零余子日記 (須達龍也)
しおりを挟む

1

最初はそんなに好きでもなかったはずなのに、なんか段々気になってきた。
そして、ついには書いてしまった。


 私は忌み子だ。

 

 全身の色素が薄く、肌は青白く、髪は白銀、瞳は血の色で真っ赤だった。

 外国の言葉で、アルビノと言うらしい。…だいぶ後で知ったことではあるが。

 

 私が生まれたのは、文明開化に乗り遅れたど田舎だった。

 古くからの因習が、何の裏付けもなく残っている。そんな処だった。

 

 父はそんな村の豪農の跡取り息子だった。

 母は美しかったが体が弱く、私を生んで間もなく亡くなったらしい。

 

 

 そして、私は因習に倣い、処分された…ということになった。

 

 

 広い家屋の奥の奥、日の光がまるで当たらない部屋で育った。

 家族以外の誰にも知られずに生き、そして死んでいくのだろう。

 

 それでも、最悪ではない。

 私は生きているし、食事も、本も、欲しいものは大体与えられた。

 読書と思索の日々。

 

 そうだ。日記を書こう。

 徒然なるままに、思ったことを書き残そう。

 私がここに生きた証として。

 

 

 

 

 

 転機があった。…良くない転機だろうが。

 

 

 

 裏の山に、鬼が出たらしい。人喰いの鬼だ。

 村の猟師が数人喰われたらしい。命からがら生き残った猟師が、そう証言した。

 

 ここでも、古い因習に倣われた。

 

 

 生贄を捧げ、山から出て行ってもらう。

 

 

 道理に合わない。愚かとしか思えない。

 わざわざ食事を与えられて、何で出ていくと考えられるのか? …毒饅頭ならともかく。…まあ、鬼に毒が効くかもわからないのだが。

 

 贄に選ばれたのは私だった。

 

 父は反対したらしいが、反対したのは父だけだったようだ。

 

 山のふもとに、簡素な祭壇が作られた。

 その上には、綺麗な着物を着せられ、目隠しをされ、口枷をはめられ、手足を縛られ、逃げられないようにされた私が置かれた。

 

 

 

 そこでも、最悪にはならなかった。

 

 

「哀れだな、小娘」

 

 日が暮れ、フクロウの鳴く声のみが聞こえる中、男の声がした。

「他の人間と見た目が違うだけで、こんな意味のない生贄にされる。哀れとしか言いようがないな」

 口枷をはめられている為、私は返事ができない。だが、その男には私の返事など必要ないのだろう。

「しかし、本当に意味がないな。獣であっても、野盗であっても、無論、人喰いの鬼であっても、生贄を捧げられたからと、ここを出ていくわけがあるまい」

 確かに愚かな話だが、いざ当事者になると、嗤われるのは腹が立った。

「むーむー」

 何かを言ってやりたかったが、何も言えなかった。

「くくく、何か言いたいのか?」

 男が指をならすと、何故か口枷が外れた。

「わかってるわよ、そんなの。せいぜい、村にはまだたくさん食いものが残ってるって、鬼に教えてやるわ」

「ほう」

「あんたも食われろ、ばーか」

「くくく」

「んぐっ」

 その男は笑ったと思うと、口に指を突っ込んできた。

 

 

 …血の味がした。

 

 

 

「私の血を与えてやる。せいぜい足掻いて見せろ」




息切れする前に、完結できるように頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

調子に乗っているので、もう一話更新します!
これで良いのか悪いのかw



「ああああああああああああああああああああぁぁぁ」

 

 喉が熱い。お腹が熱い。心臓が熱い。全身が熱い。

 

「あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」

 

 じたばたと暴れる。手足の縄はいつのまにかちぎれている。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 祭壇から転がり落ちる。痛みはない。ただただ全身が焼けるように熱い。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 地面を転がりまわる。火のついた体を地面で消そうとしているように。ただ、火は外ではない、中で燃えている。

 

「……つ、き…」

 

 いつの間にかずれていた目隠しの向こうから、月が見えた。

 焼けるような熱さが、急速に感じなくなった。

 

「…満月」

 

 生まれて初めて見るお月様は、すごく綺麗だった。

 手を伸ばしても届かない。それがすごく寂しかった。

 

 

「…なんだ」

 男の声がする。

「…人間の女のガキだと期待したら、鬼じゃねえか」

 先ほどの男とは違う声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 がっかりだ。女のガキは特に旨いっていうのに。

 昨日まではなかった、木の台のそばに転がっていた女。てっきり生贄かなんかの女のガキかと期待したが、同族だった。

 ひょっとしたら、鬼でも女のガキはうまいかもしれないが…そこまで考えて、首を大きく振る。

「別に飢えに飢えているわけでもなし、他にも食いものは村にいくらでもある。そんな危ない橋を渡れるか」

 自分に言い聞かせるように、言葉に出して言う。

 

 同族喰らい…そこには、生理的忌避感があった。あの方の呪いもあるかもしれない。

 

 喰わない。…いや、喰えない。

 

「…ねぇ」

 

 そんな中、寝転がって空に手を伸ばしていた、同族の女のガキが声をかけてきた。

「なんだ? 腹が減っているのか? ここは俺の縄張り予定だが、一匹くらいなら構わねえぞ」

 数日前に何人か喰ったから、今の俺は寛容だった。…それこそ、あまり人を食ってなさそうな同族の女のガキに一人くらいは譲ってやってもいいくらいには。

 わずかに身を起こした女が流し目でこちらを見ながら言った。

 

「…ねぇ、抱っこして」

 

 蕩けるような顔で、そんなことを言ってきた。

 

 ゾクリとした。たまらない色気を感じた。こんな年端もいかぬガキにだ。

 

「…あ、ああ」

 ふらりと、女のガキに近づく。

 嬉しそうに笑って、両手を広げて待っている。

 ドクドクと心臓が脈打つのを感じる。なくなったはずのそういう欲が残っていたのだろうか?

 疑問を感じながらも、優しく同族の女を抱き上げる。

 

 ふわり…

 

 いい匂いがした。頭の中が蕩けるような匂いだ。何の匂いだろう? …そんなことをボンヤリと考えていると、首筋からプツリという音が聞こえた。

 

 首筋に噛みつかれた。でも痛くない。むしろ気持ちよかった。ゾクゾクが止まらない。立っていられない。

 

 ああ、でもこの子を落としちゃあいけない。

 血を吸われながら、落とさないように膝をつく。

 

「…けぷっ」

 

 かわいらしいゲップの後、傷痕をチロリと舐められた。…快楽で遠のく意識が、最後に認識したのは…

 

 

 

「…ごちそう様でした」




ちょっと追加説明。

同族喰らい、最終試験の場所である藤襲山で日常的にされているので、できないわけではないです。
ただ藤襲山ではたくさんの鬼が、鬼だけで生きているので、同族喰らいは仕方なく起きていると思われます。
極限状態だからこそで、基本的には生理的嫌悪があって、できないと考えます。

この鬼はその生理的嫌悪、生理的忌避感を、無惨様の呪いと勘違いしているだけで、同族喰らいをしても呪いは発動しません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

手探りで決めていく零余子ちゃんのキャラが、段々と変な方向に行っているような気もするが…気のせいと言うことで。


「…ごちそう様でした」

 

 血を飲んで、全身を襲っていた飢餓感が引いていくのを感じる。

 それと同時に、どこかフワフワとした夢見心地だった気分も冷めてくる。

 

 …なんださっきの…恥ずかしすぎる!

 

 ついでに羞恥心も襲い掛かってくる。

 なんとなく、目の前の鬼を見る。私が噛みついた痕も、綺麗に再生していく。さすがは鬼である。

 無我夢中であったが、さっきまでの魅了が私の能力なのだろう。性欲が残っていない鬼にすら効くのだ、人間にはもっと効果が期待できる。

 

「…ねぇ」

 

 ぼんやりとこっちを見ている同族の男に声をかける。

 わからないことは多い。…むしろ、わからないことだらけだ。せっかく尋も…質問ができる相手がいるのだから、この際に全部聞いておこう。

 

 

 

「…び、びっくりした」

 

 目の前には、口と腹から手を出し、その手に頭を握りつぶされた、鬼だったものがある。

「これが…」

 …鬼舞辻無惨の呪いか。

 聞いた相手が鬼でもこうなる。そこに情状酌量の余地はまるでない。

 人を鬼に出来るのは、あの方だけという話だった。つまりはあの私の口に指を突っ込んだ男こそが、鬼舞辻無惨ということになる。

 

 …どこか優し気にすら聞こえたあの声と、情け容赦なく呪いを振りかける目の前の光景に、少し違和感を感じてしまう…

 

「あー…うー…」

 鬼の生命力はすさまじく、ぼろぼろの肉片にしか見えないのにも関わらず、まだ言葉を発することができるようだった。

 むしろ、ここまでされても、死ねない上に、再生もできないというのは、自分がやったことではあるが、ただただ不憫だった。

 聞けることは全て聞いた後の実験だったので、もったいなくはないが、申し訳なくはある。

 

 鬼、十二鬼月、あの方、…そして、鬼殺隊、柱…ね。

 

「…目立たないようにしないとね」

 

 それが私の結論だった。

 

 

 

 

 

 真夜中、こっそりと家に帰る。

 なるべく人に会わないようにしたが、会ったものには魅了をかけた。そして、もちろん血も吸った。…でも、殺しはしない。

 

 そんなことをすると、目立つからだ。

 

 こんな小さな村だ。人が死ねば目立つ。目立てば鬼殺隊が来る。成り立ての私では荷が重いだろう。

 肉を喰いたくはなるが、我慢する。肉を喰いちぎられては、治りが遅くなるし、治らないこともあるだろう。

 たとえ魅了で記憶を消しても、そんな大怪我では違和感を覚えて魅了が解ける可能性もある。

 危険性はできるだけ排除しておかないと。

 

「…ふぅ」

 

 いろいろ考えなければならないことは、山ほどある。

 それでも、いつもの自分の部屋に戻ってくるとホッとする。

 考えを整理するためにも、寝てしまおう。

 

 いやいや、夜はこれから、夜は私の時間。疲れたから横になるだけで、寝たりはしませんよ。

 

 目を閉じたほうが、視覚からの情報がなくなって、考えに没頭できるだけで、寝てるわけじゃないですよ。

 

 そもそも、鬼はたぶん寝ませんし、私も鬼ですし。

 

 

 

「…くぅ」




鬼って性欲とかあるのだろうか?
原作ではそういうシーンはないが、エロ同人誌にはあるw

原作が少年誌だから描いてないだけなのか…そもそも子供なんてできないだろうから、やはりない…いや、薄くなっているということで行きます。

追記
うちの零余子ちゃんは引きこもりだったので、イメージからネットスラングを使ったりしたのですが、時代考証的に修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4

零余子ちゃんの可愛さ、届け~!


 鬼殺隊が来た。

 

 …早くね?

 

 いやいや、わかってましたよ。予想通りですよ。むしろ計算通りですよ。

 だから、私は驚いてませんし、オタオタもしてませんし、あわあわもしてませんし、もちろんビクビクだってしてませんよ。

 

 オタオタ…バタン!

 

 オタオタして倒れた? …幻覚ですよ。

 鼻が赤い? …暗いところで役に立つんですよ。

 

 まあ、とりあえず、応対した父を魅了尋問した結果、以下のことがわかった。

 

 まず、森に入った猟師数人が鬼に喰われたと聞いて、やって来たとのこと。

 そして、昨日この家の娘子…私のことだ…が、生贄にされたと村人に聞いたとのこと。

 それに対して、父が間違いないです。昨夜うちの娘を生贄に捧げましたと答えたとのこと。

 鬼殺隊の少年は、沈痛な面持ちでそれに応じ、まだ鬼はいるでしょうから、この村を見回ると答えたらしい。

 

 あわあわ、鬼殺隊がそばをうろついてますよ! やばいですよ!

 

 いやいや、落ち着け。私は死んだことになってるし、この家から出なければ大丈夫! …だよね?

 

 とりあえず、布団をかぶる。すっぽりかぶる。ビクビク…地震かな?

 

「すー、はー」

 深呼吸をし、考えに没入する。

 あの鬼って、どうしたっけ? …あの方の呪いでぐちゃぐちゃになった後、そのまま放置した。山の麓の祭壇そばだから…今は見事に太陽の下でチリになって消えてしまっているだろう。

 じゃあ、鬼殺隊士はどうする? …どこかに隠れているはずの鬼を探し回るだろう。もういないから、探しても見つかるわけがない。

 だったら、どうなる? …鬼は逃げたと結論づけて、いずれは村を去るだろう。

 それはいつ? …まあ、早くても一週間は探すよね。

 

「それはまずい」

 

 見つかるかも、殺されるかもと、一週間もこの部屋で布団かぶって、オタオタ、あわあわ、ビクビクしていられませんよ!

 

「…鬼殺隊でも、少年だったなら…」

 

 …私の魅了が効くはずだ! …効いてください、お願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が綺麗だった。暗い夜道だったが、十分明るいと言えた。

「満月のおかげだな」

 周囲を明るく照らしてくれる満月に感謝をささげる。

 

「…満月じゃないよ」

 

 そこに声がかかった。

「満月は昨夜だよ。よく見たら欠けているでしょ。少しだけ」

 木でできた簡素な祭壇に、少女が一人腰かけていた。

「昨日は、それはそれは綺麗な満月だったんだよ」

 昼間も、つい先ほども、祭壇を見たときにはいなかった。

「あなたは鬼を殺しに来たんだよねえ。…早いねえ、わずか数日で来るんだねえ」

 少女がころころと笑う。

 

 綺麗な女の子だった。

 月の光を受けて、キラキラと光り輝く銀の髪。

 病的なほどに真っ白で、透けるような無垢な肌。

 血のように鮮やかな、紅の瞳。

 人形以上に整った、美しい顔。

 

 

「…でも、遅いよ。…一日、遅いよ」

 

 

 そのすべての特徴は、昨夜生贄にされた少女のものと一致した。

 

「…すまない」

 それは自分の心底からのものだった。

 一日だろうが、一刻だろうが、少女にとっては間に合わなかったという事実のみが全てだ。それに対し、何も言い訳できない。

 

 …チャキ…

 

 だが、それとこれとは別だった。

 鬼…にしては、気配が薄かった。

 人を喰ったことのある鬼は、外見がどんなに美麗でも鳥肌が立つような嫌悪感しかなかったが、この少女には、ある種の神秘的な魅力があった。

 幽霊…なのだろうか?

 こんな仕事をしているが、今まで霊に会ったことはなかった。…だが、悪霊、怨霊の類であるならば、斬らねばなるまい。

 

「…私を斬るの?」

 

 少女が悲しそうにそう聞いた。

 

「…斬りたくは、ない」

 

 それは自分の本心だった。若い身空で生贄にされ、殺され、霊になった後も斬られるなんて、あまりにあまりだった。

 

「ねぇ、抱きしめて」

 

 少女が両手を広げて、僕に微笑みかけた。

 

「…それとも、怖い?」

 

 言葉とは裏腹に、その笑顔は蕩けるように甘かった。

 そして、妖しいばかりに美しかった。

 

 

 

 嗚呼、僕は霊に憑りつかれてしまった、魅入られてしまった。




零余子ちゃんの能力、魅了のかけ方について。
ちなみに、鬼状態でも、擬態(人間状態)でも、どっちでも使えます。

①目と目を合わせます。   (瞬間、好きだと気付きます)
②声をかけます。      (蕩けるように甘い声です)
③フェロモンを嗅がせます。 (すんごいいい匂いです)
④血を吸います。      (痛くなく、むしろすごく気持ちいいです)

①~③は順番が前後しても構いません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5

妖艶な美少女の零余子ちゃんを目指していたと言ったら、君たちは信じるかね?


「…ごちそう様でした」

 その少年の首筋にできた痕を、ペロリと舐めて言った。

 

 あー、焦ったー、ビビったー。今頃ガクブルですよ。

 

 とにもかくにも、上手くいった。

 それにこれから鬼殺隊の内部情報も手に入るし、万々歳ですよ。…いやいや、計算通りですよ? むしろ、これを狙ってたんですよ。

 

「さて…」

 

 ぼんやりとこちらを見ている少年に、私はとびっきりの笑顔を見せる。

 

 

「いろいろと教えてくださいね」

 

 

 少年は、私が聞けばなんでも教えてくれた。

 

 鬼殺隊には十の階級があること。

 少年は辛(かのと)、下から三番目だということ。

 そして柱…最も位の高い剣士のこと。

 今は五人の柱がいること。

 柱になるには、鬼を五十体倒すか、十二鬼月を倒すとなれるということ。

 年に五体鬼を倒しても十年かかるから、実力のある剣士は十二鬼月の下弦を狙うらしいとのこと。

 上弦の鬼は柱でも厳しいが、下弦の鬼は強い剣士には狙い目らしいとのこと。

 

「うわー、この間の鬼の認識だと、十二鬼月はすごい名誉でみんななりたいって話だったけど、下弦ないわー、強い鬼殺隊士に狙われまくるなんて、絶対にないわー」

 

 あとは日輪刀のこととか、呼吸がどうのとか聞いたけど、よくわからなかった。

 

 …なんか、説明がふわっとしてたから、少年もよくわかってないんだろうな。

 

 少年自体は水の呼吸の使い手とのこと。

 鬼出現の報告が出ると、鎹鴉(かすがいがらす)から連絡が来るとのこと。

 鎹鴉というのは、鬼殺隊一人一人につけられて…

 

「…えっ、それって…」

 

 私が振り返ると同時に、一羽の鴉が飛び立った。

 

「しまった!」

 

 闇夜の鴉の言葉通り、もう空の闇に溶けて見えなくなった。

 あれが鎹鴉だったのはまず間違いない。

 

「ばれた…ばれたばれたばれた…」

 

 逃げるしかない。それも、早急にだ。もはや一刻の猶予もないと見ていいだろう。

 

「持っていくものは何がいる?

 上中下巻の道中記! あれには確か簡単な地図が付いてたはず。あとは日記! 見られたらすっごく恥ずかしい!!」

 

 

 すたこらさっさー…

 

 

 

 

 

 

 

 ある少年の証言。

 

 彼の任務は、とある村の裏山に鬼が出た為、その調査と…可能であれば、その討伐をせよとの指令だった。

 村の猟師四人が食い殺され、一人が命からがら逃げ帰った。

 その身の丈は七尺を超える巨体だったとの話だった。

 そして、村では鬼を鎮めるため、祭壇を作り、村一番の美しい少女を生贄に捧げたとのこと。

 

 …この辺りは、古い因習か残る村ならではだろう。その為にあたら若い少女が命を落としたのであれば、不幸でしかない。

 

 木製の粗末な祭壇には争った跡が見受けられた。

 また、少女の体の一部や衣類、血液などは残っていなかったが、紐の切れた口枷と、引きちぎられた縄だけが残っていたとのこと。

 鬼のねぐらに連れ去らわれたと考えられ、その後のことは想像に難くない。

 

 

 そして、その夜にも事件があったのだが、少年自体は何も覚えていなかった。

 

 

 ただ彼の鎹鴉の証言から、精神操作系の能力を持つ鬼がいたとわかった。

 その鬼は生贄の少女そっくりな容姿であったことより、肉体変化系の能力も持っていると推測される。

 少なくとも二つの異なる血鬼術を使えることから考えるに、かなり強力な鬼である可能性が高い。

 

 

 

 最後に、敵ではないと判断された結果かはわからないが、少年隊士が無事であったことだけは喜ばしいことだった。




鬼殺の剣士との初戦のはずなのに、戦闘シーンさんの出番がまるでなかった件について。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6


なーんか、僕が思う零余子ちゃんと違うなーと思ったあなた!
その僕が思う零余子ちゃんを書きましょう!

零余子タグをつけてくれたら、読みに行きます。



「ないわー、野宿ないわー」

 

 ホーホーと梟がなく山道をとぼとぼと歩く。

 昼間は、獣臭い洞穴で寝た。

 ここ数日、そんな感じだ。

 あと、熊の血は美味しくなかった。ぺっぺした。

 

「服を着替えたい。お湯で行水したい。あったかいお布団でゴロゴロしたい」

 

 ちょっと前までは、文字通りの箱入りのお嬢様だったのだ。

 こんな生活耐えられない。ハッキリ言えば、グータラしたい。

 

 

 ガラッ! …ヒヒーン! …ガラガラ…ガッシャーーーン!!

 

 

 向こうから、大きな音が聞こえた。馬のいななきも聞こえた。

 特に目的地もなかったので、そちらに向かった。

 

 

 

 

 

「あららー」

 山道が土砂崩れを起こしていた。

 数日前にまとまった量の雨が降っていたから、地盤が緩んでいたんだろう。

 崖下には、馬車が落ちているのが見える。…あと、血の匂いがした。

 

 

 

「かなり立派な馬車だねえ」

 

 横倒しになっている馬車は、黒漆塗りに金細工がこれでもかと入っていて非常に豪華なうえ、二輪ではなく四輪になっているので走行時の安定性も悪くないだろう。

 二頭立ての馬車で、非常に立派な毛並みの馬だったが、両方とも既に死んでいた。

 御者はどこかと探してみたら、転落時に投げ出されたらしく、さらに運の悪いことに途中の木に串刺しになって死んでいた。

「南無南無」

 少しひしゃげて開きにくくなっていた扉を、力任せに強引に開ける。

 

 バキィッ!

 

「どなたか生きてますかー?」

 馬車の中には、スーツを着込んだ紳士がいた。

 豪華な馬車の耐久性のおかげか、息はあった。

 

 …ニヤリ…

 

「もしもし、大丈夫ですか?」

 肩をゆすりながら、声をかける。

「…ぐっ」

 どこかが痛んだのか、苦しそうな声と共に、紳士が意識を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 胸の痛みで、目を覚ます。

「…こ、ここは?」

 ぼやける視界に、美しい少女の顔が入った。

「どこか痛みますか?」

「…胸を打ったようだ。呼吸をすると苦しい。あとは足が…こちらは折れているかもしれない」

 だが、少女の声を聞いているうちに、痛みが和らいでいくように感じる。あと、なんだろう、いい匂いがする。すごく安らぐようだ。

「私があなたをお宅までお送りしますよ。あなたのお名前はなんですか?」

 華奢で可憐な少女に、そんなことができるだろうかと、ボンヤリと思いながらも、素直に聞かれたことに答える。

「…私の名前は、上星譲二(うえほし じょうじ)だ…」

 私の答えを聞いて、白い少女が優しく微笑む。

「じゃあ、上星卿のお宅はどちらにありますか?」

 

「…この山を抜けた…町の…一等地に…」

 

 急激に意識が遠のいていく。…その意識の最後に拾ったのは…

 

 

 

「はい。よくできましたー」

 




これが、零余子と上星一族との長い闘いの歴史の始まりだったのだ!
(ズギャァアァーーン!)


…ということはないですし、上星卿の息子が波紋法を使うこともないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7


いつもいつも、短くて申し訳ないです。



「よいしょっと」

 

 意識を失った上星卿を横抱きに抱え上げると、文字通り馬車から飛び出る。

 山を抜けた先は、田舎者の私では入るのを躊躇するような都会だった。

 そこの一等地に住居を構える、豪華な馬車の持ち主…どう考えてもお金持ちです。ありがとうございます。

 

 ニヤリ…

 

 悪い笑みが浮かんでしまうのもしょうがない。もう野宿はいやなんじゃー。

 

 私の完璧で完全で鬼懸っている計画は、こうだ!

 

 壱、上星卿をお宅まで連れ帰る。

 どっか途中で目覚めさせ、肩を貸していたということにする。

 …えっちらおっちらでそんな早く着くのか? …そこはほら、火事場のなんちゃらだと誤魔化すべし。

 それでもぐだぐだ言ってきたら、魅了でなんとかする。

 

 弐、恩人という地位でもって、客人待遇で家に転がり込む。

 なんかめんどくさいこととかになったら、魅了でなんとかする。

 

 参、そのままぐだぐだと好きなだけ、居候する。

 とにかく、魅了でなんとかする。

 

 

「かんっぺき!」

 

 

 

 

 

 

 

「………ょう」

 柔らかな声と共に、意識が浮上する。

「…上星卿」

 杖をつき、少女に肩を借りている状況に、今更ながらに気付く。

「町が見えてまいりましたよ」

 少女の声に誘われて前を見ると、山から獣やら山賊やらが入らないようにしている大きな門が見える。今朝出る時にも通った、懐かしさまで感じる門だった。

「今の時間は?」

「あれから三刻ほど経ったでしょうか」

 ほとんど意識が飛んでいるような私に肩を貸しながら、三刻もと思うとありがたいやら、申し訳ないやら、なんとも言葉にしようがない…感謝の念しか沸いてこない。

 そんなことを思い、胸がいっぱいになっていた私の目に、カンテラを持った人間が近づいてくるのが見えた。

「ややや、上星卿ではございませんか!? お怪我をされているのですか? 医者を呼んでまいります!」

 そう言ってくれる門番に、必要ないと首を振ってこたえる。

「大丈夫だ。家に戻れば住み込みの医師がいる。すまないが、代わりの車を出してもらえないだろうか」

「わかりました。すぐに準備致します。

 …それで、そちらの…」

 私を思ってのことかもしれないが、その少し胡散臭げに少女を見る眼差しにカチンと来た。

 

「彼女は私の命の恩人だ。もういいから、早くしろ!」

 

「はい、只今!」

 大慌てで準備に走った男を見送りながら、いいんでしょうかとこちらを見上げてくる紅の瞳に対して、できる限りの笑顔を浮かべる。

 

 

 

「もちろんだとも、なんとしてでも私の感謝を伝えさせてくれ」




「ごめんね」
「もっと長く書いたことも、あったんだけれど」
「すぐに息が上がって、エタりそうになったんだ」

森川智之さんの声で読んで、許してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8

キング・クリムゾン!



 あれから、一年が過ぎた。

 

 上星卿の恩人という立場を得て、気に入られ、時には魅了も駆使しつつ、もうすっかりと卿の息子の婚約者という地位におさまっていた。

 ちなみに息子の譲三(じょうぞう)君は、まだまだ十歳のお子様です。魅了を使ってないのに、すっかり私の美貌にやられてます。

 いやー、まいったまいった。美しさは罪ですね。微笑みさえも罪です。

 

 ここでの生活は、まさに快適そのもの。

 さすがは華族様、ひっきりなしにお客様がやって来られます。もちろん、ありがたく血を頂きます。

 こちらから外に出る必要など皆無です。エサが向こうからやって来ます。まさに入れ食い状態です。

 

 私の血鬼術も進化しました。

 魅了をかけて血を吸って、その際に少量私の血を流し込みます。

 私の血は、あのお方の血と違って安心安全です。心臓に留まって、ちょっとした目印の役割を果たします。数百メートルくらいに近づけば、どこにいるのかわかります。

 それと、再度の魅了の触媒になります。目と目が合うだけで、簡単にすぐに魅了がかけれます。らくちんです。

 ただ、こちらだけが旨味を得ているわけではありませんよ。私の血には、その心臓の持ち主の自己治癒力とか、免疫力とかを高める効果があります。

 お互いに良い関係なのが、長く付き合えるコツなんですよ。

 

 もちろん、食事以外も完璧です。

 衣服だって、部屋にいるだけで、呉服屋が生地持ってやって来ます。ついでに血も吸います。

 住環境も言うことなしです。

 日の当たらない客室を、自室として頂きました。

 働かざる者、食うべからず…と、巷で最近言われだしておりますが、私は一切働きません。…もちろん、少しだけ心苦しいのですが、むしろ働いたら負けだと思って、その心苦しさに打ち勝っています!

 

 では、どうやって暇をつぶしているのかって?

 この家の書斎には、古今東西の珍本奇本が揃ってます。

 ベッドでゴロゴロしながら本を読んだり、備え付けの机でダラダラと日記を書いたりしています。あー、忙しい忙しい。

 

 そして、忘れてはいけない、素敵なものがここにはあります!

 

 

 なんと、この家にはお風呂があるのです!!

 

 

 私が生まれ育った家も立派だったのですが、田舎だったのでお風呂などついておりませんでした。

 夏は行水、冬はお湯で体を拭くしかなかったのですが、ここでは違います。

 庶民は銭湯に行くしかなく、公共の場に出られない私は、行水するしかなかったのが、ここでは違うのです!

 

 お風呂すごい、お風呂さいこー。

 

 こんな風に、素敵で無敵な一年を過ごしておりました。

 もちろん、これからの計画も万全です。

 上星邸へのお客様は、この一年で五百人を超えております。そしてもちろん、その全員に印をつけております。

 華族のお客様は、それ相応の家格や財産の持ち主です。

 何年か後に、上星邸を出て行った時には、彼らのお宅に訪問し、そのまま寄生…こほん、居候の予定です。

 

 完璧です。

 

 人生…いえ、鬼生がこんなに楽勝でいいんでしょうか?

 

「いいんです!」

 

 薔薇色の未来を夢見て、ベッドの上で仁王立ちし、高らかに笑っちゃいます!

 

 

「零余子ちゃん、大勝利ー!!」

 

 

 べべんっ!

 

 

 

「…楽しそうだな」




明治コソコソ噂話
「働かざる者、食うべからず…って言葉は、明治時代から使われるようになったらしいよ。
 割と最近だと思うよね。
 これは聖書に書かれている言葉だから、江戸時代は表立って使えなかったとも言えるかもね」

ちなみに、働いたら負け…は平成時代からですよ。
伝説のニートが使った言葉です。
それを百年以上先取りする零余子ちゃん、そこにシビれる! あこがれるゥ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9


無惨様と一年ぶりの再会です。



「…楽しそうだな」

 

 聞いたことのある声です。そして、忘れることなどない声です。

 すぐさま、土下座へと移行します。

 

「…しばらく見ないうちに、実に楽しそうにやっているではないか」

 

 顔は見たことありませんでしたが、無惨様の声に間違いないです。

 そして、滅茶苦茶怒っていることも、間違いないです。

「…そ、そんな、滅相もございません」

 ひたすら謝る以外に手はないです。頭を下げて、ただただ怒りがおさまるのを待つしかありません。

 

「…私は鬼にしたものは、大体一年を目途でどうなったかを確認することにしている」

 

 初耳です。できれば最初に言っておいて欲しかったです。

 

「私はこの千年で、たくさんの鬼を作ってきたが…」

 

 無惨様が、無駄にためます。私は額を板の間にこすりつけます。これ以上は下がらないくらい頭を下げます。

 

 

「貴様ほどに自堕落な鬼は、そうそうおらぬわっ!!」

 

 

 ピシャーーン…と、稲妻が走ったのが見えた気がします。

 

 

「この一年で、貴様は何人の人間を喰った? どれくらい強くなった? どれだけの鬼殺の剣士を葬った? 一体全体どのようにして私の役に立つつもりだ?」

 

 やばいやばいやばいやばい…このお怒りは、到底おさまりそうにはないです。

 

「人を喰う気もない。強くなるつもりもない。戦う気なんてまるでない。そんな役立たずで無駄な鬼を、なんで生かしておく必要がある? 言ってみろ!」

 

 あ、これ死刑通告だ。何かを言わないと殺される奴だ。…言っても殺される可能性が高いけど。

 

 

「二か月…いえ、一か月だけ猶予を下さい。お願い致します!」

 

 

「ほう、待ってどうなる?」

 

「一か月後、入れ替わりの血戦を申し込みます。そして見事に十二鬼月となって、ご覧に入れます」

 

「ほほう、一か月後にか? この一年で一人も喰っておらぬお前が、入れ替わりの血戦を勝ち抜くほど強くなると言うわけだな?」

 

「はい! その通りでございます!」

 

「いいだろう、見事十二鬼月となった暁には、今回は許してやろう」

 

「ははぁ、ありがとうございます!」

 

 

「無論、なれなかった場合は、即刻殺してやる!!」

 

 

 べべんっ!

 

 

 

 言っちゃった…つい言っちゃったよ。

「ああ、天国から地獄に突き落とされた」

 先刻高笑いをしたベッドの上で、うずくまるしかなかった。

「…とは言え、あの場においては、あれ以外に生き残る道はなかったよね」

 むしろ、うるさい、黙れ、死ねって殺されている可能性だってあった。

 

 

 それでも…

 

 

 

「…十二鬼月は、目指すつもりはまったくなかったんだけどねえ」




無惨様って、どれだけ自分の役に立つかを、重要視しているのは間違いないけど、
自分みたいな性格の奴は、嫌いだよね。

零余子ちゃんは「柱に会ったら逃げよう」って子だけど、
勝てないから逃げよう、死にたくないから逃げようって、
無惨様にそっくりな思考回路だと思うんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10

ここから、十二鬼月入りを目指す、零余子ちゃん立志編が、はっじまるよー!



「…さて、と」

 頭を切り替えて、立ち上がる。

「確かに、今まで一人も食べてはいないけど…」

 この一年で、ずいぶんと強くなった実感はあった。

 一年前は三刻程かかった、上星卿と初めて会った場所まで、今なら四半刻もかからない。

 血鬼術もそうだ。血を残した人間を感知できる距離も、数百メートルだったのが、今では数十キロ離れていても、感じることができるようになっている。

 

 鬼は人を喰うか、あの方からの血を頂くかで、強くなるという話だけれど。

 

 命を奪わないと、強くなれないのか? …人の死体なんて、要は肉と血だ。魂なんて、食べられはしない。

 それに、肉は肉だ。人間の肉も、獣の肉も大差はない…と思う。まあ、どっちも食べたことないけど。

 でも、血は違った。人の血は美味しかった。鬼の血もまあまあだった。熊の血は不味かった。

 

 鬼が持つ特殊能力を、”血”鬼術と呼んでいる。

 そもそもが、無惨様の”血”を分け与えられて、鬼になる。

 それに、稀”血”。稀血一人で、普通の人間の数十人から百人ほどに相当する力が得られるという話だ。

 

 それって、必要なのは、血だけなんじゃないの?

 

 確かに私は、一人から致死量程の血は吸わないけど、この一年で五百人以上から血を吸った。その中には、稀血が二人も含まれている。

 上弦には届かないだろうけど、下弦だったら、なんとかなるんじゃないかな。

 もちろん、それはただの期待、希望でしかない。十二鬼月と戦ったこともなければ、見たことすらない。

 

「…情報が必要ね。鬼殺隊…いえ、ある程度長く生きている鬼のほうがいいわね」

 

 

 

 私に許された時間は、たったの一か月しかない。即座の行動が必要だった。

 日が沈んだ後、上星卿と向かったのは、ある屋敷だった。…藤の紋が描かれた屋敷。そこの主も、上星卿の客の中にいた。

 突然の訪問でも、町一番の名士…華族である上星卿の名は大きい。即座に客間へと通される。

「夜分に申し訳ないな」

「いえいえ。それで、どういったご用件でしょうか?」

「うむ、実は私ではなく、こちらの私の義娘からなのだが」

 そこで、向こうの主人と目と目を合わせる。

「お久しぶりです」

 

 にっこりと微笑みかけた。

 

 

 

 

 

「…確か、この山を根城にしているって、話だったよね」

 

 藤の花の家紋の家の主…鬼殺隊の協力者から聞いた話では、この山には数十年前から鬼が潜んでいるのではないかとの噂があるらしい。

 それというのも、数十年前には、確かに猛威を振るった鬼がいたのは間違いないらしい。

 何人もの鬼殺の剣士が山に入り、そしてそのまま帰らなかった。

 いよいよ柱の剣士が赴こうかという直前に、鬼は忽然と姿を消したとのことだった。

 それから数年置きに、確認の為に鬼殺の剣士が山に入ったが、鬼のいる様子は確認できなかったとのことで、鬼は去ってしまい、戻ってきていない…もう死んでいるのではないかとなっていたのだが…

 

「…ここ最近、山に入ったものが帰ってこなくなっているので、ひょっとしたら件の鬼が戻って来たのではって話ね」

 

 果たして、鬼がいるのかはわからない。居たとしても件の鬼かはわからない。

「…でも、とりあえず当たる価値はあるよね」

 数十年前、祖父から聞いた話ということだから、情報は少ない。わかったことは二つだけ。

 

 

 一つは、この山の頂上付近に廃寺があり、そこを根城にしていたということ。

 

 

 この一年で私の感覚は、とても鋭くなっている。

 数キロ先に、ボロボロに朽ち果てた廃寺が見えてきた。

 ただ数十年前から廃寺だったと言う話だから、もはや寺の形は見る影もない。なんとか建物の名残を残しているだけだった。

 屋根もほとんどないので、ほとんど日を遮ることができない。根城にするには今は無理だろうという印象だ。

 

「…これは、外れかな」

 

 そんなことを独りごちているうちに、廃寺が目と鼻の先というくらいにまで近づく。

 せっかく来たのだから、とりあえずは調べておこうと思った時だった。

 

 

 ドコォッ!!

 

 

 地面が爆発した。

 

 その爆発を、ひらりと飛び下がってかわした。

 もうもうと土煙が上がる中、野太い声が響き渡る。

 

「なんじゃ! 獲物がやって来たかと思えば、鬼じゃったか!」

 

 

「確か二つ目は、その鬼は僧兵の恰好をしている…だったかな」

 

 

 土煙が晴れた後に姿を現したのは、武蔵坊弁慶の絵図によく似た出で立ちの…鬼だった。

 僧兵と言われれば、薙刀の印象だったが、そいつが持っているのは七尺はあろう大きくて長い金棒だった。

 だが、そんなことよりも、もっと大きな特徴がそいつにはあった。

 

 

「儂の名は山坊主! 鬼でも構わぬ、いざ尋常に勝負じゃ!!」

 

 

 

 左目に、大きく”×”がされた”下肆”の文字。…そいつは元十二鬼月だった。




零余子ちゃんの人肉を食べても仕方ないってのは、あのブドウは酸っぱい理論でしかないです。
食べないよりは食べたほうが、断然強くなりますが、零余子ちゃんは知らないし、知ろうともしません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11

零余子ちゃん、初戦闘です。



「十二鬼月の情報を探りに来たら、元十二鬼月がいたなんて…運が良いのか悪いのか」

 

 前に見た鬼よりは小さい。…でも、大きさなんて関係ない。

 

「来るがいい! 名乗るがいい! 鬼っ子!」

 

 ビリビリと空気が震えているように感じる。

 

「そんなに怖い顔しないで、ね」

 

 まっすぐに山坊主の目を見つめる。

 

「お話しましょうよ、出会ったばかりなんだから、ね」

 

 ゆっくりと無造作に…震えそうになる足をまっすぐに進める。

 

「おじさまは、すごく強い鬼なんでしょう? いろいろお話が聞きたいなぁ」

 

 ドキドキ…バクバクする心臓の音は、山坊主に聞こえてはいないだろうか?

 

「だめ?」

 

 目と鼻の先に山坊主がいる。ツンと酸っぱいような匂いがしてくる。

 

 

 …私の間合い。あとは血を吸いさえすれば…

 

 

 

「かぁーーーっつ!!!」

 

 

 

 その大音声と同時に、横薙ぎに襲ってくる金棒を後ろに飛んでかわす。

 

「ふん! 搦手を使いおってからに、儂には通じぬわ!」

「…そうみたいね」

 ドキドキ…バクバクする心臓の音が、警報音のように思えてきた。

「行くぞ!」

 こちらにはお構いなしに、鉄棒を振りかぶり…

 

「ぬん!!」

 

 …振り下ろす。

 その動きを見て、横に移動して避ける。

 

 ドコォッ!!

 

 また地面が爆発する。

 飛んでくる土くれを、見て、避ける。

 

 ブオンッ!

 

 横薙ぎに振るわれた金棒を、見て、体を傾けて、避ける。

 

「はぁあ!!」

 

 少し無理な体勢になっている私の顔めがけて、金棒が突かれるのを、見て、躱す。

 

 

 …いける! 魅了は通じなかったけど、私の感覚は奴の攻撃をとらえている! 避けられている!

 

 

 元…とはいえ、十二鬼月と十分に渡り合える!

 

「はぁああっ!!」

 

 金棒が引き戻される前に、山坊主の懐へと飛び込む。そして、その首目がけて手刀を突き入れる。

 

「…ぬぅっ」

 

 浅い! …でも届く! 私の動きは十分対抗できている!

 

 にぃ…

 

 …奴が笑った。…まずい、何か…

 

 

 

 コォオォォーン!

 

 

 

 足元の石畳に、金棒をまっすぐ打ち付けたのが見えた。

 砕くでもなく、爆発するでもなく、音を鳴らした?

 

 

 ビクゥ…

 

「…っ」

 

 

 …体が動かない。声も出せない。何かされた!

 

「…不動金縛りの術なり!」

 

 血鬼術? あの爆発する奴だけじゃないの? 初めての体験で、頭の中がぐるぐるする。混乱している。…やばい! まずい!!

 

 山坊主が金棒を振り上げる。…それが、驚くほどゆっくり見える。

 

 …動け! 動け動け動け!

 

 金棒が振り下ろされる…ギリギリ動き出す体…左へ避け…

 

 

 

 …べしゃん…

 

 

 

 イヤな音とともに、何かが見える…血を吹き出しながら、くるりくるりと廻っているのは…

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい…ちぎれた…いたいいたいいたい…わたしの…いたいいたいいたい…みぎうで…いたいいたいいたいいたいいたい…まだ…いたいいたいいたい…たたかい…いたいいたいいたい…おわって…いたいいたいいたい…ない…いたいいたいいたいいたいいたい…でも…いたいいたいいたい…いたくてたまらない!!!

 

 

 

「ああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!!!」

 




元十二鬼月は、簡単ではないです。

…あのパワハラ会議のせいで、十二鬼月の下弦は弱いってイメージが強いですけどw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12


零余子ちゃんが、○○しちゃったので、R-15のタグを付けました。

R-15って、そもそも基準がよくわからない。
とりあえず、ちょいエロか、ちょいグロの保険なのか?


「ああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 無理! 無理無理無理無理っ!!!

 こんな痛いの無理! こんないたいのやだ!

 ぺたん…と腰が落ちる。

 

「ぎゃあぎゃあわめくなー!!」

 

 瞬間、怒りでフッと痛みが少し引いた気がした。

 

「うるさぁーーいっ!! お前が言うなお前が言うなっ! 痛いんだもん! しょうがないしょうがないっ!!」

 

「人間みたいなことを抜かすなっ! 痛いなら感覚を止めろ、痛さをなくせ!」

 

「わかんないわかんないわかんないっ! 痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 …なんじゃこいつは?

 

 目の前でへたり込んで、ぎゃーぎゃー言う鬼の娘、まるで理解ができない。

 怪我をしたのが初めてかのように、ぎゃんぎゃんうるさい。

「痛くないと思い込め、さすれば痛さはなくなる」

 

 戦いの最中じゃぞ、なんでこんなことになっている。

 

「そ、そんなの、そんなことでっ! …痛くなく、なるはず…が…あれ?」

 

 さっきまでのあの動きはどうした、儂と互角にやりあっていたのは、どういうことじゃ。

「…うで…みぎうで…」

 今度は目の前に転がる自分の右腕を見つめて、震えだした。

 

 

「うわぁぁああーーーーーんっ!!!」

 

 

 今度はぎゃん泣きしだした。

「ひどいひどいひどいひどい!! 私の腕をべしゃんって、うわああぁぁ!!!」

 

 顔をぐしゃぐしゃにして、涙と鼻水を垂れ流しながら、まるで理解不能じゃ。

 

「腕くらい生やせ! それかくっつけろ! 人間じゃあるまいし、腕の一本くらいでギャーギャー泣くな!!」

「しかたないんだもん! いたかったんだもん! うわあぁあぁーーーーん!!!」

 

 

 

「やっかましい!!! ぶっ殺すぞっ!!!」

 

 

 

「ぴっ…」

 殺気を込めて一喝する。

 それに弾かれたように、娘がビクッと震えた後、泣き止んだ。

 

 儂はさっきまで戦闘をしていたはずじゃ。なんでこうなった。

 

 

 

 ちょろ…ちょろちょろちょろ……

 

 

 

 ま…まさか…

 

「…! …!! …っっ!!!!」

 

 娘の白い顔が、真っ赤に染まっていく。

 

 

 

「びええええええぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんん!!!!」

 

 

 

 …なんで、こうなった…

 

 

 

 

 

 

 

「…ぐすっ…ぐすっ…」

 やり方を聞いて、右腕を生やす。

「どうだ? ちゃんと動くか?」

 右手で、ぐーぱーぐーぱーをする。コクンとうなづく。

「…まあ、これに懲りたら、もう来るんじゃないぞ」

 そんなことを言う憎いあんちくしょーを、ギッと睨み付ける。

 

 

「うるさーい! 覚えてろ…いや、わすれろーーー!!! ばかーーー!!!!!」

 

 

 そう言い捨てて、山を下りる。

 

 

 

 家に帰りつく。ひどい恰好の私を見て、上星卿が何か言いかけるが、魅了で何も言わせない。

 お風呂に入る。血やら涙やら鼻水やら…そんなので汚れている体をごしごしと洗う。

 

 

 

 ぱちぱちぱち…

 

 庭で、焚火をする。

 燃やしているのは、破れたり汚れたりした着物と下着だ。

 

 その炎に誓う。

 

 

 

「うがーーー!!! 絶対に許さない! 絶対にだ!!」




ど う し て 、 こ う な っ た ! ?

最初は、ここから零余子ちゃんが鮮やかな逆転…みたいな感じで書くつもりだったのが…
いやいや、初の実戦で、そんなのは無理でしょって思って…

なぜか、こうなった!w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13

前の話は、ひどいことになりました。
前にいるのが、鬼で良かった。…小鬼だったら、R-18タグが必要でした。

零余子ちゃんは鎖帷子を装備すべき。



 次の日の夜、廃寺にやって来た私を見て、山坊主がげんなりとした顔をする。

 

「…なんでまた来たんじゃ?」

 

「うるさーい! 勝負だ! 今度はこっちがギッタンギッタンにするんだ!!」

 そんな私に対して、こいつはため息までついてきた。

「儂はもう、お前さんと戦う気にまるでならん」

「なっ、なんでだよー!」

 

「なんでって…」

 

 心底疲れたような顔をして、こちらを見る。

「戦いの最中に、ぎゃーぎゃーと、泣くは喚くは、あげくの果てには…」

 

 

「あーー! あぁーーーー!!!」

 

 

「じゃから、とっとと帰れ」

 しっしと手を振るさまは、猫を追い払うかのごとくだった。

「…そうはいかない。私は強くならないといけないんだもん。…少なくとも、お前に勝つくらいには強くならないと」

 

 山坊主はボリボリと頭を掻くと、面倒くさそうに言った。

 

 

 

「しょうがない奴じゃな。せっかくじゃ、一応聞いてやるから言ってみろ」

 

 

 

「…なんと、お前さん、まだ鬼になって一年しか経っておらんのか」

 コクリと頷くと、呆れたようにため息をついた。

「鬼になって、たった一年で十二鬼月になるじゃと? そんな話は見たことも聞いたことも…ああ、あるなあ。

 確か童磨(どうま)様が、鬼になってわずか一年で十二鬼月になったと聞いたことがある」

「童磨様って?」

「今の上弦の弐じゃよ」

 

 うへぇ。…鬼になって一年での十二鬼月入りは、かなり厳しい道のようだ。

 

「そういや、山坊主…さんは、どれくらいで下弦の肆になったの?」

「儂か? 儂は四十五年前に鬼になって、下弦の陸になったのが三十年前、下弦の伍になったのが二十五年前、下弦の肆になったのが二十年前になる」

「へー、すごい順調じゃないの」

 私の言葉に、すごく皮肉気な苦笑を浮かべた。

「…そこまでは、な。

 …そこからは、上に行けると思えずに、上に行くことを諦め…その地位を守ることしか考えられなくなった」

 

「…しかし、結局は十年前に入れ替わりの血戦で敗れ、今に至るというわけじゃ」

 

「あれ? 下弦の伍に落ちるわけじゃないの?」

「違う、入れ替わりじゃ。儂のその時の相手は十二鬼月外だったから、負けた儂が入れ替わって十二鬼月外に落ちたんじゃ」

「へー、どんな鬼に負けたの? …というか、十二鬼月ってどんな鬼達なの? どれくらい強いの?」

 ここぞとばかりに、ぐいぐいと聞く。

 

 

「…図々しい奴じゃなあ。…まあいいか、話してやるわい」

 

 

 

 上弦の壱…黒死牟(こくしぼう)様。…ちなみに、敬称は山坊主の付けてたのをそのまま使っている。

 十二鬼月最古にして最強の鬼。全ての鬼の中で、あの方の次に強いのは間違いない。

 元は鬼殺隊の剣士で、腰にも刀を差していることより、刀を使って戦うと思われる。

 …残念ながら、山坊主は黒死牟様が戦っている姿を、見たことがないとのこと。

 

 

 

 上弦の弐…童磨様。…さっき話題になった人…というか、鬼だ。

 鬼になってわずか一年ほどで下弦の陸になり、その後もトントントンと序列を駆け上がり、現時点で上弦の弐にまでなっている。

 …山坊主が十二鬼月入りしたころには既に上弦の弐だった為、これまた戦っている姿は見たことがないとのこと。

 

 

 

 上弦の参…猗窩座(あかざ)様。

 …またまた戦っている姿は見たことがないらしいが、一切の武具や飛び道具を使わずに、己が肉体のみで戦うと聞いたことがあるとのこと。

 

 あ、私とおんなじだって言ったら、一緒にするなとほっぺたをつねられた。

 

 

 

 上弦の肆…半天狗(はんてんぐ)様。

 見た目は弱そうな老人とのこと。

 …これまた、またまた、戦っている姿を見たことないのだが、上弦の肆にいるからには、おそらくすごい血鬼術が使えるのだろうとのこと。

 

 

 

 上弦の伍…玉壺(ぎょっこ)様。

 その姿は独特な…異形の鬼とのこと。

 …そして予想通り、戦っている姿は見たことがないとのこと。

 

 役に立たないなぁ…と思わず言ってしまったのは仕方ないよね? それなのに、無言でほっぺたをぐにぐにされた。

 

「ひゃへひょー! ほっへははひひへふー!!!」」

 

 

 

 上弦の陸…堕姫(だき)様。

 すごく綺麗で色っぽい大人の女性とのこと。…お前より全然大人だとか、色気が違うとか…そんな情報いらない。

 

「堕姫様の戦っている姿は、見たことがあるぞ」

 

 ちょっと自慢気に言われたことに、若干イラっとした。

 その戦いは、入れ替わりの血戦で、相手は下弦の壱。都合二回行われたのを見たとのこと。

 堕姫様の血鬼術は帯を使うらしい。無数の色とりどりの帯が舞い踊るのは非常に美しかったそうだ。

 そして、その帯は柔らかくも、非常に鋭く、二回の血戦共に、たちまちの内に下弦の壱の首を跳ね飛ばしたらしい。

 

「駄目じゃん。下弦の壱、まるで成長してないじゃん」

 

「いやいや、これだから素人は…」

 

 何の素人で、お前は何の玄人なのかを聞きたかったが、ほっぺたの危機を感じて、ぐっと我慢した。

 

 

 

 下弦の壱…止水(しすい)様。…今さっき話題に出たばかりの鬼だ。

 黒死牟様と同じく、元鬼殺隊の剣士であり、まさにその黒死牟様の誘いに応じて鬼となったらしい。

 堕姫様との血戦で、一度目のものは何もさせてもらえずに首を落とされたのだが、二度目には何かの剣技を用いて、襲い掛かる無数の帯を斬り裂きながら舞うように間合いを詰めていき、堕姫様の首も半分斬ったのだが…完全に斬り落とす前に、堕姫様の額に第三の目が見開き、直後に背後からの帯で首を落とされたそうだ。

 

 …どうでもいいけど、山坊主の語り口調が熱い。

 

 黒死牟様からは…敗れはしたが、悪くなかった…と褒められていたとか。

 あの方からも…成長のあとが見られた。何よりもその上を目指す姿勢が見事だ…と絶賛されていたとか。

 上弦の鬼になった暁には、”止水”の前に”明鏡(めいきょう)”をつけることを約束されているとか。

 猗窩座様にも気に入られていて、既に上弦の漆(しち)のように扱われているとか。

 

 

 …情報量が、一人だけ多すぎるんですけど!? …あ、玄人って、そういう…

 

 

「…何か言いたげじゃな?」

 

 

 

 ほっぺたを押さえながら、なんでもないですよと首を横に振った。




オリジナル十二鬼月の設定について

下弦の壱、止水さん。
命名の由来は明鏡止水と、鬼になって”止”まった”水”の剣士の意味から。

黒死牟様の話では、鬼殺の剣士を何人かスカウト成功しているようなのに…
原作で出たのは、獪岳さんだけ。
元鬼殺の剣士の鬼なんて、強そうなのになあ。そう思って登場したのが、止水さんです。
堕姫さんとの二度目の血戦で使ったのは、「拾ノ型 生生流転」でした。

水柱の継子をしていたころ、黒死牟様と水柱の戦いを見て、水柱にあっさりと勝った黒死牟様に、鬼になることを申し出たという設定があったり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14

下弦の鬼の紹介が続きます。



 下弦の弐…鵺(ぬえ)殿。…ちなみに、敬称は山坊主が言った通りにしている。ここからは同僚の扱いなんだなあと思った。

 体は虎、顔が鬼、体高が七尺を超え、体長は十尺を超える巨大で異形な鬼。

 …戦う姿を見たことがあるらしく、口から強力な溶解液を吐き出すそうだ。

 

「いや、そこは雷だろ!」

 

 思わずそう言ってしまい、慌ててほっぺたを押さえたが…

 儂もそう思った…と、静かに同意された。

 

 

 

 下弦の参…大太(だいだ)殿。

 とにかく大きい鬼で、その身長は五間(大体九メートル)を超えるとのこと。…ただ知能の方が残念らしい。それでも、その大きさは強さだ。

 特に相手が鬼殺の剣士であれば、その高さは非常に優位だ。だって、鬼の弱点は頸だ。何の足場もなく、人間が何十尺も飛べるわけがないのは間違いない。

 

 

 

 下弦の肆…阿修羅(あしゅら)。…うん、敬称はつかなかった。仕方ないよね。

 入れ替わりの血戦で山坊主に勝った鬼。その説明に怒りと恨みの感情が乗るのは、うん、しょうがない。

 名前から推測されるように、六本の腕を持ち、それぞれに刀を持って戦うらしい。

 

「なんか大変そう。六本も腕があったら、腕が邪魔で自分で切っちゃいそう」

 

 本で読んだけど、普通は二刀流でも両方同じ長さの刀を使わないらしい。

 そしてそれぞれの刀の役割を…一方が攻撃、もう一方が防御…と言うように、決めておくのが普通だそうだ。そうしないと、自分で自分を斬りつけることになるから。

 

「…その通りじゃ」

 

 私の感想に、山坊主が静かに同意した。

「…だが、奴は見事に六本の刀を操った。それも攻撃と防御、流れるように役割を入れ替えながらじゃ」

 ちょっと想像ができないけど、それはすごいと思った。

「…最後は、三本の刀で儂の金棒を押さえ、二本の刀で儂の牽制を行い、そして、最後の一刀で…」

 

 

「…儂の首を刎ねた。…自分の腕も二本程同時に斬っとったがな」

 

 

 それが、入れ替わりの血戦の結末なのだろう。

 

 

 

 下弦の伍…累(るい)殿。

 見た目は小さな男の子だそうだ。

 そして、この子は入れ替わりの血戦で下弦の伍になったのではなく、前任の下弦の伍が鬼殺隊に殺された補充で、あの方から任じられたとのことだった。

 

「それって、下弦の陸は文句…って、言えるわけないか」

 

 それでも、文句は言えないだろうけど、不満には思うんじゃないかな。

「いや、下弦の陸も、下弦の伍の少し前に鬼殺隊に殺されておった。累殿と同時にそっちにも別の鬼があてがわれた」

 それならまあ、不満に思う奴もいないわけだ。

 

「累殿の戦いは何度か見せてもらった。…というのも、あの見た目じゃったからな、最初の頃は何度も入れ替わりの血戦を申し込まれていたな」

 

 うーん、見た目が弱そうだとそうなるのか、うわぁ、めんどくさー。

 

「そして、その全てに勝った。圧勝じゃった。…全ての相手をあっという間にバラバラにした」

 

「…ふぇ?」

 

 変な声が出た。

「相手がどんな鬼とか関係なかった。全員が同じようにバラバラにされた。

 …儂が思うに、儂はもちろん阿修羅の奴も、大太も、鵺も、累殿には勝てんだろうな。バラバラになるまでの時間が変わるくらいじゃろう」

「…なんでそんな子が、下弦の伍のままなの?」

 そんなに強いなら、とっとと下弦の弐まで上がればいいのに。

 

「まあ、あんまり興味がないんじゃろうなあ」

 

 

 

 下弦の陸…は?

