ハイスクールすぐ死ぬ 旧タイトル:駒王新横浜協奏曲 (鳩胸な鴨)
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新横浜のパニック
プロローグ「吸血鬼クロスオーバー大好き」


全裸の男が出てきます。とても下品です。


「お、終わった……」

 

新横浜にある、とある事務所。

その主たる人物…ロナルドは、パソコン画面を前に、倒れ込むように机に突っ伏した。

その画面に綴られた文字列の内容は、『ある存在との戦闘』を描いたものになっている。

ロナルドは腱鞘炎で痛む手で、その文字列を出版社のメールアドレスに送る。

 

「たっだいまー!終わったー?」

 

仕事疲れと達成感が入り乱れた感情の余韻に浸る暇もなく、細身の男が事務所の戸を開く。

ニコニコと笑う男の手には、新作ゲームの類が入ったビニール袋がぶら下がっていた。

 

「テメェ、終わった直後でよかったな。

書いてる途中だったら、問答無用で殺して、テメェの塵を肥料にして農業始めてたわ」

「日を追うごとに死んだ私の活用法を見出すの、やめない?」

 

細身の男…『高等吸血鬼』ドラルクは、冷や汗を流しながらツッコミを入れる。

ロナルドは相手する気にもなれないのか、パソコンの電源を切り、ソファに寝そべった。

と、その時。ソファに置いてあったリモコンが、ロナルドが寝そべった勢いで飛び出す。

放物線を描いたソレは、ドラルクの足の小指に激突した。

 

「ぐはぁっ!?」

 

瞬間。ドラルクの体は塵となった。

『死』を迎えたのだ。

死因は『リモコンの角が足の小指に激突した』という、非常に下らないものだったが。

ドラルクの死を目の当たりにしたロナルドは、その死骸に近づく。

 

「相変わらず弱ぇな。リモコンくらい避けろ」

「し、仕方ないだろう!?私だってさっきのは予想外だったんだし!!」

 

ロナルドの声に反応するように、塵は再生を始め、ドラルクの形へと戻る。

 

そう。何を隠そう、この『ドラルク』という吸血鬼、『弱い』のだ。

 

小学生にバカにされただけでも死ぬし、ゲームの音量がデカすぎても死ぬ。

イヤホンの感触が硬くても死ぬし、軽いチョップだけでも死ぬ。

 

すぐに復活はするものの、数秒も経たずにまた死ぬなど、日常茶飯事だ。

 

「追い出してェ……。でも、追い出したらロナ戦の続きが……」

 

ロナルドは頭を抱え、深いため息を吐いた。

彼は『吸血鬼に対抗する傭兵』…要するに『吸血鬼退治人』なる職に就いている。

激しい人気競争に勝ち残る手段として、自伝『ロナルドウォー戦記』を出版している作家としての顔も持つ。

 

ある仕事を引き受けた彼は、成り行きでドラルクと同居する羽目になってしまう。

追い出そうにも、ロナ戦…ロナルドウォー戦記の略…の人気の要たる存在となったドラルクを追い出せば、担当編集者に殺される。

そんなわけで、渋々と同居生活を続けているのだ。

 

「……?あれ?そういやジョンは?」

 

ロナルドが視線を右往左往させ、ある存在を探す。

ドラルクは気の毒そうな顔で彼の尻を指した。

恐る恐るロナルドが視線を向けると、そこには……。

 

「ヌっ……。ヌー……っ」

 

ロナルドの尻に潰され、更にはソファに埋れて窒息寸前のアルマジロが居た。

 

「アァァァァァァァァァァァァァァジョォォォォォォーーーーーンッッ!?!?!?」

「ほら、さっさとどきたまえ!!ジョンを窒息死させる気か!!」

「ごめんっ!ごめんよジョォォォォォォーーーーーーンッッ!!!」

 

半狂乱になったロナルドは、ソファから飛び上がり、アルマジロ…ジョンを抱きあげる。

息ができるようになったジョンは、哀愁漂う目でロナルドを見た。

 

この哀愁漂うアルマジロは『ジョーカーボールタマオマルスケオリハルコンZガーディアン』…略して『ジョン』。

ドラルクの眷属であり、新横浜の癒しの天使である。

菩薩のような広い心を持ち、その優しさで新横浜を虜にしている。

 

ドラルクは憂いた目をしたジョンを抱きしめ、その頭を優しく撫でた。

 

「散々だったな、ジョン。

帰りに変態に会って逃げ切れたと思いきや、まさかロナルド君に殺されかけるとは」

「変態?お前ら、吸血鬼に会ったのか?」

 

ロナルドが問うと、ドラルクは軽く頷いた。

 

「ああ。なんか、全裸で『X』みたいな形のマスクつけてた。あんな感じの」

 

窓を指差すドラルクにつられ、ロナルドは窓に目を向ける。

 

 

 

そこには、全裸の『X』のような形の覆面を被った男が、こちらを見つめてる姿があった。

 

 

 

 

「あいつみたいなの?」

「ああ。振り切ったから大丈夫だと思う」

「そうか」

 

ロナルドはそう答えると、大きくあくびをして、ソファに腰掛けた。

 

「明日探して退治するか」

「そうだな。私も買ったゲームやりたいし」

 

あはは、と互いに笑う二人。

しばらく笑っていた二人の顔からは、だんだんと笑顔が消え失せていく。

 

「……ロナルド君。せーので、もっかい見ない?」

「わかった。……せーのっ!」

 

 

 

二人がもう一度窓の外を見ると、恥部を全面的に曝け出し、こちらを見下すように見つめているあの男がいた。

 

 

 

「見つけたぞ、同胞よ!!」

「「ウワァァァァァァァーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?!?」」

 

見たくも無いおぞましいモノを目の当たりにした二人は、強く抱き合った。

ドラルクはショックが大きかったのか、若干塵になりつつある。

そんな二人の感情など、知ったことかと言わんばかりに、男は窓を割って事務所へ入る。

 

「我が名は吸血鬼『クロスオーバー大好き』!!貴様らもクロスオーバーさせてやろう!!」

「クロスオーバーって言うかテメェのイチモツがオーバーだろーがァァァァァァァ!!

