魔銃使いは異界の夢を見る (魔法少女())
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TSロリエルフが稲作をするのは間違っているだろうか

 作品名『TSロリエルフが稲作をするのは間違っているだろうか』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『福岡の深い闇』
 https://syosetu.org/novel/212447/

 お米大好き過ぎて色々と抜けてる転生者がハイエルフになってオラリオで稲作する作品。

 作者様曰く、お腹いっぱいお米が食べたいTSロリエルフがオラリオで稲作する話だそうです。


 周辺を囲む植栽豊かな新緑の庭園、霧に包まれたその中央にある茶会用の席。

 軽い足取りで姿を見せたのは、腰の辺りまで伸ばした金髪を揺らす幼い少女。背丈は100C程の小人族(パルゥム)という種族の人物が姿を見せた。

 呆れというよりはうんざりとした表情の彼女は、ポツリと呟きを零す。

 

「夢、よね……全然目が覚める気配無いけど」

 

 彼女の視線の先には茶会の席。

 テーブルの上には茶器や茶菓子が用意されており、一枚の羊皮紙が置かれている姿が目に入る。

 何処へ行けども夢から覚める気配がないのに気付いてそれなりに時間が経ち、疲労感を漂わせた彼女は一休みと椅子に近づき、腰掛けた。

 高すぎる椅子に足を揺らしながら、彼女────ミリア・ノースリスはテーブルの羊皮紙に手を伸ばす。

 

「何々……『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』……痛々しい」

 

 羊皮紙に掛かれた共通語(コイネー)を読み取り溜息を零した瞬間、漂う霧の向こう側に人の気配を感じ取り、ミリアは椅子に腰掛けたまま其方を伺った。

 

 霧の向こうから現れたのは、一人のフードを被った怪しい人物だった。

 背丈はミリアより背丈は高いものの、大人というにはいささか低い。フード付きのローブは鮮やかな緑色に染め抜かれており、淡い光を受けて美しく輝く。

 顔はよく見えないが、横に広がったフードの形状からエルフだと予測できる。その人物もミリアに気がついたのか、少し身じろぎしてパサリとフードを取った。

 

「えっと……ここは、どこでしょうか」

 

 唐突に現れたエルフの幼子の質問に、ミリアは肩を竦めて応えた。

 

「さぁ? 私にもわからないのだけれど……見たところ、子供……かしらね?」

 

 ミリアからの質問返しに、唐突に現れたエルフの少女─────リリアは、一つ頷いて返答した。

 

「えっと、はい。まだ10歳です。……私と同い年ですか?」

「え? ああ……小人族(パルゥム)を見るのは初めてかしら。一応、じゅ……14歳、ね」

 

 若干視線を逸らし気まずげに返答したミリアは、気を取り直した様に咳ばらいをしてから空いた対面の椅子を示して口を開く。

 

「とりあえず、座って話をしましょう。ここがどこなのかわからないのは互いに一緒だし」

 

 ミリアからのその言葉に、リリアは驚いた顔を見せながらも彼女にとっても少し高めの椅子へと腰を下ろした。

 

「14歳!? ……はえー。世界は広いですねー……あれ、なんですかこの手紙。……『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』……うへえ、中学生の痛々しいポエムみたいでなんか身につまされます」

 

 そして、机の上に置いてあった紙を手に取ると、その内容に思わず眉を顰めた。

 目の前のエルフが放った言葉に違和感を覚えたミリアが目を細めて小さく吐息を零す。

 

小人族(パルゥム)なんて一見ただの子供だしね。…………それよりも『中学生』って概念を知ってるって事は。説明通りの年齢とは違うみたいだけれど」

 

 訝し気な視線を目の前に腰掛けたリリアに向けて警戒心を持つも直ぐに取り消し、小人族の少女は彼女が持つ紙切れに視線を向け直し、深い溜息を零してから肩を竦めた。

 

「まあ、夢に気を張っても仕方ないか。まずは自己紹介からさせてもらうわね。ヘスティア・ファミリア所属、第二級冒険者【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ。『竜を従える者(ドラゴンテイマー)』の方が通じるかしら?」

 

 ミリアの言葉にピクリ、と眉を上げながらも、リリアは彼女の自己紹介を受けて口を開いた。

 

「ミリアさん、ですか。ヘスティア・ファミリア……釜戸の女神、素敵です。私の名前はリリア・ウィーシェ・シェスカ。ウィーシェの森からやってきたしがないエルフです。現在はニニギ様の下でお米を作ってます」

 

 そして、小首を傾げてこう続けた。

 

「……その、第二級冒険者とか、まじゅうつかい?とかって何ですか?」

「え? エルフの王族? その、第二級、冒険者……は……あれ、貴女オラリオに住んでるのよね」

 

 知識の無さに疑問を覚えたミリアが言葉に詰まり、彼女の仕草から感じられる育ちの良さとミドルネームから身分を想像して冷や汗を流し内心で呟く。

 ────うわ、箱入りのお姫様か。面倒な子だこれ。

 

「神の恩恵を授かって迷宮に挑む人を冒険者と呼ぶのは知ってるわよね」

 

 派閥に関する知識がある以上、最低限これぐらいは知っているだろうとミリアが質問を飛ばす。

 

「はい。今はオラリオに住んでますよ?千穂ちゃんたちと一緒に毎日楽しく過ごしてます」

 

 不思議そうな顔でそう言ったリリアは、少し考え込む様子を見せ、ミリアの方を向いた。

 

「迷宮っていうと……ああ、たまに伊那保くん達が言ってる場所の事ですね。へー、冒険者って言うんですか。危ないからそこには行っちゃだめだーって伊那保くんから言われてたのでそこらへんは知りませんでした」

 

 そう言ってニコニコと笑うリリア。「ひとつ賢くなりました」と呟き、先程の手紙以外に何も無いテーブルを見て口を開いた。

 

「それはそうと、茶会の席なら飲み物が必要ですね。……水の精霊さん、土の精霊さん。コップと水を二人分下さいな」

 

 その言葉と同時に、何も無かったテーブルの上に唐突に2つのティーカップが出現した。見ると、カップの中には透き通った清水が注がれている。

 

「……えぇっと、明晰夢だから好き勝手できる、とは違うかしらね。いや、私が夢を見て……あれ、本当に異界……うぅん」

 

 彼女の行動に頭痛を堪える様に眉間を揉み。ミリアは出されたティーカップを覗き込んでから、そっとティーカップを揺らす。

 

「説明を続けるわ。冒険者は経験値(エクセリア)を溜めて能力(ステイタス)を上げる事で強くなるのよ。それで一定以上の評価まで能力(ステイタス)を上げた状態で、偉業を成す事で器の昇格(ランクアップ)できるの」

 

 小人族の少女は毒を警戒して舌先を湿らせる程度に清水に口を付け、説明を続けた。

 

「恩恵を授かったばかりの冒険者を『駆け出し』、ある程度能力(ステイタス)を上げた人を『下級冒険者』、一度器の昇格(ランクアップ)した者を『上級冒険者』または『第三級冒険者』……二度目を迎えた人が『第二級冒険者』ね。つまりレベル3以上のステイタスを持つ冒険者を第二級って言うのよ」

 

 説明を終えて再度ティーカップに口を付け、目を細める。

 茶会というのにお茶ではなく清水。エルフが好む水を出す辺り、なんともズレてるなとミリアは心の中で呟いた。

 

「なるほど〜」

 

 ニコニコと笑うリリア。美味しそうに清水を飲むと、屈託の無い笑顔でこう言い放った。

 

「と言う事は、第二級冒険者のミリアさんはレベル3なんですね。……こうして聞くと、なんだかRPGみたいな仕組みなんですね、神の恩恵って。私も一応ニニギ様から頂いているはずなんですけど、やっぱりレベルは1なんでしょうか。少し残念です」

 

 少し残念です、と言いながらもそうは見えないリリア。まあ、彼女からしてみればレベルなんてものよりも米の方が遥かに大切なのだが。

 

「えっと、それで『まじゅうつかい』や『どらごんていまー』?でしたっけ?それは何でしょうか。……普通に考えれば二つ名なんでしょうけど……まさか、冒険者はみんな自分でそれを考えて名乗ってるとか?」

 

 リリアはそう言って何故かキラキラと目を輝かせてミリアを見た。どうやら彼女の頭の中からは完全に今の異常事態の事が吹き飛んでいるらしい。

 

「え、ああそうね。そう、RPGっぽいっていうのは同意なんだけど……二つ名、うぅん」

 

 純粋そうな輝きを宿した瞳に射抜かれ、気まずげに視線を逸らしかけ、すぐにリリアを真っ直ぐに見据えて訝し気な表情で呟く。

 

「【魔銃使い】も【竜を従える者(ドラゴンテイマー)】も知らない? 結構有名だと思うんだけど……っと、とりあえず前者は二つ名で合ってるわ。後者は……異名よ。どちらも自分から名乗った訳ではないわね」

 

 どうにも自身の常識が若干通じていないリリアの様子に、羊皮紙の『異界』という言葉がミリアの脳裏をちらつく。とはいえ、自ら名乗っている等と思われても困ると小人族は誤魔化す様にティーカップを傾けながら応える。

 

「前者は器の昇格(ランクアップ)した冒険者に対して神々が与えるモノね。神会(デナトゥス)で付けてもらうのよ……碌なもんじゃないけど。後者は都市の住民とかが勝手に着けたモノね。都市(オラリオ)でも珍しい(ドラゴン)調教(テイム)した冒険者って事で呼ばれ出したのよ……」

 

 どちらも好き好んで自ら考えて付けたモノではない。

 他に神会(デナトゥス)で挙げられていた【豪砲(カノン)】や【†聖竜†皇帝†(ホーリー・ドラゴン・カイザー)】【破滅過剰(スーサイダルディストラクション)】にならなくて良かった、と内心冷や汗を流しながら曖昧に笑った。

 

「……うーん、ごめんなさい、聞いたことがないです。でも、神様って、割と中二病チックな人が多いんですね。……うーん、二つ名ですかー。私も名乗りたいですね。【農業王(ファームキング)】とか、【米将軍(ライス・ジェネラル)】とか」

 

 お前の今世は女だろう。そう言いたくなるような異名をポンポンと出しながら、リリアはティーカップを傾ける。彼女の脳内では、金色の稲穂が地平線の彼方まで続く田園の中、積み上げられた多数の俵を背に威風堂々と仁王立ちする自分の姿が浮かんでいた。……はっきり言ってただの馬鹿である。

 徐々に被った猫が米いっぱいの俵へと変貌しつつあるリリアは、ミリアの言葉にハッとした表情を浮かべると彼女に向けてこう言い放った。

 

「ドラゴンを従えていらっしゃるんですよね、ミリアさん」

 

 目の前のエルフの幼子が口から零した名乗りたい二つ名の数々に若干引き気味のミリアが小さく頷く。

 

「え、えぇ……えっと、赤飛竜(レッドワイヴァーン)小竜(インファントドラゴン)、あとは……あ、まあ、その二匹だけね」

 

 曖昧に笑いながら返答しつつも、彼女が語った今までの単語(キーワード)から推測するに『米』になんらかの執着を持っているなと薄らと察したミリアが内心で米の話題は避けようと考え始めた。

 

「前者がキューイ、後者がヴァン……まあ、どっちも悪い子ではないわね」

 

 前者は勝手に性別が雌になったり、妙にドライな友人ではあるが。そう心の中で付け加えてミリアは眉尻を下げる。

 

「そうなんですか、二匹もいらっしゃるんですか!」

 ミリアの説明に驚いた様子を見せるリリア。それと同時に瞳の輝きは増し、ずい、と彼女はテーブルの上に身を乗り出した。

 

「あ、あの、どうやったらドラゴンを従えることが出来るのか、教えてもらってもよろしいでしょうか!?」

 

 そう言って鼻息荒くミリアにつめよるリリア。彼女の脳裏には、水が張られた水田の中を耕運機を引きながら歩くドラゴンの姿や、ドラゴンが口から吐いた炎で持っていたお握りを炙り、焼きおにぎりにしたそれをドラゴンと共に食べる自分の姿が浮かんでいた。

 

「えっへへ……」

 

 脳内の妄想ににやけるリリア。精霊の力をコンロや水道、耕運機代わりにするのに飽きたらず、ドラゴンを牛か馬かのように扱おうとするその精神は、まさに常人には理解できない米キチであった。……これはドラゴンが怒り狂っても文句は言えない。

 

「えぇ……」

 

 困惑の表情を浮かべ、対面の席から身を乗り出したエルフの幼子の分だけ身を下げたミリアは内心で焦る。

 立ち振る舞いに高貴さを滲ませている事、育ちの良さを感じさせる仕草。そういった要素をリリアから見出し、エルフの中でも高貴な身分の可能性を思い浮かべていたミリアだったが、時折見せる欲望を滲ませている表情にどう判断すべきか迷いだした。

 

「幼い子供だし、仕方ない? いや……でも、エルフって割と……でもウィーシェの森から来たって……」

 

 うんうんと唸り、もう一度目の前で妄想に耽る幼いエルフを見て、ミリアは溜息と共に悩みを全て投げ捨てる。

 幼い子供故に欲望を抑えきれていない、王族のエルフ。そう納得する事にしたのだ。

 ミリアは、彼女は異界の住民だと断じていた。少なくとも、彼女程優れた容姿なら噂の一つにでもなっているはずだが、そういった噂を耳にした覚えがなかったからだ。

 

「と、とりあえず私が竜を従えてるのは魔法の効力が大きいのよ。……まあ、あなたが竜を従えるのは諦めなさい。一番弱いって言われてる竜、小竜(インファントドラゴン)でも下手すると潜在能力(ポテンシャル)は第三級、レベル2に匹敵するわよ」

 

 ミリアは間違っても欲望に溺れている幼いエルフが竜を従えようと迷宮に挑む事の無い様に強く言い含める事にした。

 

「竜を従える魔法、ですか……うーん、珍しい魔法もあったものですね」

 

 お 前 が 言 う な。

 そういった突っ込みが入りそうな事をのたまった我らが米キチ(リリア)は、頭の中でぱちぱちと(とても雑に)計算機を弾き出した。一番弱いドラゴンのポテンシャルはレベル2だという。これがどれだけの強さを示しているのかはいまいちよくわからないが、話しているミリアの様子からきっと()()()()()のだろうと見当をつける。……実際は強いなんてものではなくリリア()()が相対すれば秒で消し炭になる程の絶望的な差があるわけだが。

 

「うーん」

 

 しかし、リリアには切り札がある。レベル差など些事にしてしまうほどの絶大な力をもった切り札達が。

 

「ミリアさん、そのドラゴンと精霊って、どっちが強いと思いますか?」

 

 普段からコンロや耕運機の代わりにこき使っている精霊達を酷使する気満々のリリアは、段々と彼女のヤバさに気がつきつつあるミリアにそう尋ねた。

 

「え? 精霊?」

 

 唐突な彼女の言葉に困惑しながらも、ミリアは小さく吐息を零す。

 かつて神々が地に降り立つより以前に迷宮に挑む冒険者達に今における『神の恩恵(ファルナ)』に近い古代版神の恩恵(ファルナ)であり『精霊の加護』を授けていた事。英雄譚において精霊の寵愛を受けた英雄が居たという話もある。共に肩を並べた精霊も居たとされる。しかし、現代においてはごく一部の精霊を残して殆どが姿を消しており、戦闘力を推し量る程の知識は得られない状況。

 強いて言うなれば決して弱い訳ではないだろう、程度の感覚でしかない。

 リリアの質問に答えようがないと結論を出し、彼女を見据えた。

 

「まず、私は精霊がどれほどの力を持つか知らない。その上で言うのだけれど、精霊に倒して貰った場合、竜が貴女に服従するかは不明よ。竜は己の実力のみで討ち果たした者にのみ服従するから」

 

 例えば上級冒険者が同行して共に戦う事は不可能。たとえ戦わずとも上級冒険者がいつでも助けに入れる状況で戦う事も不可能。人数にモノを言わせて押し潰す事も不可能。厳しい条件を満たさねば竜は主として認めず、従う事はない。

 いくつもの例をあげつつ、エルフとは思えない俗物的な思考のリリアに対し、しっかりと、念入りに忠告を行う。

 

「私も知ってる事はあまり多くはないから確定した事は言えないけれど、貴女の今の心構えだと本当に死ぬからやめときなさい」

「うぬぬ……ぬん。はい、わかりました諦めます……」

 

 ミリアの強い語調に気圧され、しょんぼりとした表情を浮かべてそう呟くリリア。

ミリアによって1つの命が救われた瞬間である。ウィーシェの森の住人がこのやり取りを聞けば感涙しながらミリアに感謝の言葉を述べるだろう。

良い案だと思ったんだけどなぁ……と呟き、肩口に切り揃えられた蒼銀の髪を小さな手で弄るリリア。割と本気で精霊にお願いするつもりであったリリアも、本気で死ぬと言われれば退かざるを得ない。ニニギの下で稲作を学ぶリリアは、その技術をウィーシェの森に伝え、根付かせるという(彼女にとっては)崇高な使命があるのだ。志半ばで命を落とすわけにはいかない。

とは言え、彼女の行動はその類い稀な悪運が無ければ今の時点で物言わぬ死体となっていても可笑しくはない非常に危うい綱渡りのようなものなのだが、そのことをつっこめる存在はこの不思議な茶会には存在しなかった。

 

「むーん、残念無念。……ん?と言うことは、ミリアさんは魔法があるとはいえ、その従えているドラゴンを一度倒したと言うことですよね?」

 

 そこでリリアは気付く。竜を従える条件は「その竜を自らの力で打ち倒すこと」。そして、竜のポテンシャルは最低でも第三級、レベル2相当で、ミリアのレベルは現在3だという。つまるところ。

 

竜を従える者(ドラゴンテイマー)の異名を付けられたのって、もしかして最近の事だったりしますか?」

「確かに、最近の事ね。少し前の怪物祭(モンスターフィリア)で知れ渡った訳だし。でも戦争遊戯(ウォーゲーム)で有名になってるだろうし、都市(オラリオ)のそこかしこで話題にはなってると思うわよ。ガネーシャファミリアも大々的に宣言してるし、何よりギルドが正式発表してるわ」

 

 リリアの疑問点に答えを返しつつ、ミリアは小さく納得して頷く。

 

「まあ、知らなくても不思議ではないわよ。この羊皮紙に書かれた『異界と交わる夢』って部分からの推測だけど、私と貴女の住む世界は別だと思うわ」

 

 もしくは時間軸が異なるか。詳細を語らい合えば差異からある程度の推測はできるだろう。

 

「例えば、私の所だとヘスティアとアポロンとの戦争遊戯(ウォーゲーム)で大差を覆して大勝利したりしてるけど……そっちではヘスティアファミリアの名を聞いてピンとこない辺り戦争遊戯(ウォーゲーム)前とかかしら」

 

 もしくは、目の前のエルフの少女が興味を持たずに調べなかった結果か。二つ名の基本知識も無い辺り特定の物ごと意外に興味を抱かずに過ごしている可能性もある。

 本当に異界なのだとしたら、そちらの世界に『ベル・クラネル』は居るのか。『女神ヘスティア』はどうなっているかなど気になる点はあるが、反応からして知らないだろうなとミリアは若干肩を落とした。

 

「あ、ヘスティア様なら知ってますよ。えっと、じゃが丸君?のアルバイトをしている女神様ですよね?」

 

 リリアは、少し落ち込んだ様子のミリアにそう答えた。神ヘスティアとであったのは正にリリアがオラリオにやって来た直後のこと。パエリアに全てを持っていかれていたが、今思い出せばかの女神からは割りと重要な助言をもらっていた気がする。

 

「オラリオに来たばかりでおのぼりさんだった私に、もっと胸を張って歩いた方が神にちょっかいをかけられずに済むよって教えてくれたんです。……良い神様ですよね、ヘスティア様って」

 

 かまどの神様ですし。リリアはそう心の中で付け加える。実際はそんな簡単な助言だけではなく、その後の身の振り方や情報の仕入れかた、行く当てがなかった場合のフォローまでしてくれた正に善神と言うべき行動をとってくれていたのだが、リリアの頭からはそこら辺の記憶は吹き飛んでいた。

 全部パエリアってやつが悪いんだ。

 

「あと、その《うぉーげーむ》っていう催し物は見たことも聞いたこともないですね。……もしかしたら、私はミリアさんよりも前の時間軸から来ているのかもしれません」

 

 そう言ったリリアは、ふと思った。ウォーゲーム、と言うのがどんな催しなのかは知らないが、ミリアが勝ったと言っている事からなにがしかの勝負事なのだろう。戦争(ウォー)の名を冠する遊戯と言うことで物々しい雰囲気を感じるが、この手の勝負事には必ずといっても良いほど「賭け」の要素が存在する。つまり、今目の前の彼女からそのウォーゲームについて聞いておけば、後々あるかもしれないその賭けに有利にたてるのでは?

