ボイロランナー“京町セイカ” (一条和馬)
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≪登場人物・設定資料等≫

≪登場人物≫

 

 

●京町セイカ

『ボイロランナー』として警視庁対ボイスロイド犯罪課に所属する女性刑事。

「出来るからやってるし、このご時世に定職があるだけマシ」というストイックな性格で、違法ボイスロイドを何体も『処分』してきた『ボイロランナー』の名を恐怖の象徴にした張本人だが、この仕事を好んではいない。

巨乳だが「仕事には邪魔」だと思っている上、低身長なので全身がコンプレックスだと思っている。ただ、前者で男性犯罪者が油断し、後者が潜入捜査の際に有利に働く等、命を救われた機会が多いとか。

『シティ』の高層ビルに自室を構え、従者ボイスロイドの『K-T型201:26834』と共に生活している。

 

 

●従者きりたん

京町セイカのハウスメイドであるボイスロイド『K-T型201:26834』の事。

作中で「きりたん」と言えば大体彼女を指す。

元『野良ボイスロイド』で両腕が切断された過去があり、両腕が非正規品のマシンアームになっている。

 

 

●課長

京町セイカの上司にあたる、警視庁対ボイスロイド犯罪課の課長。

その正体はボイスロイド『K-T型201:00083』で、警視庁内で働くボイスロイドの中で一番キャリアの長い個体でもある。

『大崩壊』後の混沌とした世界の調和の為とはいえ、同胞を殺さざる得ない水際対策にいつも苦言を洩らす中間管理職。

 

 

●結月純/ハリソン・デッカード

『スラム』で生活していた少年。

ボイスロイド『Y-Y型101:03575』に弟として育てられたが、彼女には本物の姉以上の愛情を抱いている。

半日に一回薬の服用を厳命されていたが、この薬が後に『ボイスロイドID認証システム』を阻害するものであるという事が判明。彼が『Y-Y型101:09899』であると分かった。

ハリソン・デッカードは裏ルートで入手したIDカードに記載されていた名前。

 

 

≪設定資料等≫

 

 

⚫ボイロランナー

『ボイスロイドを追う者』という意味の言葉。京町セイカや彼女の同僚がそれに当たる。

担当事件が過激な物ばかりである為に、警察組織でありながら自由に銃火器を扱える特異な存在。

元々『ボイロランナー』は俗称であったが、後に正式名称として定着した。

 

 

⚫警視庁対ボイスロイド犯罪課

京町セイカら『ボイロランナー』の所属する組織。『ボイロランナー』の正式名称という事にもなる。課長と鑑識などの内勤と『ボイロランナー』を含めた約20人前後の人数で『シティ』と『スラム』のボイスロイド犯罪を担当している。オーバーワークだと課内からは批判の声が大きいが、それを抑えるかの様に最新式の武器が回ってくる。

 

 

●ブルー・ディクテイター

『ボイロランナー』が常時携帯している標準武器。発音が困難だからか『B・Dガン』と略される事が多い。見た目はほぼデッカード・ブラスター。

八発まで装填可能なリボルバー拳銃であり、様々な機能が搭載されている。

 

・戦術補助用AI

『ボイロランナー』は部署の定員の関係で単独潜入する事が多く、従って戦闘も単独が多い。小型AIが付近の地形情報や敵性個体のバイタルデータを分析、使用者が瞬時な戦術構築をするのをサポートする。一対多になる事がほとんどである為に採用されたシステム。

 

・オート射撃

赤外線センサーに入った動体に対して自動で攻撃するシステム。

逃走中の迎撃など、悠長に狙いを定めている時間がない時を想定して組み込まれているが、非戦闘員も容赦なく撃つので、使用の際は『周りに敵しかいない』という最悪の条件が必要になる。

 

・ID登録式認証システム

グリップに搭載されている認証システムで、登録者以外が引き金に触れると強制ロック、警告音が鳴る。その警告音の後一定時間以上離さない場合、グリップ内部に仕込んだ棘が飛び出す仕組みも。主にこのシステムのせいで『B・Dガン』はリボルバー形式が採用された。

 

・DNA情報記録弾丸

『B・Dガン』に使用する銃弾。これは市場では出回っていない特殊なものであり、射出する寸前に本体に登録されたDNA情報が銃弾側面の溝に書き込まれ、『誰が撃ったか』を判断出来る様になっている。

 

・補助弾倉

リボルバー型の弾倉の他に銃口の下に二問存在する独立した弾倉。

閃光弾等の補助に仕える弾丸を仕込む事が出来る。

AIによる音声能力で通常弾との切り替えも可能。

その際は「命令:BD弾倉変更・(弾薬の種類)」と命令する。

 

⚫ボイスロイド

型番+201(機種番号)00001(製造番号)が彼ら彼女らの個体名称である。

機種番号によって扱いが変わる。

 

・001型

2032年に日本で発売された「AIを搭載したリアルな二次元の彼女」という触れ込みで発売したアンドロイドの事。

十数種類のボイスロイドが存在する。

また、この時は日常会話と単純な作業、それと模擬性行為のみの機能だった。

 

・101型

2037年に世界を襲った『大崩壊』の直後、人類には過酷な環境での活動をするために大幅に改良を加えられたボイスロイド。

人間以上の身体スペックを持ち、尚且つAIによる高度な知能も備えている。また、101型のボディーはそのまま義手義足として転用出来る医療目的もあった。

しかし、復興の為に短期間で数を揃える必要があった為に『ロボット三原則』のインプットに失敗した個体が存在する。

ボイスロイド反対派の増長を抑えるべく101型は回収されるが、一部地域にまだ潜伏しており、これを『処分』するのがボイロランナーの仕事である。

 

・201型

2045年以降に製造されたボイスロイドの事。

ほぼ人間と大差が無いことで批判の多かった101型の反省点を踏まえ、肌をシリコンにする等無機質側に寄せられた。

これによって製造コストも下がり、更にAI学習機能にストッパーを仕込んだ為に『安価な労働力』としての地位が確立した。

また、一部ストッパーの制限を緩和した201型が警察や大企業幹部として活躍する場合もある。

しかし201型にも欠陥があり、『安価な労働力』として大量生産され過ぎた結果、簡単にパーツが手に入るという事で『ボイロ狩り』が横行したり、ボイスロイド達が他の型番のボイスロイドのパーツを装着する『改造ボイスロイド』等が新たな社会問題として浮上してしまった。

『シティ』では御法度だが『スラム』ではごく一般的に普及しているとか。

 

・Y-Y型

ボイスロイド『結月ゆかり』を指す。最初にロールアウトしたというだけあって安定した人気がある。性能もバランス重視の為、どんな環境にも対応可能。

 

・M-T型

ボイスロイド『弦巻マキ』を指す。Y-Y型とほぼ同時期にロールアウトした。金髪長身巨乳の外見は昔から安定して人気が高い。『シティ』『スラム』関わらず、風俗街で見かける事が多いボイスロイド。

 

