ヒーリングっど♥プリキュア 〜医神と地球の戦士〜 (ゆぐゆぐ)
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第1節 決意

「地球のお医者さん」から真っ先に思い浮かんだのがアスクレピオスとのクロスオーバーです。
もしかするとアスクレピオス要素が容姿という所だけかもしれませんが、何とか似せていこうと思います。よろしくお願いします。


 ──人よ、人類よ。

 

 受け継げ。そして、切り拓かれた道を歩め。

 

 今の不出来を恐れる必要はない。

 

 優れているものを排するのは愚の骨頂だが、不出来なものを排するのも同様だ。

 

 常に進化を続けるものは、未来より常に不出来だとも言えるのだから。

 

 人の世の医術というものがこの医神の高みに至れば、全体として先に進めば、もはや何も恐れる事などない。

 

 自分はかつて死を克服した。その領域にも──人は至れるだろうか。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 最近、不思議な夢をよく見る。

 広々とした楽園を歩き続ける夢、何処の誰かも知らない人達を看病する夢、そして今日は誰かに告げられた夢だった。

 偶然なのかは分からないが、それらの夢は1つの物語のように繋がっているようにも思えた。

 思い出すだけでも不気味だが、夢を見た後で特に自分の身に起こったというのがないので、更に気味が悪い。

 

 

 ……とりあえず今日は休日だ。早く朝食を済まして散歩にでも行くとするか。

 

「おはよう、母さん」

 

「ん、飛鳥おはよ〜」

 

 リビングに顔を出してすぐに母親に挨拶をすると、キッチンから無気力な返事が聞こえた。

 母さんは看護師として患者と接する仕事をしているから、普段優しい声音で会話をしているのだが、僕からするとその声音どころか雰囲気そのものが何を考えてるのか分からない、馬鹿っぽいと思ってしまう。まあ、こういう人に限って怒らせると半殺しにされそう(例えば首締めとかコブラツイストとかしてきそう)なので禁句としているが。

 

「……おはようございます」

 

「……ああ」

 

 一方、ソファーに座って硬い表情で新聞を読み耽っている父親は、すこやか市では有名な医者だ。

 どんな患者でも真面目に向き合い、治療をこなすことでとても頼りにされているが、最近の父さんのこういった愛想のない態度には非常に気に入らないでいる。

 というのも、ある一件が原因で互いに距離を置いているのだが、別に話す事もないので構わないというのが僕の本音だ。

 母さんは勿論、僕と父さんの関係に気づいているらしいが、無理矢理関係を戻そうとせず、そっとしてくれている。気遣いがとても良くて安心する。僕はそれ以降何も言わずに椅子に座る。

 

「そういえば、明日から転校生が来るんだってね」

 

「そうなんだ」

 

 朝食のパンを一口齧ると、母さんがぽろっと話題を取り上げる。

 明日から新学期が始まるのだが、その時に僕のクラスに1人生徒が増えるらしい。どうでもいいな、と興味無さそうに話を受け流す。

 

「それより、この後散歩がてら出掛けるんだけど、そのついでに買い物行ってこようか?」

 

「あら本当?でも足りない物あるかなー??」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 1時間後、母さんから渡されたメモをポケットに入れて外へ出た。

 雲1つ姿を見せない程の快晴、今日は正に散歩日和という日だ。

 そんな広がる青空の下で、僕は再度渡されたメモを確認する。

 

「うわ、キッツ……」

 

 そこには内容を一から読むのが面倒になる程にぎっしりと詰まっていた。

 足りない物あるかなーとか言ってたけど、むしろ足りない物ばかりじゃん。しかも追伸なのか知らないけど『忘れたら許さないぞ☆お母さんより』と右下に小さく書いてあるし。僕が買い出しに行くのが珍しいからって初めてのおつかいじゃないんだから……。

 まあどうせ母さん達が仕事から帰って来るの夜頃だし、しばらくは外の空気を吸っていよう。そんな思いで、いつの間にか公園へと足を運んでいた。

 確か、夢で見た光景もこんなんだったな。広々と、周りには花畑のように沢山咲いている──

 

 

 

『メガビョーゲェェェェン!!!!!』

 

 

 

 近くの森から地面が揺れる程の叫び声が響き渡る。

 声の主に視線を向けると、特撮番組とかで良く見るような怪物があちこちに光線を放って──なんて状況説明してる場合じゃないだろ。

 何であんなデカい怪物が森林公園なんかに出没するんだ。そういう逸話とかも聞いたことないぞ。

 幻覚ではないかと思ったが、周りの人達が悲鳴を上げながら一目散に逃げていることで、その考えは数秒でかき消された。僕も安全な場所へと逃げ出して行く。

 

「こっちよ!どこ行くの!?」

 

 公園の外に出ようとしたところで僕はふと足を止める。

 

「だって、まだあっちにワンちゃんいたもん!このままだと怪物に食べられちゃうよ〜!」

 

 犬なら普通は野生であっても危険を感じて離れるはずだが、少年の言い分だと何か異常が起きたんだろう。

 だが、その子の親は自分が助からなきゃ意味がない、と言って少年を強引に連れ戻した。当然だ。命の重みも理解できない子供に、誰かを助けるなんて出来やしない。

 それでも、僕は──

 

「あの……!」

 

 森の中へと探しに向かおうとした時、背後にいた少女が精一杯に僕を呼び止めた。

 

「ワンちゃん、探しに行くんですよね?私も一緒に探させてください!」

 

 複数人で探す程遠くへは行っていないと思うが、どちらにしろその方が効率が良いだろう。僕は何も言葉を発さず、小さく頷いてから森の中へと駆け出す。少女も続いて走り始めた。

 

「……あ、いた!」

 

 案の定、森に入ってすぐの所に、小犬が倒れている姿を見つける。

 やはり、何処か怪我したのだろうか。周りに変なぬいぐるみみたいな小動物が数匹突っ立っているが、御構い無しに小犬の元へと駆けつけ、症状を確認する。

 

「……かなりの高熱だな。こんな所でぶっ倒れるなんて運が悪いことこの上ないぞ」

 

「あの、貴方達はお医者さんラビ……?」

 

「っ!」

 

 こいつら、普通に喋れるのかよ。森の妖精なのか未確認生物なのかは知らないが、僕はチビうさぎの質問に素直に答える。

 

「残念ながら医者じゃない。それより、早くこいつを病院に連れて……」

 

「病院じゃダメニャ!」

 

 小犬を抱えて森を抜けようとしたところを、他のチビ猫とペンギンに呼び止められる。

 

「ラテ様を治すには、あっちで暴れてるメガビョーゲンを倒して、地球をお手当てしなきゃいけないペエ!」

 

 地球をお手当てって……え、あんなデカいの倒さなきゃいけないの?

 魔法使いも地球を救うヒーローもいないのにどうやって……。

 

「……決めたじゃない。今度は、私の番」

 

 しばらくして、先程からじっとラテを見つめていた少女が立ち上がる。

 

「ねえ、貴方達はそのお手当ての方法知ってるんだよね?何か私に出来ることはない?」

 

「は?」

 

 彼女が何に覚悟したのかは知らないが、責任重大かつ危険なことに挑もうとしているのは脳裏に確かに伝わった。

 

「お前、自分が何しようとしてんのか分かってるのか?」

 

「分かってます。でも、メガビョーゲンを倒す為にも、出来ることなら何だってやる……!」

 

「現状分かってないだろ、下手したら死ぬかもしれないんだぞ!」

 

「それでも放っておけないよ!!!」

 

 葛藤していたあまりに、相手の勢いある返答に言葉が詰まってしまう。

 

「この子が、こんなに苦しんでいるのに……」

 

「それはそうだけど……」

 

 僕だってラテを助けたいという気持ちは同じだ。

 だが、あの怪物に立ち向かうという行動に『分かった、行っておいで』なんて言える訳がない。

 

「私のやろうとしている事がどれだけ危険なことなのか、ちゃんと分かってます。貴方が私を心配していることも、ちゃんと伝わってます。それでも、私は誰かの役に立ちたいんです。だから、行かせてください!」

 

 もう、何も反論は出来ない。

 これ以上何を言っても彼女の思いは変わらないだろう。僕の言いたいことが全部伝わっている上であんなことを言い出しているんだから、もうお手上げだ。

 後は、どうやってあいつを倒すのかが問題だが……。

 

「私はラビリン。貴女の名前は……?」

 

「……のどか。花寺のどか」

 

「のどか、貴女の想いは伝わったラビ。ラビリンと一緒にプリキュアになるラビ!」

 

「ありがとう……えっ、プリキュア?」

 

『プリキュアになる』という言葉から、魔法少女だか何だかに変身するだろうとは思うが、どちらにしろ聞き覚えのない言葉にのどかも僕も首を傾げる。

 すると突然、ラビリンの両手の肉球からピンクの光が放たれたのと同時に、おもちゃ売り場で良く売ってそうな魔法のステッキのような物が出現する。

 

「このエレメントボトルをヒーリングステッキにセットするラビ!」

 

「分かった!」

 

『プリキュア・オペレーション!』

 

 掛け声と派手な演出と共に、のどかの衣装等が変化していく。

 その前にラビリンが「スタート!」とか言って変身しようとしていたので、幻獣とかのようにかっこよくなるのかと思いきやただステッキの中に乗り移っただけだったので、少し期待して損した。

 

「「重なる二つの花!」」

 

「キュアグレース!」

 

「ラビ!」

 

「って、ふわぁ〜、これどうやって着替えたの!?」

 

 いや着眼点そこかよ。

 思わず心の中でツッコんでしまったが、確かに僅か30秒ほどで別人のように変わり果てた姿となってしまったことには、僕も動揺を隠せないでいた。

 

「それじゃあ……えっと、お名前聞いても良いですか?」

 

「今聞くのかよ……神医飛鳥だ」

 

「じゃあ飛鳥さん、行ってきます……!」

 

「……頼んだぞ。キュアグレース」

 

 今の僕は、先程の怒鳴り声を上げていた時とは正反対に、何処か安心感を覚えている。

 それは、花寺のどかという少女を心から信じているからだろう。たった一匹の縁のない子犬の為に何故ここまで必死になれるのか不思議に思うが、今このすこやか市を救えるのは彼女しかいないと痛感した。

 

 グレースとラビリンがこの場を後にして、僕は更に苦しくなったのか、震え始めたラテを一先ず温かい場所へと誘導する。

 

「メガビョーゲンを倒さないとずっと苦しいままって、大層な重荷を背負われてるんだな」

 

 ラテの頭や首筋を優しく撫でる。

 仕草にぎこちなさが残っているのを見る限り、まだ赤ちゃんと言うくらいに幼いのだろう。それなのに、これだけ体が熱くなっても苦しみに耐えようとしている。

 

 ……僕のやったことは間違っていただろうか。

 もしかしたら、僕が抱いていた心配や不安は余計にのどかを困らせたのかもしれない。

 とは言っても、まさか目の前にいた彼女が変わり果てた姿に変身するなんて思いもしないことが起こったんだから多少は大目に見て欲しいものだが、少し感情を強くぶつけてしまったことには後で謝ろう。

 

 

 

 

 

 数分後

 

「飛鳥さーん、メガビョーゲン浄化出来ました〜!」

 

「早っ、てか何でそんなテンション高いの……」

 

 満面の笑みでこちらに駆け寄る彼女の目には、僕の唖然とした表情なんて見えていなさそうだった。




飛鳥のお母さんの性格はアルテミス叔母__お姉さんのような人と思っていただけたらと思います。
本当はアニメが終わったと同時に投稿しようと目標を掲げていたので焦りで滅茶苦茶な文章になりかけていると思いますが、今回は飛鳥の性格を少しでも把握していただけたら幸いです。


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第2節 転入生

サブタイちょっと修正して一節、二節という表記にしてみました。なんかカッコ良くない?(何処がだ)


「だから重いなら持つって言っただろ」

 

「だ、大丈夫です。私は平気です……ハァ、ハァ……」

 

 あの騒動から、メガビョーゲンの中に閉じ込められていた花のエレメントさんとやらの力によって、ラテは病気を治すことが出来た。

 その夕方、買い物に行く事をすっかり忘れていたので、一足早くその場を後にしようとしたのだが「ご迷惑をお掛けしたお詫びに手伝います!」と、のどかが聞かなかった。

 勿論、一度は断ったが、中学生が1人で歩いて持って帰れるか分からないくらいのえげつない内容が書かれているメモを見てしまっては、お言葉に甘えるしかなかった。そういう理由でお互いに一袋ずつ持って貰っているのだが、それでも重いのか僕の歩くスピードが速いのか、かなり疲れた表情をしていた。

 

「……あの、どうしました?」

 

「あーいや、あんまり見慣れない顔だなって」

 

「あ、えっと、今日からここに引っ越して来たんです」

 

「成る程、じゃあ明日辺りから転入生……あ?」

 

 今朝母さんが言っていたことを思い出す。

 

「……じゃああんたがうちのクラスに来るってことか」

 

「本当ですか?というか、同い年だったの!?」

 

 さらっと酷いことを言われた気がした。

 僕からは1つ下か同い年の中学生かと思っていたんだが、相手からはそう見えない程老けてるように見えるのか。とはいえ、悪気は全く無さそうなので受け流すことにする。

 

「母さんから聞いた話だから真偽は分からないが……まあ分からないことあったら、あそこはフレンドリーな奴らばかりだから気軽に聞くといい」

 

「分かった!ふわぁ〜、楽しみだなぁ」

 

 そんな世間話を軽くした所で、ようやく家に着く。買い物袋は玄関に適当に置いて貰った。

 

「ラテとラビリン達は私が預かるね。どうにかお母さん達に説得してみる」

 

「その方が良いかもな。それじゃあ、また」

 

「うん。またね、飛鳥くん(・・・・)

 

 そう言って手を大きく振りながら、のどかは帰路に就いていった。

 今日会った人に名前で呼ばれると、少し変な気分になるな……。嫌とかそういうのじゃなくて。

 

「あの子は飛鳥の彼女?」

 

「いや違うから。というか母さんいつの間に帰ってきたの!?」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 翌日

 

「でねでね、その子めっっっっっちゃ優しくてさー……あっくん聞いてる?」

 

「あー聞いてる聞いてる、ベ○ータが何だって?」

 

「聞いてないじゃん!?ベ○ータなんて一言も言ってないし!」

 

 ここ最近、と言っても一年生の頃からずっとだが、クラス1の喧しい奴こと『平光ひなた』にやけに絡まれている。

 明るくて元気でフレンドリーという素晴らしい性格の持ち主だが、こいつの話のほとんどはどうでもいい事なので毎度スルーを試みている。

 

「あといい加減その"あっくん"って言うのやめろ。そのあだ名のせいで周りにも感染しかけてんだろうが」

 

「えー良いじゃん。あっくんってあだ名可愛くない?」

 

「意味が分からない……」

 

 いよいよ話がまともについていけなくなった(始めからだが)時、HR(ホームルーム)始まりのチャイムが鳴る。それと同時に、うちの担任教師もスタスタと教卓に向かって行く。

 

「えー、今日はみんなに転入生を紹介します。入って」

 

「はい!」

 

 もの凄く聞き覚えのある声と共に、転入生は戸を開けて教室に入っていく。

 

「「あっ……!」」

 

 転入生は、やはり花寺のどかだった。

 1番窓側の席に座っているんだが、すぐに目が合った。よく気付いたな。

 

「あ──ーっ!昨日ぶつかっちゃった子だ!」

 

「ん、3人は知り合いなのか?」

 

「知ってる知ってる!その後お気になさらずーってすぐに許してくれためっちゃ天使で優しい子!!」

 

 ひなたのナチュラルなべた褒めに、のどかは顔を赤くしながら縮こまってしまう。

 

「ちょっと、彼女困ってる」

 

「え、嘘、ごめん!」

 

 斜め後ろの席に座っている『沢泉ちゆ』の注意にハッと我に返り、両手を合わせて謝りながら座るひなた。

 

「……てか、あっくんもあの子と知り合いなの!?」

 

「暴走機関車かよ……」

 

 その僅か2秒後に勢いよく立ち上がり、今度は僕に話題を振り始めた。

 大体、僕の席お前の前なんだからわざわざ立たなくても良かろう。

 

「は、花寺のどかです。よろしくお願いします!」

 

 のどかの簡単な自己紹介が終わると、クラス一同の拍手が起こる。何とかなった、とホッとした表情をしていた。

 

「それじゃあ、席はあの騒がしい奴の後ろだな」

 

「こっちこっちー」

 

 騒がしい奴なのは自覚してるんだな。まあこれでしてなかったらさすがにやばいか。

 

「よろしくね、飛鳥くん」

 

 面と向かって言われると上手い返しが思いつかないな。とりあえず、軽く頷いて挨拶を返す。

 なんか、始業式にしてはやけに鞄重そうだな。

 

「……まさか、あいつら連れてきたのか?」

 

「えっ、あー……分かっちゃった?」

 

 だったらちょっとでもチャック開けとけよ、窒息死するがな。

 

 

 

 そんなこんなで、今日は校長の話と担任の話だけで行事は終わり、午前中に放課後となった。

 

「じゃあね〜のどかっち。また明日!」

 

「うん、またね〜」

 

 下校のチャイムが鳴ると、コミュ力お化けが光の速さで教室を後にする。

 のどかっちか……あいつにしてはシンプルに名付けたな。別に便乗して呼ぼうとは思わないが。あとこれはツンデレじゃない。

 

「ちゆ、部活行こ」

 

「部活……もしかして陸上部?」

 

「凄い、何で分かったの?」

 

「昨日沢泉さんが走ってるの見て、とっても綺麗だったから!」

 

 昨日引っ越したばかりなのに色んな人と知り合ったんだな。のどかもコミュ力お化け?二号機か??

 

「私もあんな風に走ってみたいなあ」

 

「ところで花寺さん、部活決めた?」

 

 1人がそう質問すると、他の部の生徒達ものどかの方へと注目を集める。

 対して、のどかはどうすれば良いのか分からず、僕に視線を向けてSOSを目で告げていた。

 

「何事も経験は大事だ。鞄は預かっとくから、行ってこい」

 

「経験……うん、分かった!」

 

 応援というか、自分なりに適当に励ましてみたが、ちゃんと届いてるんかね。

 のどかが体験入部すると決意すると、両手を掴まれ、複数の生徒に強制連行されてるかのように陸上部のグラウンドへと向かって行った。

 

「今日の飛鳥、凄い優しい」

 

 ぞろぞろとクラスメイトが教室から出て行く中、支度を終えたちゆが僕に話しかけてくる。

 

「別に、普通の対応だろ」

 

「平光さんにもちょっとくらい優しくすればいいのに」

 

「あいつはまた別だ。ちょっとでも甘えると面倒なことになる」

 

 ほんの僅かでも対応を誤ると容赦なく振り回される。

 もうちょい優しくしろとは言うが、冷たいと言っても無視はしてないからな。聞いてるフリはしているけど。

 

「それより、のどかに体験入部させるのは良いが程々にやらせておいた方が良い。そんなに体力ないと思うから」

 

「やっぱり飛鳥もそう思う?私も昨日落としたシュシュを拾ってくれた時、凄く息切らしてたから、あまり運動してないのかなって」

 

 流石は陸上部のエース、そういうところはしっかりと見抜けるんだな。

 

「花寺さんのこと、ちゃんと考えてるんだ。もしかして気になってたり?」

 

「茶化すな、単に僕の勘だ」

 

 確かにのどかは魅力的というか、可愛らしい容姿をしているとは思うが、恋愛対象とまではいかない。そもそも中学生でそういう関係になるのはまだ早いだろ。

 

「でもそうね、様子見て考えることにするわ。それじゃあ、また明日」

 

 話がひと段落すると、ちゆは部活へ向かおうと僕へ別れを告げ、教室を後にする。

 真面目な子かと思ったが、結構からかったりするんだな。意外な一面も見れたってところか?

 

「……ぷはっ!全く、何でペギタンとニャトランまでついて来るラビ!?おかげで息苦しかったラビ!!」

 

「だ、だって……学校ってどんな所か見てみたいじゃんか……!」

 

「お、お留守番は……ちょっと心細いペエ……!」

 

 鞄の圧迫感に耐えられなくなったのか、チャックをこじ開けて脱出する小動物3匹。

 

「ちょ、デカい声出すな……!まだ廊下にいるかもしれな……」

「ねえ、今何か声聞こえなかった?」

 

 不味い、ちゆが教室に戻ってくる……!

 その声を聞いたラビリン達は、光の速さで急いでのどかの鞄へと戻っていく。咄嗟の判断は早いんだな、慣れてるんだろう。

 

「……いや、気のせいじゃないか?僕は何も聞こえなかったが」

 

「うーん、そうかしら?」

 

 飛鳥がそう言うなら本当に空耳なのだろう。そう悟ったちゆは、今度こそ部活へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 冷や汗をかいていたことには気づかなかったらしい。

 独り言を言い続けるやばい奴にはなりたくないからな、危ない危ない。

 

 




AパートとBパートで分けようとした結果、締まらない終わり方になってしまいました…。どうか許してくださいませ((

ちゆちゃんのキャラがこれで良いのか凄く不安です、フォンテーヌ回までにしっかりキャラを抑えとかないと…!


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第3節 思わぬ出来事

スパークル「めっちゃ可愛い!すごーい!!(≧∇≦)」に尊死して中々執筆出来てませんでした。


 最初ののどかの体験入部は陸上部だ。

 ハードルや走り幅跳びなど、うちの陸上部は種目が充実しているが、今日は走り高跳びに挑戦するらしい。

 走り高跳びと言えば、同じクラスの沢泉ちゆが得意とする競技だ。今ウォーミングアップがてら一度跳んだが、あまりにも自然で綺麗すぎるフォームに周りは揃って拍手をしていた。

 

「のどかはきっと最高の記録を叩き出すラビ!」

 

「何で分かるんだよ?」

 

「キュアグレースの活躍を見たら分かるラビ!」

 

 僕はラテと一緒に避難していたから、その場の活躍を目にしていないんだが、そんな凄いのか。

 確かに、怪物がボコスカ殴られてる音はかなり響いていたけど、頼もしい姿に変身したとはいえ、あののどかが全部やったとは到底思えないとどうしても疑ってしまう。

 

「よし……!」

 

 今の高跳びのバーはかなり低めに設定されてある。

 素人でも跳べる高さだから大丈夫だとは思うが……。

 

「とっとと、うわぁ!」

 

「「「え"っ」」」

 

 そう思っていた僕が馬鹿だった。というか、跳べる跳べない以前の問題だった。

 足の筋力が弱いのか踏み込みが絶望的なのかは分からないが、跳ぶ直前でコケたりバーに直接ダイブしたり、終いにはバーを掴んだりと大方予想はしていたが、ここまで運動音痴だとは……。

 

「嘘、ラビ……?」

 

 ……いや、のどかには難しい競技だったんだろう。

 

 今度はテニス部の練習場へと向かう。テニスならラリーとかで軽いボールしか来ないと思うし、変な所へ飛ぶならまだしも空振りはしな……。

 

「てぇぇぇい!!」

 

「嘘ラビィ……?」

 

 声を上げてもボール見て打たなきゃ意味ないぞ。

 ……全然笑えない状況なのに見てて癖になってきたというか、面白くなってきたのはこれいかに。

 

 次は剣道場、もう不安でしかない。その前にまともに戦えるかって話なんだが。

 

「お、重い……ぁっ!」

 

「嘘ラビィ〜!?」

 

「いや分かりきったことだろ」

 

 それより今何かが潰れたような声出さなかったか……?どう聞いても人間が出す声じゃないと思う。

 

 こうして、のどかの体験入部は終わりを迎える。

 今のラビリンは「のどかには失望したラビ」と言わんばかりの表情だった。

 気持ちは分からなくもない。過度に期待すると外れた時の落胆さは凄まじいという所だけだが。

 

「お疲れさん」

 

「ありがと〜、はぁ……情けない所たくさん見せちゃったなぁ」

 

「そんなことないぞ、とても面白かった」

 

「……それさりげなくディスってない?」

 

 別にディスったつもりはない。優しさは時に人を傷つけるとは言うが、ストレートに「お前運動神経なさすぎだろ」と言うよりかはまだマシだと僕は思うけどな。

 

「ホントに情けないラビ!プリキュアの時はもっと鮮やかに飛んだり跳ねたりしてたラビ〜!」

 

「あはは、実は私あんまり運動得意じゃないんだよね。体力無くて……」

 

 そんなのどかの言葉を聞いたラビリン。しばらく困惑した表情が続くと、俯いてぽつりと呟く。

 

「……もうのどかとはやっていけないラビ」

 

「えっ……?」

 

「ラビリンは新しいパートナー探すラビ!」

 

 そう言って投げやるようにこの場を去るラビリン。その後を追うようにペギタンも空へと飛び去って行った。

 僕とのどかとニャトランで気まずい雰囲気となってしまったが、どうするべきか……。

 

「花寺さん、飛鳥」

 

 背後からの声に、ニャトランはそそくさとのどかの鞄の中に隠れる。

 振り返ると、スポーツドリンクを抱えたジャージ姿のちゆだった。何でご丁寧に3本も持ってんだよ。

 

「沢泉さん!」

 

「これ、もし良かったら」

 

 ちゆはのどかに手渡しで「はい」とスポドリを渡す。

 一方、僕の場合は「そーれ」と下から投げるように渡してくる。普通に渡せよとは思うが、いつものことなのでそこまで気にしてない。そっちより、水筒持ってくるの忘れたからありがたいという気持ちの方が強かった。

 

「花寺さんって本当は運動が苦手なんじゃなくて、やったことないんじゃない?」

 

「え、何で分かるの?」

 

「なんとなく、どれだけ動いたらどれだけ疲れるかが分かってないように見えて」

 

「ちゃんと運動やってる人には分かるんだね。私はずっと見てただけだったから」

 

「見てた、だけ……?」

 

 ということは、のどかは病弱なのかは分からないが何らかの事情があったってことなのか……?

 

「うん。だから、今色んなことをやってみたくて仕方ないの。すぐ疲れちゃうんだけどね〜」

 

「最初は欲張らないこと、かな。まずは基礎体力をつけて、自分が一番やりたいことをやれば良いと思う」

 

「一番、やりたいこと……」

 

 

 

『メガビョーゲェェェェェン!!!!!』

 

「今のって!」

 

「またかよ……」

 

 地面が揺れる程の咆哮、またメガビョーゲンが現れたらしい。あの怪物を生み出してる奴でもいるのか……?

 

「え、あ、ちょっと!」

 

 生徒達が校外へと逃げ、教師達が避難を誘導する中、僕とのどかは呼び止めるちゆの声を無視してメガビョーゲンの元へと駆けつける。

 

「酷い……」

 

 昨日のとは違って、目の前には大樹の形をした、御伽噺の怪物のような不気味なメガビョーゲンがグラウンド中を暴れ回っていた。

 

「おいどうするんだ。あのちびうさがいないと変身出来ないんだろ?」

 

「うん……ニャトランはどう?」

 

「……ニャッ!?」

 

「試してみようよ!」

 

「えぇ……」

 

 これは名案だ!と言わんばかりののどかのドヤ顔には、ニャトランも何も言えず、大人しく変身の態勢を整える。

 

「「いでっ!!」」

 

 案の定、変身は出来なかった。

 ニャトランがヒーリングステッキに突撃した挙句、その衝撃で互いに倒れてしまう。どんだけ石頭なんだ、この猫。

 

「やっぱダメニャ〜……」

 

「じ、じゃあ飛鳥くんとニャトランだったら?」

 

「無理に決まってるだろ……!」

 

「だよね……」

 

 ……あの、こんな事態ってこともあるんだろうけど、そんな残念そうな顔されると凄く申し訳なく思ってしまうんだけど。いや、本当に悪かったから、今度何か詫びるから……。

 

「他に何か、私に出来ることは……」

 

 ラビリンがいないおかげで地面が、花壇がドス黒く染まっていく。このままだとメガビョーゲンへの被害が拡大してしまう……。

 

「え、飛鳥くん!?」

 

「あいつが来るまでの時間稼ぎだ、何とかなる」

 

 僕は制服の袖をまくり、全身のストレッチをする。

 これ以上の被害を防ぐためにも、奴の動きを縛って拘束する。倒すことが出来なくとも、身動きを封じることなら出来る可能性はあるだろう。

 とりあえず、そこに解かれてあったテニスコートを持ってきたのは良いが、両端の紐を何処かに縛りつけないといけない。

 

「私も手伝う!」

 

 自分だけ何も出来ないのが居た堪れなくなったのか、のどかも片端の紐を持ってメガビョーゲンに立ち塞がる……剣道の防具とラケットを持ちながら。

 どこから持って来たんだよ、正直テニスラケットくらいは僕も欲しかったな……。

 

「こっちだよ、メガビョーゲン!貴方なんて怖くないんだから!」

 

 敵をこちらに誘き寄せるように、ラケットを振り回しながら挑発する。

 対して、メガビョーゲンはその挑発に乗るように迫ってきた。

 

「せーの……!」

 

 のどかの掛け声と共に、コートを引っ張り上げていく。

 近くの木に紐を縛り付けた一方、メガビョーゲンはのどか目掛けて追いかけているので、全力疾走で逃げていた。

 

『メガ……!?』

 

 だが、コートの形が整ったおかげで、メガビョーゲンは上手く前へ進めなくなった。案外簡単に引っかかってくれるんだな。僕はのどかの元へと駆けつけて、2人がかりで更に引っ張り上げる。

 

『メガビョーゲェェェェン!!!』

 

「うわぁ!」

 

 しかし、怪物ごときがこんなので苦しむ訳もなく、メガビョーゲン自身の怪力で僕達を吹っ飛ばした。

 

「無駄なことやってるな、早くやられろよ」

 

 校舎の屋根から、少年が姿を現して僕達に気怠げに言い放つ。

 ……こいつが怪物生み出した犯人か?

 

「無駄なことってのは分かってやってんだ、それくらい考えろ馬鹿」

 

「うっざ……メガビョーゲン、あいつからぶっ潰せ」

 

 自分のストレスをメガビョーゲンにぶつけさせようとする少年。ジャ◯アンとスネ◯の関係かこいつら。

 

「……鬼ごっこで時間稼ぐしかないな」

 

 怪物は僕にだけ矛先を向いているはず。それなら逃げ回って相手に疲労感を与える作戦に変更した方が良いだろう。

 

「足鈍ってるけど大丈夫?そんなんじゃ捕まるよ?」

 

 流石に背中を叩きつけられた痛みのせいで、運動をあまり好まない僕自身も体力がかなり消耗している。メガビョーゲンも先程の怪力で体力を使っているから同様にバテていた。

 

『メ、メガ……!』

 

「ハァ……お宅のペットも息荒くなってるぞ?デカい身体が響い……あっ」

 

 流石に身体が限界を超えたのか、思うように足が動かずバランスを崩してしまう。立ち上がろうにも怪物はすぐそこまで近づいていた。

 ……何も出来ないんだったら、のどかと一緒に大人しく逃げれば良かったかな。

 

『メガ、ビョーゲ……ンンンッ!?』

 

 死を覚悟したその時、突然メガビョーゲンが怯み始めた。

 

「は……?」

 

 僕の前には、明らかに普通じゃない大きさの大蛇の姿をしたドス黒い影が、メガビョーゲンを強く巻きつけていた。

 その大蛇は息を荒くしながら、メガビョーゲンの頭部を睨みつけている。メガビョーゲンの体内のエレメントさんの存在に気付いて、丸呑みしたいのを我慢しているのだろうか。

 

「お待たせ、飛鳥くん!」

 

「……あぁ、やっとか」

 

 あまりの光景に唖然としている内に、ようやくラビリン達が到着し、のどかはキュアグレースへと変身していた。それと同時に、大蛇の影は霧が晴れていくようにスーッと消滅していく。

 グレースの攻撃にしては色が暗かったから、他にもプリキュアが近くにいるのか……?僕は挫いた足を引きずりながら場を離れて避難する。

 

『プリキュア・ヒーリングフラワー!!!』

 

 ヒーリングステッキから放たれる光線をメガビョーゲンに浴びせると同時に、体内のエレメントさんを引き剥がすように救出した。

 

『ヒーリングッバイ……』

 

「「お大事に」」

 

 ホントにあっさり倒したな……。今回でプリキュアの……グレースの頼もしさを改めて実感する。

 最後に、木のエレメントさんとラビペギが頑張って運んで来たラテの状態を確認し、戦いは終わりを迎える。

 

「飛鳥くん、足大丈夫?」

 

「軽い捻挫だ、すぐに治る。というか、お前ら仲直り出来たんだな」

 

「のどかとラビリンは最高のパートナーラビ!」

 

「「ねー!!」」

 

 今回はお互いを良く知ってなかったが故に起こった、ちょっとした事故だからな。これから本音を言い合える仲にもなれるだろう。

 

「私ランニング始めるね!」

 

「体力作りラビ!良い心がけラビ!」

 

「調子に乗って全力疾走しそうだな」

 

 色々思うことはあるが、今回はこれにて一件落着。この後も面倒なことが起こらないと良いが。

 

 

 

「「あっ」」

 

 草むらに隠れていたちゆと目が合うまでは、そう考えていた。

 

 




次回から本格的に戦闘描写書かないといけないと思うんだけど、この時点で上手い表現が全く持って出来てないのよね…()とにかく経験を積まなきゃ、ですかねえ……。


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第4節 自分の出来ること

今回飛鳥くんはそこまで出番ないです。なので、こんなシーンあったなあって感覚でご覧ください。


「えぇ!?森林公園にも怪物出たの!?」

 

 始業式から数日後、クラスではメガビョーゲンについてしばらく話題になっていた。

 学校にも市内の公園にも現れたのだから話題になるのは当たり前なのだが、その両方とも僕が関わっているが為に聞かないふりをしていてもどうも気まずい。

 因みに、大蛇のような物体が出現したという話は誰もしていなかった。メガビョーゲン並みに大きかった気がするが……。

 

「あっ、のどかっちおはー」

 

 そんな雰囲気で何とか本の世界にのめり込もうと机に頬をつけながら黄昏れていると、のどかという救世主が教室に入ってくる。

 

「おはようひなたちゃん」

 

 そう満面の笑みで挨拶を交わすと、自分の席へと足を運んでいく。

 

「おはよう飛鳥く……目死んでるけど大丈夫?」

 

「大丈夫な訳ないだろ、あの数秒お前が来るの遅かったら胃が爆発するところだった……」

 

 ひなたとその仲間達に質問攻めや話題攻めをされるということはいつものことなのだが、先日のどかやラビリン達と下校するところをちゆに見られて以降、休み時間などで視線を送られることが多くなった。その為に、毎回逃げるように図書室へと足を運ぶのだが、この生活もついに罪悪感などを感じるようになって苦しくなってきた。

 

「ねーねー、のどかっちは学校の怪物見たー?」

 

「えっ、えーっと……」

 

 怪物を見たどころか倒してしまった当人にとっては、バラしてはいけないためにどう返していいか分からず混乱してしまうだろう。

 

「み、見てない……かな」

 

 ……困惑の末、言い訳苦しい方へ選択してしまうのどか。

 

「花寺さんも飛鳥も、見たんじゃない?」

 

「「へっ!?」」

 

 メガビョーゲンの話題をしている場の中に、僕にとって最悪のタイミングでちゆ教室に入ってくる。

 やっと私がしたかった質問を話せると思っているのか、それでも真面目な表情でちゆは僕達に問いかけてくる。

 

「あの日の帰りに何か変なのと……」

 

「見間違いだろ、僕達はあの後回り道して逃げた。それ以外特に何もない」

 

「そう……なの?」

 

「み、ま、ち、が、い、だ」

 

「……そう」

 

 よし、何とか気合で乗り切った。

 少し可哀想だとは思うが、秘密をバラさないためにもやむを得ない事態なのだ。

 

 そうして、時というものは流れるのが早く、教師の解説を聞き流している内にすぐに午前の授業が終わり、昼休みの時間へと流れていった。

 のどかはいつでもメガビョーゲンが現れても良い様に常時ラビリンを学校に連れてきているらしい。

 

「花寺さんも飛鳥も、ここにいたのね」

 

 僕とのどか(一応ラビリンも)と共に昼食を取っていると、ちゆが見慣れた動物を抱えながらこちらに向かってくる。

 

「この子、花寺さんのお家の子でしょ?」

 

「ラテ!?」

 

 何がどうなったら子犬が脱走するんだ。というか、それで何故学校まで辿り着けたんだ。

 ツッコミどころは多々あるが、そんなこと言ってたらキリがないと思い、じっと我慢する。

 

「校庭にいたから、びっくりしちゃった」

 

「もしかしてついてきちゃったのかな……ありがとう沢泉さん。でもどうしてうちの子って分かったの?」

 

「怪物がいなくなった後、学校で見かけたから」

 

「そっかぁ……ふぇっ!?」

 

 のどかは近くにちゆがいたことに気づかなかったのか。えげつないメンタルの持ち主だなと思ったが、それなら平気な顔で生活できるな。

 一方、ラビリンは「見られてたラビ~……」と物陰に隠れてあわあわと困惑していた。

 

「ねえ、さっきはどうして見てないなんて言ったの?」

 

 完全に疑ってるのも無理はない。僕達の秘密をしっかりその目で見てしまったのだから。

 

「あの時一緒にいた不思議なうさぎやペンギンと関係ある?」

 

「あ、あれはね……か、飼ってるの!ちょっと珍しいうさぎやペンギンも!あの時もこの子が逃げちゃったの探しに来て、勝手に学校に入ってきちゃったから怒られるかなぁって、あの〜その〜……」

 

 ゴニョゴニョゴニョ……と苦しい言い訳の末、口籠ってしまうのどか。

 あんな知性のある珍種のうさぎやペンギンがいるかって普通の人なら突っ込むと思うが。

 

「……そうなの、飛鳥?」

 

「いちいち僕に振るんじゃない……まあ、そうなんじゃないの」

 

 とりあえず軽く返答する。

 のどかが普段どんな生活をしているかなんて別に知らないし、それでそうなんだよーと返しても変に思われるだけだからな。

 

「ラテちゃん、すぐ抜け出すの?」

 

「そうなの……!」

 

「もう、しょうがない子ね」

 

 そう言って、キョトンとしている可愛らしいラテの頭をちゆは優しく撫でる。

 ラビリンはどうにか秘密をバレずに済んだと安堵の表情だった。

 

「授業中は職員室に預けるもらうように、先生にお願いした方がいいわね。私も一緒に行くから」

 

「ありがとう、いつも優しくしてくれて」

 

「大したことはしてないわ。気になったことが放っておけないだけ。だから、いつか珍しいうさぎさん達にも会わせてね」

 

 ……会わせたらダメじゃないか?少しでもやらかしたら知られそうな気がするんだが。

 

 

「そうだ、その時は家に来て!きっと喜んで貰えると思うの」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「え〜!?この旅館って沢泉さんのだったんだ!」

 

「通ったことあるのか?」

 

「散歩してた時に通りかかったの。やっぱり素敵だな〜」

 

 まあこの旅館、市内ではかなり有名だから引っ越したばかりののどかでも流石に知ってるか。

 のどかの言葉にちゆは喜ばしく感謝しながら、旅館の中へと入る。

 入り口では、女将さんでありちゆの母親でもある沢泉なおさんが客を待っていたかのように出迎えていた。

 

「あら、飛鳥くんいらっしゃい。隣の子もお友達?」

 

「花寺のどかです!」

 

 少し緊張しながら挨拶するのどかに、女将さんは笑顔で出迎えてくれた。

 

 その後、ちゆは早速のどかに旅館内を案内する。

 中庭、大浴場、ペット用の温泉や足湯など、次々と巡っていく。その度にのどかは「ふわぁ〜」とモコモコの小動物みたいな鳴き声を出しているのだが、これでもだいぶ感心しているのだろう。

 

「沢泉さんは自分の家が好きなんだね」

 

「え?」

 

「凄く楽しそうに教えてくれるから」

 

「……そうね、大好きで大切な所よ」

 

 自分の家が名所にもなっていたら、誰かに自慢したがる気持ちというのは非常に共感できる。

 ちゆは着替えてくるとこの場を後にしたので、のどかと足湯でも入りながら休むことにする。

 

「ラテ、入ってみる?」

 

「ラテ様はお水が怖いラビ」

 

 ……お水じゃなくてお湯なんだけどな、という屁理屈なことを考えていたのはここだけの話。

 

「まだ小さいからな……お前達も入れば?」

 

「良いラビ!?」

 

「まあちょっとだけだけどね。沢泉さんも喜んでくれると思うし……言えないけど」

 

 そんなに温泉に入りたかったのか、ラビリンは上機嫌にダイブするように入っていった。

 一方、ぺギタンは逆に元気がないようだが、どこか具合でも悪いのだろうか。

 

「ペギタンどうしたラビ?お風呂大好きなのに、全然嬉しそうじゃないラビ」

 

 ……ペンギンって水の方が好きなんじゃないか?と珍種相手に疑問を浮かべたのはここだけの話。

 

「僕はパートナーも探しに行けないし、ラテ様のお世話もちゃんとしてあげれてないペエ」

 

「もう、そうやって落ち込むところがペギタンの良くないところラビ」

 

「でも、僕もラビリンみたいにお手当て出来るようになりたいペエ。皆を助けたいペエ」

 

 ……パートナーを探しにいけないって、こいつらにとっては致命的なことなんじゃないか?

 性格を直すというのは難しいことではあるかもしれないが、立ち止まって悩んでいるのも違うのではないだろうか。

 

「ねえ、今の声は……?」

 

 ぺギタンの自信なさげな声、良く聞こえたな……。

 ちゆのノックする音と声に、小動物達は急いで隠れようと湯舟の中へと潜り込んだ……何で隠れることに命懸けてんだよ。

 

「声?あー、ラテと話してるの聞こえちゃったかな」

 

 どうにか打倒な言い訳を述べるのどかに、「……そう」と納得して流すちゆ。何だかんだで疑わないんだな、無理に警戒しすぎたかもしれない。

 

「くちゅん!」

 

 そんなことを考えていると、ラテの顔色が悪くなり始めた。

 急に体調が悪くなるのは、大体の確立でメガビョーゲンが現れたというサインらしい。

 

「大変、冷えちゃったかしら」

 

「少し温まれば何とかなるだろ。それよりちゆ、そろそろ上がるからタオル貸してくれ」

 

「じ、じゃあ私はお先にお邪魔しました!」

 

 湯舟にいる奴らをそろそろ救出しないと。僕はのどかを先に行かせ、そそくさと渡されたタオルを貰う。

 

「……もういいぞ」

 

「た、助かったラビ~」

 

「アイスみたいに溶けてる暇はないぞ。いや、それよりも溶けてるなこれは」

 

 そんなくだらないことを呟きながら、旅館の外にいるのどかと合流する。

 のどかは聴診器を使って、ラテの言葉を頼りにメガビョーゲンの居場所を確認する。

 

『あっちで温かいお水が泣いてるラテ……』

 

 ラテが指す手の方向に、僕達は走り出す。

 

「いた!」

 

「のどか、大丈夫ラビ?」

 

「うん、行こう!」

 

 そう決意すると、のどかとラビリンは即座に変身する。

 

「ね、ねえ、あれって……」

 

「あ?今それどころじゃ……あっ」

 

 いつものようにラテを抱えて避難する僕。グレースが戦う光景と共に多少困惑するちゆに、とうとうばれてしまったと気づいた。

 

「あんたが噂のプリキュア?」

 

「誰っ!?」

 

 対して、グレースの前にメガビョーゲンと挟むように立ち塞がる召喚主らしき人物の姿が。

 

「……あれ、おかしいな。以前会った時は僕達と同年代っぽい少年だったはずだけど。あんなおばさんもいるのか」

 

「おば……失礼ね!私にはシンドイーネってちゃんと名前があるんです~!」

 

 ……気づかない内に怒らせてしまったようだ。別に呟いただけなんだが。

 

「ってそうじゃなくて!……キングビョーゲン様の因縁の相手、お手並み拝見と行こうじゃない。やっちゃいなさい、メガビョーゲン!」

 

 シンドイーネがそう命令すると、怪物は背後からグレースに襲い掛かった。

 

「はあぁっ!」

 

 が、いとも簡単に避け、顔面へと蹴りを一発かました。

 

「グレース、良い感じラビ!」

 

「あのうさぎさんの達、やっぱり本物じゃなかったのね……!」

 

 ……もう隠す必要もないか。

 

「そして、学校に出てきた怪物を倒したのものどかだ。ああやって変身してるからなんだけど、運動神経がまるで別人だよな」

 

「凄い……!」

 

 と言っても、僕もちゃんとグレースが戦っているのはこれが初めてなんだが。

 学校の時は必殺技でワンパンだったから、メガビョーゲンの攻撃を避けたり反撃したりするグレースの姿に圧倒してしまう。

 

「あっ……!」

 

 その時、メガビョーゲンの攻撃によって折れた大木がこちらへと迫ってくる。

 あまりに唐突な事態に、僕とちゆは逃げることが出来ず、己の身を腕で伏せることしか出来なかった。

 

 

 

『シャアアァァァァッッッ!!!!!』

 

 

 

「また……!?」

 

 大木に生えている葉が腕に触れた瞬間、その存在がなかったかのように消滅した。同時に、大蛇の影が雄叫びを上げながら大木をガリッガリッと噛み砕いていく。

 先日も出現したあのドス黒い影だ。僕にしか見えていないのだろうか、ちゆやシンドイーネの場合は大木が無くなったことに驚きを隠せていないようだった。

 

「え、何今の。聞いてないんですけど!?」

 

「……あ、飛鳥大丈夫!?}

 

「痛っ……まあ何とか」

 

 葉の先端が腕に刺さって少々痛みはあるが、数分経てば消えるだろう。

 僕達が心配だったのか、グレースがこちらに駆け寄ってくる。

 

「大丈夫!?飛鳥く……あれ、沢泉さん?」

 

「……ごめんね、後でちゃんと話すね」

 

「花寺さん……」

 

 そうしてグレースは再度戦いへと向かっていった。

 その後はやはり簡単に事が運べるわけもなく、メガビョーゲンの次々と放ってくる弾幕に制御することが出来ず苦戦していた。

 

「どうしたらいいペエ、僕には何も出来ないペエ……」

 

「私に出来ることはないの……?」

 

 ぺギタンの悩何も出来ないという悩みと、ちゆの何か出来ることをしたいという思い。

 僕にとってそれは、対照的であると感じた。 

 

「……おい、ペギ小僧」

 

「な、何ペエ……?」

 

「お前もちびうさみたいに変身出来るんだろ?」

 

 パートナーを探しに行けないなら、一緒に探してやればいい。出来ることが見つからないなら、一緒に探してやればいい。

 そんな、ただ素朴な考えを思いついた僕は、両者にも聞こえるように問いかけた。

 

「変身……本当に、ペンギンさん!?」

 

 僕の問いの意図に、ちゆはすぐに察してくれた。

 

「じゃあ、私にも手伝わせて!」

 

「む、無理ぺエ!」

 

「どうして?」

 

「自信がないペエ。ラビリンでも苦戦してるのに、こんな僕の力じゃ君を危険な目に合わせるだけペエ……」

 

「でも、あなたも皆を助けたいんでしょ?」

 

「ペエ!?何でそれを!?」

 

 どうやらペット用の浴場で聞いていたらしい。真面目な性格故に、知りたいことはとことん追及するような奴なので仕方ない。

 

「……怪物は私も怖いわ。でもそれ以上に、大切なものを守りたいの!あなたは?」

 

「……守りたいペエ」

 

「私は貴方より大きいから、少しは力になれると思う。もし勇気が足りないなら、私のを分けてあげる」

 

 ちゆは俯くぺギタンに手を差し伸べる。彼女の悪に立ち向かいたいという気持ちは、必ずしも本物だろう。

 

 

「大丈夫、私がいるわ」

 

 すると、ぺギタンの両足の肉球からのラビリンとのどかがパートナーになった時と同じように、光が放たれた。

 うさぎに肉球がある時点で疑問を浮かべるべきだったがこいつは何で足なんだ、それくらい統一しろ。

 

「私はちゆ。貴方は?」

 

「僕はぺギタン。ちゆ、このエレメントボトルをこのヒーリングステッキにセットするペエ!」

 

「分かったわ……!」

 

 ちゆはその指示に従うと、徐々に姿を変えていく。どうやら、彼女もプリキュアに変身するようだ。

 

 

 

「「交わる二つの流れ、キュアフォンテーヌ!!」」

 

 

 

「ちょっと、プリキュアって一人じゃないの!?」

 

「行くわよ、ぺギタン!」

 

 フォンテーヌはメガビョーゲン目掛けて一心不乱に走り出した。

 プリキュアに変身すると身体能力が上がっていくようだが、フォンテーヌ自身の運動神経のおかげで、グレース以上の瞬発力と攻撃の威力というのは流石の物だった。

 

「フォンテーヌ、肉球にタッチするペエ」

 

「「キュアスキャン!!」」

 

「あそこに閉じ込められてる水のエレメントさんを助けるペエ!」

 

 水のエレメントさんはメガビョーゲンの胸部辺りにいるらしい。フォンテーヌはその場所へ直接救出しに行く。

 が、そう簡単に助け出させてはくれず、メガビョーゲンは大量の弾幕で妨害していく。そいつの足部をグレースが転ばせるように掬った。

 

「今だよ、フォンテーヌ!」

 

「メガビョーゲンを浄化するペエ!」

 

『プリキュア・ヒーリングストリーム!!!』

 

 ヒーリングステッキからグレースとは違い、青い矢のような光線を浴びせ、水のエレメントさんを救うと同時に怪物は消えていく。

 

『ヒーリングッバイ……』

 

「「お大事に」」

 

 ……そのセリフはお約束なのな。

 

「ふーん、まあまあね。でも、キングビョーゲン様には敵わないんだから」

 

 召喚獣を失ったシンドイーネは負け惜しみのような捨てセリフを置いてこの場を去っていった。

 あいつらの他に敵が何人もいるのだろうか、だとしたらかなりの面倒事だな……。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 また一つ、事を成し遂げた僕達は見晴らしの良い高台で夕日が沈む光景を眺めていた。

 

「ありがとうぺギタン。私の大切な物を守れたのは、貴方のおかげよ」

 

「僕の方こそ、ちゆがいたから頑張れたペエ。だから、その……これからも、僕と一緒にお手当てして欲しいぺエ」

 

「もちろん!助けて貰ってあとは放り出すなんて出来ないわ」

 

 その代わり、かなりの責任という重荷を背負うことになってしまうが、それも覚悟の上だろう。

 

「ねえ、ぺギタン。良かったら私の家に住まない?」

 

「え、良いのペエ!?」

 

「のどかもたくさん匿うの大変でしょ?」

 

「え、今のどかって……」

 

「飛鳥もそう呼んでるから私も良いかなって……ダメだったかしら?」

 

「え、そうなの!?」

 

 そういえばのどかに対しては本人の前では呼んでなかったな。

 普段は特にためらいもないのに、改めて思うと何処か照れくさくなるのは何故なのだろうか。

 

「いや、のどかも僕のこと名前で呼んでるから良いかなって。それに、そっちの方が呼びやすいし」

 

「……あ、そういえば飛鳥くんって名前で呼んでた!」

 

 ちゆには苗字で何で僕には名前なんだろうと思ったけど、特に何の意味もないらしい。そういう天然なところものどからしいな。

 

「じゃあ、これからよろしくね!ちゆちゃん、飛鳥くん!」

 

 これで敵と戦うことに多少楽になれるかもしれない。

 それよりも、あの大蛇は僕にしか見えていないものなのか……?奴は僕に何か伝えようとしているのか……?何も分からない状態では、答えを導き出すことなんて出来るはずもなかった。

 

「あれ、小虎だ」

 

 そうこう考えていると、ここ最近ずっと見ていなかったニャトランが疲れた表情をしながらこちらに寄ってくる。

 

「今までどこ行ってたラビ!?」

 

「決まってんだろ、パートナー探しだよ。でも残念、今日も収穫なしだ」

 

「ニャトラン、紹介するペエ。僕のパートナーのちゆだペエ」

 

「へえ、パートナ……えぇぇぇ、いつの間にぃぃぃ!!??」

 

 そういやこいつ、パートナーがいること凄い羨ましがってたな。少しくらい僕も手伝ってやらないことはないが……

 

 

 

 ~~~

 

「ねえ見て見て!今そこにめっちゃ可愛くて喋る猫発見したの!!」

 

「うわぁ~プリキュアめっちゃ可愛い!皆に自慢しよ!!」

 

 ~~~

 

 

 

 ……うん、やめておこう。

 

 

 

「……くしゅん!あれ、何でくしゃみなんて出たんだろ」

 

 




眠気で文章がめちゃくちゃになってしまいました。お許しください!


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第5節 またやっちゃった…

オデュッセウスが欲しいオデュッセウスが欲しいオデュッセウスが欲しい!!!ロリンチ持ってないから尚更欲しいのよ!


 突然だが、我が家にはレピオスという名のアオダイショウを飼っている。

 その名の由来はギリシャ神話の医療の神、アスクレピオスから。

 蛇自体、神の使いと呼ばれているのもそうなのだが、アオダイショウはそのトップらしい。何処かの市内ではそのアルビノは信仰の対象として置かれているそうだ。アスクレピオスが脳裏に浮かんで適当に名付けたのだが、その名はちょうどそいつに合ったらしい。

 

「こんにちは、平光せ……あれ」

 

 と、そんなどうでも良い話は置いといて、そのレピオスを連れて動物病院の診察室へ入ると、今日は見慣れた先客が二名いらっしゃるようで。

 

「飛鳥くん……?って、ふわぁ~、凄い綺麗な蛇さん!」

 

 僕が手に持っている蛇籠を見るなり、レピオスの綺麗な鱗に魅了されたのか、こちらに寄ってくるのどか。

 蛇好きなのかな、人差し指をくるくると回しながら籠越しに戯れてるらしい。対してレピオス氏は何やら警戒してるけども。

 

「……で、何でお前達はここに?」

 

「今朝からラテが急に元気がなくなったらしくて診て貰ってたの。慣れない環境で疲れたのかも……」

 

 メガビョーゲンの場合は突発的に起こるからな、単純にストレスならすぐに治るだろう。

 

「あっくんの知り合いってことは……ひなたの同級生なんだ」

 

「先生その呼び方やめてくださいって言ってるじゃないですか何であいつの感染してるんですかうちの両親に診て貰った方がいいんじゃないですか?ねえ??」

 

「あーごめんごめん!最近ひなたが飛鳥くんの話題出すもんだからつい……」

 

 僕の話題って……別にあいつの前でこれといったことはしてないぞ。

 と、今の僕の威圧によってぽかんと口を開いて唖然としていたのどかとちゆがはっと我に返り、話を進める。

 

「……あ、えっと、今年から同じクラスで」

 

「私は最近引っ越して来たんです」

 

「そっか、騒がしい妹だけどよろしくね」

 

「こちらこそ……えっ、妹ってことはお兄さん!?」

 

「お父さんと見間違えたね……」

 

「「ご、ごめんなさい!」」

 

 中2の妹と社会人の兄という年の離れた兄妹というのも今時珍しい。漫画やドラマではたまに存在するが、現実ではそうそういないだろう。

 

「お兄!お兄!!お兄!!」

 

「ん"ん"っっ!!??」

 

 背後から闘牛にタックルされたような衝撃を受けて吹っ飛ばされる。

 顔面が床に叩きつけられたものの、すぐに立ち上がろうとはするがぶつかった時の腰の痛みの方が強く、それでもゆっくりと老人のように立ち上がる。

 

「あーごめんごめん!!」

 

「ひなたちゃん!?」

 

「お前、出掛けたんじゃ……」

 

「あ、そうそう。ねえ見て見て!喋る猫発見!!!」

 

「「え"え"っっ!!??」」

 

 ひなたが抱えていた喋る猫というのは、ニャトランのことだった。

 何処で道草食っていたかは分からないが、とにかく僕達以外の人間にバレてしまったことに驚きを隠せないでいた。

 

「喋る猫?聞き間違えたんじゃないの?」

 

「それはない、絶対喋っt……っ!?」

 

「そ、そう。聞き間違い!」

 

「ひ、ひなたちゃん!私、喉乾いちゃったな~隣のカフェにでも行きたいな~」

 

 ひなたの性格上、このままでは他の人に広められてしまうと思ったのか、ちゆは言葉を発させないほどに彼女の口を塞ぎ、のどかは誤魔化すように別の場所へと連行するという連携プレイを魅せ、

 

「「し、失礼しま~す!!」」

 

 そのまま早足で診察室を出て行った。

 

「あ、飛鳥くん大丈夫かい?」

 

「これくらいのタックルは慣れてます……」

 

 本当は慣れているわけないし、経験したことも稀なのでめちゃくちゃ痛い。とはいえ、大丈夫かと言われて重傷でもない限りは問題ないと答えるしかなかった。

 

 

 

「ふわぁ~美味しい~~」

 

 それからのどか達は本当に近くのカフェまで連行していたそうで、名称は忘れたがひなたの命名した、彼女のお姉さん特製のミックスジュースを美味しそうに飲んでいた。

 

「でねでね、さっき拾った猫なんだけど~」

 

「気のせいよ!猫は喋らない!!」

 

「ちょっ、ちゆちー怖い~~」

 

「ちゆちー……」

 

 今年から同じクラスになってまだ仲が良いとは言えないのに勝手にあだ名をつけられ困惑するちゆ。

 その気持ちは充分に分かる。僕に限っては入学して間もない頃にあだ名をつけられたのだから。

 

「ご、誤魔化せそうにないラビ……」

 

「しょうがねえ、行くか」

 

 今までごろんと寝転がっているラテの隣で隠れていた小動物達が囲って作戦会議のような話し合いをしていたところ、その内のニャトランが何か覚悟を決めると、テーブルの上へと飛び上がって僕らの前へ顔を出した。

 

「俺の名前はニャトラン!四人とも初めまして!」

 

「ほら喋った!」

 

 いや、そんな「あたしの目に狂いはなかった」みたいにドヤられてもなあ。

 既に知っていることを同年代に意気揚々に言われた時どういう反応をすれば良いのか僕にはよく分からない。へーすげーなあって適当に流しても大丈夫だろうか。

 

「あたしはひなた。ねえ、ニャトランはどうして喋れるの?」

 

「それが分からないんだ。生まれた時から俺だけ喋れてさ」

 

「そうなんだ~、すごーい!」

 

(これで……)

 

(良かったのかしら……)

 

(呼吸、楽しい)

 

 と、思ったより事が上手くいっていることに困惑する一同。

 だからと言ってそのまま横入りする訳にもいかず、ただ黙って場を眺めることしか出来ないでいた。

 

「なあひなた、俺の事は他の人には秘密にしてくれよな」

 

「もちろんだよ!てか最初からそのつもりだし」

 

「……は?」

 

 ……え待って、こいつの言っていることが良くわからない。

 

「だって見世物になったら可哀想じゃん?」

 

「お兄!お兄!!って言いながら見せびらかそうとしてた奴の言うことかよ……」

 

「あ、あれはさ、見世物になる前に保護するーとか迷子ならお家探すーとかお兄に相談するーとかなんて色々考えてたら慌てちゃって……!」

 

 どの考えを選択しても先生に相談する道に辿り着かないかそれ。

 

「ひなたちゃんって優しんだね」

 

「ふぇっ!?いやいや、あたしなんて全然!」

 

 優しいとかというより、ただどんくさいだけじゃないのか……?

 

「そういやお前、クラスの奴と出かけるんじゃなかったのか?」

 

「大丈夫大丈夫、え、何?あっくんてばあたしの事心配してくれて……んの」

 

 こいつの場合、別の意味で心配なんだが。

 そう言おうとした途端、ひなたの動きがピタッと凍り付いたように止まる。

 表情も無のまま止まっているので、彼女のスマホをチラッと拝見させてもらう……。

 

『時間とっくに過ぎてるよ!ひなた、待ってるから連絡頂戴!!』

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「何処にいるんだろ~……」

 

「今何処にいるのか連絡つかないの?」

 

「うん、さっきから掛けてるけど全然繋がらない……」

 

 隣町から然程距離はないものの、今いる建物は市内でもかなり大きいショッピングモールだ。

 もう待たずに先に施設内を回っているとなると、見つけるのは難しいだろう。大体、二時間も待たせるというのが劇的なんだが。

 

「はぁ……やばぁ、またやっちゃった……」

 

「またって?」

 

「あたし、目の前のことでいっぱいになって、すぐ他の事忘れちゃうんだよね~……」

 

 だからと言って誰かと出掛けることなんて忘れるか普通……。

 身の回りに相当大変な事態が起こったなら気持ちは分かるが、それでも予定は忘れないと思う。

 

「任せとけよ」

 

「ニャトラン……?」

 

「ひなたは俺を助けたから遅れたって、ちゃんと伝えといてやるからさ」

 

「ありがと~、優しい~……」

 

 目についたことに夢中になって他の事を後回しにするような奴はある意味放っておけないからな、

 

「待って、説明は私達がするから」

 

「そうだね。とりあえず二人を探そ?私達も一緒に話すから。大丈夫だよ、ひなたちゃん」

 

「みんな……ありがと!」

 

 それから数分、あちこちを探し回ったものの事が上手く行かず。

 相手方もこちらを探し回っているのだろうか、単純にまだ気づいていないのか、やはりこのショッピングモールが馬鹿みたいに広い上に、休日で人が多いせいで見つけるのが難しい。

 

「……くちゅん!」

 

「こんな時にか……」

 

 ラテの具合が悪くなったということは、もちろんメガビョーゲンが現れたということ。道理で下の階でざわついてるかと思ったら……。

 

「よし、俺と飛鳥でひなたを遠ざける!」

 

 ひなたのフードの中に隠れていたニャトランが顔を出してのどか達に伝える。

 賢明な判断だ。ひなたの性格上、怪物に立ち向かおうとする二人を見過ごすことは出来ないだろうが……ゴリ押しするしかない。

 

「……ん、どしたの?」

 

「手分けして探そう。その方が効率良い」

 

 中々見つけられずに落ち込んでいるひなたの袖を掴んで誘導する。

 

「なあ飛鳥、ひなた!あっちの方行こうぜ、俺の勘はよく当たるんだ!」

 

「ホント!?ありがとニャトラン!」

 

 ニャトランがのどか達とは別の方向で走ると、速攻で後を追っていった。

 すんなり遠ざけれたのは良かったけど……同行する僕まで遠ざけようとするな。

 

 向こうで暴れまわってるメガビョーゲンから逃げる人混みに飲まれながら、なんとかひなた達と合流する。

 いつも出現する地帯より解放感がない敷地内で、あちこちに爆破音が響き渡ったりして非常に危険な中、ひなたは困惑しながらその光景を眺めていた。

 

「なにボケッとしてる。逃げた方がいいだろうが」

 

「え……?あ、うん!」

 

 ボケっと眺めている彼女の肩を軽く叩くとハッと思い出したように我に返り、再び人の波に流れるように進んでいく。

 

「「「あ──ーっっっ!!!」」」

 

 そうしかけた刹那、今まで探していた友人達とばったり出会ってしまう。

 普通こんなタイミングで再会するのかよとは思うが、メガビョーゲンから無事に逃れることが出来たのは一安心だ。

 

「どうしたの、何があったの!?」

 

「分かんない!何か急に怪物が……」

 

「この前学校に出た奴かも……!二人共、早く逃げよ!」

 

「うん……あ、のどかっちとちゆちー!」

 

 メガビョーゲンの暴走はもうすぐそこまで拡大してきているので早く逃げなきゃと告げた矢先に、ひなたが僕にとって余計なことを思い出してしまう。

 

「え、花寺さん達もいるの?」

 

「じゃあさっきすれ違ったのって本人……?」

 

「やばくない?怪物がいる方に行っちゃったけど……」

 

「嘘……!」

 

 のどか達がプリキュアだという事を誰にも知られてはいけないのだから、このまま行かせる訳にはいかないのだが、どう言い訳すればいいか……。

 

「べ、別のルートで逃げたんじゃないのか……?」

 

「で、でも放っておけないよ!」

 

「あ、ちょっ、ひなた危ないって!」

 

「後から追っかける!三人は先に逃げてて!」

 

「あの馬鹿……!」

 

「え、ちょ、あっくんまで!?」

 

 流石にこんな適当な言い訳じゃ聞く耳持たずか。ったく、これだから脳筋は嫌いなんだよ……!

 こうなりゃ全力で止めるしかない。来た道を全力疾走で戻るひなたを、僕は必死で追いかけていく。

 

「なあ飛鳥、もしかしたらなんだけどよ」

 

 そんな何も喋れない程に全速力で駆け抜ける人間の隣で、ニャトランが真剣な顔で話しかけてくる。

 

「なんか今、俺の心にキュンときたかもしれねえんだ」

 

 心がキュンときたということは、あのちびうさやぺギ小僧のようにパートナーになる意思表示のようなものだ。つまり、今目の前で放っておけない友達を追っかけてる人物とパートナーになるかもしれないという事だが……

 

 

 

「……え、マジ?」

 

 

 

 ……先日のフラグが回収されたような気がして、思わず足を止めてしまった。

 

 

 

 




飛鳥くんがひなたちゃんに脳筋とかいう酷い言葉を吐いてますが、作者はひなたちゃんが嫌いという訳ではないですからね!?てかそうだったらいつぞやの前書きにスパークル可愛い過ぎて死ぬなんて書かないし


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第6節 可愛いなりたい!

エルキとオデュッセウスさんのPUに気付いて10連引いたけど金回転どころか鯖2枚しか出ないという爆死を決めた男が通ります。


 結局、ひなたをとっ捕まえる事が出来ずにのどか達と合流させてしまった。

 だが、これは不味いことではなく、プリキュアになるに相応しいか、パートナーとなるのに相応しいかを試すニャトランの作戦だそうだ。

 

「うえぇぇ!?うっそ何あれガチ怪物じゃん!?てかこの状況なんなの……?何で真っ黒?可愛い物全部台無しなんだけどぉ!」

 

『重なる二つの花!キュアグレース!!』

 

『交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!』

 

「え……!?」

 

 のどか達がプリキュアに変身したところをひなたにがっつり見られてしまっているが、それでもニャトランは様子を伺っている。

 

「来たな、プリキュア!」

 

「あれは!?」

 

「ビョーゲンズの『グアイワル』ラビ!」

 

「貴様らの力、この俺に見せてみろ!行け、メガビョーゲン!」

 

 今回のメガビョーゲンは特撮に出てきそうな怪物ではなく人型の怪物……巨人というべきか、そんな姿をしていた。

 今まで戦ってきた奴らよりも身軽そうな身体をしているので少々厄介そうだが……。

 

「「はあーっ!」」

 

 グレースとフォンテーヌ、二人で一斉に攻撃を仕掛けていく。

 フォンテーヌはそのまま蹴りを何発か入れて敵を怯ませようとはするが、そう簡単に事は成してはくれず、メガビョーゲンはフォンテーヌに薙ぎ払うように反撃した。

 

「たぁーっ!」

 

 対して、グレースは相手の隙を見つけるとその部位目掛けてハート型の気弾を放った……

 

「止められた……!?」

 

 のだが、グレースの放った気弾を片手でバリアを張って止められてしまう。それどころか、バリアで受け止めた物をグレースへと跳ね返していく。

 

「フォンテーヌ、大丈夫!?」

 

 まさかオウム返ししてくるとは思わず困惑していたが、なんとか回避することが出来たグレース。攻撃を喰らってしまったふぉんてフォンテーヌの元へと駆けつけて容態を確認する。

 

「大丈夫。それよりも、技を返してくるなんて」

 

 身体能力だけでなく知能も高いのだろうか。あんなバカデカい気弾を軽々と跳ね返す奴なんて流石に強すぎやしないかね。

 

「プリ、キュア……?」

 

「ひなたちゃん!?」

 

「避難したはずじゃ……?」

 

 ひなたが零した一言にやっと僕達の存在に気付いたグレース達。

 一方でニャトランはのどか達がプリキュアだという秘密、メガビョーゲンについての秘密がバレた上でどういう行動を取るのか注意深く伺っていた。

 しばらく何も言わずに俯いてるひなたに、僕は少し声を掛けてみる。

 

 

 

「もう分かったろ、僕達が助けに行ったところで足手ま」

 

 

 

「め────────────────っちゃ可愛い!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

「「「は?」」」

 

 この場にいる全員(メガビョーゲンも含めて)が変な声を出してしまったと思う。

 無理もない。こんな生死を分けられるかもしれない危機的状況に巻き込まれた人間が放った一言だったのだから。

 

「えー何々めっちゃ可愛い!どうやって着替えたの?魔法??誰デザイン???もうめっっっちゃ可愛い~!!」

 

「ニャハハハハ!さっきまであんなビビってたのに何だそれ!」

 

「え、あ、いやぁつい…………そう言われたら怖くなってきちゃった」

 

 忙しい奴だな。そんな勢いが止まらないひなたに昭和思わず昭和のノリでずっこけてしまう。

 

「……あ、いかんいかん!メガビョーゲン!!」

 

『……メ、メガァ!!!』

 

 敵さんも見かけによらず予想外の事態に唖然としていたようで、ハッと我に返ると、慌ててメガビョーゲンに指示を出した。

 すると、今度は首に巻いていたマフラーを利用してプリキュアの身動きを封じてしまう。オールマイティな能力と怪物ならではのパワーで苦戦しているようだ。

 

「コラーッ!二人を離しなさいよ!!」

 

「ちょ……!」

 

 不意に、ひなたがメガビョーゲンの真下へと飛び出した。

 

「これ以上何かしたら許さないからねー!!」

 

「だから飛び出すなって、この馬鹿!」

 

 このままだと踏み潰されるのは目に見えているのに、何故プリキュアでもない奴が自ら危ない方へ進もうとするんだ。そんなひなたを僕は強引に連れ戻そうとする。

 だが、怪物は逃させてはくれず、大きく足を地面に叩きつけて踏みつけようとしてきた。

 

「ひなた!」

 

 とはいえ、足の影のおかげで危険を感知し、寸前で回避することが出来た。

 だが、怪物の一撃は重く、踏みつけた風圧で近くの建物へと吹っ飛ばされてしまう。

 

「無事か二人共!」

 

 軽く吹っ飛ばされた衝撃と、ひなたに下敷きにされてるおかげで被害は多少巻き込まれたものの、自分の身には何ともない。

 

「ちょっと飛ばされただけ、これくらいへっちゃらだよ!それより、あっくんは大丈夫?怪我ない??」

 

「……?」

 

 自分よりも他人を心配する彼女に、ニャトランはどうしても引っかかっていた。

 

「運良く…………僕も僕で危機管理出来てなかったかもな」

 

 ちょっと重いから降りてくれとか言い出しかけたけど、そんなこと言ったら今度こそ命が危ない目に合うかもしれない。声を詰まらせておいて良かった。

 

「フッ……お前最高だよ!やっぱ俺ひなたの事気に入ったぜ!」

 

 そう言うと、ニャトランの手の肉球から黄色に輝く光が放たれる。本当に心に来ていたんだな。

 

「なぁ、俺と一緒にプリキュアにならないか?」

 

「えっ?あたしもなれるの?」

 

「あの怪物……ビョーゲンズから地球を守るんだ」

 

「地球を、守る……」

 

「そう、お前の中の好きなものや大切なもの、全部お前の手で守るんだよ。お前ならそれが出来るし、俺はどうしてもお前と組みたい!」

 

 ニャトランはやはりどうしてもひなたとパートナーになりたいんだろう。

 ひなたと力を合わせて地球を救いたい、その一心はこれからも絶対に変わることはない。

 

「……うん、分かった!」

 

 そんなニャトランの思いが届いたひなたは、すぐにプリキュアになることを決意し、立ち上がって再びメガビョーゲンの元へと歩き始めた。

 

「……大丈夫なのか?」

 

「ハァ、心配性だなお前は」

 

 否定出来ない。

 ちゆの時はプリキュアになることを誘導してしまったが、あの時も今と同じように複雑な気持ちだった。

 結果的には頼れる存在になったけど、どうしてもメガビョーゲンに立ち向かう姿を見ているとビビってしまう。

 あんな出来事があってから、僕は弱い人間になってしまったのだ。

 

「安心しろ、俺とひなたの相性はきっと最高だ!」

 

 そんなクズを、ニャトランは優しく励ましてくれた。

 正直説得力はないが、むしろこうやって端的に言ってくれるとニャトランらしいというか、安心感が芽生えてくる。

 

「ひなた、この光のボトルをヒーリングステッキにセットするニャ!」

 

「OK!」

 

 ニャトランの助言通り、ボトルをステッキにセットすると、徐々に姿が変化しプリキュアへと変身していく。

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!」」

 

 キュアスパークル……閃光のように足が速いひなたにはピッタリの名称だ。

 

「いかん!2人が3人に増えた!」

 

「えぇ〜!めっちゃ可愛い!すご〜い!!」

 

 相変わらず目の前の光景そっちのけで自惚れているスパークル。

 今さっきまでグレース達の姿を見て興奮していたし、まさか自分もこんな格好をするとは思わなかったのだろう。

 

「くっ……!こうなったらメガビョーゲン行けぇ!」

 

『メガァ!』

 

「来る!?」

 

「跳べ!」

 

 そう指示されたスパークルは、勢いよくジャンプする。

 流石はプリキュアの力。一般人とはかけ離れた身体能力で屋根まで跳び上がった。

 

「うわすご!」

 

「俺のパートナー、このまま行くぜ!」

 

「OK!」

 

 スパークルは一呼吸入れると、閃光の如く駆け出した。

 一瞬にしてメガビョーゲンの目の前へと辿り着くと、顔面に蹴りを二、三発入れて縛る力を抜かせる。

 そのまま怪物は倒れ、グレース達の拘束が解けて動けるようになった。

 

「さぁ!一気に倒しちゃおう!!」

 

「倒すんじゃない!浄化するんだ!」

 

「浄化?どうやるの?」

 

「取り敢えず、肉球タッチするニャ!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

 キュアスキャンでメガビョーゲンの体内にいる光のエレメントさんを見つけ出す。

 

「えっ!なんか可愛いのいる!」

 

「あそこに捕まってるエレメントさんを助けるんだニャ!」

 

「あ〜そうゆう事!」

 

「デビュー戦このまま決めるぜ!」

 

 

 

『プリキュア !ヒーリングフラッシュ!!』

 

 

 

 ヒーリングステッキから放たれる光線でメガビョーゲンを浄化し、光のエレメントさんを体内から引き剥がした。

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「お大事に」」

 

 グレースとフォンテーヌでさえ二人掛かりで苦戦していたのに……ついつい感服してしまった。

 

「勝ったの!?やったー!あたしすご〜い!イエーイ!お疲れ〜!!」

 

 一件落着したことを悟ったひなたは、のどかやちゆと喜びを分かち合った。

 

「プリキュアか〜!のどかっちもちゆちーも凄いね!何か、戦うお医者さんって感じ!」

 

「お前もだぜひなた。これからも俺と一緒にお手当てしてくれるよな?」

 

「良いよ!だってみんな困ってるんでしょ!?これからも宜しくね!!」

 

 のどかとラビリン、ちゆとペギタン、ひなたとニャトラン全員がお互いのパートナーを見つけることが出来たわけだが……。

 

 

 

 僕にとっては何処かそれがもどかしく、悔しく感じてしまう。

 もしかすれば、彼女達に嫉妬心を抱いてるのかもしれない。僕にはどうしても悪に立ち向かえる勇気が出ないのだ。

 

 

 

 もう……失いたくないんだよ。

 

 

 




次回はオリ回です。
もしかしたら等々飛鳥くんがプリキュアに…いやなるんかな?ならへんかもしれへんわ、予告すんのやめとくわ。確信がないわ


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第7節 誕生

今回はあとがきに解説を載せてますので、暇なときにでも読んでください。はい。


 ~ビョーゲンズキングダム~

 

 地球を支配する組織の者たちが暮らす世界。今日も長の姿を拝見することが出来ないでいた。

 

「この短期間でプリキュアが3人になるとはね」

 

「プリキュアが何なのよ。あんな小娘達、とっととケチョンケチョンにしてやれば良いのよ」

 

 プリキュア……地球をお手当てする伝説の戦士が再び誕生したそうだ。

 現在、ダルイゼン、シンドイーネ、グアイワルと次々にプリキュアに敗北し地球を病気にすることに手こずっている。

 

「プリキュアとやらは詳しくはご存じではないのですが、貴方たちが苦戦する程の厄介な方達なのでしょう?」

 

 それでも意地を張るように強気に振る舞う彼らに、一人の男が皮肉めいたように言い放つと、一同に睨みつけながら彼に目をやる。その中で、前回敗北した二人を見下した後に何食わぬ顔で撤退してきたグアイワルが不服そうに反論してきた。

 

「俺達が本気を出したみたいに言うんじゃない。少し油断しただけだ」

 

「へえ、油断ですか……。いけませんよ、たとえどんな敵であれ油断は禁物です」

 

 その反論がどうにも言い訳にしか聞こえない。

 男はハァ、と一つ溜め息をつくと、首領であるキングビョーゲンの方へ膝をついて挨拶を告げる。

 

「キングビョーゲン様の命ならば、全力で尽くさせていただきますとも……」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 平光ひなたがキュアスパークルとして戦うことになったものの、僕達はやはり別の意味で不安を抱いていた。

 彼女らがプリキュアだということは他には誰にも知られてはいけないというジンクスがあるのだが、それは思いついたことは何でも口にしてしまう彼女とは相性が悪い。

 

「プリキュアのことは秘密って言ったでしょ?」

 

 現に、「あたし達、頑張って勝ったんだよー!」などと爆弾発言を放って廊下でちゆに説教を喰らっている。

 と言っても、周りから見れば真面目な教師がやらかした生徒に叱っているという図だが、実際は説教という緊張感は特にない。

 

「あっ、そうだった。ごめーん、何が良くて何が悪いのか分からなくなっちゃって…………」

 

「そうだよね。今まで知らなかったことだもん」

 

 勝利宣言は言ってはいけない位は理解出来るはずだが、相変わらずのどかは優しいのか甘いのかよく分からない。

 

「……今後のためにもおさらいしましょう。放課後、集合ね」

 

 

 

 

 

 

 放課後、カフェにてジュースを軽く味わいながらこれまでの経緯について振り返ることになった。

 元を辿ると大分長くなるだろうが、ちゆとのどかはそれを考慮しながら淡々と進めていく。

 

「つまりそのテアティーヌ様がラテのお母さんなのよね」

 

「そうそう、ヒーリングカーテンの偉い人‼」

 

「ヒーリングガーデンの女王様ラビ」

 

「そこ間違うか~?」

 

「ここまではいい?次はヒーリングガーデンについてね。地球をお手当てするヒーリングアニマルがたくさん住んでる秘密の世界」

 

「それが突然ビョーゲンズに襲われたラビ」

 

「激しい戦いの末、テアティーヌ様はビョーゲンズのボス、キングビョーゲンと相打ちになってお互いにかなりのダメージを受けたんだ」

 

「そしてビョーゲンズは、次に人間界を蝕みにきたと。地球を自分の物にするために……」

 

 地球の守護神が打ち破られたってところか。

 となると、もうついにはプリキュアだけが地球の希望という訳か。思ったよりも大層な責任を背負わされたってところか。

 

「でもこうして、プリキュアが三人に増えたんだ!あいつらの好きにはさせないぜ!」

 

「よーし、頑張ってビョーキンズを浄化するぞー!」

 

 一応、ちゃんと話は聞いているだろうけど、ここまで覚え間違うものか?

 

「大丈夫だよ。ゆっくり覚えていこう、ひなたちゃん」

 

「うぅ、ありがと~。のどかっち優しい……」

 

「でも最低限のことは気を付けましょう」

 

「うぐっ、は、はい……」

 

 ちゆの一言で、ひなたは少々怯えるような仕草を見せていた。

 まあ、真面目な人と陽気な人とでは意見が釣り合うこともあるから仕方がないと言えばそうなる。僕自身もひなたとは相性が合わないと思っている。

 

 しかし……僕も事態に巻きこまれた以上、何か役に立つようなことはしたい。

 だが、共に戦うとまでは行かない……。弱き人間が肩を並べたところで足手まといになるだけなのだから。

 

「……飛鳥くん?」

 

 不意にのどかに声を掛けられる。気が付かないうちに脳に意識を集中させていたらしい。

 

「ん、もう帰るか?」

 

「いや、そうじゃなくて。今日の飛鳥くん、何だか元気がないように見えて……」

 

 流石だ、人を見る目が一味違う。

 実を言うと、今日はそんなことを考えているばかりに授業もまともに聞くことが出来なかった。

 これ以上、無駄な心配を掛けさせないよう気を紛らわせることにしよう。

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

「ここの空気を吸うのは久しぶりだ。さて、手荒に行くとしましょう」

 

「進化しなさい、ナノビョーゲン」

 

 

 

「……くちゅん!」

 

「「「っ!」」」

 

 ラテがくしゃみをし始めたということは、またメガビョーゲンが出現したらしい。

 同時に、地面が揺れる程の咆哮……ここからかなり近い場所に現れたのだろう。近づいてからよりもこの場で変身した方が良さそうだが。

 

「皆、行くわよ!」

 

「うん!」

 

「……はい!」

 

 ちゆもこれについては同意見だったようで、のどかやひなた達に告げるようにヒーリングステッキを構えた。

 のどかはすぐさまステッキを構えたのに対し、ひなたは怯えているような、畏まるような態度を取っていたのが気がかりではあった。

 

「重なる二つの花!キュアグレース!!」

 

「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」

 

「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」

 

 三人はそれぞれに変身を終えたものの、周りを病気に変えようと暴れているメガビョーゲンと距離が離れて行っている。このままだと町にまで進展してしまう。三人は急いでメガビョーゲンの元へと……。

 

「……伏せろ!!」

 

「「「えっ……!?」」」

 

 突然、青空に流れる黄金の光に嫌な予感を感じた僕は皆に危険を伝えた。

 その予感は的中していたようで、その光は段々こちらに接近してきた。更に、僕らが一斉に伏せた直後、光は後頭部付近を通過し地面へ突き刺さると、風船が割れたような爆音と共に周りを荒らしていた。

 

「矢……!?」

 

 その光の正体は、凄まじい威力で放たれた矢だった。

 地面に穴が出来たことはもはやメガビョーゲンのせいで慣れてしまっている。しかし、弓道の弓ではこんな遠い距離からは狙えないはずだ。

 

「おや、外れましたか」

 

 辺りを見渡すと、屋根の上から一人の男がこちらを見下していた。

 ビョーゲンズの幹部にしては常人の顔色をしているが、片手に弓を持ち、そして背部には尻尾のようなものを生やしているという獣人に似た姿をしていた。とはいえ、僕らを狙ったのはこいつで間違いないだろう。

 

「どうしてこんなこと……!」

 

「どうしても何も、敵の要である貴方達を狙っただけですが。標的は手早く仕留めるのが道理でしょう?」

 

 何故に敵に向かって当たり前のことを言わせるのか。そう言わんばかりに、のどかの問いに嘲笑うかのように答える男。

 

「じゃあこの人もビョーゲンズの一人……!?」

 

「でもあんな奴見たことないラビ……!」

 

「私……キロンは新入りの身ですので。これが初陣という訳なんです」

 

 何か、こうも丁寧に教えてくれると本当にビョーゲンズなのか疑ってしまう。とはいえ、奴が弓で狙ってきたの言うのは事実。相手はあれでもプリキュアを敵視しているはずだ。

 

「無駄話はここまでにしますか。彼女らはこのまま私がやりますので、好きなように暴れていなさい、メガビョーゲン」

 

「メガビョーゲン!!!」

 

 キロンの指示通りに、メガビョーゲンは回れ右をして引き続き自分の仕事に真っ当しようとする。

 

「させない……!」

 

「あ、ちょっとスパークル!?」

 

 それを意地でもやらせまいと、スパークルは猪突猛進の如くメガビョーゲンに突っ込んでいく。

 弓を置いて一呼吸を入れるキロンの仕草に嫌な予感がしたフォンテーヌの呼び止める声が届くこともなく、そのまま高く跳び上がった。

 その瞬間……

 

「がぁっ!?!?」

 

 ドゴンッ!!という鈍い音と共に、スパークルは激しく吹っ飛ばされていった。

 キロンが気付かない間に地上に降りていたことから、相手を力強い攻撃が直撃したんだろう。

 

「……やはり地球の戦士でも所詮はか弱い女の子か」

 

 今までの地球の支配が本望のビョーゲンズの幹部とは違い、彼はそれよりかもプリキュアを確実に仕留める……殺すかのような狩人のような戦闘スタイルなのだろう。

 そして、プリキュアを期待していただけに、勢い良く吹っ飛ばされたスパークルの姿に呆れているようだった。

 取り敢えず、かなりのダメージを受けたであろうスパークルの容態を確かめに僕は駆け寄った。

 

「スパークル……!」

 

「大、丈夫、げほ、げほ……グレースとフォンテーヌはメガビョーゲンをお願い。あたしはあいつを……!」

 

「あんまり無理すんなって!一度休んだ方が良いニャ!」

 

「ちょっとドジっただけだし……それに、あたし達を馬鹿にしたあいつに今すっごくムカついてるの。ニャトラン、本気のあたし達を見せつけてやろうよ!」

 

「……分かった。行くぞ、スパークル!」

 

 あの一撃で弱さを晒してしまった自分に、周りを病気に変えようと暴れ回るメガビョーゲン、そして自分達を弱いと決めつけたキロンに、痛みを堪えながらも怒りを露わにする彼女の目にニャトランはすぐに答える。

 

「フォンテーヌ、ここはスパークルに任せて、メガビョーゲンを浄化しに行こ?」

 

「……ええ、そうね」

 

 グレースの言葉に、だがやはり気になりながらもフォンテーヌはメガビョーゲンの浄化へと足を運んで行った。

 そんな二人を逃さぬと弓を構えて狙うキロン、邪魔はさせまいと相手に蹴りを入れるスパークル。

 しかしスパークルの動きは読んでいたようで、蹴り足を腕で振り払って掴みかかる。

 

「くっ……!やあぁぁぁっ!!!」

 

 それを負けじと避け、隙を見せた相手の脇腹、腹部、胸部へと三発蹴りを浴びせた。

 相手は後ずさりするように怯むもすぐに体勢を立て直していた。

 

「……甘く見すぎていたようだ、前言撤回しよう」

 

「それはどうも!てりゃぁっ!!!」

 

 まだこれだけでは怒りが収まらない。更に追い打ちを掛けようと、空高く跳び上がってかかと落としを肩部に浴びせる。

 これもまともに喰らったはず、だが今度はびくともしなかった……

 

 

 

「ええ……少しか弱い女の子に、ですが」

 

 それどころか、口角を少し上げてぼそりと呟けるほどの余裕を見せていた。

 

「えっ……っっっ!?!?!?」

 

 やばい……!そう悟った瞬間は時すでに遅し。キロンはそのまま拳に力を込めて、スパークルを殴り飛ばした。

 その威力は、多少離れた距離で見ていた僕とラテでも体感した殴り飛ばした直後の衝撃と、スパークルの声にならない程悶絶している姿で、とにかく凄まじいものだと感じた。

 

「ぐぅっっ!!」

 

 一方、グレース達も今回のメガビョーゲンの強さに圧倒されていた。

 幾度も攻撃を浴びせても耐え続け、やがて気弾を放つ前に隙を突かれ、尻尾で叩きつけられ反撃されてしまう。

 

「グレース、しっかりするラビ……!」

 

「どうしよう、このままだとやられちゃうペエ……!」

 

 無惨にも倒れたまま立ち上がらない三人。

 このままトドメを刺すのだろうか、キロンはメガビョーゲンの肩の上に立つと、何も口を開かぬまま限界まで弓を引いていく。

 

 また、失うぞ……!

 

「待て……!」

 

 覚悟を決めた僕は、三人の前へ仁王立ちする。

 もう、相手に哀れな目で見下されようが関係ない。今出来ること、今やるべきことを全力でやるだけだ。

 

「飛鳥、くん……?」

 

「……今日の所は見逃してくれ」

 

「は?」

 

「こいつらが……友達が苦しむ姿は、もう見たくない。だから、頼む」

 

 そう言って敵の幹部を前に、精一杯の土下座をする。

 何をしてんだこいつはと呆れている敵の行動は当然正しい。ただ無力な人間が強者に情けを晒しているだけなのだから。

 だが、無力だからこそ、それなりに出来ることをしたい……その結果がこれだ。

 何度も壁を作ろうとも、諦めずに接しようとしてくれた。言葉を強くぶつけても、優しく受け止めてくれた。だから、こいつらを見捨てる事なんて、もうしたくないんだよ。

 

「……くだらないな」

 

 僕の必死の行動は結局届くことはなかった。

 引いていた弓が離れ、光の矢がこちらへと向かってくる。

 ……だったら、皆と一緒に死んでやろう。苦しむよりかはマシだ……

 

 

 

「ッシャアアァァァァ!!!」

 

「蛇……!?」

 

 目を瞑ったその時、ガリッガリッと光の矢が突如粉砕した。

 あまりの事態に目を開けると、以前にも現れた大蛇が目の前で矢を噛み砕いていた。

 敵も想定していなかったことに驚きを隠せなかったようで、しかしキロンは困惑しながらも再度大蛇目掛けて弓を引く。

 

「(速い……!?)」

 

 だが、二度も同じ攻撃はさせまいと大蛇はメガビョーゲンに頭突きを喰らわせる。メガビョーゲンはバランスを崩して尻餅をついていた。

 何故、こいつは僕達を守ってくれているのか。今度こそ聞いてみることにした。

 

「お前は、いった……」

 

Είναι αδύναμος.Κληρονόμησε.(力無き者よ。受け継げ)

 

 言い切る前に、大蛇は僕を優しく巻き付いてそう告げてきた。

 まるで優しく抱いてくれる母のような……そんな温もりが何処か感じた。

 

 ”今の不出来を恐れる必要はない。ただ真っ直ぐに、切り拓かれた道を歩んでいけ”

 

 すると、辺り一面に光が放たれていく。

 この光は……のどか達が変身する際に放たれた光によく似ている。こいつは、僕にプリキュアとしての力を与えているのだろうか……

 

 

 

 面白い、受けて立ってやるさ。

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「キュア、ラピウス……?」

 

 今の僕は、目深に被った黒のフードに手が隠れるほどの長い袖の黒のコート、古来の医師が装備していそうな嘴状のマスクに武器は蛇が絡みついた杖といった戦士らしくない禍々しい格好をしているが、身体の奥底に力が漲っているようだった。

 

「更に増えたか。まあいい、まとめて倒すだけ……っ!?」

 

 キロンが弓を引こうとした時には、僕が操る蛇に動きを封じられていた。

 成る程、キュアラピウスの戦い方は遠距離で支援するだけであって接近戦には向いてないと……何とも僕らしい。

 

「さてと、まずはあのデカいのからだ。お前達、協力してくれ」

 

「……うん、分かった(ラビ)!」

 

 あえて無茶させるように命令したんだがな……まあ、すぐに立ち直ってくれたならそれで良いけど。

 

「「キュアスキャン!!」」

 

「あそこに実りのエレメントさんがいるラビ」

 

 取り敢えず、事を手早く終わらせるために、この漲っている力をフルに活用させてもらおうか。

 

「痛みはあるだろうが我慢してくれよ?」

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎!(リザレクション・フロートハデス)

 

 杖から放たれる赤黒い光線でメガビョーゲンを一瞬にして浄化し、実りのエレメントさんを体内から”強引”に引き剥がした。

 三人の場合は優しく包み込むように引き剥がしていたはずなんだが……痛みはあると宣言したものの、かなり横暴な技なんだな、僕のは。

 

「さて、次はお前だが、どうする?」

 

「……いえ、今回はここまでとしましょう。では、またの機会に」

 

 悔しさよりも、楽しませてもらったという表情でキロンはこの場を撤退していった。

 今までよりも格段に強い敵だったが、どうにか無事に撃退だったので一安心……いや、今回はあいつに感謝しなきゃいけないな。もうどっかに消えてしまったけれども。

 

「……あれ!?めっちゃ痛かったのもう治ってる!?」

 

 確かに先程まで悶え苦しんでいたのに、今では普通に立っていられている。

 これもラピウスの技の能力なのだろうか。攻撃しながら味方を回復する的な。

 

「凄い……!凄いよ、飛鳥くん!」

 

「え、あ、あぁ…………」

 

「えぇ!?あっくんがヘニャヘニャになっちゃった!?」

 

 のどかの突然のべた褒めに何が?と聞こうとした途端、思うように立ち上がれなくなり、のどかにもたれかかるように倒れていく。

 恐らく、僕が調子に乗って力をフル活用したせいだろう。体力とかまで使っていたなんて思わなんだ。

 どうにか安静にさせようと三人は慌てて僕を運んでカフェテリアの椅子に座らせた。

 

「……ん?そういえばさ」

 

 ふと、ひなたが何かを思い出したのか喋り始める。

 すると、急に満面の笑みで僕の両手をがっしりと掴んできた。

 

「さっきあたし達のこと、友達って言ってくれたよね!?」

 

「あ?…………あっ」

 

 つい助けたいのに一心で完全に変なことを口走ったな。

 いやまあ、本音かと聞かれるとあながち間違いじゃないのだが、改めて思い出すと羞恥心で体が熱くなってくる。

 

「……勘違いするなよ。友達ってだけだからな、好きとかそういう愛情は決して」

 

「あたしもあっくんの事好き──!!!」

 

「人の話を聞け!あと抱きつくな馬鹿!!」

 

 

 

 何はともあれ、これで僕もプリキュアとして戦えるようになった。

 地球の戦士として責任を果たさねばならなくなってしまったが、大事なものを守るからには全力で尽くさせてもらうことにしよう。

 

 

 

「飛鳥、意外と嬉しそう?」

 

「嬉しい訳ないだろうが……!」

 

「これからよろしくね、飛鳥くん!」

 

「そんなことよりこいつ引き剥がせよ!!!」




・ビョーゲンズにオリキャラが追加された訳ですが、モデルを言っちゃうとFGO二部五章のネタバレになってしまいますので敢えて言いません。ヒントを言うとあれのあの人です。

・アスクレピオスのプリキュアverが想像出来ないというご感想を頂きましたが、基本的には飛鳥がデミ鯖化したと思っていただいて構いません。現在は第一と同じ容姿です。

解説って言ってもこんなもんかな


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第8節 キズナ水族館

アポ復刻は剣トルフォとモーさんとアキレウス狙ってましたがどれも出ませんでした。代わりに持ってなかった騎アストルフォが出ました。そんなことよりオリュンポスのCM良かったにぇ!


 僕にとって担任の授業ほどだるくなる授業はないと思っている。

 しかも今回の授業はほとんど一年にやった事を復習するだけの典型的なもの。覚えたことを骨の髄まで更に叩き込まれてる気分で嫌気がさすので、授業の後半で触れるであろう教科書の後ろのページでも読みながら時間を潰していた。

 

「光合成に必要な物とは何か……平光」

 

 ……反応がない。

 先生にバレないように後ろをチラ見すると、授業そっちのけで外の景色を眺めていた。

 退屈なのは痛いほど分かるけれども、軽く机を叩いてみる。

 

「うぇ!?あ、ええっと……」

 

「光合成に必要なものは何か、だって」

 

 ひなたの戸惑いに、のどかがフォローするように教える。

 

「ああ、光合成……分かりません」

 

「一年の内容だぞ……では、沢泉」

 

「はい」

 

 と、ちゆがスラスラと正解を答えたことによって、授業は再びスムーズに進んでいく。

 

「うぅ、またやっちゃった……」

 

 彼女のこの異常な落ち込み様は一年の頃から変わっていない。

 たとえほんの些細なことであろうとも、こうして自分に視線が集まらないように顔を何かで隠してブツブツとネガティブな発言を繰り返している。まあ当時はそこまで仲良くしていなかったので、何もせずにそっとしておいていたのだが。

 

 こうして本日最後の授業が終わり、下校時間となる。

 

「ねえ、ひなた」

 

「え、な、何?」

 

 ちゆの呼び掛けに恐る恐る返事をする。

 

「覚えるのが苦手なら、メモを取ると良いと思うの。書いたり読み直したりすると頭に入りやすいでしょ?」

 

「あーごめん、そうだよねー……」

 

 未だに気にしているらしい。

 ちゆのアドバイスを説教されていると思ってしまっているのだろうか。ちゆ自身も上手く言葉が伝わらなかったのかと複雑な表情をしていて、どうも僕とのどかは気まずくなってしまう。

 

 その後、ちゆは部活に行くとのことだったので、のどかとひなたと三人で下校することにした。

 

「ちゆちー、きっとあたしの事怒ってるよね……?」

 

「そうかな?そんな風には見えなかったけど」

 

「あたし、プリキュア辞めた方が良いのかも」

 

「ニャンだってぇぇぇぇ!?」

 

「ニャトラン、今まで仲良くしてくれてありがとう……」

 

「何で急にそうなる」

 

「だってあたし、物覚え悪いしおっちょこちょいだし、皆に迷惑かけちゃうんじゃないかって……。この前だってあたしが変に飛び出したからやられそうになったんじゃって思っちゃって」

 

「そんなことないよ、プリキュアになりたてなのは皆同じだよ」

 

 前回のは流石に相手が悪かった。どのフォーメーションを練っても崩れていただろう。近接も遠距離も手強かったあいつが撒いてくれたというのは奇跡もはや奇跡に近いものだ。

 言い方が悪いが、あのおかげで僕はプリキュアとして戦う身になれた。地球を救う身になれたのだから、むしろ感謝するべきだろう。照れくさくて言えないのが本音。

 のどかがどうにか宥めるも、まだ納得いってないそうで。

 

「じゃあどうすれば良いのかな……」

 

 そう言われると一同返答するのが難しくなってしまう。

 普通ならいつもと同じ感じで友達作ればいいだろと単純な答えが言い切れるのだが、ひなたとちゆでは性格が違いすぎる。とはいえ、仲間としてお互いを知り尽くさなきゃいけない。どうするべきだろうなあ。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

「んぁ……」

 

 その答えが見つからないまま、ベッドの上で寝てしまった。

 いつ寝落ちしてたかも覚えてない。恐らく家着いて身支度してすぐだと思うけど、相当疲れてたのだろうか。疲れることしてないのに。

 時間的にまだ両親は帰ってこないだろうけど特にやることがないし、勉強もゲームもモチベがない。

 

 

 

 ♪♪♪♪♪♪

 

 

 

 突然、スマホのアラームが鳴りだした。珍しく電話かかってきたな。

 

「……はい」

 

「もしもし、花寺です」

 

 通話の主はのどかだった。けど、いつにもまして真剣そうな声音で少し驚いてしまう。もしや家電と勘違いしてるな?

 

「……そんな畏まらなくても良いだろう。僕のスマホにかけてるんだから」

 

「あ、そっかごめん。それでね……」

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「おはよう!」

 

「ん」

 

「おはよう」

 

「お、おはよう……!」

 

 こんな休日の早朝から待ち合わせ場所に集合するプリキュア一同(とヒーリングアニマル達)。

 昨晩ののどかとの電話の内容は、水族館に行こうという誘いだった。

 というのも、のどかのお母さんが水族館のチケットを人数分貰ったらしく、ちゆとひなたの事について話したら一緒に行ってきなさいと言われたそうだ。

 女子三人の中に僕いるか?とは思ったが、流石に今更感が半端なかったし、何よりのどかからの誘いってなるとどうにも断ることが出来なかった。それでももしクラスの男子に遭遇したら面倒なことになりそうだと思ってしまいがちだけど。

 

「ねえねえ、最初どこ行く?」

 

「じゃあ、あたしイルk……ちゆちーの行きたい所行こ!」

 

 次の日になるとすっかり平常運転に戻るってイメージだったが、流石に友人関係ってなると未だに根に持ってしまうか、まあ当然だな。

 

「え、私は何処でも良いけど……飛鳥は?」

 

 そこで僕に振るのかよ……。

 同じく何処でも良いんだけど、ひなたが言いかけた奴にするか。

 

「……もうすぐイルカショー始まるから、そこで」

 

 という訳で僕達はイルカショーの会場へと足を運ぶ。

 

 

 

 かなり久々にイベント系のものを見たが、思ったよりも楽しめた。他の三人も大分楽しんでいたからだとは思うけど、まだ僕にも少年心というのが残っていたらしい。

 

「あー面白かった!あたしイルカ見たかったんだよね~」

 

「そうなの?だったら、最初に言ってくれたら良かったのに」

 

「えっ……まぁ、そうなんだけどさ~……」

 

「ひなたも意外と気を使うのね」

 

 突然、ひなたの足がピタリと止まった。何か忘れ物をしたとかそういうのじゃなさそうだ。

 表情をチラッと伺ってみると、何処か困惑した表情が見えた……また変に考え込んでるのか、こいつ。

 

「ほら、置いてかれるぞ」

 

 と、我に戻すように背中を軽く叩いた。

 

「え、あ、待ってよ~!」

 

 ……今だけはいつも以上に楽しんで欲しい、その為にここに来たのだから。

 

 

 

「ふわぁ~、綺麗!」

 

「ね!意外とめっちゃ可愛い!」

 

 適当に移動してしていると今度は展示コーナーへと辿り着く。

 ここに関しては小さな魚介類ばかりだが、多数の種類の魚はもちろん、色鮮やかなクラゲなどもいて中々に幻想的だ。

 

「そうね、夢みたい」

 

「ちゆちー、教室にいる時と感じ違うね」

 

「わたし、そんないつも怒ってる?」

 

「じゃなくて、何かいつもより雰囲気柔らかいっていうか」

 

 こういうのギャップっていうんだっけな。いつも学校で真面目な奴が別人のように意外な一面を見せると親近感何処か親近感を感じてしまうようなあれ。

 僕は気付かない内に普通に会話するようになったので特に感じなかったが、やはり意識してると気持ちがより強くなってしまうんだろう。

 

「あわわ……泡~!」

 

 ……ナチュラルにダジャレをかますんじゃない。ってか水槽の泡でそんなに驚くこともなかろうに。

 

「……フッ」

 

 横から笑いが漏れるように吹き出す声が聞こえ、向いてみるとちゆが口を押えながらブルブルと身体を震わせていた。

 

「フフフフ……あわわって、泡見てあわわって、嘘でしょ……!」

 

 嘘でしょはこっちのセリフだ。まさかこいつこういうくだらないのが……。

 

「イルカは~……いるか?」

 

「フフッ……」

 

「これが魚……まさかな~」

 

「フフフッ……!」

 

「……当たってクラゲろ」

 

「ちょっともう……!」

 

「高価なイカも、効果ないかも?」

 

「もう、ひなたも飛鳥もやめてよ~!」

 

 本気でツボに入ってるな、これは。

 これの何処が面白いのか全くもって分からないけど、意外な一面が見れたっていうかギャップ激しすぎでは?

 

「何が起きてるラビ?」

 

「これ面白いかペギタン」

 

 小動物達も今の光景をつまんなさそうに眺めている。ちゆのパートナーとしてどう思うのか尋ねてみるニャトラン。だが返事が全く聞こえない。

 

「……ニャニャ!あいつ何処行った!?」

 

「イルカショーの時はいたよね!?」

 

 移動中はひなたのフードに隠れていたはずがいなくなっている。

 ……あいつ、今頃パニクって館内走り回ってそうだな。そうだとしたら探すにも手間がかかって面倒だ。

 とはいえ、探す以外に手段はない。僕達は思いつく場所から片っ端に捜索することにした。

 

「いたら返事してー……」

 

 隅から隅まで探したつもりなのだが、一向に見つからない。図体が小さすぎるせいで近くにいたとしても気付きづらい。そう考えるとすれ違った可能性もあり得るので少々イラついてしまう。

 

「クチュンッ……!」

 

「ラテ!」

 

「こんな時にビョーゲンズかよ!」

 

「早く何処かで診察ラビ!」

 

 人目につかないように、物陰に隠れてラテの診察を開始する。

 

「何処かで泡が泣いてるラテ……」

 

 泡って言ったらさっきの展示コーナーしか思い浮かばない。また来た道に戻らないといけないのか……。

 

「急いでメガビョーゲンを探しましょう!被害が大きくなる前に!」

 

「待ってよ!ペギタン見つけるのが先でしょ!」

 

「でも!」

 

「ペギタンだってちゆちーを探してるよ!一人で心細くて泣いてるかも!」

 

「メガビョーゲンが現れたのよ?放っておけるわけないでしょ!?」

 

 とうとう恐れてた事態が起こってしまった……。

 何処かで両者の意見が合わずにトラブってぶつけ合いになる、なんてことは避けたかったんだけどな。

 

「どっちも探そう!」

 

「「え……?」」

 

「ペギタンは私達の大事なお友達だし、それにメガビョーゲンを見つけてもペギタンがいないと、ちゆちゃんプリキュアになれないでしょ」

 

 それでものどかは冷静に、的確に対処していた。

 どちらかを先に取ってもデメリットが生じてしまうのなら、両方を併用してやることを成し遂げる。そんな感じで上手くまとめてくれた。

 

「ねっ!早く見つけてお手当しよ!」

 

「……分かったわ!」

 

「行こう、ちゆちー!」

 

 そう言ってひなたはちゆを引き連れて走り出す。二手に分かれて探すと来たか、まあ広いし妥当だな。

 ところで、

 

「凄いなのどか。リーダーみたいだったけど、そういう経験お有りで?」

 

「ふぇ?多分ないかも」

 

 なるほど、あんたの才能って奴ね。そういうの誇らしく思った方が良い、というか思え。

 

「そうか。んじゃ、とっとと探すぞ」

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

「あっ、いた……って」

 

 手分けして探し始めてから数分後、ようやくメガビョーゲンを見つけることが出来た。のだが、

 

「「ぺギタンを返せ~!!」」

 

「何すんの、離しなさいよ!!」

 

 ……ぺギタンも見つけられたのは何よりだけど、何で怪物そっちのけでキャットファイト繰り広げてるんだよ。

 

「ちょっと、メガビョーゲンもボケっとしてないで何とかしなさいよ!」

 

「メ、メガァ!」

 

 主に喝を入れられたメガビョーゲンは二人を引き剥がすようにタコ足で薙ぎ払おうとした。

 

「「あ、ぺギタン!!」」

 

 が、当たり所が悪かったのか、シンドイーネの手首にぶつけてしまい、同時に捕らえられていたぺギタンが頭上を越えて飛んで行ってしまう。そしてその後ろには遅れてやって来たのどかの姿。

 

「「のどか(っち)!」」

 

「え、ふわぁ!」

 

「痛っ」

 

 急な呼びかけに慌てながら、そのままこちらに落ちてくるぺギタンをキャッチしようとするも、上手く掴まらずコツンと頭に当たってしまう。

 まさかキャッチ出来ないとは思わなかったので弾みで飛んでくるのに反応出来ず、綺麗に僕の頭部にコンボを決められたものの、その後ちゆのスライディングキャッチによって見事に救出できた。

 

「ちゆちーナイス!」

 

「良かった……」

 

「のどかっちもあっくんもナイスヘディング!」

 

「えへへ!」

 

 僕に関してはただ流れ弾に当たっただけだがな。

 のどか達が一先ずの喜びを分かち合う中、ちゆだけは何も声を出さずゆっくりと立ち上がった。

 

「……皆、お手当するわよ!」

 

「「は、はいぃ!」」

 

 今の一言で今後何があろうとも、ちゆを怒らせるようなことは絶対にしないと決意しながら、それぞれプリキュアに変身していく。

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♥プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 ……え、僕だけ台詞違う?まあ三人のよりかは全然良いけど。

 

「ああもう小賢しい!」

 

「えっ?小賢しいってどういう意味?」

 

 容赦なく叩きつけてくるメガビョーゲンの攻撃を避けながらフォンテーヌに尋ねるスパークル。

 

「生意気って意味よ」

 

「えっ、めっちゃ失礼じゃん!」

 

 今時そんな言葉使うの昼ドラに出てくる姑くらいだろ。

 そんな事を思いながらも、メガビョーゲンから放たれる砲弾を避けていく。その隙を捕らえた三人は同時に怪物の顔面に蹴りを入れていく。

 

「「キュアスキャン!」」

 

 今回は泡のエレメントさんを救出することになるそうだ。

 水のエレメントさんとか出てきて今更なんだが、色んな物体でも生命って宿ってるんだな。

 

「後は任せろ……」

 

 浄化する技を放つ準備が整った。

 と言っても、こんな狭い所で前回のような威力では仲間も巻き込みかねない。多少加減しても問題はないだろう。

 

 

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎!(リザレクション・フロートハデス)

 

 

 

「ヒーリングッバイ……」

 

 浄化完了、これで本当に一件落着となる。

 

「おっと……すまない」

 

「お疲れ様」

 

 察しが良いな、技を打った影響でよろよろとバランスを崩しかける僕をのどかが支えてくれた。

 

「ほんっっっと小賢しい!!!」

 

 あまりキレすぎると皺が増えるぞー……なんて言った時は骨すら残らず叩きのめされそう。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 

「ひなた、ちゃんと聞いてる?前回と言い今日といい偶々上手くいったようなものの、これからはああいう無茶は慎んでよね!分かった?」

 

 メガビョーゲンを浄化出来た後、未だに沢泉さんはご立腹だ。

 確かにひなたは自分から飛び出すような行動が何度か見受けられたから、不満も溜まっていたんだろう。一方、説教されている本人はちゃんと聞いてそうだが、髪の毛をクルクルいじりながら気を紛らわせていた。

 

「……ん、これから?」

 

 ”これから”

 この一言で、僕達は仲間として……友として関係が深まったと確信した。

 たとえ接し方がぎこちなかろうと、今回みたいに互いに気持ちを理解し合うことで自然と蟠りは消え失せていく。友情が芽生えるというのはまさにこのことなんだろう。

 

「うん!これからも4人で一緒に頑張ろうね!」

 

「もちろん!」

 

 皆が楽しいって思える一日で良かった!と、のどかは僕に笑顔を見せていた。

 

 まあ、今日は久しぶりに貴重な体験ができた、かな。

 

 この水族館の名称を、僕は適当に「キズナ水族館」と名付けることにした。

 




今日はキュアエトワールの誕生日でしたが、ドキドキからハマってから初めて推しになったプリキュアですね。キャラ公開された時一瞬で心にキュンときました(今はアンジュ推しに変わりかけてるけど)

こんな感じでのんびりやって行きますのでどうかよろしくお願いします~。


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第9節 のどかの危機

ヒープリの放送が延期になったことで滅茶苦茶虚無ってました。
それと、残念ながらラテ脱走回は益子道男に二フラムされてしまいました。その影響で前々回の内容をほんの少し変更しました。(そこまで重要なことではないので読み直しはしなくても構いません)
それとそれと…(続きはあとがきで)


「ん、どしたの?」

 

 放課後

 授業が終わり、談笑しながら廊下を歩いていると、不意にのどかが立ち止まり、後ろを振り返っていた。

 

「誰かが私たちを見てるような……」

 

「のどかも気付いた?」

 

「ちゆちゃん知ってたの?」

 

「昨日から誰かが付け回してるみたいなの」

 

「誰かって……誰?」

 

 取り敢えず、尾行の犯人を突き止める為に空き教室へと待ち伏せすることにした。

 それぞれ掃除ロッカーだの机の下だのに隠れて(なお、ひなたは知らない内にどっかに行ってしまった)犯人を待つこと数秒後、誰かが入ってくる音が聞こえた。

 

「……私達に何か用?」

 

「ずっと後を付けてたよね?」

 

「もう逃がさないぞ~!」

 

「うわぁ!」

 

 そして、こちらに気付いてきたと同時に一斉に囲んでいく。ひなたが何故理科室から人体模型を持ってきたのかは置いといて。

 

「……またお前か」

 

 情けない声に丸渕眼鏡、そして両手に握りしめているカメラ。同じ学校の同級生とはいえ、妙に見覚えのある奴だった。

 

「フッ、バレたからには仕方ありませんね」

 

 その男はそうカッコつけながら言い放つと深呼吸を一つ整える。大体、こういうのは面倒事になる可能性が高いと何度も経験してきたので

 

『走り出したら止まらない!スクープを追いかけ東へ西へ!たまには行きます南も北も!あぁ、スクープ is beautiful!すこやか中n』

 

「益子道男」

 

「ちょっ、最後まで言わせてくださいよ!」

 

 強引に名乗りをぶった切った。

 最後まで言わせろとは言っても、名乗るまでここまで待ってやったんだぞ。充分だろ。

 

「飛鳥くん、この人有名な人?」

 

「ただの新聞部だ」

 

「Non non non non!新聞部ではありません、すこ中ジャーナル編集長原記者!」

 

「で、でも他に部員誰もいなくて一人でやってるんだよね~……」

 

「Non non non non.寂しくなんかありませんよ。他に僕以上の人材がいないからです」

 

 確かにそうだな、お前みたいな奇妙な人間はこの学校にいないだろうに。

 

「それで、また僕にそのスクープでもしに来たのか?何度も断ってるだろ」

 

「いえいえ、今回は神医くんではありません……」

 

 そう眼鏡をクイッとかけ直すと、のどかに向かって人差し指を指した。

 

「ズバリ、花寺のどかさん!君には秘密の匂いがしますっ!!」

 

「ふぇっ、私!?」

 

「まさにスクープの予感!見過ごせませんね~!!今、僕の魂はジャーナリズムという高鳴るリズムを激しく刻んでいるのですよ!」

 

「ジャーナリズムとリズム…………」

 

 ナチュラルなダジャレにも反応するちゆはさておき、こんな笑顔を絶やさない天然に秘密もクソもないと思うのだが?