 もちろん、彼女が自分のいる世界(こちら側)に存在するかどうかは分からないし、なおかつヘスティア・ファミリアが勝つとも限らない。しかし、こういう場合はある程度結果は同じように収束するものとリリアは日本人特有のアニメ脳で考えていた。そして、リリアは日頃お世話になっているニニギ・ファミリアの皆の役に立つかもしれないと思い、口を開いた。

 

「ミリアさん、そのウォーゲームについて、私に教えていただけませんか?こう、どうやって戦ったのかとか。気になります」

戦争遊戯(ウォーゲーム)は神々の代理戦争。神と神が争い合う時、神に代わってその眷属が戦い合うモノよ。形式によって規則(ルール)は異なるのだけれど、基本は殲滅戦ね」

 

 小さく吐息を零して彼の戦争を思い浮べ、小さく首を横に振った。

 

「まあ、そうね。勝てた今だからこそ言えるけど────始まる前は絶対に負けると思ったわ」

 

 ヘスティア側は総勢二〇にも満たない寡兵、対する相手は四〇〇人を超える大軍。

 勝負形式は『攻城戦』と『旗守戦』を合わせた『複合戦』。

 城に籠るアポロンの軍勢に対し、旗を守りながら戦わなくてはいけない絶望的な戦い。

 

「詳しく話すと能力(ステイタス)とかに触れる事になるから避けるけど、殆ど奇策が決まった結果よ」

 

 後はアポロン側の指揮系統が混乱しやすかったのもあるか。そう呟いた所でミリアが周囲を見回す。

 霧に包まれた庭園の中央に位置していたはずの茶会の席だが、彼女が気付くと植栽豊な緑色は霧に隠れて見えなくなっている。確実に濃くなってきた霧にミリアが眉を顰めた。

 

「ん、これは私の勘だけど……そろそろこの茶会もお終いかしらね」

「もう、ですか。時間が経つのは早いですね」

 

 リリアはそう言って、霧の壁を見つめた。不可思議な現象に、とりとめのない話。この茶会は正しく「夢」と呼ぶべきものだった。リリアはほう、と一つ息を吐くと、ミリアに笑いかけた。

 

「また会えるかどうかは分かりませんけど、これでお別れのようですね。もし次に会うことがあれば、今度は水の精霊様と頑張ってお茶を出せるようにしておきますね。……そして、一緒におにぎりを食べましょう!」

 

 そう言ってぐっと親指を立てるリリア。次もし茶会が開かれるときには、夢であろうと米を持ち込む所存であった。釜戸と水、炎は精霊に頼めばよい。

 

「もしかしたら現実の方で会えるかもしれませんし、ね?」

「現実で、ねぇ……」

 

 もし彼女の居る世界に自身(ミリア)が居たとして、会った時にどんな反応をするか。

 ヘスティア様に名を貰う前であれば、興味を示しもせずに適当にあしらうだろう。そういう意味では出会うのは遅い方が良い。

 

「まあ、もし私を見かけても戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまでは声をかけない方が良いわね。ほら、結果が変わったら困るでしょう?」

 

 それっぽい事を言って誤魔化したミリアは席を立つ。椅子に座って居る時はまだましだったが、やはり背丈の事もあり見上げる事になったリリアに対し軽く手を振った。

 

「夢から覚める時の別れの挨拶なんて知らないわね。さようなら、で良いのかしら。水、美味しかったわ。それじゃあね」

 

 互いに別れの挨拶を済ませた所で────霧は茶会の席を包み込んでいく。

 一瞬で視界は霧に包まれ、互いの姿を視認できなくなり、意識が遠ざかる。

 

 

 

 

 

 ゴツゴツと窓を叩く音で目を覚ました。

 そう認識したところで、シーツを押しのけて目を覚ました小人族の少女、ミリア・ノースリスは窓を叩いて朝食をせがむ赤飛竜(キューイ)を見て溜息一つ。

 ベッドから這い出てサイドテーブルの籠に入っていた林檎を一つ掴みとって窓を開ける。

 

「はい、これ朝食ね」

「キュイ!」

 

 口を空けて待つ飛竜を見て、ミリアは林檎を────全力で明後日の方向に投げた。

 吹っ飛んでいく林檎を追って飛竜が駆けていくのを見送り、ミリアは首を傾げた。

 

「なんか、久々に夢を見た気がするわ」

 

 少なくとも、糞女の悪夢でもなかったし。楽しかった父親との生活の頃の夢でもない。

 それこそとりとめもない、特段語る必要も無いような夢。そんな風に考え────溜息一つ。

 

「まあ、思い出せない夢の事よりも────着替えなきゃ」

 

 今日の朝食当番は誰だったかなと呟きつつ、ミリアは乱れた髪に櫛を通し始めた。

 

 

 

 

 

 目が覚める。寝起き特有のぼんやりとした感覚の中、リリアは呟いた。

 

「……変な夢みた」

 

 夢の中で誰かと話す不思議な夢。しかし会話の内容は思い出せず、煙を掴むような、そんな手応えの無い不思議な感覚がリリアのなかに残されていた。ふと外を見ると、空は青く、白い薄雲がキャンバスに絵の具を塗ったような淡いコントラストを描いていた。

 時刻は午前6時頃。完全に寝坊だ。

 

「うわっ」

 

 隣を見ると、当たり前ながらきれいに整えられて上げられた布団が。千穂はすでに目覚めているようだ。いや、この時間帯であれば既にファミリアのみんなが目覚めている筈だ。着替える時間も惜しいとばかりにどたどたと土間へ向かうリリア。

 

「あら、おはようリリアちゃん。そろそろ起こしに行こうと思っていたの」

「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だって。誰も気にしちゃいねーよ」

 

 温かいファミリアの皆の声を聞きながら、第一王女(リリア)のわりと暇な一日が幕を開けた。




 作者:魔法少女() あとがき
 初めてのコラボ小説。舞い上がり過ぎて失礼な事してしまった気もしますがなんとか完成しましたー!
 まさか期待の新人の方に声をかけていただけるとは……その調子でダンまち×TSロリを布教して欲しいですな!

 夢落ちって便利よね(小声)

 コラボしてくれて感謝です。ありがとうございました。




 作者:福岡の深い闇様 あとがき
……あの、最初に誤解を招かないように言っておきますけど、声かけさせていただくとき指ブルッブル震えてましたからね!?

声かけは自分からだったからって、そんなバイタリティ溢れるようなキャラじゃないですから自分!?

読者の皆様、そこんとこよろしくですよー!?

偉大な先達とのコラボ……めちゃ緊張しました。でもダンまち×TSロリはいいぞぉ……もっと流行れ。

夢オチ本編でも使ってみるか(ボソツ)

魔法少女()様、色々と失礼しましたが、コラボしていただきありがとうございます!!


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竜人がいるのは間違っているだろうか?

 作品名『竜人がいるのは間違っているだろうか?』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『Celtmyth』
 https://syosetu.org/novel/59781/

 ゼウスファミリアに所属した女性冒険者が『竜人』になって、ベルを見守る話。



 薄明りが周囲を照らしだすカフェテラスの席。

 淡い霧に包まれた街の一角におぼろげながらも確かな存在感を感じさせるその店先で、二人の人物が向かい合ってうたた寝に興じていた。

 片や小人族(パルゥム)の中でも小柄な金髪の少女。微かに開かれた目は左右で色が異なり、身に着けている藍色のローブから魔術師だと伺える少女だ。

 

「んん……? ここは……」

 

 ふと、小人族(パルゥム)の少女が完全に覚醒して身を起こす。対面の席でうたた寝をしている人物を視界に捉え、首を傾げてから周囲の光景に視線を向けた。

 

「……また、夢?」

 

 同様の夢を過去に見た事を想起しつつ、少女は前回の夢で邂逅した米好きのエルフとはあからさまに異なる目の前の人物を伺った。

 

「―――。―――」

 

 姿を隠すかのように覆われたローブ姿。胸元の膨らみから女性。椅子に座った状態だが平均的な身長からまだ十代の少女だと仮定できる。フードから僅かにはみ出た赤い髪は手入れされているようで艶があり、細やかな性格と言うのも予想出来る。

 その少女はすぐ前から呼ばれる声を聞いて朦朧としていた意識が再び目覚める。

 

「ああ、ごめんなさい。ついうたた寝をしてたわ」

 

 とりあえず起こしてくれた事への礼を告げる。目を開けてその相手を見てみれば小柄な少女。直感的に小人族だとわかったが、それにしては小さすぎる。まだ10歳に至るか至らないかだが藍色に染まる魔術師のローブから冒険者だと想像が出来たので見た目より上の年齢に至っているだろうと思えた。その少女は左右異なる瞳が珍しいと思えたが髪が金色だと知ると自分にとって縁深い彼の事を思い出す。

 

「それで貴女は……」

 

 それでか、せっかくだから名前を聞こうとしたがここで周囲の異常に気がつく。オラリオでは珍しい霧が淡く広がり、そして自分と対面に座る少女以外は誰もいない。

 

「ここは……」

 

 思わず立ち上がる。それと同時にフードが滑り落ちて予想通り赤毛の少女の風貌だった。しかし頭部の角、そして翼と尾。まるで正体を告げるかのように竜人(ドラゴニュート)としての特徴が露わとなった。

 

「うわっ……!」

 

 フードを深々と被って寝ていた人物が、想定していない容姿をしていた事に小人族(パルゥム)の少女が驚愕して身を引き、敵意を持っていないらしい事に気付いてなんとか踏み止まる。

 その手は無意識に普段手にしている武装を掴み取ろうとしているが、今の彼女は非武装である。

 

「人、じゃない? 貴女……」

 

 警戒心を抱きながらも椅子から立ち上がろうとした所で、小人族(パルゥム)の少女がテーブルに置かれた羊皮紙に気付いて動きを止めた。書かれている文字は彼女にとって見覚えのあるものだった。

 

「……『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』って事は、この人も……人?」

 

 ゲーム等で目にしたことがあるし、そもそも彼女の()となった人物(キャラクター)もまた竜人(ドラゴニュート)ではあったが、このような迷宮都市(オラリオ)の一角で出会う事は想定していなかった。

 一度深呼吸をし、落ち着きを取り戻してから小人族(パルゥム)の少女、ミリアは出来る限り丁重にその竜人らしき少女に声をかけた。

 

「えっと、初めまして……で良いわよね。私はヘスティアファミリアの【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ……えっと、まあそうね、敵意が無いのなら嬉しいのだけれど」

 

「ヘスティア・ファミリア?」

 

 視界と感覚から他に誰かいないか探る最中、未だ唯一の誰かだった小人族(パルゥム)の少女――ミリアが名を名乗った。しかし竜人(ドラゴニュート)の彼女はその名前や二つ名よりも所属しているファミリアの名前を聞いて反応した。

 彼女の知る【ヘスティア・ファミリア】に所属するのは義甥(おい)1人。しかしミリアの言葉に嘘はないとわかる。色々な疑問が頭に浮かんでいると自分とミリアの間に置かれたテーブル。そこに置かれた羊皮紙の一文が目に入る。

 

(『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』……)

 

 思わずこんな事を片手で可能にする者の顔が頭に浮かんだが、すぐにこの程度のイタズラにする性格はしていないと却下する。であればこれは奇跡のような偶然の邂逅(イレギュラー)なのだと判断した。

 

(だとすればこの子は本当にヘスティア・ファミリアの眷属と言う事ね)

 

 小人族(パルゥム)とは言え警戒心が強い眼差しが気になるが、ミリアはここまで嘘は言っていない。それに魔術師なのに杖が見当たらないので戦闘になってもこっちに分がある。

 自分に危険はない。それが確信になった所で椅子に座り直す。

 

「初めまして。私は今は無きゼウス・ファミリアの元・冒険者カレン・デュラス。二つ名は【財宝竜(ファヴニル)】。お話をするならお茶とお菓子が出せるけど、どうかしら?」

 

 しかし竜人(ドラゴニュート)のカレンは少しだけ、こんな不思議な体験に心弾む気持ちを否定しなかった。

 彼女の反応にミリアは小さく吐息を零しつつ、警戒心を解かないままに微笑んで頷いた。

 

「ええ、お願いします」

 

 少なくとも、唐突に敵対行動をとってくる相手ではないと理解すると同時に、自身が敵と見られていないのにも気付く。

 相手の所属派閥は過去最強であったゼウスファミリア。ミリアの知る限りでは彼女の様な『竜人』が居たという噂は効いた事が無かった。しかし『異界と交わる夢』という一文から、前に出会った米エルフ(リリア)同様に異界の住民の可能性を考慮に入れ、ミリアは微笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ―――【グニタヘイズより贈り物を】」

 

 ミリアの返事にカレンは【ミュニアストレジャー】の魔法から魔道具のティーポットとカップを2つ、そしてお茶菓子をテーブルの上に出現させる。その内のティーポットを取るとすぐにカップへ注ぐ。ポットの中からは澄んだ紅茶が湯気を上げ、香りを立たせる。そして注いだ2つのカップの1つをミリアに差し出す。

 

「どうぞ。少し苦みがあるからお菓子の側にある角砂糖で調整してね」

 

 詠唱文の長さからして短文詠唱。効力は一目見た程度では理解しきるには情報が不足しているが、おおよそ転移か保存した物質の取り出しか、どちらかであろうと予測しながらも言われた通りに紅茶に角砂糖を一つ放り込んでかき混ぜつつ、ミリアは切り出した。

 

「ありがとう。それで、ここがどういった場所なのかは理解できてるって事でいいかしら? 少なくとも私の認識では私と貴女の居る世界は異界、別の世界だと認識してるわ」

 

 付け加えて言うと、貴女の様な『竜人(ドラゴニュート)』なんて迷宮都市(オラリオ)で聞いた事も見た事もない。と呟く様に口から零し、ミリアは相手を伺う。

 

 髪の色だけではなく、こうして探りを入れる所はやはり彼を思い出す。もっともミリアの知る迷宮都市(オラリオ)に私のような竜人(ドラゴニュート)はいないと言う事は彼女の世界では自分は誕生しなかったのだろう。

 

「貴女のような子が私を知らないなら間違いなく違う世界でしょうね。それに、実を言うと私の知ってるヘスティアファミリアの眷属は1人だけ。まだ冒険者になってから1ヶ月ぐらいの駆け出しだからね。それなのに貴女は嘘をついた感じはなく、その上でヘスティア・ファミリアの眷属だと名乗った。これからの未来の可能性もあるけど過去と未来の違いもまた別の世界だからね」

 

 ただ彼女のような子が私の世界にいてくれたならと思えた。ベルは優しすぎるからあの子は違う視線を持つ子が必要だと思った事は何度もある。

 

「それに私が貴女の世界にいないと確証づけるならこんな話があるわ。私は黒竜討伐の失敗の後、ゼウス神とヘラ神を追放したロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを単身で襲撃して、報復を達成しているわ」

 

 目の前の竜人(ドラゴニュート)の言葉にミリアは微かに目を細め、吐息を零し紅茶で唇を湿らせる。

 

「私の知る限り、ロキファミリアとフレイヤファミリアを襲撃した人物の話は聞いた事がない。それに、ヘスティアファミリアの眷属は……あー、そうね、期限付きも何人かいるけど今は12人はいるわね。最初の一人目の眷属、ベル・クラネルが冒険者歴3ヶ月でLv.3になってるし」

 

 さらに、口にはしないが自身がヘスティアファミリアに入団したのは最初の一人目であるベル・クラネルが初めてダンジョンに潜った日の事である。

 そう考えるとやはり異なる世界で合っているのかと小さく頷く。他の世界ではやはり自分は……居たのか居なかったのかは不明だが、()()()()は無かったのだろう。そう結論を出したミリアは小さく溜息を零した。

 

 ベルが3ヶ月でLv.3になったと聞いて彼女は今のいる時より未来にいる確信を得た。それに襲撃の件を聞いたことがないと答えたことで間違いなく別の世界と言う事も。ただ3ヶ月のLv.3はそう驚いていない。あの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)がもたらした成長だと思うなら納得だった。

 

「そっちは中々の冒険を超えてきたのね。それならこっちのベルが同じ時期に成長するかもしれないわ」

 

 彼女の言葉にミリアがほんのりと目を細めつつ、反応から推測を行う。

 仮定一、ベルと親しい間柄。ベルの持つ特異なスキルを知っている。

 仮定二、彼女の住まう世界では3ヶ月でLv.3になるのは普通。

 いくつかの仮定を考慮に入れながら、目の前の竜人(ドラゴニュート)の言葉を反芻し────ミリアは硬直して彼女をまじまじと見つめ、呟く。

 

「え? ロキファミリアとフレイヤファミリア相手に、()()()()()()()()()()()?」

 

 まさかあの二大派閥を相手に、と疑問を覚えると同時。もしかしたら彼女の居る世界における二大派閥は大したことがないのではと想定し、有り得ないと切り捨てる。少なくとも黒竜討伐失敗の話が出ている以上、彼女は三大冒険者依頼(クエスト)に挑む程の能力を持った最強派閥の一員。

 少なくとも自身より強いとは想定していたものの、ミリアの知る現迷宮都市(オラリオ)最強を有するフレイヤファミリアと、強豪派閥であるロキファミリアを相手に勝利を得た化物と認識を改めて身を震わせた。

 

 僅かに震えた身体を見て怖がらせてしまったのだと察した。

 15年前の話をしてそう動じなかったから肝は据わっていたのだと思っていたが、どうやら間違っていたようだ。怯える相手に好意を示しても本音を語ってくれるのは難しい。普通なら時間をかけるのが一番だが。

 

「まぁ、感情のまま暴走した結果だけどね。私にとってゼウス・ファミリアは代えのない家で、唯一の家族だった。黒竜から生き延びて帰ってきたらそれが何もかもなくなっていた、なんてそう簡単には受け入れられなかった。だからケジメとして襲撃した」

 

 この場所でそんな時間はなく、ならこちらは堂々とするだけだった。ただ一点、あの時は別の感情があったがそこは言いたくはなかった。

 

「ただ付け加えるなら結果的には勝っただけよ。確かに私は竜人(ドラゴニュート)になって、それはもう進化とも言える変貌を果たして手に入れた力があった。でもそれがなくても私は襲撃をしたでしょう」

 

 紅茶に写る自分の顔は、角を除けばかつてヒューマンと変わらない。そして心も変わることはなかった。

 

「それにもしかしたらだけど貴女もそうじゃない? 家族、ファミリアのためにはどんな強敵にも向かう心があるんじゃないかしら?」

 

 彼女の言葉に耳を傾け、その通りだと内心呟きつつも視線を若干逸らした。

 

「まあ、敵対する気が無いのなら……良いけど」

 

 家族の為にどんな強敵にでも立ち向かう意思はある。もっと言ってしまえば、ミリアは人としての道すら踏み外して堕ちる所まで堕ちた事もある。そんな経歴持ちとしては素直に頷く気にはなれない。

 

「……竜人(ドラゴニュート)()()()? 元ヒューマン?」

 

 その言葉を聞いたすぐ、左手をあげて指をパチン、と鳴らした。

 

「ええ、そうよ。私は一度きりの魔法が発現してね。黒竜の時に使ったらこの通りよ。この辺りは昔の私を知る人は知ってるし、今でも調べればわかる事よ」

 

 紅茶を一口。慣れしたんだ苦みを味わうとまだ小さな彼女に告げる。

 

「そしてこれは先達としての助言。冒険者の前にあるのは『未知』であり『異常事態』。答えが見えない事でも答えを出すのは絶対。動かないより動き、動揺より次の手を。そうね、強大な相手に対峙したなら最初以外は驚いちゃダメよ。でないと、死んじゃうから」

 

 そして言い終わると、左手で放った刃は狙い通りミリアの髪を僅かに切り裂いた。

 

 はらりと舞う僅かな髪。攻撃を受けたと認識して────ミリアは深い溜息を零す。

 少なくとも、反応出来る速度ではなかった。その攻撃が首を捉えていれば、今頃自身は死んでいたと理解しつつも紅茶を口にして肩を竦めた。

 

「ご忠告どうも。まさか夢の中で殺されかけるとは思わなかったわ」

 

 冒険者としての自覚が無いと言われても仕方がない心構えだが、心が折れたらどうしようもない。ミリアは自身が精神的に強い方ではないのを自覚している。

 

 やっぱりね、とカレンは見抜いた。表向きは冷静に返事をしたがそれは場を切り抜けるための仮面。話術で生き抜いてきた人物に見られる対応だった。そしてさっきの対応で自分の命はそう重くは見ていない感じもした。ただそれはベルとは違う方向で冒険者として必要な物が最初に欠けてる事でもある。ベルの場合が天性の肉体だとするなら彼女は再起の精神だ。自分の命を重く見ていないのなら他の物がまさに()()()()()なのだろう。それを失えば恐らく、彼女は生きていけなくなる。

