万能細胞を使ってIS学園を洗脳・改造・侵蝕・ハーレム! (地球最適化プログラム)
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プロローグ アルティメット細胞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、何処かの国、何処かの場所。ここは、一部の限られた人間にしか知られていない、とある目的のために作られた施設だ。

その施設の内部は、蟻の巣のように廊下と部屋が広がっている。

 

その中の一つ、薄暗い部屋、中心には手術台とライトが置かれ、トレーに乗せられた手術道具のようなものが側にある金属製の台車の上に置いてある。

周りを忙しく行ったり来たりして作業している人は、青い医療用の服を着て、完全抗菌の装いだ。

 

そんな部屋の様子を見ていると、ここは病院の手術室なのかと思われそうだが、この施設には病院ではない。窓口もなければ、待合室なんてものもない。

あるのは、()()()を安置する部屋と、実験を行う()()()の二種類だけである。

 

そして、その実験室のドアが開き、五人の青い服を着た人と一緒に、ストレッチャーが搬入されてきた。

ストレッチャーには、年端もいかない少年が横たわっている。

 

手早い動きでその少年を手術台に移し替えると、手術台を取り囲むようにその五人は立って、少年を見下ろす。

 

「『材料』はまだか」

 

その五人の中の一人、長身でガタイの良い男性が呟く。

 

程無く、この部屋にあるもう一つの扉が開く。先程少年が搬入されてきた扉とは反対側にある扉だ。

開いた扉から入ってきたのは、鉄製の台車と、それを押して運ぶ男性。

そして、その台車の上には、水銀のような液体が詰まった点滴のバックと、黄色い塗料のようなものが詰まった小瓶。どちらもラベルは貼られていない。

 

「先天処置実験は身体が異常分裂を起こして栄養失調になり、母親共々死亡。遺伝子組み換え処置も発言不調を起こして失敗。後天処置実験でも上手く行くとは思いませんが」

 

「それはまだ分からん。彼は第一次成長期を終えて、元々の細胞分裂速度は穏やかだ。それに、一定以上の細胞分裂を抑制するナノマシンも投与する。拒絶反応に関しても出来るだけの対策は考えてある。それに、ラットでの成功保証もあるじゃないか。後は運勢次第だ」

 

実験室の隣には、マジックミラー越しに実験室を覗くことが出来る部屋が併設されている。そこでは、二人の研究員が実験の行く末を見守っていた。

 

「取り敢えずは、成功するまでやり続けるしかなかろう。上も資金と()()()()はまだまだ出してくれる見込みだ」

 

二人の視線の先、手術台の上で横たわる少年の頭に、そこをすっぽりと覆う機械が被せられる。

壁にいくつも掛けてあるモニターがパッと明るくなり、少年のバイタルサインを表示する。

 

「人類が、新たなステージへ進むために」

 

白い髭と度のキツいメガネをかけた研究員が、そう呟くと同時に、実験は始まった。

 

点滴スタンドに、先ずバックをかけて、点滴のラインを組む。輸液ラインと延長チューブを三方活栓で繋ぎ、クレンメをしっかりと締める。点滴バックに輸液ラインの先の針を刺し、液だめを揉むと、銀色の液体が流れ始めた。

 

「針、射って」

 

隣にいた男性がアルコール綿で腕の腹をそっと拭き、点滴ラインの先にある翼状針を刺した。

 

銀色の液体が、チューブを伝って血液の中へ、流れ込んでいく。

 

「バイタルチェック、怠るな。『()()()()()』準備しておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

一連の作業は、手術……というよりただの点滴に近い。

銀色の液体を注入後に、それが身体全体に回ったところで黄色い液体を注入するだけなのだから。

 

しかし、作業中は実験体の容態に細心の注意を払いながら点滴を続ける必要があった。

一つでもミスを犯せば、被験者の細胞は癌細胞とは比にならない程の異常分裂を起こし、被験者は破裂。つまり実験は失敗する。

他にも、生命活動が極端に低下し、生命を維持出来なくなったりする可能性もある。

 

この黄色い液体──『彼ら』はそれを、バナナオレと呼称している──には、人間のDNAの大部分を書き換え、()()()()()()()()()()()()()作用がある。

理論上では特殊なDNA配列により細胞の特性を環境によって変化させることであらゆる変化にも耐えうる生物、いわば『完全生命体』といっても遜色ないものを作り出すことが、この液体には可能だった。

他にも機能があるのだが…………。

 

この究極の生物を作り出すプロジェクトが行われた背景では、今を取り巻く現代の実情があった。科学技術の発達、そして『インフィニット・ストラトス』という『()()()()()()()()()()()』『()()()()()()()()』であるマルチフォーム・スーツが世に蔓延り、文明の急速な進化と、それによる社会の混乱が絶えない時代であった。

世の中は『インフィニット・ストラトス』へ傾倒し、その技術を発展させようと躍起になる。

だが、この研究所にいる『彼ら』は、自らの進化を望んだ。自らを『人類を超越した何か』にステップアップし、『インフィニット・ストラトス』によって大幅に変動した世界の覇権を、それを超えることによって再びこの手に戻す。このプロジェクトには、そんな意図があった。

 

そして、プロジェクトの目的から察することが出来るだろう。

嘗て『インフィニット・ストラトス』と、その開発者である『篠ノ之束』により社会から排斥された者たち。それが、『彼ら』の正体である。

 

「バイタル安定、ナノマシンによるバイタルチェック、表示します」

 

先程の銀色の液体が、体内に隅々まで渡る。それは、黄色い液体の作用をコントロールするために作られた、ナノマシンであった。

 

モニターの一つに、『tip』と右上に表示されたバイタルサインの情報が映し出される。

 

「被験者の容態は安定、続いてバナナオレ、注入します」

 

「いよいよだな………」

 

隣の部屋から見ている、白衣の男は唸る。

 

そして、チューブを通って、『バナナオレ』は、被験者の体内に流れ込む。

 

手術台のすぐ側で様子を見る作業員達も、その額にじんわりと汗を出しながらその行く末を見ていた。

 

バイタルは変わらず正常値を報告し続けている。麻酔を打って眠っている被験者の様子にも、異常はない。

黄色い液体は、内部の細胞と結びつき、先ずは異常分裂を始めようとする。だが、ナノマシンが効いているのか、それは抑えられているようだ。モニターを見ると、ナノマシンのプログラムが正常に作動し、生命として保ったまま、細胞が書き換えられている旨を報告している。

 

もうすぐ、我々の長年の夢が叶う時が来た。そして、ナノマシンの制御権を持つ我々がこの被験体を操り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()───。

 

一同が、歓喜に満ちた笑顔を見せようとした、その時だった。

 

 

ビーッ!、ビーッ!、と、けたたましいアラームが鳴り響いた。

こんな忙しい時に、何が起こったのか。

 

モニターの横にある非常ランプが点灯し、モニターも同時に切り替わる。

 

『侵入者アリ』

 

その文字に、この場にいた誰もが唖然としたが、白衣の男はすぐに我に帰って、手前にあるマイクを掴み、実験室に向かって叫ぶ。

 

「何をしている。被験体を渡すわけにはいかん。早くソイツを連れて逃げろ!」

 

その声に青い医療用の服を着た作業員も我に帰り、部屋の端に置いたままだったストレッチャーに被験体を移動させ、すぐに材料を持ってきた方の出口から部屋を抜け出た。

 

「畜生。恐らく、侵入者はこの機会を狙っていたな」

 

「とにかく、私達も逃げましょう。それから………、!!」

 

「!?」

 

二人の研究員は、部屋から出ようとしたが、不意にその若い方の動きが止まる。

もう一人はそれに気付いて振り返ったが、うめき声を上げる研究員の胸から、鮮血のついた刃物が突き出ているのを見て、血の気がサッと引いて行くのを感じた。

 

「あんまりこういうのは好きじゃないけどねぇ」

 

刺された研究員の後ろから聞こえる、若い女性の声。それは、この場に似つかわしくない程に陽気な声だった。

 

うそだろ。だが、この早さは。

 

後退りながら、もう一人の研究員は、頭の中にポッと出てきた最悪の結果を、全力で否定しようとしたが、しかし、その最悪の結果は、事実として彼の目の前に現れていた。

 

侵入者は、稀代の天災、篠ノ之束だった。

 

「死んでもらうよ」

 

酷く冷めた声で、彼女は一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「点滴針とか、邪魔だろ。抜いとけ」

 

作業員のうち、一人が点滴針が打ってある左腕の側にいる作業員に急かす。

幸い、バナナオレは一定量の注入は完了していた。

被験体から血が流れ出るのもお構いなしに男は点滴針を抜く。

しかし、血は流れることは無かった。

 

「これが、『バナナオレ』………いや、『アルティメット細胞』の力か」

 

被験体を移送しながら、ガタイの良い男は呟く。

 

「おい、お前とお前は、警備室から武器を持って来い。俺とコイツがここを出るまで、食い止めろ」

 

「はい」

 

男は周りの作業員にそう命令し、その後一人でストレッチャーを押し続ける。曲がり角を幾度も曲がり、とにかく一心不乱に死守を続けた。

 

「ハァッ、ハァッ、やっと、脱出口だ」

 

最後のコーナーを曲がり、残り数十メートル。そこには、脱出用のポッドがあり、そこからヨーロッパ中の何処かに脱出することが出来る。ポッドの通る脱出ルートは幾つもあり、それはランダムだ。例え篠ノ之束だとしてもどこへ脱出したのか特定するには時間がかかるだろう。

 

あばよ、篠ノ之束。

 

男はそう思いながらポッドの入り口に突っ込むようにして入り、起動する。篠ノ之束の姿は、ない。

それを確認して、男はポッドの中のベンチに崩れ落ちるように座った。

ドッと、何かが爆発したような音が鳴り、ポッドが射出する。ポッドの中にも衝撃が走るが、それに構っていられる程彼の体力も残っていないようだ。

ふと見上げると、ストレッチャーの上の少年は、未だに眠り続けている。

それを見て安堵したのか、男の瞼は段々と重くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「久々にやらかしちゃったね。この束さんを手こずらせるとは、中々やるじゃないの」

 

脱出口のトンネルの前に立ち、その先の暗闇を見据えながら、篠ノ之束は、不機嫌な顔をした。彼女のお気に入りのエプロンドレスは、先程人を殺しまわったにも関わらず、返り血一つついておらず、料理前の綺麗さを保っていた。

 

「でも、収穫も少なからずあったね。クーちゃんは良い子だからね、束さんの助手にしようかそうしよう!」

 

しかし、彼女はすぐにいつもの笑顔に戻り、その場を後にする。

どうせこの地球上にいる限り、彼女から逃げ切れることは出来ない。今は逃れても、必ず捕まえられる日は来る。

 

彼女は人類最高の知能と、人類最高の運動能力を持つ故に、そう自負出来る程の自信があった。

 

しかし、彼女は持ち合わせていなかった。彼女が人類を超える存在と相対した時に、それに勝利するという自信が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者は豆腐メンタルです(だから何なんだ)。
エロシーンまではもう少し待って下さい


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第一話 白い髪の男

まだ導入部分しか投稿していないのですが、沢山のお気に入り登録をしてもらって、ありがたいというか、恐縮です。あんまり期待はしないで……下さいね?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてっ」

 

朝、台所でソーセージを程よいサイズに切っていたのだが、ついテレビを余所見していたせいで、指を切ってしまった。

傷口からは、血がドクドクと流れ出す。静脈まで切ってしまったらしい。

 

普通の人間なら、そこですぐに指の根本を圧迫して止血しないと、失血して意識を失う危険性がある。

 

だが、血が数滴、指から滴り落ちた後に、指に残った血を拭うと、もう傷口は塞がっていた。

それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そんな俺、キョウジ・イクリプスは、ある手術を境にそんな超回復で傷が癒える能力(?)みたいなものを手に入れた。

 

俺が五年前、十歳の時の話だ。

医師から自分の身体を構成している細胞が減衰していることを知らされた。DNAの異常で、一定の時期より早く細胞が死んでしまい、死滅量に対して分裂量が追い付いていないため、近いうちに衰弱死しまうらしい。

余命宣告をされて、俺はとても落ち込んだ。死ぬまでにはあと一年弱ということだったが、健常に生きていける、自由に行動出来る時間はそれの四分の一以下しかなかった。その事実を、俺は受け止めきれずに、高台から飛び降り自殺を試みようと思ったことさえあった。

 

だが、ある国の研究所が、細胞の減衰を食い止める薬の研究をしていると言う話を聞いて、俺は一縷の望みをかけて、その手術を受けることにした。

 

その手術というのは、体内に細胞を丈夫にして分裂を活発化させる薬を投与し、予め投与したナノマシンでその薬の効力をコントロールするというもの。ナノマシンは、最近医療の分野で注目を集め、今まで不治の病だった病気の治療で成果を上げている。

また、この手術においても既にマウスでの実験は成功を収めており、後は臨床実験待ちという状況だった。その臨床試験に、俺は抜擢されたのだ。

 

入院先の病院から移送される時、俺は人生で一番強く生きていることを実感していた。『生きてやろう』とも思った。

 

もう一度、この大地の上で自由に生きていきたい。

 

俺の瞳には、天高く昇った太陽に照らされて、キラキラと光る世界が映っていたのを、今でもよく覚えている。

移送先の病院で、俺は麻酔を打たれ、暫しの眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

結果的に手術は、成功した。というか、死んでたら、今こうして生活していないから当たり前だ。

薬は不具合なく身体に回り、ナノマシンによる薬の効力調整も上手くいっている。

俺はそのまま、別の病院で目を覚ました。真っ白な天井が、映っていた。

 

確か、日本のアニメに登場する主人公には、知らない場所で目覚めた時言う言葉があったよね?今思えばそれを発したかったけど、その時は生きてることが本当に信じられなくて、言葉も出なかったな。もう、嬉しいとか通り越していた。側にあった洗面台の鏡を除くと、髪の毛は白く変色していたが、それ以外は何度も見てきた、自分の顔が映っていた。自然と涙が出てきた。

 

窓の外から、朝の光が優しく俺を照らしていた。おかえり、とも言っているようだった。

 

とにかく、俺は生き延びたのだ。

 

 

「おはよう………って、キョウジ、大丈夫か、手が血だらけじゃないか」

 

「包丁で指ザックリいっちゃってさ。まあ、もう跡形もないけど。お薬さまさまだ」

 

俺が指を切って苦い顔をしていたら、居間の扉の開く音がした。ボサボサの頭を掻きながら、欠伸をする男。パジャマ姿で顔も洗っていない辺り、起きたばかりだと思われる。

 

「気を付けろよ。一応それは副作用なんだが、もしなんかの拍子に()()()()()()()()()()()、面倒なことになる。お前も読んでるだろ。不死身の新人類が研究材料として狙われる話。今は物騒な世の中だ、いつ誘拐されるか分かったもんじゃない」

 

「分かってるよ、ゴジョーさん」

 

俺はゴジョーさんの朝のぼやき──というか内容は俺が起こしたものなのだが──を笑って返す。

 

 

俺は今はこのかかりつけの専門医の男性──ゴジョーさんと一緒に暮らしている。

手術が終わってすぐに退院し、経過観察と定期検診をすることになったのだが、急に両親が海外へ出張を命じられたためだ。

上からこの異動を聞いた時、父は怒り、俺の知らないところであんな会社やめてやりたいと酒を飲んでいたそうだが、この国は、何社かの巨大な財閥企業によって構成されていて、そこを辞めて別の会社……特にそこらの中小企業に入っても、これまでの生活を続けていける程の収入は得られない。この国は、財閥企業の社員とその他に、急激な格差があるのだった。そのため、そう簡単に会社を辞める訳にはいかなかった。

父は大手のスマートフォン製作会社のそこそこ重要なポストについている。俺がこの手術を受けれたのも、父が一代で稼いで得た多額の貯金の一部をつぎ込むことが出来たからである。

 

父には、そして暇さえあればいつでも病室にいてくれた母にもだが、両親には感謝しかない。

 

話が逸れてしまったが、俺は定期検診があるため、家に残らざるをえなかった。元々臨床実験という体で手術を受けているため、俺はそれに付き合う義務がある。

それに、ゴジョーさんが言うには体内のナノマシンの管理に特殊な道具が必要なのだとか。

 

そうした事情もあり、家には俺一人しかいない状態になってしまう。それでは俺に何かあった時に誰も駆けつけることが出来ない。そんな俺の状況を案じてか、ゴジョーさんなら信じられると言うわけで、母のたっての願いで住み込みさせていると言う訳だ。

 

ゴジョーさんは優しいし、何より頭が良い。

俺は手術やリハビリで二年間分の勉強を取り返さなければならなかったが、ゴジョーさんの解説は親切丁寧だ。医者は学歴が高いとは聞くが、多分、そこらの家庭教師より教えるの上手いんじゃないかな。いや、受けたことないから知らんけど。

いつもニコニコとしているし、何か、悪いところが無い。潔白って感じ。

同居を始めた時は、何だか得体の知れないおじさんだという印象が強かったが、驚くことに趣味が俺と結構同じな部分が多かった。今では日本のマンガやアニメが好きで、色々と本を買い集める仲にまで成長している。

 

最近は機動戦士ガンダムという、18メートルサイズの人型ロボット、MS(モビルスーツ)が戦う、シリーズものの戦争物語についての話題が多い。MSは、タイトルにもなっているガンダム、ザクを始め、様々なMSがあるのだが、ゴジョーさんが好きなのは、ハイゼンスレイⅡというガンダムの派生型の一つに位置する機体らしい。

因みに俺はウイングガンダムゼロという、背部に巨大な翼を持ったMS。アフターコロニーという暦を持ち、初代ガンダムの世界で使われている宇宙世紀とは違う世界のガンダムの一つだ。

 

話が大きく逸れてしまったが、そんな背景があって、俺はそんな治癒力を手にしてしまっている。

そこまで不便じゃないし、寧ろ助かっている部分もあるから、俺はこれを何とも思っていない。

 

今日も、いつもと変わらない。なんてことない朝。

 

俺は血がついてしまったソーセージを洗い直し、キッチンペーパーで水気を拭き取った。今日は冷えた朝だから、ポトフを作っている。

傍らでは、じゃがいも、ブロッコリーを始めとした野菜が鍋で煮込まれて、コトコトと音を立てていた。

 

 

だが、その時俺は知らなかった。俺が既に光の届かない、闇の世界に身を沈めてしまっていることを。俺は、折角拾った命を、知らぬ間に捨てかけていたことを。

 

それを知っていれば、ゴジョーさんの先程のぼやきを、俺は真面目に受け取っていだろう。

いや、もはやゴジョーさんと会ってすら──いなかっただろう。

 

 

そんな未来のことは露知らず、俺はポコポコと沸騰している水の泡を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

今日も、中学はだいぶ辛かった。

 

勉強が難しい、というわけではない。校舎内、特に俺たち三年生の教室がある階は、とてもピリピリしていて、張り詰めた空気が流れているからだ。

受験直前で自習も多く、私語一つない室内は、ただノートや自習用に配られたプリントにシャープペンシルを走らせる音のみで構成されていた。

 

この国では、収入を得て一定以上の暮らしを得るためには、大企業への入社が必要となる。大企業への入社には、自然と高学歴が要求される。高校・大学とトップクラスの学校に入らなければ、大企業への戸口を叩くことさえ出来ない。

国は財閥へ入社出来る人材を、全国から集めるために全国的な学校制度・入試制度を作ったが、厄介なことにそれは一度()()()と上へ上がることが不可能に近いシステムでもあった。

高校と大学は学校が三段階にランク付けされ、大学への入試には、学校の首席を除いて上のランクへの受験は禁止されていた。つまり、自分が在籍している高校と同じランク付けの大学か、それより下の大学しか受けることが出来ないものだった。

 

そんなクソみたいな制度があるため、つまり順当に大企業へ入社して不自由なく生活を送るためには、この中学から高校へ行くための受験で、一番高いランクの高校へ受からなければならないのだ。

 

だから、三年生になるとみんなピリピリしだす。かく言う俺も学校では結構ピリピリしている感じだ。

難病を患っていた、等は関係ない。高校へ通うためには何十倍もある倍率を潜り抜ける必要がある。

 

先の見えない日々に、俺も翻弄されていた。

 

 

「ただいま……」

 

重い足取りで俺は帰宅し、玄関のドアを開ける。だが、病院が休みで家にいる筈のゴジョーさんの声が帰って来ない。

ま、今日はゴジョーさんはお休みの日だ。どうせリビングで、アニメでも見ているのだろう。彼はアニメに没頭していると、俺が帰って来たことに気付かないことがたまにある。

 

そう軽い気持ちで、リビングのドアを開けたのだが……。

 

「お、おい………ご、ゴジョーさん!ゴジョーさん!」

 

ソファーから崩れ落ちるように倒れている、見覚えのある男性。

紛れもなく、ゴジョーさんその人だった。

俺は頭が一瞬真っ白になるも、すぐに正気に戻り、ゴジョーさんに駆け寄る。

死んでいる筈が無い。そんな最悪の事態を否定しながら強く揺するが、全く反応がない。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「やあやあ、会いたかったよ、キョウジ君」

 

不意に、背後から声がする。女性の声だ。それも、何処かで聞き覚えのある。

しかし、俺は振り向かない。振り向けない。

振り向いたら、死ぬ。と、思う。

 

「ゴジョーさんを、殺したのは、お前か?」

 

ゴジョーさんという恩人が死んだ、殺された怒りと、後ろにいる得体の知れない存在に対する恐怖で、声が震える。

 

「うん、そーだね。私が排除したんだよ」

 

しかし、後ろの女性の声は、抑揚一つ変わらない。この張り詰めた空気の中で、とてもマイペースな声が、部屋全体に響き渡る。

 

もはや怒りと恐怖に窒息してしまいそうになる中、俺は必死に言葉を紡ぎ出す。

 

「どうして、ゴジョーさんを、殺したんだ」

 

「邪魔だから」

 

「は?」

 

「そこのソイツ。いると、私にとって邪魔なんだよね。今の世界は、私の、()()()()天下なの。だから、それを邪魔する奴は排除するにあたる、でしょ?君、小さい時におままごとってやったことあると思うんだけど。あれって料理作ったりお皿並べたりして遊ぶお遊戯じゃん?あれに、例えば悪の怪人の人形を持った他人が現れたらどう思う?邪魔だよね。何だコイツ。自分達の世界を壊しやがって、って。そう言う事だよ、キョウジ君。分かった?」

 

分かん、ねぇよ。ゴジョーさんが、何をしたって言うんだよ。

 

俺の病気を直してくれて、転勤で一人になっちまう筈だった俺の面倒見てくれて、俺が苦しい時も側にいてくれて。

 

 

そんなゴジョーさんが、一体何をしたって言うんだよ!!

 

「まぁ、でも君にはなーんにも知らされていない訳だし。いいよ。特別に教えてあげる」

 

「教えるって、何をだよ」

 

俺はそっと立ち上がり、後ろにいる女性から、少しづつ距離を取りながら、ゆっくりと振り向いた。

 

その女性は、誰もが一度は見たことがある人物だった。

ミュージカルで見るような服と、ウサ耳を頭につけた()()科学者。その姿は目の前で改めて見ても、科学者に似合わず奇抜で、奔放で、そして妖艶であった。

 

「篠ノ之、束」

 

「ニャハハ。その驚いた顔、図星だよ」

 

その晴れ晴れとした笑顔は、俺には死神に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新型コロナウイルスに感染した人が近所の人間と知って結構ビビりました。
真面目な話、感染したらしばらく投稿出来ないのでご理解の程を宜しくお願いします。


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第二話 悪魔の女

未だエロシーンにも至っていないというのに、R18日刊一位を頂きました。また多くのお気に入り登録ありがとうございます。
感想も拝見させて頂いております。ただ極度のコミュ障なので返信は返せません(←!?)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

この女性、篠ノ之束についてを語る前に、彼女について重要な事柄がある。

 

一つ目は、『インフィニット・ストラトス』と呼ばれるマルチフォームスーツである。通称IS。篠ノ之束は、これを開発したことで有名になったのだ。

マルチフォームスーツと言いながら、その外観は中世の甲冑のイメージに近い。中世の甲冑を、モダンアレンジしたような、感じ。だが、そんな駆動する鎧の中には、様々なオーバーテクノロジーが詰まっていた。

元々は、急激な環境変化が起こる宇宙空間で、人類が開発を行っていくために作られた宇宙服だという。詳しい開発費等は明らかになっていないが、現行の宇宙服は製作に十億円以上もかかるのに対し、恐らくそれより安価で済むものと思われ、更に活動範囲・時間も大幅に増加している。

………というより、値段の話はさておき、宇宙服とISは、それぞれの理論や構造が根本から違うと言った方がいいだろうか。

向こうは、言うなれば『防護服』の理念に近い。放射線や、気圧の急激な変化から人体を守るために、特殊な布を何層も重ねて、人が宇宙空間でも生命活動を行える()()の服と言った方が正しいだろうか。

それに対して、ISは、宇宙空間で人が快適に活動出来るための『作業服』の理念に近いと思われる。

特殊なエネルギーによって駆動し、スーツと言いながら推進装置を持ち、瞬間的に音速まで速度を上げることが出来る。宇宙空間だけでなく、大気圏内、水中でも自由に、立体的に動き回ることが可能。宇宙服とは違い、基本的に特殊なエネルギーシールドで人体を防護しているため、物理的な制約がなく、より人間的な動作が行える。他にもあるが、列挙すればきりがないほどに、世代を画する性能がつまっている。ゴジョーさんとの話で、たまに話題に昇ることがあったが、彼はISのことを、『着るスーパーロボット』と評していた。

一応、ISにも欠陥はあるのだが、これは後述する。

 

そんな宇宙開発事業に革命を起こしそうなISだったが、いざ学会で発表すると、酷評の嵐で、認められることはなかった。十年前の話だ。

恐らく、ISの兵器的側面を、学会に同席していた者達は、皆恐れたのだと思われる。ステルス性能を持ち、レーダーをすり抜けて目標まで音速で飛び、丸腰の相手に対して手に持ったミサイルを放つ。それがどれだけ驚異的であるかは、想像が容易だろう。学会で語られた束の言葉は有名で、『現行兵器全てを凌駕する』というのは、伊達ではなかった。

そして、人々が恐れたのは、それだけではない。ISの欠陥についても、それは学会の人間を震え上がらせた。……が、これまた後に回すことにする。

とにかく、人々はさっさとそれをゴミ箱に入れて蓋をして、忘れてしまいたいと思ったのだろう。

 

だが、それ(IS)は最悪の出来事によって世間一般に広まることになる。

 

 

二つ目に篠ノ之束に関係する事柄として、『白騎士事件』を挙げる。

 

それは十年前、ISが学会で発表された一ヶ月後に、突如として起こった。

 

世界中のコンピューターシステムが同時に、何者かによってハッキングされ、世界各国が保有しているミサイル2341発が、発射されたのだ。

そして、その全てのミサイルの着弾場所は、日本だった。

 

これだけの数のミサイルを迎撃する力は、日本の自衛隊にも、在日米軍にも、無かっただろう。

 

このまま日本はミサイルによって滅亡………かと思いきや、上空には、一人のヒーロー然とした、アーマーをつけた女性が現れた。

そして、その女性は、おもむろに彼女の目の前に手を翳すと、まるで魔法を使ったかのように、ブレードが現れたのだ。

それを手に持ち、ミサイルを斬っていく。その姿に誰もが唖然とした。

遠くて剣先が届かないものは、重火器のようなものを取り出し、そこから電磁砲のようなものを飛ばして、撃ち落とす。

こうして、その白い女性は、ミサイルの約半数、1221発を撃ち落とし、日本を救った。その後、偵察と、その白い女性を拿捕に来た各国の軍隊を全て無力化し、雲隠れする。

……という、突拍子もない事件である。

 

この事件によって、ISは世界に広まる。一時期『兵器』として何処かの国がISを利用した軍需産業を始めたために五大陸に緊張が走ったが、『スポーツ』として表面上は落ち着いて現在に至っている。

 

恐らく(各国はこの事件を延々と調査中にしているため、真偽は分からないが)、これはISの性能を世界に知ろしめるために、篠ノ之束が行ったことである。というかそれ以外にあり得ない。

 

そして、世界の班図は大きく変貌を遂げることになるのだが、ここで重大な問題に直面した。

 

それが、ISの持つ重大な欠陥、

 

『ISは女性しか乗れない』

 

という問題である。

 

言葉の意味そのままに、女性にしかISは乗れない、男性は、反応すらしてくれないのだ。

 

そのため、最強の兵器を使用出来る女性と、使えない男性。力の優劣は逆転した。世に言う、『女尊男卑社会』の幕開けだ。

各国の首脳部は女性内閣に様変わりし、女性有利な政策を打ち出す。女性の働きかけによって、男性の地位は地に落ちる。男性か女性かで、点数に変動が出る受験を行う大学まであるそうだ。女性権利団体という名のヤクザが幅を利かし、各地で混乱が起きた。

 

 

このことを話した上で、篠ノ之束の話をしよう。

 

彼女は、『インフィニット・ストラトス』を発明し、『白騎士事件』でISを世に広め、女尊男卑をこの世に蔓延らせた張本人である。それも、全てそうなることを予想して行っているのだから、悪質極まりない。

 

その美貌とは裏腹に、その自身の能力を持ってして、勝手に世界をかき乱す。『天災』の異名は、そんな畏怖を込められてつけられているのだと、俺は思う。

 

だが、今ここで相対している自分としては、もっと相応しい言葉があるんじゃないか、とも思ってしまう。

 

例えば………『悪魔』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

それにしても何故、篠ノ之束がここにいるのか。篠ノ之束はゴジョーさんを、邪魔な人間、と言っていた。ゴジョーさんは一体、何をしていたのか。気に入らないという言い分は納得できないが、篠ノ之束の言葉が正しいのならば、ゴジョーさんは裏で、篠ノ之束に対抗するための何かを持っていた・研究していたということになる。

 

「さてと、それじゃあ教えちゃいますか。君の真実を」

 

俺?

 

いきなり俺について話を振られたことに、眉をひそめざるを得ない。

 

「俺のことだと?」

 

「そうだよ。コイツのやっていたことを話すには、君の存在がとっても重要になってくるんだ」

 

「確かに、俺は難病を患っていて、それをゴジョーさんに治療してもらった。そこに何か問題が…………あるのか?」

 

すると、急に篠ノ之束は、腹を抱えて笑いだした。

 

「アッハッハッハッハ!いやいやいやいや。まさか、ま、さ、か、………君がなーんにも知らないなんて、ねぇ………」

 

「くっ………い、一体、何がおかしいんだ」

 

「だってね、君が今言ったこと、全部間違いだもん☆」

 

「は?」

 

間違い?いや、どういうことだ?

 

「君、今、『自分は何処も間違ってない筈だ』っていう顔してるよ。はぁーっ、滑稽滑稽」

 

ヒィ、ヒィ、フゥー、と、呼吸を整えてから、篠ノ之束は話を続けた。

 

「先ずね、君が細胞が減衰する病気にかかっているっていう話。あれ、嘘だよ」

 

は?あれが、嘘?もう未来に希望も失って、自殺未遂までしたっていうのに。あれは………嘘だったって、オチなのか?

 

「い、いや、そ、そんな訳、ないだろ。検査結果だって」

 

「いやぁ、あんな紙切れ一つ、改竄でどうにかなるに決まってんじゃん」

 

そ、そ、そんな…………。

 

「じゃあ、あの手術って言うのは、一体何なんだよ。ナノマシンと、細胞の減衰を食い止める薬を投与したって」

 

「あー、その手術ね。ナノマシンと薬を投与したっていうのは、ホント。ナノマシンも、薬の作用をコントロールするためのナノマシンだから、医師の説明は、まあ間違ってないね。だけどね、問題はここからだよ」

 

篠ノ之束は、一呼吸して、驚愕の事実を口にした。

 

「その薬っていうのはね、『アルティメット細胞』って言ったけな?それを精製する薬なんだよ。薬が人間の体内──特に細胞だね──に入り込むと、DNAと結びついて、DNAを書き換える。つまり、君は人間じゃない何かに生まれ変わったわけ」

 

「何言ってんだ。俺は………人間じゃない?」

 

俺の中で何かが、ガラガラと崩れていく。

 

「そ。まあでも、下手すりゃDNAが書き換わったところで細胞が異常分裂を起こして肉体がパァン!って破裂する可能性もあったみたいだけど。まあ、良かったね。今生きてて」

 

楽しそうに手で破裂するジェスチャーを繰り返す篠ノ之束。

そんな他人事のような口調で、こちらの人生をぶち壊しておいて、俺の中で怒りが沸かない筈は無かった。

 

「はぁ?ふ、ふざけんな!病気が嘘で、俺は実は人間じゃない何かでしたって………ど、どうしてくれるんだよ!!」

 

「別にそれをやったのは束さんじゃないもん。言うならコイツに言ってよ。コイツらが、君をそういう身体にしたんだから………あ、もう死んでるんだった。テヘッ☆」

 

畜生、悪びれずに、ペラペラと喋りやがって………。じゃあ、一体、何だったんだよ。父さんが、母さんが心配してくれて、生と死の狭間で葛藤を繰り返して、もう一度生きようと誓ったあの日の出来事は!

 

「もう分かったと思うけど、そこの死体とその仲間──残りは全員私が殺したけど──は、君を使って、生体兵器の研究をしてたみたいだね。君が今まで生かされいていたのは、君が成功例だから。このまま手元に置いておいて、後々私に対抗するつもりだったんだろうね。その証拠に、もう君の両親は口封じで殺されてるよ」

 

俺は無駄に人生に葛藤し、絶望し、勝手に希望を持った。そして、それは全て、信じていた、信じていた筈の、ゴジョーさんの掌で踊らされていたことだった。

最終的に、裏切られ、両親は殺され、俺一人。

悲しいし、恥ずかしいし、悔しい。

俺はその日々のことを思うと膝を落とさざるを得なかった。

 

 

「あ、そうそう。束さんね、()()()()()()()()()()()。まあ、そのまま放っておいてもいいんだけどさ」

 

「は?」

 

「君、そのアルティメット細胞のせいで、ISに乗れちゃうんだよね。それは束さんとして、困るんだわ。ほら、最近、ISを動かせる男の子が出たっていうニュース、知ってるよね?いっくんも後で処分する予定なんだけどね、いっくんにはIS学園でやることがあるんだ。でも、君がいると邪魔なんだよね。この国でも、近々適正検査を始めるみたいだし」

 

そういえばこの前、ISを動かせる男の子が出たという話を、見たことがある。

いっくん、とは、ISを動かせる男の子のことなのだろうか。

 

「取り敢えず、これで君に話すことは全部かな」

 

足音がする。項垂れている俺に、篠ノ之束がゆっくり近付いてくる音だ。

 

「うっ!」

 

不意に、篠ノ之束が俺の髪の毛を掴んできた。変わらず、悪魔のような笑顔をしながら、こちらを見下ろしてくる。

 

「はいはーい、ちゅうもーく!」

 

そうやって見せている、髪を掴んでいる手とは逆の手には、電卓の先にアンテナがついたような、銀色のリモコンが収まっていた。

 

「これはー、君の体内に入っているナノマシンを制御出来る、リモコンでございまーす!」

 

まさか。

 

「細かい説明は省くけど、これで君の生殺与奪も思いのまま☆」

 

相手はあの、悪魔の心を持った、天災科学者だ。絶対にハッタリでは、ない。

 

「や……やめろ………」

 

「え〜?やめない☆」

 

リモコンをどうにかするために立ち上がろうとするが、強烈な膝蹴りが腹部に直撃し、無様に呻く俺。

 

「ぐっ………」

 

こんなところで死ぬわけには、いかない。

俺は残った力で手を伸ばすも、リモコンには遠く及ばない。

そうこうしている内にも、篠ノ之束はゆっくりと、『停止』と書かれたボタンに指を伸ばす。

 

 

「それじゃあ………死ね」

 

篠ノ之束の表情が変わった。いつも見せている笑顔とは正反対の、全てを無に帰すような、真顔。

その何とも言えない恐怖に、俺の気が遠くなっていく。でも、駄目だ。死ぬわけには───。

 

それと同時に、リモコンの『停止』ボタンを、押された。

俺はその現実に、目を閉じた。

 

俺は、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 仕返し

 

 

 

 

 

 

 

────あれ?

 

俺はナノマシンが停止したことにより、死んだと思っていたが、いつまでも死んだような感じがしない。

 

「あれ?おっかしーな。ナノマシンは、確実に制御されている筈なんだけどなー」

 

疑問符を並べているのは、篠ノ之束も同じだった。

 

幸運なのか、死期が伸びただけなのか。だが、死ぬわけには、いかない!

 

「それを………、返せ!!」

 

俺は届かないのを承知で手をリモコンに向ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

俺の手は、まるで異形の怪物のように変化を遂げながらリモコンへ一直線に伸びて、そのまま奪い取った。

リモコンはもう、こちらの手の中だ。

 

「は?」

 

篠ノ之束が、驚愕の意を漏らした。これには驚きを禁じ得なかったらしい。

だが、篠ノ之束はすぐにリモコンを取り戻そうと、こちらに手を伸ばす。物凄い速度だ。人間じゃない。

 

しかし、篠ノ之束の手がリモコンにかかるその時、リモコンが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

取られないためにどうすればいいか、そう考えた結果、身体が勝手にリモコンを自分の中にしまい込んだのだ。

そして、リモコンは中で()()()()感じがした。

 

篠ノ之束の手は空を切り、よろけて身を開いた俺の横をふらりと通り過ぎる。

 

「そんな、束さんの手を、避けるなんて」

 

篠ノ之束は、目を見開いた。

 

 

それは、束が初めて自分を超えた存在に対面し、恐怖した瞬間だった。

 

 

さっき篠ノ之束が言った通りのことなら、リモコンを使って体内の細胞の増殖をコントロールすることが出来る、と言うこと。

つまり、先程のように腕を伸ばしたり出来たのは、細胞の増殖によって行われていたのではないか。

 

そして俺は、篠ノ之束が一瞬動揺したのを、逃さなかった。

 

「あうっ!」

 

俺はもう一度手を伸ばし、篠ノ之束の顔を掴み、壁に押し付けた。腕の細胞を増殖を念じてみたが、成功した。

 

篠ノ之束は俺の腕を掴んで、爪を立てるが、変化した俺の皮膚は爬虫類のように頑丈で、傷一つつけられなかった。

足をジタバタさせても俺と篠ノ之束との間には1メートル以上の距離があり、先程のように蹴られることもない。

 

そして俺は、先程リモコンに試したように、篠ノ之束を同化しようと試みた。多分、あれは細胞の特性か何かだろう。

 

そう考えると、篠ノ之束がリモコンを押しても作動しなかった辻褄が合う。恐らくナノマシンは既に自分の身体と同化しており、死にたくないと思う俺の指示を優先して、リモコンからの指示を撥ね付けたのだろう。

 

つまり、俺はもうナノマシンすらいらない『完全生命体』へと大成していたのだ。

 

自在に細胞を増殖し、万物と同化し、支配下に置く能力を持った細胞。

確か、ガンダムシリーズに、似たような名称を持った細胞があったな………。

 

 

そうだ、『デビルガンダム細胞』だ!

あれも有機物、無機物問わずに入り込み、その形質を掌握する能力がある。あれは、元々地球環境を浄化する名目で製作されたのだが、途中でコンピューターが故障を起こして人類を滅亡させるために働くようになる物だった。

そして、それの名称は、元々『アルティメット(ガンダム)細胞』だった筈。

 

まさか、ゴジョーさん達は、『アルティメット細胞』もとい『デビルガンダム細胞』を再現するために………?

 

だが、今となってはそれは分からない。もう当事者は一人も残っていないからだ。それにゴジョーさんは、特段深く『デビルガンダム細胞』について話すことはなかった。守秘義務もあったんだろうけど。

 

ゴジョーさんが、これを使って何をしようとしていたのかも、俺は分からない。だが、こんな万能なものが俺の中に宿っていると考えると、この先が楽しく思えてしょうがない。

俺の顔は、先程と打って変わって下卑た笑みを浮かべているのだろう。

 

だが、俺は篠ノ之束を同化しようとDG細胞を送り込むも、中々侵蝕しているという感じがしない。

 

確か、DG細胞の設定としては、DG細胞はMF(モビルファイター)(DG細胞が登場する機動武闘伝Gガンダムでは、一般的なMSのことをMFと呼称する)の建材に使用されるディマリウム合金の作用を拠り所としており、それは精神に大きく反応する合金であることが知られている。

つまり、DG細胞の侵蝕に対して、強靱な否定の意思があれば、生命体はDG細胞の侵蝕を拒むことが出来る、ということなのだろう。

劇中でレイン・ミカムラという人物がデビルガンダムの生体ユニットにされた(デビルガンダムはDG細胞の特性がある以上、生体ユニットとして人間を取り込む必要があった。余談だが、俺の中のDG細胞にはそれは必要ないらしい)時、それを仕組んだ人物は、彼女の精神を徹底的に痛めつけた。

精神を屈服させて、DG細胞と一体化し、完全に取り込むためだ。

また、人類によって荒廃した地球を再生させるために、デビルガンダムを使って地球人類の滅亡を画策した東方不敗マスター・アジアは、逆にDG細胞を屈服させて、従わせることに成功した。これは、元々のディマリウム合金の特性故に、より強い者の精神に従うという性質があったためだと云う。

 

つまり、篠ノ之束は、恐怖に苛まれながらも、なお強靱な理性でこの侵蝕を跳ね除けている、ということになる。……それか、オリジナルと違って、単純に生命体に対しての侵蝕力が弱いか。

 

何にせよ、このままだと、まずい。反撃される恐れがある。

 

どうすれば………。

 

強靱な精神を、変える方法が、何かある筈だ。脳を、思考を、何とか変える方法は………。

 

 

そうだ。

 

 

脳を直接弄ればいい。

 

よくある同人誌などで、耳から触手を突っ込んで脳を弄る話。DG細胞なら、それが出来るんじゃないか?

 

思い立ったが吉だ。俺は篠ノ之束を抑えている手から、二本の細い触手を分岐させる。

 

すると、それを見た篠ノ之束の目の色が変わった。

 

「〜〜〜〜〜!!!〜〜〜!!」

 

どうやら俺がやろうとしていることに気付いたらしい。

余計に手足を暴れさせ、何かを喋ろうとしているが、顔全体、つまり口元も抑え込まれているため口を開けない。

 

面白そうだから喋らせてやるか。

 

「やめて!!やめて!!もう殺さない!諦めるから!!こ、この私を、束さんを壊さないで!!!」

 

必死に懇願する束。さっきまで滑稽滑稽言っていたのは誰だっけ?今じゃソイツは目から涙を流して命乞いをしている。

 

まあ、勿論そのお願いは無理なんだけどね。どうせ開放したら反撃してくるでしょ。こんなところで死ぬわけにはいかないんでね。

 

「なら、壊れちゃえばいい」

 

俺は、篠ノ之束の両耳に、触手を入り込ませた。

 

「やめて!!やめて!!やめ………「グチっ」あ゛っ♡」

 

 

キタ。

 

グチ。グチグチ。

 

「あ゛っ♡………何コレ、いやっ♡なかっ、にっ、やめっ、おっ♡あんっ♡アハッ♡」

 

篠ノ之束が、嬌声を上げ始める。もうこうなれば拘束する必要もない。

篠ノ之束は、もう湧き上がってくる『ナニカ』によって、もう状況をかろうじてしか理解出来ないだろう。天災も、堕ちたものだ。

 

俺は篠ノ之束にゆっくりと近付き、肩から生やした触手を追加で、耳の中に捩じ込む。

 

グチュグチュ。

 

 

「あっ、あ゛っ!?♡」

 

その数秒後、篠ノ之束がビクンと跳ね上がった。

ムワッと、独特な匂い………というか、女性特有の、ツンとくるような匂いが部屋中に広がる。

篠ノ之束のワンピースをめくると、真っ白い下着には愛液による染みが出来ていた。

どうやら絶頂し(イっ)たらしい。

 

流石の天災でも、押し寄せる快楽の波には勝てないらしい。

 

グチグチグチグチグチグチ。

 

「あ゛っ♡あ゛っ♡あぐっ♡♡んんっ!♡」

 

心なしか、篠ノ之束の嬌声が激しくなっているようにも感じる。

 

グチグチグチグチ。グチュグチュグチュグチュ。

 

「束さん、今どんな気持ちですか?」

 

「あぁん!♡ひゃうっ♡とっ、とっても♡き、き♡きもち、イィっ!♡らぼでっ、おなにー、して♡るより、もっと、もっと、♡イイっ♡♡♡」

 

へえ。天災って、ラボでオナニーしてるんだ。見た目淫乱だと思っていたが、中身まで淫乱とは。ほら、もう目をひん剥いてよがってるよ。

はぁーっ、今とっても心が昂ぶっている。世界の頂点で人を見下し、威張り散らすこの悪魔を、ヒィヒィ言わせて屈服させられるなんて。俺はなんて幸運なんだろうか。

それだけじゃない。これが成功したら、次の標的が待っている。確か、俺はISに乗れると言っていたな。ならば、俺はIS学園という、IS操縦者を育成する学園に行ける筈だ。ニュースに出てたヤツもそこに移送されるらしいし。そこは俺ともう一人を除けば全員が女子生徒で構成されている、花園らしい。ならば、そこで同族を増やし、一人目を蹴落とし、そこでハーレムを作ることも出来る。

それを第一段階としよう。

 

「あ゛っ♡ん゛っ♡んぎいっ!♡」

 

そうこう考えているうちに、もう篠ノ之束の脳は七割がた俺に従順になっていた。あともう一押しだ。

 

「ねぇ、今から貴方を、俺の忠実な下僕、いや、奴隷に変えようと思うんだけど、良いよね?」

 

「ええっ?♡うんっ♡たばねさんっ、いっ♡いま、と〜っても♡きもちいいっ♡♡から、いいんじゃ、ないかな♡んっ、イグッ♡」

 

グチュグチュグチュグチュ。

 

俺は別に、篠ノ之束が言うことを強制している訳でも、強要している訳でもない。

ただ、篠ノ之束が、快感に従順なだけ。それで俺の奴隷になるのを認めてくれるなんて、篠ノ之束はなんてエッチなんだ。笑い転げたくなってくる。

 

「奴隷になったら、やることは二つあって、まず、君に植え付けたDG細胞を、他の人にも広めること。やり方はインプットしてあるから、分かるよね?」

 

「ん゛っ♡ん゛っ♡」

 

ちゃんと応答しているのかは知らないが、コクンと相槌を打っている、らしい。

 

「そしてもう一つは、俺をいつでも気持ち良くさせてくれる、絶対服従のセックス奴隷になることです。例え人前であろうとも、僕が命令すれば必ず股を開いてくれる、そんな奴隷になって下さいね?」

 

「なりゅっ♡ふくじゅー、しますっ♡じぇったい、ふくじゅー、しますぅ♡あんっ!♡たばねさんはぁ♡()()()()()()に、ゔんっ♡イグっ♡したがうぅっ♡♡せっくすどれーれすっ♡♡♡」

 

ああ、こんな急じゃなかったら、この様子を撮影でもしておきたかったな。まあ、こんな姿、いつでも撮影出来るか。

 

篠ノ之束が、とっても幸せそうな顔で僕の奴隷になることを宣誓してくれている。こんなに嬉しいことはないね。

彼女にとって僕という存在は絶対で、何よりも優先すべき至高の存在として認識された筈だ。

DG細胞も埋め込みに成功した。ものの数分で、彼女は新たな生き物に生まれ変わるだろう。

 

さてと、奴隷になってくれたご褒美として、イかせてあげないと。

 

グリュグリュ。グチュグチグチグチ。グチュ。

 

「イクッ♡イクッ!イグッイグイグイグイグ!!♡♡イックゥゥゥゥゥっっっっっ!!!♡♡♡♡♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビリビリと窓を震わせる程の絶叫と共に絶頂し、ビシャビシャと愛液を床に撒き散らし、あられもない顔を晒す篠ノ之束。彼女は、崩壊した。

 

「はひぃ………♡」

 

触手を抜くと、篠ノ之束はそんな声を漏らして、身体から力が抜け、ドサっと床に倒れ込もうとしたが、俺は伸ばした触手でそっと彼女を支え、ソファに寝かせる。一応、生きてはいるみたいだ。

 

今更ながら、家が広い一軒家で良かったと思う。アパートとかだったら、絶対隣の人に聞こえてたし。家に押しかけられてこの状況、しかも篠ノ之束がいるなんて知られたらどうなるか、想像がつかない。

 

俺は、いつも食事をとっているダイニングにある椅子に座り、大きな溜め息をついた。この数十分間のうちに溜まった疲れが、今になってドッと湧いてきた。それは全力疾走した後の時よりも計り知れず。

 

本当に死ぬと思った。あんな悪魔のような笑顔をされて、急に真顔になって死刑宣告されて。あれに恐怖しない人間は、そうそういないだろう。ホラー映画とか、そんな比じゃない。

 

だが、幸運にも俺の中の『DG細胞』が覚醒し、食い止めた。そこからはもう、形勢は逆転した。俺は失意のドン底から一気に這い上がって、篠ノ之束を奴隷に………した。

 

 

……本当に、出来たよな?

 

この後起きて殺しに来たら困るんですが。

 

そう考えると、俺の顔が、みるみる青褪めていくのを感じた。あんな下卑た顔をして高笑いしてた癖に、実は何も出来ていませんでしたなんて結果だったら、もう殺すとか殺される以前に、恥ずかしくて死にたくなる。

 

いかん、確認しなきゃ。確認するには………起こすしかないか。

 

「お、起きて下さい。束さん」

 

俺は、ソファで眠りについている篠ノ之束の肩を、優しく揺らす。

すると、程なくして、彼女がうっすらとその目を開けて、目を覚ました。

 

「………だ、誰だよ。この束さんの眠りを邪魔するやつは」

 

ヒッ………。めっちゃ怒ってますやん。無理矢理起こすと本当に危ない人じゃん。何となく分かってたけど。

だが、ここで彼女の主である俺ならば、何とかなる……はず。

 

目を擦りながら大欠伸をする彼女に、俺は慎重に話しかけた。

 

「束さん、俺です。俺が誰か分かりますか?」

 

篠ノ之束は、こちらの顔を、じっと見つめてくる。

 

「うむむむ〜?」

 

じーっと。

 

「むむむ〜?」

 

………まさか、効いてない?