・K-T型

ボイスロイド『東北きりたん』を指す。少女型で労働力としての能力は他に劣るが、愛玩用としては一部の層に非常に高い人気がある。

 

・野良ボイスロイド

普通『ボイスロイド』は『カンパニー』から購入するものだが、不法投棄や所持者の死亡等が原因で一人で生きていく事を余儀なくされたボイスロイド達の事。

201型『ボイスロイド』ロールアウト後に主にスラムで大量に増えたが、それに対する政府の対応は『ボイスロイド』に準市民権を与える、という表面上の対策一つのみであり、野良ボイスロイド関連の問題に関しては現在進行形で取り組んでいるとか。

 

 

●『大崩壊』

2037年に連続して起きた悲劇を指す。核に変わる新エネルギー発電所の『暴走』により生命の大半が死滅し、更にそこから原始的かつ激しい生存競争が始まった。戦争は2040年まで続き、大国はほぼ滅んだが『ボイスロイド』による復興作業に注力していた日本だけが唯一無二の『国家』として地球に君臨してしまった。

 

 

●政府

旧日本内閣を基礎に持つ組織。議員は全員人間で構成されているが、親ボイスロイド派と反ボイスロイド派による衝突は日常茶飯事である。

 

 

●『カンパニー』

『ボイスロイド』を製造した日本企業で、現在世界唯一の大企業として君臨している組織。

『ボイスロイド』の他、劣悪な環境でも育つ食物の研究開発などにも注力しており、国民も政府もカンパニーには逆らえないのが現状である。

 

 

●『シティ』

『ボイスロイド』を製造した『カンパニー』を中心に栄えた街。

ボイスロイド生産工場防衛の為に巨大な外壁で覆われており、出て行くならともかく、入ってくるのには手続きが必要。

『上層』と『下層』に別れており、上層は内閣等の政治的重要拠点の他、政府関係者や公務員などの主に人間の居住区で構成され、下層は低所得者やボイスロイド居住区、風俗街等が存在する。

 

・アパート

京町セイカの住む『シティ』の居住区。

20階建てで、彼女の住むのは14階の3号室である。

3LDK。

 

・<ARIA>

『シティ』下層でONEという少女が経営をしているバー。

比較的マシとはいえ治安の悪い『シティ』で珍しく全く損害のない店舗だが、そもそも知名度が低いらしくほとんど客がこない。

昼間に来ると姉のIAが店番をしている。

 

・結月堂

Y-Y型ボイスロイドのみを専門に扱う風俗店。

常連客曰く「微妙な性格の違いからより好みの子を探す」のがこの店の醍醐味だとか。

大昔に同じ名前の本屋があったらしいが、関係性は不明。

 

 

●『スラム』

『シティ』の外に拡がる居住区の事。

『シティ』下層より更に劣悪な環境であり、非合法なボイスロイド風俗店が多いのが特徴。

とはいえ一応は『シティ』管理下にある為に日雇い労働と『メシにありつける機会』には(他の街に比べて)恵まれている方である。

 

 

●ボイスロイド反対派

年々数を増す『ボイスロイド』に対して警鐘を鳴らす『シティ』に住む過激派思想の集団。

 

 

●『黒い雨』

『大崩壊』の後世界を覆い尽くした雲から降り注ぐ雨。

微量であれば問題ないが、一定量浴びると人体に悪影響を及ぼす(※これに対応するべく誕生したのが『101型』ボイスロイドである)。

また『黒い雨』の密集地域ともいえる上空付近は非常に危険であり、磁器も乱れ、地域にによっては鉄すら溶かす濃度も場所も存在する為、航空機による移動は大幅に制限されてしまった。

 



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Episode01『少年と狼(上)』

ここは昔、『ニッポン』という国だったらしい。

 

曰く大海に囲まれ『シキ』というものがあったそうだ。

 

『シキ』とやらが何かは知らないが少なくとも、こんな曇り空ばかり広がる世界ではなかったのだろう。俄に信じがたい話である。

 

俺はそんな世界で姉と二人暮らしをしていた。

 

姉は俺と少ししか年が違わないのに、とても利口だった。俺に読み書きと計算を教えてくれたのも彼女だった。そして俺はそれで『仕事』にありついた。

 

その『仕事』とは、旧時代……まだこの国が『ニッポン』と呼ばれていた時代のガラクタの山から使えるモノを掘り起こすジャンク屋だ。文字が読めればより正確にジャンクが『どういったものなのか』分かるヒントにもなり、計算が出来れば『元締め』が給料を出し渋るのを咎める事も出来る。

 

俺はそうやって毎日汗水滴ながら、二人分の生活費をなんとか稼ぎながら生きてきた。

 

 

「おっ。これは……!」

 

 

そしてジャンク屋なんてやっていると、たまに『掘り出し物』に遭遇する事もある。例えば紙の束で出来た『ホン』というのが姉のお気に入りだった。

 

 

「おお、かみ……おおかみ……?」

 

 

表紙には『おおかみナントカ』と書いてあった。難しい文字だ。帰って姉に読んでもらおう。そう思い、俺は『おおかみナントカ』を鞄に詰め込んだ。

 

そして雲の向こうの太陽の光がゆっくりと消えていく頃、俺はガラクタの中から集めた『お宝』を配給券に『換金』し、交換所の列の最後尾についた。

 

と、目の前に一人の男が割り込んできた。いるんだよな、こういう『ルール』を守れない奴。

 

 

「おい、横入りするなよ」

「気にすんな兄ちゃん。どうせ何が配られるかわかんねぇんだからよ」

 

 

歯がほとんど抜けていてちゃんと喋られなかったが、そう言うことを言っていたらしい。

 

配給券の枚数は働いた数に応じて配布されるが、中身までは選り好みさせてくれない。昔は食料の他に嗜好品の配給券もあったそうだが、ある労働者が嗜好品ばかり引いて暴動を起こした事件をきっかけに配給のジャンル分けがされたのだ。そして今日は食料配給券配布の日だった。

 

『くじ引き』の結果、『パン』の券が、二つ。大当たりだ。

 

 

「これ、お願いします」

「あいよ」

 

 

無愛想なお姉さんに配給券を渡し、その場で『パン』に交換。そしてすぐさま家を目指す。

 

俺達の住む家は、複数の家族が寄り合っている集合住宅だった。

 

最初は小さな小屋だったらしいが、そこから増築を繰り返し、各階二部屋の四階建て計八部屋に成長していた。

 

このご時世、一家族だけで住もうものなら一晩と立たずに全て『盗まれて』しまう。

 

こういった集まりは最低限の『人間らしさ』であると同時に、互いに互いを守る『防犯システム』だった。

 

俺達姉弟の『部屋』は三階の右側。

 

簡易な作りの鉄のドアは施錠されていない。というより、元々『鍵』なんて存在しなかった。それは壁の向こうの高級街『シティ』の常識だ。現に俺は『鍵』とやらが何かを知らない。

 

 

「ただいま。帰ったよ、ゆかり姉さん」

 

 