 そこまで考えてミリアはかなり複雑な人生を送ってきたのだと察した。年齢以上に見た目が若いのもそんな苦労が身体に出ているのだろう。

 

「殺す気はないからね。私についてはこのくらい話しておけばわかってもらえるわ。だからそろそろ貴女の事を教えてくれない? 【魔銃使い】なんて二つ名があるんだからLv.2以上は間違いないでしょう?」

 

 でも、そんな心の持ち主が少なくとも偉業を一つ乗り越えた事は賞賛するべき事だった。そんな冒険者はどんな子なのかカレンは純粋に興味が湧いたのだ。

 

「はぁ、いきなり攻撃しといて殺す気は無い、ね……第一級冒険者ってアレよね。ちょっと頭のネジが外れてる人が多い気がするわ」

 

 深い溜息と共に愚痴を零し、ミリアは質問の回答を口にした。

 

「Lv.3、見ての通りの魔術師よ」

 

 当り障りのない内容で、詳細については触れない。ステイタスについてまで質問してくる様な冒険者として非常識な行動はとってこないだろうと肩から力を抜いて自然体に振る舞う。

 

「Lv.3なのね。最初の眷属はベルって言っていたから元々は別のファミリア? 【魔銃使い】の二つ名も落ち着いているし、かなり影響力のあるファミリアだったのかしらね」

 

 興味を抑えることなく、お菓子を摘まんだまま話を催促する。ただLv.3にもなる冒険者を手放すファミリアがそうあるとは思えない。へスティア神に友好のある神様が手助けした可能性もあるけど、不敬だけどあの女神さまがそこまでしてもらう感じには見えないし、加えて二つ名に口を挟める神もこっちでもいなかった筈だ。もしかしたら、この子もベルと同じスキルが発現しているのかもしれない。

 

改宗(コンバージョン)して入団した訳じゃないわ、ヘスティア様が最初の主神だし。二つ名は…………」

 

 何と答えるべきかと言葉を淀ませ、ミリアは小さく愛想笑いをして視線を逸らした。

 彼女にとって、神々に嵌められて神会(デナトゥス)の席に招かれた記憶は極力思い出したい代物ではないのだ。

 

「まあ、面倒な女神に目を付けられて、って感じです」

「面倒な女神様、ねぇ」

 

 間違いなくフレイヤ神ね。向こうのベルも目を付けられているだろうけど、この子にはどこが気に入ったのかと疑問が浮かぶ。仮面を被るのに慣れた感じだから真っ当な人生じゃない筈だから少なからず魂に影があるだろう。考えられるのは、改宗(コンバージョン)なしと言うベルに続く形からの急成長。その想いね。

 

「心当たりがあるから誰かは聞かないわ。私も目は付けられてるような物だし。ならその二つ名は確かな意味があるんでしょ?」

「え、えぇ。魔銃使い(ガン・スリンガー)魔獣使い(モンスター・テイマー)の二重の意味を持つ二つ名(もの)らしいわ」

 

 目の前の竜人(ドラゴニュート)が珍しい。というのはミリアでも察しがつく。

 珍しい(モノ)好きの神々の特性からして、狙われていないとは考えづらい。さりとてその対象に自身が含まれている事は微塵も嬉しくない。

 

「貴女ばかりが質問するのもおかしいでしょうし。此方からも質問をするけど、結晶竜(クリスタルドラゴン)って知ってるかしら?」

 

 圧倒的強者相手という事で気圧されて一方的に質問をされていたものの、信じるに足るかは不明だが言葉の上では敵意は無い事からミリアの方からも質問を飛ばしてみる。

 身の上に関わる話を聞くというのはどんな地雷があるかわからずに踏み込み辛い事もあり、自身の中で疑問に思った事を純粋に聞く事にした。────彼の最強派閥の眷属なら、迷宮内の特異的怪物(モンスター)の知識を持ち合わせているやもしれないと考えたのだ。

 

結晶竜(クリスタルドラゴン)か……」

 

 見たことはないが、心当たりはある。ミリアが魔銃使い(ガン・スリンガー)であり魔獣使い(ビースト・テイマー)と言う事は調教(テイム)の才能があり、しかもそれは竜を使役しているのだろう。ただ竜を調教(テイム)とは、複雑の感情が湧かないワケではない。

 

「……竜と呼べる存在はダンジョン出現以前にも存在して、しかし英雄と呼ばれる者たちが精霊、神の助力を得て討伐されたわ。当時は竜という存在が生物として最強だった。だからダンジョンの竜もまた最強の存在として()()された」

 

 でもこれは私の世界の話だ。ミリアの世界で私がいないと言うのならダンジョンもまた大きな()()がある可能性だってある。ダンジョンマスターだって違う存在かもしれない。

 

「領域の守護者として地を守るもの。驚異的な潜在能力(ポテンシャル)を持って徘徊するもの。群れでありながら生存競争するものたち。何より三大クエストのベヒーモスとリヴァイアサン。陸の王者と海の覇王と呼ばれているけどあの2体もまた竜なの。過去を見ても竜は強く誕生してる。その反面、素材は一級なんて言葉がまだ足りないほどの価値を秘めている」

 

 ちょっと喋りすぎたのでここで紅茶を挟む。大まかな話をしたが質問は結晶竜(クリスタルドラゴン)の事だ。見解になるが、見当外れにはならないだろう事を伝える。

 

「私はその結晶竜(クリスタルドラゴン)を見たことないけどおそらくは1体しか存在しないモンスターだと思うわ。名前通り結晶の身体を持つなら結晶群に囲われた場所を守護する竜、木竜(グリーンドラゴン)強竜(カドモス)と同じなのでしょう。つまりその竜自身ではなく、その領域にこそ価値がある可能性がある筈よ」

 

 もっともその竜は深い階層のモンスターで間違いないが、ミリアのレベルではそこまで行けた訳ではない筈だ。恐らくその竜自身が階層を上がってきてそこで調教(テイム)したとだと思われる。残念だけど今の彼女に領域を確かめる術はないだろう。

 

 カレンの言葉に耳を傾けていたミリア紅茶を口にして溜息を飲み込んだ。

 知りたい情報ではなく推測、ある意味では第一級冒険者の推測なので価値はあるだろうが、結局のところは本竜(ほんにん)から聞いた内容とほぼ相違無い程度の代物でしかなかった。

 ある意味収穫が無かった訳ではない。彼の最強派閥であり最深到達階層を誇るゼウスファミリアを以てしても出会った事の無い正体不明の怪物が居るとわかったのは、ちょっとした収穫と言えるだろう。

 

「領域に……価値ねぇ」

 

 希少(レア)結晶(クリスタル)の山にでもなっているのだろうか、とミリアが思考を明後日の方向に飛ばす。

 

「ええ。話から察するにその結晶竜(クリスタルドラゴン)は貴女が使役するモンスターでしょう? どんな経緯で調教(テイム)したのかは聞かないけど、とりあえずはご愁傷様。神様たちによろしく」

 

 これじゃあ短期間のLv.3到達以外にも何かやらかしてるわね。フレイヤ神に目を付けられている時点でわかっていたけど、まだ若く冒険者の経歴も浅い彼女にとっては手に余る事でしょうね。こういう時はファミリアで囲って守るべきなんでしょうけど、まだ12人の規模じゃ難しいわ。

 でもここまでやる彼女、小人族(パルゥム)の女となれば。

 

「貴女、ロキ・ファミリアの【勇者(ブレイバー)】にも目を付けられてるんじゃない?」

 

 聞きたいような聞きたくないような、女として複雑な気持ちを抱えたままそんなことを口にしてしまった。

 

 神様によろしく、つまり魔法(ほうげき)を叩き込めば良いのかとミリアが暗い考えを浮かべつつ、彼女の質問を聞いて首を傾げた。

 カレンの表情から何か含むところがあるなと察しつつも、特に誤魔化す理由も無いかと口を開く。

 

「ええ、求婚されましたよ。目的の為に同族のお嫁さんを探していたそうで、私にも声をかけてきましたね」

 

 まあ断りましたけど。と呟いて残りの紅茶を流し込む。

 どんな原理かは不明だが夢だというのにしっかりと味を感じるという不可思議な体験にミリアが目を細め、ぼそぼそと小さな声を零した。

 

「……水に関する夢を見ると、おねしょするってどこかで」

 

 神ロキが神会(デナトゥス)で発言していた【幼女聖水】という二つ名がミリアの脳裏を過る。

 

 小さく呟いたのだろうがカレンの耳はしっかりその声を拾っていた。寝る前に飲み物を飲んでないなら大丈夫と言いたいがここは聞かなかった事にした。

 それよりもやっぱり、と思いながらお菓子を頬張る。

 

「それで彼が求婚をやめるとは思わないわ。彼にとって小人族(パルゥム)の復興は絶対に果たす夢。貴女みたいな女性がいて、一度断られた程度じゃ諦めないでしょう」

 

 私のいないまま登り詰めた彼ならただ真っ直ぐに貫いているだろう。そんな彼がミリアのような小人族(パルゥム)を見逃すはずがなかった。ああ、でもなぁ。

 

「そっちに私がいないからどうこうと言えないけど、やっぱり複雑だわぁ」

 

 【勇者(ブレイバー)】に恋心でも抱いていたのだろうか、と口を開くより前にミリアは気付いた。

 霧が濃くなってきている。

 

「……そろそろ夢が覚めるみたいよ、前もこんな感じだったし」

 

 街中の一角にあったはずのカフェテラスは、今や霧の中に孤立していた。一〇Mも無いはずの向かいの建物すら白い霧に遮られ見る事は敵わない。

 

 ミリアに言われて霧が濃くなっているのに気付く。まさかのタイミングとも思えるタイミングだが、むしろこれ以上は踏み入った話題になるのでありがたいとも言えた。

 

「そうみたいね。なかなか面白い話が聞けて楽しかったわ。―――【グニタヘイズの穴蔵、その奥底に宝物を置きましょう。―――ミュニアストレジャー】」

 

 詠唱と魔法名を唱えて取り出した物を収納する。

 

「それじゃあそっちのベルと頑張りなさい。あの子、思う以上にトラブルに合いやすいからね」

「それは……まぁ、そうね。気を付けるわ。さようなら」

 

 ベルだけに限らず自身もトラブルを引き寄せる性質だろうなと苦笑しつつも、ミリアは小さく手を振った。

 瞬く間に濃くなる霧、相手の姿が霧の向こうに消えていく。

 

 

 

 

 

 シーツを押しのけて跳ね起きる。窓から差し込んだ朝日を浴びながら、ミリアは髪をいじって首を傾げた。

 

「なんか、死にそうな目に遭った気がするような……」

 

 死ぬ夢でも見ていたのか妙に首回りが気になる。髪の方は寝る前と差異はないので死ぬ夢でも見たのだろうと興味を失ったところで、声が響く。

 

《おはよう!》

「え? ああ、おはよう」

 

 サイドデスクの上から声をかけてきた結晶竜(クリス)に挨拶を返した。

 窓から差し込んだ朝日を浴びて煌びやかに────目に痛い程に光を乱反射する結晶竜にミリアは溜息を零した。

 

 

 

 

 

 人々の喧噪を聞きながら意識が目覚める。

 

「んん……?」

 

 まだ覚醒しきっていないままでこれまでの事を思い出す。確か幾つかの店に立ち寄った後、少し休もうと人に見つかりにくい路地裏で腰を下ろし、そうしたら寝てしまったようだ。ただ、妙な夢を見ていた。なんだか面白そうだなとか、少し妬いてしまいそうな感じから誰かに会った夢なのだろう。ただどうにも顔が思い出せない。思い出せなかったが、自然とある方法を試した。

 

「【グニタヘイズより贈り物を】……」

 

 手に出現させたのは一つのカップだった。カレンは基本、使用した物は後でちゃんと綺麗するタチである。

 そしてカップは、飲み跡が残ったままだった。

 

「……次もまた会えるかしらね」

 

 しかし誰と会ったのか思い出せない。もしまた会えたならちゃんと顔と名前を覚えておこうと決めた。




 作者:魔法少女() あとがき
 コラボ第二段。読者を楽しませるよりは作者が楽しむ方向でやってることもあり、文章が全く整ってないけど……まあ、楽しかったから良し!

 コラボしてくれてありがとうございましたー。



 作者:Celtmyth様 あとがき
 今回のコラボ、本当にありがとうございました。

 最初、私みたいなちっぽけな者が人気のあるお二人に続く形で大丈夫かと思いましたが思い切って連絡をして、こうして形に出来たので光栄でした。
 竜人のカレンというキャラクターが【ドラゴンテイマー】のミリアと対面する光景を想像しながら話が進むのは楽しかったです。ところで竜人も『竜』と認識されるんでしょうかね?

 夢オチは便利と思ってたら意外に起きる部分が悩みました。

 そしてもう一度言います。今回のコラボ、本当にありがとうございました。


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ソードアート・レジェンド

 作品名『ソードアート・レジェンド』
 原作『ソードアート・オンライン』
 作者『にゃはっふー』
 https://syosetu.org/novel/153552/

 神様転生したオリ主が『退魔の英雄』の能力を得てソードアート・オンラインのキャラと関わっていく作品。


 ※クロスオーバー要素『ゼルダの伝説』




 深い森の中、木々に囲まれた木漏れ日に照らし出された茶会の席。周囲を見回せば木々の合間を不可思議な淡い光────俗に妖精とも言われそうな光球────が時折姿を見せるのが確認できる。

 呆れた様な表情を浮かべて茶会用のテーブルに着く幼い容姿の少女が羊皮紙に書かれた文言を見ていた。

 『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』

 羊皮紙に書かれたそれと、目の前に居る見知らぬ人物を目にし、これまでの経験則からここが夢の中であると理解した少女は溜息をついた。

 

「また、夢ねぇ……」

 

 小人族(パルゥム)特有の低い背丈、幼い容姿に見合わない知的で左右で異なる異色の瞳。紺色のローブ姿の彼女は目の前の人物が身動ぎしたのに気付いて羊皮紙をテーブルに戻して様子を伺った。

 

 少女は少し変わっていた。左右の瞳の色が違うオッドアイであり、片手の肌色が違うと言う不思議な少女。いや少女と言うよりか、実年齢が見た目より高そうに見える。

 

(背の低いアバターでも引き当てた大人かな? いや、ここはゲームじゃない現実のようなものだし、ゲームでもないのにオッドアイは珍しい。魔法使い、かな? 魔法があればそうだろうが、ここはどこの世界だ?)

 

 そう感じながら自分の姿にも違和感がある。

 

(これはゲーム、『ソードアート・オンライン』の『テイル』の姿だな。仮想世界の姿で異世界に来た? まあそれはいいか、だけど周りは『ゼルダ』の世界で見る妖精がちらほらいるし、なんなんだここ?)

 

 いままでの経験からして異世界か夢と考える中、青年も羊皮紙に書かれた文章を読む。見たことの無い文字なのに、なぜか意味を理解した。

 

『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』

 

(………ふむ、つまりここは仮想世界ではなく夢の世界で、異世界と混じりあっていると)

 

 すぐにこの状況を受け入れる。見たことの無い文字が読めるのも夢だからこそであり、自分がいまここにいるのは、目の前の少女と会話するためだと理解する。

 

(………えっ、なに会話って。仲間たちのおかげでコミュ障なんとかなったけど、知らない少女と会話って、これも試練かなんかか)

 

 急に青ざめる青年。現状を一つ一つ確認していって変化してく彼の百面相を他所に少女は軽く肩を竦める。

 

「初めまして、【ヘスティア・ファミリア】所属の【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ。まあその紙切れを見たならわかると思うけれど、ここは夢よ」

 

 突然の異変に青褪めたのかとミリアが安心感を抱かせるような優しい声色で自己紹介を口にした。

 

 少女、ミリアの自己紹介に青年は少しだけ考え込み、静かに口を開く。

 

「いまの俺は………『テイル』だ。現実(リアル)だと日本で大学生として過ごして、普段はテイルで仮想世界で仲間と過ごしている。たぶんいまはそう名乗った方が正しいだろう」

 

 本来なら本名を名乗るべきだろうが、現実(リアル)だと苗字だけ、仲間の間で自分の名前を覚えているか疑問になるほど呼ばれていない。彼にとって本当の名前よりもしっくりくるのだ。

 

 黒髪黒目で無造作な髪型、極東を思わせる見た目でありながら『現実(リアル)』と言う単語を使った事に僅かながらに驚愕しながら、ミリアは小さく吐息を零した。

 

「ふぅん、そっか。えっと、仮想世界ねぇ……って事は迷宮都市(オラリオ)の人間じゃないのね」

 

 ミリアが過去に経験した二度の夢での異界人との邂逅。米好きのエルフに、恐ろしい力を持ちながらも話好きな竜神。どちらも迷宮都市(オラリオ)における別の時間軸とも呼べる世界に居た者達であった。故に今回も同様かと思えばそうでも無かったことに驚き、彼女はふと伺う様にテイルに質問を飛ばす。

 

「って事は……『ミリカン』とかって知ってるのかしら?」

 

見た目と違い大人びた少女ミリアの言葉に、テイルは考え込む。

 

「みりかん? すまない、聞き覚えは無いな………」

 

 腕を組み考え込む。彼女が言う迷宮都市(オラリオ)と言う言葉には聞き覚えが無い。

 

「もしかして、お互い全く知らない世界が混じってるのか?」

 

 テイルはそれに少し驚きつつも、目の前の少女も自分と同じではないかと考える。自分よりこの状況を落ち着いて受け入れている。少なくても慣れているのは確かだと内心で頷く。

 

「少し整理しよう、こちらの世界の事を話す。そっちもそちらの世界、君の世界を教えてほしい」

 

 テイルはまず自分が神の手違いで死に別世界に転生されられた。その時に特典をもらい、異世界の勇者の能力を得る為、その軌跡を体験したりして戦い方を初めとしたものを会得。HPゼロが本当の死に繋がるデスゲーム、ソードアート・オンラインで2年半ほど仮想世界に閉じ込められていたことを話す。

 

 いまは物騒な事件は起きておらず、時々異世界に引っ張られること以外、仮想世界で仲間たちと仲良く平和に過ごしていると彼女に伝えた。

 

「神の手違い、か……」

 

 俗に言う『神様転生』というものだろうとミリアは小さく頷く。テイルの話す一部の事には興味はあるが、先に自身の住まう世界について話すべきかと口を開いた。

 

「私は、まあ一度死んで……気付いたら迷宮都市(オラリオ)迷宮(ダンジョン)に居たわ。私が生きている時代より千年ぐらい前に神々が降り立ち、神代という時代が続いてる世界ね。迷宮都市(オラリオ)は世界で唯一、迷宮(ダンジョン)を保有している最も人気(ホット)な都市って言われてるわ」

 

 その迷宮に何があるのかは誰も知らない。神々は何か知っている素振りはあれど口にはしない。

 そしてその迷宮からは無限に怪物(モンスター)が湧き出てくる事。神々が降り立つより以前は地上に怪物が溢れ返っていた事。ミリアが住まう世界は傍から見ればまるでファンタジーゲームの様な世界観だった。

 その世界に住まうミリアからすれば冗談では済まないが。

 

「地上に降り立った神々は自らの血を人に分け与え『神の恩恵(ファルナ)』を授けたわ。経験値(エクセリア)を得る事で能力(ステイタス)を伸ばし、器の昇格(ランクアップ)で階位を上げる。階位があがればあがるほど神に近づいて…………まあ、過去に神の領域に至ったなんて話は聞かないけれどね」

 

 基本的な世界観の話はこんな感じだろう。身の上話ともなるととてもではないが語り切れないものがあると考えた彼女はここで話を止める。

 

「神様がいる世界で、恩恵を受けて経験値を得て強くなる。俺を転生させた神様もいるのだろうか………」

 

 興味はあるが、知り合いの事を考えると何も言えない。知り合い、転生者である事を知る仲間の一人は、この転生が詐欺に近いと言い、かなり不平不満があるのだ。特典は自分で決めたのだが、細かい内容は知らなかった。勇者が得た経験、物語を追体験する内容で自分の物にするので、ミスして死んでもやり直せる。クリアするまで繰り返される世界を僅かな時間で過ごす内容だ。もちろん拒否権なんて無い。

 

 おかげで槍だろうが剣だろうがなんでも扱え、砂漠も極寒地帯も横断できる精神力があると自負している。

 

 だがさすがにこんなこと話しても困るだろうと、それはあえて言わないことにした。他に会話する内容はあるとすればと、普段の妹のような子との会話を思い出しながら、四苦八苦しながら話す。

