「俺はロールプレイで救世主をやってるものだ」 (nanashi)
しおりを挟む
第一話 ヒーロー
俺はかつてユグドラシルである男に助けられた。
当時はゲーム内で異形種と呼ばれる種族を選択したプレイヤーをPKする行為「異形種狩り」が流行っていた。俺自身は初めてのゲームということもあり、よく分からずに異形種のキャラクターを選択してしまった。そのためプレイヤーたちからターゲットとして狙われてしまっていた。
その日もいつものようにPKされそうになるところを何とかして逃げていた。まともにゲームをすることも出来なかった。もういっそやめてしまおうかとも考えていたところだった。
それでも折角始めたゲームである。少しでも楽しもうと冒険を試みた。だが、探索に向かった先でも異形種狩りの被害に遭う。相手は二人、対して俺は一人。レベルもそれほど高くはない俺では二対一では倒すことはおろか、勝負にすらならない。
異形種狩りの二人組が声でコミュニケーションを取りながら俺を追いかけてくる。
「そっちに行ったぞ!」
「逃がすかよ!」
「クッ……」
形勢は悪化の一途を辿っている。このままじゃ追い込まれて倒されるのが目に見えていた。そして遂に追い込れ背後から魔法を撃たれる。
「おらよ!」
「……!」
俺はその魔法を背後から受けてしまう。追加効果のある魔法であったらしく動きが制限されてしまう。どうやらまずは機動力を奪ってから倒すつもりらしい。
追撃とばかりにもう一人のプレイヤーが俺に対して斬撃を浴びせてくる。遠距離タイプの魔法使いと、近距離の戦士タイプの二人組であることが分かった。だが分かったところでこの逆境を覆すことは出来そうになかった。
倒れる俺にとどめを刺そうとする戦士のプレイヤー。
「もう逃げられないな、これで終わりだ!」
「はぁ……」
またPKされるのか。もうこのゲーム辞めようかな。
……そう思った瞬間に白銀の鎧を着た騎士のような姿のプレイヤーが飛び出てきて異形種狩りの戦士を切り飛ばす。
そこからは一瞬であった。異形種狩りの二人のプレイヤーをまるで何事もなく順番にそれでいて的確な攻撃方法で倒していく。助かったのか?……事態を飲み込んだ瞬間には白銀の騎士がただ立ち尽くすだけであった。
白銀の騎士は俺に近寄ってきた。俺は一番に疑問に思っていたことを聞く。
「どうして見ず知らずの俺なんか助けたんですか?お礼として渡せるようなレアなアイテムもなければ、金貨だって大してもってませんよ」
俺の質問に騎士は何事も無かったかのようにこう答えた。
「誰かが困っていたら 助けるのは当たり前!」
そう答えると同時にその騎士の背後に「正義降臨」のエフェクトが掛かる。
俺は初めてユグドラシルにおいて人の優しさに触れることが出来た。
俺はその後にその騎士から初心者向けの情報や、装備を一部譲ってもらった……そして俺は騎士の考え……正義の心に強く惹かれるものがあった。
騎士に感謝をし別れる。
そして俺はこのユグドラシルでのプレイスタイルを見つけた。
俺は皆を助けるロールプレイをしようと心に決める。
誰かを助けるためには誰よりも強くならなければなかった。
だからまずは更なる力を求めて種族を人間種に変えた。ユグドラシルにおいて異形種は弱点を抱えることが多い。どんな状況にも対応するためには異形種を捨てて人間種になることが一番の優先事項であった。
そして次にひたすらレベル上げをし、職業レベルの最適解を限界まで調べ上げた。どの職業をどれだけ取ればどれくらいの効果があるのか徹底的に調べ上げた。そして基本的な近接戦闘を主軸とし職業レベルを最高率での組み合わせを見つけることが出来た。