 

 

「あ、キョウちゃんじゃん。おはよう。フフフ〜。()()()()()()()()()()()()()()束さんに何か用?」

 

 

ドクン、と、いつもより一際胸が高鳴った気がした。

篠ノ之束の口から、セックス奴隷、なんて言葉が出てくるなんて。しかも、その主は何を隠そう、俺だ。

俺が、この最悪()()()の女の主人だ。

 

最っ高の気分だ。

 

「束さんは、俺にとっての、何だ?」

 

「そうだね〜。束さんはご主人様であるキョウちゃんの奴隷で、キョウちゃんの命令ならなんでも聞くよ☆セックスも、世界征服も、地球滅亡もおまかせあれ!あ、でも束さん達の目的の一つに、仲間を増やすことがあるから、地球は滅亡させちゃだめだね」

 

先程と変わらない、陽気な笑顔で俺への忠誠を淡々と語る篠ノ之束。

 

「じゃあ、束さんは、俺のことどう思っているの?」

 

「そりゃあ、キョウちゃんは束さんの全てを捧げるに値する存在だよ!束さんは、ご主人様のことがだーいすき!ウフフ♡」

 

これまで自分の気の赴くままに暴力を振るってきた筈の女性が、俺への愛を誓っている。

復讐心は無い訳ではない。コイツは性格が最悪で、確かに俺を殺そうとしてきた。だが、彼女はもう俺にとっては無害だし、寧ろ天災の頭脳に驚異的な美貌を誇るため、利用しておいた方が得だろう。それに、俺の下でせっせこ働く事がコイツに一番効く復讐なんだろうから。

 

 

さて。ひと悶着終わったし、これからについてだ。やっぱり俺は男だから、ハーレムを作りたい。男が喘ぎよがっている姿見てても面白くないし。そう言うのは下っ端の仕事だ。

また、ハーレムを作るにあたって、何故かは知らんが(後で束に聞くか)ISに乗っている奴──というかISに対しての適正があって、それが高い奴なんだろうな──は美女揃いなので、やはりというか、IS学園に入学するとのが妥当だろう。いつも受験シーズンになった時に、女子の噂話で聞くのだが、倍率が100倍だか1000倍だかあるらしい。以上のことより、恐らく選りすぐりの美女共が入学してくるんだろう。

入学については、おいおい篠ノ之束の協力を仰ぎながら計画を練っておく。

 

それにしても、だな………、ゴジョーさんの遺体、どうしよっかな………。あんまり篠ノ之束に頼ってばかりだと俺のメンツが立たないし……。

 

 

「あ、そうそう、束さんね、キョウちゃんに最初に捧げたい人物がいるの!」

 

取り敢えず、ゴジョーさんの遺体を何処かにしまわなければと思っていたのだが、篠ノ之束──もう束でいいか──が急にこちらに擦り寄ってきた。

 

最初に捧げたい人物って、誰だ?まあ、束が紹介する人物だから、美女で優秀な奴隷になってくれること間違いないんだろうけど。

 

「クロエ・クロニクルって言って、今は束さんの助手を務めてもらっているんだけどだけど………」

 

「ほう」

 

「実は、キョウちゃんと同じ研究所にいた実験体なんだよ!どう?興味湧くでしょ?」

 

 

………へえ。興味湧くな、それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 好まれる者、嫌われる者

 
評価バーに色が付きました。
週間ランキングも一位になりました。
また、今回も多数のお気に入り登録ありがとうございます。
書きだめが無くなったのでこれからは不定期になりますが宜しくお願いします。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《クロエside》

 

………束様の帰りが、遅い。

 

私はかれこれ一時間以上も、ラボの中で待機しております。

束様に頼まれていた家事も早々に済ませ、やることもなく、かれこれ30分は食卓の椅子に座っていました。

 

束様は、とてもお仕事がお早いお方です。用事にもよりますが、一般的な()()であれば、10分も経たずに戻って来ます。

織斑千冬に会いに行く場合でも、30分くらい彼女とお話すれば、満足になってお帰りになります。

余談ですが、世間一般の方々は束様のことをお喋りと思っている人も多いそうなのですが、結構必要なことしか喋っていなかったりします。時々笑ったりしますが基本そのような行動は思考誘導を目的としている場合が多いです。

 

しかし、一時間も帰って来ないのは、妙としか言いようがありません。

確か今日は、ちょっとした処理に出掛けると言っていた筈なので、すぐにお戻りになるはずなのです。それも、セキュリティーの厳しい非合法の研究所や、軍関係の施設に侵入するではなく、ただの一軒家に住んでいる人間を処理するという、簡単なお仕事。

何故ただの一軒家に侵入するかということ自体にも疑問が湧きますが、きっと何かあるのでしょう。

 

………やはり、束様は失敗してしまわれたのでしょうか。敵に捕まって、何かされているのでは。

 

あまり考えたくはありませんが、そういう嫌な予感がします。

 

………いいえ、束様に限ってそんな筈はないです。束様は、私が出会った中で最強のお方です。そこらの人間が、適う筈がありません。

 

でも、否定をして頭を横に振る度に、心にモヤモヤとした感覚が広がっていきました。

 

 

「たっだいまーっ!」

 

が、そんな不安も束の間、静寂を振り切って束様がお帰りになりました。勢いよく扉を開けて、嬉しそうで何よりです。

 

「お帰りなさいませ」

 

「ごめんね〜。ちょっと手間取っちゃってね、結構危なかったな〜」

 

「束様のお手を煩わせる程の方がいたんですか?」

 

「うんうん。相手が人間じゃ無かったからね。高を括ってたよ」

 

「はあ。相手が人間ではない?」

 

「そうそう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

はいはい………え?

 

気付けば、束様の指はそれぞれ()()()()()()()()になっていました。それは一直線に私の耳に向かってきました。

 

どういう、事…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

──そろそろ、束が仕事を果たしている頃合いかな。

 

そう思って、俺は束が予め開けておいてくれたラボ『吾輩は猫である(名前はまだない)』の中へ入る。このラボは、ISのような小さな機械のようなものの中にあるのだが、今いる廊下だけでも、どう考えても、その機械に収まるとは思えない。十一次元の理論でも使っているのだろうか。

 

それさておき、ラボの中は、結構な程にスチームパンクな世界となっており、天井や壁に太い配管が通っている。蒸気が吹き出しそうな機械も多々あり、束はいつの時代を生きているのだか、とも思ってしまう。

 

俺は、そんなことを思いながらのんびりと歩き、廊下の最奥に差し掛かったところで足を止めた。

一際大きな扉があるのだが、どうやらここがラボのメインルームらしい。

俺がドアに手を翳すと、ピッという認証を表す電子音が流れ、扉が開く。

 

メインルームも、金属色の配管と、何を貯めているのか、大きなタンクのようなもので部屋が囲まれていた。

 

そして、部屋の真ん中にあるテーブルには、右手の指を触手にした束の姿と、もう一人。

 

耳に触手を入れられている銀髪の少女が、椅子に座っていた。

 

 

「おーい、キョウちゃん!クーちゃんは取り敢えず無力化しておいたよ!」

 

束が、扉の前にいる俺に向かって、手を振っている。仕事の早い奴だ。

 

少女は目を閉じて、じっとこちらを睨んでいる。おお怖。無力化されていなければ、今頃俺の身体が串刺しになってそうで、それを想像すると身の毛がよだつ。

まあ、痛いだけで死なないけど。

 

「ありがとう、束。へぇー。君がクロエ・クロニクルか」

 

「それは、束様から貰った、大切な名前………!貴方のような方が、気安く呼ばないで………!」

 

コイツも、結構頭の回転が早いな。こちらの登場に混乱せずに、もう束が俺のおかげでこうなったことを推測している。

 

「知ったことか。お前の知っている篠ノ之束はもういねぇよ。そこにいるのは、新しく生まれ変わった俺専用のセックス奴隷、篠ノ之束だ」

 

「やはり、貴方が……!」

 

「仕方ないだろ。篠ノ之束は俺を殺そうとしてきたのだから。殺されないためには身構えるしかないだろ」

 

俺はそう言いながら、部屋をキョロキョロと見回す。なんか機器がゴチャゴチャしているっていうか、部屋は片付いていて綺麗なんだが、置いてある機器がどんな役割を果たすかよく分からん。

 

「束。お茶と菓子はないか」

 

「はいはーい。用意するよ」

 

「いや、場所を教えてくれるだけで良い。束はクロエの側にいろ」

 

「りょうかーい。彼処の棚にティーセットがあって、そこにお茶っ葉、そっちにお菓子があるよ」

 

束がそう言って指を指したのは、棚……というか、見た目天然ガスのタンクみたいなものだった。それに俺の指が触れると、球体の正面部分が開いて、二セットのカップと、ポットががトレイに乗せて搬出された。ご丁寧に、温めておいてある。

 

「貴方、何をするつもりですか!?」

 

「何って、お茶を淹れるだけさ。ちょいと学ぶ機会があってね」

 

ポットに茶葉を入れて、隣の機械で瞬間的に沸騰させたお湯もまた、ポットに注ぐ。

 

後は、2、3分蒸らすだけなのだが………。もう一度クロエの方を見ると、彼女は不安そうな顔で、篠ノ之束の顔を見ていた。

あんな人間だが、そういう目で見る人間がいるとは。とても憎らしいが、篠ノ之束にも大事な人間がいたらしい。

 

 

「うーむ……どれも美味しそうだな」

 

そんなことを呟きながら菓子を選別し、テーブルにティーカップとポットを置いているうちに、もう三分くらい経っていたので、カップに紅茶を淹れた。

 

正直言うと、菓子を選ぶのにそんなに時間は要らなかった。

俺がよくこんな見知らぬ場所で、初対面の相手と平静を保って話をしているという、自分の冷静さに驚いていた、というもあった。

 

「俺からのちょっとしたもてなしだ。飲むといい」

 

そう言って、俺はクロエとは向かいの椅子に、足を組んで座った。

 

「………何か入れてないでしょうね」

 

「入れる必要があるなら、束に命令して君は死んでいる」

 

目を細くして落ち着いて洞察をしている俺を、こちらに警戒心をむき出しにして目線を向けているクロエ。

ただ、たまに視線がチラチラと紅茶の方に移動していた。

 

中々飲む気配がないので、先に俺から紅茶を口にする。

 

「美味いぞ?」

 

「…………っ」

 

カタッと、俺がカップを置く音が響く。

 

俺がそうしてから、やっとクロエは口をつけた。

音も立てずに、すーっと、口の中に滑り込んでいく。

 

 

「悔しいですが、美味しい、です」

 

カップを置いたクロエは、渋々といった感じで、感想を口に出した。お気に召して何よりだ。ただ、こういうことはもう二度とやらないだろうけど。

 

「さてと。俺が君をこの状態のままにしておいてあるのは、少しお話がしたくてね」

 

「話、とは………?」

 

「研究所についての話さ」

 

そう言った途端、クロエの態度は豹変した。

 

「っ!貴方、彼処の生き残り……!」

 

「いや、俺は研究員じゃない。被験体の方だ。しかも、研究所にいたのは、()()()限定」

 

「被験体!?束様は、研究所にいる被験体は、私だけだと………。貴方も、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の一人なのですか?」

 

ふぅん。クロエは束から俺のことについて聞かされてないのか。俺もゴジョーさんからコイツのことを聞かされることは無かったが。

というかなんだ、アドヴァンスドって。

 

「アドヴァンスドなんて俺は知らん。俺はあの日研究所に担ぎこまれて、ナノマシンとよく分からん液体を身体の中に入れられただけだ。おかげでこんな能力が使えるようになったけど」

 

クロエの前で、腕を変形させてみせる。

 

「聞きたいことは以上か?なら俺からの質問だ。研究所での暮らしは、どうだった?」

 

「………」

 

「あまり強要はしないが、自分が今どういう立場にあるかを少しは考えた方がいい」

 

少し脅しをかけると、クロエは、少しづつ自身の境遇を語りだした。

 

要約すれば、クロエは遺伝子強化体(アドヴァンスド)と呼ばれる、遺伝子強化個体の一人で、試験管から生まれたそうだ。勿論親はいない。

物心ついたころには、もう繰り返し人体実験をされている状態だったが、クロエは疲弊しながらもそれを当たり前のこととして受け取っていたらしい。

 

「今思えば、とてもゾッとします。あのような実験に何も疑問を持たずに受けていたことについて」

 

アドヴァンスドはもう一人いて、そいつはラウラ・ボーデヴィッヒと言うらしい。んでもって、そっちはもう研究所にはおらず、ドイツ軍に所属しているそうな。

 

「ですが、私は研究所に半ば幽閉状態にありました。彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒが成功体であるのに対し、私は失敗作であったからです」

 

研究員からクロエに対する風当たりは強かった。失敗作と蔑まれ、暴力は受けずとも罵られる日々。

しかし、そんな暗い日々に、光が射し込んだ。篠ノ之束が現れたのだという。

 

「束様は、私に光を見せて下さいました。あのとても辛い日々は、束様に出会うためにあったと感じています」

 

確かに、話だけなら普通に良い話なんだけどなぁ……。何せ、絵面が酷い。登場人物が、クロエはともかく、あの悪魔だ。自分の都合で人を助け、自分の都合で人を殺す人物。もう偽善者とかそんな言葉を通り越してやがる。

余計胸糞が悪い。

 

何はともあれ、もう篠ノ之束の話はいらん。聞きたくない。

 

「どーこで道を違えちゃったかなぁ……」

 

俺は自嘲ぎみに呟く。

悲しいかな。同じ被験体の筈なのに、研究員から嫌われ、篠ノ之束から好まれたクロエ。対して俺は、研究員(と言ってもゴジョーさんだけど)から好かれ、篠ノ之束から嫌われていた。

そんな似ている筈で、対称的であったからこそ、俺は興味が湧いたのだ。

 

「貴方、束様を陥れ、私を襲っておいて、そんな悲しい顔をするんですね」

 

「………お前とはもっと別の世界で、別の場所で会いたかった。きっと俺と君は、仲良くなれた」

 

「なんですか、それは」

 

「俺の中に残った、最後の良心だ」

 

ふぅ、と息をついて、俺は紅茶を飲み干す。そして一言、束へ命令した。

 

「束、やれ」

 

「りょーかい♫」

 

 

グチっ。

 

束の指が変化した細い触手が、脈動するように動き出し、うねりながらクロエの脳の奥深くへ侵入する。

 

「あ、貴方、は!?ん゛っ!?♡あっ♡んっ、んんっ♡はあっ♡♡」

 

押し寄せる快楽に、身体がビクビクと跳ねる。そして、目を開いた。

さっきからずっと目を閉じていたものだから、盲目だと思っていたが、どうやら目を見られたくなかったかららしい。驚くことに、彼女の瞳は、黒目に黄金の瞳をしていた。とてもミステリアスで、俺はこういうの好きなんだが。

 

グチュグチュ、グニュ、グチュグチュ。

 

「いっ、いや、あんっ♡わ、私の♡ナカっ♡書き換え、られちゃ、うっ♡だっ、ん゛っ♡♡や、やめて、たばね♡さまぁ♡」

 

「束、他人の脳を弄る感触はどうだい?」

 

「ん〜、控えめにいって最高だね!世界を引っ掻き回して遊ぶより、脳を引っ掻き回す方が楽しい♡」

 

束は恍惚な顔をして、脳内弄りに酔いしれている。

俺はそんな束の姿に気持ちが昂ぶり、束の後ろから、その豊満な胸を揉みしだくことにした。彼女らの身体を好き放題するのはこの後の予定だが、ちょっとだけつまみ食いをしても、咎める人はいないだろう。

 

むにっ。

 

「あんっ♡キョウちゃんったら、束さんのおっぱいが好きなの?いいよ、いいよ、もっと揉んで♡束さんはキョウちゃんの奴隷なんだから♡」

 

いや、凄いな。すべすべで、とっても柔らかい。服越しに揉んでいるが、これ生だったら俺の手が確実に沈み込むわ。流石、人類最高(レニュリオン)だわ〜。

 

「やっ♡やめなさいあっ♡これいじょうっ♡たびゃねっ、ああっ♡イグッ♡♡さまに、さわら、ないっ♡んあっ♡でっ♡」

 

えぇ〜、やだよ。束は俺のものだし。

そう思いながら、俺は束の乳首がある場所へ手を伸ばす。来る前に、束の感度を結構高く設定しておいた筈だから、未だ童貞の俺でも、触っただけで異常な気持ち良さを感じる筈だ。

 

「いやん♡束さん、乳首コリコリされて、勃ってきちゃった♡んっ♡しゅごいっ♡」

 

そう言いながらも、束は脳を弄くり回す(触手)をやめていない。

 

グチグチ、グチュ、グチ、グチュグチュ。

 

「あ゛っ♡んっ♡あ゛っ♡うんっ♡ん゛っ♡」

 

もう口をだらしなく開けて声も出せてないよ。あー、下ももうかなり濡れてるな。長いスカートを履いていて下がどうなっているのか分からなかったが、足を伝って透明な液体が流れてるよ。

 

「もういいだろ。手筈通りにやれよ、束」

 

「うん♡私も、胸揉みしだかれてイっちゃいそう♡クーちゃん、一緒にイこう?♡」

 

「あっ♡はあっ♡♡あっ♡はいっ♡イグッ♡いっ♡いっしょに、イキ♡ましょう、たひゃめ、しゃま……♡はっ♡」

 

グニュ。

 

 

「はあっ!♡♡イクッ!♡イグぅぅぅぅっ!!♡♡♡」

 

「ああ゛っ!?♡イグッ!♡♡ああああああああ〜っっっ!!♡♡♡♡」

 

 

盛大に呆け顔を晒しながら、彼女達は果てた。

特にクロエは、脳味噌を完全に書き換えられ、おまけにDG細胞を植え付けられている。彼女の顔は、壊れていた。

 

「はぁ〜♡クーちゃん、とっても気持ち良さそう♡」

 

「晴れて生まれ変わったんだ。気持ち良いに決まってる」

 

糸が切れた人形のように、椅子の上で失神しているクロエ。本当に人形のように、愛らしい。

 

「んっ……んん………」

 

お、どうやらお目覚めらしい。その目をゆっくりと開けて、金色の双眸を現にする。

 

「おはよう、クロエ」

 

そんな彼女に、俺は優しく声をかけた。クロエは、俺の姿を見て、しばらくキョトンとした顔を見せていたが、やがてそれは、笑顔に変わった。

 

 

「おはようございます、()()()♡」

 

クロエは、恍惚とした表情で、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
次回はやっとエロシーン突入します。


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第五話 ハーレム創世への第一歩

 
思いの外時間がかかってしまいました。
他の方の文書も参考にしながら書いていたのですが、結構上手くいかずに書き倦ねていました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロエ、気分は、どう?」

 

「はい、お兄様。とっても気分がいいです♡」

 

先程まで警戒の視線を向けていたクロエが、今では羨望と恍惚の眼差しを俺に向けている。

クロエ・クロニクルは、完全に俺の奴隷へと堕ちた。

 

いや〜、こんな美女を二人も手に入れることが出来るなんて、夢にも思わなかった。しかも、そのうちの一人はあの篠ノ之束だ。言わずもがな、世界トップクラスの美女だ。初対面の印象は最悪そのものだったが、俺のものになれば可愛いものだ。

それに、もう一人のクロエ・クロニクルも中々の美少女である。胸はあまりないが、その長く伸ばした銀髪や、華奢な手足、そしてその不思議な瞳は、俺を奥ゆかしい気持ちにさせる。また、ファッションの話になるが、彼女はロングスカートだったり、裾の長い服、ワンピースが似合っている。そういうところもまた、奥ゆかしさを感じるのだ。

 

「二人共、こちらへ来い」

 

「分かりました」

 

「何するのー?」

 

俺は二人を連れて、メインルームを後にする。確かこっちにあったよな………。

少し歩いたところにある扉に、俺が手を翳すと、パシュッという空気音と共に、自動ドアが開く。

ここの部屋は………お、当たり当たり。

 

部屋の電気を付けると、そこにあったのは、キングサイズのベッド。周りには他の部屋と変わらずやはり配管と機械類が並んでいるのが少し気になるが、ここは束の寝室だ。

因みに二人暮らしなのに、四人まで寝れそうな広いベッドがあるのは、元々束はクロエを伴って寝ているからだそうだ。……それでもスペースがだだ余りだが。

 

「それじゃあ、クロエ、束。今からお前らを抱く。いいな?」

 

「はい………♡」

 

「はい………♡」

 

そう言ってすぐに、俺は二人をベッドに優しく押し倒した。

 

「まずは、束からだ」

 

まずは、束のムチムチボディから味わおうかな。そう思い、束のワンピースを脱がせていく。ズリッ、ズリッという衣擦れの音が、はっきりと聞こえる。

服を脱がせて、その手が束の下腹部から脇の方へ移動していくと同時に、彼女のおへそや、胸の谷間、じんわりと汗が滲んでいる脇が晒されていく。

 

スゥ………。

 

俺は息が荒くなるのを深呼吸して抑える。そこまでがっつかなくて良い。これからは、いつでも味わうことが出来る。

 

 

ワンピースを脱がせて、背中に手を回し、ブラジャーのホックを外す。そして、その桃色のブラジャーをそっと取ると、束の大きな二つの果実が露わになった。

 

「こ、これが束のおっぱい………」

 

「えへへ………♡このおっぱいは、キョウちゃん専用だからね」

 

上半身を開けさせた束は、とても綺麗だ。しっとりとしている素肌にはシミなどなく、彼女が元から持っている美しさ、艶めかしさをより一層感じさせられる。括れたウエストの先にある大きなおっぱいは、束の荒い呼吸でぷるぷると上下している。西瓜のような大きさをして、しかしどの果実も到達出来ないような柔らかさを持っているのだろう。先端に付いてぷっくりと膨らんでいる乳首は、優しげな桜色をしていて、ツンと上を向いて勃っていた。

 

束が絶世の美女だということはハナからわかっていたが、この桃源郷には思わず息を呑んでしまわざるを得ない。

 

俺は今、恐らくとてもニヤついた顔をしているのだろう。だが、この美しさには誰もが抑えきれない筈だ。

そう思いながら、束の下着に手をかける。ピンクのレースをあしらった、大人っぽい下着だ。

束は下着を脱がせる俺に合わせて腰を浮かせてくれる。

その上、その時の足の動きが、とても色めかしく見えた。手を程よく肉のついた太腿に回して、恥ずかしそうに顔を赤らめる姿が、とても可愛い。

 

束は俺の前で、彼女の全てを見せてくれた。

 

「キョウちゃん、どう?束さんの、カラダ」

 

「とても、綺麗だ」

 

そう一言、呟くことしか出来なかった。語彙力が欠けていた、というのもあるが、その美しさに完全に飲まれていたためだ。

先程束は人間とは思えない程の反射神経と威力で腕や足を繰り出していたが、それに反して手足が女優やモデル以上にスラリとしたラインを維持している。足先から太腿にかけて絶妙な太さになっている、まさに脚線美だ。

丸みを帯びたお尻に、先程も言った通りのウエストとバスト。

もう芸術作品というか、生命の神秘とも言うべき領域か。

まるで美少女にも、成熟した美女にも見える。篠ノ之束の裸体は、そんな印象だった。

 

「束のその胸、使わせて貰うよ」

 

俺の心臓は今とてもドキドキしている。クロエを洗脳する時に服の上から揉んだが、その時ですらとても気持ち良かった。生で揉んだら、とても気持ち良いに違いない。

 

束の胸に手を伸ばし、掌を押し付けた。

これが、生のおっぱいの、感触。俺の手が沈み込んでいく。しっとりとしたおっぱいを揉むと、程よい弾力で押し返してくる。この感じがたまらない。

 

「そういえば、キスがまだだったな」

 

そう言えば、折角奴隷になったというのに、キスをするタイミングが無かった。

まだキスもしていないのにセックスするのはおかしいだろうと思い、俺は束の上に覆い被さり、顔を近づけた。

 

「ほら、束、俺のファーストキスだ。受け取れ」

 

「ん………♡嬉しい♡」

 

ゆっくりと束の口の中に侵入し、束の舌を絡め取る、すると、束の舌もすぐにこちらに絡ませてくる。

 

ちゅ…くちゅ…ちゅる…

 

束の舌が、俺の口内を舐め回し、俺の舌が、束の口内を舐め回す。そして、お互いの存在を確かめ合っていくのだ。

 

「お兄様、服をお脱がせ致します」

 

お、気が利くなぁ。クロエは俺が束と濃密なキスをしていて何も言わずとも、率先してやるべきことをやってくれる。手早く上の服を脱がせて、すぐに下の方にも手を出す。

ズボンをゆっくりと脱がせて、もう俺もパンツ一枚のみだ。そして、その黒いパンツの中では、はちきれんばかりに俺の一物が膨らんでいた。

 

「凄い、お兄様の、………とても大きそう」

 

そう驚きながらも、クロエはパンツに手をかけて、ゆっくりと下げていく。

 

ブルンッ。

 

布によって抑えられていた俺の凶悪なペニスは、遂に二人の前に姿を現した。

 

「〜〜!?♡」

 

キスの途中であったが、俺のペニスを一目見た束は、そこに視線が釘付けになっている。

 

「ぷはっ。どうした、そんなに股が濡れて来たのか?」

 

大きく反り返ったそれは、ゆうに20センチはあるだろうか。血管がビキビキと走り、もう完全に勃起した状態でそそり立っている。

元々俺のペニスは短小のクソザコペニスであったが、DG細胞によって改造したそれは、もはやその面影は残されていない。

例え天災の篠ノ之束でも啼かせられると自負出来る、最強のチンポだ。

 

「束、股がびしょびしょだから前戯する必要はないな。挿れるぞ」

 

躊躇などはない。俺のチンポを束のヴァギナにあてがい、一気に突き入れた。

篠ノ之束のおまんこで童貞卒業出来るなんて、なんて幸せなんだ。

 

 

ジュプッ。

 

「ん゛っ!?♡んギィぃぃぃ〜〜〜〜!!♡」

 

刹那、束が絶叫を上げた。入れた途端に膣内に強烈な快感が走って、そのままイったみたいだ。

だが、こちらも結構な快感がペニスを通じて伝わってくる。油断すれば、こっちも射精してしまう。

 

流石は天災マンコ、ヌルヌルで、キツキツで、俺のチンポに絡みつくように畝っている。

まだ処女を破った感覚がないからな。処女膜って、結構奥なのか?

俺は処女膜目指して、束の太腿を持ちながら腰を動かす。程なくして、亀頭が何かにぶつかった。

 

ここが処女膜か。

 

「キョウちゃん、私の処女(ハジメテ)、一気に突き破って………♡」

 

先程の絶頂から立ち直った束が懇願してくる。涙ながらにそう言ってきては、そうせざるを得ない。

俺は束の手を恋人繋ぎで繋ぎ、腰を押し込む。

 

「破るぞ、お前のヴァージン………!」

 

「うん………♡」

 

ブチ………ブチィッ!

 

「い、痛ぁい………!んん………っ、ああああ!」

 

束の腰にぶつけるように、俺は腰を動かし、チンポを奥へ奥へと捩じ込んでいく。ついに、奥で膜が破れる感覚が伝わってきた。処女膜を破ったのだ。

束は、ぎゅっと目を瞑って、その痛みを堪えている。

 

破瓜の血が、俺と束の繋がった部分から、流れてくる。男なら誰もが一回は考えたことがあるだろう、篠ノ之束とのセックスを、童貞を卒業することを、処女を破ることを、今、この俺が現実で成したのだ。

 

俺はさらに奥へと突き進む。ズプズプと飲み込む束の膣。とても温かく、俺自身まで包み込んでくれそうな快感を、与え続けてくれている。これが、女性器のナカだというのか……。

 

「うっ………んああ………」

 

「くっ………うぅん………全部、入った、の………?」

 

「ああ、奥まで………入ったぞ」

 

束は苦悶の表情を浮かべているが、凄く嬉しそうにも見える。恐らくそれは本当だ。憧れのご主人様によって処女膜を破られているのだから。この痛みは、彼女の人生において一回しかないことなのだから。

ああ、そんな顔をすると、腰を動かしたくなってくる。束をめちゃくちゃにしたい。もっと犯したい。その証拠に、俺のチンポはもうパンパンになって、精子を膣内にぶちまけそうな予感だ。

 

「う………大丈夫か?」

 

「うん、キョウちゃんに、処女、捧げられて、嬉しくて、嬉しくて………?」

 

「DG細胞ですぐに痛みを消さないのは、覚えておきたい、からか」

 

「うん………♡キョウちゃんも、今、幸せでしょ?♡」

 

俺はその問いにコクリと頷き、またキスを交わす。

 

「お兄様も、束様も、とても幸せそうで……私も幸せになってきます」

 

側では既に裸になっているクロエが感動して涙を流している。俺達の情交を見て感動してくれるとは、早くクロエにもハメたくなってくる。だが、すまない。今は束のターンなんだ。もう少しだけ待っていてくれ。

 

「もう、動かしていいからね?」

 

「分かった」

 

俺は、ゆっくりと抽出を始める。チンポを束の肉壁に擦り付ける。

 

ぬぷっ、じゅぷっ………。

 

腰を動かして、俺のチンポを、束のおまんこに教えさせるのだ。

 

「んっ♡これっ♡ふぁっ♡」

 

束から、喘ぎ声が漏れ出す。感度は高めのままなので、DG細胞で修復していなくとも、快感が確実に痛みを塗りつぶしているだろう。

 

「どうだ、もう気持ち良いか!」

 

少しづつ腰の動きを早くしていくと、接合部から響く卑猥な水の音が、激しい音に変わっていく。

未知の快感がチンポの先から神経に伝わる。

 

じゅぷっ、じゅぷっ、じゅぷっ。

 

「んっ、あっ♡あはっ♡うんっ♡」

 

先程まで涙目だった束の顔が、いつの間にか快楽で蕩けていた。その顔を見て、俺はニヤついて、ピストンを速めだす。

 

パンッ、パンッ、パンッ、パンッ

 

腰を打ち付け、もう一心不乱に腰を振り、膣の奥にチンポを押し進める。

 

「ひぃん♡ああっ♡やぁん!♡」

 

「いいっ、とっても、とっても、イイっ!」

 

「ああっ、ああっ♡イグ♡キョウちゃん♡んっ♡」

 

「気持ち良い、最高だ!束、束ぇ!」

 

束の大きなおっぱいが、激しく上下に揺れる。俺は束に抱きついた。

 

気持ち良い。気持ち良い。

もう、快感で、もう考えられなくなってくる。それは束も同じで、俺の背中に強く抱きついて、同じく腰を振っている。

 

コツン。

 

「はぁっ!?♡」

 

不意に何かにぶつかった。それと同時に、束の身体がビクンと跳ね上がる。もう一度突いてみると、また束の身体が跳ねる。

俺のチンポは、最奥、子宮の入り口──つまり、子種を放つ場所まで、辿り着いたのだ。

 

ああ、ここに、俺の子種を、精子をいっぱい注ぎ込みたい。そんな情動が湧いてくる。

 

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

それに比例して、ピストンが激しくなる。射精()したい射精したい射精したい射精したい!

 

「あ゛っ♡しあわせ♡しあわせ♡あんっ♡あんっ♡あんっ♡♡」

 

「たばねっ…!うっ、射精()すぞ!」

 

「おねがいっ♡たばねさんの♡膣内(ナカ)にっ、せーえき♡♡いっぱい、ドピュドピュしてえっ♡」

 

「うっ、うっ、うっ……、ああーーーっ!」

 

「イグッ♡イグイグ♡イクウウウウウー♡♡♡」

 

ドビュッ!

ドビュドビュドビュ!

ビュルルーーーーー!

 

子宮の入り口までチンポを突っ込み、声と共に欲望をぶつけ合う。白濁液をチンポから子宮へ吐き出し、それは全てを真っ白に染め上げた。

 

ビューーーーッ!

ビュルルーーッ!

 

鈴口を子宮に押し付ける。射精はとても長く、束の子宮を染め上げ続ける。止まらない。

 

「すげぇっ、まだ、出てる……」

 

「たばねさんの、ナカ、まだ熱いの出てるぅぅぅぅ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

しばらく──何十秒かして、やっと射精は止まった。

勿論、この射精量も、DG細胞で自分を改造して成せるようになったものだ。

 

俺は束のおまんこから肉棒を引き抜く。ドプッという音がして完全に引き抜くと、子宮に収まりきらなかった白濁液が溢れて、シーツを汚す。

 

「はぁっ…はぁっ…凄いよ、あれだけだして、まだおチンポが、ギンギンにそそり勃ってる…キョウちゃん、しゅごい……♡」

 

束は荒い息をしながら、俺のチンポに視線を留める。

 

「そんなに俺のチンポが好きになったか?」

 

「うん♡しゅきっ、しゅきっ♡キョウちゃんのおチンポ、束さん、だいしゅき♡」

 

何度も言ってやるが、さっきまで俺を排除しようとしていた美女が、俺の奴隷になってチンポを求めているなんて、こんなに面白いことが他にあるだろうか。

側で見ているクロエも、瞳に俺のチンポを映したまま、それ以外考えられないのかへたりこんだままぼーっとしている。

早く、クロエの子宮も俺の精子で真っ白に染めてやりたい。

 

「お兄様、おチンポをお舐め致します」

 

なぬ、クロエ、勤勉なのは良いが。

 

「おい、待て」

 

「はい?」

 

俺は急遽、クロエの動きを止める。クロエの顔が、俺の凶悪なペニスの先、鈴口についてしまいそうなところで止まる。

 

「なんだ、クロエのファーストキスは、俺のチンポでいいのか?」

 

そう言うと、クロエの顔が真っ青になった。

 

「ご、ごめんなさい!お兄様!私のファーストキスをお兄様の唇に捧げられなくなってしまうところでした!本当に申し訳ございません!」

 

かぁーっ、危ない危ない。ファーストキスを自分とはいえチンポに奪われるところだったわ。

まあ、悪気はなさそうだし許してやる。

 

「良いよ。クロエが良かれと思ってやろうとしたことだろう?ほら、おいで」

 

俺は優しくクロエを抱き寄せてそっと唇を奪ってやる。ほんのりと、紅茶の味がした。先程まで飲んでいたものだ。

 

ぴちゃぴちゃと舌を絡ませ合う音。そして、クロエが時折漏らす「んっ…」という声が、二人の世界を形づくっている。

 

束の時と同等か、それ以上のキスを交わし、俺とクロエの間には、唾液の橋が架けられた。

 

「それでは、お掃除フェラさせていただきますね」

 

クロエが髪をかきあげ、目の前にある肉棒を愛おしそうに見て微笑む。長く下ろした銀髪が、俺の太腿に垂れている様は、なんともエロい。

 

「んっ…ぺろ…ん……♡」

 

クロエの舌が、亀頭に残った精液を舐めとる。亀頭を撫でるように舐め回し、カリの部分に器用に舌を這わせる姿は、並のデリヘルやAVモデルとは比較にならないくらい妖艶で、淫らではないのか。いや、知らんけど。

 

「はむっ……んっ……ちゅう……」

 

一通り精液を舐め終えたら、今度は俺のチンポを口に咥えて、しゃぶりつく。

口の中でチンポが舌に絡みつき、極上の快楽を与えてくる。

 

チンポを手で扱きながら、頭を上下させるクロエ。

 

「んむ……ひもひよくらってまひゅか(気持ち良くなってますか)?」

 

「ああ、とっても気持ち良いよ、クロエ」

 

そう言って頭を撫でると、クロエは嬉しそうな顔をして、顔が蕩ける。フサフサの尻尾でもあったらブンブン振ってくれるんじゃないかな。今度生やしてみようかな、おまけに狐耳も付けて。

 

それにしても、クロエの奉仕は凄まじいな。恐らく先程束に脳を弄られる時にインプットされてのだろうけど、経験も無しでここまで搾り取ってくるようなフェラは異常だ。いや、さっきまで童貞だった俺が言うのは説得力がないけど。

 

俺の竿を扱く彼女の細い手は、繊細で優しく、妖精のように包み込んでくれている。そして、さきっぽを包んでいる口内が、とても温かい。尿道をチロチロと舐める舌が与えてくる刺激に、もう一度射精したくなってくる。

 

「クロエ…、出すぞ、全部飲み込め!」

 

「はいっ、らしてくらひゃい(射精して下さい)♡」

 

尿道をドロドロとした液体が登ってくる感覚を感じながら、俺はクロエの口内にぶちまける。膣内(ナカ)に出すのも気持ちが良いが、口内(ナカ)に出すのも征服欲が湧いてくる。

 

「っ!出るっ」

 

「んんっ!?ん、……♡コク、コク♡」

 

二発目というのに一発目に劣らない量を発射した俺のチンポ。クロエはそのザーメンを喉を鳴らして飲んでいく。

 

射精が終わり頃になっていくと、クロエは口をすぼめて残った精液を吸い取っていく。尿道に残った精液も、舌で舐め取って吸い取っていった。

 

「チュウ…チュウ…ん…プハッ♡お兄様の精液、とてもネバネバで、ドロドロで……美味しい♡」

 

俺のペニスから顔を離したクロエは、まるで美味しいものでも食したかのように、目を丸くして恍惚とした笑みを浮かべる。いや、実際そうなんだろう。

 

 

「あんなに匂いが凄くて、喉に絡んで、私、知らない♡癖になっちゃいそう………ひゃぁん!?♡」

 

もう普段の畏まった様子を捨てて、ザーメンの感想を続けるクロエだったが、彼女は急にびっくりして声をあげた。

 

俺が彼女の割れ目に指を入れたからだ。

 

「おっ、お兄様!?」

 

俺は後ろからクロエに抱き着いて、キスを交わす。

 

「俺を気持ち良くさせるのは嬉しいんだが、もっと自分も気持ち良くなれ。それでこそセックスなんじゃないのか?」

 

「は、はい……んっ…ちゅ…んっ…」

 

俺はまた舌でクロエの口内を舐め回しながら、割れ目に入れた指を肉壁に滑らせる。

ぴちゃ、ぴちゃ、と、淫猥な音が心地良い。

 

「クロエの控えめなおっぱいも、可愛いよ」

 

「そんな、こんな小さなおっぱい、お兄様のおチンポをパイズリも出来ないというのに……」

 

違うよ。小さなおっぱいだからこそ興奮出来るんだよ。

それを体現させるように、俺はクロエのおっぱいに手を伸ばす。その小さなおっぱいの先にある、ぷっくりと膨らんだピンク色の乳首の前で手を止めると、そっとその突起を摘む。

 

「んっ!〜♡」

 

途端にクロエの顔が紅潮する。乳首をコリコリと摘まれながらおまんこを弄られて、気持ちいいことこの上ないだろう。

 

「そんなっ……♡お兄様……♡」

 

言葉では嫌がる素振りを見せているが、身体はそれを拒もうとはせずに、寧ろ喜んでいるようにも見える。腰をくねらせ、俺の前戯を恍惚と受ける様は、とても淫乱だ。

 

くちゅ…くちゅ…

 

「凄い、クロエのナカ、とってもグチュグチュだ」

 

「ああっ、そんなにっ♡ナカっ、はいっちゃ!?♡」

 

肉壁のヒダをなぞりながら、その感触を楽しみながらゆっくりと指を奥へ進ませ、異物の感覚に締まる肉壁を広げてやる。

 

 

「ああっ、あん♡はぁぁん♡♡」

 

嬌声が、段々と驚きを含んだものから快楽への歓喜へと変わっていく。心地の良い嬌声だ。

俺は、指をまっすぐさせて抽挿を始める。ヌルヌルとしている肉壁の感触が指を通して伝わってくる。もう指は彼女の愛液でベトベトだ。

 

くちゅ、くちゅ、くちゅ。

 

「ああっ♡そんな、イグ♡いっちゃいますぅ♡」

 

「そのままイけ!」

 

「あ、ああ♡♡あああああ、イクゥゥゥ♡♡♡」

 

クロエが天を仰ぐ。目をカッと開けて、背中を反らし、絶叫を上げて絶頂した。

俺が指を引き抜くと、精液にも負けず劣らずの、ドロっとした粘性の液体が指に纏わりついている。

 

「さて、と。俺のチンポももうギチギチなんだよ。クロエ、お前のおまんこ、貸して貰うぞ」

 

「は……はい♡」

 

俺は膝立ちになって、雄々しく反り返っている、自慢の女殺しチンポをクロエの前に見せつける。

クロエは、イったばかりで目が虚ろになっていながらも、笑顔で承諾してくれた。

 

クロエの太腿を掴んで、股を開かせ、その先にあるピンク色の割れ目を覗かせる。おまんこは、俺の巨大なチンポを前にして、ヒくついている。嬉しさ半分、だが怖さも半分あるのだろう。

 

「安心しろ。初めは痛いが、ちょっと我慢しればすぐ気持ち良くなる」

 

「はい……!」

 

俺はそう言って、ヴァギナにチンポを押し当てる。油断したら一気に吸い込まれそうな割れ目だ。

 

「よし……!」

 

俺は腰を動かして、ゆっくりとクロエと繋がっていく。クロエのまんこは束よりキツく、締め付けが強い。

 

愛液で湿度100%のナカをズブズブと沈み込みながら進む俺のチンポ。

 

「うっ……」

 

「んっ、ああっ…!」

 

解れた膣内を、俺のチンポの形に変えながら進む。もう少しで、クロエも立派な俺のセックス奴隷になる。

 

「凄い、お兄様のおチンポ……。くっ……」

 

「来たぞ、ここが処女膜か。一気に突き破ってやるからな」

 

「はいっ……、お願い……します……!」

 

クロエがナカにものが入っている異様な感覚に異様な感覚を覚えながらも、精一杯お願いしてくる。

 

勿論だ。破ってやるよ。

 

 

ブチィッ……ブチィッ!

 

俺のチンポが、処女膜を貫く。腰に力を入れて、俺はチンポを奥まで押し込んだ。

 

「くっ……ああああ、ああああああああ!!」

 

絶叫。余りの痛みに、クロエはベッドのシーツを掴んで悶える。破瓜の血が、俺のチンポを伝って、流れ落ちる。

 

俺は、彼女達が痛みに耐える姿というのは見ていてあまり面白くないと思うのだが、これは別だった。

とても気持ちが良くなる。チンポで一気に処女膜を貫くこと自体も気持ち良いし、この痛みは、彼女達にとって歓喜の痛みでもある。一生に一度の、自分の処女を捧げる儀式。それを大事な人間に捧げられるというのは、彼女達にとってとても嬉しいことこの上ないだろう。そんな歓喜の痛みに耐える顔を見るのが、俺にとってとても楽しいのだ。

あと、処女膜なぞDG細胞で再生させられるというのは野暮だ。元々一回しか起きない痛みを二回以上させるというのは、何処ぞの拷問だ。俺はそんな鬼畜ではない。

 

「はぁぁ、とっても、痛い、けど……私、とっても、とっても、嬉しいです♡」

 

「これが処女の痛みだしっかり覚えておけよ」

 

「はい♡片時たりとも、この痛みは忘れません♡」

 

「よし、動かすぞ」

 

 

ズチュッ、ヌチュッ。

 

俺は、ゆっくりと抽挿を開始する。クロエのナカは、挿入でだいぶ俺の形になっていると思うが、それでもキツキツだ。

ゆっくりと動かして、クロエの様子を見る。

 

「凄い、さっきまで、痛かっただけ、なのに、なにか、違う感覚が湧いてきます♡」

 

しばらく腰を動かしていると、クロエの様子が段々変わってきた。歯を食い縛って耐えていた筈だったが、いつの間にか笑みが溢れている。

 

ぐちゅっ、ぐちゅっ。

 

次第に水の音も増していっている気がする。膣が感じている快感に、愛液を分泌しだしたのだ。

 

「あんっ♡あんっ♡お兄っ♡しゃま♡」

 

「凄いぞ、クロエ!お前のおまんこ、ヌルヌルで、キツキツで、チンポを締め上げてくる!」

 

腰の振りと共に、喘ぎ声を上げるクロエ。完全に快楽に支配されており、その証拠に、子宮が降りてきていた。

俺はピストンを激しくする。

 

パンッ♡パンッ♡パンッ♡パンッ♡

 

「あ゛っ♡あ゛っ♡しきゅー♡のっく、されてりゅ♡あ゛っ♡」

 

クロエの腰を持って、子宮に鈴口を押し当てコツン、コツンと子宮口をノックする。その度に、クロエが反射したみたいに跳ねる。

 

もう、あの訝しげな表情をしていたクロエの姿はなかった。

 

「うっ……くぅ……クロエ、もう、射精()すぞ!」

 

「はいっ♡おにいしゃまっ♡おにいしゃまっ♡♡」

 

「くぅぅ……あっ、ああーーっ!」

 

「ああああああああ♡♡♡♡♡♡」

 

ドクン!ドビュッ!

ビュルルーーーーー!

 

俺のはちきれんばかりの肉棒から、尋常じゃない程の量の精液が放たれる。クロエの子宮の中に直接ぶちこまれ、そこを白でいっぱいにしていく。

 

クロエは先程よりもさらに背中を反らせ、チンポを締め付けながら派手にイった。

 

「……お兄様の精液、中でドクドク、子宮に流れ込んでますぅぅ!」

 

俺はクロエを俺色に染め上げる感触を覚えながら、精を放ち続ける。

そして、その精をクロエの膣が、一つ余さず吸収していくのだ。

 

 

「はぁー♡はぁー♡わたしのはらみぶくろに、たくさんの、せーえき、どぴゅどぴゅして頂いて、ありがとうございました………♡」

 

長い長い射精を終えて、俺は肉棒をクロエの中から引き抜く。

 

ズポッという音を立てて、精液と愛液に濡れたチンポが姿を現す。

それはいまだギンギンに勃起していたが、俺は疲労感に包まれていて、それ以上セックスをする気力が残されていなかった。

 

隣では、もうクロエが小さく寝息を立てている。イき果てると同時に眠ってしまったらしい。

 

「……束、今日は色々あって、もう疲れちゃったわ。こっちに来い」

 

俺は、側でオナニーに浸っていた束を呼び出す。さっきまで束が静かだったのは、ずっとオナニーしていたからだった。

 

「掃除して」

 

「りょうかーい」

 

俺はそそり勃っているペニスを指差し、束にお掃除フェラさせる。

 

「俺は取り敢えず寝る。束ももうやることはないだろう。それが終わったら寝ろ」

 

覇気のない声でそう命令し、俺は横になる。そうして、俺はすぐに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 コア・ネットワークへの侵入①

 
未だに学園入れないってどういうことだよ(お前が言うな)
もうちょっと早く投稿出来るかと思ったけど行こうと思っていたイベントが新型コロナウイルスの影響で全部中止になったのでショックで死んでました。ごめんなさ
い。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はむっ…んちゅ…ぴちゃ…ぴちゃ…

 

 

水音が聞こえる。水滴が滴る音というよりは、水面を誰かが歩いているような音……に近い。

それに、何故だか股間が温かい。

 

あれ?昨日は何をしたっけ。昨日も変わらず、受験勉強をして、ゴジョーさんの作ってくれた美味しい夕食を終えたら、風呂に入って、そのまま寝たはず………。

 

いや、何かが違う。

確かにさっき言ったことは、紛うことなき俺の日常だ。俺がこれまで送ってきた日々と、何ら変わりはない。

だが、その日常に違和感を感じる。

 

それに、この感覚は何だろう。

 

おかしいな。日常?いや、日常とは違う、何かが起きていた気がするんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

俺は妙な感覚を覚えながら、ゆっくりと、瞼を開く。

まず見えたのは、まるでUFOの内部のような、そんなSFチックな照明がある天井。よくある家電量販店で並んでいるシーリングライトとは、違う部類だと思った。なんとなく。

 

「知らない、天井だ」

 

俺は取り敢えず、そう呟く。

(5年前)に言いそびれたことがあったから、見知らぬ天井を見て起きたら、そう呟こうとなんとなく思っていたのだが、その言葉は、すっと口に出た。

こういうのは思っていてもいざという時に出ないのがお決まりなのだろう。

だが、今俺が発した言葉の原動力というのは、自分の心の内から出た、率直な感想でもあったと、思う。だから、言葉を発することが出来た。

きっと、あの少年も、今の俺と同じ心境であったんじゃないかな。

 

まあ、そんなことはいい。

問題は、俺が目を覚めても、あの水音と、股間が温かいのは変わらなかったことだ。

つまり、これは現実のことであるというのは、想像がつくだろう。

 

股間にヒーターでも当たってるのか?

 

そう思いながら、俺は股間に目をやる。

 

「!?」

 

そこには、俺の股間に、いや、俺のチンポを咥えて必死に舐めている女性がいた。

 

「あ、キョウちゃんおはよう〜♫」

 

チンポから口を離して挨拶する女性。

 

そうだ、コイツは篠ノ之束!

 

ISを作って、世界を女尊男卑の世界にさせた……悪魔。そして、コイツは……俺を襲ってきたんだ。

 

そうだ。コイツは俺を殺そうとしてきたんだ。俺はよく分かんない特殊な生命体になってて、ISに乗れるからと、コイツの勝手な理由で殺されかけたんだ。

 

駄目だ。こんなことしている場合じゃない。早く逃げなきゃ。

逃げるって、何処へ?

いや、もう俺は袋のネズミかもしれない。ここは恐らく、篠ノ之束のラボだ。

恐らく、俺にはもう、逃げ場はない。

 

冷や汗を感じる。

 

ここで、裸にさせられて、チンポ舐められて、そのまま俺は殺される………。

 

 

……………?

 

いやいや、今から殺そうとしているというのに、チンポを舐めるのはおかしい。篠ノ之束は身勝手な人間だ。そんなことする筈がない。

 

 

……そこまで考えて、俺の頭は急激に冷めていった。

 

そうだ。俺はそんな篠ノ之束を奴隷にしたんだった。

俺を構成する『DG細胞』の力で、彼女の脳を弄り、その後DG細胞を植え付けて、篠ノ之束を新たな生物兼俺のセックス奴隷にしたんだったな。

 

隣を見ると、いまだ寝息を立てて眠っている銀髪の少女の姿があった。彼女の名前はクロエ・クロニクルといい、彼女も今は俺のセックス奴隷だ。

 

「どうしたの?汗びっしょりかいて」

 

「いや、すまない。寝ぼけていただけだ」

 

「分かった。それでね、キョウちゃんのチンポが朝勃ちで苦しそうだったから、抜いてあげてるんだ!良いよね?」

 

そう言いながら、俺のチンポを口ですっぽりと覆い、舐め始める。

 

そうか、束は朝勃ちフェラしてたのか。気が利くな。

我ながら便利で可愛い奴隷を手にしたものだ、と思いながら、俺は束の口へ精液を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「よし、今日から忙しくなるぞ」

 

俺はメインルームで二人と一緒に朝食を取りながら、今日の予定について話す。

俺達の目的は、快楽を貪り合う……というのは二の次で、一番重要なのは仲間を増やして世界征服を行うことだ。

 

と言っても、この力を手に入れた俺にとってはそう難しいことではない。

この地球全体をDG細胞で侵蝕してから、ある日一斉に、地球全体のあらゆる所から触手を生やして、脳を弄ればいいだけなのだから。

 

だが、それでは面白くない。

 

確かに一夜で世界中の人間が生まれ変わり、俺にへいこらするようになるというのも面白いに違いない。

しかし、その面白みは一時だけだ。

 

高笑いした次の瞬間には、もう世界がつまらなく見えてしまうだろう。

 

だから、俺はこの奴隷を作っていく過程を、存分に楽しみたい。

何食わぬ顔をしてIS学園に入り、その裏で一人づつ、生徒を俺のために生きるセックス奴隷に変えていく。そっちの方が、少しは長く楽しめるだろう。ある程度人数を増やしたら、ゾンビみたいに暴走させて、学園内でパンデミックを起こしてみるのも面白そうだ。

何せ、俺のセックス奴隷候補は、IS学園だけでなく、世界中に沢山いる。一日に十人づつ奴隷にしても、数十年くらいはかかるんじゃないか?