 

「儂も今の下弦の陸が誰かは知らん」

 

「いや、山坊主さんが下弦の肆だった頃のでいいんだけど。…累くん…いや、累殿と一緒に上がって来た鬼は?」

 私がそう聞くと、山坊主さんはうーんとうなった後に言った。

「…忘れた…な。

 そのすぐ後に入れ替わりの血戦で代わった…それとも鬼殺隊に殺されたか…どっちかは忘れたが、すぐに変わったのは間違いない」

「じゃあ、その後の…」

「うーん、儂が下弦の肆だった十年で、五人は変わったからな」

 

 変わりすぎ…やられすぎじゃない、下弦の陸!

 

「あれから更に十年経っておる。間違いなく儂の知らない鬼じゃと断言できるぞ」

 

 下弦の陸の、弱さへの信頼感がすごい!

 

「十二という数字にこだわらなかったら、もう少し十二鬼月も安定しておる気がするなあ」

 

 

「ま、まあ、一番下ってのは、そういうもんじゃないかな。ほら、多分十五鬼月にしてたら、やっぱり入れ替わるのは十五番目ばっかりになると思うし」

 

 

 

 なんか、下弦の陸の擁護をしてしまった。…擁護になっている…よね?




オリジナル十二鬼月の設定について

下弦の弐、鵺さん。
命名の由来は、平家物語などで語られる妖怪の鵺から。
見世物小屋にいた虎とその係の人間を見て、無惨様がちょっと思いついた。
頭を入れ替えて鬼にしたら、どうなるんだろう? …で、やってみた。
頭が人間だった鵺は生き残り、頭が虎だった方は死んだ。
戦闘力もそれなりにあり、実験の成果でもあるので、無惨様はそれなりに気に入っている。

リアルタイガーマスクも生きていれば、伊之助との戦いの絵が熱かったな。


下弦の参、大太さん。
命名の由来は、各地の伝承に残る巨人、ダイダラボッチから。
無惨様が最初に鬼にした時は、普通の大きさだったが、人を喰うとどんどん大きくなった。
馬鹿だけど、どこまで大きくなるのか、無惨様は密かに楽しみにしている。


下弦の肆、阿修羅さん。
命名の由来は、三面六臂の阿修羅像から。
朱紗丸さんは六腕で、毬を使ったが、やっぱり剣でしょってことで。
漫画で描くと大変だろうけど、文章だったら楽だしねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15


そういや、零余子って食べたことあったかな? …と思い立つ。
通販サイトみたら、500gで2000円くらいと、結構する。
う~ん、でも、是非食べたいなあ。…うん、ポチッたw



「…まあ、そういう事情なら、戦ってやってもよい」

 十二鬼月について語ってくれた後、前言を翻してそう言ってくれた。

「やった!」

 喜ぶ私に、条件をつける。

「ただし、わかっていると思うが、鬼同士の戦いじゃ。どっちも死ぬことはないが、手足の一本や二本は普通に飛ぶ」

「まあ、うん」

 

「ぎゃんぎゃん泣くなよ、わめくなよ! 失禁など以ての外じゃ!」

 

 

「お前、それ言うなよっ!」

 

 

 

 

 

 五間(大体九メートル)程離れて立つ。どちらからも数歩で攻撃ができる距離だ。

「一応聞いておくが、お主は無手なのか?」

「そう! 猗窩座様と同じっ!」

 私がそう言ってビシッと構えると、すごくイヤそうな顔をした。

「得物があった方がいいとは思うが、まあ今日はいいか」

 そう言って、金棒を構える。

 

「行くぞ!」

 

 一歩で距離をつめると、金棒を大きく振りかぶる。こちらは、詰められた距離と同じ分を、一歩で下がる。

 

 ドコォッ!!

 

「粉砕爆破の術!」

 

 下が地面でなく石畳だったので、大小さまざまな石つぶてが飛んでくる。

 あの爆発する血鬼術は、そんな名前だったんだと思いながら、飛んでくる石をひょいひょいと躱す…前へ、前へと!

 

「ぬっ!」

 

 飛び込んでくる私を見て、山坊主が金棒をスッと上に持ち上げる。

 

 

 あの不動金縛りの術が来る!

 

 

 原理はよくわからない。

 音なのか、衝撃なのか、それ以外なのか?

 

 大きくとっていた一歩を、小刻みなものへと切り替える。

 

 原理はわからないが、きっかけは…どこから来るのかはわかっている。

 

 足からだ。…あの時、体重を乗せて踏み込んだ足へと、地面から何かが流れ込んできたのを感じた。

 

 音の波なのか、衝撃の波なのか、この際はどっちでもいい。それさえ避ければいい!

 

 

 …ここっ!

 

 

 山坊主が金棒をまっすぐ落とすのに合わせて、上に飛び上がる。

 

 

 コン…

 

 

「あっ…」

 

 

 上空にいる私を、もう一度金棒を持ち上げた山坊主が、なんとも言えない呆れた表情で見ていた。

 

 

 

「ずっ、…ずっこいぞーー!!!」

 

 

 

 

 

「経験不足なんじゃろうが、それよりも何よりも、戦闘勘がまるでないなあ」

「…はい」

 戦闘が終わると、反省会になった。

「目はいいな。足運びも悪くない。…感覚と身体能力は、儂と互角かそれ以上と言ってもいい」

「…はい」

 なぜか、正座させられている。

「いろいろ考えて動いているのもわかる。それも悪くないんじゃが、最初はもっと何も考えずに、我武者羅に動いてみるのがいいと思うぞ」

「…あの術、ずるい」

「あん?」

「あれが来たらと思うと、そのことばっかり考えちゃう。…ずるい」

 ちょっとぶすっとなる。

「あんなの、かわいいもんじゃぞ。上位の鬼はそれこそもっとすごい血鬼術を持っておるわい」

「…だろうけどさー」

 私持ってないもん。

「まあ、明日は何か得物を持ってこい。鬼になる前が無手の武道家とかならともかく、普通のおなごだったのなら、間違いなくそっちのが強くなる」

「…はい」

「どんな得物がいいかは、いろいろと試してみればよかろう」

「…はい。わかりました」

「じゃあ、今日は解散じゃ」

 

「…ありがとうございました」

 

 そうぶすっと言って、立ち上がる。

 

 

「また明日な、失禁娘」

 

 

 

「それを言うなー!!!」





やべえ、「零余子 食べ方」とか「零余子 剥き方」とかで検索することに興奮するw
ふむふむ、茹でたら、剥かずにそのまま食べれると…

まあ! 着衣のままでいただくとか!


…うん、キモイですね。俺w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16


零余子ちゃん修行中です。

通販で零余子を買ったからか、バナーが零余子であふれているw



 日中だからと言って、寝てたりする余裕は私にはない。

「稀血…ですか?」

 上星邸住み込みの医者をつかまえて、いろいろと質問をする。

「…外国の論文で、人の血液には四つの型があるとのことで、その型を合わせれば輸血の成功確率が上がる…というのは読んだのですが」

 

 どうも、人間側の研究はまだまだ遅れているようだ。稀血を集めて簡単に強くなろうという私の計画は、最初の段階で頓挫してしまった。

 

 まあ、既に知っている稀血の二人を、理由をこじつけて呼んでもらい、血を美味しく頂きました。代わりに豪華な夕食を提供しましたよ。…上星卿がですけど。

 

 

 

 

 

 日が暮れて夜になったら、山坊主の山で修行です。

「ほう、十手か」

「そう、どうよ」

 今日は長さが二尺ほどある十手を、二本用意していた。

 

 十手と言っても馬鹿にしたものじゃあない。かの剣豪宮本武蔵の父、新免無二斎は十手術の達人だったと本に書いてあった。

 

「刀が相手でも、これならちょうどいいと思って」

「六本でも相手にできる…か?」

 山坊主がニヤリと笑う。

「あー、まあ…」

「別に気にすることはない。零余子が奴を倒すというなら、それもまた一興じゃ」

 昨日の別れ際に名前を教えておいた。

 

 そのうえで、二度とあの呼び方をしないように、強く…つよーく、言っておいた。

 

 

「では、始めるか」

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんかの」

 今日も勝てなかった。

「最後の方は、十手の扱いにも慣れてきたようじゃし、明日も使ってみることをおすすめしておく」

 どうしても、不動金縛りの術がどうにもならない。

 

「…お前さんは、おもしろいの」

 

「ん?」

 急に変なことを言ってきたので、山坊主を見つめる。

「…人間はエサ、鬼殺隊は敵、鬼は同族…とは言っても、味方というわけでもない」

「そういうもんみたいだね」

 最初の鬼の認識もそうだったし、鬼殺隊の少年もそう、藤の家紋の家の主も、そんな認識を裏付けるものだった。

「別にお前さんが十二鬼月になれんでも、あの方に殺されても、儂にとってはどうでもいい話じゃ」

「えっ、ひどっ!」

「本来はそういうもんじゃ。…儂も最初はそう思っておった」

 言ってることはひどいのに、そのまなざしは優しかった。

 

「…お前さんには、妙な魅力がある。ずうずうしく懐に入り込んでくるし、鬼のくせに、…鬼だからなのか、屈託なくよく笑うしの。それがなんとも心地が良い」

 

「やー、そうかなー、それほどのことはあるかもー」

 まっすぐに褒められるのは、慣れてない。…すごく照れ臭い。

 

「お前さんの能力は魅了じゃったかの。儂も知らんうちにやられておったのかもしれんのう」

 

 山坊主が、軽口のようにそう言った。

 

「やー、それは、どうかなー」

 

 多分、冗談だ。それはわかる。

 

 

「…だったら、それは、うん。……寂しい、なあ」

 

 

 いろいろあったけど、山坊主は好きだ。

 お姉ちゃんと慕ってくれる、譲三君も好きだ。

 すごくお世話になっている、上星卿も好きだ。

 笑顔を向けてくれる、この町で会った人みんな、みんな好きだ。

 

 …でも、そのどれもこれもが、全てが魅了の能力のせいだと言うなら…

 

 

「…それは、すごく…寂しいなあ」

 

 

 パタ…パタパタ…

 

 

 下を向いた私の頭に、手を乗せられた。

 

 

 

「お前さんは、人の心がずいぶん残っているみたいじゃのう。

 儂にはそれが心地よかったが、これから鬼として生きてくには、しんどいかもしれんなあ」




明治コソコソ噂話
「A型、B型、AB型、O型の血液型は1900年くらいからの研究で見つかったらしいよ。
 Rhプラスだとかマイナスだとかは、もっと後の1940年くらいからになる。
 Rhマイナスは日本人だと0.5%くらいしかいないから、これが稀血なのかな?
 あるいは、もっと霊的なものなのかは、よくわからないね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17

本誌の連載では、本格的に無惨様が追い込まれてます。
ここからなんとかできるのか、無惨様なら、無惨様ならきっとなんとかしてくれるw


 泣いたら、少しスッキリした。

 

 自分の能力は変えられないし、これまでの自分を助けてくれた、大事なものだ。

 それに、あくまでも魅了はきっかけだ。

 心を完全に操るものじゃないし、記憶を完全に入れ替えるものでもない。

 

 もっと言えば、私がみんなを好きなこととは、まったく関係ない!

 

 それが、一晩ならぬ…一昼寝て、折り合いをつけた結論だ。

 

 それとスッキリついでに、能力の応用も思いついた。

 自分の能力と向き合った結果としての思いつきだから、今回のことは実にタメになったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 男子三日会わざれば、刮目して見よ…そんな言葉をフッと思い出した。

 

 昨日とはまるで別人、迷いが吹っ切れたのか、自信に満ち溢れた目をしとる。

「体調は万全なようじゃの」

「おかげ様で」

 軽口を叩きあいながら、互いに所定の位置につく。

 

 ぶるり…と武者震いが起こる。いい勝負ができる予感がする。…きっと楽しい戦いになる。そのことが確信できた。

 

「行くぞ!」

 

 先手必勝! いつものように一息で間合いを詰め、金棒を振り下ろす。

 

 ドコォッ!

 

 もはや戦闘開始の合図ともなったような、粉砕爆破の術を駆使し、零余子へと石つぶてを放つ。

 石つぶてを、最小限の動作で避けたり、両手の十手で軽くあしらったりと、実に自然で悠々としておる。

 

 あのバタバタと、高すぎる身体能力に振り回された動きをしておったあやつが、実に成長しておる。いっぱしの戦士になっておるじゃあないか。

 

「くくく…」

 

 怪訝そうな顔をする零余子…こやつは気づいてないかもしれんが、顔と目を見たら、大体何を考えておるのかよくわかる。まるわかりじゃ。

 自分は冷静ですよ…と、そう思い込んでおることも、まるわかりで実に面白くて、かわいい奴じゃ。

 儂の振るう金棒を、躱し、いなし、そらす。…そうして、こちらに飛び込む機会をうかがっておる。

 警戒しているのは、儂の不動金縛りの術。…逆に言えば、それ以外はもう警戒に値しないのだろう。

 

 こやつは、いずれ必ず十二鬼月に入るのは間違いない。現状でも、下弦の陸には勝てる気がする。…その将来が、未来が見たくなる。

 

 

 ゆえに、こそ。…破って見せよ!

 

 

 コォオォォーン!

 

 

「不動金縛りの術!」

 零余子の小刻みに動く足さばきを見切り、完璧な瞬間に合わせた。

 

 これ以上なく、綺麗に決まった!

 

 にぃっ…

 

「っ!?」

 

 零余子が笑ったことに慌てた。

 

 動けないはずの零余子に、懐に潜り込まれたことに焦った。

 

 金棒を持ち上げようとした、その動き出しを十手で抑えられた。

 

 

 トンッ…

 

 

 もう一本の十手が、頭に突き付けられた。

 

 

「…私の、勝ち!」

 

 

 勝気そうなその笑顔を最後に、パチッと意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「…要はね、魅了の応用なのよ」

 

 正座をしている山坊主を相手に、解説をする。

 顔がにやける。いつもの冷静さを取り繕えない。…でも、しょうがない。嬉しいんだもんね!

「不動金縛りの術は、完全に決まったと思ったんじゃがのう」

 うん、実に良い質問ですよ!

「最初に戻るけど、私の魅了って、視覚と聴覚と嗅覚から何かの信号を送って、要は相手の脳に勘違いさせてるわけなのよ。多分、そんな感じ」

「ふむ」

「山坊主さんには、魅了は通じなかった。なんか、気合で返された感じだったけど」

「うむ。なんか、かどわかされそうな気がしたからの」

 うんうん、実に良い話の流れですよ。

「そう、多分魅了の能力だと、そういった警戒を引き起こしちゃうんだと思う」

「…それで、応用か」

 

「能力に名前を付けるとしたら、幻惑とか、幻影とか、そういった感じになるかな」

 

 脳に勘違いさせるところまでは、魅了と同じ。

 その後に、私を好きだと思い込ませるのが魅了で、そのまま別に何もしないのが幻惑になる。

「なるほどのう、気づかなかったのう」

「うん、そんなに実像と異なるような幻惑じゃないからね。せいぜいが数センチのズレ…ほんの刹那の時間のズレというくらいのものだと思う」

 本当に、ほんのわずかなズレでしかないけど、その刹那のズレが、ギリギリの勝敗を分ける。

「…それで、不動金縛りの術は、ズレてしまったのか」

 ちょっと落ち込んでいる山坊主には申し訳ないが、まだあったりする。

 

「あと、不動金縛りの術も、大体わかっちゃった」

 

 結構な衝撃発言を言ったと思うのだが、山坊主はただ、そうか…と、答えただけだった。

「あれ、最初は私、音波か、衝撃波か、どっちかかなって思ったんだけど。

 …電気だよね、あれ」

「なんでわかった?」

 激高するでもなく、静かに聞いてきた。

「うん、きっかけは十手。昨日の戦闘の時に、なんかパチッとしたことがあったから」

 

「ふふっ、最後のは儂の術の応用じゃったか」

 

 まだ説明してないのに、わかっちゃったみたいだ。

「そうだね、山坊主さんの不動金縛りの術の真似っこだよ」

 

 山坊主の不動金縛りの術は、棍棒で地面を小突いた際に電気を発生させ、相手の足元から流して全身をしびれさせるというものだと思う。

 利点は、この術にさんざん負けた私が一番知ってる。

 難点は、発動の瞬間を合わせるのが難しいのと、それなりの電力がいること。

 

 私が最後にやったのは、もっと単純だ。

 足からじゃなく、頭に直接電気を流しちゃえっていう乱暴なものだ。

 利点は、そこまでの電力はいらないのと、ほぼ確実に相手の意識を飛ばすことができること。

 難点は、頭に直接か、間接かで触れないといけないこと。

 

 

「武器は、手に入れたようじゃの」

 

 

 

「うん、ありがとう、山坊主さん」




ついに、山坊主に勝ちました。

このSSを書いている身としては、原作の零余子ちゃんと同程度の実力になったと思ってます。

…原作の零余子ちゃん、実力よくわかんないんですけどねw
数字が上だからと、累くんより強かったとは思えない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18

通販で頼んでいた零余子が届きました。

…なんか、見た目は、豆というか…第一印象は正直なところ、これで二千円かと…

まあ、また「零余子 食べ方」で検索しますよ、うひょひょw



 そこから私の快進撃が始まった! …というわけでもなかったりする。

 

 山坊主との戦いは、悔しいけどまだ五分五分に近い。

 私に不動金縛りの術の仕組みを見破られたせいか、その後は適当に使いだしたのだ。

 特に機会を伺うでなく、それも連続でコンコンコンって感じで使ってくる。

 前のように完全に金縛り状態になるわけじゃないけど、こちらの動きは完全に邪魔されてしまう。…こっちの使い方の方が強いって、なんかずるい!

 

「現状でも、下弦の陸には勝てると思うがの」

 

 …というのが、山坊主の感想だけど、下弦の陸の弱さを過信しているところがある気がするので、油断はできない。

 私の見た目は、ハッキリ言って強そうではない。むしろ弱そうだろう。…まあ、私のような可憐な少女は、どうしてもそう見えてしまう。

 そうなると、どうなるか?

 十二鬼月に入ったとしても、入れ替わりの血戦を挑まれまくるのは、想像に難くない。その上で、下弦の陸だったなら、挑戦者の数は更に倍増すること間違いない。

 

 山坊主には悪いけど、狙いは下弦の肆、阿修羅なのだ。

 

 山坊主と阿修羅の力量差が、当時のままなのか、縮まっているのか、それとも広がっているのかは、わからない。

 でも、阿修羅に勝とうというなら、せめて山坊主には圧勝しておきたい。

 

 

 そんなことを言ったら、ほっぺたをつねられるのはわかっているから、言わないけどね!!

 

 

 

 

 ある晩、夜空を飛んでいる烏を見かけた。

 割と遠い上、夜空だったのに、私の感覚、かなり上がっているな。ふふふ。

 

 

 

 

「…と言うわけで、連れてきました」

「いきなりじゃな」

 じゃじゃんとばかりに、早速紹介する。

「鬼殺の剣士、山田太郎君です。階級は壬(みずのえ)です。下から二番目ですね」

 私がそう紹介しても、山田君はぼーっと突っ立ったままです。しょうがないんですけどね。鎹鴉の方は、タオルに包んでしばってます。私は学ぶ女ですから。

「で、そっちのは?」

 山坊主が、もう一人の方も早く紹介しろとせかします。

「こちらは三つ隣の山に棲んでた鬼さんです。名前はまだないそうです」

 体格も普通の人間くらいで、まだ数人しか人を食べてないそうだ。

「この鬼さんを追っかけて、こちらの山田君が派遣されたみたいです」

 ぼーっと並んで突っ立っている鬼と鬼殺隊士を、うろん気に山坊主が見ています。

「それで、そいつらをどうするつもりなんじゃ?」

 はい、実にいい質問です!

 

「私の修行に使います!」

 

 私の答えに、更にうろん気な目をしてきます。

「そいつら、戦えるのか?」

「はい、戦えませんね。元から弱いのに、魅了にかかると、更に弱くなります」

「じゃあ、駄目じゃないか」

 山坊主の言う通りです。

 魅了で戦力増強できるのではないかと思いつき、試しに山田君を魅了した後、名無しの鬼と戦わせたら、たちまちのうちにやられて、慌てて止めに入りましたよ。

 

「ふふふ、奥の手があるんですよ」

 

 自信満々な私の態度に、山坊主がますますうろん気な顔をする。

 今回、魅了をかけていて、気づいたことがあったのだ。

 これ以上、深くかけたらまずいなと、感じたのだ。

 私の魅了、更に進化している。つまり、先があるのだ。

 

 まだ試してないけど、なんとなくわかる。それ以上の魅了をかけたら、タガが外れる。暴走状態になるのだろう。

 

「まあ、理性が飛ぶんで、どれくらい強いかはわかりませんが、腕の数はこれで合わせて六本です」

 

「ほほう、三対一でやるつもりか」

 山坊主が、ちょっと怖い顔をする。

「さ、最終的にですよ! とりあえず、まずは様子を見ていて下さい」

「…わかったわい」

 

 魅了を深くかけたら、暴走状態になるだろう。

 理性を飛ばして、私に襲い掛かってくるだろう。

 

 

 それは、わかってた。…つもりだった。

 

 

 

「ぎゃーーー!!!!」

 

 あの名無し鬼、血鬼術使ってきた! 使えないって言ってたのに!!

 

「わっ、やっ、ちょっ!!」

 

 山田君が流れるように刀を振るってくる。お前、下から二番目って言ってたじゃん! 階級詐欺だろ!

 

「ひっ、まっ、待って…」

 

 段々、こいつら、連携しだした。鬼と鬼殺隊士が息の合った連携するなよ!

 

「やっ、まっ、おちっ…」

 

 

 怖い。すっごい目がギラギラしてるし! …えっと、これって、負けたらどうなるの? どうなっちゃうの!?

 

 

「た、助けてー!! 山坊主ーーー!!!」

 

 

「…ほんと、やれやれじゃな」

 

 

 

 

 

「…魅了怖い。鬼殺隊怖い。鬼怖い。男怖い」

 

 あの後、山田君は私が、名無し鬼は山坊主がなんとか倒した。

 一対一だったら、問題はなかったのだが、それでも、滅茶苦茶怖かった。

「…これは、さすがに封印かな」

 だって、すんごい怖かったもん。

「そうなのか? どっちも実力以上に能力を跳ね上げられとった。使い勝手がなかなか良さそうに感じたのじゃがな」

 山坊主が、そんなお気楽なことを言う。

「襲い掛かられる方の身になってから言ってよ。無茶苦茶怖かったんだからね!」

「さすがに、それはわからんがな」

 

 

 まあ、相手を誘導できるなら、使えるかもしれないけどさ。

 

 

 

 …えー、あれもっかいするの? …怖すぎるんですけど!




量的には、料理二回分くらいしかなので
美味しく頂けるようにしっかり検索しますよー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19

零余子ちゃん、三分の一を、茹でた後、油で揚げて
塩をかけて食べました。
(もちろん、食材のことですよー)


 べべんっ!

 

 

 いつか聞いた琵琶の音と共に、いつか見た変なところに飛ばされた。

 広さも高さもまるでわからない空間。いくつもの部屋と、いくつもの廊下が、不規則に並んでいる。

 空間の真ん中と思しき部屋に、いつぞやも見かけた長い黒髪の琵琶を持った女性が佇んでいた。

「…それで、どうすれば」

 作法がまるでわからないので、とりあえず琵琶の君に尋ねる。

 

 スッ…

 

 琵琶のバチで、ある部屋を指されたので、とりあえずそこへ向かう。…それでいいんだよね? もっと説明して欲しい。

 

 

 べべんっ!

 

 

 琵琶の音と共に、空間に人…鬼が増えた。

 上下左右、前方後方、天地すら無用で、六体の鬼の気配がする。

 まず目に入るのは、ひたすら巨大な鬼…下弦の参、大太殿。

 獣のような後ろ姿は、おそらく…下弦の弐、鵺殿。

 六本腕全てで腕組みをして、欄干のようなところに座っている鬼…下弦の肆、阿修羅…殿。

 畳のある部屋で、綺麗な正座姿で佇んでいる侍風の鬼…下弦の壱、止水様…殿。

 お上りさんのごとく、空間をきょろきょろ見ている、あまり特徴のない鬼…多分、下弦の陸だろう。

 あとは…

 

「…君、誰?」

 

「うわっ!」

 前からいきなり声をかけられて、驚きの声をあげてしまった。

「見ない顔だね。下弦の陸…じゃないのか、目に数字が入ってないな」

 私より身長の低い子供の鬼…下弦の伍、累君…殿。

「私は…」

「まあいいや、多分後で説明があるんでしょ。二回も聞くのはかったるいから」

 だったら、最初から声をかけるなよっ! …と思ったが、ぐっと我慢した。

 

 

 べべんっ!

 

 

 琵琶の音と共に、私は最初に指し示された部屋の中に居た。

 その部屋の前の空間が、大きく空いており、その中空のわずかに高い場所に、板の間が浮いていた。

 その板の間に、先ほど見かけた止水殿、鵺殿、阿修羅殿、累殿、下弦の陸が立っていた。下弦の陸は、やっぱり驚いてきょろきょろしている。…なんだろう、彼を見ているとホッとする。

 その板の間の隣、何間か下がったところにも板の間があり、そこに大太殿がぬぼーっと立っていた。

 

 

 べべんっ!

 

 

 琵琶の音と共に、雰囲気が重くなった。

 

 下弦の鬼達がいる板の間の隣、そこから何段か高い場所に畳の間が現れた。

 そこに居たのは…

 

 綺麗な正座の後ろ姿も凛々しい侍…上弦の壱、黒死牟様。

 

 胡坐をかき、何故かこちらを見ていた青年の鬼、うわわっ、笑顔で手を振って来たけど、どうすればいいのよ? …多分おそらく、なんとなくだけど、上弦の弐、童磨様。

 

 正座はしているが、興味なさげに上を見ている青年の鬼、じゃあこっちが上弦の参、猗窩座様かな?

 

 既に土下座をしており、こちらからはその小さな背中しか見えないけど、おそらく老人の鬼、上弦の肆、半天狗様。

 

 大輪の華が咲き誇るように、後ろ姿からもその美貌がうかがい知れる女性の鬼、上弦の陸、堕姫様。

 

 あと一人を探して、畳の間を見渡すが、あとは壺があるくらい…と思ったら、その壺から蛇のようににゅるっとしたのが出てきた。おそらくは上弦の伍、玉壺様。

 

 

 べべんっ!

 

 

 次の琵琶の音で、全員が一斉に平伏する。…嘘です、私と下弦の陸だけ戸惑ってます。一拍遅れて、私も平伏する。見てないけど、下弦の陸も平伏する気配がうかがえた。

 

 

 べべんっ!

 

 

 その琵琶の音と共に、空気が更に重くなったのを感じた。

「…十二鬼月ともう一人、そろっております」

 静かな女性の声がそう告げた。おそらく、あの琵琶の君だろう。

 

「全員、そのまま聞け」

 

 無惨様の声が聞こえた。面は上げさせないんですね、知ってました。

 

「本日、入れ替わりの血戦を行う」

 

 その無惨様の言葉に、誰かがビクッとした雰囲気を感じる。場所的に、それとそういった様子的に、下弦の陸だろう。

 

「零余子」

 

「はっ!」

 呼ばれたので、短く答える。

 

 

「誰を指名する?」

 

 

 

「下弦の陸を、お願いいたします」




ぽりぽり…

あー、これどっかで食べたことある味だわ。
素朴だけど、うん、なかなか美味しいけど…

…主役になる味じゃないな!(爆)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20

さあ、入れ替わりの血戦です!



 べべんっ!

 

 

 琵琶の音と共に、再び立ち位置が変わる。

 大体十間(約十八メートル)四方の板の間の、中央付近に立っているようだ。

 そばには、きょろきょろと周りを見回している鬼…右目に”下陸”と書いている…下弦の陸に間違いない。

「…くすっ」

 下弦の陸のあまりの小物っぽさに、思わず笑ってしまう。

「何がおかしい!」

 笑われたことに怒ったのか、こちらに噛みついてくる。

「いえ、すみません」

 油断するつもりはないが、これは楽勝だ。

 

 前方の数間高いところに、こちらを見下ろしながら座椅子に座っている、無惨様が見える。その背後には琵琶の君が控えている。

 左手側では、こちらを見下ろす位置に畳の間があり、上弦の鬼達がいる。

 右手側も同様に、大太殿を除く下弦の鬼達が、板の間から見下ろしている。大太殿はその向こうから、首から上が見えている。

 

 

 

「始めろ」

 

 

 無惨様の開始の合図で、私と下弦の陸が、互いに距離を取るために飛び下がる。

「ちっ、なったばかりで、落ちれるかよ!」

 下弦の陸は、十二鬼月になったばかりのようだ。まあ、あの落ち着きのなさから見るに、さもありなん。

「血鬼術、十指剣(じっしけん)!」

 その言葉と共に、奴の指が三尺程に伸び、鋼の光沢をもった。

 私はスッと、二本の十手を構える。

 見た目上、武器の数の差は圧倒的だ。

 

 トンッ…

 

 挑戦者の立場上、こちらから仕掛ける。

 一、二、三歩で、距離を詰める。

 

「しゃあっ!」

 

 間合いに入った私に向かって、右手の五本の剣を振るってくる。

 

 キィン!

 

 邪魔だと、左手の十手で下の二本の剣をはじき返す。はじき返したのは二本だけだが、右手の指と言う構造上、五本全てをはじき返したことになる。

 

「くっ!」

 

 左手の五本の剣が襲い掛かってくるが、右手の十手で同様にはじき返す。

 

 慌てて後ろに飛び下がるが、逃がすわけがない。

 

 グシュッ!

 

「ぎゃあっ!」

 

 ”下陸”と書かれている奴の右目に、左手の十手の先を突っ込む。

 

 パチィッ…

 

「かっ…」

 

 電気を叩きこむと、ビクッとした後に、崩れ落ちる。

 

 左手の十手を離し、崩れ落ちる体を、抱きかかえるように両腕で支える。

 

 

「…いただきます」

 

 

 首筋に牙を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

「それまでだ」

 

 決着は、あっという間だった。

 零余子が強いというよりは、下弦の陸が弱すぎた。

 まあ、十二鬼月から雑魚をひとつはじけたと思うなら、まあよしとするか。

「これにて、零余子を下弦の陸とする。以上だ」

 

「すみません! お待ちいただいてもよろしいでしょうか」

 

 立ち上がろうとした私に、零余子が待ったをかけてきた。

「なんだ?」

「このまま続けて、下弦の肆に挑戦してもよろしいでしょうか」

 

「…ほう」

 

 皆を集めて時間を作ったわりに、このあっさりとした決着では消化不良もいいところだ。それにこの女の力の底も見えていない。なかなか魅力的な提案と言えよう。

 

「よかろう、下弦の肆!」

 

「はっ!」

 

 私の呼びかけに、下弦の肆が闘場へとひらりと降り立つ。

 闘場の上には、下弦の肆と零余子…それに、零余子の後ろにぼけっと突っ立っている元下弦の陸…

「そこの雑魚、とっとと消えろ」

 

「すみません、そこも待って下さい」

 

 またまた零余子から待ったがかかる。若干イラつく。

「なんだ?」

「これは、私の武器でございます」

 

「…ほほう?」

 

 ぼんやりと心ここにあらずという様子で立つ、元下弦の陸…確かに、何か精神的な術にかかっているのは間違いない。

 武器だと言うならば、この女の言うことを聞いて戦うのだろう。それはわかる。

 だが、この様子では実力の半分も出すことはできないだろう、元の実力もさっき見た通りだ、話にならない。

 下弦の肆相手では、牽制の役にも立たないだろう。

 

 零余子を見る。

 

 なんとしてもこの提案を通そうと考えている。

 こいつが役に立つと、確信しているようだ…面白いな。

 

「いいだろう。下弦の肆もいいな」

 

「はっ!」

 

 どう役に立てるのか、見せてみろ。

 

 

 

 

 

 

 

「始めろ」

 

 

 再び無惨様の声がかかる。だけど、まだ準備はこれからだ。

 阿修羅殿に背を向けて、元下弦の陸を見る。

 雑魚だったけど、さすがは元十二鬼月、右目の再生は終わっている。

 阿修羅殿も、すぐには襲い掛かってこない。もうちょっと待っててね…と、頭の中で謝る。

 

「ねぇ、見える? 向こうの鬼、六本腕の鬼が」

 

「…ああ、…見える」

 私の問いかけに、ぼんやりとした様子で答える。

 首に手をまわし、ふんわりと抱き着く。

 

「あれは敵。私達の敵。わかった?」

 

「…敵。…わかった」

 一本調子の声で、私の問いかけに答える。

 

「負けたらわたし、ひどいめにあっちゃう。だから倒して、ね」

 

「…倒す、敵を…倒す」

 言葉に段々と力がこもる。もう少しだ。

 

「倒してくれたら…」

 

 ぐっと強く抱き着いて、耳元にくちびるをよせる。

 

「すごいこと…」

 

 ふぅっと、息をかける。

 

 

「…し、て、あ、げ、る」

 

 

「がぁぁぁあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 私が腕を離すと、阿修羅に向かって一直線に飛び出す。さっきまではとは段違いの速度だ。

 

 

 

 えっ? すごいことって何かって? …さあ? 私もわかんないや。




零余子ちゃん、悪い女の子ですねw

童磨様にも、悪い子だと思われたことでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21

零余子ちゃん、お好み焼きに入れるとうまいんじゃね?
お好み焼きに長いもをすって入れると美味しいし、零余子ちゃんは長いもの子供だし。

作ってみようと思います!



「がぁぁぁあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 元下弦の陸が、下弦の肆…阿修羅へと襲い掛かる。

 その速度は先程までとは比べ物にならない。数段は上がっている。 

 それでも、所詮は理性無き獣の動きか、直線的すぎる。

 

「ぬんっ!」

 

 その動きに合わせるように、阿修羅の刀が振るわれる。

 躱したとしても、その次、それを避けても更にその次、二段も三段も備える剣筋だ。

 

「がぁっ!」

 

 踏み込まない。危険を察知したかのように、直前で向きを変える。

 

「があぁあっ!!」

 

 血鬼術まで使った。元下弦の陸の指が伸びる。それも、三尺を超え、六尺程にまで伸びた。

 

「がぁっ!」

 

 都合十本の剣が振るわれる。

 縦横無尽、自由自在に、手の指と言うくびきから外れたような動きで、十本の剣が阿修羅へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 想定外だ。

 

 十本の剣を六本の刀で打ち払いながら、予定が狂ってしまったことを確認する。

 こいつをたちまちの内に切り刻み、そのままあの女に相対する予定だったが、こうして、足を止めて打ち合わざるを得なかった。

 

 無論、隙はある。

 動きは速いが所詮は雑魚。切り刻むのは無理でも、首を刎ねる程度の隙は、何度もさらしている。

 

「チッ…」

 

 またあの女の、死角に入ろうという動きで、牽制されてしまう。

 同格か、それ以上の相手と実戦を重ねてきたのか、戦闘勘が実にいい。こうしてダラダラと、この雑魚と打ち合わさせられている。

 

「がああぁぁぁぁああーーーー!!!」

 

 元下弦の陸が、絶叫する。

 それに合わせて、奴の手から生えていた剣が増える。

 

 五本ずつ増えて、合計二十本にもなる!

 

「くっ!」

 

 まだいける。まだ大丈夫だ。

 

 だが、このままだと、対処しきれなくなるかもしれない。

 他の十二鬼月には見せたくはなかったが、奥の手を切らざるを得ない。

 

 

「血鬼術、月剣擬(げっけんもどき)!」

 

 

 かつて見た、あの至上の動きを模倣する。

 非才のこの身では、二本の刀でも足りない。六本あって、ようやく、それらしいものに見えなくもない程度だ。

 

 それでも、なお目指す! あの高みを!

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 たちまちのうちに、元下弦の陸の両手両足…そして、頸を跳ね飛ばす。

 

 奴は…どこだ!?

 

「…残念。…でも、すごい術でしたよ」

 

 背後から聞こえる。

 左右のこめかみに、ゴリっと何かが当てられる。

 

 

 パチッ!

 

 

 瞬間、意識が飛ぶっ…それに耐えようとして…

 

 

 …首筋に噛みつかれた…完全に意識が落ちるのを…感じ…る……無念…なり…

 

 

 …意識の最後に、聞こえた言葉は…

 

 

 

「…ごちそう様です」




というわけで、阿修羅さんは「巌勝零式(みちかつぜろしき)」でしたw
手首と指を回す数で他の技も…出せません!!

阿修羅さんは名無し鬼の時に、鬼殺隊の柱に会ったことがあります。
そして、それと相対する上弦の壱…黒死牟様にも。

彼の鬼としての半生は、その時に見た最強を目指すために捧げられています。

呼吸法も知らず、見様見真似でなんとか動きをトレースした結果が、血鬼術…月剣擬です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22

零余子入りお好み焼き、作ってみました。

零余子ちゃん、結構主張強いな。入れすぎたか?
お好み焼きの中でも、負けない味をしておりましたね。



「そこまでだ!」

 

 零余子と阿修羅の勝負は決した。それも、誰も予想していない形での決着だ。

 それは、ざわざわとしているのが、下弦の鬼の連中がいる場所だけでなく、上弦の鬼の連中がいる場所もということが表している。

 

 元下弦の陸の実力は、恐ろしく跳ね上がっていた。私の血を与えたとしても、あそこまで強くなるのは相当量必要になるだろう。

 

 そして、阿修羅の実力もなかなかのものだった。

 最後に見せたのは、黒死牟の剣の模倣なのか? …本家ほどではないが、それでもそれなりに形になっていた。下弦の肆にいたとは思えないほどの実力だったと言えよう。

 

 

 だからこそ、零余子の能力の異常さが際立つ。

 

 

「それで、どうする?」

 

「…? …どうする、とは?」

 私の問いかけに、ピンと来ないようで、そのまま聞き返してきた。

 

「入れ替わりの血戦を続けるかどうか…ということだ。

 先程の雑魚でさえも、なかなかのものだった。阿修羅を使えば、更に上を目指せるだろう。大太や鵺どころではない、止水とやってみるのはどうだ?」

 

 止水の実力は、黒死牟によれば鬼殺隊の柱と同等という話だが、阿修羅が黒死牟の剣をもっと近いところまで使いこなせるようになるならば、面白い戦いになるだろう。

 さらにさらに、止水をもその実力を上げられるというならば、上弦にまで食い込んでくるぞ。

 

 鬼にしてから一年で十二鬼月に入るなど、童磨くらいでしかできぬこと。何をたわけたことを抜かすかと思えば、童磨に負けず劣らずの異常な鬼だったか。

 

 

「それで、どうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

 

 無惨様がこう言う以上、わかりました、やります…という言葉を期待しているのは間違いない…というか、断ったら怒られるのは目に見えている。

 

「…申し訳…ございません」

 

 …わかっているんだけど、無理です。

「ご提案を受けたいのはやまやまなのですが…私のほうが、もう…限界です」

 頭が痛い。足腰に力が入らない。立っているだけでやっとどころか、もう倒れそう。

 …なんだろう? …初めてだ、こんなの。

 魅了の使いすぎ? …それとも、自分よりも強い相手に無理やり使ったから?

 

「…そうか、残念だが仕方ないな」

 

 どうやってお断りしようかと、ガンガンする頭で考えていたら、割とすんなりと取り下げてくれた。

 

「下弦の肆への正式な就任は、次回とする。もう休むがいい」

 

 あれ? …無惨様優しい。

 

 なんだろう、普段怖い人が優しいと、あれれ?

 ああ、こっちが弱っているのもあって、ちょっとなんか、心に沁みますよ。

 

 

 ひょっとして、無惨様、私のこと好き…だったり?

 

 

 べべんっ!

 

 

 ボテっと、ベッドの上に落ちる。

 

 ああ、このまま寝たら気持ちいいだろうな…と思う間もなく、意識が…

 

 

 

 

 

 ……ふにゃ…

 

「僕と家族になろうよ」

 

 累君に告白された。

 

「いや、私をそばにおいてくれ」

 

 阿修羅さんが割って入って来た。

 

「お前、面白いなあ!」

 

 猗窩座様に背中をバンバン叩かれる。…うん、痛くない。夢だわ、これ。

 

「いやいや、俺のほうが先に目をつけてたんだよ。俺と一つになろうよ」

 

 にこやかに童磨様に言われる。どういう意味ですかね?

 

「私と共に… 高みへ… 日輪すら… 超えよう…」

 

 黒死牟様、意味がわかりません。

 

 ダァン!

 

 うわっ! いつの間にか、無惨様に壁際に追い込まれてる!

 顎をくいっと持ち上げられて…

 

「お前は、私のモノだ」

 

 

 ………

 …

 

 

 

「…何か、恐ろしい夢を…見ていた気がする…」




乙女ゲーム「ドキドキ! 十二きづきっ☆ミ」

ひょんなことから十二鬼月入りした主人公になって、どっきどきな恋愛をしよう!
攻略対象は十二人、ハーレムエンドを目指そう!!

選択ミス一個でサドンデス、どっきどきですぞw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23

前話が「ドキドキ! 十二きづきっ☆ミ」に全部持ってかれたw



 べべんっ!

 

 

 琵琶の音と共に、即座に土下座する。

 さすがに、もう慣れました。

 本日は、延期されていた、私の下弦の肆、就任の日です。

 夢も見ずに寝たおかげで、体調もバッチリです。

 

 …エエ、ユメナンカ、ミマセンデシタヨ…

 

 

 べべんっ!

 

 

 次の琵琶の音の後、無惨様の気配を感じる。

 確認などしない。ただ言葉がかかるのを、平伏したまま待つ。

 

「…面を上げろ」

 

 おおっ、今日は顔を上げてもいいんだ。機嫌がいいみたいでホッとする。

「はっ!」

 今日の無惨様も、黒のスーツに白のズボン。

 あまり派手な色は、お好みではないようだ。

 

「昨日の血戦、見事であった。下弦の肆に任ずる」

 

「ははぁ、ありがとうございます!」

 短い言葉ではあるが、この一か月の苦労を褒めてくれるのは、とても嬉しかった。

 そう、本当に、本当に頑張った。…だから、もっと褒めてください。

 

「…ふむ。そうだな…

 鬼になってわずか一年での十二鬼月入り。先例は童磨くらいのものだ。

 奴はその後、上弦の弐にまでなっている。お前にも期待しているぞ」

 

「ははっ! 童磨様と比較されるのは大変光栄に存じます」

 私の心の声を読んだかのように、更に付け加えて褒めてくれた。大変嬉しいです。

「改めて、身が引き締まる思いです」

 

 …でも、しばらくはのんびりしても、いいですよね?

 そう、一か月頑張ったので、一か月はダラダラしてもいいですよね?

 

「無惨様のご期待に沿えるよう、粉骨砕身頑張ります」

 

 温泉、温泉がいいな。別府温泉とかどうかな?

 九州に行くのは初めてだな。わーい、楽しみー!

 

「十二鬼月の名に恥じぬよう、今後も努力していく所存です」

 

 来月から、ボチボチやります。

 

 

「貴様はぁっ!」

 

 

 びくぅ!!

 

 えっ、怖っ! なんか急に機嫌が急降下した!

 

「十二鬼月に数えられたからと言って終わりではない、そこから始まりだ。

 より人を喰らい、より強くなり、私の役に立つための始まり」

 

 えーっ! いきなり説教ですよー! 私、褒められて伸びる子なんですよー!

 

「ええぃ! もういい! こっちを向け!」

 

「…っ!?」

 ズブリと、いきなり左目に指を突っ込まれた。

 

「目がーー! 目があああぁぁーーーー!!!」

 

「私の血も分けてやった。今後も励めよ。

 ダラダラするなよ! 本当にさぼるなよ!! わかったな!!!」

 

 

 べべんっ!

 

 

「うー、いたた。びっくりしたなあ、もう。鬼か? …鬼だな。

 でも、入れる前には入れるって、言ってほしいなあ」

 左目から流れる、血と涙を手でこすりながら、ぶちぶちと愚痴る。

「…あの?」

「ん?」

 琵琶の君から声をかけられた。あら、珍しい。

「血を分けて頂いた割に、あんまり苦しまれませんね?」

 言われて、少し考える。

 

「ああ、私って、血ばっか飲んでるからか、血の吸収は速いみたいですねー」

 

 

「…そう、なんですか」

 

 

 

 あれ? …なんか、若干引かれている気がするぞ。




零余子ちゃんは褒められると、調子に乗ってサボります。
叱られて伸びる子なので、無惨様の教育方針は間違ってません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24

零余子ちゃん、たった500グラムだと思ってたけど、これが意外とボリューミー。
小粒な割に味も濃いし、腹持ちもいい。ダイエットにもいいんじゃないのと思う。



 その後は、いつものように部屋に送ってくれるのかと思ったら…

 

「…あなたに話がある方が、部屋の外でお待ちです」

 

 誰だろう? まあ、昨日は入れ替わりの血戦したあと、私はすぐに消えたからなあ。

 のんきに考えながら、ふすまを開けて部屋の外に出る。

 

 

 

 見知った顔がいる。…右目に”×”がされた”下陸”の文字…元下弦の陸だ。

 

 ほほう、昨日の仕返しですかな?

 私ってば、ついさっき無惨様の血を分けてもらったばかりで、昨日よりも強くなってますよ。余裕で返り討ちですよ?

 

 元下弦の陸が右手を前にだした。

 

 ん? 握手とか?

「っ!!」

 直後、奴の指が六尺くらいまで伸び、ぐにぐにと気持ち悪く動き出した。

 

 …ほ、…ほほう、…なるほどなるほど。そっちも強くなったと言うわけですな。

 

 体調が万全ならば、お相手するのもやぶさかではないんだけど、なんかおなかが急に痛くなった気がしているので、またの機会にしてもらえないかな。残念だなあ。うん。

 

 そんなことを思っていると、奴は右手の指を元通りにして、頭を下げてきた。

 

「ありがとう! お前のおかげで強くなれた」

 

「えっ? …ああ、うん。どういたしまして」

 本当にお礼に来ただけのようだった。…ふー、あせったあせった。

「十二鬼月からは落ちてしまったが、更に実力をつけて戻ってくるつもりだ」

「うん、そうなんだ。…ええっと…」

 …名前、知らないわ。

「…指剣鬼(しけんき)だ。名前も覚えてないとか…」

 申し訳ない。覚える必要性を感じなかったもので。

「試験機ね。うん、覚えておくよ」

「…なんか、違う発音に聞こえる。指に剣の鬼で、指剣鬼だからな」

「あー、うん、知ってた知ってた」

 無惨様、まんまな名前すぎでしょう。

「…まあ、それだけだ。じゃあな」

 指剣鬼はそう言って、私が居た部屋へと入っていく。

 …ああ、なんでかなと思ったら、琵琶の君に送ってもらうんだな。

 そこで、ふと気づく。

 

「…あれ? 宣戦布告もされてない?」

 

 十二鬼月に戻るってことは、入れ替わりの血戦を挑むってことで…実質、今一番弱い十二鬼月って、私だよね?

 なったはいいけど、入れ替わりの血戦を挑まれまくるのは、だるいなー。

 

 …んー? もういいかなー、落ちても。…次で負けると色々言われそうだから、三回目くらいで負けよう。うん。

 

 

 

「雑魚との話は終わった?」

 

「ふぇ?」

 目の前には、あやとりをしている累君がいた。

「…雑魚って、…まあ、うん。終わったよ」

 累君には、昨日も血戦前に話しかけられていた。

 私は血戦後にすぐいなくなったから、わざわざ今日来てくれたのか。それは申し訳なかったな。

「…昨日の血戦見たよ。うん、そうだね。…ちょっと感動したよ」

「えっ、そう? ふひひ、それはちょっと嬉しいな」

「あの、…えっと、…あの雑魚を使ったやつ」

 ああ、累君もこれ、指剣鬼の名前を覚えてなかったな。

「あんな雑魚が、それなりに強くなったのに、びっくりしたよ。…それで思ったんだ」

 

 

「雑魚鬼でも、僕の力を分けてやれば、それなりになるかもって」

 

 

「んんー?」

 何の話なのかな?

「参考になったよ。じゃあ、それだけ」

 

 

 それだけを言うと、累君も部屋へと入っていった。

 

 

 

 あれだな。会話をしに来たんじゃないな。言いたいことだけ言いに来た感じだ。




累くんは、かなりフリーダムでゴーイングマイウェイなイメージです。
そして、それが許される特別な存在。
昭和まで生き残れてたら、ヴェルタースオリジナルとか、もらえますねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25

あー、日本橋行きたい。メロンとか虎とかに行きたい。
自粛しているつもりではないのだが、自粛を強制されている気がする。



「…とりあえず、もう帰ってもいいかなっと」

 

 累君のすぐ後に部屋に入るのも、空気に困るので…累君がでなく、私がだけどな…しばらく待った後、部屋の方に行く。

 

「…少し待ってもらえるかな」

 

 ふすまに手をかけたところで、声をかけられた。

 振り返ると、これまた見かけた顔があった。

「…阿修羅さん」

 上半身裸で、六本腕全部で腕組みしているのは、昨日も見た…そして血戦を行った鬼、阿修羅さんだった。

 昨日から変わったのは、その左目が”下肆”から”下陸”になったところくらいだろう。

 

 今度こそ仕返しだろうか?

 

 正直なところ、勢いで下弦の肆の座を奪ってしまったが、私からすると恨みも何もなかったんだけどなあ。…多分、山坊主のせいだよ、あいつが悪い。

 阿修羅さんからすれば、昨日の血戦が不本意だったろうことは、わからなくはない。

 実際、二対一だったし、無惨様から言われれば拒否はできなかっただろうし、私も卑怯だと言われれば、そうと認めざるをえないところがある。

 

 …でも、阿修羅さんと、ついでに指剣鬼は、既に私の魅了を受けているんだよねえ。

 

 心臓に私の血がとどまっているのを感じる。助言をするなら、心臓を取り出して新しく再生し直すことをおすすめしよう。…もちろん、言わないけどね。

 実力的には、私よりも断然上なのは間違いないけど、…残念、もう私には勝てないんだよ。

「あの昨日の術…そう、あの…えーと、元下弦の陸の、あいつにかけた術…」

 ああ、阿修羅さんも指剣鬼の名前は知らないようだ。…むしろ、知っている奴がいたのか怪しくなってきたぞ。

 

 

「…あれを、私にもかけてもらえないだろうか?」

 

 

「…は?」

 こいつ、何言ってるんだ?

「あなたの術を受けて、あいつはものすごく強くなった。あれを私にもして欲しい」

「…あー、えーと」

「頼む。私はどうしても、もっと強くなりたいのだ」

 

 …なるほどねえ。強くなる裏道、近道として、私を利用しようってわけだ。

 

 今のところ、鬼が爆発的に強くなる方法としては、無惨様から血を頂くくらいしかなく、後は、稀血くらいか。

 前者は無惨様の気分次第だし、命の危険もある。後者はそうそう見つからない。

 それを考えると、私に頼るのは、お手軽でお気軽だろう。

 指剣鬼くんも、どれくらい記憶が残っているのかはわからないが、指剣を伸ばす長さは長くなっていたし、自由自在に動かせるようになっていた。片手の指を十本にするのができるかはわからないが、それでも私の術にかかる前よりは段違いに強くなっている。

 

「うーん…」

 

 できるかできないかと言われれば、できるんだけど。

 

「…敵が、対戦相手がいないとねえ」

 

 そう、魅了による暴走、強化…というか、狂化って感じだけど、あれは基本的に私に向かうものだ。なんとか、別な相手に向かうようにできたんだけど、止める為には気絶させるしかないのは変わってない。

 正直な話。阿修羅さんなら指剣鬼くんを気絶させることができると思ったから、やった部分がある。

 

 今、阿修羅さんにあれをかけたらどうなる?

 

 他に誘導する相手もいない以上、私に向かってくるよね。

 現時点でも私より強い阿修羅さんが暴走して、私が気絶させれる? …いやいや、どう考えても、こっちが気絶させられるわ。

 

 そしたら…

 

 

 ………

 

 

 …うん、脳が考えるのをやめたよ。考えちゃあいけない未来しかないよ!

 

「うん、無理ですね」

 

「相手が必要だと言うならば、止水殿に血戦を挑まないか? 堕姫殿でもいい。…あるいは、勝てるとは思わないが、黒死牟様に挑戦するのもっ!」

 

「待った!」

 

 興奮しだした阿修羅を止める。

 

「それって、全部あなたの都合ですよね? なんで私があなたの都合で動かないとダメなんです? はなはだ図々しいと思いません?」

 

 死に値しますよ! …というのは、さすがに言いすぎですけどね。

 

「ならば、私をそばにおいてくれ!

 護衛でも、召使いでも構わない。鬼殺隊が来たならば、私が代わりに戦おう!」

 

「いや、断る!」

 

 バッサリと断って、さっさと部屋に戻る。

 

 

 何が嫌だったかって?

 

 

 

 どっかで聞いたような言葉だったのが、一番嫌だったよ!!




鬼舞辻無惨による下弦への評価

 止水  … お気に入り。忠実で真面目だから。
 鵺   … お気に入り。実験の成果だから。
 大太  … わりとお気に入り。どこまで大きくなるか楽しみ。
 累   … お気に入り。境遇を高く評価。
 阿修羅 … わりとお気に入り。思ったよりも強かったから。

 零余子 … あんまり好きじゃない。


現時点での評価ですけどねーw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26

無惨様、どうなっちゃうのだろう?
このまま死んでしまうのん?