この『家』は部屋が二つに台所と便所付きで、この辺ではかなりの『豪邸』だ。

 

そして姉は、その部屋のど真ん中で昼寝をするのを好む。「ほんの少しの贅沢と、それを楽しむ心の余裕が人生を豊かにする」というのが姉の『テツガク』らしい。

 

『テツガク』という言葉の意味は、あまり良く分からないが、とまれ部屋の真ん中で昼寝をすることが姉の『テツガク』であり、今日も律儀にそれを実行していたと言うわけだ。

 

これが姉の『日常』だった。

 

 

「姉さん、ほら、起きな……よ…………?」

 

 

 

 

背中にほっかり空いた穴を、見るまでは。

 

 

 

 

「ね、え……さん?」

 

 

配給で貰ったパンを落とす。

 

いつもお腹を空かせて俺の帰りを待っていた姉が、今日はお腹を無くして待っていた。

 

 

「うそ……うそだうそだうそだ!姉さん!姉さんってば!!」

 

 

うつ伏せになっていた身体を抱き寄せる。あらぬ方向に傾く首を支える。まだ少し、温かかった。

 

その『温かさ』が徐々に失われていっているのが、分かった。

 

 

「やめてよ姉さん……俺を、俺を一人にしないでくれ!」

 

 

返事はない。

 

背中から流れる血で両手が染まるのもお構いなしに身体を抱き寄せ、俺は久しぶりに泣き叫んだ。

 

 

「君が結月純君だね?」

「……ッ!」

 

 

俺は涙が枯れるまで泣いた後、部屋の隅から聞き慣れない『声』がした。

 

恐る恐る振り返る。

 

そこには、緑のスーツに灰色のコートを羽織った、見知らぬ女性がいた。

 

 

「アンタは……!」

 

 

この女性の事は知らないが、彼女の『スーツ』には見覚えがあった。

 

 

「『ボイロ・ランナー』か……ッ!」

「そうよ。私は京町セイカ」

 

 

ボイロ・ランナー。

 

それは、人類の他にこの地球で生きる半機械生命体『ボイスロイド』を狩る者。

 

かつて人間が『アイガン』として作ったものだが 、大気汚染の感染症で大量死した人間の代わりを勤めるべく改良、大量生産された存在。

 

 

「なんで……なんで殺した!!」

「殺してない。『処分』しただけ。そのボイスロイドはY-Y101型……本来とっくの昔に『機種変換』されてないとおかしいの」

 

 

京町セイカはあくまで淡々と喋っていた。その手には、小柄な体躯には似つかわしくない巨大な拳銃が握られていた。

 

 

「そ、それは……お金が無かったから……!」

「こんな立派な『お屋敷』に住んでるのに?」

「そういう物言いをするから『シティ』の奴は嫌いなんだ!」

「それは失礼。失礼ついでに伝言も頼まれてるの。「毎日欠かさずお薬飲んでね」……『コレ』が君のお姉さんが『機種変換』出来なかった理由な訳だ?」

 

 

そう言うと、京町セイカは台所に置いていた薬の入った瓶に視線を向けた。

 

理由は知らないが、俺はこれを一日二錠、毎日飲む事を姉に厳に言いつけられていた。

 

 

「病気の弟の為に自分を犠牲にするなんて、なんて優しいお姉ちゃんなんだろうね? 泣ける話だ。彼女、立派な『役者』だったよ」

 

 

薄汚い木製の椅子から立ち上がった京町セイカが、俺達の横を通り、玄関へと向かう。

 

反撃しようと、復讐しようと思ったが、出来なかった。

 

その為の両手は今、『大切な家族』を抱いていたからだ。

 

 

「殺せよ! いっその事、俺も殺していけ!! お前が殺せば、きっと姉さんと同じ場所に逝ける!!」

「じゃあ『試して』あげる」

 

踵を返して俺の前に屈み込んだ京町セイカが右手で拳銃を構えながら、左手で自分の胸元をまさぐる。

 

胸ポケットから取り出したのはボイスロイドを製造した『カンパニー』製のIDカードだった。

 

 

「命令:型番と製造番号を提示せよ」

「くたばれクソ女」

「ふん」

 

 

カードを仕舞った京町セイカが、再び玄関へと歩いていった。

 

そして、一言。

 

 

「私は人間は殺さない」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「全く、嫌な仕事だよ」

 

 

『シティ』の中にある古いバー<ARIA>のカウンターで京町セイカはひとりごちた。

 

彼女の勤める『ボイスロイド犯罪課』は、その名の通りボイスロイド関連の犯罪を取り締まる部署だ。

 

その中でも『ボイロランナー』は違法改造された個体や、非常に危険な『初期型個体』を始末するのが仕事だった。

 

 

「私だって、人間と同じ顔のボイスロイドを撃って良い気分なんてする訳ないのに、これじゃ完全に悪者だ」

「まぁまぁ。このご時世、お仕事があるだけありがたい話だと私は思いますよ?」

 

 

<ARIA>のマスターである少女、ONEがセイカの前に置いてあった空のグラスにウィスキーを注ぐ。

 

「どうも」一言礼を言ったセイカはそれを一気に呷った。

 

 

「私はONEさんが羨ましいよ」

「血を見なくて済むからですか?」

「いや、毎日好きなだけお酒が飲めるから」

「私下戸なので飲めませんよ?」

「じゃあお互い『辛い環境』で仕事してる訳だ」

「そうですね」

 

 

更にウィスキーを注がれたセイカは嫌な顔一つ見せずにグラスを傾ける。

 

彼女は嫌な仕事があると、必ず後で<ARIA>に寄ってウィスキーを浴びる様に飲む癖があった。

 

 

「じゃ、今日はこの辺で」

「またのご来店をお待ちしております」

 

 

相当飲んだらしく、アルコールに強い彼女も流石に千鳥足になっていた。

 

これくらい飲めば、翌日の朝は二日酔いの事しか考えなくて良いからだった。

 

 

「……あ」

 

 

<ARIA>を出た直後、外は生憎の雨模様だった。

 

『シティ』なんて大層な名前をしているが、旧時代の『大都会』の美しさとは疎遠の姿をしていた。

 

『大崩壊』の日に世界各地を襲った衝撃波は建物を軒並み蹂躙した。

 

残ったのは強固に作られたビルばかりだがしかし、そのどれもが煤だらけで真っ黒だった。

 

そしてこの『雨』。

 

汚染された水は気化しても黒いままで雲となり、そして『黒い雨』を降らせる。

 

人体には非常に悪影響であり、毎晩の様に降るこの『黒い雨』を恐れて人は家から出ない。

 

しかし、街は依然明るかった。

 

小汚いネオン看板に照らされた淫猥な言葉の店に、煽情的な格好で街路に立つ娼婦。

 

娼婦の中には『ボイスロイド』がいるのも珍しくなかった。

 

彼ら彼女らも一応は人間と同じように職を選ぶ自由があった。

 

尤も、選ぶ『職種』が少なかったのだが。

 

とまれ、こんな『黒い雨』が降る夜に外を闊歩するのはそう言った『売り子』とそれを目当てにした客に、やんごとなき事情で放浪している者。

 

そして京町セイカの様な『公務員』だった。

 

 

「……やめてよ。なんだか、あの子の涙を思い出すじゃない」

 

 

ボロボロになったトレンチコートの襟を正し、京町セイカは夜の街を歩き出した。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『家』を追い出された俺は、人気のない場所に姉の墓を作った。

 

追い出された理由は単純明快。『庇いきれなくなったから』である。

 

違法改造されたボイスロイド。

 

それ自体は珍しいものではない。

 

『シティ』の法律だか何だかは知らないが、この『スラム』ではごくありふれた光景なのだ。

 

だから、追い出された。

 

『家』には他にもボイロランナーに『知られたくない事』があった、という事だろう。

 

だがもう、どうでも良かった。

 

『黒い雨』が降りしきる中、俺に残されたのは姉が残してくれた『薬』だけだった。

 

 

「……くそっ。くそくそくそぉ!!」

 

姉が何をした?