実際はもっと早いペースで増えていく予定だけど。

 

「さて、束。そこに置いてある三つの球体はなんだ?」

 

計画の話は一旦置いて、俺達の目の前には、配膳台に置かれた、三つの銀色の球体があった。

まさか、メインディッシュ……というか、食べ物ではないだろう。

 

「これはね、キョウちゃんのために用意したISのコアだよ☆」

 

はあ。流石ISの開発者ってところか。

 

ISコアとはISの中枢の役割を果たしており、言わばISの心臓部。これナシではISは動かない。コアとはそんな重要な代物なのだが、内部構造は完全にブラックボックスで、開発者である篠ノ之束にしか作れない。そして、当の篠ノ之束は気まぐれなので、コアを467個作ったところで世間から雲隠れしており、これ以上の増産は見込めない。

そんな事情があるのでISコアは希少なのだが。

 

「どうして貴重なコアが三つもあるんだ。新しく作ったのか?」

 

「違う違う。新しく作ったISコアはあるけど、このコア達は重要な役割があるんだ」

 

しれっと爆弾発言かましたな。

 

………それは良いとして、新造ではなく、467個の内の一つを使うということは──。

 

「つまり、公に出す必要があるISって訳か」

 

「ピンポーン!キョウちゃんは察しが良いね〜☆束さんはそんなキョウちゃんのことが大好きだぞ☆」

 

束が席を立って、俺にへばりついてくる。おい、俺まだパンを食べ切ってないんだぞ。話を切り出したのは俺だが、食事くらい普通に食べさせろ。

 

 

俺は食パンを急いで喉に詰め込んで、牛乳で流し込む。

 

「ごちそうさまでした。よし、話の続きをしようか」

 

「よーし、クーちゃん任せた!」

 

束が話すんじゃないんかい。

 

「はい、束様。それでは説明致します」

 

俺は束を上に座らせて、後ろから胸を揉みながら話を聞くことにする。

いやあ、この胸の揉み心地がとても良いのだ。全然飽きないね。

 

「まず、一番右にあるISコアは『赤月』のものとなっております。これはISの王たるシステム『コード・レッド』を持ち、コア・ネットワークに接続した全てのISの出力を自由に調節することが出来ます」

 

 

うーん……専門用語とか聞いたことがない固有名詞が沢山出てきてよく分からないぞ。

仕方がないな。

 

「束、ちょっと頭を貸して」

 

俺は束の耳に、伸ばした触手をぶっ刺す。

 

「あ゛っ♡」

 

そして、初めて脳を弄った時と同じように、触手を脳内まで至らせた。

 

「あ゛っ♡ん゛っ♡たばねしゃん、また♡しょくしゅぅ♡いれられてりゅっ♡」

 

ただ、今回は脳を弄ることはしない。DG細胞の特性を用いて、必要な知識をコピペするだけだ。

俺はそれを終えると、直ぐに脳から触手を抜く。

 

「あれっ?キョウちゃん、今はイかせてくれないの?」

 

「今はクロエが説明してくれている途中だろう」

 

「ちぇ〜。分かった」

 

くっ。コイツ、確かに俺の奴隷ではあるんだが、相も変わらず自由奔放だな。色々やってくれるのはいいんだが、そのせいで大変なことになってももう遅いからな。

 

とにかく、クロエの言っていることは大体理解した。

 

まず、コア・ネットワークというのは、IS同士が星間通信プロトコルであり、至極簡単に言えば、ISコアをサーバーとした、超広大なインターネット空間のことである。この中では、ISのコア同士が情報を交換しあったり、データのバックアップをとったりしている。

また、それぞれのISコア同士には、明確なヒエラルキーが存在している。

コア・ネットワークの中は階層構造となっており、コアは格付けされている。格付けごとに閲覧・入力・出力の出来るネットワーク階層には制限がかけられており、決められた階層より上にはアクセス出来ないきまりだ。

 

なんとなく、こういうシステムを何処かで聞いたことがある。……ああ、祖国の教育システムだ。あれも全く同じ、格付けによってピラミッド式の階層組織となっているという話をしたのは記憶に新しい。

 

まあ、もうそんな教育制度を気にする必要は、俺にはもうない。確かIS学園に入学した生徒は、自動的に最高ランクへ格付けされる筈だ。それ以前に、俺はそんなルールに縛られる必要もない。

 

人間ではないのだから。

 

 

……話が逸れた。

そんなカーストが存在するISネットワークだが、そこにあるISコア『赤月』は、そのヒエラルキーの最上に位置するものの一つだ。

ネットワークに接続しているISの稼働状況や状態を全て把握することが出来るだけでなく、このISのみが持つオリジナルコマンドとして、先述の『コード・レッド』が存在している。これはネットワークを通じてISに強力な命令を送り込み、システム系統の一部を事実上乗っ取ることが出来るシステムだ。

 

だが、このISは、既にパーソナライズを済ませており、他人の専用機となっている。

 

篠ノ之箒といい、束と血の繋がった妹だそうだ。束の脳からついでにソイツの情報もコピーしてみたのだが、めっちゃ可愛い。束とは違って目がキリッとしていて、ポニーテールで髪を腰まで伸ばしていたり、強気で真面目そうな感じがする。そして、胸が束に匹敵するレベルで大きい。いやあ、多分触手の力を使ってデレさせたら数倍は可愛くなるだろうね。

 

それに、年は俺と変わらず、重要人物保護プログラムという日本の政府の方針で、IS学園への入学が決まっているそうだ。

あそこは治外法権が適用され、警備レベルも世界最高クラスである。相当な理由がなければこの学園から引っ張り出すことも、誘拐させることも出来ないからであろう。

 

…とにかく、束の妹だ。面白いことになってきたな。束の情報では、箒は、ISを世界で初めて動かした男子である織斑一夏に好意を寄せているらしい。

そういうことを鑑みても、篠ノ之箒は料理しがいがある。

 

そう考えると、笑いが止まらなかった。

 

「ど、どうしたんですか?お兄様」

 

「ごめんごめん。このISは、束の妹のものなんだろ?」

 

俺は胸を揉んで、束に話しかける。

 

「うん。そーだよ。…もしかして、ほーきちゃんもセックス奴隷にしてくれるの?」

 

「当たり前だ。あんなに胸が大きくて可愛い奴を放っておけるか」

 

「嬉しい♡ほーきちゃんは気難しがりやさんだからね、妹を宜しく…ね?」

 

はうっ!そんなキュンとするような笑顔されちゃ、絶対に俺のものにしたくなってくるだろ。

 

「勿論だ。じっくりと、俺好みの女にしてやるよ。だが……まずは、お前を俺好みの女にしてやるよ」

 

「ひゃんっ♡」

 

クロエが説明していたのもすっかり忘れて、俺は束の服のボタンを外して、その大きなおっぱいを開けさせる。

 

そうして俺は、しばらく束の身体を弄ぶことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話 コア・ネットワークへの侵入②

 
暫くお待たせしました。期間が空いて申し訳ないです。
在宅勤務で時間が余っていたところで友人からデート・ア・ライブというラノベを勧められまして、全巻一気に読んだんですが現在進行形で体調が悪いのが理由です。お恥ずかしい(笑)お話自体は面白く素晴らしかったのですがね。
投稿間隔が大変なことになりそうですが宜しくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ま」

 

 

「………いさま、お兄様!」

 

「はっ!」

 

俺は、クロエの声で我に返った。

 

そう言えば、今はISコアの説明を聞いているんだったな。いやー、クロエめっちゃ怒ってるよ。怒ってる顔も可愛いんだけどさ。流石にこれは俺が悪いわ。ゴメン。

 

「いくらお兄様と言えども、この状況には看過しかねます。そんなことをしていては、私達の仲間を増やすことは上手くいきません!」

 

ごめんごめん、クロエ。こんなことしてモタモタしてたら、奴隷に出来る奴も出来なくなっちまうよな。

でも、お前達が魅力的なんだもん。

 

余談だが、俺のセックス奴隷というのは、基本的に従順ではあるのだが、結構物を言ったりもする。俺の言ったことを何でも、有無も言わずに従う方が便利だが、それでは何か壁にぶち当たった時に考えるのが凡人の俺一人だけになる。そのまま解決策が見つからずに全滅したら洒落にならない。共に生きていて面白くないし。

だから、出来るだけ個人の本質が元の人格そのままになるように調節してある。…まあ、無我夢中で束の脳を弄った時に結果的にそうなってしまったので、そういうスタンスにしているというのもあるが。

とにかく、クロエは同じ研究所にいた者同士として、お兄様と呼ばせるようにしたので、甘い面は甘いが、元のまま手厳しいところも多い。

 

 

俺は、感度を極限まで上げて弄ったために、ピクピクしたまま動かない束を椅子に座らせて、話を持ち直すことにした。

 

「悪い悪い。それじゃあ、説明の続きを頼むよ、クロエ」

 

「それでは続きを申し上げます、お兄様」

 

クロエはこほん、と軽く咳をして、説明を再開した。

 

 

「中央のコアは、『白式』のコアとなっております。これは、織斑一夏の専用機になることが予定されています」

 

真ん中のコアは、俺の玩具として奮闘してくれる、織斑一夏の専用機だそうだ。

 

篠ノ之箒の時に少し触れたが、織斑一夏は、世界で初めて現れた、ISを動かせる男である。コイツも俺と同じ歳で、IS学園への入学が決まっている。

 

…重要人物をポンポン入学出来るあたり、IS学園のセキュリティと緊急時の対応能力はとても高いことが伺い知れる。

ま、俺の前には無力だけど。

 

それはいいとして。

織斑一夏自体は外面的には普通の人間と至って変わらない。生真面目で、重度の唐変木な少年みたいだ。

だが、その家族が、結構、というか俺の目的にも関わってくる、一番の障害であり、乗り越えなければならない壁とも言うべきか、そういう人物がいた。

 

織斑千冬。篠ノ之束と並んで世界で知らない者は少ないといわれるほどの人物。

彼女は人ならざる身体能力と神がかった戦闘センスでISを乗りこなし、世界大会『モンド・グロッソ』で優勝をしているのだ。その所以で、モンド・グロッソ総合優勝者に与えられる称号でもある『ブリュンヒルデ』と呼ばれることもある。今はIS学園で教鞭をとっているそうだ。

 

一言で言えば、人間じゃない。

 

と言うのも、この姉弟は完成された人間を作るためのプロジェクト・モザイカ『織斑計画』の過程上で作られた個体であるからだ。本当に人間じゃなかった。個人の知力と体力を極限まで向上させて、人類の限界を目指して作られた織斑千冬は、研究者を満足にさせる結果とはいかなかったものの、初めての成功体として、最終的に世の中に紛れて暮らすことになる。

 

この時のデータは、遺伝子強化体(アドヴァンスド)、つまりクロエを作る時にも利用されていたらしいが、まあそれは余談だ。

 

しかし、この研究は頓挫することとなった。

篠ノ之束が現れたからだ。彼女は、まさしく完璧な人間であった。オーバースペックな身体能力と知力を持ち、それは計画とは全く無関係な存在でありながら、計画によって作られたどの個体よりも優れていた。

そんな者が現れでもすれば、今までの研究は一体何だったのか、研究者はそう思ったのだろう。篠ノ之束を捕らえて研究材料にしようという案も浮かびはしたが、相手が相手であるために、諦めざるを得なかった。

 

しかし、研究が頓挫した時に残ったものがある。それが、当時六歳だった織斑千冬と、産まれたばかりの二つの計画外の個体。

 

その内の一つが織斑一夏だった、ということらしい。

彼は織斑千冬と同一のDNAを持ち、計画が頓挫した後、織斑千冬のDNAを世の中に広めるために作り出されたのだそうだ。先程外見は普通の人間と至って変わらないと言っていたが、中身は目的遂行のために特化した体質を多数備えているらしい。本人はそんなことを露も知らないそうだが。

 

長ったらしく話したが、つまり織斑一夏とは見た目は普通の腕っぷしの良さそうな学生と見せかけて、中身は同人誌にたまに登場するようなキモ豚種付けおじさんもびっくりするほどの生殖機能の持ち主である、という訳だ。

 

あ、俺は違うからな?俺は太ってもないし、告白されたこともあるんだからな?勉強で忙しかったから振ったけど。

 

そして、この『白式』は、元々倉持技術研究所にあった動かない欠陥機を束が改造したものである。

この白式には束にも分からない、というより()()の域を出ない部分があるらしいが…。

 

この話は後にしておこう。

 

クロエは説明を続けた。

 

「そして、最後のこちらのコアは、お兄様のために用意されたコアです。お兄様が安全に、快適に学園生活をお送り出来るように、急遽用意致しました」

 

最後は俺専用のコア、というわけだった。だが、急遽用意した、というのはつまり、昨日の夜にラボを出て何処かから盗んで来た、ということだろう。束の直近の記憶によく分からない景色があったが、恐らくこれのためだろう。

 

「だが…俺の命令に背いて何処かに行ったというのは感心しないな。あとで尻叩きしておこうかな」

 

「すいません。私が止めないばかりに」

 

「君は寝ていたから、仕方がないだろう。それで、このISコアを俺の前に出して、どうするつもりだ?」

 

俺はそう言って俺用のISコアを片手で持って、自分に取り込もうとする……が、それは適わなかった。

 

束を最初に取り込もうとした時と同じだ。明確な意志によって、DG細胞の侵蝕が阻まれている。

 

ISコアには、人に限りなく近い、人格を有している。束の知識の通りであり、俺の侵蝕を阻むのもそのためだ。

 

「お兄様も、これで実感なさいましたでしょう。ISのコアは全て、私達と同じく人格を有しております。つまり、いくらお兄様と言えども、簡単にISを手中に収めることは難しいのです。ISは世界中に散らばっており、それらの殆どは厳重に管理されています。さらに専用機は、非展開状態時はパーソナルロックがかけられており、私達でも手出しはできません」

 

「つまり、俺の侵蝕能力を持ってしても、ISだけは掌握することが不可能ということか?」

 

俺はクロエにそう問う。物理的に侵蝕することが意志によって不可能ならば、脳を弄ってその意志を弱めさせればいいのだが、それは人間相手の話だ。

ISコアの構造は分かるが、外側から物理的に侵入することは不可能だった。それに、どうISコアを弄ればいいのかも分からない。構造は分かるものの、流石に触手によるISコアの弄り方なんて、昨日奴隷になったばかりの束は知らなかった。

 

しかし、クロエはいいえ、と首を振った。

 

「ISの意識へ直接コンタクトを試みれば、いけます。今回コアを持ってきたのも、それを行って、ISコアを支配下におく第一段階を完了させるためです。これらのISコアは現在の状況であれば、我々の介入を受け付けます」

 

 

…そうだ、それを忘れていた!

 

束の知識では、理論上では電脳空間を通して、ISの人格とコンタクト出来るというものがあった。そこで何らかの方法でコア人格を隷属させられれば、コアをDG細胞で支配下におくことが出来る。

 

そして、この三つを支配下におけば、他のISの制御もある程度操ることができる。

 

ああ、早く、世界最強の兵器を俺のものにしたい。そう思うと、身体がウズウズしてくる。

 

「話は大体理解した。それで、人格とのコンタクトはどうすればいいんだ?」

 

「ISに触れて、強力な意志を送り込めばいいと思います。恐らく、コアネットワークによって形作られたバーチャル空間上でコンタクトが可能です」

 

そうか。ならば………。

 

 

俺は、『白式』のコアを持ち、平べったく変化させた手で、それを覆う。

 

「お兄様、『白式』からいくんですか?それは少し危険かもしれませんが」

 

クロエが目を閉じたままだったが、それでも心配そうな表情をしているのが分かる。

 

「いや、これが一番面白そうだからな。だって、───だそうじゃないか」

 

「ですが、………分かりました。くれぐれもお気をつけ下さい」

 

「ふっ。クロエは優しいな」

 

そう言って、俺はクロエを撫でてやる。優しくて、俺が何も言わなくても喜んで股を開いてくれる妹がいるのは、なんて幸せなんだ、俺は。

 

俺は、そっと椅子に座って、俺の手の中に収まったコアを見つめる。

 

お前の純白の白を、俺の白濁の白で染めてやるよ。

 

俺の中でぐるぐると渦巻く、欲望を、支配したいという心を、コアに染み込ませるように、送り込ませる。

 

 

『──やめて!』

 

そんな少女のような声が、聞こえた。

それと共に、光が、広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

何処までも鮮やかな蒼が続く空に、吹き付けたような白い雲。

 

俺は、そんな幻想的な風景が見える砂浜に立っていた。

 

海は砂の色が反射したエメラルドグリーンで、それは水平線に近づくほど青くなっていく。水平線の先で、橙色に燃ゆる太陽が沈んでいく。水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

穏やかな波が足元まで迫ってきては、サーッと引いていく。

 

直感的に、ここは現実の世界ではないことを感じ取った。ここには、生き物の気配がない。空気が綺麗過ぎる。それに、気付いてからもう何分か経っている筈だが、太陽が一向沈まない。

 

まるで、完成された世界。

 

俺は、砂浜に一歩足を踏み出してみる。靴を履いていない、裸足で白い砂浜を踏みしめると、砂の柔らかい感触が、伝わってきた。

 

そうだ。ここは、現実の世界ではない。ISのコアと俺の心がリンクした、電脳空間。ISの心の中だ。

 

 

『───来ないで!』

 

また、声が聞こえた。少女の声だ。俺と同じくらいの歳であるクロエよりは少し高い、妖精のような声をしている。ISコアの人格は、女性なのか。

 

しかし、彼女の姿は見えない。隠れているのか、はてまた声だけの存在なのか。

 

 

「───!」

 

俺は何気なく瞬きをした、だけだった。だが、一瞬瞼を閉じて、次に開いた時に、彼女はいた。

 

麦わら帽子を着て、サラサラとした白い髪と共に目を覆っている。後ろに流した髪が、そよ風でなびき、儚さ感じさせる。そして薄いワンピースを一枚だけしか身に着けておらず、力を入れれば折れてしまいそうな体躯を顕にしている。

一言で言えば、純真無垢。

少女は踝まで水に浸かりながら、こちらと対峙している。

 

「お前が、『白式』か」

 

コア人格が少女の姿をしていたことに多少驚きつつも、それを抑えて俺は目の前の少女へ問いかける。

さっさと不意打ちをかけて乗っ取るのもありなのだろうけど、その前に調べたいことがある。

 

波のさざなみが、沈黙の時間をとても長く感じさせてくる。

唇を噛み締めているような表情をする少女。

冷静に、目を細めて少女を見つめる俺。

 

 

『──貴方に答えることは、ありません』

 

ザザッと、茂みが動く音がした。俺はしまった、と言わんばかりに後ろに振り向く。その音は()()()()へと変え、俺の瞳を見開かせた。

 

茂みから飛び出した者───

『白騎士』は、俺の眼前で剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 コア・ネットワークへの侵入③

あーでもないこうでもないと思いヘタっている内に約二ヶ月。
妥協している内に文章全体の質もどんどん落ちていき。
18禁方面の知識が薄いと痛感させられました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椅子を座ったまま、微動だにしないキョウジ。

その傍らで、クロエはじっと立っていた。深層意識をコアの内部へと沈めたのだ。精神の世界では魂だけの存在であり、そして剥き出しの魂というものは、儚く脆い。何か一つの衝撃でもあれば散ってしまうようなものだ。

クロエは、こちらが十分な警告も出来ないままにそんな世界へ行ってしまったキョウジ(お兄様)が気掛かりで仕方がなかった。

クロエは目を瞑ったまま、キョウジの顔を伺う。彼女の顔には、自然と不安が浮かんでいた。

 

「大丈夫でしょうか……」

 

部屋の奥の機械から、白い蒸気が吹き出て、空気の音が、クロエの溜息と重なる。

 

 

折角脳を弄られて、DG細胞に生まれ変わり、お兄様のご寵愛を承ることが出来るというのに。

今の私にとって、お兄様は世界の全てであり、私はお兄様のためにあります。キョウジのためであれば私は死ぬことさえも喜んで実行するでしょう。お兄様がそんなことを言うとは思いませんが。

つまり、お兄様を失うことは、世界を失うことと同義。それを想像するだけでも、私は胸が引き締まりそうな思いに駆られてしまいます。

 

 

先程までは、気味が悪い人だと思っていた。元々彼女にとって全てであった篠ノ之束を何らかの方法で操り、世界を奪った敵。その身に宿したDG細胞で他人を侵蝕し、人を好き放題操る、人類全体の敵。

 

しかし、今のクロエはそんな敵意は微塵にも抱いていない。むしろ、DG細胞に自分の全てを侵蝕されて、生まれ変われたことに感動すら覚えていた。

 

もっと、DG細胞の素晴らしさを人間共に広めたい。

お兄様こそ、この世界の頂点に立つべき至高の御方。

 

 

(そうである筈なのに…)

 

如何にDG細胞といえども、弱点が無いわけではないのです。電脳空間に潜行(ダイブ)すれば、自ずと身体と精神は切り離され、現に今お兄様は丸腰の状態でISコアの人格と対峙しているのでしょう。

もし電脳空間内で精神が死んでしまうようなことがあれば、それこそ本当に死亡することになります。現実世界であれば、物理的な攻撃であればD()G()()()()()()()すぐさま身体を再生出来ますが、精神世界ではそんなことは出来ません。もし剣で一刀両断されてしまうようなことがあれば簡単に精神は消滅します。

 

ここからが問題なのですが、残った身体は、宿主の精神が死んだことで、細胞死(アポトーシス)が引き起こされます。心がなければ、DG細胞は作用しないからです。

そして、お兄様を心の拠り所としている私達も、纏めて死んでしまうのです。私達、全てのDG細胞を持つ個体はDG細胞を通して繋がっております。また、私達の行動を決める権限は、お兄様がお持ちです。

つまり、お兄様を失った我々は、至高の御方を失った喪失感と命令系統の喪失によって、そのまま細胞死が起きてしまいます。

 

以上により、お兄様が死んでしまえば、私達は全て死んでしまいます。なので、お兄様にはあまり危険なことは行って欲しくなかったのです。しかし、もうお兄様は行ってしまわれました。今はまだご健在のようですが……。

 

(私は、どうすれば……)

 

 

クロエの瞳には、涙が浮かんでいた。

 

 

「………フフフ。クーちゃん?そこまで悲観するのはまだ早いんじゃないかな?」

 

不意に、後ろから聴き慣れた声が響く。その声の主は、嘗ての恩人にして今は彼女と同じくキョウジの奴隷である篠ノ之束だった。

先程まで散々その大きな二つの果実を弄ばれていたというのに、そんなことがあったとは微塵にも感じさせない態度をとって、仁王立ちしている。……恰好は弄られていた時と変わらず、胸が開けておっぱいが露わになったままだったが。

 

「束様」

 

「大丈夫だよ。()()()はバッチリだからね。ぶいぶーい☆」

 

笑顔でピースサインをこちらに向ける束に対して、クロエは首を傾げることしか出来ない。脳内には疑問符しか浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

俺は、目の前のワンピースの少女に気を取られ過ぎて、後ろの茂みに潜んでいたもう一人に気付かなかった。

振り返った時には、両手で持った剣──中世の剣や刀とは似つかわしくなく、ゲームやSF小説にありそうなもので、刀身が長く幅広だった──を高く振り上げていた。青い光で構成された刃は、俺の身体をいとも簡単に両断してしまうだろう。

 

「っ!?」

 

視界が澱む。死という単語が過る。振り下ろされる大剣が、酷くゆっくりとこちらへ向かってくるように見える。

だが、もう遅い。避けきることはできない。俺はその奇妙で不愉快な感覚に耐えきれずに、思わず目を瞑る。

 

折角生きながらえたというのに、俺はここで死ぬのか──。

 

 

なんてね。

 

ゆっくりと目を開くと、目の前には、剣を振り下ろす途中で()()()止まって硬直している女性がいた。さっきの奇襲してきた奴だ。顔は目から上をバイザーのようなもので隠れているが、口元から見て取るに、苦渋の表情をしているのは確かだった。

 

「なっ……何故動かない!」

 

女性が口を開く。結構な威厳のある声だ。

 

「ふぅ……結構ビビったな。殺気をぶつけられたのは二度目なんだが、どうも慣れないものだ」

 

俺はそう言って自分の気を確かめながら、肩の力を抜いて女性との距離をとる。

その時ついでに後ろをチラリと振り返るが、少女は未だにその場に立ち尽くしたままだった。だが、表情はさっきと打って変わって驚きを含んだものになっていた。

 

「お前…私に何をした」

 

おお、また怖い怖い。

殺気を帯びた声で女性が話しかけてくる。だが、この空間にいる以上は、アイツは俺を殺せない。

 

「よく考えてみろ。この空間はISのコア・ネットワーク上に作られたバーチャル空間だ。ISコアの中じゃない。つまりISコアの中の人格…つまりお前らが他のコアや俺達と会話をする場合、コア・ネットワーク上に移動する必要がある。そして、ここからが重要なのだが、コア・ネットワークにはヒエラルキー管理以外にもう一つの管理システムがある。そりゃあ、お前達だけでネットワークを維持していくのは難しいからな。ISは基本的に人がいてこそ成り立つものだ」

 

『───まさか』

 

震えた声。少女が気付いてしまったらしい。彼女らにとって最も恐ろしいことに。

 

「そう。管理者権限って奴だよ。ISを作った篠ノ之束には、コア・ネットワークを操作する権限がある。それを応用させて貰った訳だ。…おっと、諦めな。コアへの出入り口は封鎖させてもらった」

 

「ぐっ……」

 

女性──ISみたいな白い甲冑、というよりISそのものを纏った黒髪のその人は、歯を食いしばりながらこちらを睨む。

 

お前達が、この空間へ誘い込んだ時点で負けは決まってたんだ。管理者権限を利用してこのネットワーク空間すらもDG細胞で支配させてもらったのだ。どれだけこちらを恐ろしい形相で睨もうが、俺から逃げる術なんてない。答え合わせをしたら、大人しく俺の奴隷になってもらおう。

 

 

少しの沈黙が流れる。ザァン、ザァンと波の音が耳に心地良い。

 

「それにしても、コアに人格があるなんて驚きものだな」

 

のんびりと歩いて、その甲冑の女性に近づく。

取り敢えず、その物騒な剣をなんとかしなければ。

 

「ほい」

 

俺が女性の持っている白い剣に向けて掌を向けると、白い剣は粒子になって消えた。

女性が驚いているのを尻目に、俺の掌に、その剣が転送されてくる。

 

「さてと、先ずはその素顔を拝ませて貰おうかな…」

 

ほっそりとした彼女の頬に、俺はそっと手を近付ける。束の予想が正しければ、()()()は厄介なものを残してくれたものだ。それでもDG細胞の前には無力だけど。

 

俺の手が、騎士の頬に触れる───、

 

「………っ!?」

 

触れようとした瞬間、バチッという電気の音がして、俺の手が何かに弾かれるように跳ね返された。

 

どういうことだ。

この空間への干渉能力は俺が掌握している筈だ、と思いながら、俺はもう一度彼女へ触れようと手を伸ばした。

 

「………っ」

 

結果は、同じだった。

結界が張られているかの如く、弾き返されて彼女へ触れることが不可能になっている。いや、如くというより本当に何かしらの干渉から彼女を守る結界が張られているのだろう。管理者権限で動きを止めることは出来るが、DG細胞自体による干渉は出来ない、ということらしい。

 

あの女、本当に厄介なものを作ってくれたな。

 

「まさか、DG細胞の干渉を外側で跳ね除ける程完全な拒絶の意志があるとは。流石()()()()()()()()()と言ったところか?」

 

その女性は、その言葉に反応せず、怒りの形相をこちらへ向けている。それは分かりきったことだろう、とも言いたげに。

そう、このIS『白式』は、元はかの大事件を引き起こしたIS『白騎士』である。世界で初めて確認されたISとして広く認知されたかの機体と同一の存在なのだ。そして、白騎士の操縦者は、『ブリュンヒルデ』織斑千冬。遺伝子操作により作られた強靭な肉体によって空を制した彼女。

背後で怖気づいて尻もちをつき、白く透けたワンピースを波によって濡らした『白式』の人格はともかく、目の前で静止している騎士の女性と白騎士と織斑千冬は密接に関わっていた。

 

 

束の記憶を辿ると、『白騎士』の異変は、『白騎士事件』直後に表れていた。白騎士を纏った織斑千冬が束のラボに帰投し、束は今回の事件の結果に満足しながら白騎士のメンテナンスをしていたが、白騎士の人格の波形パターンが段々変化していることに気付いたのだ。

 

ISは人間により近い人格を持ち、操縦時間に比例して、コア・ネットワーク上にある膨大なデータと、機体のセンサーから得られる情報を参考にしながら、IS側も操縦者の特性を理解しようとする。

そうしてISと人間の親和性を高めていき、相互の性能向上を目指していく訳だが、そのシステムに問題があった。

いや、正確に言えば、問題があったのはシステム自体じゃない。

 

『システムに織斑千冬を組み込んだこと』が間違いだった。

 

織斑千冬は件の『織斑計画』によって作られた改造人間であり、普通の人間とは訳が違った。逸脱した戦闘能力に、何があっても殆ど動じない精神力もある。この後に世界最強へと上り詰めた人間だ。人間個体差があるとはいえ、織斑千冬は規格外過ぎた。

束が推測するに、その戦闘能力と精神力は白騎士の人格を侵蝕していったのだろうと記憶は語っていた。最終的に束は白騎士を初期化して倉持技研に放り投げたが、実は織斑千冬に影響された意志だけは初期化出来ずに残って、今俺の目の前にいるというのが、まあ恐らく事実なんだろう。俺のDG細胞が干渉出来ない理由も、通常一個だけであるISの人格が二つあるのも、その推測なら納得がいく。

 

つまり、この目の前にいるのは、『織斑千冬の残留思念』。残留思念など儚く、息を吐けば跡形もなく崩れ去ってしまう存在だと思っていたが、そのイメージは180度向きを変える必要がありそうだ。

 

「全くよぉ、世話焼かせるなぁ、織斑千冬?」

 

そう思うと、俺は大きな溜め息を漏らさずにはいられなかった。

この事実は、俺の表情を歪ませるには十分なものだ。

 

残留思念でここまでの抵抗力があるというのなら、織斑千冬本人を堕とすにはとんでもない徒労が必要になる、ということに他ならない。単に耳の中に触手を突っ込んで、脳にDG細胞を侵蝕させることで脳を書き換えるのは恐らく不可能。

じっくりと精神攻撃をしかけて、織斑千冬の心を叩き折っていくしか方法はないだろう。最低でも一年近くかかるな。

 

俺はもう一度、白騎士のバイザーに隠れた顔を一瞥した。

不快感が伴ったような顔をしている。

とにかく、お前に確認したいことは全て完了した。

 

あとは、お楽しみタイムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

まるで殺人鬼やゾンビの如く、ヌルっとした動作で白式の方へ振り向く。

今の俺の表情は、彼女にとってはなんとも言えない不気味さと恐ろしさを感じさせるものだろう。

 

「いっ、イヤ…」

 

少女はか細い声で呟く。細い肢体を小刻みに震わせ、しかし目の前の恐怖から逃げようとすると足が竦んで動けない。立ち上がることも出来ない。

俺は先程から白式に管理者権限を使っていないから、本当に恐怖で動けないらしい。

 

砂を踏みしめる音が段々大きくなっていく。白式はそれが死へのカウントダウンを刻んでいるように聞こえた。

 

「さあ、白式。今日から俺がお前の主だ。俺のために生きて貰う」

 

「やめて…」

 

「さあ、主従の契りを交わそう」

 

「いやあ…いやあ…」

 

白式は、近付いてくるキョウジの腕から、何か紐のようなものが伸びていることに気が付いた。ウネウネと辺りを探るように動き、精神体であるにも関わらず強い吐き気を覚えさせた。

 

「ヒッ……いや、いやぁ……」

 

不意に、白式の身体が見えない何か(管理者権限)に持ち上げられ、宙に浮く。エネルギーの対流に包まれてゆっくりと身体がキョウジの方へ近付いていく。

悪魔は、未だ穢れを知らぬ少女の頬に、そっと触れた。

 

アンタ(白騎士)を犯せないのは残念だよ。だが、コアの主導権を持ってるコイツ(白式)の純潔は散らさせて頂くよ。」

 

白式の怯えた瞳を見据えながら、俺は後ろで動けない白騎士に向かって言い放った。そうだな、どうせ俺のものになるんだ、洗脳する前の純情マンコを味わせて貰おうかな。

 

ズボンとパンツを脱ぎ捨て、下半身を曝け出す。股間から現れるは、凶悪無比な俺の単装砲だ。20センチもある砲身を女のヴァギナに突っ込めば、並大抵の女であればヒイヒイ啼かせることは容易い。

 

「白式、ケツを出せ。処女膜破ってやる」

 

「い、いや、やめて!?身体が、勝手に!?」

 

白式は口では拒絶してるくせに、身体は意に反した行動をする。困惑した声を上げながらも、ショーツを下ろして、本当に挿れて欲しいといわんばかりに未だ発育途上の控えめな尻を俺の目の前に突き出してくれた。

そういえばコア人格は人間に近い心を持っているとはいえ人間ではないのだから、排泄器官とかマンコがないかは重要な問題だったんだが、それは杞憂だった。

腰を落として、やはり存在していた白式のマンコを少し眺めてみる。入り口をピッチリと閉じて、陰毛も生えていない立派なロリマンコだ。そんなマンコだが、このネットワーク空間で生きている以上、彼女らにとっては意味も必要性も持たなかった。しかし今日からはこの穴は必要となり、彼女らにとってとても重要なものとなる。

 

俺は尻を勢いよく掴み、亀頭をその割れ目にあてがった。

 

「白式、挿れるぞ」

 

「ひぐっ!?」

 

白式は悲鳴を上げた。俺が怒張を彼女のマンコに突き入れ、処女膜を一気に突き破ったからだ。

 

「痛い…痛いよ……」

 

俺のチンコを伝って、赤い契りが流れ落ちる。それはISと操縦者の関係より重要で、深い契約となっていた。

 

俺が管理者権限を使って、『処女膜を破られた者は破った者に一生逆らえない』というネットワーク内の決まりを作ったからだ。

 

そこの少女は、泣いて喚こうが、怨みをこめて睨もうが、俺の命令には否応なく従ってくれるだろう。

 

「悪魔……」

 

「そうだな。俺は悪魔だよ」

 

一生逆らえはしないとはいえ、本人の心まで従順になったわけではない。あくまで命令に逆らえなくなっただけで、今だに白式に反抗心は存在していた。処女を貫かれた白式が痛みを堪えて一矢報いようとする。その瞳はまた光を取り戻していた。

 

そうだよな、いきなりコア・ネットワーク内に侵入して少女を強姦するような奴だ。そりゃ悪魔だわな。

自嘲しているのか、それとも堕ちるところまで堕ちた自分を一周回って誇らしく思ってでもいるのか、それは自分にもよく分からなかった。だが、俺の口からは乾いた息が漏れた。

 

俺は白式の髪を掴んで、ぐいっと顔の近くまで白式を引き寄せた。

 

「だがな、俺だって悪魔になりたくてなった訳じゃないのさ。恨むなら人間を恨め。俺の身体を弄って、悪魔にしたのは人間だ」

 

「ですが、こんなことはっ、しなくていい筈です!貴方が人間への復讐を考えているなら、こんな、私を犯すようなことは…」

 

「はっ、反吐が出るな。俺がしたいのは復讐なんて生半可なものじゃない。

俺の目的は、この世界をDG細胞で埋め尽くして、俺好みの世界に作り変えることだよ。こんな都合の良い力だ。ただ殺したい奴を殺して、壊したい物を壊して、それだけで終わらせる訳がないだろ。

 

俺はお前が欲しい。ISという軍事力としてだけじゃない。お前という存在自体が欲しい。

心配するな。俺は自分の物は大事に扱う主義だからな。悪いようにはしない。たまに俺と愛を交わし合って、あとは世界征服計画に協力してもらうだけだ。出来る限りの待遇も約束しよう」

 

「そんなっ、いやっ、いやっ、私はっ!?」

 

彼女にとっては初めてでありながら、しかし処女膜を破られ太いペニスを膣内に挿れられながらの、最悪の告白であった。

俺は身体を捩って抜け出そうとする白式の背中に腕を回し、抱え込むように腰を掴んだ。

そして、上半身に視線を移して、なだらかな双丘の頂上でぷっくりと膨らんでいる、可愛らしい桜色の乳首を、そっと摘んでみる。

 

「〜〜っ!!」

 

女性って乳首が弱いものなのかな。声を必死に抑えていたが、間違いなく快感を感じていた。束やクロエの時もそうだったが、乳首を弄って、コリコリしてやると必ず電流が走ったように快感に喘ぐ。

 

「おいおい。そんなに気持ちいいのか?なら、もっと気持ち良くしてやるよ」

 

先程まで挿れたまま動きを止めていたが、俺はゆっくりと腰を動かし始めた。

 

「いっ!?、ヒッ、う、あっっ♡......えっ?」

 

肉のトンネルの中を一本の太い棒が行ったり来たりして、その二つ同士が互いに擦れ合う。

その動きは、処女を奪われた白式にとっては痛く、辛く、屈辱的であった...筈だった。だが、彼女は一瞬だけ、小さく、しかしはっきりとその気持ちと正反対に位置する声をあげた。白式は戸惑いを隠せなかった。

 

「え...、な、なん、で、んっ♡」

 

「そりゃお前が感じてるからに決まってるだ、ろ!」

 

粘着質のある音が、神秘的な世界を淫らに変えていく。さざ波も、砂浜からすぐのところに生える木々が風に揺れる音も、全て俺が白式にピストンをする音と混ざりあい、淫靡なものへ変換されて耳の中へ入っていく。

 

「ああっ♡いやっ、あぁん♡なん、でっ、気持ちいい♡のっ?」

 

「いいよ、白式の膣内(ナカ)、もうヌレヌレじゃん」

 

体位を変えて、立位で白式のマンコを下から突き上げる。白式の背中に手を回して、しっかりと密着しながら、ドスン、ドスンと和太鼓を叩いていくかのように快楽の波を与えていく。

 

「い゛い゛っ!?あああ♡はぁっ♡んあっ♡♡あはあっ♡♡」

 

脳髄に響く程の強烈な快楽に、少女の理性の堤防は崩壊寸前だった。ペニスが抜けていき、強い官能が引いたかと思えば、またペニスが子宮を叩いて、強烈な気持ち良さが襲って来る。抵抗など考えられず、ただキョウジにしがみついて身体が快感に従順になっていく様をただ感じていることしか出来なかった。

 

「もう一度言う。俺はお前が欲しい。俺はこれからDG細胞による新しい世界を作ろうと思うんだ。DG細胞によって更新された世界はほぼ永遠に存在する理想郷だ。争いや差別も、環境問題や政治問題だって存在しない。

 

でもな、その世界に俺一人だけいても寂しいんだよ、心は人間のままだし。だからさ、俺は選んだ人間…お前はISだけど、DG細胞と一体化させて、未来永劫愛し合うことにしたんだ。この世界に生きる全てが俺を愛し、俺はこの世界の全てを愛する。素晴らしい世界だと思わないか?」

 

「おおっ♡はっ♡あ、あ、あ♡そ♡うなの?、んっ、はあ♡」

 

「そうだよ。もしDG細胞を受け入れてくれるっていうなら、今この瞬間味わっている()()()()も、いつでも楽しむことが出来る。俺とお前で、いつでも愛し合うことが出来るんだ」

 

「はあっ♡はあっ♡…シアワセっ?♡あい♡し、あう♡♡」

 

耳元で甘い誘惑が白式を誘う。

白式自身は気付いていないが、もう身体は快楽に従順で、自ら腰を振り始めている。膣道をうねらせ、幼く狭いそれで必死にキョウジの肉棒に刺激を与えている。

だから心だけでも逆らわなければならないのだが、快楽に思考回路が焼き切れていた。今の白式にとっては例え話ではない。考えることが出来ない。今抱き着いている人間は、本当は危険な人間である筈だ。筈なのに。

言霊なのか、命令に従えないからか、それとも本当は彼を求めていたとでもいうのか。

 

しかし、白式の脳はその問題を提起する以前に考えることを放棄してしまった。

 

「そうだ。このシアワセに身を委ねてみろ」

 

(し、シアワセ……)

 

その言葉を反芻すると、不思議と暖かくて、くすぐったい気持ちが胸の中に広がっていく。白式にとってそれは体験したことが無かった。コア・ネットワークという、一見広大な世界に見えて、実情は空虚で閉鎖された空間では、幸せという言葉の意味を知ることは出来ても、それを実際に体感することは不可能だったのだ。

 

そろそろ彼女の心は堕ちたも同然だろう。俺は引き続いて白式を抱いて、一気に子宮を攻めあげた。

さっきよりも勢いを増して突き、白式を絶頂へ誘う。パンっパンっという腰をぶつけ合う音の間隔が早くなる。

 

「あ♡ん♡シアワセ……♡ハハッ♡」

 

しがみついている白式から、甘い吐息が漏れたのを、俺は見逃さなかった。

 

「白式」

 

「は、はい?♡」

 

快楽という底なし沼にハマり、自らが溺れていることすら気付かない白式。だが、それに追い討ちをかけるかのように白式へ声が届く。それは沼の底、深淵からだった。

 

「もっと、シアワセを味わっていたくはない?ならば、俺と一緒に来い」

 

それは、甘い誘惑の声であり。しかし、本当は彼女にとっては、完全に自分の信念を曲げてしまう程の最終宣告でもあった。

 

「はい♡」

 

彼女にもう、選択肢は無かった。このシアワセを味わっていたいという気持ちだけが、彼女を支配していた。快楽に抗うという選択肢は、もう残されていなかったのだ。

 

(押し流されるように快楽にひれ伏すとは、チョロいもんだ)

 

「ああっ♡んあっ♡うんっ♡♡はっ♡あああっ♡ふあああああああ♡♡♡」

 

白式が嬉しい悲鳴をあげるのを見て、俺は内心で高笑いをしながら、白式の腟内(ナカ)を、白濁液で満たしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「起きろ」

 

俺は白式の頬を軽く叩いて、絶頂して気絶してしまった彼女を覚醒へと促す。今だに繋がったままだ。

 

「んっ♡ん…あ……あなたは!?」

 

重い瞼を開いて目を覚ます白式だったが、こちらの顔を見て、すぐに怒りと屈辱の表情を表した。

だが、もう全てが遅い。

 

「さて、お前も俺の物だな」

 

白式の身体に、俺の身体が()()()()()()()。まるでスポンジが水を吸っていくかのように、抱き抱えている白式の身体に俺の身体の一部が入り込み、どんどん浸蝕しているのだ。

 

「そ、そんな!?」

 

驚愕の声を上げながらも、もう彼女の四肢は俺の支配下にあった。

彼女はもう脳を弄って快楽の波を与えずとも、DG細胞の浸蝕を拒むことは不可能だった。

何故かって?彼女はもう俺に敗北を宣言してしまったからだ。

 

そして、変化はコア・ネットワークの外、現実のISコアにまで及んでいた。コアを持って椅子に腰掛けて意識を閉ざしているキョウジだったが、その手が、コアを少しづつ浸蝕していく。不思議な光で覆われているコアが更に怪しい輝きを増していく。

 

このままでは、自分は自分でなくなり、一生目の前にいる男の思い通りの存在になってしまう。だが、どうすることも出来ない。白式の頬には涙が溢れていた。

 

「やめて、私は、ダメ、ダメ、私が、私でなくなっちゃう、ダメ───────。

 

あ、あれ?私は何で涙を流しているのでしょうか。……、あれ、主様♡そういえば私達、さっきからセックスをしていたんでしたね」

 

白式から発せられた悲痛な叫びが、ぷっつりと止まった。身体が一瞬硬直し、視線が空を仰ぐ。

……そして、彼女は堕ちた。

 

目の前のキョウジに向けて満面の笑顔を見せて、胸元に顔を擦り寄らせる。

 

「やんっ♡」

 

俺は彼女から肉棒を抜いて、砂浜に立たせる。彼女の股間からは、白濁液が滴り落ちていた。

未だ反り返ってギンギンに勃起している俺のペニスを見て、慌てる白式。

 

「主様、おチンポが汚れているのでお舐めいたします…はむっ、んちゅっ、んっ……」

 

小さな口から舌を出して、懸命にフェラをする白式を見て、俺はまた征服感に浸った。

 

俺の力ならば、全てを隷属させることが出来る。例えISコアであっても。

 

そして俺は、跪いてチンポをしゃぶる白式に言い放った。

 

「白式。お前に最初の任務を与える。このまましゃぶり続けながらでいいから、白騎士を封印しろ」

 

「……ふぁいっ、ふぁふぁりました(分かりました)ありゅふぃひゃま(主様)

 

白式はチンポを舐めながら、向こうでさっきから静止したままの白騎士に向けて手を翳す。

すると、白騎士の周りに鳥籠のような檻が出現して、白騎士を閉じ込めた。

茨のような植物で金属製の檻は彩られ、如何にも風情のあるものだ。

 

また、檻が作られたことで静止させておく必要は無くなったため、俺はそれを解除する。だが、身体が動けることを確認した白騎士は、先程俺が放り投げた筈の剣をその手に収めて、檻に斬りかかった。

 

それには俺もすっかり失念していた。俺は目を見開く。……だが、赤い障壁が檻に沿って浮かび上がり、斬撃を意図も容易く防いだ。檻に結界が仕込まれていたのだ。

 

「私の作ることが出来るファイアウォールはネットワークの力をフルに活用した一級品ですからね。白騎士、例え貴方であっても破ることは出来ませんよ」

 

「嘘だろ……」

 

白式の優秀さに、俺は驚きの声を漏らさざるをえない。心の内で、ISはまだしも、コア人格に高を括っていた自分がいた。まああんなにあっさり犯すことが出来た訳だし。

 

何はともあれ、白騎士の懐柔は無理だったが、白式を取り込むことには成功した。

下準備には、あと二つのコアを乗っ取るだけだ。

 

「……ぷはっ♡そうでした、主様。今度いらっしゃる時には、ネットワーク上にリゾート施設をご用意致します。ISコア・ネットワーク上でしか楽しめないような設備を備えてお待ちしていますので、会いに来て下さいね♡」

 

俺は夕日に沈む砂浜の上で白式にフェラをされながら、高笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からIS学園に突入します


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第九話 学び舎に潜むパラサイト(寄生虫)

お待たせしました。しばらくはエロなしです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の首都である東京の臨海部(東京湾)は、昔──まだその場所が江戸と呼ばれていた時期は、水捌けの悪い湿地帯だったそうだ。だが、徳川家康という戦国大名が幕府という行政府をそこに立てて以降、干拓が進み、現代ではいくつもの埋め立て地によって海岸線は大きく変貌を遂げた。

 

そして最近、その臨海部でまた埋め立て工事が行われ、新しく1つの施設が作られた。

その施設とは、国立の学園である。総工費に国の予算の数パーセントをかけて作られたその学園は、色々な意味で特殊であった。

 

まずは、学園内の設備である。一般的な公立高校や私立高校とは比べ物にならない程のハイテクノロジーを誇っていた。

例えば、各部屋の表札や様々な表示を3Dの立体投影で表現し、あらゆる物品や備品、システムがデジタル化されて、ネットワークで管理されている。

教室においても黒板などはなく、巨大な液晶スクリーンに文字や映像が出力される。更には生徒の机や教壇もタッチパネルと立体投影が搭載された特注品で、わざわざ黒板にまで出向かなくともスクリーンに出された文字を書き込むことだって出来る。

それ以外にも、話し出せばキリがない程に先進的な技術を詰め込んだ学園であった。

 

しかし、たかが国立の学園一つにここまでの技術を詰め込むのは、些か疑問を呈する者が多い筈だ。嘗て成田や大阪に先進技術を活用した授業を行う実験的な学校をいくつもの作っていたことがあったそうだが、それだって教育に充てる予算の一部分に限られていた。

 

予算を大幅に使ってまでこの学園を作った理由には、やはりインフィニット・ストラトス、ISの存在があった。

 

IS操縦者育成機関、IS学園。それがその学園の名前である。

この学園は『IS操縦者育成の為の教育機関』と理念付けられており、世界で最強の兵器であるISの操縦者を育成し、安全な利用を続けていくために存在する、世界で唯一の施設である。

 

そのために未来を担う若者たちに最上の施設を供給していたのである。

 

また、この学園の特殊さはそれだけでは留まらない。

 

ISの特性故にこの学園は事実上の女子校であり、また世界で唯一の専門機関でもあるためにISの運用協定に参加している国から多くの生徒が学びに来る。そのため国際色も豊かである。

極めつけにはIS学園は日本国内でありながら日本の法律は効かず、基本的にどの国の影響も受けないものとなっている。

 

ISに関するものは、殆どが特別視される。それはこの学園においても例に漏れなかった。

 

IS学園とは、そんな学園である。

 

そして、その学園内の一室では、周りの生徒に視線を釘付けにされている一人の()がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「織斑一夏君?」

 

「は、はいっ!?」

 

その男、織斑一夏は、目の前にいるやや低めの身長をした女性に急に声をかけられて、返事が裏返ってしまった。

クスクスと、堪えた笑いが微かに聞こえる。彼の耳は真っ赤だった。

 

「ご、ごめんね?今『あ』から始まって次が『お』だから、次は織斑君の番なんだけど……自己紹介、出来ますよね?出来ない?そ、そこを何とか、だ、ダメかな?」

 

「い、いや、出来ます!出来ます!大丈夫ですから、先生は落ち着いて下さい」

 

慌てる女性にそれを宥める男性。女性が教師で男性が生徒なのだが、これを見ればどちらが教師でどちらが生徒なのかよく分からない程だ。一日だけ入れ替わってますなどと言われたら信じる人も多少いるかもしれない。

この女性教師は、一夏が必死に宥めると、まるで死んだ魚が息を吹き返したかのように機嫌を取り戻し、彼に詰め寄る。気分の浮き沈みが激しいというより、彼女は極度のあがり症で心配性であった。それに、今年は史上初めての出来事が多すぎることもあって、彼女にはとんでもない重圧がかかっていることは明白であった。

 

なんせ、この女性教師、山田真耶は、男性の生徒に対して教鞭を執るというのは、初めてのことであるのだ。

そもそも、この学園の教員になるためには、ISの分野において一定の功績を挙げていなければならない。

例えば、彼女は日本の元代表候補生であった。同期には有名な()()がいたことから、モンド・グロッソなどのIS競技の世界大会に出場することは適わなかったが、それでも強かな実力を有してはいる。更に言えば、その()()も卓越した能力を見込まれて現在IS学園の教員として働いているのだ。

このように、ISについての学び舎だからこそ、それを教えられるに足る知識と技倆を持っている人材が適用される。授業では実際に教員がISを装着して実技を行うこともある。

だが、問題なのはここからだ。そうして集められた教員は、長らくISという女性しか参入出来ない分野に浸り続けて来たために、男性への免疫が無い人が大半を占めていたのだ。……怪物は例外であるのだが、山田真耶はその例には漏れていなかった。なので、史上初とも言える、ISが動かせるという稀有な事情で入学してきた男子に四苦八苦していたのだった。

 

(この人……大丈夫なのだろうか)

 

織斑一夏は、そこかしこに撒き散らされた不安要素、特に目の前の爆弾に顔を歪めて、引きつった笑みを浮かべる。

だが、爆弾は目の前の低身長の女性教師だけではなかった。

この教室にいる生徒は、彼ともう一人を除いて、全員女子生徒なのである。

 

ISを扱えるのは女性だけであるから、ISの操縦技術や整備を学ぶのは、女性だけである、というのは当然である(更に言えば、ここは世界最高峰の学び舎であるから、ISにあまり携わることの出来ない男子は禁制であるのは、女性権利団体の圧力もありなおのことであった)ので、この学園には女子生徒と女性教員しかいなかった。一夏ともう一人はイレギュラーであるためにこの学園に入学することを許されたのだが、それ以外の男性は基本入るこはと許されない。女の園なのである。

そのために、織斑一夏にとっては脳を惑わせるほどの、自然の罠が幾多も待ち伏せていた。

例えば、女性特有の色香。男性を引き寄せるための本能として、フェロモンと言っても差し支えの無い程の甘い匂いが、この学園内には充満している。

それだけじゃない。この女子校という閉鎖された空間で、平常に疲れた女子生徒達のもとに男子生徒が投下されるということは、それは飢えた猛獣を詰め込んだ檻に肉餌を投げ込むのと同義である。

そう、彼女らは今、投下された肉にありつこうと、必死に機会を伺っているのだ。

織斑一夏は、それを何となくであるが、肌で感じ取っていた。恐怖と羞恥で叫びだしそうになるのを必死で抑える。

張り詰めた空気の中、必死にこの状況を打開する案を探すも、頭に思い浮かぶものに決定的なものは皆無だった。

 

もう一度、彼は奇跡的に在籍していた幼馴染みの方へ視線を向けた。もう一度というのは、この山田先生が自己紹介をしている時に彼女がいることを目撃して、藁にもすがる思いで目線を向けていたのだ。彼女なら、この状況を打開する何かを持っているかもしれない。ただその時は、嫌そうな顔をされてそっぽを向かれてしまった。

そして、今度は──完全に視線を外して、外を眺めている。完全に、その幼馴染みは彼を見捨てていた。悲しいかな、一夏は心の中で涙を流す。

だが、そうこうしているうちに時は過ぎていく。時は誰に対しても無情である。誰の助けがなくとも、これから自分が死んでしまうと分かっていても、彼は立つしか無かった。

 

 

出来るなら、こんな場所から逃げ出したい。逃げ出せるものならば。

 

 

織斑一夏は、ゆっくりと椅子を立って、ギリギリまでこれからやってくる土壇場へのスケジュールを引き伸ばそうとした。

腰を上げて、机に手をついて、膝を伸ばす。その一連の動作を、ゆっくりと行う。まるでご老体が最後の力を振り絞って立つ様に似ている。

 

人は皮肉にも、変えられない運命に必死に逆らおうとして、惨めに抗った挙句、最期には無様に散っていく。織斑一夏はまさに今、それを体現していた。

 

彼は、極度なまでに緊張した面持ちをしながら、口を開いた。

 

「お、織斑一夏です……」

 

取り敢えず、名前だけ言ってみる。これだけで終われば、なんと楽なものだろうか。だが、現実はそう甘くはない。それどころか、張り詰めた空気がゾワゾワして、更に居心地の悪いものになっていくのを、一夏は感じ取っていた。

 

 

「え、名前だけなの?」だとか、「自己紹介って自分の情報を他人に説明する場だよね?まだ説明責任果たせてないよ?」だとか、そういった聴衆の心の声が聞こえてくるんだが。これが、無言の圧力、という奴なのか。というかなんだ、説明責任って。

そもそも俺には万人受けする趣味や情報など、持ち合わせてはいない。サボテンの株分けと育成が趣味と言って、共感する人がいるのかという話だ。もしこれが植物違いの家庭菜園なら立派に共感出来る趣味だろう。だが、サボテン栽培が趣味というのは百歩譲ってギリギリ許容出来るかどうかといったところか。食用サボテンの栽培なら尚更だ。事実、もしそういう人がいたら俺は心の中で絶対引いてる。顔には出さないけど。

あと、念の為自分の趣味がサボテン栽培ではないことは断っておく。家庭菜園もやったことはない。やりたいとは思うが。

 

「…………」

 

それにしても、何も浮かんでこない。何か言わなくちゃ駄目なんだ。

なのに…………。

 

 

史上初めてISを動かした男は、立ったまま身体を硬直させて、微動だに出来ない。視線が交わった者を石と化してしまうメドゥーサの如き好奇の目に晒されていたのである。

そんな中であった。グラインダーに押し付けられてゴリゴリと削られるように精神を摩耗させながらも、脳内で打開案を必死に模索していた一夏だったが、不思議な違和感を感じた。一つだけ、違う印象を持った視線があることに気付いたのだ。

 

殺気にも似た、それはそれは冷ややかな視線であった。一夏は不快感を感じて、今が自己紹介中であるにも関わらず、その正体を探ろうとした。しかし、それに近付けば近付くほど、不快感はどんどん増していく。氷の手が一夏の頭蓋を鷲掴みにして、何かが彼の瞳を覗き込んでいるかのように錯覚した。

 

「深淵を覗くものは同時に深淵から覗かれている」とは言ったものだが、一夏はそれを身をもって体感していた。

 

 

これは底知れぬ……闇だ。

 

 

一夏はそれでもその闇を覗こうと不快感に抗う。

彼がそこまでしてその闇の正体を探ろうと思っていたのは、興味本位、というよりは彼の持ち前の正義感からであった。だが、その正義は自分自身のエゴによって歪められていた。

そして、それを闇の正体は知っていた。

 

クラスメートから発せられる好奇心の荒波を越えて、凍てついた極地を目指す。溶けきらずに残った流氷が極地への道を示して、それを辿って一夏は進んでいく。

いつの間にか、時化に加えて吹雪も吹き荒れ、視界は真っ白に霞んでいる。彼はそれでも進んだ。

 

………目的地だろうか。島が見える。そこには、黒い人影が一つだけポツンと見えていた。その人物は……。

 

「………くん?織斑一夏君?」

 

「はいっ?」

 

 

背後から、聞き覚えはあるがまだ聞き慣れない声が聞こえた。山田先生であった。

 

「あの、まだ名前しか言ってませんよね?だ、だ、大丈夫ですか?」

 

それはこっちのセリフだ、などとは言えなかった。彼は自分の世界に入り込んでしまっていたからだ。これでは、山田先生に文句は言えない。

 

「あ、え、えーっと………」

 

俺は一回離れかけた頭を完全に元に戻すことは出来なかった。というより、完全に元に戻すことが出来たとしても良い案は浮かばなかっただろう。

脳の回路はオーバーヒートを起こして、最終的には醜態を晒してしまう。よくあることだ。

 

「以上です!」

 

ガタッ。派手にすっ転ぶ音が聞こえた。すまない。何も思い浮かばなかったんだ。

 

………ん?