 

「俺のところでファンタジーは俺が転生者で、いまみたいに時々異世界に来ることがあるだけだ。普通の世界だな。仮想世界、VRで仲間と共にゲームするだけ。そっちはどんな風に過ごしてるんだ?」

 

 彼の質問に対しミリアは顎に手を当て、言葉を選びながら呟く様に語りだす。

 

「どんな風にと言うと基本的に、まあ迷宮(ダンジョン)怪物(モンスター)相手に戦ってるとか、かしらね。怪物(モンスター)の核である魔石を集めてギルドに持ち込んで報酬を貰うのが収入を得る方法だし。遊びは……まあ、ほどほど?」

 

 冒険に必須な武具の整備費用。回復薬(ポーション)等の消耗品費用。そして日々の食費や税金等を考えるとあまり遊びにさく時間はミリアにはない。

 そも、彼女は最近戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けられてゆっくりとした時間を過ごした記憶は無いのである。

 

「あー……まあ、遊びらしい遊びってのは無いわね」

 

 近々娯楽施設の大賭博場(カジノ)に足を運ぶ予定ではあるが、あれは依頼を受けての事で遊びが主目的ではないためノーカウントを決め込み、ミリアは曖昧に笑った。

 

 曖昧に笑うミリアの様子を見ながら、テイルは少しだけ申し訳ない顔をする。

 

 おそらく忙しいのだろう。強くなるために神の恩恵(ファルナ)を鍛えたり、稼いだりする。異世界でも強くなるのは当たり前であり、稼ぐことも大変だ。ゆっくりする時間は無かったのだろう。

 

「とりあえず、全く違う世界同士の邂逅か。語り合えと言うが、俺はあまり話し上手じゃないんだが……」

 

 落ち着きを取り戻すために紅茶を飲み、会話を終わるまで続けるかと思う。

 

「君はヘスティア、炉の神様に所属してるのか。女神様や仲間の話を聞かせてくれないか?」

 

 彼女はいまの世界は好きのはずだ。少なくてもそんな雰囲気はする。会話する内容は好ましいものがいいだろう。テイルは自分が大切な仲間たちの顔を思い出し、自分も彼らのことを話そうと思った。

 

「ヘスティア様や仲間の事ね……主神はとても優しい神よ。ベル、派閥の団長であるベル・クラネルって男の子も優しいし、眩しいぐらい綺麗な人達ね。他には毒を吐く事も多いけどしっかり者のリリルカ・アーデ、頼りになる兄貴分のヴェルフ・クロッゾ、真面目が服を着てる様なヤマト・ミコトとか、かしらねぇ」

 

 ミリアが仲間を思い浮かべる様に目を細めて語るさ中、ふと気づいた様に顔を上げてテイルを見た。

 

「ああ、言って無かったわね。私はこんななりだけど小人族(パルゥム)って種族よ。ベル、ヴェルフ、ミコトがヒューマンで、リリルカも私と同じ小人族(パルゥム)ね」

小人族(パルゥム)? その、見た目子供みたいな種族か?」

 

 そう呟き、今度は自分だろうと仲間たちのことを話しだす。【黒の剣士】と言われる双剣使いのキリト、その彼女【閃光】のアスナ。ピナと言うテイムモンスターの竜を連れたシリカに、鍛治師のリズベット。

 みんなの兄貴分のクライン。狙撃が得意なスナイパーのシノン。絶対負けない剣士と言われた【絶剣】のユウキ。キリトとアスナの娘、仮想世界の住人ユイと話す。

 仮想世界に生きるAIと言い切るには個性豊かな住人たちや、自分のように仮想世界にログインする仲間たち。テイルは現実に生きる仲間も、仮想世界に生きる仲間も分けずに大切な仲間として話した。

 

 彼の話す内容から一部の人物が仮想現実と呼ばれる世界に住まう者。つまりは現実世界には居ないAI(ヒト)の事を語っているのに気付いたミリアは小さく吐息を零す。

 

「……AIに感情機能が組み込まれてるのかしらね。ウチの所だと数値管理で対人的な好感を判断、反応に対して不規則(ランダム)性を確保する事で疑似的に感情(エモーション)機能(システム)とは呼んでたけど、かなり進んだ技術力ね。羨ましいわ」

 

 彼女の義父が生み出した『ミリカン』の限界点。ゲーム内で活動するNPC達は泣き笑い嘆き怒り、殆ど人間と大差ないとまで言われてはいても、想定外の言葉を投げかけられれば反応が曖昧なモノになり、化けの皮が剥がれる事は多々あった。

 

「まあ、今となってはファンタジーよりファンタジーした世界に居るから関係ないんだけどねぇ」

 

 前世を思い浮かべ、苦笑いを浮かべたミリアは紅茶に手を伸ばす。

 

「ファンタジーか。なぜか近未来な世界なのに、時々いまみたいな状態になるな」

 

 この状況もファンタジーと言えばファンタジーだ。別世界の住人と会話するなんてユウキが知れば羨むだろう。

 

「俺はこの通り、武器を利用した前衛だが、ミリアは魔法かな? 何が使えるんだ?」

 

 テイルも魔法らしいものは使った事はある。ほとんどが道具を使用したものでそれらしいのは使っていない。仮想世界でメイジ職がいないため、穴埋めでアクセサリーを使い底上げして担当するが本職では無いために気になった。

 

「んー……まあ良いか。本来なら魔法とかステイタスに関する話は他の人にしないのだけれど、夢だしね」

 

 迷宮都市(オラリオ)の冒険者は本来なら魔法や能力(ステイタス)については口にしない。

 それこそ、同一派閥の仲間にさえ秘する事すらあるほどに。その人の人生と経験、得意不得意を映し出すステイタスは知られると致命的な事になる事すらあるからだ。

 特に魔法は一人三つまでしか普通なら取得できない切札的存在でもある為、それを知られれば敵対した時に面倒な事に成り得る。

 

「私の魔法は、そうね銃魔法とでも言えばいいかしら。使い勝手は良いけれど、威力がねぇ」

 

 夢だからと口にしつつも、ミリアは最低限の魔法の情報のみを口にした。全てを語るには多すぎるというのもあるが、主に彼女の無駄に高い警戒心による情報秘匿の為だろう。

 

「銃の魔法か、シノンが喜びそうだな」

 

 妖精の世界では弓を使うスナイパーのことを考えながら、紅茶を飲み、空になったからミリアの分も淹れて、おかわりしておく。

 

「シノンって言うと……ああ、狙撃手の」

 

 狙撃手に良い思いでの無いミリアが若干表情を歪ませる。幾度とない重低音、飛来する強力無比な魔弾。姿の見えない狙撃手ほど怖いモノは無い。

 頭を振ってその恐怖を飛ばし、今度はミリアから質問を飛ばした。

 

「そっちはどうなのかしら、武装とか、得意な戦術とか」

「武装はこの通り、剣でも槍でも弓でもなんでもござれ。特典のおかげで、魔王とも戦える」

 

 これは話していいだろうと思い話す。勇者の技を持つ、歴史に名を残さなかった勇者が鍛錬を付けてくれるので基本の武器なら問題なく扱えるほど鍛えられたと話す。

 

 普段は片手剣と盾で、影や刀身に映る敵の姿から周りの把握、避けながら懐を斬ったりと器用なことができると言う。

 

「まあ、キリトとユウキって子も練習して、できるようになったけどね」

 

 GGO、銃を使った世界だとアサルトライフルとスナイパーライフル。フォトンソードと言う近接武器を使い、ビームを剣で跳ね返して、弾丸を斬ったりしながら、走りながら狙撃する。そんなゲームでもできないだろうことをできると言うテイル。嘘を言っている様子は無い。

 

「やろうと思えば誰にでもできるよ。教えようか?」

「なんでも使える、ってのはタケミカヅチファミリアの眷属みたいね」

 

 武神が率いるオラリオでも有名な者達。各々、どんな武装でも使いこなせる様に鍛錬をしており、規模こそ小さいモノのその知名度はかなり高い派閥。

 そしてその後語った技能。影ではなく気配で察知する性質のミリアとは相性が悪そうだと肩を竦める。

 

「『弾丸切断(バレットスラッシュ)』に『疾走狙撃(ラン&スナイプ)』……」

 

 ミリアの知るそれらの技能は主に『ミリカン』の第三勢力『大帝国』が使用するモノだ。主に剣や斧で弾丸を切り落とし、全力疾走しながら弓で数キロ先から脳天打ち抜いてきたり。化物連中が多い彼の勢力と同等の技能を持っていると聞いた彼女は眉間を揉み、呟く。

 

「え、遠慮しとくわ。それに夢から覚めたらここの出来事は思い出せなくなってしまうし」

 

「そうか、これはそういう世界か……」

 

 夢の世界で鍛錬は当たり前なのでこれは少し悲しい。

 

「せっかく知り合いになれたのに、ミリアのことを覚えていられないのか」

 

 テイルはそう残念がる。話せる仲間と言うのは大切だ。転生の事を話せたのは珍しいし、ユウキに話しても心配されない夢。だと言うのに忘れるのは悲しいことだと呟いた。

 

「もう一度似た夢を見れば思い出せるわよ……夢の中だけだけど」

 

 ミリアが知る限り、過去に二度ほど似た夢を見ている。そして、夢から覚めればその時には記憶に残りはしない。

 

「まあ、あんまり深く考えても仕方ないと思うわ。ヘスティア様に聞こうにもわかんないし……ただの予測だけど、転生者っていうのも何か関係があるかも?」

 

 転生者が関係するこの夢の世界。何がしたいか分からないが、悪意では無いだろう。

 

「俺と君だとかなり様変わりしてるな」

 

 近未来的な世界とダンジョンがある世界。異なる世界過ぎて同会話するか悩んでしまう。いまは話す前よりかは気が楽だがと、そう思うテイル。

 

「私はそもそも死後、神と出会った記憶は無いのよね。それこそ、意識を失って次の瞬間にはこっちの世界……もしかしたら記憶にないだけで神と会話した可能性はあるかもだけどね」

 

 冗談めいた風に呟いたミリアはふと青年を見て質問を飛ばす。

 

「そういえば、そっちの【黒の剣士】やら【閃光】、あとは【絶剣】とかは誰かに着けられた二つ名なのかしら。私の所だとノリノリな神々が痛々しい二つ名とか付けてくるけど」

 

 私の【魔銃使い】はかなり良心的な二つ名だと呟き、ミリアは肩を竦めた。

 

「なぜ痛い名前を付けるんだ……? こっちの通り名的なものは、ゲームだから他のプレイヤーが付けたものが多いよ。キリトとアスナはデスゲーム時代のがそのままで、ユウキはALO、妖精の世界で決闘システムを使った対戦をしていた時に、そう呼ばれ始めたんだ」

 

 キリトは黒一色の装備を好んで装備、アスナはおそらく速過ぎる様子からとテイルは説明する。テイル自身も二つ名はいくつもある。剣の世界では【沈黙の蒼】と呼ばれていたらしい。

 

 らしいと言うのは、彼はデスゲーム時代ほとんどの人と交流せず、黙々とドロップアイテムやエネミー情報を売る為にフィールド探索ばかりしていて、そう言う情報に疎かった。交流があるプレイヤーからそう教えられたからだ。

 

「いまではもう喋ったりするから、沈黙は付かないだろうけどね」

「そっちのはどちらかと言うと二つ名というよりは異名なのね。こっちだと……そうね、地上の人間全員が中二病真っ盛りというか、殆どの人がそういった痛い二つ名を喜ぶのよ」

 

 【万能者(ペルセウス)】【重傑(エルガルム)】【絶†影】、人によっては痛々しいと感じるモノまで数多の二つ名があるが、それを人々は喜ぶのだ。

 ただ、その二つ名を受け取った眷属の主神が喜ぶとは限らない。むしろ背中を掻きむしって苦しむ神も多い。そういった眷属(こども)が喜ぶのを見た主神(おや)が苦しむ様子を見て楽しむのが神々の趣味の様な所がある。

 

「異名と言えば、ウチの団長は【闘牛殺し(オックス・スレイヤー)】、私も【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】とかあるわね」

 

 【()()()()()】等と言う異名も最近得たが欲しくて得たモノではない為、ミリアは口にしなかった。

 

「………なんていうか酷いな」

 

 異世界だから感性が違うのは分かるが、それで苦しみ、喜ぶ者を笑って何が楽しいのだろう。テイルはそう思い呟いた。

 

「シノンがいたら全員ハチの巣だろうな」

 

 ユウキなら笑って受け入れそうだが、シノンはダメだきっと怒る。間違えて殺して転生させると言う神に怒るのだから止められない。

 

 内心そう思いながら、ミリアの団長や彼女のことを尋ねた。

 

「オックススレイヤーは意味は分かる、牛型のモンスターを多く倒したんだろう。だがドラゴン・テイマー? 意味がそのままなら、ミリアはシリカのように、ドラゴン種をテイムしてるのか?」

「ベルの【闘牛殺し(オックス・スレイヤー)】は討伐数は1体だけだけど、Lv.1の冒険者がLv.2でも苦戦するミノタウロスっていう怪物を倒したから付けられたモノね。付け加えると強化種でLv.3相当の強さがあった個体だったのだけれどね」

 

 彼女も共に挑み、討伐せしめた怪物ではある。しかしミリアの方はその際に『偉業の経験値(エクセリア)』の取得量の差によって器の昇格(ランクアップ)を逃した。その事からベルの方にだけ異名が着けられることになったのだ。

 

「私の【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】は、まあその名の通り。赤飛竜(レッドワイヴァーン)小竜(インファントドラゴン)を従えてる事からね。普通だと竜種の調教(テイム)は難易度が高いんだけど……私の場合は魔法で従えてる感じだから自慢出来るモノではないのだけれどね」

 

「何かを倒しての称号か………」

 

 テイルはしみじみと呟きながら考え込む。彼自身では無いが、時の勇者などの称号を持つ勇者を知っている。そう思いながら紅茶を一口飲んだ。

 

(ミリアは【ゼルダの伝説】を知っているのか?)

 

 そう思い、彼女が勇者リンクについてどんな反応するか呟く。

 

「勇者リンク、彼も様々な時代で様々な称号で呼ばれてるな」

「勇者……リンクねぇ。聞いた事は無いわね、そっちの世界での英雄か何かかしら?」

 

 ミリアにとって、勇者と言えば小人族(パルゥム)の一族復興を願って自らを旗印とし【勇者(ブレイバー)】という二つ名を背負って都市の強豪派閥として知られる【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが真っ先に浮かんだ。

 

「私の知る勇者は、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナね」

「俺の前世ではゲームの物語だったけど、どうも異世界で本当にある世界なんだ。俺は転生した時に勇者リンクみたいな能力が欲しいと願って、魂の状態だけど鍛えてもらったんだ」

 

 ざっくりと言えばそうだ。死ぬ前はゲームの物語と思ったが、転生後、彼の勇者はテイルを鍛えてくれた。

 

「有名な日本のゲームだから、前世の世界も違うようだな。共通点関係ないのかも、このお茶会」

 

 ミリカンと言う言葉を知らない以上、いまの世界と彼女の転生前は違う世界なのは分かる。ゼルダの知らないとなると、テイルは自分の転生前も違う世界だと確信する。

 

「これからもこういうことあるかもな、共通点が少ない人とお茶会」

 

 さすがに共通点が無い場合でお茶会する。考えただけで会話が苦手なテイルは青ざめた。

 

「ゲームの物語が異世界であった出来事……ねえ、夢のある話ね。実際に異世界の観測が出来ない以上、有り得ないと否定できないし、こうして異世界の住民と雑談する羽目になってるし、ミリカンの世界も……」

 

 ミリカン世界が実在するとなると、世界観が混沌としており、一部魔法少女に至っては狂人だったりと、転生後に苦労処か幾度とない死亡フラグ乱立に胃を痛めそうだ、とミリアが小さく吐息を零した所で、ふと彼女は周囲の違和感に気付いた。

 木々の合間に落ちる木漏れ日を浴びて動き回る妖精らしき光点が霧にぼやけている。

 過去二度の異界との邂逅。その終わりが近づいた証拠とし、周囲の霧は色濃くなり、徐々に背景となっていた深い森林が霧に覆われていく。

 

「まあ、私は会話が嫌いではないのよね。まあ人間嫌いではあるけど、貴方との会話は楽しかったわ。警戒する必要が無さ……あー、貶してる訳ではないのよ? ただ、警戒しなくて良さそうな人となりをしてたのよね。それと、そろそろ夢が覚めると思うわ」

 

 その言葉に霧が深くなったことに気づき、そうかと頷くテイル。

 

「そうか、結局分からないままだったけど、楽しかったのなら幸いだ。俺は話すのが苦手だからな」

 

 苦笑しながら、手を前に伸ばす。もうすることは無いから、握手のつもりだろう。

 

「まあ、悪く無い時間だったわ」

 

 差し出された手に自らの手を重ねて世辞を述べる。素直に楽しかったと伝えるぐらいしても良かったかなとミリアが小さく苦笑するのと同時、霧は急速にその色濃さを増していく。

 握手しあう距離の相手の顔すら判別できなくなり、繋いだはずの手の感触も姿が見えなくなるのと同時に消え失せる。異界との交流の場は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 小鳥の囀りが響く自室。ベッドで身を起こしたままぼんやりと部屋の中を眺めていた少女が、小さく欠伸をしたところでぱたぱたと騒がしく廊下を駆ける音が響く。

 

「あー、どうぞー?」

 

 扉を叩く(ノックする)音、部屋の主が声を返せば間を置かずに扉が開かれ、茶髪の少女が顔を覗かせた。

 

「ミリア様、朝ですよ……起きるのが遅いなんて珍しいですねぇ」

「んー……ん、なんか変な夢を見たのよ。思い出せないんだけど」

「夢ですか? それよりも朝食が冷めてしまいますので早くしてくださいね」

 

 同派閥に所属する同族の少女が消えた扉をぼんやりと見てから、部屋の主であるミリアは窓から差し込む朝日に目を細めた。

 

 

 

 

 

 VRMMO、アルヴヘイム・オンライン、通称ALO。そこにログインしているテイルは眠たそうな顔でレベル上げしている仲間たちを見る。いまの自分は休憩と他プレイヤーの警戒に当たっている。

 

 眠たそうなテイルに苦笑しながら、ユウキは彼に話しかけた。

 

「どうしたのテイル? いつもより眠たそうだよ」

 

「夢を見た感覚があるが、どんな夢か思い出せなくてね」

 

「? それが夢ってものじゃないの?」

 

「なんかユウキが気に入りそうな話だった気がする」

 

 首を傾げたところ、キリトが手を振りながら近づいてくる。

 

「そろそろ次のダンジョンに行こうぜ。今度は地下迷宮なんだ」

 

「あ~分かった」

 

 地下迷宮、ダンジョン。そんな言葉を聞くと妙な引っ掛かりを覚えたが、意識を切り替えた後は気にせず、彼らと共に仮想世界を歩き出した。

 




 作者:魔法少女() あとがき

 コラボ第三弾! 初のダンまち以外の作品とのコラボでグダグダな気もしますが、コラボなんていつもグダグダですしね()

 今後は他の原作のオリ主ともコラボしてみたいですな。

 コラボの方ありがとうございました。



 作者:にゃはっふー様 あとがき
 今回のコラボありがとうございます。ホントこういうの楽しくて好きなので嬉しいです。

 いやーダンまちに関係ないから、どうしようか悩んで結局コラボしました。これが他のダンまち以外の作者さんの切っ掛けになれば嬉しいな。

 ミリアも三回目だからテイルをよく導いてもらい、助かりました。

 テイル共々、今回のコラボ楽しかったです。本当にありがとうございます。


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ベル・クラネルの兄が医療系ファミリアにいるのは(性格的に)間違っている!

 作品名『ベル・クラネルの兄が医療系ファミリアにいるのは(性格的に)間違っている!』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『超高校級の切望』
 https://syosetu.org/novel/217792/

 狂ったキャラを突っ込んだらどうなるのか、というコンセプトを元にした作品らしく、オリ主が血液嗜好症(ヘマトフィリア)を持っていたりする。狂人キャラというよりは理性的で狂気持ちな感じ?


