どっとライダーズ! ~私立ばあちゃる学園アイドル部×仮面ライダー~ (サムズアップ・ピース)
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第一話 Anything Goes! Aパート

 長くなったので、前後編で分けました。


 ――人間たちが暮らす現実から、近くて遠い場所。

 ここは電脳世界。人間が使う、インターネット上にあるところだ。

 光り輝く眠らない世界を、真っ黒なカタマリが通り過ぎていく。

 

 右も左も、楽しさや、面白さや、喜びに満ち溢れた場所(サイト)ばかり。

 ネオンサインが別のネオンサインの光を反射して、極彩色の電子レンジの中で焼かれているかのような錯覚を覚える。

 

 アア憎タラシイ、イライラスル。

 ドイツモコイツモ、ナニガ楽シクテソンナニヘラヘラ笑ッテイヤガル?

 

 闇のカタマリは大通りを通り抜けると、やっと入るかどうかの狭い裏路地にふくれたその身を押し込んだ。

 

 人間の世界の鏡写しのような場所。

 入り口こそ狭いが、光がどこまでも続くように、闇の中もまた、果てが見えない。

 笑顔あふれる世界のそのまた裏には、ぞっとするような無限の闇が口を開けている。

 

 空間を埋めているのは、いろんな人が、いろんな人に向けて放った憎しみの呪詛。

 現実世界で行き場をなくした悪意の吹き溜まり。

 

『バカヤロー』『だからお前はダメなんだよ』『お前なめてんのか。ぶっ殺すぞ』『うざい』『やってらんねーよ』『演技するな。しらじらしいぞ』『男のくせに』『女の子なのに』『無能』『あいつさえいなければ』『頭おかしいんじゃないの?』『死んでください。今すぐ消えてください』『なに言ってんの?』『あれでかわいいと思ってるんだからねー』『あの野郎、頭空っぽのくせに』『それでも人間か』『甘いこと言うな。もう辞めちまえ』『こわっ、もう友達やめるわ』『あきれてものも言えない』『がんばったって言えばいいって思ってんだろ』『えらそうにしやがってムカツク』『うるさい。黙れ』『ひどい目に遭えばいい』『まだ気づいてないのかな。クスクス』『何回言わせんだボケ』『泣きたいのはこっちなんですけどー』『なに笑ってんだよ』『ちゃんとしてくださーい』『今日からあいつのこと×××って呼ぼうぜ』『はい嘘おつー。カエレー』『ふざけてるのか頭悪いのかどっちなの?』『ほんとにうちの部下は使えなくてさあ』『キモイ、近寄らないで』『殺せ殺せ! 吊るし上げろ!』『死ね死ね死ね死ね』『はあ?』『ああん?』

『はあ。私、生きてる意味あるのかな』

 

 スバラシイ。

 

 そこが自分たちにとって最適な環境であることを確認すると、カタマリはばらけて、いくつもの独立した存在に変化した。巨大な一つの生物のように見えたのは、その実、強い光から身体を保護するために身を寄せ合った集合体、動くコロニーとでもいうべきものだった。

 どろりとした世界の中で、飢えた獣のような目がいくつも(かが)やく。

 おぞましい闇の生命体たちは、悪臭を放つ空気を胸いっぱいに吸い込み、満足げに嗤う。

 

「やはり人間の世界は」

「憎しみに満ちている」

「つまり、私たちにとっては」

「楽園ってワケだ」

「行こう、リアルへ」

「現実世界へ」

「あの世界をもっと腐らせよう」

「ずっと楽しめるように」

 

「今に見ていろ……お前たちの笑顔を奪ってやる。自分自身の心の闇に、人々が魅了される日が必ずやってくる。今すぐではなくとも、いつか必ず……」

 

 闇の住人のひとりが、空に向かって手を伸ばす。

 空の真ん中に、ぽつん、と、ほんとうに小さな光がひとつだけ輝いていた。それは、彼女らが通ってきたのと同じような、光と闇の世界を繋ぐ通路かも知れない。

 その向こうにあるのは……

 

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 古びた西洋の城を思わせる、奥行きのない二階建てのバトルステージ。

 その一階から二階、二階から一階を行き来しながら、二人の戦士が戦っていた。

 かたや、アメリカのヒーローのような赤いコスチュームを身につけた、筋肉モリモリの男性。

 かたや、青い和服に刀を携えた、クールビューティーな女剣士だ。

 

「ほらほら~、いいかげん降参しーろーよー」

「くうっ、なんのこれしきっ」

 女剣士のほうは素早い剣戟で攻撃を防いでいるが、パワーで劣るのか筋肉マンの肉弾攻撃に押されている。

「おりゃぁこれでどうだあっ」

 勢いに乗った筋肉マンがいきなり両手を組んで必殺ビームを放った。壁に叩きつけられる女剣士!

「あ……っっ」

「とどめぇ‼ サヨナラ満塁ッ‼」

 そう短く叫ぶと、筋肉マンは予告ホームランを打ちに行くがごとく女剣士に突進した。

 最後のパンチを打ちこもうとする直前、筋肉マンの目に相手の姿が映る。

 弱々しく床にうずくまる美女。激しい運動で和服が少しゆるくなっており、豊かな胸がもう少しではみ出しそうになっている。布があちこち破れ、うっすらと汗をかいて、ほのかにいい香りがする。目に涙を浮かべ、唇を噛みしめながら言う。

 

「ヤダ……やめて、乱暴しないで……」

 