 

「い゛っ!?」

 

このままではもう緊張と疲労で倒れてしまう。そう思い脱力しようと思った瞬間のことだった。

背後に何かを感じ取ったと思ったら、頭にとんでもない衝撃が走った。痛い!脳天が割れる!

誰かに何か硬い物質で頭を叩かれた。

……のだが、痛いのは確かなのだが、心の中に別の感情が湧いてくる。

決してドMに目覚めた訳では無い。この叩かれ方、妙にある人に似ていたからだ。いや、違う。恐らくその人本人だ。

 

「全く。碌に自己紹介も出来んのかお前は」

 

未だに慣れない痛みに頭を擦りながら、恐る恐る振り向く。

スリムなボディラインにピッチリ張り付いた黒いスーツにタイトスカート。それは鍛えられて世の女性ならば誰もが理想的な身体だと言うだろう。威圧感を増す組んだ腕と、魔狼の如き瞳。

 

「げっ、関羽!?」

 

「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」

 

バシーン、という子気味のいい音が教室の中で反響する。つまり先程の強打をもう一度食らったと言うことだ。いや、俺が悪いんだけどさ。

 

それにしても、どうして我らの千冬姉がここいるのか。失踪して数年、身内である俺には行き先も何も伝えずに、そして今日ここで出くわした。

どういう再会の仕方なんだ、一体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

織斑一夏という名前は、彼にIS適正が判明する以前はさほど有名では無かったが、その姉である織斑千冬の知名度というのは世界で知らない者は少ないと言えるほどのものだった。

彼女はISが台頭して混乱を呼びつつも世界に馴染みつつあった時から急速に頭角を表していた。対IS戦闘において、まるで()()()()()()()()()かのような目まぐるしい操縦技量で見るものを圧倒し、未だ操縦に慣れない他の代表候補生をバッタバッタとなぎ倒し、その果てに世界一という栄光を手に入れる。

 

それも、武器は刀を一振だけで。

 

その鬼神の如き姿は嘗てモンド・グロッソで世界一を争った相手をして『怪物』と言わしめる程であった。

 

彼女の専用機である『暮桜』の最大の特徴というのは、『雪片』と銘打たれた刀にある。彼女は、この刀の特殊な性能と、それを扱うための極まった太刀筋によって頂点へと上り詰めた。

 

通常、ISにはある程度機体と操縦者を防御するエネルギーシールドが張られており、それによって人間の限界ギリギリの駆動能力や外部からの物理干渉を防ぐことが出来る。また、相手の攻撃がシールドの防御力を上回り、尚且つ攻撃が操縦者に深刻な被害を及ばせる場合に限り、『絶対防御』と呼ばれる強力なシールドを張るシステムが発動する。通常のシールドと比べて多量のエネルギーを消費し、操縦者を攻撃から守護する、その名の通りの代物である。

 

『雪片』は、そのISのシステムを逆手にとった能力を有していた。

 

単一能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』。雪片に触れた敵のISのシールドを無効化して、強制的に絶対防御を発動させる。それは、接近を許したISのシールドエネルギーを瞬く間に削り、機能停止に追い込ませる、まさに必殺技とでも呼ぶべきものだった。

ただ、この特殊能力にISの膨大な処理能力の大半を回してしまっているために、他の武装を装備出来ない欠点が生まれている。

更にこの能力を使用している間は自らのシールドエネルギーを湯水の如く消費していくために、ある種の諸刃の剣でもあった。

 

だが、彼女の操縦技術にかかればリスクなど皆無に等しかった。

 

対ISにおいて絶大的な優位性を発揮するISと、それを完璧に使いこなす強靭な肉体とカリスマ的なセンス。それが、彼女を()()たらしめている理由だった。

 

彼女は嘗てスポーツ競技としてのISの大会に姿を現し、観衆の目を釘付けにした。

 

だが、ある日、忽然と華々しい現役の舞台から身を退いた。

 

理由は不明だが、その少し前に、彼女がモンド・グロッソ決勝を棄権していたという出来事もあり、メディアやマスコミはその時点に何があったのかを解明するために躍起になっていた。

また、織斑一夏はメディアやマスコミには全く顔を出さなかった。彼がまだ幼く、そして姉が必死に大衆の目に入るのを止めていたからであった。

 

そして、紆余曲折があり、現在はこのIS学園で教師としての任に就いていた。

 

 

「私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聞き、理解しろ。出来ない者には出来るようになるまで指導してやる。私の役割は若干十五歳を十六歳にまで鍛え上げることだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな?」

 

最近見た警察学校のドラマ──確か主演は国民的アイドルだっけ──の主人公である教官に負けず劣らず、ドスとほのかな覇気が込められた冷徹な声で、この教室にいる者全員の脳みそに無理にでも刻み込むような喋りをしている。タチが悪いのは、ドラマはフィクションであったが、こっちは現実であることだ。寮の中で密かに銃を作っているようなサイコパスがいても簡単に黙らせられる。そんな殺気を演技ではなく本当に放つことが出来る数少ない人間だ、千冬姉は。キム〇クも顔負けである。

 

見ろよ、何人かの女子生徒が震えて泡吹きかけてるぞ。まさかそんな恐怖を感じることなんて覚悟も何も想定していなかっただろうから、なおさらだ。

かく言う俺は、ある程度慣れてしまったが。

 

……とは言うものの、それはごく一部の生徒だけで、他の生徒は何故か平気らしい。

「天下のIS学園、これくらいの苦行で倒れる者は軟弱者だ!」とかそういうことだろうか。

いや、いつからジャンプにありがちな世紀末の学園になってるんだIS学園は。

 

「き……」

 

き?

 

「キャアアアアアアアアア!!!」

 

「千冬様!!本物の千冬様よ!!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!!」

 

「お姉様、もっと叱って!罵って!」

 

「そして付け上がらないように躾して!」

 

あー、あれだ。ツアーライブで推しのアーティストが出てきた時の歓声にまるでそっくり。しかもこちらは30人という少数精鋭でそれを成している。押し寄せる嬉しい悲鳴の波が、いや津波だな、後ろから襲ってきた。恐らく耐えないと音波の波に押し流されて死ぬ。主に耳が。

 

それにしても、この学園の生徒の殆どは、千冬姉の大ファンであることがはっきりした。そりゃそうだもんな、元世界一、未だにブリュンヒルデの称号で呼ばれている人なんだもん。……いや、それ以上に何か形成されているものがある気がするが。

 

「全く。何故毎年こうも馬鹿ばかりが集まるのだろうか。それとも、なんだ?私のクラスにだけ馬鹿を集中させているとでもいうのか?」

 

千冬姉は、うざったそうに舌打ちして、硬い出席簿(先程俺はこれで叩かれた)を肩に担いだ。

 

「さて、と。おい、そこのお前。お前も男なんだから、自己紹介をしておけ。この馬鹿みたいな紹介だったらただじゃおかんからな」

 

千冬姉の右手の出席簿が、俺の横に抜けて窓際を指した。

 

……それにしても、男?全く気が付かなかったけど、俺以外にも男がいるっていうのか?

 

俺は千冬姉の行動に促されるがままに、窓際の席に目をやった。ちなみにさっきから立ったままだったが、今も俺はそれに気付かないほど、『もう一人の男』という言葉に意識を逸らされていた。

 

窓際の生徒──男子用の制服を来ているから、確実に男だ──は、自分が呼ばれるのを待っていたかのように、すぐに立ち上がる。痩せ気味な体型、制服の長袖で分かりづらいが、腕が華奢っぽい。俺は結構ガッシリとした体型だと言われているが、彼は反面ヒョロかった。何となくだが、彼に冬服は似合わない。夏服の方を着て貰いたい、と思うような身体だ。

印象的だったのは、サラサラとしていて、老人の白髪(しらが)とは違う、アニメのような白髪(はくはつ)。まるで、過去に何かあったような……そんな気がしなくもない。

 

不思議な少年。

 

彼はその真っ赤な双眸で千冬姉を一瞥する。そして、

 

彼と俺の視線が交わった───────気がした。

 

「皆さん、はじめまして。キョウジ・イクリプスと言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話 学び舎に潜むパラサイト(寄生虫)

クラスメートの扱いと性格の確認に難儀して二ヶ月以上放置してました。ごめんなさい。

今話を含めてあと二話くらい織斑一夏視点が続きます。Hシーンを期待されてる方には申し訳ありませんがもう少しお待ち下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すらっとした長い足で立つその男───────キョウジは、周りに座る女子からの視線に物怖じせずに、淡々と自己紹介を進めていく。一夏は立っていることさえ忘れて彼の度胸に一種の感銘すら覚えていた。見た目に依らず精神力は自分以上か、と心の中で褒め称える。

 

「───────僕は日本が好きで、特にサブカルチャー、ロボットアニメが大好きです。ガンダムやマクロスなど、日本のロボットアニメはとても素晴らしいと思います。お台場にあるユニコーンガンダムの立像も、見に行きたいと思っていたんですよね。こんな事情がありますけど、日本に来れたことがとても嬉しいです」

 

 そう言ってお辞儀をすると、教室の中からパチパチと拍手が起こる。

 

「見たか口下手。自己紹介とはああやってやるものだ」

「ぐっ……」

 

 織斑先生からやれやれと言われ、渋々座る一夏。

 それにしても、とても日本語が流暢であったな、と一夏は思う。確か彼の出身国であるK国は、日本との繋がりが深く、出稼ぎに来るK国民も多いと聞く。

 ただK国の公用語は英語だ。英語圏の人間からすると日本語というのはとても難しく、頭が良くないと習熟出来ないらしい。独特の文体に何千もの漢字、慣用句など、日本人ですら誤用したり知らなかったりする程の日本語を、彼は殆ど学んだというのか。

 そう思うと、一夏はこの自己紹介という数分の時間において彼に大きな差をつけられた気分がして焦らざるを得なかった。

 悔しい、という気持ちも少なからずあるが、置いていかれるのではないか、という不安が大きかった。それだけに留まらず、この天下のIS学園のハイレベルさが一夏に追い討ちをかける。

 この瞬間にして、一夏の頭から余裕という二文字はすっかり消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

(殆ど、分からなかった)

 

 自己紹介の後に間をおかず始まった授業だったが、案の定とでも言うべきか、内容は殆ど頭の中に入って来ず。

 予鈴が鳴り机の上に突っ伏して、へたり込む一夏。疲れで重くなった瞼を半分くらい持ち上げて、改めてこの学園の厳しさを再確認していた。

 そもそも、入学式初日から授業があるとは一体どういうことだ。

 ここでは人間の持久能力と時間の許す限りIS関連教育が行われる。それは今日という日でさえ例外ではない。一限目が終わったわけだが十分程の休憩を挟んだあと(時間配分は一般的な学校とさほど変わらない)二限、三限と続き日が傾くまで授業が行われる。

 勉強の場とはいえ、生徒間のコミュニケーションは最低限しか出来ないというのか。いや、そもそもここに通う生徒は少ない休憩時間の中で仲を深められる程スペックが高いのか。

 そんな風に思慮していると、今の自分が惨めに感じてきて、一夏は大きく息を吐く。

 

(取り敢えず、状況を何とかしないと、どうにもならないよな)

 

 だが、いつまでも悲観はしていられない。すぐに頭を切り替えて、周りを分析し始める。

 廊下には授業参観の如くこちらの噂を聞きつけて詰めかけた他学年や他クラスの生徒がぎっしりといる。

 クラスの女子達は同じクラスというアドバンテージを持っているとはいえ話かけるのは難しい模様。女子特有のコミュニティとでも言うべきか、あまりガヤガヤと騒いではいなないのだが「誰か話しかけなさい」とでも言いたいオーラと、「抜け駆けはするな」というオーラ、二つの相反するものが渦巻いて、勝手に一夏の周りに結界のようなものを作り出している。

 ただ、ならこちらから話しかければいいのではというツッコミをするのは無粋である。

 

(誰かこの状況を何とかしてくれ……)

 

 旧友の五反田は、電話をする度に俺の事を羨ましい羨ましいと連呼していたが、この状況を見て一体どういう感想を口にするのだろうか。今からでも遅くはない。代わってくれ。

 ……気分転換に外へでも出るか。ゾロゾロついて来そうだ。というか、周りの、あの廊下でひしめいている人達が何か仕掛けてきそうだ。

 どうすればいい。

 一夏はさっきからの状態のまま、打開案を頭の中でねり続ける。

 いっそのこと誰かに話しかけるか。いや、周りから気があるなんて言われたら嫌だ。そのまま流されるままゴールインなんてことは御免である。そもそも、話すとしても何を話せばいいのか。今日はいいお天気ですね。朝食を教えて下さい、今夜は月が綺麗ですね───────って違う違う!今は夜ですらない。

 やはり、女子と会話するというのは恐ろしく前途多難なものか、と溜め息をつく一夏……であったが、不意に一条の光が差し込んだ。この絶体絶命の状況を何とかしてくれる、かもしれない考えがふっと浮かんできたのだ。

 …………そういえば、彼───────キョウジはどうなんだろうか。

 キョウジ・イクリプス。一夏と同じくISを動かすことの出来る男で、同じ一年一組のクラスメイト。

 そうだ、キョウジだ。彼に協力を仰げばいい。俺はまだ孤独ではなかった。頼もしい人間はまだいる。彼だって、この状況に四苦八苦して、動けていないだろう。ここは二人で力を合わせて、この気まずい空気からなんとか抜け出そうではないか。

 ぱあっと顔が明るくなった一夏は身体を起き上がらせて、左後ろにある、窓際のキョウジの席を見た。

 

(アイツは……あれ?)

 

 嘘、だろ?

 彼は既に幾人かの生徒と既に談笑している。

 

 一夏は言葉が出なかった。否、言葉が浮かんで来なかったと言った方が正しいだろうか。

 生きている、世界が違う。

 数秒間硬直した末、足りない頭で一夏が出した結論は、それだった。

 しかし、その答えというのはあながち間違ってはいない。

 

 彼は既に人間を捨てていたのだから。

 

「……少し、いいか?」

 

 内心で頭を抱え込む一夏だったが、不意に声がかかった。生徒が勝手に作ったATフィールドを抜け出したらしい。

 

「……箒?」

 

 それは、久しぶりの再会となった、幼馴染みの篠ノ之箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 今、俺と箒は廊下で向かい合っている。箒が廊下で話したいと行ってここまで出向いた(別に廊下までそんなに距離はないけど)のだが、今から決闘が始まるか果たし状でも渡されるのか、そんな雰囲気だ。

 周りでは四メートル離れて生徒が包囲網を作り、聞き耳を立てているし、なんだか本当に決闘を言い渡されるのかと思ってしまう。

 

 ……それで、一体何のようがあるんだ、箒。この気まずい空気から救ってくれたのは非常にありがたいんだが、このままだと場所を移動しただけで、何も変わらない気がするぞ。

 

 ――彼女は、俺が通っていた剣道道場の子で、同い年ということもあって気がついたら幼馴染みになっていた。髪型は今も昔もポニーテールで、その長い黒髪を後ろで束ねて下ろしている。髪を束ねているリボンが白いのは彼女が道場の子であると同時に、神主の子でもある由縁だろうか。

 ポニーテールを束ね()()()リボン、なんつって。

 

「…………」

 

 なんてことを考えていたら、箒の目がこちらを睨んでいた。いかん、箒はこちらの考えを何故だか分からないけど看破することが出来るのをすっかり忘れていた。

 良からぬ考えをすれば、すぐに睨まれる。会ったばかりの頃からそうだったよな。

 

「そういえば」

「何だ?」

 

 ふと感傷に浸っていると、思い出したことがあったので、俺から話を切り出すことにした。

 

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

「…………」

 

 おかしいな。こちらは賞賛の言葉を送ったのに箒は口を歪ませて顔を真っ赤にしている。なんで怒ってるんだ?

 

「なんで、そんなことを知っているんだ」

「なんでって、新聞で見たよ。箒が優勝したって……」

「なんで新聞なんか見てるんだっ」

 

 えぇ? 俺は新聞見ちゃ行けなかったのか? 新聞は記憶力向上に良いんだぞ。とりあえず好きに読ませてくれよ。

 

「あー、あと」

「あと、何だ!?」

「…………」

「……あ、いや……」

 

 相変わらず、口調は男勝りというか、サムライみたいな感じなのだが、今日はなんだか剣幕が凄い。

 一体何に興奮しているというのか。

 

「えーっと、な。久しぶり、箒。六年ぶりだな」

 

 箒が、道場を去る――つまり、俺と離れてから、六年。

 ここで再会したのは、とても奇遇ではあったが、箒があまり変わっていなくて、安心した。

 

「いやー、箒って、すぐに分かったぞ」

「え……」

「ほら、髪型一緒だし」

「よく、覚えているものだな……」

「いや、忘れないだろ、幼馴染みだし」

 

 ギロリ。また睨まれた。何故だ!?

 と、急に授業の予鈴が鳴って、俺たちの会話を遮った。決闘は中断され、周りの観衆は散り散りになって各々の教室に戻っていく。流石IS学園、勤勉なお方達だ。

 

「俺たちも戻ろうぜ、箒」

「わ、分かっている」

 

 顔をぷいっと逸らして、スタスタと足早に教室に戻る箒。来た時もそうだったが、彼女の脳内には俺を待つという選択肢はないらしい。お堅い部分は全く変わってないな。

 

(もうちょっとだけ臨機応変にもなってくれれば嬉しいんだけどなぁ)

「…………」

 

 ぐえ。また睨まれた。なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 二限目。やはりというかなんというか、授業の内容がさっぱり分からない。

 山田先生がすらすらとした口調で説明を続けているのだが、飛び出てくる単語の意味が殆ど知らないものばかりである。分かるものといったら助詞と接続詞くらいか。

 このなんとかセンサーだとか、反動型なんたらとか、みんな本当に分かるのか!? これ全部覚えなきゃいけないのか!?

 

 そう思いながら、一夏は机の上にどっしりと積み上がった教科書の山から、一番上の一冊をペラッとめくる。

 ――ああ、いかん。とりあえず目眩がする。

 

「お、織斑君?」

 

 そんな様子を察してくれたのか、わざわざ山田先生が訊いてきてくれた。

 

「あ、はい」

「分からないところあったら、訊いて下さいね、何せ私は先生ですから」

 

 山田先生が胸を張る。なんと頼もしい先生だろうか。同時にプルンと揺れる胸に関してはあまり考えないようにするが、多分なんとかしてくれるだろう。いや、してくれ。

 

「山田先生」

「はい、織斑君。なんでしょうか?」

「全部分かりません」

 

 ドンガラガッシャーン。何かが崩れるような音がしたのは気のせいだろうか。だが、山田先生の眼鏡は確実にずれていた。

 ……あれ?

 

「え、ぜぜ、全部……ですか?」

 

 大丈夫じゃない、らしい。困り顔100%でこちらを見ている。

 

 頼もしい先生は、どこへ行った。

 

「え、えーっと……織斑君以外で、この段階で分かっていない人は、どれくらいいますか?」

 

 シーン………。

 

 え、いないのか? 本当に大丈夫なのか? 何事においても始めが肝心だって言うじゃないか。ここでつまづくと後々大変なことになるんだぞ。

 本当に、いないんだな!?

 

「織斑。入学前に支給された参考書はどうした」

 

 と、ここで教室の隅で腕組みをして立っていた千冬姉が口を挟んできた。

 参考書といえば。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 パァン!

 

「必読と書いてあっただろう馬鹿者が」

 

 ちくしょう、親父にもぶたれたことないのに! ……って、親の顔見た事なかった。

 

「再発行してやるから、一週間以内に全て頭に叩き込め」

「え!? あの分厚さを一週間」

「やれ。いいな」

「はい……」

 

 俺は、理想郷とは名ばかりのユートピア(超効率化社会)にいそうな鬼を前に、ただ了承の返事をすることしか出来なかった。

 

「えっと、えっと、織斑君。分からないところは、授業が終わってから教えてあげますからね? 頑張って下さい、ね?」

 山田先生が俺の席の前にまで寄ってくる。身長が低いから、必然的に上目遣いになる。

 

「はい。それでは、放課後に宜しくお願いします」

「えっ」

 

 え?『えっ』って何。

 

「ほ、放課後……。二人きりの教師に生徒……。あっ! ダメですよ織斑君……。先生、強引にされると弱いんですから……それに、お、男の人……初めてですし……」

 

 いきなり頬を赤らめだしてそんなことを言い出す山田先生。いや、男に免疫がないとか言っても妄想を周囲に吐き出すのはやめてくださいよ。それに周りの視線が痛い。物理攻撃力があったら俺は蜂の巣だ。

 

「で、でも、織斑先生の弟さんだったら……」

「あーっ、んん! そうだ、キョウジ。お前はどうだ」

「僕は大丈夫です。ISについては男女関係なく履修範囲だったものですから」

「そうか。だが、放課後の補習はついて行け。()()()が問題を起こさないようにな」

「あ、はい。分かりました」

 

 千冬姉、俺を問題児扱いにして……、いや、問題児か。

 

 千冬姉の咳払いによって現実に戻された山田先生はそそくさと教壇に戻るが――段差につまづいてコケた。

 

 大丈夫だろうか、この学園……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 二限目が終わってすぐのこと。俺はとある人物に話しかけられた。

 それは、かの白い髪と赤い瞳を持って、俺と同じくらいの背丈の男の子。

 

「やあ、君が()()()()()()()か。初めまして」

「えっと、君は……」

「キョウジ・イクリプスだ。キョウジと呼んでもらって構わない」

「分かった、キョウジ。俺は織斑一夏だ。こっちも一夏でいいぜ。宜しくな」

「こちらこそ」

 

 差し出された手に、俺は気前よく握って応える。

 なんて言うか、とても爽やかな人だ。一昔前にK国出身のアイドルが日本でブームを巻き起こしたことがあったが、まさにK流アイドルのような見た目と人柄をしている。

 彼の地元でファンクラブでも建っててもおかしくないと思う程だ。

 彼は言葉を続けた。

 

「それにしても、君は面白いね。参考書を電話帳と間違えて捨ててしまうなんて」

 

 ぐえ。にっこり笑ってるのに平気な顔して人の傷抉ってくるとは、コイツは悪魔か。

 いやまあ、悪気はないんだろうけどさ。

 

「あ、ああ。そっくりだったもんでな」

「表紙に大きな文字で『必読』って書いてあったのにかい?」

「見落とすことだってあるだろ?」

「そうなのかな……? でも、君は面白い人間だね。K国ではそんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()俄然君に興味が湧いてきたよ」

 

 ん? なんでいきなりお笑い番組の話に飛ぶんだ? 俺はお笑い芸人の特性でもあるのか?

 というかK国ってお笑い番組もやってねぇのか。寂しい国だな。

 

「キョウジ、そういえば――」

「ちょっと宜しくて?」

 

 キョウジといくらか会話している最中、俺は気になっていたことを質問しようと思っていたのだが、急に横槍が入った。

 

「へ?」

「はい?」

 

 俺とキョウジはそれぞれ声を返す。……俺はいくらか素っ頓狂な声で返事してしまったが。

 

 だが、サッと振り返って、俺は『あ、これ面倒くさい奴だな』というのが一瞬で分かった。

 

「訊いてます? お返事は?」

「ああ、訊いてるよ。……それで、要件は?」

 

 俺がそう言うと、彼女はかなりわざとらしい声を上げて周囲の注目を集めさせた。……これまでも十分集まってはいたけど。

 

「まあ! なんてお返事ですの!? わたくしに話しかけられること自体光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

 そう叫ぶ目の前の女子生徒。鮮やかな金髪が一際目に引いていて、彼女の白い肌と青い瞳を見れば、彼女が外国人――特に白人であることは容易に察せる。

 緩やかにウェーブがかかっているその髪はいかにも高貴なオーラを醸し出していて、そのオーラの中には『今どきの女子』といったものもほのかに感じられる。良い意味でも悪い意味でも。

 

 ISが普及した現在では、世界中の国々で――特に欧米が顕著だ――女性を優遇する政策が成されている。ISという女性しか乗れない兵器を操縦する人材が必要なのだ、これくらいの優遇をして然るべきなのだろう。

 その政策は、平等世界の枠内で作られた物だと表面で謳いながらも、『女性=偉い』という定理もへったくれもない図式を浸透させていった。そりゃ誰だって偉くなりたいし、そのために使えるものはなんだって使う。

 ――皮肉にも、かつて男尊女卑を謳ったもの達と同じように。

 これが現在の女尊男卑世界へ至った簡単なことのあらましである。現在ではすれ違っただけでパシリにされる男もいるとかいないとか。

 

 そして目の前にいるのが、そんな現代的な考えを持った女子、つまりは女尊男卑思想に染まった人間というやつだ。

 

 ちなみにここIS学園は無条件で多国籍の生徒の入学を許可する義務がある。外国人の女子なんて珍しくない。というより、かろうじて半数が日本人を占めている、と言った方が正しい。

 

 俺は、()()()()人間が、あまり好きではない。ぶっちゃけ嫌いだ。

 偉さを武器にして、感情の赴くままに暴力を振るう者たち。大嫌いだ。

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

 

 自己紹介で色々言ってた気もするが、いかんせん頭の中が千冬姉=担任でいっぱいだった。

 だが、その返しは、彼女の癪に障ったらしい。目をつりあげて、いかにも男を見下したような口調でキイキイと喚く。

 

「知らない!? このセシリア・オルコットを、イギリスの代表候補生、入試首席のこの私を!?」

「あー、確か貴方は、オルコット財閥の御息女でしたっけ」

「おや、そこの白髪はご存知でしたか。貴方は見る目がありそうですわね」

「いえいえ」

 

 セシリアっていうのか、名前。それにしてもキョウジが知っているあたり、結構有名なのかもしれん。

 

「なあ、質問いいか?」

「ふん。下々の者の要求に答えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「代表候補生って、なんだ?」

 

 ガタターン! 聞き耳を立てていた女子数名がずっこけた!

 

「あのな、一夏……」

 

 これにはキョウジまでもが呆れている。何故だ!?

 

「あ、あ、あ……」

「『あ』?」

「貴方、本気で仰っていますの!?」

 

 うおっ!? 凄い剣幕だ。これがお茶の間アニメだったら噴火して家が揺れてるかもしれない。

 

「おう、知らん」

「一夏、正直なのはいいけどさ……」

「…………」

 

 セシリアは一周まわって冷静になったのか、こめかみに人差し指を押さえながら何か念仏のようなものを唱えている。いやはや、外国にも念仏ってあったのか。

 

「オルコットさん。大丈夫ですか……?」

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビもないのかしら……」

 

 何を言う。テレビはあるぞ。見てないけど。

 

「で、代表候補生って?」

「一夏、代表候補生ってのはな、スポーツにおける国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される選手のことだ。あるだろ、サッカーや野球で代表を選出するために候補に選ばれた人が選定試合に出たりするじゃないか。そういう人達のことを指すんだ」

「あ、そういうことか」

「俗に言うエリートって奴だな」

「そう、エリートなのですわ!」

 

 あ、急に息を吹き返した。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくするだけでも奇跡――幸運ですのよ。その現実をもう少し理解して頂ける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「馬鹿にしていますの?」

 

 お前が幸運だって言ったんだろ。

 

「大体、貴方ISのことについて露程も知らないのに、よくこの学園に入れましたわね。こちらの殿方はともかく、少しくらい知的さを伴っていても良かったと思うのですが、期待外れでしたわね」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、貴方のような人間にも優しくしてあげましてよ」

 

 そうなのか。これが優しさというものなのか。優しさを持った人類が地球さえ滅ぼすって赤い彗星なのに黄色かったからダメだってダメだしされてた人が言ってたけど、これじゃ地球も滅びますわ。

 

「ISのことでよく分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 入試? そういえば、あー……。

 

「入試って、あれか?ISを動かして戦うやつ」

「それ以外に入試などありませんわ」

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

「は?」

 

 そういえば、あれなら俺も教官を倒した……ことになる。開始早々、緑色の髪をした教官の操るISが突っ込んで来たから、それを避けたんだが、相手のISが壁に激突して沈黙したんだっけ。

 しかし、その事実はセシリアにとっては余程ショックだったらしく、ワナワナと震え出している。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが……?」

「女子ではっていうオチなんじゃないのか?」

 

 ピシリ。何か嫌な音を立てて、亀裂が走った。

 

「つまり、わたくしだけではないと……?」

「いや、知らないけど」

「あなた! 貴方も教官を倒したの!?」

 

 悲痛な叫び声を上げて、今度はキョウジに問いかけてきた。

 

「いいえ? 僕の教官は織斑先生でした。何度か攻撃を避けることは出来たけど、手加減していたみたいで途中からは空中でコンボを決められて負けちゃいました」

 

 あの試験、千冬姉も教官をやっていたのか。

 対してセシリアは、安堵しているのかいまだ興奮しているのかいまいち分からない表情して、こちらに臨んだ。

 

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫かとお思いでして!?」

「わ、分かった。分かったから少し落ち着こう」

「これが落ち着いて――」

 

 そんな時だった。

 

「すいません、オルコットさん。僕からも言いたいことがあります」

 

 珍しいと言うべきなのかなんなのか、キョウジが唐突に口を開いた。

 

「一つだけいいですか、オルコットさん」

「ええ。よくってよ」

 

 キョウジに対してはある程度認めている節があるのか、オルコットさんはキョウジの発言を許す。

 

「じゃあ――――」

 

 俺はつい先程まで、キョウジが何を言い出すかは何となく検討がついていた。

 

 喧嘩は良くないだとか、なんだかこの場を仲裁するような発言をするかと思っていた。

 

 だが、……俺はこの瞬間に、大違いであったと認めざるを得なかった。

 

 それは、今この場を支配している空気にある。

 どす黒い、おぞましい邪悪でも詰まっていそうな、覗いてはならないとされる深淵にあるような空気。いや、それ以上、言葉では表すことが出来ない程の空気だ。

 そしてそれは、一限目の前――あの自己紹介の時に感じた空気ととても似ていた。

 同じだ、あの時と。

 

 それを発しているのは誰なのか。

 

 見まごう事なき、キョウジだった。

 

 

「そんな言動をしていると、小物臭く見られるよ」

 

 

 冷めた冷めた、冷凍庫の中よりも圧倒的に凍えた、絶対零度の言葉。

 あの温厚で爽やかな面を見せた彼の口から発せられたとは思えない、酷く嘆息の混じった発言であった。

 

 その癖に、表情は先程と同じ、微笑みを浮かべたまま。

 

 キョウジという男。彼の持つ全てに突き上げられたように狼狽えるセシリアに、今回ばかりは俺もある種の同情を覚える。

 普段温厚な奴が怒ったら怖いとはよく聞くが、実際にやられたらたまったものじゃないだろう。

 

 ……三限目の開始を告げるチャイムが鳴る。

 

「っ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 負け惜しみなのか(そもそもなんの勝負をしていたのであろうか)、そんなセリフを吐いて彼女自身の席へ戻っていくセシリア。

 よくないと言いたいところだが、とりあえず頷いておく。

 

「さてと。……そうだ一夏、僕の参考書を貸してあげるよ。……はい。勉強頑張って下さい」

 

 先程まで凄いオーラを発していたキョウジだったが、いつの間にか打って変わっていつもの温厚なキョウジに戻っていた。

 キョウジは俺にあの『貴方の街の電話帳』……ではなくISの参考書を俺の手に持たせて、足早に自分の席へ戻って言った。

 まるで、さっきまでのキョウジは嘘だったみたいだ。

 

 ……もう一度確認するけど、じゃあ、自己紹介の時もキョウジだったんだよ……な?

 じゃあ、アイツは何故――――。

 

「え? あ、ありがとう……、って、ちょっとまっ」

 

 バシーン!!

 

「さっさと席につけ馬鹿者」

 

俺はいつの間にか背後に降臨していた織斑先生に本日四発目を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話 学び舎に潜むパラサイト(寄生虫)


 データが吹っ飛んでその後に身体も吹っ飛んだおかげで完全にエタりました。
 閃ハサ公開決定したので投稿します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「授業を始める前に、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を選出しようと思う」

 

 二時限目が始まり、千冬姉は開口一番にそう言った。

 ……のだが、俺にとってはクラス対抗戦とか代表者とか、ちんぷんかんぷんである。

 そんな俺に配慮したのかしてないのか、千冬姉は至極丁寧に説明を付け加えてくれた。

 

「クラス代表者とはその名の通りクラスの代表者を担う人間のことだ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席、……俗に言う学級委員だな。

 クラス対抗戦は、各クラス代表同士によって行われるトーナメント戦だ。特に再来週行われる対抗戦は、代表者の実力がそのままクラスの実力に反映される。……今の時点では実力にあまり差はないから余談にはなるが、競走は向上心を生む。一度決めたら一年間は変える予定はないのでそのつもりで」

 

 ほうほう。つまりこのIS学園でのクラス代表というのは、一般の学級委員の担うような仕事に加えて、戦えと言うのだな。

 ……たたかえと。はあ(脳が理解を否定しているようだ)。

 

 とにかく、後者の対抗戦とかいうものは戦うということ以外よく分からないが、クラス代表って面倒な仕事を色々と押し付けられる奴だよな、多分。なるやつはご苦労さまだ。

 

「自他推薦は問わん。誰かいるか?」

 

 と、俺の後ろの方から声が上がった。

 

「はいっ! 私は織斑君を推薦します!」

 

 ──ん? 織斑ってこのクラスにもう一人いたのか。千冬姉のインパクトが大きすぎて自己紹介殆ど頭に入らなかったからなぁ。そいつは奇遇だ。

 

「私もそれが良いと思います!」

 

「さんせーい」

 

 次々と賛成の声が上がっていく。いいぞ。俺以外なら。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないのか?」

 

 織斑一夏って同姓同名の人がもう一人いるのか──、んなわけあるかっ!

 

「俺ェ!?」

 

 俺は今日二度目の立ち上がりを見せた。そして降りかかる視線の一斉射撃。FPSゲームならまだしも、こちらは百発百中だから非常にタチが悪い。

 どこかで聞いた話によると、人の視線というものは大きく分けて二種類あるらしい。『視線を交わすことによって他者のパースペクティブ(視点)を交換する視線』と『相互的な関係を拒絶する視線』だ。あまり詳しく話す気はないが、今俺がビシビシと貫かれ続けているこの視線は、言わなくても分かる、確実に後者だ。『コイツなら何とかしてくれる』とかいう無責任かつ放任的な視線だ。

 

「織斑、座れ」

 

「ちょっと待て、俺は」

 

「自他推薦は問わないと言った。選ばれた以上覚悟をしろ」

 

「そ、そんな」

 

 俺が狼狽えたところで、なんだかのほほんとした声が遮った。

 

「私はぁ、キョウキョウがいいなぁ、って思いまーす」

 

 キョウキョウって、……ああ、キョウジのことか。もう渾名までつけられているのか。

 ──いや、待てよ。アイツがいるということは、俺はクラス代表にならなくてもいい可能性があるということだ。同じ男子だし、この代表決めは完全にイーブンな状況ではないか。

 後ろでただ黙って聞いているキョウジの方がクラス代表の任をしっかり背負ってくれて適任だと、俺は思うなぁ。

 

「候補者は織斑とイクリプスだけか。それでは──」

 

 俺とキョウジでの決戦。あとは投票結果を神に祈るだけ、そう思った時だった。

 甲高い声が、千冬姉の声を遮った。

 

「納得がいきませんわ!」

 

 バンッと音がする程強く叩いて立ち上がった声の主は、……えーっと、なんだったっけ。

 

「セシリア・オルコットですわ!」

 

 そんなことを考えていたら、件のその人がこちらを向いてご丁寧に名乗ってきた。

 ……え、俺今声に出したか? それか、俺は女子に心を読まれやすい体質でも持っているのか?

 しかし、これは俺にも運が向いてきたな。単純計算で当たってしまう確率は三分の一、50年間頑張って交通事故を躱していくイメージ(?)だ。そしてセシリアなんとかさんが今頑張って主張を続けてくれればこちらが当たる確率は下がっていく筈だ。

 

「とにかく、そのような選出は納得が出来ません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと、そう仰るのですか!?」

 

 そうだそうだ、もっと言ってやれ……、ん?

 

「実力を考えれば私がクラス代表になるのは自明の理。それなのに、物珍しいからという理由で雄ザルを任命してもらっては困ります! わたくしはこのような島国にまで修練をしにこのIS学園に来ているのであって、見せ物になるためにここに来ているのではありませんわ! そこの二匹と違って!」

 

 こ、コイツゥ!? 俺達は一体いつからヒトから猿にランクが下がっているんだ!? おまけに島国なのはイギリスも同じだろう?

 

「いいですか? クラス代表とは実力があり優秀な者こそがなるべき、それはつまりわたくしのことですわ!」

 

 ヒートアップしていくセシリアの剣幕は止まらない。クラス代表にはなりたくはないが、こうも高慢な人間に上から罵倒を浴びせられるのはさすがに癪だ。アッシリア帝国時代のオリエントの民は、こんな気持ちで毎日を生きてきたのであろうか。いや、知らんけど。

 

「大体、文化としても後進的なこの国にわざわざ赴いて暮らすこと自体、耐え難い苦痛で……」

 

 は?

 

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

 しまった、と思った頃にはもう全て口から吐き出し終えてしまっていた。

 なんというか、こういう時に思ったより先に口が動いてしまうのは、俺の悪い癖だった。

 

 恐る恐る後ろを振り向くと、怒髪天をつくと言わんばかりに顔を真っ赤にしたセシリアがワナワナと震え上がっていた。特徴的な金髪縦ロールも、今にも重力に逆らって浮き出しそうな予感だった。

 

「あっ、あっ、あなたねぇ、わたくしの祖国を侮辱致しますの!?」

 

「そっちが極東の島国とか言うからだろ!」

 

 後悔先に立たず。人の口に戸は立てられず。そして、覆水盆に返らず。俺達はもう止まることは出来なかった。辿り着く場所まで、辿り着かねばならんのだ。

 

 セシリアが喚き、俺が叫ぶ。教室は俺とセシリアのせいで物々しい雰囲気に包まれた。俺にはこの罵倒合戦が、何十分も続いているように感じた。

 

 だが、そんな所に、まるで稲妻のような怒号が走った。

 

「いい加減にしやがれ!!」

 

 俺もセシリアも揃って驚く。そしてその声の主──キョウジの方を見た。

 彼は先程──あの休み時間の時に見たとてつもなく黒いオーラと怒りを纏い、ゆっくりと立ち上がっていた。

 

「おい、お前ら二人ともさ、そんなしょうもない罵りあいしててさ、二人とも自分こと猿以下だって思わねぇのか!?」

 

「そ、そんなことっ「そりゃそうさ。知能指数が低いもんだから、自分が猿以下の地平に立っていることすら見えてないんだからなぁっ!!」……」

 

 言い返そうとしたセシリアだったが、あまりの剣幕に怖気付いてしまう。

 

「成績が良ければ頭が良いって考えてる奴がいるけどさぁ、それは違うから、な? 頭が良い奴っていうのは、こんな場所での喧嘩に労力を割かないような奴のことだ」

 

 そう吐き捨てて、今度は俺を睨みつけるキョウジ。

 

「一夏さあ、お前喧嘩下手くそか?」

 

 俺は何も言えない。

 

「相手と張り合ってどうする。喧嘩で打ち勝ちたいんだったらさぁ、素早く相手の弱点をつかなきゃダメじゃないか。唾飛ばしあったところで、意味無いことは目に見えているだろ。

 もう一回言うけどさ、こんな下らない喧嘩に労力割くのは猿以下の馬鹿のやることだ。ちょっと調べてみろ、ニホンザルだって喧嘩を未然に防ぐよう色々努力してんだぜ。いつでも穏便にとは言わん。しかしだな、お前達の喧嘩は汚い。誰も得得ない。品がない。そんな喧嘩はあとあと虚しいだけだ」

 

 ぐあ。キョウジの言うことはまあ言う通りだ。ついカッとなって色々言ってしまうが、本当はもっと頭を使わなきゃいけないところなんだよなぁ……。

 

 キョウジにお説教を食らったところで、教室内は彼の豹変にザワついていた。

 

「キョウジ君って、実はドSなの?」

 

「ベッドヤクザ、とかいうんだっけそれ?」

 

「織斑先生もだけど、彼にも罵られたいかも……♡」

 

 う、うん。なんというか、実に賑やかで何よりだ。

 そう思って俺はとりあえず席につこうとしていたのだが、ふと後ろを見ると、セシリアはまだプルプルと震えていた。

 

「決闘ですわ!」

 

 バンッとまた机を叩いて、セシリアが声をあげた。

 決闘……ってことは、ISによるバトルなんだよな。

 

「決闘で勝った方がこのクラスの代表になる。それでよろしくて?」

 

「分かった。これなら四の五の言うより分かりやすい」

 

「言っておきますけど、わざと負けるなんてことがあれば、わたくしの小間使い……いえ、奴隷にして差し上げますわ」

 

 ふざけんな。齢十五にして、ましてやこの現代において奴隷人生なんて歩んでたまるか!

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

 

「そちらの方もよろしいですわね?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 ま、まただ。さっきの気配と打って変わって、いつの間にいつもの(先程会ったばかりだが)真っ白なキョウジに戻っている。二重人格……なのか? 凄い濃い奴だな。

 セシリアも、幾分か彼の豹変ぶりに戸惑いながらも、初対面の時のような上から目線に戻っていた。

 

「で、ハンデはどうする?」

 

「あら? 早速お願いかしら?」

 

「いや、俺がどれくらいハンデをつけたらいいのかなーと」

 

 俺はそれが当たり前かのように言ったが、教室内からどっと笑いが巻き起こった。

 

「織斑君、それ本気で言ってるの?」

 

「男が強いなんて発想、もう前時代的じゃない?」

 

 その言葉を聞いて、俺はふっと思い出した。

 あっ、しまった。すっかり忘れていた。現在、男は圧倒的に弱い。それはもちろん、女性がISという兵器を使え、男性は使えないからだ。

 素手で戦車に立ち向かうのと全く同じで、単に腕っぷしが女性より強いからといって、ISを着た女性に勝てるわけが無い。もし男女間で戦争が起きようものなら、世の男性は三日、いや、三時間も経たずに壊滅状態に陥るだろう。これは決して誇張ではない。ISの数は限られているが、その数的不利をものともしない圧倒的なポテンシャル──既存の戦闘機や戦車等の全ての兵器を凌駕する火力、機動力、対応力等──を持ち合わせているのだから。

 

「……なら、ハンデはいい」

 

「そうでしょうそうでしょう。寧ろわたくしがハンデをつけなくていいか迷うところですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

 先程までの激昂はどこへやら、その目に明らかの嘲笑を浮かべている。

 ……悪役令嬢のキャラが似合いそうな人だな。

 

「そちらのお方は? ハンデが必要ならば遠慮なく申し上げて下さっても構いませんわ」

 

「いいえ、僕も必要ありません。その代わり、僕が勝ったら、貴方にひとつ、お願いがあります」

 

 その言葉に、セシリアは眉をピクリと上げ、瞳を動かしてキョウジの顔を覗き込んだ。

 

「あら? わたくしにお願いごとですか。それは何でしょう?」

 

「それは決闘が終わってからお伝えしましょう。心配なさらないで下さい。あまり無理なお願いではないので」

 

「そうでして? ……分かりましたわ。万が一、わたくしが負けるようなことがあれば、それこそ小間使いにでも奴隷にでもなって差し上げましょう。もちろん、貴方に勝たせる気は毛頭ございませんわ」

 

 そう言って高笑いを始めるセシリア。それはまだ勝負が始まってすらいないのに、勝ち誇ったような表情であった。いや、実際そうなのであろう。

 

「ねえねえ、織斑君、今からでも遅くないよ? オルコットさんに頼んで、ハンデつけてもらったら?」

 

 右後ろの子が、俺を心配してか、こっそりと声をかけてきてくれたが、生憎武士に二言はないのだ。

 

「今更言ったことを覆せるか。ハンデは要らない」

 

「だからって、代表候補生を舐めすぎだよ」

 

「…………」

 

 実際、勝てる見込みがあるかどうか全く分からない。ISの戦い方なんて、千冬姉の現役時代の動画を少し見た程度だ。興味が無かったわけではないが、如何せん千冬姉がISに触れさせてくれなかった。

 だから俺は知識が殆どゼロの状態からここに来ているわけであるが、千冬姉は手のひらを返してISについて学べという。

 

 必要なのは分かっているが、酷ではないか!?

 

 ……話を戻すと、あのセシリアがどれくらいの実力を持っているか見当がつかない。俺と同程度の語彙力なのは分かったが、それがそのままISの実力に直結する訳でもないし。

 

「よし、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜日、場所は第三アリーナで行う。お前達三人はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

 傍らでずっと聞いていた千冬姉がパンっと手を叩いて話を纏める。というか千冬姉、こうなること全部予期でもしていたのかというほど手際が良すぎるのは気のせいか?

 

 ……とまあ、俺はモヤモヤした面持ちをしながら席に着く。悩みの種は主に、勝負とセシリアと、あとキョウジ……かな。

 

(一週間あればISの基礎ぐらいなんとかなりそうだし、そんなに難しいものでもないだろう。入試の時一発で動いたんだから、もっと精度を高めれば)

 

 それにしても、本当になんとかなってしまうと、俺はクラス代表になっちまうんだよな。それでいてセシリアに勝たないといけないわけだし。

 

 ……ん? でも、……そうか、俺とセシリア、セシリアとキョウジが戦うんだったら、俺とキョウジも戦うってことになるんだよな。そこで負ければ……いや、それこそ友達との勝負で手を抜く訳にもいかないよな。どうしたものかね。

 

(ま、なんにせよ一週間でISについて学べるだけ学ばなくちゃな)

 

 そう思って俺は授業へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「ダメだぁ……、ぜんっぜん分からん」

 

 机に突っ伏した俺は、顔を腕で覆いながらそう呟いた。

 

 キーンコーンカーンコーン。終業のチャイムが鳴る。

 窓から西陽が差し込んでいる。顔を少し持ち上げてそちらをチラリと除けば、外にあるグニャリと捻れた中央タワーに茜が重なり、綺麗な景色を見せていた。が、それは今の俺にはあまり響かなかった。

 

「い、意味が分からん。なんでこんなにややこしいんだ?」

 

 ISはとにかく専門用語が羅列している。ISが持つ高い敏捷性の一翼を担う(らしい)モーションパターンシステム一つに関してもAMC(アクティブ・ミッション・コントロール)だのICN(推論型ナビゲーション・コントロール)だの接頭語が大量に存在する。だが残念なことにISに関する辞書は存在しない。

 押し寄せる分からない言葉の波を補完することが出来ない俺は今日一日、何もすることが出来なかった。

 

(それにしても、……元気だなぁ)

 

 ちなみに周りの状況は放課後になっても全く変わらない。相変わらず俺から一定距離離れてキャイキャイと騒いでいる。その数は一向に減る気配はない。

 

 昼食を食べに学食へ赴いたときは、それはもう凄かった。江戸時代の大名行列のようにゾロゾロとついてきて、進行方向ではモーゼの海割りが起きている。

 ……別に俺は指導者じゃないんだけどなぁ。

 あ、でも学食は美味しかったな。

 

「あ、織斑君とイクリプス君「呼びにくいでしょう。キョウジで結構です」はい」

 

 ふと、山田先生が教室に入ってきた。言われてキョウジもまだいたことに気付く。俺はぐったりしていたんだが、キョウジは一体何やってたんだ?

