ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ - (弥勒雷電)
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アインクラッド編
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2023年4月29日…

 

アインクラッド第24層 東部ガルディア遺跡。

 

ギルド『黄昏の茶会』が経験値稼ぎとレアアイテム探索に明け暮れていた。

 

10人パーティー。SAO開始時点からリアル世界の仲良しグループで集まりギルドを作った。最初、15人いた仲間のうち、5人が皆開始直後に現実世界でナーヴギアを家族が強制的に外したことによる強電磁パルスの発生で脳を焼き切られ、この仮想世界からも消えた。

 

だか、そこからは前線の攻略組とは違い、戦線には出ず、安全な階層のダンジョンでの狩りを生業にする中層プレイヤーギルドとして活動していたため、脱落者も死者を出すこともなかった。

 

だから感覚が鈍っていたのだろうか。

 

この世界の死は現実世界での死を意味する。そんなデスゲームに参加していることを俺たちは決して忘れてはならない。

 

「やっぱり嫌な予感しかせんわ?そろそろ戻った方がいいんちゃうか!」

 

今彼らは地下29階と30階を繋ぐ回廊にいる。ここまでこれと言った危険もなくやってこれた。だが、この先の地下30階の入り口から何やら不穏な空気を感じる。

 

黄緑色のリングメイルを身に纏った青年が不安の言葉を呈する。

 

「まだ大丈夫やって!俺らも強くなってるし」

 

振り返った黒髪長髪の青年がそう答える。

 

「だってまだ、お宝見つけてないやん?あんたは相変わらず心配性やなぁ!」

 

彼に同調するように水色短髪の少女が言葉を繋ぐ。

 

「ここまで来て戻るわけにはいかんやれろ!帰りたいんやったらお前1人で帰りや?」

 

このギルドのギルドマスター 黒縁メガネに黒髮短髪の男性にそう言われ黄緑色のリングメイルの青年は首を縦に振る

 

「はぁ…分かったよ」

 

青年のため息が回廊の中に響き渡った。

 

東部ガルディア遺跡の地下30階。

 

青年の不安は的中した。彼らが降り立った瞬間、周囲が真紅に染められ、けたたましい警告音が鳴り響いた。

 

そして、おびただしい数のモンスターに囲まれていた。

 

「これはあかん!早く転移結晶を!」

 

黄緑のリングメイルの青年が叫ぶ。

 

「おぃ!これなんやね!!結晶が反応せーへん!」

 

黒髪長髪の青年が叫んだ。

 

「も、モンスターハウスや」

 

誰かの叫び声にその場にいた全員に戦慄が走る。

 

ーーモンスターハウス

 

各ダンジョンに存在すると言われているフロアトラップのこと。広大なワンフロアに数百体のモンスターがひしめき、如何なるアイテムによる脱出は叶わない。彼らが生存するためにはいち早く次の階かフロアに進むしかない。

 

「みんな回避に徹して階段を目指せ!モンスターとまともにやりあ…」

 

ギルドマスターが叫ぶ。

だが、言葉を言い終わらない間に彼に骸骨型モンスターが襲いかかった。爪牙を剣で受け止めるも一瞬にして振り切られ、彼の腹部にモンスター爪が突き刺さった。

 

「きゃあああ」

 

水色の少女の声がこだまする。彼らのギルドマスターは体を宙に持ち上げられ、次第に彼の顔から血の気が引いていく。

 

 

「うぐっ…ごめん…みんな生き…」

 

ギルドマスターの彼は呻き声をあげる。そして彼は自らの死に抗うように渾身の力で右手の剣を振るった。

 

だが、その刀身はモンスターの体を傷つけることなく真っ二つに折れた。

 

刹那…

ギルドマスターの体をまばゆい光が包み込む。

 

そして水晶のように砕け散った。

 

「うそやろ!!」

「いやああああ」

 

初めての戦闘での仲間の死に皆一時呆然となる。

 

「止まるな!走れ!!」

 

黄緑のリングメイルの青年の声で皆我に返り動き出す。だが、既に彼らもまたモンスターの群れに取り囲まれ、すぐに姿が見えなくなった。

 

——————————

 

……1人だけだった

青年は手に持った長剣を地に落とし、

その場にへたり込んだ……。

 

「俺だけ生き残ってしもた。あほ…だから止めろと言うたのに…みんな…」

 

東部ガルディア遺跡31階。

 

黄緑色のリングメイルの青年は地に腰を下ろしたまま動けないでいた。モンスターハウスに降り立った時、たまたま次の階に向かう階段の近くにいた事が幸いした。

 

ギルドマスターの言う通り、モンスターの攻撃を掻い潜り、階段に滑り込んだ。転がるように落ちた。

 

自分に続いて誰かが降りてくるのを待った。

1時間経っても、2時間経っても誰も降りてこない。

明らかにモンスターのレベルが違った。

 

今の自分達では全く歯が立たなかった。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

彼の雄叫びがフロア内にこだました。

それはまた獣の断末魔の如く、低く、深く、そして絶望に満ちていた。

 

ーープロローグ 完

 



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第1話『黄昏の狩人』

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ーーーアインクラッド第52層 東部アバルの深森

 

風の精霊のいたずらだろうか。

枝葉が踊り、木の匂いを運んでくる。

 

そこに無警戒に現れたのは一匹の兎…

そしてその獲物を狙う視線がひとつ…

 

「よーし、良い子や」

 

俺は矢をつがえ、息を大きく吸い、小さく吐く。

木の陰に隠れている俺の存在に獲物はまだ気づいていない。

 

意識を指に集中させると眩い黄緑色に輝く。

 

「ふ、狙った獲物は逃がさへん」

 

そして体の後方に強く引いていた右手の指をすっと離した。

 

一瞬だった。

 

鏃が空を切り、放たれた矢が狙いを定めた獲物に真っ直ぐに向かっていく。

 

鏃は獲物の背中の突き立ち、そしてその体を貫通した。

 

キュウと小さな叫び声をあげ、獲物が動かなり、結晶となって消えると俺の目の前に加算経験値とアイテムドロップの情報が浮かび上がる。

 

周囲を警戒してから木陰から出ると宙を指で叩き、バーチャルコンソールを出現させる。

 

アイテム欄をスクロールさせ、目的の物を見つけると口角が自然と緩むのを感じた。

 

「任務完了。さて帰るか」

 

転移アイテムを手に取ると行き先を告げる。すると紫色の光が体を包んだ。

————————————

 

ーーアインクラッド50層 アルゲード 故買屋

 

「モイラの卵4つにヴァンサンベアーの毛皮5つ、そしてラグー・ラビットの肉かぁ。この短期間に揃えるなんて流石!黄昏の狩人ラズエルさん。」

 

身長180cmを越える褐色肌の男が目の前ではしゃぐ姿を見て半ば溜息を吐く。目の前にいるこの店の店主エギルがさっきの狩りの依頼主である。

 

「さぁ、報酬を貰おか?」

 

エギルが品物の確認し終わったことを確認するとそう切り出した。任務完了の折には長居は無用、それがまぁ、流儀みたいなものである。

 

「もう少し余韻に浸せてくれ。特にラグーラビットの肉は最近食べ損ねたんだよ。」

 

エギルの言葉に苦笑いを浮かべる。

そっちの事情は知らへんわと心の中で毒づくが、口には出さず、エギルから視線を外す。

 

古ぼけた店内の様相に懐かしさを感じる。

棚に並ぶ珍しい骨董品なのかガラクタなのか分からない物を見ながら、あることに俺は気がついた。

 

「ってか、エギルさん料理スキル持ってるんやなぁ?」

 

その質問にエギルの動きが止まる。黙ったまま、報酬銀貨の入った袋を渡すと出て行けと手で合図してくる。何か変なことでも聞いたのだろうか?

 

ラグーラビットの肉を食べるには料理スキルが必要。それを突っ込んだ時の彼の態度を見るかぎり、そんなスキルは育ててないというのは容易に読み取れる。

 

「はぁ、どうやって調理をするつもりやったんよ。もしよかったら俺作りましょうか?」

 

実は一時期料理にハマった関係でスキルはコンプはしてないがそれなりには育っている。

 

「お前、作れるのか?」

 

エギルはその問いに首を縦に振る俺を見て、その表情に期待と羨望の眼差しを浮かべている。

 

「その代わり、俺にも半分食べさせてくださいよ」

 

かくして、追加報酬にレア食材を使った料理を堪能した俺が自分の家に戻ったのはもう夜も深く更けてからであった。

 

———————————

 

 

ーーアインクラッド 42層 サバナの町

 

家に着くと弓と矢筒を玄関先におき、家の中へと足を踏み入れた。二階建てのその家の二階の一室を彼は住居として間借りさせてもらっている。

 

既に夜は遅い。足音には気を使う。

物音を立てないスキル、ハイドステップを発動はしているが、居候の身では気が気ではない….。

 

なんとか自室にたどり着くとベットに倒れこんだ。仰向けになり天井を見上げると小さな溜息が出る。体の疲れが一瞬で抜けて行くようである。

 

ふと机の上に封書が置いてあることに気がつく。

重たい体を起こして封書を手に取り、中を見ると再びレア食材狩りの依頼であった。前線の攻略組の二大勢力の片方、聖龍連合の料理人からであった。

 

「詳細を翌日聞きに行くか」

 

再びベットに横になると、目を閉じた。

 

ーーーアインクラッド第52層 東部アバルの深森

 

『52層の東部アバルの深森の奥にスモールドラゴンの群れが出現したんだけど、彼らを20体狩ればレアの食材が手に入るクエストがあるんだ。お願いできないか?」

 

聖龍連合本部にまで出向いた俺はこの男の依頼を一瞬迷いを感じた。基本クエスト攻略依頼は受けない主義ではある。

 

だが、今回は報奨金と獲物がスモールドラゴンであること、ドロップするアイテムは自由にしていいとの話に心を動いた。

 

その事が少し面白くない。

 

「いいやろ。引き受けます」

 

スモールドラゴンがドロップする肉、羽、ツノ、瞳、尻尾などは全て高値で取引される事、今懐事情が寂しいこと、そろそろの新しい武器が欲しい事も考えると首を縦に振るしか選択肢はなかった。

しばらく奥に進むとドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。

広場のような場所に出ると上空を無数のドラゴンの群れが行き来するのを確認した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

エクトラクエスト『赤竜の咆哮』

ーーーーーーーーーーーーーーー

■依頼人

52層 ベーレの村の村人

■依頼内容

東部アバルの深森にスモールドラゴンの群れが巣を作り始めた。このままでは森を狩場にしている村人の生活が窮してします。スモールドラゴンの群れを追い払い、森の安寧を取り戻してほしい

■報酬

レア食材 赤龍の尻尾

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

物陰に隠れて様子を伺う。ターゲットになっているスモールドラゴンは体長15メートルと比較的小さいドラゴンではあるが、鋭い爪牙を持っており、油断するとその高い攻撃力の前に即死もあり得る。

 

 

「これは予想以上に骨が折れそうやわ」

 

自然と悪態の1つも言いたくなる。一方で胸の底が熱くなる、気持ちが高ぶりを感じる。

 

まず手始めに1匹を狙ってみることにした。

木陰から弓を構え矢を番い、空を舞うスモールドラゴンに狙いを定める。矢を引くと指が黄緑色の光が鏃を包み込んだ。

 

「はっ」

 

気持ちを入れて矢を放つと一直線に矢が飛んでいく。

重力に逆らいながらも尚、勢いを落とさず、スモールドラゴンの腹部に突き刺さった。

 

「ちぃ。予想以上に硬いか」

 

舌打ちをすると再び宙を見上げる。先ほどの矢が突き立ったスモールドラゴンが何もきにすることなく空を泳いでる光景が彼のプライドを更に刺激してくる。

 

「あれを使ってみるか」

 

コンソールパネルからスキルリストを開き、設定をする。そして再度矢を番えると先ほどのスモールドラゴンに向けた。

 

一撃で仕留めるならドラゴンの柔らかい頭部に矢を突き刺すしか無い。

 

刹那、体が銀色に輝いた。そして、銀色のオーラを帯びた矢は狙い通りスモールドラゴンの顎から脳天を突き抜けた。

 

眩い光に包まれ、スモールドラゴンが四散する。

 

「よし。」

 

ラズエルは小さく拳を握るとゲットしたアイテムを確認する。レアアイテムの竜の泪と龍肉がリストに追加されていた。

 

エクストラスキル『銀射手』

極限まで集中力を高め、攻撃の命中率と攻撃力、クリティカル率を向上させるスキル。発動条件は不明。

 

いつのまにかスキルリストに実装されていたスキル。

攻略組に入っていない自分がもっといる事が周囲に知られないようひた隠しにしている。それに剣や槍など打突系の武具が主流の中、弓のエキストラスキル。また発動条件も不明、直接効果というよりは間接効果での意味合いが強いという代物。

 

普段は使う必要のないスキルで今回初めて使ったが、悪くない。

 

その時空の異変に気付いた。スモールドラゴンが空を舞うのをやめ、地面を見下ろしている。まるで仲間を倒した人間を探しているように見える。

 

「まさか、トラップ?」

 

ドラゴン一体を倒すと他のドラゴンと戦闘状態になるトラップが存在すると少し前に48層の町の酒場で聞いたことを思い出した。

 

「まじかよ」

 

正直ついてない。

ソロで立ち向かえる相手じゃない。

 

少し思案すると俺は木陰からもう一度空を見上げた。

 

スモールドラゴンは何事もなかったかのように空を旋回している。いくつかのインターバルを置くと元に戻るのかもしれない。

 

念のため、場所を移動し、弓に矢を番えた。銀色を帯びた矢が再びスモールドラゴンの脳天を貫く。そして紫色の文字で加算経験値とアイテムドロップを確認すると空を見上げる。

 

同じようにスモールドラゴンの群れは飛行をやめ、地上から仲間を撃ち落とした敵を探している。

 

「………27、28、29、30」

 

30秒数えた時、スモールドラゴンは探索をやめ、何もなかったかのように飛行を再開した。

 

——————————-

 

30分後…

 

「これで、17体目」

 

銀色の矢が17体目のスモールドラゴンの脳天を貫き、眩い水晶が四散する。そして木陰に隠れ、じっと時を待ち、スモールドラゴンをやり過ごす。

 

あと3回、この動作を繰り返えせば、クエストクリアのはず。最初はどうなるかと思ったが、なんとかなるものだ。

 

「え?ここなに?どうしてドラゴン?」

 

インターバルのカウントが20を数えたその時、その目が1人のプレーヤーを捉えた。赤いワンピースに白いドレスエプロン、ベイビーピンクの髪と特徴的な出で立ちの女性プレイヤー。どこかで見たことある気もする。

 

「あ、危ない」

 

一体のドラゴンが狙いを定めたように彼女に向かって突進していく。

 

「逃げろ!はやく!」

 

言いながら俺は矢を番え、急加速で彼女に襲いかかるスモールドラゴンを狙う。当の彼女は完全に恐怖に腰が砕けてしまっている。

 

「ーーはぁぁぁぁ!」

 

銀色に煌めく一陣の光が彼女を襲うスモールドラゴンの脳天を貫く。ドラゴンの牙が彼女を襲う寸前でドラゴンは四散する。

 

あと2体……

 

俺は木陰から飛び出し彼女のところまで駆け寄ると彼女の体を抱えて木陰に飛び込む。

 

「大丈夫か?走れるか?」

 

彼女は泣きそうな顔で首を左右にぶんぶんと降っている。まだ戦闘状態は続いている。スモールドラゴン2体は森の中まで俺たちを追いかけてきた。

 

「ちぃ!捕まってろよ」

 

俺は舌打ちをすると走る速度を上げた。

狩人という職業柄、敏捷性と命中率などのステータスに多く振っている。足には自信があった。

 

次第にスモールドラゴンの認識範囲の外に出れたようで、戦闘状態を解除する文字列がコンソール上にポップアップとして現れる。

 

それを確認すると俺は足を止めて抱きかかえていた彼女を地面に下ろした。改めて成り行きとはいえ、助けた女性を一瞥する。赤を基調にしたワンピースに白いドレスエプロン、ベビーピンクのボブショート…なかなか奇抜ないでたちに改めて目がいく。

 

メイドだろうか?それともそういう趣味なのかとあれこれ思案していると、彼女と目があった。

 

「あっ…」

 

まだ手に彼女の体の感触が残っている。

少し気恥ずかしくなって俺は彼女から視線を外した。

 

「あ、助けてくれてありがとう。。何かクエスト攻略してたよね?あたしっていつもタイミング悪いんだよね」

 

彼女がバツの悪そうな顔で頭を掻き、舌を出しながら苦笑いを浮かべる。

 

「いや、無事で何より。」

 

クエストは1からやり直しだろうがまぁ、あの場面に遭遇して助けないという選択肢はない。もう目の前で誰かが死ぬのはごめんだ。

 

「ねぇ!助けてくれたお礼に一杯奢るよ!」

「いや、いいよ。大したことはしてないし」

 

彼女からの誘いは正直嬉しかったが、他人に深入りする義理もないので、固辞した。だが、彼女は諦めた様子もなく、俺の右腕に腕を絡めてくる。

 

「いいじゃん!あたしの気が済まないの!さ、行くよ」

 

その強引さに戸惑いながらも嫌じゃない自分に少し驚く。俺は彼女の手に引かれるままに後をついていく。

 

「あ、あたしの名前はリズベット。48層でリズベット武具店やってまーす。よろしくね。」

 

俺の手を握ったまま、振り返りそう自己紹介をした彼女、リズベットの天真爛漫な笑顔に胸の中がざわつく。そしてリズベットと繋いだ手から伝わる久々のぬくもりに体温が上がるのを感じる。

 

俺はこの時まだ気がついてなかった。

彼女リズベットとの出会いが、彼女の存在が俺のアインクラッドでの人生を変える転機となることに…

 

 

 

ーー第1話『黄昏の狩人』 完

 



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第2話『マスタースミス』

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ーーアインクラッド第48層 リンダース

 

「ドラゴン狩りのエクストラクエストかぁー。ほんとごめんね?あと少しだったんでしょ?」

 

リンダースの飲食店街にあるイタリアンを模したレストランで俺はさっき助けた少女リズベットと食を共にしている。

 

「あぁ、まぁな。もう1回1からやり直し」

 

スモールドラゴンとの戦闘域を離脱してすぐに『Quest Failure』の文字が浮かんだ。ドロップしたアイテムや経験値、コルはそのまま残っているのがせめてもの救いだ。

 

「ごめんねー。ほんとに!お詫びと言ったらなんだけどさ、今日はじゃんじゃん食べてよ。」

 

じゃんじゃん食べてよと言われてもとテーブルに置かれたパスタやピザ、カルパッチョに見た目が似た料理を見て胃が重くなるのを感じる。

 

当のリズベットはパスタを美味しそうに頬張っている。そして手前に置かれたパンに手をかけようとしていた。

 

「ところで、リズベットは何をしてたん?」

「え?あ?んーーーー」

 

その問いが虚を突いたのだろうか。

パンを口に頬張ろうとしていたリズベットは喉を詰まらせて悶絶している。ドンドンと食道付近を叩きながら水を飲むその姿がどこか微笑ましい。

 

人とこうして関わるのはいつ振りだろう。

久しく、この感覚を忘れていた気がする。

 

「もう!突然話かけないでよ。それから名前はリズでいいわよ」

 

リズは顔を真っ赤にしながらそういうと小さく深呼吸をした。

 

「あたしはお客さんからオーダーメイドを頼まれてその素材集めにあの森に行ってたのよ。まさかドラゴンに襲われるなんて思いもしなかったけどね……ってかこのピザ?みたいなのおいしい」

 

口にピザらしきものを頬張ったリズが歓喜の声をあげる。どこにそれだけの食欲があるのかと疑いたくなる。

 

「ねぇねぇ、ラズエルも食べてみなよ。本当においしいよ」

 

お皿に一枚だけ残ったピザらしきものをリズは俺に勧めてくる。

 

「騙されたと思ってねぇ!ねぇ?」

「はぃはぃわかったよ」

 

俺は皿からピザらしきものを一枚とると口に運んだ。

懐かしい味・・・最初の食感はそれだった。チーズに似た香り、玉ねぎに似た風味、ソーセージに似た肉の食感、生地の歯ごたえ・・・すべてが懐かしい。

 

「うまい」

 

その一言を聞いたリズは「でしょ?」と満面の笑みを俺に向けた。

思わず俺はその笑顔から顔を背けた。

 

「あーおいしかった」

 

俺たちは食事を終えると夜のリンダースの街を歩いていた。確かにリンダースのような田舎街の中にこれほどの味を持つ店があるのは驚きだ。

 

リズは大きく背伸びをすると踊るようなスキップで俺の前に出てくる。

 

「ねぇ、ちょっとうちこない?」

 

いたずらっ子のような表情でリズはそういう。その言葉に俺は一瞬どきりとしたが苦笑いを浮かべる。

 

「そんな簡単に男を自分の家に誘うもんやないで」

 

その言葉に自分のいった意味を俺がどう捉えたのか理解したのか、一瞬で顔を紅潮させる。

 

「はぁ?何言ってんのよ。誰があんたなんかを家に誘うのよ」

 

リズは顔の前で手を振りながら否定する。

 

「その代わり、あたしの店でいいもの見せてあげる」

 

リズはそういうとくるりと体を反転させ歩き始めた。

 

———————————

 

 

「リズベット武具店か・・・」

 

特徴的な水車小屋に趣を感じる。周りの景色と絶妙にあっており、何か良いなと思った。

普段は22層の武具屋を使っているが、そこは薄暗い商行くの奥にあり、陰気な雰囲気の店だ。

 

「入っていいわよ」

 

しばらく待っているとリズがホームのドアから顔を出し、手招きする。

俺は言われるがままにホームのドアに手をかける。そしてドア鈴がカラカラと音を立てると中に体をすべりこませた。

 

「ちょっと待ってて」

 

リズが再び奥へと消えていく。俺はすべてが物珍しく、周囲を見渡した。

白を基調とした壁、木目の床に壁際の松明の光が調和している。壁にはなかなか品質の良さそうな剣や槍、メイスや斧がところ狭しと並んでいる。

 

「どうしたの?」

 

リズが奥から出てくると俺を不思議そうに見てくる。

 

「なかなか良い店じゃないか」

 

内装を見回した後、俺は率直な感想を告げた。

 

「でしょ?」

 

リズは得意気に笑みを浮かべる。

 

「それで見せたいものって?」

 

俺の問いに待っていたかのようにリズは得意げに何かを取り出した。それを見て俺はハッとする。

 

「弓・・・剣なのか?」

 

形状は和弓のそれである。だが、和弓の内側に溝があり、そこから片刃の刀身を確認できる。

 

「面白いでしょ~?今試作中なんだけどさ。弓と剣の特徴を合わせ持つ弓剣みたいな感じ?」

 

俺は目の前の初めて見る武器に釘付けになった。

 

彼女の説明では次の武防具コンテストへの出品を考えているらしい。前例もない、システム的にも許容されるかは不明ではあるが確かに発想は面白い。

 

「流石マスタースミスと言ったところやな。弓と剣を組み合わせるか…実現性は別にして発想が面白い。」

 

その言葉にリズは少し顔を紅潮させる。この手の褒められることに慣れていないのだろうか?

 

「へへーん。すごいでしょ!」

 

照れを隠すようにそう得意げを装うリズは俺の手を取ると力強く握ってくる。突然のことに戸惑う俺の表情を観察しながら、さっきまでとは一転し、真剣な表情で口を開いた。

 

「それでさ、要は相談なんだけどさ。あなただって最初 から弓使いだった訳ではないでしょう?弓や投剣ってスキル少ないし、実用的じゃないって聞いたこともある。弓を得物にしてるなんて変わり者よ?剣の心得もあると見たんだけど」

 

変わり者と言われて少しかちんと来た。

 

だが、彼女の言うことは正しい。ソードアートオンラインの世界において、人間は己の腕で生き残って行く。だから魔法や銃と言った類の攻撃はシステム的に存在していない。

 

弓や投剣に関しても同様に武器としては存在しているがスキルも少なく熟練度も上がりにくい。つまりは剣撃、打撃、突撃などの直接攻撃が主体のゲームシステムである。

 

また弓系のスキルなんて、実はこの世界には存在しない。もしあったとしてもスキルスロットに空きがあったとしてもなかなか誰も設定しようとはしない代物である。

 

そんな中で俺のように弓を得物にこの世界で戦ってるやつは変わり者扱いされる。

 

もちろん俺もこのデスゲーム開始当初は細身の長剣を得物にしていた。筋力や素早さのステータスもそれなりに上げている。

 

中層プレイヤーの中ではそこそこは使えるはずだ。

 

「まぁ、確かに最初は長剣を使ってたけど……ってまさかお前俺に被験体になれっていうんやないやろな?」

 

俺の問いにリズは目を細め、そして不敵な笑みを浮かべる。まぁ、正解と言ったところなのだろう。

 

「ね?お願い。やっぱり実戦で使ってもらって初めてリアリティが出るというかなんというか…」

 

最後の方は完全にごにょごにょとお茶を濁すように小さな声になっていく。俺は再び、目の前の弓と剣を組み合わせた武器とはまた呼べないものに目を移した。

 

“どんな形であれ俺は剣を振るうことはない”

 

心の奥底から誰かの声が聞こえる。何度も何度も耳の中でこだまし、気分を害してくる。

 

「断る」

 

気がつくと俺はそう呟いていた。

 

短くリズの申し出を固辞すると、制止しようとするリズを振り払い、俺は立ち上がると彼女に背を向けた。

 

「ちょ、ちょっと!まだ話は全部終わってな…」

 

リズの言葉をすべて聞き取る前に俺はリズベット武具店を後にした。店先では大きな水車が規則正しく動き、木の軋む音と水の匂いを運んでくる。

 

少し歩いて一度後ろを振り返った。

彼女の勢いならば後を追いかけてきても不思議ではない。もう諦めたんやろうか。

 

そんなことを考えて自分が彼女の申し出に一瞬でも乗ってもいいかと考えていた事に苛立ちを覚える。関わるんじゃなかった。やはり俺はビジネス以外で人と関わる資格なんてないと改めて思い知らされた。

 

自分の中の薄汚い声によって……

 

 

「リズベット武具店か……。いい店だったな?」

 

見る限り、腕の良い鍛冶屋なんやろうけど、もう二度とここにくる事も、リズに会う事もないだろう。

 

心の中でそう呟くと俺は踵を返して家路を急いだ。

 

 

—————————————-

 

 

ーーアインクラッド52層 リンダース リズベット武具店

 

……やってしまった。

 

折角、やっと見つけた協力者を簡単に失ってしまった。あたしは目の前に置かれた弓と剣を組み合わせた武器を見ながら思案する。。

 

発想は悪くないと思う。彼もそう言った。弓使いの弱点は矢がなくなると攻撃手段を失うということ。その有限性により特に前線攻略を目指すプレーヤーからは敬遠される。また懐に入られ、接近戦に持ち込まれると途端に為すすべもない。

 

だから剣と組み合わせて、近接戦も遠距離射撃もできる万能型の武器にすればという理論だ。まぁ、それなら最初から剣にするってプレーヤーもいるだろうけどね。

 

だから彼の弓技を森で見た時に確信したんだ。彼なら必ず使いこなしてくれそうだと。

 

本当なら彼の後を追いかけていきたかった。

自分の考えてる条件、この武器開発にかけてる思いを真正面から伝えたかった。

 

でも……できなかった。

 

彼の瞳を見た瞬間、あたしは言葉を失った。

 

それはあいつに似てたから……

 

ラズエルの悲しそうな瞳。

影のある輝きを失った瞳。

 

それがあいつに似てたから。

 

あたしの親友の想い人であり、あたし自身も密かな淡い想いを持っているあいつが時折見せる哀しげな空虚な瞳に似てたから。

 

ラズエルの闇に入り込んだらいけない。

瞬間的に私の心がブレーキをかけた。

 

「でも…どうしよう」

 

あたしは再び弓と剣を組み合わせた武器に視線を落とし、何度目かのため息を吐いた。

 

でもこの時。まだ私は知らなかった。あたしが彼の心の奥底の扉に、彼にとってのパンドラの箱に手をかけてしまっていた事に……

 

-第2話『マスタースミス』 完

 

 

 



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第3話『闇からの使者』

ーーアインクラッド42層 サバナの町

 

あれから3日経った。

 

スモールドラゴンのクエストは翌日に再度挑戦し、クリアできた。ドロップアイテムの売却と報酬もがっぽり入り懐具合は一応に潤っている。

 

だが、問題は別にあった。

あれから結局一睡もできていない。

 

寝ようとすればするほど目が冴える。原因は分かっていた。リズの家で見たあの弓と剣を組み合わせた武器とも呼べない代物である。

 

なぜ俺の深層心理があれに引っかかるのかわからない。

 

よもや営業妨害にも近い。睡眠できない分集中力も命中率もだんだんと低くなる。狩りの精度も史上最低の状態だった。

 

「余計なもん見せやがって」

 

俺はリズに対して悪態をつく。

さすがに3日も寝なければ次は体力面で影響が出てくる。HPには問題はないが、これは完全に異常事態でもあった。

 

「また眠れなかったのかね?」

 

一階に降りるとこのホームで道具屋を営んでいる中年の男性が声をかけてきた。俺の家主のヘルブレッタさんである。彼も最初は攻略組に参加していたが、脱落し、商人クラスに転向、この52層で道具屋を営んでいる。

 

「はい。もう3日も寝れてません」

 

ヘルブレッタさんが顔をしかめる。半年前、30層のスラム街で倒れているところを助けられ、それから世話になっている。俺にとっては唯一心を許せる恩人だ。

 

「この薬を飲んでみなさい。私が特別に調合した睡眠薬だ。お前みたいにノイローゼ気味で睡眠障害のあるプレーヤーに処方している。」

 

俺は袋に入った粉薬と水を受け取る。時々こうやって彼は薬を作ってはプレーヤーに無償で提供している。リアルでは医者か薬剤師か研究者か、それに近しい職業なのだろう。

 

「ありがとうございます。」

 

俺はお礼を言うと俺は自室へと戻り、もらった粉薬を口に含み、水で流し込む。今日はもともと一日休むつもりで依頼は明日以降にしていた。なので、これで1日眠っても問題はない。

 

「あ、やっぱすごい」

 

俺はヘルブレッタさんの薬の効力に感嘆し、そしてすぐに微睡みの中に意識を落とした。天井がグルグルと回り、歪み、そして音が消え去る。

 

次の瞬間、俺は深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

—————————————

 

 

 

………見覚えのある森の中

………見覚えのある仲間の顔

 

ただ違うのは俺の周りの視界。セピア色の映画を見ているかのような風景の中に俺はいる。

 

「ラウビット、ミーナ、ジェランドさん行ったらあかん」

 

俺の呼びかけにも誰も答えない。

俺は知っているこの旅の結末を……

確かに知っている……止めなきゃ……

 

今度こそ俺が止めなきゃ……

 

「そっちはダメですってば!罠が……罠があるんです」

 

だが、誰も言うことを聞いてくれない。

 

どうしてだ!どうしてなんだよ!

 

声の限り叫ぶ。だが俺たちの間には見えない壁があるかのごとく全てが遮断されている。

 

「なんだ!お前たちは」

 

突如俺たちの前に黒ずくめの男が1人現れた。顔はフードと仮面で隠しているのでわからない。血気盛んなラウビットはその男に挑むように近づいていく。

 

あかん、ラウビット…そいつらから逃げろ!

 

刹那ラウビットは彼の目の前にいた黒ずくめの男に首を刎ねられる。一瞬だった。何も抗う事なく、ラウビットの体は光に包まれ四散する。

 

「え!なんなの?まさか殺人ギルド?」

 

ミーナはその場で腰を抜かし、ジェランドさんがそれを抱き起こした。

 

ミーナ!逃げろ!ジェランドさんも逃げて!

 

俺は3人の間に飛び出し、黒ずくめの男に飛びかかった。右手に持つ剣に力を込め黒ずくめの男に斬りかかる。だが、俺の剣は彼の体をすり抜けた。

 

刹那俺の手には感触も何もない。

 

ただ空虚な空間を斬ったという感覚だけが脳に残る。

 

「きやぁぁぁぁぁ」

 

その時、ミーナの叫びがこだまする。ミーナを守りながら後退していたジェランドさんが背後から近づいていた別の黒ずくめの男に斬られた。

 

その次の瞬間、もう1人の黒ずくめの男がジェランドさんの心臓に剣を突き刺す。

 

「ぐふっっ」

 

ジェランドさんは俺の方にミーナを突き飛ばすと膝を折った。

 

「……ミーナを連れて逃げろ……」

 

ジェランドさんは首を縦に折る。すると眩い光の先にジェランドさんの体は結晶となり四散する。

 

ミーナだけでも………

 

俺は彼女に駆け寄るとその手を掴んだ。

掴んだ?掴める……ミーナの手は掴める。

 

「ミーナ、いこう」

 

俺が腰が抜けている彼女を起こした時、前後を黒ずくめの男達に囲まれた。退路も進路もない……

 

ちぃ、戦うしかないんか!

