運営は居ないから、したい放題だよな~。しっかし、たまには良いかもだけど……それを俺が居る場所で言うかなぁ~)

 

 強化された聴力で聞き取るモモンガは、複雑な気分だ。

 溜息をついて食事を始めるが、ふと気になったのでモモンガはアルベドに聞いてみた。アルベドとは女性同士の行為もしたが、それが済んだ今はどう思っているのだろうか。女性になったモモンガを、再び見たいと思うのだろうか。あるいは、趣味でもない同性同士の行為は、本当は嫌だったのではないか。

 

「あ~……アルベドは~……私の女性化した姿を、また見たいと思うか?」

 

 特に大きな声では言っていない。落ち着いた口調での発言だったが、「あ~」の時点で静まりかえった食堂内の隅々にまで声が届いている。質問されたアルベドは、一瞬キョトンとした表情になったものの、ギルメンや一般メイドらが固唾を飲んで見守る中でフワリと微笑んでみせた。

 

(わたくし)は、アインズ様をお慕いしています。ですから、お姿が男性であろうと、女性であろうと、お慕いする心に変化などはありません。……といった前提で申し上げますと……また見てみたいです。じゅるり……」

 

 女神の如く語っていたのが、最後の舌なめずりで台無しである。

 軽く引いたモモンガは、「そ、そうか……」と短く答えたのみ……とはいえ、悪い気はしないので、少しだが乗り気になっていた。

 

「そうだな、たまには……良いかもしれんな」

 

 瞬間、アルベドの表情が喜びで輝き、食堂の空気までもが明るくなる。そこには安堵の色も混じっていて、さすがに気がついたモモンガが周囲を見回すと……。

 

「ペロロンチーノ様! 今の、お聞きになりましたでありんすか!?」

 

「良かったね~、シャルティア~!」

 

 吸血鬼と鳥人が嬉しそうにイチャイチャしている。

 

(俺の性別事情をネタにして、仲のよろしいことで……)

 

 モモンガは呆れたが、そう言えば忍者も居たな……と目を向けると……。

 

「こ、これは拡散……じゃなくて、タブラさんに伝言(メッセージ)しないと!」

 

「はあ……ほどほどにしとけよ?」

 

 弐式がこめかみに指を当てており、隣の建御雷は放置するていでコーヒーを啜っている。

 周囲に居る一般メイドらは、手を取り合って喜んでいる有様だ。

 では、モモンガの恋人衆である茶釜とルプスレギナは、どうのような様子だったか。

 

(そうだよ! 茶釜さん達だよ! たまには女になっていいとか! 何てことを言ってしまったんだ、俺! 茶釜さん達の反応を見るのが怖い! けど確認しないわけには~……)

 

 ギュッと目を瞑ってから恐る恐る開けていく。

 すると……。

 

「さすが! アインズ様、さすがっす! これこそ、さすアイっす! アインズ様のお美しい女性姿! それは失われていいものではないんすよ~っ!」

 

 ルプスレギナから飛んでくるのは大絶賛。

 しかし、ナザリックの(しもべ)がギルメン……至高の御方に向けて良い言葉遣いではない。少なくとも一般メイドが眉をひそめ、シャルティアが歯茎を剥いて歯ぎしりする程度には不敬だ。一方、言われた側のモモンガは、常にないルプスレギナの口調に小首を傾げている程度。そして……右隣席のアルベドは眉間に皺が寄って、こめかみには血管が浮いていた。

 守護者統括、大・激・怒……である。

 

「ル・プ・ス・レギナぁ……。あなた、それが至高の御方に対する……へっ?」

 

 憤怒で震えていたアルベドの声が唐突に沈静化。その声色の変化にモモンガだけでなく、食堂内の者達も気がつき、皆がアルベドを見た。戸惑い顔の守護者統括……を確認した後、続いてルプスレギナに目を向け直す。

 

「男前は、性別が変わっても凄いんすよね~。よっ、大統領!」

 

 浮かれ調子の声。だが、喋っているのは実はルプスレギナではない。

 彼女の背後で蠢くピンクの肉棒……元の現実(リアル)においては売れっ子声優だった、ぶくぶく茶釜だ。声質は違っているのに口調の模写精度が凄まじいため、ほとんど違和感がない。声優恐るべし……というやつだ。が、ノリノリな茶釜の前……テーブルの位置関係で、自分とモモンガの間にルプスレギナの席が来るよう、茶釜が自分の椅子を移動させている……に位置するルプスレギナは、引きつった顔で笑顔を浮かべている。目尻には涙が浮かんでいるようだ。そのルプスレギナの背後では茶釜が喋り続けているが、横幅があるので、ピンクの粘体が隠れ切れていない。

 

「ぶくぶく茶釜さん……。ルプスレギナが困ってますから……」

 

 敢えて低い声で言うと、茶釜がルプスレギナの左肩側から顔(?)を出した。

 

「ごっめ~ん、ダーリン。喜びを伝えたかったんだけど、照れが入ってルプスレギナのモノ真似しちゃった! ルプスレギナも、ごめんね~?」

 

 茶釜がフレンドリーに謝る。モモンガは「ルプスレギナにも謝ってるし。もう良いですけど」と呆れ顔だが、すぐ後ろから『至高の御方』の謝罪を受けたルプスレギナは、総毛立つ思いで顔色をなくした。

 

(至高の御方に謝らせちゃった……か。そりゃ、あんな顔色にもなるか。しかし、褐色美女の顔面蒼白って、あんな感じなんだな~……)

 

 色の濃さが増したと言うか何と言うか……。

 と、これはモモンガの感想だが、普段見ないルプスレギナの顔色であるため、他の男性ギルメンらも同じことを考えている。

 この状況……今、外部でフォーサイトに臨時加入している獣王メコン川が居合わせていたら、何と言っただろうか。

 

(茶釜さん。その辺で勘弁してやってくださいよ……かな?)

 

 モモンガは思う。このメコン川の言葉を受けて、茶釜はきっと先程のように「ごっめ~ん」と返すのだろう。モモンガは、プルプル震えるルプスレギナの頭を、茶釜が伸ばした粘体で撫でている様を見ながらホッコリした。

 元の現実(リアル)でユグドラシルがサービス終了した、あの日。

 一度ログアウトしたヘロヘロが再度ログインしてくる瞬間まで、モモンガの心は孤独で満たされていた。だが今は違う。自分以外の四十人すべてではないが、多くのギルメンが戻っている。自分は……もう一人ではないのだ。

 

(ギルメン同士の会話を妄想しても寂しくない。むなしくならない。……なんて素晴らしいんだろう。……いや、本当に素晴らしい。こういう時に何度も実感するんだけど……)

 

 本当に、本当に……一人で異世界転移しなくて良かった。

 ナザリックがあって、(しもべ)達が居て、ギルメンは自分だけ。何度考えても寒気がする。異世界転移直後のカルネ村の一件、そのすぐ後の陽光聖典の襲撃、王国での冒険者活動や、バハルス帝国への対応。それらすべて、モモンガが一人先頭に立って解決しなければならないとしたら……。

 モモンガの額に嫌な汗が浮く。

 

(ギルメンに頼れないとしても、アルベドやデミウルゴスが居れば何とか……なりそう。……なるのか?)

 

 アルベド達の能力自体には問題も心配もない。しかし、モモンガ一人で彼女らを御することが可能だろうか。かつての自分は、中身が人間のギルメン達……ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が崩壊するのを防げなかったのに。

 モモンガは頭を振って、気の重くなる思考を振り払った。

 

(やめよう。現にギルメン達は居るじゃないか! それに! 一人で異世界転移した俺なんて居ない。相談相手も居ないナザリック地下大墳墓で、一人で発狂していく俺なんて存在しないんだよ! 今の俺、万歳!)

 

 自分を満たしている幸せを噛みしめながら、モモンガは「アルベドの次は私達! 準備万端だからね~」と伸ばした粘体を振る茶釜と、怖ず怖ずと控えめな挙手をしながら「あの、もしよろしければ私も……」というルプスレギナに対して、困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』最強の男、たっち・みー氏の朝は遅い。

 異世界転移の前、妻子に愛想を尽かされて逃げられた彼は、酷く(うつ)になることがあった。時として、やたらと明るく振る舞う……(そう)状態になることもあったが、比率としては鬱状態であることが多いのだ。

 そして本日、朝食時のたっちは鬱な気分である。

 彼は今、暗くした自室の寝室で、布団を頭からかぶり丸くなっているのだ。

 異世界転移して人型昆虫になった身であるが、布団を被るとホッとするのは、やはり元が人間だからだろうか。人化していないのは、人じゃない身体であれば、鬱な気分が少しはマシになるかと思ってのこと、だったのだが……。

 

(いや~……なんか、余計に気が沈むんですけど~……)

 

 やることなすこと上手く行かない。そんな気がする。人化してみようか、いや、それだって上手く行かないに違いない。どうせ自分は、女房子供に逃げられたダメ人間。おっと、今や人間ですらなくて……人間に同族意識とか無いよな~……。逃げた人間の女子供なんて、どうでもいいか……いや、そうじゃなくて……。

 と、そういった事をグネグネ考えていたところで、自室のドアがノックされた。

布団から顔だけ出していたたっちが身体を揺らす。

 たっちが今居るのは寝室だが、聴力は人間時代の比ではないので容易に聞き取れるのだ。

 

(びっくりした~。考えすぎてて気配とか気がつかなかった……)

 

「たっち・みー様。セバスです」

 

 たっちが製作したNPC、セバス・チャンが自室外の通路に居るらしい。

 白髪の老執事。竜人設定だが、執事としての能力は完璧で、格闘にも秀でている。それ以外の設定をマメに決めなかったからか、思考形態はたっちに似ている……というのがタブラの見解だ。そうであるなら、今の精神的に不安定なたっちにとって、良き相談相手になるのではないか。

 

(そう思ってた時期が俺にもありました~)

 

 諸々話してみたところ、セバスは相談相手にはならなかった。

 何故なら、天より高い忠誠心を持つNPCの中で、セバスは誰が設定したのか(・・・・・・・)『執事』なのだ。己の分を超えて意見することなど滅多にない。話ぐらいは聞いてくれるが、だからと言って「こうすればよろしいでしょう」なんてアドバイスは期待できないし、今までに聞けたためしがなかった。

 

(勝手に恐れ入って発言を控えるんだもんな~。それにさ~、創造主と被創造物で主従の間柄なのに、俺の方から「聞いてくれよ~」なんて泣きつくのも考えてみたら格好悪いし……)

 

 そもそも、セバスの中の『たっち・みー像』。これを、なるべく壊したくないのだ。元の妻子だけでなく、セバスにまでガッカリされたら、たっちは立ち直れない自信がある。

 と、このようなことを考えていて返事をしないものだから、セバスが重ねて声をかけてきた。

 

「あの、たっち・みー様? 朝食の時間ですが……お身体の具合でも良くないのでしょうか?」

 

「いや、そういう事ではなくて……」

 

 これが他のギルメン相手なら、ひたすら暗黒面を全開にして愚痴り倒すだろう。だが、相手はセバス。前述したように、面子ぐらいは保ちたいたっちは、鬱の中で根性を絞り出した。ギシギシと心のきしむ音が聞こえた気がするが、それを無視してベッドから出て行く。

 

「ちょっと待て。服装を整える」

 

「お手伝いします」

 

 ノータイムでセバスが申し出た。

 アイテムボックスから甲冑を取り出していたたっちは、それを両手で下げたまま寝室扉をジッと見つめる。

 

(いや、アイテムなんだから普通に瞬着できるんだけど……)

 

 早い話、手伝って貰うほどのことではない。とはいえ、執事が身支度の手伝いをすると言うのだから、彼の仕事を奪うべきではない……とも、たっちは考えた。

 

「では頼もうか。鍵はかけてないので、そのまま入って来てよろしい。私は今、寝室に……うん?」

 

「どうか、なさいましたか?」

 

 たっちが言い淀んだので、セバスが聞いてくる。何故言い淀んだのかと言えば、セバスの他にも気配が感じられたからだ。どうやら女性のようだが……。

 

「セバス。他に誰か居るのか?」

 

「はっ、ツアレニーニャを同行させています。ナザリックでの研修も必要なことですので」

 

「ふむ? ふむ、ツアレ……」

 

 たっちは首を傾げながら記憶を探る。どこかで聞いた名前なのだ。

 

「思い出した。セバスが、仕事帰りにお持ち帰りした女性……だったかな?」

 

 徐々に記憶が甦ってくる。

 ナザリックに帰還してすぐ、通路で再会したセバスから(ガッチリ両肩を掴んで)事情を聞いたのだった。

 ツアレニーニャ・ベイロンは、貴族にさらわれて娼館に売られ、身体をボロボロにされた上に性病までデバフされた気の毒な女性だ。確か、モモンガの恋人である冒険者の娘……の姉でもあるはず。今は回復しているらしいが……。

 そこまで思い出したところで、外から誤魔化すような咳払いが聞こえてきた。

 

「たっち・みー様。着替えのお手伝いを……」

 

「はいどーぞ。入っていいよ」

 

 何となくではあるが気が楽になったたっちは、軽い調子でセバスらの入室を許可する。

 そして着替え後……。

 白銀の鎧、コンプライアンス・ウィズ・ロー。胸に巨大なサファイアが埋め込まれている鎧。それを身につけたたっち・みーの立ち姿は、まさに純銀の聖騎士だ。

 

「おおお……」

 

 セバスが感嘆の声を漏らしているが、鎧の着付けを手伝わせるのはもう数回目なので、いい加減に慣れて欲しいとたっちは思う。が、そういった面もナザリックの(しもべ)の有り様なのだとギルメン達から聞かされているため、敢えて指摘したり止めさせたりはしない。

 

「さて……と」

 

 風もないのにはためく赤マントをひるがえし、たっちはセバスを見て……からツアレを見た。真っ直ぐ伸ばした金髪が印象的で、顔立ちは普通寄りの美人。気弱げな雰囲気も印象的だが、なんとなく元の現実(リアル)における元妻に似ているような気がする。

 

(どうなんだろ? もうちょっと美人になったら、はっきり似てる感じかも。つまりは、その程度の『似ている』か……。まだまだ、吹っ切れてないな~……)

 

 元妻と離れ、離れすぎて異世界にまで来てしまった。

 いつまでもウジウジしていてはいけないと思うのだが、時折、爆発するように気が重くなるのは正直言って困りもの。<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で、元妻子の記憶を消してみてはどうかとも思ったが、しかし、そうやって嫌な記憶を自力ではなく他力で消すのは人として間違っているのではないか。

 

(損な性分だよ。でも、昆虫人間になっても、自分を曲げたくないしな~……)

 

「うん、御苦労」

 

「はっ!」 

 

 実にキチンとした所作でセバスが一礼し、少し遅れてツアレも頭を下げる。

 

「ツアレさんだったか。ナザリックには慣れてきたかな?」

 

「は、ひゃい!?」

 

 噛んだ。

 たっちとしては単に話を振っただけなのだが、若い娘さんを緊張させているとあっては少し気になってくる。

 

(やはり顔か? 顔なのか? 今はヘルムを着用しているというのに……。そう言えばユグドラシル時代、茶釜さん達も昆虫顔には慣れてくれなかったな……)

 

 本来、たっち・みーのアバターはトンボ系の昆虫人間だ。そこをたっち個人の強い拘りにより、課金アイテムでバッタ風に変更している。なお、この拘りだが、ギルメンの女性陣からは理解を得られていない。

 

(茶釜さんと、やまいこさんの二人は、この転移後世界で合流済みで……久しぶりで虫顔を見せたら「ごめん、やっぱり無理!」とか「虫の良さって、ボクわからないな~」って言われたし~……あ、何か鬱な気分になってきた……)

 

 元妻子のことで鬱になり、拘りを拒絶されたことを思い出して鬱になる。

 

