一枚の羽根・長谷川千雨 (Reternal)
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プロローグ
【1】喧騒極まれり


初投稿です。
ゆるゆる書きたいなぁと。


喧騒が聞こえる。

目の前には遠く伸びる廊下。

左側には窓張りの部屋が並び、右側にはこれまた中庭が覗ける窓が並ぶ。

今は講義の最中なので、響くのは教師の淡々とした声や、生徒が答える声が時折聞こえる程度の筈なのだが‥。

遠くを見やり、耳を澄ますと、一番奥の部屋がこの騒がしさの原因のようだ。

‥着く前から気分が悪くなってしまった。

彼女が目指している場所もそこなのだ。

 

「もう着きますよ。あの教室です」

「‥はい」

「緊張、してますか?」

 

続く会話に、下にやっていた目を上へと向ける。

目の前に金髪の長髪が見える。

持ち主はこれまた長身の教師、シズナ・ミナモト。

学園長室で妖精の様な学園長が、自分へ教室までの案内役としてつけてくれたのだ。

学園長はコノエモン・コノエというそうなのだが、何故か後頭部が異様に伸びている。

‥あれが東洋の妖怪なのか?

彼女は妖怪なんぞ見たこともなかったがあれが噂のそれなのかと思ってしまった。

自分も中々人外じみた連中ばかり見てきたがあんなのは初めて見た。

あんた、本当に人間?と訊きたくなった。

 

「‥多少は」

「えぇ、そうかもしれないわね。けど、大丈夫よ」

「はぁ」

「きっとそんなことしていられなくなるわ♡」

 

どうにも言い方に含みがある様に聞こえる。

緊張する暇もないということか、すぐに慣れるということなのか。

‥せめて後者であって欲しい。

 

目的地に辿り着く。

一層増した喧騒が耳に障るが、慣れるしかない。

元々は騒がしさが極まった様な場所にいたのだ。

いつも通り過ごしていればいい。

 

全ては、自分の役目を果たす為。

全ては、自分の現実を取り戻す為。

 

部屋の中から声が聞こえる。

嗄れた声だが、どこか懐かしい記憶が呼び覚まされる。

 

『さあ皆、席について。今日はお待ちかねの、転校生がくる日だ』

 

たった二言だが、部屋の中の熱気は格段に盛り上がっている。

‥おい、良いのかそんなので。

こちとらただの細身のメガネ女子一人だぞ。

 

見た目はさほど悪くないとは思うが肩透かし喰らうのが目に見えてるぞお前ら。

 

『さぁ、どうぞ入って』

「さ、いきましょう」

 

ミナモトに背中を支えられ、部屋の中へと入る。

 

ここから始まる。

 

ただの入室動作と、今から述べる自己紹介の文を思い出すだけの2つが、妙に気合が入ってしまったのは気のせいだと思いたい。

 

 

転校生がやってくる。

その知らせが1-Aに届いたのは昨日のことだ。

クラスメイトの皆は大いに驚いた。

まず時期だ。

今は1年生の9月。夏休みが終わってすぐのことだ。

中等部となり、難易度が上がった授業に慣れて、学園祭を通してお互いのことを知って、仲良くなった。

学校に慣れるという時期を、その転校生は蔑ろにしているということになる。

 

そして、彼女が来る国だ。

転校生は国外からの転校らしい。

それ自体は珍しいことではない。

何せうちのクラスには‥。

ちらりと周囲を見渡して、中々だと溜息を吐く。

中国から二人、フランス?から一人、各国を転々としているがプエルトリコから一人、出身地不明が一人、はたまた秘境と呼べそうな山奥から一人、妙に小さい二人、さらには人と呼んで良いのかロボット一人。

あまり気にしていなかったがもしかしてこのクラスは色物クラスなのだろうか?

そしてそこの委員長である自分は?

 

結成されてから半年しか経ってないクラスだが、既にかなり苦労している。

個性がそれぞれ突き抜けていて、意見をまとめるのも一苦労なのだ。

 

それでも、私は委員長なのですから。

気を心身に漲らせ、未だ説明を続ける高畑先生の方を向く。

私が皆をまとめないと!

 

尚、親睦を深める為だからと転校生への入室トラップを仕掛けるのを、明石裕奈や鳴滝風香、鳴滝史伽に押されて止められていない時点で既にまとめられていない。

 

それでも彼女、雪広あやかはめげない。

めげないったらめげない。

 

がらり、教室の扉が開く。

 

きた!

 

皆が一斉に扉の方を見る。

すぐに扉の向こう側に立っていた少女に目がついた。

身長も体型も普通くらいだろうか。

しかしクラスメイトで目が肥えてるから彼女たちは気がついてないが、スタイルはかなり良い。

私と同じくらいの背かしらねーと、神楽坂明日菜は思う。

バストサイズは詳しく調べないとわからないけどトップ5を揺るがすほどではないかなーと、妖しく目を光らせる朝倉和美。

メガネキター!とこれまた目を光らせる早乙女ハルナ。

 

あれ?とすぐに気がついたのは1-Aでも聡い数名だ。

外国からの転校生と聞いていたが、違うのだろうか?

扉の向こうに立つ眼鏡の転校生は、明らかに日本人だった。

 

一歩、踏み出す。

しかし、事前にガラリとドアを大きく開けた為トラップその一・黒板消し落としが外れる。

 

ありゃ、とまずは拍子抜け。

いやいやいや!まだ紐トラップとその先のバケツ、更に上から撃たれるスッポンが‥!と悪い顔を浮かべた明石裕奈。

 

紐トラップ!

‥またいだ。

 

バケツが鎮座している!

‥転校生は歩きながら不思議そうに見つめている。

 

紐トラップその2!

‥またまたいだ。

 

すっぽん!

‥紐トラップその2に触れてない為作動しない。

 

あるぇーと頭を傾げる悪戯犯たち。

だが、それよりも驚いている人物が二人いた。

そのうちの1人である桜咲刹那は、嫌疑の目で入室してきた人物を見ていた。

 

目の前に落ちてきた白が被った黒い物体。あれは黒板消しだ。

更に教室に張られていた紐二本。

何故かマットが敷かれていてその上に鎮座するバケツ。

‥なんですかこれと黒板の前にいる髭面眼鏡の先生に目を向ける。

苦笑いしかしない。

 

「さあ、皆に転校生を紹介しよう!」

おい無視すんな。

「自己紹介、できるかい」

 

溜息をつきたくなってしまった。

 

「‥チサメ・ハセガ‥じゃなかった。長谷川千雨です。よろしくお願いします」

 

無愛想な顔でどこか不満そうに自己紹介する転校生。

1-Aの31人目の生徒。

長谷川千雨である。

 

 

********************

 

 

「転校生が私たちのクラスに?」

「うむ」

 

多少の驚きが篭った声が学園長室に響いた。

今その場にいるのは常駐する麻帆良学園学園長・近衛近右衛門、教員兼京都神鳴流剣士・葛葉刀子、同門且つ1-A生徒および魔法生徒・桜崎刹那、同じく1-A・春日美空の4人。

 

刹那及び美空が学園長室に呼ばれた形になる。

尚、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルもいてもおかしくない…というか呼ばれたのだが彼女はいない。

サボタージュだ。

 

「しかし、私たちが呼ばれたということは‥裏の気配があるということでしょうか?」

(ゲ、マジか)

 

もしくは、すでに裏の人間であるということが確定しているのか。

転校生を魔法生徒に加えるのであれば既にここにいてもおかしくはない。

だが、現状いないということは今のところ学園側の人間ではないのだ。

ここまで頭を回して、美空はあからさまに顔を顰めた。

面倒事はごめんだ。

平和に学園を卒業するという平凡で、本人としてはかなり大きな目標がある。

 

「うむ。どちらかというと気配がある‥といったところかの」

「‥と、いいますと」

 

美空とは反対に刹那は積極的に話を進める。

彼女の目的は西の令嬢、近衛木乃香の護衛。

お嬢様の安全を脅かす者がいれば斬る。

彼女はそれが出来て、尚且つ実行する。

 

「ふむ‥刀子くん」

「はい。転校生の名は長谷川千雨。アメリカからの転校です」

「? ハセガワ‥日本人、ですか?」

「ええ。どうやらアメリカで育った‥らしいのですが、これがまず怪しい。彼女は確かにアメリカにある中学校にいました。しかし、それ以前の彼女の経歴は、虚偽の可能性がありました」

「可能性‥ですか?」

「親類が一人も確かめられなかったのです」

 

経歴詐称。

それをする時は、何かしら誰かしらを騙す時だけだ。

 

「詐称って‥前の学校はどうやって入ったんスか?」

「…前の学校に入る時はちゃんと親がいたそうです。勿論、今回の転校の手続きにも親は来たそうです」

「???」

「魔法ですか」

「魔法が使われたかはわかりませんが、恐らくそれに類するものだと。しかし、それを裏付けるものを調べられていないのです」

 

調べられない。

時間が足りなかったというわけではないだろう。

 

「普通の学校ということですか」

「学校自体は魔法なんて何の関連もないものでした。つまり、前の学校は簡単に魔法かなにかで欺いたということです」

「ではこちらは‥」

「先方に虚偽の経歴があると突き跳ね返すことができんということじゃ」

「ならばこちらで処理すれば‥!」

「刹那くん」

 

学園長の一言を受け、冷静になる刹那。

そうだ、まだ問題は起きていない。

しかし、もし悪意がある者なら。

 

「今のところ少々怪しいというだけじゃ。経歴不明なら他にもおるしの」

 

その他にも、という者がうちのクラスにいるのが問題なのだが‥。

しかし件の人物は今の所目立った問題は起こしていない。

あの闇の福音と称される少女と関わりを持ち、彼女と協力して従者であるロボットを作り上げたくらいだ。

 

「ちなみに面談中、魔法による検査も秘密裏で行いました。結果は陰性。悪意は然程も検知されませんでした」

 

この麻帆良学園には様々な機密がある。

魔法的に権威ある書物が大量に貯蔵されている図書館島、世界樹と呼ばれる神木・蟠桃。

それらの悪用を防ぐべく、外部から入る人間、物質、はたまた人外生命体には全て魔法の検査が入る。

麻帆良学園全体に貼られた結界内では闇の者は力が抑制され、要注意人物は今回のように学園長や魔法先生に直々に見られ、その素性を確かめられるのだ。

 

「‥では、なぜ経歴詐称などをしたのでしょうか。隠すことなどないなら魔法を使ってでも偽ることなんて‥」

「事情があったもやもしれん。少し言葉に出さずに訊いてみたが、未知の力なんぞは呆れた表情で否定しおった。とりあえずのところは表の人間じゃ」

「けれど、貴女たちには話しておかねばならないことでしたから」

「うむ。1-Aの担任は高畑くんじゃ。勿論彼も承知しておる。なにかあったら、彼を頼れば良い」

 

高畑。

タカミチ・T・高畑。

凄腕の魔法先生だ。

学園内で度々起きる大学サークルの小競り合いや闘争を全てその腕で沈めてきた男。

通称デスメガネ。

本国‥魔法世界・ムンドゥス・マギクスでも有数の魔法使いなのだが、刹那と美空は知らない。

 

「わかりました。このことは龍宮には‥」

「勿論既に情報を提供している。彼女とは良好な関係を築いていきたいからの」

 

更にもう一人、名前が出る。

龍宮真名。

麻帆良学園内部に本殿がある龍宮神社の1人娘だ。

‥が、その正体は傭兵であり、銃火器の使い手である。

彼女は中等部からの編入者であり、入学してからは何度か刹那と麻帆良学園からの依頼として、魔物退治の任務や防衛任務を受けている。

しかし魔法生徒にはなっていない。

実力は自分よりも明らかに上であるが、良きクラスメートではないだろうかと刹那は思う。

 

「まずは現状維持。しかし、未知の力・あるいは魔法を使える者であるということ、彼女も生徒であるということを忘れないでほしい」

 

 

********************

 

 

‥とはいったものの。

入室時の歓迎トラップ(風香命名)を軽々も避けるとは…戦いの心得はありそうだ。

やはり裏の事情に絡んだ人間なのか。

ちなみにこの歓迎トラップの仕掛けは刹那も手伝った。

千雨がどの様な人間かを確かめたかったのだ。

手伝ってる最中は物珍しいという視線で皆にジロジロ見られていた。

 

朝のホームルームが終わり、クラスメートたちに囲まれて質問攻めにあっている千雨を見やる。

見れば見るほど普通の少女だ。

質問を一度に大量にぶつけられて疲れている様にも見える。

そんな彼女が裏の人間であるという可能性があるのだから、魔法とはやはり不思議なものだと思う。

 

「長谷川ってアメリカから来たってほんと!?」

「‥はい」

「敬語なんていいよー!それよりも英語ちょっと喋ってみて!」

「英語わかるのまき絵!」

「ぜんぜん!」

「流石バカピンク!」

「期待を裏切らない!」

「みんなしてひどいー!」

 

何だこの姦しさは!

まだ元いたとこの方がマシだ、と周りを見渡す。

30人も同世代が同じ空間にいる状況自体がはじめての千雨にとって、日本に来て初めての試練だと言える。

しかも同世代と言ってもかなりの色物揃いだ。

日本人は大抵黒髪黒目であると聞いたが、このクラスの黒髪黒目なんて2人3人くらいしかいない。

世界的に見れば背も低めで、貧相な身体が多いとか聞いていた。

実際見れば普通の背格好の少女もいるが、明らかにあんた日本人じゃないだろうと言える少女もいる。

というかめっちゃ小さいお子様3人は何だ?

いくら12,13歳でもあんなに小さいものなのか。

 

「千雨は武術はやらないアルか?」

「は?」

「くーちゃん誰でもくーちゃんみたいに格闘オタクじゃないよー!」

「む?」

「じゃあじゃあ!新体操はどう!?」

「うちの部では演劇をー‥」

「バスケマンに、君はなる!」

「かい⚪︎く!?」

「水泳‥どうかな」

「と、図書館探検部とかー‥」

「さんぽ部だー!!」

「みんなで学園名所総ナメだー!!」

「チアリーディング!」

「じゃ、じゃあウチもー。ウチマネージャーやけど‥」

「頼むから1人ずつ話してくれ‥それが無理なら黙ってくれ」

「要求が重くなってるよ!!」

「ほらほらあんたたち、長谷川がキツそうよーそろそろ」

「千雨さん、大丈夫ですか?貴女たち、散りなさい!」

 

「‥」

「どうした、刹那」

「龍宮…」

 

クラスの皆に圧倒されている千雨。

それを監視というよりただ見ているだけの刹那。

その視線に疑問を感じた真名が声をかけてきた。

 

「‥まあ、なんだ。随分普通そうな人だと思ってな。要注意人物とはとても思えん‥」

「ふっ‥」

「‥なんだ?」

「裏と関わりがあるやもしれない人間が、表の人間たちであるこのクラスメート達にかかればただの普通そうな人か。滑稽さ」

 

声を潜めたその会話の内容で、少しだけ安堵する刹那。

確かに、千雨はまき絵や古菲たちに圧倒されている。

それは良し悪しなどないかもしれないが、普段は彼女たち表の人間に主導権を渡す様な人物なのだ。

そのことに、千雨が表の人間には危害を加えることはないだろうと思えた。

そもそも悪意がないと魔法で判断された人物なのだ。

お嬢様にも危害を加えるとは思えない。

 

その後は逃げる千雨をクラス総出で追いかける鬼ごっこが起きた程度で、至極平和に一日が過ぎた。

 

結局、刹那の苦悩や監視は徒労に終わる。

千雨が転校してから一年、何も起きなかったのだ。

強いて言えば千雨が授業慣れしていなかったこと、日本語が結構辿々しかったこと。

あとは電子機器を見て感動していたことくらいだろうか。

 

1-Aに転校してから暫く経ち、転校してきたというインパクトも薄れ、隅の方で1-Aに馴染んだ千雨。

2年生に上がって出席番号も31番から25番に調整され、新しい番号にも慣れた。

 

そして、千雨が麻帆良学園に編入してから、初めての夏。

連絡が入った。

 

保護対象が増えると。

 

「‥は?今更?」

 

何と、また新しく編入してくる者がいるという。

自分に続いて二人目‥いや、正確に言えばロボットの茶々丸もそうらしいので自分が二人目で、そいつが三人目か?

 

しかも何と教師。

教師なのに保護対象ってなんだよ。

日課のブログ更新を終え、連絡内容を確認する。

魔法の手紙には驚きの名前が書かれていた。

 

ネギ・スプリングフィールド。

 

“彼”の息子が来る。



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【2】描かれた平穏

今更ですがネギま!を読み返して整理してます。
作者の推測もある程度入ります、ご容赦ください。


「なんで?どうしていかなきゃいけないんだ!」

「あー?しゃーねーだろ。放っとくとなぁ。俺の友達を悪いことに利用しちまうんだよ」

「わるいことってなんだよ!」

「今のお前に説明してもわかんねーよ」

「ガキあつかいすんな!」

「お前はまだガキだ。よく鏡見ろよ5歳児。あと、言葉遣いどうにかしとけ」

「そんなのはおれのじゆうだ!」

「あーもー。とりあえず、“わたし”って言え、“わたし”って。お淑やかに育て」

「おしとやか‥?」

「わかんねえかまだ。ま‥そのうちな。えーっと‥」

「おい!なにごそごそしてんだ、むしすんな!」

「‥ま、そのうちわかるさ。お前が大きくなって、力を持つようになるとな‥」

 

 

「‥わかんねーよ。わからなかった。10年近く経ったけど、力も身につけたけど。自分を蔑ろにしてまでやることではねえだろ」

 

どうやら夢を見ていたようだ。

頭を上げると、2-Aの教室。

教室に残っているのは千雨ともう1人だけだ。

クラスのみんなは部活やサークルに行ったか、既に寮に帰ったか。

麻帆良学園は全寮制で、男女別学だ。

もちろんそれぞれ男子寮と女子寮がある。

それぞれ2人ないしは3人部屋なのだが、千雨は1人部屋だ。

相部屋相手のザジ・レイニーデイがなぜか自分が部屋を割り当てられた時——つまり転校時、既に部屋を出ていたのだ。

というか、始めから寮部屋を使ってないのか。

まあそれはさておき。

 

帰るか。

帰りのホームルーム中に寝てしまっていたらしい。

起こされなかったのは優しさだと思いたい。

 

「あ、起きたんだー」

「おはよー」

「鳴滝's」

 

扉がガラリと開き、2人のちびっ子が入ってくる。

鳴滝風香、鳴滝史伽。

2人とも小学生?と100人中が100人は言ってくるくらいに背が低い。

 

「もー!史伽!」

「風香だって!いつまで経っても名前呼ばないなー千雨は!」

「面倒なんだよ2人呼び分けるのは。お前らいつも一緒だし良いだろ」

「良くないー!」

「良くないぞ千雨!」

「よって部活練り歩きの刑だー!」

 

またか。

転校してから一年以上。

当初は部活紹介という形でさんぽ部と一緒に様々な部活やサークルを見学していたのだが、これと言った部活が見つからず、そのまま一年も続いているのだ。

結局、千雨はほとんどさんぽ部に所属しているようなものだった。

 

「では、今日はどこへ参ろうか」

「普段行かないとこがいい!」

「チア部この前行ったでしょー。水泳も行ったしさー」

「このクラスのみんながいるとこは全部行ったもんね‥」

 

楓の言葉に、史伽と風香がどこへ行こうかと話し合う。

長瀬楓。

181cmの長身。

龍宮と並んでクラスの二大巨頭だ。

椅子に座っている状態で彼女を見上げるとかなり身長差があるように見える。

鳴滝姉妹に至っては約2倍の身長差がある。

身体つきも14歳とは思えない。

この前朝倉が出していたスリーサイズランキングでも2位を獲得していた。

というか、あのジャーナリストはどうやって調べてるのだろうか。

カン?

尚、彼女の口癖は「ニンニン」であり、語尾は「ござる」だ。

‥一目見たとき思わず「ジャパニーズ・ニンジャ」と出た自分は悪くない。

 

「あ、一個行ってないとこある!」

「じゃあそこだー!!」

「そんなとこあったか?」

「む‥行っても良いのでござるか?」

「へ?」

 

楓が少し思案顔をするが、鳴滝'sはお構いなしだ。

既に何故か私の荷物をまとめて行く準備をしている。

 

「何かあるのか?」

「うむ。本人は来ないでほしいとは言っておったが」

 

じゃあ駄目だろうと振り向いたらもう2人はいなかった。

ついでに自分の荷物もない。

更に言えば『千雨のにもつはあずかった』という文が書かれたメモ用紙まで置いてある。

 

「‥その部活ってどこだ?」

「美術部でござるな」

 

美術。

つまり絵や彫像を創作するアートの道。

絵と言われると思い浮かべるのは早乙女ハルナだろう。

だが、彼女は図書館探検部と漫画研究会の所属であり、彼女の絵もコミックに向けて描いている。

ちなみに、千雨は以前一度“初めてのコミケ”と称されて本の即売会みたいなのにハルナたち(というよりハルナ)に連れて行かれている。

 

「早乙女‥じゃないよな」

「うむ。行けばわかるでござるよ」

 

溜息をつきながらも先に教室を出た楓を追う。

部屋の戸に手をかけた時、教室に残った最後の1人を見る。

教室の隅の方にいたそれの顔は見えなかったが、目が合った気がした。

 

「‥来るなら来いよ。どうせ暇だろ?」

 

カタン、と音がした。

 

 

********************

 

 

千雨がそれに気がついたのは転校してから初めての夏。

教室にハカセからおすすめされたソフトウェアの媒体を忘れたことに気がついたのだ。

なお、ハカセとは葉加瀬聡美のことだ。

電子媒体という素晴らしい科学を教えてくれた、千雨にとってはありがたい人物である。

 

教室に入り、妙に肌寒いことに気がついた千雨。

季節は夏。

扇風機がまわっているわけでもないし、冷房などという立派なものが付いているクラスでも無い。

何より誰もいないのだ。

いないはずなのだ。

だが、誰もいないはずの教室から妙な気配があるのは感じていた。

 

千雨は身体のスイッチ(・・・・)を入れる。

途端に妙な気配が色濃く感じられた。

出所も、わかる——。

 

教室の左前。

ほとんどの椅子が机の下にしまわれているのに、その席だけ椅子が引かれていた。

まるで誰かが座っているかの様に。

妙な気配は、引かれた椅子から感じていた。

 

(‥違う。椅子じゃない)

 

「‥おい」

 

振り向かれた。

千雨の目線の先、誰もいない教室の隅。

だが、何かがいる。

 

「お前‥そこにいるんだろ。気づかなかったよ」

 

もう一年もいるのにな、と頭を掻く。

妙にオヤジ臭い仕草だったが、その得体の知れない気配は少し止んだ。

どうやら、警戒を解かれたか。

それとも、逃げたか。

 

「お前は何だ?」

 

実際、思い浮かべてみると感じる気配には覚えがあった。

いつでも教室にあった気配だったからか、今まで気付けなかったのだ。

 

‥返事はない。

けれど、目の前にいる。

恐らく、人外生命体。

それも実体は持ってないが精神体のみ存在する、特異例。

気体ですらない。

 

「返事をする気がないのか、それともできないのか。何にせよ、このクラスで妙なことする気なら容赦はないぜ」

 

脅しておきながら、恐らくそれはないだろうとどこか確信めいていた。

一年‥少なくとも自分が1-Aに転校してきてからずっといたのだ。

その間、不自然なことが起きたことなど何もない。

クラスメイトの妙なパワーで珍事に事欠かなかっただけだ。

色んなことがあったなぁと思い浮かべていると、気配が少し強く感じられるのが分かった。

どうやら感情の様なものは持ち合わせているらしい。

否定‥なのだろうか?

 

結局千雨はその得体の知れない何かに何もしなかった。

様子を見ることにしたのだ。

やったことといえば、時折気が向いた夜に話をしに行くくらいだ。

その甲斐あってか、その生命体の感情くらいならわかる様になってきた。

名前も姿形もわからない、奇妙なクラスの同居人だ。

 

 

********************

 

 

妙な気配を従え、楓の横を歩く。

美術室は向かいの棟の一階にあった。

しかし、美術部員とは誰だろうか?

帰宅部の自分はともかく、2-Aの生徒は大抵部活やサークルに入っている。

ちょっとサボり癖の酷いエヴァンジェリンとて茶道部と囲碁部に所属している。

無口無感情のザジ・レイニーデイでさえサーカス団だ。

誰か兼部でもしているのだろうか?

 

妙に騒がしい美術室の戸を開けると、予想外の人物が鳴滝'sに絡まれていた。

 

「‥神楽坂」

「あ、長谷川!楓ちゃん!?ちょっとこの2人何とかしてよー!」

「いーじゃーん!」

「見せてよー!」

 

これこれと2人の襟首を掴んで明日菜から引き剥がす楓。

猫か。

 

神楽坂明日菜。

長めのツインテールをベルの髪留めでまとめているのが特徴的だ。

クラスの中でもどころか学校内でも屈指の運動神経の持ち主でもある。

ただしおバカ。

勉強ができなさすぎてバカレッドというあだ名まである。

ただ、明日菜はバイトに時間を割いているから仕方ないといえば仕方ないが。

ちなみに楓はバカブルーだ。

他にもバカブラック、バカイエロー、バカピンクがいる。

 

ついでに言うと千雨の成績はそれなりの部類に入る。

国語と社会は壊滅的だが、数学と理科は試験の点数は高く、英語は点数が取り放題‥と言うか設定上取らなければまずいので確実に満点だ。

総合すると成績は平均を何とか上回る。

 

「で、何言って困らせてたんだ?」

「明日菜の絵が見たかっただけだって!」

「見たかった?」

「見せてくれないんですー!」

「ふーん」

「二人とも、本人が嫌と言うものに無理言ってはいかんでござるよ」

「それはもっともなんだが‥本当に神楽坂が絵を描くのか?」

「どーゆー意味よそれ」

 

ジト目をしながら抱え込んでいた絵を額立てに置き、布をかぶせる。

勿論その間も身体で隠して絵は見せてくれない。

後ろの生命体の気配もそわそわしている様だ。

無理に見に行ってないのは、できないのかはたまた性根が良いのか。

 

「イメージからかけ離れすぎててなあ」

「ぼくたちも初めて知ったとき驚いたもんねー」

「ガサツな明日菜が絵だってーってね」

「ガサツ‥」

 

不満そうな顔だが反論はしてこない。

自覚があるのだろう。

細かな作業は苦手、よく物を壊してしまう、バカ力。

よく委員長‥雪広あやかとも喧嘩しているし、その点は分かっているようだ。

 

「ていうか、あんたたち何しにきたの?」

「面子見りゃわかるだろ‥」

「もー、また憎まれ口きいてー!部活動見学だよー」

「さんぽ部恒例千雨ちゃん案内ですー」

「あんた、もうさんぽ部でいいんじゃない」

「然り。拙者もそう思っているでござるよ」

「気が向いた時にぶらつくのがいいんだよ」

 

会話を続けながら、美術室に展示されている生徒たちの作品を見て周る。

どうやら美術室には神楽坂一人のようだ。

これなら多少騒いでも許してくれるだろう、神楽坂が。

絵など心得もないし興味もなかったが、中々どうして素人目の自分が見ても上手い絵が多い。

中学生が描いたものとは思えないほどだ。

その道に傾けば幾つの子供でもいくらでも上達する。

その言葉の体現をしているのが他ならぬ千雨本人ではあるのだが。

 

「そういえば知ってる?三学期に新しい先生が来るってさー」

「え、本当それ?」

「職員室で先生たちが話してるの聞いちゃったのさ!」

「しかもうちのクラスなんですー!」

「えぇ!?」

 

ただの驚きだけの声ではなさそうだ。

ちらりと見ると明日菜の顔は青ざめている。

さては‥。

 

「高畑先生と交代になるやも知れん、ということでござるかな」

「教師を好きになるとこういうことになるのか‥」

「ちょっとおおおおぉぉぉぉ!!あんたなんで知ってんのよはせがわあああぁぁぁ!!!」

「見てりゃわかるよ」

 

呆気にとられた顔をする明日菜とうんうんと頷く他3人。

‥違った、生命体も肯定してるっぽい。

4人だ。

ばればれというかそもそも隠す気がなかったんじゃないだろうかというくらいわかりやすかった。

高畑の授業とその他の先生の授業とでは授業態度が違うし、話し方もまるで違う。

いつも他の授業は頭を抱えつつも頑張ってノートをとっている程度だが、高畑の授業だけは積極的に発言し、だいたい間違えている。

間違えているのは余計か。

授業の居残りでも監督は高畑だ。

その時だけは高畑と一緒、ということもありかなり勉強を頑張っている‥らしい。

ちなみにこれは同じバカレンジャーのバカブラック情報。

 

しかし驚きだと思う。

高畑とアスナが妙な関係になっていることもそうだが、アスナがまさか恋なんて。

高畑はある意味でアスナの親のようなものだ。

保護者というのが正しいのかもしれない。

かつては何人も保護者が神楽坂には居たはずだが、いまでは訳あって高畑と、あとは一時期預かってくれたという学園長くらいだろう。

そんな二人が、片方から片方へ恋煩い。

千雨は自分の親を思い浮かべる。

考えるまでもなく、あり得ないことだった。

あんな親父に恋するくらいなら委員長と同じように年端も行かぬ少年の方がまだマシだ。

委員長の趣味もあれはあれでどうなんだとは思うけど。

 

「ちょ、ちょっと!その‥バレてるのは置いといて‥、いや良くはないけど。高畑先生、本当に私たちの担任じゃなくなっちゃうの!?」

「うーん。ぼくたちも先生たちの話を盗み聞きしただけだからなー」

「高畑先生いい先生なのにー」

「副担任という手もあるでござる。何も悲観することはないでござるよ」

「けど、納得ではあるけどな。なんだかんだあのおっさん、何日もかかるような出張多いだろ。それなら担任からは外して不定期に仕事できるような役割の方が合ってるんじゃねえの」

 

その出張も本国絡みではあるだろうが、と推測する千雨。

恐らく、高畑が用があるのではなく、高畑でしかできない仕事だろう。

そして、高畑にしかできないことなど一つしかない。

魔法戦闘。

それも高畑クラスの実力が必要なレベル。

相手の組織・個人はいくつか思いつくが、絞り切ることはできない。

高畑にしろ“彼ら”にしろ、敵が多いのだ。

戦争が終わってから未だ20年。

“彼ら”は結局戦時中、戦争を行なっていた両陣営をどちらもボコボコにしてしまっている。

時々やりすぎちまったかなー、とはその一人の談。

正直それは勘弁してほしいというか、見境を持って欲しかった。

苦労するのはこっちなのだ。

 

だが、一番の大本命はやはり、かの創造主の残党たちか。

 

「‥まだ、何かいるのか?つい数年前、全滅したって聞いてたんだがな‥」

 

思案しながら、再び絵を見て周る。

作品の中に拙い絵を一枚見つけた。

描かれているのは高畑‥だろうか。

少し顔が崩れているが、メガネと顎髭、少し跳ねた前髪が特徴的だ。

横目で、どうしようどうしようと嘆いている明日菜を見遣る。

どうやら鳴滝'sに不安を煽られているらしい。

悪質だ。

 

‥バイトに明け暮れ、学校ではクラスメイトと共に笑い過ごし、授業も‥成績は芳しくないようだが、きちんと受けている。

部活だってこうして出ているのだ。

なんと気になる人だって出来ていたのだ。

おっさんが相手だけど。

千雨は、彼女のことがどうも眩しく見えていることに気がついた。

 

「ねーあすなー。それよりも絵を見せてよー」

「同じクラスになってから一回しか見てないですー」

「拙者も上達ぶりは気になるでござるなぁ」

「諦めなさいよそろそろ!それよりも高畑先生のことの方が重要よ!!」

「顔怖いぞあすな‥」

「‥まあ、見せられるくらい絵が上手くなったら見せてくれよ」

「‥」

「なんだ?」

「‥千雨ちゃん、笑うのね」

「はあ?」

「えー!!」

「見てなかったですー!!」

「いつも呆れたような、不満そうな表情しか見てないでござるなぁ」

「ふん‥」

 

あ、顔もどったーなどと宣う明日菜に目の前にあった絵を見せつける。

途端に明日菜が顔を真っ赤にして悲鳴を上げたので、鳴滝's——しかも風香の方——に絵を押し付け、早々に部屋を出た。

部屋の中から比喩表現でもなんでもなくドッタンバッタンという音と、何かが壊れる音、楓の笑い声、自分が連れてきた生命体のオロオロとした気配が聞こえる。

ザマアミロ、と呟きながら玄関へ向かい、校舎を出た。

 

後ろを向き、聞こえるはずもない声を出す。

 

幸せそうで何よりだ。

 

‥なお、自分の鞄を鳴滝'sから取り戻すのを忘れていた千雨が美術室に戻り、自分が起こした騒ぎを収める話は蛇足だろう。

 



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【3】道は山あり谷あり落とし穴あり

ここから始まります。
うちのちうさまはまだ何が魔改造されているか明かされていませんがその内分かります。


お前はどうしたい。

自分は何をすべきか。

 

この二つの言葉は、似ているようでとても違う。

千雨は常々思っていた。

何をすべきか。

千雨は一度だけ問われた。

お前はどうする。

けれど、二つの問いの答えは同じだった。

 

「私は、私の現実を取り戻す」

 

 

********************

 

 

二月某日、麻帆良学園女子中等部。

‥への登校の道。

千雨は、走っている生徒たちの邪魔にならないよう道の端の方を歩いていた。

元気な連中だ。

まだ朝のホームルームのチャイムには時間がある。

走る必要がないとまでは言わないが、そこまで急ぐほどのものでもないだろう。

なのに行く道行く生徒はそのほとんどがその足で走ったりバイクをかっ飛ばしていたりスケートボードでガンガンスピード出したり。

 

これが若さか‥。

明らかに同世代の生徒たちに対して見当違いの感想を漏らす千雨。

 

「おはよー千雨ちゃん!」

「はひははいおー?」

 

自分の名を快活な声と塞がった口で出たような声が挙げる。

後ろを振り向くと、小走りで運動部の4人組が近づいてくるのが見えた。

 

「面倒だろう走るの」

「早く着くとお得じゃん!」

「え、そんなこと考えてたん?」

「ええ、じゃあ亜子はどうして走ってたの!?」

「いやウチは朝練終わりではよ行かなって」

「あ、あれれ?」

 

なんだか微妙な空気だ。

声をかけてきたのは明石裕奈と佐々木まき絵。

ちなみに食パンを咥えてる方がまき絵だ。

どうやら朝ご飯を食べる時間がなかったらしい。

まき絵が朝練で時々寮の前を走っていたり、演目の練習をしていたのは目にしていた。

朝練をしていて朝ご飯を抜くのはスポーツマンとしては本末転倒だと思う。

ちなみにまき絵は新体操部だ。

裕奈はバスケ部。

 

残りの二人は和泉亜子と大河内アキラだ。

和泉の方はこちらも朝練終わりだったのか、運動着のまま共に学校へ向かっている。

和泉は男子のサッカー部のマネージャーで、大河内は水泳部だ。

4人とも運動部に所属しており、仲も良く、運動部組と呼ばれることも多々ある。

 

「別にいいんじゃないかな、早く着いても」

「悪いことじゃねーけど私は面倒なだけだ」

「なるほろ〜」

「早く着くよりも早く飲み込め」

「ダメだよ千雨ちゃん。焦らすとまき絵は詰まらせるから」

「んぐ!?」

 

裕奈の言葉を皮切りに顔を青ざめるまき絵。

おいおい。

亜子と裕奈があぶあぶと水筒を用意し始めたが、アキラが腕を振りかぶってるのが見えた。

風を切る音と共にまき絵の背中に大きな強打音が響く。

突然の衝撃に涙目になるまき絵だったが、次の瞬間には顔をキョトンとさせていた。

どうやら喉に詰まったパンは飲みきってしまったらしい。

 

「アキラすごっ!!」

「や、やりすぎとちゃう?大丈夫、まき絵」

「んんっっ‥!!あー、飲み込めた!!ありがとうアキラ!」

「ふう」

 

今の一連の流れを溜息一つで済ませる方が凄い。

亜子から水を受け取るまき絵は何とも思ってなさそうだが、命の危険があったのだ。

もっと危機感を持て、危機感を。

 

「んっ‥‥んっ‥‥ぷはぁ!‥‥ふっふっふー」

「ど、どうしたのまき絵‥」

「は、長谷川どうしよう。打ちどころ悪かったかな」

「私に訊くな‥。‥‥まあ今のでバカになったとしても元が元だし大して変わらねえだろ」

「諦めないでよ長谷川!」

 

律儀に水筒の蓋を閉め、亜子に礼付きで水筒を渡してから咳払いするまき絵。

仕切り直しか。

正直この茶番に付き合うくらいなら歩き始めたい、と千雨は冷めた目で3人と共にまき絵を見守っている。

他4人にどう思われてるか思いもせず、ニコッと顔を笑わせてから大口を開ける。

 

「何たって今日は新しい先生が来るんだから!」

 

 

********************

 

 

結局今更一人で教室に向かうのも変だったので、千雨は運動部4人組と共に教室に向かっていた。

その間の4人の会話が暇つぶしにはなったので大人しくついて行ったのだ。

もっぱら話題は新任の教師だ。

おじさんかなーお兄さんかなーとか。

女性だったら綺麗な人がいいなぁとか。

いやいやそれよりも、やっぱりかっこええ人がええなぁとか。

お父さんが間違ってクラスに来ないかなぁとか。

明石の父親も教師らしいので、なくはないだろうが、今回はそもそも学園外から来る新任教師である。

誰が来るか知っている千雨からすると4人が想像する人物像が全部外れている。

というより、当てるのは無理な話だろう。

相手は9歳のお子様なのだ。

自分より年下の教師など想像できるはずもない。

千雨は4人の的外れな新教師のイメージを聞きながら、かの少年のことを考える。

顔は勿論わからないが、何となく想像はつく。

彼の両親はどちらも美形だった。

顔貌が悪く産まれる方が難しい。

あとは魔法の勉強を盲目的にやっていたということしか知らない。

さらに言えば、本来7年で卒業する学校の課程を5年で、しかも主席で卒業したことくらいか。

千雨の予想外だったのはそこだった。

あと2年、いやせめて1年は遅いだろうと思っていたのだが。

彼の親の良いところだけを引き継いだ様だ。

何にせよ、会ってみないことにはわからない。

 

ゆっくり歩いている千雨に合わせてくれているからか、5人の周りは人がまばらになってきた。

時間はあと5分といったところか。

時刻を確認しようと、後ろを向いて時計をみようとした千雨の目に、ある3人の姿が映った。

一人は神楽坂だ。

もう一人は近衞木乃香。

神楽坂と近衛は寮の部屋が同じなので、2人で登校しているのだろう。

 

そして、もう一人。

少年だった。

千雨は目を見開いた。

女子中学生二人に比べて背は低い。

二人の胸あたりまでしか背がない。

そもそも学生服を着ていない。

大きな冬国の防寒コートを着ている。

また、本人の体幅よりも大きなカバンを背負い、古風な壺まで下げている。

何より特徴的なのはカバンと本人の間に背負われる形でそこに在る杖と、明るい赤髪だ。

杖は斜めがけで背負っているが明らかに少年の体よりも長い。

そして、見たことのある赤髪。

父親の遺伝か。

だが、顔は妙に幼い。

目つきなんて柔らかと言ってもいい。

父親も母親も柔らかなんて表現は合わない人たちだったので、あれは環境のせいかねと推測する千雨。

 

間違いない。

何故神楽坂たちともう共にいるのかはわからないが、彼が今回の新任教師。

 

「‥ネギ」

 

ネギ・スプリングフィールド。

英雄の息子。

まだ幼い9歳の教師。

かつての王国の遺児。

彼をなんと表せばいいかはわからないが———。

 

遂に会えた。

 

 

「千雨ちゃーん。早く行こうよー」

「置いてくよ長谷川ー」

 

まき絵と裕奈の言葉に、ネギたちから目を外す千雨。

校舎からネギの名を呼ぶ声が聞こえた。

高畑だろう。

 

どうせまたすぐに会える。

あんたたちの遺した最後の光を、しかと見せてもらおう。

 

 

‥靴を履き替えたあたりで何故か明日菜の悲鳴が聞こえた。

問題児とは思わなかったが、というか思いたくない。

あの暴れん坊が子供に戻ったら?

想像したくもない仮定だ。

 

 

********************

 

 

教室に入ると、皆が各々自由に過ごしていた。

本来ならホームルームの時間だが、今日から新任の教師がこのクラスの担任になる。

その準備のせいで遅れているのだろうとだれも気にしてない。

いいのかこんなので。

 

運動部4人組もとりあえず自分の机へ向かう。

千雨は一番後ろの席だ。

席に向かう途中で綾瀬夕映、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの後ろを通り、2人に適当に声をかける。

おはようございますという返事と、適当な鼻による返事が返ってくる。

それに横目で反応しながら、ノートパソコンを開く。

今後の計画の確認だ。

 

今回ネギは魔法使いの修行として教師をやるらしい。

今は仮免期間のようなもので、この修行が終わると一人前の魔法使いとして認められる。

その教師もまた仮‥というかこっちは今は教育実習生といったところか。

まずは保護観察。

そして教師としての務めを果たす、魔法使いとしての経験値も積ませろとの事だ。

方法は指定されていない。

普通に考えたら穏便に済ませろくらいは来そうなものだが、依頼者が依頼者だ。

そんなこと考えてもいないだろう。

問題が起きる前に未然に防ぐなどよりも起きてからどうにかしよう———力尽くで。

こんな思考回路を持つような人間だ。

やれやれと溜息をつきたくなる。

 

まずは現状把握から努めたい。

教育実習生からいつ正式な教師になるかはわからないが、教育実習生の間はなるべく問題は起こさせたくない。

まだ9歳の見習い魔法使いが問題を起こさないなど中々ハードルが高いが、要するに肝心なのは最初だ。

魔法使いとしての社会基礎を教えて、あとは本人にどうにかさせる。

 

ここまで整理し終えて、キーボードで情報を打ち込んでいると、教室の扉からノック音が聞こえる。

扉の方を見やると、自分が転校してきた時よりも凶悪で巧妙なトラップが仕掛けられていた。

仕掛人は誰だと見渡すと、どうやら超にも依頼したらしい。

ふふんと自信ありげだ。

 

扉が開く。

妙に背が低い人物が入ってくる。

と同時に、ドアの上から少しの衝撃で落ちるよう置かれていた黒板消しが落ちてきて———入ってきた人物のアホ毛のわずか上でぴたっと止まった。

 

あのバカ!!

 

思わず頭を抱える千雨。

対物魔法障壁を切っていない。

クラスメイトたちもざわりと動揺する。

 

本人もハッとしたのか、次の瞬間には黒板消しが頭に当たっていた。

 

「ゲホゲホ、いやー」

 

ソプラノが効いた声が、咳き込みながら笑っている。

なんとか和ませようとしているらしい。

咄嗟に9歳ができることではない。

 

ひっかかっちゃったなあと言いながら、歩き出した彼。

その足にはピンと張られた紐が掛かっていた。

勢いそのままで転び始める。

転ぶ状態で上からバケツが頭にかぶさってきた。

安全の為に頭だけ防護させるようだ。

あとは仕掛人たちの思惑通り、面白いように転んでいく。

かなり間抜けな悲鳴を上げながら、最後は教卓にぶつかって止まった。

黒板消しにバケツにおもちゃの矢が3本で計4個の罠全てに当たっている。

あははははと仕掛人含めクラスメイトたちが笑う。

かなり間抜けな絵面だった。

あれなら仕掛け甲斐もあるというものだ。

 

ちなみに千雨はバケツが被さった辺りから見ていない。

呆れて天を仰ぎ、目を覆っていたのだ。

 

罠を仕掛けられた人物が子供だと分かり、クラスメイトたちが心配の声をあげ、子供に駆け寄っていく。

子供より遅れて入ってきた源しずなの一声でクラスメイトたちが静まりかえり、元の席へ戻っていく。

今し方彼女は信じられない言葉を告げた。

その子があなた達の新しい先生よ、と。

 

「ええと、あ‥あの‥‥」

 

口を開かせようとして、閉じて。

言葉を必死に思い出そうとしているのがわかる。

正直言ってかなり不安だ。

主にこの強烈なクラスメイト達に流されないか。

今後の彼の行先がどこへ連れて行かれるかわかったものではない。

千雨が助け舟を出すべきか真剣に悩んでいる時、子供は決意の顔を持って話し始めた。

 

「今日からこの学校でまほ‥」

 

おいおい。

今度は一転して邪魔してやろうかとポケットに入っていたガムを掴んだが、彼もすぐに自分の過ちに気付いて訂正した為、事なきを得た。

 

その後はなんとか自己紹介を終え、クラスメイト達にもみくちゃされていた。

ネギ。

ネギ・スプリングフィールド。

生まれ育ちともにイギリスのウェールズ。

現在9歳。

麻帆良学園には英語の教師としてやってきた。

オックスフォード大学を天才的に飛び級しまくって卒業している。

ここまでが表の情報。

 

そして、裏‥つまり魔法関係者向けの情報は次のようになっている。

勿論オックスフォードなど出てはいないが、それと偽っても問題ないくらい学力が高いこと。

メルディアナ魔法学校の課程を本来7年で学び終えるのを5年で首席卒業したこと。

先述した情報に加え、父母共に行方不明で、公的には既に死亡していること。

更に、ネギがかつて生まれ育った村は6年前、悪魔の襲撃により彼を残して壊滅していること。

この学校には、魔法使いの修行の為に来ていること。

 

それがネギ。

ちらりと見やると神楽坂に絡まれている。

なんだと思ったら先程の黒板消しの件が不可解だったらしい。

校舎前でも何かやっていたし、縁でもあるのだろうか。

あると言えばあるが。

 

だが、あの程度ならバレることはないはずだ。

ネギがボロを出さない限り。

あんな程度で誰かが変だと騒いでもこの学園はもっと不思議で可笑しいことが起きているのだ。

誰も疑問に思ったりなどしない。

もっとも、その雰囲気を作っているのはこの学園に代々住み着いた魔法使い達のおかげだが。

 

少し思案した隙に今度は委員長が神楽坂と取っ組み合いを始めている。

なんでだよ。

 

その後はいざネギの初めての授業。

恙無く授業が‥進んだりなんてしなかった。

流石にいきなり9歳の少年に歳上の女生徒達に授業を行えなんて無理か。

文字通り、勉強ができても教えられるとは限らないという例だった。

神楽坂と委員長のケンカも相まって一切授業は進まなかった。

 

初めての授業が終わり、とぼとぼと教室を出て行くネギ。

声をかけるべきか。

やはり授業もサポートしたほうがいいんだろうか。

しかし、何でもかんでもやってしまうとネギの為にはならないだろう。

確かにヘンテコなクラスで他のクラスよりも明らかに苦労しそう(実際高畑は苦労していた)ではあるが、魔法をそう簡単に表の問題の解決に使っていいんだろうか?

というか、教師業が魔法使いの修行になるとは思えない。

 

「おーいちうちゃーん」

「おいこらてめえ朝倉」

 

声をかけてきたのは朝倉和美だ。

人が悩んでいる時に、と溜息をつくどころかガンを飛ばす千雨。

禁句を言うからである。

 

朝倉和美。

通常“麻帆良のパパラッチ”。

報道部のエースで、入学してからいくつものスクープを出し、学園どころか都市全体を賑わせているお騒がせものだ。

ただしスクープは出してもスキャンダルは報道しない、というのが彼女の信条‥らしい。

何せ千雨は一度スキャンダルを掴まれ、その説明を朝倉本人から受けている。

去年の学祭で思わぬダメージを受けてから、千雨は朝倉のことが苦手なのだ。

 

「その名はやめろその名は。張り飛ばすぞ」

「わー本気の目ー。でも可愛いと思うよ?絶対人気出るって」

「人気‥」

 

人気が出るのは良いことだ。

大衆が自分の為に湧き、祀り、騒ぎ立てるのは悪くない気分にはなる。

だが、この学園に来る前ではその人気が白熱しすぎてどこに出るのも面倒だった。

悪くはないがあんなことは二度はやりたくないというのが千雨の心情だ。

 

「あ、迷ったでしょ」

「うるせえ。で、なんだよ」

「今からネギくんの歓迎会やるんだけどさー」

 

みんなで手分けして買い物と教室の装飾をやろう、とのことだったので教室の装飾にまわらせてもらった。

外に出歩きに行くのは面倒なのだ。

ここから近くの食料品店までそれなりにある。

徒歩だと10分くらいか。

歩きたくはない。

 

クラスメイトたちの他愛のない話をBGMにしながら折り紙を折っていく。

今は星を作って大河内に手渡し、飾り付けてもらうという壁の装飾を行なっているところだった。

 

「けど本当に可愛いよねーネギくん」

 

まき絵の言葉を皮切りに、装飾を手伝っていたクラスメイトたちの雑談がネギの感想へと移り変わっていく。

大抵のクラスメイトたちは感想を漏らすだけだが、中でも委員長だけはピクリと反応し、目を鋭くしていた。

 

「‥まき絵さん?」

「ん?どしたのいいんちょ」

「まさか、ネギ先生とお付き合いしたいとは言いませんわよね?」

「え」

 

目が本気の委員長を見て千雨は思案する。

ショタ好きとは知っていたがここまでとは。

牽制入れるとか早乙女に貸してもらったドロドロの昼ドラ冒頭かよ。

ちなみに、一応全部シリーズまで観てからハルナに返却した。

 

そういえば、ネギは魔法使いだ。

立派な魔法使いを目指すならパートナーが必須である。

パートナーとは、立派な魔法使いを支える従者であり、戦闘時には前衛にもなる。

魔法使いにとっては一蓮托生のような存在だ。

教師と生徒が恋愛をするという点については倫理的にまずいかもしれない(どちらかというとこの場合は生徒側)が、一旦置いておくとして。

ネギがこのクラスからパートナーを選びたい、と思った時どうするのだろうか、その生徒は。

 

魔法がバレる。

魔法は普通の人々にとっては超常の力で、ある意味夢ともいえるもの。

そんなものを思春期の子供に渡したら、使い道は想像に難くない。

ロクなことにならないだろう。

せめて魔法を悪用しそうにない生徒か、既に魔法を知っている生徒から選んでほしい、と祈る千雨。

 

ちらりと未だネギの感想で盛り上がるクラスメイトを見やる。

一番良いのは桜咲か。

京都神鳴流の魔法生徒。

学園側の人間だし、義理堅い。

あとは龍宮‥。

だが、龍宮の性格上悪に傾くことはないと思いたいが、龍宮のような生き方はネギにはして欲しくない。

春日は既に魔法使いの従者だったはずだ、と魔法生徒たちの情報を思い浮かべて行く千雨。

 

既に学園に入ってきた時に調査済みの情報だ。

夜の散歩、と題してこそこそ魔法生徒や魔法教師たちの後を尾けるのは中々骨が折れた。

 

他にいるのはマクダウェルか。

名前を挙げて即座に首を横に振る千雨。

あれだけはない。

というより従者になってくれるどころか騙されてネギが従者にされかねない。

勿論、千雨はエヴァンジェリンのことも知っていた。

 

あとは魔法生徒以外で———。

キョロキョロ見渡して、委員長かなと睨む千雨。

委員長の性癖はともかく、委員長の普段の振る舞いはノブレス・オブリージュそのものだ。

悪用などするはずもないし、今のネギ程度の魔法でできることなど、彼女の資産や執事たちでできてしまう。

魔法なんてそんなものだ。

過程に魔力を使われる必要はなく、結果が出れば何でも良い。

むしろ魔法なんて使われない方がいい。

 

後は全く悪戯気がなさそうな宮崎‥。

と、教室全体を見て宮崎のどかがいないことに気がつく。

宮崎のどか。

通称“本屋”。

ちなみにこの通称は2-Aの中でしか使われていない。

図書館探検部という一見するとわけのわからない名前の部活に所属している。

図書館島のせいなのだが。

前髪で目元が隠れており、時折親友の綾瀬や早乙女たちに髪を弄られている。

顔を見えやすくした方がいいと思われているのだろう。

 

「なあ、何人かいなくないか?」

「んー?明日菜と柿崎たちはそれぞれ買い物。本屋は‥いないね。部活の用事かな?参加するとは思うけど」

 

優しい子だしねー、と朝倉。

実際彼女は優しい。

千雨が転校してきた日にはお勧めの本ですと何冊か日本語の様々なジャンルの本—しかも英訳付き—を手渡してくれた。

転校してきたその日にそんなことが出来るなんてと素直に千雨は驚いた。

アメリカから来るという設定を知っていたのだろうか?

一度寮に案内されてから千雨の部屋に渡しに来たので、多分学校が終わってから探しに行ったのだろう。

 

「‥ふーん」

「お、噂をすれば」

「あー‥。‥あ?」

 

幾つもの本を抱えて教室に入ってきた宮崎。

ちなみに両手一杯に本を抱えていたので、長瀬が扉を開けに行ってあげている。

‥何故だか妙に顔が赤い。

 

「‥なんだ、あいつ」

「千雨ちゃんめざといねー。確かに様子が変だね」

 

スクープの予感かな?と愛用カメラとボイスレコーダー、メモ帳まで瞬時に取り出す朝倉。

目と所作がプロだ。

装飾そっちのけでどしたのー?と、聞きにいく。

おいおい。

自分の上で装飾を壁につけていた大河内と目を合わせ、どちらともなく溜息を吐く。

これも朝倉の性分だね、と先に動き出したのは大河内。

大人だ。

 

その内、柿崎たちチア部も戻ってきて、更には高畑と源先生も来た。

ちなみに真っ先に高畑は壁の装飾をやらされていた。

背が高い男手を遊ばせておく理由はない。

 

ようやく飾り付けを終えたところで、窓の外に校舎へ歩いてくる神楽坂とネギが見える。

神楽坂は袋を持っていた。

用事を終えると同時に主賓を連れてくるなど中々優秀である。

 

「来たぞ」

「了解ですわ!皆さん、配置へ!!」

 

いつもより明らかに士気が高い委員長の号令で、扉をぐるりと囲むように位置するクラスメイトたち。

もちろん手にはクラッカーだ。

絡繰なんて奥の方で大きな手筒クラッカーを持っている。

近くのマクダウェルなど既に耳を塞いでしまっている。

誰だあんなの用意したの。

葉加瀬か。

ちなみに千雨は人壁より後方でのんびり座っている。

 

次第に一人の女と少年の声が聞こえ始める。

何やら興奮した声だが何かあったか。

早速実行よ!なんて言っている。

もう仲良くなったのか?と推測する千雨の手にはクラッカーが握らされていた。

前にはニヒヒと笑う朝倉。

芸達者なやつだ。

 

神楽坂の声と共に扉が開くと同時に、クラスメイトたちが歓迎の声をあげ、クラッカーを引き鳴らす。

何やらネギどころか神楽坂まで呆気に取られている。

あのアマ、忘れてたな?

あのバカっぽさはどこからきたのか。

少なくとも生まれつきではないのは確かだが。

 

歓迎会が始まった。

今のところはやはり好感度が高いのだろう、かなり歓迎されているネギ。

そもそもこの2-Aは問題児クラスというかヘンテコクラスというか、お祭り好きではある。

歓迎されるのも当然か。

口には出さないが、千雨は安堵していた。

これなら大丈夫だ、やっていける。

何かあれば自分が手を下せばいいだけのこと——。

 

と胸を撫で下ろした時、ネギが高畑の額に手をやっているのが見えた。

魔力の動きを感じる。

 

安心したのも束の間、いきなり魔法を使っているネギに今度こそ頭を抱える千雨。

 

(何をやってんだあのバカは!)

 

いくら高畑が魔法使い側でも公衆の面前でそれはまずい。

今すぐ止めてやろうか、と立ち上がると、次の瞬間ネギは信じられない行動に出る。

なんとそのまま神楽坂に駆け寄り、何事かを伝えたのだ。

 

目が点になり、立ったまま止まる千雨。

どうしたの?なんて誰かの声が聞こえたが、それどころじゃない。

 

(まさか‥‥)

 

また、ネギが高畑に近寄り同じことをやっている。

そして‥やはり終わったら神楽坂のところへ駆け寄り、また何事か伝える。

 

何かしらをネギから伝えられた神楽坂がその都度ズッコケ、今度は教室から走って出て行ってしまう。

それをすぐにアスナさーんと声をかけて追いかけるネギ。

 

笑いたくなってしまった。

 

既にネギの魔法が神楽坂にバレている。

よりによって、神楽坂に。

 

「‥おい、来てから半日で終わりか私の任務」

 

天を仰いで我が師を思う。

あのオヤジ、面倒ごとを押しつけやがって。

 

今度あったら全力の気を込めてぶん殴ってやろうと決めた千雨は、おずおずと村上に出されたジュースを奪い取るように飲んだ。




ちなみに今のところ千雨はかなりネギに対して過保護的ですが、そのうちそれも明かします。
多分。


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図書館島編
【4】初めての試練・そして邂逅


適当に話の本筋考えてますが着地地点は決まりました。
二次創作だし。
自分の考える1番を目指します。


不敵な顔で笑う貴方。

その無邪気な笑顔を、見ていたかった。

いつまでも、そのままで。

 

 

********************

 

 

ネギが新任教師としてやってきてからしばらく経った。

まあ出るわ出るわボロというボロ。

未だに神楽坂にしか魔法がバレていないという方が驚きなくらいには。

 

何とか尾行しながら話を聞く限り、ネギのことを誰かにばらそうという気は神楽坂にはないらしい。

こちらとしてはありがたい。

本当なら記憶消去をかけなければならないのだ。

それができないことはよくわかっていた。

一度ネギも失敗したようだ。

神楽坂に、魔法は効かない。

恐らくは“気”も効きはしないだろう。

千雨はこの学園に来た意味がほとんどなくなってしまったことに気がついた。

 

「どうするかな‥これから」

「もちろんテスト勉強ですわ!」

 

委員長が返事をしたような形だが、別に千雨と委員長が会話をしていたわけではない。

勝手に委員長が千雨の独り言に反応しただけだ。

 

「唐突だな。何でテスト勉強なんだよ」

「次の月曜日からテストですわよ!?逆にそこを何故と問いますか!」

「いつも通りのやり方でいつも通りの実力を出すだけだよ。どちらかというと委員長もそっちの方だろ」

「いえ!確かに日々でき得る努力は可能な限り行なっていますが、心持ちの問題ですわ!」

「ふーん」

 

もちろん千雨は日々でき得る限りの努力などしていない。

いつも通りの意味が委員長とは全く異なる。

 

麻帆良学園女子中等部は、先の月曜日から試験期間に入っていた。

2-Aも当然例に漏れず、なのだが‥。

ぐるりと教室を見渡す千雨。

真剣に机に向かって勉強している者など一人もいない。

今は休憩時間なので当然と言えば当然だが、テストだからテストに備える、などと言う者は皆無だ。

寮できちんと学生の本分に務めるという者が五本の指に収まるくらいはいるだろうが。

 

そこまで考えて、なんだかんだ言って2-A全体が自分を含めてテストを意識し始めているのに気がついた。

恐らく、朝のネギによる「頑張って学年最下位クラス脱出を目指しましょう」という言葉がそれなりには効いているのだろう。

何故唐突にあんなことを言い始めたのかはわからないが。

学年最下位脱出できないと大変なことになる、とまで言い切っていた。

 

とりあえず、千雨はネギと神楽坂の件は置いておくことにした。

バラさないという神楽坂の愚直な意見を信じよう。

 

(どうせ嘘つけないしな、あいつ)

 

そこが美徳だと言う人もきっといる。

 

「さあ、勉強しますわよ千雨さん!」

「げっ、いいよ別に」

「何を仰いますか!貴女は国語と社会が壊滅的なだけで、残り3つはほぼ完璧ですのよ!国語と社会をせめて平均点の半分でも取ることが出来れば大きく成績が上がりますわ!」

「委員長、わたしももう転校してから一年経ったし、そこまで面倒見なくても‥」

「良くありません!クラスメイトの困り事は私の困り事ですわ」

 

さあ!と無邪気な顔と共に国語の教本を出す委員長。

そうなのだ。

この貴婦人、どうにも千雨に対して世話を焼く。

バカレンジャー以上に面倒を見られている。

バカレンジャーは既に手のつけようがない、と思われているかもしれないが。

バカレンジャー筆頭の神楽坂など、5教科合計点数が千雨の英語の点数や超の各教科一つの点数にすら劣る。

しかし最近はネギによる補習を機に少しずつ勉強を頑張っている、とは近衛談。

ちなみに千雨の国語・社会の点数はバカレンジャー並みである。

国語はともかく、社会だけは真剣に点数が取れなかった。

当然と言えば当然なので、千雨は諦めていたのだが。

 

「さあ!さあ!」

「わかったから落ち着いてくれ‥」

 

せめて社会だけでも教えてもらうか。

ちなみに、千雨は日本語を喋れるし書くこともできる。

日本に来た当初は適当な日本語で会話していたが、流石に一年もいると慣れてくる。

元々日本人だというのも大きいのかもしれない。

だが、国語だけは無理だった。

単純に苦手なのだ。

 

 

********************

 

 

「あれ、千雨ちゃんどしたん?えらい疲れとるなー」

「ほんとですね。いつもの仏頂面じゃなくて新鮮ですけど」

「‥綾瀬、こっちの顔の方がいいのか?」

「いえ、いつもの仏頂面でお願いします。今の貴女は少々恐ろしいです」

 

結局放課後、委員長にさらりと部屋に連れて行かれた千雨は、3時間ほどみっちり委員長特別講義を受けていた。

あのパワーはどこから出てくるのか。

いくら上背があり、千雨が抵抗していないとはいえ人一人を引いてスタスタ早歩きしていく。

“気”でも使っているのか。

 

有り得ない仮定に浸りつつ、のんびりと風呂に浸かる。

ちなみに委員長はまだ風呂に来ていない。委員長と同じ寮部屋の村上と那波がやってきて、二人がかりで村上を教えているからだ。

憐れ。

 

村上夏美。

どこからどう見ても普通の女の子だ。

そばかすとあっさりしたショートヘアが特徴的である。

普通である、ということが自分の悩み‥らしい。

千雨の考えとしては、普通であることに悩むなんて、といったところ。

まあ、同室の那波や委員長を見ているとそういう悩みも出てくるか。

ちなみに演劇部所属。

 

そして、那波千鶴。

那波重工の一人娘で、何とも大人っぽいというか大人顔負けの落ち着いた雰囲気を持つ。

雰囲気どころか体型もグラマラス。

泣き黒子も相まって、10歳くらいならサバを読んでも全然バレないだろう。

朝倉監修クラススリーサイズランキング堂々の一位。

村上のことを可愛がりしており、委員長ですら時々おもちゃにされている。

ちなみに委員長のことをあやかと呼ぶ唯一の人物で、そのおかげで委員長の名前を千雨は知った。

 

村上も別に成績は悪くなかったはずだが、千雨が風呂と称して逃げた為、矛先が運悪く向かっただけである。

更にいうと那波は上位100位には入るし、委員長に至っては4位だ。

魔法も気も使えない普通の人間だが、委員長は人間としてかなり完成度が高い。

何でも超人と呼べるかもしれない。

 

「‥ま、村上には良く勉強してもらうということで」

「夏美さんより成績悪いのに良く言うですね」

「へっ。で、どうした?何だかそっちも顔が暗いぜ」

「む‥わかりますか?」

「いや、お前はわからん。近衛の方な」

「え、えへへー‥」

 

実際綾瀬が顔を変えている所など見たことがない。

仏頂面とまでは言わないが、顔は能面のようだ。

それもダメか。

反対に近衛は明らかに表情がコロコロ変わる。

見ていて飽きない。

 

「そーなんだよ千雨ちゃん聞いて!クラスの危機なんだよー!」

「抱きつくな押し付けんなその胸を」

「聞いてくれよ親友!」

「誰が親友だ‥」

「メガネ仲間じゃーん」

 

メガネかよ。

と言っても、千雨は風呂の中でまでメガネをつけている必要はないので外している。

早乙女は単純に目が悪いのだろう、風呂でもメガネ着だ。

 

「いつかメガネ3人でユニット組んでコミケに出陣さ!」

「葉加瀬がそんなの受けるとは思えねえな」

「大丈夫、デザイン原案受け持つから!ハカセには自動アシスタントロボ頼むだけだから!」

「早乙女、“だけ”って言葉の意味知ってるか?」

「んでちうちゃんは売り子ね!」

「朝倉ぶん殴る」

 

朝倉のせいじゃないよー、私が見てただけだからーなどと宣うので最早諦めた。

早乙女がバラさないことを祈るだけである。

 

「んで、クラスの危機って?」

「あー、ちょっと待って。バカレンジャーたちも呼ぶから」

 

自分とは離れて風呂で疲れを取っていたバカレンジャーたちにも声をかける。

他にも生徒はいたが、とりあえずバカレンジャー5人と図書館探検部3人、たまたま絡まれた千雨の9人だ。

 

「どうしたの、このかもパルも」

「大変なんやアスナー」

「次の期末で最下位取ったクラスは解散するらしいです」

「え‥」

 

バカレンジャーの叫び声に耳を塞ぐ千雨。

しかし千雨も驚いていた。

解散処分にまで踏み切るなんて。

 

「あー、ちょっといいか?クラス解散なんてそう簡単に起きるのか?」

「わたしは初等部からこの学園にいるけど、そんな話聞いたことがないわよ!?」

「この学園はクラス替えはないはずだよー」

「クラス替え‥なのか?」

「それどころか成績が悪い人は初等部からやり直しとか!」

「な゛」

 

クラス解散も中々だが、初等部からやり直すのは相当の話である。

学園長がこの案を出したのだろうか?

どう考えても2-A狙いの案だが、孫がいるクラスに対してやることかは疑問だ。

試しに想像してみる。

初等部の制服を着て、ランドセルを背負い、6,7歳の子どもと一緒に登校する神楽坂や綾瀬。

 

「‥中々似合いそうじゃないか」

「あんた他人事だと思って!!」

 

実際他人事だ。

 

「かくなる上は‥アレしかありませんね」

 

バカレンジャー戦隊員がそれぞれどうしようどうしようと悩んでいる間に、バカブラックもといバカリーダーが決意を露わにする。

アレって‥徹夜勉強か。

しかし、試験まで残り3日。

いくらなんでも、3日しかないのでは無理だろう。

普通の成績の持ち主なら、3日も勉強し続ければそれなりの点数が取れるはずだ。

しかしそこはバカレンジャー。

やってみないことにはわからないが、点数が2倍3倍くらいにならないと平均点には追いつかない。

どう考えても非現実的だ。

 

「アレって‥伝説の!?」

「え!?」

 

早乙女が不穏なことを言い出す。

ここに来て勉強しないつもりかこいつら。

伝説なんて言葉がつく勉強法があるとは思えない。

つまり何かしらのズルか奥の手か。

それとも、魔法絡みか‥。

 

「図書館島をご存知ですか?」

「げ」

「ああ、あの湖に浮かんでるあれ?」

「結構危ないとこだって‥」

 

ああ、まずい。

魔法絡みだ。

 

図書館島。

島なんて名前がついてるが、本当に名前そのままだ。

湖に浮かんだその島には、いくつも建物が建っている。

なんと、その全てが図書館なのだ。

更に、地下は迷宮のように広がっていて、滝や崖に本棚が積み上がり、ダンジョンそのものとなっている。

そして魔法的に権威のある書籍や魔法書も多々ある。

麻帆良学園創設と同時に設立されたものらしいが、詳しくは千雨も知らない。

秘密の図書室や貴重な書を守るべく、魔法使いたちが仕掛けた罠や猛獣が存在する。

そして、奥の方には管理人もいる。

司書と呼んでもいいだろう。

 

綾瀬は図書館島に頭が良くなる伝説の魔法の本があると。

なんとそれを探しに行こうとまで言い出した。

 

さて、考える。

魔法の書は確かにあるだろう。

だが、それを綾瀬たちが見つけられるか。

見つけたとしても使えるか。

ていうか魔法の隠蔽に差し障らないか。

この三点だろう。

 

まず、見つけられる可能性は高い。

図書館探検部の力がどれくらいのものかはわからないが、麻帆良全体の生徒たちの能力はなぜか軒並み高いものばかり。

企業以上の力を持つ団体とて少なくない。

それに、実行部隊の身体能力を鑑みると恐らく見つけるくらいは可能だろう。

ちらりと神楽坂、長瀬、古を見る。

神楽坂は運動神経抜群、長瀬は忍。

そして、古だ。

 

古菲。

中国からの留学生で、中国武術研究会の部長だ。

腕前はざっと見たところ達人クラス。

“気”まで使う、裏でも通じかねない身体能力を持っている。

バカレンジャーではバカイエロー担当。

恐らく要因は単純に日本語の勉強と武術の修練だろうが、そこは本人も納得しているのだろう。

気にした様子はない。

今回ばかりはまいってるが。

 

ふむ、と次を考える。

では、例え見つけたとしても使えるかどうか。

これに関しては何の確証もないが、恐らく使える。

神楽坂がいる為、見つけてしまったらネギに魔法の書を渡すだろう。

そして、ネギはメルディアナ魔法学校の首席卒業者だ。

ラテン語はおろか、ハイエンシェントに使う古代ギリシア語まで使える可能性はある。

そこまで来てしまえば古い魔法の書など読める可能性は高い。

 

では、それが魔法の隠蔽に差し障らないか。

まあ差し障るだろう。

魔法の書自体もそうだが、魔法によるトラップや魔法を使う魔法世界産の獣などいたらあっさり魔法の存在はバレる。

 

ここまで考えて、そもそも魔法書を探しに行く必要があるのか考える。

 

(‥いや、なくね?)

 

こんなアホなこと相談し合ってる間に、委員長・超・葉加瀬の3人にバカレンジャーを引き渡した方が明らかに何とかなる可能性が高い。

何せ、学年屈指の成績優秀者の3人だ。

超に至っては全教科満点である。

 

超鈴音。

中等部から編入してきた、これまた中国からの留学生である。

委員長がなんでも超人なら、超は完璧超人だ。

成績一位、身体能力も抜群。

古と同じで中国拳法を使う。

そして、所属してる団体・サークルの数だ。

お料理研究会、中国武術研究会、ロボット工学研究会、東洋医学研究会、生物工学研究会、量子力学研究会。

わけがわからない。

量子学なんて未発展の技術だ。

実用例がごく少数の技術の研究会、しかもその立役者。

更にいうと、同じクラスメイトの絡繰茶々丸の生みの親らしい。

 

あの麻帆良の天才にバカレンジャーたちを任せれば、まあなんとかしてくれるだろう。

 

「おい、お前ら‥」

「行こう!!図書館島へ!!!」

「は?」

 

目をキラキラ輝かせた神楽坂に、気圧される千雨。

‥え、マジで?

 

 

********************

 

 

「おいおい落ち着け!いくらなんでも荒唐無稽すぎるって‥」

 

決まってしまえば早々に着替え始めるバカレンジャー+図書館探検部。

千雨も何故か長瀬に腕を引かれて身体を拭き、髪を乾かされている。

 

「魔法の書ですか‥。腕がなります」

「そのやる気は普段から学生の本分に注げ!」

「ちうちゃんもやる気はないじゃん」

「私は良いんだよ平均点くらいはあるから!」

 

何とか説得しようとする千雨だが、半ば流れで着替え終えてしまった。

 

「では、荷物を取ってくるです」

「ウチはおべんと作ってくるわー」

「まてまてまてまていまから行く気か!?」

「千雨殿、何事も諦めが肝心でござるよ」

「はいはいレッツゴー!」

「引っ張るな押すなお前ら!でかいんだよ色々と!」

「「胸が?」」

「張り飛ばすぞ!!」

 

今のは殺意が湧いた。

それよりも、何故か千雨まで行くのが決定されている。

確かに国語と社会は致命的な成績だが、委員長に何とかして貰えば良い話なのだ。

出来る奴に任せてなにが悪い。

 

「あ、待ってて。わたしネギ連れてくるから」

「んじゃあ私達は部室に行って準備だね。いくよーのどか!」

「う、うんー」

 

そこでピタリと止まる千雨。

そもそも、この話は誰の為なのか?

先程は明らかに2-A狙いだと思った。

それは間違いないだろう。

だが、2-Aでも更に区別ができる。

2-Aの生徒たちか、その担任かだ。

ネギが赴任してきて未だ一週間程度。

クラスの成績不振は確かに担任の問題ではあるが、あくまでネギは新任二週間目だ。

ネギに責任を押し付けるのは訳が違う。

 

まずは、真偽の確認が必要なのでは?

 

「‥まて綾瀬!今回の話のソースはどこだ!?」

「ソース?ソース使ったお料理がいいん?」

「お前もバカレンジャー入りするか!?」

「へ?」

「聞いたのは桜子さんからです。その桜子さんもネギ先生がしずな先生から受け取った手紙を少し見た程度だそうですか」

 

結局ネギか!

これはネギに問いただした方が早そうだ。

ちなみにお料理の話じゃないん?と綾瀬に訊いている近衛はスルーしている。

これ以上話をややこしくしたくない。

 

「よし、私もいくぞ神楽坂」

「え?」

「先生だよ、ネギ先生。連れてくんだろ?準備手伝うよ」

「あー、そう?たぶんもう寝かけてるから、助かるわ!」

 

おい、9歳児。

まだ午後6時だ。

いくら外が暗い二月だからといって、健康的すぎないか。

もう少し悪ぶれてほしい。

子どもに対して悪になれというのも変な話だが。

 

「‥まあいい。いくぞ」

「オッケー!」

「はー、千雨ちゃんとこないなことするの初めてや。たのしみやわ〜」

 

事の真偽を確かめる、など少々物騒な考え方をしてる千雨の心境などを知らず、神楽坂と近衛は前を歩き始める。

 

「でも長谷川、あんた荷物なくて平気なの?」

「心配すんな、大して要らねえよ。タオルが数枚と化粧ポーチがあればいいだろ。すぐに取ってこれる」

「えー!そんなのでいいの!?結構危ないんじゃないの、図書館島って」

「ん?あー、そうか。一度入ったことあるんだよ」

「そうなん?」

 

図書館探検部としては聞き捨てならないのだろう、近衛が反応する。

確かに千雨は図書館島に入ったことがあった。

しかしそこは、探検部のような学生が入るところではなかった。

危険立入禁止区域だ。

そんなところに入ったなどとはとても言えないが、言ってしまったものは仕方がない。

 

「‥まあ、ちょっとな。長瀬や古がいれば何とかなるだろ。図書館探検部もいるしな」

「えへへ、任せといてやー」

「図書館‥なのよね?」

「対外的にはな」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべる神楽坂。

形式上図書館などと呼ばれているが、実際はトラップまで仕掛けてあるダンジョンだ。

認識の誤差が生じないのは無理がある。

 

ちなみに、致死性のあるトラップはない。

トラップの矢尻や剣山には魔法がかかっており、当たるといわゆるゲームオーバー扱い。

気絶してしまい、起きると図書館島の入り口に逆戻り、だそうだ。

しかし、致死性の攻撃を持つ獣が一匹だけいるが。

 

「さ、急いで準備するわよ!」

 

話している内に神楽坂たちの寮室に着いていた。

入り口のドア窓からは薄暗い光が漏れている。

神楽坂がドアを開けると、部屋の光量が絞られているのが見えた。

まさかと思い部屋に入ると、ソファの上でネギが布団を被ってすやすやと寝ている。

ちらりと時計を見る。

やはり、18時7分だ。

 

「‥おい、これ起こすのか?」

「私が叩き起こそうか?」

「‥いや、いい。私が起こす。神楽坂は準備してろ。近衛もほら」

「あいー」

 

パタパタと部屋の中を駆ける二人を横目に、千雨はある致命的なことに気がつく。

 

(‥‥‥そういえば、ネギが赴任してきてからまだネギと話したことがない)

 

これがファーストコンタクトかー、と溜息を吐く。

仕方がない。

まだ何も説明できていないし、明かす機会もなかったが、そのうち話せばいいだろう。

 

「‥先生」

「‥‥」

「‥‥」

 

少し揺さぶったが、起きない。

 

「‥ネギ」

「‥‥ん、んん。‥‥‥あ、れ?」

 

少しずつ目を開け、顔を上げるネギ。

ネギの顔がグッと近づいた。

その距離、30cm。

 

「‥寝坊助め」

「あ、貴女は‥?え‥と。出席番号25番の、長谷川‥千雨さん?」

 

どうやら寝起きで頭が混乱しているらしい。

更に何故か自分が神楽坂たちの部屋にいるのだから余計わからなくなってるのだろう。

‥まあ、全く関わりがなかった自分の名前と顔を覚えていただけ評価してやろうと千雨は自分を無理やり納得させる。

 

「ええ、合ってますよ。さあ起きてください。貴方に聞きたいことがあるんです」

「き、聞きたいことですか?英語の質問でしょうか‥」

「‥‥真面目ですね」

「ええ?」

 

いや、本当に。

ネギの父親がちゃらんぽらんとまでは言わないが、優等生とも言えなかったので、これは母親の血だろう。

見た目は間違いなく父親だが、中身は母親似。

少し安心した。

内在魔力は相当の物で、こんなのをいたずらに使われても困る。

近衛同様、悪用の道はなさそうだ。

近衛はネギ以上の魔力を持っているが、そもそも魔法のことを知らないようだが。

 

「英語の成績は私は問題ないので、大丈夫です」

「そ、そういえばこの前の小テストも満点でしたね!全部筆記体で綺麗な字でしたよ!」

 

すごい!と顔が言っている。

こんな些細なことでも喜んでしまう自分はちょろいのか。

しかしこれは悪いのは誰かと言うとネギの父だ。

 

「ん、んん。それよりですね、期末試験のことなんですが」

「な、何か不安が!?大丈夫ですか!?僕にできることなら‥」

「今回の期末、貴方の何が掛かっているんですか?」

「え゛」

 

はい確定。

隠し事なんてこんなガキンチョにはできそうにもない。

ネギなんてこの性格では到底無理だろう。

今朝言っていた最下位脱出できないと大変なことになる、というのも恐らく魔法使いとしてか教育実習生としてかの落第か。

 

「ど、どうして僕の強制帰国のことを!?」

「はぁ!?」

 

強制帰国!?

千雨は愕然とした。

‥もしかして、自分の想像以上に魔法使いの試験というのは厳しいのだろうか。

これは教育実習生のレベルを超えている。

明らかに魔法使いとしてのネギ・スプリングフィールドに対する試験だ。

 

期末試験における2-A最下位脱出。

結果次第でネギは教育実習生から正式な教師に、またはイギリスに強制帰国。

それがネギが告げた、学園長から下された指令。

間違っても9歳の子どもに与える試験ではないが、魔法使いに与える試験としては妥当なのだろうか。

 

クラス解散は椎名桜子のデマか、綾瀬たちの推測話か。

もしかしたら本当にクラス解散まで掛かっているのかもしれないが、ネギのクビは確実に掛かっている。

それは避けなければならない。

初めて会話して一週間足らずではいさようならなどまっぴらごめんだ。

彼にはまだまだやってもらうことがたくさんある。

自分のことすら話していない。

 

「‥仕方ねえな」

「え、えっと‥?」

「ちょっと長谷川ー!ネギ起きた!?」

「あ、アスナさん?」

「ああ。さ、立ってネギ先生。行きますよ」

「ど、どちらへですか?」

 

準備を続ける神楽坂を横目に、ネギを立たせた。

ネギの荷物は‥ロフトにあるようだ。

そちらへ押しやる。

まだ状況がよく飲み込めていないネギに対し、質問に答えていく。

 

「図書館島です。冷えますから着替えた方が良いですよ」

「へ?」

「教師、続けるんでしょう?秘策が綾瀬にあるようです。それを探しに行きましょう」

「え‥」

「何ごちゃごちゃ喋ってるの、ネギ!早く行くわよ!」

「え、えっと‥!は、はい!!」

 

 

********************

 

 

「あら?大浴場に千雨さんがいない?で、では部屋に‥い、いない!?え、風香さん何ですの?つ、連れて行かれた!?明日菜さんたちに?で、では明日菜さんの部屋‥いないですわ!!ね、ネギ先生もいらっしゃらない!?ど、どちらへ‥!明日菜さん、どこですの!?まだ千雨さんの勉強は終わっていません!!しかもネギ先生までどちらへお連れしたのですの!!!あすなさーーん!!!」




千雨はどのようにクラスメイトたちと今の関係を築いたのか。
っていうの書いた方が良いですかなぁ。
番外編書くほど余裕はない‥気がしてます。


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【5】書で満ちた迷宮にて

ちょっと多くなりすぎた‥かも。
みんなスルーしがちな図書館島編です。
ちょこちょこオリジナル入れてます。


ついに出会えた。

未だ幼げな子供。

ただ、その紅だけはなぜか見慣れたようで。

懐かしいものだった。

 

********************

 

「ここが図書館島‥」

 

ほわーと見上げるネギ。

千雨が眠気覚ましにと近衛にことわって紅茶を入れ、何とか着替えさせた為にスーツ姿だ。

スーツ姿、なのだ。

千雨は行く先の詳細を知っていた為、動きやすい服装にさせようと思ったのだが、何とスーツと寝巻き以外持っていないと言う。

しかし寝巻きよりはマシだろう、と譲歩した千雨。

今度近衛でもせっつかせて買い物に行ってもらおう。

 

「このような湖の端に入り口があるとは、これは普通には気づかぬでござるな」

「一般利用客は正面から入って、普通の図書館として利用するです。ここは秘密の入り口なのです。私たち図書館探検部しか知らないのです」

「つめたいよー」

 

周辺を見やると、ほとんど水に瀕している。

確かに水に濡れてまで一般客はここまで歩いては来ないだろう。

逆に言えば、図書館探検部のような図書館島を調査する目的でしか来ないような人間にしか見つからない。

 

「さて、探索メンバーは‥」

 

夕映が全員を見渡す。

バカレンジャーの5人、更に千雨、ネギ、木乃香。

のどかとハルナもついてきてはいるが、彼女ら二人は地上に残って連絡要員として待機するようだ。

 

「8人ですね」

「長谷川も行くの?」

「お前らだけだとバカやりそうだろ」

「バカって何よバカって!」

「変なところ触って罠にかかりそうじゃないか」

「わな?」

 

きょとんとした顔をしている明日菜を無視して、ネギを見る。

父親の杖は持ってきていたので、ネギはその気になれば魔法が使えるはずだ。

千雨はその隠蔽工作を密かにやるつもりで来ていた。

さっさと自分の詳細を伝えてネギに協力はするべきなのだろうが、ネギの在り方もそうだが、麻帆良学園‥ひいては学園長・近衛近衛右門のスタンスがわからない。

ネギは魔法使いの修行でこの地・麻帆良に来たはずだ。

だが、まだ何故か師と呼べる人間が現れていない。

そんな状態の、どちらに進むかもわからないような見習い魔法使いの行く末を千雨が勝手に決めていいものか。

千雨は未だ迷っているのだ。

 

「では、行くですよ。のどか、ハルナ」

「き、気をつけてね、夕映」

「こっちは任せときな。頑張ってね!」

 

高さ3mはあろうかという扉を楓が開け、進んでいく夕映。

それに続く皆を、連絡要員の二人が見届ける。

 

「これが、図書館島‥」

「でも、大丈夫かなー。下の階は中学生部員立ち入り禁止で危険なトラップとかあるらしいけど‥」

「何で図書館にそんなものが‥‥」

「大丈夫!それはアテがあるから」

「へー」

 

不安そうな表情のまき絵と木乃香に対し、自信ありげな明日菜。

しかし、次の瞬間にはネギとヒソヒソ会話した後に、何故か驚いた顔をしている。

 

(‥なんだ?)

 

「千雨ちゃん、アスナ、ネギくん!」

「はやくいくアルよー!」

「あ、待って!とにかくいくわよ、ネギ!」

「は、はい!」

 

********************

 

夕映による図書館島の解説をBGMに、螺旋階段を降りていく。

まき絵の泣き言も効果音となっている。

どうやら暗いところというか、この図書館島の雰囲気が怖いらしい。

反対にネギは怖くはなさそうだ。

好奇心が勝っているのか、単純に怖いのが平気なだけか。

まき絵は古菲と楓にぴったりくっついているが、ネギはキョロキョロして周りを観察している。

とりあえず面倒を終始見てやる必要はなさそうだ、と一安心。

 

螺旋階段を降り、先にあった扉を開ける夕映。

その先には、視界いっぱいに本棚と滝、階段のコントラストで成されたダンジョンが広がる。

 

「うあ〜〜っ」

「わーーっ!?本がいっぱい、ほんとにスゴイぞ!!」

 

各々感嘆の声をあげるが、ネギはそれに加えて目を光らせている。

ちなみに明日菜はあまり嬉しそうではない。

本が好きでもないと喜びはしないだろう。

 

「ここが図書館島地下3階‥‥。私たち中学生が入っていいのはここまでです」

「ゲームのダンジョンみたいアルね」

 

ダンジョンみたいというか、ダンジョンそのものだ。

図書館探検部の連中はここがなぜ出来たかを疑問に思いはしないのだろうか?

 

「普通の図書館と比べたら明らかにおかしい筈なんだがな‥」

 

千雨がどうでもいいことを考えていると、ネギが本棚にはしゃぎながら触れようとしているのが横目に見えた。

溜息を吐く間もない。

カチッという音とともに、矢がネギの目の前に飛び出る。

手を出そうとして、止まる千雨。

楓が音もなく近づき、ネギに迫る矢を掴んでいた。

 

「——ワナがたくさん仕掛けられてますから、気をつけてくださいね」

「え゙え゙え゙っ」

 

慌てるネギたち。

それもそうだろう。

麻帆良学園では不可思議なことが常々起きているが、ここ図書館島はそれの最たるものと言っても過言ではない。

麻帆良に住み慣れた人間でもいきなりワナにかかるなんてことは無いはずだ。

 

「いいからさっさと進もうぜ。どっちだ?」

「ふむ、それもそうですね。今ハルナたちに連絡するので、その後経路を確認しましょう」

「ああ。神楽坂、先生のことをよく見とけよ」

「え、う、うん」

「ところで、あの‥。皆さん、何でこんなトコに?長谷川さんは、何かありげでしたけど‥」

「‥なんだっけ?」

 

説明をとぼけて木乃香に振る千雨。

実際、魔法の書としか聞いてないので何とも説明し難かったが。

 

「読めば頭が良くなる、魔法の本があるらしーえ♡」

「それで期末試験を乗り切るアル!」

「え‥」

 

驚きの声をあげるネギ。

何やら明日菜に迫って慌てている。

魔法絡みの話でもしているのだろう、一応皆から離れて話している。

ちゃんと秘匿の義務は心得ているらしい。

 

(くしゃみで風の魔法を出しちまうのは、才能‥。いや、才能じゃダメか脱がし癖なんて)

 

魔力がダダ漏れのネギ。

くしゃみをすると、周囲に風が巻き起こり、酷いと武装解除の魔法が出てしまうという始末。

魔力制御を修練しないとアレは治りそうにない。

 

「では、この先のルートがこちらになります」

 

古びた地図を広げる夕映。

ところどころ書き記しと、破けた場所がある。

歴代の部員たちによる積み重ねで出来た地図なのだろう、地図を扱う夕映の手つきも丁寧だ。

 

「地下11階か‥」

「ここからおよそ2時間で到着ですね。往復で4時間程度でしょう。今は夜の7時ですから‥」

「ちゃんと帰って一応寝れるねー。よかったー、明日授業あるし‥」

「時間はギリギリになりそうだな」

「早めに進んだほうが良さそうですが、焦りは禁物です」

 

それぞれが意気込む中、ネギだけ何故か眉間にシワを寄せている。

一応傾向としては悪くないはずだが、何故だろうか。

やはり魔法の本の存在を怪しんでいるのか。

図書館島の実情をきちんと知っていれば、そこは怪しむことはない筈なので、やはりネギは麻帆良学園のことを何も知らないのだろう、と千雨は予想する。

さっさと事情を説明して魔法の修行につかせてやりたいが‥。

 

「は、長谷川さん」

「ん?」

「みんな行きましたよ、ぼくたちも行きましょう」

「ああ、はい。‥ねえ先生」

「はい?」

 

ネギの横を歩きながら、思案する千雨。

一つ、聞いてみることにした。

 

「先生は、何故この学園に?」

「え?」

「貴方はまだ10歳‥いえ、9歳でしたっけ。まだまだ遊ぶ年頃だと思いますが」

「え、えーっとですね」

 

千雨の質問に、あぶあぶしながら答えようとするネギ。

頼むからこんな程度でボロは出さないでほしいものだが。

 

「な、なんて言おうかな。まほ‥じゃなくて。えーっと」

「まほ?」

「え゙!!えーっと、えーっと!」

 

これはダメか。

撤回でもして助け舟出そう。

 

「難しいようなら‥」

「自分の、成長の為です!!」

「‥‥成長」

 

千雨の目を真っ直ぐ見て告げるネギ。

震えてはいるものの、目を逸らそうとはしない。

くすりと笑ってしまった千雨。

本当はもう一つ、まだ若い貴方を教え導く人はいますかとか聞いて、場合によってはさっさと千雨の目的まで言ってやろうと思っていたが、千雨はやめた。

 

どうやら本当に師はいないらしい。

師がいたら魔法の秘匿は徹底させている筈だ。

今出た成長という言葉は、ネギが思っている本心だろう。

それもこれも、父が目的なのだろうが。

 

「あ、あの?」

「ま、いーことじゃないですか」

「は、はい」

「それと」

「はい!?」

 

ビクビクしてるネギ。

魔法なんて言いかけたのだから、魔法バレの危機でも感じているのか。

 

「‥何か困ったことがあったら、言ってください」

「え?」

「まだ子供なんだから。ねえ、先生」

「‥わ、わかりました」

 

最初はこんなものでいいだろう、と嘆息する。

しかし、何故ネギがこの地に来たのかはわからなかった。

勿論、魔法学校を卒業した時に麻帆良学園に行け、と言われたからではあるだろうが、その麻帆良学園でなければならない理由がわからない。

てっきり、魔法世界に行かされて英雄の息子として英才教育を受けるか、アメリカに行って魔法をバンバン鍛え上げるかと思っていたのだ。

ここ麻帆良は基本的に魔法が秘匿されている街だ。

しかし、旧世界とはいえ、魔法が公開された魔法使いのみが暮らす街もなくはない。

アメリカにはいくつか存在する。

ここでは魔法使いが成長するとは確実には言えない。

それでも麻帆良に来たのは‥。

 

前を行く明日菜を見る。

かつての暗い面影はなく、溌剌とした女の子。

やはり、あの姫様と関係あるのだろうか。

 

「あの‥」

「ん?」

「長谷川さん‥‥いえ、千雨さんって優しいんですね」

「んあ!?」

「へう!?」

 

いきなり掛けられた言葉に、変な声を出してしまった千雨と釣られたネギ。

 

「ば、ば、バカか!?ちげーよアレだよアレ!!」

「ど、どれですか!?」

「本当にキョロキョロすんなよそういう意味じゃない!!」

「ええ??」

 

ますます困惑するネギ。

なんと答えるかめんどくさくなってしまった赤面千雨。

 

「とにかく!遠慮するなよってだけだ!」

「は、はい!」

「わかったらちゃんと前見て進め!!」

「はいぃぃ!!」

 

「‥‥」

「どしたんアスナ」

「んーん。ネギと長谷川、仲良いんだなって」

「仲良うなれそうやなー。うちとも仲良うしてくれへんやろか、千雨ちゃん」

「でも、何で長谷川ってネギのこと気にかけてるのかな?ネギの身支度手伝ってたわよね、さっき」

「せやなー。ネギくんのこと、気に入ったんちゃうかな?」

 

そう、なのかな。

明日菜の中に疑問が残る。

ネギが赴任してきた初日、千雨は特にネギに絡んでなかった。

ずっとネギのことを明日菜が見ていたわけではないが、寮部屋にいる間と教室ではこの一週間、特になにもなかったし、高等部とのドッヂボール対決でも彼女が奮起する様子はなかった。

でも、今の千雨の目。

あの目を、明日菜は知っていた。

高畑先生や学園長先生が自分に向ける、優しく見守る目だ。

 

何で?

それともただ単に、木乃香の言う通り本当にネギのことを気に入っただけなのか。

 

「明日菜殿」

「へ?」

 

少し前の楓に声をかけられ、前を向く。

踏み出した右足に、圧感を感じない。

 

「わっ!」

「おとと」

 

バランスを崩してしまった明日菜を、楓が掴む。

踏み出した先が本棚と本棚の隙間だったようだ。

危うく下の滝壺に落ちてしまうところであった。

 

「あ、ありがとう楓ちゃん」

「ニンニン。罠も友のことも注視すべきではござるが、まずは自らと足元の確認からでござるな」

「うっ」

 

見透かされている。

この忍び?のクラスメイトには敵いそうにない。

楓の手を借りて立ち上がる明日菜。

今度は立ち止まってから周りを確認する。

自分以外の不安どころはまき絵くらいだが、そのまき絵も持ち前のリボンを扱う技術で何とか罠を乗り越えている。

古菲や楓など罠を看破しているし、図書館探検部の二人はまるで問題がない。

千雨も何故か無事である。

帰宅部なのに、案外身軽に体を動かしている。

 

あとはネギくらいだが、ネギには魔法がある。

 

「あわーー!」

「ね、ネギくんが!!」

「って?」

 

悲鳴に振り向くと、ネギが本棚の橋から滑り落ち、本棚に片手を残してぶら下がっている状態だった。

泣きながら助けを求めている。

何故か魔法を使おうとせず、手足をジタバタさせている。

 

「げ!?‥‥なにしてんのよ!!」

 

つい先ほど落ちかけたことなど忘れて、足に力を入れて飛び上がり、ネギがぶら下がる本棚の横の本棚の上に着地する明日菜。

すぐにネギの近くに駆け寄る。

 

(届く!!)

 

ネギが唯一残していた右腕に手を差し伸ばし、掴むその時。

反対側から別の手がネギの腕を掴んでいた。

 

「え‥長谷川!!」

「お前も掴め!」

「! うん!!」

 

明日菜と千雨がネギを引き上げる。

その時、千雨の目にネギの袖の下の皮膚が映った。

肌色一色のはずが、何故か黒い線が三本と1から3までの数字が刻印されている。

 

(これは‥!)

 

魔法の制限がかけられている。

しかも黒となると使用禁止レベルだ。

それが3日分。

なんだってこんなものがネギにかけられているのだろうか?

魔法先生にかけられた?

学園長の指示?

試験時は魔法の使用不可?

 

「あのー、先生‥。その腕」

「ほら!早くいくわよ!」

 

千雨が声をかけようとすると、何故かネギも明日菜も早々と苦笑いしながら先に行く。

どうやら誤魔化さなければならないと思ったらしい。

 

‥やはり早々にバラさないと話が面倒だ。

なんとかタイミングを見つけたい。

いや、それよりも先にネギの周囲を確認してネギの行く末をどうさせるか考えなければ。

 

その後は休憩を取りつつ、図書館島地下ダンジョンを潜り続ける夕映筆頭バカレンジャー+α。

まき絵やネギもひいひい言いながらなんとか遅れずについていっていた。

 

その間、ネギのことは明日菜が率先して面倒を見て、ネギを感動させていた。

子供嫌いだと思っていたが案外そうでもないらしい。

 

「‥子供嫌いだと思ってたよ、アスナのこと」

「あ、やっぱりそうアルか?」

「だよなあ。私が変な思い違いしてるわけじゃないよな」

「ていうか、ハセガワも正直子供が好きとは思ってなかったアル」

「いや別に私も好きってわけではねーぞ。面倒なだけで」

「それ嫌いとは違うの‥?」

「ガキは気にかけなきゃいけないことが多いからな。基本うるせーし」

 

それはつまり面倒はとりあえず見るってことでござるなあ、となにも言わない楓。

 

「ハセガワは下の子がいるアルか?」

「いないよ」

「誰か子供の世話をしたことあるんちゃうの?」

「いや、ないな」

「誰かを世話したときの体験談だと思ったけど違うの?」

「体験談って言えば体験談なんだけどなあ」

 

まき絵と古菲の二人が頭にはてなを浮かべているが、確かに体験談ではある。

何せ気にかけなければならなくてうるさかった子供とは千雨自身のことなのだ。

面倒を見られた千雨は、面倒を見てくれた人々に散々言われたことがあった。

 

何でもかんでも「教えて」と言う、手間のかかる子供だと。

そして全員共通して千雨をあやす様に笑っていた。

それがうつったのか。

 

「ふん‥」

「それよりもさー」

「ぬ?」

「なんでこんなとこ降りてるのー!!?」

 

まき絵の叫びももっともである。

下を見ると、底が見えないほどの穴。

本棚でできた谷と呼んでもいいかもしれない。

周囲は暗く、下方も夕映と木乃香が額につけているライトが届かないくらいには距離があるようだ。

なんとかロープで降りられてはいるものの、手を離したら真っ逆さま。

足場も本棚の淵で、本がぎっしり詰まっていて踏み場が小さい。

自然と足が置けず、落ちやすくなっている。

とてもではないが探検家でもなんでもない中学生がいるような場所ではない。

もう一度告げよう。

まき絵の叫びももっともである。

 

「おい、ここ本当に合ってるのか!?」

「この滝壺を降ることで最短の道を行くことになります。ショートカットです」

「ゲームみたいな裏技ショトカしてんじゃねー!!」

 

ネギは‥!

やはりネギに関する不安は明日菜も同じだったのか、明日菜のすぐ横でネギはロープを伝って降りていた。

 

きゃーきゃー騒ぎながらもなんとか降り終え、遺跡のような場所へ着く。

 

「ぬ、妙に狭い隙間でござるな」

「なんとか通れそうですけど‥‥」

「おい、綾瀬‥。まさかお前」

「ここを匍匐前進で進むです」

「悪魔かてめーは」

「さあ行くですよ!」

「無視か」

 

妙に気合が入っている綾瀬を匍匐前進で追いかけ始める。

ここまでの2時間で服はもうドロドロ、身体もそれなりに疲れてきている。

まあ、体力バカのバカレンジャーや図書館探検部の二人は大丈夫だろうが。

どちらかというと問題はネギである。

明日は筋肉痛だろう。

 

「ゆ、夕映ちゃんまだなのー」

「いえ‥もうすぐそこです」

「やっとか」

「頑張った甲斐がありました。ここまで来た中学生はおそらく私たちが初めてです。大学部の先輩も中々ここまでは来れないですよ」

「でも報告はできひんなー」

「え、なんで?」

「立ち入り禁止だからですね」

「わーかんたんー」

 

普通の中学生たちでは確かにこんなところは来れないだろう。

ただ、普通の大学生の連中は罠の対処をどうしているかは気になる。

死にはしないのでトライ&エラーだろうか?

 

「バレたら一週間毎日トイレ掃除です」

「あ、結構優しかった‥」

「“探究心は何人にも止められない。それは己にも”。我が部の理念です」

「それもう破れって言われてるようなもんだよ部内ルール」

 

笑ってごまかせそうだ。

 

「さて、着きましたね」

「え、どこどこ魔法の本!?」

「何にもそれらしいものないけどー‥」

 

ちなみに本はこの四つ這いの状況でも嫌でも目に入る。

何故か60cmほどの狭い隙間のこの場の両脇に、そのサイズの本棚があるのだ。

何故こんなところにジャストサイズで本が置いてあるのか。

 

「東洋の神秘か‥‥」

「え、そうなんですか!?」

「多分違うよ、それ‥‥」

 

違うらしい。

 

「この光が漏れている天井、見えるですか?この上に目的の本があります」

「よし、これね!‥楓ちゃん!」

「ニンニン。では、開けるでござるよ」

「せー‥のっ!!」

 

重い石板が明日菜と楓によって動かされ、重い摺り音が立てられる。

板がずれるにつれ、光が暗かった隙間に差し込まれていく。

 

「す、すす‥‥」

「すごすぎるーーーっ!?」

「うへぁ‥」

「私こういうの見たことあるよ弟のPSで♡」

「ラスボスの間アルーーー!!」

 

扉の先は、大きな石造りの部屋だった。

天井は15mはあるし、奥行きはその倍以上。

何故か部屋の中央の祭壇のような場には、巨大な槌と剣を持ったこれまた巨大な石像が二つ。

ファンタジー、という言葉がぴったりだ。

千雨は以前訪れた古代の魔法使いたちによって作られた遺跡を思い出していた。

 

「とうとう着きましたね‥。ここが魔法の本の安置室です」

「ハハハ‥‥。こ、こんな場所が学校の地下に」

 

夕映は感動しているが、明日菜は乾いた笑みだ。

どちらかというと辿り着いたことに感動している夕映とは違って、明日菜はこんなファンタジックな地下室がいつも通っている学園都市にあることに驚いているのだろう。

麻帆良はやはり不思議都市である。

それに関しては千雨も同感だった。

 

「んで‥‥本はアレか?」

「そのようでござるな。中々古ぼけてはいるでござる」

「良い雰囲気の本アルね!」

 

二つの巨像の奥に、台座に乗せられた本が見えた。

途端に、ネギが声をあげる。

 

「あっ、あれは!?」

「ど、どうしたのネギ!?」

「あれは伝説のメルキセデクの書ですよ!!」

「める‥なんアル?」

「メルセデス?」

「それはベンツな。なんでそんなの知ってんだお前」

「お父さんが憧れの車だーって叫んでた」

 

まき絵の父は車好きらしい。

ちなみに、高畑も別種だがベンツに乗っている。

 

「確かにあれなら、頭を良くするくらいならカンタンかも‥!!」

 

そしてお前ちょっと黙っとけ。

バレるから。

秒速でバレるから魔法使いだって。

しかもお前バンバン魔法の本使わせる気じゃねーか。

しかし使わないと、バカレンジャーの成績はどうにもならない。

どうしたものかと千雨が頭を悩ませようとした時、既にバカレンジャーたちと他二人はメルキセデクの書に向かって走り始めていた。

 

「っておい!早すぎるだろ!?」

「みんな待って!あんな貴重な魔法書、絶対ワナがあるに決まってます!!気をつけて!」

 

次の瞬間、バカンッという音と共にバカレンジャーたちの足元が下に開く形で二つに割れた。

落ちていくバカレンジャーとネギ、木乃香。

 

「ばっ‥かやろう!!!」

 

瞬時に身体のスイッチを入れ、動く千雨。

落とし穴の手前まですぐに着く。

すると、予想よりもだいぶ浅い穴底で皆が転んでいた。

尚、楓だけはうまく着地したらしい。

とりあえず無事らしいので、すぐにスイッチを切り替える。

 

「なんだこりゃ?」

「こ、これって‥?」

「つ、ツイスターゲーム‥?」

「ツイスター‥‥?」

 

何だそれとは思ったが、見覚えがあった。

確か柿崎か誰かがクラスに一度持ち込み、クラスメイトたちが遊んでいたはずだ。

 

『フォフォフォ‥‥』

「ん?」

 

よく見ると、奥で鎮座していた石像の目が光っている。

訝しげに見ていると、何と首まで動き出し、途端に石像が二体ともこちらに体を向け、武器をかざしていた。

 

『この本が欲しくば‥‥‥ワシの質問に答えるのじゃー!』

『フォフォフォ♡』

「なっ‥」

「ななな、石像が動いたーっ!?」

「いやーん!!」

「‥‥っ!」

「おおおお!?」

 

石像が発した声は、聞き覚えのある声だった。

特徴的な笑い方も、今だけは耳に障る。

何してんだあんた。

いやマジで。

 

「ご、ゴーレム!?」

『では、第一問』

「問答無用だなオイ」

『DIFFICULTの意味は?』

 

第一問ってレベルじゃなかった。

一人上でズッコケる千雨。

誰がそんなので躓くんだ。

 

「てめえ‥ふざけてん」

「ええーーっ!!」

「なにそれー!?」

 

再びズッコケる千雨。

そうだ、バカレンジャーだったこいつら。

 

「アホかお前らーー!!」

「ええ、千雨ちゃんわかるの!?」

「教えてー!!」

「ネギぃ!!さっさとやってやれツイスターだ!」

「え、ええ!?」

『先生は禁止じゃぞ。教えるのもなしじゃ』

 

どうやら完全にバカレンジャーが対象らしい。

千雨は頭を抱えて蹲ってしまった。

もちろん、質問のテキトーさとそのレベルにバッチリ合っているバカレンジャーのバカさ加減に頭に痛みが走ってである。

中学二年生だぞ?