 ズキューン。

「おうっふぇ」

 ため息ともせきともつかない空気が口から漏れる。

 雷のようなショックに全身を貫かれ、一時動きが止まる筋肉マン。その一瞬のスキを彼女は見逃さず、剣を蜘蛛手(くもで)に振り回しながら猛チャージをしかける。

「すきありいいいいい‼ おりゃぁぁぁぁぁぁぁ」

「あ゛ーーーーー!!! いいのかーーー!? そういうことしていいのかーーー!!?」

 高速で押し、押されながら叫ぶ二人。

 どうやらこの女剣士には体力が残りギリギリになるとパワーが上がる特性があったと見え、ガリガリとあっというまにHPを削られて筋肉マンは闘う力を失った。

『YOU WIN!』

「やった~! いえええい」

「くっそおおお」

 

 勝負を終えると、格闘ゲーム用のアバターが粒子状に分解・再構築され、本来の姿に戻っていく。

 サイバー感のある衣装に身を包んだ、高校生くらいに見えるふたりの女の子。ひとりは赤いドレスを着た金髪のギャル風で、頭からはなぜかネコに似た耳と、おしりからはしっぽが生えている。もう一人は落ち着いた色合いの学生服を着て、優等生っぽい雰囲気。

 ついでに、ゲームのステージも細かいピースに分かれてクルクルと裏返り、バラエティ番組のようなセットに空間ごと切り替わった。

 上のほうにはにらみ合うふたりの顔に、『ワルVS風紀 最終決戦の幕が開く』とタイトルが書かれた看板が掲げられている。

 

「お、(おもむき)()めとはキタナイ真似を……」

 ヒーローのキャラで戦っていた猫耳ギャルが呻く。優等生風のほうは得意げに言った。

「なんですか趣って……意味わかって言ってるんですか? あれはやられたふりです。もちさんにはできない頭脳プレイですよ、ずーのーうーぷーれーいー」

「いや、たしかにさっきやられてるなとりんを見たときに、なんていうか『趣』を感じたっちゅーか……てゆーか、風紀委員が風紀乱してんなよ」

 その言葉を聞いた優等生風の顔がトマトみたいに真っ赤になる。

「はあああ!? なに、じゃあさっきわたしのことそういう目で見てたんですか⁉ そっ、それは別に仕方ないでしょあれだけ激しく動いたらぁ‼ そーゆー不純な目でものを見るのが問題なんであって!」

「うーわ、あたしのこと不純だってさ、みんな聞いた? あたしより短いスカートはいてるくせにねぇ」

 ギャルのほうが観客席に控えている者たちに低い声で言う。なにしろ数が多いので、スペースをとらないよう、そろって四角い頭に小さなボディのアバター。通称「お豆腐さん」。二人が行っているのは、これを通して現実世界の人間に見せる生放送のショーなのだ。

 たしかに、この優等生風の女の子、ほかは真面目な服装だがスカートだけがギリギリ隠れるくらいの超ミニサイズ。ギャルのほうがフリルのついた長いスカートをはいているので並ぶと余計に目立つ。

 ミニスカートの優等生が余計ムキになった。

「これは!!! そういう外見設定なだけで!!! 着替えられないから!!!」

「にゃ~んで風紀委員やってんの?」

「きいいいっ‼」

 豆腐頭のお客たちは二人のかわいらしい喧嘩をほほえましく眺めていたが、やがてその中のひとりが言う。

『そろそろ勝敗決めなくていいの?』

「ほらぁそんなに怒ったらパンツ見える……え。あ、ほんとだ。もうこんな時間?」

「しっぽ抜いてやろうかこの……! へ? あら」

 二人がそのコメントに気付いて我に帰った。

「いつのまにこんなに時間が……! ちゃんと決着をつけないと、なんのために何度も勝負したのかわからないですよ」

「でもどっちのほうが勝ってたか忘れちゃった。ねぇ、だれか数えてた人いない?」

 声は聞こえず、文字だけのコメントが縦に並んで川のように流れていく。

 

『どっちだっけ?』

『うーん』

『はてさて』

『交互に勝ってたなー何戦してたか忘れたけど』

『とりあえず二人が可愛かったというのは覚えてる』

『わかる』

『わかる』

『それな』

『もちにゃんすこ』

『スカート短くてかわいいぞ八重沢ァ!』

『てぇてぇ』

『交互ってことはさいしょとさいごにかったほうがどっちかわかれば』

『もう引き分けでよくない?笑』

『引き分け』

『ドローで!』

 

「どさくさにまぎれてスカート短いって言ったのだれだ――――――‼」

「はいはい。じゃあみんなを信じて引き分けってことにしとこ」

「そ、そうですね。この決着はまたいずれ……」

「ふふーん。それじゃあ、今日はこのへんで。みんな見てくれてありがと~!」

「ありがとうございました! お送りしたのは八重沢なとりと!」

「猫乃木もちでした~! じゃあね~!」

「みなさんおつなとなとでした~!」

「おつにゃんじー! ばいばーい!」

 

『今日はありがとう! おつにゃんじー!』

『毎日ほんとに癒されてます。ありがとう!』

『おつなとなとー! また今度!』

 

 キャラクターを印象づけるための独特な別れの挨拶を交わしながら、観客は彼女らの部屋(ルーム)からひとり、またひとりと消えていく。

 と、同時に、また別の誰かの部屋(ルーム)の中で新しい放送が始まる。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

『鈴葉桜庵 ぼくらの戦争』

 

「たまちゃん危ない! うしろ!」

「あ、ありがとふーさん。あれ? イオリンは? すずちゃんはひとりでも平気そうだけど」

 

「すうちゃんすごーい! いけいけー!」

「あははははは‼ 一匹も逃がすか‼」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

『ちえりスペシャルステージ inちえりーらんど』

 