 良く分からない事ではっちゃけている益子に、僕は声のトーンを下げて尋ねる。

 

「それで、その見過ごせない秘密とやらは何だ。早く言え」

 

「ここ最近、すこやか市のあちこちで目撃されている怪物のことはもちろんご存じですよね?花寺さんは、その怪物と何か関係がある。僕はそう考えています」

 

「「「ふぇっ」」」

 

「(怪物と関係があるって……)」

 

「(まさかまさか……!)」

 

「(プリキュアってバレた~!?)」

 

「花寺のどかさん、君は……」

 

「「「(ゴクリ……)」」」

 

「あの怪物を呼び寄せている張本人ではありませんか──ー!?」

 

 ……は?

 

「「えぇ~~!?」」

 

「ど、どうしてのどかが怪物を呼び寄せてるってことになるの!?」

 

「フッ、激しく動揺しているようですね。これまでの取材で、怪物は彼女が引っ越してきた日から出現していることが明らかになったのですよ。見過ごせない事実です」

 

 だから、何故こんなキュアグレースになってる時以外は普段何を考えてるか分からんような奴が怪物と関係してるなんて思えるんだ。相変わらずの暴論で呆れの域を越えてしまう。

 

「わ、私は関係ないってば!(ってこともないんだけど……)」

 

「真実はいずれ明らかになります。このま」

 

「くだらない。結局こいつの子遊びに付き合わされただけかよ。さっさと帰るぞ」

 

「だから最後まで言わせてくださいよ!!」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「えぇ!?のどかがビョーゲンズだって疑われてるラビ!?」

 

 学校から帰ると、すぐさまのどかの宅へと訪ね、ラビリン達に今回の事を伝えた。

 

「全く、濡れ衣も良い所よ!」

 

「のどかっちはメガビョーゲンを浄化してるプリキュアだってちゃんと言おうよ!」

 

「正体バラしたらダメだろうが」

 

「だ、だよね~……」

 

 不満をぶつけたいという気持ちは分かるが、自分らがプリキュアだという事はバラしてはいけないというのはルールだから仕方がない。まあもし言っても良いならば、あの眼鏡しか取り柄のない男に洗いざらい話してやりたいが。

 

「そうラビ!もしプリキュアだって知られたらそれこそ一大事ラビ!そうなったら」

 

「ど、どうなるの……?」

 

 

 

「「「……さあ?」」」

 

「さあって……」

 

「バレるなんて前例にないからなあ」

 

 

 

「このままだとスクープを物にするまで毎日追ってくるだろうよ」

 

「飛鳥が言うと説得力あるわね……」

 

「飛鳥くんも何か疑われたの?」

 

 何か疑われたというか、益子に取材を受けさせられた回数なんて学校で僕が一番多いだろう。

 思い出したくもないが、大まかに上げるなら……

 

 

 

「神医飛鳥の勉強の秘訣ってネタで一週間、神医飛鳥は魔術師なんじゃないかってネタで二週間、そして神医飛鳥の普段の生活ってネタで一ヶ月間尾行された……あぁ、あいつの顔思い出しただけでムカついてくる!」

 

「す、凄い苦労してたんだね……」

 

「(でも……)」

 

「(確かにあっくんっていつも何してるか気になる……)」

 

「(勉強方法……参考にしたいわね)」

 

「(そういや飛鳥のパートナー見当たらねえな……マジで魔術師なんじゃねえの?)」

 

「「「じ──ーっ…………」」」

 

「……おいなんだその視線」

 

 のどかの苦笑からしばらく間があったのも謎だし、何か良からぬことを考えていたのは確かだろう。

 言っておくが、僕はキュアラピウスに変身出来る以外はいたって普通の中学生だからな。マッドサイエンティストとかでは決してないからな。

 

「とにかく、三人はしばらく私から離れた方が良いかも。益子くんが疑ってるのは私だってはっきりした訳だし」

 

 ちゆとひなたにとっては複雑かもしれないが、益子は自分が納得するまでしつこく責めてくる厄介者だ。しばらくは学校生活を有意義に遅れそうにもないだろう……。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

「僕だ」

 

「飛鳥くん……!?」

 

 翌日の放課後、強い雨でも降ってくるんじゃないかという空の下で歩いていると、ラテを抱えて歩くのどかに出会った。

 やはり益子のおかげで気配に敏感になってしまったのだろう。背後から普通に歩く僕でさえも恐る恐る振り向いていた。

 

「飛鳥くんも散歩?」

 

「いや、のどかはこんな天気でもラテと散歩でもしてるんだろうなと思って……あー、尾行から逃げてる時に怪我でもするんじゃないかって心p……何て言えば良いんだ」

 

 のどかが心配で出歩いたというのはあながち間違いではないが、どうにも言い回しが気に入らなかったので別の言い方を考えては見たものの、最終的には詰まってしまった。

 

「ありがとう。ごめんね、心配かけちゃって」

 

「だからそういうのじゃ……まだ追ってきてるのか」

 

 たとえプライベートでも関係なしに、しかもゴミ箱で身を隠しながらのどかの尾行を続ける益子の気配が背後から感じた。

 まさか自分は目立ってないとか思ってないだろうな……いや、そう思ってたらそもそもこんな気味悪いことはしないか。

 

「のどかは先行ってろ、あいつ足止めしておくから」

 

「う、うん!」

 

 僕がそう伝えると、のどかはすぐに走り出していく。

 

「本当に懲りないな、お前は」

 

「ひぃっ!」

 

 ここまで追跡をエスカレートされると流石に一つや二つ、言いたいことを吐き出しておかないと気が済まなそうだ。面と向かって話をつける為に、益子を隠すゴミ箱を強引に押し退けた。

 

「すこ中ジャーナルだか何だか知らないが、お前のやってることはスクープなんかじゃなくてストーキングだ。疑うにしても限度って物があるだろうが。分かったらとっとと」

 

「……いえ、このすこ中ジャーナル。たとえどうなろうとも、スクープを真っ当するのが僕の仕事なんです──ー!!!」

 

「あっ……くそ」

 

 益子は取材に頭がいっぱいだったのか、説教する僕に構わず体当たりして体勢を崩した後、のどかが追いかけた方へと一目散に駆けていく。もはや強引に引き剥がすしか手はないのかもしれない。

 

「うわぁ!」

 

 二人の後を追ってから数分後、木々が多い道の中で姿を捉えた瞬間、のどかがバランスを崩して転んでしまう。こんな足場の悪い所を走っているので、恐らく躓いたのだろう。

 

「あぁ!お、お怪我はありませんか?」

 

「え?あ、うん、大丈夫」

 

 そのまま倒れてしまったのどかを、後を追っていた益子は心配そうに声を掛けていた。こういう事態になることは予想していなかったのだろう。

 

「取り敢えずそこに座れ、そして少し足を上げてみろ」

 

 益子が親切にハンカチを敷いた岩にのどかを座らせ、足指から足首にかけて両手でギュギュっとマッサージをするように揉んでいく。

 一、二回程ビクッと痛みを堪えるように反応するも、少し捻った程度なので時間が経てば勝手に痛みはなくなっていくだろう。

 

「すみませんでした、僕の尾行のせいですよね。ついジャーナリズムというリズムを激しく刻みすぎてやりすぎました。取材する相手に敬意を払うことを忘れては、ジャーナリストとは言えませんし、いつもそうなんです。しつこく取材して、学校でも煙たがられてますから」

 

 ようやく我に返ったのか、益子は申し訳なさそうにのどかに謝罪する。その後に社会的に考えさせられるようなことをさり気なく言っていたが何も突っ込まないでおこう。

 

「ねえ、どうして益子くんは新聞部を「すこ中ジャーナルです」ごめん、どうして煙たがられてもすこ中ジャーナルを続けてるの?」

 

「……お二人は、雨上がりの蜘蛛の巣って見た事ありますか?」

 

「「雨上がりの蜘蛛の巣?」」

 

「すごく綺麗なんですよ!雨の雫が光で巣をキラキラと輝かせて、それが風に揺れて、あまりにも綺麗だったから小学校の壁新聞に書いたんです。僕が初めて書いた記事なんですよ。それを先生に褒められたのが嬉しくて、それからずっと……。でも、取材に夢中になりすぎて皆に煙たがられて……」

 

「……夢中になれることがあるって、素敵だと思う」

 

「え?」

 

「初めて記事を書いた時の気持ちって、きっとその雨上がりの蜘蛛の巣と同じ様にキラキラしてたんだね」

 

 自分を尾行していた人間を煙たがろうともせずに、優しく自分の思いを伝えるのどか。

 ジャーナリズムという名の何たらが無ければただの夢を目指す男子学生なんだけど……まあ好感が持てないこともない。

 

「……ん、晴れたな」

 

 午前中に雨が上がってから長い曇り空の末、ようやく空が青く染まっていく。

 取り敢えず、来た道を一度戻ろうかと伝えようとしたが、気が付くと益子の姿が見当たらない。

 

「おーい!」

 

「ちゆちゃんにひなたちゃん!?」

 

 声が聞こえた方を向くと、こちらに駆け寄ってくるちゆとひなたの姿が見えた。よく僕らがここにいるなんて分かったな。

 

「なんか集まりたくなっちゃって」

 

「そうだよね、私も「くちゅん!」ラテ!?」

 

 ラテの体調が悪化した。またもメガビョーゲンが出現したのか……。

 

『あっちで雨さんが泣いてるラテ』

 

「雨が泣いてる!」

 

「雨?」

 

「とにかく行きましょう!」

 

 雨降ったの結構前だったような気がするが……とにかく、ビョーゲンズの居場所へと向かうことにした。

 

「いた、メガビョーゲンだ!」

 

「グワイワルもいるラビ!」

 

「みんな!」

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♥プリキュア!!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 ……やはり僕の最後の台詞、カッコつけすぎているな。当分は慣れることなど出来なさそうだ。

 

「出たなプリキュア!時は来た!我が勝利の記念日!」

 

「メガ……ビョーゲン!」

 

 傘のような姿をするメガビョーゲンは自身の体内にこびりついている大量の雨粒を分散して僕らに向けて放たれた。

 が、それを僕の操る蛇が吐く息がバリアとなって弾き返していく。

 

「メガァ!?」

 

「「「はあぁぁぁ!!!」」」

 

 自分の攻撃が綺麗に防がれて動揺を隠せないメガビョーゲンの隙を突いた他の三人は高く跳び上がり、一斉に敵を押し出すように拳を突き上げて攻撃する。

 

「スパークル、ニャトラン!」

 

「おっけー!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

「あそこに雨のエレメントさんが!」

 

 スパークル達がどうにか雨のエレメントさんの姿を検知するが、先程の攻撃で怯みかけていたメガビョーゲンは一瞬で体勢を立て直していた。そしてそのまま同じ攻撃が僕らに襲い掛かってくるのを、こちらも同じようにガードしていく。だが……

 

「悪い、抑えきれない……!」

 

「「「きゃあぁぁぁ!」」」

 

 幾度も事が上手く行くはずもなく、今度はより強化された攻撃を浴びせられ、まともに喰らってしまった。

 敵の行動もかなり瞬発的になってきたし、どう捕らえればいいのやら……。

 

『キュアラピウス!』

 

 不意に、聞き覚えのなさそうである声が耳の中に入っていく。

 辺りを見回してもそれっぽい声の主は何処にもいない。すると、ピンクの小さな物体が僕の顔面にずずいっと寄ってきたのでビクッと反応してしまったが、良く見るとその正体は実りのエレメントさんだった。

 

『遅れてごめんなさい、これを!』

 

「……これ何だ?」

 

『エレメントボトルです!メガビョーゲンの浄化の為に是非使ってください!』

 

「……分かった、早速使わせて貰おう」

 

 どう使えば良いのかは分からないが、試行錯誤でエレメントボトルを杖にかざしてみる。

 すると、杖から強力な光線がメガビョーゲンへと突っ込み、そのまま浴びせた。

 倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)よりかは威力は弱いが、それでも強力な技だと分かる。

 

「ラビ!?今のって……」

 

「後は頼んだぞ、グレース」

 

「分かった!」

 

 

 

「プリキュア !ヒーリングフラワー!」

 

「ヒーリングッバイ……」

 

「「お大事に」」

 

 グレースの必殺技が直撃し、体内の雨のエレメントさんを救出したことでメガビョーゲンは浄化された。またも事を一つ成し遂げられることが出来た。

 

「飛鳥、さっきの力ってもしかして……」

 

「あ?これのことか?」

 

 さっきから同様を隠せないラビリンに実りのエレメントボトルを見せてみる。

 

「ほ、本当にエレメントボトルだったラビ~!!何時何処でそれ貰ったラビ!?」

 

「え、なになに。そんな凄い物なの?」

 

「エレメントボトルはすっごく貴重な物ラビ!」

 

 どうやらエレメントさんからボトルを貰うことはほんの稀らしい。こいつらが慌てるくらい大事な物なら、それはそれは慎重に扱わなきゃいけないな。

 

「じゃあ、のどかにあげるわ」

 

「ふえっ、私!?」

 

「僕には相性が合わなそうだ。念の為に持っておけ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 僕が慎重に扱うのが苦手というのもあるかもしれないが、奇妙な杖からピンクに染まった光線が打たれるという光景があまりにもシュールすぎて耐えられなくなるってのが一番の理由だ。他の奴から見た図を想像するだけで吐き気がしてくる。僕はのどかにスッとエレメントボトルを手渡した。

 

「スクープですよ!」

 

「ま、益子君!?」

 

 いつの間にか姿を消していた益子が背後から僕らに声を掛けてきた。そのまま消えてくれれば良かったのに。

 あまりに突然な出来事で、ヒーリングアニマル達はわーわー慌てながら木の陰に隠れていた。

 

「大スクープです。怪物を追い払ってくれた女の子達がいました!名前は、え~と……そうプリキュア!」

 

「へえ……」

 

「ソウナンダー……」

 

「シラナカッター……」

 

「花寺さん、君は怪物とは無関係でした。僕の勘違いです。大変な失礼を」

 

 そう言って深々と頭を下げて謝罪する益子。こういう所だけは本当に律儀だな。

 

「これで君との取材は打ち切りです。あぁ、一刻も早くこのスクープを皆さんに知らせなくては!」

 

「ソウカ、チュウモクサレルトイイナ……」

 

 ジャーナなんとかでテンションがまたも上昇しているんだろうか、ウキウキな気分でこの場を去ろうとする眼鏡に僕は棒読みかつ適当な素振りを見せる。

 プリキュアの話題を記事にするつもりなんだろうが、そんなことされるとまた取材という名の面倒事に巻き込まれるのではないのかと不安になっているのはこの場で僕だけなのだろうか。

 

「ああ、それと……」

 

 何かを思い出したように足を止める益子に、他の三人は一斉に今度は何だよと動揺してしまう。

 ちなみに僕はというと、おい、何足止めてんだ。とっととこの場を去れ、去りやがれ。と怨念を送っていた。

 

「花寺さん、僕は既に真実を掴みましたよ。君が隠している秘密をね」

 

「へぇ!?か、隠してる秘密?」

 

「そうです、君達四人は……」

 

 

 

「実は凄く仲良しですよね」

 

「「「え?」」」

 

 予想外の答えが返ってきたことに僕達はつい声が出てしまう。

 

「学校ではよそよそしい態度を取ったりしていましたが、僕の目は誤魔化せません」

 

「あ、あはは。バレちゃった?」

 

「またスクープかなー?」

 

「何を言ってるんですか。友達同士が仲良くするなんて、当たり前の事すぎて記事になりませんよ」

 

「記事にならないんだったらいちいち報告するな。もういい、帰る」

 

 もうこいつとは二度と分かり合えることはないだろう。そう確信した僕は皆が互いに安堵する中、スタスタと先に歩き始める。

 

「それともう一つ!」

 

「「「まだあるの!?」」」

 

「神医くん!君は……」

 

「あ?」

 

 どうせまたくだらないことだろう。聞くまでもないと、僕の足は歩く速度は遅くしたが止めないまま。

 

 

 

「……花寺さんとお付き合いをしていますよね!」

 

「……っ!?」

 

「ふえぇ!?」

 

「マジで!?」

 

「本当なの!?」

 

 益子の意味の分からない発言に僕の足はピタッと止まり、のどかからは声が裏返るほどの反応。ちゆとひなたに至っては何で鵜吞みにしてんだよ。

 

「いや、飛鳥くんとは単に仲の良い友達なんだけど……。な、何でそう思ったの……?」

 

「だって、いつも学校で一緒に仲良く昼食を取っていたり、先程も花寺さんを逃がしてスクープを追う僕を止めようとしていたじゃないですか。あの時の神医くんの行動は紳士的でしたね~」

 

「そういえば、あっくんって妙にのどかっちに優しいよね……!」

 

「合流する時もいつも一緒にいる気がするのだけれど……」

 

「ご、誤解だよ~!」

 

 まさかここまで二人に追い打ちを掛けられるとは思わず、のどかの顔は徐々に熱くなってしまう。

 

「そこまで恥ずかしがらなくても、お似合いだと思いますよ。では失k「おい、益子道男……」……何でしょう?」

 

 

 

「お前ってここまで面白いこと言うやつだったんだなこんな面白い冗談言える奴に会ったのは初めてだでもなこれだけは覚えとけ世の中には言って良い冗談と悪い冗談があるってことを具体的に説明するとだな……」

 

「えっ……?えっ……!?」

 

 

 

 この後僕は滅茶苦茶尋問をし、一方のどかは滅茶苦茶ちゆとひなたにスクープされた。

 

 




この回書く前は楽しみにしてたけど、最終的に微妙な表現ばかりになっちゃったかな…。
ヒロインはのどかみたいになってますが、一応一人一人にフラグを立たせるつもりなので。



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第10節 それでも跳びたいの

皆様は、FGOの星5配布チケットはどの鯖を受け取りましたか?自分はアキレウスとエウロペで迷ってたんですが、飴が欲しかったのでエウロペにしました。アキレウスくんごめんなさい。

※今回短めなのでいつもより雑かもしれません、本気の駄文に注意でございまする。


「んー……」

 

「あれ、何やってんの?」

 

「占いだとよ。キングビョーゲン様の気持ちを射止めるか否かの」

 

「何それ……」

 

 シンドイーネの睨みつける先には、黒のハートが小さく、と対称にそれが真っ二つに掛けた大きな絵の的が描かれていた。それをダーツの矢で標的を狙おうとしている。

 

 ダーツと言えば、大昔は形の通り、狩猟の為に使用していた矢であった。

 それが、中世で起こった戦争の最中、酒場に屯していた兵士達が、余興で樽の鏡目掛けて矢を何本も放ったことがきっかけで近代では射的競技の一つになっているそうです。

 

「ふーん……」

 

「……で、何で急にそんな豆知識を言い出したんだ」

 

「すみません。私は教師のように生徒に知識を叩き込ませたい性格なもので」

 

「そこうるさい!今練習してんだから、集中乱さないでくれる?」

 

「練習?占いの練習だなんて聞いたことがないぞ」

 

「あるんです~!いい結果を出す為には練習必須なんです~!!」

 

 そう言いながらヤケクソ気味に放つも、外れの的のど真ん中に命中した。

 ……悔しそうに声を荒げているが、角度的に正解の方に当たる筈がないので私自身、惜しいなどと気遣えないでいた。

 

「……まあ、占いの練習というのは私も存じ上げませんが、努力することは大事なこと。『人事を尽くして天命を待つ』です」

 

「やれやれ、馬鹿馬鹿しい」

 

 私の教えを面倒だと言うように聞き流したダルイゼンは、今日が自分の出番だと知り、トボトボとこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

「陸上してるちゆちゃんは、生きてるって感じがするよね」

 

「分かる〜!ハイジャンプの時は、めっちゃ生きてるって感じ!」

 

 今日もネット越しでちゆの得意競技であるハイジャンプをメインに陸上部の練習風景を見学していた。

 

「それにしても、陸上部気合い入ってるよね」

 

「大会が近いとかじゃなかったか?」

 

 その影響で、最近は部員がランニングやトレーニングをしている姿に気迫が伝わる。ほとんどの奴らはこの大会を目標にしているんだろう。

 

「けど、ホントに凄いよねちゆちゃん。県大会の記録をこの前越えたし、優勝できるんじゃないかな」

 

「安心するのはまだ早いかと」

 

 別の声の主の方へ振り向くと、そこにはもう見たくもない程見慣れた人物が突っ立っていた。

 

「またお会いしましたね、すこc「またお会いしましたねじゃねえよ敏感ジャーナリスト」何でいつも割り込むんですか!あと敏腕です!!」

 

「安心するのは早いってどういうこと?」

 

「我がすこ中陸上部の永遠のライバル、西中陸上部。その実力を推し量るべく、この僕すこ中ジャーナル編集長自ら取材に赴いた訳ですが……」

 

 そう言って益子は自分が身に着けていたカメラを僕達に渡した。

 そのカメラの画面には、別の学校のユニフォームを着た生徒がハイジャンプをする姿が写っていた。

 

「ご覧下さい。コレは、県大会の最高記録を、そして沢泉さんの自己ベストを超えています」

 

 写真を見ただけでは分からないが、確かにバーの高さがかなり上に置かれているのが捉えられた。

 

「沢泉さんの特集を考えていたのですが、雲行きが怪しくなりましたね」

 

 益子の言葉に、二人の表情は暗くなってしまう。

 相変わらずこうやって夢を見させずに現実を突きつけてくる態度は変わらないようだ。こいつには良心ってものがないのか?

 

「何見てるの?」

 

「「うわぁ!」」

 

 不意に背後から声を掛けられ、慌てふためくのどかとひなた。その隙に僕はカメラの画面を遠ざける。

 

「ど、どうしたのちゆちー、休憩?」

 

「これはナイスタイミング!ぼくのスクープ写真を是hふぐあぁっ!?」

 

 こいつには良心ってものがないのか?(二回目)

 ちゆにまで現実を突きつけようとするデリカシーの欠片もない眼鏡に、僕は押し退ける感じで蹴り飛ばした。

 

「何でも無いよ!か、可愛いクラゲの写真を見てたの~……」

 

「そうそう!西中陸上部の写真とか全然見てないし!」

 

「おい」

 

「あっ……」

 

 薄々嫌な予感は感じていたが、こんなに早くフラグを回収するとは思わなかった……。

 流石に言い逃れ出来そうにもないと思ったので、仕方なくカメラ先程のカメラの画面を見せることに。

 

「気にならないと言えば嘘になるけど……」

 

「けど?」

 

「陸上は自分との戦い。私のライバルは私だから!」

 

 周りの人達に勝つことではなく、自分の結果を塗り替えること。それが、ちゆ自身の率直な思いだろう。

 彼女はそれだけを言い残して練習場所へと戻っていく。

 

 

 

 気にならないと言えば嘘になる……その思いは、練習でも隠し切れないままでいた。

 ちゆはハイジャンプにおいてはどんなハードルでもミスすることなく乗り越えて来たそうだ。しかし、この一回で彼女は初めてミスを犯してしまった。

 

 当然、ちゆだって人間なんだから失敗の一つや二つすることもおかしくない。だからこそ、彼女や周りの部員も何があったかとかなり困惑していた。

 

 まるで出来るのが当たり前だと思っていたことが、突然出来なくなったように……。

 

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 波の音、潮の匂い、頬を撫でるような生温かい風。

 夜明けの海辺でこれらを感じ取ってみると、凄く心地が良い。

 

 今日は何となく身体を動かしたい気分だったので、朝早くから砂浜までランニングをしていた。休憩がてら日陰で目を閉じてみると、体内や脳内が洗われるような感じがして心が癒される気分になる。自然の音というのは本当に恐ろしい。

 

「あれ、飛鳥くん?」

 

 と、少しウトウトしていると、ほんの少し遠くから誰かが自分の名前を呼ぶ声がした。

 

「……やっぱ来たか」

 

「飛鳥もランニングしてたんだ」

 

「まあ、そうだな」

 

 ちゆ、ひなた、のどかの順番にこちらに駆け寄ってくる。前二人はそれほど疲れを見せてはいなかったが、殿(しんがり)ののどかに至っては酷く呼吸が乱れていた。

 取り敢えず、僕達は自然を感じ取りやすい場所で腰を下ろすことにする。

 

「ぷはーっ、ふっかーつ!」

 

 少し前に買ったスポーツドリンクを、のどかはガブガブと飲んでいく。一気に約4分の1も飲んだ後、流れるようにちゆに尋ねた。

 

「いつもここ走ってるの?」

 

「時々ね。砂浜を走ると、普段は使わない筋肉に良い感じで負荷を掛けられるから」

 

「ふわぁ、陸上の選手ってそんなことにまで気を使って走ってるんだ~」

 

「本当のこと言うとそれだけじゃないんだけどね」

 

 と、意味深な言葉を発し、ちゆは身体を縮こませて再度口を開く。

 

「小さい頃は泳ぐのが好きだったの。ある日、いつものように海に出て、夢中に泳いでたのね。気が付いたら、そこは青一色の世界だった。空と海が溶け合って一つになっていて、このまま海を越えて空まで行けそうな……空を泳いでみたいって思った。それがハイジャンプを始めたきっかけ」

 

 青一色の世界、今僕達が目の前に映されている景色と合致したものだろう。

 

「自分の限界を感じた時、海を見てるとまた飛ぼうって思えるの。海と空が溶け合ったあの青い世界に近づく為に。でも、今日は海のおかげじゃなくて、皆のおかげね。ありがとう」

 

 そう感謝の言葉を告げる彼女は、失敗を次に繋げようと、自分に限界なんてないんだと前向きに捉えていた。と言っても、これは僕がそう感じただけのことであって本当にそうなのかは定かではない。

 

 人は互いに外面は捉えることが出来ても、内面を掴むというのは非常に難しい。

 更に、心の奥底では苦しいと思っていても、他人に心配を掛けさせまいと強がってしまうのも人間の面倒な性質である。

 だから、本当は辛いんじゃないかとか余計に考えてしまうために、感謝されてもやるせない気持ちでいた。

 

「ぅえ────ーっ!!!」

 

「どうしたの!?」

 

「……あ、もうすぐで学校始まる」

 

「「嘘!?」」

 

 ひなたがまたもスマホを見るなりまたも叫び始め、そういえばと僕もポケットからスマホを取ってロック画面を見てみると、”7時45分”と時刻の画面が。あと少しでHRが始まるという時間にまで経っていた。

 

「もうちゆちー!何で教えてくれなかったの!!」

 

「え、私!?とにかく急ぐわよ!」

 

 別に自宅から学校までの道のりはそれほど長くないので急ぐ必要はないというのは皆同じなのだが、それぞれ支度を終えていない。平光ひなたに関しては朝食すら取っていないせいで遅刻確定の危機に陥っていたのだ。

 ……飯食わないでランニングって体力お化けにも程があると思う。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 その日も、ちゆは失敗ばかり続いていた。

 それでも諦めようとはせず、ただひたすらに挑戦する。そういう彼女をネット越しから見ている僕達の感情は、揃って複雑だった。

 

「……イップスかもな」

 

「え?」

 

「それまで簡単に出来ていたことが突然出来なくなり、出来なくなったことが気になって更に出来なくなる精神的な運動症状。それで有名なスポーツ選手が引退したってケースもちらほら聞く」

 

 野球選手に掛かることが多いらしいのだが、陸上選手も決して例外ではないだろう。

 

「……そのリップスってのにちゆちーはなっちゃったの?」

 

「リップスじゃなくてイップスだ、と言ってもその可能性があるってだけだ」

 

「じゃあ、無理しちゃダメって伝えに行った方が……」

 

「言っても聞かないと思うぞ」

 

「どうして……?」

 

 ……それくらい、あいつにとってこの大会が大事なんだよ。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 去年もこういうやり取りはしていた。多分、ちゆと仲が深まり始めたのはそこからだろう。

 

「……はいこれ」

 

「……え、ありがとう」

 

 部活が終わり、マットの上で仰向けになって黄昏れている彼女に一本のジュースを愛想なく渡す。

 当時の僕は今みたいに誰かと共に行動することはおろか、話しかけることも一切してこなかったので、いつも珍しいことされると周りから驚かれていた。別のクラスであったちゆもその一人である。

 

「最近、調子が悪いって聞いた。あんたの事だから少し気になってな」

 

 その頃は、今みたいな全く飛べないというわけではなかったものの、繰り返し失敗していたらしい。たまたま眺めていた所を益子道男に捕まった時に得た情報なのだが、まさか勉強面でも成績優秀で、部活の面でも『期待の新人』とか騒がれてた奴が、と思ってつい声を掛けてみたって感じだ。別に他人の事情なんてどうでもいいと思ってたけど、絡んで面倒な奴じゃなさそうだし、元々あいつに興味とか持ってたんだろうな。

 

「……もしかしたら、大会が近くなってきてるのに焦ってるのかも。イップス、なのかな」

 

 周りからのプレッシャーによるものだと推測する。意外に思ったけど、あれだけ知名度が高かったら誰しもがそうなってしまうんだろう。

 

「……まあ、努力することも大事だけど、今は無理しない方が良いと思うぞ。それで怪我なんかしたら元も子もない」

 

 努力してベストを尽くすことも無論、大事だ。

 だが、まだ1年生の彼女がイップスになりかけているのは、この先の事を考えていると非常によろしくない状況だ。それに、今結果が出なくとも次の挑戦なんて幾らでもあるはずだ。ここで変に身体を壊すよりも……。

 

 それでも、ちゆは首を横に振って否定していた。

 

「それでも私は跳びたいの。今は無理をしてでも、自分の限界を超えたい。そういうのって、もう古いのかな……」

 

 意地でも自分の目指すものに気を抜くことはしたくないそうだ。

 無理をしてでも自分の限界を越えたい……そんな重い言葉を笑顔で言われては、僕はもう何も言えなかった。

 

 

 

「何が正しいのかは分からない。だから、僕らが出来ることはあいつの背中を押してやることだと思う」

 

 どんなに失敗しようとも彼女がやりたいと決めたことなら、応援するだけ。

 じゃあどうやって応援しようか、その先のことを二人は考えていた。

 

「……じゃあ、皆で横断幕作ろう!」

 

「横断幕?」

 

 途端にのどかが提案する。

 

「うん、応援に使う横断幕!ちゆちゃんには内緒で作って、精一杯応援するの!」

 

「良いじゃんそれ、のどかっちナイスアイディア!それじゃ今から材料買いにレッツゴー!」

 

 まあ、それが一番無難だろうな。

 皆が賛同したところで、ひなたとのどかは早速制作へと取り掛かりに足を運んでいった。

 

 

 

 普段こういうのには参加しない派だけど、夢に向かって跳ぼうとする彼女の為だ。裁縫など僕には縁のないものであっても、今回ばかりは協力しよう。

 

 




この頃花粉症に弄ばれることが多くなり、すっかり春になったなと感じました。皆様も花粉症には是非お気をつけて…。



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第11節 目指せ!限界突波!

一か月も投稿期間が空いてしまい申し訳ございません。新しい学生生活が始まって課題やら何やらに振り回されていました。これからも亀更新となってしまいますが、なるべく早く投稿出来るように努力します。まあアニメも再放送続いてるんで多めに見てくだせえ。

それと、レクイエムコラボお疲れさまでした!自分はイベが今日で終わることを昨日知って徹夜気味にストーリーだったりエリセ育成だったりやってました、しんどかったです…。
ラスベガス復刻ももう始まってるってことなので、獅子王と沖田さん狙いで頑張ります。(ちなみに去年はカーミラさんとラムダ引けました)

前置きが長くなりました、それではどうぞ。


 こうして春の大会は当日を迎える。

 

 観客席には陸上部の後輩は勿論、多くの地元の人たちが応援に駆け付けていた。

 上級生の中にはこの大会が大勝負という人も少なくないだろうから、その分注目が集められているのだろう。

 

 そして、観客席の目の前で行われているハイジャンプでは、もうすぐちゆの出番を迎えるところまで迫っていた。のどかは横断幕を広げて応援の準備を始める。

 

「やっぱり目立つ……」

 

「あ、あはは~、気にしない気にしない~……」

 

 そんなこと言われても、その横断幕から伝わる違和感を拭うことなんて僕には難しかった。

 傍から見れば「目指せ!限界突破!」と書かれたごく普通の応援道具なのだが、良く見ると「破」の部首の辺りがとても歪な形になっている。

 というのも、ニャトランが「波」と間違えてしまい、それをひなたが雑に修正したおかげでこうなった訳である。

 

「(私なら……行ける!)」

 

 そんな横断幕を見つけたちゆは、微笑んでのどか達に返事を送った。いよいよ出番の時だ。

 途端にスイッチが切り替えて、跳ぶ態勢に入る。そして、始まりのホイッスルが鳴って跳び始めようとした時……

 

「くちゅん!」

 

 突然、ラテの具合が悪化し始めた。

 更に、僕らの目の前でメガビョーゲンが最悪のタイミングで出現した。観客も出場者も一斉にこの場から逃げていく。

 

「今日の為に皆必死で努力してきたのよ!それを台無しにするなんて……!」

 

 困惑から怒りへと感情を変えるちゆ。人の努力を踏みにじったのだから当然のことだ。

 僕達は急いでプリキュアへと変身する。

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♥プリキュア!!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 それぞれプリキュアに変身したところで、メガビョーゲンはすぐさま攻撃を仕掛け始めた。しかし、身体が重いせいなのか、その動きは鈍い。三人は一斉に回避して顔面へと同時にカウンターを繰り出す。

 行動が鈍いのであれば、とっとと始末してしまおう。そう思った僕は技を放つ態勢に入った。

 

「「キュアスキャン!!」」

 

 メガビョーゲンが怯んだところで、グレースは体内に潜むエレメントさんを捜索する。

 

「氷のエレメントさんラビ!」

 

「場所は右肩!」

 

 だが、動きが鈍いとはいえ、メガビョーゲンもプリキュアの思い道理にはさせてはくれない。すぐに立ち上がって反撃を仕掛ける。

 

「おい、固まるな。散れ」

 

 怪物の腕を大きく振りかぶる仕草に危険を感じた僕の指示に、三人は素早く反応して攻撃を避けた。

 威力の高い攻撃を繰り出した分、隙が丸見えになったこと。僕は決して見逃さなかった。

 

「すぐに終わらせる……!」

 

 

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎!(リザレクション・フロートハデス)

 

 

 

「そんな簡単に終わる訳ないじゃん……」

 

「メガアァ!!」

 

 強力な波動の中で、メガビョーゲンは雄叫びを上げ始めた。

 

 ……ダルイゼンの言う通り、簡単に事は済まないそうだ。

 

「何これ、壁……?」

 

 メガビョーゲンの周りには、大技を受けた反動で若干溶けかけている氷の障壁のような物が作られていて、それをブレスで修復していた。

 

「でも、全部囲ったらあっちからも攻撃出来ないんじゃ……キャア!」

 

 メガビョーゲンも自らデメリットを作る程の脳筋ではないようだ。

 氷の壁を拳で叩きつけ、飛び散った破片で攻撃していく。これでは迂闊に近づけられない。その上……

 

「力が、出ない……」

 

 先程ので派手に力を消費してしまったものだから、杖を拾えない程に身体が悲鳴をあげてしまっている。

 

 

「あれ、どうしたの?もしかして、身体動けないの?」

 

「あ……?」

 

 そんな観客席で膝をついている僕の元に、ダルイゼンが皮肉めいた声で近寄ってくる。

 

「何も考えないであんなの使うからだよ。いくらあいつが鈍いからって嘗めてかかり過ぎ」

 

「ラピウス……!」

 

 メガビョーゲンの攻撃を受けながら、僕の危険を察知したグレース。

 ……ムカつくが、確かにあいつが薄鈍だからと気を早くしすぎたので、何も言えないでいた。

 

「せっかくだからこのまま片付けるか、じゃあn「ダメー!」」

 

 右手にエネルギー弾を作って僕を始末しようとするダルイゼンの前に、グレースが仁王立ちをして飛び出してきた。

 

「……どいてよ、邪魔だから」

 

「何で……」

 

「は?」

 

「何でこんな酷いことするの!?」

 

「酷い?何が」

 

「地球を病気にして、皆んなを苦しめることだよ!」

 

 そんなグレースの悲痛な叫びに、ダルイゼンは嘲笑うかのように答える。

 

「決まってるだろ。俺はその方が居心地が良いからさ」

 

「自分さえ良ければいいの!?」

 

「いいけど?」

 

 人々の苦痛が自身の欲望の為だというダルイゼンの意見に、グレースは戸惑いを隠せない。自分がどうなってもいい、なんて思う人間がいるとは思わなかったのだろう。

 

「グレース、安心しろ……」

 

 だが、僕はグレースの肩にそっと手を置く。

 

 瀕死状態で苦しい表情ではなく、何かを悟ったような安堵の表情をしながら。

 

 

「一つだけ言っておくぞ、ダルイゼン」

 

「あ……?」

 

 急に何を言い出すんだこいつは、と言わんばかりのダルイゼンの背後には、黒く不気味な巨体の影が呼吸を荒くしながら接近してくる。

 

 

 

 

 

 

 

「この世界を、甘く見ない方が良い」

 

 

 

 

 

 

 

「グシャアアァァァァ!!!!!」

 

「なっ……!?」

 

「えっ……!?」

 

 地面が轟く程の雄叫びと共に、ダルイゼン目掛けて突進していく巨大な蛇。敵が何度も避けるが、腹をすかした蛇は狙った標的を逃そうともしない。

 今までは影として存在していたので、見えていなかったグレース達は驚きを隠せないでいた。

 

「こいつ、まさか……メガビョーゲン!」

 

 フォンテーヌ達の撃退に手こずっていたメガビョーゲンは主人の危険を察知し、背後から蛇の尻尾を掴もうとする。

 しかし蛇自身にも身の危険を感じたのか、掴もうとした手を尻尾でふり振り払い、その振り向き様に全身を込めてメガビョーゲンの身体に叩きつける。

 メガビョーゲンは体勢を崩し、その反動で氷の障壁が砕け散り、隙が丸見えな状態となった。

 

「今だ、フォンテーヌ……!」

 

「……分かったわ!」

 

 あまりに一瞬の出来事の情報量が多すぎるせいで戸惑いを隠せないでいるも、フォンテーヌは僕の合図にすぐに答える。

 

 ……ちなみに、スパークルはもはや何が起こってるのか分からず素っ頓狂な顔をしていた。そうなる気持ちも分からなくもない。

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングストリーム!!!』

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

「「お大事に」」

 

 今回はいつもよりは手こずったものの、無事にエレメントさんを救出しメガビョーゲンを浄化することが出来た。

 

「ハァ……プリキュア、意外とやるじゃん」

 

 間一髪助かったものの、体力をかなり消耗したダルイゼン。

 だが、彼は機嫌が損なうことなくプリキュアを見つめながらこの場を去っていった。

 

「ねえ、さっきのって……」

 

 プリキュアの変身を解くと、いつの間にか蛇も消えていた。

 

「確信はないけど、あれの化身だろうな」

 

 そう言って近くで放り出されているラピウスの杖を指差す。

 一応ヒーリングステッキに似た武器だろうが、あいつ自身はヒーリングアニマルではなさそうだ。あんなおぞましいヒーリングアニマルがいてたまるか。

 

「私達のことは狙おうとはしなかったけど……」

 

 あいつは本来は僕の指示で動いているから、ちゃんと敵味方の区別がついているのだろうか。まあ、せめて僕達が味方とだけでも認識して欲しいものだ。

 

「それにしても、大会は残念なことになっちゃったね」

 

「今日の為に皆頑張ってきたのに……」

 

 横断幕や応援の小道具が散乱する観客席。

 グラウンド一面に散らかるハイジャンプのバーやハードル等々。

 陸上部の努力の糧が、たった一瞬で台無しになってしまった。

 そんな中で、ポツンと綺麗にハイジャンプのバーとマットが一つずつ放置されていた。

 

「……ん」

 

 そのバーを一人の少女が勢いよく駆け出し…………。

 

 

 

 華麗に跳んで見せたのだ。 

 

 

「ちゆちゃ──ん!!」

 

「ちゆち──!!」

 

 昨日まで失敗ばかり続いて跳ぶことが出来ないでいたちゆが、努力の成果を発揮する舞台で、見事に新記録を決めてみせた。

 のどか達に飛びつかれるまでは空を眺めて放心状態となっていたものの、私は本当に跳べたんだと、喜びよりかは安堵の表情だ。

 新記録なんだからもっと喜べと思ったけど、そもそも跳べたことに喜びを感じているらしい。

 

「ちゆ、カッコ良かったペエ!もう大丈夫ペエね」

 

「うん、皆んなのお陰でね!」

 

 

 

 

 

 

 

 海と空が溶け合った青一色の世界に近づきたい。

 

 

 

 そんな夢に行き届くのは、まだ先の話かもしれない。

 

 

 

 それでも、自分の限界を超えて成し遂げたものは成長への一歩を歩めたはずだ。

 

 

 

 だから、今は皆とその喜びを分かち合おう。

 

 




タイトルの波もニャトランのせいです。

ラテ脱走回を省いてしまったので、またも忘れ物をドンと叩きつけようと思った結果、ラピウスが完全にこのすばのめぐみんと化してしまいました。ちゃんと理由があるんで許して!

という訳で次回はかわいい大作戦ですね、のどか達はもちろん飛鳥もとことん振り回していきますよ。

それではまた~



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第12節 今日はね、四人で可愛くデコってみたの!アクセサリーにネイルにドレスに!も~皆めっちゃ可愛くて特にあ……え、ネタバレ寸前だった?マジ!?ごめん!でねでね……

出た、妖怪タイトル荒らし。

サブタイって100文字まで書けるらしいんですけど、限界までつけた人はいるんだろうか…。


 午前10時。

 学校のない休日は用事がない限りは目覚ましを掛けないので、大体この時間に起床している。

 平日に関しては6時起きなので生活リズム崩れないのかと思われがちだが、意図的にこの時間まで睡眠を取っているから問題はない。これが神医飛鳥の時間の潰し方なんだと思っていて欲しい。

 

 そういう訳でゆっくりと身体を起こし、スマホの電源を入れると数件ほどLI○Eの通知が届いていた。

 

『ニャトランちょい出ししたら、急に再生回数増えちゃって!ヤバくない!?(≧▽≦)』

 

 顔文字の乱用から、すぐに送り主はひなただと察した。

 ニャトランが色々芸をしたりする動画を某SNSで投稿したらしいのだが……ちゃんと猫として演じれてるから良いけどこちらとしては色々と冷や汗をかいてしまう。

 

 そんな気分で動画を眺めていると、猫と人間が思いっきり会話している動画を見つけた。

 

『これ、まさか上げてないよな?』

 

『大丈夫!流石に上げてないから!(;・∀・)』

 

 今は大丈夫だろうけど、不意に投稿してしまうなんてこともあり得るから、変に頭を抱えてしまう。

 

 はあぁ……とため息をついた瞬間、突然着信音が鳴り始める。

 

「……もしもし」

 

「もしもしあっくん!今からゆめポートに集合ね!」

 

 ……え、急すぎるだろ。

 

「今からって、起きたの今d「内容は後で話すから。それじゃ!」」

 

 ……行かなかったらそれで面倒なことになりそうだな。

 仕方なく身支度を素早く整えて集合場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜!私、また来てみたかったんだ〜!」

 

「でしょ!此処って1日居ても全然飽きないんだよね〜!ファッションでしょ!可愛い雑貨に!スイーツとかもめっちゃ美味しいし〜!」

 

「私はたまにしか買わないけど、洋服は割と此処で買うわ」

 

「だよねだよね!」

 

 どうにかして時間内に集合場所へと辿り着けたが、特に真剣な感じでもなくただ談笑しながら、とてつもなく素早い早歩きでゆめポート中を回っていた。

 電話で急ぎ気味に伝えてきたから、今日は何かしらありそうだけど。セールとかだろうか。

 

「んで、今日は何を買う「NO!!」痛っ……」

 

 そう思って僕は今回やることをひなたに尋ねようとした時、ひなたの足に急ブレーキが掛かり、思いっきりぶつかってしまう。

 

「今日行くのはあっち!」

 

 ひなたが指差した場所は″angel photo″と書かれたイベント会場。

 自分好みの衣装を選んで撮影会をするという、女子に大人気のイベントである。

 つまり僕には無縁のイベントなのだが、まさかこれに参加する為だけに呼んだ訳じゃないよな……?

 

「面白そう!私やってみたい!」

 

「のどか凄いやる気ラビ!」

 

「あっ……、折角だけどわたしは……」

 

「ちゆはやらないペエ?」

 

「まあまあ、とにかくやってみてよ。絶対楽しいから」

 

 そう言って、ちゆと僕の肩を組んでやや強引に行かせようとするひなた。

 

「いや、僕に限ってはやりたい云々じゃなくて出来ないから。僕男だからな」

 

「だいじょぶだいじょぶ。あっくん女の子みたいな顔してるし可愛くなれるって」

 

「そういう意味じゃないんだよ話聞いてたか?」

 

 まさか女装させる気かこいつ。

 とはいえ、強引に背中を押されているから逃げようにも逃げられないので、諦めるしかない。

 

「さあ、まずはアクセサリー選びから始めるよー!」

 

「「おー!」」

 

 三人が手分けして着々と取り掛かる中、こんなこと一切やった事ないし、これからもやることはないであろうことなので初めに何をどうすれば良いのか分からない。というか、マジでやらなきゃいけないのか……?

 

「飛鳥はこういうのが似合うかな」

 

「え、あ、あぁ……」

 

 数々のアクセサリーをただ眺めていたところに背後から、ちゆに銀色のネックレスのような物を着けられる。彼女の左腕を良く見ると、水色のブレスレットを身に着けていた。作り終わった後にわざわざ僕の分まで作ったのだろうか。

 

「うん、似合ってる」

 

「……意外と乗り気だな。さっきまで抵抗してたのに」

 

「いざやってみると楽しくなってきちゃって」

 

 まあ、女子は誰彼構わずこういうの好きそうだしな。僕にはその気持ちは良く分からないけど。

 他の二人もアクセサリーを作り終えたところで、次はネイルシールのコーナーへと向かう。

 

「おー、ちゆちーの大人っぽくてめっちゃ綺麗!」

 

「そ、そうかしら……!」

 

 ちゆはこういうの得意そうなイメージがあるな。

 僕も適当に選んで取り掛かろうと、藍色に星が数個入っているシールを手に取る。それを形になるように少しずつ削っていくんだったな。

 

「えぇっ!?あっくんめっちゃ上手い!」

 

「凄い丁寧!やったことあるの?」

 

「……やってないと言えば嘘になる」

 

 やったことあるというか、母さんに無理矢理やらされたってのが正解だろう。

 小学生の頃だっけか、その時は今よりもっと派手なのをデコらされた記憶がある。そしてそのまま学校に行かされ、周囲から相当いじられていた。思い出すだけでもムカついてきたと同時に、特に外国人みたいな金髪の男には笑い者にされた時と同様の殺意が湧いてきてしまう。

 

 と、そういうこともあって次はヘアアクセサリーのコーナーなんだが、

 

「流石にこれは着けないからな」

 

「え、でも面白い物あったよ?」

 

 そう言ってひなたに物凄くふさふさした銀色の何かを被せられる。

 

「……何でカツラなんか置いてあるんだ」

 

「たまーにコスプレとかで使う人とかいるらしいよ」

 

 そういう類の人もいるのか……。

 と、少々呆れながら側にある鏡を横目でチラ見してみる。確かに傍から見ればロシア人女性みたいな風格が感じとれるが、目つきが僕そのものであることに違和感しか持たなくなり、思わず「うわぁ……」と声を漏らしてしまう。

 三人からは凄く(めっちゃ)似合ってると大好評だったけど、僅かな羞恥心と自分は何をやっているんだという喪失感に駆られかけている。はてさて、これがいつまで耐えられるか時間の問題だな。

 

「そしてお次は……」

 

「ふわぁ~!」

 

「はぁ……」

 

 多分これが衣装選びのメインとなるだろう、ドレスコーナーへと足を運ぶ。

 今までのは一応許容範囲ではあったが、流石にこれは誰が何と言おうとも全力で拒否してやる。

 

「凄い熱気ね……」

 

「みんな可愛いの狙ってるからめっちゃ必死なんだよね」

 

 レンタルの衣装とはいえ、獲物に襲い掛かる狼のように突っ込んでいくのか。女子に対する恐怖感を改めて感じたような気がする。

 

「でも、引いてる場合じゃないって!意地でも可愛いのゲットしなきゃ!」

 

 人間の渦にひなたが突っ込んで行くと、のどかも「おー!」と続いて入って行く。

 

「……んで、お前はどうする」

 

「と、取り敢えず人が少ない所から見てみようかしら」

 

 その中で、完全に周りについていけなくなった僕とちゆは人気のなさそうな所から順に選んでいくことにする。

 あくまでも『ちゆの衣装選びの手伝い』として同行するだけ。どうせひなたが勝手に選んでくれるだろう。

 

「ふえぇ~……」

 

 足を運び始めたその時、凄く聞き覚えのある情けない声が聞こえる。

 見ると、あまりの人混みに目を回しながら座り込むのどかの姿が。

 

「のどか大丈夫!?」

 

「外出るぞ。風通しの良い所で休ませた方が良い」

 

 酸欠かそこらを発症してしまったのだろう。

 取り敢えず、のどかを安全な場所へと誘導することにした。

 

「のどかっち……?」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 外のベンチでのどかを座らせ、団扇で風を送ったり飲み物を飲ませたりして体調が回復するのを待っていた。

 ラビリンに関しては自身の耳を団扇代わりにしているけど、弱すぎて意味を成していないように見えてしまう。

 

「ごめん!本当にごめん!!」

 

「えっ?」

 

 ようやくひなたと合流すると、両手を合わせて全力で謝っていた。

 

「ダメダメだよね……のどかっちが辛かったのに全然気付かないで」

 

「ひなた……」

 

「も~あたしってば、つい周りが見えなくなるって言うか、1人でどんどん突っ走っちゃって。これ飲んで落ち着いたら帰ろう!ね、そうしよう!」

 

 ひなたにとっては名残惜しいかもしれない。

 とはいえ、このままのどかに無理をさせる訳にもいかない。これにはちゆも賛成した。

 

「ひなたちゃん。私、まだ帰らないよ」

 

「え?」

 

 だが、当人はそれを拒んでいた。

 

「だって、こんなにドキドキするくらい楽しいんだもん。帰りたくないよ」

 

「だからって、あんなに無理したら……」

 

「ちょっと疲れちゃったのはそうだけど……ぷはっ、生きてるって感じ!」

 

「のどかっち……」

 

「だから、ひなたちゃん……」

 

「わん!」

 

 その時、ラテが何かを見つけたようにぴょんとこの場から離れていく。

 前に学校に迷い込んだ時と言い、何に反応しているのかは良く分からないが、早く捕まえに行かないと。

 

「あたしが追い掛ける!皆んなは休んでて!」

 

 そう言ってスタスタと行ってしまった。

 

 それから数分、戻ってくる気配を感じない。足速いからすぐに捕まえられそうだが、何処まで遠くに行ってしまったのやら。のどかもちゆも心配に思えてきているようだ。

 

「少し様子見てくる」

 

「じゃあ私も」

 

「いや、どうせ何処かで道草食ってそうだし、お前達は休んでろ」

 

 好みの服が見つかったとかでそこら辺うろちょろしていそうだ。広いとはいえ、別に探すのは僕だけで十分だ。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 探している内に、辺りが静寂に包まれるように人がいなくなっている。

 この場合、何処かにメガビョーゲンが現れたというケースが多い。まさかひなた一人で戦っているのでは、と嫌な予感がするが、とにかく両方探さなければ。

 

「や〜ねえ。プリキュア3人だって大して強くもない癖に、たった1人で何とかしようなんて、ホント考えなしなんだから」

 

「あたし、またやっちゃった……」

 

 その嫌な予感は見事に的中していた。

 今のスパークルはメガビョーゲン相手に苦戦しているという状況か。その上、シンドイーネに自分の痛い所を突かれ精神的に追いやられている。のどか達を呼びに戻るよりかは応戦した方が確実に良い。すぐに向かって来るだろうし。

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

 さて、オペを始めようか……と。

 

 こうやって変身している間に、メガビョーゲンはとどめの一撃を喰らわせようとしているところを、ぷにシールドで必死に身を守っているという事態まで陥っている。この一撃で仕留めようとする重い拳の威力で守りの耐久度が底をつきてしまいそうだった。

 

「ぷにシールド」

 

 その背後から、スパークルのぷにシールドを重ねるように、こちらも盾を作って防御する。二重になって強化された為に、彼女の踏ん張る力が次第に軽くなっていく。

 

「ラピウス……!」

 

「一気に押し返すぞ」

 

「う、うん。分かった!」

 

「「はあぁっ!」」

 

「メ、メガ……!?」

 

 後ろから応戦していた僕に今頃気付いたのか、困惑と安堵が入り混じった声音で驚くスパークル。

 メガビョーゲンが必死に盾を貫こうとしているところを、お互いに力を込めて同時に前へと押し返し、バランスを崩していく。

 

「二人共、遅くなってごめん!」

 

 どうにか間一髪は逃れたという時に、既に変身済みのグレースとフォンテーヌと合流する。

 すると、スパークルの表情が段々曇っていくのが分かった。

 

「……ごめん」

 

「「え?」」

 

「ごめんね。あたし、また1人で突っ走っちゃって。今日のイベントもそうだし、今だってこんな事に……」

 

 自分が一人であれやこれややってしまったせいで、のどかや皆に負担を掛けてしまった。メガビョーゲンが現れたことをすぐに伝えておけば、ここまで長期戦にはならなかった……と、今日一連の出来事に、スパークルは罪悪感を感じていた。

 

「スパークル、さっき最後まで言えなかったけど」

 

 そんな曇った表情を晴らそうと、グレースは彼女の両手を優しく握った。

 

「今日ずっと自分の事そっちのけで可愛いアクセサリーとか、私達に似合うのを探してくれたよね。私、もう楽し過ぎて胸がいっぱいになっちゃった!」

 

「私も、最初はドレスで写真なんてって思っていたけど、その……ワクワクしたわ。それに、貴女が突っ走ってしまったのは、貴女が一生懸命だったでしょ」

 

 今日のイベントで突っ走ったのは、皆に楽しんで欲しかったから。

 今だって、早急にお手当をしたかったからの行動だったはずだ。

 突っ走ってしまう事は全面的に悪く捉えられがちだけれど、何も悪いことだらけではない。善意があっての行動だという事を、僕達はちゃんと理解している。

 

「ありがとう。私、そんなスパークルが好き」

 

「ちょっ、そんな風に言われたらあたし、もう照れる〜!!」

 

「ちょっとちょっと!このシンドイーネを忘れてるんじゃないでしょうね!?」

 

 ……おっと、仲間を勇気づけることに夢中でメガビョーゲンをほったらかしにしていたようだ。と言っても、先程の怯みで目を回しているからどうってことないのだが。仲間の助け合いを遠くで眺めていた、孤独で可哀想なシンドイーネ"さん"に言葉を掛けてあげるとしたら……。

 

「……ダサいな、その角」

 

「ハァ!?人間界のセンスがないのが悪いんでしょぉ!?」

 

 悪いな、つい浮かんだのがこの言葉なんだ。けど、90年代感が漂って来るから本当にダサいというか何というか。

 

「もう頭きた!メガビョーゲン、さっさとやっちゃいなさいよ!」

 

「メガ……メガァ!?」

 

 シンドイーネに一喝によってふと我に返ると、威圧をかけながらプリキュアに襲い掛かろうとするメガビョーゲン。しかし、大技が命中するよう予め蛇の化身を忍ばせ、いつでも拘束出来るよう指示を出しておいたのだ。

 

「キュアスキャン」

 

 メガビョーゲンの体内にいる宝石のエレメントさんを察知した。

 

「スパークル、拘束が解ける前に早急に仕留めてくれ」

 

「おっけー!」

 

 

 

 

『プリキュア !ヒーリングフラッシュ!』

 

「メガアァ!!……メ?」

 

 案の定、メガビョーゲンが拘束を解いたが時既に遅し。黄色い波動がエレメントさんを救い出し、一気に浄化していった。

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「お大事に」」

 

 

 

 

 

「やったねスパークル!」

 

「うん……あっ、良い事思いついちゃった!ドレスこれで良くない?」

 

 そう言って衣装をドレスのようにクルクル回すスパークル。

 

「「えぇ!?」」

 

「……本気で言ってるんだったら、すぐに考えを改めた方が良いぞ」

 

 それで周りに色々噂されたらたまったものではないしな……。

 

「だよね〜……。だったらやっぱり……

 

 

 

 

 

 これにしよう!」

 

 それならばと、今度はそれぞれプリキュアと同じカラーのドレスを用意する。

 それに加え、ネイルやアクセサリーで合わせていくのだが……。

 

「2人共めちゃめちゃ似合ってる!」

 

「ひなたもね」

 

「そういえば飛鳥くんは?」

 

 未だ試着室から戻ってこない僕をキョロキョロと探すのどか。

 ……何故試着室から出てこないのかは察して欲しい。

 

「……成る程、僕はお前達を見くびってたらしい」

 

 ちなみに僕が着ているのはちゆが着ているものと同じ構成かつ少し青が濃くなった色が主体のやつだ。

 このまま入り浸っていてもあれだし、恐る恐る亀のようにゆっくりと姿を現す。

 

「「「え、可愛い……!」」」

 

「その眼差しを今すぐやめろ!」

 

 予想としては笑われるorいじられまくるのどちらかと思っていたので、こんなときめいたような眼差しを向けられるとは思わず、一気に顔が熱くなってくる。

 

 結局、そんな羞恥心に長く駆られながら、撮影会は無事に終わりを迎えた。

 

「あっくん何で真顔なの!折角可愛いのに台無しじゃん!!」

 

「笑えるわけがないだろうが!」

 

 というか、一応笑顔は口角を10°程度上げて作ったつもりだ。

 ……まあそんな屁理屈を言っても益々面倒になるだけだから抑えておく。

 

「ふわぁ〜!お姫様だ〜!」

 

 もっとも、のどかが写真に見惚れているってこともあってその雰囲気を壊したくないからな。

 そんなのどかの姿を見て、ひなたはあっと何かを思い出したかのように提案していた。

 

「そうだのどかっち、ソレあそこに飾ったら良いじゃん!のどかっちの部屋の写真コーナー」

 

 そういえば、のどかの部屋に色々写真飾ってたな……まさかこいつ。

 

「ひなた、最初からのどかの為に写真撮りに来たんでしょ?」

 

「えぇ!?何で分かんの!?ちゆちー天才?」

 

「貴女が分かり易いのよ」

 

 誰かの為に協力することに照れ臭さを覚えるような奴だったとは、少し意外な気もしてくる。

 ……だが、僕にはどうしても引っかかる箇所が残っていた。

 

「……そういえばのどかの写真、小さい頃のばっかじゃなかったか?」

 

 以前、のどかの家に訪ねた際に横目で見た程度だったが、最近ののどかの写真がないように見えた。ほとんどが幼い頃の写真しかないように思えたので、思わず尋ねてしまった。

 

「別に家庭の事情があるんだったら話さなくても構わない。少し気になっただけだから」

 

「ううん、飛鳥くんにも話しておかなきゃって思ってたから」

 

 そう言うと、のどかは真剣な眼差しを僕の目に向けていた。

 

 

 

「私ね、ずっと病気で休んでたんだ」

 

 若干覚悟はしておいた方が良いなとは思っていたが、予想の斜め上を行ったせいかついつい困惑の表情を浮かべてしまう。

 じゃあ運動音痴だというのも、少し動いただけで体力がなくなってしまうのも、そういうことがあったから……か。のどかにとっても大層辛かったことだろうに、そのことに気付かずに尋ねた自分が情けない。

 

「ずっと病院で生活してたから、家族写真とかあんまり撮れてなくて。だから今は色んな思い出が作れてる気分で、ほんっと生きてるって感じ!」

 

「……そうか」

 

 この一言が、今の僕の本心だ。

 こんなに心の底から幸せを感じているような人間を今まで見たことがあるだろうか。少なくとも僕はないと思う。

 道理で一緒にいても飽きないわけだ。どんな時でも前向きで、初めてのことも全力で楽しんでいる。そんな奴が目の前にいたら、自然と隣にいたくもなる。

 

「だからね、ひなたちゃん」

 

「は、はい!!」

 

「今日はありがとう!!」

 

 急に視線を自分へシフトされた上に、本人に心から感謝されると、流石のひなたも赤面状態だ。

 事実、今日のファインプレーはひなたなんだし、もっと誇っても良い気がする。

 

「また四人で写真撮ろうね!」

 

 流石にその時は普通にやって欲しいものだ……。

 

 まあ、何だかんだで楽しかったかどうかはさておき、とても貴重な体験をした気がする。

 

 ……忘れられない思い出というのは、確かに作れたな。

 

 




一応モブオリキャラとして某船の船員達が出る可能性があるかもしれません。まあ今回いるんですけれども。



さて、僕のラスベガスはラムダ2体目で終わりました。まあ何一つ出なかったよりはマシよね!
最近ソシャゲよりスマブラとかポケモンにハマってまして。明日実装されるミェンミェンの髪型めっちゃ好みなんですよ。でもリーチ長いキャラは比較的苦手(マルスとかまぢ無理。ベレトは最近練習してて慣れつつありますけど)なんで、せめてミェンミェンだけでも上手く使いこなせるように頑張ります…!

それではまた次回!


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第13節 緊急事態

この回の冒頭ののどかちゃんは可愛かったですね、幼女感が凄かった(小並感)
今回はオリ展開入っております。


「おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ〜」

 

 午後10時。

 明日の支度を終えると、両親に挨拶をして就寝の準備をする。いつもより寝る時間は早いのだが、明日は校外学習で集合時間が早いので仕方がない。

 

「飛鳥」

 

「……はい?」

 

 自室へ戻ろうとした所で、突然父さんに呼び止められる。

 しばらく挨拶程度にしか会話をしてこなかったので、珍しく呼ばれたことに多少驚きながら父さんの方へと視線を向ける。

 

「最近、友達と遊ぶことが多くなったらしいな」

 

「……はい」

 

「……遊ぶことは構わないが、勉強も疎かにするんじゃないぞ」

 

 特に何か叱る訳でもなく、たったそれだけを言い残して父さんは自室へと戻っていった。

 

「……そんなことでいちいち呼び止めんな、クズが」

 

 わざわざそれを言う必要はなかっただろう……。邪魔をされた気分で小さく舌打ちをしながら、僕も部屋に戻ってさっさと寝ることにした。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「飛鳥くんおはよう〜!」

 

 翌日。

 多少、というか結構時間に余裕を持って駅に向かったつもりなのだが、生徒たちの姿が少ない中で大きく手を振って挨拶するのどかの姿があった。

 

「早いな、集合まで全然時間あるぞ」

 

「えへへ!今日の校外学習が楽しみ過ぎて、1時間も前に着いちゃった!」

 

 実はのどかは家族で出掛ける時はいつも車だったらしく、電車に乗ること自体初めてなんだそうだ。それが理由で興奮気味というのも合点がいく。

 

「ひゃ〜!改札で引っ掛かったらどうしよ〜!!」

 

「引っ掛かってみたいのか……」

 

 子供の頃は一度は引っ掛かってみたいとか思ったことあったかもしれないし経験してみるのも良いかもしれないけど、あんなの何一つ得しないし、ICカードが反応してくれない時はかなりイラつくからな。

 

「のどか、飛鳥!おはよう!」

 

「あ!ちゆちゃんおはよう!」

 

 少し時間が経つとちゆとも合流した。ちゆにも改札云々のことを話したのどかだったが、流石の当人も苦笑いだった。

 その時、電車に乗ろうとしていたお婆さんが財布の中の小銭を落としてしまった。

 

「あ、手伝います!」

 

 すぐさま僕達は小銭を拾うのを手伝いに行く。駅の外まで小銭がばら撒かれているので全て集めるのも少し大変かもしれない。

 

「すいません、落とし物です」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 のどかの前に出たちゆが偶然通りかかった自転車に避けるように誘導した。

 のどかの頭がちょうど道にはみ出ていたおかげで、自転車と衝突しそうになっていたのだ。ただでさえ体質があまり強くない彼女が事故に遭ってしまったらたまったもんじゃない。こういうこともあるから落とし物を拾うのは大変なんだ。

 

「危なっかしいのよねのどかは。早く助けたいのは分かるけど、もう少し周りも見なくちゃ」

 

「うん、気をつける」

 

 そういうこともあり、恐らく全部拾い上げたであろう小銭をお婆さんに渡す。

 

「これで足りてますか?」

 

「ありがとう、後はお守りがあれば」

 

「お守り?」

 

「これくらいの小さな物でね。お財布に入れておいたんだけど……」

 

 そこまで小さいものだったら排水溝に落ちてしまったんじゃ……。

 

「おっはよー!あぁやば、遅刻するかと思った〜……!」

 

 そこへ、ある意味助け船であろうひなたが到着した。

 

「って、何してんの?」

 

「お守りを落としちゃったんだって」

 

「遠くには行ってないと思うんだけど……」

 

「う〜ん……ああいう所に落ちてんじゃない?」

 

 そう言って指を指したのはグレーチング。やはりそこら辺しか想像つかないか。

 中を覗いて見ると、落ちる寸前の位置に赤っぽい小さな物体があるのを見つける。きっとあれがお守りなのだろう。

 

「あった〜!あたし凄い!!」

 

 四人で一斉にグレーチングを持ち上げ、即座にそれを拾い上げる。今日が雨だったらすぐ流されていただろう。

 

「本当にありがとう」

 

 とにかく無事に落とし物を全て拾い上げることが出来た。

 ……ところで、今何時だ?

 

「お〜い、もう点呼とる時間だぞ〜!」

 

「え、もうこんな時間……!今行きまーす!」

 

 お婆さんの手伝いをしたことでかなり長居してしまったようだ。と言っても、これくらいは遅刻しても見逃してくれると思うけどな。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「はぁ〜……最近、キングビョーゲン様にお会い出来なくて寂しい……」

 

「ハッ!ちっとも結果を出せないお前の顔なんか、見たく無いんじゃないか?」

 

 腕立て伏せ989回目。

 もう少しで1000回達成というキロンの傍で、毎日のように行われるシンドイーネとグアイワルによる口喧嘩が勃発し始めていた。

 

「はあ?あんたに言われたくないんですけど。ロクな結果も出していない癖に」

 

「お、俺は寂しくないから構わんのだ」

 

「地球を蝕めたかどうかの話をしてるんです〜、話逸らすのやめてもらえます〜?」

 

「俺が小さい男みたいな言い方はやめろ!大器晩成型なだけだ!」

 

 もう見飽きた、という程に何度もこの光景を見てきたダルイゼンにとってはとてつもなく気分が悪い。とっとと仕事をこなしに行こうとこの場から立ち去ろうとする。

 

「まあまあ……では、こうしませんか?」

 

 だが、喧嘩中の二人の間に割って入ったキロンが提案した作戦に思わず足を止めたのだった。

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜、大っきい川!」

 

「あんまりはしゃぎ過ぎるなよ。周囲の目とか色々あるから」

 

「は〜い!」

 

 初めて電車に乗るとはいえ、まさか中学二年生が幼稚園児のように座席に膝をついてガッツリ景色を眺めるとは思うまい。僕は思わず親のように注意してしまった。

 

「ひなた。さっきはどうして、お守りがあそこにあると思ったの?」

 

「あ~、あたしよく落とし物するからさ。ほら、経験者は語る!的な?」

 

 などとかっこよさげに話すひなただが、言葉を変えればただの自虐でしかないぞ。

 

「ねえねえ!今ね、そこの川でお魚がぴょんって跳ねてたの!」

 

「……凄く楽しそうだな」

 

 というわけで、到着するまでのどかのハイテンションに付き合わされた僕達であった一方、ヒーリングアニマル一行はのどかの家で留守番である。

 

「のどか達はきっと今頃楽しんでるラビ!」

 

「ちぇー、俺達だけ留守番ってつまんねーの」

 

「仕方ないペエ。ちゆ達だって遊びに行ったわけじゃないペエ」

 

「隣の市の美術館に行ってるラビ」

 

 そう言いながら机に置かれている地図を取り出す。

 四人の行き先やそこがどんな場所なのかを細やかに説明するラビリンとペギタンに、ニャトランは目を丸くしていた。

 

「でも、もしのどか達に何かあったら大変ラビね……!」

 

 そんな理由をつけて説得しに行けば、のどか達とも同行出来るのではというラビリン。その傍で、先程の表情とは打って変わって何かを考えているニャトランの姿があった。

 

「ニャトラン?どうしたラビ?」

 

「ん、ああ、別に今に始まったことじゃないんだけどよ。そういや飛鳥のだけヒーリングアニマル見当たんねえなって思ったから、誰なんだろうなって」

 

「「そういえば……!」」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜、綺麗……!」

 

「グラス可愛い〜!リアルに欲しい……!」

 

「この木のオブジェも幻想的で素敵!」

 

『芸術は爆発だ』

 日本にはこんな言葉があるが、おそらくこういう作品のことを言うのだろう。奇抜で繊細な見た目をしているが、多彩な色が使われていてとても綺麗で、その作品に3人は見惚れていた。

 

「ありがとう」

 

 その時、他の人とは少し違った職人のような服装の女性がこちらにやってきた。

 

「作者の長良です。それは私が初めて実用品じゃないものを作った、思い出の品なの」

 

「そうなんですか!」

 

「私がこの道に進もうと決めたのは、こういう美しいガラスを見て、自分も作りたいと思ったからなの。ちょうど貴方達くらいの頃にね」

 

 誰かの作品への憧れから生まれたものってことか。

 

「それで仕事にして何年か経って、もっと可能性を広げたくなってフランスに留学した時、私も感じたものをガラスで表現したいってたまらなくなってね。試行錯誤をして、ようやく完成させた作品なのよ」

 

 と、長良さんはこの作品の生い立ちについて話してくれた。

 つまり、この作品は長良さんにとって技術と情熱の結晶であるわけだ。確かに努力の成果が伝わってくるように感じる。

 

「ってなわけで、午後の体験学習も是非参加して行ってね!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜、楽しみ〜!」

 

「あたしあんなの作れるかな〜?」

 

 正直、ひなたはある意味芸術的なものを作れそうだけどな。

 そんな感じで談笑しながら廊下を歩いていると、

 

「……んん?」

 

 のどかが窓の外をマジマジと見つめ始めていた。

 

「のどか、どうしたの?」

 

「窓の外になんかいたな」

 

 僕も少し気になっていたが、のどかも薄々同じことを思っていたようだ。

 

「どうせまた新聞部じゃないのー?」

 

「んなわけ……あ?」

 

 僕達は窓の外にある木々をじっと眺める。

 その時、木の陰からぴょこっと僕達がよく知る小動物達がこちらを見つめていた。そしてその木の下にはラテがこちらに駆け寄ってきていた。

 

「「「え──っ!?」」」

 

 どういう訳か事情を話してもらうために、一度窓の外まで回り込んでラテ達と合流する。

 

「伝えたんじゃなかったのか?しかもラテまでいるって……」

 

「お留守番しててって言ったはずだよ!?」

 

「ごめんペエ。僕は止めたペエ」

 

「だって、何かあった時に遠いとあれだしー」

 

「ラテ様が一緒に居ればビョーゲンズが現れてもすぐに分かるラビ!」

 

 ……まあ、確かにビョーゲンズが現れた時に、僕はともかく3人はこいつらが必要不可欠になる。ここにもメガビョーゲンが出てくる可能性も十分に考えられるから同行しても損はない。

 

「まあ、バレなきゃいっか」

 

「そうね。言ってること理に適っているものね」

 

「それじゃあ、皆に見つからないようにね」

 

 意外と素直に受け入れたな。ちゆの言った通り、ラビリン達はちゃんとした理由でやってきたのだから当然といえばそうか……。

 

「……ん?」

 

 その時、先程歩いた廊下付近から、あまり良くないというか寧ろ嫌な予感というか、そんな気配を感じた。

 

「どうしたの?」

 

「いや……少し席外す」

 

 そう言って、僕は気配をとっ捕まえる勢いでスタスタとその場を後にした。

 

 

 

 

 

「……おい、何でここにいる」

 

 人が少ない所まで、僕はロングヘアーでメガネをかけたスーツの男を尾行していた。僕が感じる気配というのは間違いなくこいつ。それに、とてつもなく見覚えのある人物だ。僕はそいつに威圧を掛けながら話しかけた。

 

「上手く変装したつもりなんですがね」

 

 男はフッと鼻で笑いながらこちらを振り向くと、そう言い放った。

 

 やはり、この男の正体はキロンだった。上手く変装したつもりとは言ったものの、もはやその髪型の時点で見当がつくんだが。冗談混じりで言ったのかただのポンコツなのか……流石に前者か。

 

「何でここにいるって聞いてんだ」

 

「見ての通り、今日は貴方達と同じ校外学習に来ただけです。なのでメガビョーゲンを生み出すようなことをするつもりはありません。そもそも、人が汗水流してまで作った努力の結晶を穢そうとも思わん」

 

 などと否定しているが、どうにも胡散臭い。あれだけ僕達を痛めつけた野郎が努力の結晶だの、笑みを零しながら言われるともはや気味が悪いという領域にまで至ってしまう。

 

 

 

 

 

「……彼らがどう思うのかは別として、だがな」

 

「メガビョーゲンッ!!!!!」

 

 刹那、生徒達が悲鳴をあげると共にメガビョーゲンの咆哮が響き渡る。

 

「ほらやっぱり……!」

 

「今回は私だけではないからな。"彼ら"の我儘に付き合ってもらいたい」

 

 じゃあ、メガビョーゲンを生み出したのはキロンではないということなのか?

 だとしたら、何をしにここにやってきたんだ。益々胡散臭い。

 

「待て」

 

 自身の要望を告げてこの場から立ち去ろうとするキロンを、僕は見逃すことなく呼び止める。

 

「良いんですか?メガビョーゲンは時間と共に強くなっていきますよ」

 

「ここであんたを見逃す訳にはいかない。それに、そうなる前にグレース達が仕留めてくれる」

 

「成る程、随分と仲間を信頼しているんですね……尚更丁度良い」

 

「なっ……!?」

 

 キロンは普段の姿へと戻した瞬間、僕の鼻先が触れるほどまでに近づき、腕に力を込めて遠くの自然あふれる森へと突き飛ばした。

 

「痛っ……いきなり突き飛ばす奴がいるかよ」

 

 ビョーゲンズなら瞬間移動とかそういうの使えるはずだろうに。美術館からこの森までの飛距離はスキージャンプ程度だったんじゃないのか?というか、よくそんなに飛ばされて無傷で済んだな、僕。

 

「ではキュアラピウス、まずはお前から排除させてもらおう」

 

 一瞬にしてここまで辿り着いたキロンの眼は、前と同じような狩人の眼つきと完全に戦闘モードに入っていた。突然の出来事だらけで少し混乱状態だが、すぐに変身したよさそうだな。

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

 さて、オペの時間だと台詞を吐く前に、とても気になることが見つかった。

 

「……おい、メガビョーゲンはどうした」

 

「必要ない。既に二体、運が悪ければ三体は生み出しているだろうし、プリキュアの排除なら私一人で十分だ」

 

「そうか──は?」

 

 少し整理してみる。

 そういえば、美術館のメガビョーゲンを生み出したのもキロンではなかった。よって、他にもビョーゲンズが来ているのは分かった。が、こいつはさっき『彼ら』と複数を指していたから最大4人で来ていることになる。他の三人は自分からは動かず、メガビョーゲンに任せるのがほとんどだ。つまり、一人一体生み出しているとすると少なくとも三体はどこかで暴れているだろう。

 

「何でそれを最初に言わなかった!」

 

「……呆れた奴だ」

 

 一体だったらどうにかなるだろうと思っていたが、二体三体だと流石にあいつらでも時間はかかるだろう。それに、メガビョーゲンは時間が経つにつれて強化されていくと言っていたから、もちろん倒すのにも時間がかかるというわけだ。

 流石に今こいつの相手をしてる場合じゃない。そう悟った僕は今すぐにメガビョーゲンの居場所を探しに行こうとする。

 

「良いんですか?ここで私を見逃しても」

 

 だがキロンは、先程告げたことと矛盾の行動をしようとする僕を煽るように挑発していた。

 こうなるならあんなこと言わなければ良かったと渋々後悔する。とはいえ、どの道見逃せないのは事実だ。

 

「まあいい、メガビョーゲンを出さないのなら好都合だ。すぐに終わらせてやる」

 

「フッ、私は好きですよ。その威勢の良さはな……!」

 

 両者は一斉に武器を構え、標的へと矛先を向けた────

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「やめなさい、メガビョーゲン!」

 

「なに、早いぞ!」

 

 一方、美術館ではグレース、フォンテーヌ、スパークルがメガビョーゲン浄化のために戦っていた。

 

「私の作品達が……!」

 

 その中で、自身の努力の結晶を気にかけるも目の前の異様な光景にただ茫然としてしまう長良さんの元へ、グレースが駆け寄った。

 

「早く安全な場所に逃げて下さい!」

 

「でも……!」

 

「大切な作品達は、私達が守ります!」

 

 絶対に作品を壊させはしない。グレースはそう長良さんに誓った。

 

「さあ、今のうちに!」

 

「はい、お願いします……!」

 

 フォンテーヌが何発もの蹴りを繰り出し、スパークルがメガビョーゲンの動きを封じている間に、長良さんを安全な場所へと誘導する。

 この人達なら守ってくれる。三人を信用した長良さんはすぐにこの場を後にした。

 

「「キュアスキャン!」」

 

 メガビョーゲンの体内には光のエレメントさんが閉じ込められている。動きを封じている今が浄化のチャンスだ。

 

「くちゅん、くちゅん!」

 

「ラテ大丈夫!?」

 

 その時、ラテが二回程くしゃみをしてより苦しそうにしていた。複数回もくしゃみをするなんてことは異例のことだったので、流石に心配になってくる。

 

「待ってて、今ラピウスがサクッと……そういえばラピウスいないじゃん!」

 

 薄々何かが足りないと感じていたが、スパークルの言葉でようやく仲間の存在に気が付いた。

 その間に、メガビョーゲンがスパークルの技をぶち破り、解放された瞬間に強力な光線を放った。

 

「「ぷにシールド!」」

 

 それを二人掛かりのぷにシールドでどうにか防いだ。

 

「席外すって行ったっきり戻ってきてないよね……?」

 

「くぅ〜ん、くぅ〜ん」

 

 中々戻ってこないラピウスの安否が気になる一方、ラテの鳴き声は苦しくなるばかり。流石に様子がおかしいと感じたフォンテーヌは、ラテの元へと駆け寄り診察を試みる。

 

『遠くのあっちで、大きな川が泣いてるラテ。あっちの遠くで、黄色いお花さんが泣いてるラテ』

 

「なんてこと!?皆んな!別の場所にもメガビョーゲンが発生したわ!」

 

「「えっ!?」」

 

「しかも2箇所!」

 

「「ええっ!?」」

 

「つまり、メガビョーゲンが同時に3体現れたって事ペエ!」

 

 あまりの異例な出来事の連鎖に開いた口が塞がらない。一体でも今こうして手こずっているのに、それが三体も現れたんじゃ……。

 

「ほう、取り敢えず作戦の第一段階は成功ってとこか」

 

「作戦……?」

 

「あぁ、どちらがよりキングビョーゲン様に貢献できるか勝負する為のな。しかし、まさかダルイゼンまで作戦に乗るとは。運が悪かったな、プリキュア」

 

 取り敢えず三人で状況を整理するために、光線を煙幕のように放ち、メガビョーゲンから居場所を隠してから集まる。

 

「どどど、どうしよう!?ラピウスはいないしメガビョーゲンはいっぱい出てきちゃったし……!!」

 

「手分けしましょう。ラピウスもきっとどっちかのメガビョーゲンと戦っているはず。スパークル達は川沿いの方をお願い!」

 

「了解!」

 

 フォンテーヌが立てた作戦に、スパークルはすぐに乗っかり急いで川沿いへと向かった。

 

「黄色い花の方は私達が行くわ。だからグレースはここをお願いね!」

 

「分かった、ここは任せて!」

 

 続いてフォンテーヌも黄色い花の場所へと向かっていった。

 

「ほう、お前たちも分かれたか。ならば戦いの第二幕と言ったところだな。よかろう、この辺りは大方蝕んだことだし、場所を変えようではないか。メガビョーゲン!」

 

 メガビョーゲンは自身の姿を変えると、そのまま別の場所へと移動していく。

 

 色々気になることはあるけど、今はこの美術館や作品たちを守らなきゃ!

 

「皆、無事でいて……!」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷹や鷲といった鳥類の狩人(ハンター)が蛇を捕食する際、戦闘不能になるまで酷く弱らせてから捕食するそうだ。

 故に、狩人の瞳には傷だらけの弱った蛇が倒れている姿が映し出されていた。

 




冒頭のは伏線のような何かを貼ってみました。まだほんの小さなものですけどね。



最近FGOログインするとしても種火周回しかしてないんですよね。イベも配布鯖がいないとやる気でないし…。ガチャも爆死が続くしかなり萎えてます。面倒だけどそろそろストーリー進めようかな。

それではまた次回!



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第14節 諦めない心

↓前話投稿から一か月で起こったfate関連の出来事リスト

キャストリアお迎え。水着イリヤお迎え(可愛い)HFの映画見に行った。桜可愛いと思うようになった。色紙は士郎だった。桜が可愛かった。士郎とか言峰がかっこよかった。桜が可愛かった。
以上(色々ありました…!)





それと、前話のあとがきに書こうと思ってて忘れてたことをお伝えします。

今回オリキャラ出ます!!!多分これで本編は最後のオリキャラだと思います。

ではどうぞ。


 ────痛い。

 

 苦しい。

 

 動けない。

 

 

 

 今の僕の頭の中にはそんな感情だけがぐるぐると張り巡らされていた。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 何せ身体のあちこちを殴られ蹴られと袋叩きにされた上に、数本の矢で射抜かれている状態だ。まともに呼吸もさせてくれない、意識も安定しない状況で悠長なことなど考えれるはずもない。ただ、一つだけ言えることがある。

 

 

 

 僕は"怪物を捻り潰した真の怪物”を相手にしていた、ということ。

 近距離で戦えばどデカい一撃が飛んでくる。だからといって遠くから攻撃しようにも音速の矢で正確に射抜かれてしまう。太刀打ち出来る意図なんて何処にも見つからない。

 

「……期待外れだったようだ」

 

 キロンはそんな瀕死の僕に容赦なく頭部に矢を射抜こうと弓を引き始める。

 

 

 

 ……たとえプリキュアであっても頭をぶっ刺されたら即死するだろう。

 

 

 死にたくない、なんて思っていてもこの状態じゃ無理だろうなと悟ってしまう。

 

 やがて、意識が途絶えて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「とぉりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

 

「「っ!?」」

 

 きたと思った瞬間、変な物体が雄叫びを上げながらキロン目掛けて飛んできた。

 

「え……?」

 

 あまりに突然の出来事に、僕は身体の痛みなどを通り越してまでも驚きを隠せない。キロンもまた同様に、既の所でバックステップを取ったものの、何事かとその物体をじっと見つめていた。

 

「おいおいおい!ポポロン様の可愛らしいパートナーを苦しめてる野郎は何処のどいつだ!?あぁ!!??」

 

 その物体は、凄く小さい羊と捉えられるが、生命が宿った毛糸玉とも捉えられる。本気で訳の分からないのが乱入してきたことで混乱状態に陥ってしまう。

 ……ん、今パートナーって言ったか?

 

「お前は……!」

 

「……って、ああそういうこと」

 

 先程のハイテンションから一気に冷めたポポロンはキロンを見て呆れたかのような声を漏らすと、僕の背部にぴたりとくっつく。すると、傷が段々と回復されていくように癒えていく。

 

「ボクの能力さ。しばらくすれば全回復すると思うよ。それより、噂には聞いてたけど本当に君がキングビョーゲンに仕えていたとはねえ。目的はなんなのさ」

 

「無論、キングビョーゲン様の命に答える。ただそれだけだ」

 

「ふ────ん…………」

 

 何か怪しいと思っているのか、ポポロンは淡々と答えるキロンをしばらく睨みつけていた。一秒、二秒と流れる静寂な時間の末、ポポロンがはぁ、とまたも呆れた溜め息をつく。

 

「とにかく、今日は見逃してくれないかな。こんな弱いものいじめみたいにボコボコにされてるパートナーなんて見たくないし、君だって敵をボコすのは好きじゃないでしょ?」

 

「……そうですね、苦手の部類に入るかもしれません。ですが、だからといって私が目の前の敵を逃すと思いますか?」

 

「思う。以前の君はそうだったし」

 

 意外な返答だったのか、キロンが少し驚いたような表情を作る。

 "以前の君"と言っていた辺り、ポポロンとキロンは何か関係を持っているのだろうが、それは決していいものではないというのはお互いの表情から感じ取れる。

 

「じゃあ交渉しようよ。この子が誰にも負けないってくらいに立派に強くなるまではお互いに手を出さない。その後はもう何をしても構わないよ。君が猛獣のように残酷な殺し方をしても、ボクは何もせずに腹を抱えて笑いながら見過ごしてやるさ。これでどうだい?」

 

「おい待て、その前に僕に許可を「良いでしょう」────は?」

 

 横に入ろうとしたその瞬間に、キロンはその交渉をすんなり受け入れていた。

 

「納得出来ない箇所はありますが……まあ、まだ時間はたっぷりとあります故、彼を試させて貰います」

 

 そして、持っていた弓矢を消滅させると僕達に背を向けてこの場を去っていった。

 

「……おい」

 

 全ての傷が癒え、役目を終えたことで僕から離れようとするポポロンの後頭部を強引に掴む。

 

「何なんだお前は。回復してくれたことには感謝するが、急に乱入してきたと思ったらベラベラを話を進め……」

 

 自身の不満を相手にぶつけるように言葉を口にする僕の顔を、羊は嫌気が差したかのような呆れた表情で見つめていた。

 

「あのさぁ、戯言言う前にボクに感謝しなきゃいけないことあるんじゃないの?怪我のこともそうだけど、あのままボクが飛び出してなかったら死亡ルートまっしぐらなの分かってたよねえ?」

 

 図星を突かれてしまう。確かに、こいつが来なかったらキロンに弓矢で頭を射抜かれていた。そのことに関しては何も言えない。

 

「それに、今の君達じゃあいつに対抗出来ないってことは前の戦いで思い知ったでしょうが。それなのに一人で立ち向かうとか、今あの子達心配してると思うよ?」

 

「……まさか、僕の行動を見てたのか」

 

「当たり前だろ?ヒーリングガーデンからずっとパートナーを観察してたからね!女の子と水族館に行ったこととか女装させられてたこととかぜーんぶふぎゅ!?!?!?」

 

「殺すぞクソ羊」

 

 ポポロンからこれ以上思い出を語られないよう、掴んでいた手を押し潰すように力を込める。

 前者はともかく、あの嫌な思い出までも見られてたとは……。

 

「と、とにかく!簡潔に言うと、キュアラピウスはまだまだ未熟なプリキュアなんだから死なれちゃ困るってこと!そんでもって、君は仲間を守れるようにもっと強い人間になれってこと!どぅーゆーあんだーすたんど!?」

 

 と、投げやるように一喝してきた。

 

 ……確かに二つとも僕に刺さる言葉だ。今のままでは守るものも守れないからな。

 

「分かったなら良し!そうこうしている内に森の向こうでメガビョーゲンが一体、しかも大分育って大暴れしてるらしいから、さっさと浄化しに行くよ!」

 

 一体、さっき三体程は出現したとか言ってたけど、既に二体の浄化は完了しているってことか。のどか達もそのことは知っていると思うし、上手く合流できると良いんだが……。

 森の中を素早く突っ走るポポロンの後を追うように、僕も全力で駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「うわーん!ガチのガチでどっちに行ったらいいの〜!?教えて森さ〜〜ん!!」

 

 森を駆け抜けていくと、不意にとても聞き覚えのある叫び声が聞こえた。

 

 その声の主がひなたであることは分かったものの、美術館から遠い場所であるのに何故ここにいるのだろうか。

 

「何してんだ?」

 

「うぇ、森の番人!?」

 

「ラピウス!?今まで何処に……って、その怪我大丈夫!?」

 

 ひなただけかと思いきや、ちゆやのどか、ラテ達もこの場にいたようで。更にのどかにはすぐに身体の傷について追及されてしまう。まだ完全には傷は消えてはいないようだが、既に癒えているし、あまり心配を掛けさせたくないので適当に誤魔化すとしよう。あと誰が森の番人だ。

 

「……木に衝突「いやぁ、あの時僕がいなかったら死んでたものなぁ~」」

 

「「「あああぁぁぁ~~~!!!」」」

 

 "木に衝突した”と嘘をつこうとした所に頭上からマウントを取るように喋り始めるクソ毛玉。そんな奴の登場に、三匹のヒーリングアニマルはとんでもない表情で声を荒げていた。

 

「なにこれ、でっかいお手玉!?」

 

「誰がお手玉だすっとこどっこい!」

 

「ラビリン達、知り合い?」

 

「うわ、ポンコツトリオだ」

 

「誰がポンコツだ!」

 

「ラビリン達はちゃんとパートナー見つけたラビ!」

 

 仲間との再会の言葉を嫌そうに言い放つポポロンに、ニャトランラビリンは殴り合いが始まるのではないかというぐらいにご立腹状態だ。出会ってすぐに悪口言う奴もどうかと思うが、お前達がポンコツじゃないと言い張るのも正直どうかと思う。そんな光景を見ていたぺギタンは呆れた表情で代わりに説明をし始めた。

 

「ポポロンはヒーリングガーデンで優秀なヒーリングアニマルペエ。でも、凄くいたずら好きでテアティーヌ様にたくさん迷惑かけてるペエ」

 

「おいおい、弱虫の癖に言ってくれるじゃないか。まさか君がパートナーを見つけるなんて思わなかったよ」

 

「そんなことより、早く残り一体のメガビョーゲンの居場所を案内しろ」

 

 またもさりげない悪口によってぺギタンが加勢に入りかねないので、ここで強制的にお開きにさせようとポポロンの後頭部を強引に掴んだ。そもそも今こんな所で道草食ってる場合ではないからな。

 

「分かるの?」

 

「勿論さ、僕はこいつらとは違イタタタタ!分かったよ分かりましたよ!黙って案内しますよーだ!」  

 

 いちいち挑発をしかける毛玉に先導を切らせながら、やがて森を抜けてメガビョーゲンのいる草原へと辿り着いた。

 

「また戻って来たの?懲りないね」

 

 3人があの森にいたことの理由を聞けていなかったが、ダルイゼンの言葉で十分に強化されたあの怪物に一度やられたのだと悟った。

 

「逃げた、もしくは他の奴に倒されたと思ったんだけどなあ」

 

「ハッ、メガビョーゲンが育って舞い上がっているようだが、そういうこと言ってられるのも今の内だぞ?」

 

 ……前者はともかく、後者はあながち間違ってはいないのだが。

 あぁ、色々あったせいでいつもよりも無性にムカついてくる。早急に奴らを仕留めよう。

 

「「「はあーっ!!!」」」

 

 他三人が変身を終えると、すぐにメガビョーゲンへと突っ込んで行く。近づけさせないように首元の綿毛を放出するメガビョーゲンの攻撃を、ぷにシールドで防御しながら突破していく。

 

「すげぇ作戦は無いけどニャ!」

 

「諦めなければ、ちょっとずつ体力を削る事が出来るペエ!」

 

「そしたらいつか!チャンスが来るラビ!」 

 

 しかし、その綿毛は触れた瞬間に爆発する性能を持つ。その都度舞い上がる煙で視界を塞がれるも、僕の杖から放たれる光線で即座に晴らせて突破しやすいように援護する。

 

「1人じゃ無理でも!」

 

「わたし達はが力を合わせれば!」

 

 フォンテーヌとスパークルが力一杯にメガビョーゲンの両手を押さえつけて動きを封じると、

 

「きっと出来る!」

 

 グレースが顔面に蹴りの一撃を叩き込んだ。

 流石に強くなったとて、顔に衝撃を受ければ体を仰け反って怯むだろう。まだまだこちらにも勝機はあるという証拠だ。

 

「やったラビ!作戦が効いてるラビ!」

 

 だが、メガビョーゲンにとってはたかが怯んだだけ。油断しているグレースを背後から尻尾で叩き落とした。

 

「グレース……うわぁ!」

 

 更に、両手を押さえつけていた二人を蚊を潰すかのように叩き込んで放り投げていく。どうにか蛇の化身を二体呼び起こして二人を抱えることは出来たが、メガビョーゲンの矛先は一気に僕に向けられていた。頭を大きく振りかぶって勢いよく頭突きをかましてくる。回避は出来たもののその衝撃は凄まじく、後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 

「分かっただろ?無理なものは無理なんだって。見ろよ、あいつは諦めてるぜ」

 

「え……」

 

「まさか……!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

 グレースとラビリンはキュアスキャンでエレメントさんの状態を確認する。

 

「エレメントさんは、メガビョーゲンに力を使い果たされる寸前ラビ!」

 

「エレメントさんが消えたら!」

 

「この辺りの蝕まれた土地はもう終わりペエ……」

 

 花のエレメントさんの表情はいつものように苦しんでいるという表情ではなく、ダルイゼンが言ったような正に力を奪われて諦めているという表情だった。

 

 

 

 

 

 だからといって僕達は諦めてなんかはいない。

 

「エレメントさん諦めないで!」

 

「貴方を助けたいのはわたし達だけじゃない!」

 

「先に助けた光のエレメントさんも、水のエレメントさんも、後とにかく沢山のエレメントさんも!皆んな皆んな助けて欲しいって言ってたんだよ!!」

 

「だからお願い!一緒に頑張って!わたし達と一緒に!!」

 

 グレース達は必死にエレメントさんを説得しながら、再びメガビョーゲンに突っ込んで行く。尻尾で薙ぎ払われようとも、身体を回転させて攻撃されようとも、決して諦めることはなかった。

 

「……仕方ない」

 

 ボソッと、その光景を目にしたポポロンは声のトーンを低くして呟く。

 

「エレメントさんをあそこまで苦しませてるところを見せられると流石にムカついてくるからね。協力してもらうよ、飛鳥」

 

 本気でキレている目だ。他人に容赦なく毒を吐くような態度とは打って変わっているおかげで少し心臓に悪い。いつもそんな感じでいて欲しいものだ。

 と、そんなことを思いながらポポロンの体内から何かが放り投げられる。

 

「これは……?」

 

 銃や弓というよりかは、狩猟などでよく使われるクロスボウのような武器だ。というかこの毛玉、こんな物騒な物を身体の中に仕込んでいたのか。乱暴に掴んだりしていたから、運が悪ければ大変なことになっていただろう。そもそもこいつの体内はどんな原理をしているんだ。

 

「僕の"宝具"だよ。別に名前はついてないから勝手につけちゃっていいよ~。ヒーリングガンとか癒しの銃とかね」

 

 宝具というものが何なのかは分からないが、ポポロンのとっておきのアイテムって解釈しておこう。手に取ってみても見た目はヒーリングガンなんて心底つけたくない程に、ただの物騒なクロスボウである。これで浄化出来るのだろうか。

 

「でも、そいつで浄化することは出来ないんだよね。だから、僕達でこれを使ってあいつを弱らせる。その後は彼女達に任せよう」

 

「……ちゃんと指示出せるんだな、毛玉のくせに」

 

「えへへ、ただの毛玉だと思うなよ〜?」

 

 浄化は出来ないとはいえ、どの道有効なアイテムであることには変わりはない。

 僕はポポロンを踏み台にして空高く跳び上がり、銃口をメガビョーゲンに向ける。

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 今この羊が何匹も増えた気がしたんだが…………気のせいということにしておくか。

 それよりも、銃口から放たれた渾身の矢が見事にメガビョーゲンの急所を貫いたようだ。立ち上がろうとはしているが、かなりの大ダメージのおかげで上手く力が出せず倒れるの繰り返しである。

 

「よし、今だよ君達……って、何それー!?」

 

 背後に待ち構えているであろうグレース達に後は任せたと決め台詞を吐こうとしたところに、突如輝かしい光に包まれた姿を見て仰天するポポロン。裏でそんなことが起こっていたとは、しかもかなり凄まじい気配が感じ取れる。

 

「きっとエレメントさん達が力を貸してくれたんだ。皆んなで地球の病気と戦おうって!」

 

 先程の励ましの言葉が届いたのだろう。あの危機的状況から堪えて力を授けたって訳か。

 

「て、テイク2!今だよ君達!!」

 

「「「うん!!!」」」

 

 

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「「お大事に」」」

 

 それぞれのヒーリングステッキから放出される光線が混ざり合うようにメガビョーゲンを襲い、やがてエレメントさんを救出、浄化していった。

 

 三人の合体技なだけあって、あれだけドス黒く染まっていた草原も元の自然溢れる姿へと戻っていった。 

 

 

 

 

 

「エレメントさん、お加減いかがですか?」

 

『まだ完全に元通りではありません。でも、長い時間を掛けて少しずつ戻っていくと思います!プリキュア の皆さん本当にありがとうございました!』

 

「エレメントさん、ラテ様も時間が経てば治るラビ?」

 

『大丈夫。先程生まれたエレメントボトルを差し上げて下さい』

 

 のどかは指示通り、ラテに新しいエレメントボトルを差し出す。一気に三体もメガビョーゲンが現れたことでかなり具合が酷くなったとは聞いてはいたのだが、そんなものを吹っ飛ぶようにすぐに元気を取り戻した。

 

「凄い! さっきまであんなに辛そうだったのに、一気に治るなんて!」

 

「ミラクルなヒーリングボトルだ!」

 

「そうラビ!これは、ミラクルヒーリングボトルと名付けるラビ!」

 

 ネーミングセンスは無難というか何と言うか。

 その後、花のエレメントさんに地球のお手当を任されたところで今回の一件は解決となった。

 

「さてと、じゃあもう僕故郷に帰るわ」

 

「「「え?」」」

 

 突然のポポロンの別れの宣告に、一同が困惑した。

 僕も困惑したよりかは、大方こうなるだろうと予想はついていた。しかし、いくら何でもここまで早いとは思わなかった。

 

「だーって、地球にいても何も楽しくないんだもん。犬に追いかけられるわ、人間の子供に追いかけられるわ。挙げ句の果てにはガキ共にサッカーボール扱いされるわでもう散々だよ……」

 

「いやだってお前、飛鳥のパートナーだろ……?」

 

「別に僕の力の何割かその子にあげたし、実質いるようなもんでしょ」

 

 確かに、輝かしき終点の一矢であったりスキルなどは授けられたのだから、いるいないは変わらないはあながち間違ってないのかもしれない。いや、多分いなくてもいいな。ずっとこいつの隣にいたら腹が立ってきそうだし。

 

「おーい!沢泉!花寺!平光!神医!」

 

 その時、遠くから担任のような人が息を切らしながら僕達を呼んで走っていた。かなりの時間で僕達を探していたはずだ。

 

「そんなわけで僕は帰るから!もう地球には来ないと思うけど、またね!」

 

 ポポロンは担任から逃げるように一瞬で姿を消していった。何処か釈然としない気分だが、どうせめんどくさそうにひょっこり現れるだろう。

 

「お前達、探してたんだぞ!どこ行ってたんだ!?」

 

「怪物から一目散に逃げていたら、いつの間にかこんな遠くまで来てしまいました。ご心配お掛けしてすみません」

 

「そ、そうなのか……? とにかく、お前らが見つかって良かった……良かった~!」

 

「え!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「な、泣かないでよ!」

 

 

 

 この後、先生の壮大な嬉し泣きによって解散時間が大幅に遅れたのだった。

 

 




終わり方が雑になっちゃったんですけど、書いたら書いたで何かくどい文章になってしまう。どうしたものか…。
ポポロンの元ネタはFGO勢なら分かってくれると思うので敢えて解説はしません!

次回はこのままバテテさん登場回になるか、十四・五節としてちょっとした小話を書こうか。そのどちらかとなります。現段階で検討中ですので、またまた気長にお待ちいただければと思います。それではまた次回!



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第15節 新たな強敵

FGOサマーキャンプお疲れさまでした!今回のガチャはピックアップ1はイリヤとキアラさん、ピックアップ2は巴さんと欲しい物が結構出てくれたので満足です。アビーとか式部さんとか我が愛とかも欲しかったけど来年の復刻で頑張ろうと思います。


 今日ものどか達にお呼ばれして、花寺宅へと訪れたわけだが、

 

「んー……」

 

「おお、背筋ピーンってなってる」

 

「飛鳥って意外と体柔らかいのね」

 

 その道中でトレーニングとして軽く走り込んだ為、身体を解そうとストレッチを念入りに行っていた。長座体前屈のように両手を伸ばしながら上半身を前に倒すやつだが、手の指先が爪先にまで行き届いた瞬間、周囲からはこのような反応をされていた。

 僕からすれば、これは普通のことだ。というか、大体の男子は極端に体が硬くない限りはここまでの柔軟性はあると思う。なので、この手の返答が難しくて困ってしまう。それと二人して背中を触るな、くすぐったい。

 

「それではこれより、プリキュア緊急ミーティングを始めたいと思うラビ!」

 

 と、そうこうしている内にようやく本題へと入りそうだ。その根拠に、ラビリンがちょこんとベッドの上で佇んでいた。

 

「何を話し合うの?」

 

「あれだ!プリキュアの魅力~とか、好きなところ語り合う~とか?」

 

「違うラビ!もっと真面目なミーティングラビ!」

 

「真面目なミーティングって何だ?」

 

「この前戦ったメガビョーゲンのこと、覚えてるラビ?」

 

 恐らく、最後に戦った奴のことを指しているのだろう。成長したということもあって、今まで戦ったメガビョーゲンの中では桁違いに強かった。

 お手当に時間が掛かればその分、メガビョーゲンは強化されていく。今後も今回の事例と同等のことが起こるかもしれないので、それをどう避けるべきか。

 

「メガビョーゲンの浄化には、一刻も早くするしかないわね」

 

「え、でもさ、この前三人で出した技とラピウスが出した技……えっと何だっけ」

 

「プリキュア・ヒーリングオアシスと……」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)

 

「そうそう!あれでメガビョーゲンをバーンって撃ってドーンって浄化したじゃん」

 

「ヒーリングオアシスを出すポイントは?」

 

「三人揃って出すことよね」

 

「その通りラビ」

 

 つまり、僕達のチームワークがより重要視されるということか。

 

「でも、どうやって?」

 

「その……特訓しかないかなってことになったペエ」

 

「特訓!?」

 

「名付けて、プリキュア・チームビルディング大作戦ラビ!」

 

「ふわぁ~、大作戦!?私、特訓なんて初めて~!」

 

 ……どうせロクなことにならないだろうと大方推測出来るが、水族館の時のようなお互いの関係性が深まるといった事例もあるし、のどかもまた初めてのことでワクワクしているので仕方なく付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メガビョーゲンは完全体へと成長すると、新たな生命を宿す為の『種』を放出するというのを耳にしたことがある。

 

『合わせたい者がいる』

 

 前回はプリキュアとの勝負には負けたものの、今後に繋がる成果は得られたらしい。我らが主が突如姿を見せたのでそう感じただけだが。

 

「ちーっす!」

 

 と、背後から陽気な声を上げながらスタスタと靴音を立てる音が響き渡る。

 

「キングビョーゲン様!只今参上っす!」

 

『来たか、バテテモーダ』

 

 金髪のトサカのような髪型に、目元には凶悪さが際立つオレンジの隈取り。そして姿形はネズミの獣人と言うべきだろう。

 バテテモーダと呼ばれた男はキングビョーゲン様に軽々しく手を振って挨拶をした後、他の面々にも声を掛けようと近寄っていく。

 

「ども〜!ダルイゼン兄貴!」

 

「兄貴……」

 

「随分とお調子者ね」

 

「そこはその、急成長の注目若手って事で大目に見て下さいな〜。ねっ、シンドイーネ姐さん!」 

 

「アンタに姐さん呼ばわりされる覚えはないわよ!」

 

「呼ばせて下さいな〜!見目麗しいかな、シンドイーネ姐さんの類稀なる美貌!輝かしいかな、グアイワル先輩の明晰なる頭脳!誇らしいかな、ダルイゼン兄貴の沈着にして冷静なるハート!そして!!」

 

 バテテモーダの言葉に三人が次々と絡めとられる中、ついに矛先はキロンの方へと向く。

 

「噂には聞いてますよ。キロン先生の遥か遠くの敵をも打ち抜く心眼と迅速で強烈な攻撃力!」

 

「ほう、先生……ですか」

 

 彼の場合、他の者のように簡単に丸め込まれてはいないようだ。それよりかは、以前にも同じ呼ばれ方をされていたのか、何処か懐かしく感じていた。

 

「自分も、皆様のようにバリバリ地球を蝕みたいっすよ〜!」

 

『ではバテテモーダ、早速だがお前に仕事を与える。行くが良い』

 

「と思ったら即座に出番キターッ!感謝するっす、キングビョーゲン様!」

 

 見た目通りに忙しいバテテモーダは、感激しながら出撃の準備へと進めていく。

 

「まずはこのバテテモーダの初舞台!特とご笑覧あれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで特訓するの?」

 

 特訓すると聞いてのどか達とやって来た場所は、人の気配が全くない採石場。何故こんな危険性がある場所をチョイスしたのかは分からないが、あまり気にしないでおこう。

 

「滝に打たれるとかじゃなくて?」

 

「階段をうさぎ跳びで登ったり……」

 

「綱渡り、とかしないよね?」

 

「チームワークの特訓だろ……?」

 

 それぞれが思い浮かんだものをラビリンが全てかき消していく。

 

「その通りラビ!」

 

「テーマは以心伝心ペエ!」

 

「心と心を伝え合うラビ」

 

「テレパシーを使えるようになるってこと?ってそれ無理芸!」

 

「違うニャ!言葉がなくても、お互いの考えてることが分かれば連携が取りやすいだろ?」

 

 お互いの心を読み合うことが出来れば良いというのは理解出来る。しかし、

 

「どうやってお互いに分かるようにするの?」

 

「例えばこうラビ」

 

 そう言うと、ラビリンはニャトランを引き連れて手本を見せようと面と向かう。すると、大きく体で行動を伝え合った後、真正面から走り出した。やがてお互いがぶつかりそうになる所を、ラビリンは飛び込んで転がり、その上をニャトランが飛び越えていく。

 

「ふわぁ~、何かかっこいい!」

 

「心が通じ合ってる感じ、するする~!」

 

 二人が褒めることで、手本その2としてもう一度見せようと指定の位置につく。再び体を大きく使って通じ合ったことを把握して走り出すが、今度はお互いに飛び込んでしまい、制御出来ずにぶつかってしまった。

 

「おい!何でこっち向かって来るんだよ!」

 

「ラビリンがそっちに走るから、ニャトランはバックステップで下がってからラビリンの上を飛び越えてって言ったんだラビ!」

 

「違う違う!俺が飛び込んで転がるから、その上をラビリンが飛び越えるんだぞ!」

 

「まあ、このようなことにならないようしっかりと特訓するペエ」

 

 というより、この特訓は怪我するし今のように喧嘩も起こり得るかもしないしでやらない方が良いのではと思えてくる。

 

「だったら、ジェスチャーゲームでもしてみるか」

 

 ゲーム感覚の物となってしまうが、心を読み合うことに関してはこれが妥当だと思う。

 他からは特に異論はないということで、早速ちゆが表現者役となって進行していく。

 

「お題はこれペエ」

 

 ちゆは与えられた内容を把握すると、大きく身振り手振りを始めた。

 

「しっかり見て、考えれば分かるはずラビ」

 

 ちゆから見て右側を指差し、次に自分自身を指差す。両腕を上に伸ばして体を大きく揺らし、駆け寄るような仕草を見せる。一連の流れとしてはこんな所か……うん、簡単だ。でも、のどかとひなたが答えるまでは敢えて答えないことにする。

 

「……分かった!『おっす、俺沢泉ちゆ!温泉が大好きな中学二年生!!』」

 

「外れニャ」

 

「ちゆは俺とか言わないペエ」

 

「う~~~ん…………あ、はい!『こんにちは、沢泉ちゆです。温泉がだーいすきな中学二年生!』」

 

 ……これは大喜利か何かか?