 

「二人ともまだ教室にいたんですね。良かったです」

 

 山田先生が机の前まで寄ってきたのだが、やっぱりこの先生は身長が低い印象を受けるよな。実際は平均っぽいけど。

 

「どうしたんです?」

 

 キョウジが聞く。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って、山田先生は部屋の番号が書かれたメモと鍵を、それぞれ預けてきた。

 

 このIS学園は、全寮制となっている。生徒は全て学園内付随された寮棟に入ることが義務付けられている。これは多国籍の生徒を確実に収容するだけでなく、在籍する将来有望な生徒を保護する名目もあるんだとか。確かに、未来の国防を担う逸材を失うようなことになれば大問題だもんなぁ。勧誘を通り越して誘拐するような過激集団もいそうだし。

 

「俺の部屋、まだ決まってないんじゃなかったんですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学して貰う約束でしたけど」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので、折り入って部屋割りを強引に変更したんです。……そのあたりのこと、政府から聞いてます?」

 

 山田先生が耳打ちして聞いてきた。因みに政府ってのは日本政府のことだ。実感はないが、俺がここに入学するまでの保護と監視は日本政府が責任を負うことになっていたらしい。

 ISの適正が判明した後、自宅の前には野次馬が出来、マスコミやら政府機関の人間やら果ては何処かの研究機関の人間やら大勢の人間が押しかけてきた。『是非とも君の身体を調べさせて欲しい』だなんて笑顔で言ってくるんだもの、誰が頷くか。

 

「そんなわけで、そんな特命があるので、二人には暫く相部屋で我慢して貰うことになります。一ヶ月もあれば個室が用意出来ますので、ね、ね?」

 

 ……っていうか、いつまで耳打ちしているんですか。周りの人間が変な妄想始める前にやめて下さい。

 

「……あの、山田先生、息がかかってくすぐったいんですが」

 

「あっ、あっ、これはわざとではなくてですね……」

 

「いや、分かってますけど……、それはそうと、荷物がありますし、一旦自宅まで帰らないと」

 

「あ、荷物なら……」

 

「私が用意してやった。ありがたく思え」

 

 ピシャーン。雷が鳴った。稲光を背に受けて現れた黒い影は勿論千冬姉。そして脳内で勝手に流れ出す怒りの日。聞く側にとっては恐怖の日だよな、あれ。しかも恐ろしいのは、得になにかやらかしたわけでもないのに流れてくるところ。登場BGMは帝国のマーチとかターミネーターの奴とか他にも様々なバリエーションがあるが、その中でも特に多いのはワルキューレの騎行だ。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があれば十分だろう」

 

 いや、もっといるでしょう、歯ブラシとか歯磨き粉とか。それに人間、日々の生活には潤いが必要なものなんですよ。

 

「イクリプス、受け取れ」

 

 と、俺の心の叫びを当然無視して千冬姉は持っていた迷彩柄のボストンバッグをキョウジ目掛けて放った。

 

「ホテルにいるお前の()()からだ。中身に関しては……コイツ(一夏)とそう変わらんそうだ」

 

「え、えーっと……分かりました」

 

 キョウジも千冬の大雑把さに、少し引きつつ応える。千冬姉は、仕事に関してはピカイチだけど、プライベートに関しては結構どうでもいい反応ばかりなんだよな。もうちょっとだけ気にかけてくれれば嬉しいんだけど……。

 

「織斑、何か言いたいことがあるのか?」

 

「イ、イエマリモ」

 

「それでは、時間を見て部屋に行って下さい。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で摂って下さい。お風呂に関してですけど、各部屋にはシャワーがありますが、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が決まっているのですが……二人は今のところ使えません」

 

「え、何でですか?」

 

 なんでだよ、日本人と言えば風呂文化なのに。

 

「馬鹿野郎。お前はそんなに問題を起こしたいのか?」

 

 後ろでキョウジがまたあの凶暴な口調を伴いながら、肩を掴んできた。

 心なしかだんだん肩を掴む力が、あ、いたいっ、いたいっ、ちょっと待てっ!

 

「いっつー……」

 

 あー、そうだったな。女子生徒と一緒に風呂に入る訳にはいかないもんなぁ。

 それにしてもさっきの握力強すぎだろ。心なしかミシミシいってたぞ、鎖骨が。

 

「織斑君!? 女子と一緒にお風呂に入りたいんですか!?」

 

「い、いや、入りたくないですよ!?」

 

 お風呂の水バシャーやられるのはアニメだけですからね。そもそも倫理観どえりゃー破綻してまっから。

 

 ……なんか口調がおかしいな。

 

「ええっ、女の子と一緒にお風呂入りたくないんですか? そ、そ、それはそれで問題じゃないですか?」

 

 !?!?!?

 

 やだ、どうしよう。この人話聞いてないし頭の中恋愛関係で殆ど占めてるんじゃないですか!?

 そして、山田先生が騒げば、それが伝播して周りの女子の話題になる。しかし、人のコミュニケーション能力は悲しきかな、人それぞれの解釈や理解力によって如何様にも曲解されてしまうもので。

 

「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」

 

「まさか、隣のキョウジくんを虎視眈々と狙っている……?」

 

「織×キョウ……、いやキョウ×織……、それもいいわね」

 

「とりあえず中学時代の交友関係を洗って! 今すぐ! 明後日までには裏付け取っといて!」

 

 なんの話しだ! 何の!

 

「えっと、私達はこれから会議があるので、これで。二人とも、道草食っちゃダメですからね」

 

 寮までたった50メートルしかないのに、どうやったら道草を食うのだ?

 それは確かに、IS学園には各種部活動、ISに関するアリーナ、整備室、開発室その他もろもろが存在するためとても広いが、今の俺にとっちゃそれは関係ない。何れ知っておかなければならない場所でもあるが、今の優先事項は……勉学と休息だ。これだけ女子から興味の視線を向けられては、もうたまったものではない。それらから早く解放されたいという気持ちもあった。

 

「俺は、もう部屋に戻るよ。キョウジはどうするんだ?」

 

「僕も部屋に戻るよ。荷解きしなければいけないしね」

 

 というわけで、周りの女子達の反応はもう一切無視して、部屋に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「……そういえば、キョウジはIS適正が判明してから一体どうしてたんだ?」

 

 寮までのんびりと歩いている俺たちだったが、ふと俺はキョウジに聞きたいことあることを思い出した。

 俺は日本人でIS学園からも近い場所にあったから自宅にずっと待機していたわけであったが、キョウジは日本人ではない。ヨーロッパのK国出身だ。だから、どういう手順で日本へ来たのか、そして日本に来てからは何処でどういった生活を送っていたのか、辺りが気になったのだ。

 

「確か、適正が分かったのって、三月の頭だっけ」

 

「はい。適正検査で適正があることが判明してから、すぐに保護されましてね」

 

 それは俺も知っている。(参考書を捨ててしまったおかげで)やることもないのでテレビを見ていたら、速報が流れて二人目が見つかったって、大騒ぎになっていた。

 情報センターのスタジオに映像が切り替わり、中継で大勢のシークレットサービスによる警護がつきながら、キョウジが護送されていくのを俺は見ていたからだ。

 余談だが、あの時幾分か肩の荷が降りる感触がした。

 

「日本への受け入れ準備が整ってからは、すぐに飛行機で移送されました。そして、監視と保護の役割が日本政府に切り替わって、ずっとホテルで過ごしてましたね」

 

「そうなのか」

 

 IS学園の運営は確か日本政府が負担しているんだっけ。だから最終的にIS学園に移送するためにも、日本政府の窓口が必要なんだな。

 

「僕も一週間はホテルから通って下さいと言われていたんですけど、とんだ風の吹き回しですよね」

 

「そういや、あのホテルには、キョウジの母もいるのか? さっき荷物用意したの、お前の母親なんだろ?」

 

「ええ。でも、今日から寮生活になるので、母は帰ると思います。忙しいのでね」

 

「忙しい? ……というか、大丈夫なのか? 誰かに誘拐でもされるかしれないじゃないか」

 

 特に、日本には重要人物保護プログラムというものがある。ISの登場に際して作られたこのシステムだが、主にISに関わる人間の身柄を保障するものとなっている。その名の通り重要人物の保護を目的としたプログラムのことだ。

 俺に関しては千冬姉は……まあ、うん、ここで教鞭をとっているし、両親もいないので特に適用する必要がないのだが、キョウジに関しては、彼らは日本人ではないが、母親が日本にいる以上、それが適用される可能性があるかもしれない。また、母国に戻ったとして何が待っているか分かったものじゃない。

 

「「大丈夫なのk」大丈夫だと思いますよ。強いので」

 

 キョウジは俺が心配の言葉を言い終える前に答える。だが、その時の顔は、俺を戦慄させた。

 張り付いたような、そんな表現を想起させるような笑顔。あの二重人格とは違う、一種の狂気を感じた。なんというか、彼の口から発せられる一つ一つの言葉全てに、裏を感じる……そんなイメージを持たせてくるのだ、今のような礼儀正しい時のキョウジは。

 

「お、おう……そうなのか」

 

 俺は一歩後退りながら、分かったと首肯する。

 だが、その行動がいけなかったのか、キョウジが心配した声で聞いてきた。

 

「一夏、君こそ大丈夫かい?」

 

「あ、ああ。だ、大丈夫だ」

 

「ほら、もうここ一夏の部屋じゃないか。僕には君がだいぶ疲れているように見える、ゆっくり休んだらどうだい?」

 

 キョウジの指摘に俺が後ろを振り返ると、『1025』と刻印されたドアがある部屋の前まで差し掛かっていた。確かにここは、紙に書かれた部屋の番号と一致している。

 話に夢中になるあまり、もうここまで来ていたらしい。50メートルなんてあっという間だ。

 

「というか、俺とお前は同じ部屋じゃないのか」

 

「どうやらそうみたいです」

 

 ……ということは、女子と相部屋ってことか!?

 

「それでは一夏、おやすみなさい」

 

「ちょっと待て、お前は……」

 

 俺はキョウジを呼び止めようとしたが、キョウジはもう廊下の向こうまで歩き去っていってしまう。

 というか、キョウジを呼び止めたところでどうにもならないよな。決めたの学園側だし。

 

「とにかく、部屋に入ろう」

 

 俺はもう一度部屋番号を確認して、ドアに鍵を差し込む。

 

 ん? 空いてるではないか。

 

 俺はドアを開けて、部屋へ入る。

 

 …………。

 

 この後俺は、シャワーを浴びて出てきた箒に出くわして死にかけるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 暗い校舎内の廊下の上を歩くコツコツという音が響く。もうすっかり夕日は見えない。代わりに月の光が、最低限の明かりとして廊下を照らし出していた。

 時刻は午後七時過ぎ。寮内はまだ電灯が点いているのであるが、校舎の方はもう利用する人数も限られるため、消灯していたのだ。

 

「キョウジが言っていた場所は、ここでいいんだよな……?」

 

 横に長い階段の踊り場で立ち止まる人影。その影は後ろに長いポニーテールを垂らしていた。

 宵闇に少し不安を覚えるその少女は、篠ノ乃箒だった。織斑一夏の幼馴染みにして、寮部屋の同居人。

 

(しかし、キョウジが私に何の話があるというのか)

 

 確かに、キョウジと箒は今日一日、目立った接触はしなかった。確かにキョウジと一夏はここではたった二人の男がために友達になったが、一夏の幼馴染みだからといって箒に関わる義理はない。また、当然だが初対面である。

 だが、キョウジはわざわざ伝言を遣わしてまで箒を呼び出した。

 

 ISを動かせる、もう一人の男。興味が全くない訳ではない。だがキョウジの一挙一動を見ていると、言いようがない不安感が身体を襲ってくるのだ。

 

 キョウジは実は人の皮を被ったバケモノなのではないか。そんな突拍子もない妄想まで飛んでくる始末だった。

 

 ただそうでなくとも、何か嫌な予感がする。行くことを躊躇い、断りたくはあったが、個人的な感情を理由として断るわけにはいかない。

 

 窓から外を覗く。階段は中庭に面しており、綺麗に手入れされている桜の木がもう青々とした葉を広げているが、しかし夜の闇はその色を発現することを許さない。噴水は日中は清涼な水が勢いよく吹き上がり、撒き散らされた小さな水の粒が太陽の光に反射してキラキラと光るのだが、しかしそれも止んでいる。

 ふと空を見た。月明かりが出ているものの、今日の夜は雲の多い空だった。夜風を浴びたいとは思わなかった。

 

 ……コツ、コツ。

 

 誰かが歩いてくる音が聞こえた。自然と二の腕を掴む力が強くなっていく。そして、急に自分が孤独であることを実感した。悪寒を覚える。身体の底から恐怖感が湧いていくのを感じる。こんな恐怖は、人生で初めてだった。お化け屋敷のように作られた、紛い物の、予め予期されているものとは違う、本当の恐怖。キョウジへの不安感と視界に映る不気味な風景が、彼女を錯乱状態へと陥らせていた。

 

 急に空が暗くなったのを、箒は感じた。見れば、煙のような雲が月明かりを隠していた。

 

 少しづつ、だが着実に、足音が大きくなっていく。廊下を反射してここまで届いていた音の発生源は、もうすぐそこまで迫っている。

 動悸が上がっていく。窒息しそうだった。思わず手摺に掴まって、ジリジリと後退りする。一刻も早くここから立ち去りたかったが、恐怖で足が震える。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 

 音が変化した。これは──階段を下る音。階段は壁で囲まれていて見通しがあまり良くないが、もうそれとは10メートルも離れていないのは明白だった。。

 

(お願い……助けて、一夏……!)

 

 箒は心の中で叫んだ。最愛の人物へ。最後の望みを彼に託した。来てくれることを願った。

 だが──頼みの綱は来ることはなかった。

 

 目を見開く。もうすぐ音の主と邂逅する。

 そして、私は──。

 

「すいません、お待たせしてしまいました」

 

 キョウジの声がした。自己紹介の時と変わらない、物腰の柔らかい声。姿は見えないが、確実にキョウジだと分かった。

 

 その瞬間、張り詰めていた空気が離散したような、肩の荷が降りたような、そんな感じがした。極度の安心感に解放された気分だった。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 箒は身を持ち直し、踊り場の向こうの上り階段へ向かう。

 

「全く、それで、私への用事とはな──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを言い終える前に、辺りは静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回からキョウジ視点に戻ります。


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第十二話 What's your secret?(隠し事は何ですか?)


 今回からしばらくキョウジ中心に戻ります。
 相変わらず稚拙な文章ですが見て貰えれば幸いです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と別れた()は一人、ボストンバッグを片手に、部屋までの道を歩いていた。

 

(それにしても、な。織斑一夏があそこまでISを舐めているとは思いもしなかった)

 

 織斑一夏に関しては、驚きを通り越して呆れを感じさせる程だった。姉がISで世界一に輝いているというのに、自分はISに関して何も知らないという体たらくなのだ。当然だ。

 

(まあそう言っちまえば確かに、あの縦ロ(セシリア)の言うことも一理あるんだよなぁ……)

 

 個人のプライドの問題はどうでもいいとして、クラス代表には最低でもある程度実力と経験と知識、あとはリーダーシップがいる。珍しいからという理由であの馬鹿を選べば、いざという時に必要な情報が行き渡らなかったり、クラスの統率が上手くいかずに学級崩壊、なんてことも起こりうる可能性だってある。

 ここは優秀な生徒が集まるIS学園だから、そこまで深刻なことは起きないとは思うが……。

 

 というかあんな醜態見せるような奴をクラス代表にしたくないという気持ちは痛い程わかる。向こうはある程度女尊男卑思想も乗っかってるだろうけど。

 

(ま、色々擁護してもあいつも馬鹿だな)

 

 ただ、どうしてこんな極東の島国にIS学園が建ってるのかちょっとは考えてみてほしいものだ。確かにISを開発した篠ノ乃束は日本人だし、それを産んだ責任を日本に押し付けているという答えもあってはいるだろう。だが、ならば篠ノ之束が(そもそも開発者など篠ノ之束でなくても良かろう)もし発展途上国のアフリカ出身だったらどうするって話だ。日本のシステムは世界と比べても非効率で後進的な部分もあるし、文化も欧米とは全く違う。少子高齢化など問題も山積みだ。それでも世界中から生徒を呼び込んで教育を行うIS学園が日本を主導として建っている理由は、様々な問題を抱えつつもそれでも経済が先進していて多くの魅力を内包している国であるからだ。後ろ向きな理由ばかり浮かんでしまいがちではあるが、そんな淡い希望もあると俺は信じたい。

 俺はもう人間ではないし、人類の倫理観から外れた存在にあるが、別に人類の積み立ててきたものを全て否定するわけじゃあないのさ。あの縦ロは文化が後進的とか言っていたが、別にそんなことはない。これ以上は宗教的な話になるのでお茶を濁すことにするが。

 

 しかし、織斑一夏がこれほどまでに馬鹿なのはこれまでにない好機だ。

 俺の計画の最大の障害は織斑一夏と織斑千冬。彼らには触れることは出来ても、まるでファンタジーに登場するような加護が存在しているように侵蝕が通じなかった。あの『白騎士』の人格と、DG細胞のそもそもの由来──あれは織斑一夏の遺伝子情報を元に作られたものだからな──に関係しているのか。いくつも推測は挙がれど、あの姉弟が何故俺の侵蝕を跳ね除けるのか、そもそもこれらは意図して組み上がった代物なのか。白騎士のコアを侵蝕した時は篠ノ之束を奇跡的に侵蝕出来た時の余韻が残っていたために有頂天になっていたが、しかし今の今まで明確な解があがることはなかった。

 織斑と篠ノ之は繋がっている(実情は束が接触するように色々と操作しただけだが)。もし織斑一夏が遺伝子細工によるものだろうとなかろうと、篠ノ之束に次ぐような天才であれば、いつか俺への対抗策を作る可能性もある。実際千冬は戦闘のプロだ。

 だが、それは杞憂に終わった。留意しておくべきことは多いが、凡そはこちらのシナリオ通りに事が進んでいくだろう。

 

(ククク……ハッハッハッハ!)

 

 俺は心の底から湧き出てくる笑いを噛み殺しながら歩き、そしてあるドアの前まで辿り着いた。

 

(ここか……。俺の根城、もとい寮部屋は)

 

 1034という数字の貼られたドア。手元の紙と確認する。ここで間違いない。

 一夏とも別れる間際に少し話したが、アイツと俺が別の部屋ってことは、つまり俺とアイツはそれぞれ女子と相部屋っていうことになる。

 誰が決めたか知らないが、運がこちらに向きすぎてかえって不気味なほどだ。

 

 俺は慎重に扉をノックする。

 

 コンコンコン。

 

「はい?」

 

 すぐに声が帰って来た。大人しめの声だ。

 

「貴方に少しお話があるんです。とりあえず開けて貰ってもいいですか?」

 

 …………。

 

 とりあえず男と同部屋だなんて事実を突然言われたらパニックになるだろうからそこは伏せておいたのだが、ドアの向こうでは沈黙が続いた。

 ……いや、仕方ないよな。そもそもドアの向こうから男の声がすること事態イレギュラーなことなのだから、頭の中大パニックに陥ること間違いなしだ。かと言って誤魔化してもしょうがないわけであるが。

 しかし、こちらとしてもここで入室を拒否されて寝る場所がなくなるのは困る。そうなった場合、強硬手段に走る他ない。しばらくはあまり手を出さずに、普通の学校生活を送ってみたい気持ちもあるのだが。

 

 大体、数分間が経過しただろうか。その瞬間は不意に来た。

 

 ガチャ。

 

 ゆっくりと開いたドアの先にいたのは、俺より頭一つ身長が低い、大人しめの少女だった。セミロングの青い髪がとても綺麗で、四角いフレームの眼鏡をかけている。理知的で真面目なイメージを、そのまま映したような人。

 

「ごめんなさい、こんな時間に。とりあえず──」

 

「貴方は、……織斑一夏ですか?」

 

 こちらの言葉に耳を傾けず、その少女は口を挟んだ。それも、織斑一夏という男の名前を大にして。

 俺は驚いた。それも、彼女の声のトーンが『私、織斑一夏のファンなんです!』といった羨望が混じったものではなく、恨み節が混ざったような声でその名を口にしたのだから。それもセシリアみたいな、女尊男卑にどっぷり浸かっているようなものでもなく。殺意までは感じないが、前に何かされたような感じだ。

 

「えーっと、ごめんなさい。俺は織斑一夏じゃないんですけど……」

 

「えっ? ……あっ、こちらこそごめんなさい……」

 

「僕も男ですから、間違えられることがあります。僕はキョウジ・イクリプスです。キョウジとお呼び下さい」

 

「キョウジ、くん」

 

「それで、重要なお話があるのでお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「わ、わかりました」

 

 彼女は俺を部屋の中に入れてくれた。

 とりあえず俺は織斑一夏ではないので、好感度最悪スタートによる入室拒否は免れたらしい。俺に対しては特に何もないみたいだし。

 

「えっと……部屋が散らかっていてお見苦しいかしれませんが……」

 

 え? 別に部屋が汚いとは感じないのだが。謙譲か。それにしても、寧ろ綺麗にさえ感じる。高級ホテルにも引けを取らない内装の数々に、一目見ただけでフカフカそうなベッド。これ、自宅より設備いいんじゃないか、と思う程だ。それに、流石に少々の生活感は感じられるものの、その分丁寧に掃除がされているようにも感じる。

 

 だが、キッチンカウンターを抜けた先にある大きな二つのベッドの前に差し掛かったところで、俺は目を疑った。

 

 枕元の壁に、等身大のアニメのキャラクターの壁紙が貼ってあったからだ。

 それも、

 

(キャ、キャプテンジオン!?)

 

 思わず口に出しかけてしまった。

 え、あのフェネット(ロン○ル隊長)の裏垢ではないか。何故貼ってある!?

 いや、貼る理由なんて一つしかない。彼女、キャプテンジオンが好きなのか!?

 

 ……落ち着け、落ち着け。あれだ、あれ。世界は広い、こういう趣味を持っている女性だって一人や二人はいるだろう。当たり前だ。人間、多様性が資本だからな、よし俺は冷静だ、冷静だ。

 

「それで……話って、何?」

 

 こちらがしばらく硬直していたところ、彼女が後ろから怪訝そうな顔で話かけてきた。

 

「あ、ああ。そうでした。実はですね、なんといえばいいのやら……、寮の部屋割りがここ、なんですよね」

 

 俺はそう言って、先程貰った紙と鍵を見せた。

 ……のだが、案の定、彼女はこちらの手元と顔をそれぞれ一瞥してから、硬直してしまっていた。

 

「えっ、ええ? 貴方が、私と、同じ……部屋」

 

「そうなんです。もちろん、無理にとは言いません。決めたのは僕ではありませんが、もし嫌であれば何とか部屋を変えて貰えるよう尽力してみます」

 

「多分、無理だと……思う」

 

「え?」

 

「一年寮の寮長は、織斑先生だから……」

 

「あー……」

 

 さいですか。あの人が勝手に捩じ込んだとなると、変えるのは至難の業だな……。まあそんなに嫌ならDG細胞流し込んで言うこときかせるだけだけど。

 

「私は、大丈夫……。それに、もし締め出されたとしてキョウジ……くんも寝る場所……どうするの?」

 

「いいんですか? 本当に」

 

「騒ぎになったら……困る」

 

「分かりました、今日からよろしくお願いします。えっと……」

 

「更識、簪。簪でいい……」

 

 俺は眉をピクリと持ち上げる。

 

「分かりました、簪さん」

 

 とにかく、物分りのいい人で、とても助かった。なんていうか、突然の事態に冷静に対処出来る、優秀って言うのかな、彼女のような人のこと。

 俺はボストンバッグを床に置いて、伸びをする。さっさと開いて荷解きしたいところではあったが、健全な寮生活を送る上では、まだまだ決めねばいけないことがあった。

 

「じゃあ、とりあえず部屋を使用する時のルールでも決めようかな!」

 

「え?」

 

「どうしたん?」

 

「いや、その、敬語……」

 

 あ、おっと。……部屋に無事入れた安心感からつい羽目を外し過ぎてしまった。

 しかし、敬語使いまくって優しめなキャラにしておけば女子ウケが良いかもと思っていたが、実際のところよく分からない。そう思ってあの縦ロと馬鹿が口論に走ったところでブチ切れてみたわけだが、どうも女子心とか乙女心というものはよく分からないものだ。このDG細胞をもってしても。

 

「いやあ、痛いところを見せてしまった。日本詳しい友人から『日本人と接する時は敬語を使え』って言ってたから、敬語を頑張って覚えていたんだけどなぁ……。かったるくて面倒くさいものだな」

 

 とりあえず、適当に嘘をついておく。まあでも、ゴジョーさんが言いそうな内容ではある。

 

「でも、目上の人に対して敬意を表明する時に重要だから……」

 

「でも俺たちは一緒に部屋を同じくする仲だ、敬語は要らない、だろう?」

 

「う、うん。それで、まずはシャワーを使う時間帯だけど……」

 

「簪さんは部活とかやってるのか? なら、部活が終わった時間帯に空いてる方が──」

 

「私、部活入ってない……から、キョウジ……くんが先でいい……です」

 

 簪って、部活入ってないのか。全寮制とはいえ忙しい人いるからなぁ。

 

「いいのか? 自分で言うのもなんだが、男が使った後のシャワー、だぞ?」

 

 というかそもそも『男が使った後が嫌い』と『このあと男が使うのを想像すると嫌い』を両立してる人もいるから怖いものだ。

 

「別に私は……大丈夫」

 

 簪さんはそんな人じゃなくてほっとする。

 

「えっと、次は部屋の掃除当番──」

 

 そう言いかけたところで、俺の口を止めた。

 

「あれは……」

 

 簪がちょこんと座っている椅子の背後、机の上で光る空中投影のモニターが、俺の目に入った。

 青白いディスプレイの中で回転している、謎のオブジェクト。IS……のようだが、今まで見たことの無い形をしていた。新型……?

 

「なあ、簪さん。後ろの──」

 

 後ろを振り向いた簪は、ビクッとした。一瞬手をあたふたさせて慌てた後、ディスプレイがふっと消えた。

 

「あれは、IS……新型、いや、専用機のデータ、か?」

 

 気になって聞いてみたのだが、少し俯いた簪さんから返答は無かった。

 

「忘れて」

 

 代わりに飛んできた、『忘れて』という言葉。

 そう言われれば気になってしまうのは俺も同じだったが、簪さんの語気が今までとは違うと分かる程に強かったため、これ以上詮索するのはやめることにした。

 ただ、そこに何かがあることは確かだった。

 

 俺は話を戻して、部屋に関するルール決めを話し合っていたが、いつの間にか食堂が開く時間帯──つまり午後六時にまで差し掛かっていた。

 

「ふう。これで一通り決まったかな」

 

「うん。……あ、もう夕食の時間」

 

「そうだな。簪さんはどうする?」

 

「わ、私は……」

 

「俺で良ければ、一緒に行こう。食は身体の資本だ」

 

 モジモジしている簪が焦れったくて、俺は簪さんの手を取って半ば強引に外へ出すことにした。

 

「えっ、ちょっと!?」

 

「いいよ、俺の奢りだ。好きなものを食べるといい」

 

 そう言って、俺は簪さんを寮の食堂まで引っ張っていく。後から思えば、俺は些かはしゃいでいたのではないか、と思うほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 夕食を終えた午後七時過ぎ。俺は一人で、校舎の廊下を歩いていた。

 何故そんな場所を──更に言えば食堂とは反対側なのだが──そこを歩いていたかというと、一番近い男子トイレがそこだったからだ。

 IS学園は元々女子校なのだから、男子トイレなんて必要がなかった。ところがどっこい、俺と織斑一夏は男だ。だがしかし、当然のことながらたった二人の男子生徒のためにトイレを増やすことなど税金の無駄であるわけであって、俺たちは校舎の端にしか存在しない男子トイレまで足労することを強いられているわけだ。

 夕食のあとに急に尿意を催した俺は簪と別れ、暗い廊下をひた走って、青い背景に白い男のピクトグラムがある看板の部屋に飛び込んだ。

 

 え? DG細胞持ちなら排泄行為なんてする必要ないだろうって?

 気分だよ、気分。それにまだ十代中盤のくせにトイレ行かないなんて怪しまれるに決まってるじゃないか。本当に便秘だったとしてそれはそれで引くし。

 

 ……まあ、そうこうしつつも俺は無事にトイレへたどり着き、今は帰路に就いている。

 まだ荷解きを終えていないから、早く戻らなければ。もしかしたら、簪が荷物を開けているかもしれない。()()()()()()()はまだ調整中らしいから入っていないだろうけど、そのかわりにそのことも含めた重要な伝言が入ってるであろうと考えている。見られたら困る。あの真面目そうな簪がそんなことをするとは到底思えないのだが。

 

(簪といえば、彼女はかき揚げうどんが本当に好きなんだな)

 

 彼女が夕食の食券を選んでいた時(食堂はもちろん食券制だ)、かき揚げうどんのボタンのところに赤い『売り切れ』のランプがついているのを見て、凄くがっかりしているような顔をしていた。

 それを見ていた俺は『だったら素うどんとかき揚げをセットにして頼めばいいんじゃないか?』と言ったのだが、そういうわけではないらしい。どうやら、かき揚げうどんのかき揚げと、素のかき揚げは微妙に味が違うそうだ。簪によると、かき揚げうどんのかき揚げは、うどんのダシに絡みやすいように調整がなされているそうな。細かい所まで一切の妥協は許さない、凄いなIS学園。

 

 階段を上がって、特に変わりもなく歩いていく。

 

 しかし、学園乗っ取り計画は誰から始めようか。束に頼まれていた箒に関しては、昼間の反応を見るに馬鹿にベタ惚れだった。どうしてあんな奴に靡くのだか。束の言い分通りに当人とは似ても似つかない見た目と性格をしているが、束に負けず劣らず胸がデカいし、彼女の目付きはまるで研ぎ澄まされた刃物のようだが、その刃を自分のものにしたい征服欲に駆られる。白い着物と腰に日本刀をこさえれば、戦国系のソシャゲに出てきそうな出で立ちだ。

 早く自分のものにしたい気持ちもあるが、しかしただ単に織斑一夏から寝とってしまうというのも面白くはない。

 だから、彼女には()()()()()()()で攻めていこうと思う。

 

 金髪の縦ロ(セシリア)は完全に保留。というか、自分から決闘を申し込みにいくくらいだ、成り行きに任せていれば、なんとかなりそうだ。顔や容姿は……肥満率が高いヨーロッパ諸国のことを鑑みれば悪くない、寧ろ上物だ。性格もDG細胞と調教でなんとかすればいい。

 ただ、オルコットといえば、イギリスの有名財閥だったよな……。確か、列車事故でこの財閥の名前が出てた気がするんだが。でもあの会社って鉄道会社だったか? 後で調べてみる必要がありそうだな。

 

 簪については、しばらく──。

 

 俺が歩きながら思考の海にすっかり沈んでいた時のことだった。

 

 それは、不意に来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザシュッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に視界がグラリと傾いた。

 

 いや──違う。俺の首が上から転げ落ちているんだ、これ。

 コロコロとボールのように回転し、落ちていく最中、俺は横回転している世界の中で一人の女性を見た。

 

 それは、IS学園の制服を着ていて、しかし、リボン色が見慣れなくて、しかし、その髪色は簪とそっくりで、しかし、彼女では非ずだった。

 彼女はその手に扇子を持ち、スラリと伸びた美脚を伴って立っていた。

 

 ゴトッと、地面に落ちた衝撃が走る。

 その後何回転かして、俺の動きが止まった。

 

 足音一つしない静まり返った廊下の中、首のない俺の身体が直立している。

 

 どうせ見つけざまにこちらの処理に向かうような輩だ。おおかた、こっちがバケモンなのはバレてるんだろうな。

 

「あーあ、いきなり首切らないでくださいよ」

 

 それをふまえて、俺は声を出してみた。もちろん落ちた頭から。

 そして広いあげて、頭と身体を接合する。

 ──あ、頭の向き前後ろ反対だわこれ。

 

「やっぱり。この学び舎に、とんでもない化け物が潜んでいるだなんて、私も驚きだわ」

 

 頭の向きを180度回転させて、首狩り魔と対峙する。リボンの色が緑、ということは、一つ上の先輩だな、こりゃ。

 

「えっと、何のようです?」

 

「あら、貴方こそ何をしらばっくれているのかしら? 化けの皮はとっくに剥がれているというのに、まだ誤魔化すつもり?」

 

()は別に意地を張るようなタイプではありませんよ。こちらを知っているということならば、そちらが俺の前にいる目的を問うのは不自然なことではないでしょう。……暗部の更識楯無サン」

 

「……! 私の名前は悪い意味でも知れ渡っているようね」

 

 楯無が身構える。日本に移送されてホテルにいた時に流し読みしていた束が作成した要注意人物のリストがあったのだが、目の前の彼女が載っていた。要注意人物には織斑千冬なども存在していたが、人物に添えられた説明欄は、織斑千冬に次いで多くのことが書かれていた。

 しかしながら、束の手にかかれば筒抜けなこの情報群も、彼女にとっては第一級に匹敵する機密事項、なのであろう。

 彼女の名前は、更識楯無。ロシアの国家代表(候補生ではない、正真正銘の代表だ)であり、暗部の家の出。楯無という名も、暗部の当主とやらに与えられるものだそうだ。日本人であるのに対して日本じゃなくてロシアで国家代表となったのには、その暗部──簡単に言えば諜報組織の俗称とでも言うべきか──の関係で多国籍を使っているかららしい。諜報組織の一員の癖に表舞台にも出ているという、摩訶不思議な人間だ。何を追っているのやら。

 そして、このビッチはこのIS学園の生徒会長であるそうだ。

 IS学園の生徒会長は、業務は一般的な日本の学校とそう変わらないそうだ。行事の企画を立てたり、生徒がより良い学校生活を送るために日々活動しているとのこと。しかし、生徒会長にはそれ以上に必要とされているものがあった。

 どの生徒よりも強く、常に最強でなければならないらしい。いついかなる時も無敵を維持し、もし負けることがあれば勝った相手にその称号を差し出さねばならないとか。生徒会長から勝利をもぎ取るために不意をついて襲ってくる輩が絶えないと書かれていた。

 リストの説明文にとある事例が載っていたのだが、掃除用具入れから飛び出してきた刺客をひらりと躱し、飛んで来た弓道部の矢を首を傾けて避け、最終的には背後からの竹刀の袈裟斬りを白刃取りしたらしい。なんていうか、ここだけ世紀末をやっているらしい。

 

「それで? 暗部の当主でロシアの国家代表で生徒会長の更識楯無サンが一体何の用です?」

 

「そんなもの、分かりきってるでしょう。貴方は危険だから、今のうちに処分しちゃうのよ」

 

 刹那、右手に蛇腹状の剣が展開された。彼女はセシリアとかと同じ専用機持ちで、あの鞭のようにしなる剣は彼女のISの武器の一つか。先程首が切断されたのもあれの所為だろう。

 

「危険、ね。自分達で勝手に作っておいて、失敗だと判断したらすぐにポイ。いやあ、残酷だねぇ」

 

「貴方の計画は知ってるわ。『UC計画』。人工多能性幹細胞を超えた、万能細胞の開発……いや、違うわね。あれは人間のDNAそのものを書き換えてある種の進化を促す最終目的への礎だった。そして、その被検体の一人が、貴方だった」

 

「!」

 

 ほう。あの計画を知っていたのか。

 UC計画は、俺が被検体となったあの計画の略称だ。アルティメット(Ultimate)細胞(Cell)の頭文字からとられている。俺が死の淵から這い上がったかと思いきや、訳の分からぬ計画に利用され、最終的に篠ノ之束に殺されかけるという、振り回され続けた日々のことを思い出す。

 だが……ここまで辿り着くのがどうやら今のようだ。早いと言えば早いし、遅いと言えば遅い。どこからか情報提供があったと見るべきか。

 

「今の貴方の反応のおかげでようやくあの計画の全貌が分かったわ。あの記録映像は計画の最終段階。貴方にDNAを書き換える試料と細胞増殖を抑えるナノマシンを投与されていたのね。そして貴方は、化け物になった。他者をマインドコントロールする、化け物にね!」

 

「…………」

 

「正直、貴方を殺せと言われた時は忍びない気持ちだった。でもね、貴方が嬉々としてその力を奮うというなら、私は貴方を殺すわ」

 

 俺は彼女の発言に眉をピクリとあげた。

 

「言われた? どこからです?」

 

「貴方に答える必要は……」

 

 その瞬間、俺は冷ややかな殺気を感じた。

 

「ないわ!」

 

 楯無が動き出すと同時に、横から蛇腹剣が飛んでくる。だが、俺は身を翻して避けようとする。しかし、それは叶わず、右の腕を持っていかれてしまった。

 

「ぐうっ!」

 

 宙を舞い、天井にぶつかってそのまま楯無の目の前に落ちた、俺の右腕。切断された部分からは血がドクドクと流れて、床を濡らしていく。左手で抑えようとするが、もう手の平は暗い夜の中でも真っ赤で、指の谷間から血が溢れていく。

 

「暗部と繋がってそうな場所……『()()()()』の奴らか!?」

 

「『モザイカ』? それは一体──」

 

「あんな研究が出来るほどの金がある奴らだ。いくつも他の研究やってるに決まっているだろう?」

 

 戦闘をする気は無かったが、やむを得ない。

 俺は楯無が言葉に気を取られた隙に、斬られた右腕を変異させ、植物の蔓のように楯無に巻き付かせた。

 

「!? しまっ……」

 

 みるみるうちに腕以上の太さを持った蔓が楯無を巻き込み、彼女は完全に束縛されてしまった。腕を締め付けられ、蛇腹剣を床に手放す楯無。

 

「こちらとしては、戦う気はないんですよ。あっ、『清き熱情(クリア・パッション)』ごときではこれは破れませんよ」

 

(私のISの能力を、知っている!?)

 

 楯無は、動けなければナノマシンの散布も無意味と、歯噛みせざるを得なかった。

 

(それにしても、俺の計画は知ってるのに、織斑計画については何にも知らないのか)

 

 俺は新しく右腕を再生させながら、頭を回転させる。知っていたら、真っ先に織斑一夏に接触を図ろうとするものではありそうだが、一夏を監視していた限りでは、楯無は一度も一夏の前には現れなかった。『モザイカ』を切って手に入れたかったのは情報提供元ではなく、彼女が『モザイカ』を知っているかどうかを確認するためだった。そもそも提供元に関して口を割るはずが無い。この状況は好都合だ。

 しかし俺はここで手札を二枚晒してしまった──特に織斑千冬に。これ以上こちらの手札がバレるのを避けるためにも『モザイカ』──つまり『織斑計画』という手札を楯無にチラ見せした。これには恐らく楯無が千冬に密告したとしても『織斑計画』と『モザイカ』が同一であるということをペラペラと喋らないだろうことを考慮して、できるだけ被害範囲の及ばない、低リスクな札を見せたという側面もある。

 だが、目下最大の難敵である織斑千冬にこれを晒すのは少し痛いところでもある。それは個人的に織斑千冬を攻略させるには、『如何に彼女を動揺させるか』が重要であると考えているからだ。

 原典のDG細胞には『強靭な意思を持つ人間対しては、それに服従する』という性質が存在する。東方不敗マスター・アジアは、その人間離れした意思の力によって、自らはDG細胞に侵されずに、デビルガンダムを指揮した。俺の持つDG細胞はまだ分からぬところも多いが、織斑千冬にも、それ──つまり、意思の力によってDG細胞を跳ね除けることが出来るのではないか。だとすれば、織斑千冬の影響色濃く受けた白騎士のコアにあのようなバリアが出来ても不思議ではない。そしてバリアを破るためには織斑千冬を動揺させる何かが必要となってくる。織斑千冬を動揺させ、絶望させ、心を折る。その先に白騎士突破の鍵があると俺は思う。だから今ここでその手札を切ってしまったのは、少々痛いものだった。織斑計画とUC計画の繋がりをいい頃合に見せるつもりだったのだが……。あとは、篠ノ之束と繋がりくらいしかないのだが、これはパンチが足りない気がするんだよなぁ……。

 

 しかしながら、あちらの方がトップシークレット且つ中核を担う計画というのに、お零れを貰った派生計画に過ぎないこちらが成功して、向こうは失敗して()()()()が巻き起こるとは皮肉な話だ。しかし、それが逆に俺という成功作へのカウンターが失敗作になるというもう一つの皮肉が生まれるのが玉に瑕ではある。

 

 閑話休題、俺は話題を目の前のビッチに向ける。

 

「……でもって、貴方の言いたいことってまだあるんじゃないんですか?」

 

「ええ、あるわよ」

 

 もうすっかり初めの余裕を無くして、噛み付いてきそうな顔をしながら楯無は言った。

 

「どうして、簪ちゃんと貴方が同じ部屋なわけ!?」

 

 あー、それ言われても困りますわー。

 

「申し訳ないが、それに関しちゃ偶然だ」

 

 こちらとしてはそうとしか言いようがない。苗字から分かる通り、簪は楯無の妹だ。そら身内を気にかけるのは分かるし、むしろこっちの気持ちの方が大きいだろう。リストにも『最悪妹を盾にしましょう』とか書かれてるし。そんなに脆くていいのか、暗部。

 というか、これは少々マズイな。機械で決めたのかは分からんが篠ノ之束と繋がってると悟られたらマズイ。元々なんでもありな奴だ、アイツがハッキングして決めたとか言われたら言い返せんぞ。

 

「ウソ、貴方は──」

 

「貴方はまあ有能な人間ですから注意はしてましたけどね、貴方に時間を割いてる暇はないんですよ。別に貴方を徹底的に貶めてもいいんですけどね、俺は他にやることがあるんで」

 

「なら、貴方はどうしてここに来たの!?」

 

 半ば悲鳴に近い声で、楯無は叫んだ。助けを求める体も含まれているのだろうか。まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだけれど。電波も遮断済みだ。

 

「ここまで来て、やることは一つですよ」

 

 俺は一つ呼吸を挟んで、楯無の耳にそっと囁いた。

 

()()の創造ですよ」

 

 楯無は目を見開く。彼女は俺のやろうとしていることを悟ったのだろう、蔦から抜け出そうと試みるも、微塵も動く気配はない。

 

「なんて卑劣な……!」

 

 俺は動けない楯無を見て、嘲笑う。

 

「でも、今の分裂した世の中よりは平和だと思いません?」

 

「そんな屁理屈……!」

 

「でも、」

 

 しかし、そう俺は続けた。

 

「それじゃあ味気ないと思うんですよ」

 

 やれやれと言った風に手を振る俺。

 

「UC計画を知ってるなら分かると思うけどさ、俺の力をフルに使えば世界征服も何もあっという間なんですよ。でも、それじゃあ面白くないでしょう?」

 

「なら、貴方は何をしたいわけ?」

 

 楯無が訊ねる。今にも飛びついてきそうな表情をしていたが、しかし手足を縛られて絶対に動けない状況下ではどうすることも出来ない。

 俺は余裕の笑みでこう返した。

 

「ここで出会ったのも何かの縁でしょう。そこで、俺と一つ契約をしてみません?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「キョウジ……君、遅い」

 

 椅子に腰掛けて、ディスプレイに映る自分の専用機、『打鉄弐式』のホログラムを眺めながら、上を見上げた。OSの組み直し作業をしている筈であった指先は、もうすっかり止まっている。

 

(あの人は……やっぱり不思議)

 

 キョウジという存在がが、心に引っかかって取れない。

 扉を開けた瞬間のことを思い出す度、胸がなんとも言えない、暖かい気持ちになるのを感じる。

 でも、それは完全に『好き』という感情ではない──心の中で誤魔化しているだけなのかしれないが、しかし一目惚れした訳ではないと思っていた。

 

(……異性だから? 同部屋だから? それとも……)

 

 いくつか単語は浮かぶがその気持ちは、よく分からない。

 

(それに……)

 

 打鉄弐式の開発画面を見られた時に言った言葉。『忘れて』。その一言を、今では凄く後悔している自分が、いる。

 

(これは、私だけの手で完成させなければいけないのに……)

 

『ハッハッハー! ギリアムよ、少しでも動けば、この少女の命はないぞ!』

 

『クソっ、卑怯な手を、アポロン総統!』

 

 ディスプレイを切り、手元の小型のディスプレイを起動して、録画していたアニメを流す。前回、仲間であった二人が敵の罠によって戦死し、その怒りが主人公のギリアムをつき動かし、敵の本拠地に乗り込んで、下っ端を蹴散らしたところに首領が現れたところで話が終わったのだが、今は敵の首領が対決に敗れ、人質をとるという佳境に差し掛かっていた。

 

 

 首領がその異形の手で少女の頭を鷲掴み、ギリアムと呼ばれた仮面の男の接近を阻んだ。彼の仮面は首領との激闘で、右目の部分が破損していた。

 

『これでは、ヤツに近付くことは出来ない。だが、このまま人質を取られ続けていれば、逃げられてしまう!』

 

 男が心の中で呟く。思うように動けず苦悶に満ちた表情をする男だったが、それを簪はベッドに寝転がりながら無表情で眺めている。

 

 簪は、このアニメをあまり好いてはいなかった。本当はヒーローものであっても、主人公が完全無欠であるものがもっとも好みであったが、一個人の意に沿った番組がいつでも放送されているとは限らない。熱い正義漢を持った主人公が壁にぶつかりながら成長してヒーローとなっていくというストーリーだったが、このアニメを見ていたのも暇つぶし程度のものだった。

 

 ……とここで、不意に窓の外から何かが投げられた。一般的なアルミ缶と同じくらいの大きさ、しかしそれは地面に落ちると部屋一面を覆う程の煙を発生し、周りにいた者を飲み込んでいった。

 

『なんだっ!? 煙幕か!』

 

 首領が叫ぶ中、白い世界を突き抜けて、黒い影が首領に肉迫した。

 

『!?』

 

 咄嗟に手で払いのけようとしたが、黒い影の目的は、首領ではない。傍らの少女を掻っ攫い、煙の中に消えていく。

 

『しまった、人質が!?』

 

『覚悟ォォォッ!』

 

 それだけではない、首領の脳天目掛けて、巨大な剣が振り下ろされてきた。

 

『ぬおおおっ!?』

 

 手で受け止めようとするも叶わず、壁際まで弾き飛ばされる首領。

 

 煙が晴れる。

 

『お前達は!』

 

 ギリアムは驚きを露にした。彼の目の前には、二人の戦友が立っていたからだ。

 

『貴様は、死んだ筈では、無かったのか!?』

 

 首領は驚く。彼らは首領の罠によってそれぞれのコピーと戦わされ、相打ちになって死んだのをその目で見ていた、あのギリアムの戦友であったからだ。しかし、その手に長大な剣を持った男は、首領に一喝して怯ませた。

 

『黙れ!!』

 

『!』

 

『そして聞け!!』

 

『我が名はゼンガー! ゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ、剣なり!!』

 

 剣を持った右腕をピンと伸ばし、切っ先を天に向けるゼンガー・ゾンボルト。それはまさしく武神の如く。

 簪は、このアニメに関しては辛口な評価ではあったが、このキャラクターは好きであったため、目を輝かせながら見ている。『友よ、地獄で会おう』そう言い残して死んだかと思っていたところでの復活であったから、尚更である。

 

『ギリアムよ、相変わらずお前は頭に血が上りやすいヤツだな』

 

 ゼンガーの隣、ゴーグルをかけた男がギリアムに歩み寄る。その脇には人質であった少女を抱えていた。

 

『ゼンガー、それに、エルザム・V(フォン)・ブランシュタイン!』

 

『いくぞ、これが最後の戦いだ』

 

 三人が並び立ち、首領と対峙する。

 しかし、ここぞとばかりに敵も隠していた下っ端の機械兵を全て持ち出してきた。しかし、三人にもはや恐れることは無かった。

 

『雑魚は任せろ。いくぞ、トロンベ!』

 

 少女を守りながら、その両手に持ったライフルで周りの敵をなぎ倒すエルザム。

 そして、その手に持った斬艦刀を振り回しているゼンガーも、同じく敵を次々と斬り捨てていく。

 勝負は目に見えていた。

 

『貴様の野望も終わりだ、アポロン総統!』

 

『なにっ!』

 

 ギリアムは飛び上がる。

 

『いくぞっ、ゲシュペンスト、キィック!!』

 

 足を突き出し、ギリアム渾身の必殺技は、遂に首領の胸元に命中した。

 

『ぐああああっ!』

 

 胸を抑え、跪く首領。

 ギリアムは、その姿を見下ろしていた。しかし、その表情は決して喜んではいなかった。むしろ、昔を懐かしむような顔だった。

 

『これで全ては終わりだ……。お前も、()()

 

『!? どういうことだ、ギリアム』

 

 下っ端を倒し終えたエルザムが訊ねる。

 

『俺は、システムXNを使い、未来からやって来たのは、知っているだろう』

 

『そうだが、お前は、まさか……!?』

 

『そうだ、エルザム。俺はアポロン総統の未来の姿なのだ』

 

 衝撃の事実が出てきた。主人公は、暴虐非道を尽くした悪の首領と同一人物だったのだ。

 

『そうか、だからやけにアポロン総統について詳しかったというわけか』

 

『だが、悪逆非道を尽くしたお前が何故、過去に戻って来たというのだ?』

 

『俺は未来の世界で、君達の抵抗を叩き潰して、遂に世界征服を成し遂げた。しかしそれは、宇宙から迫り来る侵略者を撃退するために、一刻も早く地球を団結させるために行って来たことだった』

 

『な、なんだと!?』

 

 ギリアムの話は続く。予知能力を持っている彼は、宇宙人が襲来する未来を、幼い頃に予知していた。誰にも信じてもらうことが出来なかった彼は、その頭脳生かして経済を操作し、未来で世界征服を成し遂げる。その後は地球人一眼となって侵略者に立ち向かうために連日連夜地球全土で強力な兵器を生産し、軍隊を作り上げた。今ギリアム達がいる現在から十年後、侵略者達は攻めてきた。しかし、侵略者はそれを遥かに凌駕する質と量をもってして、地球軍は壊滅状態に陥った。

 滅ぶべくして滅ぶ。その未来を回避するべく、ギリアムは時を超える力を持つ『システムXN』を使いこの時代へやって来た。未来の技術を過去の自分──つまりアポロン総統へ送り、残り僅かな時間で侵略者を打ち倒す兵器を作るために。

 これまでにも、システムXNを使ってこれらは繰り返されて来たという。

 

『そうか、貴様が私の予測を先回りしてことごとく邪魔をしたことに納得がいった。だが……ならば何故お前は私を倒しに来たというのだ!? このままでは地球は滅んでしまうのだぞ!』

 

『そうだな……俺はここに来て、遂にお前に未来の技術を託すことはなかった。俺は、この世界救うことが出来るのは自分以外にはいないと思っていた』

 

『そうだ! この世界を救えるのは私だけ──』

 

『だが、それは違った。根底から違ったのだ。俺では世界を救えない』

 

『な、なぜだっ!』

 

『俺は一刻も早く世界を一つにするために手段を選ばなかった。それが、この星で生きる人々の活力を失わせていたからだ』

 

『!』

 

『俺も最初は、そんな根性論がボタン一つで発射出来るビーム兵器やミサイルに勝てる筈がないとは思っていた。だが俺はこの時代に来て、人間の活力は時にそれに勝るということを知った。仲間と手を取り、強大な敵に立ち向かう。それはビーム兵器やミサイルよりも、何全倍も強固な力なのだ。

 だから、その力を見出せなかった俺では、世界は救えない。未来を救うことが出来るのは、今という世界を精一杯生きる、彼らなのだ』

 

 その言葉を聞いたアポロン総統は、必死にもがいていた手を止めて、ゆっくりと這い寄って、部屋の中央に存在する総統の玉座に座った。

 

『ふっ……そうか。私は、私は……あの日、地球を攻撃する侵略者達の存在を予知してから、ずっと地球に生きる者達を守ろう守ろうと考えて、この世界征服計画を打ち立てた。街を襲って人を攫い、工業区画を占拠して、兵器を作るための資源を奪った』

 

 大部屋に朝日が差し込む。一条の光は総統の座る玉座を照らした。

 

『だが……それは間違いだった……。人の底力を信じず、一人で戦うことを選んだ。だが、それはもう人の行う所業ではない……人類の未来は人類で掴むことに意味がある。私は人類のためにと考えていた筈だったが、いつの間にかそれは人類のためではなくなってしまっていたのだな……』

 

 アポロン総統の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。それは宇宙人による地球侵略の惨劇を予知したあの日を最後にすると誓って以来の、久しいものだった。

 

『俺たちの夢は、きっと彼らが成してくれることを信じよう。もう、静かに眠れ』

 

『頼む……』

 

 そう言い残して、アポロン総統は絶命する。その顔は、とても安らかなものだった。

 過去の自分の亡骸を見て、ギリアムは呟いた。

 

『さらばだ、私よ』

 

 すると、ギリアムの身体から光に包まれていく。タイムパラドックスにより、ギリアムは消滅するのだ。

 

『そこの少女よ、非道な行いをしたこと、誠に申し訳ない』

 

 ギリアムはエルザムの傍らについた少女に頭を下げる。そして、エルザムとゼンガーの二人に向き直った。

 

『お前たちと戦えて、良かった。さらばだ』

 

『ギリアム!』

 

 エルザムが駆け寄る。だが、ギリアムの肩に触れようとした手は、虚しく空を切った。ギリアムは笑顔で首を振った。

 

『全て覚悟していたことだ。この地球(ほし)を、頼む』

 

 そして、ギリアムは光となって消えた。途中からバックで流れていたエンディングテーマの曲のボリュームが大きくなり、そのままエンディングの映像が流れていく。そして、次回でこの番組は最終回を迎えることになる。

 

 

 簪は、ディスプレイを閉じた。溜息をつく。

 今見なければ良かった、と後悔していた。自分が今必要な物の姿が、ギリアムの人間像に重なって見えてしまったからだった。

 仲間と協力して、困難な敵や課題を乗り越える。それは、彼女が本当は心の中で欲していたものだった。だが、それは出来ない。

 姉である楯無は、そんなものを必要とせずに、一人で成し遂げた。()()()()()()()()()()()

 ずっと姉の影に隠れ続ける人生は嫌でしょうがなかった彼女は、姉を超えることを望んだ。

 だから、自分の力だけでこの『打鉄弐式』組み上げなければならない。何事にもたった一人で臨み、全てを難なく乗り越える『完全無欠のヒーロー』を目指さなければならない。しかしそう考える自分の姿が、生き急ぐ過去のギリアム──すなわちアポロン総統の姿に重なってしまってしょうがなかった。

 

 完全無欠のヒーローなんてものは、存在しない。ギリアムの中は仲間達や見知らぬ誰かのために己の全てを捨て、時には悪に堕ちる事さえ辞さない確固たる信念と、その信念故に義理人情を捨てきれない事に苦悩する人間的弱さが入り混じった不器用な生き様が存在していた。自分の信念と人情の間で葛藤し、それでも自分のやるべき事を探して突き進んでいく。それがヒーローの本質なのではないか。

 しかし、そんな矛盾に孕んだものなのだと今の簪は気付くことはなかった。いや、気付いていながらそれを必死に否定しているのであろうか。簪の表情は沈んでいた。

 

 全身の力を抜き、ベッドに身を預ける。

 

 私は、どうしたらいいのだろうか……。

 

 巡り巡って、結局はそんな言葉が湧いてくる。そして、自然と隣のベッドを見てしまう簪。キョウジが今日から就寝するベッド。まだ使用感は存在しないが、何故か暖かい気がする。ベッドの上には彼が持ってきたボストンバッグが置いてあった。

 

(…………?)