来年受験だぞ普通は。

ちなみに麻帆良学園女子中等部、エスカレーター式のため受験はない。

 

なんとかネギによるギリギリのヒント出しのおかげで、“むずい”と答えて正解するバカレンジャーたち。

ちなみにそれぞれ“む”と“ず”と“い”を手で着いて答えている。

 

「やったー!!」

「これで本ゲットだねー♡」

「むずいでいいのか‥」

「近年略語が増えてますが、辞典にも略語として載っています」

『では第二問、CUT』

「‥‥ってこら!」

「ちょっとちょっとーっ!?」

 

アホども。

第一問って言ってただろう。

 

その後もなんとか和訳問題を潜り抜けるバカレンジャーたち。

ネギの補佐ありとはいえ結構よくやっている。

いつもだったら“わかんないー!”で終わるはずだ。

今回は試験に対するやる気が違うらしい。

ただ、ツイスターゲームなのでゲームに参加している5人の体勢は中々酷い。

まき絵なんてパンツが丸見えだ。

ネギしか男がいないとはいえ、よくやるものだ。

微妙なところで千雨は感心していた。

 

『では最後の問題じゃ』

「やたっ」

「最後だって」

『DISHの日本語訳は?』

「最後の最後でそんな簡単なものかよ‥」

「むずかしくてもこまるえー」

「まあそうなんだけど」

「えっと‥ディッシュ‥」

 

しかもダメっぽい。

ここもネギと木乃香にヒントをもらい、なんとか答えを得るバカレンジャーたち。

 

「わかった、おさらね!」

「おさらOK!!」

「お!」

「さ!」

 

やれやれ、なんとか終わりそうだ。

息を吐いたその時。

 

 

「る!」

 

 

‥は?

 

「‥‥‥」

「‥おさる?」

 

最後の最後で、やらかしてくれた。

“ら”のはずが何故か明日菜もまき絵も二人とも“る”に手と足を着けている。

 

『ハズレじゃな』

「ちがうアルよーー!!」

「みんなごめーーん!!」

「あすなさんーーっ!!」

「まき絵ーーーーっ!!」

 

「なにがどうしたらそこを間違え‥っ!?」

 

アホ二人に迫ろうとしたその時、目の前の石造が大槌を振り下ろしているところだった。

狙いは、千雨から見てツイスターの石板よりも奥。

何の真似だと下を見ると、いつの間にか石板の下にあった土台が消えている。

大槌が石板に振り下ろされると、石板が大きな音を当てて砕ける。

下は、底が見えない大穴。

 

「ひゃっ」

 

途端に7人が落ちていく。

 

「なんで‥‥こうなるかなっ、オイ!!」

 

すぐさま追いかけようとするが、踏ん張って足を止める千雨。

目の前には、先ほどまではいなかった人物がいた。

 

「‥何の真似だ?」

「すまんが、オヌシには聞きたいことがあっての」

 

麻帆良学園学園長・近衛近衛右門。

いつもの飄々とした、変わらぬ狸爺がそこにいた。

 

「そんなことよりも、今はあいつらだ」

「大丈夫じゃ、落下低減と衝突防止の魔法陣が下には仕掛けてある。落ちはしてもぶつかりはせんわい。もっとも、眠りの霧も仕掛けておいたからの、明日の朝までは寝てるじゃろ」

「は?」

「この下は機密事項が多くてのう。途中の道を教えるわけにいかんのじゃよ」

「‥」

 

それ、明日の授業出られねえんじゃねえの?とは口に出さなかった。

どうやらやらせたいことがあるらしい。

 

「で、私を残したのはその質問の為か」

「一応、聞かねばならんのでの」

「ふん、体裁のためか?」

「確認じゃよ」

 

どうやら素性は全てバレているらしい。

隠しても意味はなさそうだ。

千雨は溜息を吐く。

 

「なんだ」

「オヌシがこの学園に来た目的。それと‥」

 

千雨は気付く。

近衛右門の周りに魔力が渦巻き始めていることを。

杖もなしに宙へとゆっくり浮かび上がる。

千雨は、身体のスイッチを入れた。

 

「オヌシの腕もな」

「好戦的なじじいだな、早死にするぞ」

「既に70は越えとるがの」

 

長谷川千雨、14歳。

麻帆良学園に来てからの初戦闘は、老練の魔法使い・近衛近衛右門と相なった。




ちょっとここからゆっくりになります。
リアル色々あってねー。


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【6】教え進む者と捻くれ者

ガッツリオリジナルです。
オリジナル魔法も出てます。
なるべく原作に近づける様努力はしてます。
UQHOLDER!で新情報がでたら手直ししますがそれまでは許してね。


腕を突き出す。

空を切る音と数字を挙げる声。

あと何回だと愚痴をこぼした炎天の下で、ただひたすらに腕を振るった日々。

修行後の水浴びは酷く冷たくも、心地良いものだった。

 

 

********************

 

 

麻帆良学園学園長兼関東魔法協会理事、近衛近衛右門。

歳は70を超え、見事な白髭を整えた老齢の魔法使い。

元々は東洋の魔法使い——退魔師だか陰陽師だかの家元出身らしい。

 

今、彼の周囲には思わず感嘆の息を漏らしてしまうほど、繊細な魔力が渦巻いていた。

本来、魔力は空気のように感じるもの。

物質やその場、あるいは生物が魔力を発している。

だが、近衛右門は違った。

彼からは魔力は毛ほども感じない。

だが、一切魔力を持たないわけではない。

彼に内在する魔力をぴたりと体内に留めているのだ。

そしてその魔力を、鍛え、練り、一本の糸に仕上げる。

そして、必要な魔力を糸として数本を体外に纏わせているだけ。

無駄なことは一切しない。

こと戦闘に於いて、最も重要なファクターの一つ。

長期戦を念頭に置いて戦った事のある者の証拠だ。

 

「‥そういえば、あんた戦争経験者だったな」

「む?確かにそうじゃが‥。何故それを?」

「ああ、ある師の経験曰く‥」

 

コキコキと首を鳴らし、両掌を前に出して構える千雨。

 

「戦争を潜り抜けてきた者は三種類。臆病風に吹かれて逃げ惑った兵か、無類の強さで勝ち残った兵か、あるいはただ単に運が良かったラッキーマンだけだとよ」

「ふぉ。儂もそのどれかじゃと?」

「ああ。私の見たところ‥」

「ふむ」

 

目を細める近衛右門。

千雨の答えに興味を示しつつも、油断はない。

 

「‥臆病もんだな」

「フォフォフォ!その心は?」

「あァ‥」

 

目を近衛右門に向けたまま。

千雨は後ろからふわりと飛んできた小石を徐に向けた左手で掴んでいた。

小石が飛んできた先には、二人目の近衛近衛右門。

 

「始めからいきなり分身して腕試しじゃとか言いながら不意打ちかましてくるところとかかな」

「フォフォフォフォフォフォ!!結構結構。オヌシとて生徒じゃ。怪我をさせるわけにもいかん。どの程度でやれば良いかもわからんかったのでな」

「で、感想は?」

「ふむ。注意力は問題なし、といったところかの。何せ凡そ達人という者は魔法使いにせよ武術家にせよ、ある程度雰囲気があるもんじゃ。しかしオヌシの場合はそれが一切なかった。じゃが‥今は濃厚な気配を感じる」

 

近衛右門が千雨に改めて目を向ける。

先ほどまではどこからどう見てもただの中学生だった。

だが、今はどうだ。

所作一つにしても意味がある。

腕を上げる動作でさえ、いわゆる“起こり”が

最小限になっていた。

少しでも目を顔や足に向けていたら、いつ腕をあげたかなどわからなかっただろう。

 

「けっ、良い気にさせるなよ。持ち上げる作戦か?」

「それで油断してくれるならいくらでもやるがの」

 

要するにそんなのは通じないと思われているらしい。

買いかぶられているのか、本当にそう見抜いているのか。

 

「そろそろ始めようぜ。ネギたちも気にはなるんでな」

「良かろう。まずは小手調べといこうか‥」

 

途端に千雨は後ろを向く。

二人目の近衛右門の掌底が迫っていた。

 

「の」

「だまくらかすのが好きだなじじい!」

 

右手で払い除ける千雨。

二手三手はおろか、次々と迫る掌底を払い続ける。

正面の近衛右門にまで向いている余裕がなかった。

分身とは思えぬほどの衝撃を持った掌底。

一つでも当たりどころが悪いとそれだけで致命傷だ。

掌底は、傷はつけずとも身体の内部に衝撃のみを与える技。

喰らいたくはない。

 

だが、一人目の近衛右門が先ほどから練り上げている魔力の糸。

それが一本だけ近衛右門の腕に集約されているのは感じていた。

 

(魔法の矢!火、23矢!)

 

一人目の近衛右門が指をかざしただけで火の魔法矢が千雨に迫る。

無詠唱魔法の射手・連弾・火の23矢。

 

「ふん!」

「ぬ!?」

 

分身という利点を活かし、魔法の射手が来てもそのまま攻撃し続けていただろう二人目の近衛右門。

千雨は、掌底を放った腕を掴み、女子中学生とは思えぬほどの膂力を以て、近衛右門の身体で魔法の射手を薙ぎ払っていた。

 

「ぬうう!?」

「おいおい、消えないのかよ。便利な分身だな」

「フォ!?これは驚きじゃのう、面白い防ぎ方をする!」

「じゃあこのまま行くか」

 

左手で分身・近衛右門の右腕を掴み、右手は拳を握って即座に放った。

分身・近衛右門ごと近衛右門本人を吹き飛ばすつもりの拳だった。

しかし次の瞬間、拳が当たる予定だった分身の腹が霞のように消える。

 

(消えた!?当たってない!)

「消したのか!!」

「分身はオヌシには無意味じゃの」

「!!」

 

また一つ、近衛右門の魔力の糸が消えていた。

今度は彼の両足に魔力が籠もっているのを感じた千雨。

肉体強化に使ったようだ。

今度は千雨も身体を強化する。

用いたのは———。

 

鈍い音とともに草鞋と拳が衝突する。

 

「ほう。ネギくんに興味があるようだったのでの、少々勘違いしておったか‥。オヌシ、“気”を使うのか」

「ふん、魔法使いだとでも思ったか」

「ちがうかの?」

「魔法使い‥ではないな」

 

脚を振り払い、近衛右門を遠ざける。

 

「では、戦士‥あるいは武術家かの」

「違うね」

「ぬ?」

「‥」

 

今度は千雨から迫る。

一歩踏み込み、近衛右門の懐に飛び込んだ。

近衛右門は驚く。

もちろん、スピードは速かった。

だが、驚いたのはスピードなどではなく。

瞬動と呼ばれる歩法に使われた“気”。

そして、いつのまにか千雨の両手には人間一人分ほどの長さの両刃の西洋剣が握られていたこと。

それが同時に起きた事だったから。

 

「エゴ・フィリィア・グラディエイトァズ」

「!!」

 

咄嗟に魔法障壁を発動させる近衛右門。

普段、常時使っている魔法障壁もあったが、それだけでは明らかに足らない。

迫る豪剣が命を刈り取らんとし、虚空の魔法障壁と“気”によって強化された西洋剣がぶつかる。

 

「割と洒落にならんの、オヌシ」

「この程度がか?」

「オヌシ今、その剣はどこから出した?」

「見りゃわかるだろ」

 

剣を押し込む力を強める。

 

「異空間‥倉庫からだよ!!」

「そうじゃ」

 

近衛右門と剣の間に炎の盾が次々と出来上がる。

 

(炎が形を為して‥!盾になっていく!)

 

「それはさしたる問題では無いのじゃ」

「そんなもん無理矢理圧し斬るだけ‥‥!?」

「ただ」

 

盾に対して意識が入っていた千雨の周囲に、近衛右門たちが浮いていた。

その数、十体。

 

「“それも使った”という事が問題での」

「てめェ!!」

『魔法の射手・連弾・戒めの風矢・101矢』

 

千十本もの捕縛の矢が千雨に殺到する。

その様子を、火楯と分身を消しながら確認する近衛右門。

 

(武器を取り出す為に魔力を使った。そして、瞬動の為に“気”を使った)

 

それも、同時に。

それとも単に魔力と“気”の切り替えが早いだけか。

魔力と“気”は本来相反するものであり、それを同時に扱うには相当の修練が必要になる。

魔力と“気”を使う者はいる。

だが、魔力と“気”を同時に使って戦う者はほとんどいない。

コンフリクトを体内で起こすくらいなら魔力か“気”に傾倒して鍛えた方が圧倒的に戦いやすいのだ。

だが、彼女はそれをしていない。

 

「‥ぬ?」

 

捕縛の風矢による風の奔流が収まるも、千雨がいない。

瞬動で抜ける隙間はなかったはず。

千本もの魔法の射手を避け切れるとは思えない。

 

「‥転移で逃げたかの」

「んなわけねーだろ」

「!?」

 

後ろから聞こえてきた声に、振り向き様に掌底を放つ。

それを千雨は予測していたのか、あっさり掴んでしまう。

 

「これはこれは‥‥何の手品かの!?」

「気づかなかっただろ?当然だよな」

「だって種も仕掛けもねーからな」

 

右腕を千雨に掴まれている近衛右門。

近衛右門を挟んで千雨とは反対側から、また千雨の声がした。

振り向くと、先程魔法の射手が殺到した地面の下から、遺跡のタイルがずれて、その場から千雨が上半身を見せていた。

地下から這い出てきた千雨は西洋剣を持っていたが、近衛右門の腕を掴んでいる千雨は手ぶらであった。

分身———。

一目見ただけでは近衛右門が気づかないほどの出来栄えである。

 

「あの一瞬で‥地面に潜っていたというわけかの」

「いや?ただ、ここの下には空間があるのは知ってたんでな。単純に蓋開けて入って閉めただけ」

「フォ?ふむ、そうか。木乃香たちが入ってきたところじゃの」

「それでそっちはただの分身。だからこそ釣られただろう?私が魔法の射手を掻い潜って逃げ切ったように見えたからな」

「なるほど、釣られたのう確かに。分身を使えるとはの。しかも本体と寸分違わぬ気配と密度」

「あんたこそ分身は通じなさそうとか言いながらガンガン使うじゃねえか。だまくらかすのが好きなのはあんたの方だろう。分身と魔法の射手、盾しか使ってないのにえらい強敵に見えるぞおい」

 

にこりともしない世辞が二人の間を飛び交う。

言葉を交わしながらも、千雨は近衛右門の実力を測っていた。

恐らくは自分が今まで見てきた魔法使いの中でもトップクラスの実力者。

101本もの魔法の射手ですら無詠唱で扱い、使う分身も本体と同密度のものを軽々と十体。

この麻帆良学園でも三指に入るだろう。

 

しかし近衛右門は千雨とは反対に、千雨の実力を測りかねていた。

こちらの攻撃に対し、守勢は見事に行えている。

余裕もまだありそうではある。

ただ、若年14の娘。

これが孫娘の木乃香と同年齢とは思えぬほど。

14の戦いの天才といえば、思いつくのは一人の赤毛の男———。

少なくとも、近衛右門が見た実力が最大限というのは有り得ないだろう。

 

「さて、一発くらいカマさないとやってられねえんでな」

「喰らってもらうぜ?」

「‥これ、二発じゃないかの?」

 

右腕を掴まれて動けない近衛右門。

魔力を真剣にエンチャントすれば振り解けなくはないだろうが、流石に生徒相手にやることではない。

剣を捨てた目の前の千雨と、後ろの千雨がそれぞれ“気”を集中させていく。

 

「細かいことは気にすんな」

「どうせ防ぐんだから‥‥」

 

「「よ!!」」

 

近衛右門の腹と背を同時に狙う二人の千雨。

その瞬間、近衛右門の周囲を渦巻いていた魔力の糸が一本消えゆく。

近衛右門の足元から、炎が立ち上がった。

拳が二つ、炎の円壁に激突する。

 

「!!」

「炎陣結界!」

 

近衛右門と物理的に繋がっていた分身・千雨の腕は炎の壁によって断ち切られ、そのまま消える。

本体の千雨は炎の熱気に押され、後ろに下がっていた。

 

「炎陣結界を無詠唱で使うとかふざけたじじいだな!」

「では詠唱魔法ならどうかの」

「は!?」

 

本来1分は余裕で持つはずの炎陣結界がすぐに解かれる。

現れた近衛右門のその手には、一本の古ぼけた杖があった。

 

「これで決めよう。純粋な火力勝負といこうではないか。どうじゃ?」

「血の気が多いな、高血圧待ったなしだね」

「実は結構最近良くなくての‥専属医師からドクターストップ出される寸前なんじゃよ」

「わかっててやるんなら余計アホじゃねーか!!」

 

とほほとか口で言う目の前の爺に殺意が湧く千雨。

殴りたい、この泣き顔。

 

「フォフォフォ。で、どうするかね?」

「‥話が早くて助かるよ。乗った」

「その心意気や良し。では、参ろうか」

 

腰を捻り、右腕を後ろにやり、アッパー気味の構えをとる。

左手を右拳に被せ、全身の“気”を右拳に集中させていく千雨。

対して近衛右門は、練り上げてそのままにしておいた魔力の糸を4本、魔法へと費やす。

 

「来れ火精 風の精」

 

(火と風の上位魔法!)

「我流気合武闘・二」

 

“気”を更に高めていく。

足りない、まだ。

千雨の腕がぼんやりと光り始める。

既に周囲の遺跡やネギたちのことなど頭にない。

ただ、目の前の敵を撃ち抜くのみ。

 

対して、近衛右門。

その頭脳は冷静ながらも、戦火の上で敵を葬り去ったときのことを思い出していた。

敵機数十機が自分を撃ち抜かんと向かってきた、あの時。

あの時ばかりは後の消耗戦など気にもしていられず、全魔力を込めた。

千雨は無詠唱魔法時とは比肩しえない威力の魔法が、近衛右門の腕の中で完成されていくのを感じていた。

 

「炎を扇いで 吹き荒べ 火坑の風」

「正拳突き———」

 

炎を乗せた地獄の風が。

砲台と化した“気”が。

 

「炎の烈風!!」

「昇!!」

 

爆ぜる。

 

 

********************

 

 

その闘いを見ていた男は、溜息をついた。

最後の魔法と“気”のぶつかり合い。

あれではメルキセデクの書、その安置室は吹き飛んでしまっただろう。

そしてその後片付けは何故か自分だ。

図書館島の総司書をやっているからなのだが、今回ばかりは理不尽である。

魔法一つで終わる片付けではあるが、療養中の身からすれば有り得ないこと。

しかもあの二人の闘いに関与するつもりはなかったので、遠隔盗視していただけ。

これは後で近衛右門に文句を言わなければならない。

むしろ正論を叩きつけて掃除させてやろう。

心に固く決めた男だった。

 

それにしても———。

 

落ちる瓦礫と舞い上がる炎を吹き飛ばし、起き上がる少女。

首をコキコキ鳴らしてピンピンしている。

どうやら無事なようだが、彼女の服はそうでもないようだった。

右腕部分の制服と中に着ていた白シャツは吹き飛び、煤が少しついた肌が見える。

 

(‥本当に、強く育ったようですね)

 

これは、自分との出会いもそう遠くはないか。

かの英雄の息子も来たことである。

次に自分が動けるのは来年度の学祭。

ただ、まだ足りない。

貴女はまだ、進み続けられる。

 

 

********************

 

 

「‥」

 

炎の烈風と気弾による嵐が収まり、起き上がる千雨。

周囲を見渡そうとするも、明かりが全て吹き飛んでしまったのか真っ暗である。

千雨と近衛右門はやり過ぎてしまったのだ。

千雨からはすぐに見えなかったが、水平方向の壁は四方全て、10m程吹き飛んでしまっていた。

少し目を瞑り、パチリと開ける千雨。

闇夜と同じように目を慣らす。

 

近衛右門は———。

 

「‥これは、後で説教かの」

 

火が灯る。

見ると、既に立ち上がっていた近衛右門が指先に灯火の魔法を発動させていた。

 

「説教って、私がか?」

「いや、わし」

「‥なんで?ていうか誰にだよ」

「魔法先生たちに叱られるのう‥」

「あんた、学園長だよな?」

 

この様子だとどうやら叱られたことが何度かあるらしい。

締まらない爺さんである。

 

「さて‥正直オヌシにはかなり興味が沸いたのう。その年齢でそこまで“気”を扱い、戦う技術を得たオヌシの今までの過程にな」

「ん?あんた私のことを聞いたんじゃないのか」

「ほう?それはつまり、わしが何らかの形でオヌシのことを知る機会があったということかの」

「‥」

 

どうやら誰からも聞いていないらしい。

わざと千雨のことを隠しているのか、それとも面倒だから伝えていないのか。

恐らく後者だろう、簡単に読める。

そもそも気を利かせて話を伝えておくなんてことをやるとは思わない、できるとは思うが。

 

「しかしの、素性は良いのじゃ。知らなくともな」

「?」

「既にオヌシの敵性検査は終えておる。オヌシに敵意はない」

「ああ、あの面接か」

「左様。故に、後は野となれ山となれと言った感じかの」

「丸投げって言うもんだよなそれ」

「そうとも言うかの」

 

フォフォフォと笑う目の前の近衛右門に、千雨は少しだけ魔法先生たちに同情した。

こんなのが上司だったら自分は3日で辞める自信がある。

何が悲しくて、解決できそうな不明瞭な案件を放置する上司が良いのか。

しかもはしゃいで遺跡を破壊するのだ。

その後始末に部下が追われるのだから溜まったものではない。

 

「そこで、じゃ。オヌシ、魔法生徒になってみる気はないかね」

「え?お断りします」

「ぬぉ!?」

 

唐突な誘いを一言で断る千雨。

あまりの即決さに近衛右門もかくりと顎を落とす。

 

「だって仕事くれるだろう、あんた」

「えー‥。まあそうじゃけど」

「じゃあ無理」

「ぬう‥。あまり魔法関係者を放置しておきたくはないんじゃがの」

「別に敵対する気はないけど仲良しこよしする気もないぞ」

「‥‥それは、今のクラスメイトたちともかね?」

「‥それはちょっと卑怯だろ」

 

千雨が眉を顰める。

今のクラスメイトたちとは確かに仲良くする気はなかった。

今でもあまりないだろう。

だが、出会った当初から今に至るまで。

彼女らが無邪気に自分の手を引く様は、写真で見た彼女らの輪に入っていく自分の様は。

 

「‥それとこれとは話が別、だ。アイツらに裏の事情は告げていない」

「うむ、それは構わぬよ。そんなことまで指図する気はないのう。魔法使いやオヌシの様な者とて人間じゃ。その事実を蔑ろにしてしまうと我らなどおらずとも全て精霊に任せてしまえば良くなってしまう」

「じゃあなんでだよ?」

「これは一人の教師としての心配じゃ。忘れたのかの?オヌシは麻帆良学園の生徒で、わしはその学園長じゃ」

「‥なら、生徒に向かってそれなりに魔力込めて炎の烈風撃つのは良いのかよ」

「それとこれとは話が別じゃの、グラディエイター」

 

飄々としてどこ吹く風である、このじじい。

 

「まあ、良い。経歴問わず魔法生徒ではない裏の関係者もそれなりにはおるしの」

「へえ」

「全てオヌシのクラスに集中しておるが」

「‥うちのクラスにまとめたのはあんたらだろ」

「うむ。面倒ごとはまとめるに限る」

「互いに反応し合って何か起きても知らないぜ?」

「それもネギくんが見ておる、安心しての」

 

ピクリとネギの名前に反応して止まる千雨。

そうだ、大事なことを忘れていた。

 

「‥ネギ、ネギ・スプリングフィールドのことなんだが」

「なんじゃね?」

「私はアイツを保護・観察すると言う目的がある。それと関連して聞きたいんだが‥アイツは、この街に魔法使いの修行に来たんじゃないのか?」

「ふぉ!?」

 

この時点で近衛右門は、千雨が十中八九味方であることを確信した。

わざわざそんなことを嘯く必要がないし、敵対者だった場合メリットよりもデメリットの方が圧倒的に大きい。

しかし、どこからの使者なのか。

どこぞの魔法協会のような公的機関なら秘密裏に送る必要がない。

となると、正義の味方を気取る自治組織か。

それとも、個人の依頼か千雨本人の希望か。

それに加えて近衛右門が千雨の素性を知る機会があったこと。

つまり、近衛右門の知人による人選。

すぐに脳裏にピックアップしようとして、千雨の目を見てふとやめる。

 

先程までは呆れたようなシニカルな目をしていたが、今は違う。

これは、優愛の目である。

おそらく、任務や仕事以外でも、純粋にネギという人間を心配してるのだろう。

こんな人間なら、素性をわざわざ根掘り葉掘り聞く必要はない。

ネギやクラスメイトたちとともに、徐々に歩み寄ってくれたらそれで良い。

 

「‥‥ふむ。確かに彼は修行でこの地に来ておるよ」

「けど、今のアイツは修行なんてまだやっていないんじゃないか?師もいないだろう」

「師匠かの。見習いの魔法使いは本来、卒業証書に運命を委ねられて修行の地へ赴く。それはネギくんも同様じゃ。まだ、彼にはそれに値する出会いがないだけじゃよ。必ずそのうちそれはある」

「‥」

「オヌシがなっても良いぞ?」

「私は魔法使いじゃない」

「フォフォフォ、そうかの?」

 

意味深な笑い方をする近衛右門だが、千雨は不服そうだ。

自分は確かに魔法使いではないのだから間違ってはいない。

 

「‥そう焦るでない」

「!」

「ネギくんはまだ見習いの見習いのようなものじゃ。まだ、この麻帆良学園で魔法使いとしても教師としても認められてはおらん。まずはそれを成さねばの」

「‥」

「魔法使いとして、実戦の修行を行うのか。教師として、2-Aの子らと歩んでいくのか。全ては彼の選択次第じゃ」

「‥私は、焦ってなんかないさ。もどかしいだけだ」

「それも違うとわかってはおると思うがの」

 

見透かした様な発言に、言葉を詰まらせる千雨。

確かにネギの修行だのなんだのは急を要することではない。

全て焦っているのは自分なのか。

自分はただ、ネギに彼と同じ様に———。

 

「‥で、それで今回の2-Aの学年最下位脱出ってのがネギの試験でもあるのかよ」

「最下位脱出に向けて、何をやってのけるのか。見物じゃったが、まさか魔法を自ら禁ずるとはの」

「へ」

 

(自分でやるとかただの間抜けじゃねーか!!)

 

「なんでそんなアホな真似‥」

「ふーむ。どうやら戒めのためだったらしいの。アスナちゃんに諭された様じゃが」

「ふーん?」

 

魔法など使わずとも、と言うことなのだろうか。

 

「ていうか、魔法なしであのバカどもの点数上げられるのかよ?」

「それはネギくんの腕次第じゃ。彼らが落ちた場所は秘密のオアシスになっておっての。そこに十分な食料と中学生向けのテキストを置いてある。結果は明々後日の月曜日のお楽しみじゃの」

 

今日は金曜日。

明日の朝にネギたちは地下で目を覚ます筈なので、土曜日と日曜日はまるまる休日で、月曜日が試験日になっている。

つまり実質残り2日である。

2日でネギはバカレンジャーたちの成績を上げなければならないということだ。

 

「‥最初から、メルキセデクの書は渡す気なかったのか?」

「うむ。何よりあんな魔法の書で成績を上げてもあの子たちの為にはならん。ネギくんの教育にも悪いしのう」

「そういえばあれはどういう本なんだ?」

「あれは持った者の記憶力の強化や思考力の上昇が行われる本での。今まで見聞した知識をたやすく思い出したり、物事を良く覚えたり、他にも使い道は様々じゃ」

 

どうやらちゃんとした魔法書らしい。

そういえばメルキセデクの書はどこにいったのだろうか、と辺りを見渡す千雨。

千雨たちの攻防で吹き飛ばしてしまったか。

 

「‥今回の試験が終われば、色々とネギくんには教え始めるつもりじゃ。まずは来年度の修学旅行かの」

「修学旅行?」

「京都に行ってもらおうと思っておる」

「!!」

 

京都。

日本の観光名所にして、あらゆる歴史が詰まったかつての古都。

千雨も一度聞いたことがあった。

風光明媚で、日本の古い家屋や建造物も多いとか。

少しだけ千雨も期待はしていた。少しだけ。

 

「京都に何かあるのか?」

「関西呪術協会というのは知っておるかな?」

「ああ、東日本と西日本で魔法協会が二つあるんだっけか?」

「うむ、あまり仲は良くないんじゃがの」

「そりゃまた変な話だな」

「魔法系統が違うんじゃよ。こちらはいわゆる一般的な魔法使いじゃが、関西呪術協会は“呪い”を使うのじゃ」

「まじないっていうと‥魔法符の様なものを使うやつか」

 

左様、と頷く近衛右門を前に、千雨は記憶を漁る。

一度かつての師にそれを見せてもらったことがあった。

確か、あらかじめ魔法術式を書いておいた紙を使うことで魔法の簡略化が行える‥という話だった。

普通に魔法符なしでも使えるそうだが、それだと一般的な魔法使いと何も変わらないだろう。

 

「それで、その関西呪術協会が仲悪くてなんだって?」

「先方とは小競り合いや仲違いが多くての、時には仕事にも支障をきたすこともあった。そろそろこの状況を終わらせたくての、それをネギくんに頼もうと思うておる」

「いや無理だろ」

 

明日菜たちの問題とは明らかに違う。

明日菜たちはなんだかんだ言って、ネギが子供であることが大きいのだろう。

それに明日菜たちもまだ子供であって、利益ではなく感情で動くのだ。

バカレンジャーたち以外もネギのクビのことを知ってしまえば協力するはずだ。

女子中学生からすればネギそのものはかなり可愛らしい。

 

ただ、関西呪術協会はそうはならないだろう。

ネギは関東魔法協会にまだ所属はしていないが、今回の試験をパスすれば間違いなくその一員となる。

関西呪術協会の連中にぽっと出のネギが「仲良くしましょう!」と言ったところで火に油を注ぐようなものである。

 

「ま‥そこは心配いらんて。その時になったら話そう」

「おい、これ自然と私が協力する流れになってねえか?」

「そのつもりじゃなかったのかの?」

「早合点もいいとこだ」

「捻くれ者もいいとこだの」

 

フォフォフォと笑う目の前の妖怪じじい相手に、そっぽを向く千雨。

どうやら性格を掴まれてきているらしい。

 

「魔法生徒ではなくても良い。じゃが、もしネギ君がピンチに陥ったり、助けを求めてきたら、オヌシの判断で何かしら支えてやって欲しいのじゃ」

「‥なんで私なんだ?」

「オヌシが今のところ一番ネギ君の魔法的支援ができそうじゃからの。ネギ君を好ましく

思っておるようじゃし、何かしら関係がありそうじゃのう」

「‥」

「全て手を出せとは言わんよ。何から何までやってしまうとネギ君の為にならんしの。その辺は明日菜ちゃんたちへの対応と同じじゃ」

「全て‥か」

「それとの」

「?」

 

近衛右門の普段閉じられた様に見える目蓋がカッ、と開く。

眼光が、千雨を射抜かんとしていた。

 

「わしらは彼を一人の見習い魔法使いとして扱いたいのじゃ。ナギ・スプリングフィールドの息子ではなく、見習い魔法使い・ネギ・スプリングフィールドとしてのう」

「!」

「オヌシ、ナギのことを知っておるな?魔法世界の出身じゃろう」

 

やはりバレた。

魔法戦闘をガッツリ行えて、どこから来たのか経歴不明の人間なのだ。

表の世界に痕跡がないならあとは魔法世界か魔界かくらいしかない。

 

「‥‥なんだ、バレてたのか」

「大方行きすぎたファンかの。ナギのことを知っていれば、ネギ君を見ればナギの関係者だと一目でわかるしの」

「ファンってのは少し違うけど、間違ってはないな」

「ふむ?‥‥まあ良い。彼を見てやって欲しいだけじゃ。“ネギ君”をの」

「善処しよう。わかってるよ、アイツはナギじゃない」

 

ネギはナギじゃない。

わかってはいる、頭では。

ただ、ナギが遺した命よりも大事な子であることは間違い無いのだ。

それを無視する事はできないし、したくない。

 

「なら良いのじゃよ。‥さて、オヌシ今からどうするかね?ネギ君たちの元に行くのか?」

「無事なんだよな?」

「勿論じゃ。様子を見るかね?」

「‥いや、良い。あんたを信用しよう。私は帰る」

「フォ!?」

 

“え、帰るのオヌシ”みたいな顔をしている近衛右門を無視して、部屋の剥がれたタイルを一枚拾い、文字を書き込んでいく。

メッセージを書き終え、徐にネギたちが落ちていった穴へ投げる。

 

「雑じゃのう」

「落下速度低減と衝突防止がかかってんだろ。壊れはしない」

「何もかもワシの話を鵜呑みしておるが、良いのかね?」

「そのくらいは判断できる」

「フォ、光栄と受け取っておこうかの」

 

近衛右門は強力な魔法使いだが、その前に一人前の教育者である。

千雨はそのことを実感していた。

今回、明日菜たちの勉学向上、ネギの魔法使い兼教師認定試験の場となっているが、千雨も多少物事を教えられた気分だった。

今の自分が“ある程度”歪んでしまっていることを自覚させられた。

その恩を“ある程度”報いる為に、近衛右門の顔を立てただけである。

 

「それに、よく考えたら委員長に勉強を教えてもらっている最中だった」

「フォフォフォ、それは戻らんといかんのう。国語と社会の成績、上がると良いの」

「なんであんたそんなこと知ってるんだ?」

「2-Aの生徒たちはある程度気にかけておるのじゃよ。新任のネギ君もおるし、特殊な人間もおるしの」

「特殊ね‥‥」

 

それには完全に同意する。

学校というものに初めて通う千雨は、1-Aの人間が普通だと思ったが、他のクラスと合同で授業をやった時にその認識は誤りだと気づいた。

うちのクラスは変人揃いである。

 

「では、わしも戻ろうかのう。手を貸そうかね?」

「要らねえよ、勝手に戻りな爺さん。風邪引くぞ」

「これはこれは、優しいのう」

 

転移の魔法を起動しようとする近衛右門に、千雨は更に一声かける。

 

「‥ウナ・アラ」

「?」

「私は魔法世界でそう呼ばれていた。調べたきゃ調べるんだな」

「ウナ・アラ‥。どうやら、オヌシとは長い付き合いになりそうだの」

「どうかね。早死にする可能性もなくはないぜ」

「孫の花嫁衣装を見る前には死にたくないのう」

 




ていうかまた多いな一万て。
千雨回というよりは近衛右門回になりました。
じじいキャラ良くない?
アンチ多いけどね、仕方ないね老獪だから。


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【7】未だ知らぬ咲かぬ花

さくさく書きたいんですが‥忙しいですにわかに。
毎日更新できる人は何なのか?
更新の神様ですか?


光に向かって歩く二人の少女。

一人はかつて2度与えられた、希望の光を自らに当てる為に。

また一人は、未来を照らす光を求めて。

ただその二人は。

 

一人は顔を沈ませて既に止まり、一人はただ泣きながら歩いていた。

 

 

********************

 

 

「ここらへんなら、レジャーシート広げられそうですねー。水平方向に対する傾角が5度未満です」

「了解ですわ!では、ここでパーティを開きましょう」

 

期末試験の翌日。

千雨は、委員長や超、葉加瀬と共に校舎近くの丘の上に来ていた。

試験を終え、2-A学年最下位脱出記念のパーティをやろうという話が出たからである。

そのパーティを野外でピクニックのようにやりたいとの意見が多かったのだ。

委員長たちはその下見として丘に来ていた。

 

「何にせよ、無事に終わってよかったですねー試験」

「結果発表のどんでん返しには驚いたネ」

「あれは学園長のミスって出てただろう。何でかは知らないが自分で採点したのを平均点に加え損ねてたとか」

 

ネギのクビがかかった期末試験。

2-Aが学年最下位を脱出出来なければその時点でネギはイギリスに強制帰国。

しかし結果発表時、2-Aは学年最下位であることが麻帆良学園中等部に放送され、2-Aの面々は愕然としてしまった。

ネギも仕方がないことと諦め、早々にイギリスへの帰路に就こうとしたが、明日菜たちに引き留められたそうだ。

それがなかったら学園長も間に合ってなかったかもしれない。

 

学園長のミスでバカレンジャー+図書館探検部の試験点数がクラスの平均点に加えられてなかったとして、再度集計。

結果、2-Aは僅差で1位に輝いたというわけだ。

 

「それにしても、バカレンジャーの皆さんにはハラハラさせられますわ。行方不明に加えて試験遅刻なんて‥心臓に悪すぎですわ!」

「でもー、何とか試験をクリアできましたしねー」

「行方不明だけで胸いっぱいだと思うけどなあ‥」

 

近衛右門との腕試し(?)後に、ネギたちに自分の無事を書き記したタイルを投げ落とした千雨。

 

ネギたちを置いて先に図書館島の地表に出て、ネギたちと連絡が取れなくなって「どうしようどうしよう」と慌てていたのどかとハルナと合流し、そのまま二人と共に寮に帰ってきたのだ。

 

二人には、ネギたちが無事であるっぽいこと、そこにこちらから辿り着く手段がないこと、おそらく自力で戻ってくるということを言い、何とか説得して共に帰ってきたという形になっている。

二人の不安は当然のものだったが、千雨が何故ネギたちが無事だと言い切れるのかは説明しきれなかった。

どうせなら近衛右門の元で秘密の特別勉強会をやっているとでも嘯くべきだったか。

 

その後、一応途中で抜け出たことを真夜中だったが委員長のところに謝りに行こうとしたところ、何と委員長は起きていた。

千雨だけではなく明日菜やネギたちまでいなかったことに不安を覚えていたらしく、寝ずに待っていたらしい。

ここで、千雨が委員長に事情を誤魔化しつつ説明し、納得させた苦労の程は想像に難くない。

 

また翌日、期末試験最下位がネギのクビにつながると知った2-Aの面々。

椎名桜子がしずな先生に口止めされていたのを我慢できなかったのである。

自分の担任——しかも新任の可愛い9歳の少年——がクビになるかもしれないという事実を一人心に留めておくのは耐えきれなかったのだろう。

 

委員長を始めとした、バカレンジャーたちに対する不安と心配は試験当日まで解消されなかった。

何せバカレンジャー+図書館探検部+ネギは試験当日になってようやく姿を見せたのだ。

しかも試験開始時間ギリギリで。

 

先が見えない様相怪しい試験期間だったが、何とか乗り越え、ネギのクビを回避させ、学年一位の成績を残した2-A。

これほどの苦労をしたとなるとなるほど、確かに記念パーティくらいしたくなるだろう。

 

「簡易キッチンはこちらに設置させますわ。料理道具は大半は用意しますので、五月さんや超さんはご自分の道具だけ持ってくるようお願いします」

「五月にも伝えておくよ、大丈夫ネ」

「じゃあ買い出し班や皆さんに場所をお伝えしますねー」

「お願いしますね、聡美さん」

「‥‥」

 

パタパタとそれぞれが各所に連絡を始める。

それを眺めながら、何故自分はこの場にいるのかと振り返り始める千雨。

 

(…そうだ、委員長に誘われて、超に後押しされて連れてこられたんだったな)

 

普段はクラス単位のイベントに積極的には参加しない千雨だが、誘われたら断りはしなかった。

騒がしいのは苦手な千雨。

しかし、同年代と共に過ごす時間が新鮮であったり、なにより屈託のない笑顔で話しかけてくる人間を邪険には扱えないという心根があったりするおかげで、なんだかんだと連れて行かれるのを良しとしているのである。

 

「ふふ、大忙しネ」

「お前はそうは見えないよ」

「そうカ。やることはやてるつもりだがナ」

「お前、優秀すぎて色々手を出してても物足りなさそうに見えるんだよ。‥超」

 

ニコニコとした超鈴音が千雨の傍に来る。

葉加瀬も委員長もそれぞれ連絡を終え、一度寮や研究室に戻るようだ。

周りには千雨と超だけだった。

 

「‥暇なのか、お前?」

「それはこちらの台詞ネ、千雨サン」

「私は委員長に連れてこられただけだって」

「俗に言うツンデレ」

「デレ‥ってねーよ」

 

語尾を強めるが、超の表情は崩れない。

千雨は無駄に取り合うのはやめにした。

超相手に口論では勝てる気がしない。

 

「なに、少し貴女と話がしたくてネ」

「‥なんだ?」

「少々世界情勢についてヨ」

「私、社会の成績があまり良くないの知ってるよな?」

「それでも今回国語と併せて平均点は取ったんだロ?大したものネ」

「へっ、茶化すなよ」

「実際大したものヨ。貴女のこれまでの経歴を思うとネ」

 

経歴。

その言葉が出た時点で、千雨は身体のスイッチを入れた。

途端に身体全体が戦闘用に意識的に切り替わり、何時でも咄嗟に動けるようになる。

 

「‥なんだ、経歴って」

「惚けなくていいヨ。私は貴女のことを知っている」

「‥」

「生まれたのは日本。だが、育ったのは魔法世界ということくらいはネ」

「‥‥お前、やっぱり裏の関係者か」

「それも少々特殊な部類に入るヨ」

「そうかい。で、何の用だよ」

「性急ネ」

「誰がこんな話聞いてるかわからないだろ」

「大丈夫ヨ、こんな見晴らしの良い丘の上なら誰がどこにいてもわかるネ」

 

(それで私をここに来るように後押ししたのか‥)

 

千雨は警戒心を強める。

人払いの魔法を使っているわけではなさそうなので、今ここで何かしてくるということはないだろう。

だが、未知の裏の関係者の登場に千雨は油断する気にはなれなかった。

 

「まずは、自己紹介カ。我が名は超鈴音。由緒正しき火星人ヨ」

 

いきなりズッコケる千雨。

シリアスな顔して誰でもわかる三流のジョークを放つ超に、緊張感を保てなかった。

 

「なんだってんだてめーは!!」

「ハハハ、良いリアクションネ」

「ふざけてんのか!?ふざけてんだな!?帰るぞ私!!」

「まあまあ。そう固くならず、ネ」

「‥本題に入れ、儀式的な挨拶がいるわけでもないんだ」

「では、単刀直入に言おう。私に手を貸して欲しい」

 

思いもよらない切り出しに、言葉が詰まる千雨。

手を貸せ?

あの麻帆良学園始まって以来の超天才、超鈴音が?

 

「‥‥内容によるな」

「だろうネ。だが、まだ話すことはできない。内容を知れば後戻りはできないヨ」

「大事か?」

「私の一世一代プロジェクトダ」

「絡繰を作るような仕事よりも大きいのかよ」

 

しかしふと疑問に思う千雨。

超のプロジェクトがどのような内容かはわからないが、それは自分が手を貸せばどうにかなるものなのだろうか?

千雨に出来るのは専ら戦闘のみである。

後は、この学園に来てから興味本位で始めたパソコンを中心とした電子端末の扱い。

それか、去年の学祭で麻帆良コスプレフェスティバルに事故で出てしまったアイドルとしての姿くらいか。

 

そう、あれは事故である。

記憶を頭から消し去るように頭を振り、超の方へ向く。

 

「それ、私が手を貸してなんとかなるのか?」

「なるとも。貴女が持つ全ての力を以てすれば容易いことヨ」

「あのな超。私の何を知っているのか知らないが、私は戦闘くらいしかできないぞ?」

「知てるヨ。だが、それでも貴女にしか出来ないことがあるのサ、救世の英雄殿」

「‥‥‥はあ?」

 

救世の英雄。

なんだそれは、と心の底から思う千雨。

千雨は魔法世界にいた頃、幾つかの通り名で呼ばれたことはあったが、英雄と呼ばれたことなどない。

 

「‥超、私を誰かと間違えてないか?」

「間違えてないヨ、長谷川千雨。フィリィア・グラディエイトァズ、ウナ・アラ、アルミス・コンボカーレ。全て貴女の名だロ」

「‥まあ、呼び方なんて何でもいいよ。私から名乗り始めたわけじゃない」

「ちうたんでもいいト?」

「何でてめーまで知ってんだよ!?」

「貴女のことは知ていると言っただロ?」

 

とりあえず自分のことではあるようだ。

しかも、去年の学祭でちうと咄嗟にイベントで名乗ってしまったことは存外広まっているらしい。

これに関しては頭痛しかしない。

 

「貴女の名声を、貴女という存在を。私に貸して欲しいというわけネ。場合によっては貴女の戦闘技術もヨ」

「その内容を知らないと何とも言えないが、知った時に私が断る内容ならどうするんだよ」

「その為に少々お互いを知らねばネ。例え知った時に断りたくなたとしても、私の邪魔をしない程度には仲良くなりたいと思てるヨ」

「邪魔されるようなプロジェクトかよ‥」

「うむ、世界が敵に回る可能性はあるネ」

「‥ただのテロなら私が今お前を止めるぞ」

「人的被害を出す気はないネ。ただ、貴女の来歴を考えると手を貸してくれる可能性が高いと思ったから声をかけたヨ」

 

人的被害を出す気はない。

が、世界中が敵になる可能性がある。

ここまで言われて、千雨の脳内では超が何をする気か推測していたが、パタリと今まで思いついた内容が全て消えた。

人的被害を出すつもりがないのに敵意を持たれる行動。

しかも魔法関係である。

‥世界中の人間を洗脳でもする気か?

 

「そういえば、お前の好きなものって世界征服だったよな」

「ハハハ、覚えていてくれて光栄ネ。なるほど、それだと?」

「世界征服くらいやってくれても全然良いけどな。それに私が従うかどうかなんて話は別物だし」

「おお、それはそれは。ただ、少々違う。というより惜しいネ」

「ふーん?」

「だが、私のやることを早々邪魔する気は無さそうということで良いカナ?」

「‥んー、全員中華まんを毎日食えとか言わない限りは」

「ハハハハハハ!言てしまおうカ、良い案ネ」

「はあ?」

「フフフ‥」

 

座っていた超が立ち上がり、千雨の後方へと歩いていく。

邪魔でもされたいのかコイツは、と嘆息する千雨。

さっぱり何がしたいかわからない。

 

「それはつまり、世の中誰もが腹を空かせることなどあり得ないということダロ?」

 

「!!」

 

バッと後ろを向くと、超は既にいなかった。

 

「‥」

 

どうやら、考えが浅ましいのは自分の方らしいと溜息を吐く千雨。

具体的に何をする気かはわからなかったが、いつか世界に対してとんでもないことをする気ではあるようだ。

明日か、それとも今か。

超が動くその時。

千雨も巻き込まれてしまうであろうその時。

 

千雨はどう動くべきなのか、超を見極めなければならない。

 

「‥超鈴音、か」

 

「長谷川ー!」

 

「ん?」

 

先ほどまで向いていた方から声が聞こえる。

見ると、バカレンジャーたちが揃ってこちらにやってきていた。

 

「食材買ってきたアルー!」

「ここで良いんだよね?」

「あー。もうすぐ委員長が簡易キッチン設置するだろうからちょっと待ってろ」

「はーい」

 

楓や古菲、まき絵たちが両手一杯に抱えた荷物を置き、寛ぎ始める。

その様子を眺めていると、軽い荷物を持ったまま夕映が千雨に近づいてきた。

 

「ひとつよろしいですか、千雨さん」

「‥なんだ?」

「貴女はあの日、どうやって地上に戻ったですか?」

「そりゃ来た道戻ってだろ。ロープとかもそのままにしてたしな。‥そういうお前らこそ、どうやって戻ってきたんだよ」

「ああ、ゴーレムに追われているうちに地上へ直通するエレベーターを見つけまして」

「あんな古ぼけた遺跡にエレベーターがあんのかよ‥」

 

景観統一しろよ、じいさん。

 

「しかし、いくら来た道があったとはいえ、一人であの道のりを戻り、無事生還していることは驚きです。千雨さん、やはり図書館探検部に入らないですか?貴女がいればより深く図書館島を知ることが出来そうです」

「‥まあ、考えておくよ。その前に中学生のままあそこまでもう一度潜れるかは知らんけどな」

「む。やはり部長らの説得が先ですね」

 

むむむと考え始める夕映。

 

今度誘われた時はどう断ろうかと考えていると、遠くにネギと明日菜、木乃香、のどか、ハルナが見えた。

どうやら5人で買い出しに行っていたようだ。

妙な組み合わせだが、明日菜部屋の3人にのどかとハルナが合流したのだろうか?

眺めていると、ネギがこちらに気づいたのか走って近寄ってくる。

 

「ちさめさーん!」

「む」

「ネギ先生」

「あの!!金曜日、大丈夫でしたか!!?」

「金曜日‥‥ああ、先生たちが落ちた(落とされた)あとですか。大丈夫ですよ、むしろ貴方たちが大丈夫でしたか」

「ぼ、ぼくたちもあの後いつのまにか気を失ってて‥‥地下で目が覚めて、何とか勉強しながら2日を過ごしました。お互い無事でよかったです‥!」

 

これは近衛右門の企み通りといったところか。

勉強道具の教科書等は持ってなかった筈だが、地下に教材やら何やらが用意してあったようだ。

 

「ああ、そうだ。クビ回避おめでとうございます」

「え。あ、ありがとうございます?で、でも‥‥試験をクリアしたのは明日菜さんたちや、千雨さんたちの2-Aのみんなです。ぼくの方がみなさんに感謝しないといけないのに‥」

「そうですか?」

「え‥」

 

疑問を呈したのは千雨ではなく、横で静かに話を聞いていた夕映だ。

ネギは呆気に取られた顔をし、千雨は興味深そうに夕映を見る。

 

「確かに実際に試験を受けたのは私たちです。でも、私たちを終始励まし、図書館島脱出の時もゴーレムの前に立ち、私たちを牽引してくれたのは貴方です、ネギ先生。これは、どちらがどちらに感謝するという話ではなく、共に試験をクリアしたことを祝うべきではないでしょうか」

「共に‥」

「貴方が諦めないでと私たちにくれた声‥。あれがなければ、私たちは試験など諦めていたかもしれません。私たちこそお礼を言わなければ」

「え、そ、そんな!」

「ありがとうございました、ネギ先生」

 

いつもの仏頂顔のまま手を前で組み、腰を曲げて頭を下げる夕映。

ネギは顔を赤らめながらあたふたし始める。

 

「うんうん!わたしたちもお礼言っとかないとね!」

「ありがとうアルよネギ坊主!」

「もちろん、拙者も感謝しているでござる」

「‥そうね。あんた、今回はがんばったんじゃない?」

 

バカレンジャーを始め、いつのまにか来ていた他の2-Aのメンバーもなぜかネギに礼を言い始める。

ネギはもみくちゃにされながらも、嬉しそうにはにかんでいた。

それを少し下がりながら見つめる千雨。

 

「‥なんだ。ちゃんと先生できてるんだな」

 

今回、ネギは魔法を使ってない筈だ。

それでも、ネギは今回の試験を生徒たちと共に乗り越えた。

魔法使いとしてではなく、ましてや英雄の息子としてでもなく、一人の教師として。

 

あの夜、寮に帰ったことを少し後悔する千雨。

どうせなら、ネギの勇姿を見るべきだった。

ネギ・スプリングフィールドがスタートラインに立った。

その時を。

 

 

********************

 

 

千雨と別れた後、超鈴音は麻帆良学園の外れにある森、そこに佇む木組みの一軒家に来ていた。

玄関の扉を引き、カランコロンとベルを鳴らして家の中へと入る。

家内では、パタパタとにわかに忙しそうな家主が歩き回っていた。

 

「お邪魔するヨ」

「‥なんだ、貴様か」

 

超は家主——エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル——を見遣る。

手には魔法薬を持っているようだ。

 

「忙しないネ」

「ふん。ネギが‥あのガキがここに居座ることになったからな。我が計画を実行できるというわけだ」

「闇の福音としての復活ネ?」

「当然だろう。なんだ、邪魔しに来たのか?」

 

エヴァンジェリンの目に剣呑な光が宿る。

エヴァンジェリンと超は協力してエヴァンジェリンの従者——絡繰茶々丸——を造りあげたが、二人は完全な協力体制にあるわけではない。

茶々丸に関しては二人の利害が一致しただけで、それが終われば話は別となる。

 

「大丈夫ネ、それはないヨ。私からすれば、貴女の計画が成功しようがしまいが関係ないネ。究極的に言うとむしろ成功された方が良い」

「ならば手伝いに来た‥と言うわけでもなさそうだな」

「察しがいいネ。そう、これは忠告ヨ」

「‥なんだ?一応聞いておいてやる」

 

聞いただけで心得るとは限らないがな。

おくびにも出さないが心の中で呟くエヴァンジェリン。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

見た目は十にもならない西洋人の少女だ。

髪は金色に光り、目は透き通るように碧い。

そんな彼女だが、その正体は真祖の吸血鬼。

吸血鬼は吸血鬼でも、自らヒトから吸血鬼になったと言われている真祖の吸血鬼である。

その格は高く、数ある生物種の中でも最強種と呼ばれるうちの一種とされる。

 

エヴァンジェリンは齢600を超える。

その人生ならぬ吸血鬼生経験も豊富で、彼女の経験からして情報は自分の行末に関わる重いファクターだと理解していた。

だからこそ、このような正体不明の中華少女の戯言だとしても、きちんと聞こうとしていた。

その正誤は自分で判断すれば良いのだ。

 

「ネギ坊主を狙うのだろう?その際、ほぼ確実にある少女の邪魔が入るネ」

「少女?神楽坂明日菜か?近衛木乃香か?それとも魔法生徒の桜崎刹那か、春日美空か。何にせよ、桜崎はともかく他は何ら問題になるまい」

「長谷川千雨ネ」

「‥何だと?」

 

長谷川千雨。

教室で自分の左隣に座るあの女か。

見た目はただのメガネ少女だ。

他に特徴が挙がることがないくらい普通で、ただの少女である。

あとは強いて挙げるならスタイルが良いことか。

アレが何を邪魔するというんだ。

 

「何の冗談だ」

「あの人は魔法戦闘者ヨ」

「!?」

 

魔法関係者ではなく魔法戦闘者ときた。

エヴァンジェリンの脳内は困惑する。

エヴァンジェリンは吸血鬼としての能力を大半が封じられている。

麻帆良都市全体に貼られている学園結界には大妖や悪魔の類の力を押さえつける効果があり、それに加えてエヴァンジェリンは登校地獄の効果もあって、魔法の類はほとんど使えず、身体能力も外見相応の少女くらいしかない。

 

だが、吸血鬼としての吸血機能や、相手の潜在魔法力の測定能力くらいは使えた。

だからこそ、エヴァンジェリンは千雨が魔法戦闘者であることに困惑する。

千雨の潜在魔法力はごく一般的なものである。

古菲のような“気”も感じられない。

どこからどう見ても、2-Aの一般的クラスメイトと何ら変わりなかった少女の筈なのだ。

 

「‥何かしらのユニークアビリティを備えているというわけではないのか?」

「備えているかもしれないガ?」

「‥‥なぜ、奴が邪魔をしてくると断言できる」

「断言と言われると難しいガ‥間違いなく何かしらの形では関わってくるヨ」

 

ここまで断言する要素があるのか。

だが、どちらにせよエヴァンジェリンの目的はネギ‥ひいてはネギの血。

それさえあれば、エヴァンジェリンは自らにかけられた登校地獄が解ける。

この登校地獄は、ネギの父・ナギ・スプリングフィールドにかけられたものであり、彼は現在行方不明だ。

すでに死亡したとも言われており、世間一般ではその意見が大半でもある。

つまり、エヴァンジェリンにかけられた呪いを解ける人物がいないのだ‥ただ一人を除いて。

それがネギ。

エヴァンジェリンは、吸血鬼としての能力を以てネギの血を使い、呪いを無理矢理解こうとしているのである。

 

「‥だが、私は奴に興味がない。そこまで言うならば貴様が奴の始末をつけろ、超鈴音。報酬は払うぞ」

 

「彼女が、ナギ・スプリングフィールドの情報を持っているとしてもカ?」

 

バッと超の方を向くエヴァンジェリン。

目は見開かれ、登校地獄の呪いがエヴァンジェリンの溢れんとする魔力を押さえつける。

 

「奴が!?ナギの情報を‥!?」

「これは断言できるネ。彼女はサウザンド・マスターに会ったことがある。恐らく、紅き翼の関係者ヨ」

「‥!」

 

近衛右門から千雨が魔法関係者である可能性は従者である茶々丸を伝って聞いていた。

だが、魔法戦闘者である上に紅き翼の関係者?

これだと話は変わる。

ネギを狙うという形にこそ変更はないものの、力を取り戻した暁には千雨を抑え、ナギの情報を聞き出す必要がある。

 

「‥奴は強いのか」

「それを貴女に見極めて欲しいということヨ」

「ふん、その為か‥」

 

何故超がエヴァンジェリンに助言・忠告に来たのか合点がいった。

超は自分のメリットにならないことはしない、‥‥クラスメイトたちの無茶振りはともかく。

千雨が超自身の敵になり得るか、それとも戦力になると考えているのか。

何にせよ超も千雨とその内関わる気なのだ。

 

「私のメリットは何だ」

「先の情報一つで十分だロ?」

「‥‥かもしれんな。奴とて何もなければナギのことなど口走るまい」

 

ネギ・スプリングフィールドを抑えるために、生徒たちから魔力を少しずつ集めたり、生徒を何人か傀儡にして手駒として集めたりする予定だった。

だが、魔法戦闘者が敵にいるとなるとそのような準備では明らかに足りない。

学園結界から何らかの形で外れるか何かして、エヴァンジェリンが本来の実力で挑むか、更にこちらの数を増やすかしないと話にならないだろう。

実戦経験のある魔法戦闘者は、それだけの可能性がある。

 

「心して掛かるといいヨ。実力だけなら

恐らくAAクラスはある筈」

「‥そんな奴が何故あのクラスにいるのだ?」

「‥貴女にだけは言われたくないと思うネ」

 

先ほどからエヴァンジェリンと共に準備を進めていた茶々丸に、ちゃっかりお茶を用意させていた超。

椅子に座り込んで、休憩するつもりなのだろう。

だが、話は終わった。

そして、エヴァンジェリンの敵も決まった。

全てはかつての自分を取り戻す為に。

 

敵は、英雄の息子。

そして、英雄との縁を疑われる魔法戦闘者の少女。

 

超が外を見遣る。

 

「‥そろそろ日暮れネ」

 

釣られて外を見る茶々丸。

茶々丸のアイにはいつもの景色しか見えなかった。

 

闇の帳が麻帆良学園に降りようとしていた。




こういう間話のような奴は飛ばすべきなんでしょうけどねー。
飛ばすと気持ち悪いというかなんというか。
ゆるゆるとは言わないけど、きっちり進めていきたいですね。


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桜通りの吸血鬼編
【8】迫る闇に光る灯火


エヴァンジェリン編開幕‥です。
カモくんがくる話とかもあるのでそこをどうこなすか課題。


夜を往く。

片手にマーダードール、片手に魔法。

幾度となく身にかかる火の粉を凍てつかせて振り払い続ける少女。

闇に染まりきっていた、彼女の手を掴んだのは。

 

 

********************

 

 

魔法使い見習い兼教育実習生のネギ・スプリングフィールド。

彼は、イギリスはウェールズより麻帆良学園へと修行に来ていた。

その修行も2ヶ月が過ぎ、彼が担当していた2-Aも3-Aへと学年を上げていた。

そう、新学年の新学期である。

 

だが、その矢先にとある噂が立つ。

“桜通りの吸血鬼”が出たと。

 

麻帆良学園にはいくつもの通学路が存在する。

広大な敷地の学園故に、その通い方も多種多様だ。

そのうちの一つ。

近くに麻帆良学園女子中等部の寮があり、ネギが担当する3-Aも大いに関係がある。

しかもなんと、今朝は3-Aの一人、まき絵がその被害にあっているかもしれないのだ。

特に怪我はなかったが、まき絵は朝方眠っている状態で桜通りにて見つかった。

そのまき絵からネギは魔力の残り香を感じ取っていた。

 

何かが、まき絵に干渉した。

そう推測したネギはすぐにパトロールを始めた。

 

そして、その日の夜。

彼は初めての敵と出会う。

 

さらにもう一人。

 

その二人は、自身のその後の人生においてとても大切な二人となったと、後のネギは語っている。

 

 

********************

 

 

千雨は寮の自身の部屋でブログを弄りながら、屋外に魔力が発生したのを感じ取っていた。

新学期初日なのでそのことをブログに綴っていたのだが、それも早々に諦めた。

部屋の電気もつけずにパソコンを触っていた為、外の月明かりが窓からよく見えていた。

窓を開け、外を見遣る。

 

魔力は初めて感じるものだったが、このタイミングで動くのは一人しかいない。

今朝はまき絵が桜通りの吸血鬼と思われる人物に被害を被ったばかりである。

どうするかと思案していると、ネギの魔力も感じ始めた。

どうやら先の魔力の源と接触したようだ。

 

「佐々木が発見されたのは今朝だが、襲われたのは通例通りなら昨日の夜のはず‥か。新年度になって2日連続だな」

 

そして、桜通りの吸血鬼が予想した人物ならネギでは危うい。

すぐにパソコンをスリープモードに移行し、クローゼットへと歩み寄る。

クローゼットの扉を開け、底板を取って隠し戸を開く。

そこから、一枚の赤いローブと戦闘用のレザーブーツを取り出した。

中々派手だが、フードが付いている為咄嗟に顔を隠せるので魔法戦闘者として動くときには重宝しているものだ。

それに、個人的にだが赤が好きなのだ。

あとは魔法符が数枚あれば問題ない。

 

「‥いくか」

 

ネギは遂に学園の魔法使いになった。

パートナー探しらしきことも先日していた(後日勘違いだと分かった)。

もう十分だろう。

よく待った方だ、気が短い自分にしては。

 

ローブをまとい、ブーツを履く。

身体のスイッチを切り替え、意識を戦闘に切り替える。

窓から飛び出し、短い跳躍とともに建物の影へと至る。

誰にも見つからないように隠れながら行くのだ。

一般人にはそう簡単に見つかりはしないようなところを往くつもりだが、魔法使いたちに見つかっても面倒だ。

主に事情を説明するのが。

実際、夜出歩く時はパトロールをしている魔法使いを何人か見かけたことがある。

その時その時は一般人として地面を歩いていたから何も関係がなかったが、今は違う。

 

音もなく影から影へと移り、桜通りに着く。

そこには、走り去るネギ。

そして明日菜と木乃香が、襟元にかろうじて服が残っているだけののどかの面倒を見ていた。

すでに吸血鬼らしき人物はいない。

 

「ちょっと本屋ちゃん!?大丈夫!?」

「のどか‥のどか!」

 

(ひとまずは宮崎が先かな)

 

ネギのことも気にかかるが、まずはのどかの安否の確認からだろう。

 

「おい」

「ふぇ?」

「ひ!!きゅ、吸血鬼!?」

「はあ?」

 

吸血鬼て、なんでだよ。

‥‥と思ったが赤いローブを全身にまとい、フードで顔を隠している千雨。

この状況ならこれは仕方のないことかもしれない。

フードをとって改めて声を掛ける。

 

「バカ、私だ」

「え‥長谷川!!?」

「どーしたん、そのかっこ?」

「えーとだな。‥とりあえず宮崎を診る」

 

説明が面倒だったので、当初の目的を果たそうとする。

二人の了承も取らずにのどかに近づき、首に手を当てる。

 

(‥脈拍は正常。魔力も絡んでない。気絶してるだけか。武装解除を喰らったみたいだが‥)

 

わずかに残されたのどかの服を見ると、端が凍結し、氷が作られていた。

氷結武装解除だろう。

 

「氷使いか‥」

「ちょ、ちょっと?」

「ん?ああ、宮崎は無事だ。流石にこのままだとかわいそうなんでな、このローブ貸すから被せて寮まで運んでやってくれ。あとで返せよ」

「え?でも、ネギが!」

「そういえばどこに走ってったんだあいつ」

「さっきまでそこに誰かいて!その人を追いかけて行ったみたいなんだけど‥!」

「‥ああ、まずいかもなそれ。先生は私が追う。お前らは寮で待ってろ」

「千雨ちゃん、大丈夫なん?よくわからんけど、これって桜通りの吸血鬼の仕業じゃないん?」

 

ローブを取り、麻帆良学園の制服姿となった千雨。

ローブをのどかに被せて、すくっと立ち上がる。

 

「心配すんな。首根っこ捕まえてでも連れ帰ってやるよ」

「いや、木乃香が心配してるのはあんたのことよ!?」

「え、私か?それこそ心配いらねえよ。私に敵う奴がこんなところにいるとは思えん」

「はあ?」

「はわー。千雨ちゃん、すごいんやなあ」

 

明日菜は胡散臭そうな顔をしたが、木乃香は感嘆の意を顔に出す。

千雨はそれ以上は取り合わない。

ネギが危ないとも思うが、ネギと件の人物との魔法戦も見てみたいのだ。

 

「じゃあ、任せたぞ」

 

二人の返事を聞かずに跳躍する。

明日菜も木乃香も千雨が10m以上飛び上がったことに目が点になる。

桜を越えてすぐに見えなくなってしまう千雨。

明日菜は呟かずにいられなかった。

 

「‥‥あいつ‥なに‥‥?」

「千雨ちゃん、よー跳ぶなぁ‥」

「そういう感想で終わっていい問題じゃないわよ、ぜったい‥‥」

 

 

一方千雨は、建物から建物へと跳び、視界の先にネギを捉えていた。

ネギは橋の上から跳んで杖に跨り、空を飛びはじめる。

ネギの更に先には黒い外套をたなびかせて飛ぶ小さめの人間が一人。

恐らくネギと同じくらいの体格だろう。

長い金髪が風に流れている。

 

「やっぱりエヴァンジェリンか‥」

 

千雨が二人に追いつく前に二人は魔法の撃ち合いを始めていた。

手を出そうと考えていた千雨は一旦止める。

ネギの安全を確保しに来ただけだが、何でもかんでも手を出さなければいけないわけではない。

ネギは魔法使いの修行に来ているのだ。

これは実戦経験を積む良い機会である。

千雨は空を飛んでいくのではなく、二人のかなり後方で水面を渡っていくことにした。

水を地面と同様に捉えるために“気”を足に充填させ、水面を走り始める。

 

(‥さて、見せてもらおうか)

 

ネギが始動キーを唱え、風の精を8体召喚する。

風の精はどれも杖に跨るネギの姿をし、コピーとしてエヴァンジェリンに迫って行く。

囮召喚をするのも驚きだが、その数も一般的魔法使いとほぼ同じ。

それをさらりと召喚するあたり、10歳とは思えないほどの才気である。

 

風の精に対抗するべくエヴァンジェリンが魔法薬を投げ、瓶から雹風が発生する。

そういえば、エヴァンジェリンは今麻帆良学園になんらかの形で封印されているんだったと思い出す千雨。

封印状態でよくもまあネギに対抗出来るものだと感心する。

空をあっさり飛んでいるのはあれも魔法薬の効果かと推測する千雨。

 

雹風が風の精を打ち抜き、エヴァンジェリンは川の上から建物の上へと移っていく。

だが、ネギの方が速かった。

エヴァンジェリンが風の精を対処しているうちに、風による加速でエヴァンジェリンの後ろに回り込んでいたのだ。

 

「追い詰めた!これで終わりです!‥風花武装解除!!」

(お)

「!!」

 

エヴァンジェリンがまとっていた外套が無数の蝙蝠へと変わる。

吸血鬼の能力の一つ、蝙蝠や狼の使役だろう。

桜通りの吸血鬼という名はそのまま事実を表していた。

エヴァンジェリンは吸血鬼なのだ。

しかし彼女から感じられる魔力は吸血鬼にしてはあまりにも脆弱だ。

 

(しかも真祖だったよな確か。麻帆良学園に封印されてるってのも本当のことだったのか‥)

 

空を飛ぶのに外套を使っていたようで、それを失ったエヴァンジェリンはそのまま落ちていく。

蝙蝠は霧散していき、エヴァンジェリンとネギの二人はすぐ下の建物の屋根に着地した。

千雨も手前の建物に登り、二人の様子を見る。

 

外套を剥かれたエヴァンジェリンは何故かキャミソールにパンツという下着姿だ。

外套と一緒に服まで武装解除されたのか。

ネギも手で目を隠す素振りをしながら、それでもエヴァンジェリンからは目を離さない。

中々警戒しているらしい。

 

「‥‥やるじゃないか、先生」

「こ‥これで僕の勝ちですね。約束通り教えてもらいますよ。なんでこんなことをしたのか」

 

これは決着ついたかな‥、と来る必要がなかったのではと思う千雨だが、エヴァンジェリンの真後ろの建物の上に誰かが立っていることに気がつく。

 

茶々丸だ。

 

(このタイミングで来るってことは‥)

 

エヴァンジェリンの援軍か。

どうやらバックアップは用意していたらしい。

 

「‥それに、お父さんのことも」

「お前の親父‥すなわち“サウザンドマスター”のことか」

 

ネギが驚く。

エヴァンジェリンのことをネギは知らないんだろう。

目の前の少女が真祖の吸血鬼だと知ったら普通は平常心でいられるわけがない。

ありとあらゆる生物の中でも最強種といわれる存在だ。

本来ならば指先一つで塵にされるのがオチである。

 

「と‥とにかく!!魔力もなくマントも触媒もないあなたに勝ち目はないですよ!!素直に‥‥」

「これで勝ったつもりなのか?」

 

エヴァンジェリンの言葉を合図に、茶々丸がネギとエヴァンジェリンの間に降り立った。

2対1の構図になる。

 

「さあ、お得意の魔法を唱えてみるが良い」

「なっ‥こうなったら!」

 

仕方がないとネギは戒めの風矢を唱え始める。

が、詠唱が完了する前に茶々丸はネギの目の前に移動していた。

デコピンをネギに喰らわせる茶々丸。

明らかに手加減している。

しかし、ネギの詠唱は止まる。

 

「え‥!貴女は!?うちのクラスの‥!!」

「3-A出席番号10番、絡繰茶々丸。そして、私のパートナーだよ」

 

エヴァンジェリンのパートナーが茶々丸か。

超と葉加瀬に作られた茶々丸だが、エヴァンジェリンも関与していたというわけなのだろうか?

パートナーというともちろん、魔法使いとしてのパートナーだろう。

そして、ネギにはパートナーはまだおらず、現状1対2だ。

これは流石に勝ち目がない。

 

ネギが何とか魔法の詠唱をしようとするが、ことごとくデコピンやら頬をムニムニやらで茶々丸に邪魔されている。

茶々丸にはネギだと力では勝てないだろう。

それ以前に茶々丸にはかなり手加減されている。

本来ならばエヴァンジェリンがその間に魔法を撃ち込むのが定石だが、茶々丸一人でネギを完封してしまっている。

エヴァンジェリンは高みの見物だ。

 

これはダメだな。

 

身を隠していたのをやめ、一気に跳ぶ千雨。

今にもネギの首筋に牙を立てようとしていたエヴァンジェリンだが、自分にかかっている月明かりが何かによって遮られたことに気がつく。

 

「な———!」

「!! マスター!」

 

茶々丸が咄嗟にエヴァンジェリンを抱え、後ろに引く。

エヴァンジェリンはネギから引き剥がされる形で後退し、千雨はネギの前に降り立った。

 

「え?え??」

「‥ほう。正直な話、こんなに早く接触するとは思ってなかったよ」

「そうかい。残念な話、こっちはそのつもりだったんでな」

 

ネギは、涙を拭いながら自分の目がおかしくなってしまったのかと困惑する。

目の前の人間が、誰なのか一瞬勘違いしたと思ったからだ。

 

「‥‥千雨、さん?」

「無事だな、よし」

 

千雨はネギの首筋を確認する。

牙痕はなさそうだ。

ネギを吸血鬼にされてはどうしようもない。

千雨の習得した技法に吸血鬼化の治療法などないのだ。

 

「ど、どうしてここに!?」

「‥言っただろう?」

「へ?」

 

「困ったら言えってさ。‥なあ、ネギ」

「え‥」

 

「‥何を解決した気でいる!茶々丸、行け!!」

「はい」

 

エヴァンジェリンの言葉を皮切りに茶々丸が突進してくる。

今度はデコピンなどではない、拳だ。

それを寸前で顔を逸らして躱す千雨。

 

「いきなり手加減なしか」

「貴女が関わってきた場合は心して掛かれと命を受けております」

「ん?」

 

茶々丸の突き出した腕の手首が外れ、千雨の顔に巻きつこうとする。

数本のワイヤーが千雨を襲う瞬間、千雨は消えていた。

 

(対象がロスト。索敵開)

 

「おせーよ」

「え‥」

「‥!?」

「へ?」

 

千雨はエヴァンジェリンの真後ろに立っていた。

何と脇にネギまで抱えている。

 

茶々丸は自身のセンサーに異常がきたしたかと確認したが、異常は見つからない。

すぐさま茶々丸はシステム上で結論を出す。

自身の電脳器官による命令速度よりも、千雨の移動速度の方が速い。

千雨がどちらに行ったかすらわからなかった。

 

エヴァンジェリンも自身のカンが鈍ったかと思うほどだ。

スピードだけなら今までの人生の中で五指に入るほど速い。

 

(これほどとはな‥)

 

今の封印状態では勝ち目がない。

 

「‥なんで私のことを知ってる?超か、学園長か?」

「フン。超は茶々丸の開発者の一人で、じじいは私を雇っている形になる。どちらでもおかしくはなかろう。それ以外でもな」

「言うつもりはないってか」

 

だが、恐らく超だろう。

近衛右門が情報提供で魔法生徒及び魔法教師に千雨のことを知らせていてもおかしくはないが、エヴァンジェリン以外の接触はこの1ヶ月、超しかなかった。

ちなみに超は魔法生徒ではない。

 

「‥で、何をしにきた?」

「このガキンチョに手を出されては困るんでな。守りに来たというわけだ」

「ほう?困るとは面白い。貴様らが特別仲が良いようには見えなかったがな」

「中々言うねぇ。お前、今の状況わかってるのか?茶々丸と今のお前の二人がかりでも私には敵わないぜ」

「‥それはどうかな?」

 

エヴァンジェリンの言葉に顔を顰める千雨だが、エヴァンジェリンがネギの服をいつのまにか掴んでいる。

なんの真似だと思ったが、途端にネギと千雨を丸い檻が覆う。

 

「こ、これは!?」

「結界魔法符!こんな旧世界に‥!」

「ふん、やはり向こうの出身か。ならばこれの厄介さもわかっている筈だ」

 

エヴァンジェリンは茶々丸の方へと後退しながらも、少々腑に落ちずにいた。

 

結界が発動してまんまと閉じ込めたのは良いが、何故か千雨の障壁に反応していない。

ネギはまだ魔法障壁を無意識に展開はできないようだ。

千雨は魔法使いではない。

となると‥。

 

「武道家というやつか。並の魔法使いなんぞよりも余程面倒な奴が来たようだな」

「‥‥んで、ここからどうするんだよ?」

「なに、簡単な話だ」

 

エヴァンジェリンが茶々丸から大きなフラスコを受け取る。

前もって準備してきたらしいその魔法薬からはかなりの量の魔力が練り込まれているのがわかる。

 

「貴様を潰して改めてそこのガキから血を戴くまでだ」

「そ、そんな!これ、出られないんですか!?」

 

ネギが千雨に抱えられたまま結界の檻に触るが、檻の格子はぴくりともしない。

魔法の射手を至近距離で撃とうと試みるがそもそも発動すらしなかった。

 

「無駄だ。言っておくがその中では魔力や“気”が練りにくくなる上に、内側から破壊するにはそれ相応の力がいるぞ。魔法世界の竜種でもそう簡単には破れん代物だ」

「まほーせかい‥?」

「竜種ね‥。‥‥ああ、ネギは魔法世界のことを知らないのか?魔法世界ってのはな、この旧世界とは全く違う、魔法が当たり前のように使われている世界のことさ」

「魔法が当たり前の世界!?す、すごい!じゃあ、魔法の秘匿は‥!」

「ないよ、そんなもの」

 

「ええい、なにを呑気に構えている!!」

 

ネギはともかく、千雨のこの緊張感のなさはなんだと毒づくエヴァンジェリン。

何かするつもりだというなら、小細工する間もなくとどめを刺すのみ。

 

「これで終わりだ!」

 

フラスコをネギと千雨に向かって投げ、魔力で叩き割る。

途端に、二人の前に大きな魔力の塊が発生し、氷の嵐が生まれ始める。

 

「こ、これは!?」

「闇の吹雪か!!」

 

闇と氷の上位魔法。

引きずり込むように暗い闇と凍てつかせる吹雪が、結界ごと二人を飲み込まんとする。

 

「うわあああああああ!!!」

 

「‥‥マスター」

「心配するな、命を奪うようなものではない。手加減はできている筈だ」

 

それに、と言葉を継ごうとしたエヴァンジェリンが止まる。

吹雪の轟音と闇の悲鳴のような異音の中で、状況にそぐわぬバキンという音が聞こえたからだ。

それはまるで何かが割れたような音で。

なんだと考えつく前に、闇の吹雪が治まっていた。

 

魔法による雪がチラつく中、ケロリとした顔でこちらを見やる千雨と、泣きながらもきょとんとした顔で辺りを見渡すネギが姿を見せた。

 

「なんだ‥‥貴様、何をした!?」

「竜種を捕らえる結界魔法符って言ってもなあ‥。たかが獣と同列にするんじゃねえよ」

「結界を‥内側から力尽くで破壊したのか!?」

「案外脆かったぜ。パチモンじゃないのか?」

 

軽い挑発をしてくる千雨だが、エヴァンジェリンはその頭を逆に落ち着かせていた。

力だけなら竜種以上。

武器など使った様子はないため、無手でも戦えるのだろう。

しかも闇の吹雪はレジストした上に“気”で吹き飛ばした。

あの闇の吹雪は触媒を使って発動させたとはいえ、触媒はエヴァンジェリンが自ら作製したものだ。

それに容易く対処するこの長谷川千雨。

確かに実力はAAクラスはあるだろう。

 

「‥やはり今の私たちでは勝ち目はないか」

「なんだ、案外冷静だな。伊達に吸血鬼の真祖やってないな」

「ぬかせ!‥今日はここまでにしておいてやる」

「え?」

 

困惑の声を出したのはネギだ。

結界魔法符や闇の吹雪など強力な手段ばかり出してきて、それを防がれたというのはわかるがまだ千雨に防がれただけだ。

エヴァンジェリンも茶々丸も何らダメージを負ってない。

それでも撤退するということは、千雨とエヴァンジェリンたちの間にはそれほど力の差があるというのだろうか?

 

「逃すと思うかよ?てめえは逃すと面倒そうだ、闇の福音」

「や、やみのふくいん!!?伝説の吸血鬼の‥‥!!エヴァンジェリンさんがですか!?」

「確か、ナギに封印されたんだっけか?弱っているのも本当らしいな」

「‥そうだ、腹立たしいことにな。だが、それもそこの坊やの血を吸えば解決する話。貴様に邪魔はさせんぞ、長谷川千雨」

「できると思ってんのか!?我流・気合武闘‥」

 

ネギを抱えてない方の腕で気弾を放とうとする千雨。

だが、エヴァンジェリンたちの真後ろに予想外の人物が現れる。

 

「ネギー!長谷川ー!無事ー!?」

「げっ‥バカ、なんで来たんだ!」

「明日菜さん!!」

 

「茶々丸!!」

「はい」

 

茶々丸が一枚の魔法符を取り出し、エヴァンジェリンに手渡す。

それを見咎める千雨。

だが、次の瞬間にはエヴァンジェリンと茶々丸の足元には魔法陣が広がっていた。

 

「転移魔法符!」

「長谷川千雨」

「ああ!?」

「これ以上私の邪魔をするなら容赦はせんぞ。私の全力を以て貴様を叩き潰す」

 

千雨が何か言葉を発する前に、魔法陣が光る。

エヴァンジェリンたちは瞬く間に姿をその場から消していた。

 

「‥転移魔法符まで用意しているとはな。超か、面倒な真似しやがる」

「今のって‥うちのクラスの‥エヴァンジェリンと、茶々丸‥よね?どういうこと?ていうか今のどうやって消えたの‥‥‥ネギ?」

「ん?」

「‥‥えぐっ」

 

明日菜がこちらに歩み寄ってくるが、ネギの様子が変だ。

顔をのぞくと治まっていた涙がまた出ている。

余程恐ろしかったようだ。

 

「‥‥ほらよ」

「ちょ、何で私に渡すのよ!?」

「お前んとこの居候だろ。‥‥それに泣かれるのは苦手なんだよ」

「絶対そっちが理由でしょー!!?」

 

ネギを明日菜に手渡し、踵を返す千雨。

屋根の淵まで歩き、足をかけるがそこで止まる。

 

「‥ネギ、そのままでいいから聞け」

「!」

「今回は私が助けた。次回からも助けはしてやる‥‥けどな。アイツはいつまでも諦めはしないぜ」

「え‥」

「諦めるって‥エヴァンジェリンたちが?」

「エヴァンジェリンに封印の呪いをかけたのはナギだ。サウザンドマスターと呼ばれたほどの男の呪いは、どんな解呪師にも解けはしないだろう。というか、解ける奴がいてもエヴァンジェリンを治療してくれるやつなんていねーよ。魔法世界では伝説の極悪人だからな」

「伝説って‥‥なんでそんな奴がこの学園にいるのよ!?」

「ネギの親父に言え、そんなもん」

 

ネギの‥?と首を傾げる明日菜。

ネギ自身も知らないので困惑している。

さらに言葉を続ける千雨。

 

「アイツは‥エヴァンジェリンは、確かもう15年もこの学園にいるはずだ。そこにやってきた解決の糸口がお前らしい、ネギ。アイツは殺したって止まりはしないぞ。封印されてても吸血鬼だからな。不死だし」

「‥‥そんな‥」

 

ぐすぐすと涙を拭きながら、ネギは顔をさらに暗ませる。

明日菜は吸血鬼が実際にいると知って絶句しているようだ。

 

「そうだ。だからお前は選ばなくちゃいけない。この学園から逃げ出すか‥戦うかを、な」

「た、戦うって‥?」

「‥魔法使いとして。お前がエヴァンジェリンを屈服させてみろ」

「え、ええぇ!!?」

「言っておくが私が戦ってもアイツは諦めはしないぜ、多分。ていうか私ならそうさ。赤の他人に邪魔されて止まるものじゃない」

 

厳密に言うと千雨はナギの薫陶を多少受けているので、赤の他人というわけではない。

だが、そんなことを口走るわけにもいかない。

ネギだけならよかったが、今は明日菜がいる。

 

「お前が選ぶんだ、ネギ。初めての敵にしては少々格が高すぎるけどな」

「あ、あの!!」

「ん?」

 

ネギが明日菜におろしてもらい、千雨の方へ向き直る。

涙は止まったが目元は腫れているようだ。

 

「助けてくれてありがとうございました!‥貴女は、一体‥?」

「‥ウナ・アラ。それが私の通り名だった」

「え‥」

 

返事も聞かずに屋根から飛び降りる千雨。

慌ててネギと明日菜が屋根から下を見下ろしに走るが、もう千雨の姿はなかった。

 

「ここ、8階なんだけど‥‥。ていうか、うな‥うなぎ?‥なんて言ってたの?」

「‥ラテン語です」

「ラテン語って‥あんた、わかるの?」

「Una aras‥」

 

‥“一枚の羽根”。

 




ちなみに訳の分からない千雨の通り名はテキトーなラテン語なので翻訳間違ってるかもしれません、すみません。
早くガッツリ戦闘シーン書きたいですねー。
そして魔改造千雨とネギたちは関係をどう築いていくのか考えるのが難しい。


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【9】ある少年の一歩

やべー長くなりすぎた。
ここめちゃくちゃ色々悩みました。
詰め込みすぎかなー。


少年を突き動かす父への憧憬。

ただ歩く、父への道。

背に灯った暗い火にはまだ気づくことがなく。

また、彼の足元を照らさんとする蛍にも。

 

 

********************

 

 

エヴァンジェリンとネギの騒動に首を突っ込んだ翌朝。

登校中、千雨はのどかから赤のローブを返してもらっていた。

昨日のどかに確かに貸したものだったが、気絶していたのどかはそんなこと知る由もない。

木乃香に聞いたのだろうか。

どういう説明を受けたか少々気になるが、身体能力的におかしなことは聞いてこなかった。

木乃香のことだ、「千雨ちゃんが貸してくれたんえー♡」程度で済んだんだろう。

 

「宮崎、昨日のことは何があったんだ?」

「え、えっと‥。か、帰り道、一人で帰っていたら‥‥街灯の上に、人が立っていて」

 

歩きながらたどたどしい説明を聞く。

やはりエヴァンジェリンに襲われたようだ。

そこですぐに気絶してしまったらしい。

のどかの身体には傷などはなかった為、ネギはのどかが気絶してすぐに駆けつけたんだろう。

 

しかし、エヴァンジェリンがのどかやまき絵といった一般生徒を襲う理由。

それがわからなかった。

しかも襲い始めたのはここ半年以内。

桜通りの吸血鬼の噂が出始めたのも半年以内だからだ。

一般生徒から魔力や血を吸い上げているのか。

それとも吸血鬼化させて下僕にでもする気なのか。

これはわからないが、最終的な目標はネギの血を手に入れてナギの呪いをどうにかすることだろう。

つまり、一般生徒を襲うことはネギにつながること‥なのかもしれない。

 

千雨がネギの情報を初めて手に入れたのも半年前だ。

エヴァンジェリンが同時期に情報を手に入れてもおかしくはない。

その時期から準備して、今回ネギに手を出そうとしたなら。

既にネギくらいはどうにかできる算段がついたということなのだろうか?

 

「‥ネギに全部やらせる方がいいのかなぁ‥。でも、ネギ一人だと明らかに負けるよなぁ」

「あ‥‥ネギ先生」

「ん?」

 

のどかにつられて後ろを振り返ると、明日菜に後ろ向きで担がれて運ばれるネギがいた。

なんとも情けない姿である。

あれが担いでいる方が生徒で担がれている方が教師だなんて信じられないだろう。

 

「‥なにしてんだ?」

「‥えーっと」

 

のどかも思いつかなかったようだ。

昨日はネギにエヴァンジェリンを屈服させてみろとか言ったが、あんな泣き虫の子供に出来るだろうか?

逆にちゅーちゅーされそうだ。

 

少し程度ならネギに力を貸すのはパワーバランス的に問題ないかもしれない。

それほどまでに今のネギは情けなく映った。

 

 

********************

 

 

明日菜たちの後に続いて教室に入る千雨たち。

ネギは終始ビクビクしていたが、茶々丸からエヴァンジェリンがいないことを聞いて少し安堵していた。

どうやらトラウマになりかけているようだ。

 

「こりゃダメかな」

「なにが?おはよー」

「おー。‥お前、平気か?佐々木」

「うん、もう全然平気!」

 

元気そうなまき絵に目をやり、快活な姿を見て安心する千雨。

何の罪もない咎もない一般生徒をエヴァンジェリンがどうこうするとは思えないが、それでも少しは心配する。

 

しかし、このままでは問題が長引いて一般生徒に被害が出続けてしまう。

その他の生徒はどうでも良かったが、このクラスメートたちはどうにか守ってやりたかった。

千雨にとって彼女たちは、この二年間でそれなりに大切な人間になっているのだ。

 

「‥絡繰」

「はい、長谷川さん。昨日は失礼しました」

「いいよ、マクダウェルのせいだし。‥アイツ、今どこだ?」

「マスターは屋上で昼寝をしに行くと仰っていました」

「‥」

 

外を見ると眩しいくらいに快晴だった。

吸血鬼というと日光、銀、十字架、ゴスペルと様々な弱点が思いつくが、太陽の下で昼寝をできる吸血鬼とはなんなのかと思ってしまった。

 

「‥あとで話しに行きたいんだが、案内してくれるか?」

「わかりました。放課後でよろしいですか?」

「ああ。‥お前は、マクダウェルの従者なんだよな?」

「はい。わたしはマスターと人形契約を交わしているガイノイドです」

 

ガイノイドと言われるとちょっとわからなかったが、要するにロボだろう。

エヴァンジェリンは悪全開、といった感じだったが茶々丸からは何も悪意を感じない。

命令を聞いている時もただの忠実な従者だった。

つまり、エヴァンジェリンをどうにかすれば茶々丸は止まるのだ。

そのエヴァンジェリンに手を出す前に茶々丸が立ちはだかるのだろうが。

やはりネギ一人では荷が重い。

 

せめてエヴァンジェリンと同様にパートナーが必要だろう。

 

そのことはネギ自身も理解していたようで、授業中に亜子に「10歳の少年をパートナーなんて嫌ですよね」とか聞いていた。

亜子もクラスメートたちもだいぶダメージを喰らっていたが、もう少し時と場合と自分の顔を省みて欲しかった。

 

(ネギ、お前顔は可愛いんだぞ?やめてやれよ委員長が死ぬから)

 

心ここにあらずといった様子のネギの授業やその他の授業が終わり、千雨は茶々丸の案内を得てエヴァンジェリンのところに向かっていた。

 

「マクダウェル‥1日授業に出てこなかったが、ずっと寝てるのか?」

「本来はおやすみの時間ですから」

「‥吸血鬼って、夜の種族だったな。けど、アイツ真祖だろ。昼だろうが夜だろうが関係ないんじゃないのか?」

「気分の問題と仰ってました」

「‥私の吸血鬼観がどうにかなりそうだ」

 

もちろん千雨は吸血鬼などほとんど会ったことがない。

一人だけあるにはあったが、アレを吸血鬼とは思いたくなかった。

吸血鬼はおぞましく、人間の血を好んで吸う夜の血族。

そんなイメージだったが、その一人は全く違った。

あんなのが吸血鬼なら吸血鬼は人間なんぞ比べ物にならないくらい奇人揃いだ。

 

「こちらになります」

「屋上か‥」

 

いつぞやのウルスラ高とのドッジボール騒ぎ以来に屋上に来た。

扉を開けて外に出ると、すぐ横の壁にもたれかかって眠っているエヴァンジェリンが目に入る。

よだれが垂れかけていて正に子供だ。

内実は600歳を超えるババアだが。

 

「‥‥こうやって見ると全然吸血鬼に見えないな、マジで」

 

茶々丸に起こしてもらおうと振り向くが、すぐに思い直す。

従者に主人を起こさせるなど流石に気まずい。

千雨はエヴァンジェリンの肩に手をやっていた。

 

「‥おい、起きろサボリ」

「‥」

「‥‥仕方ないな」

 

右手でエヴァンジェリンの綺麗な鼻をつまみ、左手でエヴァンジェリンの小さな口を塞ぐ。

茶々丸が「あ」、と呆気に取られたが気にも留めない。

 

すぐにエヴァンジェリンの眉間にシワがより、1分としないうちにその眼がクワッと開かれる。

エヴァンジェリンと目が合う千雨。

「何をしているんだ貴様は!?」と目で訴えてくるのがわかったが、面白いので手を離さない。

 

「むー!?むむむむ!!?んーー!!!」

「はっはっは。こうやって見るとガキにしか見えねえ」

「ん゛ー!!!!」

「うぐっ!!?」

 

エヴァンジェリンのアッパーが千雨の顎に入る。

のけぞって仰向けにぶっ倒れる千雨。

全力で息を吸い込むエヴァンジェリン。

佇んで見守る茶々丸。

 

「何をしとるんだ貴様は!?殺す気か!?殺す気なのか!!?吸血鬼でもせんぞこんなこと!!いきなり寝ている者の口と鼻を塞ぐなど!!」

「ちょ‥‥おま‥‥。‥タンマ。頭揺れてるから今」

「今の私は死ぬんだぞ簡単に!!吸血鬼じゃないんだぞーー!!‥‥お前も見てないで止めんか茶々丸ーーー!!!」

「もももも申し訳ありませんマスター。不可思議な行動を観察してしまいました」

 

襟元を掴まれてぐわんぐわんと頭を揺らされる千雨だが、エヴァンジェリンの一言で目が覚める。

 

「‥お前今、なんて言った?吸血鬼じゃないって?」

「ぬ?なんだ貴様、それを狙ってここに来たんじゃないのか‥」

「いやわたしはネギについてちょっとな」

「‥‥ふむ。私もお前に話があった。どこかで‥‥‥む?」

「なんだ?」

 

エヴァンジェリンが明後日の方を向く。

なんだと首を傾げていると、めんどくさそうな顔をしてこちらに顔を戻した。

 

「‥‥何かが入ってきたようだ」

「? 何かって‥どこに?」

「この麻帆良学園にだ。魔法生物だな。やけに小さい」

「へー‥。あんた、学園結界とリンクしてるのか?」

「嫌でもわかるようになっている。私はナギのバカからつけられた呪い以外に学園結界でも力を抑えられているんだ」

「‥踏んだり蹴ったりだな」

「弱り目に祟り目の方が正しい気もするが‥」

 

外国人に日本語の熟語を教えられるということに奇妙な感じになる千雨。

ちなみに長谷川千雨は日本人である。

 

「では、マスター」

「うむ、行くぞ。‥お前も来い」

「へ?」

 

むんずと腕を掴まれ、そのままずるずるとエヴァンジェリンに連れて行かれる千雨。

人間の少女くらいにしか力のないエヴァンジェリンに対し、なにも抵抗しないのは恐れるところがないからだ。

 

「お、おい!よくわからないけどあんたの仕事だろ?なんで私まで‥」

「どうせ話をするんだ。その方が都合が良い。‥警備員の仕事も面倒だしな」

「伝説の吸血鬼を警備員として扱き使うこの学園、頭おかしいんじゃねえの?」

「それは是非あのクソじじいに言ってやれ」

 

やはり学園長の仕業のようだ。

エヴァンジェリンも学園長にはいっぱいくわせられているらしい。

 

「どこまで行くんだよ?」

「侵入したのは海辺の方角の森だ。まずはそこへ行って形跡を調べる」

「‥あんた、勤勉だな」

「私がそんなことを自らすると思うか?この呪いのせいだ」

「呪い?あんたの力を抑えるものだろうそりゃ」

 

エヴァンジェリンが千雨と茶々丸を伴う形で歩く。

前をゆくエヴァンジェリンは、いかにも忌々しそうだ。

 

「‥この呪いは私の力を抑えつけるだけじゃないのさ。呪いの名は登校地獄。麻帆良学園に何がなんでも通い続けなければならん、ただの性悪が作った呪だ」

「‥‥‥は?」

 

千雨は口を開けて呆気に取られる。

登校地獄?

聞いたこともない呪いだ。

ナギは一体何を考えてかけたのだろうか。

‥なにも考えてない可能性の方が圧倒的に高い。

 

「でも、登校地獄って‥よくわからないけどよ。学校を嫌がるガキの為に作られたようなもんじゃないのか?それ。なら、なんであんた15年もこの学園にいるんだよ?」

「ふん、バカめ。これは確かに不登校児を学校に無理矢理来させる為のものだが、不登校児が更生したら必要がなくなるものだ。つまり、呪いは卒業のタイミングに自然と解けるわけではなく、術者が解かねばならんのだ」

「‥え」

 

しかし、術者は‥‥ナギはいない。

 

「‥あんた、それでこの学園に15年も居るってのか!?」

「笑っていられるのは今のうちだぞ、貴様‥‥」

「え?笑ってるか?」

「鏡を見ろ愚か者!!」

 

口調は至って真面目だったが、口元はにやけている千雨。

エヴァンジェリンに言われて茶々丸の方を向くと、鏡が差し出されていた。

ああ。笑ってるなこれ。

 

「‥あー、‥‥‥ぷふっ!」

「っ!! 貴様あああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「いやだってこれはっはっはっはっは」

 

再び襟元を掴まれてガックンガックン揺らされる千雨。

揺らしているエヴァンジェリンは涙目だ。

貴重な姿だと珍事フォルダに録画したビデオと写真を収める茶々丸。

ツッコミがいない。

 

「はー‥‥腹が痛い」

「茶々丸!!私が許可する、このバカ者を八つ裂きにしろ!!!」

「マスター、恐れながらわたしでは不可能です」

「‥む」

 

エヴァンジェリンがまだ息を荒げて笑っている千雨を見る。

吸血鬼としての能力のほとんどが登校地獄と学園結界で封じられているエヴァンジェリン。

昨夜は満月だったが為に少々の力が戻っただけのこと。

だが、今の状態でも相手の魔力や“気”を感じることくらいは朝飯前だ。

だからこそ、兼ねてより気になったことを千雨に告げる。

 

「‥‥長谷川千雨。貴様、本当に昨夜の貴様と同一人物か?」

「‥‥はーっ、はー‥‥‥‥。‥‥‥‥‥はぁ?」

「今回、貴様が魔法戦闘者だと聞いて耳を疑ったよ。平素の貴様は魔力など毛ほども感じられず、昨夜のような修験者の如き気配など一切なかった。そんな貴様が魔法戦闘者?‥なんの冗談だとな」

「‥なるほど?だから今のわたしは別人だってか?」

「別人とは思わんが、なにかしらのカラクリはありそうだと思ってな」

 

エヴァンジェリンの言葉を受け、佇まいを直す千雨。

今度は千雨が歩き始め、エヴァンジェリンと茶々丸の二人が千雨の後を追う形で移動する。

 

「‥カラクリなんてねーよ。絡繰じゃあるまいし」

「ほざけ」

「本当さ。‥‥つまり、こういうことなんた」

 

振り返らないまま、千雨は身体のスイッチを切り替える。

途端にエヴァンジェリンの五感が、茶々丸のセンサーが。

目の前の人間に異常を感じる。

まるで、目の前の千雨が誰かと入れ替わったかのように、濃厚な武の気配を発し始める。

 

「なんだ、それは‥!!」

「普段は魔力や“気”を極限にまで抑えて、戦闘する時や有事の時のみ戦いの姿に意識を切り替えるのさ。要するに気の持ち様ってやつだ」

 

本人はあっけらかんと言っているが、エヴァンジェリンは内心驚愕していた。

意識一つで本人の内在的強さまで変わる。

一つのユニーク・アビリティのようだった。

自己暗示の一種だと思うが、ここまで劇的に変わるのはいない。

 

(この女に暗殺者でもやらせてみろ。魔法的・物的検査をすり抜け、強者特有の気配もなく、標的の前に来たら“意識を切り替える”)

 

どこにでも堂々と忍び込める、死神。

そこまで考えて気づく。

 

「では貴様、まさか平人を装う為に‥」

「そういうこった。魔法世界じゃあ、ふつーに歩いてるだけで息をするように勝負挑まれるんでな。面倒ごとを避ける為に一般人に紛れるのさ」

 

ここである程度千雨の素性を知られて良かったと安堵するエヴァンジェリン。

本人にその気はなさそうだが、この女が初見で自分のことを殺しに来ていたら、吸血鬼としての力があったとしても無事に済ませられたかわからない。

 

「‥なるほどな。二年間も私や他の者が気づかぬ訳だ」

「あんたにそこまで言われると光栄だな」

 

千雨は身体のスイッチを切り替え、平素の自分に戻りながら、あることが頭から離れなかった。

 

何故超は千雨のことに気がついたのか。

千雨の警戒度としては今のところエヴァンジェリンよりも超鈴音の方が上だった。

あの女、素性が知れない。

エヴァンジェリンは強さだけなら間違いなく学園一だろうが、今はこの通りただの少女だ。

チラリと見ると、何故かムッとした顔でエヴァンジェリンがこちらを睨む。

 

「‥‥なんだ?」

「いや別に」

「ふん‥。‥そういえば千雨。話とはなんだ。大方ネギの坊やのことだろうがな」

「ああ、そうだ。あんた、具体的にはネギをどうする気なんだ?」

「‥ほう?なにが言いたい」

「殺す気があるのかって聞いてんだよ」

 

エヴァンジェリンが足を止める。

先ほどまでの不機嫌な子供のような顔ではなく、歴戦の猛者としての表情をあらわにしていた。

 

「‥‥結果的には殺すことになるかもしれんというだけだ。大量の血を戴くわけだからな」

「なら私はお前を止めるぞ」

「止める?今の無力な私をか?それとも不死の私をか?殺すことでか、それとも封印するか?」

 

言葉に詰まる千雨。

ネギにも昨日告げたが、エヴァンジェリンは止まらない。

自分ならエヴァンジェリンの立場だったら止まりはしないだろう。

それがわかっているからこそ、力で押さえつけることはできない。

何か、納得させるような交渉が要る。

 

「‥じゃあ、どうしたら止まってくれる?あのガキンチョをわたしは生かしたい」

「‥‥私の目的は、この登校地獄の呪いを解くことだ。それにはナギ本人又はその血族の血が必要だ。大量にな」

「いや、それは‥‥」

「貴様がナギと関わりのある人間だということは知っている」

「は!!??‥‥な‥‥‥なんで、それを」

 

エヴァンジェリンから衝撃の一言が飛び出る。

ナギと関わりがある。

それはまだこの旧世界に来てから誰にも言っていない。

自分のことを調べた?