「へっへーーん、どうよ?」

 

「…ああ、うむ」

 次の夜、下弦の肆になった報告と、お世話になった感謝を示すために、山坊主のところに来ていた。

 

「ふひひ、もっと近くで見てもいいんだよ? どう、どう?」

 

「…十分、見えとるわい」

 …ちょっと浮かれているのは否定しないけど、一応感謝はしているんだよ。

「…それよりも、だ」

 山坊主が私の後ろを見る。

 

 

「…なんで、こいつがいるんだ?」

 

 

 パリッとしたスーツを着こなしているそいつは、二本腕になっている阿修羅だったりする。

 

 

 

「…いろいろね、あったんだよ」

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 ベッドの上でごろごろしていた時に、呼び出しを受けた。

 

 パンッ!

 

 右手一本で手をつくと、上空へと飛び上がり、前回転をしつつ、土下座にて着地をした。

「…おまえ…」

 声につられてチラリと横を見ると、正座状態でこちらを驚愕というか、呆れがずいぶんと混じった顔でこちらを見ている、阿修羅がいた。

 

 なんで、こいつもいるんだ?

 

 

 べべんっ!

 

 

 次の琵琶の音とともに、無惨様の気配が現れる。

 

「面を上げよ」

 

「「ははっ!」」

 私と阿修羅が、揃って顔を上げる。

 

「十二鬼月となった零余子に、一つやってもらいたいことがある」

 

「はっ!」

 内容を聞く前に承服する。ここで学んだ処世術だ。

 

 

「青い彼岸花を探せ」

 

 

「…青い、彼岸花…ですか?」

 言われたお言葉を吟味する。

「…それは、お言葉通りの、青い色をした彼岸花なのでしょうか? …それとも、何かの暗号でしょうか?」

 

「わからない。花なのかもしれないし、別の何かなのかもしれない」

 

「それは、何に使うものなのでしょうか?」

 

「それは言えない」

 

 会話の中で、思考を巡らせる。

 わかっていることは名称だけ。その名称も、何を指し示しているかは不明。かなりの難問なのは、間違いない。

 最後に、聞いておかなければならないことは…

 

「それは、物珍しいから探しているのでしょうか? …それとも、必要だからなのでしょうか?」

 

「…必要だから、探している。

 …そう、お前が生まれるずっと前…ずーっと、ずぅーっと前からだ」

 

「委細、承知いたしました」

 平伏をして、質問を終わる。

 

「…これは、お前の試験も兼ねている。一か月後に進捗を聞こう。…励めよ」

 

「はっ!」

 

「そうそう、その一か月間、そちらの阿修羅はお前の護衛としてつけてやる」

 

「はっ?」

 

 

 べべんっ!

 

 

 …それで、今に至る。

 

 

 

 裸で、腕が六本もある奴、目立つわ! …と、阿修羅に怒鳴ったら、二本腕になりやがった。…ああ、自在に出し入れできるのね。

 




というわけで、青い彼岸花探しです。

青い彼岸花、このまま無惨様がお亡くなりになるなら、謎のままに残りますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27

前作と同じ話数まで到達致しました。…文字数は全然少ないんですけどねw

今後も宜しくお願いします。



「…久しいな、山坊主。まだ生きていたのか」

「…ふん、そっちこそ、まだ十二鬼月にいたのだな。まあ、ギリギリみたいだが」

 うん、二人が旧交を温めています。

 

 やめてよ、ここで戦わないでよ? …戦ってもいいけど、私を巻き込まないで!

 

「…んで、零余子。わざわざ何しに来たんだ? …こいつを連れて、喧嘩を売りに来たのか?」

「…こいつを相手に、あの術を使ってくれるのか? …だが言っておくが、素のままでもこいつには勝てるぞ」

 

 二人ともやめて、なんかおなかが痛くなるから、本当やめて!

 

「阿修羅! あんたは勝手についてきただけなんだから、勝手に前に出ないの!」

「ぐっ、すまない」

 とりあえず、まず阿修羅を黙らせる。

「ごめん、山坊主。本当に報告と、お礼の為に来ただけなんだ」

 ぺこりと頭を下げる。

「山坊主のおかげで、こうして十二鬼月になれた。だから生きていられる。

 

 だから、ありがとう!」

 

「ぬっ。…そうか、うん。…良かったな、零余子」

「へへへ。…うん、あともいっこ報告があるんだ」

「ん? なんじゃ」

 

 

「ちょっと、京都に行ってくる」

 

 

 

 

 

 上星卿のお客様の中には、当然のように京都に親戚がいる人物もいる。

 そのつてで一筆書いてもらい、そこを拠点に調査をする予定だ。

 

 青い彼岸花が何を指すのかはよくわからないが、無惨様が必要とする以上、鬼関連には違いないだろう。

 

 歴史上で有名な鬼と言えば、酒呑童子に茨木童子、役小角の前鬼後鬼、陰陽道で有名な安倍晴明も鬼を使役していたと聞く。いずれも京都周辺だ。

 子供の頃から読んできた伝奇ものは、ほとんど京の都が舞台だった。行ってみたいと夢見ていた地に行けるのは、すごくわくわくする。

 

 それに京都もたくさん温泉が湧いている。

 

 休暇予定をつぶして行くんだ。ちょっとくらい楽しんでもバチは当たらないよね。

 かつての日本の中心地、観光名所はたっぷりある。

 歴史浪漫を感じながら、史跡を巡りたいなあ。…ああ、出歩けるのが日が暮れてからというのが、実に残念だ。

 

 

 

 雨がしとしと降る、絶好のお天気の日に出発だ。

 馬車を出そうかという上星卿のご好意を辞退して、噂の鉄道に乗ってみる。

 神戸から大阪へは約半刻ほど、大阪から京都へも一刻かからずと、大体一刻半もあれば到着する。明治と言えば鉄道! 乗らない手はないよね。

 阿修羅は走った方がめんどくさくないと、少し嫌がったが、だったらついてこなくていいと言えば、しぶしぶ従った。

 

 しとしとと雨の降る、灰色の世界の中、もくもくと煙を吐いて進む蒸気機関車。

 

 私の中の文学的感性が刺激される。

 三宅花圃(みやけ かほ)や樋口一葉(ひぐち いちよう)にだって、負けてませんよ。ちょっと小説でも書いてみようか。

 

 鬼の少女と人の男、種族と時の流れの違う中での恋愛模様とか、どうよ?

 

 いやいや、鬼の少女と鬼を殺す剣士との、悲恋の物語とかも、なかなかいいよね。

 

 

 はたまた、鬼の少女と、鬼の大頭目との恋物語…うん、それはないな!

 

 

 流れる景色を見ながら、物思いにふけるのは、実にぜいたくな時間だね。

 

 

 

 列車はやがて、大阪駅へと到着した。




明治コソコソ噂話
「三宅花圃(みやけ かほ)は女性初の近代小説を書いた人だよ。
 樋口一葉(ひぐち いちよう)は五千円札にもなった女流作家。
 明治時代を代表する女流作家と言えば、この二人だよね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28

零余子ちゃんを鍋に入れてみたんだけど、やっぱり主張が激しい。

前に主役にはなれない味だと評価したけど、脇役にするには目立つ味ですわ。



「…京都へ行くんじゃなかったのか?」

「うん、そだよー」

 

「じゃあ、なぜ、大阪で降りるんだ?」

 

 今更だなあ。

「大阪に来るのは初めてだしね。せっかくだし、観光しようよ」

 左横から傘を差してくれている阿修羅の顔を見上げて、にぱーと笑いながら答える。

「天守はないみたいだけど、大阪城は見に行こう。私、西軍の方が好きなのよねえ。判官びいきなのかな、負けた方に惹かれるというか、真田幸村とか好き。

 幸村の講談とか聞きたいなあ。知ってる? 猿飛佐助とか、霧隠才蔵とか、忍者を使ったんだよ、忍者!」

 楽しさが伝わるように、手裏剣を投げる構えをして、阿修羅の顔を伺うと…

 

「じゃあ、今日は大阪で泊まるのか?」

 

 はー、これですよ。

 せっかく話題を振ったのに、どうでもいいとばかりに聞き流すのは良くないなあ。そんなことでは女の子に好かれませんよ。女は黙ってついて来いって言うのは、時代遅れな考え方ですよ。

 まあ、いいですけど。

 

「ふふーん、今日は大阪ホテルに泊まりますよ。この辺では最高級のホテルです。ホテル泊まったことあります? ないですよね? …まあ、私も初めてですけど」

 そこで言っておかないといけないことを思い出す。

「そうそう、上星卿に電話で大阪ホテルに予約をしていただいているんですけど、上星零余子と従者一人って言ってありますので、人前ではぞんざいな口調はダメですよ。ちゃんと零余子お嬢様って呼ぶんですよ」

「…めんどくせえ」

 実にめんどくさそうに言う。まあ、口数が多い方じゃないし、そうそうボロも出ないだろう。

 

 

 とりあえず、ホテルに荷物を置いて、観光だー!

 

 

 

 大阪城を見に行き、いろいろと史跡をめぐり、講談を聞き、もちろん行きたいところを一日で全部まわれるわけではないけど、それなりに満足する。

 

 ホクホク顔でホテルへの帰路についてたところで、阿修羅にボソッと告げられた。

 

「…つけられているな」

 

「えっ? いつから?」

 ドキッとして聞き返す。

「さっきの土産物屋を出たあたりからだな。人通りが多かったから気のせいかと思ったが、こんなひとけのないところにまで付いてきているんだ。私たちに用があるんだろう」

 こういう感覚は、私よりも阿修羅のほうが、全然強い。

「何人?」

「一人だ」

 数人だったなら、可愛い私につられて不埒な考えを起こした連中の可能性もあったが、たった一人というのなら、その可能性は低い。

 こちらは男連れだし、その連れである阿修羅の見た目は、普通に強そうに見えるからだ。

 

「…じゃあ、もしかして」

 

 

「…もう少し行くと、完全にひとけがなくなる。そこで対処しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 気配を殺せない弱き者…という感じではないな。

 人通りが少なくなってから、わざと気配を強めた感じだ。

 

 私たちに無関係なものでは絶対にない。鬼殺の剣士だ。…それもかなり強いな。

 

 それを感じているのか、零余子もオドオドビクビクと、こっちに引っ付いてくる。

「…ちょっと傘を持ってろ」

「え、うん」

 零余子に傘を持たせ、スーツの上を脱ぐ。ネクタイを外し、シャツも脱ぐ。いい素材の服だ、破くのは忍びない。ズボンはまあ仕方がないな。

 

「待たせたか?」

 

 零余子を脇に下がらせ、道の真ん中まで出て呼びかける。道と言っても車道のない細い道だがな。

 

「…いや、そうでもない」

 

 着流しに日輪刀だけ携えた男だった。

「おや、そっちのお嬢さんも鬼だったのか、あまりそんな気配を感じなかったなあ」

 二人の鬼を前にしても、あまり緊張しているようには感じない。実に、飄々としている。

 馬鹿というよりは、自信があるのだろう。

「下弦の陸に、…お嬢さんのほうが下弦の肆かよ。十二鬼月が二人でつるんでいるとか、何の冗談だ」

 十二鬼月二人を前にしても、ひるむ様子はない。

「こっちは任務前の非番だったんだけどな。

 ちょっと町をぶらついてたら、強い鬼の気配を感じて、まあ、見なかったことにもできんわな」

 

 そこまで言うと、腰を下げて居合の構えを見せる。

 

 こちらも手のひらから刀を一本ずつひねり出し、両手に刀を持つ。

 右手を上に、左手を前にする基本的な二刀流の構えを取る。後の四本の腕はまだ生やさない。

 二本の刀で奴の刀を押さえたのち、腕を生やしながら斬る! …初見殺しの技の一つだ。

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 速い! …とっさに二本の刀で首を守る。

 

 

 

 …二連…

 

 

 

 稲妻のように、目前で急角度で曲がった…と思った時には、右腕が跳ね飛ばされている!

 

 

 

「鳴柱、成宮透(なりみや とおる)だ。…その名を冥途の土産にくれてやろう」




ででででーん!!

はしらがあらわれた!
むかごはにげだした。しかし、まわりこまれてしまった!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29

大阪観光をしていたら、鬼殺隊の柱とエンカウントしてしまった!

ラダドームの城近辺をうろうろしていたら、ダースドラゴンとエンカウントした感じ。
…たとえが古いか?



 …は、柱…はしら、だ…

 

 大阪観光の最後に、とんでもないものと出くわしてしまった!

 

 ガタガタと震えながらも、荷物から十手を取り出す。

 

「しゃああぁぁーーーー!!!」

 

 阿修羅が右腕の再生と共に、四本の腕を生やす。

 それはそうだろう。手の内を隠しておける余裕なんてないはずだ。

 

 私では勝てない。…というよりも、戦いにならない。

 

 はたから見ていたというのに、阿修羅の右腕を斬り飛ばした攻撃が、見えなかった。

 

 

 …そう、見えなかったのだ…

 

 

 勝つ負ける以前に、相手の動きが見えないんだ。戦いにすらならない。

 

 それでも、せめて、牽制くらいはしよう。

 眼中に入って、ちょろちょろと目障りになろう。

 

「あっ…」

 

 阿修羅は、六本の腕を駆使して、戦っている。…戦えている。そう思ってた…のに…

 

 六本の腕のうち、四本を首の防御に使い、二本で攻撃をしている。…というよりも、やみくもにただ振り回しているだけだ。

 簡単にあしらわれ、払われ、斬り飛ばされている。

 

 阿修羅は強い。…少なくとも、私の数段は上の実力をしている。

 

 

 でも、あの鳴柱は、その阿修羅よりも断然上、格が違う。

 

 

 

 これが柱、…鬼殺隊を支える…最強の剣士…

 

 

 

「零余子ーー!!」

 

 びくっ!

 

 腕を斬り飛ばされる度に再生し、再生する先から斬り飛ばされている阿修羅が、私を呼んだ。

 

「あれを使ってくれ! このままじゃ、無理だ!」

 

 あれ、…あれだろう。…あれしかない。でも…

 

「無理!! あれを使う余裕なんて…」

 

「くっ…」

 私の返答に、阿修羅が苦悶の声をあげる。

 私の言っている意味が、理解できたのだろう。当然だ、入れ替わりの血戦の相手として、見ていたのだから。

 あれは…魅了の暴走は、時間がかかる。…かかってしまうのだ。

 入れ替わりの血戦ならば、できる。所詮試合だから待ってもらえる。でも、実戦ではそうはいかない。だって、殺し合いなんだから。

 

「うぉぉおおおおぉぉぉーーーー!!!!」

 

 阿修羅が六本の腕を振り回し、後ろに下がって距離を取る。

 

 

「血鬼術、月剣擬!!」

 

 

「…ほう」

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …雷の呼吸 弐ノ型 稲魂(いなだま)…

 

 

 

 阿修羅の奥の手が、鳴柱の必殺技と打ち合った。

 

「…すごいな。これで下弦の陸か…」

 

 すごい! 鳴柱の頬に傷をつけた。阿修羅の血鬼術ならば、渡り合える!

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …雷の呼吸 肆ノ型 遠雷(えんらい)…

 

 

 

 再びぶつかり合う。…今度は、阿修羅の首に傷がつく。

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)…

 

 

 

 あ、阿修羅の腕が…

 

「…見ているだけでは、暇だろう?」

 

「ひっ…」

 

 声が聞こえたと思ったら、既に眼前にいた。あわてて、十手を交差して首の防御を…

 

「…あ」

 

 視界が傾く。

 

 

 あああああぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!

 

 

 右手は…ない、左手であわてて、ちぎれかかっていた頭を押さえる。

 

「…んっ? …仕留めきれなかった?」

 

 死ぬ…

 

 ペタンとしりもちをつく。

 

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷(ねっかいらい)…

 

 

 

 私を救おうと、阿修羅が繰り出した必殺技が、跳ね上げられる。…腕も、二本ほど同時に…斬り飛ばされる。

 

「…すごい剣だが、さすがに、慣れた」

 

 …終わり…だ…

 

 

 …もう…勝てない…

 

 

 

 …死ぬ…ん…だ…




こっちのラリホーは効かないのに、なんでダースドラゴンのラリホーは効くのん?

HPはレッドゾーンに突入して、ラリホーで眠らさせられたような感じです。
…たとえが古いな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30

三十話です。
まるまる一か月連載したことになります。
今後も宜しくお願い致します。



 闇の中にいた。

 

 ふっと、ランプの明かりが点く。

 そこにいるのは一人の童女。ただ、一心不乱に本を読んでいる童女。

 

 …私だ…

 

 物心つく頃には、既に本を読んでいた。…本の世界に逃げ込んでいた。

 私の世界は暗く狭く、友達どころか、私を知る人すら居なかった。

 

 母が死に、家の奥に押し込められた。

 しばらく後、父が再婚した。相手は、母の妹だそうだ。

 

 母の記憶はなかった。それでも、どこかで、母を求めていたのだろう。

 言いつけを破り、新しい母に会いに行った。

 

 

「お前のせいで、お姉ちゃんは死んだ!」

 

 

 …頬の痛みと共に、その言葉は、ずっと忘れることは、できなかった…

 

 

 弟が生まれ、妹が生まれた…らしい。

 父には、新しい家族ができた。…でも、私の家族じゃあなかった。

 

 私はただ、家にいるだけの存在。座敷童のようなものだった。

 

 

 本だけが、私に新しい世界を教えてくれた。

 日記だけが、私が存在することを残せる唯一のものだった。

 

 

 

 私は何の為に生まれ、何の為に生きているんだろう。

 

 

 

 

 

「…はっ!」

 

 意識が飛んでいた。走馬灯を見ていた。

 

 阿修羅が頑張っている。柱を相手に、まだ諦めていない。…やっぱり、私なんかよりもずっと強い。

 

 一説によると、走馬灯を見る理由は、今までの経験や記憶の中から、迫りくる”死”を回避する方法を、探しているらしい。

 

 …でも、私には何もない。空っぽだ。

 ただ生きていただけ。…ただ存在していただけ。

 

 生きている意味もなければ、生き続ける理由もない。

 

 

 ここで死んでもしょうがない。だって、私のこれまでは無意味で、これからも無価値に違いないのだから。

 

 

「…やだよ…」

 

 意味がないと生きていたらいけないの?

 

「…死にたくない…」

 

 理由がないと生きることに価値はないの?

 

 

「…うるさい…」

 

 

 私は死にたくない。そこに意味がなかろうと、それに価値がなかろうと、生きたいんだ!

 

 

「阿修羅ぁぁぁああぁぁぁーーーーー!!!!」

 

 立ち上がって、叫ぶ。

 私は足掻く、みっともなくても、たとえ無駄なんだとしても!

 

 

「こっちを、見ろおぉぉぉーーーーー!!!!!」

 

 

「…そんな余裕は…」

 

 

「いいから、見ろおおぉぉぉーーーー!!!!!」

 

 

 チラリとこちらを伺った阿修羅の目を見、その瞬間で奴の心臓を…心を掌握する。

 

 

 

「…こい、くるえぇっ!!!」

 

 

 

「があああぁぁぁぁああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 厄介なことになった。

 

 先ほどよりも遥かに鋭くなった六本の刀を、なんとかさばく。

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷…

 

 

 

 攻撃を跳ね上げられない。

 先程までの攻撃に、慣れてしまったばかりに、より速く、より鋭くなった剣技に、押されてしまった。

 

 まだこちらが上だ。だが、すさまじい勢いで、その差を詰められている感覚になる。

 

 

 それでも…だ…

 

 

 六本腕の下弦の陸の向こう、顔を右手で覆いながらも、その指の間からこちらをヒタと見据える紅の眼差し。

 血のような両目から、真っ赤な血を流しながら、まっすぐにこちらを見詰める、下弦の肆。

 

 

 俺の勘が告げている。こいつのほうがやばい、と…

 

 

 

 …こいつのほうが、危険だ!

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃…

 

 

 

 …三連…

 

 

 

 目の前の下弦の陸を大きくかわし、下弦の肆の首を刎ねる!

 

 

「足だぁっ!!」

 

 

 …くっ…

 

 

 大きくかわしたはずの、下弦の陸の腹から、七本目の…伸びる腕が生えていた、それが持つ刀が…

 

 

「…ふんっ!」

 

 

 …斬り飛ばされた右足首を呼吸で強引に止血し、日輪刀で代わりに地面を跳ねる。

 

 

「お前だけは…ここでぇっ!!」

 

 

 

 …一閃!

 

 

 

 奴の首を、両腕もろとも、斬り飛ばした!

 

 

「…えっ」

 

 ニヤリと笑う奴の顔…今、斬ったはずだろう、首を!

 

 一緒に斬った左手が、俺の頭に…

 

 

 パチッ…

 

 

 …ぐっ、斬った…ん、じゃない…自分で、引っこ抜きやがった…んだ…

 

 

 遠のきそうになる意識の中、奴の宙に浮いた右手が、奴の頭を…首元に押し付けてきた。

 

 

 …つぷっ…

 

 

 

 …苦痛なのか、快楽なのか、圧倒的な情報量が脳に押し寄せたように感じ、完全に意識を失った…




大金星です。

零余子ちゃんは、鳴柱の動きを完全には追えていませんが…
どこを斬ろうとしているのかはわかっているので、無理やり首を引きちぎりました。
でも、かなりギリギリのタイミングでした。

糸を使える累君のほうが、スマートですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31

無惨様、ああ無惨様、無惨様。

しかし、無惨様の悪あがきっぷりの凄まじさよ。そこにシビれる!あこがれるゥ!



「止まれぇーーー!!!」

 

 

 首元から離れた後、阿修羅に向かって命令する。

 

 私の命令に従い、こちらに向かっていた…鳴柱を殺そうとしていた阿修羅が止まる。

 

 

 べしゃり…

 

 

 重力に従って、私の頭が地面に落ちる。

 

「はぁはぁ…」

 

 両腕を再生する。

 

「はぁはぁ…」

 

 転がっている頭を拾って、乗せる。

 

「はぁはぁ…」

 

 辺りには、そこかしこに阿修羅の腕が転がり、止まれと言った時の姿のまま静止している阿修羅がいる。

 

 近くには、私の腕が転がっている。少し向こうに、男の右足首から下が転がっており、目の前には、鳴柱が膝をついている。

 

 

「…勝った」

 

 

 パシャンとしりもちをつく。

 

 

「…生き、残った…」

 

 

 空を見上げると、既に雨は上がっており、満月が見えていた。

 

 

 

「…助かったー…」

 

 

 

 

 

 …では、恒例の尋問開始です。

 

 鳴柱、成宮透さん。鬼殺隊戦闘部隊の頂点の一人です。

 なんで大阪まで来ていたかと言うと、神戸の山に現れた僧兵の鬼の確認とのこと。…山坊主、あいつのせいだったか…

 任務前の息抜きで街を散策してたら、強い鬼の気配…阿修羅に気付いて、つけたとのこと。…阿修羅、お前のせいか…

 

「…まあ、終わりよければ…ってことで、許してやるか…」

 

 鬼殺隊の本拠地はどこか? …それは、柱でもわからないとのこと。

 おそらく関東のどこかではないかとは、思っているとのこと。

 

「…ふむ、柱にも秘匿していると。…慎重ですね…」

 

 …あの方と同じくらい…と、続く言葉を飲み込んだ。

 

 だが、これは考えようによっては悪くない。むしろ良かったと言える。

 だって、ここで連中の本拠地がわかったらどうなるか?

 総力を挙げて、本拠地を襲うことになるだろう。…少なくとも、十二鬼月は全員参加で間違いないだろう。

 

 

 はっきり言って、無理。死ぬ。

 

 

 …はい。気を取り直して、次の質問に行きます!

 

 …鬼殺隊は、あの方のことをどこまで知っているのか?

 

 …かなりやばい質問かもしれない。

 でも、あの方は鬼にもあまり情報を教えてくれない。ひょっとしなくても、敵対組織である鬼殺隊の方が、いろいろ知っている可能性は高い。

 

 …鬼舞辻無惨…千年前から存在すると言われている、鬼の開祖。

 現在存在している鬼は、すべてが彼の手によるものらしい。

 そして、鳴柱自身は、会ったことがないとのこと。

 

「…それだけ?」

 

 私の質問に、首を縦に振る。

 

「…青い彼岸花は知っている?」

 

「…知らない。聞いたことはない…」

 

「…ふむ、なるほどね…」

 正直、あんまり知らなかったな…というのが感想だった。

「…さて、どうするか…」

 聞きたいことは聞いた。

 彼は柱だ。殺すべきだろう。そうしないと…

 

「…また相対するとか、今度こそ死ぬし…いや、魅了の効果は残る…か…」

 

 …あれ? …それって…

 

「…このまま帰したら、こいつは本拠地にいずれ戻る…よね?」

 

 …そうなったら、こいつの印から…

 

 

 

 …本拠地がわかってしまう!

 

 

 

「…殺そう」

 

 うん、こいつは柱だ。殺すべきなんだ。

 

 その辺に落ちている阿修羅の刀を拾う。刀の使い方はうまくないが、首を刎ねるなり、胸を刺すなりすれば、死ぬはずだ。…何も難しくない。

 

「…おぇぇ…」

 

 気持ち悪い。気分が悪い。頭がガンガンする。

 

 …駄目だ。殺すのに抵抗感がある。しんどい。

 

 ふと見ると、静止したままの阿修羅が目に入った。

 

「…そうだ…」

 

 何も私がしなくてもいい。阿修羅にやらせればいい。

 

 ふらふらと阿修羅のところに歩く。足取りが重い。気持ち悪いのが止まらない。

 

「…あ、あしゅ…」

 

 

「…あぁぁぁあああぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 ビクッ!

 

 鳴柱が急に雄たけびを上げた。…えっ? …魅了がとけたの?

 

 …ギロッ!

 

「ひっ、ひぃぃ…」

 

 睨み付けられた。やばい。まずい。死ぬ。

 

 

 ヒュッ…

 

 

 一歩で大きく距離を取ると…そのまま刀を杖のように使い、ものすごい速さでいなくなった。

 

「…助かった…逃げた…よね?」

 

 

 そして、気づく…

 

 

 

「…あぁぁーーーーー!!! 逃げられたぁぁぁーーーーーー!!!!!!」




刀鍛冶の里ですら、柱は場所を知らないので、本拠地も知らないと思います。

みんな、本拠地に帰るときは、隠リレーなんですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32

無惨様、さすがにこれは…

それでも、無惨様なら…
無惨様ならきっと何とかしてくれる…!!



 フッと、意識がはっきりとする。

 

 記憶は飛び飛びで、まるで夢のようだった。

 

 そう、新たな力を得た。一段上の強さになった。…まるで夢のようだ。

 

 周りには散乱した私の腕、腕、腕…数えるのも億劫になるほど、切り落とされている。

 少し先に、右足首。奴の…鳴柱のものだ。

 その少し先には、しゃがみ込み、空を見上げて呆けている零余子がいる。

 

「…奴は?」

 

 腕を拾いながら、手のひらから吸収する。完全ではないが、それでもある程度は回復できる。

 

「…逃げた」

「…そうか」

 

 やり取りは短かった。

 飛び飛びの記憶の中で、奴が零余子に向かうところ、奴の足を斬り飛ばしたところ、そういった場面場面が断片的に残っている。

 

 奴の…鳴柱の強さの根幹は、その圧倒的なまでの速さだった。

 

 その根幹である足を失った以上、逃げるのは当然だろう。

 そして、殺すことこそできなかったが、もう柱としては死んだも同然だろう。

 

 ブルッ…

 

 再び、胸に歓喜が訪れる。

 

 

 柱に勝った。

 

 

 …無論、一人では勝てなかった。…それでも、これまで上弦の鬼しか勝てなかった、柱に勝ったのだ。

 

「…零余子」

「…なに?」

「それを、もらってもいいか?」

 

 転がっている鳴柱の足首を指差して、そう聞いた。

 私だけでは勝てなかった。…無論、零余子だけでも勝てなかった。

 どちらの貢献度が高いかは、それぞれの解釈によるだろう。…だが、私は零余子の力の方が大きかったと思ったので、そう聞いた。

 

「…好きにしたら」

「…ありがとう」

 

 奴の足首を拾うと、喰らいつく。

 体の奥から力があふれるような気になる。更に強くなれた気になった。

 

「…ねぇ」

「…ん?」

 

 シャツを着、スーツを羽織った私に、零余子が声をかけてきた。

 

「…おんぶ」

 

 両手を広げて、ただそれだけを言ってきた。

 私自身も疲れてはいたが、疲労感よりも高揚感の方が強かった。

 だが、零余子のほうは見るからにしんどそうだった。普段から白い顔色が、死人のように青白かった。

 

 …そういえば、血戦の後も、そのまま倒れそうだったらしいな…

 

 あの術は、かなりしんどいのかもしれない。…それならば、おぶってホテルまで帰るのは護衛として当然か。

 

「…ほら」

「…ん」

 

 零余子の前にしゃがみ、背中を見せると体を預けてきた。

 

「…濡れてるな」

「……雨のせい」

 

 尻のあたりが、じっとりと濡れているのを指摘すると、そう返してきた。

 …だが、雨以外にも…

 

「…少し、におうのだが」

 

 

「…雨のせいっ!」

 

 

 

 どうも、これ以上は、言わない方が良さそうだった。




今回は全編、阿修羅視点でした。

あとは、零余子ちゃんに失禁属性を付与しようと画策中…ふひひ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33

ゆるキャン△に影響されて買ったスキレットで、肉と一緒に零余子ちゃんを焼いてみた。
ふむ、零余子ちゃん、ステーキソースにあうね。

零余子ちゃんも、残すはあと一回くらいだ。最後は零余子飯かな。


「…はふー…」

 

 とりあえず、湯舟につかって、冷えた体をあっためる。

「…んあぁーー…」

 考えることは、一つだけ。

 

「…逃げられちゃった…か…」

 

 鳴柱、成宮透…うん、今も私の知覚領域内にいます。とりあえずは、近くの藤の家紋の家で治療中なんだろう。まだ大阪の街にいるわけだ。

 

 深夜を狙って襲撃する?

 

 右足を失ったんだ、戦闘能力は落ちているのは間違いない。

 それに、私の魅了の支配下にある以上、奴に負けることはないだろう。

 鬼殺隊の本部が関東にある以上、柱が他にいるとも考えにくい。

 場所をどうやって把握したかって聞かれたら、魅了した奴の場所は近ければわかるって答えればいいけど…

 

 …じゃあ、本拠地を割り出すように、尾行すれば良かったとか言われたら…

 

 

 チャプ…ブクブクブク…

 

 

 んあー、めんどくさいことになったー!

 

 いろいろ知ってるかもって、魅了したのが間違いだったか。あのまま阿修羅に殺させてれば、悩むこともなかったのに。

 

 体と頭をタオルで拭きながら、備え付けの鏡を見る。

 いつも以上に顔色の悪い顔が見える。

 

「…あーあ、ほんとにあのまま逃げられてたってことにならないかなー」

 

 目の前の顔と、相談するかのように話しかける。

 

「…私たちは柱を追い詰めた。だけど最後の最後で逃げられた。それでいいじゃん、ねぇ…」

 

 鏡の中の、紅い瞳がゆらめく。

 

「…柱は強かった。…死を覚悟した。…開き直って、無理やり魅了の暴走をやった。…わずかな一瞬で、できるようになってた。…それで、阿修羅が格段に強くなった。…仕切りなおそうとした柱の一瞬の隙をついて、阿修羅が右足首を切り落とした。…旗色悪しと考えられたか、柱には逃げられた…」

 

 目の前の女が頷く。

 

 

「…それで、いいよねぇ…」

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 寝巻に着替えたところで、呼び出された。

 横を見ると、阿修羅もいる。二人共慌てて土下座する。

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

 

「「はっ!」」

 いきなり呼び出されたけど、まだ一か月は経ってないよね?

 

「ふっ、なんで呼び出されたんだろうって顔だな」

 

「…いえ」

 顔に出てしまっていたようだ。恥ずかしい。

 

「…なかなか豪気だな、零余子。柱と交戦したことなど、大したことではなかったか?」

 

「っ! …まさか、そのようなことは」

 なんでもう知ってるの!? …チラリと横を見ると、阿修羅も驚いているので、阿修羅からでもなさそうだ。

 

「なんとなくは状況を掴めているのだが、当人たちの話を聞きたくなってな。まずは阿修羅から聞こうか」

 

「はっ!」

 

 阿修羅が無惨様に話す。

 鳴柱につけられていたことに気付いたところから、交戦となったこと。

 そして、残念ながら埋められない実力差から、破れそうになったこと。

 

 そして…

 

「…零余子から呼ばれ、振り返ってその目を見た瞬間から、正直記憶が曖昧です。

 おそらく、あの術にかかったと思われるのですが、これ以降は零余子からお聞きした方がよろしいかと」

 

「…わかった。零余子、続きを話せ」

 

「はっ!」

 

 無惨様から促され、私も起こったことを話す。

 阿修羅と柱との交戦中、手が出せなかったこと。

 柱の片手間の攻撃で、死にかけたこと。

 もはやなるようになれと、阿修羅に術をかけたこと。

 予想外になんとかなり、阿修羅が格段に強くなったこと。

 阿修羅手強しと見たか、まずは私からというように、柱がこちらに標的を変えようとしたこと。

 その隙をついて、阿修羅が柱の右足首を切り落としたこと。

 旗色悪しと見たか、柱がそのまま逃亡したこと。

 

「…以上となります。

 なんとか撃退はできましたが、残念ながら、殺すことまではできませんでした」

 起こったこと全てを、包み隠さずに報告した。

 

「…なるほど、な」

 

 無惨様がじっと見つめてくる。

 

 なんでしょう? …と小首をかしげると、フッと笑われた。

 

「両名とも、報告ご苦労。…そして、よくやった。

 柱の撃退は、これまで上弦しかなしえていない。二人がかりとは言え、下弦でなしえたのはお前たちが初めてだ。

 

 よって…」

 

 …瞬間、首に何かが刺さったのを感じた…

 

「…褒美をくれてやろう。順応し、より強くなれ」

 

 どくどくどく…と、無惨様の血が入ってくるのを感じる。これまでにない量だった。

 

 

 べべんっ!

 

 

 無惨様の気配がなくなったのを感じるが、それどころではなかった。

 

「はっ…はぁぁああぁぁぁ……」

 

 …さすがに、この量はきつい。

 

 無惨様の血は暴力的だ。…それこそ、ご本人同様に。

 こちらはとにかく逆らいませんと、頭を下げて恭順の意を示しているのに、その頭を踏みつけ、蹴りつけ、何度も何度も足蹴にしてくるように、私の体内で暴れまくる。

 

「…うっ、…ぐっ…」

 

 私を殺そうとするように、血管内を、心臓内を、脳内でさえも暴れまわる。

 命の危機を感じても、逆らわない。全身を蹂躙してくるのを、黙って受け入れるだけ。私はあなたのしもべです。何でも受け入れます…と示し続けることが肝要だ。

 

「…はあ、…はぁ、…はー…」

 

 満足したように、無惨様の血が大人しくなる。

 こうなったら、しめたもの。体内に王様部屋を作り、とりあえずそこにご案内する。そして、存分に接待し、じわじわ、じわじわ…と吸収していく。

 今回はちょっと想定外の団体客だったので、慌ててしまったが、これでなんとか大丈夫だ。

 

 ふと、横を見ると…

 

 

「がぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 旅籠”阿修羅屋”の方は、大変なようだった。




零余子ちゃんは自分で自分に魅了をかけました。
…まあ、そうしないと、零余子ちゃんはストレスで死にそうでした。

旅籠”零余子屋”では、女将零余子ちゃんと若女将零余子ちゃんを筆頭に、仲居零余子ちゃん達がご機嫌を取りつつ、無残様御一行を王様部屋にご案内して…
あとは、芸者零余子ちゃん達が集まって、接待をしておりますw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34

だんだん毎日更新がしんどくなってきてる…

…でも、ここがエタる分岐点と思って、頑張ります!



「…よーし、よし…」

 

 のたうちまわる阿修羅の頭を、後ろから撫でてあげる。

 

「がぁぁあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「…わっ、わわわっっ…」

 

 撫でていた腕を取られ、あっという間に組み伏せられてしまう。

 

 

 せっかく手伝ってあげようというのに、なかなかの仕打ちじゃないでしょうか?

 

 

 ぎゅっ…

 

「…大丈夫、大丈夫だよ」

 

 暴れる阿修羅の頭を抱きかかえる。

 

 目から、耳から、鼻から、阿修羅の心臓の中に留まっている私の血に、働きかける。

 

 無惨様の血の接待、少しだけ手伝ってあげるよ。

 

「…大丈夫、大丈夫…」

 

 優しく頭を撫でながら、そう囁いてあげると、段々と阿修羅が大人しくなる。

 

「…そう、ゆっくり…ゆっくり、ね…」

 

「…はぁー、ふぅー、はぁー…」

 

 阿修羅の呼吸が落ち着いてくる。…胸元にかかる息が、ちょっとこそばゆい。

 

「…よーし、よし、いいこだねえ…」

 

 ポン…ポン…と、背中を叩く。

 

 

 

 …どれくらい、そうしていただろうか。

 

 

 

「…あー、零余子…」

 阿修羅から声をかけてきた。

 

「…んー?」

 

「…すまん、もう大丈夫だ」

 私が手を離すと、ゆっくりと離れる。

「…ありがとう。なんとかなった」

 こちらを見ずに、お礼を言ってくる。お礼は目を見てすべきじゃないですかね? …まあ、いいですけど。

「まあ、こっちも、阿修羅にお願いしたいことがあったからね」

「なんだ?」

「阿修羅には、ちょっと神戸に戻って欲しかったんだ。

 あの柱の目的が山坊主っぽかったんで、ちょっと警告に行ってほしくてね」

「…なんで、それがわかった?」

 阿修羅がやっとこっちをまっすぐに見てきた。

 

「えーと…あれ? …なんでだろ? …でも、多分そんな気がするんだよ」

 

 柱には逃げられた。魅了をかけることはできなかった。…うん、そのはずだ。

 

「さすがにあいつがそのまま行くことはないと思うけど、代わりの鬼殺隊…ひょっとしたら、別の柱が向かうかもしれない。

 …このまま山坊主がやられちゃうのは、さすがにちょっと、いやだなあって思うんだ」

「…まあ、奴では柱には勝てまい」

 自分なら大丈夫なように話す姿に、少し笑ってしまう。今回は、すっごく運が良かっただけだと思うんだけどね。

「わかった。あいつに伝えに行こう」

「うん、お願いね」

 そこで、あっと思う。

 

「…絶対に、煽っちゃあ駄目だからね」

 

「…ど、努力しよう」

 

 …大丈夫かなあ?

 

 

「…神戸、ですか?」

 

 

 琵琶の君が、話しかけてきた。

「…はい。…ひょっとして、阿修羅を山坊主のところに送ってくれるんですか?」

 琵琶の君が、コクリと頷いてくれた。

「助かります。ありがとうございます」

 

「…そっちの護衛は、大丈夫か?」

 

 心配そうに阿修羅がそう聞いてきた。

「…んー、多分…大丈夫」

 なんとなくだけど、私一人のほうが見つからない気がする。

「…じゃ、お願いね」

「わかった」

 

 

 べべんっ!

 

 

 阿修羅の足元にふすまが現れて、開いて、阿修羅が落ちて…パタンと閉まった。

 

 いつ見ても、便利な血鬼術だなあ。私も欲しい。

 琵琶の君は十二鬼月ではないけど、重要度は多分、私達よりもずっと上だろう。

「…あなたは」

「ん?」

 

「…異常な鬼ですね」

 

「へっ?」

 

 

 べべんっ!

 

 

 ポテッと、ホテルのベッドの上に落ちる。

 

「…なんか、ひどいことを言われたような…」

 

 …ベッドの上だとわかったせいか、急激に睡魔が襲ってきた。

 

 

「…おやすみなさい」

 

 

 

「…くぅ」




柱には逃げられたけど、無惨様からは褒められたし、血ももらえた。
良かった良かった…と、のほほんと零余子ちゃんは考えてます。

気分がいいので、阿修羅にはちょっとしたサービスくらいの軽いノリでやってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35

せっかくの休みになっても、どこかへ出かける気になりませんね。
自粛で出られないんじゃない、出なくてもいいんだと考えましょうw

零余子ちゃんも、出たいなー、太陽とか浴びたいなー、残念だなー…と、ゴロゴロしてますw



 ザー…ザー……

 

 雨の音で、目を覚ます。

 カーテンをめくると、土砂降りの大阪の街が見える。

「いい天気だねぇ。私の日ごろの行いのおかげだね」

 

 コンコン…

 

「開いてるよー」

 

 ガチャ…

 

「…失礼する」

 入って来たのは予想通り…というか、把握していた通り、阿修羅だった。

「…あらら、ビショビショだ。…お風呂入る?」

「問題ない」

 髪の毛から水滴をポタポタ落としながら、阿修羅は平然としている。

「しょーがないなー。そこに座って」

 阿修羅を椅子に座らせると、後ろからタオルでゴシゴシと頭を拭く。

「ホテルの人に、イヤな顔されなかった?」

「…知らん」

 これは、されたな。…まあ、床を濡らされたらイヤだよね。

「山坊主には伝えてくれた?」

「ああ」

「逃げてくれそう?」

「……たぶん」

 

「んーーー…」

 

「…私と零余子の二人がかりでも、幸運に恵まれなければ勝てなかった…死んでた…と、ちゃんと伝えた」

 静かな声で、阿修羅がそう言った。

 

 …あんなに張り合っていた山坊主に、そう言ってくれたんだ。

 

「…うん、ありがとね」

 

 

 

 

 

 今朝はホテルから大阪駅まで、まっすぐ向かった。…昨日の今日だし、さすがに観光はまた今度にしよう。

 

「…ん?」

「…どうした?」

「いや、別に…」

 列車に揺られながら、違和感…というか、魅了にかけた人物がいるなと感じていたのだけど…

 

 …あれぇ、誰だろう?

 

 列車に乗っている私と、ほぼずっと一定の距離を保ったまま、東の方角にいる人物。…おそらく、私の乗った列車の、一つか二つ前に出た列車の乗客なんだろう。

 ただ、確かに魅了にかけた感じなのに、誰だかわからない。…こんなことは初めてだった。

 

「…もやっとするなあ」

 

 私達は京都駅で降りたのだけど、謎の人物はそのまま東へと遠のいていく。

 気にはなったけど、さすがに追っかけていくわけにもいかない。ひょっとしたらこのまま東京まで行ってしまうかもしれないのだ、ちょっと寄り道には遠すぎる。

 

 

 

 

 

 私達がごやっかいになる京都での拠点は、三条卿のお屋敷になる。

 家系図を辿れば、やんごとない方の名前も出てくるという、お公家様のお屋敷だ。

 京都でいろいろと調べ物をする以上、そういった家柄は非常に役に立つだろうという発想であって、そのお屋敷にお風呂がついているというのは、あくまでも付加価値に過ぎないのですよ、ええ、そうなんですよ?

 

「…それで、どういった予定なんだ?」

 

「…あまりにも手掛かりが少ないからねえ。人海戦術しかないでしょ」

 

 

 手あたり次第に魅了していくしかない。…でもまあ、ある程度は経済的に余裕があって、頭がいい人物に限るべきだろう。

 

 

 

「…とりあえず、京都帝国大学は、全部押さえるつもりだけどね」




鳴柱の成宮透さんは、零余子ちゃんの知覚領域を超えて、あじとへと向かってます。
本拠地に戻ったら、お館様に柱を辞すことを話す予定です。

桑島慈悟郎さんのように、育手にでもなろうかな…と思いながら、列車に揺られてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36

自粛ムードな上、お天気も悪いと、出かける気に本当になりませんね。

気付いたら、もう一度アニメ版を見てる。
パワハラ会議…零余子ちゃん、アッー!



「…京都帝国大学?」

 

 阿修羅がよくわからないという風に、聞いてきた。

「第三高等学校があった場所に、京都帝国大学ができたんだよ」

「…それも、よくわからない」

「…まあ、簡単に言うと、日本で二番目に出来た最高学府になるかな。今後の日本を担う、知識、家柄なんかを兼ね備えた若人が学ぶ場所ってことだよ」

「…なるほど」

 

「うん、そういうこと。…ここを起点に魅了していけば、かなり効率的に京都の人材を網羅できるってこと」

 

 

 手あたり次第だけど、効率も重視するよー。

 

 

 

 三条邸に到着すると、紹介状を見せて、そのあとは、どんどん魅了をしていく。

 あんまり考えずに、会う人会う人の血を吸っていく。いろんな便宜を図るためにも、必須だろう。

 三条邸の家人全てに魅了を施すと、次は京都帝国大学だ。せっかくの雨天、どんどん行くよー。

 三条邸から馬車を出して頂くと、正門で出迎えてくれた守衛さんの血を吸って、魅了する。

 そのまま、悠々と大学内を闊歩する。

 

 ガララ…

 

 講義中らしき教室の扉を、躊躇なく開ける。

「…な、なんだね、君達は!?」

 教壇にいた教師らしき人物に、誰何の声をあげられるが、気にしない。

 

「はーい! みんな、ちゅーもーく!」

 

 五十人ほどの学生が居たが、全員の視線を集め、視線を交わす。声はさっき出したし、この程度の広さの部屋なら、既に私の匂いで満たしている。

 

 …一応言っておくけど、私の体臭がきついわけじゃあないからね。そこは勘違いしないように!

 

 たちまちみんな、トロンとした表情になる。うんうん、私の魅了、すっごく強くなっているね。

 最初に教壇にいる先生の血を吸って、魅了完了。

 

「はーい。これから零余子先生が血を吸っていくので、みんな首元をあけて待っているように!」

 

 流れ作業のように、全員の血を吸っていく。

 

「じゃあ、みんな、大学の知り合いを見つけては、この教室に連れてきてください。私達は申の刻…十六時くらいまではこの教室で待ってます。

 …あー、大学に友達がいない人は、帰ってもいいですよ。それはしょうがない。しょうがないです。はい」

 

 

 友達がいないからなんだっていうんです。そんなことで人間の価値は変わりませんよ! …孤独じゃないです、孤高なんですよ!

 

 

「あとは、青い彼岸花、この言葉に聞き覚えがある人を探してます。友人知人との会話にも混ぜて下さいね。ちょっとでも聞き覚えがある人が居たら、必ず三条邸まで連れてきて下さい。

 零余子さんに用があると言ってくれれば、すぐに会えるようにしておきますので」

 

 教師を含め、みんなが教室から出ていく。残ったのは私と阿修羅の二人だけだ。

 

「…なんというか、すごいな」

 阿修羅は普通に面食らっているようだ。

「私はどっちかっていうと、こういう戦闘じゃない方が得意かな。…自慢じゃないけど、情報収集っていう能力では、ずば抜けていると思うよ」

 まず間違いなく、私の能力はそっちの方が向いている。全ての鬼の中でも、一番ではないだろうか?

 

「まあ、何かあれば三条邸に来てもらうようにすれば、もう出歩く必要もないしね」

 

 

 私は基本的に引きこもりたいのですよ。

 

 

 

「できれば今日中に、この大学の人間のほとんどを、魅了してしまう予定ですよー」




明治コソコソ噂話
「旧帝大七校は、今でも偏差値の高い大学として有名だよね。
 一番最初にできた帝国大学は1886年にできて、1897年に京都帝国大学ができたときに
 東京帝国大学と名前を変えました。その後1907年に東北帝国大学、1911年に九州帝国大学、
 1918年に北海道帝国大学ができたんだ。
 そこから、1924年に京城帝国大学、1928年に台北帝国大学と日本国外に二校できて、
 1931年に大阪帝国大学、1939年に名古屋帝国大学が最後にできた。
 同じ帝国大学でも、50年以上も差があったりするんだねぇ」

明治コソコソと言いつつ、明治までにできたのは九州帝国大学までの四校だったりする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37

漫画ではよく見て、思いますよね。
この敵の能力、使い方をもっと考えれば、すっごい強いのにって。

そういうもんですw



「…うー…あー…」

 

 三条邸の私に与えられた客室の布団の上で、おなかを抱えて苦しんでます。

「…あー、吸いすぎたー。…三百人からあとは、数えてないわー」

 おなかが、ちゃぽんちゃぽん言っている気がする。

「…千人は行ってないよね? …五、六百人くらいかな。…まあどっちにせよ、一日での最高記録だよ」

 自分は頑張った、よくやった、褒めて褒めてと訴えているのに…

 

「食べ過ぎ…というか、飲み過ぎで苦しんでいる鬼は、初めて見た」

 

 …あれぇ? …若干どころか、かなり呆れられてますよ。…解せぬ。

「…まあ、今日頑張ったから、明日からはここで待ってればいいだけですよ。

 そのうち…」

 

「…零余子様に、お客様がお見えです」

 

 ふすまの向こうから、そう呼びかけられた。

「…ほーら、ねっ!」

 

 

 

 

 

「…あー」

「…なんじゃ、その顔は」

「…山坊主だったな」

 玄関に居たのは見知った顔、山坊主だった。

「…どうしたの?」

「…拠点を移すついでで、…まあ、顔を見に来たというか…」

 何か、歯切れが悪い。

 

「…ふん、どうせ、私との差が広がっているのに、焦ったんだろう」

 

「…ぐっ」

 煽るような阿修羅の言葉に、山坊主が反論せずに黙り込む。

「…そうなの?」

「……ぐぐ…」

 

 …まあ、そういうことなんだろう…

 

 山坊主には恩がある。

 そうだというのなら、仕方がない。

 そもそもが、私の感傷に過ぎないのだから…

 

 

 …魅了が介在しない関係が、一つくらいあったらいいな…だなんて。

 

 

「…いいよ。暴走させるマトも、ちょうどあるしね」

 阿修羅を見ながらそう言うと、阿修羅も全然構わんとばかりに頷いた。

「…ただし…」

「…ただし?」

 

「山坊主はお風呂に入ってからね。…なんか、酸っぱい匂いがするし」

 

「…す、すっぱ…」

 山坊主ががっくりと肩を落とすが、これだけは譲れないね。

 

 

 その後、近くの山で、魅了の暴走をやってあげました。

 山坊主の能力もかなり上がりましたよ。…ええ。私よりずっと強くなりましたよ、だからなんですか? 悔しくなんかないですよ! へへーんだっ!!

 

 

 …ちなみに、それでも阿修羅よりは弱いですけどね。ざまぁ!

 

 

 

 

 

 数日待っていたけど、あんまり本来のお客さんは来なかった。

 

 ”青い彼岸花”を聞いたことがあるだけでは、なかなか条件が厳しかったのかもしれない。

 そう反省し、他に”鬼”についてある程度知識があるとか…

 ”陰陽道”にある程度関わりがあるなどでも、訪ねてくるように条件を緩和しました。

 

 

 …たくさん古文書みたいな本が家にある…も、ありにしました。…趣味も兼ねてて、何が悪いか!

 

 

 

 その際、吸い損ねていた大学関係者も、二百人くらいは血を吸ったので、京都帝国大学の関係者は、ほぼ網羅し終えたと思う。




零余子ちゃんは、今で言うビブリオフィリアです。
できれば本に囲まれて、ただただ本を読み続けるだけの生活がしたいと思ってます。
ジャンルにもあまりこだわってません。
冒険活劇でも、恋愛小説でも、小難しい専門書でも、なんだっていけます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38

本誌の本編のほう、切ないですね。
これで終わり、なんでしょうか?



 べべんっ!

 

 

 平伏して待つ。

 本日は、お約束の一か月後です。

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

「はっ!」

 

「…さて、どこまで調べられた?」

 

 無惨様のそのお言葉で、試験が開始しました。

「ははっ!

 青い彼岸花につきまして、かつて平安の都がありました…京都にて、調査を致しました」

「…なるほど。着眼点は悪くないな」

 出だしは好調です。

「とにかく人海戦術で、広く浅く、わずかにでも、かすかにでも、青い彼岸花に関わりがある…あるかもしれない人物を、捜索しました」

「…手掛かりは少ない。とにかく数多く当たる必要はあるな。…ちなみに、どれくらいの人数に当たった?」

「…そうですね。この一か月で、…大体五千人ほどになります」

 

「…ご、ごせっ…」

 

 一日平均で百を超える人数の血を吸った。その前の一年間の十倍にあたる人数の血を、わすが一か月で吸ったことになる。

 京都の人口は大体五十万人くらいだから、ざっと一パーセントに当たる。…そう計算すると少ないなあ。

 

「…いや、少なくはない、…と思うぞ」

 

 あれ? 口に出してたっけ?

 

「…それで、見つかったか?」

 

「…まるで違う道筋で、三人。…文書などで、六点の記述を見つけました」

 

 

「なんだとっ!」

 

 

 無惨様が身を乗り出してこられた。

「ただ…」

「ただ、なんだ?」

 かなり期待されている無惨様には申し訳ないが、告げなければならない。

「…どうも、珍本、奇本の類でして、かなりトンデモな内容になっておりまして…」

「…どんな内容だ?」

 

 

「…”不老不死の霊薬”について、そう言った内容で…」

 

 

「…それだっ!!!」

 

 

 …食い気味に来られた。

 

「青い彼岸花の場所は書いてあったか? あるいは作成方法は? 他には何が書いてあった!?」

 

 無理やり引っ立てられて、肩をつかまれ、ガックンガックンされる。

 

「…あわわ、まだです! まだ記述を見つけただけでっ、…それらについては何も調べてません!」

 

「…それもそうか」

 すとんと、畳の上に下ろされる。ちょっと目が回っている。

「だが、悪くない。その方向でいい。その本をよく調べろ。手は足りているか? 六点の記述と言っていたな、全てその本に書いてあるのか?」

 地面に下ろされはしたが、食い気味なのは変わってない。

「いえ、青い彼岸花の記述があった本が、六点です」

「そうか! それはいいな! 全て調べろ!」

「了解致しました」

 

「では、次の報告を期待しているぞ!」

 

 

 べべんっ!

 

 

「…えっと、次の報告…って、一か月後で、…いいんだよね?」

 

 

 

 …一週間後でした…




本編では触れられなかった青い彼岸花、ここでは推測と捏造に基づいて書いちゃいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39

100点満点で80点以上で合格のところ、300点くらいとってしまいました。

満点以上をとるとは、無惨様も思ってませんでしたよ。




 べべんっ!

 

 

「面をあげろ」

「はっ!」

 今日はもう十何回目かになる、零余子の報告を聞く日になる。

 

 これまでよくわかっていなかった”青い彼岸花”について、…というよりは、”不老不死の霊薬”について、さまざまなことがわかってきた。

 古代中国…秦の始皇帝の時代からの禁書の写しが、遣唐使により口伝にて持ち帰られたこととか。

 時代時代により、さまざまな材料を用いられた…中には、完全な毒薬だったこともあっただとか。

 その霊薬について、さまざまな人体実験も行われたことだとか…ただし、その実験についての詳細は既に廃棄されているらしいこととか。

 初代陰陽寮の祖、安倍晴明の末裔も調査に加わっているとか。

 中には、陰陽師の暗号や隠語などが数多く含まれている為、さまざまな考察ができることにより、時間がかかっているとの言い訳も含まれている。

 

「…では、また一週間後に」

「ははっ!」

 

 口では了承を示しているくせに、内心ではえぇー…と思っている。

 

 だが、そんなことはまあいい。問題ない。

 

 ここまで遅々として進まなかった青い彼岸花の捜索は、この零余子により驚くほど速く進んでいるのは間違いない。

 戦闘能力は大したことないが、その能力は特異であり、さらに情報収集能力に至っては、これまで私が作って来た鬼の中でも随一と言っていいだろう。

 

 有能で、優秀だ。ある程度は目をこぼすことはしてやろう。

 

 

 有能で、優秀なくせに…

 

 

 

 …無惨様って、私のことが好き過ぎじゃない?