 

 簪は、そのボストンバッグのサイドファスナーが半開きになっていてそこから白く薄いものが顔を覗かせていることに気付いた。珍しく興味が湧き、ベッドから降りて、ボストンバッグに近付いてみる。

 

(これは……何?)

 

 どうやら、真っ白な封筒の角らしい。

 

(送付先は、一体……)

 

 誰から宛てられたものなのか、それをつまんで持ち上げてみた。

 

(!?)

 

 送付先を見た瞬間、彼女の目の色が変わる。同時に、封筒を手放した。兎を模した封蝋で止められた、紙がヒラヒラと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「篠ノ之……束!?」

 

 

 

 

 




 勘のいい方ならお気付きであろうと思うのですが、メインヒロインは簪です。
 あと自分で書いててなんですけど、キョウジ君って打算的なのに凄く杜撰だなぁと思いました(KONAMI感)。


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第十三話 翻弄するのか、されるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「契約って……ふざけているの?」

 

 未だ蔓に四肢を固定されて身動きの取れない楯無が問う。

 

「気に入らなかったら呼び方なんてなんでもいいですよ? 取り引きでも約束でも」

 

「そんなことを言っているわけじゃっ……!」

 

 そうだな。そうやって苛立たせる作戦だもん。そんなに気持ち良く術中にハマって頂いて、貴方はどういう策略があるのか知りませんけど。

 

「じゃあ、いいんですか? 契約しなくても。契約しなかったらしなかったで、俺はここで好き勝手やるだけですけど。話だけ聞くならタダですよ?」

 

 ……そこまで聞いて、楯無はようやく口を噤んだ。目はこちらを睨んだままではあるが、これでもお利口さんな方だろう。

 ホテル滞在時に、やることもないので日本のテレビを見ていたのだが、その時のコマーシャルみたいな言い回しって、結構効くものだな。とある法律事務所の過払い金がどうたらとかいう内容だったが、タダという言葉は日本人には効果てきめんのようだ。日本のことわざに、『無料(タダ)より高いものはない』と聞くし。

 

「それでは、契約内容を発表致しましょう」

 

 マジシャンがやるような丁寧なお辞儀をしてから、俺は契約内容を語り出した。

 

「まず、こちらの履行内容から発表しましょう。契約が締結されたこの瞬間から、しばらく俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 楯無は当然、驚いた。

 勿論だ、俺の目的は楽園の創造、即ちIS学園をDG細胞で埋め尽くすことだ。だが、誰にも手を出さないとなると、そのお題目自体が達成出来ない、不可能なものとなる。それなのにどうして、そんな自分に不利な契約内容を発表したのだろうか。多分そう思っているのであろう。

 

 そして同時に、この契約には裏がある。今までの反応でこのビッチは妹のことになると周りが見えなくなるというのは痛い程分かったが、だがそれでも頭の回る部分はあるだろう。

 

「しばらく? しばらくとはいつ──」

 

 楯無の質問を、俺が遮った。

 

「おっと、質問は後ほど。次に貴方に関することですよ」

 

 いちいち質問されていればキリがないし、こちらの()()()()に気付くやもしれん。

 

「貴方が守るべきことは、俺の情報を絶対に漏らしてはいけないこと。それだけです」

 

 楯無は目の色を変える。これも当然の反応だろう。内容が簡単過ぎる。

 

「いいですか? 今日俺がここで会ったこと。UC計画の人間であること。それら全てを忘れて、普通に生きるのです。直接伝えずとも、悟らせてはいけません。僕はたまたまISを動かせてしまった、奇跡の男の子。そういう認識で暮らして貰いましょう。ああ、そうでした。貴方もこちらに手を出して来ちゃだめですよ。こんな蛇腹剣で首斬ったり、ナノマシンで爆発とかやめて下さいね。校舎が傷つきます」

 

 楯無は自分のISのデータが既に知られていることに目を見開いたが、すぐに目を細めて、注意深く聞いてくる。

 

「どうです? ……ああ、そういえば質問したい所があったんですよね?」

 

「ええ。……『しばらく』っていうのは具体的にいつまでなの?」

 

「いつまで、というのは契約が破棄されるまでのことですよ。とどのつまり、我々が契約を守っている間はこちらは絶対に手出ししない、ということです」

 

「質問の答えになってないわ。契約の破棄はいつ行われるのよ。まさか明日まで、なんてことはないわよね?」

 

「せっかく契約をしたのにすぐに破棄するなんてこと、するわけないでしょう。……ご安心を、一学期期間中は破棄の予定はございません。破棄する際は直接お伝えしましょう。もっとも、そちらが契約を守っている前提のお話でございますが」

 

「……私が契約を守らなかったら?」

 

「契約は破棄され、俺は侵略行為に出ます。この学園はDG細胞で溢れ、人の住めない世界のなるでしょう、ね?」

 

 俺はにっこりと返した。

 

「学園の安全を第一に考える楯無サンなら、そんなことはしないとは思いますけど」

 

「あら、私だって危険になればこの学園を切り捨てることだって厭わないわ」

 

 息を吹き返したかのように、楯無が食ってかかってきた。トラップがバレたか? ……いや、こちらの魂胆を読み取ろうとしている途中だな、まだ。

 

「それは……脅しですか?」

 

「いいえ、警告よ」

 

「……分かりました。それでは、契約の紋を刻んでおきましょうか」

 

 俺はそう言って、懐から筆を取り出す。

 

「なっ、どういうことよ?」

 

「いやいや、貴方の身体に刻んでおいた方がいいと思いまして」

 

「なんて下劣な……!」

 

 顔を強ばらせながらも、渋々楯無は了解した。

 俺はクスリと、笑みを見せる。

 

「契約成立、ですね」

 

 そして、楯無に絡みつく蔓を取払ってやる。楯無は急に身体の自由がきくようになってよろけるが、そこを俺は支えた。

 

 ……主に楯無の胸を触って。

 

「~~~!!」

 

 触られた楯無は、咄嗟に飛び退いた。然してこちらをキッと睨む。だが、その顔は若干赤らんでいる。

 多分今、女の敵とか思われてるよな。それで結構。女の敵というか、俺は人間の敵だから、さ?

 

「じゃ、楯無サン。服、脱いでよ。上半身だけでいいから」

 

「くっ……」

 

 俺に言われるがままに、楯無は服を脱いでいく。

 屈辱か? 屈辱だろうな。

 楯無は上半身がブラジャー一枚になったところで、後ろを向いて、ブラのボタンを取り外す。

 肌をだいぶ見せているにも関わらず、乳首周りは見せたくないらしい。……何故女は陰部はともかく乳首を見られたくないのだろうか。よく分からん。

 

「それじゃあ、書き込んでいこうか……」

 

 月明かりが窓を通して俺達を照らす中で、俺はそっと楯無の背中に触れた。

 ……とてもスベスベとした肌をお持ちで。束がとてもモッチリとして水分をたっぷり含んでいそうな肌をしていた反面、楯無はクロエと似ている。

 歳を取っていたり胸のサイズに関係があるのだろうか。興味深いところだ。

 

「ひうっ……は、早くやりなさい」

 

「まさか、肌触られちゃっただけで、感じてるんですか?」

 

 そうやって中指で背中の筋を撫でてやると、楯無は身震いする。

 

「あ、貴方っ……!」

 

 これ以上は悪戯すると面倒かな。

 俺はそう思って、掌を楯無の背中に押し当てる。

 

「あっ……!?」

 

 楯無が仰け反る。その瞬間、背中に木の根が張るようにビキビキと皮膚が盛り上がった。

 

 俺が手を離すと、楯無の身体には、黒い紋章が浮かび上がった。

 

「い、一体何を……」

 

 身体に浮かび上がる紋章を見て、楯無の顔の血の気が引いていく。

 身体に書くことを予告はしていたのだが、いざ書かれると来るものがあるらしい。自分としても、タトゥーだったり刺青だったり淫紋だか何だか知らないが、本当はそういうのはあまり好きではない。

 だが、こうでもしなければ簡単に契約破棄されてしまう。

 

「そんなに心配することじゃないですよ」

 

「何を言っているの!? これのどこが──」

 

「貴方が契約を守っている限りは、その紋章は誰にも見えません。守っている限りは」

 

 そう俺が言うと同時に、楯無の身体に刻み込まれていた筈の紋章は、スーッと消えていき、元の白い素肌が月夜に光っていた。

 

「じゃあ、楯無サン。契約は取り付けましたから、しっかり守ってくださいね。あ、そうそう。バレないと思ったらダメですよ。不履行された瞬間に紋章出ちゃいますから。それでは今日は以上です。ごきげんよう」

 

「そんなっ……」

 

 俺は、ズブズブと、まるで底無しの沼に沈んでいくように、床へ沈んでいく。

 

「待ちなさい!」

 

 楯無は声を上げたが、走り出す頃には俺はもう、床と()()しきっていた。

 楯無の前には、誰もいない。暗い廊下が、続いているだけ。

 

 今イギリスが鋭意開発中の第三世代IS『ダイブ・トゥ・ブルー』が使うような『空間潜行(イン・ザ・ブルー)』を想起して貰えれば分かりやすいが、それとは少し違う。

 何故なら、床もDG細胞によって浸蝕された俺自身であるからだ。擬態……でもないな。俺そのものであるわけだし。

 

 そうして俺は、夜の闇に紛れて、楯無の前から姿を消した。

 

 ともかく、楯無にはいい契約を取り付けることが出来た。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。明日からの楯無の反応が楽しみでしょうがない。

 

 内心でほくそ笑みながら、学園の壁内を伝って、自分と簪の両部屋の前に降り立つ。

 

(さてさて。すぐ戻るとか言っておきながら、妙な邪魔が入ってしまったな。不審がられてないだろうか)

 

 女の勘は鋭いと聞く。

 

 少し慎重になりながらも、俺はドアをノックした。

 

 ……コンコンコン。

 

「俺だ。今入って大丈夫だよな?」

 

「……うん」

 

 家主の了承も得たところで、俺は部屋に入った。

 

「ただいま」

 

「…………」

 

(分かってはいたが返事はなし、か……)

 

 とりあえず荷解きが先かな、と思いながら俺はデスクに座る簪の前を通り過ぎる。簪はまだ風呂に入っていないそうでまだ制服だった。……やっぱり俺が後の方がいいんじゃないのかと思っていたのだが、

 

「あ、あの……」

 

 声がかかった。紛れもなく簪の声だ。俺は振り向く。

 

「え?」

 

「……お、おかえり……」

 

 俺は一瞬、彼女が何を言ったか分からなかった。

 

 簪の言葉を理解するまでに、あろうことか数秒もの時間を要するほどに。

 

 若干頬を赤らめて、目を逸らす。そして発した、小さな、小さな言葉。だが確かに聞こえた、『おかえり』と。

 

 ………………。

 

「……? どうした……の」

 

 はっと、我に帰る。

 

 俺は硬直していた。たった数秒間……されど数秒間の間、俺は完全に無防備な状態を晒してしまった。

 

 何故だ。ここは未だ敵地。本当は一挙手一投足、警戒して事に当たらねばなるまい。それはこの部屋の内でも同じだ。

 

 現に楯無はここまで追いかけてきた。彼女は暗殺に適した(と勝手に推測したのであろう)放課後の校舎の廊下を俺が歩いているのを狙って実行に移した。結果的にそれは失敗に終わったが、彼女が失敗したその先を考えていない筈がない。

 そして普通に考えれば、次に適した場所といえばこの部屋の中。つまりここだ。一番油断しやすい場所であろう。彼女の立ち位置を利用するだけでも簡単に寝首がかける。マスターキーを利用して部屋には簡単に入ることは容易に想像できるし、何があってもおかしくはないIS学園だ、秘密の脱出口から勢いよく飛び出してくるなんてことがあったとしても不思議ではない。実際盗聴器と隠しカメラは存在していた。今はダミーの情報を流しているが。

 

 そんな中で、俺は数秒間という致命的な隙を晒してしまった。

 俺は今日この時までただの優しい人間を装いつつも、ありとあらゆる場所に注意を張りながら生活してきた。DG細胞のおかげで疲れないからこそ出来る芸当だ。

 

 だが、何故……。

 

 俺は額を拭って平静さを取り戻す。

 見せてしまったものは仕方がない。次から気を付けなければ。

 

「いいや? なんでもないさ」

 

 平静を装ったつもりだったが、しかし結局は内心で焦っている。誤魔化しきれなかったかもしれない。

 

 簪からは怪訝そうな顔をされたが、彼女は身体を机の前に向き直す。

 俺は内心で溜め息をついた。

 

 気付かれなかった……のか。

 

「……先にシャワー浴びてくるよ」

 

 逃げるようにシャワールームに飛び込む俺の姿は、自分から見てもとても無様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 ベッドの上で俺はゆっくりと目を開いた。

 簪が部屋の電気を消してからもう二時間は経つ。カーテンの隙間から月の光が差し込んでいて、思っていたより明るい。ここから少し歩けばもう都心だというのに、IS学園内というのは空気がとてもいい。

 そんな感傷に浸りながら、隣のベッドを覗いた。簪は気持ちよさそうに寝息をたてている。これなら気付かれないだろうな。

 室内に仕掛けられてあった盗聴器と監視カメラは全てダミーの情報が流れている。監視しているのはおおよそ楯無だろう。モニターの中では俺は何をするでもなくぐっすりしているのを見て、とりあえずの安堵をしている姿が想像出来る。

 それに反して現実の俺は起き上がり、小さく欠伸をしてからベッドを抜け出る。

 

 そして未だぐっすりの簪を襲い……。

 

 ……たくなる衝動を何とか抑えて、荷物が入っていた鞄の中から一枚の封筒を取り出した。

 

 何故か分からないが、簪に対して早く処分すべきとも考えてしまう俺であったが……まだいいだろう。ある程度は、普通の学校生活を送っても誰も文句は言うまい。

 

 楯無との約束もある。

 

 だから、簪については一旦頭の片隅に追いやり、今はこの封筒の中身に注力することにする。

 薄いピンクの紙に、『愛しのキョウちゃんへ』と大きく書かれたなんとも個性的な封筒だ。裏には小さく差し出し人の名前が書かれている。

 

 やはりというかなんというか、篠ノ之束だった。

 彼女には身分を偽造して貰って俺の母として今朝までホテルで一緒に過ごしていた。保護者兼ボディーガード兼オナホって感じの立ち位置だ。

 そこで俺たちは、玄関までやってくる研究機関だったり政府の人間だったりをあしらったり、その中でも上物の女性をDG細胞で浸蝕させておいたり、あとはベッドでセックスに励む傍ら、色々と作戦を練っていた。

 余談だがクロエはラボでお留守番だ。しばらく会えなくなってしまうことに涙ぐんでいたが、何とか了承して貰えた。

 本当は連れて行きたいところではあるのだが、帰投した後の束のお目付けも兼ねて、だ。

 

 俺は封筒を開く。封筒はとても軽かったが、特に何かが仕込んであるわけではないらしい。中身は俺宛の手紙が一枚、ただそれだけだった。

 

 DG細胞のおかげで夜目がきくため、ライトを点けることなく、そのまま俺は手紙を読み進めることにした。

 

『ブイブーイ。貴方のための束さんだよー♡ 手紙っていいよねー、データみたいに自動で消えちゃうものと違って。束さんの愛、伝わってるよね?

 ……うんうん、早く何があったか知らせろって? 焦らない焦らない。とりあえず──』

 

 長ったらしい。半分くらい愛がどうたらとか忠誠を尽くしますだとか余計な文だらけで読んでて呆れるレベルだった。その辺りは篠ノ之束といえば束らしいが。

 そんな文章の中でも重要なことは掻い摘んで説明が成されていた。内容は……ともかく。

 

 そんな風に思いながらも、俺は手紙を読み進めていく。だが、とてもグダグダした文章とは裏腹に、内容は結構衝撃的であった。

 

 俺専用のISの開発状況や送付準備について。ホテルに滞在中に俺はISについてある程度の注文をつけておいたのだが、それの開発がギリギリになるかもしれないということ。束が俺に付き添って来た理由というのはもう一つある。それが『白騎士』──いや、今はもう『白式』か、そのISコアを元の場所に戻す作業だ。

 白式は倉持技研の倉庫に半ば放置されるように保管されていたのだが、それを俺がDG細胞に覚醒して束を支配した日に、こっそりと奪取してきたというのが翌日にラボにコアがあったことのあらましだそうだ。

 IS学園と倉持技研の研究棟の距離は差程離れておらず、またホテルからも近い。また白式を元に戻す作業は俺がDG細胞によって浸蝕したために盗む前とコンディションが違うために盗む作業より時間がかかるそうだ。そのため彼女は毎晩俺と交わった後に研究棟に忍び込み、下準備をしていた。また、『白式』を無事に一夏の専用機にするための根回しも行っておく必要があり、やることが多いらしい。

 余談ではあるが、『赤月』は篠ノ乃箒と織斑千冬の私闘後に束が預かっていたもので、俺のものについては白式同様に盗品かと思っていたが、以外にも新造だった。所在が分かっていないコアもあるとはいえ、そんなに簡単に新造してもいいのか、とホテルにいた時に聞いたが、コアナンバーを偽装して、()()()()()()()()()()コアのナンバーを使用しているそうだ。束のコアの製造技術は見ての通りだが、俺は彼女の恐ろしさの一端をまた垣間見たらしい。

 そんなこんなもあり(大体は俺が路線変更させたのが原因だが)、さしもの束もスケジュールが逼迫しているためにISに関するリクエストを全てこなせないかもしれない、というのが一つ目のお知らせだった。

 本当ならもっとじっくり作戦を練りたかったわけではあったが、急遽今日から寮で暮らすことになり、また一週間後にはもうISを使用せざるを得なくなってしまったからにはしょうがない。

 本音を言えば今日から寮生活というのは束という極上の身体をしばらくお預けにされたという意味では口惜しいところではある。

 

 だが、そうも言ってはいられない。束のお知らせはもう一つあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──大体話をする時というのは『いいお話』と『悪いお話』を最低でも一つずつ用意するものだろうとは思っていた。だが、よりにもよって悪いお知らせしかないとは思わなかった。『テヘペロ♡』などと書いてはあるが、束もこの関係バレについては若干の焦りが伺える。そこまで危惧すべき事態というわけでもないのだが。

 荷物を渡してきた織斑千冬の口調から、これは何となく察していた。荷物を受け取りに行ったのは知っての通り織斑千冬で、千冬と束は旧知の仲。ある種の因縁さえ存在している二人が出会ったところで、気付かない方がおかしいと言った話だ。

 特に差し障るような話はしていないとのことだが、そもそもバレたこと自体が大問題で予想外だ。

 

(おいおい、俺の楽しみを奪わないでくれよ……)

 

 急な寮生活と、女二人の対峙。全て織斑千冬の仕組んだこと……の可能性は低いだろう。

 ただ、何であろうとバレてしまったのは事実だ。

 

 俺は手紙を一瞬で焼失させた後、ベッドに倒れ込む。

 俺は目を覆った。

 

(所詮、どれだけ優秀なものでもそれを扱うものが上手く扱えなければ無用の長物になりかねん)

 

 篠ノ之束のような代物であればこちらの指令なしでも彼女自身である程度のことは何とかしてくれるが、それは彼女のポテンシャルを扱い主──つまり俺の持つデメリット分に充てることになる。

 だから、例え篠ノ之束と織斑千冬に戦力比嘉が大きく離れていたとしても、色々なことを隠蔽するのに力を入れながら戦う場合、そこに戦力が削がれて実際の比嘉が大差ない場合になってしまう。

 DG細胞は多くのものを浸蝕して、その勢力を物理的に広めなければ強くはない。コロニーデビルガンダムサイズまでになれ、という訳ではないが、今のままでは篠ノ之束の頭脳に守られて生きるので精一杯であった。

 

 織斑千冬と白騎士とを繋ぐ何か、あれはただ単に織斑千冬の乗機、という訳ではない。

 それ以上の何かが……。

 それさえ掴めば完全に攻勢に出ることが出来るのだが……。

 

 とにかく、クラス代表決定戦が終わるまで、目立った動きは出来ない。

 とにかく、安全第一。

 

 今は眠って精神を養う必要があると思い、俺は布団を被って寝ることにした。

 

 

 

 その一連の光景を、隣で見ていた者がいるとは全く知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お久しぶりです。

 読者に読みやすいネット小説の文章スタイルに関して試行錯誤をしていたら自分の持ってた文章スキルを忘れかけてしまって悪戦苦闘してしまいました……。
 みんな一文おきに改行しまくってるけどそれだと色々と独特な言い回しに関してブレーキがかかってしまうのよね。

 明日も更新する予定。


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第十四話 (ひず)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。食堂で俺は朝食を口にしていたのだが(尚、簪は弁当を持って何処かへ雲隠れしてしまった)、不意に声がかかった。

 

「隣、いいかな?」

 

 昨日、休み時間に絡んで来た、同じクラスの布仏らの三人組だった。

 特に断る理由は無かったので、三人をテーブルの向かいに座らせる。

 

 ただ、女子三人と俺一人、そこから二、三メートル離れてグルリと囲む、飢えた女子の群れ。これが問題だった。

 食事をするでもなく、ただ突っ立って囲んでいる。

 ……ここは食堂だぞ。食事をしろ、食事を。

 女子三人もプレートを置いて座ったのはいいものの、衆目に晒されて、朝食を取るでもなく、縮こまっていた。

 

「……あんまり気にしない方がいいですよ。何も出来なくなるんで」

 

「う、うん。そうだね……」

 

「キョウジ君って、メンタル強すぎ……」

 

 俺が小声で促してやると、ようやく三人は食べ始める。

 

 ただ、周りのコソコソとした声は、俺が喋ったことなのか、ざわめきを増していた。

 

 ──五月蝿いな。

 

 仕方がないので睨んでやる。

 そうすると、こちらの威圧に気付いたらしい、蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 

 所詮、IS学園しか世界を知らない女子共に過ぎん。

 

「えっと……なんか、一斉に解散していくんだけど……」

 

 異変に気付いた相川清香が、こちらに訊いてくる。

 

「さあ? ……飽きたのではないですか?」

 

 俺は適当にあしらうことにしたが、彼女らは何となく気付いてるらしかった。

 

(……私達は今、とんでもない相手と対峙している。そうは思わないかね布仏参謀?)

 

(そーだねー)

 

(眩しいっ、前方が光に包まれて見えませんっ!)

 

(そーだねー)

 

 ……このまま会話がストップするかと思われていたが、以外にも話のタネが降ってきたのはすぐだった。

 

「キョウジ君は朝食の量少ないね」

 

 話題を振ってきたのは、おさげの少女谷本癒子。

 

「そうですかね? 別に普通だと思うんですが……」

 

 今日の朝食は、お刺身定食。真鯛とマグロとイカの刺身にご飯と味噌汁がついた、定食シリーズのなかでもちょっぴりお高めの一品だ。

 この国では生の魚をよく食べると聞いていたが、束に進められて食べた時以来病みつきである。

 日本の和食文化というのはつくづく素晴らしいものだ。

 

「でも、織斑君は凄いよ。あれだけご飯大盛りにして」

 

 彼女が指差す先には、篠ノ乃箒と、朝食にがっつく織斑一夏の背中があった。

 ……なるほど、一回り大きいお茶碗に、ご飯が山盛りに盛り付けられている。

 そういえば先程、食堂のおばさんから「もっと食わないのかい?」とつつかれたが、一夏があれだけ食べていれば俺もこれくらい食べると思ってもしょうがない。

 

「……僕はそこまで食べませんよ。あまり食べ過ぎたら食べたものの重みで活動出来なくなりそうですから」

 

 けど、と俺は続けた。

 

「谷本さん達はそんな朝食で大丈夫なんですか? それだけだとエネルギーが十分に補給されませんよ」

 

 三人のプレートにはそれぞれパンが一枚と飲み物が一つ、そして小さな小皿にちょこんと乗ったおかずしかない。

 

 人間辞めちまって本当は食事も何も必要ない俺ではあるのだが、食事は日頃から規則正しく、適切な量を取った方がいいということには共感する。

 調理された美味しい食事を取ることが出来るのは、我々だけの特権だ。

 

「わ、私達は、ねぇ?」

 

「大丈夫、かな?」

 

 う〜ん、と心の中で呟いた俺だったが、まあいいか、と心の中でとりあえず切り替えることにした。

 そして、真鯛の刺身を醤油に晒して、舌鼓する。

 白身魚のコリっとした感触とさっぱりした味が、やはり絶品である。

 

 

 

「そういえば、キョウジ君は何か知ってる?」

 

 合掌してご馳走様を言った後、急に谷本がまた話題を振ってきた。

 

「何かとは、何をです?」

 

「……実は、昨日の消灯前に──」

 

「いつまで食べている!」

 

 何かを言おうとした谷本だったが、大声がそれを遮った。

 

「食事は効率よく迅速に取れ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 食堂の出入口で、織斑センセが手を叩く。

 

 あれだけよく通る声、そして恫喝。鬼軍曹は伊達じゃない。

 因みにグラウンドは一周五キロ近くあるので、常人だったら三時間は走らされる計算になる。マラソンランナーもびっくりだ。

 

「谷本さん、話は、また後でしましょうか。それでは」

 

 俺は食堂を後にして、一旦寮部屋に戻る。

 今日から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「おはよう、キョウジ」

 

「おはよう、一夏」

 

 俺が教室について、授業の準備を終えたちょうどその時に、やっと織斑一夏が入ってきた。

 遅刻ではないが、IS学園はHRに悠長な時間をかけない。チャイムが鳴ったらすぐ授業。

 だというのに、流石にこのギリギリの時間は、看過しかねる。

 

 まあ、俺にとっちゃ知ったことじゃないんだが。

 

 ──だが、虫唾は、走る。

 

 早く、消えて欲しい。

 

 俺の理想郷に、二人も男はいらない。

 

 こんなナヨナヨした男に、箒や他のクラスメートが気を向けるなんてこと、あっていい筈がない。

 

 ──だが、今はその気持ちをグッと押し留める。

 

 その気になれば織斑一夏など簡単に捻り潰せる。

 だが、まだ織斑センセに決定打を刺せない今、下手に一夏に手を出せば、織斑センセの逆鱗に触れる。

 そうすればどうなるか分かったものじゃない。

 

 だから、抑えるんだ。今は。今はまだ、その時じゃない。

 

「……キョウジ?」

 

「え? どうかしましたか?」

 

「いや、ずっとお前が何も言わずに俯いてるから……」

 

「ちょっとした考え事ですよ」

 

「悩み事だったら、俺が相談にのるけど。大丈夫か?」

 

「そんな御大層なものではないから、大丈夫ですよ。それにしても、一夏の方が考えるべきことはいっぱいあるんじゃないですか?」

 

「え? あ、ああ……まあ、そうだよな。セシリアに何とかして刃向かえられないか考えなきゃいけないしな。キョウジも戦うんだろ? なんかいい案持ってないか?」

 

 ほら、キョウジは俺と違ってIS詳しいしな、と続ける織斑一夏。

 

「何かいい案ですか……。あるにはあるんですけど」

 

「そ、そうなのか!? 教えてくれ」

 

 ほぼまっさらな状態で、決闘に挑むことになった織斑一夏からしたら、付け焼き刃でもいいから勝ち筋に縋りたいものである。

 

「でも、とりあえずISの動かし方を先に覚えておいた方がいいと思いますよ、僕は。オルコットさんに勝つには、最低でもISの機動力と繊細な操縦能力を両立させる必要があります。基本的な空中機動動作を覚えずして、彼女に勝てると思ったら大間違いじゃないんでしょうか?」

 

 ただ、俺がそう簡単に必勝法を教えるか、ばーか。

 

 そもそも俺は織斑一夏とは違って、ある程度──篠ノ之束レベルの知識がある。実力は流石に伴ってないが、そこは自らの策で補う。

 無策で縦ロに挑む訳ではない。入念に計画を立てて、効果的に()()()()()()算段を考えているのだ。

 代表候補生とはいえ、あの様子から見て戦闘自体は余裕であろうというのが俺の推測だ。こちらには束製ISも控えているから、いざとなれば性能差でごり押せる。

 

「むう……それは、そうだよな」

 

「僕もあんまり言えたことではないんですけどね。僕だってIS動かすのはまだ二回だけですし、知識もただ持ってるだけですからね。知識を実際に活かせなければ何の意味ないでしょう」

 

 ただ、俺は、「あっ、そうだ」と続けた。

 

「でも一夏って、実績はあるんですよね? 教官倒したって」

 

「あ、いや、あれは……」

 

「マグレだったのかも知れませんけど、運は間違いなく一夏についているんじゃないんですか? 一夏には織斑先生もついているんですし、もっと自信持った方がいいとは思いますよ」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 何故かオロオロとした表情をする一夏だったが、勿論これは俺が揺さぶりをかけた結果である。

 

 俺は一夏の入学試験のデータを見ている。実力ないしは潜在能力を測ろうという魂胆で見ていたからだ。

 

 肝心の映像というのは……『上がり症の山田先生が開始早々壁にぶつかり自滅』という呆気ない顛末でそのまま締めくくられていたというオチ……ではあったが。

 本筋に関しては是非もない。

 

 ただ、縦ロの実力が、また織斑一夏自身の実力が如何にしろ、一夏には完膚なきまでに負けて欲しいものだ。

 とりあえず勝って貰っては駄目だ。

 

 あまり表立って汚い真似は出来ないが、自分の評価を上げて、織斑一夏の評価を下げる。そのためだったら俺はなんでもやるつもりである。

 

「と、とりあえずそうだな、俺は──」

 

 授業内容を理解出来るように努めるよ、とでも言おうとしたのだろうが、頭上から漆黒の出席簿が振り下ろされていた。

 

「早く席に着け。授業が始まる」

 

「はい……」

 

 いつの間にか背後にいた織斑センセにそう言われ、渋々席に戻る織斑一夏。……まあ、俺は来るの気付いてたけど。

 ざまあないね。

 

 ただ……。

 

「────っ」

 

 織斑センセが通り過ぎる瞬間。

 

 ──一瞬。ほんの刹那だけだったが、確かに確認した。

 

 織斑千冬がこちらを睨むのを。

 

「それでは授業を始める」

 

 その後というのは特に変わった様子というのは無かったのだが。

 だが、奴は俺がとんでもないバケモノだとは知らずとも、篠ノ之束とつるんでいることは承知だ。あの二人に因縁が存在している今、警戒するのはごく自然な発想だ。

 

 それは、俺に向けられた警告。

 

 だが、そんなもので折れる俺じゃない。女の花園に足を踏み入れてしまった以上、退路は断ってある。

 

 オーケイ。乗ってやるぜ。

 

 教壇で解説を続ける山田先生を傍らで補佐する織斑センセに向けて、俺は内心でほくそ笑む。

 ……仕方ないよな。だって、今から俺がすることは、元を辿れば彼女の身から出た膿みたいなものなんだから。結果がどうなろうと、彼女は受け入れるしかない。

 

 ──だが、肝心の結果というもの、このままこちらが負けてしまえば、俺は本当に膿として、よくて摘出されちまった癌細胞で終わってしまう。

 

 それだけは、避けなければならない。

 

 胸にそんなことを秘めながら、ノートをとる俺であった。

 

 教壇では、山田先生がISの操縦者保護機能についての説明を続けている。

 

「……ということで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギー・バリアで包んでいます。また、生体機能を保護する役割もあり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどが挙げられ……」

「先生、それって大丈夫なんですか? なんだか身体を弄られているみたいで怖いんですが……」

 

 クラスメートの一人が不安そうな面持ちで訊ねる。

 ──確か、ISを装着した時、人間の場合は独特の一体感を感じるらしい。四肢欠損の人に神経接続の義肢をつける時の感覚と似たようなものだろうか。

 元々人間の身体というのは人間の身体以外は自由に動かすことが出来ないという思考が前提として働いているから、身体が拡張した時にそのような違和感を感じてもおかしくはない。

 俺もそうだ。

 篠ノ之束の動きを封じるために初めてDG細胞を使った時は今まで感じたことの無いような感覚が走った。

 伸びた腕だけふわふわとした感覚が走っていて、まるで夢の中で空を飛んでいるようにも錯覚した。

 今ではそれにも慣れて、自由自在にDG細胞を使えるようになったが。

 

「そんなに難しく考える必要はありませんよ。皆さんはブラジャーをつけていますよね? あれはサポートこそすれ、人体の悪影響を及ぼすことはないわけです。もちろん、自分に合ったサイズでなければ、型崩れしてしまいますが、ISは自動で操縦者に合わせてくれるので、そういう心配はありません」

 

 そう意気揚々と話していた山田先生だったが、織斑一夏と目があった瞬間に、ボッと赤くなった。

 

「え、えっと、そ、その、おおお、織斑君はしていませんので、分からないですよね、その例え。あはは……」

 

 山田先生の誤魔化すような笑いは、しかしクラスメート全員に看破されていた。

 

 周りは山田先生の失言で段々と冷えた雰囲気になりつつあったが、俺はそんなことには目もくれていなかった。

 山田先生が他の男に顔を赤くしている時点で気に食わないところではある。

 

 しかし、ISに関しては開示されていない情報がとても多い。

 

 確かに不用意に身体を弄ったりはしない。()()()使()()()()()()()()にはIS側が装着者のコンディションに合わせて調整を行い、『装着者の実力を100%引き出す』という装着者主体のコンセプトでISは出来ている。

 だが、ISはブラジャーとは、はてまた単なる拡張義肢とも違う。コアには人間以上のスピード誇る演算能力と、そして独立した『心』がある。

 ここからは篠ノ之束などのごく一部しか知りえぬ話だが……ISは使用されていく過程で、もっと効率的な稼働を行うためにはどうすればいいかを考えていく。

 そして、遅かれ早かれその心は、一体となっている装着者の『心』へと辿り着く。

 そこで他人の『心』への接触を行うのか、傍観を決め込むのかはそのISコア次第だが、肉体を介さない『心』同士の接触というのは、とても危ういものである。

 俺は一度、コア・ネットワークへの侵入を試みたことがあるから、よく分かる。

 心象世界での『心』の触れ合いはほんの些細なことで『心』は傷付き、消滅することもあれば、他人の『心』の影響を受けて容易く自分の『心』が塗り替えられることだってある。『心』同士が溶け合って、歪な一つの『心』になってしまうことがあったとて、不思議ではない。

 

 とどのつまり、『身体』が弄られる可能性は限りなく低いが、『心』が弄られる可能性はある、ということだ。

 精神力で跳ね除けることは可能だが、『心』を弄られてしまっては、もう身体がどうとか言ってる暇はない。

 

 心の弱いものは、容易に心に付け込まれるのは想像に容易い。()()()が言っていた彼の日の箒は──篠ノ之束が全てを知りながらそれを渡したのかは知らないが──ISに乗ったことによって半ば暴走状態に陥った。それは長きに渡る篠ノ之束と織斑千冬の確執が始まった瞬間でもあった。

 

 ()()()が箒のことと同時に言っていたISの『本質』も加味すれば、普通の人間は、本当はISに背中を預けるのは極めて危険であろう。

 

 ……と言っても、今のところは箒を除いて明確な実例はなく、よっぽどのことがあってやっと理論的に起こりうるものであることを付け加えておく(更に言えば、俺は逆にコアの心象世界に土足で踏み込み、挙句相手のコアに対しての精神汚染を成功してしまうという偉業まで達成してしまった)が。

 

 ただ、俺はこの危険性には多大な利用価値があると見ている。

 確かに人間がISの奥深くに踏み込むのは危険性が高いが、俺の場合だったら全部DG細胞で屈服させてしまえば済む話だからだ。危険性なんてないに等しい。

 

 例えば、対象をDG細胞を使わずに精神汚染が行えるかもしれないという点が大きい。

 DG細胞を使いたくない場合が来た時に、標的の心と予め服従させておいたISコアを繋げば、あとはコアが勝手に精神汚染を済ませてしまう、言わばISを用いた自動洗脳装置(女性限定だが)等に応用が可能ではないだろうか。

 もし敵の勢力がDG細胞とそれ以外を見分けられる方法を見つけた場合などに、スパイを忍び込ませたい時などに使用するのが考えられる。

 そこまで追い詰められることはないと信じたいが、備えあればなんとやら、である。

 

 ISというのは、戦闘以外にもとても便利な代物だ。

 ISを使わずに世界征服しろと言われれば、かなり悪戦苦闘するに違いない。残念ながらこれはゲームであっても遊びではない。世に言う縛りプレイなんてやってる暇はない。

 それに、ISコアの人格というのは可愛い女の子なのである。それはISを身につけていればいつでも心象世界で彼女らと交わることが出来ることに他ならない。無料(タダ)でいつでも使えるラブホなのに利用しないなんて損している。

 

 ……閑話休題、俺がそうこう考えている間に教室が浮ついた雰囲気になっていたが、織斑センセの咳払いがそれを絶った。

 

「んんっ、山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

 教科書を落としそうになりながらも、山田先生は説明を再開する。

 眼鏡が少しズレているが。

 

「それと、もう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話……ええと、一緒に過ごした時間で分かり合うというか、操縦時間に比例してISも操縦者の特性を理解しようとします」

 

 それは俺が先程言った通りのことだ。

 ただ、やはり理解しようとすればするほど、お互いの不可侵であった領域に踏み込んでいき、いつの間にか操る側から操られる側へ回る危険性がある。

 

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出せるようになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識して下さい」

 

「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですか?」

 

「そ、それはどうでしょう。私には経験がありませんから……」

 

 経験がないのはラッキーだな。確かにISに携わる者はといえば、女性しか動かせないものだから女性主体の環境の中で生きているものだから異性への接触は少ないと聞く。

 ホテルで身元確認を行っていた時に、珍しく束が山田先生の豊満なおっぱいを羨ましがっていたが、過去も未来も永劫この身体は俺が独り占めできる。

 

 クラスの女子はキャッキャキャッキャと騒ぎ出して談義を始めている。

 別に談義などして想像を膨らましていても、最終的には俺が全部貰ってやるのだけどな。

 今年入学出来たのはとても運がいい。

 

「…………」

「なんでしょうか、山田先生」

「えっ? ああ、いや……なんでも、ないですよっ」

 

 頭の中でプランを練りながらノートに授業内容を書き込んでいた俺の目が、山田先生の前で止まる。

 山田先生は、さっきからずっとこちらを見つめていた。

 

 まあ、今まで女子しかいなかった授業に男子が加わるというのは、やりにくいのは当たり前である。仕方ない。

 

 そこでチャイムが鳴り、山田先生は次の授業の予告をしてからそそくさと職員室に戻る。

 織斑センセも先に教室を後にしていた。

 

「はーい! キョウジ君に質問!」

 

「キョウジ君はどう思う?」

 

「お昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 授業が終わるなり、近くの座席に座っていた三、四人が飛び出して同時に質問をしてくる。もう俺が友達を作っていたがために様子見は終わりを告げたらしく、後続にはゾロゾロと列を成して大量の女子生徒が赴いて来ていた。

 

 そして、女子達の隙間からチラリと前を覗くと、織斑一夏も同上である。心無しか、向こうの方が少ないか。

 

「流石に、一度にいっぺんは無理です……」

 

 とりあえず、表向きの性格を演じるために縮み上がっておくが、いつの間にか列が教室の後ろの出入り口をゆうに越え、整理券配りを始める女子まで現れている。『一枚千円』と聞こえたのは、恐らく空耳ではない。

 

 ──本当に、なんでもありか。

 

 さしもの俺であっても、この展開には半ば呆れていた。

 

「……で、キョウジ君は、どうなの?」

 

 物量による質問攻めは終わらない。

 日本には、この質問の波を全て捌いた歴史上の偉人がいるとかなんとかで、その逸話を基にしたゲームがあると聞いたことがある。『聖徳太子ゲーム』だっけ。

 一応俺にもそれは出来なくもないが……。

 

「み、皆さん、一旦落ち着きましょう、ね?」

 

 しかし、その一言では止まる気配はない。

 始めは圧倒的アウェーだと覚悟していたが、これ程とは……!

 

 仕方なしに、俺は質問を一つ一つ捌いていく。

 

 感謝することと言えば、あの整理券を配っていた女子、あの整理券に『一人一言まで』と書いてあったおかげでこちらは少し楽だった。

 誰だか知らないが、感謝を申し上げておく。

 ……お金を徴収するのはいただけないが。

 

 ある程度質問を捌き切ったところで、俺は出席簿の音を聞いた。

 

 見れば、何があったか知らないが一夏がまた織斑センセに叩かれていた。

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 織斑センセの地雷を踏み抜いた……らしい。

 

「ところで織斑。お前のISだが、準備に時間がかかる」

「へ?」

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

 織斑センセの言葉に、クラスがざわめき出す。

 

「専用機!? 一年の、しかもこの時期に?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで」

 

「いいなぁ〜。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 彼女らの言う通り、これは異常だ。そもそもイレギュラー(俺たち)に関することなんか異常事態ばかりではあるが。

 

 そして、同時に俺もピクっと眉を上げる。

 

 それは、驚きというよりも、歓喜の反応だった。

 

 そもそも、織斑一夏に専用機が用意されるというのは想定済み、いや、そうなるように俺が仕組んだのだから。

 

 俺としては、作戦が成功してくれて嬉しい限りだ。

 

 しかも、『予備機がない』、つまり、この時点で一夏はあの『白騎士』……いや、『白式』に乗ることが確定した。全て俺たちの計画通りの結果だ。

 

 こんなに嬉しいことはない。

 

 『白騎士』がまだ完全に支配出来ていないとはいえ、これで織斑一夏を制御下に置いたも同然である。

 

 ──残念だったな織斑一夏。入学早々だが、もう俺の勝ちだ。

 

 心の中で、高笑いをする俺。

 

 そんな矢先だったが、織斑千冬の視線が、一夏からこちらに向いた。

 

「イクリプス。お前も同様だ。学園で専用機を用意する」

 

 ……というわけで、こちらの専用機に関しても、合法的に使えるようになった。束の根回しのおかげだ。

 

 ……だが、織斑センセは脅威だな。先程の()()程じゃないにしろ、元々の眼光が尋常ではない。振り向かれただけで、自然とこちらが強ばってしまう。織斑一夏に勝っても、織斑千冬に勝てなきゃ意味がないというのに、前途多難なのは俺も同じだった。

 

「あらあら。良かったですわね。私てっきり訓練機にお相手なさらなければならないかと思いましたわ」

 

 俺の思考を他所に、俺と織斑一夏に食ってかかったのは縦ロだった。

 

「なにぃ?」

 

「訓練機相手に勝ったところで、つまらないんですもの」

 

 一日経ったところで、彼女の舐め腐ったところは変わらないらしい。

 

 俺は今にも爆発しそうな織斑一夏の肩を抑えて、首を振った。

 

「口喧嘩をしたところで、何も変わりませんよ、一夏」

 

「だけどよ……」

 

「決闘をすると言っているのだから、全てはそこで結果を出せばいい。下手に出て憂き目を見るより、我慢して後で結果を見せつけた方が世の中生き残っていくのです。そうでしょう? オルコットさん」

 

「ええ。確かに貴方の仰る通りですわね。一週間後が、非常に楽しみですわ」

 

 オーッホッホッホ、という貴族御用達(?)の高笑いを浮かべながら、自分の席に戻っていく縦ロ。

 織斑一夏も、傍らで拳をギリギリと握っているものの、特に掴みかかろうという訳でもなく、力なく席へ戻って行った。

 

 ……対して俺はといえば、なんて低俗な戦いなんだと内心呆れながら席へと戻ったわけであるが。

 

「それでは授業を始める」

 

 教室内のざわめきも、織斑センセの授業開始の合図が始まる頃には、静まりかえっており。

 最低でも勉強は出来る奴らなんだなぁ、と複雑な心境を浮かべる俺の耳には、カリカリとペンを動かす音が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、やっと戦闘パートに入ります。
 その後に濡れ場に入れるかと…
 お待ちを……お待ちを……


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第十五話 愛しき者のために


 前回の最後に今回は戦闘パートだと言ったな。あれは嘘だ(ごめんなさい)
 その変わりと言ってはなんですけど今日は脳姦パートだったりします。上手く書けたか不安ですけど見て頂ければ幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISについて学ぶ教育機関であるIS学園というのは創立してからまだ十年も経っていない。

 ISが開発してから十年しか経っていないのだから、当たり前だ。

 

「校舎に幽霊が出る……ね」

 

 だから、そんな話を聞いて嘘かと疑うのはごく自然な発想である、俺は思う。

 

「にわかには信じ難い話ですが……」

 

「私だって、そうは思いたくないけどね。怖いし」

 

 懐中電灯をつけて道を探りながら歩くキョウジは今、教室が並ぶ校舎の廊下を散策していた。

 

 時刻は午後八時、消灯まであと一時間を切っており、外は真っ暗である。

 

 隣……というかキョウジの影に隠れながら歩くのは、谷本癒子であった。

 

「ですが……ほんの数時間前まで僕達が授業を受けていた場所ですよ……」

 

 今朝の食事中に、谷本さんが何かを話したげにしていたから、放課後の改めて訊ねた俺であったが、彼女の口から出たのは『昨日の夜に、校舎棟で幽霊を見た』という衝撃的な言葉だった。

 

『私一人じゃ怖いから、一緒に付いてきて欲しいの!』

 

 日本では怖い場所へ行って度胸を試すことを『肝試し』と呼ぶらしいのだが、その言葉に促されて俺は入学早々その『肝試し』を行うことになったというわけだ。

 確かに暗い場所は何となく不気味だし、何が待っているか分からないから不安も湧く。

 だが……だからといって暗い場所では怪奇現象が必ず起こるかといえばそうではないだろう。

 

「それで、谷本さんはどこで、どんな幽霊を見かけたんですか?」

 

「あれは、確か……キョウジ君、このまままっすぐ行ったところにT字路があって、そこを右に曲がってまたもうちょっといくともう一つT字路にぶつかるじゃん」

 

「そうですね」

 

「そのT字路が見えたところで、女の人の幽霊……着物をズルズルと引きずってて、なんだか泡? ……みたいなのが出てたわ。そんなシルエットが、スーッと通り過ぎていったの」

 

「女の人……ですか」

 

「あとは、そうね……髪が長くて、それで左から右に通り過ぎていったんだけど、右ってすぐに行き止まりじゃない」

 

「ああ……なんにもありませんでしたね。まさか……」

 

「あの時は好奇心に負けて後を追ったんだけどね。

 ……いなかったのよ。何も」

 

 行き止まりなのだから、そこに人が行ったのなら、必ずその人はいる筈。

 

 その後は、想像に容易かった。

 

 血の気が引いていった彼女は一目散にその場を退散し、幽霊だと悟ったんだろう。

 よくある話だ。

 

「谷本さんは、昨日の夜遅くに何故校舎に?」

 

「いやあ、教室に忘れ物しちゃってね……。まだ教室開いてるかもって思って教室に取りに向かったんだけど」

 

「流石に日が落ちたら閉まってますよ、教室は」

 

「だったんだよね〜。で、ガックリしてたんだけど、廊下の奥から変な気配がしたの」

 

 入学早々踏んだり蹴ったりだよ、と愚痴を零す谷本は、疲れた様子をしながら肩をガックリと落とした。

 

 しかし、このIS学園に、何故……?