 石造りの暖炉の火に照らされた古びた家屋。おぼろげに照らし出された漆喰の壁。天井から吊るされた木製の燭台には半分程の長さの蝋燭。

 ぎっしりと本が詰め込まれた書棚。本を綴じる道具、執筆机、本格的な製本を行うための道具等も見受けられる。

 そんな室内の片隅に置かれた机と、三つの椅子。その一つに腰掛けて室内を見回していた小人族(パルゥム)の少女は溜息を零した。

 

「また、夢……」

 

 金髪に紅蒼の異色の瞳。小柄な体躯を野暮ったいローブで包み込んだ彼女は視線を机に置かれた羊皮紙に向けた。

 羊皮紙には『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』と記されている。

 対面の席で眠る人物に視線を向けた少女は、恐る恐るその人物に声をかけ、反応を伺う。

 

「起きてくれるとありがたいのだけれど」

 

 その声に男はゆっくりと目を開く。紫の瞳で周囲を見回し、首を傾げながら目の前の少女に語りかける。

 

「お前、人の家で何やってんだ?」

 

 彼の問いかけに少女は僅かに肩を竦め、机に置かれていた羊皮紙を差し出しながら口を開いた。

 

「ここが貴方の家だとは知らなかったわ。勘違いされる前に言っておくけれど、不法侵入ではないし。此処は夢の中って奴よ。信じる信じないは貴方次第だけど」

「だろうな。もう数カ月も前に出た家だし。帰る気はなかったが、こうして夢で見るのはなかなか気分が良い………」

 

 懐かしむように笑うと少女が差し出してきた羊皮紙に書かれた内容を読む。

 

「『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』ねえ………異世界。ああ、爺がたまに話してたなあ。てことはオラリオもねえ、別の体系の神々が支配する世界の人間か?」

 

 見た目は子供だが、中身が違う。小人族(パルゥム)だろうが、それでも実年齢と中身があってないような気がする。

 案外体を入れ替え若さを保てる世界の住人なのかも知れないと、そこまで考えどうでも良くなった。夢でしか交われないなら関係のない事だ。嫌なことを思い出したし起きたらヘルメスを殴りに行こう。

 

「私は迷宮都市(オラリオ)の冒険者よ。【ヘスティア・ファミリア】の【魔銃使い】ミリア・ノースリス、種族は見ての通り小人族(パルゥム)。まあ、貴方の世界に私は居ないのでしょうね」

 

 過去か未来か、それとも異なる流れの世界か。文字通り全く文化形態が違う世界とも交わる夢と知るからこそ、ミリアは推し量る様に言葉を放つ。

 

「【ヘスティア・ファミリア】? てことはベルと同じか?」

 

 少年はほお、と少女を見つめる。少年が知る限り、【ヘスティア・ファミリア】所属でこそないが最も近い小人族(パルゥム)の少女と比べて、やけに中身がしっかりしている。

 左右の異なる瞳から見ても印象的だしそれ以前に中身、精神性からして忘れることはないと思うし確かに自分の世界には存在しない人間なのだろう。

 

「そうそう、ベルと同じ派閥だけど……ふぅん、そっちにはベルも居るのね」

 

 彼の発言から女神ヘスティアも居るのだろうと推測を立てながらも、ミリアは片目を閉じ、紅い瞳で対面の人物を見据えながら質問を返した。

 

「ところで、名前を伺っても良いかしら」

「こいつは失敬。俺は【ミアハ・ファミリア】所属のLv.2。2つ名は決定待ちのヴァハ・クラネルだ」

 

 弟と同じ派閥だという少女。反応からして、あちらも此方を知らないのだろう。なのでからかうように己の名を名乗る。

 

「違う世界とはいえ弟が世話になってんなあ。惚れりゃ一途なくせに女に甘くて弱えし、苦労すんだろ?」

「あー、兄だったのね。こっちのベルは一人っ子だったはず。それにミアハ様の所はナァーザさん一人だし……なるほど異界ね」

 

 顎に手を当てて記憶を漁り、互いに共通している白髪赤眼の少年の情報を引っ張りだしたミリアは肩を竦める。

 

「弱い、と言える程ベルは弱くはないわ。むしろウチの最高戦力だし」

「へえ、まあオラリオに来てから今まで無かった、片鱗すら見えなかった才能を手に入れたしな。早熟スキルには目覚めたと思っていたが最高戦力ねえ………お前もそこまで弱いわけじゃなさそうだが………ちなみに何人の派閥だ?」

 

 最高戦力なんて言い方をするぐらいだから、複数人はいるのだろう。

 

「戦闘員11名、戦闘員兼鍛冶師が1名、非戦闘員が1名、合計団員数は13名ね。あと私はLv.3ね」

 

 といっても戦闘員の内8人は他派閥からの臨時団員なので、一年後には元の派閥に戻ってしまうと付け加え、ミリアは溜息を零して「入団希望者がねぇ」と窓の外に視線を向けた。

 

「13ね………まあ零細ファミリアにしちゃ十分な成長だろ。あんまり嬉しそうに見えねえが、なんか条件付きか?」

 

 ヴァハとしては弟がいる派閥が成長するのはそれなりに喜ばしい事だ。とはいえ、何処か影のある少女を前に単純に増えたわけではなそうだと推測する。

 

「戦闘員の内8人は元の派閥に戻る予定だから、純粋な団員は5人しか居ないのよ。しかも最近の戦争遊戯(ウォーゲーム)改宗(コンバージョン)とか入団を希望してた子達を都市外に追い出しちゃったし」

 

 追い出さなかったら追い出さなかったで逆恨みで面倒事になるのもあったが、その後の新規団員募集をかけた際にやってきたのは欠損冒険者ばかり、と嫌な記憶がよみがえりミリアが舌打ちを零す。

 

「団員募集しても禄なのが来ないし。……ふと気になったのだけど、そっちの【ヘスティア・ファミリア】は、どんな感じ? えっと……アポロンとか、そういうのとかは?」

「アポロン? ああ、何時かは狙われるかもなあ。取りあえず今の団員はベル一人だ。団員じゃねえがベルにひっつくガキも一人いるなあ。最高レベルはベルのLv.2………2つ名は、神会の結果待ち」

 

 アポロン。ヘルメスや祖父から聞いてたが、やはり手を出してくるのか。

 

「一応、ベルを現状狙ってんのはフレイアぐらいだな。まあベルを育てる気らしいからやってる事は見逃してるが」

「育てる……? しかもフレイア……」

 

 眉間揉み、自らの二つ名の名付けた神を思い浮かべたミリアが更に溜息を吐いた。

 

「まあ、そうね。こっちはアポロンに戦争遊戯吹っ掛けられて酷い目にあった。とだけ言っておくわ。どのみち、この夢の内容は目覚めたら思い出せなくなるし」

「なんだ、そうか。そういや話は変わるが、ベルは一人っ子なんだよなあ? てことはそっちのヘルメスはマシかあ?」

 

 一応ヘルメスに関して忠告してやろうかと思ったが、己が誕生してない以上は此方のヘルメスよりマシな可能性がある。マシと言っても、まあ何かをやらかしてる可能性はあるが。

 

「ヘルメス……? ああ、あの胡散臭い優男の神ね。そっちのヘルメスを知らないから比べられないけど、そうね……腹に何か抱えてて気持ち悪いわね」

 

 神の中でも特に嫌いなタイプだとミリアが吐き捨てた。

 

 なるほど、やはり向こうのヘルメスも大概らしい。まあこうして警戒しているあたり、大丈夫だろう。あの神は大胆ながら慎重。こうして警戒する奴がいる以上派手には動けないはず。

 

「なかなか見る目あるな。小人族(パルゥム)とはいえ、やっぱり見た目と中身が一致してねえのな。ま、優秀な奴がベルの周りにいるのは良い事だ」

小人族(パルゥム)なんてそんなものだと思うけれどね。ほら、【勇者(ブレイバー)】とかも見た目と中身が違うじゃない」

 

 エルフや小人族(パルゥム)等、見た目から年齢を推し量るのが難しい種族は他にも居る、と言いかけて口を噤んだ。 言外に同族の見た目から年齢を推し量れないと言っている様なモノだと僅かに頬を引き攣らせ、ミリアは視線を逸らした。

 

「あいつは四十代だろ? 俺はその辺、見ればわかる。少し特殊な事情でな」

 

 その上で、年齢と中身が合わぬと思ったのだが………。

 

「まあ良いか。そういや、【勇者(ブレイバー)】つえば同族の旗印になることに躍起だったなあ。お前、プロポーズでもされてんじゃねえ?」

 

 少なくともベルがミノタウロスに襲われた際、フィンはリリを見ていた。彼の在り方を考えると、おのれを受け継ぐ者を欲するのは想像に難くない。

 

「……私も、まあ特殊な事情があるのよ。それよりも、求婚されたわ。断ったけど」

 

 肉体的な衰えは恩恵の影響で緩やかになる事もあり、第一級冒険者は見た目で年齢を推し量るのが難しくなる。そうであるのに『見ればわかる』と口にする以上、魂などの肉体以外の部分を見ているのかとミリアが推測しながら言葉を続ける。

 

「尊敬できる人物ではあるし、出来るなら協力したいとも思ってたけれどね。今は【ヘスティア・ファミリア】があるもの」

「そうか。これからも彼奴を頼むぜ………多分だが、ミノタウロスとは戦ったろ? ありゃもう運命だ。また戦う事になる」

 

 どうせ忘れてしまうなら詳しいことも話してしまおうと思ったが、やはりやめておく。適当に世間話程度の忠告はしておこう。

 

「ミノタウロスと戦う運命、ねぇ……『闘牛殺し(オックススレイヤー)』の異名は伊達じゃないって事かしら」

 

 ヴァハの言葉を口の中で転がしながら、ミリアは窓の外に視線を向ける。霧はまだ遠く、時間が有り余っていると知らせてくる。それを見ながらも今度はミリアの方から質問を投げかけた。

 

「兄、と言っていたけれど、仲は良くないの? 兄弟なら同じ派閥に所属するものって訳ではないけれど、同一派閥に入るとかあったんじゃないかしら」

「俺達は見た目、あまり強くなさそうだろ? だから二人で別れて派閥を探してな。俺は別段同じ派閥じゃなくても良いと思っていたから、ベルはまあ多分、俺に自慢したかったのか恩恵を受け取ったあと合流してな………」

 

 ベルが互いに違う派閥に所属してしまった時のショックを受けたような顔からして、出来る事なら一緒の派閥が良かっだろう。

 

「ま、だが同じ派閥になりゃ一緒に行こうってくっついてくるだろうし、これでいいと思ってるぜ? 

仲に関しちゃ、俺は良いつもりだがこの前アイズに『虐めちゃダメ』とか言われたなあ………ちょっとボコボコにして外壁から蹴り落しただけなんだが」

 

 キチンと助けたし、ベルも怒っていなかったんだがなあ、と笑う。

 あの場でアイズが怒るのは想定内だったがそれでもやったのは、その方が面白いかと思ったからだ。事実あの時ミノタウロスは、明らかに生まれたばかり故に存在する筈のない過去を思い出していた。

 

「市壁から蹴り落とす……? Lv.1だと普通に死ねる高さだと思うのだけれど」

 

 少し、というにはかなり過激な愛情表現にミリアが頬を引き攣らせる。

 

「ま、まあ……偶然が重なって他派閥に所属したってのはわかったわ。……ん、つまり貴方もベルと同じで最速ランクアップを果たしたって事?」

 

 所属先を探すのが同時期であったのならば、冒険者になったのも同時期。それでありながらベルがLv.2で、目の前のヴァハもまたLv.2だという事に気付いたミリアが僅かに驚きながらも呟く。

 

「冒険者になって3週間ぐれえだな。その後ベルもミノタウロスでランクアップ………そういや今はLv.なんだ? お前が3で、ベルが最高戦力なら少なくとも2ではねえんだろ?」

「ベルはLv.3だけど……3週間って、どんな無茶したらそんな……はぁ、なんというかベルの兄って感じね」

 

 妙なところで目の前の人物が彼の少年の兄であると納得したミリアは深い溜息を零す。

 

「こっちも同じ、かどうかはわからないけれど、変異種のミノタウロス討伐でベルがLv.2に、私は少し後ぐらいに小竜(インファントドラゴン)調教(テイム)してLv.2に、しばらくしてからアポロンとの戦争遊戯(ウォーゲーム)でLv.3ね。他にも色々とあったけど、大雑把に言えばそんな感じよ」

「ドラゴンをテイム?」

 

 ドラゴンと言えば基本的にモンスターを種別に分ければ、かなり強力な存在だ。それをテイムとは、恐らくはスキルか魔法だろう。調教してLv.2と言うことは下したのはLv.1。現状Lv.3としての強さを見ても、魔法が不明だが勝つことは出来ても屈服させることは出来そうにない。

 

「ちなみ俺は………まあ経験自体は色々。ランクアップは漆黒のワイヴァーンをLv.3二人と組んで倒した。黒のモンスターは基本的にゃ神がいねえと生まれねえが通常のモンスターより強いから気ぃつけろよ」

「漆黒の、怪物……? ああ~、『漆黒の階層主(ゴライアス)』ね」

 

 既に交戦済みで、それも特殊な怪物『結晶竜(クリスタルドラゴン)』の存在によってほぼ不死身化していた強大な怪物を思い浮かべたミリアが溜息を零した。

 

「遅い忠告どうも……」

「なんだ、経験済みか。しかし階層主(ゴライアス)………」

 

 少なくとも17階層以降に潜ったという事だろう。ダンジョンが神を憎んでることを、他でもない神がよく知っているだろうに。

 17階層までは潜れたのなら少なくとも神威を押さえるすべを知ってるというのに神威を放った………

 

「何処の馬鹿だそれは。自分達神々がダンジョンに何をしたか忘れてやがんのか?」

「……ウチの主神なのよね、その馬鹿っていうのは。まあ少しは私にも原因があるけど」

 

 怒りの余り冒険者を殺傷する寸前にまでいき、それを女神の神威で止められた事を思い出してミリアは苦い表情を浮かべる。

 

「あのヘスティアがねえ……仮にも爺の姉だ。神威の加減でも間違えたか? いや、お前に原因ねえ………」

 

 17階層以降で、モンスターと異なり神威が通じる相手。まあ人類だろう。使用理由は、ヘスティアの性格から考えて仲裁か?

 

「最速ランクアップ者に対する嫉妬かあ? 俺も気を付けなきゃなあ」

 

 などと口では言いながらも、ヴァハは楽しみだと言うような笑みを浮かべた。

 

「気を付けるって、楽しそうに言うわね。まあ、私の関係ない所でやるなら別に構わないけれど、あとベルを泣かせない様にやって欲しいわね」

 

 暗に隠れてやるなら別に良いと発言し、ミリアは肩を竦める。

 

「そういえば、全部忘れるしステイタスについて聞いても良いかしら。私は魔力特化、器用高めで力と耐久が絶望的。典型的な魔術師タイプよ、発展アビリティに《魔導》もあるし」

「良いぜえ。アビリティはどれが特化とかはねえなあ。魔法は2つ。血液を操って武器にしたり体内で動かすことで身体能力を上げる血液操作魔法と、血を燃やす火炎系。スキルのお蔭で人だろうとモンスターだろうと血を飲めば魔力や傷も回復出来る。何なら腕だってはやせるぜえ」

 

 そういえば、目の前の少女の赤い瞳と肌の白い腕。そこだけやけに新しい。移植したようには見えないしまさか彼女も生えてきたのだろうか?

 

「発展アビリティは《加護》。俺の血を武器に塗れば雷の魔剣の完成だ。モンスターの魔石に塗りゃ、そのモンスターが高い知能か俺よりも遥かに強い基礎能力(スペック)を持ってねえ限り支配できる」

「腕が生えて、血を飲んで……え、何? 『吸血鬼(ヴァンパイア)』?」

 

 思ったより過激なスキル、魔法構成に若干引きながらもミリアは眉間を揉む。戦闘方法まで語れと言った積りはなかったが、一方的に語られたのならこちらも、と魔法についても口にした。

 

「私の魔法は『分岐詠唱』の特殊な魔法で、銃器の様な特徴を持つわ。単発威力は弱いけど連射できるから使い勝手は良好ね。後は……『クラスチェンジ』で魔法やスキルの構成をごっそり変更できるスキル。説明すると長くなるから省くけど、かなり戦闘法が変わるわね。それと、竜種限定で従える事が出来る使役魔法みたいなのも少々……赤飛竜(レッドワイヴァーン)小竜(インファントドラゴン)結晶竜(クリスタル・ドラゴン)の三匹を従えてるの」

 

 やはり竜種のテイムに関するスキルを持っていたか。

 しかし、予想通り律儀な性格だ。こちらが手の内を晒せばあっさり話してくれた。まあ、説明が長いからと詳細は聞けなかったが。【魔力放出・雷】を教えればもう少し知れるだろうか?

 いや、別に竜に関してだけ確かめたかっただけだし良いか。

 

「最後の一匹に関しちゃ知らねえが、スキルってのは本人の思いが形になりやすいらしいなあ。俺は血を流させるのも流すのも好きだしなあ。お前、なんか竜に思い入れでもあるのか?」

「思い入れ、思い入れねぇ……」

 

 ミリアは大きく首を傾げながら考え込む。たっぷり三十秒ほどかけて答えを得られなかった彼女は肩を竦めた。

 

「さあ、私にもさっぱりだわ。どうして竜なのかしらね。いやそもそも使役するって関係もなんかしっくりこない、というか嫌いではあるのに、なんでかしら?」

「何だ、お前竜嫌いなのか。まあ、普通はそうだよな」

 

 何せドラゴンは人類が憎むべきモンスターの頂点。特にヴァハが今も焦がれる隻眼の黒竜もまた、ドラゴンだ。

 

「ああ、そうそう。ドラゴンつえば、隻眼の黒竜にゃ気ぃつけな。あれは『古代』のモンスター。神が食われりゃ、強制送還なんて救済すらなくなる」

 

 結晶竜(クリスタル・ドラゴン)などと言う未知のドラゴンを従えている辺り、ドラゴンに対して縁があるのかもしれない。そうで無くともベルが近くにいて、ヘルメスの性格に差がないのなら何れは最強の災厄とぶつかる合うことになる。忘れるとはいえ、弟の仲間だ。忠告を一つしておくことにした。

 

「あー、嫌いなのは『使役する事』であって『竜』じゃないのよ。一時期は『怪物趣味』とまで言われたし……いや、今でも知らない所で言われてそうね。それはともかく、『隻眼の黒竜』、っていうと三大冒険者依頼(クエスト)の、えっと……確か【ゼウス・ファミリア】を壊滅させた?」

 

 ヴァハの言葉にミリアが肩を竦めて鼻で笑った。

 

「そんな怪物と相対なんて冗談でしょ。そういうのは【ロキ・ファミリア】とか【フレイヤ・ファミリア】の管轄でしょうし? ……それよりもさらっと流しかけたけど、貴方血液嗜好症(ヘマトフィリア)なのね」

「そうか、なら『竜』とは仲良くやれてんのか。しかし怪物趣味かあ。蔑みの言葉としちゃ一級らしいなあ……」

 

 そういう意味では黒竜に焦がれる自分も、『怪物趣味』に含まれるかもしれない。

 

「だが、ロキにフレイヤねえ………現状あそこだけで勝つのは無理だな。絶対に不可能だ………それと、確かに血は好きだな。何なら、理由は解らねえが腕や目が再生したお前の血の味とかも興味ある」

 

 ヴァハはそう言って舌なめずりをした。これまでの経験を踏まえるに、血液の味はLv.、希少なスキルの有無、健康などで変わった。

 竜を従える希少なスキルに加え、『分岐魔法』という聞いたことがないスキル。さらには『クラスチェンジ』という戦闘スタイルを変えるスキルと来た。

 どんな味がするのだろうか? というか、この夢の中で味は感じれるのだろうか?