(今の自分はグラスハートって奴だな。そういやバッタって、英語でグラスホッパーだっけ? ぷぷっ……)

 

 モモンガやタブラが聞いたら、発狂ゲージについて心配されそうなことを考えていたたっちは、上手く返事ができなくて恐縮しているツアレと、心配そうにしているセバスに向けて笑いかける。

 

「ゆっくり慣れていけばいいさ。セバスも彼女には優しくしてあげるといい」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリックにおける魔法最強、そして大災厄の魔。

 ウルベルト・アレイン・オードル氏の朝も、また遅い。

 彼の場合、異世界転移後のナザリック生活が長くないので、直に触れる魔法アイテムなどに大興奮。自室に籠もってウホウホしているため、朝食時の行動は遅くなるのが常だった。なので、彼が製作したNPC、デミウルゴスが朝食時の迎えに来ることが多い。

 

「いや~……つい夢中になっちゃって。デミウルゴスには感謝してもしきれませんねぇ」

 

 通路を山羊頭の悪魔……ウルベルトは、機嫌良くカラカラ笑った。話し相手は、斜め後ろを歩くデミウルゴスだ。

 

「感謝などと、もったいない。至高の御方に対する当然の奉仕ですので……」

 

 恐縮することしきり、しかし長い尾が嬉しげに揺れているのをウルベルトは見逃さなかった。

 

「ふふぅん。さぁて、今日は何をしますかね~……と、そう言えば、聖王国近辺の亜人達ってどうなってましたっけ?」

 

 ここで言う亜人達とは、ローブル聖王国にちょっかいを出していた亜人氏族を、デミウルゴスが集約し、一大勢力に仕立て上げていたものを言う。本当ならマメに各個撃破すると良いのだが、ギルメン達が「全員で大暴れしたい」という統一意見(金貨を使用した多数決すら必要なかった)を示したため、わざわざ巨大な集団にしているのだ。

 ウルベルトに問われたデミウルゴスは、人差し指で眼鏡の位置を直すと、説明を始めている。歩きながら話す姿は、スーツ姿も相まって秘書のようだ。

 

「そのことにつきましては、最近になって幾つかの氏族の長が『そろそろ始めよう』などと主張していまして。内々に排除することも可能ですが……」

 

 今のところは、まだ調整可能ということらしい。

 ウルベルト個人としては、もう良いのではないかと思うが、念のために亜人の数を聞いてみたところ、三十万に近いとのこと。随分と増えている。これはデミウルゴスによる入れ知恵で効率的な狩りや、安定した出産や育児が可能となったこと。そして、ブルー・プラネットによる高栄養の作物……を利用して、タブラが作成した成長促進剤を食材に混ぜたことが大きい。

 

「そろそろ仕上がってきたのかな? ギルメン会議で言ってみますかねぇ。亜人相手の大決戦をしてみませんか……とね。ナザリックの、ほぼ全力出撃になるでしょうから胸が躍りますねぇ」

 

 紅蓮や餓食狐蟲王、それに攻城戦専用のゴーレムであるガルガンチュアは置いていくので、全力出撃に『ほぼ』がつくと言ったところだろう。それでも合流済みのギルメン全員と共に戦うのは楽しいに違いない。亜人は相手として物足りないが、デミウルゴスが頑張って数を集め、そして増やしたのだ。ありがたく楽しませて貰おう。

 

「当然ですが、(しもべ)達も幾人か参加させますよ。せっかくナザリックの外に出られるのですしね。創造主と一緒に戦うなんて、けっこう嬉しいんじゃないかな?」

 

「無上の喜びです!」

 

 鼻息荒くデミウルゴスが即答するので、ウルベルトも機嫌良く笑った。が、その機嫌も次の十字路で急降下する。左方の通路から、たっち・みーがセバスらと共に姿を現したからだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 たっち・みー側では、ウルベルトの接近には鉢合わせの前から気がついていた。たっちもセバスも気配感知ができるからだ。なお、たっち達は、自分達の背後から他のギルメンが近づいていることも察知していたが、誰であるのか解っていたし、とりあえずウルベルトにのみ集中している。

 

「これはウルベルトさん。おはようございます」

 

 まだ午前中であるし、正午までは時間的に遠い。なので、おはようと挨拶をしたのだが、対するウルベルトは嫌味を言おうとして止めている。

 

(重役出勤ですか……と言うと、こっちにも刺さるしな。やれやれ、朝っぱらから悪いものを見たぜ……。元リア充め……)

 

 異世界転移前のたっちの境遇は、ウルベルトも聞かされていた。リア充でなかったウルベルトの感覚から言っても大層悲惨だ。だが、たっちに対する長年培われた悪印象は、そう簡単には消えない。

 ウルベルトは本来の口調で内心毒づき、「ええ、おはようございます」とだけ返してから右に曲がった。たっち達は真っ直ぐ進んだので、同じ方向へ進むこととなる。その後暫く、二人は何も語らず歩いていたが……。

 ウルベルトが口を開いた。

 

「それで? 今日は鬱な気分じゃないんですか?」

 

 チクリと一発。

 言ったウルベルト自身「我慢できなかったぜ。俺も、どうしようもねーな~」と思うのだが、こればかりは性分なのでしかたがない。この時、進行方向に向かってたっちが左でウルベルトは右。二人は並んで歩いており、それぞれの後ろには、セバス(通路壁側にツアレ)とデミウルゴスが居た。ツアレは良くわからないなりにオドオドしていて、NPC組はどうだったかと言えば……セバスとデミウルゴスは共に顔色が悪い。たっちとウルベルトの仲が悪いのは承知していたものの、実際に喧嘩が始まりそうとなれば生きた心地がしないのだ。至高の御方に対し、不敬だと感じつつセバス達が思ったのは「マズい、始まった!」というもの。いざ事が始まれば、自分達ではどうしようもないのだから絶望感が増していく。

 ここで、たっちが聞き流せば良かったのだろうが、ついさっきまで本当に鬱状態だったため、それは無理な話だ。なので、ついトゲのある口調で言い返してしまう。

 

「はっはっはっ! ウルベルトさんと語らってると鬱になってしまいそうですがね!」

 

 この言い返しで山羊の額に血管が浮いた。ビキィッというアレだ。

 

「いやいや、お褒めいただき恐縮の極みですとも」

 

「いやいや、嫌味が理解できないとは、物わかりの悪さが悪魔的で……」

 

 双方、言葉に籠もる怒気がどんどん強くなっていき、セバスとデミウルゴスが「はわぁああああ!?」と顔を引きつらせていく。涙目と言っていい。

 だが、ここで新たなギルメンが登場した。

 たっち達の後方から移動してきた異形種……タブラ・スマラグディナ、そしてヘロヘロである。

 瞬間、場の空気が固まった。

 たっちとウルベルトは「俺達の問題ですから放っておいてください!」と目で訴え、セバスとデミウルゴスは「お願いですから、何とかしてください!」と表情で訴える。ちなみにツアレは、手の指を組んで「あううう、(こ~わ~)い~です~……」と涙目の状態だ。

 

「ふ~む。まずいところを見ちゃいましたね~~」

 

 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロが、右隣で立つ脳食い(ブレインイーター)……タブラを見上げる。

 

「何とかするにしても、相手がね~。どうします? タブラさん?」

 

 たっちとウルベルトが物理と魔法の最強であるなら、ヘロヘロとタブラも物理及び魔法の面で高い領域に達している。戦闘スタイル的に噛み合うと言えば、そうなのだが……。

 

(その物理も魔法も負けてますからね~。痛い目を見せるぐらいはできるかもですが。さて、タブラさんは……やる気なのかな~)

 

 タブラはヘロヘロからの問いには答えず、沈黙したまま数秒が経過する。たっちとウルベルトが「タブラさんは関与しない方針か?」と互いに視線を向け直した……その時。

 タブラが、アイテムボックスから長方形の板型データクリスタルを取り出した。その板面を親指でなぞると、勇ましい音楽が鳴り出す。たっちとウルベルトは、一瞬頭上に?マークが浮いたものの、音楽に乗せられる形で取っ組み合いを始めた。

 

「っしゃーおらぁ! デビルチョップ!」

 

「なんの! こっちも騎士(ライダー)チョップぅ!」

 

 組んずほぐれつのプロレスだ。まさに、男と男の六〇分一本勝負。

 (いにえしえ)のギャグアニメや漫画で言えば、ひとかたまりの土埃の中から、時折、拳や足や顔などが見える……そんな戦闘(?)シーンでもある。

 数歩分離れた位置では、セバスとデミウルゴスがオロオロしており、ツアレは先程のポージングのまま固まっているようだ。

 この様子を見やりながら、タブラが溜息をついた。手に持ったデータクリスタルは撮影モードに移行している。

 

「お互い、溜まるものがあるみたいだし? 剣も魔法も無しなら良いストレス発散になるんじゃないか……とね」

 

 異形種化したタブラはタコ顔なので、その表情は読めない。手に持つデータクリスタルからは、今も音楽が流れ続けているが、ほへ~とタブラを見上げていたヘロヘロは、その曲目が気になった。

 

「タブラさん。ちなみに何て曲なんです? 随分と格好いいですけど?」

 

「大昔のプロレスの入場曲だよ。なんとかライズだったかな? 当時有名なプロレスラーの入場曲で……」

 

 終わることなき乱闘を前に、タブラはヘロヘロに向けて解説を続けるのだった。




 モモンガさん、脱童貞。
 いたしてるシーンは、今のところ書く予定がありません。

 一人で異世界転移しなくて良かった!芸は、3回目ぐらいですかね?
 これまでは書き手として、その場のノリでモモンガさんに言わせてましたが、今回は明確に『原作のアインズ様』を意識したシーンにしています。『集う至高のモモンガさん』は、原作アインズ様のことをもちろん知りませんが、本作のモモンガさんが幸せを噛みしめると共に、原作アインズ様にとって酷な物言いになるよう意識してみました。
 読んで原作アインズさんが気の毒で複雑な感覚になるか、原作アインズ様の悲惨が引き立つ感じで笑っていただければ、書き手としてどちらであっても幸いです。

 たっちさんのアバターモデルは、感想掲示板で入手した情報ではトンボだそうで。ずっとバッタ扱いを通してきましたが、ちょっとだけトンボ要素を入れてみました。なので、課金アイテムでアバターのモデルチェンジしてるのは捏造設定です。

 たっちさんとウルベルトさんでは、身体能力に差がありすぎてプロレスにならない気もしますが、そこはまあプロレスですので。仲良く喧嘩しなって感じですかね?
 プロレスは最近見てませんが、昔はそれなりに見てました。聞こえる曲と曲名が一致するのってサンライズだけなんですよね~。スカイハイとかも大丈夫かな?

 1~3回ぐらい、日常回を続けたいかな~。
 活動報告で弐式&ナーベラルがありましたので書いてます。


<誤字報告>
tino_ueさん、安全 空間さん

 毎度ありがとうございます。


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第117話

「あ~、ナザメシ美味かった。異世界転移して良かったな~……マジで」

 

 食堂帰りの弐式炎雷が、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で自室に転移した。内装は和式、課金アイテムによる空間拡張で庭や縁側まで設けられている。弐式自慢の一室だ。

 

「たっだいま~っ!」

 

 上機嫌で言うが、一般メイドが引き上げられているので返事をする者は……。

 

「お帰りなさいませ。弐式炎雷様……」

 

 返事する者が一人居る。

 一歩入った土間の向こう、板の間で正座……三つ指を突いているのは、戦闘メイド(プレアデス)の一人、ナーベラル・ガンマ。今の彼女は着物姿に白エプロンという、メイドよりは女中と言った服装だ。これは過日の『失態による罰』で、一ヶ月間、弐式の専属メイドとして配置換えになった際、弐式の「気分転換だよ!」の一声でコスチュームチェンジされたのである。NPCにとって、至高の御方……それも自身の創造主の提案ともなると、もはや提案ではなく命に代えても遂行するべき絶対の命令だ。『すべて受け入れます!』がデフォルトのナーベラルは、喜々として着替え……今に至る。

 

(それにしても、マジで似合ってる……。黒髪の設定にして良かった!) 

 

 弐式は人化し、履き物を脱ぐのを(恍惚とした表情の)ナーベラルに手伝って貰いながら彼女の姿を観察した。ナーベラルは二重の影(ドッペルゲンガー)だが、弐式が人間女性として設定した姿は、切れ長の黒い瞳、長く伸ばした黒のストレート髪はポニーテールとしている。きめ細かい色白の肌を有し、十代後半から二十代のお淑やかな雰囲気……というものだ。

 ただし、属性が邪悪であり、カルマ値においてはマイナス四〇〇……同じ戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロンと並ぶ最低値を叩き出している。このこともあってか、ナザリック外の者に対する対応は傲岸不遜を極めていた。なお、そのせいで失敗をし、メイド長のペストーニャに『研修』を受けさせられたこともある。

 

(多少はマシになってて本当に良かった……。ペス、マジでありがと~)

 

 根っこの部分では変わりないようだが、表面上の問題が少なくなっただけでも弐式は嬉しく思う。

 異世界転移してナーベラルと再会した後、ナーベラルは対人間関係で数々の失言を繰り返した。弐式は、まだナーベラルがゲームキャラに過ぎなかったユグドラシル時代……あの頃に、面白おかしくカルマ値を下げたりしなければ良かったと常々思っていたのである。そのカルマ値問題がある程度改善され、今は期間限定とはいえ専属メイドに配置替えだ。こんな幸せなことがあるだろうか。

 

「弐式炎雷様。お食事になさいますか? お風呂になさいますか?」

 

 日本男子なら、愛妻に一度は言って欲しいセリフ。これもまた、弐式がナーベラルに頼んで言わせているのだが、ナーベラル側では創造主からの言いつけに歓喜しているので問題はない。ただし……。

 

「そ、それとも、わ、わたたた、わた……」

 

 最後の一つを言おうとして、ナーベラルはパニックになっていた。

 実のところ、モモンガ達には「俺も機会があったらナーベラルと……」と言っておきながら、弐式はナーベラルとはすでに体験済みだ。夜になると攻めたり受けたり、あれこれと楽しんでいる。にもかかわらず、ナーベラルはいつまでたっても初々しくて、弐式はそんなナーベラルがお気に入りだった。惚れ直したと言っていい。

 

(いつまでも、そんな感じでいてくれよ)

 

 そう思う一方、妖艶なマダム風になったナーベラルも見てみたいと思う。

 

(どのみち、俺もナーベラルも寿命的な意味合いでの時間は多くあるんだから、そのうち見られればいいかな……)

 

 弐式は、ナーベラルが正座したまま目をグルグルさせ、顔真っ赤の状態でアワアワ言っている姿を堪能すると、入浴するべくナーベラルを風呂に誘うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式の自室は忍者屋敷を意識しているが、掛け軸の裏に隠し通路が……的なギミックは実は多くない。また床板を一枚外すと、収納してあった小刀が……というのも無しだ。

 

(とっさの移動とか、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で充分だし、隠し武器とかアイテムボックスで充分だろ?)