 

 

 

 …どうして、そうなる!

 

 

 ここまで全く進んでいなかったものが、進みだしたのだ。私も少しは機嫌が良くなる。…それは、しょうがない。

 こいつのことはあんまり好きじゃない…むしろ、嫌いなほうだが、功労者なのは間違いない。少しは褒めてやるし、ちょっとくらい調子に乗るのも許してやろう。

 

 だが、なんで私がこいつのことを好きだという結論になる!

 

 

 馬鹿なのか? …有能なくせに、馬鹿なのか!?

 

 

「…そうでした。一つお願いしたいことがございました」

「…なんだ、言ってみろ」

 ちょっとずつ調子に乗っているのか、たまにこんなことを言ってくる。

「研究所を作りたい、と考えております」

「…ほう」

「青い彼岸花の調査研究も進んできましたし、いろいろと実験したいことも増えてきました。個人宅で行うには手狭になってきましたし、そもそも無給でやってもらうのも…と、様々なことを勘案するに、研究所が必要だと至りました」

「…なるほどな」

 零余子の言いたいことはよくわかる。有能なんだ。…馬鹿だけど。

「…金が必要というわけだな」

 

「…いえ?」

 

「えっ? …違うのか?」

 キョトンとした顔の零余子に、聞き返す。

「研究所を作るにあたって、会社を作りたいと思います。製薬会社です」

 にへらっと笑って、そう答えてきた。

「…京都…いえ、関西圏の政界、財界、軍閥に至るまで、既に根回しは終わっております。必要な人材、土地も確保は完了しております。

 あとは無惨様の許可さえあれば、いつでも着手できます」

 

 研究所を作るために、会社を作る。そんなことを簡単に言ってきやがった。

 

 

 こいつ、有能なんだよ。優秀なんだよ! 馬鹿だけどっ! 馬鹿のくせにっ!!

 

 

「…わかった。好きにしろ」

「ははっ、ありがとうございます」

 

 殊勝に頭を下げているが、その脳内のお花畑では…

 

 

 …いやー、やっぱり愛されているね、私…

 

 

 …とか、考えていやがるっ!

 

 

 べべんっ!

 

 

「…ふっ」

 奴が消えて、鼻から息をもらす。

 

「ふっざけるなぁあぁぁーー!!!」

 

 

 後ろにあった座椅子を蹴り壊す。

 

 

 

「貴様なんか、大っ嫌いだぁぁぁああぁぁーーーーーー!!!!!」




零余子ちゃん、ちょーっとばかり、調子に乗ってきてますw

無惨様、だいぶイラついてますけど、我慢してます。
ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかいって位にはイラついてます。

…まずいです。無惨様だと、実際にやろうと思ったらできてしまいます。
そんな描写、R-15ではおさまらないので、あんまり調子に乗らないで欲しいなw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40

ちょーっとだけ調子に乗ってる零余子ちゃんですが…



 べべんっ!

 

 

「ふー…」

 面談が終わって、自分の部屋に戻ると、息を吐く。

「…ううう」

 胃がキリキリと痛む。精神的なものだと思うけど、内臓から殺しに来るとか、無惨様ひどすぎる。

「…さて…と」

 日記を取り出して、サラサラと書く。あまり長くはない。ちょっと思った雑感とか、ちょっとしたメモみたいなものだ。

 その後、部屋にある姿見を見る。鏡に映った自分と会話する。

 

 ここまでが、もう日課になっている。

 

 

「…今から動き出して、会社ができるのは来年…再来年? …研究所から先に作ったほうが早いね。あれを再現するのが優先だけど、胃薬も必要だね。そっちも大至急だ」

 

 

 

 私はもう底なし沼に足を突っ込んでしまっている。沈み切る前に、前へ前へ、進んでいくしかない。…例えその先が、あまり良くなさそうであってもだ。

 

 

 

 

 

 青い彼岸花の研究、研究所設立、会社設立の準備…と大忙しの中、一番しんどいのは、間違いなく無惨様との面談と言える。

 もう一週間程度じゃ、大して進んでませんよ、勘弁してください。

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

「はっ!」

 間違いなく、この一年で二番目に無惨様と会ってるよ。…一番目は鳴女さんに間違いないけどね。

 さすがにこれだけ会ってると、名前くらいは知ったよ。…会話はあんまりしないんだけどね。

 

「…以上となります」

 

 頭でつらつらと余計なことを考えていても、口はちゃんと仕事をしております。

 すごくない? …並列思考とかそんなんなのかな?

 

 まあ、それでやっている考えが余計なことなところが、ちゃんと使えてない感じなのだけど。

 

「…ところで、お話は変わりますが」

「なんだ?」

「…入れ替わりの血戦とか、やられないんでしょうか?」

 

 割と頻繁に行われて、挑まれまくるのではないかと考えていたのだが、私が阿修羅とやってからは一度も行われていなかった。

 

「あまり頻繁に入れ替わられるのも面倒だからな。よほどでなければ許可していない」

 

「なるほど。ありがとうございます」

 私が行った入れ替わりの血戦は、特別措置だったということだ。

 質問に答えて頂いたことと、特別措置を取って下さったこと、両方に対して感謝の言葉を述べた。

「それに…」

「…それに?」

 

「貴様は、三度目くらいで負けよう…とか思ってそうだからな」

 

「…そ、そんなことありませんよう」

 私の心の中が、無惨様にバレバレすぎるんですけどー!

 

「では、また今度の報告まで」

 

 

 べべんっ!

 

 

 …しかし、次に会ったのは、その報告の面談ではなかった。

 

 

 

 下弦の参…大太さんが、鬼殺の剣士に殺された。




そろそろと平和?な時間が終わりを告げようとしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41

大太さんが殺されました。



 その一報は、京都にある藤の家紋の家で聞いた。

 

「…そう、なんだ…」

 

 話はしたことがない。あそこで何度か見かけただけの関係だった。…それでも、少なからず衝撃を受けた。

 

 大太さんを殺したのは、岩の呼吸を使う剣士だったとのこと。

 その功績をもって、岩柱になるだろうとのこと。

 炎柱、鳴柱と、ここのところ減っていた柱が、ようやく増えたことで盛り上がっているとのこと。

 

 

 盛り上がっている藤の家紋の家は、居心地が悪かった。

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 呼び出されたのは、一報を聞いた夜だった。

 私の他には、累君と阿修羅がいた。

 阿修羅と会うのは久しぶりだったが、さすがに神妙な顔をしていた。呼び出された理由を知っているのだろうか?

 逆に、累君はあまり変わった様子は見られなかった。こちらは知っているのか、知らないのか?

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

「「「はっ!」」」

 声から察するに、機嫌が悪い感じだった。…まあ、当たり前だけど。

 

「大太が殺された。下弦の参だ」

 

 事務的な中にも、隠しきれない怒りが感じられる。

 その無惨様の怒りが、大太さんへの哀悼に感じられ、少しだけ嬉しく感じる。

 

 ただただ消えていき…何も残さない鬼の身、どれだけの者が悼み、悲しんでくれるのだろうか?

 

「お前たちを一つずつ上げる。下弦の陸はいずれまた補充する予定だ」

 

 続く無惨様のお言葉は、予想通りではあったのだが、あまり簡単には受け入れられない。

「…お待ちくださいませ」

 

「…なんだ?」

 

 機嫌が一段悪くなったのを感じる。予想通りなのだが、おなかがキューっとなる。

「私はこの中では一番弱い身です。このまま下弦の肆に居たいと存じます」

「私の決定に、異を唱えるのか?」

 無惨様が、静かに言った。

 ひぃぃ…しんどい、胃をぎゅーっと雑巾みたいに絞られているように感じる。

「…申し訳ございません。…ですが、私には下弦の参は分不相応です。戦闘面であまりお役立ちにはなれぬ身を恥じるばかりです」

 累君や阿修羅よりも数段弱い私が、彼らよりも上にいるのは、正直落ち着かなかった。指剣鬼君に勝った段階で、やめておけば良かった。後悔先に立たずとはこのことだ。

「…下の者が不満に思うなら、入れ替わりの血戦を申し込めばいい。序列が上がることに文句をつけるな」

 無惨様のおっしゃりたいこともわかる。わかるのだが、それは強者の意見だ。私みたいな弱者は、ただただ落ち着かないのだ。

「…本当に、本当に申し訳ないことなのですが、現状頂いている任務にも、差支えが出てしまうやもしれません」

 

「…ぐっ」

 

 青い彼岸花の研究まで盾に取り、固辞をする。…そこまでやることかと、思わなくもないが、なんか変な意地になっている。

 

「…あいわかった。…では、累と阿修羅を…」

 

「あっ、僕も下弦の伍のままでいいです。なんかめんどいんで」

 

 お、お前えぇぇー!!

 

 無惨様のお言葉を遮るとか! あと、なんか建て前でもいいから、言い訳しろよ! あとあと、言葉遣い!! こっちがハラハラするわっ!!!

 

「そうか、わかった」

 

 ええぇぇぇーーーー!!!

 

 あっさり! そんなあっさりと! 私にはさんざん脅してきたのに! ひいきだ!! 依怙贔屓だっ!!! 断固抗議するぞっ!!!!

 

 

「何か、言いたいことがあるのか?」

 

 

「…いえ、なにもないです、はい」

 

 

 よわっ! 我がことながら、よっわっ!! だが仕方ない! 仕方ないんだよ!!

 

 

 べべんっ!

 

 

 無惨様の気配がなくなる。本当におなかが痛くてたまりませんよ。

「…ああ、そうだ、零余子」

 何でもなかったように、累君が私に話しかける。

 この流れで、よく私に声をかけれるな!

「…なに?」

 

 

「僕の母さんになってよ」

 

 

 累君に告白された。

「…はい?」

 

 えっ、えぇぇーーー!!

 

 告白にしても、大胆すぎる!

 そ、そんな、子供を作ろうってことなのかな? …いや、そんなっ! …えぇぇーー! …でも、その、なんだ…鬼でも子供できるのかな…ああ、いや、そういうんじゃなくて…えぇ、ええぇぇーーー!!

 

「…ああ、でも、零余子が母さんはやっぱりいやだな。うん、ナシで」

 

 …そして、フラれた。

 

 お、おまっ! ふざけんなー!!!!

 

 

 べべんっ!

 

 

 あまりのグダグダな展開に、鳴女さんが呆れたのか、そのまま部屋へと転送された。

 

 

「うがあぁぁぁあああぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 …結局、阿修羅が下弦の参になり、私と累君はそのまま。下弦の陸には山坊主がなったみたいだ。嬉しそうに報告に来てくれたよ。




零余子と累君は、お互いに「こいつ、怖いものなしだな」って思ってます。
阿修羅は「こいつら、怖れ知らずにもほどがあるだろう!」って、気が気じゃなかったです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42

じわじわと本編の開始が近づいてます。



 元号が大正になりました。

 

 そして、研究所ができました。

 

 他の棟はまだまだ建築中ですけど、最優先で作らせました。

 名称は”自然研究所”、自然と書いて、じねんと読みます。

 零余子が大きくなると長芋とか自然薯になるので、そこから取りましたよ。名前くらい、私の好きなのを付けてもいいですよね。

 会社の方も、”自然製薬株式会社”となります。

 

 人材もばっちりです。

 研究所には、現在の青い彼岸花研究をしている人員を全て回します。加えて、そっちとは関係のない優秀な人材も確保してます。軍が文句を言ってきたから、言ってきたやつ全員を吸血魅了しちゃったので、軍のお偉いさんも予定外に多数魅了してしまいましたよ。文句を言ってきた、そっちが悪い。

 

 優秀な社員に加え、この近辺の政界、財界はあらかた根回しが済んでいるので、どう考えても成功間違いなしです。

 社長には三条卿の長男さんを据えました。…まあ、お飾りです。

 私は研究所の所長…付き秘書みたいなものになりました。…まあ、実質所長ですけどね。

 

 とりあえず、ただでこき使っていた皆さんに、お給料が払えるようになって、ホッとしてます。やっぱりなんか、申し訳なかったですからね。

 

 

 この研究所での研究課題は大きく三つ…いや、四つです。

 

 一つ目はもちろん、青い彼岸花の研究開発です。そのために作ったんだから、当たり前ですね。

 

 二つ目は胃腸薬です。自然製薬の目玉商品にする予定ではありますが、実際は私の為です。毎週の無惨様との面談が、私の胃腸を殺しに来てます。必須です。

 

 三つ目は甘味です。甘味を作るほうじゃないです、感じる方の研究です。甘味を断ってからほぼ二年、もう限界です。女の子が血だけで生きていけるわけはありません。甘味は必須なんですよ! ついでにお茶も飲めるようにしたいですね。場合によっては一つ目よりも優先し…もちろん、青い彼岸花が一番ですよ、わかってますよ、ええ、もちろん。わかってますったら!

 

 四つ目は売れる商品開発です。一応会社所属の研究所なんですから、そこも大事です。忘れてなどいませんよ、ええ。

 

 

 

 

 

「…鬼を数体貸して欲しい、だと?」

「はい。できれば弱い鬼がいいですね」

 無惨様との面談で要求します。必要なものは要求します。無惨様の為だけの面談じゃあないんですから。

「…何に使うんだ?」

「臨床実験に使います。実験もせずに無惨様にお出しできませんし、私で実験するのも勘弁してほしいですので」

「…青い彼岸花が、できたのか?」

 

「なんちゃってでいいなら、チラホラと」

 

「…なん、だと…」

 無惨様があからさまな位、衝撃を受けてます。

「ただ色をつけるだけでしたら、それこそ、どうとでもなりますので。問題は、それの効能ですから」

「…確かに、その通りだな。どれくらい必要だ?」

「五…いえ、六体でお願いします。そうですね、女三、男三でお願いします」

 右手で三本、左手で三本指を立てます。

「わかった、用意しよう。…それで、どうやって試験をするつもりだ?」

 

「…えっと、太陽であぶる、とか?」

 

「…なるほど、よくわかった。来週の面談には用意しておこう」

 

 

 べべんっ!

 

 

「…まずかった…かな?」

 でも、さすがにここまで来て、気付いてないフリをするのは不自然だろう。

 

 …無惨様が、不完全な不老不死の霊薬で鬼になり…

 …青い彼岸花の成分効能で、太陽を克服しようとしていると…

 

「…うう、あいたたたた」

 いつものように、おなかが痛くなる。ザラララと、瓶で胃腸薬を飲む。

 

 これ? これは自然研究所で作成した第一号の胃腸薬です。効能では、忠勇征露丸にだって負けてませんよ。

 とにかく、胃腸薬は手放せません。

 胃腸の調子が悪いので、最近は流動食しか食べれてませんよ。…まあ、鬼になってから、流動食しか口にしてないんですけどね。

 

 

 …でも、更に胃が痛くなる展開が待ち受けていた。

 

 

 

 下弦の弐…鵺さんが、鬼殺の剣士に殺された。




大正コソコソ噂話
「大正になったということで、ここも大正コソコソ噂話になりましたよ。
 今回は忠勇征露丸。ラッパのマークの大幸薬品の正露丸のことです。
 日露戦争時の軍の常備薬として使用されていました。
 だから、露西亜を征服する丸薬で、征露丸という名称です。
 帰還兵の宣伝と、戦勝ムードもあって、日本での忠勇征露丸の人気は不動です。
 自然製薬の胃腸薬も効能では負けてないんですが、売り上げでは勝てません。
 ちくしょー!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43

零余子ご飯、お赤飯みたいな感じですね。
これにて我が家の零余子ちゃんは、全部食べちゃいました。
今度はいつ食べるかな。



 その一報は、またまた、京都にある藤の家紋の家で聞いた。

 

「…そう…」

 

 鵺さんとも、話はしたことがない。大太さんと同じく、あそこで何度か見かけただけの関係だった。前ほどの衝撃ではないけれど、あれからそんなに時間が経っていないことが衝撃だった。

 

 鵺さんを殺したのは、音の呼吸を使う剣士だったとのこと。…音の呼吸ってなんだよ、初耳だよ!

 その功績をもって、音柱になるだろうとのこと。

 岩柱に続いて、柱がまた生まれることに、鬼殺隊は盛り上がっているとのこと。

 

 

 盛り上がっている藤の家紋の家は、やっぱり居心地が悪かった。

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 呼び出されたのは、一報を聞いた夜だった。

 私の他には、累君と阿修羅、それに山坊主がいた。

 阿修羅と山坊主は、何で呼び出されたのかをなんとなく感じ取っているのか、神妙な顔をしていた。

 累君は、やっぱりあんまり変わった様子は見られなかった。

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

「「「「はっ!」」」」

 声から察するに、相当機嫌が悪い感じだった。…当たり前だけど。

 

「鵺が殺された。下弦の弐だ」

 

 事務的な中に、怒りを隠していない。

 鵺さんが殺されたこともそうだが、続けて下弦の鬼が殺されたことに怒っているように感じられた。

 その怒りは、ここに並んだ下弦の鬼達全てに向いているのかもしれない。

 

「お前たちを一つずつ上げる。下弦の陸も、また補充する」

 

 続く無惨様のお言葉は、前回と同じものだった。

「…お待ちくださいませ」

 

「…なんだ?」

 

 続く私の言葉を予想しているのか、無惨様の機嫌がより一層悪くなる。予想通りなんだけど、予想通りなんだけどっ!!

「私はこの中では一番弱い身のままです。このまま下弦の肆に居たいと存じます」

「ちっ、またそれかっ!」

 舌打ちをして、無惨様が怒る。

「…本当に、本当に申し訳ないことなのですが、現状頂いている任務に、差支えが出てしまいます」

 

「…ぐっ」

 

 早くも伝家の宝刀を抜いて、固辞をする。…前回も受けなかったんだから、今回も受けるわけないと、むしろわかってほしいよ!

 

「…ちっ、しょうがない。…では、累と阿修羅と山ぼ…」

 

「あっ、やっぱり僕も下弦の伍のままでいいです」

 

 なんか、もう、累君はすごいね。

 無惨様のお言葉を遮るとか、言い訳もないし、なんか気安いしさ。すごいよ、うん。

 

「そうか、わかった」

 

 うん、知ってた。

 累君はいいんだよね。累君は許されるんだよね。依怙贔屓なんだよね。うん、知ってたよ。

 

 

「何か、言いたいことがあるのか?」

 

 

「…イエ、ナニモナイデスヨー」

 

 

 べべんっ!

 

 

 無惨様の気配がなくなる。

「そうだ、零余子」

 なんだ? 今度はお姉ちゃんか?

「…なに?」

 

 

「僕のお婆ちゃんになってよ」

 

 

 そう来たかー!!

 

「母さんとか姉さんはちょっと違うなというか…無理だけど、お婆ちゃんだったら、ギリギリ許せるかなって思って」

 

 子供もいないのに、いきなり孫ができたよ、やったーー!! …って、なるかぁーー!!!

 

 大体、累君私より絶対に年上だよね? 子供の見た目してるからって、調子に乗るなよ? 無惨様のお気に入りだからって、なんでもかんでも思い通りになると思うなよ! こんちきしょー!!

 

「僕の力を分けてあげたんだけど、やっぱり弱いからさ。他にも強い鬼がもう一人くらい欲しいから、零余子でもしょうがないかなって」

 

 これ、喧嘩売ってるよね? 絶対に売ってるよ! なんでそんな上から発言できるのか!?

 

 

「絶対になるかぁー!! ばかーーー!!!!!」

 

 

 べべんっ!

 

 

 鳴女さんの転送時機、芸術的だよね。

 

 

「うがあぁぁぁあああぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 …結局、阿修羅が下弦の弐、山坊主が下弦の参になり、私と累君はそのまま。下弦の陸には指剣鬼くんがなったみたいだ。それが良いのか悪いのかは、わかんないんだけどね。




天丼回ですな。
前よりも零余子ちゃんは遠慮してませんけどw

そろそろ本編はスタートしそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44

零余子ちゃんの研究日誌~。



 助手ができました。

 

 前にお願いをして、貸していただいた鬼の女の子の一人がそうです。

 

 名前は”長子(ながこ)”です。私が付けました。

 

 この子は、お借りした鬼の中では一番弱く、たった一人しか食べてなかったそうなんですが、こちらの言うことを良く聞く素直な子で、また頭の回転も速くて、こちらの望みも良く分かってくれるので、大変重宝しております。

 

 まあ、お気に入りですね。

 

 あとの五人にも一応名前は付けています。

 それぞれ、”自根子(じねこ)”、”芋子(いもこ)”、”長男(ながお)”、”自根男(じねお)”、”芋男(いもお)”です。

 

 …適当過ぎ? 失礼な、無惨様が付けるのと大差ないですよ。

 

 まあ、こいつらが、鬼になったばかりの全能感がそうさせるのか、実に自堕落で、調子に乗っていて、これがまあ、イラつきます。

 やれ、人間が喰いたい、喰わせろ、というか、もう喰う…みたいな感じで、しょうがないから、したくもない魅了をしましたよ。

 

 お前らみたいな実験体よりも、ここの研究員の方が余程大事だというのに、身の程を知れと。

 

 

 …まあ、知らしめてやったんですけどね。

 

 

 一番うざかった芋男に、一番うさんくさかった青い彼岸花の成分を注射して、あぶってあげました。

 

 どれくらいうさんくさかったかというと、青い染料で染めただけの彼岸花です。特有の成分なんてないのは、わかりきってました。

 はい、燃えて消えましたね。予想通りです。まあ、ある種の見せしめです。

 

 あんまりグダグダ言っていると、こうなるよって。

 

 借りている鬼を早速無駄にしていいのかって?

 …無駄にはしてませんよ。必要な措置だったと思ってます。

 

 イヤだ、やめてくれ、助けてくれと泣きながら太陽の下に歩いて行った芋男の姿は、残りの五人にきっと大事なものを残してくれたはずです。ええ、そう信じてます。

 

 

 

 

 

 自然研究所での青い彼岸花の研究は、二つのアプローチでやってます。

 …横文字を使うとか、かっこよくないですか? …ふひひ、できる女って感じがしますね。

 

 まあそれは置いておいて、一つ目は、正攻法である、安倍さん家で見つけた古文書の研究です。

 

 これがまあ、めんどくさいことこの上ない。いろんな専門家を動員しているんですけど、隠語、暗喩、暗号、偽装と、かなり手がかかります。進捗は亀の歩みの如しです。

 

 

 というわけで、そっちだけだと無惨様に怒られるのは分かりきっているので、もう一つのアプローチを用意しました。

 

 

 実験で青い彼岸花を作ろうという方法です。

 

 簡単なのは、土を変えてみたり、水を変えてみたり、あとは染色体がどうとか、遺伝子がどうとか、なんかよくわからないですけど、いろいろと試してます。

 

 いいんですよ、私がわかってなくても、できたらいいんですよ。

 

 

 お前ら、横文字ばっか使うなよ! でぃーえぬえー? …日本語使え、日本語を!

 

 

 まあ、そんなこんなで、四種類の青い彼岸花ができたので、自根子、芋子、長男、自根男に注射して、あぶってみました。

 

 

 

 はい、駄目でした。また六体くらいお借りしよう。




零余子ちゃんは鬼ですよー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45

本誌の無惨様、すごい足掻きっぷりです。
ハッピーエンドにはして欲しいな。



「…そろそろ手加減してくれ」

 

「へ?」

 

 三回目のおかわりを受け取る時に、無惨様に注意されてしまいました。

 

「手だけあぶるとか、…別に殺しつくすまでしなくてもいいだろう?」

「…うーん、複合結果とかになるよりは、単一でデータを取りたいところではあるんですが…まあ、誰に何を投与したかを記録しておけば、十分、後から追えますね」

「…鬼殺隊よりも、お前が一番鬼を殺すとか、そんなのは勘弁してくれ」

 

 …何か、ひどい言われようだ。まるで私が悪いみたいじゃん、ねえ?

 

「わかってますよ。ちゃあぁんと、大事に使いますよ、ねっ」

 

 そう言って、背後に控える男女六人の鬼に微笑んであげた。

 

 

「…ひぃぃ…」

 

 

 なんか、無惨様よりも怖れられてる風に見えるんだけど。…解せぬ。

 

 

 ちょっと実験で、えーと…三十五体くらい、使いつぶしただけなんですけどねえ。

 この数じゃあ、鬼殺隊の柱にはなれませんよ。…まあ、なりたいわけじゃないし、そもそもなれないですけどね。

 内訳は、無惨様からお借りしたのが十七体で、あとの十八体はこちらで調達しました。

 関西圏で暴れてた鬼を、ちょっともらいました。…もちろん、無惨様の許可はもらってますよ。

 こちらは実験体が増える上に、暴れる鬼が減ると鬼殺隊も来なくなるので、一石二鳥です。

 鬼殺隊の柱が来たら、逃げるしかないので、そもそも来ないようにするのがベストです。

 

 たまに、鬼かと思ったら、人間の殺人鬼だったりしましたが、鬼でないなら鬼でないなりに使い道はあります。…うち、製薬会社ですからね。人間の実験体もあるにこしたことはないのです。

 実験後には、私と長子で血を吸って、その後は他のスタッフが美味しく頂きます。実に無駄がありませんね。

 

 そうそう、長子ちゃんは実に良い子です。

 

 今の食生活は、私に合わせて血のみになりました。そのおかげで、鬼特有の気配が非常に薄いです。

 何と言うか、私の継子みたいなものですね。

 いずれは、私の魅了とかも継承していったりするのでしょうか? …私自身、どうやってこの能力を獲得したのかわからないので、目で見て盗んで欲しいところです。

 

 

 

 

 

 その一報は、またまた、京都にある藤の家紋の家で聞いた。

 

 

 下弦の陸…指剣鬼が、鬼殺の剣士に殺された。

 

 …なんか、そうなる気はしてたんだよねえ、申し訳ないけどさ。

 指剣鬼を殺したのは、花の呼吸を使う剣士だったとのこと。…いろんな呼吸があるんだねえ。

 

 このことでは、特に呼び出しはなかった。

 私よりも下だったからか、それとも、もうこういった件では呼び出す気がなくなったのかは、わからないんだけど。

 

 

 後日、それとなく無惨様に聞いたところ、魘夢(えんむ)って奴が下弦の陸になったそうだ。どんな奴なんだろうとか思ってたら…

 

 

 

 …今回は趣向を変えて、お前みたいな胡散臭い鬼を選んでみたって、どういう意味ですかねえ?




トーマスが十二鬼月にインしたお!

他のパワハラ会議被害者の会が、十二鬼月に入るかどうかは…まだ未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46

こんな二次創作を書いているので、気持ちが鬼寄りになっているんですけど…

それでも、本編はハッピーエンドにならないと、非常にしんどいです。
ワニ先生、勘弁してください。



 その一報は、今までで一番衝撃的だった。

 

「…うそ…」

 

 聞こえているのに、その言葉の意味がわからない。…いや、意味はわかっているけれど、頭に入ってこない。

 

 

 下弦の壱…止水様が、鬼殺の剣士に殺された。

 

 

 信じられなかった。

 

 止水様は、下弦の鬼の中でも別格だった。

 七十年以上、下弦の壱に君臨し、下弦においてその力は頭抜けており、まさに上弦の漆のようなものだった。

 

 止水様を殺したのは、柱ではなく、水の呼吸を使う剣士だったとのこと。…つまり、止水様と同じ呼吸ということだ。

 そのことは、相性とかでなく、実力で止水様が負けたことを示している。

 

 

 そのまま、藤の家紋の家を出る。

 

 

 あの止水様が負けた? …柱にもなってない剣士に?

 

 実際にその実力は見たことはなかったが、阿修羅も山坊主も、その強さをいつでも言っていた。そこには悔しさでなく、敬意と憧憬があった。だから、すんなりと信じられた。

 

 

 足元が揺らいでいるのを感じる。

 

 

 なんとなく、安心していたところがあった。

 

 止水様、阿修羅、山坊主、それに累君は大丈夫だと思ってた。…だって強いから。

 私も大丈夫だと思ってた。…だって鬼の気配が薄いから。

 

 鵺さん、大太さん、指剣鬼くんは、残念だけど、弱かった。…だから仕方ないって、そう思ってた。

 

 

 …でも、そんなのは、ただの楽観的な考えだったのだ。

 

 

 下弦最強の、止水様だって殺される。…それが、現実なんだ。

 

 

 

 それに、何よりも、ペースが異常だ。

 

 

 

 山坊主が下弦の肆だった頃の十年間で、下弦の陸が五回変わった。…つまりは、二年に一回、それも下弦の陸だけだった。

 それが、今や、一年に一回以上! それも、下弦の陸だけではない、参も、弐も、壱だって殺された!!

 

 

 

 …下弦の鬼って、何のためにいるんだろう…

 

 

 

 この件で、無惨様からの呼び出しはなかった。

 

 

 

 

 

 …駄目だ。気が重い。息抜きがしたい。気晴らしがしたい。

 

 久しぶりに山坊主や阿修羅に会いたい。累君は…別にいいや、いつもこっちを怒らせにくるし…まあ、向こうが会いたいなら会ってやらなくもないけど…ああ、とにかく、一人はしんどい。

 

 

 

 それは、そんな時だった。

 

 

 

「備中鍾乳穴(びっちゅうかなちあな)だと?」

 

「はい。平安時代に書かれた”日本三大実録”にも記されている、日本最古の鍾乳洞です」

 私の出生地からもほど近い岡山にあります。まあ、近いけど行ったことはないんですけどね。

「それで、そこがどうした?」

「…ええと、ですね。前にお話しをした青い彼岸花の記述がある古文書なのですが、そのうちの一点、ええと、何と申しますか…一番、胡散臭い感じのするものにはなるのですが…」

 その古文書は、安倍さん家から見つかった、それなりに格式があった古文書とは、一線を画していた。

 

 ”吉備黄泉路行(きびよみじこう)”という名前のそれは、現在の岡山辺りの風土記というか、伝説を書いたもの…というか、古いからありがたいだけの、トンデモ小説もいいところだった。

 

 青い彼岸花の記述があった古文書は、私から言わせれば、全部胡散臭いんですが、そいつは中でも飛びっきりに胡散臭かった。

「…その中で、備中鍾乳穴について書かれたものの中で、そこを黄泉比良坂(よもつひらさか)であると書いてありまして…」

 

 黄泉比良坂…死者が住む黄泉の国と、生者の住む現世をつなぐ道とされる場所で、各所でここがそうだという伝承が残っている。説としては、出雲のほうが吉備よりも強いんだけど、まあ、近いっちゃあ近いけど。

 

「…まあ、その備中鍾乳穴の最奥は地下水というか、川で堰き止められている…られていた?…らしいのですが、新月の晩…丑三つ時に、その川の向こう側が現れると…」

 自分で言ってて、胡散臭いことこの上ない。

 なんで時間によって、出たり現れたりするんだと、科学的におかしいよね。

「…その川こそが、三途の川であり、その向こう側が黄泉の国…地獄である…と、そして、その彼岸には青く輝く彼岸花が咲き乱れている…と、そう書かれておりまして…」

 

 正直、割と早めに判明していた内容ではあったのだが、あまりの内容の胡散臭さと、岡山まで行くの面倒臭いなという思いから、ちょっと放置していた奴だったりする。

 

「…わかっております。可能性なんかほとんどない胡散臭い話だということは、重々承知しております。…ただ、小骨のように頭の隅に残るくらいなら、一応確認はしておきたいと思いまして…」

 研究員の川口氏が、行きたい行きたいと駄々をこねていたのもあるし、ちょっとした息抜きにもなるだろう。

 

「…何もないとは、思うのですが、何かあったときの為に、助っ人を…山坊主と阿修羅をお借りできますれば…と、お願い致したく存じ上げます」

 

 そう! せっかくだから、久しぶりに山坊主や阿修羅に会いたいなって思ったのですよ。

 

「…眺めるだけならば問題はないが、地獄に足を踏み入れれば、地獄の鬼や、亡者、醜女(しこめ)などに襲い掛かられるそうで、まあ、ありえないとは、思うのですが…」

 

 たまには気晴らしに、みんなと観光旅行もいいよね!

 

 

「…新月は、三日後…か。あいわかった」

 

 

 やったね! 無惨様の許可も下りたよ!

 

 

 

 …山坊主と阿修羅の他に、なんで猗窩座様もいらっしゃるのですかね?




駄々もれな心の中で、割と欲望に忠実な零余子ちゃんなので…
無惨様に嫌がらせをされるのも、仕方がないねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47

ドタバタ三人組と猗窩座様で岡山旅行です。



「えーと…お久しぶりです、猗窩座様」

「おう」

 

 会話は終了した。

 

 

 

 零余子ですが、馬車内の空気が最悪です。

 

 

 

 ここまでの経緯を考えながら、このいたたまれない空気を見ないフリをします。

 

 京都の三条邸から、馬車を出してもらいました。

 岡山まで向かう人員は、私、研究員の川口氏、無惨様からお借りした助っ人の山坊主、阿修羅、そして猗窩座様の五人です。

 研究員であるはずの川口氏は、自称冒険家だからか、馬車の御者もできるらしいので、御者を任せました。

 四人がけの馬車なので、一番いい席に猗窩座様に座っていただいてます。

 一番いい席というのは、進行方向に向きあう側であり、また扉側から離れた方になります。

 その猗窩座様の隣に、私が座り、私の前に山坊主が、猗窩座様の前に阿修羅が座ります。

 ここから一日かけて岡山まで行き、旅籠に泊まり、今晩まず下調べを実施します。

 明日の晩が新月なので、本番は明日になります。

 

 

 …本来なら、気心の知れた三人で、近況などを交えつつ、雑談に花を咲かせる、のんきな旅になるはずでした。

 今晩の下調べだって、どうせ空振りなのはわかっているので、適当に切り上げて、明日の日没からちょっと観光して、丑三つ時に、やっぱり何もないよねーって確認して、またのんびりと馬車に揺られて帰ってくる予定でした。

 

 …猗窩座様さえいなければ…その予定でした。

 

 いえ、猗窩座様は悪くないです。無惨様に言われて、わざわざ来ていただいたのです。悪いわけなどないのです。

 山坊主と阿修羅も悪くないです。私からお願いして、わざわざ来ていただいたのです。悪いわけなどないのです。

 無惨様だって当然悪くないです。お気遣いいただき、猗窩座様まで呼んでくれたのです。悪いわけなどありえないのです。

 

 …悪いのは、私だけなのです。小狡くも、青い彼岸花関連だと無惨様が許可を下さるだろうと考えて、息抜きを兼ねた鍾乳洞観光をしてやろうとした、私だけが悪いのです。ちくしょー!

 

 

「…………………………………………」

「……………………………………………」

「………………………………………………」

「…………………………………………………」

 

 

 馬車内は、恐ろしいほどに、会話が全くありません。

 日が昇っているので、窓は閉めて、景色も見えません。

 猗窩座様は目をつむって、腕を組み、微動だにしません。

 阿修羅も同様に、目をつむり、腕を組み、身動きしません。

 山坊主も二人を真似ているのか、同じ体勢のまま動きません。

 

 

 …きっつーい…

 

 

 ここから岡山まで何刻かかると思ってるんですか? えっ、この空気のままずっと行くつもりなんですか!? 死ぬわ! 胃腸から死ぬわっ!!

 

「…あの、猗窩座様」

「…なんだ?」

 思い切って声をかけます。

「自己紹介とかしませんか? みんな顔は知ってますけど、お互いのことは良く知らないと思いますし」

「…ああ、わかった」

 

 ああ、よかった。いらんとか言われたら、どうしようかと…

 

「まずは私から。

 名前は零余子です。鬼になったのが、大体五年前で、十二鬼月になったのが四年前になります。

 今は青い彼岸花の調査を主としてやっております。今回のこれも、その調査の一環になります。

 …正直、猗窩座様に来ていただいてなんなのですが、今回の調査はあまり目がない可能性が高いです。その場合は、誠に申し訳ございません」

 

 何かある可能性は、ほぼゼロだ。だから先に謝っておきます。

 

「…俺の名前は猗窩座だ。鬼になったのは百年以上前だな、詳しくは忘れた。十二鬼月とかも、いつからかはあまり覚えちゃあいない」

 そこまで言われて、こちらを見つめてきた。

「俺の任務も青い彼岸花の捜索が第一だ。…ただ正直、ここまでかけらもかすったことがない。だから、お前のことは本当にすごいと思っている。

 一年とかからずに青い彼岸花の記述を見つけ、こうして調査に行くところまで進めるなんて、俺には逆立ちしても無理だ」

 

 まっすぐにそう言って、褒めてくれた。

 

「…いえ、そんな…ほんとに、今回のこれは、可能性ないんで…」

 嬉しいと同時に、申し訳なかった。

 自分の都合で、猗窩座様を振り回すだけになるだろうことが、申し訳ないやら、恥ずかしいやら。

「…そうそう見つかるものでないことは、よくわかっている。

 俺だって百年以上探しているわけだからな。空振りだったからとて、申し訳なく思う必要はないさ」

 

 すごく優しい表情で、そう言ってくれた。

 

「俺を上弦だと尊重してくれているが、実際のところ、あの方からの重要度は、お前のほうがずっと上だ。そこはあまり気にする必要はない。

 今回のこれも、何もないなら何もないでいいし…」

 

 そして、ポンと頭に手をおいて言ってくれた。

 

 

「…何かあっても、俺が必ず守ってやるさ」

 

 

 

 …あっ、猗窩座様っ! …そんなことされたら、惚れてまうやろーー!!!




うちの零余子ちゃんが、こんなにチョロインなわけがない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48

残念、チョロインだったよ…



 ああ、猗窩座様、優しいし、かっこいいし、素敵すぎです!

 

 

「私は阿修羅です。現在は下弦の壱を任されております」

「儂は山坊主です。同じく今は下弦の弐をやっております」

 

 阿修羅と山坊主が割り込んでくる。

 

「ああ、前の零余子との血戦も覚えているし、お前ら二人がやった血戦も覚えている。

 あの頃は、山坊主はもう上を目指してなさそうだったからな、阿修羅が勝つだろうとは思っていた」

「…そうでしたか」

「…お見通しでしたか」

 嬉しそうな阿修羅と、恥ずかしそうな山坊主。

「…でも、今は二人共あの頃よりもずっと強くなっているな。

 今晩目的地についたら、どっかで戦りあってみるか?」

 猗窩座様が少年のような笑顔でそう言った。

 

 うわぁ、かわいい! 好き!!

 

「おお、是非!」

「お願いします!」

 

 …こいつら、邪魔だなあ…

 

「…なんじゃ、その目は」

「…一応言っておくが、我らを呼んだのはお前だからな」

 

「別に、邪魔だなあ…とは思ってないよ」

 

「思っとるじゃろ!」

「…お前ってやつは」

 

「はははっ! 仲がいいんだな、お前たちは」

 

「…ええ」

「…まあ」

「…そんな感じです」

 三人とも、まあ否定はしない。

「切磋琢磨することは悪いことじゃない。まあ、傷を舐めあうようなのはどうかと思うがな」

「そう言えば、上弦の皆さんは、あまり仲は良さそうに見えないですね?」

 思い切って聞いてみる。

「ああ、仲は良くないな。でも、それでいいだろう」

 猗窩座様は、なんでもないように、そう答えた。

 

 それは、鬼として…ましてや、上弦の鬼としては、当たり前なことなのかもしれない…

 

 

「…でも、それって、寂しくはないんですか?」

 

 

 強くなる、ただ強くなる。その為には、そんな感情は余計なのかもしれない。

 

 それでも、私は耐えられない。私だったら無理だ。孤独には…耐えられない。…もうあんなのは、いやだ。

 

「…お前は、へんな鬼だなぁ」

 苦笑するような表情で、そう言われた。

「…まあ、こいつは変じゃな」

「…その通りだな」

 

 …うう、みんなに変って言われる…

 

「猗窩座様は、黒死牟様とは戦われたことは?」

「そりゃ、何度かはあるさ」

 阿修羅が別な話をして、それに猗窩座様が応じられる。

「そういや、お前の剣は、…どっかで見たことがあったのか?」

「はい。名前が付く前に。…鬼になる前のことは覚えておりませんが、鬼殺隊の柱と黒死牟様の戦いは、いまだに鮮明に覚えております」

 阿修羅の目にあるのは、子供のような憧憬の光だった。

「…まあ、強くなりたい理由はそれぞれだ。否定はしないが…限界を決めてしまえば、そこまでしか行けないぜ」

「…それは、そこまで行ってから考えます」

 猗窩座様の忠告に、阿修羅がまっすぐに返した。

 

「…ははっ、違いない」

 

 猗窩座様がカラリと笑った。

 初めて見たときは、無関心で無表情な方だと思ってたのに、すごくいろんな表情を見せてくれる。…好き。

 

「山坊主はどうだ? 誰か目標にしている奴とかいるのか?」

 

 猗窩座様のその振りに、山坊主が少ししょげたように見える。

「…儂は、止水様に憧れておりました」

 ああ、やっぱりだ。前に十二鬼月の話を聞いたとき、そういう印象があった。

「…上弦に立ち向かう姿に、憧れていたのだと思います」

 山坊主は下弦の肆になった後、上を見るのを諦めたと言っていた。上弦に立ち向かう止水様に、自分の代わりに…みたいなことを思っていたのかもしれない。

「…なるほどな。奴も悪くはなかった。

 俺は何人かの水柱と戦ったことがあるが、そいつらと比べても、止水のが強かった気はする」

 そんなに強かった止水様でも…

 

「じゃあ、お前が止水の仇を討ってやれよ。…とりあえずは、それを目標にしたらどうだ?」

 

「…儂が、止水様の仇を…」

 山坊主は、今までそんな気はかけらもなかったのだろう。猗窩座様の言葉に衝撃を受けたようだった。

「…ああ、なるべく早くしろよ。そうでないと、俺が先にもらっちまうぜ。…実際、興味あるしな」

「…わかりました」

 猗窩座様の言葉に、山坊主は決意したようだ。

「鬼は不老不死だ。傷だってすぐに回復する。どこまでも強くなれるんだ。

 

 …上を目指さなければ、何の為の鬼だ」

 

 猗窩座様のその言葉は、グッサリと私の胸に突き刺さった。

「…あうう、すみません」

 とりあえず謝った私に、猗窩座様はキョトンとした顔をする。

 

 そして、カラリと笑って…

 

 

「…お前はいいさ。とりあえず、自衛ができるくらい強ければ、それでいい」

 

 

 

 なんでもないように、そう言ってくれた。…はぁ、ほんと好き…




ドキドキ! 十二きづきっ☆ミ
猗窩座様ルートに入ろうとしてますw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49

文字数も前作を超えました。
応援ありがとうございます!



 その後は、ぽつりぽつりと何かの話題で盛り上がったり、何もなければ、静かに馬車は進んでいった。

 

 そこに、最初の息苦しさはなかった。

 

 馬車の揺れに乗じて、猗窩座様にもたれかかったりする。むふふ…

 

 てへへって笑うと、笑い返してくれる。ああ、幸せ…

 

 

 じっとりとした目で、山坊主と阿修羅がこっちを見てくる。

 

 

「ちっ…」

「…こいつ、舌打ちしおったぞ」

「…最悪だな」

 

 

 

 

 

 岡山に着いた。

 

 

 途中、私の生家への分かれ道もあったが、今更もう用はなかったので、素通りした。

 

「…お嬢さんを俺に下さいってのも、まあ、いらないしねえ」

 

 ニマニマとそんなことを考えていると、阿修羅と山坊主が呆れたような顔でこっちを見ていた。

 

 うー、こいつら、ほんと邪魔! 誰だよ、呼んだの! …私だよっ!!

 

 

 

 旅籠に荷物を置き、とりあえず下見に向かう。

 自称冒険家の川口氏が張り切っている。

 備中鍾乳穴は、岡山でも海沿いではなく、山の方にある。

 非常に有名な鍾乳洞ではあるのだが、場所的にも時間的にも、あんまり人は居なかった。

 下見だったので、張り切っている川口氏を先頭に、鍾乳洞の中へと入っていく。

 カンテラで照らし出された光景は、非常に美しかった。

 

「…きれいだなあ」

 

 自然が作り出した天然の洞穴は、まさに神秘的としか言いようがないものだった。

 本で読んで、知ったつもりになっていたが、実際に見るそれは、想像をはるかに超えるもので、百聞は一見にしかず…とはまさにこのことだ。

 鍾乳洞内は、大体一キロもない長さだったが、見所がたくさんあって、自然の神秘を堪能しました。

 

「…これが、例の川…なのかな?」

 

 そこは、川と言うか、崖と言うか、奈落を思わせるもので、カンテラの光ではその底は見えなかった。

 滝になっているようで、大きな水音がしており、川って言われれば、川なのかなあ。

 

「…ちょっと降りて、見て来よう」

 

 猗窩座様が、カンテラを持って、降りて行った。

 

 さて、私達はどうすべきかと思っていたら、すぐに戻って来た。

 

「行き止まりだな。水の中を潜ったら、何かあるかもしれないが…」

「水中に咲いているものではないですから、そこまで見なくてもいいと思います」

 それもそうかと言うことで、今回の下見はここで終了。

 

 

 

 

 

 川口氏を一人、馬車で旅籠まで帰らせて、話が出ていた模擬戦です。

 四人で、更に山の奥へと繰り出します。

 疲れたと駄々をこねて、猗窩座様に背負ってもらいます。役得です!

 山坊主と阿修羅のもの言いたげな視線は、無視です、無視!

 

「この辺でいいか」

 

 山の中腹の、少し開けたところが、今回の戦場に決まりました。

 私はもう少し遠くても良かったんだけどなあ…と思いながら、猗窩座様の背中から降ります。

 

 猗窩座様対、阿修羅と山坊主という形になりました。

 

 上弦の参対、下弦の壱と弐、数字だけを見れば、悪くない対戦です。

 数間の間合いをあけて、一人と二人が立ちます。

「じゃあ、私が手を叩いたら、はじめということで」

 

 私の提案に、三人が頷いて了承の意を示しました。

 

 

「…行きます!」

 

 

 

 ぱぁーーん!!




零余子ちゃん、ちょっと恋に浮かれております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50

ついに50話です。
文字数が少ないとはいえ、すごい、頑張ったと自画自賛w



「おおおおおぉぉぉーーーーー!!!!」

 

 初手は阿修羅が取ります。

 六腕で六刀を構えたまま、猗窩座様へと向かう。

 対する猗窩座様は、スッと構えをとる。

 

 

 

 …術式展開…

 

 

 

 猗窩座様を中心に、地面に雪の結晶のような美しい模様が浮かび上がる。

 そこへ、阿修羅の脇から山坊主がまわりこむ。

 

 コォオォォーン!

 

 山坊主の不動金縛りの術!

 猗窩座様は両足を地面につけたどっしりとした構え、そのまま金縛りの術が入ってしまう!

 

 ダァァアァァンッ!!

 

 猗窩座様が、大きく右足を上げ、地面を踏みしめる。

 

 …いやいや、電気って、そんなので無効化できるものじゃ…

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 …破壊殺・乱式…

 

 

 

 阿修羅の必殺技に、猗窩座様が真っ向から打ち合う。

 山坊主の不動金縛りの術は、本当に打ち消されてたみたいだ。

 

「まだまだ、甘いぞ!」

 

 完全に打ち勝った猗窩座様が、阿修羅の懐へと飛び込む。

 

 

 

 …破壊殺・脚式・冠先割(かむろさきわり)…

 

 

 

 顎に入った、猗窩座様の蹴りが、そのまま阿修羅を跳ね飛ばす。

 

「阿修羅!」

 

 山坊主が阿修羅に気を取られる。…それは、致命的な隙に間違いない。

 

 

 

 …破壊殺・砕式・万葉閃柳(まんようせんやなぎ)…

 

 

 

 一瞬で山坊主に飛び込んだ猗窩座様の拳が、山坊主の頭を砕く。…そのまま地面も砕き割る。

 

「山坊主!」

 

 上空に跳ね上げられ、落下していた阿修羅が山坊主に気を取られる。

 

 

 

 …破壊殺・脚式・飛遊星千輪(ひゆうせいせんりん)…

 

 

 

 阿修羅の落下地点に先回りした猗窩座様が、再び阿修羅を蹴り上げる。

 

 阿修羅の振り下ろす刀を、腕ごと蹴り飛ばして行き、最後に頭を蹴り飛ばす。

 

 

 二人がかりでも、ものともしない! 圧倒的だ!! 好き!!!!

 

 

 

「猗窩座様の勝ちぃっ!!!!」

 

 

 

 私が決着を告げる。

 

 ハッキリ言って、圧倒的大差だった。

 山坊主と阿修羅に何もさせないどころか、それぞれの必殺技を出させた上で、真っ向からそれを打ち破り、叩き潰した。

 上弦の上位の鬼には、下弦の壱と弐が二人がかりでも、話にならないということだ。

 

 えっ、三人がかりではやらないのかって? …いや、もちろんやりませんよ。

 

 正直、三人がかりでもどうにかなるとは、とてもではないが思えなかった。

 おそらく、下弦の鬼全てでかかっても、猗窩座様は何の問題もなく蹴散らすだろうと確信できた。

 

 これが、無惨様が十二鬼月に求める強さなのだろうか?

 

 …だとすれば、私ではとても到達することは叶わないだろう。

 しょうがないので、私は強さ以外のことで、お役立ちになろう。

 

 

 えっ、例えばどんなところかって? …この私の、可愛さ…とか?

 

 

 

 …わかってるよ! ちょっと言ってみただけだよっ! へへーんだ!!




私が無惨様だったら、その可愛さだけで零余子ちゃんはお気に入りです。

鳴女さん同様、無限城から出さないんですけどねえ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51

旅籠に戻ってきました。



「成羽愛宕大花火…ですか?」

「そう。…あれ? 三日後のそれを見に来たんじゃないの?」

 

 明朝、旅籠屋の主人に面白い話を聞いた。

 

 成羽愛宕神社奉納花火と、かつて呼ばれたそれは、江戸時代から続く有名な花火大会だそうだ。

 実は、私は花火を見たことがない。

 鬼になる前は、そもそも外にすら出られなかったし、鬼になった後も部屋にこもりがちで、花火を見に行こうという発想すらなかった。

 

「…いえ、そうです。それを見に来ました」

 

 しゃあしゃあとそう言った。

 花火…知識としてはありますが、なかなか浪漫があるものだと聞く。

 気になる二人で見に行けば、関係が進展するのは間違いない!

 調査中だとゴリ押せば、三日くらいはなんとかなる…はず!

 こんな偶然そうそうない。まさに天の采配に違いない!!

 

 

 そう! 二人で見に行けと言われているんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「…花火大会?」

「そう、近くでやるんです」

 零余子にコソコソと廊下に引っ張り出されたと思えば、そんなことを言われた。

 

「…一緒に、見に行きませんか?」

 

 

 …ドン! …ドン!

 

 

 …なんだろう、この光景は…

 

 零余子の言葉を聞いた瞬間、いつかどこかで、花火を見たような気がした。

 

「…猗窩座様?」

「…ああ、いや…」

 

 記憶にないはずの光景を、頭をふって消し去る。

 

「…それで、どうでしょう?」

 

 おずおずと、上目遣いでそう聞いてきた。

 

 …そんな風に、照れながら見上げられることに…

 

「…あ、ああ」

 

 …頭がうまく働いていない。どっちともとれるような曖昧な返事を返していた。

 

 

 零余子がぱぁっと笑顔になる。

 

 

 

「はい! 約束ですよ!」

 

 

 

 …約束…

 

 

 

 

 

 

 

 新月の晩、再び備中鍾乳穴へと向かいます。

 一応、この調査という題目でここに来ましたから、当然参ります。

 

 まあ、今は三日後の花火大会のほうが、大事なんですけどね。…むふふ。

 

 何が起こるかわかりませんから、川口氏は旅籠に置いてきます。かなりぐずりましたが、私の魅了は完璧です。

 月明かりがまるでない、ただそれぞれが持つカンテラだけで見る鍾乳洞の入り口は、黄泉へとつながっていると言われたら、そんな気になってくる雰囲気をしております。

 

「…俺から行こう」

 

 猗窩座様を先頭に、すぐ後ろを阿修羅、その後ろに私、最後尾が山坊主という布陣で進みます。

 丑三つ時(午前一時半)まで一刻(二時間)程、時間的余裕は十分にあります。

 

「…ひゃあっ!」

 

「なんだっ!」

「どうしたっ!」

「何があったっ!」

 一斉にカンテラを向けられます。

 

「…えっと、首元に水滴が…お騒がせしました」

 

 ああ、恥ずかしいやら、申し訳ないやら…

 なんでこういうのって、一番ビクッとするところに落ちてくるんだろう。

 

 

 その後は特に何事もなく、行き止まりにまで到着する。

 

 

 懐から懐中時計を取り出し、カンテラで文字盤を確認する。

 丑三つ時まで一刻を切ったくらいを、針が示している。

 古文書の時間なんて適当だと思われるので、何かが起こるなら、もう起こっていてもいいころだろう。

 寅二つ…いや三つ(午前四時)まで待機していた方がいいだろうか? …ああ、でも日の出も早い。最悪はここで日の入りまでいることも考慮したほうがいいだろう。

 

 

「…鈴の音?」

 

 

 猗窩座様の言葉に、耳を澄ませる。

 

 チーン……チーン…

 

 高く澄んだ音が聞こえてくる。

 

 フッ…

 

「…カンテラがっ!」

 

 鈴の音が聞こえたと思えば、全員のカンテラが同時に明かりを失った。

 

 チーン……チーン……チーン…

 

 鈴の音に合わせて、青い炎が現れて、周囲を青く照らし出す。

 

「…鬼火?」

 

「…それよりも、ここはどこだ?」

 

 

 その言葉にハッとなる。鈴の音は聞こえるが、水の音が聞こえなくなった。

 また青い炎に照らし出されたここは、相当広い場所だった。

 

 

 

 …ええ、ちょっと! …ほんとに何か起こるのっ!?




何も起きない方が不自然ですよねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52

前話の投稿ミスってた…
そろそろ途切れるかなとは思ってましたが、こんなミスでとは…残念!