 

 一般的に幽霊とかゴーストとか──まあ妖怪でも悪魔でも名称はなんでもいいのだが──いうのは、東洋と西洋である程度の認識は違うものがあるにはあるのだが、根本的なところは同じだ。

 長い歴史を抱えた建物だったり場所に住み着いていて、そこに訪れる人を化かしたり脅かしたりする。

 

 しかし、何度も言う通りIS学園は創立してまだ十年も経たないし、何か事件が起きたという話も調べた限りでは出てこなかった。

 ここは校舎だから、普段使われていない場所に幽霊は出やすいという例にも合致はしない。

 

 上級生に聞いても、恐らくこういう異変染みた話は出て来ないだろう。

 

 幽霊は別に自然に発生するものではない。メタフィクション的な発言をすれば、妖怪やお化けの伝承というのは、全てが我々人間の心に起因しているという説が一般的である。自分は、そんな存在については懐疑的であった。

 また、仮に本当に、本当にそんな超常的な存在がいたとしても、何らかの原因が存在している筈である。

 

 今は一年生の教室の前を歩いている彼らだったが、女子トイレの前に差し掛かったところで、谷本が恐る恐るキョウジに話しかけてきた。

 

「キョウジ君は、トイレの花子さんは知ってる?」

 

「初耳ですね」

 

「古い学校のトイレにいると言われている妖怪でね……個室のドアの前で儀礼を行うと現れて、トイレの中に引きずりこもうとするのよ」

 

「……そんな伝承があるんですか。でも、この学校は古くないですよ?」

 

「それは、そうなんだけどね?」

 

 女子トイレの看板のマークを照らしていた俺は、一度立ち止まったが、すぐにライトの光を逸らした。

 

 女子トイレを調べてみたいのも山々であるが、入ったら最後、嫌な噂が無限に湧いてくるのは分かりきっているため、入るのはやめておく。

 

 ──そもそも儀礼をしてやっと現れるって、何なんだそれは。こっちから襲って下さいと言っているようなものじゃないか。

 

 後ろに谷本さんを伴って、廊下を歩いていく。

 

「後ろを確認してください。幽霊ならば、どこから出てきてもおかしくはないですから」

 

「う、うん」

 

 谷本が後ろに向けて懐中電灯を照らす。窓の外には、校舎とは対照的に今だ灯りがついている寮の建物の姿があった。

 

 向こうには、まだ人で活気づいている空気がある。

 こちらといえば……不気味なまでに静かだ。

 

 また何かが出てきても、おかしくはない。

 

「それにしても──」

 

 一つ目のT字路が見えてきた辺りで、またキョウジは口を開く。

 

「よく入学してすぐにこんな二人きりの状況を、取り付けましたよね」

 

「ええっ!?」

 

 キョウジが振り向いて、一言。

 

 それを言われた谷本の顔は、一瞬で赤くなった。

 

「い、いや、それは……」

 

 図星を突かれた……というよりは、完全に予想外だったようで、完全にしどろもどろになってしまう。

 

 谷本としては、キョウジがそのような発言をするとは夢にも思わなかったらしい。

 

 その顔を見て、キョウジはクスリと笑みを見せた。

 

「……なんで幽霊なんです?」

 

「だから、本当にいたんだってば〜!」

 

 じたばたと首を振って、『別に釣ろうとした訳じゃないんだから!』とでも言いたげな顔をする谷本。

 

 まあ、少なくともお近づきになりたいという気持ちはあったのかもしれない。

 

 ただ、話を聞いていた時のの谷本さんの顔といえば、照れ恥ずかしがっている、というより本当に頼れる存在が欲しい、という勇気を踏み出したような顔をしていたから、とてもじゃないが断れなかった。

 いくら俺が稀有な存在だからといって、彼女の顔は抜け駆けを主体として行っている人間の顔では、無かった。

 

「あ、でもまだ僕達は会ったばかりですからね。結論はまだ出ませんよ」

 

「ですよね……」

 

 えへへ……と笑いながら内心では床を何度も叩きたくなるほど悔しがる谷本。

 

 このIS学園で、男子と二人っきり(しかもイケメン)なんてシチュエーション、これまでだったら有り得ないし、夢にまで見たものである。

 それを今、谷本は実現してしまっている。

 

「それにしても、キョウジ君って、そんな冗談言えるなんて思わなかった」

 

 彼の意外な一面まで知ってしまう程である。

 

「話術……というほどでもないですが、それくらいは持ち合わせていますよ」

 

 運というか、思わぬ出来事が功を奏していたことに気付かされて、こんな状況であろうことか舞い上がる谷本であったが、そのままゴールイン、とはいかないのが世の常である。

 ただ、幽霊さまさまではあるな、とも谷本は思っていた。

 

(でも、これだけリードは奪った! このままグイグイ押していけば、ゴールインも夢じゃない!)

 

 十代乙女の思考回路は、肝試し中なのも忘れてピンク一色であった。

 

 ──だが、そんな束の間の温かな空気は、一瞬で消え去った。

 

「ここが谷本さんが幽霊を見たという場所ですか……」

 

 T字路を抜けて、俺たちは遂に谷本さんが幽霊を見たと言い張って止まない場所へと辿り着いた。

 

「そう。ここで、左から右に、人影が通り過ぎていくのを、見たの」

 

 T字路の奥にある窓からは、月明かりが照らしている。白くて大きな灯り。あれがあれば、何かが通り過ぎてもはっきりと見ることが出来る。

 

 時刻は、八時十分。気配に注意しながら歩いていったため、ここまで来るのに十分もの時間がかかってしまっていた。

 

 二人は懐中電灯を消した。

 

「少し、待ってみましょう。谷本さん、幽霊を見たのは、何時頃ですか?」

 

「確か、八時半頃だったような……」

 

 谷本は視線を上へ向けて、昨日のことをまた思い出しながら答える。

 

 ──そもそもあれは、今キョウジ君と二人っきりという、絶好のシチュエーションであることを完全に失念させるほどのインパクトであった。

 

 谷本自身もIS学園に通っていて怪奇現象が遭う筈がないと考えていた訳であるし、今どき幽霊騒ぎなんて時代錯誤である。

 

 だからこそ大いに衝撃を受けたし、怖かった。

 

 だから、正体を見て恐怖を克服したいし、見間違いなら見間違いで解決したい。

 

 何事にも、怖気付いていてはいけない。

 

「……これは私の勝手なイメージだけど、こういうのって、特定の時間とか日にちに現れるものだと思うの」

 

「なるほど」

 

「だから、今日現れないかもしれないけど──現れるなら、昨日と同じ時刻、つまり八時半が勝負ね」

 

「あと、五分ですか……」

 

 待機し始めて、いつの間にやらもう十五分。

 

 向こうの道に、変化はない。

 

 一度、T字路まで歩いて誰かいないか確かめたが、谷本の言っていた幽霊はおろか、人っ子一人いない。

 

 一応IS学園は、消灯時間になるまでは校舎に入ることが出来る。

 

 だが、よっぽどの用がない限り夜遅くに校舎を歩く人はいない。

 電灯はつけられていないし、教室は閉まっている。歩けるのは廊下とトイレだけなので、使うのはトイレに行きたい場合だけである。

 

「しかし、見回りの一人二人は歩いていてもおかしくないのですが……」

 

「そういえば、見回りがいるっていう話は聞いたことはないわね。それだけセキュリティがしっかりしているということかしら」

 

 そこに、織斑先生が歩いていてもおかしくはないが、とキョウジは付け加えると、谷本は笑み零した。

 

「よくよく考えると、そっちの方が怖いわね……」

 

 暗闇の中から織斑センセの顔が現れたら、間違いなく驚く。

 

「なんていうか……だんだんお化けが怖くなくなっちゃった」

 

「帰ります?」

 

「とりあえず、確かめたいわ。現れるならもうすぐでしょうし、待ちましょ!」

 

 そして、遂に──手元の時計の長針は、一番下を指した。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

「気になるジャ!」

 

 二人は手前のT字路に身を潜めて、奥を覗きながら、小声で合図をとる。

 

 月明かりが室内を照らしているから、薄暗くても誰かが通り過ぎようものなら、必ず見える。

 

「…………」

 

 時計の秒針がカチカチと音を鳴らし、否が応でも時が来るのを知らせている。

 

 秒針が、ゆっくりと一周していく。

 

 幽霊は、現れるのか、現れないのか──。

 

 そして──秒針は一周する。長針が、一つ左に傾いた。

 

 誰も、来なかった。

 

「今日は……来なかったみたいですね」

 

 谷本の目撃は、ただの見間違いだったか、幽霊は今日はお休みなのか。

 

 それは定かではないが、どちらにせよ、今日は現れなかった。

 

 キョウジはT字路の前に身を起こして、谷本の方へ振り向く。

 

「とりあえず、一旦は安心できますかね──」

 

 ──そう言おうとした、瞬間だった。

 

「!!」

 

 廊下の奥を見つめる、谷本の色が変わった。

 

 キョウジはすぐに後ろに身を翻す。

 

 ──まさか。

 

 キョウジは目にした。

 

 廊下を横切る、怪異の姿を。

 

 女のようなシルエット、長い髪、着物を引きずり、何か泡のようなものを出している。

 

 谷本が言っていたのと、同じ。

 

「あれって……」

 

 谷本が言葉に詰まっていると、その影は、行き止まりに消えていく。

 

「……行きますよ!」

 

 ……確認しなければ。

 

 キョウジはその思いに駆られ、急ぎ足で廊下の奥に急行した。

 

 谷本も後に続く。

 

「…………」

 

 T字路に踊り出て、行き止まりの方に目を向けた。

 

 ……いない。

 

 行き止まりの筈だ。そちらに行ったのなら、いるのは当たり前だ。

 

 だが、そこには何も無い。

 

 谷本が口元を抑える。

 

「そんな、筈は」

 

 キョウジは震え出した。

 

 ──幽霊? そんなものいる筈がない。

 

 所詮あれは人間の心が生み出した産物。

 

 心の中で想起したものが勝手に実体化するなんて有り得ないし、そもそも幽霊は実体がないのに見えているという矛盾だらけの代物だ。

 

 根性とか人間の精神論ならまだしも、幽霊なんて非科学的なものを俺は信じない。

 

 なら、目の前で通り過ぎていったのは一体?

 

 月夜に照らされた雲の影が人に似ていた? ──いや、完全に着物を着た人間の姿だった。

 

 完全な幻覚? ──違う。谷本も見ている。

 

 集団幻覚という線は? ──捨てきれないが、俺は冷静なつもりだ。

 

 じゃあ、あれは一体──?

 

 本当に、幽霊──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──否。そんな筈がない。

 

 全ては俺の仕組んだことなのだから。

 

 キョウジの後ろにいた谷本の脇に、不意に腕が回される。

 

「っっっっっ!?」

 

 谷本の顔の血の気がサーっと引いていくのに、差程時間はかからなかった。

 

 後ろに、誰かがいる!

 

 谷本は、恐怖に苛まれながら、まるで人形のように、ギ、ギ、ギ、と動かす。

 

 「!!!!!!」

 

 横から顔が、覗いている。

 

 死んだような目をした、女性の目。

 

 いや、本当に死んでいるのか。

 

 だが、彼女は、さっき横切った影。あれと同じ。

 

 ──幽霊。

 

「ご……なさい、ご……な…い、………なさい」

 

 彼女の口は、ひっきりなしに何かを呟いている。

 

 それが、更に恐怖を引き立てる。

 

(イヤ、イヤッ! 何とか、しないと!)

 

 谷本は、何とか目の前のキョウジに助けを求めようとした。

 

 しかし、それは一番やってはいけないことだとは、知る由もなかった。

 

「さて、と。タイミングバッチリだな」

 

「……え?」

 

 谷本は、キョウジが何を言っているのか分からなかった。

 

「箒。今日は俺が協力してやったんだから、明日からは自分でやれよ」

 

「は、はい……」

 

 箒……と聞かれて、谷本は振り返る。

 彼女はいつものポニーテールでは無かったものの、紛うことなき箒だった。しかし、いつもの不遜な態度は鳴りを潜めている。

 彼女に一体なにが……。

 

 谷本に後ろから抱き着いた女性……篠ノ乃箒は、抱き着いたまま、その足元から発生している泡で、谷本を包んでいく。

 

「な、何を言ってるの……? キョウジ君」

 

「ああ、ごめんね、谷本さん。ちょっとした実験に付き合わせてもらって」

 

 口調も変わったキョウジは、ゆっくりと歩いて窓際にもたれかかった。

 

「これ……なんなのよ!?」

 

 段々と冷静になってきた谷本であったが、その声は段々悲鳴に変わりつつある。

 

「俺さ……まあ色々あって人間やめちゃってさ。人を改造して、信頼出来る『仲間』を作ることが出来るようになったんだよ」

 

 このようにね、とキョウジが続けたと同時に、彼の右腕は変容した。

 触手のように細長くなったと思えば、機械の作業用のアームに様変わりし、次いで生々しい口に変貌する。

 

 その様子を見て、谷本は絶句した。

 

「ああ、もう食べていいよ、箒。もうだいぶお腹が空いてるだろうからさ」

 

 背後の箒──いつもとは違って髪型がポニーテールではなく、タオルで纏めておらずそのまま髪を下ろしていた──は、涙を流していた。

 

 だが、植え付けられた本能には、逆らうことは出来ない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 繰り返し呟きながら、箒は谷本を泡で包んでいく。

 

「いや……助けて、助けてぇっ!」

 

 叫ぶ。

 

 しかし、その声は虚しく響くだけだった。

 

 首元まで包み込まれて完全に身動きが取れなくなったところで、泡の中から細い触手が何本も飛び出した。

 

 彼女は目を見開く。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいい!」

 

「いや、いや、いやあああ、あ゛っ」

 

 悲鳴をあげた瞬間、谷本の耳に何本もの触手が突き刺さる。

 谷本が短く濁った悲鳴を上げたのも始まりに過ぎず、触手の束が耳を蹂躙し、そのまま一直線に脳を目指す。

 

「あっ、あっ、えっ、いやっ、はいら、ないで、えっ」

 

「ごめんなさい……ひっ、ごめんなさ、いぃ……」

 

 奥へ奥へ、グイグイと進んでいく度に、ビクン、ビクンと跳ねる谷本。

 それを抱きしめる篠ノ乃箒はといえば、その姿は段々と、人という形を逸脱していった。

 白装束の内からはち切れんばかりの触手の大軍が現れ、先っぽの形状が変化して、蛇の顔が現れる。

 それはしゅるしゅると谷本の頭に近づき、噛み付いた。

 

「ああっ!? あ゛っ、あっ、ひゃあ゛っ!」

 

 だが、彼女は痛みを感じない。

 もう、既に触手は脳髄に到達している。

 

 脳を弄られ、痛みさえ快楽へと変化しているために、蛇に噛まれたとてそれは快感にしか感じない。

 蛇はその牙から黒い液体を流す。

 皮膚が黒く盛り上がる様を見て、キョウジは呟いた。流石のキョウジといえども、この姿には、驚き混じりの声を上げる。

 

「凄いや、箒」

 

「も、もう、らめぇ、あ、お゛っ、お゛っ、お゛っ♡」

 

 目をひん剥き、涙を流す谷本。

 いや、涙だけじゃない。鼻水も、口の端から透明な涎も一筋、月の光に反射してキラリと光っている。

 

「うぐっ……、だ、だめ……私達の……、いや、ちがう、仲間に、なりな……さいっ!」

 

「しの、のの♡ さん? ♡♡ にゃに……言って♡ るの、? ……らか、ま♡ んっ♡ んっ♡ なる♡ なる♡」

 

 箒は、言動すらも快感に乗っ取られかけていた。

 彼女は他人を浸蝕していく度に、この上ない快感を感じている。心の中に広がっていく、多幸感。

 

 他人を浸蝕して、乗っ取ることは、とても、とても、キモチイイ。

 

 瞳からはいまだに涙を流し続けていたが、口は谷本を食べた多幸感で、端が釣り上がっている。

 笑っていた。

 

「あっ♡ あっ♡ なにか、く♡ くる♡ くる、来る!」

 

 完全にDG細胞に浸蝕された谷本は、拘束の中でまるで地に揚げられた魚のように跳ね続ける。

 

「ああ……谷本さん、それはイクって言うんだよ」

 

「イク♡ イク♡ イクイクイクイクゥゥゥ♡」

 

 ……果てた。

 

 ビクン、と大きく跳ねて、彼女は完全に俺の支配下におかれた。

 もう、俺のものだ。

 

 キョウジは身体を震わす箒の耳元に赴いた。

 

「箒、人の食べ方はもう分かったよね?」

 

「…………」

 

 谷本の拘束を解いた箒に、俺は声をかける。

 

 唾液と涙と鼻水が床にぶちまけられて、下着はぐっしょりと濡れている。

 

 拘束されているなか、何回もイッたのだ。

 

 谷本は、解放された瞬間に、力なく倒れるが、すぐに気が付いて、起き上がる。

 

 月明かりの下に、彼女は生まれ変わったのだ。

 

「あれ? キョウジ()、私はここで一体何を?」

 

「気付くのが早かったな。谷本さん、明日から箒の補佐を務めてくれないかな? 一人で何とかなるとは思うけど、一応のお目付け役ってことで」

 

「はーい! 分かりました。精一杯、篠ノ乃さんをフォローしたいと思います!」

 

 元気一杯に返事をする谷本癒子だったが、その目は深淵と呼べる程に真っ黒だった。

 背中からは蝙蝠のような翼を生やし、尻尾が伸びている。

 あの蛇の所為だろう。口ではごめんなさいと言っておきながら、なんて悪趣味な奴だ。

 一度翼や尻尾の具合を確かめてから、収納した。

 

「勿論、お前も食べたくなったらいつでも食べていいぞ」

 

「やったー♡」

 

 そう言って腕に抱きついてくる谷本の頭を撫でてやる俺。

 

 ──これでまた一人、仲間が増えた。

 将棋やオセロで盤上が自分の駒で染まっていくように、少しづつ世界が俺色に染まっていく。

 しかも、自分の駒が取り返されない親切設計ときた。安心して、遊ぶことが出来るというのは、嬉しいことこの上ない。

 

 昨日の夜、俺は箒を校舎内に呼び出して、そのまま箒をDG細胞で浸蝕した。

 束の願いもあり、早めに確保しておこうと思ったからだ。

 だが、ただ食って俺の奴隷にするのはつまらない。

 

 箒には織斑一夏という男がいる。

 

 織斑一夏をいたぶっていたぶって、絶望のどん底に落としてから寝取らなければ、面白くない。

 

 だから、彼女の意識を一旦戻した状態にしておいた。

 心は元の人間のままなのに、身体は見境なく反応して仲間を増やそうとしてしまう。

 彼女にとっては、もう学園内の監視システムは掌握済みのため、人目にさえつかなければ自由に仲間を増やすことが出来る。

 襲いたくなる衝動と、理性の間でせめぎあう。

 その姿が俺には可愛く見えて仕方がない。

 これは、織斑一夏という男に靡いた箒への罰でもある。

 そして、然して蓄積された苦しみを、一夏は一手に受けることになる。その日まで、箒は俺に代わって人知れず勢力を広げていって貰うのだ。

 

「も、もうやめよう……()()

 

「箒……まだ始めたばかりじゃないか。こんなに楽しいことを辞めるなんて、どうかしてるよ」

 

 俺は箒の、ストレートに下りた髪を撫で、匂いを嗅いだ。

 いい匂いだ。

 

 箒はDG細胞が覚醒しているこの時だけ、俺のことを一夏だと思うようになっている。

 だから、彼女の目には昼時の仮面を被った一夏と、夜の本性を現した一夏の、二人が見えている。

 

「どうして……一夏、一夏ぁ!」

 

「ごめんな……箒。愛してる」

 

 泣き崩れる箒を、俺は胸で受け止める。

 俺だって、あまり酷いことはさせたくはない。俺の女が可哀想な顔をするのは、本当は許せない。

 

 俺が欲しいのは……愛。

 

 あの冷徹な世界に、愛など存在しなかった。

 

 誰かを蹴落として上へと登り続けることでしか、自分の存在を証明することが出来ない。

 

 そんな世界は、嫌だ。

 

 だから、俺は君を愛することで、君は俺を愛することで新たな世界を作り、慈悲のない、古き世界を塗り替える。

 

 富と権力が支配する世界から、俺の愛が支配する世界に変わる。

 

 でもな……箒。これはお前の罪なんだ。俺の世界で俺以外の人間を愛することは罪である。罪は償わなきゃ、だろ?

 

「もう今日は部屋に帰った方がいい。谷本、付き添えるか?」

 

「勿論! ご命令とあらば必ず達成して見せましょう」

 

「よい殊勝だ」

 

 制服姿に戻った箒を谷本が介抱し、寮まで歩いていく。

 その姿には痛々しいものがあったが……まあ、仕方がない。

 

「さて、と」

 

 その後ろ姿を見届けた俺は、ズボンに手を突っ込んで廊下の反対側の振り向く。

 

 そこには……憤った顔をした生徒会長の姿があった。

 

「止めなくて、良かったんです?」

 

「止めたかったわよ……この壁がなかったらね……!!」

 

 楯無の怒りで裏返った声は、こちらには酷くくぐもって聞こえた。

 

 それもそのはず。

 

 楯無とキョウジの間を仕切る、一枚の透明な壁。

 楯無はそれを何度も強く叩いて見せたが、強化ガラスのようにびくともしない。

 

 楯無は寮内にキョウジが見当たらないことに気付いてから急行し、すんでのところでDG細胞に浸蝕されている谷本を発見したのだが、そこへの介入は適わなかった。

 

 この一枚の間仕切りによって。

 

 そして、谷本は誰にも邪魔されずにDG細胞に飲み込まれていって……

 

 楯無の目の前で、生まれ変わってしまった。

 キョウジの従順な奴隷に。

 

 俺は、もう間仕切りをする必要もないので、それを消滅させる。

 

「あなたはァァアァァッ!!!!」

 

 その瞬間、楯無が、飛び出した。

 

 一歩を踏み出すと同時に瞬時に蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開し、飛び上がる。

 

 そして、キョウジに斬り掛か──

 

 ることは、それも適わなかった。

 

 楯無の身体が、空中で制止したからだ。

 

「…………!」

 

 腕を振り上げて剣を上段に構えたままピタリとも動かない。それは展開した蛇腹剣も同じだった。

 

 それはまるで彫像の様に、見事に空中で制止している。

 

(なん……で……?)

 

 誰がやったのかは、分かりきっている。

 不遜な笑みを浮かべる、目の前のキョウジだ。

 

 だが、どうやって、自分の身体、そして蛇腹剣までもを止めたのか。

 

 動いた気配はない。

 

 いや、動かなくても出来るものなのか。

 

「最近、俺、超能力覚えたんですよ。念動力(サイコキネシス)とかいう奴で、今の楯無サンみたいに自由自在に動かせるんですよ」

 

 嘘だ。これにはもっと別の、メカニズムがある。

 

「もう、諦めて下さいよ。もう楯無サンに勝ち目ないですから」

 

 パチンッと指を鳴らすと、全身が動かなかったところから、首から上だけが動けるように緩和された。

 

「……ッハアッ! ……ゼエ、ゼエ……」

 

 息まで止められてしまっていたために呼吸が出来ず、息を切らす楯無。

 

「さっき間仕切り作ったところでもうお分かりかと思うんですけど、俺は別に人にだけ浸蝕を使える訳じゃないんですよ。物にも……こうやって」

 

 そう言ったキョウジは、自らの腕を触手に変えるのだが、そのまま壁を破壊することなく、突き抜けた。

 

「昨日姿を消したのも、自分の身体を床と同化したからなんですよね。だから、空気を浸蝕して操作すれば、風を起こしたり、今みたいに念動力(サイコキネシス)みたいなことも出来るってわけです」

 

「……解説……ありがたい、わね」

 

「強がっても無意味ですよ?」

 

「分かったわ……でも、貴方は自分から約束を破ったのは、どうしてなの!?」

 

 楯無はここぞとばかりに食ってかかる。

 

 楯無が、忘れる筈もない、約束。

 

 昨日の夜、楯無とキョウジはここで約束をした。

 

 身分を保証する代わり、生徒や教師に一切手は出さない。

 

 そう契りを交わし、その身体まで差し出した。

 

 なのに、自分から取り付けておいて、早々と約束が破られるなど、許されるべきではない。

 

「貴方は、私の目の前で約束を破った!」

 

 激昂する楯無だったが、

 

「怒らないで下さいよ。別に俺、約束破ってないんですけど」

 

 しかし、キョウジは飄々とした態度を崩さない。

 

「何を言ってるの!? 貴方は手を出さないって言ったじゃない!」

 

「ああ。言ったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()手を出さないって」

 

 その言葉の、楯無はハッとした。

 

 楯無の顔が青褪める。

 

「『俺は』手を出してないよ。箒が勝手に、手を出したんだから」

 

 楯無は次いで目を見開いた。

 

 確かに、キョウジ自身は、手を出してはいない。箒がそれを代行しただけで。

 

 キョウジにばかり集中してしまったせいで、失念していた。

 

 自分が出来なければ、他の誰かにやらせればいい、と。

 

 だが、そんな屁理屈、通すわけにはいかない。あれも浸蝕されたキョウジなのだ。DG細胞によって乗っ取られた、キョウジの一部。

 

「なっ……! あれも、あれも貴方でしょう!?」

 

「何言っているんです。あれはどう見ても箒、でしょう? 俺じゃないでしょ? 確かに箒は『仲間』ですけど『俺の一部』ではないよ。箒には俺とは違う、独立した心がある」

 

 人間の倫理からはとうの昔に逸脱している癖に……と内心毒突きながらも、

 

 なら、と楯無は続けた。

 

「箒ちゃんは、じゃあ、誰が手を出したのよ!」

 

「俺だな」

 

「じゃあ、貴方……」

 

「あれは約束取り付ける前の話なんで、不可抗力ですよ?」

 

「証拠は?」

 

 反射的に楯無が放つ。証拠がなければ人は動かない。証拠などキョウジの前では無意味に等しいのだが……。

 

「ほら、俺が浸蝕したのがはっきりと」

 

 一応、と言わんばかりに彼は天井からディスプレイを生やし、楯無の方に向けた。

 

 階段の踊り場に設置された、監視カメラの映像。

 

 日にちと時刻は、昨日二人が会う前を指していた。

 

『全く、それで、私への用事とはな──』

 

 箒が口を開いた瞬間、キョウジの顔は形容しがたい、奇怪な姿に変わり、箒の頭を飲み込んで、貪る。

 

 箒は最初は暴れるものの、一度大きく──暴れる動作とは違う反応だった──跳ねた後、何度も快感に身を震わせて、そして……生まれ変わった。

 

 その映像をまじまじと見せられた楯無の顔は絶望に染まり、強ばっていた顔がどんどんと表情を失っていく。

 

 蛇腹剣も粒子となって消えてしまった。

 

 その様子を見ていたキョウジは、楯無を解放した。

 

 予想された反撃も、今の楯無にはする気力は起きない。

 

 へなへなと、地面に座り込む楯無。

 

「この程度で、折れちゃったの?」

 

 学園の安全を守れると、妹が無事でいられると思っていたのに、とでも思っていそうな顔をしているが。

 契約なんてそんなものだ。

 

 オマケに契約が不履行になった場合は、黒い紋章を出すだけでは、俺は済まさない。

 一気に体内のDG細胞を操作して、浸蝕させる。

 

 楯無が可愛いから俺のものにするだけであって、もし俺のタイプじゃなければ使い捨てる予定だったのだから、本当は感謝でもして欲しいところなのだが。

 

「まあ、なんでもいいですけど。約束、破らないでくださいね」

 

 俯く楯無の顔を見下しながら、ニコニコの笑顔で応えるキョウジ。

 

 一応、楯無は箒たちを売ることは出来る。

 だが……それは楯無の良心が傷んだ。

 それに、諸悪の根源はこの学校に居座り続ける。

 

 IS学園の建物自体も、キョウジに浸蝕されている。

 

 自分だけ逃げても……いつかは地球全土をDG細胞で覆い尽くされてしまう。

 

 今のうちに、ここで、楯無一人だけで、対処しなければならない。

 

 あまりにもそれは、無理難題だった。

 

「簪は本当に手を出さないんでそこだけは安心してていいですよー」

 

 キョウジはその言葉を残してしばらくした後、廊下の奥に掻き消えていった。

 

 だが、涙で滲む彼女の拳は、今にも血が滲みそうな程に強く握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回はちゃんと戦闘します。
 2パートくらいに分けてクラス代表決定戦をやった後にセシリア浸蝕といきますかね…


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第十六話 ゼロが見せる未来①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、というか一週間という月日はすぐに過ぎ去ってしまうもので。

 今日は月曜日。セシリアと織斑一夏を叩きのめす日であった。

 

「……なんだ、箒」

 

「なんだというのだ、一夏」

 

 俺はアリーナ──ISでの演習を行うスタジアムみたいな施設だ──にあるAピットの控え室で肩の力を抜いていたところなのだが、隣ではなんだか気まずい雰囲気を醸し出している織斑一夏と箒がいた。

 一日目の夜に何があったのか、二日目に出会って以来二人は苗字呼びだったのだが、今日はもう名前呼びに戻っていた。このまま仲が割れたままだったら一番楽だったんだけどなぁ……。

 しかし、この前の夜の時は()のことを一夏と呼んでいたあたり、やっぱり内心は織斑一夏に気があるらしい。

 俺が暗示で埋め込んだ訳でもないのに、浸蝕する時以外はずっと無かったことにしようと命令したら、本当の織斑一夏の前でも律儀に演技を行っているし。

 話を聞いていない節は見当たるには見当たるが、意外に織斑一夏の言葉っていうのは、彼女にとっては重いらしい。

 

「気の所為かもしれないんだが」

 

「そうか、気の所為だろう」

 

 こっちの気分なんかお構い無しに、織斑一夏と箒は言葉を続ける。

 

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」

 

「…………」

 

「あのー、目を反らさないで下さいます?」

 

「仕方がないだろう。お前のISもなかったのだから」

 

「まあ、そうだけど──じゃない! 知識とか基本的なこととか、あっただろ!」

 

「……ああ、そうだキョウジ、実はだな」

 

「キョウジに逃げるな!!」

 

 夫婦漫才みたいでこちらは胸がムカムカしてくるが、平静を保って話しかける。

 

「一夏は、ISの練習して来なかったのかい?」

 

「まあ……そういうことになっちまうな」

 

「それはないでしょう……。一夏にはまだ学び足りないことがいっぱいあるのに。これでは本当にオルコットさんの奴隷にされてしまいますよ?」

 

「はい……」

 

 外見優しい人間を装っている俺にまで指摘されて、一気に気分が消沈していく一夏。

 

 聞いた話によると、放課後は箒に連れられて剣道場でずっと剣道の稽古をしていたらしい。織斑一夏が箒の実家である篠ノ之道場で鍛錬を積んでいたのは調査済みであったが、その頃は箒より遥かに強かったらしい。織斑の血筋が成せる業なのだろう。

 だが、一夏はしばらくして剣道をやめる。姉である織斑千冬の忙しさを見たのか、中学に入ってから自分もバイトを始めたのだとか。

 武道……いや、それに関わらずスポーツだってそうだ、日頃の積み重ねがなければ、己の剣は鈍ってしまう。

 あまり想像はしたくないが、箒は去年、剣道の全国大会で優勝を収めている。織斑一夏も、あのまま一筋に突き進んでいれば、織斑千冬に次ぐかなりの強敵として俺の前に姿を現したかもしれない。

 そうならなくて良かったものだ。

 

「……ここまで来てしまったのなら、後はやれることをやるしかないでしょう。後悔したって遅いんですから」

 

 織斑一夏を適当な言葉で励ましておいて、俺は壁にかけてある時計を見た。

 

 ……まだ、俺たちのISは来ていない。束の手紙にも書いてあった通り、ごたついたおかげで搬入が遅れているのだ。結局、今日の午後……つまり今までズレ込んでしまった。出来るだけ早く来てくれと、あまつさえ念じて待っていた俺であったが、幸か不幸か、本当にギリギリのタイミングである。

 

(全く……遅れるのは一夏のISだけで良かったのに)

 

 しかし、織斑一夏のIS……つまり『白式』も、現時刻に搬入される予定で決着がついている。

 

 このまま一夏のISが届かず一夏の不戦敗、という楽な展開にもならない。

 

(……ただ、なんやかんやいいつつも、一夏に関することは全て想定内だ。不戦敗もいいが、一夏はしっかり叩き潰しておいた方が後が楽になる。後は……)

 

「キョウジ君キョウジ君キョウジ君!」

 

 俺のISの中身が気になるのだが、と思考を続けようとした所で、三連続で俺を呼ぶ声がかかった。

 

「山田先生。どうしたんですか?」

 

 心に身体が追いついていないのか、少々危なっかしいフォームで走ってきた副担任の山田先生は、立ち止まるなり息を切らした。

 

「ハアッ、ハアッ、あの、あのですね……」

「一旦落ち着いて下さい。深呼吸して」

「はいっ……。すぅ、はぁ……すぅ、はぁ……」

 

 ……この人、これでも日本の代表候補生だった人なんだよな。

 

「そ、それでですね、来ましたよ! キョウジ君のIS!」

 

「来たのか!」

 

「ええっと……搬入する順番がありまして……。織斑君のはまだなんです」

 

「マジか……」

 

 立ち上がったのは織斑一夏。……っておかしいだろ。俺のISって言っただろ。早とちりするとは、つくづく馬鹿な奴だ。

 

 ……まあいい。

 

 とにかく、俺のISが先に搬入されるということは、縦ロとの対決は俺が先、ということになりそうだ。

 彼女はもう青い鉄の塊に身を包んで、闘技場で待っている。

 

 俺は二人と別れて、山田先生に連れられてピットの搬入口へ急ぐ。

 走る度に山田先生の大きなおっぱいが揺れるのは眼福なのだが、その分、と言うべきなのか、走り方が危なっかしい分不安も湧いてくる。

 ……怪我でもされる前に、さっさと貰っちゃおうかな。織斑千冬の監視も兼ねて。

 でも、織斑千冬の勘には末恐ろしいものがあるんだよな……とも思っていたら、目の前に織斑先生が立っていた。

 ピットの資材搬入口まで着いたみたいだ。

 

「お前……何を考えていた?」

 

 ええ……本当に怖いわこの人。

 開口一番にそれ訊ねてくるとか、実は実験の副産物で超能力持ってました、なんて言われても驚かないぞ。邪なことを考えているとすぐに釘を刺される。やっぱりとんでもない勘だ。

 

「相手の戦術について確認していただけです」

 

「そうか……ならいい」

 

 あまり追求されず内心ホッとする俺を尻目に、織斑千冬は固く閉ざされた搬入口の扉へ顔を向き直す。

 

 斜めに噛み合う複雑な閉まり方をしていた扉が……音をたてて開く。ズズズッ、という、石を引きずるのにも似た音。

 扉がスライドして外壁の奥へ隠れ、壁を一枚挟んだ先にあった荷物を中に入れる。

 

 ──巨大な、箱。

 

 ダークグレーのコンテナのその中に、俺のISがある。

 

「開封するボタンは……これですね」

 

 山田先生が、角にある小さなボタンを押したと同時に、淡いピンク色の煙が吹き出し、箱の外壁が倒れる。

 

「えええっ!?」

 

 間近で巻き込まれて驚きながら飛び出した山田先生を受け止め、行く末を見守る。

 驚く山田先生。

 自分のためのISにワクワクが止まらない俺。

 ただ、織斑千冬はその()()にビクともせずに溜め息をついていた。

 

 煙が徐々に引いていき、現れる鉄の躯体。

 

「……ゼロ」

 

 俺がそうボソッと呟いた言葉は、その機体の俗称。

 トリコロールのカラーリングと、胸部で光る緑色のレンズ。膝のダクト。

 そして……頭部装甲にあったのは、一際目立つ黄色いブレードアンテナ。

 

 ISとしてデザインされているから多少の違いは存在するが、間違いない。

 

「ウイングガンダムゼロ……これが、俺の機体か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「この機体を、知っているんですか?」

 

 俺に介抱されている山田先生が驚いて聞いてくる。

 

「知っている、というか……どう見ても、ガンダムじゃないですか」

 

 機動戦士ガンダム。一応半世紀近くの歴史がある日本のアニメだ、日本人じゃない俺でもしっているアニメだから、当の日本人は、最低でも名前だけでも知っているとは思っていたが。

 

「た、確かに言われてみれば、ガンダム……ですね」

 

 手元のタブレットと目の前のISを交互に見ながらポカンとした顔をする山田先生。

 タブレットには、デカデカと機体名称が書かれている。

 

『XXXG-00W0 ウイングガンダムプロトゼロ』

 

 正確には、敗者たちの栄光版の改修前のゼロらしい。トールギスF(フリューゲル)のウイングバインダーがまだ移植されていない頃の、ゼロ。

 よく見れば、機体のカスタム・ウィング──『ウイングスラスター』の形状がTV版のゼロとは少し違う。

 

 ウイングガンダムプロトゼロは『新機動戦記ガンダムW EndlessWaltz 敗者たちの栄光』に登場するウイングガンダムゼロ(EW)の前身となる機体で、TV版──つまり『新機動戦記ガンダムW』のゼロのデザインをリファインした機体となっている。

 『新機動戦記ガンダムW EndlessWaltz 敗者たちの栄光』はTVで放映された『新機動戦記ガンダムW』を、『新機動戦記ガンダムW』のパラレル続編として製作されたOVA『新機動戦記ガンダムW EndlessWaltz』の機体デザインや設定を織り交ぜながらリメイクした作品となっており、一部の設定変更が行われているが、このプロトゼロも漏れなく設定変更によって生まれた機体であった。

 

 物語の途中で、五人のガンダムパイロットのうちの一人が怒りと悲しみの衝動に駆られて作ったガンダムであり、その機体はいくつもの登場人物達を翻弄する、物語全編において中心となる機体の一つだった。

 序盤から活躍する五機のガンダムもその源流を辿れば、全ては本編以前に作成されたこのプロトゼロの設計図に行き着き、五機のガンダムはあまりにも強すぎたゼロを劣化させた機体として作られたことも判明する。

 『新機動戦記ガンダムW』にもウイングガンダムゼロとして登場し、物語上における役割はほぼ同じであるが、『敗者たちの栄光』ではウイングガンダムプロトゼロは一度大破した後、別の機体のパーツを用いて、四枚の翼が生えたあの有名なウイングガンダムゼロ(EW)として再生されるというミッシングリンクが存在している。

 

 ……この辺りはガンプラの商品名の話もあり、ややこしい話なのだが、簡単に言えばとても強い主人公機である。デメリット付きだが。

 

「でも、大丈夫なんですかね……版権とか」

 

「知らん。何でもいいから、さっさと乗れ。時間が押している」

 

 下手な紛議が巻き起こる前に、織斑センセの一喝が空気を切り換える。

 機体が何であろうと、俺もさっさと乗りたかったところだ。ガンダムなら、尚更。

 

 俺は促されるがままに、ISに触れる。

 

『──待ってたよ』

 

 そんな声が、頭の中に響いてくる。ISコアの、声だ。コイツは、あの日から、ずっと俺と戦える日を待っていた。俺も嬉しい限りだ。

 だが、その喜びを語り合っている暇は、ない。

 

(俺もだ。さあ、共に俺に仇なす敵を倒そう)

 

『──うん!』

 

 短いやり取りを済ませて、俺はゼロに身体を預ける。

 

 感覚が、広がっていく。ISが身体に馴染み、俺と一心同体になっていく。理解出来る。彼女の想いが、喜びが、……彼女が俺のためにあることが、分かるのだ。

 

 俺を受け入れたゼロは、まるで母親が幼い子供を抱くように装甲を閉じて、そして──俺達は一つになる。

 

「稼働部、問題なし、ハイパーセンサー、視界良好。システム異常なし」

 

 やっぱり、ISを装着している時は、凄い感覚だ。脳が解放されたような、しかしセックスをする時とは別種の、快感。感覚が鋭敏になって気持ち悪くなるわけでもなく、ただただ脳が気持ち良いという信号を送り付けてくる。

 

「す、凄い……初期化(フォーマット)がもう終了して、最適化処理(フィッティング)まで始まってる……」

 

 驚くのは山田先生。

 一次移行(ファースト・シフト)にかかる時間は、一般的には大体十分ばかりかかる。戦いながら行うならばさらに長大な時間がかかるというのだが、ものの三十秒でアップデート作業の三分の一まで終わってしまっているからだ。

 

 だが、それもその筈、このISは篠ノ之束が俺用に設計し、DG細胞で既に浸蝕しておいたISコアを用いているからである。

 

 ──俺がこの学園に入ることを決めたその日、俺は束から三つのコアを見せられたのは記憶に新しい。

 そして、俺はそのISコア達の浸蝕を試みた訳であるが、白式のコアを浸蝕した次に、俺は自分用のISコアの浸蝕を行った。

 それが今、このウイングガンダムプロトゼロのコアである。

 彼女は俺のために作られた新造のコアで、コア・ネットワークに未接続の、即ち無垢な心を持っていた。初めて出会った俺のこともすぐに信じて、他人と一つに交わることは、とても素晴らしいことだと教えた時には、彼女は裸になって喜んで股を開いてくれた。

 抵抗も何も無くDG細胞が浸透していった彼女は一番と言っていい程、従順で信頼のおける存在である。

 

 だから、何度も身体を重ねた者同士であるからこそ、すぐにお互いのことが解る。

 化学反応で相性の悪い物質を結合させるためには莫大な時間とエネルギーが必要だが、それが逆相性が良い物質ならば、そのエネルギーと時間は小さくなる。

 俺とゼロの関係も、そんな感じだった。

 

「残りは戦闘中に行え。ああ、それと一つ」

 

 歩き出した俺に、織斑センセの声がかかる。すれ違って斜め後ろにいる織斑センセに意識を向けるが、彼女はこちらを向くでもなく、ずっと搬入口の方を向いたままだった。

 

(まあ、こっちより自分の弟の方が重要だろうな)

 

 そう思いながら、織斑センセの声に耳を傾ける。

 ISのハイパーセンサーのおかげで、視界は360度見舞わせるし、耳が地獄耳状態である。

 

 織斑センセは、視線をそのままに一言だけ、俺に向かって言った。

 

「やり過ぎるな」

 

「……えっと、なんだかよく分かりませんけど、覚えておきます」

 

「? ???」

 

 山田先生が織斑センセの発言の意図に気付かずオロオロとしているが、俺は搬入口を後にする。

 

 約50メートル先に、戦場が待っている。先程まで薄暗い場所にいたために、カタパルトの先を照らす陽の光が眩しい。

 ただ、天気は晴れで良かったと思う。

 

 正真正銘、俺の晴れ舞台になるのだから。

 

『ネオバード形態に変形して下さい』

 

 カタパルトデッキに立った俺に対して、ゼロが教えてくれる。

 

 念じて、各部の装甲を動かす。

 背部にある、バイクのボディにも似たネオバード形態のボディを股下に持っていき、拡張領域(バススロット)からツインバスターライフルを接続したウイングシールドを展開(オープン)、ハンドルを出してシートと接続、俺はそこに搭乗する。

 ウイングバインダーを展開し、それの位置をボディ部分と同じ高さまで下げて、最後に脚部装甲を折りたたんでボディに接続する。

 

「凄いな、かっとんでいきそうだ」

 

 ウイングバインダーの内部にある巨大なスラスター・ノズルと足の裏にあるスラスター……推力の大半を確実に後ろへ向けた、高速巡航形態。

 原典と比べればそれは鳥というよりは、エアバイクに近いものだろうか。ビルドファイターズでウイングガンダムフェニーチェのサポートメカとして登場したメテオホッパーや、ビルドダイバーズリライズのプラネッツシステムなどを踏襲しているようにも見受けられる。

 

『あと、最後に束様からメッセージがあります』

 

「出せ」

 

『ハロハロー、みんなのアイドル束さ「さっさと要件を伝えろ」……そうだったそうだった。急いでいるの束さん忘れてたよ〜、てへっ♡』

 

 視界を覆っていつもの恰好をした束が映っているビデオレターが現れたのだが、俺が口を出すと、映像は小さくなって視界の片隅におかれた。

 ビデオレターなのに会話が通じているのはご愛嬌だ。

 

『それでね、今キョウちゃんはこう思ってると思うんだー、『どうしてゼロはゼロでもプロトゼロなんだ』って!』

 

「納期が近くてプロトにしておいた、なんて言い訳は通じないぞ?」

 

『もう、キョウちゃんったら、束さんはどんなに短い時間でも作るものは必ず完璧で十全にしておくっていうポリシーがあるんだぞ♬︎』

 

「ほう。これで十全なのか?」

 

『そう! これはキョウちゃんが乗り込むことで、この機体は最強に()()()()()んだ』

 

「なっていく、ね……」

 

『ま、使っていけば分かるよ。今は立て込んでいるみたいだし、時間が出来たら戻って来てね。クーちゃんが寂しがってるし。それじゃ、良い学園ライフを♡』

 

 束にしては、意外にもあっさりした終わり方だった。

 全部を教えない辺り、楽しみを取っておいてくれているのか。

 

(──それとも、何らかの方法でDG細胞の浸蝕支配から脱してしまったのか)

 

 そうなったら織斑千冬とか関係なしに俺はおしまいだが。

 一応束との思考リンクは可能のまま変化はない、束が元に戻ったのは杞憂だろう。

 

 だが、

 

(今は、目の前に集中しよう)

 

 ハンドルを握る手が、自然と強くなっている。

 

 緊張は、する。

 

 だが、ここで負けては、いられない。

 

 全システム、オールグリーン。

 

 クリアード・フォー・テイクオフ。

 

「キョウジ・イクリプス。プロトゼロ、出る!」

 

 蒼空を翔ける、イメージ。

 

 スラスター・ノズルから、青い光が溢れ出し、ゼロは宙空へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「な、な、なんですの!? その機体は!?」

 

 エアバイクのような突飛な機体を前にして、驚いたのはIS『ブルー・ティアーズ』を纏うセシリア・オルコットである。

 

 入学してきた男子二人に、専用機が与えられることは、端から分かっていた。それでも、自分は向こうとは違って鍛錬を積んできた身。勝つ自信はあった。

 

 だが、アリーナの観覧席を周遊する敵機に、嫌な気分が湧いてくる。

 不安、苛立ち……嫉妬。ありとあらゆる悪感情が、身体の中を駆け巡るのを感じた。

 

(……それでも小物如きに、遅れをとる私ではありませんわ)

 

 そう思いながらも、IS形態に変形して、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)によって空中で静止した相手と対峙した。

 その手には、既に光学ライフル『スターライトMk‐Ⅲ』が握られている。

 

(機体名『ウイングガンダムプロトゼロ』……あんなトリコロールカラーで変形する機体、舐めているとしか思えませんわ)

 

 カラーリングはともかく、変形機構というのは、ISにとってはほぼ不必要と言って差支えがない。

 高速移動など、ISがどんな形状であろうとPICとスラスターの二つさえあれば十分だし、人間型をしていると装着者が直感的な立体動作をスムーズに行うことが可能だ。ほぼ全てのISが人間の人体構造を資本にしているのには、このような理由がある。

 人型で高速移動と繊細な動きの両立が可能である以上、先程の形態というのは旧時代の戦闘機に毛を生やしてダウンサイジングしたようなものでしかない。

 おまけにアリーナでは移動範囲に限りが出る。

 ハイパーセンサーで満員御礼の観覧席を見回すと観覧席に座る同級生や上級生にはウケがいいようだが、ISはアクセサリーだとか、ドレスだとか、そのような装飾品ではない。

 

(ですが、何となく、嫌な予感がしますの。一体……)

 

 嫌な予感。

 

 それは、彼女の嫌いな言葉の一つ。

 

 彼女は自分の見聞きした感覚を、とかく具体化したがる。

 具体化をして心の中に飲み込むことが、自分の意思表示をはっきりとっせてくれるからだ。

 

 しかし、不鮮明で抽象的な言葉は、例えそれが良い出来事に起因していても、自然と自分の心を不安にする。

 自分は嬉しいことを嬉しいことだと思っていない、悲しいことを悲しいことだと思っていない。そういう風に思ってしまって仕方がないからだ。

 不確定な未来のことについても、とにかく情報を集めて、しっかりとした計画を立てて、未来への展望を定める。

 そうやって不安を少なくしようと努力して生きてきた。

 

 しかし、今に関しては、頭の中で上手く纏まらない。

 

 地球には70億の人間が生きている。そんなに人がいるのだから、例外が一人いたっておかしくはない。実際にいた訳であるし、それは彼女の予想範囲内だった。

 

 だが、その予想の範囲内にいた筈のものは、今まさに無数の予想範囲外の要素をチラつかせている。

 

 不確定要素は不安を呼び、不安は無数の不安を連れてくる。そして、自らの上に乗っかっていく。

 

 相手の顔を確認する。相手は織斑一夏ではなく……キョウジ。キョウジ・イクリプスだった。

 

 白髪でいつも笑顔を絶やさない、一見明るく優しそうに見える少年。物腰も柔らかく、女子にも分け隔てない性格をしている。

 不器用そうで無駄に図体が大きい織斑一夏とは対称的な男。だが、結局はISを動かせるだけで、中身なぞそこらの有象無象と変わりないだろう、とセシリアは見ていた。

 

 不躾にもこちら食ってかかってきた織斑一夏を叩きのめす準備運動には、相応しい相手か。

 

(ですが……時折見せるあの態度……)

 

 ただ一つ、あの時キョウジがこちらを見る目だけが、セシリアにとって気がかりだった。

 

 いつもは誰にでも敬語を使い、気持ち悪い程に(へりくだ)る彼であったが、極偶に彼の態度は豹変する。

 

 あれが彼の本性なのであろうか。

 確かに誰にだって表の顔と裏の顔があるのは当たり前だ。

 優しい顔をして、裏では下卑た考えを持っている大人なんて、彼女は散々見てきた。

 だが……あれが彼の本性、裏の顔とするならば、それは下卑たとか、下衆だとか、そんなものではない。

 最初は全てを諦めた愚か者の目なのかとも思っていたが、明らかに、自分を標的として、何かを考えている。

 

 ──誘導されている。

 

 それは自分の考えすぎかもしれないが、もし本当なら……呆れを通り越して恐怖を感じてくる。

 

 自然と彼女の目は、キョウジの顔に釘付けになっていた。

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 だが、ここで(おのの)いては名折れ、セシリアが声をあげる。

 

(それでも、相手は素人。勝ち筋がありすぎて、お釣りが来るほどでしてよ)

 

 邪念を振り切り、ライフルを構え直す。

 キョウジからは、そのグリーンのスコープが、キラリと光って見えた。

 

 だが、キョウジの方は相手の機体を見つめているだけで、何も応じようという気配がない。

 

「無視なさるおつもりですの!? この私を!?」

 

(イギリスの第三世代IS『ブルー・ティアーズ』か……。主兵装のあのライフルとカスタムウィングについた四枚のフィン・アーマー『ブルーティアーズ』の遠隔兵装によるコンビネーションを主体とした機体、と聞いているが)

 

 両手に分割したバスターライフルを抱えるキョウジは、相手の機体データを思い出していた。

 

 第三世代ISは、操縦者のイメージ・インタフェースを用いた特殊兵装の実用化、簡単に言えば単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の普遍化を目指した世代である。

 

 彼女のその機体で言えば、カスタムウィングについている、四枚のフィン。小さい銃口が空いているそれを『ブルーティアーズ』──略してビットとかBT兵器とも言うらしいが──と呼んでいて、それをアーマーから分離して、自立飛行しながら、本体と連携してオールレンジ攻撃をしかける、というのがあの機体のコンセプトにして、第三世代と呼ばれる所以だ。

 

 遠隔兵器といえばファーストガンダムの終盤で、キシリア機関が差し向けたMAが、ファンネルを使ってソロモンにいた連邦軍の部隊を次々と撃破していった様が印象的ではあるが、まさにそれと似たようなものだろう。

 

(こればっかりは、データを見てて良かった。ソロモン宙域のジムのように初見殺しに逢うところだったかもしれん)

 

 そう思っていたところで、個人秘匿通信(プライベート・チャネル)にやかましい声が走る。

 

「聞いていますの!? 私のお話を!!」

 

「ごめんなさい。聞いてないです」

 

「はあ? 私が貴方に向けて話をしているのに、聞かないとはどういうことでして!? 寧ろありがたいと思っても良いと思いましてよ!」

 

 キョウジは、内心で五月蝿いな、と思いつつも、個人秘匿通信(プライベート・チャネル)が脳を直接介する通信で良かったとも溜め息をつく。

 

(あんなキイキイ声じゃ俺の鼓膜がもたんよ)

 

 鼓膜くらい修復は容易いが。

 

 仕方ないなと思いながら、縦ロの方へ意識を向けたところで、彼女の話が続く。

 

「最後のチャンスを差し上げますわ」

 

 腰に手を当てながら、ビシッとその細い人差し指をキョウジに向けるセシリア。

 ゼロがカタパルトから飛び出した時点で試合は始まっているのだが、余程余裕なのか銃は構えているものの銃口が少し下に下がっている。

 

「チャンスって、一体なんなんですか?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくないのでしたら、今ここで謝るというなら、許して差し上げてもよろしくてよ」

 

 セシリアの目が笑みで細まる。

 

 それと同時に、ゼロがキョウジに向けて警告を鳴らした。

 

『敵ISが射撃形態へ移行。セーフティロック解除確認。機体照準、こちらにロックされています』

 

 だが、キョウジは微塵にも動く気配はない。

 

「あら? 本当にここで謝ると言うんですの?」

 

 ライフルをゼロに向けたまま、浮ついた声を上げるセシリア。

 

 だが。

 

 だが。

 

 だが──。

 

「なあ──」

 

 口調が、変わる。

 

 普段なら発さない、苛立った言葉を発するキョウジに、セシリアは戦慄した。

 

 

 

「勝てると思ってんの?」

 

 

 

 その言葉を聞いた時には、迷わず引き金を引いていた。

 耳を劈くような独特の音、そして閃光を伴いながら、弾はキョウジの駆るゼロを狙う。

 

 だが、それは避けられる。ゼロは静止状態から一気に加速して、ブルー・ティアーズの頭上に回り込む。

 

 太陽を背に、銃口が爆ぜる。

 

「!?」

 

 しかしその銃口から発せられた光弾は明らかに、威力がおかしい。

 少なくとも、自分の持つライフルよりかは。

 避けられること自体、意外ではあったが、その直後には頭を切り替え、相手の反撃に対応するべくスラスターに意識を集中していたが。

 

 その矢先、である。

 

 回避に徹するが、脚部の装甲を、掠めた。

 

『右脚部装甲にダメージ。損傷軽微』

 

「そんなっ……マグレ!」

 

 装甲に、ちょっとした火傷がついただけ。だが、それでも、それでもセシリアにとってはそれは許し難いことであった。

 その攻撃は、セシリアを完全に火をつける。

 

「踊って貰いますわよ。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 一息つく猶予も与えない射撃がゼロを襲う。

 

 まさに、銃弾の雨あられ。

 

 グラウンドを滑るように翔けるゼロは、シールドで弾雨をやり過ごしながら頭上のブルー・ティアーズに視線を向けた。

 

円舞曲(Waltz)はこちらの本分なんだがな!」

 

 バスターライフルを向けるゼロ。

 

 それを確認して回避に入るブルー・ティアーズ。

 

 スラスターを両者踏み込み、スピードを上げる。

 

 同時に発射されたビームは、それぞれゼロの頭上を抜け、ブルーティアーズの脇の下を通る。

 

 セシリアは顔を顰める。

 

 それは、あの敵の銃火器のとてつもない威力にあった。

 

 ここでISバトルの勝敗について話しておくと、勝敗のつけ方に際しては至極シンプルで、相手にダメージを与えて相手の操縦者と機体を防護しているSE──シールドエナジーをゼロにすれば勝ちである。

 ただ、各々のISの個性以外にも、バリアを貫通した機体への直接的なダメージや、『絶対防御』という、機体表面のバリアを貫通した操縦者が致命的になりうる攻撃を防ぐ強固なバリアが発動すると、シールドエナジーを大きく消費するために、そういった要素がこの戦いの戦略性を深くしている。

 

 このルールを加味した上であのバスターライフルは、直撃すればバリアを貫通し、絶対防御を大きく削られるのは理解に容易い。

 更に直撃しなくても、装甲はボロボロになり、こちらは大きく機動力を削がれることになる。

 そうなればもう、経験とかそういう問題じゃない。

 一度足を滑らせれば、落ちるところまで落ちていく。

 

 だから、今はあのバスターライフルの特性について頭の中でまとめる必要がある。

 

 バスターライフルの威力に先程は面食らったセシリアであったが、今は冷静にそれの解析に努めていた。

 

 空気が、完全に向こうに流れている。落ち着けずに無策で突っ込みでもすれば負けるのは、容易に予測がつく。

 

 両手に持ったライフルから交互に放たれる光弾を避け、こちらも応射を行う。

 

(あれは確かに尋常ではない威力……ですが、射撃間隔はこちらの方が上。クールタイムの間をつけば……!)