装備も妥協してはならない。いくつもの冒険と現実の時間を費やすことで、神器級の完全武装を成し遂げることに成功した。色は白銀の騎士をリスペクトして、その対となる赤を選んだ。全身緋色の鎧を身に纏う。
守るばかりでは何も守れない。戦いには力が必要だ。武器だけは妥協するつもりはなかった。幾多の冒険を経て、遂に素材タイプのワールドアイテムを一つだけ手にすることが出来た。それを使い一振りの剣を生み出す。その剣は、剣と呼ぶには圧倒的かつ強大であった。
あとはひたすら経験を積んだ。困っている奴がいれば助けに行き、ダンジョン攻略に手こずっているギルドがいれば助っ人に入り力貸す。ただひたすらに人助けと戦闘を繰り返す。一つのギルドに入ることはしなかった。常に強さばかりを求めてたった一人で戦い抜く。妥協はない。あるのは自分の憧れたあの騎士に追いつくためであった。
そんなロールプレイを何年か繰り返していく。
そのうちに俺はあることに気付く。
俺は誰にも負けない『強さ』と『救世主』と言う謎の職業を手に入れていた。
それから俺は一度も負けることはなかった。ただひたすらに人を助け、モンスターを狩り、ゲームを終える。その動作が体に染みついた時、敵は存在しないことを悟る。
そこから更にユグドラシルで限界を求め、窮地に自ら飛び込む。
そしていつしか俺はユグドラシルと言うゲームをクリアしてしまっていた。
◆
「今日でユグドラシルも終わりか……短かったな」
何もない夜の平原ステージで一人のプレイヤーが月を見ながらぼそりと呟く。全身深紅の鎧を身に纏った男は草原に座り込みただひたすらにその時を待っていた。
「さあ、終わろうか……」
そしてユグドラシルのサービス終了と同時に終わる筈だった。
終了と同時に目を閉じる、もう一度開けばそこにはゲーム終了により現実に戻る筈であった……あったのだがどういう訳か目を開くと見知らぬ森の中にいた。
顔を冷たい風が撫でる。今まで嗅いだことのない自然の香り、樹の匂いを男は感じていた。
目を開き周りを見渡すと見たこともない夜の森の中に佇んでいる自分が一人だけ。
「空気が異様に澄んでいる、それに体中変な感じがする。一体どうなっているんだ。ゲームのバグか?それとも……コンソールはでないか」
男が住んでいた場所は、環境汚染の悪化によりガスマスクが必要な程に空気が汚れていた。
それがこうまで違うとなると自身の現在地はまったく予想がつかない。
また、体のいたるところにもこれまでと違う点がある。体中から力がみなぎる、視力や嗅覚の向上、まるで自分ではない別の誰かになってしまったような感覚だった。
意識を落ち着けるために大きく深呼吸をする。
「とりあえず歩いてみて、辺りの様子を探るしかないか」
観たこともない草木や花に気味の悪さが出てくる。歩けば歩くほどにこの世界と自分のいた場所の『異質』さが感じられてきた。
「ナノマシンの暴走で夢を見ているのか、それとも死後の世界か。異質な世界、まさに異世界ってやつなのかもな。人がいたら良いんだが……それと今の俺の格好はゲームのものだが……だとすれば魔法も使えるのか」
ゲームで使っていた魔法を口に出してみる。
【魔法の矢《マジックアロー》】
すると、青く煌めく光の矢が発射される。
「なるほど……ユグドラシルのゲームがこの世界と関係しているのは確か」
それが分かれば後は色々と実験をしていくだけだ。
まずは、アイテムボックスについてだがこれについては、中身はそのままにゲームと遜色なく使えた。