俺は再び腰に挿してあるはずの長剣を手に取る。

 

「ツギハ……オマエ……」

 

その時、黒ずくめの男の片割れが俺に向かってそう声を出す。聞き取るのがやっとのその声は喉を潰しているからだと分かる。

すると黒ずくめの男が剣を振りかぶり襲いかかってくる。俺は自分の腕の中にいるミーナを見た。

 

そして剣を振り上げる。

 

ーーーーいやっ、やめて……

 

 

 

——————————

 

 

 

 

………………

……………

……

 

目を開けると見慣れた天井がそこにある。

外はもう暗い……かなり寝ていたのだろう。

気分はそう悪くない。

 

何かよくない夢を見ていた気がする。でも思い出せない。全身が汗でべっとりしている。俺は部屋を出ると風呂場に向かった。1階に降りてヘルブレッタさんがいない事を確認すると風呂場に向かいシャワーを浴びる。

 

「なんの夢やったんやろか」

 

2週間に1回感じる感覚であった。何か大事な夢を見たはずなのに翌日には忘れている。現実世界にいた時から夢はよく見る方で見た夢はほとんど覚えている。

 

だが、決まって全身汗だくになるこの夢だけは内容を思い出せない。ただ、良くない事の夢というのは確かな事でもあった。

 

風呂から出ると俺は黄緑色のシャツに黒ズボンという軽装で街に繰り出した。夕暮れの陽光が眩しく、外の空気が心地よく、脳内を活性化させてくれる。

 

俺はそのまま街の小さな酒場に向かった。

 

「マスター、バーボンロックで」

 

いつものようにカウンターに腰を下ろすとマスターに頼む。俺は現実世界では未成年だ。だが、SAOの世界では未成年の飲酒に関する規定はない。

 

「はいよ」

 

ロックグラスに入れられた琥珀色の液体…バーボンというのは店主が付けた名前で、その実はアルコールは入っていないらしい。ただ、バーボンに含まれるなんとかという成分が脳に刺激を出し、酩酊状態に似た状態を作り出すらしい。

 

一口飲むと喉が焼けるような喉越し、冷たく熱いその感覚で脳が痺れるのを感じる。思わず俺は「くぅー」っと声を絞り出していた。

 

俺は思考を今日の夢の内容に戻した。

 

一体何の夢だったんだろう。

 

分からない……

 

そういえば昔から記憶がスコンと抜け落ちている日もある。それも関係しているのだろうか?

 

だとしたならなぜ………

 

そこまで考えた時にマスターが話かけてきた。

俺はそこで答えの出ることのない思考を中断する。

 

「そういえば、昼間にお前のこと聞きまわっている女の子いたぞ?お前何かしたのか?」

 

「女?何もないと思うけどなー」

 

1人心当たりがない訳ではないが……

 

「あぁ、赤いワンピースに白いドレスエプロンを着て銀の胸あてを装備したベビーピンクのショートボブの女の子だったぞ」

 

「そんな奴、知らへんわ」

 

俺はマスターにそういうと大きなため息を吐いた。

 

やっぱりまだ諦めてなかったのか。

まぁ、そうだろうな。ここまで来たって事は様子だとヘルブレッタさんのホームにまで押しかけてきそうだ。

 

「そういえば、今朝76層のデュエル見ものだったよな。黒づくめの剣士キリトと血盟騎士団のメンバーのやつ。」

 

隣の客が話をしている内容が耳に入ってくる。

黒づくめという言葉が頭に妙に引っかかった。

 

黒衣の剣士キリトについては初期の攻略組にいた頃見たことがあった。ビーターと自分を蔑み、非難の的にすることで、この世界の悪意をすべて自分に向けさせた。

 

と俺は思っている。

 

そんな彼が血盟騎士団のメンバーとデュエルの末、武器破壊という離れ業をやってのけたのだという。

 

なぜ彼が血盟騎士団のメンバーとデュエル?という疑問が湧くが、成り行きにもそのデュエルにも対して興味はなかった。

 

「マスター、もう一杯飲んだら帰るわ」

 

俺はバーボンをもう一杯飲み干すと勘定を払い、店を後にする。空には擬似的な星空が俺を包み込んでいる。

 

少し酔いを醒まそうと街を歩く事にした。

 

明日の依頼予定を反芻する。明日は42層と50層の馴染み客からの食材調達依頼のため、いつもの狩場に行く予定だ。

 

体調的には問題はない。

 

ふと街の少しハズレの展望台が目に入った。おもむろに俺はそっちに足を向ける。

 

圏外ではあるが、展望台からはこの42層を一望できる。22層の湖畔や、47層の約束の丘などの観光地に較べると確かに見応えはないが、シンプルに草原と森が広がるこの風景が俺は好きだった。

 

俺は展望台の手すりに手をかけ、簡素な景色に目を細めた。

 

その時背筋に何か凍るものを感じる。

 

俺は咄嗟に右に飛んだ。

刹那、俺がいた場所に短剣が3本突き刺さる。

 

「誰だ!?」

 

地面を転がり態勢を整えた俺は俺を襲ったであろう相手に目を向ける。圏外とは言え、街の中だ。狙ってくる事自体、PKをする気はないだろう。何かの警告か……それとも強盗の類か。

 

刹那背後から殺気を感じる。俺は慌てて前転で相手と距離を取り、そして向き直った。そして目を疑う。黒づくめのフードに怪しい仮面を被ったプレイヤーが目の前にいた。

 

ドクンと脈が一段と大きく弾ける。こいつは危険だと脳内がけたたましくアラートをあげる。

 

逃げないと………

逃げないと………

 

逃げ……

 

「痛っ……えっ?」

 

チクっとした痛みと共に突如と視界が暗転する。

肌に地面の冷たい感覚を感じる。

 

「…ミツケタゾ………ドウ……」

 

おぞましい声を耳が捉える。喉を潰したのであろうその声は不快感を体の中をほとばしらせる。

 

うまく聞き取れないが、心の中をきつく縛られるような胸痛みで意識が朦朧とする。

 

奴の殺気がどんどん近づいてくる。どうして圏内でPKまがいのことをするのか。頭の中に疑問ばかりが駆け巡る。だが、例え安全な圏内であってもこの威圧感は気分のいいものではない。精神的にキルされそうな感覚に陥る。

 

もうダメだと覚悟を決めたその時、

耳元で誰かの足音が聞こえた。

 

「……ウンノイイヤツメ……マタクルゾ」

 

おぞましい男の気配がその声とともに消えた。俺の心を縛っていた何かから解き放たれ、一気に安堵感に包まれる。

 

「え?ラズエル?え?え?どうしたの?ねぇ?」

 

聞き覚えのある声がした。

刹那、俺は意識を飛ばした…

 

 

 

-第3話『闇からの使者』 完



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第4話『償いの刃』

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ーー4時間ほど前…

ーーアインクラッド第50層 エギルの故買屋

 

「え?アスナとキリトくんが?」

 

あたしはアスナに紹介してもらったエギルという商人クラスの男性が経営する故買屋に来ていた。もちろん自分の作った品で売れ残ったものを品定めしてもらうためである。そこでアスナとキリトくんがパーティーを組んでいることを知った。

 

「マジか……」

 

なんか差を開けられてる気がする。

もう2人は手の届かない所へ行ってしまう気もする。

 

ふとカウンターの端の箱の中のレシートに目が止まった。そこに書かれている名前を見て目を見開く。

 

「エギルさん、ラズエルと知り合いなの?」

 

その言葉にエギルは少し虚を突かれたように顔を上げると「あぁ」と首を縦に振る。

 

こんなところに知り合いがいるなんて運が向いてきたと思った。彼とフレンド登録しとけばよかったとこの3日間少し後悔していた。

 

「まぁ、彼は数少ない狩人だからな。レアモンスターの狩りを時々頼む中だ。まぁ、キリトとは別の意味で奴自体変わった野郎だからな。俺とはそれ以上でもそれ以下でもないビジネス上の関係ってとこ」

 

エギルはそういうと伝票に今回の買取額を記載し、私に渡して来た。金額的には安く叩かれてる気がするけど、まぁ店に飾っていても売れる保証のない品々だ。

 

それしてはいい値を付けてくれてると思う。

 

甘んじて売買契約書にサインをすると、コルをエギルから受け取った。その時、頭の中に妙案が浮かんだ。

 

「あ、そうだ!じゃ、彼のホームの場所、知ってる?」

 

その問いにエギルは「え?」っと顔を上げると訝しむようにあたしの顔を見る。

 

「お前、キリトからあいつに乗り換えるつもりか?やめとけ、やめとけ!あいつの闇はキリト以上だぞ?」

 

「え?何か知ってるの?」

 

あたしはカウンターに体を乗り出して彼に尋ねるが、「まぁ、直感だよ」と答えると私から視線をはずす。

 

「乗り換えるとかそんな気はさらさらないけど、あいつには命を助けてもらった借りがあるんだよね。だからお願い!教えて?」

 

仏を拝むようにエギルに頼み込むと彼は困ったように頭を掻き、苦笑いを浮かべた。

 

 

—————————-

 

 

ーーアインクラッド第42層 サバナの街

 

『ラズエルは第42層のサバナの街を拠点にしてるって話だよ。どこに住んでるのかまでは分からない。ってか、お前も好きだな?あーいう男が。まぁ、頑張りな!』

 

サバナの街にたどり着いた。

エギルの最後の一言にイラつく。

 

「キリトくんをあいつと一緒にするなっての」

 

サバナの街の雰囲気はどこかリンダースに似ている。

都会過ぎず、田舎すぎず、かといって不便ではない。

 

「さて、まずは情報収集だけど、やっぱりここかな」

 

まず最初に向かったのは酒場だ。

情報が集まる場所と言えばそこだろう。

 

酒場に入るとなんとも言えない匂いが鼻を突いた。

まだ昼間だと言うのに多くのプレイヤーが酒に似た飲み物を楽しんでいる。私はテーブルの間をすり抜けるとカウンターに腰を下ろした。

 

「初めて見る顔だな?この層の住人じゃないな?」

 

マスターらしき髭男が私の前に立ち話しかけてくる。

 

「えぇ。少し人を探しててね。とりあえずメニューもらえる?喉が渇いたの」

 

髭男は「ふふっ」っと鼻で笑うとバックヤードに入っていく。この小娘がとの上から目線の態度に少し苛立つ。

 

髭男はバックヤードから片手にメニューらしきもの、もう一方にグラスに入ったのみ物を手に戻って来た。

 

「お嬢ちゃんに俺からのプレゼントや」

 

そう言って男は私の前に琥珀色の飲み物を置いた。

グラスを手に持ってみる。見た目は普通、匂いもしない。

 

「あ、ありがとうございます。頂きます」

 

ひとくち口に含んでみた。途端に喉が焼けるような感覚にむせ返る。ゲホゲホと席をしながら、マスターを一瞥する。

 

「これ、なんですか?」

 

マスターはまだ咽せているあたしの様子を見て笑いながら琥珀色の飲み物が入ったグラスを下げる。

 

「さっきのはウィスキーの味を限りなく再現したバーボンだ。あれが飲めないとここで酒を楽しむ資格はないぞ?」

 

そういうと別のグラスを目の前に出して来た。

 

オレンジジュースに似たその色…

だが、先ほどの一件が私に変な警戒心を抱かせる。

 

「普通のオレンジジュース味のドリンクだよ。それを飲んだら帰りな!皆が珍しがって仕事にならねぇよ」

 

その言葉に後ろを振り返える。そこにいた男性客のほとんどが私から慌てて視線を外す。あたしは苦笑いを浮かべながらため息を吐くとオレンジジュース味のドリンクを一気に飲み干した。

 

「ねぇ、この街にラズエルって狩人いない?」

 

その問いにマスターの左眉がグイッと上がる。

 

「なんだ?あいつに用があるのか。あいつならここから商店街をまっすぐ北の展望台に向かった突き当たりの右手にある道具屋の二階に居候してるよ」

 

マスターのいった内容をメモに取ると「ありがとう」とお礼を言い、酒場をそそくさと後にした。

 

外に出ると如何にこの酒場の中の空気が悪かったか分かる。

あたしは大きく深呼吸をすると、二度と来るかと心の中で悪態をつき、マスターに教えてもらった道を歩き始める。既に陽は西に落ち始め、夕暮れの陽光がまた違った趣を街に与えている。

 

「ここか…」

 

目的の道具店はすぐに見つかった。

が、店は休業中であり、脇の入口をノックするも中に誰かがいる気配がない。

 

「あのーどなたかいらっしゃいませんかー?」

 

声をかけてみるが反応もない。どこかに狩りに出ているのだろうか?しばらく待っても反応がなく、また夕暮れ時だった空は既に暗くなり始めたので諦めて帰ろうとした。

 

「あ、ここ寄ってみよ」

 

すると道具店の隣にあった萬屋に入ってみる。

こういう時にこそ掘り出し物があったりする。

 

「あ、これ…」

 

案の定、店内で物色をしていると、珍しい鉱石らしき岩が陳列棚に並んでいる。私は慎重にそれを手に取ると鑑定スキルを発動した。

 

『ミスリル鉱石』

 

鑑定結果を確認するとちょうど手元にたらない鉱石だった。ミスリル鉱石を買うと決め、萬屋の店主に少し相場よりも高めのコルを払った。

 

「へぇ~展望台からの景色か…」

 

萬屋の店主からこの街の展望台から見える景色がオススメと教えられた。萬屋を出てとりあえず向かう事にする。既に街は夜闇に包まれていた。街中を進み、大通りを横切ると展望台が見えてきた。正面の階段を登ると広場に出る。広場にある売店は既に店じまいをしており、人の姿も見当たらない。

 

「え?まじ?」

 

せっかく来たのだからいい景色くらいは拝まないとと思って来てみたが、この寂しさには少しテンションが下がる。売店の向こう側が展望広場につながっているようでそちらに足を向けた。

 

「誰だ!」

 

誰かの声がした。とっさに体がびくつく。

何やら只ならぬ雰囲気である。

 

あたしは興味本意に展望広場を覗いてみた。

そして飛び込んで来た光景に目を見開いた。

 

「ラズエル?」

 

黄緑色のシャツを来た男性が倒れている。

どこからどう見てもラズエルその人だった。

 

「え?ラズエル?え?え?どうしたの?ねぇ?」

 

急いで駆け寄り、体をさするが反応がない。

 

「麻痺毒?」

 

彼のHPパラメータが赤く点滅している。やばい解毒結晶なんて持ってない…周囲に人の姿も確認できない…でもどうして圏内で麻痺?

 

「ラズエル、大丈夫?一体誰にやられたのさ」

 

だが、ラズエルは完全に意識を失っている。

傍に何かメモらしきものが落ちているのを見つけた。

 

「何これ?……ツグナイノ……」

 

すべて片仮名で書かれた文字、それをすべて読もうと声に出したその時、背後に気配がした。

 

とっさにメモをポケットにしまい込む。

 

「ちょっとどいて!」

 

その時、白髪痩躯の男性が割って入って来た。

即座に見たこともないポーションをラズエルに与える。

 

「あの…ラズエルは大丈夫なんですか?」

 

白髪痩躯の男性は私に気がつき驚くとじっと私の顔を覗き込む。思わず私は目を逸らした。

 

「お前、こいつの何だね?これか?」

 

と小指を立ててくる。その意味を悟り、急に恥ずかしさと怒りが込み上げる。

 

「そんなんじゃないわよ。ただの知り合い」

 

私の返答に男は大きく頷くと笑みを浮かべる。

 

「だったら今日は帰りな。こいつは神経性の麻痺毒にやられちまったが、俺の解毒薬で持ち直した」

 

その言葉に一応安堵する。でも神経性の麻痺毒なんて聞いたこともない。そして彼はなぜこんな目に遭ったのかも分からない。

 

彼はラズエルの体を肩に担ぐ。この細い体のどこにそんな力があるんだろうと不思議に思う。

 

「こいつに話があるなら明日出直して来てくれ。どっちにしても今日はもう話はできないさ」

 

男はそういうと私に背を向け展望台を後にする。私はそれをただの見送ることしかできなかった。

 

————————-

 

ーー翌日

 

俺が目を覚ますと自室のベッドで寝かされていた。頭がぼーっとする。首筋がチクリと痛む。

 

そうか。俺は確か街の展望台で変な奴らに襲われ…

 

「……ミツケタゾ……」

 

その時、あの時の言葉とてもにあの悍ましい仮面の姿が脳裏に浮かぶ。そして再び脳内のすべての感覚が彼が危険だと警告してくる。

 

あの男はなんだったのか。確かにどこか見覚えのある姿ではある。でも思い出せない。かなり前に会った事があるのかもしれない。

 

「まだ朝にはなってへんのか」

 

俺はこれ以上、この家にも迷惑をかけれないという想いが強くなる。俺は重たい体を起こし、必要最低限の荷物をまとめる。

 

スキルのハイドステップを発動し、周りに気づかれないように家の外に出る。路地裏に入ると転移結晶を手にした。これ以上、ここにいるのはヘルブレッタさんに迷惑をかけることになる。

 

「こんな形で離れる自分を許してください」

 

小さくそう呟くと俺は転移結晶を掲げた。

 

「転移……………」

 

刹那俺の体を紫の光が溢れ出す。空間が割れ、俺の体が吸い込まれるように同化していく。

 

刹那、俺の視界が暗転した。

 

正直行く当てなんてない。

俺は多分誰にも頼ったらダメな人種だったのだ。

それがわかっただけでも良い。

 

俺は記憶のどこかが欠落している事を思い出す。

その記憶と関係があるのだろうか?

 

そうであればあの男にもう一度会う必要がある。

俺はそう心に決め、目的の場所に降り立った。

——-第4話『償いの刃』 完

 

 

 

 



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第5話『抜け落ちた記憶』

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ーーアインクラッド50層 アルゲード 主街区

 

まだ朝日が昇り始めた頃、まだ薄暗い主街区は人通りもNPCもおらず、閑散としている。

 

俺は主街区の奥に向かうと目的の店の扉を叩いた。

 

「おいおい、どうした?こんな朝早くから」

 

エギルは驚いた顔をドアの隙間から出してきた。無理もない。こんな早朝にドアをどんどんと叩かれたんだから。

 

「すまん。少し匿ってくれ」

 

俺はそういうとエギルの故買屋の中に体を滑らせた。エギルは何も言わずに奥の部屋に通してくれた。誰にも頼ってはならないと思い立ったそばからエギルに頼らざる得ない自分に嫌気が指す。

 

一瞬、リズの顔が浮かんだのも確かである。彼女の武具店なら矢の補充にも困らない。だが、彼女を俺の勝手で危険に巻き込むわけにはいかなかった。

 

それにあのじゃじゃ馬なら協力するなど言いかねない。

「まったく、俺の家は駆け込み寺じゃないんだぜ」

 

エギルはそう笑いながら紅茶を手に部屋の中に入ってきた。シンプルな内装にベッドと丸テーブルが置いてある。エギルはその大きな巨体を俺の前に下ろすと両腕を丸テーブルに置き、口を開いた。

 

「さて、どういうことか説明してもらおうか?」

 

まぁ、確かにそういいたい気持ちもわかる。俺はこれまでの記憶の欠落と昨日の得体の知れない襲撃者の事を話した。

 

「それって、おまえ…」

 

エギルは俺の話を聞いて顔をしかめる。

 

「殺人ギルドの仕業じゃないのか?お前何かしたのか?」

 

その問いに俺は首を左右に振る。殺人ギルドと関わったことなんてない。いや……正確にはないはず…

 

「でも確か殺人ギルド『ラフィンコフィン』は攻略組の精鋭チームとの戦いで壊滅したんじゃ?」

 

確かそのような話を聞いたことがあった。

 

殺人を生業にするギルド『ラフィンコフィン』は攻略組の中にスパイを潜り込ませて内部から崩壊させようとしたり、無差別に中層プレイヤーギルドを壊滅させたりとゲーム攻略をして現実世界に帰ろうとしていた攻略組からすれば、目の上の瘤のような存在だった。

 

だが、ラフィンコフィンは攻略組の有志メンバーとの壮絶な戦いにより双方に多数の犠牲者を出し、ほとんどが監獄牢に送られ、結果壊滅したと聞いている。

 

「だがまぁ、首魁の男を始め、数人を取り逃がしたとも聞いているしな。油断は禁物だ」

 

エギルの言葉に俺は小さく頷く。

 

「でも俺の記憶の抜け落ちてる部分にやつらが関係してるんやったら俺はもう一度やつらに会わないとあかん」

 

俺は決意を新たにエギルにそう伝える。

エギルは俺をじっと見つめると小さく頷く。

 

「俺で協力できることだったら協力しよう。武防具とアイテムの準備なら任せてくれ。」

 

エギルには感謝しても感謝しきれない。

 

「ありがとう。この借りはラグーラビットの肉で返すから。少し奴らの情報を集めてみる。また半日後に戻ってくる」

 

そういうと俺は立ち上がる。

 

「分かった。次は照り焼きで頼むぜ」

 

エギルはそういうと笑みを返した。

 

俺は立ち上がると部屋を出て、店の入口に向かった。

その時、けたたましい勢いで扉が開かれた。

 

刹那、俺は後ろに飛ぶと男性プレイヤーが店内に飛び込んで来る。黒衣を身にまとった剣士である。彼を見て少しだけ心の中がざわつく。

 

「あ、悪い。おーい。エギル!」

 

黒衣の剣士は俺を一瞥して一言詫びるとエギルを呼んだ。エギルは部屋から出て来ると彼の顔を見て驚く。

 

「どうしたんだ?キリト?」

 

俺はその名に再び黒衣の剣士の顔を見た。

確かにあのキリトである。

 

「ん?」

 

彼と視線が合った。胸の中がざわつく。

なぜか彼とは会ってはいけないとの想いが先走る。

俺は急いでエギルの店から飛び出した。

 

既に空には太陽が昇り、主街区はたくさんの人が行き来を始めていた。俺は人ごみの中に体を滑らせると次の目的の場所へと向かった。

 

 

——————————-

 

 

ーーアインクラッド第42層 サバナの街 同刻

 

あたしは再びあの道具屋の前に来ていた。

まだ休業中の看板が出ている。確かにまだ朝の8時だ。

少し早すぎたのかもしれない。

 

昨日の出来事を思い出す。

今でも信じられない。圏内で人を襲うような奴がいること。そして襲われたのがラズエルだったこと。

 

そしてこの手紙……

ポケットにしまった手紙を取り出す。血のように赤い何かで書かれたその文字列は不気味さを醸し出している。

 

何度見ても気持ち悪い

 

ツグナイノヤイバガホシケレバ

アノバショニコイ

キサマノツミヲツグウホウホウハ

オマエガイチバンワカッテイルハズダ

マッテイルゾ B.A

 

 

『償いの刃が欲しければ、あの場所に来い。貴様の罪を償う方法はお前が1番分かっているはずだ。待っているぞ。B.A』

 

そこにはこう記されていた。

 

償いの刃って何?あの場所ってどこ?ラズエルの罪って何?一体貴方は何者なの?

 

昨晩家でこの手紙を読んだ時、いろんな疑問が頭の中を飛び交い、眠れなかった。そしてこの手紙はラズエル宛の手紙なのだろう。

 

彼にこれを渡した方がいい気がして、朝早くからこの場所に来ている。半ばストーカーである。

 

その時メッセージボックスに未読履歴がある事に気付いた。エギルからの武具の注文である。

 

短剣10、片手剣5、矢30x4セット、斧3……

それぞれの武器の種類と名前が記されている。

 

かなりの分量だ。しかも納期は今日の夕方……

正直今すぐ取り掛からないと間に合わない。

 

ここに残るべきか、帰るべきか思案していると道具屋の扉が開いた。昨日の白髪痩躯の男性が外に出て、休業中の看板をはずす。

 

「あの…」

 

声をかけると彼は顔をあげ、私の顔を見て驚く。

 

「またお前か?早いな」

 

男はそういうと辺りを見回して誰もいないことを確認すると、中に入れと親指を立て店の中を指差した。

 

「あたしの名前はリズベット、リズで良いわよ?」

 

店の中に入ると道具屋のカウンターに腰を下ろした白髪の男に話かける。

 

「私の名前はヘルブレッタという。この街で道具屋兼薬屋を営んでいる。」

 

道具屋兼薬屋という表現に違和感を持ったが、昨日の見たこともない解毒ポーションを見る限り、調合スキルを鍛えている薬師なのだろうと容易に想像できた。

 

「それで、こんな朝から何の用だ?」

 

ヘルブレッタは伝票らしき帳面を棚から出し、カウンターの上に置くとその無表情な瞳を向けてくる。

 

その心の通ってなさそうな瞳を見てはっとする。

 

あたしはヘルブレッタにラズエルと同じ瞳を見つけ、一瞬たじろぐ。だが、ここまで来て何もせずに帰るわけにもいかない。

 

「ラズエルは……彼は大丈夫なの?」

 

その問いにヘルブレッタは少し悲しい目を見せた。

 

「あいつは早朝、朝日が昇る前に出て行ったよ。おそらくもうここには戻らない感じだろう」

 

その言葉に私は一瞬胸が痛くなるのを感じた。

 

「貴方は何か知っているの?昨日だって特別なポーションを持ち歩いていた。貴方はラズエルが襲われる事を知っていたのでは?」

 

あたしの問いにヘルブレッタの手が止まり、口元に笑みを浮かべる。

あたしはヘルブレッタはラズエルのことで何かを知っていると確信した。だから彼と同じような悲しい瞳をしているのだと気がついた。

 

「貴方は彼の何を知っているの?」

 

カウンターをドンと叩くとヘルブレッタに迫った。だが、ヘルブレッタほそんなあたしの剣幕にも怯むことなく、じっと顔を見つめてくる。

 

「償いの刃という武器を知っているか?」

 

ヘルブレッタの言葉にあたしはあのメモの事を思い出した。でもこれが武器の名前だとも気がつかなかった。

 

もちろんそんな武器の名前は聞いたことがない。

魔剣かレアアイテムの類だろうか?

 

そんなあたしの様子を見て、知らないと確信したのだろう。

ふっと口元に笑みを浮かべるとヘルブレッタはそれ以上は何も話そうとはしなかった。

 

「これ以上は深く関わるな。もうあいつのことは死んだと思うんだな。そして用が済んだなら帰ってくれ」

 

ヘルブレッタにそう言われ、有無を言わさず私は道具屋の外に押し出された。そして扉が固く閉ざされ、再び休業中の看板が掛けられる。

 

しばらく道具屋の扉を叩いたり、ヘルブレッタの名を読んだりしたが、反応がない。

 

ふと道具屋の向かいの壁にもたれ掛かる。普段なら爽やかに感じるだろうそよ風がショートボブの髪を揺らした。

 

ラズエルの手がかりも失ってしまった。

 

最初は弓剣の被験者を頼むだけのはずだった。

なぜこんな事になっているのかただただ不思議ではある。

 

でも乗りかかった船、仕方ない。

 

そんなことを考えていると、また目の前にメッセージの着信を知らせる音とアイコンが現れた。エギルからの準備を急かすメールである。

 

「はぁ、このままここにいても埒があかないか」

 

あたしはエギルの用が済んだらまたここに来ると心に言い聞かせ、納得いかない想いを胸にヘルブレッタの道具屋を後にした。

 

ラズエルがなんと言おうと、このままでは後味が悪すぎる。乗りかかった船、もう簡単には引き返えさない。

 

-第5話『抜け落ちた記憶』 完

 

 

 



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第6話『空白の時間』

アンケート実施中です。
•プロローグ〜第6話
ALO編オリ主のCPは誰?
•第7話〜第15話
ALO編オリ主の種族は?
•第16話〜最新話
ALO編オリ主の旅の相棒は?(CP以外)

ALO編プロット見直しの参考にさせていただきます。
あなたの一票で物語を紡ぎましょう



ーーアインクラッド第50層 アルゲード

 

「こんにちわー」

 

あたしはエギルに頼まれたもののうち、武具倉庫に残っていたものをいくつか先に運んでおくことにして、エギルの故買屋を訪れていた。するとそこには何やら疲れた様子のキリトくんが椅子に腰を下ろしていた。

 

「軍の大部隊を全滅させた青い悪魔。その青い悪魔を倒した二刀流使いの50連撃。これはまた大きく出たなー」

 

エギルが苦笑いを浮かべながら新聞を眺めている。

その話はここに来るまでに何人かのプレイヤー、商人からも聞いた。

 

正直面白くない。二刀流のことはこの前あたしが彼の剣を作った時に二人の秘密にしたことだったはず。それをいとも簡単に話をしちゃったんだから自業自得だ。

 

「まっ、あたしとの秘密を簡単に暴露しちゃったんだから当然の報いよねー」

 

思わずからかわずにはいられない。キリトくんはあたしを一瞥するとふてくされたようにそっぽを向いた。まぁ、彼にも事情があったんだろうけど、アスナも知らないあたしたちの秘密がなくなったことは少し寂しい。

 

二人の秘密だったのに……

 

だからこれくらいのからかいは許してもらわないと困るなど自分勝手な思考を重ねながらももうちょっとだけ彼をからかっていたいという衝動にかられる。

 

だが、その楽しみを邪魔するかのように勢いよく店のドアが開いた。飛び込んできた人物を見てあたしはっとする。あの一件以来、少しアスナに嫉妬を覚えている自分を感じ、自己嫌悪に陥ることが多い。

 

「キリトくんどうしよう。大変なことになっちゃった。」

 

アスナは息も絶え絶えに泣きそうな表情で彼のことを見た。

 

 

どうやらアスナの血盟騎士退団がキリトくんによる引き抜き行為とみられたらしく、血盟騎士団団長のヒースクリフに呼び出されたらしい。

 

あたしはその時初めて、アスナが血盟騎士団を退団しようとしたこと、キリトくんと一緒に少し休養をとることを考えていることを知った。

 

何?そこまで二人の関係は進んでたの?

 

とショックな面もあったが、二人が順調なのもまた喜ばしいことだとも思った。攻略の鬼と呼ばれていたアスナが見つけた守るべき大切なもの……。

 

たぶんキリトくんと仲良くなってからぐらいからだろうか。

アスナが少し人間っぽくなったのは……。

 

「さすが、リズベット武具店だな。品質はピカ一だ」

 

エギルにそう話しかけられてはっと我に返った。物思いに更けていた自分に気が付き赤面する。そのあたしの様子にエギルはふふっと笑みを浮かべる。

 

「だいぶ差を開けられちまったな」

 

これはおそらくキリトの事だろう。言われたくない一言を言われた気がして、あたしはエギルから目を離した。

 

「うるさい。残りは夕方までには持ってくるわ。」

 

あたしはそういうとそそくさとエギルの故買屋を後にする。

エギルのいう事は正しい。あたしとアスナとは雲泥の差だ。おそらくキリトもアスナのこと…

 

親友だから喜ぶべきなのかもしれない。でも同時に親友だからって自分の気持ちを抑えてしまってもいいのと心が問いかけてくる。

 

正直苦しい…。

 

まぁ、考えても仕方ない。

 

事実としてアスナとキリトは親密になっている。そして親友の恋は着実に成就に向かっているのだ、

 

そこにあたしが付け入る隙は……今のところない。

 

そんなことを考えながら歩いていると視線の先にとある人物を捉えた。

 

何やら情報屋らしき人物と話をしている。

 

私は彼の後ろに立つとその青年の名を呼んだ。

 

「ラズエル」

 

青年は振り返ると驚きの表情を浮かべる。

  

「お前……なんで」

 

彼は唖然とした表情であたしを見た。そのラズエルの頬の一つでもひっぱたいてやりたい気持ちにかられたが寸前のところで我慢する。

 

「それはこっちのセリフよ。どれだけ心配かけたと思っているのよ。」

 

少し声が大きかっただろうか……。

ふと周囲を見回した。広場の通行人があたしたちを見て何やらひそひそ話をしている。途端に顔が熱くなるのを感じる。ここは込み入った話をするのは人が多すぎる。

 

「ちょっとこっちに来て」

「おい、ちょっと待て」

 

私は抵抗しようとする彼の手を引くとアルゲードの街を元来た道に戻った。

 

ーーアインクラッド第50層 アルゲード エギルの故買屋

 

「だからここは駆け込み寺じゃないってよ」

 

再びここに戻ってきてしまった。

 

エギルは悪態をつきながらも紅茶に似た飲み物を俺たちに出してくれる。俺の対面にはリズが腹持ちならない表情を浮かべ、腰を下ろしている。正直これ以上に気まずい状況はない。

 

「で、どうしてあたしから逃げたの?」

 

リズの言葉の意味を俺は理解できないでいた。あたしから逃げる?なんのことだ……

 

「俺は別に逃げてはいない」

 

俺は正直に答えるもリズは納得した様子もない。

 

「でもあたしにこと避けているでしょ」

 

避けてるも何も俺はもともとお前とは関係ないと言いかけた時、間にエギルが入ってきた。

 

「お前ら一体どういう関係なんだ?」

 

そこにエギルが話を挟んでくる。俺はリズベットを再度見つめた。どうして俺にこう付きまとうのか正直わからない。

 

「42層の展望台で何があったの?」

 

その言葉に一瞬、心臓をわしづかみにされたような感覚に陥る、あのおぞましい声が再び頭の中にこだまする。

 

「お前、なんでそれを?」

 

俺は思わずエギルの顔を見た。

エギルも困ったような表情を浮かべる。

 

「何?エギルさんも何か知ってるの?」

 

リズは視線を矛先に向ける。すると彼は怯むような表情を一瞬見せた。

 

「いや、俺はなにも……」

 

俺がさっき話をした内容を話すべきか悩んでいるのだろう。歯切れの悪い物言いにリズは顔をしかめる。確かに殺人ギルドの話なんか出したら、このじゃじゃ馬が俺を放っておくはずがない。

 

だが、この状況ではリズベットの追及を逃れられそうもない。展望台のことを知っているという事はあの時、聞いた足音はリズのものだっただろうか。

 

「お前が助けてくれたのか?」

 

俺の問いにリズは首を左右に振った。

 

「あたしじゃないわ。あなたの家主の薬師の人。あたしが展望台についた時にはあなたは既に特殊な神経麻痺毒にやられていたの。そこにヘルブレッタさんが現れたの」

 

ヘルブレッタさんがあの場所に……?