自分が近衛右門に漏らした情報の一つである“ウナ・アラ”という名前だけでは到底たどり着けない情報だ。

それは魔法世界ですら認知されていなかった。

超がエヴァンジェリンに自分のことを教えたと思っていたが、では超がそのことを知っているのか?

ますます超について警戒心を強める千雨。

 

「貴様の条件は飲んでやらんでもない。ネギの坊やを生かしてやるという条件をだ。だが、そのかわりに貴様はナギの情報を寄越せ」

「‥」

「悪くはあるまい?ただ、もう一度坊やを狙いはする。私が奴を捕らえた場合、死なない程度に血を飲むよう抑えよう。それでも私の呪いが解けなかった場合、貴様はナギの情報を寄越せ」

「‥わたしが知っていることなんてごくわずかだぞ」

「だろうな。かまわん、それでも良い」

「‥何か、わたしだけが取られてるばかりで気にくわねーな」

「ほう?ではこうするか」

 

うまくいった。

エヴァンジェリンは心中でほくそ笑んでいた。

何故かはわからないが千雨はエヴァンジェリンを無理矢理は止めようとしない。

エヴァンジェリンが止まらないと昨夜ネギに説明していた。

あの時、まだ吸血鬼だったエヴァンジェリンは、人間を遥かに超越した五感で、離れたところから千雨がネギをどうするか見ていたのだ。

 

千雨がエヴァンジェリンをここで止めないことは、殊勝でありネギを立てる為かもしれないが、エヴァンジェリンからしてみれば甘い。

だが、それが今は好都合。

 

今ここである程度譲歩することで、ネギの血とナギの情報の二つを獲得できる。

ネギの血で呪いが解ければそれで良いし、解けなくてもナギの情報を元に解呪への算段はつく可能性が出てくる。

 

そして、超にも告げられた千雨の強さを、ここで測れる。

これは、エヴァンジェリンも興味があった。

 

「私が坊やを狙って仕掛ける。その時、私が坊やに勝てば血をいただくわけだが‥‥そこを死なない程度に抑える。その際、貴様も来い」

「来いって‥‥そりゃ多分近くで見てるけど」

「私と戦え」

「はあ?無理だろ、そりゃ」

「‥自信過剰もいいところだが、まあ良い。私が貴様を負かせて納得させてやる。私が勝ったら貴様も観念してナギの情報を言えるだろう」

「今のあんたが私に勝つ?ジョーダンもいいとこだ」

「冗談だと思うなら受けるがいい」

「‥‥まあ、いいよ。それなら私とネギのどちらかがあんたに勝てば良くなる」

 

エヴァンジェリンの思惑は何となく読める。

これでどう転ぶにせよ、最悪の場合でもネギは生き残るだろう。

立派な魔法使いへの道が、闇の福音を抑えられなかったとして少し遠のくかもしれないが、何せエヴァンジェリンだ。

きっと世間には無理がないことと判断される。

 

ただ、エヴァンジェリンの自信が少し気になる。

エヴァンジェリンの力を取り戻す、又は今の千雨をどうにか出来る方法があるのだろうか?

 

ただ、もし全力のエヴァンジェリンと戦えるのなら。

 

それは、願ってもないこと———。

 

 

********************

 

 

「‥ここか?」

「そうだ。茶々丸」

「はい、マスター」

 

麻帆良学園への侵入者の痕跡を探るべく、森へとやってきたエヴァンジェリンたち。

千雨はそれに付随する形だ。

 

「‥解析完了。恐らく、小動物だと思われますがやはり魔素を含んでいます。この反応は‥妖精や使い魔の類かと」

「力の減衰は?」

「‥学園結界に作用された形跡なし。害意はないようです」

「つまり、邪悪な悪魔とかではないってことか?」

「の、ようだな」

「なんだ。じゃあ何かする必要はなさそうだな」

「何かしたかったのか?」

「2年も力を振るわずにじっとしてるとな、こう‥‥焦ったくなるんだよ」

「私は15年だぞ」

「だから半年もはっちゃけてるんだろ」

「うぐ‥」

 

それだとまるで歳のいった老人みたいだと嫌な顔をするエヴァンジェリン。

もちろん実年齢はダントツで高い。

 

「どうするんだ?あとは」

「じじいに報告して終わりだな、これは。何か厄介ごとでも起こしてくれると見つけるのが簡単なんだが‥」

「おいコラ警備員」

「何もないとただの探偵業だ。やる必要もなさそうな小物のようだしな」

「‥‥コイツ、本当に雇われ警備員か?」

「経験豊富なアドバイスが美点と、学園長から一定の評価は受けているようです」

 

やれやれと溜息を吐く千雨。

取り越し苦労をした気分だが、ネギの安全をエヴァンジェリンに確約させたのは大きいだろう。

これで良しとしよう。

 

いずれ戦うであろう相手とこのような形で行動しているのも変な気分だが、こんなのでもクラスメイトだと無理矢理自分を納得させる千雨。

エヴァンジェリンと茶々丸が訝しげに千雨を見ていると、千雨のポケットが揺れていることに気づく。

 

「おい、電話じゃないか?」

「ん?‥‥委員長だな。‥‥もしもし」

『千雨さん、今少しよろしいですか?今どちらに?』

「今って‥学園の外。海辺方向の‥どこだこれ?森に来てるけど」

『そうなんですの?ネギ先生を元気づける会をやろうと思いまして‥‥是非千雨さんにも参加していただきたくて』

「元気づける会?どこで?」

『場所は‥大浴場でだそうですわ♡』

「‥‥すまん、もう一回頼む」

『大浴場で、だそうですわ。電波が悪いのかしら‥』

 

違います、悪いのはてめーらの頭だこのやろー。

大浴場で何する気なんだあのバカども、と頭を抱える千雨。

嫌な想像というかアッチの方向にしか予想ができない。

何とも頭が痛くて関わりたくない話だが、バカどもを止めに行く必要がある。

委員長にとりあえず向かうことを告げ、電話を切る千雨。

 

「面倒ゴトが増えるね、どうも‥」

「‥まあ、ヤツらに関わったのが運の尽きと思え」

「その半分くらいがてめーのせいだって分かってんのか?」

 

もちろんもう半分はネギとクラスメイトたちのせいである。

 

 

********************

 

 

エヴァンジェリンたちと別れ、寮に着いた千雨。

“気”を使ったり戦闘用に意識した脚力を使わないと、テクテク歩くのも面倒だと思ってしまう。

そのつもりで動けば1分もかからないだろう距離だった。

 

大浴場に向かおうとしたが、3-Aのクラスメイトたち寮部屋が集まる寮の廊下が騒がしかったので、そこを覗きにいく。

すると、何故かバスタオルで体を巻いた木乃香を中心に3-Aの面々がいた。

何かに注目して騒いでいるようだ。

 

「‥‥なんだ?」

「お、千雨ちゃん。ごめん、先に始まっちゃってねー元気づける会」

「朝倉。いいよ、別に。‥何も起きてなければ」

「起きたといえば起きたけど。皆の水着がはだけて、ドキッ☆サプライズが」

「‥‥はい?」

「アレ」

 

ピッと和美が指を指す方向は木乃香の手元だ。

よく見ると何か白くて細長い生き物が皆にもみくちゃにされている。

 

「‥オコジョか?」

「ネギ先生のペットらしいよー」

「へえ‥」

 

適当な返事をしたつもりだったが、うまく誤魔化せただろうか?

 

間違いなく、木乃香の手の中にいるのはオコジョ妖精だった。

ネギのペットというのならば間違い無いだろう。

このタイミングで現れたということは、今回侵入した魔法生物もこのオコジョの可能性が高かった。

茶々丸は害意がないと言っていたが、年頃の少女たちの水着をはだけさせるオコジョ妖精って本当に害意ないのかよ、とまた頭痛がしてきた千雨。

 

「ちなみに、この寮で飼うらしいよー」

「ああ?ここ、ペットも良いのかよ」

「まあね。今から木乃香が許可取りに行くってさ」

 

それはタイミングが良い。

ツカツカと集団に歩み寄り、むんずとオコジョを掴む。

 

「は、長谷川?」

「ど、どうかした?」

「まさか、元気づける会に間に合わなかったのが‥」

「いや、それはいらん」

「あ、やっぱり?」

「先生、わたしはこーゆーのの扱いが得意なんで少しアドバイスをあげますよ。昨日のことも含めてね」

「‥!」

 

ペットを飼って良いと言われて喜んでいたネギの顔に緊張が走る。

ネギはオコジョを掴んだままの千雨を連れて、明日菜たちの寮部屋にはいる。

ちなみに木乃香は既に寮監室へ行き、明日菜はまだ部屋にいた。

 

「あ、長谷川!?」

「おう。悪い、昨日の話をちゃんとするべきだったな。‥‥その前に、だ」

「むぎゅう!!?」

「か、カモくん!?」

 

千雨が手に力を入れてオコジョを物理的に締める。

千雨の額には青筋が浮かんでいた。

 

「名乗れエロオコジョ」

「うええ!?」

「良いから名乗れエロオコジョ妖精」

「!? ど、どうやら無駄なようだな‥」

「女子中学生の水着取っ払うような変態妖精がカッコつけても無駄だボケ」

「うぐ‥‥か、カモミール・アルベール。ネギの兄貴第一の舎弟ッス」

「そうか、カモミール。言っておくが、うちのクラスメイトに手を出すなよ。皮剥いで小物入れにすんぞ」

「ひいいいぃぃぃぃ!!!?」

 

カモミール‥カモの中で名も知らない目の前の少女が最高危険度に認定された瞬間だった。

目を見ればわかる。

この娘は本気でやる。

 

「以後気をつけろ」

「へ、へい!姐御!!」

「‥姐御はよせ‥」

 

嫌な記憶が呼び覚まされるから。

調子に乗ってはっちゃけていた時の記憶が。

 

遠い目をしていると、ネギが何か言いたげにこちらを見ていることに気がつく。

明日菜も同様の目をしていた。

 

「‥なんだ?」

「‥その、千雨さんは‥‥魔法を、ご存知なんですよね?」

「ん?まーな」

「よ、よかった‥」

「なにもよかねーよ。お前‥マクダウェル‥‥エヴァンジェリンをどうにかできる算段がついたのか?」

「う‥」

「エヴァンジェリン‥誰ですかい、そいつ?まさか兄貴、苛められてるんですか!?」

 

言葉に詰まるネギに、憤慨するカモ。

どうやらネギを思いやる気持ちは本物らしい。

ネギの舎弟とか言ってたが、とりあえず使い魔だとは分かった。

 

「苛められているだけで済めば良いけどな」

「アイツら‥なんなの?あの二人が桜通りの吸血鬼なの?」

「アイツらっていうかエヴァンジェリンがそうだな」

「エヴァンジェリンが‥‥吸血鬼」

 

いまだに事実を飲み込めないらしい明日菜。

実際吸血鬼たるところなど明日菜は見ていないだろうが、クラスメイトが吸血鬼、なんて言われると確かに当然の反応だ。

 

「‥それで、どうする気なんだ?」

「え、エヴァンジェリンさんたちのことは放ってはおけません。けど、パートナーのいないぼくでは、敵うことは‥」

「パートナーね‥‥まあそもそも1対2だ。敵う道理なんてないが」

「なら良い案がありますよ、兄貴!!」

 

妙案!とばかりにカモが立ち上がる。

意気込むカモの話を聞くと、やはりネギもパートナーを探せば良いという内容だった。

 

「兄貴のクラスの生徒たちは素材が良い娘がたくさんいるんスよ!選り取り見取りッスよ兄貴!」

「おい待て。パートナーをうちのクラスから選ぶのはまあ良しとしても、ちゃんと事情を説明して、ちゃんと同意を得てパートナーにしろよ。危険だってあるかもしれねーからな」

「え‥」

「ぱ、パートナーって危ないの?」

「戦いに赴くような魔法使いのパートナーはな。もちろん、ネギはエヴァンジェリンと戦う為にパートナーを作ろうとしてるんだ。当然、危険はあるぞ」

 

明日菜の表情よりも、ネギの表情が暗くなる。

 

「‥生徒は巻き込みたくない、か?」

「‥はい」

「まあ、当然の帰結ではある‥。けどネギ、今のままだとお前‥」

「エヴァンジェリン‥どっかで聞いたことがあるような」

「闇の福音だ。ダークエヴァンジェルって言ったらわかるか?」

「‥きゅ、きゅうけつきの‥‥‥しんそ、ですかい?」

 

あまりの衝撃に口調が変わってしまっているカモ。

首を揺らして肯定すると、なぜか身支度を始める。

 

「‥‥なにしてんだ?」

「く、国に帰らしていただきます」

「ちょっと」

 

今度は明日菜がむんずとカモの尻尾を掴む。

はなしてーはなしてーなどと泣いている。

 

「けど、カモの反応が当然なのさ。それほどのやばいやつなんだよ、エヴァンジェリンは」

「なんでそんなのがネギを狙ってるの!?ネギのお父さんって何者!?」

「んー‥‥バカと天才を掛け算したような人かな」

「はあ??」

「実際、頭は良いはずなんだがなんともバカっぽさが抜けなくてな。本人の性格かねー」

「‥‥え?千雨さん、ぼくのお父さんを知っているんですか?」

 

やっと反応したなクソガキめ。

今まで陰鬱な表情でぼく悩んでますって顔をしていたのに、今は表情が明るい。

こんなことで元気になるならいくらでも教えてやるが、その前に。

 

「まずはわたしのことから話そうか。わたしは長谷川千雨。魔法世界から来た」

 

「ま、まほーせかい?」

「‥‥魔法使いだらけの国だ」

「魔法使いだらけって‥‥!?ネギみたいな奴がたくさんいるの!?だいじょぶなの、その国‥」

「‥ネギ、なにしたんだ?」

「いや、その、えっと‥」

 

思わずジト目になる千雨。

ネギも話せなさそうだ。

溜息を吐きながらも一応フォローに入る。

 

「‥‥ネギはまだ見習いで子供だ。ちゃんとした魔法使いが大半さ。喧嘩っ早いのも多いが」

「ふーん‥」

 

喧嘩っ早いと聞いても「ふーん」で終わるのはここ麻帆良学園の生徒だからだろう。

麻帆良はよくサークル同士の小競り合いが起きる。

その度に高畑がよく鎮圧しているが、生徒たちはそれに慣れてしまっているのだ。

 

「魔法の国‥ムンドゥス・マギクスから、どうしてこんな日本へ?」

「‥‥」

 

カモが当然の疑問を投げかける。

それに対して、千雨は少し微笑むだけだった。

 

「‥悪いな。エヴァンジェリンとの面倒ごとが終わったら教えてやるよ。どうせエヴァンジェリンにも説明しなきゃならねえからな」

「エヴァンジェリンにもって‥‥エヴァンジェリンは敵じゃないんですかい!?」

「アイツにも色々事情がある。ネギ、お前もビビってないで交渉くらいしに行ってみろ」

「でもぼく、エヴァンジェリンさんに狙われてるんですよ!?行ったら血をちゅーちゅー吸われて‥‥」

「お前の生徒だろ」

「!!」

 

ガンと頭を殴られたような衝撃がした。

ネギは千雨の目をみる。

千雨は、ただ真っ直ぐにネギを見ていた。

からかってるわけでもなんでもない、ただの事実を告げただけの言葉。

なのに。

 

「お前ならできる‥‥できなかったとしても心配すんな。フォローを入れる人間くらいいるさ」

「ちょっと長谷川。それ余計じゃない?」

「フォロー入れる筆頭がよく言うよ」

「は、はあ!!?」

 

明日菜が顔を赤らめながら否定の言葉を並べていく。

千雨はそんな明日菜に手をやりながらも、ネギの顔をチラリと見ていた。

まだ不安そうな表情は取れていなかったが、それでも目は前を向いていた。

うん、とうなずく千雨。

 

「でも、パートナーはどうするッスか兄貴!なんならおれっちが生涯にわたる最良のパートナー選びますよ!」

「え、ぱ、パートナーか‥」

「例えばさっきの目隠れ女子!あの娘は最高の相性ッスよ!!他にも明日菜の姐さんも良いッスよ!」

「目隠れ‥宮崎か?」

「み、宮崎さんと明日菜さん!?」

「わ、わたしぃ!!?わ、わたしよりも‥っていうか長谷川はどうなのよ。あんた、魔法を使えたりするんじゃないの?」

「あ?わたしは‥」

「そういえば姐御からは全然魔力感じないッスねー。ほんとにムンドゥス・マギクスの出身なんッスか?」

 

(あ、ナメられてるやつだなこれ)

 

かつての職業柄、それはいただけない。

ナメられたらそこから噂が出回り、下に見られ、カードを安くされる。

最終的には稼ぎが減る。

千雨がいた業界では、それが命取り。

 

「ふん‥なら、これで良いか?」

 

身体のスイッチが切り替わる。

途端に溢れる魔力と“気”。

その場にいた千雨以外の二人と一匹は、全身でそれを感じ取っていた。

 

「うわぁ‥‥!千雨さん、す、すごい!!」

「な、なにこれ?長谷川の方、なんかピリピリする?」

「どーだカモミール。文句は?」

「な、ないです‥‥。ていうか、これなら確かにパートナーにピッタリだぜ!!どうッスか、姐御!!」

「ん?んーとだな」

「ダメだよ、カモくん!」

 

それもありかもしれないと思った千雨ではなく、ネギがカモを止める。

ネギは震えながらも、言葉を捻出していく。

 

「た、確かに‥千雨さんが力を貸してくれたら、勝てるかもしれない。昨夜、千雨さんはエヴァンジェリンさんたちにずっと勝っていたし‥。けど!」

「兄貴‥」

「‥‥ネギ」

「けれど、それじゃあ‥‥パートナーを戦いの道具と扱っている様な‥‥そんな気がして‥」

 

‥正直、驚いたというのが千雨の感想である。

今目の前にいるのは、普段あわあわ言ってよく泣いているネギ少年ではない。

魔法使いとして、課題や困難とどう向き合うか悩むネギ・スプリングフィールド。

そこには、一人の魔法使いがいた。

 

「‥‥け、けど兄貴‥」

「まあ落ち着け。とりあえず、考えてみろ。今すぐエヴァンジェリンのヤツと戦わなきゃいけないってわけじゃないしな」

「ち、千雨さん」

「お前なりに考えてるんだろ。わたしは今回はそれを尊重するよ。どう考えてもエヴァンジェリンと関わらなきゃいけないのは確実だ。先延ばしにしても、いつかは解決しなきゃいけない問題なのさ。‥‥それと、神楽坂」

 

ちょいちょいと明日菜を手招きする千雨。

訝し気な顔をしながらも、明日菜は千雨に連れられて玄関の方へ向かう。

まだネギとカモは相談を続ける様だ。

 

「どうしたの?」

「‥お前、昨日何か変な夢を見たとかねーよな?」

「‥‥‥はい?」

「実は吸血鬼って悪夢を見せる能力があるらしくてな‥」

「そ、そうなの!?」

 

さらりと嘘を吐く千雨。

明日菜は疑いもしない。

 

「み、見てないけど」

「じゃあ良い。‥‥あと、お前‥魔法なんてものに関わりたくないならちゃんとネギに言っとけよ。危ないことだってあるんだ」

「‥そ、そうね‥‥。‥‥‥でもさ」

「ん?」

 

ぐっと拳に力を入れる明日菜。

 

「‥アイツ、頑張ろうとしてる」

「‥」

「昨日だって、本屋ちゃんの危険にいち早く気付いて、助けに行った。犯人だって‥返り討ちにされかけちゃったみたいだけど、追い詰めようとした。頑張ってるアイツを‥ネギを。あのままになんて、しておけないわよ」

「‥神楽坂」

「長谷川。あんただって、そうでしょ。だからネギに、こんなとこまで押しかけて話しに来たんでしょ?」

 

コイツには敵いそうにない。

今日何度目かの溜息を吐く千雨。

ずいぶん快活でお節介に育ったもんだと、感心してしまう千雨。

 

「‥わかった。お前の好きにしろ」

「うん!‥ね、千雨ちゃんって呼んでもいい?」

「あー、好きに‥‥‥‥はい?」

「うん、わかった!」

「ちょ、まだ全部言ってねえ!!」

「またね千雨ちゃん!!」

「おいコラ!!神楽坂!!」

 

言質を取ったかのように部屋の中に逃げる明日菜。

バタンと閉まるドアを前に言葉をなくす千雨。

少し顔を赤らめながら、回れ右して寮の玄関に向かう。

 

「‥‥勝手なヤツ」

 

だが、悪い気分じゃない。

 

何故か足がよく進む。

既に身体は平素の状態に戻されているはずなのにだ。

だが、このまま出かけるのには丁度いい。

千雨は寮の玄関を出て、大学部の方へと足を向ける。

 

目的は、超鈴音。




さあどうしよう。
原作と比べると話が前後してるような感覚を覚えてしまうかもしれませんが、感想はどしどしください。


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【10】翻った羽と研がれた牙

また長くなりました‥。
おかしいなー。
冗長な部分省いたりしてるんですけどね。


悪よ咲け。

泥沼より這い出てただ氷葬を踏み抜くのみ。

意などなくとも悪は成る。

そう、意はおろか武威すらなくとも、成されるもの。

 

 

********************

 

 

エヴァンジェリンとの確約を結び、カモミールと出会い。

そして、超鈴音に千雨がある申し出を終えてから数日が経っていた。

 

今日は大停電の日。

麻帆良学園のみならず麻帆良という都市全体が、メンテナンスの為に計画的に停電するのだ。

千雨は既に今日のための準備を終え、自室から停電に備えるべくパタパタと動く生徒たちの様子を眺めていた。

皆が明かりのない一夜を過ごす為に蝋燭や懐中電灯を持って寮へと戻ってくる。

 

既に時刻は夕方。

日は暮れ始めている。

先程淹れた紅茶をまた口に含む千雨。

 

落ち着かない。

今日は、情報通りなら戦いの日。

相手は自分にとって恐らく格上。

何を仕掛けてくるかはわからないが、今の自分がどこまでやれるか試す良い機会ではあった。

しばらく戦いから離れていたが、そのブランクを取り戻す前にやられなければいいだけのこと。

 

中身を飲み切ったカップを前に、もう一杯ダージリンを入れるかと動こうとした時、千雨の携帯電話が鳴る。

相手は見ずともわかる。

目もやらずに携帯電話に手を伸ばし、もう片方の手でティーバッグを取り出す。

 

「もしもし」

『予定通りネ』

「やっぱりやる気か」

『の、ようダ。茶々丸が学園のコンピュータ室へ侵入したヨ。侵入したとは正しくないかもネ。茶々丸は生徒で、ただ単にコンピュータ室を利用しに来ただけとも取れる』

「余計な茶化しはいらねえ。やる気なんだな?」

『うむ。既にハッキングの準備は終えているようネ。我が娘ながら中々の速さ‥どころか予想よりもさらに速い。成長したカナ』

「子供は‥親が見ないうちに勝手に育つもんさ」

 

まるで育てたことがあるかのようネ、と電話相手——超が言うが、そんなことはもちろん無い。

単に自分が勝手に育っただけだ。

紅茶を淹れてもう一杯飲む時間はありそうだと、薬缶からお湯を注ぐ。

その間も超の話は進む。

 

『準備はできてるネ?千雨サン。わたしは本日のことはどうでも良いが、依頼主の目的は達成してほしいものだからネ』

「心配ねーよ。大体、ネギが勝てばとりあえずわたしらの勝ちではあるからな‥」

『そうだ、それヨ。実際、ネギ坊主が勝つ見込みはどのくらいあるんダ?』

「ネギの魔法の腕前はわたしもよく知らねーからな。内在魔力は大人の魔法使いなんぞ比べ物にならないくらいあるが‥。それを使いこなせるなら勝機はあるはず」

『‥‥それ、もし勝ててしまたらサウザンドマスターよりも強いということにならないカナ?』

「鳶の子が鳶とは限らねーだろ?」

『少なくとも親が龍であることは確実ネ』

 

まあネギは龍って柄じゃねーな。

超とのくだらない問答をしていると、既に外は夕闇から夜へと姿を変えていた。

超の声に緊迫感が入る。

 

『麻帆良学園都市電力供給システムの停電命令を確認!』

「停電時間は?」

『1時間30分。例年通りなら5分前後終了予定時刻よりも早く終わるがネ』

「そりゃまあ早く終わったほうがいいからなあ‥」

『‥ム。茶々丸がハッキングを開始。‥おおっ、速い。世界有数の魔法都市、ここ麻帆良学園の学園結界をこうもあっさりト。予備システムとはいえ‥‥』

「泣くなよ面倒だから」

『わたしも血も涙もない、科学に魂を売った悪魔だとは思てたが‥それ以上の魔王様がここにいたネ』

 

誰が魔王だ、と眉をしかめる。

魔王というのは、例えば高い塔の上で、黒衣に包まれて街の景観を見下ろしているような奴のことを言う。

そう、例えばエヴァンジェリンのような。

 

「‥出てきたな」

『うむ。学園結界の影響は一時的に免れたようネ。魔力の上昇を確認。‥面白いネ、まるで別人ヨ。これでもまだ全盛期とはいかないらしいガ』

「なるほど。そりゃわけわかんねーわ」

 

視界には入らなかったが、エヴァンジェリンの魔力を感じる。

普段とは別物の魔力の濃さと大きさだが、闇の眷属特有の暗さがある。

 

学園結界をその身が逃れても、まだ肝心の登校地獄の呪いが残っている。

それも今夜ネギにエヴァンジェリンが勝ってしまえば終わるかもしれない。

エヴァンジェリンは本気でネギと、そして千雨を倒しにくるだろう。

 

「あのアマ‥‥流石にネギにあのまま向かったりしねーよな?」

『うーん。女子供を手にかけたという記録はないガ‥‥。本人は何ト?』

「曖昧な感じだったが‥少なくとも、今のマクダウェルに見習い魔法使いが勝てるとは思えないな」

『ネギ坊主はパートナーも結局作らなかた。オコジョくんに色々唆されたようだがナ』

 

ネギはやはり生徒に迷惑をかけるべきではない、と考えているらしい。

確かに間違いではない。

エヴァンジェリンがどう思っているはわからないが、ネギからしてみれば教師が生徒に指導を行おうとしている、その延長なのかもしれない。

それに生徒の手を借りるとは確かに変だ。

 

「‥そろそろ出る。お前もバックアップ頼むぜ、超」

『これで貸し一つネ』

「アホ、お前が最初マクダウェルにわたしの情報流したんだろーが。それをわたしが帳消しにしてやるっつってんだよ、ありがたく思え」

『ハハハ、やはり甘く見てはくれないカ』

「お前、今回のことが終わったら洗いざらい吐いてもらうからな?」

『ヤー、何のことだか‥‥。‥‥ム、いかんネ。エヴァンジェリンが誰かを傀儡にして動かしているようダ』

「!! ‥吸血被害に遭った奴らか」

『恐らく、ネギ坊主に関わりのある者を選ぶはず‥』

「佐々木か。止めに出る」

『待つネ、それは流石に過保護すぎる。暫く様子を‥』

「バカ、ネギが生徒に手を出せるわけねーだろ!しかも操られてるやつだぞ!」

 

既に戦闘服を着ていた千雨は、赤のローブを上から纏う。

戦闘用のレザーブーツに履き替え、窓から飛び出した千雨。

周囲を見渡しても、人影はない。

普段なら魔法オヤジや魔法生徒たちが人知れず巡回しているはずだが、彼ら彼女らは、学園結界の効果が弱まっている(茶々丸のせいで実際はなくなっている)今、学園結界の外側で防衛任務に当たっている。

つまり、エヴァンジェリンの行動を見咎める者がいないのだ。

 

『だが、いきなり手を出してしまうと学園の意向に反するのではないカ?ネギ坊主の命がかかてるわけでもなし、まずは様子見ネ』

「‥とりあえず、すぐ近くには行く。お前は工作の準備を進めてろ」

『了解。‥‥またく、過保護な親はどちらかネ』

「‥切る」

 

ちょ、待つネなんて言葉が聞こえていたが、無視をしてそのまま通話を終了する。

うるさいエセ中国人め、と毒づきながら携帯電話をしまった。

 

既に戦闘用にスイッチは切り替えてあった。

今度は前回よりも深く入れ込む。

平素に戻ることはあと二時間程度はないだろう。

 

ひとまずエヴァンジェリンの魔力と思われる方向へ行く。

場所は‥大浴場だろうか?

何でそんなとこいるんだアイツ。

 

中へ入ると流石にバレるであろうので、建物に入らず影に座り込んで時を待つ。

戦いの時を。

 

暫く待つと、白い小動物が脇目も振らずに小道を走り去るのを目撃する。

ネギの使い魔であるカモだ。

 

(‥‥ネギは、どこだ?ていうかカモミールが向かってるのは‥女子寮の方じゃねーかあれ?)

 

カモに声をかけようと立ち上がるが、エヴァンジェリンとは別の魔力が立ち上がるのを感じる。

立て続けにガラスが割れる音。

 

始まった。

前回のような成り行きで始まった小競り合いとは違う、エヴァンジェリンもネギも、お互いの目的の為に本気で戦う魔法合戦。

 

エヴァンジェリンと茶々丸、他二人と、それに少し遅れる形でネギが飛び出していく。

 

残る二人が何故かまき絵と裕奈だったが、ともかくついていく千雨。

ネギがエヴァンジェリンに命を取られたりしないか、まき絵たちが危険な目にあったりしないか。

そんな建前を頭の中で並べて、本音を押し殺していく。

今すぐにでもエヴァンジェリンに掛り、闘争へと身を投げたいなどと。

 

 

********************

 

 

停電開始から既に1時間以上が経過している。

超はある地下室からデスクトップを使い、茶々丸と同様に学園結界の予備システムに入り込んでいた。

 

「‥ふむ。これなら予想よりもやはり早く停電は終わりそうネ。麻帆良の人員は優秀ということカナ」

 

恐らくエヴァンジェリンたちも停電終了時刻は把握しているだろう。

それよりも戦いが早く終わるならそれで良いと思っているのかもしれない。

 

しかし、戦いがもう一つ起こるなら時間は足りない。

超は、その為に工作の準備を終えていた。

千雨から頼まれた、戦いの準備ともいえることを。

 

麻帆良の電力は、発電所や契約した電力会社から得ているが、それを一度大きな配電所に集約している。

そこから一般家庭や公共施設、魔法使いたちの施設等にも供給されている。

つまり、学園結界が電力で賄われている部分がある以上、配電所にその電力供給線があるということになる。

 

そこをどうにかしてしまえば、学園結界は戻らない。

それが千雨の見立て。

 

『ほんの三十分でいい。わたしに時間をよこせ、超。エヴァンジェリンとケリを着ける』

 

エヴァンジェリンに千雨の情報を流してしまった代わりに、千雨の頼みを一つ聞く。

それがあの日、超が飲んだ千雨の要求。

 

「人使いが荒い人ダ‥‥。工作がバレないように工作役はネズミに扮したネズミ型遠隔操作ロボットを用意しなくてはならなかったし、学園結界の予備システムに入り込むのも‥見つからないように入らなければならなかったからネ。中々面倒ヨ」

 

明らかに労力で言えばエヴァンジェリンの時よりも多い。

だが、これを機に千雨とそれなりの関係を築けるだろう。

本当はエヴァンジェリンにも手を貸して欲しいと企んだことだったが、エヴァンジェリンはほとんど世捨て人の状態である。

超に手を貸してくれるなどということは起きないだろう。

 

「‥そろそろ時間、ネ。見せてもらおう、長谷川千雨。救世の英雄と謳われた、一枚の羽根(ウナ・アラ)

 

 

********************

 

 

エヴァンジェリンとネギの戦いは、パートナーも入り乱れる魔法使いの戦いへと変貌していた。

 

まき絵と裕奈を早々に気絶させ、エヴァンジェリンと茶々丸の二人を相手取っていたネギ。

健闘し、一度は二人を捕らえたものの、エヴァンジェリンは念入りに戦いの準備を進めていたのだろう。

ネギの罠を抜け出し、今度はエヴァンジェリンがネギを追い詰める。

 

その際千雨は飛び出しそうになってしまったが、それよりもほんの少し早く明日菜が駆けつけた為、なんとか抑え込む。

カモが明日菜を呼んだらしい。

 

そして、ネギと明日菜は仮契約を結ぶ。

千雨は、それを止めなかった。

明日菜に魔法を教えるべきではない。

少なくとも、諸々の判断ができるようになる18までは。

けれど、千雨は止めなかった。

既に明日菜が魔法を知ってしまっていたというのもあるが、明日菜はネギを助けると言った。

何も知らないのに、明日菜が力になれるかなどわからないのに。

 

なのに。

 

(‥お前が羨ましいよ、神楽坂。わたしはそれを言ってから、びびって8年は力をつけるのに専念したからな)

 

ネギが雷の暴風を放ち、エヴァンジェリンは闇の吹雪を撃つ。

 

雷と風が荒れ狂う。

闇と氷が飲み込まんとする。

 

もう決着の時だ。

 

「‥準備、いいか?」

『既に工作は終えたヨ。戦える時間は延びたネ、エヴァンジェリンの』

「了解。じゃあ、あとは撤収しておいてくれ」

『また明日ネ。あ、ちなみに戦いは見ているからナ、期待しているヨ』

「覗き魔め」

 

通話が切れる。

 

組んでいた足を伸ばし、立ち上がる。

レザーブーツの重い足音が響き、戦いの場へと歩を進ませる。

 

視界内の雷の暴風が突然膨れ上がり、闇の吹雪を押し戻していっていた。

ネギの魔力がオーバードライブしたようだ。

 

「‥いくか」

 

その歩く姿は、歴戦の戦士。

また一つ、戦場に火が灯る。

 

 

********************

 

 

自身はネギとの攻防に満足してしまったのかもしれない。

魔力と魔力が災害として形を成す光景を見ながら、エヴァンジェリンは思う。

ネギは実際よくやった。

自ら闘うことを決め、一人でエヴァンジェリンに挑み、吸血鬼化で傀儡となったクラスメイトたちを抑え込み、エヴァンジェリンと茶々丸を一度は捕らえた。

さしものエヴァンジェリンとてナギとの一戦で得た教訓がなければ、そこで今宵の戦いは終わっていた。

そもそもナギとの因縁がなければネギと戦うことにはなっていないが。

 

今一度、ネギと彼を助けに駆けつけた神楽坂明日菜を見やる。

明日菜は茶々丸と戦っているが、何故か拳ではなくデコピンだ。

明日菜は一度エヴァンジェリンの魔法障壁をなんらかの形で抜き、エヴァンジェリンに物理的ダメージを与えていた。

茶々丸には心してかかる様言ったが、お互いに相手を傷つけたくはないようだ。

 

しかし、ネギとエヴァンジェリンは違う。

少なくとも魔法で相手を打ち負かさんとしているのは事実。

 

ああ、なんてことはない。

ただの負かしあいなのに。

 

どうしてこうも胸が高鳴るのか。

自分の目的は、この忌々しい呪いを解くだけなのに。

何故。

 

目の前の少年に、懐かしさを感じているのか。

ましてや好感など。

 

「う、ううっ‥!」

 

ネギの力む声に呼ばれた気がした。

ハッと前を見ると、ネギがくしゃみをするところだった。

場違いな光景に、一瞬気が抜けそうになるが、いきなり手元の魔力による圧力が大きくなる。

慌てて魔力を込めようとするも、その時には既にエヴァンジェリンは轟く雷風の奔流に呑みこまれていた。

 

迸る光に明日菜と茶々丸は戦いの手を止め、カモはグッと小さな拳を握る。

 

「兄貴の魔力暴走(オーバードライブ)だ!!これならエヴァンジェリンだって‥!」

「ね、ネギーっ!?」

「‥マスター」

 

ネギは、肩で息をしながらエヴァンジェリンがいた方向の空中を見やる。

今のは間違いなく打ち勝った。

怪我をさせてないかなどと少し心配するネギだが、そもそもエヴァンジェリンが不死であることを知らない。

 

魔法障壁と雷風が生み出した煙が晴れ、衣服が吹き飛び、端麗な顔を歪ませたエヴァンジェリンが現れる。

当然だが無傷だ。

 

「え、エヴァンジェリンさん裸!?ご、ごめんなさい!!」

「やったぜ兄貴!あのエヴァンジェリンに打ち勝ったぜ!?すげえよ!!」

 

「ふん‥‥やるじゃないか坊や」

 

余裕を見せようとしているのかなんとか笑おうとしているが、裸に剥かれたもので顔が赤い。

 

「だが、まだ勝負は着いていないぞ‥!」

 

まだ折れないどころか士気をあげ、魔力が氷雪となって漏れ出るエヴァンジェリン。

ネギもまた顔を引き締め、魔力が不足している倦怠感に抗いながら毅然と立つ。

しかし、ネギの肩の上に乗ったカモは明らかに表情を痙攣らせていた。

 

(エヴァンジェリンのやつ、兄貴の魔法に堪えてねえ!やっぱり吸血鬼の真祖だ、本当の不死か!これじゃスタミナ切れとかも全然ダメってことなのか!?)

 

ではどうすればエヴァンジェリンは止まるのか?

答えは単純である。

エヴァンジェリンは今回の計画的大停電に乗じて封印を解いたと推測していたカモ。

ならば、停電さえ終われば。

エヴァンジェリンの魔力は再び封印される可能性がある。

ネギから事前に聞いていた停電終了時刻まで‥‥‥。

 

(残り、8分弱!!‥無理だ、とても凌ぎきれる時間じゃねえ!)

 

エヴァンジェリンが掲げた手に闇が宿る。

魔法の射手の闇矢だろう。

 

その時、主人の無事を見守っていた忠実なる従者、茶々丸のアンテナにアラートが入る。

 

「! いけないマスター、戻って!!」

 

そのアラートは、学園結界の予備システムにハッキングした時に仕込んだもの。

停電終了予定時刻はもちろん把握していたが、時間が前後する可能性を予見し、停電終了命令——言い換えると電力供給命令。それが下された際に茶々丸の本体に報せが入るように設定しておいたのだ。

 

「!!」

 

「え!?」

「な、なんだ!?」

 

「予定時刻よりも7分27秒も早い‥‥!マスター!」

 

停電が終わるとエヴァンジェリンに対する学園結界はどうなるか?

カモの予想通りだった。

 

「まさか!エヴァンジェリンの封印が戻るのか!?やったぜ兄貴!」

「え?え?」

 

エヴァンジェリンは今橋の外、その上空だ。

学園結界が復活すると、エヴァンジェリンに対する封印は戻り、エヴァンジェリンは見目にふさわしいただの人間の少女に戻ってしまう。

つまり、エヴァンジェリンの飛行能力はなくなり、そのまま20m下方の湖へ真っ逆さまだ。

 

「ええい、いい加減な仕事をしおって!!」

 

学園の電力供給システムの人員に対する悪態が出るも、急いで橋の上に戻る。

これでせめて落下しても橋の上だ。

続いて橋に着地するエヴァンジェリン。

 

‥‥妙だ。

振り返っても、橋のイルミネーションに電気はついてない。

明日菜が釣られて見渡せる街々を見やるが、灯りは見えない。

 

「あ、あれ‥‥?」

「‥なんだ、何がどうなってんだ?」

「停電‥‥した、まま?だよ‥」

 

エヴァンジェリンもおかしな気分だった。

魔力は、自らの身体から消えてなどいない。

懐かしい感覚のまま、心身に漲っている。

 

「‥おい、茶々丸。どういうことだ?」

「‥‥電力供給命令は確かに出ました」

「なにぃ?」

「しかし、電気が‥‥配電所から各施設・学園結界システムへと供給されていません。これは‥物理的に電気がどこかで途切れているようです」

 

茶々丸の報告で、全員の頭に困惑が浮かぶ。

特にネギ側は、これがエヴァンジェリンたちの仕業でないことに驚いていた。

 

「‥誰か、なにかをしたってことですか?」

 

「そういうことだ」

 

この場にいない声がした。

 

全員が声の方を向く。

幽鬼が、立っていた。

 

「‥貴様‥‥」

 

「よお見てたぜ。無様に負けてたなあ、エヴァンジェリン」

「長谷川千雨‥!!今頃なんの用だ!?」

 

赤いローブに身を包み、ザシリとわざとらしく音を立てて歩いてくる。

千雨だ。

しかし、ネギたちは見間違いかと思ってしまう。

普段の無愛想でつまらなそうな千雨の顔しか知らないネギたちは、目の前の千雨が浮かべている表情を初めて見たからだ。

口角を上げ、歯を見せて笑う千雨は、あたかも猛獣かのようで。

特にカモなどは怯えてしまう。

 

あれは、本当に長谷川千雨なのか?

 

「このタイミングで出てきたということは‥!」

「そうさ。まだ停電が終わってねえのは、この状況はわたしの指示だ」

「えぇっ!?」

「ど、どういうことなんスか!?停電を続行させてるのが姐御だなんて‥!!もし停電が終わってたら兄貴の勝ちだったんじゃ!!」

「そう。本当ならネギの勝ち‥。わかったかよ、エヴァンジェリン。お前は普通ならもう負けてんのさ」

 

エヴァンジェリンは動揺していた。

負けを突きつけられたからではない。

それは既に飲み込んでいたし、そういうことも万が一だがあるだろうと踏んでいたのだ。

ネギはその才覚と力をわずかな勇気を以て示した。

 

だが、何故だ。

エヴァンジェリンの猶予を延ばしたのは何故か。

何故今姿を現したのか。

 

「‥そう、かもな。私は確かに負けたのかもしれん。今回は、だがな」

「え゙」

「そんなことはどうでもいい。何故停電の時間を延ばした。貴様、なにを企んでいる」

 

今回は負けたが次回があるみたいな言い分のエヴァンジェリンにネギが固まる。

しかし、エヴァンジェリンの興味は既にネギから千雨に移っていた。

 

「言っただろう?ネギに勝てばお前はネギの血を貰う。ただし、ネギが死なない程度に抑える。それがわたしとの約束だったよな」

「‥え?そうだったんですか?」

「‥まあな。貴様にそれを言わなかったのは貴様が争うのはやめてください、血ならあげられる分だけあげますと言いそうだったからだ。もしそれを言ったら約束など反故にして貴様が乾涸びるまで血を吸い上げてただろうが‥」

「ひぃぃぃぃ!?」

 

「‥だが、もう一つ約束があったよな」

「‥私と貴様が戦い、私が勝てば貴様はナギの情報を寄越す、だったな」

 

ネギは驚きの連続だったが、今度こそ冷や水を浴びせられたかのように表情が落ちる。

 

「と、父さんの‥」

「ナギって‥ネギのお父さんの名前、だったわよね?」

千の呪文の男(サウザンドマスター)‥。間違いねえ、ナギ・スプリングフィールドっていう名前のはずだぜ、姐さん」

 

「‥そうだ。そして、わたしがお前に勝った場合。これはなにもなかったが‥まあ、ネギの命を保証してもらうっていうのが前褒賞みたいなもんだな。つまり、わたしは既に褒賞を貰っていたってことさ。‥ならエヴァンジェリン、お前だって褒美を勝ち取るチャンスが要るよな?」

「‥‥まさか貴様」

「わたしと今ここで戦え、エヴァンジェリン。それが停電を延ばした訳だ」

 

何となく千雨が発する言葉は予想していた。

だが、いざ言われるとやはり此奴頭がおかしいのではないかと思ってしまうエヴァンジェリン。

吸血鬼の真祖を前にして戦えなどと出せる者はそうはいない。

この場にそんな奇特なのが二人もいるのは変な話だが。

 

「何故だ?そもそもその確約は私が坊やに勝った場合の話だろう」

「そうか?わたしはどちらにせよお前がネギの命を奪わないっていう意味ととったぜ。お前が勝とうが負けようが、お前と戦うことは決まってたのさ‥」

 

赤いローブに手をかけ、バッと放り投げる千雨。

ロープの下からは煌びやかに誂えられた衣装が現れる。

上衣は黒の布地に、樹木の色の刺繍が施された短めのレザーコート。刺繍は前面の開きから腕にかけて、樹木の色だが炎の様な形状に伸びている。

襟には剣と斧が交わった形のエンブレムと、二つの角が生えた人の顔のようなエンブレム、そして王冠のエンブレムが飾られていた。

背中には赤の羽が片翼だけ刺繍されている。

下衣は上衣と同様の素材でできたスカートだが、かなり布に余裕がある。

脚を動かしやすくする為だ。

その下にはスパッツを履いていたので、なにも気にせず戦える。

エヴァンジェリンの驚異的な視力は、エンブレムを捉えていた。

何となく千雨の出自がわかった気がしたのだ。

 

「さあ、やろうぜエヴァンジェリン。魔法世界に今でも響く悪名の所以をわたしに見せてみろよ」

「ま、待ってください!生徒同士で戦うなんて、そんなのおかしいです!」

「‥生徒、ね。確かにわたしもエヴァンジェリンもお前の生徒さ、ネギ。前も言ったようにな‥‥」

 

千雨は確かにネギにエヴァンジェリンは生徒であると告げた。

それはネギに、エヴァンジェリンを生徒として扱い、教師として接してみろという意図があったものだ。

そして、それは今済んだ話。

 

「だけどな。わたしが今ここに立っているのは、麻帆良学園の長谷川千雨としてじゃない」

 

ネギの方を一切見ずに放った言葉は、ネギを慄かせるには十分だった。

ネギは理解してしまったのだ。

 

(千雨さんは止まらない。もう、僕の言葉じゃ‥‥止まってくれない)

 

千雨の方に伸ばした手を、力なく下ろしてしまうネギ。

 

「‥随分律儀だな。貴様は面倒事は避ける性格だと思っていたが」

「勿論、わたしの目的に関わらない面倒事は避けるさ」

「ほう?それはつまり、今回は関わるということか?」

「そう言っているぜ、闇の福音(ダークエヴァンジェル)。わたしは‥‥‥わたしは、強くならなくちゃいけないのさ。お前は良い試金石だよ、わたしの強さを測る為のな」

 

ネギを守るのが主な目的だったが、良い機会だと千雨はエヴァンジェリンと戦うのを割り切ったのだ。

正直なところ、ネギがエヴァンジェリンに勝てるとは思わなかった。

それはそれで良い。

だが、エヴァンジェリンという両世界あわせても三指に入る魔法使いとの戦いを、千雨は逃す気はなかった。

 

「‥茶々丸、何分だ?」

「‥電力命令が届かない原因は恐らく物理的外因によるものです。そこを取り除く、又は補填することを鑑みて、凡そ30分ほどかと」

「30分‥十分すぎるな」

 

ゴキリと手を鳴らすエヴァンジェリン。

茶々丸は予備の服をエヴァンジェリンに渡す。

闇夜を踊る為の濃紺のドレスだ。

 

「お前ら、絡繰と一緒に下がってろ」

「え?茶々丸さんとって、どうしてよ?ていうか千雨ちゃん、本当にエヴァンジェリンと戦うの!?」

「そ、そうだぜ姐御。吸血鬼の真祖だぜ?生物種の中でも最強格の存在ッスよ!それと戦うなんて無茶だ、生物として次元が違うんスよ!?しかも相手は600万ドルの元賞金首だ!!」

「いいよな、マクダウェル。絡繰には参加させねえ」

「‥‥よかろう。茶々丸、そこの素人どもと下がっていろ」

「承知いたしました」

 

茶々丸が明日菜、ネギ、カモのそばに歩み寄る。

ネギは、エヴァンジェリンとの戦いや千雨に突き放されたような感覚を受け、疲弊した表情を隠せていない。

茶々丸を見る目も力のないものだった。

 

「‥茶々丸、さん。僕‥‥僕‥‥」

「ネギ先生、ここは危険です」

「え、危険って‥‥。茶々丸さんを下がらせたのって、一対一の戦いをしたいからじゃないの?」

 

自然と戦いという言葉が出てしまった自分にショックを受けながらも、ネギの手を引いて千雨たちから離れる明日菜。

カモも明日菜の肩に乗り移る。

 

「いえ、恐らく‥‥私では、マスターと千雨さんの戦いについていけません」

「つ、ついていけないって‥」

「おいおい、茶々丸‥さんよ。あんた、エヴァンジェリンの従者じゃないのか?手を貸さなくて良いのかよ。前衛なしで姐御と戦うのか、エヴァンジェリンは」

 

くるりと茶々丸はエヴァンジェリンに顔を向けるも、やはり結論は変わらない。

マスターの命令を忠実に聞くミニストラ。

それで良い。

 

「マスターは‥‥本当の実力を発揮した時、従者など寧ろ邪魔と仰っていました」

「邪魔って‥‥どういうこった」

「‥巻き添えにしてしまう、とも」

「ま、巻き添え!?」

 

ゾッとしながらエヴァンジェリンたちの方を見るカモと明日菜。

今から起こる戦いに、一匹と一人は同じことを考える。

もしかしたら、とんでもない事件に巻き込まれようとしているのではないか、と。

 

「も、もう少し離れてようか」

「そ、そうだな。兄貴、離れやしょう!‥‥‥兄貴?」

 

「‥」

 

「さあて、お立ち会いといくかね」

「‥私に対する義理立て、だけではないのだな?」

「当然。約束を守ってくれたのは感謝してるよ。それに報いるためでも確かにある。だが、それよりも大事なことが一つだけあってな‥。強くならなくちゃいけないんだよ」

「それで吸血鬼の真祖であるこの私に挑むか。些か無謀ではないか?」

「‥そんなことはないさ」

 

千雨の全身に“気”が漲っていく。

戦闘用の意識に切り替えた千雨は、自然と構えた。

両腕を上げ、腕を前後に置く姿は空手に似ていた。

 

「わたしが目指すのは世界最強のグラディエイター。そうでもならないと、私の現実は戻らない」

「現実‥?‥グラディエイター‥‥‥」

 

剣闘士‥!

 

「わたしはわたしの現実を取り戻す。その踏み台になら、真祖くらいが丁度いいんだよ」

 

「ふん‥威勢と実力が合っていると良いな!!」

 

二人は止まらない。

雨が落ちて海へ還るように。

他の一切を排除して、二人は殺し合う。

獅子が二匹、己の牙を以てただ相手に立てる。

 

剣闘士・長谷川千雨。

吸血鬼・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

長い、永い30分が始まる。

 




また10000超えてしまいました‥。
次回、最強幼女にちうさまがいどみます。


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【11】夜の血族と剣闘士

二話に分けるか迷いましたが勢いつけたれとそのままにしました。
‥この文量を1日で書いた自分が信じられません。
オリジナル戦闘回です。


全て与えられるだけだった。

何もかもを失くされた自分が偶然恵まれただけのこと。

今度は自分が渡す番。

今度は自分が、助ける番———。

 

 

********************

 

 

「‥どうした、かかってこないのか?」

 

悠然と構える吸血鬼。

それに対し、一挙手一投足ですら見逃すまいと緊張の糸を張り詰める剣闘士。

既に優位性は傾いていた。

 

「流石にてめーみてーな魔物とやり合うのは初めてなんでな‥。ビビってんのさ」

「自分で言うところが貴様は可笑しいな」

「笑ってろ」

 

最後に勝つのがわたしならそれでいい。

 

「とはいえ、時間がないのも事実。30分だからな」

「なら、私から手を出してやろうか?」

「いやいや、それには及ばねえよ‥‥なあ!!」

 

千雨の脚が地面を砕き、拳がエヴァンジェリンに迫る。

それを余裕の表情で受け流すエヴァンジェリン。

 

「始まったぜ!!」

「千雨ちゃん、大丈夫なのかな‥」

 

「!!」

「どうした?簡単に無手で受け流されたのがそんなに意外か?」

 

受け流された拳は地面を大きく砕き、その反動で2人の身体が浮く。

舌打ちしながらエヴァンジェリンを下から蹴り上げる。

ガードするも空中へ打ち上げられるエヴァンジェリン。

 

「ぬ」

「器物損壊は良くねーからな」

 

何より橋を壊してしまえばネギたちに被害が行きかねない。

 

「ならばこうしてやろう。‥リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

エヴァンジェリンが空中で飛ばされながら始動キーを唱え始める。

 

始動キーを唱えることで魔法は為される。

始動キーなしでも高位の魔法使いは簡単な魔法を使えるが、始動キーありの方が魔法の威力や性能は高い。

つまり、今からエヴァンジェリンが使う魔法はそれなりに威力が高いのだ。

しかし、呪文詠唱には欠点がある。

呪文詠唱の際には通常、魔法使いは無防備になるのだ。

それを守る為に魔法使いに従者が必要となる。

 

「させるかよ!」

「来れ‥氷精」

 

通常なら、だが。

呪文詠唱を止める為にエヴァンジェリンに突っ込む千雨。

だが、瞬時に腕と顔、腹を狙ってきた千雨の拳撃を同様の速度で払い落とし、今度はエヴァンジェリンが千雨を蹴り飛ばす。

 

「がっ!」

「大気に満ちよ 白夜の国の 凍土と氷河を」

「!」

 

橋に着地した千雨だが、唱えられた呪文によって次に来る攻撃がわかってしまった。

すぐに大きく跳ね上がり、エヴァンジェリンと同じ高さまで上がる。

 

「いけません!」

「え?」

「うわっ!なにすんでい!」

 

茶々丸もネギと明日菜を抱えてカモを掴み、ジェットで急噴射して飛び上がる。

 

「こおる大地」

 

エヴァンジェリンの呪文詠唱が完了する途端に、橋の地面から巨大な氷柱が何本も生え始める。

氷柱は大きく橋を覆い、元の地面の上に被さる。

 

「これは‥‥足場か!?」

「冥府の氷柱」

 

エヴァンジェリンが続けて魔法を使い、今度は湖から橋を囲うように巨大な氷の円柱が数本突き出す。

茶々丸たちが離れて橋を見ると、氷の城が出来上がっていた。

 

「こ、これが‥魔法」

「す、すげえ魔法だ‥‥。兄貴とやり合ってた時は手加減してたのか。姉御、本当にあのエヴァンジェリンに勝つ気なのかよ‥」

「‥」

 

カモがネギを見ると、ネギは暗い顔で下を見ていた。

いや、下すら見ていなかっただろう。

彼が見ていたのは、虚空だ。

 

「これで存分に戦えるだろう。何も気にすることなくな」

「‥タコが。ナメてやがんな、てめー。‥‥‥一応聞いておくけど、今は不死なんだよな?マクダウェル」

「当然だ。確かに登校地獄の呪いは途絶えてないが、学園結界の方が吸血鬼の力を抑えていたからな‥」

「なら、いい」

 

ニヤリと笑う千雨。

ようやく、力が出せる。

流石にクラスメイトを殺めるのは気が引けたのだ。

 

「いくぜ、今度こそな!!」

 

“気”が千雨の身体からドッと溢れる。

その圧力を間近のエヴァンジェリンだけではなく、戦いの余波が届かないところまで離れたネギたちも受けていた。

 

「小手調べは終わりか」

「当然‥!」

 

片手を上げ、詠唱を行う。

 

武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)!!」

 

挙げた千雨の手の傍に、魔法陣が出現する。

そこから、一本の刃が赤い西洋剣が出現し、千雨の手に収まる。

 

「何かと思えばたかが剣か」

「たかがかどうか試してみろよ!」

 

“気”を剣に行き渡らせ、エヴァンジェリンに飛びかかる千雨。

それを余裕綽々といった表情で氷楯を出し、剣撃を受け止めるエヴァンジェリン。

だが、剣が楯に触れた途端に楯が侵食されたような音を出し始め、楯が溶けて二つに切れる。

 

「な‥何!?」

「そらよ!!」

 

迫る剣をすんでのところで躱すエヴァンジェリン。

自分の顔すれすれに剣が横切る。

その際、剣が多量の熱を発していることに気づく。

 

「これは‥魔法具(マジックアイテム)か!?」

「古代遺跡から見つけてきた大光の両刃剣だ!言っとくが、そんじょそこらの魔法具(マジックアイテム)と一緒にしてくれんなよ!?」

「小賢しい物を出しおって!!」

 

小賢しいとは言ったが、エヴァンジェリンの氷楯を簡単に切り裂くほどの技だ。

魔法具(マジックアイテム)の性能と千雨の“気”が合わさって、エヴァンジェリンの天敵となっている事は間違い無い。

すぐに戦い方を切り替え、断罪の剣を出すエヴァンジェリン。

大光の両刃剣と断罪の剣が高い異音を出し、互いに合わさる。

 

「なんだ‥溶けねえ!」

「断罪の剣は気体に転換して作られた物だ‥。溶けようがないぞ!」

「へっ、それがどうした!?」

 

剣の効果が効かないなら直接叩き斬るまで。

千雨は“気”によって強化された身体能力を遺憾なく発揮し、エヴァンジェリンを弾き飛ばす。

 

「何という馬鹿力だ!!スピードだけではないということか‥!」

「まだまだぁ!!武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)!!」

 

再び武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)を唱え、今度は大きな軍旗を取り出す千雨。

旗は古びた水色の布だったが、淡く青い光を発しているように見えた。

 

「今度は何だ!?」

「霧雨の王旗‥‥撃て(ヴィルガ)!!」

 

霧雨の王旗を千雨が振るうと、千雨の周囲に王旗の魔力によって作られた剣が百本近く生成され、エヴァンジェリン目掛けて一斉に飛ぶ。

速い。

だが、エヴァンジェリンは対応を間違えない。

 

「氷瀑」

 

剣の群れの中心に氷瀑を打ち込み、剣を魔力の塵と霧散させる。

霧が晴れると、千雨が大光の両刃剣を両手で持ち、上段の構えを取っていた。

 

「!!」

「我流・気合武闘 壱光」

 

エヴァンジェリンも片手を翳し、無詠唱で魔法を発動させる。

 

「光束一刀!!」

「氷瀑!!」

 

光が貫き、吹雪が踊る。

千雨は技の余波から抜け出していたが、エヴァンジェリンはその場に留まり、千雨を観察していた。

攻撃面では申し分のない火力、手数を出せるようだ。

武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)で多数の魔法具(マジックアイテム)が出せる分、種類も多い。

霧雨の王旗を使えば手数などいくらでも出せる。

どこでこれだけの魔法具(マジックアイテム)を揃えたのかはわからないが、どれも発見されたら魔法界の王室や貴族に献上されるほどには貴重な品々だろう。

そしてそれを使いこなしている。

更に本人は“気”の扱いがあり、魔力もあるときた。

別段魔法の才能があったわけではないエヴァンジェリンからすると、中々反則じみている。

 

「‥‥天才、か」

「そういうお前は秀才か?」

「ふん、600年だぞ。その大半を戦いに駆られれば強くもなる」

「駆られる、ね」

 

自ら戦いたかったわけではない。

そう聞こえた。

この戦いも、実はやりたくなかったのかもしれない。

今の千雨には関係のない話だったが。

既に火蓋は切られたのだ。

 

「‥‥剣闘士ってのはな。様々な武具を用い、これまた様々な敵と戦うのが仕事だった。生きる為に、な。戦って金を稼ぎ、命を削って明日の命を得る」

「‥?」

「だが、わたしはちょっと話が違う。わたしは生きるのに何不自由なかった。けど、わたしは剣闘士の世界に飛び込んだ‥」

「‥何故だ?聞いてやろう」

「強くなるには、一番の近道だったからだよ!!」

「!!」

 

千雨が剣を捨て、大光の両刃剣はふっと消える。

代わりに、千雨が長年愛用した武具を出す。

それは、千雨が贈られた四つの品の一つ。

 

一つは師に。

二つは別の師に。

三つは姉のような人に。

四つは憧れの人に。

 

これは、師から送られた初めての武具。

 

武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)‥‥‥始雲のガントレット」

 

千雨の両手に白銀でできたガントレットが出現する。

長年愛用している割には新品のように綺麗だったが、使い込まれているガントレットは千雨の手によく馴染んでいた。

 

「‥また魔法具(マジックアイテム)か。今度はどんな手品を見せてくれるのだ?」

「手品じゃねーよ。これの効果は一つしかない」

「なに?」

「雲は‥‥全ての始まりなんだ」

 

雲は雨を生んで水を作る。

雲は栄養を吸い込んで降り注ぎ、土を育てる。

雲は雷を作り出し、降り注いで火を興す。

雲は氷雪を降らせ、風を吹かせる。

雲があることで闇が在り、退くことで光が生まれる。

 

「だからこそこのガントレットから始まるのさ‥」

「‥まさか」

「いくぜエヴァンジェリン。出し惜しみはなしだ。お前も、わたしもな」

 

全身に“気”を巡らせ、エヴァンジェリンに襲いかかる千雨。

拳や蹴りはかなり重い一撃だったが、吸血鬼の魔力をエンチャントしたエヴァンジェリンならば受けきれないものではない。

しかしこのままでは、いつ押し切られるかわからない。

やはり距離を取って手管で絡め取り、そのまま大火力で押し切ったほうがよさそうだ。

しかしそこで、すっと息を吸い込み、千雨(・・)が唱え始める。

 

「‥プラ・クテ ビギ・ナル!来れ火精 闇の精!」

「なっ‥‥なんだと!?」

 

エヴァンジェリンは驚きながらも千雨の魔法に反応し、自らの魔力を練り始める。

エヴァンジェリンが自分と同種の魔法を使おうとしているのを見て、笑う千雨。

魔力が違えどもわざわざ同威力の魔法を使い、違いを見せつける気なのか。

 

対してエヴァンジェリンは今日一番の衝撃を内心受けていた。

 

(なんだこいつは‥‥!!本当になんなんだ!?“気”と魔力を同時に使う剣闘士!?)

 

魔法を練り上げている千雨だが、迫る拳には“気”が込められている。

威力も魔法を唱え始める前から衰えてなどいない。

千雨の体内では魔力と“気”が同時に練り上げられている。

それをできる人間を何人か見たことがあったが、エヴァンジェリンの長い生で何人か、である。

千雨は数少ないそれが可能な人間となったわけだ。

 

「闇を従え 焼き尽くせ 常夜の炎火」

「おのれっ!!」

 

魔法の余波を避ける為に、距離を取ろうとするエヴァンジェリンだったが、ストレートのように繰り出した拳を開き、エヴァンジェリンの肩を掴む千雨。

 

離れられない。

そして、始雲のガントレットが淡く光り、魔力が迸る。

始雲のガントレットは何の変哲もないただの武具だ。

魔法発動体であるという、ただ一つの特徴を除けば。

 

「闇の猛火!!」

「闇の吹雪!!」

 

互いの掌から放たれた上位魔法は、お互いの懐でぶつかりあい、爆発する。

火と氷という相反対する属性が、激しい温度差を作り出し、通常よりも大きい爆発が発生する。

いつの間にか肩を放され、エヴァンジェリンは吹き飛ばされ、先ほど作り出した氷の城に打ちつけられる。

身体は至近距離で爆発を受けた為に傷だらけだが、すぐに塞ぎ始める。

本来ならエヴァンジェリンが無意識に展開している魔法障壁が反応する筈だが、距離が近すぎた為、爆発は魔法障壁の内側で起きていたのだ。

千雨の狙いはそれだった。

 

(だが、それは奴も同じこと‥。大体奴は魔法障壁は展開していなかった。私と違って人間だ、それなりに怪我をした筈‥!)

 

しかし、エヴァンジェリンの予想は見事に裏切られる。

煙が晴れる前に魔法の射手を打ち込んでやろうと構えたエヴァンジェリンの後ろに現れる千雨。

すぐにエヴァンジェリンの五感が感知し、振り向き様に魔法の射手・氷の一矢を打ち込む。

 

「甘えよ」

「ぬうっ!!」

 

ガントレットで氷の矢を防ぎ、そのまま至近距離でエヴァンジェリンの腹に気弾を撃ち込む千雨。

再び吹き飛ばされるエヴァンジェリンだが、吹き飛ばされながらも千雨の身体に目が向いていた。

 

(無傷‥!?)

 

「どうした真祖。何を惚けてんだ!?もうやる気失くしたかよ!?」

「くっ‥たわけが!余程死にたいようだな!!」

 

そうか、と合点がいったエヴァンジェリンが舌打ちをする。

“気”が使えるのだ。

千雨はただ“気”を纏って全身を防御しただけに過ぎない。

魔法障壁の代用に“気”の防御が出来れば、防御・競り合いを“気”で行い、攻撃・搦手を魔力で行える。

魔力と“気”を使う人間はいたが、ここまで戦闘に魔力と“気”を使い分けている人間はいなかった。

片方を主体に他方を補佐、又は“気と魔力の合一”に二つを合わせて使うか程度だった。

 

つまり千雨にダメージを与える為に、千雨の“気”を上回る威力の魔法を撃ち込むか、千雨の“気”を使い果たさせるくらい消耗させるかが主な戦法になるだろう。

ただ、高威力の魔法といっても上位魔法二つ分以上の魔法となる。

 

「ふん、どうやら貴様と魔法一つでやりあうには手数が足りないようだな‥‥忌々しいことだが」

「はっ、情けないことの間違いじゃねえの?それでも600歳の吸血鬼かよ!」

「‥認めよう。貴様はまともにやるなら面倒な相手だとな。正真正銘、吸血鬼の真祖の魔力があれば話は別だがな。真正面からゴリ押すだけだ」

 

傷が瞬く間に消えたエヴァンジェリンが立ち上がり、上に向いた掌を前に出す。

指を曲げ、糸を引くような仕草をする。

途端に千雨は妙な悪寒を感じた。

周囲から、何か見られている気がしたのだ。

すぐに周りを見遣ると、影という影に魔法陣が出来上がっていた。

 

「な、なんだ‥召喚魔法陣か!?」

「出でよ我が人形(ドール)たちよ!我が敵を捕らえよ!」

 

エヴァンジェリンの声とともに、魔法陣から恭しく礼をしたままの召使いが出てくる。

召使いはみなメイド服を身にまとい、それぞれ武器や杖を持っている。

エヴァンジェリンが普段は別荘という幻想空間に置いている人形たちだ。

そして、全ての人形(ドール)たちはみなエヴァンジェリンと人形(ドール)契約を結んでいる魔法使いの従者である。

 

「何人いるんだよこれ!!」

「さあ、かつて一国を攻め落とした軍勢相手にどう凌ぐ!?」

 

エヴァンジェリンが勢いつけて手を振り下ろし、人形たちが一斉に面を上げる。

“気”を充填させて構える千雨だが、すぐに数十体の人形が千雨に肉薄する。

 

「やってらんねえなおい!!」

 

“気”をまとって巻き上げるように拳を振るい、周りの人形たちを吹き飛ばす千雨。

ダメージを受けた人形は出現した時と同じように魔法陣へと消えゆく。

消えた後は魔法陣が散って魔力の塵とつもるだけだ。

すぐに飛び上がって人形たちを見下ろすが、その数は数百体は下らない。

千雨目掛けて飛んでくる人形が半分、千雨に向けて杖やら弓矢やらを構えているのが半分といったところか。

更にその下ではエヴァンジェリンが魔法を唱えていた。

 

「魔法の射手・連弾・氷の499矢」

 

氷の矢は人形たちを器用に避け、千雨に人形たちよりも早く到達する。

全て叩き落とさんと拳や肘で合わせるが、全弾着弾する前に人形たちも襲いかかり始める。

 

「ちっ‥‥プラ・クテ ビギ・ナル!来れ水精 光の精!」

 

「ほう。光と水も使うのか」

 

氷の矢と人形を叩き落としつつ、呪文の詠唱も始める千雨。

エヴァンジェリンは砕かれた氷片と魔力の塵の中で踊る千雨を眺め、その技量をよく観察していた。

そのすぐ横に一体の人形(ドール)がやってくる。

 

「ヨォ、ゴ主人。中々機嫌ガヨサソウジャネエカ」

「やはり来たか、チャチャゼロ」

「ソリャコンナチャンス滅多ニネエカラナ。‥‥ンデ、アイツナニ?」

「‥それを今、確かめている最中だ」

「オホッ、珍シイジャネエカ。ソンナニ興味ガ湧ク奴カヨ?」

「ああ‥‥そうだな」

 

チャチャゼロの言葉に、エヴァンジェリンは自覚する。

確かに、千雨に勝てばナギの情報が手に入る。

それは間違いない。

だが、いつの間にか勝つための見極めではなく、千雨という人間の見極め方を始めてしまっていることに気づくエヴァンジェリン。

 

「光を従え 水面に揺蕩え 泡沫の残光」

 

何故強くなる必要があるのか。

何故剣闘士なのか。

何故“気”だけではなく魔法を使うのか。

何故貴重な魔法具をいくつも持っているのか。

何故そこまで‥。

 

「‥妙な奴だ。奴は元々何不自由のない生活から自ら戦いに踏み入れたと言っていた。かつての私とは正反対だ‥」

「‥羨マシイノカヨ、ゴ主人?」

「まさか。闇の一族として、ここまで来てしまったんだ‥‥。今更悔いはない。だが‥‥」

 

今一度千雨を見る。

 

「光の溢水!!」

 

千雨の掌から眩い光を帯びた水が溢れ出し、洪水が人形を押し戻していく。

水に飲み込まれた人形たちは、破壊の光を受けて瞬く間に強制帰還されていく。

 

「水使イカヨ!?久シブリニ見タゼ!」

「さっきは闇と火も使っていた。“気”も使うぞ。寧ろ“気”の方がメインのようだが‥‥」

「オイオイナンダソリャ。アレガ噂ノハイブリッドッテ奴カ」

「‥どこで噂になっているんだそれは‥‥」

 

というか、サラブレッドの間違いじゃないかとはツッコミを入れなかった。

教えたのはエヴァンジェリンか茶々丸の可能性が高い。

それかテレビで間違った知識を得たのだろう。

エヴァンジェリン邸には暇を潰せるようなものなどそれしかなく、普段エヴァンジェリンの魔力が封印されているせいで、科学の力でも動く茶々丸以外の人形(ドール)は一切動けないのだ。

テレビくらいしか見ようがない。

チャチャゼロもエヴァンジェリンズリゾートに入れば動けるが、チャチャゼロは何故か一人では別荘に入らない。

 

「‥‥デ、ナンダッケカ?」

「‥もういい。お前も行け、チャチャゼロ」

「オホホッ、ソコマデ許可ガ出ルトハ思ワナカッタゼ!!ヤリスギテモトメンナヨ、ゴ主人!!」

「心配いらん、死ぬようなら吸血鬼にして我が配下に加えてやるさ」

 

「ジャア胴体ト顔ハヤメトイテヤルカ‥!!ケケケケケ!!」

 

「!!」

 

千雨は光の溢水を撃ち切り、粗方の人形たちを片付けた。

次に備えようとすると、妙に小さい人形が迫ってくるのに気がつく。

しかし小さいながらもその人形もメイド服を着ている。

‥エヴァンジェリンの趣味なのか?

 

「なんだこの小さいの‥‥!?」

「ケケーッ!!」

 

小さな人形は自らの身長の優に三倍はあるナイフを取り出し、千雨に躍りかかる。

形状は刃先が大きく、刃の方へ少し刃が膨らんで整えられている。

 

「ククリナイフ‥‥いや、マチェテナイフか!?他の奴とはちょっと違うみてえだな!」

「オオヨ!オレハチャチャゼロ、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)ノ第一ノ従者!繰リ人形ダ!!」

「絡繰人形が勝手に動いて喋ってんじゃねーよ!!」

 

ガントレットとマチェテナイフが合わさり、甲高い鍔迫り合いの音が鳴る。

エヴァンジェリンの魔力を受けているチャチャゼロは、魔力を木製の身体にエンチャントして戦う。

人間の剣士が“気”を用いるのと同じで、“気”が魔力に変わっただけに過ぎない。

それに加えてまとっているのは吸血鬼の真祖の魔力だ。

並大抵の剣士ではない。

 

「くっ、ちょこまかと‥‥ていうか速いんだよお前!」

「ケケケ、ダロウナ!逆ニテメェハ的ガデカクテ当テヤスイゼ!」

 

千雨とチャチャゼロの体格差は三倍以上だ。

しかしチャチャゼロが持っているマチェテナイフは普通の人間が持つ剣と同じサイズ。

拳撃で戦う千雨はやりにくくて仕方がない。

 

(魔法で捕らえるか!?いや、それすら当たってくれねえぞこいつ‥!大体まだエヴァンジェリンが!!)

 

「チャチャゼロ!」

「アイヨゴ主人!」

「!?」

 

チャチャゼロが千雨のガントレットを基点に、ナイフを使ってテコの原理で大きく千雨の後方に跳ねる。

チャチャゼロに目が追ってしまうが、それよりもエヴァンジェリンが恐らくヤバい。

バッとエヴァンジェリンの方を向くと、エヴァンジェリンはすでに魔法の詠唱を終えていた。

 

「氷神の戦鎚!!」

「ぐっ!気合ぼ」

 

上から落ちる氷塊を、千雨は正面から受ける。

氷が軋む異音が間近に耳に入るが、そんなことは気にしていられない。

チャチャゼロが千雨相手に時間稼ぎをしている間、魔力をたっぷり練って撃ち込んだのだろう。

先ほどの闇の吹雪などよりも圧倒的に魔法として完成度が高い。

 

「ぐくっ‥‥!!」

 

千雨の足場の氷にヒビが入り、氷の城全体が悲鳴を上げる。

だが、エヴァンジェリンはそれを見るだけに留めない。

 

「貴様の厄介な強みは魔法具の召喚などではない。“気”と魔力を同時に扱うことだ‥‥」

「エヴァンジェリン‥!!」

「“気”は生命力をエネルギーに転換したもの。その放出を防ぐことはできん。ならば、貴様の魔力‥魔法を止めれば良いだけのこと」

「!! 氷が‥!」

 

氷神の戦鎚からガントレットに氷が伝い始める。

瞬く間にガントレットは氷で覆われ、千雨の肌にも行き着いていた。

“気”を纏った千雨の身体に凍傷は起きていなかったが、ガントレットは完全に氷で閉ざされていた。

 

「こ、これは‥また別種の魔法か!?」

「凍てつく氷柩だ。封印の魔法さ‥」

「封印‥!?チッ!!」

 

ガントレットから無理やり手を引き抜き、迫る戦鎚からいなくなるように離脱する千雨。

“気”を使った瞬動術だ。

 

「やはり瞬動くらいは使えるか‥」

「余裕こきやがって‥!」

「‥チャチャゼロ、首元だ」

「オオヨ!」

「!?」

 

マチェテナイフを振りかざしたチャチャゼロが千雨の頭上に迫っていた。

ナイフの行く先は千雨の頭だ。

何とか首を逸らし、刃の軌道から避ける。

だが、刃は胸元をかすめ、レザーコートの胸元がチャックが開くように少し切れてしまう。

胸元からこぼれたのは、ネックレスのように首から下げられた指輪だった。

 

「それがもう一つの魔法発動体か?‥‥だが、それも無くなったな」

「‥みたいだな」

 

指輪に真っ直ぐな一本の亀裂が入り、そのままパキンと軽い音がして二つに割れてしまう。

二つに割れて落ちる指輪を掴み、断面を観察する千雨。

断面はもともとそのように作られたかのように平面で、指輪を斬ったチャチャゼロの腕前がよくわかる。

チャチャゼロは千雨の頭でもレザーコートでもなく、武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)を可能にしていた指輪を狙っていたのだった。

 

指輪とネックレスをポケットにしまい、エヴァンジェリンとチャチャゼロを睨む千雨。

小柄ながら卓越した剣技を持つチャチャゼロ。

大火力を有し近接格闘で自衛もできるエヴァンジェリン。

 

否応なしに強敵だと言える。

 

戦いの様子を離れて見ていた明日菜たちも、戦いの結末を素人ながら予想し始めていた。

 

「“気”も魔力も使えるなんざ反則じゃねえかって思ってたが‥‥ありゃ勝負ついちまったんじゃねえか!?」

「ちょっとカモ、何言ってんのよ!!」

「だ、だってよ。魔法が使えないとなると攻防を“気”だけで行うことになるんだぜ。普通だったらそれでも十分戦えるけど、相手はあのエヴァンジェリンだ。使える手が半分‥いや、それ以下になったら、いくら姐御がつええって言ってもよ‥‥」

「魔法とか“き”とか言われてもわたしにはわかんないわよ‥‥!」

 

明日菜は頭を悩ませながらネギを見る。

助けにいきたい。

千雨とエヴァンジェリンはネギたちどころか茶々丸すら戦いには関与させないと言っていたが、千雨が、友達が危ない目に遭うのはいやだと明日菜は思う。

 

けれど。

 

ネギは、目を伏せていた。

 

明日菜の頭に、血が昇る。

 

気づけばネギの胸倉を掴んでいた。

 

「あ」

「あ、姐さん!?」

 

茶々丸とカモが呆気に取られるが、明日菜はお構いなしだ。

ネギも、虚ながら明日菜の顔を見る。

 

「なにを‥‥なにを諦めてんのよ!!このバカ!!!」

「え、いや、諦めるって姐さん‥」

「千雨ちゃんが助けてほしくないって言ったからなに!?生徒として戦うわけじゃないからってなに!?あんた、そんなちっちゃいことで教師投げ出すの!?」

「‥アスナさん」

「あんたはなんで今日ここに来たのよ!?エヴァンジェリンを止める為でしょ!?わたしはなんでここに来たのよ!!あんたを、ネギを助ける為でしょ!!」

「‥」

 

明日菜の目には涙が浮かんでいた。

ネギはその涙を見て、何故彼女が泣いているかを朧げながら考え始めていた。

ネギに思考が戻り始める。

 

「‥千雨ちゃんは、なんでここに来たのよ」

 

何故?

 

エヴァンジェリンさんと、戦う為‥。

 

「違うでしょ!!?あんたを!守るためじゃない!!その約束をエヴァンジェリンとしたなら、その義理を果たすためじゃない!!」

 

‥!

 

「千雨ちゃんに断られたからってなに!?わたしは一人で突っ走ったあんたを助けに来たわよ!!あんたはもっと自分勝手に動いていいの!!あんたの本当にしたいようにしていいのよ!!!」

 

僕の‥‥したいこと。

僕の、やりたいように、自分勝手に。

 

「‥‥ごめんなさい、アスナさん‥。‥僕、言われた通りにしか‥‥してなかったですね」

 

それは今もそうかもしれない。

明日菜に言われたから動くだけなのかもしれない。

けれど。

 

千雨を助けるというその気持ちは、本物だ。

 

「茶々丸さん、ごめんなさい。‥行かせてください」

「‥!」

「僕‥僕‥なにができるかわからないし、足手まといになるかもしれないけど‥‥‥千雨さんを助けにいきます」

「もちろん、わたしもいくからね!!」

「ふ、ふたりとも正気かよ!?あの魔法の嵐の中に入るつもりか!?」

 

カモの言葉にネギと明日菜が千雨たちの方を見る。

氷雪が吹き荒れ、闇が空を覆わんとする中、“気”のみで戦う千雨とチャチャゼロが踊る。

魔法が使えなくなったが“気”とその身一つで戦う千雨も、小さな木製の体躯でナイフを二本振り回して千雨と競り合うチャチャゼロも、一撃でノックアウトできる大火力の魔法を連発するエヴァンジェリンも、今のネギたちが及ぶレベルではない。

 

「兄貴はただでさえ魔力がもう尽きかけてるんだ!!箒で飛ぶのが精一杯だろ!?明日菜の姐さんだって、兄貴からの魔力供給がなくなるんだ!そうなるとただの素人だぜ!?」

「‥カモくん。カモくんが僕たちのことを心配してくれてるのはわかってる。けど、それでも僕は‥‥僕たちは、千雨さんを助けたいんだ」

「あ、兄貴‥」

「‥お二人に、提案があります」

 

今まで黙って成り行きを見ていた茶々丸が口を開く。

主の命令に背くことになるかもしれない。

だが、ネギと接してAIに微妙な変化を起こしつつあった茶々丸には、その考えが何故か浮かばなかった。

 

 

「どうした!防戦一方か、剣闘士!」

「ちぃっ!!」

「ケケケケ、五寸刻ミガ楽シミダナ!!」

「てめーを逆に解体してやるよマッドマーダー!!」

 

空中での攻防が続く。

魔法を使えなくなってしまったが、戦えないわけではない。

だが、エヴァンジェリンの猛攻とチャチャゼロの剣撃を凌ぐのは簡単ではなかった。

それにチャチャゼロがかなりやりにくい。

戦う相手としては小さすぎるのだ。

どちらか一方をなんとかすれば勝機が見えてくるだろうが‥。

出し惜しみをしている場合ではないのかもしれない。

 

仕方がないと諦めかけたその時、エヴァンジェリンに影が差し掛かったことに気がつく。

エヴァンジェリンもハッとして頭上を仰ぐ。

明日菜が、エヴァンジェリンの上に迫っていた。

 

「なっ‥バカかお前は!?」

「神楽坂明日菜!!」

「やあーー!!!」

 

エヴァンジェリンは突然現れた明日菜に驚くが、咄嗟に氷瀑を放つ。

明日菜は氷瀑が直撃するも‥。

 

「いっけぇ!!」

「へ‥‥へぶぅ!?」

 

すぐに氷煙から姿を現し、エヴァンジェリンに本日2度目の顔面キックをお見舞いする。

エヴァンジェリンはそのまま吹っ飛び、明日菜は近くの氷の足場に着地していた。

 

「あ‥そうか」

 

そうだった。

明日菜は魔法無効化能力者だ。

魔法に真正面から突っ込んでも損なうのは服くらいだ。

それを自覚しているとは思わなかったが。

明日菜は千雨が思った以上に、魔法に近付いているのか。

 

「オイオイ、イーカンジニヤラレテンジャネエカ。魔法障壁、ヌカレタノカ?」

「ラス・テル マ・スキル マギステル!!」

「ア?」

 

今度は箒に乗ったネギがチャチャゼロに飛びかかる。

チャチャゼロは抵抗せず、そのままネギに抱きしめられる形で捕まっていた。

一切殺気がなかったから避けなかったのだ。

 

「テメーモナンダ。斬リ刻マレテーノカ?」

「風花・武装解除!」

「ゲ」

 

至近距離で撃たれた武装解除に、マチェテナイフが2本ともチャチャゼロの手から離れて落ちていく。

ヤッテクレタと内心思うチャチャゼロだが、すぐに違和感を感じる。

自分がネギごと落下し始めていることに気が付いたのだ。

 

「テメー!人ヲ抱エルナラシッカリ飛ビヤガレ!!ツーカ離セ!!」

「なにしてんだお前らは!!」

 

千雨がすぐに瞬動でネギの傍に近づき、チャチャゼロを抱えたネギの襟首とネギの杖を掴む。

ネギを見るともう魔力が尽きたようだった。

ほとんど動かない。

 

「‥‥わたしを、助ける為か‥。無茶しやがる」

「フツー魔力尽キルノワカッテテ魔法使ウカヨ?」

「ごめんなさい、姉さん‥。二人を止められませんでした」

「オオ、妹。オレノナイフハ?」

「回収しました」

 

茶々丸が二振りのマチェテナイフを持って近寄ってくる。

肩にはちゃっかりカモも乗っていた。

千雨は素知らぬ顔をしている茶々丸を睨むが、溜息をついてチャチャゼロごとネギを茶々丸に押し付けた。

 

「‥何も聞かないでおいてやるよ、ロボ子」

「申し訳ありません、千雨さん」

「オイ眼鏡、マダツヅキヤルゾ」

「お前の相手はまた今度じっくりしてやるよ」

「オ、言ッタナ?数少ナイ楽シミダ、覚エテオクゼ」

「ふん」

「兄貴、兄貴!」

 

カモがネギの顔を揺さぶっていた。

千雨はネギの頭をガシリと掴み、無理やり上げさせる。

 

「‥‥ちさめ、さん。‥大丈夫、ですか?」

「カッコつけやがって‥。‥今夜は見てろ。見せてやるよ、お前の目指す先にいる人間をな」

「目指す、さき?」

「‥サウザンド・マスターに会いたいんだろ」

「え」

 

「‥それと、助かったよ」

 

くるりと背中を向け、エヴァンジェリンを見る。

千雨もネギもお互いの顔を見えなかったが、それで良かったかもしれない。

千雨は顔を赤くしていたし、ネギは破顔していた。

お互いの顔を見てしまっていたら、戦いという雰囲気ではなくなっていただろう。

 

「ええい神楽坂明日菜!なんなのだお前は!?魔法障壁を簡単に2度もぶち抜きおって!!」

「知らないわよそんなこと!!これ以上千雨ちゃんに酷いことするならわたしが相手よ!」

「貴様‥魔法が効かないようだが、魔法などなくともいくらでも貴様なぞ縊り殺せるぞ!!」

 

「神楽坂!」

「あ、千雨ちゃん!大丈夫!?ネギは!?」

「お前も悪かったな。情けないところ見せてよ‥。ネギは茶々丸にちゃんと預けた。あの木製人形も一緒にな」

「なに!?‥チャチャゼロめ」

 

「お前も下がれ、神楽坂。‥お互い情けないところを見せたが、ケリつけようぜ。エヴァンジェリン‥」

 

「‥ふん、外野にせっつかれてようやく本気か。そろそろナギの情報でも吐くかと思ったがな」

「‥“気”だけで戦うのが、憚られた理由は一つだけだ」

「理由だと?」

 

明日菜が茶々丸の方へと渡ったのを確認した千雨。

戦闘用に入れられていたスイッチを、更に切り替える。

漠然とした戦闘用ではなく、“気”の剣闘士として。

途端に先刻までとは比にならない“気”が溢れ出る。

 

エヴァンジェリンはその“気”の量に驚いたが、それだけではなく、その質に違和感を感じていた。

その場を全て覆ってしまうかのような、大気のような“気”を、どこかで感じたことがあったからだ。

 

「‥この感覚で戦うと、どうにもバカな師匠に似てしまうんでな。あまり好きじゃねえんだよ、これ」

「師匠‥だと?」

「構えろよエヴァンジェリン。さもないとお前、一発でノックアウトだぜ」

 

右腕を引き、腰を捻り、左手を右拳に被せる。

その時、エヴァンジェリンの目には千雨が褐色肌の大男に見えた。

バカな。

そんなまさか、だが。

ナギの関係者ということは。

 

「羅漢流・気合武闘‥一」

「貴様‥貴様!!ナギの関係者ではなく、紅き翼(アラルブラ)の!!!」

 

千雨の身体が前を向き、右腕が身体に引っ張られるように上がってくる。

ストレートを打つような拳が、大量の“気”を以て光った。

 

ラカンインパクト。

 

それはかつて、ナギの仲間であるジャック・ラカンというヘラス族の剣闘士が使っていた大技。

3秒で全身の“気”をチャージし、ありとあらゆるものを芥子粒にする破壊の光。

 

それを間近で見たことのあったエヴァンジェリンは、全力で魔法障壁を展開しながら確信していた。

 

本物だ、と。

 

20枚以上の魔法陣が前方に貼られていたが、瞬く間に半分以下になり、手前にあった一番高度な魔法障壁もヒビが入る。

持たないと判断したエヴァンジェリンは、ラカンインパクトの勢いそのままに下方へと瞬動で逃れる。

 

そこにあった魔法障壁は全て壊れ、破壊し尽くした光はなお真っ直ぐ飛び、遠くの山頂を抉った。

 

「化物め‥!!師匠譲りの破壊力というわけか!?」

「そうでもねえよ」

「!?」

 

ぎょっと声のした方を見ると、千雨がエヴァンジェリンのすぐ後ろについていた。

落下する速度そのままで並行している。

しかも何故か先程の氷神の戦鎚を片手で振り回し、エヴァンジェリンに叩きつけてきた。

 

「ガハッ!!」

 

戦鎚と共に落下するエヴァンジェリン。

千雨は速度を緩め、片手を懐に入れる。

取り出したのは、一枚のカード。

 

「げっ、まさかあれは!?姐御もカード持ちかよ!?」

「え、カード?」

「アア、間違イネエナ。ゴ主人、負ケルンジャネエカ?」

 

カモが目敏く気づく。

明日菜もネギもカードと言われると思いつくのは一つしかない。

つい先程、手に入れたばかりなのだから。

 

「出血大サービスだ!!見せてやるぜ!」

 

取り出した一枚のカード。

そのカードには、一人の少女が描かれていた。

少女は眼鏡をしておらず、いまの千雨よりも幾分か幼かったが。

それは、紛れもなくチサメだった。

 

来れ(アデアット)!!」

 

「ぐっ‥‥ここに来てアーティファクトか!!」

「鍛造神の小瓶!」

 

千雨がカードから取り出したのは、小さな小瓶。

掌に収まるサイズの小瓶には、半分程度透明な液体が入っている。

 

戦鎚を砕きながら思考を始めるエヴァンジェリン。

凍ったままのガントレットや氷塊が湖に落ち、エヴァンジェリンは水面に立つ。

 

(水‥。水が持つ属性は、流動・治癒か‥!!)

 

千雨は小瓶を片手に持ち、なんとそのまま割ってしまう。

 

「なに!?」

「そらよ!!」

 

そしてそのまま湖に投げ入れた。

 

「なっ‥‥なんの真似だ!?」

「へっ‥」

 

小瓶に入った液体が湖に振り撒かれる。

液体が触れた地点から湯気が出始め、広がって湖全体が湯立ち始めた。

100C°を超える熱に、エヴァンジェリンは慌てて上空へ逃れる。

 

「何だというのだ‥!湖でどうする気だ!?」

「‥もう終わったよ」

「!?」

 

水面に降り立った千雨は、熱などまるで気にならないようだ。

アーティファクトの持ち主だからか。

千雨の目の前の水面に泡が出始める。

泡を凝視していると、今度こそエヴァンジェリンは驚愕する。

出てきたのは、封印した筈の始雲のガントレットだったからだ。

氷など一切ついておらず、輝きを携えたまま千雨の両腕に収まっていく。

 

「‥バカな!!それがアーティファクトの効果か!?」

「湖を戦いの場に選んでくれて助かったぜ。わたしのアーティファクトが使える場所をな‥」

 

再び始雲のガントレットが光り始める。

千雨の魔力が注ぎ込まれているのだ。

 

「さあ、幕引きだ!!」

 

「‥いいだろう!貴様には聞きたいことが山程あるのだ、ここで降してやる!!」

 

「アア、ヤベエナアリャ。妹ヨ、モウスコシ離レルゼ」

「はい、姉さん」

 

え、そっちが姉なの?という顔をした明日菜と既に動かなくなってしまったネギを抱え、茶々丸とチャチャゼロは後退する。

カモはチャチャゼロの頭に乗っている。

 

「プラ・クテ ビギ・ナル!!契約に従い我に従え 大海の王!!」

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!契約に従い我に従え 氷の女王!!」

 

「あ、ありゃあ広域殲滅魔法か!?しかも姐御まで使えんのかよ!!」

「ケケッ、ツクヅク反則クセエ奴ダナ」

「‥千雨さん」

 

ネギはギュッと両手を合わせて組み、祈る。

どうか、皆無事で終わりますようにと。

千雨だけではなく、エヴァンジェリンも。

 

「来れ 崩壊の海嘯 渦巻く三叉槍」

「来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが」

 

エヴァンジェリンは氷の城がある橋の下に。

千雨は大量の水がある湖の上に。

お互いに地の利がある。

条件は五分だと言えた。

 

「支配せしめん 大陸を沈めし 荒ぶる海洋 傲慢なる者に 天雷の罰を」

「全ての 命ある者に 等しき死を 其れは 安らぎ也」

 

湖が膨らみ、踊り狂って津波となる。

氷が降り、吹雪が空間ごと絶対零度を引き起こす。

 

エヴァンジェリンと付き合いが長いチャチャゼロは気づく。

エヴァンジェリンは、手加減なしに千雨を殺してしまうかもしれない。

えいえんのひょうがは敵を凍りつかせる魔法だが、それに留まらず砕け散る魔法まで繋いでいる。

もちろん後者の方が威力が高く、そこまでするほどに千雨のことを認めているとわかるものだった。

 

「呑みこむ四海!!!」

「おわるせかい!!!」

 

放たれた二つの魔法は、ネギたちの視界を水と氷で覆ってしまうほど巨大な魔法だった。

水が氷を圧して砕き、氷は触れた水を凍らせていく。

互いの魔法を喰い合いながら、エヴァンジェリンと千雨はお互いから目を離さなかった。

 

「っ‥!!ああああああああああああ!!!」

「おおおおおおおおおお!!!」

 

魔法から手を離せず、気づけば水と氷がそれぞれエヴァンジェリンと千雨に到達していた。

エヴァンジェリンは魔法障壁で、千雨は師匠譲りの“気”で身を守る。

 

これは、決着が着かんか。

エヴァンジェリンの内心で生まれた言葉に、千雨が反応したかのように。

千雨の左腕に特大の“気”が宿る。

 

まさか。

そんなことまでできてしまったら。

 

「‥貴様‥‥本物の‥‥!!」

 

 

「ラカン!!インパクトォッ!!!」

 

水と氷をまとめて押しつぶす光が生まれ、エヴァンジェリン諸共撃ち抜いた。

空を飛び、夜天が視界に入るエヴァンジェリン。

砕け散って舞う氷の花びらが、終わりを告げているように思えた。




魔法はオリジナルです。
本家に出てきたら更新しますが、恐らく出ないでしょう。
魔法考えてたらしきスタッフいないでしょうし。
エヴァンジェリン編は次話で終わる予定。
‥とりあえず、ちと満足。


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【12】跳躍し始める時

急ぎ足になりました。
ここから少しずつ千雨が成長していく‥予定です。
とりあえず話をうまくまとめていきます。


足跡を踏む。

自分の足跡の2倍はあろうその大きさに、心わずかな不安を覚えた。

ただ、抱き上げられた太い腕に。

たしかな親心も感じていた。

 

 

********************

 

 

エヴァンジェリンとの一戦から一夜明けて。

千雨は早朝、何故か風香と史伽、楓に連れられて商店街まで散歩に来ていた。

停電から何か変わった様子がないかパトロール、だそうだ。

「‥だからといってこんな朝早く来なくていいだろーがよ。まだホームルームの一時間前だぞ、お前ら」

「早起きは!」

「三文の得ですー♡」

「おい長瀬、お前こいつらと一緒の部屋で安眠妨害されてねーのか?」

「拙者の方が早起きでござるよ?」

「‥流石ジャパニーズ・ニンジャ。規則正しすぎるな」

「なんのことでござるかな〜」

 

明後日の方向を向きながら下手くそな口笛を吹く楓をジト目で見る千雨。

溜息をつきながらも、一応パトロールするフリをして周りを見渡す。

すると、ある旗が目についた。

少しヨレたその旗は、昨夜ネギが吸血鬼化した裕奈とまき絵を捕らえる為に咄嗟に使ったものだった。

 

結局あの後、千雨たちはネギが運動部4人の吸血鬼化を治療した後はその場で解散した。

ちなみに千雨は吸血鬼化の治療など出来はしない。

癒すという方向性に成長の志向を向けなかったからである。

 

「「‥あ!」」

「ん?」

「おろ」

「ぬ」

「おはようございます」

 

癒しの力なんて持ってねーしなーと耽る千雨の意識を、鳴滝姉妹の声が呼び戻す。

目の前にはエヴァンジェリンと茶々丸の二人が来ていた。

横を見ると喫茶店がある。

どうやらモーニングを済ましにきたらしい。

 

「‥朝強いのかよ、お前もよ」

「‥たまにはな。昨夜はよく眠ったしな」

「それだけ聞くとただのお子ちゃまだな」

「貴様、縊り殺してやろうか?」

「やれるもんならやってみろ、お子ちゃまエヴァンジェリン」

「千雨‥‥貴様とはいつかまたやり合わねばやらんようだな!!」

 

額に青筋を浮かべるエヴァンジェリンを見て嘲笑う千雨だが、不意に横の3人の視線に気づく。

どうやらエヴァンジェリンと会話していること自体が不思議でならないようだ。

 

「‥あー‥‥。長瀬、わたしはこいつらと話があるからチビ二人と先に行っててくれ」

「‥‥良いのでござるか?」

「何もねーよ、変なことは」

「判ったでござる」

「えー、なんでー!?」

「わたしたちもエヴァちゃんと茶々丸とお話するですー!」

「長瀬」

「あいあい。さあ、行くでござるよー」

 

楓が風香と史伽の背中を押して歩き始める。

二人はチラチラとこちらを見ていたが、楓が超包子に中華まんを食べに行こうと提案すると、押されるどころか喜び勇んで走って行った。

その後ろ姿を眺めていた千雨に、エヴァンジェリンが声をかける。

 

「‥長瀬楓は、貴様のことを知っているのか?」

「それは流石にないだろう。けど、あんな呑気な顔してめちゃくちゃ鋭いからな、あいつ。もしかしたら何かあるとは思われてるかもな」

「ふむ‥」

 

エヴァンジェリンが思案顔をするが、千雨は気にした様子はない。

喫茶店の方に歩き、紅茶のホットを注文する。

茶々丸もついてきてコーヒーのホットを頼んでいた。

エヴァンジェリンの為のものだろう。

 

「‥それで?話とはなんだ」

「ナギのことを話すわけじゃないけどな‥お前とは付き合いが長くなりそうだ。わたしの話をしよう」

「ほう。私に何をさせる気だ?」

「なあに、先人の知恵と経験を借りることだってあるだろ。‥ネギや神楽坂には話せないことを少しここでな」

「話せないこと?」

「ナギや紅き翼(アラ・ルブラ)のことをアイツらに言う気はねえよ。ネギはまだ幼すぎるし、神楽坂だってまだ従者になったばかり‥‥‥それも成り行きで、だ。絶対ロクなことにならん」

「確かに少々軽率だったかもしれんな。これで奴はぼーやに降りかかる面白可笑しいイベントにドンドン巻き込まれるわけだ」

「‥確かにその通りなんだけど、その原因となったお前が言うと釈然としねえな」

 

したり顔のエヴァンジェリンを今の明日菜が見ると、デコピンの一発くらいはカマすだろう。

実際決めたのはネギと明日菜とは言え、仮契約の必要性を生み出したのはエヴァンジェリンだ。

 

「神楽坂もどうなることやら‥」

「ふん、人生泥沼を歩く方が見てる分には楽しいさ」

「見てる分には、な!歩いてる方はたまったもんじゃねー」

「そういう貴様はどうなんだ?何不自由のない生活からわざわざ闘いの道へと進み始めた、貴様は」

「‥それを話すために長瀬たちを退かせたんだよ‥」

 

カップを持った二人が喫茶店のテーブルに着く。

茶々丸はテーブルに着かないものの、持っていた鞄から何かを取り出そうとしている。

なんだ?と千雨が首を傾げると、中からチャチャゼロを取り出した。

 

「ヨオ、イイ悪夢ハ見レタカ?」

「幸運なことに見れなかったよ。つーかなんでお前鞄の中で持ち歩かれてんだ?」

「ポンコツマスターガ魔力ヲ封ジラレテルカラナ。歩ケネーンダヨ」

「なんだ、エヴァンジェリンのせいか‥」

「貴様ら、魔力が戻ったら真っ先に八つ裂きにしてやる‥」

 

プルプル震えるエヴァンジェリンに寒いのか?なんて言ってからかってやろうかと思ったが、これ以上弄ると話ができなさそうだとやめる千雨。

カップを呷り、一口飲んでティーマットに置く。

 

「さて‥‥まず、わたしの身の上話から始めるか。わたしは長谷川千雨。本名は‥千雨・長谷川・ラカンってことになるな」

 

千雨が学園長に告げた言葉。

わたしは剣闘士の娘(エゴ・フィリィア・グラディエイトァズ)”とはただ事実を述べていたのだ。

 

「‥実子ではないな?」

「まあな。血は繋がっていない。わたしは赤ん坊の頃におっさん‥ジャック・ラカンに拾われたのさ」

「とんでもない男に拾われたな」

「それは否定しない。紅き翼(アラルブラ)がいたとは言え、よく育ったぜわたし‥‥自分のことながら」

 

どうせならせめて他の面子に拾われたかったと思うが、他の人で良さそうなのは二人くらいしかいない。

半分以上は千雨の中でヤバい奴認定されていた。

話を聞いていたエヴァンジェリンは千雨の発言に引っかかる。

 

「待て、貴様紅き翼(アラルブラ)といたのか!?」

「え?うん。途中まではな」

「ジャックだけではないのか!?」

「あのおっさんが一人で子育てできると思うか?千の刃のジャック・ラカンだぞ」

「‥納得した」

 

変態、酒好き、守銭奴、元お尋ね者。

とてもではないが親になりそうな人間の称号ではない。

それに加えて本人のテキトーさである。

ラカンに出会ったことがある人間なら、誰でも納得することだろう。

 

「なら、タカミチはどうなる。貴様ら‥まさか裏で通じ合っていたのか?」

 

2-Aの前担任、タカミチ・T・高畑。

彼は紅き翼(アラルブラ)と共に20年前の大戦を過ごし、紅き翼(アラルブラ)のNo.7とされている。

当時はまだ少年だったが、少年探偵団を結成したり、皇女や王女の傍で護衛に入ったりと中々活躍していた。

特にここ数年は目覚ましい活躍を遂げており、魔法使いのNGO団体、悠久の風(AAA)のエース的存在でもある。

 

「タカミチか‥。もちろん、子供の頃は一緒にいたんだけどな‥。実はわたしは子供の時、千雨って名前じゃなかったんだ」

「は?」

「ラカンのおっさんがアホのせいでな!!」

 

なんとも頭が痛む話だったが、エヴァンジェリンが理解した話は次のようになる。

 

まず、赤ん坊の千雨を見つけたのはラカンだ。

魔法世界の獣が騒ぎ立てているのを面白半分で見に行ったら、布に包まれた千雨が獣たちに囲まれていて、千雨を連れ出したという。

本来ならそこでどうするべきか悩む筈だが、特に気にした様子もなく連れ歩くラカン。

テキトーに世話をする内にいつのまにか5歳程度まで育っちまってた、というのが本人の談。

 

バカである。

 

その際、ラカンは千雨のことをコレとか赤ん坊とか呼んでいた。

本当はラカンも名前をつけようとしたが、当時ラカンの周りにいた女性二人がラカンが出した名前候補に全部ダメ出しをした為に名前が決まらなかったのだ。

見つけ親のラカンが何も名付けなかったせいで、紅き翼(アラルブラ)や周りの人間はなんと呼ぶべきか悩んでいたが、とりあえず二世と呼ばれていることが多かった。

 

「‥‥二世?」

「ラカン二世だとよ。実際、2年前まで二世って呼ばれることが多かった」

「なんとも‥頭痛が止まらんな」

「全部おっさんが悪い」

「それがなんで今の名前になった?」

「実は、こっちの世界に旅立つ時に‥ラカンのおっさんに当時のわたしに使われていた布をもらってな?その布の中に紙が一枚入ってたんだよ。わたしの名前が書かれた紙がな」

「‥ラカンは、それをどうしてしまってたんだ?」

「読めないし調べるのもめんどーだし忘れてたってよ」

 

もちろん全力の“気”を込めて殴った。

その後、沈んだラカンを放って魔法世界の知人を訪ね、翻訳の魔法まで使ってもらってようやく名前が読めたのだ。

 

それが長谷川千雨。

使われている言語から、千雨が極東の国、日本という国の出身であることもわかった。

千雨は奇しくも、頼まれ事をするついでに故郷に戻ってきたということになる。

 

「タカミチとは、もう8年も会ってなかった。それが名前も変わって成長してメガネもつけてんだぜ?わかりゃしねーよ、タカミチの方は。面倒だし話す必要もないからな‥」

「ふん、そういうことか‥‥」

「まあ今後また話すことになるだろう、そのうち」

 

話したところで何が起きるわけでもないが、何かを協力してもらいたい時の為に話した方が良いだろう。

 

「では、他の連中はどうした。ナギと、ナギ以外の紅き翼(アラルブラ)は。奴ら、まだ生きているんだろう?もちろん詠春以外で、だ」

「‥あんた、何も知らないんだな」

「マア、15年モ隠居生活ダカラナ。シラネーコトノ方ガオオイゼ」

「隠居しとらんわ!!」

 

主従二人のコントを見ながら、思い返す千雨。

ナギは行方不明。

詠春は現在京都にいる。

アルビレオ・イマは‥。

 

「つってもなー。わたしもアルのおっさんの居場所は知らねーぞ」

「なに!?」

「アルのおっさんがいるってところに行ったんだけどさ。あの変態イケメンいなかったんだよ」

「場所‥どこだ!!?」

「ああ、そりゃお前‥‥」

 

『ダメですよ、今はまだ‥』

 

ゾワリと寒気がした。

途端に身体に戦闘用のスイッチが入る。

 

目の前の少女からいきなり溢れんばかりの闘気を感じ始めたエヴァンジェリンと茶々丸は、なんだと構える。

ちなみにチャチャゼロは動きたくても動けない。

 

「‥あの変態イケメン、覗いてやがんな?」

「なに!?近くにいるのか!?」

「‥‥気配が消えた。どーやらあんたには教えたくないらしいな、エヴァンジェリン」

「相変わらず悪趣味な奴だ‥!まさか、奴はこの学園内にいたのか!?」

「かもな。どうする?エヴァンジェリン。アルを探すのか?」

「‥いや、やめておこう」

「ん?」

「ケケケ、奴トハ出会イタクナイッテカ」

「‥‥正直なところ、会いたくはないというのが本音だな。大体、奴が本気で隠れようとしたらたとえ私に魔力があったとしても見つけられるものではない。奴の意地の悪さに敵うとは思えん。だが‥‥」

 

エヴァンジェリンは千雨を見る。

千雨はエヴァンジェリンと出会った。

出会うことができた。

その結果はどうあれ、アル———アルビレオ・イマはそれを止めなかった。

つまり、そこまではアルは良しとしたわけである。

 

「千雨からは情報を得て良いというということだろう。だが、その中でも教えたくないという情報があるということだ。‥‥奴の思惑に乗るのはシャクだがな」

「顔、汚ねえぞ」

「‥そんな苦い顔をしているか?」

「茶々丸、鏡」

「いや、良い‥」

 

茶々丸が取り出そうとした鏡を止めるエヴァンジェリン。

額を掴んで揉んでいる。

その気持ちがわかる千雨はちょっと同情していた。

 

「あとは‥ラカンのおっさんか?あれは魔法世界で隠居してるぞ」

「だろうな。奴が死ぬとは思えん」

「ま、魔法世界どころかこの学園すら出られねえあんたには関係のない話だな。んで‥‥残ってるのはタカミチとクルトって人か。タカミチは良いだろう‥。あとはクルトだな」

「クルト‥‥確か、詠春の弟子だな。奴は魔法世界で政治家をやってるんだったか?奴は良い。奴は20年前に紅き翼(アラルブラ)を離れたと聞いている。私が聞きたいのは10年前の話だ‥」

 

10年前。

当時のことを、千雨はよく覚えていた。

自分の周りの人間が皆一斉に消えた、あの時。

帰ってきたラカンの顔を見て、千雨は少し安堵したものの、ラカンの周りには誰もいなかった。

みんな‥みんな、消えてしまった。

 

「‥」

「10年前‥ 紅き翼(アラルブラ)が不倶戴天の敵を倒したことは知っている。そこだ。その時‥‥ナギは、本当に死んだんだな?」

「‥‥多分、タブーだなそれは。またアルに止められるよ」

「チッ、古本め。‥‥つまり、まだ何かしらの形でこの世に残ってるんだな?」

「‥まあ、な」

 

やはり、という顔をするエヴァンジェリン。

ならば望みはある。

ナギが生きている可能性はまだあるのだ。

まだ、エヴァンジェリンが解放される可能性は。

 

「‥父さんが」

「げ」

 

ポツリと出てしまったという言葉が聞こえた。

振り向くと、ネギと明日菜。

ついでにカモもいる。

 

「‥‥千雨さん、エヴァンジェリンさん」

「あーっとだな。‥‥おはようネギ。よく眠れたか?紅茶でも奢ってやろうか」

「お、おはようございます‥‥‥じゃなくて!!」

「チッ」

 

誤魔化し切れないか。

 

「千雨さん、やっぱり父さんのことを知ってるんですよね!?」

「はいはい、また今度なそれは」

「教えてください!父さんは、父さんは今どこにいるんですか!?」

「いやそれはわたしも知らない。知ってたらわたしが真っ先に行くよ」

「なに?貴様、知らんのか!?」

 

それなら私と貴様が戦った意味は!?という顔をしているエヴァンジェリンに、千雨が補足を入れる。

 

「何もナギの居場所を教えるとは言ってねーだろ。ちゃんとあんたが勝ってたら教えてたよ、別のことをな」

「ぐっ!!大体昨夜は時間切れで勝っただけだろう貴様!!」

「あんたが無様にぶっ飛んでる時に停電終わったんだよな」

 

今度こそ口を閉じるエヴァンジェリン。

エヴァンジェリンが静かになっても次はネギが喧しい。

どうにか千雨からナギの情報を引き出そうとしている。

 

「あー、神楽坂!どうにかしてくれ、無理だわたしには」

「はいはい、ネギ!あんた千雨ちゃん困らせちゃダメでしょ、落ち着きなさい!」

 

千雨からネギを引き剥がす明日菜の姿は正しく姉である。

ネギには一人従姉がいるときいているが、もう一人姉が出来たようだ。

 

「で、でも!やっぱり父さんは、生きてるんですよね!?」

「なに?」

「僕、会ったんです!6年前のあの雪の日に、父さんと!」

「6年前‥?」

「‥ナギは‥」

 

やはり、生きている。

そうでないにしろ、何らかの形で残っている。

それを確信したエヴァンジェリン。

 

だが、反対に困惑しているのは千雨だ。

6年前?

