遡って、二度目の青春。 (猟奇的少年A)
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プロローグ:死んだ君と、もう一度…

なんとなく思い付いたから書いてみた。文才とか無いから雑で読み難いかもですけど、楽しんでくれたら嬉しいです。



「…なぁ、ここは海が綺麗に見えるよ」

 

 

 近くの岩に腰を下ろして、夜の海を見下ろす。遠くで煌びやかに輝くのは街明かりと漂う船の洋燈。目を閉じると誰かの楽しそうな話し声が聞こえて来そうだ。

 

 

「そっちは如何だ? 海、ちゃんと見えてるか?」

 

 

 空になったペットボトルを潰しながら、誰も居ない暗闇に話を続ける。

 

 

「曜も果南も、もう落ち着いたからさ。そろそろ良いかなって思ってな…」

 

 

 靴を脱ぎながらポケットのスマホを取り出して、連絡履歴の一番上をタップする。2、3コールで彼女は出てくれた。

 

 

「もしもーし、聞こえますかー?」

 

『聞こえるずらよ〜。君からの電話だなんて珍しいね?』

 

「そうだっけ? …いや、確かにそうかも。俺から携帯鳴らしたのって、随分久しぶりかも知れないな」

 

『そっか…。それで、こんな時間にどうかしたずら?』

 

「……なぁ、まるちゃん。ありがとな」

 

『えっ?』

 

「ほら、色々とお世話になったじゃん? 仕事をやめてまで支えてくれてさ」

 

『待って、急に何を…』

 

「俺が壊れずに済んだのって、きっとまるちゃんのお陰だから。ちゃんとお礼を言えてなかったなーって」

 

『ねぇ、今どこに居るの? まさか、変なこと考えてないよね…?』

 

「さぁ? どーだろ…」

 

『ま、待って! ほんとに、やめて…』

 

「……ごめん、それは無理かな。俺も…ずっと我慢してたんだ…」

 

『ねぇ! ねぇってば! マルの話を聞いてって! 今どこに居るの!? 答えてよ!』

 

「…俺の事なんて忘れてさ、もっと良い奴を見付けなよ? それじゃ」

 

『まっt───…

 

 

 ちゃんと伝えたかった事は伝えた。靴下を脱いだ靴に詰め込んで、座っていた岩の隣に並べる。

 

 …さて、もう行こうかな。

 

 

 

「千歌さ、海が綺麗に見える場所で死にたいって言ってただろ? 俺が代わりに叶えるよ」

 

 

 助からない様に、持って来た包丁で手首を斬り裂いて…覚束無い足取りで崖の先に立つ。

 

 

「また、どっかで会えたら良いなぁー……」

 

 

 その小さな独言は、誰にも聞かれる事なく、真っ黒な潮に飲み込まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「──ん! ─くん! おーい! ねぇってばー!」

 

「…ぇぅ…?」

 

 

 誰かに身体を揺さぶられてる…? 聞き覚えがある声だけど…なんか、水の中みたいで…上手く聞こえない…。あと、眠い……

 

 

「もーっ! いい加減に…!

 

 

 

起きてってばぁー!!!

 

「うわあぁあぁぁ!?」

 

 

 耳元で突然叫ばれて、思わず俺は被っていたタオルケットごと跳ね起きた。って言うか何!? こんな起こされ方って高校生の時以来なんだけど!?

 

 

「あっ、やっと起きた?」

 

「っ…?」

 

「まったく…君は起こしに来なきゃお昼まで寝てるからなぁ〜。ちゃんと一人で起きれる様になってよね!」

 

「ょ、曜…?」

 

「えっ…? ぁ、そっ、そうそう! 君の可愛い幼なじみの曜ちゃんだよ〜♪」

 

 な、なんで曜が家に…? それに、ここって…

 

「…実家?」

 

「えーっと、まだ寝惚けてるのかな?」

 

「曜、お前…もう大丈夫なのか…?」

 

「ん? 大丈夫って、何が?」

 

「だって……」

 

 

 ここで漸く意識がしっかりして来た俺は、幾つかのおかしな点に気付く。

 

 まずは曜についてだ。

 曜は親友だった千歌を失って、精神的に危ない状況になっていた。何時もの眩しい笑顔は完全に消えて、虚な瞳で譫言の様に千歌の名前を呟いていた。腕には無数の自傷の痕が残ってて、目を離したら何を仕出かすか解らないくらい。

 それなのに彼女の腕には痛々しい傷痕も巻いていた包帯も無く、昔と同じで愛らしい笑みを浮かべている。そして視界がハッキリして気付いたが、身長が少し縮んで居る。いや、若返って見えると言うべきか。

 

 

「その…そんなに見詰められると恥ずかしいんだけど……//」

 

「…」

 

「ちょ、ちょっと…聞いてる…?///」

 

 

 次に、なんで実家の自室に居るのか。

 高校を卒業した俺は上京して、そっちの大学に通っていた。大学を卒業した後も実家には帰らないで東京で暮らして、結婚式も東京で挙げた。正月や親の誕生日には帰って来ていたが、少し疎遠になってるなーとも感じていて、今度顔を出しに行こって話してた程。

 なのに、なんで実家で目が覚めたのだろう? 遊びに来ていたとか? 有り得ない。

 

 

 だって、俺は……

 

 

「って! もうこんな時間!?」

 

「えっ?」

 

「あと5分でバスが来ちゃうじゃん! ほらっ! 早く起きて着替えてよ!」

 

「曜? ちょっと待って…って、もう行っちゃったか…」

 

 

 手を伸ばすも届かず、曜はパタンと扉を閉めて階段を下りて行った。未だに何が何だかわからないが、取り敢えず着替えた方が良さそうだ。

 

 

「俺の部屋って事は、着替えのある場所も変わらないのか…?」

 

 

 クローゼットを開けると、そこには服が整理整頓されていた。やっぱりここは俺の部屋で間違いない。

 

 適当に取った服に着替えながら、どう言った状況なのかを確認出来る物は無いかと部屋を見渡す。そして、机の上に置いてあったカレンダーに目が留まった。

 

 

「2015年、8月…? それって──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──高校生になって、初めての夏休み…」

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「間に合って良かったぁ…。もうっ! このバスを逃したら次は30分後だってわかってるよね!?」

 

「ごめんってば…」

 

「遅刻したら怒られちゃうんだよー?」

 

「…」

 

 

 混乱していたせいで固まっていたが、曜の声で正気に戻り、取り敢えず今はバスの中。バスの運転手さんが少しだけ待ってくれていたらしく、本当に申し訳ない。

 

 

「ねぇ、大丈夫? なんだか変だけど、調子でも悪いの?」

 

「大丈夫…。心配掛けてごめん」

 

「それなら良いんだけど…」

 

 

 心配そうに顔を覗き込んでくる曜。…こんな感じの曜って、久々に見たな…。

 

 …って、今はそんな事を考えてる場合じゃ無いだろ! バスの窓に映っている俺の顔は、間違い無く俺の物だ。だが、()()()()()になっている。カレンダーが昔の物かもと思い、スマホでも日付を確認したが、こっちも2015年と表示されている。ちなみにスマホも昔使っていた古い機種の物だった。

 

 一体これはどう言う事なのだろう? 俺は確か、海に飛び込んで自殺した筈だ。最後に見た押し寄せる黒い潮を鮮明に思い出せる。

 

 

「でも、だったら…」

 

 

 なんで俺は生きて居るんだ? 相当な出血をした上で海に飛び込んだんだ、助かる筈が無い。でも…

 

 

「今、俺は生きてる。しかも、若返った姿で…」

 

 

 もしかして、タイムリープ的な事が…? でも、まさかそんな事がある訳……

 

 

「…ねぇ、曜」

 

「ひゃいっ!?(やっ、やっぱり呼び捨て!? 何時も“ちゃん”付けなのに…な、なんだか恥ずかしいよぅ…//)」

 

「俺達、どこに向かってるんだっけ?」

 

「えっ? …もしかして、本気で聞いてるんじゃ無いよね?」

 

「本気…」

 

「もぅ! 本当にどうしちゃったのさ! 今日は千歌ちゃんと遊ぶ約束をしてたじゃん!」

 

「──えっ?」

 

「昨日した約束をもう忘れるなんて、やっぱり変だよ?」

 

 

 そうだ、もしもタイムリープで高校時代まで遡っているのなら…──ッ!