俺はその事に何か引っかかるような感じがした。

 

「それで、展望台で何があったの?あたしには事情を知る権利があると思うわ」

 

そんな俺の思考を遮るようにリズは机の上に体を乗り出し、俺の胸倉をつかもうとしてくる。

 

「まぁ、ちょっと落ち着け」

 

咄嗟に間に入ったエギルがリズを宥める。この辺りは年長者の流石と言ったところだ。そしてエギル自身も俺の隣に腰を下ろし、アイコンタクトをしてうなづく。

「事情を知る権利か……」

 

もしあの時、本当にリズに命を助けられたのだとしたら……彼女には確かに知る権利がある。もう十分に巻き込んでしまっているのだ。

 

「分かった。離そう。だが、一つ約束してくれ。これ以上俺には関わらないと」

 

俺は思案した後、話す事に決めた。

だが、その言葉に異を唱えたのは思わずもかなエギルであった。彼は俺の手を掴むと首を左右に振る。

 

「内容によるわ」

 

俺はリズの真剣な表情を見て、小さく首を縦に振ると意を消して声を絞り出す。

 

「あの時、展望台で突然黒ずくめのコートと仮面を被った男に襲われた。俺はそのお時に見覚えはなかったけど、向こうは俺を知っているみたいだった」

 

俺はさらに続ける。

 

「俺には実は半年前から以前の記憶がすっぽりと抜け落ちているところがあるんだ。思い出したくても思い出せない。空白の記憶……。そこにあの男が関係しているとしか思えないんだ。」

 

そこまで言うと俺は紅茶らしき飲み物を口に含む。

少し薄いが紅茶の味は再現できているようだ。

 

「だからその男を探して会いに行く気なのね?それでエギルさんを頼って武具とアイテムの準備をしていたと……」

 

リズの言葉に俺は小さく頷いた。

 

「ふぅ……まぁ、そんなところだろうと思ったわ。水臭いわねー。」

 

彼女は椅子にもたれ掛り、小さくため息を吐くとどこか納得したようにそう言葉を返してきた。

 

「決めた。あたしも手伝ってあげる」

 

リズはぽんと手を叩くと立ち上がってそう言う。その表情はどこか遠足にでかける子供のようにきらきらとしていた。

 

「お前、俺が最初に言ったこと忘れたんか?」

 

俺は思わず声を荒げていた。

でもリズは怯む様子はない。

 

「もう乗りかかった船よ。あなたに協力する。もう十分巻き込まれてるんだから」

 

巻き込まれたんじゃなくて飛び込んできたんだろうと突っ込みたくなったが、さらに火に油を注ぎそうでやめた。俺はエギルに助けを求めるべく、彼の顔を見た。彼も困ったように両手の平を上に向けて苦笑いを浮かべている。

 

お手上げという事らしい。

 

「観念しなさい。私なら大丈夫よ。これでもマスターメイスなんだから」

 

そういって、手にメイスを持つとぶんぶんと振り回している。

もう何を言っても無駄なのは明白だった。

あとは俺がどれだけ彼女を守れるかなのだろうか。

 

「俺は次のフロアの攻略に呼ばれているから参戦できんが、リズやはり無茶はするな。相手は殺人ギルドなのかもしれないんだぞ」

 

エギルもリズを殺人ギルドかもしれない輩との戦いに巻き込むことは気が引けたのだろう。俺も彼と同じ思いだった。

 

「だったら、エギルから依頼してもらった武器は全部持って帰るわ。他を当たりなさい。ついでにエギルが阿漕な商売をしていること、町中に触れ回ってあげる」

 

その言葉にエギルが少し狼狽する。

エギルはそれ以上リズを引き留めようとせず、リズは既に俺をパーティを組む気でいる。

 

この女…強い。

 

「絶対に無茶はするな。何かあっても俺を置いて逃げろ。それが条件だ」

 

そういうとリズは「分かった」と真剣な表情で首を縦に振った。一方でそう言ったところで、そんな場面に出くわしたら素直に聞く性分でないことは明確である。

 

だが、もうこれ以上リズと話をしても無駄なこと、最悪の事態が起こった時は彼女だけでも生き残らせる覚悟を俺が持てばよいという事で自分を納得させ、リズの同行を承諾した。

 

「それじゃ、フレンド登録しよ」

 

リズの言葉に俺ははっとした。フレンド登録すると居場所を把握できる。それが狙いなのだろう。

 

「分かった」

 

俺はフレンド検索からリズの名前を見つけるとフレンド申請のボタンをクリックした。

 

 

————————-

 

 

ーーアインクラッド48層 リンダース

 

フレンド位置でラズエルの居場所を確認する。まだエギルの家にいるようだ。

 

あたしはとりあえずエギルからの依頼の品を揃えるため、一旦リンダースの自宅に戻り、鍛冶場に籠っていた。もちろん店前には臨時休業の看板を掲げている。

 

『絶対に無茶するな。何かあったら俺を置いて逃げろ。それが条件だ』

 

自己犠牲の精神なのか、あたしのことを信頼していないのか。全くのお荷物扱いである。あたしだってキリトとの一件があってからはそれなりにレベルも上げた。前よりは強くなっているはず……

 

でもやはり殺人ギルドと聞くと怖い……

自分の身を守るために倒していいモンスターとは違う。

 

そう相手も人間なのだ。

 

でもやっぱりあたしはラズエルを助けたい。

あの人にはアスナがいる。でも彼には誰もいない。

彼をキリトくんの代わりにしてないのか?と聞かれると否定できない自分がいる。

 

でも今はもう彼の仲間、知り合いとして彼を助けたいということにしたいし、実際にそう思っている。

 

その心に気持ちは正直なあたしの気持ちだ。

 

「ふぅ……」

 

私は最後の短剣を打ち終えると大きくため息を吐いた。

 

ふと目の端があるものを捉える。

彼を守るため、もう一つあたしにできること………。

 

あたしはもう一度金づちを手に取ると武器を打ちはじめた。

 

―第6話『空白の時間』 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第7話『表と裏』

 

ーーアインクラッド50層 アルゲード

 

リズは残りの武具、道具、自分の装備の支度に一旦自分の店に戻った。

俺もエギルの部屋を使わせてもらい、シャワーと身支度を整える。

 

ふと鏡に映った自分を見た。

現実世界でもそうであろうこの顔の記憶は既に遠い彼方にあるかのうような錯覚に陥る。もうこの世界に2年もいるのだ。。。

 

俺がこうやってこの世界で生きている事が向こうの世界でも俺がまだ生きていることの証拠でもある。だが、家族は・・・?友人や先輩、後輩は・・・?彼らはどうしているだろう。自分のことをまだ気にかけてくれているだろうか

 

そんな事が頭をよぎり、俺はかぶりを左右に振った。

 

そして今まで考えないようにしていた疑問をふと心の中で俺じゃない俺がつぶやく。

 

俺は一体何のためにこの世界で生きているのかーー

 

正直考えないようにしていた。だから自分のここでの過去も今の出来事もどこか遠い世界の話であくまでも仮想世界だと思っている。

 

その瞬間、この世界のすべてが色あせていくような感傷の波が心の中をわしづかみにする。俺はシャワーの蛇口を止めるとふぅと小さくため息を吐いた。

 

本当にここはただの仮想世界なのか?ここで生きている俺は偽りの自分なのか?

 

思考をゼロにしたい俺の思惑とは裏腹に俺の心の奥底にいる誰かが俺の脳裏に疑問を投げかけてくる。

 

ふとリズの顔が浮かんだ。どうして彼女はあそこまで俺に構いたがるのだろう。今まで俺が出会ったこの世界の住人はあくまでも自分と距離を置いていた。おそらく自分がそれほど他人と群れる事が好きではないとの態度を取っていたからかもしれない。

 

そのあたりの感覚はあの黒衣の騎士のキリトという剣士に同感である。

 

だが俺にはどうして俺がこう思うようになったかがわからない。

記憶の中の現実世界の俺はもっと社交的で、仲間を大事にしていた。所属していた弓道部ではキャプテンも務め、全国大会にも出場した。

 

そんな俺と今の俺は全く違う。この世界に来た俺がこうなってしまった理由。他人と関われなくなった理由はこの抜け落ちている記憶に関係あるのだろう。

 

それだけは明白だった。

 

「こーらー!いつまでシャワー入ってるのよ」

 

その俺の思考を遮るようにシャワー室の扉の外からリズの声が聞こえた。

 

「あぁ、悪い。すぐ行く」

 

俺はそうリズに答えるとバスタオルで体についた水滴をバスタオルで拭く。この世界では風呂に入る必要はない。だが、現実世界での習性か、風呂やシャワーに入らないと精神衛生的のよくないと思っているプレーヤーも実は少なくない。俺もその一人だった。

 

俺はいつもの黒色のロングシャツに黄緑色のズボンを履くとに同じく黄緑色の軽鎧をオブジェト化する。そして部屋の外に出た。そこにはピンク色のワンピースに同じく淡いピンク色の胸当てを装備したリズベットの姿があった。

 

「遅い!あたしを待たせるなんて100年早いんだから」

 

なぜかリズの機嫌がすこぶる悪い。

たが、少しふてくされているリズベットの様子が可笑しくて俺は思わず笑い声をあげた。

その様子を不服そうに見る彼女の表情がまたおかしい。

 

「一応の武防具と道具は仕入れといたわ。」

 

エギルの店のカウンターに出るとそこには矢筒に入った矢の束や短剣、長剣といった品物がずらりと並んでいる。俺はエギルに依頼した品物を手に取るとアイテム欄に転送する。

 

「お代は俺が払うよ」

 

その言葉にリズは首を左右に振った。

 

「今は結構よ。今回の旅から帰ってきたら払ってもらうわよ」

 

俺はその言葉の意味を瞬時に理解する。そのリズの言葉に俺は心の底の冷え切っていた部分が溶け始め、閉ざされていた回廊の扉が開くのを感じた。こみ上げる何かを我慢しながらリズに背を向けると頭を掻く。

 

「ありがとう」

 

こんな安っぽい言葉しか出てこなかった。

でも素直な俺の気持ちだ。正直、俺は今回死んでも良いと思っていた。でもそういう考えではだめなのかもしれない。リズベットやエギルは確実に俺が死んだらそれを悲しんでくれる人種の人間だ。こいつらのそんな顔は正直見たくない

 

俺はパンパンと頬を叩くとリズとエギルに向き直った。

 

「じゃ、エギル行ってくるよ。世話になったな」

 

エギルはその太い眉をへの字に曲げながら心配そうな顔つきで俺たちに向かって言う

 

「あぁ、存分にケリをつけてこい。そしてまたここに戻って来いよ。部屋は空けといてやる」

 

エギルの言葉にも熱いものを感じ、俺はこれほど自分の感情器官が敏感に反応することに驚いた。

 

「あぁ、ありがとう」

 

俺とエギルは右拳をコツンとぶつける。そして俺は踵を返してエギルの店を後にした。そこにリズも続いてくる。

 

ばたんと扉が閉まると途端に街の喧騒が、人々のにぎわう声が怒涛のように俺たちの耳に入ってきた。

 

アルゲードの街は既に夕暮れに包まれようとしていた。

 

とりあえず転移門まで向かうことにし、夕暮れの喧騒に満ちたアルゲートの街を歩く。

 

1日の狩りを終えて帰ってきたもの。

これから夜の狩りに出ていくもの。

店じまいをはじめようとするもの。

これから酒場や夜市を開こうとするもの。

 

そしてそんな沢山のプレーヤーに交じってこの世界で生活している沢山のNPCが行き交い賑わうこの街を縫うように俺たちは歩いた。

 

その時、俺は街道から少し離れた露店を見つける。

自然と足が向いていた。

よく考えれば今日は昼飯も何も食べていない。

俺はフランクフルトに似た食べ物を購入する。

 

そして退屈そうに時間を持て余しているリズを一瞥するとタコ焼きに似た食べ物を購入した。

 

 

———————————-

 

 

あたしは前を歩くラズエルの黄緑色を基調としたその姿を歩きながら眺めていた。

 

こうやって男性プレーヤーと2人でパーティーを組むのは2度目だ。

そう、これまで唯一無二だったのはあの人からの依頼で片手剣の素材入手クエストに行った時。その時、あたしは彼に、黒衣の剣士キリトくんから人の温もりをもらった。

 

そしてあたしは恋をした。彼に。。。キリトくんに。

でも彼にはアスナがいる。間に入っていく術はない。

この恋を貫くべきか正直迷ってないといえば嘘になる。

 

でも、だからと言ってラズエルをその代わりにしようとしている訳ではない。あたしは生まれてきた意味、この世界に来た意味をキリト君から教わった。

 

彼は今、それを見失っていたかつてのあたしと同じだ。

 

記憶を失い、感情が焼き切れ、感傷と代り映えのしない毎日の生計を立てるだけの生活。この世界での本当に意味での人との繋がりは不要と思っているところ。

 

そんな彼にあたしは教えてあげたい。この世界はそんなに悪いものじゃない。きちんと心で向き合えばそれこそこんなに暖かい世界はないのだということを。

 

そんなことを考えているとラズエルは露店で何かを見つけたのかすすっと駆け寄っていく。その光景はあの時ホットドックに似た食べ物を買いに行ったキリトの後ろ姿とダブる。

 

「ありがと」

 

無言で手渡されたボール状の生地の上にソースらしきものと鰹節らしきものが散りばめられている現実世界のタコ焼きに似た食べ物を楊枝を使って口に運ぶ。

 

「熱っ」

「あ、中は熱いから気をつけな」

「こら!遅いわ!ほんとにあんたは・・・」

 

あたしは舌をやけどしたことの恨み節をつらつらと並べる。ラズエルはそれを横目で見ると「はぃはぃ」と相槌を打った。その態度、正直気に入らない。

 

「こら!真剣に聞きなさい!もうパーティ組んであげないわよ」

 

その言葉にラズエルははっと目を見開いた。

そして悪戯な笑みをその顔に浮かべる

 

「俺は別にかまわへんで。リズが嫌なら強制はしないよ」

 

その言葉に私は呆れたようにため息を吐いた。

 

この構図・・・やられた…

 

今回はあたしが半分押しかけでパーティを組んだ経緯がある以上、この手の会話では不利は百も承知だ。

 

あたしはそれ以上悪態をつくのをやめ、少し熱の冷めたタコ焼きに似た食べ物を再度口へと頬張った。生地はカリカリに焼き上げられているが中はふわとろ・・・

 

「おいしい」

 

それは神秘の味でしかなかった。

私の反応にラズエルは満足そうに微笑む。

そういえば彼の話し方に関西弁が時々混じる。現実世界では関西の住人なのだろうか、もし現実世界に帰れたらまた私たちは会えるのだろうか。

 

いや、必ず会いたい。友人として・・・だけど

とりあえず男性プレーヤーではキリトの次に現実世界で会いたい人物にノミネートしておいてやろう。

 

などと考えると自然と口元が緩んだ。

 

 

 

しばらく歩き、視界に転移門を捉え始めた時、あたしは一気にタコ焼きを平らげた。軽食にしては十分な満腹感を感じる中、あたしたちはアルゲードの転移門に到着した。

 

「それでどこに行くの?」

 

尋ねるとラズエルはあたしの方を向いた。

視線と視線がぶつかり、少し視線を逸らす。

彼を意識している訳じゃない。

 

そうあたしが好きなのはキリトだけ。

ただ彼がその心の奥底にキリト君に似た寂しさを感じたから。

そう心に言い聞かせる。胸がチクリと痛む理由が正直わからない。

 

「まずはヘルブレッタさんのところに行こうかと思う。」

 

その提案にはあたしも賛成した。

 

今の彼の冒険はそのヘルブレッタという薬師に拾われたところから鮮明な色彩で彩られている。それ以前の記憶はないか、もしくは朧げな記憶でしかないらしい。

 

「分かった。向こうに着いたら宿屋を探して、泊まって明日の朝から行きましょう?」

 

私の返答にラズエルは首を縦に振る。そして転移門の中に入った。私も続く。

 

「転移、ハーバルト」

 

ラズエルがそう唱えると青白い光が強くなる。

 

私を包み込んだ青白い世界は視界を、五感を次々と私から奪っていく。最後に意識が遠のくと私たちのオブジェェクトがアルゲートの街から消滅した。

 

 

—第7話『表と裏』 完



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第8話『黒炎の業』

 

ーーアインクラッド第42層 ハーバルト

 

42層の主街区ハーバルトは港湾都市を模した港町である。故に街の市場には新鮮な魚が多く並び、この街を主場にして商売をしている商人プレーヤーも少なくはない。

 

転移門から出た俺は物珍しそうに周囲を見まわすリズを見て小さくため息を吐いた。

 

「お前この前もここに来たんじゃないのか?」

 

その問いにリズはへへへっと舌を出して笑う。

 

「前はあんたの家に行くことだけ考えてたし、夜遅くに着いたからゆっくり見る理由なんてなかったのよ。ねぇ、ちょっと寄り道していこう」

 

リズはそういうと俺の手を取り、走り出した。とくんと心臓が波打つのを感じる。

 

「うわぁ、綺麗」

 

とあると露店に並べられた貝殻や水晶などを使ったアクセサリーを見てリズは感嘆の声をあげる。赤いの青いの、尖ったものや丸みを帯びたもの。リズは手にとっては陽光にかざし、そして露天商の絨毯の上に戻す。

 

「ねぇ、ラズエルどっちがいい?」

 

そう言って振り返るリズの横顔が夕光に照らされる。

 

ドクン

 

まただ。心臓が脈打ち、そして体温が少しだけ上がる。

 

遠く彼方へと忘れ去った感情。

湧き上がる感情の波に俺は言葉を失う。

 

しかし、不快ではない

 

「ちょっと何惚けてるのよ?」

 

その声で俺ははっと我に返った。長い夢を見ていたかのように意識がすぅーっと戻ってくる。眼前にはピンク色の髪にエプロンドレス、その腰にはスミス・ハンマーがぶら下がっている。

 

そしてその両手には白地に青色の縞々模様の貝殻と、純白のクリスタルのような水晶の入ったペンダントが握られている。

 

「え?なんだっけ?」

 

我ながら芸のない返答だと思う。だが、今の俺の語彙力の中ではこれが限界だ。

 

「だーかーらー。このアクセサリーどっちがいい?」

 

そう言って頬を膨らませる彼女の様子が実に微笑ましく口元が自然と綻ぶ。

 

ーーねぇ、・・・くん。どっちが似合うと思う?

 

ドクン。ふと脳裏によみがえる声。

この仮り初めの現実ではない。俺が生まれ生きた・・・いや生きている現実世界での記憶。

 

白のチェニックに黄緑色のフリルスカートを着ていた少女の顔は見えない。

 

ーー君は誰?

 

ふと彼女の前に置かれたものに目を移し、俺は目を見開いた。彼女の前にはスカートと同じ黄緑色のプレートアーマーと同じく黄緑色の法衣が置かれている。

 

ーーこの記憶は・・・この記憶は・・・

 

この記憶は現実世界のそれじゃない

 

「ねぇ、ラズエル?どうしたの?ねぇってば?」

 

遠くから聞こえるリズの声。それに反応するのも煩わしい。肩を掴まれ、ぐらぐらと体を揺らされる。

 

「ちょっと!!」

 

まるでスミスハンマーで殴られたような彼女の強い声が俺を仮想世界へと引き戻す。

狭まっていた視界が拡がっていく。

 

目の前には今にも泣きそうな顔で俺を覗き込んでいるリズの顔が目に入る。

 

その時、初めて俺は自分が地に膝をついていることに気が付く。

そして俺の両の瞳から流れる水滴・・・

 

これはなんだ・・・涙?

 

 

———————————

 

 

ちょっと悪戯心に火が付いただけだった。これからもしかしたら死よりもつらい現実を受け入れなければならないラズエルに少しでもこの世界を楽しんでもらいたくて。あたしでも人のぬくもりを伝えたいと思っただけだ。

 

「ちょっと?ラズエル?」

 

あたしが貝殻と水晶のアクセサリーを見せた途端。

彼は地に膝を付き、そして天を見上げた。

まるで何かに導かれるように。

 

「・・・あぁ、すまない」

 

あたしの呼びかけに反応した彼の瞳には涙が流れている。

だが、彼の反応から無意識の涙だといいうことがわかる。

 

「何か思い出したの?」

 

その問いに少し考えを巡らせたあと、小さく被りを振るラズエル。彼の瞳は色を失い、そして顔面蒼白だった。

 

「顔色がよくないわ。とりあえず場所を変えよ?」

 

あたしはラズエルに肩を貸して立ち上がらせると、露天商にまた後で来るからとだけ伝えると主街区へと向かう。とりあえず1番近くにあった宿屋の中に入る。

 

幸いにも1部屋だけ空きがあったので急いでコルを払うとラズエルを抱えて二階へとあがった。

「どう?落ち着いた?」

 

部屋に備え付けてあったティーカップに紅茶を注ぎ、彼に手渡す。「すまない」と言って受け取った彼の指は少しだけ震えている。

 

「すまない。あの時、一瞬何かがフラッシュバックしたんだ。でも今はもう思い出せない」

 

ラズエルは項垂れるように俯くと紅茶を一口含む。あたしはふと窓の外に目をやるとため息まじりにラズエルに視線を戻した。

 

「今日はもうここに泊まろうよ?今からだと暗闇の中を町まで歩かないといけないし」

 

あたしの提案にラズエルは一瞬顔を上げたが、何も言うことなくコクリと頷いた。

 

この街に泊まると決まれば夜ご飯を食べに宿屋から出ることにした。宿の部屋に料理を運ばせる事も考えたが、外の空気を吸いたいし、運良くこの街で過ごす事もできる。

 

あたし達は『ブルーレイ』と言う名の洋食屋に入った。

この港町の雰囲気にあったイタリア風の店構えに内装で、料理にも期待が持てる。

 

「あのさ……」

 

目の前で何かを逡巡しているのか、瞳が焦点を捉えていないラズエルは注文こそ自分で頼んだが、それ以降ずっと宙を見つめている。

 

「あのさ?」

 

もう一度強く言葉を投げかけてみる。ビクッと肩を震わせた彼の瞳があたしを捉える。

「ちょっとか弱き乙女とこんなオシャレなお店でオシャレなご飯食べてるんだからもうちょっと嬉しそうにしなさいよ」

 

いつもの元気の押し売りだと分かっていてもあたしには気丈に振る舞う事しかできない。どんな励ましの言葉も今のラズエルには届かないって知っているから。

 

「でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?弓スキルってどうしたら手に入るの?」

 

それでも何も答えないラズエルにあたしはいつも気になっていた質問をすることにした。彼からの返答は期待半分ではあったが……

 

「あー弓スキルなんてものは存在せんよ。あれは投擲スキルの応用してるんよ。基本はこの目と腕で奴らを撃ち抜く。それだけやで」

 

それがラズエルの回答だった。

彼との出会いを思い出す。彼はあの時確かにソードスキルに似たエフェクトを発動させていた。

 

「じゃ、じゃああのエクストラスキルは何なの」

 

言いかけて周りにも客がいることに気がつき、声のトーンを落とす。

 

「あぁ、あれな。攻撃用のソードスキルじゃないんだ。筋力、集中力、俊敏さ、視力、物質硬度を爆発的に強化する支援効果持ちのスキルさ。矢の相対速度が上がれば貫通力が増す。矢の耐久力が上がれば硬いものでも貫通する。間接支援スキルって訳」

 

私はその説明に妙に納得してしまった。だが、同時に彼はシステムアシストに頼らず、あの芸当をやっていることになる。こんな事ができるのはおそらく現在のアインクラッドではまさに彼1人だけだろう。

 

「俺な、現実世界では弓道やってるんよ。これでも高校国体で優勝した高校で主将やってたんやで」

 

その説明に更にあたしは驚愕し、そして彼のあの芸当にも納得する。それがこの剣や斧や槍といった自分の手で敵と渡り合うソードアートオンラインの世界で弓という特異な武器で生き抜ける理由なのだろう。

 

「はぁ、それだけだけの腕を持ってて、どうして攻略組に参加しないのか不思議だわ。貴方なら十分やっていけるのに」

 

その言葉にラズエルは横を向くと口を噤んでしまう。その様子を見てまた地雷を踏んじゃったのかと逡巡した。得意の苦笑いがあたしの顔には張り付いているだろう。

 

「ごめん。変なこと言っちゃったね」

 

リアルの話をしたラズエルにも驚きだが、あたしも不躾な事を言ったと反省する。2人の間には微妙な空気が流れたが絶妙のタイミングでNPCが料理を運んでくる。

 

助かったとほっと胸を撫で下ろした。

「うわぁ!美味しそう」

 

いつもの空元気のつもりが、少し声が上ずる。

ふとラズエルの様子を伺う。彼は出て来た料理を一点に見つめ、何かを考えているようだ。その瞳からは彼の心情を推し量ることもできない。

 

「いただきます」

 

あたしはいまは食事に集中することにした。

正直、今のラズエルにかける言葉なんて見つからない。

 

「攻略組か……」

 

ふと彼がボソリと呟く。

彼には彼の事情があって今の立ち位置にいるはずである。記憶を失っているとは言え、他人が土足で入り込んではいけない領域だ。

 

「もちろん俺たちもその戦場へ参加することを目指していた。俺たちのギルドもね」

 

あたしはラズエルが何気なく、あくまで自然に語った内容に息を呑む。一瞬、2人の間の時間が止まった気がした。

 

————————

 

 

「攻略組か……」

 

この仮想世界でどこまでな理不尽なこのデスゲームを終わらそうと最前線の戦場でボス攻略に挑むトッププレーヤーの集団だ。

 

ふとリズの顔を見るとまずいことを言ったと思ったのか、NPCのウェイターが運んで来た料理を無口にほうばっている。

 

「もちろん俺たちもその戦場へ参加することを目指していた。俺たちのギルドもね」

 

何気なく口にした言葉にハッとする。

 

今、俺は何て言った?

 

俺たちのギルド?攻略組を目指していた?

 

目の前のリズも目を丸くして俺を見ている。

 

その瞬間、今まで色あせていた心の奥底の映像が徐々に色を取り戻していく。黒髪長髪の青年、水色の髪にアバターを変えた少女、黒髪短髪メガネのギルドマスター。

 

気がついた時、俺の頬にはさっきまでと違った暖かい水滴がぽつりぽつりと滴っていた。

 

「俺は…俺は…」

 

どうして忘れていたんだろう。

こんな大事なことを…。

 

共にこの仮想世界で戦った…

いや、現実世界でも大切な友達の存在…

 

そして彼らの最後を…

 

忘れないと誓ったはずなのに…

 

溢れ出して止まらない涙とは裏腹に俺の心はまるで全てを焼きつくすような黒き灼熱の炎に覆い尽くされようとしていた。

 

果てしなく消えることがないだろう。

彼らへの罪悪感と共に…

 

 

【第8話 『黒炎の業』完】

 



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第9話『永遠の残骸』

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この世界で涙と言うものほど厄介なことはないだろう。

 

俺はふとした瞬間に込み上げて来た想いを我慢しようとした。だが、心情を司るパラメータが脳に泣くという司令を与えた時、そんな想いとは裏腹に涙が溢れてくる。

 

どれくらいこの涙を流し続けただろう。

その間、リズは何も言わずに俺を待っていてくれた。

 

「話、聞いてくれるか?」

 

俺は恐る恐るリズに尋ねる。

 

「当たり前でしょ!どんなに闇落ち展開でもあたしは貴方を軽蔑しないって約束するわ」

 

その言葉に思わず笑みが浮かぶ。

この展開、リズが居てくれて本当に良かったと思った。

 

——————————————-

 

中層プレイヤーギルド「黄昏の茶会」

 

そのギルドの中心メンバーとして俺は活動していた。

特に行動を共にしてたのは黒髪長髪の青年、水色の髪の少女、黒髪短髪メガネの青年の3人である。

 

長髪の青年の名はユキマサ

水色の髪にアバターを変えた少女の名はユリ

短髪メガネのギルドマスターの名はタケル

 

彼らは同じ高校のクラスの仲良しグループだった。

そしてユリとは高校1年から付き合っていた。

 

俺たちは別のMMOで知り合った仲間たちとギルドを作り、中層プレーヤーとして活動していた。

 

充分な安全マージンを取り、狩りと経験値を積み、順調にレベル上げと装備品を揃えていた。

 

そんな俺たちの合言葉は「いつかギルドを攻略組に」だった。

 

そんなある日、ユキマサがある情報屋から24層の遺跡ダンジョンでレア武器が手に入るとの情報を持ってきた。当時は50層の攻略中、俺たちのレベルも35を越えていたから安全マージンを取ってもお釣りが来ると判断して、24層の遺跡ダンジョンに向かった。

 

45層攻略で出現したというその遺跡は1階から順に地下に降りていくタイプのダンジョンで最下層がどこまであるのかは分からない。そして階を進むに連れてモンスターは強くなっいく。

 

俺たちはそこを格好の狩場と位置づけ、地下20階より下には行かないようにだけはしていた。

 

そんなある日…

 

「おはよう」

 

いつもギルドメンバーが集まっている第24層の酒場に足を踏み入れると俺は既に集まっていたメンバーに声をかける。皆、俺に目を留めると笑みを浮かべ、おはようと返してきた。

 

「あ、俺も同じやつ」

 

1つ空いていた席に座ると寄ってきたNPCの店員に対面に座っていたユリが飲んでいるコーヒー色の飲み物を指差し注文する。

 

「りょうくん、聞いて!ユキマサがまた情報屋から情報を仕入れてきたんやって」

 

するとユリが身を乗り出すようにして話かけてくる。

「ここやったらラズエルやって!お前もわからんやつやなー」

 

俺がそう指摘するとユリは顔を膨らませ、「別にいいやん。そっちの方が呼び慣れてるし。ってかなんで本名で登録しーひんかったんよ。おかげで恋人気分台無しやわ」と言う。

 

「はいはい。すまんすまん。今度レア武器素材取りに行くの手伝ったるからゆるしてや?」

 

俺は小学生をあやすようにそう言うとユリは頬を膨らませぷいっと横を向く。ここまでが一連の日常のやり取りである。

 

いつものお約束のやり取りを終わえた俺はユキマサを見た。

 

正直、彼が懇意にしている情報屋は怪しいと思っている。なぜならユキマサ自身もまだその情報屋に会ったことがないのだ。

 

いつもはメールで情報が届き、それに対する対価を宿屋の主人に渡しておくと次の日には回収してるらしい。俺たちがその情報屋の顔を見たいと宿屋で張り込んだ時に奴は現れずに代わりにユキマサにもし情報屋の素性を知りたいなら、法外な情報料が必要とのメールが情報屋から送られてきて、俺たちはそれ以上の詮索を止めた。

 

彼から得られる情報は軍もトップギルドよりも早く狩場の情報を提供してくれるもので、その情報はいつも正確だったからある程度信用できるとギルドマスターもそう判断している。

 

「なんと遺跡ダンジョンの地下30階にクエストボスがいて、そいつを倒すとタンク用のレア鎧がドロップするらしいんだ」

 

ユキマサの言葉に彼の横に座る俺たちのパーティーでタンク役を務めているギルドマスターのタケルがニヤリと笑った。

 

「今俺たちは地下20階までを中心に狩りをしているが、そろそろみんなのレベルも装備も揃ってきた。地下30階なら今までの傾向からだいたい30層レベルの敵だと思うし、俺たちなら充分にマージン取れてると思うんよ。」

 

タケルがそう言うと他のテーブルにも座っているギルドメンバー全員が小さく頷く。

 

「その情報が嘘という可能性はないんか?」

 

俺は言いようのない不安に駆られ、タケルとユキマサに尋ねる。ユキマサはその顔に苦笑いを浮かべ、俺を見た。

 

「ってかさ、もしそいつが情報屋やったとして、なんで俺たちに破格で情報提供するんよ?全然そいつにはメリットないやん。もっとトップギルドに情報持って行ってみい?破格で買い取ってくれるで」

 

俺は正論をぶつけるも周りはなにかと根拠のない言い訳をしてくる。

 

「今まであいつの情報が嘘だったことがあるか?あの鼠のアルゴさえ知らない情報を先に提供してくれてんやで?今回も大丈夫やって!りょうちゃん、いやラズエルは心配しすぎやって!」

 

楽天家の塊のようなユキマサの発言に少し不安を覚えながらも事実としてその情報屋からの情報で、俺たちはかなりのレアアイテムや初回クエスト攻略ボーナスを得て、ギルド全体の底上げにつながっている。

 

結果として、俺たち『黄昏の茶会』は次のボス攻略の招待を受けるまでに力をつける事ができた。

 

この事実がある限り、誰も俺の不安には同調しないだろう。

 

「わかったよ。お前がそこまで言うんやし、タケルが決めたなら従うわ。でも何か不審なものとか罠とかあったらすぐ逃げるからな」

 

俺は半ば渋々と言った形で遺跡ダンジョンの地下30階にあると言われるクエスト攻略に賛成した。

 

だが、俺はこの後後悔することになる。

命を張ってでも仲間を止めておけば良かったと…

 

 

———————————-

 

 