 

「おっと、なんか変なスイッチを押したみたいね……頼むからいきなり襲ってこないで欲しいわね。一応、こっちの方がレベルは上だから返り討ちにするわよ?」

 

 襲われるのは御免だとレベル差だけ示しながらミリアは牽制する。それが牽制として効果を発揮しているかはともかく。

 

「貴方の言う通り、腕と目は再生した代物よ。私が従える竜種、赤飛竜は特殊な血らしくてね。それを素材として再生能力を極限まで高める事で失った手や足、目なんかの重要部位も再生可能な『再生薬』という薬が出来てるのよ……まあ、見ての通りまだ不完全な再生しかできないけれど」

 

 透き通るような白い肌に、弟と同じ血の色を透かして見せた赤い瞳。なるほど、色素までは再生しないのか。

 

「しかしレベルねぇ。お前の目の前でそっちのベルが適正レベル2のミノタウロスを倒したのは見たんだろ? レベルは絶対じゃねえ…………しかし特殊な血ねえ。ここにいねえのが残念だ」

 

 夢とはいえ仮にも実家だ。暴れる気にもなれないし、戦闘はやめておく。彼女が此方の世界に現れなかったのが残念だ。

 

「…しかし、『再生薬』と来たか。元の派閥に戻る奴等は、それを対価に協力を仰いだってどこか。確かに冒険者として役に立たねえ奴を仲間にしても警戒されねえだろうしな………」

 

 普通に考えて一年だけとはいえ派閥の団員を貸し与える神がいるとは思えない。いや、タケミカヅチやミアハ辺りならしそうだが、11名となるの話が別だし3名も帰らないことを選び、主神が許すということはつまりそれだけの恩ということだろう。

 

「アミッド辺りが欲しがりそうだな。んで、ディアンケヒトが独占する………つーか、してるのか? うちのダンチョじゃ作れねえだろうし、作っても襲われない医療系派閥となると【ディアンケヒト・ファミリア】ぐらいだしな」

「レベル差って本当に恐ろしいモノの筈なのだけれどねぇ……クラネルの血にレベル差の概念ってないのかしら」

 

 深い溜息と共に戦闘の意思を引っ込めたヴァハの様子に安堵し、ミリアは半眼で答える。

 

「正解。というか作れるのが【ディアンケヒト・ファミリア】オンリーで、全独占済み。契約で雁字搦めにされて、新規団員としてやってくる欠損冒険者にはきっちり金を払わせようって魂胆よ。容赦無く足元見られたわ。まあ万能薬(エリクサー)とか高位回復薬(ハイポーション)とかは使いたい放題ではあるけど」

 

 この夢を記憶できればアミッドに教えて異世界の自分に叶わぬ嫉妬をする姿を堪能できたかもしれない。非常に残念だ。

 

「クラネルの血筋ねえ。母親の方な普通だから、俺はともかくベルはあんまり血は関係ねえだろ。彼奴は魂レベルで特殊なんだよ」

「母親の方は普通? ベルは両親の事を知らないみたいだったけれど……ん?」

 

 ミリアが違和感を覚え、視線を向けた先は玄関扉。固く閉められているはずの扉の隙間から濃密な霧が室内に侵入してきている。気が付けば窓の外は真っ白に染まり上がり、夢の終わりが近づいている事を知らせてきた。

 

「少し、気になるから聞きたかったのだけれどね。時間切れみたいね。まあ、少しその血液好きはどうかと思うけれど、話自体は楽しかったわ」

 

「あー、なんだ。時間か?」

 

 その霧を見て、コキリと首を鳴らすヴァハ。目の前に極上の獲物がいるが仕方ない。我慢しよう。

 

「そこそこ楽しかったぜえ。こっちの世界にも、お前みたいのが現れることを祈ってる」

 

 叶うことなら、殺しても文句を言われない敵として。

 

「……私は遠慮したいわね。流石に」

 

 最後の最後で妙に殺気立ったヴァハの様子にミリアが眉間を揉んで立ち上がる。

 

「それじゃあ、叶うなら二度と出会う事が無い事を願ってるわ」

 

 彼女の言葉を皮切りとし、濃霧が部屋に流れ込んでくる。

 隙間から流れ込むというよりは、壁すらも透過して霧が全てを覆い尽くしていく。

 

 

 

 

 

 酒臭い吐息を零し、妙にクラクラする頭を抑えながらミリア・ノースリスは自室で目覚めた。

 自身の最後の記憶を辿り、冒険者流儀の験担ぎの為にドワーフの用意した『ドワーフ殺し』をグラス一杯、一気飲みをした結果倒れた事を思い出しつつも、妙に汗ばんだ首元を押さえて眉間を揉む。

 

「何か、妙な気分……酔い、じゃないわね。何かしら」

 

 僅かに視線を逸らした先、部屋に備え付けられた姿見に映る自分の瞳を見て、ミリアは眉を顰めた。

 原因は、その紅い瞳。まるで血を連想させる────というよりは血そのものの色合いのソレ。

 

「……当分の間、血は見たく無いわ」

 

 酒を見たくないならまだしも、血を見たく無いとは何事かと奇妙に思いながら、彼女は汗ばんだ寝間着を着替える為に立ち上がり、妙に外が騒がしい事に首を傾げながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「……さん、兄さん………起きて」

「ん〜?」

 

 肩を揺らされ目を覚ます。体を伸ばし、ゴキゴキと骨を鳴らす。

 

「よおベル………何だ、何時の間にか寝てたか」

 

 ヴァハが現在いるのは【ヘスティア・ファミリア】のホームの地下室。そのソファで寝ていたらしい。

 

「もう夕方だし、そろそろ帰ったほうが………ミアハ様達も心配してるかも」

「ああ、そうかあ…………」

 

 ふぁ、と欠伸をして立ち上がる。何だか、とても喉が渇く。

 美味い酒を目の前にして、口はすっかり受け入れ体勢になったのにお預けを食らった気分だ。

 

「じゃあ帰るわベル。無難な二つ名が決まるといいな」

 

 ヴァハはそう言うと、己のホームに帰るために地下室から出て行った。

 




 作者:魔法少女() あとがき
 コラボの方ありがとうございましたー。超楽しかったです。

 今までと違って最速、申請から書き上げまで4~5時間という超スピードで完走。キャラ相性が良かったんでしょうなぁ。
 ……本編執筆と並行作業してたから割とカツカツでしたが、速筆ですな(白目)

 重ね重ね、コラボしていただき本当にありがとうございました。




 作者:超高校級の切望様 あとがき

 今回のコラボ、ありがとうございました。
 ヴァハ君はレアな存在程血が美味しく感じるので、ミリアちゃんの様な存在と出会ったら血を欲しがるんだろうな、などと考えていたのでこんな感じになりました。今回出た伏線は一応本編でも散りばめている伏線ですがいたか回収したいと思います。
 最後に、まだ原作4巻冒頭にしか進んでいない作品とコラボしていただき本当にありがとうございました


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サイボーグがダンジョンに出現するのは何故か

 作品名『サイボーグがダンジョンに出現するのは何故か』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『貴志部 矢賀』
https://syosetu.org/novel/217409/

 機会化人間(サイボーグ)の体で転生(?)したオリ主モノ。
 個性的な戦闘狂なタイプで目新しい感じ。


 置かれているのは机と二脚の椅子、それ以外には家具らしいものが何一つ配置されていない殺風景な室内。

 壁紙も質素、天井に取り付けられた照明の光が室内を照らしていた。

 窓から覗く景色は閑散とした街並み。人の気配は無く、ともすればもの寂しさを感じる静寂に包まれている。

 

「まぁた、夢か……」

 

 軽い溜息を吐いたのは、背丈は100cm程しかない小人族(パルゥム)という種族の中でも小柄な少女。

 長い金髪を揺らし、左右で異なる色合いの瞳には幼い容姿に似合わぬ冷静沈着な色を宿している。

 机を挟んだ対面にもまた、人影があった。

 

 その人影もまた小人族のようであった。黒コートに黒フード、表情は闇の中で見えない。全く話さないのはその者の特性であろうか、よく分からないものである。

 

「……面倒なことになったものだな」

 

 辛うじて出されたような声。フードを外すとその顔が顕になった。どこに隠していたのかも分からない黒い長髪。青い瞳に表情筋が仕事をしていないように思える無表情。

 こんな状況には慣れている彼女は目の前の人物に目をやる。ああ、と頭をかくが困惑したような表情も雰囲気も見せていない。

 

「困ったものだと思わないかね。なぁ、名前も知らない君」

 

 仰々しい仕草はするものの顔はいつだって無表情。仕草よりも顔に目がいくかもしれないが本人にとっては頑張って母を演じているのである。母は表情が豊かでなんとも愉快な人であった。本人もそれを模倣しているつもりなのであるが表情筋だけは仕事をしてくれないためにこうなっている。

 

「自己紹介でもすれば良いのかしらね。【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ」

 

 肩を竦めて曖昧に笑みを浮かべたミリアが二つ名と名を名乗る。

 仕草こそ仰々しいが、張り付けた様な無表情の人物に人形っぽさを感じながらも、ミリアが机の上の羊皮紙を指さし、示す。

 殺風景な部屋で一際浮いている茶器一式と、その横に置かれている『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』と書かれた、不可思議な一枚の羊皮紙。ミリアが時折見る、不可思議な夢。

 

「ここは夢の中らしいわ。目覚めたら忘れる、ひとときの夢。まあ気軽にお喋りしてたら目覚めるわ」

 

 ミリアは若干の警戒心を抱きながらも目の前の人物に微笑みかけた。

 

「夢。夢か!いいね、そりゃあいいなぁ。だがお喋りかぁ」

 

 これほどの声を出すならば普通なら表情が揺れ動くはずであるがそれでも動かない。

 机の上の羊皮紙を手に取るとそれを読み込む。ミリアの説明通りである、と確信する。

 彼女のミリアへの印象はただ一つ。怪しいというものだった。オラリオに入ってからの知り合いのうち、小人族っぽい見た目の人間は大概普通ではなかったからである。ミリアはこの場所について知っている、そう確定づけると初めて自己紹介をする気になる。まあ危害を与えられたら殺せばいいし。

 しかしながら彼女は会話が得意ではない。既に仰々しい仕草はやめている。あのテンションは維持するのに疲れてしまうのだ、インパクトを与えてみたかっただけだった。

 

「取り敢えず自己紹介でもするとしよう。私は紫桜 和平、気軽にアリスと呼んでくれたまえ」

 

 和平、アリスの方が呼んでもらう方が彼女にとっては好都合である。急須を触るが手袋をしていることを忘れていて何も感じられなかった。外して触ってみると既に中にはお湯が入っているようで確認すると茶葉も入っている。湯呑みも綺麗な状態だ。ふむ、と声を零すと湯呑みにお茶を入れる。匂いは大丈夫、バイザーを展開して成分を分析してみても毒成分はなし。

 彼女の好みはラーメン、と同等に緑茶である。種類によって味は変わるが久々の緑茶である。楽しみであることには変わりないのだ。

 

「随分と、まあ……おかしな名前ね、極東出身にしてはアレだし」

 

 ミリアは訝し気に久保を傾げつつ、容姿に見合わない男言葉の少女、アリスの行動に片目を瞑る。

 

「アリス、ねえ……まあ良いけど、貴方はオラリオ出身で良いのかしら。それとも全くの無関係?」

 

 過去、一度だけ異世界、文字通り別の世界の人物との交流を行った記憶から、目の前の人物が自身と同じ異界生まれの迷宮都市暮らしなのか。手近な話題を引っ張りだして口にする。

 

 おかしな名前、少女の言葉に少しショックを受ける。一応アリスにとっては誇りある名前であるのだが。

 

「ああ、そうだなぁ。オラリオには住んでいるよ」

 

 アリスの境遇は特殊であると本人は理解している。目の前の少女に理解してもらえるとは思えないことではあるが変人だと思われているのかもしれない。それに再三だが彼女は慣れているようだ。

 

「ちょいと見てほしいんだが、いいかね?驚いた顔が見たい」

 

 まあ返答などは待たない。動きには制限はもたらされてはいないようなので湯呑みにはいったお茶を飲み干すと立ち上がる。そして黒コートを脱いだ。普通なら中に服を着込んでいるものだがアリスは別、知り合いであるクオンお手製の義体が丸見えになる。全身タイツのような黒い肢体であった。

 彼女には承認欲求がある。それが理性を越えることはないがどうせ一夜の夢だ。

 

「たまには換装するのもいいかねぇ」

 

と独り言をこぼしてもう椅子に座る。黒コートは膝の上に置くことにした。ハンガーやクローゼットは残念ながらない。それを恨めしく思うが言葉は心の中に留めるとミリアの様子を伺う。

 

「あら……人形だったのね。ドールズ型の……いや、違うか」

 

 僅かながらの驚愕と、納得が交じり合った表情を浮かべたミリアはしみじみと彼女の肢体を眺め、自らの知る『ミリカン』と言うゲームに登場した職業(クラス)を思い浮かべるも即座に否定する。

 もしミリアの知るゲームのキャラクターであったのなら、少なくともドラゴニュート型の基本(デフォルト)人物(キャラ)の『ミリア・ノースリス』を知らないはずがない。その指摘が無い事から、同郷の者ではないと吐息を零す。

 

「どういう原理で動いているのかしらね。魔法? 本体は別の場所にでもあるのかしら。……人形も夢を見るのね」

「人形、か。少し違うな、私はサイボーグだよ」

 

 詳細を話そうと思ったがそれはやめる。ミリアの基準はアリスとは違うようだ。これでもアリスは元々紫桜和平としての人間で、脳さえあれば義体を変えても生存し続けることができる。ドールズ型、という言葉、どんなものかは知らないが人形を動かす技術があるようだ。無人機のようなものだろうか。

 

「まあ原理は色々と、な。私でもよく分からないのだよ」

 

 ハッハッハ、という高笑いは声の波長こそは変わり、それに対応した表情にはならない。

 

「サイボーグ、って事は元々人間? ……オラリオだと悪目立ちしそうね」

 

 物珍しいモノに目の無い神々が数多く暮らすオラリオおいて、目の前のサイボーグはかなり注目を浴びるのは想像に難くない。そこまで考えた所でミリアはいくつかの疑問を覚えた。

 

「そもそもサイボーグが珍しく無いのかしら? それに、神の恩恵(ファルナ)はどうなるのかしらね」

「恩恵は問題なく。サイボーグは珍しいらしいよ、でも協力者のおかげで問題なく過ごせているな」

 

アリスは換装型、今の義体はオラリオでも動きやすいように体を変えたものである。元々も全身鎧のように見えていたようで問題なかった。

バレたらどんな目に遭うかは逆に想像できない。だからこそ秘匿には最大限の力を使ってもらっている。

 

「秘匿、ねぇ……」

 

 存外、冒険者の情報網は馬鹿にできない。妙な噂が立てば神々が探りにくるだろう事を想像して眉を顰めつつ、協力者という人物が相当に優秀なのだろうと頷き、ミリアは吐息を零す。

 

「そっちが相当特殊なのは理解したわ。なんか面倒そうね」

「今はそんなに面倒なこともないぞ。うちは零細だからな」

 

有名になったら噂もたつだろうがまだ零細なのでそんな価値はない。そう思ってまだ安心はしているが大きくなっていって露呈すると面倒なのには変わりない。

飲み干した湯呑みにもう一度緑茶を注ぎ、もう一方の湯呑みに目を向ける。まだお茶を注いですらいない湯呑みを見て急須を手に取るが一度置いてミリアを見る。

 

「まあ、大きい所とは関係は持てるから問題ない。お茶は飲まないのか?美味くはないが不味くもない」

「お茶……まあ、一応貰うわ」

 

 湯呑を手に取り、注いで貰ってから一口だけ舌先で転がして味を確かめ、眉を顰める。

 

「文字通りというか、美味しくもないけど不味くもないわね。本当に日本茶だわ」

 

 オラリオで普及していない緑茶(グリーンティー)だからか、口に合わなくなった味に眉を顰める。

 

「さて、こちらから聞いてばかりでは不平等でしょうし、そちらから質問とかは無いのかしら?」

 

 答えられる事はそこまで多くないけれど、とミリアが冗談めかして微笑む。

 

「質問、ねぇ。君のことについては色々聞きたいが」

 

 ここは本当に語らうための場所なのだろう。元ではあるが【戦争屋】であるアリスは目の前の彼女と戦いたくて堪らない。異界であるとしても修羅場を乗り越えてきたのならば彼女は強い。協力者によってサイボーグでありながら魔力を宿したアリスには彼女の中身も見えている。

 だが、駄目だと何かに命じられた。それで収まるほど彼女は理性が強くないが大義がない。見たところ彼女は過去にトラウマを抱えているようだ。よほど何かをやらかしたか、冗談めかした笑みの奥に何があるのか想像しただけでも吐き気がする。

 

「君はどこのファミリアに属しているんだ?」

 

 まずは当たり障りのないところから質問していく。オラリオで二つ名をもっているならばファミリアには属しているはず。

 

「【ヘスティア・ファミリア】よ。女神ヘスティアが主神を務める……一ヶ月前は零細派閥だったところよ」

 

 自らの派閥を明かし、肩を竦めつつもミリアは捕捉する様に説明を口にした。

 

「まあ、貴女も同じ所の場合は、アレよ、平行世界って奴ね。“異界”の通り、別の世界の事よ」

「パラレルか。確かにミリアなんて名前は知らん」

 

 並行世界、クオンから色々と聞いていていつかは行くことになるかもなぁと笑い飛ばしていたのを覚えている。え、これもしかしてあいつの仕業かという可能性が頭をよぎるが忘れるしどうでもいいとすぐに思考をシャットアウトした。

 

「にしても【ヘスティア・ファミリア】か。となるとベルはいるのか?ならとんだ災難に巻き込まれてるだろうな」

 

 例えばミノタウロスに襲われるとか、と付け加える。ミリアが様々なことに巻き込まれる様を想像しようとするが今生きているということは何とか乗りきってきたのだろう。恐らくはその災難にはアリスも巻き込まれると思われる。

 

「ミノタウロスには襲われたし、【アポロン・ファミリア】には襲撃されるし……いまは『最大賭博場(グラン・カジノ)』に【イシュタル・ファミリア】と対立……まあ、面倒事には事欠かないわね」

 

 面倒事を背負い込みたければ【ヘスティア・ファミリア】に入団すべき。そう言える程の苦労の数々にミリアが虚ろな目で苦笑する。

 

「と、言うとそっちはまだミノタウロスに襲われた所なのね」

 

 過去を回顧する様に遠くを見つめ、自らの経験から目の前のアリスに忠告を行いつつ、てミリアが溜息を零す。

 

「まあ、黒いゴライアスに気を付けなさい」

 

「やっぱりなんだなぁ、楽しそうだ。あんたとも殺りあえたら楽しそうなんだがなァ」

 

 今はブレードも持っていない。だから殺しあうのは分が悪いし、ミリアも望んでいないだろう。黒いゴライアス、恐らくはゴライアスの異常個体なのだろう。ミリアの虚ろな目にさらに高揚感が増していく。

 

「今はリリルカに説教くれてやったところさ。殺しがいのある奴はまだ居なくてな」

 

 ミノタウロスも正直弱かった。顔が綻ぶことはないが自然と高笑いが出る。

 

「ああ、貴女も戦闘狂(ジャンキー)の毛があるのね」

 

 眉間を揉みつつ、目の前の人物が戦女族(アマゾネス)並の戦闘狂の類だと理解して頭痛を覚える。

 

「敵対する相手を選ばないと、悪目立ちするわよ」

 

 まあ目立つのならば意図せずとも敵がわらわら湧き出てくるが、と内心で呟きつつもミリアは曖昧に笑った。

 

「戦闘狂?失敬な、私は自分より強い者を殺したいんだ。虐殺なんぞ趣味じゃない。それにさぁ、オラリオってバベルへし折れるくらいの力持つやついるの?」

 

 義体のパワーアシストと恩恵の力は偉大だ。今ならばメタルギアレイくらい片手で放り投げられるくらいの自信がある。ミリアならばアリスより世情は詳しいだろう。

 ミリアに戦闘狂であることを指摘されて思い出したことはアリスの強さだ。正直、ゴライアスくらいまでなら投げ飛ばせる自信がある。

 

「ベートとかいう奴は加減したのに一発で気絶しやがったもん」

 

 クオンという強敵はいるもののそれ以外に存分に殺しあえる存在は今のところはいないと断言できる。

 ミリアの内心は理解できるがこれは性だ。サイボーグとして在るならば逃れようもない。

 

「強敵との戦闘を望むのも戦闘狂と言うのよ」

 

 若干の呆れ混じりに指摘しつつも、溜息を零してこれまでの夢で出会った異界の者達を思い浮かべる。

 

「米狂い、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】を短期襲撃、様々なVRゲームトラブルに巻き込まれた少年、血液嗜好症(ヘマトフィリア)……そして今回は戦闘狂(バトルジャンキー)、まともな相手っていないのかしら」

「サイボーグだもんぅぅ。仕方ないじゃないか!」

 

 ミリアの指摘に机に顔を突っ伏す。心にダイレクトアタックしてくるその指摘は確実に心を抉られる。

 

「ん、米狂い?米無かったら普通発狂しない?米ほどの万能食材ないだろ」

 

 ミリアの言葉の一つに反応する。日本人にとって米などの食文化は生命線である。フグやらなんやら、毒のある生物を何とかして食っている時点でお察しだ。かくいうアリスも大好物がない生活など想像できなかった。

 

「それに私はマトモな方だろうよ。これでも元少年兵なんだぞ」

 

 精神崩壊っぽい反応を見せたが数秒後には完全に立ち直る。不安をまだ吐き出しただけなので問題はない。

ミリアの呆れ顔は絵になるし、なんか可哀想な目で見られてる気がする。全くもって遺憾である。

 

「あー、本人を前にこう言うのもなんだけど、情緒不安定だと思うわ」

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)に加えて情緒不安定。呆れ果てかけて『元少年兵』と言う言葉に哀れみすら覚えて眉間を揉んで少し考えてから、一つこれだけは言っておかないととミリアは口を開いた。

