空色少女は働きたい (とはるみな)
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プロローグ

 コンコンコンとドアを三回ノックする。

 

 「どうぞ」と声が聞こえたら「失礼します」と言ってドアを開ける。

 

 部屋に入ったら、ドアの方を向いてドアを閉める。

 

 閉めたら面接官を向いて三十度の角度でお辞儀を………しようとして、俺はまたこのパターンかと数秒後の未来を予測した。

 

 予想通り、俺を見て口元をヒクヒクさせていた面接官は、唾が飛ぶような大声で言う。

 

「なんだその髪色は舐めてるのか! 冷やかしに来たなら帰れ!」

「いえ…これは地毛で…」

「そんな色の地毛があってたまるか! 信じられる訳ないだろ! もういい、時間の無駄だ。帰れ! 二度と来るな!」

「あ、はい。失礼しました」

 

 素早く頭を下げて、来た道を戻る。

 あまりにも速い退室に他の就活生達が何事かとコッチを見てくるが、視線が頭に映った瞬間納得したような顔になった。

 

 まぁ、そりゃそうだろうな。

 なんて考えつつ、俺は出来る限り人と顔を合わせないようにして押し扉を押し社外へ出る。

 

 押し扉のガラスに反射する俺の髪の色は空と同じ色をしていた。

 

 

 

 

 

 異世界転生。ネット小説で人気を誇るジャンルであり、同時に非日常を表した、一般人にとっては憧憬なようなものであった。

 

 しかし、あくまで物語は物語。第三者の視点から眺めるのが一番いい。

 そんな確信を抱いたのは実際に異世界転生を果たして第一者となってからだった。

 

 異世界には俺以外にも転生者は計二十人と多くいた。金髪のエルフだったり、赤髪の吸血鬼だったり。

 皆等しく姿形が変わってしまっていた。

 

 俺もその一人で、気がつけば空色の髪の毛をした少女になっていた。

 

 俺と同じ境遇の人は数人いた。女から男になった人もいた。皆変わってしまった性別に困惑し、絶望していた。

 

 しかし、それでも心が折れなかったのは、魔王。俗称ラスボスを倒せば元の世界に帰れる、という天の声があったからに他ならない。

 

 それからはただひたすらに頑張った。魔法を覚えて剣を振って燃やして切って。

 そして転生から二年。ようやく転生仲間の一人が、魔王を討ち取った。それで全てが元通りになる、はずだった。

 

 だが、待っていたのは非情な現実。

 

 俺は空色の髪の毛を指で弄りながら、ため息を吐いた。

 

 そう、異世界での容姿を維持したまま俺たちは送り返されたのだ。現代に。

 しかも容姿の不変とかいう謎のおまけ付きで。そのせいで髪は染められなくなったし、切れなくなった。

 その結果が今日の面接だ。ため息を吐きたくもなる。

 

 せっかく身分証明書がなくても出来そうな仕事だったのに。と一人愚痴る。

 

 現代社会において身分証明書とは絶大な効力を誇る。しかし、異世界の容姿を持ったままこの世界に帰ってきた俺たちにはそんなものは存在しない。

 つまり何が言いたいかと言うと、お金を稼ごうにも働けないと言うことだった。

 

 結果として、身分証明書の必要ない仕事を探さなければならず、且つ容姿に寛大な所を探さなければならないので、現在俺たち転生仲間の中でも働けているものは両手の指に収まっている程度しかいない。

 

 亜人系は等しく全滅だ。赤髪の吸血鬼や白髪の龍人は背中から出る羽や頭から伸びる角が隠し切れないから、と働きどころを見つけることに成功した金髪エルフの借家に泊まり込んで一日中ゴロゴロしている。圧倒的金欠のため、ゲームもテレビも携帯もないから暇を持て余しているそうだ。

 

 かくいう俺も人のことを悪くは言えない立場にあり、現状は異世界で魔法使い同士として仲が良かった緑髪の少女と、銀髪の小人、黒髪の剣士とぼろアパートで生活を共にしている。

 

 黒髪の剣士が唯一働けている存在だった。

 銀髪の小人はどう見ても子供にしか見えないので働くことが出来ず。俺と緑髪は髪色で落とされる始末。

 黒髪の剣士本人は俺は男だから大丈夫と言っているが、言葉に甘えるわけにもいかないので、どうにか働こうと日々奮闘しているものの、ままならない現状。世知辛い。

 

 ちなみに剣士以外は皆姿格好は女の子だが、元男。故に、養ってもらうことに敗北感を覚えていた。

 

 ーーあぁ。早く働きたい。

 

 働いてお金を稼いで、携帯とかテレビとか買いたい…。

 

 異世界に行く前までは働きたくないとほざいていた、働けている有り難さに気づけていなかった愚かな自分を殴り飛ばしたい。

 

 そんなことを考えているうちにぼろアパートが見えてきた。

 今日こそは! と意気込んで出て行った手前帰りにくい、と再度ため息を吐いて、建て付けが悪いドアを開ける。

 途端鼻に突き刺さるカビ臭い匂いで一瞬ウッとなるがいつものことだ。

 

「ただいま…」

「あっ、ソラさん。おかえりなさい。どうでしたー?」

 

 ソラ…というのはこの髪の色からとった俺の偽名だ。元の世界に帰った後もコイツらと関わるつもりはなかったので偽名を使ったのだが、今では本名よりも慣れ親しんだ名前になっていた。人間の慣れとは恐ろしいとつくづく思う。

 

 間延びした声で聞いてくる緑髪に無言で首を振って答えると、緑髪はにへーと嬉しそうな顔をして「聞いてくださいよ!」と声を上げた。

 

「私、来週から働きます!」

「…は? なんて?」

「来週から働くんですよ! ニート脱出です! ついに私の努力が実ったんです!」

 

 一瞬聞き間違いかと思って聞き返したが、同じ言葉が返ってきた。緑髪は馬鹿だが嘘はつかない。つまり…

 

「騙されてるのか…かわいそうに。よしよし、俺が慰めてあげるからこっちにおいで」

「その目やめてください。なんか嫌です。それに騙されてなんかいませんよ! 私が騙されるはずがありません」

「騙された被害者は皆そう言うんだよ!」

「ソラちゃん。リーフちゃんの話は本当っぽいよ」

 

 緑髪に心底哀れみの目を向けてやっていると、居間の奥から銀髪小人が欠伸をしながら出てきて、ほら、と紙を突きつけてきた。

 

「なになに…雇用通知書……だと…。ず、随分洒落た悪戯だな…」

「声震えてるよ」

「だから騙されてないんですってば。これからは私も養ってあげますからね。ニートさん…って何処行くんですか」

「………もう一社行ってくる」

「……まぁ気持ちは分かりますので、頑張ってください。あ、なるべく早めに帰ってきてくださいね。今夜はレンさんがお祝いに外食に連れてってくれるみたいなので」

 

 そんな慰めの言葉を背に受けながら、俺は外へ飛び出した。

 働きたい。そんな切実な思いを胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ウィッグは外してください」

「いや、あのこれ地毛なんですけど…」

「え……その髪色の人を雇うのはちょっと無理があると言うか…」

「そんな…」

 

 



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日常のようなもの 1

 人を見かけで判断してはいけない。

 子供の頃から親や先生に口煩く言われ、今時小学生でも知っていること。

 しかし、そうと理解していても実際に見た目で判断していない人はごく少数にすぎない。

 

 特に面接等、初対面の人を見極める際においては「見た目で決まる」とも言われるほど大事な評価項目となっている。

 

 今の自分の容姿は客観的に見ても極めて美形だと言う自信があるが、いかんせん。髪色がいけない。

 どれだけ容姿が優れていても、反社会的なこの髪色が全てを台無しにしてしまう。最低評価へと変えてしまうのだ。

 

 そのことを強く痛感しながら今日も一人、成果を出せず帰路へ着く。

 

 

 

 

「くそ、誰が遊び歩いてそう、だ。何が真面目そうじゃない、だ。完全に偏見じゃないか! 髪色だけでネガティブな判断しやがって。何も知らないくせに勝手なこと言うんじゃねぇよ」

 

「その様子だと、やっぱりダメだったんですね。それ私も言われたことありましたよ」

 

 

 帰ってそうそう毒を吐く俺に、珍しく家に居た緑髪が苦笑を浮かべた。

 

 

「いたのか…今日は早いんだな」

 

 

 緑髪が就職してから三週間。

 身分証明無し、髪色が緑。とそんな人材でも雇ってくれる会社は当然真っ白ホワイトなモノではなかったらしく、仕事の忙しさから緑髪は家に居ることが少なくなっていた。

 

 午前七時出社にも関わらず午後九時過ぎまで帰ってこれず、加えて月に二、三度土日出勤がある。しかも内容はひたすら数字をエクセルに打ち込む事務作業。

 この姿になる前、そこそこ良い企業に就いていた俺としては少し過酷なんじゃないかと思う毎日を送っている日々。しかし、緑髪の表情に疲労は見えず、常に溢れんばかりの充実感で満たされていた。

 

「働けることが嬉しいんです。え、疲れないのか、って? 私が皆さんの役に立ってる。そう考えるだけで疲労なんてぶっ飛びますよ!」とは緑髪の言。

 

 働きたいと思っている俺でも、流石に同意出来かねない。いろんな意味でぶっ飛んでいた。

 

 

「今日は午前中で上がらせてもらったんです。本当はもっと働きたかったんですけど、誤魔化しが効かなくなってしまうから今日はもう帰ってくれって言われてしまって」

「へぇ…」

 

 ブラック企業だと思っていたが、そこまで黒くはないのかもしれない。なんて俺の中で緑髪の会社の評価を改める。

 

 

「ところでソラさん。カガリさんの話ってもう聞きました?」

「カガリ? えと……たしか、赤髪の吸血鬼だっけ。金髪エルフのところに引きこもってるくらいしか聞いてないけど、なんかあったの?」

「今度皆で集まろうって話ですよ。ほら現代に戻ってから集まることなんてなかったじゃないですか。だから進捗報告も兼ねてパーっと飲もうって」

「別に集まるのは良いんだけどさ。どこに集まるんだよ…。コスプレって言って誤魔化すのも限度があるぞ」

「場所に関してはなんか当てがあるみたいでしたよ。決まり次第適当に伝えに来るとは言ってました」

 

 そんなたわいのない会話を繰り返していると、先程から会話に参加することなく、一人小さなちゃぶ台の上で黙々と内職である造花作りに勤しんでいた銀髪小人が、忙しなく動いていた手を休めた。

 

「ちょっと休憩…。信じられるかい、こんなに作っても千円にもならないんだぜ。嫌になってくるよね」

 

 

 どう見ても小学生……頑張っても中学生。

 そんな見た目をしている銀髪小人は遠い目をしながら、淡々と呟いた。

 

 同情はする。

 月給約四万。内職は基本的に相場が安く、あまり稼ぐことが出来ない。

 しかし銀髪小人の見た目では普通に働くことが出来ないので、稼ぐためにはやらざるを得ないのが現状。

 外にすら出られない吸血鬼や龍人よりは幾分かマシだが、それでも銀髪小人は不憫だった。

 

 

「ならやめてしまえばいいんですよ。大丈夫です、生涯私とレンさんで養いますから」

「簡単に言わないでくれるかな!? 僕にだってプライドってやつがあるんだよ」

「じゃあ大きくなるまで養います」

「それ意味変わってないから!? これ以上大きくなれないから…」

 

 

 涙目になって声を荒げた銀髪小人は、視線を俺に移すとパンパンと手を合わせ頭を下げた。

 

「…ソラちゃん」

「なに?」

「就職なんて諦めて僕と一緒に本格的に内職を極めてみないかい? ソラちゃんまで働き出すと僕が居苦しくなるんだ」

「知らねーよ。ほら、まだ今日のノルマ終わってないんだろ? 手伝うから貸して」

「あ、私も手伝います! これ、どうやって作ればいいんですか?」

「えー、全然休憩したりないんだけど。まぁ、いいんだけどさ。二人ともありがとね。じゃあ、さっさと終わらせちゃおうか」

 

 

 今日もまた一日が終わる。

 明日は小さな会社の面接と工場の面接。そろそろ受かって働き場所を決めたいところだ。

 

 

 

 異世界にいたときの実験漬けの毎日とは違い、大して代わり映えのない平穏な毎日。

 暮らしは貧困ながらも、異世界では決して手に入れることが出来なかったものがここにはある。

 住めば都とはよく言ったもので、異世界での暮らしも何だかんだ悪くなかったが、やはり俺は根っからの現代っ子だったらしい。

 何気ない普通の日常に浸れることを喜びながら、俺は黒髪剣士が帰ってくるまでの間、造花作りに没頭した。

 

 

 



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日常のようなもの 2

 緑髪が就職してから一ヶ月。

 あれから毎日毎日就活を行なっているが一向に成果は出なかった。

 ここまで連続で落とされると、面接官の頭おかしいんじゃねーの。と本気で思いつつ、今日も今日とてぼろアパートに帰宅する。

 

「はぁ………二時間も散々質問しといて、落とすとかありえないだろ….。なんなの…あのババア。馬鹿なの…? 本当に面接官の目を括り抜いてあげたい」

「帰って来て早々怖いこと言いださないでくれる?」

「冗談、冗談だよ」

 

 五割くらいは本気だけど。

 ボソッと呟いた声は、しっかり聞こえていたのか銀髪小人が呆れたように息を吐いた。

 

 靴を脱ぎ、狭い居間に上がった俺はチラリと壁に立てかけてある時計を見る。

 

 時計は、仕事をする上で時間確認は大切だから、と前に黒髪剣士が買ってきたもので、オンボロなこの空間には似合わない極めて高い精度を誇っていた。新品でお値段は3万円と、中古で揃えたこの家の家具の何よりも価値が高い。

 もはや俺たちにとって家宝のようなものだ。

 

 そんな時計が示すのは午後六時十七分の数字。日が落ちるのが遅くなりつつある七月とはいえ、そろそろいい時間帯だった。

 

「銀髪、今日の分の内職はまだ残ってる?」

「もう終わってるよ。今日はフリーさ」

「じゃあ…少し早いけど夕飯一緒に作らないか?」

 

 

 本職に加え、副業を幾つも抱えている黒髪剣士は勿論、一ヶ月が終わり残業時間がリセットされたということで緑髪もまだ帰ってきていない。

 いつもの傾向で考えると、二人とも帰ってくるのは最低でも午後九時過ぎくらいだろう。

 故に、ご飯を作るのは大抵家に居る銀髪小人か俺のどちらかだった。

 

 暇を持て余していたのか。

 今日は俺の当番の日だったが、誘いをかけると銀髪小人はすぐに転がっていた体を起こした。

 

「いいよ。手伝ってあげよう。で、何作るんだい? カレーか、それともカレーか!?」

「どんだけカレー推すんだよ…。しかも銀髪って別にカレー好きでもないだろ」

「うん、好きじゃないよ。何となく言ってみただけさ。そもそもカレーの具材なんて買ってきてないし」

「なんだそれ…」

 

 銀髪小人の言う通り、食品棚にカレールーはなかった。

 他に何かないか、探してみるもあまりピンとくるものが見つからない。

 

「そう言えば前回の買い出しっていつ行ったっけ?」

「金曜。次は明後日くらいに行く予定だよ。あ、そうだ。その日荷物運び手伝ってくれない? 料理を手伝ってあげる報酬ってことでさ」

「まぁいいけど」

 

 あ、トマト缶があった。

 …よし。

 

「今日はパスタで行こう」

「オッケー。じゃあ僕はペンネ茹でとくね」

「スパじゃなくて?」

「僕はペンネの方が好きなんだ。スパゲッティはその、歯応えがね。まぁ、スパゲッティがいいって言うならそっちにするけど」

「はいはい、ペンネでいいよ」

 

 正直スパゲッティでもペンネでもどっちでもよかった俺は、投げやりにそう答える。

 銀髪小人も、絶対にペンネ! と思っていたわけでもなかったのだろう。

 棒読みで「わーい」とだけ呟いて、すぐ違う話題を振ってきた。

 

「そう言えばさ。リーフちゃんが前言ってた話覚えてる?」

「んー、赤髪吸血鬼がみんなで集まろう云々の話だっけ」

 

 吸血鬼ってニンニク嫌いなんだっけ。赤髪吸血鬼にこれ投げつけたらどうなるんだろうか。

 そんなことを思いながらニンニクを薄くスライスする。

 

「そうそれ。その話なんだけどさ。どうもあれから日付が決まったらしくて。今日シルさんが伝えにきたんだけど」

「ふーん。いつなんだ?」

「来週の日曜」

「随分急だな……黒髪と緑髪休み取れるか分からないぞ」

「いや、二人とも来週の日曜は休みって予めカガリちゃんに言ってたらしいよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ問題ないな…っと」

 

 フライパンにカットしたニンニクとオリーブオイルを少々加え弱火にかける。

 あとは香りが立ったらトマト缶を入れてコンソメと一緒に煮込めばソースは完成、かな。

 

 作業に一区切りついたところで、顔を上げると、銀髪小人は、ニヤニヤとした笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

「なんだよ…?」

「いや、ソラちゃん。僕たち以外に元男だってこと教えてないでしょ。だから、また異世界の時みたいな口調になると思うとさ…ニヤニヤ笑いが止まらなくて」

「あ、あの時は……なんていうか、現実感がなかったっていうか………死にたくなってきた。行くのやめようかな」

 

 あんなの黒歴史でしかない。

 もし過去にやり直せるなら、俺は間違いなくあの時の自分を殺してでも止める。

 今なら、そう即答できるくらいの、痴態だった。

 