一通り話し終えたラズエルは一息つき、NPCの店員が出してきた紅茶を一口含む。あたしは彼の記憶の扉を開けてしまったことを少し後悔していた。その言葉尻や仕草、表情からは後悔の念しか感じられない。

 

なんとなく展開も予想できるし、このまま話を聞いていいのかと思ってしまう。でも、彼は先ほどまでよりは少し落ち着きを取り戻している。だがらこのまま話を聞くべきだと言う自分と、最後まで話したら彼の心がもたないんじゃないかというあたしが戦っている。

 

「ラズエル…無理しなくていいんだよ」

 

結局あたしは決断をラズエル彼に委ねた。

ラズエルはリズの優しさを感じたのだろうか、優しい笑みを浮かべる。

 

「いや、聞いてくれへんかな。俺一人でこの記憶を消化するんできそうにない。リズには嫌な想いをさせてしまうかもしれへんけど、聞いてくれたらありがたい」

 

そのラズエルの素直な言葉に胸の奥が少しカァーっと熱くなるのを感じた。別にときめいた訳ではないと言い聞かせるが、あたしの体温はあがりっぱなしだ。

 

「分かった。聞くよ」

 

少し上ずった声になってしまった。

でもラズエルは特に気にした様子もなく大きく頷くと小さく深呼吸をした

 

そして続きを話し始めた。

 

話始めたラズエルの表情はどこか儚げで、ようやく取り戻した記憶を噛みしめるように1つ1つを言葉にしているのが、分かる。

 

時折、何かを思い出したかのように口元に笑みを浮かべ、そしてすぐに寂しげな表情に変わる。

 

ラズエルの芯の強さに触れた気がした。

自分だったら罪悪感と喪失感で少なくとも2日は塞ぎ込み、泣きつづけていただろう。

 

もしキリトやアスナ、エギルやクラインさんなど自分と近しい人達がそういう目にあったらと考えるだけで、耐えられそうにない。

 

「俺はほんまに嫌な予感したせーへんかった。その頃オレンジギルドやPKがまだ1番盛んやった時期やったし、知り合いのギルドがラフコフに潰されたって聞いたばっかりやったからさ。」

 

ラフコフの名が出てあたしは体の中を緊張が走り抜けるのを感じた。レッドギルド ラフィンコフィン。主にPKや扇動で多くのプレーヤーの命を奪ってきた史上最悪のギルド。

 

「でも最終的には俺がいきたないなら俺以外の3人で行くってギルマスがいい出したんやわ。だから仕方なくついて行った。何かあったらすぐに逃げれるように人数分の転移結晶準備して」

 

ラズエルは一口水を含み、大きく息を吐いた、

ここからが本番…と言いたげな表情の彼にあたしも背筋をピンと伸ばして応えた。

 

 

———————-

 

 

遺跡ダンジョンの探索はついに27階にまで差し掛かっていた、ここまではさして危険なことはない。あと3つ階下に降りれば情報にあったフロアボスイベントのある階に到達できる。

 

正直20階を過ぎた後も敵のレベルはそれほど変わらなかった。すでにレベル40を越えていた俺たちにとってはほぼ無傷で突破できる階もあった。

 

『な?俺が言った通り何もないやろ?』

 

『ああ、今のとこはな』

 

ユキヒサがドヤ顔で話かけてくる。

俺もその頃はモンスターのレベリングに正直余裕を感じていた。でも、これが罠だった場合を想定して周囲の警戒は怠らないようにしていた。

 

28階と29階も簡単にモンスターを殲滅できた。

これで残すは目的の地、30階…。

 

『ここまで来たんや。攻略組初参戦の記念にレアドロップ狙おうで!』

 

まだしっくりきていない俺の背中をギルマスのタケルがドンっと叩いてくる。

 

『ああ、分かっとるわ。分かっとる。ここまで来たんやし、ラストのフロアボスの顔を拝みに行こう。』

 

俺の言葉に3人が歓喜の声を上げる。

ユキヒサヲ先頭にタケル、ユリ、俺の順で次の階に向かう。

 

——————————-

 

この時、どうして止めなかったんだろうと未だに後悔する。

ほんま空気に流されて行ってしまった俺が悪い。

 

少し考えれば分かったはずだ。

全くモンスターレベルの上がらない地下20階以外のフロア。

フロアボスまでほぼ無傷でたどり着けたことに対する慢心

 

そしてレアドロップアイテムという言葉に夢を見た。

 

少し考えれば防げたはずだった。

 

俺は…この罪を永遠に背負って生きなければならないだろう。

心の中に散らばった懺悔という言葉の残骸を集めきるまで。

 

—第8話『永遠の残骸』 完

 

 



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第10話『記憶の果て」

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しばしの静寂、これから彼の儚い記憶の物語はついに最後の時を迎える。彼がこの話終えた時、あたしはどんな風に言葉をかけたらいいのだろう。

 

多分そこに気の利いた言葉なんてない。そして彼もそれを望んでいないだろう。

 

あたしはコップを手に取り水を一口だけ口に付け、乾き始めた喉を潤す。そして何も言わずに彼の次の言葉をまった。

 

 

———————————

 

 

「やっぱり嫌な予感しかせんわ?戻った方がいいんちゃうか!」

 

今俺たちは地下29階と30階を繋ぐ回廊にいる。老婆心か、俺が本当に腰抜けなのか、この先地下30階の入り口から何やら不穏な空気を感じた俺は皆をそう呼び止めた。

 

「だから大丈夫やって!俺ら強くなったし」

 

目の前で振り返ったユキマサがそう答える。

 

「だってまだ、お宝見つけてないやん?あんたは相変わらず心配性やなぁ!」

 

彼に同調するように背後からユリが言葉を繋ぐ。

 

「ここまで来て戻るわけにはいかんやれろ!帰りたいんやったらお前1人で帰りや?」

 

先頭を行くタケルは半ば興奮気味にそう言い放つ。

 

思えばこのフロアボスのレアドロップアイテムはタンク専用の鎧。本来装備できる武具が少ないタンク職、レアアイテムとは縁遠かったタケルにとって。初めての攻略戦に向けて是が非でも手に入れておきたいはず。

 

彼がこのタイミングで折れるとは到底思えなかった。

 

「はぁ…分かったよ」

 

俺のいつもより大きめのため息が回廊の中に反響する。

 

そうして、俺たちは順々に地下30階への扉を潜った。

 

 

———————————

 

 

「そこからはリズも察している通りさ。地下30階はトラップフロアだった。奇しくも俺の不安は的中した。」

 

ラズエルの話にあたしは口を挟むことができない。挟むべきでもない。

 

どこか異国の物語を聞いているような錯覚にすら陥る。それほど彼の話はあたしの心を鷲掴みにして話さない。ラズエルの事をもっと知りたい。いつのまにかそう思うようになっていた。

 

先程潤したはずの喉は既に乾きを覚え始めてた。

 

「部屋に全員が入った途端にまず扉が閉まった。そしたら周囲が真紅に染められて、けたたましい警告音が鳴り響いた。その時はほんまに後悔した。出口をふさがれたトラップフロア。想定できたんは太刀打ちできないほど強大なボス戦か…」

 

ラズエルはそこで言葉を一度切る。

 

「大量のモンスターに襲われる。所謂モンスターハウスかやった」

 

 

—————————

 

警告音が鳴り響いた刹那、

周囲におびただしい数のモンスターが現れる。それも見たこともないモンスターばかりだ。

 

おそらく60層以上にいるモンスターだと推測できる。いまの俺たちではこの数を相手にできる訳がないのは一目瞭然だ。

 

「これはあかん!早く転移結晶を使え!!」

 

俺はそう叫びながら転移結晶を作動させ…

 

作動しない。転移結晶が作動しない。

 

くそう、やられた。

ここに来て転移結晶無効化フロアとは…

 

「おぃ!これなんやねん!!結晶が反応せーへん!」

 

ユキマサが叫んだ。タケルやユリ、ギルドの連中皆それぞれが同じ動きをし、同じ絶望感を得る。

 

「も、モンスターハウスや」

 

誰かの叫び声にその場にいた全員に戦慄が走った。

 

ーーモンスターハウス

 

各ダンジョンに存在すると言われているフロアトラップのこと。広大なワンフロアに数百体のモンスターがひしめき、如何なるアイテムによる脱出は叶わない。彼らが生存するためにはいち早く次の階かフロアに進むしかない。

 

しかも通常はモンスターのレベリングは自身のレベルと同等か、明らかにマージンを確保できそうな相手のはずである。量より質、いや質と量をいいとこ取りしたトラップ設定なんて無理ゲー極まりない。

 

「みんな回避に徹して階段を目指せ!モンスターとまともにやりあ…」

 

タケルが意を決してそう叫ぶ。だが、言葉を言い終わらない間に彼に骸骨型モンスターが襲いかかった。爪牙を剣で受け止めるも一瞬にして振り切られる。タンクのタケルがパワーで遅れを取る。

 

その事実に俺は恐怖以外を感じなかった。

やばい。本当にやばい。

 

タケルは態勢を崩され、モンスターの第二撃を止める術を持っていなかった。刹那、彼の腹部にモンスター爪が突き刺さる。

 

「きゃあああ」

 

ユリの声がこだまする。

タケルの体は宙に持ち上げられ、爪が腹部から背中へ彼の体を貫通すると血飛沫エフェクトが舞う。そして次第に彼の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。

 

「うぐっ…ごめん…みんな生き…」

 

タケルは今にも崩れ落ちそうな瞳で精一杯の懺悔をすると呻き声をあげる。そして彼は自らの死に抗うように渾身の力で右手の剣を振るった。だが、その刀身はモンスターの体を傷つけることなく真っ二つに折れた。

 

刹那…絶望に駆られた表情のタケルの体をまばゆい光が包み込む。

 

そして彼のポリゴンはまさに水晶のように砕け散った。

 

「うそやろ!!」 ユキマサが

「いやああああ」 ユリが

「タケルーー!!」 俺が

 

口々にタケルの死に叫び、ギルマスであり親友だった仲間の死に皆一時呆然となる。それは他のギルドメンバーも同じであった。

 

「止まるな!こっちや!走れ!!」

 

俺はすぐに意識を切り替えた。こう言う時は咄嗟の判断とアクションで命取りになることもある。そして俺は咄嗟に傍のユリの手を掴んで走り出した。途中階下に繋がる階段が目に入った。

 

そして幸いにもここから階段まではモンスターは手薄だ。

 

「ユキマサ!こっちや!急げ!」

 

俺たちが走り出したのに気づいて少し遅れてユキマサも走り出す。だが、そのすぐに彼の進路は虎と鷲のキメラのようなモンスターによって阻まれる

 

俺たちに振り返る余裕などない。背中越しにユキマサの悲鳴が聞こえるが、振り返る余裕もない

 

「りょうちゃん、ユリ!助け…」

 

ユキマサの声は次第に聞こえなくなり、ポリゴンが砕け散る音が聞こえた。

 

散り散りになった他の仲間の事など考える余裕などない。

俺は自分とユリを安全に階段まで走り抜ける事だけに集中する。

 

敏捷パラメータを上げていた事が功を奏した。

本当に一見無駄に見える敏捷パラメータはモンスターとのエンカウント停止、器用さや俊敏さの向上、頭の回転などさまざまなところに恩恵をもたらす。

 

俺たちに向かってくるモンスターは岩石系、ヘドロ系など動きの遅いやつらばかりで助かった。彼らの動きを先読みし最大加速で振り切る。

 

「ユリ、もうすぐや!頑張れ!」

 

手を握る彼女からの答えは帰ってこない。意識が飛んでいるのか、自身を喪失しているかはわからない。だが、クラスメイトが立て続けに死んだのだ。高校生の女の子からすれば思考停止なってもおかしくないとも考える。

 

「きゃっ」

 

階段までもう少しの所でユリが態勢を崩して転んだ。

その時に不幸にも握っていた手が離れてしまう。これでは俺の敏捷ボーナスの恩恵を受けられない。

 

「ユリ!」

 

俺はユリに駆け寄ろうとした。だが、それをユリは全力で静止する。

 

「こないで!りょうちゃんだけでも生きて」

 

一瞬ユリの言っている意味が分からなかったが、ふと彼女の足に視線を向けた時、衝撃かはしった。

ユリの左足首から先が無くなっていることに気づいたのだ。そして彼女の背後から全身刃物のモンスターがゆっくりと近づいてくるを見とめた。

 

「ユリ、諦めるな」

 

俺はなんとかユリに駆け寄ろうとする。だが、ユリはそれを頑なに拒否する。

 

「ここでりょうちゃんまで死んでもたらタケルやユキマサや私の事、誰が思い出してくれるん?それにりょうちゃんの忠告聞いとけばこんな事にはならんかった。だからりょうちゃんは生きて、生きて、現実世界に帰って、私たちのことみんなに伝えて?」

 

「ユリ…」

 

そこまで言われたからか、既に自分が安全圏の近くにいるからかユリの元へ一歩踏み出すことができなかった。その様子を自分の願いを聞いてくれたと納得したのかユリは満面の泣き笑い顔で俺を見る。

 

「りょうちゃん、大好きやで!ほんまにほんまに大好き!だからほんまはもっと一緒に冒険したかっ…」

 

その時、全身刃物のモンスターがユリの体に剣を突き刺した。か細い彼女の体が真紅のエフェクトに染まる。

 

ユリが顔をこっちに向けた。

彼女の最後の顔は涙でも恐怖でも痛みでもなく…

 

笑顔だった。そして声にならない声で。

 

「早く行って…そして生きて」

 

と俺に言葉を残して彼女のポリゴンが崩れだした。

 

 

——————————

 

 

あたしの涙腺完全崩壊。

 

壮絶な最期、別れ、ユリさんの気持ち、

ラズエルの後悔、仲間の懺悔。

 

この世界に生きたものなら誰でも理解はできる。あたしは溢れ出る涙を抑えきれないでいた。抑えようにも抑えられない。

 

「あ、ごめん。辛い思いさせてもた」

 

この涙を見て焦ったようにラズエルがポケットからハンカチを取り出す。「ありがとう」とお礼を言いハンカチを受け取るとグッと目に当てた。

 

「聞いてくれてありがとうな」

 

そんなあたしにラズエルは礼を言うとラズエルは視線を下に向ける。

 

「ごめん。全部聞いたら気の利いた一言でも言ってやろうと思ってたのに無理じゃん。もーう。感情移入しすぎた」

 

あたしはそう言葉を返すとハンカチを目元から話天井を見上げる。茶色い天井に備え付けられた天井扇が規則正しく回っている。

 

今あたしは必死に心の整理をつけていた。今のあたしにはこの手の話はダメ、自分と重ねて感情移入して止められなくなる。しばらく天井扇の旋回を見つめたあたしは大きく深呼吸をして視線をラズエルに戻した。

 

彼の方がピクピクと揺れている。

その様子にあたしはすっとと彼の手を握った。はっと飛び上がるように彼は顔をあげた彼の困り果てた、感情むき出しの表情が視界に入る。

 

「ねぇ、ラズエル。わたしにはラズエルの後悔や苦しみは分からない。でもあたしが一緒に背負ってあげる。1人で苦しむことはないわ。だってあたしがいるじゃんね?大丈夫、みんな貴方のこと恨んでなんかない。大丈夫。だって仲間なんだから」

 

あたしは自分でも訳の分からないことを口走っていた。自然と自然に出た言葉だった。私の言葉にラズエルは首を縦に数回振る。

 

ラズエルの嗚咽に似た声が聞こえてくる。

あたしは彼の涙が枯れるまで付き合ってやろうと考えた。

 

そしてじっと彼の手の温もりを感じていた。

 

 

 

-第10話『記憶の果て」 完



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第11話『堕天使来襲』

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翌朝

 

あたしは何やら空気がしなる音に付き目を覚ました。ベットから抜け出し、窓際によると外に視線を送る。

 

そこには汗だくになりながら弓の鍛錬をしているラズエルの姿があった。目を閉じて大きく深呼吸をし、そして弓を構えると矢を番える。

 

あの彼との出会い以来に見る弓技の所作。流石元弓道全国大会覇者ということもあり、一挙手一投足がサマになっている。彼は矢を極限まで引ききるとその手を離す。

 

シュッという風切り音とともに宙に放たれた矢は音速の速さで空気の抵抗を突き破り彼から50メートルは離れているだろう大木の中央に突き刺さった。

 

あたしはその光景におぉ!と感嘆の声をあげ、視線をラズエルに戻す。

 

彼は右手を体の後ろに回し半身のまま残心の構えを取る。正直今の今まで意識した事はなかったが普通に格好いい。普通の高校生で彼の所作をこうして見たらいくら恋多きリズベット様でも惚れていたに違いない。

 

まぁ、悪くはないわね。

 

あたしはキリトとラズエルどちらが好きかと聞かれると正直わからなくなっていた。今でも自分を救ってくれたキリトの事は大好きだ。でも昨日の一件以降、ラズエルの事も気になり始めている自分に気がつかないわけではなかった。

 

ラズエルはその後10本ほど矢を放ち、鍛錬を終えた。あたしは彼の姿が視界から消えるまで窓際から離れる事が出来なかった。

 

 

————————-

 

 

「このソーセージみたいなの美味しい」

 

朝食は2人で宿屋近くのカフェに入った。朝の鍛錬の様子を見たからか心なしか彼の事を意識してしまう。あたしも存外に軽い女なのかもしれないと思う。

 

「これを食べたらすぐに街に向かいたい」

 

ラズエルの申し出を断る理由なんてあたしにはない。勿論と一言だけ返すとチョコチップのようなものが埋め込まれたパンのようなものを頬張る。甘いチョコレートの香りとカリカリした食感が食欲を掻き立てる。

 

「ラズエルは大丈夫?」

 

一通り食事がすみ、最後にコーヒーによく似た飲み物を飲みながらあたしはラズエルに尋ねた。流石に昨日の今日だ。精神的ダメージの回復にももう少しゆっくりしてもいいのにと思う。

 

「俺は大丈夫。昨日リズに話聞いてもらってだいぶ楽になったわ。色々受け止めてくれてありがとな」

 

ラズエルの言葉にかぁーっと顔の温度が急上昇するのを感じる。もう嫌だ。この展開完全にラズエルにハートまで射抜かれちゃってるよ。あたし…

 

「なら良かった。記憶戻って良かったね?」

 

あたしの返答にラズエルの顔が少しだけ曇った。あたしにはその理由が正直わからない。

 

「あぁ、黄昏の茶会の事件の事は確かに思い出せた。でもあの後、気がついたらヘルブレッタさんの家の二階で寝てて、半年の月日がたってたんよ。その半年の間の記憶がないねん」

 

なるほどその1番肝心なところはまだ思い出せてないのか。あたしはそう考えながらまだまだラズエルと旅が続けられると喜んでる自分がいた。おいおい鍛冶屋の仕事サボるんじゃないぞって正直キリトに怒られそうだけどね。

 

「じゃ、早いとこヘルブレッタさんに逢いに行かないとね」

 

私たちは食事代のコルをテーブルに置くと足早に店を出た。そのまま街を出て綺麗に舗装された道を進む。両側には草原が広がり視界も良好、モンスターがポップしてもすぐ気がつける。

 

「ちょっと肩慣らしにモブが出たらあたしに任して!」

 

モンスターと戦ってるラズエルも見たかったけど、まずはあたしの実力を知らしめたかった。伊達にマスタースミスの称号は持ってない。

 

早速眼前に牛と馬を足して2で割ったようなモンスターがポップしたからエンカウントしてみた。モンスターの名前を見るとゼブラホース、牛じゃなくてシマウマだったのかと…

 

そんな事はどうでもよくてゼブラホースは対象を私と定めると一直線に突っ込んできた。「やっぱり牛じゃん」って悪態をつきながらヒラリとその突進を交わすと背後からメイスの一撃を見舞う。

 

「ギュルー」という気持ち悪い鳴き声を発したゼブラホースは向き直ると再び左後ろ足を擦り始める。あたしは相手との間合いを図りタイミングを見計らう。

 

刹那、ゼブラホースが動いた。先ほどより不規則な動きでこちらに突進してくる。私は一歩足を踏み出しメイスを頭上に掲げた。効果エフェクトが鳴り、メイスが青白く光る、

 

片手棍ソードスキル 『パワーストライク』

 

システムアシストでタイミングよく振り下ろされたメイスは突進してきたゼブラホースの脳天にカウンター気味に直撃。

ゼブラホースはその場で崩れ落ち、ポリゴンと化し四散する。

 

パチパチパチバチ

 

その様子を見ていたラズエルがリズの勝利を拍手で祝う。

 

「なかなか見事な体捌きやったで!伊達にマスターメイスは取得してないってことかな。やるやん」

 

ラズエルに褒められ内心嬉しい。顔がにやけそうになるのを必死に我慢する。

 

「こんなの雑魚中の雑魚じゃん!まだまだ行くぞ!」

 

あたしは恥ずかしさを隠すために敢えてそう言うと街道にいるラズエルの元に戻り足を先に進める。

 

20分ほど歩くと木々生い茂る森が見えてきた。この森を超えると彼が住んでいた街、彼が謎の男に襲われた展望台がある。

 

あたしはまだ知らなかった。

 

この旅路が予想以上に厳しいものになってしまう事。そしてその過程の中でラズエルのもう一つの闇を知ることになってしまう事を。

 

 

————————————-

 

 

森に入ると急に肌寒く感じた。日光設定により体感温度をコントロールしているのか。森の中は光が届かず、ジメジメしており、少し肌寒い。それは俺の横を歩くリズも同じだったようで、手をクロスさせ、両の二の腕をさすりながら歩いている。

 

「この前、見せてもらったやつ完成したか?」

 

「ん?何のこと?」

 

リズは俺の質問の意味を介さず、質問で返してくる。

 

「被験者になってやってもいいぞ」

 

軽い恩返しのつもりだった。

今回リズには結局感謝しても感謝しきれない恩がある。彼女が前に言っていた試作武器の被験体。それくらいであれば引き受けても良いと思うし、ゲーマーとして新種の武器への探究心にはやはり勝てない。

 

「え?いいの?」

 

とリズが驚きの声を上げた刹那、俺はリズを茂みの中に突き飛ばしていた。そしてキィィンと金属音が交錯する。

 

「不意打ちとはやる事がきたねーなー」

 

先ほどまでリズが立っていた場所には漆黒ののフードコートを見にまとった男が立っており、俺は徐に腰に挿しておいたナイフ2本をクロスさせ相手の長剣による斬撃を受け止めた。

 

「ちょっと何…?」

 

茂みの中からリズが不服げに顔を出すが、今の光景を見て目を見開く。男は咄嗟に後ろに跳躍すると踵を返して逃げ始めた。俺は両手に持ったナイフを構えて、逃げ行く男に照準を合わせる。

 

二本のナイフが時間差で青白く光る。

 

投擲用ソードスキル 『ダブルシュート』

 

システムアシストに沿って、俺は右から左と順に腕を振った。放たれたナイフは少し弧を描きながら逃げ行く男に向かっていく。

 

刹那男は小刻みにステップを踏み二本のナイフを躱す。ナイフはそれぞれ地面に突き刺さり、男は振り返ることなく、その姿は森に紛れて消えた。

 

どっと場の緊張感が解けると茂みからリズが顔を出した。

 

「ねぇ、これって」

 

「あぁ」

 

リズの問いに俺は不発に終わったナイフを拾いながら言葉短く答えるる。確実に相手はリズを狙っていた。俺が一瞬の殺気を察知していなければ、りずはPKされていたかもしれない。

 

俺はふと地面に落ちている紙を拾った。その文字列に目を進め、一気に不快感に苛まれる。

 

チョウシハドウダイ?ゲンキカイ?

ソロソロコタエヲキカセテモライタイ

ワレワレトイッショニクルミチヲエラブカ

モシクハワレワレニコロサレルミチヲエラブカ

ドチラヲエラブカハキミシダイダ

ヨイカイトウヲマッテイル

 

Le retour de l'ange déchu(堕天使の帰還)

 

『調子はどうだい?元気かい?そろそろ聞かせてもらいたい。我々と一緒にくる道を選ぶか、我々に殺される道を選ぶか、どちらを選ぶかは君次第、良い回答を待っている。 Le retour de l'ange déchu(堕天使の帰還)

 

リズが茂みが出ようとしている。俺は咄嗟にポケットに手紙を直した。

 

やつらはなぜ彼女を狙うんだ?

 

その答えは誰も教えてくれる事はなかった。

 

 

第11話『堕天使来襲』 完

 

 



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第12話『隠された秘密』

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アインクラッド42層 サバナの町

 

街についたのは太陽がちょうど西に傾き始めた頃であった。入口から真っ直ぐに道を進み商店街に入る。リズは緊張した面持ちで隣を歩いている。

 

「そんな緊張するなよ」

 

リズは強張った顔を俺に向け頷く。その様子が妙におかしく見て思わず笑い声が出てしまう。刹那リズの鉄拳が鳩尾に飛んできたのは言うまでもない。

 

「あたし、ヘルブレッタさんは何かを知っていると思う」

 

リズの言葉に俺は逡巡し、そして頷く。今まで疑問に思ったことはなかった。ヘルブレッタさんからは俺たちはSAOが始まった時からの関係でとある事故で俺が昏睡状態になった。それであの日目覚めたと聞かされていた。

 

だが、違う。俺にはれっきとした黄昏の茶会という居場所があった。タケルやユキマサ、そしてユリ…

 

唯一無二の仲間とギルドを組んでいた。その事を思い出したからにはヘルブレッタさんの事はもう信用できない。彼は俺に真実を打ち明ける義務がある。

 

俺たちは商店街を抜けて居住区の広がるエリアに出る。とは言ってもここにプレーヤーはあまり住んでいない。何しろエリアの中でもとあるクエストの達成のためだけに立ちよる街だ。住むメリットなんてどこにもない。

 

そうこうしている間に目的の場所に到着した。

 

 

————————-

 

 

「こんにちわ?リズです。ヘルブレッタさんいらっしゃいますか?」

 

あたしは扉をトントンと叩くと中にいるだろうヘルブレッタさんに声をかけた。しかしいくら待っても返事がない。何度か扉を叩くもなしのつぶてだった。

 

後ろに控えるラズエルを見る。彼も首を傾げている。彼自身、ヘルブレッタさんは大抵この時間は家にいるとの事だった。早朝から山へ資源採取に行き、昼間は家て調合の研究と店番、夕方には薬の歩き売りに出るが夜には帰ってくる。

 

それが彼の行動パターンらしい。

 

あたしは徐に扉のノブに手をかけて回してみた。ガチャリという音を鳴らして扉が開く。すると背後からラズエルがドアノブを掴みゆっくりと扉を開けていく。

 

そしてあたしとラズエルは家の中へと足を踏み入れた。

 

「珍しい。ヘルブレッタさんがこの時間に家を空けるなんて。しかも鍵もかけずに」

 

一階の道具屋兼薬屋のカウンターに腰かけ、ラズエルが呟く。二階も一通り見て回ったが人のいる気配はなかった。

 

「あたしちょっと奥見てみる」

 

あと一つだけまだ見てない部屋がある。それはこのカウンターの奥にある部屋。ラズエル曰くヘルブレッタさんの研究室らしい。

 

「おい。勝手に入ったら怒られるで」

 

ラズエルの指摘にもリズは舌を出して応戦する。

 

「だって後はこの部屋だけでしょ?それに何か手がかりがあるかもしれない」

 

あたしはラズエルの制止を振り切り奥の部屋のドアノブに手をかけた。ヒヤリとした感覚が嫌な予感を覚えさせる。だが、私はドアノブを回し扉を開き、中に入った。

 

 

—————————-

 

 

あれだけ言ったのに本当に入りやがった。前にあの部屋に入ろうとした時、普段は温厚無口なヘルブレッタさんが声を荒げて怒り狂ったのを思い出す。

 

それからあの部屋には近づかないようしていたが、よくよく考えるとあそこまで取り乱すのは確かに怪しい。

 

ここには二度と戻ってくる事はないだろうし、まぁ確かに後はここしか手がかりがないのは確かだ。

 

俺は椅子から立ち上がるとリズの後を追った。

 

「なんかあった?」

 

俺が部屋に入った時、リズは何か分厚い本ようなものを読んでいた。

 

「あ、ラズエル、ちょっとこれ…」

 

リズが神妙な面持ちでこちらを見る。その様子だと何か手がかりがあったのだろう。俺はリズの近くにより、彼女が見ている本を覗き込んだ。

 

がしかしその時、店の扉が開く音がした。

思わず目を合わせる俺とリズ。

 

「早く本を元に戻せ!」

 

俺はそう言いつつ辺りを見回す。そしてヘルブレッタがよく薬草を入れている人が1人入れそうな箱を開ける。

 

中にはなにも入ってない。

 

「リズこっち」

 

俺はリズを手招きすると中に入るように促す。最初は嫌がった彼女だが、状況が状況だけに渋々従って中に入る。

 

これでひとまずリズは大丈夫だ。

 

俺は他に隠れる場所がないかを探す。だが、刹那この部屋のドアノブがガチャリと音を立てるのが聞こえる。

 

思わず俺は息を飲んだ。

 

 

—————————

 

 

く、苦しい…

 

人ひとりなら充分に入れるだろう箱の中であたしは圧迫感を感じている。それは紛れもなくこの度のパートナーのせいである。一度閉じれた蓋が開き、ラズエルが無理矢理体をねじ込んで来たのだ。

 

間一髪のところで彼はヘルブレッタさんに見つからずに済んだ。彼が箱に入り、蓋を閉めた時、扉が開く音が聞こえた。

 

「ちょっと引っ付きすぎ。ハラスメント警告が出るわよ」

 

あたしはこの圧迫感の主であるラズエルに悪態をつく。確かにこの密着状態ではハラスメント警告が出ないことが不思議だ。

 

「牢獄送りだけは勘弁」

 

ラズエルの返答にそんな事するわけないでしょと心の中で呟く。ここまで男性と密着する事なんてこの世界にいればほとんどない。あたしは心臓の鼓動が早くなるを感じ、ラズエルにそれが伝わらないかだけが心配だった。

 

「それで何の用だ?」

 

その時、あたし達がここにはいる事を知らないヘルブレッタさんの声が聞こえる。するとラズエルの身体が少しだけ動いた。あたしはその刹那、更に体温が上がるのを感じる。

 

「1人じゃない?」

 

ラズエルの言葉に私も意識を外に集中してみる。確かにヘルブレッタさん以外にも誰かがいるようである。しかしすぐにあたしの集中力は瓦解する。そして私はその諸悪の根源を力一杯つねった。

 

そう。彼がゴソゴソと動いた時から彼の肘があたしの胸に当たっているのだ。ラズエルは一瞬息を飲むとその状況に気がついたようですぐに態勢を変えた。

 

 

————————-

 

 

完全なる不可抗力だった。

 

まさかリズの胸に肘が当たっていたなんて気がつかなかった。体温がかっと暑くなり、俺は外の意識に集中する。今までリズを女の子として意識をした事はなかったが、流石にこの状況はやばい。

 

「黙ってないでなんとか言え」

 

刹那、ヘルブレッタさんの声で俺は正気を取り戻した。正直助かったと胸を撫で下ろす。

 

「オマエイバショシッテイル」

 

その声を聞いた時、俺の中で雷が走った。この気味の悪い声、忘れる訳がない。あの展望台で俺に神経毒を見舞ったフードコートの野郎。

 

「あいつが勝手に出て行ってからは何も知らない。興味もない」

 

ヘルブレッタさんのその言葉に俺は違和感を持った。この2人初対面とはどうも思えない。

 

「アイツハオレタチニヒツヨウナオトコダ。ソレハワカッテイルダロウ。イバショヲシッテイルナラハイテモラオウ」

 

男の声に俺は更に困惑する。

こいつは俺のなにを知っているんだろう。正直分からない。皆目見当がつかない。

 

「知らないと言ったら知らない。それにお前は何か勘違いしてないか?俺とあいつはそんな関係じゃない。事実を言おうか?あいつは勝手に出て行った。だから俺はもう何も知らない。分かったら帰ってくれ」

 

ヘルブレッタさんがそう言うとガサゴソと争い合う音が聞こえた。俺はそのまま飛び出したい衝動を抑える。

 

「フン、ムヤミニオマエトアラソウキハナイ。ダガ、サクセンハワカッテイルナ?ワレワレノ メザストトコロハ、アノカタノイシヲツグコト」

 

あの方の意思?