 

 

『間も無く【十千万】前、【十千万】前駅で御座います。お降りの際はお足元、お忘れ物なさいませんようにご注意ください』

 

 

「あっ、もう直ぐだn『ガタッ!』わっ!?」

 

「お釣りは良いんで!」

 

「ちょっと!?」

 

 

 隣に座っていた曜の事を押し除けて、運賃箱に千円札を叩き付けて開いた扉から飛び出す。

 

 バス停の前に広がる海の次に目に入ったのは随分久しぶりな風景。木製の看板と白い暖簾、瓦屋根の大きな温泉旅館。玄関の前にはまだしいたけの犬小屋がある。

 

 

 そして…

 

 

「あっ、やっと来た〜! 二人とも遅いよ〜!」

 

 

 潮風で靡く蜜柑色の髪に、燃える夕日色の瞳。こちらに気付いて少し拗ねた様に頬っぺたを膨らませて、それから満面の笑みを浮かべる彼女。

 

 

「……ち、か…」

 

 

 千歌だ。あの日、死んでしまった筈の千歌が、目の前に居る。

 

 きっと、これは夢じゃ無い。頬を撫でる潮風が、掌に食い込んだ爪の痛みが、そして何より…胸の奥から込み上げてくるこの熱が、目の前の奇跡を現実だと教えてくれる。

 

 

「せーくん? どうかしたの?」

 

「──ッ! 千歌ッ!」

 

「わわっ!?」

 

 

 もう我慢が出来なくって、俺は思わず千歌の胸に飛び込んでいた。彼女の背に腕を回して、力強く抱き締める。

 

 

「せっ、せーくん!? ちょっ、どっ、どうしたの!?///」

 

「千歌…、ちかぁ…!」

 

 

 耳元で戸惑う声、懐かしい体温、ミルクの様な甘い匂い。もう二度と感じる事が出来ない筈だった彼女の全てが今、俺の腕の中にある。

 

 そう考えるだけで、涙が溢れてくる。でも…仕方無いだろ? ずっと、泣かない様にって我慢してたんだからさ…。

 

 

「…もう、絶対に離さないから…」

 

「ふ、ふえぇ!?///」

 

 

 

 どうして時間が巻き戻っているのかなんてわからない。俺が生きている理由も、千歌が生きている理由も。

 

 …いや、理由なんてどうでも良いか。俺の腕の中に、消えた筈の最愛の人が居る。それさえ解っていれば充分だ。

 

 

 

 まだ君は知らないだろうけど…俺達は将来、結婚するんだぜ? それで、砂浜で笑い合いながら約束をするんだ。

 

 

『君とチカがお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずーーっと一緒に居ようね♪』

 

 

 …ってさ。

 

 

 

「今度こそ、君との約束を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──守って見せるよ。絶対に…」

 

 

 

 これは俺、白咲千兎が亡った筈の妻、高海千歌との高校生活をやり直すだけの物語。

 

 輝きに魅せられて、奇跡へと手を伸ばした…俺にとっては()()()の青春劇だ。

 

 




タイトル、このままじゃ長いですよね〜。予告無しに変更するかもです。


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2015年、8月〜
再会と夏休み編:十千万での夜。


なんか、続きを期待してくれてる人が多い…!
リアルの問題もあって投稿頻度は遅いと思いますが、ご了承下さい…。


「急に抱き付いて驚かせちまったよなぁ…。それに、遊びに行くって予定も潰しちゃったし……」

 

 

 最愛の妻、高海千歌との再会を果たした日の夜。俺は海辺のベンチに座り、ぼんやりと海を眺めていた。

 

 

「…やっぱ、ここから見る海は綺麗だな」

 

 

 船の洋燈に照らされて、遠くで美しく光を放つ海。

 昔、千歌とのデートで良くここに来ていた。海なんて見飽きてるけど、潮風に撫でられながらたわいも無い話をするのがとても楽しくって、近くのコンビニで買ったみかんアイスを二人で分けて食べてたのを良く覚えている。

 

 

「最後にデートをしたのは、何時だったっけ…」

 

 

 撮影やインタビュー等で仕事が忙しくなっていて、千歌に寂しい思いをさせてしまっていた。梨子達がなんとか時間を作ってくれて、週末にデートをしようって言っていたのに……彼女はその前日に死んでしまった。

 

 

「…でも、また千歌に会えた……」

 

 

 真っ赤になって動揺していた彼女の熱が、まだ腕の中にある気がする。それがとても嬉しかった。

 

 

「これって、一体どう言う事なんだろうな…」

 

 

 俺は善子のようにSFチックな事に関しての知識は無いし、この事を言った所で誰も信じたりはしないだろう。俺だって時を遡って来たなんて言われても、厨二病を拗らせてるのか…程度にしか思わないし。

 とは言え、俺が時を遡っているのは事実。一体何故…?

 

 

「もしかして、死ぬ前の夢とか? …試してみるか」

 

 

 ゆっくりを立ち上がって、靴を片方だけ脱ぐ。

 

 そして─

 

 

『ゴンッ!!!』

 

 

 ─ベンチの脚を本気で、それも裸足で蹴り上げた。

 

 

「ぃ゙──ッ!?」

 

 

 もちろん痛くない訳が無く、俺は崩れるように倒れ、その場で足の指を押さえながら蹲った。

 

 

「ヤバい…これ、死ぬ……マジ死ぬ……!」

 

 

 涙を堪えてのた打ち回る事5分。漸く痛みが落ち着いて来た俺は、目尻に溜まった涙を拭いながら起き上がり、もう一度ベンチに腰を下ろす。

 

 

「少しは加減すりゃ良かった…。ベンチから除夜の鐘みたいな音出てたし…」

 

 

 抱える右足の指は赤紫に腫れていて、少しだけ皮が擦り剥けていた。下手したら骨が折れているかも知れない…。

 

 

「でも、これで夢じゃ無いってわかったな」

 

 

 そもそもこれが夢なら感覚なんて無いだろうし、涙が出る事も無いだろう。

 …わかったのは良いが、腫れている所から異様なまでの熱を感じる…。あっ、少し血が滲み出て来た…。

 

 

「取り敢えず、落ち着いて考えを纏めたいし…一旦家に帰るか…」

 

 

 そこで俺は漸く気付く。今の時刻は夜の11時、田舎な沼津にはもうバスは来ない。そして、ここから実家まではおよそ2キロ弱。

 

 普段なら良い散歩になると思うが…

 

 

「うん、歩けそうにもねぇな。」

 

 

 立ち上がろうとしても痛みで倒れてしまった。

 

 

「……やべぇ、これじゃ帰れねぇじゃん…」

 

 

 今はちょうど真夏。それも相まって脂汗と冷や汗がダラダラと流れて止まらない。

 

 …あぁ、こりゃ死んだな──…

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「もぅ! やっぱり今日のせーくんは変だよ!?」

 

「ご、ごめん…」

 

 

 …──そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

「ったく、私が砂浜を通ってなかったら今頃死んでたぞ?」

 

「美渡ねぇほんと助かった…」

 

 

 いっその事こと、何時間でも掛って良いから這いつくばってでも帰ろうかと思っていた時、偶然近くのコンビニに酒の摘みを買いに来ていた美渡ねぇが俺に気付き、十千万まで連れて来てくれた。

 

 美渡ねぇが帰って来て玄関まで降りて来た千歌は、俺が居る事に驚いて逃げようとしたが、足に気付いて急いで救急箱を持って来てくれた。すごく心配してくれて、しかも涙目で。…やっぱり俺の妻って最高だわ、マジで。

 

 

「…はいっ、これで手当ては終わったわよ?」

 

「志満ねぇもありがと。明日の仕込みとかあるのに手当てしてくれて…」

 