 チーン……チーン…

 

 闇の中に、青白い右手が浮かんでいる。

 その右手が持つのは…五鈷鈴(ごこれい)のようだ。…今響いている鈴の音は、これの音なのだろう。

 

 チーン……チーン…

 

 宙に浮かんでいる右手が、五鈷鈴を鳴らすと…ぬるりと全身が現れた。

 

 それは、黒い衣をまとった大男…何よりも目立つのは、顔にかぶった黄金の仮面。四つの目を持つ、鬼の仮面…

 

「…方相氏(ほうそうし)?」

 

「…ほう?」

 

 私のつぶやきに、奴が反応を返した。

「…なかなか勉強しているやつがいるな。いかにも、儂は方相氏だ」

「方相氏って、なんだ?」

 奴を正面に見据えたまま、猗窩座様がそう尋ねてきた。

「…ええと、神社とかでやっている追儺式(ついなしき)…厄とか鬼とかを払う行事で、先頭で鬼を払う…

 

 …鬼です」

 

 チーン…

 

 奴が右手の五鈷鈴を鳴らした。

 

「かかか…今宵の生贄は、なかなかに風変りじゃの」

 

 絶賛混乱中なんだけど、聞き流すには物騒な言葉があった。

「…生贄?」

 方相氏は鬼を払う。

 私達は鬼だから払う…そういう話というには、生贄という言葉は似あわない。

 そもそもこいつは、黄金の四ツ目の仮面、玄衣(黒い衣)に朱の裳(もすそ)と、方相氏の恰好をしてはいるが、手に持っているはずの鬼を斬る刀や矛、盾と言ったものを持っていない…右手に五鈷鈴を持っているのみだ。

 

 チーン…

 

「…ふむ、時間はまだある。少し話をしようか」

 

 いちいち鈴を鳴らすなと思わなくもなかったが、何が何だか状況がわからないので、その提案は渡りに舟だった。

 

 チーン…

 

「…かつて、儂は陰陽師どもに召喚された。都を脅かす鬼を滅ぼせとのことで…」

 

 チーン…

 

「…一鬼につき、百の魂をよこせという約定で、それを受けた…」

 

 百の魂って、鬼を一体滅ぼせても、百人の生贄を用意するならば、良いのか悪いのか微妙なんじゃないの?

 

 チーン…

 

「…都にはびこる百鬼夜行、…その、ことごとくを滅ぼした…」

 

 誇るでもなく、なんでもないように、そう言った。

 

 チーン…

 

「…じゃが、奴らは約定を違えた。…ただ、その代わりに、鬼神として祀り、信仰を捧げようと宣った…」

 

 チーン…

 

「…儂はそれを受けた。魂を得られずとも、信仰を得られるならば、百年、千年を考えれば得であると考えたからじゃ…」

 

 …割と俗物だな…

 

 チーン…

 

「…じゃが、信仰は歪んだ。一部は正しく、一部は間違えて伝わった…」

 

 方相氏は鬼を払う鬼だ。…だが、地方では節分の鬼として、払われる方の鬼とも伝えられている。

 

 チーン…

 

「…故に、こうして、裏で生贄の魂を頂くことにした…」

 

 …あー、なるほど、表ではちゃんと信仰しているところもあるから、裏でこっそりと生贄をもらうと…大層な登場と物言いの割に、すっげえ俗物じゃない、それ?

「私達、一応鬼なんだけど、生贄になるの?」

 

 チーン…

 

「…お前たち鬼擬きも、魂があるからな、生贄になる…」

 

 鬼擬き…ねえ。平安時代の鬼って、私達とは違うってことなのかな?

「…ここって、黄泉比良坂なの? それとも彼岸なの? 三途の川も賽の河原も見えないけど、もう地獄なの?」

 得体のしれない鬼相手だけど、毎週の無惨様との面談で精神が鍛えられたのか、ちゃっちゃと質問していく。

 

 チーン…

 

「…あの世とこの世との境、そういう意味では黄泉比良坂と言える…」

 

 あのトンデモ本、まさかの当たりだったのか…

 

「…じゃあ、青い彼岸花は、ここにあるの?」

 

 ゴクリと息を飲んで、そう聞いた。

 

 

「…青い、彼岸花? …なんじゃそれは?」

 

 

 

 そこはガセなのかよーーー!! そこが一番肝心なのにっ!!!




平安コソコソ噂話
「五鈷鈴というのは、密教法具の一つで五鈷杵の上半分と下半分が鈴になっている物。
 方相氏というのは、本文でも書いているように、鬼を払う鬼のこと。
 追儺式は中国から伝わり、日本でも宮中行事だったんだけど、鎌倉時代から衰退し、
 江戸時代にはすっかり行われなくなったみたい。
 宮中行事としては廃れたんだけど、寺社では残り、今の令和の世でも追儺式は見られるよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53

日刊が途切れたからではないと思うのですが、勢いが…
が、頑張ります!



 青い彼岸花がないのなら、何の意味もない。

 

「…はぁーーー…」

 

 だから、こいつとの会話はもう必要ない。

「さあ、猗窩座先生、やっちゃってください!」

「…お前、なんかいろいろすごいなあ…」

 苦笑しながら、猗窩座様が私の前に出る。

 

「…もちろん、生贄になるつもりはない」

 

 

 

 …術式展開…

 

 

 

「…さあ、その強さを試させてくれ」

 

 猗窩座様がニヤリと笑って言った。

「かかか」

 無造作に奴が猗窩座様に向かい、大きく左腕を振り上げる。

 

 ブオンッ!

 

 こちらにまで音が聞こえるような強烈な一撃、だけど…

 

 ガッ…

 

 猗窩座様が右腕で受けて…そのまま、受け流すように回転し、奴に背中を向けると…

 

 

 

 …破壊殺・脚式・冠先割…

 

 

 

 阿修羅を跳ね飛ばした蹴り技が、奴の顎に突き刺さる!

 

「…え」

 

 顎に入ったから少し上を向いた程度で、跳ね飛ばされるどころか、奴の体はビクともしていない。

 左手で顎にある猗窩座様の右足首をつかむと…

 

 ブオンッ…

 

 

 ドカァッ!!

 

 

 造作もなく猗窩座様を持ち上げて、叩きつけた。

「…ぐっ」

 更にもう一度持ち上げようとしたところを…

 

 

 

 …闇月・宵の宮…

 

 

 

 阿修羅の六刀が振るわれる。

 

「…なっ」

 

 阿修羅の六刀は、奴の首を左右から、五鈷鈴を持つ右手首、猗窩座様の足をつかんでいる左手首、胴体を左右から、綺麗に入り…

 

 

 …そのまま止まっていた。

 

 

 まるでギリギリで寸止めをしたかのように、血の一滴も出ていない。

 

 ブンッ…

 

 六刀を受けたまま、阿修羅に向かって猗窩座様を投げつける。

 

「…はぁぁああぁぁ」

 

 その脇を駆け抜けるように山坊主が向かう。合わせて、私も走り出す。

 

 

 コォオォォーン!

 

 

「…不動金縛りの術!」

 

 無造作に立ったままだった奴に、山坊主の術が入る。

 合わせて、背後から十手を奴の両耳の穴に突っ込む。

 

 バチィ…

 

 私にできる最大級の電気を叩きこむと、そのまま奴の首元に噛みつく。

 

「…っ!!」

 

 …歯が刺さらない…肉どころか、皮膚一枚貫けない…というか、これって…

 

「…がっ」

 

 頭を思いっきりつかまれて、そのまま持ち上げられ…

 

 

 

 …ベキョ…

 

 

 

「…かごっ!」

「…はっ」

 頭を再生して、辺りを伺う。

 目の前には、心配そうな山坊主の顔があった。

「…どうなった?」

「…そんなには経っておらん。

 お主の頭を砕いた後、儂に投げつけて来たのを、なんとか受け止めたところだ」

 見れば、猗窩座様と阿修羅が、奴に攻撃を加えていた。

 

 だが、その攻撃を避けもしなければ、受けもしない。

 

 阿修羅の刀は刃がついていないかのように、奴を叩くのみだし、猗窩座様の攻撃ですら、何の痛痒も与えてなさそうだった。

「…あいつの体、私達とまるで違う」

 さっき、血を吸おうとしてはっきりわかった。

 その見た目は、私達と同じ、人間のような体、生き物のようにしか見えなかったが…

 

 

「…やつの体は、なんだかわからない、ただただ固いものだった。皮膚もなければ、その下に肉もない。血が通っている熱もなかった」

 

 

 筋肉がないから、山坊主の不動金縛りの術は効かない。

 内臓も脳もないから、私が電気を叩きこんでも、意識を失わない。

 血が通ってないから、血を吸うこともできないので、魅了にかけることもできない。

 

 

 ブンッ!

 

 

 回避も防御もしないが、攻撃もただただ左腕を振り回すだけ。

 こちら側の攻撃が効いているようには見えないが、向こうの攻撃も当たるようには見えない。

 

 

 ブオンッ!!

 

 

 単純に振り回しているだけ…でも、その風を斬りさく音は、当たればただでは済まないことを物語っていた。

 

 

 …これ、勝てるの?

 

 

 そう思った瞬間、奴がこっちを見た。

 

 

 

「…今、恐怖したな…」




この岡山旅行編、脳内プロットがなんとなくできたところで書き始めたんですが…
いろいろとどうしようか、迷い出してます。

ちょっと手探りで、これからどうなるかは行き当たりばったりですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54

中国から、わっと世界中に広まってしまって…
世界が狭くなって便利になった反面を見せられてますね。



「…今、恐怖したな…」

 

 その言葉を聞いた瞬間…

 

「あああぁぁぁぁーーーー!!!!!!」

 

 …悲鳴があがる。恐怖からじゃなく…いや、それもあったが、むしろそれは生存本能とでもいうべきものからだ。

「…どうしたっ!?」

 山坊主が肩をつかんで揺らしてくる。…違う、体がガクガクといつの間にか震えていた。

 

 …今、何かが体から抜けそうになっていた…

 

 それが何かはわからない。そんな経験はない。…だけど、それは取り返しのつかないものだと思われた。

 

 …恐怖したら、魂が抜ける…

 

 話に聞いたら、馬鹿らしいと思うだろう。

 ばかばかしい。そんなことがあるわけがない。そもそも魂ってなんだって…

 

「…ひぃぃ、ダメダメ、考えるな」

 

 考えると、また恐怖がぶり返しそうになる。

 やばい、まずい、ビビりの私には最悪だ。

 

 

 

「猗窩座様っ!」

 

 

 

「おうっ!」

 

 思わず叫んだ私に、猗窩座様が力強く応じてくれる。

「阿修羅、どいてろ」

 

 その言葉と同時に…

 

 

 

 …破壊殺・脚式・流閃群光(りゅうせんぐんこう)…

 

 

 

 猗窩座様の怒涛の蹴り技が、方相氏をずるずると二メートルほど後ろに下がらせる。

 

 そして、後を追うように、その懐奥深くにまで踏み込んで…

 

 

 

 …終式・青銀乱残光(あおぎんらんざんこう)…

 

 

 

 超至近距離で爆弾を爆発させたかのように…いや、私は見たことがないけど、夜空を彩る特大の花火の爆発を、地上に顕現させたかのようだった。

 

「やったか?」

 

 山坊主が誰にともなく、そうつぶやく。

 

 猗窩座様の向こう…頭一つ分は高かった方相氏の仮面が…ない。

 仮面どころか、頭自体が…

 

 

 …方相氏の上半身が吹っ飛んでいる!

 

 

「…やった…」

 

 思わずあがりそうになった歓声は、不自然に浮いているものを目にして、止まる。

 

 …右手? …そして、それが持っているのは…

 

 

 

 チーン…

 

 

 

 浮かんでいた右手が、五鈷鈴を鳴らした。

 

 音もなく、黒い服を着た上半身が生えてきて、宙に浮かんだ右手とつながり…仮面をつけた頭まで復活した。

 

 

「猗窩座様、鈴をっ!」

 

 

「おぉっ!!」

 

 

 

 …破壊殺・滅式…

 

 

 

 猗窩座様の拳が、ただ一点、奴の持っている五鈷鈴だけを、何度も叩き…

 

 

 

 …壊した…

 

 

 

「…ふむ」

 

 奴は鈴をなくし、砕かれた右手を持ち上げ…

 

 

 …どこか、虚空へと突っ込んだ。

 

 

「…そんな…」

「…ばかな…」

 

 

 …虚空から引っ張り出したのは、五鈷鈴を持つ右手だった。

 

 

 

 …破壊殺・滅式…

 

 

 

 再度繰り出された猗窩座様の拳は、周囲に赤いものをばら撒く。

 

「…ぐっ…」

 

 …猗窩座様の両の拳は、その破壊力ゆえに砕け、血で真っ赤に染まっていた。

 

 

「…形代を、より堅くした…」

 

 

 

 なんでもないことのように、奴はそう言った。




勢いが欲しい…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55

うう、難産…



 ブオンッ!!

 

 うなりをあげて振るわれた左手を、猗窩座様が右腕で受ける。

 

 ガッ!!

 

 踏ん張れず…いや、踏ん張らずに、そのまま吹き飛ばされ…たんじゃなく、自分で飛んで後ろに下がる。

 

 

 

 …もう、腹をくくるしかない。

 

 

 

「阿修羅! 山坊主!」

「おう」

「なんじゃ」

 

 私の呼びかけに、こちらを見てきた二人の目を見て…

 

 

「…恋、狂え…」

 

 

「「があぁぁぁぁああぁぁーーーーーーー!!!!!」」

 

 私がまっすぐ指差した方相氏に向かい、二頭の狂鬼が飛びかかる。

 恐らく前とは違い、今度の暴走では、そこまで能力は跳ね上げられないだろう。

 

 …それでも、わずかでも上がるのなら、やらない道理はない。

 

 そうして、私は猗窩座様へと駆け寄る。

「猗窩座様…」

「…零余子か」

 猗窩座様の両手の傷は、既に治っている。それでも…

 

 

「…猗窩座様、これからあなたを、魅了します」

 

 

 まっすぐに目を見て、そう告げた。

 

 

「………わかった。…やってくれ」

 

 

 一瞬の躊躇があったが、猗窩座様もそう言って、頷いた。

 

 そっと抱き着いて、首筋に噛みつく。

 

 血を吸った…その瞬間、これは無理だと思った。

 

 

 …無惨様の血が濃い…

 

 

 私や阿修羅、山坊主なんかとは比べようもないほどの濃さ、…この中で、私の血が心臓に留まれるとは思えなかった。

 それでも、できることは…

 

「けぷっ…」

 

 猗窩座様の血を吸い、私の血を入れる。

 

「…どうだ?」

 

 まっすぐにこっちを見てくる猗窩座様の目は、うつろなところもなければ、濁ったところもない。

 まさに正気そのものの目で、かけらも魅了できなかったことを示していた。

 

 

「がぁっ…」

「ぐぁっ…」

 

 

 聞こえてきた声につられて見てみると、真っ赤に染め上げた左手から、ポタポタと血を流している方相氏と、ぐしゃぐしゃにされている、阿修羅と山坊主が転がっていた。

 

「ちっ…」

 

 猗窩座様が、私をかばうように前に出る。

 

 

 

 ああ、なんとか…なんとかしないと…

 

 

 

 グン…

 

「…零余子?」

 

 方相氏に向かおうとしていた猗窩座様の右手を、いつの間にか取っていた。

 

 戸惑う猗窩座様の目をしっかりと見つめて……

 

 

 

「…恋……ゆ…き…」

 

 

 

「…がっあああぁぁぁーーーー!!!!」

 

 

 

 右手を放すと、猗窩座様がまっすぐに方相氏に向かう。

 

 それをどこかフワフワとした気分で見ている。

 

 …なんだろう? …よくわからない…

 

 

 

 …破壊殺・乱式…

 

 

 

 向かってきた方相氏の左手を砕き、仮面を砕き、肩を砕き、腹を砕き、…まるで奴の体が泥でできたものかのように、猗窩座様の拳の当たるところが、砕かれていく。

 

 

 チーン…

 

 

 時間が巻き戻されたかのように、砕かれた部分がくっついて戻っていく。

 

 

 

 …破壊殺・滅式…

 

 

 

「…ああ…」

 

 血が飛び散る。今度砕けているのは、方相氏の体じゃない…

 

「…形代を、さらに堅くした…」

 

 両の拳が砕け、連撃が止まる。

 

 方相氏が五鈷鈴を振りかぶる。

 

 

「…魂を、いただこう…」

 

 

 五鈷鈴が頭へと振り下ろされる…

 

 

 

「…はくじさんっ!!」

 

 

 

 私の口が、知らない名前をつむいだ。

 

 

 パキンッ!

 

 

 

 …鈴割り…

 

 

 

 振り下ろされる五鈷鈴を、側面から砕けたはずの右手で殴り壊した。

 

 

「…俺の魂は、…やれない…」

 

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 

 …方相氏の頭があったところに、猗窩座様の右拳があった。

 

 ドサ…

 

 方相氏の頭が、数メートル向こうに、落ちた。

 

 …ザアッと方相氏の体が塵芥のように、崩れ落ちる。

 

 

 …勝った?

 

 

 チーン…

 

 

 …その音に、ゲンナリしながら、鳴った方を見る。

 

「かかか」

 

 宙に浮かんだ方相氏の頭と、宙に浮かんだ五鈷鈴があった。

 

「…あの形代を壊すとはな。なかなかに面白かった…」

 

 方相氏がそう言うと、ひょいっとばかりに、五鈷鈴が弓なりに飛んできた。思わず両手で受け取る。

 

「…餞別じゃ。新月の晩に鳴らすと良い…」

 

 それだけ言うと、ふっと消えた。

 周りに浮かんでいた青い鬼火達も消え、辺りは消えていたはずのカンテラの赤い光で照らされていた。

 

「…猗窩座様!」

 

 少し離れた所に立っていた猗窩座様のところへ駆け寄る。

 私の姿を目にすると、柔らかく笑ってくれた。

 

 

「…この約束は、…守れてよかった…」

 

 

 

 それだけ言って、倒れそうになる猗窩座様を抱きとめた。




ううん、もっとうまく書きたかった。

今回の岡山旅行編は、脳内プロットから二転三転しました。

ああ、難しいねえ、難しいよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56

いろいろと後始末~その壱~



 べべんっ!

 

 

 猗窩座様を抱きとめたままの体勢で、いきなり呼ばれた。

 阿修羅と山坊主も、近くに転がっている。…ちょっとは再生が進んでいるようで、まだなんとか見れたものになっている。

 

 他にいるのは、いつもの場所に鳴女さん、それにその前に立っているのが…

 

「わわわっ!」

 

 慌てて正座の体勢に移行する。

 意識を失ったままの猗窩座様を抱えてだったので、自然に膝枕の形になったけど…しょうがないね、うん。

 

 

「…さて早速だが、何があった?」

 

 

 無惨様が前置きなしに聞いてきた。

 山坊主と阿修羅はボロボロ、猗窩座様もこの状態…うん、私が答えるしかないですよね。

 

「…正直、私もよくわかっていないのですが、わかる範囲でお答えします」

 

 古文書に従い、深夜に備中鍾乳穴の最奥に四人で訪れたこと。

 鈴の音が聞こえたと思ったら、青い鬼火に囲まれ、広い場所にいつの間にやらいたこと。

 そこに方相氏を名乗る鬼が現れたこと。

 

「…方相氏、だと?」

 

「はい。黄金の四ツ目の仮面、玄衣に朱の裳と、見た目は方相氏の恰好をしておりました。また、私の問いかけにも、そうであると答えておりました」

 

「…なるほど、続けろ」

 

 方相氏が持っていたのは五鈷鈴のみであったこと。

 この場所が黄泉比良坂で間違いないと言ったこと。

 私たち四人を生贄として、魂を頂くと言ったこと。

 

「…ただ、青い彼岸花に関しては、方相氏も知らなかったようでした」

 

「…うぅむ…」

 

 私の言葉に、無惨様が渋い顔をする。…まあ、一番の目的が空振りだったのだから、そこは当たり前か。

 

 猗窩座様を中心に、四人がかりで方相氏と立ち向かったが、極めて強敵だったこと。

 猗窩座様の必殺技で、方相氏の上半身をふっ飛ばして、勝ったかと思ったら、たちまち復活したこと。

 復活後は、猗窩座様の攻撃ですら効かなくなったこと。

 

「…それで、あの、猗窩座様に魅了をかけて、強化をしました」

 

 …正直、ここが良く分からない。魅了はかからなかった自信があるんだけど、結果としては、かかってたんだよね?

 

「…ほう、猗窩座にまでもアレを使えたのか。強化した猗窩座が方相氏を破ったというわけか?」

 

「…えっと、破ったのかまではちょっと、よくわからないと言いますか…そのあとも、笑ってましたし…」

 

 …いや、ほんと、私も何が何だかわからないんですけど。

 私も誰かに聞きたいくらいなんですけど、白昼夢かなんかだったのかなあ…でも、山坊主と阿修羅はボロボロだし、猗窩座様もこんなだし、夢ではないんだろうなあ。

 

「…あっ」

 

 そこで、腰に差してたものに気付く。

「…これ、方相氏が最後に投げ渡したものなんですけど」

 方相氏の五鈷鈴を無惨様に差し出す。

「青い彼岸花の代わりというわけではないですが、どうぞお納め下さい」

 

 正直、思わず受け取ってしまったけど、持っているのはなんか怖いので、無惨様に押し付…コホン、預かってもらおう。

 

 

「……いや、いらない。…お前が持っていろ」

 

 

 押し付けそこなった。ちくしょー!

 

 

 

 

 

 

 

「…では、猗窩座はもういいな。お前たちは旅籠に戻してやろう」

「ええっ!」

「…なんだ?」

「…いえ、なんでもないです…」

 零余子があからさまにがっかりする。

 

 

 べべんっ!

 

 

 不満タラタラだった零余子と、ほとんど再生が終わっていた阿修羅と山坊主を、転送させた。

 

 …しかし、方相氏とは、な…

 

 あくまで自称ではあるようだが、零余子から聞いたその実力は、かなりのものだ。

 何より、何が起こるのかと気にかけていたあいつらが、いきなり私の認識範囲外に行ったのは間違いない。

 私の認識範囲内…少なくとも、岡山からは確実に居なくなっていた。

 数分後、再び認識できた瞬間に、呼び寄せた。…話を聞くに、数分間の出来事とは思えないが、異界に囚われていたのは間違いないだろう。

 

「…ちっ」

 

 はっきり言えば、そんなやつとは関わりたくはない。

 あの馬鹿、何を押し付けようとしやがる。…京都にいるんだったら、どっかの寺社にでも奉納してこい。

 

 しかし…あいつは…なぁ…

 

 鬼札にも程がある。

 極めて危険であり、同時に有用だ。扱いが非常に難しい。

 

 

「…だが、まずは何よりも青い彼岸花だ…」

 

 

 

 奴の取り扱いは、保留としておく。




無惨様はとりあえず心の棚に、零余子を置いた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57

いろいろと後始末~その弐~



 ドン…ドドン…

 

「おおっ!」

 

 ドン…パララ…

 

「これはなかなか」

 

 ドン…ドン…ドドン…

 

「…………」

 

 

 生まれて初めて見る花火は、それはまあ綺麗でしたよ。

 私、山坊主、阿修羅、川口氏の四人で見ましたよ、ちくしょー!!

 

 …ああ、いや、四人というか…

 

 

 

(…久しぶりの花火は、綺麗ですねえ…)

 

 

 

 いや、知らんし、私は初めてだし。

 

 なんというか、あの後、奇妙な同居人ができていた。

 あの、魂が抜けそうになった時、なんか一緒にくっついて、勝手に私の中に入って来たみたいで…

 

 

(…すみません、そばに狛治(はくじ)さんがいたので、思わず…)

 

 

 いやいや、知らんし、とりあえず、出て行ってくれませんかねえ?

 

 魂が肉体のどこにあるのかとか、霊がどこに憑りつくのかはよくわからないが、私の脳みそを勝手に使っているのか、頭の中で会話ができる。…というか、できるようになった。これ、私の体を乗っ取られていってないよね?

 なんでも、恋雪(こゆき)とかいう名前で、猗窩座様が鬼になる前に夫婦だったとか、ぬかしおる。…なんだ、自慢か、このやろー!

 どうしたら出ていくのか、成仏できるのかと聞いたら、猗窩座様…こいつは狛治さんと呼ぶのだが…とにかく、猗窩座様が悪いこと…鬼をやめてくれたら出ていくと、一緒に地獄に堕ちるのだとか、ぬかしおる。

 いやいや、そんな百年以上も昔の男にこだわるな、生まれ変わっていい人見つけろよと説得しても、まったく聞く耳を持たない。…口調から受ける印象よりも、かなり頑固な性格のようだ。

 

 

 むむむ、方相氏にこいつを生贄にささげようか?

 

 

(…な、なんて、恐ろしいことを! あなたの魂を放しません、道連れです!)

 

 

 確かに、方相氏を使うのは恐ろしく危険度が高い。ついでに私の魂も取られかねない。この案は却下だな。

 

 まあ。私が猗窩座様とくっついたら、諦めて出ていくだろうけど、むふふ…

 

 

(そんなことは、駄目です!)

 

 

 

 

 

 京都の研究所に戻ってすぐ、また問題が発生した。

 

 古文書解析班の一人で、京都帝国大学を卒業後すぐに入社させた若手のホープが、一身上の都合で辞めたいと言ってきた。

 魅了も使って詳しく話を聞いたところ、なんでも実家のご両親が怪しげな新興宗教に入信したようで、それをなんとかしたいとのことで…

 

 

 うん、イヤな予感しかしない。

 

 

 ご両親のことを忘れさせるほど、魅了を深くかけるという方法もあるが、そこまで深くかけると、思考能力が大きく低下する。それではせっかくの彼の自由な発想がなくなり、まるで意味がない。

 

 

「…わかりました。私も一緒に行きましょう」

 

 

 

 …いや、ホントは嫌なんだけどね…




恋雪さんの口調がつかめ切れてませんね。後から書き直すかもです。

怪しげな新興宗教、一体どんな鬼が教祖なんだ!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58

そろそろというか、もうGWになっている方も多いですかね。
まあ、せっかくのまとまった時間を家のことに使いましょう。
私は部屋の掃除をしたり、溜まったアニメを見たりする予定です。



 特別急行列車というのがある。略して、特急列車である。

 

 

 関東と関西を結ぶ東海道は、どんどんとその時間を縮めていき、大正時代になってからは、ほぼ半日で着くようになっていた。

 朝に出て、到着は夜になる。

 

 夏は日の出が早く、日の入りが遅い、外での活動時間が短い上に、雨もあまり降らないので困ったものだ。

 まあ寝台がついているので、列車内では太陽光は避けられるけど、乗る時には注意が必要だ。

 

 むーんむーん…と悩んでいると、研究員の一人に、そういう鉄道関係が大好きな奴がいて、日の入り前に九州方面に出発し、日の入り前に乗り換えて、東京方面の特急に乗るという無駄にめんどくさい案も出たのだが、研究員三人を追加して、木の板で私を日光から守る案に落ち着いた。

 

 まあ、それも微妙なのは、わかってるよ!

 

 

 

 

 

 一等寝台車を二枚用意し、例の研究員…名前は山本というみたい…と彼の実家のある関東へと向かう。

 

 木の板の裏に隠れてコソコソと乗り込むのは、恥ずかしかったが、なんとか無事に特急列車に乗り込み、早速寝台の上側に上がりこむ。

 梯子を使っての二段ベッドの上側って、なんかワクワクするよね?

 山本君の方も、特急列車も寝台列車も初めてなようで、こちらも見るからに楽しそうにしている。…お金を払ったのは私だ、上側は渡さんぞ!

 

 枕元の電灯をつけて、読書を開始する。

 

 ガタンゴトンと揺れる列車内で寝転んで、優雅に読書というのも格別だ。

 山本君は、せっかくだからと洋食堂車に行って、その後は最後尾にある一等展望車に行くと言っていた。…うぐぐ、私も優雅に、精養軒特製のケーキと紅茶を楽しみたいところではあるが、甘味を食べるのはまだできていない。むぅ、急がせるべきか?

 

 そうそう、自然製薬株式会社のほうは、順調に業績を伸ばし、早くも日本第肆…コホン、四位の売り上げの製薬会社になっている。

 その日暮らしで、家もないような鬼が多い中、まず間違いなく私が一番お金持ちな鬼だろう。

 

 …ああ、いつでも猗窩座様との新居を購入する用意はあるのに、無惨様の理不尽な命令で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの根なし草のような生活をされているのが悩ましい。

 

 

(…ええ、それって、ううん、でも…)

 

 

 私と猗窩座様の同棲は嫌だが、そばには居たいというジレンマに、同居人の幽霊も悩ましげだ。

 

 そうだ、東京にも自然製薬の支店を出して、ついでに別宅も購入しておこうかな?

 東京にも拠点があるのは、いろいろと便利だろう。私はあまり使わないだろうけど、猗窩座様がお使いになるのなら、それだけで十分価値がある。

 

 うし、うさんくさい新興宗教問題が片付いたら、不動産屋に行くとしよう!

 

 

(…うーん、うーん…)

 

 

 

 ふはははは、そこでハンカチを噛んで悔しがるがいいさ!




大正コソコソ噂話
「東京から下関まで走っていた特急寝台列車は、一日に上り下り一本ずつ出ていて
 東京からの下りは、朝出て、関西に夜、下関に朝到着。上りが本文のように下関を夜出て
 関西に朝、東京に夜到着になってたよ。
 そして、この特急寝台列車は、別名で名士列車とも呼ばれていたよ。
 一番早く東京と地方を結んでいたというのもあるけど、値段がお高いのが大きかった。
 庶民には手が届かず、華族や国会議員、地方の名士しか利用できなかったみたいだね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59

本誌の方はどうなるのでしょうか?

このまま大団円で終わるのか、第二部があるのか。



 万世極楽教…それが山本君のご両親が入信した新興宗教の名前だ。

 

 まあ、名前なんてどうでもいい。

 山本君のご両親の血を吸って魅了し、やめてもらえばそれでいい。説得なんて無駄に時間がかかるだけだ。

 宗教団体の方も、文句を言ってくる奴を順番に血を吸って、魅了すればそれでおしまい。まあ手切れ金で少々お金がかかっても、それは別に問題ない。山本君が恩に感じてくれるなら、それはそれで、ありだろう。

 

 

 

 …なんて、思ってた時期もありました…

 

 

 

 

 

「…やあやあ、確か零余子ちゃんだったっけ? 久しぶりだね」

 

「…はい、お久しぶりです。童磨様」

 

 

 なぜか、万世極楽教の教祖の部屋で、童磨様と一対一で会っていた。

 

 

「…それで、何の用だっけかな?」

「…えっとですね。…青い彼岸花探しは、もちろんご存じですよね?」

 しょうがないので、最初から説明をする。…人間の教祖だったら、こんな手間は必要なかったのだが、致し方ない。

「ふん? …まあね。こちらも八方手を尽くしてはいるんだけど、なかなかうまくいってないね」

「…それでですね。こちらは青い彼岸花にまつわる文献をいくつか見つけまして、それの研究をするチームを作りまして…」

「へぇ、そりゃすごい。そういうのも得意なんだねぇ」

「ありがとうございます」

 童磨様はニコニコと笑いながら話を聞いてくれるので、雰囲気としては和やかなものだった。

「…それで、そのチームの一人…山本君のご両親が、こちらの…万世極楽教に入信しているようでして…」

「ほぅ、そりゃあ奇遇だね」

 ここからは言葉の選び方に注意が必要だ。

 間違っても、山本君がここをうさんくさいと思っているので、やめてもらいに来たとは、さすがに言えない。

 なんとか、うまいこと…

 

「極楽とかうさんくさいもんねぇ。やめさせに来たんだよね?」

 

「…えぇっと…まあ、はい」

 向こうからズバッと言ってくれた。その通りだったので、否定はしない。

 

「うん、わかった。連れて行ってくれていいよ」

 

「…ありがとうございます。助かります」

 何の問題もなく終わった。

 最悪の場合は、無惨様の名前…は出すに出せないので、匂わせて何とかしようと思っていたのだが、虎の威を借るなんとやらだ。

「…それで、さ」

「…はい」

 おっと、このまま終わるわけでも、なさそうだぞ。

「こっちも一つ、頼みを聞いてもらいたいんだけど」

「…聞ける類のものでしたら」

 一応、保険はかけておく。

 

 

「君、ちょっとおいしそうだよね。右腕だけでいいから、ちょうだい」

 

 

「…は?」

 

「鬼だからすぐ生えるよね。簡単簡単」

 ニッコリと笑って、とんでもないことを言ってきた。

「いやいやいやいや、イヤですよ、そんなの!」

「えー? …じゃあ、俺の腕もあげるよ。それで交換になるよね」

「いやいやいやいやいや、なりませんよ、いりませんよ!」

 

 

「…じゃあ、さ」

 

 

 その声は真横から聞こえた。

「…え?」

 右肩もポンと叩かれる。

 

 さっきまで目の前にいたのに、いつの間にか隣に移動していた!

 

「アレをやってよ。入れ替わりの血戦で見せてくれたやつ。それでどうだい?」

 

「…アレはその…なかなか、難しいと申しますか…」

「…んー?」

 さっきまでとは圧力が変わった。ぶわっと冷や汗が出るのを感じる。

 

「…猗窩座殿には使ったって聞いたよ。…あの方から、ね」

 

 耳元でささやくように言ってくる。

 ドキドキではなく、ゾワゾワっとくる。

「…えぇっと、ですね…」

 

「…それで猗窩座殿はずいぶん強くなったみたいだね。…それって、ずるくない?」

 

 右肩をもみもみしながら言ってくる。

 

「…猗窩座殿は一番の友人なんだ。俺にも使って欲しいなぁ」

 

 …いやいや、それは絶対に嘘だ。ありえない。

 

(ええ! この方が狛治さんのご友人なんですか?)

 

 …あんたも、簡単に信じない。

 

 

「…戦うべき相手がいります。今は無理です」

 

 

 私はきっぱりとそう答えた。

「…ふーん。まあ、しょうがないか」

 童磨様がそう答えると、隣からの圧力が消えた。

 

 内心ホッとした瞬間だった…

 

 

「…コレで勘弁してあげるよ」

 

 

「…うああああぁぁぁーーーー!!!!」

 慌てて右肩を押さえる。

 痛みは感じなかった。…それでも、それでも!

 

「…うん、やっぱりなかなか美味しいね」

 

 …私の右手の人差し指を咀嚼しながら、なんでもないように言いやがった。

 いつから手に持っていたのか、扇子で口元を押さえながら、ポリポリと私の右腕を…

 

「…君、やっぱり変わった鬼だよね。もっと食べたいなぁ」

 

「…ひっ、…ひひっ…」

 

「…頭さえ無事なら、なんとかなるよねぇ」

 

「…ひぃっ、…ひっひっひっ…」

 

 ズリズリと距離を取る。…怖い。…怖い怖い怖い!

 

 

「…ははは、冗談。もちろん、冗談だよ、あははは…」

 

 

 パチンと扇子を閉じて、こちらに背中を向ける。

 

「…山本だっけ? その夫婦は玄関に行くようにしておくよ。じゃあ、またね」

 

 

 そう言って、教祖の部屋を出て行った。

 

 

 

 うぇえええーーーん! もう二度と来ねえよぉーー!!!




ドキドキ! 十二きづきっ☆ミ
童磨様ルートは難易度…というか、異常度が高過ぎなので、上級者向けですな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60

童磨様に右腕をペロリとされた後です。



 …あのあと、袖がスッパリと斬られた服と、なんだかんだで汚れた下着を替えた。

 

 …それから、まあ、いろいろあって、山本君一家には帰ってもらった。

 

 …とりあえす、山本君の実家の両親には京都に住んでもらうように、魅了した。

 

 

 …ええ、何事も問題はありませんよ?

 

 

「ぐすっ…ぐすっ…」

 

 

(…ああ、よしよし、怖かったよねえ)

 

 …あいつきらい…

 

(そうだねえ、よしよし)

 

 …泣いてなんか、ないんだもんねっ!

 

(うんうん、そうだね。…でも…)

 

 …でも?

 

(…狛治さんも、ご友人は選んだ方がいいと思う)

 

 

 …いや、それはあいつの嘘だから! それだけは間違いないから!!

 

 

 

 

 

 山本君たちと別れて、とりあえず東京方面へと駆ける。

 東京に着いたら、早速不動産屋に行こう。…多分、営業時間外だろうけど、魅了でどうとでもなる。

 

(あんまり無理を言うのは、どうかと思うんだけど)

 

 私は日中動けないんだ。しょうがない。

 

 

 …ふと、感じた。

 

 

 私の認識範囲内に、誰かが飛び込んで来た…まあ、誰かというか、猗窩座様だ!

 私の血、よくぞあの濃い血の中で、心臓に留まれた、すばらしい!

 

 当然のように、そっちに方向転換する。

 

(えっ、急にどうして…ぴーん!)

 

 …ほほう、気付いたかね?

 

(ええ、隠せてませんからね、ニマニマしてます!)

 

 

 仕方ない! 今の私には癒しが必要なんだ!!

 

 

 

 進行方向に、猗窩座様の姿をとらえる。

 

「あっ…」

 

 怪訝そうだったお顔が、ちょっとびっくりした表情になって…

 

「かっ…」

 

 なんというか、しょうがないなあって顔…

 

「ざっ…」

 

 すんごい優しい顔になる…好きっ!

 

「さまーー!!!」

 

 そのままの勢いで跳びついた私を、ふんわりと抱きとめてくれる。

 

(あー! ずるいですー!)

 

 悪霊の言うことは聞こえませーん!

 

(悪霊じゃないです! …たぶん?)

 

 …いや、そこは自信をもって否定して欲しい。

 

 

 

「ふにゃー、ゴロゴロゴロ」

 久しぶりに会った猗窩座様に抱き着いて、甘えまくる。

「なんだなんだ、どうしたー?」

 猗窩座様も、とりあえず、わしゃわしゃとしてくれる。

 

(ああ、ずるいです! …あっ、でも、ちょっと感触が…)

 

 

 あー、やっぱり猗窩座様は優しい! 同じ上弦でも大違いだ!!

 

 

「聞いてください、猗窩座様!」

「おお、どうしたどうしたー?」

 

 かくかくしがじかと、猗窩座様に事情を説明する。…途中、ふがーってなったけど、よしよしされたので、まあよし!!

 

「…あいつは、なあ」

「…あと、猗窩座様が一番の友人だって、言ってましたよ」

 これ以上ないくらいに、イヤそうな顔をされた。

 

(ああ、やっぱり嘘でした)

 

「…そうそう、猗窩座様、これからお時間ありますか?」

「んー、まあ大丈夫だが、何するんだ?」

 にぱーっと笑って、答える。

 

 

「二人の新居を決めましょう!」

 

 

 

(違いますー!!!)




零余子ちゃん、猫みたいです。
零余子猫、きっとかわいい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61

鬼滅の刃のアニメをもう一度見直してます。
忘れていたけど、鬼殺隊って、たったの数百人だったのか…
そりゃあ、関東近辺だけで手一杯だなあ。
九州とか北海道あたりを根城にしたら、鬼殺隊は怖くないなあ。
まあ、一番怖いのは無惨様だけどなw



 二人の新居うんぬんは、残念ながら猗窩座様がのってくれなかったので、東京での拠点を作る予定だと説明して…

 

 拠点を作っていいかどうかは、聞いてみないとわからないと言われて…

 

 自然製薬の東京進出の方がメインだと言い張って、あの方には今度の面談で聞いてみますと、なんとか押し切った。

 

 

 …ちなみに、どんな場所だったら便利ですかと、意見を聞く。…いえいえ、参考です、あくまでも参考ですから!

 

 

 東京のちょっと郊外に、ちょうどいい邸宅があったので、購入しました。…もちろん、風呂付です。

 ついでに、週一で掃除に来てくれる女中さんも雇いました。更に魅了もしたので、ばったり猗窩座様と会っても大丈夫ですね。

 

 えっ? 一緒に物件を回らなかったのかって? …一人で見ましたよ、ちくしょー!

 

(私も見ましたよ)

 

 幽霊は数えません!

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 本日は無惨様との面談です。

 

「面を上げろ」

 

「はっ」

 このやり取りにも大分慣れました。

「この度は、またお願いしたいことがございます」

 

「…なんだ、とりあえず言ってみろ」

 

 無惨様の機嫌がちょっと悪くなりましたが、致し方ありません。

「青い彼岸花関連なのですが、新たなアプローチをしたいと考えております」

 

「ふむ、言ってみろ」

 

「太陽光についての研究、また人体と鬼の体との違いについての研究、その両方から攻めてみようと考えております」

 結局、青い彼岸花研究の目的は、太陽光の克服に他ならない。

 それなら、太陽光の何が鬼の体を殺すのか、そっちから調べてみるのも手だ。

「そのため、鬼の医者…のようなものが必要だと考えました」

 私自身も医学書を見ながら、鬼の体を切り刻んでは見てみたが、所詮は素人の真似事、どこがどう違い、その違いがどうつながるのかとかまでは、まるでわからなかった。

 

「…鬼の、医者か…」

 

 無惨様が私の言葉を聞いて、悩まれる。

 そもそも、鬼はどんな怪我でも治るし、病気にもならないから、鬼の医者というのは、おそらくはいないだろう。

「私もそういった存在はいないとは、思ってます」

 

「…う、…うむ」

 

「そこで、外科手術も何度かしたことがあるという、人間の医者に心当たりがあります。この人間の医者を鬼にしてもらえないでしょうか?」

 

「…それは、どうだろうな。…まず、そもそも鬼になれるかわからないし、死ぬかもしれん。また、鬼になれたとしても、人だった頃の記憶や知識が残るかどうかもわからないぞ」

 

「それはわかっております。…ですので、まずは三人ほど試していただけないでしょうか?

 全員が鬼の医者になれればいいですが、一人だけでも成功すれば御の字です。全員失敗しましても、何度か繰り返せば、一人くらいは成功すると思います」

 

「…うぅむ、そうだな…まあ、いいだろう」

 

「ありがとうございます。…あっと、もう一つ…」

 ペコリと頭を下げたあと、たった今思い出しましたとばかりに追加する。

「…東京の郊外に、自然製薬の名義で拠点を一つ用意致しました。

 私が関東の方に行った際に使おうかと思って購入したのですが、現状はほとんど使用する予定がありません」

 

「…ふむ」

 

「…ですので、関東近辺で動かれている上弦の方々に使用して頂いてはどうだろうかと愚考致します」

 …顔も知らないような木っ端に使われるのは癪なので、上弦の鬼に限定する。…具体的には猗窩座様です。

 

「…黒死牟はいくつか拠点を持っているから必要はないし、童磨のやつもいらんだろうが、…猗窩座はどうしているのか、わからんな」

 

「猗窩座様には、岡山の際にもお世話になりましたので、是非是非、使って頂ければ幸いです」

 

「…猗窩座が使うかどうかはわからんぞ。前に童磨の奴が…猗窩座に拠点をいつでも使っていいよと言っているのに、一度も来たためしがない…と言っていたからな」

 

 

 …それは、あのクソ野郎の拠点を使うのが、嫌だっただけだと思います。

 

 

「…なんだ、お前も童磨の奴は苦手なのか?」

 

 突然、無惨様がそんなことを聞いてきた。…気のせいでないならば、ちょっと面白がっているようにも見えます。

「はい。正直なところ、合わないです。…というか、二度と会いたくないです」

 きっぱりと伝えておく。

 

「なんだなんだ、異常な鬼同士、気が合うかと思っていたが、お前でも合わないか?」

 

 

「…無惨様のお言葉ですが、ハッキリキッパリバッサリと否定させて頂きます!」

 

 

「はっはっはっは、そうかそうか」

 

 

 

 何がおかしいかー!!




うちの無惨様、ちょっとだけ優しい気がするw

無惨様、零余子ちゃんには珠世さんのことは秘密にしてます。
珠世さんに零余子ちゃんを殺されることも恐れてはいるのですが…
それよりも、零余子ちゃんが珠世さんのように逃れ者になることを恐れてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62

部屋掃除、びっくりするほど、やる気が出ませんw



 我が研究所に、三人の鬼の医者が加わりました。

 

 おかげで、研究が一気にはかどりました。…まあ、甘味の方ですけど…

 

 彼ら曰く、舌とかはほとんど人間と変わらないそうで、甘味を感じないのは、脳の受け取り方が変わったからだそうです。

 基本的に、美味いと感じるものは自らの栄養になるものらしく、人間から鬼になり、甘味は鬼の栄養にはならないから、鬼の脳はそれを美味い…甘いと、感じなくなっているらしいです。

 

 つまり、甘味を感じる為には、脳みそをいじくれということで、なかなかハードルが高いです。

 

 …というわけで、十七子(となこ)ちゃんの脳をいじってもらいました。…名前が適当過ぎるって? …もうめんどくさくなったんですよ、仕方ない。

 十七子ちゃんは、尊い犠牲になってもらう予定だったんですが、想定外にうまくいったので、そのまま長子ちゃんもやってもらい、その後、私もやってもらいました。

 そして、三人で毎日甘いものを食べるようになりましたとさ。

 

 

 …ぅんまぁーいーぞぉーー!!

 

 

 結構大きなホールケーキを、三人でペロリといってしまいました。

 ですが、甘味を感じるようにはなりましたが、甘味は鬼の栄養にはなりません。…つまり、太りません!

 

 これは、究極の体を手に入れてしまったのではないでしょうか!?

 

 

 

 もちろん、太陽光の研究も進めてます。

 

 製薬会社というのは、隠れ蓑としてはなかなか良かったようで、日焼け対策のクリームの研究ということで、割と大々的に研究をしてます。

 

 まあ、日に焼けるというか、日で焼けるんですけどね。

 

 

 

 …それと、どうでもいいことなんですが、うちの研究所、ご近所からは帝国軍の軍事開発施設だという噂があったりします。

 自然製薬がわずか数年で、かなり大きな製薬会社になったやっかみもあるんでしょうが、なかなかに不穏な噂を流されたものです。

 

 生物兵器なんて、とんでもない。健全な研究しか、してませんよ?

 

 

 

 そうそう、自然製薬といえば、東京支社を作りました。

 

 …まあ、東京というか、千葉なんですけど。千葉支社というよりは東京支社のほうが、なんかしっくりと来ますよね。今後、東京に支社を作ったら、千葉支社になります、多分ですけど。

 

 というわけで、東京支社の視察を兼ねて、東京出張もしました。…まあ、猗窩座様に会うついでですけどね。

 東京の郊外の邸宅の合い鍵をお渡ししましたよ。鍵だけなのは寂しいので、あわせて根付も用意しました。

 綺麗な雪の結晶が彫り込まれた根付で、うちの幽霊の猛烈な薦めもあって、それにしました。

 

 猗窩座様も気に入っていただけたようで、嬉しいんですけど、なんか複雑な気持ちです。…なんか私、蚊帳の外になってないよね?

 

 

 猗窩座様にちゃんとプレゼントできて、ホクホク顔で列車に揺られている時に、フッと思い出します。

 

 

「…あっ、山坊主と阿修羅にも、鍵を渡してあげようと思ってたんだっけ」

 顔も知らない木っ端に使われるのは嫌だが、あの二人だったら、まあ別にいいかと思ったので、猗窩座様のついでに合い鍵を渡そうと思いつつ、…すっかり忘れてましたよ。

「…阿修羅はともかく、山坊主はすぐに酸っぱい匂いになるからなあ」

 

 また今度、東京出張の予定を入れておくかな。

 

(ふふっ、仲良しなんですね)

 

 …まあ、違わなくは、ないかなあ…

 

 

 

 …列車に揺られ、のほほんと、今日と同じような明日を夢想する…

 

 

 

 …でも、いろんなことが順調な時に限って、落とし穴があったりするんだ…

 

 

 

 ……でも、それに気づくのは、いつも、落ちたあとだ……

 

 

 

 

 

 ………………阿修羅が………

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………死んだ…… 

 




当初の予定通りなんですが、阿修羅、退場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63

ちょっと重めのシリアスな話が続きますが、お付き合いください。



 ざわざわ…ざわざわ…

 

 

 何を言っているのかはわからない。…それでも、家の外にたくさんの人間がいて、普段よりもずっと騒々しかった。

 

 お通夜の間、私は母のそばにいることを許されなかった。

 

 まだほんのりとぬくもりの残る母から引き離され、部屋から出ることを禁じられた。

 

 死というものを、当時は認識できていなかったが、永遠の別れであるということは、なんとなく感じ取れていた気がする。

 

 家の外のざわめきが、波を打ったように静かになり、大きな笛の音が聞こえたあと、人々が遠ざかっていく気配を感じた。

 

 

 母の遺体が入った木棺が、家から出て行ったのだろう。

 

 

 死も、葬儀も、愛も、情も、何もわからない、物心がついてない頃だったが、布団をかぶって静かに泣いたことを思い出した。

 

 

 

 …記憶にないと思っていた、母の葬儀を思い出すあたり、私はだいぶショックを受けているんだなと、ぼんやりと思った。

 

 

 

 

 

 一番最初に会った阿修羅の印象は、六本腕を腕組みし、むっつりと押し黙った表情だった。

 命がけの決戦の後の、自分勝手な打算の結果で、最初の阿修羅との戦いは、そこまで重要なものじゃなかった。

 その後に、阿修羅が私に近づいてきたのも、多分に打算があっただろう。

 

 それは、そういうものだ。きっかけなんて、そんなものだ。

 

 阿修羅と山坊主は、会うたびにいつも張り合っていた。

 口を開けば言い合いをしてたし、なんだかんだと勝負をしていた。

 

 そんな様子を呆れて見ていたが、内心は…友達というものがいなかった私は、きっと羨ましく思っていた…と思う。

 岡山への旅行の時は、邪険に扱ったけど…そんな扱いをしても大丈夫だと、そう甘えていたと思う。…いつからかはわからないが、もう既に友達だと思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 正座をし、静かに佇んでいる零余子は、心ここにあらずというものを体現していた。

 

「…面を上げろ」

 

「……」

 私の声に反応し、零余子が少しだけ顔を上げる。ただ、視線は合わないし、心の声もまるで聞こえてこない。

 

 …なんて、人間臭い鬼なんだ…

 

 思ったのは、それだった。

 仲が良かった阿修羅が死んだことに悲しみ、塞ぎ込み、心が弱っているのだろう。成り立てであっても、こんなに人間臭い鬼はいないだろう。

 怒鳴りつけそうになる衝動を抑え、一つだけ聞いてやる。

 

「…何か、望みはあるか?」

 

「…………」

 静かに瞬いて、こちらを伺ってきた。…今日、初めて視線が合った。

 

 

「…山坊主……に、会いたい…です」

 

 

 わかった…とだけ応じて、送り帰した。

 

 

 

 

 

 

 

 研究所の庭に、大きな石を置いた。

 

「…阿修羅の、…墓か?」

 

 後ろから聞こえてきた声に、振り向かずに応じる。

 

「…うん。…何もないのは、寂しいから…」

 

 戒名もない、何もないただの大きな石。きっと、私たち以外には、墓だとはわからないだろう。

 遺体もなければ、遺骨もない。その墓の下に埋まっているのは…

 

「…前にさ、阿修羅にあつらえて作ったスーツがあったんだ、覚えているかな?」

 

「…ああ、むかつくことに、割と似合ってた奴じゃな」

 

「…ふふ、阿修羅はおっきかったから、できあいのはなかなか合わなくて、それなりに奮発したんだよ」

 

 わずかな期間しか着なかったスーツだけど、それなりに印象に残っている。

 神戸から大阪まで、初めて列車に乗った時、そして大阪観光…ふふ、もちろんデートなんかじゃないよ、私の初デートは高いんだからね…

 

 

 …でも、いいよ。デートにしてあげてもさ…

 

 

 鳴柱に襲われた時は、破かないように脱いでいたな…あの時は、私は必死だったのに、阿修羅はそれなりに余裕があったのかな…

 

「…それ以降は、岡山の旅行まで、あんまり会えなくてさ…」

 

「…そっちが呼んだくせに、あからさまに邪魔者扱いじゃったな」

 

 あの時も、山坊主と阿修羅の二人は仲が良かった。やっぱり二人は仲良しなんじゃんって、思ったもんだよ。

 

「…ねえ、山坊主も話してよ。…私の知らない阿修羅の話をさ」

 

「…お前に会う前じゃと、大した話なんぞ、ないんじゃがのう」

 

 山坊主はそう言いながら、私の横に来て、手に持っていた一升瓶の中身をドプドプと石にかけた。

 

「阿修羅って、お酒が好きだったの?」

 

「知らん。…知らんが、こういうもんじゃろう?」

 

 本で出てくるような鬼は、大概が大酒飲みで、有名な酒呑童子なんかはその最たるものだ。…でも、実際は違う。鬼はお酒では酔わない。そして、生前の阿修羅が酒好きだったのかも、よく知らない。

 

 …それでも、そういう作法はしっくり来た…

 

 どっこいしょと座った山坊主の隣に、私も座り込む。

 阿修羅はここにはいないけど、それでも、三人で車座になる。

 

「…誰かと…さ」

 

「…うん?」

 

「…山坊主と…さ、…阿修羅のことを、話したかったんだ…」

 

「…うん」

 

「…二人がかりだったんだってさ、一人は倒したけど、もう一人の方にやられたんだって…」

 

「…ふん、だらしない奴じゃな」

 

「…ほんと、だよね、…黒死牟様…みたいになるって、言ってた…くせに…さ」

 

「…六本も腕があったんじゃからな、三人まではなんとか、しろよ…な」

 

「…勝てない…でも、さ、…逃げ、れ…ば、良かった…のに…」

 

「…それは、…どうじゃろうな」

 

 

「…それでも、……それでも、生きて…ひんっ…生きてて、くれたら…」

 

 

 山坊主の手が、私の頭にのせられた。

 

 

「…もう、会ぇ…ぁえない…なんて、…そんなの、ぃやだ…よう…」

 

 

 …鬼の死は、ひどく寂しい…

 

 

 …残るのは、想いと…悲しさだけだ…

 

 

 

「…それでも、お前が居てくれたのは、阿修羅にとっては、幸せなことじゃったと、儂は思うぞ…」




とりあえず、ここでも原作同様に、下弦の壱を倒したのは
粂野匡近と不死川実弥のコンビになります。

おそらく原作だと、下弦の壱が殺されても、上弦達は気にしないし
他の下弦達も上が空いたとしか思わなかったと思います。

うちの零余子ちゃんは、どうしようもなく人間臭くて
周りの鬼達にも、ちょっとずつ影響を与えていたりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64

重めのシリアスがまだ続きます。
申し訳ないですが、零余子ちゃんと一緒に乗り越えてください。



 阿修羅が死んでも、世界が止まるわけではない。

 

 日々は流れていく。

 その流れの速さに、戸惑うこともあるけれど、少しずつ、ちょっとずつ、前に向かうしかない。

 

 私がぼんやりとしていても、研究は進んでいく。

 

 古文書の解析はほぼ終わり、青い彼岸花の再現は、代替品などを用いて研究を進められている。

 

 

 私は、それを横目に、甘いものを食べたりするだけだった。

 

 

 

 

 

 ある日、赤紫色をした、彼岸花ができた。

 

 

 二株だけできた、その彼岸花は、偶然の産物だった。…研究室ではなく、いつの間にか庭に咲いていたのだ。

 阿修羅の墓のそばで、いつの間にか生えていたそれは、阿修羅からの贈り物のようにも思えた。

 

 

 その赤紫の彼岸花を注射した鬼の右腕は、四半刻ほどの間、日の光の下で焼け落ちなかった。

 赤い彼岸花をわずかに赤紫色にした成分は、日の光に対して有効であることがここに示された。

 

 

 面談時に、無惨様が引きちぎられた左腕でも、同様のことを試してみたところ、同じく四半刻ほど日の光の下で蠢いた後、燃え尽きたのが確認された。

 つまりは、血の濃さに関係なく、同じ効果があることが示された。

 

 

 

 無惨様は上機嫌になったし、研究所の他のメンバーも沸き上がったが、私自身は戸惑いの方が大きかった。

 

 いろんな出来事が、私を置いて進んでいくようで、何とも言えないもやもやした気持ちを抱えていた。

 

 

 

 

 

 …誰かに甘えたかった。

 

 …私に優しい誰かに、ただただ側にいて欲しかった。

 

 大きく転換した研究が、慌ただしく動いているのを尻目に、東京出張の予定を入れた。

 それでも、問題はなかった。…笑っちゃうことだが、青い彼岸花の研究に、あまり私は必要なかったから。

 

 

 関東方面に行く際には、鬼狩りの様子をうかがう必要があった。

 阿修羅の件を聞いて以来、行ってなかった藤の家紋の家に向かう。

 何度も何度も嫌な話を聞かされた場所なので、正直なところ、行きたくはなかった。…今回だって、憂鬱な気分で重い足を進めた。

 

 

 …それを虫の知らせというのなら、そんな虫は潰してしまいたい…

 

 

 

 

 

 ………山坊主が、……死んだ………

 

 

 

 

 

 …もういやだ…何も聞きたくない…何も知りたくない…

 

 

 …私一人では、受け止めきれない。…この悲しみを分け合える、誰かがもういない…

 

 

 

 ………世界は、どこまでも残酷だ………

 

 

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 想定以上に、ひどい様子だった。

 私に気付いて、伏せていた体をのろのろと動かし、正座をする。

 心ここにあらずどころか、魂すらもないのではないかと感じてしまう。

 

「……無惨さま…」

 

 声をかけあぐねていると、零余子が口を開いた。

「…なんだ?」

 

 

「…下弦の鬼は、…何の為にいるのでしょうか?」

 

 

 その言葉には、何の感情も乗っていなかった。

「…それは…」

 

「…ただ、鬼殺の剣士を柱にするためだけに、存在するのでしょうか?」

 

 下弦の鬼の殺されるペースは、確かに異常だった。

 今の鬼殺隊の実力が高いのか、それほど弱くもない下弦の鬼達が、バタバタと殺されている。

 

 

「…十二鬼月に、下弦は必要なんでしょうか?」

 

 

 下弦の肆である零余子の、その言葉は非常に重い。

 捨て鉢になったのならまだわかるが、そこには単純な疑問しか感じ取れない、こころがどこかに抜け落ちたかのようだった。

 

「…不要というわけではない。お前がいるし、累もいる」

 

「…累くん…大丈夫かなぁ…魅了の強化をした方が…ああ、でも…それは、あんまり効果ないか…」

 ぶつぶつと言っている零余子は、もう既に壊れてしまったのではないかと、本気で思わせた。

 

「…ふぅ」

 

 息を一つつき、鳴女に合図を送る。

 

 

 べべんっ!