 

「自分で自分の事をマトモだと口にする奴がマトモな事って無いわよ……?」 

「すまんな、一夜限りの夢だからはっちゃけたいんだ。あと、その言葉には同意するよ。私がマトモだなんて世界は滅んだ方がいい」

 

 戦場で死んだのだろうことはまだいい。しかしそれから転生からの性転換、それにこの身体は和平にとって特別なもの。

 ミリアの様子には思わず笑いが出る。世界には和平以上に恵まれない奴は無限にいる。戦争なんてもんはクソ喰らえ、しかしそれが無ければアリスは存在し得なかった。

 

「‥‥‥ちっ。スマンが戦闘狂って言葉は発さないでくれ。もう人撃つ時の感覚は味わいたくない」

 

 戦闘狂とは昔の呼び名だった。ガンパウダーによる麻薬成分の摂取や毎日のご飯、離れるに離れられなかったし育ての親には特別な教育が与えられた。その末についたのがミリアの口に出した名前。銃は扱いたくない、そんな思いから刀に手を出した。

 ため息をつくと背もたれのない椅子でもあるようにもたれかかる。

 

「それは昔の呼び名でな、それ聞いただけで全部思い出しちまうんだ。だから虐殺は悦楽にしたくない」

 

 トラウマ呼び起こさせられて平静保てるか?とミリアに問う。煙草はないかと探ってみるがどこにもない。

ここでやっと表情が嫌悪感に染まる。

 

「ああなるほど……それは悪い事をしたわね。謝るわ、ごめんなさい」

 

 戦争経験、と言えば架空の盤上(ゲーム)の中で楽しむモノ。そんな認識であった事もありミリアには想像が付かないが、PTSDに至る程の衝撃的な出来事には事欠かないのが戦争というモノだろう。

 ただ、どちらかと言えば空襲に怯えたり等、死の恐怖方面ではなく殺害に対する忌避感の辺り少し変ではあるなとミリアは内心で呟きつつ、それを隠して微笑みを浮かべる。

 

「ま、人の事を言えないぐらい私もおかしいしね。人を騙して堕とすのは得意よ、誇る事ではないけれど」

「ウチの世界じゃあ戦争経済なんてもんがあって、ああそんなことはどうでもいいか」

 

 表情はすぐに無に戻る。殺し自体に忌避感はないが弱者を殺すのが大嫌いなのだ。自分の剣は【活人剣】であることが彼女の誇りの一つである。

 【愛国者達】だとか【PMC】だとかそんなものに踊らされて殺しをやらされるなんぞは真っ平御免、自分の理想は自分で決める。

 それにミリアの人格はまだマトモな方のようだ。

 

「死は怖くなかった。私は弱者を救いたかっただけ。うん、変だな。騙す、かぁ私の場合騙されたって分かったら殺すからな。大体は初見で殺してる」

 

 そもそもサイボーグである和平に接してくる人物などあまりいなかった。和平の正義の概念は結構曖昧であるのだ。

 もう一度タバコか日本酒がないかと探してみるがやっぱりないので変わりに緑茶を飲む。

 

「まあ、詐欺師相手に話を聞く方がおかしいか……」

 

 騙してくる相手は問答無用で殺害。ある意味わかりやすい解答に顔を引き攣らせつつも納得して頷く。

 ある意味、現在も『猫被り』しているので、騙していると言えるが口にしない方が吉だろう、とミリアは話題を逸らす事にした。

 

「そういえば、ステイタスについて聞いても良いのかしら?」

 

悪意を込めて騙してくるなら殺るが悪意がないならどうでもいいと流す。今の状況はそれにあたるだろう。

 

「ステイタス?ああ、どうだったっけ」

 

 ステイタスって確か、と頭を悩ませる。それって確かヘスティアに背中に刻まれたアレ、更新なんてほとんどしなかったから存在自体忘れかけてた。ベルは毎回更新してもらっているようだ、それが普通だな。

 ミリアの引きつった笑顔をみて内心でニヤニヤと笑う。大体は心情を読み取れて筒抜けであることを知らない人を眺めるのは愉快なものである。

 

「しまったな、更新なんてほとんどしてないぞ」

 

 愉快な感情は捨ておいて本気で思い悩む。最初に羊皮紙もらって、その項目を見たんだった。記憶は朧げだがデータとしては残っているはずだ。

 

「更新せずに戦ってるの? いや、まあ生身の人間じゃないから案外いけるのかしら」

 

 アンドロイド、人体を機械に置き換えて増強を図った人間だからこそ出来る芸当なのかと呆れて肩を竦める。

 加えて随分と独特な会話調子と情緒不安定、会話慣れしていないのか非常に疲れる相手だと内心で呟きつつ、はて次の話題は何を出すべきかミリアは片目を閉じた。

 

「まあ別に良いけど、恩恵更新はした方が良いわよ。周囲から不自然に思われるでしょうし」

「だよなぁ。今までは忙しかったもんでね、次からはちゃんとやるよ。おデータ見つけた」

 

記憶容量内のデータを探っていると一応保存しておいたと自動保存されている中から自身のステイタス情報を見つける。ミリアには見えないだろうがメニューを操作してその画像を閲覧する。

元とは違う身体ではないからか、それと元々仕事に注力しすぎていたからか、こういうなんの打算もない会話が苦手だ。

 

「んー、ステイタス情報って何が知りたいんだ?一応転生者だからかスキルと魔法はあるけど」

「てんせ……いや、まあ教えてくれるならスキルも魔法も気になるけど、さらっと重要情報零すのは心臓に悪いわ」

 

 アンドロイド、元人間。その認識はしていたものの、よもや転生者。己と同じ境遇だとは考えていなかったミリアが眉間を揉んで溜息を零す。

 

「君も転生してきたんだろう?大体の考えは読めるものでね」

 戦場に身を置く以上、知性体と戦うことがほとんどだ。無人機には効かないが読心術は生き残るための必須テクでもあるのだ。いつの間にか相手の心を読めるようになったのはありがたい話である。

 それにそのおかげで苦手な方の人間であるミリアとも会話ができている。

 

「よし、簡単に説明するとしようか」

 

 視界の隅にでている写真データ、それを見ながら要約して話していく。

 まず、育て親の影響によって発現したのが【至高の少女《アリス》】早熟スキルであり身体のメンテナンスが不要になる効果、そしてこれまでの経験による【機械兵士】感情の抑制と人型、大型の敵と戦う時のステイタス補正。魔法は召喚系のもの、自分が使える兵器の類を出す。消費魔力は出すものによって変わる。

 そんなものであった。

 

「ざっとこんなもんか。で、評価の程と感想は?」

 

 視界の隅の写真データの出現を一旦不可視にするとミリアを見る。

 

「まあ、素で読心されてるのはまあ良いでしょう。評価は、宝の持ち腐れかしらね。感想と言われても、兵器を召喚なんて馬鹿みたいに目立つ魔法は使い勝手が悪そう、ぐらいかしらねぇ」

 

 早熟スキルと聞いて、ステイタスの更新を行っていないのなら無意味なスキルでは?と小首を傾げつつ、随分とはちゃめちゃな魔法とスキルだなぁと他人事の様に呆れながらもミリアは緑茶を啜った。

 

「それは君もだろう。君も私と同じことができると見える、兵器ではなくこんなものも出せるぞ?」

 

 来たれ、と詠唱を挟んだ後に道具名を言う。この場合は【ムラサマブレード】であった。達人といえる男が用いた名刀を高周波加工した刀である。

 小さい魔法陣が形成された後にゴトリ、と机の上に物体が落ちた。銃のような機構を採用し引き金がある鞘が特徴的なものだ。

 

「正確には私の使える武器といえるもの、が正しい。私が扱えば正しく兵器になるから変わらんがな」

 

 ミリアの呆れ顔とは対称にアリスの雰囲気は得意げだ。アリスはムラサマブレードを手に取ると完全に鞘から刀身を引き抜く。太刀といえる刀身の長さと真紅の刀身はアリスにとっていつ見ても惚れ惚れするものであるのだ。アリスの様子は友達にものを自慢する子供のようだ。

 

「正直これ使えばバベルぶった斬るくらいは可能なんだよな」

 

 自分に使う資格はないけど、と続けてムラサマブレードを机に置き直すと透明化して消えていく。

 そうだ、と思い出したようにアリスはミリアに尋ねる。

 

「君のステイタス情報はどんなものなんだ?換装みたいなことはできると思うのだが」

「貴女は言葉を選ぶべきだと思うわ。もしくは話題選びの仕方……普段からそんな風に無遠慮に相手のステイタスまで言及してると悪目立ちするわ……いや、まあこの夢の事は忘れるから注意するだけ無駄よね」

 

 溜息交じりに独特の調子(テンポ)、マイペースに質問を行うアリスに呆れながらも、質問に答えるべくミリアは口を開く。

 

「【クラスチェンジ】……まあ、(たましい)そのものの変質によって複数のステイタスが使い分けられるスキルを持ってるわ」

「複数ステイタス、ああそういうことか」

 

 これまでの会話からある程度彼女の過去について推測する。ああ、私より悲惨なものであることは分かる。

 ミリアの指摘についてはアリスの痛いところであったので胸に留めつつ次の話題は何にすべきかと頭を探る。

 

「そっちじゃあ【魔術】いや恩恵以外に魔力活用する手段ってあるのか?」

 必死に絞り出した質問がこれ。やはり会話は苦手だとは歯噛みする。

 

「恩恵、以外に……一応、魔法種族(マジックユーザー)のエルフとかなら、恩恵無しで魔法が使えなくもないとは聞いたけれど……そうね、あえて魔力暴発(イグニスファトゥス)させるぐらいかしら?」

 

 小首を傾げつつもアリスの質問に答えた所で、ミリアは窓の外が霧に包まれているのに気が付く。

 当初は無人の街並みが見えていたその窓は、今や濃霧によって真っ白な画布(キャンバス)の様だった。

 

「あら、もう時間みたいね。もうすぐ目覚めるみたいよ」

 

 肩を竦めたミリアが、対面のアリスに告げた。

 

「そうか、今度でも会いに行かせてもらおう」

 

 覚えていたら、の前提がつくがと補足する。しかしながら不可能ではない。

 

「世界移動できる知り合いならいるんだ。それじゃあまた今度」

 

 この会話がデータに保存されていたら面白い。てか恐らく保存されているだろう。

 ミリアの言葉を聞くと席をたって黒コートを羽織る。

 

「あー、まあ、会いに来られても私は覚えてないのだけれど……まあ、それなりに楽しめたわ。それじゃあ、さようなら」

 

 覚えている手段があるのかと首を傾げつつ、ミリアが別れの言葉を呟いた。

 直後、壁をすり抜ける様に濃霧が部屋の中を染め上げていく。直ぐ近くに居た筈の互いの姿すら見えなくなり、声も遠く離れていく。

 

 

 

 

 

 ベッドで身を起こしたままぼんやりとしていたミリアは、ふと窓の外に広がる朝早の静寂に満ちた街並みを見てから、溜息を一つ零した。

 

「あぁ、今日は商会からの冒険者依頼(クエスト)餞別するんだっけ」

 

 今日の予定を呟いてから、眉間を揉んでもう一度窓の外に視線を向ける。

 

「…………なんか、寝た筈なのにやけに疲れてる気がするわ」

 

 なんとなく、独特の会話テンポに合わせようとして失敗し、体力を過剰に消費させられた。そんな感覚を覚えつつも、ミリアはようやくベッドから這い出て着替える為に衣類棚(クローゼット)の戸を開いた。 

 

 

 

 

 

起きると白色の天井が見える。そして直近のデータになにやら残っているようで視界の隅でお知らせのマークが点滅していた。

 

「お、換装終わってる。ん、他にもあるな、夢?」

 

窓のない地下室、アリス専用の個室、そこでアリスは換装用のポッドで眠っていたようだ。クオンに【改良型】の義体が完成したとか言われて換装していたところであった。

 

「これは、クオンに話してみるか!」

 

この世界にアリスに干渉できるものは存在しない。つまりこれは真実の記録なのだ。いずれ会いにいってみるか、と心に決めて入口の自動ドアを開ける。

 




 作者:魔銃使い() あとがき
 コラボの方ありがとうございましたー。ちょくちょく時間かかってしまって申し訳なかったです。

 非常に個性的なオリ主で此方のオリ主にどう対応させるか結構迷いましたねぇ。

 それでもコラボはとても楽しかったです。重ね重ねお礼の方を、本当にありがとうございました。



 作者:貴志部 矢賀様 あとがき
生きる目的をひとつ果たしました。コラボありがとうございました。
やっぱり癖強いよね、アリス。戦闘狂ではあるんですけどね、知識欲はそれ以上なものでこんな感じになりました。本編で出てない設定も出ましたね。
私のような若輩者とコラボしていただいて、本当にありがとうございました!


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初めて仕えた神様は

 作品名『初めて仕えた神様は』
 原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
 作者『メイドさん大好き』
 https://syosetu.org/novel/246159/

 『メイドさん』に拘りを持つTS幼女が【ヘスティア・ファミリア】の元、完璧なメイドさんを目指す話。
 


 地下という割には生活臭に満たされた小部屋。

 草臥れたローブに身を包み、金の長髪を揺らした平均よりも更に小柄な小人族(パルゥム)、ミリア・ノースリスはその部屋に懐かしさを感じながら、置かれている小物や器具等から自分の知るその場所、【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)()()()『廃教会の隠し部屋』では無いことに気付いていた。

 

「久しぶりに見た夢ねぇ。今回もあの羊皮紙があるし」

 

 見慣れたようでいて、細部に違和感が残る部屋を見回したミリアは卓の上に置かれた羊皮紙に書かれた『異界と交わる夢、語り合え、目覚めのその時まで』という文を流し見やり。

 

「それで、今回のお相手は貴女な訳ね」

 

 ソファーに腰掛けた人物へと視線を向けた。

 

「そーらしいですねぇ」

 

 手入れされた赤い長髪と少しお腹に穴の空いたメイド服に身を包んだ世間的には小人族(パルゥム)として知られているローズマリーは力を抜いて背をソファに預けている。

 危機感はあまりなく、住み慣れた我が家を見回して目の前のお客様をどうもてなすかを考えていた。

 

「で、なにかいります?」

「……警戒心が無さすぎるわ。まずは誰何(すいか)すべきよ」

 

 軽く呆れた様に肩を竦めたミリアは、改めて室内を見回してから使用人(メイド)姿の少女に視線を向けた。

 

「はぁ、一応自己紹介しておくわね。【ヘスティア・ファミリア】所属、【魔銃使い】ミリア・ノースリスよ。短い間だけどよろしく。とりあえずお茶をお願いするわ、メイドさん」

 

「あなたがなにものかなんてどうでもいいので。わたしはろーずまりーです。ごらんのとおりめいどさんですよ」

 

 ミリアと名乗った少女の忠告はどうでもいいと切り捨てる。

 そしてミリアのご要望であるお茶、を入れようと立ち上がる。

 

「おちゃってなにがいいですか?ぜんぶとりそろえてますけど」

 

 少し、メイドさんと呼ばれたことに気分を良くしてなんのお茶にするかを聞いてみる。

 

「んん、あー……無難にストレートティーで良いわ」

 

 半ば冗談の積りで放ったミリアの言葉を受け流すでもなく、真っ直ぐ受け止めて行動を開始したローズマリー。

 そんな彼女の姿に面食らったミリアは気を取り直して肩を竦めると、空いた椅子を引き寄せて腰を下ろした。

 

「貴女が頓着しなくても私は気になるわね。……まぁ、悪意は感じないから悪人じゃないのはわかるけど」

「りょーかいです」

 

 ミリアの要望に答えてサクッとストレートティーを入れることにする。

 紅茶を入れるのは中々ないが、比較的簡単なので安堵した。

 

「なにをいわれてもわたしはめいどさんですよ。いっかいのめいどさんです」

 

 ミリア用のものと分けて自分用に緑茶を入れてソファに腰掛ける。

 

「随分と、まぁ……マイペースね」

 

 出された紅茶に視線を落としたミリアは片目を閉じて考え込み、考えを呟いた。

 

「この頃の【ヘスティア・ファミリア】に使用人(メイド)を雇う余裕なんか無かったと思うけれど……でも、この場所は本拠(ホーム)だろうし、雇われメイド? にしては……」

 

 動きや気配から恩恵はあるだろうと予測したミリアは目の前の人物に問う。

 

「雇い主は誰?」

「やと‥‥?そんなのいないです。あと、めいどさんですよ。にどとまちがえないでください」

 

 メイドとメイドさんでは確固たる違いがある。

 だから使用人(メイド)ではないとミリアを少し睨みつける。

 

「はぁ、それにどんな違いがあるのかわからないけれど、悪かったわね。気を付けるわ」

 

 参ったと両手を上げて謝罪しつつも、ミリアは内心で大きく首を傾げていた。

 だが、どんな違いがあるのかミリアには理解出来ずとも、対面している人物の中には明確な線引きがあり、同一視されるのが不愉快だというのは理解できる。

 

「じゃあ、貴女の所属派閥は?」

「まあ、つぎまちがえたらぶっころしますので」

 

 釘を刺しておいて、ミリアの質問を受け取る。

 所属派閥、というのは私の主君の名前でいいのだろうか。

 よく分からないが答えておこう。

 

「へすてぃあ・ふぁみりあ?です」

「……まぁ、予測はしてたけどやっぱりか」

 

 さらりと物騒な事を口にする少女にミリアは眉間を揉みながら溜息を飲み込んだ。

 第二級冒険者の自身から見ても彼女のステイタスでは叶う筈も無いとは考えるも、無意味に問題(トラブル)を引き起こしたい訳ではないミリアはその事には触れずに別の問いを放つ。

 

「じゃあ、ベル・クラネルも居るのかしら?」

「いますよー。めいどさんしゅぎょうちゅうです」

 

 ミリアの居るところにもベル君はいるらしい。

 少し心配になるがあの子ならなんでも乗り越えるだろう。

 そう思ってミリアから意識を外してあるべきものを探す。

 

「そう。ベルが居る、ね……それと……修行中、ねぇ」

 

 ローズマリーが何かを探し出したのを見やりながら、ミリアは紅茶に口をつける。

 【ヘスティア・ファミリア】でメイドの修行中。そう捉えた彼女は過去に夢で相対した者達を思い浮かべ、苦笑する。

 

「誰もかれも、個性的が過ぎるわ」

「‥‥‥こせいてき?」

 

 ミリアの呟きに首を傾げて、見つけたものを取りに行く。

 私に個性なんてないと思うので少しおかしい。

 そんな疑問を抱いて刀身だけでも自身の身長と同じくらいの得物、大太刀の【無銘】を手に取る。

 

「ひぞうのおちゃがしはぁ‥‥‥」

 

 私から見たら高くそびえ立つ棚の上にお茶菓子がある。

 

「おちゃがしいりますー?いりますよね?」

「……え、えぇ、いただくわ。…………その、得物で何をする気なのかしら」

 

 突然、不釣り合いな得物を手にしたローズマリーに対しミリアは僅かに表情を引き攣らせる。

 ミリアの返事を聞くことなく私は棚に意識を向ける。

 少し奮発したお菓子が入っている箱を取りたくて大太刀を使う。

 

「‥‥‥とれない」

 

 取れない、それが分かると突然大太刀を腹に突き立てる。

 そして詠唱らしきものを呟くと身体が大きくなった。

 身長190台のスーパー美人メイドさんである。

 

「取れた」

 

 ホクホクした感じにソファに座り、蓋を開ける。

 

「あー、そう。なるほど、うん」

 

 何の宣言も無く行われた行為に頭を痛め、ミリアはそっと眉間を揉んだ。

 

「とりあえず、そのお茶菓子は遠慮しとくわ」

 

 魔法の為に必要な事であろうと、何の説明もなく傍から見れば猟奇的ともとれる行動をとられれば食欲なんて消し飛ぶ。少なくとも、眼の前の『メイドさん』には『良識』や『常識』が欠如しているのだろう、とミリアは内心で溜息を零していた。

 

「血なんて見慣れてると思ってましたが、意外にピュアなんですね」

 

 輸血液を腹に打ち込んで傷を回復させる。

 箱の中は、クッキーだ。

 材料を奮発し、レシピも研究し尽くした逸品。

 

 まあ流石にいきなり腹に刀突き刺すのは反省した方がいいか。

 ミリアの疲れた顔は完全に私のせいだろう。

 

「見慣れてはいても、血を見て直ぐに食事を取れるほど擦り切れてはいないわよ……」

 

 むしろ血を見た後にすぐ飲食が出来るというのは狂人に片足突っ込んでいるのでは、とミリアは眼前の『メイドさん』の異質っぷりに辟易しながら、溜息を零す。

 