しまえっ!!せめてソレしまえェェェェェェェェェ!!!!」

 

ロナルドが叫ぶも、男…吸血鬼『クロスオーバー大好き』は、見せつけるように彼へと詰め寄っていく。

 

「服など不要!我が力を扱うため、万全な姿で居るだけのこと!!気にするな!!」

「気にするわってちょっと近寄ってくんなドラ公死んで逃げるな誰か助けてェェェェェェェェェッッッ!!!」

 

ドラルクは完全に塵となり、ロナルドは疲れも忘れ、ただ叫ぶ。

それも無理はない。全裸の男が、己のイチモツを擦り付けんばかりに迫ってきているのだから。

 

「恥ずかしがることはない!

我が股間の『クロスオーバー砲』から『クロスオーバー光線』を放ち、クロスオーバーさせるだけだ!!」

「そんなクロスオーバーの仕方はイヤだァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

そんな自慰感覚でやられてたまるか。

ロナルドはそう叫ぼうとするものの、口から飛び出たのは隠すべき本心だった。

男のイチモツが迫るという極限状態により、彼の精神は限界を迎えていたのだ。

しかし、クロスオーバー大好きは嫌がられると燃えるタイプなのだろうか、その先端に名状し難き光を収束させ始める。

 

 

 

「さあいくぞ!クロスオーバーほぶぅ!?」

 

 

 

光が爆発しようとした、まさにその時。

茶色の丸い物体が、クロスオーバー大好きを吹き飛ばした。

華麗に着地したその物体…ジョンは、ドヤ顔で二人にサムズアップする。

 

「ジョ、ジョォォォォォォーーーーーーンッッ!!!今めっちゃヒーローだったぞジョォォォォォォーーーーーーンッッッ!!!」

「よくやった、ジョン!!今のうちに、この変態を追い出すぞ!!」

「テメェ終わった瞬間に再生しやがってその案賛成ださっさと運ぶぞオラァァァァァァーーーーーーッッッ!!!!!」

 

滂沱の涙を流しながら、ジョンに感謝を述べる二人。

倒れているクロスオーバー大好きを追い出そうと、二人はその足と頭を掴もうとする。

 

 

 

 

「あっ、やばっ。爆発する」

「「は?」」

 

 

 

 

クロスオーバー大好きのそんな声が響く。

一体なんなのかと二人が首を傾げた、まさにその時。

 

 

新横浜は光に包まれた。

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

ヨーロッパ圏にある、とある館にて。

優雅に紅茶を嗜む男性…ドラルクの父、『ドラウス』は、何気なしにテレビをつけた。

 

「なんか面白いのやってたっけなぁ……?」

 

ドラウスがチャンネルを吟味していると、あるニュース番組に目が留まる。

 

「新横浜?何かあったのか……?」

 

テロップにある『新横浜』の字につられ、ドラウスはニュースに食らいつく。

 

 

 

テレビの画面には、変わらないようでいて、圧倒的に様変わりした新横浜が映っていた。

 

 

 

『なんということでしょう!妙な光に包まれた直後、新横浜が変わってしまいました!

これは一体、どういうことなんでしょうか!

ナン・モシラーネ博士!』

『知らね』

 

ニュースキャスターと白衣の男性のやり取りの傍ら、ドラウスは卒倒した。




ナン・モシラーネ博士はとても素直なので、知らないことはハッキリと「知らね」と言ってくれます。


彼には二度と出番がありません。


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襲来、謎のバケモノ

やはり全裸の男が出てきます。下品です。


『新横浜の異変』から3日が過ぎた。

若干心配になるほどの速度で、世界は『新横浜が変わった世の中』に順応した。

 

なんでもロナルドたちの世界の神奈川県警のトップが、偶々妹に会いに来てたらしい。

そのため、騒動に巻き込まれ、混乱を鎮めるために警察本庁へと向かったのだとか。

 

「『結果、吸血鬼のいない平和な世界の新横浜と入れ替わったことが判明。

吸血鬼対策センターは、原因の吸血鬼を捕まえるも、[俺じゃ戻せん]と供述』……だって」

 

新横浜にて広く活動する情報誌を手に、ドラルクがロナルドに読み聞かせる。

 

 

ロナルドはというと、暇を持て余していたのか、ジョンと「だるまさんがころんだ」をして遊んでいた。

 

 

 

「だるまさんが……ころんだっ!」

「ヌっ!」

「君たち、聞いてた?」

「よし、もう一回行くぞー!」

「ヌー!」

「聞いてないなコレ」

 

完全に「だるまさんがころんだ」に夢中になっている二人に、ドラルクは呆れたため息を吐く。

同時にオーブンから「ビーっ!」という音が鳴り響いた。

 

「おやつ出来たから、そこまでにしたら?」

「そうだな。いやー、久々にやると面白いな!だるまさんがころんだ!」

「ヌーっ!」

「ロナルド君、こっちに来てから大分残念になったよねぶふぅっ!?」

 

ドラルクが小馬鹿にするように言うと、ロナルドの拳が腹に突き刺さる。

無論、ドラルクがその攻撃に耐え切れる筈もなく、あっさりとこと切れた。

 

「誰が残念だコラ。テメェも年がら年中ゲームやって引きこもってた残念だろうが」

「いや、いい歳して仕事中に『だるまさんがころんだ』に熱中する人に言われたくないんだけど」

「うっ……」

 

言い返す言葉がないのか、言葉に詰まるロナルド。

 

 

と、その時。床の一部がパカリと開いた。

 

 

 

「おい、ロナルド」

 

そこから現れたのは、まだ少しあどけなさの残る少女だった。

ロナルドは開いた床になんの反応も示さず、その少女に向き直る。

 