 のどかに至っては深く考えた結果、前の答えと何一つ変わってないし。これ以上待っても仕方ないので、さっさと答えてしまおう。

 

「『右側を攻めて。私がメガビョーゲンを引き付ける』」

 

「正解!」

 

「え~全然分かんないよ~」

 

 僕以外の誰一人ジェスチャーが伝わらなかったことに落胆するちゆ。特訓の主旨を考えれば分かることだとは思うのだが。まあでも、このお題は実戦でないと難しいかもしれないとも捉えられる。

 

 次は猫、ペンギン、うさぎと動物の真似を次々にやっていくというお題。しかし、

 

「……全然合わないな」

 

 それぞれイメージしているものが異なっている為に、中々合わないでいた。

 

「いや、そもそも飛鳥は何一つやってないラビ!!」

 

「ずっとやってるだろうが…………心の中で」

 

 第一、僕がこれをやってるという構図を思い浮かべてみろ。地獄絵図どころか本当に地獄に連れて行くことになるぞ。

 

 すると、ヒーリングアニマル達は他に特訓に使えるものがないか探る為にヒーリングルームバッグの中へと入って行った。

 

「ドミノ倒し。チームワークと忍耐力の強化に有効かも知れないラビ」

 

「ラビリン、本当にこれでいいペエ?」

 

「確かに、ひなた達疲れてたよな」

 

「こんなこと続けて、逆に皆の気持ちがバラバラになっちゃったら……」

 

 プリキュア達の気持ちに乱れが生じてしまったら、お手当も上手くいかなくなったしまうかもしれない。失敗を続いているこの特訓にそんな不安を抱いてしまったペギタンとニャトラン。それはラビリンも理解してるようで、同じく顔を曇らせていた。

 

「……本当は、プリキュアの手を借りずにラビリン達だけで地球のお手当てが出来れば、それが一番ラビ。だけど」

 

「俺達だけじゃビョーゲンズを浄化出来ない……」

 

「それに、この前の強くなったメガビョーゲンと戦った時、4人共ボロボロで苦しそうで……あんな辛そうな目にはもう合わせたく無いラビ」

 

 自分達が非力なばかりに、のどか達に大変な思いをさせてしまっている。その罪悪感に駆られているせいか、今のこの状況に焦りを感じていた。そんなラビリンにペギタンとニャトランはどうしたものかと悩み始める。

 

「よし、まずは3人の事を励まそう!絶対に出来るって!」

 

 今出来なくとも、これから出来るようになればいい。ニャトランの前向きな意見に賛同し、勇気づけようと皆の所へと戻っていく。

 

「のどかはスイカで、ちゆはそうめん……。いや、ひなたは何で蜜柑なんだ」

 

「え、だって夏蜜柑って言うじゃん」

 

「あれ蜜柑というか橙……」

 

 失敗続きで落ち込んでると思っていたが、僕達は『夏が旬の食べ物といえば?』というお題で意思疎通ゲームに挑戦していた。

 

「緊張感ゼロペエ……」

 

「大丈夫かニャ……?」

 

「不安しかないラビ……」

 

 のどか達の何も気にせずに楽しんでいる姿に、ヒーリングアニマル達は深く考え込み過ぎてしまったという後悔と、先程とはまた別の不安を抱き始めていた。

 

「クチュン!」

 

 

「ラテ!?」

 

 その時、突然ラテがくしゃみをし始める。こんな何もない土地にまでビョーゲンズが現れたのか……。

 大きな車の中で小さな石が泣いているとのことだが、すぐにその場へ向かうとショベルカーの形をしたメガビョーゲンが石を投げ飛ばして暴れていた。僕達はすぐさま変身する。

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

「「「ハアァァ!」」」

 

 グレース達は上空から跳び上がって一斉に攻撃を仕掛けようとする。

 一方で、僕はある違和感とぶつかっていた。それは、付近にビョーゲンズの幹部の姿が見当たらないこと。いつもならば、メガビョーゲンの側で小言を吐いているはず……。

 

「……下がれ!」

 

「「「きゃあ!?」」」

 

 僕が気付いた時にはもう遅かった。何者かが攻撃するグレース達の前を横入りし、薙ぎ払うように攻撃していった。

 

「今の何!?」

 

「新キャラって奴か……?」

 

 僕達の前に現れたのは、見慣れた三人の誰でもなく見たこともない奴だ。どうやら本当に新キャラとやららしい。

 

「ちぃーっす!アンタ達がプリキュアっすか!初めてまっして〜!」

 

「だ、誰ニャ?」

 

 ヒーリングアニマルであるニャトランでさえも分からない敵に、一同は困惑している。

 

「はいはいは〜い!自己紹介します!自分、この度ビョーゲンズ注目若手として新登場したバテテモーダっす!」

 

 注目若手というのに少し引っかかるが、あいつの陽気過ぎる態度が僕にとって少し気に食わない。

 

「つーわけでしくよろ、プリキュアさん!そして多分さようなら。だって自分、あんたらに負ける気がしないんで」

 

「そうかい」

 

 そう淡々と答えると、蛇の化身を召喚してバテテモーダを拘束する。僕が多少怒りを露わにしていることもあってか、かなりキツめに縛り上げている。

 

「少し黙ってろ、お前は後だ」

 

「成る程ねぇ……けど、やっぱ負ける気しないっすわ。何故って?自分強いから」

 

 僕の能力を理解したのか、おちゃらけた態度から一変して凶悪な表情へと変わると力尽くで拘束を解いていった。

 

「バテテモーダオンステージ開幕!」

 

 そしてそのままグレース達を跳ね除き、真正面から僕の方へと突っ込んでくる。

 

「自ら戦う奴なんて一人で十分だって言ってんだ、引っ込んでろ」

 

「いやいや、そういうわけにはいかないっしょ。見てるだけなんてつまんねえじゃん!」

 

「ぐぅ……っ!」

 

「ラピウス!」

 

 バックステップで距離を取りながらカウンターを狙おうとしたが、バテテモーダはその隙を跳び蹴りで逃さず狩っていく。まともにダメージを喰らうと、その反動で岩場へと飛ばされていく。

 

「やっぱ自分から盛り上げていかないと!」

 

 バテテモーダの次の矛先はスパークルへ。空高く跳んで壁に着地すると、その勢いで壁を蹴って攻撃を仕掛けていく。奴のアクロバティックな戦い方に困惑するも、スパークルは防御しながら反撃を試みる。

 

「おほ〜、楽しい楽しい!思った以上にパワーあるっすねえ!」

 

 バテテモーダが後退したのを見計らってフォンテーヌが拳を突き上げる。その後にスパークルも加勢に入るも、双方の攻撃は片腕で受け止められていた。

 

「でも、効かないんすよ!何故って?自分の方が……強いから!!」

 

「「きゃあぁ!!」」

 

「スパークル!フォンテーヌ!」

 

 攻めてきた二人を後退させようとしないかのように、受けた攻撃を倍にして返すように全身に力一杯込めて二人を弾き飛ばした。

 

「あらら、もうちょっと盛り上げていきましょうよ~!」

 

 四人掛かりで相手しても余裕な表情のバテテモーダ。その後ろでは、メガビョーゲンが壁や地面を削り取って一面を蝕んでいた。流石に目の前の敵に意識し過ぎたか、怪物が段々成長してきているのを感じた。

 

「……もういい、先にメガビョーゲンを仕留めるぞ」

 

「う、うん。分かった!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

 僕の指示にグレースは応え、キュアスキャンで宝石のエレメントさんを見つけ出す。早急に救出するために、すぐにメガビョーゲンに向かって走り出し、攻撃をしようとする。しかし

 

「い〜れて!」

 

「きゃあぁ!!」

 

「なっ……!」

 

 やはり簡単には浄化させてはくれない。バテテモーダは背後から横槍を入れるように不意をついて、こちらに目掛けて思いっきり蹴り飛ばした。蛇を使ってグレースを受け止めようとするも、尋常じゃない落下速度により間に合わず、一緒に地面に叩きつけられてしまう。

 

「グレース、ラピウスしっかりラビ!」

 

「い、った……ラピウス大丈夫?」

 

 グレースはゆっくりと身体を起こすと、下敷きとなってしまった僕の腕を引っ張って上体を起こさせる。叩きつけられた衝撃で足元が一瞬ふらついたが、すぐに体勢を立て直す。

 

「勝てる気しないっしょ!?何故かって?自分が負ける気しないから!!」

 

 四人のプリキュア相手だろうと構わず、強靭なパワーで押し潰す。今までのビョーゲンズの幹部……キロンに関しては例外ではあるものの、ここまで積極的に戦いの渦に飛び込んで加勢するような行動はしない。その上、ああやって減らず口を叩いている辺り、恐らくまだ本気は出してはいないんだろう。

 

「……チッ、調子に乗りやがって」

 

 そう舌打ちしながら、ゆっくりと敵に歩み寄る。

 確かに、バテテモーダは強い。キロンにも劣らずの強さであることもほぼ確実だ。

 

 でも、だからこそこいつを『強敵』と認めたくはなかった。

 

「勝てる勝てないじゃなくて、絶対に勝つ。まだ諦めない限り、お前達には絶対に勝ってみせる。それがプリキュアだ」

 

 僕はあの男に誓った。もっと、もっと強くなって再び戦いを挑みに行くことを。そして僕達は誓った。キュアグレース 、キュアフォンテーヌ、キュアスパークル、キュアラピウスの4人で地球をお手当し続けることを。

 だから、その為にも……お前は邪魔だ。

 

「だったら、幾らやっても無駄ってことを────へ?」

 

『諦めない』という言葉に苛ついたのか、バテテモーダは声を荒げながらこちらへ猛進する。

 

 しかし、この行為に及んだ瞬間、奴はもう僕の策略にハマっていたのだ。

 僕は近づいてくる敵から後ろに引いた後、前回授かったクロスボウを装備し、銃口を相手の額に向ける。相手からは攻撃を喰らわない、相手に絶対に避けられない絶妙な距離を取った。

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

 

 

 

「爆発までするなんて聞いてないってぇぇぇぇぇ!!!」

 

 銃口から放たれた矢は見事に命中。しかし、その矢が当たったことで同時に放出される衝撃波の方が勝ってしまい、バテテモーダは吹き飛ばされ、メガビョーゲンとぶつかり横転する羽目にまで至った。一方、僕も撃ったことによる反動で数歩ばかり蹌踉けるように後退りする。

 

「やべっ……!」

 

「今の内にミラクルヒーリングボトルラビ!」

 

 嫌な予感を感知した時にはもう遅い。ラビリンの指示と同時に三人はミラクルヒーリングボトルを取り出してヒーリングオアシスを繰り出す体勢に入った。

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

 

 

 

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

 

 

「「「お大事に」」」

 

 それぞれのヒーリングステッキから重なり合う光線によって、やがて宝石のエレメントさんを救出し、メガビョーゲンは浄化していった。

 

 

 

 

 

「あっはははは!良いじゃん良いじゃん、強いじゃん!やられちゃったぜ、メガビョーゲンちゃん」

 

 救出された宝石のエレメントさんの力によってラテもすっかり元気になった。その傍で、悔しがりながらこの場を去って行ったと思っていたバテテモーダが気持ちのこもっていない拍手をしながらこちらに近寄ってくる。

 

「笑ってる……何なのあいつ?」

 

 メガビョーゲンがやられたことにむしろ笑いが堪え切れないバテテモーダに、フォンテーヌは若干の冷や汗をかきながらそう呟く。

 

「ふはははっ!負けたのは自分じゃなくて、メガビョーゲンなんで。ま、今日はこれで引き上げるっす」

 

 今日はこの位で十分だろうと言わんばかりに、気味の悪い余裕の笑顔で答える。それがまた奇妙な雰囲気を醸し出して、不安という緊張感に飲み込まれている感じがして気分が悪い。

 

 

 

「それにしても、戦うのって超楽しいわ」

 

「戦うのが……楽しい?」

 

 今回の戦いで胸が躍ったバテテモーダから発した言葉に、グレースは我が目を疑う。大抵のビョーゲンズの幹部は主であるキングビョーゲンに尽くす為に活動しているのだと認識していた。しかし、バテテモーダは戦う事や地球を蝕むことに快感を持ち、それらを得る為に……つまり、自分の為だけに活動していた。

 

「勝ったと思って油断しない方が良いっすよ。注目若手新人、自分で終わりじゃ無いかもよ?」

 

「何ですって!?」

 

「この前、あんたらが手こずったメガビョーゲンの事覚えてるっすか?自分、あいつから生まれたんすよね」

 

「生まれたって!?」

 

「『新人レギュラービョーゲンズ、バテテモーダ爆誕!』って訳っす!」

 

 手こずったメガビョーゲンとは、前回の植物のような姿をした育ちきっていた奴を指しているのだろう。どういう原理で生まれたのかは分からないが、また新たなメガビョーゲンの秘密が暴かれたような気がする。

 

「じゃ、また遊びましょう!」

 

 以上の意味深な事実だけを言い残したバテテモーダは、崖の上まで跳び上がると律儀に僕達に挨拶を残してこの場から姿を消していった。

 

 

 

 

 

「バテテモーダ……凄く強かった」

 

「うん……」

 

 ひなたの呟きに、全員が表情を曇らせる。

 それに、あれと同等の敵がこれからも出てくるかもしれないとなると、この先のお手当も迅速にやって行かなければならないなど、かなり大変になってくるだろう。

 

「大丈夫だよ、みんなで力を合わせれば大丈夫!」

 

「ええ!今日だって力を合わせてメガビョーゲンを浄化出来たもの!」

 

「そうだな!皆ぴったり息が合ってた!」

 

「特訓なんてしなくても大丈夫だったペエ!」

 

「まぁ、ラビリンは最初からそう思ってたラビ!」

 

 のどか達もヒーリングアニマル達も、今回の戦いでしっかり連携を取ることが出来たと褒め称える。確かに、失敗続きの特訓から連携を取れたことは高く評価しても構わないだろう。新しい技を取得したことにより、チームワークが整ってきたのを感じる。

 

 

 

 

 

 しかし、この中で一人、片腕を強く握り下唇を噛みしめながら不安を抱くものがいることを、僕は見逃さなかった。

 

 




そういえば前回のあとがきでオリ回挟むだの言いましたが、後の原作の回で取り入れることにしました。そっちの方が書きやすいかなーと思ったので。

個人的に思ったのですが、恋愛描写って各話に一度は入れた方が良いのでしょうか…?もし入れた方が良いのであれば次回以降入れようとは思うのですが……でも急に入れると何か、ねえ?でもちょっとしたイチャつき描写ならバランス良さそう。まあヒロイン公開してないんで何とも言えないんですがね。

さて次回は勿論ひなた回ですね。ようやく休止前の話を書き終えてホッとしているところです…!

それでは!


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第16節 選択

ボックスイベやってたらいつの間にか前話から一か月経ってた定期。1週間後に投稿しようと努力してたのに…時間の流れはあっという間ですよホント。
さて、今回もこれといった中身はありません!!!おさらいセレクション程度にゆるーく読んでいってくださいませ。


「ひひひひひなた!プリキュア辞めるってどういう事ニャ!?」

 

 今回はいつもよりも深刻な会議らしい。

 今日は特に何もない日なので、寝室でぼんやりとしていた所にひなたの携帯から電話が掛かり、「今すぐひなたん家来てニャ!!」と慌てた声で連絡してきた。いざ訪ねてみると、部屋は多少どんよりとした空気に包まれていた。

 

「近い近い!てか、辞めるとは言ってないし」

 

「……大分考え込んだだろ、お前」

 

「え……バレた?」

 

 先日の戦いの後、不安に駆られた曇った表情を見せていたのを僕は見逃さなかった。その原因を聞くに、強化されたメガビョーゲンを苦労して浄化出来たというのに、その苦労が水の泡になるかのように新たな強敵が押し寄せてくる。そんな現実に、やがて頑張って戦うことの意味について追及するようになってしまったらしい。勿論、地球をお手当したいのは変わらない。しかし、続けることに価値はあるのだろうかとどうしても考え込んでしまうそうだ。

 

「あ、そのジュースはどう?」

 

 重苦しい空気を和ませようと、ひなたは唐突に話題を変える。皆で集まる時はいつもいただいているミックスジュースだが、何やらソワソワし出している。折角なので召し上がってみる。

 

「うん、美味しいよ」

 

「ええ、いつもの味とは少し違うけど」

 

「なんか独特な味してるな」

 

「ほら!ほらね!お姉の味には届かないんだよ、あたしが作ると!」

 

 自分が望んでいた感想とは違ったことに、足をバタバタさせて落ち込む様子を見せる。というか、これひなたが作ったのか。個性的な味感は満載だけど、別に飲めない程不味いわけではない。寧ろ十分飲めるくらい美味い。

 

「あたし、ちっちゃい頃から水泳も体操もピアノもダンスも他にも色々と、お兄やお姉の真似して頑張っても同じに出来ないの。何してもぜーんぶ駄目。そういうのって、テンション下がるじゃん?だから続かなくなっちゃってさ」

 

「だからプリキュアも辞めちゃうかもってこと?」

 

「うーん、分かんない……」

 

「待て待て!俺はひなたがダメだなんて思った事なんか……」

 

「結果が伴わないと自分のやってる事に迷いが生まれる。そういうのちょっと分かるわ。こういうことは理屈じゃないから」

 

 ひなたの思いに、ちゆはフォローを加える。

 流石は陸上選手だ。精神面において、スポーツの経験を積み上げてきた人からの助言ほど納得出来るものはない。

 

「お手当ても危険な事ペエ。無理に続けさせるのは良くないペエ」

 

「そんニャ!?」

 

「あーごめんごめん!大丈夫、今すぐ辞めるって話じゃ無いし!」

 

 そう言って、無理に表情を明るくする。ここですぐにプリキュアを辞めてしまったら皆に迷惑が掛かってしまう。でもどうすれば良いのか分からない……正に分かれ道で迷っている最中である。

 

「くちゅん!」

 

 突然ラテがくしゃみをする。いつも大事な時に限ってビョーゲンズが現れるな、はた迷惑な奴らだ。

 

 しかし、異変はそれだけではなかった。

 

「ラビリン前髪が!」

 

「どうしたの?」

 

 ヒーリングアニマル達の前髪が何かに引っ張られているように逆立っていた。

 

「ニャトランそのおでこ何それ!?」

 

「やめろ見るニャ!」

 

 ニャトランの額には魚を模したものが描かれていた。生まれつきのものなのか自分で描いたものなのか、はたまた誰かにいたずらされたものなのか。どうしても見られたくないという気恥ずかしさから、自分自身まで隠すようにしていた。

 

「それより、メガビョーゲンの居場所は?」

 

『上の方でパチパチしたプロペラさんが泣いてるラテ……』

 

「上?」

 

 僕達は外に出て空を見渡すが、特に形跡は見当たらないし周りにも音沙汰はない。プロペラといってたから、恐らくジェット機の姿をしたメガビョーゲンなんだろう。それなら飛行機雲のようなのがあってもおかしくはなさそうだが、そもそも雲一つない。満点の青空である。

 

『パチパチのプロペラさんあっちの上ラテ……』

 

「行ってみましょう!」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「ここにもいないラビ」

 

「メガビョーゲンが現れたにしては平和な風景ペエ」

 

 住宅街へと場所を移動しても、これといった変化は何一つない。住民も何事もないといった感じで静かである。

 

「痛っ!?」

 

 偶然通りかかった住民がドアを開けようとしたところで、パチンッという音と共にドアノブに溜まった静電気が放電する。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ。ちょっと静電気がね。でも一度放電したからもう……痛っ!?」

 

 一度放電したものは二度も起こることはないはず、だがその二度目も突然放電し出した。更に、先程まで会話をしていた隣の住民もまた静電気に悩まされていた。この時期も静電気は起こらないことはないが、ピークというか多発する時期は冬頃のはず。それなのにここまで、しかも連続して放電したのは少し妙である。

 

『今此処じゃ無いラテ。あっちの上で泣いてるラテ……』

 

「えっ、また!?」

 

 ラテの言葉に、僕達はまた移動することとなった。

 

 続いてはのどかのお母さんが働いてるという運送業の職場付近。沢山の荷物をトラックに積む機械が静電気によってショートし、故障してしまったらしい。

 

「おいおい、まさか見えないメガビョーゲンなのか~……?」

 

「もう逃げちゃったのかな?」

 

 ここまで探しても謎の現象を目撃するだけで手掛かりが見つからない。負けじと再度ラテに居場所を聞いてみる。

 

『今度はあっちのうえで泣いてるラテ……』

 

「また〜!?」

 

 今度は和菓子屋と喫茶店などが揃う商店街へ。同じく機械が故障して上手く商売が出来ないそうだ。

 

「あの、すみません」

 

 ちゆはトラブルで困っている店員に尋ねてみることにした。

 

「機械が故障する直前、静電気が起こりませんでしたか?」

 

「そうなんだよ、急に一瞬凄いのが来てさ。参ってんだよ……」

 

「やっぱり……ありがとうございました」

 

 やはり何処の場所でも何かしら大きな静電気が飛んできている。ここまでの広範囲で奇妙な現象が続いているという事は……。

 

「ちゆちゃんどうしたの?」

 

「さっきからあちこちで起きてる静電気問題、きっとメガビョーゲンの影響よ」

 

「そういえば、全部ラテが教えてくれた所でバチバチって!」

 

 だったらこれがメガビョーゲンの仕業だということはほぼ確定だ。

 一応証拠を見つける為に、その事実に驚いた拍子に額を隠すものが飛んで行ったことで、慌てて隠そうとするニャトランを押さえつけて額を確認する。

 

「見るニャ~~~!!」

 

「何もしないから動くな……ほら、これそうだろ?」

 

 額の魚模様の上の部分を見てみると、豆粒みたいに小さいがメガビョーゲンが通りかかったという跡が残されていた。早く見つけ出さないと更に範囲は広がるばかりだ。

 

「ラテ、今は何処に居るか分かる?」

 

「聞いても意味なく無い?」

 

「あぁ?」

 

 のどかが再度ラテに居場所を尋ねる為に聴診器を当てた途端、ひなたはそんな小言を吐いた。

 

「行っても見えないし、どうせまた逃げられるし……」

 

「……まだ探し始めたばっかだろうが」

 

「いっぱい探したじゃん!あちこち探しても見つからなかったじゃん。こうしている間にまたメガビョーゲン強くなっているわけでしょ?もっと見つからなくなっちゃうに決まってるじゃん!」

 

 偶に登場するネガティブなひなたに苛立ちを覚えてしまったが、確かにひなたの言っていることは一理ある。住宅街やのどかのお母さんの職場、更には商店街まで探し回っても手掛かりすら掴むことが出来ずにいる。不安になるのも無理はないのかもしれない。

 

「チッ……」

 

 気持ちの問題ともなるとここでキレたら逆効果だと感じた。のどか達も何も言葉を交わせない辺り、どのように声を掛ければ良いのか分からず困惑しているのだろう。

 

「あっ、ひなたちゃん!大変なの!!」

 

 一同がその場で立ち止まっていると、ひなたの知り合いだろうか、一人の少女が此方に駆け寄ってくる。

 

「どうしたの?」

 

「ひなたちゃん!大変なの!めいちゃんが閉じ込められちゃった!あっち!」

 

「えっ、お姉が!?」

 

 少女が指差す方向は灯台がある広場だと推測する。偶にそこでジュースを販売しているのを見かけるからな。

 

「ひなたちゃん行こう!!」

 

 少女の後を追いかけながら、僕達はめいさんのいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 現場に辿り着くと、ワゴン車の中には閉じ込められているめいさんの姿が。

 

「今助けるし!」

 

「触っちゃ駄目、危ないから!」

 

 ひなたがドアをこじ開けようとしたところに、めいさんはドアノブの静電気の危険を手早く知らせる。

 

「暫くしたら静電気も収まるよ。まあ、駄目ならパパとお兄ちゃんも呼んで皆でワゴンのドアぶっ壊してよ。そしたら出られるでしょ?」

 

 と、僕達を安心させながらワゴン車から離れさせようとする。しかし、ひなたは一刻も早く姉を助けたいことに一心で離れようとはしない。

 

「はいはい、危ないから皆は離れてなさい。ほら行って行って!」

 

「でも!」

 

「……ひなたちゃん」

 

「え、ちょっ、のどかっち!?」

 

 どうにもここから動かないひなたを、のどかは何かを感じたのか強引に離れた場所まで連れ込んだ。

 

「諦めずに、メガビョーゲンを探そう」

 

「え……?」

 

 のどかはそう、ひなたに面と向かって言う。

 

「ひなたちゃんのジュース、美味しかったよ。めいさんのジュースとは違ったかもしれないけど、美味しかった。ひなたちゃんが作ってくれたって聞いて、私嬉しかった!だから、意味なくなんかないよ」

 

「のどかっち……」

 

 ひなたにとってはちっぽけな物だったとしても、のどかにとっては素晴らしい物なんだと激励する。それに続いて、ちゆも励まそうと側に寄ってくる。

 

「助けたいなら、今はとにかく動いてみてもいいんじゃない?」

 

「それに、俺達がいるだろ!?」

 

「ニャトラン……!」

 

 ひなたの手の平の上に乗ると、お互いに笑顔を作って見せた。雰囲気的に僕も何か声を掛けるべきだったのだろうが、もう彼女の表情はいつものように明るくなっているのでもう必要もない。というか、励ましの言葉なんて掛けれる気がしない。

 

「皆、これ見るラビ」

 

「これがビョーゲンズに襲われたんだペエ」

 

 ラビリン達が見つけたのは一機のドローン。ビョーゲンズに襲撃されてしまった禍々しい跡も残っている。

 

「そっか、今回のメガビョーゲンは空を飛べるんだ!」

 

「だから目撃情報も無く、あちこち移動出来たのね!」

 

 ドローンは飛行速度は平均50kmと他の飛行機よりは劣るものの、ヘリコプター並のかなり高い位置にまで飛行することが出来る。そのメガビョーゲンの大きさは知らずともここまで見つからなかったというのも納得がいく。

 

「目撃……もしかして!」

 

 ひなたはポケットからスマホを取り出して、SNSアプリを起動する。リアルタイムの情報でメガビョーゲンの居場所を掴む行動に出たのは考えたな。

 

「あった!目撃情報、UFO騒動になってる!駅から北へ行ったっぽい!」

 

「だったら今ここで変身した方が良さそうだな」

 

 僕の提案に三人は賛同すると、サッとヒーリングステッキを手に取って変身の準備へと入る。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「どうだバテテモーダ!少しずつ広範囲を蝕むという、このグアイワル様の繊細かつ高度なテクニックは!」

 

「流石先輩っす!新人の自分には全く思い付かないっす!」

 

「そうかそうか。この俺の子分になりたいか!良いだろう、特別だ!」

 

「……あざっす先輩、光栄っす!」

 

 上空でドローンの姿をしたメガビョーゲンの上で高見の見物をしながらそんな会話を繰り広げていたグアイワルとバテテモーダ。既にプリキュアにバレていることには気づいてはいないようだ。

 

 

 

 

 

「呑気に笑っていられるのも今のうちだぞ?」

 

 

 

 

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

 

 

 

 

「「ぬわぁ!?」」

 

 

 

 光の矢がメガビョーゲンの腹部に命中すると、そのままビョーゲンズの二人を振り落として墜落していく。

 

「やっっっっっと見つけたよ!メガビョーゲン!」

 

「おっと、プリキュアじゃないすか!ちーっす!」

 

「ふん、遅かったじゃないか。今からメガビョーゲンを浄化出来るのか?」

 

「するよ、絶対!」

 

「ほう、言うじゃねえか。お手並み拝見と行こう!」

 

「しくじったな……」

 

「どうしたの?」

 

「……避けろ!」

 

 瞬きをする直前で起き上がったメガビョーゲンが光の速さで突進してくる。すぐに指示を出すものの、電光石火の如く突っ込んできたおかげで到底間に合わずに吹っ飛ばされてしまう。

 

「きゃあ!」

 

 その後、最初に飛ばされたグレースをターゲットに追い打ちを掛けに行く。空中での対処は出来るはずもなくそのまま追撃を喰らってしまう。

 

「グレース後ろ!」

 

「ぷにシールド!」

 

 メガビョーゲンは隙を逃さず二発目を狙いに行くが、次はラビリンの反応もあってか間一髪の所でぷにシールドを張って防御する。見つけ出すのが遅かった分、成長していたことにより威力がかなり増していた。

 

「今だ!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

 攻撃の反動によって後退した怪物を、今度はこちらが隙を狙おうとキュアスキャンで雷のエレメントさんを見つけ出す。一気に攻め込もうとするが、一度ダメージを負ったところで俊敏な動きは止まろうとしない。まるで僕達を煽っているかのように見せつけていた。

 

「なるほど、雷みたいな動きニャ!」

 

「雷が何?あたしこう見えて、雷が怖かったことが無いんだから!」

 

 スパークルの言ってることは分からずとも、やる気が満ち溢れていることは一応伝わる。

 

「私達も行こう!」

 

 僕達も突っ走る彼女の後について攻撃を仕掛けていく。しかし、今回のメガビョーゲンは雷の能力を兼ね備えた奴だ。どんな攻撃も簡単に避けられ、すぐさまカウンターの如く地面に叩きつけられてしまう。

 

「貴様らがこれ以上頑張っても無意味だ。諦めろ」

 

 瀕死の状態の僕達に諦めを要求するグワイワル。しかし、特にスパークルはどうにか頑張って身体を起こしていた。

 

「意味……ないかもしれない。でも、あいつだけは……!」

 

 意味はなくとも、目の前のあいつだけは絶対に倒さないと……。スパークルはそう確信した途端、ステッキを掲げながら一目散にメガビョーゲンへ駆け抜ける。同時にグレースも諦めずに共に怪物を叩き落そうと試みるが、結局は同じ目に遭ってしまう。

 

「とにかく、あの動きを封じないと……!」

 

「それなら手貸してくれ。良い考えがある」

 

 僕はクロスボウを両手に、フォンテーヌにある提案をする。

 要するに、フォンテーヌが所持している氷のエレメントの能力を此方の矢に取り込み、その矢をメガビョーゲン目掛けて発射し、凍結させるという簡単な連携技だ。これであれば、通常の光線よりも加速度や威力が増す技となるだろう。

 

「まあ、これは僕の推測に過ぎないけど……どうする?」

 

「ええ、やってみましょう!」

 

 その提案をすぐに了承したフォンテーヌは、氷のエレメントをヒーリングステッキに装着し、クロスボウ内の矢へ光線を浴びせる。当然、冷え冷えでカチコチの矢となった訳だが、どうにか上手く行ってくれないものか。

 

「さて、二度目はタダでは済ませないぞ……!」

 

 

 

 

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

 

 

 

 

 氷の矢は光の速さでメガビョーゲンに直撃していく。やがて全身をカッチカチに凍り、身動きを完全に封じ込めることに成功した。

 

「「はあぁぁぁ!!!」」

 

 メガビョーゲンへの俊敏な攻撃が収まり、隙を与えるチャンスが到来したグレースとスパークルは高い上空からかかと落としを浴びせ、先程の仕返しのように地面へ叩き落していく。

 

「あとちょっとニャ!」

 

「行くよ、皆!」

 

 スパークルの言葉により、三人はミラクルヒーリングボトルを取り出し合体技へと移る。

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

 

 

 

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

 

 

「「「お大事に」」」

 

 確実に今回はかなり手強い敵であったが、皆の諦めない心が味方となったおかげで、無事メガビョーゲンを浄化し雷のエレメントさんを救い出すことが出来た。

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 エレメントさんから雷のエレメントボトルを授かり、ラテの調子もすっかり良くなった事で、僕達は次に先程の広場へと足を運ぶ。メガビョーゲンによって広範囲に渡って悪影響を及ぼされた静電気問題の解決の安否の為、ワゴン車の中に閉じ込められていためいさんが無事に外へ出れたか確認しに向かった。

 

「お姉!良かったちゃんと出れたんだ!」 

 

「言ったでしょ、時間経てば直るって。でも心配してくれてありがとうね、皆も」

 

 そう僕達に例を言うと、めいさんはジュースを御馳走するべく再びワゴン車の中へ入っていく。一方、ひなたは此方に面と向かって立つと一呼吸した後、口を開いた。

 

「あたしもありがとね。これからもお手当て大変になるかもだけど、それでも今あたしが頑張れば皆を助けられるんだもんね!意味無くなんか無いんだよね!」

 

 そう言って、作り物ではないいつもの満面の笑顔で感謝の言葉を述べる。のどか達の支え、そして今回の戦いでひなたを苦しめていた悩みが消えたことだろう。

 

「ったく、無駄な心配かけさせた癖にすっかり機嫌よくなりやがって」

 

 ……まあ、そういうのもひなたらしいから良いけど。

 

 




如何でしたでしょうか?
話めっちゃ変わりますが、最新話の終盤面白い展開になってきましたねえ。のどかはいずれ病気が…とは思っていましたけど、いやはや。
さて、次回はオリジナル多めに触れていきたいと思うのであります。すこフェス回ですけど、なるべくシリアスな展開にさせようかなと思ってます。

それではまた次回


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第17節 すこやかフェスティバル

伊吹童子(CV.悠木碧)がえっすぎる。


 のどかside

 

 ~神医総合病院~

 

「先生、のどかの検診の結果は……?」

 

 私はお父さんとお母さんと一緒に、私の検診の結果を見守っていた。名前の通り、飛鳥くんのご両親が医師と看護婦をしている病院なのだが、先生は結果の用紙をまじまじと見つめている。凄く真面目な人だなぁと思うけど、怖い人ではなさそうだ。

 

「……異常なしです。全くもって健康ですよ」

 

「本当ですか!?」

 

 お父さん達は不安な表情から一変して明るい表情となる。当然、私もぱあぁっと不安が解消された。

 

「前の病院のカルテを拝見させていただきましたが……君は本当に病気だったのか?」

 

「はい!」

 

「そうか……まあ元気なら何よりです。何も心配はいりませんよ」

 

 そう言って先生は薄っすらではあるが笑みを浮かべる。何処となく飛鳥くんに似ているような気がした。

 

「あぁそれと」

 

 診察室を後にしようというところで、先生は呼び止める。

 

「飛鳥が大変世話になっているそうで。あいつはかなり頑固な奴だが、これからも仲良くしてくれると嬉しい」

 

「は、はい!こちらこそ、いつも飛鳥くんには助けて貰ってます……!」

 

「助けて貰ってる、か……」

 

「あの……」

 

 そうか、と安心そうな声を漏らしながらも表情は何とも言えないという感じに、私はついつい尋ねるも

 

「ん、ああ、何でもない。気にしないでくれ」

 

 スッといつもの表情へと戻った。まるで何か隠しているようだったが、そこで看護婦である飛鳥くんのお母さんが割って入る。

 

「あー、そうだのどかちゃん。今日は商店街でお祭りがあってさ、飛鳥達もいると思うから行ってみたらどうかな?」

 

 そう言って渡してきたのは『すこやかフェスティバル』と名称が書かれた一枚のチラシだった。

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 ~ビョーゲンズキングダム~

 

「ええ!?いいんすか?でもこれ、グアイワル先輩の大事なおやつじゃないっすか〜!」

 

 グアイワルの目の前に置かれているのは禍々しい色をした菓子だ。好物であるそうなのだが、頑なに口に含もうとはせずに後輩にあげようとしていた。

 

「ああ、そうだ。これは俺がず──ーっと取っておいた大切な菓子だ。だが今回は特別に、物凄く特別にお前にやる」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 そう言ってパクッと言葉の通りに頂く。見た目とは裏腹に好みの味だったのか満足そうな表情を浮かべていた。

 

「いいかバテテモーダ。お前には期待しているぞ!」 

 

「任せちゃって下さいよ〜。グアイワル先輩の為なら、例え火の中水の中、洗剤の中っすから〜!……何つってな」

 

「どうした?」

 

「いや、何でも無いっす!では、早速地球を蝕んで来るっす!」

 

 一瞬ではあるが、別の人格が現れたバテテモーダは上機嫌で地球へと移動しようとする。その直前、グアイワルが呼び止める。

 

「今日はお前の出番ではないぞ」

 

「えっ」

 

 今日はバテテモーダの出番ではなく、キロンの出番だ。彼はもう既に地球を蝕みに行っているだろう。

 

「(クソ、ちゃっかり横取りしやがって……!)で、でももし先生に何かあったらのことを考えて念の為同行しに行ってくるっす!」

 

 チッと小さく舌打ちをすると、あれこれ理由を押し付けてやや強引に地球を蝕みに行った。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 のどかは皆がいるであろう『すこやかフェスティバル』の会場へと足を運んでいた。様々な店の食べ物を見て美味しそうだなぁと(特にラビリンが)思いながら、やがてちゆとひなたと合流する。ちゆは連休に訪れた大勢のお客様にお菓子の用意をしたり、大浴場の掃除をしていたそうだ。ひなたも店番をしていたりとそれぞれ仕事を頑張っていることに、のどかは凄いなぁと感心していた。

 

「そしてそして、これが大人気のすこやか饅頭!」

 

 ひなたが次々と人気の食べ物を紹介していく中、すこやか饅頭と呼ばれた商品を紹介する。端的に言うなら、にっこりとした絵文字のような顔のついた饅頭である。それを初めて目にしたのどかは面白そうに眺めていた。

 

「こいつの魅力は見た目だけじゃない。六種類の野菜を使っている」

 

「え……?」

 

 そんな三人の元へ、僕はスタスタと歩き始める。それも複数の札束を手に持ちながら。

 

「イチゴ、カボチャ、小松菜などどれも美味くて健康に良い完璧なお菓子だ。という訳で……」

 

『バンッ!』と叩きつけるように札束を店員に差し出す。そしてふうぅと一呼吸をした後に、

 

「全種類、5個ずつください!」

 

「飛鳥くん!?」

 

 などと決め台詞のように言い放った。

 

 他の面々もすこやか饅頭をいくつか購入し、場所を足湯場へと移動して温もりを感じながら召し上がることにした。

 

「「「美味しい~!」」」

 

「こんなお饅頭あったんだ!」

 

「あたし子供の頃からだーい好き!」

 

「それにしても意外だったわ、飛鳥がすこやか饅頭に夢中になるなんて」

 

「毎年の楽しみだからな」

 

 僕が大量のすこやか饅頭を購入した理由としては、単純にこれが大好物だからだ。……見た目はさておき、先程言っていた通り美味であるのは勿論のこと、健康維持の面では完璧と言っても過言ではない。寧ろ、これを口にして不快感を覚える者などいるのだろうか。

 

 とはいえ、だからといって何故ここまで多く買うのか。全六種類の内『イチゴ、カボチャ、小松菜』と例を挙げた三種類の野菜が入った饅頭は普通に店で売っているものだが、その他の三種類はすこフェス限定の品だ。毎年この時にしか味わうことが出来ないのだから、なるべく多く買ってじっくり味を堪能したい。そう言った理由なのである。因みに、ラビリンにもっと食べたいから僕の分も欲しいなどと言われたが、当然これは僕のこの時期唯一の楽しみである故にすぐに拒否したところ、ポカポカと殴られた上にその場で駄々を捏ねられた。

 

「そういえば今日ね、病院で先生にすっごく元気だって言われたの!」

 

 不意に饅頭を食べる手が止まる。この付近で思いつく病院と言ったら父さんの所くらいだろう。彼はすこやか市では有名で評判の良い医師だから別に心配はないが、正直問題はそこではない。 

 

「えっ、本当!のどかっちやったじゃん!」

 

「もう前から元気だったんだけど、お墨付きを貰った感じで嬉しくて……!私、この街に引っ越して来て更にパワーアップしてる気がする!」

 

「よーし、それなら他のお店も見に行こう!」

 

 ひなたの言葉に、二人は「おーっ!」と賛同して他の店へと足を運ぼうとする。

 

「のどか、少し聞きたいことがある」

 

「ん、何?」

 

 その直前、僕はのどかに問いかける。

 

「……父さんには何か言われたか?」

 

「これからも仲良くしてあげて欲しいとは言われたけど……」

 

「そうか……」

 

 のどかからの答えを聞いた僕はそうして同じくこの場を後にする。

 

 もし父さんが僕以外の人に余計なことを言ったものなら……と思い、つい声を低くして尋ねてしまったがそういうわけでもなかったらしい。紛らわしいことしやがって、と小さく舌打ちをしながらちゆとひなたの後を追いかけていく。

 

「(やっぱり、飛鳥くんとお父さんって……)」

 

 対して、のどかは何か考え事をしているように僕の後をついていった。

 

 それからは、美味しい物を食べたり飲んだり、色んな娯楽を楽しんだりとすこフェスという時間を十分に満喫していた。平光ひなたという少女の先導もあってか、ちゆは勿論のこと今回初めて参加したのどかも凄く楽しんでいた。僕も僕で退屈じゃない時間を過ごせていた。

 

「あれ、そういえばラビリン達どこ行ったんだろ?」

 

「確かにさっきから姿がないな。まあ、何処かで道草食ってるんだろ」

 

「なんだって!?」

 

 ヒーリングアニマル達の行く末について話していると、側にある店の中から店員の驚愕した声が漏れていた。

 

「蒸し機が故障したようです。追加の饅頭が作れません……」

 

「参ったな、このタイミングで壊れるとは……」

 

 思わぬ事態によってすこやか饅頭が売れなくなってしまったことに、周囲の人々はそれを憐れんでいた。買えないことを残念に思う人もいれば、仕方ないときっぱり諦める人もちらほら。それを見て、のどかは何か手伝い出来ることはあるだろうかと悩みを見せていた。

 

「すこやか饅頭が作れないのなら、色んな所で手当てすれば良いさ。どの店にだって小さい蒸し機はあるんだから」

 

「でも……」

 

「ほら、お客さんだって待ってるんだから。私らだけじゃなく、他の店も手伝うって言ってるしさ」

 

 様々な店の店員が手を貸そうとしている中、僕達もその場所へと歩み寄る。

 

「あの!私達にも何かお手伝いさせてください!」

 

「よし!皆でやるぞー!」

 

 のどかの頼みに、こうなりゃ皆で力を合わせて作ろうという掛け声が上がり「おーっ!」と皆は賛同する。こうして大勢の市民による饅頭作りが始まった。

 

「すこやか饅頭、入荷しましたー!」

 

 やがてすこやか饅頭は大量に生産され、入荷したことで人々の手へと渡っていった。

 

「凄いね、皆の力であっという間に解決しちゃうんだもん」

 

「全く、すこやか市らしいな」

 

「どういうこと?」

 

「大昔……多分すこやか市って名称がまだない時から、トラブルに見舞われる度に皆で力を合わせてそれを乗り越えるっていう風習はあったらしい。だから、今みたいな事態を解消するなんてこの街の人にとっては容易いんだろう。要は、ここはそういう街だってことだ」

 

「そうなんだ……!」

 

 だからここの人達は笑顔の絶えない者ばかりだと周囲を見渡しながら説明する。それを聞いていたのどかは温泉や食べ物だけでなく、そういった人達のパワーを貰っているのかもしれないと強く感心していた。

 

「くちゅん!」

 

 そんな時、ラテが突然くしゃみをし始める。無論、メガビョーゲンが現れたということ。

 

『メガビョーゲン!!!』

 

 そう察知した時には、既にメガビョーゲンは一辺を荒らし尽くしている。僕はともかく、三人は変身しようにもヒーリングアニマルがいないとどうにもならない。

 

「のどか~!」

 

 そういう時に、僕達の背後からラビリン達が飛んでやってくる。抱えていた問題はすぐに解消された。

 

「皆!何処行ってたの?」

 

「え"っ!?い、今はそれより変身ラビ!」

 

 下手くそな誤魔化し方をするラビリンであったが、今は目の前の出来事に集中しなければ。僕達はすぐに変身を始める。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「ちーっすプリキュア!ご機嫌いかがっすか────」

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

「えっ、のわああぁ!!!」

 

 メガビョーゲンの足元に現れたバテテモーダに突然一点の光の矢が襲い掛かる。勿論、僕が仕掛けた技であるがバテテモーダは寸前の所で回避する。奴の声が気に食わないという簡素な理由で射たものの、結局は運良く直撃してくれなかったことにチッと苛立ちを覚えながら睨み付ける。

 

「ちょっ、いきなりはないっしょ!?」

 

「黙れ。そしてそこで指咥えて見ているんだな」

 

「おー怖い怖い。まっそんなんで引く自分じゃないっすけど。メガビョーゲン!」

 

 バテテモーダの合図と共に、メガビョーゲンは此方に突進してくる。扇風機のような形態とは裏腹に中々の瞬発力の持ち主であるが、軽々とジャンプして避けていく。

 

「メェェガァァー……!!」

 

「っ!掴まれ!」

 

 だが、その回避を読んでいたかのように今度は武器である両腕の扇風機を使って暴風を放ってくる。その動きを見た僕は巨大蛇の化身を発現させ、皆に早急に掴まるよう指示を出す。それぞれ頭部、胴体、尻尾へと掴まった。

 

「強い……!」

 

「もう無理~!」

 

「動けない~!」

 

「チッ……!」

 

 だが、その威力はやはりえげつない。一瞬でも腕を離せば吹き飛ばされてしまう程である。

 

『グゥゥゥゥゥ……!!』

 

 蛇も同様にメガビョーゲンの攻撃に苦しまれているものの、負けじと前進する。だが、その度に車輪のついた足でスルスルと後退しているおかげで距離が縮まっていない。

 

『ガアアァァァ!!!!!』

 

「え、ちょっと!?」

 

「うわあぁ!?」

 

 そのことについに痺れを切らした蛇は、尻尾や胴体にしがみついてるスパークルとグレースなどお構いなしに全身を使って薙ぎ払った。『堪忍袋の緒が切れる』とは正にこのことだろう。惜しくもメガビョーゲンには届いてはいなかったが、薙ぎ払ったことで舞い散る砂塵によってどうにか防御をしてみせた。

 

「えぇ!?あまりにも力技過ぎじゃないっすか!?」

 

 そして、吹っ飛ばされたことで目を回しながら宙に舞っているスパークルはその回転を利用してメガビョーゲンの頭部に踵落としを繰り出す。見事に直撃し、やがて気絶するように身体が崩れていく。

 

「「キュアスキャン!」」

 

 一方、グレースはキュアスキャンでメガビョーゲンの体内にいるエレメントさんを探っている。 

 

「風のエレメントさんラビ!」

 

「よし、すぐに終わらせてやる」

 

「そんなことさせない────」

 

 風のエレメントさんを探し当てたところで一気に浄化へと導かせすが、戦闘狂であるバテテモーダは当然許しはしない。技を繰り出そうとする僕を初めに此方に襲い掛かろうとする。 

 

「ダメ~!!」

 

 その直前、グレースはさせまいと両足でバテテモーダの顔面を思いきり蹴り飛ばした。

 

「此処は、すこやか市の皆んなが作り上げたお祭り会場なの!色んなトラブルにもめげずに歩んで来た、この街の元気が詰まってる!」

 

「そうよ、それを蝕むなんてわたし達が許さない!」

 

「えぇ〜?そこを何とか許して下さいよ〜」

 

「スパークル、前貰った雷のエレメントボトルを使うんだ」

 

「おっけ~!」

 

『雷のエレメント!』

 

 サッと体勢を立て直した怪物に、雷のエレメントをセットした状態で光線を放つ。いつものとは違った発生力と威力がメガビョーゲンを襲い、更に電撃によってビリビリに痺れさせるという追撃をも浴びせていった。

 

「捕らえた……!」

 

 

 

 

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)!』

 

 

 

 

 

「ヒーリングッバイ……」

 

 禍々しい光線でメガビョーゲンを包み込み、エレメントさんを強引に引き剥がすことでやがてすぐに浄化されていった。

 

「ふん。あんた達を叩きのめすのはまた今度にしておくっす!(あの野郎、一体何処で道草食ってるんだよ……!)」

 

 バテテモーダから何かぶつぶつと小声が聞こえたような気がしたが、取り敢えず一件落着となった。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

『それにしても、プリキュアに会えるなんて本当に久し振りです!』

 

「久し振りって?」

 

『わたしが前に会ったのは、ずっとずっと昔でしたから』

 

「それは伝説のプリキュア!のどか達の前のプリキュアラビ!」

 

 ラビリンが言うには、とある人間の少女が僕達の同じようにテアティーヌのパートナーのプリキュアとなってビョーゲンズに立ち向かったという。

 

『その女の子はこの街に住んでたんですよ』

 

「「「この街に!?」」」

 

『遥か昔、この土地に住む一人の少女が音楽を奏でることで、人間のみならず動物やエレメントの心と病を癒していたのです。その子が、貴方達の前のプリキュアです!』

 

「そうなんだ……!」

 

 話を聞いたのどかは空を見上げている。

 

「のどかっち?」

 

「あ、うん。それもすこやか市の元気の秘密なのかなぁって。私もいつかこんな風に、皆を元気にするプリキュアになりたいな」

 

 如何にものどからしい願望に、思わず微笑みが零れる。

 

「……何だ」

 

 と、その時にエレメントさんからまじまじと見つめられていることを感知する。何処か気味が悪いと思い、ついついぶっきらぼうに問うてしまう。

 

『いえ、ごめんなさい。前のプリキュアがいた時代にも貴方によく似た男の子がいまして』

 

「はあ……」

 

 正直、世界は無限と言える程に広いので誰かに似た人物なんて幾らでもいる。だから、どう反応すればいいか分からないでいた。エレメントさんは話を続ける。

 

『その男の子は、プリキュアと結ばれるはずだったんです』

 

「「「えっ!?」」」

 

「は?」

 

 ……別に驚くことでもなかったんだけど、三人が異様に驚愕するものだから思わず反応してしまった。

 

『原因は分からないのですが、ある時フッと糸が切れたように意識を失ってしまい、そのまま戻ることなく亡くなってしまったのです。少女は酷く悲しんでおりました』

 

 御伽噺に似ているような気がするが、不意に壮大な過去について話されると感情移入してしまう。特に三人は物凄く悲しげに、何故か僕の方を見つめていた。

 

「言っておくが、たまたまそいつがそうなってしまっただけで僕も同じ目に遭うなんてことはないから。そう易々と死なないからな」

 

「本当だよね?本当に結婚もしないし死なないよね……?」

 

「するか馬鹿!!」

 

 ただ結婚はさておき、プリキュアとして戦っている以上は全力でお手当しなければならない。特にあの男がいるからには相応の覚悟を決めなければ、僕達は勝てないのかもしれないのだから……。

 

 そんなことを考えていると、遠くからマイクの前で出しているであろう大声が響き渡る。

 

「あっ!始まっちゃったラビ!早く行くラビ!」

 

「何処に?」

 

 ラビリン達はやや大きめの用紙を取り出す。『大声コンテスト』と書かれたチラシを見せてきたが、これは毎年恒例のすこフェスの特大イベントである。

 

「コンテストの優勝商品はすこやか饅頭100個ラビ!」

 

「優勝頼んだぜ!」

 

「分かった」

 

「え?」

 

「やるぞ、お前達」

 

「「「えぇ〜〜!?」」」

 

 先程こいつらの姿が見えなかったのってこれに目をつけて僕達を参加させようとしていたからだろう。僕はこのイベントはあまり好きではないのだが……すこやか饅頭100個であればやる他あるまい。

 

 

 

 

 

「スマホ新しいの欲し〜〜い~~~!!!」

 

 

 

 

 

「沢泉の温泉最高〜~~!!!」

 

 

 

 

 

 ラビリン達の半強制+神医飛鳥の半強制によって参加することとなった大声コンテスト。ひなた、ちゆと行ってきてどちらも好成績を叩き出している。

 

「よし、これでいいだろう」

 

 そして次は僕の出番である。何を言えば良いか、物凄く悩んだ末にふと脳内に浮かんだ言葉を叫ぶことにした。

 三度くらい深呼吸をした後、大きく息を吸って……

 

 

 

 

 

「最近更新がノロすぎるぞこの愚作者がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 久々に長々と叫んだため、ぜぇ……ぜぇ……と息を切らす。結果は本日最高の声量だった。

 

「……どういうこと?」

 

「さあ?」

 

 周りからは伝わってはいないらしいが、これ以上踏み込むのはナンセンスであるのは確かだ。そもそも叫んだ本人も理解していないのだから誰も理解出来ないと思う。

 

 そして最後はのどかの出番だ。僕と同じく何度か深呼吸をすると、覚悟を決めたかのような表情へと変わった。

 

 

 

 

 

「私、すっっっっっごく…………

 

 

 

 

 

 生きてるって感じぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 この瞬間、すこやか市中に『生きてるって感じ』という言葉が市内放送の如く響き渡った。 

 

 

 

 

 

「ちょっと元気過ぎじゃん!」

 

「全くだぞのどか。ほら、喉の調子は大丈夫か?沢山水を飲んでおけ」

 

「う、うん。ありがとね飛鳥くん。今は大丈夫だから……!大丈夫だから無理矢理飲ませようとしないで~!!」

 

 僕達の目の前に置かれていたのはすこやか饅頭100個と優勝トロフィー。今年の大声コンテストはのどかの圧勝で幕を閉じた。

 

 あそこまでの声量はもはや人間の域を越えている。それ故に僕はのどかの体調を気遣っていたのだが、いつの間にかエスカレートしていたらしく最終的にちゆに両腕を掴んで止められていた。 

 

「それにしても、饅頭がいっぱいラビ……!」

 

「じゃあ頂くわね!」

 

「どうぞ召し上がれ!それにしても、この量食べ切れるかな?」

 

「ならその食べ切れなかった分は全部僕が頂こう」

 

「うん!た~んとお食べ~!」

 

「「(お母さん……?)」」

 

 優勝して独り占めするべき存在である今ののどかには、何故か母性が働いていたのだった。

 

 




花寺のどかはママだった…?

次回は後日談かアニメ通り喧嘩回になるかと思います。あれ、前もこんなこと言ったなあ?


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第17.5節 己の存在

今回はかなり短いです。ただここら辺で少しオリジナル要素を追加しておきたいなーと思ったので書きました。更新自体も頻度がめっちゃ低いせいか久しぶりにオリを書いた気がする。ちなみにキロン先生がメインとなっております(唐突)ちなみにクリスマスはどう過ごされましたか?(唐突2)


 ────禍津の蠍よ

 

 

 

 

 

 ────粛清は既に訪れた

 

 

 

 

 

 ────故に、星と共に散れ

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 私が再びこの地に訪れるのも、あの時以来だろうか。

 

 無論、当時は賑やかであったものの今のような奇抜な雰囲気を醸し出した街ではなかった。素朴で何もない、ただの小さな小さな村であった。

 

 そんな村でも民達は笑顔を絶やす者はいなかった。それも、あの少女がいたおかげだったからかもしれない。

 竪琴の音色を奏でることで村の民だけでなく、生き物やエレメントにも心と病を癒して救った一人の少女。彼女こそがすこやか市の根源であると言っても過言ではない女神のような存在だ。

 当然、私も同様に少女の奏でる音楽に魅了されていた。両親から愛情と繋がりを断ち切られた少年の頃の私にとっても正に癒し、救い、生きる意味を感じ取ることが出来たと実感していた。

 

 

 

 

 

 しかし、私はそんな"私"が嫌いだった。

 

 別に、特に深い意味はない。彼女の音色が癒しで救いであるならば勝手にそう思えば良い。ただ、それは『私は弱き人間である』と断言しているものだと思ったからだ。

 気に食わなかった。弱者に成り下がるばかりの私など私ではない。ただの生きる価値のないゴミであるという程に気に食わなかった。

 

 だから、私は────

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「おっと、すまないね」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

 通行人と肩がぶつかる。多少皺のある中年男性だ。悪気はなさそうですぐさま私に声掛けをしていたので、同じく現代風に変装したスーツの襟を正しながら返事を返す。常に悪事を働く者が不意に善事を働くというのはおかしな話だが、私という人物は彼らほど非道な性格の持ち主ではないのだろう。

 

 とはいえ、終わった嫌な出来事を無理に思い出したところで気分が悪くなるばかりだ。私がやるべきことはあのお方の命に尽くすのみ。再び足を進める。

 

 現在、すこやか市で行われているお祭りの中を巡っている。雷、風、水……様々なエレメントが辺りを飛び回っていて、実に蝕みがいがあると言える。

 

「さて、まずはどれから付き合ってもらい────うん?」

 

 キングビョーゲン様から授かったナノビョーゲンを発現する能力を発動しかけたところで手を止める。

 視界には街の者達が一致団結して土産を作り出す姿が映し出されている。その中には、私達の敵である四人のプリキュアもいた。

 

「すこやか饅頭、入荷しましたー!」

 

 やがて皆の作業が終わったのか、周りは何かを成し遂げたかのように安心の笑みを浮かべながら、作り上げた土産を次々と手に取っていく。

 私の脳内では、いつしか懐かしき記憶が自然に薄っすらと蘇ってくる。街の雰囲気はガラリと変われど、この地に住む人々の人柄は以前とほとんど何も変わっていない。そんな不思議な感覚が脳内に押し寄せてきていた。

 

「おや、見慣れない顔ね。観光客の方かしら?」

 

 不意に横から声を掛けられる。視線を送ると、老婆がベンチに座りながら此方の顔を伺っていた。

 

「……ええまあ、そんなところです」

 

 取り敢えず、流れに任せながら返事をする。

 

「すこやか市はね。ずーっと昔の、まだ名前がついていない頃からトラブルに見舞われる度に皆で協力して困難を乗り越えていたのよ。だから、今みたいな事態を解消するなんて皆で力を合わせれば何てこと無いのよ」

 

「そう、なんですね……」

 

 老婆は私にすこやか市のことをあれやこれやと語っていたことに、思わずぎこちない返事となってしまう。

 だが、先程蘇ってきた記憶……記録とも言うべきだろうか。次第に鮮明になってくる。虚ろであった私に手を差し伸べてくれた少女、支えてくれた村の者達、そして……

 

 

 

 

 

 矢で射抜かれた私の身体────

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 突然、頭痛と吐き気が波のように襲い掛かる。まるで悪夢でも見ているかのように酷く痛く、そして苦しい。

 

 私は一度この場から離れ、路地裏へと身を隠し片膝をつく。ハァ、ハァ……と昇る苦しみを、頭を片手で抱えながら呼吸を整えて抑える。そうして次第に気分が平常のものへと戻っていった。

 

 ……いい加減、思い出したくもない通り過ぎた過去のことなど考えるのはやめるべきですね。定かではないが、今の事態もあのお方への忠告なのかもしれない。『もう何も思い出すな』という注意喚起であるのだと悟る。

 

「くだらないことなど考えていないで、そろそろ主題へと戻りましょうか」

 

 そう言って、私はその場に潜んでいる風のエレメントへと鋭利な視線を向ける。メガビョーゲンを発現させてこの地をある程度蝕んでおかなければ。そういう思いで実行に移ろうとした時……

 

『メガビョーゲンッ!!!』

 

「……おやおや、取られてしまいました」

 

 どうやら後から来た幹部に先導されてしまったようだ。大方、誰かは想像はつくのだが……仕方ありませんね。共闘するのも一つの手ではありますが、今回は主導権を彼に譲ることに致しましょう。

 

「貴方の命、私の願いが叶うのであれば全力で尽くさせていただきますとも」

 

 

 

 

 

 ────やがて、男はこの地から姿を消していった。




何書いてんだこいつって自分でも思っちゃってるんですけど、現段階ではこれがある意味限界なわけなんです。取り敢えず適当な伏線張ってきやがったなと思っていただければと思います。

次回から本編に戻りますが、更新いつになるか分からないです…気長にお待ちください。言い訳すると年末も色々用事あるし、FGOの周回もボックスだしやらないとなのよ。ラムダ+キャストリアサンドで回しやすいっす


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第18節 初めての喧嘩(前)

明けましておめでとうございます(激遅)
結局、新年に村正を引くことが出来なかったので今年はあまり良い年にならなそうですw


「何でわざわざ僕が行かなくちゃいけないんだ……」

 

 時は遡ること一時間ほど前────

 

「ねーねー飛鳥、これ知ってるでしょ?」

 

 朝食を取っている僕に母さんが差し出してきたのは

 

『ハーブ専門店ハーブガーデン イベント開催中!』

 

 と書かれたチラシとスタンプカードのような厚紙だ。そのチラシにはマスコットキャラのラベンだるまちゃんがどでかく載っており、イベントに参加してスタンプを6個集めるとそいつが貰えるらしい。

 

「そんなのあったな」

 

「うん。でさぁ、私これすっごく欲しいのよね」

 

「そうなんだ」

 

「でもさ、仕事が忙しくてね~」

 

「そうだな」

 

「機会がないんだよねぇ~」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「分かれよ!!!!!」

 

「何を!?」

 

 途端に立ち上がり、テーブルをバンッ!と叩く母さんにビクッと身体を震わせつつ反動で零れかける味噌汁を抑えながら反応する。

 

「参加して取ってきてって頼んでんの!!!」

 

「嫌だ、行きたくない」

 

「即答!?何でよ!!!」

 

「……あそこ苦手なんだよ。それに、一日一回行くだけだろ?仕事の合間に行けばいいんじゃないのか?」

 

「合間なんてものがあったら最初から頼んでません~。お願い!その期間中はお小遣い増やすから!」

 

「金で交渉しようとするな。行きたくないものは行きたくない」

 

「や〜だ〜!!!」

 

 思いっきり泣かれてしまった。いつもは能天気というか、のほほんとした人なのだが、今はまるで子供のように愚図っている。前例がないことはないが、ここまで我儘を言ってくるのは初めてかもしれない。理由が物凄くくだらないけど。

 

「あー……取り敢えず落ち着いて────」

 

「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい」

 

「分かったようるさいな!」

 

 そんなこんなで結局僕が行くことになってしまったわけだ。

 

 そもそも、あのマスコットキャラって人形としてイベントの景品にするほど人気があるのかと疑問を浮かべてしまう。見た目の印象なんて人それぞれかもしれないが、あれを見て可愛いとか欲しいとか思うのは少数派ではないだろうか。そんなことを考えながら、やがてハーブガーデンへと到着する。

 

 ハーブガーデンはハーブティーに関連した物を売っている他に、ハーブ園もあって見学したりも出来る。しかし、辺りを見渡す限り人がいない。あまり人気はなさそうだが、取り敢えず中に入ってみる。

 

「あれ、飛鳥くんだ」

 

「……」

 

 どうせ誰もいないんだろうと思った矢先に、非常に見覚えのある先約がいた。

 

「何でいるんだ」

 

「えっとね、ラビリンが……」

 

「のどか……!」

 

「……ああ、成る程。僕とほとんど同じか」

 

 のどかが事情を説明しようとするのを止めに入るラビリン。僕が母さんに頼まれたのと同じように、のどかもラビリンに頼まれてやって来たのだろう。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 そんなやり取りをしていると、少しばかり声の高い男性の挨拶と同時に扉が開く。エプロンを付けた独特な雰囲気の人が中に入ってレジカウンターへと歩み寄る。恐らく……いや99%の確率で店長であることが分かる。

 

「良かった~。私は気に入ってるんだけど、この子あんまり人気なくて……。二人でも来てくれるのは嬉しいわ」

 

 やっぱり人気なかったのか……。取り敢えず、ここに来たことで店長自慢のハーブティーを飲めるらしいので、外で有難く頂戴する。

 

「ふわぁ、何か落ち着く」

 

「大人の味というか、僕達にこれは早いかもな」

 

「そんなことないわ。ラベンダーにはリラックス効果があるから、子供にも効果的よ」

 

 その効果はこのハーブの香りによって現れるのかもしれない。何となく多めに買って母さんに押し付けたいと思った。

 

 それから数日間、のどか達と共にハーブガーデンに通い続け見学などを行っていった。のどかが色んなものに触れて関心を示しているおかげか、次第に悪くない時間を過ごせていると感じるようになった。とはいえ、ぬいぐるみを貰った以降も通い続けるかと言われたら返答に困ってしまうが。

 

「ふわぁ、やったぁ!」

 

「二人共、スタンプ埋まったわね」

 

 やがてスタンプを全て集まり、店長はカウンターの中からガサゴソと取り出そうとする。その行動を見ているラビリンは期待に胸を膨らませていた。

 

「はい、ぬいぐるみをプレゼント」

 

「ふわぁ~」

 

 ぬいぐるみをのどかと僕のそれぞれ一つずつそのまま渡されると、ようやく手に入れることが出来たというようにのどかは感激していた。枕に出来る程のサイズと想像していたのより大きかったものの、普通に持ち帰れる。ただ、

 

「これ持ち歩いて帰らなきゃいけないのか……」

 

 袋もなしとなると少し周りの目を気にしてしまうな。まあしかし、のどかも同じ状況である為に多少は問題なさそうだ。ラビリンが大事そうに抱えるのとは反対にぬいぐるみの頭をガシッと掴みながら帰路に着く。外はすっかり日が沈んでいた。

 

「のどか、ありがとうラビ」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。すっかり愛着湧いちゃったし、それに初めてだったんだ。友達と一つのことで夢中になれるのって」

 

 やはり初めての経験は誰でも新鮮なものだと感じるのだろう。先程も言ったが、僕も昨日ハーブを買い占めたこともあって割と新鮮と言うか有意義な時間を過ごせたと思う。当分は行くことはないと思うけど。

 

「おーい!」

 

 夕陽の向こうから此方を呼ぶ声が聞こえる。ツインテールの少女、その隣を飛び回る猫とはたまた非常に見覚えのある人物の人影が映し出されていた。

 

「お買い物に行ってきたの?」

 

「うん。ちょっとゆめポートにね」

 

「ん?飛鳥とラビリン何持って……」

 

「親の依頼だ。決して僕が欲しかったとかじゃないからな。次同じこと言わせたらただじゃおかないぞこのクソ猫が」

 

「まだ何も言ってねぇだろ!?」

 

 こいつらには問われる前にキツく忠告しないと気が済まない。一言一句からかいの言葉を言わせない為である。

 ニャトランの言葉に、のどかは自慢げにラビリンの持っていたぬいぐるみを手に取って見せつけていた。

 

「今日一緒にイベントに行って、貰ってきたんだ~!」

 

「あ!あのダサいだるまじゃん!」

 

「あ、ち、ちがっ……違うラビ」

 

「どうしたの?」

 

 先程とは打って変わって、顔を赤くして俯きながら否定するラビリンにのどかは少々困惑しながら問いかける。

 

「ラビリンこの前はあんなこと言ってたのに、ハマったのか……?」

 

「ラビリンは……ラビリンは……こんなの好きじゃないラビ!」

 

 そう叫びながら、手にしていたぬいぐるみを勢い良く投げ捨てたことに僕達は動揺を隠せなかった。のどかはそれを両手で拾い上げると、不満の感情を露わにする。

 

「何するのラビリン!?」

 

「ラビリンは別にそんなの欲しくなかったラビ!」

 

「どうしてそんな嘘つくの!?」

 

「嘘じゃないラビ!」

 

「嘘だよ!私あんなに楽しかったのに!何でそんな酷いこと言うの!?」

 

「酷いのはのどかの方ラビ!ラビリンは嫌だったのに!」

 

「何が!」

 

「言いたくないラビ!」

 

「それじゃ分からないよ!」

 

 徐々に話……もはや口喧嘩の領域へとヒートアップしてしまっているが、流石に止めるべきだろう。一度お互いに状況の整理をしなければならないと思い、二人の間に割って入る。

 

「おい、一回落ち着け。こんなんじゃ一向に話が進まない」

 

「うぅ……もう放っといてラビ!」

 

 感情が抑えられなくなったラビリンは、そのまま何処かへと飛び去ってしまった。

 当然、僕やひなたなんかはあまりに突然の出来事であった為にその場で立ち竦んでいた。一方、のどかはラビリンが遠ざかっていく姿を少しばかり身体を震わせ、ぬいぐるみを両腕で抱き締めながら真っ直ぐ見つめている。

 

「あー、俺、ちょっとからかい過ぎちまったかな……?」

 

「のどかっち、大丈夫?」

 

 ひなたが寄り添って優しく声を掛けるが、小さく頷く程度で反応はなし。しかし、その表情は泣きそうになるのを堪えているかのように頬を赤く火照らせていた。

 

「……取り敢えず、今日はもう帰るぞ」

 

 僕の提案にひなた達は賛同するとそれぞれの帰路に着き、分かれ道でひなたとニャトランに別れを告げる。のどかも小さい声ではあるが、笑顔で手を振りながら「バイバイ」と挨拶を返していた。こうして共に肩を並べて歩くのはのどかのみとなる。

 

 しばらく沈黙の時間が続く。こういう時は励ましでもすれば良いのだろうか、または適当に世間話を垂れ流せば良いだろうか、そもそも黙っておくべきなのか等々あまり人付き合いが得意ではない僕にとっては苦渋の選択であった。

 

「……初めて」

 

 そんなことを考えていると、突如のどかがぽつりと呟く。

 

「初めてかも、こんな気持ち。体調悪いわけじゃないのに凄いモヤモヤする」

 

 そう言いながら、のどかはぬいぐるみに顔を埋める。

 

「私、友達と初めて喧嘩しちゃった……」

 

 まるで失敗して飼い主に叱られるペットのような罪悪感を露わにしているが、意図的にやった行為ではないことは良く分かる。ただ愛らしい物を手に入れたことを自慢したかったのが運悪く裏目に出てしまっただけ。言ってしまえば、些細な喧嘩だ。それでも誰かを傷つけてしまったことに変わりはないと複雑な感情を抱いている彼女が、何処か────。

 

「へ……?」

 

「……あっ、悪い」

 

 いつの間にか僕の手がのどかの頭に置かれていたのに気付き、サッと引っ込める。

 こればかりは本当に申し訳ないと思っている。彼女自身は酷く落ち込んでいるというのに、無意識に異性に頭を撫でられるなんて堪ったもんじゃない。お互いに気まずい雰囲気を醸し出しながら、僕は口を挟む。

 

「えーっと、まあ、何だ。確かに喧嘩にまで発展したのは想定外だったが、あいつも悪気があってやったんじゃないだろうし、お前もそうじゃないだろ?しっかり話し合って仲直りすればすぐに解決出来ると思うぞ」

 

 以前にも喧嘩ではないが、多少のぶつかり合いがあったもののすぐに解決出来ていた。今回もその時とほとんど同じように、互いの思いを理解出来ていなかったが故の事故だろう。励ませているのかは分からないけど、今回のことで思ったことをのどかに告げる。

 

「うん、ありがとう。またラビリンと仲良くなれるように頑張る」

 

「……僕と比べれば本当にちっぽけなものだ」

 

「え……?」

 

「ん?あぁ、いや、ただの独り言だ」

 

 そうして気が付けば僕の家の前まで到着していた。ここでのどかとはお別れになる。

 

「じゃあ、またね」

 

「ん、また明日」

 

 互いに別れの言葉を告げると、僕は家の中へと入っていった。

 

 




今回は少々短めでございます。少々中途半端だけどAパートとBパートに分けました。

話は変わりますが、先日仲良くさせていただいているハーメルン作者の方の小説に評価バーがついたんですよ。あれって5人の読者に評価してくれたら表示されるらしいですね。それで、今この小説あと一人で評価バーつくんです…。

何方か、もしこんな更新めちゃくちゃ遅い作品に評価をつけてくれる心優しい読者様がおられましたら、どんな評価でも歓迎ですのでよろしくお願いします!また評価をつけていただいた方、感想やお気に入りをしてくれた方はいつもご愛顧ありがとうございます。これからも気長にご期待くださいませ!


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第19節 初めての喧嘩(後)

カレン出ねぇ!なぎこ出ねぇ!今年は☆5が誰も来ねぇ!(吉○三風)

まさか是非評価してくださいって呼び掛けただけで多くの方にしてくれるとは思わなんだ。おかげで評価バーも付きました!本当にありがとうございます!ヒープリも終わって今週からトロプリが始まる訳ですが、こちらも動かしていく予定ですし、また新作の方も知り合いが書くらしいのでもしかしたら…でも怠け者の作者なのであまり期待はなさらぬように(そもそもいない)

そんな訳でこれからもよろしくお願いします!


 ~翌日の放課後~

 

 一日の学校生活が終わり、僕ら生徒はそれぞれ帰宅や部活に行ったりしている。あれから丸一日が経とうとしているが、のどかの表情は未だ曇っており元気のない様子を見せていた。

 

「昨日のこと、聞いたわ。ラビリンはきっとそのダルマを好きなんだって、ニャトラン達に知られることが嫌だったんでしょうね」

 

 そんな彼女を隣で見ていたちゆは、僕やひなたに昨日起こった出来事について尋ねていた。当然、僕は事の発端から洗いざらい話した。大方は察してくれたようで、ラビリンはこう思っていたんじゃないかと自分の思うことを話していた。

 

「のどかっち、別に悪くないし。好きなものは好きって言いたいじゃん?」

 

「そうね。多分、どちらが間違ってるって話じゃないのよ」

 

 二人の言う通り、どちらが悪いというわけでもなく寧ろどちらも悪くはない。ラビリンの誰にも知られたくないという感情は誰にだってあるものだし、のどかの行動も悪気のない本心のものだ。だからこそ、あの時どうしてあげれば良かったのだろうと罪悪感なるものを感じてしまう。あっちにもそんな思いを抱いていると信じたいところだがな。

 

「みんな──!!」

 

「メガビョーゲンが現れたぞ!!」

 

 空から二匹のヒーリングアニマルが声を上げながら飛んでくる。どうしてビョーゲンズはいつも複雑な状況に陥っているところを付け込むようにやってくるのだろうか。敵なんだからそれが普通か。

 

 しかし約一匹、ラビリンの姿が見当たらない。僕はさておき、ちゆやひなたのパートナーは駆けつけた一方でのどかのパートナーが来ていない。

 

「ラビリンは……?」

 

「あいつはラテ様の側についてる! あのハーブ園だ! 急げ!!」

 

 ニャトラン達が向かう方向へ僕達も走る。その後ろを、のどかが何とも言えない表情でついてきていた。

 

「ラテ様ー!!」

 

「ラビリン!!」

 

 やがて合流すると、目の前にはティーポットの形をしたメガビョーゲンの姿が。

 

「行くわよ!」

 

 ちゆとひなたはそれぞれのパートナーと顔を見合わせる。

 

「ラテ、もう少し我慢してね」

 

 一方で、のどかは体調が悪化傾向にあるラテの心配をした後に遅れるようにラビリンと顔を見合わせた。

 

「……行こう!」

 

「ラビ……!」

 

 

 

 

 

 

「「「スタート!!」」」

 

「「「プリキュア、オペレーション!!」」」

 

「「「キュアタッチ!!」」」

 

「きゃあ!!」

 

「うあぁ!!」

 

 突然、のどかのヒーリングステッキから黒い稲妻が放たれ弾き飛ばされる。僕は変身の最中に横目で目撃していたが、他の二人は気付くことなく変身を続けている。

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス。さて、オペを始めようか」 

 

 

 

 

 

「ここから離れてください!」

 

 変身を終えると、フォンテーヌはハーブガーデンの店長に声掛けをして安全な場所へと非難させる。

 

「あれ、グレースは?」

 

 ようやくグレースがいないことに気付いたスパークルはキョロキョロと辺りを見回す。のどか達は茂みの側に隠れて事態に困惑していた。

 

「変身……できない……?」

 

「どうしてラビ……!?」

 

 まるで二人の変身を拒むように放たれた黒の雷。ビョーゲンズの攻撃かに思われたが、そもそもそんな攻撃があれば初めからやっているはず。

 

「ここはあたし達でやるから!」

 

「皆はこの場から離れて!」

 

 とにかく、今回のグレースは戦線離脱とした方が良さそうだ。メガビョーゲンに着々とダメージを与えながら、のどか達に告げる。

 

「今日は三人だけなんだね」

 

「良かったな、邪魔者が一人いなくなって。いや、それとも寂しいのか?じゃなかったらわざわざ気に掛けたりしないもんなァ」

 

「……お前みたいな奴がいないのが一番嬉しかったんだけど、まあいいや」

 

 僕の言葉に、柵に腰掛けていたダルイゼンが睨み付ける。奴の表情が僕からだと寂しげなものに映ったので少しからかってみたんだが、やり過ぎただろうか。

 

 メガビョーゲンは蓋となっている頭部を飛ばして攻撃してくる。真正面からの攻撃なので楽々と避けれたものの、今度はブーメランのように回転して此方に接近する。一瞬の隙も与えさせないつもりである。

 ただそれは此方としても同じことだ。避けた隙を突かれたフォンテーヌの手をスパークルが掴んで投げ飛ばすとヒーリングステッキからメガビョーゲン目掛けて青の光線を放ってみせた。

 

 戦いが順調に進んでいる一方で、僕は向こうを見つめる。変身出来ないでいるのどか達をラテが仲裁に入ろうとしていた。

 以前のことを思い返す。学校にいた時はラビリン不在でニャトランと変身しようと試みたが失敗。心が通じ合う者がいないと変身不可能ということが分かった。今回もその心の通じ合いの関係で変身が出来ないといった理由なのだろう。力が薄れていっているので、取り戻すには仲直りしかなさそうだ。

 

「「……」」

 

 しかし、お互いに何も言わず気まずい雰囲気を出している。中々自分からは言い出せないようだ。

 

「わん!」

 

「「はいぃ!」」

 

 そんな二人にラテは体調が悪化しながらも不機嫌な表情を見せ、喝を一つ入れる。いつも上機嫌で子供っぽいが、今だけは大人の対応をしてみせた。

 

「……ごめんね」

 

 深呼吸を一つ整えてから、のどかが先に告げる。

 

「何でのどかが謝るラビ……?」

 

「ラビリンの気持ち、分かってなくて」

 

 罪悪感なのか、ラビリンはこの場から離れようとする。しかし、ラテにそれを許さないと睨み付けられながら道を塞がれたので観念してのどかの方へと振り向く。

 

「のどかは全然悪くないラビ。言ってもないのに勝手に分かってもらった気になって一人で勝手にムカッとしたラビリンが悪いラビ。なのにのどかに謝らせちゃって……ごめんなさいラビ!のどかはもうラビリンのこと嫌いになったかもって思ったらずっと言えなくて、凄く苦しかったラビ……!」

 

「私もだよ。喧嘩した時よりも、その後ずっと一人で悩んでた夜の方が辛くて嫌だった。でも嫌いになんかなる訳ないじゃん!ラビリンとずっと友達でいたいもん!」

 

 のどかの"本音"にグッと涙を堪えようとするラビリンだが、もはや意味がなくポロポロと零れていく。結局、お互いに別離する意思なんて持ってはおらず再び心を重ね合わせて変身する条件を手に入れた。逆に別離なんてされたら誰も得はしないし、ただ苦しいままで終わってしまう。自分が望まない選択は決してしないはずだ。

 

「全く、出来るなら最初からやっておけ。患者に無駄な心配を掛けさせるな」

 

 そう言いながら、草むらに転がっているヒーリングステッキを拾い上げ、のどかに渡す。ちなみに、その直前に良くやったとラテの頭を撫でたらとてつもなく上機嫌になってくれたのはここだけの話である。

 

「お手当て、再開するぞ」

 

「……うん!」

 

 ステッキを受け取り、今度こそパートナーと共に変身を試みる。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

 案の定、大成功を成し遂げた。

 

 一方で、フォンテーヌとスパークルのオーバーヘッドキックによってメガビョーゲンの頭部は大ダメージを喰らい気絶していた。キュアスキャンによれば、体内に葉っぱのエレメントさんがいるとのこと。

 

「まあ、変身出来るようになったは良いが残念ながら今回も僕が片付けさせてもら────うん?」

 

 そう言って技の威力を高めようとしたところに、何処かただならぬ視線を感じる。グレースが気に食わないといった感じのジトッとした目で僕を見つめていた。

 

「……何だ」

 

「何だじゃないラビ!どうして手柄を横取りしようとするラビ!?ここはグレースがカッコよく遅れて入ってきてカッコよく三人でヒーリングオアシスで浄化するっていう展開だって決まってるラビ!!」

 

「そうだそうだ!」

 

「……は?」

 

 二人が何を言っているのかさっぱり分からなかった。手柄も何も手っ取り早い選択をしたはずなのだが、何故怒られたのだろうか。しかもいつの間にか三人揃ってヒーリングオアシス打とうとしてるし。

 

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

 

 

 

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

 

 

「「「お大事に」」」

 

 さりげなくグレースも肯定してたし、何処まで仲良しなんだか。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 それまた数日後、いつものように夕飯の食材調達に足を運んでいると公園のブランコに腰掛けているのどか達の姿があった。そして二人が抱えているのは、二つのぬいぐるみだった。

 

「また回ったのか」

 

「うん、ラビリンの分までね」

 

「これで大満足ラビ」

 

 あの頃とは違って今はすっかり元通りの仲の良さを魅せる。その後に、のどかがぽつりと呟く。

 

「ねえ、喧嘩しないで済む方法ってないのかな?」

 

「そんなことが分かったら苦労しない」

 

「そうだよねぇ……」

 

「でも仲直りの方法はあるラビ」

 

「じゃあいっか!」

 

 中々適当に解決した。しかし、そう考えるのが妥当なのかもしれない。どちらかが悪かったと思えば謝る。確かにそれだけで済む話だろう……程度によってはだけど。

 

「羨ましいな、僕にも教えて欲しいくらいだ」

 

 そう皮肉混じりに言い残した僕は、「それじゃ」と別れの挨拶をしてこの場を去ろうとする。

 

「あの……!」

 

 しかし、その背後でのどかがブランコから立ち上がる。何かを決意したかのように少々甲高い声で呼び止められると、背を向けたまま立ち止まる。

 

「えっと、言いたくなかったら言わなくても大丈夫なんだけど……飛鳥くんって、お父さんと上手くいってないのかなって」

 

 あまりにも意外な問いかけに目を見開く。すこフェスの時にあの人と話をしたと聞いて食いついていたことが気になっていたのだろうか。まさか彼女に問われるとは思わず驚きを隠せないでいるが、また誰かと深く接することがあるならば話す時はあるかもしれないし、それが今なのかもしれない。

 

 

 

 

 

『助けてよ……裕也を助けてよぉ!!」

 

 

 

 

 

『何でもう助からないなんて言うんだよ……!」

 

 

 

 

 

『父さんなんか……お前なんか───』

 

 

 

 

 

 数年前に放った僕の言葉を脳内に響き渡らせながら、ゆっくりとのどかの方へ振り向く。

 

 

 

 

 

「あいつは、僕の"親友"を死なせた人殺しのクズだ」

 

 

 

 

 




元々ここら辺でオリジナル展開を出そうという予定だったんですが、こんな感じだったっけな…。それに加えてタグをいじる予定だったんですが、こんな感じだったっけな……。まあいっかぁ!(良くない)


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第20節 永遠の誓い

『永遠の大樹』

 

 その木の下で友情を誓い合った友達は永遠でいられるという伝説がある。

 

「そんな伝説があるなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」

 

「伝説というか、噂だろ」

 

「まあそうね。私も小さい頃に一度行ったきりだし」

 

「それに、今更誓い合わなくてもあたし達とっくに親友だし?仲間だし?」

 

「それはそうだけど、大樹に誓うなんて絶対にやってみたいよ!」

 

 学校で話してから、のどかはずっとこんな調子だ。確かに他から来た人が永遠の大樹なんて耳にしたらなんじゃそりゃとなるのは分からなくもないが、ここまで興味を示すとは思わなかった。

 ルンルンと気分よく歩くのどかを先頭に進んでいくと、やがて見える永遠の大樹。

 

「これが永遠の大樹?」

 

 しかし想像していた物とは全く違い、木の幹から上が切断されている。『大樹』という名称の輝きは失われ、正に虚しい物と化していた。

 

「そいつはもう寿命なのさ」

 

 一人の男がそう言いながら此方に歩いてくる。彼が言うには、先日の暴風雨で枝の部分が見事にへし折られたという。『とどめを刺された』と言っていた辺り、いつやられてもおかしくない程に衰弱していたのだろう。

 

「近い内に役所の連中が切り倒しに来るそうだ。永遠の友情を誓いに来たのか?」

 

「はい」

 

「無駄足だったな。ご覧の通り、この木は終わりかけのつまらん木だ」

 

 そうして男はこの場を立ち去る。

 

「永遠なんて信じるな」

 

 人生の先輩としての一言を吐き捨てながら。

 

「何か感じ悪〜」

 

「どうする?友情の誓いする?」

 

 ちゆが尋ねるが反応がない。ただただ、ぼうっと大樹を眺めていた。

 

「どうした?」

 

「あのお爺さん、凄く哀しい目をして大樹を見てた。この木に何か思い入れがあるんじゃないかな?」

 

「それなら、エレメントさんが何か知ってるかも知れないラビ」

 

 三人は一斉に聴診器を使って大樹へと向ける。一方で、僕は聴診器代わりに杖の先端を向ける。やがて大樹の幹から一匹の木のエレメントさんが現れた。

 

「聞きたい事があるんだニャ」

 

「さっきのお爺さんの事何だけど」

 

『皆さん、わたしのお願いを聞いては貰えませんか?』

 

「ラビ?」

 

 次々と頼みを告げようとすると、今度は木のエレメントさん側から頼みを告げられる。

 昔,数十年も前に男性2人と女性1人の3人組が僕達のように永遠の友情を誓いに訪れたという。しかし、ある日を堺にいつしかこの大樹に訪れる人物はたった一人の老人のみとなってしまった。それが、先程僕らを追っ払おうとしていた哲也と言う人物だそうだ。

 

『日出夫さんと史さんを探して、此処に連れて来て欲しいのです。この木はもうすぐ切り倒されてしまいます。この機会を逃したら、あの3人はきっと2度と……』

 

「いや、連れてこいと言われてもな……」

 

『手掛かりならあります。あの頃3人は、純と言う名前の喫茶店によく通っていたそうです』

 

「分かった。私探してみる!」

 

 などと、のどかはすぐさま行動に移そうとしていたが、僕はそれには反対の意を示した。

 

「探すなんてそんな簡単な話じゃないし、そもそも部外者が入り込んでいい事じゃないだろ。ただその人達の迷惑になるだけだ」

 

「でも、永遠を誓い合った友達がバラバラになっちゃうなんて悲し過ぎるよ!でしょ?」

 

「そうね……ひなた、何か分かる?」

 

「待ってね~……あった!」

 

 しかし、のどかの意見にちゆもひなたも好意的だった。

 ちゆはひなたに例の喫茶店の情報を求め、ひなたはスマホを取り出して調べていく。別に彼らを思っての行動なのは悪くはないことなのだが、それは随分前の出来事のはずだ。それを他者が首を突っ込むのは如何程かと思ってしまう。それでも木のエレメントさんもあって見過ごせないお人好しな三人の姿に、僕は思わず溜め息を一つ吐いた。

 

「……後で怒られても知らないからな」

 

 そんなことを言いながらも、結局後を追おうとしている自分も十分なお人好しなんだろうな……。

 

 

 

 

 

 ──────────ー

 

 

 

 

 

 しばらくして、『喫茶 純』を発見するとすぐに中へと入っていく。店内には客は入っておらず、一人の女性店員がテーブルの掃除をしていた。

 

 それぞれ席に腰掛けると、メニューを手に取って注文する。ひなただけ謎に詰まったものの揃って注文した飲み物がやってくると、ちゆが本題に入ろうと店員に尋ねた。

 

「お仕事中にすみません。ちょっと伺いたい事があるんです。日出夫さんと史さんと言う方をご存知ありませんか?」

 

「3人組で50年前良くこのお店に通っていた人達なんですけど……いつ頃まで来ていたとか、そういうちょっとした情報でも良いんです」

 

「50年前か、それって先代のマスターの時代だし……」

 

 加えてのどかも尋ねるも、流石に大昔の話では情報は得られそうにもなかった。女性店員は大人びた雰囲気を出しているが、20代ほどの若々しい顔立ちをしているので、そんな人が50年前のことなど知る由も無いだろう。のどか達もそこには現実を見たようで落胆している。

 

「でも、そのお二人なら」

 

 と、店員が何かを言いかけた瞬間に『チリンチリン』と扉の開く音と共に店内のベルの音が鳴り響く。来店してきたのは眼鏡の男性と長髪の女性の二人。

 

「日出夫さん、史さん、毎度」

 

「「「えーっ!?」」」

 

 その人達がちょうど探し人であったことに三人は思わず驚きの声を上げる。50年経った今でもこの喫茶店に訪れているのだから無理もない。しばらく唖然としていたものの、そうしている訳にもいかないとのどかはすぐに二人に事情を洗いざらい伝える。

 

「彼があの樹の下で私達を?」

 

「はい!」

 

「哲也に頼まれて来たんだね?」

 

「へ?あっ、え~と……」

 

「そこはまぁ色々複雑があって~、あはは……」

 

『木のエレメントさんからの頼み』だなんて言えるわけもいかず、言葉を詰まらせるのどかをひなたが適当に誤魔化してフォローを入れる。

 

「あの、大樹まで行って貰えませんか?」

 

 そして、のどかが頼みの言葉を告げるも2人は何も応えずに黙ったまま俯くだけであった。

 その姿を何気なく凝視していると、思わず驚愕した。史さんの左手の薬指に指輪がはめられているのが見えたからだ。一方で、日出夫さんにも同じ物且つ同じ位置にあった。ちゆもそれに気付き驚いていたが、そんな表情を不意に史さんに見られたのですぐに僕は目を逸らしてしまう。やがて、ちゆが史さんに会釈をして謝罪しているのに続いて頭を下げた。

 

「今になって思えば、実にちっぽけな事が原因だった。でも、あの頃の私達にとっては本当に、本当に深刻な問題だった……」

 

「何で!?大昔の話じゃん!」

 

「生きるという事は変わっていく事なの。今更顔を合わせても、私達もう話す事なんて何も無いわ」

 

 実に大人としての意見というか、またも人生の先輩に助言を貰ったみたいで何も言えなかった。

 

 

 

 こうして二人を連れて行くことに失敗した僕達は再び大樹へと足を運ぶ。すると、そこには一人の老人────哲也さんの姿があった。見つけたのどかは彼の方へと詰め寄っていく。

 

「お嬢ちゃん?」

 

「2人は喫茶純に居ます!2時頃にいつも来てるんです!だから!」

 

「……藪から棒に何を?」

 

「だから会いに行って下さい!そうすれば、そうすればきっと……!」

 

 などと、必死に説得するもやはり哲也さんには届かない。

 

「40年ぶりにこの街へ帰って来た。時期にまた街を出る。此処にはもう戻らん。だからいいんだ、終わったことだ」

 

「だったら!どうして毎日此処に来てるんですか!約束を信じてたからでしょ?永遠の友情を信じているからでしょ?」

 

 そして哲也さんは何も理由を述べることなくこの場を去って行った。だが、以前のような不機嫌な表情ではなく何処か悲しい目をしているようにも見えた。

 

「私怖いんだ。いつか私達も友達でいられなくなっちゃう日が来るんじゃないかって。私、皆と友達じゃなくなるの、辛くて……」

 

 俯きながら声を震わせて放った言葉は、実に彼女らしくないものだった。それも、哲也さん達に受け入れてくれないことによるものなのか。あるいは『あの時』の僕の発言も相まってのものだろうか。

 

 

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 

 

 

『あいつは、僕の親友を死なせた人殺しのクズだ』

 

 先日、僕はそんな言葉をのどかにぶつけた。

 初めてのことだった。今まで知り合いの誰一人として話したことがなかったので、多少の抵抗はあった。しかし、のどかに問いかけられた時点で頃合いはここしかないと思った。

 

「それってどういう……」

 

「小5の頃、僕の親友がトラックに跳ねられてな。急いで救急車を呼んで、迎えが来る間に意識を失ったあいつに心臓マッサージを繰り返した。だがいつになっても来なかった。やがてようやく来たと思ったら、命を助けようとする素振りすら見せずに彼は死んだと断言した。もし早く来て入れば、助かる余地はあったというのに……!」

 

『経緯がどうであれ、どの道彼は亡くなっていた』

 

 そんなことを易々と言われた瞬間、とてつもない憎しみと怒りが押し寄せていた。誰かの命を助けることが仕事であるはずの医師の行動が、僕には理解出来なかった。それから、僕と父親は口を利かなくなった。もう一つ大きな原因があったが、これは別に言う必要もない。

 

 ついでに、今まで仲の良かった友人達とも縁を切った。再び誰かがいなくなるかもしれないという恐怖でいたたまれなかったからだ。別に友人なんかいなくてもどうにかなると思っていた。

 

「でも安心しろ。別にお前達は例外。プリキュアになってからはほんの少しだけ気が変わった」

 

「飛鳥くん……」

 

「……まあ、いつまで続くかは分からないがな」

 

 そう言って微笑みを溢す。のどかからは僕の表情はどう見えているのだろうか。その後、「それじゃ」と言葉を残してこの場を去った。

 

 

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 

 

 

「じゃあさ!誓おうよ!」

 

 先日のことを思い出していると、唐突にひなたが言った。ちゆもそれに同意すると、二人で手を差し出して重ねる。初めはほんの少しだけ戸惑っていたのどかだったが、次第に笑みを浮かべ同じように手を重ねた。

 僕も同じく……なんてことは出来なかった。

 

「……僕は良い。お前達で勝手にやってろ」

 

 そう言って三人から視線を逸らし、僕を置いてやるように促す。

 誓ったところで本当に実現出来るなら、とっくに何度でも誓っている。僕も哲也さんと同じ、永遠を信じない側の人間なんだろう。

 

「えっ」

 

 だがその時、思わず変な声が漏れる。

 のどかは此方に寄り添うと、何も言わずに僕の手を両手で優しく包み込むように握った。

 どういう意図での行動かは分からない。けど、そこにはどうしても四人で誓いたいという思いが僅かに感じられた。

 

「飛鳥くんも、一緒に誓おう?」

 

「……分かったよ」

 

 彼女の微笑みにすんなりと分からされてしまう。押しに弱い僕も大概だけど、グイグイ押してくるのにはどうにかして欲しいものだ。自身の手を二人の手の上に置き、その上にのどかが手を置いた。

 

「わたし、花寺のどかは大樹に誓います」

 

「沢泉ちゆは誓います」

 

「平光ひなたは誓います」

 

「……誓います。神医飛鳥は」

 

 

 

「「「「「永遠に友達でいる事を」」」」」 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 寂しさを感じる程に涼しい夜の時間。

 もはや死にかけである大樹に寄りかかっていると、その近くには一人の男が立っていた。

 

「くっ……!」

 

 哲也という人物だった。朝も昼も夜も、時間があれば何度も大樹を見にやってきている。

 それも、自身の気を和らげる為に。先日、過去の友人がここに来ていると伝えられてからは、いつもより立ち寄る回数が多くなっていた。

 

「いや、もう終わったことだ。終わったことなんだ……!」

 

「では、本当に終わらせてあげましょうか?」

 

「っ!?」

 

 何処か納得出来ない様子の哲也に、私は声を掛けて近寄っていく。

 

「誰だ……!」

 

「おっと、そこまで警戒なさらずに。私は貴方を導くものなんですから」

 

「俺を、導く……?」

 

「ええ、例えばこんな風に……」

 

 

 

「進化しなさい、ナノビョーゲン」

 

 

 

 

「なっ!おい待て、何する気だ!?」

 

 大樹に向けてナノビョーゲンを放とうとする私を、哲也は必死に呼び止める。

 

「大樹に新たな生命を宿らせようとしているんです。こんなの、もはや死んでいるでしょう?」

 

「やめろ!その大樹に手を出すんじゃない!」

 

「……ほう」

 

「っ!」

 

 ナノビョーゲンを放とうとかざした手を下ろす。すると、禍々しい結晶を取り出して哲也の方へと向ける。

 

「何が何でも好き勝手させはしない、と。余程好んでいるんですね。貴方は面白い人だ」

 

「止めてください!」

 

 刹那、甲高い声が脳内に響き渡る。

 

「木のエレメント……」

 

 それは、大樹の中で眠っていた木のエレメントだった。

 怒りの表情を浮かべながら、私の瞳をジッと見つめている。

 

『今すぐその手を下ろしてください。無抵抗な人間を襲うものなら、私は許しません。貴方はそんなことをする人じゃなかったはずです』

 

「お前……私の何を知っている」

 

『ええ知っていますとも、"キロン様"。私は貴方のことを、ずっと見てきているのですから』

 

 自身の名を呼ばれた瞬間、私は思わず目を見開いてしまう。

 

 私をずっと見てきた者、ということは私が何者なのかは存じているはず。となれば、早急に排除する他ない。そう思い、結晶を持つ手と反対の手でナノビョーゲンを放とうとかざす。

 

 だが、どういうわけか私の手は小刻みに震えていた。怖がっても、恐れてもいないはずなのに何故戸惑っている。何を戸惑っているのか分からない。だが、私の手は今から起こす行動を拒んでいる。ナノビョーゲンを放とうにも出来ないのであった。

 

「……失礼。急用を思い出したので、私はこれで」

 

 これ以上、無理に力を使うのは良くない。

 そう決心した私は手を下ろすと、哲也に挨拶をしてこの場から立ち去ることにした。

 

「な、何だったんだ。あいつは……」

 

 ……思い違いだろうか。この世界に訪れてから、何かがおかしくなってきているようでならない。まるで私が私でなくなってきているような感覚だ。

 

 哲也の言う通り、私は一体何なのでしょうね。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

「永遠の大樹をありがとうフェス?」

 

 翌日の昼休み、ひなたから渡された紙に大きく記されていた。

 

「すこやか市の永遠の大樹を見守り続けてきた大樹に、町の皆でありがとうとさようならを伝えるイベントをやろって話になってね!」

 

 担任からはこの企画を了承を得たとのこと。大変な作業になるかもしれないと言われたが、そこはちゃんと理解しているようだ。

 

「あの人達の為にか」

 

「うん。やっぱり会わせてあげたいから」

 

 やはりまだ諦めきれていないようだ。先日、あれだけ哲也さんに永遠であること、友情を持つこと故の現実を突き詰められたはずなのに。

 

「それで、僕は何をすればいい」

 

「えっ、手伝ってくれるの!?」

 

「いや、普通に考えて三人でやっていける作業量じゃないだろ」

 

 決して学校のイベントなんかではなく、市内全体で行うイベントだ。三桁もままならないであろう程のチラシの印刷。加えて、それを学校や町中に貼り付ける作業なんかもしなきゃいけない。とても三人で熟せるとは思えない。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「いや何でもない!それより僕は何を手伝えば良いんだ!」

 

 永遠の誓いもさせられたからな、なんて面と向かって言えるはずもなかった。

 そんな羞恥心を紛らわす為に、やや早口で僕は三人に強く問いただすのであった。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 そして、開かれたフェスの当日。

 

 永遠の大樹周辺の丘では、沢山の人達で賑わっていた。

 家族連れや友人達と集まっている人達、急遽イベントに参加してくれた吹奏楽部などが存分にこの時間を楽しんでいた。しかし、肝心のあの人らがいない。

 

「いた?」

 

「いない……」

 

「もう!いい歳して意地張るなし!」

 

 僕達は皆が賑わう中で辺りを見渡してみるが、姿が見当たらなかった。

 そこで、不意に振り返ると、

 

「見つけた。けど……!」

 

 大樹から少し離れたところに哲也さんが一人でいるところを発見した。だが、見つけた時には背中を向けて帰ろうとしているところだった。

 

「どうしよう、哲也さんが帰っちゃう!」

 

「くしゅん!」

 

「「えっ!?」」

 

 哲也さんを呼び止めようとしたものの、タイミング悪くラテがくしゃみをした。ビョーゲンズのバテテモーダがメガビョーゲンと共に現れたのだ

 

「メガ、メガ、メガビョーゲン!」

 

「大樹が大変なことになってるペエ!」

 

「みんな、こっち!」

 

 人目のない森の茂みへと僕達は急いで向かう。

 

 一方、少し離れた場所でメガビョーゲンに声を上げる人物がいた。

 

「出て行け!此処は……この木は、俺達の場所だ!」

 

 哲也さんだった。更に、いつの間にかやって来ていた日出夫さんと史さんもそこに駆け寄る。

 

「お前ら、来てくれたのか」

 

「ビョ、ビョ、メガァ!」

 

 メガビョーゲンは3人に攻撃をしようと、自身の武器である腕を振り下ろす。

 

「余所見すんな馬鹿!」

 

 その攻撃を、瞬時に変身したキュアラピウスが力一杯に蹴り飛ばす。

 

「早く逃げろ」

 

「君は一体……!?」

 

 キュアグレース、キュアフォンテーヌ、キュアスパークルも後に続いて追撃をかましていく。

 

「大樹は私達に任せて!」

 

「さあ!」

 

 現状に困惑するばかりの哲也さんだったが、日出夫さんが手を取ったことで三人で急いでこの場から走り去っていった。

 そんな彼らの盾になるように、グレース達はぷにシールドで防御する。

 

「哲也さん達、3人でまた会えたね」

 

「それじゃあ今度は!」

 

「「「私達4人の友情を見せる番!」」」

 

 グレース達は揃ってぷにシールドに力を込めるが、それでもメガビョーゲンの力に比べて劣勢状態だ。

 

「力比べはBADなチョイス♪押し切れやしない、勝ち目などない♪それは何故かと問うならば♪今回のこいつはマジビョーゲン♪」

 

 徐々に押され始めている。このままではぷにシールドが破られるのも時間の問題だ。

 

「悪い、少し体重を掛けるぞ」

 

 どうにか引き付けている間に、僕はぷにシールドを踏み台にして空高く跳び上がる。

 攻撃の最中ではどうしても隙は出来てしまうものだ。そこを誰か一人でも狙えば浄化への道筋は出来るだろう。

 

「ええっ!?そんなのあり!?」

 

「こうでもしないと倒せそうもないしな。大人しく浄化されてしまえ」

 

 

 

 

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発sy────」

 

 ジリリリリッ!