 俺たち転生者は全員が全員と仲が良かったわけじゃない。

 

 中には黒歴史時代しか関わりのなかった者も少なくないからず存在する。それは、つまり俺イコール黒歴史時の俺と認識している者もいるという、大変絶望的なことだった。

 

 そんな奴らと会うのか……そっか。

 

「うん、行くのやめよう。俺は欠席って言っといてくれ」

「そんな面白そうな機会逃すわけないでしょ。絶対連れて行くからね」

「本気で嫌なんだけど…って、あー!!? 銀髪の所為でソースが焦げたじゃんか!」

「あはは、動揺しすぎだよソラちゃん……あ、ぺ、ペンネが茹ですぎてフニャフニャにー!?」

 

 話に集中しすぎた結果、料理が散々なことになったのは最早語るまでもなく。

 

 

 その後。

 

「ただいまですー! あっ、今日はパスタなんですか! って、うう…なんかソース焦げてませんか……ペンネもフニャフニャしてますし……」

「料理上手なソラちゃんらしくないな。何か悩みでもあるのか? ……そうか、仕事のことで悩んでるんだな。いい、気にするな。ソラちゃんは頑張ってる。頑張ってるから」

「そうだったんですか……。道理で…。いいんですよ、ソラさん。明日明後日とゆっくりしてください。しっかり休むことも仕事ですから」

 

 まるで小さい子の失敗を慰めるかのような二人の優しい視線が心に染みた。

 同時に二度と銀髪小人と一緒にご飯を作らないと強く誓った。

 

 



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日常のようなもの 3

 何をするにも自分から決して行動しようとはせず、周りが行動に移しても積極的に同じ行動を取れない。

 

 極度の引っ込み思案。それが俺だった。

 

 

 今でも、あの時素直に元男だと打ち明けられていたら、と何度も後悔している。

 

 忘れられない、同じ境遇の者同士の自己紹介の時。各々自らの情報を晒していく、秘密を打ち明けるには絶好の場。

 

 緑髪や銀髪小人など全く同じ秘密を抱えた者もそれを打ち明けていたというのに、俺は打ち明けることが出来なかった。

 それどころか、何をとち狂ったのか、何処ぞの毒舌系ヒロインのような態度を取ってしまっていた。

 

 何やってんだ俺、どころの話ではない。いくら転生で混乱していたとしてもあれはなかった。

 

 そんな絶好の機会を逃した後、迎えたのは男女の棲み分け。いくら同じ境遇の者同士でも、完全に心を許すには時間が足りなかったのだろう。

 

 それにより、男、女、性別が変わってしまった者の三つに分けられたわけだが。

 

 当然秘密を隠したままの俺が、性別が変わってしまった者の集まりに入れるわけがなく、女性陣の中に放り込まれることに…。

 それから、方針が決まり、皆各地にバラバラに旅立つまで地獄のような日々を送る羽目になった。

 

 あの日々のことは思い出したくもない。

 取り敢えず言えることは、俺が元男だとバレたら間違いなく殺される。ことだけだ。

 

 

 そして、それは今でも変わらない。

 

 

 俺が秘密を打ち明けたのは、旅立つ時に一緒に行動していた緑髪と紫髪。

 とある国で再会を果たし、仲良くなった黒髪剣士と銀髪小人の四人だけだ。

 無論この中に女はいない。いたら死んでる、割とマジで。

 

 そんなレベルの話だから、現代に帰還してからそれなりに関わりが出来たとはいえ、女である赤髪吸血鬼や金髪エルフにも教えているはずがなく。

 

「…マジでどうしよう。本気でバックれたいんだけど……」

 

 何を隠そう。俺はピンチだった。

 

 

 

 銀髪小人と料理を作った次の日の昼下がり。

 緑髪と黒髪剣士から全力で就活を止められた俺は、居間で頭を抱えていた。

 悩みの種は言うまでもない。来週日曜の集会についてだ。

 

「今から悩んでもしょうがないって。まだあと一週間以上も先の話だよ。ほら、コーヒー淹れてきたからさ。飲みなよ」

 

 台所から戻ってきた銀髪小人が、両手に掴んでいたカップの一つを渡してきた。

 カップを受け取り、一口。

 

「…甘い」

「けど美味しいでしょ?」

「うん……少し頭痛が落ち着いてきたかも。ありがと」

「そりゃよかった」

 

 ようやく頭を上げた俺に、銀髪小人が笑いかける。

 優しい気遣いからの優しげな笑顔。

 元男だという情報がなければロリコンに目覚めていたかもしれない。

 なんてしみじみ思いながら、大きな溜息を吐いた。

 

「まだ悩んでるの? もう、ほら。あの時みたいに振る舞えばいいじゃんか。どうせ僕ら以外皆秘密を知らないんだし」

「それじゃダメなんだよ…」

「えー、なんでさ」

「お前らが知ってるからだよ! あの時は誰にも知られてなかったから出来たんだ。本性を知っている人の前であんなことできるか! 恥ずかしくて死ねるわ!」

「って言われてもね。僕にはどんな感覚か分からないからさ。分かりやすく例えるならどんな感じ?」

「……親や親戚にSNSの裏垢を知られた時のような感じ」

「あー……そりゃ辛いね。うん。その気持ちすっごい分かるよ」

 

 身に覚えがあったのか、遠い目をする銀髪小人と二人で溜息をつく。

 

 暫し沈黙が流れる。

 

「……でもさ」

 

 数分にも及ぶ静寂を破ったのは銀髪小人の方だった。

 

「…なに?」

「ソラちゃんは秘密を他の人にも打ち明けるつもりはないんだよね?」

 

 小さく頷く。

 仲が良いコイツらに打ち明けたことですら後悔してるのに、関わりが薄い他の人になんて打ち明けたくないしそんなつもりもない。何より殺される。

 

「じゃあ結局、演技するしか選択肢はなくない?」

「……行かないっていう選択肢がある」

「それはやめといた方がいいと思う。ネタじゃなくて本気で」

 

 昨日と違い、真剣な顔で告げる銀髪小人。

 思い当たる節がない、わけではない。

 むしろ、今回の集会の半分くらいそれが目的なのだと確信していた。

 

 今まで転生者仲間の誰しもが心の何処かで考えていたこと。それはーー

 

「魔王討伐したのが誰なのか…って話だよな」

「うん」

 

 ーーそれは、俺たちを現代に帰還させる条件を果たした者が誰なのか。そんな疑問だった。

 

 素晴らしい快挙だというのに、誰一人、名乗り上げることをしない。

 故に、誰が討伐したのか不明のままだった。

 

 

 まぁ、十中八九関わりが薄い者の誰かだろう。

 と言うのも、俺の異世界での最後の記憶は、魔王討伐に向けて、緑髪、紫髪、黒髪剣士、銀髪小人と共に二年の間滞在した王国を出発した、ところで途絶えていたからである。

 命を掛ける覚悟とか決めていたのに、いざ旅立てば数分歩いてミッションクリア。俺たちの努力は一体何だったのだろうか……? 

 

 

 

 …話を戻すが、普通なら魔王を倒したら名乗りあげるはず。

 それをしないと言うことは……つまり、俺みたく極度の引っ込み思案体質なのだろう。

 

 同じ体質持ちの俺としてはその気持ちが良く分かるし行動も理解できるのだが。

 おそらく他の人には理解できていない。

 

 大方、何か秘密を隠しているから打ち明けないとか考えているに違いない。だからこそ、見つけようとしているのだ。

 

「で、行かなかったら後ろめたいことがあるから出なかったと俺が疑われるってことか。くだらない話だな」

「まぁ有力候補には入れられるだろうね」

「はぁ……別に俺は疑われても良いんだけど」

「そうなったら一緒に暮らしてる僕たちまで疑われるよ。僕としては極力転生者仲間同士の人間関係のいざこざは起こしたくないね…」

 

 再び溜息を吐く。

 選択肢が二個潰れている以上、答えは決まったようなものだった。

 

「…絶対笑わないでくれよ。ネタに使わないでくれよ」

「うん、約束するよ」

 

 

 

 

 

 



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日常のようなもの 4

 人とは醜い生き物だ。

 

 表面上は良き友と語っていながら、裏では平然と悪口を零し嘲笑する。

 思えば、男が人との関わりをあまり持たなくなったのも、友人だと思い込んでいた者達から陰口を言われていることを目撃したのが原因だった。

 

 陰口なんて誰でもするようなこと。

 当時男は、そう理解しようとして、結局理解することができなかった。

 

 以来、男は特定の誰かと親しくすることはなくなった。

 距離を近づけすぎないために、親しくならないために、信頼している者でさえ名前で呼ぶことは決してなくなり、身体的特徴で呼ぶようになった。

 

 また裏切られるのが怖かった。

 失うくらいなら初めから繋がりを作らなければいい。そう思って。

 

 そしてそれは今も変わらない。

 

 異世界転生という常人では体験し得ない出来事を越えても、男は情け無く臆病だった。

 

 

 

 

 ぼろアパートの一室。

 静かな空間の中、空色の少女の凛とした声が空気を揺らした。

 

『私は……そうね、ソラとでも呼んで。それ以上語る気はない』

 

 ……。

 ギリッ。何かを噛み締める音。

 しかし、空色の少女の声は止まることなく、楽しげにその美声を震わせる。

 

『別に貴方達と深く関わるつもりはないわ。現代に戻ったら二度と会うこともないだろうし。私は一人が好きなの』

 

 ………。

 ギリギリギリッ…。

 噛み締める音が段々と強くなる一方、空色の少女の声も大きく高らかになっていく。

 

『これ以上私に関わらないで。次触れたらただじゃおかないわよ』

 

 …………ッ…!

 

「えと…あとは確か……。『あなた…もしかして私を舐めてるの? 本気で殺すわよ…』」

 

 ……………ッ…!!!?

 

 もう限界だった。

 

「他には、あ…『私のーー』」

「もういい! やめろ、やめてくれやめてください…」

「えー、あの頃の言動を思い出したいからってソラちゃんが頼んできたんじゃんか。まだまだあるのに」

 

 全力で懇願する俺に、先程まで俺とソックリな声を作っていた銀髪小人が不服そうに口を尖らせた。

 

 確かに銀髪小人に頼んだのは俺の方だ。ある程度のダメージを負うことは覚悟していた。

 

 しかし、まさかここまでのダメージを負うとは思ってもいなかった。

 

 手には自身の爪の跡が食い込み、目には羞恥から溢れた涙が、唇からは血の味がする。

 

「ホントやめてください…これ以上は死ぬ。本当に…」

「えーどうしよっかな……お、おう? …えと、思ったより重症だね……」

 

 そこで初めて俺の惨状を見た銀髪小人は、ニヤニヤ笑いを引きつった笑いに変化させた。

 

「いや……これ演技できるの?」

「死にたくなるほど辛いけど、やらないと死ぬんだ。だったらやるしかないでしょ…。もう今日は無理だけど」

 

 ドン引きしながら尋ねてくる銀髪小人に、俺は小さく頷いて返す。

 もはや退路は残されていない。どれだけ血反吐を吐きたくなるような喉を掻き毟りたくなるような黒歴史でも、目を逸らすことなく受け止め演じるしかないのだ。

 

 ただーー今日はもう限界だった。

 今まで目を背けてきた分を一日で受け止め切ることは不可能だった。

 

「そ…そう。ま、まぁ、まだ時間はあるしね……あ、そういえば昔話と言ったらだけどリーフちゃん。あの子だいぶ変わったよね」

 

 力強く語る俺に気圧された銀髪小人は、唐突に話題を変えた。

 大方俺を気遣ってのことだろう。

 

 そう理解して、俺も話に乗った。

 

「あー、確かに初対面の時と今じゃ何もかも違うよな」

「敬語使うなんて昔のあの子じゃ想像出来ないよね。今度の集会で皆驚くんじゃないかな」

 

 現代に戻ってきたばかりの時は、まともに話し合う時間も作ることができず即解散した。

 故に、緑髪の変化を知るものは少ない。

 

 知っているのは異世界で交流があった俺、銀髪小人、黒髪剣士、紫髪と。現代に戻ってから交流がある金髪エルフ、赤髪吸血鬼、白髪龍人くらいだろうと思っている。

 

 俺と違い、初めから元男だと打ち明けていた緑髪に変化を隠す理由はない。

 

 集会では緑髪の変わり具合に度肝を抜かす人が多く出るだろうな。

 なんて銀髪小人と顔を見合わせ二人してククと笑う。

 

「…どうだい?」

「ん?」

 

 質問の意味が分からず聞き返す俺に、銀髪小人は今にも舌を出しそうな悪戯な笑みを浮かべた。

 

「辛いことだけじゃなくて、少しは楽しめそうなこともあるでしょ?」

「……」

「辛いことだけ考えてても嫌になるだけだよ。大体ソラちゃんは重く受け止めすぎ、気楽にいこうぜ。一発芸見せてやる的な感じでさ」

「……まぁ、善処してあげるわ。見てなさい、銀髪(レーテ)

「おっ?」

 

 これから俺が何をしようとしているのか予測したのかニヤッと口角を上げる銀髪小人に苦笑を零し、俺はスッと立ち上がり腕を組みながら言った。

 

「私はソラ。魔法使いのソラよ。私に触れる奴らは皆氷像にしてあげるわ」

「ヒューヒュー! いいぞー! もっとやれー!」

 

 恥ずかしい。が、見てるのは銀髪小人だけと考えると、何故か耐え切れないほどではなかった。勿論顔は赤いだろうけど。

 

 一人囃立てる銀髪小人に向かって、手を上げ応え、続く言葉を紡ごうと…。

 

「いいわ。あなたにも魔導の深淵を見せてあげーー」

 

 ……ドサッ。

 

 

 何かが落ちる音。

 音のする方向を見れば、玄関で緑髪が固まっていた。足元にはビジネスバッグが。

 

 先程の音の正体はコレか…。

 いやそんなことはどうでもいい。いつからココにいた? 

 

 

 

 マサカ、ミラレタ?

 

 

 予想だにしてなかった乱入に、かぁーと顔が熱くなり、頭がだんだんと冷静になっていく。

 

「あはは……今日は随分と早いお帰りで……」

 

 銀髪小人が何か言ってるが頭に入ってこない。

 しかし、

 

「そ、ソラさんがソラちゃんになっちゃいました……」

 

 緑髪のそんな意味不明な言葉だけは俺の耳へとしっかり届いた。

 

 

 



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日常のようなもの 5

 緑髪は馬鹿である。

 

 「私は今日からこれで一生を過ごします! なんかできる気がするんです!」と言ってある日突然逆立ちを始めたり。

 

 「百キロの重りを毎日付けて生活してれば超強化できるはずです! 魔王なんてすぐコテンパンにしてあげますよ!」と言って重りに潰されかけたり。

 

 「誰かの役に立つなら何でもします! 私が力になります!」と自ら進んで奴隷商に付いて行こうとしたり。

 

 例を挙げればキリがない。

 

 後々を考えるより先にとにかくやってみる。そんな性格故に、緑髪が原因で面倒事が起こることは二年間で何百回とあった。

 

 そして現代に帰った今でもトラブルメーカーっぶりは健在だったようでーー

 

 

「はい、こちらなんて似合うと思いますよ! 私の目に狂いはありません」

「…いやでもこれスカート。俺にはちょっと荷が重いかな…って。ほら、メンズコーデとか似合うんじゃないかな…?」

「ダメですよ! メンズコーデなんて。ソラちゃんにはこれです! 大丈夫です。スカートに違和感を感じるのは初めだけで、すぐ慣れますから。じゃあ取り敢えず試着してみてください!」

 

 自分のスカートをヒラヒラさせ、ニコニコと笑顔を浮かべる緑髪から服を受け取り試着室へと入る。

 

 どうしてこうなった、と頭を悩ませながら。

 

 

 

 

 事の発端は一時間程前。

 

 緑髪に俺と銀髪小人が状況の説明をし終えた後、すぐだった。

 

「なるほど…ソラさんがソラちゃんになってた理由はそういう事だったんですね! 理解しました! それじゃあ今すぐ服を買いに出掛けましょう!」

 

「え、なんで?」

 

「だってソラちゃんになるんですよね? だったら服買っておかないと不味くないですか? まさかジャージで集会行くわけじゃないですよね? お洒落くらいはしていかないと疑われるかも知れませんよ? あっ、お金のことなら心配しなくても平気です。私が全額出しますから! さぁ、行きましょう!」

 

「ちょっ…引っ張るなって! ぎ、銀髪、助けてくれ」

 

「あ、レーテさんも来ますか? 可愛い服買ってあげますよ」

 

「いや残念だけど僕はご飯を作らなきゃならないからね。ホントに残念だけど二人で行って来なよ! うん、それがいい」

 

「銀髪ぅううううう!!?」

 

 

 そして緑髪に言われるがまま勢いがままに連れてこられたのは誰しもが一度は耳にしたことがある有名な服屋チェーン店だったというわけだ。

 

 

 以上回想終わり。

 

 店内に入った瞬間の、俺と緑髪の髪色を見て、とんでもない客が来やがったと口元が引きつらせる研修中の店員の姿は今後忘れることはないだろう。

 

 取り敢えず俺のことを見捨てた銀髪はいつか殴る。絶対に。

 気持ちは分からんでもないし、俺が逆の立場だったとしても見捨てたと思うが、それでも殴る。

 

 そんな決意固めながら、改めて備え付けされている鏡を見て、ため息を吐く。

 

「…やっぱこのスカート短くないか……? 露出が多すぎる気がする……確かにこの身体には似合ってるけどさ」

 

 読めない英語の書かれた黒のTシャツに、明るめの色をしたミニスカート。

 鏡に映る自分の格好は、空色の特徴的な髪色をも自然に感じさせるほど、よく似合っていた。

 見る側としては申し分がないと思う。

 だが、着る側としては色々複雑な感情があり、正直いくら似合っているといっても積極的に着用したい格好とは思わなかった。

 

 

 十中八九、集会は今回の一度だけではない。今後も何度か続けて行われることだろう。

 その度にこの服を着る、と思うと今から気が滅入ってくる。

 

 

 

 ーーうん、早く働いて、自分でメンズコーデ出来るような服を買おう! 