「ヒナイチか。そろそろおやつだから、来ると思ったぜ」

「おお!今日はなんだ!?」

「ヒナイチ君も、こっち来てから完全にただおやつをたかりに来る人だよね」

 

いつの間にやら皿に盛り付けたフィナンシェの山を手に、ヒナイチの隣にしゃがみ込むドラルク。

ヒナイチは一心不乱にそれを頬張りながら、口をモゴモゴと動かした。

 

彼女は警察に設けられた、吸血鬼が起こす事件を担当する『吸血鬼対策課』の一人である。

元々は超エリートだったのだが、ドラルクとの出会いにより、その道を順調に転がり落ちている最中である。

 

「ひふはひゅうふぇふひっほいほははふひふはへへは」

「ほふはほは?」

「はは。ひはほへはひふはへへへふ」

「ほひゃは、ほへはひほへはふはは」

「口にモノ入れながら会話しない…って意味通じてんの!?」

 

口にフィナンシェを、これまたたっぷりと頬張りながらの会話。

以前ならロナルドがツッコミを入れていたはずなのだが、何故か意味が通じ合っているらしく、会話を続ける始末。

二人は頬いっぱいにフィナンシェが入ったまま、ドラルクに手を伸ばした。

 

「「ひゅふひゅふ」」

「いや、なんて?」

「「ひゅふひゅふ」」

「せめて飲み込んでから言ってくんない?なんなの?なにか欲しいモノでもあるの?」

「「ひゅふひゅふ」」

「……牛乳?」

「「ふふ」」

 

ニュアンスからなんとなく聞き取ったが、「牛乳」で正解だったようだ。

まるで全く話の通じないクレーム客と話しているような、なんとも言えない不快感。

ドラルクはこめかみに青筋を浮かべながら、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出し、二つのコップに注いだ。

 

「ほら!」

 

ドラルクが二人にソレを渡すと、二人はコップを呷り、牛乳を飲み干す。

口の中のフィナンシェとともに飲み込んだのだろう。

二人は「ごくんっ」と喉を鳴らした。

 

「そういうことだ。私は本部に戻る」

「おう、わかった」

「いや待って!?話が全然見えないんだけど!?」

 

ロナルドが手を振る傍ら、ドラルクが大声で帰ろうとするヒナイチを呼び止める。

 

「なんだ、聞いてなかったのかドラ公」

「聞いてなかったというより聞き取れなかったんだ!!

あんなん翻訳しろっつったら、翻訳の人キレて監督に殴りかかるわってロナルド君はボケに回るな!!

私、基本はボケなんだぞ!?」

 

ドラルクの抗議が受け入れられたのか、ヒナイチは「やれやれ」と肩をすくめ、床から這い上がった。

 

「仕方ない。要点だけ話してやろう。

新種の吸血鬼っぽいのが確認されてな。

また変なのだろうなって思ってたんだが、死傷者が出始めたことから、本気でヤバいヤツってことが判明した。

既に退治人組合の方にも報告してある。

お前たちも気を付けろ……と言ったんだ」

「死傷者……?」

 

死傷者という言葉に反応したドラルクは、軽く小首を傾げた。

 

「おかしいな……。吸血鬼は基本、致死量は吸わないはずなんだが……」

「基本だろ?吸い尽くす奴も居るんじゃねーか?脚高とか…」

「アレは超希な例外だ。人間だって、たまにとんでもない偏食家が居るだろ」

 

ドラルクはそう語ると、言葉を続けた。

 

「食事で人間を絶滅させたら、食糧が少なくなるって理由でこっちが困る。

だから、吸血鬼の間では『吸い尽くす』という行為は……人間で言うなら…そうだな。

 

 

『ケツの穴に生花ぶち込みながら全裸でイナバウアーを披露する』ってレベルで恥ずかしい行為として浸透してる。

 

 

まぁ、脚高みたいに守らん奴も、居るには居るが」

「よくわからんが、恥ずかしいってことだけはわかった」

 

人間なら黒歴史なんてモノじゃない。

吸血鬼にとって『血を吸い尽くす』という行為は、『末代どころか歴史の汚点として名を刻まれるレベルの恥』なのだろう。

そのことを理解したロナルドたちもまた、ドラルクと同じように首を傾げた。

 

「ヒナイチ、なんか聞いてるのか?」

「いや……。私も『死傷者が出た』としか聞かされてなくてな。

捕獲を試みた半田も、あっさりと返り討ちにされた」

「「はぁ!?」」

 

半田とは、ロナルドの高校の同級生であり、吸血鬼対策センターの職員の一人である。

ヒナイチの同僚でもある彼は、『ダンピール』という吸血鬼と人間のハーフだ。

アスファルトを破壊し、落とし穴を掘る程の怪力を誇る彼が、あっさりと返り討ち。

半田の実力を知っているからこそ、二人は驚愕したのだ。

 

 

 

「大事にしていた母親からのバレンタインチョコを、戦いの途中で落とし、しかも自分で踏んでしまったらしくてな。

今は口も聞けないほどに落ち込んでる」

「ちょっとでも心配した俺がバカだった!」

 

 

 

相変わらずのマザコンぶりだった。

聞けば、母親に相当申し訳ない思いを抱いたのか、ブツブツと「お母さんごめんなさい」と繰り返してるらしい。

たかが安物の、しかも2ヶ月も前の板チョコ。

しかも、母親からのバレンタインチョコ。

それだけでここまで落ち込めるとは、ある意味才能なのかもしれない。

 

「ロナルドを名前を出しても、全然反応しない始末だ」

「重症だな」

 

ロナルドのストーカー…本人曰く「全力でバカにするために、ロナルドのことを知ろうとしている」…の半田が、ロナルドにも反応しない始末。

傷は深いようだ。

 

「取り敢えず、ドラ公に探させるのが一番じゃないか?死んでも復活するし」

「へ?」

「ああ。そう思って、ここにこの情報を流しに来た」

「イヤァァァァァーーーーーッッッ!?!?