ナギは10年前から動けない筈。

場所を知らないのは事実だったが、それ以外は全て知っていた。

知っていた、筈だった。

 

「‥‥まだ、抗ってたんだな」

「なんだ?」

「いや、別に」

 

とりあえず落ち着いたネギと明日菜をテーブルに着かせる。

カモもチャチャゼロと共にテーブルの上に腰を下ろした。

四人と一台、一体と一匹。

 

「あーっと、どういう説明から入るかな」

「あ、じゃあ聞いていい?千雨ちゃんって何者?なんであんなに強いの?」

 

はい、と手を挙げた明日菜が問いを投げかける。

質問に答えようとする千雨だが、あまりネギや明日菜に情報を渡しても仕方がない。

まだネギは弱く、ナギに近づいても危険から自分の身を守るには早すぎる。

明日菜は保護者たちの意向で真実に近づけるのはもう少し成長してからとなっている。

言葉は慎重に選ばなければ。

 

「まあ、そこからだな。‥わたしは元は魔法世界で剣闘士をやってた。名前も地元じゃ1,2を争うくらいには有名だったぜ。賭け試合にならないって」

「賭け‥ですか?」

「向こうじゃ剣闘士や魔法使いが試合形式で戦ってな、そこに金を乗せるのさ。どっちが勝つか、何分持たせられるかとかな。わたしは強すぎて、賭け試合の賭博剣闘士としてじゃなくて興行剣闘士として試合に出ることが多かったな」

「え、それいくつの頃?千雨ちゃんがこの学園に来たのって2年前よね?」

「もう10歳頃には賭博剣闘士としては出られなくなったな」

 

絶句するネギサイド。

特にネギは自分と同じ歳の頃にはそこまで強かったのかと畏怖するような目だ。

エヴァンジェリンサイドも変なものを見たような顔をしている。

 

「あとは剣闘士以外にトレジャーハンターみたいな感じに遺跡で宝探しやってたぜ」

「宝探し?金が必要だったんスか?」

「いや、金じゃなくて必要だったのは強力な魔法具(マジックアイテム)だな。女のわたしが手っ取り早く強くなる為には魔法具(マジックアイテム)を使いこなす方が良かったんだよ。もちろん“気”の修練と魔法の修行もしてたけど」

「おい、千雨」

「言っておくけど解呪の魔法具(マジックアイテム)は持ってねーぞ」

「チッ、使えん奴め」

「こいつ、もう一発喰らわせてやろうか‥」

 

大体、ナギによってその莫大な魔力を込められた呪いがそう簡単にその辺の魔法具(マジックアイテム)で解呪出来るとは思えない。

というか、ナギですら解呪など出来るかがわからない。

呪いはかけるよりも解く方がよほど大変なのだ。

物事は直す方が難しい。

その道理である。

 

「トレジャーハンターって‥‥儲かるの?」

「宝を見つけられればな?‥そういや神楽坂は学費借りてるんだっけか?」

「う、うん」

「確かに、数十人分くらいの学費は賄えるけど‥」

「え、ええっ!!?‥‥わたし、魔法世界に行って宝探ししようかしら」

「その分危険も盛り沢山だぞ。大体、わたしが稼いだのは剣闘士として、だ。基本的に魔法具(マジックアイテム)は売ってないしな」

 

一応諫めたがそれでも明日菜はどうにか魔法世界に渡れないか考えているようだ。

失言だったかもしれないと自分の落ち度を認める千雨。

彼女の真実に近づかれるのも困るが、こんなテキトーな理由で魔法世界に行かれても困る。

 

「じゃあ、おれからもいいッスか」

「いいけどその口調やめろ三下っぽいし」

「お、ありがてえ。‥何で今回、ネギの兄貴を助けてくれたんだい?それが一番疑問でよ」

 

「‥当然の疑問だな。端的に言うと、ネギがナギの息子だからさ‥」

「‥‥貴女は、父さんとどういう関係なんですか?」

「わたしにとっては親父の親友‥ってとこかな。色々面倒見てもらったり世話してもらったりしたしな‥。‥わたしがこっちの世界に来たのはお前に会う為でもあるんだよ、ネギ。そのくらいお前の父とは親密な関係にはあった」

 

かつて父親と共に時を過ごした少女。

ネギにとっては父を知っている人に初めて自力で出会ったということになる。

タカミチもそうだが、タカミチは何も教えてはくれなかった。

なら、彼女は。

 

「‥千雨さん。父さんのことを」

「何度も言うが居場所は知らないぞ。行方不明ってことには変わらない」

「では、父さんのことを教えてくださいませんか?どんな人柄とか‥」

「バカだな」

「ええ?」

「喧嘩っ早いしデリカシーはないし、イケメンだったが男としてはねーな」

「ええ‥‥」

「‥けど、アホみてーに強かったぜ。間違いなく最強の魔法使いだよ」

「さ、最強‥!」

 

自分の父が、最強の魔法使い。

名に違わぬ実力を持つことと自分の想像通りだったことに喜ぶネギ。

その様子を見ながら、ちらりと明日菜を見る千雨。

特に変わった様子はない。

そう簡単に明日菜がかつてのアスナのことを思い出すとは思えないが、可能性を捨てずに考える千雨。

場合によってはネギから離さなければならなくなる。

それも本人がネギを手伝うと言ってしまったが‥。

 

「しかし、千雨がナギの居場所を知らんとなると‥‥ナギの情報を新しく手に入れる必要があるな」

「諦めないのか?」

「生きている可能性があるのだろう?あのアホ顔を一発殴る可能性が」

「‥‥再会した時に喧嘩するなら誰もいないとこでやれよ。頼むから」

「ケケケ、俺モ奴ニトバッチリ喰ウノハゴメンダゼ。15年モ動ケナクナルトカナ」

「お前それでも私の従者か!!?」

「え、エヴァンジェリンさん。父さんの情報って‥」

「む。‥千雨、貴様は京都については?」

「京都?詠春さんがいるとかってくらいしか知らねーぞ」

 

うむ、と頷くエヴァンジェリン。

目を光らせ、まだ望みがありそうだなと呟く。

 

「確かに近衛詠春がいるな。奴にも会ってこい。ただ、もう一つある。ナギがかつて使用していた家だ。そこへ行けばナギの痕跡を探せるかもしれん」

「家、ですか?」

「家‥‥。日本に行く時は何日か滞在してたけど、詠春さんの家にいると思ってたが‥」

 

そんなところがあるなら、千雨にも行く価値がある。

それに、千雨としては久しぶりに詠春さんにも会っておきたかった。

試してみたいことがあるのだ。

 

「きょ、京都ですか‥。どうしようかな、いつ行こう!授業がない日曜日に‥‥ああでも、新幹線のお金もないし!」

「アホ、落ち着け」

「そうよ、ネギ。京都ならうってつけのいいイベントがあるじゃない」

「はい。来週は修学旅行です」

「修学旅行‥‥?確か、職員会議で言ってた‥」

「学生が遠隔地へと赴き、現地文化の学習・遠隔地での宿泊を通して様々な経験を得る学校行事です。行き先は京都・奈良、ハワイ、北海道の三つですが、それはクラスの総意によって決まります。例年のデータを確認すると、7割がハワイとなっておりますが‥」

「うちのクラスは何かと留学生が多いからな。もう京都・奈良に決まってんだよ。この前のホームルームで決めてただろ」

 

あ、と大口を開けて呆気にとられるネギ。

どうやら思い出したらしい。

最近はエヴァンジェリンとの確執もあって、それどころじゃなかったか。

 

「わ、渡りに船ですね!!」

「よかったな、兄貴!」

「うん!早速修学旅行の準備しなきゃ!!」

「おい、まだ来週‥」

「ちょっとネギー!?」

 

いきなり立ち上がり、10歳の子供とは思えないような速度で走り去ってしまうネギ。

慌てて明日菜とカモが追いかける。

忙しない奴らだ、とコーヒーを飲み終わり、エヴァンジェリンも立ち上がる。

 

「‥聞きたいことはもういいのか?」

「アルが見張っている以上、踏み入った話は聞けんのだろう。時間の無駄だ」

「多分ネギのせいだけどな」

「なに?」

「ネギはまだ未熟なのさ。アイツが一人前の男になるまでは父親と母親のことは話さない。それがわたしたちの間での取り決めだよ」

「‥回りくどいことだ。ならばぼーやには一刻も早く強くなってもらわねばな」

「お手柔らかに頼むぜ」

「ふん‥」

 

少しの希望を見出し始めたエヴァンジェリンは颯爽と歩き去っていく。

茶々丸もチャチャゼロを丁寧に鞄にしまい、付き添っていく。

 

残された千雨は、一枚のカードを取り出した。

パクティオーカード。

齢5歳程度の千雨の絵が写っている。

 

「‥ネギには、話せない。アスナも、今はまだ。それが紅き翼(わたしたち)での取り決め‥‥。‥‥これでいいんだよな、ナギ‥‥」

 

パクティオーカードの裏には、ある名前が記されていた。

従者の名前は本人の絵が描かれている下に記されているが、主人の名前は裏面に描かれた魔法陣の下に記されていた。

 

Nagi Springfieldという名前が、銀色に光った。

 




‥ここ2日3日のUAアクセスが恐ろしいことになってるんですが、どういうことでしょうか。
自分新規投稿してないんですが‥。
反響はありがたいです、ありがとうございます。
励みとしてモチベーションになります。


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修学旅行編
【13】騒めく古都にて


さあさあさあ修学旅行編です。
とりあえず話が複雑に絡み合ってるネギまの構想に今更ながら脱帽しています。
そして、お気に入りの数やしおりの数を見て、この小説を待ち望んでいる方がたくさんいると知ってやる気が出てきてます作者です。


数々の剣客が出歩いた町。

そこに降りたるは異国の剣闘士。

神が鳴らすのは福音か、警鐘か。

ただ、剣に問うのみ———。

 

 

********************

 

 

千雨は新幹線を見ながら、この表世界の倫理観はどうなってるんだと疑問に思っていた。

魔法世界に新幹線や飛行機といった公共交通機関はない。

あったとしてもタクシーのような小型航空船しかないのだ。

何故か?

単純である、人がひとつどころに集まると良からぬことを考える人間が出てくるからだ。

しかもそれが一人で建物を崩せたり船を叩き落とせたりする場合が多い。

だから公共交通機関など作らない。

テロの元だからである。

 

こちらの世界は人が力を持たない分、平和なんだなとしみじみ思う千雨。

 

「千雨さん、どうかしましたの?」

「‥いや、新幹線ってすごいなって」

「アメリカには高速鉄道はほとんどございませんものねえ」

 

ちなみに表向きには、千雨はアメリカからの転校生ということになっている。

 

「えーっと、まあ専ら車だな」

「なら存分に楽しんでくださいね♡」

「う、うん」

 

相変わらず千雨は委員長のぐいぐい来る好意が苦手である。

大半のクラスメイトたちもそうだが、パワフルすぎるのだ。

戦闘用のスイッチをOFFにしている時、千雨はどちらかというとローな気分だ。

放っておいて欲しいともすこし思ってしまう。

 

「千雨さん、いいんちょさん、おはようございます!」

「あらネギ先生!!」

「うわ」

 

ネギだ。

その声が聞こえた途端にぐるりと身体を急回転させる委員長。

軽くホラーだ。

 

どうやら今からネギと委員長で点呼を取るらしい。

 

駅の中を見渡すと、おおよその生徒たちが集まってきているようだ。

現在千雨たち3-Aは、他の学級もいくつか合わせて大宮駅に集まっていた。

今日から京都・奈良へ修学旅行である。

しかも、面倒な任務と使命まで背負って。

 

溜息を吐くのが最近癖になりかけてる千雨は、溜息をやめながら先週のことを思い出していた。

 

 

********************

 

 

「失礼します‥‥‥ん?」

「あ、千雨さん!?」

「来てくれたかの」

 

放課後。

千雨は源しずなから、学園長より呼び出しがかかったと言伝されて学園長室へとやって来ていた。

扉を開けると、学園長よりも先にネギが目に入る。

ネギの向こう側、定位置と思われる椅子に学園長・近衛右門が座っていた。

 

「‥何の用だ?」

「先日言っていた件をオヌシに頼もうと思っての」

「先日‥‥‥修学旅行の親書か。本気でネギに頼む気かよ」

「親書って‥先ほどの関西呪術協会に出すんですか?」

「うむ。改めて告げようかの」

 

机に置かれていた一枚の封筒を取り上げる近衛右門。

 

「この親書を関西呪術協会の長に渡してほしい。この正式な和解の親書が先方の長に渡れば、関東魔法協会は関西呪術協会に和解の意を示したということになる」

「そんくらい電話しとけよ‥」

「フォフォフォ、現代っ子らしい考えじゃの。電話では偽装の恐れがあるしの、証拠も残らん。手紙を出すのもの‥恐らく妨害されるの。儂の正式な署名を確実に関東魔法協会の人間で渡すのが一番確実じゃの」

「妨害‥ですか?」

「それ、ネギが親書を持っていっても話同じじゃねーか?」

 

千雨の言葉にネギも同意するように頷く。

近衛右門も話の意図が通じて満足そうだ。

然り、と頷く。

 

「すまんがそうなるの。‥先方の妨害が入るやもしれん」

「な、なんで仲良くしようとされる方から妨害が入るんですか?」

「その関西呪術協会も一枚岩じゃねーってことだろ」

「大半は今の長に与しておるのでの、一枚岩ではないとまでは言わんが‥末端の人間や一部の幹部には今回の和解は面白くないと思っておる者もおるかもしれん」

「そんなことが!?」

「くだらねープライドだよどうせ」

 

問題はそこではない。

ネギは遺恨や軋轢の解決に走ろうとするかもしれないが、4日間という短い修学旅行の間にそんなことまでやってられない。

大体、それは関西呪術協会の人間の仕事だ。

外部の人間の介入があっては余計事態を混乱させるだけだ。

 

「でも、双方のすれ違いを終わらせることがその親書を届けることでできるってことなんですよね?なら僕、がんばります!」

「フォフォフォ、力強い言葉じゃのう。新学期に入ってなにかあったかの?」

「い、いえぇ何でもありませんよ!」

「そうかの?」

 

エヴァンジェリンとの一件はネギを精神面で強くしてくれたようだ。

ネギの顔に少し自信が出てきている。

魔法使いらしい顔をするようになった。

そこに気付いて何かあったと思う近衛右門も流石だが‥‥。

ネギはエヴァンジェリンとの一件を近衛右門に報告するつもりはないようだが、近衛右門は恐らくエヴァンジェリンと何かあったのか気付いているだろう。

そしてそれが既に済んだことだとも。

そこまで言及する気はないらしい。

近衛右門はエヴァンジェリンを疎ましく思っているというわけではないのだろうか。

 

「じゃあわたしが今日呼ばれたのは‥」

「うむ。前も言ったように、ネギくんのサポートをお願いしたいのじゃ」

「そりゃ魔法戦闘が起きる可能性があるってことか?」

「戦闘は恐らくないじゃろう。妨害する者がおったとして、今回の件がたとえ為されても肩身が狭くなる程度にしかならん。そこまでする必要があるとは思えんのう」

「肩身ね‥。ていうか、揉め事が起きないなら私は手を貸さねーぞ?」

「ぬ?」

「え」

「わたしなんてネギよりも余程部外者だぜ?魔法協会にも入ってないしな‥。下手に手を出すとわたしは不審者扱いだ。寧ろネギ一人の方が話がスムーズに進むさ」

「‥どういった心境の変化かの?」

 

暗に仕事をくれるな、ネギ一人でやれと言った千雨。

ネギもそれなりにショックを受けたが、驚いたのは近衛右門である。

先日、図書館島で千雨はネギに対してどんなサポートをすべきか、どこまで手を出せばいいかと悩んでいたのに対し、たった2ヶ月でこの変わりようはどうしたことか。

 

「‥‥ふん。このガキンチョを見ていたいだけなんだよわたしは‥‥」

 

エヴァンジェリンとネギとの戦い。

あの時ネギはエヴァンジェリンという巨大で強大な敵に一人で立ち向かった。

勝ち目はほぼない、勝ったところでエヴァンジェリンが諦めるとは限らない。

それでも一人の教師としての顔と、魔法使いとしての手段を以てエヴァンジェリンと戦い抜いた。

そんなネギを千雨は子供とはいえ、一人の魔法使いでもあると認識するようになったのだ。

一人の男が歩む道に横槍を入れるほど、千雨は出来た人間ではない。

 

‥もちろんそんなことは顔に出さないし言わなかったが。

 

「‥けど、もしネギに危害を加えるような奴が出たり、クラスメイトたちに手を出すバカが出たら何とかしてやるよ。わたし以外の奴らもやりそうだけどな」

「フォフォフォ、保険はこれで成ったかの?」

「顎で使われてる気がしてシャクだってのを忘れんな」

「もちろん報酬は払おう。オヌシは魔法協会雇われの戦闘員といった立ち位置で頼むぞい」

「よし」

「千雨さん‥学園長先生。ありがとうございます‥」

「基本わたしは手を出さねえ。というか出せねえ。それを忘れるな」

「はい!」

 

ネギが力強い返事を残す。

近衛右門も満足そうに頷いた。

千雨がネギに対し良きにも悪きにもどのような影響を及ぼすかは不安だった。

だが、これならどうだ。

魔法戦闘者としてのノウハウを出せ、ネギより一歩引いた後ろから見守る今の彼女なら。

ネギは千雨の元で、自分の足で歩いていく魔法使いになるだろう。

それで良い。

英雄の息子という肩書とどう向き合うかなどその後だ。

 

「そうそう、京都といえば孫のこのかの生家があるんじゃが‥。このかに魔法のことはバレておらんじゃろな」

「え‥‥たぶん」

 

そういえばこのか‥近衛木乃香は学園長・近衛近衛右門の孫娘だったことを思い出した千雨。

木乃香は魔法のことなど露とも知らず、気づいたそぶりもない。

一度エヴァンジェリンとネギとの騒動に遭遇しかけていたのに、運がいいのか悪いのか気づいてはいないのだ。

‥あの天然っぷりでは仕方がないかもしれない、と図太いともいえる木乃香の神経に感嘆する。

 

「ワシはいいんじゃがアレの親の方針でな。魔法のことはなるべくバレないように頼む」

「は、はい。わかりました」

「近衛本人のおかげでバレそうにはないな‥。ネギのバレやすさがあってどっこいどっこいな気もするけど」

「あうう」

 

ネギも自覚しているようだが、この魔法の隠蔽能力の低さはどうにかしなければならない。

魔法などバレようがバレまいが普段は気にしていないが、ネギが原因で魔法バレし、オコジョにされて収容所に強制帰還などされてしまったら明日菜とネギは離れ離れになるしネギの成長は止まるしと踏んだり蹴ったりだ。

それは避けたい。

 

「では、これで失礼します」

「わたしも‥」

「すまんが千雨くんは残ってくれんか」

「‥‥セクハラしたらネギに言うぞ」

「そんなことしたらワシ、一瞬で消されそうじゃのう」

「あんたが抵抗しなきゃな」

 

ネギは千雨と近衛右門のやりとりに目を丸くしている。

 

(‥この二人、仲が悪いのかな?)

 

実際には一度殴り合った(手合わせをした)おかげで少し内情を理解しあっただけで寧ろ逆であるが。

 

「け、喧嘩はダメですよ千雨さん!」

「その前に70越えたじじいと花の中学生の間に険悪な仲が成立しそうって状況にツッコめ」

「フォフォフォ、大丈夫じゃ。儂からしたら手癖の悪い孫みたいなもんじゃわい。心配はないからの、そろそろホームルームの時間じゃぞ?」

「あ、そうでした!‥千雨さんも、終わったら早く戻ってきてくださいね!」

「はいはい」

 

ひらひらと手を振ってネギを追い立てる。

パタンとドアが閉まってからの千雨の表情は、とても苦々しいものに変わっていた。

 

「‥んで、なんだよ。言っとくけど、余計なことはしてねーぞ多分」

「オヌシの名についてじゃ」

「‥名前?」

「ウナ・アラと言っておったじゃろ」

「ああ、図書館島で言ったやつな」

「‥一枚の羽根という意味じゃな。その名を調べていくうちに、魔法世界の闘技場へと行き着いた。それは、一人の少女の名じゃった」

 

そこまで調べられたか。

既にエヴァンジェリンには大方の情報はバラしたし、隠すつもりがあることはあるが、それもネギと明日菜に対して、だ。

ネギと明日菜に色々喋ってしまいそうな人間、つまりクラスメイトたち以外にはいくらバレても構わない。

 

「名もなき少女だった彼女は、闘技場で育っていった。そこで名を得て、技を得て、名誉と栄光を得た。その間僅か5年。様々な通り名を得た少女は2年前、忽然と姿を消したという。多くの噂を残して」

「‥」

「‥‥その中でも有名な噂が一つ。彼女は、二十年前の英雄たちが残した遺児だと‥言われておった」

「遺児なんかじゃない。そんな大層なもんじゃないよ、わたしは‥」

「‥このことをタカミチに伝えても構わんの?」

「寧ろ知らせてくれるなら手間が省ける。話すタイミングがわかんなくなっちゃってさ‥」

 

少し問題が解決した。

タカミチと話が通じるようになれば、アルビレオとも会えるかもしれない。

詠春にもそうだが、タカミチにもアルビレオにも見てもらいたいことがある、と拳を見る千雨。

 

「うむ。では、オヌシがこの学園に来た理由は、もしや」

「あんたの想像通りさ。‥本物の英雄の遺児と、新しくなった姫様を見守りに来た」

「‥新しいとは、辛辣じゃの」

「そうかよ。‥まあ、既に魔法に触れてしまったとは思わなかったけど」

「‥ネギくんと関わってしまったのが運のツキかの」

「止めろよ」

「なんとかなるじゃろ」

「放任主義め」

 

フォフォフォと笑う近衛右門に溜息をつく千雨。

この放任主義は今までの経験からでも来ているのか。

運否天賦ということなのかもしれない。

 

「‥まだネギたちには言ってない話だ、黙っておいてくれよ。ネギには段階的に父親の足跡を追っていってもらいたい。間違っても、今のまま魔法世界に行くだの父親を捜すだのとは言わせねえ。あのガキはまだ弱すぎるし、事実を知るには幼すぎる」

「幼い?確かにそうかも知れんが、魔法使いとしては見習いにはなったぞい」

「そういう問題じゃねえ。アイツは、危ういんだ」

「危うい、とは?」

「‥‥先日、アイツはエヴァンジェリンと戦った」

「!! ‥やはり動きおったか」

「その時、アイツは先生と生徒だからって一人でエヴァンジェリンに挑んだんだぜ?周りの奴に散々一人で戦うなんて無理だ無謀だって言われて。負けたら死んでたかもしれないのによ‥」

 

死んだら終わりだ。

それはたとえ誰であろうと変わらない真理。

 

ネギは教師としての責任を負うために生徒のエヴァンジェリンと一人で戦おうとした。

それがそもそもの間違いと千雨は思う。

確かに本来なら教師として生徒を補導するのは普通だ。

だが、相手は両世界でも三指に入る魔法使い。

敵うはずもない。

 

「アイツはまだわかっていない。自分の命の大切さと、それと天秤にかけるべき物を。父親の影を追い求めてるみたいだが、あれじゃあ父親の足跡を追う途中で確実に死ぬ。ナギを追うのは魔法世界の真理に迫ることと同義だ。最悪の場合、あの敵勢力が出てきて殺される」

「‥」

「そこまでして父親のことを知る必要もねえ。この学園で、普通の魔法使いとして、神楽坂たちと暮らす道の方がよほど幸せさ」

「‥‥じゃが、それはネギくんが決めることじゃ。その道で斃れ逝くのもその者の決めること」

「‥意見の不一致だ。わたしは止めるぞ、あのガキを‥‥」

 

だが、もしネギがそれでも魔法世界に行くと言うのなら。

真実を知る覚悟を、死ぬよりも恐ろしいことが無知であると言い切る覚悟を、千雨に見せてくれるなら。

 

(‥わたしは‥‥‥)

 

どうするべき、だろうか‥‥。

 

 

********************

 

 

「‥‥浮かない顔ネ」

「‥超」

 

既に京都行きの新幹線は発車していた。

千雨の横には超が座っている。

いつの間にか差し出されていた超包子特製中華まんをまじまじと見て、礼を言いながら受け取る。

 

「ちょっと、面倒なことを思い出してな‥」

「ほほう。貴女ほどの強さを持っていても面倒なことなどあるのカナ?」

「強さなんて私生活には何の役にも立たねーよ」

「確かに600年来の吸血鬼を叩きのめす強さなんて何の役にも立ちそうにないネ」

「‥アイツ、言っとくけどまだ全力ではなかったぜ?」

「知てるヨ。それでも貴女が示した強さは私にとて有用ネ」

「‥お前、この世界でわたしの強さが必要ってのは何でだ?要らねーだろこんなの。自分の腕を過大評価しているわけではないけどよ、過剰戦力も良いとこだぞ」

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行くのに来てくれ、と言われるのならある程度は納得がいく。

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)には魔法使いによる闘争もあるし、魔法を使う竜種もいる。

目的やその場所によってはもちろん千雨の活躍の場所はある。

 

だが、ここは旧世界(ウェテレース)

魔法使いの人口など2%か3%程度で、表立って魔法戦闘も出来ない。

強さなど人間社会に溶け込む中では寧ろ邪魔。

 

「ハハハ、普通に生活するならそうかもしれないナ。だが———私の計画の為には必要なのサ。是非一考してもらいたいネ」

「‥だからお前、その内容をだな‥」

「それも今後話そう。まずは友好を深めるところから始めようではないカ」

「‥お前、わたしは胡散臭いですって言ってるぞ、顔が」

「おやおや、中々良い読みネ。よく言われるヨ」

 

中華まんを食べ終えた千雨の前に差し出される水筒。

訝しげな顔を隠さずもそれを受け取る。

確かに胡散臭いが、自分が差し出す飲食物に超が何かを仕込んだことはない。

二年間の付き合いで、そこは信頼する千雨。

何を企んでやがるんだこの中国人、と水筒を開ける。

 

(どうせロクでもない‥‥‥‥‥‥。‥‥‥‥)

 

「は?」

「どしたネ?」

「‥お前がこんなことはしないだろうって水筒受け取った30秒前のわたしを殴りたいんだけど」

「?」

 

本気でわからなそうな超に、水筒の中身を見せる。

超の目には、今朝方淹れた祁門紅茶ではなく、それよりも濃い緑色をした蛙が見えた。

 

「‥‥カエル?」

「あん?」

「これは驚いた。どうやったら開けてもない水筒の中で紅茶がカエルに変わるネ?」

「なに?お前がやったんじゃ‥‥」

 

「キャーーー!!!?」

「!?」

 

お互いがはてなを頭に浮かべていると、黄色い悲鳴が二人を呼ぶ。

なんだと声の方を見ようとすると、そこらを跳ねまくるたくさんの蛙が目につく。

蛙は皆お菓子箱や水筒から飛び出していた。

 

クラスメイトたちはそれに追われててんやわんやである。

 

「なんだこりゃ!?」

「どうやらみな同じ状況のようネ」

「おいこれ、魔法だよな?」

「うむ。どれどれ‥」

 

超が手に持っていた水筒からカエルを出し、顔の間近に持っていって観察する。

千雨も見るが、どうにも生きた感じがしない。

生物になら何にでもある気配がしないのだ。

 

「‥これ、魔法生物‥いや、簡易ゴーレムか?」

「式神ダナ」

「式神‥‥東洋の魔法の呪術ってやつか‥」

 

そこまで考えてすぐに結論が出る。

これは恐らく攻撃。

しかも、呪術といえば直近の情報は一つしかない。

 

関西呪術協会。

 

「早速仕掛けてきやがったな‥しかも、こんな大胆に」

「何か心当たりがあるのカ?」

「わたしがメインじゃねーけどな」

「ふむ。‥‥害はなさそうネ」

「とっとと捕まえよう。‥長瀬にも手伝わせるか」

 

立ち上がって自分の前の席に座っている楓の席を覗く千雨。

蛙を頭に乗せている楓に声をかけようとして、違和感に気づく。

 

(‥‥こいつ、動かねえぞ?)

 

蛙が楓の頭でゲコゲコと鳴いている。

のにもかかわらず、動こうとしない楓。

おかしい。

いくらなんでも頭に乗っている蛙くらい取るだろう。

 

「‥おい?」

「‥」

「‥龍宮、どうなってんだこいつ」

「ふむ、気絶してるな」

「‥‥そういえばこいつ、カエルが苦手だったな‥」

 

楓の隣に座っていた龍宮真名は冷静に蛙を捕まえながら至極当然のように答える。

気絶しているクラスメイトを放って蛙のみに集中するのもどうなんだ、と思いつつ席に座る千雨。

平常のクラスでは頼りになりそうな頼みの綱がいとも簡単に千切れた。

 

「しゃーねー、この周りはわたしらだけでどうにか‥」

 

するか、と言おうとした時に、通路側の超の後ろを素早く飛び抜ける何かを見た。

常人からすると何か見極めできないスピードだったが、非戦闘時とはいえ、魔法戦闘者である千雨の動体視力にはそれがはっきりと正体を見極められた。

 

「ン?何かが今後ろを通って行ったナ」

「燕だな、あれ」

「車内に燕とはこれは如何ニ。この後は雨カナ」

「わかりにくいボケをすんな。式神だな、あれも。しかもカエルの陽動とは違う、明らかに速いって呼べる速度だったぜ」

「‥何か狙いがあるト?」

「間違いねえな。‥ネギが追って行ったみたいだ。とりあえず放っておくか」

「いいのカ?ネギ坊主の補佐を頼まれたのでハ?」

「お前、どこまで知ってんだよ‥」

 

出刃亀趣味め。

 

「そこまで事情を知っているなら巻き込まれても文句は言えないよな?」

「いやいやいや、もちろん注文をつけて文句を言うトモ。貴女に貸しを作れるように、タップリとネ」

「‥やっぱりお前に仕事を振るくらいならわたしが面倒を被ってやる」

 

それに、と付け足す千雨。

 

「今のところまだ手を出す必要がねえ。人的被害が出そうにないし、何よりまだ敵本人が出てきていない。下手に暴れて仕留めきれないと、向こうも戦力を出してきて、それこそネギの手には負えなくなる」

「あくまでもネギ坊主にやらせる気だな」

「わかってるだろ?わたしはアイツに、魔法使いの修行を積んでもらいたいだけさ」

「学園アイドル・ちうから魔法使いプロデューサー・長谷川千雨と役が広いネ」

「てめーはそれ以上喋ると地獄を見るぞ」

 

何でどいつもこいつも余計なことを知ってるんだ。

去年の学園祭のイベントを多くの人々が目にしていたのはわかっていたが、目敏く気付く人間が多すぎた。

普段のメガネで適当に髪をまとめただけの姿の自分とあの煌びやかな衣装の自分とを結びつけるとは。

うちのクラスはこの完璧超人を含めて侮れない人間が多い。

 

今後の魔法戦闘をする際も多少なりとは気をつけなければ、と心に刻む千雨だった。

 

 

********************

 

 

京都観光が始まった3-A。

千雨は千雨なりに京都を楽しんでいた。

初めての京都観光だが、ナギや詠春から話には聞いていた為、何となく想像がついていた。

古い家屋で碁盤のように整えられた街並み。

なるほど、このような均整の取れた古都は確かに美しい。

 

‥のだが、なぜかその美しい風景に泥酔したクラスメイト達が映っている。

 

「‥なんでだ?つーかなにしてんだまじで」

「あ、千雨さん!」

「‥ネギ‥‥今度はなんだ」

 

新幹線ではネギは燕の式神に親書を一時奪われたという。

それを桜咲刹那が渡してくれた‥そうなのだが。

ちなみにカモは刹那を敵ではないかと疑っている。

 

更に先程は委員長とまき絵が落とし穴にハマって、底にたくさんいた蛙の被害を被っていた。

 

そして今度はクラスメイトたちの泥酔。

もう嫌な予感しかしない。

 

「それが、音羽の滝にお酒が仕込まれてて!」

「‥音羽の滝ってのはよくわからないけど、人為的な仕掛けがあったんだな?」

「‥はい」

「酒か‥‥。‥酒だけか?」

「そ、そうですね」

 

千雨が流れ落ちる水流に近寄り、手を出して触れる。

匂いを嗅ぎ、味を確かめるが確かに酒だ。

 

「‥度数は30前後ってとこかな」

「そこですか!?」

「薬物もない、魔法もかかってない。普通の酒だ、ちょっとアルコール度数が高いだけの」

「ちょっとネギ、千雨ちゃん!どういうことなの、これ!?」

 

クラスメイトたちをバスに押し込み終えた明日菜が駆け寄ってくる。

地主神社からバスまでかなり距離があったが、比較的体力のある連中が被害に遭ってなくて助かったと言えるだろう。

 

「誰がお酒なんて‥何かのイベントってわけじゃないわよね?」

「こんなイベントあってたまるか!」

「そ、そうよね‥」

「じ、実は‥関西呪術協会から、妨害行為がされているかもしれないんです」

「か、関西‥なに?」

「え、えーっとですねー‥」

 

ネギから親書の依頼を聴く明日菜。

聴き終えた明日菜の顔は、また厄介ごとか‥という言葉がありありと浮かんでいる。

 

「す、すみません、明日菜さん。皆さんに迷惑を‥」

「学園長先生も、こんなガキンチョになにを期待してるのかしら?」

「将来性に期待してるのさ。それに、この程度のおつかいなら見習い魔法使いには妥当だよ」

「ふーん‥‥でも、攻撃するつもりはないってことよね?」

「今んところは仕掛けてきてるのはカエルと酒だけだ。まだ攻撃ってレベルではないが‥」

 

明日菜の言葉に頷く千雨。

だが、妨害の意思はある。

今度は明日菜が頷く。

 

「うん、わかった。どうせ助けてほしいって言うんでしょ?少しくらいなら力貸してあげるわよ」

「あ、ありがとうございます!明日菜さん!」

「‥けどなあ。敵意はなくとも、甘く見るべき相手じゃねえ。学生が修学旅行中に飲酒なんて、停学もんの話だ。そして、それを相手は分かっている。日本のことをよく理解してる連中だ」

「けど、僕たちを攻撃してくる気がないんじゃ‥」

「甘いな、ネギ。どんな手合いかまではまだわからないが‥。わからないってことは、どう変化するか予想がつかねえってことだ」

「‥相手が、強硬手段をとってくる可能性があるってことですか?」

「そういうことだな。用心はしとけ。‥親書を届かせない方法なんていくらでもあるぞ」

 

ごくり、と息を飲む明日菜。

ネギも少しずつ状況が飲み込めてきたようだ。

手を出すか出さないか、なんて相手次第で、こちらからはどうしようも無い。

 

思ったよりも早く、しかも確実に、自分の出番は迫っているようだ。

 

京都の風景を見下ろす千雨。

雅な都が、戦火に呑まれないか。

 

その不安は、現実のものとなる。




ちょっと少なめ。
‥いや、9000も十分多いんですけど。
この京都では、ちうさまはどのように変化を起こしていくのか。
不変の者に生きがいはなく、逆境を行く者こそ面白い。
エヴァンジェリンはまさしくそれですね。

【追記】
違和感を覚えたので少々文を手直ししました。
すんませんほんと。


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【14】動き出したものは

はい、大遅刻です。
いえ、いつ更新するとか言ってないからいつ投稿するなんて自由なんですけどね‥。
でも、守りたいものはありますよねー。
はい、ごめんなさい。


情けない。

有事に力を出せずになにが剣客。

想いのみで拓けぬ道はなし。

力を求めて、無くした物は。

 

 

********************

 

 

ふわりと枝垂れたブロンドが、千雨の鼻をくすぐる。

 

バスに乗って旅館へ着いた3-A。

だが、クラスメイトの3分の1以上が酔い潰れている為にすぐに寛ぐというわけにはいかない。

同じ班の生徒を協力して運ぶ必要がある。

千雨が所属している3班も例外ではないが、委員長一人しか被害に遭っていない。

 

故に、他の班よりは楽なはず‥。

 

「‥だからと言ってわたしが楽できるとは限らないんだけどよ」

「ごめんなさいね〜、お願いしちゃって」

「いいよ、もう‥‥那波も委員長のカバン持ってるしよ‥」

「うぅん‥‥‥えんむしゅびぃ‥」

「はいはい、縁結びな」

「ネギしぇんしぇえと‥」

「‥もう結ぶ必要もないんじゃねえの、そこまで想ってる相手いるなら」

 

委員長に肩を貸して引き摺っているのは千雨だ。

体格的に千鶴が肩を貸すのが妥当だが、何故か千雨が委員長を連れている。

戦闘用のスイッチを切っている千雨の身体能力は、人並みにしかない。

人一人を背負うのも一苦労だ。

 

「ちょっと3班ー、誰か手伝ってー!」

 

助けを呼ぶ柿崎美砂の声に手隙になった3班の面々が近づき、千雨も近くに寄る。

柿崎の班の1班はチアリーディング部の三人と鳴滝姉妹だが、柿崎以外は音羽の滝で全滅している。

 

「大丈夫、美砂ちゃん」

「ありがとー夏美!悪いねー、私以外死んでてさー」

「お前だけなんで無事なんだ?」

「私彼氏いるし」

「ああ‥」

 

千雨は右方に委員長を抱え、左方に椎名桜子を抱える。

残りのメンバーは‥と見渡すと、ザジ・レイニーデイがいつの間にか鳴滝姉妹を抱えている。

ザジは無言で待機しているままだ。

優秀である。

ちなみに釘宮円は和美が抱えている。

 

「長谷川も飲んでないよねー。居るの?彼氏」

「千雨ちゃん、まさか‥!」

「いねーよそんなの。ていうか酔ってないやつ全員がそんなわけねーって」

「それに、うちのクラスの彼氏持ちなんて数えられるくらいしかいないし。最近だと柿崎だけじゃない?」

「毎度思うけど、あんたそういうのどこから調べてくるわけ?朝倉」

「ジャーナリズムは足と魂よ」

「なんだそりゃ‥」

 

恋人は千雨にはいないし、できたこともない。

できそうな相手も‥‥。

 

「‥長谷川?」

「ななななんだよ!?」

「どしたの?壊れかけのテープみたいになってるけど」

「‥直ったよ、もう」

「‥ん〜?」

「おいてめーやめろそのニヤケ顔」

「これは‥ラブ臭(パル直伝)って奴かな?」

「そんな匂いしねーよ!?大体わたしの周りに男なんていねー!!」

「ネギくんがいるじゃん」

「は?」

 

くわっとツッコミを入れるも呆気に取られる千雨。

ネギ?

あのガキが?

 

「‥いや、さすがにねえな」

「なんでー?クラスにもあの子を狙っている娘たくさんいるよ?」

「佐々木と委員長くらいだろ。あとは本屋か‥」

「‥みんなだいしゅきー‥ねぎくぅん‥」

「寝言で絡んでくるな椎名‥」

「そう!そのくらい魅力的に映ってるんじゃない?あの娘たちの目にはさ!」

「どこが魅力的なんだよ」

「私にはわからないもんねー、ネギくんのことが恋愛的に好きってわけじゃないし」

「‥」

 

確かに真面目だし、あの歳で勉学をよく修め、並の魔法使いくらいには魔法を使える。

顔貌もよく、誠実。

風呂嫌いという点を差し引いても男としては点数が高い。

 

‥だが、まだ10歳だ。

 

ちらり、とネギを見遣る。

酔い潰れてしまったのどかをなんとか背負い、ウンウン言いながら旅館の入り口に向かって歩いている。

 

「‥‥ネギが、ねえ」

「そういえば千雨ちゃんってネギくんのこと呼び捨てだよね。いいの?」

「‥まあ、ネギにそれで何か言われたことはないし良いんじゃねえの?」

「え、特別な関係?」

「やめろマジで。委員長が起きてたらわたしが危ねえ。ついでにお前も危ねえ」

「ついでって酷いね!」

 

恋人なんてものが必要だと思ったことがなかった。

誰かを好きになることもなかった。

どこかの赤髪のアホ面が頭に過るが、アレだけは違うと頭を振る。

アレは恩義だ。

ただ、あの幸せな光景を取り戻す為だけに。

その為だけに、強くなった。

強くなることしかしなかった。

 

それは今も続いている。

ナギを助ける。

ただその為だけに‥。

 

これ以上残っていると朝倉に何を吹き込まれるかわからない、と足早に旅館に向かう千雨。

普段の腕力なら何でもない委員長たちの身体が、妙に重く感じた。

 

 

********************

 

 

「‥うーん、いいんちょ起きないね」

「ご飯も食べてないし、お風呂にも入ってないし‥でも、叩き起こそうにもねー。起きないし」

「普段酒なんて飲まねーからだろ。中学生だから当然だけど」

「仕方ないわね〜。そのままにしておきましょう、あやかだもの。大丈夫よ」

「那波‥どういう信頼の仕方だ?」

 

既に夕飯と入浴の時間は過ぎた3-A。

修学旅行では定番ともいえる夜のお遊びタイムの半分は既に過ぎていたが、昼間の音羽の滝における酒騒動のせいでムードメーカーたちは軒並みノックアウトされている。

その為、3-Aがいる旅館とは思えないほど静かな時間が旅館には流れていた。

 

しかし、千雨の耳に絹のような声が届く。

細く小さいが、2人分の声。

 

(‥遠いな。なんだ?)

 

「‥ちょっと出てくる」

「う、うん。いいんちょのことは任せて」

「いや、元々わたしが面倒見てるわけじゃないんだけど‥‥まあいい、頼む」

 

浴衣姿のまま、がらりと扉を開けて部屋を出て行く千雨。

残った3人は首を傾げていた。

 

「‥どう見てもいいんちょと千雨ちゃんって仲良しだよね?」

「いいんちょが積極的に面倒見て、長谷川はそれを嫌そうにしてるけど満更でもないのも確かだね」

「あやかったら、どうしても長谷川さんのことを面倒見たがるものね〜」

 

ザジですらもこくりと頷いていた。

 

 

 

部屋を出た千雨は、とりあえず下階へ向かう。

流石にどこで声が発生したかまではわからなかった。

消灯まであと一時間といったところか。

まだ時間に余裕はある。

 

「‥どこだ?つーか誰だ?ちょっと恥ずかしげな声だったくらいしかわかんねーぞ」

 

普段騒がしい3-Aたちも今夜ばかりは部屋でおとなしく過ごしているようだ。

今夜は静夜でも明日はどうかはわからないが。

 

いつもこうならいいのに、と廊下を歩く千雨。

だが、静かな廊下に足音が聞こえ始める。

足音が響く間隔はかなり早い。

走っているのが丸わかりだ。

 

「‥二個下だな。‥普通の人間じゃなさそうだ」

 

一階から響く足音に向かう千雨。

戦闘用のスイッチを入れる。

近くの階段に瞬動術で向かう。

階段を直接降りず、壁を蹴って下へ落ちるように進む。

 

5秒と経たずに一階へ着く千雨。

降り切った矢先に、誰かが目の前を通りゆく。

千雨の動きを察知したその人物と、千雨とが目を合わせる。

 

「桜咲?」

「は、長谷川さん!?」

「いやお前なんつー格好してんだ。服着ろ服」

「はっ!!お、お見苦しいところを‥!」

 

あせあせと手に持っていた浴衣を羽織るが、下着はまだ着けていない刹那。

流石にそこまで待つ気はないが。

何故か刀と衣類を持って裸で疾走していた刹那。

明らかにおかしい。

 

「‥で、何してんだお前。不審者だぞ不審者」

「こ、これはその‥!‥‥いえ、そうですね。しかし、それは貴女もです。今の貴女の動きは、常人のそれではありませんでした」

「‥」

「誤魔化しはなしにしましょう、長谷川千雨さん。貴女は何者ですか?」

「‥あ?」

「以前から要注意人物として勧告が上がっていたのです。今までおかしな挙動はなかったですが、この目に映ったからには‥‥」

「いや、そうじゃなくて。お前学園長から聞いてなかったのか?」

「? 何を‥ですか?」

 

ここまで問答を繰り返して、ある事実に気が付く千雨。

 

(あのジジイ、何も話してねえ‥)

 

魔法戦闘者の情報を軽々と話していないのは当然と言えば当然だが、学園側のクラスメイトにも話していないのはどうなんだろうか。

話が拗れるに決まっている。

しかも先に要注意人物にしていたのに和解(?)した後の情報に刷新していないのは明らかにおかしいだろクソじじいめ。

 

「‥えーっとだな。お前は学園側の人間でいいんだよな?」

「質問に答えかねます」

「あーわかった!!わかったよめんどくせえ!わたしは今回学園に‥というか、近衛のジジイに雇われた戦闘員だ!」

「や、雇われた‥!?し、しかし!貴女の情報は何も‥」

「じゃあネギにでも聞いてこい!!」

「ネギ先生はご存知なのですか?」

「逆にお前は今回のネギの任務は知ってるのか?」

「はい。‥‥どうやら、味方ではあるようですね。しかし、まずはネギ先生に確認します。よろしいですね?」

「回りくどいけど確実だな。仕方ねーから行ってやるよ」

 

二人で歩き出す前に、とりあえず着替え終われと顎で示す千雨。

いくらなんでも布一枚の人間と一緒に歩く気にはなれない。

失礼しますと身を隠しながら下着を身につける刹那。

顔が赤い。

 

「‥ええと、では‥貴女は学園長に身の上話をしたと?」

「大まかにな」

 

二人で歩き始め、ネギを探す。

その最中に千雨は麻帆良に来てからの学園長とのやり取りを話していた。

最初は半信半疑だった刹那だが、細かい内容を聞いている内にそれなりに信用されたらしい。

自分の知っている内容と一致しているのだろう。

 

「アメリカからの転校というのも‥」

「嘘だ」

「何故そんなことを?」

「魔法世界から来たとか言えねーだろ。学園に協力したいと思ってなかったから、“魔法世界から来たけどとりあえず学園に入れてくれ”、なんて言えなかったしな」

「で、では何故今回は協力を申し出てくれたのですか?」

「わたしから言ったわけじゃないよ‥。‥ネギが関わってる。危険がある可能性もある。それでかな」

「ネギ先生が‥関わってると、ですか?」

「お前にはいないのか?守らなきゃいけない奴とかよ」

 

含みを持たせて放った言葉は、刹那に深く刺さったようだ。

少し顔を歪め、千雨の方に向いていた視線が前に移る。

刹那が誰かの護衛剣士だとは知っていた。

それが誰かということまでは知らなかったが。

何せ刹那は誰かのそばに常にいるという訳ではない。

護衛剣士という情報も、葉加瀬から教わったパソコンのハッキング技術で学園のデータベースに入った時に見ただけだ。

その情報も、刹那が誰かを守っているようには見えなかったので虚偽なのではないかと疑っていた。

しかし、どうやら護衛剣士ではあるようだ。

 

(‥訳ありか)

 

「‥わたしは」

 

「あ、千雨さん!」

「ん‥」

 

俯きながら切り出そうとした刹那の言葉を、ネギの声が遮ってしまう。

刹那の事情は後でも聴ける、とネギの方に向き直る。

明日菜とカモも一緒のようだ。

この二人と一匹、既にセットになってきてるなと千雨。

 

「あ、刹那さんも‥‥」

「‥先ほどは失礼しました、ネギ先生」

「い、いいえ。こちらこそ‥すみません。あの、お二人はお知り合いなんですか?」

「いや、さっき遭遇してな‥事情は話したつもりだ」

「‥ううむ、ちょっち絡み合ってきたな。情報交換といきてえところだ」

「では、すみませんがその前にやるべきことを終えたいのですが‥よろしいですか?」

 

千雨とネギたちが顔を見合わせ、とりあえず刹那の後ろを歩く。

刹那は旅館の出入り口や従業員入り口まで周り、扉の上に札を貼っていく。

 

「これ‥なに?紙なの?」

「これは、今日の昼間に見た式神の紙とは違いますね‥」

「けど、東洋魔術の呪術ではあるぜ。刹那‥って言ったか。あんたも魔法が使えるのか?」

「はい、剣術の補助程度ですが‥。この札は式神返しの結界を作るためのものです」

「なるほど。ちょっとした魔法剣士って奴だなつまり」

「そうなりますね」

「あのよ、ちょっと聞くけど‥魔力と“気”って同時に使えるか?」

「‥? あまりやろうとしたことがないですが、恐らく出来ません」

 

ついでに、と言った感じで尋ねるカモだが、予想通りの返答が来る。

その答えを受けて千雨を見るカモ。

やはり貴重な‥というより、希少な技術なのだと確信した。

 

「‥桜咲さん、カモが喋っても驚かないわね」

「裏の世界だと生き物の形してりゃ大抵喋るんだよ」

「うーん、慣れないわ」

「慣れなくていいよお前は。バカのままで」

「なんですって〜?」

 

ぐぬぬとした顔の明日菜だが、千雨は本当のところはバカかどうかなどではなく、あまり魔法に関わって欲しくないというだけだ。

 

「あ‥神楽坂さんには話しても?」

「ハ、ハイ。大丈夫です」

「もう思いっ切り巻き込まれてるわよ」

 

ふむ、と頷く刹那。

よく飲み込めるもんだ、と感心する千雨。

普通の魔法使いなら即座に記憶消去の措置を取るところだ。

既に手遅れだと言えるくらい魔法が関わった記憶が作られているが。

 

「‥敵のいやがらせがかなりエスカレートしてきました。このままではこのかお嬢様にも被害が及びかねません、それなりの対策を講じなくては‥‥」

「ああ、お前近衛の護衛剣士か」

「‥はい」

「んん?じゃあ、さっきの裸はなんだよ」

「敵の妨害に、お嬢様が巻き込まれました。私の力が至らぬせいで、お嬢様に‥!」

「じゃあやっぱりあんたは味方‥‥!」

「ええ。そう言ったでしょう‥」

 

傍目でネギとカモが刹那に何やら謝っているのを見ながらなるほど、と頷く千雨。

よく考えれば麻帆良学園に所属している刹那は京都神鳴流の剣士で、木乃香は京都出身で関東魔法協会理事の近衛近衛右門の孫娘だ。

確かに関連性はあった。

だが、二人が接しているところなど見たことがない、と思い返す。

公的には隠していたのだろうか?

 

「あの‥ネギ先生。長谷川さんは‥」

「あ、ご紹介します。彼女は長谷川千雨さん。僕たちに味方してくれる剣闘士さんです」

「剣闘士?」

「知らねーか流石に。日本にはない職業だしな」

「‥裏稼業の人間‥ですね?」

「おいおい、千雨の姐さんはめちゃくちゃつえーからな、刹那の姐さん。あまり諍い起こすようなことは‥」

「やめとけカモミール。素性が知れない人間を疑うのは当然だ。‥‥桜咲、わたしは魔法世界の出身だとは言ったな?‥わたしはネギを見守りに来たんだ。それだけさ」

「‥ネギ先生を‥そうですか」

「おい、それで終わりでいーのかお前」

 

今度は千雨が懐疑的な視線を送る。

あまりにも理解が早すぎたのだ。

だが、刹那は一つ頷いてそれに応えた。

 

「誰かを守る。貴女は先ほどそう仰いましたね、長谷川さん。私もそうです。だからこそ、貴女の気持ちも理解できる」

「‥お前が近衛を護ってる様には見えなかったけどな」

「‥‥近くに居れば情が湧きます。情は剣を鈍らせる。‥‥私には、お嬢様を守る力だけが必要なんです」

「‥」

 

何となく納得した様な顔を見せる千雨。

刹那のスタンスが正しいかどうかともかく、刹那自身が納得していれば問題はない、といったところか。

だが、その問答を横で見ていた明日菜は少し眉を顰めている。

 

「‥それで?敵は見たのか?妨害してきたってやつは」

「いえ、姿は見えなかったです。お猿さんがたくさんきて‥」

「さる?」

「式神です」

「あの‥式神って、なに?紙になった猿の奴らのこと?」

「命を持たない操り人形ってところだろうな。しかも遠隔操作・自動操作可能」

「大体その様な認識で間違いないかと‥。敵はおそらく関西呪術協会の一部勢力で陰陽道の“呪符使い”。そしてそれが使う式神です」

「‥陰陽師って奴か」

「あ、漫画とかで見たことある奴ね」

 

こくり、と頷く刹那。

更に続けて呪符使いに付く護衛として式神の善鬼、護鬼を挙げ、関西呪術協会と深い関わりのある京都神鳴流の剣士が護衛につく可能性を示唆する。

敵の戦力の多さに危機感を感じ始める明日菜。

ただ、そこにネギがストップをかける。

敵に神鳴流がいるかもしれず、更に神鳴流剣士の刹那が味方だという違和感に気がついたのだ。

 

「私は言わば“裏切り者”。でも私の望みはこのかお嬢様をお守りすることです。仕方ありません」

「‥」

「私は‥‥お嬢様を守れれば満足なんです」

「刹那さん‥」

 

刹那の意志はただ一つ。

木乃香を守ること。

その決意の程を見たネギと明日菜、カモ、そして千雨。

皆の心は既に決まっていた。

 

「よーし!わかったよ桜咲さん!!」

「わ」

「あんたが木乃香のことを嫌ってなくて良かった、それがわかれば十分!!友達の友達は友達だからね、私達も協力するわよ!」

「か、神楽坂さん‥‥」

「わたしは別に近衛の友達ってわけじゃないが‥うちのクラスメイトに手を出そうってんなら敵だ。手ェ貸してやるよ」

「よし、じゃあ決定ですね!」

「ん?」

 

意気込んで皆の輪の前に手を出すネギ。

キラキラと目を輝かせている。

なんだこれ?と千雨が首を傾げていると、明日菜もうん、と手を出してネギの手の甲の上に重ねる。

刹那もおずおずとだが同様に手を出してまた重ねた。

そういうことか、と千雨も右手を差し出し、刹那の手の上に重ねる。

更にカモが4人の手の上に乗る。

 

「3-A防衛隊(ガーディアンエンジェルズ)結成ですよ!!関西呪術協会からクラスのみんなを守りましょう!!」

「えー!?なにその名前‥」

 

こういうところは子どもらしくて何よりだ、と安堵する千雨。

少し可笑しくも感じている。

 

「敵はまた今夜来るかもしれませんね!早速僕外の見回りに行ってきます!」

「おい、はりきりすぎても‥」

「ちょっとネギー!?」

「いえ、いいですよ。私たちは部屋の守りにつきましょう」

「‥なら、わたしはネギを追うか‥。一晩中見回るわけにもいかねえし、ある程度おかしなところがないか見たら、あとは近衛の周りをガッチリ固めたほうが良い」

「はい、そのように‥」

「ネギをお願いね、千雨ちゃん!」

「そっちも気をつけろ。近衛が拐われかけたそうだな‥。親書だけが狙いってわけじゃねえみたいだ」

 

千雨は外に出たネギをゆっくり追いかける。

前から歩いてきた掃除婦とすれ違うが、おかしな点はなさそうだと前を向く。

自動ドアを潜り、ネギの後ろ姿を追いかける。

ネギとカモがカードを一枚取り出し、なにやら話し込んでいる。

 

「ネギ、カモ」

「千雨さん」

「それは‥パクティオーカードか」

「ああ。兄貴にも使い方を教えておこうと思ってな」

「ん‥しかもちゃんとアーティファクトカードか。流石だな」

「アーティファクトカード?」

「わたしが使ってただろ?これだよ」

 

来れ(アデアット)と唱え、カードから鍛造神の小瓶を出す。

 

「これがアーティファクトだ。仮契約(パクティオー)を済ませた魔法使いの従者‥‥中でも選ばれた従者は、専用の魔法具を得る。それがアーティファクト」

「え、じゃあ明日菜さんも‥」

「使えるはずだ。‥何が出るかはわからないけどな」

 

明日菜の生い立ちやネギの境遇・素質を考えるとアーティファクトが出るのは当然とも言える。

そして、明日菜に魔法無効化能力を持っていることを考えると、何となく出るアーティファクトは予想がつく。

 

「ちなみに千雨の姐さんのアーティファクトはどんな効果なんだい?」

「わたしのは‥この小瓶の中身の液体だ。この液体を水溜りや炎に投げ込むことで、そこを鍛造神の鍛造場にする」

「鍛造場?」

「鍛造場に武具を入れることで、その武具は完璧に修復されるんだ。普通の道具とかも直ることは直るが‥‥材質にもよるな。金属が含まれてないと武具は無理だ。逆に言えば少しでも金属が入っていると問答無用で修復される」

「それは‥姐さんには最適ともいえる、また強力なアーティファクトだな!」

「千雨さんに最適って‥‥あの魔法具(マジックアイテム)の数々のこと?」

「そうだけど‥‥どちらかというとアーティファクトにわたしが戦闘スタイルを合わせているんだ。魔法戦闘者として鍛え始める前にアーティファクトを手に入れたからな」

「あ、そうなんですか?」

 

ネギはほへーと感心するだけで終わったが、カモは訝しんでいた。

本来、魔法使いの従者に選ばれるのは優秀な戦士や素質のある魔法使いなどだが、主人となる魔法使いたちはその実力をみて決めているはずだ。

だが、千雨の言い分を鵜呑みにすると、千雨は強さを手に入れる前に魔法使いの従者になったということになる。

一体、千雨のマスターはなにを考えて千雨を従者にしたのだろうか?

 

「‥千雨の姐さん、カードを見せてもらってもいいか?」

「セクハラだな」

「ええっ、ちょっとくらい良いじゃねえかよ!」

「今、セクハラが社会問題として世間で騒がれているのを知らねえのか?オコジョオヤジ。ほら、それよりもネギに説明してやれ」

「あ、あぁ」

 

セクシャル・ハラスメントに関してはこの前ブログで記事を書いたばかりだからいくらでも言葉を並べられるぞ、と千雨。

首を傾げながらネギに向き直り、仮契約(パクティオー)カードの説明を始めるカモ。

去れ(アベアット)と唱え、鍛造神の小瓶をカードに戻し、裏面を見る。

マスターの名前をネギたちに見せるわけにはいかない。

まだ彼らは早すぎるのだ。

例え知ったところでどうにもできないほどに、弱い。

 

(‥今回の修学旅行で成長してくれたり、強さへの渇望なんてものが生まれてくれたら良いんだが‥そんな状況に陥るのはないな。敵の妨害も易しいものだし)

 

「へー、なるほど‥。このカードでパートナーと念話・パートナーの呼び出し・パートナーの能力強化までできるんだ‥。そしてさっき千雨さんが言ってた、アーティファクト‥」

「そればっかりは明日菜の姐さんに一度使ってもらう必要があるな。どんなやつか確かめねーと。それ以外なら兄貴も使えるぜ、試してみろよ!このミラクルな便利機能をよ!」

「よーし!じゃ、じゃあアスナさんと念話してみるね!」

「念話か‥」

「‥そういえば千雨の姐さんは、兄貴と仮契約(パクティオー)しないのか?」

「ああ!!?なっ‥‥なんでわたしが!?」

「え‥いや、聞いてみただけだけど‥」

 

あれ?とまた首を傾げるカモ。

ネギと千雨との仮契約の話は以前一度上がっている。

エヴァンジェリンとの戦いの前に、カモが提案した物だ。

だが、それはネギ本人が難色を示した為話は立ち消えになった。

その時の千雨の反応は、どうしようかな〜みたいなどちらでも良さげな反応だった筈だ。

しかし、妙に過剰な反応ではないか?

 

「いや、だってお前‥まだガキだし、そもそも必要がねえし‥」

「ほら、兄貴と姐さんなら確実にアーティファクト出るし‥念話や召喚も使えて便利だぜ?」

「まあ、アーティファクトはともかく‥念話は電話でいいだろ!?召喚だっていいよ、わたしが走るから‥」

「ええ‥」

 

走るのか?走ったほうが早いのか?などと逆に混乱しかけるカモだが、これは単純に恥ずかしがっているだけなのでは?とカモの中で悪くて下世話なカモミールが起き始める。

ちなみに流石に千雨が走るよりも召喚で転移された方が早い。

 

「あれ‥カモくん。これってアスナさんからは声は聞こえないの?」

「ま、まあな」

「それって‥ケータイの方が良くない?」

「うっ」

 

ネギも千雨もケータイや電話で良いという。

涙が出てきた。

悪いカモよりも時代に置いていかれかけている年寄りのようなカモが勝ってきたようだ。

煙で目が染みているようにも見える。

そんなカモを尻目に千雨は顔を押さえて赤みを引かせる。

 

(そんなわけがない。昼間のアホどもの言葉が引いてるだけだ‥‥いや、わたしが男に慣れてないだけだ!だって、こいつはまだ子供‥なんだ)

 

千雨の中に、後々悩まされることになる葛藤が生まれた。

この問題は度々千雨の道を阻むことになる。

 

「え〜〜〜!!?」

「ん?」

「兄貴、どうしたんだ?‥‥ムッ、兄貴、姐さん!あれは!?」

「!?」

 

念話をしていたはずのネギが、いつのまにか電話をしている。

そのネギが大声を上げたのでなんだ、と見遣る千雨とカモ。

その二人と一匹の頭上を高速で越える一人‥‥いや、一体と一人の影。

思わずネギたちは身構える。

ズシャン、と着地したのは大きな猿だった。

 

「‥おさる!?」

「でかっ!!」

「いや、よく見ろ!着ぐるみだ!」

「ていうかこのかさん!?」

「あら‥さっきはおーきに、カワイイ魔法使いさん」

 

猿の着ぐるみを着た眼鏡の京女。

木乃香を抱えて、急いで飛んできた。

この時点で、ネギの中でも千雨の中でも既に彼女は敵になっていた。

 

「待ちなさいお猿さん!!」

「それは見逃せねーなてめえ!!」

 

ネギは始動キーを唱え始め、千雨は身体を戦闘用に切り替える。

しかしすぐさまネギと千雨の身体に猿たちが飛びついてくる。

着ぐるみ女と比べるとずいぶん小さいが、数が多い。

ネギなどは既に口が塞がれてしまっている。

 

「もが!?」

「ばっ、この‥‥変なとこ触ってんじゃねえ!!」

 

乙女の拳が炸裂する。

全身から“気”を発生させて、拳のみならず身体全体で猿たちを弾き飛ばす千雨。

続いてネギから猿たちを剥がしにかかる。

 

「これがさっき言ってた奴か!?」

「あ、ああ!こんにゃろ‥てめえオラッ!」

「ぶはっ!ち、千雨さん!このかさんが!!」

「わかってる!!」

 

猿たちを放り投げ、京女の方へと向く。

既に京女は去ってしまっていた。

なかなかの速度である。

 

「追いかけるぞ!!」

「ネギーー!千雨ちゃーーん!!」

「アスナさん、刹那さん!!」

「ご無事ですか!?」

 

すぐに着ぐるみ女を追いかけようとする千雨たちの後ろに明日菜と刹那が追いつく。

千雨は無言で前方を指差し、三人と一匹はその意図を把握して頷く。

 

夜の追跡劇が始まった。

 

 

それを遠くの屋根から見下ろす、一人の影。

 

「‥ふふふ♡西洋魔法使い君に‥そのパートナーが一人。神鳴流のおねーさんは外せないですなぁ‥♡」

 

京訛りの口調が、その者を物語る。

その者はちらり、と残った最後の一人を見つめる。

 

「そして‥‥ただの一般人かと思いきや、これは中々‥いえ、もしや一番の当たりはあの人やろか‥」

 

食指が動く。

殺気が漏れ出る。

だが、次の瞬間にはピタリと止まってしまう。

 

オレンジの髪を一括りにした眼鏡の少女。

目が合った気がした。

 

(この距離を‥気づかれた?)

 

距離にして1kmは離れている。

気づかれる筈がない。

こちらは望遠鏡を使って見ていたというのに。

 

「‥気まぐれで受けた仕事やけど‥久しぶりの大当たりですなぁ‥♡」

 

狂気が牙を剥く。




着ぐるみ女と狂気女の違いを口調で出さないと‥。
実はわたし京都出身なのでそこはアドリブでなんとかする‥予定。
着ぐるみ女の方が京言葉がキツい感じで捉えてます。

次話、戦闘回です。

また、千雨の心境に少しずつ変化が起きています。


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【15】二刀剣士と剣闘士

1日‥だけ早かった。
そうだろう?()
オリジナル戦闘回です。


幼くして剣を取った自分の記憶はただ一つ。

剣を愉しむこと。

剣と剣が織り成す、血と骸の壇上で。

また、お会いしましょう。

 

********************

 

 

屋根の上だ。

一人、いる。

確実に敵だろう。

遠くからでも微かに感じ取れる殺気。

いつからこちらを見ていたのかはわからないが、少なくとも戦闘用に身体を整えた直後では気づかなかった。

 

ちらりと共に走るネギたちを見る千雨。

ネギたちは気がついた様子がない。

 

(‥昼間の妨害の様子から、そこまで厳しい相手じゃないって勝手に思ってたが‥‥あれはネギたちには無理だな)

 

刹那の実力はまだわからないが、簡単にあしらえる相手ではないだろう、と予測する。

遠くからこちらを見ていたのは戦力視察か、監視か。

どちらにせよ、ただ逃げるだけではなく、次の一手を模索するような侮れない相手だとは言える。

 

「あ、マズい!駅に逃げ込むぞ!?」

「っていうか何よあのデカいサルは!?着ぐるみ!?」

「恐らく関西呪術協会の呪符使いです!」

「じゃあ、アイツが昼間の騒動も!?」

 

サルの着ぐるみ女は何故か待機していた電車に乗り込んでいき、すぐに発車のベルが鳴り始める。

客も駅員も誰もいない。

千雨の目に先程刹那が貼っていたものと同じ、人払いの結界札が見えた途端、多少は無茶をしても問題ないと笑う。

 

「‥!ネギたちは電車に乗れ!わたしは上から行く!」

「上!?」

「長谷川さん‥!」

「気づいたか?」

「はい‥!‥接敵速度がかなりのものです‥いつの間に!?」

「ああ、すぐ近くまで来てる‥。アイツはわたしに任せろ!」

「え!?え!?」

 

ネギも明日菜も千雨と刹那の会話にキョロキョロし始めるが、千雨は二人の背中を押す。

近くに来ているからこそわかる。

アレは、今のネギたちに会わせて良い相手ではない。

 

「行け!お前らの手で近衛を守れ!」

「千雨さん!千雨さんはどうするんですか!?」

「わたしの仕事は知ってるだろ!!」

 

バッと跳び上がる千雨。

電車の屋根に飛び乗ろうとするが、更にその上から何者かが飛びかかってくるのが刹那の目は捉えていた。

 

「!!」

「わたしの役目は‥!」

「ああっ‥!美味しそうですなぁ♡」

「戦闘だ!!」

 

“気”と“気”がぶつかり合う。

その余波にネギたちはよろけながらも、何とか電車に乗り込む。

刹那はネギたちと共に着ぐるみ女に寄ろうとしながらも、千雨のことを気掛かりに感じていた。

 

(まずい‥!今の“気”。間違いなく、同門の‥!)

 

「桜咲さん!追い詰めたわよ!」

「!」

 

だが、まず第一は木乃香。

お嬢様を救い出すこと。

 

(‥すみません、長谷川さん!あとで必ず助けに参ります‥!どうかご無事で!!)

 

 

一方の千雨は電車に飛び乗ろうとしたものの、飛びかかってきた相手の刀を素手で受け、その衝撃で電車に乗り損ねてしまっていた。

駅構内の反対側のホームに着地し、舌打ちしながら立ち上がる。

既に電車は発車し、進行方向へと遠ざかっていた。

 

「‥後でまたマラソンかよ、めんどくせーな」

「走る必要はないかもしれまへんえー?ここでウチと‥剣を合わせてくれたら‥♡」

「てめーか粘っこい殺気を飛ばしてくれやがった奴は。おかげで電車乗れなかったじゃねーか」

「ふふふ‥‥でも、こうしてここに残ったということは‥‥ウチの誘いに乗ってくれたいうことでよろしいですか?」

 

現れたのは一人の少女だった。

四角い銀縁眼鏡をかけ、白を基調としたロリータ・ファッション。

そして、服装に似合わない二振りの小刀。

 

「‥‥‥お前、剣士なのか?」

「はい〜。月詠いいます〜。‥‥‥どうぞよしなに」

「‥またヘンテコな奴が出てきたな‥」

 

何せロリータ・ファッションだ。

エヴァンジェリンも黒のゴシックロリータだったが、アレは吸血鬼の真祖だったからある程度許容できた。

単純に似合っていたのだ。

だが、月詠は剣士だと言う。

日本の剣士といえば侍が思いつくが、それとは似ても似つかない。

 

頭を掻いて面倒臭そうな顔をする千雨。

ネギたちの手前「任せろ」なんて言ったが、こんなチグハグな相手ではやる気が出ない。

 

(‥けど、さっき感じた殺意‥)

 

あの殺意が実力を伴っていれば、それだけでただ脅威だ。

そしてそれを、今から確かめる。

 

「‥お前の目的は?」

「依頼人の守護ですえ〜」

「ん?じゃあさっさと守りに行けよ」

「それと‥敵戦力の低下」

「!」

 

先刻、遠方から感じた濃厚な殺気。

千雨の身体にまとわりつくように伸びてくる。

小刀を抜き、翳す。

小刀を見ると、刹那が持っていた大刀と鞘や柄の造りが似ていた。

日本刀とは明らかな違いを持つ倭刀だ。

全体的に白く、抜いた刃すらも白い。

その刀を持つ流派を、千雨は知っていた。

 

「‥お前、神鳴流か」

「! あら‥ご存知ですか〜?」

「剣士でありながら、退魔師‥‥‥さっき桜咲が言っていたが、呪符使いと連むのが普通なのか?お前らは」

「そうですね〜。確かに、今回の裏切り者はあの神鳴流の綺麗な黒髪お姉さんの方ですね〜」

「‥アイツはそれをわかってたみたいだぜ」

「ふふふ‥‥それはそれは♡覚悟を決めた剣客との仕合は垂涎ものですからね〜‥是非とも、あのお姉さんとは斬り合いたいですえ‥♡」

「お前がアイツと(まみ)えることはねえよ」

「‥?」

「ここで退場だ」

 

千雨が浴衣の下で首から垂らしていた、ネックレスの先の指輪。

以前エヴァンジェリンと戦った時、彼女の従者であるチャチャゼロに斬られたものだったが、千雨のアーティファクトを使えば問題なく修理できた。

魔法発動体である指輪が淡く光る。

 

武装(アルミス)‥」

「!」

「‥召喚(コンボカーレ)!」

「‥‥旗?」

 

千雨が召喚したのは霧雨の王旗。

これもエヴァンジェリン戦で一度使ったものだった。

だが、この旗の性能はほとんど使わなかった。

吸血鬼であり魔法使いであるエヴァンジェリン相手ではほとんど意味がなかったからだ。

 

「なにやら妙な力を感じますが‥‥旗でウチの剣を受けるおつもりですか?」

「前口上なら聞いてやるが、つまらん御託なら聞いてやらねえぞ。わたしをお前の常識で測れると思うなよ?」

「‥!」

 

月詠がぽかんと口を開けて呆気に取られる。

なんだ?と訝しむ千雨。

何かおかしなことを言っただろうか、と首を傾げる千雨。

 

「‥‥‥ふふふふふ!あはははははははは!そうです‥そうですなぁ!あぁ‥あぁぁっ!!」

「は?」

「常識‥!ウチの、常識!?‥ふふふっ、そんなん言われたん初めてや!!」

「‥おい?」

「ああ‥‥これで残るは‥‥貴女のお力を‥お見せくださいな♡」

「‥よくわからんけど、やる気出たならさっさとやるぞ」

「あい♡」

 

小刀を二本とも抜き、一刀を前に、一刀を身体の後ろに隠す月詠。

霧雨の王旗を片手に持ち、空の手は前へ掌底の形に出す千雨。

 

「我流神鳴琉‥月詠」

「我流気合武闘、長谷川千雨」

 

「ほな」

「じゃあ」

 

「遠慮なく!!」

「ぶちのめさせてもらおうか!!」

 

剣鬼と戦士は、お互いを打ち始めた。

 

 

********************

 

 

月詠の持つ小刀は二振りあるが、その大きさから刃長まで違う。

どちらも神鳴琉の剣士が握る為に鍛えられた刀だ。

だが、刃長が違う二振りの刀は当然違う役割を持っていた。

刹那の持つ刀を大太刀と呼ぶなら、月詠が持つものは脇差と短刀といったところか。

打ち合うための脇差と、攻め入る為の短刀。

何故月詠が鬼や妖魔といった怪異を斬る大刀ではなく、小さな刀を持ったか。

それは、斬る目的が違うから。

ただそれだけのことだった。

 

「ふふふふふふ!!」

「表情変えずに笑ってんじゃねーよ気持ち悪い!!」

 

月詠が攻める。

月詠の小さな身体は、相手の懐に潜り込むのに向いていた。

相手の間合い、その奥に進んで脇差と短刀を振るえばなるほど、確かに潜り込まれた方は堪ったものではない。

相手の武器や体格が大きければ大きいほど、月詠の相手は苦戦する。

 

だが、その日の相手は妙な旗を武器にする少女だった。

旗なんて“気”で強化したとしても、殺傷能力など棒や杖と大差ない筈。

大体、千雨と名乗った少女の身体と同じくらいも大きいあの旗が、自分の脅威となり得るとは思えない。

美味しそうだと思ったが、妙な相手になってしまった。

 

‥そう思っていた打ち合う前の自分を一刀で斬り伏せたい。

 

「ウチの剣撃を手一つで受ける〜〜ふふふふふ!面白いお人ですなぁ!!」

「手だけじゃねーよ!!」

 

脇差を掌で払った千雨に対し、払われた勢いを利用して短刀を振る月詠。

だが、後ろに翳した旗を振り抜き、短刀を旗で止めてしまう千雨。

“気”で強化された刀は、刃に触れずとも刀身の腹に触れるだけで傷つける殺傷力を持っている。

だが、それを同様に“気”で強化したならば素手や布ですら受け切る。

 

「斬岩け」

「うぜぇ!!」

「!?」

 

月詠が必殺の剣を放つ前に“気”がこもった王旗で吹き飛ばす千雨。

そのまま霧雨の王旗を翳す。

 

撃て(ヴィルガ)!!」

「ほ‥」

 

月詠の至近距離で解放された剣の雨は月詠を襲うが、月詠は手にしている二刀で迎え撃つ。

だが、剣は剣士を逃さない。

 

「何という数!」

「まだまだ増やしてやるよ!」

 

受けきれなかった剣が月詠を襲う中、千雨は次々に軍旗を振るう。

振るう度に剣の群れが現れ、月詠へ殺到する。

千雨が振るった分だけ攻撃してくる剣の群れをさばきながらも、月詠は霧雨の王旗について大体の理解が出来ていた。

 

(成る程。これは便利な武具かもしれへんなぁ‥)

 

一つ、一度に出現する剣はおよそ百本まで。

一つ、剣の進む速度や軌道は千雨が振るった旗の速度や方向による。

一つ、旗を翳した場合は直線で速く(・・)飛ぶ。

一つ、その他わかりやすい制約は恐らくない。

 

制約がない、のかどうかは月詠が見ることができないところであるのかもしれないが、剣の群れの出現にはインターバルがない。

それだけでもかなり厄介、と月詠は結論づける。

現に、千雨が霧雨の王旗を振い始めてから月詠は千雨に近づけていない。

懐にさえ潜り込めれば、霧雨の王旗を振るっている暇などない筈だ。

そして、何よりあの武具で恐ろしいことは。

千雨が軍旗を振るう速度が上がれば、それに霧雨の王旗は応えてしまうかもしれないと言うこと。

剣の速度に上限がないとすれば、達人が振るえば魔法使いに匹敵する火力が出せるかもしれない。

 

「なに企んでんだ!?」

「!!」

「まだまだいくぞ!」

 

千雨が旗を払う度に百剣が現れ、それを受けようと二刀を振るっているだけでは埒があかない。

あまり趣味ではないが、こちらも遠距離攻撃を放つ必要がある、と更に距離を取る月詠。

千雨の間合いから一度外れたのだ。

 

「!?」

「神鳴流奥義‥‥!斬鉄閃!!」

 

脇差から放たれたのは螺旋状に進む斬撃。

空中を駆けて千雨に向かって飛んでいく。

チッ、と舌打ちをして右足を後ろに下げ、半身で構える千雨。

霧雨の王旗は片手で持ち、肩にかけたままだ。

月詠が放った斬鉄閃は、恐らく剣の群れでは止められない。

一本一本の威力は高くないのだ。

 

「我流気合武闘‥三!」

 

月詠は訝しむ。

軍旗を使う様子がない。

素手で月詠の斬撃を受け切る気だとはわかるが、刀を直接受けるのとは訳が違う。

技を受け切れても、余波で身体が傷つくはずだ。

 

「三薙脚突・昇!!」

 

刺突のような形で足による気弾を撃ち出す千雨。

気弾を足で撃ち出したのにまず驚く月詠。

 

魔法戦闘は、足を使った攻撃を行う者はそういない。

何故か?

簡単である、必要がないからだ。

 

足は移動の基本である。

“気”の運用者の瞬動術は足で行われ、基本上位の魔法使いは浮遊(レウォターティア)で移動するもののそもそも体技など使わない。

更に言うと、足は確かに腕よりも力が強い。

だが、“気”で強化すれば十分な膂力が確保できるのだ。

 

それに対し、千雨は違った。

彼女が鍛え始めたとき、重点的に鍛えたのは足技だった。

師の教えに従うと、まずは防御。

小さな体躯だった千雨は一度でも攻撃をまともに喰らえばそれだけで致命傷なのだ。

そして、隙を見つけて火力の高い攻撃を一撃打ち込む。

その為の足技だった。

 

「何と‥!?」

 

斬鉄閃と薙脚の気弾がぶつかる。

斬鉄閃が気弾を弾くが、月詠の目には更に二つの気弾が映る。

気弾三つが重なるように飛んでいたのだ。

前へと跳び、今度は距離を詰めようとする月詠。

わかっていたことだがやはり遠距離勝負は不利だ。

 

千雨が続け様に二回軍旗を振るう。

一度に二百本弱の剣が現れて百本ずつに分かれ、月詠がいる地点と、月詠の少し後方地点を目掛けて飛ぶ。

その場で受ければ単に受け切れない剣に刻まれ、後方に下がれば二手目の剣が襲う。

 

前に誘われている。

 

「何の真似かはわかりまへんが、乗らしていただきやすえ!!」

 

攻め込んでいた時は月詠が優勢だったが、距離を取って戦っていた時は明らかに千雨が有利だった筈。

それを接近戦に持ち込ませようとはどういうことなのか?

分からないが、遠くから攻められて近づけないのはお預けを食らったような気分で良くはない、と笑う月詠。

足に“気”を集中させ、大地から跳ぶ。

瞬動術だ。

 

「しゃあ!!」

「ふん‥」

 

今度は掌で受け流すなどということはしない。

拳をつくり、瞬動で突っ込んできた月詠を受けるのではなく迎え撃つ。

鈍い音が響き、刀と素手の鍔迫り合いが起きる。

月詠は既に片手ではなく両手の刀で千雨と競り合っている。

力では敵わないことが一度吹き飛ばされて分かっていたのだ。

だが、千雨は旗を持った片手が自由に使える。

 

霧雨の王旗をくるくると器用に片手のみで回し始め、王旗が円を成していく。

次第に、円の上方に穂先に刃のある巨大な戦斧が出現し始める。

 

「ハルバード‥!?」

「潰れとけ」

 

現れたハルバードは、千雨や月詠が握って振るえるような大きさではなかった。

魔力によって生成されている武器の為、そもそも人が持って振るうことを想定していないのだが。

しかも、そのハルバードも千雨の“気”を纏っていた。

霧雨の王旗を介しさえすれば、千雨の身体強化に使われる魔力や“気”は生成される剣やハルバードに伝えられるのだ。

魔力と“気”は本来相反するが、魔力で形成されている魔力体が“気”を纏うという一見奇妙な現象が生じているのは、千雨ならではの技と言える。

 

有り得ない、と零しかける月詠。

あんなものを受ければ身体など簡単に二つに分かれる。

二刀で受けても刀ごと割られる。

早く逃げなければ。

 

「‥あら!?」

「逃さねーよ」

「刀が‥!」

 

二刀と拳の鍔迫り合いが続いていたのに、拳がいつの間にか開いて二刀を掴んでいた。

ハルバードが生成され始め、月詠がその様子を見上げたあの時だろう。

抜け目のない、と毒吐く暇もない。

 

「そらよ!!」

「くっ!!」

 

咄嗟の判断で二刀を捨て、瞬動術でその場を離れる月詠。

凄まじい勢いで下ろされたハルバードは、駅ホームの屋根にぶつかる前に消える。

月詠に当たらねば意味はないし、わざわざ建物を壊して痕跡を残すこともない。

 

「‥どうした、手詰まりか?」

「一見‥」

「一見?」

「その旗に目が行きがちやけど‥‥恐ろしいのは貴女、ですね〜。貴女はその旗を使って戦いを有利に、そして安全に進めているだけ。旗すら捨てて、ある程度リスクを以って“気”だけでウチに肉迫すれば‥‥それだけで貴女はウチを倒せるんとちゃいます?」

「‥てめーがどんな手を持っているか分からなかったからな。リスクの少ない戦い方を選ぶのが当然だろ」

 

言葉を発しながら、月詠が放した二刀を月詠に投げ返す千雨。

眉を顰めながらも、月詠は愛刀を受け取る。

 

「何の真似ですか〜?」

「てめーに今逃げられたら困るんでな。流石に武器をなくしたら逃げるだろ」

 

どうやら戦闘狂の気があるようだが、得物がなくなれば後退せざるを得ないだろう。

安全な地まで逃げて、武器を調達して再び参戦———しかもネギたちの戦場に行かれてはたまったものではない。

ここで逃さずに月詠を叩きのめし、早急にネギ達の元へ向かって木乃香を助ける手伝いをする。

それが今現在千雨が取れる一番の手だろう。

 

「‥‥そこまで」

「ん?」

 

パチン、と脇差を鞘に納める月詠。

続いて短刀も納めてしまう。

 

「そこまで読まれて‥ここまで情けをかけられたら、ウチに戦う気概は起きまへん」

「あ?」

「ウチの負けです。今日は手をだしまへん」

「‥意外だな。死ぬまで殺し合おう、とか言うと思ってたよ。こちらとしては助かるが‥」

「‥ふふふ、ウチはまだ甘かった。ウチと同世代でここまで実力差があるお人がおるとは‥‥まだまだ、ウチは剣の腕が甘い‥。それがわかっただけでも良かった」

 

ニコッ、と笑う月詠。

剣を嬉々として振るう、戦う時の表情とは少し違う。

まるで子供の様に、ただ嬉しいと。

 

「ウチはまだまだ強くなれる」

「‥悪いが、それはわたしもだよ。お前が目指す強さはなんだ?」

「‥どんな相手とでも、血と闘争を巻き起こせる様に。貴女様は?」

「様‥‥」

 

なんだそりゃ、と月詠の少々の態度の変化にたじろぐ千雨。

だが、強さを問われたら返答は決まっている。

 

「世界最強の魔法使いをぶっ倒して、世界最強の剣闘士になる。それだけだ」

「最強‥」

 

全身の毛が際立ったような感覚を持つ月詠。

目の前の人間は、冗談など言ってはいない。

千雨の目は、ただ真っ直ぐに月詠を見つめていた。

彼女は将来、確実に最強へと手を伸ばす人間だ。

 

月詠は世界最強の魔法使いが誰かまでは知らなかったが、ありとあらゆる魔法使いに打ち勝つということと相違はない。

それを言い切る心胆、“気”の扱い、取り出された霧雨の王旗。

強い女の子が大好きと公言する月詠にとって、千雨は格好の獲物と言えた。

 

「‥‥ならウチも、貴女様に置いて行かれぬよう只々剣を求むるのみ、ですえ」

「やれるもんならやり切ってみろ。だが、次に敵対するときは確実にてめーを仕留めるぜ、わたしは」

「ふふふふふ、情熱的ですなぁ♡‥‥‥では、また‥次は、その身に刃を立ててみせますえ♡」

 

足に力を込め、跳びあがる月詠。

闇夜の方に身体を向けながら、顔は千雨の方に向ける。

この場から離れようとしている月詠に対し、油断なく構えていた。

 

駄目だ。

どうしても頰が緩む。

今回の依頼に感謝しよう。

こんな人と、この先ずっと殺し合える。

次で死ぬかもしれない。

次で殺せてしまうかもしれない。

 

「‥ああ‥‥!ウチは‥幸せ(もん)ですなぁ‥♡」

 

この平和な世に、最強を目指す修羅がいた。

この出会いに、感謝を。

 

剣士を闇夜が飲み込んでいった。

 

 

********************

 

 

月詠の気配が完全に消えたのを確認した後、千雨はすぐに京都の家屋の間を目にも止まらぬ速度で駆け抜けていた。

月詠を仕留めきれなかった‥‥というより見逃したという形になるが、まずかったかもしれない、と溜息を吐く。

確かに今一番の目的は木乃香の奪還及びネギたちの援護だが、あれほどの戦闘狂を野放しにしたのはどう考えてもマイナスだ。

 

だが、同世代で千雨の攻撃を凌ぐほど戦える人間を初めて見た千雨。

魔法世界では皆戦う相手は歳上だった。

物珍しさ故に見逃した、とも言える。

 

結局は今回は手を出さない、と言う月詠の言葉を信用しただけだ。

なるようにしかならない。

 

「それよりも‥‥近衛だな。アイツら無事なんだろうな!」

 

線路沿いを走り、すぐに一つ先の駅に着く。

駅構内に入るが、やはり人は一切いない。

ホームは何故か水浸しで、電車が一台乗降ドアが開いたままで放置されていた。

電車内も水浸しだ。

 

「‥間違いなく魔術による水。どこに行ったんだアイツら‥」

 

行方がわからない。

こんなことになるならネギか明日菜辺りと連絡先を交換しておけばよかった、と後悔する千雨。

こんな無様なタイムロスでもし木乃香が誘拐されて逃げ切られてしまったら間抜けにも程がある。

 

残念ながら人探しや物探しの魔法具(マジックアイテム)など持っていない。

どうしたものか、と悩む前に動く千雨。

駅を出ようと改札から出ると、大きな風切り音が鳴る。

駅の反対側だ。

 

「まだ戦ってるのか!?」

 

直ぐに瞬動術でその場を離れ、音源であろう駅の反対出口に向かう。

すると、1人の黒い影が宙を舞っていた。

なんだと目を凝らすが、とりあえずネギたちでも木乃香でもない。

長い黒髪の女が全裸で吹っ飛んでいた。

 

「‥‥痴女かー‥。いや、違うな。違うに決まってる。間抜け過ぎるけど戦いの結果だって信じてる」

 

よく見ると、それを吹き飛ばしたらしい人影が下方の階段にいた。

ネギたちだ。

刹那が木乃香を抱えていた。

無事に取り返したらしい。

 

とりあえず一安心といったところか。

ふう、と息を吐いて人影たちに近づいていく。

吹き飛ばされた黒髪の女は、と目をやると大きなぬいぐるみみたいな猿に抱えられて逃げていったのが見えた。

諦めたのか。

ネギたちも追撃する気はないらしい。

 

「お前らー‥」

「あ、千雨ちゃん!?」

「千雨さん!よかった‥!あの!怪我とかないですか!?」

「ねーよそんなもん。どっちかというとお前らのほうが危なかったんだぞ、近衛に近かったんだし‥」

「‥長谷川さん‥‥先ほど現れた刺客はどうしたんですか?」

「逃げられた。悪いな」

「い、いえ!逃げられたどころか、神鳴流の剣士を追い詰めたことの方が驚きです‥」

「まあ、それはだな‥‥。それよりも近衛は?」

「はっ!お嬢様!?お嬢様、しっかり!」

 

焦りながらも優しく木乃香を揺する刹那。

こうして見ると確かにお姫様とその護衛剣士だ。

今まで全く気がつかなかったが。

 

ネギも明日菜も不安げに木乃香を見守っている。

少しして、木乃香がうっすらと目を開ける。

刹那は安堵した表情を見せ、ネギたちもわあっと声を上げる。

 

「お嬢様!!」

「‥ん‥‥‥あれ、せっちゃん‥‥?」

「どうやら何かされたわけではなさそうだな」

「なんだ?それ」

「いや、あの猿女がそれっぽいこと言ってたからよ‥」

 

カモの言葉にバッと木乃香を見るが、特におかしな様子はない。

今までの騒動は夢だと思っていたらしく、夢現つに刹那にその様子を告げている。

 

「あー、せっちゃん‥‥。ウチ、夢見たえ‥変なおサルにさらわれて‥‥‥でも‥せっちゃんやネギくんやアスナが‥助けてくれるんや‥」

「‥千雨の姐さんの名前が出てこねえけど‥」

「ほら、わたしは近衛の前に出てないしよ‥」

 

なんでコイツ声を潜めてんだ?と思いながらもカモの疑問に返答する千雨。

よく考えたら学園長に木乃香には魔法の事情をばらさないで欲しい、と頼まれていたのを思い出した。

カモがその言葉を守っているのか空気を読んでいるかは分からないが。

恐らく両方だろう。

 

「‥‥よかった、もう大丈夫です。お嬢様‥‥」

「‥‥!」

「‥お嬢様?」

「よかったー‥‥せっちゃん、ウチのこと嫌ってる訳やなかったんやなー‥‥」

 

木乃香の目に涙が浮かぶも、笑う。

よほど嬉しかったのだろう、こちらに気づいた様子もない。

刹那しか目に入ってないようだ。

 

「えっ‥‥‥そりゃ私かてこのちゃんと話し‥‥‥ハッ!?」

 

顔を赤くして咄嗟に言葉が出てしまった、といったところだろうか。

 

(しかし、確かにコイツは近衛から離れてた方が腕はともかく志は鈍らねーだろうな‥)

 

ジト目で刹那を見る千雨。

悪いとは思わないが、刹那が決めた木乃香から離れて木乃香を守るという決め事を守れるとは思わなかった。

こんな顔をするような奴が木乃香から離れられると思えない。

その視線に気づいたか、それとも単に我に帰ったか。

凄まじい動きで木乃香の前で跪く刹那。

護衛としての口上を早口で述べ、そのまま「御免!」とか言って急いでこの場を離れようとしている。

‥離れていく姿は素早さも何もない、ドタバタと逃げようとする間抜けなものだったが。

落ち着け。

 

「刹那さん、いきなり仲良くしろって言っても難しいかな‥」

「‥アイツはポンコツな予感がするな‥」

「え、そうですか?すごい強くて頼もしかったですけど‥」

「なんていうか、お前と似てるぞ‥‥ネギ」

「そ、そうでしょうか‥」

 

似てるかな?と首を傾げるネギだが、暗に今「お前もポンコツ」と言われたことに気がついていない。

可愛いもんだ、と嘆息する千雨。

ちらりと刹那を見遣ると、明日菜が刹那に声を掛けて明日の約束を取り付けたところだった。

明日は班行動の時間だったはずだ。

 

「うちの三班は明日二条城だったかな‥」

「あ、良いですねー」

「ネギは?あと五班」

「僕はどこかの班と一緒に行動する予定ですけど‥まだ決めてないんです」

「私たちは奈良ね!東大寺とか観にいくのよ」

「せやなー。‥‥あれ、ここどこー?なんでウチこんな格好しとるんやろ」

 

ギクリ、と強張る三人(と一匹)。

めんどくせーことになったと千雨。

 

「え、えーっとね‥」

「‥散歩だよ、散歩。そろそろ旅館に戻ろうぜ」

「そ、そうね!」

「あ!僕、壊しちゃったところを戻しに行かないと‥!」

「色々あったわねー、今日‥。これでまだ初日の夜なんて‥どうなっちゃうのよこの修学旅行は〜〜」

「ん〜?」

「とりあえず解散だ解散。面倒なことになりそうだけどな‥」

 

木乃香の天然な性格で助かった、と何とか誤魔化せた三人。

この修学旅行では木乃香に魔法のことを気づかせず、木乃香と親書を守らなければいけなくなったのだ。

中々面倒が嵩むだろうが、仕方がないと覚悟を決めた千雨であった。

ヤバそうなら刹那に丸投げしてやる。

 

 

「‥あ、ちょっとまて神楽坂」

「どうしたの?千雨ちゃん」

「‥‥連絡先教えてくれ‥」

「へ?」




月詠と千草、それから木乃香の口調に困ってます。
何となく京口調への浸かり具合で判断してるんですが‥。
ちなみに千草>木乃香>月詠です。
まあ木乃香は丁寧語使わないので簡単ですが。


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【16】渦巻く感情

準備・伏線回です。
こういうのを定期的に入れないと、後々の展開に差し障ります多分。
そんなこんなを整理してたら遅れました‥。
ちょっと文字数多めです。


契約をしてとせがんだ。

男は笑った。

人を馬鹿にするような笑み、と苛立つ少女。

そっぽを向いた彼女に、差し出された手は。

 

 

********************

 

 

目が潤んでいるネギ。

顔が赤く上気しているのがわかる。

それにたじろぎながらも向き合う千雨。

こちらも同様に顔が赤い。

 

なんだこれは。

なにしてんだわたしは。

早く何か言わないと。

戻らないと。

 

「‥いや、あの‥‥だな。その‥」

「は、はい‥‥」

「えっと‥‥か、覚悟はいいか?」

 

やべ、間違えた。

 

 

********************

 

 

修学旅行2日目の朝。

昨夜の木乃香誘拐騒動を終え、一息ついた3-A守護隊(ガーディアンエンジェルズ)(ネギ命名)。

ネギたちが巻き込まれた追跡劇など露知らず、泥酔組は頭痛に悩まされながらも起き上がることができた。

 

昨夜の騒動の後に話し合ったが、班編成の都合上千雨だけは木乃香の傍に居られなくなる。

明日菜・刹那・木乃香の五班と千雨が所属する三班とでは行き先が奈良と京都でそもそもの行動場所が違うのだ。

体調不良だと言って仮病を使い、ついていってやろうかと千雨が提案したが、刹那はそれを丁重に断った。

昨夜の襲撃からいきなりまた向かってくることはないでしょう、と刹那。

それに関しては千雨も同意見だった為に承諾。

 

今日は千雨だけは純粋に修学旅行を楽しむことになる。

 

‥が。

 

「なんでてめーがここにいるんだよ」

「ナハハハ、実は私たち二班も二条城行きでネ。どうせなら共に行こうト」

「おほほは、皆さん一緒の方が楽しいですわ♡」

「ネ?」

「‥‥」

 

千雨の横を歩くのは委員長と、それから超だ。

ほかの二班と三班の班員は三人の前を行っている。

 

「千雨さん、超さんとも仲が良いのですね?安心しました‥」

「安心って‥‥何がだよ?」

「クラスに編入してから二年弱‥‥クラスの行事には誘ったら参加してくれますし、そういう絆の築き方もあると思っていましたが‥やはり仲の良い友人はあるべきです」

「‥コイツが仲の良い友人ってのはぜってーいやだ」

「ムオ!?酷いネ最好的朋友!!」

「てめーの親友は古だろーが」

「親友など何人いても困りはしないヨ。ダロ?いいんちょ」

「ええ」

 

“いんちょー”と呼ぶ声がして、委員長は笑顔のまま残りの班員たちの方へ急ぎ足で歩いていく。

二条城へ入る為の受付で手続きをしなければいけないのだろう。

 

「‥アイツは、本当にお人好しだな」

「全くネ。雪広あやかという人間を見ていると、つくづく思うヨ。やはり、皆は協力して事に当たるべきだト」

「‥?」

「言語も通じる。姿も認識できる。だが、たった少しの目先の成果の為にそんな希少な相手を殺せてしまう。それが人間」

「超?」

「どうネ?千雨サン。貴女は殺さないことを選べるカ?協力し、人を死なさずに済ませられるカネ?」

「‥」

「‥‥ふ、聞くまでもなかたネ。だからこそ貴女は救世の英雄と呼ばれたのだから」

「‥あのな、そろそろその呼び方をやめろ」

 

既に何度も声に出している言葉だが、超はやめる様子はない。

寧ろさっきの委員長よりも良い顔で笑うだけだ。

素性が知れない危険人物だと思っていたが、何か普通の人間にはないおかしな事情も持っているようだ。

 

「‥それでなんでまたお前はわたしの横にいるんだよ。星に帰れ」

「ナハハ、星に帰れとはこれまた‥‥。なに、以前も言ったダロ?友好を深めようト。ただのクラスメイトから親しい手を取り合う友人になりたいのサ」

「わたしは話すことなんざねーよ」

「オオ、あれが唐門ダナ。古びた建造物だが趣があって良いネ。」

「お前そろそろ人の話聞けよ!?」

「何故そう邪険に扱うのカナ?」

「怪しーんだよお前。私の話してないことまで知ってるし、覗き魔だし」

「覗き魔というのは少々言い方が悪いナ。知的好奇心を抑えられないただの一介の科学者ヨ。話してないことと言うト‥‥裏の話ダロ?そこは観察してダナ‥‥」

「‥‥もう良い」

 

話していないことは勿論裏の話に含まれているが、それもナギに関わる情報だった。

千雨がナギのことを知っているという事実をエヴァンジェリンに漏らしたのは恐らく超だろうと考えているのだ。

 

この事実を知っている人間は千雨以外で二人しかいない。

正確に言うと3人目がいるが、3人目の詠春は“千雨”を知らない。

よって二人だ。

一人は千雨の養父のラカンだ。

残るは一人、意地の悪い司書と呼ばれる男。

では、超はどちらかの差し金ということなのだろうか?