 

 

 改めて働く意欲を高めた俺は、シャッとカーテンを開け、緑髪に格好を見せる。

 

「うーん、やっぱり私の見る目は素晴らしいですね! すごく似合ってますよ、ソラちゃん!」

「んー、そうだねー。じゃ、もう着替えるね」

 

 成し遂げだと言わんばかりにウンウン頷く緑髪に適当な言葉を返して、勢いよくカーテンを閉めた。

 カーテンの外から「えー…そんな。早くないですか、着て帰りましょうよ」なんて声が聞こえてくるが、無視。

 

 ただでさえ空色の頭髪の所為で目立ってるのに、こんな露出が多い格好で出歩けるか。

 

「あー、どうして着替えちゃったんですか……。もう少し見たかったんですけど…」

「また今度な。それより早くレジ行こうぜ。あまり遅くなると銀髪が心配するだろ?」

 

 ものの三十秒と、試着した時よりも十倍くらい早いスピードで着替え終えると、丁寧に畳んだ服を緑髪に押し付けレジへ促す。

 

 もう今日は疲れた。就職活動を休んでいたはずなのに、いつもの倍以上疲れた。

 早く帰って寝たい。

 

 緑髪は「絶対ですからねー」と口を尖らせたまま呟くと、そのままレジへと向かって行った。

 

 尚、服以外にもストッキングとかキャスケットとかスニーカーとかを買ったみたいで価格は数万円した模様。

 緑髪曰くメンズコーデも同等の価格がするとか。

 

 

 ホント世知辛い世の中だ。

 この世界は転生者には優しくない。

 

 



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日常の裏話 1

 正直言って、異世界帰りの転生者にとってこの現代社会は過ごしにくい環境だ。

 

 派手な髪色は勿論のこと、現代社会の人間にとっては強大すぎる力が主な要因で。

 普通に生きるためには力を隠さねばならず、肩身が狭い生活を送るしかない。

 

 人目が少ない田舎であればまだしも、それが都会であれば尚更だろう。

 

 しかしそれでも何かと便利な都会に住みたいと考えている転生者が多いのは事実である。

 

 一概には言えないが、大抵の現代人にとっては、田舎でゆっくりとしたスローライフを送るより、都会で慌ただしい日常を送る方が性に合っているのだ。

 勿論、目立つことを避けるため田舎に向かったものもいるが、それはほんの一握り。

 殆どの転生者が、狭い空間で貧しい生活を送りながらも都会に住みついていた。

 

 燃えるような赤髪をした吸血鬼ーーカガリもその一人である。

 

 

 髪の色だけならまだしも、背中から蝙蝠のような羽を生やし、鋭く尖った牙を持つ。明らかに普通の人間とは異なっている彼女の容姿は都会に住むのに適していない。

 それは彼女の同居人である白髪の龍人も同じで、尻からは強靭な尾を、頭からは珊瑚のような形をした角を二本生やしている彼も到底都会で普通に生活出来るような容姿ではなかった。

 

 故に、都会に住んだところで自由に出歩けないことは確定している。

 しかし、それでも彼女は都会を選んだ。

 

 理由は単純な話でーー

 

 

 

 

 のそり。

 布団に包まるようにして眠っていた赤髪吸血鬼(カガリ)は、そこから芋虫のように這い出ると、カタカタとキーボードを打ちつけた。

 

 そしてパソコンのモニターを見て、ニィと口を歪めて笑う。

 

 モニターに映るは彼女が異世界に行くまで使っていたSNSのアカウント。

 

 

 

『天使降臨キター! 山奥の村で六枚の羽を持つ少女を見た!』

 

『また面接落ちたのかな? 〇〇町で話題の青い髪をした美少女が一人ブランコで黄昏てた』

 

『〇〇通りで女の子二人組のゲリラライブがあったんだけどさ…もう凄くて……思わず投げ銭しちゃったよ』

 

 町の名前を検索したらすぐヒットした呟き。

 十中八九転生者仲間のことである。

 

 パソコンを入手してから毎日彼らの話題が上がらないことはなく、この確認が彼女の趣味となっていた。

 

「ふむ。今日はミカとソラ。アップルとレモンか。皆元気そうで何よりだな」

 

 赤髪吸血鬼(カガリ)はウンウンと頷き、「リュー」と呼びかけるようにして言った。

 それから十秒も立たず白髪の龍人が彼女の元へ現れる。

 

「お嬢、もう起きたんですか。珍しいですね。まだ十四時ですよ。タイマー掛け間違えました?」

「軽口はいい。それより、リュー。喉が渇いた」

「あー、はい。分かりました。直接にします? それとも注ぎます?」

「何度も言うが私に男を吸う趣味はない。例えお前が元女だとしてもな。なるべく早く頼む」

「承知いたしました、お嬢」

 

 台所に向かう白髪龍人(リュー)の後ろ姿を眺めながら、赤髪吸血鬼(カガリ)はこの身体も楽じゃないとため息を溢す。

 

 

 

 映画や漫画の吸血鬼みたいに日の光を浴びたら灰になる、なんてことはないものの物凄い不快感を感じ、また夜は力が湧いてきて妙に目が冴えてしまう。

 そのせいで規則正しかった生活リズムは完全に狂ってしまった。

 

 そして何よりも厄介なのが『渇き』だ。

 

 生物の生き血を飲まなければ幾ら水を飲もうと和らぐことのない異常な喉渇き。

 それだけでも厄介なのに、生き血は何のものでも良いわけではなく対象によって味が変わる。

 

 動物の生き血は飲めたものではなく、言うならば泥水を直接飲んでいるかのように感じ。

 亜人の生き血は酸味が強く、飲めないことはないが、必要最低限飲みたくないと感じ。

 人間の生き血は、甘みが強く、果実ジュースを飲んでいるかのように感じた。

 

 中でも特に人間の処女の生き血は格別だった。

 飲むと幸福感に満たされ、辛いことを全て忘れることができた。何度挫けそうになっても乗り越えることができた。

 

 しかし、その事実は赤髪吸血鬼(カガリ)の人生を大きく変えてしまった。

 

 いつからか彼女は人間の女にしか愛を向けることが出来なくなってしまっていた。

 

 極上の処女を自分だけのものにしたい。

 そう考えるようになっていた。

 

 しかし、自分は異形。事情を知らない人間に自分が認められることなど無いに等しい。

 

 だから、だからこそ。

 

 赤髪吸血鬼(カガリ)は自分を認めてくれるだろう転生者がーー転生者の中でも人間の女が住みつく都会に自分も住むことにしたのだ。

 

 せめて一人。欲を言えば六人全員落とすつもりで。

 無論、緑髪の魔法使いもターゲットの一人である。

 元男だろうが関係ない。今が人間の女で有ればそれでいい。

 

 転生者仲間でハーレムを作る。

 

 それが赤髪吸血鬼(カガリ)の今の目標であり、不便な都会に住んでいる理由だった。

 ちなみに白髪龍人(リュー)はそんな彼女に付き合わされているだけである。

 

「お嬢、持ってきました」

「あぁ、ありがとう」

 

 注がれた血で満たされたグラスを傾け、コクリと喉を鳴らした。

 

 酸っぱい。不味い。

 

 思えば現代に戻ってから一度も血を飲んで美味しいと感じたことがなかった。

 

 

「……リュー。次の集会で誰か一人確実に落とすぞ」

「またその話ですか、いい加減聞き飽きたんですが」

「うるさい。黙って協力しろ」

「はいはい、分かりました。分かりましたよ、お嬢」

 

 降参とばかりに両手を上げた白髪龍人(リュー)は、小さくため息をついて「それにしても」と苦笑する。

 

「なんだ?」

「いや、まさか集会を開く理由がお嬢のハーレム作りの為なんて誰も想定していないだろうなと思いまして。きっと誰しもがこう考えてますよ。魔王を倒した者の確定の為、と」

「ハッ。そんなものはどうでもいいさ。私にとって大事なのは過去よりも未来だ。すなわちハーレム。それ以外は眼中にない」

「少なくとも出会った頃は聡明な方でしたのに。何故こうなってしまったのでしょうか…時の流れとは残酷ですね」

「ほう、喧嘩を売っているなら買うぞ?」

「いえ結構です」

 

 白々しい笑顔を浮かべる白髪龍人(リュー)に、額に青筋を浮かべたまま微笑みかける赤髪吸血鬼(カガリ)

 

 

 

 集会まであと一週間。

 波乱の予感がしていた。



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日常の裏話 2

 カタカタカタ。

 

 今時エアコンも付いていない設備不十分な室内の中。キーボードを打ち付ける音だけが静かに鳴り響く。

 

 

 そんな静寂が破られたのは、いつも通り定時が近づいてきた頃合いだった。

 スッと部屋の奥に座っていた男は席を立つと、書類の束を窓際の机に放り投げるようにして置いた。

 

(みどり)ちゃん、これもお願いできる?」

「はい! お任せください!」

「じゃあ後はよろしく」

 

 雑に机に置かれた大量の書類の束に、(みどり)と呼ばれた緑髪の少女は眉一つ顰めることなく、花が咲くような笑顔を向け、元気よく返事を返す。

 

 言わずもがな。『(みどり)』というのは『リーフ』の偽名だ。最も『リーフ』自体も本名とは程遠い偽名だが。

 偽名の偽名とは実に変な話である。

 

 

 

 

 少しして、男が完全に部屋から退室したあと、隣の席に座っていた同僚の女性がヒソヒソと緑髪(リーフ)に話しかけた。

 

「大丈夫、手伝おうか? その量じゃまた何時間も残業することになるでしょ。ったく、あのハゲ、すぐ人に仕事押し付けるんだから……」 

「大丈夫です! 心配は無用です! 働かせてもらってるだけ嬉しいですし。それにただエクセルに打ち込むだけの作業ですので」

「ほんとに健気で良い子ね、翠ちゃんは。けどダメよ。半分渡しなさい。あ、これ先輩命令ね」

「えぇ…昨日も手伝ってもらったのにそんなこと出来ませんよ。大丈夫です、私全然やれますから!」

「いいから貸しなさい。一人でやるより二人でやった方が早く終わるでしょ」

 

「…分かりました。ありがとうございます…」

 

 そう言いながらも納得してない様子で、やれますのに、と膨れる緑髪(リーフ)を見て、女性はやれやれと眉をひそめた。

 

 

 

 緑髪(リーフ)が職場にやってきたのはつい一ヶ月ほど前のこと。

 初めて見たときは、あまりに整いすぎた容姿と派手すぎる髪色からヤバい人が来たと思っていた。

 事実そう思ったのは自分一人ではなかったようで、数日間は彼女の話題で持ちきりだった。

 

 曰く社長の愛人だとか。

 曰く元暴走族の一員だとか。

 

 そんなマイナスのものばかりだったが。

 

 

 しかし、実際に一緒に仕事をしてみるとそんなイメージは一変した。

 

 確かに時折ヤバさを感じる言動をすることはあるものの、何事も卒なくこなすほど要領がよく、気遣いも上手で、何より話していて楽しいと感じるほどコミュニケーション能力が高かった。

 まさに理想の新人を具現化したかのような存在だった。

 

 その特徴的な髪色と仕事を抱え込みすぎるという欠点を除いて。

 

 人が良いというか、なんというか。緑髪(リーフ)は他人の仕事を何でも引き受けてしまう癖があった。

 

 それは別に悪いことではないのだが、配属一月目で他の従業員の三倍近く残業をしているのは流石に目に余る。しかも、それらの仕事を楽しそうに行うものだから、手に負えない。

 

「どういった環境で育ってきたらこんな子が出来るのかしら…」

 

 女性は小さな声で呟いた。

 

 仕事が嫌いな人間は多いがここまで仕事を楽しそうにやる人間は少ない。

 故に、緑髪(リーフ)の生い立ちに興味を持ったのだ。

 

「…ねぇ、翠ちゃん。翠ちゃんって何人家族なの?」

 

 悪い噂が重なり今まで誰も聞こうとしなかった緑髪(リーフ)のプライベート。

 すっかり距離が縮まったこともあり、女性は一瞬躊躇したものの、それに踏み込んで。

 

 後悔した。

 

「え、あぁ。私には家族はもう居ないですね。きっと今の私を家族と認めてはくれないでしょうから」

 

 途端曇出す緑髪(リーフ)の瞳。

 哀愁を帯びたその眼に、女性はすぐに頭を下げた。

 

「…そう。ごめんなさい、変なことを聞いて」

「いいんです。気にしないでください。確かに家族はもう居ませんけど、家族のような人はいますから」

「それは聞いても大丈夫な話?」

 

 先程の件もあってか、腫れ物を触るかのような問い掛けに、緑髪(リーフ)は苦笑を浮かべて頷いた。

 

「はい、大丈夫です」

「えっとじゃあ、それってもしかしてミドリちゃんのコレの人?」

 

 そう言って女性が立てるのは親指。

 

「いえ、そう言うのじゃなくて…友人ですよ」

「良い友人を持っているのね」

「はい。私には勿体ないくらい良い友人たちです。帰ったらご飯も作ってくれますし、お風呂も沸かしてくれるんですよ!」

 

 家族のことを聞いた時とは打って変わって、楽しげに語り出す緑髪(リーフ)の話を、微笑みながら聞いていた女性は、そこで「ん?」と声を漏らした。

 

「……え、ちょっと待って。一緒に暮らしてるの? しかも、友人たちってことは複数で?」

「? 私何か変なこと言いましたか?」

 

 不思議そうにキョトンと首を傾げる緑髪(リーフ)に、今時の子はシェアハウスするのが流行なのかもしれない、と女性は納得した。

 

「ちなみに何人で暮らしてるの?」

「えーと。ソラさん、レーテちゃん、レンさん。それに私合わせて四人ですね」

「………え、勿論全員女の子だよね?」

「いえ、レンさんは男ですけど」

 

 まさかの同棲である。

 いかに掛け替えのない友人同士だとしても、男女が一つ屋根の下で生活するのは如何なものか…。しかも割合3:1って…。

 

「ちなみに、家はどのくらいの大きさなの?」

 

 家が大きければまだ納得できないこともない。震える声で訊ねる女性に、緑髪(リーフ)は気まずそうに頬を掻いて告げた。

 

「ええっと、そのワンルームのアパートです」

「…………」

「レンさんが借りてきてくれたんですけど、暮らしてみると中々広くてですね…って先輩?」

「ーーなさい」

「え」

「その男と縁を切りなさい! 貴女騙されてるわ、絶対に。そんな爛れた生活を送っていたらダメになるわよ!」

「先輩は誤解してます! 私は爛れた生活なんて送ってません! レンさんは良い人ですよ!」

「騙された人は皆そう言うのよ!」

「本当に良い人なんです! 信じてください」

 

 結局、その日のうちに決着が着く事はなく。

 今度紹介しますからと言う緑髪(リーフ)の妥協案で蹴りがついた。

 

 尚、言うまでもなく、口論の最中は作業を中断していた為、残業時間は少し伸びた。

 

 

 

 

「……なんか嫌な予感がするんだけど…」

 

 一方その頃、街の工場では。

 大きなくしゃみをして身体を震わせる黒髪の元剣士の作業員がいたとか。

 

 



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日常のようなもの 6

 夕焼けで茜色に染まった空をバックに、俺は一人ブランコを漕ぎ、金属の軋り音を奏でていた。

 

 

 

 …はぁ。

 

 

 ーーこれで通算何回目だろうか。少なくとも百は越えただろうな。就活ってこんなに過酷だったっけ…。

 

 面接で落ちた回数を脳内でカウントしながら、俺は再び大きな溜息を吐いた。

 

 溜息をすれば幸せが逃げていく。

 何て話を耳にしたことがあるが、それが本当だとしたらもう俺には一切幸せなんて残ってないだろう。

 思い返せば現代に戻ってから溜息しか吐いてない気がする。

 

 

 これも全て、あの声のせいだ。「祝福です」とか言ってたけど、容姿の不変とか、もはや完全に呪い。

 近所の人に容姿が変わってないことに気づかれたら面倒なことが起こることは分かっている。故に、長い期間同じ所に滞在できないし、同じ仕事を継続することもできない。

 

 つまり、数年経ったら転職をしなければならない。現代社会で暮らしていく上で、今後就活は何度も繰り返さないといけない。

 なのに就活するたびに百回も落とされてたら、流石に身が持たないしキツすぎる。

 

 

 せめて髪色くらいは自由に変えさせて欲しかった。

 

 空でさえ、こんなに色が変わると言うのに。

 まるで変化の兆しも見せない自分の空色の髪を指にクルクルと巻き付け、それを傍目に空を見上げた。

 

 

 青だったり、赤だったり、黒だったりと空は様々な色を持つ。

 空色、だと言うならば俺の髪も空と同じように変化しても良いはずだ……。

 

 

「…なんてな。馬鹿じゃねーの、俺」

 

「あれ、あの髪色は…ソラちゃんか?」

 