「気にしないで良いわよ? 可愛い弟の手当ての方が大事だもの♪」

 

 

 そう言って志満ねぇは俺の頭を優しく撫でてくれた。流石はやんちゃでよく怪我をする妹とその親友の手当てをしているだけはあって、足には綺麗で痛みを感じさせない様にテーピングが施されていて、その後の対応も練れてらっしゃる。

 

 

「多分骨は折れていないと思うから病院には行かなくても良いと思うけど…。少しの間は激しい運動とかはダメよ?」

 

「りょーかい」

 

「千兎は運動なんてしないだろうし、心配無いだろ」

 

「いや、結構するからな? これでも俺、アウトドア派な幼馴染しか居ねぇし…」

 

 

 俺って友人少なかったし、遊ぶ相手と言っても幼馴染である千歌と曜、それから果南程度だった。Aqoursが出来てからはもっと増えたけどな。

 

 

「せーくん? なんで怪我してたの…?」

 

「ちょっとドジってな。転んで足を打ち付けちまっただけだ」

 

「…?」

 

 

 そう言うと千歌は不思議そうに眉を顰めた。何かと思い、首を傾げると…

 

 

「朝から気になってたんだけど…話し方、変えたの?」

 

「ん? あっ……」

 

 

 つい普段通りの話し方をしていたが、昔の俺は一人称が『僕』だった。俺にとっての普段は、ここに居る皆にとっては未来。彼女達からすれば急に話し方を変えた様に見えるのか…。取り敢えず適当に誤魔化しておこう。

 

 

「ぁ、あぁ、まぁな。こっちの方が男っぽいかなって思ってさ」

 

「話し方だけ変えても、格好があれだからなぁ?」

 

「うぐっ…!」

 

 

 美渡ねぇの一言が胸に突き刺さった。

 俺は時間を逆行している。要するに、()()()()()がある前までのボサボサ髪に暗い色の服ばかりの『顔は良いのに格好が残念』と言われていた頃の俺にまで戻っている訳だ。

 さっきから目に髪が入って鬱陶しかったんだよな。家に帰ったら何時も通りの髪型に戻そう。…いや、この場合は大人の時のって言うべきか?

 

 

「千兎くん。今日は泊まって行くでしょう?」

 

「えっ…」

 

「そんな足じゃ帰れないでしょうし…ね?」

 

「あー…」

 

 

 どうしようかと隣を一瞥すると、真っ赤になって俯いてる千歌の姿が。朝の事を思い出して恥ずかしがっているのだろうか? …だとしたら可愛いんだが。そうじゃ無くても可愛いけれど。

 

 

「じゃあ、世話になって良いか?」

 

「っ!?」

 

「えぇ、千兎くんのお母さんには私から連絡しておくわね? 千歌ちゃん、良かったわね♪」

 

「なっ、何が!?///」

 

「ふふっ、嬉しそうね♪」

 

「──ッ!///」

 

 

 顔から湯気が出るのでは無いかと不安になるくらいに顔を赤く染める千歌。隣で美渡ねぇは面白そうにニヤニヤとして、そんな二人を志満ねぇが母親の様な優しい笑みで見つめている。

 

 …あぁ、また目頭が熱くなって来た…。この三姉妹が楽しそうにしているのを最後に見たのは、何時だったかな……。

 

 

「そ、その…せーくん…?」

 

「ぁ…、どうした?」

 

 

 美渡ねぇと志満ねぇが違う方向を向いている間に、千歌は俺の耳元まで顔を近付けて…

 

 

「…今日は遊べなかった分、いっぱいお話ししようね…?」

 

 

 そう囁いて、目を合わして優しく笑った。

 

 

「っ…!」

 

 

 あぁ、まただ…

 

 

 

 

 

 

       …俺はあと、何度千歌に惚れ直せば良いんだろうな…。

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、もうお腹いっぱいだよ〜…」

 

「俺も…少し食い過ぎた…」

 

 

 晩飯を頂き、俺は千歌の部屋に敷かれた布団に寝転がっていた。千歌はベットの腰を下ろして、海老のクッションを抱いている。

 

 

「…ねぇ、せーくん…」

 

「ん〜?」

 

 

 ゴロンと寝返りを打って千歌の方を向くと、どこか照れ臭そうな表情をしていた。

 

 

「なんで朝、チカの事を抱き締めたの…?」

 

「…」

 

 

 …さて、なんて答えようか。どうせ事実を言った所で信じて貰えないだろうし、適当に誤魔化しておく事にしよう。

 

 

「…少し、怖い夢を見ててさ…」

 

「怖い夢…?」

 

「っそ。いやー、あれはマジで怖かった…」

 

「…だから泣いてたの?」

 

「なんか千歌の顔を見たら安心しちゃってさ。それで泣いちまったんだよ」

 

 

 少し適当過ぎたか? いや、でもまぁ…これくらいが丁度良いだろう。

 

 

「そっか…」

 

 

 もう一度寝転がろうと後ろに倒れようとする。でも、背中が布団につく事は無かった。

 

 

「…千歌?」

 

「…」

 

 

 何故か千歌に抱き締められていた。胸元に顔を埋めているせいで表情は見えないが、千歌からは何処か物哀しさを感じる。

 

 

「だいじょーぶ、チカはここに居るからね」

 

「ッ…?」

 

 

 まるで俺の心情を見抜いているようで、千歌は安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。

 

 …これは不味いなぁ…、俺ってこんなに泣き虫だったっけか…?

 

 

「えへへ…なんだか恥ずかしいね……?」

 

「…そう、だな……」

 

 

 あれ…? なんか、やけに眠い……。もしもここで寝たら、どうなるんだ…?

 

 もしも、これが夢なら…醒めてしまうんじゃ…!

 

 

 何とか意識を保とうと舌を噛む。だが、全然力が入らない…。

 

 

 折角会えたのに…? 嫌だ…、嫌なのに……!

 

 

「おやすみ、せーくん…♪」

 

 

 

 だめ、だ…────

 

 




…あれだなぁ…、書き直そっかな……

あっ、今決まってる主人公の設定、下に載せときますね。


【白咲 千兎】
白髪に紅色の瞳をした兎の様な青年…だった。
妻である千歌が亡くなってしまい、精神的に危ない状況になっていた曜と果南が落ち着いた後に自殺をし、目が覚めると高校時代まで時間を逆行していた。

好きな事は本を読む事と、妻である千歌と戯れる事。
特技はギター演奏と歌唱。大人だった頃はバンドを組んでおり、Gt.Voを務めていた。

父親は幼い頃に病気で亡くなっており、母親と二人暮らし。…と言っても母親は仕事が忙しく、家に帰って来るのは月に一度程度。

千歌と砂浜で交わした約束を今度こそ守ると決め、二度目の高校生活を送る事に。


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千歌が女神に魅せられた日。

──遠くで誰かの声がする。ずっと聞きたかった、暖かい声が……


「ねぇ、せーくん!」

「んー? どうかしたか、千歌?」


 聞き慣れた声で名前を呼ばれた俺は、まるちゃんに借りていた小説に詩織を挟んで、肩に顎を乗せる妻の方を向く。
 あと1センチでも近付けば唇が触れ合いそうな距離だが、今更恥ずかしがる様な事でも無い。
 昔は…それこそ高校生だった頃は手を繋ぐだけで互いに真っ赤になってたっけ。懐かしいな…


「せっかくのお休みなんだし、何処か遊び行こ! デートだよ、デート!」

「別に良いけど…行きたい所でもあるのか?」

「ううん! ただデートがしたいだけだよ♪」

「そっか。なら、何処に行こうかねぇ…」

「う〜ん、そうだねぇ〜…」


 千歌はだらんと俺に凭れ掛かって来て、ズルズルと体勢が崩れて行き、俺の膝に頭を乗せる形で落ち着いた。持っていた小説を隣に置いて頭を撫でてやると、「えへへ〜♡」と幸せそうに笑ってくれる。
 そんな千歌を見ていると、仕事や人間関係とかの疲れがどこかへ消えて行く。ほんと、千歌には助けられてばっかりだ…。


「せーくんと遊べるなら、どこでも良いかな♪」

「お前なぁ…。まぁ、俺もそうなんだけどさ」

「そっか〜? 嬉しいなぁ〜♡」



 …こんな生活が、ずっと続くって思ってたのにな。


 なんだか身体が急に重くなって来た…。それに、周りから色が抜けて……。


『────ッ!!!』


 あぁ、この感覚は…───





「──…」

 

 

 甘くて懐かしい香りと、謎の窮屈感に俺は目を覚ました。

 

 …覚ましたのは良いんだが、視界が真っ黒で何も見えない…。それに何故か身動きが取れない。

 

 

「…?」

 

 

 取り敢えずジタバタとしてみる。

 少しづつ意識がしっかりとして来て気付いたのだが、顔が柔らかい何かに埋れているっぽい。…だから息苦しかったのか…。

 

 

 

 ……いや、ちょっと待て。なんで目が覚めたら柔らかい何かに顔が埋れているんだ?