 

ラカンではないだろう。

アレはそんな回りくどい悪巧みが出来る人間ではない。

となると、残りは一人。

 

「‥‥あの変態イケメンヤロー、また今度あったら問いただした上で情報料ふんだくってやる」

「大体貴女の想像していることはわかるガ‥‥これは私が自ら調べて得た情報ネ。誰のせいでもないヨ」

「いや、それはお前無理だって」

 

超が普通の人間でないことは認めよう。

裏の事情を抜きにしても、明らかに超人と言える部類に入る。

だからと言って超にラカンやアルビレオをどうにか出来るとは思えない。

あの二人は次元が違う。

英雄としての経験値、精神の頑強さ。

たとえ直接戦わなくても、だ。

 

あの二人から情報を抜き取るくらいならまだ超の好きなものの一つ、世界征服の方がまだ簡単にことが進むだろう。

 

「 ‥マ、そのうちにわたしのコトはわかるヨ」

「害がないならそれでいいけどよ‥面倒ごとを起こされる気しかしないんだよお前」

「ハハハハハ。良いじゃないカ面倒ごとなんて。それがある限り世界はより良い方向へ進むことができると言う証拠サ」

「ふん、エリートの考え方だな。わたしはわたしの現実さえあれば良い。見もしない世界なんざ勝手に良くなっていってくれ、わたしの知らないところでな」

「私とてそうネ。ただ、世界が私の現実と密接に繋がっているだけのことサ」

「ん?じゃあ、お前が言っていた計画ってのはやっぱり‥‥」

 

核心に迫ろうとした千雨だが、千雨のポケットに入っていた携帯電話が着信音を鳴らす。

誰だこんな時に、と電話に出ようとする千雨。

画面の表示を見ると、なんとネギだった。

ハッと違和感に気がつく千雨。

昨夜の襲撃が頭に過ぎる。

 

「何かあったのか!?」

「ヌ、ネギ坊主と連絡先を交換したのカ?今までいいんちょ一人しか連絡先を持ってなかったのに」

「てめーは黙ってろストーカー!!‥もしもし、ネギ!?」

『‥』

「ネギ、ネギ!!どうした!?いまどこだ!!」

『‥‥ち、千雨さん‥』

「なんだ!?無事なのか!?」

『ぼ、ぼく‥‥僕‥‥』

「‥ネギ?」

『‥‥‥こ、告白を‥』

「‥‥‥‥は?」

 

大口を開けて固まる千雨。

告白?

告白ってアレか、人が人に告げる気持ちの確認みたいな‥。

いや待て、告白がなんだ?

 

「‥‥えーっと、告白が‥‥なんだ?」

『‥‥!‥ご、ごめんなさい!!!』

「へ?」

 

音声が途絶え、通話が終了されたことが画面に表示される。

茫然と携帯電話を見つめる千雨。

 

「‥おい、つまりどういうことだ?」

「流石にちょっとわからないネ。ネギ坊主に告白関連のイベントがあったことくらいダヨ。それとも‥‥」

「それとも‥?」

「‥実は今から千雨サンに告白しようとしていた、とかナ」

「‥‥‥いや、ないだろ」

 

とにかく、何か事件があったというわけではなさそうだ。

ネギ的には大事件だったのかも知れないが。

恋愛ごとに関しては、千雨は門外漢である。

修学旅行に来てからはそれらしいことを美砂に突っつかれたり和美にラブ臭が‥などと言われたりしているが。

 

‥赤髪が、脳裏に散らつく。

 

その髪が誰のものなのか、その追及もやめて、先に行った委員長たちの後を足早に追って行った。

何かから逃げ去るように、早く。

 

 

********************

 

 

夕方。

旅館に戻ってきた三班。

ネギを探し始めた千雨だが、見つけた時には何故かネギは委員長たちから逃げているところだった。

首を傾げてネギを追おうとするが、それよりも事情を知ってそうな人間に確かめるべきだ、と考え直す。

夕食後、三班や鳴滝姉妹の誘いから何とか逃げ切り、明日菜と刹那がいる五班の部屋にたどり着くことに成功していた。

部屋には木乃香に加えて明日菜と刹那がいるだけだった。

残りの三人は他の部屋に遊びに行っているらしい。

 

「邪魔するぞ」

「あやー、千雨ちゃんやー」

「ああ。おい、神楽坂。聞きたいことがある。ネギは‥」

「ね、ネギがどうかした?」

「‥お前、昼間になにがあったか知ってるな?」

「え゙」

「おいそこの逃げようとしている半デコ剣士。てめーもだ」

「そ、そのですね‥‥。ていうか、何故長谷川さんもそのことを?」

「ネギから電話があったんだよ。すぐに切られたから事情がわからん」

「あ、そういうことですか‥」

「うーん、仕方ないか‥」

 

明日菜が渋々と話し始める。

聞き終わるとなるほど、確かにおいそれと他人に話すような内容ではなかった。

 

「‥宮崎がねー‥。わかりやすくはあったけどさ、まさか告白まで行くとはな‥‥まだ出会って半年も経ってねーぞあの二人」

「カモは当然だぜ、みたいなこと言ってたけど‥」

「当然、ね‥。‥それでネギが逃げたのは‥‥」

「どうやら本人の中で気掛かりなことが増えすぎてしまっているようで‥」

「親書、近衛の護衛、関西呪術協会、そして宮崎の告白‥。確かに10歳のガキには荷が重くなってるな」

「どうにかしてあげたいけど、のどかちゃんのことはネギ本人の問題だからね‥どうしようもないのよ」

「なんだ、恋愛ごとに関しては物分かりがいいじゃねえか。高畑のヤローに横恋慕しようとしてるだけはあるな」

「横恋慕ってあんたねえ!!‥‥‥待って、高畑先生にその、お相手が‥」

 

待ってちょっと待ってよねえ、としつこく声をかけてくる明日菜を無視して、考えに耽る千雨。

ちなみに刹那は木乃香に捕まっている。

 

千雨は別にネギが好きというわけではない。

千雨にとってのネギは、英雄の、そしてマスターの息子。

庇護すべき対象。

将来が楽しみな少年。

また、英雄の卵。

 

ただひたむきに歩く、魔法使いの少年。

好印象といえば好印象だ。

 

恋愛対象になるかと言われれば恐らくなりはする。

千雨に一番近い恋愛対象の異性は間違いなくネギだ。

そこは和美の言う通りだったということだ。

 

だが、まだ10歳。

そして、かつてのマスターの子供。

憧れた女性の息子。

 

どことなく出てくる根拠のない背徳感が、千雨の感情に蓋をする。

 

「‥ネギが好き、か」

「へ?」

「いや、独り言。そういえば宮崎はどうなんだ、告白した側は」

「うーん、めちゃくちゃ緊張してたし恥ずかしがってたけど‥‥告白する時は立派だったわよ」

「どこから目線だお前は。キスしたことある奴は余裕があるな」

「は、はあ!!?何であんたそんなこと知ってんのよー!!」

「だって、ネギと仮契約するところ見てたしな」

「あ‥‥そっか。じゃなくて!!大体、き、キスしたならあんたもそうでしょ!?カモが言ってたわよ、仮契約にはキスが必要なんだって!!あんたもあの仮契約(パクティオー)カード持ってんの知ってるんだからね!?」

「‥‥仮契約ってキス以外にもやり方あるの知らないのか?」

「へ?」

 

千雨はナギとキスなどしていない。

それに難色を示したのはラカンもそうだったが、それよりもナギの妻だ。

彼女は幼い女の子をわざわざ毒牙にかけなくとも良い、と言っていたらしい。

ラカンに関しては珍しく苦い顔をしていた、と親しいヘラス人は言っていた。

単に娘と自分の友人が‥‥という話ではなく、嫌な事実が出来上がってしまうのじゃろうとは友人談。

何となく千雨も想像がつくがそこまで考えたら千雨は気持ち悪さで吐いてしまうだろう。

 

完全に余談だが、千雨は腐ってはいないがそういう世界の理解はある。

 

「カモだろう、お前らの仮契約を執り行ったのは。キスが一番手っ取り早くはあるからな。あの時は緊急事態だったってこともあるし‥」

「うううう、なんかショック‥‥私のファーストキスが。ていうかやっぱり、エヴァンジェリンと戦ってる時に見てたのね?千雨ちゃん‥」

「じゃねーとあんなにタイミング良く出て行かねーよ。あと、そろそろ近衛に聞かれないように声量落とせよ‥」

「大丈夫よ、あの二人昼間からあんな感じだし」

 

二人して木乃香と刹那の方を見るが、確かに二人はべったりだ。

というより、木乃香が刹那を離そうとしない。

刹那は刹那で木乃香を振り解けていない。

刹那は時々こちらを恥ずかしそうに見ている。

 

「‥助けてほしいけど今この時が続くのは至福‥けれど護衛としての使命を果たすには‥みたいな顔をし続けているな」

「うん、放ってあげましょ」

「宮崎もあれくらい積極的ならネギだって応えてくれるかもしれねーのにな。アイツどうせ返事とかしてねーだろ」

「そうだけど、本屋ちゃんが返事はしなくていいって自分から言ってたわよ?」

「‥さっさとケリ着けてほしいが、まあ無理だろうな。悩みながら歩いていくしかないわけだ」

「悩みながら‥?めんどくさそーね」

「お前は悩みなんて無縁そうだから関係のない話だよ」

「私さっきからバカにされてない?」

 

う〜、と唸る明日菜。

キスやら告白やら、自分の周りが妙にピンク色になってきていると実感する千雨。

今でも目の前にいわゆるラブ臭(パル直伝)がしている。

本人たちにその気はないかもしれないが。

 

千雨も感化されているわけではないが、ネギには真っ直ぐ歩いてほしいと思う反面、女の子たちとキチンと向き合ってほしいとは思う。

先程は委員長たちから逃げてしまっていた。

アレは仕方のないことかもしれないが、のどかは正面から想いを告げた。

それに対し、ネギはどういう答えを出すのか。

 

「‥にしても、父親に似てやっぱり女たらしになりそうだなアイツ」

「ネギの父親‥ナギって人だっけ?女たらしだったの?」

「本人にその気はないんだけどよ。あの顔で出鱈目につえーからな。魔法世界にはファンクラブがあるくらいだ、しかも世界規模の」

「世界規模!?アイドル‥じゃないわよね?」

「いねーよそんな奴、向こうの世界には」

 

どちらかというと千雨の方がアイドルだっただろう。

実際に、千雨もファンクラブが存在する。

華々しく活躍する美少女(?)剣闘士として、だ。

世界規模ではなかったが騒がれ方は狂乱的だった。

 

黒歴史を思い出して身悶えるのを必死に堪える千雨を、奇妙な動きをしてるわね、と不安そうに見つめる明日菜。

そんな二人とまだくっついている二人がいる部屋に大きな泣き声が届く。

 

千雨も刹那もすぐにピタリと動きが止まり、臨戦態勢に入る。

明日菜たちも何事だ、と廊下に出ようとしていた。

 

「‥桜咲!」

「はい!私はお嬢様とここに!」

「よし。神楽坂、行くぞ!」

「ち、千雨ちゃん!今の声って‥」

「ネギだ!何かあったのかもしれねえ!」

「うん!!」

 

すぐに部屋を飛び出し、騒ぎの中心となっていた風呂場へと駆け込む明日菜と千雨。

千雨たちと同様に様子を見に行こうとしていた委員長たちと風呂場前で合流し、すぐさま大浴場へと突入する。

 

‥‥が、千雨の心配は杞憂に終わる。

 

風呂場にいたのは、裸のネギと和美だったからだ。

 

「‥なんだ、なにもねえじゃねえか」

「何が何もないのですか!?目の前に事件があるでしょう!!」

「‥まあ、確かに年端も行かない少年に女が襲い掛かってるようにしか見えないけどよ。一応生徒と教師だし‥。‥裸のネギと‥‥‥朝倉‥‥‥あれ、もしかしてダメなのかアレ」

「あの、千雨ちゃん?混乱してるわよ、絶対おかしいって」

「へ?」

 

ダメだ、役に立たない。

珍しく明日菜が千雨に持った感想である。

千雨の予想を270度翻った光景は、千雨の脳内をかき乱すのに十分だったということだ。

明日菜がネギを脱衣所へ押し込み、和美は委員長たちによって説教(物理)されてことなきを得た。

 

千雨も落ち着いた夕食後。

事情をネギから聞くと、なんと和美に魔法がバレたらしい。

明日菜と刹那はこれはダメだな、という風に他人事のように考えたが、千雨は違った。

 

「じゃあ今すぐ記憶消去の魔法かけてこいよ。使えるだろ?」

「ええっ!!‥や、やっぱりそうしなきゃいけないでしょうか‥」

旧世界(ウェテレース)だとそうするべきって話を聞いてるけどな?」

「‥そういえば、ネギと初めて会った日も、ネギが記憶消去の魔法をかけてこようとしたわね」

「え‥神楽坂さん、なぜそのことを覚えているのですか?」

「よくわかんないけど魔法失敗したみたいよ?‥おかげで恥ずかしい思いをさせられたけどね!!」

「あうう〜‥」

 

ネギは涙目で明日菜にたじろぐ。

明日菜にかけられた忘却の魔法が失敗したのは、もちろん明日菜の魔法無効化能力のせいだ。

これはネギの未熟さによるものではない。

そんなことはおくびにも出さない千雨だが。

 

「早くかけてこい。じゃねーと消さなきゃいけない記憶がどんどん増えるぞ」

「? 増えるって‥どういうこと?」

「単純な話だ。魔法に関わる記憶を消そうとすると、魔法を知ってから考えた思考や行動の記憶まで消す必要が出てくる。時間が経てば経つほど、それらの記憶も増える。魔法を知られたらさっさと他の事を省みる暇もなく忘却させろっていうのが魔法使いたちの常識なのはそういうわけだ」

「それって‥!」

「そうです。早く消してあげないと、その人の空白の時間が多くなり過ぎてしまう。気づけば1日経っていた、その間の記憶はないという処置で済めばまだ良い方なんですよ」

「ま、まずいじゃない!‥‥まずい、けど‥」

「‥‥僕、は‥」

「‥」

 

ネギの考えていることはわかる。

和美の記憶を消したくないんだろう。

更に言うと、自分の教え子相手に後ろめたい事をしたくないのだ。

初日はまだ良かった。

まだ知り合って間もなかったから。

だが、半年の間にネギは教え子たちを好きになっているのだ。

元々の良心も相まって、ネギには忘却の魔法の使用なんて出来そうにもない。

 

「‥‥わかった。わたしが消してきてやる」

「ええ!?」

「長谷川さん、魔法を使えるんですか?」

「戦闘用以外の魔法はあんちょこ見ながら、なんとかな。あまり上手くはないし、ネギも自分のケツは自分で拭くべきだが‥‥。‥‥この見習い魔法使いの修行は、簡単に見えてその実残酷なのかもしれねーな」

 

すくっと立ち上がった千雨。

良い気分ではなかった。

だが、和美の安全とネギの今後を考えたら放置して良くないに決まっている。

やり方は簡単だ。

 

(朝倉に適当に当て身して、人気のないところへ連れ込んでゆっくり魔法を使えば良い。丁寧にやれば失敗なんてしねーだろ、初めて使う魔法だけど)

 

そうと決まれば、と動き出そうとした千雨。

だが、浴衣の袖が動かない。

ちらと見ると、幼い手がしっかりと千雨の浴衣の袖を掴んでいた。

 

「‥‥あのな。お前、じゃあどうするんだよ?」

「‥せ、説得します」

「説得って‥‥三度の飯よりもスクープが好きとか言う変人だぞ?アイツ」

「折れてくれるまで説得します」

「‥気持ちはわかるけどよ。でも、朝倉が折れるかどうかわかんねえだろ?」

「‥!」

 

下を向いていた顔を上げる。

先ほどまでえんえんと泣いていた子供の顔などではない。

視線を真っ直ぐと千雨に合わせ、逸らさない。

ふるふると震えていた身体も今はピタリと止まって立っていた。

子供の顔だが、凛々しく整った良い顔だ。

 

「僕は、朝倉さんの先生です!先生として、生徒にイヤなことは出来ません!先生として、一人の魔法使いとして!朝倉さんを説得してみせます!」

「‥」

 

「‥なんかコイツ、最近先生っぽくなってきたなって顔ね」

「おい、人の心を読むんじゃねーよお前は」

「わかりやすかったわよ。ねえ?」

「え、ええ。お二人の関係性が分かった気がしました‥」

「‥ふん。‥ネギ」

「は、はい」

「‥‥どうやら向こうから来てくれたみたいだぜ」

「へ?」

 

千雨の言葉に、ネギたちが振り向く。

そこには、カモを肩に乗せた和美が歩いてきていた。

 

「おーい、ネギ先生ー」

「ここにいたか兄貴ー♪」

「‥なんか、余計なのがついてるな」

「あ、朝倉さん!」

「ちょっと朝倉、あんまり子供イジメんじゃないわよー」

「イジメ?何言ってんのよ、てゆーかあんたの方がガキ嫌いなんじゃなかったっけ?」

「え、そうなんですか?」

「うーん、ちょっとね‥」

 

刹那の純粋な疑問に明日菜は答えにくそうだ。

確か五月蝿いからなんとかと言っていた気がする。

 

「そうそう、このブンヤの姉さんは俺らの味方なんだぜ」

「お前、話をややこしくしてねーだろーな」

「ふふふ、寧ろ仕事をしたんだよ‥」

「‥仕事?」

「み、味方って‥?」

 

キョトンとした顔のネギに、怪訝な顔の千雨。

正直なところ、カモが絡んで良い結果になったとは思えないと千雨。

だが、次の朝倉の言葉に驚く。

 

「報道部突撃班朝倉和美。カモっちの熱意にほだされて‥‥ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していくことにしたよ、よろしくね♡」

「へ‥」

「え‥‥え〜〜!?本当ですか!?」

 

さっきの決意に満ちた顔はどこへやら、ネギは喜色満面だ。

朝倉から証拠写真とやらも渡されて、問題が一つ減ったと嬉し泣きしている。

 

(せっかく少し成長してくれたと思ったのによ‥)

 

仕方がないと言えば仕方がないが。

とりあえずほんの少しは精神的に男らしくなったと思おう。

ただ。

 

「‥んで、何を交換条件に飲んでくれたんだ?」

「へ?」

「ああ、わかる?今後のネギ先生たちの情報は全てこちらに入ってきて、それを独占できるってことになったわ」

「‥たち?」

「千雨ちゃんもそうらしいねー」

「おい」

「ひぃっ!?」

 

脱兎の如く逃げ出したカモを、瞬動で踏みつける千雨。

潰れないような足加減がミソだ。

 

「なーにを勝手に決めてくれてんだてめーは!煮物にして食うぞてめぇ!!」

「おおおおお助けぇ!」

「これじゃわたしがネギに助け舟を出したのと大してかわんねーだろうが!!」

「え、そこなの‥?」

「まあまあ、口外はしないからさ♡ここは一つ穏便にいこうよー」

「くそっ、なんか損した気分だ‥‥。おい朝倉、余計なことするなよ!?力もない一般人にうろちょろされるとわたしたちどころか敵にすら迷惑がられるぞ!!」

「‥敵?なんかあるの?」

「お前そこは話せよわたしのことまで言ってんなら!!」

「ぎゃああああ!!すんません!!すんませんんんー!!」

 

これは千雨とカモの連携ミスといったところか。

カモはまだ関西呪術協会については和美に話していなかったのだ。

カモが独断先行している為連携もクソもないし、本当にネギたちについてくる気ならそのうち話さなければいけないことだったが、一般人が戦いに入ってきてしまうとそれを庇わなければならなくなる。

 

(朝倉には戦いの時は一般人のフリをしてもらって、後で情報を話すように約束づけておかないとな‥)

 

刹那ですら溜息をついてしまっているが、途中で委員長たちが来てしまった為に話を中断。

明日菜と刹那はパトロールに、和美とカモは二人して妙な笑いをしてどこかへ。

千雨は部屋に戻る前に、ネギと共に教師部屋に向かっていた。

 

「あの‥千雨さん?どうして部屋に‥」

「近衛の周りには今生徒が沢山いる。とりあえずは大丈夫だろ。明日、関西呪術協会本山に行くんだろ?ちょっとその時のことをな‥」

「は、はい」

 

「む。長谷川」

「あ、新田先生」

(わわわ!新田先生だ、どうしよう‥)

 

先程も生徒たちが新田先生に叱られたばかりだった、と思い返すネギ。

新田先生は麻帆良学園女子中等部三年の学年主任だ。

最も手を煩わされるであろう3-Aがいる旅館に来たのも、学年主任の責務と自覚してのことらしい。

夜の時間帯に、生徒である千雨が廊下をうろついているのはまずいことなのではないか。

だが。

 

「こんばんは、ちょっとネギ先生に相談がありまして。ね?」

「え、あ、はい。そ、そうなんです‥」

「なんだ、そうだったか。偉いですぞ先生、生徒の細かな悩みでも悩みは悩み。真摯に立ち向かい、共に乗り越えるのです」

「! 悩み‥‥は、はい!」

「では」

「うむ。あまり遅くなるんじゃないぞ」

 

ネギに何か思い当たる節があったのか。

大方、のどかのことだろうと当たりをつける。

このタイミングで生徒の悩みと言ったらそれくらいしか思いつかない。

考え込むネギを尻目に、新田先生に会釈をして、スタスタと立ち去る千雨。

ネギも慌てて礼をし、千雨を追う。

ちらりと老齢の教師を振り向くが、怪しむ様子などなく歩き去ってしまう。

 

「‥意外か?」

「え‥」

「あの人はただ厳格なだけさ。‥まあ、うちのガキンチョどもがめちゃくちゃ騒がしい部類に入るのも間違いないけどな‥」

「そ、そうかもしれませんね‥」

 

教師部屋に着き、二人して座布団に座る。

お茶を飲んで一息ついているネギを見て、千雨は感慨に耽る。

 

(‥遂にここまで来たんだな)

 

明日、総本山へ向かう。

関西呪術協会という名は聞いたことがなかったが、修学旅行出発前にエヴァンジェリンと話して確信を持った。

関西呪術協会には恐らく詠春がいる。

戦いの後にジャパンのキョウトに行くと言っていた。

いなくとも、神鳴流剣士として、ある程度のつながりがあるんだろう。

本山に行けば、なにかしらの接触があるはずだ。

 

「‥ネギ。明日の確認だ。わたしは明日の本山にはついていけない」

「は、はい。いいんちょさん達の三班は、自由行動で映画村に行くと‥」

「ああ。一応約束もしちまったしな‥いざとなれば動ける方法もなくはないが。なら、それも役立たせれば良い。桜咲に近衛を連れて映画村へ来て貰えば、わたしも護衛に加われる」

「その間に僕は、アスナさんと一緒に関西呪術協会の総本山へ向かいます」

「ああ。しっかり親書を届けてこい。連絡手段は携帯でな」

「はい!」

 

さて、と区切りをつける。

ここからが本題だ。

 

「‥ネギ。総本山に行く時だが‥」

「また、妨害が入るかもしれないってことですよね‥‥」

「‥それもあるが、ちょっと違う。総本山に行った後だ」

「行った後?」

「‥詠春って人がいるはずだ。その人に会ったら、詳しく話を聞け」

「話って‥なにをですか?」

「‥‥お前の父親の話だ。エヴァンジェリンから聞いていただろ?お前の親父の家があるって」

「あ‥」

 

どうやら忘れていたらしい。

修学旅行に来てからネギはずっと働きっぱなしだ。

無理もない。

 

「お前の親父の足跡を辿れ。その為にも京都に来たんだろ」

「そ、そうです!」

「よし。あと、詠春さんにまた後日会いに行くって言っておいてくれ」

「お、お知り合いなんですか?」

「まあな。できれば会って確かめたいことがあるんだけど‥しゃあねえからな。せっかく日本に来たんだし、時間はある。ああ、それと」

「はい?」

「“二世が会いに行く”って、これだけで良いよ」

「にせい?」

 

にせいとは何のことかと首を傾げるネギだが、とりあえず了承しておく。

うん、と頷く千雨。

更に続けて言葉を発する。

 

「‥ナギに近づけるのは間違い無い。だが、ナギに近づくにはそれ相応の危険があることを知っておけ」

「危険って‥父さんは、何か危ないことに巻き込まれたんですか!?」

「そこも含めて詠春さんに聞いてこい。詠春さんに教えられたこと以上のことはお前に教えてやれねえ。それがお前の親父の仲間たちの間での取り決めだ」

「!? ど、どうして父さんの仲間が、僕と関わりが‥!?」

「多分そこは聞けると思うぜ。お前はお前の足で、ナギに近づいているからな」

 

あたふたし始めたネギ。

こういうところだけ見ると本当に子供にしか見えない。

だが、先ほどの男らしい顔。

木乃香を取り返す時は先頭に立って猿女に立ち向かったと聞いた。

一人前の魔法使いまであと少しだ。

 

「‥ネギ。忘れてたけど、宮崎の件もちゃんと考えとけよ」

「!!」

「早めに答えを出せとは言わねえよ。イエスでもノーでも、そのどちらでもない答えでも」

「はいかいいえ以外の答え‥ですか?そんなのがあるんですか!?」

「ちゃんと真摯に、そして紳士的に考えたら思いつく筈だぜ?それにこういうことには慣れておいた方がいい。お前はモテるらしいからな」

「も、モテる!?だ、誰がそんなことを!?」

「朝倉。信憑性ありそうだろ」

「ううっ、たしかに‥」

 

何せ魔法使いの秘密を暴かれた直後だ。

一般のクラスメイトだが、明らかに情報に関してはその扱いが卓越している。

 

「で、でもそんな相手いませんよ。のどかさんはともかく‥」

「‥気付いてないのか。あの金色の溢れすぎてる愛に‥」

「へ?」

「いや。‥それに、身近なところに相手がいるかもしれないぜ?」

「え‥」

 

身近なところ。

真っ先に思いついたのは明日菜だ。

ネギが麻帆良に来てから顔を見ない日はないし、エヴァンジェリン戦の時もずっと助けてくれた。

姉のような存在になっている。

少し乱暴者だし、喧嘩もするが‥。

 

あとは?

他には、最近になっていつでもそばにいる‥。

 

「‥‥ネギ?」

「え!!?」

「うわ、なんだお前」

「なななななんでもありませぇん!!」

「‥そうか?まあいいや。わたしは寝る。お前も見回りに行くなら早いうちに行って、おかしなところがないかだけ確かめとけ。その間の近衛の守りは任せろ」

「は、はい。ありがとうございます、千雨さん‥」

 

顔が真っ赤になったネギを置いて、部屋を出る千雨。

あの顔。

千雨が覗くともっと赤くなっていた。

まさか、と思う千雨。

それとも、異性に免疫がないだけか。

 

「‥4月も終わるってのに、暑いな‥」

 

千雨は鏡を見なくて幸運だったと言えるだろう。

今鏡を見て自分の顔を確認すると、きっと千雨は気付いてしまう。

そんな感情を、持てるはずもないのに。

相手は、主人(マスター)の息子なのだ。

 

「‥あり得るはずがない、そんなこと‥さ」

「見つけましたわよ千雨さん!!!」

 

熱が冷めてきた、と千雨たち三班の部屋に入ろうとした矢先にかけられた言葉。

何事だと振り向くと、浴衣姿の委員長が枕を4つも持って仁王立ちしていた。

 

「‥委員長‥‥なんだ?てゆーかわたしもう寝たいんだけど。‥おい村上、なんでわたしを押しやるんだ」

「え、えへへー」

「おい部屋に入れろ。嫌な予感がひしひしとしてきた。那波‥ザジてめーピエロ野郎」

「あらあらうふふ」

「‥」

「あらあらうふふとか声に出すなええい押すな!わかった!!話聞くからとりあえず部屋に」

「“ネギ先生とラブラブキッス大作戦♡”ですわ!!いきますわよ、千雨さん!!!」

「‥‥勘弁してくれ」

 

修学旅行二日目の夜。

仁義なき女の戦いが始まる。




さーて、次回はお楽しみ回です(多分。
今回で二日目終わる予定だったんですけどねー。
その分三日目四日目がスムーズに行くように練られた筈。
修学旅行編はあと5,6話続く予定です。
長いって?
元々の物語が完成度高すぎるんですよ無理ゲーです。


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【17】恋の試練と従者の覚悟

およそ三週間ぶりでしょうか。
身内に不幸があり、色々整理してようやく余裕を持ちまして今回投稿に至りました。
遅れまして誠に申し訳ありませんでした。
その代わりと言ってはなんですが、二話分くらいあります。
では、どうぞ。


手にしたのは力。

先人に近づいたと言われるほどの。

だが、穏やかな平穏が手に入るとするならば。

彼女が歩んできた戦いの道は、意味がなかったと言えるのか。

 

 

********************

 

 

「修学旅行特別企画!!“くちびる争奪!!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦”〜〜〜!!!」

 

朝倉和美は興奮していた。

修学旅行。

それは、うら若き少女たちが刻む青春の1ページ。

3年生となって未だ平和に進んでいた学生生活。

その平穏を、ぶち壊す企画。

ネギ先生、感謝するよ。

君のおかげでクラスは湧き上がる。

そして食券トトカルチョでがっぽり懐が潤うんだ。

 

『‥おい、これマジでやんの?』

『準備はよろしくて!?千雨さん!!』

『ていうかキッスってなんだよ誰にやんだよ。‥‥おい、まさか』

『もちろんネギ先生ですわ!ネギ先生の麗しき唇を‥‥私たちの手で御守りするのです!!』

 

 

「千雨の姐さんは乗り気じゃなさそうだな‥」

「千雨ちゃんって結局何者なの?最近ちょっと様子変だったよね」

「えーっとだな‥。魔法世界出身の剣闘士なんだ。見た目はただのメガネ女子だが、歴戦の戦士だぜ」

「えー!?戦士って‥‥なにそれ?」

 

画面越しにマジマジと千雨を見る。

普段通りの面倒臭そうな顔だ。

イベントに無理矢理参加させられているからか寧ろ眉間のシワが深い。

所作に変わりはない。

古菲や楓のようにおかしな身体能力を発揮してもいない。

 

「‥人間、一目じゃその人のことなんて何もわからないもんだねえ。ネギくんのことに気がつかなかった私の台詞じゃないけど」

「千雨の姐さんっていつから麻帆良にいるんだ?」

「え? 確か‥中学一年生の二学期に転校してきたんだよ。珍しい時期に転校してきたからよく覚えてる」

「‥‥んん?」

 

カモの動きが止まる。

 

(‥待てよ?)

 

前にも言っていたが、千雨はネギを見守りに麻帆良に来たはずだ。

それは本人が言っていた言葉だ、間違いないだろう。

だが、ネギが麻帆良学園に来たのは千雨たちが中学二年生の二月。

そして千雨が麻帆良学園に来たのはその一年と半年前。

 

時期が合わない。

 

(‥何か、まだ隠していることがあるってことか?)

 

「どしたの?選手紹介始めるよ!」

「お、おう!」

 

未だ謎が多い長谷川千雨。

エヴァンジェリン戦の時は力を貸してくれたし、ネギを優しくサポートしてくれている。

 

だが、何かの琴線に触れたら。

もし何かしらの敵意を持っていたら。

彼女に敵う人間はネギの陣営にはいない。

エヴァンジェリンを上手く戦いの場に引き込めたとしても、危うい。

 

(隠し事が何かってのは‥そのうち晴らしておきてえことだ。けど、下手に藪を突くと蛇どころか龍が出ちまう。謎はあるが暴けず、もしかしたら敵性があるかもしれない。おっそろしいお人だ‥)

 

カモは自身の憂いが杞憂に終わることを心から願っていた。

 

 

********************

 

 

「‥要するに、ネギとキスをした奴は優勝。互いの妨害は枕を使ってなら可能。見回りの新田先生に見つかれば翌朝までロビーで正座。優勝者には豪華賞品‥‥?豪華賞品って、なんだそりゃ?」

「そんなことはどうでも良いのです!!重要なのは対象がネギ先生であるということ!参加者のうちのまき絵さんなどは特に本気ですわ!なんとしてもネギ先生の唇を守らないと!!」

「‥‥で、わたしたちはどこへ向かってるんだよこれは」

「もちろん、ネギ先生がいらっしゃる教師部屋ですわ!!」

 

ネギを守るだけなら別にネギに会いに行く必要はないんじゃないかと頭痛がしてきた千雨だが、どうせツッコんだところで委員長に押し切られるだけだ。

諦めてついていこう、と溜息を吐こうとしたとき、向かいの十字路付近へと歩く気配が壁の向こうから響いた。

戦闘用のスイッチが入っていない今の千雨は、戦闘能力が著しく落ちてはいるものの、五感が鈍ったわけではない。

 

(このタイミングで来るのは‥まあ、参加者しかいないよな。足音は普通くらいの重さ‥軽めだな。4班か)

 

1班の鳴滝姉妹ほど足音は軽くない。

2班は古菲の他に楓がおり、そもそも足音がない。

5班は4班の二人とそれほど体格差があるわけでないが、夕映はともかくのどかの歩行速度がそれほど速いとは思えない。

戦闘者としての経験を以てすれば簡単に予想がつく。

 

まき絵と裕奈の二人。

まき絵は参加意欲がかなりある方らしい。

裕奈は面白そうってだけか。

 

「‥おい、委員長‥」

「! ‥わかりましたわ」

 

委員長に声をかけ、敵が近いことを伝える。

 

このようなクラスぐるみのイベントの時の千雨のスタンスは統一されている。

真面目に楽しむこと。

アホらしいと思うし無駄だとも思うが、日本に来た時のクラス歓迎会で約束されたことだ。

「楽しんでください」という、クラス総出で追いかけられ、泥だらけになった委員長から掛けられた言葉が忘れられないのだ。

 

委員長と千雨は十字路の角に忍び足で向かい、委員長が枕を構える。

見つからないように隠れる関係上、待ち伏せできるのは一人まで。

千雨は委員長の後ろに待機していた。

 

足音が大きくなる。

委員長も聞こえるようになっていた。

影が、見えた。

にやりと笑う委員長。

明日菜と喧嘩しているときもそうだが、委員長は戦うときや勝負しているときはかなり活き活きしている。

 

足が見え、顔と身体が見えた。

先頭はまき絵だ。

まき絵もこちらに気づいてギョッとした顔をして枕を構えようとするが、委員長の方が当然早い。

次の瞬間、委員長が手に持った枕をまき絵の顔にたたきつけていた。

 

「って投げないのかよ!?」

「枕を使いさえすればなんでもありですわ!!」

「てっきり枕投げっていう修学旅行限定の遊びだと思ったじゃねーか!」

「まき絵!」

「うにゃあ~‥」

 

ちなみに枕投げはお泊りの時限定の特別遊戯です。

 

委員長からまともに攻撃を食らったまき絵は目を回す。

チャンスとばかりに追撃に出る委員長。

それを横から止めようとする裕奈。

更にそれを委員長の後ろから止めようとする千雨。

 

「とどめ!!」

「そうはいくかにゃー!!」

「これどこまでやるん‥‥!?」

 

三人に突如飛来する三つの枕。

正確に三人の顔を狙っている。

千雨はすぐに顔を逸らして避けるも、委員長と裕奈はそれぞれの標的に夢中で気づかず、枕を顔面と頭で受け止めた。

 

「新手か!」

「‥」

「古‥と、長瀬!2班か!」

 

すぐに枕を構えるが、二人の様子がおかしい。

特に古菲だ。

あの戦闘狂(バトルマニア)がすぐにとびかかってこないのだ。

二人とも神妙な顔つきでこちらを見ている。

心なしか、こちらをというより千雨を見ている気がした。

 

「‥なんだ?お前ら」

「‥‥長谷川、今の避けたアルか?」

「あ?‥‥‥‥やべ」

 

古菲の目は真っすぐ千雨を見て逸らさない。

魔法世界の猛獣たちと同じ目だ、と息を飲む千雨。

敵性を持った獲物を見つけたとき、獣は全集中力を獲物のみに注ぐ。

狩るか、狩られるか。

それを全身で受け止めて尚、立ち臨む千雨。

古菲も楓も気づいた。

相手をしてくれる、と。

 

「‥‥長谷川」

「言いたいことはわかる。問い詰めたいこともあるだろう。けど、今はゲームの真っただ中だ。まずは楽しむこと。違うか?」

 

ニヤリと口角を上げる千雨。

古菲も同様の顔をする。

向かい合う二匹の獣。

その様子を、古菲の後ろで柳のように立つ楓は見ていた。

 

(‥まさか、本当に隠し事があるとは。エヴァ殿とのやり取りも‥‥。いや、これ以上の詮索は不要。あとは己の目で見て物事を受け入れるのみ)

 

楓の眼力は、常のエヴァンジェリンも人間ではないことを見抜いていた。

だからこそ、千雨がエヴァンジェリンと話をしようとしていたあの日、一つの意思確認を行ったのだ。

 

楓が手を出してくる気がないことに気づき、ひとまず安堵する千雨。

いくらなんでも戦闘用のスイッチを入れてまで古菲の相手をする気はなかった。

古菲の練武の様子を時々目にする機会があったが、裏のレベルで通用するほどではない。

そもそも古菲は恐らく裏の人間ではないのだ。

ならば、こちらもそれなりの相手取りをすればよいだけ。

そんな平素の状態で二人同時に相手するというのは勘弁してほしかった。

 

「‥言っとくけど、枕は使えよ」

「えー、それじゃちゃんと闘えないアル」

「言ったろ?ゲームなんだぜ、これは。全力出せなくてもゲームはゲームだ。楽しまないとな?」

「ム‥‥。長谷川、悪どいアルな」

「そうか‥よ!!」

 

手持ちの枕は2つ。

古菲は今しがた楓から借りたであろう一つの枕を加えて3つ所持していたが、全て放って0だ。

ならば話は早い。

千雨は枕を古菲に拾われないうちに古菲を仕留めればよいだけとなる。

 

千雨が枕を両手に持って攻める。

既に人を卓越した体捌きを隠す気などない。

魔法世界育ちとはいえ、さらに立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指しているわけでもない千雨に、魔法や裏事情の秘匿というものはあまり心得がない。

先ほどのネギと和美の件はネギの進退に関わるから解決策を考えようとしただけだった。

 

古菲はまず、千雨が前に出てきたことに驚く。

普段クラスの片隅で、一人静かにノートパソコンと向き合う姿からは想像もつかない姿勢だ。

しかし古菲は後手に周り、千雨の攻撃を防ぐことしかできない。

枕を持っていないのでルール上攻撃ができないのだ。

 

ならば打てる手は二つ。

一つは隙を見て床に落ちている枕を拾う。

もう一つは‥。

迫る枕を見やる古菲。

 

「どうした中武研部長!部員が泣くぞそんな姿だと!」

 

だとしても、よく防いでいると感心する千雨。

千雨のような武芸者の攻勢に対しても、未だクリーンヒットはない。

千雨は今までとにかくパワー———“気”や魔力を鍛え上げるのに徹していたが、古菲は武術を身につけることを重視していたのかもしれない。

単純な近接戦の武術の精度は古菲の方が上だろう。

しかも千雨は今そのパワーすら発揮していない。

よって現在、攻めているのは千雨だが有利なのは古菲である。

 

「ふっ」

「!」

 

古菲の顔に迫る枕を、無造作に蹴り上げる。

勢いよく打ち上げられた枕は天井に打ちあがるが、落ちてくる前に千雨はもう一つの枕を既に振るっていた。

片足が上がっているという不安定な状態で枕の横振りを受ける古菲。

狙われたのは腹部だったが、両腕を防御に回して何とか受け切っていた。

 

息を吐かされながらも、今度は打ち上げられた枕に振り上げた足を添える。

 

「お」

「アイイッ!!」

 

千雨から受けた勢いそのままに、胴体と蹴り足を連動して回転するように足を振り下ろす。

もちろん枕も踵の下だ。

それに対し千雨は、額に右腕をくっつけて蹴りを枕ごと受け止めていた。

一般的男性並みにしか膂力がない今の千雨に、古菲の全力の踵落としを受けることはできない。

右腕のみだけではなく身体全体で受けたから古菲の豪脚を防げたのだ。

 

バッとすぐに離れる古菲。

枕を足でちゃっかり掴み、結果的に千雨から枕を奪い取っている。

 

「円を描くような動き‥‥中国拳法の動きだな」

「中国三大内家拳の一つ、八卦掌アル!他にも形意拳を使えるアルよ!」

「‥いや、そこまで聞いてねえよ‥。自分から手の内明かしてどうすんだてめーは」

「千雨の動きも武芸者のそれアル!一人の武芸者として、師に恥じることのない組手をするネ!」

「師に恥じない‥ねえ」

 

自身の師であるラカンを思い浮かべる。

自分の戦っている姿を見れば、下手なところを見れば笑うし真面目に戦っていても茶々を入れてくるだろう。

師に恥じない‥など死んでも千雨からは出ない思想だ。

あんなテキトーな師匠に恥じるもクソもない。

 

「う‥ううん。一体なんですの?」

「‥あ、あれ‥‥?‥うわ、ゆーな!?」

「起きたか委員長。お客さんが来てるぜ」

 

委員長とまき絵が目を覚ましたようだ。

裕奈はまだ起きず、まき絵に起こされている。

委員長はハッと古菲と楓を見る。

状況は把握できたらしい。

 

「ち、千雨さん下がって!古菲さん、楓さん!私がお相手いたしますわ!!」

「へ?」

「ヌ?」

 

委員長の発言に呆気に取られる武闘派三人。

その様子をカメラ中継で見ていたクラスメイト達もぽかんと呆ける。

どうやら千雨では古菲や楓には太刀打ちできないと考えているようだ。

実際千雨の普段の様子では、今の今まで古菲と枕越しの激闘を繰り広げていたとは想像もつかないだろう。

 

「さあ!千雨さんは援護をお願いします!」

「‥‥えっと‥」

「いいんちょから相手するアルか!?」

「ううむ‥‥些か面倒でござるなこれは。然らば」

 

腕を組んでいた楓。

スナップを利かせて手首を振り、何かが放たれる。

超人的な楓の動きから放られた物体を正確に捉えた千雨の目には、それが包帯のような白い帯で丸められた球体であるということしかわからなかった。

 

球体が床に叩きつけられた瞬間、大量の煙が皆の視界を覆う。

突然の事態に皆の動きが固まり、視聴者たちも戸惑いの声を挙げる。

 

何の真似だ、と楓を見ると、何故か煙の中でも目が合った。

細目がはっきりと開かれ、振り返って歩いていく。

古菲もうんうんと千雨の方を向いてうなずき、楓に小走りで追従していった。

 

「ついて来いってか」

「うわっ!?なんだこれは!!おまえたち、何をしとるかー!!!」

 

げ、新田。

 

めんどうなのが来た、と毒づく千雨。

既に委員長もまき絵もこの場にはいない。

煙に乗じて姿を隠して逃げたらしい。

千雨もすぐにその場を離れようとするが、倒れているままの裕奈に目が行く。

迷うことなく手を合わせて裕奈の不幸を憐れみつつ、楓と古菲を追った。

途中裕奈の断末魔のような悲鳴が聞こえたが、不幸なことだと嘆くだけだ。

見捨てた事実はさらりと捨て置く。

 

二人の後を追うと、非常口にたどり着く。

どうやら外でお互いの疑念を晴らそうと言う誘いらしい。

確かに外なら和美の仕掛けた監視カメラもないだろうし、クラスメイト達に超人的身体能力を見られることもない。

非常口を潜ると、月光の明かりが楓と古菲を照らしていた。

二人とも平素の佇まいではなく、立つ姿も隙が無い。

 

「存分にやろうってか。‥もう手遅れだと思うけどな。いや、今は“なんだかすごくよく跳ねる人”程度で済んでいるのか?」

「あと千雨は“武術すごい人”も入ったアルな」

「うむ。すでに皆からは武人と捉えられたことでござろう。これからは堂々と力を振るえるでござるよ」

「嫌に決まってんだろ?こっちの世界の私生活にこんなもんいらねーよ」

「では何故あのような動きが出来るようになるまで?普段ひた隠しにする理由もわからぬ」

「‥‥別に、隠してたわけじゃない。使う必要がなかったから使わなかった。そんだけだよ」

 

この言葉に嘘はない。

できるだけ魔法戦闘には顔を出さなかったし、麻帆良学園に来てから戦ったと言えるのは近右衛門とエヴァンジェリンくらいだ。

だが、もしクラスメイトや人命が、目の前で脅かされていたら。

千雨は躊躇なくその能力を発揮しただろう。

真なる魔法使い(マギステル・マギ)の思想が根底にあるのだ。

 

「この力も、まだ役には立ってないが‥いずれ必要になるから手に入れたもの。その為に鍛え続けただけだ」

「いずれ‥とは?随分ネギ坊主のことを気に掛けるが、何か関係があるのでござるか?」

「なんだ?今日はぐいぐい来るじゃねえか。普段は触れてほしくないなら関わらない、みたいなスタンスの癖によ」

「ふむ。確かに‥そうやもしれぬな。だが、親しい友が険しい道を歩むとするならば‥その手助けをしたいと思うのが人情」

「と、友って‥‥よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるなお前‥」

 

千雨は頬を赤らめてそっぽを向いているが、楓は先ほどの真剣な表情はどこへやら、ニンニンと笑って千雨を見つめている。

古菲は蚊帳の外で青春アルなー、と腕組みをして眺めている。

今この瞬間だけ歳を取ったかのようだ。

 

「‥あー‥とだな。じゃあ、なんだ?お前らはわたしのこれまでの経緯が知りたいだけで、わたしの力の程は別に良いんだな?」

「私は腕試しのつもりアル」

「同じく。それとこれとは話が別でござる」

「‥だと思ったぜ、バカどもめ」

 

枕を地面に落とし、手首をぷらぷらする千雨。

両手の指を曲げ、あまりの力に骨が軋んだ音が鳴る。

戦闘用のスイッチを入れ、すぐに臨戦態勢に入る。

二人の少女は、目の前のメガネ少女が先ほどまでとは別人かのような気配を発し始めたことに、思わず身構えてしまう。

冷や汗を流す楓。

予想はしていたが、これは早まったか。

 

「‥さて、どうする?」

「では、拙者から‥」

 

楓が動いた様子はなかった。

千雨も目を逸らしていない。

だが、確かに千雨の後ろで何かを振るおうとしている誰かがいることを、千雨の触覚は空気を伝って察知していた。

 

「なんだこりゃ‥!?」

 

振り向きつつその振るわれた何かを腕で防ぐと、なんともう一人楓がいた。

分身。

それはわかるがいつの間に!?

 

「てめ、まさかわたしが外に出る前から‥!」

「すまぬが、それほどの相手だと認めている証でござるよ!」

「アホかー!!そこまでするか普通!?ずっと気配消して分身待機させてやがったな!?」

 

二人の楓が千雨を攻め続ける。

既に枕は捨てている。

千雨も楓もだが、お互いに今はイベントの時間ではないということだろう。

だが、無手のまま武具も苦無も出そうとはしない。

 

「楓忍法!煙遁連弾!!」

「ん!?」

 

一人の楓が千雨の相手を続ける間に、少し後方でもう一人の楓が先刻と同様の煙を起こす。

瞬く間に煙が千雨たちを覆い、その視界を遮るが、千雨は止まらず楓の一人と腕や足を合わせ続ける。

 

「‥なんだ、お前の本体はなにしてんだ?忍法とか隠す気さらさらねえみてえだな」

「人に物を尋ねようと言うのに、こちらが代価を払わないとは道理が通らぬ。拙者はお主には隠し事はなしにしたい」

「はっ‥‥わたしはこの力のことはともかく、隠してることなんざ数えきれないくらいあるがな!」

 

ハイキックを楓に当てに行く千雨。

千雨の相手をしている楓は分身である。

攻撃の質は軽く、簡単に払ってしまえるものだ。

相手にしていてもつまらないのである。

 

防御するも、踏ん張り切れず吹き飛ぶ楓の分身。

そのまま消えゆき、煙の中に千雨が一人だけで立つ。

 

「とっとと来いよ大本命。わざわざ煙を吹き飛ばさずにお前の策に乗ってやってんだぜ?」

「では、遠慮なく」

 

楓の拳が煙より突如出てきて千雨の眼前に迫る。

腕の表部分で受けるが、軽い。

新たに作り出された分身だろう。

一手目は誘導と見て、それに千雨は乗ったということになる。

 

間髪入れず千雨の右側面から蹴りが飛んでくる。

今度は右足を上げて蹴りを受けるが、これまた軽い。

更に次、またその次と拳や足、肘打ちが次から次へと千雨の八方から迫るが、千雨はその場から一歩も動かず全て叩き落としていく。

分身の数は優に十体は超えているが、どれも所詮分身だ。

戦闘用のスイッチを入れた千雨には軽すぎた。

 

「‥さて、ここからどうしていく気だ?分身については流石ジャパニーズ・ニンジャといったところだが、どれも決定打にはなってねーぜ」

「ここからでござるよ。一発くらいは入れられる力があるとお主に示さねば、話にすら入れなさそうでござるからな」

「察しがいいじゃねえか。その通りだ、力がなければ意味はねえ」

 

丹田に力を入れ、“気”を全身から発し、煙ごと楓の分身たちを吹き飛ばす千雨。

 

「ただわめくだけのガキに出来ることはない。徒に戦場に首を突っ込んだ程度じゃあその首が飛ぶだけさ。だからこそガキには時間が要る。好き勝手できるくらいの力を身に着ける、成長の時間がな」

 

辺りを見渡す千雨。

誰も見当たらない。

逃げた?

 

「‥まさか、そんなことはねえよな?」

「無論」

 

千雨が立つ地面が砕け飛び、千雨も吹き飛ばされる。

煙が巻く中、地中へと潜って機を窺っていたらしい楓。

 

「地の上じゃ勝てないからって空の中か!?だとしても変わんねーよ!!」

「楓忍法四つ身分身!!」

「馬鹿の一つ覚えかよ!!」

 

四人の楓が千雨の手足をそれぞれ掴み、鎬固めで締める。

だが、さっきも振りほどいたように分身程度なら簡単に‥。

 

「‥ん!?」

「すまぬが先とは違って“気”を込めた分身でござる!そう簡単には‥!」

「ふん!!」

 

一瞬、千雨の動きが止まったのは間違いない。

分身を振りほどこうと力を全身に込めたが、予想していた手応え以上に力が必要だったのだ。

だが、それも力の余裕が許す限り力を込めれば良い話。

残念ながら、楓には今の千雨を止め続けることはできなかった。

 

止め続けることは、だが。

 

「隙アリ!!アル!!!」

「な」

 

千雨が煙を晴らしたとき、辺りには誰もいなかった。

楓も、古菲もである。

楓は地中に潜っていた。

では、古菲は?

 

千雨より更に上から振り下ろされた蹴りが、答えを示していた。

 

だが、それすらも歴戦の剣闘士は防いでしまう。

内心はかなり危なかったというのが事実だが。

古菲が律儀に声を上げなければ確実に一発、千雨の後頭部に決まっていただろう。

しかし。

 

「‥ま、そうくるよなあ」

「うむ。拙者たちの勝ちでござるな」

 

千雨の背中に、楓の手刀が添えられていた。

分身を作った楓はそれでも地上に待機していた。

決定的な機を逃さない様に千雨の動きを注意深く観察していた楓は、古菲の全力とも言える飛び蹴りにその全身全霊を以て対処する瞬間を見逃さなかったのだ。

 

「だが、これも一対二。どうでござるか、今度は拙者一人で試すのも良いとは思わぬか?千雨殿」

「私もそれがイイアル。いくら相手が強くても、これじゃ腕試しの意味がないネ」

「‥また今度な。今日はわたしの負けにしといてやるよ。それに、良い機会だしな‥」

 

千雨がチラリと草陰に目線を送る。

楓もふむ、と思案顔で、千雨の邪魔をする気はないらしい。

 

「‥わたしはな、戦う力が要るって言ってもな‥それこそ世界を救っちまう連中以上の力が必要なのさ」

「‥セカイ?」

「おい、イントネーション変だぞ、古」

 

ふう、と溜息を吐く。

どこから話そうか、と頭の中で整理し始め、天を仰ぐ。

 

「‥わたしは‥赤ん坊のころ、ある一人の男に拾われた。そいつとそいつの仲間たちは、ある一つの世界を丸ごと救った英雄たちだった‥‥紅き翼(アラ・ルブラ)っていうんだけどよ」

「‥それは、拙者たちが知らぬ世界のことでござろうか?」

「んー、まあその紅き翼(アラ・ルブラ)って名前にピンとこないなら、そうなるな。その世界じゃあ、その英雄一行の名前を知らない奴は余程の世間知らずかモグリだ。特に、そのリーダー‥ナギ・スプリングフィールドの名前は、全世界に轟いた。終戦の立役者として。それが二十年前の話‥」

「‥‥スプリング、フィールド?」

「‥ム?確か、ネギ坊主の‥」

「そう、アイツの親父だ。そして‥」

 

懐から一枚のカードを取り出す。

それは、先人たちからもらった4つの品のうちの一つ。

 

「わたしのマスターでもある」

「おお、綺麗なカードアル!」

「そのカードは?かなり幼い千雨殿が映っているが‥」

「これは‥‥契約に対する従者の証。ネギの親父がわたしの主人なのさ。あんまり大層なモンじゃない」

「‥それが、お主の力を求める理由、でござるか?」

「‥‥察しがいいな、相も変わらず。‥‥アイツは、行方不明だ。今もな‥」

「何かあったということでござるか?」

「‥何となくの顛末を聞いただけだ、わたしは。まだガキで、詳しいことは知らされなかった。‥‥行方不明か、敵に捕らわれたか‥‥それとも、本当に死んだのか」

 

千雨の言葉に、楓は気が付く。

千雨の先ほどの言葉。

 

『ただわめくだけのガキに出来ることはない。徒に戦場に首を突っ込んだ程度じゃあその首が飛ぶだけさ。だからこそガキには時間が要る。好き勝手できるくらいの力を身に着ける、成長の時間がな』

 

あの言葉は楓たちか、はたまたネギに言っている言葉だと思ったが、違った。

千雨自身が、子供であったことを嘆いた苦悩の時間があったのだ。

その苦悩の程を、楓が知ることはできない。

だが苦悩の結果が、今の千雨の力を得ることに繋がっているのならば、その程は想像に難くない。

 

「じゃあ、ネギ坊主に気をかけるのは、長谷川がネギ坊主のオヤジに世話になったからアルか?」

「‥どう、かな。最初はそのつもりだったんだがな。‥今は、アイツを見ているつもりだ。ナギの息子ではなく、新任の教師でもなく、ネギを‥ネギ自身を、な」

 

かさり、と草陰が音を立てる。

風アルか?と目をやるが、すぐに目線を千雨に戻す古菲。

 

「‥千雨殿は、その力を使ってどうする気でござるか?先程の、英雄たちを超える力とは‥‥」

「‥その英雄が、敵に回る可能性がある」

「千雨の味方じゃないアルか?」

「まだ詳しいことは分からねえ。けど、その可能性は高い。推論だけどな。どちらにせよ、ネギの親父にしろその敵にしろ‥わたしはまだ、そのレベルにたどりついていない。わたしとは二段三段程度は差がある」

「高い目標でござるな‥」

「無理だと思うか?」

「‥いや、千雨殿の覚悟こそ確固たるもの。必ずや、その地まで辿り着けるでござるよ」

「‥ま、まあ‥‥わたしだからな。なんとかするさ」

 

千雨はぽりぽりと頬をかきながら、照れた顔でなんとか返事をする。

楓も古菲も気を抜き、リラックスして息をつく。

まさか同じクラスにこんな古強者がいたとは。

しかも、まだ成長の過程にあって更に上を目指すという。

 

「‥では、戻ろうか?ネギ坊主を探さねばな」

「あ、忘れてたアル!」

「やべ‥委員長一人だよないま。‥いや、なんとかするかアイツは‥ネギ絡みだし。‥‥」

 

千雨が踵を返すものの、なにを思ったのかピタリと止まってしまう。

楓と古菲が首を傾げるが、千雨は動かない。

 

「‥先行ってろ。少し疲れた‥」

「大丈夫でござるか?拙者たちの言葉ではないでござるが」

「まったく以ってその通りだが、大丈夫だ。‥少し休んでから動く。委員長にはお手柔らかに頼むわ」

「わかったアル。いいんちょーは優しく撫でておくアルネ」

「いや、お前の撫でるは不安だな?」

 

二人が非常口に戻っていく。

二人の足音が完全に遠のいたとわかるまでその場に座って顔を伏せる千雨。

そしてその人間の肩を、もう一人の千雨が叩いた。

 

「覗き見か?良い趣味じゃあ‥‥!?」

 

途中から、誰かが千雨たちの戦いを見ていることには気づいていた。

その位置を特定できたのはついさっきだ。

煙に紛れて分身を作った楓と同じように、一人分だけ分身を作った千雨。

楓を真似てみたが、どうにも複数分身を作るというのは簡単ではないらしい。

そして、その分身に覗き魔を探させていた。

だがその覗き魔は、今の千雨にとっては最悪と言っても過言ではない相手だったのだ。

 

「‥ネギ!?」

「千雨さん!?わわわわ!!」

「お前、なんでここに‥教師部屋にいるんじゃねえのかよ!?」

「あの、その、ぼく‥‥見回りで‥!」

 

外敵が来ていないか見回りに出ていたようだ。

もっとガキっぽく悪びれろと思ったことはあるが、善意で夜遅くに出ていたらしい。

なんて間の悪いというか、ネギ的にはラッキーなのかもしれないが。

 

(‥ってことは委員長たち、誰とキスしようとしてんだ?)

 

覗き魔はせいぜいイベントに参加している生徒か、それとも関西呪術協会が偵察にでも来てたのかと思っていた千雨。

だが、これでは。

これはあまりにもないだろう。

千雨は、まだ聞かせる予定ではない話までネギにしてしまったのだ。

 

「‥‥あーっと、な?見回りご苦労様、ネギ。あとはわたしがやっとくからよ、もうガキは寝る時間だぜ?」

「千雨さん」

「ああ、それと今旅館の中でイベントやってるから参加してやれよ。あのイベント、お前がいないと話に‥」

「僕は!!」

 

思わず声を止める千雨。

今まで聞いた中で、ネギの一番大きな声。

 

「‥僕は、6年前‥‥父さんに命を救われました」

「‥ああ、聞いたよ。直接会ったんだって?にわかには信じかたいが‥嘘をつく理由はねえよな」

「‥‥千雨さんは、それがあり得ないことだと‥‥思ってるんですね?」

「ああ。わたしの推測通りなら‥‥ナギはそこに現れるなんてことはできないはずなんだ。けど、ナギは来た。イギリスへ、そしてお前を助けた」

「‥貴女が、父さんを探しているのは‥千雨さんが従者だから、なんですよね」

「‥‥そうだ。‥いや、厳密に言うと違うかな。ナギがいなくなっちまう前日。わたしもナギたちに付いて行きたかったが‥‥断られた。その代わりに得たのがこのカード。そしてナギが帰ってきたら、ナギの力になれるよう努力する筈だった。‥まさか、こんなことになるとは思ってなかったよ」

 

もう一度、古菲たちに見せたように仮契約(パクティオー)カードを翳す千雨。

ここまで話を聞かれて、それでもネギが向き合うと言うのなら。

少し早いが、認めるとしよう。

 

「ネギ。仮契約(パクティオー)カードはな。生きてるのさ」

「え?」

「魔法使いとその従者の絆が体現したもの。それがこれさ。‥そして、このカードは魔法使いが死ぬと‥カードも死ぬ。従者が死んでも同じこと」

「!!」

「従者が死ぬと従者の絵が消えるが‥‥魔法使いが死ぬとカードに描かれた魔法陣が消え、魔法使いの名も色を失う」

 

ネギの目がまじまじとカードの中の千雨に移る。

千雨の周りを囲う魔法陣は、健在。

ピラっとカードを裏返すと、Nagi Springfieldの名が銀色で刻まれているまま。

仮契約(パクティオー)カードは、まだ生きていた。

 

「じゃ、じゃあ!!」

「ナギは生きてる。今もどこかで、確実に。そしてそれを探すのがわたしの役目」

 

そして、ラカンたちから与えられた試練。

ナギの元に辿り着きたければ、自力で行け。

それを成すために、自身の成長は不可欠だった。

だからこそ、エヴァンジェリンを降せるほどに強くなった。

 

(いつか敵対するのは‥ナギやラカンクラスの化け物。または、ナギ自身‥!!)

 

ナギの相手は、数百年以上生き延びた化け物だった。

その化け物の能力が、ラカンたちが事実をひた隠しにする理由なのだろうが。

ナギに一度負けたことのあるエヴァンジェリンに負けるようでは話にならない。

そのエヴァンジェリンすらもまだ実力を出し切れてはいなかった。

千雨は、まだ遠いのだ。

 

「‥わかったか?わたしが‥お前に構う理由がよ」

「‥‥はい」

「けど、それは最初の理由。今は違う」

「え?」

 

ツカツカとネギに歩み寄り、ネギの頭をぐわしと掴む。

 

「ち、千雨さん!?」

「さっきも言ってたろ?お前を見ている。お前は、わずか10歳でエヴァンジェリンと張り合えるくらいの魔法使いになった。父親の背中を追うためにこんな日本の古都までイギリスからやってきたんだ。その努力を、わたしは見ているつもりだ。わかるか?」

「は、はい。ずっと‥心配をかけさせていると思ってます」

「ちげーよ頭でっかち」

「ええっ!!?」

 

勿論心配している。

いくらナギの子供とはいえ、まだ10歳。

ナギが規格外だと考えても、まだまだ幼いのだ。

けれども。

 

「‥‥わたしはきっと、お前に期待してんのさ」

「期待‥ですか?」

「お前がいつか、ナギを救う。フィクションのような最後、感動のシーンを‥な」

「‥‥フィクションなんかじゃ、ないです!絶対に、現実にして見せます!」

「そーかい。じゃあやっぱり必要だな」

「へ?」

「知ってんだろ?これだよ、これ」

 

千雨が手に持っているカードをひらひらとさせる。

すぐにネギは気がつく。

そのカードを得た時と同様に、瞬く間にネギの顔は真っ赤に染まった。

 

「ま、まさか‥ぱ、仮契約(パクティオー)ですか!!?」

「なんか悪いか?仮契約すると連携取りやすくなってお前に手を貸しやすくなるし、わたしは強くなれる。お互い悪いことは何もねーよ」

「で、でも‥‥ですね。そ、そのー‥‥」

「?」

 

なんでコイツ照れてるんだ?と首を傾げる千雨だが、はたと気がつく。

ネギは明日菜と仮契約(パクティオー)をした時、確かキスの儀式をやっていた。

つまり、ネギの中では“仮契約(パクティオー)=キスをする”なのだ。

だが千雨は違う。

仮契約(パクティオー)の契約儀式の中で確かに一番手っ取り早いのはキスだが、千雨は数時間にも及ぶ長ったらしい儀式を経てナギとの仮契約を果たした。

キスをするという発想自体そもそも出てこなかったのだ。

 

このマセガキ‥とそのことを指摘しようとする千雨だが、またはたと気がつく。

その仮契約(パクティオー)のやり方を知らない。

というより、覚えていない。

まだ5歳だったのだ、当然と言えば当然だが。

 

「あー‥‥くそっ、忘れてたな」

「え?えっと‥‥え?」

「あーいや、そのだな‥別にお前とのキスが‥とかじゃねーぞ?ただ、キス以外の仮契約のやり方を覚えてないってこと失念してたんだ。まあキスの時に描かなきゃいけねー魔法陣も知らねーけど」

「あ、そうですか‥」

 

ネギの胸の中でストンと何かが落ちた。

安堵に近い何かがネギの中で生まれたのだが、それが何かまでは今のネギにはわからなかった。

 

「んー‥めんどくせーな。仕方ねえが、カモミールに仮契約執り仕切ってもらうしかねーか。おい、もしキスしかなかったら我慢しろよ」

「が、我慢だなんてそんな!!」

「うん?なんだ、逆にしてーのか?マセガキだなお前も」

 

くつくつと笑う千雨に更に顔を赤くして慌てるネギだが、今目の前の少年とキスをすると想像し始めた千雨も内心焦っていた。

 

(‥このガキとキス‥。いや、別に本当に嫌ってわけじゃないし。顔は良い方だし大人になったらほぼ確実にイケメンコースだし、素直で努力家、魔法使いとしての教師修行(?)を励んでる姿も悪くは‥‥いやでも5個下の相手ってどうなんだ?‥‥いやいやいや、落ち着け千雨・長谷川・ラカン。何も付き合うとか恋人になるとかいうわけじゃなし‥)

 

「‥‥でも、本当にいいんですか?千雨さん。僕がその‥‥パートナーで」

「将来性考えると多分わたしの相手としては一番適任なんだぜ?ネギ」

「へ?」

「外聞的には、英雄2人の子供が親と同様に主従関係になるってことだからな。紅き翼(アラ・ルブラ)には他にガキいねーし‥。‥そういえば、確か詠春さんには子供が‥」

「そ、そうじゃなくて!‥僕、千雨さんよりもずっとずっと弱いです。なのに‥‥僕、千雨さんに見合ってないんじゃないかって」

「そんなもん、わたしよりも強くなればいいだろ」

「ち、千雨さんよりも強くですか!!?む、無理ですよぉ!!エヴァンジェリンさんに真正面から挑むような人よりなんて!!」

「お前の親父はエヴァンジェリンよりも強かったらしいぜ。お前がそうならない根拠でもあんのか?」

 

ナギの名前を出すとすぐに口を噤んだネギ。

やはり偉大な父に追いつくという欲求くらいは持っているか。

 

「‥早い話、お前がわたしと契約したいかしたくねーかだよ。言っとくけど、わたしに迷惑がかかるとかいうくだらない考えは捨てろよ。元々お前とわたしの目的はほとんど一致してるんだからな」

「‥」

「‥どうだ?」

 

ここまで話しておいてなんだが、少し自信がなくなってきた千雨。

嫌われてるとは思ってないし、お節介を嫌がるタイプだとも思ってないが‥。

ただ、明日菜とはOKで千雨とはNOだとなると少しムカつくとも心中では思っていた。

 

「‥‥僕は」

「‥ああ」

「是非、お願いしたいです。僕は‥‥父さんに追いつきたい。もう一度、会いたいんです!貴女と、一緒に‥!」

「‥‥決まりだな」

 

千雨の表情は穏やかなものだった。

マスターの息子と契約して、マスターを探し出す。

なんとも奇妙な関係で、しかも千雨にとっては2人目のマスターだ。

通常魔法使いが従者を複数持つことはあっても、従者がマスターを複数持つことは極めて少ない。

これは、マスターから従者に向けて何事かを仕向ける、又は与える場合が多いからだ、と言われている。

簡単な例だと従者を召喚する場合だろう。

それぞれのマスターのタイミングが重なれば、従者に負担がかかる。

これはマスターが魔力を複数の従者に与える場合もそうかもしれないが、その場合はマスターの技量・魔力量でどうにかなるのだ。

 

千雨の表情とは反対に、ネギの顔はまだ赤い。

 

(‥こいつ、わたしとのキスを考えてやがるのか?)

 

千雨にわずかないたずら心が働く。

 

「‥なあ、ネギ。今のうちに練習しとくか?仮契約(パクティオー)の」

「え」

「もちろん、やり方はわかるよな?神楽坂とヤッてたろ」

「えーーー!!!?ちちちちち、千雨さん!!?」

「‥‥ほら、ここによ」

 

千雨が膝を折り、ネギと目線を合わせる。

わざとらしく真っ直ぐネギの目を見つめる千雨。

顔も真剣そのもの‥を見せる。

ネギは既に茹で蛸だ。

 

(ククク、照れてる照れてる。やっぱガキだなこういうところは)

 

あとはにまりと笑って冗談だと言えば話はそれで終わる。

終わる、筈だった。

 

ネギの右手が、恐る恐る伸びる。

なんの真似だと見ていると、その手は千雨の頬に寄せられようとしていた。

 

「へ?」

 

ネギは半歩分千雨に近づく。

 

何故。

いや、待てよ。

冗談のつもりだぜ?

だから、早く言えよわたし。

何固まってるんだよ、動けって。

これ以上は流石にまずい。

仮契約(パクティオー)の陣すら引かれてねーんだぞ意味ねえよこんなの。

だから、早く。

 

目を潤ませたネギの顔が、アップで千雨の目に映し出される。

まだ2人の距離は近いままで、0ではない。

ネギが途中で止まったのだ。

なんだこれは。

なにしてんだわたしは。

早く何か言わないと。

戻らないと。

 

「‥いや、あの‥‥だな。その‥」

「は、はい‥‥」

「えっと‥‥か、覚悟はいいか?」

 

やべ、間違えた。

 

だが、ネギは止まる。

足がではなく、顔が止まった。

思い止まったか?と安堵する千雨。

 

「‥‥ご、ごめんなさ」

 

思い直したのだろう、ネギは謝りながら身を引こうとした。

だが。

ネギは自分の背中に腕が回されているのを感じたと同時に。

唇に、とても柔らかい何かが触れているのがわかった。

 

 

********************

 

 

ネギと千雨は、2人並んで旅館の入り口まで戻ってきていた。

そして互いに無言で顔は真っ赤である。

 

(‥‥わたし、ショタコンじゃねえよな?)

 

ちなみにショタコンはショータローコンプレックスの略である、多分。

委員長がこれにあたる。

小さい男の子が好きなんです、という特殊嗜好だ。

ここまで思考を進めて、千雨は自身が正常な判断が出来てないことに気がついた。

本来の千雨なら疑問を呈した時点でアホかと一蹴するところだ。

 

ちらりとネギを見ると、何故か目が合う。

2人してすぐに首が取れそうな勢いでそっぽを向く。

 

しばらく旅館の玄関前で固まっていたが、千雨がなんとかデカデカと溜息を吐きながら、ネギの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

 

「わわっ」

「‥戻るぞ、ネギ。今お前必須のイベントやってるからな」

「え?」

 

ネギの背中を押しながら旅館に入る千雨。

そういえば、旅館の外でだが千雨はネギとキスをした。

この場合はどうなるのだろうか?

 

(‥ま、外だから監視カメラもつけてなかっただろうし‥‥黙っとくか)

 

ロビーへ進むと、何故か黒焦げになった委員長たちが目に入った。

は?と辺りを見渡すと、古菲や楓、鳴滝姉妹にまき絵まで倒れており、更には新田先生も気絶してるらしい。

 

「‥どうなってんだこれ」

「‥あ」

「ん?」

 

ふと見ると、こちらを‥というよりネギを見つめているのどかと夕映。

ロビーの奥の方を見ると明日菜と刹那も来たようだ。

だが、何故かロビーの柱に隠れ始めた。

 

(‥そういえば、ネギは昼間に本屋に告白されたんだっけか)

 

「長谷川さん、こちらへ‥」

「‥んん」

 

夕映に招かれてのどかの後ろまで行く千雨。

夕映が恐る恐るとだが言葉を発す。

 

「‥あの、長谷川さん‥‥何故ネギ先生と一緒に?」

「‥‥あーっとだな。長瀬たちとゴタゴタした後に‥ちょっと出くわしちまってな」

「‥‥まさか」

「‥カンがいいのか当然の推測なのか知らねーけど、黙っとけよ。カメラの外の話だからな」

 

ヒソヒソと話した会話の内容に、やはりと少し眉をしかめる夕映。

のどかに告白をされ、その返事をしていなかったネギに‥というより、のどかに無粋なことをしたのかもしれないなと千雨。

けれど、してしまったものは仕方がない。

あの時咄嗟に動いた千雨は、身体は正直だったとしか言いようがない。

別にそういうつもりじゃ‥と夕映に言おうとした時、ネギの声が耳に入ってきた。

 

「あの‥‥と、友達から‥‥お友達から始めませんか?」

「‥‥」

 

ネギはのどかの告白の返事をしたようだ。

YESでもNOでもなく、友達から。

気持ちの整理がまだついていない10歳の返事としては上等だろう。

先程の千雨との出来事も確かにネギから動いたかもしれないが、仕掛けたのは千雨でしてしまったのも千雨。

何より、明確にその言葉を口にしていない。

 

そういう意味では、のどかの方が自分自身の気持ちを早々に理解していたのだろう。

まだ千雨には、気持ちの整理がついていない。

そして、それはネギもそう。

 

「‥ならば、今からすることに目を瞑ってくださいです」

「は?」

 

夕映の言葉に何のことだと問う前に、夕映は足を伸ばしてのどかの足を払っていた。

部屋に戻ろうとして歩き始めていたのどかは、そのままネギの方へと倒れかかる。

二人の唇が、重なっていた。

 

な、と千雨の口から言葉が出た瞬間、千雨は自分に疑問を呈する。

なんだ、今のは?

わたしは今、何を言うところだった?

 

「‥」

「‥私に怒りをぶつけますか?長谷川さん」

「‥‥いや。そもそも、ネギはわたしのもんじゃねーよ。ネギが誰と恋愛しても、そりゃネギの自由だろ」

「そうですか‥。‥ですが、今の貴女は」

「それ以上はやめろ。わたしはお前と違って、わたしのことをよくわかってねーんだよ」

 

そして、それを他人から聞くような段階ではないと思う。

 

「‥自分のことなのにわからないですか?」

「滑稽だろ?」

「‥‥いえ、そうは思いません」

「?」

 

今度は千雨が夕映を不思議そうに見るが、夕映の表情は暗い。

だが、夕映はすぐにのどかを見つめて優しそうな顔をする。

親友の幸せを喜んでいるのだろう。

 

「‥‥お前は、多分いい奴なんだろうな。綾瀬」

「‥そう、でしょうか。‥‥貴女も、思ったより人間味があって良かったです。‥千雨さん」

「なんだそりゃ」

「ふふっ‥‥」

 

名前を呼んでくすりと笑う夕映に、何かしてやられたような感じがしてそっぽを向く千雨。

だが、すぐにぴしりと固まってしまう。

千雨の様子が変だと気づいた夕映が千雨の向いている方を向くと、夕映も同様に固まった。

 

「‥お前たち‥‥!!」

「に、新田先生‥」

「全員正座だーーー!!!!」

「結局これかよ‥」

「ネギ先生もですっ!!!」

「ごごごごご、ごめんなさーーーい!!!」

 

ちなみにイベント参加者はもちろんだが主催者(主犯)の和美(とカモ)も捕まった。

 

 

********************

 

 

「‥もう眠い」

「流石にキツいです‥」

「千雨の姐さん、千雨の姐さん!」

「なんだよカモミール。もう少し声抑えろアホ」

「げへへ‥」

「‥? なんだか汚ねえぞ顔」

「す、ストレートに酷え‥。いや、これ渡しとこーかと」

「は?‥‥‥は?」

「へへへ、千雨の姐さんもやることやりますなぁ。これでおれっちもボーナス獲得‥‥ぐゅえ゙え゙え゙ぇ!!!」

「‥‥あの、千雨さん?ネギ先生のペットをそんな風に潰していいんですか?‥‥顔が仁王像みたいですけど」




はい、えー‥。
何故今回ここまでネギと千雨の関係を進めたか?
当然の疑問だと思います。
それは多分修学旅行編よりもさらに先の話で必要になってくる筈‥なので、気長にお待ちください。
とりあえず頑張って“強くなってネギよりも先に進んだ千雨”を目指して行きます。


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【18】回り回って進む盤面

お久しぶりです。
なんか期間が空きましたね。
一ヶ月?
カシオペアでも使ったのかな?
‥‥ごめんなさいすぐに次の話投稿する予定なんで許してください。


目が覚めた。

手には得たばかりのカード。

すぐに使い方を知りたい、と人を探す。

探し求めた人は、今も尚見つかっていない。

 

 

********************

 

 

「‥あの、千雨ちゃん?」

「‥‥なんだよ」

「その‥‥そいつ、離してあげたら?」

 

ラブラブキッスイベントから一夜明けた修学旅行三日目。

旅館内の休憩コーナーに集まっているネギたち。

集まっているのは5人と1匹。

ネギ、カモ、明日菜、刹那、千雨の3-A守護隊(ガーディアンエンジェルズ)

そしてそれに加わった(?)ジャーナリスト朝倉和美。

その中でも、カモから手渡された一枚のカードを弄びながら、千雨は不機嫌そうな顔を明日菜に見せていた。

ちなみに、そのカモは千雨の他方の手に掴まれて瀕死である。

 

「‥あ、あの‥姐さん」

「あ?」

「‥その‥ですね‥。‥か、勝手に契約して‥その‥」

「‥‥いや、それはもう良い。どうせ契約はするって話になったしな‥」

「え?じゃ、じゃあなんでキス‥‥」

「テメー挽肉にしてやろうか?」

「お命だけは勘弁してくんなせぇ」

 

即座に頭を下げるカモ。

自分の保身に対して余念がない。

今のカモの状況を鑑みると当然かもしれないが。

手に掴まれながらなんとか体を曲げて土下座しようとするという何とも奇妙な体勢だ。

舌打ちしてチラリとカードを見て、まあ良いかと天を仰ぐ千雨。

してしまったものは仕方がない。

何より流れ的にはまあなんというか悪くなかったんじゃないか、と寧ろ自分を納得させる方向で思考を図る。

そうでもしないとやってられないしネギと目を合わせられない。

 

今朝方の朝食で、ネギが近くに来た時は動揺したのか思わず持っていた味噌汁をぶちまけかけた。

同様にネギもご飯をひっくり返しかけた。

付け加えると味噌汁もご飯も千雨がお椀をすぐに掴んで中身を全て空中で拾った。

拍手が起きた。

 

「それよりも‥‥本屋のことだな。カードは渡しちまったんだな?」

「あ、あぁ。コピーカードの方を‥景品として」

「や、やっぱりまずいわよね?」

「うーん。敵方‥関西呪術協会に限らず、学園の連中にも魔法関係者だって思われちまう可能性があるが‥本屋がアーティファクトを使わなきゃ問題は起きねえはずだ」

「え‥‥魔法関係者ってバレたら何かあるの?本屋ちゃんが関わってなくても?」

「多分な。普通の一般生徒なら一般人と同様に魔法は秘匿されるだけだ。けど、アーティファクト持ちだとな、本人にその気があるにしろないにしろ、戦力として見られる。敵からは先に封じておこうと思われてもおかしくはないし‥味方からも戦力のアテにされても変じゃねえ」

「確かに‥有り得ます。特にアーティファクトは多種多様な能力があり‥中には伝説級と呼ばれるものまであります」

 

千雨の義父であり師匠でもあるラカンも、伝説級のアーティファクトを持っている。

紅き翼(アラルブラ)の一人、これまたナギの従者もかなり強力なアーティファクト持ちだ。

本人は使い道があまりないと笑っていたが。

更にいうと、明日菜の持っているアーティファクトが一番強力な気がするんだよな、と明日菜を見る。

ネギをのどかとの契約についてなにやってんのよと睨みつけている明日菜。

本人に自覚は一切なさそうだ。

刹那の説明を受けて、明日菜は自分の心配よりものどかの心配に走る。

 

「いくら強力って言ったって‥封じるとか、そこまでするもんなの!?魔法使いって!!」

「それはそいつらの本気度合いや用心深さによるだろ。わたしならやる」

「私も‥強大な敵がいて、封じられるなら尽力しますね」

「‥‥ほ、本屋ちゃんからカード取ってきた方が良いかな?」

「いや、そこまではしなくていいぜ。何せあのカード、使い方を知らなきゃただの綺麗なカードだ。恋する乙女にはなかなか嬉しいアイテムなんじゃねーの?好きな人とキスしたら自分の絵が入った鮮やかな装飾が入ったカードが来たからな」

「うんうん、確かに!木乃香とかすごい欲しそうにしてたよねー」

「おいコラ。テメーもこのエロガモの共犯なんだからな。忘れてんなよ」

「ハハハ、わかってるって」

 

軽く笑う和美は土下座したままだが、表情は明るい。

 

(ジャーナリストってのは情報得られるならそれでいーのかおい。テメーも結構危ない位置にいるかも知れねえ‥って言っても無駄か)

 

「それに宮崎のアーティファクトがそれほど強力かなんてわかんねーしな。検証もやる必要ねーよ、やったら証拠が残る。使い方教えなきゃいいんだ、そっとしとけ」

「そうかい?あのカード強力そうだったけどなー」

「じゃあ尚更やめとけ‥」

「あ、そういえば私もカードの使い方知らない‥」

「ん?一昨日ネギにはカモが説明してたけど‥お前はまだか。‥カモミール」

「おう!」

 

明日菜に向かってトテテと向き直るカモ。

先ほどまで半死だったのが嘘のようだ。

アーティファクトといえば、と昨日新たに手に入れた仮契約(パクティオー)カードを取り出す千雨。

ネギと自分との仮契約だ、おそらくアーティファクトは出る。

出るのだが‥。

 

「‥やっぱり確かめなきゃダメか。‥‥来れ(アデアット)

 

眩い光と共に、千雨の手に魔法具が現れる。

光が収まった時、千雨の手にはニチアサに出てきそうな幼稚なステッキが収まっていた。

 

「おおー‥魔法っぽい!カモっちがタバコ捨ててきゃるんっみたいな顔して千雨ちゃんの肩に乗ったらマジで魔法少女に見えるかも」

「こんなエロオヤジを肩に乗せるとかありえねーだろ」

「ひでえ!酷すぎて‥あれ?前が‥。お、俺っち妖精だよな、兄貴」

「う、うん」

「‥‥で、なんだこれ」

「それが、ネギ先生とのアーティファクトですか?」

「力の王笏?っていうのか。‥見たことねえぞこんなアーティファクト。ビブリオンの新アイテムか?」

「び、ビブリオン?」

「いや、なんでもね。それと朝倉、写真は撮るなよ」

「ええー」

 

流石に刹那には通じなかった。

それはさておき、マジマジとステッキを観察する千雨。

今まで見てきたアーティファクトのどれにも類似しない、ポップなデザインのステッキだ。

ステッキというよりワンドに近いかもしれない。

 

「‥なんか、アーティファクト協会が所有してるものとは明らかに違うな。どっちかっていうと今の日本っぽい。これ作ったの誰だ?」

「誰だって、そんなことがわかるのですか?」

「全部わかるわけじゃねーよ。アーティファクトは昔見つかった所有権のない魔法具が大半だしな。ただ、ここまで現代的な造りだと多分作られたのは最近なんだろ。後でアーティファクト協会に問い合わせて使い方とか見るさ」

 

謎のステッキ———力の王笏———をカードに戻し、懐にしまう。

見た感じ後方支援系か強化系だろう。

あまり戦闘に使えるカードではないのかもしれない。

少し残念に思ったが、それでも何かしらの足しになることを期待する千雨。

 

この千雨の認識は、後々大きな間違いであったと改めるのはまた別の話。

 

「アーティファクト協会‥ですか?」

「もちろんまほネットを使う。それだけの為に魔法世界に戻るとかアホくせーだろ」

「まほネット‥‥?」

「‥ネギ、パソコンってわかるか?」

「あ、はい。何度か見たことはありますけど‥使い方まではちょっと」

「‥今度教えてやるよ」

 

魔法使いも情報をデータ化してやり取りできる日々が進んでいるのだ。

それに乗らない手はない。

まだ10歳のネギだが、どうせすぐに使えるようになるだろう。

子供の吸収は早く、何よりネギ自身が勉強が好きそうだ。

 

「それで?今日は親書を届けにいくんだよな?」

「はい。僕とアスナさんで行きます」

「悪いが、昨日言った通り私はついていかないぜ。いいな?」

「はい!しっかり届けてきます!」

「一昨日は親書を無視して近衛を狙ってきたからな‥‥たぶん近衛の方が優先度が高いとは思うが、親書を届ける任務に邪魔が入るならもう今日しかねえ」

「関西呪術協会の本山に行く前に、邪魔が入る可能性が高いってことですよね‥」

「しかし敵の人数はさほど多くはないはず。今まで姿を見せたのはたったの2人です。これ以上増えるとしても5人程度かと」

「こっちも戦力的には‥ネギと神楽坂を含めると4人しかいねえ。わたしは基本揉め事が起きてから手を出すよう話がついてるしな、初期戦力は3人だ。わたしは予備か何かだと思え」

「お互いの戦力を考えると二手に分けられる数ですね‥。用心しておいてください、ネギ先生」

「は、はい」

 

ネギがごくりと唾を飲み込みながらも、ゆっくり自分の足で立って明日菜とカモのそばに寄る。

横目でその様子を見ながら、千雨に声をかける刹那。

 

「長谷川さん。三班はシネマ村に‥」

「ああ。お前も近衛を連れてさっさとこっちに来たほうがいい。いざって時にわたしが動きやすいからな。もしかしたら図書館組の三人も近衛と行動を共にするかもしれないが‥その時は面倒を見てやるからよ」

「はい。では、後ほど」

「何もなければそれでいいんだけどな‥」

 

刹那も沈痛な顔持ちで頷き、木乃香を迎えにその場を離れる。

千雨も和美に一声かけ、三班の集合場所に向かい始めた。

何もなければ、と自分に言い聞かせるように言った千雨だが、また確実に月詠と戦うことになるだろうとどこか確信めいていた。

 

 

********************

 

 

「貸衣装って‥なんでそんなもの着るんだ?」

「まあまあ、雰囲気を楽しもうよ雰囲気を」

「ホホホ、千雨さんの衣装は私が見立てますわ」

「‥なるべく動きやすそうなので頼む」

「本当にいいんちょに弱いねちうちゃん」

「その呼び方はやめろ‥」

 

シネマ村。

古い建物が多い京都の中でも、また一つ昔の時代の村を現したアミューズメントパークだ。

こちらは古くなってしまった京の街並みとは違い、わざと古く見せているからだが。

ここでは、貸衣装を着てシネマ村の住人になったかのような気分を味わえる。

主に江戸から明治にかけての服装がメインのようだ。

甲冑もあれば明治初期の洋装もある。

3-Aのおっとりお姉さんである千鶴も洋装を選んだようで、るんるんとシルクハットも手にとって更衣室へ歩いていった。

反対に修学旅行でもピエロメイクを欠かさないザジ・レイニーデイはお殿様の格好である。

 

ザジは麻帆良サークルのナイトメア・サーカス所属なのでピエロをやるのはおかしくないのだがなぜ今もメイクをしている必要があるのか、と疑問が過ぎる。

クラスきっての不思議ちゃんだからな、と千雨もツッコミはしないしツッコンだところでロクな答えが返ってこないだろう。

 

そんな千雨だが、今は委員長に服を取っ替え引っ替えされつつ合わせられている真っ最中だ。

早く終われ、と軽く現実逃避していた。

 

「ではこちらなどはいかがでしょう。商家の娘という‥」

「いや、そんな煌びやかなのはだな‥」

「ではこちらは‥」

「まんまサムライじゃねーか目立つぞこれ」

「ならばいっそ大殿の娘ですわ!」

「酷くなってる事に気づけ!!」

 

委員長を着付けの係員に押しつけ、千雨自身は町娘の貸衣装を手に取る。

簡単な紺の着物一枚だけだ。

他の班員に比べて早々に着替え終わり、すぐに店を出る千雨。

携帯を取り出して確認するが新着メッセージも着信もない。

 

遅い。

 

「‥何かあったな」

 

本山に向かっているネギたちはともかく刹那からも連絡が来ないとは。

そもそもネギたちももう本山に着いていてもおかしくないくらい時間が経っている。

せめて木乃香と一緒にいる筈の刹那とは連絡を取りたい。

 

「‥‥仕方ねえな」

 

携帯電話を操作し、操作方法を思い出しながら通話のボタンを押す千雨。

自分から電話をかけるのは初めてだった。

電話帳に登録されているのはたったの4人、と確認していたが昨日の昼間にどさくさに紛れて超に勝手に登録された為、5件の連絡先が登録されていた。

 

「桜咲‥‥これか」

 

電話をかけながら、いつのまにか着替えを終えて店から出てきていたザジがすぐ横に控えている事に気が付いたが、携帯電話を耳に当てているところを見せるとすぐに店の前に戻っていった。

ピエロメイクのお殿様という凄まじいアンバランスさだが、ギャップというものか中々似合っている。

無表情なのが良いのかもしれない。

 

『あ、千雨さん!?』

「も、もしもし‥か?」

『へ?』

「いや、なんでもねえ。おい、お前今どこにいるんだ?」

『今そちらに向かっています!同行者はお嬢様と早乙女さん、綾瀬さんです!』

「? 宮崎はどうした」

『み、宮崎さんはその‥‥ネギ先生たちと一緒に』

「はあ!!?」

 

何がどうしたら関西呪術協会の本部に向かっているネギたちにのどかが着いていくのか。

思わず頭を抱えそうになるが、なんとか誤魔化してもらうしかない。

 

「‥いや、もう手遅れか‥?」

『ご、ごめんなさい。その‥‥アーティファクトを使ってました』

「アーティファクトって‥どういうことだ?」

『は、はい。‥』

 

 

********************

 

 

 

「つまり、ネギと神楽坂が敵の結界にハマって‥‥それについてきてた宮崎が巻き込まれたってことか?」

『敵は獣人の少年一人と式神を一体。宮崎さんの協力でなんとか抜け出せた様です。追撃の可能性は低いかと』

「もう突っ込むところしかねえが‥とりあえずネギたちは無事なんだな?」

『はい。今は敵を振り切って安全なところで休んでます』

「あーあー、もういいぜそれで」

 

面倒ごとは知らんと言いたげな千雨に、刹那は少し同情する。

昨夜契約したばかりのマスターが、翌日にアーティファクトを持っているとはいえ無自覚だった一般人に魔法がバレたのだ。

しかも2日連続で2人。

溜息をつきたくもなるだろう。

魔法使いと従者は基本的に偉大な魔法使い(マギステル・マギ)を目指すものなのだから。

 

「それでそっちはどうなんだ。‥‥なんで走ってるんだ?」

『敵の攻撃に遭っています』

「‥簡潔に説明してるが、どこにいるんだお前」

『シネマ村から離れて1km付近と言ったところです』

 

街中で攻撃されている、と少し息が早い刹那の返事。

だが、一般人を巻き込むような攻撃を受けているわけではないらしい。

 

「‥わかった。今からそっちにいく」

『お願いします!』

「‥‥これはどうやって切りゃいいんだ?」

『へ?』

「ここ押すんだよ」

「ああそうか、電源切るとこが電話切るとこか‥‥っておい朝倉てめー」

 

指先のボタンを言われるがまま押してから、いつの間にか後ろにいた和美を睨みつける。

和美も動きやすそうな和装だ。

 

「んでどうしたの?」

「あ?ただの電話だよ」

「そう?千雨ちゃんが電話とか珍しいじゃん。何かあったんでしょ?」

「‥あったとして、お前には‥‥‥。‥まさか」

「昨日の話、忘れてないよね?」

 

にひっと笑いながらメモ帳とカメラを取り出す和美。

間違いなく首を突っ込む気だ。

ネギの秘密を守る、又はネギたちに協力する。

その見返りにネギたちに入る情報は和美にも伝える。

 

千雨のジト目が和美を目の上のたんこぶだと語っているが、和美は気づかないフリをしたままニコニコと笑みを浮かべているだけだ。

和美どころか貸衣装屋まで離れたザジにも聞こえるくらい大きな舌打ちをしつつ、千雨は和美に向き直る。

 

「‥いいか。絶対にわたしより前に出んな。わたしのすぐ後ろにいろ、何かあった時に対処できない。もしわたしがやられた時は素直に降伏しろ、無駄に抵抗すんな。誘拐までしてくるような奴らだが、言い換えれば殺す気はねえってことだ」

「ちゃんと守ってやるから大人しくついて来いってことね?りょーかいりょーかい♡」

「調子に乗って下手こくんじゃねーぞ」

「だいじょぶだいじょぶ!私だって危ないのは怖いし痛いのはやだよ」

 

けど、特ダネを前にして退く程性格は良くない。

そんな大人しい人間だったらネギのことを知った上でネギたちの前に出てくるなんてことはできていなかっただろう。

とめどない探究心で未知を掴み、自らの分別で情報を精査し、世の中に発信する。

朝倉和美は、ジャーナリストなのだ。

 

「‥期待してるようなことが起きなくても文句言うなよ。桜咲と合流する」

「おっけー!」

「あら、桜咲さんも来てらっしゃるんですの?」

「ああ、そうだ‥」

「ちょ、千雨ちゃん?それ言っていいの?」

「‥‥あ」

 

 

********************

 

 

「今は入り口の方に?」

「‥‥」

「み、みたいだね!」

「桜咲さんたちもシネマ村に来る予定だったなら、旅館からご一緒するようお誘いすれば良かったですわ」

「桜咲さんも映画やドラマの撮影に興味あるのかなー?いつも剣道の竹刀?みたいなの持ってるし、殺陣とかに興味ありそうだよね」

「なら夏美ちゃん、演劇部にも誘ってみたらどうかしら。きっとカッコいいと思うわ♡」

 

「‥迂闊だった、としか言いようがねえ」

「まあまあ、刹那さんと合流するって聞かれた時点でダメだったって」

「‥‥やっぱ集団で連むのは面倒が多いな」

 

だが、それを悪くないと思っているのも事実。

横目で委員長の方を見る。

委員長が借りた衣装は花魁のようだ。

京都の街を歩く花魁は皆白粉を塗っているが、彼女は何もつけていない。

だが肌が白く整った顔立ちの彼女は、絢爛な髪飾りがかけられた黒髪のかつらを被り、その身に着物をまとっただけでどこからどうみても京の花魁そのものだ。

 

そんな彼女に、刹那も来ているなら迎えに行って一緒にシネマ村を見て回ろう、と提案されては首を横に振ることができなかった。

 

「桜咲さんだけですの?」

「いんや、木乃香もいるらしーよ」

「まあ、珍しいお二人ですわね。そういえば昨日の朝もご一緒だったかしら?」

「確かに、修学旅行に来てから二人とも一緒にいるよねー。でも二人だけなの?他に来てないの朝倉ー」

「‥どうなの?」

「‥‥こっちに振るんじゃねーよ」

 

情報通である筈の和美が千雨に物を尋ねる。

奇妙な光景に夏美はん?と首を捻った。

昨夜のイベントで、千雨があの武闘派と称される古菲と枕による鍔迫り合いを演じていたのを目にしたばかり。

普段武芸に達者であるという面など一切見せず、いつでもしかめっ面を見せていた彼女が、どこか楽しそうに古菲とは闘っていた。

和美とも関わりが多少はあったかもしれないが、それも和美が一方的に絡んでいただけだ。

先程あやかが千雨に声をかける前、千雨と和美は何やら話し込んでいた。

ここ最近大きな変化を見せてきた意外なクラスメイトに、自分だけではなくクラスのみんなが注目しているのかな、と横の千鶴を見る。

‥いつも通りあらあらうふふと笑っているだけだった。

 

「‥」

「あら?ザジさんどうかしまして?」

「‥」

「まあ、そうなんですの?ほ、本当に?」

「‥‥‥ねえ、委員長はザジちゃんから何を感じ取ってるの?」

「‥クラスを律して愛する委員長パワーで聞き取ってんだろ多分」

「ていうか千雨ちゃん、刹那さんとこいくのどんどん遅れてるよ。いいの?」

「それは問題ねえよ。わたしはもう先にいってる」

「ん?」

 

 

********************

 

 

「‥どこ行ったんだアイツら‥」

 

ちょうどその頃。

別の千雨は一人、シネマ村の入り口まで戻ってきていた。

刹那たちを迎えにきたのだ。

‥が、見つかったのは何故か夕映とハルナの二人だけ。

電話では刹那が木乃香と二人を引き連れている筈だったが、刹那も木乃香も姿が見当たらない。

刹那がいないと夕映たちに声をかけて取り次ぐのは面倒だ、と二人には声をかけず、そのままシネマ村に入っていくのを見届けた千雨。

 

(シネマ村に入っていくってことは‥既に桜咲たちはシネマ村に入ったってことか?)