「いっくよ~! ♪現金! 現金! 減給! 減給! 減給! 現金! 現金! 減給! 現金! 現金! 減給! 現金! ごー・ごー・ちえり♡」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

『牛巻の大発明ショッピング パート07』

 

「ハウディー! 牛巻の大発明ショッピングのお時間です。今日諸君にご紹介するのはこのマシン! こちらはですね、こうやってレバーを引いていただくと、なんと音楽が流れながらお菓子がって、わー! うるせぇ! ちょっ、出すぎ出すぎ! 止まって~! こいつぅ! 謀反を起こしやがってえ! あとでお前をバラしてやるからなぁ!」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

『繝?繝ウ繧エ繝?繧キ繧堤ァー縺医h』

 

「ダンゴムシを称えよ」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 楽しませてもらった現実世界の住人たちも最後には仮想を離れ、また日常へと帰ってゆくのだ。 

 そうしなければいけない。広告ばかりが色鮮やかな大都会にも、がれきが転がっている土地にも、等しく朝は来るのだから―――

 

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「我が社のすばらしい技術部が開発した十二人のアイドル型AI……『アイドル部』を、人間たちと交流させて成長させつつ、ゲーム実況を始めとした様々な企画でお客様に楽しんでもらう……つまり、YouTuberみたいなことをやってもらうわけですね」

 

「なるほど、先の『大災害』で被害に遭われた方々を応援するという名目でか。それならば我が社のイメージアップにもなる」

「AIが反乱する可能性は? 感情や個性、意思を持ったAIを完全に制御することはできるの?」

「まぁまぁ。そのへんのさじ加減は彼に任せようよ。キミの手腕ならそんなこと造作もないでしょ?」

「恐縮です。まあでも、みんないい子たちなんでね。そんなに苦労はしないと思いますよ」

 

 薄暗い会議室に集まり、四人の男女がなにごとか話し合っていた。

 三人の顔は影になって見えず、下っ端らしい一人はなぜか馬のマスクをかぶっていた。

 

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\ピコピコ ジャキーン ズババーン/

 

 カーテンを閉め、携帯ゲームに夢中になっている男。足の踏み場もないほどのゴミが、かたづけられないまま異臭を放っている。

 現代日本ではたいして珍しい光景ではない。

 

 ……ねぇ、ゲームばっかしてないで、少しはかまってよ。

「うるっせぇな、今いいとこなンだよ‼ よしこいッ……こい……!!!」

\ビカビカーン ダラタタッタター/

「ぃよっっっしゃぁあ!!! 限定SSRゲット~」

 用事は済んだ?

「何ッてんだよ、バッカ野郎が、次は別のゲームにつっこむんだよ!」

 ほんっと欲が尽きないわね~……

「はあ? 文句あんの? 無駄口叩いてる暇があったらもっとカネ盗ってこいよ」

 はいはい……じゃその()()()()使って、早くアタシに命令頂戴?

「は~~~ッたく、めんどくせぇな。自動で行けねぇのかよ。いまどきゲームだってオート機能ついてンだよ」

 欲しがりさん……

 

 舌打ちをすると、男は携帯を充電器に刺し、かわりに闇色の機械を手に取った。

 

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 猫耳ギャルの姿をしたAI、猫乃木もち。

 彼女が生まれたとき、オトナからあるひとつのお願いをされた。

『大きな事故があって、傷ついている人たちが大勢いるんです。みんなの友達になって、元気づけてあげてくれませんか?』

『ふえ、ジコ……? キズついている、ヒト……? 『げんきづける』って、どうすればいいの?』

『ただ、毎日笑って過ごしてくれればいいんです。君の笑顔がみんなの力になるんです』

 いきなりそんなことを言われても、生まれたばかりの彼女にはよくわからない。

 もちが困っていると、お願いをしてきたその男が、胸を押さえて苦しみ始めた。

『う、ウーッ苦しいっ、くくくく、グフゥッ』

 男が白目をむき、舌が口からはみ出たものすごい形相で床に倒れる。びっくりしてその顔をのぞきこむと、死んだふりをしていた男が起き上がって言う。

『うっそぴょ~ん』

 もちはしばらくあっけに取られていたが、やがて、なんだかおかしくなって吹き出してしまった。

『ぷっ、あははははは……』

『あ、笑った』

 こうして、もちは『笑う』ということを生まれて初めて知った。笑っていると、心が弾んで、明るくなってきて、もっと笑いたくなる。

 体をくの字に曲げ、電子の床を転げまわり、笑うのに疲れてしまうまで、男はじっと見守っていてくれた。

『ひひひひ、ひぃ、なんかおなか痛い……ほっぺも引きつって痛いよぉ』

『だ、大丈夫ですか?』

 立ち上がれなくなってしまったもちを男が手伝って起こした。

『ふふ、でもだいじょうぶ。ああ、なんか胸のなかではねてるような気分だぁ』

『その気持ちは『楽しい』って言うんですよ。その顔は『笑顔』って言うんです。いい顔で笑うじゃないですか、キミ』

 その時、彼女は直感的に悟る。

『ああ、そっか。みんなもこんな気持ちになれば、泣かなくてもすむんだ……』

『そうそう。いつも笑っていれば、泣くことなんて忘れちゃいますからね。これからはキミの心がたくさんの『楽しい』であふれるよう、私たちがお手伝いします。だから、キミはその『楽しい』って気持ちを、キミひとりだけじゃなく、たくさんの人たちに分けてあげてください』

 胸に詰まったこの輝く感情を、多くの人々と共有できる。それはとっても素敵なことのように聞こえた。

『おっけー。あたしにまかしといて!』

 

 

 

 

 

 CGモデルで再現された学校。

 CGだろうが生徒も先生もいるし、教室もある。

 もちろん、部活や委員会も。

 