 背後から、ふとそんな声が聞こえてきた。

 振り返って見れば、フェンスを挟んだ先に同居人の黒髪の剣士が突っ立っていた。

 

 格好は作業服で、顔は煤だらけ。

 つい先程まで仕事をしていた感を醸し出していた黒髪剣士は、俺の背丈ほどあるフェンスをヒョイっと軽々と乗り越えると、顔に付いた煤を袖で拭いながら言った。

 

「どうしたんだ、こんなところで?」

「特に他意はないよ。何となく寄ったのがここだっただけ。黒髪こそ仕事は?」

「今は休憩中。あと十分くらいで戻るさ。それにしても暑くなってきたな……なんか買ってくるけど、何がいい?」

「じゃあ、あったかいコーヒーで」

「まぁ、確かにソラちゃんには暑さは関係ないな。わかった買ってくる」

 

 そう残して公園の入り口にある自動販売機に向かっていく黒髪剣士を、のんびりと眺める。

 

 

 人間で、長身で美形で、何より黒髪と。

 黒髪剣士は現代社会で生活するにおいて、転生者仲間の誰よりも素晴らしい容姿を誇っていた。またそれに劣らず内面もかなり良い。

 そのため、一番初めに職に就くことが出来たのも彼だし、今の住処を見つけてくれたのも彼だった。

 

 就活の回数も、俺とは違い一回で終えた彼なら、今後職を離れる時もスムーズに新しい職場を見つけることが出来るのだろう。

 

 素直に羨ましい。それに比べて俺は…。

 あーあ、世の中って何でこんなに不公平なんだろうか。

 

 異世界転生にしたってそうだ。

 結局転生した理由も分からずのまま、いつの間にか魔王倒されちゃってたし。

 俺たち転生した意味あったのか? 否、絶対無かった。

 

 

 

「…コーヒー買ってきたぞ。って、ソラちゃん。どうしたんだ、その表情は?」

「強いて言うなら世界の不条理に嘆いてる表情だな」

「何だそれ、まぁいいや。ほら、コーヒー」

「ありがと」

 

 苦笑を浮かべる黒髪剣士から、缶コーヒーを受け取った俺は、流れるようにして蓋を開け、口に含んだ。

 

「あれ? 久々に缶コーヒー飲んだけど、こんな味だったっけ?」

「分かる分かる。レーテちゃんが淹れるコーヒーを飲んだ後だと何か違う気がするよな。俺もそうだった」

「銀髪が淹れてるのってインスタントじゃないの?」

「あれ、ソラちゃんは知らなかったっけ? レーテちゃん、コーヒー淹れる前は必ずフライパンで乾煎りして、少しでも美味しく感じるように作ってくれてるんだよ」

「え、初耳なんだけど。それホント?」

 

 普通に知らなかった。

 聞き返す俺に、黒髪剣士は「ホントホント」と笑いかけた。

 

「今度作ってる所を覗いてみるといいよ。俺も覗いて知ったし。どうせ本人に聞いても素直に答えてくれないだろうからね」

「まぁ、アイツは素直じゃないからな」

「照れ屋っていうか、ツンデレ気質があるよね」

「……プッ………クッ……!」

 

 真顔で言われたので思わず吹いてしまった。

 

「……た、確かに言われてみればツンデレだな…。じゃ、じゃあさ。黒髪から見た緑髪はどんな感じ?」

「アホの子」

 

 即答である。

 

「ま、迷いもなく言ったな……お、お腹いた………」

「仕方ないだろ。目の前で奴隷に志願する姿を見せられたら誰でも弁論出来ないって」

 

 笑いすぎて腹痛で苦しむ俺に、でもまぁ。と黒髪剣士はさらに言葉を繋げた。

 

「それ以上に大切な存在だよ。勿論、レーテちゃんもソラちゃんもな」

 

 恥ずかしげもなく公共の場で語る黒髪剣士に、俺も小さく頷いて返す。

 

「………うん、同感だよ」

 

 

 人との繋がりは脆い。些細な事で簡単に裏切ることが出来てしまうほどに。

 だが、緑髪や銀髪、黒髪なら………信じてみてもいいかも知らないーーー

 

 

「……って、黒髪! 時間大丈夫? そろそろ時間じゃない?」

「うげ、もうこんな時間か…。悪い、もう戻らなきゃ。ソラちゃんも用事がないなら早く帰った方がいいぜ」

「分かってるよ。これ飲んだら帰る」

 

 半分程残ってる缶を見せると、黒髪は行きと同じようにフェンスを乗り越えようとして。

 思い出したかのようにこっちを振り返った。

 

「あー、そうだ。明後日の土曜日だけどさ。予定空いてるか?」

「明後日? まだ予定入れてないけど、何するの?」

「ちょっとさ。行きたいところがあるんだ」

「ふーん。まぁ、いいんじゃない? 他の皆には聞いたの?」

「いや、まだソラちゃんだけだ」

「じゃあ帰ったら銀髪には伝えとくね。早く帰ってきたら緑髪にも伝えとくから。さっさと戻ったら?」

「あぁ。悪い、頼んだ。じゃあな」

 

 

 

 今度こそフェンスを乗り越え、職場に走って戻っていく黒髪剣士から視線を外し、残った缶の中身を一気に飲み干す。

 

 温く冷めてしまったコーヒーはやはり微妙な味がした。



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日常のようなもの 7

 魔法とは何か。

 魔法使いとなる前、後に師匠となる人物に一番初めに聞かれた質問がそれだった。

 

 神秘的な力? 奇跡の結晶?

 どれもウンとこない。

 だから正直に答えた。

 

 知ってるけど知らない、凄い力と。

 

 では、魔法を何の為に習得しようとしている?

 そんなものは決まっている。今度は間を空けず答えれた。

 

 魔王を倒すため。と。

 

 俺の即答に師匠は大層満足したのか、豪快に笑いを飛ばし、俺はその日のうちに正式な弟子となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅前のショッピングモール。

 すなわち人の魔窟である。

 いついかなる時でも混んでいて空いている時など殆どない。

 ただでさえ見た目が派手で注目を集めやすい俺たち転生者からしたら決して行きたくない場所ランキング上位に入る場所。万が一訪れるとしたら当然フード付きの服は必須である。

 

 

 何を買うかまでは聞いてないが、黒髪剣士の行きたいところはそんなショッピングモールに存在しているらしかった。

 

 軽はずみに空いてるなんて言わなければよかった。

 パーカーを軽く抑えながら、緑髪の後に続く。

 

 銀髪小人は今日は赤髪吸血鬼の所に行く予定があったらしく来ておらず。黒髪剣士とはショッピングモールに着いた辺りで一旦別れた。

 

 職場の先輩が居たらしい。挨拶に行くとか何とか。

 俺たちのが先約なのに、なんて言葉は言わない。職場における上下関係の厳しさを知っているからだ。

 

 ーーあぁ……働きたくなってきた。末期かなぁ。

 

 …ところで。

 

「…緑髪……」

「? はい、なんですか?」

 

 キョトンとした顔で振り返る緑髪に、俺は目立たない程度の声で言った。

 

「お前…何でフード外してるんだ……」

 

 今日の緑髪の服は俺と同じフード付きパーカーの色違いである。

 この服は大きめのフードが特徴で長い髪も隠すことができるのだが、緑髪はフードを外していた。

 おかげで派手な緑髪は人目を引きつけ、同じ服で一緒に歩いている俺にまで視線が突き刺さる。

 

 しかし、緑髪は何も気にした様子を見せず、逆に不思議そうに首を傾げた。

 

「だってフードしてたら髪ボサボサになっちゃうじゃないですか。むしろ何でフードしてるんですか」

「目立つからだよ」

「フードしてても目立つと思いますけど…現に目立ってますし」

「お前のせいでな」

 

 ええー…とぼやく緑髪に、俺は頭を抑えた。

 

 そうだ、緑髪はこういう奴だった。

 パーカー着て来たからって隠す意志があると思い込んでいた俺が馬鹿だったんだ。

 

「ちなみに聞くけど髪を隠す気ないなら何でそのパーカー着てきたんだ」

「? ソラさんとペアルックですよ? 着ないわけがないじゃないですか」

「あぁ、そう…」

 

 早く黒髪剣士戻ってこないかな。

 

 適当に合流する、と言っていた黒髪剣士のことを思い出す。集合場所は決めてないが、身体能力に優れた黒髪剣士のことだ。先輩と別れ次第すぐに駆けつけてくれることだろう、多分。

 

「じゃあソラさん! 次はゲーセンに行きましょう! 私ゲーセン初めてなんです」

「………そっか。うん、よかったね」

「ええ! 行きますよ!」

 

 はしゃぐ緑髪に引っ張られながら、切実に思う。

 帰りたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、軍資金はこのくらいにしときましょうか。あれやりましょう、あれ。昔から気になってたんですよ」

 

 両替機で福沢諭吉を百円玉に変えた緑髪は、某太鼓ゲームを指差した。

 緑髪と違い、ゲーセンが初めてなわけではない。来たことは何度かある。しかし、某太鼓ゲームだけはやったことがなかった。

 

 理由は単純で、目立つから。

 観衆に晒されながらやるゲームとか何の拷問だろうか。少なくとも俺には無理だった。

 

「嫌だ」

「よし、やりますよ」

「聞けよ! あぁ…もう……仕方ないなぁ…」

 

 周りを見渡して、誰もいないこと確認した俺は備え付けられていたバチを手に取った。

 少しして難易度選択が表示される。

 

 無論難易度は簡単以外あり得ないーーー

 

「簡単じゃつまらないですよ! やるなら最難関、です!」

「は!? 馬鹿! やめろ! 無理だって! うわ、ホントにやりやがった……」

「一緒に頑張りましょう。やってやりますよー!」

 

 フンス、とやる気を出す緑髪に溜息を吐く。

 

 初心者に最難関が出来るわけないだろ……。

 

 

「………」

「…あれ? ひゃ、何で重なってるんですか!? ズルイですよ!」

「………腕痛い…」

「ああああああ…無理無理無理ー!!!」

 

 結果は見るまでもなく惨敗。

 

「あのお姉ちゃんたち下手くそー」

 

 いつの間にか近くにいた子供にもそんなことを言われる始末。

 

「うん、二度とやらない」

「はい。このゲームはハードルが高過ぎましたね。当分いいです」

 

 流石の緑髪も子供に言われたことに堪えたのか。

 静かにバチを置いて、二人で無言で頷き合った。

 

 

 刹那、太鼓ゲームから流れ出す機械音。

 

 

 

 

『ーーーもう一曲遊べるドン』

 

 

「「はぁ!?」」

 

 

 

 

「先輩、ありがとうございました。何から何まで」

「いいよ。レン君にはいつも助けられてるからね。それに名義貸しただけだし。まぁ、夜逃げされたら困るけどさ」

「そんなことはしませんよ…絶対に!」

「あはは、冗談だよ。レン君のことは信じられるからね。それにしても四台も何に使うの?」

「…流石に連絡手段がないと困りますからね。家族に渡そうかなと思いまして」

「うん、やっぱり良い子だね。レン君は。じゃあそろそろ私行くから。また職場でね」

「はい! 本当にありがとうございました!」

 

 

 去っていく先輩の後ろ姿が完全に見えなくなった後、黒髪剣士は紙袋を抱えて目を閉じた。

 

 気配探知。

 身体能力とは別に異世界で身に付けた技能を使用する。

 人が多いところだと気配が絡まりあまり効果は発揮しないのだが、転生者は歪な気配をしている為、空髪や緑髪を探す分には問題なかった。

 

 ーーー居た。

 

 場所は恐らく三階。

 ここから少し距離があるが問題ない。

 

 ーー喜んでくれるだろうか?

 

 黒髪剣士は紙袋を一瞥すると、ゆっくりと気配のする方へ歩いていった。



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日常のようなもの 8

 女性とは甘いものが好き、というのは昔からよく聞く話である。

 一説では女性ホルモンのバランスが深く関係しているとされているが、その辺はよく分からないので割愛する。

 

 

 さて、ここで一つ疑問を提唱しよう。

 

 元々甘いものがそこまで好きじゃなかった男性が、ある日突然女性に変わってしまったら、果たして甘いものが好きになるのか、と。

 

 結論から言うと、答えはYESだ。

 他の人は知らないが、俺の味覚は確かに変わっていた。

 

 

「今日はここでスイーツバイキングがあるらしいからさ。皆で行かないか?」

「買い物は終わったんですか?」

「まぁ一応。で、どうかな?」

 

 故に、ゲーセンまで俺たちを探しにやって来た黒髪剣士の言葉に、どう返答するべきか葛藤してしまった。

 

 日頃の感謝を伝えるのは自分達の方だから、と申し訳なく思う気持ち。しかし甘いものを食べたい気持ちもあり。

 断るべきか、素直に甘えるべきか。迫られる二択に頭を悩ませていると、隣の緑髪は悩む素振りも見せず満面の笑みで俺の手を取った。

 

「やった! ソラさん、ラッキーですね! ここはお言葉に甘えましょう!」

「えぇ、でも……ここまで至れり尽くせりだと申し訳ないっていうか…」

「ここまでしてもらって断るのも申し訳ないですよ。受けるにしろ断るにしろ申し訳ない気持ちにはなるんですから、だったら得した方がマシです! と言う事でレンさん! 今日はご馳走になりますね!」

 

 俺の手を握ったままグングン歩いていく緑髪。

 俺はその後ろを苦笑しながら付いていく黒髪剣士に軽く頭を下げると、緑髪に問いかけた。

 

「ところで場所分かってるのか?」

「全然わかりません」

「おい」

「まぁいつか着きますよ。全ての道はスイーツに通ず、ですから。それに適当に歩いていた方が楽しくないですか?」

「楽しくない」

「もう、連れないですね。ソラさんはもっと心にゆとりを持った方がいいと思いますよ」

「お前が持ち過ぎなんだ」

「じゃあ私の過剰分をソラさんに上げましょう。と言うことで、一緒に適当に歩きましょうか」

 

 もう嫌だコイツ、話が通じない。

 

 ーー助けて。

 

 もう一度振り返り、アイコンタクトで黒髪剣士に助けを求める。

 微笑ましいものを見る目で俺と緑髪を眺めていた黒髪剣士は、一瞬表情を硬直させた後、言葉を紡いだ。

 

「ちなみにスイーツバイキングの受付はあと三十分ほどで終わるらしいぞ」

「地図によると会場はこっち方面です。寄り道せず一直線に向かいましょう」

 

 瞬時に現在地が書かれた地図のパネルの所に移動した緑髪は、真剣な顔で北を指差す。

 

「いや、さっきと言ってることが違うけど…」

「細かいことは気にしないで、早く行きますよ」

「……分かったよ」

 

 これ以上、緑髪と話をしてもどうせ時間の無駄になることは分かっている。ここはさっさと先に折れるのが正しい選択だろう。

 溜息を吐くと、俺は再び緑髪に引っ張られるようにして会場へと向かった。

 

「ところで黒髪。その紙袋の中身は何なんだ?」

「あ、それ私も気になってました。何を買ってきたんですか?」

「まぁ、家に帰ってからのお楽しみってことにしといてくれ」

 

 

 

 

 

 

「うわー、見てみてください! ソラさん、スイーツがいっぱいありますよ! これ全部取っちゃっていいんですよ!? どうしましょう!」

「頼むから、声のボリュームを抑えてくれ。注目浴びてるってば」

「そんなこと言いながらソラさんだってニヤけてるじゃないですかー!」

「え、うそ……いやこれは違っーー」

 

 大量のスイーツを前にキャーキャーと騒ぐ同居人の姿を見て、黒髪剣士は来て良かったと小さく呟いた。

 

 今でこそ余裕があるが、以前までの貧しい生活の中ではスイーツなど買う機会が滅多になかった。彼女達が甘いもの好きなのは異世界の頃からの付き合いで知っていたが、我慢を強いざるを得なかったのだ。

 

 だからこそ、黒髪剣士は決めていた。

 いつか必ず彼女らに甘いものを沢山食べさせる、と。

 

 銀髪小人が明日の集会の打ち合わせで来れなかったのは残念だが、彼女にはまた別に機会で埋め合わせすることとして。

 

 黒髪剣士は言い争う二人の姿を眺めながら、目をゆっくりと閉じる。

 目蓋の裏に映るのは、異世界にいた頃の記憶。そこには今と変わらず言い争っている空髪と緑髪の姿があった。

 

「本当全然変わらないな…」

 

 クスッと笑いが溢れる。

 

 現代社会で生活を送っていると、時折、異世界での記憶が夢だったんじゃないか、と思う時がある。自分は元々この容姿で、記憶違いを起こしているのではないか、と。

 だが、そんな時に必ず思い浮かぶのが、空髪と緑髪の言い争いだった。異世界でも毎日のように行われていたそれは、黒髪剣士にとって異世界の記憶を掘り起こすトリガーとなっていた。

 理由は分からないが、彼女達が言い争っている姿を見ると、異世界での思い出が微かに蘇るのだ。同時に懐かしい気分にもなった。

 

「ーーーレンさん。レンさん」

 

 耳元で聞こえてきた声に黒髪剣士が隣を向くと、大皿にこれでもかというくらいスイーツを盛り乗せした緑髪が不思議そうな顔して立っていた。

 

「レンさんは食べないんですか?」

「いや俺も食べるよ」

 

 甘いものは余り好きじゃない。

 だが、スイーツバイキングの会場でそれをわざわざ口に出すのはお門違いだ。それに自分たちが食べていて、奢ってくれる人が全く食べないというのは、俺が奢ってもらう立場だったら間違いなく気が引けてしまう。