 

刹那に電話をすればすぐに済む話だが、今はできない。

もう一人の自分に連絡を入れるべきだな、と人の少ない路地裏に入っていく。

幾人かとすれ違い、人の目が届かない場所を探す。

 

ここなら‥と辺りを見渡した時、奇妙な違和感に気がつく。

何故かつい今し方すれ違った人間が、いない。

前を向くと、千雨が来た方へ向かって歩いていた男性も姿が見えなくなっていた。

 

何かが起きている。

 

「‥」

 

もう一度振り向くと、大路地から細い通路に入ってきた筈だが、何故かその大路地が50m以上離れていた。

明らかに空間が歪んでいる。

こんな裏道など10m程度しかなかった筈だ。

再度前を向くと、千雨の後方と同様に空間が歪んでいた。

細かったはずの道も麻帆良の通学路並みに広くなっている。

そして、道の真ん中に立つ小さな風来坊の装いをした人間が一人。

背格好はネギと同じくらいか。

 

「‥おいガキ、これはテメーの仕業か?」

「だとしたら?」

「何の用だ?‥いや、このタイミングで仕掛けてくる野郎なんて大体話は読めるけどな、一応聞いてやるよ。勘違いはイヤだろ?」

「ふうん‥」

 

羽織に仕舞われていた腕が初めて見えた。

白い。

血色が薄過ぎて逆に不健康に見えてしまっていた。

 

「‥旗の強者、長谷川千雨。君を確かめ‥そして止めにきたよ」

「旗の強者‥?」

 

またわけわかんねー名前で呼びやがって、と眉を顰める。

だが、どうやらやる気らしい。

ここまでお膳立てされて乗らないということもないか、と構える千雨。

幸いにして今の自分(・・)には余裕がある。

 

「まあ良いか。ここで戦力減らせるなら減らしとくべきだしな」

「大した自信だね。自分が負けると一切思っていない顔だ」

「自信たっぷりに不敵に笑うのがわたしが追いかけるバカどもの癖でな。移った」

「‥奇遇だね。僕もそんな人たちに覚えがあるよ」

「そうかい。多分、考えてる連中は一緒だろうぜ」

 

あれだけの有名人たちだ。

寧ろ知られていない方が不思議だからなと納得しつつ警戒を続ける千雨。

 

「では、始めよう」

「ああ」

 

一手指そうか。

そんな響きが篭った少年の言葉に、軽く賛同する千雨。

穏やかな声色とは別に、その地には張り付いた空間が出来上がっていた。

しゅるり、と笠を下ろす少年に、拳を握る千雨。

シネマ村の細道で、強者たちの競演が始まろうとしていた。




次回、血塗れ回。
皆さんこの少年が誰かお分かりですよねー。
ちなみにこの少年は結構好みです。
わかりやすい被造物の苦悩が、好物です。


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【19】大地の魔法使い

2日!
2日で次話!
けど今後一月クソ忙しいのでごめんなさい出せないかもです。
とりあえず努力はします。
戦闘回です。


顔のすぐ横を掠める豪腕。

圧倒的なまでの威圧感。

退路はなく、縋る物もなし。

さて、打てる手は。

 

 

********************

 

 

「‥あ、桜咲さんじゃないあれ」

「あら、本当ね」

 

和美と千鶴の声に釣られて指さす方を見ると、確かに遠くの売店で商品を見ているのは刹那、そして木乃香だ。

もうシネマ村に入っていたのか、と二人に近づこうとする千雨だったが、なぜか和美に肩を掴まれて止められる。

 

「なんだよ?」

「ままま、ちょっと様子を見ない?急を要しているわけでもなさそうだし‥」

「確かに攻撃を受けてるなんて感じじゃねえけど何で待つ必要があるんだ?」

「ん~?あの二人を見てさぁ、何か思うこととかないの?」

「思うこと‥?」

 

改めて刹那と木乃香を見る。

刹那は江戸末期の侍の装いだろう、派手な羽織がよく目につく。

模造刀に加えて神鳴流の刀を合法的に堂々と腰に差しているが、正直貸衣装と神鳴流の伝統は合っていない。

木乃香は長く艶やかな黒髪を花の髪飾りで後ろにまとめ、着物に包まれて和傘を指す姿はさながら避暑地に遊覧しに来たお姫様だ。

そして、その二人が仲睦まじく歩く姿といえば。

 

「‥‥仲が良いんじゃねえの」

「それだけ!?‥うーん、千雨ちゃん鈍いねぇ」

「鈍いって‥‥ああ、そういう意味か?あの二人が?」

「うんうん」

「‥」

 

無言で夏美と千鶴の方を向く。

ここで役に立ちそうなのはこの二人だけだ。

委員長は千雨よりも遥かに鈍く、ザジに至っては返答がないだろう。

 

「え、ええ?た、確かに普段あんな感じだっけ?ってくらいくっついてるけど~」

「そうねぇ‥。‥ここは陰から見守るのが面しろ‥‥‥よさそうね♡」

「ち、ちづ姉今何か」

「なぁに?」

「いえ!!」

 

軍人並みの敬礼を見せた夏美を放っておき、刹那達を建物の影から覗く千雨たち。

しかし、刹那は千雨たちに気がついた様子がない。

木乃香はともかく、武人である刹那なら30m程度の距離から覗く人間程度ならあっさり看破しそうなものなんだがな?と首を捻る。

刹那の表情は、はにかんで幸せそうだった。

 

「‥なるほど。確かに腕も鈍っちまうかもな」

「誰の事?刹那さん?」

「いや‥‥」

 

刹那の表情と環境は誰にでも起こりうるものだ、と考えていた。

何かを必死に追っている者が途中で見つけた幸せに浸る。

刹那の場合は少し事情が特殊で、護るべき人間も共に幸せを過ごせそうな人間も木乃香ただ一人だ。

幸せも戦いもそばにあるなら、両立できる道はある。

だが、千雨は違う。

彼女が行く道は、まだ幼い彼と行くには千雨の良心が痛む。

たとえ千雨が一人で行ったとしても、その後の千雨には彼と会わす顔なんてない。

自分が背負う物は使命などではなく、罪なのだから。

 

くだらない妄想だと頭を振るったとき、もう一人の千雨の感覚に違和感を覚える。

 

何かがあった。

 

木乃香は刹那のすぐ近くで今もはしゃぎながら甘味処でお茶をしている最中だ。

それなのに、木乃香とは関係のないところで戦闘が起きようとしている。

 

戦力低下狙い。

しかも恐らく新顔だ。

一昨日現れた猿女とも月詠とも背格好が違う。

 

だが、こちらも敵戦力の情報を得られることは戦果として大きいし、更に仕留められれば最上。

戦いが起きるだろうからと分身と本体とを分けておいてよかった。

 

その間こちら側も何かが起きないとは言い切れない、と刹那達を警護するつもりの千雨だが、委員長たちと一緒に二人を見守るような形になってしまっている。

 

やはり刹那は穏やかに笑っていた。

 

 

********************

 

 

笑い声や弾んだ声が遠くに聞こえる。

シネマ村の観光客のものだろう。

外からの声や光景といった情報は案外入ってきやすいのかもしれない。

だが、こういう時はこちらからの情報や人間は出ることは適わないのが定石だと考える千雨。

その証拠に、大路地の方へと通じる細道の方から男性がこちら側を覗き、明らかに千雨と少年、更には歪んだ空間が目入ったはずが、何事もなかったかのように大路地の方へ戻っていく。

もう一つの反対側の通路からなど一瞬細道の方に入ろうとしてすぐに出て行ってしまった人もいた。

 

空間歪曲・隠ぺい効果・更に人払い。

 

「‥随分手間暇かかってる結界だな。しかも二種類も使ってやがる」

「ああ、それはわかるんだ。目はあるみたいだね」

「流石にそれはわたしのことを下に見過ぎだろ」

 

頭を下げたまま、風来坊が被っていた三度笠に手が伸び、笠が下ろされる。

覗いた目からは、何も読み取ることができなかった。

宙に舞う笠。

それに一瞬目が奪われた刹那の刻に。

千雨の懐に小さな身体が滑り込みながら小刀を突き立てていた。

 

「‥!」

 

驚いたのは少年の方だった。

千雨の目は確実に笠を向いていた。

だが、彼女の指先は小刀の鋒を捉え、万力のような力で留めていた。

笠が取れた顔は、端正な顔立ちの少年の顔。

白い髪に白い肌、銀の目。

造り物のように無表情の顔。

小さな人間ではなく、本当にガキなんだなとちょっとやりにくく感じる。

刹那から受けた連絡の内容では、ネギたちの前に現れたのも獣人の少年。

月詠も恐らく千雨や刹那と同世代。

敵は猿女を除いて皆子供ばかりということになるが、戦力が結構乏しいんだなと変なところに目がいってしまう。

 

「‥サムライみてーな格好してる癖に女に不意打ちたぁな。士道もクソもねえガキだ」

「この格好かい?これは月詠さんに着せられたものでね。何の意味があるかはよく知らない」

「月詠‥!」

 

勿論その名を覚えている。

つい一昨日の夜、街中の駅というありふれた場所で殺し合いをしたばかりの、殺意高い神鳴流ゴスロリ剣士。

推測が確信に至る。

関西呪術協会———。

 

「しかし変だね。月詠さんは、貴方のことを海のようだと言っていたのに」

「海?」

「海は穏やかなものさ。普段はね‥」

 

だが、一度牙を剥くと人や動物どころか、島すら呑みこむ海嘯を起こす。

常の姿からは想像もつかないような猛威を振るう。

けれど、少年の目にはそうは映らなかった。

少年が千雨を見つけた時、千雨は油断なく周囲を警戒する強者にしか見えなかったのだ。

とても普段は力を隠して大人しくしている、などとは信じられなかった。

 

「‥海だか山だかしらねーが、とりあえずお前は敵で良いんだよな?なら話はねえ。今のうちに排除しておくだけだ」

「排除?面白いジョークだ」

 

できるものならね。

 

少年が千雨と密着したまま真上に小刀を蹴り上げる。

顔を逸らして避けた小刀を目で追おうとした時、途中で少年の顔に目がいく。

少年の銀眼。

その周りに魔法陣が映っているのが見え、ギョッとしながらも瞬動術でその場を脱する千雨。

一瞬遅れて少年の片目からレーザー光が発射され、レーザーが触れた地面は跡を追うように石と化していく。

 

「石化の邪眼‥!しかも無詠唱!テメー西洋魔術師か!!」

「そういう君は旗を使う“気”の戦士だとか。面白いね、いくら魔法具とはいえ旗を使って戦う人間は見たことがない」

「面白いとか言いながら顔が変わってねーんだよ気色悪ぃ野郎だ!」

 

一度距離を取る千雨を静かに見つめる少年。

その背後に瞬く間に数百の砂の塊が出現する。

 

「は!?」

「‥さて、どう捌く?」

 

塊がベクトルを得て矢へと変わり、魔法の射手・砂の301矢が一斉に千雨めがけて飛び注ぐ。

千雨もすぐに射手以上のスピードで逃げ始めるが、数が多い。

対象を逃した矢は地面や結界に突き刺さるが、それも半分程度。

残りそうな矢を途中途中叩き落としてはいるものの、エヴァンジェリンの射手よりも重い。

大地が持つ特徴は固定・脈動。

物理打撃は定評があるものの、ここまで重い砂の矢は初めてだ。

 

距離を開けたら魔法で一方的に攻撃される、とすぐに詰め寄ろうと跳ぶ千雨。

瞬動による千雨の、人間が見切れる速度を超えた動き。

少年の横をとり、そのまま端正な横顔目掛けてストレートに拳を放つ。

だが、少年の頬に触れる直前、何かにぶつかって千雨の拳が止まる。

魔法障壁!と少し距離をとってその全容を確かめ、絶句する。

 

少年を覆うように四方八方上下左右と全ての面に魔法障壁が貼られていた。

とてもではないが数え切れない。

そして、千雨の拳撃に対してなにも揺るいでいない。

 

「なんっ‥だ‥こりゃ‥!」

「速くて、そして静か。縮地の入りが見事だ。君ほどの武芸者がこんな極東の島国にいるなんて驚きだよ。これほどなら確かに、月詠さんの提言は正しかったようだ。‥ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

少年が口にした呪文のような羅列に、選択を迫られる千雨。

間違いなく少年の始動キーだ。

先ほどの石化の邪眼や魔法の射手以上の魔法が来る。

だが、今の千雨には魔法が使えず、真正面から魔法の迎撃というのは難しい。

 

「なら選択肢なんざハナから一つだろうが!!」

 

この少年から逃げるという選択肢はなかった。

 

千雨がすぐに少年に肉薄し、接近戦を試みる。

だが、少年は魔法障壁に任せるどころか呪文詠唱を続けながら応戦してきた。

エヴァンジェリンと同じだ。

しかも少年の動きには一連の流れがある。

恐らく、中国拳法の一種。

一発一発が大振りな千雨の戦い方では少年の攻め方に対してやりにくくて仕方がないが、それでも千雨は接近戦を続ける。

 

今の魔法障壁の数を見ればわかるが、間違いなく月詠よりも格上の相手だ。

予め敵の人数は4,5人程度だろうと刹那と予測を立てていたことを思い出す。

1人はネギたちが初日に出くわし、木乃香を一時攫ったという呪符師の猿女。

1人は千雨が戦った神鳴流剣士月詠。

更に今日、ネギと明日菜(と何故かのどか)の邪魔をしてきた獣人の少年。

そして4人目が千雨の前にいる白髪の少年。

この4人を単純な強さで並べると、白髪の少年>月詠>猿女≒獣人の少年といったところか。

他に敵がいるかは分からないが、目の前の少年がかなり上位に入るのは間違いなく、その少年が千雨を止めに来ている。

千雨が逃げたところで刹那たちの方に行かれては本末転倒であり、なによりわざわざ千雨の前に出てきたというのは都合が良い。

 

ここまで頭の中で並べたが、魔法使いと思われる少年の体術が予想以上に鋭く、思うように攻めきれない。

体格差はあるものの力や耐久力などそれ相応の魔力や"気"があればどうにでもなる。

懐に潜り込まれた千雨が蹴り飛ばされ、そのまま少年は詠唱を終える。

華奢な身体つきの癖してなんつう重い蹴りをしやがる、と唇を噛む千雨。

 

「石の息吹!」

「気合防御!!」

「!」

 

広範囲の魔法に対しすぐに逃げられないと判断する。

全身を“気”で覆ってレジストしつつ、石化の煙に飲み込まれながら少年の方を見据える。

リスクを飲むからこそチャンスが生まれる。

千雨は賭けに出ることにしたのだ。

 

(ネギと同い年くらいにしか見えないが‥恐らくわたしよりも強い!何よりあの魔法障壁を簡単に貫く様な術は今のわたしにはねえ!まずは捕まえる!)

 

「‥」

 

少年の視界は石の息吹で埋め尽くされていた。

千雨の身体も石の息吹で覆い隠された様に見えたが、流石に何かはしただろう。

それに対して不用意に近づくことはない。

確実に、安全に。

 

「‥ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

やはり詠唱を始めた。

石化の煙の中で千雨は想定通りの状況に至ったことに少し安堵する。

なんの魔法かまではわからないが、少年はこの場に留まることに決めた様だ。

もしこのまま放置されていったら罠の張りようがなく、すぐに飛び出さなければならないところだった。

 

詠唱が続く。

時間が迫る。

どうやら千雨の苦肉の策は間に合いそうだ。

 

石の槍(ドリュ・ペトラス)

 

少年の足元の大地からいくつものランスの様な土塊が出現し、煙の中の人影に殺到する。

石の槍は人影に到達し、人影は簡単に吹き飛びバラバラと飛んでいった。

 

「‥!」

 

殺した?

まさか、こんな簡単に?

石の槍の勢いで煙も晴れていく。

目を凝らして破片を見ると、石と化した着物の破片が目についた。

他の破片にも目をやるが、全て石化した着物の破片。

石化した着物を立たせて人影のように見せていた?

 

バッと周りを見渡す。

歪めた空間内は半球の様に広がっていたが、通路を歪めた為に障害物などない。

この状況で逃げたのか、と推測するもそれはないとすぐに心中で否定する少年。

結界内に存在する結界の基点を壊すか、術者である自分を殺害・気絶させなければ結界からは出られない。

 

ならばどこに?

何かしらの光学迷彩や魔法で不可視になったか。

更に閉鎖空間を開いて移動したか。

 

それとも、と見渡したその時、背の低い少年よりも更に低い位置に洋服を着た少女がパッと現れる。

千雨だ。

 

「!!」

(バカな。縮地じゃない。今のは一体———)

 

考える間もなく両拳に特大の“気”を籠めた千雨が少年の魔法障壁に向かって掛かる。

羅漢流気合武闘・三。

 

「羅漢萬烈拳!!!」

 

数百の連打が少年に迫る。

一撃では割れない魔法障壁も、数十の連打で一枚一枚が次々と割れていく。

だが、魔法障壁が残り二、三枚になった時と少年の手に魔力が収束し切った時とは同時だった。

 

「石化の邪眼!」

「ぐっ!?」

 

下げられた少年の両手から千雨の両肩に目掛けて石化の光が飛ぶ。

レーザーに貫かれた肩が石化し、勢いついた千雨の連打は止まったものの、拳撃のスピードが乗った両腕が肩から割れて砕け飛ぶ。

だが、彼女は止まらない。

 

「我流気合武闘・三!!」

「!!」

 

この状況で何かする気なのか。

両腕がなくなったその身体でどうにかする気なのか。

普通の人間なら、腕が無くなったらその時点で戦意喪失か、或いは動揺くらいはするはず。

なのに、何故そこまで戦いに向けて動ける。

 

「三薙脚!!」

 

腕がないなら脚を振るうまで。

月詠や近衛右門に放った気弾ではなく、純粋な体技だ。

少年の残った魔法障壁が全て破壊され、蹴りが少年の眼前に迫る。

しかし、それもあと一歩届かない。

正確に言えば届かなかったわけではない。

魔法障壁を全て破壊された少年が立ち尽くしたままならば間違いなく少年の顎に蹴り足が当たり、そのまま顔を吹き飛ばしていたことだろう。

一歩だ。

たった一歩、後ろに下がることができた少年に軍配が上がった。

 

「‥マジ‥かよ!!」

「‥見事だよ。本当に、見事だ」

 

ただの格下の人間が、執念をかけて接近戦に持ち込み、障壁を全て破壊し、あと一歩のところまで使徒たる自分を追い詰めた。

そのことを噛みしめながら、千雨の身体に今度こそ石の槍を突きつける少年———フェイト。

千雨は腹と背中を突き破られ、大量の血を吐く。

 

「‥‥ぐぐっ、がはっ‥‥」

「‥」

 

ちらりと上を見るフェイト。

先程どこからともなく千雨が現れた時のことを考えていた。

恐らく、結界の情報が共有されていたんだろうと推測する。

千雨に仕掛ける直前、犬上小太郎がネギ・スプリングフィールドたちの押さえ込みに失敗したと連絡が入った。

小太郎とフェイトの使用した結界は規模が違うものの同種の結界だ。

恐らく、着物で変わり身を使ったときには既に千雨は上空にいて、タイミングを見計らって結界の境界部に飛び込み、フェイトの目の前にワープさせられた。

敵の術をその場の応用で使ってしまうとは。

 

だが、同時に妙だとも考える。

月詠の報告にあった霧雨の王旗という魔法具を使ってこなかった。

今は使えないのか?

何か月詠が見切れなかった制約がかかっていたのか。

 

それも、考えることに最早意味はないと心中で首を振る。

その理由を知る本人はすでに両腕をなくし、腹を貫かれて虫の息だ。

だが、これほどの使い手を殺すには惜しい。

 

フェイトは退屈していた。

ただ創造主の意向を汲み、仲間たちの指揮を執る日々に。

マスターの言伝を守るのは当然で、それだけで十分なはずの使徒が、こんなことを考えるのはやはりおかしいのかもしれないね、と自分の在り方を否定しかけるフェイト。

 

とりあえず、今回の千草たちの作戦にさえこの少女を出さなければいいのだ。

このまま一度石化封印して、敵方に作戦が終わった後に知らせれば良い。

延命になるし、石化解除と同時に治療になれば間に合うだろう。

 

だがその前に彼女には聞くことがある、と千雨の方を向くフェイト。

何故か目があった。

今にも死にそうな筈の人間が、ずっとフェイトの方を見ていたのだ。

 

「‥随分殺気高いことだね。先も君は腕をなくしてでも僕を仕留めようと一切止まらなかった。何故だい?何故そこまでできる。近衞木乃香はただのクラスメイトじゃないのか?」

「‥」

「‥もう喋れないのか。君には訊くことがもう一つあったが、また今度でいい。このまま君を石化させる。死ぬことはない、今作戦では依頼主に死人を出す気はなさそうだしね。また腕を上げて僕のところへ来てくれたら、僕の少ない楽しみが一つ増えるよ」

 

すっと腕を上げるフェイト。

そのまま無詠唱で石の息吹を放とうとするも、千雨の表情に気づいて止まる。

千雨は口元を血だらけにしながらも、にやりと笑った。

笑っていた。

次第にかすれた笑い声が口から出てくる。

 

「‥虚勢かい。人間というのは面白いね。死ぬ間際ですら相手に与えようとする。それが善意であれ、嘲笑であれ。僕たちには一生わからないことだよ」

「ああ、そうだな。間抜けなテメーのおかげでまた一つ情報が増えたからな」

 

かすれながらも今度ははっきりと千雨の口から声が出た。

これにはフェイトもどういう生命力だ、と驚く。

 

「‥どういうことだい?」

「一つ、お前らの狙いはあくまで親書ではなく近衛だということ。一つ、お前は人間じゃねえ何かだということだ」

「それを知ったところでどうする気?情報をここから君の仲間に届けようと?」

 

どんどん声がはっきりしていく千雨に違和感を拭い切れないフェイト。

だが、目の前の千雨は明らかに瀕死だ。

ここから何かできるとは思えない。

 

「無駄だよ、この結界のことは知っているだろう‥‥外から中へ入るのは至極あっさりできるけど、外から中へ出るのはこの結界をどうにかしない限り無理だ。それをできるのは術者である僕だけ。何より瀕死の君に何ができるんだい」

「簡単だよ」

「?」

 

「テメーを潰せる」

 

「!!?」

 

千雨の後方。

結界の境界部から光る津波が押し寄せる。

千雨の後方だけではない、フェイトの後ろからもだ。

光と水の上位魔法、光の溢水だろう。

左右から、上空から、大量の水が押し寄せる。

逃げ場がない。

 

(一旦結界を解除して水の行き場を作らないと、押し潰される!)

 

「オンソワカ‥!?」

 

無間方処の呪を解除しようとするも、腕が無い千雨に飛びかかられ、倒れ込むフェイト。

石の槍から身体を抜いて飛びかかってきたようだ。

 

「道連れのつもりかい」

「違うな。死ぬのはテメーだけさ」

 

魔法障壁の構築も間に合わず、フェイトと千雨は光の溢水に飲み込まれた。

フェイトは体が潰されそうな水圧に何とか耐えつつ、千雨の方を見る。

千雨の身体が水圧に押し潰されてべこりと一瞬縮むかと思われたその時、ポンと間抜けな音と共に千雨の身体も血も煙と化した。

フェイトは再び驚きの表情になってしまう。

 

(‥分身!分身が‥あれだけの傷を負っても尚動いた‥!)

 

分身はその出来にもよるが、ある程度のダメージを受けるとすぐに消えてしまう。

そのダメージにどれだけ耐えられるかどうかは分身の本人の体力や分身に分けられた“気”で決まるのだ。

つまり、それほどまでに千雨本人はタフネスが凄まじいということになる。

 

バッと上を見上げ、フェイトは結界より外、遠くに小さな人影を見つけた。

間違いなく千雨本人だろう。

 

軋む身体を動かし、無理矢理にでも光の溢水から抜けようとするフェイト。

だが、千雨はそれを見咎めつつ次の手を打つ。

 

「‥凍てつく氷躯」

 

千雨の手から結界内部に冷気が伝わり、端から隅々まで半球となった水塊が氷塊へと変わる。

フェイトも漏れなく凍りついていた。

 

分身で魔法障壁を破壊できていたのは大きかった。

アレがなかったら、まともに戦うことになっていた上に勝つ算段もついていなかったのだ。

まさか関西呪術協会の人材に千雨に勝ち目が低いと思わせるほどの実力者がいたとは。

最初に少年と遭遇したのが自身の分身で良かったと胸を撫で下ろす千雨。

千雨以外の人間どころか千雨本人でも恐らくこのような最善の結果にはならなかっただろう。

楓に前日分身を見せられていたのもよかった。

元々千雨が使っていた分身はナギが使用していたもの‥を、ラカンが真似て千雨に伝授したものだ。

ラカンの技の精密さを疑ってはいないし便利だとも思っていたが、千雨がそれを忠実にできるかと問われると現実そううまくはいかない。

千雨が使う分身と楓が使う分身の密度はやはり楓の方がうまかったと思う。

 

曼荼羅のような魔法障壁を持つ魔法使いに強力な魔法をほとんど使わせずに勝ったのは大きい。

加えてその魔法使いを封印できたのも良い結果と言える。

エヴァンジェリンと戦って魔法を一度見ていだおかげで、うまく水から氷に繋げられる魔法を使えることができた。

あのポンコツ吸血鬼も存外役に立つ、と失礼なことを考えつつその場に降りる千雨。

 

「‥何故って言われてもなぁ」

 

ネギが木乃香を護ろうとするから?

明日菜が放っておけないと言ったから?

刹那が人生を捧げてでも守り行くと決めたから?

 

どれも決定的な答えではないだろう。

 

「‥‥クラスメイトだから。やっぱりこれだよな」

 

クラスメイトなんて基本的に自分と同じくして授業を受けるだけの人。

関わらない人間もいるだろうし、1人片隅でじっとしていればそのうちいなくなるようなものだろう。

 

だが、千雨が共に過ごした一年半の思い出は、誰かを見捨てるには余りにも濃すぎた。

結局、千雨が誰かを見捨てておけない人情家なだけなのかもしれない。

 

氷塊になった結界を見上げながら、外側を向く。

人払いの結界と空間歪曲の結界は別物で、人払いの結果が外側にでているようだ、と観察する。

このままの状態で放置していくのは魔法の隠匿的にはよろしくないのかも知れないが、その為には少年を一度解放する必要がある。

生きているか死んでいるかもわからない上に、もし今一度戦う羽目になったら流石にごめんだ、と見て見ぬふりをしてそのまま人払いの結界に向かう。

 

和美に委員長たちを任せてこちらに駆けつけたのだ、何事かと怪しまれないようすぐに戻らなければ。

とりあえずまずは委員長に対する言い訳を考えないといけないのが一番憂鬱だよなぁ、と溜息を吐きつつ、人払いの結界を抜け出て大路地に戻って行く千雨。

 

‥だが、氷塊の中にある筈の少年の遺体が水へと変わり、すぐに凍りついたことには気がつかなかった。

 

 

********************

 

 

『もしもし、長谷川さんですか?今どちらに!?』

「わるい、助けに行けなくてよ。大丈夫だったか?こっちも敵と戦ってた」

 

とりあえず無事そうだ、と茶屋に寄りながら電話を続ける。

流石に分身を遠隔操作であそこまで働かせるのは中々キツく、少々疲れた。

今度楓に正しい分身のやり方を教わろうと頷く。

 

『そ、そうだったのですか。ご無事で良かったです』

「ああ、そっちはどうだ?」

『神鳴流剣士月詠と、敵の呪符師の女が攻勢をかけてきました。いいんちょさんたちの協力もあり、なんとかその場を凌いでシネマ村を離れたところです』

 

刹那の言葉に目が点になってしまう。

誰の協力だって?

 

「おい、委員長たちに魔法がバレたのか!?』

『あ、そこは問題ないかと。敵の月詠が一般人は巻き込みまいと一手打ちました』

「‥委員長はともかく他にバレるとめんどくさそうだからな。そこは良かった、ホントに」

『それで、その‥』

「ん?」

『今から木乃香お嬢様のご実家へ向かうのですが‥‥』

「んん?なんでだ?」

『恐らく、今一番安全なのです。関西呪術協会総本山並びに近衛詠春様の庇護を受けます』

 

近衛詠春。

間違いなく、かつてのナギの仲間。

千雨も会った回数としては紅き翼(アラルブラ)の中では少ない方だが、凄腕の剣士だということは知っている。

剣さえ握ればラカンやナギとも互角に戦うサムライマスター。

 

「詠春さんって今どんな立場なんだ?」

『詠春、さん?‥今は関西呪術協会の総長をされておられます』

「へ?それ近衛のジジイと一緒‥‥。‥‥ん?」

 

近衛近衛右門。

近衛詠春。

更に近衛木乃香。

 

見事に名字が同じ。

まさか。

 

「‥‥もしかして学園長と詠春さんって、親子だったりするか?」

『あ、いえ。親子というわけでは』

「‥ああ、よかった」

『義理の親子ということになるのでしょうか』

「そっちかよ!!」

 

詠春は元々青山詠春という名前だったはず。

それが名前が変わってーとか本人から説明を受けて、当時はよくわからなかった千雨だが、今ならわかる。

結婚していたのだ。

しかも近衛右門の娘と。

あんな性悪クソジジイと血縁関係にあるなんて!と少しショックを受けかけた千雨だが、これはこれで少し詠春を勝手に気の毒に思った。

 

「‥あれ?じゃあ、あれか?もしかして‥‥近衛は、詠春さんの?」

『あ、はい。御息女になります』

「関東魔法協会理事の孫で関西呪術協会会長の娘って‥日本の魔法使いのお姫様じゃねーか」

『そ、そうなりますね』

 

これは狙われても仕方がないな、と同情する千雨。

しかも渦中の木乃香は魔法について何も知らず、何故狙われるかなどわかるはずもない。

こんな状況になるまで放置していた近衛右門並びに詠春は何を考えていたのだろうか。

本人たちの問題かもしれないが、魔法から遠ざけたとしてもそのうち万が一が起きてしまいそうだ。

 

「話はわかった。詠春さんの元に行くってことなら安心だろ。とりあえずお前らはもうシネマ村にいないんだな?」

『はい。いいんちょさんたちは今はシネマ村で千雨さんを探しておられるはずです』

「げ、そうだったな‥。わかった、とりあえずわたしは委員長たちのとこに戻るよ」

『ええ、では後ほど』

 

携帯電話の電源ボタンを押して通話を切り、茶屋の勘定を済ませて歩き始める千雨。

ひとまずシネマ村での戦いは落ち着き、木乃香は詠春の元に一度入るようだ。

これならもう今回の騒動はもうケリがつく、と肩の荷を下ろす。

例えどれほどの実力者が今後出てきても詠春には勝てはしない。

ラカンが負ける姿が想像をつかないのと同じで、詠春とて膝をつくところなど見たことがなかった。

 

‥ラカン相手に女性型の魔法生物みたいな囮を使われてポカやらかしてたのは忘れることにして、委員長たちを探しに行く千雨だった。

 

 

********************

 

 

「! 長谷川!」

「村上、それに那波も。悪い、買い物が長引いてよ」

「ううん、合流できて良かったよー」

「今皆に連絡するわね」

「ああ」

「‥うん、あやかはザジさんと忍者コーナーの方に行っているそうよ。合流しましょ」

「おっけー!」

「あれ?朝倉はどこだ?」

「パルやゆえきちと一緒に刹那さんと木乃香についていったよ?」

「‥‥‥え゙?」




分身の定義がいまいちわかりませんが、多分使う人によってそれぞれ違うと思うんですよね。
小太郎と楓の分身は同じコマに入った時がありましたが少し描写がちがいました。
じゃあナギはどうなんだというと、この小説では日本で一度見たものをなんとなく使ってみたらできたという体でいきます。
この分身実はこの千雨にはめちゃくちゃ相性がいいのですがそれはまた今度。


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【20】夜に飛び込め

一月?
しばらく?
なんか移動中にちょくちょく書いてたら出来ちゃいました。
でも流石にしばらく空く‥はず。多分。
詐欺かなんかだと思っていてください。


無情に過ぎた日々。

大好きな人たちはもういない。

忘れようも忘れられない、あの光景が。

今も脳裏に焼き付いて、彼女を追い立てる。

 

 

********************

 

 

関西呪術協会総本山。

千雨を除いた3-A守護隊(ガーディアンエンジェルス)は木乃香を誘拐しようと企む敵から彼女を守り切り、なんとか総本山———木乃香の実家———へと逃げ込んでいた。

途中、刹那が肩を射抜かれる大怪我を負うものの木乃香の潜在魔法力が発揮され、事なきを得る。

そのことを刹那は危惧していた。

魔法を木乃香から遠ざけていたのに、同じように裏の人間である自分が木乃香から離れていたのに。

これでは意味がない、と。

 

「話は聞きました、このかが力を使ったそうですね」

「ハイ。重傷のハズの私の傷を完全に治癒するほどのお力です」

「‥それで刹那君が大事に至らなかったのならむしろ幸いでした」

 

関西呪術協会会長、近衛詠春は告げる。

いずれこうなる日は来たのかもしれない。

詠春は一人娘である木乃香へありのままの事実を伝えるよう決断する。

木乃香が素晴らしいほどの魔力を持って生まれてきたこと。

刹那のこと。

そして、木乃香にこの先のことを考えるよう、全て。

 

話を終えようとした時、ネギがハッと思い出す。

親書は既に詠春に渡し終え、近衛右門から言い渡された任務は終わった。

だが、ここへ来る前に新しく従者となった千雨から一言伝言をまれていた。

 

「あ、あの!長さん!」

「ハイ?」

「その‥‥長さんに、千雨さん‥長谷川千雨さんから伝言です」

「はせがわちさめ‥?」

「あ、あれ?ご存知ないですか?」

「‥ええ。一体どのような?」

「二世が行く、と」

「!!」

 

途端に詠春の目に1人の幼い少女の姿が蘇る。

ラカンとナギにべったりくっついていたオレンジ髪の子。

よく修行中のラカンの横でラカンを真似したり、アルの持つ読めないであろう古書を眺めていたり。

そして今は亡きガトウにも、ネギの母にも懐いていた。

時々訪ねるだけの自分にすら臆せず言葉をかけてきた、その少女を。

 

「‥そう、ですか。ジャックめ、何も言わずに子だけを‥」

「え?」

「いえ、すみません。‥‥彼女はご壮健でしたか」

「はい!僕も何度も助けられてて‥」

「今回のお嬢様の護衛にもご助力を頂きました。長のお知り合いなのですか?」

「ええ。‥私たちの娘みたいなものです」

「へ?」

「ジャックのバカがあのまま預かることに一抹の不安‥‥いえ、多大な、の間違いですね。‥だが、よく育って‥そして日本へ来た。きっと彼女も、自らの道を選ぶ為に」

 

自らの道。

ネギも刹那も、それは既に選んだもの。

だからこそ魔法使いとして、木乃香の護衛としてここにいる。

だが、千雨が自らの道を選ぶ為に日本に来たということは。

まだ彼女は、何かになる手前の段階にあるということなのだろうか?

 

「彼女が魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)であることは?」

「あ、知ってます。お父さんの‥‥そして、その‥‥‥ボクの」

「ほう!?それは‥なるほど。彼女がどのような人物に育っているかはわかりませんが、ネギくんの良きパートナーになってくれるのは間違いありません。彼女はその為に日本に来たと言っても過言ではないですから」

「え‥‥」

 

驚いたネギだが、カモはどこかでその事実に納得していた。

やはり千雨はネギがいずれ日本に来ることになると予見していたのだ。

しかも千雨だけではなく、詠春もそうなのだろう。

となると、学園長もそうである可能性は高い。

何故だろうか?

ネギの父親が関係しているのだろうか?

麻帆良学園にはナギも寄ったことがあるようだし、ナギに封印されているエヴァンジェリンもいる。

 

(兄貴は何か‥‥とてつもない陰謀にでも‥‥いやそれとも、運命って奴なのか‥‥?)

 

卒業証書に決められたネギの来日、そして修行期間。

そんなことを予見できるほど、決定的な何かが麻帆良にはある。

 

「‥それと。二世‥いえ、千雨嬢から聞いているとは思いますが、私とあのバカ(ナギ)は‥‥かつて、二十年以上の友でした。ナギに関する情報も持っています」

「!!」

「明日、貴方たちをお見送りする際に‥‥ナギの情報がある場所へお連れしましょう。魔法使いとしての任務をこなしたネギ君へのご褒美として‥ですね」

「あ、ありがとうございます!!‥ボクは、千雨さんから‥その‥父さんが生きていることを聞きました。‥あの、父さんが今どこにいるかというのは‥その‥」

「‥なるほど。お嬢はそこまで話しましたか‥‥。‥いえ、私はそこまでは知りません。ですが、明日きみに見せるものは‥それ以上の成果に繋がるかもしれません」

「‥!」

 

「‥その、カモさん。ネギ先生のお父さんというのは‥‥」

「おお。サウザンドマスターって知ってるか?」

「え、ええ。20年ほど前、世界大戦を終わらせた立役者‥‥。‥‥が、なのですか?」

「そうなんだよ。千雨の姐御もそのサウザンドマスターの従者らしくてな。親子二代の従者になってるんだよな」

「‥なるほど。そして長は‥そのナギさんの友‥親友、なのですか」

 

ネギも千雨も、サウザンドマスターという人を追っているのだろうか。

サウザンドマスターの話はどんな裏の人間からでも聞けた話だったが、その後にほぼ必ず既に死んだとも聞いた。

だが、今のネギの言葉通りならまだ生きているという。

 

ネギを見ると、今も長に熱心に話を聞いている最中。

わずか10歳の少年が、世界で活躍していた亡き父を追う。

懸命な姿を喜ばしいと思う。

だが、刹那は気づいてしまっていた。

長の表情が、いつもの難件にあたる時の顔にどことなく似ていると。

 

 

********************

 

 

「‥‥何がどうしたらついていかなきゃ行けなくなるんだよ正直に言え正直に。知的好奇心が抑えられなかった?面白そうだから?‥‥まあそっちは多分大丈夫だろうけどな、それでもあまり大人数で押し掛けんのは‥‥。は?寛いでる?あ、おい朝倉!」

「どうダ?」

「‥‥浮かれてやがんなあのアマ」

 

修学旅行三日目の夜。

委員長たち三班と共に旅館に戻ってきていた千雨は、超の班である四班の部屋で三日間のお土産を持って超と茶を飲んでいた。

部屋には二人だけ。

 

旅館に戻ってきてからネギたちが戻ってきた、と聞いて出迎えにいくとなんと偽者。

しかも式神が模したものでは、と楓の指摘が入ったために急いで電話をかけてみると宴会中ときた。

更に追い打ちで和美の浮かれ具合を浴びた千雨はこれでもかとげんなりした顔を見せた。

わたしの心配を返せ、とぶつぶつ文句を言いながら電話を切る。

恐らく、おもてなしなんぞよりも未知の文化に触れることの方が遥かに垂涎ものだろうが。

 

「だが何かするわけでも、戻って来いとも言わないんだナ」

「そりゃ、大丈夫だと思ってるからだろ。一番強そうな奴倒したし、関西呪術協会が本当に近衛ともども守ってくれるならわたしが行かなくてもいいさ。それに、まず間違いなくわたしよりも適任の役者がいるんだ。働かなくていいなら働かねーよめんどくせえ」

「貴女にそこまで言わせるとは実に興味深いネ。今度会わせてくれないカ?」

「お前に会わせたら毒にしかならねえし寧ろわたしが会わせてほしいってんだよ」

「‥どういう関係ダ?」

 

超の微妙な顔という珍しい物を目にした千雨はなんだかしてやった気分になり、紅茶の風味もどことなく心地良いものに感じていた。

 

以前は超がラカンかアルと関係があるのではと懐疑していたが、詠春のことは知らないらしい。

実はラカンたちのことも知らないのか?と首を捻るが、それでは千雨の事をどう詳しく知ったかがわからない。

対象の情報を詳細に得られるアーティファクトやユニーク・アビリティでも持っているのだろうか。

 

「それで、話トハ?」

「ああ、これなんだけどよ」

 

差し出された一枚のカード。

去年の学園イベントでのアイドルのような服を着ている千雨が映っているが、仮契約(パクティオー)カードに映っているものだからかギリギリ恥ずかしくない。

 

「ほう!これはアーティファクトカードネ、直に見るのは久しぶりヨ」

「このアーティファクトのことでちょっとな。これ、調べてみたんだがどうやら電子情報通信網操作及び魔力術式への介入みたいなことができるアーティファクトなんだよ」

「ほう?随分近代的ダナ。ふむ‥‥出してもらってモ?」

「ああ。来れ(アデアット)

 

千雨の言葉とともにポップなステッキ——力の王笏が現れる。

ホホウ、とマジマジ見る超に力の王笏を手渡し、本題に入ろうと言葉を継ぐ。

 

「それ、パソコンみたいな使い方ができるらしくてよ」

「‥それはまたヘンテコネ。パソコンがあればできるようなことをできるト?」

「いや、何かよくわかんねーけどあとは変な電脳空間に飛べるってさ」

「電脳空間‥‥肉体ごとカ?」

「身体はその場に置いて精神だけ電脳空間に飛ばすらしい」

「‥‥中々ヤバそうなアーティファクトダナ、コレは。つまり精神をデータ化できるということカ?」

「データ化って言っていいのかはわからねえが、0と1に変換できるみたいだな」

「‥‥無茶苦茶ネ、話には聞いてたガ」

「話?」

「いや、なんでもないヨ。それで、私に頼みとは何ネ」

「精神をデータ化できる‥‥なら、試したいことがある。それを手伝ってくれ」

「ム?」

「多分、このアーティファクトは本来ならただの便利なパソコンとか魔力術式介入改ざんとかそんな程度だろ?けど、強化次第で戦闘でも使えることがあると思うんだ」

「いや、魔力術式の介入・改ざんで十分すぎるダロ‥。何をする気ダ?そして、私の腕を借りるとなると高いヨ?」

「‥」

 

一息ついてカップを傾ける千雨。

超は微動だにしない。

彼女は言葉を待っている。

何故か千雨から持ち込んできてくれた話の返事を。

そう、持ち込んできたのではない。

持ち込んできてくれたのだ。

超はずっと千雨のその言葉を待っていた。

彼女がいれば、自らの計画の後詰は磐石のものとなるのだから。

 

「‥お前の計画とやらを聞かせろ。まず話は聞いてやる」

「‥どういた心境の変化カナ?」

「今日会った敵。正直、随分強かったぜ。私が直接会ってたら、どうなっていたかわからなかったくらいにはな」

「だが倒した。そうダロ?」

「‥ま、それはそうなんだけどよ。一対一としては反則みたいな‥というより、わたしはラッキーだっただけだ。さらに強く、っていう思いはやっぱり出てくるもんなのさ。それに、もう一つ理由があってな」

「‥」

「お前の計画のことはそのうち調べるつもりだった。けど、それを内側から調べてやろうってな」

「普通それを調べようとする相手にさらりと言うカ?」

「お前に隠し事してもどうせ無駄だろ」

「まあナ、ちうちゃん」

「言っとくけどそれやんねーからな!?」

「これのことカ?勿論やてもらうことになるヨ」

 

千雨のカードをひらひらさせてニコリと笑う超。

去年のイベントの時と服装が酷似しているため、千雨の羞恥心が掻き立てられる。

絶句しながら早まったか?と後悔しかける千雨。

だが、超はニコニコと嬉しそうだ。

 

「では早速修学旅行が終わり次第取り掛かロウ。クラスメイト依頼の研究は久しぶりネ、腕が鳴るヨ」

「おい、まだ話を聞くだけでいいぞ?わたしがお前を手伝うとは限らねーだろ、ついでに邪魔するかもしれねぇし」

「心配いらないヨ。貴女は邪魔をしないし、寧ろ喜んで手伝うダロウ。なに、大掛かりなことをやってもらうことはないからナ。安心して身をまかせてくれヨ。まずはビラ配りからダナ」

「なに地元アイドル育てるノリでいこうとしてんだ!?やんねーからな!?」

「冗談冗談。ビラ配りじゃなくてまずは衣装を着て人前に出る練習ダナ、スマンスマン」

「‥‥冗談、だよな?」

 

え?やるのそれやんねーよなマジかよと悶えている千雨に、超は思案を始める。

このタイミングで千雨が自分に接触してくるとは思ってなかった。

もう少し後、超が動きを見せてからのことだと思っていたのだ。

未だに信頼関係やお互いを知る、などもまだだったし交渉材料も用意していなかったが、千雨が乗り気だったのは幸運だったと言える。

エヴァンジェリン戦の時に手を貸しておいてよかった、と過去の自分を褒める超。

 

だが。

吸血鬼の真祖にすら勝利した剣闘士の少女が苦戦した。

千雨は既に倒したと言っていたものの、そんな存在が歴史の裏にいたとは。

 

「‥ついでに訊くが、昼間の敵とは何者ダ?西洋魔法使いと言ていたガ」

「あ?あーとだな、名前は知らねえ。風来坊みたいな恰好してたな」

「風来坊?」

「いや、あれは仮装か?全体的に白いガキだ、白けた面が小生意気な。石化や大地の魔法を使う、ガキの癖に接近戦もできる。魔法障壁の数だけなら今まで見てきた中で一番だったぜ」

 

白くて大地の魔法を使い、接近戦ができる子供。

超の脳裏には1人の少年が思い浮かばれる。

少年と言ってもそれは外見だけで、その実は不老の使徒。

最終的にはネギ側についたものの、ネギの少年時代最大の敵にしてライバルだった男。

まさか。

 

「‥‥この京都にもいた‥ノカ!?」

「は?」

「千雨サン、今から朝倉サンに電話してみてクレ。ネギ坊主でも明日菜サンでも良いヨ」

「なに?‥まさか!?」

「奴は恐らくまだ生きている」

「知ってるのか?」

「話に聞いたことがあるだけサ。今は急いで連絡ヲ!」

「チッ‥‥お前、後でぜってー問い詰めるからな色々!」

 

すぐにまた携帯電話を取り出し、また和美にかける。

コール音が鳴り始めると思ったが、何故か電波不通の音声が流れ始める。

 

「‥?」

 

アドレス帳からかけたから電話番号の間違いはない。

もう一度かけてみるがやはりつながらない。

悪い予感がひしひしと千雨の中で警鐘となってきた。

今度はネギにかける。

だが、なんと電話中だと音声が返ってきた。

 

「‥朝倉にはつながらねえ。ネギは電話中だと?どうなってんだ」

「む。ならばネギ坊主は無事ネ」

「朝倉のは電源切れてるだけじゃないのか!?」

「どうしタ?エヴァンジェリン戦とはえらい違いヨ。事前にあそこまで準備して、ネギ坊主の安全をこれでもかと確認していたあの時の千雨サンはどこ行たネ?」

「‥詠春さんがいる。あの人がどうにかされてやられるなんざ想像ができねえのさ」

「サムライマスター近衛詠春。確かに最強クラスの人物ヨ。だが数か月前、弱体化しているとはいえ貴女も最強クラスを一人倒してるのも事実ヨ」

「!」

 

あれは、エヴァンジェリンが思うように力がだせなかったから。

そう言い返そうとしたが、言葉が出ない。

超の主張は既に分かっている。

詠春とて躓くことなどある。

過去にはラカンが瞬殺(本人談)したこともあるし、20年前の大戦でもラカンも詠春も大怪我を負って途中で戦線離脱したという。

 

「‥ああ、わかってるよクソ!まずは事実確認をする。あと連絡入れてねえのは神楽坂だけ‥‥!?」

「どうしタ?」

 

アドレス帳から明日菜の連絡先を探そうとした時、画面が勝手に切り替わる。

非通知設定という文字が表示され、電話はコール音を鳴らし始めた。

このタイミングでかけてくるということは、とすぐに出ようとするが、超に腕を掴まれる。

超を睨みつける千雨だが、すぐにテキパキと何かの機械を取り出して準備し始める超。

 

「なんだよ‥ていうかなんだそれ」

「周波数逆探知して位置を調べるネ。相手が何かしら敵意を持つ人間なら居場所くらいは知っておきたいダロ?」

「‥‥敵の可能性が高いと?」

「貴女もそう思ってる筈」

「まあな」

「準備完了。出てクレ」

「‥」

 

緊張した顔持ちで通話ボタンを押す。

超も自動で表示された座標位置を確認する。

だが、すぐに眉をしかめる超。

 

「‥‥ム?この位置は‥」

「もしもし‥‥」

「麻帆良?」

「は?」

『おお、お主は無事じゃったか』

 

電話から聞こえた声は近衛右門の物だった。

なんだよと少し肩を落とすが、何にせよ日も暮れてから数時間、そんな時に電話をかけてくるなど普通ではない。

超もとりあえず通話を聞くことにしたようだ。

 

「‥何でわたしの電話番号知ってんだ?」

『すまんの、そこは秘密にしておいておくれ』

「あとでぜってー電話番号変えてやる」

『無駄じゃよ、お主が契約している会社から聞いたものじゃからの』

 

何なんだよこのジジイ!と憤慨しかけたが、恐らく通信事業会社に魔法使いがいるんだろうな、と推測する千雨。

有事の際は何かしらの情報が得られるようになっている可能性が高い。

つまり。

 

「‥何があったんだ?」

『お主はいま泊まっている旅館にいるんじゃな?』

「質問に答えろ。なんとなく見当はついてる。‥近衛はどうなった」

『‥木乃香はまだわからん。じゃが、木乃香がおった関西呪術協会総本山は攻勢にあっているのじゃ。お主のクラスメイトも、婿殿‥‥詠春殿も石像となって発見された』

「‥!!」

 

拳をゴキリと鳴らす千雨。

強く握りすぎて拳の骨がどうにかなってしまいそうだ。

甘かった。

詠春を心の底から信じて自分は動かなかったのも、トドメをキチンと刺さなかったのも。

石化。

それをできる人間は、つい今日に会ったばかり。

超の危惧する通り、白の少年はまだ生きている。

 

「あんたは‥それをどうして知った!?」

『ネギくんと刹那くんは無事だったようじゃ。今は木乃香の保護に当たっておる筈』

「それで電話中だったわけか‥!あんたは動けないのか!?」

『うむ。今すぐにそちらへ移動できるような術はないのう。増援も見込めぬ。魔法先生たちはそれぞれの修学旅行先に行っておるし‥タカミチは海外に出ておる』

「‥チッ、今すぐに向かう!」

『すまんの、何事もないと思っておったが‥‥反現体制派がここまでの強硬姿勢に出るとは思わなんだ。見通しが甘かったとしか言えぬわい』

 

それは自分もだと、強く憤る千雨。

電話を切り、浴衣のまま部屋を出ようとする。

 

「行くのダナ?」

「お前はどうすんだ」

「今の私が行っても役に立たんネ。ただ、ここからでもやることはあるからナ」

「なんだそりゃ‥?‥ん?」

 

千雨が部屋の出入り口の扉を開ける前に扉が開く。

立っていたのは長身の少女。

 

「ここであったか。千雨殿、話があるでござる」

「‥長瀬‥お前、知ってたのか?」

「ぬ?千雨殿も?」

「わたしは今連絡をもらったとこだ」

「拙者もリーダーから電話が来た次第にござる」

 

楓がリーダーと呼ぶ人間は一人しかいない。

バカレンジャーブラック、綾瀬夕映。

総本山にいたクラスメイトたちは石化された、という話を聞いたが、夕映だけは無事だったのか。

今総本山で動いているのはネギ、刹那、夕映。

明日菜も恐らく石化はしていない。

問題は木乃香だ。

 

「来てくれるか!?今は人手が要るんだ!」

「うむ。他の二人も準備はできたようでござるよ」

「二人って‥」

「千雨もいくアルか!?」

 

楓の後ろからひょこりと古菲が顔を出す。

更にその後ろでは、楓と同じほどの長身の少女が壁にもたれてこちらを見ていた。

 

「古‥‥龍宮!」

「こういった事態でお前と関わるのは初めてだな、長谷川千雨。期待しているよ、ウナ・アラ」

「‥その名前がわたしのことだってわかんのかよ?そんな有名じゃねーんだけどな」

「腕が立つ同世代の少女の噂だ、嫌でも記憶に残るさ。それにウナ・アラが消えたと噂が立った時期と、お前が転校してきた時期は被っていた。ある程度調べ、確信は超からもらったんだよ」

「‥おい」

「ナハハハ、悪いナ」

 

またお前か!?というジト目で超を見るが、超は笑って何やら長い棒のようなものを取り出して指差している。

いつの間にこんなの出しやがった、と近づく千雨。

これは‥‥。

 

「‥なんだ?この杖の寸法比そのままでかくしたみたいな丸太は」

「大人数移動用の杖ネ。でっかくしてみたヨ。10人くらいまではいけるナ」

「お前バカだろ!?どうせならもうちょい乗りやすくしろよ!!足場増やすとかあんだろ!?」

「発想はまず基礎から単純に、ネ。そして思いついたならやってみるのがサガヨ」

「‥マッドサイエンティストって言葉がまんま当てはまるなテメー」

 

何とも不格好な移動手段だが、足は手に入った。

流石に千雨も4人で移動できるような魔法具は持っていない。

ちなみに古菲と楓はそれぞれ感動・感心しているものの真名は乾いた顔だ。

こんなバカでかい人間用の杖は見たことがない、と。

ちなみに人間よりも大きな種族は魔法世界にいるものの、大抵杖など使わず自前で飛ぶ。

魔族なんかがそうだ。

 

戦闘用のスイッチを入れる。

千雨も近づいて手に持ってみるものの、魔法使いが持つには普通に重く、そして太い。

ちょっとした木の幹である。

 

「‥乗れなさそうってことはねえな。ここはありがたく使わせてもらうぜ」

「おお、“気”も使わずに軽々ト」

「こんなくだらねーとこで使わせんなそんなもん」

「‥長谷川は自分の杖はないのか?半分魔法使いだと聞いているが」

「‥誰から?」

「もちろんそこにいる中華の‥」

「もういいよ、もう。‥‥一応持ってるけどよ、移動用で出したくねーんだよあんな杖」

「?」

「では今度は一人用の杖を一本送るヨ。楽しみにしていてクレ」

「‥‥頼むから普通の奴にしてくれ」

「千雨殿、急がなければ‥」

「わかってるよクソ!!」

 

こんな天才(アホ)にかまっている場合ではない。

急いで巨大な杖を持って部屋の窓側へと向かう。

杖の向きを変えるのも壁や天井に当てぬよう一苦労だ。

窓の縁へと立て掛け、乗れと3人に目線を送る。

千雨の前に古菲が、後ろに楓、真名と位置につく。

 

「これでどうするアルか?窓から飛び降りるネ?」

「‥古、未知の体験を前にして先頭出るとか度胸あるなお前」

「楽しみアル!」

「ま、いいか‥‥行くぞ。浮遊(レウォターティオー)!」

 

4人を乗せた丸太のような杖がふわりと浮く。

古菲と楓の驚く声が上がりつつ、ふわふわとそのまま杖は窓の外へ出た。

関西呪術協会総本山の場所を超から教えてもらい、すぐにそちらの方向へと向く。

 

「着くのに20分くらいか‥!」

「公共交通機関と比べればよほど早い。気にすることはない、さっさと行こう」

「な、なんアルかこれ!なんで浮いてるアルか!?」

「まさか、千雨殿もその‥‥魔法使いなのでござるか?」

「も?長瀬は‥違うよな」

「うむ、誰とは言えんが心当たりがあるでござる」

「‥‥あのガキ、どこまでバレてんだよ」

 

千雨には言えない、つまり千雨が知っている誰か。

完全にネギだろう。

 

「言っとくけどわたしは魔法使いじゃないぞ」

「なに?違うのか?」

「噂の内容まではちゃんと調べなかったみてえだな。わたしは魔法も“気”も使うんだよ」

「それはまた‥おかしな奴だな」

「ほっとけ。超、先生たちへの言い訳は頼むぞ」

「それは多分私がやらなくても何とかなるヨ」

「? ‥まあいいや、いくぞ!」

 

杖に魔力がこめられる。

その見た目に違わぬ質量の杖が先ほどよりも俊敏に移動を始める。

結構魔力を持っていかれるかも、と少し先が思いやられる気分の千雨だったが、それでもこめられるだけの魔力をこめて最高速度で旅館から離れていった。

 

やはり良い出来ネ、とその様子を部屋から見届けた超。

 

「さて、まずは連絡と‥‥根回しダナ」

 

 

********************

 

 

「でけー図体の割に良く飛ぶじゃねーか!」

「おおお、すごいスピード出てるのに風をあまり感じないアル!」

「杖や箒は飛ぶ際に快適に飛べるように色々魔法で仕様が弄られているものが多い。これも超製のものなだけはあるよ」

「魔法とは便利なものでござるなぁ。拙者が走るよりも早いやもしれん」

「競争するアルか!?」

「んな呑気なこと抜かしてる場合か!降りんじゃねーぞ!」

 

ギャーギャー騒いでるうちにすぐに総本山が見えてきた。

桜の木が何十本も咲き誇り、桜に囲まれるように大きな屋敷が立っている。

一度委員長の家に行ったことがあるがそれ並みの大きさだ。

上からの眺めはこんな状況でなければ絶景と言える。

 

「詠春さん、出世してるな‥」

「ここアルか?」

「降りなくていい。‥長瀬!どうだ?」

「‥うむ。生物の気配がこれほどないとは‥‥。少なくとも、動ける人間はいなさそうでござる」

「‥綾瀬は確か既に本山から出てるんだよな?」

「どこかは分からぬが山を降りている途中とは言っておったでござるな」

「よし、長瀬はとりあえず綾瀬を探しに行ってくれ。保護したらそのままこっちに来てくれ」

「承知」

「おい、長谷川」

 

楓が杖から飛び降りるのを見届けつつ、真名の方を振り向く。

真名が指差す方向に気づき、今一度顔をそちらに向けると、かなり遠くの方だが小さな竜巻が起きているのが目に見えた。

 

「あれは‥!竜巻‥‥ネギか!」

「間違い無いだろう」

「わかった、いくぜ!しっかり捕まってろ、振り落とされるんじゃねえぞ!?5分もせずに着く!」

 

二人の了承を得ずに杖を急発進させて現場へ直行する。

敵は月詠か、白の少年か。

後者だった場合、嫌でも全力を出さなければ勝てない相手だと分かっている。

 

「無事でいてくれ‥!」

 

だからこそ、今出せる全力で守りに行く。

ネギを、木乃香を、クラスメイトたちを。

そして、自ら生きると決めた現実を。

どうか、どうか。

今度こそは、力になれるようにと祈りながら。




次回からガチ☆バトル!‥です。
多分長くて3話。
多分。
‥自分の多分はあまり信用ならないので気にせずお待ちください。


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【21】妖刀を持った剣士と剣闘士

大遅刻。
大遅刻。
大‥‥ごめんなさい今後はなるべく更新します。


夜の帷と淡く光る満月。

少女の目の前には巨大な何か。

生きているのだろうか。

だがそれはまるで、横たわった大樹のようだった。

 

 

********************

 

 

木乃香をさらった一味を追いかけてきた刹那と明日菜。

足止めとして召喚された約150体の鬼・妖魔を刹那と明日菜が相手をし、杖に乗って高速で移動できるネギを先に行かせるというカモの作戦に乗り、いざ相手にしようとしていた。

 

ネギは間に合うのか。

そもそも自分たちはこの場を切り抜けられるのか。

それに明日菜は仮契約を済ませ、式神祓いの武具を持っているとはいえ一般人。

退魔士の自分がいると考えてもそう容易い話ではない。

いざとなったら一族の掟を破ってでもこの場を切り抜けるしか、と気合を入れ直して夕凪を構える。

行きましょう!と明日菜に声をかけようとしたその時、後方からなにかが一筋の直線を描いて飛来する。

鬼の眉間に飛んだそれが銃弾だと分かった時、すぐに長身色黒のクラスメイトの顔を思い出す。

まさかと後ろを向く間に、次々と数多の銃弾が明日菜の眼前に広がっていた鬼の群れに降りかかる。

 

「え!?」

「なんじゃあ!!?」

 

明日菜も鬼も驚く中、刹那だけがその銃弾の意味を理解していた。

 

「まさか‥!!」

 

「いけ古菲!!」

「お任せアルッ!!」

 

二人分の声が響き、刹那と明日菜の隣に一人の少女が着地する。

 

目を閉じ、右手を左拳に被せる様に両手を組む金髪ツインテール。

目を開け、両手がそれぞれ円弧を描くように開かれる。

気炎万丈。

 

「く、くーふぇ!」

「アスナ!これみんな本物アルか!?」

「古!まさかお前まで‥!さっきの銃弾は龍宮だな!?」

「もう1人いるアルヨ♡」

「もう1人!?」

 

撃て(ヴィルガ)!!」

 

半透明の剣が鬼の胸や大刀に突き刺さる。

反応が鈍い数十の鬼がただただ浮遊する剣の群れに貫かれ、露と消えていく。

 

「新手か!?」

「気ぃつけぇ!!この技はこの国のモンじゃあねえぞ!!」

「なら極東の業を見せてやるよ」

「!?」

 

拳を引く。

拳と拳が脊髄によって連動され、一本の線が伸ばされるように拳が突き出される。

一歩、踏みこむ。

我流気合武闘・一。

真っ直ぐに突き出された拳に一拍遅れて鬼たちの一角がまとめて吹き飛ばされた。

 

「正拳突き‥‥見様見真似だけどな」

「千雨ちゃん!!」

「千雨さん‥」

「神楽坂、桜咲!おっ始める前に間に合ってよかった‥!」

 

千雨が地面に刺してあった丸太と霧雨の王旗を持って三人の元へ駆け寄る。

 

「お、おなごが増えたぞ!?」

「見た目に騙されるな!ワシら以上の膂力を持っておるぞ!!」

「伏兵に備えいぃ!!姿が見えぬ狙撃手がおるそぉ!」

 

「おいおい、酷い言われようだな神楽坂。馬鹿力だってよ」

「いやどう考えてもアンタでしょ言われたの」

「そんなこと言ってる場合か?」

「言い出したのはアンタでしょー!?‥てゆーかなにその丸太」

「超に文句言え」

 

いくらラカン仕込みのパワーとはいえ怪物以上のパワーと、しかもその怪物に面とは言われたくない。

難しいお年頃だ。

 

「木乃香とネギ坊主はどこアルか!?」

「拐われたお嬢様を1人先行して追いかけている!!‥千雨さん、先へ行っていただけませんか!?」

「ネギ1人に行かせたのかよ!?‥わあーった、私が先に‥」

 

「!! 長谷川、刹那!!」

 

4人と鬼の群れの後方の森、樹々で姿を隠してながら次の標的に狙いを定めていた、スナイパーライフルを構えていた真名から警告が入る。

途端に鬼たちの頭上を通り、千雨たちに斬撃が放たれる。

すぐに反応して前に出る2人。

 

「オン」

「チッ!」

 

千雨は“気”を纏わせた霧雨の王旗で、刹那は札を翳した防御の構えでそれぞれ斬撃を防ぐ。

 

「きゃあああぁぁぁ!?」

「今のは‥!」

「斬空閃です!これを使える敵方は1人しかいない!」

 

「‥本当は‥もう少し様子見する予定だったんです〜。けど、おじょーさまを追って行ったのは魔法使い君1人‥。それも足止めが。‥なら、好きにしてもよろしいですね〜」

「月詠‥」

 

土煙が一閃によって切り払われ、現れたゴスロリ少女。

一昨日千雨が見たときと何ら変わりない、穏やかな顔だ。

だか、手には見覚えのない黒い刀が添えられていた。

 

「待って!いま、足止めって‥!」

「‥当然だな。今のところこの鬼ども以外じゃあ敵は4人。1人2人がネギの足止めに使われてもおかしくはねえ‥」

「じゃあ早く助けに行かないと!」

「それもわかってる!!古菲、この鬼どもはどうにか出来そうか!?」

「問題ないアル!稀に見る実戦、無駄にはしないアルヨ!」

「いやそこじゃなくてだな‥‥まあいいか。‥龍宮!任せるぞ!?」

「ああ」

 

古菲が無茶をしても真名がいれば大丈夫だろうと頷く千雨。

真名のことは一度調べただけだが、かなり有名な殺し屋のようだ。

この中でも1,2を争うほどの戦闘経験があるはず。

悪いようにはならないだろう。

それを確認し、残る問題はと月詠を見る。

月詠は余所見もせずに千雨だけを見つめていた。

 

「‥穴空きそうだぜ」

「ふふ‥この熱を‥‥受け取って、いただけますか?」

「‥おい、桜咲‥」

「‥」

「‥‥桜咲?」

「バカな‥‥有り得ない!その刀は‥!!」

「流石に御目が高いですなぁ、センパイ♡」

 

え、そういう関係なの?と明日菜が刹那と月詠を見る。

刹那に月詠の相手を任せようとしていた千雨も、何かおかしいと月詠を見る。

月詠は強者である。

それは間違いない。

だが、何故か今はその月詠よりも月詠が持つ黒い刀の方に目が惹きつけられるのだ。

 

「妖刀ひな!!何故その刀を貴様が持っている!?月詠!!」

「ふふふ‥‥今足りない力を補ってでも‥もう一度貴女様と立ち合う。その為に、フェイトはんの力も借りてまで拝借してきましたえ」

「‥フェイト?」

「あら、まだ名乗ってへんかった?」

 

首を傾げる千雨だが、月詠の言葉を鵜呑みにするなら千雨が会った人物なのだろう。

恐らく、昼間に戦った白髪の少年の名前。

 

「‥刀一本がなんだってんだ?確かに妙な感じがする刀だがな、魔法具ってわけでもねーだろそれ」

「ふふ‥‥♡では、とくと御覧じろ」

 

月詠の身体が掻き消え、千雨の眼前に鋒が迫っていた。

反射で顔を逸らした千雨だが、次いで迫る掌を防ぐことはできなかった。

凄まじい勢いで吹き飛ばされる千雨。

森の木々に何本もぶつかるが、千雨の身体が全てへし折っていく。

 

その一部始終を見ていた刹那と真名は驚愕の表情を見せる。

特に刹那だ。

ただ刹那はそのスピードよりも、目の前の少女が妖刀ひなを持ったまま直線の動きができていることに驚いていた。

 

ひな(・・)は妖刀。

手にした者は心を奪われ、妖刀の思うがままにその者が持つ能力以上の力を引き出され、刀の赴くままに暴れてしまう。

刹那の師匠も刹那への説明の為とはいえ、一時妖刀に取り憑かれてしまい、騒動の鎮圧に神鳴流総出で掛かった過去があった。

だが、目の前の月詠はどうだ。

元々戦闘狂いのような面があったが、そこに変化はなさそうだ。

変わったのはスピードとパワーだけのように見える。

つまり。

 

「月詠‥‥貴様‥‥!?呑まれていないのか!?」

「うふふふ‥‥♡どうやらこの刀とウチは‥相性バッチリやったみたいですなぁ。‥‥センパイともヤリたいですが‥‥今は、あの方との逢瀬の刻を楽しまさせていただきますぅ」

「なに!?」

 

「気色悪い言い方してんじゃねーぞ色欲魔」

「ち、千雨ちゃん!!」

 

いつの間にか森から出てきていた千雨に明日菜が駆け寄る。

明日菜の目には、千雨の浴衣には枝や葉が突き刺さり、千雨の身体からは所々血が出ているように映り、痛々しいとまで言えるほど。

だが、足取りはしっかりしており、千雨自身もまだまだ戦えると自覚していた。

 

「‥桜咲」

「は、はい」

「お前にソイツ任せようと思ったがやめた。お前は‥神楽坂と一緒にネギを追え」

「!? し、しかし‥‥」

「わかってんだろ?今の月詠はお前の手に余るよ」

「それはわかっています!しかし、今の此奴は明らかに普通ではない!私も手伝いますから、2人でかかるべきです!!」

 

2人でという点に月詠がピクリと反応する。

月詠の脳裏に浮かんだのは百合に囲まれた刹那と千雨がこちらに手を伸ばす様子。

両手に花。

いや、この場合は白く洗練された美しい刀と荒い造りに紅い大剣か。

どちらにせよ、鼻血が出そうだ。

 

「桜咲、お前がその刀をいやに警戒してるのは何か知ってるからだろう。だが、そうじゃねえよ。目的を履き違えてねえか?最終的な目標は近衛の奪還・保護だ。大体、お前はなんだ?」

「え?なんだ、とは‥‥」

「訊き直してやる。‥桜咲刹那。お前は何者だ?」

「何者‥」

 

何者と言われたら。

神鳴流の剣士で。

‥3-Aのクラスメイト、魔法生徒で。

退魔師でもあり、誰にも言ってないけど烏族の半妖でもあって。

‥‥。

 

「‥‥お嬢様の護衛剣士。‥このちゃんの‥」

「そうだ‥。そんなお前がなんでここにいる?寧ろスピードあるからってネギに先行かせた方が驚きだぜ」

 

適材適所と言えば正しいけどな、と頷く千雨。

そうだ。

でも、わたしは。

私みたいな化け物が、お嬢様に近づくこと自体がそもそも。

私は烏族。

それもハーフでありながら、一族からも見放される白の烏。

 

「わた、しは‥‥」

「‥‥わたしもな、ネギ目当てで日本に来た。ネギを勝手に見守って、アイツが魔法使いとして一人前になるまで、アイツがデカくなるまで、守ろうって決めて来た。半ばネギには押し付ける形でな」

 

それも、ナギの情報で釣った。

だが、形振りなど構ってはいられなかった。

早く一人前にさせたい、ナギの息子を見守りたい。

 

‥だが、千雨の予想とは違う意味でネギは期待を裏切り始めた。

10歳とは言えナギの息子。

その才覚を既に彼は発揮し始めている。

エヴァンジェリンとの戦いがきっかけになったか。

エヴァンジェリンに競り勝ち、この修学旅行でも先頭に立って生徒を守っている。

このまま成長を続ければ、彼はきっとそう遠くない未来に真実に辿り着く。

それは、千雨が辿り着いて欲しくない真実。

その手前で良かった。

ネギのナギに対する執着心は相当のものだろう。

 

それまでに、自分は‥。

けど、今は違う話だと首を振る。

 

「良いじゃねえか嫌われても。好きになってもらえる努力をしろよ。お前が何を遠慮してんだか恐れてんだか知らねえけどな、嫌われても危険な目に合わせても、それを全部お前が何とかしてやりゃいい話だろうが。それを今日この場で、お前が証明してやれよ」

「‥‥」

「‥もう一度訊くぞ。お前は何だ?」

「木乃香お嬢様の護衛剣士。そして、このちゃんの‥友達です」

「そうか」

「長谷川千雨殿」

 

夕凪を鞘に納め、佇まいを直す刹那。

はっきりとした口調で声が響いた。

明日菜が刹那の顔を改めて見ると、先ほどまで鬼と戦おうと、ネギに先に行ってくれと言った時とは顔つきがまるで違う。

ぶれず、迷いのない目。

 

「敵はまがりなりにも神鳴流を修めし者。本来、その技を知る私が相手をすべきところ。そこを恥を忍んでお頼み申し上げます。月詠を‥止めてください」

「‥ああ、任せな」

「恩に着ます」

 

千雨が霧雨の王旗を空間系の魔法陣にしまい、丸太をポイと放り出す。

武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)を唱え、大光の両刃剣を取り出す。

 

「それに、神鳴流の技ならわたしも知ってる」

「え?」

 

徐に千雨が大光の両刃剣を振り抜く。

振り抜かれた赤い刀身から飛び出たもの(・・)は、少し大きかったが、今し方見たばかりのものだった。

月詠も呆気に取られながらも反射でそれを叩き斬っていた。

 

「斬空せ‥‥!!?」

「チッ、やっぱりその神鳴流剣士が使ってる刀じゃないと上手くいかねえのか?うまく速く飛ばねえな。流石にバカ親父も神鳴流の刀は持ってなかったからな」

「‥‥どうやら、ウチの目に狂いはなかったようですぅ」

「ああ、見る目あるよお前。‥‥だが、お前の方は万全じゃあないみたいだな?」

 

千雨の目はひなを持つ月詠の右手ではなく、左手に向いていた。

手隙の左手は、所在無さげにゆらゆら動かされている。

懐に入っているであろう小刀を何故か出さない。

 

「小刀は所詮素手の延長。無くともウチの戦い方に変わりはありませんえ」

「‥だといいがね。神楽坂、お前も桜咲についてけ。それと、伝言を頼む」

「へ?伝言って、ネギに?」

「いや。古菲、お前はこっちに近づかずに鬼どもと遊んでろ!」

「私も手を出したらダメアルか?」

「やめとけ、“気”も思い通りに使えないお前にはまだ早い。まず見とけ」

 

ウズウズとしてるのが目に見てわかったので釘を刺しておく。

なお遊んでおけと言われた鬼たちは微妙な顔だ。

ワシら、一応仕事としてきてるんじゃが。

 

明日菜が伝言って何よ?みたいな顔をしながら近づいてきたので小さな声で明日菜の耳元に内容を告げた。

え?と意味がわからないという表情の明日菜にすぐに行くように顎で示すと、刹那と一緒にその場を離れていった。

 

「‥‥ふふ、ようやく‥その気になってくれはった、いうことでよろしいですかー?」

「悪いが、お前のペースに付き合う気はねえ」

「?」

 

手にした大光の両刃剣の魔力が迸る。

赤熱の籠る分厚い刃が横に構えられ、千雨の細い身体と合わさってまるで大鎌のようだ。

首を刈り取る。

そう告げられたかのように錯覚した月詠は、えも言われぬ心地良い気分に陥る。

周りの鬼や娘など関係ない。

今、貴方様の御目には私しか映っていない。

貴方様の瞳に私独りが、ただ在るだけ。

 

「神鳴流、月詠」

「長谷川千雨‥‥“武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)”だ。時間がねえ、早々に押し通る」

「アハッ♡」

 

月詠が瞬動術による撹乱を開始する。

いきなり姿を消した月詠に、とりあえず離れなければと古菲の方を見てから走り出す千雨。

真名の居場所はわからないが、なんとかなる‥というより何とかするだろう。

鬼たちもその場を後にしようとする千雨を追っては来なかった。

流石に力量が違う相手だと気づいたか。

 

古菲と瞬く間を取り、森へと入る千雨。

 

 

周りの木々によって出来ている千雨の死角で“入り”と“抜き”を行い、千雨の目からは月詠がどこを移動しているかはまるで見えない。

そんな月詠を千雨は冷静である、と判断していた。

 

刹那の口振りからすると月詠が持っていた黒い刀は曰く付きのブツのようだが、月詠はそれに呑み込まれていないとも言っていた。

単純にパワー・スピードが一昨日とは別人のように発揮している。

ただ、今の月詠は一刀のみ。

二刀が一刀になったところで、と本人は言っていたが、そもそも神鳴流は大刀一本の流派。

それなのに月詠は小刀と脇差の二刀を見事に操る神鳴流剣士だった。

そして、その流儀を自分から捨ててしまった今の月詠。

 

「なら、付け入る隙はいくらでもあるってこった‥」

 

まずは神速ともいえる今の月詠を止めなければ。

瞬動の連発なんてすぐにスタミナ切れで止まって仕掛けてくるとタカを括っていたが、その認識が誤りであるとすぐに気がつく。

 

「‥スタミナも増してんのか?」

 

瞬動の音と、少し離れた戦場からの鬼の悲鳴が響く森。

月詠の位置を探っていた千雨のこめかみ目掛けて黒い何かが飛来し、それを見ずに手掴みする。

手を開いてみると棒状の短剣‥棒手裏剣と呼べる暗剣が千雨の掌に収まっていた。

次々と飛んでくる棒手裏剣を手に持った同じもので弾き飛ばしながら、棒手裏剣が飛んできた方向をそれぞれ確認する。

だが、どの方向を向いても木々はない。というより隠れる木々とは程遠い。

まさか、とあらぬ方向を見やる千雨。

その瞬間、何もない空間から棒手裏剣が現れて飛んでくる一部始終が千雨の目に映った。

何て奴だ、と棒手裏剣を弾き飛ばす。

 

(月詠の野郎‥‥瞬動の途中で棒手裏剣を投げてやがる‥!!)

 

流石にそんな奴は見たことがなかった。

ラカンやナギですら出来ない‥というよりやろうとしないだろう。

確かに足は瞬動の動きをする為制限されるから何かするなら腕しかない。

だが、瞬動はその人知を超えた動きから、瞬動の速度を保ったまま別ベクトルの動きをしようものなら身体にかかる負担は半端ではない。

しかも月詠の恐ろしいところは、瞬動の速度の世界で正確に狙いを定めている。

何故戦闘狂の月詠がすぐに飛びかかってこないかようやく理解した。

今はまだ月詠は瞬動の世界で動く慣らしをしているだけだ。

慣れて仕舞えば、千雨の横を通り過ぎる瞬動を行い、その瞬動とともに千雨を斬り捨てればそれで終わりだからだ。

 

時間を与えれば与えるほど千雨にとっては不都合であり、更に月詠は強くなる。

これ以上思考に割く時間すら惜しい。

 

「クソ‥‥刀一本捨てた理由がわかったぜ。だが、それでもお前は間違ってるとは思うがな」

「ふふふ♡かも、しれまへんなぁ‥‥。‥けれど」

 

月詠の声が森中を反響する。

 

「それでも‥ウチは貴女様と立ち合いたかった」

「悪いが、まだ力不足だ!!」

 

声と共に大光の両刃剣を振り上げる。

何を、と木々の陰にぴたりと止まった月詠だが、すぐに千雨の狙いを看破する。

まずい。

彼女の狙いは、周囲の木々だ。

 

大光の両刃剣を勢いよく地面に叩きつけ、岩盤ごと地面を砕く。

振動が大きく大地を揺らし、その余波は隣の戦場の古菲や鬼たちはおろか、既にその場から300mほど離れた明日菜と刹那にも届いていた。

 

「わ、揺れてる!揺れてるよねこれ刹那さん!!」

「‥‥地震の揺れ方ではありません。何かあったのでしょう。しかし‥」

「うん、わかってる!後ろは気にしちゃダメ、大丈夫!くーふぇも龍宮さんもすごいんでしょ!?千雨ちゃんだってすごく強いし、何とかなる!!」

「はい!!‥!?」

 

木々の向こう、ネギが飛んでいった方向へ走り続けていた二人。

その先から光の柱が天へと昇るのが見えた。

何か大掛かりなことをしている、と判断する刹那。

 

「明日菜さん、急ぎましょう!!」

「なにアレ!!?」

 

 

********************

 

 

夜空を一直線に切り裂いていく青い光。

杖にまたがったネギだ。

その肩にはカモも乗っている。

 

「明日菜さん、刹那さん‥」

「後ろを見てる場合じゃねえよアニキ!刹那の姐さんがいるんだ、アスナの姐さんも大丈夫に決まってる!それよりもアニキの方がよっぽど危険な役だぜ!?」

「‥うん」

 

関西呪術協会総本山で対峙した白い髪の少年。

詠春はその少年に不意を突かれて石化されてしまった。

刹那もわずかな攻防で吹き飛ばされてしまった。

明日菜もえっちな(?)ことをされたらしい。

 

最後はともかく、明らかな強敵。

 

「戦うわけじゃないにしろ‥(ゲート)を使うような奴だ!木乃香の姐さんを上手く連れて出し抜けたとしても逃げ切れるかどうかは正直分が悪い!だが、一番の最善策がそれだってことを考えると‥!」

「‥大丈夫、わかってる!絶対に助けるよ!」

「それに‥後方はなんとかなる筈だ!学園長のじーさんに連絡したんなら‥千雨の姐さんにも通ったはず!あの人が来てくれりゃあ百人力だぜ!もう非常事態なんてとっくになってるしな!!」

「‥そう、だね」

 

千雨への電話は通じなかった。

誰かと通話中だったようだ、おそらく学園長と連絡を取っていたんだろう。

確かに千雨が来てくれれば頼りになる。

エヴァンジェリンとの戦いでも大いに頼りになった。

けど。

脳裏に浮かぶのは吹雪や刃が迫る中で苦し気な表情を浮かべる千雨。

あんな千雨をもう一度見てしまうのか。

 

「‥アニキ!?」

「え?」

「なにボーっとしてんだよ、何かみえてきたぜ!!」

「あっ!?アレは‥‥!」

 

ネギとカモの目に映った、森や山に囲まれた巨大な湖。

湖から真上に伸びる大きな光。

光の根元に複数の人影と、横たわる少女が一人。

 

「木乃香さん!!」

「こ、この強力な魔力は‥!儀式召喚魔法だ!!何かでけえもんを呼び出す気だぜ!!!急げアニキ‥!?」

「!?」

 

湖めがけて急行しようとしたネギの後方から、黒い魔法の射手(サギタ・マギカ)のようなものが飛び込んでくる。

昼間に見たばかりの、黒い犬の形をした精霊。

 

「狗神!!」

 

障壁を展開するも杖ごと撃ち落されるネギ。

 

「うわああぁぁぁ!!?」

 

衝撃に耐えながら、落下していることにすぐに対処しようと魔法を行使しようとするネギ。

重力の向かう先の森に人影が見えた。

昼間の狗神使いの少年が、こちらを見上げていた。

 

 

********************

 

 

天へ昇る光は千雨たちからも見えていた。

だが、千雨も月詠も一切そちらの方を向かない。

今、相手への集中力を欠くことは敗北を意味するだろう。

 

地盤が砕かれ、大きな岩塊や根本から吹き飛んだ樹木が空を舞う。

その一つの樹木に月詠は乗っていた。

月詠も千雨の打撃の余波によって宙へと投げ出されている形になる。

 

「けれど‥やることは変わりまへん‥‥!?」

 

そろそろ瞬動の世界の反動も慣れてきた、とひなを構えた月詠。

だが、眼下の千雨が更に大剣を振り回そうとしているのが目に映る。

しかも、狙いは上。

更に何故か地面の方から熱気を感じる。

 

千雨の目論見は簡単である。

面倒臭い動きをする速い相手。

隠れられては瞬動の隙も突けない。

なら。

 

「隠れるところから無くしてやる!!」

 

我流気合武闘・一光。

下から周囲の空気ごと巻き上げながら、大剣が唸る。

 

「四天炎上!!」

 

大光の両刃剣は光と炎の両方の特徴を持つ。

光は破壊。

炎は燃焼。

千雨が持つ魔法具の中でも使い勝手が良い大振りの武器だ。

 

広範囲の炎が空へと燃え上がり、樹木は一瞬にして燃え去り、岩塊も熱されたことによりひび割れ砕け散る。

だが、上空への攻撃を察知していた月詠は既に千雨の後方へ瞬動で退避していた。

千雨との距離、約20m。

月詠なら二歩で届く距離。

 

()った。

トンと地面を蹴る。

一歩、千雨との距離が半分に迫る。

千雨がこちらを振り向きながら片手を振り抜こうとしているのが見えた。

遅い。

 

二歩。

既にひなを抜き、振っていた。

千雨が片手の掌を此方へ向けているのはわかった。

だが、刹那の刻で刀を振るえる今の月詠には、千雨がなにをしようとその手ごと両断できる自信があった。

そして、それは瞬動の“抜き”とともに終えられる。

 

居合抜き。

しかも瞬動の最中に行われた正しく刹那の居合い。

反応できる人間などいる筈もない。

 

なのに。

趣味と実益を兼ねて行っていた人斬り。

いつもあったその感覚が、ひなを介して月詠の手には伝わらなかった。

手応えはあった。

だが、妖刀の刃はただ千雨の掌をなぞっただけ。

いや、掌すら触れていない。

今の感触は。

 

「‥刃、返し?」

「だから言ってるだろ。お前、そもそもわたしとやり合うのがまだ早いんだよ」

 

腰と上半身全体に衝撃が走り、がくんと膝をつく月詠。

瞬動で無理をしたツケが来たようだ。

しかし、そんなことなど意にも介さず千雨に信じられないようなものを見るかのような目を向ける。

そんなことがあり得るのか。

刃返し。

それは“武術家や拳法家が使う、気”を用いた防御の極み。

魔法使いが障壁を使うように、武道家や前衛をこなす剣士は“気”で防御できるもの。

だが、刃物を跳ね返すとなると相当のレベルになる。

それを彼女が使うのは別に驚かない。

何せ一昨日戦った時も使ったのだ。

 

しかし、今の月詠の斬撃は確実に一昨日よりも綺麗に(・・・)モノが斬れる。

妖刀と月詠は酷く相性が良い。

だが、防がれた。

そして、それよりももっと月詠の自信を崩壊させるようなことを、今の千雨はやった。

 

「‥‥いま、貴女様‥‥ウチが瞬動を行う間に(・・)“気”をまといました?」

「そうじゃねえと間に合わねーだろ」

「‥‥」

 

信じられないと口が塞がらない月詠。

そんな月詠を見ながら、千雨は師であるラカンのことを思い出していた。

3秒でフルパワーが出せるラカン。

何をしてもダメージにならないラカン。

つーかあのおっさん剣刺さんねーんだけどマジでとか言われるラカン。

頷く千雨。

 

「‥心配すんな、わたしよりも信じられねーような化け物なんてまだまだいるぞ。いくらでもいるとは言わねーけど」

「‥」

「結局、“気”をつかう剣士だの何だの物理攻撃を仕掛けてくる野郎は、わたしの“気”の防御を貫くほどの攻撃できねーとそもそも土俵に立てねえんだよ。お前はそこに達してない。更にいうと、まだ一昨日の懐に入ってガンガン攻めてくるお前の方が怖かったぜ?」

 

懐に入られた近距離での戦闘は間違い(・・・)が起きる可能性がある。

いくらなんでも、必殺の一撃を防げるような“気”をずっと全身にかけたまま動けるわけがない。

そして、そういう意味では月詠の二刀流は最適解と言える。

 

瞬動の最中に無理矢理動くとかいうわけわからねえ技術だけは褒めてやってもいいかな、と思うが口にはしない。

それを極められるととんでもない剣士が誕生してしまうだろう。

それこそ、伝説と呼ばれるような英雄たちと同列の。

今のところは身体への負担でほとんど動けなくなってしまうようだが。

 

「ま、もう一度その妖刀使った状態でも二刀流出来る様に修行し直してから来いよ。今日のわたしは忙しいんだ」

「‥寛大な御心に感謝すべきところでしょうね〜‥。しかし」

 

ざっと立つ月詠。

目からは狂気と闘志は失われていなかった。

最早痛みなど脳は伝えておらず、ただ目の前の達人にだけ全集中力が注がれる。

 

「まだ、ウチが満足出来るほどの‥結びには至らない」

「良いのか?このまま続けたら間違いなく先にお前が死ぬぞ。わたし手加減苦手だし」

「無論。想い人との逢瀬で死ねるは本望です」

「‥そうかい。だが、オメーに付き合う時間はねえんだよ。武装(アルミス)召喚(コンボカーレ)

 

魔法陣が千雨の手元に現れ、一本の枝が出てくる。

いや、枝ではないと月詠が認識を改める。

杖だ。

だが、枝と見間違える程に杖として形が整えられていない。

枝葉も枝分かれもある、一本の杖。

 

「フェイトはんの話には半信半疑でしたが‥‥その腕前で魔法使い!」

「不服か?」

「いえ、ウチの目は正しかったと思うばかり」

「‥そうか?わたしよりも桜咲に目をつけたのは良いと思うがな。今日の昼間にやり合ったって?」

「ええ。あの方も貴女様も、ウチが頂くまで!!」

 

ドンと音を立てて地を蹴る月詠。

ひなを構えて斬岩剣の構えを取る。

たとえ命を散らしても良い。

この方に終わらせられるのなら、それで。

千雨は間違いなく同世代では最強の使い手。

かつて月詠に教えた師よりも強く、未だ相見えたことのない“気”と魔法の使い手。

これほどの御人ならば。

 

そんな彼女に対し、千雨は勿体無いと思っていた。

かつて体を痛めつけるような過酷な修行を自主的に行ってた千雨が言えたことではないが、どうしてこう死にたがりなのか。

一つの物事に集中し過ぎだ。

だが、それも今は捨て置くしかない。

今の千雨がすべきことは、少しでも早くネギたちの加勢に行くことだ。

 

慣れた手つきで枝のような杖を地面に突き立てる。

先程の大光の両刃剣の時とは違い、サクッと軽く刺しただけだ。

そして、呼びかける(・・・・・)

 

集え(アドノディス)樹木の王(エルレクソルブス)

 

大地が鳴動し、月詠と千雨の目の前に巨大な根っこの一部が現れる。

物が燃えた匂いに一気に土の匂いが混ざり、月詠の鼻に障る。

 

「何かと思えばただの木とは!」

 

拍子抜けも良いところや、と軽くひなを振るって斬岩剣を放つ。

だが、岩をも斬り捨てる筈の豪剣が、木の根の表面に少し食い込んだ程度で何故か止まる。

 

「へ」

「ナメんなよ、この土壇場で出すモノがたかが木なわけねーだろ!」

 

すぐに刃を返そうとひなを抜くが、月詠の足元から新しい木が勢いよく生え始めた。

木々に追われて上へ逃げる月詠を眺めながら、千雨は魔法世界を離れる前日、世話になった人々への礼をすべく方々を訪ねた時のことを思い出していた。

義理の父はいても、母がいないのでは寂しかろうと何度もお忍びで足を運んでくれた人。

まだ自分も少女だったのに、千雨のことをいつも心配してくれた人。

修行でボロボロになった千雨を見て、いつもラカンに突っかかっていたのを思い出す。

その人がくれた贈り物。

木が為した伝説の龍、帝都守護聖獣が一匹。

それが幼な子を護る為に生み出す鱗。

 

「龍樹の芽鱗杖———。たかが杖だと甘く見てくれんなよ、わたしが持ってる魔法具の中でも一、二を争うほど格が高いぜ?」

 

刃が通らない。

千雨の刃返しとはまた違う感触、と迫り来る木々を妖刀で押しやって何とか逃れようとする月詠。

刃返しは“気”による弾力があった。

だが、この樹木たちは表面は斬れる。

その表面の下にまるで木が数百本集まったかのような感触で刀が止められてしまうのだ。

 

しかも、ここは森。

もうそこらに生えている木は足場として信頼できない、とちらりと周囲の木々を見ると、何故か先ほどまであった森の木々が次々と枯れていっている。

 

「!? 周囲の生命を‥!」

「心配すんな、吸ってるのは木と大地の栄養と水だけだ。当然だろ?草木は根や葉を介して食事や呼吸をする。龍樹は昔、そうやって生まれたそうだぜ」

 

千雨は既に動いていない。

余裕綽々ですなぁ?と声をかけようとする月詠だが、千雨の身体の一部が淡い緑光を放っていることに気がつく。

身体の一部とは正確ではないか。

月詠が一度千雨を吹き飛ばしてボロボロにした浴衣。

その浴衣の下に何かを着ているのだろうが、その服の紋様のような物が光っているようだ。

まるで、踊り狂う木々に呼応するかのように。

 

「何を仕込んでるのやら!楽しみですなぁ!!」

「お前に見せるためのもんじゃねーよ‥」

 

千雨の浴衣、その内側の服が一際大きく光り、千雨の足元の大地がボコリと隆起する。

そのまま千雨が龍樹の芽鱗杖を持って飛び上がるのと同時に、大地を突き破って巨大な腕を模した木が月詠目掛けて襲いかかった。

 

「龍樹に捕食されときな」

「ややわぁ!御免被りますぅ!!」

 

空中では避けようがないなら、全身全霊の“気”で防ぐのみ。

突き出された龍樹の腕と妖刀ひなの鍔迫り合い。

パワーでは完全に負けているのでそのまま上空へと押し出され、森の高さを抜ける。

早々に抜け出したくても動けない。

閉じ込めようとする腕の握力に抗うのが精一杯で、脱出が出来ないのだ。

 

「こ‥‥のま、ま!!時間稼ぎのおつもり‥‥なら!!イケズやわぁ‥!!!」

 

月詠の声が地上に着地した千雨に届く。

だが、もう用はないとくるりと背く千雨。

 

逃げる気。

そんな、まだ足りない。

どちらかの血で刃が濡れるその時まで。

死が骸へと変えてくれるまで。

 

「まだ!!終ワ‥レ!!」

 

ひなが一際妖しく光る。

月詠の視界が一瞬暗転しかける。

そして更に増した月詠の膂力が、龍樹の腕をこじ開けようとしたその時。

月詠は、約200mほどの距離を飛んできた銃弾に被弾した。

その銃弾が突き刺さったのはひなを持つ月詠の右手。

だが、何故かびくんと月詠の身体が跳ね、そのまま急に動きを止めてしまう。

 

その様子を遠方から確認していた千雨は、狙撃手———真名に問いただしたくなった。

 

「あのアマ‥なんの弾持ってんだ?こえー奴だな」

 

明日菜に頼んだ伝言。

それはネギやカモにではなく真名に伝えて欲しかった物。

 

『隙を見て何とかしてくれ。かかった費用は払う』

 

こんな適当な伝言なので明日菜は困惑してたが、最適なアシストをこなした真名は流石である。

いつ出来るかわからない“隙”とやらを逃さず、木々に文字通り囲まれた月詠を正確に撃った真名。

今放たれた弾は効果からして中々高級そうだったが、それとは別に報酬も払おうと決めた千雨。

優秀な戦力とのコネを持っておくのは悪くない。

 

ぱかりと携帯電話を開き、かかった時間を確認する。

およそ5分。

及第点だな、とすぐに走り始める。

天に伸びる光の柱。

その下に居るはずのクラスメイトを助けに行く為に。




実は話の細かい展開に悩んで色々今までの話にも手を加えるかもしれませんが、大まかなところは変えません。
細かいそんなとこまで気にするのかみたいなところ変えます。
多分。
チャキチャキ書く(予定)ですので期待せずにお待ちください。


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【22】真夜中の群像攻防戦

息切れ半端ないです。
これも二つに分けるくらい文量あります、なんでかなあ。
修学旅行編は多分あと二話くらいです。


君の笑顔を最後に見たのはいつだったかな。

ねえ、待って。

強くなんてならなくていいの。

ただ、傍にいてほしかっただけなのに。

 

 

********************

 

 

すぐに龍樹の芽鱗杖を魔法空間にしまい、一先ず古菲と真名がいる戦場に戻り始める千雨。

飛行用の杖———超特製の丸太を回収する為だ。

龍樹によって生み出された杖を飛行用に使うなど用途からして有り得ないというより、おっかなくて持ちたくないというのが本音である。

 

「神楽坂と桜咲は‥‥もうネギくらいには追いついている頃か!ケータイで連絡取って‥」

 

走りながら再度携帯電話を取り出し、明日菜に電話をかける千雨。

だが今度も繋がらない。

まさか、また何かあったのか。

電話にも出られないような切迫した状況なのか。

それとも‥‥。

 

「くそ、急がねーと!!」

 

最悪の状況が頭に浮かび上がったのを無視し、さらに勢いを増して走る。

千雨によって枯らした森を抜け、すぐに戦塵騒めく開けた場所に出た。

すぐに鬼たちの群れとそれに囲まれた1人の少女が目に見える。

 

「古菲!!」

「お、千雨!」

 

古菲の方を向くと丁度古菲の二倍くらいの体格の鬼を拳撃一発で吹き飛ばしてるところだった。

ポカンと呆気に取られる千雨。

 

(‥あれ?古菲って表の人間だよな?)

 

「勝ったアルか!?」

「あ、うん」

「じゃあこれアルな!ちゃんと取っておいたアル!」

「あ、ああ。悪いな」

 

ズッシリと重そうにしながらもしっかりとした足取りで丸太を持ち運ぶ古菲。

千雨に丸太を渡した途端、すぐに振り返って鬼の群れに飛び込む古菲。

割と善戦しているどころか寧ろ古菲の方が押してるようだ。

 

「‥アイツにゃ恐れってもんがねーのか」

 

龍宮はどこだと周囲を見ると、こちらは鬼たちに距離を詰められてガン=カタで応戦してるところだった。

真名もいつもの表情を崩さず、余裕そうだ。

一体一体を落ち着いて撃破しつつある状況だが、銃を文字通り振るう間にも千雨の方を見てきた。

目と目が合い、意思を通じ合わせる。

この状況なら、千雨がここに手を貸す必要はないだろう。

 

楓には夕映を回収したら合流してくれ、と伝えてあったがそれも要らないかもしれない。

流石である。

 

すぐに踵を返し、丸太に乗る千雨。

だが、浮かび始める前に携帯電話を見る。

もし今、電話に出れないほど切迫した状況‥なら、まだ良い。

だが、もう電話に出られないのだったら?

もしくは、それに至る直前だったら。

 

「‥使いたくねーとか、言ってる場合じゃあねえな」

 

取り出したのは、一度しまった龍樹の芽鱗杖。

まだ先程大地から吸収した魔力が残っている。

 

「初めて使うが、やるしかねえか‥!!」

 

 

********************

 

 

先行して木乃香の救出に向かっていたネギは、昼間戦った少年———犬上小太郎にその足を止められ、挑発に乗せられていた。

逃げるのか、と。

 

少年ネギ・スプリングフィールド。

彼の同年代で友と呼べる人物は幼馴染のアンナ・ココロウァのみ。

幼年期を1人で過ごし、ある事件が起きて麻帆良学園に教師業を命じられるまでの6年間は取り憑かれた様に魔法の勉強に打ち込んだ。

 

故に。

同年代で、同性で。

少年ネギに真正面から向き合った初めての人物。

それが犬上小太郎という、後のネギのライバルに至る少年。

ネギにとっては、初めて負けたくないと思った人物でもある。

 

少年期特有のライバル心から、カモの説得にも耳を貸さずに戦い始めるその時。

無粋とも言える横槍を、一投げ入れる少女が1人。

 

「え!?」

「何!?」

 

飛んできたのは人の丈ほどもある十字手裏剣。

少年2人からすると手と足を止めざるを得ない程の大きさだ。

小太郎が手裏剣の出所を探る間もなく、目の前に長身の人影が現れる。

胸に手を当てられ、掌底一撃。

すぐにネギから10mほど突き放される小太郎。

 

「がっ‥‥残像!?分身攻撃!?なっ‥何者や!?」

 

ネギも一息遅れて小太郎に掌底を入れた者が消える実体だと気がつく。

今消えた後ろ姿には見覚えがあった。

エヴァンジェリンとのことで悩んでいた時、何も言わずに悩むネギを受け入れてくれたのほほん忍者。

 

どこに!?と周りを見渡すと、木の上に1人の影。

木の上から1人の人物‥いや、長身の少女に小柄な少女が抱えられている為、2人の人物が地面に降り立つ。

 

「な、長瀬さん!!夕映さん!?」

「あ、あんたは!?」

「熱くなって我を忘れ大局を見誤るとは‥‥精進が足りぬでござるよネギ坊主」

 

千雨たちから離れて行動していた楓と、その楓に保護された夕映である。

関西呪術協会総本山に現れた脅威から逃れた夕映は、楓に連絡を入れて助けを求めたのだ。

 

「な、長瀬さん‥‥な、何でここに‥?」

「何や姉ちゃん達は!!」

 

声を荒げて威嚇しながらも、油断なく構える小太郎。

強敵だと認識するくらいには、楓のことを認めていた。

 

「さ、ネギ坊主。ここは拙者に任せて行くでござる。急ぐのでござろう?」

「で、でも!え?あのっ‥」

「待ってくれ!アンタ、1人で来たわけじゃないよな!?」

「おお、オコジョ殿。直接話すのは初めてでござるな」

 

あたふた混乱するネギに、横からカモがさっと質問を投げかける。

だがカモが言葉を解し駆使しても、特に驚く様子はない。

つまり、普段からネギやカモのことがバレている‥というより目敏く気付く人物。

逆に夕映はオコジョが喋った‥と口にはしないが少し目を輝かせていた。

事実は小説よりも空想論学よりも奇なり。

 

「うむ。古菲、真名、千雨殿。その3人が何やら騒がしく争っていた方へと赴いたでござる。拙者は夕映殿と合流を図った所」

「ど、どうもです」

「‥多分、おれっちたちが離れたとこだ!明日菜の姐さんたちは大丈夫だぜ、兄貴!」

「‥う、うん」

 

明日菜たちと合流出来たであろう。

それは良かった。

明日菜たちの無事が確保されるから。

でも、その分生徒が3人、危険に晒されるかもしれない。

特に、また千雨が戦場に立ってしまった。

ネギの顔に翳りが見える。

 

「なら、少し話が変わるな‥‥よし」

 

カモの小さな頭脳が回転する。

恐らく、5人もあの鬼たちの相手は要るまい。

5人のうち2、3人か。

鬼の相手はそれで十分だろう。

ならば仮契約(パクティオー)カードの機能を使えば、明日菜、刹那、千雨の3人は先んじてこちらに来れるはず。

木乃香をネギ1人で掻っ攫えなかった時に保険として手を考える必要があるのだ。

 

「‥よっしゃ!!先を急ぐぜぃ、兄貴!!」

「ま、待って!まだ小太郎くんが‥」

「そうや、俺との勝負を‥!!」

「ニン」

 

楓が軽く腕を振るうと苦無が2本、小太郎の足元に刺さる。

邪魔をしてはならぬ。

楓は小太郎に睨みつけられたまま、小太郎の方を向いてネギの前に立ちはだかった。

 

「行け、ネギ坊主。オヌシの成すべき大事を忘れるな」

「‥!」

「大丈夫でござる。拙者もオヌシが心配する誰か(・・)も皆強い。他者を気遣うことは勿論良いことではあるが‥目的を履き違えてはならぬ」

 

そう、今やるべきは木乃香を助け出すこと。

ネギ側の陣営で一番木乃香に近い戦場は恐らくこの場であろうことはネギでもわかっていた。

だからこそ、足を止めるべきではないことを。

意を決した顔で杖に跨り、カモに声をかける。

 

「すいません、長瀬さん!‥乗って、カモくん!!」

「おうよっ!のっぽの姉ちゃん頼んだぜ!!」

「承知」

 

すぐに浮かび上がるネギとカモ。

それに待ったをかけようとした小太郎だが、また楓から苦無が飛ぶ。

楓からしてみたら小太郎もネギとは変わらない歳の少年である、くらいにしか思わない。

ただ、良い目をしている、とも評価していた。

ネギとは違って好戦的。

今の様子からしてネギの少年心も引き出した様だ。

ネギと変わらぬ、前途有望な少年。

 

だからこそ、今は手を出さぬ様。

口上を述べて立ち塞がるは極東の兵、忍である。

 

‥バトル漫画さながらの展開に、空気を読んでおトイレに行った夕映は蛇足である。

 

心中で楓に礼を言いながら、すぐにまた光の柱に向かって高速で飛び始めるネギ。

飛びながらカモと2人で作戦会議だ。

 

「明日菜の姐さんたち2人に加勢が行った!ってぇなら‥何人か戦力を分けてこちらへ向けてくれてるはずだ!それを確認してえ!兄貴、仮契約(パクティオー)カードだ!!こんな森じゃ多分ケータイは使えねえ!」

「うん!」

 

そうである。

千雨はそのことを失念していた。

普段ノートパソコンは有線で扱っているからか、携帯電話の通信方式が無線であることを忘れていたのだ。

単純に電話が繋がらなかったのは、圏外だったからである。

旧世界(ウェテレース)に来てから若干二年。

まだまだ不慣れと言えた。

 

「アスナさん、アスナさん!」

『もしもし!ネギ!?いまどこ!?』

 

すぐに仮契約(パクティオー)カードから明日菜の声が聞こえ始める。

2日目にちゃんと仮契約(パクティオー)カードの説明を行なっておいて良かった、と自画自賛するカモ。

 

「兄貴、繋げてくれ!‥姐さんか!?まずは状況を教えてくれ!」

 

ネギは手に乗ったカモに意識伝達の魔法を使い、飛びながらすぐに戦う準備を始める。

相手は強敵。

一つ考える必要がある。

勝てなくても良い。

少し隙を作ってその間に木乃香を攫えば良いのだ。

 

「‥千雨の姐さんは向かって来てねえのか!?」

『な、なんかすごい強そうな奴が来て!』

「戦力は3人‥!アスナの姐さんと刹那の姉さんだから2人ともすぐに兄貴の元に呼べるが‥!」

 

いくら3人とはいえ、あの白髪の少年が出て来ては勝ち目がない。

サウザンドマスターの盟友とも言える詠春が負けた相手だ。

直接戦闘は避けたいところ。

3人とも戦闘の場に出るのはネギ1人で木乃香を攫えなかったという最悪の場合の話である。

 

「ぐうっ‥どうする!!?ネギの兄貴1人じゃああの少年の相手は無理だ!ありゃ相当やべえ!!」

「大丈夫!まずは僕がやる!」

「兄貴!?」

『何言ってんのバカネギ!!』

 

念話の内容は刹那には伝わっていなかったが、明日菜の様子からネギが無茶なことを言い出したのだろう、と走りながら自分の仮契約(パクティオー)カードを取り出す。

 

『ネギ先生』

「わっ、刹那さん!?えーと、えーと」

「兄貴、刹那の姉さんのマスターカードだって」

「あ、うん。‥も、もしもし。カモくんにも繋げますね」

『ネギ先生。お嬢様を救いたいのは私も‥いえ。その想いに優劣を着けるのはあるまじきことだと承知していますが、それでも私もお嬢様をお救いしたい。きっと、この中の誰よりもそう思っています。私も命を賭します。貴方1人で危ない橋を渡る理由などないんです、ネギ先生』

「刹那さん‥」

「兄貴、スピードがある兄貴1人で突っ込むのは良いけどよ、やっぱり失敗した時の代案がいるって!明日菜の姐さん、刹那の姉さん!その時には2人で来てくんねえか!?仮契約(パクティオー)カードには召喚機能が‥」

『うん!私たちだけ大事な時に待機してるなんてそんなこと‥‥』

『カモさん、お待ちください。私1人だけなら恐らく今よりも速いスピードで移動できます。それを使えないでしょうか?』

「なに!?どういうこったそりゃあ!!」

『空から行きます!』

「空ぁ!?‥なるほど、待てよ?ならいくつか手は出てくるぜぇ!!‥よし!」

 

カモから作戦が伝えられる。

なるほど、それならイケるかもしれない。

だが。

 

「で、でもそれはアスナさんが!!」

『何言ってんのよ、木乃香のピンチなのよ!?私もやるの!!なんとかなるって!!』

「分が悪い賭けなのは間違いねえ。っていうか明日菜の姐さんの負担が大きいのも間違いねえ。けど多分出てくんのは白髪の少年と‥あの呪符師の猿女だ。それが適任なんだ!兄貴だって危ねえ橋渡んのは変わんねえぞ!?」

『ネギ先生。皆が皆、自分で納得してこの場に来てるんです!』

 

先程楓は何故あんなことを言った?