二人とも目が本気ィィィーーーーーーッッッ!?!?!?」

 

まさか自分に白羽の矢が立つとは、微塵も思ってなかったのだろう。

フィナンシェのあった皿を、台所まで持って行こうとしていたドラルクは、一部が砂になりつつあった。

 

「イヤだぞ!!人間でも死ぬレベルの攻撃なんか食らったら、凄く痛いだろうが!!

すぐ死ぬ割には、痛覚も普通にあるんだぞ私は!!」

「凄く痛いで済むんなら安いじゃねーか」

「ぐっ……、うぅっ……」

 

感性は人間寄りなドラルクは、ロナルドの言葉に反論できなかった。

このまま死地に赴く他ないのか。

二人分の重圧を前に、死にかけたその時だった。

 

「ヌーっ」

「ジョ、ジョン……!」

 

ジョンが庇うように、ドラルクの前に立ったのは。

ロナルドも、流石にジョンが庇うのなら考えを改めるはず。

……前例から、そんな可能性が微塵もない現実から目を逸らしたドラルクは、微かな希望を抱く。

 

「ジョン……」

 

ロナルドはジョンを優しく抱き上げた。

 

「ドラルクはな、街の危機を止めるお手伝いをするんだ。

つまり、皆のヒーローになるんだよ。

ジョンがするべきは、それを快く送り出すことなんだ」

 

 

 

ロナルドが優しく語ると、ジョンは「頑張れ!」と書いた旗を手に、せっせと応援を始めた。

 

 

 

「ヌヌヌー!」

「アアアアアァァァァァジョォォォォォォォォォォォォーーーーーンッッッ!!!!!」

 

言葉巧みに誘導されたジョンに、ドラルクは滂沱の涙を流した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「くそっ、ロナルド君め……。私が死んでも復活するからって外に放り出して……」

 

その日の夜、新横浜のある裏路地にて。

ロナルドは兎に角、ジョンの視線に耐えきれなかったドラルクは、渋々パトロールに出ていた。

流石に死傷者が出たためか、外に出ている人間は少ない。

居るのは、吸血鬼たちだけだ。

 

「……どっか寄って避難しようにも、軒並み閉まってるなぁ……。

退治人組合も、なんかデカい仕事があるって追い返されたし……」

 

ドラルクがありもしない哀愁を漂わせていると、ぐちゃり、と音が響く。

ホラーゲームの音声でよく聞く、肉が潰れるような音。

誰かがホラーゲームでもやってるのか。

そう思いながら、ふと足元に視線を向けたドラルク。

 

「………血?」

 

匂いでわかる。

これは、自分たちの食糧だ。

こうも地面にぶち撒けられているということは、大怪我を負った者がいるということ。

つまりは、件の吸血鬼も、この近くに存在すると言うことだ。

 

「どっ、どうしよう……?

ロナルド君に知らせ…いや、ヒナイチ君に直接報告したほうがいいのか……?」

 

極度の緊張で死にかけてるドラルクは、砂になりつつある手で携帯を取り出す。

ガタガタと震える挙句、砂になっているため、うまく画面がタップできない。

かれこれ5分ほど奮闘したドラルクは、なんとかロナルドへと電話を繋げた。

 

「も、もしもし……?」

『おっ、見つけたか?』

「いや、それっぽい痕跡はあったんだが…。

コレ、吸血鬼じゃなくて殺人鬼とかじゃないの?それくらい血がぶち撒けられてるし、同胞の匂いが微塵もしないんだけど」

 

吸血鬼は匂いで同胞を探すことができる。

しかし、地面に広がる赤の水たまりから発せられる匂いがカモフラージュになっているのか、ドラルクは同胞の匂いを感じ取れない。

こうなれば、吸血鬼か、はたまたイカレた人間かの区別もつかなくなる。

 

『は?吸血鬼じゃない?じゃあ、普通に警察案件か?』

「わからんが、私はもう帰るぞ。イカレ野郎だったら、私なんて格好の的だろう」

『捕まるなよ。捕まったら俺がフクマさんに殺される』

「私の心配じゃないのか……」

 

少しでも心配してくれていたのか、などという感動などなかった。

ドラルクはがっくりと肩を落とし、踵を返す。

 

『ハろォ』

 

 

 

振り返った先では、形容し難い形状のバケモノが、ドラルクを待ち構えていた。

 

 

 

「ヴェラボルブベラビブベバブブビバベルビブピャァァァァァァァァァァアアアアアーーーーーーーーッッッ!?!?!?」

 

あまりにグロテスクな見た目に、ドラルクは砂になりながらも奇声を上げる。

そりゃあ、ホラー映画顔負けのバケモノが、これまたホラー映画チックに登場したのだ。

奇声を上げないワケがない。

 

『うっせぇ!!一体どうした!?』

「出たァァァァァァ同胞じゃなくてモノホンのガチヤバなバケモンでたァァァァァァァァァァもうやだウェェンお家帰るゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーッッッ!!!」

 

完全に砂になったドラルクは、ありもしない声帯が潰れるほど叫ぶ。

匂いでわかる。目の前のバケモノは、同胞なんかじゃない。

もっと別の、触れてはいけない何かだ。

 

『うるさい』

「アアアアアァァァァァ私の携帯がァァァァァソシャゲの最強軍団がァァァァァァァァァァーーーーーーッッッ!?!?!?!?」

 

携帯が破壊されたことにより、ドラルクは更に叫び散らかす。

その様はもはや、ただの断末魔だ。

実際に死んでいるため、洒落にもなってないが。

 

『お前、人間じゃないな……?』

「あ、ああ!その通りのクソザコだ!小学生に足踏まれただけでも死ぬくらいのザコだ!