 だから少量ではあるものの食べるつもりだった。

 

「そうですか! じゃあ、これあげますよ! 大丈夫です、私の分はまた取り直して来ますから!」

「え」

 

 それは一瞬だった。

 山盛りのスイーツが乗った大皿を渡され、狼狽えているうちに緑髪の姿は見えなくなってしまった。

 黒髪剣士は、渡された大皿を見つめながら、冷や汗を流す。

 

「嘘だろ……?」

 

 そんな呟きを拾う者は誰もおらず。

 黒髪剣士のスイーツ大食いチャレンジが始まろうとしていた。

 



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日常のようなもの 9

 好きなことだけをして自由に生きる。

 

 

 そんな夢が絶たれたのはいつの頃だっただろうか。

 自由に夢を見れるのは幼少期までだった、と。

 大人は口を揃えて言う。あの頃は楽しかったと。

 

 人とは後悔してばかりの生き物だ。

 どれだけ優れた人間でも、過去に囚われる。

 

 かく言う僕も、その一人であり。

 無邪気に夢に向かっていた過去を、妬ましく思っていた。

 

 

 

 

 

 

「け、携帯ぃいいい!?」

 

 日もすっかり傾き、夕暮れの赤い光が差し込む頃。

 ぼろアパートの一室では三人の女性の声が共鳴していた。

 

「あぁ、携帯だよ」

 

 そう言って唯一の男である黒髪剣士が袋から取り出したのは、携帯電話の写真が描かれた四つの箱。

 空色の髪の少女は恐る恐る、その箱のうちの一つを手に取り、中身を取り出す。

 割れ物を触るかのような手付きで、包装をゆっくり剥がした空髪少女は、ほう、と感嘆した。

 

「本物だ」

 

 空髪少女の言葉に、そばにいた緑髪の少女と銀髪の少女も箱の中身を手にした。

 

「ほ、本物ですよ。ソラさん、レーテさん」

「確かに本物だね」

 

「いや、そりゃそうだろ。聞いたことないメーカーならまだしも、有名メーカーで偽物掴まされてたら洒落にならないだろ」

 

 少し呆れた様子を見せる黒髪に、それもそうだね、と銀髪少女は言を挟んで、問いかけた。

 

「何でこのタイミングで買ったの?」

「このタイミングだからこそだよ。ほら、明日皆で集まるだろ? だから連絡先を交換しようかと思ってさ」

「あー、うん理解したよ。確かに今のままだとリュー達くらいにしか連絡取り合えないしね。連絡手段はあったほうがいいね。相手が持ってなくても連絡先伝えておくだけでいずれ交換できるし」

 

 したり顔で頷く銀髪少女は、まだ分かってなさそうな緑髪少女の方を向いて言う。

 

「要するに、皆と自由に連絡が取れるようになるってことさ」

「いや簡単に纏めすぎだろ…」

 

 空髪少女が思わず突っ込むが、緑髪少女は特に気にした様子も見せず、本当ですか! と目をキラキラさせた。

 

「リーフちゃんは誰と連絡が取りたいのかな?」

「カガリさんです! あの人カッコよくて、本当憧れてるんですよ。あぁ、これでカガリさんといつでも連絡が取れるんですね!」

「カ、カガリ? そ、そう………ま、まぁほどほどにね……」

 

 返答を聞き、何やら深刻そうな表情で考えだす銀髪少女。

 時折口から漏れる、『真実を知らない』『取られちゃう』『守らないと』という言葉に首を傾げつつ、空髪少女は黒髪に向き合い、頭を下げた。

 

「何から何までごめん。この借りは絶対すぐ返すから」

「いいよ、俺が好きでやったことだし」

「働けたら今度は私がスイーツバイキング奢るよ」

「それはやめてくれ」

「え、あ、そう? …けど甘いもの好きなんだろ? 今日もたくさん食べてたし…」

「やめてくれ」

「わ、わかった」

 

 有無を言わせない本気のトーンに、首を傾げながら肯定する空髪の少女。

 解せないと言わんばかりの空髪少女の後ろから、緑髪少女が身を乗り出した。

 

「はいはーい! じゃあ私が奢ればーーー」

「やめてくれ…頼むから……」

「こ、懇願だと……僕が付いてない間に何があったんだ……!?」

 

 必死に懇願する黒髪に、銀髪少女は目を剥いて緑髪少女と空髪少女を見る。

 だが、二人はキョトンとするばかり。

 

「え、だって普通にたくさん取ってたし」

「はい、全然余裕そうに食べてましたし」

 

 本気で分からないと言った様子の二人。とぼけた様子はない。

 しかし、黒髪の様子を見るに、スイーツバイキングで何かやられたのは間違いない。

 

 銀髪少女は少し考えて、二人に問いかけた。

 

「…ソラちゃん、リーフちゃん。レン君は今日たくさんスイーツを取ってたんだよね?」

「あぁ。そりゃもう山が出来るくらいにはな。正直引いた」

「あはは。言い過ぎですよ、山が出来るまでは取ってませんよ私」

「そっか……ん? まさかお前が黒髪のスイーツを持ってきたの?」

「あれ、言ってませんでしたっけ…?」

「…オーケー。ありがと、だいたい読めたよ。災難だったねレン君。リーフちゃんに悪気はないんだ、許してやってくれ」

「悪気がないからこそ困るんだよ。別に怒ってはないさ。ただ、もう二度とスイーツバイキングはいいかなって。甘いものも当分見たくない」

 

 どうやら代償は高くついたようだ。

 すっかりスイーツバイキング恐怖症になった黒髪に、銀髪少女は悪どい笑みを浮かべた。

 

「そうなると、僕一人だけスイーツバイキングがないってことかな……残念だよ…本当…甘いもの食べれると思ったのに…」

 

 今にも泣きそうな表情でうるうると目を潤わせる銀髪少女。その中学生染みた容姿も相まって、悲壮感を一層醸し出していた。

 

「え…えぇ……。わ、分かった、連れていくよ。あぁ、絶対に……」

 

 声を震わせて覚悟を決める黒髪に。銀髪少女はプッと吹き出し笑った。

 

「あはは…冗談。冗談だよ、僕は特段甘いものが好きってわけじゃないし。それに携帯も貰ったのに、そこまで求めるのは悪いよ。ね、皆」

 

 そう言って流し目で空髪少女と緑髪少女を見つめる銀髪少女。

 

「うっ…借りは必ず返します」

「はい……」

 

 シュンと項垂れる二人。

 慌てて黒髪がフォローに入ろうとするが、銀髪少女は黒髪の唇に手を当てることでそれを未然に防いだ。

 

「そうやって甘やかすのは君の悪い癖だよ。ほら、これ受け取って」

「これは…?」

 

 胸に押しつけられた封筒を手に持って困惑する黒髪。

 

「代金。多分足りないから、返済までもうちょっと待ってくれると助かるよ」

「は? いや代金はいらなーーー」

「だから甘やかすなって言ってるの。僕はもう十分施しは受けてる。これ以上は望まないし、いらない。それに勘違いしてるようだから言っとくけど君は僕たちの保護者じゃないーーー」

 

 

 

「ーーー僕たちの大切な家族なんだ。家族は助け合うもの。一人に負担かけるわけには行かないんだよ」

「そうか…分かった。これは受け取っとく」

 

「あ、あのー…ですね。レンさん……今月はちょっとピンチでして…来月まで待っていただけると……」

「分かった」

 

 気まずそうに告げる緑髪少女に黒髪は強く頷く。

 

「えーと…俺は……」

「ソラちゃんは返せないでしょ……それより明日だよ、分かってる? 少しは女の子らしい言葉遣いにしたら」

「う、うるせー…分かってるよ……。働けたら返すから……その時まで待っててくれレン」

 

 

「…! あぁ…分かった」

 

 名前を呼ばれたことに対し感動を覚える黒髪に、そう言えば、と銀髪少女が声を上げる。

 

「皆が帰ってくる前にカガリが来たんだけどさ。明日の集合場所ここらしいんだよね…」

 

 そう言って銀髪少女が地図を取り出し、ある箇所を指差した。

 

「げ…」

「墓地裏……しかもここかなり有名な心霊スポットじゃなかったですか?」

「誰が借りてるかまでは知らないけど、事故物件で安かったんだとさ……。確かにアンデッド如きに呪われるほど僕たち弱くないけどさ……常識的に考えて事故物件はないでしょ…」

「あ、アンデッド……誰がそんな家を借りたんだ! ふざけるな」

「あれ? ソラちゃんそういうの駄目だったっけ」

「はい、お化け全般苦手でしたよ。王宮に勤めてる時も、私の部屋にしょっちゅう来てましたし」

 

「ぜ、前途多難すぎる……! 行きたくねぇ!!」

 

 空髪少女の悲痛の叫びがボロ部屋に響いた。

 



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日常のようなもの 10

 日曜日。

 ついにやってきた集会当日。

 俺は鏡に映る自分の姿に既に行く気を無くしていた。

 

 ツンとした鼻は物語に出てくる妖精のようで。氷のような美しさと鋭さを持った瞳に、雪の如く滑らかで白い肌。それに空色の髪も合わさり、ファンタジー感溢れる容姿にも関わらずそれを自然に感じさせるほど上手い具合にマッチしている服装。

 

 どこからどう見ても美少女。

 これが俺なんて信じられないし、信じたくない。

 

 この時点でもう黒歴史入りは間違いなかった。

 

 

「鬱だ。行きたくない。何であの時性別偽ったりしたんだろ。あー死にたい…」

「あーもう、ウジウジ言ってないで男ならバシッと覚悟を決めなよ。ほら口調もちゃんと直して」

「男物の服着てるお前には俺の気持ちなんて分からねぇよ…。いっそお前もセーラー服でも着てみろよ、そしたら俺の気持ちが分かるからさ」

「着てたまるか! ほ、ほらリーフちゃんだって女物着てるわけだしさ」

 

 そう言って銀髪小人が指差す方向には手鏡を使って身嗜みを整えている緑髪がいた。

 その身に着けているオフショルダートップスは肩出しタイプのもので、露出が多い。

 また、豊かな胸が女らしさを強調していた。

 

「…アイツと比較するのはおかしいと思う」

 

 性転換したなんて嘘嘘。絶対元から女じゃん。

 にしても緑髪、改めて見ると胸でかいな。邪魔じゃないのかなアレ。いや絶対邪魔だろ、うん。

 良かった、俺は無くて。

 

 何となく自分の胸に目を見やりながら呟いたのが悪かったのだろう。

 

 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべた銀髪小人がグイッと肩に手を回してきた。

 

「まぁまぁ、ぺったんこだからって落ち込まない落ち込まない」

「な、落ち込んでねーよ! むしろホッとしてるわ! 胸なんてあったって邪魔だろ!」

「無い人が言うと説得力がまるで無いね。それにそんなにムキになって反論するってことは本当はやっぱり?」

「そろそろ殴るぞ」

 

 ドスの効いた声で言うと、銀髪小人は「降参降参」とわざとらしく手を上げた。

 

「で、ぶっちゃけお前はどうなんだ。欲しいと思うのか…?」

「勿論要らないよ。それに関してはこのロリボディで良かったと思ってる。胸なんて男の視線を集めるくらいしか需要がないじゃんか。そんなデメリットしかないのなんていらない」

「だよな……本当ぺったんこで良かった」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。

 

 元男として男に性的な目で見られることほど恐怖はない。想像しただけで気持ち悪い。

 

「二人で何話してるんですか?」

 

 なんて会話していると、身嗜みを整え終えた緑髪がその長い髪を耳にかけながら近づいてきた。

 いちいち仕草が女っぽい。

 

「ほら。こういうところだよ、ソラちゃん」

「何の話?」

「リーフちゃんを見習いなってこと。集会の間は女の子なんだから、恥ずかしいかもしれないけど、ああいう仕草も覚えてた方がいいよ」

「は、コレを見習うのか…!? いやいや無理無理。流石に難易度が高過ぎるだろ」

「そう? けど昔のソラちゃんは普通にやってたよ、ねぇ、リーフちゃん?」

「はい。元男だと見抜けませんでしたからね」

「え、マジ…?」

 

 過去の俺、今の緑髪っぽいことやってたの?

 …覚えてないんだけど。何してんだ俺…? 本気で過去の自分を殺したい。

 

「と、ところでレーテちゃんは何で着替えてないんですか? この前渡したはずですけど」

 

 不穏な空気を感じ取ったのか、緑髪が露骨に話題を変えた。

 自然と視線が銀髪小人の体へと向く。

 

 いつも通りのジャージ姿だ。

 

「い、いや僕はこれでいいんだよ……」

 

 視線を向けられていることに気づいたのか、たじろぐ銀髪小人。

 

「なんて言ってますけど、ソラさん。どう思います?」

「……」

 

 顎に手を当て考える。

 

 自分がやられて嫌なことは人にやらない。

 子供の頃からよく言い聞かされてきたことだ。これが黒髪剣士とかなら俺も止めてあげよう、そう思えただろう。

 

 だが銀髪、お前はダメだ。

 

「……」

「ソラちゃん、僕達の仲じゃないか……」

「…俺はさ、考えたんだ」

「な、何を?」

 

 恐る恐る訊ねてくる銀髪小人。

 そんな銀髪小人に俺は、口角を吊り上げながら言った。

 

「これが逆の立場だったらお前がなんて言うかをな。悪いな、有罪だ」

「ギルティですね!」

「ソラちゃん!? 嫌だ!? 僕に近寄るな!? 助けてえええ!?」

 

 ボロ部屋に銀髪小人の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに余談だが、防音性はほとんどないのでこの部屋での叫び声は他の部屋に丸聞こえである。

 黒髪剣士がアパートの住民から鬼畜下衆野郎と囁かれている原因でもあった。

 

 

 

 

 十分後。

 部屋の中にはセーラー服に身を包む銀髪小人の姿があった。

 

 無論用意したのは緑髪である。事実俺は知らないし関わってない。

 が、銀髪小人は先の会話から俺が関与していると思ったようで。

 

 緑髪にセーラー服を見せつけられた時の銀髪小人の謀ったな! という表情が忘れられない。

 

 許せ銀髪。確かに似合うとは思ってたけど、本当にセーラー服があるとは思わなんだ。

 手を合わせ合掌。黙祷した。

 

 

「ぐすん……ぐすん……もうお婿になれない…」

「いや元々もうお婿にはなれませんよ」

「……冷静なツッコミをどうもありがとう…」

 

 目に手を当て啜り泣いている銀髪小人に冷静なツッコミを入れる緑髪。

 

「ま、まぁ。セーラー服は元々海軍の服だったっていうしさ…」

「何のフォローにもなってないから少し一人にして……心の整理をするからさ」

 

 そう言い残しトイレへと向かっていく銀髪小人。

 その哀愁漂う後ろ姿を見ると、少しやりすぎたかと罪悪感が僅かに込み上げてくる。

 

 まぁ後悔も反省もしていないわけだが。

 むしろ少しスカッとしたのは内緒である。

 

「それにしても、よくセーラー服なんて買えたな」

「普通に服屋に売ってましたよ」

「普通売ってるものなのか…」

「それにセーラー服姿の銀髪美少女って素晴らしいと思いません?」

「いやまぁ確かに……良かったけどさ…」

 

 けどなんて言うか、犯罪臭がするって言うか。

 

「じゃあ着替えも終わったことですし、そろそろレンさん呼び戻しましょうか」

「黒髪も難儀だよなぁ。別に着替えを見られたところで何とも思わないのに」

「私も見られても構わないって何度か言ってるんですけどね……全然聞いてくれなくて」

 

 顔を見合わせて二人でため息。

 

「じゃあそろそろソラさんもソラちゃんに切り替えた方がいいですよ」

「そう…ね……。あぁ…本当行きたくないわ…ね」

 

 いよいよ今日。

 数時間後には集会が始まる。

 

 俺は大きく溜息を吐いて、「隕石よ降れ」と神に祈った。

 



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ロールとセーラーな集会 1

 人は「神なんていない」そう思っていても、自分ではどうしようもない状況に直面した時つい神に頼ってしまう。そんなツンデレな生き物である。

 故にツンデレキャラとは普通の人間のことを指すのではないか。俺はそう考える。

 つまり銀髪や緑髪にツンデレ扱いされている俺は普通の人間なのだ!