 

「分かってるよ。バルバト。俺もそれには賛成だ。だから今まで協力してきた」

 

衝撃的だった。やはりヘルブレッタさんとこいつらは繋がっていたのか。

 

「ナラ、ワカッテイルダロウ。オレタチニハ、アノオトコガヒツヨウダ。ヨイヘンジヲキタイシテイル」

 

バルバトとヘルブレッタさんが呼んだ男がそう言うと気配が消えた。転移結晶でも使ったのだろうか?1人残されたヘルブレッタさんに色々聞きたかったが、今顔を出す事は何の何よりもまずい。

 

「あーくそう!!」

 

ヘルブレッタさんはそう叫ぶとガシャンと何かが割れる音、ポリゴンが四散する音が聞こえる。おそらく机の上に置いてあった花瓶だろう。

 

ヘルブレッタさんはそのまま部屋を後にする。そして玄関のドアが開かれ閉じる音がした。

 

俺はリズの方を見る。リズは少し紅潮した顔に困惑の色を浮かべている。表情が忙しいやつだと正直思う。俺は少しだけ蓋を持ち上げると部屋の中の様子を見た。外も含めてだれの気配も感じない。

 

「よし、出よう」

 

俺はそうリズに告げると蓋を開けて外に飛び出す。

 

「ほんっと男ってデリカシーもないんだから」

 

続けて出てきたリズのその言葉に俺は首をかしげる。その様子がリズの神経を逆撫でさせたのかプイッと横を向いてしまった。

 

「と、とりあえず長居は無用やな。一旦出よう」

 

俺は神がかり的な不機嫌さ、身体いっぱいに表現しているリズに恐る恐るそう告げた。

 

 

—第11話『隠された秘密』 完

 



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第13話『再会は光か闇か』

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「なぁ、そういやリズさっきの本どれ?」

 

ヘルブレッタさんが戻ってこないうちにここから出ようと思ったが、先程リズが見ていた本の内容が気になって聞いてみた、

リズは体をビクッと反応させ苦笑いを浮かべる。

 

「へ?んーっと、それがさどこに片付けたか分かんなくなっちゃったんだよね…ごめん」

 

リズは頭を掻きながらそう言い、部屋から出て行こうとする。明らかに様子がおかしい。彼女は嘘をついていると直感で察した。

 

「内容は?」

 

続けざまに聞いた俺の質問にゆっくりと振り返る。

 

「いや、別に大した内容じゃなかったし、ラ、ラズエルの過去に関わるような話はなかったよ。それよりここを早く出よう」

 

そう言うとリズは踵を返し、そそくさと姿を消した。

嘘を付くのが下手くそ過ぎる。何かあったと考えるのが妥当か。

 

俺はさっきリズが本を戻しただろう本棚を眺める。

だが、どれが正解なのか本当にわからなかった。諦めたように俺は視線を脇のテーブルに移した。ふとその時無造作に置かれたあるものに俺は気がつく。

 

「こ、これは…」

 

それを手に取ると全身から血の気が引いていく感覚に襲われる。生地はボロボロになってはいるが、漆黒のフードコートを徐に持ち上げる。あの気味の悪い声が頭の中に過ぎった。

 

早くヘルブレッタさんを探さないと。俺は嫌な予感を感じ、足早に外に出た。

 

「おい、リズ待ってや」

 

俺が家の外に出るとリズは既に先の方を歩いていた。慌ててその後ろ姿を追いかける。やはりあの本の話をしてから様子がおかしい。

 

「おい、リズ!」

 

俺は彼女に追いつくと彼女の肩を掴んだ。

 

「もう何よ?しつこい男は嫌いだし、そんなに気になるなら自分で探してくればいいじゃない?あたしは酒場で待ってるから」

 

リズはいたって不機嫌…に振舞っている。だが、これ以上何を言っても教えてくれそうにはないとも直感した。

 

「はぁ、分かったよ。そんなに言えない内容たやった?」

 

「まぁねー」

 

リズの人を食ったような相槌にいつもの彼女が戻ってきた気がする、

俺のただの気のせいなんやろうか。

 

「それよりヘルブレッタさんを探そう。まだそんなに遠くには行ってないはずでしょ?」

 

リズはそう俺に提案してきた。もちろんその提案を飲まない訳がない。

 

「まずは町の入口付近の道具屋に行ってみよう」

 

確かに今はリズが何を隠してるかよりもヘルブレッタさんを探す方が先決や。それに俺だってさっき見た漆黒のフードコートの事を彼女に伝えれずにいる。ある意味お互い様だ。

 

そんな事を考えながら、俺はまず町の入口に向かって歩き始めた。

 

———————————

 

 

あたし達は町の入口付近の道具屋にいた。

正直さっきは迷った。正直に話をした方がいいのか。時が来るまで待つべきか…。正直何が正解かは分からない。でもあたしは直感的に今は言わない事を選んだ。

 

「ヘルブレッタ?見てないなー。大概ここを通るプレイヤーには気をかけているし、ヘルブレッタのやつは目立つからな。通ったら分かるはずさ」

 

好々爺のような道具屋主人の言葉にラズエルは少し考え込む素振りを見せる。彼が見ていないという事はここは通っていない。つまりはまだ町のどこかにいるということになる。

 

「ありがとうございました」

 

ラズエルはそう頭を下げると道具屋を後にする。私もそれに従った。

 

「町から出ていないという事は多分あそこだろうな」

 

あたしはラズエルの考えに同意した。そして次の目的地に足を向ける。ラズエルは今はヘルブレッタさんの居場所を探すことに集中している。さっきの本の事は頭の隅に置いてくれているらしい。

 

その事に少しの罪悪感と安堵を感じる。

 

あたし達は元来た道を戻ると酒場の角を曲がり町のはずれに向かう。そうあの展望台にむかっているのだ。そこにヘルブレッタさんがいるかもしれないとラズエルは言う。

 

あたしにも直感的にそうだろうと言う予感があった。予知を気取るつもりはないけど、多分彼はそこであたしたちを待っている。

 

そんな気がした。

 

でも…あたしには正直ヘルブレッタさんと対峙した時に平静を保てるか自信がなかった。

 

—————————-

 

やはりリズの様子がさっきからおかしい。

 

その理由はおそらくあの本の内容とさっきのヘルブレッタさん達の会話という事は安易に想像できる。でもそれが彼女とどう繋がっているかなんて分からない。正直彼女の様子が心配だ。

 

しかし、俺には彼女にかける言葉を見つけられない。

 

俺たちは無言のまま展望台にたどり着く。俺たちの心情をよそに展望台では何やらイベントをやっているようだった。閑散はしているが、テキ屋が並び、この町には珍しく幾人かのプレーヤーの姿も見て取れる。

 

「え?」

 

俺はその時目を疑った。ここにいるはずのない男の姿が的当ての出店の裏側に見えたのだ。髪は短髪になっていたがあの顔を俺が忘れるはずはない。

 

その時、1組のパーティが前を立ち止まる俺の前を通っていく。一瞬だが視界が遮られた。彼らが通り過ぎた後、そこには男の姿はなくなっていた。

 

一陣の風が頬を打つ感覚に襲われる。いつもなら心地良いこの風も、不快感しか運んで来ない。

 

「笑っていた」

 

俺の呟きにリズが「え?」っと反応する。俺は「あ、いや」と答えると足を前に進める。テキ屋街を抜け、町全体が見渡せる場所へと出た。

 

男は笑っていた…。

そう俺をあざ笑うかのように…

その笑顔の中に感じた感情はまさに…

 

憎悪

 

 

———————————

 

さっきの言葉はなんだったんだろう。ラズエルは急に立ち止まるとどこか一点を見つめる。あたしもその方角を見るが、出店テントに遮られ、何がそこにあるのか分からなかった。

 

「笑ってた」

 

1組のパーティが目の前を通り過ぎた後、ラズエルがそう呟く。突然のことで、あたしは「え?」っと反応してしまったが、彼は何も言う事なく足を前に進める。

 

そしてテキ屋街を抜けると視界が急に開けた。季節設定上、冬が始まる時期ではあるが心地良いそよ風が頬を叩いた。

 

「ヘルブレッタさん」

 

ラズエルが展望台から町を見下ろしている白髪中肉大柄の中年の男性、あたしたちの探し人であるヘルブレッタさんに話しかける。

 

「そろそろ来る頃だろうとは思っていたよ」

 

顔だけをこちらに向けたヘルブレッタさんはそう言葉を返すとあたし達に向き直る。あたしは少しラズエルの少し斜め後ろ、その体に隠れるように身構えていた。

 

「今日はあなたに聞きたいことがあって来ました。俺の本当の事を教えてください。俺は思い出したんです。SAOが始まったとき、俺は高校時代の仲間とギルドを組んでいた。あなたと一緒におったなんて事実はないんです。あの事件のあと、俺は一体何をしていたんですか?そしてなんで記憶がなくなっていたんですか?」

 

俺の問いにヘルブレッタさんは小さくため息を吐く。そして展望台から外に視線を向ける。

 

「そうか。思い出してしまったか。やはりこの世界は不完全な事が多過ぎる。そして寄り道をしたとしてもすぐに修正が入ってしまう。まぁ、今回はそれなりの時間が経ったようにも思うが」

 

あたしはヘルブレッタさんが何を言っているのか理解出来なかった。それはラズエルも同じだったようで難しい顔をしてヘルブレッタさんを見ている。

 

「それに君はさっきの私達の会話を聞いていたのだろう?だからここに来た。違うか?」

 

続けられた言葉にあたしは飛び上がるような想いだった。やはり気付かれていた?ラズエルとあたしがあの部屋にいた事。嫌な汗が顳顬から頬を伝う。

 

「なるほどな。むしろ俺らのことを知っていて奴の存在を知らしめるため、あの部屋に連れてきたのか?」

 

ラズエルは冷静にそう答える。するとヘルブレッタさんは満足したように頷き、「まぁ、彼は気付いていなかったと思うが」と笑った、

 

 

「どういうつもりですか?あなたは何者ですか?」

 

思わずあたしはそう口走っていた。その質問にヘルブレッタさんは笑みを浮かべたまま、視線を周囲に巡らす。あたしの声に何人かのプレイヤーがあたし達を見ていた。

 

「ここでは話辛いな。場所を変えよう」

 

そう言ったヘルブレッタさんから笑みが一瞬消えたのをあたしは見逃さなかった。

 

 

——————————-

 

 

「本当に行くの?」

 

あたしはヘルブレッタさんの後に付いて行こうとするラズエルにそう尋ねる。彼は真剣な眼差しをあたしに向けると首を縦に振った。

あたし達は既にサバナの町を出て街道を外れ、町の外周を歩くような形で歩を進めている。

 

「もう手がかりはあの人しかおらへん。危険かもしれへん、でも俺はやっぱ確かめたい」

 

「でもやっぱ怪しいよ。だってあの人は元…」

 

そこまで言いかけたとき、ヘルブレッタさんが足を止めた。刹那、あたしとラズエルは身構える。

 

「すまない。2人とも」

 

ヘルブレッタさんはそう呟くと背後から人の気配がした。咄嗟にあたし達は左右に飛ぶ。そこに現れたのは黒ずくめのフードコートの男。しかも1人ではない。1.2.3.4…5人もいる。

 

「どういうつもりや!ヘルブレッタ!」

 

ラズエルがそう叫ぶと弓を手に展開する。

 

「すまない。だが、こうするしかなかったんだ。そこの女、俺の部屋の本を見たのだろう。中には何が書いてあった?」

 

急に話を振られ、あたしの脈げ早くなるのを感じる。体が極度の緊張状態になる。

 

あたしが何も答えないでいるとヘルブレッタさん、いやヘルブレッタの瞳が急に鋭くなった。その時ヘルブレッタさんの背後からもう1人黒いフードコートの男が現れる。これで敵は全部で6人…

 

「ヨクヤリマシタネ、ヘルブレッタ。アナタノオカゲデ、カレヲタブラカシタオンナヲシマツデキマス」

 

ヘルブレッタの背後から現れた気味の悪い声に一同の視線があたしに集まるのを感じた。

 

「あの女は例の件を知っている可能性はある、たが、ラズエルはおそらく知らない」

 

ヘルブレッタの言葉に黒フードの男の瞳が光ったように感じた。

 

「ヨシ、ヤレ」

 

黒のフードコートの男の一言で一斉に他の奴らがあたしに向かってくる。「やめろ!」っとラズエルが叫ぶ。

 

「いやああああ」

 

その異様な光景にあたしは悲鳴をあげる。しかし刹那、少し離れた場所で眩い光が弾けた。

 

 

 

第13話『再会は光か闇か』 完



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第14話『偽りの地獄』

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今俺の体は青白く発光している。もちろん死にゆく訳じゃない。

 

エクストラスキル『銀射手』

 

俺は必死だった。流石に今まで対人戦闘の経験はない。正直言って人に対して攻撃するのは憚られる。しかし、こんなところでリズを殺させない。俺の前でもう誰も死なせない。

 

俺は5本の矢を手に取ると指の間に挟む。そして弦にかけるとリズに迫る男達に鏃を向ける。まだ練習中で精度は高くないが、ある程度のスキルアシストがある故、手元のブレはいくらか補正してくれるはずだ。

 

俺は続けざまに5本の矢を放った。

 

オリジナル弓スキル 『フゥフス・アロー』

 

エクストラスキル『銀射手』のスキルアシストのもと、5本連続で精度よく射撃をする五連撃に近いオリジナル技。もちろんスキルエフェクトも入らないただの射撃なのだが、攻撃判定のスタンもなく、極めて扱いやすい技である。

 

俺の指から次々と放たれた矢は風を切り、それぞれがリズに襲いかかろうとしていた男達の足首、太腿、膝裏に突き刺さる。一瞬にして男たちはその場に倒れた。

 

「リズこっちに来い」

 

片手棍を構えたリズはその言葉に我に帰り、俺が作りたしたその間隙を縫い、俺の隣まで走ってくる。俺は彼女を庇うように弓を構え、5本の矢を手に取り弓に番える。その鏃を更に立ち上がろうとする男たちに向けた。

 

「動いたら、次は頭を撃ち抜く」

 

その言葉に男達の動きが止まる。だが、男達は再び足を引きずりながらこちらに向かってくる。先程の芸当を見たのにこの動き…

 

「お前ら死にたいのか?」

 

そして先程と同様に五連射を放つ。放たれた矢は先程突き刺さった足とは逆ね足に突き刺さる。ダメージエフェクトが発生し、次々と地に倒れる男達だが地面をずりながらこちらに向かってくる。

 

その姿はまるでゾンビ…

 

「ちぃ」

 

俺は舌打ちをするとどこかゾンビだらけになった世界で生存をかけて戦う海外ドラマの主人公になったような錯覚に陥る。俺は更に10本の矢を放つ。その矢は男たちの両手の甲から地面へと串刺しにしていく。

 

そうしてようやく男達は動きを止めた。

 

刹那、ヘルブレッタさんの背後にいる男からパチパチパチと拍手が聞こえてきた。

 

「サスガ、サスガ。キミノワザハ、ホントウニアノトキカラ、オトロエテナイネ」

 

そう言うと男も懐から何かを取り出した。そこにあったのは小型の弓のような武器。所謂、ボウガンと呼ばれるものであった。

 

「お前、何を?」

 

俺の問いに答える事なく、男はボウガンに矢を番える。そしてシュッと言う風切り音の後にリズを襲った男の1人のコメカミに矢が突き立った。

 

一瞬の静寂。そして1人の男のポリゴンが揺れ、四散した。

 

リズは口元に手を当て震えている。あまりにも刻一刻と変わる状況に声も出ない様子である。俺も今の状況の変化についていけないでいた。そしてもう一度男を見る。こんな芸当ができるのは俺のように弓の心得があればだ。

 

男は次に5本、その手に矢を取った。

 

俺ほどのスピードはないが、次々に矢を放ち、地に這いつくばっていた男たちは次々と眉間に矢を打ち込まれその場から消え失せた。

 

そして5本目の矢がこちらに向けられる。シュッっていう鋭い風切り音の後、高速の矢がこちらに飛んでくると俺とリズの右側ん掠め、背後の木に突き立った。

 

「お前!!」

 

俺は許せなかった。人の命をまるでゲームのように亡き者する、且つ自分の配下の人間の命を弄ぶその所業に。俺は怒りに任せて弓を構え、矢を番えると力一杯に弦を引いた。

 

だが、その刹那俺の右目の視界が宙に煌めく何かを捉える。黒フードの連中に気を取られて、完全に失念していた。それは宙に振り上げられた剣である。

 

俺が気がついた時、まさにヘルブレッタが、右から斬り込んでくるところであった。俺ははリズを庇うように左へ体を避ける。次の瞬間ヘルブレッタの剣は空を切り、地面を叩く。

 

「俺と戦う振りをしてその隙に女を逃せ」

 

ヘルブレッタの言葉に俺は耳を疑った。こいつはあっち側の人間じゃないのかと自問自答する。俺は弓を捨てると腰からロングナイフを取り出し、ヘルブレッタの斬りあげを上から抑え込む形で受け止める。

 

「どういうことや?」

 

俺はヘルブレッタの間合いに入り体を近づけてそう尋ねる。するとヘルブレッタが体を反転させ、横薙ぎ気味に斬り払う。それを今度はロングナイフの腹で受け止めた。

 

「俺はあの女を死なそうとは思わない。しかし真実を話すのにあの女は邪魔だ。それにバルバトは彼女を殺そうとしている。」

 

ヘルブレッタは俺を押し込むように力を込めてくる。俺はその力に耐えきれず、態勢を我慢できずに背後へと飛んだ。そこを追い込むようにヘルブレッタが突っ込んでくる。彼の袈裟斬りを咄嗟にロングナイフで弾くと俺は体当たりをした。

 

「でもどうやって」

 

「転移結晶を投げて当てればいい」

 

その返答に俺は合点がいった。武器が当たればダメージを食らう。ポーションが当たれば体力が回復する。この原理の応用ということか、

 

確かにこの黒フードの狙いはリズである。彼女さえ居なくなればこいつらは引くかもしれない。

 

「分かった」

 

俺はヘルブレッタの体を押し返すと共に再び背後に飛んだ。そこにヘルブレッタはすぐに追い込んでこない。その一瞬の間隙に俺はアイテムリストから転移結晶を取り出し、発動させた。

 

刹那、俺の体が青白い光に包まれた。転移結晶は砕け散り既に投げられる状態ではない。

 

「ヘルブレッタ!!」

 

やられた…完全に騙された。

 

なんでこんな簡単な嘘を見抜けんかったのか情けない…

 

ふとリズを見る。彼女は驚いたように口に手をやっている。俺だけ逃げるとおもわれたのだろうか。だが、俺はまだ残っている可能性にかけた。

 

「リズ、早くこっちへ」

 

まだ全身への展開が始まったところやからまだ間に合う。

 

俺はリズの名を呼んだ。そして彼女も気づいたのか俺に向かって走り出す。俺は眼前のヘルブレッタをナイフを投げて牽制すると思い切り手を伸ばした。リズも俺に飛び込んでくる勢いで手を伸ばす。

 

「痛っ」

 

手をつなげば、リズの手さえ取っていれば俺は彼女を救えたかもしれない。しかし俺の手が痛みに少しだけ揺らいだ。リズの手が空を切る。その時無情にも転移が始まる。

 

俺は俺の肩に矢を突き立てた男を見た。と同時に衝撃が走る。

 

「ユキ……マサ?」

 

俺はそこに立っていた黒フードを脱ぎ捨てた男の顔を最後に視界が闇に閉ざされた。

 

そこにはあざ笑うかのような笑みど底知れぬ憎悪を俺に向ける先程展望台で見かけた短髪黒髪の男がいた。

 

 

 

——————————-

 

気がついた時、俺は42層の始まりの街、ハーバルトの転移門にいた。

一瞬状況が掴めず、そして刹那今の自分の置かれている状況を思い出す。

 

「リズ!!」

 

俺は走りながら、念のため、フレンドリストを確認する。

 

「あった」

 

リズの名前はまだあった。つまりは死んでないという事になる。俺は最大まで上げた敏捷性をフル活用し、街を抜け、草原を抜け、森を抜けた。こんなところで彼女を失うわけにはいかへん。

 

キリトやエギルに顔向けできん。

それにまだ俺にはあいつが必要や。

 

俺はサバナの町の入口を左に曲がると更にかけた。さすがに走りすぎたか呼吸が厳しくなってくる。だが、足は止められない。

 

そして目に地面に突き刺さる5本の矢を見つける。

 

だが、そこには誰もいなかった。

 

「リズ…」

 

俺は再度フレンドリストを確認する。まだ彼女の名前がある。という事はまだどこかにいる事になる。

 

だが、次の瞬間、彼女の名前がリストから消えた…

 

次の瞬間、声にならない声を上げた俺の雄叫びがこの辺り一帯に響き渡った。

 

 

第14話『偽りの地獄』 完



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第15話『狂い出す歯車』

何か大切なものを失った時、人は狂ったように叫ぶか、もしくは虚無の世界陥ってしまうか、そのどちらかが大半の反応である。

 

今回、大切な友人?相棒?を失った男のそれはまさに前者であった。

 

…リズがフレンドリストから消えた…

 

これが意味するもの。それは彼女が俺をフレンド登録から外した?もしくは何らかの理由、バグが原因?…あとは彼女自身がこの世界から居なくなった…つまりは死んでしまった…

 

そこまで考えた時、俺は再び叫び出しそうになるのを必死に堪えた。考えるだけで辛い。辺りは静寂に包まれ、木々のせせらぎだけが聞こえる。

 

俺は傍に投げ捨てられていた弓を手に取った。さっきヘルブレッタと交戦した際に投げ捨てと弓だ。俺はおもむろに弓を構えて矢を番える。そして大きく息を吸うと右手で持った弦を力一杯引いた。

 

刹那、俺の体は青白く発光する。

 

エクストラスキル『銀射手』

 

俺は鏃を頭上に向けると右手を離した。

 

勢いよく飛び出した矢は真っ直ぐに重力に逆らいながら天へ登っていく。空気の波を巻き起こしながら昇りゆくその様はまさに龍が如くという言葉がぴったりである。ちょうど位置エネルギーが最大なる高さで矢は急速に落ち始める。今度は重力に従って…

 

自然と鏃が下に向き、俺の立つ場所へと落ちてくる。まっすぐ真上に矢を打ち上げたのだから当たり前や。

 

矢はどんどん加速度を増していく。銀射手まで使った一矢や。ここまで到達する頃にはかなりの威力になっているだろう。多分命中すればひとたまりもない。

 

俺はじっとその場に立ち目を閉じた。自分の運を試しているわけやない。ただこれはリズに対する俺からの贖罪みたいなもんや。

 

すると矢は俺の顔から数ミリの所をすり抜け地面に突き刺さった。矢の羽の部分までもが地面に埋め込まれ、少しだけ地面が割れる。俺はしゃがみこみ、そこにできた穴をじっと見つめるとため息を吐いた。

 

「これは当たった方が楽やったかも知れん」

 

俺はそういうとユラユラと立ち上がった。そして再度天を見上げる。

 

矢は俺に当たらなかった。

つまりは天は俺を生かした。

 

そういうことになる。

 

「リズを探せということか」

 

俺はそう呟くと周囲に痕跡を探した。別に運試しをした訳ではない。リズが俺を許さないなら俺は今ので死んでいたやろう。この世界において生きることには何らかの意味があるはずや。

 

その時茂みの中に何かを引き摺ったような跡がある。大きさ的にリズの体に近い。

 

俺はその跡を辿り、歩き始めた。

 

 

———————————

 

しばらく歩くと岩山にぶち当たり、そのあとはそこで消えていた。俺はその岩山を舐めるように見ながら周囲を歩きはじめる。途上、モンスターが何匹か現れたが、ロングナイフで対抗し、瞬殺する。

 

「ここは…」

 

10分ほど歩いただろうか。そこに人1人分くらい通れるだろう空洞を見つける。俺は一瞬背筋が凍るような感覚に襲われる。自然と一歩一歩、その空洞へ足を向けていた。

 

暗闇が穂を進めるのを阻む。少しひんやりとした空気が、心の冷静さを削いでいく。時間にして2分もかかっていないだろうが、俺にはもう1時間以上も歩いているように感じられた。

 

しばらく歩くと急に左右からくる岩壁の圧迫感がなくなり、視界が開ける。六畳ほどの小さなスペースが眼前に広がった。その中央には石でできたテーブルのようなモノが置かれている。その表面は5センチ刻みくらいの碁盤の目に区切られており、パソコンのコンソールを彷彿とさせた。

 

「なんやこれは?」

 

俺は恐る恐るその石のコンソールに触れてみる。そして慌てて周囲を見回した。どうやらトラップやクエストの類ではないらしい。そして俺のステータスウィンドウにも変化があることに気づいた。

 

ここは非戦闘エリア…

つまりは圏内と同じ扱いである。

 

ここはなんなんや。

 

率直に湧き上がる疑問と猜疑心、そして興味で再度唯一の手がかりである石のコンソールに手を触れる。

 

「痛っ…なんや…この痛み…」

 

刹那、身体に…嫌、脳に電気が走るのを感じる。かなりの激痛に頭を抱える。俺は立っている事さえできず、足を折ると石のコンソールに寄りかかる。

 

「うぅぅぅ…」

 

力が全く入らへん…どうなってるんや…

 

俺は頭を抱えながらその場に倒れ、そして意識を失った。

 

 

——————————

 

 

「んっ、、、、くっ…」

 

ここはどこだ?

 

俺は確かリズを探してサバナの町のはずれの洞窟にいたはずなのに、今周囲は真っ暗な空間、そして感じるのは無…。

 

まさか、俺は死んだんか?まさかのそういう即死トラップとか?だが、圏内でそんなもんが発動したなんて聞いたこともない。

 

そんな事を考えていた刹那、目の前の視界がパッと明るくなる。それは暗闇の中に特大のスクリーンが現れた良いに見え、そして何やら動画が映し出された。

 

目が慣れるのに時間がかかった俺だが、目の焦点が次第に合ってくる。その動画の内容を見て俺は口元を抑えた。

 

「ユリ!!」

 

眼前に映し出されたのはあの時のユリの笑顔。脳裏に焼き付いて離れないあの言葉、そして最後の笑顔。

 

すると途端に画面が反転し、暗転する。誰かの息づかいと咆哮だけが鳴り響く。そして俺は気がついた。それはあの時の俺自身の声、そしてこれは俺の記憶…つまりは何らかの形でSAOサーバーに蓄積されていた俺の記憶の断片…

 

『大丈夫かい?』

 

次の場面では画面の中の俺は既にダンジョンの入口に移動していた。恐らく誰も降りてこない事に絶望し、転移結晶を使った後だろう。そんな俺は誰かに話しかけられている。画面の焦点がその男の方に向く。

 

「ヘルブレッタ」

 

俺は画面に映った男の顔を見て叫んだ。この時の記憶は当然ない。俺が何かボソボソとつぶやいている。だが、聞き取れない。

 

『そうか。トラップダンジョンか。とりあえずここにいたらモンスターに襲われてしまう。街へ戻ろう』

 

ヘルブレッタにそう言われ、俺の視界が急に高くなる。恐らく立ち上がったのだろう。俺は画面上のヘルブレッタの背中をじっと見つめる。

 

また場面が変わった。場所はさっきまでいた洞窟の中のようだ。

 

『君がまだ今の状況を受け入れられないなら、その記憶自体を消してしまうのが良いと思う。私はそのあたりを専門に研究していてね。実験台になってもらうよ』

 

そう言ったヘルブレッタが同じように石畳を指を這わし始める。次の瞬間、俺の視界を映す画面は先ほどのように暗転した。

 

 

————————

 

 

「これは…俺の知らない記憶…」

 

既に俺の頭は混乱の極みでしかない。ヘルブレッタは一体何者だったんだ?こいつが俺の記憶を操作した?

 

今のこの状況からしてそう考えるのが妥当だろう。全ての発端はこの男からだったと考えれば色々と合点がいく。そしてここはおそらく何らかの閉鎖空間に意識だけ飛ばされ、俺の体は多分まだあの洞窟にあると考えるのが妥当だろう。こんなVRMMOの世界に閉じ込められ、非日常極まりないデスゲームに巻き込まれた今では何が起こってももう驚かない。

 

そしてあの男はそういう事を可能にする人種、つまりはそういう立場の人間、それはは茅場晶彦側の人間…

 

そこまで考えた時、またもや暗闇の中に動画が流れ始める。ふと俺は気になる本当に人の記憶のデーターベース化なんて可能なんやろうかと。

 

動画に映し出されたのは何やらただ広い空間に集められた多数の人。

その中に俺もいるという事になる。

 

動画の視点が左右に動く、そこにいる人間は皆、腕や足に何やら同じ紋様のタトゥーをしている。それを見て戦慄を覚える。

 

西洋風の棺桶に似た図柄、

蓋にはニタニタと笑う不気味な顔、

蓋は少しだけ外れ、

内側から白い骸骨の腕が伸びている。

 

このエンブレムにはたしかに見覚えがある。そしてそれは決して開けてはならないパンドラの箱…

 

『イッツ、ショータイム』

 

そして、記憶の奥底に眠る言葉、そしてそれを指し示すかのように歓喜の声を上げている俺、周りのプレーヤー達。

 

俺の意思とは関係なく膨れ上がる高揚感。動画の奥から聞こえてくるおびただしい程の歓声…「コロセ、コロセ」と叫ぶプレーヤー達。

 

俺は確かにこの時、笑う棺桶ラフィンコフィンの集会にいたのだ。

 

刹那、眼前の映像がユラユラと揺れて消えた。

 

再び辺りは暗闇に包みこまれる。

そして再びあの頭痛に苛まれる。

 

「痛っ…俺は…なんで?」

 

刹那、俺の意識は遠く深い闇の彼方へと吹き飛ばされた。

 

 

第15話『狂い出す歯車』完



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第16話『真実の矛先』

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「くっ…」

 

地面の冷たい感覚。

その不快感極まりない感覚に俺は自分が現実に戻ってきた事を悟る。今のは夢だったのやろうか…

 

いや、あれは確かに俺の記憶やった。という事は俺は笑う棺桶(ラフィンコフィン)というギルドに参加していたという事なのか。おそらく黄昏の茶会の事件があった後から半年以上、笑う棺桶(ラフィンコフィン)が攻略組との抗争で壊滅するまでの間という事になる。

 

俺は立ち上がると洞窟の周囲を見渡す。俺が気を失う前と何ら変化はない。試しにもう一度トリップしないかと石のコンソールに手を触れてみたが、当然何も起こらなかった。

 

「とりあえずリンダースに戻るか」

 

ひとしきり考えを巡らせた後、俺はそう呟き、洞窟の外を目指した。突然吹き出した記憶に一瞬混乱したが、当初の目的を思い出し、一旦リズの鍛冶屋のあるリンダースに戻ろうと考える。

 

実際、この記憶も不確かなものである。ヘルブレッタが偽の記憶を植え付けようしたとも容易に考えられる。それだけ俺が笑う棺桶(ラフィンコフィン)にいたという記憶は不確かなもので実感も手触り感も全くなかった。

 

なのでまずはリズの捜索を優先する事にする。この洞窟にはリズの痕跡と言って良い痕跡はどこにもなかった。だが、死んでしまっていてはどこにも痕跡なんて残っているはずがない。彼女の所在を確かめるには原点に戻るのが一番だと俺は考え、一路リンダースを目指す事にした。

 

一抹の期待と不安を胸の中に感じながら…。

 

——————————

アインクラッド 第48層 リンダース

 

リンダースの街に入った時、既に日は西に傾き始め、夕暮れの来光が街を包み込んでいた。日本の秋を感じる程よい暖かさと風が心地よい。更にこの街と夕暮れの組み合わせには心を奪われる。

 

街の風景と夕暮れのコントラストは抜群のバランスだと思う。正直散歩をしたいと思う衝動を抑え、俺は水車の見える一軒家を目指した。

 

小さな川に架かった石橋を渡り、路地を曲がると水車が見えてくる。家の方を確認すると電気が点いているようであった。

 

刹那、心臓が口から出るんじゃないかと思うほどに心拍が上がるのを感じる。

 

まさかリズが…

 

俺は一抹の期待が確信に変わるのを感じながら、ドアの前に立つとノックを二回した。

 

「はーい」

 

すると家の中から聞き慣れた、むしろ俺が聞きたかった声が聞こえた。そして俺は言い様のない安堵感で膝から崩れ落ちる。

 

生きとった…。

腰が抜けるくらい心の中で安堵を繰り返す。本当に生きていて良かったと思う。

 

で、でも…そうすれば次の疑問が出てくる。

どうしてフレンドリストから名前が消えていたのか。その疑問を彼女に問いたださないといけない。

 

そんな事を考えていた時、目の前の扉が勢い良く開けられ、中からピンクのショートカットの髪を揺らしたエプロン姿の女性が出てくた。

 

「リズ…」

 

もう何十年ぶりかの再会のように感じ、俺はリズへの想いを再確認するとあふれる涙を止めることができなくなっていた。

 

「え?」

 

彼女は驚いた顔を俺に見せる。無理もないだろう。自分を見た大の男がへなへなと崩れ落ちて泣いているのだ…。

目を丸くして俺を見ているリズから俺は思わず目を逸らす。

 

「あ、こ、こんにちわ。初めてですか?もしよければ中で見ていってください。これでも自称リンダース1の鍛冶屋ですから」

 

そしておおよそ期待していたのと違うリズの言葉に俺は一瞬たが、固まる。彼女の目を見ると首を傾げながら俺を見ていた。

 

彼女に冗談を言っているような素振りはない。

 

まさか記憶が…?