 

 忍者屋敷風としては見た目重視で充分、住みやすさを犠牲にしてまでやることではない……というのが弐式の方針である。だから木製の引き戸や板張りの床など、雰囲気は和式ながら、居住性に重きを置いた内装となっているのだ。

 ここまで手を入れたのは、ある意味当然だが異世界転移した後である。ユグドラシルのゲーム時代では、住み心地など気にしてもしかたなかった。せいぜいが雰囲気づくりでトイレを設置したり、風呂を設置したりした程度。しかし、実際に住むとなれば、弐式は手持ち資金や課金アイテムを惜しんでいない。この辺は他のギルメンも同じである。

 

(建やんは、大金つぎ込んで鍛治部屋とかを造り直したみたいだけど。あ、道場風の部屋も建て増ししたんだっけ? 胴着を着せたコキュートスと稽古してるとか何とか……) 

 

 脱衣場で、弐式は人化し衣服を脱ぎだした。異世界転移の直後、ハーフゴーレムにならないと最強装備が身につけられないという制限があったが、タブラによって「ただの不具合。バグみたいなもので……デバフみたいなものだね」と診断され、ウルベルトの合流後あたりで彼に手伝って貰い解除している。今では、人化していても最強装備を着用できるため、不自由がなくなっていた。ちなみに建御雷の自力で人化できない症状も、これと同じ類いの『不具合』だったため、同じように解除されている。

 

(今のところ、自力で人化できないのはモモンガさんだけか……。なんでモモンガさんだけなんだろうな。本人は気にしてなさそうだけど……)

 

 シュルリ……と衣擦れの音がした。

 弐式の左隣で、ナーベラルが脱衣中なのだ。

 そう、弐式の自室の浴室は、男女分けでなく一室のみ。脱衣場も一室だけ。なので同時に入浴するとなれば、一緒に着替えることになる。

 

(別々に着替えるとか、入浴も別とかとんでもない! 俺が決めてナーベラルがウンって言ったから、これでいいんだ! 何の問題もなし!)

 

 ナーベラルの脱衣音を鼓膜で感じながら、弐式は隣のナーベラルを見た。ナーベラルは下着は洋モノ……ブラジャー等を着用しているが、この時点ではそれも脱いでおり、弐式からは斜め下向きの角度で乳房が丸見えである。

 

(眼福! 眼福だよ! これが昔のアニメとかなら、変な光で見えないところだよ! 青い円盤を買わなくちゃ! 骨董品はプレミアム価格ぅ!)

 

 声に出さないでいるが、脳内では大騒ぎだ。

 前述したとおり、ナーベラルとはすでに何度もベッドインしているが、彼女の着替えシーンや裸体は見飽きるものではない。ナーベラル側では弐式の視線を感じ取っているのか、頬が赤く染まっていた。

 と、このように、元の現実(リアル)では犯罪そのもののセクハラを行う弐式。しかし、彼自身が言ってるとおり、彼とナーベラルの関係は創造主と被創造物。本人同士の合意もあるため、何の問題もないのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式炎雷からくる直球のエロ願望。

 これを全身全霊で受け止めるナーベラル・ガンマは、至福の極致にあった。

 ナザリックの(しもべ)にとって、至高の御方に構って貰えることが無上の喜びであるのに、弐式炎雷は、至高の御方の中でも特別である創造主。その彼から何か命じられる度に、ナーベラルの意識は幸福の園に投じられるのだ。

 その彼女は今、檜風呂……湯船の中に居る。弐式の左隣で腰を下ろし、たまに弐式が肩を寄せて触れてくると、ゾクリとした感覚が背筋を駆け上がった。

 

(こんなに、幸せでいいのかしら?)

 

 ナザリックの(しもべ)の中には、創造主の帰還が果たされていない者が居る。同じ戦闘メイド(プレアデス)で言えば、エントマやシズがそうだ。彼女らのことを思うと、ナーベラルは申し訳ない気分になった。だが、だからと言って創造主が居ない日々など、もう耐えられない。分不相応ながら、夜も可愛がっていただいている。創造主が自分に夢中になっている時間……なんと素晴らしいことか。掴んだ幸せは手放したくないのだ。

 ナーベラルは背を曲げると、下顎を湯につけた。手を伸ばして両膝を抱え込む。

 

(弐式炎雷様は……もう何処かに行ったりしないと言ってくださったわ。でも、過去に不在の時間が長かった。それは弐式炎雷様でも、どうにもならなかったことだと……。もし、もしも同じ事がまた起こったら?)

 

 弐式炎雷は、またナザリック地下大墳墓から居なくなってしまうかもしれない。

 その時、同行が許されずにナザリックで残っていろと言われたら。自分はどうなってしまうのだろう。自害……は駄目だ。弐式炎雷から直々に禁止されている。大人しくナザリックに残るしかないのか……。

 

(そんなの、そんなことになったら気が狂ってしまう……。私、私は……)

 

「ナーベラル?」

 

 気がつくと、弐式が心配げに顔を覗き込んできている。

 創造主が心配してくれた……というのは舞い上がるほどの歓喜を覚え、己の不甲斐なさで自害したくもなる。いや、それは先程考えたように禁忌だ。

 

「いえ、その……」

 

 目を合わせないのは不敬。しかし、申し訳なさが感情の上位に来ているため、ナーベラルは俯いたままだ。そんな彼女を見た弐式が「う~ん。言ってくれないと解らないんだけど……」と呟き、そのことでナーベラルは胸に痛みを覚えてしまう。

 が、ぼやくように言っていた弐式の声が、唐突に明るくなった。

 

「だが! この俺は、ナーベラルについてタブラさんや茶釜さん、後はやまいこさんに相談しているから! 色々察しちゃうぞ!」 

 

「ええっ!?」

 

 驚き顔を上げたナーベラルが、その顔を弐式に向けた……そこへ弐式の人差し指が突き出され、鼻先をチョンと突く。

 

「ずばり! 俺がナーベラルを置いて姿を消して、もう戻って来ない! ……とか考えてる!」

 

 ナーベラルは、イルアン・グライベル(筋力を増大させる鉄製の籠手)で頭を殴られたような衝撃を感じた。やはり至高の御方は凄い。自分のごとき愚物の思考など、お見通しなのだ。

 

「当たりか~……。あのなぁ……」

 

 目を丸くしているナーベラルから弐式が指先を引っ込める。

 

「前にも言ったけど、もうどこにも行かないし? あり得ない想定だけど、ナザリックから除籍されるか脱退する気になったら、ナーベラルは一緒に連れてくよ。そうだよ、ユグドラシルの時と違って外に連れ出せるんだからさ!」

 

 ザバッと湯から右手をだし、弐式が力説している。

 その言っている言葉が耳から入って鼓膜を揺さぶり、脳内で飛び跳ねるのを感じたナーベラルは、呆然とした表情のまま……落涙した。後から後からあふれ出し、止まることのない涙に、弐式がギョッとする。そして、あたふたと慌てだした。

 

「うぇええ!? な、何!? 俺、なんか泣かせるようなこと言った!? えっと、ごめん? ど、どど、どうしよう!?」 

 

「す、すみませ、止まらなくて、でも少しだけ……」

 

 指や手の甲で目元を拭いながら、ナーベラルは泣き続ける。

 嬉しさが極まった自分が、こうも泣いて……泣き止まないとは……。

 情けないやら嬉しいやら、やっぱり情けないやら……。

 一方、混乱が収まらない弐式は、ナーベラルをあやすように言葉を紡いでいく。

 

「はわわわわわ、そ、そうだ! 何かして欲しいことある!? 俺、何でもやっちゃう!」

 

 そう言い放たれたところで、ナーベラルは上下させていた肩の動きを止めた。涙は止まっていないが上目遣いで、右隣の弐式を見る。

 

「そのような……なんでもだなんて……。恐れ多いことで……」

 

「だから、そういうのはいいから! 特別大サービスだよ! ほら、言って言って!」

 

 困り顔を無理矢理笑顔にしている弐式を、本当に申し訳なさ一杯で見たナーベラルは、その重い口を開いた。

 

「そ、それでは……」 

 

 ……翌日。

 ナザリック地下大墳墓第九階層の通路を、弐式が歩いている。その左腕には戦闘メイド(プレアデス)服のナーベラルが居て……二人で手をつないでいた。弐式は仮面の下でハーフゴーレム化しているものの、仮面越しに頬を掻くような仕草をしている。ナーベラルはと言うと頬を染めていた。時折、一般メイドと擦れちがうのだが、一人の例外もなく弐式達を見て黄色い声をあげている。

 

「ナーベラル? 手をつないで第九階層を歩きたいって……そういう願いで良かったのか?」

 

 もっと凄い『お願い』を想像していた弐式は、拍子抜けした気分だ。だが、自身の最高傑作NPC、ナーベラル・ガンマを、他者に見せつけるように歩き回るのは実に気分が良い。

 

(今度、王国の王都でやってみるかな? うひょー、ワクワクしてきた!)

 

 弐式が上機嫌で歩く姿を、ナーベラルは手を引かれながらジッと見ていた。やがて少し俯き、ほんの僅かに力を込めて弐式の手を握り返すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 亜人に関する経過報告が、ギルメン会議に持ち込まれるまでの間。

 各ギルメンらは思い思いに余暇を過ごしている。

 たっちとウルベルトのように朝飯前の『プロレス』をしたり、弐式とナーベラルのように、スキンシップを重ねてイチャイチャしたりなど。

 そして、ここにもまた余暇を過ごすギルメンが……。 

 

「はい、頑張って作った野菜ですよ~。美味しいですから~」

 

 リ・エスティーゼ王国の王都、大通りの端で木箱を並べた屋台がある。角材と板からなる……手作り感満載の屋根の下で、大男が声を出していた。朝の早い時間帯であり、寄ってくる客層は主婦等の女性が多い。

 男の名はブルー・プラネット。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンで、自然をこよなく愛する樹人だが、今は人化しており、岩のような顔立ちの大男となっている。

 今日は、カルネ村の近くで本格的に栽培した野菜類を売りに来ているのだ。お供はブレイン・アングラウスとカジット・デイル・バダンテール。この組み合わせで外出するのは戦力的に心許ないという意見もあったが、近くにヘロヘロが経営する『ヘイグ武器防具店』があるので、いざとなったらそこに駆け込むといった打ち合わせが成されている。

 そもそも……。

 

「やあ、ブル……じゃなかったアオボシさん。売れてますか?」

 

 声を掛けてきたのは、魔法使いの冒険者モモン……として活動中のモモンガ。当然ながら人化している。その隣には、顔の上半分をヘルムで覆った黒衣の女戦士ブリジット……としてモモンガに同行中のアルベドも居る。

 このように、ブルー・プラネットの近くにギルメンを一人置くという名目で、モモンガもデートしつつブラブラしているのだ。ひとまず、戦力的に問題はないと言って良い。

 

「やあ、モモンさん。うちの野菜は良い出来ですからね。奥さん方に大人気なんですよ」

 

 ブルー・プラネットは人化して活動する際、ブルー・プラネット……青い星……アオボシを名乗っている。本人は大して気にしていなかったが、モモンガや他のギルメンから偽名は使っておくべきと言われたので、この名を使うことにしていた。ベルリバーのバリルベなどと比べると日本人っぽい偽名なので、ブルー・プラネットとしては気に入っていたりする。

 

「お店が流行っているようで何よりです。アオボシさんの汗と努力の結晶ですものね!」

 

 嘘偽りなし。おべっかや世辞ですらない本心でブルー・プラネットを讃えたモモンガは、売り子として精を出しているカジットを見た。ナザリック地下大墳墓で居るときの赤ローブ姿ではない。対面側で屋台を構える者達や、その辺の通行人と変わらない服装。そして無毛の頭部には、ねじり鉢巻きが巻かれている。

 

「おじさん! そのニンジン? っていうの一〇本ちょうだい!」

 

「はい、ありがと~ねぇ! 銅貨五枚だよ!」

 

 おばちゃん……奥様相手の接客態度に違和感がない。似合いすぎていると言っていいくらいだ。

 カジットは、その人生を捧げた目的……母親の蘇生のため、ナザリック入りをしていたが、その目的は達成されている。と言っても彼の母は蘇生していない。母親側で蘇生を拒否してきたのだ。これによりカジットは失意のどん底に陥ったが、さすがに哀れに思ったモモンガ達でアイテムをやりくりした結果、カジットの母親と会話することができている。

 

「死んでから随分経っているし、生まれ変わりのための時間を過ごしている。息子が何だか悪さしてたみたいだけど、成長して大人になったのを確認できただけで満足」

 

 とのことで、カジットは一応説得を試みていたが、しつこく蘇生を迫ったりはしなかった。どうやら「悪さをしていた」というコメントが心に刺さったらしい。親に向けて合わせる顔がない状態となったカジットは、「今更、謝罪とか償いとかやりようがないんでしょうけど、せめて真人間になりなさい」とのお説教に涙を流して頷き、母親との別れ、あるいは親からの卒業を果たしたのだった。

 以後のカジットは、せっかく身につけた魔法に関して、ナザリックの最古図書館での勉学により継続。ブルー・プラネットの農作業手伝いをメインとして、各ギルメンの手伝いをしている。

 このように外部からナザリック入りした人間として、カジットは有意義な毎日を過ごしていた。では、野盗集団所属から武人建御雷を追いかける形でナザリック入りをした……ブレインはどうだったか。本日はカジット共に、ブルー・プラネットの屋台を手伝っているのだが……。

 

「おにいさん、そのキャベツ二つとジャガイモ一〇個ね!」 

 

「それなら、銅貨七枚だ」

 

 ぶっきらぼうな物言い。愛想笑いすらない。それが客商売の態度で良いのかと問われると、まずは失格であろう。

 これが一部の奥様からは「野性的で格好良い」とか「しびれる」らしいのだが、そうでない男性客からは「なんだその態度は!」と不評である。が、ブレインは鼻で笑うのみで意に介さない。剣に生きる男、ブレインとしては客商売など性に合わないのだ。しかし、そのような『ふんぞり返った接客態度』は、いつまでも続かなかった。なぜなら、この場でのブレインの上司と、その上司の(ブレインの認識での)上役が二人とも揃っているからだ。

 

「う~ん。営業マン経験者としては、今の態度はいただけないな~。と言うか、ヘロヘロさんの武器防具店で接客してたのに、何でそんな感じなんだ?」

 

「すみません、モモン~……ガさん。俺から建御雷さんに言って、ブレインの武器防具のグレードを下げて貰いますから」

 

「ちょ、まっ……」

 

 『至高の御方』二名による会話を聞き、ブレインが震え上がる。己の強さを磨くことに貪欲で、強くなるためには武具への拘りも強い男。そんな彼が、今持ってる剣を劣化させるなど耐えられるはずがない。反射的に通りへ向き直ると、ブレインは必死の形相……もとい、精一杯の愛想笑いを浮かべながら声を張り上げた。

 

「そこのお嬢さん! そう、そこのあなた! 今日は取れたての野菜が安いんですよ! 栄養満点で、食べたらお肌が艶々!」

 

 かつての剣鬼とも言える彼を知る者が見たら、我が目を疑うであろう姿。モモンガ達は「よきかな~」と満足したが、そこへ一人の男が通りかかった。

 

「もしや……ブレイン・アングラウスか?」

 

 がっしりした身体つきに、アゴ髭のある精悍な顔立ち。王国戦士団の甲冑を着込んだその男……名をガゼフ・ストロノーフという。王国の戦士長を務める、周辺国家最強の戦士だ。

 

「げぇ!? ストロノーフか!? ……はい! これ、おつりね!」 

 

 超えるべき男に嫌なところを見られた……と、ブレインは一瞬顔をしかめたものの、接客中なので業務は遂行する。そうして一段落させたところに、モモンガが進み出た。

 

「これはこれは、ガゼフ・ストロノーフ戦士長殿。お久しぶりです」

 

「むっ?」

 

 ブレインを注視していたガゼフは、漆黒のローブを身に纏った魔法使いを見て目を見開いた。モモンガとはカルネ村で面識がある。弐式炎雷とガゼフが手合わせをする一幕もあったが、思い起こせば遠い過去だったような気もする。その感覚は、モモンガとガゼフとで同じだったらしく、二人でフッと笑みを交わした。 

 

「ゴウン殿、久しい……と言うほどでないかもしれんが、久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」

 

「そちらこそ……」

 

 どことなく、たっち・みーの雰囲気を感じる男……ガゼフ。好感に近い気分となったモモンガは、ふと思いついたことがあって話題を持ち出す。

 

「ブレインとはお知り合いのようですが、よろしければ話などしていかれてはどうです? アオボシさんも構いませんよね?」

 

 ブレインとガゼフの関係は以前に聞かされていたため、モモンガは理解のある上司ムーブをやってみた。途中で話を振られたブルー・プラネットは、モモンガの気持ちを良く理解しており、この時点で持ち込んだ野菜が残り少なくなっていたこともあって鷹揚に頷いている。

 

「問題ないですとも。ブレイン、離れていいよ~。あ、これ、預かってた刀ね!」

 

 ガゼフの目があるのに、ブルー・プラネットは()()()()()()()()からブレインの刀を取り出した。モモンガは「あちゃ~」と声を漏らしたが、ガゼフが目を見開きながらも「いや、聞くまい」と呟いてるのを聞いて内心安堵している。

 

(俺的に好感度が加点一……いや、二!)