 

 

 

 

 ーーーって、何考えてんだろ…俺。

 

 揺れに身を任せ、窓の外をぼんやり眺めているうちに思考がトリップしてしまっていたらしい。

 

「何してるのさ…」

 

 考えを振り落とすべく頭を横に振っていると、隣に座る銀髪小人に変なものを見る目で見られた。

 確かに銀髪小人からしてみれば、俺は窓を見てたかと思いきや、いきなり頭を振り出した狂人かもしれないが、その目はやめてくれ。

 

「いやちょっと……変なこと考えちゃってて」

「あんまり思い詰めすぎないようにね。考え込むのは君の悪い癖だよ」

 

 銀髪小人はこれからのことを考えていると思ったのだろう。実際は違うけど、そのことを考えていたことにしとこう。

 人類皆ツンデレなのだー、とか狂ったこと考えてことが知られたら死ねるぞ。

 うん、頭おかしいんじゃねーの俺。

 

「ところでさ、ソラちゃん」

「ん?」

「何でバスなんて使う羽目になったのさ」

「仕方ないじゃない。交通手段なんてないんだから。電車よりはマシでしょ」

「そうだけどさ。見てよ、僕ら凄い注目浴びてるんだけど」

 

 今回の集会場所である物件があるのは町外れ。住んでいるぼろアパートから距離にして約30キロも離れている。

 徒歩では遠く、電車は人が多すぎる。

 故に電車よりはマシかとバスを使ったわけだが、それでも多くの注目を集めてしまっていた。

 やはりパーカーを置いてきたのは失策だったか、無理矢理にでも持ってこれば良かった。

 

「見なければいいのよ、緑髪を見習えば?」

 

 緑髪に反対されて素直に従ってしまったことを悔やみながら、通路を挟んだ反対側。黒髪剣士の隣に座っている緑髪を指差す。

 通路側に座っている所為もあり、人の視線を多く集めている。にも関わらず我関せずと言った様子で足をぶらぶら振りながら黒髪剣士と会話していた。

 

「……いやー、僕にはちょっと無理かな。ハードルが高すぎるよ……ていうかあの子、何であんなに自然体でいられるのかな…?」

「緑髪のことなんて私に分かるわけないでしょ。本人に聞きなさいよ」

「なんて言うかさ。ソラちゃん、ロールが入ってから当たりが厳しくなったね……」

「し、仕方ないじゃない。こういうキャラだったんでしょ、私」

「お、おう。分かったから離れて離れて。顔が近いよ」

 

 こちとらやりたくてやってるわけじゃない。

 その意を込めて睨み付けると、銀髪小人は顔を横に逸らした。

 

「はぁ……それにしても行きたくないなぁ…帰りたいなぁ…」

「激しく同意するわ」

 

 バスはちょうど中間地点。あと二十分としないうちに目的地付近に到着するだろう。

 ……胃が痛い。本当痛い。

 

「ソラちゃんはいいじゃん。女だと思われてるんだし。僕なんてホラ。元男だってみんな知ってるのに、セーラー服だぜ? あはは、死にたい」

「銀髪は良いよね、元男だって知られてるんだし。私なんて演技しないといけないのよ。しかもバレたら殺されるかもしれないのに。えへへ、吐きそう」

 

 俺と銀髪小人との間で火花が散った気がした。

 

「いやいや僕の方が辛いって。考えてみてよ。絶対笑われるじゃんか。もしかしたらドン引きされるかもしれないんだよ?」

「いやいやいやどう考えても私でしょ。そっちはただセーラー服着てるだけでしょ。命の危機がないじゃない」

 

「ソラちゃんはバレなければ何の問題もないじゃんか! 僕は確実に名誉が傷つくんだよ」

「私はバレなくても演技するだけで精神的ダメージがエグいのよ!」

 

「僕の方がーーー」

「私の方がーーー」

 

「「絶対辛い!」」

 

 

 

 

 

 

 

「何か二人して言い争ってますけど、止めなくて良いんですか。レンさん?」

「いや、あの視線の中に飛び込むのは流石にな…。殴り合いになりそうなら止めるけど、見た感じただ愚痴ってるだけみたいだし。放って置いても大丈夫じゃないか?」

「そうですか? じゃあ他人のフリでもしてましょうか」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地は情報通り、人通りの少ない通りにあった。

 廃墟と化した日本家屋が並ぶ中、ドスンと真ん中に居座っている大きめな西洋家屋。

 その裏には墓地がズラリと並んでいて、不穏な雰囲気を醸し出していた。

 いかにもゴーストハウスと言った相貌だ。

 

 自分の顔が引きつっていくのが分かる。

 

「馬鹿じゃないの? 何でこんな家に住もうと思うのよ…」

 

 今にもUターンして帰りたい。そんな衝動を抑えながら、足を進める。

 

「うわ…本当に墓地裏だねー。アンデッドいっぱい出そうだよ…」

「雰囲気ありますよね! ドキドキします!」

「うん、中々デカいな。いいな、ここ」

「ぜんっぜん! よくない! 黒髪、貴方馬鹿なの!?」

「ソラちゃん、大丈夫。お化けが出ても僕が退治してあげるよ」

「私も守ってあげますから! 怖いの怖いの飛んでけー!」

「うざ……」

 

 しかし何だ。能天気なこいつらを見てたら、若干恐怖が薄れた。

 まぁ、絶対に感謝はしねーけど。

 

「じゃあそろそろ入ろうか、準備はいい? 特にソラちゃんとレーテちゃん」

「…うん、大丈夫よ。演じ切れるわ」

「僕も大丈夫。もう諦めはついたさ」

「オーケー。それじゃ鳴らすぞ」

 

 黒髪剣士が呼び鈴を鳴らすと同時。

 不意に玄関の扉がギィと開いた。

 

「ふん、何か騒がしいと思ったら盟友達か。我が城へようこそ、歓迎するぞ盟友達よ」

 

 扉の隙間からひょこっと顔だけ出した紫髪は、高慢な態度でそう言って顔を引っ込めた。

 

「え、ここアイツの家…?」

「みたいだねー。誰がこんな家を、って思ってたけどそうだね。彼なら喜んで住みそうだよ」

 

 疲れた顔して呟く銀髪小人。

 多分俺も同じような顔をしてると思う。

 

 俺は銀髪小人と顔を見合わせて、深い深いため息を吐いた。

 

 

 



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ロールとセーラーな集会 2

 異世界において俺と一番付き合いが長かったのは緑髪、次点は紫髪だった。

 

 別に深い理由はない。

 

 そもそも男と女で生活が別れていたため、女とされていた俺は緑髪や紫髪と関わる機会はほとんど無かった。

 それでも一緒に行動していた理由は、魔王討伐の手掛かりを得るためという題目で各自バラバラに別れた際、偶然同じ方向に歩いていたから。それだけである。

 

 故に街に着いたら緑髪達ともバイバイする予定だった。

 まぁ、緑髪に変に懐かれた所為で別れるに別れられなくなったわけだが……。

 

 

 

 …話を戻そう。

 

 

 

 紫髪がどんな人物か。

 一言で言えば彼は厨二病だった。邪気眼系の。

 異世界転生が後押ししたのか、かなりなほど重症化していた。

 俺たちが魔法使いになったのも、紫髪の影響であると言える。

 

 緑髪とは違うベクトルで厄介だった。

 

 明らかに貴族っぽい人にも突っかかるし、勝てない魔物にも命が危なくなるまで強者アピールを欠かさない。

 その一方で緑髪は自ら奴隷になろうとするし、もうキャパがオーバーしてバルスしていた。

 

 常識人である黒髪剣士と銀髪小人と合流した時には、思わず感涙してしまうほど振り回されたものだ。

 

 それは現代に戻っても変わらず。

 紫髪が一人暮らしがしたいと別れを切り出した時には、寂しさより安堵が先に出たほど。

 

 

 

 

 まぁ、その結果がコレなんだけどな……。

 どうして普通の生活を送れないんだ……普通の家を借りろよ…。

 

 

 

 蜘蛛の巣が張り巡らされている玄関。天井には蝙蝠がいて、床には赤い絵具で描かれた魔法陣らしきものが。

 壁には無数の西洋人形と何故か熊の頭の剥製が飾ってある。

 

 いかにもB級ホラー映画に出てきそうな光景に、俺は頭を抑える。

 

 悪態を吐くなって言う方が無理があるだろ…。もうアホかと。

 アンデッドが出てきたらどうするんだよ、俺は帰るぞ。いやホントマジで。

 

「ここがタカシ君のお家ですか。何というか独特ですね。けどこの熊さんと魔法陣はカッコいいです。人形もいい感じに雰囲気を醸し出してますし、センスあり! ですね」

「!?」

 

 だからこそ、緑髪の言葉に俺たちは戦慄した。

 緑髪の表情は真剣そのもの。

 冗談でもなく本気で言っている。

 

「いやいやいやセンスはないぞ!」

「ええ、これはセンスないわ!」

「うん、センスはないと思うよ」

「え…そうですか? 外装と内装がこれほどまでマッチングしてるのでセンスがあると思ったんですけど」

「そもそも外装から零点なんだよ。零点に合った内装なんて零点に決まってるでしょ」

「うーん、そう言うものなんですかね」

「そう言うものなんだよ!」

「…ですけどーーー」

 

 納得したような、してないような。そんな微妙な表情を浮かべる緑髪に、銀髪小人は強引に話を切り替えた。

 

「それとここではタカシじゃなくて(スメラギ)って呼んであげないと。彼怒ると思うよ」

「え、あ! そうでしたね。忘れてました。私達だけの秘密、でしたね! で、さっきの話―――」

「さぁさぁ無駄話はそこまでにして、そろそろ行こうか! カガリに早く会いたいんでしょ!」

 

 緑髪に話は通じない。説得するだけ時間の無駄。有無も言わせず、緑髪の背中をぐいぐい押して前に進ませる銀髪小人。

 

 緑髪は俺には止められないから本当助かる。

 

 ホッと胸を撫で下ろし、先頭を歩く緑髪の背後に付いてギシギシと軋む廊下を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そこは異様な空間だった。

 

 

 

 黒いソファの上に優雅に座り、真っ赤な液体の入ったグラスを傾ける赤髪の吸血鬼。

 

 その側に立っているのは血の付いたナイフを片手にした白髪の龍人。

 

 カーペットの上に座禅をしている六対の羽を生やした藍髪の天使。

 

 頭の上にチョコンと獣耳が生えている以外、人間と殆ど容姿が変わらない、なんちゃって獣人。

 

 全身シルエットのように真っ黒な人型。

 

 他にも金髪のエルフや、犬の頭をしたガチな方の獣人。ギターを片手に持った桃髪の少女、いかにもならず者っぽい強面のスキンヘッドがいた。

 

 

 

 あまりにも強力且つ個性的な面子を前に、思わず「うっ」と言う声が漏れる。

 

「相変わらず濃い面子だね……」

「知り合いじゃなかったら間違いなく逃げ出しているわ」

 

「カガリさーん」と躊躇なく、あの集団の中に平然と入っていく緑髪と黒髪剣士に畏敬にも似た何かを感じる。

 

 

「その気持ち、我にも理解できるぞ」

 

 背後からかけられた聞き覚えのある声に、うんざりしながら振り向くと案の定、紫髪が立っていた。

 

「いや(スメラギ)君には分かんないよ。分かってたまるか」

「違いないわね。こんな家に住む奴に理解できるはずがないわ。人を呼ぶならもっとマシな家にしなさいよ。悪趣味にも程があるわ」

 

「ひ、酷い言われようだな。大体、我は元より我が城に誰かを呼ぶつもりなんて微塵もなかったのだよ。あの白い龍が勝手に上がり込んで、場所を貸せと脅してきたから……」

「……」

 

 余程強く脅されたのだろう。

 ガクブルと体を震わす紫髪の言葉には、いつもの傲慢さがまるでなく素が出ていた。

 

 そんな紫髪を何となく不憫に感じてしまう。

 

 やがて震えが止まった紫髪はゴホンとワザとらしく咳払いをして、誤魔化すように口を開いた。

 

「と、ところで…さっきから気になっていたのだが。何故レーテとソラはそんな格好を―――むぐっ!?」

 

 合図は不要だった。

 爆弾を落としかけた紫髪の口元を俺が押さえ、銀髪小人が首元にボールペンの先端を当てる。

 一瞬の間の出来事に、紫髪は何が起こったか分からないと言った表情をしていた。

 

「………あ、あの? 二人とも…?」

「余計な口出しはしないでくれる? 次は寸止めじゃ済まないわよ」

「僕たちはやりたくてやってるわけじゃないんだ。仕方なくなんだ。ねぇ、分かってくれるよね、タカシ君?」

 

 他の人には聞こえないよう、耳元に口を近づけて脅し。

 紫髪が何度も頷くのを確認して解放する。

 

「ほ、本気で死ぬかと思った……目がガチだった……」

 

 冷や汗をダラダラと流し、涙目になっていた紫髪は、高慢な態度が抜けすっかり素に戻っていた。

 

 



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ロールとセーラーな集会 3

「久しぶりだな、ソラ」

「久しぶりね、赤髪吸血鬼」

 

 紫髪との一悶着の後。

 そう言って俺たちを訊ねてきたのは先程まで緑髪と喋っていた赤髪吸血鬼だった。

 既に他の人の所へ挨拶しに行ったのだろう、その側に緑髪の姿はない。

 珍しいことにいつも仕えている白髪龍人の姿もなかった。

 

 ちなみに辺りに紫髪の姿もない。トイレで泣いてるんじゃないかな。知らんけど。

 

「家に向かっても中々会う機会に恵まれなかったからな。会いたかったぞ」

「そ、そう?」

 

 俺は別に会いたくなかったんだけどな。

 ていうか今後も会いたくないです。

 

「ああ…会いたくて会いたくて会いたかった」

「え……う、うん。わ、私もよ。ええ…」

 

 目を赤く光らせ、手を広げながら近づいてくる赤髪吸血鬼。

 心なしか頬も紅潮しているように見える。

 

 何か怖いんだけど…。

 

 ジリジリと寄ってくる赤髪吸血鬼に、少し引いていると、傍にいた銀髪小人が俺の前に出て手を広げた。

 

「ソラちゃん、下がって」

 

 赤髪吸血鬼を警戒心丸出しで睨みつける銀髪小人。

 

「やあやあ、カガリ。僕には挨拶はないのかな」

「なんだ、小人じゃないか。いたのか、小さすぎて気づかなかったよ。て、な、なんだ貴様その格好。ふっ、ふふふふ、わ、笑い殺す気か…!?」

「う、うるさいな。これには深い深い事情があってだね」

 

 そうだ、緑髪の暴走っていう深い深い事情があったんだよ。あれ、別に深くなくね?

 

 暫しの間、お腹を抑えてヒィヒィと息を溢していた赤髪吸血鬼は何とか呼吸を整えると、銀髪小人の肩に手を置いて、真剣な眼差しを向けた。

 

「どんな事情があったらセーラー服を着ることになるんだ。まぁ、ともかく似合ってるぞ。うん可愛い可愛い」

「黙ってくれる!? 別に可愛いなんて言われても嬉しくないんだよ!」

「ソラも勿論可愛いぞ。あぁ、可愛すぎる。そこいらのアイドルなんかよりもずっと可憐だ。愛おしいほどな」

「そ、そう。ありがと」

 

 うっとりした目で見つめてくる赤髪吸血鬼から目を逸らし、コイツを何とかしろと銀髪小人に視線を向ける。

 

 確かに自分が可愛らしい容姿だって自覚はあるけどさ。言われ慣れてないから恥ずかしい。

 

 可愛い、って言葉よりも髪色が変、派手って言われる方が多いからな。面接でも毎回毎回……あれ、なんか悲しくなってきた。

 

「それじゃ挨拶も済んだことだし、さっさとリューの所に戻ったら?」

「いや、挨拶もそうだが、ソラに個人的な用があってな。悪いが小人は席を外してくれるか?」

「私に? 銀髪が近くにいたらダメなの?」

 

 え、銀髪小人と離れたくないんだが。と言うより赤髪吸血鬼と二人っきりとか嫌なんだが。

 

 銀髪小人も自分が外されたことに不満があるようで、口元をピクピクさせていた。

 

「なに、僕が近くにいると出来ない話なのかな?」

「あぁ、そうだ。元男の貴様が近くにいると出来ないガールズトークだ。分かったなら去れ」

「ガ、ガールズトークだって!?」

 

 ガールズトーク。そう言われると流石の銀髪小人も、退かざるを得ないと判断したのか顔を横に振った。

 

 待て待て待て。ガールズトークは俺にも出来ねーよ。

 

「分かった。ガールズトークとなれば僕は君の言う通り引くよ。てことで悪いね、ソラちゃん。何かされそうだったらすぐ呼んでくれれば駆けつけるから」

 

 そう語る銀髪小人の目には先程まであった警戒心は嘘のように消え失せ、代わりに好奇心が強く映っていた。

 

 うん、分かった。コイツ……今の現状を面白がってやがるな。

 

「じゃあまた後で」

「…ええ」

 

 この集会が終わったらぶん殴ってやる…。

 強く決意して、赤髪吸血鬼の方を見る。

 

「で、何の用よ。言っとくけど私にガールズトークってやつを期待しても無駄よ。友達いなかったから」

 

 俺は平然と言葉を連ねた。

 そこに嘘はない。確かに友達はいなかったし。

 

「そ、そうか…」

 

 赤髪吸血鬼の俺を見る目が、一気に可哀想なものを見る目になった。どうやら同情を誘えたらしい。これでガールズトークを止めてくれればいいんだけど。

 

「まぁ、ガールズトークと言っても簡単な確認なんだが」

 

 続けるのかよ。クソが!

 

「簡単な確認?」

「あぁ、ソラはレンと付き合っているのか?」

 

 暫しフリーズした。

 

 レン? 黒髪剣士のことか。

 黒髪剣士と俺が付き合っている?

 

 は?

 いや、は?

 

「ないわ、ありえない。無理無理、男と付き合うとか選択肢にないでしょ」

「そ、そうか!? で、ではリーフとレーテとは?」

「元男じゃない。ないわよ」

「そうか!」

 

 当たり前だろ。元男同士が付き合うとかありえないっつーの。

 そもそもアイツらは家族だ。愛せども、恋なんて感情を持つことはねぇよ。

 

 って、何でコイツこんなに目をキラキラ輝かせてるんだ?