 

 それに……

 

 

「ッ!」

 

 

 ここで漸く意識が戻り、俺は少し強引に身体を何かから引き剥がす。

 

 

「…ぇへへ〜…、みきゃん〜……♡」

 

「ぁ…」

 

 

 口端から少し涎を垂らして、幸せそうに寝言を呟く千歌の姿が目の入る。どうやら身動きが取れなかったのは千歌に抱き締められて居たからだった様だ。

 

 …そっか、俺…時間を逆行してて……

 

 

「……今、夢から醒めたんだよな? なら、これが現実だよな…?」

 

 

 動かせるようになった腕で千歌のことを強く抱き寄せる。この暖かさは夢なんかじゃ無い、ちゃんと千歌は生きてる…!

 

 そう思うとまたもや涙が溢れて来た。自殺する前まではずっと泣けていなかった分、涙脆くなっているのかも知れない。

 

 

「良かった…、本当に……」

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「…で、昨日はお泊まりしたんだー? それに添い寝ねぇ? ふぅーん?」

 

 

 場所が変わって現在、東京へ向かう電車に揺られている最中、俺は対面に座る曜にジト目を向けられている。

 ついでに千歌は俺の肩に凭れ掛かって眠っている。昨日はあまり眠れなかったらしく、今のうちに寝ておきたいらしい。眠れなかったのって俺のせいだよな…、今度みかんどら焼きでも買ってやろう。

 

 

「なんでそんな怒ってんだよ…」

 

「別にぃ? 昨日は一緒に夜ご飯を食べようって約束してたのに忘れられてて? 1人で寂しく2人分のご飯を食べた事を根に持ったりなんて? して無いけど?」

 

 

 そう言えば、一旦家に帰る際にそんな約束をした様な気がする…。

 

 

「その、ごめんなさい…」

 

「ちゃんと反省してる?」

 

「あぁ…」

 

「後でコスプレ衣装が売ってるお店に付き合ってくれる?」

 

「…まぁ、それで許してくれんなら…」

 

「やった♪」

 

 

 さっきまで不貞腐れた様に頬杖を突いていたのに、急に元気になって嬉しそうにスマホでコスプレ衣装を売っている店を探し始める曜。

 こうやってコスプレの話をするのも随分懐かしい。昔は曜に付き合わされて衣装を造ったり、着せ替え人形にされた事もあったな…。

 

 

「ねぇねぇ! ここなんてどうかなぁ?」

 

「制服系コスプレ専門店…?」

 

 

 …そう言えば、曜は制服フェチで結構危ない分類に入るんだった…。

 匂いで制服かどうかを当てたり、目の前に制服があったら飛び付いたり…それのせいで高い所から落ち掛けた事も何度かあったっけ…。

 

 

「ほらこれっ! ショーウィンドウに飾られてる婦警さんのコスプレ! 再現度高いし、スカートの部分とか拘って造られてるみたい!」

 

「写真だけでそんなに解んのかよ…」

 

「うんっ! このお店、衣装は全部手造りなんだって! 凄いよねぇ〜! このワッペンとかも手造りなのかなぁ!?」

 

「ちょっと落ち着け。千歌が起きちまうだろ…」

 

 

 と言うか少し離れて欲しい。

 さっきから息が掛かるくらい顔が近いし、腕には高校一年にしては良く育った胸が押し付けられていて…何時もより心臓が煩い。ここまで鼓動が速まったのは、梨子との浮気を疑われた時以来だ…。

 

 

「あっ、そっか」

 

「あと熱い。ちょっと離れろ…」

 

「えぇ〜? 千歌ちゃんは良いのに?」

 

「千歌は寝てるからだっての…」

 

 

 呆れた様にため息を吐くと、曜は不思議そうに首を傾げた。どうかしたのかと聞くと…

 

 

「やっぱり千兎くん、急に大人っぽくなったよね」

 

 

 中身は紛れも無く大人だからな。…なんて言える訳が無く、取り敢えず惚けておく。

 

 

「そうか? 話し方を変えただけなんだけどな…」

 

「格好良いって思ったから変えたんでしょ? でも、それだけで変わるかな?」

 

「さぁ? 俺の雰囲気なんて自分じゃ解んねぇからな」

 

 

 欠伸を噛み殺しながらそう答える。千歌の寝顔を見ていたら、俺まで眠くなって来た…。

 

 

「千兎くんも眠いの?」

 

「今朝は夢見が悪くてな…。中途半端な時間に一回起きちまったんだよ…」

 

「あらら…でも、寝てる時間は無いと思うよ?」

 

 

 窓から外を見渡すと、もうすぐ目的地。…確かにこりゃ寝れないな…。

 

 

「千歌、そろそろ降りるぞ。起きろ」

 

「ぇぅ…あとちょっとぉ……」

 

 

 …あと少しくらいなら大丈夫か…? …なんか俺、千歌に甘くなってる気がする…。

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「「うわぁ〜っ!!」」

 

 

 駅を出てすぐに、千歌と曜は辺りを見渡して歓喜の声を漏らした。

 

 

「秋葉なんて久々だな…」

 

 

 そんな2人の後ろで俺は、懐かしい風景を眺めていた。

 大人の頃はバンドとか撮影が忙しくって、あまりこう言う所へ遊びに来るなんて事も無かったからな。十数年も経てば変わってしまった所も多いが、あまり変わっていない様に見える所もあって…なんとなく落ち着く。

 

 

「ねぇせーくん!」

 

「ん?」

 

「せーくんはよく東京に来てるんだし、案内とか出来る!?」

 

 

 …あぁ、そう言えば…母さんの頼みでよく飯を作りに東京まで来てたっけ…。

 ちなみに俺の母さんは大きな研究所の所長をしている。所長なだけあって多忙で、家に帰って来るのは月に1〜2回程度。そのくせイオカステーコンプレックスと言うか……悪い人では無いんだが、少し難がある人だ。

 

 

「案内くらいは出来るけどさ…、なんでそんな興奮してんだ?」

 

「だって東京だよ!? 色んな所に行きたいじゃん!」

 

「あっ! あっちに虹色のわたあめがあるよ!」

 

「なにそれスゴいっ!」

 

「一旦落ち着けっての」

 

「「はぅっ!?」」

 

 

 2人の額にチョップを繰り出す。2人は痛そうに額を抑えて、涙目で俺を睨んでくる。

 

 

「なんで叩くの!?」

 

「暴力はダメなんだよ! そう言うのがDVとかに繋がるってテレビでやってたし!」

 

「人が多い場所で騒いでるお前らが悪いんだろうが…。取り敢えず行きたい場所は何処なんだ? わかる場所なら案内するし、わかんないなら調べるなりするから早く決めろよ?」

 

「チカは遊べるとこが良い! 3人でいっぱい遊べるところ!」

 

「さっき言ってた制服系コスプレ専門店! 絶対行きたい!」

 

「っそ。3人で遊べる場所なら……」

 

 

 軽く調べてみると近くに室内遊園地が出来たらしい。そこなら3人でも楽しめそうだ。

 

 

「よし、ここに行くか。千歌、曜……って、ん?」

 

 

 行き先を決めたは良いが、目の前にいた筈の2人が居ない。

 

 

「・・・いや、アイツら何処行った!?」

 

 

 一瞬思考が停止しかけたが、それどころじゃ無い。

 千歌と曜は此処ら一帯の地形に詳しくない。迷子になられると困るので別れて行動はしないと約束をしていたのに、僅か数分で破られるとは思っていなかった…。

 

 取り敢えず周囲を見渡して、2人が行きそうな方へ走る。

 

 

「んな事になるんなら、しいたけのリードでも持って来て2人に着けとくべきだった…!」

 

 

 さっき話していたわたあめ屋の前には居ない。

 

 電話を掛けたら出てくれるか? いや、2人の事だ。気付いてくれないだろう。

 

 

「そう言えば…」

 

 

 こんな事、前にもあった様な気が……?