 

 モモンガの中でガゼフという男は、『現地における良い人』の位置づけとなっていた。今日もまた好感度が上昇したわけだが、そのガゼフは、モモンガとブルー・プラネットに対し「かたじけない」と一礼をする。

 

(きちんとした人だな~……)

 

 なにげにブルー・プラネットの好感度も加点されているようだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ブルー・プラネットの屋台の裏。そこに路地があったので、ブレインはガゼフと共に路地へ入って立ち話を始めた。

 

「本当に久しいな、アングラウス! それにしても剣をやめた……わけではないようだが?」

 

 屋台で野菜売りをしていたことを言っているのだ。言いながらニカッと笑うので、ガゼフは嫌味を言っているわけではない。ブレインは肩をすくめると、通りの方を見た。

 

「世話になってる方……人達の手伝いでな。別に、剣に生きることをやめたわけじゃあない」

 

 不必要な情報を出さないよう、ブレインは言い方を変更している。モモンガやブルー・プラネットは気にしないかもしれない。しかし、今の屋台前にはブリジット……アルベドも居るので、口を滑らせるとどんな目に遭わされるか……。

 そういったブレインの焦りを読み切れないガゼフは少し首を傾げたが、やがてブレインが腰に佩いた刀に目をやった。

 

「その剣……刀か。鞘だけでも大層な品と見たが……」

 

「おっ? わかるか!」

 

 ブレインは喜色満面で反応する。

 ブレインが持つ刀は、武人建御雷から譲られたものだ。ナザリックに加入してすぐに貰った練習刀は今でも愛用しているが、外での活動用にと建御雷が新たに打ってくれたのが、この刀であった。

 頑丈さで練習刀に劣るものの、切れ味で大いに上回っている。

 注目すべきは、増力、増速、体力回復、気力回復の付与効果が、転移後世界における最高級品を突き放す性能でありながら、使用者の思考一つで能力封印できる点だ。武具の性能頼みではなく、自力で戦えるようにと建御雷が仕込んだギミックであり、ブレイン自身はこの仕様を大いに気に入っている。

 

(剣の腕だけで勝負できるし、いざとなったら能力解放! 最高じゃないか!)

 

 そして、この最高の刀に見合う男になれるよう、ブレインは日々の鍛錬を欠かしていない。とはいえ、素振りでは上達に限度があるし、少し前までは野盗狩りをしていたが……今ではギルメンの武技修練に交ざって模擬戦等をしていた。

 

(建御雷の旦那にお手玉にされたり、弐式炎雷様に手を引かれて高速移動に慣れさせられたり……最近じゃ、たっち・みー様がな~。……構えもしてないのに、立ち姿だけで手出しできないとか。隙がないって次元の話じゃないんだよ……。高みが高み過ぎて、何が何だか……うぷっ)

 

 ギルメン相手の修練はハイレベルかつ高密度であり、思い出すだけで胸に込み上げてくるものがある。

 

「どうかしたか? アングラウス?」 

 

「ああ、いや……この刀に慣れる修練を思い出して、ちょっと胸焼けがな……」

 

 ギルメン相手では良いところなく転がされているブレイン。だが、それ以外が相手の時には、良い場面もあった。ここ最近で「やった!」と思ったのは、自身の高速斬撃<神閃>に命中率補助である<領域>を載せた上で、今、目の前に居るガゼフの技……四光連斬を放つ……超高速かつ超精密の攻撃武技を会得したことだ。

 

(こうやってストロノーフの顔を見てると、技の盗用かな~……と思うんだが。建御雷の旦那に「ショーでやってる興業試合ならともかく、技に著作権なんかねーよ!」って言って貰ってるし。いや~、あの新武技……名付けて<四神閃(ししんせん)>で、シャルティア様の爪を切ったときは最高の気分だったな~)

 

 模擬戦に交ざりだした当初、シャルティアには、ありとあらゆる攻撃を小指の爪でさばかれて泣きたくなったものである。だが、修練の結果、シャルティアの爪を<四神閃(ししんせん)>で切ることができた。爪の先端部分だけだったが、紛れもない成長の証だ。これを成し遂げた際、シャルティアが驚き、居合わせた建御雷やたっち・みー、それにモモンガなどから「レベル差を考えたら物凄いことしてる!?」と、やんややんやの喝采を得ている。

 技名に関しては、シャルティアの爪を切った記念で『爪切り』にしようとしたものの、居合わせた建御雷と弐式から「ださい」といったクレームが付き、同じく居合わせていたモモンガを除いた全員で考えた結果、<四神閃(ししんせん)>となっていた。

 なんにせよ、その時のブレインは、天上の存在達に認められて有頂天だった。

 

(もっとも、そのすぐ後でシャルティア様が<要塞>を使ってきて、二度と通用しなくなったんだけどな……)

 

 武技<要塞>とは、気力を消費して防御力を高め、攻撃を弾き返したりする武技だ。元漆黒聖典のクレマンティーヌが得意とする<不落要塞>の下、<重要塞>の次に下位の武技である。

 

(地力の違いすぎで、その辺の人間が使う<重要塞>より頑丈とか……。マジで勘弁して欲しいぜ……。シャルティア様が<不落要塞>を覚えたらどうなるんだ?)

 

 思い出しの高揚感が一転してダウンな気分となる。ブレインは下唇を突き出したくなったが、眼前のガゼフが怪訝そうな表情になったことで意識を相手に向け直した。

 

「この刀は実に凄いんだが……俺だって成長して凄くなってるんだぜ? 人間の中では……だろうけど……」

 

 人間の中で……と言えば、ナザリック所属の人間に、前述したクレマンティーヌが居る。ブレインは出会った当初の彼女に勝てなかったものの、今では四回に一回は勝てるようになっていた。この結果を見てもブレインが成長しているのは間違いない。ただ、勝ち越せていないのは、クレマンティーヌも建御雷製作の武具を使い、ナザリックでの鍛錬をしているからだ。また、実戦経験の差もあるだろう。現状、彼女との差が縮まったように思えず、ブレインにしてみれば不満であった。

 

(クレマンティーヌ、マジで()ぇえんだよ。下手したらナザリック入り前でも、ストロノーフより強かったんじゃね? 世の中って(ひれ)ぇよな~……)

 

「なるほど! アングラウスとは今度手合わせしたいものだ!」

 

 ガゼフが興味深さと嬉しさの入り交じった顔で言うと、ブレインは肩をすくめた。

 

「ふふん、今度か……。はっきり言って俺の勝ちだな。だが、ま……お互い頑張ろうや……」

 

 最初、自信ありげに言い出したブレインは、言い終わりで声のトーンを落としている。

 かつて、御前試合でガゼフに敗戦した後のブレインは、自分を鍛え直し、ガゼフと再会したら己の勝ちを事前宣言してやろうと考えていた。だが、今のブレインはナザリックに所属し、強力な武具を得るだけでなく、遙か天上の強者らと手合わせする機会を得ている。強くなるのは当然だとして、これはガゼフに対して不公平ではないだろうか。現に、初対面時に勝てなかった相手……クレマンティーヌは、今なお勝ち越せない相手であり、その強さはナザリックで向上したものだ。であるなら、ガゼフがブレインと一緒にナザリック入りしていたら、ガゼフは今も勝てない存在だったのではないか。そう考えたブレインは浮かない気分だったが、その内心を読めないはずのガゼフがカラカラと笑う。

 

「どうした、アングラウス? 俺より強くなったのだろう? 俺を気遣うのなら、無用の心配だ。俺が負けたとしても、更に俺が強くなれば良いだけのこと。お前がそうしたようにな!」

 

「ストロノーフ……」 

 

 剣の腕以外の部分では、まだまだ負けている。

 そう感じたブレインは、先程まで感じていた重い気持ちが霧散し、小さく笑みを浮かべるのだった。

 





日常回で、弐式&ナーベラル。
活動報告で、「弐式&ナーベラルのイチャイチャ回があれば」とのことでしたので、採用して書いてみました。
完全に自分好みで、言うことを何でも聞いてくれて、しかも慕ってくれてる女性。男の理想です。弐式さんも、することはしていたというわけで……。

後半は、ブルプラさん、カジット、ブレイン、そしてガゼフとなりました。
『爪切り』を『四神閃』にしています。
原作とではブレインとシャルティアの関係性が違いますので。

活動報告では、日常回リクエストを受け付けてまして。
今回の投稿時点で、リクエスト受付は3つまで。先着10名様までなので、あと7つ。
リクエスト分は大体5000文字ぐらいで、後半は別キャラらの日常回が入る……とか、その順番を入れ替えたり……とか色々やってみようと思います。


<誤字報告>
佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。


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第118話

「はい、到着でありんすえ!」

 

 リ・エスティーゼ王国の王都。

 その路地裏で<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現し、中からシャルティア・ブラッドフォールンが姿を現す。暗黒環から首だけ出したシャルティアは、周囲を見回し、誰も居ないことを確認すると外へ出てきた。いつものボールガウンの姿であり、薄汚れた路地裏でも輝くような美貌は色あせていない。続いて暗黒環から出たのは、シャルティアの創造主、鳥人ペロロンチーノであったが、今は人化していて冒険者の弓使い……ペロンの姿である。

 

「ご苦労様~。シャルティアが<転移門(ゲート)>を使えて本当に助かるよ!」

 

「でひひ! そんなぁ、この程度のことで褒めていただけるなんて! 心臓が止まってしまいそうでありんすぅ!」

 

 シャルティアがだらしない笑みを浮かべて照れる。なお、彼女はアンデッドなので、心臓は元々動いていない。

 今日、ペロロンチーノとシャルティアは王都でデートなのだが、諸用で寄ったカルネ村にてエンリ・エモットを見かけ、彼女がモモンガに会いたいと言ったことから彼女も連れて来ている。そういった事情から、ペロロンチーノに続いて暗黒環から出てきたのはエンリだった。ペロロンチーノが「じゃあ、今から一緒に王都へ行こう!」と突発的に発案したせいで、服装は普段着のままだ。おっかなびっくり石畳の上に降り立ったエンリは、落ちつかない様子で周囲を見回している。

 

「エンリちゃん、移動するよ!」

 

 ペロロンチーノがエンリに声をかけた。右手の指をこめかみに当てているので、エンリに声をかけてすぐ<伝言(メッセージ)>をしだしたようだが……。

 

「モモン……ガさんと連絡がとれたよ! 合流していいそうだから!」

 

「は、ハア……はい!」

 

 一瞬気の抜けた返事をするも、すぐさま元気の良い返事に切り替える。

 王都にはナザリックの手伝いで幾度か来たことがあった。だいたいはヘロヘロの武器防具店で店員働きをするためだ。発端は、せっかく王都で店を構えている人が知り合いとして存在するのだから、出稼ぎをして収入を増やしたい……とエンリが考えたことによる。エンリの両親は娘の王都行きを渋ったが、ヘロヘロが経営する店と聞いて態度を翻していた。あのヘロヘロの店ならば、エンリが王都で危ない目に遭うはずがないからだ。そしてそれは、エモット夫妻の思い込みや誤解ではない。現に、王都ではナザリックの(しもべ)が配置されていて監視の目が行き届いていたし、それとは別で、今ではナザリック配下となった八本指の目もあったからだ。しかも、モモンガから「王都滞在中のエンリ・エモットには安全面について注意を払うこと」と命が下っているとなれば、エンリの身の安全は盤石と言って良かった。

 

(久しぶりでカルネ村に戻ってたのが王都へ逆戻り……。お父さん達やネムには悪いけど、ゴウン様に会うためだもの!)

 

 両掌を胸前に挙げて、ギュッと握り拳をつくる。

 恋する男性と会うためなら、家族との都合は申し訳ないながら後回しなのだ。なお、モモンガ達と出会うまでは親しい仲だった歳の近い異性……ンフィーレア・バレアレ氏の名は、『申し訳ない人々』に含まれていない。エンリの中で、今のンフィーレアは親しい知人枠であって、恋愛の対象ではないからだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「じゃあ、モモンさん! ここから俺達は別行動で! 行くよ! シャルティア!」

 

「了解! でありんす!」

 

 エンリをモモンガの居る場所……ブルー・プラネットの屋台前に連れて来たペロロンチーノが、シャルティアを連れて足早に遠ざかっていく。モモンガは「え? はい、気をつけて……」とペロロンチーノ達の背を見送ったが……。

 

「さ~て、姉ちゃんが居ないし! 俺達は自由だよ!」

 

「はいでありんす!」

 

「これから大人の玩具のお店や、日中営業しているエッチなお店を探すものとする!」

 

「最っ高でありんすえ!」

 

「もちろん、御休憩はエッチなお店でだ!」

 

「あはぁぁん! 待ち遠しいでありんすぅううう!」

 

 といった会話が聞こえてきたので、聞かなかったことにした。

 

(王都のそこかしこに(しもべ)が配置されてる……ってことは、茶釜さんの耳に情報とか入りやすいのにな~……)

 

 茶釜とて多少のことは目を瞑るだろうが、ペロロンチーノ達が騒ぎでも起こしたら折檻沙汰になるのは確実だ。ペロロンチーノの悪運が尽きていないことを祈りつつ、モモンガは目の前でモジモジしているエンリを見た。

 

(そう言えば、会うのは久しぶりだ。前にデートして以来かな……)

 

 すぐ隣で、黒衣の女戦士ブリジット……として行動中のアルベドが居るのに、別の女性のことを考えるのはいかがなものか。アルベドとも交際しているのに……となるのが普通だが、モモンガの場合は特に問題とならない。モモンガはアルベドのみならず、エンリも含めれば総勢六人の女性(ほか四人は、茶釜、ルプスレギナ、ニニャ、カルカ。将来的な交際予約としてはアウラが居る)と交際しているからだ。つまり、エンリ・エモットはアルベド達……モモンガの交際女性らのほとんどが容認した存在なのである。

 

(……エンリとニニャって面識なかったっけ? そこはマズいかもしれないな~……。あと、この二人、平民枠だし……。複数交際って嫌がるかな?)