 疑問に思っていると、唐突に赤髪吸血鬼が口を開いた。

 

「ではソラに聞くが、私の家に来る気はないか?」

「え…?」

「その家には男と元男しかいないのだろう? 純粋な女子のソラには窮屈な環境だと思う。その点私の家には、現在は男とは言え元女のリュー。それに私とシルが居る。今よりは居心地が良くなるはずだ。それに私の家とそちらの家も距離が近いからな。いつでも会えるだろう」

 

 魅惑的に微笑む赤髪吸血鬼。

 確かに魅力的な案だ。

 

 俺が元男じゃなければ。

 

「悪いけど………私は家族と離れたくない。皆大好きなの。だからその提案は遠慮させてもらうわ」

 



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ロールとセーラーな集会 4

 緑髪が唐突に何かをするのは珍しいことではない。むしろ何もしない方が異常だと考えるほどに俺は毒されていた。

 

「ソラさんは元の世界に戻れたらまず何がしたいんですか?」

「え? ちょっと待って」

 

 故にこうやって唐突に質問されたとしても俺はすぐに対応できるようになっていた。

 少し時間を貰い俺は考える。

 考えて。考えて…

 

「……うん? あれ?」

「どうしたんですか?」

「…ないかもしれない」

「え?」

「戻りたい理由がないかもしれない!」

 

 え、だって戻ったら会社とか会社とか会社とか会社とか会社とか会社とかがあるんだろ?

 フツーに嫌なんだけど。

 

 確かに異世界に来たばかりの頃は、社畜だった時の方が楽だったと思えてたけど。王宮勤めとかいう勝ち組の地位を獲得した今は異世界の生活の方が楽だし。

 やっぱあんまり戻りたくないかもしれない。

 

 

 そう答えると、緑髪は不思議そうに首を傾げた。

 

「家族とかに会いたいとは思わないんですか?」

「家族…家族かー…うーん別に会いたいとは思わないな」

 

 思い浮かべるのは実親の姿。

 俺はチッと舌を打った。

 

「多分、向こうも会いたいとは思ってないだろうし。むしろ居なくなって清々してると思うよ」

「そうなんですか?」

「うん。だから正直帰れなくてもいいと思ってる、わりとマジで。元の世界に戻ったところでやることもないしな」

「そう…ですか……」

 

 緑髪は暫し考えるような仕草をして、バッと顔を勢いよく上げた。

 

「じゃあ私と一緒にシェアハウスでも借りませんか?」

「は?」

「タカシ君とレン君、レーテちゃんも誘って五人で住むんです! どうですか!」

「いやアイツらは家族がいるだろ。それにお前にも……」

「確かにそれは聞いてみないと分かんないですね…。けど安心してください! 私は大丈夫ですよ。元々親元を離れて暮らしてみたいと思ってましたから。最悪、二人でシェアハウスしましょう! あ、でも学校卒業するまでは待ってください。中卒が最終学歴なんて嫌ですから」

「いや俺も了承したわけじゃ」

「いやー楽しみですね! ソラさん! これで元の世界に戻る理由ができましたね!」

 

 まるでもう決まったことのように語る緑髪にハァと深い溜息を吐く。

 

 本当にこいつは人の話を聞かないし。手は掛かるし。めんどくさい。

 

「男五人のシェアハウスとか誰得だよ…」

「絵面最悪ですね」

 

 けどまぁ、こいつのような馬鹿と一緒なら元の世界も少しは楽しくなるのかもな。

 なんてらしくないことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。分かった。変なことを提案して悪かったな」

 

 まるで断られることが分かっていたかのように、やけにすんなりと赤髪吸血鬼は引いた。

 

「簡単に引くのね」

「まぁ十中八九断られるだろうと思っていたからな」

「ちなみにその理由を聞いても?」

 

 俺が訊ねると、赤髪吸血鬼は「単純なことだ」と笑った。

 

「私とレーテ達とでは過ごしてきた時間が違う。共に過ごした時間というものは存外大きいものだ。それに――」

 

 赤髪吸血鬼は視線を横にずらす。

 思わず追いかけた視線の先にいたのは緑髪。

 

 それだけで彼女が言いたいことは分かった。

 

「――もはやリーフはどこからどう見ても女だからな。私から言っておいてなんだが、アレを男として見るのは無理がある」

「あは…は……でしょうね」

 

 やはり赤髪吸血鬼の目から見ても今の緑髪は女に映るらしい。

 まぁ男の面影がないからな、と納得する。

 

 割と付き合いが長いレーテも本当は元から女だったんじゃないかって疑い始めてるし……。

 

「異世界で何があったんだ?」

「それは当人に聞いてくれる? 私もあんまりよく分かんないから。気付いたらああなってたのよ」

 

 とは言え当時は驚いたな。修行で一ヶ月顔を合わせなかったとはいえ、あの変わり様だったからな。

 

 俺は普通に偽物だと決め付けて身構えてた覚えがある。

 紫髪なんて腰を抜かして化け物を見るような目を向けていたっけ。懐かしい。

 

「そうなのか。では後でリーフに訊ねてみるとしよう」

「そうして頂戴」

 

 クイっとグラスを傾け優雅に赤ワインを口にする赤髪吸血鬼。

 

 話が一区切りつき、ホッと小さく安堵するのも束の間。

 

「あぁ、そうだ」と赤髪吸血鬼は飲み干したグラスを近くの机に置いて、微笑んだ。

 

「ソラに少し頼みがあってな」

「何?」

「血を飲ませてほしいんだ」

「血を? あ、そう。吸血鬼だものね…」

 

 ――ってことはさっきのグラスの中身は赤ワインじゃなくて血だったのか。

 

「足りなかったの?」

「あれはリューの血なんだ。亜人の血は些か酸味が強く不味い。だから私は人間の血を渇望する」

「そうなの。まぁ、血くらいなら別にいいけど。飲まれたからって吸血鬼になるわけじゃないんでしょ?」

「無論だ。吸血鬼にはしない。保証しよう」

「ふーん。『ならない』じゃなくて『しない』なのね。まぁいいわ。飲ませてあげる」

 

 ――吸血鬼も大変だな。

 

 そんな同情もあり、この時俺は軽い気持ちで了承した。

 知らなかったんだ。吸血行為があそこまで快感を伴うものだなんて。

 

 

 

 

 

「………に、二度と…吸血はさせない……!」

 

 ご満悦の様子で去る赤髪吸血鬼の後ろ姿を睨みながら俺は強く決意した。

 



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集会の裏話 1

「え、リーフって…元…男じゃなかったん?」

 

 緑髪の美少女は元男である。

 そう認識していた転生者達は、その変わりように驚かざるを得なかった。

 

「はい、そうですそうです。元男ですよ。皆さんにも自己紹介の時にお伝えしたじゃないですかー」

 

 忘れちゃったんですか? と上目遣いで微笑む緑髪に、談話していた転生者の一人、藍髪の天使は苦笑を浮かべた。

 

 ――どう考えても男の仕草じゃないやん。どうなってんのや、コレ?

 

 服装もそうだが、仕草や口調が記憶にある緑髪のものと大きく変わっていた。

 

 藍髪天使が周りを見渡すと、同じく困惑しているリーゼントと犬頭の姿が目に映った。

 

 ――よかったわ。ウチの記憶違いじゃあらへんみたいやな。

 

 ホッと息を吐いた藍髪天使は若干躊躇しながらも、その口をゆっくりと開き、切り出した。

 

「なぁ、異世界で何があったん? 以前はそんな口調じゃなかったやん」

「そうだな。もう少し男らしかった」

「よければ聞かせてくれないか?」

「そうですね……ええっと何から話せばいいのか」

 

 三人の視線を同時に受けた緑髪は困ったように苦笑を浮かべると、何かを思い出すように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 魔法使いに弟子入りし、正式な後継者となるため修行をつけてもらっていた頃のことだった。

 

「アンタ、そろそろ口調を変えな」

「変える必要があるんすかー?」

 

 師匠である婆からそう言われ、緑髪は首を傾げた。

 度々言われていることだが、何故口調を変えなければいけないのか。

 緑髪には分かっていなかった。

 

 そのことが伝わったのだろう。婆は頭を押さえて溜息。顔を顰めながら言った。

 

「何度も言ってるが、魔法使いになるってことは王宮に勤めるってことだよ」

「それが何すか?」

「そんな口調じゃ無礼だし、何より木端貴族共に侮られるって言ってるんだい。せめて敬語くらい使えるようにしときな。って前から言ってただろ?」

「あはは、バカにしないでくだせーよ。敬語くらい使えるですよ。ほら使えてるでしょです?」

「アンタ…まさか語尾にですを付ければ敬語になると思ってんのかい?」

「え、違うっすか?」

 

 目を丸くし驚愕を露わにする緑髪。

 演技には見えない仕草に婆は再度深い溜息を吐いた。

 

「……仕方ない。出来ればやりたくなかったんだが、アンタは一切覚えようとしないし」

「なんかイヤな予感が……」

「感謝しな。私が徹底的に扱いてあげるよ。ついでに女らしさも身につけさせてあげる」

「すっごくイヤな予感がするっす…」

 

 

 

 

 

 

 

「――と言う深い深い理由がありまして。今の私になったわけです」

 

 ――いや深くないやん。

 

 何故か、えへんと豊満な胸を張る緑髪に、藍髪天使はうんざりしたような表情を作った。

 

「そか、矯正されたんか…」

「まぁ正直大して変わってないと思いますけどね」

 

「それはない」

 

 藍髪天使、リーゼント、犬頭は三人同時に否定の言葉を告げる。

 

「そうですか? ソラさんには『一番矯正しなきゃいけないところはそこじゃない』と言われましたから大して変わってないかと思いまして」

「いや十分変わってんよ、ホンマ」

 

 もはや変貌と言っても過言でないレベルの変わり様であると藍髪天使は強く主張した。

 

 尤も空髪少女が望んでいた性格の改善はまるでされていないようだったが。

 

「て言うか、つい流しちまったけどリーフが魔法使いとはな。魔法使いって世界に十六人しか存在しないって聞いてたが、よくなれたな」

「何か才能があったみたいですよ。押し掛けたら弟子にしてもらえたので。そのまま成り行きでなれちゃいました。あ、ご存じかも知れないですけどソラさんと皇くんも魔法使いなんですよ」

「十六人中三人転生者とか。案外誰でもなれそうだな」

「ちなみにリーフはどういう魔法が使えるんや?」

「私の魔法は豊穣ですね」

「ほう…」

「通りで…」

 

 緑髪の言葉に、リーゼントと犬頭は視線を少し下げて成る程と頷く。

 

「何で胸を見るんですか!? 違いますよ!? 豊穣魔法は作物の成長を促したり、質を良くしたりする魔法です! 胸に作用する魔法じゃありません!」

 

 

 ――いややっぱ女子やん。

 

 顔を紅潮させ胸元を手で隠しながら言う緑髪を見て藍髪天使はしみじみと思った。

 そして静かに自分の絶壁を見て、巨乳よ爆発しろと祈った。

 藍髪天使は転生前も絶壁だった。

 

 

「ま、まぁ、私のことは置いといて! 皆さんは異世界でどういう風に過ごしてたんですか?」

 

 緑髪はこほんと一つ咳払いして話題を変える。

 それに即座に答えたのは犬頭。

 

 犬頭は藍髪天使を指差して苦笑を浮かべた。

 

「オレはそこの天使と、あっちにいる刀馬鹿と一緒にいたな。振り回されてばかりで毎日が大変だったぜ」

「は? 待てや犬ころ。それウチのセリフなんやけど。アンタとミワちゃんにどんだけ振り回されたか! 忘れたとは言わせへんで。あの蛇退治の時のことをよぉく思い出してみぃや!」

「うっ!? だ、だったらお前、サメ退治の時何してたか言ってみろ!」

「うっ!? せ、せやったら烏退治の時はーー」

 

 どちらも思い当たる節があるのか、言葉に詰まりながらも言い争う犬頭と藍髪天使。

 そんな二人を見て緑髪はクスッと笑った。

 

「お二人とも。あまり人を振り回すのは良くないですよ」

「なんやろ……リーフちゃんに言われると釈然とせーへん」

「ていうかどう考えてもリーフは振り回す側だろ」

「レオンさんはどうだったんですか?」

「無視かいな」

「無視されたな」

 

 二人からの冷たい視線を気にもせず、緑髪はリーゼントに話題を振った。

 え、このタイミングで振るの? とリーゼントはたじろぐが、やがてその口をゆっくりと開けた。

 

「オ、オレは猫丸とセーラとカミキと冒険者として東の国にいたな。毎日がハプニングの連続だったがそこそこ楽しかったよ。中でも一番の思い出はあれだな。龍を討――」

「そうですか。て言うか現代に戻ったときから気になってたんですけど。なんでリーゼント何ですか? 初めて会った時はツンツンヘアーでしたよね」

「あ、それウチも気になってた。誰も聞かないから聞いていいのか分からへんかったけど」

 

 リーゼントの話をぶったぎり、訊ねる緑髪に藍髪天使が続く。

 

「お前、絶対それが聞きたくて俺に話を振ったろ…」

 

 話を遮られたリーゼントは不満そうにしながらも、渋々といった様子で声を捻り出すようにして告げた。

 

「……戻らなくなったんだ」

「は?」

 

 皆からの視線を受けてリーゼントは照れ臭そうに顔を逸らした。

 

「ふざけてリーゼントにしたら直後に転移したんだよ。その所為で戻らなくなったんだ…!」

 

 

 

 静寂が場を支配した。

 長い沈黙が流れる。

 

 

 各人が掛ける言葉を探そうと頭を捻らせるが、何も見つからず。

 空気クラッシャーの異名を銀髪小人から与えられた緑髪すらも言葉を発しない有様。

 

 沈黙が続いていく。

 

 

「ちょッ……だめッっ…んんっ、ンッつ……! んんーーっ!? もうやめ…!?」

 

 奇しくもそんな沈黙を破ったのは悲鳴にも似た艶やかな声だった。

 

 何事かと辺りを見渡せば、目端に涙を浮かべ真っ赤な顔で身をくねらせて震える空髪の少女と、その少女の首に口を付けている赤髪の吸血鬼の姿が目に入る。

 

 

 その光景は何というか扇情的で。

 

「うわ…エロっ…」

 

 誰の呟きかは分からない。

 しかし、唖然としていた緑髪はその呟きでハッと我に返った。

 

「な、何してるんですか、カガリさん!? すみません、私ソラさんのところに行ってきます!」

「あー…じゃあオレもそろそろ他の人に挨拶してくる」

「ほな解散やな。また後で話そーや」

 

 声を荒げ、慌てて空髪少女の方へと向かう緑髪と、ほんのり頬を赤らめながらもチャンスとばかりにバラける二人。

 

「……せめてなんか一言言ってくれよ」

 

 その場に一人残されたリーゼントは引きつった笑みを貼り付けていた。



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ロールとセーラーな集会 5

「それで、私に何の魔法を教えてくれるの?」

「……お前から弟子にしてくれと押し掛けておいてその質問はないだろ…」

「仕方ないじゃない。知らないんだから」

「開き直るな馬鹿。あー、素質だけで弟子を取ったのは間違いだったか……」

 

 目を背ける空髪の少女に、壮年の男は「はぁ」と聞こえるくらい大きなため息を吐いて、続けた。

 

「温度を調節する魔法だよ」

「温度を…調整……。え? 何が出来るのソレ?」

 

 思わず素で聞き返す空髪の少女に、壮年の男は指を三つ立てる。

 

「一つ、作物の成長を抑制できる」

「う、うん」

「二つ、王宮の温度を快適にできる」

「……うん」

「三つ、飲み物を熱々にしたりキンキンに冷やせたり出来る」

「……」

「以上三つが俺がいつもしている仕事の内容だな」

「想像以上に酷かった」

 

 

 エアコンに冷蔵庫、レンジで代用できる魔法に、空髪の少女はげんなりした様子で呟く。

 

 確かに、電子機器がない異世界ではとても便利な力なのかも知れないが。

 そうじゃないと言う思いの方が強かった。

 

「もっとカッコいい使い方はできないの?」

「カッコいいとは?」

「例えば空気中の水分を凍らせて敵を倒したり――」

「無理だな。現状氷点下までは下げれない」

「そう……じゃあ逆に温度を上げて――」

「そうだな。小さな火傷くらいなら負わせられるかも知れないな。まず倒すのは無理だろうけど」

「…そ、そうなのね…」

「なんだ、嫌なのか? 嫌ならいいぞ、代わりは幾らでもいるからな」

「嫌なんて言ってないでしょ! やるわ! 電子機器になればいいんでしょ!」

 

 この日。空髪の少女が抱いていた魔法への幻想は打ち砕かれ。

 魔法は電子機器の代用品である。その一文が強く根付くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――声……抑えてたつもりなんだけどなぁ。

 

 ――あんなに離れてた緑髪にまで聞こえたってことは……。つまりほぼ全員の転生者達に聞かれてるってことだよな……

 

 まだ来てなかった転生者は二人。つまり十七人の転生者達に聞かれていたことになる。

 

 ――あぁ、恥ずかしすぎて死ぬ。むしろ死にたい……

 

 

 先の一件から数分後。

 

 俺は緑髪に連れられ、テラスで火照った身体を冷やしながら悶えていた。

 

 

 今は七月。昼近くと言うこともあって外の気温は高い。本来ならば身体を冷やすどころか余計に暑くなる。

 

 ただ俺にとってはどこにいても同じだった。師匠から魔法を受け継いだあの日から今日まで意識せずとも俺の周囲の温度は常に一定になっている。

 もっとも魔法が使えなかったとしても俺は外に出ただろうが。

 流石にあの空間に居続けるのは無理。羞恥で死ぬ。

 

「大丈夫ですかソラさん…? まだ顔真っ赤ですよ」

「ありがとう緑髪。他の人との話はもういいの? 私はもう大丈夫だから行ってきたら?」

 