そうであれば彼女がフレンドリストから俺を削除した理由も合点が行く。

 

すると何も答えない俺に業を煮やしたようにリズが再び口を開いた。

 

「もしかして冷やかしですか?なら、帰ってもらいます?あたしもこれでも忙しいので…」

 

「い、いやちょっと武器を見たくてね。いい鍛冶屋だと噂を聞いたので」

 

俺は慌てて立ち上がり、リズの視線を感じながら店の中へと足を踏み入れた。

 

——————————————

 

確かに一瞬懐かしい感じがした。それは遠い親戚に何十年ぶりかに出会った感覚。あたしは彼の名前も何も知らない。

 

「どんな武器をご所望ですか?」

 

あたしは一応客な怪しい男に営業スマイルを向ける。おそらく顔が引きつっていないと信じたい。

 

「弓と矢を見たいんだけど」

 

彼はそういうと店のカウンターに腰を下ろした。弓と矢…SAOではあまり馴染みのない武器である。そんなものを扱っているこの男はかなりの変わり者なんだろう。

 

「あいにく弓も矢もなくて、特注になります。だいたい今だと3日くらい時間を頂く事になります」

 

あたしは今抱えている案件を頭の中で整理して彼にそう伝えた。

 

「分かった。頼む」

 

彼はそういうとあたしの顔をまじまじと見てくる。あたしはその憂いを帯びた瞳に何故か胸が高まるのを感じた。

 

いや、どうしたあたし…あたしはキリト一筋なはず。

 

あたしはそう心の中で湧き上がる感情をかき消そうとする。だが、あたしの心はおかしい。自然と溢れる涙に気がついた時、あたしはもうまともに話ができる状態ではなかった。

 

「なんで……ぐすん…どうして涙が止まらないの…」

 

あたしの様子を見た彼は何も言わずに立ち上がる。

 

「なんかごめん。また明日改めてくるわ。今日はこの街の宿に泊まるから何かあったら連絡ください」

 

彼はそう言うと背を向け、出口に向かって歩く。

 

「待って…」

 

あたしは思わず声をかけようとして思い留まる。そこまで今の自分に言える権利はないと思ったから。

 

彼が出て行き、誰も居なくなったカウンターをじっと見つめる。

 

彼は一体何者?名前を聞き忘れた事が悔やまれるが、また明日彼は来ると言った。それを心待ちにしている自分に気づき、再び戸惑う。

 

『弓と矢を見たいんだけど』

 

彼が言った言葉を思い出し、あたしは工房に向かう。むだ試作品だが、今開発中の武器が目に入った。何故かこれを彼に渡さないといけない衝動に駆られる。

 

あたしは何か頭の中にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に襲われた。

 

—————————————————-

 

成る程、リズの記憶が欠落しているのは確やな…

 

俺はリズの鍛冶屋を後にし、街をブラブラと歩く。彼女の泪を思い出すと胸が苦しくなるのを感じる。

 

「…………!?」

 

それは突如感じた嫌悪感…

宿屋に向かう道を歩く中、俺は自分に向けられた殺気を感じ振り返った。

 

「ヨウ、リョウチャン」

 

そこには黒いフードコートの男がいた。しかし今までと違うのはその男が俺のリアル名を呼んだ事だ。

 

「ユキ…マサなんか?」

 

俺の問いにフード越しの口元がニヤリと笑う。

 

「やったらどうする?はははははは」

 

黒フードコートの男はそう笑うと被っていたフードを脱いだ。そこには長い黒髪を後ろで結い、目をギラギラと輝かせた男がそこにいる。

 

「ユキマサ、お前生きとったんか?」

 

「見たら分かるやろ?この通りピンピンしとるわ」

 

一瞬、昔に戻ったような感覚に囚われる。正直生きていたことは嬉しいが聞きたい事が山ほどある。先程のこの男の所業には苛立ちしかなく、到底許せたものではない。

 

「ってかお前何やってんのや?この前、俺とリズを襲ったのもお前やろ?お前もあの事件を生き残ったんやったら分かるやろ?これはゲームやない。死んだ人間は帰ってけーへん、やのになんであんな事をしたんや?」

 

すると男はケラケラと腹を抱えて笑い出した。

 

「あー腹痛い痛い。久しぶりにこんな笑ったわ。りょうちゃんかて同類のくせになー。都合の悪い記憶はまだ思い出してないんやもんなー。ウケるわー。めっちゃ笑える」

 

「何が言いたいんや?」

 

俺はユキマサと同類にされた事に苛立ちを隠せないでいた。

 

「ふは!そういうとこ変わってないなー。まぁ、まだ元気そうでよかったわ。今日はこの前ちゃんと挨拶できんかったから挨拶代りや。また会いに来るさかいにそん時はよろしゅうな」

 

ユキマサはそう言うと踵を返して走り出す。

 

「あ、待て!」

 

その後を追おうと駆け出すも角を曲がった時、ユキマサの姿はどこにもなかった。ハイディングのスキルを上げている上に身を隠すアイテムでも使ったのやろう。そんな事も昔のユキマサからは想像もできない。元来、確かに軽い男ではあったが不意打ちとか曲がった事を嫌う真っ直ぐな男やったのに。

 

「ふぅ」

 

俺は小さく溜息を吐くと元来た道を歩き始めた。

 

ユキマサの言っていた『同類』、『都合の悪い記憶は思い出してない』という言葉の意味はなんなんやろ。

 

何か痞えるものを腹のなかに感じるがそれが何か分からないでいた。

 

ヒューっと少し強い風が頬を叩く。

少し暗くなり始めた街並みは既に夜の闇へと吸い込まれようとしていた。

 

 

第16話『真実の矛先』 完

 

 

 

 

 



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第17話『螺旋の邂逅』

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煌びやかな空の下、

いくつもの水晶に入れられた人の想い、行動、気持ち、歴史

 

それはこのSAOにとらわれた住人だけではなく、この世界で生きる人たちが生きた証。

 

つまりは人の記憶。

 

そのような水晶がところ狭しと並ぶ回廊をあたしは歩いている。

 

“リズベット”

 

その中であたしの名前が書かれた水晶を見つけ、手に取る。このSAOに囚われてからの記憶、親友との出会い、大切な人との出会い、仲間との出会い・冒険の数々が記されている。

 

全てがかけがえのない経験、かつては色褪せたように見えていた世界が今はこんなに素晴らしかったのかと思える。

 

そんな大事なあたしの記憶

 

でもぽっかりと空いてしまったような漆黒の穴がそこにはある。あたしは一瞬躊躇したけどその穴に指を這わす。でも指がそこに触れた瞬間、目の前の回廊自体がガタガタと揺れ崩れ始めた。

 

周りにある他の水晶達が次々を割れていく。

 

もちろんこの“リズベット”と書かれた水晶も例外ではないと悟る。

 

「嫌っ・・・あたしの記憶を消さないで」

 

水晶にヒビが入り、あたしがそう叫んだ時には時すでに遅く、水晶は無情にも砕け散り、壁が崩れた周囲は漆黒の闇に包まれ、太陽も見えなくなった。刹那、床も崩れ落ち、あたしの体は見えない虚空の底へとへ落下を始めた。

 

ふと目の前に懐かしい空気を身にまとった青年の後ろ姿が現れた。

手には弓を持っている。

 

彼をあたしは知っている。そうあたしは直感した。

 

でもどこでどう知り合って、どういう関係なのかは全く思い出せない。

 

「リズ」

 

背を向けたまま彼ががあたしの名前をそう呼ぶと、体がこちらを向く。

 

「ひぃ・・・」

 

しかし彼の顔を見た時、あたしは驚きのあまり声をあげる。そこには顔面のパーツが何もない、口だけに笑みを浮かべた男が立っていた。

 

-----------------------------------------

 

「はぁ。。。最悪」

 

あたしは最悪な目覚めに憂鬱になる。

どうやら店のソファで寝落ちしてしまったようだ。確かに昨晩は全く寝付く事ができず、ソファにて温かいミルクを飲んだ後、記憶を手放した。おそらく時間にして朝4時頃…今は8時…睡眠不足確定である。

 

その上に変な夢を見た。

 

あたしの記憶にぽっかりと穴が開いているかのような描写。その後に現れた名前も知らない青年・・・

 

そこまで考えた時にあの青年の容姿に見覚えがあることに気が付いた。

 

昨日店に来たあの弓使いの青年・・・

 

あたしはソファから飛び上がると空腹感を満たすためだけにバケットを口に放り込み、店を飛び出す。

 

確か・・・街の宿屋に泊まっていると言っていた。

 

この街で宿屋と言えば一つしかない。

あたしは珍しく息を弾ませながら駆けた。

 

昨日の夕方に家で目覚めた時から感じていた違和感…

そして目の前に現れた彼の存在…

あたしの心を無意味のかき乱す存在…

 

それをこの目でもう一度確かめたかった。

 

あたしは朝一番の喧騒を掻き分けるように走り、宿屋の前に立つ。

大きく心臓が高鳴るを感じる。

 

それは決して走って息があがったからではない。

 

彼のことを考えると不思議とこうなってしまう。

 

「違う違う!あたしにはキリトがいるんだから」

 

そんな雑念を振り払うかのようにかぶりを振り、小さく深呼吸をして息を整える。そしてあたしは宿屋のドアを握った。つその時、裏手で何やらシュっという空気を切る音とドンという何かがぶつかる音が耳に入ってくる。

 

あたしは直感的にドアから手を離し、宿屋の裏手に回った。

 

 

居た!!

 

 

 

物陰からそっと音がした場所を覗き込む。そこには黄緑色の軽鎧に黒のレザーパンツの青年。耳上から借り上げられた漆黒の髪、何かを見据える鋭い眼光は一点を見据え、左手に持った弓を構え、逆の手に取った矢をゆっくりと番える。目を閉じ、小さく深呼吸をする。

 

その雰囲気に私は釘付けになった。彼の醸し出す真剣さに息苦しさを感じる。でも不思議と不快には感じない。

 

刹那、男に体が青白い光に包まれる。

 

最後に彼はカッと目を見開くと右手を離した。

 

シュッという風切り音ととにも矢がすさまじい速さで放たれる。空気を切り裂き、一直線に進んだ矢はドンという大きな音を立てて彼の眼前にある大木の幹に突き刺さった。

 

「あたし・・・知ってる」

 

彼の放った矢を繰り出した衝撃波にも似た風圧があたしの顔を打つ。

ふとあたしの頭の中に何かがフラッシュバックする。

 

どこかの部屋の窓から同じように彼の弓技を見ている。彼は先ほどど同じような所作で矢を大木に突き立てている。あたしはいつまでもその光景を見守っている。。。

 

一瞬ではあったが、あたしの知らないあたしがそこにいたように感じた。

 

 

 

「誰?」

 

 

 

しかしあたしは一瞬にして現実に引き戻される。気配を消すのを忘れていたことを後悔し、渋々体を彼に晒す。

 

たぶんここで逃げてたらダメだと思った。

 

「リズ・・・何やってんの?」

 

彼はさもあたしを知っているかのようにリズとあたしの名を呼ぶ。

 

その物憂げな瞳をあたしは知っている。

その関西弁風な話し方もあたしは知っている

その卓越したシステム外弓スキルをあたしは知っている。

 

たぶんあたしは彼と何らかの関わりを持っていた。

まったく記憶にない出来事で自分でも信じることができないが、あたしは何故かそう確信した。

 

-----------------------------------------------

 

「弓を仕立ててもらいたいんやけど」

 

俺は再びリズの鍛冶屋を訪れていた。弓の仕立てがこのSAOの中でできるのかは正直分からない。でもこのゲームはAIでの自動補正機能が搭載されているとキリトが以前言っていた。

 

それによればおそらく弓も作れるのではないかとの事だった。

 

実際にリズは弓と剣を組み合わせた武器を研究している。つまりは弓単体でも精製は可能ということになる。

 

それにこれからおそらくヘルブレッタやユキマサとは再度ぶつかることになるだろう。今の自作の弓では正直彼らに太刀打ちするには心もとない。今までの狩猟中心ではなく攻撃力含めて大幅な増強が必要なのは明白だ。

 

「んー正直あたしも作ったことないからどこまでの代物ができるかわからないけどやってみるよ」

 

リズは俺の要望内容を事細かに確認するとそう締めくくる。

 

「えーっと、必要な素材は。。。」

 

そして紙に精製に必要な素材を書き連ねていく。俺はアイテムウィンドウを開き、一つ一つ確認していく。

 

「あたしのイメージとしてはあとは黒曜石だけだね」

 

リズの言葉に俺は少し考えを巡らす。

 

「黒曜石か。。。なんとかしてみるわ」

 

俺は今手持ちの素材をアイテムリストから召喚し、リズに渡すと立ち上がった。

 

「あの。。。」

 

リズが少し恥ずかしそうに顔をそむける。

 

「名前は?」

 

続けて尋ねられた質問に俺がまだ彼女と再会してから名前を名乗っていないことに気が付いた。

 

「あ、すまない。まだ名乗ってなかったね。俺の名前はラズエル」

 

そう答えるとリズは少し考える素振りをして「ラズエル。。。ラズエル」と小さく繰り返した。

 

「今日中にもう一回来るわ」

 

俺はそういうと踵を返し、店を後にした。

店から宿屋までの道で今朝の出来事を振り返る。

 

朝は正直驚いた。日課の弓の鍛錬をしていると何らかの気配を感じらそこにリズがいたのだ。

 

『散歩してたら変な音が聞こえたから』

 

そう言った彼女の瞳は今にも泣き出しそうなか弱い少女のそれであった。おそらく嘘をついている。相変わらず嘘が下手である。

 

『そうなんや、びっくりしやろ?』

 

俺の問いにリズは首を左右に振った。

 

『ううん。どうしてかわかんないんだけどあなたのその弓技をあたしはどこかで見たことがある気がするの。でも全然どこで見たかは思い出せない』

 

リズの苦しそうなその表情に胸が痛くなるいのを感じた。もし本当にあの2人が彼女の記憶まで操作したという事なら俺は絶対に許さない。

 

『そうか。とりあえず、昨日の続きを話したいから後で店にいくわ。店で待っててくれる?』

 

まだなにかを聞きたそうだったリズは俺の回答に不服そうな顔をしたが、渋々了承し、店に戻った。そして先ほどの会話に繋がる。

 

 

俺は一旦宿の自室に戻ると情報屋とコンタクトを取った。黒曜石を簡単に採取できるクエスト、もしくはドロップするモンスターの情報を得るためである。

 

すると、すぐに情報屋から返信が届く。

 

ちょうど今彼女もリンダースにいるという事でこの宿屋によってくれるという内容だったが、刹那、俺は背後で気配を感じた。

 

「早いな」

 

俺の背後に現れたその緑色のフードコートを身にまとった情報屋は「にっひ」と笑みを漏らす。

 

「久しぶりにラズ坊の顔を拝みたくなったんだヨ。記憶戻ったらしいナ?」

 

この情報屋の名前はアルゴ。SAO世界に存在する様々な情報屋の中でも確度・情報収集力・発信力はぴか一だ。あの黄昏の茶会事件で彼女を出し抜こうとした事がそもそもの問題だったとも俺は思っている。彼女に一言情報収集を依頼していれば後悔の念に駆られることもある。

 

「あぁ、でも黄昏の茶会事件のことだけや。その後の半年の記憶はまだ曖昧」

 

「ま、そう焦らなくてもそのうち戻るんじゃないナ」

 

俺とアルゴは実はSAO開始当初からの知り合いで彼女のために俺がクエスト情報を提供したり、成り行き上だったが、一緒にパーティーを組んだこともあった。もちろん、エクストラユニークスキル『銀射手』のことも彼女だけには早々に伝えた。

 

逆に彼女も俺の記憶の欠落については原因を調べてくれていた。だが、彼女をもってしても確かな情報は得られなかった。考えてみれば当たり前だ。おそらくヘルブレッタは運営側の人間、つまりは茅場昭彦側の人間という事になる。そのあたりの情報まで一介の情報屋が仕入れるにはこの世界では限界があるのだ。

 

無論、俺もただの推論でしかないため、まだ彼女に話す気はない。

 

「まぁな。それで依頼した件だが??」

 

俺は無理矢理、話を終わらせると本題に入った。

 

「黒曜石って意外と希少金属なんだよナ。ドロップするモンスター一覧とクエストの情報はメールに送るケド、たぶん一人で1日は難しいゾ?」

 

俺はアルゴから転送されてきたデータを見る。

 

「『狂想組曲』」

 

俺は彼女のメールのトップに書いてあったクエスト名を見た。

 

第38層にある古びれた洋館からたびたび奏でられるセレナーデ。狂気に満ちたその組曲を聞いたものは1週間の体調不良に陥ってしまうという。その原因究明と根絶がクエストの趣旨。

 

このクエストのフィールドボスが黒曜石をドロップする。

 

「このクエストをやるしかないのか」

 

「すぐに欲しいのならそうなるナ。モンスタードロップは殆ど期待しない方がイイ」

 

今更クエストをやる気には正直なれなかったが背に腹は代えられない。俺には今、リズの作る武器が必要だ。

 

「基本はタンクとアタッカーの4人パーティーで挑むのが最低条件。お前さんはソロだよな?まず仲間を集めないとね」

 

その時、頭に浮かんだのはあの鍛冶屋の少女、そして黒衣の騎士、閃光、風林火山などなど。。。あてはあるが、今から人を集めている余裕のない。

 

「俺のレベルでは単独クリアは難しいか?」

 

俺の問いにアルゴは天井を見上げ思案する。

 

「難しいだろうね。弓スキルだけだど」

 

その時、部屋の扉がドンと開かれた。俺はそこにいた人物に目を丸くする。

 

「あたしが手伝ってあげるよ」

 

そこには少し緊張した面持ちのリズの姿があった。

 

 

第17話『螺旋の邂逅』 完

 



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第18話『狂想組曲 前編 -共闘-』

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30分前…

 

何かおかしい。あたしじゃないあたしが存在している感覚。まるでドッペルゲンガーに出会ったような焦燥感を感じる。

 

あたしはあのラズエルと言う男を知っている。でもどこにもその足跡はない。もちろんあれから何度もフレンドリストを確認した。そこには今では話すこともないフレンドまで登録が残っているに、ラズエルと言う名前はない。

 

あと店の顧客名簿も見直した。でも大抵の客はフレンド登録はしている。そしてメールの履歴もSAO開始当初まで見直した。

 

でもラズエルと言う名前はどこにも出てこない。

 

「完全に八方塞がりだな」

 

あたしはそう呟くと天井を見上げた。そして少し逡巡すると立ち上がる。

 

結論、彼にもう一度会って話を聞く事にした。彼は確実にあたしの事を知っているし、いつも何かを言いたそうにしている。確かにこの世界で女性プレーヤーをしている以上、客から言い寄られる事もあるし、ストーカーをされた事もある。

 

側から見れば彼の雰囲気はそれに近いかもしれない。でも確実にあたしの中では一線を画している。あたしの中の何かが何かを訴えかけている。それが事実、でもそれが何か分からないのがむず痒い。

 

彼はおそらく黒曜石を取りにフィールドに出るのだろう。多分それに付いていくのが手っ取り早いとあたしは思った。もちろん彼からは断られるかもしれない。

 

でも試してみる価値はある。

 

あたしは意を決して、ラズエルがまだいるであろう宿屋に向かった。

 

 

 

 

 

「………記憶戻ったらしいナ?」

 

彼の部屋の前まで到着した時、部屋の中から女性の声が聞こえた。親しげに話をしている事がその声色から分かる。

 

ズキン…

 

胸が少し痛くなるを感じる。もうそんな感情の変化を気にしている余裕はあたしにはなかった。でもあたしは扉を開けようかどうか一瞬迷ったけどしばらくこのまま聞き耳を立てる事にした。これじゃ、あたしがストーカーみたいじゃないっていう脳内のツッコミを搔き消す。

 

「あぁ、でも黄昏の茶会事件のことだけや。その後の半年の記憶はまだ曖昧」

 

「ま、そう焦らなくてもそのうち戻るんじゃないナ」

 

女はそう言うと笑った。語尾が特徴的でどこかで聞いたことのある声だと感じる。

 

「まぁな。それで依頼した件だが??」

 

しかしその時、急に彼が話を変えた。依頼した件という事は相手の女性は情報屋なのだろうか?とあたしは考えを巡らせる。確かに彼の言葉の節々には女性への親しさは感じられず、ビジネスライクな雰囲気を感じる。その様子に少しホッとしている自分がいるが、気にしない事にした。

 

「黒曜石って意外と希少金属なんだよナ。ドロップするモンスター一覧とクエストの情報はメールに送るケド、たぶん一人で1日は難しいゾ?」

 

やっぱり黒曜石の情報だった。あたしも黒曜石の入手経路はよく分かっていない。いつも戦利品でエギルの店にある時に調達している。彼曰くモンスタードロップしか手に入れる術はないらしい。

 

「『狂想組曲』」

 

そんな時彼が聞き慣れない言葉を発する。そして彼の声が徐に沈んでいくのを感じた。何かのクエストの名前だろうか。あたしは聞いた事もないクエストの名前を小さく呟く。

 

「このクエストをやるしかないのか」

 

「すぐに欲しいのならそうなるナ。モンスタードロップは殆ど期待しない方がいい」

 

成る程。彼は何故か武器調達を焦っていた。悠長にモンスタードロップを待つ事も出来ないのだろう。その事情はよく分からないが…

 

「基本はタンクとアタッカーの4人パーティーで挑むのが最低条件。お前さんはソロだよな?まず仲間を集めないとね」

 

「俺のレベルでは単独クリアは難しいか?」

 

「難しいだろうネ。弓スキルだけだと」

 

女性の言葉にあたしは居ても立っても居られず、扉を勢いよく開いた。彼と情報屋の女性は驚いた表情であたしを見る。

 

「あたしが手伝ってあげるよ」

 

こんなチャンスは逃すわけにはいかない。あたしはそう心に決めていた。

 

————————————

 

突然の出来事に一瞬思考が遮られる。

なんでリズがここにおる?

なんで手伝うとか言い出す?

 

俺は一瞬だがアルゴをみる。その悪戯っ子のような目にこいつはリズの存在に気がついていたと気付き、一瞬手が出そうになる。

 

「おっと。これは鍛冶屋のねーちゃん。確か…」

 

「リズベットです」

 

そんな俺の様子を意に介さず、アルゴは飄々と言葉を発するが、それをき消すようにリズが声を被せてくる。

 

「あはあは。俺がラズ坊と仲良くしてる風なのが気に入らないって感じかな?じゃ、俺はそろそろ消えるかナ…」

 

アルゴの言葉にリズの顔が紅潮する。だが、そんなリズの様子をアルゴは気にするそぶりもなく、部屋の出口へと向かう。

 

「後は若い2人でごゆっくり…二ヒヒヒヒ」

 

卑しい笑みを浮かべながらアルゴは部屋を出て行った。俺は多分相当渋い表情をしていたのだろう。リズは俺に視線を合わせず下を向いている。

 

「あ、ラズ坊。」

 

その時、再びアルゴがひょっこりと顔を出し、ニヤリと笑う。。

 

「まだ何かあるんか?」

 

俺は不快感満載にそう答えるとアルゴは少しだけ真剣な眼差しを俺に向けた。

 

「思い出せない記憶なんて忘れてしまった方がいい事もあるゾ」

 

そう言ってアルゴは再び姿を消した。俺は唐突に投げつけられたその言葉に一瞬で遅れたが慌てて部屋の外に彼女を追う。だが、もちろん既にそこに彼女の姿はなかった。

 

「もうなんやねん。あいつ」

 

俺は舌打ちをしながら部屋の中に戻る。彼女の言い草、あれは俺の記憶について何か掴んだということの現れであるように思える。だが、その情報屋が忘れた方が良いと言う過去…

 

そこまで考えて俺はリズがまだ立ったままな事に気がついた。

 

「あ、ごめん。まぁ、座ったら?」

 

彼女は言われた通りベッド脇の椅子に腰を下ろす。ふと先程のヘルブレッタの家での彼女の体温が蘇ってきた。借りてこられた猫のように小さくなっている彼女の瞳を見ると抱きしめたくなる衝動に駆られる。

 

「あの…さ」

 

そんな俺の邪な思考を遮るようにリズが口を開いた。

 

「あたしがそのクエストに付いて行ったら迷惑かな?」

 

正直、リズの言葉に俺は反応に困る。今の俺とリズの関係性ももちろんあるけど、アルゴは確かタンクとアタッカーの4人パーティが基本と言った。という事は打撃系の武器を扱うボスか攻撃力の高いクエストボスの可能性が高い。

 

いくらマスターメイスだからと言って安全である保証はない。

 

「いや、でも。危険やと思う」

 

1人で乗り込もうとしてた自分が何を言うてるねんと突っ込みたくなるがそれは自分の中にだけで留めておく。リズは俺の返答に少し思案する素振りを見せ、俺に視線を向けた。

 

「でもあたしはあなたと一緒に行きたい。行かなきゃならないって直感的に思うの。今のこのモヤモヤを取り除くにはもうこれしかないと思う」

 

リズは必死に俺に訴えかけてきた。そこにかつての自分がいた。大事な記憶を失い、悩んでいた頃の俺とリズの儚げな姿が妙にダブる。

 

「分かった。でも無茶は絶対にせーへん事。いいな?」

 

断れるはずもなかった。俺の事を短い時間ではあったけど支えようとしてくれた女性。そこ彼女が今当時の俺と同じ苦しみ、モヤモヤを打破しようとしているのだ。

 

断れるはずもなかった。

 

「じゃ、フレンド登録しよ?」

 

俺はリズの同行を許可した。するとリズがフレンド登録をしたいと言ってきた。もちろんこれも断る理由がない。

 

俺たちは1日ぶりぶりにフレンド登録を交わすとこれまた1日ぶりにパーティーを編成した。

 

————————-

第38層 洋館ダンジョン『バルエシラーペ』

 

俺たちは古びれた洋館の中枢にまで足を運んでいた。ここまでは至って順調。ポップするモンスターは亡霊やゾンビ系が多かったが、俺たちのレベルでは踏破できないものでもない。

 

清軍と休憩を繰り返し、俺たちはおそらく最期の扉の前に立っている。すると扉の向こう側からけたたましいピアノの音色が聞こえてくる。耳から直接脳を抉るように鋭敏な音。

 

俺たちは耳を抑えて少し蹲る。これじゃ前に進めない。

 

その時親指の先程の大きさの何かが俺たちの目の前に転がってきた。

ふとその出所に視線を向ける。そこにはこのアイテム、耳栓を投げた張本人である情報屋の姿があった。

 

 

第18話『狂想組曲 前編』 完

 

 



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第19話『狂想組曲 中編 -因縁-』

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けたたましく鳴り響く轟音。

音の一つ一つに脳を突き刺されるような痛み。これはある意味ボス戦の前から体力と動きを制限されるトラップのようなものだ。

 

俺とリズは耳を抑えて蹲る。扉の向こうから聞こえる鋭利な音色は直接脳を揺さぶるかのように攻撃を続けてくる。

 

決してHPが減る事はないようだが、精神的にこれは辛い。

 

「ん?」

 

一瞬撤退の二文字が頭をよぎった目の前に親指の先程の大きさの何かが全部で4つ転がってきた。俺はそれが飛んできた場所に視線を向ける。

 

「アルゴ」

 

俺の呟きにリズも顔を上げた。

そこには情報屋アルゴの姿があり、彼女が投げたのは今この状況で最適なアイテムである…『耳栓』である。

 

俺はアルゴの投げた耳栓を拾うとリズに渡した。耳栓を装着すると幾分かピアノの音色の反響による脳の痛みは和らぎ、普通に動けるレベルになった。

 

俺たちが動けるようになった事を確認するとアルゴが飛び跳ねるように近づいてくる。

 

「ゴメンゴメン。耳栓の事伝えるのをすっかり忘れててサ」

 

人を食ったようにそうおどけて言うアルゴ。だが、俺は勘ぐってしまう。彼女はワザとこの情報を言わなかったんではないかと。

 

「だからオレっちもボス戦手伝ってやる」

 

そう言うとアルゴは満面の笑みを浮かべてパーティー参加依頼を寄越してきた。俺はリズと顔を見合わせる。

 

「アルゴが強い事は知ってるけど、何もメリットないやろ?」

 

俺の問いにアルゴは苦笑いを浮かべる。リズも不思議そうな顔を彼女に向けている。

 

「オレっちもこのクエストボスはまだ戦った事ないんダナ。だから情報収集。いやいやパーティに入れてもらったからにはちゃんと働くカラ」

 

アルゴはそういうと何やら筒のようなものを取り出した。それはメモリーフラッグと呼ばれる記録結晶の一種、要は一定時間の戦闘風景を記録できると言うものである。

 

いわばビデオ録画のようなものだ。

 

「成る程。それで撮影して攻略本にするつもりなのか?でも無茶をするなよ」

 

俺の返答にアルゴは「モ•チ•ロ•ン」と気味悪げに答える。俺としても頭数は多いに越した事はないと考え、彼女のパーティー参加を承認した。

 

そう彼女はいつも自らが戦線に出て情報収集をし、それらを攻略本としてまとめ、まずはフロントランナーに売り込み、稼いだコルで増刷、中低レベルプレーヤーに無料配布している。

 

それに彼女はマスターファイター。体術スキルを極めた強者でもある。

 

そんな事も相まって彼女が入ってくれるなら戦い方にも幅が出来る。もしかしたらそこまで見込んでの耳栓のくだりではないかとい疑惑げあり訳ではないが言っても藪蛇である。

 

やっとパーティーメンバーが3人にまで増えた俺たち即席パーティーは耳栓をしていても煩く聴こえるピアノが鳴り響く部屋の扉を開き、中へと足を踏み入れた。

 

————————————

 

扉の奥にはボスの間らしい広大な空間が広がっていた。松明の灯された部屋の中央には所々傷付いたグランドピアノが置かれ、その椅子にはガリガリにやせ細った女性が座っている。彼女がNPCとして、他にはモンスターらしき影は見えない。

 

あまりにも異様に映るその光景に俺は隣で辺りを見回しているアルゴに声をかけた。

 

「おい。あのガリガリの女がクエストボスなん?」

 

その問いにアルゴは首を横に振る。

 

「サァ、分からないナ。でもボスが出現するとしたらあのピアノがトリガーとしか考えられないナ」

 

アルゴの回答に俺も同じ考えだったと確認すると弓を手に持ち、少し考えを巡らす。どうせやるならボス出現のフラグは一発で解放したい。

 

そして矢を番え、グランドピアノの突き上げ棒に狙いを定めた。

 

右手から放たれた青白いエフェクトを見にまとった矢は一直線に飛んでいき、見事グランドピアノの突き上げ棒を粉砕した。

 

ガラガランと言う大音量を上げてグランドピアノの屋根が閉まる。するとさっきまで耳栓の奥に聴こえていたピアノの音色が消えた。

 

「ひぃ!!」

 

するとガリガリの女性がこちらを振り返る。リズはそんな女の顔に悲鳴をあげて俺の背後に隠れ、袖を掴んだ。ホラー系は苦手なのだろう。そうそこには瞳の輝き、生気はを失ってはいたがその顔が怒りに満ちた化け物じみた女性がそこにはいたのだ。

 

「グガガガガガガガグォォォォオオォ」

 

刹那、この世のものと思えない咆哮が聞こえた時、ようやくボス戦の開始の合図が鳴ったと感じた。

 

アルゴも同じだったのだろうか、一歩前に踏み出すと耳から耳栓を取り、放り投げる。

 

「さて、来ルヨ」

 

アルゴの合図に俺もリズも耳栓を取り、宙に放り投げた。

 

すると咆哮を上げた女性の姿が次々と変化していく。体はすでに倍以上に膨れ上がり、体の至る所から突起が出始める。

 

突起がその皮膚を突き破るとそれが煌めく刃物であると確認する。

 

俺はその光景に背筋が凍るのを感じた。

見る見る変わっていくボスモンスターの姿には見覚えがある。全身から突き出た煌めく刃物に変わっていく。数多の剣と槍、斧で構成された体躯、短剣が二本Vの字で突き刺さったような目、キュッと閉じられたような口、両の手と化した長剣。

 

おぞましいほどあの時の光景がフラッシュバックする。

 

「ユリ…」

 

そうこの怪物はあの日あの時、ユリの…俺の恋人の命を奪ったあのモンスターそのものであった。

 

————————————

 

「ユリ…」

 

そう呟いた彼の瞳が怒りに満ちるのを感じる。ユリって誰だっけ?と一瞬記憶を辿る。今回、このボス部屋に来るまでに彼と少し話しをした。彼はあまり多くを語ろうとはしなかったが、辛い過去がある事はわかった。でもそれ以上は踏み込む事ができなかった。

 

知りたいはずなのに心がこれ以上の詮索を制止してくるのだ。彼がまだ全てを語っていないことはすぐに分かった。そして今の彼の反応はこのモンスターが何やら因縁のある怪物である事も…

 

「最悪だ…」

 

だが、そこでアルゴがボソリと呟く。その真意を私は捉えきれずにいたが、再度あらゆる武器で構成された魔物を見て言葉を失う。

 

剣の道の騎士(road knights of sword)

 

Hpゲージの上にはそう名前が連ねられている。その時あたしは気づいた。このモンスターの表面は全て金属で防御力は高い。彼の弓矢では到底ダメージを与えれそうにない。

 

「リーちゃん、オイラ達で前衛引き受けるよ」

 

するとそう言ってアルゴが飛び出した。アルゴに遅れてあたしも飛び出す。先ず、モンスターは右手の剣をカウンター気味に飛び込んできたアルゴに振り下ろす。キィィーンという金属音と共にアルゴの右手に装備された鉤爪付のナックルがその剣を弾く。

 

スタンがモンスターを襲い、一瞬動きが止まる。

 

「スイッチ!」

 

その言葉と同時にアルゴが右へ飛び、空いた隙間にあたしが飛び込むとメイスを振り上げる。刹那、ソードスキルが発動する。

 

片手棍ソードスキル 『バーニアアクトレット』

 

片手棍には珍しい五連撃ソードスキルである。まず振り上げられたメイスを力一杯相手の剣の腕に向けて横薙ぎに叩き込む。その反動で体を反転させ再度同じ位置に打撃を撃ち込むと、今度は下からメイスを振り上げるように打ち込む。剣の鎧のど真ん中に打ち込まれたメイスを今度は少し引きそのまま一歩前に出て力強く突き刺す。相手の体制が後ろに下がったと見るや最後の一撃で再び横薙ぎに剣の手を弾く。

 

「スイッチ!」

 