 

「ッ!?」

 

 標的を打ち抜こうとしたその瞬間、全身にとてつもない電撃が迸る。経験したことはないが、まるで落雷を浴びたかのような、そんな感覚だ。突然の衝動、そしてあまりの身体中の痺れに的が上手く定まらないでいた。

 

「ぅぁあああっ!!!」

 

 それでも絶対に打ち抜いてやる一心で、かなりヤケクソ気味に矢を発射させる。狙っていた部位と違う箇所に向かっていったものの、どうにかメガビョーゲンに命中させることが出来た。

 

「ぐっ……!」

 

「ちょっ、ラピウス大丈夫!?」

 

 力が抜けてそのまま落下する僕を、スパークルが即座に抱きかかえる。三人には伝わっているようで、メガビョーゲンの攻撃は抑えられた代わりに僕の身に起こったことに心配しているようだ。しかし、奴は瀕死状態になっただけで浄化はされていない。

 

「僕のことは良いから、早くそいつを倒せ……!」

 

「う、うん!」

 

「「キュアスキャン!!」」

 

 グレース達はキュアスキャンでメガビョーゲンの右肩に潜む木のエレメントさんを捉える。輝かしき終点の一矢が命中したとなれば、あとは三人の必殺技を当てるのみだ。

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

 

 

 

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

 

 

「「「お大事に」」」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 メガビョーゲンの浄化が完了すると、バテテモーダはすぐに退散していった。

 

「よいしょっと……」

 

「あんまり無理しないで」

 

「いや、問題ない。今は動ける」

 

 一方で、大樹に背を向けて座り込んでいた僕だったが、しばらく経つといつもみたいにちゃんと動ける身体になっていた。

 全身の痺れは変身を解いても感じる程に強烈なものだった。あのような出来事は当然初めてだったので、呼吸が荒れる位には悶え苦しんでいた。

 

 しかも、ヒーリングアニマル達も見聞きしたことのない現象らしい。近くにあの毛玉がいるなら詳しい事が聞けそうなのだが、いない以上は仕方ない。再び起こった時には流石にやって来るだろうと思いながら、今はビョーゲンズから救出した木のエレメントさんに話しかけることにする。しかし、

 

「あれ、エレメントさん……?エレメントさん!?」

 

 のどかが必死に呼びかけるが、一言も返事が返ってこない上に姿をも現さなかった。

 

「まさか……」

 

「嘘でしょ……?」

 

「メガビョーゲンに蝕まれて、寿命が尽きちゃったラビ……」

 

「間に合わなかったか……」

 

 大樹は縦に真っ二つに割れていて、悲惨な姿を見せていた。

 とはいえ、元々寿命が短かかった大樹なのだから襲撃されて尽きてしまったのも合点がいく。ただ、ここまで儚い終わり方だと何とも言えなくなる。

 

「そんな……返事をして、エレメントさん!」

 

 それでも諦めずに声を掛け続けるも、やはり返事は返って来ない。

 

「君達、まだ残っていたのか」

 

 そこへ、先程まで避難していた哲也さん達が戻ってきた。

 

「怪我はないか?」

 

「はい。でも大樹が……」

 

「これは酷いなあ……」

 

「ったく、ありがとうとさようならを言う前にいっちまった」

 

「……お嬢さん達、ご覧なさい」

 

 皆が悲しむ中、史さんは何かを見つけたようで微笑みながら呼び掛ける。

 

「これは……」

 

 割れた大樹の幹の中を覗いて見ると、その中から植物の芽が生えていた。

 

「枯れた大樹から新しい生命が!」

 

「永遠の大樹は本当に永遠なんだね!」

 

「自然の力って、凄い!」

 

 最期まで見守り続けた結果がこういうことなのだろう。永遠の大樹とやらも、時には粋なことをするんだな……。

 

「なあ。久しぶりに、純のコーヒーが飲みたくなったんじゃないか?」

 

「……ああ、そうだな。お嬢さん達も一緒にどうだ?」

 

「お礼にご馳走しなくちゃね。あの喫茶店、パフェがおすすめなのよ?」

 

「「「はい!」」」

 

「……お言葉に甘えて」

 

 数十年の時を経て和解した方々の誘いなんて断れるわけもなく、永遠の大樹を背に喫茶店へと足を運んでいった。

 

『あの……!』

 

 背後から声が聞こえてきた。声音からしてエレメントさんだろうか。

 

『皆様方の友情の誓いが、永遠になりますように。そして、どうか"あの人"を救ってあげてください』

 

「あの人……?」

 

 どうにも引っかかる箇所はあったものの、永遠を見届けてくれる者に笑みを溢しながら、その場を去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 ~ヒーリングガーデン~

 

「はううううううっ!?」

 

 キュアラピウスの身体から異変が生じていた頃、宙に浮きながらずっと昼寝をしていたポポロンの身体からも強烈な電撃が襲う。あまりに突然の出来事だった為か、大きく目を見開いたまま辺りをキョロキョロと見回して酷く困惑していた。

 

「どうかなさったのですか?」

 

 そこに、ヒーリングガーデンの女王様であるテアティーヌに声を掛けられ、そこでふと我に返った。

 

「あ~、いや、何もなかったってことはないんだけど~。でも大したことじゃないからテアティーヌ様は気にしなくて良いよ~あはは~」

 

 思いっきり騒いでしまったことが後からじわじわ来て恥ずかしくなってしまい、照れ隠しかつ誤魔化しを入れながらテアティーヌに告げるポポロン。

 

 当然、何もなかったなんてことは全くないし、ポポロン自身にとっては十分大したことだと推測する。パートナーの事を考えると思い当たる節がいくつかあるからだ。

 

「……もう頃合いかもなあ。仕方ない、ちょっくら行ってきますかねえ」

 

 そうけだるげな声を出すと、やや急ぎ気味に人間界へと足を運んでいった。

 

 



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第21節 兆しと笑顔

前話の前書き読み直してみたんですけど、活動報告って機能知らんのかな~って思われてそうな長文でしたね。

さて、今回は割と重要な回になっております。


 休日の昼頃。

 

「……やば、寝落ちしてた」

 

 朝食を終え、ひなた達から招集やら連絡が来るまではテストも近いので勉強していたところ、気が付けば机に突っ伏して寝てしまっていた。

 昨夜、遅くまでソシャゲの周回をしていたからだろうか。止めようにも手が止まらなかったものだから、その反動が来たのかもしれない。

 

 取り敢えず、手元に置いたスマホを取って連絡が来ていないか確認する。画面を開くと、二件のLI〇Eの通知が来ていた。

 

『今からちゆちー家に行くから、あっくんも来れたらカフェかちゆちー家に来て~!(*/>∀<)/』

 

 案の定、ひなたからのどかとのツーショット写真も交えて送られていた。寝落ちしてしまったものの、送られてきた時間からは15分程度しか経っていない。だが、距離的にはちゆの家で合流した方が良いかもしれない。けど、何でわざわざちゆの家に行くんだろう。

 そういえば、今日は旅館の手伝いをするとか言っていた気がする……絶対仕事の邪魔になりそうなんだけど。取り敢えず、身支度を済ませようと椅子から立ち上がる。

 

「あっ、おっはよ~!よく眠れたかい?僕は君の可愛い寝顔が見れて幸せだよ~!」

 

「っ!?」

 

 振り返った瞬間、未知の浮遊物体が僕の目の前に現れた。

 

「そんなに驚くことないじゃないか。でもそんな顔も愛おしうおあァっ!?!?!?」

 

 あまりに突然の出来事に、思わず物体をがっしりと掴んでゴミ箱へとぶん投げる。物体は断末魔の如き奇声を上げながらゴミ箱にクリティカルヒットした。

 

「げほっげほっ……何だよ、そこまでしなくてもいいじゃんかぁ」

 

「変なのがいきなり出てきたんだから当然の────あ、お前は」

 

「そうだよ、君を誰よりも愛するパートナーのポポロンさんだよ~!」

 

 こんなのが僕のパートナーというのが未だに信じられないんだが。取り敢えず、要件を訊き出してみる。

 

「で、何しに来た。もう地球には来ないって言ってただろ」

 

「あはは、そんなこと言ってたね。でも今回は急用でね」

 

 そう言って、先程とは打って変わって真剣な眼差しで此方を見る。

 

「君さ、以前えげつない電撃を浴びたよね?」

 

「……そういえば、僕の行動は遠くからでも見れるんだっけか」

 

「見れるどころか、僕ももろに受けたからね。まあそんな事態に直面してしまった僕達だけど、そろそろ覚悟を決めた方が良いのかもしれない」

 

「覚悟……?」

 

「そう。単刀直入に言うと……」

 

「あぁ、ちょっと待て。人待たせてるし話は身支度終えてからだ」

 

「アッハイ……む?ってことはもしや飛鳥きゅんの生着替えが見れるのではァ!?」

 

「踏み潰してやろうか」

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 それから数分後、気味の悪い視線に耐えながら早急に支度を終えて旅館へと足を運んだ。それまでの道のりは人とすれ違うことが多い場所でもある為、ポポロンをリュックのように背中にくっ付けながら歩くのは非常に恥ずかしいが、こいつの身体はラビリン達より一回りデカいので仕方がない。

 

「むふ~、こうやってすれ違う人から視線を浴びるのって意外と好きなんだよねえ」

 

「そんなのはどうでも良いから、早く本題を言え」

 

「もう、待てって言ったり早く言えって言ったり、せっかちさんは嫌われるよ~?」

 

「うるさい」

 

 ポポロンは僕の言葉にはぁ……とため息一つ吐くと、ようやく本題へと進んだ。

 

「単刀直入に言うと、『キュアラピウスの進化の兆し』がやって来たってわけなんだよ」

 

「……は?」

 

「まあそんな反応になるか。さて何処から話すべきかなっと……えっと、キュアラピウス自体、他のプリキュアとは特殊な存在だってことはご存じかな?」

 

『特殊な存在』言われてみれば、ヒーリングオアシスという合体技に僕は加わってないし、浄化技も他よりは撃ち方も異なっている。そもそも、三人は比較的近距離タイプのプリキュアに対して僕は遠距離で攻撃するタイプのプリキュアと言えるだろう。確かに、色々当てはめてみると特殊なことが多い。

 

「実はキュアグレース、キュアフォンテーヌ、キュアスパークルのようなプリキュアは伝説の戦士って異名を持ってるんだけど、キュアラピウスの場合は『医神』って呼ばれているんだよ。実際、ずっと昔にもキュアラピウスはいて、襲撃してくるビョーゲンズやキングビョーゲンとも交戦したおかげか、民から称えられていたからね」

 

「先代、って奴か」

 

「そうだね。でもそれも束の間、ラピウスはある日突然死んでいった。結婚する予定の恋人の隣で、プツンと糸が切れたようにね」

 

「……うん?」

 

 こんな昔話、何処かで聞いたような気がする。

 

「あまりの出来事に、女の子は泣きながらラピウスを抱えてその名を連呼していた。本当に可哀想だよね、悲運だよね」

 

 思い出した。以前にも、風のエレメントさんから同じ話を聞いていた。

 

 先代のプリキュアの時代にも僕に似た少年がいて、恐らく先代のキュアラピウスとは違った『伝説のプリキュア』と結ばれる予定だった。しかし突然意識を失い、そのまま戻ることなく亡くなっていく姿を見て、酷く悲しんだという。前にも聞いた御伽噺のような昔話と全くもって酷似している。

 

「……そいつの死因、一体なんなんだろうな」

 

「さあね。因みに、僕はいくつか考察してみたんだよ。一つは、ビョーゲンズに体内を蝕まれて死んだ。二つ目は、誰かの見えない攻撃を喰らって死んだ。三つ目は、キングビョーゲンと交戦した挙句、瀕死寸前で恋人に愛と別れの言葉を告げて死んだ。三つ目に関しては僕は好きじゃないね、はっきり言って最悪過ぎる結末だよ。そして最後、実は死んでないかもしれないっていう考察」

 

「どういう事だ」

 

「ああ、いや、これは僕の勘というか。だっておかしいじゃないか。それまで元気だった人が突然命を落とすなんて」

 

 まあ、世の中には『急性心不全』なんて病気もあるから必ずしもおかしいとは言い難い。とはいえ、何か裏話がありそうなのは確かだ。

 

「っと、結構話逸れちゃった。まあそんな感じで、君は二代目のキュアラピウスとして戦っているわけだ。でも、凄まじい戦闘力を持っているとはいえ、元は普通の人間。先代の力に行き着くにはまだ未熟過ぎる。だから、何度もビョーゲンズに立ち向かって熟練していく必要があるんだよ」

 

「それで、その進化の兆しとやらがやって来たってことか」

 

「そういうこと。ただ、僕が想定していたものより膨大なものでね。一度経験したから分かると思うんだけど、君一人じゃ制御はほぼ不可能に近い。だから僕が助っ人として来たってわけ」

 

「逆にお前は制御できるのか?」

 

「出来るとも!伊達にヒーリングアニマルやってないしね!って言っても、完全に制御出来るとは限らないけど」

 

 完全でなくとも、あんなのをまともに喰らうよりかはマシだ。

 

「そういうわけだから、これからよろしくね~!」

 

「……ふん」

 

 そう言って、僕の背中に頬を擦りながら陽気に挨拶してくる。

 性格的には頼りたくない奴だが、これからはポポロンに頼りつつ戦っていくことになるだろう。

 

 そんなこんなで、旅館へと到着する。僕の予測通り、合流場所にのどかとひなたの姿があった。しかし、僕の目では二人の行動はとても怪しく映っている。

 

「あれ、ちゆちーいないのかなぁ」

 

「う~ん……」

 

「こんな休日の昼間から覗きとは、趣味の悪い奴らだ」

 

 入り口からの覗き見ならまだ良い(?)けど、この場が温泉だった時の被害者の立場を考えてみた方が良いと思う。

 

「あ!あっくん来たんだ……って、これは覗きじゃなくてちゆちーを探してんの!」

 

「などと供述しており」

 

「あたし達容疑者じゃなーい!」

 

「何してるの?」

 

「「ぅえっ!?」」

 

 茶番を繰り広げていたところに、ちゆが間にスッと入ってやってきた。いつの間にか近くにいたことに、二人は動揺を隠せないでいる。

 

「えっと、ちゆちゃんが頑張ってるのをちょっとだけ見に来たの。ごめんね、忙しい時に」

 

「大丈夫、寧ろ丁度良かった。皆と会いたいなって思ってたし」

 

「……何かあったのか?」

 

「えっ、ううん。何もないけど……」

 

 とは言っているが、返答の仕方が何処かぎこちなかった。不意にのどかの方に視線を送ると、彼女も同じように察しているらしい。そこで僕はある提案をする。

 

「少し時間あるだろ。一度場所を変えよう」

 

 その場所とは、以前にも訪れたことのある浜辺だ。彼女がイップスに悩まされていた時にもこの場所に訪れて、後にその悩みを解決することが出来た。それと同様のことが出来ればと提案したのだが、

 

「エミリーさんを!笑顔にした〜い!!」

 

 やはり悩みはあったようで、心に溜まっていたものを発散していた。では今度はその悩みについて聞くことにする。

 

 その内容は、とある外国人観光客が旅館に訪れたらしく、すこやか市にある名所や名物を紹介しに回った。しかし、エミリーという観光客の娘さんには気分が乗らなかったそうで、どうすれば楽しんでくれるのか悩んでいたのだが、中々答えが見つからず現在に至ったというものだった。皆と会いたいと言ったのは相談したかったということだったらしい。

 

「どうやって女将みたいにおもてなしをしたらいいのか分からなくて……」

 

「でも、ちゆは精一杯やってるペエ!」

 

「ありがとうペギタン。でも、ここへ来て叫んだらちょっとスッキリしたわ」

 

「お~!あっくんすごい!海に連れて来て正解だったね!」

 

「前にもこうやって解決してたし、何より海好きって言ってたから」

 

「確かにそうだったわね。ありがとう、飛鳥」

 

 割と当然のことをしたまでなのだが、まさか面と向かって感謝されるとは思わず、僕はつい視線を逸らしてしまう。

 

「あれ、あっくん照れてる?ちゆちーにお礼言われて照れてんの~??」

 

「……この蟹、どうやらお前の鼻に興味津々らしいな」

 

「ちょっ、あの、ごめんなさい調子に乗り過ぎましただから鼻だけは勘弁して!鼻だけは!」

 

「あ、飛鳥くん。鼻は流石に痛いから止めてあげよう、ね?」

 

「いや何処挟まれても痛いし!」

 

「(女将のおもてなしと同じ。何かエミリーさんが好きなもの……)」

 

 僕とひなた、そして何故か入ってきたのどかとの茶番劇の裏でちゆは黙り込んで考えていた。

 

「ちゆちゃん?」

 

「……ありがとう皆んな。私、もう戻るわね!」

 

「あっ、ちゆ待つペエ〜!」

 

 ちゆは何かを思いついたのか、駆け出すようにこの場を去る。それに遅れたペギタンは慌ててその後を追おうとした。

 

「あっ、そういえば飛鳥」

 

「ペッッッッッ」

 

 しかし、今度は何かを思い出したのか、急にブレーキをかけて止まるちゆ。その腕にペギタンは激突していった。

 

「ごめんねペギタン!あの、飛鳥の背中にくっ付いてるのってもしかしてポポロン?」

 

 そう僕の背中に指差して問いかけてきた。振り返ってみると、奴は背中にくっ付いた状態で「くかー」と声を出して爆睡していた。

 

「うわマジじゃん、気付かなかった!」

 

「こんなのいたな。まだ引っ付いていやがったか」

 

「むにゃむにゃ……いや、ずっと見聞きしてましたぞよ。良いねえ青春だねえ、そして何より飛鳥きゅんの身体の香りが素晴らしいいいいいいいいッッッッッ!?!?!?」

 

 寝ていたと思ったはずが、知らない内に変態羊の餌食になっていたとは。思わず海へと投げ飛ばしてしまったが、どうせすぐ戻ってくるだろう。

 

「はいその通りですッ!僕は投げ飛ばされても死にませんッッ!!慣れてるのでッッッ!!!」

 

「それより、もう地球には来ないって言ってたのにどうしてまた来たラビ?」

 

「あーはいはい、一応もう一回教えた方が良いパターンのやつですね~。えっとまずは……」

 

「くちゅん!」

 

 そう言って自慢気に話そうとするポポロンの言葉を遮るように、ラテが突然くしゃみをした。

 

『あっちで雨さんが泣いてるラテ……』

 

「おーい!本日二度目の僕の解説を邪魔するなんて、ビョーゲンズさんどうかしてんじゃないのぉ!?」

 

「とにかく行ってみましょう」

 

 僕達はラテが指す場所へと移動する。やがて進んでいくと、そこには長靴の姿をしたメガビョーゲンが公園で大暴れしていた。

 

「皆んないくラビ!」

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか……!」

 

 前回は省略したので二話分の感情を込めて台詞を言い放った。なんて冗談は置いといて、

 

「え、何で頭にくっ付いてんの?」

 

 キュアラピウスの頭の上にポポロンが乗っかって合体する姿に、キュアスパークルは多少引きながら尋ねてくる。

 

「言っておくが、決してふざけてるわけではないからな」

 

「そうだよ!こうでもしないと防げないからね!」

 

 対策の雑さが半端ないけど、現状でそんなことを言っている場合でもないからな。

 

『ビョー!』

 

 そんな僕達から横槍を入れるように、メガビョーゲンは踏みつけて攻撃してくる。

 

「危ない!!」

 

 グレースの掛け声と共に一同はバックステップして避けていく。しかし、運悪くそいつは大きな水溜まりにダイブし、一面に水飛沫を上げた。

 

「うわあ!もう、何すんの!!」

 

 まるで波のような水飛沫がスパークルに襲い掛かってきたおかげで、頭から被ってしまう。それによって痺れを切らした彼女を見ると、メガビョーゲンは陽気に飛び跳ねて幾度となく水を撒き散らしている。これが攻撃になると察したようだ。

 

「迂闊に近づけないな……」

 

 ここで『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』をぶっ放すのも選択の一つには挙げてみるも、今みたいに動き回られるとどうしても照準が定まらなくなる。使う分には必ず命中させないとならない為、下手に扱うことは出来ない。避難しているラテが苦しそうにしているので早急に仕留めたいのに、こんな単純な攻撃に惑わされているというのは、割と面倒な状況だ。

 

「うふふふ、良い子ねメガビョーゲン。そのままぜ~んぶ蝕んじゃいなさい!」

 

 シンドイーネの指示を受けると、メガビョーゲンは更に敷地内を蝕んでいく。ブランコといった遊具やベンチなんかもお構いなしだ。

 

「駄目ぇぇぇ!!!」

 

 そのブランコが蝕まれようとした瞬間、フォンテーヌはそれを全力で阻止しようと飛び出していく。

 

『メガァ!』

 

「っ!?」

 

 だが、すぐに返り討ちに合ってしまい、地面に叩きつけられた。

 

『ビョ~ッ!』

 

 そして、更に追い打ちを掛けようとメガビョーゲンは自慢の身体で踏みつけてくる。辛うじて受け止めたとはいえ、一人であの巨体を支えているので、案の定パワー負けしていた。

 

「ここは……大切な公園なの!」

 

「大切ゥ~?こんな地味ィ~な公園のどこが~?」

 

「この公園であの子が笑ってくれるかもしれない。だから……!」

 

「ふ~~~ん。っていうか、大切とか言われたらますます蝕みたくなっちゃう!」

 

『メガァ!!!』

 

「「フォンテーヌ!!」」

 

 段々と押し潰す力が強くなり、受け止める力がもはや限界にまで達していた。

 

 

 

 だが、僕達にとってそれは好機だった。ほんの数秒だけでも堪えてくれればの話だけどな。

 

「今だよ、キュアラピウス!」

 

「分かっている……!」

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 

 メガビョーゲンが押し潰すよりも。

 

 フォンテーヌが押し返すよりも。

 

 グレースとスパークルが加勢するよりも遥かに速い。

 

 たった一つの光速の矢がメガビョーゲンへと命中した。

 

 

 

 ポポロンから授かった宝具だからだろうか。持ち主がいるのといないのとで威力が桁違いな気がする。初めて使った時の衝撃が蘇ってくるようだ。

 

「は~い君達~、早くキュアスキャンしようね~」

 

「いやいやいや!ちょっとくらい気持ちの整理させてよ!」

 

 そういえば、初めて使った時は同時にミラクルヒーリングボトルを貰っていたな。僕単体で放つところは幾度も見ているだろうけど、どうやらポポロンとの合体技を見るのは初めてだったようだ。いつもと威力が違うところを見たら、そりゃあ驚くか。

 

「「キュアスキャン!!」」

 

 それはさておき、グレース達はキュアスキャンでメガビョーゲンの体内にいる雨のエレメントさんを捉えた。瀕死状態なので、後は浄化するだけだ。

 

 

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「「お大事に」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メガビョーゲンを浄化し、エレメントさんのおかげでラテが元通りになってから翌日。

 

 飛鳥、のどか、ちゆ、ひなた、ちゆの弟のとうじ、ラテの5人と1匹で公園で遊んでいた。日本の遊びを、ちゆが笑顔にしたいと言っていたエミリーという少女に見せているという構図だ。

 

「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ」

 

「……うわっ」

 

「とうじ、アウトだ。あとひなたも」

 

 僕が鬼役でだるまさんが転んだを遊んでいて、振り返ってしばらくすると、とうじがバランスを崩したので捕まることとなった。

 

「うぇっ、今あたし動いてなかったじゃん」

 

「とうじがバランスを崩した瞬間に30度くらい膝曲げただろ」

 

「ちょっとじゃん!?もはや動いてないと一緒じゃん!?」

 

「一緒じゃない。少しの誤作動が仇となることだってある。もし熊に襲われそうになってもお前は同じことが言えるのか?」

 

「いや、そんな過酷な遊びじゃないでしょ?だるまさんが転んだって……」

 

 僕とひなたの言い合いにちゆがボソッと呟く一方で、

 

「Wow!その遊び知ってるわ!オオカミさんよね!」

 

 エミリーはこの遊びを知っていたようで感激していた。

 

「ふわぁ、そうなんだ!」

 

「どこの国も、楽しい遊びはそれほど変わらないのね」

 

 外国の遊びが日本で流行ってるケースなんかもあるし、名称は違えど共通している遊びは多いのかもしれない。

 

「ねぇ、混ぜて〜!」

 

 エミリーと同い年くらいの子供が3人、僕達の元にやって来る。あまりに突然の事に、エミリーは緊張して固まっていた。

 

「構わない?」

 

「う、うん」

 

「よし、もう一回やるぞ。良いか、これは遊びであって遊びじゃないからな。自分の身を守る為の訓練だと思え」

 

「飛鳥くん、凄い楽しんでるね」

 

「……こんなに熱中するものなの?」

 

 こんな感じで、今度はエミリーと子供達も混ぜて再び始める。

 

 初めて同い年の人と遊ぶからか、緊張は未だ解けず。すると、子供の一人が

 

「ふふっ……!」

 

「わぁ……!」

 

 エミリーに向けて笑顔を見せる。それにつられてエミリーも笑みを溢していた。

 

「はじめのいーっぽ……おいひなた!そんなに前に出てたら不公平だろうが!」

 

「んなあああぁぁ細かいぃぃぃ!!!もういいあたしが鬼やるから!あっくんは二度と鬼やんないで!!」

 

「……ふん。作戦変更だ、今度は鬼を捕まえて徹底的に叩きのめす作戦で行くぞ」

 

「だ~か~らぁぁぁ!!!」

 

 

 

 その後、エミリーは皆との楽しい一時を過ごし、別れ際も終始笑顔のまま帰国していった。

 

 




連載開始してから約一年半、あともう少しでキュアアースを登場させることが出来る…!


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第22節 射抜かれた心

今回も原作沿いまくってるからあまり中身ないかもしれないし、そんなこともないかもしれない。


「ニャトランってば、ラテ様のお世話をサボるなんて!」

 

「部屋にもいないし、何処行ったんだろ……」

 

「何かあったのかな?」

 

 雲一つない明るい青空の下で、僕達はいつものカフェで特製フルーツドリンクを飲みながら、いつもみたいに集まっていた。だが、ラビリンが腹を立てて言っていた通り、ニャトランがこの場にいない。

 先程、のどかの家でラテの世話をする約束をしたそうだが、そこにも姿を見せなかったそうだ。更にはパートナーであるひなたの部屋にもいなかったという。そんなニャトランの行方を追うべく急遽この場に集められたのだ。

 

「どっかで道草でも食ってんじゃないの~?あいつ猫だし」

 

「……あら?」

 

 皆で行方を考えているところに、ちゆは平光アニマルクリニックの入り口に立つ女性を見つける。続いてひなたもそれに気付くと、すぐに女性のもとへと向かった。

 

「こんにちは〜、今開いてますよ!」

 

「あ、あの……病院の方?」

 

「はい!パパが院長やってます。平光ひなたです!」

 

「先日引っ越して来た"日下織江"です。実は店の前で怪我をしてるこの子を拾って……」

 

 そう言って、穏やかな女性という印象の織江さんは両腕に抱えた動物を見せる。抱えられる程の動物を拾ったってことは、恐らく子猫か子犬辺りだろう。

 

「ニャ~ン♪」

 

 そこには、かなり小さい黄色の子猫の姿があった。しかし、初めて見た気が何一つしない。寧ろ既視感を抱きすぎるくらいだ。

 

「ニャトラン!?」

 

「飼い主さんですか?良かった~。簡単には手当てはしたのですが、心配で……」

 

 飼い主が登場したことで安堵の表情を浮かべる織江さん。これまでの経緯などを話してくれたが、正直僕達は相手から見れば何とも言えない表情をしていると思う。実際、どう反応すれば良いのかも分からないし、そもそも内容があまり入ってこないでいる。

 

「ニャトランちゃんって言うの?可愛いね」

 

「ニャア~♪」

 

「……何してんの、あいつ」

 

 織江さんに名前を呼ばれて更にだらけきった表情を見せる。そんなニャトランを見て、僕の背中から凝視していたポポロンも流石に困惑しているようだった。

 

 その後、ニャトランはひなたの下へと戻り、織江さんは帰っていった。そして僕達は席へ戻り、ニャトランをテーブルに座らせて話を聞くことにする。

 

「一体どうなってるラビ!?」

 

「怪我したって織江さん言ってたけど、大丈夫なの?」

 

「大丈夫……いやダメかも……」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「こんなの初めてなんだ。あの人を見た瞬間、心にズッキュン来ちゃったんだよ~!」

 

「……ズッキュンって何」

 

 ニャトランの言葉に、ポポロンはボソッと呟く。その一声に影響されてか、ひなた以外のメンバーが背中を向けて小声で話し出した。

 

「多分、キュンよりずっとキュンって事じゃないかしら?」

 

「訳が分からん……そういや、お前達がパートナーを組む条件って──」

 

「プリキュアは心の肉球にキュンと来た人と組むラビ……!」

 

「つまり、キュンよりもズッキュンの人と……」

 

「ってことは……」

 

 

 

「「「「パートナー交代!?」」」」

 

 

 

「いやいや、聞いたことないんですケド……」

 

「でも、可能性は考えられなくもないラビ……!」

 

 一同、そんなことを考えながらひなたとニャトランの方へと振り向く。

 

「そりゃズッキュン来ちゃうよね〜。織江さんと仲良くなれるといいね!」

 

「だよなぁ〜!」

 

「「まさかの応援ラビ!?(ペエ!?)」」

 

 ひなたの性格上、予測不可能な事態にも関わらずああいう反応なのも合点は行くが、どうにも呆れてしまう。

 

「じゃあ会いに行こっか!手当てして貰ったお礼しなきゃ!で、お近付きになっちゃお!」

 

「おぉ!お近づき~!?」

 

「ラビリン達も行くラビ!」

 

「行くペエ、ちゆ!」

 

「そ、そうね!」

 

 こうして、全員で織江さんの家に行くことになった。

 ひなた達が先に向かっていき、結局取り残されたのは僕とのどか、ラテとポポロンである。

 

「こんな面倒事に振り回されてるなんて、君達も大変だねえ……」

 

「もはや今更だがな……」

 

「でも、面倒なんて思ってないよ。これも一つの思い出って感じで、凄い生きてるって感じするもん!」

 

 今まで、ハチャメチャな出来事がそれなりにあって大変なこともあったはず。だが、のどかはそれも楽しい思い出として記憶に残している。病院にいた頃に出来なかったことを存分に出来て幸せなのだろう。

 

「……そっか。ごめんね、変な事言っちゃって」

 

 そんな彼女に、ポポロンは変に言葉を返そうとはしなかった。

 

「ん、やけに素直だな」

 

「いやぁ、基本男の子の方が好きなんだけど、割と可愛い女の子も悪くないなっtどぅえぇぇぇっっっ!!!」

 

 結局、変態思考だったようで毛玉の言葉に一瞬の隙を見せることもなく頭を掴んでその場で叩き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~っ、いい香り~!」

 

「いらっしゃいませ〜……あっ、さっきの!」

 

 やって来たのは、最近新しく開いたばかりのアロマショップ。店に入るなり、アロマオイルなどの程よい香りが漂って来る。それに和むのどかの声を聞きつけて、店の奥から織江さんが姿を見せた。

 

「こんにちは。ちゃんとお礼を言いたくて来ちゃいました!」

 

「あら、わざわざありがとう」

 

「(こ、心の準備が……!)」

 

「(えぇ……いつもみたいにシャキッとしろよ~……)」

 

 そんなひなたと織江さんのやりとりの裏で、ひなたの着ている服のフードに隠れているニャトランは顔を赤らめて出てこれない様子だ。ニャトランと織江さんの仲を深める為にこの場所を訪れたのに、当の本人がそんなんじゃ来た意味がないと、そんな姿を見たポポロンは呆れかえっていた。

 

「あの、此処は何のお店なんですか?」

 

「アロマショップなの。アロマオイルやアロマキャンドル、香りを扱うお店ね」

 

「ちなみに、アロマオイルは香りの成分を濃縮させた奴の事な」

 

 織江さんは水の中に入ったマグカップを手に取る。その中にオイルを垂らして僕達に香りを味わわせて見せた。

 

「ふわぁ〜!」

 

「何だかスッキリするわね!」

 

「香りには人を癒す効果があるの。気分や目的によって香りを使い分けると良いのよ。アロマキャンドルもオススメね」

 

「そうなんですね!」

 

 今度はアロマキャンドルを手に取ると、それに火を灯す。火によってロウが溶かされていき、そこから香りが漂って来る。

 

「……あの、織江さん?」

 

 そんな一方で、アロマキャンドルの火を呆然と見つめる織江さんに気付いたのどかは、彼女に声を掛けてみる。

 

「あっ、な、何でもないわ」

 

 その声で我に返った織江さんは、すぐに笑顔を作って返事をする。如何にも誤魔化しているような感じだった。

 

「おいひなた」

 

「うおぉっ……うぇ?」

 

 何かに気付いたニャトランはひなたの髪をちょいちょいと引っ張ると、気になる場所に指をさす。指し示した先は、

 

「うわっ!?段ボールの山!」

 

 店内の奥……織江さんの後ろにある、ダンボールが山のように積まれている部屋だ。先日引っ越して来たと仰っていたので、恐らくはこれらを開封して商品を並べる作業をしているのだろう。だが、あまりにも量が多すぎる上に未だ開封していないダンボールもちらほら見受けられる。流石に一人でやるのは無理があるとは言わないが、かなり大変なのが分かる。それを察してか……

 

「手伝うぜ!」

 

「わわわっ……!?」

 

 ニャトランが声を上げながらフードの中から飛び出して来た。あまりの突然の出来事に、ひなたはすぐさま強引に隠すようにフードを勢いよく被った。

 

「今の声は……?」

 

「あ……あたしだぜ!手伝うぜ!」

 

「え?で、でも……」

 

「一人でこの量じゃ流石に無理があると思います。手伝わせてください」

 

 そう言って、僕はその部屋へとスタスタ歩いていく。ニャトランが起こした咄嗟の行動のおかげでこういう流れになってしまったが、どの道こいつらも気付いて手伝うとか言っていただろうからな。

 

「ありがとう……!」

 

「ぅぅぅっ……!」

 

「(自分でやっといて自爆してるし……)」

 

 織江さんの笑顔で感謝の言葉を述べる姿に、ニャトランはフードを掴んで再度顔を赤らめていた。

 

 こうして協働作業が始まっていった。まずはダンボールの後始末から始まり、小さなものから大きなものまで次々とダンボールを運んでいく。僕やちゆなんかは効率良く作業を進めていくが、

 

「うぅ……はぁ、まだこんなに~……」

 

 最初からエンジン全開の如く飛ばしていたひなたはすぐに疲れ果てていた。

 のどかはと言うと、無理して大小関係なしにダンボールを多く運ぼうとしているせいでかなり苦戦していた。

 

「頑張りは認めるけど、あまり無茶すると怪我にも繋がるぞ。これくらいは僕が運んでおくから」

 

「ご、ごめん。ありがとう……あれ?」

 

 不意にのどかが見たその光景は、

 

「うぐぐぐぐ……!!」

 

 小さいダンボールが小刻みに動いているものであり、それはニャトランが必死こいて運んでいる姿だった。

 

「無理しないほうがいいペエ……」

 

「見つかったら大変ラビ……!」

 

 しかし、体格的にもヒーリングアニマルには重すぎるようだ。

 先程、僕がのどかに言ったように無茶してもあまり良いことはないし、ましてや織江さんに見つかる可能性は十分にある。それでも、

 

「それでも手伝いたいんだよ……!」

 

 決して諦めようとはしなかった。

 

「……うん!」

 

 そして、その声を聞いて今までへばっていたひなたも気合を入れて立ち上がると服の袖を捲って作業を再開する。

 

 それから着々と作業を進め、見事にダンボールを全て片付けることが出来た。

 

「本当にありがとう。助かったわ!」

 

「これでいつお客さんが来ても大丈夫ですね!」

 

「そういえば、私達が来てから他のお客さんを一度も見ていないわね」

 

「まあ、まだオープンしたばかりだから……」

 

 ダンボールを全部片付けて部屋がスッキリしたのは良い。しかし、それとは対照的に僕達以外に客がいないため寂しく感じてしまう。

 

「むむむ~……じゃあ宣伝しよう!こんな素敵なお店知ってもらわなきゃ損だよ!」

 

「どうやって知ってもらうの?」

 

「う~ん……チラシを作って配る!」

 

「そういえば、宣伝用チラシの入った段ボールがあったわね」

 

「僕も見たな、それ。確かこの辺だったはず……」

 

 僕はいくつものチラシが入っていたであろうダンボールを取り出す。案の定、恐らくこの店の名前である『aroma』と書かれたチラシが束になって入っており、それをカウンターの上へと置いた。

 

「作ったんだけど配るところまで手が回らなくて……」

 

「手ならここにあるから任せて!!」

 

 こうしてチラシを四等分して、僕達は町へと飛び出す。町中のあちこちを歩き回り、すれ違う人々に配っていった。

 

 しばらくして、見事に全て配り終えると休憩がてら足湯へと向かった。

 

「全部配れて良かったね」

 

「疲れた……」

 

「飛鳥は本当にお疲れ様……」

 

 僕は足湯に浸かりながら、上体を後ろに大の字にして倒れている。

 

「町中の奥様方に懐かれてたからねえ~……」

 

 ポポロンが呟いたように、すこやか市で有名な医師の息子であるが故に町の人々(主に主婦であろう方々)に喋り尽くされていた。その時間、平均でも数分ととても長く終盤では相槌しか打てなくなる程に精神が参っていた。

 その会話の中でも、やはり父親の話題は少なくはなかった。イケメンだの、優しいだの、頼りになるだのと僕にとっては適当なことばかりベラベラと喋られた思いだ。その人達に罪は全くないが、時には相手を睨み付けるような仕草もしただろう。

 

「やっぱり、有名なお医者さんの子供の力って凄いよね~」

 

 こんなことを言ったひなたにも罪はない。家族の事情なんて、のどか以外は知らないのだから。だが、それが友人であっても何故か僅かに怒りの感情が湧いてきてしまう。

 

「あっえっと、ひなたちゃん。飛鳥くん昨日お父さんと喧嘩しちゃったらしいから、そっとしてあげた方が良いと思う……」

 

「えっマジ!?ごめん!」

 

「……構うな」

 

 だからと言って気を遣われるのもそれはそれで良い気はしない。改めて、僕はめんどくさい男なんだと感じる。ただ、確かにあの人の世間の評価は凄まじい。その影響力"だけ"は認めたいものだ。

 

「それより……何だ、その浮かない顔は」

 

 話題を変えようと、顔を俯かせているニャトランを横目に尋ねる。

 

「チラシ配り、俺も手伝いたかった……」

 

「一緒に周ってくれたじゃない」

 

「俺は……もっとちゃんと織江さんの役に立ちたいんだ!」

 

「う~~~ん……そうだ!~~~~~」

 

 ニャトランの言葉にひなたは腕を組んで考えているとある提案を思いつく。

 

「「ラビ!?(ペエ!?)」」

 

 その提案は、ヒーリングアニマル二匹を更に焦らすものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜んでもらえるかな~?」

 

「気持ちめちゃ込めたし、大丈夫だよ!」

 

 やる事を終えた僕達は、再び『aroma』へと足を運んでいた。ひなたの両手には緑の袋があり、中にはニャトランが作ったビーズのアクセサリーと一枚の手紙が入っている。

 

 ひなたが言っていた提案とは、ビーズを沢山繋げて店の装飾にしようというものだった。ニャトランの織江さんの力になりたいという気持ちを伝える為に、あの後ひなたの家で制作していた。そのことに、ラビリンとペギタンは気持ちを伝えたことで本当に交代してしまわないか不安が募っていた。対してポポロンは交代することには反対せず、というか興味なしといった感じで

 

「別に良いんじゃないの~?プリキュアが減るわけじゃないんだからさ~」

 

 などと言っていたが、二匹にその意見も猛反対されていた。

 

「クチュン!」

 

 その時、突然ラテがくしゃみをする。ビョーゲンズが現れたという信号だろう。すぐさま聴診器を取り出してラテの声を聞く。

 

『良い香りの炎さんが泣いているラテ』

 

「良い香り……もしかして!」

 

 ラテの言葉に一同は居場所を察し、すぐさま思い当たる場所へと駆け出していく。

 

「メ~ガ~!ビョビョビョビョ!」

 

 到着すると、メガビョーゲンが口から蝋燭を放って森や店の壁などを蝕んでいた。

 

「織江さんのお店が!」

 

「みんな!!」

 

「「うん!!」」

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「メガー!ビョビョビョビョ!ビョビョビョビョ!」

 

 メガビョーゲンは変身したプリキュアに構わずに、蝋燭を連射して次々に辺りを蝕んでいる。

 

「ちょっと!何してくれちゃってんの!」

 

「おっ、プリキュアさん達ち~っす!」

 

 メガビョーゲンの近くには、バテテモーダがいつもみたいに陽気に挨拶をしてきた。

 

「バテテモーダこんにゃろう!」

 

「これ以上好きにさせないよ!」

 

 グレース、フォンテーヌ、スパークルの三人は一斉にメガビョーゲンへと攻め込んでいく。

 

「メガ!メガ~!」

 

 しかし、奴が放出する無数の蝋燭によって近づけさせないようにしている。

 

「近付けない……!」

 

「んじゃ、こっちから近付いてあげるっすよ」

 

「っ!?きゃあっ!」

 

 メガビョーゲンの攻撃によって舞う砂塵の中からフォンテーヌの目の前にバテテモーダが現れ、勢いよく蹴り飛ばした。

 

「フォンテーヌ!」

 

「余所見しな~い!」

 

 そしてそのまま隙をも見せずにグレースの方へと突っ込み、攻撃を浴びせに行く。

 

「んにゃろ~!」

 

 だが、攻撃を喰らわせまいとスパークルが間に割って跳び蹴りを入れる。上手く阻止することに成功し、グレースを抱えてその場を離れた。

 

「いいねいいね、やっぱり戦うのは楽しいっすね……おっ?」

 

 バテテモーダがいつぞやで見たような戦闘狂の顔を浮かべるも、蛇の化身を使ってその身を封じ込める。

 

「お前と戦うのは、メガビョーゲンを浄化してからだ。大人しくしていろ」

 

「メ〜ガビョ!ビョーゲン!」

 

 一方、メガビョーゲンは数弾の蝋燭をミサイルのように放ち、僕達はその場から離れて回避する。だが、それは追跡弾ではなく何処に落ちるか予測不能のもので、何発かは地面に爆音を鳴らしながら爆発している。

 

 

「……やばっ!」

 

 そして、残りの一発の先には一脚のベンチが置いてあり、そこには先程ひなた達が作っていたアクセサリー入りの袋が置かれていた。

 

 それに気付いたスパークルは急いでベンチへと向かう。ニャトランが精一杯気持ちを込めて作ったアクセサリーが台無しになってしまう。そんな思いで一目散に駆け出して袋を手に取った。

 

「きゃあっ!」

 

「「スパークル!?」」

 

 しかし、ミサイルの直撃は免れたものの地面に爆発したことによる爆風を防ぐことは出来ず、吹き飛ばされてしまった。

 

「ダメダメ!よそ見ダメ────おわぁ!?」

 

 バテテモーダは拘束していた蛇を引き剥がし、スパークルのもとへ駆けつけるグレースとフォンテーヌに襲い掛かろうとする。しかし、蛇は負けじとバテテモーダの尻尾に噛みつき、勢いよくぶん回して投げ飛ばした。

 

「スパークル?スパークル!」

 

 倒れ込んだスパークルに必死に声を掛けるニャトラン。その声に、スパークルは身体をピクリと動かした。目は閉じてはいたが、気絶していたわけではなかったようだ。

 

「うぅっ……ハアッ、だいじょびだいじょび!ほら、ニャトランの大切なもの無事だったよ」

 

「でも、スパークルが大丈夫じゃないニャ!」

 

 ニャトランにとってアクセサリーよりもスパークルの身の方を優先しており、必死に心配の声を上げている。それでも、彼女は苦しい表情を一つも見せずにヒーリングステッキを持ち上げ、ニャトランと面と向かう状態にしていた。

 

「ニャトラン、あたしに言ってくれたじゃん。プリキュアになる時、好きな物や大切な物を守るんだよって。守りたいんだ、ニャトランの気持ち……」

 

「っ!?」

 

「あたしってさ、一つのことに集中するの苦手じゃん?だから何かを特別に好きっていうの、以前のあたしには分からなかった。でも、今のあたしならニャトランの気持ちが分かる。ニャトランの特別な好きを守ることは出来る……!」

 

 ひなたがニャトランと出会って、そしてキュアスパークルに変身してから数ヶ月が経とうとしている。

 

『お前の中の好きなものや大切なもの、全部お前の手で守るんだよ。お前ならそれが出来るし、俺はどうしてもお前と組みたい!』

 

 この言葉は、今でも彼女の胸に深く刻まれている。だからこそ、今度は自分の好きな物だけでなく誰かの好きなものも守りたい。結果がどうであれその意志は変えることはない。

 

「それがすっごく嬉しいの!だって、一生懸命なニャトランかっこよかったもん!」

 

「カ、カッコいいのはスパークルニャ!今日だっていっぱいアイデア出して、1つの事に満足しないでぐんぐん進む。すげぇ奴だって思ってたニャ!」

 

 そんなスパークルの言葉に、ニャトランは涙を見せながら声を上げて敬意の言葉を返した。

 

「やった!じゃああたし達両想いじゃん!!」

 

「当たり前だぜ!!」

 

 互いに思いを伝え合ったベストパートナー達は、満面の笑顔で笑い合った。

 

「……両想いってそんな使い方じゃないでしょ」

 

「まあでも、いいんじゃないかしら。あの二人の間ではちゃんと通じ合っているようだから」

 

「そうなの~?人間って不思議だね~」

 

 人間というか、スパークルの中ではそうなんだろう。そんなわけで、再びメガビョーゲンの浄化へと心を入れ替えていく。

 

「さぁあたし達も行こ……何これ!?動けない!!」

 

 そう言って、スパークルは立ち上がろうとしたが足が動かず立ち上がれなかった。足元を見るに、先程飛んできた蝋燭のロウがかかり、それから時間が経った為に溶けて固まっていたのだ。

 

「ということは……フォンテーヌ」

 

「ええ、分かったわ」

 

 どうやら彼女と思いついたことが同じだったようで、雨のエレメントボトルをヒーリングステッキにセットすると、空に向けてエネルギーを放った。

 

「メガ、ビョ~ゲン~……」

 

「うひゃっ、雨やべぇ!」

 

 その名の通り、エネルギーを放つことで空を曇らせ雨を降らす技だ。それによって、メガビョーゲンの頭上に灯っていた火が消え、動きが鈍くなっていく。バテテモーダも雨が苦手なようで、その場から一目散に逃げていった。

 

「やった!動けるようになった!!」

 

「今ラビ、グレース!」

 

「「キュアスキャン!」」

 

 グレース達はキュアスキャンで、体内にいる火のエレメントさんを探し当てる。弱っている今がチャンスだ。

 

 

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「「お大事に」」」

 

 

 

 

 

「良いとこまで行ったんすけどねぇ~。まっ、続きはまた今度ってことで」

 

 木の上に登って隠れていたバテテモーダはそう言い残し、この場を去って行った。

 

 

 

 

 

「皆さん!」

 

 メガビョーゲンが浄化したことでラテの調子が戻って皆が安堵の表情を浮かべていると、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。ヒーリングアニマル達は即座に身を隠す。

 

「織江さん!怪物大丈夫だった?」

 

「はぁはぁ……すぐに避難をしたので。皆さんは?」

 

「あたし達は全然。それで……」

 

 ひなたは袋をギュッと抱き締め、深呼吸する。ニャトランに関しては背後から顔を真っ赤にしながら見守っている。気持ちを込めたプレゼントだから、ひなたも力が入っているのだろう。

 

「やあ!ちゆちゃん!ひなたちゃん!飛鳥くん!久しぶり~!」

 

 その時、一人の男性がのどか以外の名前を呼びながら駆け寄ってくる。

 

「……日下さんのお家の炎さん!」

 

「お久しぶりです」

 

「知ってる人?」

 

「うん!今は隣町で働いてて」

 

 

 

「実は……結婚を機に戻って来たんだ!」

 

 

 

「……ニャッ!?」

 

 唐突に炎さんが織江さんの肩に手を置いてそんなことを言い出した。

 ……この瞬間、ニャトランの心が真っ二つに折れる音が聞こえたような気がした。

 

「仕事の引き継ぎが長引いたけど、今日から一緒に暮らせるよ。織江」

 

「炎さん……!」

 

 手を合わせて見つめ合う二人の姿は、まるで夫婦そのものだった。

 

「あっ、そういうことだったんだ」

 

 ここに来て、のどかは今になって織江さんがアロマキャンドルを呆然と見つめていた意味に気付いたのだった。

 

 

 

 

 

「い"い"んだぁ……織江さんの心がらの笑顔が見られだがら……俺はぞれでぇ……!!」

 

 結局、作ったアクセサリーも渡すことが出来ず、ニャトランが流す涙のおかげでテーブルがびしょ濡れになっていた。

 

「はあ……なんか馬鹿馬鹿しい出来事だったなあ。そもそも、君に恋なんて百年早いっつーの」

 

「まあまあ。グミ増し増しにしたから、これでアゲアゲになろう!」

 

「ひ、ひなたぁ……!!」

 

 ポポロンに文句を言われるも、ひなたのあまりの優しさに涙腺を崩壊させていた。

 

「そういえばのどかはスパークル交代の事、心配していなかったラビ?」

 

「うん。2人なら大丈夫って信じてたもん!」

 

「……ふっ」

 

「え、今おかしいところあった?」

 

「いや、如何にものどからしいというか……天然というか」

 

「……なんか、意地悪言われてるみたいでやだ」

 

「すまなかった」

 

「いや秒で屈服ぅぅぅ!?」

 

 あまりの秒殺というか、即堕ちに思わずツッコミを入れてしまうポポロンであった。

 

 その時、事態は起こった。

 

「ラテ、どうしたの!?」

 

 突然、ちゆが声を上げたので見てみると、ラテが体調悪そうに横たわっていた。だが、メガビョーゲンが現れたように何度もくしゃみをすることもなくただただ苦しそうにしている。

 

「とにかく、診てもらった方が良いな」

 

 僕の言葉に皆が頷くと、すぐに近くにある平光アニマルクリニックへと駆け込んでいった。

 

 




次で彼女を出せます。1年以上掛かりましたが、ようやく…!


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第23節 祈りの風と奇跡の精霊

初めて10000文字を超えたので、前編後編で分けようかなと思ったんですが区切りがあんまり良いと思わなかったので全部ぶっ込んじゃいました。喧嘩回も分けなくて良かったなと思ってしまっているんですがね…。

なので、時間の合間にごゆっくりとお読みくださいませ。


「クゥ~ン、クゥ~ン……」

 

 平光アニマルクリニックにて、急に体調を崩したラテを抱え急いで先生に診て貰うことに。唸り声を上げて苦しそうにするラテを、僕達は傍でただ見守っていた。

 

「お兄……どう?ラテ死んじゃわないよね……?」

 

「ひなた、落ち着け。疲れが溜まっているところに風邪をもらっちゃったみたいだね。薬を出しておくからしっかり休ませること。いいね?」

 

「ありがとうございます……!」

 

「どういたしまして。ラテちゃん、点滴も打ってげようか」

 

 そう言って平光先生はラテに点滴を打って、一先ずの処置は終わった。

 

 やがてアニマルクリニックを後にして、のどかはラテを連れて帰路に着こうとする。せっかくなので、僕達ものどかの家に行くことにした。

 

「ラテ様、眠ったか?」

 

「ぐっすりラビ」

 

 ラテは先程処方してもらった薬を飲んで寝床で眠っている。見た感じは本当に疲労による風邪なので順調に回復しそうだ。

 

「最近難しいお手当てが続いたペエ」

 

「ラビリン達がもっと気を付けなきゃいけなかったラビ」

 

「ごめんな、ラテ様」

 

 とはいえ、ビョーゲンズの影響で悪くなった体調はエレメントボトルでどうにかなるが、身近で起こる風邪はどうしようもない。たまたま運が悪かっただけなのだ。

 

「ラテ、しばらくお家でゆっくり休もうね。皆が付いているから」

 

 のどかはラテの頭をそっと撫でた。当然、寝ているので目立った反応は示さないが先程よりも気持ちよさそうに寝ている気がする。

 

「はあああぁぁぁ……っ!たあああぁぁぁ……!」

 

 その時、窓際から若干小さくもうるさい声が聞こえてくる。視線を送ると、ひなたが窓というか窓の外に向かって念を送るような仕草を取っていた。

 

「何やってんだ」

 

「今、ビョーゲンズが来ないように念送ってんの!皆もやろ!んぬぬぬぬぬ……っ!」

 

「……あのな、そんなことしたところで──」

 

「私もやる!」

 

「ん?」

 

「ラビリンもやるラビ!」

 

「んん??」

 

「俺も!」

 

「んんん???」

 

 てるてる坊主を作っても雨が絶対降らないとは限らないんだぞとか言ってやろうと思ったところに、のどかやラビリン、ニャトランが窓際に行って念送りに参加し出した。

 

「「「「ビョーゲンズが来ませんように~!!!!」」」」

 

 もちろんラテの為の行動だというのは分かっている。ただ、4人で一斉にやると流石にうるさくなりそうだけど。因みに、ちゆとペギタンも両手を握り合わせて静かに念を送っていた。

 

「……」

 

 そんな中、僕はふとスヤスヤ寝ているラテの頭を撫でる。

 思えば、これまでラテとまともに接した記憶がない。こいつは僕のことをどう思っているんだろう。聴診器を使って聞いてみようにも何か違う。もし何とも思ってなかったらそれはそれで良いのだが、何処か複雑な感情を抱くかもしれない。

 

 というのも、最近家のペットである蛇のレピオスの機嫌が悪い。相手をしようと指や腕を差し出すと、急に噛みつこうとして来たり威嚇してくる。僕のことを敵だと思ってしまっているのだろうか。そう考えると、ラテにも僕がどう見えているのか気になってしまう。

 

「……どしたの、浮かない顔して。もしやレピオスにキレられたのが未だ心残りになってるとか?」

 

「そうじゃないし、元からこんな顔だ。それよりお前も念送ってきたらどうだ」

 

「丁重にお断りするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ビョーゲンキングダム~

 

「はあっ……はあっ……ブエックション!あーもうやだなあ、もう誰っすか?俺は噂をしてるのは。パイセン達っすか?」

 

 いつものようにそれぞれが自分のことに夢中になっている中、バテテモーダがくしゃみをし出すと同時に私達に話しかけてくる。

 

「……別にしてないけど」

 

「どうせプリキュア達じゃないの?」

 

「なるほど、俺ってば人気者っすね〜」

 

 などと、自分を上に持ち上げながら自惚れているバテテモーダを私達は皮肉に思いながら、特にシンドイーネは醜そうに横目で見つめていた。

 

「そんじゃ、熱いリクエストに応えちゃおうかなっと」

 

 そしてそのまま人間界へと出撃していった。はっきり言って、今の奴では戦いの中で成長し続けているプリキュアに倒され続けるだけだ。ただまあ、何度も敗北を繰り返しても引きずらずに挑もうとしている姿勢は評価に値出来ますが。

 

「そういえば、シンドイーネ」

 

「ん、何よ」

 

 私は鏡とにらめっこしながら化粧するシンドイーネに声を掛ける。またも邪魔されなきゃいけないのかと不機嫌な表情を浮かべながら此方を振り返る。

 

「今、キングビョーゲン様は何をなさっているか分かりますか?」

 

「はあ?あんたまさか、お休みになられているキングビョーゲン様に余計なことするんじゃないでしょうねえ……?」

 

『我はここにいるぞ。キロンよ」

 

 シンドイーネが主の話題を出す私を睨み付けたところに、キングビョーゲン様が空から姿を現した。

 

「キングビョーゲン様!?お休みのところお邪魔してしまい申し訳ございません!すぐにこのロン毛馬鹿を叱っておきますので────」

 

『構わん。それに、キロンがわざわざ私に尋ねてきたのだ。顔を出さぬ訳にも行かぬ』

 

 彼の言葉から、それほど私を信頼しているのだろう。流石は"王"、懐がとてもお広い方だ。

 

「そのお言葉、感謝致します。さて、私は貴方にご質問……というよりご確認したいことがございまして」

 

『ほう、問うてみろ』

 

 

 

「貴方と相打ちになったのはテアティーヌとやらなのは存じておりますが、肉体を破壊したのはキュアラピウスで間違いありませんか?」

 

 

 

『っ!』

 

 この瞬間、キングビョーゲン様の逆鱗に触れたのか、突然私目掛けて光線を放ってきた。だが、その行動は予測しており、首を傾けることで難なく回避する。

 

『何故、貴様がキュアラピウスのことを知っている。まさか、奴が復活したわけじゃないだろうな?』

 

 かなりの苛立ちを覚えている辺り、私の言ったことは間違いではなさそうだ。とはいえ、王という存在でありながらも器が小さいのは如何なものか。

 

「復活というわけではありませんが、その二世が誕生しています。と言っても、彼の力も心も私の足元には及びませんが」

 

『……二世、か』

 

 その単語を聞いて王は怒りを沈ませると、呆れ混じりに私に言い放った。

 

『まあ、奴でなければどうでも良い。だが、厄介になる前に他のプリキュア共々早急に始末しておけ』

 

「はい、分かっておりますとも……。嗚呼、それともう一つ。私がその名を知っているのは、単に風の噂で耳にしたものですので」

 

 そう。ただの、風の噂です……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『歩くのおせーよ飛鳥!もう皆集まってるっての!』

 

『別に時間たっぷりあるんだから良いだろ。ホント、裕也はサッカー大好きだな』

 

 あれは小学生5年生の頃だった。入学してからずっと仲が良かった友人の裕也と休日はいつも公園でサッカーをする約束をしていた。初めは僕と裕也の二人だけで遊んでいたが、次第に何人も何人も入ってきて、やがて男女問わずクラスのほとんどで試合をするようになっていた。それくらい、あいつは人気者だった。

 

『おうよ!何てったって俺は未来の日本代表のエースストライカーだからな!そんでお前がミットフィルダーであいつが……』

 

『だから僕を巻き込むな。それと、道路でボールなんか蹴るなよ馬鹿。危ないだろうが』

 

 裕也はこうやって歩く度にリフティングやらヘディングやらしながら歩くので、毎回僕が注意していた。それくらい楽しみでうずうずしているのは分かるが、いつになったらこの癖は治るんだろうと思っていた。

 

『平気平気────あ、やっべ』

 

『ほら言わんこっちゃ……』

 

 ボールを前に蹴ったはずが車道の方まで飛んで行ってしまい、思わず裕也は飛び出してしまう。それまであまり車は通っていなかったが故の行動だったのだろう。僕もその時は気にしていなかった。

 

『って、おいトラック来てる!』

 

『えっ……?』

 

 しかし、僕達はとても運が悪かった。裕也が飛び出した直後に軽トラックが迫っていたのだ。それに気付いた僕はすぐさま裕也の腕を引っ張ろうと腕を掴む。

 

 

 

『『あっ』』

 

 

 

 刹那、周りに爆音が鳴り響いた。僕が掴んでいたはずの彼の腕もいつの間にか消えていた。

 

 先に呟いたのは裕也だった。僕が叫んで急接近する軽トラに気付いてのものだろう。

 僕はその後だった。腕を掴んだ瞬間にドンッという音と共に衝突した時に声が漏れた。だが、その時どう思ったとかはあまり覚えていない。というか、状況が掴めなかったんだと思う。脳内がパ二くっていたのではなく、もはや真っ白になっていた。

 

 裕也は宙に舞い、かなりの距離まで転がっていった。今考えてみると、もしかしたら直前で声を発したのは自分が轢かれることに気付いてのものだったかもしれない。その光景を見ていた僕は数十秒程その場で固まっていた。

 

『ぇ、あっ』

 

 やがて我に返ると、急いで裕也の方に駆け出す。当時はスマホは持っていなかったので近くで目撃した人に懇願して救急車を呼んでもらった。

 

『裕也……しっかりしてよ裕也!』

 

 肩を思い切り叩いたり、揺さぶりながら彼の名を呼ぶ。頭部から血を流していたが、それでもとがむしゃらに続けた。

 

『……っ』

 

 その時、裕也の意識が戻った。目を薄っすらと開けてこちらを見上げている。

 

『えっ……』

 

 思わず声が漏れてしまう。

 

 ……何で裕也が生きているんだ?あの時は意識が戻ることなくそのまま死んだはずじゃ────

 

『っ!?』

 

 すると突然、裕也が僕の首を掴む。握力がとても強く、ギュッと力を込めて首を絞めようとしていた。

 

『何で引っ張りあげてくれなかったんだ。何で俺を助けてくれなかったんだ!』

 

『ち、ちょっど待っで……!』

 

『最低だよ。ずっと親友だと思ってたのに……!』

 

『だがら待っでって……!』

 

 裕也の目が見開き、首を絞める力が更に強まる。もはや子供が持つ握力じゃない。凄く苦しいし、身体が風船のように破裂してしまいそうだ。

 

 

 

 

 

『お前も、俺と同じように死んじゃえよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぁあっ!」

 

「わあああああ!!!」

 

 

 

 

 

 思わず声を上げて身体を起こす。同時に、ポポロンが断末魔を上げながらベッドから転がり落ちていった。

 

「ハァ……ハァ……ぉえっ」

 

 悪夢を見ていたようだ。恐怖感と勢いよく起き上がったことによって吐き気を催し、全身が強張る。しばらく続いたけど、結局吐くことなく収まった。

 

「った……」

 

「も~、どうしたの。急に大声上げて起き上がって」

 

 ポポロンが細目でベッドの上に飛び跳ねて訴えてくる。

 それよりも、首が結構痛い。まさかとは思うが、一応聞いてみるか。

 

「なあ、僕の首に何か出来てるか?」

 

「首?何ともなってないよ?いつものツルッツルな首だよ」

 

「じゃあ寝違えただけか……いや、少しくだらない悪夢を見てな」

 

 とは言うけど、全くもって少しどころじゃない。あいつは本気で誰かを恨むなんてしない男だ。とはいえ、あいつの本心は分からないから断言は出来ない。だが、そうでなければ何年も絡むことはなかっただろう。

 

「……主人が辛い思いしたってのに、相変わらず気持ちよさそうに寝てんな」

 

 最近ずっと機嫌が悪いレピオスも、流石に今は和らいだ表情でぐっすり眠っている。

 

 そういえば、ラテの風邪が発覚してから二日が経ったが少しだけ体調は良くなったようだ。ちゆとひなたはのどかの家に行ったらしく、独特な毛布をラテに被せている写真が送られてきた。

 

 写真が送られたということ───つまり、僕はそっちには行かなかった。自分の首を絞め過ぎて見舞いに行ける気分ではなかったからだ。少し心を落ち着かせたい、という意味合いもある。

 

 なので、今日くらいは行こうと思っている。仮にもお手当てする仲間なんだから顔を出さないわけにも行かない。早速身支度をしてリビングへと向かう。

 

「うわぁ、今度はすこやか山で怪物出たんだ~」

 

 現在の時刻は午前7時。

 

 リビングには母親が食パンを一口食べながらテレビのニュースを興味津々に眺めていた。

 

「おはよう母さん。どうしたの?」

 

「ん、おはよ。またあの怪物が出たんだよ~、最近周辺で多いよねぇ」

 

「なっ!?」

 

 テレビに映っていたのは、すこやか山で大暴れしているメガビョーゲンだ。

 

「(しかもかなり成長してるし……。現界したのは数時間前ってところかな。夜中に繰り出すなんて姑息なことしてくるなぁ)」

 

 これ以上、太刀打ち出来ない程に成長するまでに早く浄化しなければ。ちょっと遠いけど仕方がない。

 

「ごめん母さん、出掛けてくる……!」

 

「えっ、ちょっ、朝ご飯は!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなりやられてるねぇ、これ」

 

「ちっ……!」

 

 数十分かけてようやく辿り着いたその場所は、特に山頂は既にメガビョーゲンに蝕み尽くされていた。

 

「飛鳥くん!」

 

 そこに、のどか達が合流してきた。一早くメガビョーゲンの出現に察知出来なかったのは、ラテの体調悪化によるものだという。苦戦が強いられるとはいえ、一刻も早く浄化しないといけない。

 

「ってか、ラテ連れて来たのかよ。まだ体調悪いんだろ?」

 

「うん。でも、お手当てにはラテも必要だから!」

 

「……分かった。行くぞ」

 

 特に深い意味を察したわけではないが、これまでに何か経緯があったのだろう。メガビョーゲンへと再び視線を向けて、変身の準備をする。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「メガァ~!」

 

「い~じゃんい~じゃん!快調じゃ~ん!」

 

 急いで山頂へと向かうと、首元のマフラーが特徴のメガビョーゲンが辺りを蝕み続けている。登山家のつもりなのだろうか。

 

「「「はああああっ!」」」

 

 そこに、キュアグレース、キュアフォンテーヌ、キュアスパークルの三人が一斉に蹴り落としに掛かる。しかし、成長した怪物はいとも簡単に防御し弾き返した。

 

「ち〜っす!プリキュアちゃんじゃねぇの!今回はもう来ないかと思ったぜ~?」

 

「来たし!」

 

「メガビョーゲン、やっぱり物凄く育ってるペエ!」

 

「皆気を付けるラビ!」

 

 メガビョーゲンは三人目掛けて両腕を振り下ろす。すぐさま回避すると、フォンテーヌとスパークルはステッキから光線を放つ。

 

「メガッ、メガァッ!」

 

 この攻撃もあっさり防御。再び両腕で防御するところに、グレースがメガビョーゲンの身体を駆け上がっていく。

 

「「キュアスキャン!」」

 

 キュアスキャンでメガビョーゲンの体内に囚われている風のエレメントさんを捉えた。

 

「グレース危ない!」

 

「……っ!?」

 

 しかし、今度はグレース側に隙が出来たからかメガビョーゲンが腕を伸ばしてグレースを拘束する。

 

「「グレース!」」

 

 それを見て、スパークルは懸命に駆け出した。

 

「おい馬鹿!」

 

「だめぇ~っ!」

 

 グレースを助けようと飛び掛かるスパークルを今度は片腕を二つに分離させ、拘束した。

 

「ひひ……さぁて残るは2人……いつまで逃げられるかな?」

 

 両腕だけでの拘束となればどうにかなりそうだったが、分離は流石に厄介だ。前線で攻撃していたフォンテーヌと後方で応戦していた僕は一度ひと固まりになる。

 

「氷の矢を生成して凍結させる戦法。雨を降らせて敵を惑わす戦法。単純に蛇で拘束して攻撃する戦法。僕が今考えられるのはこの二つだが、どれが良い?」

 

 一つ目は成功した例があるのでさておき、二つ目は成長した奴に天候変化で惑わせられるかと言われれば何とも言えない。三つ目も実力行使の戦法ってこともあり、簡単に此方の攻撃を防いだことからあまりお勧めは出来ない。

 

「氷の矢の方法で行きましょう。撃って全身が凍りきる前に私が二人を助け出す感じで」

 

「了解。おい羊、同時に行くぞ」

 

「分かってるよ~!」

 

 やはりフォンテーヌも同じ考えだったようで、ヒーリングステッキに氷のエレメントボトルをセットして僕の両手に持つクロスボウにセットされてある矢に光線を浴びせる。凍った矢が完成すると、メガビョーゲンへと矢先を向けた。

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

『輝かしき終点の────

 

 

 

 

 

「簡単に撃たせてあ~げないっ!」

 

「「っ!?」」

 

 矢を放ってメガビョーゲンに命中させる直前だった。これ以上邪魔させまいとバテテモーダは僕の前に割って入って回し蹴りを繰り出す。

 だが、それは此方も同じこと。フォンテーヌも妨害するバテテモーダに抵抗しようと前に立つ。

 

「きゃあ!」

 

「ぐっ……!」

 

 戦闘狂の力は伊達ではなかった。フォンテーヌが蹴りで対抗するよりも早く蹴り飛ばされる。かなりの至近距離であったおかげで、彼女の下敷きとなってしまう。メガビョーゲンはそれを見逃すことなく分離した腕でフォンテーヌを拘束した。

 

「悪いけど、僕らまで捕まるわけには行かないんだわ!」

 

 そう言ってポポロンは倒れ込む僕の頭をがっしりと掴んでその場から引き離す。

 奴は僕の頭の上に乗っかっているよりかは、奴の力によって離れないように引っ付いて合体している。言わば新幹線の連結のようなものだ。力を弱めない限り、僕から離れることはない。

 そんな感じで、どうにかメガビョーゲンの魔の手から逃れられたが、プリキュア側が劣勢な状況には変わりない。

 

「アッハハハハ!あ~っという間にゲームオーバーじゃないっすか~!!自分この世に生まれて何日~?こんな早くプリキュアをやっつけちゃって大丈夫?」

 

 初めて出会った時に見た狂気に満ち溢れた表情で、バテテモーダは圧倒的不利な僕達を見て高笑いをする。

 

「う、うるさい……!」

 

「まだ終わってないんだから……!」

 

「はいはい終わってない終わってない。で、どうするんすか……っと」

 

 完全に調子に乗って挑発してくる厄介な敵。

 

「頭に乗るな……!」

 

 だがそんなことをしているのも今の内だ。複数の蛇を現界化し、バテテモーダを拘束する。

 僕はまだ戦える。というか、この状況下で一番に戦わなきゃいけない存在だ。今はもう三人のサポートの立場ではないのだ。

 

「そーだそーだ!すぐ煽る奴なんてな、これからすぐにボコボコにされる運命にあるんだよ!」

 

 ……それは言い過ぎな気がする。今までの戦いから、まだ奴に立ち向かえる戦力を持ってはいない。そっちよりかはメガビョーゲンから三人を解放することに専念するべきだ。

 

「へぇ~、ボコボコにねぇ。それはそれは楽しみっすねぇ!!」

 

 バテテモーダはいとも簡単に拘束を解くと、気味悪い笑みを浮かべながらこちらに急接近する。

 

「防御は僕に任せな!君はあのデカ物にぶちかましちゃって!」

 

『ぷにシールド!』

 

「……っ!自分の攻撃に耐えるなんて、中々やるっすねぇ」

 

 僕の周囲を、ポポロンのぷにシールドで包み込む。直後に物理攻撃が命中するも、思っていたより威力が多少軽減されている。幸いにも、先程凍らせた矢がセットされたままなので完全防御の間に一気に仕留めたい。

 

 

 

 

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発s────」

 

 

 

 

 

「けど、まだ本気は出してないんすよ……ねえ!!」

 

「「なっ!?」」

 

 今までのは半分遊びだったと言える程の、えげつない威力の拳。

 

 そんな攻撃に、ぷにシールドは大きくひび割れてしまう。辛うじて矢を放つことは出来たが、まさかの命中ならず。攻撃を喰らったことによる反動で位置が僅かにずれてしまった。

 

「何て馬鹿力だよこいつ……、どんなトレーニングしたらそうなるのさ……!」

 

「良いっすね、その危機的状況に陥った時みたいな表情……!ならもう一発ゥ!!」

 

「「ぐぅっ……!!」」

 

 次の攻撃が命中した時には、シールドが完全に破壊されていた。その衝撃によって吹っ飛び、近くの木へと激突してしまう。

 

「はい、ということでなんも出来なくなったと。ってことでどんどん蝕んじゃって!」

 

「メガ……!」

 

 バテテモーダの指示に、メガビョーゲンは再び地球を蝕みにゆっくりと歩き出す。

 

「くぅ~ん」

 

 一方、ラテは避難していた木陰から姿を現し、近くで倒れ込んでいた僕とポポロンに近づいていく。ラテ以外のヒーリングアニマル達はヒーリングステッキとなってプリキュアと一緒に捕らわれている。ポポロンも大ダメージを負っていて、唯一ラテだけが戦おうと思えば戦える状況にある。しかし、母テアティーヌのようなお手当て出来る強いヒーリングアニマルでもなければパートナーもいない。しかも、風邪やメガビョーゲンが出現したことによる体調悪化で苦しみの連鎖となっている。故に、ただ見ているだけしか出来ないのだ。

 

「悪いな、ラテ……。あいつらを助けてやりたいけど、僕が無能なばかりにかなり手こずってしまっている……。だが……それでもプリキュアとして諦めようとは思わない。無能なりに最低限のことはやってみせるさ。だから……安心してくれ」

 

『安心してくれ』と言われても、こんな身体じゃ安心出来ないのも仕方がない。

 

 でも、こういうのはどうにかして乗り越えるしかない。フォンテーヌが公園を守ったように、スパークルがプレゼントを守ったように、そしてグレース……のどかは自身が持っていた病気と闘ってきて、今の自分がいる。苦しかろうが何だろうが、食らいついていくしかない。そうしないと、あいつを倒すことなんか出来ないんだから。

 

「っ!」

 

 その言葉にラテが何かを思い出したかのように目を見開く。そして、目の前の敵に鋭い視線を向けると果敢に走り出し、メガビョーゲンの尻尾に噛みついた。

 

「はっ……?」

 

「ラテ……!?」

 

「ラテ様……!?」

 

 しかし、メガビョーゲンにはそんなものは痛くも痒くもない。尻尾を軽く振り回し、ラテを放り投げた。

 だがそれでも、ラテは立ち上がって再び立ち向かっていく。

 

「あの馬鹿……!」

 

 あまりの光景に見ていられなかった僕は、無理にでも引き留めようとラテの方へ向かう。

 

 

 

 ビリリリッ……!

 

 

 

「「ぁあっ!」」

 

 

 

 刹那、果てしない電撃が全身に迸る。最初に浴びた時とほとんど同じ痛みだ。

 

「僕が制御してるはずなのに!?さっきのぷにシールドで力を消費させたからかな……」

 

 動こうにも手足が痙攣して動けず、その場で膝をついてしまう。

 

「ラテやめて!」

 

「来るニャ!ラテ様~!!」

 

「死んじゃうよ!!」

 

 そうしている間にもラテは諦めまいと何度もメガビョーゲンに食らいつき、何度も吹っ飛ばされていた。

 

「あいつ、自分一人じゃ相手にならないって分かってるくせに何で……」

 

「……っ」

 

 同じヒーリングアニマルとして、ポポロンはラテの思いを感じ取る。それに困惑する声に、僕も大体察した。

 

(ラテも……ラテもママみたいに、地球さんをお手当てするラテ!)

 

 感じ取った思いはそんな一心だった。女王である母のように強くもないし、頼りになるパートナーもいない。言ってしまえば、ラテはただ見ていることだけしか出来ない弱いヒーリングアニマルだ。だが、いつまでも弱い奴でいたくない。母のようにお手当てしたいなら自分で食らいついていかなきゃ、戦っていかなきゃ。そうしないと、強くなるわけがないんだ。

 

 だが、その行動が僕を更に苦しませる。『無能なりに最低限のことはやってみせる』とほざいたことでラテの心に響かせてしまった……それも一理あるが、最も苦しいのは倒せもしない相手に必死に食らいつこうとしていることだ。

 

「だからって……何も死に急ぐことないだろうが!この馬鹿犬……!!」

 

 そう言って、痙攣する足を無理やり立たせる。

 それなら、僕だって死ぬ気でこの痛みを克服してやる。仲間が必死こいて戦おうとしているなら、自分も戦え。患者が必死こいて闘おうとしているなら、医師も肩を並べろ。案の定、足はふらつくけどもはやどうでも良い。

 

「ひひッ……!」

 

 その隙をバテテモーダは見逃さない。狂気の笑みを浮かべながら再び此方に接近する。

 

「ワン!」

 

「おわぁ!」

 

 だが、何としてでもという阻止でメガビョーゲンに苦戦していたラテはバテテモーダの方へ向かい、その尻尾に噛みついた。

 

(ラピウスをいじめちゃ駄目ラテ……!)

 

「は……?」

 

 聴診器を使っていないのに、確かに一瞬ラテの声でそう聞こえた。

 

「よ~ちよちよち!踏み潰されたいのかな?それとも握り潰される方がいいかな~?」

 

 ラテの全力阻止も虚しく、ひょいと首根っこを掴まれてしまった。

 

「おい、ラテを放せ……!」

 

「え~、別に良いんすけど~。じゃあ取引しましょうよ。この子を解放するかプリキュアを解放するか、どっちか選ばせてあげるっすよ。この子を解放すればプリキュアは勿論やられるし、プリキュアを解放すればこの子はやられる。まあ、どの道あんた達にメガビョーゲンは浄化出来ないから、結局地球は蝕まれる運命にあるんっすけどねえ!あっはははは!!!」

 

「僕より下衆だなあ!?よしラピウス、今すぐこいつの口を……ラピウス?」

 

「結局は……運命……」

 

 バテテモーダの選択を要求する言葉に、ある出来事がフラッシュバックする。

 

『経緯がどうであれ、どの道彼は死んでいた』

 

 僕があの時腕を引っ張り上げようが腕を掴んだだけであろうが、いずれにせよあいつは吹っ飛ばされていた。僕が心臓マッサージをしていようが肩を揺さぶって声を掛けていようが、あいつは戻ってはこない。今の状況も、ラテを選ぼうがプリキュアを選ぼうが、いずれにしても地球は蝕まれてしまう。どちらを選んでも、罪人となる道しか進むことが出来ないのだ。

 

「どっ…………ってこと…………んぶ僕の…………」

 

「え~?聞こえないんすけど~?」

 

 罪人となれば、当然周りから蔑まれる運命からは逃れられない。

 

 

 

『お前が助けてくれなかったから』『お前は最悪の人間だ』『最低だ』『同じ目に遭えば良かったんだ』

 

 

 

 

 

『お前も、俺と同じように死んじゃえよ』

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ポポロンside~

 

 

「うわあぁっ!!」

 

 ラピウスから放たれた力に、僕は吹っ飛ばされてしまう。

 

 まるで人間が出していいものではない甲高く金属音のような叫び声。同時に広範囲に渡って放出される膨大な威力の放電。その光景は、空は青く快晴であるはずなのにラピウスの頭上から落雷のような電撃が何発も撃たれている。あるいは『神への冒涜』に怒りを覚えていると捉えても間違いではないだろう。そして、それは森や地面といった大自然をも襲っていた。

 

「え、ちょ、何、おわああっ!!!」

 

 バテテモーダもこれには耐えられず、ラテを掴んでいた手を放してそのままポイッと投げ捨て森の奥へと避難していった。ラテも思わずその場で耳を伏せて縮こまっている。

 

「Gaaaaaaaaa!!!」

 

「何々、ラピウスどうなっちゃうの!?」

 

 ……不味い。

 

 ラピウスは今、己の何もかもをコントロール出来ないでいた。このままだと、ラピウスはぶっ壊れて自爆してしまう。

 

「こんな無様な死に方、させてやるもんか……!」

 

 ただ、対処法が分からない。何せここまで暴走するのは初めてなのだ。色々思考を巡らせているが、今の僕の力はそれに劣っている。認めたくないけど、『分からない』というよりかは『ない』のかも。

 

「あーもうどうすれば良いんだ────」

 

 その時、

 

 

 

 

 

 シュン! ゴッ!!

 

 

 

 

 

 突然、えげつない速度で小さな物体がラピウスを襲う。やがて大きな音を立てて命中し、衝撃で尻餅をつくと叫び声が止まった。急いで僕はラピウスに近づき、身体の上に乗っかって回復させる。

 

 その時、

 

『メガッ!?』

 

「「「えっ!?」」」

 

 ラピウスの暴走が止まったとほぼ同じタイミングで、どこからともなく謎の紫の風がラテの周りに渦巻いていた。

 

「ラテ様。あなたの望み、わたくしが叶えましょう」

 

 そして、渦巻く風の中から現れたのは、ラテの望みを叶える為にやってきたプリキュアであった。

 

「うぇっ……」

 

「プ、プリキュアラビ!!」

 

「先代のプリキュアニャ!!」

 

「テアティーヌ様のパートナーだったプリキュアにそっくりペエ!!」

 

「「「えええっ!?」」」

 

 あまりの事態に一同は驚きを隠せないでいた。当然、僕も困惑している。だって、まさか"あの子"のそっくりさんが現れるとは思わないじゃん。

 

 そんな中、彼女はラテをその場に降ろしメガビョーゲンへと視線を向ける。

 

「地球を蝕む邪悪なものよ、最後の時です。清められなさい」

 

 言い放つと、彼女は空高く跳び上がる。メガビョーゲンが瞬きを一つした時には、両腕が彼女によって切断され、プリキュアも解放されていた。

 

「た、助かった~」

 

「ラテ!良かった……!!」

 

 グレースは解放されてすぐにラテを抱き抱え、無事なことに安堵する。

 

「ラピウスは……!?」

 

「大丈夫、今癒してるからすぐに元気になる────えっ」

 

 すぐに戦線に戻れると言おうとしたところで、ラピウスの状態を確認する。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ぁぅっ、ハァ、ハァ……」

 

 どうやら見誤っていたようだ。バテテモーダによって受けたダメージ自体は癒えているが、精神的なダメージは想像以上且つ計り知れないものでかなり参ってしまっている。過呼吸を起こしていて、時には三度の呼吸に一度だけ嗚咽するような、上手く呼吸出来ていない声が漏れていた。人間の概念でそんな現象はあり得るのかと思ったものの、現に起きているのだから信じるしかない。したがって、すぐに誰かに背中を擦ってあげて欲しいのだが、謎の少女によって此方が優勢になっている為、早くメガビョーゲンを浄化したいところでもある。

 

「プリキュアよ、今です」

 

「えっ、早っ!」

 

 そんなことを考えている内に、彼女はメガビョーゲンを瀕死にまで追い込ませ、怪物は地面に倒れていた。ただ、どちらも早急に対処しなければいけない故に、三人はラピウスに心配の眼差しを向けていた。

 

「まずはメガビョーゲンが立ち上がる前に浄化するのが先!話はそっからだよ!」

 

「……分かった!」

 

 僕の言葉に、グレースが返事をすると三人揃って浄化の体勢に入った。

 

 

 

 

 

「「「トリプルハートチャージ!」」」

 

 

 

 

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 

 

 

 

「「「プリキュア !ヒーリングオアシス!」」」

 

「ヒーリングッバ〜イ」

 

「「「お大事に」」」

 

 

 

 

 

「おいおい!あんなに蝕んだのにまじっすか!?まぁいいや、ちょっと楽しくなってきたんで……!」

 

 ラピウスの暴走や謎の戦士の飛び入り参加に色々と驚きを隠せないバテテモーダ。それでも、また強敵が増えたことに笑みを浮かべながら、この場を去って行った。

 

「ラピウス大丈夫!?死なないよねえ!?」

 

「ちょいちょいちょい!叩くならもっと優しく叩きなさいよ!飛鳥きゅんの呼吸がもっとしづらくなるでしょうがあ!!」

 

「うっ……ゲホッゲホッ!」

 

「ほらあ~!!」

 

「ご、ごめん!!」

 

 とはいえ、先程まで我を忘れたかのように目の焦点が合わないままだった容態が次第に正気に戻って来ていた。と言っても、今度は咳が止まらなくなっちゃったわけだけども。

 

 そしてそこに、グレースがラピウスと同じ目線になって膝をつき、背中を優しく擦る。

 

「凄く辛かったよね、苦しかったよね。でも大丈夫だよ。私達、ちゃんといるから……」

 

「……ハァ…………スゥ」

 

 グレースがそう囁くとやがて咳が止まり、呼吸も通常のものに戻っていった。愛らしいことに赤子を寝かせるような手つきで背中を擦られたことで目を細めて眠り、変身が解除されていった。うん、君は十分頑張ったんだししばらく寝ときな。

 

「彼はお眠りになられたのですか」

 

 謎のプリキュアの少女がこちらに寄ってくると、眠った飛鳥の額に手を当てる。

 

「それにしても、ポポロン"様"はやはり素晴らしいお方です。あの強大な力を瞬時に止めるのですから」

 

「えっ、あれ君がやったんじゃないの?僕やってないんだけど」

 

「そうなのですか?私もあれを止めてからビョーゲンズを浄化するつもりだったのですが」

 

「マジか、じゃあ一体誰が……」

 

 そう考えていると、ちゆが地面に転がっていた物を見つける。

 

「ねえ、ラピウスに当たったのってこれかしら?」

 

 手に持っていたのは、拳一つ分くらいの大きな石だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~森の奥~

 

「……ふぅ、どうやら間に合ったようだな」

 

 上手く当たってくれたようだ。

 あとコンマ秒程度遅ければ、奴は制御不可能となり自爆していただろう。それに、最悪付近の自然が滅ぶところだったので、私は安堵の表情を浮かべた。

 

「キュアラピウス……。お前を倒し、そして殺すのも私だ。くだらない所で死んでくれるなよ……」

 

 そうして歩いた先は更に森の奥。この森の中で唯一、木漏れ日が差し込んでいる場所だ。

 

「おや?」

 

 辿り着くと、何かが足りないことに気が付く。

 以前から集めていた禍々しい結晶をこの辺に置いておいたのだが、それらが全て無くなっていた。

 

「……いけませんね。人の目を盗んで強奪だなんて」

 

 いつこの場に訪れて盗みを働いたのかは分からないが、誰がやったのかというのは大方見当がつく。というより、特定の人物しか思いつかない。

 だが、焦る必要はない。時間なんて幾らでもあるのですから、失ったものはまた1から作り直せば良い。

 

 

 

「まあ、取り敢えずはキツくお仕置きしてからだがな」

 

 

 

 

 



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第24節 僅かな行き違い

今回も原作回20話を前編後編に分けさせていただきました。


「ぅあ……」

 

 足元に妙な違和感を感じ、ゆっくりと瞳を開ける。

 

「あ、起きた?おはよ~」

 

 かなり近い距離からひなたが声を掛けているのが聞こえた。よく目を開けてみると、目の前には眠っていた僕を背負うひなたの姿があった。

 

 最後の記憶が思い出せない。誰かに背中をぶっ叩かれたり撫でられるような感触とか、ぶっ叩かれたことで咳き込んだ感覚はあったが、頭があまり働いていなかったからか、そこの記憶が曖昧になっている。明確なものを挙げるなら、ラテがバテテモーダに捕まった所を見て、嫌なことがフラッシュバックしたことだ────。

 

「お目覚めになられたのですね」

 

「……近っ!」

 

 瞬間、全くもって見覚えのない金髪の大人っぽい女性に横から顔色を窺うように見つめられる。しかも額がくっ付くんじゃないかってくらいの至近距離で。思わず、ひなたの背中からやや強引に引き離してその人から距離を遠ざける。

 

「……誰だ」

 

「さっき私達やラテを助けてくれた先代?のプリキュアさんなんだけど……」

 

「そうか……っ、ラテは!?」

 

 ラテの容態は無事なのかと例の女性の方へと振り向くと、女性の両腕にはラテが抱えられていた。彼女が傷を癒してくれたらしいが、体調面においては完全に治ったとは言えなさそうだと表情から見ても分かる。取り敢えず、死んでいなくて良かったと安堵する。

 

「人間界で負った病が残ってしまうようで。あぁ……お気の毒なラテ様」

 

「ところで、先代のプリキュアって大昔の人なのよね?」

 

「何でラテの事知ってんの?」

 

「その前に、なんで現代に現れたラビ!?」

 

 会話から、メガビョーゲンを浄化してから僕が目覚めるまであまり時間は経っていないと読み取れる。一同揃って疑問を浮かべる中、のどかは前に立って女性に尋ねる。

 

「プリキュアさん。貴女は一体、誰なんですか?」

 

「誰……それは名前の事ですか?だとしたら、まだありません」

 

「えっ?」

 

「先程生まれたばかりなのです。私、人間ではありませんので」

 

「「「えっ!?」」」

 

 傍から見れば彼女は如何にも異国の女性という雰囲気であるが、そうではない上にそもそも人間でないという言葉に、僕達は頭を悩ませる。

 

「……取り敢えず、ここで立ち話もあれだし場所を移さないか?」

 

 僕がそう言うと、一同はのどかの家へと移動することにした。

 

「行きましょう」

 

「あ?あぁ……」

 

 その時、女性が急に手を差し伸べて来たことに凄く疑問に思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はラテ様を助けたいというテアティーヌの願いによって生まれました」

 

「「「テアティーヌ様の!?」」」

 

「願いを聞き届けた地球が風のエレメントの力を使って、私を生み出したのです」

 

 のどかの家へと移動したことで、改めて彼女がこの地に訪れた経緯を聞くことにした。だが、初っ端から衝撃的な話をし出したので、僕達は一瞬にして「?」を浮かべながらポカンとした表情になっていた。

 

 先程、ヒーリングアニマル達が『先代のプリキュアに似ている』と言っていた。それも、彼女が言うように人間ではなく精霊のような存在として生まれ、かつてパートナーであったテアティーヌの願いが強く反映されたからだという。

 

「そもそも、ヒーリングガーデンはお手当ての為に地球が自ら生み出した存在ラビ」 

 

「んで、最初に生まれたヒーリングアニマルがテアティーヌ様なんだよ」

 

「そうだったの……」

 

「ふわぁ~。地球って凄いんだね!」

 

 と、それぞれが感想を述べる中で僕は先程からある違和感を感じていた。

 

「……おい」

 

「はい」

 

「さっきから距離を取ろうとしてるのに近づいてくるのは何なんだ」

 

 その言葉通り、彼女との間隔をおよそ人間の両足分空けているはずが、すぐに詰めてくる。それも一回ではなく幾度も繰り返していた。超至近距離で話しかけてきたのもあって、はっきり言ってしまえば気味が悪かったのでつい尋ねてしまった。

 

「何なんだ、と言われましても。"レイピアス様"の後継者である貴方とお近づきになる為です」

 

「「「レイピアス様?」」」

 

 聞き覚えのない名前に首を傾げて疑問を浮かべるのどか達。

 

「後継者……キュアラピウスには先代がいるって話は聞いたけど、そんな名前の奴は知らんぞ」

 

「そう。その先代様こそが『医神』の異名を持つレイピアスなのです。そこまで彼らから聞いていると思ったのですが」

 

 そう言って、精霊はポポロンを筆頭としたヒーリングアニマルの方へと視線を送る。ポポロンは何故か冷や汗をかいているのに対して、ラビリン達はポカーンと口を開けた後に

 

「「「……えええェェェェッ!?」」」

 

 物凄い顔をしながら叫び出した。

 

「ラビリン達は知ってるの?そのレイピアスって人」

 

「知ってるも何も、キングビョーゲンを一度独り身で倒したプリキュアラビ!」

 

「一人で!?めっちゃ凄くない!?」

 

「その功績から、地球を丸ごとお手当てする医神として人々から称えられていたペエ」

 

「でも、まさか飛鳥があの人の後継ぎだったなんてなあ」

 

 皆が感心している中、ポポロンに関しては「いや、まさかこんな形になるとは思わないじゃん……」と小声でブツブツと呟いていた。それと今まで聞いた昔話に伴い、僕は更に精霊に尋ねる。

 

「お前、さっき『お近づきになる為』とか言ったな。まさか……」

 

 一応、彼女も伝説のプリキュアの後継者とも言える存在だ。先代のキュアラピウスが死ぬまでは、伝説のプリキュアとは結ばれる予定だったという話を以前聞いた。故に、まさか後継者同士で結ばれましょうとか馬鹿げたこと言うんじゃないだろうなと、若干の恥ずかしさ混じりに問いただそうとする。

 

「先代様の後継者として、貴方と私は結ばれる運命にあるのです。さあ、共に行きましょう」

 

 問いただす前にあっさりと言われてしまった。しかも、僕の左手を掴みながら。

 

「結ばれるって……け、結婚するってこと!?」

 

「そういえば、前にも風のエレメントさんが似たようなことを言っていたけど……」

 

「マジ!?じゃあ本当に結婚しちゃうの!?」

 

「だからするわけが……は?おい待て。何処に行かせるつもりだ」

 

 右手で僕の左手を掴み、左腕でラテを抱えて立ち上がった精霊はベランダへと繋ぐ扉を開け、外に出る。

 

「私と共にヒーリングガーデンへ参りましょう。何より、大切なラテ様を安全な場所にお連れしなくては」

 

「意味が分からん。もう少し具体的に……ちょっ、おい何するつもりだ!離せ……」

 

 刹那、左手から左手首へと掴む箇所を変えるとその場から走り出し、ベランダの手すりへと足を置く。そのまま勢い良く踏み込み、空高く跳びあがった。

 

「「……あっ」」

 

 当然、いくら精霊でも地球上の重力に逆らうことは出来ない。空高く跳んだ勢いそのままに二人同時に地面へと落下していった。

 

「飛鳥くん!?精霊さん!?」

 

 それを見て心配するのどか達は慌ててベランダへと駆け寄り、落下した場所へと顔を覗かせる。

 

「いたたた……そうでした。風のエレメントの力はボトルに変えてしまったから、もう飛べないのでした。貴方は大丈夫でしたか?」

 

「ちょっと、大丈夫~!?」

 

「大丈夫なわけないだろ。本気で死にかけたぞ……!」

 

 プリキュアの状態であればどうにかなるかもしれないが、そうでない僕はただの人間だ。家の二階から落ちれば激痛が走るのは当然。ましてや頭から落下したのだから尚更だ。幸いにも出血とかは感じず、額とかが赤く腫れあがった程度で済んだのは良かった。

 

 対して、精霊もそのままの姿勢で落下したので、尻餅をついた程度と軽傷だ。とはいえ、あれだけ勢いよく落下したのだから、掴まれた手首は解放されているだろうとそれに視線を送る。だが、そんな僕の考えは甘かった。これでもかと彼女の右手はがっちりと僕の左手首を掴んでおり、ラテもちゃんと左腕で抱えていた。

 

「ラテ様もご無事のようですね。ならば私は平気です。では参りましょう」

 

「無事じゃないって言ってるだろ!はーなーせー!!」

 

 そう言って精霊は立ち上がると、僕を人形のように引きずりながらスタスタと歩き始めていった。本当に何なんだこいつは、と終始困惑してばかりで頭が痛くなってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『古のプリキュアが現れただと……?』

 

『似てるってだけで、まだ確定じゃないんすけど……取り敢えずのご報告ってことで』

 

『……潰せっ!』

 

『ひいっ!?』

 

『テアティーヌとそのパートナー、そしてキュアラピウス……未完成の姿と聞いたにしろ、大昔から目障りであった。さっさと潰してこい!』

 

『り、了解っす……!あの、つきましては~』

 

『なんだ?』

 

『この仕事、成功したらで良いんですが~……』

 

 先のビョーゲンズキングダムでのやりとりの末、キングビョーゲンとの交渉が成立したのかバテテモーダは上機嫌に森の中を歩く。すると、

 

「おい、バテテモーダ」

 

「チッ……あれ~何すか、グアイワル先輩?」

 

 背後からグアイワルの声が聞こえてくる。出撃した時からずっと後を追ってきたのだろうか。よりにもよって気分が良い時にそれを害するような顔をした奴に出くわしたことに、小さく舌打ちを一つして普段の声音へと戻る。そんなバテテモーダに、グアイワルはお構いなしに問いかけた。

 

「お前、メガビョーゲンの欠片を持っているだろう?」

 

「っ!?え~なんすか急に?」

 

 そう言って誤魔化そうとする後輩の胸倉を、グアイワルは掴む。

 

「誤魔化すなバテテモーダ。見ていたんだ、俺は。よこせ」

 

 恐らく、謎のプリキュアによって切断されたメガビョーゲンの部位から手に入れた禍々しい欠片を拾うところを見られていたのだろう。これ以上は誤魔化し切れないと先輩から見えないように顔を逸らして嫌な表情を浮かべ、再び向き直る。

 

「もう、しょうがないな~!グアイワル先輩には特別っすよ!」

 

 バテテモーダは掴まれている手を振り払い、懐から拾った結晶一つを差し出す。

 

「まだあるだろう」

 

「えっ!?」

 

「よこせ。後輩が手に入れたものは俺のものだ!」

 

 あんなデカい怪物から手に入れた個数がそれだけな訳がない。グアイワルの目は誤魔化せず、念入りに探る為に後輩の身体を弄んでいき、結局懐にあった欠片をもう一個取られてしまう。

 

「(へへっ、本当に全部渡す馬鹿がいるかよ……!)」

 

 だが、まだもう一個だけはどうにか死守出来た。弄られた箇所とは別の懐から欠片を取り出しながら不敵な笑みを浮かべた。そんなバテテモーダの様子を、近くの木の上から観察していた一人の男は欠片を手に入れて満足気なグアイワルに声を掛ける。

 

「あまり自己中心的な態度でいると嫌われると思いますよ」

 

「……キロンか」

 

 気付いたグアイワルはフンッと鼻を鳴らして気に入らないという表情を浮かべる。

 

「そんなの知った事か。後輩の物は全部俺様のものだ!」

 

「そうですか。貴方がそれで良いのなら構いませんが……。それより、その欠片のことで私からアドバイスをしようと思いまして」

 

 そう言うと、キロンはグアイワルの肩に手を置くと

 

「それを無闇に使わないように、使い方を見極めることをお勧めします。場合によっては自分を殺すことにも繋がりますので」

 

 囁くように告げてこの場を去って行った。

 

「……どういうことだ?」

 

 その言葉はグアイワルには理解の苦しむものであったらしく、欠片を見つめながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待つラビ!」

 

 抵抗する体力が残らなくなったまま、ついに展望台まで到達してしまったところに遂にのどか達が追い付いた。

 

「なんでラテ様と飛鳥を連れてっちゃうラビ!?」

 

「私の使命はラテ様をお守りすること。その為に私は生まれたのです。そして、彼もその対象の一人となりました」

 

「テアティーヌ様が連れてこいって言ったのかよ!」

 

「いいえ」

 

「やっぱりペエ!」

 

 ただ独自で決断したという精霊の行動に、ラビリンは徐々に怒りの感情を露わにする。

 

「テアティーヌ様がそんなことを言うはずがないラビ!あの時どんな決意で、どんな思いで小さなラテ様を送り出したか……!」

 

 次第に目の奥から涙が溢れ出していた。実際、テアティーヌ本人がどんな思いで送り出したのか、ラビリン達がどういう思いでそれを見ていたのかは僕には分からない。だが、まだ幼いラテを親離れさせることは苦渋の決断であっただろう。生き物としては仕方のないことであっても、また守ってくれる者がついてくれるとしても安易に出来ることではない。そう考えると、溢れ出る涙の理由も分かるようになってくる。

 

「だから……だから、ラテ様はラビリン達がお守りするラビ~!」

 

「ラテ様を連れ帰るなんて……!」

 

「そんなことさせないペエ!」

 

 ラビリンはラテを抱える精霊の腕に飛びつき、ペギタンとニャトランもそれに続いていく。

 

「飛鳥だって、俺達の大事な仲間なんだ!連れて帰すわけには行かないニャ!」

 

 そう必死に訴えるも、ヒーリングアニマルの圧倒的な力の無さは精霊には及ばないでいた。

 

「理解出来ません。お守りするなら連れ帰るべきでしょう」

 

「テアティーヌ様の願いから生まれたのに何で分からないラビ!」

 

「いい加減にしろよ……!」

 

 ラビリンの感情的な訴えを遮るように、僕は腕を大きくぶん回して拘束する精霊の手を振り解く。

 

「さっきから自分の好き勝手にやりがって。何処の誰かも知らない奴に訳の分からないまま振り回されてる奴の気持ち考えろよ……!助太刀に来てくれたことには感謝するけど、それとこれとは話は別だ」

 

 普通に考えて良くはないけど、"今"は僕のことはどうでも良い。ただ、体調を崩しながらも必死に戦っていたラテの思いとか、ヒーリングアニマル達の思いとかを理解出来ないと言うこいつがどうしても許したくなかった。たとえ人間の感情を持っていなくても、ラテを助けたいという願いから生まれた精霊ならばラテ達の思いを理解してくれると、僅かながら思っていたからだ。

 

「それでも理解出来ないっていうなら……!!」

 

 お前を敵とみなし、力づくでも頭に叩き込ませてやる。そう思い、変身用そして戦闘にも扱う杖を投影して手に取る。そして、持ち手の先端部分を精霊へと向け

 

「待って!」

 

 刹那、のどかが僕の前に割って入り、杖を持つ両手をギュッと掴んだ。

 

「それは本当に駄目だから」

 

「っ……」

 

 いつもの優し気な口調とは違い、母が子を説教するような声音で言い放った。その表情も、怒りに哀しみも混じって制止を訴えているように感じ取り、思わずその通りに杖を構える手を下げる。

 

 確かに、もう少し落ち着いて対応するべきだった。無謀だと分かっていながらも果敢に立ち向かうラテの勇姿を否定されているような気がして動転してしまった。

 

「本当に分からないんだよ。精霊さん」

 

「そうね、きっと地球とテアティーヌさんとの間に行き違いがあったのよ」

 

「それに生まれたばっかなんだし……」

 

 人間とヒーリングアニマルで済む世界が違うことで異なった思想になってしまうこと。何より先程生まれたばかりの精霊なのだから、何処かで理解に乏しくなることも何回かは起こるはず。こうやって冷静に考えるべきだったのだと、改めて僕やラビリン達は落ち着きを取り戻していく。

 

「じゃあどうするんだよ……」

 

「……ハァ」

 

 ボソッ、と打開策について呟きながら考えるニャトランに呆れた表情でポポロンは溜め息を一つ漏らした。

 

「ずっと一緒にいるのに分かんないのかよ……取り敢えず、飛鳥はさておきラテ本人にどうしたいのか聞いてみれば良いじゃん」

 

 恐らく、優先度としては僕とラテどちらも大差はないだろうがラテを守る使命を持つ以上は後者を優遇すると推測する。したがって、ポポロンの提案に賛同するとのどかは聴診器を取り出してラテの身体に当てる。

 

「ラテはどうしたい?ママのところに行きたいなら、ちゃんとそう教えてね」

 

『ラテは……ラテは……』

 

 そう悩んだ末のラテの意見は、思いはどんなものなのか皆で見守る。

 

「クチュン!」

 

 しかし、次の言葉を言い放つ前に唐突にくしゃみをし出した。

 

「ラテ様!?」

 

「ビョーゲンズペエ!!」

 

 同時に、ラテの体調が一気に悪くなっていく。それを見たのどかはもう一度聴診器を当てる。

 

『あっちの屋根でお日様が泣いているラテ……』

 

「屋根で、お日様?」

 

「……ソーラーパネルを設置している工場がある!」

 

「それだ!」

 

 ちゆやひなたが思い当たる節を見つける中、精霊は苦しそうにするラテを心配そうに見つめていた。そんな彼女に、のどかは使っていた聴診器を手渡す。

 

「お願い、精霊さん。ラテの話ちゃんと聞いてあげてね」

 

「……」

 

「ね?」

 

「……分かりました」

 

 納得いかないところもあるにしろ、彼女は渡された聴診器を受け取る。それを確認したのどか達は急いでソーラーパネルが設置されている工場へと向かっていく。

 

「……ふん」

 

 僕としては、本当にラテの言葉を聞いて理解してくれるのか心配でならないのだが……とにかく、三人に続いて向かうことにした。

 

「ラテ様、大丈夫ですか?」

 

『ラテのお願い、聞いて欲しいラテ』

 

「勿論、何なりと」

 

『のどか達のところに……のどか達のところに行きたいラテ』

 

「ですが……」

 



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第25節 時を経て繋ぐ二つの風

原作回20話の後半となります。
今回は戦闘描写に力をつけたと思っています…!また10000文字超えなので空いた時間にゆっくりとお読みいただければと思います。


「見つけた!」

 

 到着すると、工場付近でソーラーパネルの姿をしたメガビョーゲンが両手から黒に染まった電撃を放って辺りを蝕んでいた。見るからに危険な攻撃だと感じ、これ以上成長する前に早急に浄化しなければと一同は変身の準備へと入った。

 

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「メガァ、ビョーゲン!」

 

 変身し、身構える僕達に気付いたメガビョーゲンは電撃を放つ。

 

「たああああっ!」

 

 実に単純な攻撃である故に、それぞれ空中に跳んで難なく回避する。その勢いそのままに、キュアフォンテーヌは踵落としを喰らわせる。しかし、メガビョーゲンは片腕で楽々と受け止めていた。

 

「メガアッ!」

 

「ああっ!?」

 

「フォンテーヌ!」

 

 攻撃を跳ね返され、宙に舞うフォンテーヌをグレースは腕を伸ばして援護する。

 

「「ぷにシールド!」」

 

 その隙を突いて追撃を仕掛けるメガビョーゲンをぷにシールドで弾き返し、今度は此方が隙を突く体制に入る。

 

「今だ!」

 

「「「はああああああっ!!!」」」

 

 援護したことで上手く体制を立て直したグレースとフォンテーヌ。そこに再び跳び上がったスパークルも加わったトリプルキックをお見舞いする。一見ソーラーパネルの姿をしているおかげで頑丈そうにも見えるが、流石に三人同時の蹴りには耐えきれず、体勢を崩して倒れていった。あとはキュアスキャンでエレメントさんを探ってとっとと浄化させるだけだ。

 

「ふん、あいつはまだか。とりま試してみるか……」

 

 その光景を、近くで見物していたバテテモーダは手に入れた例の欠片をメガビョーゲンの身体へと埋め込んでいく。

 

『メ、メガァァァァァ!?』

 

 刹那、メガビョーゲン自身に異常事態が起こり始める。奇妙な声音へと変化すると、邪悪なオーラと共に更なる巨体へと変わっていった。

 

『メガビョーゲェェェェェン!!』

 

 終いには一回りという言葉では済まされない程に巨大化したメガビョーゲンを目にして、絶句せざるを得なかった。そんな僕達を容赦なく一掃しようと怪物の身体が光り始める。放出する為のエネルギーを溜めているかのようだ。

 

『メガァ……ビョーゲンッッッッッ!!!』

 

 そして、次の一手でメガビョーゲンは右目からビームを発射させる。一瞬の隙も与えないとは正にこのことだろう。回避する暇を与えられない僕達は直撃し、地面へと叩きつけられる。パワーアップしたことで同時に辺りを蝕む程の威力を繰り出され、相当なダメージを負ってしまうこととなってしまった。

 

「どういうこと……!?」

 

「急にでっかくなったんだけど……!?」

 

「アッハハハッ!実験大成功~!どうですキングビョーゲン様!自分発見しちゃいました!簡単にメガビョーゲンを急成長させる方法を~!!」

 

 電気を纏った腕で、メガビョーゲンはプリキュアに向けて攻撃を仕掛ける。地面に叩きつければ辺り一面が放電するおまけ付きがあるだろう攻撃を、僕が召喚した大蛇の化身は既の所で尻尾で腕を絞めて受け止めた。

 

「アーハッハッハ!!さぁ来い来い!正体不明の紫プリキュアちゃん!今なら負ける気がしない!!」

 

「めんどくさいことしやがって、あんにゃろう……!」

 

 我ながら瞬時に対抗できたのは凄い事だと思う。まともに当たっていれば戦闘不能になりかねない程の膨大な威力の攻撃を見れば分かる。結局、化身は反撃の頭突きを喰らわせるもメガビョーゲンの精一杯に振りほどいた力によって消滅していった。

 

 とはいえ、強力な怪物と化して此方が劣勢となったことには変わりはない。苦しい戦いを強いられるのには逃れられないだろう。だが、それでも戦うしかないことは此処にいる誰もが分かりきっていた。

 

『葉っぱのエレメント!』

 

『雨のエレメント!』

 

『火のエレメント!』

 

 エレメントの力を使った、三人の一斉攻撃。

 それぞれのヒーリングステッキから放たれた三色の光線をメガビョーゲンは受け止めるも、合体技と言ってもいい強力な攻撃に耐えられず相殺し、後退るような動きで隙を見せた。それを逃すわけもなく、遠方からクロスボウを構えて標的を狙う。

 

「そんなに上手くは行かないんだなあ……!」

 

 刹那、呟いた声と共に横から素早い速度で何かが突進してくる。

 

『ぷにシールド!』

 

 ポポロンはすぐさまぷにシールドを展開するが、バテテモーダはそれを許してはくれない。長く鋭い両手の爪で盾を引き裂く。それも一度の強力な攻撃だけではなく、何度も何度も動きを止めることなくシールドがぶっ壊れるまで引き裂き続ける。

 

「「ぐぅ……!!」」

 

 やがて、最後の一発として拳を叩きつけられたことでパリンッと音を立てながら破られ、吹っ飛ばされてしまう。

 

「まだ終わらせるわけにいかないんすよ……!」

 

「ラピウス!」

 

「余所見してて良いんすかねえ!」

 

 此方の安否を心配しているグレース達の背後で体勢を立て直したメガビョーゲンが自慢の腕で薙ぎ払いに行く。それに気付いた時にはもう遅く、一掃されてしまう。

 

「さぁ、どうするプリキュア!フハハハハハ────」

 

 バテテモーダの高笑いと同時に、メガビョーゲンはソーラーパネルにエネルギーを溜めていく。普通のソーラーパネルと同じで太陽の光を発電させるのかは分からない。だが、先程のビームとは比べられないくらいの威力となるだろう。

 

 ──終わった。強くは思っていなくても、ほんの少しだけそんな一言が頭に過ったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天穹の弓(タウロポロス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、打ち上げ花火のように地上から閃光が上空を駆け上がり、メガビョーゲンへと降り注いで命中する。『ドンッッッ!!!』という爆音が地面に鳴り響き、それと共にメガビョーゲンはガクンと膝をついて倒れていく。一斉攻撃の際はどうにかして踏ん張った末のものだったので、一瞬にして大ダメージを負ったことに流石に困惑せざるを得ない。

 

「矢……!?」

 

 怪物の右腕を凝視してみると、人間の平均身長と同じくらいの長さの矢が垂直に刺さっていた。降り注ぐ閃光の正体はこの矢であったのだ。

 

「お待ちなさい」

 

 直後、その声と共に空からゆっくりと地上に降り立つ者がいた。

 

 ラテを腕で抱える精霊であった。先程は家の二階から飛び降りて負傷するという失態をおかした彼女だが、今度は自身が持つ風のエレメントボトルの力で浮遊して地面にそっと足を置く形となった。

 

「ラテ、精霊さん!」

 

「もしかして、今の精霊さんが……!?」

 

 閃光の矢は精霊が放ったのかと、恐らくラテとの話し合いによって共に戦うことを決意したのであろう彼女に三人は期待の眼差しを込める。しかし、その問いとダメージを負ったメガビョーゲンに目を向けると、キョトンとした表情を浮かべた。

 

「いいえ、皆さんがやったのではないのですか?」

 

「「「え?」」」

 

 ──いいや、こいつじゃない。

 ここまで的確に標的を射抜けるのは、あの男しかいない。

 

「嗚呼、今のは私だ」

 

「貴方、は……!」

 

「げっ!?」

 

 突然の登場に精霊すらも目を見開く。僕達の間に入り、メガビョーゲンの方へと歩みを進める男こそ、獲物を弓矢で確実に仕留めて物理で喰らう狩人──キロンである。やがて怪物の元に辿り着くと、何故か彼に怯えている様子のバテテモーダを横目に腕の上へ立ち矢が刺さって傷が開いた箇所に手を突っ込み、何かを取り出そうとしていた。

 

「……とにかく参りましょう、ラテ様」

 

「ワン!」

 

 思わぬ対峙はあったが、精霊の覚悟を決めた表情とラテの一声が合わさり、変身の体制へと入る。

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

 金色であった髪は薄紫色のロングヘアに変化。更に翼を模した飾りがある金色のティアラを装着。コスチュームは自身の髪色に似た左右非対称のロングスカートに肩を露出させた衣装。足元にはフラットシューズを履き、くるぶしには左右異なった黄金のリング。そして、肘辺りまでの長さの白い手袋を着けている。

 ──キュアアース。地球上の風のエレメントの力から生まれた彼女に最適な名前だ。

 

「……っ!」

 

 名乗りを上げ、周囲に薄紫の風を吹かせながらアースはラテをその場に下ろして、視線をメガビョーゲンらへと向ける。その姿を見て、あまり感情を表に出さないキロンは意外にも驚いた表情を露わにしていた。

 

「このキュアアース……ラテ様の想いを受け、お手当ていたします!」

 

 その言葉と共に、アースはメガビョーゲン兼キロンへと接近する。駆け足そのままに勢い良く跳び上がり、強烈なキックをお見舞いする。しかし、

 

「いや、それよりも……」

 

 呟き声を発してバテテモーダに視線を向けながら、キロンはメガビョーゲンの体内から取り出した物をすぐに懐に入れる。そして、繰り出された攻撃を軽々と避け、早急にその場を離れていった。だが、アースは動きを止めることなく、蹴り足を踏み足に変えて再び跳び上がり、工場の屋根を駆け抜けていく。

 

「はああああああっ!」

 

『メガァッ……!?』

 

 やがてメガビョーゲンの顔面付近まで接近すると、もう一度強烈なキックを放つ。怪物の顔面の広さが幸運となったか、直撃し倒れていった。

 

「チッ、あいつにバレる前にさっさとここから───」

 

「おや、バテテモーダ。もう降参ですか?」

 

「ひぃっ!」

 

 そそくさと逃げようとするのを止めるように目の前まで急接近するキロンに、バテテモーダは怯えた表情を見せる。

 

「あーいや、そういうわけじゃないっすよ。ただ急用を思い出したので~……」

 

「戦いの最中に急用ですか……まあそれは良いとして、一つお願いしたいことがあるのですが」

 

「な、何でしょう……?」

 

「持っていたアレ、返してくれませんか?」

 

「え、えっと、何の事でしょうかねぇ?キロン先生の取ったものなんて何m」

 

「うん?私はグアイワルが持っていたのを返して欲しいと言ったつもりなのですが……何か私の物に心当たりがあるのでしょうか」

 

「へっ!?」

 

 会話がいつの間にか揉め合いと化していないかと、メガビョーゲンに次々と攻撃を繰り出すキュアアースから視線を逸らして観察しながら思う。そんな二人の前に、風を吹かせながらアースは立ちはだかる。

 

「皆さんはメガビョーゲンを。『これら』は私が引き受けます」

 

 そう言って、アースは突っ込んでいく。バテテモーダはまだしも、あの男にも『これ』の部類に入れるのは中々に度胸があると言うべきか、単純に恐れを知らない奴と言うべきか。だが、攻撃を仕掛ける彼女にキロンは表情を変えずにバテテモーダの背後へと忍び寄る。

 

「はっ、『これら』呼ばわりとは言ってくれるじゃない───おわあああ!!!!!」

 

 長く鋭い両手の爪を光らせながら、アースに立ち向かおうとするバテテモーダ。しかし、それを許さんと背後にいた男は彼の尻尾を掴んで近くの木々へと吹っ飛ばした。

 

「話はまだ終わっていないぞ」

 

 頭や背部を強打して抑える奴の前に立ち塞がる。話を聞いた限りだとバテテモーダが何か罪を犯したと思われるが、罪から逃げようとする者あるいは自身の邪魔をした者を野放しにする訳にはいかないのだろう。

 

「隠した場所を教えろ。そうすれば、これ以上の危害を認めないものとしよう」

 

「わ、分かりました……でも!」

 

「っ!」

 

 しばらく口ごもっていたものの、少しして相手の顔を窺って返事をする。だが、そんな奴の両手は鋭い爪を伸ばしており、不意打ちをつくようにキロンの顔面を強く引っ掻いた。

 

「そう簡単に教えはしないっすよ。自分にも野望ってもんがあるんでねぇ……!!」

 

 腕や足ならばともかく、顔面は特に強烈な痛みを受けるはずだ。実際、彼の顔面は額から頬にかけて長い線状の傷跡が残されていて、次第に血が滲んできている。だが、傷跡を抑えるだけで痛みの感情を露わにすることもなく、彼が見る視線の先には抵抗し続けるバテテモーダただ一人であった。

 

「初めからあんたの顔はもっと傷つけたいくらい気に入らなくてねえ……だから、自分決めたんすよ。ここであんたをぶっ潰すって!!」

 

 バテテモーダは立ち上がると、勢い良く跳び上がって襲い掛かる。両手の鋭い爪での引っ掻きに蹴りなども加えて本気で倒そうという姿勢を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───たかが野望だけで勝てるわけないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわあああああああっ!!!!!」