だから、ストレス発散にはならな……」

『でも、サンドバックとしては優秀そうだ』

「ウワァァァァァァァ命乞いが通用しねェェェェェーーーーーーッッッ!!!!」

 

こんなバケモノのサンドバックなんてやったら、3日で精神が瓦解する。

逃げようにも腰が抜け…もとい再生できないでいるドラルクは、まさに絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

 

 

ーーーー絶技『ブロッサムスピア』!!!

 

 

 

ドラルクが本気で死を覚悟したその時。

野太い声が響き渡り、緑の槍がバケモノを吹き飛ばす。

砂埃に隠れた槍の持ち主は、シルエットからもわかるように、筋骨隆々とした男。

 

『なっ、なんだ、お前はっ!!』

 

男に向けてバケモノが問う。

それに応えるかのように、シルエットは砂埃を薙ぎ払った。

 

「我はそこの同胞と同じ、高等吸血鬼……」

 

たなびくマント。ゼラニウムの香り。

鋭い眼光に、気品に満ち溢れたオーラ。

そこに居るのは、まごうことなき吸血鬼。

 

 

 

 

「ゼンラニウムだ」

『変態だァァァァァァァァァァーーーーーーーーッッッ!?!?!?!?』

 

 

 

 

否。変態だった。

 

 

マントの下は、完全なる全裸。

生まれたままの姿に、ただマントを羽織り、局部にゼラニウムを添えただけ。

股間に咲き誇るゼラニウムは、血生臭いこの場の匂いを緩和し、ドラルクに微妙な安らぎを与えた。

 

「同胞よ、助けに来たぞ」

『同胞!?お前、コイツと同類なの!?』

「謎のバケモノにまで心配されてる!!

ゼンラニウムさん、この状況下だけでは同胞って呼ぶのやめて!!」

 

謎のバケモノにまで、残念なものを見るような視線を向けられるドラルク。

一方、衣服に関する考え方以外は割と常識人なゼンラニウムは、ドラルクの前に立った。

 

「下がっていろ。今、吸対、そして退治人たちがこっちに来ている。

それまで私一人で持ち堪えて見せよう」

「それはいいけど尻ーーーーーッッッ!!!

尻こっちに向けないでェェェェェーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

見たくもない漢の尻のセクシーヌードが、目の前にあるこの状況。

誰だろうと死にたくなる。というより、ドラルクはこのショックで死にかけてる。

 

『ええい汚らわしい!!』

「ぐはぁァァァァーーーーッ!?!?」

「完全な出落ち役じゃないかゼンラニウムさァァァァァーーーーーんッッッ!!!!」

 

格好はとにかく、戦力面では頼りになりそうだった味方がワンパンで吹っ飛ばされた。

新横浜を彩るお星様と化したゼンラニウムを、二人はただ見つめる。

軈てその姿が見えなくなると、バケモノはドラルクに向き直った。

 

「あっ……。じゃ、じゃあ、帰りますねー…」

『待て。お前をサンドバッグにしてないぞ』

「ウワァァァァァァァ忘れられてなかったァァァァァーーーーーッッッ!?!?!?」

 

とんでもないアクシデントがあったのだ。

これを利用し、うやむやにして逃げようという魂胆は、見事に露呈した。

絶体絶命再び。

走馬灯まで見えて来るレベルのプレッシャーに、完全に砂になるドラルク。

バケモノはその姿を見て、ニヤニヤと笑いながらビニール袋を取り出した。

 

「ビニールでやるの!?破けるよ絶対!!」

『安心しろ、防護魔法はかける』

「なんでそんなに私をサンドバッグにするのにガチなの!?」

『訳のわからんヤツに電化製品が如くこき使われた挙句、抗議したらこんなバケモノにされてムシャクシャしてるんだよ!!』

「八つ当たりじゃないか!!」

 

八つ当たりで素人が作ったサンドバッグにされる運命にささやかな抵抗をすべく、ドラルクはツッコミを入れる。

しかし、バケモノはそれを意に介さず、ドラルクの砂を掬い上げようとした。

 

『うるさい!お前にわかるか!!

急に家が家族ごと爆発したり、なんか訳のわからんヤツにこき使われ、抗議した挙句変なバケモノにされる気持ちが!!』

「なんか前半部分だけ共感できる気がする」

 

なんという因果だろうか。

クソガキが巻き起こした騒動によって、家を失い、ロナルドの家に転がり込んだはいいが、家政婦生活を強いられたドラルク。

ある理由で家を失い、奴隷生活を強いられたバケモノ。

一方的ではあるが、ドラルクはバケモノに一種のシンパシーを感じた。

 

『おまけになんでか殺人犯呼ばわりされるし!!無実を訴えようにも皆逃げてくし!!

このやりようのない怒りを向けたくて、人間じゃないヤツ見つけてボコろうって思ったんだよ!!』

「どうしよう、なんか凄く可哀想に思えてきた……って、無実?」

 

おかしい。

このバケモノが言うには、彼は誰も人を殺していない。

なのにも関わらず、この場に鉄臭い液体がぶち撒けられている。

 

「この血はなに?」

『ストレスで喀血したんだよ!!

病院行っても追い返されるのがオチなんだよクソッタレ!!!』

「あぁ、うん……」

 

血の主人はまさかのまさか、目の前のバケモノだった。

不憫すぎる運命に、ドラルクはサンドバッグにされかけているというのに、憐憫の念を抱く。

 

「見つけたぞ」

 

その瞬間。

ドラルクたちの居た地面が爆発した。




バケモノ…はぐれ悪魔の名前は『鳥羽 知里矢』さんです。
あだ名は「とばっちりや」です。


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悪魔

全裸は居ませんが、やはり下品です。


「見つけたぞ」

 

声が響いたかと思うと、ドラルクたちの立つ地面が炸裂し、火柱をあげる。

慌ててそれを避けたバケモノは、軽い火傷を負う程度に終わった。

しかし、モロに食らったドラルクは……。

 

「ア"ァァァァァァァーーーーーッッッ!!!