様々な実験進めながら歩んでいくが、進めど進めど景色は相変わらず変わらないままだった。この暗い森の中で完全に迷ってしまったらしい。
「仕方ない【飛行《フライ》】を使うか」
これまで【飛行《フライ》】を使わなかったのにはいくつかの理由があるが、一番は飛行型の生物との接触を避けるためだった。
だが、このまま迷っていても埒が明かないと決め呪文を唱える。
【飛行《フライ》】
魔力の減少をほんの少し感じながら、宙を舞っていた。これが現実の世界なら喜んだであろうがそんな余裕はない。
空中を浮遊しながら進んでいると遠くの方に明かりがあるのが見て取れた。
そこに向けて一直線に進む。
近くの木陰に降りてから明かりの方を見ると驚愕の光景が目に入った。
「グゥォォォォオオオッ!!」
虐殺。凄惨な状況が目の前で行われていた。
襲われているのは現代的でない服装をした人間達。
一方、襲っているのは見た目からでも分かる強靭な筋肉と茶色の毛皮、獰猛さの象徴のような牙と爪。
ユグドラシルでも似たようなものを見たことがある。
あれは【獣人《ビーストマン》】だ。
男はこの村のことなど何も知らない。ただ通りすがっただけの一般人だ。知らんふりを決めこんで立ち去ったところで誰かに責められる訳でもない。それどころかこの世界がゲームなのか現実なのかすら分からない。
だがたとえ作られた世界であっても、現実であってもやるべきことは分かっていた。ゲームの力が使えるなら【獣人《ビーストマン》】ごときには後れを取らない筈である。いや、そもそも勝てる勝てないじゃない目の前の虐殺が許せなかった。困っている人がいれば助けるのは当たり前だからだ。
そう覚悟を決めた瞬間に辺り一帯に大きな子供の声が鳴り響いた。
「お母さん!おかあさぁぁぁあん!」
どうやら母親とはぐれた子供が必死に助けを求めていたのだった。
それに気づいた一匹の獣人が子供の首をはねようと拳を上げながら接近し、爪を振り下ろす。
「もう大丈夫だ」
子供の前に立ちはだかった男は獣人に一撃だけ殴る。
ドンッ!という音が一瞬だけ鳴る。
その瞬間、空間に穴が開き気づけば獣人の体には巨大な風穴が空いていた。
男は怯える少女を安心させるために名を名乗る。
「俺の名前は【緋色】、ロールプレイで救世主をやってるものだ」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第二話 救世主降臨
「俺の名前は【緋色】、ロールプレイで救世主をやってるものだ」
赤き鎧に赤のマントたなびかせた全身鎧の戦士が女子に名乗る。
「……ヒーロー?」
「いや緋色だ。だが、まあ、好きに呼べばいい。それで今襲ってきた奴はお前達に何か恨みがあって襲って来たのか?」
緋色は助けた女子に問う。
緋色は目の前に殺されそうになった女子を助けることが正義だと思って助けた。ただその行為が正しいことである裏付けはない。だから何故『この村が襲われているのか』を知る必要があったのだ。
「……ううん、獣人たちは私達を食べるために殺すの」
「なるほど、食事のために人間を殺しているという訳か。まあ、自然の摂理だと断言すればそれまでだが……同族を食われて黙ってるほど俺も人間を捨ててない。安心しろ必ず助けてやる」
突如現れて自分の窮地を救ってくれた謎の赤き鎧の男『緋色』。いくら命を助けてくれた相手であるからと言って見知らぬ冒険者相手には警戒をするのが普通である。
だがこの男の言葉には不思議な力がある!
男の優しさがこもっているのだ!