 

この明日の食事も満足に用意できない様な息苦しい世界で、唯一の『生きる意味』だった姉さんが、この世界に殺される理由があったのか?

 

『薬』の入った瓶を投げ、俺はまた姉の墓の前で泣いた。

 

『シティ』にいるボイロランナーに聞かせてやる位の気概で、叫んだ。

 

そして死のうと思ったが、この『薬』が高額で取引されている事を思い出す。

 

どうせならこれを売った金で豪遊し、天国の姉へ土産話を持って行こうと思った。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「昨日はご苦労だった、京町」

 

 

『仕事』の翌日。

 

出社した京町セイカを待っていたのは、小柄な少女だった。

 

 

「当然の事をしたまでです、課長」

「そう言ってくれると助かる」

 

 

『課長』はT-K301型『東北きりたん』モデルのボイスロイドだった。

 

人間が働く会社の管理職をボイスロイドが担う、というのは珍しくない話だった。

 

 

「しかしY-Y101型がまだ稼働しているとはな……10年以上前のモデルなのだが」

 

 

『結月ゆかり』モデルことY-Y型に限らず、初期ロッドである『101型』には所謂『ロボット三原則』が上手く適用されていない、というバグが存在していた。

 

『大崩壊』直後に数を揃える必要があった為に、碌なチェックもされずに量産されたのは仕方がないと言えばそうだが、

 

 

「しかし仮に101型が人間を殺せば、反ボイスロイド派の動きを抑制出来ません」

「そうだ。復興に尽力してくれた同胞達を『神の意志に反する存在』として批判する連中の好きにさせる訳にはいかん……最も、それで同胞を撃つのは忍びないが……」

「その為に私の様な『人間』がいるのです」

「助かっているよ。……私の様な『ボイスロイド』には到底無理な仕事だ」

 

 

オフィスを移動しながら会話を進める二人。

 

京町セイカは身長が151センチしかない為、少女型ボイスロイドと並んで歩く様は上司と部下というよりは『少女と近所の中の良い小柄なお姉さん』に見える。

 

本人は結構気にしているので、絶対に口にはしない様に。

 

 

「所で京町。昨日の報告書と共に提出された『薬』だが、大変な事がわかった」

 

 

課長が取り出したのは、封が施された半透明の小袋に入った一錠の薬だった。

 

二錠渡したので、もう一方は鑑識にでも回されたのだろう、と京町は推理した。

 

しかし彼女が気になったのは薬の所在ではない。

 

 

「大変な事、とは?」

「このカプセルに入っているのは、三割は男性ホルモンだった」

「三割……?」

「残りの七割が非常に厄介だ」

 

 

小袋を京町に見せる為に腕を高く上げながら課長は続ける。

 

 

「京町。君は『人間』と『ボイスロイド』をどう見分ける?」

「『カンパニー』から支給されたIDカードを対象の視界に入れさせ、命令します。『ボイスロイド』であれば、必ず型番と製造番号を『暴露』するからです」

「結構。……では京町、私にIDカードを提示してみたまえ」

 

 

その前に、京町を制した課長は小袋からカプセルを取り出し、一気に飲み込んだ。

 

 

「やってみたまえ」

「では、失礼します」

 

 

小柄な割にはしっかりと実った胸元のポケットからIDカードを取り出す京町。

 

常ならば畏れ多くて出来ない事だが、命令とあれば仕方がない。

 

高を括った京町は、課長の眼前にIDカードを提示した。

 

 

「命令:型番と製造番号を証明せよ」

「……上司にそういう口の利き方をするのは良くないな、京町」

「……はっ? なっ!?」

 

 

IDカードと課長の顔を交互に見ながら困惑する京町。

 

普通、IDカードを掲げられればどんなボイスロイドも命令を聞かざるを得ないのだ。

 

そしてそのシステムはボイスロイドの基礎システムの根幹にあり、取り除くのは不可能だった。

 

その筈なのだが。

 

 

「どうだ京町。この『薬』の正体が分かったか?」

 

 

深く考えるまでもなく、京町は『答え』に辿り着いた。

 

 

「『ボイスロイド』と『人間』を区別させなくする薬……?」

「ご名答。鑑識によると、一錠で半日は『人間』になれるらしい」

「……つまり」

 

 

京町の脳裏に、嫌な予感が過った。

 

 

「そうだ。君が昨日見逃した少年は……ボイスロイドだ。それもただのボイスロイドじゃない。何としても我々に気が付かれたくない『秘密』を抱えた個体さ」

 

 

 

~続~

 

●オマケ

【NGシーン】

 

「じゃあ『試して』あげる」

 

踵を返して俺の前に屈み込んだ京町セイカが右手で拳銃を構えながら、左手で自分の胸元をまさぐる。

 

胸ポケットから取り出したのはボイスロイドを製造した『カンパニー』製のIDカードだった。

 

 

「命令:型番と製造番号を提示せよ」

「セイカさんちょっとお酒臭いです」

「ふっ……ふふ……ぶっ!」

 

 

パァン!