私の死骸が飛び散るゥゥゥゥゥゥーーーーーッッッ!?!?!?」

『さっきから思ってたけど、どうやって叫んでんの、ソレ!?』

 

爆風で霧散していた。

断末魔の如き…いや、断末魔なのだが…叫びをあげながら、砂煙のように舞い上がる。

以前、水…スライムのようなものだったが…に混ざった状態から復活したことはあるため、そこまで心配する必要はないが。

 

「むっ、なにか巻き込んだか?まぁいい。

人間程度、いくらでも揉み消しが効く」

 

砂の状態のドラルクが見た…どこに目があるかは突っ込んではいけない…存在は、奇妙なものだった。

人間に取って付けたかのような、蝙蝠の翼が生えた異形。

 

同胞かとも思ったが、変身能力の制御はかなり困難なはず。

それこそ真祖レベルの存在か、はたまた初めから『翼が生えた生物』でない限り、絶対に有り得ない状態だ。

同胞の匂いがしないことから、後者であることは簡単に分かった。

 

『おい、砂!!聞いたろ!?アイツだ!!

アイツが殺人犯のイカレ野郎だ!!』

「うん。あの言動、立場利用して好き放題やるドラ息子タイプのサイコだな」

 

なんとか再生したドラルクは、冷静に目の前のイカレ野郎を分析する。

その本人はというと、再生したドラルクに少し目を剥いたものの、すぐに興味を無くしたかのように目線を逸らした。

 

「君、マジで無罪だったのか……。

殺してそうな見た目で、ホラゲチックに登場しといて」

『見た目は兎に角、気さくに話しかけようとしたら、声が上擦っちゃったんだよ!!

まぁ、そのおかげでお前が人外ってわかったけどな!!』

 

意外とドジっ子なのだろうか。

バイ○ハザ○ドに住んでそうな見た目のくせして、何処に向けた萌え要素なんだ。

ツッコミを入れようとしたが、ドラルクはあることに気づき、止める。

その視線の先には、ボソボソと何事かを呟くイカレ野郎の口があった。

 

「なんか呟いてる……?」

『詠唱だ、来るぞ!!』

 

バケモノが叱責するや否や、再び地面が炸裂した。

 

「ぐはぁ!?」

『ぐぅっ……!』

 

受け身を取ったバケモノは、苦虫を噛み潰したような顔でイカレ野郎を睨みつける。

一方、ドラルクは音にビビって死に、すぐさま復活した。

 

「君、強そうなんだから反撃したらどうなんだ!?さっきからやられっぱなしだぞ!?」

『あんなバケモンに勝てるか!!

ドラ○エの魔物で言ったら、アイツがドルマ○スで、オレはト○ルだぞ!?』

 

なんとも分かりにくい例えだ。

しかし、ドラルクは極度のゲーム脳。

それがどれだけ無謀なことか、彼は完全に理解し、絶望した。

 

「ウワァァァァァァァ100%死ぬゥゥゥゥゥゥーーーーーッッッ!!!!」

『お前はさっきから死んでるだろ!!』

「コントはそこまでにして、さっさと死んでもらおうか!!」

 

イカレ野郎が再び詠唱を始め、地面が赤く光り始める。

おそらく、先ほどよりも高威力なもの。

復活するドラルクは兎に角、バケモノにとっては絶体絶命のピンチ。

せめて詠唱の邪魔を出来ればよかったのだが、相手が空を飛んでる時点で詰み。

 

『クソォ……っ!』

 

バケモノが怒りを込め、地面を叩いた瞬間。

 

 

 

「私は殺生を見るのは嫌いなんだ」

 

 

 

声が響いた。

ただそれだけ。ぼんやりと光がイカレ野郎を覆うものの、詠唱が止まることはない。

詠唱も完成し、最早これまで。

バケモノは死を覚悟し、目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはははは!!

金髪幼女のヘソにしゃぶりつきたいィィィィィーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞きたくもない性癖が暴露されるまでは。

詠唱も完成していなかったのか、地面の光はすっかり収まり、炸裂することはなかった。

あまりに可笑しい状況に、バケモノは唖然と口を開けたまま、放心する。

 

「なっ……!?金髪幼女のヘソのゴマを食べたい……!!」

「ふふふふ。我が術中に陥った者は、Y談しか話せなくなる……」

 

カツン、カツン、と革靴が地面を叩く音が響く。

二人がそちらを見ると、初老の男性が笑顔を貼り付けながら、イカレ野郎の様を嘲笑っていた。

 

「君のようなレベルの高い性癖は、私も初めて聞いたがね」

「わ、Y談おじさん!!」

 

 

その名は、『高等吸血鬼Y談おじさん』。

 

 

彼の放つ『Y談波』は、当たった者の放つすべての言葉を『Y談語』にして変換させ、『性癖を暴露させる』。

魔法を使う者相手には、無敵の吸血鬼。

 

 

「くっ……、金髪幼女のヘソのアカをペロペロしたい……!!」

「君がどれだけ偉いかは知らん」

「ぐぅっ……!!」

『なに?今ので会話成立してたの?』

「Y談おじさんは、Y談語を理解できるんだ」

 

何もかもが理解できない。

Y談語という単語も、イカレ野郎のハイレベルな性癖も。

ただ分かることと言えば、嫌でも性癖を暴露することの羞恥や屈辱のみ。

バケモノは哀れな姿のイカレ野郎に、憐憫の眼差しを向ける。

 

『それはそうと、苦労しそうな性癖だな』

「理解者も薄い本も少なそうだ」

「金髪幼女のヘソォォォォォォーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

鬼のような形相で睨むも、怒号の内容が内容のため、全く怖くない。

声量が声量だったためか、ゾロゾロと見物人も集まり始める。

 

「なんだあれ?」

「ヘソ変態だ!」

「やーい!ヘソヘンターイ!」

「金髪幼女のヘソが好きィィィィィィィィィィーーーーーッッッ!!!!」

 