再びスタンがモンスターを襲い、動きを止めるとあたしは左に飛び去り、再度攻撃をするために前方に回り込む。

 

「どけー!!」

 

アルゴが再度飛び込もうとした時、背後から彼が叫ぶ。その声にアルゴは空中で体制を変えらモンスターの正面ではなく、右側に回り込むような態勢を取る。

 

後ろを振り返ると彼の、ラズエルの手には5本の矢が番られていた。

 

システム外弓スキル 『フィフス・アロー』

 

ユニークスキル『銀射手』で最大限まで正確性、攻撃力を高めた矢が放たれる。青白いエフェクトがまるで雷のように揺らめきながら物凄いスピードで飛んでいく。一本目がモンスターの剣の胴体のど真ん中に着弾する。だが、突き刺さる事なく爆散する。更に次々と同じ所に着弾する矢、全てが衝撃に耐えきれず爆散した。

 

最後の5本目も同様に着弾し、モンスター一瞬だが仰け反る。胴体の剣が少しだけ凹んでいるのが見える。

 

「くそっ!」

 

これがシステム外武器に近い弓の限界かもしれない。敵のHPゲージはまだ3分の1も減ってない。

 

刹那、ボスモンスターが妙な動きを見せた。両の剣の手を背後に回す仕草、それを見て彼が叫んだ。

 

「剣が飛んでくるぞ!下がれ!!」

 

彼が叫んだ刹那、あたしとアルゴは背後に飛ぶ。するとボスモンスターの左右の剣の手が黄緑色に光り、左右に剣の手が振られると同時に刹那無数の短剣が無差別に飛んでくる。

 

「え?まじ?」

 

もちろんそれは一旦後ろに下がったあたしとアルゴも、その後衛で弓を構えていた彼も同様に驚く。こんな攻撃…防ぐのは無理ゲーである。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

だが、再び彼の咆哮が聞こえ、無数の矢がその短剣の波に向かっていく。

 

システム外弓スキルラピード(速射)

 

彼の弓から放たれた矢は次々とあたしに迫り来る短剣を打ちとしていく。最後の一本だけあたしのところまで飛んできたからメイスで打ち返した。

 

「ちょっと何よ。このスキル、ってラズエル!」

 

あたしは彼の姿を見て愕然とした。あたしに向かってきた短剣を全部撃ち落としたからだろう。彼自身は短剣を避けきれず、何本かが彼の脇腹と左足、右肩に突き刺さっている。あれだけの武器の暴風雨の中でそれだけで済んだ事は奇跡に近かったが、彼が致命傷を負った事にも変わりはない。

 

「無茶するナ」

 

アルゴが少し舌を巻いたように感心している。彼女は全ての短剣を避け切ったようで無傷だった。

 

「ラズ坊、来るぞ!!逃げろ!!」

 

アルゴが叫ぶ!すると彼女の言葉通り、ボスモンスターが彼に向かって動き始めた。彼はその様子を確認するも足に刺さった短剣の痛みのせいか膝をついたまま動けないでいる。しかも矢筒にはもう矢がはいっていない。

 

このままじゃ、彼はまともにボスモンスターの攻撃を受けてしまう。そしたら彼が殺されてしまう…。そう考えた時、あたしの中で何が弾けた。

 

「ラズエル!立ちなさい!ユリさんの敵取るんでしょ!」

 

どうしてそんな事を言えたかは分からない。あたしは無意識のうちに叫んでいた。自然と言葉が出てきたのだ。

 

そして同時にアイテムウィンドウを開くと、こんな時のために持ってきていたそれを実体化させると彼に向かって投げた。

 

「これは…」

 

彼はそれを受け取り、目を見開いてこっちを見る。

 

「あたしの今の最高傑作の試作品なんだから壊したら怒るわよ」

 

彼の手に握らていたのは弓とも剣とも見て取れる代物、あたしの今期最高傑作の試作品…

 

 

それは弓と剣の合成武器。

 

 

 

通称『エーペ・ルダ・アルク(弓剣)

 

 

 

第19話『狂想組曲 中編』 完



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第20話『狂想組曲 後編 -弓剣-』

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状況は最悪やった。

 

正直このボスモンスターの広範囲攻撃には肝を冷やした。殺傷能力と効果範囲が半端ない。初見殺しと言われ兼ねないレベルである。

 

今もたった3発を食らっただけでHPはレッドゾーン近くまで行ってしまった。もう一回食らったらほんまやばい。

 

しかも最悪なことに今の速射で矢も使い切ってしもた。

 

今の手持ち武器はロングナイフ2本と短剣6本のみ。これやったら敵の普通の攻撃でも耐えきれへん。昨日鍛冶屋でこういう事も見越してリズの業物の剣でも買っておくべきだったと後悔した。

 

「痛っ…」

 

すると徐々にナイフの刺さった脇腹と足、肩に痛みが増していく。俺は痛みに耐えきれず思わずその場に膝をついてしまう。

 

そして更に最悪な事に目の前で敵が俺をロックオンし、向かって突進してくるのが見える。まぁ、この状況でアルゴやリズに向かわれるよりはましやろうけど、このままじゃ、あのモンスターの斬撃を受け止めきれへん。

 

刹那、死の文字が頭を過ったのは言うまでもない。

 

「ラズエル!立ちなさい!ユリさんの敵取るんでしょ!」

 

だかその時、思いもよらない言葉が耳に飛び込んできた。俺はその言葉に顔を上げ、リズを見る。言った本人の彼女も不思議そうな顔をしている事から記憶が戻った訳じゃないやろう。

 

でもそれでも俺にはその言葉で充分だった。彼女は記憶を失ったんやない。俺と一緒で何らかの足枷みたいなもんで思い出せないだけなんやろうと。痛む足を抑えながら立ち上がる。

 

「ラズエル!!」

 

その俺の様子を見てか、リズが何やら武器らしきモノが俺の方に投げてきた。ガシッと手に取るとその特異な構造を持った武器に驚愕する。

 

「あたしの今の最高傑作の試作品なんだから壊したら怒るわよ」

 

リズの言葉にこれが何なのかを達観し、確信する。記憶は失っていてもリズはリズやなと。そしてリズが俺を思い出すまでは俺はやはりこんな所では死ねへん。

 

それにユリの仇を目の前にしてやられるなんてごめんや。

 

手にある武器はリズがずっと試作研究を続けていた弓と剣の合成武器の試作品。アイテム名には『エーペ・ルダ・アルク(弓剣)』と表示されている。名前も機構も気に入ったが、問題はどうやって使うか分からへん。

 

とりあえず迫り来たモンスターの右からの斬撃を俺はその弓の先の部分で受け止める。どうやら弓の真ん中、手で持つ部分の外側は刃になっているようだ。その刃も見た目以上に頑丈。敵の攻撃を受け止めるにも耐え得る。相手の攻撃を力強く跳ね返すと、相手が一瞬スタンし無防備になった。

 

その時、どう操作したかわからないが、ガチャっと音が鳴り、弓の両サイドが折れ、真ん中で合わさる事で、大剣に似た刀身と柄が現れた。俺はその柄を両手で持つと力を込めて大きく振りかぶる。

 

その刹那発動したソードスキルに思わず笑みがこぼれる。どうやらこの剣の形態は両手剣としてシステム認識はされているようである。

 

両手剣ソードスキル 『ダブル・サイクロン』

 

まずは左から右へと力一杯なぎ払い、その返す刀で右から左へと横薙ぎの斬撃を繰り出す。共にスタンしているモンスターの胸部に当たったが、正直手応えは小さい。

 

しかし、その時ふと目に入った相手のHPゲージを見て驚く。今の今まで気がつかなかった。この攻撃での減りは微々たるものだったが、さっきまでバー2本満タンだったもが今は1本だけ…しかも3分の2まで減っている。

 

俺は再び敵と打ち合いながらその意味を考えアルゴを見る。一撃一撃でのダメージはそう多く与えられない。でもそれ以上に敵のHPゲージが減っている理由…彼女も同じ考えを持っていたのか小さくうなづいた。

 

俺はそこから更に斬撃を繰り出し、相手と打ち合う。という事は今はこいつに攻撃を仕掛け続けるしかない。そしてなんとかもう一度、こいつにソードスキルを使わせる。突破口はもうそこにしかなかった。

 

何合ほど打ち合っただろうか。リズやアルゴとスイッチを繰り返し、なんとか敵をフロア中央まで押し戻した時、敵は先ほどと同じように両の剣の手が後ろに回り、ソードスキルを発動する構えを取る。

 

刹那、俺は叫んでいた。

 

「2人とも敵のソードスキルが発動したら背後に回れ!!」

 

俺の言葉とともに両サイドに陣取っていたリズとアルゴは急いで敵の背後に回る。そして俺も全力で駆けた。

 

「…5、4、3、2…」

 

敵がソードスキル発動態勢に入ってから発動までおよそ10秒…アルゴが発動までの時間をカウントダウンしてくれる。俺は態勢を低くすると背後に両手剣を地に突き立て、思い切り体を前に押し出した。地に突き立てた両手剣を軸に押し出される形となった俺の体はソードスキル発動で動きが固まった相手の股下にスライディングの要領で滑り込む。股下にも伸びていた剣を鼻先1つですり抜けるとちょうど敵の背後に出た。

 

ちょうどその時、敵のソードスキルが発動、俺たちの元いた場所に無数の短剣が放たれた。それと同時に敵のHPゲージが大量に減少を始める。敵の攻撃が終わった時、そのHPゲージは既に数ドットにまで減っていた。

 

つまりはこのソードスキルは諸刃の剣、広範囲の強力な攻撃ゆえにその反動が自分にも帰ってくる自爆技、しかも攻撃範囲は前方のみ。発動までに10秒、攻撃時間もおよそ10秒。背後にさえ回れれば攻撃はかわすことが可能。且つ、敵のHPゲージを見る限り、二度の攻撃が限度…。

 

タネを分かって仕舞えば、なんて事はない。

 

最初にタンクとアタッカーの4人パーティが基本仕様とアルゴが言っていた意味がよく分かった。

 

「よし!今や!」

 

そして俺たちは背後から敵に襲いかかった。

 

両手剣ソードスキル『バルタム・アーツ』

片手棍ソードスキル『パワー・スプラッシュ』

クロー系ソードスキル『アキュート・ヴォールト』

 

3人の渾身のソードスキルが残りのHPを削り切り、敵、剣の道の騎士(Load knight of sword)のHPゲージは真っ黒に染まる。そして咆哮とも呼べる断末魔とともにポリゴンと化し四散した。

 

『Congratulations 』の文字が眼前に舞う。俺たち3人はその文字を目にしてその場に座り込んだ。

 

————————————-

 

「何とかなったネ。いい戦闘データが取れたヨ」

 

アルゴは満足気にそう言うと記録結晶を手に取る。そしてその中に記録された映像を確認している。

 

「いや、アルゴがちゃんと敵の特徴を見てくれていたおかげやわ。あのHPゲージによく気付いたな」

 

「まっ、情報収集と分析力に関したらアーちゃんやキー坊にも負けないさ」

 

彼女の言うアーちゃんとはアスナ、キー坊とはキリトの事である。あの2人はアルゴからの情報によると22層で2人で暮らしているらしい。その情報をゲットするのに1000コルを取られたのとリズが帰り道に一言も口を聞いてくれなかったのはまた別の話である。

 

ドロップアイテムは

黒曜石の欠片 x 5

ハイポーション x 8

グリーフ・ジャベリン(悪魔の爪) x 1

トワイライト・ブレイズ(黄昏の陽炎) x 1

アミリシェータ(光妖精の軽鎧) x 1

 

どうやら初回ドロップだったのか、かなりのレアアイテムが手に入った。俺たちは悪魔の爪はアルゴ、黄緑色のコートは俺、光妖精の軽鎧はリズがゲットした。約束通り黒曜石もリズに渡す。

 

「それにしてもこれ初回ドロップやろ?なんでアルゴはこのクエで黒曜石が取れるって知ってたんや?」

 

洋館の出口に向かう中、俺はアルゴに尋ねる。

 

「フンフフンフン、あー内緒!フンフフンフン」

 

かなりのご機嫌なのか鼻歌交じりにそう返してくる。どうせ麓の街の住人から仕入れた情報で、何度か他パーティーをけしかけて情報収集、その後、俺に話を持ってきたんやろう予想し、俺はそれ以上の追求をやめる。

 

「じゃ、オイラはこの辺で失礼するヨ!後はお若いお二人さんデ」

 

「おい!茶化すな!」

 

俺の叱責を交わすようにアルゴは麓に降りる山道を駆け下りていく。

 

2人取り残された俺たちはもう空が暗くなりかけていたこともあり、麓の街で一泊する事にした。

 

——————————-

第38層 始まりの街 リーストウッド 宿屋兼酒場

 

「なぁ、リズ。まだ怒ってるのか?」

 

目の前に座っている彼はそう馴れ馴れしく話しかけてくる。あたしはその問いに答える事なく、スープを口に運ぶ。今は話をしたい気分ではない。それはまぁ、アルゴとか言う情報屋がさっき言っていた事が原因と言えば、たしかに人間は小さいと思う。

 

まさかアスナとキリトが一緒に暮らす。しかも戦線を離脱してまで…。その事実にあたしはそこまで差をつけられていた事がショックで仕方なかった。

 

「はぁ」

 

彼はあたしの様子を見て小さくため息を吐くと同じ仕草でスープに口を運ぶ。妙な沈黙が2人の間に流れる。正直気まづいが、あたしも何も話す気は無い。

 

「試作品、壊してしもてごめん。でもあれはかなり画期的な武器やったわ。今回は剣形態しか使えんかったけど次は弓形態も試してみたい」

 

彼はあたしの不機嫌さがさっきのクエスト攻略の中で最高傑作の試作品を壊してしまった事が原因だと思っているのだろう。

 

「あれはいいの。また作ればいいし、やっぱりギミックの所の強度が課題ね」

 

あまりにも気にしている彼が不憫でつい口を開いてしまった。と言いつつもあたしはさっきの戦闘を思い返す。

 

キリトも凄いと思ったけど彼もやっぱり凄いと思った。あの戦術眼と作戦立案をあの極限の中でやってのけた。おそらく今攻略組に入っても見劣りはしないかもしれない。

 

「ねぇ、ユリさんてどんな人だったの?」

 

あたしはふとさっきの戦闘の中で不意にあたしが叫んだ顔も知らない女性のこと聞いてみる。

 

だが、その時逆に彼の顔を曇るのが見てとれた。おそらく不用意な質問だったんだろう。

 

そこからは逆に彼が食事が終わるまで無言を貫き、食事を終えてそれぞれの部屋に戻った。

 

『ラズエル!立ちなさい!ユリさんの敵取るんでしょ!』

 

やはりあたしは彼の事を知っている。でもどうして記憶が抜け落ちたりなんてするのかしら。システム上のバグ?とも考えられるけど分からない。

 

そんな事を考えてるうちに猛烈な睡魔に襲われ、あたしは眠りに落ちた。

 

 

 

第20話『狂想組曲 後編 -弓剣- 』 完

 



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第21話『天蓋落命 前編 -記憶-』

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アインクラッド第48層 リンダース

 

あのクエスト攻略から3日経った。でもまだまだ気分は晴れない。あたしの心の中の何かがポッカリと抜け落ちたような感覚が日に日に増してくるように感じる。

 

朝から店開きをして店内を掃除、壁に飾ってある武具を拭き、位置を整える。それからカウンターに座り、メールの確認。今日も特別な依頼は来ていない。その代わりに一件、珍しい人物からのメールが届いていた。

 

『リズ元気?リーテンです。今の層の攻略用にタンク用の鎧を強化したいんだけど頼めるかな……(中略)……じゃ、検討よろしくお願いします。』

 

SAOを始めた頃、仲が良かったリーテンというタンク職の女性。あたしがは鍛冶屋として初めて仕立てたのが彼女の鎧だ。あたしはギルドに入ってなかったけど初期の頃はよく一緒に狩りやクエストを一緒にしていた。彼女がいたから初期のあたしは生き残れたと言っても過言ではない。でも彼女が攻略組のギルドに入り、彼女に彼氏が出来てからあたしから距離を置いた。

 

当時の色褪せた世界で生きていたあたしは攻略組として、彼氏と一緒に頑張っている彼女がどんどん遠くへ行ってしまっている気がして自分から身を引いた。

 

でも今ならまた仲の良い友達になれそうな気もする。

 

『大丈夫。今ちょうど依頼も入ってないし、素材集めからやっとくから納期決まったら連絡するね』

 

あたしはすぐにそう返信を返し、メニューウィンドウを閉じた。

 

「さて、そろそろ来る時間かな?」

 

あたしは店の時計を見ると椅子から立ち上がり大きく伸びをする。そして工房に入るとこれから来るであろう訪問者に渡す品を準備する。

昨夜出来上がった品を見てあたしは少し不安になった。

 

確かに武器のランクとしてはS級ランクであり、申し分ない。でもこれがこれから来る彼を満足させ得るものなのか正直不安でしかない。

三日三晩、他の仕事をほったらかして没頭した作品である。これで満足して貰えなければ正直凹むどころの騒ぎではない。

 

「これでよし」

 

品物の準備を終え、店のカウンターに戻った時、カランコロンという音とともに扉が開いた。扉の奥から黄緑色の軽鎧に黒のライダースーツを見にまとった男性が入ってきた。

 

彼はあたしを見ると優しい微笑みを向ける。

 

「時間通りだね。流石!」

 

あたしの言葉に今日の訪問者ラズエルは小さく頷いた。

 

 

—————————-

 

「3日間集中したいから連絡も店に来るのもなし。3日後の朝10時に店に来て頂戴」

 

3日前、この場所でリズに言われた言葉を思い出す。本当に集中しているのかと何度か店を訪れたが、店は【閉店中】の札がかかったまま。中を覗こうにもカーテンも閉められていて、中の様子は分からない。でもトンカチを打つ音と何が生成するエフェクト音が中から聞こえた事からリズが中で作業をしていたのは紛れもない事実であろう。

 

その後も俺はリンダースの街に滞在して暇があればヘルブレッタとユキマサの情報収集のために方々へ足を運んだ。でも結局手がかりは見つからず、再度情報屋アルゴを頼った次第である。

 

そんなこんなしている間に3日が経ち、約束の日を迎えた。

 

「時間通りだね!流石」

 

そう言った彼女には最初再会した頃の硬さは既に取れているように感じた。思わず口元が緩むのを感じる。だが、一方で不安もある。このまま新しい2人の関係性が構築されてしまった場合、以前のような関係になれるかどうかだ。

 

まぁ、特に恋人同士とかそういうのではないけど、心を丸裸にして秘密を共有した同士…と言ったところか。

 

「ご依頼の品、できてるよん」

 

そう言ってカウンターの中から何かを取り出すリズ、するとカウンターの上に藍色に輝く弓と黒色に光る矢を目に留めた。

 

「凄い!」

 

俺はカウンターに吸い寄せられると素直にそう呟いた。そこには俺がファンタジーの世界で夢見た弓そのものがあった。俺が自作した弓とは全く違う。藍色の光沢に彩られた本体、手に持つ部分には黒色の黒曜石、弦も黒色の鋼を引き延ばしたようなものでできている。

 

次に矢を手に取った。それは同じく黒曜石で作ったのだろう鏃まで漆黒の矢が数十本、矢筒の中に入っていた。

 

ネイビール・シエラ(藍龍の咆哮)

 

俺は弓を手に取り、ウインドウに表示されたこの弓の名前を読む。武器ランクはSランク。攻撃力ももちろんこれまでと比べ物にならないほど高いが、それよりも耐久力と敏捷性にステータスボーナスが付く事が何よりもポイントが高い。

 

「藍色のボディは天隕石のかけらからできていて、その黒い所は鋼、弦は黒曜石を薄く伸ばした糸でできているわ。で、矢の方は黒曜石と金剛石を混ぜ合わせて元々柔らかくて強度の高い黒曜石の硬度を高めたものよ。共に今この世にはここにしかなりレア武器。まぁ、弓矢なんてもの自体が物珍しいものだから仕方ないか」

 

まくし立てるだけまくし立てて、最後に自嘲気味に笑うリズ、俺はその横顔に釘付けになった。窓から差し込む陽光がネイビール・シエラのボディに反射し、彼女の左頬を照らしている。その顔は3日前まで怯えたり小さくなったりしていた彼女とは違う自信に溢れた職人のそれそのものであった。

 

「な、何よ?」

 

しかし俺の視線に気づいた彼女は挑むような眼を俺に向けてきた。その表情が忙しいところまやっぱりリズだ。

 

「いや、やっぱ、こっちのリズの方がええなって」

 

俺の言葉にリズは純粋に顔を紅潮させて顔を背ける。俺はその様子を見て声を出して笑った。からかわれたと思ったのだろうか、再びリズは俺を睨んでくるが、その仕草自体が可愛い。

 

「あなたの事このまま思い出せなくても?」

 

リズのその言葉に俺はズキンと胸の奥が痛くなるのを感じる。もしや今の関係で彼女が満足してしまったら永遠に記憶は戻らないかもしれない。でも俺はそれでも良いと正直思った。

 

「あぁ、リズが隣で笑ってくれるんやったらそれでいい」

 

俺は素直に心から目の前ね目を丸くしている少女にそう告げていた。

 

—————————-

 

突然舞い降りた天使の矢はあたしの心の奥底に突き刺さった。あたしは体温が最高潮になるのを感じる。

 

「リズが隣で笑ってくれるんやったらそれでいい」

 

この言葉の意味を必死に考える。どう考えても彼の真意は一つしかたどり着けない。

 

「ちょっと待って!」

 

あたしは更に言葉を紡ごうとしている彼を制止する。そして大きく息を吐いた。反則だ…関西弁での告白なんて…

 

「本気?あたしなんかのどこがいいのよ?それにあたしは貴方のこと忘れてるんでしょ?マイナスしかないじゃん」

 

あたしは彼の告白とも取れる言葉を肯定したいのか否定したいのか分からなくなっていた。気がついたら自分を貶める事しか言えてな頭自分に苛立つ。するとそんなあたしをあざ笑うかのように彼は再び声をあげて笑った。

 

「あぁ、本気。記憶なんてなくてもええ。俺もまだ取り戻せてない記憶もあるし、でもそんな中でもやっぱ俺はリズに隣にいてほしい」

 

この人、正真正銘の本気?天然?普通なら絶対あり得ない事を言う彼の言葉があたしから考えるという作業を根こそぎ奪っていく。

 

「あたしにはちゃんと前から好きな人がいて、まだその人が忘れられなくて、でもちょっと寂しかったり辛かったりすると誰かを頼りたくなって…」

 

そこまで言った時、あたしは感情の高鳴りを抑えきれなくなってしまっていた。溢れる涙を止めることができない。

 

「…今は…まだ…あ…たしの…気持ちが…分からない」

 

そう言ってしまったあたしの頭を彼は優しく撫でる。その大きな手に思わず飛び込んでしまいたい衝動に駆られるがそれだけはダメだと我慢する。

 

「分かった。返事は今じゃなくてもええから」

 

彼はそう言うとあたしの頭から手を離し、カウンターに置かれた弓を手に取った。

 

「ちょっと試し打ちをしてくるわ」

 

彼はそう言うと踵を返して扉に向かう。あたしはその後ろ姿をじっと見つめる。一瞬、彼に全てを委ねてみてもいいと思った。そうすれば自然と彼のことを知りたくなって大事な記憶も戻るかもしれないと。

 

彼が店を後にして、しばしの静寂が店内を包み込む。そしてあたしは今日一番重要な事を忘れた事に気がついた。

 

「お代、もらってない」

 

一瞬でも彼に全てを委ねてみてもいいと思った自分に少し腹が立ち、でも心の奥では穏やかな気持ちでいる自分がどこかもどかしい。あたしはメニューウィンドウからメール画面を開くと、システムコンソールに指を這わしていった。

 

—————————-

 

ピコンっとシステムコンソールがメールの着信を俺に伝える。俺は試し打ちをしようとした弓を傍らに置くとウインドウからメール画面を開いた。

 

「ん?」

 

差出人の名前にさっきまでのリズとの時間が台無しになるのを感じる。この世界で久しぶりに穏やかな時間やったのに、それをぶち壊そうとしとるメールの差出人の名前は…

 

『はろーりょうちゃん?ちょっと顔貸してや?話あるねんなー。この前戦ったサバナの町のはずれに来てくれへんか?もちろんりょうちゃん1人で!あの女は連れてこんといてな。ややこしいから」

 

その忌むべき差出人の名前はユキマサ…

 

俺は傍らに置いた弓と矢筒をアイテムリストに仕舞うと一目散に走り始めた。この3日間探し続けた男の1人から連絡が来たのだ。願ってもない。今の俺にはこのチャンス逃す手はなかった。

 

ただ俺は気がついていなかった。さっきのユキマサのメールの裏側でもう一つ大事なメールを受信していた事を…

 

 

第21話『天蓋落命-前編- 記憶』 完



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第22話『天蓋落命 中編 -昇華-』

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アインクラッド 42層 サバナの町のはずれ

 

メールにて指定された場所に着くとそこにはまだ誰もいなかった。静寂に包まれる森の中でユキマサの姿を探す。

 

「ユキマサ、おるんやろ?」

 

俺は大声で叫ぶ。それによってモンスターが寄ってくることなど構いはしない。その時背後でガサガサと茂みが揺れる。俺は咄嗟に後ろを向くと弓を構えて矢を番える。もちろんリズから先ほど受け取ったものではない。弓も矢も自作のそれである。

 

どこでユキマサやヘルブレッタが見ているか分からなかった。敢えて今、手の内を晒す必要性も感じない。

 

茂みが再度ガサゴソと揺れるとそこから一匹のキツネに似た動物が飛び出してくる。この周辺によく生息している切りギツネの赤ちゃんだった。

 

俺はほっと一息つき弓矢の構えを解く。再び静寂が俺を包み込む。ユキマサは必ずこの場所にいる。俺はそう達観していた。彼の高校時代の性格からは考えにくいが、今の一連の彼の行動を考えると妥当だと感じた。

 

ここに到着して20分が過ぎようとした時、サバナの町の方角から足音が聞こえる。俺は咄嗟に物陰に隠れ、その人物がくる方向を見守る。

刹那何かが煌めくのが見えた。咄嗟に俺はそこから飛んできた飛翔物を首を右に振りかわす。

 

「ユキマサ!」

 

俺はその飛翔物を放った男、ユキマサの名を叫び、隠れていた茂みから外に出た。目の前には前とは違い漆黒の胸当てに手甲、足具まで装備したユキマサの姿がある。黒のフードコートは被っていない。

 

「りょうちゃんおまたせ!ごめんごめん」

 

悪びれる様子もないユキマサは俺の前へと進み出る。俺は彼との間合いを取るために二歩ほど下がった。

 

「いやさ、久しぶりに街の中を普通にプレイヤーとして歩いたり、フィールドも普通に来ちゃってもたから自分が思ったより時間かかったわ」

 

「それで要件はなんや?」

 

そういって笑うユキマサに俺は単刀直入に彼の目的と要件を尋ねた。

 

「まぁ、そう焦んなって!感動の再会やないかい」

 

そんな人を食ったような態度に俺の苛立ちは最高潮に達する。

 

「早く要件を言え。俺はお前との感傷に浸ってれる程、暇やない」

 

問答無用でユキマサの戯言を寄せ付けない俺の態度にユキマサは面白くなさそうに口を尖らせる。

 

「その分やとまだ記憶は戻ってないみたいやねー?」

 

「お前なんか知ってるんか?」

 

「あー怖い怖い!前はもっと感動的な再会やったのになー」

 

ユキマサの人を食ったような態度に対して俺は冷静になるように言い聞かせる。これがこの男の今のやり方なんやろ。挑発して、怒らせて、冷静さを失わせて自分のペースに引き込む。

 

その流れには決して乗ってはいけないと思った。

 

「まぁ、ええわ。要件ないなら帰るで」

 

俺はそう言うとアイテムリストから転移結晶を取り出す。するとそれまで余裕の表情やったユキマサの顔に一瞬だが焦りの色が浮かぶ。俺があまりユキマサに対して執着してないように彼には映ったのやろうか。彼は「まぁ、待ちーや」と俺の機先を制すると笑みを浮かべる。

 

「まぁ、ここから真面目な話や。りょうちゃんの記憶が戻ってないのがあれやけどな。俺さ、この世界を壊したいねん。正直俺の中であの日1日で俺の人生、この世はおわってしもた。だがら俺はこの世界を壊そうと考えた。そん時や恩人に拾ってもろたんわ。」

 

こいつ何を言ってんのや?それはまるで俺みたいやないか。

 

「分かるか?あの時、タケルをユリをお前を失って俺だけ生き残ったと思った時の絶望感。」

 

あの時、ヘルブレッタに拾われた俺と全く同じ。

 

「でも俺は救われたんや。あの人たちに。でもあの人らもこの前みんな監獄送りになってしもた」

 

やめろ。それ以上話を聞いたら全ての点と点が繋がってまう。

 

「だから俺が始めるんや。この世界をぶっ潰すギルドをな。だからお前も一緒にやらへんか?笑う棺桶(ラフィンコフィン)の意思を継ぐ

Le retour de l'ange déchu(堕天使の帰還)をさ。今は記憶はないかもやけどお前も一緒やったやないか」

 

「やめろ」

 

俺はユキマサの言葉を途中で遮る。全てが頭の中で繋がった。あの黄昏の茶会事件は笑う棺桶(ラフィンコフィン)によって仕組まれた事であった事。ヘルブレッタもその一員かもしくは協力者。俺とユキマサが生き残り、2人とも絶望の底に落とされ、この世界を憎みかけた事。その間隙を突かれてユキマサは笑う棺桶(ラフィンコフィン)の一員となった事。この前垣間見た記憶のかけらとユキマサの話から繋げると俺も笑う棺桶(ラフィンコフィン)に一時期身を置いていた事。

 

笑う棺桶(ラフィンコフィン)に居た記憶はない。全ては人の証言、状況証拠だけだが、そう考えれば全ての辻褄が合う。

 

「なっ?分かるやろ?お前やったら俺の苦しみが」

 

ユキマサが俺との距離を一歩詰めてくる。俺は再び2歩下がった。

 

「悪いな。ユキマサ。俺はお前に加担するつもりはない。俺は俺で今の世界が気に入ってるんや。それに俺にはタケルとユリの墓前に手を合わせるっていうの帰るための目標がある。ユリに託されたんや。あいつらがここで生きた証を現世に戻ってみんな伝えてってな」

 

俺はそう言い終える前に弓を構え、矢を放つ。ユキマサは俊敏な動きで躱すと憎悪に似た瞳で俺を見た。

 

「やっぱりこんなけ言ってもあかんか。あないな罪を犯したりょうちゃんがなー。まだこの世界を気に入ってるやと笑えるわ。はよ記憶思い出したらええのに」

 

そう言うとユキマサの手に片手斧が出現する。黄昏の茶会時代の彼の得物である。刹那凍るような視線が俺の身体を突き刺していく。これまでに感じた事の無いほどの強い殺気。ユキマサは本当に俺を殺そうとしている。

 

その疑念が確信に変わった時。俺は弓を捨てとある武器を召喚する。

 

両手剣 エル・ブラ・ディパルサー

 

『これも持って行ってね。御守り代わりにはなるでしょ??』

 

リズの言葉が頭の中を駆け抜ける、それだけでも冷静さを保つことができる。

 

「何それ?その武器かなりのレアもんやん?まさかあの女鍛冶屋にでも作ってもらったんか?そうか。りょうちゃんが俺に協力せんのはあの女のせいか」

 

刹那、俺は背筋が凍るのを感じた。こいつをここで帰したらリズに刃が向けられる。それだけはどうしても避けなければならなかった。

 

「ユキマサ、早まるな」

 

俺は脱兎のごとく地を蹴るとソードスキルを発動する。

 

両手剣ソードスキル 『アバランシュ・カセム』

 

一気にユキマサとの間合いを詰めると上段からの袈裟斬りを繰り出す。ユキマサが片手斧で俺の斬撃を受け止めると俺は両手剣を持つ手を絞り横薙ぎの斬撃に軌道をかえる。咄嗟にユキマサは後方に飛び、俺との間合いを取った。

 

「お前がどう思おうとも勝手やけど、彼女に手を出してみろ?俺はお前を地の果てまででも追い詰めてやる。例え彼女がおらんくなったとしても俺がお前に組するなんて事はない」

 

更に俺は地を蹴ると両手剣ソードスキル 『ブル・ランガット』を繰り出す。両手剣を真っ直ぐに構え、真っ直ぐユキマサに向かって突進する。それをユキマサは片手斧ソードスキル 『ダブル・クリープ』で俺の突進を弾くと俺は一瞬スタン状態になる。

 

「お前、腕落ちたんちゃうか?死ねよ」

 

『ダブル・クリープ』の2撃目が俺を襲う。俺の軽鎧をユキマサの片手斧がぶつかる。軽鎧の金属を潰すよう音と圧迫感が俺の身体を襲う。刹那、スタンが解けた事で俺は身体を捻るも、彼の斬撃の衝撃で吹き飛ばされそうになるのを両手剣を地に突き立て耐える。

 

「うぐぅ!まだまだ!」

 

次の瞬間俺は右手に六角柱状の筒を取り出す。ぶつけたものを黒鉄宮の監獄エリアをマーキングしている回廊結晶を手に取る。

 

「痛っ」

 

回廊結晶を持つ手に何かがかすり、激痛みが走る。俺は思わず回廊結晶を落としてしまう。

 

「ちぃぃぃ」

 

体が重い。右手から始まった痺れが急速に全身に回っていく。やばい…今ユキマサに攻撃されたら…

 

体が崩れ落ちていく中、俺は狂気の瞳が煌めくユキヒサの姿を目に留める。

 

「死ねやー!!」

 

スタンから回復したユキマサが再度片手斧を振りかぶる。ソードスキルも何もないただの斬撃…片手斧が振り下ろされたその時、俺とユキマサの間に誰かが躍り出てきた。一瞬視界に入ったのは眼を見張るような白銀の髪…

 

俺はそれを確認した時、意識を手放した。

 

 

 

第22話『天蓋落命 中編 -昇華-』 完



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第23話『天蓋落命 後編 -真実-』

薄れいく意識の中、俺のステータスバーが麻痺と睡眠の異常ステータスになっている事に気がつく。さっき右手に当たった短剣か何かに麻痺毒と睡眠効果のある何かが塗られていたのだろう。

 

「…!?」

 

続けてユキマサと誰かの声が聞こえる。ぼんやりとする視界の中でユキマサの斬撃を受け止めている人物を見とめた。

 

「ヘルブレッタ…さん」

 

刹那、俺は深い眠りに落ちた。

 

——————————-

 

………見覚えのある森の中

………見覚えのある仲間の顔

 

ただ違うのは俺の周りの視界。セピア色の映画を見ているかのような風景の中に俺はいる。前にも見た事のあるこの風景。

 

俺の前を3人の男女が歩いている。1人はタンク職の装備に長槍を右手に持つ大男。名前は確かジェランドという。その隣に赤色の軽鎧を見にまとった片手剣を持つ少女、赤い髪のアバターの彼女の名はミーナ。更には髪を青く染め、髪と同じ青色の武具を身にまとった長身痩躯、両手剣の男性、名はラウビット。

 

「ラズエル、どうした?」

 

ラウビットが振り返り、俺に声をかける。俺は「大丈夫や」と言葉を返し、彼らに追いつく。

 

ラウビット、ミーナ、ジェランドさん行ったらあかん

 

心の中でそう叫ぶも声には出ない。止めないといけない事は分かっている。でも今の俺では物理的に抗う術が無いという現実を知る。

 

「ラズエルもよくこんなレアクエスト仕入れたな?今度その情報屋を紹介してくれよ?それかお前、俺たちのギルドに入らないか?」

 

今俺が一緒にいるギルド『プランハーデン』のギルマスであるジェランドが俺をギルドに誘ってくる。プランハーデンは当時急成長を遂げていたギルドで、次のボス攻略にも招待を受けていた。

 

「まぁ、考えとくわ」

 

俺はそう答えると前を見据えた。目尻の端に何やらキラリと光るものを感じる。俺は刹那、恐怖を感じた。

 

そっちはあかん!罠が……罠がある

 

勿論、俺の心の中の声になってしまうので誰にもこの言葉は届かない。刹那、シュッっという風切り音とともにミーナが小さい悲鳴をあげた。

 

「キャッ!い、痛い」

 

ミーナのステータスバーが黄色く変わっている。麻痺状態だ。ミーナは膝から崩れ落ちるように倒れる。

 

「なんだ!お前たちは。ミーナに何をした」

 

突如俺たちの前に黒ずくめの男が1人現れた。顔はフードと仮面で隠しているのでわからない。血気盛んなラウビットはその男に挑むように近づいていく。

 

あかん、ラウビット…そいつらから逃げろ!