 

 

「…現状、下弦の鬼達がバタバタと殺されている。関西にいるお前は大丈夫だとは思うが、護衛をつけることにした」

 

 

「…え?」

 

 

「…下弦の肆の護衛、確かに承りました」

 

 

 

 零余子の隣で正座していた猗窩座が、頭を下げて、そう応じた。




ほぼゼロになった零余子ちゃんのライフを、なんとか回復させるため
ヒーローでヒーラーの登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65

重いシリアス展開、なんとか連休中に終了です!
鬱展開にお付き合い頂き、ありがとうございました。



「…猗窩座、さま…」

 

 私が呼びかけると、こちらを横目で伺って、優しく微笑んでくれた。

 

「…ふぇぇ…あがざざまぁ…」

 止まっていた心が、動き出したように感じる。

 

(狛治さん!)

 

 幽霊の後押しも受けて、そのまま猗窩座様に抱き着く。

「…まいったな」

 そう言いながらも、抱きしめ返してくれる。

 

 

「…家でやれ!」

 

 

 …当たり前だけど、怒られた。

 

 

 べべんっ!

 

 

 動き出した感情が、猗窩座様を前にして、私にひらめきを与えてくれた。

 

 それは、危険ではあるが、試してみたいことだった。…そして、時機もちょうど良かった。

 

「…猗窩座様、一つ、試したいことがあります!」

 

 それは、お願いというよりは、宣言に近かった。

 だから、猗窩座様は苦笑しながらも、頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 深夜、研究所の地下室に二人で…二人きりで、密会をする。

 

(二人きりではないです!)

 

 すかさず幽霊の突っ込みが入る。前だったら、舌打ちでもして返していただろうが、…でも、この幽霊…恋雪の存在が、私にこれを試そうと思わせたんだ。

 

「猗窩座様、やります!」

 

「おう、いつでもいいぞ」

 猗窩座様の心強い返答を受けて、右手に用意していたものを鳴らす。

 

 

 チーン……チーン…

 

 

 ここは岡山の備中鍾乳穴ではないが、あいつは新月の晩に鳴らせとしか言わなかった。…だから、大丈夫なはずだ。

 

 

 フッ…

 

 

 煌々とついていた、地下室の明かりが消える。

 

 

 チーン……チーン…

 

 

 青い鬼火が現れて、辺りを青く照らす。

 ここはもう、研究所の地下室じゃない。…まぎれもない異界だった。

 

 

 チーン……チーン…

 

 

 暗闇の中、ずるりと現れるのは、黄金の仮面を被った黒衣の大男。

 

「かかか、久しいな、鬼擬きども」

 

 私がこれまでに会った中で、最強の敵…方相氏を呼び出すことに成功した。

 

 

 

 …でも、本当に用があったのは、方相氏じゃない。

 

 

 

「…山坊主! 阿修羅! ここにいる!?」

 

 ここは彼岸だ。遥か昔に亡くなった恋雪の魂だって、ここにはあった。山坊主の、阿修羅の魂がここにいてもおかしくない。…いるはずなんだ。

 

「…ねぇ、応えて、応えてよ!」

 

 本当はわかっている。たとえここに居てくれたとしても、応じることなんてできないんだってことは。…そもそもが、本当に居てくれるかも…

 

「かかか、儂を呼び出すことの方がついでとは、なかなか面白い奴じゃ」

 

「…ねぇ、方相氏、ここに山坊主は、阿修羅はいてくれる? …教えて欲しい」

 答えてくれるかはわからない。…でも、この場でそれがわかりそうなのは、方相氏だけだった。

「そいつらは、こないだの残りの鬼擬きのことか?」

 方相氏の言葉に、頷いて返した。

 

「それは運がいいのう、奴らは儂の贄じゃからの。儂に引き寄せられて、それ、そこにおるぞ」

 

「本当っ!? 山坊主っ! 阿修羅っ! 聞こえてるっ!?」

 

 方相氏に肯定され、自信をもって呼びかける。

 

「…ねえ、私のそばに来てよ! 恋雪みたいに、私の中に来て! そしたら、…そしたら、またお話しようよ!」

 

「……こゆき?」

 

「かかか、さすがに三つは入るまい。器が壊れるかもしれんぞ」

 

「…少しの間でも、わずかな時間でも、会いたいよぉ…」

 

 どうしたら魂が入るスペースができるかはわからない。…とりあえず、詰める! 恋雪ももっと詰めて!

 

(ええ、…ど、どうすれば…)

 

 

「かかかかかっ、せっかくじゃ、さーびすしてやろう」

 

 

 チーン……チーン…

 

 

 方相氏が、いつの間にか手にしていた五鈷鈴を鳴らすと、ぬるりと新しい方相氏が二人現れた。

 

「儂の形代を、少しだけ貸してやろう」

 

「…これは!」

「…喋れるのか?」

 

 動いて、喋る、新しい二人の方相氏…ううん、会いたかった二人に、無我夢中で飛びつく!

 

 

「山坊主! 阿修羅!」

 

 

 

「「零余子っ!」」




方相氏も零余子ちゃんには優しいw
人外を惹きつける零余子ちゃんの魅力、そこにシビれる! あこがれるゥ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66

大分遅くなりましたが、更新です、
こんな時間なのが、まだ連休が抜けきってないです。
明日やばい。



「ふぇぇぇえええーーーーーん!!」

 

 会ったらどうしようとか、まるで考えてなかった。ただただ、また会えたことを喜ぶだけだった。

 

「「…すまんかったなあ」」

 

 二人が同時に謝罪の言葉を述べて来た。…駄目だよ、許さないよ。

 

 

 

 阿修羅の方の方相氏が、仮面を外す。その下から現れたのは、阿修羅の顔だった。

「…人の頃の記憶を、思い出したんだ」

 阿修羅が、静かに語り始めた。

「…まあ、とは言っても、ロクなもんじゃあなかったがな。

 貧乏農家の七男、口減らしで捨てられる前に出て行って、そこからは生きていくために何でもやったもんさ。

 ちょうどその頃は、幕末の動乱期だったからな。幕府側と維新側、どっちでも良かったんだが、生まれを問われなかったから、新選組に入った…」

 

「えっ!? 新選組? すごいっ! 誰々?」

 

「…くく、お前はそこに食いつくのな。まあ、歴史に名を残せる程、偉くもなければ、強くもなかったよ。

 京都に縁があったのには驚いたが、あの頃の京都は、毎夜どこかで人が死んでいた。それこそ、鬼がいるから夜は外に出るなって言われてたくらいだ」

 

 勝った側が歴史を作る。新選組は極悪非道の組織のように言われているけど、実際はどっこいどっこいだっただろう。

 実際に京都に住んでいると、維新志士のほうがひどかったという声もよく聞く。

 

「…で、まあ、新選組と維新志士がやりあっている時に、あの方が現れて、まあ両方皆殺しにして、俺だけが鬼として生まれ変わったってわけだ」

 

 

 それが、人だった頃の阿修羅の人生か。

 

 

「…まあ、あの方を追っていたのか、あるいはたまたまなのかは知らないが、鬼殺隊の柱も京都にやって来ていて、その柱と黒死牟様の戦いを見たのが、俺の鬼としての全ての始まりだったわけだ」

「そのころからの目標ってわけだ」

 私のその言葉に、阿修羅がコクリと頷いた。

「…まあ、それからは黒死牟様の技の再現と、強くなるためになんだってやった。

 そう言ってしまうと、人間だった頃と変わらないな。記憶はなかったんだがな」

 

 そこで、阿修羅が静かにこちらを見詰めて来た。

 

「…正直なところ、俺をやった鬼殺隊にも特に恨みなんてない。…まあ、そんなもんだろうなって、腑に落ちたもんさ」

 

 

「…ただ最後に、お前に感謝の気持ちを伝えておきたかった」

 

 

「…感謝って」

 

「…闘争しかなかった、俺の人生と鬼の生、暖かかったり、柔らかい気持ちをちょっとだけでも持てたのは、お前のおかげだった」

「…阿修羅…」

「…ありがとう。…最後にそれだけは伝えたかった」

 

 

「…最後って!」

 

 

「…儂は少し違ったかな」

 

 

 

 私の言葉に被せるように、方相氏の仮面を外した山坊主が話を始めた。




幕末コソコソ噂話
「阿修羅の過去は、新選組隊士でした。
 京都の治安維持に、京都守護職の会津藩主、松平容保(かたもり)は二つの組織を作ったよ。
 一つが、京都見廻組で、旗本、御家人の武士しかなれなかったけど、
 もう一つの新選組は町民、農民でもなれた。
 でも、組織としては、京都見廻組に数段劣る、会津藩預かりの非正規組織だったんだ。
 今では、新選組の方が知名度が断然上だけどね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67

本誌鬼滅、現代は二部なのか、エピローグなのか?
それとも、まさかのキメツ学園なのか?



「…儂が人間だった頃は、あの廃寺…当時はちゃんとした寺だったわけじゃが、そこの坊主をやっていた。記憶はなかったが、あそこを根城にしていたんじゃ、何か離れがたいものがあったのかもしれんな」

 

「いつくらいの話だ?」

 

 阿修羅がもうすっかりと、山坊主の話を聞く体勢に切り替わっていた。

 

「お前とさほど変わらんな。幕末のごたごたで、世の中は荒れ放題じゃった。

 儂は寺にみなしごを集めて育てておった。まあ言っても、なんとか食わせるだけで精一杯じゃったがな」

 

「俺なんかと違い、立派なもんじゃないか」

 

「…じゃが、そんな生活も長くは続かなんだ。

 元が維新志士か幕府側かは知らんが、落ちぶれて野盗になった連中に、寺を襲われた。…ちょうど儂が、村に食料をもらいに降りていた時じゃった」

 

 山坊主の言葉に、後悔の念が乗っているのを感じる。

 

「…儂が居たところで、どれだけのことができたかはわからん。単に死体が一つ増えただけにしかならんかったかもしれん。…じゃが、それでも、せめて一緒に死んでやることはできたとも言える」

 

「…山坊主…」

 

「…子供らのなきがらを埋めた後、寺に残してあった槍を一本持って、奴らのあじとに乗り込んだ。勝てるとも思わなかったし、生きて帰るつもりもなかった。

 ただ、儂の怒りをぶつけたかっただけじゃ」

 

 話の内容のわりに、山坊主はただ淡々と話す。

 

「…二、三人は殺したと思うが、それからはよく覚えておらん。記憶が戻ったわりに、あやふやなもんじゃな。

 奴らは十人以上いたから、ひょっとしたらあと数人ばかりは殺したかもしれんが、儂は奴らに殺された。

 …そして、奴らの残りはあの方に殺されたんじゃろう。

 鬼となっての最初の記憶は、血だまりの中で悪鬼となった儂が笑っておったところじゃった」

 

 

 それが、人だった山坊主の最期であり、鬼になった山坊主の最初なわけだ。

 

 

「…それからは、あの廃寺に籠り、やってくる野盗、単に近くに来ただけの人間、区別なく殺して喰った。逃げも隠れもせずに、あの廃寺に居たからのう、そろそろ来たじゃろう鬼殺隊の柱に殺されていたはずじゃった」

 

 一番最初に山坊主の噂で、そういう話を聞いた。いよいよ柱が赴こうとした時には、忽然と姿を消していたと。

 

「…まさにその時、あの方に声をかけられ、十二鬼月入りを果たしたわけじゃ。その後は各地を転々としながら、青い彼岸花を探してたんじゃが…」

 

 そこで、山坊主が阿修羅を見る。

 

「…十二鬼月から落ちたら、まあ、どうでもいいと思われたんじゃろうな、好きにしろと言うことで、またあの廃寺に戻って来たということじゃ」

 

 無惨様の勝手気ままな命令のせいとは言え、そのおかげで山坊主は何十年と鬼殺隊に目をつけられながらも、ここまで生き残れたとも言える。

 

 

 …もっとも、そこまでは…とも言える。

 

 

「…後は、妙な鬼っ子が山に来てからは、いろんなことがあったのう」

 

 山坊主が優し気な表情で、こちらを見詰めて来た。

 

「…お前さんとのいろいろは、思い出した人間の頃の子供らと過ごしたものに、よく似ていた。ぎゃーぎゃーと騒がしかったが、とても楽しかった」

 

 

 …なんだろう、これ…

 

 

「…阿修羅と同様に、感謝の気持ちはもちろんあるんじゃが、…それよりも儂は、阿修羅の墓の前でお主と話したのもあったからの…」

 

 

 …阿修羅の話も、山坊主の話も…

 

 

「…お主にまた、寂しい気持ちにすることが、申し訳なかった。それだけを謝りたかった…」

 

 

 …こんなの、まるで…まるでっ!

 

 

「…すまんかったのう。…それに楽しかった。嬉しかった。ありがとうなあ」

 

 

 

 …遺言じゃないか…

 

 

 

「そんなの駄目っ! そんなことが聞きたいわけじゃないっ!!」

 

 私はあわてて嫌な流れを止める。

 二人と最後の挨拶をするために、方相氏を呼んだわけじゃないんだ!

 

「方相氏!」

「なんじゃ?」

「少しの間ってどれくらい? 三百年くらい?」

 

「「ぶふぉっ!」」

 

「…くくく」

 

 私の問いかけに、阿修羅と山坊主が揃って変な咳をし、猗窩座様が楽しそうに笑う。

 

「かかか、ずいぶん図々しいな。…さすがにそれを、少しの間とは言わんわな」

 

 方相氏が渋る。ここまでしたんだ。もっとサービスしろ!

 

 

「…わかった。三百年で、三万圓出す!

 京都で方相氏が祀られている、吉田神社に寄付する!!」

 

 

「…ちなみに、三万圓ってどれくらいの価値じゃ?」

 

 乗って来た!! やっぱりこいつ、割と俗物だ!!

 

「…京都ででっかい家が建てれるくらい」

 決して安くはない。でも、今の私だったら、無理すれば出せなくはない額だ。

「…まあ、良かろう。三百年な」

 

 勝った! …買った…の方かもしれないけど。

 

「…三百年後、また応相談ってことで」

 

 

 方相氏と、がっしり握手をする。商談成立だ。

 

 

「…えっと、これって」

「…どうなったんじゃ?」

 

 

「…くくく、お前らは方相氏に売られ、零余子に買われちゃったんだよ」

 

 

 

 …まあ、そういうことに…なるのかな?




大正コソコソ噂話
「大正元年の一圓の貨幣価値は、令和元年の一万円くらいになるかな。
 三万圓は、大体三億円くらい相当ってことで、結構奮発したよ。
 さすがに私のポケットマネーでは厳しいので、自然製薬の方から…ね。
 業務上横領? …ちゃ、ちゃんと会計には記載したから、大丈夫! …だよね?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68

伯治さんと恋雪さん、キメツ学園で最も幸せなカップルですな。

この間には、誰も入り込めませんなw



 吉田神社への三万圓寄付については、いろいろありましたが、まあ、なんとかなりましたよ。

 もちろん、こっそりなんかじゃなく、大々的に寄付しました。

 新聞にも載りましたし、他にもいろいろと、うまいことやってくれましたよ。宣伝部の皆さんが、ですけどね。

 方相氏との約束は、こうしてキッチリと果たしました。

 

 山坊主と阿修羅の体についてですが、もちろん鬼の体とは全然違います。

 方相氏の体と同じように、血肉ではなく、なんかよくわからない堅いものでできています。その割には、滑らかに動くようで、実に謎です。

 食事は必要ないようで、普通の食べ物も、人の血肉も必要ないみたいです。

 もちろん、鬼の体じゃないから、血鬼術は使えないようです。山坊主は不動金縛りの術も、粉砕爆破の術も使えなくなりましたし、阿修羅も月剣擬はもちろん、六本腕自体になれなくなったようです。

 

 でも、そういったデメリットをしのぐ、メリットもあります。

 まず、攻撃力がすごく上がったみたいです。

 そして、防御力もすごく上がったみたいです。…いや、私のことじゃないし、伝聞になるのは仕方ないじゃん。

 

 …でも、なによりも大きいのは、鬼よりも更に死ににくくなったことです。

 

 太陽の下でも、燃えないです。…その代わりに、石像みたいになって、動けなくなるようです。

 日が沈むとまた動けるようになるので、ある意味、太陽を克服したと言えるかもしれません。

 また、おそらく日輪刀で首を刎ねられても、死なないだろうと…言ってました。こちらは試してませんから確実ではないですが、二人共にそういう実感があるようです。

 

 こうして、パワーアップをした山坊主と阿修羅は、私の護衛になりました。

 猗窩座様もいるし、完璧な陣容です!

 柱が二、三人で襲ってこようとも、へっちゃらです!!

 

 

 

 

 

 山坊主と阿修羅の件、無惨様にどう報告しようかと思っていたところ、それどころではない研究成果が報告されました。

 

 紫色の彼岸花ができました!

 

 山本君が中心になって見つけた古文書の解釈から、作成できたらしく、その薬効もすばらしいものでした。私も右腕を犠牲にした甲斐があったというものです。

 四半刻だった赤紫色の彼岸花よりも、その効果時間は四倍の一刻にまで伸びました。

 この彼岸花を青くした成分は、太陽の光と反応するらしく、その反応は鬼の体が太陽の光で燃える反応よりも優先されるため、この成分が体に残っている間は燃え上がらないとの説明を受けました。

 一株から抽出できる成分で、トータル二時間、太陽の光が克服されるわけなんですが、じゃあ、四株から抽出した成分だと八時間になるかというと、そうではないらしく、二時間までみたいでした。

 それ以上の成分は、体に残らずに排出されるのだろうとのことです。

 この成分を注射した鬼に、一時間太陽の光を浴びせ、次の日にも一時間太陽の光を浴びせると、焦げだしたので、そこで実験を中断し、また成分を注射して実験したところ、再び二時間もつことがわかりました。

 一時間太陽の光を浴びせた段階で注射してみても、そこからもつのは二時間でしたので、効果時間の最大値は二時間で、但しその間に何回か注射することで、一日もつことも可能だとわかりました。

 

 これ、もう完成したと言ってもいいんじゃね…と思わなくもなかったのですが、無惨様からは、ここまで来たんだ、あともう少し頑張ろうぜ…みたいなことを言われたので、研究は続けます。

 報告の際に、十本の薬を収めたのですが、早速一本取りこむと…

 

「ちょっと席を外すぞ」

 

 …と、そわそわと上機嫌で出て行って、一時間ほど放置されましたが、鳴女さんとしょうがないなあ…と苦笑をしたものです。

 

 山坊主と阿修羅の件の報告は…まあ、いいか。

 

 

 

 

 

 東京大正博覧会に行くことになりました。

 そういや、東京出張を入れてたなと、すっかり忘れておりましたよ。

 東京府が上野公園でやっている博覧会で、それなりに盛況らしく、初日には一万五千人ほどの入場者だったみたいです。

 そこに行くのは、仕事といえば仕事だし、遊びといえば遊びと言えます。

 基本的に外に並びまくることになるので、鬼が行くのは普通はありえないんですが、私には紫の彼岸花の薬と、魅了があります。

 少々の屋外もなんのそのだし、VIP待遇で並ばず、いろんなところが見れるので、猗窩座様とのデートにもピッタリです。…ああ、いや、お仕事ですよ? 

 

(思いっきりデートって、思ってました!)

 

 うるさい幽霊です。

 ちゃんと仕事もしますよ。最新の医療機器や実験機器も展示されているので、まずはそこから行きますか。

 

「ささ、猗窩座様、行きますよ」

「…お、おう」

(何をさらっと、腕を組んでるんですかー!)

 

 聞こえませーん!

 

 

 

 

 

 

 

「…今のって?」

「…どうしました、しのぶ様?」

「…いえ、なんでもありませんよ」




変なフラグを残しつつ、青い彼岸花の完成は近い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69

ジャンプだから二部あるだろうと思ってましたが、どうも本当に終わるっぽい?
いろんなニュースになってて、鬼滅の刃すごいなと思ってます。



 さあ、クリスマスが近づいて来ましたよ!

 

 実家では、まったくなじみのなかった催しですが、上星卿の邸宅では、息子の譲三君が小さかったこともあり、大々的にパーティーをやってましたよ。クリスマスツリーに、サンタさんの扮装をして、七面鳥を丸焼きにし、でっかいケーキもありました。

 山坊主と阿修羅もクリスマスは多分知らないだろうし、猗窩座様と悪霊も知らないでしょう?

 

(悪霊じゃないですー!)

 

 研究も順調だし、サプライズパーティーといきますかね?

 さすがに誰も食べられない七面鳥は焼きませんが、でっかいケーキは予約しましたよ。…大丈夫、長子ちゃんと一緒に綺麗に食べつくす自信はあります。

 地下室の一つをパーティー会場にし、数日前から三人でこそこそと飾り付けをやってます。後は当日ケーキを受け取りに行くだけです。

 藤の家紋の家で確認したところ、柱は全員こちら方面にはいませんし、そもそも関西方面に任務のある鬼殺隊士自体がいませんでした。

 

 無惨様への定期報告のあと、閉店前に取りに行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

「面を上げろ」

 

「はっ!」

 私の言葉に、零余子が顔を上げる。

 ニヘラッとした、まるで緊張感がない顔だ。最初の頃はもう少し緊張感があったというか、オドオドビクビクしていたくせに、ずいぶん調子に乗って来たものだ。

 

「青い彼岸花についてですが、そろそろできると思われます」

 

「ほう! 言ったな」

 

 私は推測でものを言われることが嫌いだ。…だが、こいつはそれをわかっている風で、こんなようなことを今までは言ったことがない。

「自慢になりますが、うちの研究所は世界最先端の設備が導入されております。

 先ごろ、彼岸花を赤くする遺伝子を見つけました。そして、それを取り除くことで紫の彼岸花が青くなるというわけです」

 

「なるほど」

 

「無惨様へのクリスマスプレゼントとして、できましたの報告が今回できれば良かったのですが、次回にはもっとはっきりとした報告ができるものと思います」

「そうか、期待しているぞ」

「はっ!」

 

 

 べべんっ!

 

 

「ふー」

 

 まだできてはいない。完成はしていない。…それでも、ようやくここまで来たかと思うと、感慨深いものがある。

 鬼になって千年、…そして、あの馬鹿を鬼にして十年、長いようで短かったようにも思える。

 

「…さて、今後はどうするかな…」

 

 太陽を克服した後のことを考える…はっきり言って、初めて考えると言っても過言ではない。

 これまでの思考は、全てどうやって太陽を克服するかに行きついており、それ以降のことを考える余裕など、まるでなかった。

 

「…くくく」

 

 そう言えば、あいつについて最初の頃は、癪に障ることばかりで、終わったらぶち殺してやろうと思っていたのが懐かしい気分になる。

 青い彼岸花を作った功績に対してそれでは、さすがにあまりにあまりだ。

 それにあいつは、非常に有用だ。処分するなどもったいない話だ。

 もう鬼を作る必要はなくなるだろうし、無駄な鬼は処分する必要があるだろう。…いやいや、その前に鬼殺隊をなんとかしないとな。

 

 青い彼岸花ができたら、今度は鬼殺隊の本部を探させるとするか。あいつにかかれば、さっさと見つけ出しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…雪は、降らなさそうだなぁ」

 

 空を見上げて、嘆息する。

 クリスマスの夜に雪が降るなんて、いい感じだと思うのだが、天気ばかりはどうしようもない。

 

 月が綺麗だから、それで満足しないとね。

 

 予約していたホールのクリスマスケーキを手に、のんびりと京都の町を歩く。

 

 

「こんばんは。今日は月が綺麗ですね」

 

 

 

 いきなり、背後から声をかけられた。




フラグ回収です。
こちらもそろそろ完結が見えてきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70

鬼滅の刃、最終回おめでとうございました!
いやー、つっこみどころが満載でしたね。
むしろ、つっこみどころしかなかったw



 ばっと振り向くと、一人の少女が佇んでいた。…蝶の髪飾りを頭につけた、小柄な少女だった。

 

「…うーん、不思議な感じですね。あんまり食べてないんでしょうか?」

 

 鬼殺隊だ。…それも、かなり強い。

 

「…こっちの方に来てるなんて、珍しいですね…」

 

 関西方面への任務を持っている隊士は…それも、強い剣士はいないはずだった。

 

「…あー、内緒で来たんですよ。しー…です」

 

 口元で人差し指を立てて、茶目っ気たっぷりにニコニコと笑っているが、もちろん、こちらとしては、全然笑えない。

 

「…下弦の肆、…成宮さんが言っていた方ですよね? 可愛いお嬢さん」

 

 体格は同じか、向こうの方が小さいくらい。

 

「…大阪で会ったって聞いてますよ? 鳴柱さんです。…元…が、ついちゃいましたけどね」

 

 

 

 …多分、…いや、絶対に勝てない!

 

 

 

 手に持っていたケーキの箱を投げつけて、逃走する。…まっすぐに、全力で!

 

「…もちろん、逃がしませんよ」

 

 強さならともかく、速さなら…

 

 

 

 …蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角(せいれいのまい ふくがんろっかく)…

 

 

 

「…ぁがっ!」

 

 やすやすと追いつかれ、背後から六回の突きを食らった。…そのうちの一つは、心臓を破っている。…まずい!

 

「…待っ、…わた…」

 

 

 べべんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 さらなる攻撃を受ける前に、無限城へと呼び寄せた。

 

「…かはっ…はひゅ…」

 

 立っていられないようで、へたり込んでいる。呼吸もままならないようだ。…そして、顔色は真っ白を大きく通り越して、紫色になっている。…毒、なのか?

 

 ドギュ…

 

 首筋に触手を突き立てる。

 

 ドクン…ドクン…

 

「血を分けてやる。それで毒の分解をしろ!」

 

 鬼にも効果があるなんて、どんな毒なのかはわからない。…ただ、どんな毒であっても、私の血を濃くすれば分解することができるはずだ。

 

「…あっ、まっ…がひゅっ…」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 …何が起こった?

 

 …どういうことだ?

 

 

 …毒のせいなのか、あるいは、血に適応しきれなかったのか…

 

 

「…そんな…ばかな…」

 

 

 …ぐじゅぐじゅと広がっている、コレはなんだ?

 

 

 

「…そんな、馬鹿な話が…」

 

 

 

 …頭の中がまっしろになる。…こんなことが、ありえていいはずがない。

 

 

 

 …次回にはもっとはっきりとした報告ができるものと思います…

 

 

 

「…は、はは…ははは…」

 

 

 

 …あと少し…あともう少しだったんだ…

 

 

 

「…あ、猗窩座ぁぁああぁぁぁーーー!!!」

 

 

 …こうならないよう…こんな馬鹿なことにならないように、猗窩座の奴をつけていたはずだ! …あいつは一体何をして!!

 

 

 

「…猗窩座が…いない!?」

 

 

 

 京都にいるはずの、猗窩座を認識できなかった。




さてさて、猗窩座様はどこにいったのか?
そもそも、零余子ちゃんはどうなったのか?

いずれも次回、最終回!! …か、その一個前くらいw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71

ジャンプは容赦なく捨てる派なので、余裕で切れると思ってたんですが…
さすがに、ページ配置ミスってるねえ。でもコピーも可とは思い切りましたね。



 べべんっ!

 

 

 十二鬼月の上弦と下弦…全員が呼ばれたようだ。…いや、全員…ではない。上弦の参及び、下弦の肆がいない。

 

「…下弦の肆、…零余子が消えた。…上弦の参、猗窩座もだ」

 

 無惨様の機嫌は目に見えて悪い。…まあ、そうだろうね。

 

「お前達全員で、捜索を開始しろ、あらゆる任務よりも優先、最優先でだ!」

 

 無惨様のその言葉に、あんまりしたくはなかったが、手を挙げる。

 

「…累、なんだ?」

 

 その顔は、どうでもいいことだと、お前でも許さんぞと言っているようだった。

 

 

「…会いましたよ、昨日、両名に」

 

 

 

「…はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、那田蜘蛛山に来ていた。

 

「累君、おひさ!」

「…しばらく」

「久しぶりじゃのう」

「…よう」

 

 累君は、ちょっと暗い空を見上げた後に…

 

「…いろいろと聞きたいことはあるんだけど…さ、…何しに来たの?」

 

「うん! 大事な話なの!」

 

 そう、大事な話があって、こんなところまでやって来たのだ。

 

 

 

 

 

「…えっとね、話は長くなるかもしれないんだけど…」

「…できるだけ簡単にお願いするよ」

 久しぶりに会ったけど、累君は相変わらずだ。

 

「…まずね、なんか、いろんな美味しいものが食べたくなったのよ」

 

「…うん。…うん?」

「…いろいろいじって、甘いものは食べられるようになったけどさ、美味しいものって他にもいっぱいあるじゃない? …うん、人間の欲望ってキリがないね」

「…突っ込みどころしかないけど、…とりあえずお前は人間じゃないからね」

「…そうやって、二十三子(ふみこ)ちゃんをいじってたらさ」

「…いや、知らないし」

 

「…なんか、無惨様の呪いが外れたのよ」

 

「…あー、なんと言っていいのか…」

「…正直さ、無惨様の呪いって、怖いじゃない?」

「…まあ、うん、そーだね」

「…私ってば、うっかり無惨様の名前を言ってしまいそうな、そんなドジなところがあるじゃない?」

「…ああ、うん、うっかり言いそうだね」

「…だからさ、長子ちゃんにも呪いを外す処置をしてもらった後、私も処置したのよ」

「…へー」

 大事な話をしているんだけど、どうも累君の反応は軽い気がするなあ。

「…でもさ、そこで気付いたのよ」

「…何に?」

 

「…私、ほぼ毎週、無惨様に会う必要があるということに!」

 

「…あぁ」

「…無惨様に会ったときにさ、…あれ、こいつ呪い外れてね? …すわっ、裏切ったか!? …って、思われるかもしれないじゃない!」

「…思われるかもしれないね」

「…これはまずいってことで、影武者を用意する必要があったわけなのよ。

 それで、私に背格好が近いのって、まずは長子ちゃんなんだけど…ああ、長子ちゃんはこの子ね」

 ついでに長子ちゃんを紹介しておく。

 初めましてとかしこまる長子ちゃんと、どうでも良さそうに鷹揚に対応する累君。

「…長子ちゃんはいい子だから可哀そうだし、それに既に同じように呪いを外しているから、影武者にはなれない。

 そこで、別に、十七子ちゃんを影武者にしました」

「…いや、知らないし」

「…背格好は同じくらいだったんで、顔だけいじって、魅了で強力な暗示をかけたんだけど…」

 そこで言葉をためる。

 

「…暗示が効きすぎて、お馬鹿さんになっちゃったのよ」

 

「…ああ、そう」

「…とりあえず、まずいなあとは思いつつ、私の左目を移植したんだけど、…そしたら、なんか、再生した私の左目と繋がっているようで、視界が共有できてて、更に更に、十七子ちゃんを私が自由に動かせたり、喋らせたりできるようになったのよ!

 ついでに物も聞こえたし、脳を乗っ取ったのかもね」

「…ああ、そーなんだ」

 ここ、すごく重要なことなのに、累君は感情が死んでいるんじゃないの?

「…まあ、おかげで、急場をしのぐことはできたんだけど、さすがにずーっとは無理じゃない?」

「…まあ、そーだろーね」

 

 

 

「…なんとかしないとダメなんだけど、そしたらさ、そんなゴタゴタの間に、青い彼岸花もできちゃって」

 

 

 

「…いや、…それ、…軽く言ったね」

 さすがの累君も、これには反応した。

「…これは報告しないとダメなんだけど、私は直接行けないし、青い彼岸花が完成したら、大体のことは許してくれそうだけど、呪いを外すのはちょっと微妙かもって思うし」

「…微妙だね」

「…とにかく、何も思い浮かばないし、とりあえずクリスマスだから、パーティーはしようと思って…」

 

「…うん、その流れはおかしいよね」

 

 冷静に突っ込んできた。うるさいなあ、仕方ないんだよ。

「…まあ、それで、影武者の十七子ちゃんにケーキを受け取りに行ってもらったら、帰りに鬼殺隊士と出くわしたのよ」

「…はー」

「…最初はやばいって思ったんだけど、…これって、ある意味チャンスじゃね?って逆に思ったのよ」

「…へー」

「…そこで、猗窩座様にも呪いを外す処置を始めて、その時間を捻出するためにも粘ろうとしたんだけど、いやあ、その剣士が強くって、心臓に突きを食らって、私の血が流れ出して、十七子ちゃんの魅了が解けたときには、これはまずいって思ったんだけどさ」

「…ほー」

 私が一方的に話しているわけなんだけど、累君はもうちょっと真剣に聞くべきだと思う。

「…そこで無惨様に救出されて、でも、毒を食らってたから…そう、毒なんだよ! …鬼にも効く毒なんてあるんだねえ。

 おっと、話がそれたけど、解毒の為に無惨様が血を分けてくれたんだけど、それがトドメになって、…とりあえず、その間に猗窩座様の処置はなんとか間に合ったんだよ」

「…ふーん」

「…それでまあ、影武者の死を目くらましにして、すたこらさっさと、とりあえず国外に逃げれば平気かなと…」

 

 

「…うん、大体の流れはわかったけどさ、最初の質問の答えじゃないよね? …何しに来たの?」

 

 

「…うん、つい逃げちゃったけど、あ、これ完全に裏切った流れじゃねって思って、その、…うん」

 そこで、持ってきていたカバンを、累君の目の前に置く。

「青い彼岸花の薬が三つと、その研究レポートが入ってます」

「…うん」

 

 

「…どうか、うまいこと、無惨様に言っておいてください」

 

 

 綺麗な土下座を披露しました。

 

 

「…まあ、一応、今聞いたことを話すけどさ、一つ良いかな」

「…うん、何かな?」

 

「…さっき言ってた、国外に脱出…だっけ? …日本からいなくなったら、さすがに追いかけようがなかったと思うんだけど、なんでそのまま逃げなかったの?」

 

 累君は変なこと聞くなあ。

 

「…いやあ、さすがに日本に戻ってこれないっていうのは嫌だったし、それに…」

 

 

「…それに?」

 

 

 

「…私、無惨様のことは怖かったけど、嫌いじゃなかったしさ」




まあ、詰め込んだんですけど、終わりませんでした。
あとちょっとだけ続くのじゃ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72(最終回)

なんとか完結までこぎつけました。
皆さま、長いことお付き合いありがとうございました!



「…というわけです」

 

 累以外の全員を帰した後、累から詳細を聞いた。

 

「…はー、まったく、あいつは…」

 

 最悪の事態ではなかったことにホッとしつつも、それでいいのかと言われれば微妙なところだ。

 

「とりあえず、どこかでまた会わないとな」

 

「国外に出るって言ってましたし、難しいんじゃ?」

 

 

 太陽を克服できたというのに、やれやれだな。

 

 

 

 

 

 

 

「海外に逃げるんじゃなかったのか?」

 

 神戸港に行こうとしていて、累君に伝言しようと思い立って関東に変更し、その後の横浜港に行く予定も変更し、とりあえず東京駅へと向かっていたところ、猗窩座様から目的地を聞かれた。

「いやあ、累君に言伝したし、大丈夫かなあって」

 お気に入りの累君からだったら、無惨様も冷静に聞いてくれるだろう。

 

 …それに、海外に行くって言伝たし、まだのんびり国内にいるとは、無惨様でも気が付くまい。ふひひ。

 

「…あと、海外に出るのって、割とめんどくさいんですよ」

「そうなのか?」

「海外に出るのには旅券が必要なんで、いろいろ身分証を出して、申請して、…お金出したらそれでいいってもんじゃないんですよ」

 私だけは、身分をちゃんと日本国に作っているんですが、猗窩座様をはじめとする鬼は日本国には身分がないので、そこから作らないといけない。…まあ、魅了と金でなんとでもなるんですけどね。

 

「そうですね。まず猗窩座様から、身分を作りますね!

 私と夫婦ということにして、ちゃちゃっと作っちゃいましょう!」

 

 うん、名案です!

 

「えっ、それは…」

(名案じゃないですー!)

 

「まあまあ、書類上だけですって!」

 

 まずは…ね。

 

「…うーん」

(まずはって思ってるじゃないですかー!)

 

「…で、とりあえず、今はどこに向かっているんだ?」

 阿修羅がそう聞いてきた。

「東京発の特急で、大阪まで行きます。そこから鹿児島まで船で行って…そして、地獄めぐりですよ!」

 ひっひっひ…と、笑って告げる。

「…地獄って」

「温泉に行きたいって、良く愚痴ってましたもんね」

 長子ちゃんの言葉が答えです。

 

 

 

 

 

 なんだかんだで、別府温泉までやって来ました。

 予約はしていないけど、躊躇なく一番高級な宿にみんなで入ります。魅了でどうにか、なるなる!

 

「ふむ… 来たか…」

 

 なんか、いきなりお侍さんがいたよ!

 

「…黒死牟!」

 

 猗窩座様が、そのお侍さんを黒死牟様と断じます。

 

 

 うえぇぇ、なんで! なんでいるの!?

 

 

「…温泉地を張らせていて、正解だったか」

 

 そう言って入って来たのは、無惨様です。

 

 

 前門の黒死牟様に、後門の無惨様…あばばばばばば…

 

 

「…ふん、別にお前をどうこうしようってわけではないわ」

 

 よく見れば、黒死牟様は温泉旅館の浴衣を着ている。二人で温泉に来たのだろうか? …仲良しですね?

 

「…お久しぶりです」

「…ご無沙汰しております」

 

「…阿修羅に、山坊主か。…お前の周りでは、もう何が起こっていても、不思議ではないんだな」

 

 無惨様がやれやれと言った感じで、そうこぼします。

 

「…えっと、偶然…ですね?」

 

「…偶然のはずがあるか。前に温泉がどうこう言ってたからな、別府に黒死牟、草津に童磨、それぞれ一番でかい温泉旅館に張らせていただけだ。後は知らん。

 それで、黒死牟からこっちに来たと連絡を受けて、やって来たわけだ」

 

 数ある温泉地、しかももっと数ある旅館を、ピンポイントで押さえられていた! …まあ、草津のほうでなくて良かったと思うべきか。

 

「…えぇっと、どんな御用でしょうか?」

 

「…はぁ、あれで最後のつもりだったのか? …とりあえず、連絡役だけでもつけさせろ。

 …まさか、このまま逃れ者になるつもりだったわけではないだろうな?」

 

「いえいえ! …まさか、そんなことは!」

 

 …ちょっとだけしか、考えてませんでしたよ?

 でもまあ、青い彼岸花のわいろが通じたのか、穏当にまとまりそうだ。

 

 

「…では、とりあえず温泉に入ってからで」

 

 

 無惨様は盛大にため息をつかれた後、好きにしろと許してくれたよ。やったね!

 

 

 

 

 

 

 

 べべんっ!

 

 

 再び無限城に召集された。

 

 辺りを見回すと、下弦の壱、弐、参、伍…今度は十二鬼月の下弦のみを集められたようだ。…下弦の肆はいない。

 まあ、そりゃそうか。下弦の肆がいなくなったから探せと無惨様に召集をかけられたのは、ついこないだだ。

 

 

 べべんっ!

 

 

 次に移動したと思ったら、一段高いところに女が一人…って、左目に”下肆”の文字、いなくなったっていう下弦の肆じゃないか。

 

 

 べべんっ!

 

 

 今度こそ現れた無惨様に、一同平伏する。

 

「えぇい、お前も向こうに行こうとするな!」

「はわわ、つい癖で!」

 

 なんか締まらない。

 

「面を上げろ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 見えるのは無惨様と、猫のように首根っこを掴まれている下弦の肆…なんだこれ?

 

「お前達の中から一人、こいつのところに派遣する」

 

 無惨様のその言葉に、首根っこを掴まれたままの下弦の肆が、ちょっとだけ頭を下げた。

 急に呼び出されたが、あまりの展開に、状況がよく呑み込めない。…そう思っていると、すぐ隣にいた下弦の伍が手を挙げた。

 助かった。前回もこいつが手を挙げて、話は終わったので、今回もそうなると期待したのだが…

 

「…僕はパスで」

 

 しゃあしゃあとそう言った。

 

「…ぬぅ」

「こらー! 累君、どういうことだー!!」

「…しょうがないか」

「しょうがなくない! 依怙贔屓ダメ!!」

 

 …なんだ、この茶番…

 

 結局、下弦全員が持ち回りで、下弦の肆のところに派遣されることになったようだ。

 

「…僕の時はそっちが来てよ。曾お爺ちゃんの役が空いてるから」

「ふざけんなー! 性別まで変わってるじゃないかー!!」

 

 …ほんと、なんだこれ?

 

「…えぇい、とりあえず今日からは下弦の陸を連れていけ! 解散だ!!」

 

 あっさりと、最初の生贄は俺に決まったようだ。

 

 

 べべんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 鳴女さんに、自然研究所の地下室に送ってもらった。

 別府からの旅費が浮いたというか、せっかくの温泉旅行が一泊で終わってしまったというか、微妙なところだ。

 

「…ここは?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すのは、下弦の陸の伝統なのか、ちょっと指剣鬼くんを思い出すね。

 

「…戻ったか」

「…どうなった?」

「…そっちのは、下弦の陸か?」

「…お帰りなさいませ」

 扉を開けて、猗窩座様、山坊主、阿修羅、長子ちゃんが入ってくる。

 

「…上弦の参!」

 

 山坊主と阿修羅に驚かないということは、二人とは接点がなかったのかな?

 

 

「…ようこそ、私の研究所へ!

 まあ、あんまりひどいことにはしないから、そこだけは安心してよ」

 

 

 にっこりと笑って、そう告げる。

 

 

 

 …なんというか、初対面なんだけど、妙に仲間意識があるんだよね。

 …あと、下弦の弐と参にも、なんでだろう?

 …魂に刻まれた仲間というか…ダメダ、コレイジョウカンガエテハ、イケナイ…

 

 

(不思議ですねー)

 

 

 

「…とにかく、楽しくのんびりやってこー!!」




書き上げてみると、前回の方が最終回にふさわしい気もするw
まあ、パワハラ被害者の会のみんなも救済ということで。

追記、駆け足で書き上げたせいか、わかりづらいと感想を頂き、少し加筆しました。
これで少しは…どうでしょう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山1

最終回を迎えたのに、なんか書きたくなったので書きました。
映画とか、ファンブック2とかに、いろいろと書きたい欲をくすぐられて。



 私達は、また那田蜘蛛山に来ていた。

 

「累君、おひさ!」

「…しばらく」

「久しぶりじゃのう」

「…よう」

 

 累君は、ちょっと暗い空を見上げた後に…

 

「…いろいろと聞きたいことはあるんだけど…さ、…何しに来たの?」

 

 

「いやいや、連絡役! 累君の番なんだよ!」

 

 

 累君が来いと言ったので、わざわざ来てあげたというのに、本当に相変わらず累君は累君だった。

「…飛ばしてくれても良かったのに…」

 わざわざ来た甲斐が、本当にないな!

「…まあ、せっかく来たから、しばらくはいるけど…」

 そう言いながら、辺りを見回す。

 うん、森だね。なんか、あばら家があるけど、山坊主の前の根城とどっこいどっこいなボロっぷりだ。

 

 

 …ああ、無理。…こんなところに泊まるとか、絶対無理だよ…

 

 

「…なんか、臭くない?」

 前もちょっと思ったけど、それでも前に来たときは、ここまで臭くはなかったはずだ。

「…ああ、せっかくだから、僕の家族を紹介しようかなって」

 話がつながらない。相変わらず過ぎだろ、累君。

 

「…うん、最初は姉さん」

 

 そう累君が紹介した時に、向こうから現れたのは、累君にそっくりな女の子だった。…まあ、擬態の一種なんだろうけど、累君のこだわりを感じるね。

 

「…次は母さん」

 

 続いて現れたのは、こちらも累君にそっくりな女性…というか、胸でかっ! …母性の象徴なんだろうけど、どこかアンバランスな…これも、累君のこだわりなのかな。

 

「…父さん」

 

 ドンッ!

 

 累君の紹介で、飛んできたのは…えぇーー…蜘蛛じゃん。顔がもろに蜘蛛。

 姉、母とこだわったんだから、父もこだわれよ。…いや、こだわってこれなのか?

 累君の顔を見るが、相変わらずの無表情。…紹介なんだから、他に何か一言ないのかよ!

 

「…うっ!」

 

 そこで、刺激臭が強くなる。

 

「…で、兄さん」

 

 つーっと、木の上から糸を伸ばして降りて来やがった、刺激臭の元が!

 顔が蜘蛛な父との対比なのか、こっちは頭以外が蜘蛛だ。

 

 …で、ニタァって…

 

 

「無理っ!!! あっち行けっ!!!」

 

 

「………はい…」

 私の力を乗せた言葉で、向こうに行かせる。悪いけど、無理無理無理!

「…血を吸わなくても、魅了できるんだ…」

 ぼそっと、累君が怖いことを言う。あれの血を吸うとか、勘弁願いたいね。

 

「…さて、累君の兄さんはいなくなりましたが、自己紹介の続きをしましょう」

 

「…いや、追っ払ったのはお前だけどね」

「…こほんっ!」

 咳払いでごまかす。

 

「まずは、こちらにおわすは、上弦の参、猗窩座様!」

 

「………」

 私の紹介に、猗窩座様は腕組みをしたまま視線は斜め上に向けたまま、累君ファミリーに目も向けない。

 自己紹介としては頂けないが、上弦の参としては当然の態度だ。

 下弦でギリギリ眼中に入れて、それより下は眼中にない。それでいい。それくらいでないとダメだ。

 累君ファミリーが緊張しているのが伺えるが、存分に緊張したまえ。

 

「それで、私が下弦の肆、零余子さんです。様付けの必要はないけど、さんは付けなさい」

 

 最初が肝心。

 無惨様から頂いた最初の六体、長子ちゃん以外はとんでもなかったからな。丁寧に扱ってやったら調子に乗りやがって…コホン、まあいい。

 

「そして、こっちが元下弦の壱、阿修羅。そっちも元下弦の壱、山坊主」

 

 私の紹介に、阿修羅と山坊主が会釈をする。

 元十二鬼月って、どんな扱いになるのかね?…まあ、累君ファミリーの緊張は持続しているので、それなりには怖いんだろうね。

 

「続いて、私の秘書の長子ちゃんです」

 

「…よろしくお願いします」

 肩を抱いて、長子ちゃんの紹介をする。

 ようやくの十二鬼月に関係ない鬼で、わずかに緊張がゆるむのを感じたので…

 

「…私の大事な子なんで、なめた態度取ったら、承知しないから」

 

 しっかりと釘を刺しておく。

「…それで、そっちは名前とかは…」

 そう言いながら、累君を伺うと…

「…いらないでしょ。…家族の役割があれば、区別するのも、呼ぶのも問題ない」

 まあ、予想通りの答えだった。

「そういや、累君は薬は飲んでないんだね。こないだ渡した三つの薬、一つは累君が飲むのかと思ってたよ」

 私の予想では、無惨様、黒死牟様、累君になると思ってた。

「…いや、さすがに上弦からでしょ。そこらへんを飛ばして、恨まれるのも怖い」

 あー、まー、どっかの新興宗教の教祖とかに目を付けられるのは嫌だね。ごめんこうむるね。うん。

「…じゃあ、累君の番はだいぶあとになるよ。青い彼岸花の成分って、咲いた花からしか取れないから、なかなかできないんだよ。

 なんとか百株くらい育ててるんだけど、なっかなか花を咲かせないんだな、これが」

「…特に急いでるわけでもないし、しょうがないんじゃないかな」

 さて、近況報告も終わった。どうするかなと思いながら…

 

「…おっ」

 

 向こうになんか変なのが見えた。

「…んんんー?」

 じーっと見ていると、なんか変なのは、白い繭のようなものが木からぶら下がっているみたいだ。

「…なんか、白い繭みたいなのがぶら下がってるのが見えるんだけど、あれって何?」

「…あっ、それ、私です」

 おどおどと、累君のお姉さんが手を挙げた。

「…私の血鬼術で作った繭玉だと思います」

 すんごいビクビクと答えてくれる。…累君の扱いがわかるね。

「ん-、ちょっと見たいんだけど、一緒に来てもらってもいいかな」

「…あっ、…はい」

 

 いやいや、ちょっと面貸せってんじゃないよ。私は優しいよ!

 

「…ほらほら、累君のお母さんも、長子ちゃんも、女性陣で散歩がてらにさ」

 

「…わ、私もですか…」

 

 

 …そんな、お母さんまで、この世の終わりみたいに…




映画は二回観ました。…なんだろう、複数回観たのに、少ない気がするw
その後行ったアニメイト、鬼滅グッズの中から、無駄だと知りつつ、零余子ちゃんを探す。
あんなに種類があるけど、零余子ちゃんの出番はない。知ってた。
ファンブック2も読んだけど、零余子ちゃんの出番はなかった。ちょっとは期待してたのに!

零余子ちゃんよりも累君のお姉さんのが先にグッズになるんだろうな。知ってるよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山2

映画が想像以上に大ヒットして、今後のテレビアニメ化が微妙になったとの記事を見ました。
でも、劇場版にできるような短いエピソードってないと思うんですけどねえ。
ヤマトとかガンダム、ガルパンみたいなシステムを取るんだろうか?



 男性陣を置いてって、女性陣だけで向かう。

 本来は私の護衛でもある猗窩座様とか、阿修羅に山坊主の誰かは連れてくるべきなんだろうけど、まあ累君のテリトリーであるこの山の中だったら、何かが入った瞬間に感知できるんだろう。…累君達は、きっと!

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

 

 うん、会話はない。

 最初は何かしら質問とかしてたんだけど、そうです、どうでしょう、すみませんと、返しの一言だけで終わり、会話はまるで膨らまない。

 まあ、ビクビクオドオドを見る限り、私が怖いんだろう。

 …というか、十二鬼月が怖いんだろうな。

 累君からの扱いがわかるってものだ。

 

 家族ごっこをしている割に、どうなんだろうと思わなくはない。けど…

 

 

「…まあ、私が…ねえ…」

 

 

 

 家族について何か言うなんて、それこそ冗談にもなりはしない。

 

 

 

 

 

「…そう、これこれ」

 木からぶら下がっている繭のような糸の玉を触りながら、確かめる。

 確かな弾力を返すそれは、針金のような鋭さはない。弾力があり、柔らかく、でもすぐに切れそうな弱さは感じない。…実に良い感じだ。

「これ、あなたの血鬼術なんだよね?」

 累君のお姉さんに声をかける。

「はい、そうです」

「どんな能力なの?」

「…えっと、溶解の繭と言いまして、獲物を繭の中に閉じ込めて、溶解液でどろどろに溶かします」

 なかなかにエグい能力だった。

「なるほどね、液状にして食べやすくして、それに、保存も効くのかな?」

「はい」

 食が細い女の鬼には、なかなか適した能力と言えるね。糸自体は、借り物の能力なんだろうけど、うまく使いこなしているんじゃないかな。

 

 …まあ、ここで確かめたかったのは、そんな能力の中身について、じゃないんだけどね…

 

「…これ、球状にしなくても、作れるかな?」

「…と言いますと?」

「えっとね、こんな風に…」

 そう言いながら、枝で地面に図を描いていく。

「…木と木の間に糸で張って…」

 海外の船なんかで使われる…ハンモックみたいなのを、サラサラとなかなか上手に描けたと思う。

「こんなのできないかな?」

「…多分、できると思います」

 お姉さんの答えに、ホッとする。

「良かった~。じゃあ、あのあばら家の周りの良さそうなところに、二つ作ってよ」

 さすがにあのあばら家では、寝られないからね。

「…いいですけど、何に使うんですか?」

「そりゃ、寝るのに使うんだけど」

「…寝るんですか?」

「あー、うん。私と長子ちゃんは、寝るタイプの鬼なんで」

「…はぁ」

 お姉さんの微妙な反応も、さもありなん。

 寝るタイプの鬼の数は少ない。…というか、私と長子ちゃんの他には、十七子ちゃんくらい…えっと、こないだ死んだ私の影武者の子なんだけど…三体しか知らない。

 多分、血を吸うタイプの鬼…いや、人間を食べない鬼は、代わりに寝るんじゃないかと思う。

 

 はっきり言って、そんな鬼は長生きできない。

 

 まず弱い。よわよわだ。人間を食べないと、鬼の力はほとんど成長しない。大抵の鬼殺隊士には、会った瞬間に殺されるだろう。

 次に、寝るということは、すごく無防備な姿をさらすということだ。その無防備な姿を隠すしっかりとした拠点があるか、周囲で護ってくれる仲間でもいないと話にならない。

 最後に、そんな鬼を、無惨様は許さない。弱くて、群れてて、それをよしとしているような鬼を、あの方が許すわけがない。

 

 そんな訳で、寝るタイプの鬼は、現状私達二体だけだと思われる。…まあ、なんとか大目に見てもらってるんだろう。

 

 

 でも、意外とこういう特殊な個体から、何かが起こる可能性って、馬鹿にならないと思うんだけど…

 

 

 

 まあ、めっちゃ切れられるだろうから、言わないけどなっ!!