さっきまで恐怖で錯乱した精神が安定していく。
実際は緋色が所持するパッシブスキル【希望のオーラV】の効果による精神安定のお陰であった。
女子は緋色に頭を下げて助けをこう。
「お願いします……この村を救って」
「当り前だ。だがまずはお前自身の安全だな【多重第6位階聖鳥召喚】」
その瞬間に魔方陣が形成され白い鳥の聖獣が複数召喚される。緋色は基本的に近接戦闘職ではあるが一応、最低限の重要な魔法は取得している。この召喚魔法は索敵にも使えるために取得していたのであった。
ユグドラシルに存在する聖獣系モンスター【聖鳥】。白い比較的大きな鳥であり、優れた機動力と癒しの魔法を使う。
「一匹はこの子について一緒に周りの人間たちを守れ。他の者は見つけて襲われている人間たちを助け、傷ついたものを癒せ。とにかく人命を第一に行動するんだ」
指示を出すと聖鳥たちは合図とばかり一声鳴く。
「キィー」
「よし、行け」
女子と聖鳥は共に駆けだして飛んで行く。それと同時に他の聖鳥達も飛び立つ。先程一撃で獣人を屠れたことからレベルは聖鳥よりも低いと判断した緋色。一人では間に合わない場合を考慮しての召喚である。
緋色は再び飛行を発動すると空から村を見下ろす。現地点は村の端であることがわかった。そのため中央に移動して戦闘が激化している場所に参戦することを決める。村の中央に移動するとそこでは鎧を纏った戦士たちと獣人の大群が一進一退の攻防が繰り広げていた。いや、よく見れば圧倒的な獣人の数に人間側がドンドンと押されていっている。
「まずは戦況を覆すべきか」
とりあえず獣人を撤退に追い込むことが必要だと考える。安全の確保が最優先だと決めると地面に向けて一直線に降りる
そして高速で降下し、戦場のど真ん中に降り立つ。
赤き鎧の戦士に周りの獣人も、そして獣人と戦っていたはずの人間たちも動きを一瞬止める。空気が変わったのがその場にいるすべての生物に分かってしまう。
「お前達獣人に言葉が通じるかは分からないが一応警告はする。退け」
その言葉に獣人たちはやっと我に返る。そしてすぐに緋色目掛けて戸惑いもせずに突っ込んでいく。緋色の言葉は翻訳機能を通して獣人にも伝わっていた。だが獣人たちからしたら派手な鎧を着ただけの下等な人間種。負けるはずがないと決めつけ戦闘を再開させたのだ。
「いくぞ……!」
束になって襲いかかる獣人に、戦況が逆転する一撃を放つ。
ギュゥィン!……ドンッ!
風を置き去りにした後に、何かが破裂する音が響き渡る。
一発。
たった一発の正拳突きは向かって来た獣人を全て払い除け文字通り穴を開けた。
一匹は血反吐を吐きながら宙を舞い。
一匹は拳圧で腹を抉られながら地面を転がり。
一匹は顔がなくなった状態で後方遥か彼方に飛ばされる。
襲って来た数匹の獣人全てが何かしらの致命傷を負い絶命していた。
一波目で来なかった獣人たちが二波目を形成して襲い掛かる。あれだけの一撃を放った後でなら大なり小なり隙が生まれる。獣人たちは傲慢であるが馬鹿ではない。一波目で散った仲間のためにも即座に追撃をする程度には知恵があった
それに対して緋色は冷静に拳を構える。獣人の隙が出来るという予想はこの男には当てはまらなかった。緋色が先程放った一撃はただのパンチ一発である。その程度であれば……いくらでも撃てる!
「せい!」
ギュゥィン!……ドンッ!
そして二発目の拳が放たれる。
先程よりも多くの獣人が肉塊となって赤いを雨を地に降らせる。
遠くからその光景を見ていた他の獣人はそのニ撃で悟る、否、悟らされる!