尚も性癖拡散するイカレ野郎に、小学生が馬鹿にし始めた。

高等人民が着るような服、尚且つかなりの悪人ヅラ。

そこから放たれる、ハイレベル過ぎる性癖。

馬鹿にされない訳がない。

いや、最早馬鹿にされるためだけに生まれてきたようなモノである。

 

「ヘソォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

『おじさん。こいつ普通に喋らせたら危ないから、一生このままにしてくれる?』

「君、見た目とは別ベクトルでエゲツないこと考えるなぁ」

 

『クソォ』と同じイントネーションでヘソと叫ぶイカレ野郎。

彼に対して、相当怒りが溜まっていたのだろう。

バケモノの悪魔のような提案に、Y談おじさんは面白そうなモノを見る目でイカレ野郎に目を向け、軽く頷いた。




悪魔の名前は考えてませんが、貴族です。
漸く眷属を持てるくらいになったくらいの頃です。

彼は一生、性癖拡散器として生きていきます。


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大パニック

人外よ、震えて眠れ…という内容になってます。
変わらない下品よ、読者に届け…と思いながら書きました。


新横浜の殺人鬼が捕まった翌日。

この世界と密接にありながら、別の空間に存在する世界…『冥界』にて。

 

「うん。今日も美味しい」

 

冥界のトップの一人…『魔王』と呼ばれる立場に居る青年が、屋敷のベランダにて紅茶を嗜んでいた。

彼の名は『サーゼクス・ルシファー』。

人格者として名の通った統治者である。

妻が淹れた紅茶…世界でこれに勝る紅茶はない。

そんなことを思いながら、茶菓子を口に含み、また紅茶のカップを手に取った。

 

 

 

「大変ですサーゼクス様ァッッッ!!!」

「おわァァァァァァァァァァーーーーーッッッ!?!?!?!?」

 

 

 

そんな憩いの時間ごと吹き飛ばされたドアが、サーゼクスに襲い掛かる。

 

 

しかし、流石は魔王というべきか。

吹き飛ばされたドアは容易く弾き飛ばされ、冥界の空を彩るお星様となった。

ドアを吹き飛ばした張本人…古参のドジっ子メイドは、何かを握りしめながらサーゼクスに詰め寄る。

 

「大変ですよ、サーゼクス様ァ!!」

「大変なのは君だよね?

ドア吹き飛ばすって、完全に殺す気だったよね?」

「へ?」

「うーん、見事なまでの無自覚ドジっ子」

 

言っても無駄だ。

説き伏せようにも数百年はかかるな、と一人呟き、サーゼクスは眉間を抑えた。

 

「そんなことより、この新聞を見てくださいよ!!」

「そんなことって、主人殺しかけておいてよく言えるよね」

 

流石にドアが突き刺さった程度では死なないが、心臓に悪いのは確かだろう。

悪魔でも人間でも、ストレスで体を壊し、挙句死ぬというのはよく聞く話だ。

このメイド、クビにした方がいいのでは…?

そんなことを考えながら、サーゼクスは渡された新聞に目を通す。

 

「『オータム新聞』…?聞いたことない新聞社だな」

「そっちじゃなくて、見出し!!」

「見出し……?」

 

サーゼクスは言われるがままに、新聞の見出し部分に目を向ける。

 

「…………………は?」

 

 

 

そこには、大々的に『神々は実在した!?衝撃!!人外だらけの社会!!』と書かれていた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

世間は『人外』と呼ばれる存在を、いとも簡単に信じた。

ソレも無理はない。

ついこの間、『新横浜が入れ替わる』という怪奇現象が起きたばかりなのだ。

 

 

更に付け加えるなら、役所に勤める人間たちにより、『戸籍の数と人口が合わない』という問題が数年前から深刻化…。

トドメに『人間の記憶を弄るような存在も居る』ということが暴かれたことにも原因があった。

 

 

隠蔽しようにも、『オータム新聞社』の記者がアレやこれやと人外による問題を暴いていく。

無論、人外らは血眼でその記者を殲滅しようとするも、全滅。

割り当てられた全ての人員に、海よりも深く、スター○ォーズのダー○サイドよりも闇がタップリなトラウマが刻まれた。

 

 

社会問題にまで発展したソレを止める術は、人外たちには最早存在しなかった。

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「情報提供、ありがとうございます」

「いいいいいっ、いええええ、ここここのてて程度、なななんてこっとととないっすよよよよよ!!」

 

ロナルドの事務所には、一人の来客が居た。

男にしてはサラリとした長髪。

眼鏡がより映える、知的な顔立ちにビジネススーツ。

 

 

そして、それら全てを台無しにする『バトルアックス』。

 

 

「……フクマさん、なんでここに居るの?」

「オータム社の社員は、新人研修時に時空転移の取得を強要されますので」

「ソレ出版社員の必須スキルじゃないよね絶対」

 

 

彼こそ、ロナルドたちの恐怖の象徴。

世界最強…いや、『最恐』であり『最凶』の出版社『オータム社』のエリート。

その名も『フクマ』である。

 

「この度、この世界に『オータム新聞社』を設立することになりまして。

そのデビュー記事として、いいネタになりました」

『お、お役に立てたなら、何より……』

 

先日の感謝を伝えるために訪れていたバケモノ…『鳥羽』は、フクマの笑みに苦笑いを返す。

その視線は、どう考えてもフクマには似合わないバトルアックスに向けられていた。

 

『ねぇ、この人何?めっちゃ物騒なんだけど…?』

「彼はフクマさん。ロナルド君の自伝、『ロナルドウォー戦記』の担当編集者だ」

『おっかしーなぁ……?俺、耳が遠くなったのかな?