禰豆子や炭治郎は日光を克服できた鬼になりましたが、果たしてそれは竈門家の血のせいだったのか?
人間を喰らってない、眠るタイプの鬼…人間に近い鬼だったからではないのか?
…などと思ってみたり。

だとしたら、無惨様の鬼の育て方コンセプトとは真逆すぎて、道理で千年も生まれなかったわけだと…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山3

やったー!! 鬼滅アニメ二期決定!
やはりテレビアニメがよかったので、嬉しいです!


映画の話で、魘夢が無惨様の血をもっと頂いて、上弦の鬼に入れ替わりの血戦を申し込めるぞ。
…なんてことを思ってましたけど、どう考えても勝てるヴィジョンないですよね。

魘夢の能力って、対人に特化しすぎていて、上位の鬼はもちろん、下位の鬼にも勝てなさそう。
下弦の壱にも、どうやってなったのか、割と謎です。入れ替わりの血戦ではないと思われ。


 私は、ついに日本を出て、エジプトに来ている。

 

 そして、この地で会った老婆から、新たな能力を得た。

 

 それは「パワーを持った像(ヴィジョン)」であり、持ち主の傍に出現して、さまざまな超常的能力を発揮し、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在である。

 

 ヴィジョンが守護霊のように使い手の「傍に立つ」(Stand by me)ことから、この能力を私はこう名付けた…

 

 

 

「…んがっ」

「…あ、やっと起きた…」

 ゆらゆらと揺れる寝床から、ぼんやりと辺りを見回す。

「…あれ、私の…ザ・ワールドは?」

「…寝るだけじゃなく、夢まで見るのか」

 猗窩座様が、呆れたような、感心したような顔でこっちを見てた。…隣にいる累君は完全に呆れているね。

「…あー、これ、割と快適だわ。ちょっと揺れるのがいいわ」

 累君のお姉さんに作ってもらった、糸のハンモックはかなり快適だった。

「…で、何かあったの?」

 ハンモックから飛び降りて、累君に聞く。

「…鬼殺隊が来た。二十人くらいかな?」

「ふーん、大丈夫そう?」

「…母さんが表側、兄さんが裏側で対処してる。

 そこまで強そうなのは居なかったから、問題ないでしょ」

「…それで、どうするの?」

 

「…どうするって?」

 

 二十人の鬼殺隊、これは問題ないだろう。

 いわゆる先遣隊って奴だろう、強そうなのが混じっていたとしても、累君の敵ではあるまい。

 だけど、そこで終わりなわけがない。

 

「次は、柱が来るよ」

 

 目を付けられた以上、どちらかが全滅するまで終わらない。

 二度目を押し返しても三度目、それを返り討っても四度目、向こうが全滅するか、那田蜘蛛山から鬼がいなくなるか、そのどちらかになるまで終わらないだろう。

 

「…だから、どうしろって?」

 

 累君の表情は変わらない。

 

 

「家族とは、家を守るものだ。家の放棄なんて、ありえない」

 

 

 表情は変わらないが、内に秘めたものはもっと変わらないのだろう。

 私なら逃げる一択なんだけど、この辺の考え方も無惨様のお気に入りたる所以なのかもしれないね。

「累君のお姉さんは?」

「ん? …姉さんと父さんは遊撃だよ。母さんと兄さんの網を抜けた奴を個別で倒す役割をしてる」

「じゃあ、お母さんの所へ向かいながら、お姉さんも見つけてみるかな」

 うーんと伸びをしながら、今後の私の予定を告げる。

「…護衛は?」

「…ん-、猗窩座様はここに居てください。山坊主と阿修羅だけでも、最悪私の逃げる時間くらいは作ってくれますから」

 猗窩座様の問いに、少し考えてからそう答えた。

 

 

 

 

 

「…で、どんなことをするつもりなんだ?」

「…どんなことって」

 しばらく歩いていると、阿修羅が何かを決めつけているように聞いてきた。

「わざわざ猗窩座様から離れるなんて、うさんくさいことこの上ない」

 ずばっと言ってきた。

(…確かに、すんごいうさんくさいです)

 幽霊も黙れ!

「…ん-、そんな大したことじゃないよ。ただの勧誘だよ」

 

 累君はああ言っていたけど、もうここはダメだ。…終わってる。

 

 累君は強いし、累君ファミリーもそれなりではあるけれど、柱はもっと強い。…それに、何よりも物量差が大きい。

 累君がどれだけ頑張ったところで、どれだけ粘ったかというだけの話で、全滅という結果は変わらない。

 もちろん、一当てもしないうちに逃げ出しては、無惨様のお怒りに触れるのは間違いない。…それは、お気に入りの累君であってもだ。…多分、…おそらく、…だよね?

 それでも、柱を何人か返り討ちにした後だったら、縄張りの放棄も恰好がつく。

 

「私としては、累君とお姉さん、お母さんくらいまでなら、受け入れてもいいと思ってる」

 

 

 …だが、兄、お前はダメだ。

 

 

 

「多分、累君が一番頑固そうだからね。少しこなをかけておくだけでも、後々いいと思っているだけだよ。人助けならぬ、鬼助けだよ」




対人に特化しすぎな魘夢の能力ですが、うちの零余子ちゃんには面白いように効きます。
「お眠りィィ」一発で、「すやァァ」ですよw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山4

テレビアニメ、遊郭編だけで2クールなのかしら?
テレビアニメ後にはまた映画をすると勝手に思っているのだけど、どこをやるのかな?
とか、いろいろ勝手に考えてます。


 その後、いろいろまわって、お姉さんと会って、一緒にお母さんの所へ向かう。

 もちろん、たまたまではない。こっちの方に居るなと思って向かい、ちゃんとそこに居た。

 

 血の匂いをかすかに感じるのだ。…無惨様の血の匂いを…

 

 ようは、鬼の居場所と、そいつのなんとなくの強さがわかるということで。

 これは、血の扱いに長けた私だけにわかることなのか、他の鬼にもわかることなのかはわからない。

 

 

 私からすれば、鬼よりも鬼殺隊の匂いを感じられる方がありがたいんだけどなあ。

 

 

 

 

 

「…えっと、もうこの山には居られないってことなんですか?」

 

 お母さんが真っ青な顔で、そう聞いてきた。私が追い出すわけじゃあないんだけどねえ。

 今回の侵入者のほとんどを倒したのは、この青い顔をしたお母さんなんだから、なかなか面白い。

 ここから一歩も動かずに、人間では視認できない遠くから見通し、複数の人間を糸で操って殺したのだ。なかなか強力な能力だし、いろいろと応用も効きそうだ。

「…結果的に、そうなるよって話だよ」

 私からすれば、当たり前に帰結する話なんだけど、累君ファミリーにはなかなか理解できないようだ。

 この認識のズレはただ一つのことが原因だ。

 

「…柱って、そんなに強いんですか?」

 

 これに尽きる。

 累君をはじめ、累君ファミリーは鬼殺隊の柱と戦ったことはもちろん、会ったことすらないのだ。

 なまじ今回、鬼殺隊二十人をあっさり倒したことも、認識のズレを大きくしているのだろう。

「あなた達の言いたいことはわかるよ。ようするに、所詮、人間なんじゃないのって言いたいんだよね」

 これは、鬼の持つ本能的な考え方と言ってもいい。

 たとえ、話に聞いていてもわからない。百聞は一見に如かずっていう、典型的な例と言える。

 

 ようするに、累君達は柱に会ったことがないから、普通に勝てると勘違いしてしまっているんだ。

 

 累君は強い。

 下弦の伍という序列が、間違っている位には強い。

 ただ上昇志向はあまりない。下弦の伍に留まっているのがその証左だ。

 上弦の鬼には勝てないだろう…とは、わかっているだろう。別格であることは、会えばすぐにわかるから。

 鬼殺隊の柱は、上弦の鬼よりは弱いが、下弦の鬼よりは強いという位置づけだ。ある意味、上下弦の境界線のようなものだ。

 ゆえに、柱に会ったことのない下弦の鬼は、よく似たような勘違いをする。

 

 さすがに上弦の鬼には勝てないけど、自分は下弦の中ではかなり強いから、自分だったら柱にも勝てるはずだ!…なんてね。

 

「まあ、言ってもわからないだろうから、私達も待っていてあげるよ」

 

「…何を…」

 

「…それが、わかるのを、ね」

 

 私ってば、なんて優しいんでしょう。普通は、それがわかった次の瞬間には、死んでいるんだから。

 

「まあ、数日もすれば来る…」

 

 そこで、阿修羅と山坊主が、私を守るように動く。…それで、わかった。

 

 

「…ちょっと、さすがに早過ぎないかな?」

 

 

 今回の二十人の未帰還をもって、それで派遣するのが筋なんじゃないの? …博打なのか、勘が良いのか。

 

 

「…下弦の、肆…」

 

 

 いつか見た彼女に、ニッコリと微笑んであいさつをする。

 

 

 

「こんばんは。今日は月が綺麗ですね」




零余子ちゃん、なにげに影武者の十七子ちゃんをやられたことにムカついてます。

最後のセリフは、今度会ったときには絶対に言ってやろうと決めてました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山5

ちょっと前までは、本は紙派だったのですが…

字が見にくい(老眼)、目当てのが見当たらない(部屋が汚い)、同じのを二冊買う(物忘れ)

以上の三重苦から、電子書籍派に転向しました。

今では、なぜあんなに紙にこだわっていたのか、わからないw


「ここは、あなたの縄張りだったんですか?」

 

「久々に会ったのに、挨拶もないのかな?」

 

「私とあなたは、そんなに仲良しでしたっけ?」

 

「これから仲良くできたり、しないかな?」

 

 私のその言葉に、彼女の頬がピクリと動くのを見とめる。

 

「前の貼り付けたような笑顔はどうしたのかな? ほーら、笑顔笑顔」

 

 応対する彼女が笑みを浮かべる。わぁーお、怖い笑顔だ。

 

「…あなたと仲良くできるとは思えませんけどね、下弦の肆さん」

 

「…ふふふ、仲良くできないから殺すのかな、鬼だから殺すのかな、一体どっちなのかな?」

 

「…………」

 

 もう話すことはないと言わんばかりに黙る。

 

「…それって、何の言い訳なのかな?」

 

「……」

 

 

「…ああ、違うか。…誰かへの、言い訳なのかな?」

 

 

「…殺す」

 

 

 …瞬間、間合いを詰めて来た!

 

 

 

 …蟲の呼吸…蜂牙ノ舞…真靡き(ほうがのまい まなびき)…

 

 

 

 …間一髪で間に入ってくれた山坊主の胸を、高速の突きが貫いた。

 

「っ!! …抜けないっ!」

 

 そこに、二刀をもって、阿修羅が即座に斬りかかる。

 

 日輪刀を手放し、即座に距離をあける。

 距離を詰めるのも速ければ、突きの速さも、距離を取るのも速いし、何よりも判断が早いね。

 

「…その二本とも、日輪刀!?」

 

「そうだよ。もちろん、今回徴収したわけじゃないよ。ちょっと前に、それなりに強かった隊士から頂戴したものだよ」

 

 青い…水の呼吸の剣士が使っていたものと、緑色の…風の呼吸の剣士が使っていたものの二本を、今は阿修羅が使っている。

 阿修羅は鬼から方相氏の体になってるから、使えるのは二本までだ。…でも、手数は減ったけど、力と速さが上がっているので、六本の頃よりもずっとずっと強い。

 

「…山坊主、ちょっと抜かせて」

「おう」

 山坊主の胸に突き刺さっている日輪刀を引っこ抜く。

 方相氏の体にこれだけ突き入れられるんだから、かなりの力と速さだ。…でも、引っこ抜くには力が足りなかったようだね。

 

 不思議な日輪刀だ。軽くて、刃がほとんどついていない。突きに特化した形状をしている。

 

「…先端に溝があるね」

 

 溝に液体が少し残っている。もちろん、山坊主の血であるわけがない。

 

 …ぺろ…

 

「…あは、やっぱり毒だ。藤の花を使ったやつだね、この間のよりも毒性が濃いね…」

 

 ニヤリと笑ってやる。

 

 

「…でも、想定の範囲内だ…」

 

 

「…くっ」

 

「…日輪刀は盗られた。しかも、そもそも毒も効かない。もちろん、山坊主と阿修羅にも当然効かない…」

 

 

 …負ける要素が、どこにも見当たらない。

 

 

 

「…やっちゃえ、阿修羅、山坊主」




うちの零余子ちゃんは、すーっぐに調子に乗ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山6

今回は、累君視点でお送りします。


「…あっ」

 

 つい声が出た。

「…どうかしたのか?」

 聞かれたので、応える。

「今、兄さんがやられた。…なんて言ってるうちに、父さんもやられたみたいだ」

 零余子を見送って、それほど時間が経たないうちに、事態が動き出した。

「…同じ相手だったのかはわからないけど、ほぼ出会い頭に一撃でやられてるみたいだから、それなりの相手なのは間違いないかな」

 先に来た二十人とは格が違う相手が、一人ないし二人いるということになる。

「…面倒だな。とりあえず零余子と合流するか」

「…いってらっしゃい」

 僕のその言葉に、ため息をつかれた。

「…お前を置いていくわけにもいかない。…それに、お前は母や姉の場所がわかるんだろう? 案内役を頼む」

 

「まあ、それなら…」

 

 とりあえず、母さんの方に向かいながら、姉さんの位置も母さんの方に向かって動いていることに気付く。

「…姉さんも、母さんの方に向かっているな。…零余子と合流したのかな?」

「そういうのは、力を分け与えているからわかるのか?」

 そう問われたので、頷く。

 

「…お前は、あんまり強くなろうとはしないんだな」

 

「…そう、…かも、しれない」

 肯定するのもどうかとは思ったが、否定もできないのでそう答えた。

「…そうか」

 呆れられてしまっただろうか? …まあ、だからと言って、どうするわけでもないけれど。

 

 そこで気付く。

 

 前方から、まっすぐにこちらに向かってくる人間…鬼殺隊…ゆらめく羽織の、左右の柄が違うな。

 

「…僕が」

 迎撃しようとする猗窩座様にそう声をかけ、両手の指に力を籠める。

 父さんか兄さん、あるいはその両方をやったかもしれない剣士、それなりの対応はしてやろう。

 

 

 指から最硬度の糸をつむぐ…

 

 

 

「…血鬼術、刻糸輪転(こくしりんてん)…」

 

 

 

 ギュルギュルと音を立てて高速で回転…螺旋を描く糸が、奴へと襲い掛かる。

 

 

 

 …全集中・水の呼吸…拾壱ノ型……凪(なぎ)…

 

 

 

「!?」

 

「…ほう」

 

 何だ? 何をした? 奴の間合いに入った途端、糸がばらけた。

 

 一本も届かなかったのか? 最硬度の糸を……斬られた?

 

 そんなはずはない。もう一度…

 

 

「…えっ?」

 

 

 ギィンッ!

 

「…静かで深い。いい闘気だ」

 

 気づいたら、僕の後ろで、奴と猗窩座様が刀と拳を合わせていた。

 

「…上弦の…参」

「…水の柱か」

 

 

 

 …破壊殺・乱式…

 

 

 

 …水の呼吸…拾壱ノ型…凪…

 

 

 

「…見たことがない技だ。以前殺した水の柱は使わなかった」

 

 刀で受け流しているのか? 猗窩座様のあのすさまじい拳打までも?

 

 

 

 …水の呼吸…参ノ型…流流舞い(りゅうりゅうまい)…

 

 

 

 流れるように振るわれる刀を、猗窩座様が拳打で全て打ち払う。攻守の切り替わりが速すぎる。目で追いきれない。

 

 

 

 …これが柱。…これが、上弦の鬼!




ぎゆしの、どっちも逆の方に行っとけばって感じですが…

げ、原作通りだし(震え声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山7

短いですけど、連日の投稿だ!
短いですけどっ!!


「…す、すごい…」

 

 私の隣でお姉さんが驚いている。…まあ、実際のところ、私も驚いてはいるんだけどね。

 

「ぬぅん!!」

 

「はぁあぁっ!!」

 

 山坊主の金棒、更には阿修羅の二刀が、次々と連携して襲い掛かってくる中、ふわりふわりと柳のように、…あるいは、蝶のようにひらひらと優雅に躱している。

 武器もないのに…いや、武器がないからこそ、回避に集中できているとはいえ、あそこまで綺麗に躱せるものなのか?

 

「ああっ、もう! なにやってるのよっ!!」

 

 奪った日輪刀を振り回して、山坊主と阿修羅に文句を言う。

 私だったら当てられるとは言わない。まあ多分、間違いなく当たらないと思うけど、しゃくなのでそれは無視して文句を言う。

 もちろん、こうして武器を奪っている以上、負けはない。

 それに、相手は人間なんだから疲労する。疲れてきたら、あんな風に回避するのだって覚束なくなるはずだ。

 

 

 そう、負けはないんだから!

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 …そこに、違和感を覚えた。

 

 

 武器は奪った。…そもそも、毒も効かない。絶対に負けはない。

 

 

 …逆に言えば、向こうには、勝ちの目がない。それなのに…

 

 

 

「…なんで、逃げないわけ?」

 

 

 

 …ふっと、横の茂みを見た。それは、意味なんてなくて、本当になんとなくで…

 

 

 

 …瞬間、少女が飛び出してきた!

 

 

 

「…ひっ!」

 

 

 

 …花の呼吸…肆ノ型…紅花衣(べにはなごろも)…

 

 

 

「…ひぃぃいいぃぃ!!」

 

 

 右腕が跳ね飛ばされた! …けど、首は斬られてない。せーふ…セェーーッフ!!

 

「「零余子っ!!」」

 

 ひるがえって、こちらに駆け寄る二人を横目に、こちらもなんとか回避に専念せねば…そう、右腕から流れる私の血を利用して…

 

 

 

 …惑血…視覚夢幻の香(しかくむげんのこう)…

 

 

 

 少女と私の間を、目くらましで覆う。

 この血鬼術に攻撃力は一切ないけど、視覚…とついでに、嗅覚に強力な幻惑をかける。私が開発した、私独自の術だ!

 

「…!?」

 

「カナヲ、冨岡さんと合流します!」

 

 女がその言葉を言ったと思ったら、少女も鮮やかに山坊主と阿修羅を飛び越えて女と合流すると、即座にその場を離れていく。

 

 …逃げられたっ!?

 

「阿修羅は追って! 山坊主は私たちを護って!」

 

「「わかった!」」

 

 私の言葉で、阿修羅が追い、山坊主がこちらに向かってくる。

 

 やられはしなかったけど、こちらも何の攻撃も当てられていないので、痛み分け…というか、痛いのは私だけだったけどなっ!!

 

「…はぁぁあぁぁーーーーー!!」

 

 再生した右手をぐっぱぐっぱしながら、大きく息を吐く。

 

 

 

「……よしっ! 私たちも、猗窩座様と合流するよ」




零余子ちゃんがドヤ顔でオリジナル技アピールしてますが…
もちろん、皆さんご存じの珠世さまの血鬼術です。

習ったわけでは、もちろんありません。たまたまです。
技名も一緒なのは、珠世さまと感性が同じだったということでw
変な技名でもないので、かぶることもあるある!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山8

そろそろ、那田蜘蛛山編も終わりそうです。
…というか、思ったより長くなったというのが、正直な感想なんですけどw

今回は、零余子日記では初かもしれない、第三者視点でお送りします。



 ガンッ…ギンッ…ガガンッ!!

 

「流麗!! 練り上げられた剣技だ。素晴らしい!」

 

 拳打と剣戟、その打撃音に紛れて鬼の言葉が響く。

 

 ダンッ…バシッ…ダダンッ!!

 

「名を名乗れ、お前の名は何だ!! 覚えておきたい!!」

 

 鬼の誰何の言葉に、鬼狩りが返事をする。

 

「鬼に名乗るような名は持ち合わせていない。…俺は喋るのが嫌いだから、話しかけるな」

 

 だが、その返答は剣戟同様に鋭く、にべもない。

 

 

 ガガンッ!!

 

 

 訪れる一瞬の空隙…

 

「…そうか、名前を知らないと恰好がつかないが、いい提案がある」

 

 そこで、鬼が言葉をかける。

 

 

 

「お前も鬼にならないか?」

 

 

 

 鬼の笑顔は、その提案がこの上ないと信じてのものだった。

 

「ならない」

 

 それに対する答えは、これまで以上にバッサリとしたものだった。

 

「…あのお方は、今は鬼を増やすのに積極的ではないが、俺からの…いや、俺と零余子の推薦があれば、大丈夫だ」

 

 鬼狩りの答えを聞いているのか聞いていないのか、鬼が更なる勧誘を行う。

 

「ならない」

 

 鬼狩りの返事は変わらない。

 

「…なぜだ? ここまでの強さを得るために培った鍛錬努力は、相当なものだろう。強さを求めていないはずがない。強くなりたくはないのか?」

 

 心底わからないとばかりに、鬼が疑問の声を上げる。

 

「…鬼になっては、意味がない」

 

 鬼狩りの言葉も、鬼の疑問に正確に返しているとは言い難かった。

 

「…はて、…考えられるのは、鬼への恨みか、憎しみか?」

 

「………」

 

 それに対する、鬼狩りの返事はない。言葉にするまでもないということだろう。

 

「…だが、それは違うぞ…」

 

 その言葉を発する鬼の表情は、一変していた。

 

「…お前が恨んでいるのも、憎んでいるのも、鬼じゃない…」

 

 

 

「…かつての自分だ。…何一つ守れなかった、おのれ自身だ…」

 

 

 

「…っ!」

 

 

「…上には上がいる。今の自分の力では足りないかもしれない。守り切れないかもしれない! ああすればよかった、こうすればよかった! そんな後悔をしないために力を渇望しろ! 手段を取捨選択するなど、ただの贅沢だ!!」

 

 

 それは軽い勧誘なんかではなかった。…慟哭? …懺悔? 魂から振り絞られたものだった。

 

 

「…お前は…」

 

 

「………俺は、何を言っているんだ?」

 

 その言葉に、一番驚いているのは、言った当の鬼だった。

 

「…お前が鬼にならないというなら、それはもういい」

 

 鬼が静かに構えなおす。

 

「…もう殺す。…お前が、あいつの前に立つかもしれない前に…」

 

 

 その場へ、更なる乱入者…

 

 

 

 …蟲の呼吸…蜂牙ノ舞…真靡き…

 

 

 

 横合いからの、恐ろしい速さで繰り出された突きを、凄まじい反応速度で払われた右拳にて方向を変える。

 

 ビッ…

 

 右手の甲に、一筋の血がはしる。

 

 

 

 …花の呼吸…伍ノ型…徒の芍薬(あだのしゃくやく)…

 

 

 

 最速の突きの次は、連撃…一瞬の間での九つもの連撃にて、鬼を殺らんとする。

 

「…女か」

 

 奥義ではなく、拳打で一つずつ丁寧に…だが恐るべき速さで払い落とす。

 

「退きますよ、冨岡さん!」

 

「わかった」

 

 女は一当たりしての即決で、撤退を決め、男も即座にそれに対応する。

 

 

「…逃がすか」

 

 

 

 …術式展開…終式…

 

 

 

「…ぐっ」

 

 展開しようとした奥義は、かすかに感じたズレに阻まれる。

 

「…毒…か」

 

 ギィリィィイィィ!!

 

 毒の威力そのものよりも、毒であるということに、怒りが込み上がり…しかし、それをかみ殺す。

 

「…遅れました!」

 

「…敵は!?」

 

 鬼狩りが撤退後に、阿修羅、山坊主がその場に到着し、その後…

 

 

 

「…猗窩座さまーー!!」

 

 

 

 能天気な笑顔で右手をぶんぶん振りながら、楽しそうな声と共に女の鬼がやって来た。

 それを目にとめ…

 

 

 

「…ふっ、無事で良かった…」

 

 

 

 鬼とは思えないような、優しい笑顔を向けた。




猗窩座様、なんかいろいろ、変わって来てます。

鬼になった奴は幸せになったらダメなのか?…許せない気持ちはわかるんですけど
どんなになっても、幸せになりたいと願っても、いいと思うんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山9

そろそろ劇場版、零余子日記~那田蜘蛛山編~も終わりますw

いよいよ、あれが幕開けですよ!



 べん…べべんっ…べんっ…

 

 

「…なんか最近、よく呼ばれるようになったわね」

 花魁姿の鬼が、つまらなそうな顔で愚痴った。

 

「ヒョッ…例の下弦が入った頃くらい、ですかな?」

 壺からにゅるりと飛び出て来た鬼が、その言葉に応じた。

 

「怖ろしい怖ろしい。百年以上呼ばれなかったのが、ここわずか十年でもう三度目。割り切れぬ数字…不吉の丁、奇数!! 怖ろしい怖ろしい…」

 階段の上から、老人の鬼が会話に加わる。

 

「…そもそも、たかが下弦の入れ替え戦で、なんでわざわざ呼ばれたのかしら」

 心底不快そうに、女が言う。

 

「………」

 その場にもう一人居た鬼は、会話に入ろうとはしない。

 

「…これはこれは、猗窩座様! いやはやお元気そうで何より。今は下弦に顎で使われていると聞いて心が躍った…ゴホンゴホン! 心配で胸が苦しゅう御座いました。…ヒョヒョッ」

 壺の鬼が、煽るように声をかけたが、腕を組んだまま応じない。

 

「いやいや、そう言うものでもないぞ」

 新たに現れた鬼が、猗窩座に対して気安げに肩を組んでくる。

 

「ヒョッ…童磨殿……」

「あれはなかなか面白い鬼だよ。…それに、かなり美味しかったぞ」

 

 

 ゴパッ!!

 

 

 つい先ほどまで組まれていた猗窩座の左拳が、童磨の顎を打ち払った。

 

「ヒィィィ…」

 

「おおっ! うーん、いい拳だ! 前よりも少し強くなったかな? 猗窩座殿」

 

「…その件について、文句がある」

 童磨の煽りに、猗窩座は応じない。…ただ、それ以前から既に怒りは持っていた。

 

「上弦の壱様は最初に御呼びしました。ずっとそこにいらっしゃいますよ」

 争いを止める為か、はたまた何も考えてはいないのか、琵琶の鬼がそこに言葉を投げかける。

 

「私は… ここにいる……

 無惨様が… 御見えだ…」

 一段下の部屋で、綺麗に正座で佇んでいた侍の鬼が、そう告げた。

 

 

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

 

 逆さに存在する部屋が、天井に現れ、皆が一斉に姿勢を正した。

 

 しゃかしゃかしゃか…

 

「下らんことをくっちゃべるな」

 

 天井に現れた部屋は、どうやら茶室のようだった。正座した着物姿の女…鬼舞辻無惨がそこで茶を点てていた。

 

「あいつは、お前たちが百年以上かけて、何の手掛かりも持ってこなかった青い彼岸花を、わずか十年ほどで作ったんだぞ。

 …十二鬼月はただただ強さのみで選んでいるから、下弦のままだが、その功績はお前達全員を合わせたものよりも、遥かに上だ」

 

「返す… 言葉も…… ない…」

 

「私は上弦だからという理由で、お前たちを甘やかしすぎたようだ。

 …下弦も呼んでいる。要件はそれからだ。黙って待っていろ」

 

 

 べんっ…べべんっ…

 

 

 黒死牟以外の上弦のいた畳の間の一段下に、板の間が現れ、そこに下弦の鬼達が呼ばれた。

 …黒い燕尾服を着た青年の鬼…紺色の作務衣姿の壮年の鬼…白い襟巻をした着物姿で額と両頬に十字傷のある鬼…顔に「工」のような入れ墨を入れた鬼…

 

 …そして、お手て繋いで一緒に現れた、零余子と累…

 

 

 べべんっ!

 

 

 次の琵琶の音で、板の間に下弦、一段上の隣の畳の間に上弦、さらに一段上の両方の前面の畳の間に、琵琶の鬼と黒い着物姿の無惨がいるという構図に変わる。

 

 上弦は即座に平伏し、下弦の中では零余子と累が続けて平伏した。他の下弦の面々は状況の変化についていけてない。

 

 

「頭を垂れて蹲え、平伏せよ」

 

 

 無惨のその言葉に、ようやく残りの下弦も平伏する。

 

「申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので……」

 

 零余子がそう謝って、下弦のフォローをいれる。

 

 

 べべんっ!

 

 

「…あれ?」

 

 琵琶の音で、零余子の位置が鳴女の隣に変わった。

 

「お前はそこでいい」

 

 前回は下弦の前だけだった。…果たして今回は、上弦も含めた全ての十二鬼月の前で、零余子に対する特別扱いを示した。

 

「那田蜘蛛山…累…下弦の伍の縄張りに、柱二人を含む鬼殺隊が来た」

 

 その言葉に、下弦の面々が累に目をやる。

 

「…たまたま、その時その場に、零余子と猗窩座が居たゆえ、退けることができた」

 

「退けただけですか? 柱は二人共取り逃がしたので?」

 無惨の説明に、童磨が聞いてきた。

 

「…退けただけだ。猗窩座の最上位任務は、零余子の護衛だったが、…確かにこれは失態だな」

 

「…申し訳ございません」

 無惨の言葉に、猗窩座が頭を下げる。

 

「…まあいい。とりあえず、一度は退けたが、再び来るだろう。…今度は更に増員されて…だ」

 

「山は… 面倒ですな…… 遮蔽物も… 多い……」

 黒死牟がそれとなく、迎撃戦に反対の意を示す。

 

「広いのはいいですが、広すぎますね。山全部となりますと、一人一人の受け持つ範囲が広くなりすぎます」

 童磨も、あまり気乗りしないことを示す。

 

「……」

 猗窩座は何も言わない。何を言っても言い訳のように聞こえるからだ。

 

「…地の利を得られても、時を好きにできるのは向こうです。いつ来るかわからない中、待つのはしんどいですし、向こうは守るものが何もないので、不利となれば即座に逃げられてしまいます」

 零余子のそれは、猗窩座のフォローの為だったが、残りの上弦の鬼には、順番を飛ばされたようで面白くない。

 

「…お前たちの意見はわかった。累は縄張りを放棄しろ」

 

「はっ」

 無惨の結論に、累が即座に了承を示した。

 

「…正直、鬼狩りに対する重要度はかなり下がっている。…それでも、これまでいろいろと面倒をかけられた相手だ。放置するのも面白くない」

 

 そこで、全員の顔を見回す。

 

 

「これまで通り、お前たちは鬼狩りの本拠地を探せ。…以上だ」

 

 

 

「「「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」」




というわけで、完全にパワハラ会議を乗り切りました!
やったね、零余子ちゃん、大勝利!!!

零余子ちゃん、累君とお手て繋いでやって来ましたが、これは無惨様の把握(呪い)から抜けているからです。
実は猗窩座様も、累君とお手て繋いでやって来てました。
上弦は順番だったので、黒死牟様はともかく、童磨の奴は絶対に突っ込みたくてうずうずしていたはずw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那田蜘蛛山10

とりあえず、今回で那田蜘蛛山編は終了です。

なんというか、まとめようとしたら、グダグダと伸びてしまいました(苦笑)

この後、ちょろっと柱合会議を入れようかなと思ってます。



 べべんっ!

 

 

 鳴女さんの琵琶の音が響くと、大半の者がそこから消えていた。それぞれの場所に行ったんだろう。

 

 …そして、残されたのは…

 

「…猗窩座様」

「…なんだ?」

 累君が猗窩座様に声をかけてる。

 

 

「僕の兄さんになってくれませんか?」

 

 

「…え゛っ?」

 

 累君から、キラキラとした期待の眼差しを受けて、猗窩座様が変な声を出してる。

 しかし、この私を差し置いて、なんという交渉をしているのかね、累君は!

 

「ほっほーう、猗窩座様をお兄さんにね。なるほどなるほど!」

「…なに?」

 累君が、面倒なのが来たって目でこっちを見てくる。…ちょっと表情が豊かになってるね。良いのか悪いのかわかんないけど。

 

 

「なら、私のことは、お義姉さんと呼んでもいいわよ!!」

 

 

「……それはいい」

 

 累君が、も~~んの、すんごーーーっっく、イヤそうな顔をしてそう言った。

 

 ちょっと、表情が豊かになりすぎじゃない!? あんたそんな顔できたんかいっ!!

 

「なんでよっ!」

「…零余子が姉……ありえない」

 

 なんでじゃー、こらーーー!!!

 

「猗窩座様が兄なら、私は義姉でしょ!」

「…そうはならない」

(義がついてるのは、おかしいです)

 

 むっきーーーー!!!!

 

 

「家でやれ!!」

 

 

 …無惨様に怒られました。

 

 

 

 

 

 その後、無惨様のお誘いでお茶をする。

 

「今日は… いいきんつばが… 手に入った…」

 

 黒死牟様が買って来て下さったきんつばをお茶うけに、無惨様が点ててくれたお抹茶をいただく。

 

 私が甘味を食べれるようになったことを知り、無惨様が興味を持たれ、うちの実験室…もとい手術室でいじくった雑魚鬼を取り込み、ご自身で改造された。

 なんでも、脳の一個をいじくって、甘味を食べれるように改造したとのことで、脳が一個じゃないんかい!…と、びっくりしたものだ。

 その後、黒死牟様の改造も、無惨様がされた。

 猗窩座様と累君も、私がやらないか?って誘ったんだけど、固辞された。

 ついでに、鳴女さんにも遠慮された。

 

 一人で食べるのも味気ないからと、それなりにお呼ばれしてたりする。大体月一くらいで。…なんというか、もう慣れた。

 

 今回も、無惨様が女性の姿だったので、あるかなと予想はしていた。

 甘味は女性の姿の方が、美味しく感じるとのことだ。私は男性になったことがないので、よくわからないんだけどね。

 

 黒死牟様は、全国各地を歩き回って、美味しい和菓子をよく持ってきてくれる。

 洋菓子も好きらしいんだけど、洋菓子店に入るのには抵抗があるらしい。

 

 代わりに私は、洋菓子をよく持ってくる。それに合う紅茶探しにも余念はない。

 

 無惨様は、舶来ものをよく持ってきて下さる。

 そして、合わせるのはコーヒーが多かったりする。

 …そう、苦味を感じるのは無惨様ご自身で発見されたようで、それを参考に私も改造したんだけど、苦味よりは甘味だなあ、私は、うん。

 

「…軍のほうは、どんな話だ?」

 

「…大戦争では、合衆国の参戦がほぼ決定したみたいですね。欧州で始まったのが、日本だけでなく、アメリカにまで広がるんですねえ」

 最近の話題は、欧州で始まった大戦争についての話が多かったりする。

「あのような所まで… 戦争に… 行くのだな……」

 イギリスとの同盟で、日本も戦争に参加したという話では、黒死牟様はすごく驚かれたようだった。…まあ、世界の反対側だもんねえ。

「こんな小さな島国で、世界に張り合おうとするとは、愚かなことだな」

「まあ、たとえ虚勢だとしても、欧州列強と張り合わないと、日本も植民地になってたかもしれませんからねえ」

 無惨様はバカにされるけど、私はよくやってると思いますよ。

「これだけ遠いと… なかなか… 聞こえてこないな…」

「まあ、都合が悪いところは、伏せてますしね」

 市井の人間は、新聞報道を鵜呑みにするしかなく、私のように軍のお偉いさんから直接聞くのとは、大きく違う。

 

「無惨様は、世界に打って出るんですか?」

 

 国内での無惨様のこだわりは、もう鬼殺隊くらいなもんで、それからの展望はどうなるのか。

「…正直、あんまり考えてはいないな。Uボートというのは、面白そうだとは思うが」

 海に浮かぶ船でなく、海の中を進む船というのに、無惨様は興味をひかれたみたいだ。鹵獲は無理でも、図面くらいは欲しいって無茶を言われてたりする。

 

 

「…上弦の零、というのはどうだ?」

 

 

 いきなりぶっこんで来た。

「…嫌ですよ。入れ替わりの血戦で、黒死牟様に斬られるのも嫌ですし、あんにゃろうに喰われたりするのは、絶対に嫌です!」

「いやいや、入れ替わりの血戦の対象外にするから、大丈夫だ」

 最近の無惨様は、すぐに私を上弦にしようとする。ちょっと勘弁してほしい。

「一応、十二鬼月っていうハッタリは欲しいですけど、あまり実力以上の地位だと、しんどいです。…主に胃痛で。甘味が美味しく頂けなくなります」

「…まあ、今更か」

 

「あんにゃろう… と言えば…」

 

 黒死牟様が話を変えてくれる。

「酒を… 飲みたい… と…」

 

「( ´_ゝ`)ふーん」

 

 どうでもいい話だった。

「くくくっ、どうでもよさそうだな」

「…そうですねえ。…正直、お酒を飲んだことがないので。無惨様はどうですか?」

「…私も、言われてみれば、酒を飲んだことはないな」

 私の問いかけに、無惨様がそう答えられた。

「…人間の頃は、苦い薬を飲んでた記憶しかないな。

 …食事というのは、ただ生きる為に必要なもので、そこに楽しみや喜びを見出すという発想はなかったな」

 しみじみと感慨深そうに、そう言った。

 

「…きんつば、もう一つどうですか? …ちょっとかじってますけど」

 

「いや、そんなのを渡そうとするな」

 ちょっと嫌そうな顔をされてしまった。

「…実際、うちの研究者がお酒を飲むことについては研究してるんですけどね。

 どうも、味のついた水を飲んでるとしか感じられないらしくって、なかなか大変みたいです」

「そうか… 残念だ…」

 黒死牟様もお酒が飲みたかったのかな。

「…そうですねえ、酔うっていう感覚を再現するのが難しいみたいで…」

 

「…そういう稀血でもいれば、再現できるかもしれないですね」

 

 あははー…と、適当なことを言っておく。

「…味覚というのは、奥深いものだな」

「…ですねえ」

「確かに…」

 三人でしみじみと頷く。

「実際、苦味を覚えた後の方が、甘味が際立ったように思う」

「それはありますね!」

 単純に甘いというだけでなくなったのは、非常に大きい。

「…となると、あとは辛味とか、塩辛さとはまた違うのかな」

「だしの… 旨味…… 懐かしい…」

「そういうのは、人間がいないとな。零余子に任せるしかないか」

 

「はい。お任せください」

 

 

 なんだかんだで、最後はそういう話になる。

 

 

 

 食道楽? …いいねえ、名誉な称号だよ!




鳴女さんは、無惨、黒死牟、零余子のお茶会を、首脳陣による定例会議だと思ってます。
そこに参加しないかと誘ってきた零余子には、そんなものに呼ばないでと遠慮しました。
…あながち間違ってないというw

お茶会で話題に出た「大戦争」は、第一次世界大戦です。
第一次世界大戦は、1914年7月から1918年11月まで続いた戦争で、ドイツを中心にした中央同盟国を、数の暴力でボコった戦争になります。うん、そんな感じ(爆)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱合会議1

なんだか、わりと時間がかかってしまいました。
もうちょっと、さくっと書ける予定だったのになあ。



 柱合会議…それは、鬼殺隊当主と柱による、鬼殺隊が今抱えている課題と、今後のこれからを話し合う、重要な会議である。

 

「…それでは、柱合会議を始めようか」

 庭を一望できる場所に、娘たちの手を借りて座した男…産屋敷耀哉が、そう口を開いた。

 

「まずは、聞いている者も多いとは思うが、那田蜘蛛山についてだ」

 庭で集まっている柱達も、二人を除いてかすかに反応する。

「事の始まりは、那田蜘蛛山にて多数の人間が行方不明になっているとの話があって、その調査及び解決のために、隊士を派遣した」

 そこで沈痛な表情を浮かべる。

「…ただ、私の見積もりが甘く、烏たちからもたらせられた報告は非常に厳しいものだった。十二鬼月の存在をほのめかす報告自体はなかったが、いると想定して義勇としのぶにすぐに行ってもらった」

 

「そこからは私が」

 胡蝶しのぶが、そこからの話を引き継いだ。

 

「隠部隊を率いて後から来るようにカナヲに指示を出した後、冨岡さんと二人で那田蜘蛛山に向かいました」

 

「……」

 しのぶがチラリと伺ったが、冨岡義勇はまっすぐ前を見たままで、特に補足事項はないようだ。

 

「到着した那田蜘蛛山の様子は、…ひどいものでした。二十人近かった隊士のほとんどは死亡か、蜘蛛になりかかっておりました」

 

「…蜘蛛になる?」

 聞いていなかった…というか、まず聞くことはない状態に、不死川実弥が聞いた。

 

「…毒、です。特殊な血鬼術と組み合わされていて、その毒を食らってしまうと蜘蛛のような体に変化してしまいます。更には、脳にも障害が出てしまうようです」

 救えなかったことへの悔しさが、言葉ににじみ出ていた。

「その毒も、例の十二鬼月の…どいつかの仕業か?」

 胸糞が悪いという感情のまま、実弥が聞く。

「…さて、記憶の混濁の薄かった者の記憶では、蜘蛛の体を持つ鬼の仕業らしく、その鬼自体は、二本の刀…それも、違う色の日輪刀を持った隊士に首を刎ねられて死んだ…とのことです」

 

「…違う色? お師匠様のでも借りていたんでしょうか?」

 甘露寺蜜璃が小首をかしげながら聞いた。

 

「…だったら、良かったんですけど。…それはまた、後程…」

 言葉を濁した。

「…その後、冨岡さんと二手に分かれたのですが、…少し嫌な感じがしたので、カナヲに隠部隊から離れて、すぐに来るように烏を飛ばしました」

 

 

「…そして、下弦の肆に会いました」

 

 

「ほう! 成宮さんが言っていた十二鬼月だな!」

 煉獄杏寿郎が聞き覚えのある鬼に、反応して言った。

 

「…俺の記憶では、そいつは確か、お前が殺したんじゃなかったか?」

 伊黒小芭内が、頭に指を当てて記憶を探るように尋ねた。

 

「…致死量の毒は打ち込んだので、おそらく…という言い方だったはずです。断定はしませんでした」

 反論はするが、弱弱しいものになる。しのぶ自身も、そう思っていたからだ。

 

「…でも、所詮、下弦の肆でしょ」

 時透無一郎がめんどくさそうに、そう言った。

 

 

「…何が…とは、はっきり言えないが、かなり危険な感じがした…」

 

 

 しのぶの言葉に、みんなが黙る。

「…成宮さんがそう言った意味、今ではわかる気がします」

 

「へぇ、下弦とは思えないような、ド派手なことをしやがったのか?」

 宇髄天元が興味深そうに聞いてきた

 

「…そうですね。どこかで聞いた下弦の壱のような鬼…を、二体連れていました」

 

「…よく、わからないな」

 悲鳴嶼行冥が、そのまわりくどい言い方に、疑問を呈した。

 

「一体は、腕は二本でしたが、侍のような鬼で、こいつが二本の色違いの日輪刀を持っていました」

「蜘蛛鬼を殺したって奴か!?」

「おそらくは」

 実弥の疑問に、うなずいて返した。

「もう一体は、僧兵のような恰好の金棒を振り回す鬼でした」

 

 

「…その鬼!?」

「…腕は二本でしたが…って、そういう意味か!?」

 小芭内と実弥が、驚きと怒りの声をあげる。

 

 

「…俺たちが殺し損ねたと言いたいのか?」

「…ふざけるなよ、確認もしねぇで、適当な報告をあげたとでも言うつもりか?」

 二人の声は、怒りを超えて、殺気すら孕んだものになっていた。

 

 

「…もちろん、そんなことはありえないでしょう。…それに、その二体は鬼なのかも怪しいものでした」

「どういうことだ?」

 行冥が聞いた。

「…僧兵の鬼の胸を刀で貫いたのですが、感触が肉ではありませんでした。…何と言いますか、重くて粘る泥沼に突きこんだような感触で、どれだけ硬かろうとも、肉の体では決してありえないものでした」

 

「…下弦の壱を生き返らせた? …いや、それとも、鬼に似た何かを作り上げる能力なのか? …どちらにせよ、下弦の持つ能力とは思えないな」

 耀哉が独り言のようにつぶやく。

 

 

「…その二体に加え、下弦の肆にも、私の毒は通じませんでした」

 

 

 しのぶが悔しそうに、そう報告した。それは、できれば隠しておきたい事実のはずだ。しのぶを柱にまで押し上げた力…それが、上弦ですらない下弦にも通じなかったという事実は、柱失格の烙印を押されても仕方がなかった。

 

「…報告ありがとう。それはつらかったね」

「…いえ、それが事実ですから」

 耀哉の言葉に、静かに返した。

 

 

「それから、カナヲの助けを受けて撤退、冨岡さんの方へ向かいました」

 




実は、兄と父はいらないなあ…と思った、悪い子の仕業でした。
なんて、悪い子!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱合会議2

煉獄さん、400億の漢になるのか!?

アンタッチャブルな記録になりそうですねえ。


 しのぶからの視線を受けて、義勇が一つ頷く。

 

「…しのぶと別れた後、向かった先に、十二鬼月が二体居ました」

 

 訥々としゃべる義勇の言葉には、心理の動きがまるで見えない。

 

 

「…下弦の伍と、上弦の参でした」

 

 

 無感動に告げられた言葉で、場がピリリと引き締まる。

「…即座に下弦の伍から排除しようとしたのですが、それは上弦の参に止められました。…そしてそのまま、上弦の参と交戦状態に入りました」

 そこまで話して、義勇が少し考えこむ。

 

「…その後、胡蝶と栗花落が参戦して来た後、そろって撤退しました。…以上です」

 

 

 全員が、ん?…となる。

 

 

 その空気を知ってか知らずか、義勇は微妙にやり遂げた顔をしていた。

 

「…えっと、…それだけ、かな?」

 耀哉が代表して聞いた。

「…はい」

 無表情…だが、微妙になぜそんなことを聞くのだろうという色の混じった顔で、義勇が答える。

 

「いやいやいや! なんか他にねぇのかよ! 敵の特徴とか、交戦中の印象とか、弱点はわからなくても、気を付けなければいけないところとかよっ!」

 

 実弥のつっこみは、実にまっとうなものだった。

 そのつっこみを受け、義勇がまた少し考えこむ。

「…いろいろと、話しかけられました。…おそらく、こちらへの揺さぶりかと…」

 

 

 …かつての自分だ。…何一つ守れなかった、おのれ自身だ…

 

 

「…少し、揺さぶられました」

「大丈夫なのかよ」

 あまりに情報の出てこない義勇と、それに対して攻撃的なつっこみを入れる実弥、らちが明かないと、しのぶが口を開く。

「…特に武器は使用していませんでした。無論、だからと言って攻撃が弱いわけではありません。また反応速度も非常に速かったです。死角から入れた私の最速の突きもいなされましたし、即座のカナヲの九連撃も軽く拳打で迎撃されました」

 ぎゅっと拳を握りしめて、しのぶが報告する。

「…その場にいた下弦の伍、またすぐに現れるだろう下弦の肆達を考慮し、撤退を決めました」

 

 …そう決めざるを得なかったことに、悔しさがにじんでいた。

 

「その決定は間違っていなかったと、私も思うよ」

 耀哉がそうフォローをした。

 ただ、そのフォローがなくとも、撤退を決めたしのぶたちを非難するものはいなかっただろう。

 鬼殺隊最強の柱の、最も多い引退の…死亡の原因は、上弦の鬼に他ならなかったのだから。

 

 

「…この那田蜘蛛山の件も無関係ではないのだが、私からみんなに提案…いや、お願いしたいことがあるんだ」

 

 

 そう始めた耀哉の言葉は、珍しいことにどこか歯切れの悪いものだった。

「…上弦との会敵以上に、私が非常に嫌な感じを受けたのは、複数の十二鬼月がその場に居たことだ」

 これまで、複数の十二鬼月が一か所に居たという報告は、前鳴柱の成宮透から受けた大阪での一件のみ、今回は三体もの…いや、あるいは五体とも言える十二鬼月が居たことになる。

「…鬼の方で、何かが変わってきているのかもしれない。…そしてそれは、決していい変化とは思えない」

 その嫌な予感は、超常的な勘を持つ産屋敷耀哉だからこそではなく、この場にいる柱達も共通して持っているものだった。

 

 …何か知らないうちに、まずいことになっているのではないか?

 

 そんな予感が、焦りとなってしまっていることは、はっきりと自覚している。

 

 …これを提案するのは、時機尚早なのではないか?

 

 それを理解していてもなお、前に進む決断をしなければならない。

 

 

 

「…珠世さんに協力をお願いしようと考えている」

 

 

 

 そう重々しく告げられた耀哉の言葉であったが、柱達の反応はいまいち…というか、誰?…と言ったものだった。

 

 

「…珠世さんは、数百年前に鬼舞辻無惨から逃れた…鬼の女性だ」

 

 

「「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」」

 

 

 鬼を討つ鬼殺隊の当主から告げられた、その提案が与えた衝撃はとてつもないものだった。

 

「嗚呼…たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる…」

 

「俺も派手に反対する。鬼と協力するなど認められない」

 

「私は全て、お館様の望むまま従います」

 

「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」

 

「……」

 

「…俺も、反対です」

 

「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「心から信頼するお館様であるが、理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊、協力など考えられません」

 

 賛成1、保留2、反対6…圧倒的多数が反対であり、それは耀哉自身もわかっていたことだった。

 逃れ者とは言え、鬼と協力関係を構築するという場の醸成などできてはいない。

 鬼に対して恨みや憎悪こそあれ、一片であれ信頼も信用も持てるという者など、鬼殺隊に…柱に存在するわけがないのだ。

 

「…いきなりの提案になったこと、本当に申し訳なく思っている。…みんなの気持ちはよくわかる。私もかなり無理なことを言っていると思っている」

 

 耀哉自身は、残された書にて珠世の存在を知ってから、ずっとあたためていた構想であったが、柱達の前で披露したのは初めてのことだ。すぐには…あるいは、最後まで受け入れられないだろうことも理解していた。

 それゆえ、これまでその考えを話さずにいたのだから。

 

「…珠世さんは、かつて始まりの呼吸の剣士が保護し、そこで無惨打倒の協力要請も受けてもらっているという話が、書に残っている。

 …数百年にわたる鬼の知識、それはとても大きな助けになると思っている」

 

 耀哉としては、無理を通すだけのメリットがあると話すしかない。

 この提案が時期尚早なのはわかっている。それでも、耀哉の勘が告げている。

 

 

 時間がない。いや…決定的な何かが足りない!

 

 

「…もちろん、何百年も前の話だ。こちらからお願いしたとして、珠世さんが協力してくれるかどうかもわからない」

 

 彼女との関係を繋ぐための、始まりの呼吸の剣士はもう存在しない。そして、その代わりになる誰かもいない。そもそも彼女がどこにいるかもわからない。

 

「…それでも、私の勘が告げているんだ。無惨を滅ぼすためには、彼女との協力が必須だと」

 

 …それも、協力すれば滅ぼせるというものではない。…最低でも、協力しなければ話にならないのではないかという、非常に厳しいものだった。

 

「………」

 

 柱達が押し黙る。

 言わんとすることはわからないでもない。…ただ、感情的に納得しうるものでないのも、また事実だった。

 

 

「…私だけで、その珠世さんのところに行こうかと思います」

 

 

 それは、妥協案…折衷案だった。

 

「…女性の鬼…とのこと。おそらく実力で無惨を滅ぼそうというものではないでしょう。…となると、毒あるいは薬、そう考えるのが妥当でしょう」

 

 しのぶが淡々と話す。

 

「…であるならば、私が一番適任だと思います。協力を得られた場合、私が一番役に立てるだろうし…」

 

 しのぶの語る内容は、ただただ事実に基づく考察だった。

 

「…協力を得られずに敵対することになっても、柱である私なら、逃げおおせることくらいはできるでしょう」

 

 己の実力を、過大にも過小にも、評価しない。

 

 

「…最悪でも、私が犠牲になる分には、まだ鬼殺隊の被害は少ないですし…」

 

 

「…っ! そんなことはっ!」

 

「そんなことあるんですよ! 不死川さん!!」

 

 即座に否定の声をあげようとした実弥に対して、かぶせるようにそれを否定する。

 

「下弦にすら効かない毒が、上弦以上に通じる訳がない。今のままの私では、上弦以上との戦いには、まるで役に立たない!」

 

 そんなことは許されない。許せるわけがない!

 

「私が珠世さんのところに行く。それは、私自身の望みでもあります」

 

 たとえそれが鬼の助けであったとしても、より憎い鬼を滅ぼすことができるのならば、借りない理由になど、なりえない!

 

 

「…わかった。珠世さんが見つかったら、しのぶに行ってもらうことにする」

 

 

「…お館様!!」

 

 

 

「ありがとうございます」

 




のほほんとした鬼サイドと違い、想像以上に悲壮感があるなあw

頑張れ、負けるな、鬼殺隊!

とりあえず突発的に始めた那田蜘蛛山編、このへんでぺいっと投げっぱなしでw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼の茶会

柱合会議に対抗して、鬼側もやってみたりw

まあ、無惨様は上弦とも会議にはならないんですけどね。
基本、パワハラ会議にしかならないw


 今日も今日とて、お茶会です。

 

 黒い着物の無惨様、黒い着物の黒死牟様、朱い着物の私、でも、頂いているのはカステラで、合わせるのはお紅茶です。私が用意しましたよー。

 

 和やかな雰囲気で始まったんですが、私の一言で、一気に悪くなってしまいましたよ。

 

 

 

「鬼殺隊潰すの、やめませんか?」

 

 

 

「…あ゛ぁ?」

 

 

 うわっ! こわっ!!

 

「…どういうことだ? お前じゃなければ、とりあえず殺していたところだぞ」

 

 とりあえずでは殺さないけど、殺さないとは言ってない!