千雨は何故エヴァンジェリンに戦いを挑んだ?

明日菜は何故ネギとエヴァンジェリンとの戦いに手を貸してくれた?

 

きっと、それは全て同じ理由。

 

「‥わかりました。でも、最初に仕掛けるのは僕です。僕があの少年を惹きつけます。遅延呪文(ディレイスペル)の準備をしました」

「兄貴、そりゃあ‥!?」

「カモくん、見えてきたよ!」

 

前方には巨大な湖。

光の柱も伸びたままだ。

もう時間がない。

 

「ぐうっ‥仕方がねえ!明日菜の姐さん、タイミング見て呼ぶぞ!?」

『オッケー!』

「刹那の姉さんは‥」

『問題ありません、既に別行動で移動を開始しています!湖も見えてきました!』

「よし!」

「カモくん、行くよ!!」

 

森を抜けて湖に出た途端、ネギが乗った杖が加速して光の柱に一直線に進んでいく。

相手も既にネギに気付いていた。

 

「‥来たかい、ネギ・スプリングフィールド」

「何やと!?」

 

儀式召喚魔法を続けていた今回の事件首謀者、天ヶ崎千草。

手は動かしつつも目線を水上の彼方へと遣る。

飛行の勢いで水を後ろに分けつつ、確かに杖に乗った少年が高速で此方へ向かってきていた。

 

「ぐうっ‥ここまできて!頼みますえ!」

「うん」

 

まずは小手調べだ、とでも言わんばかりに白髪の少年が召喚魔・ルビカンテをネギに寄越す。

今日の昼間に刹那を射た相手だ。

カモはあんな奴がまだいやがった!という苦悶の表情を浮かべるが、ネギは全身に魔力を充てる。

 

「契約執行 1秒間 ネギ・スプリングフィールド」

「うおお兄貴!?」

 

ぎょっと顔を顰めるカモ。

自分が乗る少年の身体が、ネギが乗る杖が更に速度を上げている。

 

「最大 加速」

 

勢いそのままに、エンチャントパンチが剣を持ったルビカンテを貫き、ネギの身体がルビカンテを突き破る。

 

ネギは昼間に小太郎とボコボコになるまで戦っている。

蓄積したダメージと魔力の使い過ぎで一度倒れているほどだ。

夜になってからも風陣結界と雷の暴風、明日菜への魔力供給、杖による移動と、その魔力消費量は並以上に達していた。

 

なのに、自分への契約執行。

しかも魔力の消費を抑えるために僅か1秒、タイミングが少しでもズレたら通用などするはずもない。

昼間の小太郎戦でも使っていたが、土壇場でのこの戦いのセンスと魔力消費量は何なのか。

 

やはり、自分の主人は非凡。

 

この事実に誇らしく思いつつも、不安が拭えないカモ。

このままでは大事なところで取り返しのつかないような事態に至ってしまいそうだ。

戦闘は避けたい。

 

「‥使い魔(ルビカンテ)では無理か。けど、それからどうする気だい?」

「ラス・テル マ・スキル マギステル 吹け 一陣の風!!」

「!」

 

「風花 風塵乱舞!!」

 

大量の風が水上に送り込まれ、巻き上がった水が霧へと変わる。

目眩しのつもりだろうとすぐに看破するフェイト。

そんなことに意味はない。

己の反応速度と魔法障壁なら、何をされようと自らの身体を傷つけることなど出来はしないのだ。

それに保険(・・)もある。

 

水煙から出てこようネギに、掌を向けるフェイト。

そのまま捕まえて至近距離で石の息吹を使えば終わりだ。

呆気ない。

 

「‥!?」

 

水煙から出て来たのは、フェイトの予想を外れた———杖。

ネギが乗っていたものだが、肝心のネギがいない。

水煙の途中で降りた?

 

トッ、という音が背後で鳴った。

自分の後ろには、灯籠しかない筈。

 

「ああああぁぁぁぁ!!!」

 

ルビカンテを破った時と同様に身体強化してフェイトの後ろから突っ込むネギ。

至近距離によるエンチャントパンチ。

それを、フェイトの背後に予め構築されていた魔法障壁が無情に止める。

 

「なっ‥!兄貴の渾身の一撃を魔法障壁だけで!?」

「だから‥ムダだと言ったのに」

 

「‥へへへ」

 

笑った。

この土壇場で。

虚勢ではない、何かがある。

なんだと考えつく前に、ネギの口から一言だけが零れる。

 

解放(エーミッタム)

 

ネギの掌から予め収束されていた魔力が迸る。

遅延呪文(ディレイスペル)で装填されていたのは、戒めの風矢。

捕縛属性を持つ魔法の射手で、一番基礎の攻撃魔法だが、ちゃんと当たれば効果は大きい。

フェイトの身体は、風の戒めを受けて立ったまま床に縫い付けられた。

 

「なるほど‥。これはやられたね」

「なーにスカしてんだ思いっきりハマっといて!!このバーカバーカ!!」

遅延呪文(ディレイスペル)は扱いが難しく、技術としてはあっても戦闘で使う者はそうはいない。10歳という若さで戦略にうまく組み込んだ。彼の息子というだけはある」

「え?」

 

この少年も自分の父を知っている。

思わず尋ねたくなったが、今は木乃香を優先しなければ。

だが、カモは何かがおかしいとフェイトを見ていた。

この余裕は何だ?

自分が捕縛されて身動きが取れない筈なのに。

何かがある。

 

「あ、兄貴急げ!何かヤバ‥‥」

「‥え」

 

カモに促されて木乃香の方を向くネギ。

だが、何故木乃香も木乃香に対して何か儀式をしていた呪符師の女もいない。

しかし、それよりも驚くべき人物が何故かネギの背後に立っていた。

 

「‥だから、言ったのに。無駄だって‥」

「う、そ‥‥!?」

 

もう1人のフェイトが、ネギに掌を向けて立っていた。

既に魔力を掌に収束させている。

 

「終わりだよ、ネギくん」

「‥‥!!!」

「兄貴、逃げ—!!」

 

「斬岩剣!!!」

 

もうダメかと思われたその時、上空から降りてきた剣撃がもう1人のフェイトを襲う。

やはり魔法障壁が防いでしまうが、フェイトの動きは止まる。

 

「‥君か、護衛剣士」

「空を飛べたのかい。半妖(ハーフ)か」

「せ、刹那さん!?」

「先生!!」

 

すぐにネギを攫って離脱する翼を伴った刹那。

白い翼にネギが驚くが、空を飛べるとはこういうことかと合点はいった。

橋板に着地し、フェイト2人に対峙するような構図へと移る。

 

「これは一体‥!すみませんネギ先生、お嬢様のところへ向かう筈でしたが‥!貴方の努力を無碍にするようなことを」

「何言ってんだ、謝る必要なんてねえって!!」

「そ、そうですよ!ありがとうございます、刹那さん」

「‥しかし‥‥どういうことですか、何故奴が2人!?」

 

分身ではない。

今の魔法障壁は明らかに2人目のフェイトが作ったものだ。

魔法を使う分身など聞いたことがない。

では、一体何なのか。

 

「これかい?これは僕の研究の副産物さ」

 

ネギの戒めの風矢が解除され、2人のフェイトがネギたちの方へと向き直る。

1人目のフェイトが取り出したのは、何も書かれていない無地のカード。

 

「水の(デコイ)に使うことで使用者に数段劣るものの、使用者本人を疑似的に顕現させる。外見は勿論、僕の魔法が元だから僕の魔法もある程度は使える。昼間人手が足りなくてね‥たまたま使っていたんだが、昼間はそれが功を奏した」

 

昼間のシネマ村では、千雨という不確定要素を発見したフェイトが2人目のフェイトを作り、ぶつけた。

お互いに分身だったが、分身同士の単純な勝負ならフェイトに軍配が上がったということになる。

 

「今回も保険をかけておいたというわけさ。もっとも、その保険の相手は今月詠さんにつかまってるようだから、やる必要はなかったのかもしれないね」

「‥!」

 

千雨という強力な戦力が、更に敵に罠を張らせることになってしまった。

千雨という存在が裏目に出てしまったのだ。

だが、そのことで千雨を責めるなどできるはずもない。

 

「さて‥手詰まりかい?」

 

「くっ‥!」

「こんなヤベェのが、2人‥!!」

「‥! 2人とも、アレ!!」

 

湖の中心から巨大な水飛沫が吹き上がる。

何かが着水したようだ。

その全容は直ぐに見えた。

 

それは、顔を二つ持っていた。

それは、腕を四つ持っていた。

それは、背の丈が十間はあった。

 

両面宿儺。

神と恐れられた伝説の怪物が、目を覚ました瞬間だった。

 

両面宿儺の顔の側に、宙に浮いた呪符師・千草と、囚われの木乃香が見えた。

儀式召喚魔法が成功しちまったのか、と小さな口を噛み締めるカモ。

目の前には格上の強敵が何故か2人に分身して、更にどデカい怪物、ついでにそれを操る呪符師。

 

こちらは刹那、魔力を使い果たしかけのネギ、仮契約(パクティオー)カードで召喚できるとはいえまだ到着していない明日菜。

状況は絶望的であった。

 

「‥刹那の姉さんなら、木乃香の姉さんのところまではいけるよな?」

「はい。しかし、ここをネギ先生1人に任せるわけには‥!」

「明日菜の姐さんをここに喚んでも、2対2だ。単なる2-2じゃあ勝ち目がねえ!」

「くっ‥!」

 

『ネギ!ネギ!無事なのアンタ!?』

「あ、アスナさん‥!」

 

明日菜の仮契約(パクティオー)カードから本人の声が聞こえ始めた。

痺れを切らして声をかけてきたのだ。

本来の役目が来るまで待つ筈だったのだが、そう気が長い方でもない。

 

『このかは!?』

「ご、ごめんなさい、失敗しました‥しかも、白髪の少年が2人に増えて!」

『ええっ!!?‥ネギ、私を今すぐそっちにいかせなさい!!』

「あ、姐さん何言ってんだよ!?姐さんはいざって時の奇襲役だって話ついたじゃねーか!!」

 

ネギが特攻をかけ、何とか白髪の少年の気を引き、その隙に別方向から空を飛べる刹那が木乃香を攫って脱出。

明日菜はネギが失敗・苦戦した時の緊急召喚要員だった。

 

『今がそのいざって時でしょ!?ここを逃してネギや刹那さんが大変なことになるなんて、私には無理!!』

「け、けど‥」

『大丈夫!!なんとかなる!!』

 

全く根拠はない。

だが、ここで何もせずに自分だけが見てるだけなどごめんだ、と明日菜。

そして、そのどこにも保証のない言葉を、心のどこかで信じてしまう自分がいる。

ネギは、仮契約(パクティオー)カードを翳した。

 

「‥‥召喚(エウォコー・ウォース) 神楽坂 明日菜!!」

「さあ、やるわよ‥!!‥‥げぇ、ホントに2人いる!?」

 

「‥君か」

「騒々しいね」

 

「ってぎゃあああぁぁぁ!!!何あのデカいの!!?」

「お、落ち着け姐さん!!」

「あ、このか!?」

 

「‥本当に騒々しいね」

「だが、君が来たのはある意味好都合とも言える」

 

(デコイ)のフェイトが明日菜の方に手を向ける。

考える暇もない、と構える明日菜、刹那、そしてネギ。

 

「いくよ」

 

「来ます!!」

「アスナさん!‥契約執行 30秒間 神楽坂 明日菜!」

「やぁぁぁぁぁ!!!」

 

気合一声、すぐに突っ込む明日菜。

ネギも刹那も続く。

威勢だけは良い、と感心しながら放たれた石の息吹に明日菜は呑み込まれてしまう。

 

「あ‥!」

「石の息吹!!コイツ、西洋魔術師か!?」

「そんな‥明日菜さん!!!」

 

「こんのおおおぉぉぉ!!」

 

煙の中で振われたハマノツルギが、石の息吹を一振りで吹き飛ばしてしまった。

これにはフェイト2人もネギたちも驚く。

 

「木乃香を!!返しなさいこのガキンチョ!!!」

 

石の息吹を吹き飛ばした明日菜が、強化された身体能力を遺憾なく発揮する。

向かって行ったのは本物のフェイトの方だ。

しかも刹那はともかく、後方のネギを置いてけぼりにするほどの速度である。

 

「まさかこっちを無視するとはね」

 

明日菜はどちらが本物かなど見ていないのでわからない筈だが、本能で選んだとでも言うのだろうか?

流石に素通りさせる訳にはいかないと(デコイ)の方のフェイトが手を翳すが、それに剣を差し入れたのは刹那だ。

 

「させん!!」

「神鳴流剣士‥3人の中では1番マシだけど、まだ君は程遠いよ」

「実力など関係ない!今この場で剣を振るえねば、私の人生に意味などない!!」

 

刹那は既に空中に位置している。

地上戦では大地の魔法使いには分が悪いと判断したのだ。

明日菜が吹き飛ばしてしまったが、無詠唱呪文にしては石の息吹の範囲は大きかった。

肉弾戦だけではなく、魔法の腕も並外れなのだろう。

ただでさえ実力に差がある相手に対して不利な条件で戦う必要はない。

 

「参る!!」

「ふう」

 

「面倒だね‥」

「ぐっ!?」

 

刹那と2人目のフェイトが戦闘に入る少しの間に、フェイトと明日菜の形勢は逆転していた。

ネギも明日菜の援護を、と魔法の射手を撃とうとしたが、フェイトのただの体術に明日菜との二人がかりでも押され、手も足も出ない状況である。

フェイトの独特な動きによる拳撃は二人を橋板に叩きつけ、大きく態勢を崩させる。

 

「つ、つええっ!ハンパなく!!」

「一撃一撃が重い‥!」

 

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の王よ」

 

「!!」

「や、やばい!詠唱呪文だ!」

 

空中に浮いたフェイトをすぐに止める術がない。

明日菜はバッとネギを庇う。

 

「明日菜さん!!」

「ネギ、ダメ!!」

「その光 我が手に宿し 災いなる 眼差しで射よ」

『ぼーや、雷の暴風の準備だ』

「え」

 

明日菜を盾になんてできないと明日菜の前に出ようとするが、ネギにどこからか声が響く。

その声は、ネギを手繰り寄せた明日菜にもカモにも聞こえていた。

 

「石化の邪眼!」

『急げ!!』

「ラス・テル マ・スキル マギステル!!」

 

石化の邪眼が明日菜ごと橋板を一直線に一薙する。

だが、ぴしりと石化してヒビが入ったのは明日菜の服と橋板のみ。

石化の光線が当たらなかったネギは勿論のこと、着ていた服が石化によって崩れてしまったものの明日菜も無事だ。

 

フェイトは結論づける。

まさか、魔力完全無効化能力者(マジックキャンセラー)

こんな極東の地でお目にかかれようとは。

もしかすると、彼女こそが我々が探していた鍵なのか。

 

まずは捕らえよう、と一気に降下して頭からネギたちに突っ込むフェイト。

ここしかない。

ここでしか、魔法は当たらない。

 

「来れ雷精 風の精!! 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の風!!」

「雷の暴風かい?そんな物が効くと‥!?」

 

「斬空閃!!」

 

横から放たれた斬撃によって魔法障壁が起動。

一時的にフェイトの動きも止まる。

フェイトの一瞬の隙を生み出したのは少し離れた所で偽フェイトと戦っていた刹那だ。

だが、戦いの最中に余所見をしてしまった者に容赦はなく、拳が刹那の腹に打ち込まれる。

 

「がはっ‥」

 

「雷の暴風!!」

「!」

 

吹き飛ぶ木片と水飛沫を横目に、ネギが詠唱を終える。

至近距離で十数メートルにも及ぶ雷風がフェイトの魔法障壁にぶつかり、干渉し合う。

余波でカモどころかネギも吹き飛ばされそうになるが、フェイトは涼しい顔で空中に留まったまま雷の暴風を受け切るつもりだった。

そう、雷と暴風が吹き荒れる中、その中心を進める大馬鹿者さえいなければ。

 

「さあ!いたずらの過ぎるガキにはお仕置きよ!!」

「!?」

 

大剣ほどもあるハリセンを振るう明日菜。

フェイトの魔法障壁は対魔だけではなく対物も性能は高い。

先程もネギのエンチャントパンチと雷の暴風、刹那の斬空閃を防いだばかりだが、まだ障壁に余裕はあった。

なのに。

パキン、と軽い音が鳴ってフェイトの障壁が全て割れてしまった。

 

「‥ 魔力完全無効化能力者(マジックキャンセラー)‥!!」

解放(エーミッタム)!!」

 

遅延呪文(ディレイスペル)が解放され、ネギの左手に魔法の射手・光の一矢が宿る。

至近距離での魔法の射手。

選択肢は一つだった。

 

「わああああぁぁぁぁ!!!」

「っ!石化の邪眼!!」

 

左腕に無意識に練り込まれた破壊の矢。

後のネギの十八番となる技の誕生だった。

対してフェイトが咄嗟に選んだのは一番使い慣れた速い呪文。

フェイトと石化の邪眼、ネギの左ストレートが直線上に重なる。

石化の邪眼が明日菜の横を通り過ぎ、ネギの左拳に当たった。

 

「ネ‥!」

「!?」

 

止まらない。

ネギの抗魔耐性の高さがネギを守ったのだ。

石化は始まっていたが、この機を逃すことはなかった。

 

フェイトの脳裏に十数年前の光景が蘇る。

後ろには先に生まれた使徒。

前には不敵な顔をして笑う赤毛の男。

十数年前も同様に、あの男の拳をこうやって受け止めて———。

両手でネギの拳を掴み、少年同士の拳と掌のぶつかり合いとは思えないほどの轟音が鳴る。

 

止められた!と驚愕するカモ。

いくら障壁が割れていても攻撃が当たらないのでは意味はない。

だからこそ、当てるまで動き続ける。

ネギは右手を既に振りかぶっていた。

イメージは彼女。

広域殲滅呪文のせめぎ合いの中、追撃に撃ち込んだ“気”の砲弾。

 

(力を貸してください———千雨さん!!)

 

あの時と同じ様に右ストレートが放たれる。

勿論“気”を使えるわけではないのでラカンインパクトが出るなんてことはなかったが——。

両手の塞がったフェイトの顔を打ち飛ばすには充分だった。

 

 

それを上から見ていた千草。

フェイトは新入りであったが、一人で関西呪術協会総本山に侵入し、どうやったかはわからないがサムライマスター・近衛詠春が守る中木乃香をものの数分で攫ってくるほどの実力者。

それが押されている?

 

「ガキどもが‥!いちびりおって!!スクナ!」

 

封印から目覚めてすぐは反応が鈍い様だが、それでも両面宿儺は千草の呼びかけに応じて意を汲み取った。

前の顔と後ろの顔の4つの目でギョロリとネギを見る。

 

右の上腕を動かし、ゆっくり振りかぶろうとしていた。

 

スクナの狙いの先、生まれて初めて拳を打ち込まれたフェイト。

それはナギですら適わなかったこと。

それを、僅か十歳の少年が?

いや、歳などどうでもいい。

どこの誰が出来たのかもだ。

だが、それをやってくれた少年には、それ相応の報いを与えよう。

 

「‥ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

さあ、永遠の眠りを。

 

更に、橋板に身体を打ち込まれるように叩きつけられた刹那。

ネギたちを助ける為に作ってしまった隙の代償は大きかった。

まだ動けない。

 

「君も‥この実力差で善戦したよ。あの少年然り、君然り‥人間とは侮れないね」

「‥な‥‥に‥‥?」

「だが、終わりだ。殺しはしないけど‥もう僕たちの邪魔は出来ないね」

「く‥」

 

「‥おやすみ」

 

 

「‥‥‥ただの時間稼ぎ程度になれば良いと言ってやっただけだったが‥ぼーや、お前の非才さには驚かされるよ」

「!!」

 

どこからか現れた細く小さな腕が、魔力を籠めようとしていたフェイトの右腕を掴んでいた。

見ると、ネギの影から金髪碧眼の幼い少女が、身体の半身を出しているところだったのだ。

 

「え‥」

「うちのぼーやが世話になったな、若造」

 

だが、身の程を知るが良い。

 

ただの掌底がフェイトに打ち込まれると、湖の彼方に飛ぶ勢いでフェイトが吹き飛ばされた。

余りの勢いにフェイトの少し後ろに位置していた明日菜まで余波を喰らうところだ。

 

「え、エ‥‥」

「エヴァンジェリンさん!!」

「これで一つ貸しだな、ぼーや♡」

 

「なに!?なんやあの小娘は!?」

「Lock on」

「は!?」

 

いきなり現れた誰かに新入りが吹き飛ばされてしまった。

驚くのも束の間、合成音声が千草の更に上空から聞こえる。

エヴァンジェリンの従者、絡繰茶々丸(Full Set Up)。

巨大な対物(アンチ・マテリアル)ライフルを自分の身体に固定したままホバリングしている茶々丸。

腕を振り下ろす前の両面宿儺に照準を合わせた。

 

「Fire!」

「にゃああああぁぁぁぁ!!?」

 

放たれた銃弾は結界弾。

麻帆良学園で千雨とネギに使った結界魔法符と同種のものだが、規模が違う。

振り上げた腕もそのままに、両面宿儺の動きが止まる。

両面宿儺の質量を考えると効果時間はおよそ10秒ほどだが、時間を助っ人たちに作ったのだ。

 

自分の本体が吹き飛ばされ、スクナも動きを止められ、予想外の戦力の介入に思わず2人目のフェイトも刹那へのトドメの手を止める。

 

「あれは‥人形遣い(ドールマスター)?」

「え、エヴァンジェリンさん‥?」

「‥ふむ。これは君に構っている場合ではなさそうだ」

 

スッとエヴァンジェリンに向き直る。

エヴァンジェリンも奴が分身か、と魔力を手に集めようとし、すぐにその必要のないことに気がつく。

夜の血族、吸血鬼の真相。

身体能力は人間とは比べ物にならず、視力も例外ではない。

その驚異的な視力が、漆黒の空を飛ぶ因縁の相手を捉えたのだ。

 

「‥随分速いな。杖に乗ってるわけでもない。アレも魔法具の効果か?」

「?」

「良いのか?私の方を向いていて」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

その場の全員が、人ならざる叫声に戦慄する。

叫声どころか、これは最早咆哮だ。

 

「来るぞ」

 

獲物を捉えた空飛ぶ獣。

白髪の頭が、此方を見ている。

ああ、やっぱり生きてやがった。

超の言葉は正しかったわけだ。

 

「最大 防護!!!」

『おせーよ白タコ!!!』

 

迅速な障壁構築も、飛来する獣の剛腕には間に合わなかった。

樹皮で覆われた腕が2人目のフェイトの頭を貫き、その人間よりも少し大きい体躯がフェイトの身体をのしかかる様に水面に叩きつけた。

2人目のフェイトの身体が水へと分解され、湖に溶けていく。

 

水面から立ち上がったその獣、正しく龍と言えよう。

但し、魔法世界に生存する本来の竜たちに比べて大きくはない。

立ち上がった姿は170cm程度。

全身を樹皮で覆われており、特に腕と脚はほとんど木の枝が四肢の形を成しているようなものだ。

頭部からは後ろに流れる様に角が2本生えているが、これもまた樹木。

背中の翼も枝の様な造りで、尾も大樹だった。

樹木の龍。

しかも人型だ。

すわ新手の敵かと身構える明日菜たち。

刹那も何とか起き上がり、並大抵の相手ではないと鯉口を切ろうとする。

 

『ん!?これは‥んだよ(デコイ)じゃねーか!!これで昼間は凌ぎやがったな!?』

「大層な見た目だな」

『あ、エヴァンジェリン。遅い出席だな。こりゃ修学旅行の単位はねえな』

「そんなもの元々いらぬわ!!」

 

修学旅行に単位なんてありません。

 

「え、えっと‥‥千雨さん?」

「え!?」

『! ネギ!』

 

緊張感のないエヴァンジェリンと樹龍の会話に少し呆気に取られていた面々だが、ネギの言葉に驚愕する。

暗闇で見えにくかったが、確かによく見ると千雨だ。

両面宿儺の光が明かりとなり、腕部分から伸びた樹皮が顔の外側まで覆われた千雨の顔を照らし出していた。

 

『‥なんだよ、近衛はあそこで‥全員無事じゃねえか。焦って損した』

 

少し恥ずかしそうに龍樹の芽鱗杖を取り出して、眠れ(サヌム)と唱える龍人の様な千雨。

徐々に千雨の顔や指先から樹皮や大樹が引いていき、千雨のレザーコートの腕やスカートの樹木の紋様部分に収まっていく。

エヴァンジェリン戦の時にも着ていたレザーコートとスカート。

千雨の決戦服でもある。

樹木が首元から引いていった後に現れた三つのエンブレムに、やはりなと頷くエヴァンジェリン。

 

「貴様‥帝国ゆかりの者か。ラカンの養子だから不思議ではないが‥」

「へっ、今更かよ?‥いや、この話はあとだな」

 

バキン、と大きな音を立てて両面宿儺が雄たけびを上げる。

どうやら完全に目が覚めたようで、先程よりも動きや反応が俊敏だ。

 

「お‥嬢、さ‥ま‥!」

「立てるか、桜咲。正念場だぜ?」

「は、はい‥!」

 

千雨の手を借りながらなんとか立ち上がり、夕凪を杖にする刹那。

ガードには腕一本だけでは足りなかったようだ。

だが、今は自分の身体などどうでも良い。

見上げた先には光る巨大な鬼神。

その肩には、未だ意識のない大切な人。

 

「エヴァンジェリン、手ぇ貸せ。桜咲を立たせてやる」

「何?バカを言うな、私が一撃で終わらせてやる」

「近衛を巻き込む気かポンコツ吸血鬼!‥茶々丸、ネギとそこの痴女を守ってくれ」

「ぽ、ポンコツだと!?貴様この600年生きる私を捕まえてポンコ‥」

「まって。違うの。ていうか千雨ちゃん何か貸して!!」

「痴女‥了解しました。Completed Input」

「ええい私の話はまだ」

「茶々丸さん今の何!!?」

「あ、アスナさん僕のシャツを‥」

「ん?ネギ、お前のその腕‥!」

「あ、だ、大丈夫です」

「コラーーーー!!」

「とりあえず誰でも良いから服ーーーーー!!!」

 

横を見ると、4人のクラスメイトと1人の子供教師。

この非常事態において既にいつもの3-Aの空気が戻ってきている。

思わず笑みが零れる。

何故だろうか。

 

「負ける気がしないよ、このちゃん」

「ああ。取り戻すぞ」

「木乃香さん‥今行きます!」

「ねえ!わたしこのまんまなの!!?」

「へへへ、良い眺めだぜ‥ぶぎゅ!!?」

「涙腺より流涙を検知。マスター‥」

「そんな目で見るなぁ!!」

 

さあ鬼神よ、自らの不運を嘆け。

貴様が乗せたその御身。

貴様の命ほど安くはないぞ。




ちうさまがほとんど出てきてないですがところどころ影響は出ています。
フェイトの分身は栞のアーティファクト研究の副産物ですね。
普通に使ってますが使い勝手が良いものにするかどうかはまだ未定。
だって‥それやったらこの先フェイトたくさん!とかデュナミスたくさん!とかできちゃうし。
まあちうさまが全員ぶっ飛ばします多分。

次回は怪獣大決戦+V.S.イスタンブールからの留学生です。


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【23】過去の訪れ

二か月ふわー。
今月が終わったら面倒ごとがほとんど終わる筈なので、ご容赦ください。


鞠が転がった先、視界に子供の足。

見上げると、いつも遊ぶ少女の顔。

笑顔で駆け寄り、鞠を突こうと笑いあう二人。

夢に見た景色まであと少し。

 

 

********************

 

 

さて、どうやって目の前の二面四手の怪物を止めようかと思案しているところ。

木乃香を取り返すにしろエヴァンジェリンが一撃でリョウメンスクナを斃すにしろとりあえず動きを止めねば話にならない。

とりあえず手札の確認だ、と千雨の目が茶々丸に向くと、エヴァンジェリンも同様だったようだ。

 

「茶々丸、さっきの結界弾はもうないんだったな?」

「はい、マスター。格が落ちる銃弾が一発。止められて5秒です。それも準備が必要かと」

「‥ふむ。よし、止めてこい千雨」

「おい。茶々丸には戦力確認してんのに何も確かめてないわたしに行けってのはなんだよ」

「やれるだろう、やれ」

「大した信頼だな‥」

 

体躯が20メートル近い怪物、両面宿儺。

その肩には宿儺や式神を操る陰陽師、天ヶ崎千草。

直ぐ近くに木乃香が囚われている。

 

こちらは千雨、エヴァンジェリンが主な戦力。

空を飛べる刹那と茶々丸。

ネギは左腕石化、現在進行中の上ほぼ魔力切れ。

明日菜は健在未だ無傷だが、ネギからの魔力供給が既に切れかけている。

 

「桜咲、飛べるな?」

「問題ありません、身体に鞭打ってでも!!」

「‥よし。神楽坂、お前ネギと魔力を練るエヴァンジェリンを守れ」

「守れって‥!私も行くわよ!?」

「どうやってあのデカブツ止めるんだよてめーは。足切っても何にもなんねーぞ、それともアイツの身体でもよじ登ってくか?守りに入ったら基本お前を傷つけられる奴いないから」

「でも!」

「心配すんな」

 

負けねーよ、とリョウメンスクナノカミを睨む。

 

対する千草は、恐らく相当の実力者だったであろうフェイトを吹き飛ばしてしまった助っ人2人に注意を払っていた。

1人は眼鏡をかけ、栗色の髪を後ろに一括りしている。

恐らく、月詠とフェイトが目につけていた少女。

しかも今夜は月詠が戦いを挑んだはずだったのだ。

‥まさか、あの天才剣士が負けた?

 

もう1人はサウザンドマスターの息子と同い年くらいにしか見えない少女だが、こちらもフェイトを一突きで吹き飛ばしてしまった。

この落ち着いた姿、寧ろ眼鏡の女よりも侮れない。

 

だが、両面宿儺の力を以ってすれば、助っ人2人の相手も事足りる。

ここまで来て、ここまで上手くいって。

 

「道が途絶えるなんてあってはならんのや!!!」

 

千草の大喝に両面宿儺が応えるように口を開ける。

両面宿儺の前顔の口元が光り始め、魔力が収束されていく。

 

「あ、あれは!?」

「神楽坂、ハリセン構えて前に出ろ!!」

「うん!!」

 

ネギを引っ張って庇う千雨。

他の皆は言われるまでもなくすぐに千雨と明日菜の後ろに避難する。

明日菜はハマノツルギを両手で盾のように構えた。

まるで本来の使い方を知っているかのように。

 

両面宿儺の口から放たれたのはただの魔力が集められて口から出されただけのものだった。

ビームと言えばビームだが、魔法ですらない。

それでも、一般的な魔法障壁や“気”の防御なら、貫くどころか簡単に防御ごと押しつぶすだろう。

 

だが、それも明日菜の前には意味などない。

明日菜のハリセンに、正確に言えば明日菜に当たったビームはすぐさまバターが溶けるように消えていく。

無論後ろのネギたちも無傷だ。

 

「な、なにあれ!?て言うかこのハリセンすごくない!?」

「‥いや、すげーのお前だから。普通ビビるぞ」

「あれはただの魔力の塊だ。近衞木乃香の魔力で蘇っただけはあるがな」

「あんなのに暴れられたら‥。やっぱり早々に止めねえとダメだな。‥茶々丸、桜咲。10秒だけ囮を頼む」

「ええっ!?ちょっと千雨ちゃん何言って‥!」

「了解しました」

「私が先に出ます。茶々丸さん、先程と同様に結界弾をお願いできますか?」

「はい。お気をつけて」

「待ってください、僕も何か‥」

「‥そんな状態で出て来んじゃねーと言ってやりてえが、言っても聞かねえなお前は。じゃあ目眩し頼む。桜咲の援護だ」

「は、はい!」

 

よし、と千雨は龍樹の芽鱗杖を取り出す。

リョウメンスクナノカミの背丈は目算20m強。

なんとか杖の魔力も足りそう(・・・・)だ。

 

「じゃ、行ってくるから頼むぞ桜咲」

「へ?」

「ど、どこに?」

「下」

 

下と指差されても、下には湖しかない。

と皆が疑問を頭に浮かべてると、なんと千雨は服を着たまま湖に飛び込んでしまう。

龍樹の芽鱗杖は大地に刺さなければ使えない。

普通に使うこともできなくはないが、それだと本来の使い方はできないのだ。

精々先刻月詠との戦いで出した腕一本か植物を操るくらいだろう。

すぐさま湖底に辿り着く千雨。

 

(‥龍樹)

 

思い浮かべるのは友達だとか抜かし始めたラカンの顔と悠然と在る龍樹の姿。

あれだ。

相手は鬼神。

神格を持つ怪物を、神格を以って止める。

 

 

********************

 

 

千雨が湖に自ら飛び込んだが、驚く間はないと直ぐに飛び立つ刹那。

茶々丸もネギたちから離れてアンチマテリアルライフルを構える。

ネギも右腕に持った杖を気丈に構えた。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル!魔法の射手・連弾・光の13矢!!」

「ふん、手伝ってやろう」

 

ネギは詠唱呪文で、エヴァンジェリンは無詠唱呪文で魔法の射手(サギタ・マギカ)を放つ。

ネギの光の矢は前面の顔に、エヴァンジェリンの氷の矢は後面の顔にそれぞれ放たれ、両面宿儺の視界を塞ぐ。

 

「お嬢様!」

「小癪な真似を!スクナ、腕!!」

 

チャンスと見て刹那は両面宿儺の肩の木乃香の元へ飛び込もうとするが、千草の声に反応したスクナが腕を畳んで木乃香への道を塞いでしまう。

目が見えずとも防御はできる。

それがどうしたと腕を飛び越えようとするが、さらに後ろ右腕と後ろ左腕が轟音を鳴らしながら刹那目掛けて迫ってくる。

闇雲に振っているのだろう、狙いが正確ではない。

何とか上昇して躱すが、これでは近づけない。

刹那の飛行方法は烏族特有の翼で大気を蹴るように滞空・飛行すること。

その場の大気に大質量がぶつかれば、当然刹那は飛行しにくくなる。

 

だが。

刹那の目的は確かに木乃香を救い出すことだが、まだ早い。

今はまだ刹那はただの囮である。

口元に笑みを浮かべ、挑発するように両面宿儺と千草の気を引く。

 

「何を笑ろうとるん‥‥!!?」

 

「マスター、結界弾セットアップ」

「やれ」

「了解」

 

二度目の結界が両面宿儺を中心とした半径30mの球状に張り巡らされ、すぐに両面宿儺は動けなくなる。

 

同時に、水面から大きな気泡が一つ浮かんだ。

先程千雨が潜った地点の水面である。

 

両面宿儺の出方を窺う刹那だが、スクナの腕の動きは先程よりも速く、結界の軋む音もより大きい。

やはり両面宿儺は先程よりも覚醒しているのだろう、明らかに出力や動きが違う。

時間が経てば経つほど自分たちは不利になる。

 

「急がなければ‥!!」

 

両面宿儺を見上げていたカモたちも、その危機を察知していた。

 

「おい、アレ‥もう結界が破られちまうぞ!?」

「そんな‥千雨ちゃん!まだなの!?」

「いえ、ご覧ください」

 

茶々丸の指摘に水面を見ると、次々と水泡が浮かび上がっているところだった。

一体千雨は何をしているのか。

 

両面宿儺が結界を破ったのと、水面から何かが出てきたのは同時だった。

 

結界を破った両面宿儺が目にしたのは、龍。

自分の目線よりも高く浮かび上がり、大量の水を滴らせる木龍とも呼べる者。

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)はヘラス帝国帝都守護聖獣が一体。

古龍龍樹。

エインシャントドラゴンと呼ばれる、帝国の守り神。

 

「‥誰だ、そんなものをあの者に手渡した愚か者は‥」

「あ、あれ‥‥なに‥?」

 

ふるふると震えた指を古龍に向け、疑問をエヴァンジェリンに投げかける明日菜。

目の前に突如現れたドラゴンについて、知ってそうなのがエヴァンジェリンしかいないためだ。

ネギやカモなどは驚きのあまり口も聞けず、特にカモは野性を持つ小動物の全力で逃げろと叫ぶ本能と、ネギに仕える使い魔としてのプライド

がせめぎ合ってショートしてしまっている。

そんなネギたちを見て、口をゆっくり開くエヴァンジェリン。

 

「‥あれは龍樹。竜の中でも神格を持つ古龍だ」

「し、しんかく?」

「神だ。平たく言うとな」

「へ」

「実物よりもだいぶ小さいが‥恐らく擬似顕現させる術はあの杖だな。本物とはいかずとも神格すら再現しているとなると‥‥今の奴は無敵ともいえる」

 

神格を持つ神は殺せない。

どうやら本体の千雨の身体は龍樹の頭部内部にある様だ。

自らの肉体を龍樹の樹木で纏っているという解釈が正しいのだろう。

その可否はともかく、神格を持つ龍樹の身体を破られなければ千雨は確かに無敵である。

 

だが、とリョウメンスクナノカミを見る。

恐らく鬼神。

両面宿儺もまた神。

しかも覚醒しかけている。

魔法障壁ではないだろうが、障壁の様なものまで自然と張り始めた。

障壁の強度にもよるが、今の両面宿儺の肉体を崩すには骨が折れるだろう。

 

「千雨め‥一体どうする気だ?」

 

その肩に乗っていた千草は、龍樹を虚仮威しだとは笑えなかった。

異様な威圧感は両面宿儺に勝るとも劣らない。

場の緊迫感はまさしく鬼神と巨龍がつくりしもの。

自分など脇役に過ぎないのではないか、と弱音が溢れかけるが、今の両面宿儺を操っているのは自分なのだと持ち直す。

 

そんな千草に目も向けず、千雨は龍樹を保つので精一杯だった。

自分の魔力を使っておらず、杖に蓄えられた魔力で操っている為普通に魔法を使うよりも余程難しい。

浮き上がった龍樹の中で、樹木の魔力が急速に減衰して行っているのを感じる。

時間がない。

戦い始めても持って30秒。

 

『‥簡単な話だな』

 

樹木の翼を広げ、巨体の後ろに更に巨大な魔法陣を顕現させる。

千草の命令を受けずとも両面宿儺も両手を広げた。

迎え撃たなければならない敵だ、と感じ取っているのだろう。

 

『30秒でノしてやる!!』

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

初めて両面宿儺が咆える。

咆哮に気圧されることはなく攻勢に出る龍樹。

龍樹の後ろから圧倒的な量の樹木や花びらが嵐となって両面宿儺に飛び向かう。

無詠唱・春の嵐。

奴は無詠唱呪文は使えなかったはずだ、と千雨の始動キーが初心者共通のキーだったことを思い出すエヴァンジェリン。

本人だけの始動キーは、魔法への魔力の込め方をスムーズに出来る、遅延呪文(ディレイスペル)を使える、何より無詠唱呪文を使えるなど、利点が多い。

アレだけ戦える千雨が何故始動キーを設定していないのか疑問だが、魔法戦闘に於いては致命的なミスと断言できる。

‥が、それは普通の魔法戦闘者の話だ。

気弾を飛び道具として使える千雨は、無詠唱呪文を使えなくても大して不利にならなかったのだろう。

 

「無詠唱呪文は龍樹に変身したことで使えるようになったというわけか。春の嵐はそもそも妖精や自然に生きる魔法生物の魔法。それに加えてエンシェントスペルクラスの威力。計り知れんな、あの魔法具」

 

だが、障壁でいとも簡単に防ぐ両面宿儺。

見かけ倒しという訳なはずがなく、強力な障壁だ。

しかも障壁を張ったまま前の両腕を振りかぶり、そのまま真空波を巻き起こして龍樹に振るった。

真空波と春の嵐のぶつかり合いがまた衝撃波を生み出して暴風となって吹き荒れる。

桟橋に待機していたネギたちも、例外なく嵐の影響下にいた。

 

「こ、こんなのどうしろってのよーー!!?」

「馬鹿者、貴様はぼーやが吹き飛ばんように押さえているだけで良い。間違っても手を出そうとするなよ、魔法が効かずともどうなるかわからんぞ」

「ぼ、ぼくよりも木乃香さんのことを!」

「いや、大丈夫だ兄貴!不幸中の幸いというか、このか姉さんとあの呪符師は一切影響を受けてねえ!‥‥あ!?」

 

龍樹の目がカッと光ると、両面宿儺の周囲の水面から巨大な四本の樹木が飛び出す。

そのまま両面宿儺の胴体に絡みつき、勢いそのままに両面宿儺の四つ腕を縛り付けていく。

障壁の内側、両面宿儺の足元の湖底から樹木を伸ばしたようだ。

 

「何やこれは!!?あのドラゴン、魔法以外でも樹木操れるんかいな!?お札さん‥!」

「させん!!」

 

巨大怪獣二匹から大きく離れた上空に待機していた刹那が、千草の反撃に割って入る。

翼をたたんで急降下を始め、そのまま腕を縛られた両面宿儺の胸元へと飛び込む。

 

「またお前か!!邪魔ばかりしおって小娘!!」

「邪魔は貴様だ!!私と‥お嬢様の!!」

 

『良いじゃねえか嫌われても。好きになってもらえる努力をしろよ。お前が何を遠慮してんだか恐れてんだか知らねえけどな、嫌われても危険な目に合わせても、それを全部お前が何とかしてやりゃいい話だろうが。それを今日この場で、お前が証明してやれよ』

 

私は桜咲刹那。

近衞木乃香様の護衛剣士。

そして、このちゃんの友達。

 

千草と刹那の間に猿鬼と熊鬼の式神が現れ、刹那に向かってもこもこの腕を振り被る。

邪魔をするな。

式神にも、呪術師にも、鬼神にも。

私は、お嬢様を護ると誓ったのだ。

そして、お嬢様と。

 

「私たちの今までの歩みを!手と手を取り合えるその時を!!邪魔するなぁぁぁ!!!」

 

刹那の握る刀、夕凪に電光が走る。

神鳴流奥義。

 

「雷鳴剣!!!」

 

両面宿儺に目掛けて雷が落ちた。

明日菜もネギもカモも刹那の身を案ずる声が出るが、エヴァンジェリンと千雨は違う。

雷煙が晴れ、雷に打たれて痙攣しながら立ち尽くす千草が見えた。

刹那の姿はない。

 

「どうやら上手くやったようだな」

「え!?」

 

エヴァンジェリンの視線の先を辿ると、大樹に縛られて動けなくなった両面宿儺のその向こうに、白翼をたなびかせて飛ぶ刹那と、刹那に抱えられた————木乃香。

 

「お嬢様、お嬢様!」

「‥・せ、せっちゃん?」

「‥お嬢様!!よかった‥!」

 

「うおおおおお!!?刹那の姉さん、やったのか!?」

「やったー刹那さん!!」

「茶々丸!」

「はい」

 

いつの間にかアンチマテリアルライフルを格納し終わった茶々丸が、いつぞやの時みたくネギと明日菜を抱え、カモをむんずと掴み上げる。

 

「え?」

「あ、あの‥茶々丸さん?」

「おれっちいつもこんな扱い!!?」

「避難します」

「避難って‥‥え、エヴァンジェリンさん、どうする気ですか!?」

「トドメを刺すだけだ、邪魔だからどいておけ」

「と、トドメって‥。まだアイツは‥‥え!!?」

「ん?」

 

龍樹との真空波と魔法の撃ち合いをやめた両面宿儺が、口から炎を吹き出し、大樹全体を燃やし始めていた。

大樹全体がバキバキと音を立てて崩れていく。

 

「ちょっ!!あの化け物動いちゃうんじゃないの!?」

「まあそうかもしれんな」

「あれでトドメって言えるの!?」

「言える。奴がどうにかする気なんだ、やらせておけば良い」

「へ?」

 

奴と言ったら1人しかいない。

龍樹を見ると、いつの間にか龍樹がゆっくり両面宿儺に向かって動き始めていた。

龍樹の全身からざわざわと樹木や蔦が伸び始め、ゆっくりと両面宿儺に巻きついていく。

それを見て呪文詠唱に入るエヴァンジェリン。

恐らく両面宿儺に妙なことをさせないように龍樹自体を使って抑え込む気だろう。

 

「‥フ。ようやく出番か、待ちくたびれたぞ‥!」

「ちょっとエヴァちゃん、その顔で悪い顔するのやめてよ‥」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

両面宿儺の前と後ろの顔が両方とも叫ぶ。

自らの危機を察知したのか、膨れ上がるエヴァンジェリンの魔力に呼応したのか。

巻きつく樹木や草木を燃やしても燃やしてもキリがないと、まだ樹木が巻きつかれていない腕を振りかぶり、龍樹の胴体に打ち込む。

龍樹の身体を突き破り、心なしか両面宿儺がニヤリと笑ったように見えた。

 

「ち‥」

「千雨さん!!!」

 

明日菜の顔が青ざめ、ネギの悲鳴のような声が上がる。

龍樹の身体はそのままずるずると、両面宿儺に寄り掛かるように力無くずり落ちていく。

だが、エヴァンジェリンは詠唱をやめない。

寧ろ、こちらもニヤリと笑っていた。

 

「‥ふん、奴め。義理の親子どころか‥瓜二つだ」

 

人の身の丈数十倍もあるような剣を振りかぶるその様は。

 

龍樹の頭、その上空。

千雨は既にもぬけの殻と化した龍樹の上で、超巨大な剣を構えていた。

剣の丈は龍樹の背丈すら越えている。

そんな剣を振りかぶった千雨は、エヴァンジェリン戦の時同様、“気”による身体強化までしていた。

 

武装召喚(アルミス・コンボカーレ)‥‥メセンブリーナ連合鬼神兵用両手剣!!」

 

「な、何でいあの剣!!!デカ過ぎるぜぃ!!あんなの振れんのか!!?」

「緊急離脱します」

 

「お嬢様、掴まっていて下さい!!」

「せ、せっちゃん?」

 

ネギたちと木乃香をそれぞれ抱えた茶々丸と刹那が、急いで湖の外に出る。

2人とも千雨が何を起こすか察したのだ。

 

「斬艦剣!!!」

 

千雨の両腕に持たれた巨剣が、まるで普通に剣を振り下ろすかのように半月を描く。

刃というより石柱のような剣だが、それでも鬼神兵用の剣は障壁どころか、両面宿儺の胴体を龍樹の身体もろとも深々と突き破った。

両面宿儺を通り抜けた刃はそのまま湖底に突き刺さり、突き刺さった地点から大波が円状に水面を荒らす。

未だ雷に打たれた衝撃から動けなかった千草の目には、まるで天が落ちてきたように映っていた。

巨木に縛られ、巨剣によって湖底に縫い付けられた両面宿儺。

——もう、動きようがない。

 

「エヴァンジェリーーーン!!!」

 

「上出来だ」

 

剣を手放した千雨が姿を消したと同時に、龍樹と両面宿儺の身体周辺の空間が丸ごと氷で覆われる。

燃え盛る大樹もその炎がそのまま一瞬で鎮火され、その氷の魔法の威力を物語っていた。

緑と水面が揺れていた光景が一面銀世界へと変貌し、それをしでかした魔力の元を信じられないようなものを見る目で捉える千雨。

4月の停電時よりも更に魔力が大きい。

千草を肩に抱えた千雨が荒れ狂う水面に降り立ち、氷の造形物と化した2体の怪物を眺めた。

よくあんな化け物にネギも自分も挑んだな、と若干後悔している。

今のエヴァンジェリンはラカン式戦闘能力測定で10000は余裕である。

ちなみにラカンは12000らしい。

ラカンとエヴァンジェリンがどちらが強いかなど千雨が考えるまでもない。

見当もつかないのだ。

昼間の少年は2500くらい、妖刀を持った月詠も同じくらいだろう。

さらに言うと、昼間の“気”で造られた千雨の分身は1500といったところだ。

 

「ったく、吸血鬼は反則くせー‥いや、数百年も生きてるババアだからか」

「貴様も氷の彫刻になりたいか?」

「うげっ」

 

いつの間にか背後の影からエヴァンジェリンの上半身が伸びていた。

音も気配もなく、完璧に闇に溶け込んだ実寸大の人形姫。

千雨の五感をもってしても気が付くのが一瞬遅れる。

なんて心臓に悪い奴だ、と恨めしい目。

 

「おい、あの両面宿儺とかいうのはもうやったんだろうな」

「ああ、さすがに神だろうからな‥殺せはしないが、動けもしまい。あとで関西呪術協会の連中にでも封印させておけばいい。‥それで、そいつか?今回の首謀者は」

「そうっぽいな。気絶してるし、このまま詠春さんに渡すよ」

「サムライマスターともあろう男が、不意打ち程度でやられおって‥‥」

「それだけ今回の敵が巧妙な手を使えたんだろ。‥あの白いガキだな、多分」

「彼奴なら既に逃げた‥だろうな。これにて一件落着というわけだ」

 

パチンとエヴァンジェリンが指を鳴らすと、氷の彫刻が二つ共砕け散った。

巨体2つが氷片に崩れ、湖だった氷の大地に降り注ぐ。

氷の湖に立つ物は何も無くなってしまった。

‥そう、何もかも。

具体的に述べれば千雨が呼び出した鬼神兵用の剣もない。

 

「てめ、エヴァンジェリン!わざわざ壊すんじゃねーよわたしの剣を!」

「どうせアーティファクトを使ったら直るんだろう、細かいことを気にするな小物め」

「そーかそーか、なら用事も済んだら帰れ万年引きこもり」

「ここまで来て15分でUターンなどしてたまるか!!私は意地でも京都観光していくぞ!!貴様も付き合え、助けてやったんだ!!」

「そういや、どうやって登校地獄‥」

 

「千雨ちゃん、エヴァちゃん!!!」

「おい、ちゃんとは何だ神楽坂貴様」

「どうした?」

 

ようやく終わった争いをまた始めようとしていた千雨とエヴァンジェリンの2人に、明日菜の鋭い呼びかけが入る。

それに反応して勢いそのまま明日菜に突っかかりそうだったエヴァンジェリンを抑え込み、湖岸から大声を出した明日菜の方を向く千雨。

随分明日菜の顔が青い。

何かあったっけ、と首を傾げるが、すぐに思い出してエヴァンジェリンの首根っこを掴む。

 

「お、おい!貴様の馬鹿力で掴むなぁ!!」

「おいエヴァンジェリン!お前石化解除の魔法使えないのか!?」

「なに!?」

「ネギだ!アイツ、左腕が石化して‥まだ進行してるんだよ!」

 

エヴァンジェリンも顔色を変える。

エヴァンジェリンを抱えたまま湖岸に向かって跳ぶ千雨。

すぐに明日菜と合流し、明日菜と共に横たわったネギと、ネギの周りで集まる少女たちのところへ向かう。

よく見ると楓や夕映、古菲に龍宮といった今回力を貸してくれたクラスメイトが全員揃い、刹那と目を覚ました木乃香も降りてきていた。

だが、何故か千雨の見覚えのない半獣人の少年もいる。

昼間にネギが戦ったという少年だろうか。

 

「どういう状態だ?茶々丸」

「はい。‥危険な状態です。ネギ先生の魔法抵抗力が高すぎるため石化の進行速度が非常に遅いのです。このままでは本来の石化による仮死状態にすぐに移行せず、体の一部の機能のみが停止してしまう状態が続きます」

「い、今どの辺だ!?」

「現在左腕部完全石化。‥心臓までおよそ5分程度かと」

「ど、どうにかならないのエヴァちゃん!!」

「‥エヴァンジェリン!」

「‥わ、私は夜の血族だぞ。不死身なんだ。それに大別すればアンデッドの一種だ、治癒の呪文など使えんし使う必要もない‥」

「わたしも‥使えるのは治癒(クーラ)くらいだ、クソ!!」

 

他に希望がありそうな奴は、と楓、真名を見るが楓は沈痛な顔持ちで首を横に振り、真名も表情は変わらないが同様の仕草で千雨の希望を絶つ。

ここまで来て。

ネギが自ら魔法使いとしての任務を果たし、巻き込まれた戦いすらも明日菜たちと共に凌ぎ、収めようとした。

‥なのに。

魔法使いの、偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)への道を歩み始めた少年の道が、今日終わるのか。

 

「———お待ちください」

「‥桜咲?」

「まだ、手立てはあります」

「なに?」

「‥お嬢様」

「うん」

 

刹那に呼ばれ、今まで一歩下がっていた木乃香が皆の輪の中心、ネギのそばに歩み寄る。

昨日までの何も知らない、お嬢様の木乃香はもうそこにはいない。

ネギの惨状におびえながらも、ネギから目を逸らしてはいない。

遂に魔法の世界に東西の姫様が踏み込んだということだろう。

 

「みんな‥ウチ、せっちゃんに色々聞きました。‥‥ありがとう。今日はこんなにたくさんのクラスのみんなに助けてもらって‥ウチにはこれくらいしかできひんから‥」

「‥なんだ?」

「あんな‥アスナ‥ちさめちゃん。ウチ‥‥ネギ君にチューしてもええ?」

「え?」

「は?」

 

木乃香の突然の問いに慌てふためく明日菜となんで私に訊くんだとうろたえる千雨。

そんな明日菜の肩の上で木乃香の発言の真意を見抜いたのはカモだ。

シネマ村で木乃香が刹那の傷を治した治癒力。

木乃香の身体に眠る治癒力を、仮契約(パクティオー)で引き出そうという刹那の提案だろう。

 

「なるほどな‥確かに、それしかないか。でもなんで私にんなこと訊くんだよったく」

「やはりお主も明日菜殿と同様、ネギ坊主を大事にしているのがわかるからでござろう」

「‥どーかな」

「?」

 

楓の目が横に立った千雨を捉えるが、千雨の表情は今まで見たことがないものだった。

二年生の頃はあやかやハルナに絡まれていつも眉を顰めたような表情しか見なかったので、ネギが来てからその顔はようやく動かし始めたようなものだった。

だが、千雨の今の顔は、ネギの前でもしたことがない顔。

まるで、何かを悲しむかのような、憐れむような。

ネギと木乃香の仮契約(パクティオー)の光が千雨と楓の表情を照らし始めるまで、楓は千雨を見つめていた。

 

 

********************

 

 

ネギが木乃香のアーティファクト二振りの扇のうちの一つ、ハエノスエヒロによって石化が完全解除され、目を覚ました後。

ネギの無事を確かめた千雨は、真名・楓・刹那、茶々丸がいれば大丈夫だろうと先に関西呪術協会総本山に戻らせた。

ついでに木乃香のアーティファクトで総本山の人間たちの石化が治せないかと聞いてみたが、アーティファクトの制約が一日に一回、ハエノスエヒロの方は制限時間30分という二つの制約があったため、やはり明日の朝に到着するという応援部隊を待つしかないのだろう。

 

それはそうと湖に残った千雨、更にはエヴァンジェリン。

リョウメンスクナノカミが本当にもう無力化されたのかの確認と、千雨の用いた巨兵剣を千雨のアーティファクト、鍛造神の小瓶を使って復元させるためである。

 

「そういえば貴様のアーティファクトには制限はないのか?」

「あ?はじめのうちは火の中でしか使えないってのはあったな」

「何?」

「そのうち色々使ってみると、水に入れても使えるようになっててな」

「‥アーティファクトは本人の成長と共に強化されることがある。貴様の父、ジャック・ラカンも昔は武器一つのみしか出現させられなかったと聞く。今は複数どころかいくつも同時に出せるようだがな」

「はっ、あのバケモンと一緒にすんなよ。まあ、もうこのアーティファクトをもらって10年経ってるからな。流石にそのくらいは‥」

「なにぃ?」

 

そういえば、まだエヴァンジェリンにはナギと仮契約(パクティオー)したことは言ってなかったなと面倒くさそうな顔をする千雨。

仲間うちで千雨が教えたのはネギ、楓、古菲だけである。

ちなみにそのネギの口からカモへ、そして刹那へと伝わっている。

だが、エヴァンジェリンにそれを言うと凄まじい剣幕で捲し立てるエヴァンジェリンの顔が予想できるため、詳細は言わないでおこうと胸の内に留めた。

 

 

鍛造神の小瓶をカードから呼び出し、湖を覗き込む。

湖の底にはリョウメンスクナノカミや巨兵剣、その他の氷塊が至る所に沈んでいた。

それを確認してから湖に小瓶の液体を振りまくと、湖全体が沸騰し始めた。

 

「‥湖全体が沸き立っているな‥これは実際に熱を持っているんだろうが‥」

「お前の氷も解けるんじゃないかってか?」

「馬鹿を言うな、私の魔力で作られた氷葬が熱程度で解けると思うか?大体、貴様のアーティファクトの本領は熱などではあるまい」

「まあな。‥よし、出てきた」

 

千雨の元へ導かれるように、丸い石柱のような剣の柄が湖から浮かんでくる。

その大きさに合わせた魔法陣を出現させ、再び巨兵剣を収納させていく。

 

「それで?」

「何がだ?」

「何しに来たんだてめーは。リョウメンスクナノカミの様子を見に来たわけじゃねーだろ?お前が凍り付かせて砕いたんだ、本当にあの鬼神が動けるかどうかなんて見なくてもわかるはずだ」

「‥なに、お前と同じだ」

「‥なんだ。つーわけだ、出て来いよ白ガキ」

 

「気づいてたんだ、さすがだね」

「気づいてくださいと言わんばかりだったが?」

「もちろん、君たちにだけさ。‥いや、寧ろ君にかな」

「なんだと?」

 

湖から波紋すら起こさずゆっくりと白髪の少年が浮かびあがってきた。

しかもなんと千雨に用があるという。

まだ木乃香を狙ってやがるのか、と少年の相手をするために残ったのだが、その心配をする必要はないようだ。

 

「‥用だってんなら手短に頼むぜ。今夜の首謀者を返してほしいとかなら聞けねぇがな」

「天ヶ崎千草かい?彼女はリョウメンスクナノカミありきの存在だった。リョウメンスクナノカミが敗れた今、もう用はないよ」

「‥リョウメンスクナノカミ‥奴に何か特殊能力があったわけではあるまい。戦力として招くつもりだったのか」

「戦力?こいつ、こんなガキの癖にどこかの組織の人間なのか?」

「気が付いていなかったのか?おそらく奴はそもそも人間ではない。人形か、それとも‥」

「ああ!?」

 

ここまで自在に動くとなると千雨が見たことこのないほどの技術だ。

エヴァンジェリンのドールたちの様に意思を持っていないわけではなく、どちらかというと茶々丸よりか。

だが、科学と魔法の融合の存在の茶々丸とて人工関節が見えるし、未だに放熱の為に長い髪を縛らず下ろしていなければならない。

明らかに茶々丸よりも人間のように見える。

 

「‥こいつ、なにもんだ?」

「私はそれを確かめるために残ったのだ。‥気をつけろ、奴の狙いは貴様なんだ」

「あ?心配してくれてんのか」

「馬鹿言え、貴様に死なれてはナギへの手がかりが一つ減るからな」

「だろうな、可愛くないガキだ」

「貴様の40倍は生きているんだぞ!!」

「じゃあババアじゃねえかやっぱり」

「ぬあーー!!!」

 

「‥緊張感がないね」

「なんだ、もっとてめーにビビれってか?」

「君たちのような人間は、自分に自信がある人間だ。それも、君は移ったというのかい?君が追いかけ続ける人間たちから」

「‥? 何が言いたい」

 

「‥君は、紅き翼(アラルブラ)という名を知っているかな?」

「!!」

 

千雨とエヴァンジェリンの目が変わった。

紅き翼(アラルブラ)の名前は魔法関係者なら子供でも知っている。

20年前、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)中を巻き込んだ世界大戦、それを終わらせた正しく英雄たち。

教科書ですら載っている彼らの名前を、わざわざ聞いてきた。

知っているかと。

つまり、この少年は千雨が紅き翼(アラルブラ)の関係者ではないかと疑っているのだ。

もしくは既に確信しているのかもしれない。

 

「だったら?」

「長谷川千雨。君は‥ジャック・ラカンの関係者かい?」

「‥なんでそう思うんだ?」

「君が使った技は一度だけ見たことがある。ジャック・ラカンは大戦後、ほとんど隠居して、僕たちと戦ったことがあるのも一度だけのはずだ。どちらかというとその後の小競り合いはナギ・スプリングフィールド、アルビレオ・イマの両名とよく会った。それに加えて旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)では近衛詠春もいたかな‥」

 

少年の言葉に固まる千雨。

なんだ。

このガキは何を言っている?

小競り合いだと?

ナギたちと小競り合いを起こせる奴なのか。

いや、起こしてしまう奴らなのか。

 

「‥お前、完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の‥!!!」

「ああ、それも知っているんだ」

「!!」

 

千雨の戦闘スイッチが即座に切り替わり、一気に"気"と魔力が同時に溢れ出る。

エヴァンジェリンが暴風の余波をまともに受けるが、そんなことなど気にせず思考の海に沈んでいた。

エヴァンジェリンも目の前の少年がなんとなく何者か見当がついたのだ。

 

「これは‥‥魔力?昼間の魔法は本当に君が出したものだったのか」

「言え‥」

「?」

「言え!!いや、吐け!!!創造主(ライフメイカー)はどこにいる!!!!」

 

左手に魔力、右手に"気"を纏わせた千雨。

少年も魔法障壁を前面に出し、戦闘態勢に入った。

どちらもやる気なのだろう。

 

その横で少し勢いに乗り遅れたエヴァンジェリンは千雨の変貌っぷりに眉を顰める。

恐らく目の前の少年こそ紅き翼(アラルブラ)の不倶戴天の敵か、もしくはその残党なのだろう。

だがなんだ、この千雨の怒りは。

まるで親の仇を目にしたかのような姿だ。

年齢的に千雨は20年前までの世界大戦に関わっていないはず。

 

まさか。

エヴァンジェリンの推測が、最悪の状況を思い浮かべようとしていたその時、湖の中心で始まろうという戦いを、更に後ろの森から観測しようとしている『目』があった。

 

『‥‥ふむ、これが歴史の裏にあった戦いカ。ようやく貴女の潜在能力が見られるネ、救世の英雄殿』




修学旅行編あと一話‥のはずです。
もう少し頑張ります。


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【24】大地の魔法使いと剣闘士

半年間沈黙していましたごめんなさい。
このたび新生活が始まり‥とかいう長ったらしいのは文章だけにしておきます。
これからは定期的に更新する予定なのでご容赦ください。



宙に浮かぶ大地。

大理石で作られた古城の数々。

終わりが見えない滝。

青空に打ち上げられる筋肉達磨と、諦観した小さな少女———。

 

 

********************

 

 

「ひっさつわざ?」

「おうよ。呂律が回ってねえぞ?」

「うさんくせぇ」

 

数年前の幼い記憶。

1人の幼い少女がその小さな眉を歪ませている。

目の前には物心ついた以前からいつでも一緒にいる養父、ラカン。

この大男には世話にもなっているが苦労もさせられており、この縁は切っても切れそうにないんだよな、と諦めた様な顔だ。

既に七歳の感想ではない。

いわゆるマセた子供である。

 

「ラカンインパクト?アレでいいだろ」

「ハッ、ちげーよ。もちろんアレも覚えりゃ良いけどな、お嬢。お前だけの必殺技を編み出すんだよ」

「何でだよ」

「そりゃ男なら自分だけの専用必殺技いるだろう?」

「おれは女だ!」

「じゃあ“私”って使えよなー。ナギにも言われてたろ?」

「チッ」

 

この言葉遣いは仕方がない様に思える。

何せラカンとナギにずっとひっついて育ったのだ。

たびたびテオドラにもアリカにも直されていたが、どうにも彼女のお嬢様としての英才教育は上手くいっていなかった。

おそらく本人の性格の問題だろう。

その代わりに、戦闘者の影響を受けに受けまくっている真っ只中だ。

 

「じゃあ先ずは気合の正拳突き千回な」

「なんでだよ!!わ、わたしの必殺技だろーが!!そりゃケリだろ!?」

「あ」

「うぉい!!」

 

ラカンの後頭部にツッコミの蹴りを入れるが、全然堪えた様子がない。

はっはっはっ悪い悪い、と笑っている始末。

こんなのが必殺技になんのか、とやる気をなくす少女。

なおラカンを堪えさせるような蹴りを突き出せる人間は世界に5人といないだろう。

 

「まあ必ず殺せる技と書くようなモンだ。そりゃ当たれば死ぬような強力な奴考えねえとなぁ。つまり、普段のような修行じゃあダメだってことだよなあ?」

「‥おい?」

「てゆーわけだ、あのババアのとこ行くか。‥ん?」

 

ラカンが振り向くと既に少女は遥か後方へと逃げ去っているところだった。

中々良い瞬発力である。

勘も良い。

ラカンがババアと言う前から既に逃げていたようだ。

 

「ったく、まーた鬼ごっこかよ。どうにもお前はあのババアが苦手だな?それでも俺様の娘かぁ?」

「うるせーーー!!!修行で普通に殺そうとしてくるようなやつだろうが!!苦手に決まってんだろ!?ってかババアとか言うなよ聞かれてんぞこの会話!!」

「そりゃ態々こっちから行く手間が‥‥ぬ」

「げ」

 

ラカンが少女に追いついた途端、2人の足元に大きな狭間が開く。

見慣れた黒い渦が、今回は更に色濃く見える。

虚空瞬動ですぐに浮こうとする少女だが、ふわりとラカンの大きな腕に担がれてしまう。

 

「ぎゃあああああ!!?なに掴んでんだこのバカ親父ぃ!!!てか落ちる!!」

「はっはっはっ。本当に反応はええなあのババア」

「テメーが相手しろよ!!?また着せ替え人形になるだろこれ!!?」

 

ギャーギャー騒ぐ少女だが、ラカンと共に成す術なく狭間へと落ちていく。

その結果確かに必殺技なるものは得られたものの、少女の意地と尊厳がかなり削られたのも事実だった。

 

 

********************

 

 

拳の嵐が吹き荒れる。

千雨の体内には今、身体の外部から取り込んだ魔力と内部から湧き出る“気”が共存していた。

だが、二種のエネルギーが干渉し合うことはない。

千雨の身体、それを二つに分かつ正中線。

その正中線が境となって、二つのエネルギーを完璧に分けているのだ。

そして、魔力と“気”はそれぞれ独立して千雨の身体を強化している。

 

(つまり、今彼女はリソースを通常の生物の二倍持っていることになる。魔力のみ、“気”のみで彼女と渡り合うのはエネルギー論的に得策ではないということ)

 

だが、それも普通の術者の話。

少年——フェイト・アーウェルンクスは違う。

魔力・魔法・近接格闘・胆力。

その全てが一から創造主に造られた、創造主の理想を叶える為の人形。

故に強い。

普通の人間なら千雨という本来有り得ない(・・・・・)戦闘者を前にして動揺し、良くて防戦一方、悪くて瞬殺されるところ。

まずは分析、理解し、反撃に移る。

それだけで良い。

 

「そこだ」

「!?」

 

突き出された千雨の右拳を千雨の腕の内側から逸らすように受け、身体を千雨の懐に滑り込ませる。

右肘によるカウンター。

入った。

 

「入ってねーよ」

「へえ」

 

肘の角を千雨の左手が掴んでいた。

あまりの握力にミシリとフェイトの腕が軋むほどの力だ。

すぐにフェイトが左手を拳の形に作って引く。

 

「今のは中国拳法のいわゆる化勁ってやつだな?」

「!」

「おらよ!!」

 

蹴り脚がフェイトの小さな身体を打ち上げる。

すぐに浮遊術に移ってピタリと身体を空中で静止させ、始動キーを唱え始める。

だが、千雨の方が早かった。

 

火精召喚(エウォカーティオー・スピリトゥアーリス)

石の(ドリュ)‥!?」

「槍の火蜥蜴73柱!!」

 

瞬く間に73匹の燃え盛る炎が人の形となって、水面に立つ千雨の周囲に現れフェイトへと飛び掛かる。

昼間、フェイトの分身が受けた光の溢水。

アレを使ったのは千雨以外の人間ではないかと半信半疑だったが、どうも嫌な方の推測が当たっていたようだ。

千雨は魔力だけではなく魔法も使う。

戦いの歌のような簡単な強化魔法のみだったらまだわかるが、精霊召喚まで使えてしまうのならばほぼ確定だろう。

 

「だが、それが僕に通じるかどうかは話が別だね」

 

今度はフェイトの周囲を黒い刃が埋め尽くす。

黒曜刃。

大地から生まれる魔法がほとんどの地の魔法の中でも、殺傷力が高く空中を自在に動く黒曜石の短剣だ。

 

「さてどう捌く?」

 

既に千雨の火精召喚は攻め手ではなくなった。

黒曜刃を撃ち落とす為の迎撃のミサイルとなってそれぞれ相殺される。

火煙が空中で上がる中、次の手をと“気”を貯めるが、黒曜刃が次々と煙から殺到する。

 

「目論みが甘いね」

「どういう飛ばし方したらそんな数をそんな勢いで飛ばせんだよ!!」

「教えようかい?」

「金貰っても御免被る!!」

 

千雨の両拳が迫り来る黒い短剣を次から次へと弾いていく。

短剣の数を数えようとしてすぐにやめた。

視界の黒色が短剣だか夜だか判別つかないほどの数だったのだ。

ならば、とすぐに短剣を弾く方向を変える。

 

「返すぜ」

「器用な真似を‥!?」

 

千雨の弾いた短剣は放った持ち主の元へと返り、受けるフェイト。

だが、フェイトはすぐに黒曜刃の異常に気がつく。

上下左右に放物線状に返される黒曜刃。

その正確さと、軌道の違和感が、フェイトを呆れさせた。

 

「本当に器用な人だね」

「何のことだか‥な!」

 

「‥‥何ノコトダ?」

「よく見ろ、チャチャゼロ。千雨の奴が返した黒曜刃の軌道を」

「ア?‥‥アー、ナルホド。何シテンダアリャ」

 

いつの間にかエヴァンジェリンの横に来ていたチャチャゼロが千雨が返した黒曜刃の軌道と、フェイトが飛ばした黒曜刃の軌道を見比べて気がつく。

千雨が返した軌道はフェイトの描いた軌道にそっくりそのまま逆方向に乗せていたのだ。

千雨なりの挑発だろう。

だが、そこで生じる疑問が一つ。

 

「ケドヨーゴ主人。アノ白ガキハ魔法デ飛バシテルカラナ、ドンナヘンテコナ曲線デモワカルンダケドヨ。メガネハドウヤッテマゲテンダ?」

「‥恐らく石刃を掌打している時に何かかけているな。いや、無詠唱ですらないから‥魔力か。なにかしらの属性が付与されているな」

「曲ガルッテコトハ風カ?水ニハ見エネーナ」

「奴がこの前の戦いで使っていたのは水、火、光、闇。今更属性が増えたところで驚きはないが‥」

 

自らを納得させるような言葉を絞り出したエヴァンジェリン、黒曜刃を受けつつ滑らせるフェイト。

両名は同様の疑念を抱いていた。

この魔力(・・・・)には覚えがある。

千雨が出している魔力量が少な過ぎて特徴を捉えにくいが、誰かが使っているところに出会ったことがあるはず。

 

「慣れてきたぜ‥!」

「む」

 

フェイトめがけて円弧を描いていた一本の黒曜刃がぬるりと角度を変え、上空へと旋回する。

それと同時に一斉に千雨が弾き返していた黒曜刃が全て同様の動きを始め、遂には二人の上空で水平の渦を作る。

 

「慣れる?」

「というより、思い出すだな。てめーの潰し方を決めたんでな、その準備だ」

「潰し方を選べるような力を持っていると?大した自己評価だ」

「‥プラ・クテ・ビギナル」

 

フェイトの言葉には応えず、右手をかざして黒曜刃の渦を勢いが増した黒い竜巻へと変貌させる千雨。

彼女が攻勢に出る。

魔法障壁を更に重ねようとしたフェイトだが、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

 

「がっ‥!」

 

「!!」

「オイオイマジカヨ!アレ、アノヘンタイイケメンノ‥!!」

 

地面に叩きつけられた衝撃から意識を呼び戻し、衝撃が下った自らのお腹へと目を向けるフェイト。

彼の腹部には、拳大の黒い球体が埋まっていた。

 

小さく重く黒い洞(スペーライオン・ミクロン・バリュ・メラン)

 

それは、かつて皮肉屋と呼ばれた司書が得意としていた魔法。

星の引力、重力魔法。

チサメ・ハセガワ・ラカンが受け継いだモノは、ジャック・ラカンの"気"だけではない。

千雨の詠唱と共に黒い球体が大きく展開され、フェイトの身体に更に負荷がかかる。

 

「さあ堪えてみろよ!!」

 

地面に縫い付けられた形になったフェイトめがけて黒曜刃の群星が降りかかる。

常時展開されている魔法障壁で刃を受けながら、視界の端に、宙に浮かぶもう一つの黒く渦巻く球体を見つける。

二つ目の球体と一定距離を保ちながら回遊する黒曜刃を見て、カラクリに合点がいくフェイト。

 

「黒曜刃を衛星のように見立てたのか。ただの重力球としてではなく、重力を発する星として考えることで。それを可能にするには地球の重力そのものを無効にする必要がある‥けれど、浮遊の魔法を併用していないのか?」

「余裕綽々で推察立ててんじゃねーよ‥!!お次はこれだ!!」

 

更に詠唱を重ねていく千雨の周囲に様々な大きさの重力球が現れ、千雨の口角が上がる。

その横顔を見たエヴァンジェリンは嫌なモノを思い出し、千雨とは対照的な苦い顔を浮かべる。

やはり、なんという似た者師弟。

アーティファクトとその身のみで戦に赴き、最後にはアーティファクトすら捨てて徒手空拳と“気”で何もかもを圧砕する。

その顔。

両者の顔が、血の繋がりなどなくとも正しく親子であり、師弟であると。

言葉なき証明が成されていた。

 

「とっとと潰れろ!!」

「大地の魔法使いに対して重力で挑むとはね。見かけによらず傲慢だ」

 

腹に落ちた重力球を握り潰し、残りの黒曜刃が降るその場を離れるフェイト。

大地は星に根付いているものだが、それは、星の発する重力が大地の下へと向かっている場合の話。

重力球の周囲では重力球へと向かうのだ。

フェイトが注意すべきは重力球の重力の範囲。

まずは重力球の攻撃範囲、とフェイトの身体に渦巻く魔力が集束し、掌に収束し始める。

 

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王(バーシリスケ・ガリオーテ) 八つ足の蜥蜴(メタ・コークトー・ボドーン・カイ) 邪眼の主よ(カコイン・オンマトイン)

「石化の呪文程度のおっそい魔法が!」

時を奪う(プノエーン・トゥー・イゥー) 毒の吐息を(トン・クロノン・パライルーサン)

「今の私に当たるかよ!」

石の息吹(プノエー・ペトラス)!!」

小さく重く黒い洞(スペーライオン・ミクロン・バリュ・メラン)!」

 

確かに大きな石の息吹だ。

そこら辺の魔法使いでは出せない規模だろう。

だが、宙に浮かぶ千雨を軽く覆えるほどの石化の煙の中心に、重力球を放る千雨。

通常の重力よりもよほど強い重力球によって、石の息吹は重力球によって丸められる(・・・・・)

こんなもんで何ができる、とバカにするような目でフェイトの方を窺うと、対するフェイトは

千雨に追撃をするどころか、重力球と石の息吹の様子をじっと見ていた。

すぐに自分の手の内を探られたことに気が付く千雨。

 

魔力の絶対量ではフェイトが有利だろう。

その点にだけ観点をおいて考えれば、時間をかけると不利になるのは千雨の方だと自ずとわかる。

時間をかけてじっくり戦うのは得策ではない。

自ら持つ手札は。

千雨の脳内に高速で今まで習得した心得と技の記憶が流れる。

 

「‥」

「‥どうして攻めて来ないんだい?重力魔法で潰す、と言っていた気がするけど」

「‥」

「‥来ないならこちらから」

武装召喚(アルミス・コンボカーレ)

 

千雨の首元にぶら下げられた指輪が光り、千雨の両手に白銀に光る始雲のガントレットが現れる。

月詠からの情報にはなかった武具。

また何かしら効果のあるものか、と見覚えのない武具に警戒する。

 

「‥お前が強いのはわかってる。昼間のお前が分身だったってことからな」

「‥」

「光栄に思えよ、フェイト・アーウェルンクス。これを使うのはてめーで三人目だ」

「‥大した能書きだね」

 

不意に両腕を広げる千雨。

大きく息を吸い、吐き出す。

息を整え、身体に巡るエネルギーと、身体から湧き出るエネルギーを感じ、右と左に搔き分ける。

そうして、両腕を静かに体の前へと構える。

 

「‥まさか!」

 

いままで静観していたエヴァンジェリンに衝撃が走る。

バカな。

あの技法を、14歳かそこらの小娘が扱えるはずがない。

それに、千雨が使うのは少々変だ。

何故なら、千雨は魔法(・・)が使える。

 

「‥左腕に魔力」

 

静かに渦巻く魔力が左腕に集まっていく。

 

「右腕に"気"」

 

荒々しく発する"気"が右腕に宿り、千雨の前で両掌が近づいていく。

 

「合成」

 

千雨を中心に、眩い光と風圧がその場にひろがっていく。

フェイトはようやく合点がいく。

エヴァンジェリンも同様だ。

 

ラカン・インパクト。

重力魔法。

そして、魔力と"気"を合わせる独特の戦法。

 

彼女は、紅き翼(アラ・ルブラ)縁の者どころではない。

紅き翼(アラ・ルブラ)の後継者。

 

「それとも、紅き翼(アラ・ルブラ)の‥最後の一人ということかい?」

「最後じゃねえよ。どいつもこいつもみんな生きてる」

 

光が収まったとき、千雨を覆っていたのは"気"でも魔力でもないものだった。

 

「咸卦の気!やはり咸卦法‥気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)か!!」

「なんだ、知ってんのか?」

「たわけ!タカミチに指導したのは私だぞ!」

「ああ、やっぱりタカミチは使えるようになったのか。そりゃそうだよな、師匠の技だもんな‥」

 

勝手に納得する千雨。

だが、逆に納得していないのはエヴァンジェリンだ。

何故千雨は咸卦法を習得する必要があったのか?

気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)を習得する必要があるのは、本来何かしらの欠陥を持つ魔法使いだけ。

タカミチは呪文詠唱が生まれつき使えないという魔法使いとして致命的な欠点があったため習得する必要があった。

そうでもしないと魔法使いは戦えないからだ。

だが、千雨は違う。

魔法でも広域殲滅呪文を使えるし、"気"だけでも間違いなくAAAクラスはある。

気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)の習得難度を考えればほかの道などいくらでもとれたはず。

それに、今の千雨には少々違和感を感じる。

 

紅き翼(アラ・ルブラ)に関わりがあると睨んで来たけど‥良い方に予想が外れたね」

「あ?」

 

そりゃどういう意味だ、と訊こうとする千雨に大きな薄い影が差し掛かる。

見上げると巨大な石柱が6本。

つうと、額に冷や汗が出る。

 

「君なら知っているよね?お姫様のことを」

「やっぱり狙いは‥!!」

「君を捕えよう、紅き翼(アラ・ルブラ)No.9」

「やれるもんならやってみろ!!」

 

両者が同時に掌を前に出す。

すぐに呪文詠唱を始めるはずのフェイトだったが、千雨の掌が光った瞬間にその場を離脱していた。

フェイトがいた地点を千雨から放たれた光線が貫く。

咸卦の気による気弾。

なんという速さ、と息つく間もない。

ノータイムで放たれる気弾の嵐。

一介の武道家は気弾を使えたとしてもそう簡単に連発しない、というよりできない。

自らの身体エネルギーである"気"を撃ち出すのだ、そう何度も使えばすぐに力つきるのは目に見えている。

 

なら、その威力はどうだと試しに一撃を魔法障壁で受けてみるが、簡単に数枚が砕けてしまう。

創造主の使徒は、攻撃面でも破格の性能を誇るが、何よりも防御の要である魔法障壁が優れている。

数がそもそも少ないのだ、数に勝るために個で生き残る術が必要だった。

その使徒であるフェイトの魔法障壁を一撃で叩き割るとは。

昼間の分身体の千雨は、拳数発で何とか魔法障壁を一枚割る程度だった点を考えるとかなりの飛躍だろう。

 

落ちてくる石柱を気弾で破壊し、そのまま気弾を撃ちながらフェイトを追う千雨。

創造主の使徒としての力を過信していたわけではないが、既に受け身の戦闘になってしまっている事実に衝撃を隠せなかった。

 

「ケケケケケ。アイツ、引キ出シノ多サダケナラナギモ凌グゼ」

 

"気"、魔法、武装召喚(アルミス・コンボカーレ)による武具多数、咸卦法、アーティファクト。

魔法は複数の属性に重力、武具も何をどの程度持っているかもわからない。

数百年生きているエヴァンジェリンから見ても十分な戦闘技能。

 

「タフネスも相当なものだ。神楽坂明日菜の話によれば今日はこれで4戦目のはずだぞ」

「長期戦ヲ念頭ニ置イテ鍛エテルッテコトカ」

「‥にしては、あの飛ばし方はなんだ。それに何故居合拳を使わない?‥いや、使えないのか?」

 

違和感の正体はなんとなくわかった。

タカミチによる咸卦法とどこか違う、と見ていたが、明らかに出力配分がオーバーペースなのだ。

あれでは5分もせずに動けなくなってしまう。

更に、タカミチは居合拳と併用することで近中長距離全ての間合いを網羅しつつ、リソースも居合拳の為の僅かな魔力のみとなっている。

 

そのことは千雨も理解していた。

自分の咸卦法による戦い方は余りにも効率が悪い。

師であるラカン曰く、千雨の“気”と魔力はバランスがそもそも成り立っておらず、“気”の方が魔力よりもエネルギーとして多いのだ。

さらに言うと、魔力のコントロールも上手くできていない。

咸卦法による魔力消費をうまく抑えられず、咸卦法の間は魔力が必要とした分の“気”だけ勝手に引き出される為、咸卦法をやるときはいつでもオーバーペースなのだ。

つまり、咸卦法で戦えば千雨の魔力は5分と経たずに底を尽きる上に、尽きるまで咸卦法を止めることもできない。

 

「それでもお前を叩きのめせるだけの力はある!」

「後先考えない戦い方で僕を仕留め切れると思うその傲慢は、やはり人間の持ち得る愚かさだよ」

「仕留め切れたら勝ちだからな!!」

 

決着を急ぐ姿勢なのは明らか。

おそらく時間に制限がある。

律儀に正面から相手するには些か面倒なまでのパワーとスピードを有している。

ならば逃げ切るまで。

 

「‥って考えてんだろ。逃さねえよ!」

 

フェイトめがけて突き出された拳が空を切り、先程から何度も爆発している水面がより大きく爆ぜる。

風圧だけでも吹き飛ばされそうになるほどの拳。

魔法障壁ですら簡単に破られる為、躱すしかない。

だが、逃げてばかりではいずれ捕まる。

 

石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトローセオース)

「当たるかよ!」

「それだけならね」

 

千雨の方を見もせずに撃ったフェイトの石化の邪眼を、最小限の動きだけで躱す千雨。

だが、避けられると予期していたフェイトに軍配が上がる。

無詠唱呪文によって放たれた砂の魔法矢が200本近く千雨の身体に殺到し、集約した矢は千雨の身体を穿った。

 

「これで少しは‥」

「だからそもそもの目論見が甘いんだよ」

「!?」

 

砂煙の中から瞬動術で移動していた千雨から右腕が伸び、フェイトの頭を正面から掴んでいた。

千雨は魔法の射手を避けたわけではない。

咸卦の気が強力すぎて、魔法の射手を全て受け切っても無傷で済ませてしまったのだ。

 

「やれやれ‥君にはせめて石の槍程度じゃないと傷にもならないみたいだね」

「状況わかってんのか?このまま頭潰してやっても良いんだぜ。人間じゃないみたいだがな、てめーの頭でモノ考えてんだろ?」

「やるなら早めにやったらどうだい?君のその技法‥ 気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)は未完成だ。それにそもそも長期戦向きの技じゃない」

「わかってんじゃねーか。望み通りにしてやるよ」

 

空いている左腕を引き、咸卦の気を左腕に集中させる。

滅多に使わない組み合わせだが、千雨が使おうとしているその技(・・・)と咸卦法は彼女が持つ最大の攻撃力と範囲を誇る。

使わない理由は幾つかあるが、やはり最大の理由は咸卦の気を一気に使い切ってしまうことだろう。

だが、5分とせずに咸卦の気が尽きるなら、5分後に使い切るかすぐに使い切るかのだけの違いだ。

しかも相手は一人。

 

「トドメだ———?」

 

おかしい。

正しく左腕を撃ち出すその時、フェイトの表情が一切変わりないことに気がつく。

昼間の様子を見る限り、人間ではないにしても感情はある筈。

なのになぜ焦らない。

この状況で、絶体絶命ではないと言えるのか。

 

「‥違和感に気がついたかい?」

「!」

「遅いけどね」

 

二人の足場である湖面が揺れる。

湖に何かしたのか!と下を見るが、特に魔力の作用は感じない。

 

「何しやがった!?」

「忘れたのかい?僕は大地の魔法使いだ」

「! ‥まさかてめー‥」

 

先程の千雨が纏った龍樹。

先の龍樹は木々で作られた仮初の姿であり、その木々は湖の底から創った。

湖の底、つまり湖を支える湖底、その大地。

 

「ゴ主人!」

「上がるぞ茶々ゼロ!」

 

湖の上にいた千雨にはわかりづらかったのだろう、彼女の視界にその異常を収め切ることができなかった。

だが、湖岸にいた吸血鬼の主従から一目で分かった。

フェイトが仕掛けたのは湖ではない。

湖底から隆起させ、地の利を得る為に大地を押し上げるのだ。

 

「長谷川千雨‥だったね」

 

二人が立つ水面が球体のように膨れ上がる。

大地が、天との距離を縮めんとしていた。

 

「君は強い。その歳で大したモノだよ。基本スペックだけなら確実に僕より上。ならば僕の取る手は一つだ‥」

 

次の瞬間、二人は空中にいた。

水飛沫が視界を覆い、フェイトの姿を見失う千雨。

だが、轟音の中なぜかフェイトの声は耳に届いていた。

 

「普段は下にしかない大地が、上下左右前後の全てにあるとしたら。君は何処に向かって歩けると思う?」

「フェイト・アーウェルンクス‥!!」

 

千雨の視界が今度は土塊や石柱で埋め尽くされ、大地の球体で形成された密室となっていた。

何処を向いても岩、岩、岩、岩、と逃げ場がない。

岩盤の押し上げによる浮遊が終わり、ついに落下し始める千雨。

虚空瞬動で浮き上がるが、何故か周囲の石柱や巨岩は浮遊したままだ。

 

「この岩全部魔法で作った‥いや、操ってるってわけか‥!?」

「僕が代わりに答えてあげよう」

「‥!」

「君は何処にも歩けない。ただの石と同じく、土に埋もれてそのままさ」

「たかが土が私の先を阻んでんじゃねーよ!!」

 

言葉と同時に気弾が3発、フェイトの声が聞こえた方へ放たれる。

球体に風穴が空き、見えたフェイトの顔。

 

「ぶっ飛ばす」

「冥府の石柱」

 

今度はフェイトから無詠唱(ノータイム)で魔法が行使される。

千雨とフェイトの間に見た目そのものの質量を持つ巨大な石柱が出現し、千雨に向かって動き始めた。

驚きながらも一撃で粉々に撃ち砕くが、更に2本左右から冥府の石柱が迫り、対処を迫られる千雨。

その隙に千雨が空けた球体の穴が、瞬く間に蠢く土で埋もれてしまう。

 

「次々行くよ」

「なんっで!!こんなに冥府の柱がポンポン!!」

「なら石蛇はどうかな」

 

冥府の石柱程の大きさではないにしろ、千雨を簡単に押しつぶせる大きさの棒のような直方体。

それが10本以上、球体を突き破って現れる。

グネグネと蛇のような動きをしながら迫る巨大な石蛇だが、冥府の石柱とは比べ物にならないほど動きが速い。

気弾でそれぞれ破壊していくが、破壊する物のサイズがサイズである。

魔法障壁を割るのとは違い、一発で粉々にするにはそれなりに溜めが必要だ、とすぐに見定める千雨。

だが、千雨の気弾の発射間隔よりもフェイトによる冥府の石柱・石蛇の生成速度の方が明らかに速い。

次第に気弾ではなくガントレットによる破砕へと変わっていく。

 

「何でこんなでかい魔法が無詠唱で使えるんだ!?」

「ここは今現在地の精霊で溢れかえっている。言うなれば地中とほぼ同じだ。故に‥」

 

球体の外側に浮かぶフェイトが手を振り下ろすと、千雨の頭上の大地が赤く爆発し、千雨に溶岩が降り注ぐ。

 

「ハイ・エンシェントまでこの通りだ」

 

「地を裂く爆流か!!」

 

溶岩は球体内部をほぼ覆ってしまうほどの量だ。

全て吹き飛ばすよりも自分の方へ来る溶岩だけ吹き飛ばそうと構えるが、フェイトの囁きのような声が千雨の耳に届く。

 

「君は‥今、魔法が使えないんだろう?」

「‥てめー、それを見抜いた上で物量戦か」

「魔法が使えないなら咸卦法を使ってるとはいえ、今の君は並外れた“気”の使い手なだけだ。確かに近接戦なら“気”の使い手の方が有利だ。けれど、火力の押し付け合いなら僕の方が有利と見ただけのこと。それでも押し切る自信があったのかは知らないけどね」

 

フェイトの声に耳を傾けるのをやめ、無言で構える千雨。

だが、今度は下方から鍔鳴りのような音がずらりと耳に届く。

上空の千雨めがけて先程の倍の量はある黒曜刃が発射される。

フェイトが居ると思われる場所は上半球外部だが、フェイトの場所に関わらず球体内部の大地からならどこからでも魔法を撃てるようだ。

 

絶体絶命。

上からは地を裂く爆流、下からは空間を埋め尽くすほどの黒曜刃の群れ。

魔法障壁はなく、魔法は使えない。

 

「だったらこれしかねーだろうが!!」

 

右腕に光が灯る。

豪傑の中の豪傑、ジャック・ラカン。

そして、その技法を持っていた男、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。

その二人の技を識る千雨だからこそ、未だ届かぬ本家の威力に近づくことができる。

後方に迫る黒曜刃を左腕の一振りによる気弾だけで雑に蹴散らし、溶岩へ向き直る。

右腕からは咸卦の気で強化されたラカン・インパクトを放ち、地を裂く爆流どころかその奥の球体を表面積の1/3ほどを消し飛ばしてしまった。

咸卦法が解除される。

その力の差分と、魔力不足の倦怠感に耐えながら、爆煙の中で球体内部の土が盛り返し、巨大な穴を塞ごうとしているのが見えた。

先程までの球体の再生速度なら、余裕で抜け出せる。

 

足に力を溜めて、虚空瞬動で一気に球体を抜け、フェイトの眼前に現れる千雨。

フェイトの目が見開かれる。

左腕に今度は“気”を集中させ、魔法障壁を撃ち抜く準備を始める千雨。

 

「今度はこっちの台詞だな?‥終わりだ」

「君は‥僕の想像を超えてくるね」

 

だからこそ、備えてあるわけだが。

 

フェイトのぼそりと出たような言葉が聞こえた瞬間、千雨は大量の大地に呑み込まれていた。

腕や足が先程よりも小さい何本もの石蛇に巻き取られ、身体全体も大地に巻きつかれていく。

 

「なっ‥!」

「地の魔法使いのアドバンテージをあっさりと破るとまでは思わなかったけどね。けれど、大地の再生速度を落としておいてよかったよ」

 

その一部始終を見ていたエヴァンジェリンたちも驚いていた。

大地の再生速度にではなく、フェイトの用心深い罠にである。

大地の球体がフェイトの奥の手だと思わされていた。

事実、咸卦法を使い始めた千雨に防戦一方だったのに対し、大地の球体を形成してからのフェイトの涼しい言動は余裕を感じさせていた。

それを破った千雨も流石だが、破る為に見極めが必要な大地の球体の強度である、大地の再生速度に罠を張るとは。

熟練の戦闘者からでもそのような余裕は出てこないだろう。

わざわざ自分の防御を緩めるのだ。

隙を作るのとは訳が違う。

 

「う‥ご‥かね‥!」

「君はこのまま封印するとしよう。君はまだ若い‥けれど、強すぎる。未来が想像できないほどに、君は危険だ。君に守られる黄昏の姫御子は余程堅牢だったろうね」

「‥!!」

 

ガキに若いなんて言われたくねーよ、と言い返してやりたかったが、声が出ない。

動けないまま大地の球体内部に再度引きずり込まれていく。

 

「さようなら、長谷川千雨。世界が完成された時、君を迎えに来てあげよう。それまで、待っているんだね」

 

表情を変えないフェイト。

その姿が見えなくなるまで、千雨はフェイトを睨み続ける。

まだ、終わらない。

まだ、終われない。

 

世界なんて勝手に完成させれば良い。

そんなことはチサメの知ったことではないのだ。

だが。

 

(お前らに‥‥アスナ姫も、ナギも。くれてやるわけにはいかねえ!)

 

そして、小さな眼鏡をかけたあどけない赤髪の少年の顔が思い浮かぶ。

 

その少年の名を思い出そうとして、千雨の意識は闇に落ちた。

 

 

********************

 

 

「‥さて、どうする?エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「‥」

 

腕組みしながらフェイトを一瞥し、すぐに大地の球体に目を向けるエヴァンジェリン。

横のチャチャゼロは千雨の姿が見えなくて不満そうだ。

殺戮を繰り返した時代が長すぎて、人の壊れる姿が好きになってしまったキリングドール。

イカれた従者はさておき、近衛近衛右門からの依頼を思い出す。

 

『ネギくんたちを助けに行っておくれ』

 

簡単に言えばこれだけ。

だが、千雨がその“ネギくんたち”に入っているかと言われたら確実に入っているだろう。

 

「‥チャチャゼロ、仕事だ。掘り返して来い」

「ナンデコンナビッグチャンスニ土木作業ヤンナキャイケネーンダヨゴ主人。俺ニモヤラセロ」

「馬鹿を言うな、封印とか言っていたがあのまま本当に封印されるかもわからん。最悪窒息死だ。それに個人的にだが‥千雨に死なれても困る。奴はナギに繋がる鍵だからな」

「ソレダケカヨ、本当ニ?」

「つべこべ言わず行け」

 

チャチャゼロの白けた顔が目に映るが、再度顔で促すと渋々と言った感じに球体に向かうチャチャゼロ。

チャチャゼロの後ろ姿を見送るのと同時に、フェイトに気を配る。

だが、チャチャゼロを止める気はないようだ。

静かにチャチャゼロを見送るフェイト。

 

「‥止めないのか?」

「止める必要もないね。これで封印できないなら、次に敵対した時は別の対処をするだけだ」

 

別の対処、と明言はしないフェイト。

だが、次は命を奪うくらいしかないだろう。

封印と殺害ではまた難易度が違う為、次があるとしたらこの二人はまた激戦を繰り広げるのだろう、といつかの未来を想像するエヴァンジェリン。

 

「‥それで、どうするんだい?闇の福音」

「特にどうもせん。奴を回収したら帰るさ。貴様が何もせんならな」

「成程。貴女は何も関係がないんだね」

「貴様をどうこうしたところで何か得られるわけでもない。恨みつらみもない。何処へなりとも行くと良い」

「‥そうだね、僕も今夜は空振りに終わった。リョウメンスクナノカミ復活も潰えたことだ、今日はここで‥」

 

フェイトは次の言葉を告げなかった。

いや、告げることができなかった。

背後から立ち登る魔力に、今日一番の驚きを得たからだ。

 

「‥バカな」

「チャチャゼロにしては早すぎる!まさか‥」

 

そのチャチャゼロは斬撃でとりあえず砕くしかない、ついでにメガネを切ったらそれはそれで、とお気に入りのマチェーテを取り出したところで固まっていた。

マダ何モシテネエ。

なのに、何故か大地の球体全体的から電光が漏れ出ていた。

しかも、その電光から感じるのは明らかに魔力だ。

有り得ない、有り得るはずもない。

先の咸卦法が切れた時点で千雨にはほとんど魔力がなかったはずだ。

では、どこからか魔力を補充した?

いや、そもそも封印が完璧に決まった後に自力で破ったことが有り得ないのだ。

そんなことができてしまっては封印の定義が覆される。

フェイトは動揺していた。

創造主の使徒である自分に、理解ができない。

そんな人間が今、目の前にいる。

 

「‥君は、誰だ?」

「‥‥寝惚けたこと抜かしてんじゃねーよ」

 

丸い大地の上に立った、七匹の小動物を従えた少女。

ガントレットをつけた両腕で、なにやらおもちゃのような杖を抱えていた。

満身創痍の様相だったが、目の光は鋭く、不敵な笑みだけは失わない。

 

「千雨。千雨・長谷川・ラカン。てめーも、てめーらも、てめーのボスであるあの女(創造主)も。全部ぶっ飛ばして終わらせる女だ」

 

 

********************

 

 

目の前が、暗い。

身体が、動かない。

気配も、感じない。

ここはどこだ。

私は今何をしている?

ダメだ。

やっぱり身体が動かない‥。

せめて、光を。

目は開いてる筈だ、なのに何で何も見えないんだ?

何も見えないし、何も聞こえない。

ならば、何かないか。

だが、手すら動かない。

脚も石のように固まって動かず、身じろぎすら出来ない。

そもそも手や足に何も感触を感じない。

これは、もうダメか。

そうだ、私はフェイト・アーウェルンクスに。

負けたのか。

負けたのなんて久しぶりだ。

それこそラカンと、あのおばさん以来だ。

負けたのか‥。

 

‥いや。

ここで折れるのか。

ここで折れたら、今後はどうなる?

黄昏の姫御子は?

ナギは?

ネギは?

いつか来たる時に、私はこうしてまた蚊帳の外なのか?

またあの無力感を迎えなきゃいけないのか?

有り得ない。

あっていい筈がない。

私の現実を、勝手に進めるな。

私は私の手で掴み取る。

理想の現実を、この手で。

 

だが、この現状をどうすればいい。

何か、何かないか?

“気”も働かない、魔力もない。

当然武装召喚(アルミス・コンボカーレ)も使えない。

となると、外部による作用がある物しか使いようがないが‥。

鍛造神の小瓶は使えない。

いや、そもそもアーティファクトが出せるかどうかわからないし、マスターであるナギの助けも期待できない。

ならばもう一枚の方は、とネギの顔を思い浮かべる。

途端に、暗闇に一人だけだった筈なのに何かが光る感覚を知覚した。

見えはしないし手も動かないが、それがネギとの仮契約(パクティオー)カードだと何故かわかった。

 

ネギ。

まさか、この状況に気がついたのか?

それは逆にまずい。

ネギがフェイトと再び遭遇するなんてことがあれば、今度こそ危ないかもしれない。

動かなければ。

早く、早く。

 

「‥ご無事ですか?」

 

誰だ?

ネギの声じゃない。

 

「‥ネギ?」

 

私の思考が筒抜けなのか?

なんだ、お前は。

どこにいやがる。

味方か、敵か、どっちだ。

 

「‥ネギ、ネギ‥」

「ねぎだって!」

「って!」

 

複数いんのか。

とりあえず質問に答えろ。

 

「ぼくは‥‥ねぎ」

「ぼくたちは貴女のお側にいます!」

「もちろん味方ですとも!」

 

いや、ねぎって‥今私が名前をつけたみたいになったのか?

味方‥味方なのかどうか確信は持てないが、この際なんでもいい。

ちょっと手を貸してくれ、ここから出たい。

 

「手を貸すなんて!」

「ぼくらは貴女の僕」

「貴女はぼくらの主」

「そんなことはぼくたちが生まれた時から決まっていること」

「ここは封印の中ですね」

「解析します!」

「術式分析‥完了!」

 

どんどん声が増えるな。

どこまで増えんだよお前ら。

それより、解析完了とか言いやがったか?