 

 射撃を止めた瞬間、戦況はひっくり返る。今は、トリガーを引き続けなければならない。

 

 そして、ブルーティアーズの出番はまだだとセシリアは判断する。

 

 絶えず砲口からビームが吐き出され、ゼロを狙った。

 

(勝てる筈ですわ。こちらが、勝てない筈が……)

 

 モヤモヤとした、嫌な気分が付き纏うが、セシリアはそれを振り払う。

 

 だが、下からプレッシャーはやって来る。

 

「くっ!」

 

 下からじわじわと距離を縮めるゼロを脅威に感じて突き放し、また斉射を再開──しようとする。

 

「距離を詰める!」

 

 が、その一瞬の射撃が止んだ隙を、キョウジが見逃す筈もない。

 

 目をキツく細めた目をしながら、キョウジはウイングバインダーの装甲を開く。

 剥き出しになったスラスターノズルから青い炎が吹き出し、地面スレスレで飛んでいたゼロのスピードが更に上がる。

 砂埃を巻き上げて、地面を蹴り抜き、空中で飛び上がった。

 

「まだスピードが上がりますの!?」

 

 セシリアは、驚く。

 とった距離が一瞬でつまり、間合いと呼べる距離まで縮まる。

 

「ですが……!」

 

 直線的ですわ、と、スターライトMk‐Ⅲを構える。

 スピードが上がれば、その分小回りが効きにくくなるのは、ISでも同じ。

 そして、向こうもライフルを構えているが、速射性はこちらの方が上。十分に避ける余裕もある。

 

「チェックメイト──」

 

 ……ですわ、とでも続けたかったセシリアであったが、その言葉は遮られる。

 

 ゼロはバスターライフルを引っ込める。

 

「!?」

 

 ゼロの兵装はこれだけではない。

 両肩のアーマーの非固定浮遊部位(アンロックユニット)、白い箱のような形をしたそれがガバッと開き、内から砲塔が現れる。

 

 ゼロの牽制用武装である、マシンキャノンが隠されていた。

 

 砲塔が回転し、パララララ、というタイプライターのような音と共にマシンガンが放たれる。

 

「小賢しい……!」

 

 スターライトMk‐Ⅲを引っ込め、その銃弾を受けるブルー・ティアーズ。シールドの消耗は、軽微。

 

 だが、それを受けたというのなら、足が止まる。

 

 ゼロのその手には、バスターライフル……はなかった。

 

 代わりに、緑色に光る刃が伸びている。

 

 ビームサーベル。

 

「このまま近付く気ですの!?」

 

 セシリアにはそれの名称を知らなくても、それが近接武器であることは、一目で分かった。

 

「インターセプター!」

 

 ブルー・ティアーズにも、近接武器はある。だが、それは実体刃のショート・ブレード。熱エネルギーで出来た刃には、文字通り太刀打ち出来る相手ではなかった。

 

 シールドを前面に構えて、スラスターを吹かすゼロ。

 

 この距離、避けることは、不可能か。

 

 このまま何も出来ずに負けるのか。

 

 ──いや。

 

 まだ隠し玉はセシリアにもある。

 

 ブルー・ティアーズのサイドスカートのアーマーのロックが外れる。

 

 縦に回頭して前方に展開するそれは、まるで迫撃砲の砲塔のようであったが……発射するのは榴弾ではない。

 

「ブルーティアーズは、六機ありましてよ!」

 

 ブルーティアーズは、カスタムウィングに接続された四機だけではない。腰に搭載された二機、それはミサイルを発射するミサイルビットであった。

 

 発射されたミサイルは、ビームサーベルを構えて突撃するゼロにまっすぐ飛んでいき──。

 

 空中で大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 セシリアの知力をちっとばかし魔改造してみました。
 ゼロのネオバード形態変形時にエアバイクみたいだと説明していますがフレームアームズ・ガールのフレズヴェルクを個人的にはイメージしております。分かる人にしか分かりませんけど某作例みたいな寝そべり状態は身体的にキツいものがありそうなので……


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第十七話 ゼロが見せる未来②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターには、ブルー・ティアーズから放たれたミサイルがウイングガンダムプロトゼロに吸い込まれて大爆発する映像が流れていた。

 

「キョウジ君、大丈夫でしょうか……」

 

 アワアワとして落ち着きがない山田先生を尻目に、織斑千冬はいまだ爆煙が残るモニターを見つめている。

 その傍らには、織斑一夏と篠ノ乃箒の姿もあった。

 

 織斑一夏は、映像を見ながら息を呑んでいる。

 

 モニターを介して伝わってくる戦場の空気。

 爆煙に消えた友の行く末。

 先に行かせてしまった罪悪感。

 

 そんな気持ちが綯い交ぜとなって、今の一夏は何も言葉を紡げずにいた。

 

「それにしても、なんでオルコットさんはレーザービットを使用していないんでしょうか?」

 

 そんな重苦しい空気の中で、山田先生が疑問を問いかける。

 

 確かに、試合開始から六分は経っているが、セシリアはビットを展開しようとしない。

 

 遠隔で操作を行えるレーザービットの展開は、それだけで戦力が増加されることを表す。

 

『正面から一機が迎撃している間にもう一機が周りこんで迎撃』

 

 という複数人を必要とする戦略を一人で成せる、しかも意思疎通が必要ないと言うのは、刻一刻と状況が変化する戦場では大きなアドバンテージになる。

 

 それに、相手が一機のみであると錯覚させておけば、思わぬ奇襲を狙うことだって出来るし、ビットの数だけ使える戦略は増えていく=有利になる、筈である。

 

 実際、空想上の話と言えども、遠隔兵器を使用したモビルスーツは、戦場で多大な戦果を挙げている。

 ララァ・スンが乗り込むニュータイプ専用のモビルアーマー『エルメス』はビットを使用した遠隔攻撃でソロモンに駐留していたマゼラン級戦艦やサラミス級戦艦を次々と撃破し、その後も一日で戦艦五隻を沈める壮挙を成し遂げた。

 ラウ・ル・クルーゼも同じだ。初搭乗にも関わらず遠隔機動兵器『ドラグーン』を搭載した『プロヴィデンス』を操り、十二分な活躍を魅せた。ムウ・ラ・フラガが操るエールストライクを翻弄して中破させ、キラ・ヤマトの駆るフリーダムと互角以上に戦い、追い詰めた。更に、その傍らで宙域の敵機をすれ違いざまに撃墜させたり、エターナルやクサナギを損傷させている。また、作中でミーティアユニットを破壊したのも、彼が唯一だ。

 

 思えば、ファンネルや、ドラグーン、ビットといった兵器は、ガンダムの主人公達を幾度となく苦しめた。

 

 ア・バオア・クーにてガンダムの前に立ち塞がった『ジオング』。

 

 カミーユ・ビダンの乗るゼータガンダムと、ジュドー・アーシタの乗るダブルゼータガンダムと、二つのシリーズに渡って二人のガンダムパイロットを苦しめた『キュベレイ』。

 

 『νガンダム』と『サザビー』の関係といえば、最早お互いが最後の敵、つまりラスボスとも呼べるべき存在だった。

 

 宇宙世紀の物語は、バイオコンピュータによって自立稼働するモビルスーツが登場してもなお、一定の活躍を続けることになる。

 クロスボーンガンダムに登場する巨大MA『ディビニダド』等が代表的な例だろう。

 

 もちろん、遠隔兵器は宇宙世紀だけの話ではない。

 

 先程の、フリーダムと戦った『プロヴィデンス』を初めとして、OO(ダブルオー)ライザーを迎え撃つ『リボーンズガンダム』、『ターンX』に至っては、身体を部位ごとに分離させて攻撃するという戦術を見せ、我々を大いに驚かせた。

 

 だから、遠隔兵器という武器パターンが戦場や、また戦闘において有利に働くというのは自明の理であった。

 

「オルコットさんは、あの後ろの棘みたいなのを飛ばして、多角的な攻撃を行うのか」

 

 包囲されたら終わりそうだな、と一夏は冷静に分析しつつも、しかし焦りを隠すことが出来ていない。

 顔は呆然としている。

 

 あの降りしきる弾雨だけじゃない。

 

 アイツはまだ、隠し玉を用意している。

 

 この戦闘を見ている限り、シールドで幾らかを防ぎながらやっと避けきれているように見えるのだが、純粋に砲塔が増えただけとして、それらを防ぎ切ることが出来るかと考えたら、それは難しいと言う他ない。

 

 ──アレに、勝てるのか?

 

 一応、布仏から貰ったデータが、一夏にはある。

 

 そこにはこのブルーティアーズという兵装も余すことなく記載されていた。

 

 このIS学園で使われるISのデータは、全て開示されなければならないという条項が書いてあるために、このデータを入手することが出来た。

 

 だが織斑一夏には、データを知ることは出来ても、まだ戦闘のイメージが掴むことが出来ない。

 

 つかめないが故に、分からない。

 

 ──だが、彼が負けようと負けまいと、次に俺の番が来る。

 

 分からないなりにも、何か策を考えねば──。

 

「織斑。行くぞ」

 

 スパッと切る、声。

 

 彼を思考の海から引きずり上げたのは、織斑千冬だった。

 

「織斑先生は、この試合、見なくて良いんですか?」

 

 思っていた以上に競り合ってますよね、と続けたが、千冬の視界からモニターはもう外れていた。

 

「……つまらんな」

 

「えっ?」

 

 千冬の言葉に、反射的に反応を返した山田先生だったが、それを見越していたかのように、千冬はもう一度言葉を吐き捨てた。

 

「勝敗が分かりきっている試合程つまらんものはないと言うことだ」

 

「はあ……」

 

 千冬は部屋を後にした。

 

 続いて一夏と箒も部屋を出ていく。

 

 部屋には、山田先生だけが取り残された形なのだが、やはり彼女は意気消沈していた。

 

(……誰も私の疑問に答えてくれなかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「経験の差……って奴かな」

 

 キョウジは溜息をついた。

 

 黒煙の中から、ゼロは姿を現した。

 

 盾には大きな黒い焦げ後が残っている……が、しかしIS本体は五体満足であることに、セシリアは歯噛みした。

 

 あくまであの男は、まともな戦闘をするのはまだ二回目な筈。

 

 イメージ・インタフェースを用いていくら簡単に操縦出来ようとも、しかし操縦技術を上げた者との差は、天と地程はある。

 

 そして、織斑一夏とは違いキョウジにある程度の知識があるとは言っても、経験ならこちらが圧倒的に上。

 

 なら……目の前の彼は、一体何であるのか。

 

 あの機動は、初めて動かした者が成せる技じゃない。

 

 それに、やはりこちらの手が読まれているような感覚がしてならない。

 

 この感覚は一体──?

 

 ──それが分からずとも、全力を出し切らねば。

 

 そう思って背後のカスタムウィングに意識を集中しながらレーザーライフルを握り直すブルー・ティアーズに対して、ゼロはビームサーベルをしまって、右手にツインバスターライフルを連結状態で呼び出していた。

 

 しかし、みすみす射撃動作を待っている程甘いつもりはない。

 

「撃たせませんわ!」

 

 銃口が、爆ぜる。

 

 ミサイルという奥の手が効かなかった以上、ライフルとブルーティアーズの五門の飽和射撃で相手を釘付けにするしかない。

 

 しかし、それを行うには、些か今の自分には難しい部分がある。

 

 だが、今の自分でもそれを行える、そのための布石は立てた。

 

 あとはプランを、実行するだけだ。

 

 セシリアの顎が引く。

 

(お待たせしましたわね。ブルーティアーズの真骨頂、お見せ致しますわ!)

 

 カスタムウィングが開き、四枚のフィン・アーマーに搭載されたスラスターが火を噴く。

 

 四機の猟犬が、長い沈黙を破って解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……かかった)

 

 だが、それはキョウジの手の内だった。

 

 後ろに下がりながら、光弾を避けるキョウジはと言えば、先程までは気怠げな顔をしながら避けていたが、ここに来て顔色が変わる。

 

 そもそも、キョウジはセシリアの戦闘データを全てチェック済みだった。

 

 ビットがゼロの周りを高速で行き交う中、キョウジは落ち着いて周りを見回す。

 

 確かにビットの動きは速い。小さくて、ちょこまかしていて、複数いて。ツインバスターライフルの連結状態では勿論通常の──例えばそう、ブルー・ティアーズのスターライトMk-IIIとは威力も攻撃範囲もダンチではあるが。確実に当てなければ自ら隙を晒しにいっているにも等しい。

 

 だが、しかし、それはビットの話である。

 

 彼は知っていた。

 

 ビット使用時はブルー・ティアーズ本体の足が完全に止まることを。

 

 別に、ビットを相手にしなくたっていい。

 

 ISバトルは、相手のISの本体のシールドエナジーをゼロにすればいいだけなのだから。

 

 キョウジは、『ブルー・ティアーズ』がビットを展開するのを待っていた。

 

 ビットを展開してくれた方が道筋が分かりやすくて倒しやすい、というのもあるし、第三世代ISのポテンシャルが引き出された上で倒したい、というのもあったからだ。

 

 だから、両者ライフルによる力押しを図った射撃戦から近接戦に切り替え、ビットの誘発を誘った。

 

 スピードを上げる。

 

 ビットはその速度についていき囲み続けるが、お構い無しにバスターライフルを構え──

 

 ──バスターライフルを振り上げた瞬間、一機のビットが反応した。

 

(迂闊でしてよ──まずは武器!)

 

 レーザーが放たれる。

 

 狙いは正確。ツインバスターライフルのその長い銃身の中途。

 

 セシリアはこの戦いが始まって初めて、笑みを露わにした。

 

 ──やはり、こちらの特性は全て読まれていた。

 

 そう悟ったセシリアは、すぐさま発想を転換する。

 

 今までは、自分の長所、ビットによる数的有利や弾幕による、アドバンテージを稼ぐことで押し切ることを考えていた。

 

 だが、予測されたら戦略も戦術も全て水の泡。

 

 それは攻略本を読まれたゲームのボスキャラのような物である。

 

 自らの攻撃パターンを、機体特性を、アドバンテージを全て読まれていては、それらが全て躱しきられる、アドバンテージとして成しえないのは必至。

 

 こちらの利点を打ち消され、相手は何があるのかよく分からない

 

 そんな中で、勝つにはどうすればいいのか。

 

 それに答えられる最低限の──これでも最低限だ──正解は、まずその範疇から外れ、別の視点に立って考えること。

 

 今の場合だったら、力押しがだめなら──一歩引けばいい。

 

 自らの短所を、ピンチを、最大のチャンスに変えることにしたのだ。

 

 彼女は、国内では、いや世界でもそうだろうが、BT兵器への適正は世界一だと自負している。

 

 ……とは言いつつも、問題は山積みなのが実際だった。

 

 『ブルー・ティアーズ』本体と子機のビットを同時に動かせないのが代表的なものであろう。

 

 ビットを初めとした遠隔操作兵装は、強力な武器であることは分かっている。

 

 だが、それを十全に扱えなければ意味は無い。

 

 ララァやシャアは、それを扱えるだけの、ニュータイプの技量があったから動かせたわけであって、そこらの軍人、一般兵にいきなりサイコミュを搭載した機体に乗せたところで、上手く扱えるはずがない。

 

 BT兵器を扱う技術の鍛錬。セシリアにとってはそれが喫緊の課題であり、それこそIS学園に来た最大の理由である。

 

 ただ、その問題をこの試合中に今すぐに、また根性ですぐに何とか出来るかといえばそうでもない。

 

 別に彼女は根性とか勇気とか、そういう言葉が嫌いではないが、彼女は自分のことに関しては、一段と思慮深い人間だった。

 

 勇気と無茶のボーダーラインは、心得ている。

 

 ならば、今するべき最前の手筈は、何か。

 

 それは自ずと彼女の中で見えていた。

 

 相手はこちらが、『ブルー・ティアーズ』本体が疎かになっていることを知っていた。

 

 だから、その隙をわざと晒したのだ。

 

 もし相手がそれに誘い出されなくても、四方向から同時にレーザーを撃ち込めばいい。

 

 そして──相手はその釣餌に、食い付いた。

 

 あとは釣り上げるだけである。

 

 ライフルを構えた瞬間に、ブルーティアーズによるレーザーを放つ。

 

 だが、レーザーがライフルに触れる直前、その影は消える。

 

「えっ?」

 

 ツインバスターライフル、いやゼロが空中で跳ねた。

 

 レーザーが空を切る。

 

 そして、間髪入れずに敵機の後方に据えてあったビットが爆散する。

 

 勝手に自爆することはあるまい。

 

 気付けば、ツインバスターライフルのトリガーが引かれていた。

 

 そしてセシリアは直感する。

 

 ──乗せられた。

 

 空中でライフルを振り上げる動作は完全にこちらに攻撃を仕掛けさせる誘導だった。

 

 全て、彼の手のひらの上だった。

 

 釣られていたのは、自分だった。

 

 視界がぐにゃりと曲がる。

 

 気に入らなさで気分が悪くなる。

 

 男は、弱い。そして弱いから男は女に媚びるものである。

 

 彼女の男に関する印象とは、そんなものだった。

 

 オマケに下心が丸見えで、弱いのに増長して、こっちが隙を見せたら手を噛もうとしてくる。弱いから、すぐに返り討ちに遭うというのに。

 

 現に、父親もそうだった。いつも母の顔色を伺って生きていた。そして、母に、私に擦り寄ってくる人間もそうだった。

 

 だが、目の前の男は違う。

 

 知略で完全にこちらを手玉に取り、今まさに女であるわたくしを追い詰めている。

 

 根底から、覆っていく。

 

 自分の思考回路が、次々とショートしていくような錯覚に陥る。

 

 まだ試合は終わっていない、と無理矢理に奮い立たせるセシリアだったが、その心中は崩壊を始めていた。

 

 後ろに回り込んだビットの攻撃を避け、ツインバスターライフルを構える。

 

 そして、発砲。

 

 しかし、向けていた銃口は後ろのビットではなく、上に回り込んだビットであった。

 

 頭上で爆発が起こった後、下から放たれたレーザーを後退して避け、上昇を行う。

 

 セシリアは一瞬驚いた顔をしたが、また目を細めてビットを展開し直す。

 

 だが、もう勝負は終わったも同然だった。

 

 ビットとISを同時に動かせない、というのは『ブルー・ティアーズ』の、ひいてはセシリアの最大の弱点であったが、大きな弱点はもう二つあった。

 

 ビットはガンダムシリーズのファンネルと同様にビットに思念を送り込んで操作する脳波コントロール仕様であるが故に、パイロットの癖というものが、特にファンネルには色濃く表れる。

 

 一つ目として、とやかく彼女は死角を使いたがる。

 

 ISのハイパーセンサーでも知覚に時間がかかる背後や上など、そんな場所に重点的に配置したがるのだ。

 

 癖というのは、自分ではあまり気付きにくいものである。

 

 死角にビットをおけば反応までの時間、そしてレーザーの速射性において大きなアドバンテージを得れるのは確かではあった。

 

 そして、二つ目にセシリアの技量ではビットによる相手へのブラフ立てが出来ない。

 

 敵機への照準合わせをまだオートで使用しているために、例えば『敵機の前方にレーザーを撃って敵の足を止める』という手段がとれない。

 

 そこで本体のスターライトMk-IIIで何とかしようとすると、今度は本体とビットの同時操作が出来ない弊害にぶつかる。

 

 そして、相手を牽制しておいての、死角からの四方向同時攻撃。

 

 ブルーティアーズを十全に扱えないと自覚していたセシリアはその瞬間を待っていた。

 

 ゼロを特定のポイント、姿勢、状態に持ち込み、ブルーティアーズの初見殺しの機動攻撃によって一撃で撃ち抜く。

 

 初撃を躱しすぐさま背後に周りこむ程に俊敏性が高いゼロ相手には、ビット──網を張れるほどにもっと沢山あれば話は別だが、ブルー・ティアーズのレーザービットは四基しかなく、セシリアの技量不足もある──では力不足だった。

 ビットの機動も甘くいくつも課題が残るビットを使用するには、必殺の一撃、『とっておき』にするしかなかった。

 

 しかし、キョウジは全て読んでいた。

 

(あの縦ロは俺がビームサーベルで突っ込んで来た時には悟っただろうな、力押しでは勝機がないと。だから一点突破に作戦を変更した。別にそれは悪くない判断だ。だが、奴は()()()()()()()()()

 

 そして、これだけではない。セシリアは重大な誤算をしていた。

 

 セシリアは、ツインバスターライフルとマシンキャノンしか遠距離武器はないと考え、ビットを展開した。ビットを展開しなかった約6分の間、別の射撃武器を出そうとする様子は見られなかったから、そう考えたのだ。それは結果的に合っているが、しかしその考えが彼女の回答を縛った。

 

 ゼロがツインバスターライフルライフルをチラつかせた時、セシリアには二つの選択肢が与えられていた。

 

 そのままビットで本体を撃つか、先程のようにライフルを落とすか、の二つだ。結果はといえば、ライフルの破壊するのに失敗し、セシリアに傾きかけていた勝利の天秤は、キョウジに振り切れてしまった訳であるが。

 

 あの時セシリアは、『敵機への攻撃』を最悪の条件時での行動と予定立て、『ライフルの破壊』を好条件時に行動しようと予定立てた。

 

 だが、これは結果論になるが、セシリアは何としてでも相手のISを叩くべきだった。

 

 キョウジや、キョウジのISにだって、弱点はある。ツインバスターライフルは取り回しが悪いし、マシンキャノンは射程が短く実弾であるため弾数に制限がある。

 

 『ゼロ』に搭載された射撃武器はこれだけだから、この二つを喪失すれば後は近接武器のビームサーベル二つだけ。ライフルとビットで遠くから狙う『ブルー・ティアーズ』にとっては、近付けられなければ勝ちも同然。

 

 だから、敵機がツインバスターライフルを取り出した時、彼女は今ISのシールドエナジーを削れなくとも、武装を破壊出来れば勝機はグッと上がると考えて『しまった』。

 

 見かけ上は、確かにそうだ。

 

 だが、それがミスリードだったら。

 

 何も、自身の短所を生かす戦法を使えるのはセシリアだけという訳では無い。

 

 武器の破壊に失敗し、敵を攻撃出来る絶好のチャンスを失ったセシリアは、敵の応戦によってビットで対抗せざるを得なくなる──つまり初見殺しが出来なくなったことにより、彼女は完全に勝ち筋を失う。

 

 ビットがゼロを包囲して、ビットが火を噴くまでの約30秒。その間に行われた頭脳戦は、この試合の勝敗までもを決した。

 

(初陣としての出来は……まあまあいい方なんじゃないかな)

 

 そして。

 

 四方八方から来るレーザーの網を抜け出て、ミサイルによる攻撃をも防いだゼロは、ライフルを向ける──本体のブルー・ティアーズに。

 

「!?」

 

 ビットの操作に手間取ったセシリアは、回避行動をとれない。

 

 というより、銃口を向けられた時には、殆ど戦意が喪失していた。

 

 ドッと言う衝撃の音と共に、光がブルー・ティアーズを呑み込む。

 

 紛うことなき、キョウジの完全勝利だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けた。

 

 その一言が、セシリアに重くのしかかる。

 

 シールドエナジーが切れたブルー・ティアーズが、地上へ落下していく。それこそ、蒼い、涙のように。

 

 負けは許されなかった。優秀であらねばならなかった。強くあらねば、いけない。

 

 彼女の瞳には、いつも凛とした母の姿があった。

 

 母のように強く、正しく、逞しく。

 

 だが、──こんなところで、それも男に負けてしまった。

 

 それでは、わたくしは、わたくしは──。

 

『生きる価値もない』

 

 瞳の中の母は、そう言い放つ。

 

 こちらを見下ろす母の足元に、父の姿がいるのに、セシリアは程なく気付いたが、跪く父親の姿が、まるで今の自分に重なっているように見えた。

 

 呆然とその姿を見ているうちに、母の姿がどんどん遠ざかっていく。

 

 自らの目標が、憧れが、どこかへ消えていく。

 

「い、いや! わたくしは、わたくしは、わたくしは……」

 

 ──弱くはないさ。

 

 誰かの声。女性ではない。男性だ。だけどとても落ち着くような、そんな不思議な……。

 

「大丈夫ですか?」

 

 気付いたら、視界いっぱいに白髪の男……キョウジの顔があった。

 

「あ、あなた!?」

 

「ご、ごめんなさい! オルコットさんが落ちてきて、それで、それで……」

 

 セシリアが、キョウジがとてもおどおどしている様子を見てから、自らが抱きかかえられているのに気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「なっ!? なっ、なっ、なっ、何をしていますの!? 早く下ろしなさい!」

 

「分かりました」

 

 すぐにキョウジは地面へと彼女を下ろしたが、しかし戸惑っていた様子だった。

 

「本当に、大丈夫ですか? ちょっと、()()()()()()()()みたいで。オルコットさん、攻撃受けた後に気を失っちゃって……本当に、本当に、ごめんなさい!」

 

 段々と、認識が覚めていく。目の前にいるのは、いつもの、厚かましい程に丁寧なキョウジ。ただ、何故かいつもより焦ったような姿をしているのが珍しくて、

 

「ふふっ♬︎」

「? ……どうしたんです?」

 

 セシリアが笑みを零すのを見て、キョウジは首を傾げる。

 

 セシリアの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 

『キョウジはその場で待機、オルコットは一旦ピットへ戻れ。第二試合を始める』

 

 スピーカーから飛ぶ、織斑先生の声。

 

 こちらの疲労の問題は何処へやら、体力的に不利な中、バカと戦わねばいけないらしい。

 

 あの野郎……と悪態をつくキョウジだったが、そこに声をかける者がいた。

 

「悔しいですけど、わたくしの負け、でございますわね」

 

 立ち上がったセシリアが、いまだおぼつかない足で歩み寄る。

 

「無理なさらないで「わたくしはこれでも丈夫ですわ」……分かりました」

 

 差し出した手に対してセシリアは首を振ってみせ、言葉を続けた。

 

「この戦いの敗因は明確……わたくしが貴方を侮っていたからですわ」

「そうかもしれませんね」

「キョウジさんは、意外と手厳しい方ですわね……。でも、次は負けませんわ」

 

 キョウジには、次の試合が待っている。自分がここにいては邪魔だ。

 セシリアはそう思い、最後にキョウジに笑みを見せてピットに向けて飛ぼうとするが、キョウジがそれを引き留めた。

 

「オルコットさん。少し待って下さい」

「なんでしょう?」

「機体がボロボロなんで……この後、また試合があるでしょう?」

 

 そう言って、ブルー・ティアーズの肩に触れるキョウジ。

 セシリアはゼロから、何か暖かいものが伝わってくるのを、感じていた。

 

 ……数分、肩に手を起き続けていたキョウジだったが、「はい、おしまい」という声と共に、手を離した。

 

「一体……何をなさったんです?」

「俗に言う……()()()()()ってものですよ。これでISが早く回復するはずです」

 

 その言葉にキョトンとするセシリアだったが、彼女はカタパルトに立つ白い機体をハイパーセンサーで確認する。

 そろそろ、お暇しなければ。

 

「それでは、次の試合も頑張って下さい、キョウジさん」

 

 スッキリとした顔をして、ピットに戻っていくセシリア。

 キョウジはその背中をピットに入るまで見ていたが、彼女の姿が消えたところで目前の白い機体に意識を移した。

 

 ──個人的には、セシリアは善戦した方だと思っている。弱点はあれど第三世代を使い、ある程度の経験を持ち、そして俺に全て読まれていたものの戦略をしっかりと、順序立てて組んでいた。自らが不利であると判断しても、諦めずに起死回生の一手を編み出したのは容易に成せる技じゃない。それに、機体や戦闘のデータを完全に知られているという、不利な状況下の中、彼女は戦い抜いた。

 流石は代表候補生、と賞賛を与えるべきだろう。

 俺でなければ、やられていた、と言ったところか。……自分で言っておいてやけに上から目線だが。

 

 さて、あの織斑一夏はどこまでいい戦いを繰り広げてくれるのか。

 織斑一夏の機体──『白式』に関しても、ある程度のデータは手中にある。

 貴様が弱いなら弱いで計画は順当に進むし、強いなら強いで倒しがいがある。

 

 はっきりさせようぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 少し投稿期間が空いたのは主にシンエヴァのせいです。当人はTwitterとかやってないのでここで感想を言わせて頂きたい(以下ネタバレ含む感想につき透明処理)。
 Qのあの絶望的な感じからよく返してくれたと初見でも泣きました。
 終盤にかけて我らが主人公シンジ君がもうかっこよすぎてかっこよすぎて、TV版と旧劇は後半シンジ君がずっと孤独で補完始まってやっと成長したけどシンエヴァは補完始まる前に周りのみんながシンジ君を大人にしてくれたおかげで補完を破綻させてみんなを救うことができたと考えると感慨深い。結局旧劇含めて世界がループしてたし。
 あと、アヤナミストな自分としては黒波がだいぶ好きになって、髪が伸びたポカ波が可愛すぎて、戦闘前のマリのセリフも刺さって泣きましたね。
 帰ってからネタバレ動画見ててサクラ界隈に衝撃が走っていましたが自分はなんとなく予想済みでした。というよりアスカが本当に式波シリーズだったのが驚きだった。マリについてはあと一歩で置いてけぼりになりそうでしたが聖書関係を知っておいて良かったと思いました。イスカリオテのマリアという冬月の一言の理解が出来なかったらマリについては完全にわからずじまいなのが少し不満ですが……。結局漫画版のアレも既読必須みたいな感じだったし。
 他にもいろいろ言いたいことはあるけど、まああの世界であれ以上のハッピーエンドは考えられないですね。旧劇の気持ち悪いエンドも全て過去にしてゲンドウも完全に救いネオンジェネシス完遂したのはようやったと言いたい。
 本当に『さらば、全てのエヴァンゲリオン』でした。
 面白かった。


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第十八話 白き激突

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり過ぎるな、と言ったのにな」

 

 スピーカーの向こうで織斑千冬が目を細める中、アリーナでは白き二つの機体が向かい合っていた。

 

一次移行(ファーストシフト)は……終わったんですか」

「おかげさまでな」

 

 一夏の見据える先にはツインバスターライフルをその手に持つ『ゼロ』がおり、キョウジの見据える先には純白の機体『白式』の姿があった。

 どちらも巨大なカスタムウィングを備えた高機動型のIS、と見受けられる。

 

(意外とISとの親和が早いな……俺ならまだしも、十分そこらで終わらせるとは、あれでも織斑、か)

 

 キョウジは顔を顰める。

 

 織斑一夏の言っていた通り、俺が戦っている間に、彼はまんまと白式の一次移行(ファーストシフト)を終わらせたらしい。元は塗装前の鉄にも似た銀色で機体色が構成されていた筈だが、今ではその機体名通り真っ白だ。

 『白騎士』のようで、反吐が出る。

 

 ブルー・ティアーズがピットに戻ってすっかり経ち、もう試合は始まっている。

 しかし、二人は微動だにしない。

 

「……なんなんでしょう、コレ」

 

 ピリピリとした空気が、見るもの全てに伝播していく。

 

 それはモニター越しに流れる映像を眺める山田先生、そして篠ノ乃箒とて同じだ。

 

(……何をしている、一夏)

 

 箒の額に汗が滲む。()()()()()()()もある。

 

 この空気に煽られた箒の心はますます複雑になっていく。

 

 勝って欲しいとも思えず、とは言いつつも元の、これまで抱いていた織斑一夏の像から──たとえ現実がそれからかけ離れていたとしても──そう簡単に離れられるわけではない、負けて欲しいとも思えなかった。

 そして勝敗の如何で、一夏はどうなるのか。どういう行動をとるのか。

 

 一夏は……一夏ならそんなことしないとは思うけど……私に八つ当たることだって──。

 

「篠ノ乃」

 

「はいっ!?」

 

 不意に後ろから声をかけられる。

 

 遠くから射抜かれるような鋭い声の主は、やはり織斑先生であった。冷淡な声で言葉を続ける。

 

「何かあったか?」

 

「い、いえ……」

 

 箒が恐る恐る首を振ったら「そうか。野暮だったな」と返す織斑先生。チラリとそちらを覗くと彼女の顔は既にモニターに釘付けになっているのが見えた。

 

 内なる恐怖と、外なる恐怖。箒はその二つに板挟みにされ、震えていた。

 

 そして、モニターの先では遂に動きが生じる。

 

 ツインバスターライフルの号砲が爆ぜ、白式の肩アーマーを抉る。

 

 そして両者が動き出し、空を舞う。

 

「叩き潰す」

 

 キョウジの呟きを、一夏は聞くことは無かったが、彼の目の色が変わっていることは、気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ってぇっ!)

 

 いきなりの発砲を食らい空に逃げた白式だったが、しかし攻撃はそれだけでは終わらない。

 

 分裂したツインバスターライフルで続けざまに連射をするゼロに対して、回避の一方だった。

 

 一夏は顔を歪める。

 

 あの攻撃を食らった時の、気持ち悪い衝撃。

 まるで身体がねじ切られたような様子が想起できるほどに、感じが悪い。

 

 しかし、ISというパワードスーツを纏っていなければ、そうなっていただろう。

 ライオンの牙に容易く食い破られ、弾丸が身体を貫く程には人の身体は脆い。

 だから人は、自らの脆弱さを文明の利器によって補ってきた。ISも今では、その一つと言えよう。

 

 ──今俺は、そのISを纏っている。男はISに乗れない筈ではあるが、幸か不幸か、俺は同じ土俵に立つことが出来た。向こうも同じだ。

 

 負けるかもしれないが、勝てなくもない。

 

 ブラフを読み、その後に撃ってきた直撃コースを避ける。

 先程見ていたブルー・ティアーズの弾幕よりかは射撃弾数は少なく、面で迫ってくるような脅威は感じなかったが、だが威力が強い分、一発一発に強烈なプレッシャーを感じる。

 

 だが、当たらなければどうということはない。

 

 カスタム・ウィングの巨大なスラスターを開き、スピードを上げてゼロの頭上を通り過ぎながら山なりの起動を描く。そして、白式は武器スロットから近接ブレード『雪片弐型』を呼び出した。

 

 生憎ながら、白式の武器は一つしかない。それがこの雪片弐型。かつて千冬姉が使っていた刀『雪片』の名を次ぐこの武器、たった一つだけ。

 

 あの強力なビームを避けて、近接戦闘を仕掛けなければいけない。

 近付くことが最低条件ではあるが、相手にもビームサーベルはある。

 

 こちらが間合いに入るということは、すなわち向こうも間合いに入っていることになる。

 

 斬り合いをしてもいいが、しかし分が悪い。

 

 どうしたものか、と一夏は頭を捻る。

 

 ただ、それを構えて機会を伺う間にも、敵機の弾幕は止まない。

 

 一弾一弾、確実にこちらを仕留めに来る弾であり、それを避けるのは至難の技だ。

 

 背中に被弾しながらも、白式は体勢を立て直して飛ぶ。

 

 ダメージは深刻だが、まだいける。連結状態の攻撃ならどうなるか分かったものじゃないが。

 

 ツインバスターライフルを再び接続させたゼロがダメージを負った白式に追いつき、双方がスピードを上げた。

 

 連結状態で一発発泡した後に急旋回で回り込もうとするゼロに白式も旋回で対応し、まるでシザーズのような膠着状態に陥りながらスタジアムを回り続ける。航空機による戦闘とは違い、これは先に前方を取った方が有利になる。が、このシチュエーションは元々ゼロに有利だ。

 

 航空機は前方にしか攻撃出来ない一方、ISは人間を基本単位にしていて、更に言えばPICにより空気抵抗を受けにくいシステムになっているので、身の振り一つで全方位に攻撃出来る。

 つまり、ローリングシザーズ中にもライフルを敵機に向けて発砲が可能であった。

 

 近接武器しかない白式では、避けることしか出来ない。

 

 だが、既定パターンの旋回に誘い込まれた白式は、その避けることすら至難を極めた。

 

 パターンから抜け出す一瞬の隙を、ゼロは逃がさない。

 

 しかし、幸運にも熱線は肩アーマーを掠める。

 

 スタジアムのグラウンドを抉る大爆発が起きる中、しかし砂煙の中から白式は現れる。

 

 存命だった。

 

 直撃を確信していたたのか、キョウジは舌打ちする。

 

 そのまま白式はシャンデルでマークから抜け出してもう一発来たビームを避けたあと、体勢を立て直す。

 

 ただ、肩アーマーのダメージの報告を聞いて、一夏の顔は歪んだ。

 

 このままじゃかすり傷でジリジリと追い立てられて負け。

 

 かと言って突っ込んだら、あのビームの餌食になって負け。

 

 どう攻めようとも、負けるビジョンしか見えない。

 

 あまりISでの機動の感覚が上手く掴めず、自分がまだまだ未熟なのは否めない。

 

 だが、そんな未熟さが霞むほどに目の前の敵機が、自分の思い浮かんだビジョンを全て否定して返す程に、キョウジが大きく見えた。

 

 生まれ持った自分の感覚が伝えてくる。

 

 彼は、強い。

 

 一夏のブレードを握る手が油断したら手から滑り落ちてしまうほどに気圧され、装甲内のグリップを掴む腕が汗で濡れる。

 

 ──どうする。どうすれば、勝てる。

 

 送り出してきた千冬姉や、箒のためにも、ここで負ける訳にはいかない一夏であった。

 

 一回考え直したい。

 

 相手をしっかりと観察し直して、じっくりと作戦を練り直したいところではある。

 

 だが、休んではいられないし、そんな時間はない。

 

 打開策を考えられなくても、動いてなければ撃ち抜かれて負ける。

 

 一夏は、記憶の奥底で朧気に浮かぶ、箒の目を、今のキョウジの目に重ねていた。

 剣道の試合で箒と相対した時、彼女はいつもマスクの奥に冷静な目でこちらを見つめていた。

 今思えば、それは『戦士の目』などと呼ばれるものだったかもしれないと、一夏は思慮する。

 この目をしていた時の箒はとても強く、一瞬の油断もならない強敵だった。

 

 そして、目の前の彼も、戦闘のプロとでも言うべきなのだろう。

 

 経験は無きにしろ、墜とせる敵を見逃したりすることはしない。

 

 そして、言うまでもなくこれは真剣勝負だ。

 

 浮き上がる白式に、容赦なく光弾が浴びせられる。

 

 しかし、真剣勝負だと言いつつも、下がりながら射撃をするゼロの姿は、まるで弄んでいるようにも見えた。

 

 まるでこっちがこの近接ブレード一本しか持ち合わせていないのを見透かしているかのような動きだ。

 

 ──何がおかしい。

 

 顔の皺が寄る。

 

 織斑一夏は胸の中で何かが燻るのを感じて、心の中で毒づいた。

 

 いや、そう言いたいのを抑えて、心の中に留めておいたというのが正しいだろうか。

 

 だが、一度は抑えたものの、続いて湧いてくる怒りを抑えることは、直上的な一夏にとって難しい話であった。

 

「これは……真剣勝負、だろうが!!」

 

 雪片弐型を構え、突撃を仕掛ける。

 

 相手の視界から刀身を隠すように下段に構え、相手の足元、真下から攻める。

 

 真下──。それも、ISのハイパーセンサーを持っても認識に一手間要する、『死角』である。

 

 しかし、単体で攻めても効果は薄い。

 

 急加速して回り込んだ一夏であったが、その動きにゼロは容易くついていき、バスターライフルの光に呑まれかける。

 

 避けたものの、間合いは更に突き放されてしまった。

 

 ──ダメか。

 

 一時の怒りに任せるのは危険であり、そして力押しではダメだと一夏は悟る。ただ、搦め手を繰り出したとしても生半可な攻撃では手堅いしっぺ返しを食らうのは目に見えている。

 

 しかし、どうすれば──。

 

 そんな時だった。

 

 右手に握っていた『雪片弐型』の刀身の、その近未来的なラインが入った場所から、ほんのりと漏れ出ているのを、一夏は見た。

 

 そして、その光は、一夏には一度見たことがあるように感じていた。

 

 もしかしたら──。

 

 いや、もしかしなくても、俺はこれに賭けるしかない。きっと、賭ける価値はあるはずだ。この戦いに負けたとしても。

 

 100メートルは離れたゼロの砲身をハイパーセンサーを通して気にかけながらも、握ったブレードに意識を集中させる。

 

 その無骨な剣に自らの身体が内包している熱を伝えるような、そんな感覚で。

 

 想いを伝えれば、帰ってくる筈だ。

 

 視界いっぱいに広がるウインドウの文字を見て、それは確信に変わった。

 

 白式が飛び出す。

 

 直線軌道、自殺行為か。

 

 見え透いたチャンスをみすみす逃すようなことを、キョウジはしない。

 

 すかさずゼロは発砲する。

 

 だが、避けようとしない。

 

 あの装甲のダメージからして、分離状態のビームでも即死にまで持っていける筈だとゼロは踏んだ。

 

 当たれば負けである。

 

 ならば、何故──。

 

 そこまで思念したところで、しかし次に起きたことは彼の思考の範疇外であった。

 

 正面に迫る脅威に対して直進する理由など、目の前の脅威に対抗出来る何かがあるからに決まっている。

 

 だが、そんなものがあるというのか。いや──あるにはあるが──。

 

 そんな一瞬の思考の鈍りが、キョウジを襲う。

 

 一夏はISの初心者ではあるが、剣道である程度鍛えていた観察眼というのは、ISでの勝負にもある程度通用するものではあった。

 

 故に、一夏はハイパーセンサー越しにあるキョウジの目が狼狽えたのを、見逃さなかった。

 

「『零落白夜』ァァッ!!」

 

 ビームに衝突する白式だが、真白な光を発する。

 

 それは被弾の、増してや爆発の光ではない。

 

 そして、それをキョウジが理解した時には、白式の姿は眼前にあった。

 

 『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。土壇場で編み出したその技法に、キョウジは驚きを禁じ得ない。

 

「甘く見過ぎたか……」

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 ビームサーベルを取り出すが、それは気休めにしかならないと分かっていた。

 

 雪片弐型のブレードから噴き出るあの光『零落白夜』は、あらゆるエネルギーをたちまち減衰、消去させてしまう一撃必殺の大技なのだから。

 

 実体ブレードならまだしも、ビームサーベルはエネルギーの刃である。

 

 展開したビーム刃で上段から振り下ろされる雪片の光を受け止めようとするが、やはりビーム刃は怖気付いたかのように掻き消えて消滅する。

 

 零落白夜という強力な武器を手にした白式は、一夏の剣術への潜在能力も合わせて、ゼロを打ち負かす程の自力なのは、誰の目にも明らかであった。

 

「ちいっ!」

 

 雪片弐型を振り下ろしながらゼロの頭上に飛び込むように身体をグルンと空中で一回転させることでマシンキャノンの射程からも抜け出す。

 

 そして、胸部のトリコロールの装甲を、白き光の刃は切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一瞬にして、キョウジの中の何かが切れた。

 

 織斑一夏が、この俺に傷を負わせた。

 

 ──あの馬鹿が? まだ数回しか乗っていないというのに? 知識もないというのに?

 

 ──お前はこの俺の人生を狂わした張本人だ。俺がここにいるのも、全部お前のせいだというのに。俺はお前に復讐したいからここに来たというのに。ここから俺の物語が幕を開けるというのに。

 

 ──俺の気が済むまで殴られて潰されて弄ばれて、最後に吐き捨てられるのがお前の人生の筈だろ?

 

 ──なのに、なのに、なのになのになのにぃぃぃ!!!!!!!!

 

 その事実だけが、キョウジにとって許し難いことであることは想像に容易い。

 

 スラスターで距離を離し、上空で荒い息を吐く一夏の姿を見た。

 

 その姿は、キョウジにとって上から目線で、気に入らないものに違いなかっただろう。

 

 だが、このまま怒りに駆られては勝てる試合も勝てなくなる。

 

 キョウジは引き際を弁えていた。

 

 アラートが五月蝿く情報を頭に流し込んでくるのだが、キョウジは分かっていると首を振った。シールドエナジーはあの攻撃で半分近く持っていかれた。胸部には装甲が引き裂かれて裂傷が刻まれている。

 

 まさか、あの織斑千冬の必殺技とでも言うべき単一仕様(ワンオフアビリティ)、『零落白夜』を発動出来るなどとは流石のキョウジでも予想外であった。

 

 単一仕様(ワンオフアビリティ)は、ISが長い時間をかけて、操縦者をよく理解して初めて習得出来る、そのISだけの特殊能力。だから、時間をかけなければ単一仕様(ワンオフアビリティ)は生まれない筈だし、複製(コピー)なんてことは出来ない……筈なのだが。

 

 しかし現実は実際に織斑一夏は零落白夜を発動した。

 

 織斑一夏は織斑千冬のサブユニットだから、凍結された『暮桜』のデータを織斑一夏を触媒に白式にサルベージした……と推測出来なくもないが。

 

 そして、零落白夜はあらゆるエネルギーを消滅させてしまう『無効化攻撃』であり、敵機……今で言えばゼロのシールドを消去して、その内側にある操縦者の最終保護シールドである『絶対防御』を強制的に作動させた。発動中は同時に自らのシールドエナジーも消費する『諸刃の剣』でもあるわけだが、俺は本当に運がいい。あんなもの、当たったら即負けだ。

 

 ちなみにではあるが、これは競技用にリミッターをかけた状態であるらしく、リミッターを解除した零落白夜は絶対防御さえも貫通してしまうと聞いている。

 

 ISを倒すため『だけ』のIS。その呼び名が相応しいだろうか。

 

 白式の中にはまだ白騎士の魂が残っている。残された白騎士の力なのか知らないが、一矢報われたらしい。

 

 キョウジは溜め息を吐く。

 

 だが、さっきのは一夏が運が良かっただけだ。

 

 土壇場で零落白夜を編み出し、瞬時加速(イグニッションブースト)で懐に潜り込み、そして零落白夜の光でリーチが伸びた一撃を食らわせられた。

 

 だが、全ては運がいい方向に働いた、ただそれだけ。

 

 もう、相手の手は読めたのだから、二度目は絶対に食らわない。

 

 そして、もう時間はかけていられない。

 

 フワリとスタジアムの上空に浮かび上がる。

 

「零落白夜……意外だったが、もう遊びは終わりだ」

 

 分離したライフルを水平に持ち上げるゼロ。だが銃口は上の空へ向けている。敵が複数いる訳でもないのに、それぞれの銃口を、真反対に向けていた。

 

「? 一体──」

 

 織斑一夏はそう呟こうとした。

 

 だが、轟音が全てを掻き消す。

 

 バスターライフルから熱線が溢れ、アリーナを一直線に貫く。

 

 そして、機体が旋回しだすと共に、ビームが回り出す。

 

 それは、カトルがアニメで見せたものが印象的な、ローリングバスターライフルであった。全てを飲み込む熱線の渦のように、付近の機体を蹂躙する、大技。

 

「これは……これこそまさに、輪舞曲(ロンド)

 

 ピットで様子を伺っていたセシリアも、言葉を零す。

 

 全てを飲み込む、それは白式も例外ではない。

 

「うっ、うわあああああああ!!」

 

 熱線の中に身を躍らせてしまった白式は、ただでさえ少なかったシールドエナジーを、遂に尽かす。

 

 不意を疲れたものの、終始優勢。

 

 紛れもないキョウジの勝利だったが、その目は悔しさに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 遅くなりました。仕事が忙しくて頭がこっちまで回らないです。ダレカタスケテ……。
 それで、まだ序盤から抜け出せていないんですけど投稿頻度がまた落ちます。ほぼ失踪になるかも……。
 一応次回予告しとくと決定戦のまとめとセシリア濡れ場になる……のかなぁ。


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