 

 実のところ、エンリ側ではモモンガは貴族……王国の辺境侯であるため、妻や側室が多くても普通という認識があった。ニニャはニニャで、モモンガ……冒険者モモンが「アインズ・ウール・ゴウン」として辺境侯になったことを知らせてある。それに伴い、アルベドや茶釜の存在についても教えてあるので、こちらも問題はない……はずだ。

 

(と思いたいところだけど……)

 

 愛する女性を一人に絞れなかった点において、モモンガは良心に痛みを覚えている。これで嫌われてエンリないしニニャが去って行ってもしかたがないと、そういう覚悟だけはできていた。

 こういったことを考えているモモンガに、アルベドが話しかけてくる。

 

「じゃあモモン、(わたくし)アオボシ(ブルー・プラネット)さんの屋台で待っているから……」

 

 ブリジットとして行動中のため、アルベドはハーフヘルムを着用中だ。角度にも因るが口元が露出しているだけであり、目が笑っているとか、そういった表情は読み取れない。少なくとも口元は笑っているので、エンリの合流により不機嫌になってはいないようだ。そして、言っていることは「ここで待ってるからエンリと遊んできていい」というもの。

 モモンガは複数女性との交際について、時折悩みながらではあるが慣れてきていたため、「すまないな……」とだけ言い残し、エンリを連れて歩き出すのだった。なお、歩き出したものの目的地は決まっていない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガに連れられて歩き出したエンリは、久しぶりに会うモモンガに胸が高鳴っている。やはり憧れ転じて好きになった異性と共に居ると、それだけで幸せなのだ。

 

(少し前までは衣食住が優先だったから、お金持ちが……とか、働いて稼ぎがあるか……とかが気になってたんだけど。ゴウン様は、どっちも満たしている上に……なんというか、それだけじゃないのよね……)

 

 一人の村娘として、エンリは、「自分が恋に(うつつ)を抜かしている?」とも思うのだが、実際に胸は高鳴っているのだからしかたがない。

 こんな気持ちになったのはいつからか。

 やはり、帝国兵を装ったスレイン法国兵に襲撃を受け、モモンガに助けられたあの時からだろう。助けられて惚れたのだから、それはそれで安い女という気もするが……前述したとおり、エンリは自分の気持ちに従うつもりだった。

 

(ゴウン様は私を受け入れてくれたんだもの。私は、私のできることでゴウン様に尽くさなくちゃ!)

 

 意気込みは良し。

 しかし、では何をして尽くすのかというと、エンリには思いつけることが少なかった。

 手料理を振る舞う。

 炊事洗濯で身の回りのお世話。

 あとは、夜の御奉仕……自分の身体を提供するぐらいだろうか。

 

(全部……ゴウン様なら間に合ってそうなのよね~……) 

 

 眉はひそめられ、唇の合わせ目がムニムニと波打ち、視線と肩が落ちていく。

 モモンガは大貴族。当然、金持ちだろうから、食事は豪勢なものを食べているはずだ。身の回りの世話とて、住んでる屋敷には使用人が大勢居るに違いない。夜の相手など、アルベドが居るではないか……。

 

(アルベドさんは、以前に私のことを応援してくれるって言ってくれたけど……。でも、アルベドさんだってゴウン様のことが好きで……。ううう……)

 

 アルベドが、ベッドでモモンガと絡み合ってる様子を妄想したエンリは、力一杯頭を振って妄想を振り飛ばす。嫌だったというのではない、アルベドが羨ましく思えてしまったのだ。そして、そんなことを考える自分が、淫らな人間なのでは……と、羞恥が許容値を振り切ったのである。

 この『突然に頭を振る行動』に驚いたモモンガが振り返り、声をかけてきた。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「ふえええっ!?」

 

 エンリの方でもパニック気味だったところへモモンガが声をかけたため、パニックに拍車がかかる。

 

「ななな、なんでもなくて……その、アルベド様とゴウン様が……ですね!?」

 

「はいいっ!?」

 

 モモンガの脳裏に電流が走った。

 アルベドと『初体験』をしてから、さほど時は経っていない。

 交際相手から、別の交際相手の話題を持ち出されて、それが、よりによってアルベドのこととなると……。今のモモンガにとって結構効く一撃なのだ。

 

「そ、それについてはだな……」

 

「いいえ、その! 私は気にするとかでなくて、その、(うらや)ま! ……あああああ、違うんですぅううう!」

 

 両目をグルグルさせたエンリは、わたわたと口走る。だが、自分の思ってることを上手く喋れずにいた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(うらやま……羨ましい? 妬いてくれているということなのか?) 

 

 女性関係で自分はニブチン。そんなモモンガでも、さすがに今のは気がついた。一人の男として嬉しく思うが、どう応えたものだろうか。

 

(対応一つで大惨事になるのが男女の仲だ。これは熟慮が必要だぞぉ!)

 

 ギルメンの誰かが「女性がらみでモモンガさんの熟慮! これは失敗の予感!」と脳内で叫んだ気がしたが、モモンガは無視をした。

 

(ええい、うっさい! 俺だって、やるときはやるんです!)

 

 ともかく、王都の通りで騒ぎ立てている現状は良くない。各屋台の店主からの視線が痛いし、ブルー・プラネットの屋台にも迷惑だろう。モモンガはエンリの手を掴む。

 

「ひゃ!?」

 

「こっちへ行くぞ! 場所を変えよう!」

 

 向かう場所は路地裏。ペロロンチーノが<転移門(ゲート)>の出口を路地裏にしたのと理由は同じで、人目が少ないからだ。モモンガの場合は、路地裏から別所へ移動……転移するつもりである。

 そうしてモモンガが転移指定した先は、トブの大森林の奥部だった。

 余人の視線を避けようと考えた瞬間、森の風景が思い浮かんだのだからしかたがない。出現した暗黒環にエンリの手を引いたまま飛び込むと、通り抜けた先は無事に森の中。

 

(どこかで見た覚え……があるから、とっさに転移先指定できたんだけど。え~と、ああ、ザイトルクワエの居たところか) 

 

 以前に倒した巨大魔樹、その跡地にモモンガは転移していた。

 現在、ザイトルクワエの残骸は、根の部分も含めてナザリック地下大墳墓に回収済みである。なので、そこに巨木が存在した痕跡は根を掘り出した後の穴……に雨水が溜まってできた池のみだ。

 モモンガが聞いたところでは、ブルー・プラネットが「アゼルリシア山脈近くの川から水を引くのは手間ですし、イイ感じの水源にしたいです!」と発案し、それに乗ったタブラがブルー・プラネットの出資で必要なアイテムを製作、ちょっとした浄水及び湧水施設が沈められているとのこと。

 

(氾濫しないように水位設定もできる……だったかな?)

 

 この森にはすでにブルー・プラネットの畑があり、必要に応じて取水できるよう水路も設けられている。調査した結果、トブの大森林には地下水なども存在するそうだが、ブルー・プラネット的には森の泉から水を取って……というのが好みであるらしい。

 

「あの、ゴウン様? ここは、どこなんでしょう?」

 

 その日の午前中でカルネ村から王都、王都から森林地帯という、転移後世界の村人としてはあり得ない移動。エンリが戸惑っているようだ。

 

(たまに俺やタブラさん、それに今日みたいにシャルティアの<転移門(ゲート)>で送迎して貰ってるはずなんだけど、まだ慣れてないのかな?)

 

 モモンガは小首を傾げながら、ここはトブの大森林であり、世界を滅ぼすと言われた巨大魔樹の居た場所であることを教えている。モモンガ達にとってザイトルクワエは大した敵ではなく、どちらかと言えば発見したブルー・プラネットの狂いっぷりが印象的だった。だが、エンリにとっては伝説級のおとぎ話を聞かされたに等しく、目を丸くして驚いている。

 

「そんな物凄いモンスターが居たんですね! 怖い!」

 

 軽く怯えてるのがモモンガとしては不思議だ。ザイトルクワエはもう滅んでいるというのに……。

 そこを確認すると、エンリは「もう!」と頬を膨らませた。

 

「カルネ村に近い……ってわけじゃないですけど、お隣の森で強いモンスターが居たって聞かされたら怖いですよ! しかも放っておいても復活したかもしれないんでしょう?」

 

「ああ、なるほど。そりゃあ怖いか……」

 

 元の現実(リアル)で言えば、住んでる場所の少し離れたところで爆弾テロが発生したようなものだ。かつて人間だった頃の記憶と感覚を呼び起こしたモモンガは、寒気を感じてフルルッと身体を震わせた。

 こうして現地情報を共有したわけだが、これからどうしたものかとモモンガは思う。また王都に戻るのも何だし、このまま森を散策してみてはどうか。

 

(エンリにしてみれば滅多に来ることがない森の奥地だし。これは良い感じのデートコースになるかもしれないぞぉ! 他のことは、その都度……うん?)

 

 一人盛り上がっていたモモンガの脳内で、<伝言(メッセージ)>の糸が伸びてくる感覚が発生した。受信してみたところ、相手はギルメンのベルリバー。

 

『モモンガさん、今どこに居るんです?』

 

「うあっと、報告するの忘れてた!?」

 

 外で<転移門(ゲート)>を使うときは、事前か事後でナザリックに連絡を入れる。それがギルメン間で定められたルールだ。

 今回のモモンガの場合、とっさに王都で<転移門(ゲート)>を使ったので、王都配置の(しもべ)らがモモンガを見失っている。そして、モモンガが転移後すぐに連絡しなかったため、(しもべ)からナザリックに報告されたのだ。では、その報告を受けたのが誰かというと……当番制でお留守番しているギルメンが宿直ないし日直業務担当となっているため、今週(ナザリック内では日程管理のため『曜日』を使用している。)当番だったベルリバーに報告を受けたのである。

 

「すみません、ベルリバーさん! 今はトブの大森林で、ザイトルクワエ跡地に居ます! 同行者はエンリ・エモット!」

 

 同行者についても報告したのは、ギルメンの単独外出が好ましくなく、ギルメン二人以上で行動するか、護衛として(しもべ)を同行させることになっているからだ。戦力に数えられないエンリの名前を出したのは、彼女以外の同行者が居なくて、護衛が居ないことを意味している。その結果、ベルリバーの声が渋さを増した。

 

『モモンガさん……』

 

「ご、ごめんなさい! 以後、気をつけます! それで、護衛……なんですけど」

 

 考えてみればエンリと二人っきりなので、今の状況はモモンガにしてみれば悪くない。一方、ここへ護衛という『邪魔者』が加わるのは、あまり嬉しくない感じだ。そう思ったモモンガは口ごもる。が、そんな内心は、ベルリバーにはお見通しだったらしい。

『ははん、なるほど……。では、ハムスケを向かわせます。喋りますが、ペット枠なので邪魔にはならんでしょう。三十分ほど遅れてエントマとシズを向かわせますので、居場所を変えるときは<伝言(メッセージ)>してくださいね? それと、リザードマンの集落に建御雷さんが居ますから、念のため覚えておいてください』

 

「ベルリバーさん……」

 

 色々と察してくれたベルリバーの采配に、モモンガは感動した。

 最初に来るであろうハムスケは、ナザリック合流前のクレマンティーヌでも手こずるレベルの魔獣だ。最悪、ハムスケを盾にして撤退する手も使えるだろう。エントマとシズも、転移後世界では強者であるし、仮に敵性プレイヤーの襲撃があっても、やはり撤退の助けにはなる。

 

(ハムスケはともかく、エントマやシズを置き去りにはできないけどね~) 

 

 他のギルメン達が集まるまで、自分だけでも時間稼ぎぐらいはできるだろう。そんな自信がモモンガにはあった。

 

『それじゃ、俺はこれで……』

 

 ベルリバーが<伝言(メッセージ)>を遮断する。

 気を使って貰ったモモンガとしては、ナザリックで留守番中のベルリバーを拝みたい気分だったが、ふとベルリバーが何をしていたのか気になった。

 

(ちょっと不機嫌だったようだけど……)

 

 実を言えば、(しもべ)から報告があったとき、ベルリバーはスパリゾートナザリックに居てベンチに寝そべり、お付きのエルフ三人娘にマッサージをして貰っている最中だった。ちなみに人化している。最初は遠慮していた彼も、三人娘に押されてマッサージされることとなり、始まってからは極楽気分を満喫していた。そこへ(しもべ)からの<伝言(メッセージ)>で、内容はモモンガの凡ミスだったのだから、少し機嫌が悪くなるのはしかたがないだろう。

 

「あ~、ゴホン。暫くしたらハムスケが来るから……」

 

 咳払いして誤魔化しながら伝えると、エンリが顔と胸の間でパンと掌を合わせる。

 

「ハムスケさん! ハムスケさんはですね! たまに村まで、顔を見せに来てくれるんですよ!」

 

「ほほう?」

 

 右手の人差し指を立てたエンリが言うには、ハムスケはカルネ村周辺を巡回しており、時折、顔を出しては村に異常はないか確認して行くらしい。

 

(トブの大森林の調査や支配域の管理は、アウラに任せていた。その下で頑張ってるようじゃないか、ハムスケ!)  

 

 今度、上等な餌でも差し入れてやろう。そう考えて頷いたモモンガは、エンリを見て言う。

 

「ハムスケは後で褒めてやらないとな。さて、森に来たのは緊急避難だが、せっかくだ。エンリには見せたいものがある」

 

「見せたいもの……ですか?」

 

 エンリが「ん?」と小首を傾げた。自然な仕草なので実に可愛らしい。

 そして話しかけたモモンガは……人化したことで確かに存在する脳細胞をフル回転させていた。

 

(次は、ええと、ええと、何を言えば良いんだ?)

 

 これがアルベドやルプスレギナ相手なら、(しもべ)の方で勝手に納得してくれたり、何を言っても受け入れてくれたりする。ある意味で楽だ。

 ぶくぶく茶釜であれば、モモンガが女性慣れしていないことを心得ているので、気軽なトークによりリードしてくれるだろう。

 だが、エンリ・エモットは転移後世界の一般人。モモンガは今、(しもべ)ではない上、旧知でもない女性と二人きりなのだ。

 

(くう~、事前に資料を揃えて説明するプレゼンとかなら得意……とまではいかないけど、そこそこ自信があるんだけどな~)

 

 モモンガはローブが汗ばむのを感じながら、次の言葉をひねり出す。

 

「うむ、見せたいもの……。それは……野菜だ」 

 

「野菜……ですか?」

 

 つい先程、王都でブルー・プラネットが屋台で野菜売りをしていた。そこから着想を得たわけだが、相手が村娘とはいえ、デートで野菜を見せたいとは如何なものか。だが、モモンガには勝算があった。

 

(前回のデートで、エンリは宝飾品よりも日用雑貨にご執心だった。さっき王都に居たときは、ブルー・プラネットさんの野菜に目が向いていたのを俺は見逃していない。ならば!)

 

 今居る地点から、そう離れていない場所にブルー・プラネットの畑がある。

 これは、王都で屋台売りしていた野菜類とは別で、ブルー・プラネットが趣味で栽培している……採算度外視の畑だ。時々、ブルー・プラネットがサラダや煮物にして振る舞ってくれるが、ナザリック食堂の上を行く美食品となっている。

 これをエンリにプレゼントするのだ。エンリが抱えきれなくとも、アイテムボックス持ちのモモンガが同行するので問題ない。

 

「そう、野菜だ。しかしな、ただの野菜ではない。エンリも王都で見ただろう。私の友人が居た屋台を!」 

 

「あの野菜を売っていた? ああ、ブルー・プラネット様ですね! 確かに、あれは見ただけでも美味しそうな野菜でした!」

 

 エンリの声に力がこもる。村娘魂に火が着いたようだ。

 

(あ、そういやブルー・プラネットさんはカルネ村にも足を運んでるんだっけ。顔見知りか~……じゃなくて、良い反応!)

 

 手応えを感じたモモンガは大きく頷くと、エンリに背を向ける。

 

「少し彼と連絡を取るので、待っていて欲しい」

 

 こめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>をした先は……王都のブルー・プラネット。

 

(「あ、モモンガです」) 

 

 すぐ近くにエンリが居るので、モモンガの声が自然と小さくなった。

 

『ありゃ? エモットさんとデート中じゃなかったんですか?』

 

 モモンガの交際状況についてブルー・プラネットは知っている。これがペロロンチーノや弐式炎雷であったなら、からかいや軽口の一つも入ったろうが、ブルー・プラネットは極普通に聞いてきた。

 

(「いや実は、ちょっとしたことでエンリと一緒にトブの大森林へ移動してまして。で……ですね、ブルー・プラネットさんに御相談が……」)

 

 ブルー・プラネットによるポーションやアイテムを駆使した『究極の野菜』類(空間操作のやりくりで果樹系もあったりする)。それをエンリに採取させて良いかの確認である。聞く前のモモンガは「事前に相談すれば大丈夫そうだ」と考えていたが、その予想どおりブルー・プラネットは快く了承した。

 

『いいですよ~。モモンガさんの良いところの見せどころですしね。根こそぎ持ってくとかだと困りますが……そろそろカルネ村での食レポを探ってみたかったんですよ』

 

 言い終わりに「はっはっはっ」と笑い声が聞こえたので、モモンガは胸を撫で下ろす。

 

(よし、了解を得たぞぉ! しかし、あの趣味の究極野菜類を無償提供? いいのだろうか?)