 

 襲い掛かる相手の顔面に膝蹴り一発。一呼吸を入れて、全身にマシンガンで撃たれるような打撃。そして、遠くまで吹っ飛ばして衝撃を与える後ろ回し蹴りを一発。計三連撃がバテテモーダにお見舞いされ、瀕死状態となったメガビョーゲンの近くの工場の壁まで吹っ飛ばして叩きつける。更に弓を構えて4本の矢を同時に放ち、逃げることのないよう両手両足に一本ずつ拘束する。

 

「頭を冷やしたか?では、答えて貰おうか」

 

「びょ、ビョーゲンキングダムにある小さな洞窟。基本誰も気付かない所っすよ……これでいいでしょう?」

 

「……ああ、もう手出しはしない」

 

 そう言って背を向けると、今度はプリキュア側へと顔を向け、

 

「そいつらを始末しておけ。お前達の役目だろう?」

 

「「「えっ?」」」

 

「はっ……!?」

 

 冷たく言い放った。

 

「仲間じゃないの……?」

 

「……ふっ、仲間か。その言葉を耳にしたのは久方ぶりだ」

 

 掌で零れた笑みを隠すように、歩みを進めて森の奥へと姿を消していった。

 

 これまでの戦いから、彼はプリキュアを獲物と称して倒すというか『狩る』という戦い方が目立つ。だが、今回は遠距離から味方側であるはずのメガビョーゲンを捕らえていた。更に、アースが仕掛けた攻撃には興味を示さない様子で回避し、バテテモーダに尋問を始めていた。何が目的なのかは分からないが、今の言葉でほんの少しだけ分かったことがある。

 

 それは、キロンという男はビョーゲンズ側の者ではないということ。過去には一度だけメガビョーゲンを発現したりビョーゲンズらが一斉に攻めてきたことがあったが、どちらも自身の為であり先程の返してくれ云々も同等のものだろう。とはいえ、

 

「とにかく、終わらせるぞ」

 

 今目の前にいる厄介な敵を倒すチャンスが到来したのだから、すぐに片付ける他ない。アースも同じ考えのようだ。それぞれ僕はメガビョーゲンに、アースはバテテモーダに向けて必殺技を繰り出す体制に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)!』

 

 

 

 

 

「アースウィンディハープ!」

 

 一枚の羽が頭上に舞い落ちると、彼女の武器である『アースウィンディハープ』へと姿を変え、そこに風のエレメントボトルを装填する。

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

 

 

 

 

「お、俺の野望がァァァァァ!!!ヒーリングッバアアアアアアアイ!!!!!」

 

 

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバテテモーダを一瞬で……!」

 

「めっちゃ凄い……!」

 

 瀕死状態であったとはいえ、元々はメガビョーゲンを発現する主のような存在であったので、それを浄化したことに感服していた。

 

『ありがとうございます。皆さんのおかげで助かりました』

 

 メガビョーゲンの体内に取り込まれていた太陽のエレメントさんが此方に寄って感謝の言葉を述べる。ラテの体調も良くなり、やがてエレメントさんは元いた場所へと戻っていった。

 

「なあ、アースは何処行ったんだ?」

 

 現在、この場にアースの姿はおらずラテはのどかに抱えられている。音沙汰なく溺愛していたパートナーを置いて行くのは考えられない話なのだが。

 

 

 

 

 

「ぐうっ……!」

 

 すると突然、森の奥へと行方を晦ましたキロンが再び姿を現す。だが、その姿は彼らしくはなかった。腕を交差して、何かに襲撃されたのか ズザザッ!と足を引きずらせていて多少のダメージを負っているようだ。そして、その正体はアースが後に続いて姿を現したことで分かった。

 

「見逃してやるつもりだったのですがね」

 

「それを見過ごすとお思いですか?もっとも、貴方のような死神を」

 

 鋭い視線を浴びせる。以前まではラテを守るという使命の為に戦っていた彼女だったが、今に関しては何かの因縁があるように見える。

 

「死神……?」

 

「ええ。この男は私に似た先代のプリキュアに一度倒されています。どうやって再びこの地に舞い降りたのかは存じませんが、もう一度清めればいいだけの事」

 

「先代……そうか、お前も後継ぎの者か」

 

 何かを察したキロンに、アースは足を踏み込む。

 

「また背を向けたところでハエのように寄ってくるだけだろうし、早々に叩き潰した方が良さそうだ」

 

「皆さんはそこにいてください。この男は私が倒しますので」

 

 こうして、戦いの火蓋が切られることとなった。

 

「はあっ……!!」

 

 先手を打ったのはアースだ。地面を蹴って射程範囲まで距離を素早く詰めると、拳を握りしめて振るいかかる。

 

「───ふんっ!」

 

 彼が素早い攻撃に反応出来ない男ではないのはお分かりのはず。振るわれた拳を片手で軽々と掴み、腰を回して勢い良く宙に舞わせ、反対の手で拳を作って振るい返す。不利な状況でもその攻撃は見えたようで、アースも反対の掌で受け止めようとするも力でねじ伏せられ吹っ飛ばされてしまう。

 

「くっ……!」

 

 それでも彼女の動きは止まらない。空中で体制を立て直し、隙を見せずに再び急接近。今度は真正面からではなく側面や背後から攻撃を繰り出していく。だが、やはり何処から突こうにも動きは読まれていて、攻撃が届く前に弾き返されたり投げ飛ばされたりと中々通らないでいた。

 

 そんな二人に、僕達は少し離れた場所で見ていることしか出来ないでいた。僕に限っては奴と交渉してしまっているから、たとえ立ち向かったとしても見向きもされないだろう。

 

「アースでも攻撃が通じないなんて……!」

 

「……うん。それくらいめっちゃ強いんだよ、あいつ」

 

 ひなたが震えた声で反応する。というのも、ひなたも僕と同じようにキロンから与えられた痛みを体感した経験があるからだ。

 

 あいつが厄介なのは、バテテモーダとは違った強さを持っていること。後者は正にガン攻めと言える戦術を持っていたのに対し、防御も攻撃に変えてしまう戦術、加えてたった一撃で悶絶させる程の強大な力を持っている。現状、この中で奴に傷をつけられる奴はいないだろう。だがそんな中、ワンチャンスとなるものが1つある。

 

『風のエレメント!』

 

 アースは風のエレメントの力を身に纏って一呼吸を入れる。相手が弓を構えて5本の矢を放った瞬間、風を切る音と共に姿を消した。

 

「瞬発力を武器にしてきたか。だがそれだけでは意味が───」

 

 今度は背後から仕掛けてくると読み取ったのか、キロンは振り返って攻撃を受け止めようと掌を差し出す。

 

「───っ!」

 

 しかし、受け止めたのは風を切った感覚だけでアースの姿はなかった。確かに彼女の拳に触れたはずが掴めていなかったことに目を見開く。

 

「そこだっ───」

 

 再び背後から来ると予測するも、また同じ感覚のみが伝わる。アースは風のエレメントを使って一瞬のスピードで相手を翻弄しているのだ。側面、足払い、回り込んでまた足払い、真正面で拳を振るうなど目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出していく。

 

 とはいえ、キロンもキロンで動き自体は読まれているのでまともにダメージを与えられてはいない。なので、此方側が劣勢なのに変わりはないだろう。だからこそ、相手が隙を見せるまで攻める姿勢を止めずに幾度も隙を与えずに繰り返していく。

 

「───なっ!?」

 

 次は背後から来る───そう察知して振り返った瞬間、アースは瞬時に回り込む。奇跡的に相手から隙を見つけることが出来た。

 

「やあっ!!!」

 

 その隙を一秒たりとも逃しはしない。真正面から顔面に蹴り上げ一発、更に腹部に拳を一発、そして後ろ回し蹴りの三連撃をお見舞いして見せた。先程、相手がバテテモーダに振るった攻撃の重い一撃版と言ってもいいかもしれない。まともに喰らったキロンは勢い良く吹っ飛ばされ、地面に転がっていった。

 

「ただの後継ぎの人間だと思っていたが、中々に強い……」

 

「人間ではなく、私は地球から生み出された精霊のような存在です。貴方にはもうどうだって良い話でしょうが」

 

「精霊……成る程。では尚更だな」

 

 再び弓矢を構える。攻守交代を宣言しているようでもあった。だがそれを許すまいとアースはもう一度攻め込んでいく。対して、今度は一斉に数本の矢を放つのではなく一本一本狙って討つスタイルへと変えている。この場合の彼の攻撃は百発百中だ。多少でも受けることは免れないなので、どうにかして払いのけていくしかない。

 

『風のエレメント!』

 

 何発か掠り傷を負ったものの当たる寸前のところで上手く直撃を回避し、やがて詰め寄ると足を強く踏み込む。

 

「っ!」

 

 刹那、相手の周りを薄紫の風が螺旋状に包み込んでいく。風のエレメントの力で翻弄させる攻撃に仕掛けの動きを読まれないよう惑わせる、言わば状態異常攻撃を加えた技を繰り出していた。確かに、これなら何処からでも反撃を喰らうことなく攻撃出来る。

 

「興味深い戦法だが、これならどうだ……!!」

 

 そう思っていたのも束の間、彼はそれに悩まされる程甘くはなかった。自身の持つ馬鹿力で拳を地面に叩きつけ、大地に衝撃を与えて地割れを起こす。辺りに吹き込む風は一掃され、彼の周りには大きな円状の穴が描かれていた。

 

「さっさとかかって来───」

 

「何処を見ているのですか」

 

「何───っ!?」

 

 真下の割れた地面に着地した時には、彼女は地面に体重をかけて目の前に潜り込んでいた。その声とその姿に気付くのが遅く、キロンが次の言葉を発する前に後ろ足を回して蹴り上げる。

 

「はああああぁぁぁっ!!!」

 

 地面を蹴り、そして空中を蹴りながら瞬発力を活かした無数の打撃を与えて相手を空高く上げていく。

 

「───ふっ!」

 

 更に空中を大きく蹴る。今度は相手よりも高く跳び上がり、右手に風のエレメントの力を纏わせてグッと拳を握る。最後の一撃として相手の背部に叩き込むつもりだろう。しかし、

 

「まだ……だっ!」

 

 このままやられるわけにはいかない。キロンは身体をぐるっとアースの方へ振り返らせて、すぐさま弓矢を投影する。

 

闇天の弓(タウロポロス)

 

「っ!?」

 

 黒に染まった一閃の矢が彼女を襲う。近距離での攻撃に思わず右拳で防いでしまい、見事に手の甲に命中する。風のエレメントの力で制御されたおかげか幸いにも貫通することはなく、ダメージも本来のものより軽減されていそうだ。

 

「くっ……!」

 

 とはいえ、かなり出血していて負傷していることには変わりはない。痛みを堪えようとするも、よろける仕草を見せる。それに対し、キロンはフッと笑みを溢すと彼女の右拳を掴みに掛かる。

 

「……いえ、まだです!」

 

 その瞬間、正に触れられるところで相手に衝撃が走る。アースは痛みの走る右手で相手の腕を掴んで引っ張り、反対の手───左手に同じように力を込めて彼の腹部に力一杯叩き込んだのだ。

 

「ぐああっ……!!」

 

 相手の身体は引っ張られるように円状の穴へと叩きつけられた。

 

「これで最後です……!」

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 

 

 

 

「やらせはしな───なっ、くそっ……!!」

 

 どうにかして対抗しようとするも、身体が深く叩き込まれたせいで地面に埋め込まれてしまっている。動きを封じられたキロンを倒す絶好のチャンスが到来した。

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 

 

 

 

 アースウィンディハープから放たれた、無数の白い羽を纏った竜巻状の光線がキロンのいる穴へと命中。やがてその穴は元の地面へと戻り、そこに彼の姿はない。

 

「本当に倒しちゃった……」

 

「あんなに強敵だった相手を……!」

 

「凄いよ、アース最強じゃん!」

 

 三人がそれぞれ歓喜の言葉を述べ、それを見たアースは思わず笑みを溢す。

 

 ……だが、それは僕にとって作り笑いのようにも見えた。

 

「……いたた!」

 

 変身が解除され精霊の姿へと戻った瞬間、猛烈な痛みが彼女を襲う。先程の右手だろう。

 

「ありゃりゃ、相当無理したねぇこれ」

 

 ポポロンが手当てに向かうも、かなり深い傷を負っている。逆に目の前で禍々しい矢を喰らってこの程度の傷で済んだのはもはや奇跡的なものだと思うが、それでも血の色が痛々しいものへと変色しつつある。

 

「いつものじゃ完治出来るか怪しいなあ……じゃあこれ食べて」

 

 そう言って羊毛の中から銀のリンゴを取り出す。毛玉の中から出てきた上に無駄に輝いていて心底食べたくないが、精霊は嫌な顔一つせずに手に取って一齧りする。

 

「一概にも美味しいとは言えませんが、痛みが一瞬にして引いていくような……」

 

「そう、それは傷を癒す効果があるんだよ。と言っても、完治までには多少の時間は掛かるかもしれないけど」

 

「じゃあ、一応包帯でも巻いておくか」

 

「あっ……」

 

 僕はポーチから消毒液と包帯を取り出し、やや強引に精霊の手を取って手当てを始める。あんなことがあったからあんまり近寄りたくないというのが本音ではあるが、それとこれとは話が別だ。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「これからはどうするつもりなんだ?ラテと一緒に戦うのか?」

 

「はい、ラテ様が望む限りは」

 

「ワン!」

 

「マジ!?やった~!あたし達もう最強過ぎじゃん!!」

 

「アース、これからよろしくラビ!」

 

 皆がアースが正式に加入したことに喜ぶ中、僕は安堵した表情を見せる。それがラテとの話し合いで決めた答えなら素直に安心出来るからだ。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

「あ?」

 

 傷の手当てを終え道具を片付ける時、突然アースがそう述べる。

 

「私の身勝手な行動で貴方を困らせてしまったこと、謝罪させてください。申し訳ありませんでした……!」

 

「……チッ」

 

 まさか面と向かって謝られるとは思わなかった。確かにあそこまで振り回されて許そうなんて感情は浮かびづらいが……ラテに叱られたんだろうか。調子が狂うというか、こっちが申し訳なくなるというか凄く変な気分になる。

 

「……馬鹿かお前は。散々な目に遭ったのはそうだけど、そんな顔して謝られる程恨んでないし別にラテと一緒に戦うならそれで良い」

 

「おいおい、唐突なツンデレやめろよ思わず尊さで鼻血出ちまうだろうがヨ」

 

「場の雰囲気壊すの止めて欲しいラビ」

 

 背後で駄羊が何かほざいているのはさておき、僕はアースに手を差し出す。

 

「っ!」

 

「神医飛鳥だ。これからよろしく頼む」

 

「……はい。よろしくお願い致します、飛鳥」

 

 こうして互いに握手を交わして正式に和解することとなった。だがそんな中でどうしても引っ掛かるような、ある疑問を抱く。

 

「この姿でプリキュアの名前で呼ぶのってどうなんだ?」

 

「確かに、少し変な感じするわね」

 

「そうですか?では、皆さんで名前を付けて頂けますか?」

 

 まさか僕達が名付け親にされるとは思わず固まってしまう。とはいえ、ラテに決めさせるわけにもいかないし生まれたばかりの彼女自身に決めさせるわけにもいかない。頭を悩ます中、ひなたは一番に提案する。

 

「んー、じゃあア───」

 

「アースっちとか言うんじゃないだろうな」

 

「えっ、何で分かったの!?超能力者!?」

 

「いや、俺でも分かるぞそれ」

 

 取り敢えずひなたのは却下として、出来れば"アース"に因んで付けたい。責めて"あ"のついた名前にはするべきだろう。

 

「直感だけど、"歩美"ってのはどうだ?一歩ずつ進んで美しい女性になれるように……みたいな」

 

「おー良いじゃんアユミン!」

 

「お前はいちいちあだ名に変換するな……」

 

「でも良いわね、由来もしっかりしてるし」

 

「成る程、歩美ですか。ラテ様が宜しいのでしたらそれで」

 

「うーん。"アスミ"ちゃんも良いかなって思ったけど、歩美ちゃんの方が良いかもだね」

 

「よしじゃあアスミにしよう」

 

「「「えっ」」」

 

 のどかの案に賛同しただけなのに、何故か驚かれてしまう。

 

「何がえっ、だ。アスミにしようと言っただけだぞ」

 

「えっ、でも、歩美ちゃんにするんじゃ」

 

「歩美なんて奴は知らん。こいつは元からアスミだろうが」

 

「あ、うん、皆がアスミちゃんで良いなら……」

 

「良し決めた今日からお前はアスミだからな。良いな絶対歩美と間違えるなよ、良いな!?」

 

「は、はい。ラテ様が宜しいのなら……」

 

 アスミ(仮)の言葉に対し、ラテは少し引き気味なのかぎこちなく賛成の声を上げる。

 

「最近のあっくん、たまに変なスイッチ入るよね……」

 

「なんか、人が変わるというか……」

 

「と、取り敢えず!これからよろしくね、アスミちゃん!」

 

 のどかが決定の意思表示をするように、アスミに挨拶の言葉を投げかける。二人もそれに続いていった。

 

「よろしくね、アスミ!」

 

「よろしく、アスミン!」

 

「アスミちゃん、アスミ、アスミン……どれが私の名前でしょう?」

 

「えっ!?え~っと、アスミ!アスミが基本でね……!」

 

 まだ生まれたばかりの彼女には知らないことが沢山ある。地球で生きていく為にも僕達が色々教えてサポートしていかなければならない。これからの賑やかで平和な日常を送ってくれることを願って……。

 

 



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第26節 風鈴アスミ

今回は原作回21話と22話を混同した回となっております。頑張って週一ペースで書けててえらい!(えらくない)


「今日は疲れたね~」

 

「1日に2度もお手当てしたんだもの……」

 

「しかも全部鬼ハードだったし。はあぁ、明日日曜で良かった~……」

 

「明日は一日ダラダラしようぜ~」

 

「ちゃんと休息をとるのも大事なことペエ」

 

 長きにわたるお手当てを終え、僕達は帰路に着く。太陽が次第に沈んでいて、流石に帰らなければ親御さんも心配するだろう。

 

「じゃあ私こっちだから」

 

「うん。また学校で」

 

「またね~!」

 

「ん」

 

 僕の家はのどかの家とそれなりに近いので、のどかとは同じ道に進むことになる。他の二人はそれぞれ別の道に別れを告げながら歩いていく。

 

「頭痛くなってきた……」

 

「大丈夫?」

 

 恐らく疲労によるものだろう。何せ嫌なことを思い出すわ急に意識途絶えるわ、はたまた出会ったばかりのアスミに色々振り回されるわで今日は実に散々だったのだから、明日は何もせずに1日過ごした方が良さそうだ。そんなことを考えながら、十字路へと辿り着く。

 

 

 

 

 

 ───アスミ?

 

「「「「あっ」」」」

 

 その名前を思い出した瞬間、全員の足がぴたりと止まる。振り返ると、十字路のど真ん中でにこやかな表情で突っ立っているアスミの姿があった。

 

「待って待って待って!!」

 

「アスミは何処に帰るの?」

 

「帰りません。ヒーリングガーデンには帰らない事になりましたので」

 

「そうじゃない。お前の家は何処だと聞いてるんだ」

 

「私に家はありません。強いて言えば地球全体でしょうか」

 

「スケールでかっ!?」

 

 よくよく考えれば、生まれたばかりの精霊に自宅は何処だなんて聞くのが間違いだった。質問の仕方を変えて改めて尋ねてみる。

 

「じゃあ、何処で寝るつもりなんだ……?」

 

「お風呂は!?」

 

「ご飯は!?」

 

「私はラテ様のお傍にいられれば、他に何もいりません。休む場所ならここで……」

 

「「「「はっ!?」」」」

 

 アスミはそう答えながら、その場で腰を下ろして横になろうとする。肩が、髪が地面につく前に僕は彼女の両脇を掴んで立たせると、彼女は困り顔で此方を振り返ってくる。

 

「駄目なのですか?」

 

「駄目に決まってるだろ死ぬぞお前!」

 

「そうなのですか。人間界とは物騒な場所なのですね」

 

「いや、こんな道路で寝ようとする君の方が物騒だよ」

 

 とてつもなく厄介な事態である。人間界に生まれたことである程度の常識は叩き込まれていると思っていたが、実際は壊滅的にないという。大人びた見た目とは真逆の奇行に誰もが絶句せざるを得ない現状であり、このままだと面倒事に巻き込まれかねない。

 

「……どうするんだこれ」

 

「うーん……打開するには、この中の誰かの家に居候させる他ないんじゃない?」

 

 ポポロンがそう提案するも、誰も中々手を挙げられないでいる。

 

「あたしん家はちょっと厳しいかな~。空き部屋とか多分ないし……」

 

「私の家も宿泊施設だから、多方面に迷惑掛けるかもしれないから……」

 

 出来ないことはないけれど、どうにも難しいってところだろう。

 

「こっちはそもそも無理だ。知らない異性の人連れ込んだら、絶対母さんに殺される」

 

「殺されるって……」

 

 冗談ではなく、本気で殺されかねないのだ。母さんはそういうのに相当敏感だし、たとえそっち系の目的でなくとも尋問を越えた拷問になることは容易に想像出来る。最悪肉の塊すらも残るか否か……というわけで僕も手を引くことになり、残るはのどかだけとなった。

 

「考えてみれば、ラテを住まわせてるのどかがこの中じゃ適任なんだよね。どうかな、頼めるかい?」

 

「う、うん……!頑張ってみる!」

 

 よって、話し合いは成立となった。

 

 アスミを見守るのに新米ヒーリングアニマル達では心細いようで、ポポロンはしばらくのどかの家に泊まることになった。寝静まった夜を過ごせそうで思わず表情を和らいだのはここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日経った日の休み時間のこと。

 

「アスミちゃん、今朝は嬉しそうだったな~」

 

 のどかは今朝起こった出来事を思い出し、耽っていた。その内容として、アスミが花寺家に住むようになったことでラテと過ごす為の個人部屋を提供してくれたそうだ。ラテの飼い主兼海外からのバックパッカーと称して誤魔化したらしく、家族が留守の間は彼女がラテの世話をすることになったとのこと。その時に『アスミ』だけだとおかしいと苗字を考えていて、家に飾られた風鈴を見ていたので『風鈴アスミ』と名付けたと言っていた。

 

 因みに、今日に至るまでやはりアスミの不慣れな生活に苦戦していたらしい。箸が使えなかったのは外国人観光客あるあるなので、まあ許容範囲である。だが、風呂のシャワーを上手く使えなかったり食事の際にとんでもないことを言いかけたり、更には信号に気付かず轢かれそうになったりとかなり世話を焼かれていたようだ。

 

「そりゃあそうでしょ~!あたしも自分の部屋貰えた時めっちゃ嬉しかったし!」

 

「だね!」

 

「でも、家にアスミ一人で大丈夫かしら……?」

 

「まあ言われてみると……」

 

 彼女が生まれてから2日は経ったものの、日常生活はまだ慣れていないだろうし変な事態に直面していないか確かに心配になってくる。

 

「大丈夫だよ、ラテもラビリンもポポロンもいるんだし。心配ないない!」

 

「まあ、それもそうね」

 

 そうして二人がのどかを励ますも、のどかは心配そうに窓の外を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のどかっち、慌てて帰っちゃったね」

 

 本日の授業が終わり、余程アスミが心配だったのかのどかが先に帰っていったので、ひなたとちゆと共に下校することに。

 

「私、余計なこと言っちゃったかしら……」

 

「別に、のどかだって心の片隅で同じこと思ってたと思うが」

 

「だと良いんだけど……」

 

 自分なりにフォローしたつもりだったのだが、ちゆの表情は曇らせるばかり。その時、二人組の女性とすれ違う。

 

「あの子、何?」

 

「もしかして幽霊……?」

 

 と、そんな会話を耳にし彼女らの視線は僕らの通学路の方を向いている。

 

「何だあれ……はっ」

 

 その視線の先には、男性二人が身体が透けている女性の姿を見て驚いている光景だった。しかも、その女性は凄く見覚えのある人物だった。

 

「アスミ!?」

 

 青緑のノースリーブワンピースを着用し首元には白いスカーフ、そして髪型はひとまとめに括っている。初めて出会った時とはかなり雰囲気が変わっているが、透明になっても目立つ金髪ですぐに分かった。

 

「なっ、あれどういうこと!?」

 

「ひなたと飛鳥は周りの人を引き付けて!私はアスミを連れていくから!」

 

「えっ!?あっ、お、オッケー!!」

 

 ちゆの指示通り、ひなたはアスミを囲む人混みに割り込んでいく。

 

「うぇっ!うそうそ~!すっごい美少女発見~!」

 

 少々オーバーに周りの人達を誤魔化して引き付けていた。本気でそのスタイルで通すつもりなのか……。

 

「ほら、透明感!透明感!!とうめいか〜〜ん!!!」

 

「……やっぱり僕も行く。そっちは頼んだ」

 

「えええっ!?」

 

 流石にあんなのは御免だ。その隙に、ちゆがアスミの手を取ってその場を走って後にするのについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、何だその身体」

 

 ちゆの家である沢泉旅館に到着し、アスミと共にちゆの部屋へお邪魔する。留守番をしていたペギタンも加入しアスミの身体が透けている事情について尋ねてみる。

 

「実は私、ラテに避けられているようなのです。もうどうして良いか分かりません……」

 

「それが原因で身体が消えちゃいそうペエ」

 

「そういうことなの……地球の神秘ね」

 

「私はもう本当にこのまま消えてしまいたい……」

 

 透明感が更に強くなる。もはや姿形も見えないに等しいくらいだ。ラテの言葉に耳を傾けるようにはなったが、過保護で心配性なところは変わらないらしい。そのせいでラテに距離を置かれてしまい、彼女は思い詰めてしまっていた。

 

「そんなに悲しいのね、アスミは」

 

「悲しい?」

 

「そう、その気持ちを悲しいっていうのよ」

 

「そう、ですか……」

 

 表情を俯かせる。余程距離を置かれたことがショックだったのだろう。これでは励ましの言葉でどうにかなるかどうか……。

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

「っ!」

 

 その時、部屋の向こうからちゆの弟のとうじの声が聞こえ、その声にちゆは慌てた表情を見せる。

 

「お母さんがおやつどうぞだって~!」

 

 御家族から提供してくれたおやつを持ってきてくれたようだ。しかし、この部屋には身体が半透明になっているアスミがいる為、とうじを部屋に招き入れるわけにもいかない。

 

「うおっ!?」

 

 ちゆは立ち上がると、自分の身体の幅だけ襖を開けて相手に部屋の中を見られないよう視界を塞ぐ。普段は優しい姉の謎の圧力に弟は圧倒され、一歩後退ってしまうも彼女は構わず彼の持つお盆を受け取る。

 

「あっ、飛鳥さん来てた───」

 

「今大事な話してるから。あとおやつありがとう」

 

 とうじの言葉を遮るように声音を低くして言い切ると、やや強く襖を閉じる。真面目な性格の彼女が圧を掛ける一面は珍しいことである。受け取ったお盆に乗っていたのはちゃんと人数分あるお茶の入った湯飲みといくつものすこやか饅頭だ。

 

「これは?」

 

「おやつのすこやか饅頭よ。どうぞ召し上がれ!」

 

 初見の食べ物にアスミは戸惑いながらもすこやか饅頭を手に取って口に運ぶ……包み紙ごと食べる気か!?

 

「おいちょっと待て!」

 

「……っ!」

 

 思わずアスミの腕を掴んで止める。対して、アスミは頭上に『?』を浮かべた表情をしていた。

 

「その周りの包みは取ってから食べるの」

 

 ちゆが手本として見せたのをアスミは真似しながら包み紙を取ってすこやか饅頭を口に運んでいく。

 

「……美味しい」

 

 そう口に出した時、次第に透けていた身体が元通りになっていく。

 

「たくさん食べるペエ」

 

 ペギタンの言葉に、アスミはお構いなしにお盆に置かれたすこやか饅頭を次々に手に取って包み紙を剥がして食べていく。おかげで透けていた身体もほとんど元通りになっていた。

 

「あっ……」

 

 僕はほんの数個、ちゆとペギタンに至ってはまだ一個だというのに残っていたものは全てアスミが食べ終えてしまった。こっちは全然足りないというのに食べ過ぎだろ。ついつい彼女を睨みつける僕に、ちゆは苦笑を浮かべていた。

 

「良かった。アスミは甘いものが好きなのね」

 

「好き?美味しいものを好きというのですか?」

 

「好きはそれだけじゃないわ。そうね、例えば……」

 

 そう言って、ちゆはアスミを連れて足湯へと招き入れる。僕も同じくそれに続く。

 

「温かい……」

 

「心もポカポカするペエ」

 

「これもまた私は好きよ」

 

「美味しくて温かいもの。好きというのは良いものですね」

 

「別に良いものだけじゃない。苦痛なことだってある。それでも止められないのが好きって奴だ」

 

 身体が動かすのが好きでも、運動神経が悪い。人と話すのが好きでも、上手く会話が弾まない。跳ぶことが好きでも、目標には中々到達出来ない。好きの中にはそんな現実という苦痛が隠されている。それでも好きなことなのだから、止めようにも止められないのだ。

 

「それは、随分難しいですね……」

 

 ただ、苦痛が続くといつしか好きでなくなってしまう。止めるのは簡単でも続けられるのは難しい。そう考えると、好きというのはかなり難しいものだ。

 

「そうだ。良かったら今度、私のハイジャンプの練習を見に来て」

 

 自分の他にもある好きなことを見て欲しい、そんな思いからちゆはアスミを誘うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の放課後、それぞれ練習に励む陸上部の様子を僕達は木陰から見学していた。

 

「次、ちゆちゃんだよ」

 

「……バーの位置、高いな」

 

「チャレンジチャレンジだね!」

 

 元々比較的高く設定している彼女だが、今回はそれよりも高く設定されているバーを跳び越えるつもりだ。

 

「……っ!」

 

 一呼吸整えると駆け出し、跳躍してバーを跳び越えてみせる。しかし、いつもより高く設定されたバーは簡単には跳び越えさせてはくれなかった。一度だけでは諦めず、2度3度と繰り返して跳躍するも結果は変わらなかった。

 

「うわ~!今のギリOKじゃない!?」

 

「バーが落ちたんだからOKも何もないだろ」

 

「どうして……」

 

 そうやって談笑する中、アスミは失敗しても諦めずに挑戦し続けるちゆが分からず呟いていた。しばらくして休憩に入るとちゆは此方に歩み寄ってくる。

 

「お疲れ様、ちゆちゃん」

 

「ありがとう」

 

 のどかから渡されたタオルを礼を言って受け取り額から零れる汗を拭っていると、アスミが尋ねてくる。

 

「ちゆは何故失敗してばかりなのにそんなに何度も跳ぶのですか?」

 

「それは私がハイジャンプを好きだから」

 

「好き?美味しくも温かくもないのにですか?」

 

「ええ、練習はハードだし緊張もするけど……でも、私はハイジャンプが好き」

 

 好きであるが故に失敗しても夢中になれる。逆に、最初から好きで出来ることだけやってもいつしかつまらなくなってしまうだろう。好きなことで挑戦するからこそ成功したことの達成感は凄まじく、本来の好きがもっと好きになるかもしれない。ちゆもまた、好きなハイジャンプで高みを目指す為に跳び続けるのだ。

 

「この気持ちは止めようと思っても止められない。好きってきっとそういうものよ」

 

「そのことばかり考える、止まらない気持ち……」

 

「うん。アスミの気持ちにもあるんじゃないかしら?そんな好きの気持ちが」

 

 アスミは顔を俯き、表情を曇らせながら深く考え込む。その時、背後から気配と何かが僕の背中に引っ付いているのを感じる。

 

「んんんんんン~。やっぱりここの居心地は最高だねえ」

 

「っ!?」

 

「ニョワアアア!!!」

 

 思わず掴んで投げ飛ばしてしまった。だがまあ、それの正体は既に分かっていたので良しとする。

 

「ポポロン!?」

 

「俺達もいるぜ!」

 

「お散歩の途中で寄ったラビ~」

 

 同時に、茂みからヒーリングアニマル御一行が飛び出してきた。当然、ラテの姿もそこにあった。

 

「ワン……!」

 

「ラテ……」

 

 アスミと目が合うにラテは怯えるようにして距離を取る。どういう事情があって避けているのか、ラテに聞いてみたいとする一方でアスミは再び俯き、またも身体が透けていっていた。

 

「あああ!アスミン駄目駄目~!!えっと~……そうだ、ニャトラン踊って!!」

 

「ええっ!?無茶ぶりするなよ~!」

 

「くちゅん!」

 

 そんなアスミを喜ばせようとひなたは責任をニャトランに押し付けているところに、ラテがくしゃみをする。ビョーゲンズがまた現れたのだ。同時に悲鳴が校舎裏から聞こえてくる。だが、こういう現状なのでアスミとラテは変身することが出来ない。

 

「一先ずは僕達で何とかするぞ」

 

「「「うん!」」」

 

 こうして僕達はアスミとラテを残して、メガビョーゲンのいる場所へと向かった。

 

『メガ!メガ!』

 

「その調子よ、メガビョーゲン」

 

 今回も蛇口の姿をした、特に両腕を自慢の武器としており、禍々しい水を噴射して辺りを蝕んでいる。その頭上でシンドイーネは様子を見下ろしていた。

 

「すぐに片付ける……!」

 

 それぞれのパートナーと共に、一斉に変身の体制へと入っていく。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

「「「地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!」」」

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

「「「はあああああっ!!!」」」

 

『メガッ!』

 

 変身直後、キュアグレース、キュアフォンテーヌ、キュアスパークルの3人はすぐさま跳び上がってメガビョーゲンへと向かっていく。対して、敵は両腕から水を発射して接近を阻止しようとする。しかし、そうはさせないと此方は蛇の化身を召喚させ光線を放って対抗する。

 

「「「たあああああっ!!!」」」

 

 その隙に、フォンテーヌ、グレース、スパークルの順でメガビョーゲンの頭上に踵落としを仕掛ける。3人同時攻撃で耐えきれない程の衝撃が迸り、メガビョーゲンは勢い良く地面へと叩きつけられた。

 

「ふん、こっちにはこれがあるのよ!」

 

 その言葉と共に、シンドイーネは自身の懐から結晶のようなものを取り出す。以前、バテテモーダが持っていたとされる欠片をメガビョーゲンへと投げつけた。

 

「あれは……!」

 

『メガメガメガメガァ……ビョーゲン!!!』

 

 欠片がメガビョーゲンの体内へと埋め込まれていくと、奴に異変が生じ次第に巨大化していく。そんな強化の過程を拝見したシンドイーネは感激の声を上げていた。

 

「やだ~!本当に成長したじゃない!使えるわ、メガパーツ!」

 

「あー……あの欠片ってそんなクソダサネームだったのね。把握把握」

 

「クソダサって言うんじゃないわよちっこいの!!っていうか、名前付けたの私じゃなくてグアイワルだから!!」

 

「分かったからそんな怒んないで───って、『ちっこいの』って言うなコラァ!!せめて『羊ちゃん』って言えやぁ!!!」

 

「くだらない挑発に乗るな馬鹿」

 

 もはや挑発でもないんだが、と逆ギレするポポロンの頭を軽く叩いて冷ませる。そんなことをしている内に、パワーアップしたメガビョーゲンは立ち上がると力を発揮しようとする。

 

『メガァ!!!』

 

 両腕に存分に力を溜めて水を放出する。先程とは打って変わって凄まじい速度の水が此方を襲って来るも、辛うじて全員回避していく。だが、避けたことでその周りが弾けるように蝕まれていっていた。加えて、メガビョーゲンは更に巻き散らすように水を放出させてグラウンドやテニスコートまでをも蝕んでいた。

 

『メガビョーゲン!!』

 

「「「きゃあああっ!」」」

 

 これ以上は許さないと再び飛び掛かっていく3人だったが、メガビョーゲンの容赦ない攻撃によってすぐさま吹き飛ばされてしまう。かなり至近距離での直撃であったため、ダメージは大きいだろう。

 

「チッ……!」

 

 実のところ、初めてメガパーツによって強化されたメガビョーゲンと戦った前回からかなり圧倒されている。浄化出来たのもキュアアース……そしてあの男がいたからこそである。故に、現状では奴を倒す力には足りていないということになる。

 

『メガ、ビョーゲン!!』

 

『ぷにシールド!』

 

 次の標的は僕に定められ、隙を見せる暇も与えずに攻撃を放ってくる。ポポロンはそれをぷにシールドを張って防御に図るが、

 

「ぐぅっ……!」

 

 あまりの力にバリアはすぐに剥がされ、ダメージを受けることとなってしまった。その衝撃によって、転がっていたサッカーボールが勢いよく跳ねて木の裏で隠れているラテの方へと飛んでいく。

 

「ラテ……!?」

 

 一人戦いに応戦出来ずにただ見守っていたアスミはサッカーボールからラテを守る為に走り出す。ボールから背を向けて盾になるも、運よくラテにも彼女にも当たらずに済んだ。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「くぅ~ん……」

 

「良かった……」

 

 ラテが無事であったことに安堵する。その時、アスミの脳裏にある言葉を思い出す。

 

『アスミの気持ちにもあるんじゃないかしら?そんな好きの気持ちが』

 

「そのことばかり考える、止まらない気持ち……」

 

 先程のちゆの言葉───『好き』という言葉の意味を、ラテをあんなにも溺愛していたのは、ラテのことが好きだからだと気付いたアスミは身を持ってようやく理解する。

 

「ラテ、私はラテのことが好き。いえ、大好きなのです。だから、少々心配し過ぎてしまったようです。これからはラテの気持ちを第一に考えてお傍にいたいと思います」

 

「……ワンッ!」

 

 アスミの言葉、そして腕を広げたその行動にラテは笑顔で飛び込む。和解は出来たようで彼女の透けていた身体が次第に元通りになっていき、視線を暴走の止まらないメガビョーゲンへと向ける。

 

「参りましょう、ラテ」

 

「ワン!」

 

 今度こそ変身が可能となった彼女たちはすぐさま変身の体制へと入る。

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

「あんたが新しいプリキュアね?良いわ、何人増えようともコテンパンに……えっ?」

 

 初対面となるキュアアースが姿を現し、シンドイーネは挑戦的な態度で言い放つ。しかし、瞬きをする一瞬の間にアースはその場から姿を消した。

 

「ど、どこ行ったの!?」

 

 そう言って辺りを見回すと、彼女はメガビョーゲンの頭の上にあるハンドル状のものの上に立っていた。そこから浮遊して降りていくのと同時にハンドルを勢いよく蹴ってメガビョーゲンの全身を回転させる。

 

『メガッ!?』

 

 それによって、敵は目を回してバランスを崩して動きが止まることとなる。この瞬間が浄化のチャンスとなった。

 

『キュアスキャン!』

 

 グレースはキュアスキャンでメガビョーゲンの体内にいる水のエレメントさんを見つける。再び我に返る前に戦闘不能に陥れなければ。

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 

 弾丸の如く素早い光速の矢が、メガビョーゲンの急所へと命中する。あとは派手に浄化させるだけだ。

 

「もう~!私は大好きなキングビョーゲン様にお会いしたいだけなのに~!!」

 

「大好き?」

 

「そうよ、大好きよ!悪い!?」

 

「いいえ、大好きは悪くありません」

 

 ほぼ八つ当たりと言わんばかりに、シンドイーネは浮遊して降り立つアースにそう言い放つのに対して、アースは敵であれど大好きという気持ちを否定しなかった。

 

「ですが、貴女の大好きの為に私……そして、皆さんの大好きを傷つけることは許しません!」

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 アースウィンディハープから放たれた、無数の白い羽を纏った竜巻状の光線がメガビョーゲンへと直撃し間もなく浄化されていく。

 

 

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

 

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水のエレメントさんを助け出し、ラテの体調も良くなったことで事は解決し僕達は帰路に着く。

 

「ラテ様はアスミに怒られちゃうと思っていたラビ」

 

「そうなのですね」

 

「私も病気の時お母さんに凄く心配されていたけど、それだけ大切に思ってくれていたってことだよね」

 

「それってつまり……」

 

「好き、ということよ」

 

「好き……あっ」

 

 アスミはようやく気が付いた。アスミとラテ、お互いに好きという気持ちがあったということを。今回は偶然それがすれ違ってしまったが故に問題となってしまったのだ。とはいえ、一人一人の感情を読み取るなんて物凄い超能力者でない限りは不可能なのだから、こうなってしまうのも仕方がない。

 

「この世界、そして私の心の中にもまだまだ知らないことが沢山ありそうですね」

 

 こうして歩いている内に、真っ赤に輝く夕陽が辺りを照らす。

 

 それは、この世界に生まれ知らないことを知っていくアスミを見守っているようにも見えた。

 

 



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第27節 可愛いとは何ですか?

久々の投稿で申し訳ないです…!
原作沿いにする予定だったのですが、思ったよりオリ展開もそこそこって感じになりました。それ故、一万文字超えと長くなっておりますので、お暇な時にゆっくりとご覧いただければと思います。


「見て見て~!可愛いよ~!」

 

 ひなたの声と共に、アスミは部屋に入ってくる。ただ、服装はいつものノースリーブのワンピースとは違い、黒の革ジャンにコットンパンツ────通称『綿パン』を着用している。彼女の大人びた容姿と相性が良く、また更に大人っぽく見えてくる。

 

「アスミちゃん、そういう格好も似合うね!」

 

「えぇ、素敵!」

 

「かっこいいラビ!」

 

「ふふ~ん!まだまだ!!」

 

 そう言って、ひなたは次々にアスミを着替えさせていく。もはや着せ替え人形のファッションショーだ。当然、僕という男子がいるので別の部屋で着替えているのだが、今日ばかりはここにいる必要性はないのではと思ってしまう。まあ、どうせ断ろうにも半ば強引にひなたに連行される破目になるだろう。

 

「可愛い~!」

 

 カフェの店員が着用するエプロン姿や、

 

「可愛い~!!」

 

 猫の着ぐるみパジャマなど、家にある衣類を手当たり次第に引っ張っては着せ替えていく。後者に関しては何処で手に入れたんだと、本題より疑問の方が強く感じる。

 

「はいこれ!絶対可愛いから、持ってみて!」

 

 パジャマの付録だろうか、ひなたは猫の口元が描かれた棒付きのマスクをアスミに渡す。そのまま口元に当ててみせるが、彼女はそこである疑問を抱く。

 

「ひなたは先程から可愛いと繰り返しますが、『可愛い』とは何ですか?好きとは違うのですか?」

 

「……へっ?」

 

「この前、アスミは『好き』って感情を学んだの」

 

「はい。『好き』は美味しくて暖かく、譲れない思いです。では、『可愛い』とは何なのですか?」

 

「えっとぉ……可愛いは可愛いだよっ!」

 

「悩んでおいてその答えか……」

 

 とはいえ、またも繰り出された、生まれたばかりのアスミからの純粋な質問には頭を抱えざるを得ない。『好き』もそうだが、難しい質問というよりもはや哲学を教えてくれと言っているようなものだ。

 

「うーん、良く考えると『好き』と『可愛い』って似てるよね。でも、何処か違うっていうか」

 

 『似て非なるもの』なんて諺が存在するが、正にその類である。ただ、何がどのように違うのかと言われると回答に困ってしまう。そうやって頭を悩ませていると、ラビリンが自身の部屋であるヒーリングルームバッグからラベンダルマを取り出す。

 

「可愛いと好きになるラビ!」

 

「それって可愛いか?」

 

「好きだから可愛く見えちゃうペエ」

 

「好き、可愛い、好き……」

 

「あっ、可愛いと抱きしめたくなる!」

 

「ますます分かりません」

 

 考えれば考えるほど意味が分からなくなってしまう。だが、同時にあることを思いついたので提案してみる。

 

「以前は『好き』を実感出来たんだろ?だったら、これも実際に体験して実感してみれば良い」

 

 頭を使っても分からないのなら、実践して感じてみれば良い。そんな提案にひなたは賛同するように手を叩くと皆を連れて下の階へと移動し、そこにいた彼女の姉である平光めいに頼むようにラテを預けた。めいさんは頼まれた勢いそのままに手慣れた手つきでラテの毛並みを揃えてトリミングし、そしてペット用の衣装を着せていく。

 

「はい、出来上がり!」

 

「ワン!」

 

「ラテ可愛い~!」

 

 最後にフリルの付いた紫色のカチューシャを被せて、御洒落なラテの完成。あまりに可愛い────即ち、限界化したのどかは、彼女に駆け寄るラテを抱き締める。

 

「お姉、急だったのにありがとう!」

 

「時間があれば、もっと可愛いく出来たのだけど……今日はここまでね。ラテちゃん」

 

 そう言って、めいさんはラテの頭を優しく撫でる。

 

「ねっ?可愛いって思うっしょ?」

 

 ひなたに問われたアスミは何も告げずにラテの方へと目を遣る。上目で輝かせる『好き』の瞳をしばらく見つめた末、

 

「ラテをこんなに喜ばせてくれて感謝します」

 

「は、はぁ……」

 

 ラテをトリミングしてくれたことに感謝の言葉を述べながら、めいさんの手を握って握手を交わした。ここまでに想定していたものとズレるとは思わなかったとはいえ、流石にこれだけでは理解させるのは難しそうだ。そんなことを考えていると、突如部屋の扉が開く。

 

「やばっ!ごめん皆、この後用があるんだった!」

 

「あの方はどなたでしょう?」

 

「ひなたのお兄さんのようたさんよ」

 

「成る程。確か獣医さんでしたよね?」

 

「うん、パパもだよ!」

 

 以上の形でようたさんに呼ばれて、一同は部屋を移動してその場で待機する。しばらく薄っすらと見える診察室の様子を眺めていると、すぐにようたさんは両腕に何かを抱えて戻ってくる。

 

「連れて来たよ」

 

 その何かというのは、黒毛に小さく丸っこい眉が特徴の小さな子犬であった。

 

「うちで預かってる、保護犬のポチットだよ!」

 

「"ポチ"じゃなくて"ポチット"?」

 

「眉毛がポチっとしてるから!」

 

 単純なネームから単純なものを付け足して実に単純な名前を付けるという、ひなたらしいネーミングセンスだ。どうでも良いが、今時ペットに"ポチ"なんて名前を付ける飼い主なんているのだろうか。

 

「ポチット、楽しんでこいよ?」

 

 そう言って、ポチットを撫でるようたさんはそのままひなたに手渡してその場を後にした。

 

「ひなたちゃん。少し触ってもいい?」

 

「うん、良いよ。ただこの子……」

 

 ひなたから許可を得たのどかはすぐさまポチットに触れようとする。しかしその瞬間、ポチットは突然逃げ出すように抱えられた両腕を引き剥がし、ひなたの後ろへと隠れてしまう。

 

「ごめん、驚かせちゃったかな?」

 

「まあ、見ず知らずの人間に急に触れられるってなると恐怖極まりな────あれ、何処行ったんだ」

 

 ついさっき、というよりもはや数秒前とも言えるくらいまで隠れていたポチットの姿がない。まさか、恐怖で逃げ出してしまったのだろうか────

 

 

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”あ”止めでえええええ!!!僕を食べても美味じくないでずうううううう!!!!!」

 

 

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 必死に飛び跳ねる毛玉に近い子羊と子犬の室内鬼ごっこの光景に、しばらく呆然と眺めることしか出来なかった。というか、お前空飛べるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~酷い目に遭った。何なんだよあいつ……」

 

「嗚呼、面白かった。特に必死に逃げ回る姿は最高だったな」

 

「こっちは死ぬかと思ったんだぞ!?ったく、君をそんなサイコパスに育てた覚えはないよ!」

 

「育てられた覚えもない」

 

 にやけ顔が止まらない此方を見て、ポポロンはぴょんぴょんと僕の頭を叩くように頭上で全身を弾ませている。あの後、どうにかして二匹を離すことが出来たので一同はある場所へと移動することに。その道中で談笑している中、一人だけその場で立ち止まる者がいた。

 

「アスミ?」

 

「どうした?」

 

「ちゆも飛鳥も、ポチットが可愛いですか?」

 

 まあ可愛くないと言えば嘘になる、と答えを返すもアスミは疑問を抱かせる。

 

「可愛いはずなのに、私は何も感じません。何故なのでしょう?」

 

「可愛いと感じるのは、人それぞれだから……」

 

「人それぞれ、ということは人でない私には分からないのですね……」

 

 スウゥゥゥ……と、またも感情の意味を理解出来ないことに思い詰めてしまい全身を透明にさせていく。

 

「あっ、人それぞれっていうのは各自色々って意味で……」

 

「おーい!早く~!」

 

 そんなアスミをちゆがどうにか宥めようとするところに、先に歩いていたひなたやのどかが手を振って此方に呼び掛け、顔を俯いて落ち込む彼女を押し出すように進んでいく。

 

 

 

 

 

「ふわぁ~、ワンちゃんがいっぱいだ~!」

 

 やがて到着した場所はドッグラン会場だ。既に多くの人や飼い犬達が遊んでおり、のどかやラテもその輪に加わりに行く。

 

「ポチットも、友達いっぱいいるよ?」

 

 対して、ポチットはひなたが持つケースの中で怯えた状態で閉じこもっていてとても出られそうにない。

 

「やっぱりまだ怖いよな」

 

「大丈夫、あたしやニャトランだっているし可愛いお友達いっぱいだよ!」

 

 ひなたの用事、そして此処を訪れた理由とは臆病で怖がりなポチットに色々なことに少しずつ慣れさせるためなのである。会場に行くまでの道中で、平光家以外の人と触れ合うのには慣れていないことがひなたの口から明かされた。

 

「何なら、こいつ貸してやる。気に入ったらくれてやってもいい」

 

「貸してやるなおいっ、くれてやるなおいっ」

 

 ポンッとポチットのいるケースの上に置いたポポロンにコツコツ頭突きされながら、僕はこの場から離れようとする。

 

「何処行くの?」

 

「先に飲み物買って来る。構わず遊んで来い」

 

 

 

 

 

 そう言ってスタスタと歩いて自動販売機へと向かい、適当にジュースを人数分買って先程の場所の近くの木陰へ腰を降ろす。遊んでいるのどか達の方を見るに、徐々にポチットも慣れてきたのかラテと隣り合わせで混じって遊んでいた。そこに、此方に気付いたアスミが歩み寄ってくる。

 

「遊ばないのですか?」

 

「ああいうのは柄じゃないんでな。それに、ここが最大限に心地良い」

 

 そんなやりとりをしながら、アスミは休憩がてら僕の隣に腰を降ろす。

 

「飛鳥は先程ポチットが可愛いと言っていましたが、ここにいる犬達のどれが可愛いと思いますか?」

 

「は?そんなもん選べられる訳がないだろ。みんな何かしらの魅力を持ってる」

 

「みんな、ですか。飛鳥は凄いですね。沢山の可愛いを知っていて」

 

「あんな一瞬にして周りの犬達に好かれるお前に比べたら大したことないけどな」

 

「そうですか?あまり意識してなかったのですが」

 

「ペット飼いたての飼い主とかは羨むだろうな。懐かれるなんて何日あっても足りない。僕もその1人だ」

 

「でも確か、飛鳥は蛇を飼っていてもう仲良しですよね?」

 

「……まあ、言っても初めはもっと大変だった」

 

 レピオスとの出会いを懐かしむように、背を木へともたれかかる。

 

「全くもって心を開いてくれないのは当然のことながら、無視するわ逃げ出すわ、挙げ句の果てには噛み付くわで可愛いなんてのは微塵も感じなかった」

 

「それがどうして可愛いになったのですか?」

 

「さあな。飼いたいって言い出したのは僕なんだから最後まで責任は持たなきゃって世話してたら、いつのまにか愛らしく思えてた」

 

「相手を知りたいって気持ちを持ち続けたからじゃないかしら?」

 

 そこに、ラテを抱えているちゆとポチットを抱えているのどかが並んで歩み寄ってくる。

 

「ずっと考えていたんだけど、可愛いって相手を見ているうちに思わず守りたくなる……そんな気持ちだと思うの」

 

「そっか~だから抱きしめたくなっちゃうのかも」

 

「さっすが、ちゆちー!」

 

 相手を知りたい────確かに、家族関係となるペットのことは知っておきたい。知った上で接していきたいという感情は表には感じていなかったが、心のどこかでは思っていたのかもしれない。飼い主あるあるだろうか。一同がちゆの言葉に納得する中、アスミも理解出来たのか表情を和らげながら立ち上がる。

 

「なるほど。可愛いはまず興味を持って相手を見ることからなのですね。失礼いたします」

 

 タタタッ、と小刻みな歩きでのどかの両腕で抱えられているポチットへと近づき、グッと覗き込むように顔を近づける。これにはポチットも怖がらざるを得なくなっていて、のどかの両腕から飛び出し、その背後に隠れてしまう。

 

「よく見せてもらえません」

 

「不器用にも程がある……」

 

 落ち込む彼女に、思わず心の声が漏れる。先程よりかは平光家以外の人には少しずつ慣れてきたとはいえ、唐突に奇妙な行動をされては誰だって恐怖するに決まっている。

 

「くちゅん!」

 

「ラテ!?」

 

 その時、突然ラテがくしゃみをする。額部がオレンジ色に光っているということは、ビョーゲンズが現れた意思表示である。のどか達は急いでヒーリングルームバッグから聴診器を取り出し、ラテの心の声を聞く。

 

『近くでとうもろこしさんが泣いてるラテ……』

 

「とうもろこし?」

 

 この周り、ましてやドッグラン会場でとうもろこしが出てくるのが不思議でたまらないのだが。そう困惑していると、付近から聞こえる人々の悲鳴と共に怪物の咆哮が響き渡る。

 

『メガビョーゲン!!』

 

 ……確かに、ラテの言葉通りとうもろこしが叫んでいる。まあ、ここまで戦ってきて未だにそれで困惑しているのもまたおかしな話ではあるが、一度僕達は人目のつかない木陰に隠れて変身の準備へと入ることにした。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

『メェェェェェ……ガッ!』

 

 ラテとポチットを安全な場所へと避難させ、すぐさまメガビョーゲンのいる場所へと向かうと、人々を襲おうとする姿が見えた。

 

『ビョー……ゲンッ!』

 

 そのまま口からとうもろこしの粒に似たエネルギー弾をドッグラン会場内のあちこちに放っていく。人々に被害が及ぶのも時間の問題だろう。

 

『バカでかいぷにシールド!』

 

 そうなる前に、僕達はメガビョーゲンに立ち塞がる。直後に此方目掛けて放たれたエネルギー弾をポポロンの通常より数倍も大きなぷにシールドで難なく防御する。

 

「こんな範囲までのも作れるのか」

 

「ふふん!伊達にヒーリングアニマルやってないのだよ!」

 

 自慢気に鼻を鳴らしながら、ポポロンはくるっと僕の頭上で180度回転してグレース達の方へと振り向く。

 

「んーと。メガビョーゲンは僕らとグレースちゃん、フォンテーヌちゃんが食い止める。その間にスパークルちゃんとアースは飼い主達を安全な場所に避難させる。こんな役割分担でどうかな?」

 

 パニック状態となっている人々をこの場にいさせるのも良くない。恐らくそういう理由でポポロンは役割を分担させたわけだが、グレース達はすんなりと了承しそれぞれの配置につく。

 

「うえぇぇ~ん!」

 

「っ!」

 

 近くで少女の泣き声が聞こえてくる。飼い犬と逃げようとした際、目の前に現れたメガビョーゲンを見てその場にへたり込んでしまったようだ。

 

『メッガビョーゲン!』

 

 恐怖で動けずにいる少女に、メガビョーゲンは襲い掛かろうと尻尾を伸ばしながら容赦なく接近。

 

「ぷにシールド、縮小!」

 

 その前に、縮小したぷにシールドを張って立ちはだかり、カコンッと音を立てて防御する。

 

 曰く、先程の『バカでかいぷにシールド』とやらはその名の通り広い範囲に渡ってバリアを張って防御することが出来るが、バリア自体が大き過ぎて押し返せないというデメリットを持つ。対して、通常のぷにシールドは自身程度の範囲でしかバリアを張ることは出来ないが、持ち運べるのもあって押し返したり攻撃手段としても優秀だという。よくドラマなどで、警察や特殊部隊が装備するシールドで突撃する描写などを見受けられることも少なくないだろうが、その類とも言える。

 

「んぬああああ!!」

 

「はあっ……!」

 

『メガァッ……!?』

 

 相手の容赦ない、力強い打撃など関係なしに勢いよく押し返してメガビョーゲンのバランスを崩す。

 

「「はああああっ!!!」」

 

 直後、シールドを上に掲げるとグレースとフォンテーヌはそれを踏み台にして隙だらけのメガビョーゲン目掛けて飛び跳ね、同時に追い打ちの攻撃を仕掛けて吹っ飛ばしていった。

 

「さあ、共に行きましょう」

 

 すぐさまアースが此方に駆け付け、安全である今の内に少女の手を取って避難場所へと誘導していった。

 

 さて────

 

「今のうちにキュアスキャンラビ!」

 

「そう簡単にはいかせん!」

 

 無駄にデカい図体を起き上がらせる前にさっさと浄化技を繰り出さねばと、ラビリンはグレースにキュアスキャンを求める。だが、それを黙って見ているビョーゲンズの幹部ではない。

 

「ふんっ!」

 

『メッ!?メメメメ……メガビョ~ゲェ~ン!!!』

 

 グアイワルは所持していたメガパーツを倒れているメガビョーゲン目掛けて放り投げる。やがて、怪物の体内へと吸い込まれていくと、全身を覆う皮を剥けながら巨大化していく。強化を遂げたのだ。とは言えど、たかが巨大化しただけの話だ。先程と同じように体勢を崩して更に追い打ちを掛ける戦法で立ち向かおうとする。

 

『実りのエレメント!』

 

 今度は光線や技で押し出す作戦に出る。グレースはヒーリングステッキに実りのエレメントをセットして、通常よりも強力な桃色の光線を繰り出そうとする。一方で、それに対抗するようにメガビョーゲンは全身を使って地上、空中のあちこちに光線を放つ。辛うじてグレースとフォンテーヌは地上から空中に、僕はポポロンがぷにシールドを張りながらのバックステップで回避することが出来た。

 

 だが、今度は頭頂部に生やす毛状のものを鞭として使う物理攻撃を繰り出してくる。空中で身動きを取ることが出来ない、隙だらけとなったグレースとフォンテーヌを巻きつけて拘束する。

 

「やれ、メガビョーゲン!」

 

『メガビョーゲンッ!!』

 

「「きゃああああっ!」」

 

 メガビョーゲンは体重を掛けて跳び上がり、全身を回転させて拘束した二人を勢いよく地面に叩きつけた。

 

『メ~~~ガ~~~……!』

 

 再度、全身を使っての光線で更なる追加攻撃を仕掛けてくる。

 

『ぷにシールドアタック!』

 

『メガッ!?』

 

 流石に二度も動揺なんてしない。ぷにシールドを利用してメガビョーゲンに接近し、光線を反射で押し返して命中させる。まさか自身の攻撃が自らに当たるとは思わなかっただろう。怪物は酷く動揺しながらバランスを崩して怯んでいた。

 

『……メガッ!』

 

「「なっ……!?」」

 

 ように思えたのも束の間、今度は胴体にエネルギーを蓄えて目の前の此方に大きな粒状の光弾の集中攻撃を仕掛けてきた。集中攻撃──つまりは先程のよりも強力な攻撃だと言える。しかも一発だけでなく、二発三発という連続攻撃だ。

 

「ヤバい……う、上手く避けてラピウス!!」

 

「はっ!?避けれるわけないだろバ────かぁっ……!!」

 

 こんな子羊の指示に耳を傾けたのが仇となったのか、光弾が命中したことによる反動で最終的にはまともにダメージを喰らうこととなってしまい、地面へと落ちていく。

 

「皆大丈夫!?」

 

 恐らく周りにいた飼い主ら全てを避難させたであろうスパークルとアースが此方の安否を確認しながら駆けつける。声を掛けてくれているが、運悪く大ダメージを喰らってしまった為に上手く言葉を発せない。

 

「ハーハッハッハ!どうだプリキュア!やがてお前達もここで終わるのだ!!」

 

 メガビョーゲン側が優勢となっていることに気付き、慢心の如く高笑いをしてみせるグアイワルに、スパークルは抗議するように言葉をぶつける。

 

「ここは人と動物が皆で遊ぶ場所なの!あんたはお呼びじゃないっての!」

 

「人間と動物が遊ぶだと?下等生物にかまけるとは……くだらん」

 

「下等生物……?」

 

 いつもより低い声音で、アースが小声で相手の言葉を繰り返す。

 

 その時、

 

「キャン!キャンッ!」

 

 と、一匹の黒毛の子犬がメガビョーゲンの前に立ちはだかり、声を上げて吠え始める。

 

「ポチット……!?」

 

 そう、その声の主はポチットなのである。ただ、威嚇と呼ぶには情けなさがあり、臆病な性格さながらの力のこもっておらず、か弱い震え声を上げていた。それでも、負傷するプリキュアを黙って見ていられるわけでもなかったようで、自分の出来る精一杯のことをやって目の前の怪物をこの場から追い出そうと幾度も吠え続ける。

 

「あの馬鹿……!」

 

 不意に"あの時"のことを思い出す。体調を崩したラテが瀕死状態の僕達を身を挺してまで庇った時のことだ。僕が完全に取り乱したことで、非力であったラテを負傷させてしまったのだ。そして、今まさにそれと同じ構図、光景が視界に映っていた。刹那、

 

 

 

 ビリリッ……!

 

「っ!無理しないで……!」

 

 全身に痛みが混じった電撃が迸る。パートナーであるポポロンにもそれは良く伝わり、精神に乱れが生じていると考慮して無理をしないよう僕を促す。だが、自身を落ち着かせようともせずに戦いの展開は止まることなく進んでいく。

 

「うるさい下等生物だ、やれ」

 

『メガビョーゲン!!』

 

 弱き者を潰してしまえ────グアイワルの非常な命令を受託したメガビョーゲンは、大型の粒状の光弾をポチットに向けて発射して浴びせに行く。

 

「ポチット!!」

 

「逃げて!!」

 

「だめぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 そう叫ぶも、グレースとフォンテーヌは地面に叩きつけられたことで上手く身体を起き上がらせないでいる。スパークルに関しては手を伸ばして駆けようとするが距離的にも間に合わない。

 

 

 

 

 

 だからと言って、"諦める"という選択肢はない。

 

 決して、二度目なんてさせない。

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

「なっ!?」

 

「嘘……っ!?」

 

 直前まで、この中の誰もがポチットに当たったと思っただろう。しかし、本当に命中する寸前で光弾を受け止める。

 しかも、両手────素手で受け止めて見せたことに、頭に乗っているポポロンも驚きを隠せないでいた。

 

「ぐっ……!」

 

 ズザザッ、と足が引きずられる。当然、ぷにシールドを張っていなければ蛇の化身を召喚する魔術も使っていないのでどうしても押され気味になってしまう。

 では、何故それらを使わなかったのか。答えは『間に合わない』からという単純な理由である。それくらい、怪物が放った光弾は速度が速いものだったのだ。だが、割って入った以上はこのままやられるわけにはいかない。

 

「────ぅるらあっ!!!」

 

『メガアッ!?』

 

 歯を食いしばりながら引きずられた足を前に押し込み、両手を天高く上げてサッカーのスローインのように勢い良くメガビョーゲンに向けてぶん投げる。

 

 

 

 

 ドゴオオオオオオオン!!!!!

 

 ぶん投げた先は運良くメガビョーゲンの頭頂部へと命中。爆音と共に土煙が広い範囲で舞い散っていた。

 

 

 

 

 

 ビリリリリリッ!!

 

「がぁっ!げほっ、げほっ……!」

 

「流石に無茶し過ぎたねえ。でも……初めて逆らったね」

 

「……そうだ!あいつは」

 

 僕はポチットの方へと目をやる。此方に近づき、心配そうな目で見つめているが、身体に異常はなさそうだ。それに気付いたスパークル達も安堵の表情を見せる。

 

「ハア……ハア……ったく、あんなに危険な目に遭ったってのに、お人好しにも程があるぞお前。少しは自分の身を優先しろ」

 

「君が一番言えたことじゃないけどねそれ」

 

 人間がペットを守るように、ペットも人間を守りたい。"ペット"という立ち位置にいる以上、飼い主のあらゆる場面を見て覚えてしまうのだろう。レピオスもまたそんな感情を持っているのだろうか……いや、流石にないか。

 

「ちっ、たかが下等生物を庇うとは」

 

「下等生物ではありません」

 

「何……?」

 

「彼らは人間と共に生き、笑い、互いを思い合っている。その姿はとても……とても抱きしめたくなる姿です!」

 

「ぐぬぬ……メガビョーゲン!何を怯んでいる!さっさとやっつけろ!」

 

『メガッ……ビョーゲン!』

 

 自身の呟きに対するアースの否定的な言葉に痺れを切らしたのか、グアイワルは声を荒げながら指示を出すとメガビョーゲンは体勢を立て直し始める。あれだけ強力な光弾を喰らってもなお立ち上がれるタフさに、メガパーツとやらはかなり厄介なアイテムだと再認識するが、再起など許しはしない。

 

「痛みは収まったな。あれ使うぞ」

 

「う、うん。分かったよ!」

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 

 弾丸の如く素早い光速の矢が、立ち上がったメガビョーゲンの急所へと命中する。俗に言う"リスキル"というやつだ。

 

『キュアスキャン!!』

 

 スパークルはキュアスキャンで体内に潜む実りのエレメントさんを探し当ててみせた。

 

「アース、後は頼むぞ」

 

「はい。今助けに参ります!」

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 アースウィンディハープから放たれた、無数の白い羽を纏った竜巻状の光線がメガビョーゲンへと直撃し間もなく浄化されていく。

 

 

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

 

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、僕達は平光アニマルクリニックの近くのふれあい広場に訪れ、ポポロンを除いたヒーリングアニマル達と遊ぶポチットを眺めながら談笑していた。

 

「ポチットくん、新しい家族が決まったんだよね?」

 

「うん、来週迎えに来るんだ~」

 

「新しい家族ともきっと仲良くなれるわ」

 

「でも、お別れするのは寂しいですね」

 

 ……

 

「「「「え?」」」」

 

「え?」

 

 一同がしばらくの別れに寂しく感じる中での発言だったので、さらっと受け流しそうになる。しかし、発言者はあのアスミであることで思わず過剰に反応してしまう。

 

「アスミンが“寂しい”って言うなんて……!」

 

「初めてじゃないかしら?」

 

「いつの間に、しかも何処で覚えたんだ……」

 

「……そんなにおかしなことでしょうか?」

 

 別に、普通の人であれば何らおかしいことではない。生まれたばかりのお前が言うからおかしいと思ったんだ、とツッコミを入れようとしたところに、先程まで遊んでいたポチット達が此方に駆け寄ってくる。アスミは膝をついてポチットと目線を合わせる。

 

「ポチット。今更ですが、私はあなたと友達になりたいと思っています。人とは違う身ですが、仲良くしてくれませんか?」

 

 そう言って、差し出された手をポチットはしばらく見つめ、やがて『はい』という意志表示をするようにその手をペロッと一舐めする。

 

「まあ!」

 

「アスミン!ポチットも仲良くしたいって!」

 

 改めて、初めて平光家以外の人に心を開いてくれたことにひなたも歓喜の言葉を告げる。アスミはそんなポチットに感謝の意思表示をするように頭を撫でた。

 

「可愛い……!ひなた、不思議ですね。私の中で可愛いがどんどん膨らんでいきます」

 

「可愛いに限界はないんだよ!」

 

 これでまた一つ(一応、『寂しい』という感情も抱いていたので二つに加算しても良い)新たな感情を覚えたことに、アスミは笑みを溢す。

 

「ワン!ワン!」

 

「うん?」

 

 一方、ラテが此方を呼んでいることに気付き、膝をついてラテと同じ目線に立つ。すると、珍しく僕の膝の上に飛びついてきた。聴診器を取り出して心の声を聞いてみる。

 

『ポチットも飛鳥とお友達になりたいって言ってるラテ!』

 

「え、僕もか?」

 

「飛鳥くん、ポチットのこと一早く庇ってたもんね」

 

「誰よりも早く駆けつけてたし」

 

「あの時のあっくん、かっこよかったよね!」

 

「ナイスファイトでした」

 

「……何だそれ」

 

 物凄く唐突なべた褒めに困惑してしまう。だけど、あれは僕が動かなきゃダメだったんだと、ラテと目を合わせることでより一層感じた。

 

「二度と同じ過ちを繰り返さない為に……そうだろ?」

 

「「ワンッ!!」」

 

 ラテに聞いたつもりがポチットも反応したことに、一同はクスッと笑わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、こいつをやろう。大切にしろよ」

 

「だからやめろってばあああああ!!!」

 

 




お気に入り、評価、感想、誤字脱字等々いつも励みになっております。今後もよろしくお願いします!


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第28節 自然を風に乗せて

FGOさんの夏イベガチャはPU1はコルデーと沖田オルタ、PU2はカマちょで撤退かなという結果でした。

さて、唐突ですが今回からオリキャラ追加しました。これが本編最後の追加キャラかと思います。というかそうしたい。


 ♪♪♪~

 

「ん……」

 

 夕陽が次第に沈む時間帯。自室の机と向かい合って読書をしていると、突然スマホから通知音が鳴り出す。手に取ってみると、

 

『あっくん話したいことあるから通話来て~!ヽ(´・д・`)ノ』

 

 という文章と、当人がグループ通話を開始したという通知の二件が来ていた。

 そういえば最近、僕とひなたの他にのどかやちゆもスマホを持っていることが判明し、ひなたを筆頭にプリキュアメンバーでのLI〇Eグループが作られたのだ。のどかは入院中でも家族と会話したり出来るように所持していて、ちゆは基本的に自分の時間はタブレットを使っているおかげで、ほとんど家族との連絡用にしか使っていなかったそうだ。そんなグループ通話に招待されたので、すぐさま応答をタップして通話に参加する。

 

「何か用か?」

 

『あーもしもし?えっとね、今度の日曜に皆でおおらか市の湖に行こうって話になったの!だからあっくんも一緒に行こうっていう誘いの用事!』

 

「おおらか市?割と遠くないかそこ」

 

 当然、市内からは出ることになる為、多少の遠出にはなってしまう。それに加えて、彼女から位置情報のURLを貰ったところ『湖』というのはそのおおらか市街から約5キロに位置する湖畔のことだろう。最低でも二時間はかかることになりそうだが。

 

『のどかっちとアスミンの提案でね、お弁当持ってハイキングしようって話になってさ~!』

 

「成る程、じゃあ行く」

 

『おっけー!』

 

「……相変わらず、のどかちゃんの提案だと即答になるねえ」

 

 小声で何か呟くポポロンを横目に、話を続ける。

 

「それで、何時集合なんだ?」

 

『それがさ~聞いてよ!ちゆちーが早い時間の方が人も少なそうだからって朝の六時集合だって言ったんだよ!?』

 

「朝の六時か。確かに少し早い気もするが、まあ休日だし人混みも考えれば妥当だな」

 

『えぇっ!?六時だよ!?まだ夜じゃん!』

 

「がっつり朝だろうが。お前いつも何時に起きてるんだ」

 

 とは言ったものの、僕自身も人の事を言える立場ではない。休日は疎か、平日だって基本は六時起きなのでそれよりも早い時間に起床しなければならない。目覚ましのアラームを掛けておけばどうにかなるけど、念の為に気をつけておかねばと思う。

 

『いやまあ、あたしも遅い時間に起きてるってのは自覚してるけど。でもそうじゃん!冬にめっちゃ寒くて起きちゃったことあるけど、その時まだ真っ暗だったよ!?』

 

「冬は日が昇るの遅いけど、基本的にはその時間帯に明るくなるぞ。というか、今冬じゃないし」

 

『ぐむむ、そんなに早く起きれる自身ないよ~』

 

「いつもより早く寝て大音量でアラーム鳴らしとけばどうにかなるだろ。今の内に対策しておけよ」

 

『……はい、頑張りマス』

 

 そんな感じで色々決まり、ひなたに別れを告げて通話を終了する。それにしても、友人と別の市街まで遠出するのって初めてかもしれない。

 

「───明日、早起きして母さんに弁当作り教えて貰うか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~!素敵!」

 

「来て良かった~!」

 

「本当ね」

 

 当日の早朝、電車等の移動手段を使って約二時間掛けて目的地である湖畔へと到着する。目の前に広がる湖は綺麗な青に染まっており、鴨や魚がはしゃぐ水音や湖畔を囲む森の木々や太陽の日差しも相まって僕達を澄んだ心にさせていた。

 

「めっちゃ気持ちいい~!」

 

「ひなたちゃん、声大きすぎ~!」

 

 数ある疲労の中でも、電車や飛行機といった長時間の移動の影響で疲労を感じるものも存在する。しかし、彼女らはこの湖畔の景色を見て疲れが吹っ飛んだのか、大声を出せる程に楽しんでいる。そこまでの体力、是非此方にも僅かながら分けて欲しいものだ。

 

 また、中には湖の心地良さを体感している者もいる。ペギタン、ポポロン、ちゆの三名であり特にペギタンは仰向けになって湖の水面を肌で感じながら『母なる地球、その懐に慈しまれて抱かれている気持ちペエ』と、何処で覚えたのかが謎の小難しいことを述べていた。あまりに唐突な語りに湖畔の周辺で吹く風を感じていたポポロンは『何言ってんだこいつ』と言わんばかりにドン引きの表情を見せており、ちゆも若干顔を引きつらせながら気持ちよさそうにしているペギタンに少量の水をかけていた。

 

 さて、と。

 我一番に駆け出して行ったひなたが投げ捨てた荷物を回収して、僕は自分のリュックサックからレジャーシートを取り出す。通常よりも一回り大きいと思われる物を持ってきており、多分もう一つ分広げた方が良いのだろうが流石に人様の荷物を勝手に開けるわけにもいかない。取り敢えず、今広げたレジャーシートに各々の荷物を置いて湖の周りを散歩しようかと思っていると、目を閉じ右手を右耳にあてて何かを感じ取っているアスミの姿があった。

 

「何してるんだ?」

 

「自然の想いを感じ取っていたのです」

 

「自然の?こういう"草"とか"木"とかのか?」

 

「はい。"土"や"花"、そして"湖"もです」

 

 恐らく、地球が生んだ精霊であるが故の特性というものだろう。僕自身、というか我々人間には理解に難しい事情だと思った。

 と、ここでスマホにあらかじめ昼食の時間(予定)をセットしておいたアラームが鳴り響く。予定ではあるが、此処に到着した時間を踏まえて頃合いだと考え、一度休息の時間を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各々が持参した弁当を見せ合い、時には交換や回し合いなどもしながら賑やかな昼食の時間を過ごした。その後、森の中を中心に僕とのどか、そしてアスミは湖の周りを歩いていた。

 

「アスミちゃん、自然とお話ししてるみたい」

 

 精霊の力なのかは分からないが、アスミは自然の想いを感じ取ることが出来るらしいと伝えると、のどかは深く関心していた。

 引き続き手を耳にあてながら足を運ぶアスミを見て、改めてのどかはそんな感想を述べた。

 

「でも、ここってとても気持ち良いよね。生きてるって感じ」

 

 のどかの声と共に、周辺に吹く心地良い風が僕達の身体と心を揺らす。夏という暑い時期には特に最適で、たとえそよ風であっても身を預けたくなる。

 

「……何か騒がしいな」

 

 すると、付近から鳥の鳴き声が聞こえてくる。いつも飛び回る上空からではなく、側面───地上からだ。

 来た道からは別の道へと進みながら、それぞれ分かれて茂みを漁ったりして探し始める。

 

「あっ、いた!」

 

 探し始めてから2,3分経った頃、のどかは木々が並ぶ小道のど真ん中で声の主を見つけ、呼び声と共に其方に足を運んでいく。

 

「雛鳥か。この木の巣から落ちたんだろう」

 

 数人も人間が近づいてきても何処かへ羽ばたこうともせず、か弱く甲高い声で鳴き続ける一羽の雛鳥。まだ生まれたばかりの赤子なのだろうが、『帰してくれ』と言わんばかりに地面から空を見上げている様子を見てそう判断した。

 

「戻してあげないと……!」

 

「ちょっ、おい待て──────」

 

「駄目!触っちゃ駄目よ!!」

 

 のどかが雛鳥を抱えて巣へと戻そうと両手を伸ばした瞬間、森の奥から声を上げて止めようとする女性の声が聞こえる。同時に、その行動の危険性を察した僕はのどかの肩をやや強めに叩いて止めるように促す。双方から彼女を止める形となった。

 

「この子は多分巣立ちの時なんだよ。まだうまく飛べないだけ」

 

「どうしたの?」

 

「あっ、雛だ!可愛い!」

 

 そう言って、女性は膝をついて座るのどかと同じ目線に合わせてその隣で膝をつく。そこに、此方の声が聞こえたのかちゆとひなたも駆けつけにきた。

 

「親鳥が近くで見ているかもしれない。人間が勝手に連れて行っては駄目よ」

 

「え、でもどこ?親鳥、何で助けに来ないの?」

 

「巣立ちってのは、親の力を借りずに自分自身でやらなきゃいけない。それに僕達人間がいると近づけないから、たとえ善意でやっていたとしても相手には悪影響でしかないから。だったかな」

 

「良く知ってるね。そう、人が近くにいること自体、野生の雛にとってはストレスなの」

 

 女性はポケットから軍手を取り出し、両手にはめて雛を優しく抱えると近くの木の根元の辺りにそっと移動させる。

 

「野生の鳥や動物はさ、人に感染する病気を持ってる場合もあるから素手で触っちゃダメなんだよ。さあ、ここを離れましょう」

 

 助言も加えられた女性の言葉通りに、一同は森の中を後にする。

 森を出て湖が見える場所まで戻ってきた後、彼女とは同じ道を歩くこととなり後について行くように移動していた。

 

「ありがとうございました!あそこで止めて貰えなかったら、雛を連れて行っちゃうところでした……!」

 

「良いのよ!分かって貰えれば!」

 

「ありがとうございます。あの、厚かましいかもしれませんが、獣医のお仕事とかされているんですか?」

 

 のどかの感謝と謝罪の言葉を笑顔で受け入れてくれたことに安堵したところで以上のことを尋ねてみる。彼女が着用している作業着、小動物であっても野生動物相手に手慣れた手つき、そして野生に関する詳しい解説から推測する。獣医師が作業着というのはイメージと離れているが、一般には知られていない野生動物専門の獣医の可能性もある。

 

「私は"樹サクヤ"。獣医ではないけど、おおらか市で樹木医をしているの」

 

「樹木医?」

 

「木のお医者さんですね」

 

 流石に獣医ではなかったものの、あまり聞き覚えのない職業名で思わず首を傾げてしまう。単純に自分が無知であるだけかもしれないが、割かしマイナーな職業なのではないだろうか。

 

「木の様子を見て診断をして、何か問題があればこんな風に処置してあげるの」

 

 説明している間にも、彼女は樹木をハンマーで軽く叩いて音を確かめたり、傷が出来ていた木には薬を塗って治したりとテキパキ作業を進めていた。

 手際の良過ぎる姿を見て、この場にいる全員が思わず釘付けとなって見惚れてしまっていた時、再びそよ風が吹き始めていた。そよ風によって木が微かに揺れ、葉っぱ同士が擦れる音をサクヤさんは耳を澄まして聞いていた。

 

「木が話してる」

 

「え、風が吹いただけじゃ……」

 

「うん。でも、お互いが『元気?』って、声を掛け合ってるの」

 

 彼女の言葉に、アスミも同じように耳を澄まして聞き始める。

 

「風って自然の想いを届ける力を持っているんじゃないかなって。まあ、私の思い込みだけどね」

 

「そんな事ありません。サクヤさんは本当に自然の想いが分かる……いえ、分かろうとしている。ここの自然が素敵なのはきっとサクヤさんがいるからです。私もここが大好きです」

 

「ありがとう。そう言ってくれて私も嬉しいよ」

 

 大好きだ、と言ってくれたアスミに感謝の言葉を述べるサクヤさんの元に再び心地良いそよ風が吹いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな、正に静寂に満ちたとも言える深夜のおおらか市の湖畔。その付近にある森の中で一つの人影が彷徨っていた。

 

「はぁ、ここ空気悪すぎ。こういう所嫌いだなあ……」

 

 その正体は、周辺の環境が気に入らないと気分悪そうな表情を浮かべる異質な少年────ダルイゼンである。今日も、ビョーゲンズとして地球を蝕む為に利用出来るものを探しに歩き回っていた。

 

「ん?」

 

 不意に近くから小鳥の鳴き声が聞こえ、思わず足を止めて声の主の方へと振り向く。上空には数羽の小鳥が木々を飛び回っており、その内の一羽が上手く飛べずに地面から落っこちていた。

 

「……丁度いいや。実験開始」

 

 その一羽の小鳥を見たダルイゼンは何かを企むように笑みを浮かべた途端、小鳥を抱えて所持していたメガパーツを直接与える。しばらく悶えていた末、小鳥は地面に倒れると身体から禍々しいオーラを放出していく。

 

「やれやれ、こんな所でビョーゲンズを生み出そうとするとは。彼も不運ですね」

 

 そんな状況を更に森の奥、大木の中から眺める一人の男の人影があった。

 

「まあ、現在彼女はお休みになられているのでどうなるかは分かりませんが。とはいえ、目覚めるのも時間の問題でしょうかね」

 

 月によって照らされる夜の静寂な湖畔に手を伸ばしながら、思わず笑みを溢す。何かとんでもないことを楽しみに待つような、無邪気な子供が作るような笑みであった。

 

「共に行きましょう。互いの命を尽くした時、我々の望みはようやく叶うのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くちゅん!」

 

「ラテ!?」

 

「出てきたか……」

 

 後日、僕達はすこやか市にある展望台で自然の景色を眺めていると突然ラテがくしゃみをする。辺りで騒がしい様子は見受けられないが、何処かで性懲りもなくビョーゲンズが地球を蝕んでいるのは確かだ。のどかはヒーリングルームバッグから聴診器を取り出し、ラテの身体に当てる。

 

『この前遊んだ大きなお水さんが泣いてるラテ』

 

「この前遊んだ大きな水?」

 

「おおらか市の湖のことじゃないか?」

 

「……うわぁ大変!これ見て!」

 

 ラテの言葉に頭を悩ませる中で、スマホでおおらか市やビョーゲンズに関するニュース等がないか情報収集していたひなたは何か大きなものを見つけたようで、押し付けるようにスマホの画面を見せてくる。

 

『おおらか市上空を飛び回った謎の飛行物体は、山中の湖の方へと飛び去っていきました」

 

 画面に映されているのはニュース番組の生中継。良く見ると、以前訪れたおおらか市の湖畔が映し出されていた。

 

『おい、危ないぞ!戻れ!!』

 

「サクヤさん!?」

 

 声を上げながらカメラマンが追ったのは、おおらか市街を飛び回るメガビョーゲンらしき異形の怪物と湖の方へと駆け出して行くサクヤさんの姿であった。

 

「早くおおらか市に行かなきゃ!」

 

「行かなきゃって……着くまでどれくらい時間掛かると思ってんだ」

 

「でも、こうしてる間にもビョーゲンズが湖の自然を病気にしてるんだよ!」

 

 かなり焦っているのどかの言葉も一理ある。ビョーゲンズは今でも地球の汚染を止めることなく続けている。しかし、ここから湖畔に行くまで電車に乗っていても二時間は掛かってしまうので今から向かうとしても時間の問題だろう。

 

「私に考えがあります」

 

 と、今まで真剣な表情でしばらく空を見上げていたアスミが口にする。何か空を利用しての方法があるのかと思って同じように空を見上げると、突然心地良いそよ風が吹き始める。

 

「もしや、風のエレメント────」

 

「絶対に助けます。サクヤさんを────あの素敵な自然を」

 

 そしてもう一言、アスミが口にしたのはお手当てへの決意、それだけでなく"好きで素敵で愛おしいと思った人や自然を守りたい"という彼女の本心だった。この地球に来てから、様々なことを覚えて学んで考えて───だからこそ抱くことの出来た決意に答えるように彼女の所持する風のエレメントボトルが目の前で紫色に輝き始め、彼女を身体をも輝かせる。

 

「風よ、私の想いを……運んで!」

 

 言い放った瞬間、エレメントの力によってアスミの周りを強い風が吹き荒れ、やがて竜巻状の巨大な渦が発生すると雲一つない青空に衝突し大きな穴が開けられる。

 

「ええええええ~!?何あれ~!」

 

「おおらか市の湖……!?」

 

 その穴に映し出されたのは汚染されつつあるおおらか市の湖畔だった。あまりに衝撃な出来事に、アスミ以外の者達は呆然とそれを見つめていた。一方で、アスミは両手で僕とのどかの手を握り始める。

 

「あれを通れば湖に行けます。行きましょう、地球のお手当てに!」

 

 その言葉に答えるように、ちゆは両手でひなたとアスミの手を、ひなたも両手で僕とちゆの手を、そしてそれぞれ残りの僕とのどかの手を繋いで一つの輪になる。途端、風のエレメントの力で全員の身体が浮き始め、巨大な穴へ目指して進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた!」

 

 突然の慣れない出来事に戸惑っていたものの何事もなく穴を通り抜け、湖畔へと到着する。直後に目にしたのは、怪物によって吹き飛ばされて木に叩きつけられるサクヤさんの姿だった。

 

「サクヤさん!」

 

 アスミがすぐさま駆けつけて声を掛ける中で、僕は首元や手首の脈を測る。しっかりとリズムよく鼓動する感覚があるので、単に気を失っているだけである。

 

「誰だ~お前達?」

 

「貴方こそ誰なの!」

 

「オイラは"ネブソック"って言うんだぞ!」

 

 オレンジの鬣のような髪型に化粧したかのようなアイライン、何より漆黒ともいえる身体や翼を持つその姿はまるで人間のサイズとなったカラスそのままである。そして、サソリのような尻尾を持つことから新たなビョーゲンズの幹部と認識して良いだろう。

 

「サクヤさんが大切に守っている自然を……許せません!!」

 

「行こう!!」

 

 アスミの想いに合わせて、それぞれ変身アイテムを持って変身の体制に入る。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「またお前達か。本当に何処にでも現れるね」

 

「ダルイゼン!!」

 

「にーちゃ~ん!こいつらなんだ?」

 

「そう、いっつも兄ちゃんの邪魔をするんだ」

 

「じゃあ倒しちゃって良い~?倒したら褒めてくれよな、兄ちゃん!」

 

 唐突に森の奥から乱入してきたダルイゼンに、ネブソックが"にーちゃん"と称して問いかけたことに思わず困惑する。何か特別なわけがあるのだろうが、そんな問いかけにダルイゼンは手で合図を送って答える。

 

「「「きゃあああっ!?」」」

 

 刹那、回避する隙を与えようともせずに、翼を大きく動かして上空からとてつもない速さで滑空して突進してくる。僕やアースが間一髪のところで回避に成功することが出来た一方で、グレース、フォンテーヌ、スパークルの三人は咄嗟の判断が鈍かったおかげで、突進から発生した突風によって吹き飛ばされてしまう。

 

「あははは!弱ぇ~楽勝!」

 

「弱ぇって、約二名には避けられてんだろうが……!」

 

 調子に乗るな。

 グレース達に多少のダメージを負った程度で高らかに慢心するあいつに少しだけイラっときた僕は、その場で巨大な蛇の化身を召喚する。やがてこの地に現界した蛇は主人の気持ちに答えるように、ネブソック目掛けて猛突進。しかし、そんな攻撃も虚しくネブソックは旋回や滑空で軽々と湖畔の周囲を飛び回って回避していく。

 

 だが、相手の方が速いからといって不利なわけではない。寧ろ、有難いことだ。

 

「はぁ、はぁ……ど、どこまで追っかけてくるんだよぉぉぉ!」

 

 何も考えずにあちこち全速力で飛び回っていてくれた方が、次第に出てくる疲れによってその動きも鈍くなっていくことだろう。そして、その予感は的中した。

 

「はあっ!」

 

「ぐうぉあ!?」

 

 実際はそうではないが、まるで銃で撃たれた鳥のようなふらついた動きで突進するネブソックを、アースは回し蹴りでカウンターをお見舞いする。顔面を思いっきり蹴り飛ばされた怪人はそのまま汚染された湖へと吹き飛ばされ、落下していく。

 

「言う程大したことないじゃん。いや、あいつらが強すぎるのか?」

 

「何なんだよお前達!」

 

 少しして湖から飛び出てきたネブソックは翼を大きく羽ばたかせながら、連携を取った此方に対して怒りを露わにする。その間にも攻撃を止めてはいない。

 

 ザバアアアアアアン!!!と、湖から飛沫を上げて這い上がって来たのは巨大な蛇の化身。ネブソックが落下した後も動きを止めずに湖に飛び込んで追っかけまわしていた。

 

「お前が一番何なんだよ~!!」

 

 大口を開けて喰らうどころか飲み込んでやろうとする蛇から真上に飛んで逃げるネブソック。

 高く、高く、うーんと高く。

 

「チッ、あと少しなのに……!」

 

 鳥類は大気圏に突入しない限り、この地球上では無限に空を飛ぶことが出来る。対して、いくら巨大な蛇であれど高さ大きさには限りがあり、怪人の今いる位置からは届かないでいる。だが、それでも喰らってやろうと首を伸ばして試行錯誤していた。そんな蛇を、ネブソックはその場から動かずに何故かジッと見つめる────。

 

 

 

 

 

「お……おっかねえええぇぇ!!高いとこおっかねえええよおおおぉぉぉ!!!」

 

「は?」

 

 突然、頭を抱えて叫び出した。

 

「もしかして、高いところ怖いの?飛べるのに?」

 

「はあ……期待外れだな」

 

 スパークルの言う通り、飛べる上にカラスの姿をした奴の口から高い所が苦手という言葉が出てくるのは色々と矛盾しているというか、流石に困惑せざるを得ない。これにはダルイゼンも呆れたような大きな溜息を吐いていた。

 まあ、それならそれで好都合である。

 

「ほう、高いところがおっかないのか。でも、今降りればこいつに丸呑みにされること間違いなしだ」

 

「う……うるせえやい────」

 

「さあ、蛇の餌になるか僕達に浄化されるか。早急に選べ」

 

 僕が容赦なく挑発すると同時に、蛇もガチガチと歯を鳴らして"早く俺の餌になれ"と急かしている。わーわーと騒いでパニック状態になっているネブソックだが、それも時間の問題だ。

 

「や、やっぱり助けてにーちゃ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 突如、鳴り響く不協和音と共にどんよりとした空気が辺り一面に伝わってくる。

 物凄く気分が悪く、もはや吐き気を催してしまう程の不穏な空気が押し寄せてくる。加えて、その空気によって凶暴と化した蛇の化身が一瞬にして消滅してしまったのだ。そんな一方で、今まで騒ぎ立てていたネブソックはいつの間にかその場を動かずに静かに上空に佇んでいる。

 

 いや、動かないのではない。動けないのだ。

 

「……え、石になってるんだけど」

 

 ポポロンがぽつりと呟く。既にネブソックの身体は足の爪先から頭まで全てを灰色に変えられてしまっていた。瞬きをしている間に何故こうなってしまったのか、そもそも誰がやったのか、僕達は困惑せざるを得ない。

 

「取り敢えず、隙が出来たことには変わりない。アース、浄化頼める?」

 

「分かりました……!」

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 一枚の羽が頭上に舞い落ちると、彼女の武器である『アースウィンディハープ』へと姿が変わり、アースは浄化の体制に入ろうとする。

 しかし、

 

「いや、やっぱり待って。皆下がって!」

 

 刹那、その言葉によって一斉にその場から距離を置く。同時に湖の全面から一つの巨大な藻類の束が這い上がってきた。しかしそれは生き物のように不安定な動作でゆらゆらと揺れている。

 そして、ゆっくりと石化されたネブソックの周りを包み込んでいくとギュッと縛って中へと引きづり下ろしていった。

 

 ほんの数分で起こった壮絶な出来事に、しばらく沈黙が続く。

 再びネブソックが起き上がってくることも、ましてや謎の異物が出現することもない。湖は汚染されているが、僕達が初めて訪れた時と同じくただ水の流れる音だけが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)!』

 

 

 

 

 

 念の為、というより蝕まれた場所を取り除く為に技を放つ。しかし、辺りは綺麗に浄化されたもののビョーゲンズを浄化するといった手応えは感じなかった。

 

「えっと~……終わった、んだよね?」

 

「ええ、恐らくは……」

 

「でも、あれは何だったのかしら?」

 

「た、多分あたし達を手助けしてくれたんだよ!ってか、そう思ってた方が色々と良いって……!」

 

「あんな化け物じみた救世主がいるとか考えたくないけどな」

 

 それぞれが自分の思ったことを述べた後、変身を解除する。

 湖の中を覗いたり辺りを見渡してみても、見た目も中身も雲一つない空のように青く染まった輝かしくこれといったものは影すらも見当たらない。そうなると、ひなたの言う通りに思っていた方が吉なのかもしれない。あんな自然現象があるとか聞いたことないけど。

 

「うぅ、ん」

 

「サクヤさん……!」

 

 木に背を預けて気絶していたサクヤさんが唸り声を上げて目を覚まし始めたことに気付き、真っ先に駆け付ける。アスミの呼び声で完全に目を覚ますと、事態を思い出したかのように慌てた様子で起き上がった。

 

「大変!湖が、森が!」

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「えっ、貴女は……あれ」

 

 気を失うまでは周辺の自然が蝕まれていたので、慌てるのも無理ない。しかし、今は青空のように綺麗な湖、その周りには自然溢れる森や太陽の日差し、そして心地良い風など彼女が良く目にするであろう湖畔が目の前に広がっている。

 

「伝わりますよね?サクヤさんが気がついて、木も草花も湖も、喜んでいます」

 

「え?」

 

「……いえ、私の思い込みです」

 

「……そっか」

 

 落ち着きを取り戻したサクヤさんは、そんなアスミの微笑んだ表情を見て同じく微笑んでいた。

 

 それから、僕達は彼女と別れを告げ、すこやか市へと帰ろうと森の中を歩いていた。

 

「アスミ、帰り道よろしくラビ!」

 

「え?」

 

「ほら、ここまで来たトンネル」

 

 おおらか市に直行する為に使った風のエレメントの力を使えば、一瞬ですこやか市へと帰ることが出来る。そんな提案をラビリンはアスミに投げかけるのに対し、"それは何でしょうか?"と言わんばかりにとぼけた反応で返す。それをニャトランが補足で説明するとアスミは淡々と理解する。

 

「ああ、出来ません。あれはとても力をつけるので」

 

 ……。

 

 アスミのとんでもない言葉に、思わず足が止まる。ぽかんとした表情で呆然とアスミを見つめる僕達には構わず、彼女はラテを抱えてスタスタと歩き続けていた。

 

「じゃあ、電車で帰らなきゃいけないってこと!?」

 

「電車賃、足りるかな……」

 

「私、お使い頼まれてたんだけど……」

 

「同じくだ……ったく、しょうがない」

 

 僕はポケットから財布を取り出し、所持金を確かめる。今日はスーパーでの食材調達を頼まれているので千円札は勿論、一万円札も入っている。

 

「一応、足りなくなったら言ってくれ。母さんには無理にでも交渉しておくから」

 

「本当!?ありがとう!」

 

「あ、じゃあせっかくだしついでにカフェに寄って奢っても────いだだだだ!ごめんうそうそ冗談!悪かったから耳引っ張るのやめて~!!」

 

 本当に冗談で言ったのかはさておき、一同は街へと続く森の中を進んでいく。

 ちなみにこの後、奢られることはなかったがほんの少しだけカフェで時間を費やしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だったんだあれ……」

 

 プリキュア達が蝕まれたこの地を浄化していた時、ダルイゼンもまた突然の現象に戸惑いを隠せないでいた。何の予兆もなく、キュアラピウスが生み出した巨大な蛇を消滅する程の一変した空気が押し寄せてきたのだ。身体が自由に動けず、呼吸も次第に苦しくなってきたと思ったら、ぎゃーぎゃーと騒いでいたあいつが急に石にされて引きづり込まれたのだから、動揺する他ない。

 だが、それも一瞬の出来事だった。元々息苦しい場所だと言うのに更に気分が悪くなるなんて、流石に今回は運が無かったと自覚出来る。

 

「とはいえ、あいつはやっぱり出てくるのが早すぎたね。さっさと帰るか」

 

 そう言って、森の中へと進もうと振り返る。

 

(ワタシ)の寝床を邪魔した奴に似ているが、仲間か?」

 

 刹那、ダルイゼンの目先に誰かが歩み寄ってくる。トン、トンという足音と共にやがて姿が見えてきたと思えば、一人の女性……いや、少女がそこにいた。冷たい声音であったのだが、周りにいるのは彼女一人だけだ。

 

 髪色はキュアアースに似た紫髪であるのだが、少女の髪型とは程遠いセミロング。黒いローブを羽織っており、その下には露出度がやや高めの軽装の鎧を纏っているという服装。フードを深く被っているので目元は良く見えないが、全体的な外観としては如何にも可憐な少女と言わんばかりの顔立ち。そんな彼女の口元にはそれなりの量の血が付着しているが、左手に持つ二つの真っ赤に血塗られた肉の塊を口に入れたことで察する。

 

「もしかして、あれやったのお前────ぐはあっ!?」

 

 噛み砕き、そして飲み込む仕草を見せる少女を、ダルイゼンは睨み付けながら問おうとする。

 瞬間、いつしか右手に持っていた大鎌を振るって彼の胸部を切り裂いた。

 

「質問を質問で返すな愚か者。だがまあ、奴は我が食ってやったわ。騒がしさで叩き起こされた上に、少し腹も減ってしまったのでな。腐るほど不味かったが、多少の供給にはなっただろう」

 

 口元に付着した血を舌で舐め取りながら、そう答える。最初の冷たい声とは裏腹に、何か得をしたように無邪気に、或いは狂気的に声を弾ませていた。

 

 ────妙な緊張感が走る。何故、俺はこんな気分になっているんだ。

 

 胸部に刻まれた切り傷の痛みに耐えながら、しばらく警戒する。

 その直後、少女は「ふあぁ……」と気の抜けた声を漏らしていた。

 

「……満腹のせいで眠くなってきたな。さて我はもう寝る」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げるダルイゼンに見向きもせず、手に持っていた大鎌を背負って森の中へと足を運び始めるも何かを思い出したようにすぐに止まった。

 

「ああ、それと。あまり"我ら"の邪魔はするなよビョーゲンズ。今はその気は失せているにしろ、その時はじっくりと殺してやる。即死ではなく、じっくりとな……」

 

 最後に、悪魔に等しい狂気の笑みを浮かべながらそう告げると、少女は再び歩みを進めて霊体化して姿を消していった。

 

「……もういいや。とっとと帰ってこの傷を治さないと」

 

 同じくして、ダルイゼンも疲労で溜め息を一つ吐いて呟いた後、この場から姿を消していったのであった。

 

 




モデルに関しては大方察してくれていることを願って…!


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第29節 囚われのぬいぐるみ

今回はポポロン視点がメインとなっています。飛鳥くん視点の描写も変わらずあります!
また、今回も前編後編に分けさせていただきました。


「何だよ何だよ、何だってんだよもう!」

 

 さて、現在僕ことポポロンは何故こんなカンカンに怒っているのだろうか。

 それは、遡ること数分前。

 

 

 

 

 

 帰り道。

 

「ねえねえ飛鳥クン、僕疲れたよ~。早く帰って一緒に寝ようよ~ねえねえねえ」

 

「買い物頼まれてるからまだ帰らない。疲れたなら黙って背中に張り付いてろ」

 

 

 

 

 

 スーパーにて。

 

「ねえまだ~?まだ買い物終わらないの~?すりすり」

 

「どれだけの量があると思ってんだ。あと背中擦るの止めろこそばゆい」

 

 

 

 

 

 レジでの会計にて。

 

「すりすりすりすりすり」

 

「いい加減にしろ!あっ、いえ、すいません何でもありませんカード払いで良いですか?」

 

 

 

 

 

「待ちも出来ないのかお前は……!」

 

「飛鳥が早く済まさないからでしょ~?」

 

 ようやく帰宅することとなり、はち切れるくらいにパンパンの買い物袋を両手に持つ飛鳥はかなりイライラしている様子で足を運んでいた。

 

「だったら先に帰れば良いだろうが」

 

「だって君と帰りたいんだもん!そんなに僕のこと嫌いか!!」

 

「嫌い以外何があるって言うんだ」

 

「……」

 

 淡々と答えられるとは思わず、絶句してしまう。

 いつもぶん投げられたり蹴り飛ばされたりと雑な扱いを度々受けてきたわけだが、単に愛があるものだと思っていた。しかし、今の一言で飛鳥には僕に対して愛は無く、ただパートナーとして共に行動しているだけで本音は鬱陶しいと思われているんだと悟った。

 

「……じゃあ、僕が家出して二度と帰って来なくても良いって訳なんだ」

 

「いや、早く帰りたいんじゃないのかよ」

 

「うるさいなあ揚げ足取るんじゃないよ!あんたなんてパートナーってだけで友達でも何でもないんだから!!ふんだ!!!」

 

「……何だあいつ」

 

 

 

 

 

 というわけで、僕は見事に家出することになったのだ。

 今は何処へ向かうという目的もなく、ただゆらゆらと宛を探している。周りに誰もおらず独りぼっちというのは久々というべきか、それとも初めてだろうか。

 そんなことを考えながら、やがて辿り着いたのは小さな公園。今は日が暮れる時間帯である故に子供が誰一人としておらず、照らす夕陽も相まって静寂な雰囲気を漂わせている。

 ……いや、嘘ついた。見覚えのある奴がベンチに座っていた。

 

「はあ、いつまで経っても僕は弱虫のままペエ。やっぱり、可愛いじゃなくてカッコいいって言われたいペエ!」

 

「いや鏡見てから言え弱虫」

 

 そこにいたのはぺギタンである。

 僕は男の子がとてつもなく好きでめちゃくちゃ可愛いと思っている。だが、正にショタって感じの人間の男の子が好きなのであってヒーリングアニマルの男の子はあまり好かない。特にこいつはヒーリングガーデンにいた頃から泣き虫で弱虫で、いつまで経ってもビビり散らかしているので正直うざったい。だから、僕は普段当たり強く接しているのだ。そんなぺギタンは僕を見るなり驚いた表情を見せていた。

 

「ポポロン!?何でいるペエ!?」

 

「別に、家出しただけだよ。そっちは何、まさかちゆちゃんと喧嘩したの?」

 

「ち、違うペエ!実は……」

 

 ぺギタンが言うには、家でちゆと一緒にアクションホラー映画(内容的にジャンルはこの辺りと推測する)を鑑賞していて、怖くないと言ったはずなのに可愛いとからかわれたのがショックで抜け出してきたのだという。沢泉家を抜け出すなんて流石にくだらないことではないだろう、というか思いたくないので願っていたのだが案の定くだらなかった。

 

「だから、僕はちゆにカッコいいって思われたいペエ!」

 

「あっ、うん、そうなんだ……まあ精々頑張って」

 

 願望を抱き、実現したことを想像してニヤニヤと笑みを浮かべているのを見て、自分も言えたことではないけど流石に気味悪いと思えてしまう。ぶっきらぼうに応援の言葉を投げかけ、即座にこの場から離れようと浮遊する。

 

「じぃ──ー」

 

 ベンチの向こう側から感じる鋭い視線に、ポスンと音を立ててベンチに座り込む。

 見ると、そこには買い物袋を片手に持った少女の姿がこちらを凝視している。ぺギタンも気付いたようで、同じく微動だにせず固まっている。ぬいぐるみ状態というやつだ。

 

 だが、これは逆効果だったかもしれない。少女はじっと凝視した後にスタスタと目の前まで近づいてくると、僕達と同じ目線に立って更に凝視する。

 

「(ねえ、この子何すか。めっちゃ見てくるんですケド。もしかして、10分後に食われるやつかなこれ?)」

 

「(し、知らないペエ。とにかく、あっち行ってペエ!)」

 

 何も手出し出来ない僕達は、危害を加えられないよう祈るしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから10分位が経っただろうか。

 さて、今いるのはベッドとか玩具などTHE・子供部屋とも言える一室であるわけなんだが……。

 

「(お、お持ち帰りされちゃったペエ!)」

 

「(お持ち帰りとか言うんじゃないよ卑しい)」

 

 あれからしばらく睨めっこが続き、ようやくぬいぐるみだと思って貰えたのは一先ず良かった。けれど、捨てられたぬいぐるみだと思われたことは流石に誤算だった。っていうか、どっちも連れてくとかあの子強欲過ぎない?