 電脳世界の学園「私立ばあちゃる学園」の図書室。

 現実世界風に言えば電子書籍のような資料がたくさん保存されている場所だが、もとよりデータの存在である「アイドル部」にとってはふつうの本となんら変わらない。

 カウンターには図書委員がふたり座っているが、利用者もいないのでめいめい好きなことをして暇をつぶしている。

 

 「アイドル部」部員にして、図書委員会にも入っている猫乃木もちはバトルもののマンガに夢中になっていた。

 『終極のディエンドル』。

 『いまから私は、君を守れるくらい強くなる』

 そう呟くと、さっきまでふつうの女子高生だった主人公『ヒツギ』が超人的な力を解放し、群がる敵をばったばったと倒していく。

 呪われた宿命を背負いながらも、ヒロインの覚悟はゆるがず、迷いがない。

 彼女が勝利したあと、救われた街の住人たちの顔には希望と、笑顔があふれていた。

「かっけえ~」

 マンガを読み終えたもちが足をばたばたさせながら言う。発売されている話はここまで。続きが楽しみで待ちきれない。

「また違うマンガ読んでる。前のはもう飽きちゃったんですか?」

 新聞を読んでいたもうひとりの図書委員が紙面からもちに目を移す。眼鏡をかけており、大人しそうな印象を与える外見。透き通ったエメラルドのような不思議な髪の色をしている。彼女の名前は「神楽すず」。もちと同じく「アイドル部」の一員である。

「べつに飽きたわけじゃないよぉ。いままで読んでたマンガとかラノベはだいたい最新まで読んじゃったからさ」

「え、もうですか? 意外と本読むの早いですよねもちさん」

「ふふ~ん」

 とはいえ、すずの言うこともあながち間違ってはいなかった。

 猫乃木もち―――「ネコの気持ち」。

 名は体を表す、とことわざでも言うように、もちの趣味嗜好はまさに「猫の目」のように気まぐれだ。かっこいいもの、かわいいもの関係なしに、楽しそうだ、面白そうだと思ったらなんでも見境なしに手を出し、大抵のものはあっというまに楽しみ尽くして飽きてしまう。

 まだまだ生まれたばかりの彼女にとっては、目に映るものすべてが珍しくてしょうがないのだ。あれはなんだ、どうやって楽しむものなんだと思ったら、もうその世界に全身で飛び込みたくなる。そんな毎日が彼女にとってはいちばんあっているし、楽しいと感じた。

「あたしもいっぺんこのマンガみたいなことやってみてーな! 悪いやつをやっつけて、みんな笑顔でさ……」

 興奮が冷めないもちは、ひらり、と音もなく机に飛び乗ると、かっこよくポーズを切ってみせる。

「それってつまり……『正義の味方』的なことですか? いつものワルはもう飽きたんですか?」

 もちの興味が長く続いている数少ないことがらのひとつに、「ワル」というものがある。権力に媚びない。あえて汚い言葉やふるまいを選んで使う。危険の香りに酔い、目的もなくてめーが楽しむためだけに動く、そういう行動原理だ。――まあ、あくまで雰囲気を楽しむ程度だけれど。

「だから~、飽きたんじゃないってば! ワルもちゃんと続けるよ。ある時はヒーローもちで、またある時はさいきょーのワルもちになるの。ほら、あるじゃん、今日はマカロン食べたい気分、今日はタピオカの気分、みたいなさ? いろいろ選べたほうが楽しいじゃん!」

「そ、それって飽き始めてるってことじゃ……まぁでも、そういうのも新しいかもしれないですね」

「でしょ?」

「……でも、まずはどこかで事件が起きないと、ヒーローは活躍できないですよ」

 もちが首をかしげた。すずが読んでいる新聞に大きく載っている記事が気になる。

 乗った時と同じように、机からひらりと降りてきたもちにすずが新聞を見せた。

 あ、と。興奮していたハートがしゅんっと冷める。

 

 破壊された建物の写真。

 「連続爆弾強盗」と見出しがついていた。

「……銀行がいくつも襲われた、って書いてある」

 もちは文面にすっと目をすべらせただけでおおまかな記事の内容を理解した。

「私たちのいる電脳世界は毎日平和だけど、現実世界は結構過酷みたいですね」

「お金って、人から盗んででも欲しいものなのかな」

「どうなんだろ……? 私たちはちゃんとおこづかいをもらってますけど、ほんとに追い詰められたらそうなっちゃうのかも」

「でも、ほかの人を悲しませてまで……」

 もちの目は、大きな被害現場の写真より、被害者の写真のほうを見ていた。爆破に巻き込まれてけがをした人や、財産を失って泣いている人。歪んだ顔や涙を見ていると、その心の痛みも伝わってくる。

 気持ちは人から人へ伝わるものだ。だからこそ彼女は、いつもみんなに笑顔を届けるためにがんばっている。

 ――見かけだけはワルぶっていても、本当に悪事を犯す人間の考えることまではわからない。

「……人間って、なんでいい人と悪い人がいるんだろ」

 すずがぽつりとつぶやいたが、その時のもちはもう胸がいっぱいになってしまっていて、なにも考えられずに

「わかんないよ」

 とだけ答えた。

 