 

(「後で、お代は支払いますので……」)

 

 モモンガの声が更に小さくなった。が、ブルー・プラネットは軽く笑い飛ばす。

 

『かまいません。趣味の菜園ですから! ただし……』

 

 ここでブルー・プラネットの声が低くなった……と同時に危険な気配を感じ、モモンガは生唾を飲み込んでいる。

 

『俺が、ザイトルクワエの上で発狂してるときの映像……。あれを教材で使うのを止めるよう、タブラさんに言ってくれませんかねぇ?』

 

 そこまで気に病んでたのか……。そんな感想を持ったモモンガであるが、要求されたことの難度を考えると気が重くなる。何しろ、ブルー・プラネットの狂態の映像データを保管しているのはタブラ・スマラグディナ。その彼に「映像使用を止めてください」と言って納得させるのは至難の業なのだ。

 

(言い負かされるかも……)

 

 だが、エンリに良いところを見せるため、友人であるブルー・プラネットの心に平穏をもたらすため。モモンガは腹筋に力を入れる。

 

(「わかりました。俺の方からタブラさんに話します!」)

 

『頼みましたよ~……』

 

 おどろおどろしい声を残し、ブルー・プラネットが<伝言(メッセージ)>を切った。後に残るのは、ちょっぴりの達成感と共に、重い使命を背負ってしまったモモンガのみ。

 

「あのう……ゴウン様?」

 

 モモンガの背にエンリの声がかかり、モモンガはビクンと身体を揺らした。目の前でそびえ立つ『難題』に立ちすくんでいたモモンガであるが、明るい笑顔で振り返る。気合いと根性による笑顔は効果を発揮し、エンリがホッとしたのが確認できた。

 

(また墓穴を掘っちゃったな~……タブラさんを説得か~……。対価に何を要求されるんだろうか~)

 

 別の重たい使命を背負いそうでゲッソリするが、こうなったらやるしかない。ブルー・プラネットの野菜に手をつけようなんて思わなければ良かった……と少し思うものの、結果良ければすべて良しだ。

 

(俺の予想される苦労と胃痛にさえ目をつむればな! さて……)

 

 モモンガは、エンリの前に立って歩き出す。

 

「許可は貰った。家族で消費する分には、好きなのを持って帰って良いとのことだ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エンリ・エモットは思う。

 自分は幸せだ……と。

 この森でスレイン法国の兵に殺されかけ、そこをモモンガに救われた。最初は憧れ寄りの尊敬だったが、何度か会っているうちに心惹かれ、アルベドの後押しを得てモモンガを男性として意識するに至る。その後、モモンガの方でもエンリを気に入り交際することになったが、モモンガは多忙であるから頻繁に会うことはなかった。

 

(でも、時々、こうして私のことを思い出してくれる。構ってくれる……。嬉しい……それだけでも本当に嬉しい……)

 

 こういった思いをモモンガ以外の男性に抱いたことはない。だから、これは初恋だ。田舎の村娘に過ぎない自分が初恋を実らせるなど、まさに幸せと言って良い。下世話な話であり当然のことでもあったが、モモンガが金銭的に裕福で、魔法使いとしても強大無比の実力者であること。これらのことも、エンリがモモンガに惹かれた要因だ。やはり、出来る男はモテる……ということなのだろう。

 

(んふふ~、お野菜、お野菜~)

 

 今日のモモンガは、自分の友人が栽培している野菜類を譲ってくれると言う。エンリのツボに刺さる贈り物だが、モモンガが一生懸命考えてくれたのがまた嬉しい。

 

(私のことで頑張ってくださるゴウン様。可愛いって言ったら失礼なのかしら? でも、こう……ギュッてしたくなるのよね~)

 

 クスクス笑っていたが、案内された畑……いや菜園を見てエンリは目を丸くした。

 森を切り開いて一〇〇〇平米ほどの広さ。そこにキャベツ、カボチャ、大根、ジャガイモ、ニンジン、白菜、様々な野菜類が見えていた。エンリの知らない野菜もあったが、どれも立派で美味しそう。しかも、柿の木やミカンの木、リンゴの木など、果樹の類いも少量ずつ植えられていて、そこでなっている果実も美味しそうだ。

 普通、こういった多種多様な果樹野菜を一箇所で栽培するのは難しい。一種あたりの収穫量が減るのは当然として、管理が多様化して手間だからだ。しかし、ブルー・プラネットの自然愛と根性は、諸問題を(アイテム類の使用込みで)クリアしていた。モモンガら、他のギルメンとしては感心するばかりである。

 

(これ……持って帰っていいの? 本当に?)

 

 王都で売れば一つ幾らになるか想像もつかない。

 エンリには目の前の野菜や果実が、まるで宝石のように見えている。ブルー・プラネットの屋台で見た野菜も凄かったが、目の前のこれは凄すぎる。

 

「え、ええ? えええ!?」

 

 声は出ても言葉が出ない。興奮のあまりの混乱状態……そんなエンリにモモンガが声をかけた。

 

「驚いているようだな。まあ、野菜や果実は逃げない。好きなものを持って帰……おい!?」

 

(あ、私、やっちゃった……)

 

 モモンガの驚きの声を、エンリは遠くなる意識の中で聞き取っている。驚きの連続だったところに興奮も加わったことで、頭が沸騰……失神状態となったのだ。こうなってはエンリに出来ることはない。後は倒れるだけ……。

 

「おっと……」

 

「ふえっ!?」

 

 背中側に倒れていたのが抱き留められ、エンリは目を瞬かせた。そして、自分の状況を理解する。

 

(私……ゴウン様に抱きしめられてる~)

 

 ぽやんとした感覚の中、エンリが頭上を見上げるとモモンガが見下ろしているのが見えた。実際は抱き留められているのであって、抱きしめるまでには至っていない。

 こんな粗相をしたのに手間までかけさせて本当に申し訳ない。そう思うのだが、それは意識の中の片隅のことで、半朦朧状態のエンリは無邪気な笑みを浮かべた。

 

「ゴウン様。少し離れてたのに……凄いです」

 

「そ、そうか? まあ、人間……普通の……いや、並の人間よりは速く動けるのは確かだがな」

 

 魔法使いは身体能力が高くない。それは、知人のンフィーレア・バレアレから聞いて知っているのだが、それゆえ、エンリは改めて凄いと思った。

 

「すみません。野菜や果実が凄すぎて……。ゴウン様は凄いです……」

 

 本心からそう思う。野菜や果実の世話の手間、それを知っているだけにエンリには良くわかるのだ。

 

(私の……ゴウン様)

 

 実際は、エンリだけのモモンガではない。交際相手の上位者としてアルベドや茶釜、それにルプスレギナなどが居る。エンリは、外にも幾人か存在するだろうとは考えていた。そんな中で、自分はいったい何番目なのか。

 

(それでも、私は……)

 

「いや、褒めて貰っておいてなんだが……」

 

 ボウッとしたままのエンリに、モモンガが言い訳めいたことを言い出す。

 

「この野菜や果実は、私が作った物ではなくてな。私の友人……ブルー・プラネットが、精魂込めて栽培したものなのだよ。無論、今日採って帰る分については、私から話して許可を貰っている」

 

「そうだったんですね~」

 

 一通り聞いてみたが、エンリには「とにかく凄い」としか思えなかった。モモンガは凄いが、その友人も凄い。モモンガの友人が凄いのだから、モモンガも凄いのだ。

 ……朦朧とした頭では思考が定まらない。

 だが、モモンガが何か気に病んでいるようなので、ここは何か言わなければならないだろう。

 エンリは、ニッコリ微笑みながらモモンガに言った。

 

「凄いですねぇ、ゴウン様の御友人の方も凄いです……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ゴウン様の御友人の方も凄いです。

 その言葉を聞いた瞬間、モモンガの胸にジンワリとした感動が生じた。爆発的な感動ではないが、とにかく嬉しい。ユグドラシル時代から自慢の友人であったギルメン達。その彼らを褒められるのは、モモンガにとって喜びなのだ。現在は十人を超えるギルメン達が復帰しているが、友人を褒められて嬉しい気持ちに変わりはない。

 

(こちらの世界の人間に、俺の『友人』が凄いと褒められたのは初めてだっけ?)

 

 誰々が凄いの類いはよく聞くが、『モモンガの友人は』というのが妙に新鮮に感じられる。それに、それをエンリが言ってくれたのが、また嬉しい。

 

(そっか……そっか俺……エンリのこと本当に好きなんだな)

 

 そう改めて自覚すると、エンリを抱きしめている今が何とも愛おしい時間のように感じられた。

 

「さ、さて、こうしていても時間が過ぎていくだけだな……」

 

「あ~……は、はい! そうですね!」

 

 弾けるようにエンリが離れたので、何だか惜しい気分になる。しかし、ここでベタベタと寄り添っては嫌われるのではないか。そう考えたモモンガは、エンリと共に野菜や果実の採集を行うこととした。

 

「はい! ゴウン様! これもお願いします!」

 

「おお……って、カボチャでか!? この前、食堂で食ったのって、これなのか!?」

 

 手渡されたカボチャ。それをアイテムボックスへ収納するのも忘れ、モモンガは目を見開いた。大きい野菜は中身がスカスカ。そんなイメージがあったのだ。だが、モモンガがブルー・プラネットから聞いた話では、以前に食べた途轍もなく美味しいカボチャは、この畑の物を使用しているとのこと。

 

(この直径五〇センチはあるカボチャの中身が、あの食堂で提供された美味の塊なのか……)

 

 このように驚くことも多いが、エンリと語り合いながらの収穫作業はモモンガの心に癒やしをもたらしていた。

 その後、ハムスケが到着し、遅れて戦闘メイド(プレアデス)……エントマとシズの二人が到着すると、人手が増えたことで作業は更にはかどることとなる。ただ、後でブルー・プラネットから「もう少しこう、何というか……手心というか」と言われ、モモンガは平謝りすることになるのだった。

 




 活動報告でやってる日常回リクエスト。前回の弐式&ナーベラルが募集前だったので、今回のモモンガ&エンリが第1回目となります。
 前回がリクエスト分と外キャラでパート分けしてたので、今回はおおむね一本で纏めました。その分、関わるキャラが増えたので文字数が増えています。
 アルベドやルプスレギナ、それに茶釜と違ってエンリは、恋愛でありますが打算も込み……稼げて地位もあって実力もある点も重視してモモンガに惚れているキャラとして扱っています。
 この辺は自分で稼ぐことのできるニニャとも、少し違うのかな~と。

 ペロロン&シャルティアは……無事に王都デート成功か、何かやらかして茶釜折檻になるか、どっちが良いんでしょうね。書くかは未定です。

 ベルリバーさんの出番を突っ込んでみました。
 順調にイチャイチャしているようで何より。

 ブルー・プラネットさんの脱黒歴史の教材運用なるか?
 あんまりいじり続けても何ですし、この辺で解放してあげたいかな……と。

 次回は、たっち、ウルベルト×カストディオ姉妹で姉妹がナザリック御訪問。う~ん、これ、いよいよナザリック勢がヤバい連中だってバレるのかな? 


<誤字報告>
ジュークさん、佐藤東沙さん、tino_ueさん

 毎度ありがとうございます。


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第119話

「さて、皆さん。ギルメン会議の時間です」

 

 ナザリック地下大墳墓の円卓。そのギルド長席で一人の骸骨……モモンガが宣言した。

 彼の視界には、たっち・みーやウルベルトなど、現時点で合流しているギルメンが勢揃いしている。その人数は、モモンガを含めて一四人。全盛期の四一人と比べても半数以下だ。しかし、つい最近まで、ほぼ一人でギルドを維持していたモモンガにしてみれば、夢のような光景である。

 

(むふふ、この感動……いつまでも忘れたくないな~)

 

 かつての寂しい思いを二度と体験したくない。そう思うモモンガだが、何らかの理由……ギルメンらが仕方なしと考えた上でギルドを再び引退するのなら、それはそれで受け入れるつもりである。

 

(元の現実(リアル)と変わらないよね~。皆には皆の人生があるんだから……)

 

 元の現実(リアル)におけるユグドラシル終焉の頃も、モモンガは同じように思っていた。思ってはいたが……あの頃の孤独は本当に辛かった。いつか皆が帰ってくるときのためにナザリック地下大墳墓を維持する。ただ、それだけのために生きているようなものだった。だが、ギルメン達が戻ってきた今になっても、やはりモモンガは同じように思うのだ。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を引退するのは、ギルメン個人の自由だと。

 何故なのか。

 それは、この異形種となった身体で生きていく転移後世界こそが、モモンガ達にとっての『今の現実(リアル)』だからだ。ゲーム世界ではない現実で、どこへログアウトすることもできない。ならば、たとえギルドを引退し、その人物が旅立ったとしても、この転移後世界のどこかで顔を合わせることもあれば、<伝言(メッセージ)>で話をすることも容易なはずだ。

 ギルドを引退できても、転移後世界から『引退』することはできないのだから……。

 

(だから、元の現実(リアル)の時ほど、寂しいことにはならない!)