勝てるはずがないと。挑んでは絶対にいけない敵が現れたと。
見張り担当の獣人は雄叫びを上げる。
「ウォォォォオオオン!」
その雄叫びが発せられると遠くにいる獣人たちは一斉に撤退を開始する。
その光景を眺める緋色と、突然の援軍にいまだ状況が読み込めずにいる戦士たち。緋色の目的はあくまでこの町を守ることを第一としている。そのため余計な深追いはしないと最初に決めていた。
またこの村自体小規模であるために攻め込んできた獣人の数も多いとは言えない。あっさりと撤退してくれたのには獣人自身が援軍を呼ぶのに時間がかかることも理由の一つであった。
緋色は近くで腰を抜かしている戦士に腕を貸す。
「二発で撤退の判断をしたか……思っていたよりもあっさり帰ってくれて良かった。大丈夫か?治癒が必要なら手を貸すぞ」
「!?……あ、あんたは一体何者なんだ!?」
「俺の名は緋色、ロールプレイで救世主をやってるものだ」
「ロールプレイ……?」
「……まあ、通りすがりの正義の助っ人だ。偶然この村に辿り着いたら獣人が虐殺をしていたので見過ごせずに助けに入った。それで傷を負っている奴はいるのか?一応、ポーションや回復魔法なら持ち合わせているが」
「そ、それなら後方に怪我人を集めている場所がある!そこに行って重症者から先に治療してやってくれ!報酬なら後で国から払う!だから頼む!」
「分かった。すぐにでも案内してくれ」
緋色は村の中央で戦っていた戦士たちのリーダーの後について行く。
月明かりに照らされた村は血の匂いが立ち込めていた。道端で息絶えている死体を何体も見てきた。緋色はもっと自分が早く来ていれば助かる命もあったのではと考える。だが所詮はたらればの話。今は残ったものの命を救うことを第一に考えていた。
また蘇生アイテムがない訳ではない。この世界で使えるかは分からないが持っていることには持っている。しかし無暗に使うつもりはなかった。死者を蘇らせることを他の者に知られれば争いが起きることは簡単に予測できるからだ。
そんなことを考えながら歩いていると怪我人が集まっている場所につく。
「ここだ……どうかよろしく頼む……」
「任せてくれ。だが……思っていたよりも数が多いな。手早く済ませるぞ」
治癒魔法をかけている者が既にいたが、低位の回復魔法では焼け石に水程度の効果しか得られていない。体の一部が欠損した者などもいる。血が流れ過ぎて死を待つだけの者もいる。
だが負傷者の中で救えない命など一つもないことだけは確信できる。
中位回復魔法を一人一人にかけてまわる。村人自体のレベルが低いおかげなのか、予想よりも簡単に回復していく。
「やはりユグドラシルと比べてもレベルに差があるのか……どうやらゲームの世界の延長線上とは思わない方が良いのかもな」
この世界ではユグドラシルでは感じえなかった匂いや痛覚が存在する。そして生身の肉体にもしっかりと感覚がある。本来であればNPCとされる存在に声も意思もある。もはや、ゲームではないことくらい容易に理解できる。
「まあ、やることは変わらないか……」
怪我人の治療が全て済むと同時に、飛ばしていた聖鳥たちと村人が集まっていた。最初に助けた女子もその中にいることを確認する。
この場所まで案内してくれた戦士のリーダーが代表して緋色に言葉をかける。
「竜王国騎士団を代表してお礼を申し上げます!あなたがいなければこの村は潰れていた!必ずや報酬をお支払いすることを約束してみせます!」
「竜王国?」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第三話 反撃
「なるほど大体わかった。こちらは情報が全くない状態でこの国に着いたものだから助かったよ。だが、獣人に攻め込まれているとはな……どの世界でも争いは絶えないという訳か」
緋色はその後、竜王国騎士団員と村のご厚意で無事だった建物に招かれる。そこでこの世界にまつわる情報について教えてもらっていた。周辺の地理や、簡単な国の情勢、基礎的な知識など、聞けるものは全て聞いた。
そんな緋色に対して騎士団員は嫌な顔一つせずに全てを教えてくれた。命の恩人だというのも理由の一つである。しかしそれとは別に緋色がこのまま竜王国にとどまり、獣人との戦争に参戦して欲しいという思いがあるからだ。