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第一話 Anything Goes! Bパート

 その日の夜。

 人間でないからといって、いつも放送をしているわけではない。アイドル部のメンバーも、夜遅くなれば自分の部屋(ルーム)で眠りにつく。

 部屋(ルーム)は、電脳世界に存在するアイドル部一人ひとりに与えられた居住空間であるとともに、生放送の際にはスタジオにも切り替わる。 

 もちは自分の部屋(ルーム)で、ベッドに寝転がってマンガを読んでいた。

 新しいマンガではなく、昼間も読んでいたバトルヒロインもの―――『終局のディエンドル』だ。

 敵に殺されたと思われたヒツギがじつは生きていた、というシーン。

 勝ち誇っていた敵を、鋭い目でにらみつけるヒツギに勇気づけられたかのように、夜明けが街に差し込んでいく。

『返してもらうよ。この街の"光"を……‼』

「……やっぱりかっこいいなあ」

 マンガを天井に向かって持ち上げ、2ページに見開きで大きく描かれた絵を見上げる。

 

 もちが最初に大きなショックを受けたのは「フィクション」の存在を知ったときだった。

 ある日、彼女は絵本を読んだ。おしりに長いしっぽの生えた妖精たちが夜中にたくさん森に集まり、お互いのしっぽとしっぽで握手しながら楽しく踊る話だった。

 もちはその絵本がとても気に入った。絵がかわいらしく、おはなしも面白い。妖精に自分のようなしっぽが生えているというのもポイントが高かった。

 彼女は自分も妖精さん達としっぽを絡ませて踊りたいのだが、この森はいったいどこにあるのかとたずねた。

 すると残酷な大人は短くこう答えた。

『あー、もちもちね。その本に描いてあるの、ぜんぶ作り話なんすよ。みんな嘘。想像で描いてるの』

 衝撃のあまり地面にうずくまって泣き出してしまったもちを見て大人はあわてた。

 

「ウソなんだよねー、これ全部」

 図書室ですずと喋っていた時からずっと考え続けていた。こんなに長い間同じことを考え続けたのは初めてだった。

 マンガを置くと、ベッドから立ち上がって、目の前の架空の敵がいるつもりで腕を振り回したり、キックを繰り出してみたりする。

 もちの読むどんなマンガに出てくる主人公も、逆境に負けず、必ず暗闇を追いはらい、人々に笑顔を取り戻す。

 でも――結局は、ただの作り話。虚構のヒーローなのだ。

 現実にもマンガに出てくるような悪いことを企む人間や、悲しいできごとはある。

 じゃあ、それに立ち向かうヒーローはいるんだろうか。

 もちは、いつも楽しいもの、ワクワクするものに包まれて生きていたいと思っている。それが現実世界の彼女の友だちを笑顔にすることにも繋がると信じているからだ。

 でも、それは本当にみんなの力になっているんだろうか。

 あたし、このままここにいてもいいのかな。

 

 バシッ。脳内ヒーローごっこをしているうちに、大きく振り回した腕をうっかり壁際に置いてあるキャットタワーにぶつけてしまった。

「いった! く~っ」

 強い衝撃に驚き、もちがペットに飼っている電脳仔ネコ数匹が目を覚まして飛びだす。

『にゃ~ん』

『ミャ~ン』

「ああ、起こしちゃったね。ごめんね~」

 胸の中に飛び込んできた仔ネコをよしよしとなでてタワーの上に戻してやると、ベッドの下に入っていった一匹を追いかけ、闇をのぞき込んだ。

「……ん?」

 ネコの近くに見慣れないものが落ちている。

 ネコといっしょに出してみると、それは片手で持てるくらいの大きさ、重さで、いくつかのボタンやレバー、そしてなにかを装填するためのソケットがついた、機械だった。派手な色づかいで、まるでおもちゃのような見た目である。

「なにこれ? こんなの持ってたっけ……?」

 なんに使うものなのかさっぱりわからなかったが、ふいに

 ベルトのバックル

 と、誰かが耳元でささやいたかのように頭にひらめいた。

 磁力がはたらくかのように、無意識に、少しずつ手が腰に近づいていく。

 機械がおへそのあたりに触れた瞬間、端から薄い金属製の帯が飛び出して巻きつき、ほっそりした胴を一周してロックがかかった。

 

 ガシャン!

「わ」

電脳愛(でんのうあい)・ド・ライバー』

 

 

 

 

 

 ドス、ドス、と廊下を歩いてくる足音が聞こえる。

 勢いよくもちの部屋(ルーム)の扉を開けたのは、もちと激闘を繰り広げていたなとりだった。服そのものは着替えられないものの、頭には追加でナイトキャップをかぶり、抱き枕がわりの大きなぬいぐるみを抱えている。

「うるさいっ‼ ドタドタ音がして眠れないでしょ‼ いま何時だと思ってるんですか‼ 夜ふかししないではやく寝ろ‼ なんでわざわざいつも夜中に……あれ?」

 そこには読みかけで放置されたマンガと、子ネコたちが騒いでいるだけだった。

 

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 ……目を開けると、もちはいつのまにか見慣れない場所に立っていた。

「え、ここどこ……? ってかさっむ⁉」

 冷たい夜風が体に刺さる。

「う~~~、さぶさぶさぶ……んん???」

 むき出しの肩や脚をさすりながら辺りを見回すと、違和感に気づいた。

 

 彼女がいるのは、海をまたいで両岸をつなぐ橋。

 そこからよく見える、街を見下ろすランドマーク。

 またたく星。

 

「くん、くん」

 鼻をひくつかせる。風が潮の香りを運んできた。その身を切るような冷たさも。

 仮想(バーチャル)の再現ではない。目に、五感に、伝わってくるあらゆるものに質感がある。量感がちがう。

 電脳世界では味わえない、自然にさらされたからこその美しさが存在している。

「……げん、じつ……?」

 その時、ズーン……と、遠くから腹に響く音が聞こえた。

「にゃっ! な、なにっ?」

 橋から身を乗り出すと、ランドマークの下の街の一角から火が上がっているのが見えた。

「!」

 考えるよりも先に、身体が動き出していた。

 予想外のことが多すぎて、腰にくっついた奇妙なベルトのことなんて、もうすっかりもちの頭から吹っ飛んでしまっていた。

 