 

 そう思っていると、突然強い風が吹いた。そして、背中に何かが貼り付いてきた。

 

 何かと思えばメイド喫茶の広告チラシだった。さっきの風で飛んで来たのだろう。

 

 

「…あぁ、そうだ…」

 

 

 横を見ると、UTXの巨大モニターが目に入る。

 

 

 ここは──

 

 

 

「すごい…、キラキラしてる…!」

 

 

 

   ──千歌が、初めてスクールアイドルに魅せられた所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それは良いとして…

 

 

「勝手にどっか行くなって言ったよなぁ!?」

 

「「ごめんなさぁーい!!」」

 

 

 




やっと時間が出来た…。
そう言えば昨日、エマちゃんの誕生日でしたね〜。…作者も誕生日でした。誕生日が一緒って、なんか凄い偶然ですよね〜。


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渡辺家での朝食。

あれれ~? おっかしいぞォ~? メインヒロインは千歌ちゃんの筈なのに、何で曜ちゃんばっかり出てるんだ〜?



「よしっ、これで良いか」

 

 

 鏡に映る自分の姿を眺めながら、俺は持っていたすきバサミを棚に置いた。

 

 

「やっぱり何時もの髪型って落ち着くな」

 

 

 右側のもみ上げを残したウルフカット。

 昔、曜に連れていかれた美容院でこの髪型にして以来、ずっとこの髪型にしている。…ほんと、色々とあったもんな…。

 

 

「…っと、思い出に浸ってる暇はねぇんだったな」

 

 

 切った髪を新聞紙に包んで捨てて、東京で買っておいた服を着る。

 今日は曜の家で朝飯を食べる約束をしていて、遅刻したら着せ替え人形にするとまで言われているので早めに準備をしておかないと…

 

 

 肩掛け鞄にスマホと鍵、それから財布を放り込んで家を出る。で、隣の家のインターホンを鳴らす。

 すると曜とは別の女性の声が聞こえた。

 

 

『えっと…何方さまで?』

 

「お宅の娘さんの幼馴染ですが?」

 

『…えっ、もしかして千兎くん!?』

 

「ですよー」

 

『玄関開いてるから、入って来ちゃって良いわよ』

 

 

 鍵を掛けないって無用心だな…。そう思いながら曜の家に上がる。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「本当に千兎くんだったのね…、久しぶり! 1週間ぶりくらいかしら?」

 

 

 おたまを持ったまま出迎えてくれたのは曜の母さん、日香里さんだ。

 俺の母さんと幼馴染らしく、死んだ父さんの事も知ってて、昔の事を色々と教えて貰った事もある。…俺の演奏を初めて聴いてくれて、素敵だと言ってくれたのもこの人だったりする。

 

 

「そーっすね、お久しぶりっす」

 

「曜が言ってたのは本当だったのね…。それに髪も…」

 

「さっき切ったんすよ。似合わないっすか?」

 

 

 前髪を少し弄りながら首を傾げてみる。

 

 

「ううん、とってもカッコ良くって素敵だわ♪」

 

「そりゃ良かった。ところで曜は?」

 

「あの子、まだ寝てるみたいでね…。起こして来てくれないかしら?」

 

「りょーかいっす」

 

 

 階段を上って『YOUの部屋!』と書かれた札が掛けられた部屋の扉をノックする。…返事は無い。

 

 

「曜? 入んぞー?」

 

 

 扉を開けると、まだ模様替えする前の曜の部屋が広がっていた。…って、そりゃ当たり前か。なんせ過去の世界なんだから。

 

 そして、この部屋の主はと言うと…

 

 

「すぅ…すぅ……」

 

「ったく…。お前から約束して来たってのに、何で寝てんのかねぇ?」

 

 

 ベットでうちっちーのクッションを抱きしめて寝ている曜の頬を突く。一瞬嫌な顔をしたが、起きる素振りも見せない。

 

 

「うちっちーの顔が可哀想な事になってんだが…」

 

 

 ちなみにうちっちーとは、三津シーパラダイス…要するに水族館のマスコットキャラで、名前から判ると思うがセイウチのゆるキャラだ。

 曜は幼い頃からうちっちーが好きで、クッションやストラップ等を集めている。…集めるのは良いんだが、俺に部屋にまでうちっちーグッズを飾らないで欲しい。いつの間にか俺の枕がうちっちーのクッションに変わっていた時は流石に驚いたし…。

 

 

「さてと、どうやって起こそうかな…」

 

 

 普通に起こすだけじゃ面白く無い。

 昨日は東京で迷子になるわ、コスプレさせられるわ、帰りに爆睡して二人を負ぶる羽目になるわで…少しムカついている。今ここで発散してやろう。

 

 

「…よっし、やるか」

 

 

 俺はバックを置いて、指の関節を鳴らす。

 

 そして俺は───

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「千兎くんのバカッ! エッチ!! ど変態ッ!!!//」

 

 

 ──頬に紅葉みたいな痕を付けられましたとさ。ちゃんちゃん。

 

 …じゃねぇよ。何でこうなった…? 対面の椅子に座って、俺を睨み付ける曜を尻目に溜息を吐く。

 

 

「…なら、最初から起きとけってんだ。あー、マジ頬痛ぇ…」

 

「自業自得でしょ!?///」

 

 

 涙目で顔が真っ赤な曜は、自分の身体を守る様にして抱きしめる。首元が緩いパジャマなので、谷間が…なんて言ったら今度はビンタじゃ済まないだろう。

 

 

「えっと…もしかして千兎くん、曜に手を出しちゃった?」

 

「ぶっ!?」

 

 

 日香里さんの言葉に曜は飲んでいたお茶を豪快に噴き出した。…ちょっと掛かったんですけど…。

 

 

「曜が慌てるって事はそうなのね!? やったわ! これで千兎くんを息子に出来るわ〜♪」

 

「ちがっ、違うからねっ!? そんなんじゃ無いからっ!///」

 

 

 …日香里さんが母親に…? それはそれで楽しそうだが、生憎俺は千歌一筋なので、そう言う関係になる事は無いだろう。

 

 

「なんか盛り上がってる所悪いんすけど、俺はただ曜を擽っただけっすよ」

 

「あら、そうなの? なら何で曜は真っ赤になってるのかしら?」

 

「…擽ってる途中に曜が暴れて、間違って胸をもn「わぁあぁーーーぁあぁぁ!?///」…曜、うっさい」

 

「誰のせいさだと思ってるの!?//」

 

「俺?」

 

「そーだよっ!///」

 

 

 耐えきれなくなったのか曜は机に突っ伏して奇声を上げ始めた。無理矢理文字にするなら、「ぅ゙に゙ゃ゙ー!」と言った所か?