 まあこんな感じで、見事に連行されてしまった僕達はこれから如何にして脱出しようか策を考えていると、買い物袋に入った荷物を整理し終えた少女は自室に入って来て、再び此方を凝視する。

 

「……ジョセフィーヌに、クリスチャン」

 

 突然、ポツリと呟く。

 

「今日からペンギンの貴方がジョセフィーヌで、羊の貴方がクリスチャンだよ。私はりり、よろしくね!」

 

「(あっ……)」

 

「(ペエエェェェ!?)」

 

 というわけで、りりの物にされた僕達はそれぞれ改名されたのでしたとさ。まだ終わらないけど。

 

 それから僕達は服を着せ替えられ、ド派手な化粧をさせられたりと完全な着せ替え人形にされていた。

 

「可愛い!」

 

 満面の笑みではしゃいでお人形さんごっこを楽しんでいる中、逃げ出すことへの最善案を考えているばかりだった。

 

「(ねえ、これどうすんの?どのみち逃げ出さないといけない訳だけど)」

 

「(隙を見て逃げ出す為には、このままぬいぐるみだと思われていた方が良いペエ……!)」

 

 首を動かしてアイコンタクトを取ることが出来ず、ヒーリングアニマル特有の以心伝心で策を練る。その結果、りりの気が済むまで、このままバレないようにぬいぐるみのフリを続けるしかないという結論が出た。

 バレないように、絶対に、絶ッ対に、バレないように……。

 

 

 

 

 

「……あ、やべ」

 

 その時、何処からか低い音が鳴り響き出すと共にそう呟いてしまう。

 その低い音とは、空腹で飢餓状態になった際に適度なタイミングで鳴ってしまうものだ。"腹の虫が鳴る"とも言われているわけだが、僕が咄嗟に出た声でその正体はお分かりだろう。

 

「(おおらか市の湖に行く前から何も食べてないんだった。てへっ!)」

 

「(何やってるペエエエエ!)」

 

「えぇっ!?」

 

 当然、目の前にいるりりは聞き逃しはしておらず驚きを隠せないでいる。慎重に策を練っていたのも虚しくバレてしまったことに、ぺギタンは目を見開いてダラダラと冷や汗を垂らしていた。

 とはいえ、ぬいぐるみではないと見破られてしまっているのだから、これ以上黙り込んでいても仕方がない。強行ではあるが、ここは潔く正体をバラすしか────。

 

「……どっちも本物?」

 

「「(へ?)」」

 

「野生かな?それとも迷子?どっちでも良いけど凄い!本物のペンギンさんと羊さんだ!あれ、羊さんってこんなに真ん丸だったっけ?どっちも赤ちゃんなのかな?まあ可愛いからいっか!」

 

 今時の女児とはこんな感じなのか、あまりそう思えない程の素早いマシンガントークを放つと、ぎゅ──ーっと二匹の動物を両腕で抱き締めながらクルクルと回って踊り始める。

 少し予想の斜め上を行ったが、ヒーリングアニマルとバレなかったことだけ良しとするべきだろう。ぺギタンとアイコンタクトを取って結論付けるのだった。

 

 

 

 

 

 それから僕達は、風呂で化粧を落とされたりして部屋のベッドに佇んでいる。一方で、りりは台所に一人で夕飯の支度をしていた。まだ幼いのにしっかり者だなあと扉の影からじっと眺めていると、ぺギタンが僕の頭を小突いて窓の方へと振り向く。

 

「ポポロン、チャンスペエ」

 

 そうだ。こんなことをしている場合じゃなかった。僕はそっと扉を閉め、開いた窓から脱出することを試みる。

 

「ジョセフィーヌ、クリスチャン。ご飯もうすぐ出来るから待っててね~!」

 

「……許せ、りりよ。地球のお手当ての為という身勝手な行為を許してくれ。おお、神よ!彼女に聖なるご加護の」

 

「何を言ってるペエ!早くしないとチャンス逃しちゃうペエ!」

 

 別にそんな焦らんでも……。

 窓を全開にして文句を言うぺギタンに素っ気なく返事をして、いよいよ外の世界という名の天国へと脱出しようとする。

 本当にマジで短い時間だったけど、こんなぬいぐるみサイズの動物を介抱してくれて有難う。先程の続きになってしまうが、言わせて欲しい。

 

「おお、神よ!彼女に聖なるご加護のあらんことを」

 

 

 

 

 

 窓の外から身体が半分出た瞬間、想定もしてない事態が起こった。

 この世界に生きている以上、幸せなこともあれば不運なことも沢山だ。人間も動物も、全ての者が幸運な方向へ向くとは限らない。世の中とは、割と適当でいい加減なものなのだ。

 

「グルルルル……」

 

 僕達が飛び立つ場所の真下、一階にある庭に待ち受けるは約3匹の大型犬。まるで野生の本能が働いているかのような鋭い眼と此方のつぶらな瞳が合わさり、全身が硬直する。

 

「ウワンッ!!!」

 

 獲物と認識したのだろうか。その場にいた大型犬全員が一斉に吠えたのだ。お互いが気付いた時間など短いというのにこの凄まじい威圧感。それには恐怖を隠し切れず、瞬時に部屋に戻って窓を閉めたのだった。

 

「……おい、何だあれ。外の世界ってもしかして地獄?あいつらって地獄の門番?ケルベロスか?」

 

「お、おお、おおお、落ち着くペエ。絶対違うペエ……た、多分」

 

「いやお前が落ち着けよ。絶対と多分って矛盾してんじゃねーかよバカちんがぁ……!」

 

 はあ、はあ、とお互いに息を切らす僕達を見て、ご飯の支度を済ませて部屋へ戻ってきたりりは首を傾げて困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み始め、空が真っ暗になりかけている時間帯。

 普段なら家に帰っている時間だが、今は帰るどころか外に飛び出してあちこちを探し回っていた。というのも、事態は1通のメールから始まった。

 

『皆、ぺギタン来てない?いなくなっちゃったの!』

 

 そんなちゆの一言によって5人全員が集まることとなり、一斉にぺギタンを探し回っている。

 のどかと僕で自販機の下やゴミ箱の中など、意外と隠れていそうな箇所を手当たり次第に見て行ったが気配すらも感じられない。

 

「ペギタン~!ペ~ギ~タ~ン~!!」

 

 ひなたが雑誌をメガホンみたいに巻いて大声で呼びかけるも結果は同じ。やまびこすらも届かない程に虚しいものとなった。

 

 そうして捜索している一方、ちゆは顔を俯かせながら両手を前に組んで肩を落としている。その表情は、何処に行ってしまったのかという不安や腹を空かせてはいないだろうかという心配よりかは"罪悪感"に近い感情を持っているように伺える。

 

「ったく、パートナーに心配かけて何やってんだ、ペギタンの奴」

 

「ううん、私が悪いの……」

 

 罪悪感を抱いていたことにはどうやら的中したようだ。というか、事情は聞いていたから何となく想像出来た。自分の身勝手な言動でぺギタンを嫌な気持ちにさせたのかもしれない、と酷く落ち込む姿を見てその心に入ろうなどとは誰も思わなかった。

 

「ただいま戻りました」

 

 気まずくなってしまった空気の中、離れた場所で探し回っていたアスミが丁度良いタイミングでラテを抱えて戻って来た。

 

「手掛かりは掴めたか?」

 

「一応は。ですが……」

 

 手掛かりを掴めた割には、その表情は今一つ。決して良い手掛かりを掴めた訳ではないのだろうか。

 

 とにかく、一同はラテの案内について行くことにした。やがて到着したその場所は公園のベンチであった。

 

『ここで匂いが無くなってるラテ。きっと誰かに連れて行かれちゃったラテ』

 

 ポポロンが人間界とヒーリングガーデンを行き来出来るように、他のヒーリングアニマルもそれは可能なのかもしれない。しかし、ラテはその可能性はないものとした。決してそんなことをする奴じゃないと信頼しているからだろう。とはいえ、誘拐されているという選択肢は拭い切れず、ちゆは表情を曇らせ続けている。

 

『あと、ポポロンの匂いもここで無くなってるラテ』

 

「「「え?」」」

 

 今のラテの言葉は、僕の想像を斜め上に遥か彼方まで突き上げていた。まさかあいつまで連れて行かれたとはあまり信じられない。でもその方が色々と辻褄が合うので仮定しておくとして。

 

「……そうか」

 

「何か、あんまり心配してなさそうだな」

 

「実際そうだからな。逆に安心している」

 

 僕の素っ気ない答えに、ニャトランは感情的ではないことを指摘する。

 別にどうでも良いとかは思っていない。寧ろ、いてくれないと進化の反動やらで上手く戦えることが出来ないくらいの重要な存在だ。

 

「あいつはいつも鬱陶しくて仕方ないが、誰かを守る意思に関しては強い。時々身勝手なこともあるが、誰かを見捨てたりは絶対しないと思っている」

 

 普段はあんなのだが、パートナーのことは当然ながら以前ドッグラン会場で戦った時は、周囲の人々を避難させようと防御したり仲間に的確に指示していた。誰かを思いやったり守ろうとする意志は強いはずだ。

 

「ポポロンはいつも態度悪くて生意気だけど、幼いヒーリングアニマルには面倒見が良いラビ。一時、ラビリン達もお世話になってたラビ」

 

「そういうことだ。だから、戻ってくるなら一緒のはず。心配はいらないって僕は思ってる」

 

 とは言って見せたが、ちゆの浮かない表情は続くばかり。確かに、現段階の情報のみでは奴らにはまだ辿り着けないだろう。また、その内心には言動云々があるかもしれないが、そこら辺は当人が片付けることなのでこれ以上首を突っ込もうとはしない。

 

 そうこうしている内に辺りを照らしていた日差しもいなくなり、真っ暗な夜の時間へと差し掛かっていた。それぞれ門限もあるだろうし、此方もそろそろ両親が帰ってくる時間になっている。明日は平日で学校もあるので捜索はここで中断しなければならない。

 

「そうね……今日はもう遅いし、解散しましょう」

 

「うん。学校が終わったら、また探しに行こうよ」

 

 満場一致。こうして一同は帰宅することにした。

 

「……大丈夫か?余計に心配になってたら、すまない」

 

「ええ、大丈夫よ。少しだけ元気になれたから。皆もありがとう」

 

 薄く笑みを浮かべながら感謝の言葉を告げるちゆだが、やはりいつもと比べて歩幅が小さい。心配はいらないとは言うものの、もし自分のせいで仲間がいなくなったと思うと心配や不安になってしまうのは当然のことだ。

 ……相変わらず、人を励ますのは下手だなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一方、日が完全に沈んで辺りが暗闇に包まれた静寂の夜。

 時計は10時の針を過ぎている。幼い子供であるりりは既に就寝、熟睡している。今、この家にはりり以外に脱出を拒む者はいない。ぺギタンと共に実行する頃合いは正にこの時なのだ。

 

「ジョセフィーヌ……クリスチャン……」

 

「「っ!」」

 

 バレないよう、そっと音を立てず窓を開けた瞬間、眠っているはずのりりが僕達に名付けた名前を口にする。まさか、目を覚ましてしまったのだろうか。即座にぬいぐるみ状態となってその場に固まって彼女に視線を送ってみる。

 

「……寝言かい」

 

 瞳を閉じながら、再び名前を呼んでいる。僕達と遊び回る夢でも見ているのだろうか。取り敢えず、彼女の睡眠の邪魔をしていなかったことと脱走するのを目撃されることを免れたことに安堵の表情を浮かべた。

 

「ただいま~」

 

 しかし、この部屋の奥────玄関の向こうから鍵を開ける音と共に女性の声が聞こえてくる。

 彼女の母親が帰宅したんだろう。なら、何も知らない僕達がここにいるのはかなり不味いと思い、咄嗟にベッドの下へと隠れる。

 

 開いた扉から見える明るいリビングの向こうを覗くと、女性がテーブルに置かれているラップに巻かれた夕食を眺めていた。少しして、彼女はりりの部屋に入ってくる。

 

「りり、ごめんね?もっと一緒にいてあげたいんだけど……」

 

 何となく察した。彼女らはこのすこやか市に最近引っ越して来たんだということ。そして、母は仕事が忙しくて上手く娘と触れ合えていないということを。

 

「新しい学校、慣れた?お友達、早く出来ると良いね……」

 

 眠り続けるりりにそう声を掛けながら、その頭を優しく撫でると夕飯を食べにリビングへと戻っていった。

 

 母の乱入に少々焦ったものの、すぐに眠る少女しかいない空間へと戻っていく。だが、僕達は再度脱出を試みてはいなかった。どちらかと言うと、しないよりかは出来ないに近い。ほんの僅かな時間で、心の振れ幅が大きく揺れ動いた気がしたからだ。

 

「りりちゃんのお母さんは仕事が忙しくて遅くに帰ってくるから、りりちゃんはいつも独りぼっちペエ。だから、ぬいぐるみ────僕達みたいなお友達が欲しかったんだ、仲良くなりたかったんだペエ」

 

 親の仕事の影響で一人で家にいるしかなくて寂しさを感じていた。りりのことを知って、何となく何処かの誰かさんと類似しているような気がした。

 

「なんか……飛鳥に似てるね」

 

 神医飛鳥────彼もまた、両親の仕事の影響で夜遅くまで一人でいることが多いのだ。そして、りりと同じように家事も洗濯も食事の支度も、家のことは全て任されている。

 

 ただ、飛鳥は中学生とは思えぬほど、普段は真面目で物事にも冷静に対処出来る。両親がいなくとも家にはペットのレピオスもいるし、僕だって多少なりとも彼の力にはなってると思っている。それに、友達ともスマホがあれば接することが出来るので心の負担なんてないだろう。

 

 それに比べて、りりはまだ小学生だ。瞬時に物事を対処出来る年代でもないし、友達作りにも苦しんでいるらしいから、たとえ携帯電話を持っていたとしてもやり取り出来ないだろう。ぺギタンの言うように、独りぼっちだから誰か仲良くなれるような友達が欲しかったんだと思う。

 

 ……あれ、色々と考えてたらここで戻ろうとする僕達が鬼畜な気がしてきたぞ?その思いは、隣にいる奴も同じらしく何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「……一度、泊まっていこうか。パートナーの説教なら幾らでも聞くってことで」

 

 ぺギタンがゆっくりと頷いたことで案は決まった。別にビョーゲンズが現れない限りは急ぎって程でもないし、少しでもりりには元気に登校して貰いたいからね。

 

 僕達は先程の窓際の定位置へと戻り、その場で瞳を閉じて眠りについた。

 

 



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第30節 繋がり

タイトルを変えることにしました。
原作沿いだとちゃんと前編と後編に分けているのですが、内容が想像より膨大なものになってしまった為です。


 翌朝

 

『おしごとにいってきます きょうははやくかえるからね』

 

 リビングのテーブルに置かれていたのは、母親からの1枚の手紙。

 僕が目を覚ましてリビングに入った時には、りりもぺギタンも既に起きていてその手紙を寂しげに見つめていた。

 

「あ、おはよう……ジョセフィーヌ、どうしたの?眠れなかった?」

 

 ぺギタンの顔を見て、唐突にりりが問いかけたので僕も顔を窺ってみる。顔色は何ともないけど、それよりも目の下に黒く塗られたような模様────隈が出来ているのが気になった。

 

「(何で寝てないんだよ)」

 

「(慣れない環境で眠れる方が凄いペエ……)」

 

 それから朝食を食べ終わると、りりが学校へ行く支度を整えて登校するのを見送りに向かう。

 

「早く帰ってくるからね!行ってきまーす!」

 

 元気よく挨拶をして、玄関を出て扉の鍵を閉めて学校へと向かって行った。

 さて───早く帰って来てくれるのは良いんだけど、残念ながらその時には僕達はもういない。一泊してから皆の元に戻る予定だからね。一息ついて、いざパートナーの元へ出発とする。

 

「あ、お昼はあそこだから!仲良く食べてね!」

 

 ……唐突に鍵を開けて伝えに戻って来ることもあるから油断は禁物ってことで。

 

「ってか、お昼ご飯作ってくれたんだ」

 

 何となく、テーブルの上に置かれた弁当箱に視線を送る。

 開けてみると海苔でそれぞれ僕達の顔を分けられて描いたご飯、俗に言うキャラ弁って奴だろうか。おかずは魚肉ソーセージにししゃも、更にはキャベツやレタスがメインのサラダが入っていた。成る程、ぺギタンの顔からして魚が好物だと思ったのだろう。対して、僕の場合は草が好物だと思われてこうなったと。

 

「だからってしけてんなあ……」

 

「せっかく愛情持って作ってくれたんだから、そういうこと言っちゃいけないペエ!」

 

 まあ、お母さんからの手紙入れられるよりは全然マシだ。

 それにしても予定が狂った。小学生の女の子が、昨日拾ったばかりの僕達にまさか昼食まで作ってくれるとは思いもしなかったからだ。このまま食べずに立ち去ろうとするのは流石に申し訳ない。それに、ぺギタンに至っては頬を緩めて魅了されているのだからそういう話ではなくなっている。

 

「ふふふ……はっ!愛情弁当にハートをヒーリングされてる場合じゃないペエ!このままりりちゃんを1人ぼっちにしてはいけないペエ!僕、どうすれば良いペエェェェ!」

 

「うるさいよ落ち着け近所迷惑」

 

 帰ろうにも帰れないという気持ちは分かるが、どの道ヒーリングアニマルとしてパートナーと共にお手当てしなければならないのだから致し方ない。

 取り敢えず、皆は学校にいるだろうし一先ず昼食を取ってから後先を考えることにした。

 

 

 

 

 

 そして、時刻は午後を差し掛かった。

 昼食を取った後、結局りりのいない時に帰ることに決めた。玄関から扉を開けて外へと出ると、付近に置いてあった鍵を使って施錠する。

 

「僕のパートナーはちゆ。りりちゃんじゃないペエ。だからお家に帰るペエ」

 

「……ごちそうさま」

 

 確かな心残りはあるが、彼女と僕達は結局は赤の他人なのだから其方の事情にあまり首を突っ込むものじゃない。手助けになりたいけど、悩みなんて人生において必要不可欠の存在だ。周りには沢山の人達がいるし、友達も自然と作れるようになるだろう。

 最後にお昼ご飯を作ってくれたことに扉越し感謝の言葉を告げると、扉から背を向けて僕達は飛び立つ。真っ先にパートナーの元へと戻りに行く為に。

 

 

 

 キンコンカンコン。

 突然、学校のチャイムのような音が周辺に鳴り響く。その音の咆哮を辿るに小学校があり、子供達がグラウンドで遊ぶ姿が見受けられた。

 

「りりちゃん……」

 

 位置的に、あそこにはりりも通っているはず。そのまま通り過ぎようとしたが、ぺギタンが動こうともせずにその一点だけを見つめている。余程気になっているらしい。仕方なく覗く程度に様子を伺うことにした。

 

「ねえ、がっつり学校の中入ってるんだけど」

 

「すぐに逃げれば大丈夫ペエ」

 

 りりのいる教室を見つけ、わざわざ校舎の中に入って扉の窓越しから覗くことになった。変な悪ガキに襲われそうで凄く落ち着かないけど、時々廊下の周囲を見渡しながらその様子を確かめる。

 

「ね、ねえ!」

 

「うん?何?」

 

「あ……ううん、何でもない」

 

 席に座りながら、楽しく談笑するクラスの女子グループに話しかけようとするも中々声を掛けられず、仮に声を掛けれたとしてもその先は中々勇気が出ずに身を引っ込めてしまう。

 

「……僕と同じペエ」

 

 "勇気を出して頑張れ"と応援するように呟くぺギタンだが、それには自分と重なるところがあるからだそうだ。だからといって、僕達がどうにかしてサポートしてあげようとしたところで彼女の成長には繋がらない。心を鬼にして、自ら動けるよう我慢して見守るしかないのだ。

 

「ん~?」

 

「……何か視線───あ、やべっ」

 

 突如、背後から気配を感じたので思わず振り向いた瞬間に二人の男子にぺギタンも同時にを持ち上げられてしまう。

 

「ペンギンに……羊かこれ?何で?」

 

「ぺ、ペエェ~!」

 

 ぺギタンは叫び声を上げながら、僕は暴れて必死に抵抗するも中々剥がれない。

 

「ジョセフィーヌ!?クリスチャン!?」

 

 すると、それに気付いたりりが席から立ち上がって男子共の方へと近づく。

 

「あ、あの!」

 

「何だよ。っていうか、こいつら喋ってなかった?こっちの羊なんか"やべっ"って思いっきり言ってたぞ?」

 

「マジかよ。おい、何か言ってみろよ~」

 

 二人はりりの言葉に反応したものの、彼女の顔を見向きもしないまますぐに話題を変えて弄り回す。1人はぺギタンの頬を突き始め、もう1人に至っては僕の頭を掴んで振り回していた。飛鳥よりも強引にやってくるから流石に吐きそうになる。

 

「やめて、私のなの!苦しそうにしてるでしょ!?離してあげて!」

 

「何だよいきなり!」

 

「転校生のくせに生意気だぞ!」

 

 勇気を振り絞ってやめて欲しいと懇願するりりに、男子共は容赦なく言い返して僕達を弄り倒していく。

 

 ……こういうの、一度ビビらせておかなきゃな。

 

 

 

 

 

「ってぇなァ。家族ごと呪うぞコラ……!!」

 

 

 

 

 

「ひっ、やばい!逃げろ~!」

 

 男子共の表情が一気に青ざめていき、ポイッと投げ捨てるように離してその場から逃げ出して行った。

 全く、いくら可愛いマスコットキャラみたいな顔していたとしてもいじめたら天罰が下るんだからね!

 

「怖かったでしょ?大丈夫?」

 

 そう言って、りりが心配して優しく撫でてくれる。まああんな仕打ちは人間界に来てからは日常茶飯事だったし、これ以上心配を掛けさせまいとぺギタン同様笑顔を作って元気づける。

 

「可愛いね、その子達!」

 

「何処で買ったの?」

 

「え?えっと……」

 

「撫でても良い?」

 

 そこに、後ろで見ていた女子達が次々に話しかけてきたので、思わず困惑してしまったことで此方にアイコンタクトを送ってきた。

 

 当然、答えは肯定の一言であると力強く頷いた。

 

「……うん!」

 

 それがちゃんと伝わり、元気よく答えてバトンタッチで渡すと、更に数人の女子達が集まって来て僕達をわしゃわしゃと撫でまくっていた。

 

 ───なんだよ、ちゃんと友達出来るじゃんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お友達、いっぱい出来ちゃった!」

 

 今日の授業が終わり、帰宅時間となったりりは僕達を連れて公園のベンチに腰を下ろしていた。僕達が初めて出会った場所だ。初めは彼女を誘拐犯だなんだと騒いでいたが、徐々に関係が深まるにつれていつの間にか見守る立場になっていた。

 結局、彼女を手助けする形になってしまったが自分から声を大にして"やめてあげて"と主張したのは大健闘ではないだろうか。そのおかげで周囲から目立つ存在となったのだから喜ばしいことだと思う。

 

 

 

 ザッ……

 

 

 

「私ね。勇気が無くてここに引っ越してからずっと誰にも話しかけられなかったんだ。お家でもずっと寂しかったんだ……」

 

 寂し気な表情で、自身のこれまでの事を話した後、顔を上げて此方に笑顔を向ける。

 

 

 

 ザッ……ザッ……

 

 

 

「ありがとう。これからもずっと一緒にいようね!」

 

 だが、その笑顔は場合によっては誰かの心を抉る兼自身の心を抉ることにもなりかねない。現にぺギタンはその言葉に顔を俯かせている。

 こいつだってずっと一緒にいたいっていう気持ちは強いし変わらないと思う。僕だってそうではないわけではない。しかし、そんな中で自分達を待っているパートナーがいる。ビョーゲンズを倒して地球をお手当てするというヒーリングアニマルとしての使命があるが故に、その思いには答えられない。

 

「そういえば、クリスチャンって喋れたんだね!今まで喋らなかったのって、恥ずかしがり屋さんだったから?」

 

「え、ま、まあそんなところかな。あと、僕って人語を喋れる羊の希少種みたいなもんだからあまり公にして欲しくないっていうか……」

 

 しんみりした雰囲気から唐突に話題を変えられたのでつい驚いてしまった。小声で喋ったつもりなのに普通にバレてたの何か複雑だな。

 

「(何で普通に喋ってるペエ!?)」

 

「(バレたんだからしょうがないじゃん!希少種って言えば何とかなるでしょうよ!)」

 

 それに、もうこの際だから伝えておくべきだ。ぺギタンにはちゆちゃん、僕には飛鳥と大事な人がいるからずっと一緒にはいられないって。心の中でそう決めた僕は、りりの目の高さと同じ位置まで浮遊する────。

 

 

 

 ザッ……ザッ……ザッ……

 

 

 

 ────先程から森の奥から聞こえていた物音が段々近づいてきている。いや、迫ってきていると言うべきか。同時に、徐々に嫌な気配が脳と肌を感じさせていく。

 

「……クリスチャン?」

 

 不思議そうに僕の名を呼んで見つめる彼女を後目に見た後、冷や汗をかきながらそっと後ろを振り返る。

 

 

 

 

 

「ふひひ」

 

「うん?」

 

 そこに身を潜めるは、少女────身長やら見た目はりりと然程変わらないくらいの少女であった。

 紫髪で子供にはあまり見受けられない大人びた髪型のセミロング。黒のローブを羽織っていてその下には軽装の鎧のような服を纏っているという服装で、目元はフードを深くかぶっているおかげで良く見えない。それでも"可憐"とも言える外観をしている。

 そんな少女は此方と視線が合わさると、不敵な笑いを溢す。何かを企んでいるかのように口角を上げる様を見て、思わず身体を強張らせる。そのままゆっくりと進みながら右手を後ろに回し、背負っている鎖のついた鎌のような武器を手に取る。不思議に思ったりりとぺギタンが僕の視線を追って少女の方へと顔を向けた瞬間────

 

 

 

 

 

 ただならぬ邪気と殺気を感じた。

 

 

 

 

 

「危ない!」

 

「っ!?」

 

「ペエッ!?」

 

 その声と共に、りりに体当たりしてベンチから強引に引き剥がす。

 同時に、少女は視線が合った僕達に飛び掛かり、武器を縦に振るってみせる。僕達は間一髪のところで回避したので、武器は思いっきりベンチに刺さることとなった。しかし、すぐさま力を入れて引き離すとベンチは軽々と真っ二つに破壊された。

 

「ふん、勘付かれたか。やはり隠密に動くなんて苦手なことはするものではないな」

 

「僕の勘が良いからかもよ?並大抵の動物とは違うからね」

 

 などと力強く言ってみせたけど、あと数秒ほど遅かったらどうなっていたことやら。気配を殺すのは得手ではないと自己申告しているが、実際は草むらによる足音がなければ気付かなかったと言えるくらいだった。

 

「ぅ……ぁ……!」

 

 恐怖で腰を抜かしてしまうほど怯えているりりを見て、少女は再び口角を上げて笑みを溢す。

 

「痛めつけようとは思っていないのだから、そう怯えるでない。久々に人間の味を堪能してみたくなった故、すぐ楽にして戴くつもりだ」

 

「それってもう完全に殺す気じゃんかよ……!」

 

 僕の言葉も虚しく、少女は右脚を前に出して重心を掛けるとりりの首元目掛けて鎌を振るう。彼女の言った通り、即死を狙うつもりだ。

 この際、手をつけられない事態になろうと知ったことか。

 

『ぷにシールド!』

 

 りりの目の前に仁王立ちするようにして展開したのは色彩の盾。少しだけ前のめりになって鎌の刃先を押さえつけ、弾き返す。力んで振るったおかげで力を武器に持っていかれた少女は数歩か後ろへ後退る。

 

「あまりに奇形な奴だと思っていたが……貴様、あの類か」

 

 ならば、と続けて呟くと、再び前進する。

 次の標的は恐らくりりじゃなく────僕だ。

 

「ぺギ……ジョセフィーヌ何してんの!りりちゃんを安全な場所に連れて行って!」

 

「ペエ!?(む、無理ペエ!そんなことしたらポポロンが危ないペエ!)」

 

 などと言うが、所詮こいつみたいな新米ヒーリングアニマルはパートナーがいないと何も出来ない。だから、せめてりりを危険な目に遭わせない為に責務を全うしろ。僕は声を枯らして仲間にそう言い放った。

 

「それに、君みたいな弱虫と違って僕は簡単に死なないし死んでたまるかって────っ!?」

 

 だが、いつの間にかシールドは相手から繰り出される斬撃によってクロスを描いて切り刻まれていた。当然、耐久性も脆くなりこのままだと壊されるのも時間の問題だ。

 

「いつまで無駄口を叩くつもりだ」

 

 冷たく言い放つと、トンと武器を上に掲げながら跳び上がり勢い良く振り下ろす。重力も相まって凄まじい威力によってパリンと音を立ててシールドが破壊された。その反動でりり達の元へと吹っ飛ばされてしまう。

 

「クリスチャン!」

 

 りりにキャッチして抱き抱えてくれたおかげで地面に叩きつけられることなく済んだが、一瞬の隙も与えることなく少女は此方に急接近する。ぷにシールドが破られた今、無防備な状態であるが故に────殺される。

 

 

 

 

 

 救世主が、来ない限りはね。

 

 

 

 

 

『実りのエレメント!』

 

 その時、公園の外から放たれたのはエレメントの力で強化された光線。エレメントさんが直接渡してくれたものというのもあって、その威力は通常の光線とは桁違いなのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 少女はその攻撃をまともに喰らい、木に勢いよく叩きつけられた。

 さて、間一髪のところで危機から逃がしてくれたのは三人の"救世主"(プリキュア)だった。

 

「宝石のエレメントさんは攫っていくし、やーっと追いついたと思ったら女の子一人に武器振り回すとかありえないんだけど!」

 

「大丈夫?怪我はない────って」

 

 グレースはその場で蹲って身体を震わせるりりに背中を擦って声を掛ける。恐る恐る身体を起こして顔を見合わせた時、不意に僕達とも目が合った。

 

「えぇ!?ぺギタンにポポロン!?」

 

「あはは、ご無沙汰でございます~」

 

「やはり、テレビドラマで刑事長さんが言っていた『ホシは必ず現場に戻ってくる』は本当だったのですね」

 

「……あの精霊何言ってんの?」

 

 僕達を見つけ出す為のヒントとして色々調べてくれたんだろうけど……嬉しいけど何か腹立つなあ。

 

「じゃあ、こんなチビッ子が犯人ってこと?全く、最近の若者は~……」

 

「君も若者だよ?」

 

 ……え、何この空気。僕もご無沙汰してます~って変な雰囲気出しちゃったけど、それでもさっきのと繋げて良い空気じゃないでしょうよ。りりちゃんめちゃくちゃ混乱してるよ?当の敵さんめちゃくちゃ怒りの感情露わにしてるよ?

 

(ワタシ)の邪魔をした上、茶番を演じるとは……覚悟は出来ていような?」

 

「覚悟など必要ありません。これから消え行く"悪"は速やかに浄化致しますので」

 

 アースは地球から生まれた精霊として地球を守る為に悪を断つ。対して、少女は自らを妨害したことへの鉄槌を下す。

 

「さあ、今の内に」

 

 互いに睨み合い、宣戦布告と共に拳と刃を交える中でグレースはりりを安全な場所へと逃がそうとする。少ししてコクッと頭を縦に振るとランドセルを持って公園の外へと走り去って行く。

 

「ペエッ!?」

 

「ふみゅっ!」

 

 ────僕達をガッシリと抱き抱えながら。

 

「うえぇ!?連れて行っちゃったけど!?」

 

「ぺギタン……!?」

 

「ようやく見つけた……!」

 

 その先で、聞き覚えのある声で隣の奴の名前を呼んでいるのが聞こえた。その子の後に続くように、一人の少年も公園の入り口で足を止めた。

 

「良かった。無事だったのね……!」

 

「ジョセフィーヌとクリスチャンの、本当の飼い主さん……!?」

 

「ペエ!ペエ!!」

 

 その正体は正真正銘、ちゆと飛鳥だった。

 ぺギタンが無事であったことの安堵からちゆは少しだけ涙を浮かんでいて、飛鳥も僕の顔を見て疲れたように溜め息を一つ溢しながら空を見上げていた。

 その一方で、りりは二人が自分が抱えている二匹の本当の飼い主であると悟ったことで動揺によるものなのか、呼吸が乱れつつありながら再度膝をついてしまう。

 

「こいつらを連れて行ったのはお前か。返してもらうぞ」

 

「もう……よぉ……」

 

「あ……?」

 

 

 

 

 

「もうどうすれば良いのか分かんないよお!!!」

 

 

 

 

 

 そう叫んだ瞬間、ただひたすらに泣きじゃくった。これまでの抱えていた思いが今ここで爆発したかのようだ。溢れ出る涙を必死に拭っていた。

 

「い、いきなり泣かれてもな……」

 

「相当酷い目に遭わされたんでしょう。それに多分、ぺギタン達を連れて行ったことも何か事情があるんだと思う」

 

 このような事態でも冷静に真相を探ろうとしている。鋭い洞察力だ。

 ちゆの言う通り、りりはこのすこやか市に引っ越して来てから新しい学校生活にあまり馴染めておらず、友達作りも上手く行かず苦しんでいた。家でも仕事で忙しい母に相談することが出来ず寂しく思っていたところに、この公園で僕達と出会った。最初はぬいぐるみだと思っていたが、僕がやらかしたことで本物のペンギンと羊であったと大喜びし、友達が出来たのだ。

 

 だが、そこで思わぬ事態が起こった。下校時に公園に寄り道して談笑しているところに、あの少女が襲い掛かってきたのだ。ぷにシールドで抵抗するも凄まじい身体能力と武器の殺傷能力に圧倒されてしまい絶体絶命となる。そこに、グレース達がやってきて少女との距離を引き剥がした。どうにかしてこの場から逃げようとしたところにちゆと飛鳥がやってきたというわけだ。ぺギタンはこれを洗いざらい説明した。

 

 恐らく、少女による恐怖と混乱、本当の飼い主に返せと言われたけど返したら一緒にいられなくなって独りぼっちになってしまう。でも返さなかったら本当の飼い主は悲しんでしまう。そんな不安といった何もかもが全部重なって思考が錯乱してしまったのだろう。

 

「そうだったのね……」

 

 それを聞いたちゆは頭を悩ませながらそう呟く。こんなの子供が詰め込んでいいものじゃないわけで、それでもどうにかしてこの状況を打開しないといけない。

 

「って言っても、もう君は独りぼっちじゃないじゃん」

 

「そうペエ。それに、僕達を助けてくれたあの勇気があればもう何だって出来るペエ」

 

「……でも、やっぱり離れ離れになるのは────あぅ」

 

 そうすすり泣いて顔を俯かせるりりの頭を、僕は軽く頭突きする。

 

「離れ離れとかお別れとか、そんな悲しいこと言うなよ。別に会おうと思えばいくらでも会えるんだから。ま、うちのパートナーと仲良くなってくれたらの話だけどね。どう?なってくれる?」

 

 少ししてちゆと飛鳥の顔を見上げると、小さく頭を縦に振った。

 

「よしじゃあ、握手しよっか。仲良くなる証って奴だよ」

 

 僕の言葉に"うん"と返事をして、それぞれ本当の飼い主に返してからまずぺギタンとちゆに握手を交わす。

 

「……いや、僕までやる必要はないだろ」

 

「やーるーの!」

 

「分かったよ、ったく……」

 

 そう言って、飛鳥も渋々握手を交わした。必要性云々考えるよりもサッとした方が効率が良いってことよ。

 

「うぅ……!」

 

「もう、すばしっこすぎ……!」

 

 と、こうしている間にグレース、スパークル、アースの三人は少女と戦っていてかなり苦戦しているようだ。小柄な体格ながらも戦闘能力は優れているってことらしい。

 

「さあ、今の内に早く」

 

「……っ!」

 

 去り際に、僕達の方へ振り返る。少し寂しさの残る表情をしていたが、勇気を振り絞ってこの場から走り去って行ったのだった。

 

「すぐに変身するペエ!」

 

「ええ!」

 

 ちゆはヒーリングステッキを、僕は杖を即座に手に取って変身の準備へと移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」

 

 

 

 

 

『絡み合う二つの毒、キュアラピウス』

 

 

 

 

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『氷のエレメント!』

 

 変身した直後、フォンテーヌは即座にヒーリングステッキに氷のエレメントボトルを装着し、空中戦でアースを突き飛ばした少女に向けて光線を放つ。標的を凍結させる程の力を持つ技は、素早い速度で接近し相手を翻弄していく。

 

「嘘!?」

 

 ように思えたのも束の間、相手は空中を蹴り上げて全身を回転させ、絶妙に掠らない位置まで回避する。その回転力を活かして手に持つ大鎌で光線を切り裂いてフォンテーヌへと接近する。光線を切り裂くなんておかしな話だが、物質だけでなく空間をも押し殺すのだと思うのが無難だろう。やがて目の前まで接近するとフォンテーヌの頭上から縦に振っていく。

 

『ぷにシールド!』

 

 辛うじてシールドを展開する隙を見つけ、防御する。

 

「……ふっ!」

 

「きゃあ!」

 

 しかし、相手の攻撃は止まることはない。見事に弾いたものの、付属する鎖分銅を振り回して打撃を繰り出す。シールドを壊すよりかは、それごと押し出して地面に叩きつける形で反撃を喰らってしまう。

 

「させるか……!」

 

「っ!」

 

 追撃に鎖で拘束するつもりなのだろうが、それを見過ごすわけにはいかない。蛇の化身を数体召喚し、束となって少女の左脚に巻き付けて逆に此方が拘束する。そのまま地上に引きずり込み、同じく地面へ叩きつける。

 

「この……!」

 

「はあぁっ!」

 

「かぁっ……!?」

 

 蛇を引き剥がそうとしている間に、アースが追い打ちに一発蹴り上げる。腹部に命中し、空気を強く吐き出された声を上げて吹っ飛んでいくも巻き付いていた蛇が再び少女を引きずり出そうとする。しかし、二度もやられまいと今度は大鎌の刃先を地面に刺して落下を和らげる。

 

「頭に乗るなよ……貴様ら!」

 

 蛇を切り裂いて消滅させて言い放つと、アースの仕掛ける後ろ回し蹴りを難なく避けて鎖でその足を拘束する。

 

「「やあああ!!」」

 

「なっ……!?」

 

 その背後で、スパークルとグレースが攻撃を仕掛けたのを見計らってアースをスパークルの方に寄せて衝突させる。

 

「アース!スパークル!」

 

「いったぁ……アース大じょ────うえぇ!?」

 

 二人同時に倒れ込み、スパークルが起き上がってアースの無事を確認しようとした時、いつしか鎖が自分の足にも絡まっていたことに気が付く。一度解いてすぐさま再度拘束したようだ。アースの左脚とスパークルの右脚が一つの鎖に縛られていた。

 

 少女は動きを止めることなく今度はグレースに接近する。再び蛇を召喚し、今度は背後からその身体ごと持っていこうとする。

 

「ふん、二度も効かぬわ」

 

「っ!?」

 

 しかし、臆することなく蛇の尻尾を掴む。グレースの繰り出した攻撃をするりと躱すとアース達のいる位置に向けて勢い良く蹴り飛ばし、即座に蛇をグレースに巻き付かせる。

 

「離れない……!?」

 

「当然だ。こいつは(ワタシ)の魔力で支配されているからな」

 

「ぐぁ……!!」

 

 自分の物にした蛇の縛る力を強めてグレースを苦しませる。魔力を無理やり流し込まれては、正直どうすることも出来ない。

 

「さて……殺すのは一人ずつだ。安心しろ、優しくじっくりと殺して────っ!」

 

 自由に動けないでいるアースの顔を伺った途端、少女の足が止まる。

 

「いや、まさかあいつなわけが……!」

 

 先程まで冷酷な雰囲気を漂わせていた少女がここまで動揺しているのを見ると此方まで困惑を隠し切れないが、隙をデカくした今がチャンスだ。

 

「ぐっ、うぅ……!」

 

 他の蛇の化身を数体召喚。少女に支配された蛇は手からするりと落下し、その両手両足を拘束する。残りの何体かはグレース達の拘束を解いて魔力でやられた蛇を消滅させた。

 

「フォンテーヌ、今だ」

 

「ええ!」

 

 僕の言葉にフォンテーヌは頷き、必殺技の体制に入る。

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングストリーム!!!』

 

 ヒーリングステッキから放たれるは浄化の力を宿した螺旋状の光線。そのまま勢いを増して一閃の矢となり、少女の周りを青一色に包み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……言ったはずだ、頭に乗るなと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その指は鉄。

 

 

 

 

 

 その髪は檻。

 

 

 

 

 

 その囁きは甘き毒。

 

 

 

 

 

 朽ち果てろ。 

 

 

 

 

 

『女神の抱擁』

 

 

 

 

 

 刹那、空気が一変する。

 吐き気を催す程の不穏な空気で、それによって数体の蛇の化身が一気に消滅していく。以前、おおらか市の湖で感じたようなやつに似ている気がする。

 同時に、青一色に包んでいたヒーリングストリームが突然紫色に輝き出すと、辺り一面に爆散した。それらは雨となって公園の地面を、そしてこの場の全ての物を濡らしていく。

 

「そんな……!」

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 一同が酷く困惑する一方、当の少女は浄化されることなく膝をついて息を切らしている。恐らく、彼女が技で対抗したのだろう。被っていたフードもいつしか脱げており、素顔を露わにしていた。

 

「おのれ、宝具を使わせるとは……この身体ではこれが精一杯か」

 

「では、私が浄化してあげましょう」

 

 敵意と憎悪を剥き出しにしながら僕達を睨み付ける中、そんな必死の抵抗にも虚しく今度はアースが浄化へと(いざな)う。

 

「……っ!」

 

 すると、少女は立ち上がって体内に潜めていた何かを取り出し、此方に投げつけてきた。

 

「宝石のエレメントさん!?」

 

 それは、僕とちゆがパートナーを捜索している一方でグレース達がビョーゲンズから救出しようとしていた宝石のエレメントさんだった。浄化する直前にメガビョーゲンの体内からメガパーツと一緒に横取りして森の中へ逃げていったという。

 

「そいつが目当てだったのだろう……?栄養にする予定だったが、くれてやる」

 

「それで逃れようとしているのでしょうが、そうはさせません。大人しくこの世界から消え行きなさい」

 

「……逃れようとしている、だと?」

 

 瞬間、少女の声音が怒声に変わる。

『ふざけたことを』と、こめかみに血管が浮き上がる程に怒りの感情を露わにしていた。

 

「私は復讐者だ。この恨みや痛み、次に会う時を楽しみにするとしよう……!」

 

 最後に、邪悪な笑みを溢しながら吐き捨てると影の中へ姿を消してこの場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局は彼女を倒し損ねたので複雑な感情は残ってしまうが、見事に宝石のエレメントさんを救出することに成功した。

 

「エレメントさん、お加減如何ですか?」

 

『彼女の力は膨大でしたから、完全に調子を取り戻せるのは少し時間は掛かると思いますが、すぐに戻ると思います。どうもありがとうございました!』

 

「ラテ様も元気になって良かったラビ!」

 

 思わぬ乱入で少しお手当てに時間は掛かってしまったが、メガビョーゲンは1体だけだったおかげで早めに回復することが出来たのだろう。そんな中、エレメントさんがとある助言を伝えようとしていた。

 

『それと、彼女にはくれぐれもお気をつけてください。一歩間違えるとこの世界に良くないことが起こるかもしれないので……』

 

「なあ、あいつってビョーゲンズなのか?なんかそんな感じじゃなさそうじゃねーか?」

 

『ビョーゲンズではないのは確かです。ですが、彼女が何者なのかは私にも分かりません。何処かで見たような気がするのですが……』

 

 とはいえ、奴は浄化技をも掻き消したのだ。最後に吐き捨てた言葉的にまだ何かを隠し持っているに違いない。次に戦うことになった時は慎重に倒す必要がありそうだ。

 

「はあ、今日は走り回ったり戦ったりしてめっちゃ疲れた~……」

 

「全くだ。ったく、世話かけさせやがって」

 

「えへへ、すんませぇーん」

 

 ここ二日で色々苦悩はあったが、一先ずの抱えていた大きな問題は一件落着したので、後はパートナーに迷惑をかけたこの駄目羊には帰った後に僕の愚痴壺になってもらわねばならない。

 

「それとお前、人ん家の子供泣かせたんだから明日にでも頭下げにいくからな」

 

「うーん。それは良いんだけど、どっちかっていうと泣かせたのは飛鳥クンの方だと思うのですよ僕は」

 

「……謝っておくか」

 

「え、嘘、僕に初めて素直になったんだけど。マジ!?ラッキー!はい論破ァ!」

 

「よし、今日は愚痴壺だけじゃなくストレス解消道具にもなってもらうとしよう」

 

「訂正しますゴメンナサイ」

 

 素直に訂正する姿に、まあ良いだろうと僕は鼻を鳴らす。

 そんな僕に、心なしかポポロンがいつもより嬉しそうに微笑んでいる気がした。

 

 




如何でしたでしょうか?

次回は原作回ではありますが、今後のことを考えると次回からがオリストの範囲に入るかなと思います。個人的にはここから本格的に力を入れていかなければならない場面なのでいつものように更新は長くなるかと思いますが頑張りたいと思います!

是非ともお気に入り、高評価、感想、誤字脱字の指摘などよろしくお願いします!


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第31節 大空を翔る

前回の後書きに記載した通り、今回は一応原作回ですが今回からオリストに入っていきます。
あと、今回は所々で一人称と三人称に分けております。謎に行の間隔を開けているのはそれが理由です。その辺りに注意してお読みください。


「えーい!」

 

「だから、安全運転を心掛けろって言ってるだろこのペーパードライバー!」

 

 只今、僕は母親の運転によって幾度となく身の危険に晒されている。一応、ちゃんと自動車教習所に通って運転免許証を得ているらしいのだが、その技術は出発した時から終始シートベルトを握りしめて縮こまってしまう程に荒々しい。

 

「失礼ね。確かに免許取った時とか取った直後とかはちょっと危ない運転してるなって思ったけど、今はちゃんとイメトレしてるし、勿論安全運転は心掛けてるのよ?」

 

「道曲がろうとハンドルをぶん回したり、高速道路でもないのに訳も分からず速度を上げる人の言う事か……あとイメトレじゃなくて実践してくれ」

 

「何よ、そうやってネチネチ言うならもう乗せてあげないからね?」

 

「是非よろしく頼む。二度と僕を乗せないでくれ」

 

 そんなこんなで少しして土手の辺りで車を止める。足を運んで向かうその先は、地平線から現れる太陽の日差しによって朱く照らされた河川敷であった。朝早くから集まる人々の中から知り合いを探し回る。

 

「あ!飛鳥くん!」

 

 すると、背後から聞き覚えのある少女の声が駆け足と共に聞こえてくる。

 

「おーのどかちゃん。おはよ~」

 

「おはようございます、照美さん!」

 

「のどかも見に来たのか?」

 

「うん!家族と一緒にね!」

 

 そう言うと、のどかの後につくように彼女の両親、そしてアスミとラテもこの河川敷に足を運んでいた。

 その中で、のどかの父親は彼女の前に立って母さんに挨拶をする。

 

「照美先輩、お久しぶりです!色々お世話になっております!」

 

「お久しぶりって、この前のどかちゃんの検診の時に会ったじゃん!ただの先輩後輩の関係なんだからもうちょっと柔らかくしてても良いのに……たけしチャンは相変わらずだなあ」

 

「「「照美先輩、お久しぶりです!」」」

 

「今の私の話聞いてた!?」

 

 更に横から数人もの同じ服装の人達が母さんに礼儀正しく挨拶をする。すると、のどかの父親であるたけしさんが家族に彼等の事を紹介し始める。

 

 彼等はたけしさんや母さんが昔所属していた大学の気球サークルのメンバーで、たけしさんは何回か大会の見学に来ているのだという。そこに関しては母さんも同じで、僕を連れて開催している度に見学に行っている。

 

 また、偶にアドバイスをしているそうだが、対して母さんは医療関係の仕事に就いているおかげで中々アドバイスをしに行くまでには出来ておらず、大会の合間に顔を出す程度だ。年に数回あるにも関わらずこのような仕打ちを受けているので、如何に先輩として愛されているかが伝わってくる。

 

「まずカズ君。とっても頑張り屋でね。熱心に気球に乗り続けてるんだよ」

 

 たけしさんが肩に手を置いて励ますと、カズさんは照れ臭そうに微笑んでいた。心なしかこの二人が兄弟のように見えているのは気のせいだろうか。

 

「……"ねっしん"?」

 

 そんな光景を見せられている一方で、アスミは1つの単語を繰り返して呟いていた。"可愛い"や"好き"といった感情の言葉は覚えてきたが、熱心もまた感情の言葉でもある訳だが。

 

「今日こそは勝ちたいと思います!」

 

「応援してるよ」

 

「頑張ってください!」

 

 カズさんの言葉に、のどか達がエールを送っている中でもアスミはジッと彼らを見つめている。そんな彼女を、母さんが横目で眺めている姿が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ビョーゲンキングダム~

 

「透明な水、黒い水……黒くなった!」

 

 グアイワルが今行っているのは、透明な水の入ったフラスコに黒く濁った液体を入れるという謎の実験であった。透明な水はやがて黒い液体に侵食されていく。冷静に考えれば当然の結果だ。

 

「お~もっと黒くなった!入れれば入れるほど黒くなっていく!」

 

 追加で、また追加で液体をフラスコに入れる。更に、更に黒く侵食していく水を眺めて子供みたいに無邪気に騒いでいる。根は真面目なのだが、中々に頭が固い男なのだ。

 

「つまりメガパーツをたくさん入れればもっともっと強くなるということ!これで俺が、ナンバーワンだ!!」

 

「……うるさ」

 

 賑やかなんて言葉は何処にもないこの静寂な世界において、彼の高笑いは大きく響き渡るもの。それを近くで座っていたシンドイーネはとても鬱陶しそうに大きな溜息をついて小言を漏らしている。

 

「シンドイーネ、自分の宿主って覚えてたりする?」

 

「はあ?んなの覚えているわけないじゃない」

 

「……まあ、そうだよね」

 

「何よ!ったく、どいつもこいつも……」

 

 そこに、ダルイゼンは唐突にそんな質問を投げかける。

 我々ビョーゲンズに生前の記憶なんてなく、意思を持ち始めてからは既にこの力と身体を持っていた。そのはずなのに、どんな意図があるかも不明な質問をされては雑に返答するしかない。彼女の場合は、大切な存在であるキングビョーゲンが現れなかったり、グアイワルの高笑いのおかげで不機嫌になっているからというのもある。

 

 知らないならこれ以上聞くことはないと、ダルイゼンはそのままこの場から立ち去り、取り出したメガパーツを見つめる。

 

「あいつに聞いてみようにもここ最近顔を出さないし……どうしたらもっと強くなれるかな」

 

 とは言うが、以前キロンにも同じような質問をしたことがある。

 そもそも彼は軽やかに振る舞ってはいたが、あまりにもビョーゲンズらしからぬ姿をしている。故に、こんなことを訊くのは愚問だろうかと思いつつも尋ねてしまったのだが、それでも彼は真摯に受け答えしていた。

 

『宿主、ですか?中々興味深い質問ですが、残念ながら私の記憶にそのような人物はいないかと』

 

 だが、結局は的外れだった。やはりそうか、と言い残してこの場を立ち去ろうとした時、彼はくすっと笑みを溢して答えた。

 

『いや、もしかしたら自分自身が宿主なのかもしれません。前の自分が宿したことで、今の自分がいる。そんな視点で考えると面白味が増しませんか?』

 

 自分自身────その考えもありえなくはないし、その選択肢も悪くはない。

 ダルイゼンはメガパーツを何かで宿すことで強力な力を生み出そうと考えていた。だから、前回おおらか市で見つけた小鳥を捕まえてネブソックを生み出したのだが、想像を絶する事態が起こったのもあって結果は不発だった。キロンが発した言葉を思い出してみると、自分自身に強大な力を宿して自分の居心地がいい世界を作り上げるというのも悪くないとダルイゼンは思ったのだった。

 

「……まあ、取り敢えず色々試してみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会の開始時間が徐々に迫ってきており、多くの参加者が着々と準備やリハーサルを行っている。

 カズさん達のチームも同様に、炎で温めた空気熱を気球に送って準備を始めていた。

 

「暖かい空気は軽いから気球は空に浮かび上がる。後は風に運んでもらってターゲットを目指すんだ」

 

「風任せってこと?」

 

「そう。気球は上がることと下がることしか出来なくて、車や飛行機みたいに自由にコントロール出来ないんだ」

 

「それじゃあ、どうやって目的地に行くの?」

 

「風の流れを読むの」

 

 気球の移動に疑問を抱かせるのどかに、たけしさんから今度は母さんが説明する。

 

「風の流れ、ですか?」

 

「うん。風は空の高さによって流れが違うから、気球を上げ下げして行きたい方向の風に乗せるのよ」

 

「なるほど……!」

 

 納得したのどかは興味深く気球を見つめる。その隣で見ていた母のやすこさんが欠伸を一つする。まだ早朝とも言える時間帯というのもあって、寝不足気味な彼女はたけしさんに尋ねる。

 

「でも、どうしてこんな朝早くからやるの?」

 

「昼間は地面が暖まって上昇気流が生まれる。それが気球を飛びにくくして、危険だからなんだ」

 

「とても面白い乗り物ですね」

 

 それを聞いていたアスミも感心している様子で興味を示している。

 

「そう。だから僕らも気球に夢中になって、熱心に出来るんだ」

 

「熱心で夢中……それは“好き”ということですか?」

 

「そうだね。“好き”ってことだね!」

 

 お互い満足そうに笑みを浮かべると、気球の準備に熱心に取り組んでいるサークルのメンバー達の様子を眺める。

 

「ふわぁ〜、何だか甘い風……!」

 

 すると、そよ風に乗ってスイーツの甘い匂いが香ってくる。何処かで売店でも開いているのだろうかと土手の方へ振り返る前に、聞き覚えのある声がもう一つ響き渡る。

 

「のどかっち~!アスミン~!あっくん~!」

 

「あっ、ひなたちゃ〜ん!」

 

 土手────自分達が止めた車の近くには、平光アニマルクリニックの近くでいつも止まっているワゴン車が止まっている。ひなたはその中からパンケーキの入ったバケットを持って此方に歩み寄る。

 

「これ、あたしが練習で作ったやつだからドンドン食べちゃって!」

 

「ふわぁ~、ありがとう!」

 

「それにしても、皆でお出掛けってここだったんだ。あっくんも来てたんだね」

 

「ああ。毎度仕方なくあの人の付き添いに来ている」

 

「"仕方なく"とは失礼な。何だかんだで楽しみにしてる癖に~」

 

 いつの間にかパンケーキを貰っていた母さんが不満そうな表情でにじり寄ってくる。全くもってそんなことはないとは言えず、確かにこの大会は面白味のあるものだと思っている。思わず言葉が詰まってしまい、母から一歩後退る。

 

「よかったらこれどうぞ」

 

「ありがとう。でも、気球で勝ってからゆっくり御馳走になります」

 

「ええっ!?」

 

 ひなたが気球サークルのメンバー達に配ろうとするも、パンケーキを受け取らずに気球と向き合い続けている。それを見たアスミは驚き、手元のパンケーキを一気に平らげた。

 

「こんなに温かくて美味しいもの。つまり、誰もが好きであろうパンケーキを断るなんて……私がラテを好きなように、皆さんも余程気球が好きなのですね。ならば私も全力で皆さんを応援しましょう!」

 

「ワン!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 唐突かつ謎に気合を入れ始めたアスミとラテに、カズさんは圧を掛けられた思いで感謝の言葉を述べた。これには僕やのどかも戸惑う他ない。

 

「なんか面白くなってきたし、ちゆちーも呼んじゃおう!」

 

 そう言って、ひなたはスマホを取り出してちゆに連絡を取り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 斯くして、司会の始まりの合図と共にそれぞれのチームの気球が空へ離陸して大会が開始された。

 一度ひなたと別れ、車に乗り込んでこの場から移動する花寺家を追いかけるように神医家も車に乗って発車する。

 

 向かっているのは、気球が向かう先である地面にテープでバツ印が描かれた場所である。周りには気球に乗っていないチームメンバーが待機して自分たちのチームを見守っている。

 現在行われている競技は速さを競うものではなく、目印に一番近づけたチームが勝利となる。つまり、風の流れの読みと気球の軌道力が問われる競技なのだ。中々に難しい競技であり、勝つには運も競われるだろう。

 

「ふわぁ~!近づいてきた!」

 

「あれはカズさん達のチームではありませんね」

 

 先に近づいてきたのは別のチームの気球だ。そこに乗っている男性がチームのマーカーとなる布が付属している袋を目印に向かって投げつける。

 

「すごい近くに落としてる!」

 

 バツ印のほぼ中心と言っても良い位置に落ちたのを見たチームメンバーは歓喜の声を上げている。勝利を確信しているかのようにも見えた。

 その後も、次々と他のチームが目印の中心目掛けて投げるのを試みるが、みんながみんな上手く行くとは限らずどうしても離れた位置に落ちていく。前述の通り、勝つには運も問われる競技なのだ。

 

「おっ、カズ君達の気球あれじゃないか?」

 

「あ、本当だ」

 

 たけしさんが指差す方向を追った後、母さんが一早く気付く。

 

「"頑張れ~"だね!!」

 

「頑張れ~!頑張れ~!」

 

「私も!頑張れ~!」

 

 女性陣が一斉に遠くにいるカズさん達のチームに声が届くように声援を送る。それに続いてアスミに抱えられていたラテも声を上げて応援していた。

 

「……ん、逆に流されていってないか?」

 

「「え?」」

 

 しかし、気球はバツ印とは真逆の方向へとどんどん離れて行ってしまうようだった。

 

「あちゃ~、これはちょっと厳しいかも」

 

「そんな……」

 

 この中で特に詳しい母さんはそう言って声を唸らせる。たけしさんも難しい表情をしながら気球一点を見つめている。それを見たアスミは誰よりも応援していたこともあってがっくりと肩を落とす。

 

「ムムム……です」

 

「アスミちゃん?」

 

「ウゥ……」

 

「ラテ?」

 

 

 こうしている間にも他のチームはバツ印の中心近くに上手くゴールしたことで歓声を上げている。そんな中で、ただただ明後日の方向に行ってしまうカズさん達の気球を険しい表情で見つめるアスミとラテに気付いたのどかは思わず声を掛ける。

 

「なんでしょう、この気持ち。何とも言えないこの……」

 

 自身の胸の奥に潜む複雑な感情の正体に戸惑っている間に、午前の競技が終了する。周りに飛んでいた気球は勿論、離れてしまったカズさん達の気球もその場で着陸する。結果は何も出来ないまま『記録なし』となってしまった。やがて午後の部に向けての休憩時間となり、サークルのメンバー達が此方に走ってやってくる。

 

「すみません、せっかく皆さんが見に来てくださったのに……」

 

「ドンマイドンマイ!午後の競技は一位目指して頑張ってよ」

 

「そうですね、あはは……」

 

 まだ挽回の余地はある。たけしさんも母さんもどうにか激励の言葉を送ると、チーム内の雰囲気は少しだけ明るくなった。

 

 しかし、アスミはまだ心残りがあるようでカズさんの零れた小さな笑みをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしてなのですか?」

 

 不意に、彼は離れた土手の上で溜め息をついて座り込んでいたところに声を掛けられる。振り返ると、ラテを抱えながら此方をじっと見つめているアスミの姿があった。

 

「どうして大好きな気球が上手く行かなかったのに"ははは"と笑っていたのですか?」

 

 素朴な疑問だ。だが、彼にとっては痛いところを突かれてしまったのか顔を俯かせる。

 

「ずっと練習してるんだけど、僕は昔から本番に弱いって言うか。こういう競技でも上手くいった試しかがなくて。だからなんていうか……諦めの笑い、かな?」

 

 もう一度、はははと彼は乾いた笑いを零してみせる。だが、アスミは理由を聞いても納得いかない様子であった。

 

「私とラテは皆さんを懸命に応援して負けてしまった時、とてもこう……モヤモヤした気持ちになりました」

 

「あ……」

 

 モヤモヤした気持ち────それがどういったものなのかは良く分からないが、きっと彼女の本心なのだろうと思うと、実に申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「このムムムな気持ちは一体……」

 

 

 

 

 

「それはズバリ"悔しい"っていう気持ちよ」

 

 自分の今抱く気持ちの正体が知れず戸惑っているアスミに、ちゆは背後からそう答えた。

 

「悔しい、ですか?」

 

「ええ。私がハイジャンプの試合に負けたとき、とても悔しい思いをしているわ」

 

「これが……"悔しい"という気持ち、なのですね」

 

 以前にも同じ経験をした、ましてやアスミ自身もその光景を目の当たりにしたちゆの言葉で、自分にも『悔しい』という気持ちを抱いたのかと噛みしめるように呟く。カズさんもその感情を忘れていたことでちゆ達から目を逸らしていた。

 

「悔しいのをどうにかするには、やっぱ勝ってもらうしかないっしょ!」

 

 そこを突くかのように指を差して言うひなたに圧倒され、カズさんはただ呆然とその姿を見つめていた。

 

「カズ〜!」

 

 すると突然、土手の下から彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。サークルメンバーの一人だと窺える。

 

「大変だ!天野が貧血で倒れちまった!」

 

「え!?」

 

「あいつ、昨日夜遅くまで準備してたから……!」

 

「そんな!うちじゃあ天野が一番風を読めるのに……!」

 

 気球を操縦出来るとはいえ、その役割に最適な人材がいなければ競技に支障が出てしまう。もはや打つ手なし、とカズさんは遂に落胆してしまう。

 だがその一方で、その様子を見ていたラテはアスミに訴えるかのように声を上げ、聴診器でその心の声を聞いてみる。

 

『アスミが風さんのこと教えてあげるラテ』

 

「それです!」

 

 そう言って即座に聴診器を外すと、サークルチームに立ちはだかるように前に出る。

 

「その役目、私が引き受けましょう!!」

 

「「ええっ!?」」

 

「私は風を読むことが出来るのです!」

 

 あまりに唐突な申し出だが、それでも自信を持って言い放つ。流石に戸惑ってはいたものの、チームでの唯一風が読めるという最適な人材が不在である以上、他に打つ手もなくアスミに任せるしかないのだった。

 

 こうして午後の部の競技が始まり、それぞれのチームの気球が一斉に地上から飛び立つ。

 アスミはチームのジャケットを着てその様子を見つめており、メンバーの合図と共にゴール地点へと移動する。その一方で、僕達は目印の近くの橋の上で眺めていた。

 

「アスミンってば大丈夫かな……?」

 

「大丈夫。だってアスミは風のエレメントの力から生まれたんだもの」

 

「それに、あいつ自身が決めたことだからな」

 

 不安が拭えないひなたではあるが、どの道こうなることにはなっていただろうし、そもそもアスミが自分で決意したことなのだから、今はそれを尊重して見守ってやるのが一番の行動だ。

 

「頑張って、アスミちゃん……!」

 

 小さな声で応援するのどかの視線には、此方に向かって走って来る紫の車がある。あれこそがアスミ達が乗っている車であり、やがて目印とは少し離れた位置に停車する。

 

 

 

 

 

「ターゲットの少し手前に着いた。風は……今ちょっと見てるから待ってて」

 

 車から降り、メンバーの二人はどうにかして風の流れを読もうとするが、やはり担当でないが故に苦戦してしまう。その一方で、アスミはその場でじっと飛び回るトンボや木々、葉っぱ、そしてカズ達の気球を観察している。

 

『進路がずれてきてる』

 

 すると、無線機器からカズの不安そうな声が聞こえてくる。数ある気球のうち1つだけ進路を外れて別の方向へと移動している。ここにいるメンバー達はどうしたものかと悩んでいる中、アスミは何の迷いもなく指示を出す。

 

「そのまま進んでください」

 

「でも、それじゃあもっと外れて────」

 

「大丈夫です。この風はこの後あちらのターゲットに向かいます!」

 

 そう力強く言い放つ。いつ何処から来るのか確証なんてないはずなのに、メンバー達はアスミの言葉に納得するしかなかった。カズも同様にその言葉を受け入れ、気球を動かさずに流れに身を任せることにした。

 

 しかし、気球は別の方向に離れていくばかり。その間にも、他のチーム達は目印に向けて袋を投げつけて得点を稼いでいる。

 

「やっぱりダメか……」

 

 そんな光景を見たカズは再び落胆する。もう大会ごと投げ出してしまいたいと諦めかけていた。

 

「────っ!?」

 

 だがそれも束の間、突風が吹き始めた。それなりに強い風で思わず帽子が吹き飛ばされそうになったが、気球の進路は反対の方向、バツ印の地点へと移動していく。

 

「風が……!」

 

『絶対に……私もラテも絶対に勝ちを諦めませんので!』

 

『ワン!』

 

 無線機器から聞こえる前向きな言葉を聞いたカズは、目印に向かって高度を下げて得点を入れる体勢に入った。これなら上手く行く!

 

「……くちゅん!」

 

「ラテ……?」

 

 ────ラテがくしゃみをして体調を崩すまでは、そう思っていた。

 

 

 

 

 

「あ、近づいてきた!頑張れ~!」

 

 カズさん達の気球が離れてしまったことに残念に思っていたが、しばらくしてバツ印の方まで近づいてきていた。それを見たのどか達は懸命に声援を送る。

 さあいよいよバツ印の中心に落とせるか、と周囲に緊張感が走る。僕達だけでなく周囲にも視線が気球に集中していた時だった。

 

「「「きゃああ!?」」」

 

 とてつもない爆音と共に此方に顔を出して来たのは、気球に似た見た目をしたメガビョーゲンであった。突然の出来事に、周囲の人々は悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 

「大変だ!」

 

「のどかはみんなと先に逃げて!」

 

「分かった!」

 

 のどかの両親が母さんなどの大人陣が逃げ道を誘導し、僕達はその方向へと走り出す。その途中で、人気のない場所へと進路を変えていく。

 

「皆さん!」

 

 ほんの少しして、アスミとラテと合流する。やはりメガビョーゲンが現れたおかげでラテは体調を崩して苦しそうにしていた。

 

「行きましょう!」

 

 アスミの言葉に一同は頷き、パートナーと共に変身の体制に入った。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「来たかプリキュア……さあ、俺の研究成果を見るが良い!」

 

 変身を終えてメガビョーゲンの前に立ちはだかると、その近くにはグアイワルの姿があった。奴によって生み出されたようだが、懐から取り出した3つのメガパーツをメガビョーゲンに取り込んでいく。

 

『メガァ……ビョーゲエエエェェェン!!!』

 

 身体に包まれた溢れ出る力を解放し、更に巨大で凶悪な見た目へと変化する。気球の数も埋め込んだメガパーツの分だけ増えて4つになっている。

 

「うえぇ!?いつもよりめちゃめちゃ強そうじゃん!」

 

「はっははは!これが俺の編み出した最強のメガビョーゲンだ!」

 

 グアイワルが強化されたメガビョーゲンを自慢するような物言いをした後、ガスバーナーからドス黒い炎を充満させる。一気に放出して周囲を蝕もうという魂胆だろう。

 

「はあああっ!!」

 

 しかし、それを繰り出される前にアースは急接近して空高く跳び、そこから飛び蹴りを喰らわせる。怪物はゴムのように弾き飛ばされ溜め込んでいた炎を空に暴発すると、やがて無となって消えていった。

 

「あと少しで、勝てそうだったのに……!」

 

 チームの優勝はすぐそこまで見えていたのに、メガビョーゲンが乱入してきたことで大会は一気に台無しになってしまった。その悔しさをぶつけるように体勢を立て直して接近する怪物を見て右手に拳を作って握りしめる。

 

「とんでもない邪魔をしてくれましたね!」

 

 そしてそのまま拳を振りかぶるも、メガビョーゲンはそれを測っていたのかカウンターとして再びガスバーナーから炎を放出する。しかし、即座に反応して炎の間に入り込んで回避する。

 

「あれ使うよ、ラピウス!」

 

「了解した────」

 

「させるか!」

 

 ポポロンの言葉を受けてクロスボウに矢を装填したところに、グアイワルの指示でメガビョーゲンがエネルギー弾を発射して攻撃してくる。

 

「……っ!」

 

 辛うじて回避することは出来たのだが、エネルギー弾が地面に命中したことで爆風が起こり巻き込まれてしまった。

 

「ラピウス!」

 

「構うな!動きが止まっている内にキュアスキャンしておけ!」

 

「おっけー!」

 

『キュアスキャン!』

 

 技を繰り出したことで隙を見せている間に、スパークルはヒーリングステッキの肉球を押してメガビョーゲンの体内を探る。

 

「ど真ん中に空気のエレメントさんがいるニャ!」

 

「は~はっはっは!今日の俺様は一味ちが────おおっ?」

 

 高笑いするグアイワルに、突如メガビョーゲンと身体がぶつかったので数歩後退る。偶然かと思えたが、向こう側から風が吹いてくる度に寄ってきており戸惑いを隠せないでいた。

 

「風がメガビョーゲンを動かしています……」

 

「……アース、いけるかい?」

 

「承知しました」

 

 気球のような姿をしているのもあってか、少しでも風に吹かれたら簡単に流されてしまうようだ。そんなメガビョーゲンを見て、ポポロンはアースならばこの風を巧みに利用出来ると声を掛ける。対して、アースはすぐにそれを理解して返事をすると、手元にアースウィンディハープを出現させる。弦を軽く弾いて音を奏でると、紫の風がリングとなって発生する。

 

「はあっ!」

 

『メガァ!?』

 

 それをメガビョーゲンに向けて放つと直撃し、それが竜巻のように巨大化して包み込ませる。どうにかして抜け出そうと抗うが、アースが一度二度と弾く度に威力は強まり徐々に空高くに放り上げてられていく。

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 

『メガアアアァ!?』

 

 弾丸の如く放たれた閃光の一矢がメガビョーゲンを襲い、気球に穴が開けられる。そこから溜まっていた空気が途端に放出して身体を右往左往させて吹き飛ばされていく。そしてそのまま萎んだ状態で地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 アースウィンディハープから放たれた、無数の白い羽を纏った竜巻状の光線がメガビョーゲンへと直撃し間もなく浄化されていく。

 

 

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

 

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!あなた達のお陰で助かりました!」

 

 メガビョーゲンも浄化されグアイワルが撤退した後、聴診器を使って救出した空気のエレメントさんと言葉を交わしていた。

 

『さあ、これをラテ様に』

 

 そう言ってアスミの手の上に渡したのは、自身の力を宿して生成したエレメントボトルであった。

 

「空気のエレメントボトルラビ!」

 

「ご親切にありがとうございます」

 

 貰ったエレメントボトルをラテのリボンにはめると、ボトルから溢れ出る光によって体調を取り戻していく。

 

「ふわぁ~、あともう少しで棚がいっぱいだね!」

 

「ここ全部埋まったら、何か良いことあったりして」

 

「……本当に何か起こるのか?」

 

「知らなーい、アテナとか出るんじゃない?」

 

 随分と適当だな、このヒーリングアニマル……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ始める夕方の時間帯。残念ながらこのまま開催されることはなかった。

 

「次こそはきっと優勝出来るさ!」

 

「はい、頑張ります!」

 

 たけしの言葉に、熱意のこもった声でカズは答える。

 

「もう笑わないのですか?」

 

「うん。もう自分の気持ちから逃げないことにしたんだ。悔しい気持ちを誤魔化してたらいつまでも勝てないから」

 

 他のサークルメンバー達も、『次は絶対に勝つ!』と闘志を燃やして意気込みを口にしていた。

 

「その意気です!」

 

「ワン!」

 

「アスミ凄いね。自分だけじゃなくて周りも成長させてる」

 

 横からそう声を掛けるは、アスミの肩に乗っかっているポポロンであった。悔しい気持ちから逃げ出していたカズの手を差し伸べたことに関心していた。

 

「そうでしょうか?私はただ思ったことを口にしただけです。ポポロン様も怯えていた女の子に元気を与えていたのは凄いと思います」

 

「……うん。今の僕がやれるのはこれぐらいだもん。"様"付けされる程の奴じゃないよ」

 

 褒めたつもりだったのだが、いつもとは対照的に顔を俯かせるポポロンに、アスミは思わず首を傾げる。

 

「ヒーリングアニマルとして生きていくことを、僕はもう決めたから……」

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

「……あ、はい。何でしょう?」

 

 僕の声掛けに、アスミと何故か彼女の肩についていたポポロンはハッとした様子で此方を振り向く。何か話していたのだろうが、どうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「のどか知らないか?さっきから姿が見えないんだが……」

 

「そういえば、先程から見ていませんね」

 

「トイレ探してるんじゃな────っ!?」

 

 そう言いかけた途端、ポポロンは何かを察知する。嫌な気配を感じ取ったかのような、そんな表情だった。

 

「多分あっち!急いで飛鳥!」

 

「ちょっ、おい引っ張るな」

 

 すぐさま僕の頭に乗っかって髪を引っ張りながら、森の奥へと誘導させていた。

 

 だが、この時の僕は予想だにしていなかったのだ。

 

 いや、いくら脳をフル回転させてのどかの居場所を探ろうとしてもこんな展開に辿り着くのは些か無理があった。

 

 

 

 

 

「うぅ……うぁ……!」

 

「……は?」

 

 グレースが────のどかが、苦痛に耐えながら、目の前で、倒れていた。

 

 



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第32節 崩壊

お待たせしました。
リアルが忙しかったのもありますが、毎度の描写に違和感や疑問を感じまくったおかげでめちゃくちゃ時間掛かってしまいました。

という訳で、今回から本格的にオリストが始まります。しばらくのお付き合いよろしくお願いします!


「……は?」

 

 すぐには状況が理解出来なかった。

 森の奥で倒れ込んでいるだけでなく、グレースの変身が解けてのどかの腹部からメガパーツのような禍々しいオーラを放って苦しみに悶えているのだから。

 

「のどか!のどか!しっかりするラビ!」

 

 呆然としている間に、ラビリンはのどかの背中を叩いて体内に潜む何かを追い出そうとする。だが、その行動も虚しくそれが消えていくことはなかった。

 

「無駄だよ。いつ出て来るかはメガパーツとの相性次第。自分の意思じゃ取り出せない。ヒーリングアニマルに出来ることは、せいぜい心配することぐらい────っ!?」

 

「お前、のどかに何した……!?」

 

 ────状況を把握するより早く身体が反応する。

 

 キュアラピウスへと変身した直後、即座に鼻を鳴らして嘲笑うダルイゼンの首根っこを掴んで木々に叩きつける。徐々に乱れていく呼吸を、息を飲んで抑えながらただ一つを問い質す。対して、相手は呆れた表情で答えた。

 

「お前には関係ないことだよ。まあ、あいつと同じ目に遭いたいって言うなら話は────」

 

「何したんだって聞いてるんだ!」

 

 段々と首を絞める力が強くなる。流石の相手も余裕ではいられなくなっていた。

 こいつはここで絶対に仕留める。逃しはしないと、殺意が溢れかえる思いで自身の武器である杖の先端をダルイゼンに向ける。

 

「「「のどか!」」」

 

「お前達……!」

 

 その時、遅れて変身したキュアフォンテーヌ、キュアスパークル、キュアアースがのどかの元へと駆けつける。恐らく、すぐさま森の奥へと探しに行った僕達にアスミは疑問に思って皆を呼び寄せたのだろう。三人ののどかを呼ぶ声で、僕は思わずそっちに気を逸らす。

 

「キュアグレースに……メガパーツを入れてやったのさ!」

 

「っ!?」

 

 気を逸らしたことで首を絞める力が弱まり、その隙を狙ってダルイゼンは片手に気弾を溜めて僕の腹部に撃つ。至近距離でそれを放ったことで、とてつもない威力が一瞬にして全身に伝わる。そこからもまた一瞬で後ろの木へと吹っ飛ばされ、後頭部と背中を強打する。

 

「大丈夫ですか、ラピウス」

 

 アースが冷静に此方の安否を確認する中で、フォンテーヌとスパークルはダルイゼンの言葉に困惑していた。

 

「メガパーツを……って、何で!?意味分かんないし!」

 

「どうしてそんなことを!?」

 

「そこまでは教えられないな。でもまあ、それは後のお楽しみって事で。じゃあ頑張ってよ、キュアグレース」

 

 プリキュア側が有利だと察して流石に分が悪いと思ったのだろうか。だが、それでも不敵に笑みを浮かべて見せたダルイゼンはこの場から姿を消していった。

 

「のどか!しっかりするラビ!」

 

 それから何度も、何度もラビリンが大声で呼び起こそうとするが、のどかは苦しむ表情を続けたまま起き上がることが出来ないでいた。

 

「……っ」

 

 その光景が何処か、過去の自分と重なって見えた。交通事故に遭った裕也に幾度も声を掛ける、あの時の自分のようだった。

 同様に、のどかも死ぬかもしれないと一瞬でも思った途端、心臓の鼓動ひとつひとつが全身を揺れ動かす程に強く波打つ。息を飲んで抑えていた呼吸も乱れる上、全身が強張る。恐怖感が土砂崩れのように押し寄せて来るような感覚に陥っていた。

 

「……急いで病院に連れて行かないと。親御さんの元へ送るぞ」

 

 だが、だからといってここで立ち止まっている訳には行かない。無理矢理息を飲んでふらふらと身体を起こし、強打した後頭部を手で抑えながら、僕は掠れた声で言う。四人の中で一番のどかの近くにいたちゆは動揺を隠せない中でも此方の言葉を受け入れ、苦しんでいる彼女を背に乗せて急いで森を抜け出す。ひなたもその後に続いていく。

 

「飛鳥、大丈夫ですか?凄く汗をかいていますが……」

 

「……僕のことは良いから、今はのどかの心配をしろ」

 

 どうやら猛烈に嫌な汗をかいていたことにも気付かないくらい、動揺しているようだ。それをアスミが指摘してくれたが、当人の容態の心配について指摘し返して同じようにアスミも僕も後に続いていった。

 

 

 

 

 

「みんなありがとう。とにかくのどかは病院に連れて行くから」

 

「アスミとラテは、うちに泊まってもらうのでご心配なく」

 

「お二人はのどかのそばについていてあげてください」

 

「ありがとう……」

 

 ようやく森を抜け、のどかのご家族と一緒に探していたらしい母さんの姿を発見するとこれまでのことを説明する。流石に彼女の体内にメガパーツが埋め込まれているなんてことは言えないので、森の中を歩いていたら急に苦しそうに倒れてしまったと上手く誤魔化すように話した。

 

「どうか、再発じゃありませんように……」

 

「再発って、もしかして……!」

 

 母さんが真剣な眼差しで尋ねる。看護婦の仕事をしているだけあって、医療関係のことになると気持ちが切り替わっていた。

 

「前の原因不明の病気の時と様子が似ているんです。私達はただ見守ることしか出来ませんでした……」

 

「今でもどうして治ったのか分からないんです。もう、あんなのは二度とゴメンだ……」

 

 そう言って、一同はしばらく車に乗せたのどかを見つめる。

 

「……私も同行します。飛鳥、先に皆と帰ってて」

 

「あ、分かった……」

 

 呆然としていたおかげで、母さんの言葉に我に返ったように声を1オクターヴ上げて答える。ご両親からも了承を得て、母さんは車の後ろの席……のどかの隣に乗る。すぐに走らせて帰って行くのを、僕達はその場で姿が見えなくなるまで見送った。

 

「ねえ、メガパーツのせいって言わなくて良かったのかな」

 

「得体の知れない怪物のせいって聞いたら、余計心配するペエ」

 

「それに、治せる訳じゃないからな……」

 

「あ、そっか……」

 

 そう言うヒーリングアニマル達に、ひなたは納得する。

 その一方で、僕は顔を俯かせながらある事を考え、それを彼らに質問する。

 

「なあ……のどかが前に掛かっていた病気も、それが原因だったりするのか?」

 

「明言は出来ないけど、可能性はあるよね」

 

「テアティーヌ様が元気だった頃も、メガビョーゲンを全て浄化出来たわけじゃなかったからな……」

 

「そうなのですか?」

 

 前例があったことを加えて、そう説明していた。

 彼らが言うには、メガビョーゲンの初期段階で浄化出来ないまま育った場合、進化する個体も時々いるそうだ。キングビョーゲンやビョーゲンズの幹部といった知性を持った奴らが良い例だという。

 

「うえぇ!?あいつら元々メガビョーゲンなの!?何がどうなってああなっちゃうわけ!?」

 

「ひなた、し~っ!」

 

 騒ぎ立てるひなたの口を、ニャトランは両手で覆って塞ぐ。幸いにも人気のない場所だったので良かったものの、場所が悪ければ一大事になっていただろう。

 

「でも、その辺りはまだ僕達も分からないペエ」

 

「まあそうだろうね。それにキロンのような姿形がビョーゲンズとは思えない奴もいれば、この前襲い掛かってきた奴のような謎の第三勢力みたいなのも出てきちゃったし。その辺も考えて、現状だと色々と未知数なことだらけだ」

 

「もう何~!?分かんないことだらけじゃん!のどかっちだってどうなっちゃうか分かんないし~!」

 

 ビョーゲンズの真相も謎に多く包まれているが、キロンもキロンで不可解な点が多い。確かに、アースのヒーリングハリケーンを喰らう瞬間をしっかりとこの目で見てはいたのだが、どうにも奴があれで浄化されたとは思えない。アース自身も作り笑いのような表情をしていたし、本当に浄化出来たとは思ってもいなさそうではあった。

 

 また、大鎌を持つ少女も非常に気になるところだ。突然過ぎる乱入で彼女が何を企んでいるのか、その正体も何も分かっていない。その点も今後の為に探らなければならないだろう。以上の事柄を並べてみると、プリキュアの戦いはまだ序章に過ぎないのではないかと思ってしまう。

 

 ────もし、のどかの体調が戻らなかったら。

 

 想像もしたくない思いを心に潜めた僕はひなた達と一度帰路につき、明日のどかに会いに行くことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先生……どうか、のどかをよろしくお願いします!』

 

『はい。我々は引き続き、原因の特定に尽力します』

 

『のどか……お父さん達がついてるからな!』

 

 結構前に、真っ白な視界の中でお父さんやお母さん、そして飛鳥くんのお父さんの声が時折聞こえてきていた。会話の全てを耳にしたわけではなく途切れ途切れに会話が聞こえてきたんだけど、それを聞きながら最後の出来事を思い出していた。

 

 確か、ひなたちゃんが作ってくれたパンケーキを食べてる時に森の中から突然聞こえてきたカラスの声が不可解に思って、ラビリンと一緒にその中に入って行った。すると、そこにはメガパーツを持ったダルイゼンがいて、それを止めようとプリキュアに変身した。その後、彼が何か呟いたと同時に持ってたメガパーツを私の中に入れられて……駄目だ、そこからが思い出せない。

 でも、その後のことは分からないのに何処か理解していた。どうして私は今こんな状況に陥っているのか、そしてお父さん達の会話を照らし合わせて────1つの答えに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 そっか……私、また苦しかったあの頃に戻っちゃったんだ。

 

 

 

 

 

「……のどか、ごめんラビ」

 

 突然、悲しそうな声が脳内に響き渡る。家族や病院の先生の声じゃない。でも、物凄く聞き覚えのある────ラビリンの声だ。

 

「ラビリンはヒーリングアニマルなのに、どうしたら良いか分かんないラビ。何もしてあげられないラビ。巻き込んでごめんラビ……!ラビリンがのどかをパートナーに選んだから……!」

 

「……ラビ、リン」

 

 ゆっくりと瞼を開けて、その名を呼ぶ。頭を声の主へと傾けると、そこには耳を垂らして溢れる涙を必死に拭うラビリンの姿があった。そして、目を覚ました私に気付いたラビリンは目を見開いて寄り添った。

 

「のどか……!」

 

「泣かないで、大丈夫だから……」

 

 器用に手を動かしづらくなっているが、それでも指でラビリンの零す涙を拭って笑顔を作って見せる。元気を出して貰う為に、少しでも安心させたかったのだ。

 

「失礼、します」

 

 すると、コンコンとノックする音がした直後に弱々しい声と共に扉の開く音が聞こえてくる。ラビリンがすぐにベッドの下に隠れる一方で、その主はゆっくりと音を立てないように歩き、近くの丸椅子に腰を降ろした。

 

「飛鳥くん……」

 

「……起きてたのか」

 

 無理しないで寝とけ、と飛鳥くんは此方の顔を見て言う。その表情から僅かな安心感が感じ取れた。

 

「違うラビ。ラビリンが起こしちゃったからラビ。ごめんなさいラビ……」

 

「ううん、ラビリンは悪くないよ。逆に今目を覚ましてる方が良いと思ったくらいだから……」

 

「そうか……」

 

 それから一先ずの沈黙が続く。明るい窓の外から聞こえる自然な音だけの静寂な時間が流れていく中、飛鳥くんは丸椅子を此方と距離を詰めて再び座り直す。

 

「……お前が苦しんでる姿を見た時、またあの頃みたいになるんじゃないかと思って。正直、恐怖で混乱してた」

 

 その出来事について私は知っている。以前、彼が話してくれたからだ。

 

「もう3、4年も前のことだが、傷は癒えてないし癒える事なんてないだろうな。それ位とにかく辛くて、悔しかった」

 

 "悔しい"

 どうにかして助かって欲しいと試行錯誤したのに、医師から助からないと宣告されたことによる気持ちだろう。

 

 その話を聞いた時、何も言葉が出なかった。家族と喧嘩したこともない私には到底信じられなかったのだ。入院していた頃はずっと両親が気にかけてくれて、私にとってお父さんやお母さんはかけがえのない存在だと思っていたし、誰しもが持つ思想だと思っていた。

 でも、飛鳥くんはそうではなかった。寧ろ恨みの感情を持っていたことに、ただ1つの言葉も見つからなかった。

 

「────っ」

 

 特に理由はない。何となく、顔を俯かせながら小刻みに震えさせている彼の手をそっと握る。冷えた手を包むようにぎゅっと握ると、身体をびくっと震わせていた。

 

「ごめんね、心配掛けちゃったね。でも大丈夫だよ。今はちょっと辛いけど、またすぐに良くなるから……」

 

 元気出して、と笑みを作る私の目を彼は唇を噛みしめながら逸らす。だがそれも一瞬の出来事で、すぐに再度目を細めて此方の瞳を覗く。

 

「……患者に慰められるとか、情けないな────」

 

「のどかちゃん、起きてますか~?」

 

 その時、聞き覚えのある声と共に扉が開き始める。

 

「って、何で飛鳥がいるの!?」

 

 この病院の看護婦である照美さんであったのだが、飛鳥くんの方へ視線を送るなり驚きの表情で声を上げていた。それに続いて先生も病室に入り、照美さんの言葉に反応するように同じく視線を向ける。対して、握られていた私の手をそっとベッドに戻し、両親に視線を合わせないようにしていた。

 

「今は面会の時間ではないはずだが」

 

「……面会の時間じゃなかったら、ここにいちゃいけないんですか?」

 

「駄目に決まっているだろう。お前の軽率な行動でのどかさんの容態が悪化するかもしれないと、お前なら理解出来るはずだ」

 

「いいえ分かりません。ほんの数分で悪化するんですか彼女の病気は。だとしたらこの部屋の扉を封鎖するなり対策するべきなんじゃないですか?軽率なのはそっちの方だろ」

 

 二人の圧のおかげで、思わずこの場の空気に圧倒されてしまっていた。特に、飛鳥くんが家族に敬語で話していることが衝撃的であった。家族とは仲睦まじい関係であると思っていたのだが、まるで他人のように接しているようにも見える。照美さんとは普通に接しているのに対して、それ程お父さんに敵対しているということなのだろうか。

 

「ま、まあまあ!のどかちゃんが心配だったんだもんね!大丈夫だよ、私達で治して見せるから……!」

 

 照美さんがそう言って二人を宥めるも、反応は今一つのようだ。互いに睨み合って一言も発さなくなった静寂の時間の中で飛鳥くんがハァ、と溜息をつくと深く頭を下げ始めた。

 

「……申し訳ありませんでした。今後このようなことが起こらないようにします」

 

 頭を上げてすぐにこの場から立ち去ろうとする。そんな彼を見て、私は苦しい気分に見舞われながらも何処かもどかしい気持ちが込み上げていた。

 無断で病室に入ってきたことは気にしていない。寧ろ、そこまで心配してくれたことが嬉しいし、逆に申し訳なくも思う。ただ、しばらく起こらないであろう衝突でどうか少しだけでも良いから話し合って欲しいと思った。上手く行けば、仲を取り戻して欲しいと思った。

 以前、飛鳥くんから"人様の事情に他人が首を突っ込むのは良くない"と言われたことがある。何度か失敗を繰り返したこともあったので、確かにそうなのかもしれない。でも、だからと言って二人の仲が戻らないままなのって凄く悲しいよ。彼の過去の話を聞いてから少しでも彼の力になりたいと思ったのだ。もどかしい気持ちが込み上げてくるのって、それが理由なのかな。

 

「あの────」

 

 苦しいけど頑張って声を掛けてみようとした時、飛鳥くんとのすれ違いざまに先生が突如呟く。

 

「飛鳥、お前は私に"私を超える医師になる"と言ったな」

 

「はい。今も昔もその夢は変わっていませんが、それが何か……」

 

「……くだらん夢だ」

 

「は?」

 

「ちょっ……!」

 

 勢いそのままに父の方へ振り向き、怒りの感情を露わにしながら握りこぶしを作る。

 それを照美さんは止めるよう促すが、先生は言葉を続ける。

 

「お前の夢はちっぽけなものでしかない。それが叶ったところで、結局は空っぽなだけだぞ」

 

「……何が言いたいんだ」

 

「すぐに諦めなさい。医師などお前には向いていないと言って────っ!?」

 

 全てを言い切る前に飛鳥くんは父に接近し、その拳で殴り飛ばした。

 壁に打ち付けられたことによる轟音は、病室どころか廊下にまで響いただろう。後頭部を抑えて起き上がろうとする先生を、腕で首を抑えて押し付ける。

 

「さっきからふざけたことを言いたいように言いやがって!大体な、あんたが裕也を見捨ててなければこんなことにはならなかったんだよ!!」

 

「飛……やめ……!」

 

 必死に抵抗する先生だが、逃がすまいと徐々に力を入れていく。

 

「止めて、飛鳥……」

 

「その上、くだらない夢でしかないから諦めろって心底最低な親だな」

 

「止めなさい……!」

 

「……いっそ、お前が死ねば良かった────」

 

「飛鳥!!!」

 

 二つ目の轟音が響き渡る。

 いつも温和な照美さんが飛鳥くんの肩を引っ張って自身に振り向かせ、パチンと頬を叩いた音だ。飛鳥くんと先生、両者とも突然の彼女の行動に驚き戸惑っていた。

 

「……っ」

 

 そんな彼女の表情を見て、私は目を見開く。

 彼の名を呼んだ声は怒りを露わにした怒号であったはずが、いつしか悲しみの感情へと変わって何も言わずに零れ落ちそうな涙を堪えている。

 

「……ごめん、母さん」

 

「飛鳥くん……!」

 

 対して、飛鳥くんは紅く染まった左頬を抑えながらその一言だけを言い残して病室を後にするのを、私は呼び止めようとする。しかし、それも虚しく段々と足音が速くなって遠ざかっていくのを耳にすることしか出来なかった。

 

「折矢も折矢じゃん!あそこまで言う必要なかったでしょ!?」

 

 照美さんの次の矛先は先生────折矢さんへと変わり、先程の発言に対して不満を漏らしていた。対して、折矢さんは何も答えずに天井を見上げ、首を抑えつけられたことによって乱れた呼吸を整えている。

 

「……少し頭を冷やさせてもらう」

 

 飛鳥くんの後に続いて、折矢さんも頭を抱えながら早足になってこの場を後にして行った。

 結局、この病室にいるのは私と照美さんだけとなり、疲れたような表情で壁に背中を預けるのを目で追う。時計の針の音だけが聞こえる空間の中で、時間だけが過ぎていくのを感じ取っていた。

 

「失礼します!」

 

「今飛鳥や病院の先生とすれ違ったんだけど、どうしたの!?」

 

「しかも廊下に凄い音鳴ってたし……」

 

 すると、僅かに聞こえていた駆け足の音が段々と大きくなり、やがてその正体が病室へと入ってくる。アスミちゃんとひなたちゃん、ちゆちゃん達であった。

 

「……ごめんね、騒がせちゃって。のどかちゃんも怖かったよね?」

 

 あはは、と照美さんの口から乾いた笑いが零れるも病室内で親子喧嘩の騒動を起こしてしまったことに謝罪する。アスミちゃん達が現れてからは、いつもの温和な彼女へと戻っていた。でも、やっぱり何処か哀しんでいる。空元気なのがすぐに伝わった。

 

「はい、少しだけ……」

 

 そんな中で、私は本心を答える。流石にあの光景を一人で見て大丈夫だなんて言えなかった。

 

 折角のチャンスが……希望が絶望に叩き落された感覚────神医家の家族関係が、完全に崩壊したような感覚が伝わってきた。

 

 

 



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第33節 悪魔の抱擁

「そんなことがあったんですか……」

 

 照美さんはこれまでの事情をちゆちゃんやひなたちゃん、アスミちゃんに話した。他人に迷惑を掛けたくないからと今まで隠してきたが、『あんな光景見せちゃったら、もはや隠す方が迷惑だよね』と悟ったからだそうだ。よって、飛鳥くんの過去や親子の仲違いまで洗いざらい話していた。

 

「なんか……あたし達ってあっくんのこと知ってるようで全然知らなかったんだなって」

 

 同感である。彼の口からその話を聞いたにも関わらず、まるで初めて聞いたかのような感覚だった。同じように、彼のことを知った気になっていたと思わされた。それ程、あの親子喧嘩は想像を絶するものだったのだ。

 

「話を聞いた限り、この件ってどっちも悪くないと思うんです。不幸が重なった事故というか……」

 

「うん、ちゆちゃん正解。だからこそ、どうすれば良いのか考えるほど分からなくなって、パニクっちゃって。情けないよね、患者であるのどかちゃんに迷惑掛けるなんて……」

 

 そう言って照美さんは身体を小刻みに震えさせながら、膝の上で拳をぎゅっと握りしめる。

 対して、そんなことは何一つ思っていない、と私は必死に首を横に振る。

 

「ですが、どうしてお二人は仲直りをしようとしないのでしょう?仲を戻したくないのでしょうか?」

 

「戻したいとは思ってると思うよ。でも、自分からは話そうとはしない。お互いに頑固者だからね」

 

 とはいえ、先生も初めからああいった性格だったわけではない。患者にも優しく接する明るい性格の持ち主だったそうだ。

 事故当時、院長として責任を重ねられる立場になり立てで、相応のプライドを持たなければならないと思うようになった。しかし、それが裏目に出てしまったことで取り返しのつかないことになり、飛鳥くんとの関係は崩れていっているという。

 

「全く、一体何処で歯車が狂っちゃったんだか……」

 

 あはは、と乾ききった笑みを溢す。

 事情を初めて聞いた時、本当に何も言葉が出なくて味わったこともない感情に陥っていた。でも、彼の何処となく悲しい表情を見て、どうにかして話し合える場を作ってあげたいと思ったし、何より彼を助けたいと思った。永遠の大樹で誓った時や彼が暴走状態になっていた時も、支えたり励ましたりして自分なりに頑張って手助けしようとした。しかし、私の考えは安直で、実際は思うようにいくほど甘くはなかった。結局、二人の関係は変わらないどころか悪化してしまった。

 

 でも、諦めるなんて思いは何一つ浮かばなかった。

 

「くっ、うぅ……!」

 

「「のどか!?」」

 

 身体を起こして立ち上がろうとするも、体内に潜むメガパーツが邪魔をする。突然襲い掛かる苦しみに結局はベッドで身体を縮こませる。

 

「のどかちゃん、無理しないで」

 

「大丈夫、です。それより、飛鳥くんを追いかけなきゃ……」

 

「追いかけるって、何処に行ったかも分からないし。それに、めっちゃ苦しそうにしてるじゃん」

 

「うん。凄く苦しい……でも、飛鳥くんの方が今凄く苦しいと思う」

 

 去り際の彼の表情を思い出して、もう一度身体を起こそうとする。

 

「私の病気はまたすぐに治るよ。前もそうだったもん。だけど飛鳥くんの心に残った傷は、このままだとずっと治らないかもしれないんだよ……?そんなの嫌だよ!」

 

『安心しろ』『気にしなくていい』なんて気を遣っていたが、絶対そんなことは思っていない。あの時私に話したのは、きっと『助けて欲しい』って意思表示だったのだろう。逆に、大したことなかったら誰かに話さないはずだ。

 どうして私は本心に気付かなかったのだろうか。でも、今なら分かる!

 

「だから、何が何でも探しに行きます。だって、友達だから……!」

 

「っ!」

 

 照美さんは目を見開き、しばらく私の瞳の奥を見つめる。感情的になっていたので感覚を掴めてはいないのだが、もしかしたら少量の涙を流しているのかもしれない。

 だがその時、事態は起こる。

 

「うあぁ……っ!?」

 

 体内から光が溢れ出す。

 突然の現象に私も皆も困惑しながらも、その光の放出をメガパーツが拒否しているのだろうか、苦しい気分が迸る。以前はこんなこと一度もなかったのに。

 

「え、どうしたの?何でのどかっち光ってるの!?」

 

「のどか!」

 

「何か小っちゃいの出てきたんだけど!?」

 

 そこに、ベッドの下に隠れていたラビリンが私の元に飛び出してくる。良く見ると、ラビリンの肉球からも同じ光が放たれていた。

 

 

 

 

 

「「(不味い……))」」

 

 さて、ひなたが照美さんと同じように混乱している中、私とアスミはもう一つ対処しなければならないことがあると悟る。何せ、看護婦であっても一般人である人がこの場に混じっているのだ。のどかのことも非常に心配だが、まずはどうにかして彼女を誤魔化さないといけない。

 

「ご容赦を」

 

「え、あの、どうしたのアスミちゃ────ん」

 

「……えっ」

 

 やがてその方法が決まったかと思えば、アスミが照美さんの背後に回ってとんでもない荒技で誤魔化した。

 その名も『手刀』である。指を真っ直ぐに伸ばしてその股を閉じ、手を横にして相手の首元に撃つ。空手で良く使われている拳法なのだが、アスミはやってみせたのだ。気絶して倒れ込む彼女を抱えて、壁の方へと座らせる。

 もう少しマシな対処法はなかったのかと問いたかったが、他に今この状況で瞬時に行えることがあったかと訊かれると──確かにない。目を覚ました時にすぐに謝罪しなければ。

 

 

 

 

 

「どうしたラビリン!」

 

「何があったペエ!?」

 

「分からないラビ!急に肉球が光り始めて……!」

 

「ワン!」

 

「ラテ、何かお考えが?」

 

 ラビリン達にもこの現象に見覚えがない中で、ラテが声を上げる。アスミちゃんは何かを訴えているのではないかと悟り、ラテに聴診器を当ててみた。

 

『のどかの中で、ビョーゲンズが苦しんでるラテ』

 

「もしかして!」

 

「プリキュアの力が作用して、のどかの身体からメガパーツを追い出そうとしてるのかもペエ!」

 

 やはりそういうことだったのか。

 感情的になってて感覚がなかったのは一度体内のメガパーツを追い出しかけていたから。ならば、私とラビリンの力を合わせて完全に追い出せばいい。

 

「いける。いけるよ、のどかっち!」

 

「のどか、頑張って!」

 

「ラビリンも頑張ってください!」

 

 ラビリンと一緒に両手を強く握る。もう少し、あともう少しだ……!

 

「悪い悪いメガパーツ……!のどかの身体から……!」

 

 悪いメガパーツ、私の身体から……

 

「出てってラビ!」

 

「出てって!」

 

 瞬間、光が全身を包み込む。

 同時に、禍々しい靄────ビョーゲンズが体外に姿を現すと、窓の外へと飛び出して行った。

 

「今の何!?」

 

「もしかしてメガパーツか!?」

 

「のどかは大丈夫ラビ!?何ともないラビ!?」

 

 次々と異常事態が連なったことで、皆が心配した様子で私の容態を確認する。

 今の私は────ずっと背負われたものが何もなかったかのようにスッキリしていて、苦しさはいつの間にか消えていた。思わず、顔や身体のあちこちを触れてみる。やはり、何ともない。

 

「うん、大丈夫……生きてるって感じ!」

 

「のどかぁ……!」

 

 ラビリンは泣きじゃくりながら、私と喜びを分かち合う。取り敢えず元気になってホッとしているけど、まだまだ安心するには早い。

 

「皆、急いで追いましょう」

 

「私も行く!」

 

 そう言って、座り込んで気を失っている照美さんの前へと寄り添う。

 

「必ず、飛鳥くんを見つけ出して見せます」

 

 絶対に、ビョーゲンズを浄化して見せる。

 絶対に、飛鳥くんを助ける……!

 私達は、急いで病院の外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らない間に離れた公園に着いた途端、足がパンパンに腫れた感覚が伝わる。

 ずっと走っていたわけではない。駆け出したくなる気分なんて湧かなかった。だがその分、ずっと早歩きで移動していた。

 とはいえ、それも次第にどうでも良くなる。今はただ目的も無しに何処かへほっつき歩いていきたい気分。それ程、僕の気持ちは落ちぶれてしまっているのだ。

 

「……何か喋ってみろよ」

 

 唐突に小声で呟く。公園には休日という事もあってそれなりに人が集まっているのだが、付近に知人と見られる人物は見られない。だが、その声と共に背後から大きな物体が浮遊してくる。

 

「あんなの見せられたんだよ?いつも通りに振る舞えれる訳ないじゃないか」

 

「……地味に変わったな。『パートナーが死んでも腹抱えて見過ごす』なんて言ったのは何処のどいつだったっけか」

 

「一種の煽りだけどね、あれ」

 

 とは言うけれど、出会った頃よりも変わっているのは事実だ。当時はこの世界にやってきたと思えば、すぐに元の世界へと帰って行っていた。しかし、キュアラピウスに異常発生が起こった時には戻ってくるどころか執着心がとても強くなっていた。奴の本心は謎に包まれたままだが、今では割と役に立つ存在と言えるだろう。

 

「それに比べて、僕は何も変わっていなかったわけだ。誰かを傷つけ、悲しませているのは今も昔も変わらない。むしろ、医師の夢を決意してからはずっと続いたままだって今気付いた」

 

 あの一件の直後も今まで仲良くしていた友達との縁を切ったし、今回ものどか達だけじゃなくずっと支えてくれた母さんまでをも突き飛ばしてしまった。夢という"呪い"に縛られていると気付いた時にはもう手遅れで、いつしか周りに誰もいなくなっていた。

 そんな僕に、ポポロンは励ましの言葉なんて効かないと悟ったのだろうか何も言葉を発さなくなった。正解である。歩く足も段々重くなってきたおかげで、あまり音や声が耳に通らなくなってきた。

 

「憎悪、恐怖、憤怒、殺意、絶望────」

 

 すると突然、ポポロンの声でもない第三者の言葉が強く耳に入ってくる。振り向いたその先には、ベンチの上に立つ黒のローブを羽織った少女。以前、ポポロン達に襲い掛かったあの大鎌を持った少女であった。

 

「お前……」

 

(ワタシ)の眼に映し出された貴様の感情だ。クク、我が今まで出会った人間共の中で一番価値の高い作品だな」

 

 口角を上げ、不敵に笑みを溢す少女はベンチから降りて此方に近づくと、突然手を差し伸べてくる。

 

「……何を言っているのか理解出来ないな」

 

「我の元に来いと言っている。なに、すぐに喰うつもりはないぞ。絶品は後に取っておくことにする。その代わり、貴様の望みを叶えてやろう」

 

 貴様の為の提案だ、とまた一歩近づく。

 対して、僕は一歩後退って警戒心を強めるた後、すぐに自身の武器である杖を投影して手に取る。

 

「断る。自分の望みを誰かに渡すつもりはない」

 

 当然、"否定"の意思を示して見せる。いやむしろ、こいつを早急に仕留めなければという思いの方が強い。人が集まるこの公園での変身はリスクが大きいが、メガビョーゲンみたいな巨体ではなく幼い体型をしている奴が相手ではやむを得ない。

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「さあ、オペを始めようか」

 

 いつもよりも早く変身を遂げ、少女の前に立ち塞がる。この場にいた人達は何事かと困惑していたが、それに対して相手は交渉が決裂したことに不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「嗚呼、道理で……だが、その方が殺しがいがあるというものよ」

 

 だがその表情もすぐに上機嫌へと戻ると此方と同じように右手を後ろに回し、背負っていた大鎌を取る。禍々しい色彩の武器に巻かれていた鎖を解き、此方を見つめる人達に向けて大雑把に振り回す。

 

「「「きゃああああ!!!」」」

 

 遊具が、ベンチが真っ二つに斬り裂かれたことに人々は恐怖と混乱で逃げ惑い、一目散に逃げていく。その様を見た少女はハア、と溜息を1つ吐く。

 

「下等種なのは相変わらずだな。威勢のいい癖してこういう場面だと途端に弱々しくなる。まるで低能な猿以下のようでほとほと呆れるわ。貴様もそう思うであろう?」

 

「どうでも良いし、だったらそんな奴らに構うのは止めた方が良いぞ。口だけが達者のガキに見えて来る」

 

「────クク、そう焦らずとも……早急に嬲り殺しにしてやる!」

 

 ほんの少しの挑発をしたつもりなのだが、思っていたよりも怒りの沸点が低いらしい。呆れているのは相手よりも下らない戯言を聞かされた僕の方だと思う。

 相手は武器を強く握って急接近する。その瞬発力は凄まじいものだが、此方にもその対抗策は存在する。二匹の白蛇を挟み撃ちにするように召喚し、相手に襲い掛かる。

 

「遅い!」

 

 だが、幾度となく接近を止めようにも難なく回避する。小柄な体型なりに蛇の身体の隙間を潜って通り越していた。そして蛇の頭上へと回り込んだ瞬間、大鎌で全身ごと回転させて二匹の身体を同時に斬撃を入れる。身体を真っ二つにされた二匹は蜃気楼となって消滅していき、少女は再び此方に接近する。

 

『ぷにシールド!』

 

 全くもって隙が見当たらず、更には攻撃を繰り出す暇も与えてくれない。間髪入れずに武器を振り回す相手に翻弄されているおかげでポポロンのぷにシールドで防御する以外の対処がなかった。

 

「なんか前よりも強くなってる気がするんだけど!?」

 

「ぉらぁっ……!」

 

 それでも、次の一斬りを強引に弾いて突き飛ばしてみせる。相手との距離が離れた間に再度蛇を数体召喚して動きを封じようと試みる。

 

「っ!」

 

 だが、突き飛ばされて着地した瞬間に地面に触れた足をすぐさま踏み込む。そこからは猪突猛進の如く此方に迫ると、今度は武器を地面に突き刺した後、武器に付属されている鎖を左手で掴み、右手で拳を作って打撃を与えに来る。それまでの行動時間はおよそ一秒と言ってもいい。目にも止まらぬ速さで拳は僕の腹部に命中、更に跳び上がって顔面を殴り飛ばす。

 

「速……」

 

 衝撃で身体を大きく吹き飛ばされ、空中ですぐに体勢を立て直そうとする。しかし、それすらも許さんと鎖を利用して背後に先回りされ、背中に中段蹴りを入れられる。

 

 その指は鉄。その髪は檻。その囁きは甘き毒────。

 

『ぷにシールド!』

 

 何かを詠唱しながら、鎖によって地面に引き戻された少女は地面に刺さる大鎌を手に取り、あちこち飛ばされる僕に接近して斬撃を繰り出す。クロスを描くように舞う刃は、ポポロンの迅速な反応でシールドを展開したことによって威力を半減させた。だが、シールドに深く傷を刻まれたことでパリンと音を立てて無残にも破壊されてしまう。対して、少女は後ろへ後退ると被っていたフードを脱いで髪をだらんと垂らす。

 

 その姿を見て、地上に着地した瞬間にクロスボウを取り出す。広範囲に渡る大技を仕掛けようとしているのは想定内である。ならば、それが発動する前にぶっ放してしまえば良い。この一矢に賭けるのみだ。

 

「堕ちろキュアラピウス……!」

 

『女神の抱擁』

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)、発射!』

 

 少女の両眼から放たれた紫の光線と、此方の光輝く閃光の一矢が激しくぶつかり合う。

 だが、この戦いは勝機を感じていた。僕が放った渾身の矢は如何なる障害物も乗り越え、必ず敵の急所に命中する百発百中のもの。それがどれほど頑丈だろうと、どれほど威力があろうと関係ない。敵の弱点へと突き進むのみである。

 

「……っ!?」

 

 激しい鍔迫り合いの末、矢は波動を空間ごと2つに裂いて一直線に進んでいく。以前、相手が光線を斬り裂いたのと同じように貫通させている。やがて少女の目の前へと近づき、右胸を貫いていった。

 

「くっ……!」

 

 2つに裂かれた光線は衝撃波となって掻き消されていく。その煽りを受けて吹っ飛ばされ、行く先は公園の側にある森の奥。枝や葉っぱが大量に落ちていくこの森の中で地面に着地し、多少よろけたものの体勢を立て直す。

 さて、急所を貫く矢は見事に命中した。少なくとも瀕死状態にあることは間違いない────。

 

「ん……?」

 

 その時、踵に何かが触れたのを感じて後ろを振り向く。するとそこには、一人の若い女性がうつ伏せになって倒れていた。

 

「目立った外傷もないし、何でこんなところで倒れている。気を失ってるだけか?」

 

「────いや、この人もう死んでる」

 

「は?」

 

「中身が空っぽなんだよ。顔を真っ青にしてるだろ?恐らく、血が全然足りないせいで流れなくなったんじゃないかな。死後30分辺りってところか」

 

「……まさか」

 

「あの子が生命力を吸い取ったんだろうね。道理で前より強いと思った────危ない!」

 

 咄嗟の大声に上手く反応出来ず、思わず慌てて顔を腕で伏せる。

 

「────っ!」

 

 刹那、黒い何かが頭上を通り越し、側にある木に穴を開けた。

 

「ひぇっ、変なのが腕にグサッて刺さった……!」

 

 それは釘に似ているけど、釘というにはあまりにも鉄塊過ぎる。極細ではあるが、もはや短剣とも呼べる物体が僕の右腕を貫通していた。

 

「ああそうだ。そいつは我が喰らった。随分と騒がしい奴だったので引きずり込んでやったわ」

 

「なっ……!?」

 

 その声と共に、段々と此方に迫る足音が大きくなる。やがて姿を現したのは、身体を矢で貫かれたはずの少女であった。右胸に出来ていたであろう深い傷も何事もなかったかのように癒えており、顔に付着した血液も舌でなめずるなど余裕の表情を露わになった素顔から明らかにしていた。

 

「ふっ、我の宝具で本来狙う位置とズレたようだな。そこから流れる血は死者を蘇生させる能力を持つ。我はそれで生き返ったのだ。折角の宝具も無意味になってしまって残念だったな」

 

 思わず奥歯を噛む。勝機はあったと感じていたからだ。

 とはいえ、ならば次は本格的に狙うのみ。殺すのではなく、消滅させる。此方にはそういった技があるのだから。

 魔力を溜め込み、一気に放出しようとする。

 

「──二度目はないと思っているのだろうが、もう貴様は我の手の上で転がされている」

 

「何────」

 

 馬鹿げたことを言うな、と言葉を吐き捨てようとした瞬間、突然右腕を無理やり上げられ、身体が後ろに引っ張られていく。

 妙に右腕が痛い。ただでさえ短剣が刺さって痛いのに、何かに強引に引っ張られるような感覚があった。

 

 それと同時に、不意に気付いた。

 あの少女の大鎌から伸びているはずの、あのジャラジャラとした耳障りな音のする鎖がないことに。

 

「やば────!」

 

 パートナーも気付いたようだが、もう遅かった。

 血まみれの腕は軽々と持ち上げられると、やがて木の枝へと引っ張り上げて僕の身体を宙にぶら下げられてしまう。

 

「ぐっ、あぁっ……!」

 

 腕から手首までをキツく縛られる。苦痛の声を上げていても、鎖にはその声は届かない。

 

「……貴様、先程我に何と言ったか覚えていないわけがあるまいな?」

 

 少女が段々と近寄って来る。

 対して、宙吊り状態にされているこの状況では、攻撃も防御も回避も全て封じられてしまっている。まるで西部劇の残酷な描写の被害者にされているような感覚に陥っていた。

 

「"口だけが達者のガキに見える"と言ったな?これは困った、ただ殺すだけでは我の腹の虫は治まり切れない」

 

 大鎌を構えられる。良く見れば、腰には数本の釘が付属されている。

 少女はその言葉とは裏腹に、愉快気に再び舌をなめずって軽く地を蹴った。

 

「我のモノとなれ。貴様は望みを叶える為の逸材だ」

 

「ラピウスに手出しはさせないっての!」

 

『ぷにシールド!』

 

 ポポロンが少女の目前に立ちはだかり、盾を展開してシールドアタックを繰り出そうとする。

 

「……どけ、不愉快だ」

 

「ぁっ!?」

 

 しかしその直前で、腰に付いた釘数本を取り出して容赦なく投げつける。ポポロンは全てをまともに喰らい、血を噴き出してしまう。

 

「────っ!」

 

 サポート役が負傷したことで無防備となった僕の額に、武器の刃先が置かれる。

 だが、身体はまだ動く。左手なら、自由に動かせる───!

 宙吊りにされた状態で、力一杯に振るって見せる。自身が持つ力の全てだ。

 それを、相手は読んでいたのか、ひらりと躱して手首を掴んだ。必死に身体を揺らして振りほどこうとするが、無意味だ。

 

「"完成"するまでは使うことはないと思っていたのだが、致し方あるまい」

 

 

 

 

 

 ────瞬間、世界が凝固する。

 

 

 

 

 

 "魔眼"。

 今の少女には、そうとも呼べるヒトならざる"眼"を持っていた。

 眼球というには異質であり、石英とも取れる灰色の眼。光を宿さない角膜。四角い瞳孔。虹彩は凝固し、眼を閉ざすことを許すことはない。

 誰が天性を授けたのだろうか。少女の灰色の眼はそんなことを言いたい程に妙に美しく見えた。

 

 じたばたと、抵抗していた足が凍る。いや、足が灰色へと侵食されているので"石にされている"と言うべきか。同時に、足だけでなく腰、胸、両腕、首と次々に鍵をかけて動きを封じられていく。そうして困惑しているのも束の間、

 

「────」

 

 ついには喉も口も、目蓋も動かなくなる。苦痛の叫びを上げたくても、もう出来やしない。というより、仮にそれが出来たとしても。すぐ側にいるポポロンが叫び声を上げていたとしても。石と化していく僕には対処しようがない。

 

 ───夢、望み。

 そんなものに囚われていなかったら、少しでもまともになっていただろうか。

 身体は完全に石化したことで、段々と心も硬化していくようだった。何もかもが、どうでも良くなっていった。

 

 



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第34節 混ざり合う毒

お待たせしました。
もしかしたらこれが今年最後の更新になるかもしれません。もう1話は更新したいと思っているのですが、中々手元が開かなくて…。まあでも、頑張ります!出来なかったらごめんなさい!