それほどまでにこの竜王国という国は獣人により危機的状況に陥っているのである。そこに偶然迷い込んだ緋色と言う切り札をどうしても手放したくなかった。
「緋色殿には今回の救援、感謝してもしたりません。不躾であることは重々承知しております。ただ……どうしても聞き入れてもらいたい頼みがあります」
「改まってどうした?遠慮はいらないハッキリと言ってくれ」
「どうか獣人との戦争にあなたの力をお借りしたいのです!隣国であるスレイン法国の力を借りてはいるものの獣人たちの圧倒的な数と力の前に追い込まれているのが現状です。日に日に自国の村や町が落とされております」
「……なるほど」
「今この国には強き者が必要なのです!さきほど見た獣人を一撃で数匹屠るあの力、そして癒しの力を持った鳥を使役する魔法の技術、更には重傷者を一瞬で治癒する回復魔法、その全てが我々に必要な能力なのです!お願いします!我が竜王国に力をお貸しください!」
緋色は少しばかり考える素振りをする。
緋色自身これからどう行動するべきか悩んでいるところであった。基本的には元の世界への帰還を望んではいる。あそこには残してきた者や物がまだ沢山あるからだ。だとすれば取るべき行動は帰還方法を捜索をするのがセオリーと言える。
だが、ここでこの国の惨状を無視することは出来なかった。
この村で死んでいった者たちを見てきた。家族を失い失意にくれた者もいた。そんな光景を見ていると無性に心が痛くなるのを感じるのだ。助けたい、何とかしてあげたい、そんな思いが沸々と湧いて出て来る。
「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前……か……」
自分の為すべきことを今一度心に刻む。
「分かった。この戦争に一枚かませてもらう。その代わりと言っては何だが俺にも欲しいものがある」
「……それは一体?」
「知識だ」
◆
――竜王国に存在するとある町
雲がほとんどない快晴な空に対して、その町では血なまぐさい戦争が行われていた。町を陥落させようと攻めているのは獣人の大群。それに相対するは竜王国が防衛のために派遣した騎士団たちであった。
陣やバリケードを作成利用しての戦闘で何とか獣人の進軍を抑えている騎士団であった。だが、それも獣人の剛力と俊敏性、そして何よりその数による人海戦術に
対してジリジリと押し込まれていっている。
そもそも獣人と人間では生まれ持った身体能力の差が大きかった。鋭い爪に固くとがった牙、屈強な肉体にスタミナ、生まれつき高い脚力など生粋の戦士としての種族なのである。そしてその能力を一番生かした戦い方が突撃による一点突破であった。
敵陣営に突撃を掛け、混乱に乗じて内部からその身体能力で搔き乱す。単純であるが最も厄介な戦法を獣人たちは得意としていた。また、獣人は人間を恐れることなど基本的にない。人間は所詮は自分達の餌であると決めつけているからだ。そこに更に生来の獰猛さが加わることでまさしく狂戦士の如き戦い方をする。
そんな相手に竜王国の人間は何人も殺されて来た。
それでも人間は自らの生存圏を守るために必死に抗う。
現在戦争が行われているこの町の中で、獣人相手に必死の戦いを繰り広げている若い新兵がいた。
彼は今日初めて戦場に降り立った新兵であった。この町で生まれこの町で育ち、そしてこの町を守るために騎士団の一員となったばかりの若い男である。そんな彼は故郷を獣人の手から防ぐために戦いに参加したのである。
そんな彼は複数の騎士たちと連携を取りながら獣人と戦闘を繰り広げていた。
「グォォオオオオ!」
「クソ!いい加減に死にやがれ!」
「俺が盾で中央から引き付ける。お前達は左右から挟み撃ちにしろ」
「了解」「分かった」
獣人との戦闘において一対一のタイマンは基本的に実力のある者しかしてはならない。一対一で戦った場合は圧倒的に獣人の方が有利だからだ。そのため戦闘の際にはこうして味方と連携を組んでの討伐が必要であった。
一人が敵を引き付けてる間に、新兵ともう一人の兵士が左右から脇を切り裂く。獣人の固い毛皮と筋肉を引き裂き致命傷を与えることで何とか一匹討伐することに成功する。
一匹討伐したところで新兵は片膝をつく。