 

「もう増えません、ぼくらは七匹だから」

「貴女に仕えるのは七千匹ですけど、貴女に直接付き従えるのはここに居る者のみ」

「魔力経路確認!」

「結界境界線把握完了!」

「楔を打ち込めば綻びが生まれます、ちうさま!」

 

なんでてめーらまでその呼び名知ってんだよ!!

超の回し者か!?

‥いや待て、そもそも身体が動かねーんだよこれ。

 

「魔力がもうないのですね」

「魔力不足のところを封印を受け、ちうさまの魔力経路にも封印による侵食があるようです」

「そこを取り除けば魔力と“気”が使える筈です、ちうさま!」

「‥取り除きました!」

 

早いな‥‥優秀じゃねーか。

けどこの封印、見たところ魔力による楔で、正式な解凍の仕方しねーと解けねーだろ。

今の私には魔力がない。

 

「流石ちうさま、われらの解析結果の突然の共有すら泰然と受け入れられるとは」

「大丈夫です、一時的に魔力をちうさまに供給します!アーティファクトに残存していた魔力が少しだけあるので‥」

「更に、ちうさまの魔力コントロールをサポートいたします!」

「咸卦法も行けますよちうさま!」

「予測ですが、2分程度咸卦法が持続されます!」

 

‥2分。

この封印を抜け出したら外部からの助けがあったことと魔力がまだ残ってることはバレるな。

なら、逆に‥。

よし、咸卦法を1分に縮めるぞ。

これならいけそうだ。

 

「おお‥流石ちうさま!」

「発想が悪魔的です!」

「計略的な笑み!お綺麗です!」

 

褒めてんのかお前ら特に後ろ。

‥そういえば、結局お前らは何なんだ?

姿が見えねえからわからねえ、気配もない。

 

「我らは上位電子精霊」

「そして、貴女は我らが王」

「電子の王、長谷川(ハセガウァ)千雨(ティサメー)

「貴女が戦いの道を選ぶなら、我々も従いましょう」

「いずれ貴女がその拳を開くまで」

「いずれ貴女が魔道から逸れるまで」

「さあ、立ち上がって」

 

電子精霊が何で封印解析出来るんだよ。

それに、立ち上がるって———。

 

 

********************

 

 

「何をぼーっとしているんだい?」

「!!」

 

眼前にフェイトの拳が迫っていた。

拳が顔を捉える前に千雨の受けの手が入り、拳が逸らされる。

戦いながら少し回想していたようだ、そろそろ1日の戦いの疲れが出てきているかもしれない。

だが、それももう終わると先程と同じ構えを取る。

 

「合成!」

「やはり魔力が少し復活している。外部からの助けでも受けたのかい?」

「てめーに言う必要あんのか?」

「ないね。それに君をここで殺せればそれで終わる」

「なんだ、気が合うな。ちょうど私もそう思っていたとこだ!」

 

ネギとのアーティファクト、力の王笏から供給された僅かな魔力で咸卦法を発動し、魔力コントロールを力の王笏を介して上位電子精霊たちに委ねる。

本当なら力の王笏を使用して、千雨が千雨の魔力を無理矢理コントロール出来るらしいが、そんなことをできる状況ではない。

 

「1分でカタをツけてやる」

 

羅漢萬烈拳が湖面を爆裂させる。

拳は躱したものの、暴風と高波に襲われるフェイト。

咸卦法を使われた状態では正面対決はできない、と自ら作った大地の球体に立つ。

 

「少々派手にいくよ」

「今までも十分派手だったろうが!」

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト」

 

フェイトの足元から、先ほどよりも更に大きい石蛇が20本以上出現する。

それと同時に詠唱を始め、千雨の動きを予測する。

対する千雨は左腕で石蛇を10本以上薙ぎ払いながら、右手を高速に動かしていた。

ねずみのような電子精霊たちが出してくれた魔法陣型キーボードだ。

ねぎと呼んでしまった電子精霊が中心となって、頼んだ魔力制御を行なっているようだ。

 

「これなら間に合いますちうさま!」

「急げよ、もう20秒で決めるぞ!」

「はい!」

 

詠唱を終えたフェイトが、石蛇の群れから瞬動で千雨の背後に現れる。

振り下ろされる蹴り。

両手が塞がれている千雨は虚空瞬動で何とか逃げる。

まさかの逃げを選択した千雨に懐疑の念を顕にする。

おかしい。

彼女の性格なら向かってくると思ったのに。

 

フェイトに背を向けていた千雨が、背中越しにフェイトを見た。

途端に触れる膨大な敵意。

何かやる気だ、と構えるフェイト。

だが、移動した千雨を更に石蛇が追う。

そしてフェイトも無詠唱による石化の邪眼を放つ。

彼が扱う魔法の中で最もスピードのある魔法だ。

 

石化の邪眼の光線。

その先にフェイトが居る。

光線と並行になるように気弾を振り向き様放つ千雨。

 

(避けない!?)

 

それぞれ技後硬直と術後硬直でお互いの攻撃を避けられない二人。

一足先にフェイトによる石化の邪眼が千雨に肉薄し——。

石化の邪眼が千雨の()()で何かに干渉して止まる。

 

「障壁‥‥!?」

 

馬鹿な。

彼女は‥いや、彼女だけではない。

咸卦法を使う時に魔法が使えるはずが無い。

そして。

 

何故、気弾が魔法障壁をすり抜けた?

 

自らの魔法障壁の強度なら、咸卦法による気弾とはいえ一撃は確実に耐えられる、と確信していたフェイト。

しかし、フェイトの魔法障壁を嘲笑うかのように、気弾はフェイトの肩にぶつかり、フェイトを大きく弾き飛ばす。

 

(損傷確認、左腕部は動かない。体勢を——)

「我流気合武闘・必殺」

 

2回目の虚空瞬動でフェイトの真上に位置していた千雨。

既に咸卦法は切っていた。

僅かな魔力が水流へと変わり、千雨の身体をフェイトに向かって押し出す。

対するフェイトも右腕を向けた。

 

解放(エーミッタム)

(ディレイ・スペル!)

引き裂く大地(テッラ フィンデーンス)

「滝穿一点蹴!!」

 

引き裂く大地。

地の広域殲滅呪文にして、フェイト最大の魔法。

大地を溶岩と化し、敵に対してそのまま放つ。

燃ゆる大地へと変貌した大地の球体と、湖一帯の地面。

それらが石蛇と共に全て千雨に迫る。

 

急いで避難したエヴァンジェリンとチャチャゼロ二人。

二人の目には溶岩と石蛇の群れに迫られる千雨が、流星の様なスピードでフェイトに蹴り込む姿が映っていた。

フェイトの魔法障壁を軒並み破壊しつつあるが、確実に減速している。

あれでは後ろから迫る石蛇と溶岩に追いつかれ、そのまま下から噴き上がる溶岩に呑まれてしまう。

 

だが。

 

(離‥‥れない!?)

 

千雨の白い脚から循環した水の輪が発生し、フェイトに巻き付いていた。

流水の縛り手を変化させた様な魔法を発動している。

円環の水輪。

接近戦に持ち込み、そのままの状態を保つためだけに創った魔法だ。

魔法障壁を破壊させながら、この近距離で発動されては防ぎようが無い。

意識が飛ぶほどの衝撃に耐えながら、フェイトの耳に千雨の嘲笑いが聞こえた。

 

「言ったろ?必殺技だよ、これは。当たりさえすれば、必ず殺せる技なんだよ」

「‥こんな‥ことが!!」

「これで終いだ!!」

 

二人は凄まじい勢いで下方の溶岩へと突っ込む。

溶岩が大きく跳ねるが、浮き上がった死の岩石が落ちる前に、石蛇も大地の球体だったものも二人目掛けて落下する。

さながら流星群である。

だが、二人とも既に魔法障壁はない。

千雨も石化の邪眼を防げても引き裂く大地や大質量を持つ石蛇までは防げないだろう。

 

「オホ、アリャ死ンダゼ!?」

「‥」

「‥‥死体ガ残ンネーノハ残念ダケドナ」

「‥」

「‥」

 

チャチャゼロはチラリとエヴァンジェリンを見るが、自分の主人は微動だにせず、二人が落ちた地点を見つめていた。

てっきり途中で助け舟を出すものだと思ったが、どうやら違ったらしい。

ナギのことを抜きにしてもある程度はあの武闘少女を気に入っているものだと勝手に勘違いしていたのか。

 

(‥イヤ、ゴ主人ハ確実ニアノメガネヲ気ニ入ッテタ。ナノニ何デ‥)

 

まさか、とチャチャゼロも二人が落ちた地点を見る。

もうもうと立ち込める火煙と砂煙が混ざった溶岩帯は、とてもでは無いが見通せるものではない。

だがそれでも注視する。

次第に砂煙が晴れていき、火煙のみになっていく。

煙がふわりと揺れ、溶岩の上で咳き込みながら上を仰ぐ少女。

 

「‥見ろ、チャチャゼロ‥」

「‥」

「奴なら確かに、そう呼べるかもしれんな」

 

「‥九人目ノ‥紅キ翼(アラ・ルブラ)‥‥」

 

「‥んなことどうでもいいからとっとと引き上げてくれ、ガントレットが溶ける」

 

もう跳び上がる気力もねえ、と煮え滾る岩石と縦に連なる白銀のガントレットの上で器用に座り込んでいる千雨。

エヴァンジェリンが魔法の準備をしようときたその時、森から白刃の閃光が届いた。

驚く間もなく千雨に斬撃が降り注ぎ、溶岩が巻き上がった。

 

「千雨!!!」

 

更に溶岩帯へ何かが突入し、更に大きく溶岩の波を起こす。

だが、エヴァンジェリン肝心の千雨は既に第三者の手を借りて抜け出していた。

 

「‥どういうつもりだ?」

「ケケケ、今死ナレルト楽シミガ一ツ減ルカラナ」

 

木製の身体に少し煤がついているが、千雨を助けた人形——チャチャゼロもまた無事だった。

千雨の腕を引っ張り、魔力駆動の勢いそのままに抜け出したのだ。

助けられた千雨は、溶岩に入っていった何かをその目で正確に捉えていた。

 

「何してんだお前は‥月詠」

 

「ふふふ‥‥よもや生きていたとは。心の底から、嬉しゅう思います‥♡」

 

溶岩帯が斬撃によって繰り抜かれ、地面の下の地中にあった表層に立つ月詠。

地中に残っていた溶岩の熱が、月詠の穿く白のヒールを焦がして煙を吐かせていた。

それも、白い脇差を持たない手にフェイトを抱えて。

 

「何の真似だ?お前ら仲間なのか‥。てっきりあの天ヶ崎とかいう女に雇われた傭兵仲間だと思ってたぜ」

「あら、いややわぁ。仲間じゃないんと助けちゃあかんと?」

「お前はどう考えても善悪で動くタイプじゃねーだろ」

「ええ、その通り。このフェイトはんは次の雇い主ですから」

「次‥!?」

 

名を呼ばれて顔をあげるフェイト。

所々溶岩によって服や身体が溶けてはいるが、未だに意識を保ったまま先程と表情は変わっていなかった。

抱えられたまま話し始めるフェイト。

 

「生きていたね、お互いに」

「‥本当に人形か。気持ち悪りぃヤロウだ」

「ありがとう月詠さん。トドメを刺される前に動けてよかった」

「そんな気力もなかったようですえ?これは引き分け‥といったところ」

「生意気抜かしてんじゃねー。‥と言いたいとこだが‥確かにトドメは刺せてねーな」

「ふん、そこは貴様も認めるのか」

「言っとくけどこの前のは完全に私の勝ちだからな」

 

余計な一言を言って余計なとばっちりをもらうエヴァンジェリン。

額に青筋を浮かべながら右手に断罪の剣を掲げているが、千雨からは完全に無視されていた。

 

「んで?まだやんのか」

「まさか。今の君を仕留めるのは僕には無理だ」

「ほう?つまり次は‥」

「僕が君に対処する。それだけだ」

 

表情は相変わらず変わってないが、少し語気が強くなったか。

相対する千雨はフェイトとは打って変わってニヤリと笑う。

やれるもんならやってみろと言わんばかりだ。

だが、細い指がするりと伸びてフェイトの頬をプニと突く。

 

「フェイトはんは今日もう戦ったんや、次はウチの番です〜」

「む」

「次こそは‥貴女様の血を流させてみますえ♡」

「んじゃ次はせめてもう少しまともな態度で来い」

「うふふふ♡ほなまた、これにて‥♡」

 

都合の悪いところだけ無視してんじゃねー、と足元にあった小石を蹴飛ばすが、石をさらりと空中で真っ二つに斬り捨て、フェイトを抱えたまま視界から消え去った月詠。

追えば追いつけるかもしれないが、今の千雨はもう動けなかった。

エヴァンジェリン主従も特に追う理由もない。

主犯の天ヶ崎千草も捕らえ、獣人の少年——犬上小太郎と言ったか、その少年も大人しく牢に繋がれたらしい。

そして、刹那も木乃香を取り戻した。

ネギたちも無事だ。

 

「‥長い一日だった」

「さすがの貴様も応えたか」

「ああ、もう動く気も起きねえ‥‥運んでくれ」

「よかろう、首を出せ。動かしてやる」

「いやそれ吸血鬼にして操る気だろうが!!」

「ナラバラバラニシテ‥‥」

「皆まで言うなお前は論外だボケ人形」

 

何とか一人で立ち上がり、ふらふらと歩き始める。

その横にエヴァンジェリンがつき、チャチャゼロはケケケと態とらしく声を出して千雨の肩に飛び付く。

チャチャゼロの重みに思わず毒を吐くが、チャチャゼロは全く気にする様子がない。

チャチャゼロで思い出したが、電子上位精霊だとか言っていたねずみたちがいつの間にかいなくなっていた。

恐らくアーティファクトから出てきたのだろうが、アーティファクトを無意識にカードに戻していたのだろうか?

手元にはいつの間にかネギとの仮契約(パクティオー)カードがあった。

また調べなければならない。

 

横で歩く千雨を見て、エヴァンジェリンは彼女を想う。

何故そこまで戦う。

フェイト・アーウェルンクスは一体何者なのか?

あの人形が一体なんだというのだ?

それに、創造主(ライフメイカー)だと?

まさか赤き星の創造主のことを言ったのか?

そんな筈は無い。

創造主(ライフメイカー)の名前に則った程度の筈。

そうでなければ‥‥。

 

そして、一つわかったことがある、とエヴァンジェリンは千雨を見る。

確かにこの少女はラカンに似ているし、ナギ達紅き翼(アラ・ルブラ)にも通じるものがある。

だが、決定的に違うことが一つ。

紅き翼(アラ・ルブラ)は持ち得ず、千雨にだけある暗い意志。

幾度となくエヴァンジェリンがぶつけられた感情。

復讐の意を宿した目を、その眼鏡の下に光らせていた。

 




京都編はあと1話で終わり、学園祭編に入る予定です。
次はあまり主役級の活躍はしない筈のちうさまですが、そこはキーボードに委ねます(つまりノリ)。
よろしくお願いします。


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【25】ただ道を歩む者へ

長くなりました。
お待たせして本当に‥()。
修学旅行編完結です。


迫る闇の手。

硬直した大人びた少年。

考える暇はなかった。

ただ、飛び出していた。

 

 

********************

 

 

こんなことになる筈じゃなかった。

ただ、目の前の小さな世界を守れればよかった。

ただ、あいつは飛び出してしまった。

自分たちだけではなく、ありとあらゆる人や物を守る為に。

それに追従する従者たち。

仕方なく私も飛び出した。

あの時も、今も。

ただ、仕方なく飛び出してしまっただけなんだ。

誰かが間違っていたのだろうか?

いや、そんな筈はない。

強いて言えば、間違えてしまったのは。

 

 

********************

 

 

「‥‥あ?」

 

知らない天井だ。

優しい色合いの和室天井。

どこだここ、と起き上がって見渡すとやはり和室、その一室に敷かれた布団で寝ていたようだ。

触ってみると、今までにない感触を感じた。

随分上質な羽根を中に入れているようだ。

 

何してたんだっけ、と記憶を洗うが、あまり良く思い出せない。

何かの夢を見ていた気がする。

ただ、昨日はフェイトとの戦いを終えて、ネギ達がいる関西呪術協会総本山に戻ろうとして‥‥。

 

「‥あ、そこで寝たのか」

「寝たのかじゃないわ寝坊助がぁ!!」

 

スパァン!と小気味良い音を鳴らして開いた障子。

ゆっくりそちらを見ると苛々した様子のエヴァンジェリンがいた。

その後ろには茶々丸、足元にはチャチャゼロだ。

 

「‥何してんだ?こんなとこで」

「貴様‥昨日ここまで運んでやった恩人にその態度か!?」

「? ああ、昨日のあの後‥そうか、エヴァンジェリンか。そりゃ悪かったな」

「ふん!」

 

素知らぬ態度の千雨に、手元にあったチャチャゼロを投げるエヴァンジェリン。

一直線に飛ぶチャチャゼロが千雨の頭に飛び付き、座り直す。

 

「さて‥今何時だ?茶々丸」

「現在午前8時24分。既に旅館における朝食の時間が始まっています」

「げ」

 

当然のように訊ねる千雨、当然のように何故か応える茶々丸。

返答された時間が既に千雨が旅館にいなければならない段階を過ぎている、という旨だったので流石の千雨も顔を顰める。

だが、もう急ぐつもりはないようだ。

慌てても仕方がないという結論になったのだろう。

 

「んじゃー風呂でも借りるか‥。お前ら先行ってていいぞ、どこ行くかは知らねえけど」

「バカめ、私たちは今から京都観光だ!」

「んん?じゃあさっさと行って‥」

「貴様も来い、昨日の恩を返せ」

「‥‥‥風呂までせめて待て」

「私も入る」

「いやどうせお前もう入ったんだろ吸血鬼の癖に」

 

エヴァンジェリンが指をパチンと鳴らすと、するりと現れる和服の女性。

エヴァンジェリンに付いている専用の世話係のようだが、既にエヴァンジェリンのことは関西呪術協会には知られているようだ。

恐らく貴き客人程度だろうが。

エヴァンジェリンと共に浴場に向かう千雨。

道中で昨夜の後のことを茶々丸達から聞く。

 

「あ?もう旅館に戻った!?」

「はい。3-Aが泊まる旅館にてネギ先生達の身代わりが暴れているようです」

「その対処に戻ったというわけだ。貴様だけまだ寝てたからな、その世話に私たちが残ってやったというわけだ」

「ふーん。まあお前らは戻る必要ないからな。私や‥長瀬達も戻らなくてよかったろうに。何であいつら戻ったんだ?」

「ノリだろうな」

「そんなとこか」

 

そういえば、と周囲の廊下や部屋を見渡すが、石像など一つも見当たらない。

昨夜総本山に残った人々は一人残らず石化されていたらしいが、千雨が寝ている間に関西呪術協会の応援部隊が駆けつけたようだ。

すっかり元通りということなのだろう。

クラスメイト達も無事だったわけだ。

そういえば、ハルナも石化騒動に巻き込まれたようだが、アレに事情を説明したのだろうか。

面倒なことになりそうだ、と溜息を吐く。

 

ついでに目当ての人物も探すが、やはりいない。

彼と会うのはそれなりに緊張するのだ、身構えておく必要がある。

 

「‥詠春ならここにはおらんぞ」

「は?」

「奴は石化が解除された時点でここを出て、リョウメンスクナノカミの元へ向かったよ。封印を施すつもりなんだろう」

「誰もまだ詠春さんのこととは言ってねーだろ」

「違うのか?」

「‥‥」

 

勿論違わない。

ただエヴァンジェリンに見透かされるのは癪だったので、肩に乗せていたチャチャゼロを掴んでエヴァンジェリンの顔に押し付ける。

エヴァンジェリンとチャチャゼロ双方がジタバタもがき始めるが素知らぬ顔だ。

スタスタと案内係の後ろを歩いていく。

顰めっ面になるエヴァンジェリンだが、チャチャゼロを再度茶々丸に預けて千雨の後ろを追い始めた。

 

華奢な背中だと思う。

だが、筋力は馬鹿にできないほど強いし、スピードもある。

魔法も使える、咸卦法も未完成ながら使える。

訳のわからない魔法具も確認しただけで6,7種類はある。

アーティファクトも二つも持っている。

ラカン譲りの技法もある。

だからこそ何故だと問いたい。

何故そこまで戦う。

何故そこまで強さを求める。

明確な敵討ちでもしなければならないのか。

 

まだ齢14の小娘が。

同い年のクラスメイト達を見てみろ、と思い返すエヴァンジェリン。

‥頭痛がしてきたので思い返すのを止める。

能天気すぎて千雨よりもクラスメイト達の方がおかしく思えてきてしまったのだ。

 

だが、その意思を自分で持っているなら。

千雨自身の心で戦いの道を選んだのなら。

彼女は、戦いの先に何を求めているのか。

 

そのうち酒でも突っ込んで無理矢理吐かせるか。

そんな未来が少し楽しみになるとは。

そこまで考え、馬鹿馬鹿しいと首を振るう。

だが有り得んと思いつつも、こんな日常も悪くないのかと思い始めたエヴァンジェリン。

 

彼女も変わる。

幾数百年生きてきた吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

だが、長谷川千雨は、千雨・長谷川・ラカンは。

彼女は既に変わってしまったのだ。

あの日、あの時。

現実を守る為に、戦いの道を選んだその時に。

きっと、幸せな未来は来ないのだろうと思いながらも。

せめて、遺される者たちに平穏を送りたいと、拳を握った。

それが、恩返し。

紅き翼(アラ・ルブラ)の為に、彼らの大切な人たちのために。

その剣闘士は戦うのだ。

 

 

********************

 

 

関西呪術協会自慢の大浴場でゆっくり癒され、出掛けられる準備をした後。

千雨たちは何故か3-Aが泊まる旅館に戻ってきていた。

京都観光に行く前に、ネギ達も連れて行こうとエヴァンジェリンが言い始めたのだ。

何でも、この後詠春と会う約束をしているらしい。

それを言われたら仕方がねえな、と千雨も京都観光に同行することになった。

道中のエヴァンジェリンのはしゃぎっぷりに振り回され、相当疲れてしまったが。

ちなみに、主に振り回されたのはネギ、明日菜、千雨で、張り切ったのは夕映である。

ようやく説明のしがいがある同行者が来た、と夕映も嬉しかったのだろう。

数百年千年の歴史を誇る古都京都の文化財を相手に、これでもかというくらいの熱意をエヴァンジェリンと共にぶつけていた。

 

京都散策を終えると、早速という様子で詠春さんのところへ向かいましょうと皆に言うネギ。

やはり楽しみ‥というより居ても立っても居られないといったところか。

道中もソワソワして落ち着かないようで、明日菜に小突かれていた。

 

「おい、カモミール。結局早乙女達にはどこまで話したんだ」

「ああ、それなんだけどよ‥。あの眼鏡のイイおねーちゃんには何も話しちゃいないんだと」

「‥うん、それが正解だな」

「ええ、姐御までそう言うのかよ?ウマが合いそうなんだけどなあ‥」

「そりゃお前とは合うだろうけどな、事情を話したら2時間後にはネギがオコジョ決定だぞ」

「‥‥マジスか」

「んじゃ宮崎や朝倉(コイツ)にはちゃんと話したのか?」

「いや、私はある程度は状況聞いてるけど‥‥本屋には話してないみたいだよ」

 

コイツ、と言われた和美が反応する。

二人の線引きに、成程と頷く千雨。

和美は偶然事情を知ってしまい、のどかは偶然仮契約(パクティオー)カードを手に入れた。

そして、のどかにはまだ仮契約(パクティオー)カードについて何も説明していない。

一度小太郎という少年とネギ達が戦う際に使ってしまったらしいが、何故のどかは事情を聞いてこないんだろうと首を捻る千雨。

一歩踏み入る為の勇気を持っていないのかもしれない。

いくら何でも何かがおかしいとは思っている筈なのだ。

ちなみに、このことは後にネギに悩みの種として降りかかる。

 

「ふー‥」

「ん?どしたの千雨ちゃん」

「‥いや、まあ‥‥な」

「さしもの貴様も緊張するとはな」

「えー?千雨ちゃんが?」

「‥‥‥10年だぞ。長かったよ、ここまで‥」

「たかが10年で何を言うか」

「そうだな、お前は15年も閉じ込められてるもんなぁ優良登校児童」

「‥‥貴様、薄々思っていたがジャックのバカが移ってるぞ、間違いなく‥」

「あの変態親父と一緒にすんな!」

 

氷雪が背景に浮かぶエヴァンジェリンの頭を適当にこねくり回し、目を逸らすとネギと目があった。

ネギも緊張しているらしく、こちらを見てはにかむ。

それもそうだろう。

ネギにしろ千雨にしろ、父を追い求める少年に主人(マスター)を追い求める従者(ミニストラ)である。

その手がかりとなるかもしれない近衛詠春。

ネギにとっては父親の盟友、千雨にとっては紅き翼(アラ・ルブラ)という目指し続けた域にいる達人。

彼の英雄は何を語るのか。

 

「10年って何のこと?」

「朝倉にはそういや話してねーな。‥‥まあそのうち」

「それ私以外の誰かには話してるんでしょ!?情報屋が情報で遅れを取る訳にいかないのよ!教えてよー!!」

「やだよめんどくせぇ。どうせその内仲間内に話す時が来るんだろうし、それまで待て。どうしても聞きたいならカモミールにでも聞いてろ」

 

和美の方を振り向きながら話すと、既にカモの所へ向かっていた。

動きが速い。

戦闘のスイッチをOFFにしている千雨からしてみれば恐るべき俊敏さである。

情報に対する執念は本当に強い、と思いつつ再度前を見ると、エヴァンジェリンが変な顔をしながらこちらを見ていた。

 

「‥何だお前その顔」

「‥‥いや、なんだ。意外だな‥」

「は?」

「仲間内などと言うような人間ではなかったろうに。そうか、貴様の中では既に‥」

「! いや待て、仲間っつってもアレだぞ!!?ただのクラスメイトで‥‥‥。‥‥クラスメイトで‥?」

 

‥何だ?

そこまで溢れ出たエヴァンジェリンを無視し、狼狽しながら思考の海に沈む千雨。

そう、彼女らはクラスメイト。

恐らく友人でもあるだろう。

では、仲間ではないのか?

仲間とは一体何か?

もしネギも含めた皆が仲間なら。

では、紅き翼(アラ・ルブラ)は?

勿論彼らは仲間だろう。

千雨が紅き翼(アラ・ルブラ)かどうかはわからないが、仲間ではある。

彼らに育てられ、彼らの願うものの為に戦うと決めた。

それが千雨にとっても大事な、自身の現実を守るために繋がるから。

 

じゃあ、ネギたちは?

千雨はネギや明日菜、木乃香と言った面々は守るだろう。

紅き翼(アラ・ルブラ)の大切な子供達。

では、クラスメイトはと聞かれたら勿論守るだろう。

この2年で、クラスメイトたちは千雨にとって大切な存在になっている。

では、クラスメイトたちに背中を預けられるか?

しかも、千雨の敵に対して。

今回のような木乃香や刹那の敵ではなく、千雨にとっての敵‥つまり、フェイトのような敵に対して、背中を預けられるか?

 

無理だ。

出来るはずがない。

心のどこかから暗い声が聞こえて来る。

力量不足なのは間違い無いが、それだけではない。

関わらせられない。

明日菜も、ネギも。

先の真実に辿り着かせて良いはずがない。

魔法世界の真実と運命を、明日菜に授ける?

父親の跡と父親の仇敵を、ネギに追わせる?

 

今回は偶々運が良かっただけ。

フェイトの魔の手は誰の命も奪わず、最後の詰めも千雨が対処できたから無事に終わっただけ。

 

「‥仲間、か」

「‥‥何を悩んでいるかは大方見当が付くが‥‥。今の貴様がいくら悩んだところで答えは出んぞ」

「ああ?」

 

知ったような口振りのエヴァンジェリンに振り向く。

エヴァンジェリンの表情は千雨を煽るようなものではなく、どこか憐れむような、大切な何かを見るかのような表情だった。

もしかしたら、千雨を通して千雨ではない誰かのことを思い出しているのかもしれない。

 

「心配するな、長谷川千雨。貴様の思うものはいつか必ずわかるものだ。いつか貴様に手を差し伸べることができる者が必ず現れる」

「‥」

「それはもう既に見つかっているかもしれん。紅き翼(アラ・ルブラ)かもしれんし、ぼーや達かもしれん。今はわからんかもしれんが、必ずな」

「‥お前かもしれないってか?」

「それはないな。私はただ貴様を見ているだけの観察者に過ぎん。貴様とは生きる時が違う」

「不老不死か‥」

 

吸血鬼。

しかも吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

日光やその他吸血鬼の弱点をほぼ全て克服し、悠久の時を過ごす。

エヴァンジェリンは確か600歳の賞金首と噂で聞いたことがあるが、彼女でも若い方なのだ。

千雨が知るエヴァンジェリン以外の唯一の吸血鬼は一万歳などとうに過ぎている。

 

「まあせいぜい悩んで足掻け。貴様の行く道は少々興味がある」

「興味?神楽坂の時も思ったけどお前悪趣味だよな」

「神楽坂明日菜の方はどうでも良い。貴様の果ては私にも多少なりとも関わりがあるからな」

「‥見てるくらいなら手貸せよ、お前は死んでも死ななさそうだ」

「不死なんだ、死にはしないが‥‥貴様が膝をつき、その頭を垂れるなら手を貸すのも吝かでは‥」

「茶々丸、行こうぜ」

「あ、千雨貴様コラ!」

 

チャチャゼロを抱えた茶々丸を連れて前方のネギたちに追いつく。

なお、繰り人形であるチャチャゼロは奇異の目で見られないように、歩けるが歩いていない。

人に抱えられていたら古ぼけた人形にしか見えないのだ。

 

「あっ‥」

「!」

 

声を上げたネギの視線の先に、一人の痩せた男が立っているのが見えた。

煙草を吸いながら他所を向いていたが、意識はネギたちに向いているのが遠くからでもわかる。

凡そ10年ぶりだ、と懐かしい記憶が蘇る。

男は此方を向き、ネギたち一人一人の顔を確認する。

ネギ、明日菜、木乃香、刹那と素早く見た後、全員の最後に千雨を見た男———近衞詠春。

千雨を見た時に目を見開くのが、千雨の目に捉えられた。

 

「長さん!」

「お父さま!」

「やあ皆さん、よく休めましたか?」

 

木乃香が父である詠春の側に駆け寄り、エヴァンジェリンやネギが詠春に次々と話しかけに行く中、千雨だけは足を止めたままだった。

皆とある程度言葉を交わした詠春が千雨の方に意識を向ける。

そして、歩み始める千雨。

 

「‥」

「‥」

「‥‥お嬢、ですか?」

「‥それはやめてください、詠春さん‥」

 

顔を赤くしながら否定の言葉が出る千雨。

その静かな千雨に驚く詠春。

まさか、あのお転婆がこんなに大人しくなっているとは。

先の明日菜と逆転しているようだ、と心の奥底でこぼれ出る。

だが、すぐに赤面してしまう癖は変わっていない、と柔らかい笑みを浮かべる。

 

「‥お久しぶりです」

「まさか、あのジャックの元で育って‥こんな立派な淑女になるとは」

「おい詠春、今のそいつは猫を被ってるだけだ。本性は荒々しい‥‥」

「それ、このバカにも言われましたよ‥」

 

エヴァンジェリンの頭を手繰り寄せて、がしりと掴む千雨。

余計なことを言うなボケ、と目が語っていた。

しかも先ほどとは違って本気の目である。

額からたらりと冷や汗が出るエヴァンジェリン。

この余裕の無さはラカンとは似ても似つかない。

 

「ははは、ジャックの義娘が礼節を弁えて話せるだけで充分ですよ」

「‥そのジャック・ラカンってぇのはそんなに杜撰なのか?」

「杜撰‥っていうか、うーん‥なんて言えばいいんだ?」

「適当、だな。適当という言葉が筋肉達磨になって服を着て歩いていると思えばいい」

 

カモの疑問に答えるエヴァンジェリン。

エヴァンジェリンの言葉に、ジャック・ラカンという者が何者か何となく想像がついた明日菜たち。

その脇で、新鮮な態度をしている千雨を見つめるネギ。

どうしたんだろう、と首を傾げるが、千雨は敢えてネギの視線に気づかないふりをする。

態々自分の幼少期の性格まで話すつもりはない。

子供の頃からお転婆お嬢と呼ばれ、力をつけてからはそれが更に酷くなったなどとは言う必要もない。

ちなみに、お転婆が治ったのは思春期に入ってからであるが、自分の思春期も相当に早かったんだろうな、と振り返って納得する。

 

「‥千雨・長谷川・ラカンって名前です」

「そうですか、その名は‥‥?」

「‥あのクソ親父がアホなせいで名前があったのにわからなかったんです」

「ハ?」

「後で説明します‥」

 

そこまで言ってネギに視線を振って呼ぶ。

これから、ナギがかつて京都で滞在していた別荘に行くというので、メインは息子のネギと秘密だがパートナーの千雨である。

ネギのパートナーである明日菜達4人と、エヴァンジェリンはあくまでついで。

言うまでもなく朝倉や図書館組、エヴァンジェリンの従者二人もである。

詠春としては、明日菜はついででも何でもないだろうが。

 

「詠春さん、あの‥」

「はい、勿論今から案内させてもらいます。この奥の3階建ての建物がそうです。早速参りましょう」

 

詠春の案内で再び歩き始めた一行。

道中、詠春に訊ね始めるネギ。

 

「あの‥長さん。小太郎君は‥」

 

小太郎とは、ネギが2度も戦ったという獣人の少年らしい。

昨夜楓と夕映とともにいた黒髪の少年がそうだろう。

総本山に帰ったその後、自ら牢に入ったと茶々丸から聞いていた。

また、天ヶ崎千草も既に牢に入れられたそうだ。

残ったのは月詠とフェイトだが、2人が捕まったという話は聞いていないし、昨夜いた人間だとあの2人を捕らえることが出来たのはエヴァンジェリン、詠春、千雨くらいだろう。

そこに真名を加えても良い。

 

「それほど重くはならないでしょうが‥それなりの処罰があると思います。天ヶ崎千草についても‥‥。まあその辺りは我々にお任せください」

「それより問題は逃げたあの白髪のガキと神鳴流剣士か」

「現在調査中です。今のところ、白髪の少年の名は自ら名乗ったフェイト・アーウェルンクスであること。一年程前にイスタンブールの魔法協会から日本へ研修として派遣されたということくらいしか‥恐らく偽物でしょうが」

「なに?おい、ちさ」

「詠春さん、月詠は?」

 

エヴァンジェリンの言葉を遮るように詠春に話しかける千雨。

遮られたエヴァンジェリンがムッとした顔で千雨の顔を見るが、すぐに考えを改める。

千雨が意図的にエヴァンジェリンの言葉を遮り、ここにいる誰かにフェイトの情報を話したくないのだと分かったからだ。

 

「月詠は‥彼女は神鳴流を修めた二刀の剣士です。現在の立場としては傭兵ですね」

「神鳴流なのになんで神鳴流と戦いを‥?」

「今の彼女は傭兵ですから‥。傭兵と雇い主との間に雇用が成立すれば、契約を遵守する以上傭兵は雇い主の命に従います。例えそれが本流派に逆らうことになったとしても」

「アイツはそもそも嫌々戦ってるわけじゃねーだろうがな‥」

 

ネギの疑問に答える詠春。

話題逸らしにはなったな、とエヴァンジェリンの方を向いて再度黙っとけと目で意思疎通を図る千雨。

間違いなく、千雨はあのフェイトという者のことを知っている。

しかも、その正体どころではなく恐らく関わった先にある未来を想像できるほどに。

それにネギたちを関わらせたくないということか。

エヴァンジェリンとしても折角呪いが解ける可能性のある者が身近に来たのだ、エヴァンジェリンのおよそ関わりの無い事で逃げられても困る、と千雨の方針に乗る。

 

話しながら歩くうちに、ただの変哲のない住宅街に大きめの木々が加わり始めた。

その奥に、木々に隠れて目立たない丸天井の白い建物が見えた。

所々ガラス張りになっていて、透明感を出しながらモダンな建物といえるだろう。

ナギにしては良いセンスしてやがる、と妙に感心する千雨。

もしかしたらナギが用意したものではないのかもしれない。

 

「ここです」

「なんか秘密の隠れ家みたいだねー」

「京都だからもっと和風かと思ってた」

「10年の間に草木が茂ってしまいましたが、中は綺麗なものですよ。どうぞ、ネギくん、千雨お嬢」

「いやすみませんあの、勘弁してください‥」

 

詠春の言葉にまた赤面する千雨。

こんな40代の渋いおっさん、しかも同級生の父親にお嬢などと呼ばれるなぞなんの罰ゲームか。

子供の頃はそれで別に普通と思っていたが、流石に今はそんな気分でも時分でもない。

 

詠春が玄関扉の鍵を開け、ぞろぞろと別荘に入っていくネギ一行。

広間に入ると3階まで通った吹き抜けがまず目に入った。

1階がダイニング、2階にも机とテーブル、壁に幾つかの本棚が埋め込まれている形になっていた。

本は一個人が所有するにはかなりの冊数があり、図書館探検組には好印象だったようだ。

また、2階の壁に取り付けられた本棚は、何故か足場がない。

一応1階から梯子が伸びて本棚の本を手に取れるようになってはいたが、浮遊の魔法が使える魔法使いからすれば、足場がなくても何も問題がないのだろう。

梯子は非魔法使い向けのカモフラージュか。

 

各々好き勝手探索を始め、千雨は詠春の後ろを歩く。

聞きたいことがたくさんあるし、確かめたいこともあるが、こんなに興味本位で動いてしまう女子中学生やら渦中の男の息子やらがいては話もできない。

 

「どうですか?ここに来るのは初めてでしたね」

「そもそも旧世界に来たのは13の頃でしたから‥」

「‥そう、でしたね。彼が彼女とここに来たのは13年も前のことか‥。‥ナギとのことを、ネギくんには?」

「ネギにはバレちゃったんでね‥‥」

 

不本意な知らせ方だったが、もう隠す必要もないだろう。

ネギは今回の任務で京都に自らやってきて、ナギの手がかりとなる詠春の元に自力でやってこれたのだ。

ある程度はネギは、事実に近づく権利がある。

 

(‥ま、権利があってそれをやったとして、そのままにさせると決まったわけじゃねーけどな)

「‥何の話だ?」

「やっぱ聞こえてたか?流石だな吸血鬼。五感が人間のそれじゃねーな」

「答えろ、何の話だ。貴様とナギが何だ?」

「‥コイツのマスターがあのバカ(ナギ)だってだけだ」

 

ひらひらと取り出したカードに、幼いチサメが映っている。

表と裏が交互に一瞬だけ見えただけだったが、吸血鬼の真祖の脅威的な動体視力はカードの裏に描かれていたその名前を捉えていた。

 

「ななななな、な!!?」

「おい、壊れたか?」

「いえ、驚きの余り言語野が停止したかと」

「ナギ!?貴様、ナギがマスターなのか!!?」

「そういうこった、言うとめんどくさいだろうなーと」

「何故言わなかった!!?」

「今言った」

 

理由も事実も。

こんのジャック二世が!!と揺さぶられる千雨。

綺麗な金髪と整った小さな顔が荒れ狂っているのは少々笑えた。

ゼェゼェと息を整え、頭の中を整理するエヴァンジェリン。

ジャック・ラカンの義娘がナギの従者。

しかも、ナギが姿を消したと言われる10年よりも前の時点で仮契約を済ませている。

千雨にしろナギにしろラカンにしろ、一体何を考えて2人の仮契約が行われたのか。

恐らく、千雨に訊いても答えは返ってこないだろう。

ならば。

 

「‥答えろ近衞詠春。何故此奴がナギの従者に?まだ力のない子供だったはずだ」

「おいコラ!何本人を目の前にして、本人に許可なくンなこと訊いてんだ!?」

「都合の悪いことだけ押し黙る捻くれ者に訊いても仕方があるまい、ガキめ」

 

仮契約のイメージから来る恥ずかしさからエヴァンジェリンを睨む千雨。

子供の頃は特に何とも思わなかったが今は無理だ。

だからこそネギとの仮契約を終えた夜も悶死するような思いで正座していた。

ギャーギャーと喧嘩する2人を前にして、きょとんと眺める詠春。

千雨とエヴァンジェリンがこんなに仲が良かったとは。

千雨はわからないが、恐らくエヴァンジェリンが千雨を気に入ってるのだろう。

千雨もラカンやナギに対するのと同じように接している。

力があり、明らかに歳上で頼り甲斐のある相手だからか。

そんなことを言ったなら、エヴァンジェリンはともかく千雨は否定するのが容易に想像できる。

 

「‥彼女の口から聞いてください。大丈夫、いつか必ず話してくれますよ」

「ふん、此奴に気なぞ遣わんで良い」

「ぶっ飛ばす」

「やれるものならやってみろ。今の私は4月の時よりも強い、最強状態だぞ」

「ほー、まだ私にも奥の手はあるぞ」

 

ナギの隠れ家にいるということも忘れて今にも戦い始めそうだったので流石に2人を止める詠春。

この2人が暴れ始めたら詠春とて被害無しで抑え込むなど出来はしない。

エヴァンジェリンの頬を引っ張っていた千雨だが、奥の手という言葉でやるべきことを思い出した。

詠春に声をかけ、エヴァンジェリンたちも連れて一度外に出る。

ネギたちはまだ隠れ家の中である。

千雨とエヴァンジェリンが相対するように距離を保って立ち、その2人を視界に収められるような位置どりで端に立つ詠春、茶々丸、チャチャゼロ。

 

「じゃ、準備いいか?人避けの結界も貼ったな?」

「おい待て、何をする気だ!?」

「先に聞いておくけど今は不死だよな?」

「そうだが‥‥おい、私が死ぬようなことをするんじゃないだろうな!?」

「いくぜ」

「人の話を聞いてるのか!!?おい!?」

 

千雨が戦闘用に身体を整えると、昨夜のように膨大な量の“気”が放出される。

そんな千雨を見て、確かにジャックの仔だ、と得心する詠春。

“気”の量も一般的な使い手を圧倒しているのもそうだが、“気”のチャージの仕方がそっくりだ。

魔力は系譜されるのが一般的だが、“気”は鍛錬の末に得られる物。

ある程度は腕力や心肺機能という身体的要素が受け継がれるかもしれないが、残念なことに2人の間に血の繋がりはない。

つまり、全て彼女の努力によって得た物。

相当努力したのだろう。

詠春の弟子であるクルト・ゲーテルといい、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの弟子であるタカミチ・T・高畑といい、彼女といい、紅き翼(アラ・ルブラ)の弟子は皆努力家揃いだ。

 

「障壁構えろよエヴァンジェリン!」

 

一声とともに、千雨の拳から気弾が発せられ、エヴァンジェリンへと真っ直ぐに飛ぶ。

対魔・対物ともに優れたエヴァンジェリンの魔法障壁が気弾を迎え撃とうと悠然に構えられるが、何の干渉もなく気弾は障壁をすり抜ける。

茶々丸のアイがその瞬間を捉え、チャチャゼロはその見覚えのあるとある大技に記憶を遡らせる。

そして、間一髪で躱すエヴァンジェリン。

死にはしないが、痛いものは痛いのだ。

気弾がエヴァンジェリンの背後で炸裂するが、そんなことも気にせずその場の誰もが目を疑っていた。

 

「今のは、やはり昨日の技か!?」

「神鳴流の奥義‥斬魔剣・弍ノ太刀!一体どうやって会得を!?」

「いや、斬魔剣っていうか‥手でやってるから斬魔掌‥‥いや、斬魔拳かな?そもそも剣撃じゃないですし」

 

魔法障壁の透過。

それは、魔法使いに対する必殺といえる技の極地。

神鳴流が最強の流派と言われる理由の一つがこれである。

対魔物、対人のどちらもこの技一つで事足りる。

弐ノ太刀自体が何かを透過して放つ概念を持つ技だが、斬魔剣・弐ノ太刀は障壁をすり抜ける事を目的とした技である。

他にも斬岩剣や斬空閃等も弐ノ太刀と組み合わせるそうだが、一番凶悪なのはこの斬魔剣だろう。

 

「だからこそ私はこれだけを極めました。魔法使いに対する脅威と奥の手として」

「では、斬岩剣や斬空閃は‥?」

「使えませんよ。見様見真似でそれっぽいのが出るだけです。それに、私は剣みたいな得物で斬魔剣・弐ノ太刀は出来ない」

「本当に障壁透過だけを目的に鍛えたというわけか」

「合理的だろ?単に岩切ったりぶっ壊したりなら殴るなり蹴るなり気弾撃つなりしたら出来るからな、ちなみに技自体はクソ親父に教わった」

 

咸卦法も重力魔法もな、と付け足す千雨。

あのバグキャラめ、と零すエヴァンジェリン。

大抵のことを「まあ俺様なら出来んじゃね?」と言い放ち、それを実行してしまえる。

そして、その義娘はそれを習得してしまうときた。

確かにこの千雨ならこのまま成長すれば確かに最強クラスになってしまうだろう。

今ですら片足は確実に突っ込んでいる。

実力で言えばAAA+以上S以下と言ったところか。

S未満と言えないのがこの女の恐ろしいところである。

まだ奥の手や戦い方に改良の余地があるのだ。

刹那や真名も歳にしてみれば相当の出来だが、千雨は更にその上を行っている。

明確な強さの目的があるらしいが、この強さの秘密はその有無の差だろうか。

 

「では、私にこれを見せたのは、技の完成度を見て欲しかったと?」

「ええ。あとは、一応神鳴流って色々見せられない裏世界でも更に秘匿の技だって聞いてますし、まあ使いますくらいには」

「‥恐るべき才能だと言わざるを得ません。あのクルトに優るとも劣らない、秘めた才をこの眼で見ました。勿論、使用も問題ありません。あとは神鳴流は得物を選ばずという言葉に則って修練を続けるだけで、貴女の戦いの幅はもっと広がる筈」

「一々武器を捨てて無手になるのも面倒ですからね‥」

 

出鱈目な女だ、と呆れるエヴァンジェリン一行。

誰だこんな女を育て上げたのは、と頭痛を手で宥めようとするが、その教えた相手はもっと出鱈目だったことを思い出してげんなりするエヴァンジェリン。

時間をかければ神鳴流の流儀すら出来ると思っているのだろう。

 

(障壁透過手段を隠し持つだけで、初見の相手にはそれで十分。畳み掛ければ倒せる相手が大半だろう。その癖にこれ以上何を求める気だ?)

 

「あ、詠春さん、千雨さん!」

「!」

「ネギくん」

 

隠れ家から出てきたネギが千雨たちに声をかける。

ネギの手には白い小さな写真立てがあった。

詠春に訊きたいことがあるのだろう。

中へと戻り、明日菜、木乃香、刹那の元へ集まる一行。

ネギが手にしていたのは、詠春にとっては懐かしい写真。

詠春曰く20年も前の写真らしい。

千雨も恐る恐る覗くと、見知った顔が何人も写っていた。

 

「この写真に写ってるのは20年前のサウザンドマスターの戦友達です。黒い服を着てるのが私です」

「わひゃー、これ父様?わかーい♡」

「真ん中がサウザンドマスター‥ナギだな」

「この少年が、ネギ先生のお父上ですか?」

「ああ。あとも全員顔知ってる‥いや、1人知らねーな。誰です?この子供」

「彼はゼクトです。ナギの魔法の師匠ですね」

「え!?」

 

千雨とネギが驚きの表情で詠春の方を向く。

エヴァンジェリンの方を見るが、エヴァンジェリンも彼の存在は知らなかったらしい。

どうやら、見た目通りの年齢の少年ではなさそうだ。

 

「じゃ、今は‥」

「はい、既に亡くなっています。20年前の大戦で‥」

「‥!」

 

20年前の大戦で死亡した、と聞いて千雨の中で思い当たることがあった。

彼なのだ、ナギの前任者は。

そして、10年前にナギがゼクトから継いだ‥いや、継がれたという言葉の方が正しいだろう。

 

「‥成程。あとは、ガトウさんとアル‥と、親父か」

「そういえば、千雨さんの父親がサウザンドマスターの友達だったって」

「友達‥まあ、友達‥かな?大別すれば」

「悪友ですかね‥どちらかというと」

「ま、そうですね‥。このデカいのがそうだよ」

 

詠春の言葉を受けて曖昧に頷く千雨。

デカいの‥と言われて見ると、写真の一番奥に大剣を構える浅黒い肌の大男が立っていた。

写真越しに見てもわかる頑強な身体。

太々しい表情。

外見は千雨に似ても似つかないが、戦う時の千雨と表情が瓜二つだ。

 

「こ、この人が?」

「た、逞しそうな人ですね‥」

「心配すんな、中身なんて外見の通りだ。‥しかし、この親父‥全然見た目変わってねーな。いくらヘラスだからって。皺も増えてねえ」

「ラカンは現在50代ですからね‥。ヒューマン換算でまだ20代です」

 

ヘラス?と頭を捻る旧世界組。

また今度教えてやる、と言って写真に戻る。

正直ラカンはどうでも良い、顔なんて飽きるほど見てる。

それよりも、とナギを見る。

やはり若い、というよりまだ子供だ。

20年前の写真だから15歳の頃だろう。

ちなみに、エヴァンジェリンはこの5年後にナギと邂逅したらしい。

 

「父さん‥」

 

ネギも自分の父親の過去の姿をじっくり眺めている。

やはり共に過ごしたことがないからだろうか。

6年前に一度だけ会っているそうだが、それが逆に父への憧憬を強くしているのかもしれない。

続いて詠春の話を聞く一行。

ネギに至っては真剣そのものだ。

 

「私はかつての大戦でまだ少年だったナギと共に戦った戦友でした。そして20年前に平和が戻った時、彼は既に数々の活躍から英雄‥サウザンドマスターと呼ばれていたのです」

 

ネギや刹那は神妙な顔で聞いているが、明日菜と木乃香は聞いてても何の話かさっぱりという顔だ。

ネギと明日菜にはあまり先の話を聞かせても仕方がないんだけどな、と話を聞きながら考え耽る千雨。

明日菜はせめて成人してから事情を徐々に話す筈。

ネギは個人的に聞かせたくない。

 

「天ヶ崎千草の両親もその戦で命を落としています。彼女の西洋魔術師への恨みと今回の行動もそれが原因かもしれません」

「む‥なるほどな」

「以来彼と私は無二の友であったと思います。しかし‥‥彼は10年前突然姿を消す‥」

 

10年前。

そう、あの日。

千雨が仮契約を行い、誰も彼もが千雨の目の前からいなくなってしまった日。

どうなったとラカンに聞いた。

みんな、どこへ行ったのと。

あの人は何も答えてはくれなかった。

ただ一言、お前が自分で探しに行け、と。

ナギを、あの日の真実を。

そして、子供だった自分は歩き始めた。

ただ1人、ひたすら目標に向かって。

ラカンの元で、魔女の元で、或いは闘技場で、古びた遺跡で。

だが、その道中で出会ってしまった。

今なら言える、出会ってしまったのだと。

ネギと明日菜。

最初は、ナギの息子程度にしか考えてなかったネギと、何もかもを忘れた中学生になった姫御子の明日菜という印象だったのに。

特にネギは、成長という名の変化が著しい。

エヴァンジェリン戦も大躍進だったが、この修学旅行では自分の身も顧みず強敵を一時退けた。

明日菜は無自覚だとしても、ネギのパートナーに相応しくなりつつある。

ただの庇護すべき存在ではなく、同じく千雨の横に立ち、ナギの元へ向かえるくらい同志になるのかもしれない。

だが、もしそうなったら。

再び明日菜はその役目を思い出し、ネギは父親を前に絶望の底へと叩き落されるかもしれない。

問題は、それを千雨が容認できるかである。

 

「‥どうすっかな」

「‥千雨さん?」

「! ネギ?」

 

いつの間にかネギが真横に来て、千雨の顔を覗き込んでいた。

どうやら詠春の話は既に終わってしまったらしい。

よく見ると手元に丸い紙束を持っている。

 

「なんだ?それ」

「これが父さんの次の手がかり‥になるかもしれません」

「なに?」

「ハ―——イそっちのみなさん難しい話は終わったかなー!記念写真撮るよ――!下に集まって!」

 

ネギに詳細を訊ねようとしたら、和美から号令が入る。

ついでだが、和美の横には夕映が壁に隠れるようにしてこちらを見ていた。

詠春の話をずっと聞いていたようだが、特に聞かれても支障がないと判断したのだろう。

こりゃ魔法なんてとっくにバレてるな、とぼそり零すが、千雨の興味からは外れている。

それに聡い夕映のことだ、皆に口外するようなリスクは推測できるだろう。

 

「写真?私はいいよ」

「わ、私もいいぞそんなもん」

「いーからちうちゃんもエヴァちゃんも♡」

「あ、こら朝倉!頭を掴むな!」

 

「ちっ、しゃーねーな‥また今度見せてくれ」

「はい!修学旅行後にでも‥」

「ああ。‥‥なあ、ネギ?」

「はい、千雨さん」

「お前さ‥‥こんな感じで、ちょっとずつナギの足跡を追っていく気か?」

「‥はい。いずれもう一度会いたい。今回のことで一段とそう思いました。詠春さんも、敵の白髪の少年も、父さんのことを知っていた。それだけ父さんが有名で‥偉大な魔法使いであった証」

 

ネギが背中の杖を手に取り、その目で杖の向こう側に父を見る。

今回、ナギに繋がるようなものは何もなかった。

それでも、何も見えなかった景色に、父の背中が豆粒くらいの大きさには映っただろうか。

追いつきたい。

追いついて、話をするだけでいい。

くだらない話でも世間話でも何でも良い。

ただ、傍にいるだけで。

 

「‥そうか」

「? あの‥‥千雨さんも、父さんを追っているんでしたよね?」

「‥まあ、な。出会ってぶん殴る予定だ」

「ぶ、ぶん殴るですか」

「ああ。パートナーや息子を放って何してんだか‥。‥でもよ、ネギ」

「はい?」

「何でお前、ナギを追うんだ?一度しか会ったことがないのによ」

「え?」

 

ネギの挙動がピタリと止まる。

普段は綺麗な子供の目だが、今だけはその目は空虚なものに見えた。

とてもではないが子供がしていい目ではない。

危うい。

この純真さを、そのままにしておいていいのか。

 

「‥いつかその問いをもう一度お前に問う。その時までに私が満足できる答えを用意しとけ」

「え、ええ!?」

「よく考えとけ。何が目標で‥今のお前は何を持っているかを」

 

話は終わりだ、と和美の元へ向かう千雨。

対するネギはしばらく動けなかった。

何を持っているか?

目標はわかるけど、今の僕が何を持っているかというのはどういう意味なんだろう?

 

そして、ネギの肩で黙って千雨とネギの会話を聞いていたカモは、ネギと同じように考えていた。

千雨の言葉は明らかにネギに向かって放ったものだが、一瞬千雨の目がカモにも向いたのだ。

アレは、余計な口出しをするなという意味だろう。

多分ネギ一人で考えさせたいのだ。

相談を受けるくらいは別に問題ないだろうが。

けど、自分はネギの使い魔だ。

主人が行く道についていきたいし、間違っていたら止めてあげたい。

では、千雨はネギのなんなのだろうか?

修学旅行二日目に、成り行きでパートナーになった。

だが、アレはパートナーという立場から出るような言葉とは思えない。

もっと近しい何か、それこそ家族のような。

いや、ネギが間違っていたら止めるというのはパートナーの役目といえばそうだが。

 

(‥でも、父の背中を追うのが間違ってるとは思えないんだがな‥)

 

やはり、何か重大なことを知っているようにしか思えない。

だが、聞いても絶対に教えてくれないだろうな、と諦めてネギに声をかける。

記念写真を撮る明日菜たちを待たせてしまっている。

 

少しうつむいた表情のネギだったが、写真を撮るまでには元通りになっていた。

写真を撮り、ナギの別荘を後にしたネギ一行。

そうして長い修学旅行は終わりを迎えた。

 

 

********************

 

 

「‥来てくれたカ」

「こんなうす暗いところまで呼び出されるとは思わなかったぜ。‥ああ、修学旅行じゃ助かったよ」

「問題ないネ。真実を瀬流彦先生に普通に話しただけだからナ」

「ああ、魔法先生なんだっけ?んじゃ話は早かったな」

「フフフ、丸太も役に立ったダロウ?」

「‥ノーコメント」

「マ、それはさておき。早速本題に入ろうカ」

「ああ」

「まず‥私の目的から話そう。そして、全てを話し終えたら‥千雨サンのアーティファクト解析に移ル」

「再三言うが、私が手伝うかはわからねーぞ?」

「大丈夫ヨ。ただ、私という人間を知ってほしい。そして、心の底から共感してほしい。まずはそこからネ」

「お前みてーなマッドサイエンティストに共感できるとは思えん」

「マッドサイエンティストはハカセの方ダヨ」

「どーだか」

「じゃ、珈琲でも飲みながら‥ネ。今夜は長くなりそうダ」




また15000字て。
最初の方7000字とかだった筈なのにこれは如何に。
次回からは学園祭編に入る前に、一度章を加えます。
ネギに対して千雨はかなり慎重になっています。
ただのマスターの息子から、見守る対象に、隣へ来るパートナーへ。
千雨さんが最後の最後にどのような選択肢を取るか、ご期待ください。


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悪魔襲撃編
【26】子供の想いと大人の覚悟


このタイミングで読者を裏切る投稿!投稿!
‥調子乗りました。
新章です。


「おはようございます、千雨さん」

「‥おはよう。珍しいな、お前がここに来んのは」

 

修学旅行の翌日、日曜日。

千雨の寮部屋には何故か茶々丸がやってきていた。

何でもエヴァンジェリンが千雨に用があるらしい。

昨日も夜遅かったのでまだ寝ていたかったのだが、呼び鈴の音で起きてしまった千雨。

あの吸血鬼、安眠妨害だ。

 

「ていうか自分から来いよあいつ」

「マスターは花粉症なので外に出たくないそうです」

「‥弱点多いな」

 

花粉症にかかったことのない千雨は花粉症の辛さがわからないが、一種のアレルギー反応だと聞いたことがある。

本人にはどうしようもないというものだろう。

普段なら魔法で無理矢理どうにかしてしまいそうだが、ナギのせいでそれも無理だ。

仕方なく身支度をして、茶々丸と一緒にエヴァンジェリン邸へと向かう。

 

「アイツ、なんの用だ?超といいエヴァンジェリンといい、人を呼び出すのが好きなのばかりだぜ」

「何でも、幼少期の詳しい話が聞きたいと。他にもいくつか用が。昨日の写真の件で千雨さんが紅き翼(アラ・ルブラ)と相当近しいと分かったからだそうです」

「‥もうお構いなしだな、エヴァンジェリン」

 

「千雨さん!茶々丸さん!おはようございます!」

「おはよー」

「ん‥」

「おはようございます、ネギ先生、明日菜さん」

 

森に入ったところでネギと明日菜に出くわす2人。

どうやら皆目的は同じらしく、同じようにエヴァンジェリン邸へと歩く。

ただ、ネギの妙な気合の入り方に違和感を覚える。

 

「千雨さんもエヴァンジェリンさんのところに?」

「呼ばれてな。お前らは?」

「僕がエヴァンジェリンさんに用があって‥」

「?」

「エヴァンジェリンさんに弟子入りしようかと」

「‥‥‥いや、やめとけ。な?百歩譲って学園長くらいにしとけ」

 

明日菜もカモも驚いた表情をしてる。

1人で考えて決めていたらしい。

確かにこの学園で一番魔法に長けているのは誰かと言われたら間違いなくエヴァンジェリンだろう。

千雨はおろか、近衛近衛右門ですら年季でも実力でも負ける。

だが、その本人の性格と性質に問題がある。

悪の魔法使いを自認し、何をしでかしたかまでは知らないが600万ドルの賞金首。

ネギがその悪影響を受けないとも限らない。

 

(‥いや、流石にそれはないか)

 

だが、ネギが魔に魅入られたらと思うとやはり躊躇するものがある。

 

「‥ま、とりあえず行ってみるか‥」

「ええ!?千雨ちゃん良いの!?コイツ!!」

「うーん‥。ま、大丈夫だろ。なんだかんだ言ってアイツ甘いしよ‥ポンコツだし。なんかあったらお前がやれ」

「他人任せ!!」

 

慌てる明日菜を放って先に行く千雨。

ネギも申し訳なさそうな顔を少し見せたが、譲る気はなさそうだ。

今回の修学旅行では、同年代の小太郎にボコボコにされたらしいし、フェイトにも明日菜がいなければ恐らくやられていた。

力不足を痛感したのだろう。

修行をエヴァンジェリンにお願いするのは、確かに強くなる近道の一つかもしれない。

 

「ま‥だからと言って受けてくれるとは限らねーんだが」

「当然だバカ者。なぜぼーやの敵である私がそのぼーやを弟子にせねばならん!?」

 

ソファで鼻水を啜るエヴァンジェリン。

花粉症とは本当らしい。

魔力も封じられ、学園からも基本出られず、更に花粉症にまでかかる。

 

「‥不憫な奴」

「何だ?その目は‥‥釈然とせんぞ」

「心配すんな、ナギって馬鹿だなって思っただけだ」

「‥全くもってその通りだ。珍しく気が合うな」

 

ぬいぐるみと一緒に座っていたチャチャゼロを抱えた千雨。

チャチャゼロに強請られただけだが、手持ち無沙汰を紛らわすくらいにはなっている。

とりあえず、千雨の用よりも先にネギの用を済ませようとネギがエヴァンジェリンに弟子入りを頼んだが、まず一言で断られる。

ネギとは敵同士、ナギにも恨みがあるからと。

そもそも弟子を取ったことがないという。

確かに、エヴァンジェリンの今までの立場を考えると弟子など取れるはずもないだろう。

 

「ん?じゃあタカミチはどうしたんだよ。タカミチに咸卦法を教えたんだろ?」

「厳密に言うと教えたわけじゃない。修行の場を与え、暇潰しに助言を幾つかやったくらいだ」

「つまり、弟子は取れるんだな?」

「‥‥取る気になればな」

 

場所と助言が提供できれば十分だろう。

そこまでエヴァンジェリンに言わせ、ネギの方を向く千雨。

後はお前が説得しろ、と。

こくりと強く頷き、エヴァンジェリンの前で膝をつくネギ。

 

「チッ、わからん奴だな。大体、魔法なら千雨かタカミチにでも習えば良かろう!」

「タカミチは海外によく行って学園にいませんし‥千雨さんは厳密に言えば魔法使いではないそうです」

「まあな。そもそも始動キー設定してないしな。普通の魔法使いじゃない。ネギに教えられる自信はねーな。私も誰かに戦い方を教えたことなんてないし」

「はい。何より京都での戦いをこの目で見て、魔法使いの戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかいないと!」

 

ピクリ、と一瞬止まるエヴァンジェリン。

単純に嬉しいのだろう。

宿敵とは言え、想い人の息子である。

ネギに少なからずナギの面影を見ているはずだ。

 

「‥ほう。つまり、私の強さに感動したと」

「ハイ!」

「‥‥本気か?」

「ハイ‼︎」

 

エヴァンジェリンの小さな口角が上がる。

何か良からぬことを考えてる証拠だ。

 

「‥‥よかろう。そこまで言うならな」

「え‥‥‥」

「ただし‥!ぼーやは忘れているようだが、私は悪い魔法使いだ。悪い魔法使いにモノを頼む時はそれなりの代償が必要だぞ‥‥」

「ん?」

「おい‥」

 

ソファのクッションに肘を置いた手で顔をつき、足を組み、膝を付いたネギの方に裸足の右足を向ける。

背景に闇が浮かぶような笑みでネギを見る。

 

「まずは足をなめろ。我がしもべとして永遠に忠誠を誓え。話はそれからだ」

「アホかーッ!!!」

「へぶぅ!!?」

「はやいっ」

 

千雨が声をあげる前に、なんと明日菜が先に自身のアーティファクトを取り出してエヴァンジェリンの顔を叩いてぶっ飛ばしていた。

素早い行動である。

しかも魔法障壁を一撃で叩き割っている。

とんでもない魔法使いキラーだ、と舌を巻く千雨。

千雨が苦労して会得した斬魔剣・弐ノ太刀の立つ瀬がない。

 

「何突然子供にアダルトな要求してんのよーっ!!」

「あああああ神楽坂明日菜!!!弱まっているとはいえ真祖の魔法障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!!」

「すげー‥姐さん」

「いや、神楽坂がやらなかったら私がやってたぞ‥ネギの年齢考えろ、600歳」

 

ススス‥とネギを手繰り寄せる千雨。

危ない奴めという目でエヴァンジェリンを見ている。

そこまで言って、千雨も修学旅行でエヴァンジェリンほどのレベルではないとはいえ、ネギに一つやらかしたことがあったと思い出し、自己嫌悪に陥る。

ネギも少し顔が赤い。

2人して同じことを思い出したようだ。

カモが少し悪い顔をしていたので明日菜の肩から取り上げ、睨む。

 

「黙ってろよ」

「う、うい。‥え、何を?」

「‥そういや、エヴァンジェリンにはネギと契約したこと言ってねーなと思ってな」

「いやでも‥‥バレると思うぜ?明日菜の姐さんだって知ってるしよ」

「ケケケ。ソモソモ俺ガ聞イテルゼ」

「うっ‥。‥まあいいか。仮契約を解約する訳でもないしな」

「そーそー。そういや、どういうアーティファクトなんだい?出たんだろ?」

「また今度な、また今度」

「ち、千雨さん。やはり、エヴァンジェリンさんは受け入れてくれないでしょうか?」

「さーな。正直なところどうでも良いはずなんだけどなぁ。それにコイツ、年がら年中暇だろ?受けてくれると踏んでた」

「アア、多分受ケルゼ。条件ハ付ケルダローガナ」

「じょ、条件ですか‥。‥‥脚をなめなきゃダメでしょーか?」

「忘れろ、な?」

 

ネギに変な考えを植え付けてはいけないと頭をぐりぐりと撫でる。

どんな条件かまではわからないがな、と明日菜と取っ組み合いをしているエヴァンジェリンを見る。

茶々丸は黙って録画モードで、完全に止める気がない。

取っ組み合いを続けていた二人が皆の視線に気づき、ハタと止まる。

明日菜の頬を引っ張ったまま、こほんと咳をする。

 

「わ、わかったよ‥。今度の土曜日、もう一度ここへ来い。弟子に取るかどうかテストしてやる。それでいいだろ?」

「お‥」

「オ‥」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

これでまずは一安心、と嬉しそうな顔だ。

エヴァンジェリンがネギの師匠というのは少し不安があるが、師匠がラカンだった千雨ですら無事に強くなって育ったのだ。

何とかなるだろう。

ネギにどれだけの試練が降り注ぐかは知らないが。

 

「さて‥次は貴様だ。その前に、ぼーやの修行の話だが‥もしぼーやが弟子となった時、貴様に条件があるぞ千雨」

「あ?」

「貴様もぼーやの修行に来い。手伝え」

「‥‥はあ?何で?」

「私一人だと面倒だろう。魔法だって満足に使えないんだ。そのくらいの面倒は背負え」

「‥ま、良いか。パートナーだしな」

「な、なに?何と言った?」

「いや、だから一応パートナーだし‥‥なあ?」

「は、はい」

 

千雨がぽりぽりと頬を掻き、ネギもはにかみながら頷く。

途端にエヴァンジェリンの目がジト目になる。

 

「‥‥節操なしめ」

「帰るぞネギ」

「おい待て!話があると呼び出したのを忘れたか!?」

「ああ忘れたな」

「ええい待たんか!貴様、超から話を聞いたんだろう!?アーティファクトの話だ!というかそれがぼーやとのアーティファクトだろう!?」

「ちっ、それもかよ‥。先に帰ってろネギ、神楽坂。話終わったんだろ?」

 

耳まで赤くした千雨がひらひらと二人(と一匹)に手を振り、空気を読んだ二人がエヴァンジェリン邸を出て行く。

落ち着いた千雨が、来れ(アデアット)と唱えてアーティファクトの力の王笏を喚び出す。

 

「それか」

「ああ。‥ん?」

「ふう、昨日ぶりです、ちうさま!」

 

人間のネギではなく、電子精霊のねぎがひょこりと千雨の前に浮かぶ。

敬礼をしてるつもりなのか、小さな黄色い手が顔に添えられている。

次々とねぎの後に出てくる六匹の電子精霊。

 

「‥お、おお」

「昨日は素敵な名前をありがとうございました!」

「感無量ですちうさま!」

「いや、名前をつけたの超だしな‥」

「‥なんだ、喧しそうなアーティファクトだな」

「いや、私もな‥アーティファクトを手に入れて、まさか手下が出来るとは思わなかった」

 

ちなみに名前は超がおでんにちなんで名前をつけた。

ただ、名前に4文字制限が付いていたのだけが誤算だったらしいが。

日々アップデートされて自己進化できる上位電子精霊の癖して名前4文字って何だ。

 

「まあ良い。貴様の話はアーティファクトの件がてら聞く。‥早速始めるぞ」

「ここでか?んなわけねーよな」

「下に来い。ダイオラマ魔法球がある。中には私の別荘が建築済みだ」

「ほう?それを個人で所有してる奴は初めて見たぜ。以前、帝国の皇女が帝国の宝物庫から持ち出してるのは見たことあるが‥」

「‥‥貴様、どんなコネクションを持ってるんだ?」

「親父に言え」

 

やはりラカン繋がりだった。

ジャックのものをそのまま受け継ぎそうだな、と第二のラカンの誕生を予見するエヴァンジェリン。

ねーよ、とすぐに否定する千雨。

あんな筋肉達磨になりたくない。

外見だけではなく内面も。

ネグリジェのまま地下へと続く階段を降りるエヴァンジェリン、その後を歩く電子精霊を従えた千雨、チャチャゼロを抱える茶々丸。

後ろの二人は用はないが、チャチャゼロが見学という名の暇潰しを希望し、それを叶える為の茶々丸だ。

 

「なるほど‥確かにダイオラマ魔法球だ。中は‥夏か、メインが」

「他にもいくつか環境は用意できるが‥基本的には初夏の城にしか用がない。この城は実際に昔使っていた城だ」

「‥‥お前、ダイオラマ魔法球に城を入れたのか?そんなことまでできるのか?デタラメだろ」

「ふっ、少しは尊敬の念を持て」

「‥うーん、これは確かに‥やるな。こんなことできる魔法使いは滅多にいねーだろ。帝国だってダイオラマ魔法球には建造物なんて入れてなかったぞ」

 

素直に話す千雨。

これに対し、先程のネギの言葉同様にピクリと反応するエヴァンジェリン。

まさかこの女が素直に人を褒めるとは。

下手なことを言わなければ何も言わないのかもしれない。

 

「ま、まあいい。入るぞ」

「何だ?照れてんのか?」

「ぐっ‥口の減らん奴だ!」

「このような関わり方をする人が珍しいのでしょう」

「ええい違う!入るぞ!」

「はいはい」

 

ぷりぷりと怒るエヴァンジェリンが、ダイオラマ魔法球に吸い込まれていく。

千雨も同様にエヴァンジェリンに続き、茶々丸も入っていく。

 

茶々丸に抱えられるチャチャゼロは、ここ最近の主人の変化を少し楽しんでいた。

千雨の影響か、ネギの影響か、それとも明日菜か。

多分全てだろう。

闇から遠ざかっていくのかもしれない。

少なくとも殺戮の日々に戻ることはなさそうだ。

世間一般ではサウザンドマスターが闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)を封じたことになっていて、それ以降はエヴァンジェリンを狙いに来る者も居なくなった。

エヴァンジェリンは世間では行方知れずとなっているのだ。

だが、それも悪くない。

もし本当にネギがエヴァンジェリンの弟子となり、千雨が今のようにエヴァンジェリンと研鑽を続けていくなら。

エヴァンジェリンにとっては決して悪いことではないし、もしかしたら自分にとっても。

 

(ケケケ‥。マ、良イ暇潰シニハナルナ。人死ニハ見レナクナルダロウガ‥‥悪カネーナ、コイツト斬リ合エルンナラ)

 

「ヨオ、俺トモヤローゼ」

「‥何のことだっけか?」

「ケケケ、妹ヨ、ナイフ持ッテキナ」

「待て待て待て待てお前動けんの‥‥動けんのか!?」

 

 

********************

 

 

四日後の朝、木曜日。

千雨は何故かアーティファクトの修練のついでだと言われて、エヴァンジェリンの見回りの仕事を手伝わされていた。

 

「いやおかしいだろ!?」

「たわけ、私に対する仕事の報酬だ」

「超からどうせ貰ってんだろ!?ていうかアイツだろーがアーティファクトの話を受けたのは!!」

「フン‥貴様のアーティファクトはいわば科学と魔法の融合の産物のようなものだ。それを貴様が魔法寄りにしようとしてるんだ。それに一早く気づいて私に押し付けた奴は流石と言える。癪だがな」

「ったく‥眠いっつーの。別荘貸せよ、寝てから学校行くからな」

「ふん‥アーティファクト解析に10時間は使うぞ」

「俺ニモ時間寄越セ」

「‥ま、いいか‥」

 

すっかりエヴァンジェリン一派に千雨は慣れてきたと観察する茶々丸。

初日は結構文句が出ていたが、今ではチャチャゼロとの剣戟の最中ですら雑談を交わす。

 

「ん?‥おい、ありゃネギじゃねーか?」

 

世界樹の広場の方に出てきた一行だが、石壁の上で体を動かす少年が目に入った。

千雨の言葉通り確かにネギ本人だ。

 

「む?こんな朝に何をやってるんだあのぼーやは」

「八極拳の型の鍛錬に見えます」

「八極拳‥‥カンフーか?」

「そーいや、古菲の奴も八極拳を使えたなぁ‥」

「なにぃ?‥‥あのガキ、私に弟子入りを頼んでおいてカンフーに鞍替えか?」

「あのフェイトとかいうガキも中国拳法使ってたな。実際、実践的な武術が多いし歴史は古いし、使い手が多くても不思議じゃねーが」

「‥‥なるほど。それでか」

「ケド、ドーセ気ニクワネーンダロゴ主人」

「‥ふん」

 

しばらく眺めていると、集中するネギの背後から誰かが近づいていくのが見えた。

新体操部のまき絵だ。

そういえば、エヴァンジェリンに操られた一人でもある。

エヴァンジェリン本人には全く悪びれた様子がないが。

 

「ふん。行くぞ‥」

「ん?ああ‥」

 

ぞろぞろとネギたちの元へ近づく千雨たち。

 

「ずいぶんと熱心じゃないかぼーや」

「あ、おはようございます。お仕事ですか?千雨さんまで‥」

「あれー?エヴァ様、茶々丸さん千雨ちゃんおはよー」

「エヴァ‥さま?」

「おはようございます」

 

ネギは汗をかきながら笑顔で挨拶するが、対するエヴァンジェリンはムスッとした顔だ。

あーあ、と憐れむような表情の千雨。

ちなみに憐んでいるのはネギとエヴァンジェリンの両方である。

ネギの方は全ての苦労(主に明日菜の)が水の泡となることに、エヴァンジェリンの方は折角の遊び相手が取られたことにだ。

 

カンフー(そっち)の修行をすることにしたのか?ならば私の弟子入りの件は白紙ということで良いんだな」

「ゔぇぇっ!?」

 

狼狽えるネギに首を傾げるまき絵、拗ねた様子のエヴァンジェリン。

折角かの英雄の息子が弟子入りを申し出てきたのに、それを取られた気分になっているのだろう。

 

「‥つまり、ヤキモチですか?」

「そーいうこったな」

「ええい違う!黙っていろポンコツ従者に間抜け下僕!!」

「誰が下僕だ!!なってねーよ!」

 

エヴァンジェリンを文字通り振り回す千雨。

あわあわするネギと不思議そうな様子のまき絵は完全に置いてきぼりだ。

その間にネギに事情を訊ねるまき絵。

エヴァンジェリンになにかの弟子入りをしたいネギと、それを断ろうとしてるエヴァンジェリンという構図までは掴んだらしい。

すぐにエヴァンジェリンに訊ねる。

 

「ちょっとーエヴァちゃん。なんでネギくんにイジワルするのー?弟子にくらいしてあげれば良いのに。何の弟子かは知らないけど‥」

「ヤキモチだそうです」

「ちがうっつーのコラ!!」

「ケケケ、面白レー様ダナ。ソンナ気ニ入ッテンノカアノガキ」

「一目瞭然だろ」

 

千雨に首根っこ掴まれたままのエヴァンジェリンが茶々丸を掴んで揺さぶる。

既に千雨から抜け出すのは諦めたらしい。

 

「フン、子供の遊びに付き合う趣味はないんだよ。お前のような子供(ガキ)っぽい奴と話す趣味もな‥‥佐々木まき絵」

「な゙っ‥」

「おっ、フルネームちゃんと覚えてるんだな」

「クラス編成の時に自己紹介されてましたから」

「律儀な奴」

 

ワナワナと震えるまき絵。

どうやらガキと言われて怒ってるようだが、こんなことで怒る奴だっけ?と首を傾げる。

普段バカレンジャー呼ばわりされてもバカピンク!と返すくらいにはノーテンキなのに。

何かの地雷だったかもしれない。

 

「何よーエヴァちゃんだってお子ちゃまみたいな体型じゃん!!フーンだ、いいもんねー!ネギくんあーんなに(・・・・・)強かったんだもん、エヴァちゃんに教えてもらわなくてもすぐに達人だもーん!!」

「オイオイ‥」

「え、ちょっ‥まき絵さ‥」

「ぬ゙っ‥」

 

無意識のようだが、エヴァンジェリン戦のことを言っているらしい。

どこかに記憶が残ってるのか。

そういえば、そもそも記憶消去をかけたわけじゃない。

吸血鬼化の治療を受けただけだ、しかもネギの。

 

「おい、佐々木‥お前が話すとややこしくなるからよ‥」

「そーいえばなんで千雨ちゃん、エヴァちゃんたちと一緒にいるの?」

「頼まれごとしてるだけだ‥お互いにな」

「いいだろう‥」

「ん?」

「ぼーや、たった今貴様の弟子入りテストの内容を決めたぞ」

「は?」

 

何を言い出すんだこの金髪チビ、と見る千雨。

ネギもごくりと唾を飲んでエヴァンジェリンの発言を待つ。

 

「そのカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れてみるがいい。それで合格にしてやろう。ただし一対一でだ。千雨や神楽坂明日菜の手伝いもなしだ」

「おい、エヴァンジェリン‥そりゃお前‥」

「いーよ♪わかった‼︎ネギくんならそんなの楽勝だよ!」

「お前が承諾してどーすんだ!」

「ま、まま、まき絵さん!」

 

スパァン!とまき絵にツッコミする千雨に、涙が出るネギ。

すると、エヴァンジェリンに無理矢理促された茶々丸が動く。

機械の身体が魔力駆動で動き、素早い踏み込みでネギの懐へ一歩で到達する。

 

「!!」

「へ?」

 

すぐに構えるネギだが、流石に遅い。

身体の前面に腕全体を使った打撃をくらい、壁まで吹き飛ぶネギ。

あちゃあ、と目を瞑る千雨、オホッと笑うチャチャゼロ。

 

「ね、ねねね‥ネギくん!?」

「茶々丸に一発も入れられないようなら、どの道貴様に芽はない」

「おい‥無理だろこれ。いくらなんでも茶々丸じゃあ‥」

「心配するな‥テストは次の日曜日。時刻は午前0時にまけてやる。場所はここだ。それと、千雨‥貴様は一切口出しするな。貴様が何かしらの技能や裏技を仕込まんとも限らん。これはぼーやの才を見るテストでもある」

「そりゃわかるけどよ‥」

「それに、多少情けはかけてやっている。‥いくぞ」

 

これで情け‥?と疑問に思うまき絵。

そんなまき絵には目もくれず階段を登っていくエヴァンジェリン。

ネギを見遣った後、溜息を吐いてエヴァンジェリンを追う千雨、ネギに一礼してから歩き始める茶々丸。

世界樹の広場にそのまま出るが、前から来た明日菜、刹那、古菲の3人と出くわす。

 

「あれ‥エヴァちゃんじゃん」

「おはようございます」

「おはよーアル!朝早いアルねー」

「バカ者‥私は今から寝るんだ」

「私もな」

「へー?」

「学園の警備のお仕事ですよ」

「あ、そういえばそんなこと前言ってたっけ‥。‥アレ?あそこで倒れてるのネギじゃないの!?」

 

この暗闇の中、100mも離れたネギたちを目に捉える明日菜。

どういう視力してるんだ、と呆れるエヴァンジェリンたち。

 

「‥おい、中国娘」

「む?」

「せいぜいぼーやを鍛えるんだな‥」

「うむ!トーゼンアル!‥‥あり?なんでエヴァにゃんがそのこと?」

「マスター‥やはりヤキモチ」

「しつこいぞ!」

「ケケケ、顔赤イゼ」

 

スタスタと早歩きするエヴァンジェリンを、そのまま追う従者二人。

なお、エヴァンジェリンの歩幅が小さい為すぐに追いついてしまう。

残った千雨が、明日菜に声をかける。

 

「おい、神楽坂‥」

「ちょ、千雨ちゃん!?何があったの!?」

「ネギのことよく見とけよ、アイツ‥放っておくとその内遠くに行っちまうような無茶をするぞ。こんな朝っぱらから‥。あと、茶々丸は表の達人クラスよりも余程強いってことだけ言っとく」

「なんのこと!?」

「今回私は手伝えないってことだ。あとはネギに聞け」

 

そのまま歩き去る千雨。

首を傾げるが、とりあえず先にネギのところへ向かう三人。

そこでネギを介抱するまき絵に話を聞き、エヴァンジェリンへの弟子入りのテストの内容を知るのだった。

 

「え、ええ〜〜!!茶々丸さんに、一撃って‥」

「‥ふむ。千雨の言葉は‥そういうことアルか!」

「成程‥厳しい、かもしれませんね」

「や、やっぱりそうでしょうか?」

 

顔を一番顰めたのは刹那だ。

学園警備の仕事で何度かエヴァンジェリンと共に仕事をしたことがあるが、その際に茶々丸の腕前を知った。

ミサイルやビーム等の火力兵器を持ち、対人格闘術も刹那から見ても良い腕前を持っていた。

その茶々丸と、二日後に試合を行う。

 

「うーん‥‥あの腕前の人に、一撃入れるとなると‥どう思う、古」

「やはり厳しいアルが‥可能性があるのは初撃、あとはカウンターアルね」

「意表を突くしかないということか」

「うむ。残り2日。時間はないが‥叩き込むしかないアル!覚悟は良いか!?ネギ坊主!」

「は、ハイ!」

「そうね。それに、良かったんじゃない?」

「え‥何がですか?」

「千雨ちゃんに一撃入れろとかじゃなくて。さっきまでいたんでしょ?」

「た、確かに‥‥千雨さんと戦うなんて‥で、できないです」

 

強さ的な意味でも、心情的な意味でも。

あの戦闘魔人と。

たとえ“気”やら魔力やら使わなくても勝てるイメージが湧かない。

千雨はそれほどまでに強い人物と、ネギの中では印象が強い。

まき絵は、エヴァンジェリンの言う情けとはそのことなのかなと納得する。

千雨ちゃんにそんな全然イメージないけど、と逆に首を傾げるが。

なお、まき絵は修学旅行の千雨と古菲の戦いを見ていない数少ない一人だ。

 

「ね、ネギくんごめんねー‥。わたし、余計なこと言っちゃったかな‥」

「い、いえ!大丈夫ですよ!頑張ってテストに合格してみせます!」

 

まだ不安気な顔のネギだが、精一杯の笑顔をまき絵に見せる。

まき絵を不安にさせてはいけないという、ネギの小さくとも立派な紳士心だ。

残り二日。

何としても、合格してみせると古菲と茶々丸対策の話し合いを始めるネギ。

そんな少年の背中を、まき絵はこの二日間で目の当たりにすることになる。

努力して諦めない、夢や目標を追う男の心を。

 

 

********************.

 

 

更に二日後、土曜日の23時47分。

先日の木曜日と同じ世界樹広場には、既にエヴァンジェリンと千雨、千雨の腕の中にチャチャゼロ、そして無表情の茶々丸が集まっていた。

 

「‥それで?」

「ん?」

「どうだったんだ、ぼーやの修行は?貴様、どうせ覗いていたんだろう?」

「人聞きの悪い‥‥まーな。可能性は2%くらいかな」

「目算は?」

「ラッキーで1.5‥茶々丸の油断で0.5だ」

「なるほど、ないな」

「実際、戦闘用に組まれたAIに基本スペックがそもそも負けてる人間が挑むってのが無理だろ?なあ、茶々丸?」

 

いつだったか、ネットやパソコンのことをハカセから教わった千雨だが、その際に茶々丸の話も少しだけ聞いていた。

自己進化する最高級のAIに絶対に転ばないオートバランサーに、身体を構成する人工骨格にと、例を挙げたらキリがないくらい性能が良い。

そこらへんの一般販売されているアイボとかいうロボなんぞとは比べ物にならないくらい高性能なガイノイドだ。

 

「‥ハイ。私の概算では、ネギ先生が私に一撃を入れる確率は約3%以下です」

「なんだ、お前甘いな。私はお前のことをもう少し評価してるぜ。もう少し緻密な計算してるだろーが」

「ありがとうございます。しかし、良いのですかマスター‥。ネギ先生が合格できなければマスターとしても不本意なのでは‥」

「おい、勘違いするなよ茶々丸。私はホントに弟子など要らんのだ」

「ほんとにか?」

「半々クライダナ」

 

ジロリと千雨とチャチャゼロを睨むエヴァンジェリン。

この二人が揃うと、エヴァンジェリンは口数で負ける。

 

「それに一撃入れたら合格などとは破格の条件だ。これでダメならぼーやが悪い。良いな茶々丸、手を抜いたりするなよ」

「はっ‥了解しました」

 

茶々丸からはある程度迷いが消えたらしい。

茶々丸のAIには結論を出すには材料が足りない、またはありすぎる場合には悩むという段階が含まれているようだ。

これは、最初から超やハカセがつけたのか、それとも自己進化の賜物か。

 

「けど‥一撃入れんのもな、スペック不足だ。せめてパワーかスピードがないとな‥話にならん」

「やはり‥そのどちらもが欠けていると?」

「ああ。アイツ、たぶん戦いの歌(カントゥス・ペラークス)も使えないぜ。魔法学校で教える戦闘魔法は魔法の射手(サギタ・マギカ)くらいらしいし‥それを教えられる奴もいないしな」

「じゃ、魔力の自己強化くらいか‥」

「‥ま、それを見たいんだろ?」

「‥来たぞ」

 

千雨の疑問には答えず、やってきたネギを見るエヴァンジェリン。

素直じゃない奴、と自分のことを棚に上げて笑う千雨。

やってきたネギは真っ直ぐエヴァンジェリンを見ていた。

やる気は十分らしい。

が。

後ろにぞろぞろと人影が見える。

ん?と首を傾げる千雨。

 

「よく来たなぼーや。では早速始めようか」

「ネギ‥ちゃんと策は考えて来たんだろうな?」

「‥はい!」

「お前のカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れられれば合格。手も足も出ずにくたばればそれまでだ。わかったか」

「‥その条件で良いんですね?」

 

ニッと笑うネギ、肩に乗るカモ。

エヴァンジェリンはいいぞと答えるが、千雨は違和感を持つ。

特に、カモの表情だ。

カモはすけべでどうしようもないオコジョ妖精だが、バカではない。

一般的な大人並みに知識と常識を持ち、常にネギのことを考える使い魔。

そのカモが明らかに可能性の低い賭けに主人共々乗る。

以前のようなただの賭けか。

それとも———。

 

「‥成程」

「何ガダ?何カ悪ドイコトデモ思イツイタカ」

「思いついたのは多分カモミールだ‥いや、まさかネギじゃねーだろーな」

「それよりも」

「え?」

「そのギャラリーは何とかならんかったのか!?」

 

ビシッとエヴァンジェリンが指す先には8人ほどの女の子たち。

明日菜、古菲、刹那、木乃香。

まき絵もいるが、まき絵はまだわかる。

今回のテストの発端でもあるからだ。

 

「‥で、何で明石や和泉までいるんだよ‥大河内までいるぞ、珍しい」

「あれー、長谷川どしたのー?」

「何でエヴァンジェリンさん側なん?」

「黙って応援してろー」

「黙って応援は無理じゃないかな‥」

 

カモがネギの肩から明日菜の肩に移る。

茶々丸も腰に巻いていたロングスカートを取ってスパッツ姿になる。

始めるようだ。

 

「茶々丸さん、お願いします!」

「お相手させていただきます」

 

「‥で、お前の見立てだとどうなんだ古菲」

「千雨!‥‥うむ、やはり最初の1分に賭けるしかないと見てるアル」

「まあ‥一撃あてりゃいいだけだからな。話は簡単、ネギの実力を見切られる前に当てるのが一番確実か」

「千雨ちゃんてエヴァちゃんの仲間なん?」

「んなわけねーだろ。偶々最近付き合いがあるだけだ」

「仲いーんやなー。ウチもまほー習いにいこかな」

「ケケケケケケ‥ドーカナ。オ前、ゴ主人ニ明ラカニ狙ワレテルゼメガネ」

「‥‥な、なにを?」

「色々」

 

冷や汗をかく千雨を横目に、エヴァンジェリンの号令と共に弟子入りのテストが始まる。

同時に動き始める茶々丸とネギ。

両拳を握ってネギに向かって跳躍する茶々丸だが、ネギはやはり杖を取り出す。

 

契約執行(シム・イブセ・パルス) 90秒間 ネギ・スプリングフィールド!!」

「!」

 

「なっ‥なんだありゃ?従者への契約執行を自分にか!?」

「ケケケ。工夫ガ好キナ奴ダナ、回リクドイ」

「ふん‥なんつー強引な術式だ」

 

90秒間の魔力による身体強化がネギを包み、その腕で茶々丸の拳を受け流す。

どうやらパワーとスピードは茶々丸に追い付いたらしい。

 

茶々丸のパンチや掌打は基本普通のものである。

ただ、肘にジェットが付いているため、途中で加速したり向きを変えたりもできるものだ。

そのジェットパンチの勢いを利用して回転、力の流れを掴むネギ。

 

八極拳・転身胯打。

近接型中心の八極拳の中でも間合いの外から中へと入るカウンター。

それを何と放ったパンチを戻して寸前で防ぐ茶々丸。

スピードは二人とも似たようなものなので、ネギがカウンターで間合いに入ってくると予見していたのだろう。

 

「お‥おお!?」

「む、惜しい!」

 

初撃を外したネギだが、それでも果敢に茶々丸に挑む。

ネギが茶々丸に対し強く出ているようだ。

今回のテスト的に攻め気がないと話にならないが、まさかあのネギの方から生徒である茶々丸に向かっていけるとは。

これも一種の成長だろうか。

 

「だが‥当たらないとな」

 

ネギと茶々丸の拳戟に祐奈たちは驚いて盛り上がっているが、外したネギやネギに教えた古菲の顔色は共にあまり良くない。

ネギの殴打は全て茶々丸にはたき落とされている。

真正面から茶々丸に拳を入れるのはやはり無理があるのだろう。

やはり打ち負け、茶々丸の蹴りを受けて飛ばされるネギ。

 

「ね‥ネギ!」

「ネギくん!」

「‥ん?」

 

足がかくりと崩れるが、拳はきちんと握れているネギ。

あれなら対処できるはず。

 

「いや作戦通り!アレは誘いアル!」

「カウンターの?」

「そう‥てアレ?なんで長谷川がそんなこと知てるアル?」

「考えりゃわかるさ‥‥実際ネギが勝つにはそれしかない。茶々丸のAIの意表を突くしかな。けど‥」

 

茶々丸の突きを受け流しながら左手で掴み、右肘のカウンターを放つネギ。

ネギも古菲もこれは入ったと確信する。

八極拳 六大開 「頂」攉打頂肘。

八極拳は完全に近接専門の拳法であり、相手の防御を打ち破るには最適の拳を習得できる。

ネギが使用したものは六大開と呼ばれる、八極拳の中でも最も基本的且つ最も重要な理論の一つ。

それをカウンターに流用させた古菲とネギは流石だが、茶々丸の方が周りをよく把握していた。

なんと、ネギに腕を掴まれたまま後ろの壁に跳躍し、三角跳びの要領でネギの上に跳んだのである。

 

「なっ」

「ちっ‥腕の掴みがあめーよ」

 

虚を突かれたネギは咄嗟に動けず、後ろから来る茶々丸の回し蹴りに吹き飛ばされる。

体勢を崩し、地面に転がされていくネギ。

すぐ近くが階段なのに落ちなかったのは茶々丸の優しさか。

動かなくなるネギ。

しん、と静まるギャラリー。

 

「ちっ‥」

「ゴキゲンナナメダナゴ主人」

「ふん‥まあ、こんなもんだろう」

「待てよエヴァンジェリン」

「庇うな千雨。アレがぼーやの現時点での器だ。いくら貴様でも‥」

「だから待てって。まだ終わってねーから」

「なに?」

 

「へ‥へへ‥‥」

 

笑って立ち上がるネギ。

ネギの元へ駆け寄ろうとしていた明日菜とまき絵が思わず立ち止まる。

頭を打っておかしくなったかと首を傾げるエヴァンジェリンだが、千雨の言い分もネギの様子もなにかおかしい。

 

「まだです、まだですよ、エヴァンジェリンさん‥。まだ僕くたばっていませんよ」

「ぬ?何を言ってる?バカなこと言ってないでガキはさっさと‥‥!?」

 

『お前のカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れられれば合格。手も足も出ずにくたばればそれまでだ。わかったか』

『‥その条件で良いんですね?』

 

手も足も出ずにくたばれば、それまで。

先程自分で告げたネギの敗北条件を思い出すエヴァンジェリン。

 

「ま、まさか貴様!?」

「そう、僕はまだくたばっていない。条件は僕がくたばるまででしたよね?それに確か時間制限もなかったと思いますけど?」

「‥抜け目ねーな」

 

エヴァンジェリンに痺れを切らさせて時間切れだと言わせる前に、時間制限など無かったはずというネギ。

この抜け目のなさはナギにどことなく似ている。

ナギの方がもっと暴君ぽかったが。

それに母親の血が加わってより賢くなっているようにも思える。

 

「カモミール、お前の入れ知恵か?」

「いや、まあ‥甘いとこねーかなーと茶々丸さんの周囲をまた観察したりはしたけどよ‥弱点探しで。こういう風に突くとは思わなかったぜ」

「これはエヴァンジェリンの奴の失策だからな。茶々丸には落ち度があるよーなないよーな。何にせよ‥長くなりそうだ」

「え?」

 

再び茶々丸に飛びかかるネギだが、既に先ほどよりも身体能力が格段に落ちている。

90秒間が経過し、契約執行が切れたのだ。

今度は最初よりもあっさり弾かれるネギ。

 

「最初が肝心だったのは間違いねーよ。だが、それをミスったのはネギだ。けど、時間制限がなくなった以上、どこまで続けるのかもネギの根性と当て感次第だろ。丸一日どころか何日も続くかもしれねーぞ」

「ええ!?いや、いくらネギでもそんなこと‥」

「甘いな。そんな根性なかったら、エヴァンジェリンに飛びかかったりしねーさ。頑固さと潜在魔力だけはネギはすごいよ」

 

その頑固さのせいで悩み癖があるけどな、と階段の壁の上に飛び乗って座り、横にチャチャゼロを置いて完全に観戦モードに移る千雨。

果敢に茶々丸に挑むネギだが、やはり茶々丸にはあっさり弾き返される。

一撃入れに行っては一撃で返されるの繰り返しだ。

魔力を障壁強化に優先してるらしく、衝撃とダメージはいくらか軽減してるが、完全に粘る目的だろう。

単なる契約執行では勝ち目がないと判断したのか、既に契約執行の分の魔力がないのか。

ネギの顔や身体が次第に傷やあざでボロボロになっていく。

既にテスト開始から1時間、休む間もなく茶々丸に挑み続けていた。

茶々丸もある程度加減しているはずだが、ここまで殴打をもらうと流石に手加減しても限度があるのだろう。

茶々丸の拳自体は鋼鉄並みなのだ。

 

「しかしよくやるな‥」

「アリャ死ヌカ?」

「流石にねーよ‥。死にゃしねーから私だって止めてないんだ」

「マ、ナ。妹ガソコラヘンヲ間違エルワケネー」

「けど、意外だな千雨」

「ん?」

 

一人で二人の試合を見ていたエヴァンジェリンが、千雨たちのところまでやってきて告げる。

一人で寂しかったのか、と声をかけると無視してそのまま言葉を告げるエヴァンジェリン。

 

「貴様なら止めると思っていた。ぼーやに対してある程度保護責任を持ってる貴様ならな」

「先月のことを言ってるのか?あんときゃお前の人となりを知らず、何するかわからなかったからだ。茶々丸の性格はそれなりに理解してる。アイツは本当なら、今この瞬間だってネギの相手をするのなんてやめたいはずだ」

「‥ふん。‥あー、ぼーや?」

 

こほんと咳払いをしたエヴァンジェリンが未だ茶々丸に挑むネギに声をかける。

そろそろ止めようということだろう。

だが、ネギはエヴァンジェリンの言葉に対してまだやれると、また立ち上がり、套路の様に茶々丸に挑み、構える。

あれだけボコボコにされて構えが崩れていないのは驚きだ、と零す千雨。

だが、そろそろギャラリーの方が限界だった。

幼気な少年がああもボロボロになる姿は女子中学生には心臓に悪すぎたようだ。

まき絵を除いた運動部組と木乃香は既に見ていられない、という思いを持ち、明日菜は仮契約(パクティオー)カードまで取り出した。

 

「おい神楽坂!」

「もう見てらんない、止めてくる!」

「お、オウアスナ!」

 

「だめ———っアスナ!!!止めちゃダメ——っ!!」

 

なんとまき絵が明日菜の前に出ていた。

両腕を目一杯広げて明日菜の進行方向を塞ぐ。

 

「で、でも!アイツあんなにボロボロになって‥あそこまで頑張ることじゃないわよ!!」

「わかってる!わかってるけど‥ここで止める方がネギくんにはひどいと思う!だって‥ネギくんどんなことでもがんばるって言ってたもん!」

「まきちゃ‥」

「‥」

 

黙って聞く千雨。

まさかまき絵が動くとは思わなかったが、まき絵が動かなかければ全力で明日菜を止めていただろう。

確かに千雨はある意味ネギの進歩を恐れている。

その驚異的な成長スピードで、年齢に不相応な実力を持ち、ある程度非道や悪意、絶望に耐え切れる心が形成される前に先へと進んでしまうそのことを。

だが、今ここは止めてはいけないのだ。

これはネギが選んだ道で、その道標を示してくれる師匠を得る機会。

エヴァンジェリンは元は悪人かもしれないが、今は明らかに違う。

悪人なら京都でネギを助けに来たりなどしない。

例えエヴァンジェリンに利があるとしてもだ。

 

「ネギくんには‥カクゴがあると思う」

「か、覚悟?」

「!」

 

まき絵の言葉に振り向く千雨。

覚悟。

それは、自分がどうなってもいいということではない。

あんな風にボロボロになったとしても、目的の為に最後までやり遂げるという思い。

そうだ、ネギには覚悟がある。

父親に、ナギに追いつくという覚悟が。

 

(‥けれど)

 

「ネギくんは大人なんだよ。だって目的持ってがんばってるんだもん。だから‥だから今は、止めちゃダメ」

「まきちゃん‥」

 

明日菜はまき絵の前で止まり、エヴァンジェリンはまき絵を見直し、千雨はネギの想いの重みを改めて知る。

茶々丸も、まき絵の想いの丈を聞いていた。

その隙を、ネギは見逃さなかった。

 

「あ‥‥オイ茶々丸‼︎」

「え」

 

ぺちん、と力のない音が茶々丸の頬から響いた。

ネギの押し出すだけのパンチが茶々丸の左頬を捉え、それがテストの終了を告げていた。

 

「‥‥あ」

「な」

「オ」

「!」

 

「‥あ 当たりまふぃた‥」

 

どさり、と倒れるネギ。

ギャラリーの歓声とエヴァンジェリンの茶々丸に対する叱咤の声が上がり、皆がネギたちの元へ駆け寄る。

 

「ケケケ‥ヤリヤガッタゼ。コレデ俺モ多分アノガキノ育成ニ駆リ出サレルナ。イイ暇潰シガ増エルゼ」

「‥ああ」

「‥今度ハオ前ガゴキゲンナナメカ?」

「バカ言ってんな‥ネギが成長したんだ。ま、よくやったくらいは言うさ」

 

チャチャゼロを担ぎ上げ、ネギの元へ歩く千雨。

 

ネギには覚悟がある。

単なる子供の憧れではなく、本気で父に会うつもりだろう。

それを見れたのは僥倖だった。

だが、ならば私はどうすればいい。

私の思いは。

ネギには傷ついてほしくない。

それは怪我などではなく、心の傷。

ネギの道には一種の絶望が必ず至る。

わかっている、本当ならそんなことはネギに決めさせるべきなのだ。

あくまで他人の千雨にはそんなこと決める権利も干渉する道理もない。

けれど、ネギに覚悟があるように、千雨にも信念がある。

だが、今だけは。

 

「‥よう、ネギ」

「‥‥ち、千雨‥さん」

「‥ま、やったな」

「は‥はい!」

 

今だけは、この少年を祝福しよう。

今だけは、共に喜ぼう。

たとえ、その先で二人が袂を別つ時が来るとしても。

 




この回要るかな?と思いましたが後の事考えると要るなぁと思って書きました。
さて‥不穏な空気を出しつつある千雨さん。
どこでどう行動するのか、是非お楽しみください。


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