 

 そんな曜を見て楽しそうに笑う日香里さん。

 

 

「千兎くん、良い性格になって来たわね♪」

 

「当たり前じゃないっすか。なんせ俺は、あの母さんと父さんの息子なんすから」

 

「それもそうね〜♪」

 

 

 クスクスと笑っていると、懐かしい通知音がキッチンの方から聞こえて来た。

 

 

「やっとご飯が炊けたみたいだし、お茶碗に装って来るから待っててね〜」

 

「はーい、曜を揶揄いながら待ってまーす」

 

「千兎くん!?」

 

 

 こんな感じで、騒がしくも楽しい朝を過ごす事ができた。

 

 ちなみに朝飯はチーズハンバーグとコーンスープ、サラダに白米と言う豪華な献立だった。俺が来るからと言う事で張り切って作ってくれたらしい。

 やっぱ日香里さんの作ったハンバーグは店に出しても良いレベルだと思うんだ。

 

 




朝飯を食べながら書きました。…俺もチーズハンバーグ食べたいぜ…。


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松月にて、宿題と考え事を。

やっぱり休日は朝からゴロゴロ出来て幸せですよね〜。


「千歌。お前、目の下がやばい事になってんぞ? 珍しく夜更かしでもしたのか?」

 

「うんっ! なんだか眠れなくって!」

 

「…東京からの帰り、曜と一緒に爆睡してたもんな。そりゃ夜に眠れなくだろうよ」

 

「うっ…!? このたびはお迷惑お掛けしました…」

 

 

 渡辺家での朝食を終え、俺と曜は千歌と合流して松月に来ていた。

 机の上には束になったプリントとノートが数冊。何かと言えば、学生の苦難ランキング上位を常に維持しているであろう、夏休みの宿題だ。

 

 

「ったく…あっ、おばちゃん。みかんどら焼き、もう2つお願い」

 

「はいよ、ちょっと待っててね〜」

 

 

 田舎の、それも老舗の喫茶店と言う事もあって人はあまり来ないが、俺はここの落ち着いた雰囲気が好きだ。

 店主のおばちゃんがサービスで持って来てくれる抹茶と、名物であるみかんどら焼き。こんな最強なコンビは他にあるのだろうか? …うん、無いな。

 

 

「…おい千歌、そこの数式間違えてる」

 

「えっ!? ウソ!?」

 

「どれどれ…あっ、ほんとだ。ここはこっちの式だよ、千歌ちゃん」

 

「なら最初からやり直しじゃんかよぉ〜…!」

 

「頭抱えてる暇があるならとっとと書いたの消せ。手伝ってやるからさ」

 

 

 まさかまた夏休みの宿題をやる日が来るとは…。これでも俺、アラサーなんだぜ? まぁ、若返ってるから中身だけだけどさ。

 

 涙目でノートに写した式を消す千歌。

 ちなみに俺と曜はもう宿題を終わらせている。宿題は早めに渡されていたので、曜と早めに終わらせておこうと手を付けていて、気付けば夏休みが始る前に終わらせていた。

 

 

「…とは言え、不思議だよな……」

 

 

 曜と宿題をしていた事は()()()()()()だ。

 数日前の事を思い出すのは普通な事だと思う。…だが、俺の場合は少しおかしな事になる。

 俺は自殺し、時間を逆行している。その前の記憶もしっかりとしている。ここまで聞いておかしいと思った人は少なく無いと思う。

 

 俺には、『大人だった頃の記憶』と『逆行先での記憶』の両方があるのだ。

 

 意味がわからないと思うかも知れないが、言葉にすればわかりやすい。

 4日前…要するに俺が自殺する前日、俺は夜飯にまるちゃんが作ってくれたおにぎりを食べた。

 だが、4日前に俺は自分で作ったサンドイッチを夜に食べたと言う記憶もある。

 

 はい、おかしいだろう?

 

 まるちゃん特製おにぎりを食べたのが大人だった頃。サンドイッチを食べたのは逆行先、今の俺の記憶という訳だ。

 2つの時間軸での記憶が混同している。こんな事が普通あり得るのだろうか?

 

 

「…まぁ、そもそも時を遡ってる時点であり得ない事が起きてる訳だし…考えても無駄なのかも知れないな……」

 

「なんだか難しい顔をしているねぇ。どうかしたのかい?」

 

「あっ、おばちゃん…」

 

 

 隣に目を向けると、お盆を持ったおばちゃんの姿が。どうやら心配させてしまった様だ。

 

 

「ちょっと考え事を、な…」

 

「そうかい。それで、考えていた事はわかったの?」

 

「いーや? 解んねぇし、一旦忘れよっかなーって」

 

「解んないなら考えても無駄だもんねぇ。はいっ、みかんどら焼き、お待ちどうさん」

 

 

 机の上に置かれたみかんどら焼きは、半分ほど多かった。おばちゃんがサービスしてくれたのだろうか?

 

 

「みかんどら焼き!? 食べたい食べたい!」

 

「いや、俺と曜の分しか頼んでねぇから。お前は宿題やれ」

 

「せーくんのおにぃ! ぅわぁーん!」

 

 

 毎日少しづつやると言っていた宿題に一切手を付けて居なかった奴には罰が必要だろう。

 シャーペンを放り捨てて机に突っ伏してしまった千歌の隣で、目の前に置かれたみかんどら焼きを不思議そうに見詰める曜。

 

 

「えっ、千兎くん? 私、頼んで無いよ…?」

 

「俺の奢り。今朝の謝罪みたいなもんだと思って有り難く食えよ」

 

「謝罪なのに?」

 

「謝罪だけどな」

 

「ふふっ、何それ? もう朝のことは気にしてないよ? …でも……」

 

 

 そう言っているくせに、右頬を膨らませているのは何でだろうな? サービスして貰った半分のどら焼きを頬張っていると、曜が照れ臭そうにこっちを見て笑った。

 

 

「…ありがと。」

 

「…ん。」

 

 

 俺は小さく返事をして、窓の方に顔を向けた。

 少し頬が赤い曜を見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなって来て…ついそっぽを向いてしまった。

 

 

「…ねぇ、2人とも。チカの事忘れてない?」

 

「「あっ…」」

 

 

 曜は隣を、俺は前を見ると、ジト目で不貞腐れた様子の千歌がこちらを見ていた。

 

 

「ふぇっ!? えっ、わっ、忘れて無いよ!? あはは〜…///」

 

「悪りぃ、忘れてた」

 

「酷くない!? チカはこんなに苦労してるのにさぁ!? こうなったら…!」

 

 

 俺の前に置かれた皿に千歌は素早く手を伸ばして…

 

 

「あっ、おい千歌! 俺のみかんどら焼き取んなよ!」

 

「チカの事をのけ者にするのが悪いんだよ〜だ! あーむっ……えへへ〜、やっぱり美味しいなぁ〜♪」

 

「ったく…」

 

「そろそろ休憩させてあげた方が良いんじゃない? 適度な休憩も続ける秘訣だし、ね?」

 

「まぁ千歌にしては進んだ方か…」

 

 

 後で何かしらの方法で仕返ししてやろう。おばちゃんに頼んで抹茶をうんと渋くして貰おうか? 苦さで涙ぐむ千歌の姿が目に浮かぶぜ…。

 

 あと、さっき曜と良い雰囲気になっていたが、あくまでも俺は千歌一筋だからな?

 その割には意地悪してるって? 好きな奴には悪戯したくなるだろ? あれだ。

 

 

 

「…でも、今度は泣かせたくねぇなぁー……」

 

 

 きっと俺は、また曜の事を泣かせてしまうのだろう。

 

 未だに()()()の事を思い出すと胸が痛くなるのに……

 

 

『きゃんっ!』

 

「…なぁ、わたあめ。俺ってほんと、どうしようもねぇな」

 

『くぅーん?』

 

「ただの独り言だ。ほら、おいで?」

 

 

 目の前で楽しそうにしている2人を眺めながら、膝に乗ったわたあめの頭を撫でる。

 

 

 …10年近く経った今でも、俺は言葉にする事を怖がってる……

 

 

 




なんか千兎くん、意味深な発言してる事あるっすよねー。まぁ、意味が解るのは当分先になると思いますけど…。
それと、遅れましたが評価して下さった方々、ありがとう御座います!