 

茜「はいカットォ!」

セ「ちょっと純ちゃんそれは酷いよーwww」

純「ごめんなさいwww でもちょっと、マジ耐えられなかったんでwww」

ゆ「おいセイカさんあんまり弟虐めんなよぉーwww」

セ「ゴメン虚乳ゆかりんwww」

ゆ「うるせぇ馬鹿野郎www」

純「虚ww乳ww穴がポッカリ空いてるからかwww」

 

 

【NGシーン2】

 

「京町。君は『人間』と『ボイスロイド』をどう見分ける?」

「『カンパニー』から支給されたIDカードを対象の視界に入れさせ、命令します。『ボイスロイド』であれば、必ず型番と製造番号を『暴露』するからです」

「結構。……では京町、私にIDカードを提示してみたまえ」

 

 

その前に、京町を制した課長は小袋からカプセルを取り出し、一気に飲み込んだ。

 

 

「ごほっ! げほっ! や、やってみた……ゴホゴホ!!」

 

セ「すいませんちょっと止めて止めてストップー!!」

茜「カメラ止めてーwww」

き「し、死ぬかと思いました……」

セ「次からは薬飲んだフリで済ませよう。な?」

き「はい……」

 



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Episode02『少年と狼(下)』

札束というものを、俺は初めて見た。

 

とりあえず当面服用する為に一週間分確保し、残り二週間分を売却したら、札束になって返ってきたのだ。

 

そもそも『スラム』に住んでいたら、硬貨の一枚でも『大金』なのだ。『シティ』ではどれほどの価値があるか分からないが、『スラム』では一生働かずに生きていく事も出来る、と幻想を抱くほどだ。

 

だが、俺は生きたい訳じゃない。姉さんの下に逝きたいのだ。

 

その前に、姉さんと共に『やりたかった事』を体験し、天国で伝える。

 

最初の第一歩が『シティ』に行く事だった。

 

『シティ』と『スラム』の間は大きな壁で隔てられているが、『シティ』の登録IDを見せるか、関所に『通行税』を払うかで通ることが出来る。

 

尤も『スラム』から『シティ』に向かう場合の話なので、逆はどうか知らない。

 

しかし『シティ』から『スラム』に来るような連中はボイロランナーの様なクソ野郎を除けば、例えば『シティ』で仕事を失った者達だろう。そんな連中から金を巻き上げる事が出来るとは思えない。

 

その話はさておき、俺の足は既に関所の前までへと来ていた。

 

 

「『シティ』に行きたいんだが」

「あん?」

 

 

関所を守っていたのは、恰幅の良い軍服の男だった。さぞかし毎日美味いものを食べているのだろう。

 

 

「ここを通りたきゃ、通行税を払いな」

「IDカードがある」

「あんだって?」

 

 

俺の格好は、ボロボロのシャツの上から姉の『形見』であるパーカーのみ。情けない話だが『シティ』の人間には見えないのは重々承知だった。

 

だが、今の俺には金があった。

 

金があれば、『シティ』のIDカードを入手するのはそう難しくない。

 

ポケットから取り出したIDカードを渡すと、軍服の男は怪訝そうな表情で俺の顔とIDカードを交互に見つめた。

 

 

「これは人間のIDカードだ。お前、ボイスロイドじゃないのか?」

 

 

男の視線の先は、俺の『髪の毛』だった。

 

姉さんと……『ボイスロイド』の姉さんと同じ、紫色の髪。

 

 

「じゃ、『命令』してみたらどうだ? ボイスロイドは命令には従うんだろ?」

「……良いだろう、そこまで言うのなら」

 

 

軍服の男がぶら下げていたIDカードを俺の目の前にかざし『命令』をした。

 

鼻で笑って返すと、向こうも舌打ちで応じてくれた。コミュニケーション成立である。

 

 

「じゃ、通っても良いな?」

「……えぇ。お手数お掛けしました。どうぞこちらへ『ハリソン・デッカード』さん」

 

 

入手したIDカードによって新たに『ハリソン・デッカード』という名前を得た俺は、意気揚々と『シティ』へと入って行った。

 

 

「おお……!」

 

 

最初に目に入ったのは、『壁』の向こうからも見えていた、ビル群だった。

 

そして視線のすぐ先には所狭しと軒を連ねる店舗の数々。

 

行きかう人々も雑多で、『辛うじて服を着てる者』もいれば高級そうなスーツを着た人もいる。

 

『シティ』に入った最初の感想は、なんというか『カオス』だった。

 

『シティ』は上層と下層に別れている、と姉から聞いた事があるので、上層に行けばまた違った景色が見えるかもしれない。

 

とりあえず上層を見に行こう、そう思って歩き出して五分も経たず、俺の背筋に衝撃が走った。

 

 

「ね、姉さん……!」

 

 

それは姉さんと……同型のボイスロイドだった。

 

より正確に言えば姉さんは旧式の『101型』で最近市場に出回っているのは新しい『201型』なので、それを含めても彼女は『結月ゆかり』であっても『姉さん』ではない。

 

 

「あ、あの……!」

「はい?」

 

 

でも、声を掛けずにはいられなかった。

同じ顔、同じ声の他人でも、彼女は確かに『結月ゆかり』なのだ。

 

 

「……」

「……えっと、何か?」

 

 

しかし言葉が続かない。

 

あの時確かに姉さんは死んだ。

 

死んでいたんだ。

 

もう気持ちの整理は済んだはずなのに、身体の奥底から沸々と色んな感情が湧き出てしまう。

 

 

「そ、その……すいません。姉に、似ていたもので……」

「……貴方もボイスロイドですか?」

「いえ、人間です。一応……」

「……はぁ。下手なナンパはかえって引かれますよ? 『そう言う事』がお望みなら、ここから西に真っ直ぐ進んだ所の『ユヅキドウ』に行かれては?」

 

 

姉の顔で姉のしない様な軽蔑の籠った表情をし、姉の声で姉が出さない様な冷たい声色で言い放った『結月ゆかり』は直後に止めていた歩みを再開していた。

 

 

「あ、待って……姉さん!」

 

 

声を掛ける。が、既に届かなかった。

 

昨日死別した姉との急な再会を、俺は脳内で何度もリフレインした。

 

そして彼女の言っていた言葉を思い出す。

 

 

「ユヅキドウ……」

 

 

そこに一体、何があると言うのだろうか?

 

すっかり『シティ』上層に興味を無くしていた俺は、足取り軽やかに西へと歩を進めた。

 

 

時間にして、20分は歩き続けただろうか。

 

街の雰囲気が一気に変わった。

 

人間ボイスロイドに関わらず肌を露出した娼婦が店の前で客引きをしている光景が続く。

 

風俗街は『シティ』でも『スラム』でも根幹部分の『薄汚さ』は変わらない、という事を学んだ。

 

 

「ねぇ、そこのお兄さんっ。遊んでいきなよぉ~」

 

 

聞きなれた声がしたので振り返ると、局部が隠れるだけの布のみを残した姉が店を物色中らしい男達に声をかけていた。

 

いや、あんな頭の悪そうなボイスロイドが『姉』である訳がない。

 

姉さんはもっとお淑やかで、聡明で無ければならないんだ。

 

 

「チッ、冷やかしかよ……くたばれホモ野郎!」

 

 

たまたま姉と同じ声帯のビッチが後ろで何かを騒いでいた。さっきの客を掴み損ねたのだろう。

 

当然と言えば、当然だ。ざまぁみろ。

 

しかし、あんなものを見せられては件の『ユヅキドウ』への期待は薄まる。

 

やはり、最初に会った『姉』をもう一度探すべきでは?