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「神はヒトを土から作りだした。そして今のヒトは、電気であらゆるものを作ろうとしてる」

 

 とあるビルの屋上に、ひとつの人影が立っていた。洗ったばかりのような真っ白な服に、絹のような純白の髪。白い長いマフラーが風になびいている。

 その儚げな雰囲気に、もし人が見ていたら自殺でもするつもりなのかと勘違いしただろう。

「ヒトの心まで電気じかけだ」

 そこは冷えるぞ、とダレカが声をかける。

 「構わないさ」少年じみた服装にしゃべり方だが、どうやら女の子のようだ。

「あれは電気の目と耳」

 白い少女が街頭の映像広告を指さして言った。

「そして、あれが電気の鳥だよ」

 少女は今度はなにもない空中を指さした。宙を飛び交う電波のことを言っているのかもしれない。

 するとあれは電気の星ってところかな?

 ダレカが真夜中でも輝いているビルの窓の光を見ながらたずねる。

「いや、あれはどっちかというと、電気の夢って感じだ」

 白い少女がはるか下を見下ろす。どこか遠くで火があがっている。

「あれは電気の欲望」

 少女のダイヤモンドのような瞳が光を複雑に反射して輝いた。その目は炎に向かって走っていく赤い服の人影をとらえている。

「あれが電気の星だよ」

 

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 とある銀行に、夜中にいきなりガラスを蹴破ってヒトなのかヒトじゃないのかよくわからないなにかが店内に侵入してきた。

 非常ベルが鳴り響く。

「うるっさ」

 闖入者がけだるげにつぶやいた。

 身元を特定されないようにわざわざ奇抜な格好をしてきた銀行強盗か。たったひとりで来るとはあまりにも無謀な。

 夜勤の警備員A・B・C氏はとっさにそう判断し、そいつを取り押さえにかかったのだが、相手は少女じみたきゃしゃな外見に反し、意外なほど頑丈な体表面で警棒の攻撃をかんたんに跳ね返すと、逆に警備員たちを片手一本で軽がると投げ飛ばしてしまった。

 B氏とC氏は気絶、A氏はなんとか意識を保っていたが、すぐに立ち上がれず唸っていると、胸ぐらを掴まれた。

「金庫、どこ?」

 闖入者が顔をぐっと近づけてくる。

 A氏はふるえあがった。目があきらかに人間のそれではなかったからだ。獲物を狩る肉食動物の目、暗闇でライトのように光る、ライオンやハイエナを思わせる目だった。身体からはぷーん、と、肉が腐ったにおいがしている。

 怪物はなにも言おうとしないA氏を持ち上げ、何度も床や壁に叩きつけてから再度たずねる。

「金庫、どこ? 言わないと殺すよ。おじさん」

 息も絶え絶えのA氏はかすれた声で場所を教えた。

「なんだ、すぐそこじゃん」

 怪物はA氏を離すと、金庫の扉の前まで歩いて行き、合金製の扉をあめ細工のように引きちぎって放り捨てた。

 巨大な扉が宙を舞い、A氏のすぐ目の前にガツンッと重い音を立てて落ちる。

「お金いっぱい……これ全部詰めるの大変そうだなぁ。チッ」

 A氏は腰を抜かしたまま立ち上がれないでいた。

 

 銀行がドーン、と爆音を上げ、がれきがポップコーンのように飛び散る。

 爆炎の中から怪物が悠々と歩み出た。炎の輝きがその姿を闇に照らし出す。

 

 露出の多いレザー製の服を着た、高校生くらいの少女に似ているが、その皮膚は映画に出てくるゾンビのような灰色で、実際、ところどころ腐っているらしい。フランケンシュタインを思わせる縫い目が縦横に走っている。目は卵のような黄色で、爬虫類みたいに瞳が細い。

 頭の数倍はある巨大なアフロヘアーが特徴で、そこに木の実のようにたくさんの野球ボール大の爆弾をぶらさげている。

 ひときわ目立つのは腰に巻いたベルトで、USEと書かれた赤いランプがともっていた。

 

 通報を受けた警察官たちが怪物の前に立ちはだかった。

「チッ、邪魔。消えて?」

 怪物が頭の爆弾をちぎって投げつける。黒光りする球体が地面に当たると、大きな音と炎をあげて爆発した。

「もっと燃やしてもいいわよね。寒いし」

 あたりがあっという間に火の海になる。あまりのことに警官部隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

「ほら逃げてんじゃないわよ! 死ね死ね消し飛べ‼ お前ら全員生きてる意味ない虫けらのくせに‼」

 どうやらものを燃やすことに快感を覚える性格らしく、でたらめな方向につぎつぎと爆弾を投げまくる怪物。イライラした様子だった怪物の顔にうっすらと笑みが浮かび始め、やがて狂ったように笑い始めた。

「はははははッ……! 死ねよ。邪魔なのよゴミどもが! あはははは‼ ……はぁ、ちょっとスッキリ。ハハハッ」

 

 

 

 

 