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淡島と、海と水着。

 8月中旬。

 まだまだ汗の止まらない暑い夏が続いているが、朝の方は昼に比べて涼しく感じるようになって来た。

 

 そんなある日の事、俺達は始発の船に揺らされていた。

 

 

「風が気持ち良い〜!」

 

「千歌ちゃん、すっごく楽しそうだね♪」

 

「3日ぶりに勉強から解放されたんだし、テンション上がってるんだろ」

 

 

 俺と曜はここ3日、十千万のお世話になっている。理由は千歌の宿題を進める為だ。

 松月での勉強会では溜め込んでいた夏休みの宿題が全然進まず、このままでは去年と同じ末路を辿る事になるかも知れないと言う危険を感じ、泊まり込みで千歌に勉強を教えていた。

 

 去年と同じ末路とは何かって?

 …去年は俺も曜も、千歌の事を甘やかしちまったんだよ。そのせいで宿題が全然終わってなくって、美渡ねぇや志満ねぇじゃ中学校の勉強を教えてやれないって事で、何故か俺と曜を巻き込んで始業式寸前まで寝ないでほぼ手の付けられていないの宿題を手伝う羽目になったんだよなぁ…。

 少なくとも2日は完徹だったせいで始業式の途中、俺達は立ったまま寝ちまって、先生達にこっ酷く叱られてさ…。とにかく色々と散々だったんだよ…。

 

 基本的に11時前には寝てる俺達からすれば完徹なんて拷問みたいな物だ。更にはそれが5日以上…何度か気絶しかけたしな…。

 もうあんな悲劇を迎える事になるのは嫌なので、俺達は心を鬼にして宿題をさせていた。

 

 そんな、千歌にとっては地獄の様な日々(と言っても3日)が続く中、一通のメールが届いた。

 送り主は俺達の幼馴染であり、姉の様な存在…皆さまご存知、松浦果南からだった。内容は至ってシンプル。

 

『久しぶりにみんなで遊ばない?』

 

 …これを見た瞬間、千歌は俺のスマホを奪い取ってすぐにOKの返事を勝手に出していた。

 

 千歌にしては3日も頑張れたのは凄い方かと思い、今日は特別に勉強会は休みに。

 と言うか、俺と曜も身体を動かせなくって退屈してたしな。それに随分と果南に会っていなかったし、俺を見た時の反応が楽しみだったりする。

 

 

「…楽しみ、なんだけどなぁ……」

 

 

 船の淵を肘置きの代わりにして、俺は遠くの方に見えて来た目的地…淡島をぼんやりと眺めていた。

 

 出来る事なら、もう少しだけ淡島には近付きたく無いと思っていた。

 

 

「せーくん? どうかしたの?」

 

「えっ…?」

 

 

 ハッと意識を戻すと、心配そうに俺の顔を覗き込む千歌が。

 

 

「大丈夫? もしかして気分悪い…?」

 

「…いや、平気だ。少しボーッとしてただけ」

 

「そっか…」

 

 

 …遅かれ早かれ、いつかは行く事になっていたんだ。それが今日だったってだけ。

 それにもう船に乗ってしまったんだし、千歌達に変な迷惑を掛ける訳にもいかない。…だから、覚悟を決めろ。

 

 

 そう自分に言い聞かせて俺は、淡島を眺める。なんでそんなに淡島を怖がってるのかって?

 

 だって、淡島は…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───淡島は、俺が自殺した場所だからだ。

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「よっ、着いた!」

 

 

 船からぴょんと飛び降りて、元気よくポーズを取る千歌。

 そんな千歌に続いて曜が降りて、俺もゆっくりと、恐る恐る船から降りた。

 

 …もう、気持ち悪さは感じない。不思議だな…、さっきまで頭が痛くなるくらい気持ち悪かったのに…。

 

 

「2人とも! はやく行こっ!」

 

「はしゃぐと転ぶぞ?」

 

「なんか千兎くん、お父さんみたいだね」

 

 

 …いや、夫だからな? そこ間違えるのは、流石に曜でも容赦無く……って、今は夫婦どころか恋人ですら無かったな……。

 

 

「あれ? なんか泣きたくなって来た…」

 

「千歌のお父さんになるのがそんなに嫌なの!?」

 

「同い年の娘で、更にはもの凄く手が掛かる娘だぞ? 嫌に決まってんじゃん」

 

 

 …そう言えば、子供を欲しいって思った事は無かったな。多分千歌も、特に欲しいとは思ってなかったと思うし…。

 子供、子供かぁ……。男でも女でも落ち着きが無くって、元気な子が産まれるだろうなぁ…。

 

 こんな事考えてるが、俺と千歌はまだ恋人ですら無い。(2回目) …虚しくなって来たし、話を逸らそう。

 

 

「と言うか、果南待ってんじゃねぇの?」

 

「あっ! そうだった!」

 

 

 船着き場から続く、海岸沿いの道を歩き出す。

 日が出てくるとやっぱり暑い。それに、さっきまでは船に乗って強い風を浴びていた。それが無くなったせいで更には暑く感じる。

 

 

「暑っ…、団扇とか持ってくるべきだったな…」

 

「早く水着に着替えたいね〜。涼しくなるし、新しく買って貰ったやつだから楽しみだんだ〜♪」

 

「チカも志満ねぇが東京で買ってきてくれたやつを持ってきたよ!」

 

「ふぅ〜ん。千歌はともかく、曜は何時ものスク水かと思ってた」

 

「…なんか、千兎くんの中で私ってどんなイメージ持たれてるのか気になって来たよ…」

 

「制服フェチの変人」

 

「流石に酷くない!?」

 

「なら、変態」

 

「更に酷くなったよねぇ!?」

 

 

 そんな話をしながら歩き始めて少しして、遠くの方に白いパラソルの建てられたウッドデッキが見えて来た。

 そこに居る彼女を見つけた千歌は、表情をぱーっと明るくして走り出した。俺と曜もそれを早足で追い掛ける。

 

 

「果南ちゃーんっ!」

 

「おっ、いらっしゃい。久しぶりだね。千歌に曜に……?」

 

 

 青くて艶やかなポニーテールを揺らしながら、ウェットスーツ姿の果南がこちらに振り向く。

 そして、何故か俺の方を見て首を傾げた。

 

 

「…もしかして、千兎?」

 

「せーかい。久しぶりだな、果南」

 

「久しぶり! 随分とサッパリしたね? そっちの方が格好良くって似合ってるよ♪」

 

 

 運んでいた酸素ボンベを置いて、ウッドデッキからぴょんと俺の前に飛び降りた果南。

 優しく微笑みながら褒められ、少しだけ顔に熱が集まる。

 

 

「な、なんか果南に褒められるとむず痒いな…」

 

「あれ、話し方も変えたの?」

 

「まぁな。似合わねぇか?」

 

「ううん、男の子って感じがして良いと思う♪」

 

 

 敵わねぇなぁ…、なんだかんだで俺は果南に頭が上がらなかったし…。

 

 …船に乗っていた時。淡島の事と一緒に、あの頃の果南を思い出していた。

 手が届いたかも知れないのに助けられなかったと、自分の事を責め続けて、ずっと涙を流していた果南の事を。

 重ねない様にしようと考えて居たけれど、そんな心配は必要無かったみたいだ。笑ってる果南に、泣き顔なんて重ねようがねぇしな。

 

 

「それじゃあ、久しぶりにハグしよっ♪」

 

「うぉっ!?」

 

 

 いきなり抱き締められて、思わず驚いてしまった。

 

 果南、さっきまで海に潜ってたな?