 

そう思った直後、俺の前に『ユヅキドウ』が現れた。

 

 

色とりどりのライトで看板を照らしてもいなければ、客引きの娼婦の一人も立っていない、木造のみすぼらしい建物。

 

看板には黒い文字で『結月堂』と書かれていた。難解な字である為に俺には読めなかったが、これが『ユヅキドウ』である事は直感で分かった。

 

建付けの悪い引き戸を開けると、木製のカウンター越しに欠伸をする男と目が合った。

 

 

「おや、お客さんかな?」

 

 

彼が受付係という訳らしい。

 

 

「ここはどういう店なんだ?」

「冷やかしなら帰って貰っていいよ」

「説明次第では『客』になる」

「ほう……?」

 

 

カウンターの横に置いていた、丸いメガネを掛けた受付係が、俺をマジマジと見つめる。

 

門番の男と同じだ。男をじっくりと眺めるのが『シティ』の男の常識なのだろうか?

 

 

「……ウチはボイスロイド『結月ゆかり』のみを扱う専門店だ。その辺の掃き溜めから捨ててきたのを拾ってきたのとは違う、正真正銘純正のみを扱う高級店だ」

「その割には建物は随分古臭いじゃないか」

「これは『わびさび』ってんだよ小僧」

「あ、そう」

 

 

そこはどうだっていいんだ、重要じゃない。

 

 

「『結月ゆかり』であれば何でも揃ってるんだな?」

「『シティ』でウチ以上に『結月ゆかり』を扱ってるのは、販売元の『カンパニー』以外ないだろうよ。『抱ける』って意味なら、ウチが最高だ」

「『101型』はいるか?」

「おっと、それは冗談キツイぜ坊主。『101型』は『結月ゆかり』に限らず全部が廃棄処分対象さ。十年は来るのは遅かったな」

「そうか……」

 

 

世界はそう都合よくは出来ていないらしい。

 

しかし、まだ俺の中の『希望』は消えていなかった。

 

 

「取り扱っている『結月ゆかり』に何か違いがあるのか?」

「主に性格だな。控えめな子、大胆な子、虐めるのが好きな子、虐げられるのが好きな子、天然な子、聡明な子、何でも揃ってる」

「聡明な子、幾ら?」

「三時間で五万。万が一『壊した』場合は十五万取る」

 

 

俺は無言で二〇万出した。

 

 

「……良いでしょう。それではお客様、こちらがお部屋の鍵となります」

 

 

金を出した途端急に態度を変えた受付係が、慣れた動きで後ろの壁に掛けていた鍵の一つを取り、俺に手渡した。

 

鍵に付いていたキーホルダーには『204』と彫ってあった。

 

 

「こちらの階段からお上がり下さい」

「ありがとう」

 

 

通された木製の階段を上に進むと、そこも木製の廊下がまっすぐ伸びていた。

 

その中の『204』と書かれた木製のドアの前に立つ。

 

 

「……」

 

 

ここで止まっていても仕方ないと思った俺は鍵を開け、中に入った。

 

 

「お帰りなさい」

「あ……!」

 

 

『スラム』で見たボロボロの畳とは全く違う真新しい畳が敷き詰められた、四畳半程の部屋。

真っ白な布団の上で座って待っていたのは、間違いなくいつもの『姉さん』だった。

 

 

「姉さん……姉さん! こんな所にいたんだね!」

「姉さん……?」

 

 

細目で顔を傾け、少し困った様な顔を見せる『姉さん』にはお構いなしに、俺は真っ先に抱き着いた。

 

「良かった……良かった! もう、俺……会えないと思ってた……!」

「ふふ、大丈夫ですよ。『お姉さん』は何処にも行きません。ここでずっと、いつもの様に貴方の帰りを待っていますよ」

 

 

優しく頭を撫でる『姉さん』の手つきは、昔を思い出させてくれた。

 

これだけで『シティ』に……『結月堂』に来た意味があったというものだ。

 

しかし、再会出来た喜びと、内から湧き出る情欲が混ざり合い、俺は既に現状では満足できずにいた。

 

部屋に入ってすぐから感じていた。鼻孔をくすぐる怪しい香りを嗅いでからだろう。

 

『スラム』で働いていた頃、風俗通いが生き様だと言っていた仕事仲間から聞いた事があるが、嗅いだだけで人を興奮させる『香り』というものがあるらしい。

 

一度姉に内緒で『スラム』の風俗街に行った時は吐き気を催してすぐに撤退したが、今は頭がフワフワとするような気持ちよさに包まれ、邪念が取り除かれていく様な気にさえなっていた。きっと使っている『香り』が違うのだろう。

 

 

「……姉さん、ごめん。今までずっと姉さんの為に頑張って働いてきたけど、今日は何だが、自分を抑えられないんだ……!」

「……良いですよ。『お姉さん』が全て受け止めます。さぁ、こっちにおいで……?」

「姉さん……!」

 

 

そして俺は初めて『姉』を抱いた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「結月純? アイツなら昨晩追い出したよ!」

「そうか」

 

 

『ボイロランナー』の京町セイカは先日の『スラム』の集合住宅へと再び足を運んでいたが、全く歓迎されている様子はなかった。

 

当然と言えば当然だ。

 

知らずとはいえ『101型』ボイスロイドを隠していたのだ。

 

ボイロランナーは『対ボイスロイド犯罪課』であるが、広義で見れば警察である。

 

他人のボロが出た事で『ついでに』探られたらマズい事でも抱えていたのだろう。

 

しかし、部署の違う京町にそこまで捜査する権限はないし、今はそれ所ではなかった。

 

 

「どこに行ったか分かるか?」

「さぁね! アンタみたいな『シティ』のボンボンは知らないかもしれないが、『スラム』では宿無しが夜明けを見るのは難しいんだよ!!」

「らしいな」

 

 

髪の毛も歯もボロボロの女性との会話と切り上げた京町は集合住宅を後にした。

 

『スラム』は『シティ』以上に広大だった。

 

そこからたった一人の『ボイスロイド』を見つけるのは非常に困難である。

 

加え、彼は『ボイスロイド認識システム』を阻害する薬を持っている。

 

万が一にでも『シティ』に入られていては探すのが更に面倒になる。

 

それに、『結月純を捕らえる』事は通過点に過ぎない。

 

彼の持っている薬の『出処』を突き止め、検挙する事。

 

それが事件の終着点だった。

 

 

「ボイロランナーさん、結月純を探してるのかしら?」

「ん?」

 

 

集合住宅を出てすぐ、京町に声を掛けるボイスロイドがいた。

元は鮮やかだっだであろう美しい金色は汚れていたが、その顔立ちと整ったプロモーションは間違いなくM-T型ボイスロイド『弦巻マキ』だった。

 

 

「盗み聞きとは、躾の悪い人形だ」

「でも、困ってるのでしょう?」

「知っているのか?」

「昨日は『黒い雨』が降っていたでしょう? 私、あの子が一晩過ごした場所を知ってる」

「それを教えてお前に何のメリットがある?」

「私の『仕事場』に居座られてるのよ。早く連れていってほしいの」

「君は『野良』か」

「そう言われてる」

 

 

野良ボイスロイド。

 

人間の管理下になく自由に行動するボイスロイド達はそう呼ばれているのだ。

 

尤も、『シティ』では政府の対策として『準市民ボイスロイド』と呼ばれているが、その本質に変わりはなかった。

 