編集者って、あんな殺意MAXなバトルアックス持ってるモンだっけ……?』

 

無論、違う。

鳥羽の常識は、何一つ間違ってない。

この新横浜があった世界がおかしいのだ。

 

 

あの世界は、『編集者は何かしらの武術を嗜み、作家たちに圧力を掛けることに長けていなければならない』という常識がある。

 

 

『オータム社』は、まさにその最高峰と言っても過言ではない超大手。

作家たちへの殺意なら、他の追随を許さぬ程に武術に長けているのだ。

 

このことを全く知らなかったドラルクとロナルドは、過去に幾度となく痛い目を見ているが、それは別の話としておこう。

 

「ツッコミたいのはわかるが、我慢しろ。

逆らえば、鳥羽君のミニ鳥羽君と永遠のお別れになるぞ」

『怖いこと言うなよ…。俺まで目ェつけられたらどうなるかわかんないんだから……』

 

ちょっと想像してしまったのだろう。

2人は揃って内股になり、大事なモノを掌で抑えた。

 

「ロナルド君なんか、締め切り守らないせいで毎度女の子になりかけてるからな」

 

ドラルクが場を和ませようとしたのだろう。

ロナルドが毎度の如く締め切りを破るという話題に変えようとする。

しかし、悪口というのは当人にはよく聞こえるらしく…。

 

「その殆どはテメェの邪魔のせいだろうがァァァァァーーーーーッッッ!!!!」

「ぶべらっ!?」

 

フクマとのやり取りを終えたロナルドが詰め寄り、ドラルクにアッパーカットをかました。

 

『ちょっ、ロナルドさん!

急にドラルクさん殺さないで下さいよ!

目に入って痛いんスよ!』

「あっ、ごめん」

「ウェェン私の心配なんて誰もしてくれないんだァァァ」

「付き合ったら面倒臭いタイプの女か!!」

 

嘘泣きするドラルクに一喝するロナルド。

そのやり取りに割り込むかのように、フクマが間に入った。

 

 

 

「それはそうと、ロナルドさん。ロナ戦の最新刊、進捗はいかがでしょうか?」

 

 

 

ピシリ。

言葉にするのなら、このオノマトペだろうか。

ロナルドはまるで、急に石になったかのように動きを止める。

フクマの言葉の意味をじわじわと理解するたび、その全身から脂汗が吹き出し始めた。

 

「ブバラベラッベヴェバリルブバババババヴェアァァァァァアアアアアァァァァァーーーーーーッッッ!?!?!?!?」

「全然出来てないんですね?」

「ヴェアァパパっピャアアアアアァァァァァーーーーーーーッッッ!!?!?!?」

 

フクマの尋問…内容としては、ただ仕事の進捗を問うているだけ…に、断末魔の如き叫びをあげるロナルド。

鳥羽は事務所にあるカレンダーを見て、小さく「あっ」と声を漏らした。

 

『……締め切り、今日だったんでしょう?

謝って書いたらいいじゃないスか』

「鳥羽君。君はこの後どうなるか知らないから、そう言えるんだ」

 

ドラルクが言うや否や、フクマはバトルアックスを立てかける。

倒れないことを確認した後、事務所の戸を開け、あるモノを引きずってきた。

 

 

女神のような顔の銅像。

一見すれば、芸術品として評価されそうなソレだが、見世物とは違う用途がある。

 

 

「メイデンだ」

『は?』

「針はないが、パソコンはあるあのメイデンにブチ込まれて、書けるまで出てこれない」

 

 

 

その名は『アイアンメイデン』。

 

 

処刑用具として使われ、今や『作家への仕置き道具』として、オータム社で愛用されている代物である。

パソコン以外何もない空間で、黙々と書かなければ永遠に出れない。

オータム社の編集長曰く、常人なら二十分で発狂するらしい。

 

『うっわ……。作家じゃなくてよかった……』

「テメェら他人事だと思いやがってェェェェェアアアアアアアアアアメイデンは嫌だァァァァァアアアアアーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」

 

ホラー映画のワンシーンのように、メイデンの中へと引き摺り込まれるロナルド。

ブチ込んだ張本人であるフクマは、軽く手を払うと、置いたバトルアックスを持ち上げた。

 

「書けるまでここに居ますので、どうぞご自由にお寛ぎ下さい」

『……気のせいかなぁ?めっちゃ「しくしくしく…」って聞こえるんだけど』

「ロナルド君の自業自得だ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

所変わって、吸血鬼研究センターにて。

Y談おじさんと共に、密室に閉じ込められた異形…『悪魔』は、血涙を流しながら叫んだ。

 

「金髪幼女のヘソに挿れたいィィィィィィィィィーーーーーーーッッッ!!!!」

「静かにしたまえ。いくら叫んだって、君は絶対に外に出さないらしいぞ」

 

あの日から「自身の性癖を暴露するだけの哀しい生き物」と化した悪魔。

通路を通りがかる職員に、強化ガラス越しに詰め寄るものの、皆苦笑いを浮かべて去っていく。

 

「君は一生そのままだぞ。鳥羽くんやDの孫のご好意でな」

「ヘソォォォォォォァァァァァアアアアアーーーーーーーッッッ!!!!」

 

何を言おうにも、全て「ヘソ」に変換されてしまう悪魔。

そう。何を隠そう、あの新聞の内容のほとんどの情報の出所は、この悪魔なのだ。

 

「金髪幼女のヘソを食べたい!!」

「ああ。確かに『話せば元に戻すことも視野に入れる』とは言った。

しかし、私は『戻す』とは言わなかったぞ」

 

おじさんは言うと、机にある皿からクッキーを取り出し、口に含んだ。

 

「諦めたまえ。喋らせたら危ないヤツに、まともに喋らせるわけがないだろ」

「ヘソソソソソソ……!!」

「もはや鳴き声だな」

 

おじさんはそう小馬鹿にし、天井へと視線を向ける。

そこには、一つの監視カメラが備え付けられていた。

 

「世間は今ごろ、楽しいことになっていそうだな」




オータム社員はこの作品でトップクラスに強い設定にしてます。

次回からは『第一章:旧校舎の変な動物』になります。
変態度マシマシでお送りしますが、脱ぐのは漢だけです。


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