「はぁ……凄く疲れる夢だわ」

「お疲れですか。なら」

 

 懐にある【メイドさん殺法秘伝書】を取り出して机に置く。

 

「勉強はお好きですか? 好きなら気にいると思いますよ」

 

 【メイドさん殺法秘伝書】を指さして言う。

 素晴らしいものを見れば精神は癒えるものだ。

 

「……興味が無い、と言うと嘘になるけれど。此処で勉強しても目が覚めたら思い出せなくなるし、遠慮しとくわ」

 

 それに、夢の中でまで勉学に励むのは好きじゃない。と、ミリアは付け加えた。

 

「……むぅ。継続は力なりですよ?」

 

 覚えてなくても必ず現実に尾を引くものだとローズも付け加える。

 同時にメイドさんの沼に引きずり込めなかったことに分かりやすく落ち込む。

 

「夢で覚えた付け焼刃のうろ覚えで『継続』は出来ないでしょうに……」

 

 溜息を飲み込んだミリアは、卓の上に置かれた羊皮紙に恨めし気な視線を送った。

 

「語り合え、なんて書くぐらいなら普通に話が出来る相手を用意して欲しいものだわ」

 

 少なくとも、今までミリアが夢で出会った者達は常識的に雑談が出来た。が、此度の人物は自身のペースで話を進めようとしている。それは別にミリアからしても構わない。ただ、常識を逸脱していなければ、という条件はつくが。

 

「私の座右の銘は『マトモであることのなんとくだらないことか』なんです。人間ですらないんですよ」

 

 ミリアが自分に常識を求めていることは分かる。

 ヒトからは作られたが、ヒトとは根本的に違う。

 そもそもがヒトと違うからだ。

 

「まあ、質問には答えますよ。なんでも聞いてください」

 

 そう言ってクッキーをつまむ。

 

「はぁ、わかってて狂人ぶってる人ですか。信念があって結構……ただ、もし現実で会ったとしても関わりたくはないですね」

 

 肩を竦めて室内を見回したミリアは、ふむ、と呟くと問いを投げかけた。

 

「未だにこの教会の地下室暮らしって事は、【アポロン・ファミリア】とのゴタゴタはまだって事かしら?」

「【アポロン・ファミリア】ですか。まだですよ。どうせベルが見初められる感じなんでしょうね」

 

 鏖殺すればいいでしょう、と続ける。

 事実として【アポロン・ファミリア】程度は魔法を使えば鏖殺は容易い。

 

「あのクソ神、いつか殺す」

 

 ヘスティア様にしたことを思い出して呟いた。

 

「……『メイドさん』なんて可愛らしいタイプには見えないのよねぇ」

 

 何より口が悪い。とローブの袖で口元を隠したミリアがぼやく。

 

「まぁ、神なんてアポロンみたいなタイプの方が多いし。仕方ないわよ……ええ、ほんとに、アポロンみたいなのが結構居るのよねぇ」

 

「大抵が見る専だからマシはマシですね。フレイヤ様は‥‥‥本人は悪い人ではないはずです、うん」

 

 何故かフレイヤ様が思い浮かび、苦笑が浮かぶ。

 

「‥‥‥沸点低いからなぁ、あの人たち」

 

 何かを思い出してどこか天を仰いだ。

 

「まぁ、神々が最も多い都市だから仕方ないとは思うけれど……」

 

 神に苦労させられるのはどちらも一緒だろう。

 

「と、そういえば、貴女は……俗に言う転生者、って奴だったりするのかしら。私は、一応ソレなんだけど」

「転生 ?ああ、一応そうらしいですね」

 

 ミリアの質問に少し首を傾げて頷く。

 

「私には記憶ないですし、よく分かってないんですけど」

 

 記憶は封じられてるらしいですよ、と続けた。

 

「封じられてる……? それは、なんとも……まぁ……」

 

 眉を顰めつつも、彼女の言い方から幾つかの線を考えたミリアは直ぐに首を横に振った。

 

「まぁ、余計な詮索はしないわ」

 

 どのような理由であれ、()()()()()()()という事は何かしら不都合があると言う事に他ならない。目の前の『メイドさん』の記憶に関して下手に踏み込もう等とは思えなかった。

 

「他には、そうね……二つ名、はまだよね? ……異名はありそうだけど」

「どちらもありませんね。でもステイタスに称号ならありました」

 

 一時も忘れていない、メイドさんの称号。

 それを人前で話せるとはと自信満々に言い放つ。

 

「まだ相応しくはないですが、一つ。‥‥‥完璧なる(パーフェクト)メイドさんですッ! メイドさんの中でも最高位なんですよ」

 

 ムフー、と鼻高々に言った。

 

「あー、そう。うん、まあ……良かったわね」

 

 よほど嬉しいのか喜色に満ちたローズマリーの表情にミリアは僅かに頬を引き攣らせた。

 少なくともステイタスに関しては軽々しく口にするべきではない。とか、格上相手にも平然と喧嘩売る宣言をしてる辺り、『完璧なる(パーフェクト)』は過剰表現ではないのか。等、思わず口に出そうになった台詞の数々を溜息と共に飲み込む。

 

「羨ましいわね。そこまで……その、自信満々なのは」

「あら、もしかして格下に思われてます?」

 

 自分にとって最高の栄誉と言っていい称号。

 そんな称号に対するミリアの言葉が不本意であった。

 

「まあ、レベル3なら格上っちゃ格上でしょうね。私はステイタス書き換えでレベルは1にしてありますから」

 

 目立ちたくないので、と付け加える。

 

「格下に思ってる、というよりはわかりやすい指標の二つ名や異名が無い、っていう時点でね。色々と考察は出来るわ」

 

 胡乱気な視線を向けながら、ミリアは軽く肩を竦めた。

 わかりやすく二つ名や異名を得ているのであれば、神々に注目を浴びていない新米(ルーキー)。もしくは素性を隠した隠遁者。だが、どちらであったとしてもミリアからすれば目の前の人物にはおかしな点しかないのだ。

 

「目立ちたくないって言う割には平然と目立つ言動してる所とか、傍から見たら狂人のソレだし。神ですら弄れないステイタスに干渉してる所とか……キテレツ、というかまともじゃない、っていうのは本当みたいね。はぁ、ほんとに風変わり(エキセントリック)だわ」

「脳に瞳を宿したり、異世界転生してきた魂と魂を融合させれば可能ですよ。よく言うじゃないですか、主の為ならば鬼にもなろうって。私はその実行例なだけです。それに、あなたも種族変えられるでしょ、魂ごと。つまり、似た者同士ってことです」

 

 メイドさんの瞳は全てを見透かす。

 それに自分と同じ匂いがするのだ。

 

「多分、前世の境遇も同じようなものでしょ。奇遇ですね」

 

 こことは別の夢の中で深層意識にいる自分に教えられたことを思い出した。

 

「……なるほど、そうね。そうか、うん、気持ち悪いですね」

 

 不快感を隠しもせずに露わにし、ミリアは眉間に皺を寄せると両手を上げた。

 

「弁解しておきますが。私のその能力(スキル)は意図して手にしたモノ、ではないですよ。まあ、今となっては無くては困るモノですが。……それと、一つだけ、質問しとくわ。私を客人として歓迎してるのか、それとも……追い出したいのか、ね」

「私も望んで手に入れたものではありませんよ。メイドさんになったら突然ついたものです」

 

 不快感を表したミリアを気にも留めずにローズは言う。

 

「うーん、一応言っておきますけど追い出したかったら対面した時に首落としてますよ。その首が繋がってるのが歓迎してる証拠です。クッキーはいかがで?それとも珈琲でも入れましょうか」

 

 ヘスティア様も絶賛ですよ、とつけ加えて微笑む。

 人外なりのコミュニケーションだ、ヒトの機微など分かっても気にすることができない。

 

「……まぁ、神なら、別に気にもしないんでしょうね」

 

 女神の絶賛付き、と言われた事に関してミリアは僅かに表情を強張らせ、自分なりの解釈でソレを飲み干した。

 少なくとも、人にとって踏み込んで欲しくない領域、というモノが存在し、それを意識して慎重な話題運びを心掛けている訳ではないのは察する事ができる。が、それが不愉快ではない、等とは口が裂けても言えない。

 

「はぁ……えっと、そうね。貴女の言う『メイドさん』とは何かしら。今の貴女から察するに、禄でも無いモノとしか思えないのだけれど」

「えっ」

 

 ミリアの質問に目を剥く。

 

「……とりあえず一時間貰えますか。それくらいないと語り尽くせ、いやそれだと時間切れになる。でも一言で言い表せるわけもなし、いや、秘伝書に書かれてた」

 

 序文だけでも十ページはある。

 これを読めとは、言えない。

 少し頭を抱える。

 

「……メイドさん五箇条!其ノ壱 広く武芸を修め主に忠誠を誓うべし!其ノ弐 主を最優先にし守り抜くべし!其の参 一度メイドさんになったならば生涯身を捧げるべし!其の肆 周りを気にするくらいなら家族を守れ!其の伍 知識を世界に求め、永遠に研磨を続けるべし!よし、あと五時間は下さいね」

 

 そう言って秘伝書のページを捲り始める。

 

「あー、ストップ、ストップ。とりあえず、貴女の言う『メイドさん』と、私の考える『メイドさん』が次元そのものから別物だって言うのはわかったからもう良いわ」

 

 少なくとも、客人を不愉快な想いをさせても微塵も気にしない『メイドさん』だというのは良く分かった。と内心で呟き重い溜息を零す。

 

「というか、貴女の言う『メイドさん』って……騎士とかそんなんじゃないの?」

「騎士、まあ似てますね。そもそもの成り立ちは騎士とメイドが合わさったものですし。今となれば似ても似つかないですけどね、【メイドさん殺法】がありますから」

 

 暗殺から正面戦闘、そして家事から建築まで、なんでもこなすのがメイドさんだと話した。

 思っていることも察し、どう弁明をするかどうかを考える。

 

「……あぁ、なるほど」

 

 要するにゲーム等の空想上のトンデモ職であり、現実にある様な職業ではないのだろう。と納得したミリアが溜息を零した。

 

「教えてもらったんですけどね、私は【博士】って人に作られたらしいです。不老不死になった人なんですって。その辺は別の私がいれば説明できたんですけどね」

 

 夢ならば私が出てきてくれないだろうかと淡い期待を抱くがここまで好き勝手にやって現れないということはとため息をつく。

 

「あなたも災難ですね。常識がない方の私に当たるなんて」

「災難だと思うなら、少しは気遣いを……」

 

 出来ないから災難なのか、とミリアが更に深く溜息を零す。

 

「あなたも何も気にしないでいいんですよ? どうせ夢なんですし、常識なんて捨てた方が楽です」

 

 うろ覚えでは意味がない、とは本人も言ったこと。

 どうせ覚えていないのならはっちゃけた方が楽だ。

 

「生憎と、私は『常識』や『良心』を捨てるなんて出来ないわ」

 

 そんな能天気な生き方を出来る程、自分は力も無ければ強靭な精神も持ち合わせていない。少なくともミリア自身はそう考えている。

 ミリアの発言に少し驚く。

 

「やっぱりピュアな方だ。あなたみたいな人、好きなんですよねぇ」

 

 ベルに似ていて、いい。そう呟いた。

 必要とあらば常識など、良心などかなぐり捨てる。

 できる人間だろうに、そこは残念だ。

 

「生憎と、私は貴女みたいな人は大嫌いね」

 

 切羽詰まった状況でもない限り、ミリアには常識や良心を捨てる理由はない。

 現状の様に『夢の中であり』『後で思い出せない』という理由だけで常識や良心を捨てても良い、等と戯れ言のような事を口にする目の前の人物の事を、ミリアは決して好きにはなれなかった。

 

「ああ、うん。知ってた」

 

 ミリアの言葉に納得して言葉を吐く。

 

「あと、夢の中でくらいはっちゃけようぜ的な意味ですよ。美味しいご飯食べまくろうぜとかぁ、甘いもの食べようぜとかぁ、まあそんな感じです。あ、邪魔だったら別室でメイド服作って待ってますよ。もしかして私の料理センス疑ってます? 大丈夫ですよ、ミアさんに厨房任されるくらいには上手くなったんで」

「自分一人の夢ならわかりますよ。でも、誰かが居たら配慮ぐらいは、って話ですよ」

 

 少なくとも相手にとって触れられたくない内心の部分に躊躇なく触れる様な真似は、夢の中で思い出せないから、等と言う理由で行う事は有り得ない。

 

「それと料理のセンスは疑って無いわ。少なくとも、紅茶は美味しかったし」

 

 ただ、美味しい料理を作れる事と、相手を不愉快にさせない事はイコールでは繋がらないだけであって。とミリアは皮肉気に返した。

 

「………あっ。そういうことですか。またひとつ学びました」

 

 やっとミリアの不機嫌さと不愉快の理由を察した。

 そもそもローズは年齢としては二歳半くらいだ。

 赤ちゃんみたいなものである。

 

「申し訳ありません。無闇に人の過去には触れるのはいけないこと。覚えました」

「あら、そう。なら今度から是非その知識は活用して欲しいものね」

 

 ただ生憎と、この夢で覚えた事を現実で活かせるとは思えないけど、と付け加えたミリアは肩を竦めた。

 

「本当に申し訳ありません。お漬物でも食べますか?それともなにか簡単なものでも作りますよ。お茶もうないですね、何を入れましょうか」

 

 それとも小指でも詰めましょうか、冗談めいた口調でミリアに聞く。

 なんか流石に気まずくなってきた。

 それに自分のお茶もなくなってきたので欲しいのもある。

 

「……はぁ、じゃあ紅茶をお願い。ミルクティーで頼むわ」

 

 無遠慮に触れられたくない領域に触れられて機嫌が悪いのは事実だ。しかし、反省の色を見せた相手に冷たく当たり続けるのもミリアからすれば不毛だ。

 

「それと、冗談でも『小指を詰める』なんて言わない方が良いですよ」

 

 冗談にしても質が悪い、と肩を竦める。

 

「輸血液使ったらすぐに再生するんで大丈夫ですよ。ミルクティーですね、同じのにしよっと」

 

 サクサクとミルクティーを入れる。

 紅茶を入れるのには慣れていないが結構簡単なものである。

 こだわれば別の話だが、まだ紅茶は研究できていない。

 

「年齢聞いてもいいですか?私は一応七歳なんですけど」

 

 ミリアはその身体に見合った年齢ではないと思う。

 それから気になった、ただの興味だ。

 

「大丈夫かどうか、じゃなくてソレを見た相手が不快に感じるかどうか、で判断すべきだとは思うけれどね。で、年齢……そっちは、七……あぁ、子供、にしてはなんか……」

 

 成熟、と言うよりは精神構造が複雑だ、と口元に手を当てて考え込みはじめ、直ぐに首を横に振った。

 

「まぁ、考えても無駄か。で、私の年齢よね? 小人族(パルゥム)という種族で、年齢は一三、一四ぐらいよ」

「おー、十三歳。私の種族は‥‥‥何なんでしょうね。ヒューマンをモデルにしてるからヒューマンだと思います」

 

 小人族(パルゥム)ならば態度にも納得いった。

 転生者ならば年齢が曖昧なのも理解できる。

 

「あー、何か話題あります?それか何か作りましょうか?」

「……ぁー、さっきも言ったけど、今は何か食事をとる気じゃないから遠慮しとくわ。それで、話題、話題ねぇ」

 

 考え込んだミリアは、軽く頷くと顔を上げた。

 

「そういえば、前に貴女と同じ様に血で肉体の欠損まで再生する人と会ったわね。知り合い? ヴァハ・クラネルって名前で、ベルの兄だったらしいけど」

「むぅ、残念です。それでベルの兄ですか。知りませんね」

 

 ベル君の兄、ということはただの人間。

 人間が自分と同じような力を持っているということは多分それはスキルということになる。

 

「‥‥‥私は身体そのものが人ではないので、その方とは違うでしょうね。歳とらないらしいです。あと、その方と一緒にしないでくださると嬉しいですね」

 

 自分とは違う方向に異常であることは想像に難くなかった。

 予測を完了させると顔を引きつらせた。

 

「ぁー、悪かったわ。血液嗜好症(ヘマトフィリア)では無いのね。そういう意味では安心した」

 

 普通に雑談できた血液嗜好症(ヘマトフィリア)の男性と、どこかに常識やら良識やらを忘れてきたメイドさんの少女。どちらがマシかというと────ミリアは黙り込んだ。

 

「……他にも、色んな人とこういった夢で会ったわ。お米大好きで庶民的なハイエルフとか、力はあるのにお喋り好きの竜人とか、後はサイボーグも居たわね。一人は完全な異世界、仮想世界でゲームしてる人だったけど」

「げぇむ、ああ知ってますよ。ピコピコするやつですよね。それにお米に竜ですか。すごい方々ですね」

 

 ミリアが会ってきた人々を想像してほほぉ、と感嘆する。

 夢の中で精神的に他人と繋がる、その仕組みが気になるところではあるが、気にはしないことにした。

 

「私の夢は、私としか会ったことありませんよ。あ、きちんと別の私ですよ。転生してきた方の私です」

「ぴ、ぴこぴこ……随分とまぁ、古臭い表現ね」

 

 彼女の説明の仕方から、随分と複雑そうな状態なのは察する事が出来る。シンプルに死んで転生、等と言う簡素な自分とは違うか、とミリアは一つ頷いた。

 

「まぁ、貴女もだいぶ変わってるわよ。私も、普通とは程遠いけど」

「そりゃあ、私が異常じゃなきゃ世の中の大抵の人は普通ですよ。世の中に人に作られた不老の人形が蔓延ってたまるものですか」

 

 少なくとも目の前の少女は自分よりは異常ではないことは断言できる。

 

「でしょうね」

 

 肩を竦め、彼女の言葉に同意したミリアが紅茶に口を着けた所で、動きを止めた。

 地下室の入口、上階の教会へと繋がっているはずの階段から薄らと真っ白い霧が侵入し始めているのが見えたのだ。

 

「ふぅん、そろそろ目が覚めるみたいよ。あの霧が合図なのよね。此処は地下室だったから見えなかったけど、もうそんな時間なのね」

「そうらしいですね。眠くなってきました」

 

 また別の夢に誘われるような感覚。

 ミリアとは違い、まだ完全には目覚めないようだ。

 

「ご縁があればまた今度。次は常識を学んでいきますよ」

「一度会った人と再会した事は無いから期待はせずに待ってるわ」

 

 軽く手を振り、立ち上がった瞬間。入口から一気に霧が室内へと流れ込んでくる。

 瞬く間に視界は白に覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 小鳥のさえずりを聞き、ミリアは身を起こした。

 【ヘスティア・ファミリア】本拠の館の一室、ソファーで仮眠をとっていた彼女は不愉快そうに眉を顰めながら、卓に置かれていた水差しに手を伸ばした。

 

「結構、寝てたわね」

 

 深い溜息を零し、執務卓の上に乗せられたやりかけの書類に視線を向け、首を傾げた。

 

「……はぁ、なんか、紅茶が欲しいわね」

 

 春姫を呼ぼうかと頭の片隅で考えつつも、彼女は執務卓の書類に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

「ローズ?」

「‥‥‥んぅ、べる?」

「どうしたの?全く起きなかったけど」

「えっ?」

 

 ヘスティア様がいない、ベル君も既に着替えが終わっている。

 

「ねぼう?」

「そうなるかな」

 

 ベル君は少し考え込むと当たり前のように返事をする。

 机の上には私とベル君の分であろうお弁当と私の分の朝ごはんが見える。

 

「せっぷくしてくる」

「いや、しなくていいからね!?」

「けじめはとらなきゃ」

 

 寝坊などはメイドさんにあるまじきことだからケジメをとろうとする。

 ベルはそんなローズを必死に止めようとする。

 そんな二人はもはや日常になってきた。




 作者:魔法少女() あとがき
 コラボしていただきありがとうございました。
 久々のコラボ小説、良い感じの息抜きになりました。

 濃ゆいキャラと対面するとミリアの気難しい性格が裏目に出ますねぇ。

 順調にTS作品が増えて私としては嬉しい限りです。

 コラボして頂き、ありがとうございました。




 作者:めいどさん大好き様 あとがき

コラボ、ありがとうございました!
ウチのメイドさん、濃かったですよね‥‥‥。
ミリアは設定を決める際にお世話になったので光栄の至りでありました。
設定を色々複雑にしすぎたことを後悔しております。
ローズは、ヘスティア様とメイドさん以外に興味示さない子なのでこんな感じになりました。
しかも、精神年齢は赤ちゃん並みという。
この設定はきちんと使うのでよろしくお願いします。
改めて、コラボありがとうございました!


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