M-T型ボイスロイドに誘われるがまま京町が向かったのは、古い工場跡地だった。

 

 

「良い職場だな」

「でしょ? 私、ここで働く事を誇りに思ってるのよ」

「だから結月純が邪魔だと」

「えぇ」

 

 

工場の中は砂と埃を被った荷物が乱雑に積み上げられていた。

 

恐らく『大崩壊』以前からずっとこのままなのだろう。

 

ここまで『原型』を留めているというのは、相当『治安の良い職場』である証拠だ。

 

 

或いは、その真逆か。

 

 

「ほら、そこ」

 

M-T型ボイスロイドが指を指した方向に、黒いパーカーを羽織った人間が倒れていた。パーカーは確かにY-Y型ボイスロイドのデフォルト衣装として付随するウサ耳付きのパーカーだった。

 

だが、『彼』が結月純であるとは限らない。

 

 

「君はここにいろ」

「えぇ。万が一『暴れられたら』大変だものね」

 

 

京町の履くスニーカーがアスファルトの地面を叩く音だけが工場内に響く。

 

髪も、パーカー以外の服装も確かに『結月ゆかり』だった。

 

しかしその正体は、『結月ゆかり』の格好をさせられ、紫色のカツラを被らされていた小汚い人間の男だった。

 

 

「何故ここに連れてこられた?」

「ヒッ! しら……知らなかったんだ! あの薬の元締めがまさか『ここ』だとは知らなくて……本当だ、助け……」

 

 

男の言葉はそこで終わった。

 

 

「お喋りな男って、私嫌いなのよね」

 

 

火薬が破裂する音と肉が裂ける音が工場の静寂を破ると、続けて四方から幾つもの足音が鳴り響いた。

 

 

「この男はなんだ?」

「コイツはね、私達の『商品』を転売したのよ。ある『少年』から買ってね。いえ……『ボイスロイド』から、かしら?」

 

 

ライフルで武装した男二人を両脇に控えさせたM-T型ボイスロイドが鼻で笑った。

 

どうやら『通過点』を通り過ぎて『終着点』の方から自分でやってきたらしい。

 

 

「ここに結月純がいるんじゃないのか?」

「あの子はどうでも良いのよ。手持ちの『商品』が無くなって戻ってきた時に出も可愛がってあげればいいわ。今重要なのは、ウチの周りをコソコソと嗅ぎまわる仔犬ちゃんのお相手」

「抵抗しなければ痛い目に遭わなくて済むぞ」

「はっ! アンタ、状況分かって言ってる訳!?」

「分からんな。教えてくれるか?」

「聞かれて素直に答えると思う?」

〈敵性個体は合計で九。内ボイスロイドは一体です〉

 

 

京町が問い掛けたのはM-T型ボイスロイドではなく、懐に仕舞ったAI搭載型リボルバー拳銃『ブルー・ディクテイター』だった。

 

ブルー・ディクテイター、通称『BDガン』は解析したデータを京町のヘッドホンから伝えたのだ。

 

 

「そうか、ありがとう」

「はぁ?」

 

 

M-T型ボイスロイドが眉をひそめた。

その隙を京町は見逃さなかった。

 

 

「命令:BD弾倉変更・照明弾」

〈了解〉

 

 

懐からBDガンを取り出したと同時に、発射。

 

工場内部を眩い閃光が包んだ。

 

 

「きゃっ!」

「BD弾倉変更・通常弾。オート」

〈了解〉

 

 

閃光を浴びた事で動きが止まったM-T型ボイスロイドのいる方向へBDガンを向ける京町。

 

オート射撃は名の通り、BDガンの赤外線センサーに引っかかった動体に瞬時に銃弾を撃ち込むモードだった。

 

京町の目の前で油断しきっていたM-T型ボイスロイドと取巻き含めた三人は、一瞬で絶命した。

 

 

「まず三つ。残りの場所は?」

〈二時の方向に一、四時の方向に三、六時の方向に一。計算では二秒後に射線が開きます〉

 

 

右足で左側に軸回転。

 

荷物の脇からスコープを除こうとした男の一人の頭が吹き飛んだ。

 

 

「四つ!」

〈一〇時方向より敵性個体三。回避を推奨しま〉

「ッ!」

 

 

AIが言い切る前にその場から転がって逃げる京町。

 

その直後に、鉛玉の雨が降った。

 

 

「もう少し早く言ってくれると助かるかな!」

〈次からは善処します。六時の方向に一、回避推奨〉

「は?」

「捕まえたぜ嬢ちゃんよぉ!!」

 

 

予想以上に早い『善処』を活かせる事無く、京町は後ろから襲撃してきた男に拘束されてしまう。

 

相手が大柄だったという事もあるが、平均的な成人女性より小柄な京町は脇の下から腕を差し込んで立ちがられるだけで宙ぶらりんの状態に陥ってしまった。

 

 

「ミスった」

 

 

言葉の割に、彼女の顔色に焦りはない。

 

しかし状況を変える前に残りの三人も集まり、京町はすぐに取り囲まれてしまった。

 

 

「流石冷酷非道と噂のボイロランナー……まさか人間様相手に容赦なく銃弾ブチ込んでくるとは思わなかったぜ」

「お前達クソ野郎の命が尊ばれると思ったのか? だとしたらお笑いだ」

「なんだと!?」

「まぁ落ち着けって兄弟。口うるさい『姉御』が黙ったんだ。それで良しとしようや」

「人形に尻尾を振るとは、お前達も大概仔犬だった訳ね」

「俺達は『姉御』に尻尾振ったりはしてねぇさ……『腰』は振ってたかもしれねぇけどなぁ!!」

 

 

男の一人がライフルをその場に投げ捨て、その両手で京町の胸を鷲掴みにしてきた。

 

ブラジャーやスーツの上からでも分かるその豊満な胸の弾力は凄まじく、男をすぐ『その気』にさせる。

 

 

「おいおい……これが『天然モノ』だってんなら、もう人形なんて抱けないなぁ!?」

「サービスタイムは終了よ、この短小野郎」

 

 

男に胸を揉まれても眉一つ動かさなかった京町だが、『脚』が出るのは早かった。

 

血液が溜まって盛り上がった下半部を蹴り飛ばしてやると、下衆な笑いを浮かべていた男は泡を吹きながらその場に転倒した。

 

普通に蹴るとなると宙ぶらりんの状態では力が入らないだろうが、向こうから勝手に弱点を晒してくれるのなら、それに越した事はない、というのが京町がなすがままにされていた理由であったのだ。

 

 

「コイツゥッ! 俺のォ…! 俺のタマ潰しやがった!!」

「お前のはあるのもないのもそんなに変わんないんだから気にすんなよ!」

「そうそう! それに気丈な女をヤる時ってのは、手足を使い物にしてからじゃないとな!!」

 

 

悶絶する男の横で、別の男が屈み込む。

 

立ち上がった男の腕には、京町が落としたBDガンがあった。

 

 