 

 そう思えばこその心境……辿り着いた境地である。

 懸念すべきなのは、元の現実(リアル)に戻れるようになった場合、ギルメンが帰還組と残留組で割れる可能性だ。今は戻る気がないと言っているギルメンも、いざ戻れるとなったらどうなるか解らない。

 

(俺的には……それもまた皆の自由かな。元の現実(リアル)に帰りたい人が居るなら、そうすればいいし、協力だってする。俺は~……転移後世界に残るつもりだけど……)

 

 そう思えるのは、ギルメンの大半は残ってくれるという確信があることが大きかった。さらに言えば、この自然多き転移後世界で、ナザリック地下大墳墓を維持できるのなら、実生活の快適さは元の現実(リアル)の比ではない。

 

(たっちさんはともかく、ウルベルトさんは……どうかな? 行き来が可能な状態でも、基本的に転移後世界で生活すると思うんだけど……)

 

 そういった思案をしつつ、モモンガは各議題を消化していく。最後に残った議題は、メインイベントとも言える重大なものだ。モモンガは、妙に姿勢の正しいたっちとウルベルトを見ると、肉のまったくない下顎をカパッと下ろした。

 

「それでは最後の議題です。え~……ゴホン。ローブル聖王国の聖騎士団団長レメディオス・カストディオさんと、その妹さん……神官団団長のケラルト・カストディオさんが、このナザリック地下大墳墓を訪問する件についてですが……」

 

 言い終えた瞬間。円卓内には『ニヤリ』とした空気が充満する。その中で、たっちとウルベルトが居心地悪そうにしているのが何とも笑え……もとい、可笑しいとモモンガは肉のない頬を緩ませていた。

 ことは二日前に遡る。

 レメディオス達から、聖王国に駐在する八本指の連絡員……及び現地配置の(しもべ)経由で、<伝言(メッセージ)>が入った。内容は「カストディオ姉妹が、たっちとウルベルトを訪ねて、ナザリック地下大墳墓へ行きたいと言っている」というもの。要するに、彼氏の御自宅訪問である。自宅と言っても、場所はナザリック地下大墳墓なのだから、これはギルメン会議で対応を検討すべき……となった。ウルベルトからは「友達の家に遊びに来るだけだし、ギルド内周知だけでいいんじゃないですか?」といった、遠回しに「いちいち会議なんかするな」との意見が出たが、相手二人が一国の重鎮であることから、ギルメン会議事案となっている。もちろん、皆で楽しむべきイベント発生だ! という思いが、ギルメンの大半にあったことは言うまでもない。

 

「ギルド長としましては、これこそ『お客様待遇』で行きたいと思います。ブティックやスパリゾートナザリックを満喫して貰えれば……。あ、氷結牢獄なんかは無しで行きましょうね?」

 

 ギルメンから異議は出ない。

 見せて自慢できそうなものは積極的に見せていくし、見せて駄目なものは見せないという方針だ。そこを確認した後、経費に関しては、たっちとウルベルトが持つことも確認されている。

 

(しもべ)については、異形種だからといって姿を隠す必要はないと思います。堂々と行きましょう。先日、『異形種の力を身に宿して戦う』設定で、カストディオさん達には異形種の姿を見せてますし。あちらさんも、そこまで驚いたりしないでしょう」

 

 このモモンガの提案にも反対する者は居なかった。更に相手が外部の者、それも人間だからといって失礼な態度は取らないように通達しておくことも提案したが、これもギルメン達に受け入れられている。

 たっちとウルベルトは、モモンガ、そして他のギルメン達が気を遣ってくれていることを理解しており、黙したまま頭を垂れていた。

 が、その二人の強化された聴覚が、とある声を聞き取る。

 

「たっちさんやウルベルトさんの趣味が実は……とか、聞かせたら面白そうかな~」

 

 瞬間、バッタと山羊の視線が声の主に向けられた。

 声の主とは……鳥人ペロロンチーノ。すぐ隣で座る姉の茶釜から「余計なことすんじゃないわよ?」と釘を刺されているが、それがどこまで効果があるか。

 ペロロンチーノが危ないとなると、次に注意すべきは弐式炎雷だろう。彼もペロロンチーノほどではないが、お調子者だからだ。

 こちらは……。

 

「弐式……。余計なことして、たっちさん達に迷惑かけるんじゃないぞ?」

 

 腕組みをした半魔巨人(ネフィリム)が、正面を向いたままで隣の弐式に忠告している。

 

「バレなきゃ平気、平気!(わ、わかってるよう!)」

 

「本音と建て前が逆だ……」

 

 溜息をついた建御雷が腕を伸ばし、弐式の頭部を鷲づかみした。

 グギギギという石と石を摺り合わせたような音が聞こえ、弐式が頭部に添えられた建御雷の手を掴む。

 

「いだだだだだ! 建やん、しない! 余計なことしないから!」

 

 こちらは建御雷の監督もあって、ペロロンチーノよりは危険度が低そうだ。とはいえ、安心しきるわけにはいかない。

 

((ペロロンチーノさんと弐式さんには注意しないと……))

 

 お互い嫌い合ってるたっち達だが、この時ばかりは心を一つにするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あり得ない……あり得ないわよ。なんなの<転移門(ゲート)>って……。転移距離が無限で、絶対に成功する? そんな無茶苦茶な……」 

 

 朝日が少し高くなったナザリック地下大墳墓の正門脇。そこに建つ受付棟の前で、ケラルト・カストディオが頭を抱えている。いつもの神官服だが、お化粧は普段以上にバッチリ。腰まで伸びた髪の手入れも行き届いている……ものの、その顔色は優れない。

 今、彼女は姉のレメディオスと共に到着したばかりだ。

 ただし、その移動方法が問題で、シャルティアによる<転移門(ゲート)>でローブル聖王国からナザリックまで一気に転移したのだから、世間的に第四位階魔法の使い手(実は第五位階まで使用可)のケラルトを、混乱させるには充分だった。

 一方、レメディオスは眼前のナザリック外壁……受付棟を避けるように土が被せられている……を見て唸っている。

 

「う~ん。これ、あとから土を盛ったのかな? 墓地の規模からすると、とんでもない大規模工事だと思うんだけど……」

 

 野営地や陣地の整備をする部下の姿。それを見る機会が多いだけあり、脳筋娘のレメディオスも外壁への土盛りには感心しているようだ。

 パニック状態のケラルトと、落ち着いた様子のレメディオス。

 この二人の姿を見たそれぞれの従者達は、困惑の表情で顔を見合わせている。

 普段と逆……それが従者達の感想だ。

 この日、レメディオスらは念願叶ってたっちとウルベルトの拠点、ナザリック地下大墳墓を訪れたのだが、従者は数名ずつ……男女混成で騎士や神官らのみとなっている。二人の身分からすれば合わせて数十人、あるいは百人超えで引き連れてくるのが普通だ。しかし、友人の家を訪ねるだけだからと、この少人数での訪問になった。

 後ろで控えていた男性騎士が、ススッとレメディオスに近寄る。

 

「団長、タチ(たっち・みー)殿とアレイン(ウルベルト)殿の二人……。本当に、この墓地を拠点にしているんですか?」

 

 騎士の目には規模にこそ驚いたものの、ちょっと立派な墓地にしか見えないらしい。エンリ・エモットなどの田舎村民が見たら、立派すぎる墓地なのだが……。

 騎士の質問に対し、レメディオスは上機嫌で答えた。

 

「そうだ! タチが言っていたんだから間違いない! いや~、なんかこうウキウキするな! 私はな、男の家に訪問するのが初めてなんだ!」

 

 ああ、そうでしょうよ……。

 と、従者達の内心で声が重なる。

 レメディオスの性格を考えれば、色恋とは無縁の人生だったはずだ。そして、それを言うなら……。

 

「な、何よ、あなた達……」

 

 従者達からの視線を感じ、頭を抱えていたケラルトが姿勢を正す。そして微かに聞こえていた姉の台詞を思い返すや、ハンと笑い飛ばして胸に手をあてた。

 

「この私! 神官団団長に釣り合う男が、そうそう居るわけないでしょう? 姉さんと同じで、私も初めてよ!」

 

 強がりなのか勝ち誇ったように言うが、その場に居たレメディオス以外の者達は一様に「そりゃ、あんたが怖くて男が近寄らないだけだし……」と思っている。勿論、声には出さない。言葉一つ間違えたら、裏からどんな報復をされるかわかったものではないからだ。もっとも、男が近寄らないという意味では、方向性こそ違うもののレメディオスとて変わらない。彼女の場合は、彼女自身に男性と交際したいという意識が希薄であったし、交際できたとして喧嘩になったら彼氏側が撲殺されかねないからだ。

 

「お待ちしておりました……」

 

 若い女の声がしたので受付棟を見ると、すぐ近くに一人のメイドが居る。

 少し背が高めの女性で、縦巻きにした金髪が特徴的。そして絶世の美女だ。

 その場に居た者は皆が目を奪われたが、そのスカート丈が短いメイド……ソリュシャン・イプシロンは動じた風もなく話を続ける。

 

「主達の元へ御案内します。こちらへどうぞ……」

 

 そう言って案内したのは、ナザリックの正門ではなく受付棟。内部に転移の鏡が設置してあり、第九階層までの近道として運用しているのだ。無論、転移後世界では聞いたこともないアイテムであり、ケラルトが再び頭を抱えることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 転移後世界の人間は、ナザリック地下大墳墓の第九階層に来ると……絢爛豪華さに目を奪われる。これは聖王国御一行にも当てはまるようで、案内されている間、レメディオス達の目は壁の絵画や、見るからに性能が高そうな甲冑に吸い寄せられてばかりだ。

 

「う~わ、負けてる。ホバンスの王城、負けてるよ~」

 

 ケラルトが肩を落として呻く。

 彼女が所属するローブル聖王国は、宗教色の濃い国だ。そのため、王城は華美ではない。しかし、建材は厳選され、装飾に関しても『神聖さ』を重視して予算を多く投じている。結果として、厳粛かつ神聖さを醸し出す王城となったわけだ。ケラルトとしては、下品な華美さではなく、神聖さに重きを置いた美観を誇りにしていたのだが、ナザリック地下大墳墓の第九階層には、素直に敗北を認めている。

 

「ぐぬぬぬ、アレインめ。凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思ってたけど、実家(?)だって凄いじゃない! 超が付くほどの裕福で……勝ち組よ、勝ち組……」

 

 このケラルトの感想……『負け組』を自認するウルベルトが聞いたなら、ショックのあまり耳と鼻と口から噴血しそうだ。しかし、基本的には羨んでの台詞であり、姿を隠して監視しているナザリックの(しもべ)らは、「良くわかっているじゃないか」と満足げだった。

 

「しかし、カルカ様は少し可哀想だったな」

 

 レメディオスが少し前を歩くソリュシャンの背を見ながら言う。

 聖王国の聖王女、カルカ・ベサーレスはモモンガ(レメディオス達の認識では、冒険者モモンであり、王国貴族アインズ・ウール・ゴウンでもある)と良い仲だ。カルカ自身、将来の夫としてモモンガを欲しているし、モモンガの方でも交際する以上、特に問題がなければ結婚して……と考えていた。

 現状、モモンガの交際相手は、カルカを含めて六人だが、モモンガの好感度や交際進捗度で並べると、アルベド>茶釜>ルプスレギナ>エンリ>カルカ>ニニャとなる。なお、アウラは交際予約者なので、この順位には含めない。

 このように、エンリより下位というカルカであったが、組織のトップという境遇(そして、その苦労人ぶり)からモモンガとは非常に話が合い、その合い具合はギルメンの茶釜と同程度か上を行く。ある意味において、モモンガと最も相性が良いのがカルカ・ベサーレスなのだ。

 

「うぁああん! レメディオスとケラルトだけだなんてズルいぃいい! 私も行くぅううう!」

 

 前傾姿勢になって両拳を上下に振り、涙ながらに訴えるカルカの姿。それが、レメディオスの脳内に焼きついていた。そのカルカを断腸の思いで振り切ったのは、外ならぬレメディオスなのだが……。

 

「しかたないわよ。私達が二人で出国するのも厳しい話なのに、聖王女まで不在ってマズいでしょ? 今回、カルカ様には涙を呑んで貰うしかないのよ」

 

 そうケラルトは言うが、だったらカストディオ姉妹の方で遠慮して、カルカ様と代われば良かったのでは……という思いが従者達の中で浮かぶ。しかし、それを口に出して言う者は居ない。レメディオス達の機嫌を損ねるのが怖いからだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 レメディオス達が案内されたのは、第九階層の中でモモンガ達が応接室として使用している部屋である。ギルメンの私室でも応接機能(ソファやテーブル等一式)を備えている部屋はあるが、モモンガなど、レメディオス達のお目当てでないギルメンの部屋に案内するのはどうかと思われたし、たっちやウルベルトの私室にいきなり連れ込むのも躊躇われたのだ……と言うよりも、たっち達が嫌がった。曰く、「まだ部屋に連れ込むような段階ではない」とのことで、ギルメンらは「うぶなこと言ってるよ」と半ば呆れている。

 ちなみに、たっちは「付き合いの浅い女性に対する礼儀上」から自室使用を拒否したのだが、ウルベルトは「へ、部屋の片付けとかしないといけないし!」と女慣れしていないことおびただしい心境から拒否している。なので、ギルメンらの感想は、主にウルベルトの反応と態度から来ていると言っていい。

 

「ようこそ、お二方。あらためて名乗らせていただくが、私はナザリック地下大墳墓の取り纏め役、アインズ・ウール・ゴウン。冒険者モモンとして……あ~、小遣い稼ぎなどをしていることもあるが……王国では辺境侯の地位を与っている」

 

 長方形の協議テーブル、その対面中央で座るモモンガ(人化中)が立ち上がって挨拶すると、入室してきたレメディオス達は一礼した。彼女らと共に、男性の騎士と神官が一名ずつ(他は別室で待機中)随行しており、こちらもモモンガに対して一礼した。

 

「ここからは座って話したいですな。どうぞ、おかけになって……」

 

 言いつつ自分も座ったモモンガはレメディオス達が席に着くのを見ながら、自分の左右に意識を向ける。右側にたっち・みー、左側にウルベルト。レメディオス達を見てソワソワしている様子だが、そういう者を両脇に置くモモンガとしては、ひたすらに居心地が悪い。

 

(サッと話を流して、あとはたっちさん達に任せちゃうか……) 

 

 お客様扱いが決定しているとは言え、たっちとウルベルトの『お相手』である。あまり深く関わって、たっち達に睨まれる展開は御免被りたいのだ。

 

(寝取りとか俺の趣味じゃないし、する気もない。痛くもない腹を探られたくもないし? カストディオさん達には、ナザリックを満喫して貰って、気分良く帰ってもらおう!)

 

 そうしたモモンガの思いもあり、会議室での会話は極短時間で終了する。

 

「それでは、私はここで……」

 

 通路に出たモモンガが去って行くと、その後ろ姿を見送りながらケラルトが鼻を鳴らした。

 

「ふぅん……前にあったときも思ったけど、良い人ね。私的には、もうちょっと悪いところがあっても良いと思うけど。……アレインみたいに」 

 

 そう言い終えて隣のウルベルトを見ると、ウルベルトは肩をすくめる。

 

「それだと評価が低いですねぇ。モモ……おっと、あのアインズさんは凄いんだから」

 

 ウルベルトにとってのアインズ……モモンガは、侮れないプレイヤースキルを有し、人当たりが良く、とっさの交渉に頭が回り、自分達のようなくせ者達を取り纏められる男だ。まさしく凄いの一言に尽きる。

 

(ユグドラシルの時、アインズ・ウール・ゴウン……ギルドが駄目になったのは、ユグドラシル以上に優先すべき現実(リアル)があったからだ。みんな、ゲームの外で人生を抱えていたし、俺とたっちも……な)

 

 ギルメンらの重すぎる現実(リアル)事情(仕事や生活、体調の問題等)が、ゲームの継続を困難にしたわけだ。

 そして、その状況はモモンガの対処能力を遙かに超えていた。

 

(だが……今度は、あんなことにはならない)

 

 この転移後世界こそが今のウルベルトにとっての現実(リアル)だ。他のギルメンだってそうだろう。この世界を捨てて、他の何処へ行きようもない。当分、ナザリック地下大墳墓に寄り添って生きていくのだ。

 ウルベルトとしては、もう一歩先……可能であれば元の現実(リアル)との往来を可能にしたいのだが……。 

 

(ま、それを研究するのは落ち着いてからだな。……ベルリバーさんとは相談済みだが、モモンガさんや他の人達にも相談しておかなくちゃ……)

 

 こういったことを考えつつ、ケラルトと話していたウルベルトだが「あ、アレインさん。私とレメディオスさんは、これから第六階層の闘技場に行って来ますので!」と無駄に元気な声をかけられ、たっちを見た。

 

「闘技場? レメディオスさんをボコボコにするつもりですか? 感心しませんねぇ」

 

「違います」

 

 憮然とした口調で、たっちは言う。が、「ひょっとしたら、そうなるかも……」と呟いた声をウルベルトは聞き逃さなかった。

 

「おい、マジか? ……結婚してもいないのに夫婦喧嘩は無しにしてくださいよ?」

 

「だから結婚……でぇい! 喧嘩じゃないんですってば!」

 

 焦ったのか、言い間違いを勢いで誤魔化すたっちに、ウルベルトは「へ~、そうなんですね~」と生返事をし、その視線をレメディオスに向ける。レメディオスは……両頬を掌で挟んで真っ赤になっていた。妙に可愛らしい。

 

「……で? 実際は、どのようにボコボコにするんです?」

 

「ああ、もういいです。今、闘技場に建御雷さんが居るから、レメディオスさんと手合わせして貰おうと思ったんですよ。指導者としては私よりも上手ですしね」

 