 のどかの体内から飛び出てきたメガパーツが向かった場所は、ラテによると病院のちょうど裏手にある林の奥だという。

 長い長い林の中を必死に駆け抜け、ようやく追いついたその先にはもう1人のビョーゲンズが木の上で寛いでいた。

 

「早いな、もう出てきたのか。これじゃ、またネブソックみたいな未成熟な奴かもね」

 

「ダルイゼン!」

 

「……ふっ、ちょうど良い。お前達も一緒に見なよ。キュアグレースの体内で育ったメガパーツが一体どんなテラビョーゲンに進化を遂げるのか」

 

 悶えるように、或いはうごめくように変化していく赤い靄一点をこの場にいる全員が見つめる。ダルイゼンも未成熟な奴が生まれるかもしれないと落胆していたにも関わらず、口角を少し上げて感情を表に出していた。

 

 1秒、1秒と時間の針が進むたびに大きな変化(しんか)を遂げていく。やがて終着点へと辿り着いた赤い靄は実体化して姿を現す。

 

「えっ……」

 

「あれって……!」

 

 その姿は、人型。これまで2本足のテラビョーゲンが数多く進化を遂げたが、ヌートリアや小鳥などの動物に擬態化した者ばかりだった。だが、やはりのどかの体内に埋め込んで生み出したこともあって今回は紛れもない"人間"の姿のテラビョーゲンと成り果てている。

 しかし、顔や身体を見るにダルイゼンまでもが驚きの声を上げる。それもそのはず、

 

「からだ、うごく。ぼく、しんかした」

 

「ダルイゼンに似てるペエ!」

 

 彼よりも見た目が子供で、左の目元にはキュアグレースを思わせる花柄が添付されている。

 子供の容姿というのも、ダルイゼンが言っていた『未成熟』であるからだろう。誰しもが持つ感情を1つも表に出さず、口調も言葉を初めて使ったみたいに片言なのもその類であるはずだ。

 

「ダルイゼン、ちがう。ぼく、ケダリー。しごと、ちきゅう、びょうきにする」

 

 "ケダリー"そう名乗ったテラビョーゲンは、両手を広げて赤黒い光弾を作る。たった今この地に生まれた奴ではあるのだが、自身がやらなければならない使命は理解しているようだ。

 光弾が発射し、周りの植物や木々をドン、ドンと叩きつける。その威力は凄まじく、その地点をすぐさま蝕んでいく。

 

「クチュン!」

 

 同時に、ラテの体調が悪くなる。お手当ての始まりの合図である。

 

「と、とにかくお手当てニャ!」

 

 ニャトランの言葉と共にアスミ、ちゆ、ひなたの3人はプリキュアへの変身の準備へと移る。そんな中で、のどかは横目で辺りを見回していた。

 

「のどか、大丈夫ラビ?」

 

「……う、うん。大丈夫、行こう!」

 

 この場には、やはり彼の姿はない。

 けれど────今はケダリーを浄化することに集中しなければ。続くようにして変身の準備に入った。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

 

 

 

 

『ぷにシールド!』

 

 プリキュアが変身を遂げたとしても、ケダリーは構わず活動を続けている。主からの使命を果たすことしか考えておらず、まるで見向きもしていない。

 そんな相手の前にキュアグレースが立ちはだかり、散開する光弾をシールドで防御する。

 

「じゃま」

 

 一旦活動を止めて、次に発射するエネルギー弾を両手に留めると空高く浮遊する。付近ではなく、今度はもっと遠くに向けて蝕むつもりだ。

 

「「「はああああっ!」」」

 

 しかしそれを見過ごすはずもなく、フォンテーヌ、スパークル、アースがそれぞれ別の方角から一斉に攻撃を繰り出しに行く。1対3な上に空中で包囲されているので、これでは全てを躱すことは難しいはずだ。

 

「「「きゃあ!」」」

 

 だがその考えは"否"。

 相手は三人の猛攻をもろともせずに滑らかに躱していく。その動きはどう考えても人型で行える業ではなく、更にカウンターとして一人一人に打撃を与えて地面へと落としてみせた。

 

「皆、大丈夫!?」

 

「凄まじい柔軟性です……」

 

「もう、タコじゃないんだから!」

 

「プリキュア、あかいの、じゃまする。さき、しまつする」

 

 ようやくプリキュア側に視線を送る。自身の活動を妨害してくることに鬱陶しさを感じたのだろう。

 ケダリーは地上に降り立った瞬間、隙を見せることなくトンと地面を蹴って始末対象らに襲い掛かる。

 

『ぷにシールド!』

 

 それに対するは、フォンテーヌとスパークルの二人掛かりでのシールドを張っての防御。だが、面と向かって受けてみると中々に強力でシールドを持つ二人が押される程であった。

 

「強い……!」

 

「メガビョーゲンから更に進化しただけのことはあるぜ……!」

 

 小柄でありながらも繰り出される攻撃の威力は、まるで未知数。とはいえ、ニャトランの言葉通りテラビョーゲンである故、その力にも納得がいく。

 そんな話をしている内にも、次の一手が繰り出される。

 

「「ぐああっ!」」

 

 両手を二人の方に向けて光弾を放つ。弾丸の如く飛んでいく赤黒い光弾が二人を吹き飛ばした。

 

「はああっ!」

 

 アースが背後に回って蹴りの連続を繰り出す。だが、それも理解していたかのように滑らかな動きで躱し続け、やがて動きを読むと蹴りを受け止めて押し返す。

 

 時間も経たないうちに一気に三人もダメージを負ってしまい、残るキュアグレースにケダリーはエネルギーを溜めて狙いを定める。

 

「はあああ!」

 

 ならば此方も、とグレースはヒーリングステッキからエネルギーを溜めて強力な光線を放って相手を飲み込みに行く。しかし、相手は軟体動物なのかと疑ってしまう程の柔軟性を活かして掻い潜って接近する。

 

「っ!」

 

 そんなケダリーの動きに動揺するグレースの腹部を狙って放つ。超近距離の中で彼女は光弾と共に吹っ飛び、木に背中を打たれていった。

 

「キュアグレース……」

 

 一方、ダルイゼンは離れた場所で戦いを見物、というよりグレースばかりを見ているというのが的確か。

 何故、いつもは自分のこと以外はどうでも良いと思っているのにグレースに興味を示しているというか、気になっているのだろう。それは彼自身にも分かりかねないことである。

 逆に、自分のことは疑問に思うばかりだ。何故、自分がビョーゲンズとして生まれてきたのか。自分を生み出した宿主は一体誰なのか。ビョーゲンズに生前の記憶はなく、意思を持ち始めてからずっとこの身体を持っている故に、余計に気になってしまう。とはいえ、それは他の誰にも分からず、自分で答えを導き出すしかない。そう考えている時に、ケダリーが目の前に姿を現したのだ。

 

「……あいつ」

 

 口調は未成熟であるから違えど表情や容姿は類似していることに、どうしてかとまた新たな疑問が生まれたその時、不意にダルイゼンの脳裏に妙な記憶が蘇ってくる。

 

『のどか……!』

 

『しっかりして、のどか……!』

 

 暗い所で響き渡る、男女の悲しそうな声。

 

『地球上にいるビョーゲンズ達よ。我が名はキングビョーゲン。時は満ちた。この星をビョーゲンズの物にする為、今こそ忌々しきヒーリングアニマルを滅する!さぁ、我のもとへ集うが良い』

 

 脳裏に響き渡る、聞き覚えのある奴の言葉と共に徐々に実物化していく身体。

 

『ふわぁ~、色んなお花さんがある!』

 

 自然ばかりが茂る野原で花を集める少女に、自分の身体が襲い掛かった。

 

「……そうか、そういうことか」

 

 全てが、今の自分と繋がった────。

 

「これで、じゃまもの、いなくなる」

 

 さて、プリキュアとケダリーの戦いは後者が優勢となっている。1対4の状況下で感情を表に出さないのもあってか余裕の表情で、目の前にいるキュアグレースへと両手に光弾を作って近づいていく。

 

「させぬわ」

 

「……っ!」

 

 だが、そんなケダリーの目先に黒く細い何かが通り過ぎる。近くにあった木に穴を開けて刺さったそれは、釘と呼ぶにはあまりにも長く鉄塊であり、短剣と呼ぶにはあまりにも細く鋭利ではない。ただどちらかと言えば短剣と呼ぶべき物体であった。

 

 そして、この戦いに乱入してきた声の主が姿を現す。グレースの視点からでは後ろ姿しか見えないのだが、踵辺りまで伸びている黒のローブを羽織っているのを見て何処か見覚えのある容姿だと思えた。

 

「ラピウス……!?」

 

 というのも、病院を飛び出してから居場所が掴めなかった自分達の仲間、そして友達でもあるキュアラピウスの容姿に似ていたからだ。

 

「……いえ、違います」

 

 そう思ったのも束の間、アースがそれを否定する。すぐに疑問が浮かんだのだ。彼にしては声音が全くもって違っている。無邪気な女性の声が聞こえた気がした。

 

「ほう、1人は勘付いていたか。流石は伝説の戦士プリキュア……いや、それとも仲間の気配でも感じ取っていたのかな?」

 

 被っていたフードを取って正体を露わにする。

 腰まで届く程の紫色のストレートロングヘアーといった長髪は、長身で大人びた容姿をより際立たせている。黒のローブの中には軽装の鎧を纏っていて、光を宿さない瞳を持つも何処か美しく感じさせる。正に"可憐"な女性とも言える彼女はグレース達を見るなり不敵な笑みを浮かべていた。

 

「貴女は、この前ぺギタン達を襲った……!」

 

「え、でも前よりめっちゃ大人になってるけど……?」

 

「嗚呼、何せ奴を(ワタシ)のモノにしてやったからな。貴様らの仲間を使って、本来の力を"取り戻したのだ"」

 

「……まさか」

 

 一同は察し、言葉を失う。

 対し、徐々に身体が震えていく様を見た彼女は更に追い打ちを掛けるように、髪を指でクルクルと回しながら言い放つ。

 

「言っておくが、我が無理矢理やったわけではない。確かに初めは抵抗していたが、結局は完全に堕ちていた。夢やら望みやらは知らぬが、何もかも捨てていたな。クク、いつもは最後まで無様に抵抗する奴らばかりだったから久々に楽しめたぞ」

 

「嘘、でしょ……?」

 

「……違う。そんなわけない!」

 

 彼女の言葉に、スパークルがそう答えるもグレースが全力で否定する。

 

「だって……だって、飛鳥くんずっと頑張ってきてたんだよ!?お父さんを超えるような立派なお医者さんになるって……夢を捨てたとか、そんなの信じたくない!」

 

 プリキュアとしても、どんな苦難があっても決して諦めることなく戦っていた。そんな彼が堕ちるなんて信じられないし、信じたくない。そんな風にグレースは訴え続けた。

 それを聞いて、女は鼻を鳴らす。彼女の言い分に呆れてのものか、不機嫌さを見せていた。

 

「信じようが信じまいが、どうでも良いことだ。だがまあ、折角丁度良い獲物がいるのだから証明させてやらんこともない」

 

「じゃまもの、ふえた。まとめて、プリキュアも、しまつする」

 

 先程まで、ケダリーは突然の乱入に呆然と立ちすくんでいた。女が此方に振り返った途端、自身の果たさねばならない使命を思い出して我に返り、両手にエネルギーを溜めて光弾を作る。先に面倒そうな奴を倒してからプリキュアごとまとめて始末しようという魂胆だ。

 

 そんな少年を見て、気分が高揚する。

 成長────力を手にしたとはいえ、取り込んだのはつい先程のこと。自分にもどれ程のものかは分かってはいないので、これが初陣となる。だからこそ、期待で気分が高まっている。

 

「失望させてくれるなよ……?」

 

 刹那、彼女の特徴である長髪の中から何かがうようよとうごめき始める。まるでメガパーツがテラビョーゲンへと進化を遂げるように、やがてそれは実体化する。

 

「蛇……!?」

 

 大きな蛇の姿をした物体が、ケダリーの方へと飛び出して行く。

 ケダリーは注意深く観察し、突進してくる蛇を避けて光弾を放つ。命中はしたものの、蛇は接近する動きを止めることはない。

 

「……っ!」

 

 寧ろ、動きが速くなっている。もはやエネルギー光弾を作ろうにも余裕がない状況で、回避することに意識を持ってかれていた。滑らかな動きで、蛇の突進に耐え続けている。

 

「貴様の相手は、そいつだけではないぞ」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)

 

「っ!?」

 

 空中で回避したその隙を突いて、女は片手でクロスボウを構えて放つ。

 ────あの武器は、まさしくキュアラピウスが持っていたものだ。片手で持てる程、一回り小さいとはいえ威力は元と然程変わらないだろう。

 暗黒の矢で右腕を貫通され、深い傷を付けられたケダリーは痛みで地面へと落ちていく。

 

「いたい、ぼく、やられる……?」

 

「傷1つ負っただけで落ちぶれるとは。だが、それまで避け続けられたことは評価に値せねばな」

 

「おちぶれる……ちがう、ぼく、よわくない。ちきゅう、びょうきに、しないと。みんな、まとめて、しまつしないと!」

 

 瞳が揺れ、呼吸が乱れていく。感情を持っていなかった少年が感情的になって両腕を振り回して突進する様を見て、女は溜め息をついて呆れかえっていた。

 

「焦り、錯乱……この状態に陥ると途端に知力を失う。逃げ回ったり死に急いだり、普段は冷静に事を進められていたことが出来ずに感情で動くこととなり、やがて朽ちていく。人間だけでなく、生き物全般に起こり得ることだが、ビョーゲンズも大して変わらんのだな」

 

 攻撃してくるケダリーの腕を膝で止め、腹部を勢いよく蹴り上げる。普通ならこんな容易い動きは読めるはずだが、それも出来なくなっている。

 宙に浮かせた相手にクロスを描くような斬撃を放つ。相手の全身に深く傷を刻み、そして蹴り飛ばした。

 

「……いやだ」

 

 髪を生き物みたいに不気味になびかせながらゆっくりと接近する女に尻餅をついた状態で後退る。顔を青ざめながら声を上げるが、彼女の足は止まらない。

 

「いやだ……いやだいやだいやだいやだいやだぁ!!!」

 

 近距離まで詰められ、此方を見下ろす彼女への恐怖でケダリーは逃げ出す。だが、傷によるダメージでその足取りは遅く、それを"獲物"としか捉えていない彼女が見逃すはずもない。

 

「っ!?」

 

 右腕が何かによって無理に上げられ、身体を近くの木に引っ張られていく。木の枝へと引っ張り上げ宙にぶら下げられる少年は、何が起こったか分からずじたばたと暴れるばかりだ。

 

「ああああああああ!!!」

 

「耳障りな悲鳴だ。だが────クク、それで良い」

 

 瞬間、更に長く大きくなった長髪がケダリーの周りを取り囲み、縛り付ける。逃げようとするも、辺りは髪一色で当然逃げ道はない。一向に悲鳴を上げ続ける少年を強く、強く締め付けていく。

 ガギッ、ゴギッ、ボギッ……と骨が砕かれる生々しい音が聞こえてくる。段々と顔も身体もミイラ状態となって見えなくなり、唯一引っ張られている右腕をビクビクと痙攣させている。

 

「ねえ、あれってさ、前にも見たことない……?」

 

「多分、おおらか市の湖で見た……!」

 

 一方、プリキュア達はその様子をただ立ち竦んで見ていた。ケダリーに接近する女の後を追って双方を倒そうとしていたアースでさえも、その場で見ていたのだ。四人は揃って恐怖感を抱いていた中で、何処か既視感を感じていた。

 おおらか市の湖での出来事────ネブソックとの戦いの時だ。吐き気を催してしまう程の不穏な空気と共に、騒がしかった敵はその場に固まって動けなくなった。そこに、湖の中からゆらゆらとした巨大生物がネブソックを取り囲んで引きづり下ろしていった。今見ている光景は、正にその時と類似していた。

 

「じゃあ、飛鳥くんもあれで……」

 

 過去を思い出している内に、彼女が髪を元の状態に戻すと、ケダリーの姿はなくなっていた。身体も魂も、全て"捕食"したのだ。

 

 それを見たグレースは身体を震わせながら、そう呟いた。初めは否定し続けていたのだが、成長した彼女の戦法を見てからは、固まってしまっていた。

 髪から飛び出した蛇はまるで彼が召喚する蛇の化身のようで、何よりクロスボウから撃たれた一矢は黒く染まっていたものの、名称すらも同じであったので彼が持っていたものだろう。そう考えてしまった時、彼女の言っていたことは本当だったんだ、と思うようになっていた。

 同時に、怒りで心も震えてくる。グレースにとっては初めて湧き上がる感情かもしれない。

 

「……っ!」

 

 思わず、グレースは突撃する。この感情を彼女にぶつけるべく、飛び出して行く。

 だが、『怒りに身を任せる』というのは、言い換えれば『冷静さが途切れる』ということ。今のグレースの判断力は間違いなく低下している。

 

「待つラビ、グレース!」

 

 パートナーがそう呼び止めようとするが、その声は届いていない。それ程、彼を苦しめた彼女が許せないと思ったのだろう。

 

「──危ない!」

 

 だが、アースの声と共に片腕を後ろに強引に引っ張られる。

 

「っ!?」

 

 何事かとグレースが我に返ったと同時に、突如として何かが目先を横切って通り過ぎていく。勢い良く引っ張ったことで尻餅をついた二人はその方向へと視線を送る。

 そこには、一本の矢が地面を刺しているのが見えた。目の前にいる彼女ではない、誰か別の人物が放ったものだろうが、もしアースが自分の危機に手を伸ばしてくれなかったら……グレースは背筋が凍る思いで、放ってきた方向を見る。

 

「流石にこれだけでは射抜けませんか。まあ良いでしょう、挨拶程度です」

 

「えっ……?」

 

「嘘……」

 

「何でいるの!?」

 

「お久しぶりですね、皆さん」

 

 そこに現れたのは、片手に弓を持ち背部には尻尾を生やした獣人のような人物────キロンであった。

 彼は先日、アースの手によって倒され浄化されたはずだった。それが、今ではまるで何事もなかったかのように余裕な顔立ちで再び姿を現したことに、グレース達は驚きと困惑を隠せないでいる。対して、当のアースは顔を俯かせていた。

 

「やはり、そうでしたか……」

 

「やはりって、どういう事?」

 

「浄化した手応えを感じなかったのです。何か小さいものを握り潰したような感覚で、それでも彼の気配を感じなかったので多少は安心していたのですが……やはり生きていたのですね。貴方は」

 

「あれでもそれなりの焦りは感じていましたがね。ほんの僅かな時間で私が手にしていたメガパーツを投げて盾にするまでの流れを上手くこなした。幸運が此方に回って来ただけのことです」

 

 嫌な予感が的中したと悲観するアースに、男は優しく笑みを溢す。

 あとほんの数秒早く技を放っていたら、しっかり浄化出来ていたのだろうか。それとも相手の抵抗を読んで冷静に対処していたらどうにかなれたのだろうか。色んな思考が脳内で張り巡らされていく。

 

「そんなことはどうでも良い」

 

 そんな中で、女はキロンを睨み付けながら口を開く。

 

「それより獣人、貴様には黙って見ていろと忠告したはずだ」

 

「ええ、承知しています。ですが、これを"シア様"に報告したかったので」

 

 そう言いながら、片手に掴んでいたものを見せつける。

 小刻みな呼吸をする傷だらけの、物体と言っても違和感がない毛玉状の生物────

 

「「「ポポロン!?」」」

 

「ごめん……しくじった……」

 

 3人の言葉に、アースが即座に顔を上げる。

 痛々しい姿を晒すポポロンは、シアに視線を送る。対し、シアは表情を1つも変えることなく獣人に再び命令を下す。

 

「だから何だと言うんだ。そんな奴に興味はない。そこら辺に捨てて、さっさと此処から失せろ」

 

「おや、そうですか。まあ、それが貴女の願望なのであれば従いたいのですが……」

 

 そう言ってキロンが別の方向へと振り向こうとする。その瞬間、何の前兆もなしにポポロンを掴む片手に衝撃が走り、強制的に手離された。

 

「逃がしはしません。もう一度、貴方を清めます」

 

「……彼女達がさせてくれないのですよ」

 

「ポポロン!」

 

 その衝撃とは、キロンに接近したアースが手をはたいてポポロンの拘束を解いたものだった。空中から地面に落ちていく子羊を、寸前の所でスパークルが受け止めたのを認識してから、追い打ちを掛けるように拳を放つ。しかし、相手はそれを軽々と手の平で受け止めてみせた。

 

「……ふん」

 

 自分の思い通りに事が進まないことを不快に思ったのか、シアは二人をしばらく睨み付ける。

 どちらかと言えば、アースの方を見つめている。以前の戦いで、彼女は隠し切れない程の動揺を見せていた。しかし、今は特に戸惑いの感情を見せておらず、その真相は明らかになっていない。

 少しして、視線をグレースとフォンテーヌの方へ移すと、大鎌を取り出して刃を向ける。

 

「ならば、殺さぬ程度に痛めつけておけ。こいつらは全員、我の獲物だ」

 

「ここはスパークルとアースがやるから、グレースとフォンテーヌはあいつをやっつけてニャ!」

 

 ニャトランの言葉に、スパークルはラテの近くにポポロンを避難させると、キロンの背後に近づいてアースと挟み撃ちにして相手取る。グレース達も頷き、ゆっくりと近寄って来るシアを相手取る。

 

 そして────敵が先手を打つ。

 それに対抗するように、グレースはヒーリングステッキに実りのエレメントボトルを装填し、エレメントの力を剣の形にして具現化させる。フォンテーヌも氷のエレメントボトルを装填して光線を放つ構えを取る。

 

「貴女は、絶対に……許さない!」

 

 今ここに、戦いの第二幕が始まる。

 

 



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第35節 真実の楽園

あけましておめでとうございます!今年も亀更新ではありますが,ご期待に応えられるように物語を進めていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!


「……ここは」

 

 不意に、目が覚める。

 ゆっくりと目を開け、辺りを見回すと、そこにあったのは"無"であった。何もなく、ただ壁が赤紫に染まっているだけの空間だ。

 

「身体も、動く」

 

 ドクン、ドクンと手首の脈の鼓動を感じ取る。段々と自分の身体も意識が戻ってきたようだ。

 手足をグ―、パーと動かしてみる。特に痛みはなく、いつもみたいに軽快に動かせていた。痛みと言えば、僕は右腕を短剣で刺され、鎖でキツく縛られるなどされたのだが、嘘みたいに何も感じない。唯一感じたのは、たった今確認の為に拳を握って自分の額を殴ってみたものくらいだ。

 

「どうなってんだ……」

 

 あの時、僕は少女に全身を石化され、尋常じゃない程に伸びた長髪に包まれて息絶えたはずだ。しかし、今はこうして痛みの感覚もあり、死んではいないらしい。変身も解けておらず、今の状況が理解出来ないことに思わず頭を抱える。とはいえ、ここで立ち止まっていても何も進まないので、一先ず身体を起き上がらせて辺りを探索してみることにする。

 

 まるで狭い洞窟のようだった。狭くて、長くて、道が延々と続いている。声も音も、自分の足音と息遣い以外は何も聞こえやしない。

 壁に触れてみる。岩みたいにゴツゴツしたイメージだったが、堅いものを滑らかになぞれていて、皮膚越しに骨を触っているような感触だった。色も相まって不気味に感じたので、先へ進む。

 

「……ん?」

 

 長い距離を歩いて、ようやく行き止まりへと辿り着くと、人影のようなものが見えた。

 歩き始めてから今に至るまで、人どころか生き物の一匹すらも現れなかったのに、何故こんな奥にいるのだろうか。それを考える前に、近づいてみる他ない。

 近寄って段々と姿が見えてくると、思わず身構える。誰かが倒れていた。

 見覚えのある人物だった。あの時、森の奥で倒れていた若い女性が、そこにいた。

 

「っ!」

 

 もう一つ、背後から妙な気配を感じ取る。

 ゆっくり、じわじわと波が押し寄せるようにそれは距離を詰めてくると、突如として一気に襲い掛かってきた。気配を感じ取っていたおかげで難なく回避する。

 

「何だこいつ……」

 

 藍色の身体に、赤く充血した大目玉。身体の周りには数本もの紫色の触手が生えているという、現実に生息しているとは到底思えない生物。"魔獣"という言葉が似合うか、或いは見た目からして"寄生獣"と呼ぶ方が正しいか。

 

『ahhhhhhh!!!!!』

 

「ぐっ……!?」

 

 その時、怪物は突然奇声を発しながら触手を使って暴れ出す。誰を標的に狙っているとかではなく、乱れ打ちの如く荒れ狂う。空洞であるからなのか、壁に当たった途端に鳴り響く音は、耳を塞いでも鼓膜をはち切れそうな程だ。反撃しようにも、容易に杖やクロスボウを手に取れない。

 

「はあぁっ……!」

 

 なので、怪物に向かって突っ込んで飛び掛かり、その勢いで目玉目掛けて蹴り飛ばした。怪物は想定よりも呆気なく、奇声を上げ続けながら軽いボールのように吹っ飛んでいく。

 人生でここまで力一杯に蹴りを入れることなんて無かったおかげで、足に若干の反動が来る。今までの戦闘でもここまでの経験はなかったからだろうか。

 

「何だったんだあいつ……っ!?」

 

 異変は、一瞬の隙も与えずやってくる。

 行き止まりであったはずの壁に段々と光が差し込み、紋章のように刻まれていく。辺り一面を真っ白に染め上げられ、僕は顔を伏せて目を瞑る。

 それがしばらく続き、徐々に光の強さが弱まっていくが、まだ明るい。空気も空洞があった場所のものとは言えないくらいに心地良い。

 薄っすらと目を開けてみる。ずっと暗い場所にいたおかげで立ち眩みしそうになるが、すぐに体勢を立て直して辺りを見回す。

 

 綺麗な真っ青に広がる湖畔に浮く、多種多様な花。それを囲む自然の色に満ち溢れた木々や明るく照らす太陽の日差しも、湖畔をより美しく輝かせている。

 その景色は、正に芸術的であった。楽園が広がっていると言っても良いくらい、夢のようであった場所で僕だけが1人、ぽつんと佇んでいた。また、そんな中で何処か既視感を感じていた。

 

「夢で見た景色と、全く一緒……!」

 

 初めて見た時は今のようにただ景色が広がっているだけで、大したことは何も起こらなかった。だが、何度か夢を見ていく内に、ある時は何処の誰かも知らない人達の看病や治療をして、またある時は誰かに告げられるようになった。

 その人物は確か、白衣を着た銀髪の──キュアラピウスに似た髪色だった。考えてみれば、あの夢を見るようになってから、のどか達とプリキュアとして共に戦うようになったような気がする。

 

『──人よ、人類よ。受け継げ。そして、切り拓かれた道を歩め』

 

 そこまで辻褄が合うとは限らないが、仮にもし彼に告げられた言葉に意味があるとするならば──。

 

「よォ、思ったよりも早く来たな」

 

「っ!?」

 

 すると突然、声が聞こえてくる。僕以外に誰かいるのかとその方角を振り返ってみると、大きく長い人影が此方に歩み寄って来る。

 

「"永遠の誓い"だったか?あいつらに無理矢理やらされて可哀想だったな」

 

「は……?」

 

「のどかの奴なんか、他人の事情を分かってない癖に知った気になって首突っ込んできたよな。鬱陶しかっただろ?」

 

 いや、人影ではなかった。

 目深く被った黒のフードに手が隠れるほどの長い袖の黒のコート──まるでキュアラピウスそっくりの容姿に、僕は困惑を隠せないでいた。

 

「家族だろうが友人だろうが近所の奴らだろうが、"神医飛鳥"としてじゃなく"評判の良い医師の息子"としか見てくれない。辛かったよな、苦しかったよなァ」

 

「僕からは、お前が他人の気持ちに首突っ込んでるようにしか見えないんだが。まずお前は誰だ。何で僕の事を知ってる」

 

「見れば分かるだろ。僕はお前……そう、お前と同じキュアラピウスであり神医飛鳥だ」

 

 さっきから何を言っているんだこいつは。奴から出て来る言葉の一言一句も理解出来ず、頭が痛くなる。

 

「そんなに難しいことは言ってないぞ。僕は心の奥底にいるお前自身だって言えば分かりやすかったか?」

 

「分かるわけないだろうが……!僕はお前なんか知らない。勝手なことをベラベラと喋るな!」

 

「……ここはあの鎌女のナカにある、自分自身の真実と偽りを分離させる場所。"真実の楽園"と名付けてもいいくらい素晴らしい所だ。そして、真実となった者は奴の魔力の支えに選ばれ、此処の所有者となる。つまり、僕が真実のお前……本当の飛鳥だ」

 

「本当の僕……?」

 

「ああそうだ。僕はお前の心の奥底に眠っていた悪意の感情だ!」

 

 声高らかに、飛鳥は言ってみせた。

 

「僕みたいな奴、追い出したいと思っているかもしれないが、それは無駄だ。僕はお前自身なんだから追い出すなんて不可能なんだよ、ニセモノ」

 

「ニセモノは……お前の方だろ!」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!

 

 即座にクロスボウを取り出して先手を打つ。だったら力づくで追い出してやる。そんな思いで、光り輝く閃光の矢を標的に向かって放った。

 

「おー、怖い怖い」

 

「っ!?」

 

 だが、飛鳥は矢に視線を送ろうともせず、それでも余裕の表情で躱した。

 何故だ。あれは銃の弾丸のように光速なんだから簡単に避けれるものじゃないはずなのに……!

 

「そらよ」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射。

 

「がぁっ!?」

 

 攻守交代と言わんばかりに今度は相手から閃光の矢が放たれ、命中した。僕の右肩を貫いていった。

 先程、奴は僕自身だと言っていたが、だとするならば……。

 

「そうだ。お前の思っている通り、技も戦法も全部同じだ」

 

 何も口を出してはいないはずなのに、もしや心の声も届いているのか?だから、此方のやろうとしたことを読んで矢を回避したのだろうか。

 それにしても……女からこの場所を授かったとか魔力の支えになったとか聞いたものだから多少の相違はあるのかと思ったが、あの口ぶりから察するにそうではないらしい。肩の痛みに耐えながら、恐る恐る体勢を立て直す。

 

「ほう、頑張るじゃないか。まあ、お前は僕なんだからここで無様にくたばって欲しくないけどな」

 

「黙れニセモノ……!」

 

「ふん、別に僕の存在を否定するのは結構だ。だが、お前のことは僕が一番良く分かってる」

 

 飛鳥は後ろへ振り向き、真正面へと手の平を差し出すと、突如として大木が浮かび上がってくる。

 

「ずっと一緒でいられる訳がない。どうせいつかは関係も崩れていくっていうのに、永遠に友達でいることを誓うなんて馬鹿馬鹿しい」

 

「は……?」

 

「母さんだって思ってるんだ。父さんと同じように、くだらない夢を捨てろ、諦めろって」

 

「……っ!」

 

「どいつもこいつも飛鳥として見てない癖に馴れ馴れしくしてきやがって。あんな奴らは、最初から信用しない方が良い……分かるだろ?これはお前の気持ちだ」

 

「そんなこと……!」

 

 思ったことは、あった。

 永遠の誓いの時、三人で勝手にやれと言ったのに、のどかは僕の手を引っ張った。僕だけが現実を見ていたから、複雑な気分だった。

 父さんに心に秘めたものをぶち撒けて母さんに頬を叩かれた時、所詮母さんもそっち側の人間だったんだと、僕を擁護していた訳じゃなかったんだと少し失望していた。

 馴れ馴れしいと思うこともあった。のどか、ちゆ、ひなた、アスミ、ヒーリングアニマル達にも一度は思うことはあった。自分の意志で壁を作っていたのに、平気でよじ登ってきやがったと思ったこともあった。近所や町の人達も父さんの話題をただベラベラと語り尽くすだけだったから、鬱陶しかった。罪は全くないと表面では思っていたものの、時々相手を睨み付けることもしてたし、そんな思いだったんだろう。

 

 頭が、負傷した箇所に激痛が走る。吐き気も催してきた。もはや立ち上がることも出来ず、その場で座り込んで必死に呼吸を整えようとする。

 

「認めろ。お前の心は僕が一番理解している。悪意の塊こそが本当の飛鳥だ」

 

「ふざけ──」

 

 奥歯を噛み締めながら、クロスボウを構える。

 だが、その前に既に相手が先手を打っていた。

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射。

 

「もういい。さっさと消えろ」

 

 刹那──轟音と共に楽園全体が赤に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ!?」

 

 死の危険を感じた瞬間、大声を上げて起き上がる。ハァ、ハァと嗚咽混じりに息を切らしながらも段々と目に映る視界を見回してみる。

 真っ暗で、赤紫に染まった壁が妙に禍々しく感じる空間に囲まれ、行き止まりを示している。先程、魔獣を撃退した時と同じ場所にいた。

 目も開けられない程に眩しい光に襲われてから、夢を見ていたのだろうか。こんな気味悪い所で眠らされるのは堪ったものではないけど、倒れていたならば一応は考えられる。

 それにしても……。

 

「そんなこと、僕は思ってたのか……」

 

 僕にとってのどか達は、友達なんていなくてもどうにかなるなんて思っていた僕を見つめ直そうとしてくれた存在だと思っている。プリキュアになってからは気が変わったとのどかに告げたこともあったが、あれは本心のつもりだった。母さんにも毎回世話を焼かせて申し訳ないという気持ちがずっと残っていた。

 けれど、実際は違った。僕の心の奥底には悪意しかなかったのだ。そんなことは思ってもみなかったし、今でも心の何処かでそれが眠っているのだろう。

 でも、確かに皆に信じて貰えてること、また僕が皆を信じ切れる自信もあまりないのかもしれない。だからといって、ここで立ち止まっている訳にもいかない。どうすれば悪意を払拭出来るのかと頭を悩ませる。

 

「うわあああああ!!!」

 

 その時、誰かの悲鳴が壁や周囲に響き渡る。少年のような声であったが、恐らくは僕が蹴り飛ばした魔獣に襲われているのか。声の方向へと走り出していく。

 

『ahhhhhh!!!』

 

「やめろ……やめろおぉぉ!」

 

 やがて辿り着くと、予感は的中した。魔獣の攻撃を、少年が悲鳴を上げながら必死に避け続けていた。軟体動物のように素早く柔軟で、あまりに人間らしくない動きだったのでどうにも疑ってしまうが、それよりも魔獣の叫びで鼓膜が破れそうだ。早急に杖を取り出して大技で仕留めようとする。

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)!』

 

『ghaaaaaa……!!!』

 

 魔獣は此方の禍々しき光線によって包み込まれ、断末魔を上げながら消し飛んでいった。エレメントさんは現れず、メガビョーゲンでなかったということだが、結局奴の正体を掴められなかった。消滅したので今となってはどうでも良いことである一方で、先程の少年の方へと視線を送る。

 

「プリ、キュア……!?」

 

 少年の顔色は真っ青と言わんばかりに悪く、左目の周辺に花のような柄がついている。単純に恐怖で青ざめていると思えば合点がいっていたのだが、頭に2本の角がついていること、腰の部分にサソリみたいな形のした尻尾、そして僕の姿を見てすぐにプリキュアだと認識したことで考えが変わった。

 

「お前……!」

 

「あ、ああ……!」

 

 こいつは、人間の子供の姿をしたビョーゲンズだ。心なしか、良く見るとダルイゼンに似てるような気もする。

 クロスボウを取り出してビョーゲンズへと詰め寄る。何故か声も出せないくらいあわあわと怯えて敵対する素振りも見せておらず、相手は激しく後退って壁に背中を預けた。

 

「い、いやだぁ!まだ消えたくない!!」

 

 そう言って泣きわめいているが、生憎プリキュアとビョーゲンズは敵対関係にあり、僕にとっては有害物でしかない故、いくら抵抗しようとも武器を下ろすことはない。

 

「うわああああああ!!!」

 

「……」

 

 ──流石に怯えすぎじゃないだろうか。まだ引き金も引いてないぞ。魔獣の攻撃を避けた時の柔軟過ぎる動きを見て、しっかりと一発で当てるのが最適だと思って慎重に狙うもここまで叫ばれると気が散る。

 

「……何を怯えている。攻撃しないのか?目の前に敵がいるんだから、抵抗しないと死ぬことになるぞ」

 

「たたかい、いやだ、また、ころされる、たべられる……!」

 

 完全な戦意喪失、ということか。まるで駄々を捏ねる子供のように首を大きく横に振っていた。ビョーゲンズらしからぬ物言いだが、呼吸も激しく乱れているし身も心も子供なのだろう。

 そう考えると、ついつい腕を下ろしてしまうのは僕の情けないところだ。だが、騙し討ちの可能性も考えて武器はまだ構えたまま。相手が仕掛けに行った瞬間を見計らう。それともう一つ、案を思いついた。

 

「ほう、死にたくないのか……」

 

『『『aaaaaa!!!』』』

 

 僕とビョーゲンズの周りを、数体の魔獣が囲む。雰囲気から憤怒の感情が伝わってきていた。

 

「悪いが、此処でそんな事を言うのはただの我儘に過ぎない。だから、僕の指示に従って行動しろ。まあ、どうしても戦いたくないなら従わなくても良いぞ。ただお前がやられるだけなんだからな」

 

「っ!」

 

 その言葉を聞いたビョーゲンズはしばらく顔を俯かせるも、恐る恐る僕の前に立つ。戦う覚悟は出来たらしい。

 

「よし……行くぞ」

 

 こうして、僕達は魔獣達へと接近した。

 

 



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第36節 憤怒

 ────人間とは、実に自分勝手な生き物だ。

 

 時に好意を生んだ者には媚を売り続け、時に気に食わない者には気の済むまで傷つける。

 

『あいつ色んな人からちやほやされてるからって調子に乗っててむかつく!』

 

『どうせ自分のことも可愛いと思ってるんでしょ?気持ち悪い!』

 

『ねえ○○○○さま、あんなやつ○○○に変えちゃってよ!不細工にしちゃってよ!』

 

 自分の慰めの為ならば手段を選ばない。感情でしか物事を決めることが出来ない。相変わらず人間は猿以下の低能な下等種だ。

 喰らってやる。呪ってやる。世界を悲鳴の止まない雨と化してやる。貴様らが化け物だと蔑むのならば、相応の行いはしてやろう。

 

 我は、その為に生まれた復讐者(Avenger)なのだから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局は、劣勢にあり。

 

『空気のエレメント!』

 

 太陽が明るく照らす林の中での戦闘。

 アースによる空気のエレメントの力で生成した数弾の空気砲がキロン目掛けて発射される。弾は敵の全身を囲んだ後に一つの大玉へと纏められ、身動きを封じた。

 

『雷のエレメント!』

 

 追撃の一手。スパークルが雷のエレメントの力を纏った光線を放つ。落雷の如く素早く強く、大玉ごと痺れさせて行く。拘束されている故、回避も防御も許されない。

 

「させませんよ……」

 

「「っ!」」

 

 ならば、迎え撃つのみ。

 真正面……彼女らと同じ位置、同じ角度から。

 

闇天の弓(タウロポロス)

 

 両足を前に蹴った瞬間に矢を放つ。パーンと音を鳴らして大玉が弾け飛んだ衝撃で、男は背後へと吹っ飛んでいく。

 

「スパークル……!」

 

『風のエレメント!』

 

 矢は大玉を貫き、更に電撃を纏った光線をも貫いてスパークルを襲う。事態に困惑するスパークルを、アースは風のエレメントの力を使った瞬間移動によって押し倒し、間一髪のところで回避する。矢は森の奥を通り過ぎていった。

 

「ご、ごめんアース……!」

 

 スパークルの言葉に軽く頷き、キロンを見る。

 未だダメージを負ってはおらず、余裕綽々とも言える佇まいで歩み寄り、此方の様子を伺っている。コンマ秒の瞬間を的確に判断し行動に移すとは流石、油断も隙もない男だ。

 

「お二人共、以前より消極的ではありませんか?もう少し私を満足させて欲しいものですが」

 

「……そうやってあたし達を馬鹿にするのも今の内だし!」

 

 軽い挑発に乗せられるとすぐさま立ち上がり、足を踏み込んで接近する。全力を振り絞って、何度も何度も打撃を喰らわせに行く。

 それで太刀打ち出来るか否かはともかく、仕掛けた策も見破られてはどうしようもない。彼女がどうにか食い止めている隙を突こうと、アースは再度瞬間移動を使って男の背後へと回る。挟み撃ちを仕掛けた。

 

「うぇ……」

 

「……はああっ!」

 

 一方の攻撃には受け身を取り、トンと片手で押して怯ませる。もう一方には、繰り出される拳を掴むと重心を掛けて勢い良く投げ飛ばす。

 

「なっ……!?」

 

「うわあっ……!?」

 

 エレメントの力と遠心力の勢いそのままにアースは衝突。スパークルは彼女の下敷きになるようにして転がっていく。

 

「殺さぬ程度に痛めつけろ、だったでしょうか」

 

 相手が体勢を崩している今こそ好機。

 弓を構え、数本の矢を引く。戦局はキロンが優勢であれど、人数の差や二人の俊敏な立ち回りから逆転されるリスクもある。

 彼にとっては許されぬことだ。相手が隙を与えている間に両手足を貫かなければ。

 

「ぷにシールド!」

 

 だが、そこに小さな横槍が入った。

 矢を離して発射させたと同時に、異質な盾が展開される。矢はシールドを突き刺すこそはしたものの貫くことはなく、シールドの解除と共にその場にぽろぽろと落ちていく。

 

「ポポロン……!」

 

「大丈夫なのですか……?」

 

「これくらいは別にどうってことも。危険な目に遭ってるところを見てるわけには行かないし」

 

 致命傷を負っていたおかげで回復し切れておらず、傷だらけの身体となっている子羊。息も切れているが、前線に立てると主張する。

 

「それに……これはボクの責任でもあるから」

 

「え……?」

 

「……どうやら、気付いたようですね」

 

「子供の見た目してる時は分からなかったけど、あの姿を見ればね。あの子を"復活"させたのは君なんだろ?」

 

「復活、とは……?」

 

「アース達にも教えてあげる。シアが何者なのかを……」

 

 

 

 

 

『氷のエレメント!』

 

 一方、木々で覆われた薄暗い森の中での戦闘。

 フォンテーヌによる氷のエレメントの力を纏った強力な光線がシアに襲い掛かるも、何度も直接的な攻撃を仕掛けられてはすぐに読める。数歩後退ると対抗するように周囲に潜ませていた蛇の化身数体を真正面に放つ。蛇は光線を上手く掻き分けて相手に襲い掛かり、砂塵を巻き起こした。

 

「はああっ!」

 

 砂塵を掻き分けてグレースが接近する。実りのエレメントの力でヒーリングステッキを剣の形に具現化させて斬りかかる。対し、シアは大鎌で軽々と相殺していく。

 地球の戦士であれど、中身は剣を振るったことのないただの少女に過ぎない。振り上げた瞬間の隙を捕らえて腹部に蹴りを一発入れて距離を離し、斬撃を振るう。その流れの素早さは、ぷにシールドを展開する暇も与えない。

 

「……はああああっ!!」

 

「グレース、一旦落ち着くラビ!」

 

 ラビリンにとって、未だグレースは冷静さを失っている。自分の攻撃が相手に通じているのかも把握出来ておらず、ただ我武者羅に剣を振り回しているように見える。そんな彼女に叫ぶも、その声は届かない。

 

「それ程までに奴に会いたいか」

 

 ぽつり、とシアが呟く。

 

「……クク、良いぞ」

 

「ラビ……!?」

 

 呆れと哀れみの入り混じった声音は、即座に嘲笑へと変わる。口角を上げながら、相手が向かって来るのを視線で追いかける。

 ラビリンは僅かに察した。徐々に膨大していく不気味な気配から、此方にとんでもないものを仕掛けて来るのだと。

 

「待って、近づいちゃ駄目ラビ!」

 

「会わせてやろう──―」

 

 剣を振り下ろそうとする手を左手で抑え、右手でグレースの顎に触れる。

 視線を合わせようと、シアは覗き込むように彼女の両目を見つめる。

 

「──―っ!」

 

 その寸前で、背後から何かが押し寄せて来る。

 禍々しい波動──―しかし、その力はシアにとってはちっぽけなもので避けるまでもない。大鎌で向かって来た方向へと押し返し、やがて砂塵を巻き起こす。

 

「……何の真似だ」

 

「何の真似って、少し横槍を入れただけじゃん」

 

 砂塵の中から現れるはニヤニヤと笑みを浮かべるダルイゼン。襲い掛かって来たのは、先程まで困惑の表情で傍観していた奴であった。

 

「言ったはずだぞ。我らの邪魔をするなら殺すと」

 

「嗚呼、そんな約束だったね。ただ、そいつを倒すのは俺の方が相応しいって思ってさ」

 

 先程の衝撃でようやく我に返ったグレースは、彼の言葉に困惑を隠し切れていない。

 

「思い出したんだよ。俺を育てた奴、俺の宿主はキュアグレース。お前だって」

 

「……えっ?」

 

「メガビョーゲンの一部だった俺を、お前の姿で成長してこの姿になったのさ」

 

 ダルイゼンの脳内では、全てが繋がったのだ。

 野原で遭遇したのどかの体内に入り込み、真っ暗な周囲で響き渡る男女の声の中で聞こえるキングビョーゲンのお告げと共に身体を実体化し、体外へと放出する。こうしてダルイゼンは誕生したのだ。

 

 意味が分からなかった。何を言っているんだと、近くで傍観していたフォンテーヌまでもが思っていた。

 だが、思い当たる節はあった。ケダリーの容姿と、奴が未成熟のビョーゲンズであったこと。そして、自身の苦しかった過去を思い返せば幾つか挙げられる。

 恐らく、ダルイゼンとケダリーは対になっている存在だ。ケダリーが未成熟なのであれば、ダルイゼンはのどかの体内に長く潜んでいたことで熟されたビョーゲンズ。つまり、彼女自身が育てたビョーゲンズなのだ。

 

「……ふん、それがどうした。貴様が何者であれ、所詮こいつらは我の獲物に過ぎん」

 

「獲物ねえ……じゃあ、分けてくれよ。俺が気に入るようになったキュアグレースの分を」

 

「たわけが……獣人!」

 

 シアはダルイゼンを睨み付け、そう叫んだ。

 獣人は迅速の駆け足で此方に近づいてくる。アースとスパークルとの戦闘を繰り広げていたはず。1対2の劣勢な戦いであったはずなのに、彼の姿は傷1つもない。

 

「気分が悪い。貴様が足止めしていた奴らも含めて、全て薙ぎ払ってやる。貴様はそいつとでも戯れていろ」

 

「貴女を現界させたのは私のはずですが……まるで人使いの荒いお姫様のようだ」

 

「黙れ。これ以上口出しするようなら、貴様もすぐに喰らってやる」

 

 やれやれ、とキロンは溜め息を一つ零すが、流石に魂を喰らわれそうだと悟る。

 

「なっ」

 

「という訳なので、また暇潰しの相手になってください」

 

 そう言ってダルイゼンの腕を掴み、何処か遠くへと突っ切っていった。

 

 思わぬ乱入が入った挙句、グレースに至っては感情が抑えきれない状況下で自身の衝撃の事実を無理に突き付けられたおかげで、頭がふらつき気味で思わず倒れそうになる。

 

「大丈夫……?」

 

 そんな彼女の身体を、フォンテーヌが支える。

 

「うん……大丈夫だよ」

 

「グレース、フォンテーヌ!」

 

 同時に、先程までキロンと一戦を交えていたアースとスパークルが此方に駆け付けて来る。ラテもポポロンも彼女らの両腕に抱えられながらやって来た。

 

「手間が省けたようだ。丁度良い、ここですぐに貴様らを始末して」

 

「君のことは聞かせてもらったよ、"メドゥシア"」

 

 言葉を遮られたシアは、小羊に視線を送る。

 

「まさか、あの時の"怪物"の正体が君だったなんてね」

 

 瞬間、アースとスパークルが見せたのは哀れみの瞳。悲しい奴を見る眼へと変わっていた。

 不意に腹立たしくなり、思わず身体ごと当人らへ向けて訴えようとする。

 だが、それも綺麗さっぱり切り捨てられた。

 

「あの時……貴様、我の何を知っている」

 

「知ってるも何も、君をこんな風にさせたのはボクが発端だ」

 

 事情を知らされていないグレース達は、目を見開く。衝撃の事実を何の前触れもなしに突如として告げられれば、空いた口だって塞がらなくなるのも当然だ。

 対して、シアも同様の反応を見せるが、すぐに馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って見せる。

 

「何の冗談だ?」

 

「冗談なんかじゃないよ。シアの身も心も闇に染めたのは、ボクが原因。ボクがやったんだ」

 

「……はっ、貴様のような下等生物が我を変えただと?違う、変えたのはあのふざけた神どもの仕業だ。ふざけた事を抜かすのも大概にしろ!」

 

 徐々に声を荒げて、シアは訴える。

 これではただの言葉の投げ合いで何も進まない。とはいえ、見知った顔ではない、ましてやポポロンのような愛らしい容姿をした生き物に自身のことを好き勝手に話されているのだ。彼女の気持ちも同情出来なくもない。

 だが、

 

「ボクの話していることは事実だよ。さっきキロンがボクのことを君に見せつけてきたでしょ?あれはボクが君にとっての重要な人物だって知らしめて、君の悪意の感情を爆発させるためだったんだ」

 

「……!」

 

「覚えてるかな?君がどうして人間を喰い殺す悪逆非道の怪物になってしまったのか──―」

 

 問いかけようとする間に、シアは大鎌を振り上げた。

 逆鱗に触れたか、一同は斬撃を警戒するがポポロンだけは顔色一つ変えずにただ一人を見つめ続ける。

 

「黙れ!それを聞いたところで何になる!我にはどうでも良い事だ!!」

 

「いや、君が何と言おうとも聞いてもらうよ。どうでも良い話だって切り捨てるのはその後で勝手にしてくれて構わないから」

 

 刹那、アースはシアに接近し武器を持つ手を振り払い、呆気なく地面へと突き刺さる。

 

『空気のエレメント!』

 

「それまでは……拘束させてもらうけどね」

 

 更に、腹部を蹴り飛ばした直後に空気のエレメントの力による空気砲で彼女の身体を封じ込む。

 急所に入ったのだろう。えずくような咳を繰り返し、頭を俯かせ長髪を垂らして悶えている。荒技とは言えども彼女の武器は大鎌だけではなく鎖や短剣など様々で、それを何時何処で仕掛けて来るかも分からない。これくらいのダメージを与えておけば、身動きも取りづらくなるはずだ。

 

「君は最初から……生まれた時から怪物なわけじゃなかった。グレース達みたいに、ある村で暮らす1人の人間。おてんばな姉2人と楽しく裕福な家庭で暮らしていた」

 

 裕福な家庭。

 そう思っていたのはその家庭だけではない。周囲の住人や同年代の子供達、村の誰もが認識し、彼女らの美貌からまるで女神のようだと魅了されていた。おかげで男性からは幾度か茶化されることもあったが、姉妹三人が仲良くしているのを眺めているのが微笑ましいと、急激に距離を詰められることはなかった。

 

 だが、全ての住人がそうだったわけではない。

 逆に、裕福だとは思っていない女性からには嫉妬心が芽生えていて、特にシアには強く溢れていた。いじめや暴力は疎か、彼女とは何の関連性もない嘘の情報を流し込まれ、住人の視線は怒りや軽蔑へと一変するようになっていった。

 そして、

 

『ねえポポロンさま、あんなやつ化け物に変えちゃってよ!不細工にしちゃってよ!』

 

『……あ、うん。ボク面倒だから自分でやってね。責任も問わないよ』

 

 堕落した神に魔力を送り込まれた遣いの女によって、シアは怪物の姿に変えられてしまった。

 

「ってことは……!」

 

「ポポロンが、神様……!?」

 

「今はもうただのヒーリングアニマルだけどね。神の異名はとうの昔に捨てたし、この姿だって上級の神様に相応に変えてもらったものだから」

 

「……」

 

 シアは黙ってポポロン一点を睨み付ける。否定や言葉を遮ったりはせず、何も言葉を発さない。そこから描かれているはずの内面は、グレース達には読み取れないでいた。

 

「でも、何で……」

 

「罪を償う為だよ。この件以外にも色々やらかしたからね」

 

 遣いに魔力を渡したのが間違いだった。

 というのも、怪物に変えてしまったのは彼女だけではない。それを抗議してきた姉達も同じようにしてしまったのだ。

 彼女らが持っていた裕福な家庭は、村の人間達の手のひら返しによって崩れて行ってしまった。

 

 だが、全員ではなかった。

 シア達が怪物になった後でもなお、守りたいという思想を持つ人物がいた。

 

「それが、先代のプリキュア。"フウ"だ」

 

「「っ!」」

 

『先代のプリキュア』

 風のエレメントさんから聞いた話、そしてアースと初めて出会った時に聞いた話に出てきた人物だ。

 

「アースに似た人だよね」

 

「そう。村がシアによって被害に遭ってると知ったフウは、プリキュアとなって暴走した彼女と死闘を繰り広げた。長期戦の末にフウが勝利し、力を尽くしたシアはその場で横たわっていた。あとは浄化をすることで事態は終息するんだけど、フウはそれを拒んで彼女を助け出したんだ」

 

 たとえ彼女が怪物であろうとも、元は人間であったことや彼女の苦悩などは分かっていた。だからこそ、人間とじゃなく動物達とでも良い。何処かで幸せに生きていて欲しいという優しさから、シアを逃がすことにした。

 

 衰弱し、何処も宛がなくただ森の中を彷徨っていたところをヒーリングガーデンから派遣されたヒーリングアニマルの幹部らに目撃される。彼らの浄化技によってやがて討伐され、身体は消滅していった。

 フウの願いも虚しく、シアは間もなく無様な死を遂げることとなったのだった。

 

「これで、シアについてボクが知ってることは全部だよ」

 

「でも、死んじゃったのに何で今ここにいるの?」

 

 グレースによる、純粋な疑問。

 普通の生き物ならば、死後の行く先は天国、また当人が罪人ならば地獄へと向かう。御伽噺などの物語の世界で描写が良く扱われる故、誰もがそう認識している。

 対して、彼女は違う。死んだはずなのに、彼女はここにいる。生きているのだ。

 

「シアの討伐直後、ヒーリングガーデン内で毒による病気で多くのヒーリングアニマル達が死傷したんだけど、原因はいくら解明しようとしても見つからなかった。結果的にシアが最後の抵抗として仕組んだって結論に至ったんだけど……答えてくれるかな?」

 

「……全く。さっきから黙って聞いていれば、くだらんことをベラベラと」

 

 そう言って、シアは短剣を手に取る。自身を閉じ込めている空気の牢屋に突き刺して破裂させ、地面へと着地した。

 

「そんなことを訊いてどうするんだ。今更復讐を止めてくれなど懇願するわけでもあるまい」

 

「出来るならそうしたいけど、高望みはしない。でもこれ以上、君を野放しには出来ない。だから、ボクが責任を持って君を清める……!」

 

「ポポロン……!」

 

「……クク、アハハハハハハ!」

 

 シアは素っ頓狂な表情を見せた後、嘲笑うように笑い飛ばした。

 

「面白い、逆に面白いぞ。これほど怒りが込み上げてきたのは久方ぶりだ!」

 

 彼女の頭部には段々と血管が浮き出てくる。そこには早く惨殺してしまいたいという欲望を、すぐに殺めてしまっては面白くないという思いがぶつかり合っているのが分かる。

 

「だが、まあ良いだろう。皆殺しする前に少し答え合わせをしてやる。と言っても単純な話だ。我の左右の血管には異なる性質を持っている。その内の片方の血管が潰れたことで毒の性質を持った血を浴び、苦しめていっただけのこと。本来、フウ率いる人間共に仕掛けるつもりだったがな。その後、血流の影響で腐りかけた我の肉体から魂だけを抜き取り、我が身を封じ込めた」

 

 それこそが、『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 その地に自身の魂と魔力を封印し、他者の侵入や弊害を阻止する宝具。何千年、またはそれよりも先の年月もの間、シアは深い眠りへとついていた。

 

「そして、我は復讐を再開した。あの獣人によってな」

 

『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方のもんは閉じ、王冠より出で、王国に至

 三叉路は循環せよ

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する

 

 ──―告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手操る者──―

 

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!』

 

「……全く、馬鹿馬鹿しい。慈悲を与えずにさっさと殺しておけば、我が復讐を働くこともなかったろうに!」

 

「っ!」

 

 グレースの背筋が凍る。

 シアの言っていること、思っていることが理解出来ない。グレースには、フウに馬鹿馬鹿しいとか下らないという感情は何処にも現れなかった。

 

「我が憎いか、キュアグレース。顔を見れば分かるぞ」

 

「……どうしてそんなこと言えるの?」

 

 フウがシアを助けたのは"助けたいから"だったはずだ。それなのに、救われた当人は何故彼女を嘲笑っているのか。元々人間だったのなら、たとえほんの少しだとしても彼女の助けたい思いは伝わっていたはずだ。怒りの感情と共に、ヒーリングステッキを強く握りしめて問うた。

 

「……我が救われたとて、とうに死んでしまった姉様達は戻ってこない。姉様達の苦しみは消えないからだ」

 

「だから、復讐をするの?罪のない人達を傷つけるの!?そんなの間違ってるよ!」

 

「黙れ!貴様に何が分かる!!」

 

 互いの感情がヒートアップし、ぶつかり合う。

 その瞬間、不穏な空気が襲い掛かる。シアの魔力が徐々に膨大しているのだ。怒りの感情を交えているのもあってか、その力は初めて体感した頃よりも強く、より一層気分を沈ませていた。

 

「言ったはずだ、我は復讐者だと!貴様のふざけた戯言など聞くものか!」

 

「でも……!」

 

「もう良い、頃合いだ。茶番を終わらせるとしよう……!」

 

 ──―そして、世界が再び凝固する。

 

 眼球というには異質。石英の眼。光を閉ざした角膜。虹彩は凝固し、瞼までも閉ざすことを許しはしない。

 それが彼女の持つ魔術行使──―魔眼である。

 魔眼とは本来、外界からの情報を得る受動機能である眼球を、自身から外界に情報を渡す能動機能へと変えたもの。視界に捕らえた対象に問答無用で魔術を仕掛け、対象が魔眼を見てしまえば術者は対象を人形の如く扱うことが出来る魔術特性だ。

 束縛。強制。契約。炎焼。幻覚。凶運。

 これらの他者の運命に介入する魔眼は特例とされ、中でも最高位とされるものが"石化"の魔眼。

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

 神域の力によって封じ込められた神の呪い。

 神代の魔獣、聖霊にしか持ち得なかったとされる魔の瞳。

 視線、視界に捕らえただけで対象を石にする、怪物と化したシアの証たる強力な魔術──―!

 

「──―みんな離れて!」

 

 シアの瞳の奥から何か赤黒い波が広がりつつあるのを察知し、前方にいたポポロンは警戒を呼び掛ける。

 

『風のエレメント!』

 

 同時にもう1人、状況判断の早いものがいた。

 アースが持つ風のエレメントボトルの力によって大きな竜巻を巻き起こす。あまりの強風に思わず目を伏せるグレース達だが、実際は敵との距離を離している程なのだから当然だ。

 

「よし、ここまでなら大丈夫かな」

 

 やがて竜巻の威力は弱まり、風の強さも段々と心地よくなっていく。

 辺りを見回す限り、シアの姿は見当たらない。結局、かなりの距離を移動したようだ。

 だが、いつ気配を殺した状態で攻撃してくるか分からない故、油断は出来ない。引き続き、竜巻の影響で降り注ぐ落ち葉を払いながら警戒にあたる。

 

「さてと……もう今のあの子は本気で殺しにかかってくるはず。数で勝っているにしろ、今まで通りの戦いじゃ敵わないと思う」

 

 何より、石化の魔眼はかなり厄介な魔術だ。グレース、フォンテーヌ、スパークルはプリキュアとはいえ元は普通の人間。魔力など一つも持っていない。まともに魔眼を見てしまえば、すぐに石と化してしまう。

 それに、これ以上の長期戦は時間の問題だ。一気に畳みかける必要がある。

 

「では、やはり私が出るしかないでしょう」

 

 対して、そうではない者が一名。

 アースはテアティーヌの願いによって生み出された地球の精霊。風のエレメントの力が全面的ではあるが、多少の魔力は受け持っている。

 

「待って、アースだけが出るのは良くないわ」

 

「今のシアじゃ、1対1で太刀打ち出来ないペエ!」

 

「確かに、真正面から対抗するのは難しいかもしれません。ですが、たとえ倒せないとしても足止めすることは出来ます。魔眼でも捕えきれない程の全力のスピードで戦えば、重圧をかけることは出来るはずです」

 

 だが、それも容易なことではないことはアースも自覚している。

 それでも、やるしかない。いや、やらなければいけないのだ。以前は本気ではなかったとはいえ、キロンをあともう少しのところで逃してしまった。

 あの失態はもう許されない。地球のお手当ての為に、立ち向かわなければ──―!

 

「……それなら、あたしも行く!」

 

 そんなアースの提案に、もう1人が割って入った。

 

「ニャ、スパークル!?」

 

「まだ試してないけど、もしかしたらあたしもアースみたいな瞬間移動で戦えるかもしれないし!」

 

 そう言って取り出したのは、雷のエレメントボトル。

 それをヒーリングステッキに装填した際の光線の威力は、その名の通り閃光の如く対象に襲い掛かり、強力なダメージを与える。

 

「確かに、アースみたいに力を身に纏って戦うことはプリキュアである君にも出来る。ただ、君の場合……いや、ニャトランにもかなりの負担が掛かるかもしれない」

 

「「……っ」」

 

 そう、アースの場合は精霊であるが故にこなせる業であって簡単なことではない。

 ましてや、"雷"のエレメントの力、すなわち電撃を纏うのだ。最悪、落雷を喰らうのと同様の反動が起こる恐れだって考えられる。そして、自分だけでなくパートナーにもそれは訪れるだろう。要するに、スパークルのやらんとすることはかなりのリスクを得る可能性がある。

 

「……でも、今ここで迷ってたら何も変わらないし、誰も守れないじゃん。負担とかあたしがどうなっちゃうとかは分からないけどさ、そんなの後でいっぱい考えれば良いよ」

 

「スパークル……」

 

「あたしが出来ることは全部やる。全力で戦ってやる!もうそれしか思いつかないんだもん!」

 

 以前の彼女ならば、強くなっていく敵を浄化した苦労を水の泡にするように次々と新たな強敵が現れた現実に、お手当てを続けることの価値や意味を追求し不安を抱いていた。

 それが今では自ら前線に立ち、誰かを守る為なら自分自身の全てを出し尽くすと決意した。間違いなく、キュアスパークルの1つの成長である。

 そして、それを間近で聞いたニャトランの答えはただ1つ。

 

「……俺も、スパークルと一緒に戦う!」

 

「ニャトラン……!」

 

「パートナーがそうやって覚悟を決めたって言うのに、俺だけビビってたらみっともないだろ?だから、俺はお前を信じるぜ!」

 

「決まりだね。じゃあ、ここは二手に分かれよう」

 

 アースとスパークルが前線に立ち、魔眼に対抗出来る瞬発力で状況を作っていく。

 一方、後方支援でグレースはアースの、フォンテーヌはスパークルのサポートへと回る。ただし、後方の二人にも襲い掛かって来る可能性は十二分に考えられる。その際には、それぞれのパートナーがぷにシールド等で支援にあたる。

 

「分かってると思うけど、二人のサポートに回るっていうのは背中を預かる。もっと言えば、二人の命を預かるのと同義だからね。その覚悟は出来てるかい?」

 

 グレース達はこくっ、と同時に頷いた。

 アース達もそれに不満はない。長い間、共に仲間として、友達として戦ってきたのだ。背中を預ける覚悟は出来ている。

 

「よし──―っ、来る!」

 

 ポポロンの荒げた声に一同は反応し、その方向へ振り向く。

 何の前兆もなく、敵は高速の脚で戦士の前に現れた。

 

『風のエレメント!』

 

「はあぁっ!」

 

 大鎌を振りかざすシアを止めるは、アースの迅速の一撃。人間の動体視力では捉えようとするのは無謀な程の瞬発力。

 それはシアの脇腹に命中する。更に衝撃で吹っ飛ばされるも、難なく受け身を取って体勢を立て直す。

 

「──―クク、良いぞ。まずは貴様らから消えろ、プリキュア!」

 

 その指は鉄。その髪は檻。その囁きは甘き毒────。

 

女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥシア)

 

 敵の両眼から放たれた、魔眼を軸とした不死殺しの光線。

 大鎌の斬撃と共に魔力を供給し、やがてそれを解き放つ。最高位の魔術特性とされる"石化の魔眼"から放つものは光速の回避、最高級の宝具や必殺技で相殺しない限り、免れることはない。

 だが、

 

『雷のエレメント!』

 

 そんな強大な重圧を、突如として落雷が抑えた。

 そして、その正体に気付いたシアは口端に冷酷な笑みを浮かべ、飛び出して行った。

 

 



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第37節 攻防戦

※前話の終盤でも触れましたが、原作キャラのオリジナルの強化設定が含まれますのでご了承下さい。


 一つの風、一つの雷が挟み撃ちとなってシアとぶつかり合う。

 風は超高速で地面や空を駆ける。地表上空、前後左右から目まぐるしく標的へ襲いかかる。

 雷も然り。電撃を纏って走り抜ける姿は、正に流星のようにも見える。

 

 だが、流星は所詮、ただの小さな星にすぎない。撃ち落とせば星屑となって砕けていくものだ。

 泰然と2人の猛攻を捉え、迎撃し圧倒するシアを打ち崩すことは容易ではないことは明らか。

 如何に目まぐるしく飛び回り四方八方から攻めようにも、シアはただ一振りで攻撃を弾き返し、返す刃で徹底的に2人を壊しに行く。

 

「ぅ、あ……っ!」

 

 奇襲を弾かれ、更に雷のエレメントの反動で体力を削られるスパークル。

 とはいえ、その力による超人的な瞬発力を想定以上に使いこなせていることは、シアの反撃を掠めた状態で離脱していることから見て分かる。

 僅か一息、瞬き一つの合間に、接近と離脱を行うスパークルのヒーリングステッキと反撃を行うシアの大鎌が擦れ、火花があちこちに飛び散っていた。

 

「大丈夫か、スパークル!?」

 

「だいじょーぶ、こんなのでへばってらんないじゃん!」

 

 そうは言い張るも、体力は無限ではない。目にも止まらぬ高速移動と連続攻撃で攻めれば攻めるほど消費されていく。

 後のことは考えたくはない。全力で畳みかけなければシアを抑えることは出来ないだろう。だからこそ、アースもスパークルも攻め続け、シアの攻撃を防ぐのだ。

 

 対して、シアは無傷だった。

 2人の攻撃が届いていないのではない。彼女の体内に持つ自然治癒の能力によって傷が即座に消えていっている。故に、体力の衰えが見られない。

 そうして2人が体力を失い、全力を出せなくなった瞬間がシアの独壇場となるかもしれない。

 

「──っ!?」

 

 不意に、スパークルが隙を突かれた。

 魔眼によって動きを封じられてしまった。どれだけ踠こうとも自由に動けない。

 その間に、シアは大鎌を振り回して接近する。もし首元を狙って来たとするなら、もう後がない。

 

『ぷにシールド!』

 

 ────だが、させるものか。

 シアの視界にぷにシールドを展開した状態でフォンテーヌが割って入り、斬撃を防ぐ。

 だが、シールドに素早くヒビが入る。相手の威力と此方の耐久力は明確だった。

 

『氷のエレメント!』

 

 それでも、諦めはしない。

 即座にヒーリングステッキに氷のエレメントボトルを装填し、シールドを凍てつかせてガードを固める。

 

「っ!」

 

 同時に、大鎌の刃先を氷が侵食していく。引き離そうとするも徐々にシールドと同化していき、中々抜け出せない。

 

「……らぁっ!」

 

 ならば、とシアは両脚を上げる。大鎌の斬撃に込めていた魔力を両脚に移し、シールドを全身全霊で蹴り飛ばした。

 

「「ぐっ……!」」

 

 その威力に耐え切れず氷のシールドは砕け散り、フォンテーヌはスパークルの下敷きとなって吹っ飛ばされた。

 対して、シアも反動で後ろへ飛ばされていく。手に持つ大鎌を見るに、刃先の先端がぽっきりと折れていて使い様がないと悟る。

 

『空気のエレメント!』

 

 そんなシアの背後を瞬時に回ってアースはハープから空気玉を放ち、動きを封じ込める。

 無論、彼女を封じただけではすぐに解かれる羽目になることは熟知している。

 

『実りのエレメント!』

 

 だから、それまでに攻撃を与えれば良い。エレメントの力を存分に溜め込んだ特大の攻撃を、ほんの一瞬の隙も逃さずにお見舞いする。傷を癒すことだって見逃しはしない。

 

「……流石にまとめて始末するのは分が悪いようだ」

 

 ──だが、敵の能力は1つだけではない。

 

『Shaaaaaaaa!!!』

 

 シアが長髪を大きくなびかせた瞬間、突然中から長く大きな靄が空気玉を突き破る。

 漆黒に染まった大蛇だ。グレースの放ったエネルギー弾を丸呑みし、そのまま止まることなく雄叫びを上げながらグレースに大口を開けて襲い掛かる。

 

「おりゃああああ!!!」

 

 だが、蛇の背中を突如降ってきた落雷が殴り飛ばし、地面へと突き落とす。そしてそれは閃光となってグレースの元へと現れた。

 

「もう!めっちゃ厄介なのがまた出てきてんじゃん!」

 

 黒煙を上げて起き上がる大蛇。キュアラピウスの力を身に着けたことで使いこなせた彼の技だと窺える。敵味方の判別は熟知していたはずが、今ではシアの魔力に支配され制御出来なくなっている。本命を仕留めるには、まずは弊害を仕留めなければならないか。

 

「こうなったら、編成を変えましょう。私とスパークルで蛇を倒すわ」

 

「……確かに、時間は有限である中で邪魔な蛇を一遍に倒すのは効率良くありませんね」

 

 だからといって2人だけに任せてもいいものだろうかと、グレースに1つの不安が過ぎる。

 現に、スパークルが本気で突き出した拳で叩き落されたはずの怪物は狂うように暴れ回っている。シアと同様、余程の手強い敵だと分かる。そんな敵を、2人で戦わせてしまっても良いのだろうか。

 

「心配しないで良いよグレース。あたし一応まだまだ戦えるし。それに、一発で効かないんだったら何発でも効くまでやるだけだから!」

 

「っ!」

 

『Ghaaaaaaaa!!!』

 

 真正面から怒り狂ったように迫る大蛇の顔面に、スパークルは電撃のエネルギー弾を浴びさせる。閃光の如く迸るそれはいとも容易く命中し、全身に痺れを広がらせた。

 そんなスパークルの言葉に、グレースの心に妙な安心感が走る。

 

『一度で無理なら、気の済むまでやってやるだけ』

 

 彼女らしい言葉だが、何度か挫折したものの結局は諦めることをしなかった人間の言うことだ。今更、2人を信頼しないわけにもいかない。迷わず、頭を縦に振った。

 

「ではそうしましょう。ですが、なるべく早く戻って来てください。全員でトドメを刺さない限り、シアを倒すのは難しいと思いますので」

 

「分かったわ!」

 

「おっけー!ちゃちゃっとやっつけてくる!」

 

 今のは遠まわしに、私達がシアを足止めしているうちに倒して来いというアースなりの応援だ。

 その信頼感に、フォンテーヌとスパークルは気合が入った状態で大蛇へと接近して行った。

 

「……その前に、奴らも貴様らもここで死んでいくがな」

 

「っ!?」

 

 刹那、グレースの背後で殺気が膨れ上がっていく。

 グレースとアースがこの場に残された状況は、彼女にとっては逆に好機。邪魔な奴が2人消えたなら、その分は存分に戦えるという事か。

 同時に、何か鋭利なものがじゃらじゃらと近づいてくるのを感じる。

 鎖の付いた短剣、シアの第二の武器と言ったところか。

 もしワンテンポ遅ければ、グレースが仕留められるのは確実だろう。

 

「……がぁ!?」

 

 だが、アースはそれを逃しはしない。

 風のエレメントの力で瞬間移動し、シアの顔面を強く蹴り飛ばす。その勢いそのままに飛んでいくと、アースもそのまま追撃へと向かう。

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)

 

「予測済みです!」

 

「っ!?」

 

 対してシアはこの勢いを逆に利用する為に接近するアースに向けて暗黒の矢を放つも、動きを読んで全身を伏せて回避する。

 

「安直過ぎます。先程の武器で戦っていた時の方が厄介に思いましたが」

 

「っ、貴様ほどの雑魚がこの我を侮辱するか!!」

 

『実りのエレメント!』

 

 その場に追いついたグレースは実りのエレメントの力によるエネルギー弾を放ち、シアの目先の地面へと命中する。

 彼女に被弾する為に使用しているわけではない。2発、3発と何度も地面に撃ち続け、巻き起こす砂塵で彼女の視界を遮る為のものだ。

 やがて砂塵が晴れると、二人の姿は消えていた。

 即座に視界に捉えようとシアは辺りを見回すが、二人のうちアースは彼女の背後へと回り込んでいた。

 

「……安直なのは貴様らも同じだ」

 

「っ!?」

 

 だが、それを埋めるようにシアは振り返り、魔眼を発動させる。コンマ秒の隙を与えずにアースに命中し、彼女の肩を石化させる。

 

「はあああっ!」

 

 身動きが不自由になったアースに近づいて攻撃するところをグレースがエネルギー弾を撃って阻止する。先程と同じく連続で放たれ、今度はシアの背中に被弾しアースの石化していた肩を掠める。その衝撃で双方とも吹っ飛ばされていく。

 

 そんな中、シアは鎖を木の枝へ放り投げてロープ代わりとして移動する。

 そうして体勢を立て直すと、今度は攻守交代。両脚に魔力を集中させ木の幹を蹴って突進する。その矛先は、グレースへ。彼女が攻める番となった。

 

「こっち来るラビ!」

 

『ぷにシールド!』

 

 ラビリンの合図によって即座に展開したぷにシールドに、シアの短剣が突き刺さる。盾に対する矛の威力にグレースの足が後ろへと引きずられていく。

 必死に歯を食いしばって彼女を押し込もうと身体を前に倒すことを試みるが、それすらも敵わない。終いには足が自然と宙に浮き、吹っ飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

『Gsyaaaaaaa!!!』

 

 一方で、もう一つの戦闘。

 またも大蛇は雄叫びを上げる。

 キュアフォンテーヌ、キュアスパークルというちっぽけな鼠二匹を逃がすまいと全身を大きく見せつけ、襲い掛かる。

 

「はあああっ!」

 

 しかし、金色の一閃が大蛇の存在を許すまいとする。

 まずは頭部から。身体の中で一番高い部位から確実に打撃を与えていく。

 

 雷のエレメントの力を纏ったスパークルを見て、味方であるフォンテーヌも思わず圧倒される。

 無理もない。今目の前にいる黒身の大蛇は、元々はキュアラピウスの扱っていた使い魔とも呼べる奴。その力は、自分達が苦戦していたビョーゲンズらを容易く蹴散らした程。

 大蛇は彼女らにとって、味方であれば頼もしく敵であれば絶望感が満ち溢れる、ある意味厄介な存在なのだ。

 

 そんな奴に、スパークルは真正面から対抗出来ている。

 しかも一撃一撃を確実に喰らわせ、苦もない勇ましい表情を浮かべながら、今度は首元を狙って追撃を図った。

 

「しぶといなあ、もう……!」

 

 両手でヒーリングステッキを大蛇に向け、光を放つ。

 小さな電球のようだった物体が、力を蓄えていく毎に輝きと共に成長していき──

 

「てりゃあああああ!!」

 

 やがて大蛇を包み込んでいくどころか、暗く静寂な森林を眩しいばかりの閃光で照らし上げて見せた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 休む暇もなく襲い掛かって来る怪物を半ばヤケクソ気味に一掃したおかげで、流石のスパークルも息が乱れていた。

 フォンテーヌはそんな彼女に気を配りながら、目前で光線を喰らった大蛇の居場所を凝視する。

 

『Gyaaaaaaaaaaaaa!!!!!』

 

「うそでしょ……!?」

 

 瞬間、少女の呟きと共に真っ黒な影が立ち上がる。

 大蛇の身体に纏う靄が先程の比ではないくらいに強まっている。

 スパークルの技が逆鱗に触れたのか、獲物だと思っていた奴が中々喰らえないことに苛立ちを覚えたのか。

 どちらにせよ、プリキュア2人に繰り出された力は気配だけでも重圧しそうな程に増していた。

 

「なあこいつ、主人を倒さないと倒せないとかそういうのじゃねぇよな……?」

 

「分からないけど、可能性はなくはないはず……」

 

「……でも、あたし達が出来ることは頑張って倒せるまで戦い続けることだし!」

 

 再び、猛追する。

 条件が分からず、それが明確なものなのか分からない以上、今やるべきことは正面から立ち向かうこと。

 現に、大蛇の暴走による負傷はなく十分に対抗出来ているはず。"早く戻って来い"と告げられたからには最低でも戦闘不能までに持たせなければ。

 

『氷のエレメント!』

 

 フォンテーヌは気付かれぬ程度に背後へ回り込み、凍てつく光線を尻尾からなぞるように放つ。

 じわじわと氷が全身を覆い、暴走する怪物の突進を停止させる。

 

「やあっ!」

 

 再度、空中へと跳び上がって打撃を与える。

 稲光、轟音よりも速い落雷が撃ち落されたかのような一撃の重みは、周囲の木々を支える根元がぽっきりと折れる程。そればかりか、怪物の身体に大穴が開けられる程だ。

 

 一度止まったかと思えども、暴走は止まらない。

 ある意味、単純な力のぶつけ合いとも言える。

 だが、圧倒的な力を見せつけておきながら、攻撃する怪物の動きが何処かしら鈍くなっているのを感じる。おかげで、フォンテーヌ達は少し深読みをし過ぎたかもしれないと思うようになった。

 改めるなら、今の大蛇は魂を永久機関として暴走し続ける、力を持ち腐れた出来損ないに過ぎない。

 対して、特にスパークルには確かに大蛇に匹敵する雷のエレメントの力の貯蔵がある。どちらかが力尽きるまで耐久レースをしても恐らく負けないだろう。

 とはいえ、それだと流石にキリがない。自分達より先に、戦場となっている森林が崩れかねない。

 

「……だったら!」

 

『エレメントチャージ!』

 

 ヒーリングステッキの先端に集まった光で、曲線の菱形模様を通常の2倍の大きさで描いていく。

 

「そんなに負担を掛けて大丈夫なの!?」

 

 正直、分からない。

 確かに、力に関してはスパークルの方が有利を取っているものの、彼女の体力が何処まで持つかで状況は左右されるかもしれない。

 

「でも、普通に戦っても駄目ならこうするしかないじゃん!」

 

『ヒーリングゲージ、上昇!』

 

 ステッキの肉球を三度触れて、ニャトランと共に大技を繰り出すエネルギーを上昇させる。

 

「くっ、うぅ……!」

 

 エレメントの力で、上昇具合は凄まじい。

 同時に、全身に物凄い重圧が落雷の如く降りて来る。幾つもの岩石を時間を掛けて両肩に乗っけられていくような感覚。スパークルもニャトランも、どちらかが少しでも息を抜けば押し潰されてしまうと思う程だ。

 

 ──でも、負けるわけにはいかない。

 あたしは、あたしの持っている全部をこいつにぶつける。そんでもって、この戦いも終わらせる。あっくんも助け出して、またいつもみたいに皆で遊びたい。負けないって言ったら、負けるもんか!!

 

「うおおおおおおおあああああああ!!!!!」

 

『プリキュア・ヒーリングフラッシュ!』

 

 前足を地面に勢い良く踏みつけ、ヒーリングステッキを此方に急接近して来る大蛇へと突き出す。

 ステッキの先端と怪物の舌先が触れる寸前の距離まで詰まったその時、閃光が辺りを包み込んだ。

 それは落雷、轟音が訪れる直前の稲光の如く。そしてその直後、無数のプラズマが大蛇の全身に襲い掛かった。

 

『Ahhhhhhhhhhh!!!!』

 

 無数──その名の通り、数え切れない程の量である。

 ひとつ放出されれば、次のものが放出される。その直後、また次へ、次へ、次へ次へ。

 つまり、無制限。敵の身体が消滅するまで放ち続ける。

 仮にキュアスパークルが供給したヒーリングゲージが底を尽きたとしても、雷のエレメントが力を貸してくれる。

 無限に続けられる放出と供給。

 これにより、敵は力尽きるまでプラズマを浴び続ける──!

 

『……Ahh,healing bye』

 

 何度目かの地響きが木霊する。

 今度は大蛇の咆哮ではない。プラズマの放出が抑えられ、その光が消えていく。寧ろ、怪物の身体はぐったりと力尽き消滅を開始していた。

 

「……っ」

 

 それと同時に、スパークルが纏っていた雷のエレメントの力もなくなっていく。徐々になくなっていったわけでなく、フッと風のように去って行ったおかげでスパークルの身体も人形を操る糸が切れるように崩れかけていた。

 

「スパークル!?」

 

 地面に倒れないよう、フォンテーヌは彼女を支える。慌てた表情をしていながらも行動は素早い。

 

「うん、大丈夫。ちょっとよろけただけ……それより、早くグレース達の所行こう!」

 

「え、ええ……!」

 

 かなり無茶したから少し戦線を離脱した方が良いのではと言いかけたが、現状そういうわけにもいかないし彼女にとってはくどい言葉だろう。

 スパークルの意気込んだ言い方に、フォンテーヌは頭を縦に振ってもう一つの戦場へと足を運ぼうとする。

 

「あっ……」

 

「どうしたの……?」

 

「……足が痺れて動けないから、おんぶして欲しいな~なんて」

 

「……全くもう」

 

 やはり、こういうドジな所はキュアスパークル──"平光ひなた"なんだなと実感する。

 フォンテーヌはその要望に応え、彼女を背負って戦場へと走り出す。

 

「「グレース!」」

 

 そして訪れた場所には、その場で座り込むキュアグレースの姿があった。

 良く見ると、脇腹の流血を右手で抑えながら痛みを堪える表情で顔を俯かせている。それを見た二人は心配そうに彼女の元へと駆け込んだ。

 

「ちょっと切り傷つけられちゃっただけ……それよりもアースが!」

 

 痛みで呼吸を僅かに乱しながら、上空を見上げる。

 アースはシアから離脱している。

 森林に縛り付けておいた鎖を放出して拘束を図ったシアだったが、全て避けられたどころかそのまま反撃を喰らっていた。今ではアースを上手く追えずにたたらを踏んでいる。

 

「アースウィンディハープ!」

 

 それからアースが地面に着地し、アースウィンディハープを手に取るまでの間。時間にしてたったの3秒。

 それで良い。寧ろ、距離にして僅か50メートルという間合いの中では充分過ぎるとも思える3秒間。

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

「──来るか!」

 

 対して、シアの姿勢が落ちる。

 瞳の奥に広がっていく赤黒い波。

 これだけの間合いを離されたとしても、瞬時にアースの狙いを悟っていた。ここで止めを刺すのだろう、と。

 ならば、此方とて手段は1つ。

 敵の持つ最大の攻撃には、"それ相応の攻撃"を以って応えよう。まずは1人だ……!

 

『プリキュア・ヒーリング────』

 

 ハープの弦を弾く。

 同時に、ハープから無数の白色の羽を纏った紫の竜巻が発生し、

 

『────女神の(カレス・オブ・ザ・)

 

 その指は鉄。その髪は檻。その囁きは甘き毒。

 

 朽ち果てろ────。

 

 

 

 

 

『────ハリケーン!!!!!』

抱擁(メドゥシア)────!!!!!』

 

 森林を染め上げる光と闇が、せめぎ合いを開始する────!

 

「私達も行こう!」

 

 ほんの一瞬だけ、時間を止める。

 キュアグレース、キュアフォンテーヌ、キュアスパークルの三人がキュアアースと肩を並べ、それぞれのヒーリングステッキにミラクルヒーリングボトルを装填する。

 

「「「トリプルハートチャージ!!!」」」

 

「「「届け!癒しの!パワー!」」」

 

 ヒーリングゲージを限界にまで高めていく。

 三人分の限界のエネルギー。その量は、彼女らの背面に巨大なオアシスを形成させるほど途轍もない。

 だが、それを無くしてシアは打倒出来ない。

 アースのヒーリングハリケーンを以ってしても、シアの宝具には敵わない。

 それは、フォンテーヌのヒーリングストリームが小柄であった彼女の宝具にかき消されたという前例があるおかげで判り切っていた。

 

 ────ならば、4人で繋げよう。

 

 ヒーリングハリケーンの力が劣るならば、足りない分を皆で満たしてみせよう……!

 

「「「プリキュア!ヒーリングオアシス!!」」」

 

 ピンク、水、黄。

 3色の螺旋状の光線が、シアに向けて放たれた。

 

「くっ……!」

 

 突き出した左腕が小刻みに震えだし、自然と後ろ足が後方に引きづられていく。

 段々と弾け飛んでしまいかねない痙攣を右手でがっしりと押さえつける。

 

「は、あ、ぅ……!」

 

 幾度もハープの弦を指で弾いて音を奏で、それにより竜巻の威力は強まっていく。

 強く弾きすぎるあまり、段々と銀色に輝く弦が赤く染まってきている。

 

「「「は、あ、あ……!!!」」」

 

 まだだ、耐えろ。諦めるな。

 ここで一瞬でも力を緩めれば、必ず敗北する────!

 

「────っ!!!」

 

 吼える。

 敵の宝具、そして此方が敗けてしまうという恐怖を押し返さんと両足を踏み込んで絶叫する。

 それは、長きに続いた両者の拮抗を破壊した。

 

「「「「はああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」

 

 禍々しき極光が打ち砕かれる。更に、周囲の森林を輝くオアシスに広げてみせた。

 多色の光がシアに襲い掛かって来る。その距離として15メートル、10メートル、5メートル、3メートルと止まることなく進んでいき、彼女を包み込もうとしている。

 対して、シアはその場で立ちすくんでいる。これでこの戦いは終わり────

 

「……何を、言っている」

 

 呟いた。

 彼女に押し寄せて来る光を、その石英の瞳でぼんやりと見つめながら、呟いた。

 

「……まだ、始まっても、いないだろう」

 

 そう言って、不意に自分の手の平を見つめる。

 ……違う、これは自分ではない。

 自分はこんな奴らに蹂躙されるためにここにいるわけではない。

 この姿は仮初めの姿で、自分が辿る末路は醜い怪物のはずだと、シアは何度もそう言い聞かせながら……自分の手を食った。

 

「は、はは、ハハハ────!」

 

 不味すぎて吐き気がする。

 おぞましくてめまいがする。

 面白くて、楽しくて笑いが零れる。

 もう、次第に何も考えられなくなる。

 

 戦いは続く。復讐も殺戮も終わらせない。

 嗚呼、始めからこうしておけば良かった。始めからやっておけば、あんなに苛立ちや恐怖なんて感情もなくなって、ただ楽しいことだけ考えられたのに……!

 

 そして、彼女は壊れていった。

 

「────融ケ落チロ!」

 

強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────裏切りなどはどうでも良いと思っていた。

 自分にこれといった影響がないのならば、誰が何とぼやいていようと関係のないこと。自分が楽して暮らせる場所を造れるのならそれでいいと思っていたからだ。

 だが、今の自分は違う。目の前の裏切り者に苛立ちを覚えている。自身の行動、計画に支障をきたすかもしれないと悟ったのだ。

 故に、我武者羅に拳を振るう。弊害を排除する為に、攻めかかった。

 

「ガ……!?」

 

 どうして、攻撃が当たらない。

 安直過ぎると思っているのか、何食わぬ顔で此方の行動を読み切ってカウンターを仕掛けて来る。先程からそれの繰り返しだ。

 

「……あの、さ」

 

 歩み寄って来るキロンに声掛けで制止させる。

 容赦ない立ち振る舞いからそう簡単には耳を傾けてくれないとは思ったが、想定よりすんなりその場で足を止めていた。

 

「前から薄っすら思ってたことだけど……お前、何者なの?」

 

「何者かと聞かれましても、回答に困るのですが」

 

「俺の邪魔をしてまで、何が目的なのかって聞いてるんだ」

 

「……途中までは貴方達ビョーゲンズと同じ、この世界を支配することでした。ですが、目的は違う。強いて言えば、“世界を1からやり直す“でしょうかね」

 

「世界を、やり直す────」

 

「「っ!?」」

 

 突然起きた異変に気付く。

 戸惑いを浮かべながら周囲を見渡すダルイゼンに対し、冷静にただ遠方を見つめるキロン。

 ────まるで、その異変が約束された予定調和のものだと言わんばかりに。

 

 異変は時が経つにつれて急激に増していた。

 まず心が崩れて、体が崩れて、最終的に存在も崩れていた。

 皮肉な話だ。自分の愛した姉達を守るために強者になろうとしただけなのに、結局は心を失った怪物に成り下がってしまったのだから。

 

『あ────、あハ────』

 

 自身の姿を見て、思わず声が漏れる怪物。

 彼女の長髪は無数の大蛇のように変貌。中でも目立つ4体の大蛇が主格だと思われ、他の無数はそいつらの量産型だろう。

 蛇の女王とも呼べる彼女の成長の成れの果て。ただ獲物を磨り潰す兵器と化していた。

 

『アッハハハハハハハハ!!!!!どうだ見たか獣人!!これが我の理想郷────我が描いていた世界だ!!!』

 

 そう怪物に嘲笑われたキロンは、時折悲しそうな表情で世界を遠くまで眺めている。

 

「そうか。これが貴女の答えなのか────」

 

 段々と鳴り響いてくる悲鳴の嵐。

 これより、世界は地獄に叩き堕とされて行った────。



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第38節 再誕

「そうか、お前がのどかから生まれたビョーゲンズだったのか」

 

 しばらくして怪物を殲滅して戦闘を終えると、後からやってきたビョーゲンズ──ケダリーについて。また、のどか達の世界で起こっている現状を洗いざらい喋らせた。

 

 正体を知った後で彼の顔を良く見れば、確かに左の目下にある花柄の模様もキュアグレースを彷彿させる。

 ビョーゲンズの生態については良く分からないが、鳥がメガパーツを埋め込まれるなら鳥類のビョーゲンズが生まれ、人間であれば人間のビョーゲンズが生まれると考えれば道理だろう。どうして幼くなったダルイゼンのような容姿をしているのかは今は置いておく。

 

 それより、のどか達は僕を取り込んだあの鎌女と戦闘を繰り広げている現状だそうだ。

 ケダリーから聞いた人物像とは少しばかり大人びてはいたが、"完成"だなんだと言っていたことからそれに関連した強化を行ったのだろうと悟る。

 

「なら、早急に此処から抜け出さないといけないか」

 

「でも、かえりかた、わからない……」

 

「僕もはっきりとは分からない。だが、あいつを片付けないと何も進まないだろうな……」

 

 あいつとは、真実の楽園で出会ったもう1人の"神医飛鳥"。

 無茶苦茶で何を言っているのかも分からなくて、力づくで追い出そうとしても倒せないどころか、逆に翻弄されてしまったのだ。

 とはいえ、飛鳥を倒さなければ元居た場所には戻ることは出来ない。

 それに恐らく……自分のこれからにも繋がって来るかもしれない。このままだと、一生悪意や憎しみを背負って生きていくことにもなるだろう。

 

 だが、答えが中々出てこない。何が正しくて、何が間違っているのかすらも分からない状況だ。

 誰かに教えて貰うと言っても、今この場にいるのは僕とケダリーのみ。ビョーゲンズなんかに聞いたところでこいつが理解出来るわけがない。だったら、自分自身で答えを見つけ出すしか──。

 

『い、いやだぁ! まだ消えたくない!!』

 

『たたかい、いやだ、また、ころされる、たべられる……!』

 

 ──いや待て。そう浅はかに決めつけるのは良くないことなのかもしれない。

 ビョーゲンズは一般的に悪意そのものだという認識ではあるが、一応そんな奴らでも感情はある。

 特に、ケダリーは先の戦いで翻弄されたのか戦意を喪失。まるで駄々を捏ねるように戦いを拒んでいた。

 経緯はどうであれ、ビョーゲンズにも心を持つ者はいるらしい。まあそれでも、僕達にとって有害な存在であることには変わりはないのだが。

 それに、こいつは人間である花寺のどかの体内から生み出された存在。

 彼女のことだ。可能性はかなり低いが、こいつの心の奥底にはのどかから僅かな感情を受け継いでいるのではないだろうか。

 

「……1つ聞く。お前にとって悪意とか憎しみって何だ? どうすれば、そいつを追い出すことが出来る?」

 

 そう思ったが故に、思わず口に出してしまった。

 対して、問われたケダリーはただ此方を見つめるばかり。

 

「……いってること、むずかしい、わからない」

 

「そうか……」

 

 やはり、聞くのは酷だったか。

 それも当然か。そもそも、あっちがどれ程の時間が経ったのかは分からないが、のどかの体内から放出されビョーゲンズとして誕生してからはまだ間もないはず。良い方向に向く可能性は寧ろ無に等しかったか──。

 

「……でも」

 

「ん?」

 

「ぼくのやどぬしにも、あくい、あった。キュアラピウスにも、ある。つまり、ぼくにもあって、みんなにも、ある?」

 

「っ!」

 

「だから、おいだすこと、できない? うーん、わからない……」

 

 頭を抱えながら、必死に思考を張り巡らせるケダリー。

 意外だった。いや、メガパーツを体内に入れられたことで芽生えたと考えれば道理であるが、まさかのどかにも悪意の感情があったなんて到底思うまい。それほど苦しい思いをしてでも僕のことを励ましてくれていたのか──。

 

「あと、だれかが、いってた。みんながそばにいるから、って。そのときのやどぬし、そのことばをしんじていいんだよって、いいきかせながら、ぼくをひっしにおいだそうと、した」

 

 信じる──。

 のどかは両親や友人がずっと見守ってくれていると思う自分の情念を貫いて、ケダリーを追い出した。

 つまり、大切なのは他人を信じることよりもまず自分を信じて、その信念を貫くことだということだろうか。

 

『どいつもこいつも、飛鳥として見てない癖に馴れ馴れしくしてきやがって』

 

『僕は心の奥底にいるお前自身だ』

 

 ──僕は家族や友人に本当に信じて貰えてるのか。そんなこと、本気で考えたこともなかった。

 

『あんな奴らは、最初から信用しない方が良い』

 

 もしかしたら、飛鳥の言っていたことは今でも心の何処かで思っていることなのかもしれない。

 だが、そんな中で僕が辿り着いた答えは"自分を信じる心が大切"だということ。

 以前の僕ならこの答えには辿り着かなかったし、仮に辿り着いたとしても意味も理解出来ずに切り捨てていただろう。

 正直、今の僕でもこれが正解なのかと複雑な思いはあるが、それでも周りに家族や仲間がいるんだと強く感じることが出来る。

 だったら、今の僕がやるべきことは──。

 

「「っ!?」」

 

 その時、突然地面が激しく揺れ動く。

 その揺れは、段々と大きく増してくる。この周りが崩壊してしまいそうなほどだ。

 

「あまり此処に長くはいられないようだな……おい、こっちだ!」

 

「う、うん!」

 

 僕はケダリーを誘導してある場所へと駆け出す。

 先程の、僕を真実の楽園へと連れ込んだ壁が見えて来る。今は紋章も光もなく、何も動じていない。次々と異変が起こり続けていたことを思い出すと、その様が妙に憎たらしく思う。

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

 それもあって、壁に思いきり閃光の矢を放つ。

 一刻も早くあいつと──飛鳥と決着をつけなければ。

 

 その思いが届いたのか、壁は閃光を包み込んで更に大きく光を差し込む。辺り一面を真っ白に染め上げてみせた。

 

 

 

 

 

「ったく、あの女が今大変だって時に懲りずに来やがって……」

 

 徐々に光が弱まり、僕もケダリーも伏せていた目を薄っすらと開ける。

 真実の楽園に辿り着き、目の前には"神医飛鳥"が小言を交えながら待ち構えていた。

 

「あれ、キュアラピウス、ふたり……!?」

 

 唐突な出来事にケダリーはかなり困惑しているが、そうしている暇もなく僕と飛鳥が対峙する。

 

「何度やっても同じだ。お前に僕は倒せない」

 

「……そうだな。お前を力づくで追い出そうにも上手く行かない。動きも全部読まれてしまってるからな」

 

「その通りだ。お前のことは僕が一番良く理解している」

 

「なら、お前ももう分かってるはずだ。さっき決めたことを……」

 

「……あ? 知らないな、そんなもの」

 

「しらばっくれる気か……まあいい、ここは自分の真実を映す場所だったっけか? なら、直接お前に見せてやる」

 

 そう言って、僕は片手を手の甲を上にするようにして胸の前へ置く。

 目を瞑る。頭に思い描いたものを実物としてイメージさせる。

 

「……っ!」

 

 瞬間、飛鳥の目の前──僕の背後に現れたのは一本の大樹。

 楽園を護る守護神の如く、自然の広がる大樹が発現した。

 

「『神医飛鳥は誓います。永遠に友達でいることを』」

 

「お前……!」

 

「……はっ、どうだ。あの時は永遠なんて信じ切れなかったし何より小恥ずかしかったからな。ちゃんと誓ってみせたぞ」

 

「……だから何だと言うんだ、くだらない! 永遠なんて言葉で騙されてるだけだお前は!」

 

 真っ向から否定する。

 僕のイメージを懸命に振り払おうと怒鳴り散らすが、無駄な抵抗だ。これが僕が今ある本心、真実なのだから。

 

「思い出してみろ! あいつらは、お前を飛鳥として見てくれてなかった! 辛かっただろ、苦しかっただろ? お前を分かってやれるのは僕だけだ! あんな奴らなんか信じるな!!」

 

「……ああ、そうだな。でも、それよりも先に信じなきゃいけないものがある」

 

「あ!?」

 

「まずは、のどか達に信頼されてる自分を信じてみることにする」

 

「……っ」

 

「自分でさえも信じられなかったら、誰も信じられるわけないだろ?」

 

「……馬鹿馬鹿しい。認められるか、そんなもの」

 

 僕の導き出した答えを聞いても、飛鳥は首を縦に振らなかった。

 表情も眼差しも変わらず怒りと哀れみが入り混じった感情。

 彼は汚いものを見るように僕を見据える。

 

「友達なんていなくてもどうにかなるって、父さんを超える医師になって見下してやるって言ってたあの時の飛鳥は何処に行ったんだ! あれこそがお前の本質、本当の神医飛鳥だったのに!」

 

「だったら、力づくで追い出してみるか? そんなこと不可能だけどな」

 

「……調子に乗るなよ、ニセモノ!」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射! 

 

 感情をむき出しに、飛鳥はクロスボウを取り出して先手を打つ。

 如何なる障害物も乗り越え、必ず敵の急所に命中する百発百中の矢。対象が如何に頑丈であろうと無視出来る程の威力。

 そんな相手の宝具を、僕は矢に視線を送ろうともせず難なく躱して見せた。

 

「何故だ、お前があれを避けれるわけが……!」

 

「いや、そもそも標準がブレブレだ。感情的に打つからそうなる。少し落ち着け」

 

「うるさい、黙れ黙れ黙れェ!!!」

 

 怒号と共に、大蛇が召喚される。

 赤黒い眼をした漆黒の怪物。まるで、怒りの感情が湧き上がる飛鳥の意志を引き継いだかのよう。

 暴走状態。敵味方の区別がついているかも分からない。ただ目の前にいた奴を対象として縦横無尽に駆け上がろうとする。

 

「……ケダリー、またお前を利用させて貰うぞ」

 

「え、っ?」

 

「驚くこともないだろう。まあ倒せまでとは言わんが、せめてあいつの尻尾でも叩いておけ」

 

 そう言って、飛鳥の方へと駆けて行く。

 ケダリーのことなら問題ない。先程まで戦意を喪失していたものの、この場面では戦いは避けられないとすぐに戦う覚悟を決めていたのだから。例の魔獣を倒せたのだから、僕が飛鳥を止めるまでの間であれを足止めするのも難しくないはずだ。

 

「く、あああああ──!!」

 

 対して、飛鳥も接近を開始する。

 技も戦法も全て真似されるから普段行うことのない接近戦を考慮したのだが、それすらも真似てくるのは想定外だった。相手もそれを考慮して行動に移したのだろうか。

 とはいえ、それはそれで好都合。此方が有利を取れる自信はある。

 何故なら、今の僕は今の飛鳥よりも冷静に対処出来るからだ。

 

「ぐ、ぬっ──!?」

 

 相手から振るわれた拳を受け止め、カウンターの如く喰らわせた一撃。

 もう1人の自分に、ありったけに力を入れた拳で殴り飛ばす。

 それだけでは終わらない。

 相手の拳をがっちりと掴んだまま、更に二撃。三撃。四撃。五撃。そして六撃──! 

 殴る、殴る、殴り続ける……! 

 今が好機、相手の戦意を停止させる絶好のチャンスなのだ──! 