 緑髪は静かに首を横に振って微笑んだ。

 

「いいんです。ソラさんより優先すべきことはないですから」

「私は当分ここにいるけど、本当にいいの?」

「全然大丈夫ですよ。情報はレーテちゃんが集めてくれるでしょうし」

「そっか」

 

 テラスに並んで立ち、ぼんやりと風景を眺める。枯れ木だらけの庭は不気味だが、気を紛らわすには不気味なくらいが丁度よかった。

 

 

 暫くして唐突に「それにしても」と、緑髪が言った。

 

「やっぱりソラさんの魔法は便利ですよね。涼しいですし」

「まぁ。それだけが取り柄だからね。ていうかそれを言うなら緑髪の魔法もでしょ」

 

 確かに俺の魔法は温度を調節出来るが、夏の敵は温度だけじゃ無い。特に厄介なのは虫だ。

 

 緑髪の魔法はそんな虫を近づけさせない効果があった。

 曰く副作用みたいなものらしいが。

 尚、主作用は作物の成長を促す事らしいので都会では活用できないとのこと。

 

 本人もそれを痛感しているようで、苦々しい笑みを浮かべた。

 

「私は虫除けくらいしか役に立ちませんけどね」

「私もこういう時しか役に立たないわよ。普段は電子機器で代用できるし」

「それを言ったら私も普段は網戸と虫除けスプレーで代用できますよ」

 

 俺と緑髪は互いに顔を見合わせて笑った。

 

「儚い天下だったわね。チヤホヤされていたあの頃が懐かしいわ」

「現代に戻るとほぼ無能ですからね私たち」

「ホントこっちの世界は世知辛い。就職もできないし」

 

 俺が告げると、同意とばかりに緑髪も深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、赤髪吸血鬼は白髪の龍人と共にいた。

 

「それで、ソラはどうでした。お嬢?」

「すっごい美味しかった」

「いえそうじゃなくて。お嬢って時折救いようのないレベルでアホになりますよね」

 

 白髪龍人の辛辣な言葉に、赤髪吸血鬼はピクリと眉を動かしぶっきら棒に告げる。

 

「勿論、分かってるとも。お前にはユーモアってやつが分からんのか」

「で、どうでした?」

「ふん、そうだな。リーフもソラも少し依存が激しいな。あれは引き剥がしようがない」

「じゃあ諦めるんですか?」

「まさか」

 

 白髪龍人の言葉を赤髪吸血鬼は笑い飛ばした。

 

「依存が激しいならば私にその依存が向くようにすればいいだけのことだ」

「どうやって?」

「まぁ、私に任せておけ。必ず二人まとめて落としてみせるさ」

 

 そう力強く宣言する赤髪吸血鬼の瞳は紫色に輝いていた。



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ロールとセーラーな集会 6

 現代に帰れば全て元どおり。ハッピーエンド。

 

 だと思っていた。

 

「じゃあ一応両親と話をつけて来ますね!」

「だ、大丈夫? リーフちゃんだいぶ変わっちゃったけど」

「口調と姿が変わったくらいで家族の縁は切れませんよ。きっと私だって分かってくれます!」

「心配だなぁ……ソラちゃん付いていってあげたら? 僕はちょっと手が離せないからさ」

「うーん…まぁいいか。わかった」

「え、ソラさんもついて来てくれるんですか! やったー! 両親紹介します!」

「しなくていい! 俺は遠くで見守るだけだ!」

 

 

 

 

 

「……え、引っ越し…したんですか…?」

「ええ。何でも一人息子が行方不明になったらしくてね。それがきっかけで数年前に―」

「そう…なんですか」

 

 ペラペラと喋る、近所のおばさんだという人物。

 しかし、その言葉のほとんどは俺の頭には全く入ってこなかった。ただただ緑髪が心配だった。

 

「大丈夫か、リーフ…?」

「はい…何とか…。もう会えないんですかね」

「会えるよ。きっと」

 

 異世界から帰ってくれば元どおりになると思っていた日常。

 

 そんな考えを嘲笑うかの如く。

 異世界にて過ぎ去った日々は、同じく現代でも失われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ソラとリーフばい!」

 

 そんな声が聞こえたのは、俺たちがテラスに出て雑談を興じてから三時間ほど経ったあとのことだった。

 

 火照っていた身体の熱はすっかり治まったものの、醜態を晒した恥ずかしさから戻る気になれず、ただただ時間が過ぎるのを待つだけだった俺とリーフに、声をかけたのは橙髪の少女だった。

 彼女は人懐っこい笑みを浮かべるとタッタッタッと小走りで近づいてきて俺の手を取った。

 

「悪か、遅うなった。都会は人目が多すぎ。ばり見らるーけん恥ずかしか……。ばってん、ソラ、リーフも久しぶりばい。元気やった?」

「あー…うん私は元気だよ」

 

 キラキラした目で見つめてくる橙髪少女に俺は目を逸らす。

 

 俺は彼女が苦手だった。

 

 何を隠そう、彼女こそが俺が元男だと知ったら真っ先に殺しにかかってくるであろう人物だった。

 

 と言うのも、彼女自身に非があるわけではない。

 むしろ非は俺の方にある。

 

 自己紹介の時に元男だと伝えなかった俺が圧倒的に悪い。

 彼女は俺を同性だと思っていたんだ。

 

 だから……うん。まぁ、ああいったスキンシップを取ることは普通であって。……これ以上はやめておこう。思い出したく無い。

 

「私も元気ですよ、ミューさん!」

「そっか。よかった。ところで何しよーと、こげんところで? 外は暑かとに、中に入らんとか?」

 

 不思議そうに尋ねる橙髪少女。

 

 確かにこんな炎天下の中テラスで寛いでいるなんて側から見たら不思議で仕方ないだろう。

 

 それに彼女は俺たちが魔法使いであることを知っていても、どんな魔法を使うかまで把握していない。当然の疑問だろうな。

 

「緑髪、説明してあげて」

 

 俺自身、彼女とあまり話したくないので説明は緑髪に任せることにした。

 

「えーと。ソラさんが体調を崩してしまいまして、少し風に当たってたんですよ」

「こげん暑いときに外で?」

「ええ、私もソラさんも魔法使いですから。暑さなんて感じないんですよ!」

 

 説明下手か!? 

 

「へぇ。魔法使いってんな凄かばいなあ」

 

 感心したように頷く橙髪少女に、俺は思わず口を挟んだ。

 

「いや暑さは感じてるから。私の魔法で涼しくしてるだけだから!」

「えっ、どっち?」

 

 論より証拠。

 困惑する橙髪少女に「ほら」と魔法をかける。

 

「え、おお!?」

「どう?」

「ホントや! 涼しか! ありがとソラ! ばり凄かばい!」

 

 効果はすぐ現れたようで橙髪少女は驚いた表情をした後、嬉しそうにはにかんだ。

 

「…どーいたしまして」

 

 まぁ、褒められて悪い気はしない。

 素直に言葉を受け止める。

 

「じゃあ私も魔法をかけときますね!」

 

 俺たちのやりとりを見て、自分も魔法を使いたくなったのか緑髪がそう言って、魔法を使った。

 

「おお…! こりゃどげん効果なんか?」

「聞いて驚かないでください、虫除けです!」

「へ?」

「虫除けです!」

「お、おお……? 凄か。…うん凄か…」

「そうでしょう? 虫を近づけさせないんですよ! 凄いに決まってます!」

「うん……」

 

 自慢気に胸を張る緑髪から気まずそうに視線を逸らす橙髪少女。

 そんな彼女の仕草を見て、俺と緑髪は顔を見合わせ笑った。

 

「え…と?」

「ごめんなさい。冗談が過ぎました」

 

 何がなんだか分からないという表情をする橙髪少女に、緑髪が軽く謝る。

 

「冗談と? あ、虫除けって効果が?」

「あ、いえその効果は本当ですよ。冗談なのは虫除けが凄いってことです」

「え、えぇ………」

 

 ネタバラシしたのにも関わらず、橙髪少女は微妙そうな表情を浮かべたままだった。

 

 気持ちは痛いほど分かるんだけどさ。魔法の効果が虫除けって、なんだそりゃってなるよね。

 俺も人のこと言えないんだけど。

 

 なんて考えつつ、俺はところでと話題を切り替えた。

 

「橙髪は皆に早く会わなくていいの?」

「あっ、そうやった。うち遅刻してきたんやった! じゃあそろそろ行くね。また後で会おう」

 

 俺の言葉にハッとした表情を浮かべ、橙髪少女は屋敷へと駆け込んでいった。

 

 そんな彼女の行動をぼんやり眺めていた緑髪はポツリと呟く。

 

「嵐のような人でしたね」

「お前が言うな」

 

 

 

 

 

 

 

「ではではみんな揃ったことだし! 宴と行きましょーか!」

「ボサっと突っ立ってないで料理持ってこい、皇!」

「何故我が……ここは我の城なのに……」

 

 橙髪少女と別れてから一時間後。

 俺たちは銀髪小人に呼び戻され部屋の中にいた。

 

 揃っていなかったメンバーが合流し、総勢二十名となった空間で、いよいよ本題に移ろうとしていた。

 



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ロールとセーラーな集会 7

 その第一声を聞いたとき、とてつもなく嫌な予感がした。

 

 

「おおー! スッゲェー! 温泉じゃねぇか! どうしたんだこれ!? 昨日まではなかったよな!?」

「ええ!? 温泉!? ホンマやんか!」

 

 異世界に来て丁度三日目の早朝。

 

 騒がしい声と共に起床した俺は、寝床から出て、目の前の光景に思わず絶句した。

 

 昨日はただ荒野が広がるだけだった光景。

 にも関わらず、今目の前には巨大な水溜りが広がっていた。

 

 もくもくと湯気を立てる水に手を入れ「温泉やー!」と叫ぶ藍髪天使を横目に、恐る恐る俺も指をつけた。

 

 熱過ぎず、冷た過ぎず。かと言ってぬる過ぎることもなく。まさに浸かるにちょうど良い温度のお湯がそこにはあった。

 

「んん…こんな朝早くから何事じゃ…」

「我の眠りを妨げるとはな…つまらぬことだったら万死に値するぞ…って何だこれぇええ!?」

「ええい、お前達。静かにしろ!」

 

 騒がしい声に釣られてか、一人また一人と寝床から出てきては目の前の温泉に驚愕し、目を輝かせた。

 その一人、日傘を片手に持った燃えるような赤い髪が特徴の吸血鬼は、温泉を見た後、煩わしそうに空を見上げ「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 

「何か知ってそうな素振りだねカガリ」

「知ってるなら教えてくれないかしら」

「レーテとソラか……」

 

 銀髪の少女に続き、俺も訊ねると赤髪吸血鬼はこちらを一瞥した後、恐らくだがなと前置きを入れた。

 

「あの胡散臭い天の声とやらの仕業だ」

「ふーん。恐らくっていってる割にはやけに自信満々だけど何か根拠はあるのかい?」

「一晩で温泉を作り出すなんて偉業を出来るのは天の声くらいだろう?」

 

 それに、と赤髪吸血鬼は牙を剥いて笑った。

 

「流石に体を洗えぬのは堪えるからな。昨日、愚痴っておいた」

「愚痴る? 本人に会ったってこと?」

「会ってなどいない。ただ独り言で愚痴っただけだ。事前に説明もなく私達を強制的に転生させるほどの力を持った者のことだ。どうせ捻くれているに決まってる。そう言った奴に限ってコソコソと盗み見ているものだと思ったからな。まさかこんなに反応が早いとは思わなかったが」

 

 案外、私達の仲に転生者のフリをして紛れ込んでいるのかもしれないな。

 そう続けてクックックと可笑しそうに笑う赤髪吸血鬼に、質問を重ねていた銀髪少女は「それは嫌だなー」と苦笑を浮かべた。

 俺も苦笑いを返そうとして、不意に腕を引っ張られた。

 

「ソラ、一緒に行こ?」

 

 引っ張っていたのは橙色の髪を持った少女だった。

 

「一緒に行くって何処に?」

「あれ? 話ば聞いとらんかったと? 温泉ばい温泉! 女性陣から先に入ることになったんばい!」

「え……」

 

 俺は身の毛がよだつ感覚に襲われた。

 自分の顔がサァーと青ざめていくのが分かる。

 

 え…温泉? え…俺が女風呂に?

 

 よく考えれば当然だ。

 俺は緑髪の少女や銀髪の少女みたく皆の前で元男であると宣言していないのだから。

 女だと捉えられているに決まっていた。

 

 だからと言って今更元男ですとも言えない。

 

 女性陣の寝床で何度も夜を過ごす等、既に一線は超えてしまっている。

 故に、俺は適当な理由で断るしかなかった。

 

「……無理、私肌弱いから温泉に入れないの」

「そうと?」

「うん…だから」

 

「ふむ、それに関しては大丈夫だと思うがな」

 

 無理。そう繋げようとした俺の声を遮ったのは赤髪吸血鬼だった。

 

「え? 大丈夫って?」

「忘れたのか? 私達は転生してるんだぞ? それも魔王を倒す為に。そんな大きな目的があるのに、お湯でやられるような弱い肌にすると思うか?」

「貴女…日光に弱いじゃない。説得力皆無よ」

「私は吸血鬼だからな。種族の特性上仕方ないことだと思ってる。だが、ソラは人間だ」

「…でも。もしかしたらってことがあるかもしれないじゃない?」

「ふん、その時は文句を言えばいい話よ。どうせ近くで見ているんだろうからな。すぐに治してくれる筈だ。ミュー、連れて行ってやってくれ」

「……!? 赤髪吸血鬼…何を.…!?」

 

 思わず強く睨みつける。

 しかし、赤髪吸血鬼はそれを涼しい顔で受け流し、橙色少女の方を向いた。

 

「大丈夫と?」

「あぁ、まぁ一応念のためソラの身体を見ていてくれ。何かあったらすぐお湯から出すように」

「分かった! じゃあ行こっか、ソラ!」

「…………」

 

 最早反論することもできず。

 

 強引に引き摺られながら俺は、何故か恨めしそうな眼差しを太陽に向ける赤髪吸血鬼を睨むことしかできなかった。

 

 

 

「……あぁ…何だこの気持ちは…。何故か太陽が憎くて仕方がない」

「ねぇ、カガリ。道を踏み外さないように気をつけなよ? 自分では気づいてないと思うけど、初めて血を飲んだ時から君が彼女達を見る目付き結構やばい感じになってるよ…」

「無論だ、血の誘惑なんかに私は負けない。むしろレーテの方が心配だな。数年後にはセーラー服を着てそうだ」

「何その予想!? そんなことあり得るわけないじゃんか! ないない、絶対ないから!」

 

 

 

 

 

 

 第一回現代帰還後集会。

 

 その目的は『異世界をどのように過ごしてきたのか。現代に帰還してからどのように生活してきたか』を共有する場となっている。

 

 表向きは。

 

 今回の集会の真の目的は、魔王を倒した『誰か』を見極めること。

 何故隠しているのか。隠さなければならない理由は何なのか。

 

 

 誰がどう話題を投下するのか。

 とりあえず俺たちからは何も言わない。

 黒髪剣士、銀髪小人と相談して事前に決めている。

 

 誰かが話題を切り出すのを待つ状況だった。

 

 

「おい、リーフ! その肉は我が育てていたんだ! 取るな!」

「沢山あるんですし一枚くらいいいじゃないですか。ケチケチしないでくださいよ」

「それ八枚目じゃねぇか!!! おい、しれっと無言で持ってくなクソ林檎! それ我の肉!」

「えーだって落ちてたんだもん。あ、美味し」

「落ちてるわけねぇだろ!! 食うなぁぁ!!」

 

 一部平常運転の馬鹿共を除き、疑心暗鬼に包まれる中、赤髪吸血鬼は平然とした様子で爆弾を投下した。

 

「で、実際誰が魔王を倒した?」

 

 一斉に赤髪吸血鬼に視線が向けられる。

 赤髪吸血鬼はハッと笑い飛ばし、口を三日月みたく歪ませた。

 

「悪いが性分でな。まどろこしいことは嫌いなんだ。で、誰だ? この中にいるのか?」

 

 訊ねる赤髪吸血鬼に応えるものはいない。

 

「まぁ、当然だろうな。このタイミングで名乗りをあげるくらいなら、現代世界(こっち)に帰ってきた時に告げてるか。そうまでして隠したい理由があるのか……それとも本当にこの中にいないのか。現地民が倒した可能性もあるからな。何にせよ知っている者が話すつもりがないなら真相は分からん」

「結局カガリは何が言いたいのさ」

「いないかもしれない人物を探すよりも先にすることがあるだろうって事だ」

 

「すること、と?」

 

「あぁ。既に話した者もいるかもしれないが、こっちでの生活について、だ。各人一文なしで放り出された身だ。どうやって今日まで過ごしてきたのか、生活の知恵を共有する方が今は大事だろう。ギリギリな生活を送ってきた者もいるみたいだしな」

 

「うっ…」

 

 鋭い眼光が自分を捉えているような気がして、思わず声が漏れる。

 

 確かに俺と同様に派手な髪色をした皆がどうやって暮らしているのか。気になってはいた。

 

 それを知ることで就職難から抜け出せるかもしれない。

 

 

 チラリと銀髪小人に視線を移す。

 絶対見つけてやると意気込んでいた銀髪小人は眉を顰めていたが、俺の視線に気づくと表情を戻し、仕方ないとばかりに首を横に振った。

 

 他の皆同様で赤髪吸血鬼の言葉に、反対の意を唱えるものはいなかった。



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