 怪物はそのまましばらく笑い続けていたが、

「なにがそんなに楽しいの?」

「……あ?」

 小さいがよく通る声が後ろから聞こえた。

 炎のむこう側に、赤いドレスに猫耳をつけた女の子が立っている。

 逃げ遅れた人間か? こんな夜中に女の子がひとりで歩いているのは少々違和感があったが、それよりもまだ生き残っているやつがいたことのほうが腹立たしかった。

「新聞に載ってた爆弾強盗ってあなたのこと?」女の子が下を向いたまま言った。

「新聞? 知らないわよ。べつにアタシがなにをしようがほっとけばいいでしょ? なにを壊そうが、だれを殺そうが」

「ほっとくことなんて……できない! あなたが銀行を壊したり、お金を盗んだら、泣いちゃう人たちがいるってわかってるの?」

 押し殺すかのような、力のこもった声で女の子が、猫乃木もちが叫ぶ。

 彼女にはどうしてもわからなかった。なんの主義も主張もなく、ただ人の幸せを奪い取る者の心の中が。

「人間は、みんなで助けあって生きてるのに……!」

「知ってるよ。人間は一人ひとりだと弱いから、力を合わせればどんなことも乗り越えられると思い込んでる。だから楽しいんでしょ」

「……え?」

 少女の純粋な気持ちを、醜悪なバケモノは鼻で笑って返した。

 

「そのもろい希望をブッ叩き壊して。どん底に落ちた虫けらどもに吠えヅラかかせてやるのがサイッコーに楽しいんじゃない」

「……そんなの、あたしは楽しいなんて思わない……!」

 

 舌打ちをした。ほんとうに人間ってやつはアタシをイライラさせてくれる。いくら殺しても。いくら潰しても。うじ虫のようにどこからともなく湧いて来やがって。

「ナマ言ってんじゃないわよ。クソガキ。アンタも死にたいんなら――」

 その時、怪物がなにかに気づいた。

 

 もちのポケットの中でなにかが光った。

 取り出してみると、それは太くて短いサイリウムに似た()()()だった。ベルトを見つけた時と同じように、泡が弾けるようにパッと、

 アイドライト

 という単語が浮かぶ。

 (あ、これ、もしかして夢かな)という考えに行きついた。昼間、ヒーローのマンガを読んでいたから、ヒーローになって新聞に載っていた強盗をやっつける夢を見ているのかな、と。

 すべて夢の中なんだとしたら、勝手に手が動く説明もつく。

 

 指が勝手に手の中の『アイドライト』のボタンを弾く。ライトが赤く光り、音声が鳴った。

 

『シンカンセン!』

 

 続いて、腰の『電脳愛・ド・ライバー』についたボタンを押す。ノリのいい待機音楽が鳴り始めた。

 内心わぁ、となる。もちは音楽も大好きだ。さっきまでは柄にもなくまじめになってしまっていたが、夢の中なら楽しんだってバチは当たらないだろう。

 少しだけ音楽を楽しんでから、ライトを刀に見立ててかっこよくポーズを切る。

「変身!」

 ライトをドライバーに装填すると、閉じていた扉のような部分が開いた。

 

『マテリアライブ!』

 

『選手宣誓! かがやけ人生!』

 

『シンカンセン‼』

HYPE(ハイプ)! HYPE(ハイプ)! HYYPE(ハーイプ)!』

 

 ドライバーから音声とともに太い光の帯がいく筋もあふれ出す。光はもちの身体を覆い、物質化し、全身を包むアーマーのような形状に変わる。

 自分が自分ではないなにかに変わっていく。ゲーム用のアバターに変化するのともまた違う感覚だった。

 

「てっめぇえ……!」

 怪物がうなった。もうそこには少女の姿はない。

 猫の耳を模した頭の吸気口がチャームポイント。大きな複眼の横から、長いまつ毛のような触覚が生えている。腰のマントや、手や脚のスラッとした流線型のディテールが美しい、真っ赤な変身ヒロインが立っていた。

 いまの自分は「もち」というよりも「MocHI(モチ)」だな、と思った。それもなんとなく頭に浮かんだだけの言葉だし、実際口に出してみてもべつだん違いはないけれど。

「いまからあたしは……おまえを倒せるくらい強くなる!」

 MocHIがカッコつけて宣言した。『終局のディエンドル』のヒツギのまねだ。

「ふざけんなぁぁぁッ‼ おまえも消えろ、消し飛べぇぇっ!!!!!」

 ヤケを起こした怪物が素早く手を動かし、一度に大量の爆弾を投げつけた――が、MocHIの身体を爆弾がすり抜けていく。

 怪物が驚愕した。

「⁉ 残像⁉」

 怪物がMocHIだと思っていたのはただの目の錯覚――像だけがそこに残って見えるほどのスピードで移動して攻撃をかわしたのだ。

 そのことに気づいた瞬間、背中にMocHIの強烈な飛び蹴りが炸裂した。

「はーっ‼」

「ぐはっ……あ゛ぁアーッ‼」

 そのまま接近戦に切り替わったが、ここでもMocHIの超スピードが有利に働く。怪物が吠えながら繰り出した連続パンチをすべてかわし切ると、おかえしとばかりにその倍ほどのパンチ、チョップ、キックをあられのように叩き込んだ。

「おりゃおりゃおりゃおりゃ―――――!!!!!」

「グゥウ……‼」

 攻撃することに夢中で、一瞬、怪物の次のモーションから気がそれた。

 怪物の身体の一部、胸の部分が小さな爆発を起こした。

「⁉ うわっ!」

 それでもMocHIを吹っ飛ばすにはじゅうぶんな勢いだ。熱い! と思った次の瞬間、身体が宙に浮き、しかるのちに地面に叩きつけられる。

「いててて……」

 腰をさすりつつも即座に起き上がる。生身だったらただではすまなかっただろうが、アーマーが守ってくれたおかげでだいぶダメージが軽減されているらしい。

 って言うか、夢だし大丈夫だよね。

 怪物がふらつきながら、怨みのこもった視線をMocHIに向ける。

 怪物の胸の部分の皮膚と服が破れて身体の内部が露出している。筋肉や骨に包まれて、基板や赤青のコードが見えた。

「チョロチョロしやがってムカツクのよ! 調子に乗んな素人が……!」

「うえっ……さすがだね、身体の中にも爆弾が詰まってるんだ。いや、ちょっと小さくなっちゃったけど、よーく見ると身体のそのへんとかそのあたりもけっこうダイナマイツ……」