 

刹那ラウビットは彼の目の前にいた黒ずくめの男に首を刎ねられる。一瞬だった。何も抗う事なく、ラウビットの体は光に包まれポリゴンが揺れ四散する。

 

「え!なんなんだ?まさか殺人ギルド?」

 

ジェランドさんは動けないミーナを庇いながら槍を構える。

 

ジェランドさんも逃げろ!

 

俺は飛び出したい衝動に駆られる。しかし足が地面に張り付いたように動かない。おそらくジェランドやミーナから見ればただ今の光景を傍観しているように見えただろう

 

「ラズエル、ミーナを頼む!」

 

ジェランドがそう俺に告げると地を蹴った。タンク職の割に素早い動きに黒フードの男は一瞬虚を突かれるが、次の瞬間ジェランドの背後に降り立った黒ずくめの男が彼を後ろから斬りつける。

 

「きやぁぁぁぁぁ」

 

その時、ミーナの叫びがこだまする。その次の瞬間、もう1人の黒ずくめの男がジェランドさんの心臓に剣を突き刺す。

 

「ぐふっっ」

 

ジェランドさんはその光景をただ見ているだけの俺の方を向く。

 

「……ミーナを連れて逃げろ……」

 

最後まで俺を信じる言葉を残したジェランドさんは首を縦に折る。すると眩い光の先にジェランドさんのポリゴンは結晶となり四散する。

 

その時、やっと俺の足が動いた。麻痺毒がまだ効いているミーナの傍に駆け寄ると彼女を抱きかかえる。俺は彼女に駆け寄るとその手を掴んだ。だが、俺の顔を見たミーナの顔が安堵から突然恐怖のそれに変わる。

 

やめろ…やめてくれ…

 

俺は予想可能な結末に対して心の中で精一杯の抵抗をする。

 

「ツギハ……オマエ……」

 

だが、黒ずくめの男の片割れが出した声を合図に俺は短剣を振り上げるとミーナの首元に向けて突き立てた。

 

ーーーーいやっ、やめて……

 

ミーナの顔が恐怖から絶望へと変わる。

 

「悪かったな」

 

その時俺の喉の奥からその一言が漏れた。自分の声とは思えないほどに冷徹な声色…

 

刹那、突き立てた短剣の先から血飛沫エフェクトが舞う。ゴフッっと咳き込み血を吐いたミーナのHPバーが一瞬にしてゼロになる。俺の中にいた可憐な少女のポリゴンが揺れ、そして青白く発光すると四散した。

 

全てが終わった後、目の前にいた男が黒フードを取る。そこには満面の笑みのユキマサがそこには居た。

 

「ようこそ、笑う棺桶(ラフィンコフィン)へ。」

 

そう言葉を添えるとユキマサは俺に手を差し出してきた。

 

—————————

 

目が醒めると俺はどこかの部屋のベットにいた。ベットと丸テーブル以外は何もない、空虚すら感じるこの部屋。灰色の内装、窓がない事が更に空虚感を増しているように感じる。

 

俺はさっきまで見ていた夢を思い出し、吐き気を催す。

これは確かな俺の記憶…。表面上は消された記憶…でも心の奥底に封じ込められていた記憶。ユキマサとの邂逅で潜在意識として出てきたのかもしれない。

 

俺は苦笑いを浮かべるとかぶりを振った。もしこれが事実なら、いや、俺は確実にレッドプレイヤーの一員だった。そしてヘルブレッタに意図的にされたとは言え、この数ヶ月の間忘れていた。そして今でもまだどこか他人事のように感じている自分自身に心底嫌になる。

 

するとその時メール着信音が鳴り、メニューウィンドウに新着メールを知らせるアラームが出る。俺はメニューを開くとメール画面を開いた。

 

未読メール 31件

 

俺はその事実に驚愕する。慌ててメニューウィンドウにある日付を見た。ユキマサと戦い、気を失った日から既に7日が過ぎている。その間、俺はずっと意識がなかった?ということになる。

 

『ちょっとなんか返しなさいよ!ほんと心配だから連絡頂戴?弓のお代はもういいから』

 

一番最新のメールを開く。リズからであった。彼女の蝋梅と焦りが文面から見て取れる。メールを送れること自体、まだ生きている証拠なのだが、彼女にとってはそれどころではないらしい。

 

「ははは…ははっ」

 

そして俺は7日前に彼女に言った言葉を反芻し、自虐的に笑ってしまう。俺はリズにそばに居て欲しいと言った。でもその資格が今の俺にあるのだろうかと。レッドプレイヤーに成り下がっていた過去を持つかもしれない俺に彼女と一緒にいて幸せを噛みしめる事が許されるのかと。

 

俺は答えの出ない問いと答えを頭の中で繰り返し、再びベットに倒れこんだ。無機質な天井を見上げ、答えのない問答に思考を手放したくなる。

 

その時、部屋の扉がガチャリと音を立てる。俺は飛び上がるように起き上がると身構えて入ってくる人物を待つ。

 

「おぉ!起きていたか。7日も眠り続けていたから肝を冷やした」

 

ヘルブレッタはいつになく陽気に俺に話かけてくる。いつもの雰囲気と異なるその様子に違和感を抱くも指摘する余裕がない。

 

「どういうつもりや?」

 

俺の問いにヘルブレッタは苦笑いを浮かべ、手に持った盆を丸テーブルに置き、ベット脇に立つ。

 

「命を助けてやったのにそれの態度は流石にないだろう。まぁ、睡眠薬が効き過ぎて目覚めなかったのは少し焦ったけどな」

 

そう言って笑うヘルブレッタを見て元来この男はこういう気性なんだと気がつく。俺に対してはそれを敢えて隠し、偏屈な薬師を演じていたのだろうと考える。

 

「また夢を見た。いや、あれはお前が俺から消した記憶だろうな。正直ショックだったよ。俺がまさか笑う棺桶(ラフィンコフィン)の一員だったなんてな。今でも立ち直れそうにない。」

 

ヘルブレッタは俺の話を神妙な面持ちで聞いている。少し何かを考える素振りを見せた後、俺の顔を真っ直ぐに見据えた。

 

「お前は笑う棺桶(ラフィンコフィン)の一員ではない。あのギルドの中枢メンバーをPKした後、お前は罪悪感に苛まれて自殺未遂を図った。それを止めたのは俺。結果、幹部はお前の加入を認めず、俺が記憶を操作して、お前を監視下におく事を条件にお前の命を取る事はやめさせた。」

 

俺が自殺未遂…

ただ、笑う棺桶(ラフィンコフィン)に入っていなかったにしても何の関係もない普通のプレイヤーを騙して、襲って、死なせたのには変わりはない。一度やって仕舞えば同じだと思う。ただ、ヘルブレッタの話が本当ならば、あれ以上に無関係なプレイヤーを殺してなかった事はせめて救われる。

 

「その話。本当か?」

 

俺は再度ヘルブレッタに確認する。彼は静かに頷く、

 

「あぁ、だからお前はラフコフには加入してないし、あの事件以降はPKをしていない。それは安心してくれ」

 

「分かった。でも俺が一度でも犯した罪、それを今の今まで忘れてのうのうと生きてきていた罪は消えない」

 

俺がそう言うとヘルブレッタは困った仕草と笑みを浮かべる、

 

「お前らしいよ。だがな、お前はあの時ある意味仲間を失い自暴自棄になっていた。そこに付け込んだラフコフも悪い。ユキマサの奴は染まってしまったが、お前は染まらずに戻ってきた。それが全てだ」

 

ヘルブレッタはそう言うと立ち上がった。ちょっと買い出しに行ってくると言い、部屋を出て行く。彼が部屋から出るとガチャリと鍵が閉まる音がした。

 

俺は1人になった部屋を見渡し、大きく背伸びをするとベットに再び横になった。そして天井をの一点を見つめる。

 

リズに会いたい

 

俺はもう叶う事はないだろう願いを心から虚空に投げ、再び目を閉じた。

 

 

 

第23話『天蓋落命 後編 -真実-』 完

 

 

 

 



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第24話『暗暮流水』

アインクラッド50層 アルゲート

 

リズはヤキモキする気持ちを抑えきれないでいた。1週間もラズエルと連絡が取れないのだ。何かあったと考えるのが妥当である。あたしはエギルやキリトにも連絡を取ったけど彼の居場所がは分からなかった。

 

とりあえずあたしはエギルの店に来ている。そしてとある情報屋からの連絡を待った。

 

カランコロンという音とともに長いフード付きのマントを身に纏った小柄な女性が入ってきた。金褐色の髪がフードから覗く両頬に書かれた3本線が特徴的な女性。

 

あたしがここに呼び出したのは鼠のアルゴ、その人であった。

 

「よう!」

 

入ってきたアルゴにエギルが声をかける。アルゴは返事をせずに手を挙げただけで直ぐにあたしの隣に腰を下ろした。

 

「すみません。わざわざ来てもらって」

 

あたしはアルゴに頭を下げる。本来であればリンダースのあたしの店でもよかったんだけどアルゴの方から別の場所を指定してくれと言われた。そして出来るだけ遠回りをしてから来るようにとも。

 

「いやいや。こっちからお願いしたコトだから。それに誰もりーちゃんの後を付けたりはしてなかったから大丈夫ヨ」

 

そう言ってアルゴはエギルが出したお茶を一口飲むと思い切りむせる。そして彼女がこんなまどろっこしい待ち合わせ方をした理由もよく分かった。心配してくれている事に正直感謝しかない。

 

「苦い」

 

彼女はお茶の感想をそう短く告げるとコップをエギルに突き返す。渋い顔をしたエギルがコップを持ち再び厨房へと消えていった。

 

「それで?ラズ坊と連絡がとれないっテ?」

 

アルゴの問いにあたしは首を縦に振る。

 

「メール貰ってすぐ調べてみたけどリンダースの宿はまだ引き払ってないし、この1週間帰ってきてないらしい。確かに怪しいネ。リーちゃんの家から出た後の足取りも全くわからなかったナ」

 

リズはアルゴの話に「そうですか」としか返せず下を向く。そんなリズを見てアルゴは彼女の背中をさする。

 

「まぁ、まだメールが送れたり、フレンドに名前が残っているうちは生きてるって事ダカラ、多分大丈夫ヨ」

 

変に優しいアルゴの言葉にリズはまた泣き出したくなるのを必死に堪えた。最近本当に情緒がおかしい。

 

「ありがとうございます」

 

そう言って天井を見上げて涙が止まるのを待つ。「ふぅ」と一息付くとあたしはアルゴに向き直った。

 

「それで実はこっちが本題で…」

 

あたしの突然の話にアルゴは首をかしげる。あたしが今回彼女に話を聞こうと思った目的はにもちろん彼の行方も大事だったが、それ以上に彼女から聞きたいことがあった。

 

「ラズ坊の事か?」

 

全てを見透かしたような目であたしを見る。本当は反則だって分かってはいる。それに鼠のアルゴは人のプライベートな話は決して商売道具にしない。まぁ、時々話をした後に情報料を請求される事もあるみたいだけど、多分あたしが聞きたいような個人の内面にかかわるような話ではない。

 

「まぁ、オレっちが人のプライベートは知っていても話さないって信条って知った上での依頼…って事でいいカナ?」

 

アルゴはいつになく真剣な目をあたしに向けてくる。あたしが頷くと彼女は小さくため息を吐き、あたしから視線を外す。そして真っ直ぐに前を見据えたまま、口を開いた。

 

「あくまでも独り言だけどサ」

 

アルゴはそう前置きをした上で話し始める。彼がとある事件で心に傷を負い、そしてよくないギルドに誘われていた事。そこで半分洗脳されて入団試験と称したPKに加担させられたこと。それを苦に自殺未遂をして2週間行方をくらませたこと。戻ってきた彼は既に記憶を失っていた事。

 

核心には触れない程度にでもある程度想像できるように話すその話術は流石だと思った。大体ではあるがかなら具体的に彼の事を聞けた気がする。

 

「リーちゃんも記憶なくしたんだっテナ?」

 

「はい。彼、ラズエルとの記憶だけないんです」

 

そう答えるとアルゴは「そうカー」とだけ呟き、じっと何かを考えている。

 

「リーちゃんとラズ坊の事は自分で確かめてみたら?オレっちが教えるのは簡単だけどサ。それじゃ意味ないジャン。だからその部分には触れないし、これ以上ラズ坊のプライベートも掘り下げるつもりもナイ。彼自身の名誉のためにモネ。対象者の名誉を守るのも情報屋の仕事ナノダ」

 

そう言って胸をドンっと叩いたアルゴの様子にあたしは思わず笑みが零れる。かなり彼女から元気をもらったと思う、

 

「じゃ、オイラはそろそろ行くヨ。エギルの旦那にはよろしく伝えといて?」

 

そう言ってアルゴは席を立った。去り際に耳元で「情報料はこの前のクエストでお世話になったからタダにしとくヨ。次からは情報料もらうからネ」と囁いて、颯爽と店から出て行った。

 

「終わったか?」

 

ドアの開閉で鳴るカランコロンって音が鳴るとエギルが厨房から戻ってきた。おそらくあたしとアルゴに気を使って厨房の中で話を聞かないようにしてくれていたのだろう。

 

「あいつから何聞いたか知らねぇけどよ。リズベットはリズベットのラズエルにはラズエルの、それぞれの人生があるんだ。触れられたくない過去もあれば、忘れたくない記憶、経験もある。みんな違うんだ。だからお前達なら大丈夫だ。オレが保証する」

 

エギルの真剣だがどこか少しズレた話にあたしは思わず吹き出す。最初の出だしは良かったんだけど…

 

「エギルに保証されてもねぇ。補償はできないんでしょ?」

 

あたしのツッコミにエギルが思わず咽せ混む。どうやらさっきのお茶を飲んだかららしい。あたしは久しぶりに思い切り笑った。本当にこの世界に来なければ出逢えなかった大切な友人・仲間だと思う。

 

「ありがとう」

 

あたしはエギルにお礼を言うと無意識のうちにコップに手を伸ばす。お茶を一口含んでからあたしは後悔した。アルゴとエギルの経験を全く活かせてない。

 

もちろん例に及ばず、

 

「ガハッ…苦い」

 

あたしもお約束の言葉をエギルに向けて投げつけたのだった。

 

 

—————-

 

あたしはエギルの店を後にして、転移門に向かって歩く。街の喧騒がどこか懐かしい。そんな中でふととある売店が目にとまる。他に比べるとそんなに目立たないけど、なんだかその店が気になった。

 

「いらっしゃい」

 

暖簾を潜るとカウンターごしに恰幅の良い女性が出迎えてくれる。

生地が焼けてる匂いとソースの香ばしい香りとが食欲をそそる。

 

「一つください。それから水も」

 

現実世界でのたこ焼きを模した食べ物。近くのベンチに座り、爪楊枝を突き刺して口に運ぶ。表面をかじるとカリカリの表目が割れ、中からトロトロの生地と具が口の中に入ってくる。その熱さに口の中がびっくりするほど熱くなり、慌てて水を口の中に流し込んだ。

 

「熱っ…」

 

その時私の頭の中で何かがフラッシュバックした。一瞬で内容はよく分からないがデジャブに似た感覚…ふとあたしは食べかけのたこ焼きに目を落とす。

 

「たかがたこ焼き、されどたこ焼きか…」

 

あたしはよく考えれば訳の分からない事を呟く。たこ焼き一つにどうしてこれだけの懐かしさを感じるのか考えていたその時、ピコンと一通のメールが届いた。

 

「え?」

 

あたしは差出人の名前を見て驚き思わず立ち上がる。もちろん膝の上に置いていたたこ焼きは地面に落ち、刹那耐久を失い、ポリゴンと化す。でもあたしにとっては今受信したメールの方が衝撃的でさっきまで郷愁に浸っていたたこ焼きの事など既に忘れていた。

 

—————————

 

アインクラッド 第1層 はじまりの街

 

あたしはその後、すぐに第1層に向かった。SAO開始以来、フィールドには出ず、この街でただ静かにゲームがクリアされるのを待つプレイヤーが住む街。もちろん死の可能性の高い子どもや高齢者が特に多いように感じる。またそんな子供たちを保護すべくこの街に留まっているプレイヤーもいると聞いたことがある。

 

あたしは街に入るとメールで指定された場所に向かう。一時はアインクラッド解放軍の管理下にあり、法外な税金を課せられいた彼らもその主要幹部だった者達が更迭されてからは幾分か平和な暮らしに落ち着けているという。街の中を自由に駆け回る子供たち、道端で談笑をする高齢者、前線の緊迫感とは程遠いこの感覚にあたしはかつて忘れかけていた平穏という二文字の大切さを考えさせられる。

 

黒鉄宮の中に入ると今は無形の象徴となった『蘇生の間』を抜けて通路に入る。徐々に薄暗くなっていく視界にあたしは少し不安になるが突き当たりの行き止まりまで来た時に再び先ほど受信したを開いた。

 

『黒鉄宮の蘇生の間の横の通路に入り、行き止まりまで来たら一番左下にスイッチがある。それを押せ』

 

書かれた通りに左下に部分を探すと一つだけ突起した壁がある。それをゆっくりと押し込むとゴォーっという音と共に左手の壁が動き、新たに通路が生まれた。あたしはその通路に入る。すると壁は自然と元の行き止まりへと戻っていく。

 

「ふぅ」

 

あたしは小さく息を吐くとゆっくりと慎重に歩を進めた。別にメールの送り主を信用した訳ではない。でも今はこれにしか頼ることができない状況である事は変わりない。少しでも可能性があるなら賭けたいと思った。

 

しばらく進むと視界が明るくなってくる。もちろんこの場所はマッピングする事は不可能。多分ここで閉じ込められたら一生出ることが出来ないかもしれない。

 

そんな事を考えてるうちに目の前に赤褐色の扉が見えてきた。あたしはその前に立つ。扉に向かって伸ばす手が少し震える。あたしは取手に手をかけ、扉を右へスライドさせると中に体を滑り込ませた。

 

「よぅ。早かったな」

 

あたしの姿を見とめた男、銀髪痩躯の男はあたしのことを歓迎するように手を広げながらソファから立ち上がった。

 

「まぁ、座りたまえ」

 

男はソファに腰を下ろすように促してくる。この男、どこか会ったことがある。こいつがあのメールをあたしに送ってきたのだろうか?

 

「どうだい?調子は?」

 

ソファに腰を下ろしたあたしは彼の言葉に首を傾げる。商売のことを言っているのか、体のことを言っているのか正直相手の意図が全く汲み取れなかった。

 

「ぼちぼちよ!それよりあのメールの内容は本当なんですか?」

 

あたしは適当に彼の質問に答えると先程送られてきたメールの内容の真偽を確かめようとした。虚を突かれたのか男は一瞬驚いた表情をするとその顔に卑しい笑みを浮かべた。

 

「いきなり直球の質問か。かなり君も焦ってるんだな?そりゃ7日間も連絡が取れなかったら当たり前か」

 

男はそう言うと立ち上がると部屋の奥にある扉の前に立つ。

 

「だが、残念だ。お前がくる寸前にこいつはここから出ていったよ」

 

男はそう言うと部屋の中に入り、一振りの剣と一枚の紙封筒を持って出てきた。あたしはそれを受け取ると膝が震えるのを感じる。受け取った剣はあたしが彼に御守りとして渡した剣。

 

これがここにあるということがこの男が嘘をついていないことの証拠だと分かる。そしてあたしは封筒の中から便箋を取り出した。

 

『リズへ。お前がここに来ることをヘルブレッタから聞いた。でも俺は今お前に会う資格がない。だからこの剣とこの前の弓代はここに置いていく。この前は変な事を言ってすまなかった。でも俺がお前と出逢って、セピア色でしか見えてなかった世界が色鮮やかなものとして見ることができるようになった。それだけでもお前には感謝している。でも俺はやっぱり自分の罪を考えると俺だけ幸せになる事は出来ない。だから今までの事は全て忘れてくれ。勝手な事を言っているのは分かっている。でもそれが俺たちにとって一番いい。お互いに無事にゲームクリアまで生き残れる事を願ってます。本当にありがとう。ラズエルより』

 

あたしは手紙を読み終えると涙が止まらなくなり、立つ事さえ出来ずにその場にへたり込んだ。刹那、あたしは今まで色鮮やかだった世界が再びセピア色のそれになっていくようなそんな衝動に駆られていた。

 

 

 

第24話『暗暮流水 前編 -探索-』 完



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第25話『轟々龍雷 前編 -懺悔-』

アインクラッド 第1層 はじまりの街

 

俺はリズにどうしても会う事が出来なかった。

ヘルブレッタからリズに会わせてやると聞いた時は正直驚いた。もちろんリズと会う気は全くなかった俺はそれを固辞し、ヘルブレッタの部屋からも出て行く事にした。リズが来るだろう通路とは別の通路から黒鉄宮の外に出る。

 

外に出て初めてそこが第1層であると気がついた。

 

すんなり俺が出て行く事を許したヘルブレッタにも驚いたが、彼自身俺を監視し続ける必要もなく、また俺の行き先も分かっているからやろう。

 

歩きながら今日目覚めてから届いていたメールを読み返す。受信したのはアルゴとエギルからのメール、内容は別々の内容ではあったが、共に最後にリズに関する内容で締めくくっている。リズが必死になって俺を探している事がそのメールの内容からも十分に伝わり、胸が痛んだ。

 

そんな話を聞いてしまうとついメールを送ってしまいそうになる。

 

だから俺はヘルブレッタの申し出を固辞し、彼女の決別のために彼女から貰った護身刀と手紙をヘルブレッタに託した。正直リズにとっては自分勝手な言い分だと分かっている。勝手に告白しといて勝手に決別したのだ。身勝手な男と恨まれても仕方ないと思う。

 

「さて、行くか」

 

それでも俺は一人で決着を付けなければならないと感じていた。自分の記憶に、罪に。この世界の行く末を邪魔しようとしている阿呆な親友のためにも、そしてこれ以上無関係な死人を出さないためにもあいつを、ユキマサを止めなければならない。

 

「転移、第68層」

 

俺ははじまりの街の転移門の前に立つと次の行き先を告げた。

 

————————————

アインクラッド 第68層 ゴーラン遺跡

 

山をテーマにした層である第68層の迷宮区近くにあるダンジョン。その最深層にユキマサ達『堕天使の帰還』のギルドホームがあるという情報をアルゴから得ている。このダンジョンの最深区は圏内になっており、彼らがそこを拠点にしているとの情報が彼女からのメールに添えられていた。

 

俺は初めて訪れたダンジョンの中をゆっくりと進む。もちろんマッピングデータはアルゴから貰っているから問題ない。出現するモンスターとのエンカウントは出来るだけ避け、避けられない場合はリズの最初で最後の弓武器であるネーベル・シエラで一掃する。突然のエンカウントにだけ最新の注意を払い、俺はダンジョンの最深部を目指した。

 

俺がこんなにユキマサとの再戦を急いだ理由。

それは明日、第75層の攻略が行われるとの話をヘルブレッタから聞いたからだ。奴らが動き出すとすれば、今日。少なくともその前に片をつけなければならない。

 

7日間も寝ていたせいもあり、心身共に良好な状態にはある。

 

アルゴから転送されてきたマップデータの真ん中ほどまできた頃であろうか。ちょうど見渡しの良いフロアに出た時、いくつかの殺気を肌で感じた。神経を周囲に集中する。1.2.3.4人ほどこのフロアにいると感じた。

 

そんな殺気を放っているのは堕天使の帰還の一員である事は一目瞭然であった。

 

刹那、背後の風が少し揺らぐのを感じる。咄嗟に体を左に反転させると、俺の元いた位置には殺気のこもった長剣が振り下ろされた。

 

「ラズエルぅぅぅうううう」

 

黒フードを被った男は絶叫し、俺に襲いかかってくる。ステータスバーを見る限り、オレンジプレーヤーだ。既に彼らもPKをして人を殺している存在、俺と同類、もしくはそれ以上だ。

 

俺は男の斬撃をすんでの所で躱すとネーベル・シエラを構えた。リズお手製の黒曜石の矢を番えると試しに一矢放つ。矢は男の右肩に命中し、彼はその手に持っていた剣を床に落とした。

 

刹那、残りの男達が同時に飛びかかってくる。俺は冷静に3人の位置を確認すると立て続けに矢を放った。放たれたそれぞれの矢は場の空気を切り裂きながら飛び上がった男達に向かっていく。矢が彼らの足や腕、肩に命中した瞬間、矢の勢いに吹き飛ばされ、無情にも地に叩きつけられる。

 

ユキマサが放った刺客だろうか、彼らは俺との力の差を理解したのか戦意を失っているようにも見えた。

 

「お前!どうしてギルマスを裏切った」

 

最初に俺に斬り込んで来た男がそう叫んだ。その言葉は一瞬の反応を遅らせる。左から飛んで来た斬撃に気づいた時にもう手遅れだった。体を右に逃がし、剣を避けようとするが剣先が俺の脇腹を掠める。少量の血飛沫エフェクトと共に俺は態勢を崩し、その場に倒れる。

 

「ちぃ!」

 

今戦いに集中する事ができない。弓を構える暇さえ相手は与えてくれなかった。先程斬りつけてきた男はスタンが終わると同時に再び地を蹴りソードスキルを発動する。俺は次々と繰り出される斬撃や突きを避けるだけで精一杯だった。

 

さっきの男の言葉から推測するに、彼らのあのギルド、俺が幹部を騙し討ちしたギルドのメンバーだった男達であろう。俺やユキマサと同じようにギルドマスターや仲間をPKによる不意打ちで失い、怒りと哀しみで狂いそうになり、結果殺人ギルドに身を落とす。

 

そう考えると俺にも責任があり、彼らを一様に悪とは言えないんじゃないかと感じるようになっていた。

 

「お前がミーナを殺した」

 

激しい斬撃を繰り返してくる男はミーナという女性の恋人か何かだろう。あの夢で見た赤い髪の少女の顔がちらりと浮かぶ。

 

俺は思う。少なくともキリトやアスナ、エギルやクライン、そしてリズとは一線を画す領域に足を踏み入れてしまっているという事。そして俺は俺の罪によって新たな犯罪者予備軍を作ってしまったという事

 

彼らは恐らく現実世界に帰れたとしても犯罪者予備軍に成り得る可能性が高い。俺も含めて一度手を染めて仕舞えば、2回目からはその壁を乗り越えるハードルは下がってしまう。VRMMOで世の中を憎んだ人が現実世界で犯罪を起こす。今後考え得る事だと俺も思う。

 

そうであれば、こんなPK集団を現実世界に帰すくらいなら一緒に死んだ方がマシなのかもしれない。

 

俺は心からそう思うと、再び放たれた大ぶりのソードスキルを後ろへの跳躍で躱すと弓を構えて矢をつがえた。ユニークスキル『銀射手』を発動し、集中力を高める。矢を持つ手を開いた時、漆黒の羽が一気に宙空に放たれた。龍の突進のごとく青白いエフェクトを纏った矢は目の前の男の右腕を吹き飛ばす。

 

「ぐぁぁぁぁぁあああああ」

 

男の咆哮がフロアに響き渡る。そして男は地に倒れると痛みで左右に身体をバタつかせのたうち回る。HPバーが急激に減少し、レッドゾーンに到達している。

 

だが、直ぐに次の刺客が飛び込んで来た。しかも2人同時に上からと横からの斬撃を繰り出す。やはり弓だけでは剣相手の接近戦は分が悪いと痛感する。ネーベル・シエラで上からの斬撃を弾き、横からの斬撃を受け止める。だが、その時その男は斬撃をと斬撃がぶつかり合った衝撃を利用して身体を反転、俺の鳩尾に肘打ちを強くかましてくる。

 

「ぐはッ」

 

鳩尾を抉られた俺は思わずその場に膝をつく。

刹那、男が卑しい笑みを浮かべ剣を振り下ろすのを目先に捉えた。俺は床を転がり、寸前の所でその斬撃を交わす。すぐに次の太刀が迫ってくる。

 

劣勢である事には変わりはない。

 

「お前さえ、居なければ、居なければ!」

 

完全なる憎悪の対象として見られているこの状況に正直耐えれそうにない。怒りに任せて少し大振りになったその斬撃をステップで躱すと俺はネーベル・シエラを剣のように振るう。それは男の脇腹に直撃し態勢を崩したところに蹴りを食らわす。

 

「俺もこんな所で死ぬわけにはいかへんのや」

 

俺はそう言うと再びネーベル・シエラを構える。態勢を崩した男に対して漆黒の矢を解き放つ。宙空を走る矢は深々と男背中に突き立った。その勢いで男は前に突伏すように倒れこむ。

 

「これで2人。ここで2人を連れて逃げるか、更に俺の弓の餌食になりたいか選ばせたるわ」

 

俺は残った2人にそう告げる。2人のうち1人は俺に剣撃を打ち込もうと構えるが、もう1人に止められる。

 

「ふん。どうせなら私達の事を皆殺しにすればいいのに」

 

仲間を止めたその声に俺は驚きを隠せない。女性までオレンジプレイヤーになっているのか?その事実がかなりの衝撃だった。

 

「仲間の命を取らなかった事は一応感謝するわ。でも、私達は貴方を許さない。いつか必ず復讐してやる!!」

 

そう言って女ともう1人の黒フードの男を促し、傷ついた2人を抱えてフロアから出て行く。俺は4人を姿が見えなくなるとホッとため息を吐いた。

 

「いつか必ず復讐してやる…か…。そうだよな…俺にもタケルやユリがいたようにあいつらにも仲間や大切な人が居たんだよな」

 

俺は独り言のように呟くと壁にもたれ、アイテムリストからハイポーション を取り出すと口に含む。HPゲージが少しずつ回復を始める。その様子を目先に捉えて俺はその場に腰を下ろすと目を閉じた。

 

マップデータによるとこの先が最下層エリアだ。ユキマサは多分そこにいる。

 

「ふっ、また死ねない理由が増えたな」

 

俺はHPが完全回復したのを見届けると立ち上がる。その時フロアの中に入ってくる人影がいた。

 

俺は再び、弓を持つ手に力を込めた。

 

 

 

第25話『轟々龍雷 前編 -懺悔-』 完

 

 

 

 

 

 

 



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