 

「っ、あ……!!」

 

 ようやく、相手はもう片方の拳で殴りかかる。

 それも拳を振るった手で受け止めてみせた。

 そして、投げ飛ばす。

 両腕を勢いよく振るって、相手を明後日の方向へと投げ飛ばした。

 

 以降は、これらの繰り返しだ。

 何度も殴りかかってくれば殴り返すし、掴みかかってくれば掴み返して投げ飛ばす。

 負けられない。負けるわけがない。

 今のこいつに、僕を倒すことは出来ない──。

 

「うあああああ!!!」

 

 これが、最後の一手。

 お終いにしよう──。

 

「はあっ!!」

 

「っ!?!?」

 

 響き渡る轟音。

 顔面に衝撃が走り、勢い良く吹っ飛ばされる飛鳥。

 反動で激痛が迸り、震える自身の拳。

 そして、徐々に消滅していく漆黒の大蛇。

 

 キュアラピウスの、勝利である。

 

 

 

 

 

「どうだ、少しは頭冷えただろ」

 

 うつ伏せの状態で微動だにしない飛鳥に声を掛ける。

 顔を伏せているので表情は伺えないが、微かにすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「……どうしてだ。あんなに苦しまされてきたのに……」

 

「こいつ、また……!」

 

「安心しろ。もう戦えやしない」

 

 よろけながらも立ち上がり此方を睨み付ける彼を見たケダリーは再び警戒するも、それを僕が制止する。

 こんなボロボロの身体で僕に立ち向かえるわけがない。そんなことは、彼が一番理解しているはずだ。

 

「お前は、僕が邪魔なのか? だったら僕は一体何だったんだ!」

 

「寧ろ逆だ。お前がいたから僕は強くなれた。お前がいなかったら、自分を信じるなんて考えは出てこなかっただろうな」

 

「じゃあ、僕はもういらないのか!? だったら、僕は……どうすれば良いんだよォ!!!」

 

 そう言って、飛鳥は此方に向かって多少よろけながら走り出す。

 涙が溢れ出ている。消えたくない、いなくなりたくないと子供のような無邪気な抵抗。

 

「あ──」

 

「……そんなの決まってる」

 

 ──思わず、抱き留めてしまうくらいだった。

 

 回した腕は、酷く頼りない。

 何せ、自分からはしたことがないのだから加減が曖昧なのだ。強く抱きしめることも出来なければ、抱き寄せることも出来ない。

 僕が出来るのはただこうして、傍にいてやる事だけだ。

 

「僕と一緒に、"神医飛鳥"として生きろ。お前も僕なんだから」

 

「っ!」

 

「知ってるか? 悪意とか憎しみっていうのは誰にでも持ってる感情らしいぞ? だから、僕はそれも全部受け入れて生きていくことにする」

 

 息を呑む音。

 暴れたりして抵抗することなく、飛鳥はその場で制止して困惑している。

 罪悪感、後悔──この一瞬で彼は如何なる感情を抱いているのだろう。

 それを否定するように、僕は精一杯の気持ちを告げる。

 

「……今まで色々と迷惑かけたな。ありがとう」

 

 そう言って彼の背中を叩き、抱き締める腕力をほんの少しだけ強める。

 この感謝の気持ちは、今一番の本心であると告げるように。

 

「……」

 

 僕のちっぽけな行動にどれだけの効果があったのか。

 あれだけ感情的で荒々しかった飛鳥の強張った身体から力が抜け始めていた。

 

 刹那、僕達の周りを二匹の蛇が囲んでいく。

 漆黒の大蛇と純白の大蛇。

 まるで優しく抱いて温もりを感じさせる母のように、また初めて僕が変身した時と同じ温もりを与えながら優しく包み込む。

 同時に、辺り一面に光が放たれる。

 心が洗われるような感覚が、そして力が高まっていくような感覚が伝わってきた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤黒い空を照らす黒い太陽。

 地上で響き渡るは悲鳴の嵐。怪物の能力によって生み出された幾億の蛇が、人間達を逃すことなく丸呑みにしていく。

 そこには負の感情しかない。どれだけ人間に哀れみの感情を持っていたとしても、それより先に空腹が勝る。故に、人間達を潰して自らの一部とするのだ。

 呑み込んだモノは跡形もなく、以後は血液となって怪物を動かし続ける。

 その瞬間が彼女にとっての至福の時。久方ぶりの御馳走に笑いが止まらないでいた。

 

 そしてこの先も耐えることはない──そう思ってたはずなのに。

 

『ッ、アアアアア!?!?』

 

 突然、怪物の身体に激痛が迸る。

 あまりの痛みに自分の状況を冷静に分析することも出来ず、片手を地面に置き片手で口元を覆って嗚咽を混じりながら悶え苦しんでいる。

 早くどうにかしなければ──怪物は口直しに誰かを貪ろうと、徐々に静寂と化している周囲を見渡す。

 

「お父さん! 起きてよお父さん!」

 

 見つけた。

 怪物の瞳に映ったのは、気を失った1人の中年男性を1人の少年が揺さぶっている構図だ。

 ──もう誰でも良い。何人でも良い。それが自分の一部として満たされないモノであっても良い。この痛み、苦しみを一刻も早く抑えてしまいたい。怪物は蛇共に飲み込ませようと命令を下した。

 

 

「っ!?」

 

 海中を飲み込む波のように近づいてくる幾多の蛇に気付いた少年はあまりの衝撃で尻餅をついてしまう。

 それがやがて自分達に降りかかってくるだろうと理解しているのだが、足が思うように動かない。非現実的なモノに対する恐怖感と父親を野放しに出来ないという使命感に駆られ、すくんでしまっている。

 

「うわあああ!」

 

 その間にも蛇の接近は止まらず、少年が顔を両手で覆って叫び出す。

 やがて舌先が触れ、飲み込まれる寸前で──蛇が突如消滅した。

 

「……え?」

 

 突然の事態に素っ頓狂な声を上げる少年。

 無理もない。この混沌とした暗闇の中で、今目の前にそれを消し飛ばせることが出来そうなたった1つの"光"が現れたのだから。

 

「……ったく、世界がとんでもないことになってるというのにあいつらは何やってるんだ」

 

 そう呟きながら身に着けていた黒帽子とガスマスクのような仮面を取り、束ねていた髪を解く青年。

 外科医が着用する服に似た黒服に、指先を青に染めた手袋。左手には杖を右手にはメスを持参しており、"光"とは言えども確かに恰好は少しばかり禍々しく見える。しかし、彼がなびかせる銀色の長髪がそれを感じさせないほど美しく、少年は魅了されていた。

 

「……おい」

 

「っ!」

 

 唐突に声を掛けられ、少年は身体をびくりと震わせる。

 見上げると、青年が背後にいる父親を真剣な眼でじっと見つめている。

 

「……その人はお前の父さんか?」

 

「う、うん……」

 

「そうか。なら話は早い」

 

 そう答えを聞くと、蛇が襲い掛かってきた方向へと再び振り向いて遠くの怪物を見据える。

 怪物の大きさにして1キロはあるだろうか。奴に近づけば、視界に広がるのは禍々しき神殿の筈だ。

 あれこそがこの地獄の元凶。そして、この戦いの始まりにして終着点。

 これ以上、罪のない人達を犠牲にさせるわけにはいかない。その為にも、目の前にある悪夢を断つ──。

 

「……っ、お父さんを助けてくれるんじゃないの!?」

 

「悪いが、こうしている内にもあいつらに苦しまれ逃げ続けている人達が大勢いる事態だ。1人1人に時間を要している暇はない」

 

「そんな……!」

 

「……だから、お前が父さんを守れ」

 

「っ!」

 

「散々父さんから守られたり助けられたりしてきただろ? だから、僕がお前のことも守る代わりにお前が家族にとっての"正義の味方(ヒーロー)"になってやれ」

 

「……うん!」

 

 少年はしばらく黙って青年と父親を交互に見据えた後、意を決したように大きく頷く。それを見届けた青年が自然と安らかな表情を浮かべながら、少年を置いて怪物の方へと進みだして行った。

 

 

 

 

 

『これより、オペを開始する──!』

 

 




新たな決め台詞を交えながら、待望のキュアラピウス強化形態のお披露目となりました!
お披露目ということもあって主な活躍などは次回にお預けということになりましたが、ご期待に応えられるように気長にお待ち頂けたらと思います。


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第39節 覚醒

※オリジナル宝具追加 


 

「……誤算でした。これ程までに力の差があるとは」

 

 アスミはただ愕然とするしかなかった。

 無理もない。指に切り傷が出来るくらい全力で弦を弾いてヒーリングハリケーンのパワーの上昇を図ったとしても。更に言えば、グレース達三人の大技であるヒーリングオアシスをそこに重ねた十二分の威力を以てしてもあの怪物には敵わなかったのだから。

 敵の更なる宝具に競り負け強制的に変身を解除された一同は、街や空が滅んでいく姿を高台にある森の中で眺めることしか出来ないでいた。

 特にアスミは地面に両手両膝を付ける程に唇を噛みしめている。そんな彼女に、ラテは寄り添おうとゆっくり近づいていく。

 

「申し訳ございませんラテ。私ではこれ以上、お役に立てそうにありません」

 

「アスミ……!」

 

「やめてよ!アスミンが無理なら、あたしなんか……!」

 

「ですが、これほど絶望に満ちた気持ちを私は感じたことがないのです……」

 

 ひなたの言葉を、アスミは首を横に振って否定する。

 地球が滅んでいく光景、人々の悲鳴など創作の話でしか見聞き出来ないような事態が正に目の前で起こっていることに胸が締め付けられ、精神が乱れていく思いだ。

 

「もう、同じ過ちは二度と繰り返さないと決めていた、のに……!」

 

 同じ過ち──キロンを仕留め損ねた時のことだ。

 アスミは彼を浄化出来なかったことを今でも思い詰めていた。浄化の手応えが無いに等しいと思えるくらいに虚しく、それでも相手の気配を感じ取れなかったが故に多少安心していた彼女に現実を見せつけるかのように再び現れたことは、唇を噛む程に悔しかったのだ。

 

 もしかすれば、シアとの戦闘で焦りを感じていたのかもしれない。

 相手に次なる行動をさせぬようにコンマ秒でも早く技を繰り出さなければ。完全に仕留め切れるくらいの全力を出さなければ。脳内で何度も自分に言い聞かせながら戦った結果、それが焦りとなって悪い方向へと向いてしまったのかもしれない。

 

 でも、本当にどうすれば良かったのか分からないのだ。

 ──もう私は仲間や人々を救えないのではないか、とマイナスな思考も浮かんでしまう。そうして段々と苦しくなって、辛くなって、ついには涙も零れてしまう。不覚にも、その涙はちゆやひなたを不安にさせてしまっていた。

 

「それでも、私は諦めたくない……!」

 

 だがそんな中、街の景色を一心に見つめていた仲間の1人が言葉を発する。

 

「こうしている間にも沢山の人達が苦しんでるんだから、絶対に止めないと!」

 

「シアがどんなに強くても、もっと強くなっても放っておくわけにはいかないラビ!」

 

 ──まだ、のどか達の心の灯は消えてはいなかった。

 

「そうね、プリキュアである私達が立ち上がらないと身近にいる大切な人達だっていなくなってしまう……!」

 

「そうペエ……エレメントさんも。皆苦しむペエ!」

 

 その灯は、誰かの心にある蝋燭に与えるように燃え移っていく。メラメラと熱く光り輝き、ちゆ達を勇気づけた。

 そんな2人を見たひなたは、ふと微笑みを浮かべた。

 

「……ひなた?」

 

「……なんか、皆のキャラってバラバラだなーって思ってさ。でも、それもなんか良いよね!」

 

「誰かが挫けかけても誰かが支える!そうしたら皆も次々勇気が沸いてくる!って感じで良いよな!」

 

 それぞれの個性を褒め合って、それぞれの足りない部分を補う。仲間が前を向いているからには挫折するわけにはいかない。彼女らの灯は、友情という証によって支えられているのだろう。

 

「だからアスミちゃん、私達まだ頑張れるよ!」

 

「ラビリン達ヒーリングアニマルと人間のパートナー。それに、地球と風から生まれたアース!」

 

「そして、色んなエレメントさんから力を預かってるペエ!」

 

「こんなに沢山の人が、沢山の力が集まってるんだもの」

 

「まだまだいけるよ!そんな気、してこない?」

 

 3人はアスミに身体を向け、同時に笑顔で手を差し伸べる。

 葛藤する──未だ前を向いて苦難を乗り越えようとしている彼女らに役立たずとなった自分が肩を並べても良いのか、とアスミは心の中で思考を巡らせていた。

 

「何をしているのかと思えば……まさか地球の精霊サマが弱音を吐いているとはな」

 

「「「っ!?」」」

 

「うぇ、何、森の番人!?」

 

 刹那、付近からガサガサという草の茂みを払う音と共に聞き覚えのある少年の声が聞こえてくる。

 外科医が着用する服に似た黒服に、指先を青に染めた手袋。此方を魅了させるほどに美しくなびかせる銀の長髪。

 ──身に着けていた仮面を外して素顔を晒している点、黒のローブを身に纏った服装でない点など以前とは多少の違和感があるにしろ、ぱっと見でも素顔を伺えばその正体は分かる。現に、彼以外の4人が即座に瞳を輝かせたのだから。

 

「キュアラピウスだ、あと前もその件やっただろ」

 

「でもその恰好……」

 

「ああ、あいつの中から抜け出した時にはこうなっていた。だがまあ、おかげで以前よりも動きが段違いに軽くなった。こいつによれば、これがキュアラピウスの"進化形態"らしい」

 

 散々ラピウスを苦しめ続けてきた"進化の兆し"。全身に生じる唐突な痺れや、それが心身共に暴走して広範囲にまで放電するといった症状がしばらく彼を襲い続けた進化の兆しを、自分自身の全てを受け入れて前を向いたことで克服した。それが今の彼の姿なのだ。

 

「もう~、みんな心配したんだぞ!?」

 

「んぐ……っ!?」

 

 ポポロンが泣き顔で接近し腹部に激突したことでラピウスは思わず胃液が出そうなくらいに嗚咽する。

 確かに、返す言葉もない。ある意味自分勝手な行為で周りに多大なる迷惑を掛けたという自覚は大いにあり、本当に申し訳ないという気持ちしかない。

 だが、戦いはまだ終わっていないどころか始まりであるかもしれない。一刻も早く戦いを終わらせ、人々を救い出さなければ。謝罪なら、後で気の済むまで頭を下げることにしよう。ラピウスはそんな思いを抱きながら、嘘くさい大泣きをするポポロンを掴んでその辺に投げ捨てた。

 

「……怖気づいたんなら、ここで指咥えて見ていても構わない。だがこれだけは言わせてもらう」

 

 未だに膝をついて彼を見上げるアスミに忠告の言葉を添えながら背を向け、怪物のいる方向へと歩み寄る。

 

「僕達はあんな奴に負けを認めるほど弱くはない。だから、もっと僕達を信じろ」

 

「っ!」

 

 以降、彼はアスミ達に顔を向けずにポポロンの頭を掴み、そのまま足を地面に踏み込んで勢い良く跳んでいった。

 

 ──ラピウスの言う通りだ。

 如何なる状況でも諦めることなんて考えずにじっと前を見据えている仲間達が敗けるはずがないのだから、こんな所で両膝をついている場合ではない。

 

「……私も、戦います」

 

 故に、アスミも後に続くことに決めた。

 

「皆で手を取り合えば、この戦いは必ず終わります。いえ、終わらせて見せます!」

 

「うん、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約数十分掛かるすこやま山を登ると、やがて山頂の印となる建物が目に付く。

 そこが恐らく、怪物の視界に映る位置となるはずだ。

 

「あともう少しか……!」

 

 周囲に気を配りながら、地面に転がる枝を掻き分けて斜面を上がっていく。僕が一番乗りとなるわけだが、のどか達も意を決して後に続いてくれることを願うばかりだ。

 そうして長く急な斜面からようやく平らな地面に出た瞬間、ソレが出迎えていた。

 

「……なんだ、顔色が悪いじゃないか。まだ不満なのか?それとも食い過ぎたか?」

 

『貴様、どうしてここにいる……』

 

 長髪を蠢かせながら、酷く虚ろな眼で此方を睨み付ける。

 無数の大蛇のように変貌する髪。中でも目立つ4体の大蛇が主格で、他のは量産型か。

 これが彼女の成長の成れの果て。もはや蛇の女王とも呼んでもいい。

 

 奴にとって僕達人間は手の平で潰せる蚊のような存在である故、よくも僕の気配を感じ取ったものだと思わず感心する。

 一応、気配を殺して怪物の背後を取った後にその首を刺すつもりだった。もとい、全て上手く行けるほど敵は甘くないと思っていたが、こうも簡単に作戦が崩れるのは予想外ではあった。それでも、僕は圧倒されない。

 

「おかげさまで、僕"達"の手で抜け出してみせたさ。ただまあ、変な所に連れ込まれたせいで頭が些かすっきりしないがな」

 

 敵の正視に視線を逸らすことなく鼻で笑って答えてみせる。

 段々と周囲に悪寒が立ち込めて来る。怪物の呼吸であろうそれから際限なく満ちる魔力が弾け、漏れ出して山林を黒く汚染していく。まるで絵の具で塗りつぶしたかのように黒く、ドス黒く呪っていた。

 

「皮肉の1つくらい自分の口で言ったらどうなんだ。わざわざ魔力を消費してまで"死ね"と念じて来るとは、やっぱりガキだなお前」

 

『……一度(ワタシ)に殺されたガキ風情が。完成したこの我を侮辱するか』

 

「完成……ハッ、そういうのは全部食い尽くしてから言え。まだ"獲物"が残っているじゃないか」

 

 瞬間、背後に4つの光が現れ徐々に人型へとまとまる。

 4つの獲物──いや、4人の地球の戦士が怪物の前に立ち塞がった。

 

『……ッ!!!』

 

 怪物が両手で顔を覆うと同時に、蠢く大蛇が左右に2体ずつ僕のもとへ接近する。

 "殺せ"と、そう何度も命じているのが伝わる。憤怒と殺意の感情は、間もなく爆発してしまいそうだ。その指示に従って、蛇共はキュアラピウスを対象に喰らうつもりだ。背後のグレース達も張り詰めた表情で防御態勢に入って身構える。

 

 だが、僕はその場から動かずに両手に鋭利な小刀──メスを投影する。

 

「……はあっ!」

 

『っ!?』

 

 息を大きく吸った後、勢い良く両腕を振って虚空を裂く。

 一体を相手するなら直接攻撃の方が威力は強力なものとなる。だが、複数が相手の場合は僅かな隙が出来てしまうかもしれない。故に、全体攻撃を行う。

 

「これが、ラピウスの力の進化……!」

 

 その結果、蛇共は鎌鼬(かまいたち)の如きつむじ風によって斬り裂かれ微塵に刻まれていく。怪物は当然のことながら、グレース達もその光景に驚きを隠せない中、蛇は灰となって消滅していった。

 

『なんだ、この寒気は──全身が震えだす。理性()が狂いそうだ……!おいどういう事だ獣人、何処にいる!あいつは何だ!あんなに醜い人間は見たことがない!』

 

 ──完成したのは自分のはず……自分だけのはずなのに、何故こんな人間に圧倒されているのだ。

 そうとでも言わんばかりに、怪物は怒気の籠った声でうねりを上げる。そこには何処か恐怖も混じっているようにも感じる。

 

『もはや誰でも良い、殺せ!あの人間を──いや、あの醜い怪物共を我の視界から排除しろ……!!』

 

 絶叫──もう、以前の理性は失っている。

 怪物の命令によって生み出された広範囲の荒波が押し寄せ、僕達を飲み込もうとする。アレのおかげで罪のない一般市民は悲鳴を上げるほど苦しめられ、喰われていった。

 だが、それをプリキュアに向けたところで簡単にやられるわけもない。

 

「……お前達」

 

「「「「うん……!」」」」

 

 そう、今の僕達ならば。

 

『プリキュア・ヒーリングフラワー!!』

『プリキュア・ヒーリングストリーム!!』

『プリキュア・ヒーリングフラッシュ!!』

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!』

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!

 

『ぐうッ……!!』

 

 一斉射出──!

 5つの光が荒波を包み込み、1つも余すことなく総てを無にかき消して行く。その光景を怪物は、気に食わないと唇を強く噛みしめながら見据えた。

 

「……もし些細な事であっても運命が変わっていたら、ちょっとだけでも救いはあったのかな」

 

「……救い?」

 

「ううん、君には後で話すよ。それより、今はシアを浄化することに専念しよう!」

 

 ポポロンの言葉に一同は頷き、怪物を見上げる。

 

「あの子の魔眼を……壊すんだ!」

 

『──くだらん、黙れ黙れ黙れ!死ぬがいい怪物共!その浅ましい姿を、我の前に晒すな!!』

 

女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥシア)!!!』

 

「行くぞ!」

 

 僕の掛け声と共に、プリキュア達は散らばる。

 対して、僕は怪物の宝具を大きく前転で回避し、足元へと疾走する。隙を与えることなく押し寄せて来る蛇共を、両手に持つメスで対抗する。医療で使うものとは多少長さは違うとはいえ、だからといって武器にしては短く小さすぎるという印象は変わらない。だがそれでもキュアラピウスは自在に操ってみせる。蛇の顔面を踏みつけ、停止した首元を斬る、斬り続ける。細かく綺麗に切り刻んでいく。端から見れば、今の僕の姿は斬撃を放つというよりかは"舞っている"とでも思われるのだろうか。

 

『おのれ──!』

 

 そうして怪物の死角に回り込む。その体格故に、極小の人間を攻撃することは出来ない。仇となっているのをいいことに猛攻を続ける。一度で部位破壊とまではいかないものの、絶え間ない斬撃で怪物の腕や腹部に傷をつけて血に染めていく。

 やがて目前まで接近し、魔眼を潰す為に攻撃を集中させる。ここまではどうにか上手く行っている。このまま弱点を狙い、形勢逆転を図ろうとする──。

 

『まだだ、まだ終わるものか──!』

 

「なっ……!?」

 

 突然、怪物の怒号に応えたか横から大蛇が乱入し、僕の武器を弾いてタックルで突き飛ばした。

 

『空気のエレメント!』

 

 地面に落とされていく僕を、空気のエレメントの力でアースが放った空気玉に閉じ込めて落下速度を軽減させる。やがて浮遊状態でゆっくりと着地する。

 助かった。あの高さから落下すれば体勢を立て直すにも時間が掛かりそうだったのだから……。

 

『我は復讐する!この世界を、私を棄てた人間共を捻り潰す!』

 

「傷が、もう治り始めています……!」

 

『当然だ。この程度で我を倒せるものか!我は復讐者(Avenger)だ!復讐者、のはずだ……!だから我が──私、が、お姉様達の代わりに、復讐を果たさなければ──!!』

 

強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)!』

 

 長髪を更に伸ばして四方八方に広がった直後、魔眼が解放される。

 段々と、長髪が怪物の身体を包み込んでいく。僕やケダリーに向けて仕掛けたような強く締め付けるものではなく、ギュッと強く抱擁するように。

 

「まだ強くなるの……!?」

 

「……いや、というよりかは一度で世界を支配するつもりだ」

 

 そうして"出来上がった"のは、一本の大木。

 "シア"と呼ばれた1人の人間としての最後の名残を完全放棄したオリジナル。それにより行き着いた成れの果てである"怪物"の更に先、つまりは真の終着点を実体化させた最凶形態。

 

『フ、ハハ、フハハハハハハ!!!』

 

 高らかに笑いながら、魔眼から漆黒の光線を放つ。

 一般人であれば即刻命を奪われるなど、指定領域内のあらゆる生命を溶解する(けす)──。

 

『ぷにシールド!』

 

 その光線が、直前で停止していた。

 暴風と高熱を巻き散らしながら、黒炎はプリキュアの防御技によって食い止められる。

 ヒーリングステッキにより出現した4つの盾は彼女らを護り、灰と化そうとする魔弾に対抗する──ように見えた。

 だが、それを黒炎は苦も無く貫通する。

 

「「「「──っ……!」」」」

 

 3つ目の盾が四散する。

 残るは一枚、グレースのぷにシールドのみとなった。

 光線は絶対に貫かんと4つ目の盾に触れ、なおその勢いを緩めない。

 

「それでも、私達、は……!」

 

 殺しきれぬ魔眼の一撃。

 それを直前にした時──。

 

「「「「私達は、お手当てを諦めない!!」」」」

 

『何ダト……!?』

 

 アースを筆頭にフォンテーヌ、スパークル、アースの3人はそれぞれが持つエレメントボトルを輝かせ、グレースの背中に全ての力を注ぎこむ。その力は1つの光となって彼女らを包み込み、黒炎を相殺すると同時に新たなエレメントボトルを誕生させる。

 

「新しいエレメントボトル!?」

 

「今まで集まったエレメントさんの力がひとつになったラビ!」

 

「ワフ~ン!」

 

 さらに、衝撃は続く。

 ラテの一声と共に、所持していたヒーリングステッキとアースウィンディハープ、そしてヒーリングアニマル4匹が1つになって、新たな姿へと"進化"する。

 

「スペシャル・ヒーリングっどボトルに、古に伝われし武器"ヒーリングっどアロー"……!」

 

 注射器と弓……というより、僕が使うものと似たクロスボウをイメージしているようだ。そんなヒーリングっどアローの先端にはそれぞれヒーリングアニマルの顔が配置されている。

 

「ラテ様が僕達の力も1つに纏めてくれたペエ!」

 

「流石ヒーリングガーデンの王女様だぜ!」

 

「グレース!皆んなの力で浄化するラビ!」

 

「うん!」

 

「「「「ヒーリングアニマルパワー全開!」」」」

 

 4人は一斉に、ヒーリングっどアローにスペシャル・ヒーリングっどボトルを装填する。付属されたダイヤルが回り始め、彼女らの姿を新たに変化させる。

 それぞれが髪のボリュームアップや髪飾り等の形が変化、また衣装の丈も伸びて白衣やドレスのデザインへと変化を遂げていく。

 

「「「「アメイジングお手当て準備OK!」」」」

 

 ヒーリングっどアローの引き金を引くことで癒しのパワーを溜め込む。段々と、七色のエナジーが上昇していく。

 

「……よし、僕も行こうか」

 

 あいつらに活躍の場を譲るわけにもいかないからな──僕は怪物の方向へと走り出す。

 距離にしておよそ50メートルにまで詰める。それほどの助走を以て跳びかかるわけではなく、身体を地面に沈めて上空へと高く跳躍する。

 

『──我が宿命、月女神及び太陽神に請い願う』

 

 体を宙に舞わせる中、そう呟きながら左腕を天に掲げた途端、ぎしりと空間が軋みを上げる。

 

『月女神には愛の精神を、太陽神には輝かしき一矢を、そして双方に我が運命を定めよう……次なる運命に幸あれ』

 

 紡がれる言葉に、闇に染まった暗雲の隙間から一筋の光が呼応する。それはキュアラピウスを中心に照らし、かざした掌から白銀の玉を生成した。

 

 そして、スペシャルヒーリングっどスタイルとなった者達は"OK"というパートナーの掛け声で引き金を押し──

 そして、僕はそれを怪物目掛けて上体を反らし──

 

 

 

 

 

「「「「プリキュア・ファイナルヒーリングっどシャワー!!」」」」

汝・白銀の一矢(ヴェロス・オルテュギアー)──!!』

 

 ──一斉の掛け声で螺旋状の光線を放った。

 ──怒号と共に、その一手を振り下ろした。

 

『ッ……!』

 

 先に命中したのはラピウスが放った一矢だ。見た目はちっぽけで、衝突したところで巨体な怪物には小石がぶつかった程度の感覚だろう。

 

『何ダ、身体ガ……!?』

 

 だがそれでも、中身は2人の神に願ったことによって凄まじいエネルギーを持ち合わせており、怪物の体内でそれが膨張し始める。怪物の魔眼は見開き、悶えるように苦しみ出した。

 

『アッ……』

 

 そこに追い打ちを掛けるように、ファイナルヒーリングっどシャワーが襲い掛かる。速足を止めることなく、怪物を容易に貫いていく。

 

『ヤメ、ロオオオォォォォォ……!!!』

 

「「「「……お大事に」」」」

 

 螺旋状の光線は怪物の身体を貫通し、その中に潜む闇の心から一人の少女を両手で包み込むように引き離す。

 辺りが虹色のオーロラのように染まった直後、残骸は拡散した光によって消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──心の中に潜む闇が、悶えるほど苦しかった痛みが消滅を始めていく。

 復讐者であるが故に、もうすぐ私は魂ごと無くなってしまうのだろう。

 だが、奴らによって自分が消えていく恐怖や憎悪などは不思議にも感じられない。それよりも、何処か気分が晴れたような、胸がすく思いだ。

 奴らは私に何を行ったのだろうか。こんな気分は姉様達と肩を並べていた時以来だ。

 

 ……ということは、"快夢"を見せる魔術でも仕掛けたか。

 そう思う理由は2つ、私が今心持ちにしているものだから。そしてもう1つは、違和感を覚え両眼を開いた瞬間に視界に映った世界によって浮かび上がった──。

 

 空のように綺麗で真っ青に広がる海。その付近、今私が立っている自然の色に満ち溢れた大草原。これから沈んでいくであろう太陽の薄暗い日差し。

 何もかもが神秘的であり、まさしく夢のような楽園。そんな世界の中心で、心地良い風が私の髪をなびかせていた。

 

「……あれ」

 

 遠く、地平線の先に人影が2つあることに気付き、目を細めて凝視する──。

 

「っ!」

 

 それはどちらも、優雅な仕種と溢れる気品、可憐で妖艶な佇まいを魅せている。

 間違いない。ああやって世の殿方らを魅了させ、忠誠を誓わせていたのだから。

 2人の正体は絶対に、確実に姉様達だ──!

 

「ぅあっ……」

 

 姉様達の元へと駆け出そうとして、咄嗟に足がすくんでしまった。

 どうしよう、このままじゃ置いてかれてしまう。私は身体を必死に起こそうとするが、何故か立ち上がれない。

 どうして、どうして、どうして……!

 私が姉様達の言うことを聞かなかったから?私がグズで駄目な妹だから?それとも……私が姉様達を殺してしまったから?

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!

 ちゃんと言うことを聞きます。これ以上駄目な妹なんかにはなりません。一生姉様達から離れません……!

 だから、私から離れないで……!私を置いて行かないで……!!

 

「……私達に酷いことをしておきながら、どうしてそんなに怯えた顔をしているのかしら、この子は」

 

「え……?」

 

「同感だわ。姉の前で泣きべそかいてるんじゃないわよ」

 

 あれ……?

 物凄く遠くに行ってしまっていたはずの姉様達が、いつの間にか両隣で両膝をついて私の顔を伺っていた。訳が分からない事態に陥り、頭を抱えて混乱する私に2人は手を差し出す。

 ……ぎゅーっ。

 

「……あの、いひゃいれす(いたいです)。頬をつねらないれくらひゃい(つねらないでください)

 

「あら、命令する気?貴女はさっき完成した怪物と名乗っていたけれど、私達からすれば全くもって不出来な妹よ?」

 

「今もこうして姉2人に手間をかけさせているんだもの。今も昔も変わらずグズで駄目駄目な駄目ドゥシアね」

 

「ええ本当に。そんな駄目な子にはお仕置きが必要よね?」

 

 お仕置き──嗚呼、そうだ。

 私は彼女らからお仕置きを受けなければならない。

 大切なもの、失いたくないものが少ない私にとって唯一大切にしたかった姉様達を殺してしまった。醜い怪物である私が、守りたかったものを喰ってしまったのだから。

 何を愛していたんだろう。何を守りたかったのだろう。そんな葛藤を繰り返しながら、罰を下される。

 ゆっくりと眼を瞑る。生き地獄に遭おうが姉様達に喰い殺されようが、何だって受ける覚悟はあるつもりだった──。

 

「……は?」

 

 突然、身体に違和感を覚える。

 それは痛みでも苦しみでもなく、浮遊される感覚。

 正体を探る為に目を開けてみると、姉様達に身体を持ち上げられていたことに思わず変な声が漏れた。

 

「貴女に酷いことをされた私達が恩を売るために、永遠に自分は姉以下の駄妹だと刻み込むために肩を貸してあげるわ。本当はこんなの御免だけれど」

 

「え、えぇ、姉様!?」

 

 一歩ずつ、ゆっくりとリズムを刻みながら進んでいく。

 何とも言えない気分だ。恐らく、こんなことは二度と起こらないだろう。とはいえ、不思議と心地良くも感じる。

 

「……でも、シアがこうして小さくなったのはとても良いことね」

 

「ええ、そうね。図体がでかい、ましてや怪物の姿だったら即座に潰されていたでしょうね」

 

「その場合、どう連れて行かせたかしら?」

 

「……多分、尻を叩いて歩かせるか酒樽のように転がしていたと思うわ」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、私達はまた進んでいく。

 

 ──こんな日々が永遠に続ければ良いのに。

 私達はただ、何もない楽園で何もない日々を過ごしたかっただけだったのに──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった、のか?」

 

 怪物の姿がどこにも見当たらないことから、プリキュアと怪物との長い戦いは終幕を迎えたと察する。

 だが、赤黒い空は晴れてはいない。ところどころに明るみが出てきているものの、完全に収束とまでは言っていないだろう。

 また、普段賑やかなこの街も未だ静寂に満ちている。怪物に喰われてしまったまま帰って来ていないようだ。

 それも当然か、喰われたってことは"死んでしまった"と同義なのだから。まあ、これで心置きなくこの辺りを蝕みやすくなったから好都合だけど──。

 

「……やはり、彼女では甘すぎたか」

 

 突然、近くにいたキロンが呟いた。

 神妙な面持ちで、闇の空をじっと見つめている。

 

「そういえば、ここは一旦引いた方が身の為ですよ。ダルイゼン」

 

「……は、何でだよ?」

 

「これから私にとっても貴方にとっても、不都合過ぎる事態を起こるかもしれません。まるで薄汚れた世界をまるごと浄化するような、こちらが浄化されてしまいそうな程の、ね」

 

 

 

 

 

「あ、シアいたよ!」

 

 怪物の浄化後、その体内にいたシアが飛んで行った神医総合病院の近くにある林の方へと足を運んでいた。そしてそこに辿り着くと、闇に染まった空で唯一光が差し込んでいた場所に彼女は倒れていた。

 

「慎重に、だからな」

 

「分かってます……!」

 

 どこかに隠し玉を持っている可能性だって考えられる故、自分の身を守りながら接近するのが安全策だ。グレースとアースを筆頭に、恐る恐るシアに近づいていく。

 

「……さま」

 

「え……?」

 

 非常に掠れた声でシアは何かを呟いた。

 それは以前のように冷酷ではなく、気分の良さそうな優しい声音に聞こえた。グレースは彼女の側で膝をつき、後頭部を支えて起き上がらせる。

 

「ね、さま……って、くだ、い……しもねえさ、ま……」

 

 グレースに視線を向け、途切れ途切れの言葉で話す。

 徐々に震えた片手が上がっていき、やがてグレースの頬に添えた。

 

「ど、どういうこと……?」

 

「……多分、シアにはもうボク達のことは見えていないんだと思う。もしかしたら、今見ている景色はお姉さん達が側にいる夢のような楽園なんじゃないかな」

 

 よく見ると、彼女の瞳の奥に靄のようなものが霞んで見え、焦点も合っていないようにも見える。ポポロンはそんな彼女を見て大方察した。

 

「……そっか」

 

 グレースはそう呟くと、優しく微笑んで見せる。

 彼女は生まれた時から悪人だったのではない。姉妹と共にただ平凡に暮らしていたはずのたった一人の少女に過ぎなかった。

 嫉妬、憤怒、憎悪──人間の身勝手な振る舞いが不運にも悪い方向に拡散され、勝手に怪物にされてしまった。挙句の果てにはプリキュアという名の恨んでいた人間達によって浄化されるという、いつの間にか悲劇のヒロインとやらとして扱われてしまったのだ。

 

 そのプリキュアというのが、僕達だ。言ってしまえば、僕達が殺めたのだ。二度と、シアは夢の世界から飛び出すことはない。人々を救う地球の戦士だからと、正義の為だからと言って誰かを殺すことなど許されることではない。

 

 だが、僕達はこの道を選んだことに後悔はない。

 人々を救い出す為に他人を殺した。

 人間との行き違いがなければ、どこかで道が1つに繋がっていれば運命は変わっていたかもしれない彼女を、僕達の手で浄化した。

 後悔は許されない。誰かにとっての正義の味方になるということは、同時に誰かの大切なものを奪うということなのだから。

 

 ……でも、今回は特例である気もすると、彼女の穏やかそうな表情を見て思った。

 恐らく、夢の世界では幸せなのだろう。今回ばかりは彼女の力を奪ったのと引き換えに、彼女の一番大切なものを取り戻してみせたんだと、そう思いたい。

 

「おやすみなさい……」

 

 ──シアは今一度、ゆっくりと瞼を閉じて永遠の眠りへと入っていった。

 

 ……さて。

 

「まだいつもの日常には戻れないみたいだな」

 

 闇に染まった赤黒い空は、未だ晴れてはいない。

 所々に明るみは増しているものの、どうも塞がれている。怪物は倒したというのに、何故戻らないのだ。

 

「……あ、そうだ」

 

 ポポロンは何かを思いついたように、身体の中から何か小道具を取り出してシアの方へ向ける。

 注射器──医療器具よりかは子供が使う玩具に似た見た目のそれを、シアの両方の二の腕にぶっ刺して採決していた。

 

「何してるの?」

 

「ああ、いや、ちょっとね」

 

 何とも歯切れの悪い物言いだ。幾個も注射器を取り出しては血を何滴も抜き取っている辺り、こいつのことだから良からぬことを考えているのだろう。

 

「これで後始末出来るかなって思ってさ」

 

「後始末?」

 

「ラピウス、これを杖の中に入れてくれるかい?」

 

 そう言って、数ある注射器の内の一本を持ち出して僕に差し出す。

 杖の中、というのは恐らく上部にある赤いオーブのことを指しているのか。蛇の召喚や大技を放つ際に使用される部分なのだが、そこにシアの血を注入しろと促していた。

 

「……なるほど」

 

 その真意は思ったよりもすぐに理解出来た。

 確か、シアの血管には左右に異なった効果を受け持っている。右側の血管から流れた血には蘇生効果が、左側の血管から流れた血には人を殺す効果があったはず。

 そして、今僕が手渡されたものは謎のシールに書いてある文字からして前者だ。この血を杖に注入して"あれ"を放つという魂胆か。

 

「了解した。だけど、その前に会っておかないといけない奴がいる……出てこい」

 

 僕は林の奥へと視線を送り、映し出されている人影を呼ぶ。

 

「え、ケダリー!?」

 

 そこからひょっこりと顔を出したのは1人のビョーゲンズ──ケダリーであった。

 僕には敵意はないものの、その周りに先程まで戦っていたグレース達がいる故、やや怯えた表情で恐る恐ると近づいていく。

 

「どうしてここにいるの!?」

 

「ひ……」

 

「まあ待て。もうこいつに戦意はない」

 

 ヒーリングステッキを持って敵意を示すグレース達を一声で制止させ、僕も同じようにケダリーへと近づく。

 せめて、宿敵の幹部であろうともこれだけは言っておかねば──。

 

「……お前にも、礼を言わなきゃいけないな。有難う」

 

「うん。ぼくのからだ、なくなるの、ちょっとこわい。でも、このままでいるのも、いやだ。だから、かくご、できてる」

 

 覚悟──ビョーゲンズでありながらも、その役割を果たすことを棄てた善意によるものだ。

 自分の身体が消滅する、死ぬことに恐怖心はあるが、そうしなければまた誰かが苦しんでしまう。そんな人間らしい心を生み出したケダリーの覚悟だ。

 

「そうか……またいつか、僕達みたいな普通の人間に生まれ変わってもう一度僕に会いに来ることを約束しろ」

 

 その契約に、ケダリーはしばらくの沈黙の末に頭を縦に振って了承した。

 思わず、笑みが零れる。こいつがどれ程の善人になって再開できるか楽しみだ。

 

「……よし、始めるか」

 

 こちらも覚悟を決め、シアが眠っている場所──唯一光が差し込んでいる場所へと足を運ぶ。

 シアの側に杖の先端を置き、オーブに蘇生の血液を注入する。本来赤みを帯びていたそれが、一瞬にしてより血の色へと染まり、球体の中で血液が暴走を始めた。

 

『真の蘇生薬とは比べるべくもない不出来な薬だ。しかし、人類には十分過ぎる処方箋。

 

 ──開放せよ。

 

 倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)

 

 ──刹那、風が吹き荒れる。

 心地良いとは思えず、しかし鬱陶しいとも思えず。ただ不自然な風が、世界に送られてくる。それにより、闇の空は吹っ飛ばされるように晴れていき、青空が顔を出していく。

 

「あ……」

 

 そんな不自然とは対照的に自然とシアの身体が薄くなり、地面へ吸い込まれていく。

 二度と復讐の為に再誕せぬよう、この場で永遠の眠りにつかせるのだろう。その姿を、グレース達はただじっと見つめる。

 

「ヒーリングッバイ……」

 

 対して、ケダリーは心地良さそうな表情で天を見上げながら浄化されていく。その姿を、僕は横目で見つめた。

 

「あ、見て!皆んな戻ってきてる!」

 

 スパークルが指さす先には、いつもの賑やかな日常が戻ってきている。

 還ってこれたことに抱き合って喜びを分かち合う者。感動の涙を流す者。本当に自分が生きているのか困惑する者など、経緯は一貫しているものの皆んなが皆んな個性的な反応を見せていた。それもまた、人間の面白いところでもある。

 

「……お大事に」

 

 ──いつも通りの風景が、戻ってきたのだった。

 

 



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第40節 一時の気分転換(前)

 

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

 僕はのどかの病室にて、両親に深々と頭を下げる。周りには僕やのどかの両親だけでなく、ちゆやひなた、アスミもいた。

 あの騒動から急いで神医総合病院へと戻り、のどかは両親や医師に体調が良化したという旨を伝えた。僕が病室を飛び出してから今に至るまでおよそ1、2時間が経過したと考えると、それまでとは見違えるくらい顔色を良くした彼女を見て、両親は勿論、仮面を被っているのかと疑われるくらい冷徹な表情の持ち主である医師も流石に唖然としていた。

 同時に、2度目なこともあってかまた体調を悪くするのではないかと不安を募らせていたが、のどかは仮にそうなったとしても負けないように全力で病気と闘っていくと決意を固めたことに、彼女の両親はただギュッと彼女を抱き締めていた。

 

 さて、次は僕の番だ。

 この件に関しては、頭の中で冷静に考えて僕が悪いという結論に至った。どれだけのどかのことが心配だったとはいえ、面会には時間という"ルール"が設けられた上で行われている。病気がいつどのタイミングで悪化するかも分からないリスクもある中で、僕は自分勝手な物言いでそれを否定したのだ。そんなルールも守れない、それに仲間の苦しみが悪化することも考えていない人間が医師になるなど、くだらない夢と言われたところで間違ってはいない。それで感情的になって家族を怒鳴って殴りかかるなんて以ての外だ。下手したら家族関係を断たれてもおかしくない。

 そんな思いで、僕は誠意を込めて謝罪した。

 

「……でも、だからといって夢を諦めたわけじゃない。これからも、どんな病気も治せる医師を目指して精進してみせます」

 

 同時に、僕も決意を固めた。

 頭を上げると、その言葉に母さんは何も告げることなく優しく微笑んでくれた。対して、父さんも何も言わずに僕の瞳を一心に見つめている。

 

「……そうか」

 

 そして、ただいつもの一言だけを残して僕達に背を向ける。

 病室の入り口まで歩いていくと、そこで一度足が止まり再び振り返った。

 

「……"俺"も、発言が軽率だった。謝罪させてくれ」

 

「っ……!」

 

「失礼します」

 

 そう言って深々と頭を下げ、挨拶を告げて病室を後にした。

 意外過ぎて心が揺らぐ。当然、医師という仕事に就いているにはこういった誠意は必要不可欠であるにしろ、まさかこの人に頭を下げられるなんてと面を食らった。

 だが、嫌な気分にはならなかった。重圧に押されていたおかげで、張り詰めた緊張感が消し飛ぶように和らいでいった。

 

「あ、そういえば!」

 

 僕とのどかの騒動が一件落着したことに周囲が安堵している中、母さんは何かを思い出したように両手を叩き、制服のポケットから数枚の紙を取り出す。

 

「この前のテーマパークの記念キャンペーンの抽選でね、無料クーポン5枚分が当たったの!せっかくだから皆にあげる!」

 

「え、本当に!?」

 

 差し出されたクーポンに、ひなたが豪速球で食いつく。

 曰く、この紙は抽選で僅か数名様限定とのこと。入場料、食事代などこれを差し出してスタンプを貰えば全てが無料となるとんでもない代物。

 両手の十本指に入る程の確率を身近な人が引いたとなれば、「ありがたや~」と神を崇め奉るように感謝の意を示すのも分かる気がする。

 

「でも、母さんが欲しくて引いたんだろ?良いのか?」

 

「良いの良いの、元々皆に渡す予定だったから。のどかちゃんの退院祝いでもあるしね」

 

 まあ、クーポンは丁度ここにいる5人分だから貰えるのは有難い。だが、こんな凄い物を貰ってしまうと逆に申し訳ない気持ちも芽生えて来る。

 

「それに、私が欲しかったのはその上のマスコット超ジャンボぬいぐるみだから!」

 

「……マジか」

 

 マスコットって確か、棍棒を片手に持った蛮族みたいな服装の熊だったはず。

 ラベンだるまといいコレといい、母さんが可愛いとか好きと思えるものって少しズレている気がする。

 

「分かる~、あれめっちゃ可愛いよね!」

 

「えっ」

 

「あっ、この子!?本当だ、可愛い~!」

 

「あのつぶらな瞳がまた良いわよね……!」

 

「皆さんがそこまで仰るなら、よほど愛らしいキャラクターなのでしょう」

 

 ──どうやらズレているのは僕の方らしい。

 今一度そいつを見てみたけど、そこまで過剰に評価されるほど愛くるしいのか。男女の感性に差はあるということを証明された瞬間でもあった。

 

「……いや、これならボクの方が可愛いと思うんだけど。ねえ?」

 

「50:50」

 

「うそん!?」

 

「まあとにかく、これは有難く貰うよ。日程とかプランとかは追々決めていく感じで良いか?」

 

「うん!楽しみだね、飛鳥くん!」

 

 ──だが、この時は知る由もなかった。

 

「……ねえねえ、あっくんママ。ちょ~っとよろしくて?」

 

 神医飛鳥が、周囲の罠にハメられていることに──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ビョーゲンキングダム。

 

『グアイワル、ダルイゼン。メガパーツを使った試みはどうだ?』

 

 ビョーゲンズの王と呼ぶべき存在、キングビョーゲン。本来はあまり顔を出すことはないのだが、幹部が利用しているメガパーツの実験結果の報告を聞くべく3人を招集させた。そのはずなのだが、キングビョーゲンが呼んだ名前にシンドイーネの名前は入っていない。

 

「少しずつ結果が出てきているところです」

 

「こっちもそんな感じかな」

 

「はーいキングビョーゲン様!私もメガパーツを使って──」

 

『特にダルイゼン。お前のテラビョーゲンを増やすという試みは実に興味深い』

 

 シンドイーネの話には耳も傾けずに軽々とぶった切っていく。

 誰もそれに突っ込もうとせず、淡々と話は進展する。

 

「はいは~い!このシンドイーネもキングビョーゲン様の為に──」

 

『だが、キロンが裏切ったことは実に腹立たしい。奴を見つけ次第、此処に連れ戻せ。この私が天罰を下してやろう』

 

「はっ!」

 

「了解、っと……」

 

「お、お待ち下さいキングビョーゲン様!私とのお話がまだ──」

 

 少々荒げた声で言い残すと、キングビョーゲンは幹部の視界から姿を消して行った。

 

「そ、そんなぁ……」

 

「フッ、役に立たない者の姿はキングビョーゲン様には見えないようだな」

 

「ッ!」

 

 上から目線で言い放つグアイワルに、シンドイーネは思わず唇を噛む。

 だが、それは事実。この中でもメガパーツを利用してテラビョーゲンを生成させたダルイゼンがずば抜けて成果を上げている。グアイワルもそれには劣るものの、プリキュアを戦闘不能寸前にまで追いやったという一応の成果はある。

 対して、シンドイーネはメガパーツを使ってもあっさりと仕留められず、目立った成果を上げられていない。故に、キングビョーゲンにとっては眼中もないということなのだ。

 

「まあ成果云々はさておき、またメガパーツを取りに行くか」

 

「いいや、私が行くわ」

 

 腰を降ろしていたダルイゼンはゆっくりと起き上がり、再び成果を上げるために人間界へと足を運ぼうとする。その道を、シンドイーネが通せんぼして塞いでいく。

 

「……どいてくんない?」

 

「だから、私が行くっつってんの!あんたたちはここでお留守番してなさいよ!」

 

「お前が行ってもボコボコにされて帰って来るだけじゃん。足手纏いは足手纏いらしくおままごとでもしてなよ」

 

「ぐぬぬぬぬ……うるさいわね!だったら、あんた達よりも……いや、どん底からその倍の成果を上げてキングビョーゲン様を振り向かせて見せるわよ!」

 

更に不機嫌さを増しながら、シンドイーネは瞬時に人間界へと移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「集合時間5分前なのに、どうして誰も来てないんだ……」

 

 いよいよ、作戦決行の時が訪れる。

 ~ここからは、遠くで浮遊しながら傍観を続けるポポロンの提供でお送りします~

 

 まず、話は前日に遡る。

 

『飛鳥とのどかのストレス解消デート作戦?』

 

 のどか、ちゆ、アスミが初めてその単語を聞いたのは、平光アニマルクリニックの付近にあるカフェで集まった時だ。

 そこにはのどかはいるが、飛鳥はいない。集まったメンバーは3人に加え、作戦を提案したひなたと、飛鳥の母である照美の5人だ。

 

『そう!最近のどかっちはらしくないし、あっくんもずっと考え込んでる感じじゃん?だから、2人っきりのデートにしようって決めたの!』

 

『デート……というか、普通に皆で遊ぶじゃ駄目なの?』

 

『ただ遊ぶだけじゃつまんないじゃん!』

 

『えぇ~……』

 

 のどかからすれば中々の暴論だ。

 別に、飛鳥といることは全く悪い気はしないし寧ろ楽しい。だが、せっかく遊園地に行くのであれば大人数で行った方が楽しいのではないかと、あわあわと顔を赤らめながら疑問を浮かべる。

 

『大丈夫大丈夫、あたし達もスマホという名の遠隔操作でエスコートしながら尾行するから!』

 

『それなら私も賛成です。ちょうどその日、テレビで見てるヒーローアニメのショーが行われるそうなので』

 

『アスミちゃ~ん!』

 

『飛鳥とのどかの二人っきりのお出掛け……確かに興味深いわね』

 

『ちゆちゃ~ん!』

 

 自分に賛同してくれると思っていたアスミとちゆでさえもひなた側についてしまい、結果的に誰も自分を擁護してくれる者がおらず、「うぅ……」と声を漏らして縮こまってしまう。

 

『でも、ちょっと自信ないかも。飛鳥くんが私といて楽しんでくれるのかなって』

 

 結局、のどかは飛鳥の悩みを手助け出来なかったと思い込んでいる。

 飛鳥の悩みは彼女の想像を超えるものだったのだ。目の前で聞いた友人の怒号、それを意地でも止めようと叱責する友人の母親。とてつもない親子喧嘩の現場を見て、上手く言葉を発せなかったしその場から動くことも出来なかった。仲直りしてくださいの一言でも言えたはずなのに、何も出来なかったとのどかは自分を責めていた。

 

『……のどかちゃん』

 

 そんな彼女に、照美は頭を撫でて優しく声を掛ける。

 

『大丈夫よ。あれだけのどかちゃんのこと心配してたんだから、のどかちゃんが思うより飛鳥は思ってないはず。自信もって良いと思うの』

 

 それは、ずっと彼の側にいた母だから断言出来ることなのだろう。その瞬間、説得力のある言葉のおかげでのどかは意を決したという表情を見せた。

 

『分かったよひなたちゃん。私、頑張ってみる!』

 

「「交・渉・成・立!!」」

 

 ということで、我らは作戦を実行する態勢へと入った。

 念の為、彼に気付かれないように皆してカツラを被ったりサングラスを掛けたりと変装はしているものの、現地集合である故に端から見れば公の場で良く分からない言葉を大声で発している少し頭のおかしい奴ら(ひなた&照美)と思われてそうだ。というか、この時点で色々とツッコミどころはあるわけで──。

 

「照美さんも来られていらしたのですね」

 

「あの子が女の子とデートするってなったら、来ないわけには行かないじゃない?」

 

 サングラス越しに左目でウインクしながら答える。

 向こうからしたらデートさせられてるって思いそうだ。どちらにせよ、息子の色恋沙汰を傍観して楽しもうとする母親なんて中々存在しない。

 ツッコミたい箇所はまず1つ。もう1つは──。

 

「……今日のひなたの髪の毛、なんか異様な立ち方してない?」

 

「うぇ、またアンテナ立った!?」

 

 金髪のカツラ越しではあるが、よく見ると茶色の髪の毛が下敷きで擦られたあとの静電気の如くピーンと上に伸びている。

 ひなた曰く、これを"アンテナ"と呼んでいるそうだが、確かに不自然過ぎる立ち方だ。

 

「朝起きたらものすんごいボサボサになっててさ。寝癖にしたってもうアフロに近い感じになってたから梳くのに1時間は掛かったんだよね。それにドア開けようとしたら静電気がバチバチ流れてきたりして、もう散々だよ~!」

 

「た、大変だったのね……」

 

「……恐らく、エレメントの力の副反応でしょうか」

 

「「副反応?」」

 

「はい。私のような精霊はエレメントの力を使っても特に大したことは起こらないのですが、普通の人間が過剰に使ってしまうと起こる症状です」

 

『確かに、アースみたいに力を身に纏って戦うことはプリキュアである君にも出来る。ただ、君の場合……いや、ニャトランにもかなりの負担が掛かるかもしれない』

 

 以前、ポポロンが忠告した事象は概ねこういうことだ。エレメントの力を身に纏うと相応の強力な力を持つことが出来る反面、かなりのリスクを得る可能性が今ここで訪れていた。

 また、その症状はエレメントの力によって異なる。雷のエレメントの場合、一定期間で身体中に静電気を浴び続けるといったところか。とはいえ、言わば症状は軽症とも言える。落雷を喰らうのと同様の反動が起こり得る可能性だって考えられていた故、ある種運が良かったと思うべきだろう。

 

「じゃあ、これどうすれば治るの?」

 

「1日経てば治るんじゃないかなと、ポポロンが言っておりましたが」

 

「え、何でそんな曖昧なの……」

 

 眉間に皺を寄せて不満な表情を抱くひなた。

 まあ、人間がエレメントの力を身に纏うなんて前例は今までなかった故、良く分からないのだ。

 

 その時、突然"ピロリン"という音と共に各々のスマホから通知音が鳴り出す。

 

「お、のどかちゃん来たよ!」

 

 照美が指差す方向の先には、スマホを持ちながら両手を後ろへ組んで飛鳥へと歩み寄るのどかの姿。おめかしも気持ちも整えて、ややおそるおそるに足を運んでいく。

 ──始まりの時が、訪れた。

 

 Phase 1 ~誘導~

 提案者:平光ひなた

 

 簡単に言えば、対象を自分に注目させようと振り向かせる作戦だ。

 飛鳥は今も皆が来ると思い込み、スマホを片手に辺りを凝視している。のどかが来たとしても「あいつらまだ来ないな」と意識がそっちに向いたままだろう。その意識をのどかに方向転換させるよう、ひなた達が台詞をLI○Eという名の遠隔操作で書き込んでいき、のどかがそれを扱いながら行動に移していく。

 

「お待たせ、飛鳥くん」

 

「ん、のどか、か……」

 

 のどかの挨拶に飛鳥が振り向いた途端、動きが石化するように固まる。

 彼女の私服が大きな要因だろう。胸の辺りにピンクのリボン、膝まで見えたピンクの花柄のスカートに白のフリルがついている。動きやすい服装にしたのもあるだろうが、大きなテーマパークにお出掛けするということで普段とは違っていつもよりファッションを決めて来ていた。

 

「新しい服着てみたんだけど、ど、どうかな……」

 

「……ああ悪い。雰囲気が全然違っていたんでな。その……上手く言えないけど、凄く似合ってる」

 

「っ、良かった。似合ってないって言われたらどうしよっかって思ったよ」

 

 ぎこちない感想。

 もっと気の利いたことを言うべきなのだが、本心であるのは確かだし当人も嬉しそうに笑みを溢しているのでここは一旦目を瞑ろう。

 

「っ──」

 

「……どうしたの、飛鳥くん?」

 

「どうしたって──どうもしないけどさ」

 

 ──何というか、まさか服の感想を聞かれるとは思わなかったし、上手く感想言えなかったのにそんな笑顔でいられると色んな意味で恥ずかしくなるだろ。

 

 のどかの太陽さながらの眩しさに、飛鳥は思わず顔を真っ赤に染めてクラッと一瞬だけ目まいを起こす。

 この男は我々の想像よりも恋愛関連の耐性がないのかもしれない。それはもう倒れそうにもなるくらいに。

 

「そうなの?具合悪かったら無理しないで言ってね?」

 

「いや、せっかくテーマパークに来たんだからリタイアなんて出来ない。ところで、その服って自分で選んだのか?」

 

「うん。ファッションのことはちょっと分からなかったから、ひなたちゃん達に任せたんだ。皆が選んだものから私が良いなって思ったものを着るって感じで──」

 

 ここまで言った途端、言いづらそうにごにょごにょと口篭もる。

 

「……ん、どうした?」

 

「う、ううん。あのね、最初は動きやすい服を中心に2着に絞ってそこからまた選んだんだけど……な、何となく今着てる服の方が飛鳥くんに似合うって言われるかな、って……」

 

「「「ゔっ!」」」

 

 不安そうに見上げてくるのどかを目撃したアスミ以外の仕掛け人共は、まるで心臓を貫かれたようなドスい声を漏らす。対して、アスミは純粋な眼差しでジッと現場をガン見している。

 

「……そうか、それは嬉しいな」

 

「っ、私も嬉しい!」

 

 気付かれないように急いで他人のフリをしたものの、どうにもニヤニヤが収まらないでいる。

 実際、これは一応送った台詞概ねそのままであるが、大体はアレンジされている。というか、本心によるアドリブかもしれない。仮にあれが演技だったら秒で主演女優賞もぎ取れるレベルだと思う。

 だが、そんな甘い世界はずっと続くのだろうか。いつしか苦くなってしまうのだろうか。そんな不安はこの瞬間に過った──。

 

「……そういえば、あいつら遅すぎないか。アスミとかお前と一緒に来るもんだと思ってたんだが」

 

「え」

 

「「「嘘でしょ……」」」

 

 一同、そこに戻ってくるのは予想外だった。

 服のことを聞いたりして、上手くのどかに意識を持っていると順調だった矢先に、フッと我に返ったかのように飛鳥は地雷を踏んでいった。

 上がっていた口角も一瞬にして下がり、仕掛け人らはジト目で彼を見据える。軽蔑まではいかないが、物凄くモヤモヤする感情を抱いた。

 同時に焦りも感じている。特にこうなるまでの対策を何も考えていなかったからだ。

 

「……ねえ飛鳥くん。先に行ってようよ」

 

 と、のどかはやや強い口調で飛鳥に言い放つ。

 

「いやでも、流石にそろそろ来るんじゃ」

 

「良いから!行こう!」

 

「っ……!」

 

 抵抗する彼の腕を強引に掴んで遊園地の中へと引っ張っていく。

 

「お、おい待て。一旦落ち着いてくれ。怒ってるのか……?」

 

「怒ってないし、落ち着いてるもん!」

 

 などと言うが、絶対のどかは怒ってると思う。或いは嫉妬か。彼女の今の行動は飛鳥は勿論、尾行組にも口をあんぐりさせるほど衝撃を受けた。

 まあ何はともあれ、園内に引きずり込むことには成功したので、次の作戦へと移る。

 

 ──あ、コーヒーカップの方に行っちゃった。

 

 

 

 

 

「ふわぁ~、何か鬱憤が晴れたって感じ!」

 

「そうか、良かったな……ぅぷっ」

 

 尋常じゃないくらいの勢いで回されたおかげで一瞬口を両手で覆って吐きかけた飛鳥であったが、間髪入れずに次のアトラクションへと足を運ぶ。

 

 Phase2 ~お化け屋敷~

 提案者:沢泉ちゆ

 

『アトラクションと言えば、これが無難じゃないかしら』という理由で決まった作戦。

 飛鳥は性格上ホラー耐性はついていると断言できるが、のどかに関しては正直未知数で本人も割と曖昧な回答をしていた。なので、ここは純粋に楽しんでくれば良いという、ちゆの優しさが滲み溢れた案だった。

 

「……ちゆちー、マジで行くの?」

 

「ええ、どうして?」

 

「……だってここのお化け屋敷、"全国最凶お化け屋敷ランキング"で5本の指に入るレベルなのよ?私も飛鳥と行ったことあるけど、ずっとあの子にしがみつきっぱなしだったもん」

 

 そう気負いしている尾行組の裏で、デート組は流れるように入っていき1枚の紙を貰う。

 

 ──貴方の隣の席にいるのは、おっとりとした普通の女の子。

 いつも貴方に話しかけます。しかし、他のクラスメイトと会話をしているところは見たことがありません。

 そんな彼女ですが、ある日突然机の上に手紙を置いて姿を消してしまいます。

 手紙の内容はところどころ文字が抜けている1通のラブレター。

 それに伴って起こる様々な謎を解き明かしながらラブレターを解読し、彼女を見つけ出さなければなりません。

 お友達と協力するのも有り。しかし、くれぐれも気をつけてください。

 もしかしたら────かもしれませんから。

 

 意味深なナレーションを聞きながら、貰った紙の内容を確認する。

 確かに、絶妙な箇所に文字が抜けている。これを最大2人までの人数で解き明かせというアトラクションだそうだ。

 

 なので、尾行組はちゆとひなたペア、照美とアスミペアに分かれて恐る恐る屋敷の中へと入っていく。

 

「えーと、これはこうで良いのよね」

 

「……ちゆちー解くの早すぎない?もうちょいゆっくり解いて行こうよ!?」

 

「僕は早く終わりたいペエ、ここ怖すぎるペエ!」

 

「私はどちらでも良いのだけれど……」

 

 そう言って、ちゆはある方向を指差す。

 

「凄いね飛鳥くん、すらすら進んでる」

 

「以前も行ったことがあるからな。かなりうろ覚えだけど」

 

 ──ここはお化け屋敷なんだから淡々と行かずにもう少し躊躇ってはくれないものか。

 とはいえ、こういう状況ならば致し方ない。怖いけど、進まなきゃ尾行の意味がない……。

 

 ザァァァァァ!!!

 

「ぃぎゃあああああ!!!」

 

「ペエ”エ”エ”!!!」

 

「大丈夫、テレビの砂嵐よ」

 

「やだ!無理!怖い!ちゆちー助けて~!」

 

「あはは……」

 

 ひなたに抱きつかれ、ぺギタンに右目を被せられるちゆ。

 ここまで怖がっていたら尾行どころじゃない。思わず笑みを溢しながらぺギタンをポケットにしまい、離れないひなたを引きずるような形で先に進んでいく。

 そういえば──。

 

「……アスミ達は?」

 

 先程までちゆ達のすぐそばにいたはずなのに何処にもいない。

 先に行ったとは考えられないこともないが、どちらかと問われるなら前の場所で詰まっているという考えを推したい。

 

「照美さん、この文はこれで合っているのでしょうか?」

 

 その予想は的中している。

 アスミの場合、この世界兼この国における言葉の読み書きを勉強している最中であり未だ人並みより乏しい。それでも生きるためには最低限の言葉でも覚えておかねばと、このアトラクションの謎解きを率先している。

 それを照美が側でフォローすることを任されているのだが、何時何処で仕掛けて来るか分からない故、周囲に怯え続けていて謎解きどころではない様子だ。

 

「う、うん。合ってるよ~。だから……もうちょ~っとだけペース速めて貰っていい?あ、何だったらリタイアでも」

 

『ア"ア"ア"ア"ア"!』

 

「いやあああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

「ふわぁ~、楽しかったね!」

 

「まあそれなりに……にしても、最後の怒涛の脅かしに良く怖がらなかったな」

 

「うん。でも、女の子の正体が主人公を地獄に叩き落そうとする魔女だったってところは凄く怖かったけど」

 

「……え、そこ?」

 

 結局、このお化け屋敷のストーリーのクライマックスは襲い掛かって来る魔女から身を守って生き延びようとする逃走劇であった。

 だが、のどかにとってはその前の描写の方が怖かったという。正直、ストーリー自体もそうだが中々にSF感があって見方によってはギャグのようにも思えてしまう。だからこそ、そんなギャグ展開を帳消しにするような怒涛の仕掛けが待ち望んでいる。それが、このアトラクションの魅力でもあるのだろう。

 

「……良い時間だし、何処かで休憩でもするか」

 

「そうだね、そうしよっか!」

 

 こうして、デート組は次の場所へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

「やーっと外の世界に出れた……!」

 

 間もなくして、尾行組も無事に脱出する。

 ひなた達が大声を出しまくるおかげで尾行どころじゃなかったものの、ちゆにとって彼らに何か特別な展開があったわけでもなさそうだった。純粋にアトラクションを楽しんでいて、正に普通だった。

 

「アスミンもあっくんママもお疲れ~……」

 

「お疲れ様でした。中々にスリルがあって楽しめました」

 

「え、マジで楽しかったの……?」

 

「はい。特に照美さんがお化けを倒す瞬間がとてもカッコ良くて……!」

 

「お化けを倒す……?」

 

「……えっと、ビビり過ぎてスタッフさんぶん殴っちゃった」

 

「「えぇ……」」

 

 てへっと拳を頭部にぶつけてあざとさを見せる照美に、ちゆとひなたはただ困惑するしかなかったのだった。

 

 つづく。

 

 





次回でオリストは最終回となる予定です。
オリストが山頂だとして、そこからは終盤まで下り坂になるのかなーと考えています。


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第41節 一時の気分転換(後)

お待たせしました。
しばらく忙しい時期が続いてましてもう少し時間は掛かってしまいますが、どうにか仕上がったので更新させていただきます。



 

 Phase3 ~ヒーローショー~

 提案者:風鈴アスミ

 

『ちょうどその日、テレビで見てるヒーローアニメのショーが行われるそうなので見に行きたいのです』

 

 もはや作戦じゃなくて単純に遊びに行きたいだけの意見だ。

 そのヒーローアニメとは、休日の朝方に放送されている長期シリーズアニメ。アスミは朝早起きしてテレビにかぶりつくように見ているという。

 今日はそのアニメと遊園地がコラボしているようで会場には多くの子供達が集まり、ショーを楽しんでいた。

 だが一方、そうではない者もいた。

 

「あー、一時はどうなることかと思った……」

 

 休憩がてら飛鳥とのどかがヒーローショーを見に行くとのことで、アスミも興味があったことから後を追うことにした。だが、休憩のはずなのに物凄く疲労が溜まっていた。精神的に疲れたというのが正しい答えだろう。それもそのはず……

 

『あ、いつの間にか前の方に来ちゃった』

 

『まあ良いんじゃないか?運良く見えやすい所のベンチが空いてるわけだし』

 

 何も考えずにただ空いている席を探し回っていたら思っていたよりも進んでしまっていたのどかと飛鳥。とはいえ、ベンチとなれば周囲は子連れの親もそれなりにいる。ここに混ざっても特に違和感はないはずだとそのまま進んで行ってしまった。

 

『飛鳥達は前に行っちゃったか~、なら私達は後ろで見てるしかないね』

 

『そうだね、楽しみにしてたアスミンには悪いけど……ってあれ、アスミンは?』

 

『ラテもいないわ。ついさっきまで一緒にいたはずじゃ……あっ』

 

 アスミの姿がないことに若干焦りを感じながら周囲を見回した末、ちゆが指差した方向は幼い子供達の多い最前列。

 

『いやいや、まさかいるわけ』

 

 いるわけない、と苦笑交じりに否定しながら、ひなたは指差す方向に視線を送った。

 

『……え"っ』

 

 いた。

 最前列のド真ん中。ひなた達よりも高身長であるのだから座高だってかなりの差がある。大げさに言えば幼い子2人分と言ってもいい。その上、外国人のような金髪。おまけに小犬だって連れて来ている。もはや目立たないと断言する方がおかしいし、段々と周囲からひそひそと困惑する声が聞こえてきた。

 まずい。飛鳥にバレることは勿論、アスミの今後を考えるとかなりまずい。

 

『すいませえええん、その人迷子ですううう!!!』

 

『っ?、ぐぇっ』

 

 ひなたはちゆ達に持ち物を渡し、全速力でアスミを捕まえに行った。

 その足は正に光速。のどか曰く、以前初対面のひなたと衝突した時には光の速さで謝罪し、光の速さで心配してくれて光の速さで去っていったという逸話があるらしい。

 そんな一瞬の隙も与えない彼女はすぐさま最前列に入り込み、ド真ん中で綺麗な姿勢で正座しているアスミの首根っこを強く掴んで逃げ去り、元居た場所へと戻った。その時間、僅か7秒だった。

 

 こういった事態により尾行組、というよりひなただけが疲労困憊の状態であった。

 

「むぅ、やはり間近で見たかったです……」

 

「ま、またやる時に前の方で見ようねえアスミン……!」

 

 ピクピクと眉を震わせて感情が露わになりかけているひなた。まだそんなことを言うかと言いたげの表情で、あと一歩のところで爆発しそうだったのを照美が宥めに入る。

 

「ま、まあでも飛鳥にはバレてなかったのは良かったわね!多分……」

 

 幸いにも、その時の飛鳥は鞄から何かを探していた。その上、のどかが危険を察知して彼の両耳を塞いで声を遮ろうとしていたファインプレーのおかげでどうにか免れた。その後も特にこれといった事態は起きなかった。

 

「のどか達は早速ジェットコースターの方へ行ったけど、ひなたはもう少し休む?」

 

「いーや大丈夫、ここで挫けたら女が廃るから!」

 

 根気強さを魅せたカッコいい台詞を言い放ったが、場面が場面だけに何かズレている。だがまあ、本人がそう言うならと再び足を運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だって、キングビョーゲン様に褒められたいのに……」

 

 遊園地とは少し離れた建物の屋上にて、シンドイーネはメガパーツを右手に強く握りしめながらキングビョーゲンに思いを馳せていた。

 グアイワルやダルイゼンにあって自分に足りものは何だ。主が求めているものは何だ。主に褒められる為に自分が遂行すべき使命は何だ。今の不出来なシンドイーネには、脳内で様々な思考を巡らせるしかなかった。

 必ず導けるはずなのだ。他の連中を出し抜けるようなメガパーツの使い方を。

 

「では、その力を自らのものにすれば良いのでは?」

 

「っ!?」

 

 誰も訪れないはずの屋上のはずが、背後から声が聞こえたことに身体を震わせた状態で振り返る。

 スーツを着崩れせずに着こなしていると、一目ではサラリーマンに見えそうな容姿。だが、美顔と栗色の長髪でサラリーマンではなく、寧ろ自身が見知った人物だと察した。

 

「キロン!?」

 

「こんにちは。いや、今の時間だと"こんばんは"になるのでしょうか?」

 

「な、何であんたがここに……ってか、あんたよくも──」

 

「偶然見かけたので、挨拶代わりに」

 

 我々に欺いたのを理由に鋭く睨み付けるシンドイーネに対し、キロンはネクタイを調整し直しながら紳士的な笑みを見せる。

 俗に言う営業スマイルという奴だ。その真意は誰にも見せることはなく、誰も突き止めることは出来ない。

 

「メガビョーゲンに使って強化させるのと同じように、対象をテラビョーゲンとして生み出すのと同じようにメガパーツを使って自らの力を高めれば良いのではと思いまして。何なら、私がやって差し上げましょうか?」

 

「ふざけないでよ!キングビョーゲン様を怒らせたあんたの胡散臭いアドバイス、私が聞くとでも思ってんの?」

 

「申し訳ない気持ちはありますよ。仲間の信頼を裏切る行為をしてしまったのですから」

 

 そうは言うものの、表情は笑みのまま変わらない。本当にそう思っているのかと考えれば、大方"否"と考えるのが妥当だ。

 

「まあ、聞く耳を持ってくれないのならそれで構いません。主人に永久に目もくれずに落ちぶれていくだけでしょうし」

 

「こいつ……!」

 

「それに、仮に代償として自分を殺してしまったとて私は保証できませんから。いずれにせよ、キングビョーゲンが貴女に興味を持ってくれることを願うことにしましょう」

 

 それでは、とキロンは律儀にお辞儀をしてこの場から姿を消した。待ちなさいよ、とシンドイーネが強く呼び止める暇もなく。

 下唇を噛む。自分が悩んでいることも知らないで好き勝手に言われたことが腹立たしい。

 だが、どうしても奴に勝てる気がしなかった。何を企んでいるか策略が分からなかった。ダルイゼンが手も足も出なかったと言わんばかりの深い傷を負っていたのを見れば、現実を見てしまうのも仕方ないだろう。

 

「自分のものに、ね……」

 

 片手に握りしめたメガパーツを見つめながら、再び思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Phase4 ~観覧車~

 提案者:神医照美

 

『この観覧車で私は折矢と恋人になったの!』

 

『恋人?じゃあプロポーズは?』

 

『夜の河川敷。べろんべろんに酔っぱらってたからあんまり覚えてないけど』

 

 普通に考えて順番が逆ではないだろうか。いや、夜の暗い河川敷で酒に酔いながら告白するのもおかしな話だが。そんな2人の間に飛鳥が生まれたというのは中々面白味がある。

 

 それはさておき、太陽が段々と下り坂へ進み始める頃合い。

 夕方へと迫って来るこの時間帯に、のどかと飛鳥は2人で1つの空間へと入っていく。太陽が地平線の下へと落ちていく様、遊園地が真っ赤な日差しに照らされる様をゆっくりと眺めていたいものだが、それよりも2人の様子を眺めておかなければならない。

 

「もうこんな時間か」

 

「あっという間だね」

 

「ああ……ジェットコースターの待機列、中々減らないな。流石休日だ」

 

 遊園地に訪れた直後の最後尾は約120分待ち。僕達が乗った時よりかは人の数はほんの少し減ってきたと思っていたが、それでも約90分待ちと言ったところだっただろうか。

 何にせよ、そろそろ精神的に疲労が溜まっていたので景色に癒されようと観覧車を選んで正解だった。

 

「景色、綺麗だね」

 

「ああ……」

 

 ──この時間、どうすれば良い。

 2人きりの時間なんて入園する時から変わらない。おそらく、周囲の賑やかな波に乗っかっていたおかげで何とも思わなかったのだろうが、今の静かな雰囲気だとどんな行動が正解なのか。飛鳥に変な緊張感が高まってくる。

 

「……そういえば」

 

 のどかが先にゆっくりと口を開く。

 如何にも慎重な物言い。真剣な話が始まると思って間違いなさそうだ。

 

「飛鳥くんがいない間に色々あったんだけど、聞いた?」

 

「ああ、ポポロンから全部聞かせて貰った」

 

 それは、大きく2つの事柄。ポポロンの正体と、ダルイゼンの正体。

 かつては"太陽神"という名のもとに奉られていた存在がいくつもの失態を犯し、その償いとして自らの姿をヒーリングアニマルへと変えたこと。

 もう1つは、ダルイゼンはのどかの体内から生み出されたテラビョーゲンであり、幼い頃の彼女を苦しめていた人物こそが奴だということ。

 前者は理解に苦しむ話だったが、後者は妙に納得出来た。ケダリーの存在が大きかったからだろう。彼がダルイゼンに似た容姿をしていたおかげで、何か繋がりがあるのではと薄々思っていた。

 

「だから、私決めたの。ダルイゼンを育てたのが私なら、私が何とかしなくちゃって……!」

 

「のどか……」

 

 両手をぎゅっと握りしめる。

 表情も険しくなっている。使命、責任感など第三者の視点での憶測なら何とでも考えられるが、これだけは確実と言っていいほど感じられた。

 

「どうしてそんなに焦ってるんだ?」

 

「っ!」

 

「自分でも焦ってるって気付いてるだろ?」

 

 "焦り"。

 生き物ならば誰しもが抱いたことのある感情の1つ。事情を改めて考えれば、のどかが焦るのも何ら不思議ではない。

 だが、今の彼女に必要はものなのだろうか?飛鳥にとって答えは"否"だ。

 

「だって……だって、私がダルイゼンを作り出しちゃったから!私のせいで、地球が大変なことになっちゃったから!だから私が何とかしなくちゃって、頑張らなくちゃって……」

 

 次第に声を震わせながら、心に秘めたものを爆発させるように言い放つ。

 ああ、成る程。道理で機嫌を悪くしていたり、学校生活でも彼女らしくない一面を見せていると思っていたが、それなりにストレスを溜め込んでいたらしい。

 それでも、飛鳥にとってのどかの焦りは余計だと思っている。此方も思ったことを言ってやろうと一呼吸置いて口を開く。

 

「ダルイゼンを作ったのは、自分の意思なのか?作りたいって思っていたのか?」

 

「っ、そんな事思わないよ!」

 

「そう、キュアグレースがそんな事を望んでるわけがない。のどかのせいじゃないんだから自分を責める必要も自分が背負う必要もないはずだ。だから、もっと僕達を頼ってくれ。それとも、僕達じゃ不満か?」

 

「……ううん。全然不満じゃない」

 

 目の前の彼に見せたくないのか、顔を俯かせて必死に涙を堪える。

 このまま外に出たら泣かせたと勘違いされそうだ。そう思った飛鳥は鞄からハンカチを取って彼女に渡す。少しして零れそうな涙を拭いた後、ゆっくりと顔を上げる。

 

「なんか、色々迷惑かけてばっかりだね。家族のことも結局何の力にもなれなかったし」

 

「いや、無茶をさせたこっちが悪い。すまなかった」

 

 深々と頭を下げる。

 彼女は他人事にも責任を課そうとする。悪い言い方をするなら"お節介"。

 飛鳥が自身の過去を明かしたことで、のどかに何とか手助けしなきゃという重圧を掛けてしまっていた。

 

「だが、今は少しだけ清々しい気分だ。自分の間違いにようやく気付けたような気がする」

 

「じゃあ、お父さんと仲直りするの?」

 

「……出来るならやってしまいたいけど、そこまで進展させられるほど僕は器用な人間じゃない。だから、まだ少し時間は掛かるだろうな」

 

 自分に自信がないわけではない。

 だが、自身を見つめ直してすぐに面と向かって話すとなると話が変わって来る。

 

「でも、飛鳥くんならきっと大丈夫だよ。仲直り出来ると思う!」

 

「……まあ、頑張ってみるさ」

 

 クスリ、と飛鳥は笑みを浮かべる。少年らしい無邪気兼純粋な笑顔。

 恐らく、これが今の彼の内に秘めた感情。心の底にある気持ちなんだとのどかも思わず笑みを浮かべた。

 

「「っ!?」」

 

 だがその時、ゆらゆらと観覧車が激しく揺れ動く。

 地震だろうか。車内は空中に浮遊しているので次第にガタガタと音を鳴らして混乱させる。あともう少しで降りられるのに何とも運が悪い。

 ……いや、運が悪いのは地上にいる者達もだ。

 

「なになになに~!?」

 

 騒音の範疇を超えた爆音と共に、立ち上がるのも難しいくらいに地面が揺れる。ひなた達は両耳を塞いだまましゃがみ込んで必死に耐えるしかなかった。

 

「くちゅん!」

 

「ラテ!?」

 

「……そういうことね」

 

 同時にラテが突然くしゃみをしたことで、恐らくこの爆音の正体はメガビョーゲンによるものだと悟る。それならばすぐさま変身を試みたいのだが、鼓膜が破れんばかりの状況下ではヒーリングステッキを持つこともままならない。

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

「ここで変身しちゃって良いの!?」

 

「仕方ないだろ。他に方法がない」

 

 ──扉を強引にこじ開けて飛び出すことも考えたが、観覧車は基本的に外側から閉ざされるのでほぼ不可能だ。

 であれば、変身して扉を破壊してでも突破する。巨大な怪物をしゃがみ込んで動けない人達を目の前にして、器物損壊がどうとか言ってる場合ではない。

 

「掴まれ。一回で突破する……!」

 

「わ、分かった……!」

 

 のどかを抱き寄せた状態で揺れ動く車内に耐えるように両足を踏み込み、固く閉ざす扉目掛けて渾身の掌打を放つ。

 自身の武器であるメスの属性と威力を兼ね備えた一撃。それに耐えきれなかった扉はダイナミックに打ち上げられ、くるくると素早く回転しながら落下していく。運よく誰にも直撃しなければ良いが。

 外の世界に出られる手段を手に入れた僕達は颯爽と助走をつけて脱出する。そのままの勢いでメガビョーゲンの方へと一直線に飛び出していく。その怪物の姿は、まるでトランペットのようだ。

 

「はぁっ……!」

 

『メガアァ~ッ!?』

 

 鼓膜を破壊しきれんばかりの声にもならない爆音を堪えて、メガビョーゲンに渾身の回し蹴りを繰り出す。

 観覧車からの飛距離と脚力を重ね合わせた攻撃は陽気に鳴らしていたメガビョーゲンを黙らせ、いとも簡単に吹っ飛ばすほどのものだった。

 

「ラピウス……!」

 

「止めたぞ。さっさと変身しろ」

 

「え、う、うん……!」

 

 キュアラピウス、というより神医飛鳥が参入したことに戸惑いの表情を見せるひなた達。何を戸惑っているのかは知らないが、とにかく早急の変身を促した。のどかもラビリンと合流し、続くように変身を開始する。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「あ、照美さん」

 

「ん、なーに──うっ」

 

「また手刀……」

 

 ……今度こそ、変身を開始する。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」 

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

『これより、オペを開始する──!』

 

 

 

 

 

『メガビョーゲ〜〜ン!』

 

 先制はメガビョーゲン。

 肩に担いだトランペットのベルを頭上に向け音波を放つ。音波は花火のように弾け、地面へと降り注いでいく。

 最悪な状況だ。周囲には未だ怯んで動けなくなっている人達が多くいる。このままだと被害は拡大するばかりだ。

 

『バカでかいぷにシールド!』

 

 しかし、ポポロンが通常の何倍も大きなぷにシールドを張ったことで弾き返す。素早い対応によって人々に被害が及ぶことはなかった。

 

「アース、スパークルは周りの避難にあたれ!残りでこいつを食い止める!」

 

 僕の指示に仲間達は頷き、すぐさま自分の役割へと徹する。

 さて、食い止めるとはいえ迂闊に近づくのはあまりにも無謀だろう。

 

『ビョ~~~ッ!!!』

 

 再びのしかかってくる爆音と共に、周囲に音波を放って光弾を巻き散らしている。大暴れも良いところだ。

 中々近寄らせてくれない現状だが、避難組は直に戻ってくるはずだ。ある程度の策は考えているため、そのタイミングを見計らって実行するしかない。

 

「少しでも突破口を開けないと!」

 

 そんな中、グレースは大暴れするメガビョーゲンへと飛び出して行った。流石に危険な判断と見たのか、フォンテーヌの血の気が僅かに引く。

 

「グレース、危ないラビ!」

 

「近づきすぎてはダメ!」

 

「いや、これでいい」

 

「え……?」

 

「グレース、出来るだけ至近距離で奴の攻撃を相殺してくれ。広範囲に飛び散らない程度にな」

 

「分かった!」

 

『実りのエレメント!』

 

 グレースはヒーリングステッキに実りのエレメントボトルを装填し、降り注ぐ光弾目掛けて強力な光線を放つ。

 端から見れば犠牲のリスクを感じさせる策だと思われるだろうが、グレースが上手くこなせることを見越してのものだ。それに、彼女1人でやらせようというわけでもない。

 

「皆避難させたよ!」

 

「よし、お前もグレースに続け」

 

「おっけー!」

 

『火のエレメント!』

 

 スパークルもグレース同様、ヒーリングステッキに火のエレメントボトルを装填して光弾を焼き払っていく。

 

『メガッ、メガァッ!?』

 

 時折灰と化した光弾がメガビョーゲンの頭上に降り注ぎ、熱いと訴えるように情けなく回りだしている。同時に、段々と鳴らしていた爆音も弱まって戦いやすくなっていた。

 

「フォンテーヌ、あれやるぞ」

 

「っ、分かったわ!」

 

『氷のエレメント!』

 

 フォンテーヌはすぐに思い出して氷のエレメントボトルを装填し、僕が取り出したクロスボウの矢に向けて光線を浴びせる。メガビョーゲンが再び攻撃を始めないよう、冷えたカチコチの矢で相手の攻撃を封じに行くタイミングを見計らっていたのだ。

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

 氷の矢は光の速さでメガビョーゲンのベルの中を目掛けて猛進していく。やがて入り込んだ矢は内部から全てを凍らせて固体を埋め込ませる。

 

『ビョー、ビョー……ビョッ!?』

 

 むず痒さを感じたのか怪物はトランペットを強く吹いて見せるが、中に氷という固体が詰まっているため音を出すことは出来ない。結果的に相手の行動を大方封じ込めることが出来た。

 

「はあっ!」

 

『メガッ!?』

 

 追い打ちをかけるように、アースは背後へ回り込んで足払いを仕掛ける。メガビョーゲンは大きくバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 

「「キュアスキャン!」」

 

 その隙をついて、グレースとラビリンはキュアスキャンで音のエレメントさんを見つけ出す。

 そろそろ終いにしよう。僕は左腕を赤く染まった夕暮れの天に掲げる。

 

『──我が宿命、月女神及び太陽神に請い願う。月女神には愛の精神を、太陽神には輝かしき一矢を、そして双方に我が運命を定めよう……次なる運命に幸あれ』

 

 紡がれる言葉に、ぎしりと空間が軋みを上げ、かざした掌から白銀の玉を生成する。

 

汝・白銀の一矢(ヴェロス・オルテュギア)──!!』

 

 左腕を対象に向けて大きく振るった。

 ちっぽけな光弾が持ち合わせるは天から授かった凄まじきエネルギー。メガビョーゲンの身体に入り込むと、徐々に体内で膨張し全身に光が放出する。

 

『ヒーリングッバイ……』

 

「お大事に」

 

 メガビョーゲンの身体は跡形もなく消え去り、浄化されていったのだった。

 

 

 

 

 

「え、気付いてたの!?」

 

「不審者みたいな変な格好してたら誰でも疑うだろ」

 

 音のエレメントさんの力でラテの体調を取り戻してから、僕はひなた達の尾行に気付いていたことを明かした。

 それも最初から、集合場所で待ち合わせの時間まで待機している時からだ。サングラスを掛けた不審者数人がこちらをじっと見据えていたことに初めは気味悪く思っていた。だが、同じく視線を送られていたであろうのどかは気にも留めていなかったことから、そいつらは僕の良く知る人物で何か訳ありなのだろうと悟り、こちらからは特に行動を起こさなかったというわけだ。

 

「でも、母さん連れてまで何でこんなことしたんだ?」

 

「最近ののどかちゃんと飛鳥、らしくない顔してたじゃない?から信頼し合ってる2人でリラックスしてもらおうって思って」

 

「……そうだったのか」

 

 僕らしくない……果たしてそうだっただろうか。

 まあでも、父さんのことやのどかとダルイゼンの関係など、ここ数日で色々考え込む時もあったから気付かないうちにそうなっていたのかもしれない。揶揄い目的かと思ったら割と理に適う答えが返ってきたので呆気にとられてしまった。

 

「悪かったな、変に気を遣わせてしまって」

 

「ううん。私も凄く楽しかったから」

 

「ああ。それに色々と気分が晴れたから助かった」

 

 何より、お互いに思いを打ち解けることが出来たのはこの上ない功績と言っていい。こういう場を設けてくれたのは有り難かった。

 

「飛鳥くんも皆も、これからもよろしくね!」

 

 一斉に強く頷く。これで一先ずの一件は片付いたことだろう。

 

「よーし、皆でもう一回ジェットコースター乗ろう!」

 

「おー!」

 

「また長蛇の列に並ぶ気か……」

 

 少し憂鬱にはなったが、決して苦にはならなかった。

 

 

 

 

 

「ああ、母さんは許さないからな」

 

「どうして!?」

 

「変な格好をして自分の子供を尾行してたんだぞ。良い歳して、しかものどかを利用して恥ずかしいと思わないのか?馬鹿げたことをしていると何処かで思わなかったのか?なあ?」

 

「……うわーん!飛鳥が怖いよ!反抗期になっちゃったよー!」

 

 




これでようやくオリストは終了となりまして、この作品の山頂部分まで進んだと思います。これから下り坂に向かう予定です。
次回から再び原作に戻りますが、あらかじめ殴り書きみたいな感じで途中まで書いてるんで早めに更新出来たら良いなーとは思っています。頑張るます。

お気に入り、評価、感想是非ともよろしくお願いします!





以下ご報告↓

この度、執筆仲間のシロX様の作品内にて、この作品のオリ主である神医飛鳥が妖鬼様の作品のキャラと共にお邪魔しております!
コラボ回は3話完結ものとなっておりますので、是非読んでいただけたらと思います!

シロX様の作品↓
『デリシャスパーティ♡プリキュア Carry On 前へ進め』XVⅠ.XVⅡ.XVⅢ.より
https://syosetu.org/novel/280240/

妖鬼様の作品↓
『ヒーリングっど♥プリキュア~仮面ライダーも前を向いて生きる~』
https://www.pixiv.net/novel/series/1268540


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第42節 女将修行

今回から原作に戻っていきます。
どうでもいいんですけど、夏イベはアスクレピオスとイアソンのくだりで悶絶してました。てぇてぇ


 

 突然だが、中学生の時点で将来なりたい職業を明確にしておけと指示されたらどう思うだろうか。

 大半の人はこれを無茶だと口にするだろう。大方その通りだ。長い人生の内の13、4年しか生きていない人間に今後の人生を定めろと言っているようなもの。野暮な話である。

 だが、長い人生だからこそ若い内から様々な仕事を体験していくべきなのだ。ひょっとしたら、そこで夢を見つけることが出来るのかもしれないのだから。

 

「ふわぁ~!」

 

「こういうの着るとテンション上がるね!」

 

「この服着たら気持ちがシャキって引き締まる気がするね!」

 

「最近色々あったし、温泉でまったりって思ってたんだけどねぇ……」

 

 ということで今日、僕はのどかとひなた、そしてクラスメイトの2人で旅館沢泉へと職業体験にやってきていた。

 女子達に旅館の制服を着替え終わったかの確認を取った後、カメラを持って一室に入る。思い出作りに写真を多く撮っておけと学校側に指示されたからだ。

 

「写真撮るぞ」

 

「ありがとう!」

 

「あっくんも混ざれば良かったのに~」

 

「別に良い。撮られるのは好きじゃないんでな」

 

「いけませんよ飛鳥。カメラは私が持ちますから、お仕事に専念してください」

 

「……ふん」

 

 そう言われ、アスミからカメラを取られてしまう。そもそも何で学校行事にこいつがいるんだ、何でちゆ達はそれを受け入れたんだと突っ込みたくなるのを我慢する。

 

「お待たせしました」

 

 談笑していると、礼儀正しい言葉遣いと共に戸が開く音が聞こえて来る。視線を送ると、ちゆとその家族の計4名が軽く頭を下げて挨拶をしていた。

 

「あっ、ちゆちー……いてっ」

 

「馬鹿。遊びに来たんじゃないんだぞ」

 

 声を掛けながら振ろうとしていたひなたの腕を抓って制止する。現場の方との挨拶から仕事は始まるのだから、生徒であれど軽々しい行動は許されない。

 

「学校の職業体験ということで、今日はこの沢泉の仕事を見て頂きます。皆さんには、主に旅館の裏方の仕事を体験してもらいます。その際、お客様の前では常に笑顔でお願いしますね」

 

「一応私も見ますが、細かいやり方などは娘のちゆがお教えします」

 

「分からないことがあれば何でも聞いてください。今日一日、一緒に頑張って行きましょう」

 

 一応、ちゆも職業体験のメンバーとして扱われている。だが、普段から旅館の仕事に触れているためか今回は教える側の人間という逆の立場で体験をするとのことだそうだ。

 

「息子のとうじも、皆さんと一緒に旅館の仕事について勉強させてもらいますので」

 

「あ、あの!弟のとうじです。宜しくお願いします!」

 

 かなり緊張した様子で頭を下げる。僕達より年下の少年がお手伝いではなく本来の仕事について学んでいくのだから無理もない。

 

「ではまず、お客様がお部屋から見た時に気になるところがないかを注意して掃除してみてください」

 

「お客様から見て綺麗に、か……」

 

「やってみるね!」

 

「飛鳥達は客間をお願いします。お客様がくつろぐ大切なスペースですから、小さな汚れや埃を見逃さないよう気をつけてください」

 

 テキパキと、ちゆはそれぞれに指示を出して行動を促していく。5人一斉に何をさせるべきか、それほど簡単な所業ではないはずなのだが中々に手慣れている。

 そんなちゆの姿を見ていると、ひなたが真っ先に掃除機を取り出してきた。

 

「よーし、じゃんじゃん吸い込んじゃうよ!」

 

「待て。まずはこいつで埃を落としてから、掃除機はその後だ」

 

「なるほど、かしこまり!」

 

 僕は借りてきたハタキをひなたに渡し手本を見せる。確かに掃除機を使えば手間は省けるが、掃除は上から下へが基本となる。より綺麗にするためには順序が大切なのだ。

 

「じゃあ僕はこれを干してきますね」

 

「ああ……少し積み上げ過ぎじゃないか?」

 

「これくらい大丈夫ですよ!」

 

 などと、とうじは平気そうな顔で座布団を持ち上げて部屋を出ていった。高さ的に恐らく客間に置いてあったのを全部重ねたのだろう。

 

「とうじ君が気になるの?」

 

「危険極まりなくて見てられない……少し席を外す」

 

 瞬くして僕も部屋を出ていく。足取りからして少々早歩きで目的地へと向かっている。更に不安は募るばかりだ。

 

「おい、座布団少し分けろ。碌に前も見れていないだろそれ」

 

「もうすぐそこですし、これで終わるから大丈夫ですって……うわっ!?」

 

 僕を安心させようとしたのも束の間、足を滑らせて後頭部から転倒する。同時に積んでいた座布団も散らばる始末だ。

 

「とうじ!?」

 

 その音に反応したのだろうか。通りかかったちゆが慌てた表情でこちらへ駆け寄ってくる。

 

「言わんこっちゃない……この量、2部屋分いっぺんに運ぼうとしただろ」

 

「その方が早く終わると思って……」

 

「はりきるのは構わないが、それで怪我でもしたら元も子もない」

 

「そうね、少しずつ分けて運んだ方が良いわ。そうでなくても客間の座布団は大きめだから」

 

「そういうことだから、少しでも僕や誰かを頼ってくれ」

 

「はい……」

 

 3人で散らばった座布団を拾い上げ、3枚程度に分けて目的地へと再度運んでいく。

 僕とちゆに注意を受けたとうじは落ち込んだ表情を見せていた。次の仕事のモチベーションに影響を受けなければ良いが。

 

 

 

 

 

「お風呂掃除で挽回しなきゃ……!」

 

 こうして場所は変わり、今度は温泉の掃除。主に床をデッキブラシで磨くことを任された。

 つい先程まで落ち込んでいたのとは違い、とうじは熱意のこもった顔立ちでブラシを強く握りしめていた。

 

「僕達は大浴場を掃除するから、足湯場を頼む」

 

「はい!」

 

「凄いね飛鳥くん、すっかりとうじくんのお兄ちゃんだ」

 

 ちゆが別件で離れなければならない中、この場で指示を出せるのは僕くらいだ。広い大浴場に対して、足湯場は1人でも十分なほど範囲が限られている。同じように床を磨くだけなので流石にアクシデントは起こりづらいだろう。

 

「うわっ、ダメだってぇ!?」

 

 そんなことはなかった。

 バシャンッと激しい水音を立たせて、足を滑らせたにしても何処まで重点に磨いたんだ。僕達はその音の主へと駆け寄る。ちゆも同じように駆けつけた。

 

「どうしたの!?」

 

「うわ、ずぶ濡れじゃん!」

 

 足湯場といっても湯舟は何人も浸かれるくらいには大きい。故に、そこにダイブしたとうじの半身はかなりびしょびしょに濡れていた。

 

「あの……」

 

「大丈夫よとうじ。ここは任せて濡れた服を着替えてきて」

 

「ごめんなさい……」

 

 再びちゆに指摘され、とうじは落ち込んだ様子でこの場を後にする。先程の繰り返しだ。

 決して悪意があって失敗しているわけではない。それだけに何とも言えない思いで、僕はその哀愁漂った背中を目で追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上、負けてたまるもんですか……!」

 

 旅館沢泉近くの木陰から、シンドイーネが姿を現す。遊園地を訪れた時から今に至るまでビョーゲンキングダムには戻らず、ずっと地球上に滞在していた。意図的にではなく本人が気付かない内にそれほどの時間が経っていたのだ。

 その期間、彼女は葛藤に苦しんでいた。グアイワルやダルイゼンを超え、主に興味を示してもらえるようなメガパーツの使い方を導くために。

 

『その力を自らのものにすれば良いのでは?』

 

 不意に告げられた裏切り者の声が頭から離れてくれず、苛立ちが込み上げて来る。

 だが、妙に胡散臭い言葉ではあったもののそれほど悪い案ではなかった。メガビョーゲンに使って強化させたように、対象をテラビョーゲンとして生み出したように自らに取り込むのはメガパーツの使い方として妥当だ。

 ここまでならば自分にとってかなり得のある話なのだが、問題はこの後だ。

 

『仮に代償として自分を殺してしまったとて私は保証できませんから』

 

 別の言葉に言い換えれば、自分の身体が失ってしまう可能性がある。確かに強くなりたいけれど、自分自身が消えてしまうのは流石に嫌だ。でも他に方法もないし脅しの可能性だってある。よって、もう覚悟を決めるしかない。

 

「何が起こるか分かんないけど、キングビョーゲン様の為なら構わない。あたしが一番になるのよ!キングビョーゲン様の一番、に……!」

 

 両手でメガパーツを掲げ、勢いそのままに胸元に押し当て自分の体内に取り込ませた。

 

「ああああああああっ!!」

 

 喉を破壊しきれんばかりの悲痛な叫びと共に禍々しいオーラが体内から放出され、シンドイーネの全身を包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ、美味しい!」

 

「甘いのが染みるって感じ!」

 

 客室や大浴場、広範囲に及ぶ清掃を終えた僕達は一度休憩がてらすこやかまんじゅうを召し上がっている。のどか達は3個戴いて味を堪能していたのに対し、僕は我儘を言ったことでその倍の数を貰って食べていた。3個で満足するほど僕は甘い人間ではない。

 

「はぁ……」

 

「ね、一緒に食べようよ!めちゃうまだよ~?」

 

「いいです……」

 

 その隣で、さっきの失敗を気にしているのかとうじが饅頭を口にもせずに顔を俯かせていた。

 

「僕、失敗ばかりな上に全部お姉ちゃんに助けてもらって。同じ姉弟なのに、どうしてうまくできないんだろう……」

 

「そんなこと……」

 

「分かるそれ!すっごい出来る兄妹いると、なんか焦るの!めっちゃ分かる!」

 

 僕には兄弟が存在しないので感覚こそ分からないが、似た立場の者にはその重みが感じられるのかもしれない。

 

「でも、焦らなくてもいいと思うよ」

 

 のどかに笑顔ですこやかまんじゅうを差し出して励まされたとうじも、僅かに笑みを浮かべて受け取る。

 外面で建前だと分かるような笑顔。どうにも失敗を気にしてしまうという本心が表れているようだった。

 

「……ちょっと外の空気を吸ってきますね」

 

 重い腰を上げて、とうじはこの場を後にする。その背中は何とも言えない哀愁を漂わせていたのと同時に、そこに悪魔が憑りついているようだった。そしてその悪魔はこちらに問いかける。この少年を野放しにしたらどうなることか、と。そんな感覚が脳裏に伝わってくる。

 

「飛鳥くん……?」

 

 少しして、重い腰を上げて扉へと手を伸ばす僕に気付いたのどかは疑問を抱きながら声をかける。こっそりと席を外すつもりだったのだがな。

 

「僕もそこら辺をふらついてくる。ついでに饅頭も追加で貰って来るか」

 

 そう言って部屋を出て扉を閉めると、やや早歩きでとうじの元へと向かう。外の空気を吸ってくるとは言っていたが、流石に旅館の外へは出ていないはずだ。となれば、旅館内で外に出る場所は1つしかない。

 

「とうじ」

 

「飛鳥さん……?」

 

 客のいない足湯場近くのベンチで1人落ち込んでいたとうじは僕の声で顔を上げ、不思議そうにこちらを見据える。僕はそれには目もくれずに隣に座り、1つ深呼吸をした。

 

「まだ失敗を気にしているのか?」

 

「……お姉ちゃんはあんなに出来るのに、僕は何も出来ない。僕ってどうしてこんなにダメなんでしょうね」

 

 自分を更に卑下する。あまり責められても身体に毒だしこっちも気分が沈む思いだ。

 とはいえ、確かひなたも同じことで悩んでいた。兄や姉の真似事をしても上手くいかず、続かなくなってしまう。そんな悩みがプリキュアに変身して戦うことへの価値観へと繋がってしまっていたのを思い出すと、兄弟がいる者にとって避けては通れない困難なのだと理解する。

 だがそれでも、このままでは以前のひなたの二の舞になるのは目に見えている。一喝入れてやるか。

 

「言っておくが、長所がない人間なんて何処にもいないぞ」

 

「え……?」

 

「逆に言えば、短所しかない人間もいない。つまり完璧な人間なんていないんだよ。お前の姉だってそうだ。あいつも何でも出来るように見えて、悩んだり躓いたりした時もあった」

 

 ハイジャンプに対するイップスや客へのもてなしに悩んでいたこと。どれも彼女の真面目さが故に直面したものだったが、瞬く間にそれを乗り越えた。

 それは何故か──1人で抱え込まず、僕達を頼ったからだ。そして僕達は頼られたからこそ彼女を支えた。こうして困難の壁を乗り越えたのだ。

 

「真面目という面でならとうじ、お前も同じだ。確かにお前は不器用でどんくさい面がある。でもずぶ濡れになった時、理由があってそうなったんだろ?」

 

「え、何でそれを……?」

 

「目撃者がいたらしくてな。とっても一生懸命で優しい子だったと言っていた」

 

「そんな人が……」

 

「他の誰かと比較して結果を求めがちなのは人間の性みたいなものだ。けど、だからといってそうする必要もない。自分のやりたいようにやればいいんだ。努力している姿はちゃんと周りに見えているからな」

 

 自分をそんな風に見てくれている人がいるんだ、と先程の俯き顔から打って変わってとうじの表情が明るくなっていく。すっかりと元気を取り戻したようだった。

 休憩時間の終わりが差し掛かった時間帯、とうじは両手に握り拳を作って気合を入れてこの場を後にした。上手く説得できたか自分では評価しづらいが、本人が納得したならいいかと一呼吸入れる。

 そこにパシャリ、と横からカメラのシャッター音が聞こえてきた。

 

「ふむ。これは良い一枚が撮れました」

 

「……仕事している姿以外は許可してないぞ」

 

「今の飛鳥、とても良かったですよ。あれが男前というものなのでしょうか」

 

「人の話聞け」

 

 僕の注意に聞く耳を持たず、興味津々でこちらを見るアスミ。後でこっそり消去しておけばいいか。

 

「ありがとう飛鳥」

 

「ありがとうペエ」

 

 すると、上機嫌な様子でちゆとぺギタンがこちらに歩み寄ってくる。

 

「お礼を言われるようなことはしてない。あんな些細なことで勝手に落ち込んで仕事に支障をきたされるのは御免だから一喝言ってやっただけだ」

 

「いいえ。私はさっきあの子を強く叱ってしまって、ぺギタンからとうじがあんな風に思ってたのを知ったから。もっと気を配れるよう精進しなきゃ」

 

 ぺギタンの方へ視線を送る。成程、その小さな身体を活かしてとうじの後をつけていたというわけか。

 彼の数々の失敗を見届けて、その後自分がどういう感情を抱くのかは人それぞれだが、こいつの場合その失敗を嘲笑うことはせず、もっととうじのことを知ろうとしていた。それ故、心配で仕方なかったのだろう。そのことを姉であるちゆに知らせたおかげで、彼女は知らなかったことを知ることが出来た。見事である。

 時計を見るにそろそろ後半の仕事が始まる。元居た場所へと待機しなければならないので急いで戻ろうとする。

 

「……くちゅん!」

 

「ラテ……!?」

 

 直後、突然ラテの体調が悪くなりヒーリングルームバッグから聴診器を取り出して心の声を聴く。ビョーゲンズが現れたと察するが、何とも絶妙なタイミングで来てくれたものだ。

 

『近くで黄色い服のお兄さんが泣いてるラテ……』

 

「ん、人だと……?」

 

「黄色い服の……もしかして!」

 

「とにかく行きましょう!」

 

 異例の事態に困惑を隠せない。ちゆに思い当たる節があるということは、旅館客だろうか。取り敢えずアスミの言った通りにその場所へと移動し、のどか達と合流する。

 

「メガビョーゲン……にしてはやけに人型じゃない?」

 

「それに、蝕む範囲も広すぎるペエ!」

 

 確かに、巨躯な腕で一振りしただけで旅館付近全体を汚染していた。少なくとも、今まで戦ったメガビョーゲンとは違うと認識すべきだ。

 

「だったら、早急に止めるぞ」

 

 僕の指示に四人は頷き、目立たない場所へと移動し変身の準備へと入る。

 

「お姉ちゃん何処行くの!?」

 

「……っ!?」

 

 その姿を運悪くとうじに見つかってしまう。無視したところで逆に怪しまれるというリスクを受け取ってしまった厄介な状況だ。

 

「えっとその、あっちにお客様が居ないか見て来るわ!お母さん達を手伝ってて!」

 

「分かった!」

 

 家族と仕事をしているからこそ出てきたであろうちゆの賢明な誤魔化しによって、とうじはすんなりとこの場から離れていく。周囲に人がいないかを確認した上で、再び目立たぬ場所へ隠れて変身を開始する。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」 

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」

 

 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

『これより、オペを開始する──!』

 

 

 

 

 

「オーホッホッホッ!来たわねプリキュア!」

 

「シンドイーネ……!?」

 

 僕達の姿が見えるなり高らかに笑うシンドイーネ。

 ただ、いつもと見た目が違う。以前までは見受けられなかったティアラを装備しており、より高貴な女王を漂わせる。また、目元には水色の涙のような模様もある。それは、のどかの体内に埋め込まれたメガパーツがケダリーというテラビョーゲンに進化したのと同じようにも見える。彼女も同じく進化を遂げたということか。

 そう仮定したとして、もう1つ気になるのはあの怪物だ。僕達が変身している間にも、奴はいつも以上に活発に暴れ続けている。

 

「どうプリキュア?この私が生み出した新種のビョーゲンズ、『ギガビョーゲン』の力は!」

 

「ギガビョーゲン!?メガビョーゲンじゃないペエ!?」

 

「そう。私はね、この体にメガパーツを取り込むことによって進化したの。それによって、私は地球上の生き物を使って、ギガビョーゲンを生み出せるようになったのよ!」

 

「ニャンだとぉ!?」

 

「めんどくさいことしてくれるじゃんね……!」

 

 自分自身の犠牲を振り払ったというわけか。その結果、自分の力だけでなくメガビョーゲンの上を行く存在を召喚する力をも手に入れた。かなり余計なことをしてくれたものだな。

 

『キュアスキャン!』

 

 フォンテーヌがキュアスキャンでギガビョーゲンの体内を覗く。そこに映し出されたのは、黄色い服を着た筋肉質の"男性"、人間だった。

 

「力様!?」

 

 見知った人物に驚きの表情を見せるフォンテーヌ。様呼びということは旅館客か。

 スパークルがメガビョーゲンにしてはやけに人型じゃないかと言っていたが、本当に人間から生み出された怪物だったとは……。

 

「もうあんたらとは違うのよ。この身体もキングビョーゲン様への愛も……。さぁギガビョーゲン、お前の力を見せつけてやりなさい!」

 

『ギガアァァァァッ!』

 

 先制攻撃はシンドイーネの声によって定められ、ギガビョーゲンは口から光線を放つ。いきなり大技とも呼べる攻撃だ。

 

『ぷにシールド!』

 

 グレース、フォンテーヌ、スパークル、ポポロンの4人で一斉にシールドを張って防御に入る。だがその威力は以前とは桁違いで、シールドが破れるまでは行かないものの徐々に端から削れていく。このまま防御を続けていたら、いずれは漏れて付近が蝕まれてしまうだろう。

 だったら、

 

「『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!」

 

『ギガァッ!?ビョー、ゲン……』

 

 口元に閃光の矢が命中したこととその衝撃波によって、ギガビョーゲンは背中から仰向けに倒れていった。蝕まれていた付近が僅かながら自然と晴れていくのを見て、かなりの急所を狙えたのだと悟る。

 さてと、あとは体勢が戻る前に浄化しに攻めていく──。

 

「ワン!ワン!」

 

「うわ、ワンちゃん!?」

 

 突然の乱入。

 旅館の近くに潜んでいたのか、野生の子犬が顔を出してギガビョーゲンの元へと走り出した。

 

「危ない!そっちへ行っちゃダメだ!」

 

「とうじ!?」

 

 それを追いかけていたのか、とうじも顔を出して子犬を捕まえに行く。

 どちらも危険な場所へと突っ込んでいて見てられない。僕とフォンテーヌは止めるためにそっちへ向かう。

 

「……ちょっと、いつまで倒れてんのよ。ていうか一発喰らっただけでぶっ倒れないでよ!そんなんじゃあいつらに『フッ、進化したとかカッコつけていた割には口ほどでもなかったな』とか言われちゃうじゃない!」

 

「良く分かったな。あながち間違いではない」

 

「あんたには言ってないわよ黙ってなさいよ!」

 

 僕の口調を真似ていたから答えただけなんだが。進化した姿とはいえ、性格までは変化していないらしい。

 

『ギッガー!』

 

 そうこうしているうちに、シンドイーネに喝を貰ったギガビョーゲンはすぐさま身体を起こし、こちらを目掛けて再び光線を放つためにエネルギーをチャージし始める。

 

「させるか……!」

 

『風のエレメント!』

 

『雷のエレメント!』

 

『実りのエレメント!』

 

『ギガ……!』

 

 エレルギーが最大になる前に、アース、グレース 、スパークルが双方からそれぞれエレメントの力を使った光線を放ち、僕は真正面から打撃で対抗する。チャージ状態では何も行動できないギガビョーゲンにまともに命中し、再び地面へと倒れていく。子犬が襲われるという最悪の事態は免れたように見えた。

 

『ギッガー!ギッ、ガッ!』

 

「こいつ……!」

 

 しかし、ギガビョーゲンは倒れたその状態から手足を大きく振り回してカウンター攻撃を始めた。

 ジタバタと暴れる度に地面が揺れ、近距離にいたアースとスパークルは殴られ兼蹴飛ばされ吹き飛ばされてしまう。素早く遠距離でバックステップを取っていた僕は、蛇の化身を数体召喚して怪物の動きを止めていく。

 

「あっ……!」

 

 その際、ギガビョーゲンが暴れたことによって折れた一本の大木が子犬ととうじの方へと倒れてくる。それに気づいたフォンテーヌは瞬時にシールドで防御し、大木は近くの川へと水音を立てて落ちていった。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい!子犬も無事です!」

 

「良くワンちゃんを守ったわね。怖かったでしょ?」

 

「うん……でも、大切なお客様だから!」

 

「そう、後は私達に任せて。必ず守ってみせるから!」

 

「お願いします!」

 

 とうじ達が無事であることを確認した後、フォンテーヌは彼らに背を向けて僕達と合流する。

 

『ギガアァッ!』

 

 拘束していた蛇達を強引に引き千切るギガビョーゲン。怪物でも対抗出来るくらいキツく縛り上げたつもりなのだが、見た目以上の相当な馬鹿力を持っている。

 

「フォンテーヌ、雨のエレメントボトルを使うペエ!」

 

「えぇ……!」

 

『雨のエレメント!』

 

 フォンテーヌはヒーリングステッキに雨のエレメントボトルを装填し、ギガビョーゲン目掛けて強力な光線を放った。

 

『ギガッ!』

 

 対して、怪物も口から光線を放って鍔迫り合いが始まる。

 だが、雨のエレメントは言わば水のエレメントの上位互換だ。たとえ強敵であったとしても打ち勝てると絶対の自信を持っても良い。

 

「沢泉は、私が守る!」

 

 フォンテーヌはヒーリングステッキを握る両手の力を更に入れ、光線の威力を上げていく。

 

「凄い……!強い思いがフォンテーヌの力になってる!」

 

「ならば私も……!」

 

『空気のエレメント!』

 

『ギガァ!?』

 

 アースはウィンディハープに空気のエレメントを装填し、弦を弾いて生成された空気の弾丸を放出する。追い打ちをかけるようなその攻撃は、ギガビョーゲンを後方へ吹き飛ばして行った。

 

「嘘でしょぉ!?」

 

「……フッ、進化したとか言っていた割には口ほどでもなかったな」

 

「なっ……!」

 

「確かに今までの奴らと比べるとかなり手こずった。けどな、強くなったのはお前達だけじゃなく僕達も同じだ。そして、これからも進化していくぞ……!」

 

 ──シアを止めた僕達が、こんな奴に負けるわけないだろ。

 

「……行くぞ」

 

「うん!」

 

 

 

「「「「ヒーリングアニマルパワー全開!」」」」

 

 

 

 4人は一斉に、ヒーリングっどアローにスペシャル・ヒーリングっどボトルを装填する。付属されたダイヤルが回り始め、彼女らの姿を新たに変化させる。

 

 それぞれが髪のボリュームアップや髪飾り等の形が変化、また衣装の丈も伸びて白衣やドレスのデザインへと変化を遂げていく。

 

 

 

「「「「アメイジングお手当て準備OK!」」」」

 

 

 

 ヒーリングっどアローの引き金を引くことで癒しのパワーを溜め込む。段々と、七色のエナジーが上昇していく。

 

 対して、僕は距離にしておよそ50メートルにまで詰める。それほどの助走を以て跳びかかるわけではなく、身体を地面に沈めて上空へと高く跳躍する。

 

 

 

『──我が宿命、月女神及び太陽神に請い願う』

 

 

 

 体を宙に舞わせる中、そう呟きながら左腕を天に掲げた途端、ぎしりと空間が軋みを上げる。

 

 

 

『月女神には愛の精神を、太陽神には輝かしき一矢を、そして双方に我が運命を定めよう……次なる運命に幸あれ』

 

 

 

 紡がれる言葉に、闇に染まった暗雲の隙間から一筋の光が呼応する。それはキュアラピウスを中心に照らし、かざした掌から白銀の玉を生成した。

 

「「「「プリキュア・ファイナルヒーリングっどシャワー!!」」」」

 

汝・白銀の一矢(ヴェロス・オルテュギア)──!!』

 

 そして、スペシャルヒーリングっどスタイルとなった者達は"OK"というパートナーの掛け声で引き金を押し、一斉の掛け声で螺旋状の光線を放った。

 

 そして、僕はそれを怪物目掛けて上体を反らし、怒号と共に、その一手を振り下ろした。

 

『ヒーリングッバイ……』

 

『お大事に」

 

 ギガビョーゲンの身体は跡形もなく消え去り、浄化されていったのだった。

 

「あんなに蝕んだのに~!もう!」

 

 ギガビョーゲンも周囲も浄化されたことに、シンドイーネは悔しそうに足をジタバタと悔しそうに声を上げたまま姿を消した。

 

 

 

 

 

「飛鳥さん、さっきはありがとうございました!おかげで自分に自信が持てました!」

 

「礼を言われるようなことはしていないって言ってるだろ。自信が持てたのは周りが支えてくれてるってことに気付けたからだ」

 

「でも、気付かせてくれたのは飛鳥さんじゃないですか」

 

 妙に痛いところを突かれる。

 お礼を言われまくっている立場のはずなのに、ぐうの音も出ない複雑な気分になっているのはどうしてだろう。

 

「照れ隠ししなくてもいーじゃん。お礼言われて悪い気しないっしょ?」

 

「……チッ」

 

 横槍を入れるようにひなたが僕の腕を肘で突いてちょっかいを掛けて来る。鼻抓んでやろうかこいつ。

 

「でも、お客様の笑顔を見るのって嬉しいんだね」

 

 とうじがふとそんな言葉を吐く。

 というのも、先程とうじが追いかけていた子犬は襲われていた旅館客の飼い犬だったようで、子犬を守ってくれたことに礼を言われていた。それ故、今の彼はかなり上機嫌な様子で旅館へと足を運んでいた。

 

「えぇ。私もとうじに負けないように、もっと頑張らなくちゃ」

 

「……もしかして僕の事ずっと見ててくれてたの、お姉ちゃん?」

 

「ふふっ、さあね」

 

 そんな何気ない会話を交わす姉弟の背中を見守りながら、僕達も続いて歩いたのだった。

 

 

 

 

 

 ──今の不出来を恐れる必要もない。

 ──他人を評価して自身を卑下する必要もない。

 ──常に進化を続けるものは、未来より常に不出来だとも言えるのだから。

 

 ……夢の中にいた人物の言葉を借りるなら、こんなところだろうな。

 

 




ギガビョーゲンさんオーバーキルされてますねこれ…。

さて、次回はこのまま行くなら、のどかがお世話になった病院の先生と再開する回なのですが、諸事情でその次のちゆのハイジャン回と入れ替えます。その為、次回は後者の回となりますのでご注意ください。

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