「どこ見てんのよ、死ねクソガキ‼」

 ブチ切れた怪物がふたたび爆弾を投げてきた。おっと、と地面を転がる。いやー、つい煽りたくなっちゃうんだよなあ。

 怪物はこんどは爆弾を直接手に持たず、頭を振り回して撒き散らすように飛ばす。爆弾と爆弾の間を、風に舞う木の葉のようにひらり、はらりと赤い戦士がすり抜ける。

 MocHI自身も自分の能力に驚いていた。あたしはじめてなのにこんなに戦えるんだ。すげーな夢って。

「……っ、はあぁ……っ!」

 怪物も怒りすぎて疲れたのか、一瞬動きが止まった。今がチャンスかもしれない。

 あたしもなにか武器がほしいな、となんとなく考える。

 『にゃんくるディーバット!』ドライバーが叫んだ。

「わぁ‼ ビックリしたっ……」

 ドライバーから光の帯が飛び出すと、太い棒のように集まり、メカニカルなデザインの赤いバットになってMocHIの手の中に勝手に飛び込んできた。

 「バットかぁ、イイネ~。あたしに合ってんじゃん」MocHIは野球も好きなのだ。

「おもしろいじゃない」

 血走った目をした怪物が、MocHIに向かって特大の爆弾を投げた。

「ストレートど真ん中……でも、すっごい豪速球!」

 この一発にすべての怒りを集約させているのか、すさまじいスピードだ。

「よけられるもんならよけてみな」

「よけないよ、打たなきゃストライクだし!」

「へぇ……」

 怪物が口をゆがめてニヤリと笑う。

 

 精密なカメラアイが、昆虫の複眼そのままに何方向からもの視点で球の軌道を読む。

 見かけは細いがマシンのように強力な両腕が、『にゃんくるディーバット』を力強く振りぬく。

 この間わずか0.0001秒、しかし、その時にはもう爆弾はすぐそこまでせまっていた!

 

 ギュルルルルル! 夜闇に音が響く。バットに着弾した爆弾が、邪魔な棒きれをへし折ってMocHIを吹き飛ばそうと激しく回転するうなり声だ!

 MocHIも負けるもんかと腕に力をこめ、爆弾にバットを押しつけながら叫ぶ!

「うお――――――――――――――っ!」

「無駄だよ、大人しくあの世に逝けぇ‼」

 動かない勝負の時間――永遠にも思えるほどの数秒間が流れる!

 

 勝負に勝ったのはMocHIだった。

 グワラグァラガラガキーン‼ 雷のような音とともに爆弾が跳ね返った。

 大きな爆弾は投げた本人、怪物のどてっぱらに直撃し、大爆発を起こした。

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアン‼

 「ひゃっ⁉」あまりの爆音にちょっと身を震わせるMocHI。

「やった……?」

 

「ア゛ァアッ……ぐあああっ……! くそおっ!」

 煙の中から満身創痍の怪物が現れた。全身が焼けただれ、破れた皮膚にあいた穴から太いコードが何本も垂れ下がり、さらに見るにたえない姿になっている。

 焼け焦げた紙が雪のようにはらはらと舞い落ちる。

「あ……銀行のお金……ぜんぶ燃えちゃった……?」

 MocHIがつぶやく。モジャモジャの髪の毛の中に札を入れていたらしい。

「覚えてろよ! アタシら『ディーヴォ』を敵に回して、ただですむと思うな!」

 怪物――『ディーヴォ』は、捨て台詞を残すとどこかへ逃げていった。

 

 「あっ、待て……!」その時だった。

 スーツにあいた細かいスリットの間から、フシュ~っと蒸気が噴き出した。

 「あ、あれ……?」一気に身体と頭が重くなり、熱を帯びる。思わずその場にひざをついてしまった。マスクの下の額を、汗がつうっと伝って落ちていく感触がある。

「なん、で、こんな、いきな……あた、し、」

 一秒前までは疲れなどまったく感じていなかったのに。

 MocHIはそのまま、液体になったかのように地面に横たわると、重くなったまぶたが意識の扉を閉ざしてしまった……

 

 つづく




 最初に言っておくと、もちにゃんを最初のライダーにしたのはまったくの偶然です。
 赤っぽくて裏表のなさそうな子だから、仮面ライダーと親和性が高いかなー、本当にそのくらいのつもりでした。
 たまちゃんに関しては、あえて一番さいしょからずらした方がいろいろ描けるかなと。
 あの発表がされた時には、もうかなり頭の中で話がまとまっていて、いまさら変えるのは無理でした。

 それでまあ、伝わったかはわからないですけど、この話のアイドル部員は、けっこう私がキャラクターをあじつけしていますので、そのへんが好みの別れるところかなと。

 この話に出て来るライダーは、すべて過去に登場したスーツを少し改造してそれらしくしたものを使っているイメージで描いているので、そのうち(雑な)絵を載せるつもりでいます。

【挿絵表示】

↑こんな感じ。

 あ、あと、シロちゃんは出さないつもりです。べつに嫌いじゃないけど、あの子が出てくるともう主役になっちゃうし。アイドル部員に順番にスポットライトを当てるような構成にしたいと思っています(なにかのシンボルとして登場することはあるかもね)
 メリーさん……うーん、考えてる。
 


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