 少し濡れてるし、服に海水が染み込んで来た…。でも、別に嫌とは思わなかった。むしろ、ずっとこうして居たいと思っている。

 

 

「せーくんだけズルいよ! こうなったらチカも…!」

 

「あははっ! 果南ちゃん、千兎くん!」

 

「ちょっと千歌! それに曜も、飛び付いて来ないの!」

 

 

 …こうやって幼馴染が全員集まるなんて事は、もう二度と無いと思ってた。

 

 

「…っ!」

 

「わわっ!? ちょっ、千兎? 急にどうしたの…?」

 

「せーくん?」

 

「…ごめん。もう少し、このままで……」

 

 

 やっぱり俺、相当涙脆くなってるみたいだな。

 

 こんな情け無い所を見られたく無くって、顔を埋める様にして3人を強く抱き締める。

 

 

 …もう絶対に、離したりしないから。

 

 

 

 

 

 

 ▽▼ ▽▼ ▽▼

 

 

 

 

 

 

「ひゃぁ! 千歌ちゃんっ! 冷たいよぉー!」

 

「えへへ〜♪」

 

「もぅ! 仕返しだよっ!」

 

「あははっ! 冷た〜い♪」

 

 

 浜辺で水を掛け合ってはしゃぐ2人。それはそんな光景を眺めながら、片手に持つスマホで2人を写真に収めていた。

 

 

「ごめんね? 千兎達が来る少し前に急にお客さんが来ちゃって、船出せなくなっちゃって…」

 

「果南が謝る事じゃねぇだろ。それに、俺達は果南と遊ぶ為に来たんだぜ? ダイビング目的だったら予約するっての」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 

 隣に腰を下ろして、俺と同じように千歌と曜を眺める果南。

 

 

「混ざらなくて良いのか?」

 

「そう言う千兎だって、さっきから2人の写真撮ってばっかりじゃん」

 

「果南のも撮ったぞ?」

 

「そう言う事じゃ無いんだけど。それに綺麗に撮れてるし…」

 

「日香里さんから新しい水着姿の曜を撮って来てって頼まれてんだよ」

 

 

 眩しいくらいの笑顔を浮かべて千歌と戯れている曜は、白のフリルが付いたライトブルーの水着を着ている。

 出るところ出た目を引く体形をしていて、その上容姿端麗…そんな彼女がそんな可愛らしい水着を着ているのだ、似合わない訳がない。

 

 …あっ。べっ、別に俺はロリコンって訳じゃ無いからな!? 通報とかマジでやめろよ!?(中身アラサー)

 

 

「ふぅ〜ん。その割には、千歌の写真の方が多くない?」

 

「…場所がコロコロ変わるからな」

 

「ピント、しっかり合ってるよね?」

 

「このスマホ、母さんが改造してるから」

 

「あぁ…」

 

 

 少し前に俺の母さんは研究所の所長をしていると言う話をしたのを覚えてるだろうか?

 母さんは研究や改造が三度の飯より好きで、勝手に俺の身の回りの物を片っ端から超高機能に改造するのだ。

 スマホなら完全防水に手ブレ防止、ピント補正etc.。勝手にとは言え、便利過ぎて怒るに怒れないし…。

 

 ついでに母さんがこのスマホを改造した時、中に小型GPSと盗聴器が仕掛けられていたが、それは取って壊しておいた。

 頼むから俺の私生活を監視しないで欲しい…。

 

 

「せーくん! 果南ちゃーん! 一緒に遊ぼうよーっ!」

 

 

 そう叫びながらこちらに手を振る千歌。

 ちなみに千歌は黄色をベースにオレンジの花柄が入った水着に着替えている。

 

 …久しぶりに千歌の水着姿を見たが、正直ヤバい。

 水着姿を見せびらかせて来た時は思わず飛び掛かりそうだったのを堪えるので精一杯で、未だに抓っていた二の腕が真っ赤でパーカーを脱げないし…。

 と言うか千歌ってなんで普段は可愛さオンリーなのに変な所で色気出してくる訳? 誘ってんの? だったら喜んでその誘いに乗るんですけど? なんなら今からホテルにでも……

 

 

「千兎? なんか変な事考えて無い?」

 

「べっ、べべっ、別にぃ゛!?」

 

「なんでそんな動揺してる訳?」

 

「ほらっ、早く行くぞっ!」

 

「逃げた…」

 

 

 果南は嫌な所で察しが良い。ここは無理やりにでも話を逸らすべきだ。

 

 隣にいた果南の腕を掴んで、千歌達の方へ走る。

 足裏が火傷してしまいそうな熱い砂浜から、急に冷たい海水に浸って、温度差に思わず身体が震えた。…慣れると冷たくって凄く気持ち良いな。

 

 

「…そう言えば俺、ちゃんと泳げるかな……?」

 

 

 最後に海に来たのは自殺した時。その前はもう覚えていないくらい前の事だ。要するにもう十数年は泳いでいない。今の俺に出来るのは精々犬かきくらいだろう…。

 最悪、溺れても果南が居るから何とかなるとは思うが…、出来れば海で溺れたくねぇなぁ…。

 

 

「ほらっ千兎っ!」

 

「うぃっ!?」

 

「あははっ! せーくん変な声〜!」

 

「せっかくの海なんだからぼーっとして無いで遊ぼっ♪」

 

「あのなぁ…!」

 

 

 こちとら海水ぶっ掛けられて、更には口と鼻に入って変なとこが痛いってのに騒ぎやがって…!

 

 

「OK。取り敢えず曜、まずはお前からだ…!」

 

 

 海に腕を突っ込んで、曜目掛けて力強く振り上げる。俺が立てた波は予想以上に大きく、そのまま曜を飲み込んだ。

 

 

「よっ、曜ちゃんがやられたっ!?」

 

「仇は取るからね、曜…っ!」

 

「果南ちゃん…私、まだ死んで無いからね……?」

 

 

 どうやら三体一になりそうだ。

 …せめて1人くらい味方が欲しかったが、まぁ良い。不利な状況ほど燃えるしな。

 

 

「確か水鉄砲が4丁あったよな? それで対決と行こうぜ?」

 

「へぇ? 千兎から勝負を仕掛けてくるなんて珍しいね。何か策でもあるの?」

 

「…ちょっと試したい事があってな」

 

 

 ちょうど良い機会だ。前々から気になっていた事を、ここで試させてもらおう。

 

 

「ならさ、何か賭けて戦おうよ。そっちの方が盛り上がるでしょ?」

 

「それって面白そう!」

 

「でも、何を賭けるの?」

 

「そうだな…相手に一つ命令出来るとか?」

 

 

 そう言うと、何故か曜と果南にジト目を向けられる。何かと思い首を傾げると、千歌を守る様にして抱きしめて曜が口を開いた。

 

 

「…なんか、えっちな視線を感じたんだけど?」

 

「ちげぇよ…」

 

 

 確かに千歌に対してそう言う事を考えたりしてたぜ? これでも男だからな。でも、別に今は考えてねぇから。…ほっ、本当だからな!?

 

 

「それなら、先に命令内容を伝えとくってのは?」

 

「それが良いかもな」

 

「ならチカは明日も遊びたいっ!」

 

「待てやこら…」

 

「私はみんなでコスプレパーティーがしたいであります♪」

 

「流石は制服フェチだな」

 

「なら私は…、今度みんなでダイビングに行こうよ。それが命令って事で」

 

「それって別に命令じゃ無くても良くね?」

 

 

 取り敢えず千歌、お前のは却下だ。そう伝えると千歌は頬を餅の様に膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 …今回に関しては約束を守らなかった千歌が悪いんだ。だからそんな不満気な顔しないでくれ…。

 

 

「それで千兎は?」

 

「俺か? そうだな……」

 

 

 特に命令については考えていなかった。…さて、どうしようか…?

 

 

「…あっ、そう言えば果南。お前は夏休みの宿題をどれくらい終わらせてるんだ?」

 

「えっ? あっ、えーっと……」

 

「…OK。なら俺の命令は、宿題が半分終わるまで俺達と十千万に泊まりな?」

 

「千歌! 曜! 絶対に勝つよっ!」

 

「うん! 宿題なんてしたく無いもんねっ!」

 

「やっぱり私、千兎くん側に着こうかな…」

 

 

 気合十分な千歌と果南。遠い目をする曜。そして、そんな3人を尻目に水鉄砲を構える俺。

 

 

 

「…さてと、少しボルテージ上げてくかな」

 

 

 




毎日投稿出来る人って、凄いなぁ〜…(マグロ目)
ちょっと用事が立て込んでて、書く時間がありませんでした…。すみません…。

はぁ…、せめて週に一本くらい投稿出来るようになりたいなぁ…。


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