「いい銃だな間抜け……」

「ばっ……止せ! 今すぐ捨てろ!!」

「あん? こんな上物滅多にお目に掛かれねぇよ。大丈夫だって、足にちょっと穴開けるだけだから……」

 

 

男の言葉はそこで中断された。

 

甲高い警戒音が工場内に鳴り響いたからだ。

 

音の震源は、BDガンだった。

 

 

「警告します。登録者以外のDNA情報を感知。至急登録者へと返還して下さい」

「な、なんだ!?」

「警告完了。自己防衛機能展開」

 

 

BDガンには、AIによる『自動照準』と『弾倉切り替え』以外にも機能が存在した。

 

それは『予めDNA登録した人物以外がグリップを握ると警告が発せられる』機能。

 

その後一定時間『登録者』がグリップを握らなかった場合、内部に仕込まれた『棘』が飛び出す仕組みなのだ。

 

つまり。

 

 

「ぎゃああああぁああぁああぁ!?」

 

 

警告を無視した男の手は、グリップから飛び出した『棘』により串刺しになってしまったとさ。

 

そしてこのチャンスを、京町は逃さなかった。

 

後ろで自分を抱えていた男の膝にかかと落としをお見舞いし、拘束が緩んだ刹那の一瞬で男の股下を通り抜ける様に移動。

 

最初に京町の胸を揉んでいた男が投げ捨てたライフルを拾い上げ、残り四つの屍を完成させた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「……違う」

 

 

部屋の真ん中でぐったりとした『人形』を見下ろしながら、俺は自分の『間違い』に気が付いて嘆き苦しんでいた。

 

 

「違う……違う違う違う! こんなの……こんなの『姉さん』じゃない!! 『姉さん』は……姉さんは確かに優しいけど、俺に厳しくもしてくれた! 『飴と鞭』ってヤツだよ……分かるか? え? ただ優しくする事だけが俺の『姉さん』じゃねぇんだよ……そこんとこっ! くそっ! 分かってんのか!?」

 

 

先程までよりずっと激しく腰を振るが、全く反応は無い。

 

やはり『人形』では、『姉さん』の変わりは務まらないのだろうか?

 

 

「……いや、そんなことはない筈だ。こんなにいっぱいいるんだ……。絶対に『姉さん』はここにいる……」

 

 

壁に備え付けてあった電話を取り、時間の延長と『追加オーダー』を頼んだ。

 

次に指名したのは、天然な子だった。

 

『姉さん』はおっちょこちょいな所がった。

 

きっと彼女なら、俺の『姉さん』になってくれる筈だ。

 

 

「金なら……金ならあるんだ……絶対俺の『姉さん』を見つけるまで死ぬものか……絶対、絶対……絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「…………」

 

 

京町セイカが『結月堂』まで辿り着いた時、現場は既に酷い有様だった。

 

受付係の男曰く、現在『結月堂』で勤務していた全ての『結月ゆかり』が全裸で山積みにされ、そのどれもが息絶えていた。

 

 

「姉さん……? 次の姉さんかい……?」

 

 

その上に寝転んでいた裸の少年が立ち上がり、京町の下へと歩み寄ってきた。

 

何があったかまでは判断しかねる京町だったが、少年が既に理性を失っているのは理解出来た。

 

 

「………」

「みんな、偽物だったよ。だから、黙らせた。さっきのが最後って言われたんだけど、まだ残っていたなんて、嬉しいよ……!」

「そうだな。お前が『最後』だ」

 

 

懐に手を伸ばす京町。

 

取り出したのはBDガン……ではなく、彼女のIDカードだった。

 

 

「命令:型番と製造番号を証明せよ」

「がっ……ばっ……」

「早くしろ」

「……私はY-Y型101:09899ボイスロイド『結月ゆかり』です」

「やはり101型だったか。しかも少年型に『改造済み』とはな……」

 

 

ボイスロイドはIDカードを提示されて『命令』を受けると、必ず従う様に作られている。

 

そして命令実行後に、ボイスロイドの自我は『復帰』する。

 

 

「……なっ! ボ、ボイロランナー!?」

「お楽しみに夢中で薬を飲むのを忘れたのが運の尽きだな。『お姉さん』との約束を守れなかった訳だ?」

「お、俺はただ姉さんを探して……ッ! な、なんだよ……これ……!?」

 

 

山積みになった『結月ゆかり』を前に、結月純は……否、Y-Y型101:09899ボイスロイドは膝から崩れ落ちる。

 

 

「お前がここにいる『結月ゆかり』達を殺した」

「そんな……俺が、姉さんを殺した……?」

 

 

今度こそBDガンを取り出した京町は、その銃口をY-Y型101:09899に向けた。

 

 

「地獄から詫びろ」

 

 

京町セイカは対ボイスロイド犯罪課の『ボイロランナー』

 

ボイスロイドを撃ち殺すのに、一瞬の躊躇いもしない。

 

 

 




●あとがき

こんにちは、はじめまして、久しぶり。一条和馬でございます。

皆様は、『サイバーパンク』『アンドロイド』と聞くと最初に思い出すのは何でしょうか?

原点の『ブレードランナー』?

それとも『AKIRA』や『攻殻機動隊』でしょうか?

アンドロイドだけで言えば『アイ・ロボット』や『オートマタ』『イヴの時間』もありますね。

『ブレードランナー』の親とも言える『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が真っ先に出てくる人もいるかもしれません。

今のは私がパッと思い付いたのを列挙しただけですが、他にも世界には数多の『サイバーパンク世界』や『アンドロイドが普通にいる世界』を描く作品が存在します。

そして『ボイスロイド』という沼は、わりかしどんな『解釈』をしても許されるという非常に珍しい界隈。

ですがざっと調べた所『ブレードランナー×ボイスロイド』という安直な思考に辿り着き、作品として形にしている人がいませんでした。

この作品を書こうと思ったのってぶっちゃけそれくらいです。設定資料含めてここまでで約二万文字ありますが、全部脊髄反射で書きました。

サブタイトルの『少年と狼』は童話の『オオカミ少年』から取ったのですが、何も考えず書いた為あまり『オオカミ少年』らしい事が出来なかったのが今回の反省点。世界観を示す為の踏み台みたいになってしまいました。まだまだ私も勉強不足です。

さて、一応『短編集』と銘打っているのでここで完結となりますが、実は私ニコニコ動画にてボイスロイド動画実況者というもう一つの顔がございまして。

折角なのでそちらでもボイスロイド劇場版『ボイロランナー京町セイカ』を投稿しようと思っています。全く同じ事をするとか、全然関係ない話をするというよりは、同じ話を別視点だったりこちらでカットしたシーンを動画でやれば差別化出来るかな、等と考えてみたり。ただ、私動画編集の方は全くの素人なのでアクションシーンだけは絶対こっちでやります(固い意志)

思ったより随分あとがきを書いてしまいました。

それでは長文のお付き合い、ありがとうございました。

もし少しでも面白いと思って頂ければ、また次回を更新した時にでもお付き頂けると幸いです。


一条和馬


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