 ウルベルトは、なるほど……と思った。武人建御雷は、元の現実(リアル)では武術か何かの道場を経営していたはずだ。不況の煽りを受けて閉める羽目になったそうだが、彼ならばレメディオスに適切な指導ができるだろう。

 

(そういや建御雷さん、ヤベー感じで強くなってるんだっけ……。異世界効果、凄いわ~……)

 

 建御雷が強くなった要因は、主に三つ。

 一つは、異形種の身体を本当の身体として使えるようになったこと。いくらユグドラシルのVRシステムが優れていようとも、本当の身体を再現するにはほど遠かった。だが、今は違う。身体に叩き込んだ技を、何の制限もなく使用できるのだ。元の現実(リアル)では身体が痛むのを気遣って練習しづらかった技だって、平気で練習できる。仮に怪我をしても魔法やポーションで治せるのだから、もはや何の遠慮も要らない。

 次に、実戦の機会が多いこと。相手が野盗であれモンスターであれ、相手を殺すことを前提に戦えるのだ。これで強くならないわけがない。

 最後は、武技を幾つか修得していることだろう。元々の強さに武技の効果を上乗せするのだから、これまた強くなっていて当然なのだ。

 気になる問題点と言えば……。

 

(そんな建御雷さんを一方的にボコれるんだよな……このバッタ……)

 

 先日、たっちと建御雷がPVPを行ったのだが、ユグドラシル時代以上の差を付けてたっちが圧勝してしまったのだ。真っ二つにされた自慢の大太刀……建御雷八式を手に呆然とする建御雷の姿をウルベルトは記憶している。これほど差がついたのは、やはりたっちが強くなったことにある。どうして強くなれたかと言えば、理由は建御雷と同じだ。要するに建御雷が強くなったのと同様に、たっちも武技を会得する等して強くなっていたのである。ただ、その強化の度合いが、たっちの方が大きかったらしい。

 ウルベルトは溜息をつき、顔を横に振った。

 

(個人の資質とか素質とか、そういうのだろうけど。転移後世界歴は建御雷さんの方が長いってのにな……。ひどいインチキだ……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おっ? たっちさんと……レメディオスさんだっけ? 待ってたぜ!」

 

 建御雷がたっち・みーにボコボコにされたのは数日前のことだ。つまり、さほど日が経っていない。にもかかわらず、闘技場の中央で立つ半魔巨人(ネフィリム)は、朗らかに手を振ってみせる。ご自慢の赤い重甲冑姿、抜き身で肩に載せているのは、長大な日本刀……建御雷九式。先代の建御雷八式は、転移後世界におけるPVPで破損した……のだが、即日、ノリノリで新製作に入り、遠慮無しの課金アイテム投入で作り上げた新しきメインウェポンだ。

 

(もうちょい練り上げて、今度こそたっちさんをバッサリだぜ!)

 

 もちろん、殺すところまではしないが、やる以上は勝つことを念頭に置く。脳内で、ああしてこうして、こうやって斬りつけて……と建御雷が考えていたところ、たっちとレメディオスがすぐ前まで移動してきた。たっちに促される形でレメディオスが一歩前に出る。

 

「たっち? ええと、タチからは噂を聞いている。武人建御雷殿。私は、ローブル聖王国の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。よろしく頼む」

 

「御丁寧な自己紹介、痛み入る。え~……武人建御雷です」

 

 武人ロールで話し出したものの、性に合わないと考えた建御雷は、ギルメン同士で話すときの口調……その中でも丁寧寄りの口調に切り替えた。 

 

「それで、タチさん? レメディオスさんと、まずは手合わせ……で良いんですか?」

 

「そうです。その後、いくつか指導をお願いできれば……と」

 

 実のところ、建御雷は事前に<伝言(メッセージ)>で聞いて把握している。今のやりとりはレメディオスに聞かせるためのものだ。建御雷は、少し考える素振りを見せた後で、大きく頷いた。

 

「かまわないですよ。じゃあ、レメディオスさんは俺と中央に行きましょうか?」

 

「ああ!」

 

 喜々とした……という表現が適切だろう。レメディオスは歩き出した建御雷について行った。

 その後ろ姿をたっちは見送ったが、その彼に後方のコキュートスが声をかける。

 

「タッチ・ミー様。アノ人間ヲ武人建御雷様ト手合ワセサセルノハ、何カ深イ思惑ガアッテノコトナノデショウカ?」

 

「……」

 

 たっちは最初、首を回して左肩越しにコキュートスを見た。無言で……である。

 次に口を開くまでに時間がかかったのは、「深い思惑って何だっけ?」と考えてしまったからだ。無論、思惑などというものは存在しない。ナザリックに合流する前は、ローブル聖王国でレメディオスと時折手合わせをしていたので、相手を変えれば新鮮かも……と、そんな感覚で建御雷に手合わせを頼んだだけなのだ。

 

(それを、そのまま言うのってマズいかな?)

 

 たっちはナザリックに合流してから、NPCや(しもべ)達の忠誠心の高さを知った。迂闊なことを言うとマズいことになるのも知っている。なので悩んだ結果、素直に話すことにした。慣れない嘘をついて話がこじれることを警戒したからだ。

 

「なに、色んな相手と手合わせしたら学べることが多い。そう思っただけだよ」

 

「ナルホド! サスガハタッチ・ミー様!」

 

 コキュートスの昆虫顔では表情の変化が判別できない。だが、声が震えているので感動しているようなのはわかる。

 

(こんなので、さすがと言われてもな~……)

 

 馬鹿にされているようだが、そうではない。コキュートスは心の奥底から、たっちを褒め称えているのだ。それがナザリックのNPCであり(しもべ)なのだから。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「なにこれ? 天国? 天国なの? 本で一杯じゃない!?」 

 

 ウルベルトに連れられて最古図書館に入ったケラルトは、両手の平を合わせてウキウキしている。床と天井以外のどこを見ても本棚があって、書物が隙間なく詰め込まれている。試しに一冊抜いて開いてみれば、魂に関する斬新な考察が記されていた。錯覚かもしれないが、ケラルトは読んだだけで魔法技術が上達したような気がする。

 

「アレイン! ここにある本、全部がこのレベルなの? 凄すぎるわ!」

 

「え? え~、あ~、うん。真面目な本ばかりじゃなくて……単なる娯楽系もあるんだけどな」

 

 興奮気味のケラルトに対し、少し引き気味のウルベルトはケラルトから目をそらすと、左方向に視線を移動させた。そこには大きなテーブルがあり、一人のリッチ……デイバーノックが読書中である。顔の高さ、真っ直ぐ伸ばした両手で漫画書籍を保持し、真剣な表情で読みふけっているのだが……。

 

(なんだありゃ? ねこ・ね○・幻想曲? 少女漫画か? また見た目から掛け離れたものを読んでるな……)

 

 見ればデイバーノックの両脇には漫画本が平積みされている。ウルベルトの知らないタイトルばかりであったが、カバーのデザインからして置かれているものすべてが少女漫画らしい。

 

「リッチが絵本を読んでる……。あれ、そんなに面白いの?」

 

 ウルベルトの視線の先に目を向けたケラルトが驚いている。ウルベルトは、ニヤリと笑って肩をすくめた。

 

「仲間達が趣味とノリで集めたものばかりだからな。探せば気に入るのがあるんじゃないか? 俺のお薦め漫画は、エコエ○アザラクとか、殺しても生○ている女とか、悪魔の招○状とか、地獄○子守歌とか、魔女が○る館あたりかな~」

 

 ここぞとばかりに推し漫画の名を出すが、そのすべてがホラー漫画なのは彼の悪魔性を示していると言えよう。無論、タブラに薦められて読んでいるうち、どはまりしたというのもある。なお、ウルベルトの名誉のために補足すると、これは若い女性を怖がらせて楽しむという主旨ではなく、心からお薦めの漫画を紹介しているだけなのだ。

 自宅呼びした交際して間もない女性に、そのチョイスはどうなのか。幸いなことにケラルトはウルベルトが言う漫画のすべてを気に入り、二人で肩を並べて座って漫画を読みふけることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「だああああああっ!」

 

 裂帛の気合いと共にレメディオスが突き込んだ。

 使用している剣は、聖剣サファルリシア……の持ち出し許可が(涙目のカルカが駄目だと言ったので)出なかったため、普段使いの剣である。性能は格段に落ちるが、今やっているのは手合わせであるため、とにかく相手の身体にさえ当たればそれで良い。

 今放った突きは身体ごと突進して放つもので、大盾を構えて踏ん張る騎士を、その後ろで支える者ごと吹き飛ばす威力があった。だが、建御雷九式で受け止めた建御雷はビクともしない。

 

「急所狙いは防がれると見て、狙いを絞らずに胴体のどこかに当たれば……ってか?」

 

 レメディオスが渾身の力で押し込んで行くが、建御雷は涼しい顔でレクチャーを続ける。

 

「バクチは嫌いじゃないが、地力の開き具合が問題ですよ……っと」

 

「うあっ!?」

 

 軽く振り払ったようにしか見えないのに、レメディオスの身体が浮いた。本当なら観客席付近の壁に激突させることも可能だが、建御雷は数歩分の距離を取らせるに留めていた。友人であるたっちの交際相手だから気を遣っている……というのは当然ある。が、大きい理由としては、離れて見ているたっちの視線が怖いことにあった。

 

 ……ンジィィィィィイイ……。

 

(背中! 背中に視線がーっ!)

 

 前衛を務める戦士職系。それ故、今の建御雷は気配や視線に関して敏感なのだ。そうやって感じるたっちの視線が実に痛く、そして重い。レメディオスに対して何かするたびに剣呑さを増していく。このとき、たっちは少し離れた場所でコキュートスと共に立って見物していたが、建御雷は背後に『負の暗黒空間』とでも言うべき異変が生じたように感じていた。

 

(これでレメディオスさんに怪我なんかさせたら、俺、たっちさんに何をされるんだ!?)

 

 本気の手合わせは臨むところだが、色恋関連、それも嫉妬で微塵切りにされるのは御免こうむりたい。そこで建御雷は、建御雷九式を肩にかついで休憩を行う。レメディオスも肩を上下させながら足を止めたので、休憩には応じるようだ。

 

「れ、レメディオスさんの剣の振り方とか、スジは悪くないんだよ。けど、素直に過ぎらぁな」

 

「素直すぎる?」

 

 レメディオスが問うてきたので、建御雷は大きく頷いた。

 レメディオスは、自身の筋力や素早さなりに、最適に近い形で剣を振っている。身のこなしなどもそうだ。

 

「けどな、戦いってのは剣を振って当てるだけじゃあない」

 

「次の攻撃につなげるための攻撃。剣を振り抜いてからの、次の行動を踏まえて戦う。そういったことが必要だと、建御雷殿は言いたいのか? それなら、心がけているつもりだ。……気にくわないが虚実織り交ぜてもいるぞ? だが、ん~、む~ん……」

 

 レメディオスは、表情を難しくして唸っている。今の会話で「元より知っていることを聞かされた」ということではなく、そういうことを敢えて聞かせた建御雷の真意を探っているらしい。

 

(このレメディオスって人、脳筋って聞かされてたけど。剣のことになると、そうでもない感じか?)

 

 目の前の女性騎士に対し、ちょっとした見どころを感じつつ、建御雷は話を続けた。

 

「うんうん、それも大事だ。こっちでもそういった事は考えてんだな……いや、こっちの話。それでな、レメディオスさんは人間だし、鍛えても筋力なんかは限界とかあるじゃないか」

 

 その限界点を伸ばすのは不可能ではないだろうが、時間がかかる。手っ取り早く戦力を底上げするにはフェイント……虚実織り交ぜた戦い方を身につけることだろう。レメディオスが言うには、彼女はすでに虚実織り交ぜて戦っているそうだが、建御雷が見る分には小手先のものや、動作の緩急でタイミングをずらす程度でしかなかった。

 

「相手の動作を、自分に都合良く誘導するんだ。虚実の一種だが、意識して出来るようになると便利なんだぜ? 何なら、相手の構えを崩すだけでもいい。自分の攻撃を当てやすくなるし、相手にしてみたら避けたつもりのところに攻撃が飛んできたりするから、くらう攻撃を速く感じるわけだ。死角に滑り込むように刃を入れられたら、更に効果が高くなるぞ?」

 

「ほほう! それは面白そうだ!」

 

 レメディオスが機嫌良く笑う。

 女性からの手応え良い反応に、建御雷は気を良くするが……背に刺さるたっちの視線が圧を増したので硬直した。

 

(なんだよ、レメディオスさんと歓談してるだけじゃーん! それも駄目とか、マジで勘弁して欲しいぜ……)

 

「まあ、なんだ。こういうのはタチさんも……と言うか、俺がやったのを防いだり躱したりするんだよ。マジで信じらんねぇ、あの人……で、タチさんも詳しいから、デートがてら教わってみてもいいかもな!」 

 

 ガラじゃないと思いつつフォローしたところ、レメディオスは顔を真っ赤にして「な、何を言ってるんだ! デートは、ちょっと早いと思うぞ!」と建御雷の甲冑……胸の部分をバシバシ叩く。照れ隠しだが結構な威力であるため、建御雷は「それを人間にやるときは、手加減しろよ~?」と考えていた。

 そして、たっちのすぐ近くでコキュートスが冷気の息をブシーッと吐いているのを見て硬直する。

 

(怒ってる!? 何でだ!?)

 

 ひょっとして、レメディオスがバシバシ叩いていたのが気に入らないのか。そう思い至った建御雷は、「いちいち目くじら立ててると、忠誠心とやらが安っぽく見えちゃうんだがなぁ」と呟きながらコキュートスの方へと歩き出すのだった。

 一方、たっちもコキュートスの怒りっぷりには引いている。

 

「……そんなに怒っちゃうんだ?」 

 

 自分は自分で、レメディオスと建御雷が歓談している様子が気に入らず、良い気がしなかった。それに、つまらないことで建御雷を睨んでいた自覚もある。だが、コキュートスの憤慨ぶりを見ていて、急に頭が冷えたのだ。頭に血が上っているとき、すぐ近くで他人が怒っていると冷静になってしまう、あの現象である。

 戻って来た建御雷がコキュートスの肩を叩きながら、「細かいことで怒るな。ちょっとしたスキンシップだろ?」と諭しているのを見ると、何だか自分が説教されているようで気が重くなるたっちであった。

 




たっち&ウルとカストディオ姉妹のお話。
取りあえず書きたい分の半分ぐらいですが投稿してみました。
次回、鳥と忍者が……。ポロリもあるかも。
今回は前半部分のようなものですから、後半である次回は色々と盛り込みたいと思います。

ウルベルトさんが言う、ホラー漫画の数々は、子供の頃に私を恐れおののかせ、夕暮れ時に外を歩けなくした作品群。
今となっては絵柄が古いかもですが、小学生低学年に読ませてはいけない類の本だと思います。

建御雷さんの虚実関係の指導については、完全に漫画やアニメの受け売りです。レメディオスが虚実を上手く使いこなせていない件については、原作での戦いぶりから判断しました。
まあ、妹やカルカを駄目にされて、普段どおりに戦えなかったのもあるんでしょうが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと前まで体調がヤバかった(頻発鼻血地獄)のですが、
処方して貰った薬が効いたのと、慌てて早朝ウォーキングを始めたのが効いたのか
ここ2日ほどは発症しておりません。やったぜ!
その前の1~2週間、睡眠時間が小一時間刻みとかだったので、昼すぎ暫くの頃になると体力切れおこしてキツかった。
横になろうが座ろうが、寝ると鼻血出るってのはな~……。
病院の待合で座り、うつらうつらした途端にドロッときたのも難儀だった。
終盤、シャワー中に出血しても構わず洗髪やらし終えてたけれど、慣れちゃ駄目ですよね~。

不摂生すると私のようになりますので、皆さんもお気をつけ下さいませ。


<誤字報告>
佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます


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