新兵は初めての戦場ということもあり、精神的にも肉体的にも疲労していた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「はい……まだ戦えます……」
「無理はするなよ。今回の獣人どもの突撃を凌ぎきれば援軍が到着すると連絡が入っている。それまで何としてでもこの戦線を維持するんだ」
援軍が来る。
その言葉が新兵を元気づけてくれた。新兵にとって故郷のこの村は絶対に守りたい存在である。だから何としてもここで倒れるわけにはいかない。
その後も高い連携を生かして襲い来る獣人を撃退していった。
このペースでなら何とかなるかもしれない。そう言った希望が湧いて出て来る。
「これなら何とかなる……!」
だがその希望は一匹の異常な獣人によって脆く崩れ去る。
「何だあいつ……」
前方からゆっくりと余裕を見せながら一匹の他よりも一回り大きい獣人が攻めてくる。肥大化した筋肉、他の者よりも巨大な爪と牙、そして何よりその獣人が登場した瞬間に周りの空気が一変したのだ。
その場にいた全員が唾を飲む。
その場にいた全ての兵士たちが自分達では相手にならないと感じ取る。
それほどまでにその獣人は異常であったのだ。
「ウォォォオオオ!!!」
たった一回。その一回の雄叫びで兵士全ての戦意を削いで行く。新兵も体の震えが止まらず、その場から逃げ出してしまいたいという気持ちでいっぱいになっていた。威嚇と言うにはあまりにも攻撃的過ぎる雄叫びであった。
獣人たちのなかにも個体差によって強いものや弱いものが存在する。魔法を使わず肉弾戦を主とする獣人は、特に身体能力の個体差と言うものが多きかった。
今回新兵やその他の兵士の前に立ちはだかった巨躯の獣人は、生まれつきの戦士であった。戦闘センス、知能、身体能力、その全てが他の獣人たちを大幅に追い抜いていた。そして獣人たちを取りまとめる隊長のような役割を任せられている。
その巨躯の獣人本体が来たということは本気でこの町を落としにかかってきたということであった。
巨躯の獣人は全力の突進で防衛線を破壊しに来る。
「矢を放て!」
弓兵部隊が矢を放つ。しかし、他の獣人よりも固くしなやかな毛皮と柔軟かつ硬質の筋肉の前では刺さるどころか弾かれてしまう。
「ガァア!!」
そして防衛線の最前線にて盾を構えていた兵士を殴り飛ばす。その一撃で兵士は空高く舞い地面に激突すると同時に気を失う。
そこからただひたすらに暴力の限りを尽くしていた。
裂き、殴り、蹴り、己の全ての体を使って周りにいる全ての兵士を蹂躙していく。その姿はまさしく鬼神の如き暴力であった。
新兵は目の前で行われている惨劇に足がすくんで動けなくなってしまう。
そんな新兵に対して他の兵士が声を張り上げる。
「立て!そしてこの場から逃げるんだ!」
その言葉でやっと足が動くようになる。
「お、俺も戦います!」
「いいから逃げろ!お前はまだ若い!逃げて何としてでも援軍と合流するんだ!」
そして次の瞬間に逃げろと警告してくれた兵士の体が壁に叩きつけられる。
巨躯の獣人は狙いを新兵にさだめると、より恐怖を与えるためにゆっくりと近づいてくる。もはやこれは一方的な虐殺へと変化していた
新兵はもはや腰が砕けて逃げることすら出来なかった。
「嫌だ……死にたくない……」
「助けてお願いします!」
「誰か!誰でもいい!助けてくれ頼む!まだ死にたくないんだ!!」
あきらめとも取れるその叫びは普通であれば誰にも届かない!
この巨躯の獣人の前でいくら叫ぼうとも誰も助けてはくれない!
『あの男』以外には!!
「遅くなってすまない」
巨躯の獣人の一撃を片手で受け止めるのは、突如現れた緋色の鎧を纏った騎士であった。そしてそのまま獣人の拳を、卵でも握りつぶすかのように容易に砕く。
「グォゥウウウウ」
そしてそのまま獣人目掛けて拳を振るう。
ドンッ!
肉体が肉塊に変わる
晴天の空の下、そこだけには赤い雨が降っていた。
緋色の騎士は新兵に語り掛ける
「よく頑張ったな……直に援軍が来る。そしたら今度はこちらから反撃だ」
新兵は問う。
「あなたは一体?」
「俺の名は緋色、ロールプレイで救世主をやってるものだ」
「そして竜王国の味方でもある」
反撃の狼煙は上がった!
目次 感想へのリンク しおりを挟む