 

「話を! 話を聞いてください!」

 おなかがきゅ~~~っとなる。久しぶりの感覚だが、嬉しくもなんともない。

「…言ってみろ」

 激烈に怒ってる。…まあ、わからなくはないんだけど。

 

「鬼殺隊を潰すと、雑魚鬼が図に乗ります」

 

「…うん?」

 

「雑魚鬼が図に乗ると、日本の文明とか文化が壊れます。それは避けたいです」

 

「…ん~~」

「わかり… づらいな…」

 とりあえず、話を聞いてくれそうなくらいには、怒りが治まって来ているように感じた。

 

「えっと、まず雑魚鬼…というか、鬼が怖れるものは、三つあります」

 話を聞いてくれる態勢になったのを感じて、最初から話をします。

「これは鬼の死因と言いかえてもいいです。その数を三つもあると思うか、三つしかないと思うかはそれぞれですけど、…私は三つしかないと考えてます」

 

 右手の人差し指をぴっと立てて、話を続けます。

「一つ目は、太陽です。

 これはどんなにバカな鬼でも、本能的に知っています。だから、鬼は基本的に夜しか活動しません」

 

 次に中指も立てます。

「二つ目は、鬼殺隊です。

 少し図に乗り出した雑魚鬼が、非常によくやられます。自分が強いと図に乗って、町や村で大暴れなんてすると、確実に鬼殺隊がやって来て、たいがいやられます」

 無惨様と黒死牟様から、特に反論は出ない。むしろ私よりも知っている事実だろう。

「この対策としては、目立たないようにこっそりやるか、鬼殺隊に負けないくらいに強くなることなんですが、弱い隊士に勝てるようになっても、今度は強い隊士が来ますし、強い隊士に勝てるようになっても、次は柱が来ます。

 上弦くらいにまで強くなれば、柱にも勝てるんでしょうが…そこまで強くなれる鬼なんて、そうそういません。もちろん、雑魚鬼は言うまでもないです。

 だから、少し学んだ雑魚鬼は、目立たないように陰に潜むようになります」

 

 最後に薬指を立てます。

「三つ目は、無惨様です。

 これはほんと、どうしようもないです。諦めるしかないですね。はい」

「……」

 無惨様が憮然とした表情をするが、まごうことなき事実ですよ。

「それだと… あれだな…」

 黒死牟様がティーカップから口を離して、そう言った。所作が綺麗だと、実に優雅に見えますね。

 

 

「今なら… 四つ目も… あるな…」

 

 

「四つ目?」

「…ふはっ、確かにそうだな」

 はてと思う私をよそに、無惨様はわかったのか、楽しそうに笑いだします。

「四つ目は、お前だ、零余子」

「ぅぇえー?」

「ここ数年は、私よりもお前のほうが鬼を殺しているぞ。間違いなく倍は殺してる」

「ぅぐっ!」

 確かに、関西方面に柱が来ないように、周辺の鬼にはいなくなってもらってる。…まあ追い払うというよりは、いろいろと実験に使いつぶした感じではあるんだけど、…あるんだけどさあ…

 

「…まあ、とにかく、雑魚鬼が怖れるのは、その三つしかないわけで…」

 

「…四つだろ」

 

 仕方なく、小指も立てる。

「…四つしかないわけでっ!

 太陽と無惨様はどうしようもないですけど、鬼殺隊には対策があります。

 大人しくしているか、こっそりと目立たないようにすれば、鬼殺隊…まあ、私からも逃げられます」

 

 人差し指と薬指を戻すと、中指と小指だけが立っている状態になる。…逆だと指が攣りそうになるね。

「…ただ、仮に鬼殺隊がなくなると、雑魚鬼が大人しくすることも、目立たないようにする理由もなくなります」

 

 中指を戻し、ついでに小指も戻す。

「雑魚鬼と言っても、あくまでも私達…いえ、私から見て雑魚なだけで…」

 無惨様と黒死牟様から見れば、私も十分に雑魚なので、言い直す。

「…普通の人間は相手になりません。死なない猛獣のようなもので、それこそ村や町あたりだったら、壊滅させれます」

 最初に私の生まれた村に出た鬼も、山から村に出てきていれば、一週間もかからずに村を喰らい尽くしていただろう。…色々なければ、そして鬼殺隊が来なければ、そうなっていたかもしれない。

「あちこちでそんなことになれば、日本はガタガタになります。今の文化文明は、確実に後退するでしょう」

 文化や文明なんて、平和だからこそ花開くというものだ。命の危険が間近にあって、のんきにお茶やお花を楽しむ奴なんていやしない。

 

 

「…無論、人間に代わって無惨様が日本を統治するおつもりならば、それはそれで問題はありません」

 

 

「…そんなつもりはないな」

 無惨様がめんどくさいと言いたげな、渋い顔をする。

「それならば、鬼殺隊は置いておいたほうがいいと、愚考致します」

 

 私のここまでの説明に、無惨様がおとがいに手を当てて考えられる。

「…お前はここまで、鬼殺隊があることのメリットについて話したが、デメリットもまた、存在するよな」

「もちろん、デメリットもあります。

 大人しくしてようが、目立たないようにこっそりとしていようが、鬼殺隊に逢ってしまえば、戦闘になります。

 その勝敗…生死については、互いの力量差によりますが、確実に勝てるのは上弦くらいで、他の鬼はやられてしまう可能性があります」

 

 そんなことは改めて言わなくてもわかることで、だからこそ、これまでは鬼殺隊を潰そうとしていたのだ。

「…でも、鬼殺隊がいるから、鬼は大人しくしてなければならない、大っぴらに動けない、そもそも頭数を減らしたくない。…それって、単に捜索の邪魔だったってだけですよね」

 

 

 何の捜索の邪魔だったかなんて、言うまでもない。

 

 

「…言いよるわ。目的は果たしたんだから、あとはどれだけ鬼が死んでもいいだろうって言いたいわけだ」

「まあ、そこまでは。…それにあと数年もすれば、十分な数の薬ができます。大事な鬼の分は賄えると思います」

 肯定はしないが、否定もしない。

「…日輪刀は、太陽の力を十分に取り込んだ鉄を鍛えているから、首を斬ることで鬼を殺せるそうです。

 

 …つまり、太陽を克服した鬼には、日輪刀は効かないと考えられます」

 

 まだ実際に検証はしていないが、おそらく間違いないと思う。

「あとは、毒ですが…これもまあ、対策をとれば問題はないかと」

 毒の耐性をつけるとは、慣れるということだ。少しずつ取り込んで慣らして行けば、問題はなくなる。

 

 

「そうか… もう… 鬼殺隊は…… 敵では… ないのか…」

 

 

 黒死牟様が、そうしみじみと言った。

 そこに乗った感情は、私如きでは推し量ることはできない。

「…ふん、言いたいことはわかった」

 無惨様がそう言って、紅茶を飲む。

 

「…ただ、なぜ今になって言った?」

 

「…と、おっしゃいますと?」

 できるだけ動揺が出ないように返事をする。

 

 

 

「…ようは、鬼殺隊の本拠地を見つける目途が立った、…そういうことだろう」

 

 

 

 …なんでわかるんだろう…

 

 

「…あー、まあ、なんといいましょうか…」

 ぐるぐると言い訳を考えるが、…何も思いつかない。

 

「…そうですね。…多分、簡単に見つけられると思います」

 正直に、告白した。

 

「ほう、どうやってだ?」

 無惨様が、にやにやしながら聞いてくる。

「先程の日輪刀の話もですが、鬼殺隊の隊士から魅了で聞きだしたことが、いくつかあります」

 鬼殺隊の隊士を、十人以上は魅了した。さすがに柱はいないけどね。…あれ、そうだよね?

「鬼殺隊に入隊する最終選別試験、それが藤襲山(ふじかさねやま)というところで行われるそうです。

 藤襲山は、山の全周に藤の花が年中咲いている為、鬼はそこに近づけないし、その山に放り込んだ鬼も出てこれない。そんな山だそうです」

 

 …だそうですって言っているけど、毒の原料である藤の花を取るために、実際に行った。それも、何度も。

 毒が効かない山坊主と阿修羅を連れて、結構な量の藤の花を取って来ては、研究をした。何度も、何度もね。

 

「その藤襲山で、最終選別試験が、年に数回行われるようで…」

 

 

 

「…その最初と最後に、必ず産屋敷の一族の者が立ち会うらしいです」

 

 

 

「…ほう」

 

「鬼殺隊士は、本拠地にまで行くかどうかはわかりませんが、産屋敷の…当主の一族の者でしたら、まず間違いなく本拠地に戻るはずです」

「…最終選別試験が、いつ行われるのかはわかるのか?」

 無惨様が、目を細めて聞いてきた。

 

「藤襲山の中にいる鬼を、数体魅了しております。…だいぶ強めにかけたので、離れていても視界の把握が可能です」

 前に十七子ちゃんを影武者にした時の応用だ。あんまり多すぎると頭が混乱するけど、数体くらいだったら問題ない。

 私の返事に満足したのか、無惨様がくっくっくと笑う。

 

 

「お前はバカだが、優秀だな」

 

 

 …えっと、褒められた? …んだよね?

 

「鬼殺隊をどうするかはともかく、本拠地は押さえておきたい。最終選別試験とやらが行われたら、なんとしてでも本拠地を見つけ出せ」

「はっ」

 頭を下げて命令を受諾するけど、ちろりと上目遣いで無惨様を伺う。

 

「悪いようにはしない、心配するな」

 そう言われて、ホッとする。

 

 

「鬼殺隊を潰しても、雑魚鬼を殲滅すればいいんだろう?」

 

 

「…ひぁ!」

 

 

 くっくっくと楽しそうに笑ってらっしゃるけど、冗談ですよね? …ねぇ!?

 

 

 

 さすがに雑魚鬼一掃の引き金を、私が引いたなんてのは、胃に悪すぎるんですけどっ!!




黒死牟様の時とは、入隊条件とか変わっているんでしょうけど…
最終選別試験をやった隊士を鬼にしたことがないのだろうか?

常に決まった場所でやっていることがあって、そこに重要人物が来るのって
だいぶやばいと思うんだけどなあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験1

いい加減、完結詐欺にも程があるとは思ってますが、次話投稿します。

オリジナルの新キャラが登場です。鬼殺隊の戦力アップになるか!?


 今、俺の前で二人の弟子が十メートル程の間を空けて、相対している。

 

「それでは、これより合わせ稽古を始める!」

 

 二人の背格好はほぼ同じ、何の因果か二人共が娘っ子だ。

 

「まずは、壱ノ型!」

 

 二人共が姿勢を落とし、居合の体勢になる。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 二人の間合いは即座に潰れ、中央で木刀ではありえない轟音を鳴らして、打ち合わされる。

 

「戻れ!」

 

 俺の指示に合わせ、即座に同じ場所へと戻る。

 俺から見て右側…黒髪を後ろに束ねた少女、八神 鳴(やがみ めい)の表情が少し硬い。姉弟子ゆえの緊張感が見て取れる。

 

「次は、弐ノ型!」

 

「「シィィィィ」」

 

 二人が再び前傾姿勢を取る。呼吸音がここまで聞こえてくる。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 弐ノ型 稲魂(いなだま)…

 

 

 

 ガ…ガ…ガ…ガ…ガァン!!!

 

 

 互いの五連撃が連なり、激突音が一つに重なる。

 

「戻れ!」

 

 再び元の位置へと、互いに相手を見据えたまま、後ろ足三歩で戻る。

 左側…肩で切りそろえられた白髪が、さらりと揺れる少女、わずか半年前に弟子入りしたばかりとは思えない落ち着きようだ。

 その紅の瞳で、姉弟子を静かに見据える。

 

「次は、参ノ型!」

 

 次は雷の呼吸の中でも、互いに合わせるのが一番難しい技だ。わずかでも遅れた方が、一身に連撃を喰らってしまう。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)…

 

 

 

 互いに位置を入れ替えるように回りながら、連撃を繰り出す。

 

「戻れ!」

 

 両者が元の位置…とは、入れ替わった場所へと移る。

 

「鳴、腕を上げたな。参ノ型までよく習得した!」

 

 俺のその言葉に少し苦笑した後、こちらに目を向けて来た。

「姉弟子の矜持…と言うのも、追い抜かれた後では、胸を張れませんが」

 鳴は数年前に引き取った内弟子で、光るものはあったが、あまり熱心とは言えなかった。

 流行り病で両親を亡くした後、引き取られた伯父の家での扱いは、あまり良いものではなかったようで、伯父夫婦が鬼に殺された際にも、あまり悲しくはなかったようだ。

 育手になりたてだった俺が、半ば無理矢理に弟子にしたようなものだったので、仕方がなかった面もある。

 

「続きは師匠がお願いします。声かけは私が」

 

 実力ではもう追い抜かれてしまった妹弟子を、それでも優しいまなざしで見つめて、そう言った。

 鳴の妹弟子…俺の新たな弟子は、ひょっこりと現れ、なんとはなしに気付けば弟子になっていた。

 記憶を無くし、過去も、名前すら持たなかったその娘は、まぎれもない天才だった。

 鋭敏な五感に加え、身体能力も極めて高く、呼吸法すらもわずか数日で覚えた。

 

「わかった」

 

 声に出して褒めてやることはしないが、それでもしっかりと鳴の成長は認めている。

 妹弟子に追い抜かれまいと努力した一か月を…それよりもなお、追い抜かれた後も腐らずに追い続けた五か月を、認めないはずがない。

 

「次は、肆ノ型!」

 

 俺が居た場所に立った鳴が、そう言葉を発する。

 鳴が居た場所に立った俺は、数メートル先に立つ少女を見つめる。

 

 白い髪に、白い肌、紅の瞳、記憶と名前を持っていなかった少女だが、おそらくあまりいいものではなかっただろうと思われる。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 肆ノ型 遠雷(えんらい)…

 

 

 

 こちらは片足だけの踏み込みだったとは言え、ほぼ中央にて木刀を打ち合う。

 

「戻れ!」

 

 よく練り込まれていると、驚嘆せずにはいられない。

 わずか半年前には全集中の呼吸を、まるで知らなかったとは思えない。時透無一郎もかくやと言わざるを得ないだろう。

 

「次は、伍ノ型!」

 

 俺が育てたとは、おこがましくて言えやしない。

 誰が育てても、この少女は同じように成長しただろう。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷(ねっかいらい)…

 

 

 

 互いに飛ばした斬撃が、中央で衝撃と音を巻き散らかす。

 

 桑島の爺さんには、会うたびに弟子を自慢されているが、俺の弟子だって負けていない。

 柱の数は足りているが、次の鳴柱になるのは、うちの子に間違いない!

 

「次は、陸ノ型!」

 

 雷の呼吸は全部で六つだ。つまり、これが最後の技。

 

 

「始め!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)…

 

 

 

 無数の斬撃を飛ばしながら、斬り込み、打ち払い、鳴らし合う。

 

 足を一本失い、一線を退いたとは言え、元柱の俺とここまで打ち合えるのは、鬼殺隊士でも数えるほどしかいないだろう。

 

 それが、まだ試験すら受けていない見習いであるなど、誰が信じられようか。

 

「…見事だ、未来(みらい)」

 

 

 成宮 未来(なりみや みらい)…名前と過去を失った少女に、俺が贈った名前だ。

 

 

 

「鳴と未来、二人共、次の選別試験に挑むことを許可する!」




成宮未来、一体誰なんだ!?…とか言ってみる。

零余子→無過去→未来、安直と言われても構わない。
いつまでも雑魚鬼なのもなんなんで、少しパワーアップ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験2

成宮未来のネタ晴らし…というか、隠すつもりがあったのかが謎。



 今日も今日とて、お茶会です。

 

 黒い着物の無惨様、黒い着物の黒死牟様、朱い着物の私、でも、頂いているのはエクレール・オ・ショコラで、合わせるのはコーヒーです。無惨様が用意してくれました。

 エクレールはフランス語で稲妻って意味だったはずで、今日の日にはなかなかにピッタリで面白い。

 

 和やかな雰囲気で始まったんですが、私の一言で、変な空気になりました。

 

 

 

「一週間後にある今度の最終選別試験、受けることになりました」

 

 

 

「…はぁ?」

 

 

 こいつ何言ってるんだって顔で、無惨様が小首をかしげた。

 

「…どういうことだ? 最終選別試験とやらで産屋敷の者から、本拠地を探るって話だったと思うが、受けるというのは、初めて聞いたぞ」

「えぇっと、私も受けるつもりはなかったんですけど、たまたま昔魅了した隊士が、育手…剣士を育成する立場になってまして、そいつの弟子になれば真正面から最終選別試験に臨めるなと思い、そうしてみました」

 えっへんと胸を張ってそう言うと、無惨様が若干あきれています。

 

 それにしても、会ったから思い出したけど、自分自身にまで暗示をかけれたとは思わなかったねえ。

 まあ、あの頃は、無惨様に心読まれたら死ぬって状況だったから、ただただ必死だったんだろうけどさ。

 

「…なんというか、お前は相変わらずだな」

 

 …相変わらず…すごい? …頑張ってる? …まあ、褒めてくれてますね!

 

「何の… 呼吸… なんだ…?」

「雷の呼吸です。どうかなって思ったんですが、私にはなかなかあってたみたいです。私は電気を操る血鬼術も使ってたんで、それも良かったのかな…なんて思ってます」

 

 パチッ…

 

 五センチくらいに離した両手の人差し指の間で、放電させます。

 普通は大気は電気を通しませんが、非常に電圧を上げると抵抗値の高い空気であっても、電気を通します。

 雲の中で溜まりに溜まった電気が、大気を強引に通って地面へと到達するのが、雷という現象です。

 そういう意味では、親和性があったのかもしれません。

「雷の呼吸… 力よりも速さを尊ぶ…… 女性向き… やもしれぬな…」

「速くなるのはいいですよね。逃げるのにも、もってこいです」

 

「…なるほど。相変わらずだな」

 

 …褒めてます、よね?

 

「まあ、見ていてください。かーるく、合格して来ますから」

 ふふん…とそう言う私に、やれやれと言う感じで、無惨様が左右に首をふります。

「いやいや、私ってばすごいって、滅茶苦茶褒められてるんですよ。元鳴柱の師匠が言うには、霞柱の時透無一郎に並ぶほどの天才って話なんですよ!」

「…いや、あのなあ…」

 

「霞柱… 時透無一郎… とは…?」

 

 何か気になったのか、黒死牟様がズイっと聞いてこられた。

「えっと、わずか数年で柱に就任した天才剣士で、何でも…ヒの呼吸の使い手の子孫だって、言われているそうですよ」

 

「………… ほう…」

 

「…どうでもいいが、目的は忘れていないだろうな」

「ちゃんと、合格しますよ?」

 

 ジロリと睨み付けられた。

 

「…わかってますよ。産屋敷の者には、ちゃーんと接触して、”印”を付けます。鬼殺隊の本拠地は、必ず突き止めます」

 

「…ならいい」

 

 ただ、それはそれとして、だ…

 

 

「私専用の日輪刀、絶対に欲しいです」

 

 

 

 これは、譲れないね!




エクレール・オ・ショコラはエクレアです。当時の日本ではまだなじみは薄いですが
無惨様が輸入してきたら、取り寄せるのは多分大丈夫なはずですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験3

ではでは、試験を受けに行きますよー!


 鳴ちゃんと一緒に、咲き誇る藤の花の下をくぐって、藤襲山を登ります。

 この藤の花、私はだいぶ慣らしたのでなんとか平気ですが、それでもあんまり近づきたくはないですね。

 

 

 三日月の夜、最終選別試験がいよいよ始まります。

 

 

 ざっと見る限り、集まっている見習い剣士は三十人程。これが多いのか少ないのか、よくわかりませんね。

 女の子の剣士は、私達以外だと二人だけ。やっぱり少ないですね。

 産屋敷の人間は、まだ来ていないようです。ちょっと遅くないですかね?

 

 …とか思っていると、私達が登って来たのとは違うところから、登ってくる人がいます。きっと産屋敷の関係者ですね。

 

 

 

 …おんやぁあ~~?

 

 

 

「みなさん、お待たせしました。これから最終選別試験の説明をしますね」

「…………」

 どこかで見た覚えのある…というか、忘れるわけがない…毒使いの女と、変な羽織の男が現れた。

「この藤襲山には、みなさんの先輩たちが生け捕りにした鬼が閉じ込められてます」

「…………」

「大丈夫ですよ、鬼はこの山からは逃げ出せません。みなさんも登って来た時に見たと思いますが、山の麓から中腹にかけて咲いていた藤の花、鬼はこれが嫌いなんですよ」

「…………」

「でも、ここから先は藤の花は咲いてません。つまり、この先には鬼がいます」

 

 ドスッ!

 

 毒使いの女…確か、蟲柱の胡蝶しのぶが、ニコニコした表情のまま、隣の男に肘打ちを入れる。…結構いい音がしたぞ。

「…この中で、七日間生き抜く。…それが、合格条件だ」

 打たれた脇腹をさすりながら、男が最終選別試験の合格条件を説明した。

「間違わないで下さいね。どれだけ鬼を倒したかではありません。生きていることが条件です。

 蛮勇よりも、慎重さの方が大事です。殺すことよりも、死なないことを重視して下さいね」

「…武運を祈る」

 

 

「それでは、今から試験を始めます!」

 

 

 その言葉で、鳴ちゃんと一緒に奥へと駆ける。駆けながら、予定が大きく狂ったことに頭を悩ます。

 なんでなのか、どこまで勘づいているのかはわからないけど、今回の試験には産屋敷の一族の者は来ずに、代わりに柱がやって来た。…そしておそらく、今回だけでなく、今後の試験にも現れないんだろう。

 たまたま今回からになったとは、ちょっと考えづらい。さすがに私に勘付いて…とは思いたくはないのだけれど、その可能性も考えないと駄目だろう。

 とにかくまずいのは、今回の試験で産屋敷の本拠地を見つけるのは、まず無理になったということで…

 

 自信満々に、必ず突き止めますと無惨様に言ってしまっているのにぃっ!

 

 それを思い出すと、おなかがきゅ~~っと痛くなってくる。

「…お腹、痛いよう…」

「えっ、試験が始まったばかりなのに、大丈夫なの?」

 

 鳴ちゃんが心配して、そう声をかけてくれるのだけど…

 

 

 大丈夫じゃないよ! 絶対に怒られるよ!! うわぁあぁぁーーーん!!!

 

 

 

 

 

 

 

「彼女が、お館様が気にしていた子ですね」

「…そうだな」

 全受験生がはけ、寂しくなってしまった場所で、しのぶと義勇が会話をかわす。

「なんというか、第一印象は、すごいイラっとしますね。ええ」

「…そうか?」

「誰かを思い起こさせる外見で、あくまでも私の個人的印象に過ぎないんですけどね」

「…下弦の肆、だったか?」

「白い髪と白い肌、そして紅の瞳…あの鬼と、外見的特徴は近いです」

「…珍しい外見だとは思うが、それだけではな。お館様の娘御達も、瞳以外は近いことになる」

 その義勇の指摘に、しのぶがはあっとため息をつく。

「もちろん、わかってますよ。あの子…成宮未来が、鬼ではないということは。

 隠達の報告でも、晴れの昼ひなか、野外で稽古をしていたことは確認できてます」

「…実際にも見たしな」

 その確認の為に、二人が藤襲山に登ってくるのが、少し遅れたという事情があるくらいだった。

「そうですね。あの姉弟子の子と、団子を頬張りながら、のんびりと日中歩いているのは、私達もこの目で確認しましたしね」

「…妙な感じこそしたが、さすがに鬼だとは考えられない」

 義勇が、そう断定した。

「それに、ちょっと見ただけの私たちはともかく、半年も一緒に居た成宮さんが見逃すとも思えません」

「…お館様の勘だ。何かはあるのかもしれないが…」

「さすがに、あの子が鬼と言うことはないでしょうね。ただ…」

「…ただ?」

 

「…いえ、なんでもありません」

 

 しのぶが言葉を濁す。

 

 

 …ただ、本当に鬼なのだとしたら、かなりまずい…

 

 

 

 その最悪の想像を、しのぶが考えないようにしたのは、ある意味しょうがないことと言えるだろう。




とりあえず、様子見にぎゆしのコンビを送り出しましたが
勘が鋭いにも、程があるよねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験4

説明回ですな。


 さて、すぱっと切り替えよう。

 

 今回、産屋敷の者は来ない。鬼殺隊の本拠地は見つけられない。終わったことを気にしてもしょうがない。

 別に今回が最後の機会というわけでもないだろう。

 まず、この最終選別試験を合格する。そして、鳴ちゃんも一緒に合格する。これが最低条件。

 鬼殺隊士になった後、コンビを組むことも多いと聞く。それなら鳴ちゃんが一番都合がいい。

 さくさくと邪魔な雑魚鬼を倒して、階級を上げて、なんだったら適当な下弦でもぶっ殺して、柱になるというのも良いかもしれない。

 柱合会議というのがあるらしい。柱になったら、間違いなく本拠地へと乗り込める。

 師匠の話では、目隠しして連れていかれるそうだが、別の鬼に私を監視させておけば問題ないだろう。

 

 鬼殺しの本拠地に連れていかれるのは、怖くないのかって?

 

 確かに、昔だったら、泣き叫ぶくらいに嫌だったのは、間違いない。

 柱が集まる場所に、たった一人で行くなんて、死にに行くようなものだって、思ったことだろう。

 

 でも、今の私が鬼だとバレることは、絶対にないと断言できる。

 

 そもそも、人間と鬼の違いはなんだろうか。

 まずは見た目、外見が大きく違う。

 ただ、明らかに人外な形状をしている鬼は別だが、見た目については、擬態で割とどうとでも誤魔化せる。

 

 目の次の感覚器としては、耳になる。

 ただ、これについても、心臓が二つあるとか、呼吸をしないとか、よほど変でない限りは、まずバレない…というか、根拠にならない。ちょっと常人と違う音してるとか、どんな理由だ。意味がわからん。

 

 その次の感覚としては、嗅覚になる。

 これなんだけど、鬼と人だと、実は匂いにすごい違いがある。

 鬼になったばかりだと、ほとんど差はないんだけど、人を喰った鬼は、なんというか、非常に言葉にしづらいんだけど、鬼の匂いになる。血の匂いがするというか、死の匂いがするというか、表現が難しいんだけど、はっきりと違うのだけは間違いない。

 そしてこれ、私に関しては問題ない。

 自慢じゃないが、私はこれまで人を食べたことがない。だから、この人を喰った匂いというのは、私からはまったくしないと言える。

 

 ただ、鬼の匂いとは、この人を喰ったことがあるかどうか、それだけじゃないのだ。

 

 無惨様の血の匂い、これが一番大きかったりする。

 私は鬼の居場所と、その鬼の大体の強さを、この無惨様の血の匂いで判断している。簡単に言うと、無惨様の血の匂いが濃ければ濃いほど強い。

 この無惨様の血の匂い、どんな匂いかと聞かれると、これまた表現が難しい。個人的趣向が大きく反映されるというか…私はそんなに嫌いじゃないですよ、ええ。

 そして、無惨様の血の濃さも、これまた単純に、どれだけ血をもらったかによる。

 そういうわけで、私が無惨様の血をどれだけもらったかなんだけど、これがまあ、かなりもらっていると思う。おそらく下弦では飛びぬけてるだろうし、下手したら上弦の下の方よりも多い可能性もある。

 

 じゃあ、匂いでバレるんじゃないのかって?

 

 その問題を解決しているからこそ、最終選別試験なんかに参加できているんですよ。

 

 私の体には、無惨様の血を専用に貯めておく内臓器官があったりする。…というか、後から作った。もう、ただただ、その為だけの器官なんだけど、私には必須の重要器官だったりする。それこそ、心臓や脳よりも、ずっとずっと重要な器官だ。

 なぜなら、無惨様の血は多すぎると、私の体が崩壊してしまうくらいやばいものだ。

 だから、まずはこの器官に貯めておいて、ちょっとずつ、無理が出ないくらいに、私の体に吸収するようにしている。

 無惨様の血に適応できず、どろっどろに溶けた鬼を見たことがある。あれは怖い。怖すぎる。

 そんなわけで、無惨様から頂いた血の大半…というか、九割くらいはここに貯めたままになってたりする。だって、ホントに怖いんだから、仕方がない。

 

 でもまあ鬼の状態では、この貯めたままの無惨様の血の匂いをふんだんに出すようにしてたりする。

 それが威圧感として、雑魚鬼をびびらせるのに非常に使える。

 下弦の肆という立場に加え、上弦にも匹敵する威圧感、その九割がハッタリでも、謎の強者感がすごく出ていて、とっても気持ちがいいのだ。

 

 逆に人間に擬態する際には、この器官を完全に切り離して、別の器官で包み込む。

 臭いものには蓋をする…ではないけれど、この器官から匂いが外に出ないようにして、更に魅了の応用で、別な香りで誤魔化すようにしている。

 その別な香りなんだけど、最近は甘いものばかり食べているせいか、あま~い香りがするようになってしまった。鳴ちゃんにも、ケーキみたいな甘い匂いがすると言われてしまった。

 人間に擬態している時には、絶対にあんにゃろうと出会ってはいけない。本当に喰われかねない。

 

 ただまあ、ぐだぐだと言ってきたけれど、もっと単純に、鬼だとは絶対にバレない理由がある。

 

 

 それは、太陽の光だ。

 

 

 鬼の弱点は、太陽の光。これはどんな下っ端の鬼殺隊士だって、どんなに頭の悪い雑魚鬼だって、知っている。

 だからこそ、この鬼の弱点はそのまま、鬼の定義にすらなっている。

 

 

 鬼は、太陽の光に、焼かれて死ぬ。

 

 

 転じて、太陽の光に、焼かれて死なないのは、鬼じゃあない。

 

 

 つまり、少々変なところがあっても、多少違和感があっても、太陽の下で普通に過ごしていれば、絶対に鬼だとバレることはないのだ。

 

 いや、もっと言えば、バレるバレないの話じゃない。連中にとっては、そんな鬼が居てもらっては困るのだ。

 

 

 

 だから、絶対に私が鬼であるなどと、認められない。そんなことを認めることなど、到底できるはずがないのだ。




とりあえずの零余子理論です。
いろいろ穴はあいてますが、「私は常に正しい」とか言う無惨様理論よりはマシw

無惨様は、鬼への褒美は血って方なので、零余子ちゃんは下弦ではありえないくらい血をもらってます。
無惨様も、最初は死なれると困るので、恐る恐るあげてたんだけど、零余子ちゃんが割とピンピンしてるので、最後は気にせずにドバドバあげてます。
実は、九割使えてないことよりも、一割も使えていることがすごかったりします。

無惨様の血を、全部吸収できるようになったら、強さでも上弦の零を名乗れるでしょう。

今のペースだと、百年くらいはかかりますけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験5

あの零余子ちゃんが、ここまで来ました(ホロリ)


「…おなか痛いの、治った?」

「ふぇっ! どういうこと?」

 隣を走っていた鳴ちゃんに、いきなり聞かれて、ちょっと変な声が出た。

「いや、なんか百面相してたけど、最後は二マニマしだしたから」

 表情に出さない、クールで冷静な私の感情を見やぶるとは、鳴ちゃんもなかなかやるね。

「うん、だいぶ治まったかな」

 さて、悩みに折り合いをつけた以上、次に気になるのはアレだ。

 

 

 雷の呼吸、実戦で使ってみたい!

 

 

 かなり前に、阿修羅と二人でボッコボコに…というか、バッサバサにやられた雷の呼吸、今度はこっちが使うのだ。

 稽古ではさんざん使ったが、実際に実戦で使ったことはこれまでない。

 

 せっかくの機会だ。雑魚鬼に使って、試してみたいじゃないか!

 

 くん…

 

 

「…ああ、ちょうどいいな。…鳴ちゃん、先に行くね」

 

 

 

 

 

 

 

 それは、まさに悪夢のようだった。

 

 この藤襲山に囚われている鬼は、私なんかでも対処できる雑魚鬼と聞いていた。血鬼術が使えるモノはもちろん、異形の鬼もいないはずだった。

 

 そのハズだった。

 

「…ぐぐ、逃げて! 雪ちゃん!」

 

 先ほど会ったばかりで、私を助ける義理なんてないはずだ。…それでも彼女、薫ちゃんはそう言ってくれる。

 

「…でも! そんなの!」

 

 彼女を離せと、師匠から借りた日輪刀を、何度も何度も振り下ろす。

 

 でも駄目っ!

 

 ガンッ、キンッ…と、硬質な音を立ててはじかれる。薫ちゃんを捉えている腕の一本も斬れないどころか…傷すらつけられない。

 その鬼…体中に何本も腕が生えた、腕だけで構成されているような…異形の鬼は、ニヤニヤとこちらを眺めて笑っている。

 

「逃げてもいいぞぉ。そうしたら一本ずつ、こいつの手足をもぎとってやるから」

 

 遊んでいるんだ。

 その気になれば、こいつはいつでも薫ちゃんを殺せるんだ。

 私がここで逃げずに抵抗しているから、人質のように薫ちゃんを捕まえたままでいるだけなんだ。

 

「ここしばらく、俺の可愛い狐が来ないんだぁ。ああ、つまらない、つまらないィィ!!」

 

「あがぁっ!!」

 

「薫ちゃん!」

 

 奴が地団駄を踏みながら癇癪を起すと、握っている手の締め付けが強くなったのか、薫ちゃんが悲鳴をあげる。

 

「鱗滝め、鱗滝め! 鱗滝め!! 鱗滝め!!!」

 

「…あ、か…ぅぁ…」

 

「薫ちゃん!!」

 

 

 ああ、薫ちゃんの悲鳴が小さくなる。ああ、どうにか、どうにかしないと…

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

「…えっ?」

 

 

 

 …三連…

 

 

 

 稲妻が走った。

 

 

「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!!!」

 

 腕を斬られて悲鳴をあげる鬼。…そして、私の前に薫ちゃんを抱えて、スタっと降り立った女の子が一人…

 

「ちょぉっと、その子と一緒に、向こうの鳴ちゃん…あの女の子の所まで下がっててくれるかな」

 

 何の気負いもなく、その子はそう言った。

 私達では到底かなわない、異形の鬼を前にしているのに、楽しそうに笑っているくらいだった。

 

「なんで! なんでぇ!!」

 

 斬られたことが納得できないのか、その腕だらけの鬼が、そう叫ぶ。

 

「…んー、なんで、か。…まあ、気持ちはわかるけど、これは…あれだねえ」

 

 鬼に律儀に答えるように、女の子は指を頭に当てて考えている。

 

「あ、あのっ!」

 

 薫ちゃんを抱えたまま、その子に声をかけようとすると、数十メートルくらい離れたところに立っている女の子を、指で差された。

 いいから逃げろ、そう言っているようだった。

 

「ありがとう!」

 

 そう言って、私達は一目散に駆けだす。だから、その後の女の子と鬼とのやりとりは聞こえなかった。

 

 

「…あんたよりも、さっきの女の子のほうが可愛かったからだよ」

 

「そんな! なんでっ!!」

 

「…大丈夫、無抵抗で殺されろなんて、言わないから」

 

 にぃっと笑う。

 

 

「…恋、狂え」

 

 

 

 

 

 夢を…幻想(ゆめ)を見ているのだろうか?

 

 

「がぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!!」

 

 

 数十メートル程先で、異形の鬼が吠える。

 

 その咆哮と共に、鬼を中心に十メートル程の地面が爆発した。

 

 大量の岩とか石とか土ぼこりを巻き上げながら、無数の腕が地面から生えてくる。

 

 あの子は…既に上空へと脱出している。

 

 

 でも、まわりには足場がない!

 

 

 雷の呼吸は、足が命だと聞いた。その速さをもって、あらゆるものを切り裂く呼吸。

 

 だからこそ、足場がないあんな空中だと!

 

 あの子の姿が、巻き上げられていた岩の向こうに消える。

 

 

 

 !!!!!!

 

 

 

 あの子の姿を隠していた岩が、すごい勢いで、ものすごい高さまで、跳ね上がった…いや、蹴り上げられたんだ!

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 それはまさに、稲妻だった。

 

 

 

 …十三連…

 

 

 

 天空から地面に降り注ぐ稲妻のように、激しく向きを変えて、哀れな鬼へと襲い掛かる。

 

 

 異形の鬼であっても、天災には敵わないんだ。

 

 

 

 …そんな風に、私には見えた…




零余子ちゃんの雷の呼吸の技は、呼吸二割、鬼の身体能力三割、血鬼術五割の無理くり技です。

ただ、それでも、その強さは本物です。もう既に柱クラスと言えます。

雷の呼吸をきっかけに、生体電気を操り、視覚から脳への電気信号を増やし、動体視力を大幅に上げ、脳から筋肉への電気信号も増やし、反射速度も跳ね上がってます。

雷の呼吸は、本当に零余子ちゃんにあっていました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験6

登場しない主人公の代わりに、零余子ちゃんが手鬼討伐しました。




 …いやあ、やりすぎちゃったね。

 

 静電気でふわふわと浮き上がる髪を撫でつけながら、反省する。

 特に、首を斬った後、頭を四分割にしたのは、ちょっとやりすぎだ。

 雑魚だったんだけど、的だけは大きかったので、ちょっおぉっと調子に乗り過ぎてしまったようだ。反省反省。

 

「成仏しろよ!」

 

 消えゆく雑魚鬼に、哀悼の意を示す。

 

 パリッ…バチッ…

 

 師匠や鳴ちゃんと違い、私が本気で雷の呼吸の技を使うと、全身が帯電する。

 多分、あの二人と比べて足りない部分を、無意識に血鬼術で補っているんだろう。

 

 でも、ちょっと、あれだ…

 

 

 …すごくない?

 

 

 いやいやいや、調子に乗っているのは、認めるよ。でもさ…

 

 

 …すごいって、絶対っ!!

 

 

「むふーーー!! 零余子ちゃん、つよーーーい!!」

 

 

 腰に手を当てて、高笑いをしてしまうのも、しょうがない、しょうがない!

 

 

「こらー! 未来ー! 一人でずんずん行くなー!!」

 

 おっと、鳴ちゃんがもうやって来た。

 避難してもらってた、女の子二人も後ろにいるね。

「どうよ、鳴ちゃん! すごくなかった?」

「はいはい、すごいすごい」

 すっごい雑に、鳴ちゃんが褒める。

「いやいや、もっと心を込めて褒めてよ!」

 憤慨してそう言う私に、へっ…て顔をする。鳴ちゃんの私に対する扱いが、段々雑になっている気がするね。

 

「すごかったです!!」

 

 肩を貸している方の女の子が、キラッキラした目で褒めてくれる。

「んふー、でしょーー!」

「本当に、すごかったです! 雷神の化身のようでした!」

 盛大に褒めてくれる。うんうん、愛い奴じゃー!

「むふん、君はなかなか見る目があるね」

 

「あっ、私は、氷雨 雪(ひさめ ゆき)って言います。水の呼吸で、でも全然で、本当にありがとうございました!」

 

 雪ちゃんというその子は、バタバタと手を動かしながら、ぺこりと頭を下げて来た。

 なんというか、子犬のようだ。ほほえましいね。

 

「ありがとうございます、おかげで助かりました。私は夏木 薫(なつき かおる)。風の呼吸の剣士です」

 

 あの鬼に握りつぶされそうになっていた子は、薫ちゃんというそうだ。

 落ち着いた、どこかお姉さんのような雰囲気を持っているね。まあ、私程じゃあないけどね!

 それで、名前と呼吸名を言うのが、鬼殺隊の自己紹介の定型文なのかな?

 

「私は成宮未来。雷の呼吸の天才剣士さ!」

 

 胸を張ってそう名乗ると、鳴ちゃんが呆れたようにため息をつく。

 

「私は八神鳴。その子の姉弟子…まあ、保護者みたいなものかな」

 

 お姉ちゃんぶりたい年頃なのか、鳴ちゃんはすーぐに、お姉ちゃん風を吹かすんだよね。間違いなく、私の方が年上なんだけどねえ。

 

 

「ま、自己紹介も終わったし、みんなで一緒に行動しようか?」

 

 

 私のその提案に、二人が目を丸くする。

「それは、ありがたいんですが…」

「…いいんでしょうか」

 おずおずと、そう聞いてきた。

「この試験、群れてちゃ駄目なの?」

 わからなかったので、鳴ちゃんに聞く。

「うーん、そんな禁止条項は、特になかったと思う」

 柱二人も、そんなことは言ってなかった。駄目ならあそこで言うべきだろう。

「ですが、そんな寄生するみたいなのは…」

 薫ちゃんは真面目だねえ。怪我をしてて、一番助けが必要だと思うのに、そんなことを気にするんだな。

 

「柱の人も言ってたよね。鬼を倒すことよりも、生き残ることを優先しろってさ」

 

「…成宮さん」

 

 

「せっかくだし、四人で、合格しようよ!」

 

 

 

 にっこり笑って、そう提案した。




零余子ちゃんに、手を握ってあげる優しさはない。手鬼死すべし、慈悲はない!

零余子ちゃんは、異形の鬼はあんまり好きじゃないです。
可愛い女の子の方が好きですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験7

人生、うまくいく時ばかりではないですねえ。
そんな時、どう我慢できるかです。


「それでさ、宿泊場所ってどこなのかな?」

 

 

「「「…は?」」」

 

 私の極めて当たり前な質問に、三人が三人とも同じ顔をして聞き返してきた。

「寝るところだよ。柱の人は説明してくれなかったよね。頂上にあるのかな?」

 私がもう一度聞いた。

 

「…お前は、何を言っているんだ?」

 

 鳴ちゃんの察しが悪すぎる。

「一週間、この山で過ごすんだよね? じゃあ、泊まるところは必要でしょ」

「必要だな。一週間の不眠不休は、さすがに無理だ。寝床の確保は必須だな」

 うんうん、当然だよね。

「私、枕が変わると寝付けなくなるかもしれないんだけど、まあ、それは我慢するとして、布団は柔らかいのがいいなあ」

 

「……お前は、何を言っているんだ?」

 

 鳴ちゃんが、また変な事を聞いてくる。

「だから、どっかに宿泊場所が用意されてるんだよね? お風呂は、さすがにないのかなあ」

 風呂なし一週間かあ。うう、イヤだなあ。

 

「…………あ…」

「…あ?」

 

 

 

「あるか、ボケェーーーー!!!!!」

 

 

 

「うう、やっぱり、お風呂はないかあ」

「風呂じゃねえ! いや、もちろん、風呂もないが、宿泊場所なんか、用意されてるわけないだろーー!!」

 

「…は?」

「いや、は?…じゃねえよ! むしろ、なんであると思ってたんだよ!」

 

「睡眠は大事なんだよ!」

「睡眠は大事だから、ないんだよ!」

 

 えっ? ちょっと待って…くらっとして来た。

 

「…あれ? もしかして、野宿?」

「もしかしなくても、野宿だよ!」

 

 がっくりと、膝から崩れ落ちる。

「…うそぉ…」

「…それは、こっちが言いたいよ」

 鳴ちゃんも、頭を抱えている。

 ゆっくりと、辺りを見渡す。

 

 うん、文明のぶの字も見当たらない。

 

 

「うん、無理」

 

 

「…は?」

「こんなところで一週間とか、絶対無理。私、降りるね」

 こんな山、さっさと降りて、お家に帰ろう。

「いやいや、不合格になるよ!」

「しょうがないね」

「さっき、四人で合格しようって、言ったばかりじゃないの!」

「三人で頑張って」

 

「諦めんな! 頑張れ未来、頑張れ!!

 未来は今までよくやってきた!! 未来はできる奴だ!!」

 

 がっくん、がっくんと揺らされる。

 

 

 でも駄目だよ、私の意思は固いよ!

 

 

 

「…ぷっ! あはははははは!!!」

 

 

 

 私と鳴ちゃんで、そっちを見る。

「あはっ、あははっ、…ぷふっ、ごめんなさい」

 雪ちゃんがお腹を抱えて笑ってた。

「…ふふ…んっ、……ふふふ…」

 薫ちゃんも、そっぽを向きながら、口を押えていた。

「あー、おかしい! あんなにすごい成宮さんが、野宿が嫌だからって」

「…ふふふ、すごい人なのに、急に普通の女の子みたいにって思ったら」

 なぜか笑われてる。…解せぬ。

 

「…あー、そういえば、未来は技の稽古ばっかりで、野外生存訓練とかしてなかったかあ」

 

「…なにそれ?」

「文字通り、野外で生存するための訓練よ。

 水場を確保したり、寝る場所を作ったり、食材を見つけたり、そういった野外で生きる為に必要なことを覚える訓練があるのよ」

「成宮さんは、その訓練をせずに最終選別試験に来たんですか?」

 薫ちゃんが、びっくりしたように聞いてきた。

「…未来はさ、物覚えが良すぎたから。…師匠が技の詰め込みに熱中しちゃって…」

 鳴ちゃんが、明後日の方を見ながら、そう言った。

「天才ゆえの、抜けってやつですね」

 雪ちゃんが、ふむふむと頷いている。

 

 私抜きで話が広がったので、ぼけーっとしていたら、薫ちゃんにぎゅっと手を握られた。

 

「成宮さん、助けてくれたお返しじゃないですけど、そっちは私に任せてください」

「薫ちゃん、私じゃなくて私達だよ! 水場の確保は任せてよ」

「師匠の尻拭いは、姉弟子の仕事だね。実地で教えてあげるから」

 

 ああ、うん。…これ、もう降りれない奴だ。

 

 さすがにここから、いや私は降りるからとは、ちょっと言えないね。

 

 

 覚悟を決めて、微笑んで、言った。

 

 

 

「…薫ちゃんに雪ちゃん。未来、でいいからね」




鬼滅SS史上初の、野宿が嫌で最終選別試験不合格の主人公になり損ねましたw
いや、たくさんある鬼滅SSだと、いたりするんだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験8

最終選別試験を棄権しても、どっかで柱を襲って魅了すればいいやって思ってました。

試験終わりに立ちあう柱を、自分、阿修羅、山坊主、猗窩座様の四人がかりで行けばなんとかなるだろうか? …いやいや、逃がさない為に、黒死牟様にも来てもらおうとか…計画してたとか、してなかったとかw



 水源の確保は任せてくださいとの言葉通りに、雪ちゃんが耳を澄ましたり、くんくんと犬みたいに匂いをかいだりした後、こっちです…と、あっと言う間に見つけた。

 

 水の呼吸、水場を探すのにも使えるのだろうか?

 

 飲み水の確保の後は、寝床の確保だ。

「何かあった時の為には、熟睡しないほうがいいんですけど、でも人数がいるならば、しっかりと寝たほうがいいですね」

 そちらの方は、薫ちゃんが星を見たり、草を見たりしながら、いい場所を捜索してくれている。

 素人の私は、とりあえずついていくだけだ。

 横を見ると、私同様にただついていくだけの鳴ちゃんがいる。

 

「ぷぷっ、鳴ちゃん、役立たず?」

 

「いやいや、お前よりは詳しいからな」

 鳴ちゃんは負けず嫌いだなあ。

 

 

 

 星が綺麗に見える、草が生えているだけの、すっぽりと空いた土地にみんなでしゃがみ込む。

「夜が明けてから昼までと、昼から日没までの二交代で寝ることにしましょう」

 私はもう眠くなっていたのだが、薫ちゃんがそう提案してきた。

 まあ、鬼が居る山で眠るのだ、太陽が照っている時になるのも当然か。

「じゃあ、戦力的に私と鳴ちゃんは別にした方がいいね」

 雪ちゃんと薫ちゃんは歯が立たなかった、あの手ばかりの鬼でも、鳴ちゃんは問題なく倒せるだろうからこその提案だ。

「戦力的に考えたら、未来と他三人になるけどな」

 

「それは寂しいから、却下!」

 

 夜明けまではまだ時間がある。

 知り合ったばかりの四人だけど、自然といろんな話がされる。

 

「八神さんも、もしかして未来さんと同じくらい強いんですか?」

 

 薫ちゃんが、おずおずとそう聞いてきた

「鳴でいいよ。私の強さは、まあまあかなと思ってる。もちろん、未来みたいにはおかしくないよ」

「おかしいってなんだー!」

「ああ、やっぱり! あれはおかしいですよね!」

 雪ちゃんも、こくこくと頷く。

「さすがに、あれくらい強くないと試験を受ける資格がないってわけじゃなかったですよね」

 薫ちゃんが気にしていたのは、そこだったみたいだ。

 

「でも私、今回のことでは、ちょっと…いえ、かなり師匠を恨んでます」

 

 雪ちゃんがぶすっとした顔で、そう言った。

「ここに居る鬼は、数人しか食べていない弱い鬼ばかりで、私でもなんとかなるって聞いてたのに、あいつには全然歯が立たなくって、話が違うって思いましたもん」

「私もそう聞いてましたね。血鬼術を使う鬼はもちろん、異形の鬼も出ないと」

 雪ちゃんの意見に、薫ちゃんが同調した。

 

「んー、あくまでも、この山に放り込まれた時は弱い鬼だって話で、この山には弱い鬼しかいないっていうのは、早計な判断だよね」

 

 鳴ちゃんが厳しいことを言う。

「数人しか食べたことのない鬼が、この山で受験者を返り討ちにし、その後異形の鬼になるくらい強くなるっていう可能性は否定できないし、実際その通りだったわけで」

 確かにあの手ばかりの鬼は、この山では一番強い鬼であり、そうなったのは、何度も行われた最終選別試験で鬼殺の剣士の卵達に殺されずに、一番長く生きのびてきた結果なわけで。

 

「そう言われると、やっぱり他の皆さんに申し訳ない気持ちになりますね」

 

 薫ちゃんが苦笑する。

「未来さんが来てくれなかったら、私達は死んでた可能性が高かったもんねえ」

 雪ちゃんもうんうんと頷く。

「言ったらなんだけど、たまたまだよ」

 殊更に感謝されるのもどうかと思ったので、そう切り出した。

 

「たまたま二人が襲われているところに到着して、まだ生きていたから助けただけで、わざわざ駆けずり回って、襲われている人を助けるつもりもないし、鬼を殺すために探し回るつもりもないよ」

 

 これは、まごうことなき本音だ。

「個人的には、あんまりここに居る鬼を殺すつもりはないんだ。

 そもそも、試験の為に集められてるわけで、減ったら補充の必要があるし、自然に減ることはあっても、増えることはないんだし」

「…それは、そうですけど」

 雪ちゃんは、微妙に納得が行かないようだけど…

 

「ここに居る鬼って、この山から出られない以上、もう悪さをすることができないわけでしょ?

 襲えるのは、この山に入ってくる人間…つまりは、受験者だけなわけで。鬼を殺しに来ておいて、でも殺される覚悟はないなんて、そんなの通用しないと思う」

 

 これは、私が鬼だから持つ考えなのだろうか?

 

「私は、未来の意見もわかるかな。そもそも死にたくないなら、受けるなよって思う」

 鳴ちゃんがバッサリと言い切った。やっぱり厳しいね。

 

 

 東の空が白んでくる。

 

 

「じゃあ、寝ようか? 私はもう眠いから先に寝させてもらうね」

「だったら、もう一人は、怪我してる薫ちゃんになるかな」

 

 

 

 私と薫ちゃんで、最初に寝ることになった。おやすみなさい。くぅ…




手鬼って、真菰を殺し、錆兎を殺し、鱗滝さんの弟子のほとんどを殺していて、原作では一番最初に出て来た、憎むべき鬼として登場しました。

ただ鬼側の視点からだと、藤襲山で生まれた、鬼側の主人公候補とも言えるんですよねえ。
捕まって、藤襲山という牢獄に入れられたけど、次々と襲い掛かってくる刺客を返り討ちにして、生き残って、強くなって、主人公適正は高かったと思います。

ただ、ビジュアルがなあw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験9

さて、この完全体になった零余子ちゃんに勝てるかな!



「蒸気機関車だッ!」

 

 

 時間を停止した上に、駄目押しの蒸気機関車!

 

「おおおっ…オラオラオラオラ!!!」

 

「無駄無駄無駄無駄!!!」

 

 蒸気機関車を間に挟んでの、再度の連打の打ち合い!

 

 なんか、下弦の壱っぽいのが中でつぶれていくように見えたが、まあ気にしない。

 

 

「八秒経過! ここからの脱出は不可能だ!! …ふがっ!!」

 

 

 

 

 

「ふがっ…ふががっ…」

 

 こしょこしょこしょ…

 

「ふがっ…へっくしょん!!!」

 

「ああ、やっと起きた」

 

「ん、んんーーー」

 

 きょろきょろと見回すと、先端がふわふわっとした草を持った鳴ちゃんに、雪ちゃん、薫ちゃん…森の中っぽい光景…ああ、そっか…

 

「おはよー、もうちょっとやさしくおこしてよー」

 こしこしと目をこすりながら、そう非難する。

「なかなか起きなかった、未来が悪い。今から私が寝るんだから、さっさとどけ」

 鳴ちゃんは、にべもない。

「おはようございます、未来さん。私も寝ますね」

 雪ちゃんは、笑ってそう言ってきた。

「うん、おはよー、おやすみー」

「おう、おやすみ。ちゃんと見張ってろよ」

「おやすみなさい」

 場所を譲ると、鳴ちゃんと雪ちゃんに挨拶をかわす。

「おはようございます、未来さん。顔を洗ってきたらどうですか?」

 既に見張りを始めていた薫ちゃんにそう言われて、顔を洗いに行く。

 

 いい夢を見ていたような…いや、そうでもないのかもしれない。…いやいや、あそこから逆転されるようなことは、ありえないはずだ。

 

「ふー、さっぱりした。薫ちゃん、おはよー」

 薫ちゃんにそう挨拶して、隣に腰を下ろす。

「よく眠ってましたね。疲れはとれましたか?」

 ニッコリ笑顔で、そう聞かれた。

「うん、ばっちりさ。そっちは怪我のほうは大丈夫?」

 薫ちゃんの顔色が、寝る前よりもずっと良くなっていたので、そう聞いてみる。

「はい。だいぶ回復しました。こう見えて、結構頑丈なんです」

 確かに、さすがに鬼程ではないが、かなりの回復力だ。

「私の家、貧乏だったので、薬もなければ、医者にもかかれなかったので、我慢するしかなくて…深呼吸してごまかしてて、そうしてたら、なんか痛みが取れて、治ったりしてたんです」

 

 ええっ? 人間って、そんなんで治るものかなあ?

 

「私はとりわけ頑丈だったから、売られ…奉公に出されて、そこが藤の花の家紋の家でして…」

「へー」

「私はどうも、呼吸法みたいなのを使ってたみたいで、それを今の師匠に見とめられて、そのまま弟子になることになったんです」

 藤の家紋の家なら、鬼狩りの育手に乞われたら、ほいほいと差し出すだろうなあ。

「だから私、鬼なんか見たの、今回が初めてで。聞くと見るでは、大違いですね」

「そりゃ、そうでしょう」

 百聞は一見に如かずだ。

「未来さんは、これまでに鬼を見たことは?」

「まあ、それなりに、ねえ」

 苦笑せざるを得ない。

 

 おそらく鬼殺隊の誰よりも、見たことがあるだろう。それも、特に強い鬼ばかりだ。

 

「やっぱり、力だけでなく、そういう覚悟みたいなのも、全然足りなかったのかなあ」

 薫ちゃんが、そう言ってため息をついた。

「師匠が言うには、昔は鬼狩りになろうって人は、大体鬼の被害者で、鬼に対して強い恨みがあったり、あるいは、自分のようなものを作りたくないっていう、強い動機がある人がほとんどだったって」

「ふーん」

「それが数年前から、格段に鬼の被害が減ったようで、今では私みたいな鬼を見たことないような人間の方が、増えたみたいで」

 私が十二鬼月になったくらいかな?

「力や技はともかく、心の面ではやっぱり大きく違うみたいで。…未来さんは、今回の受験者の数、どう思いました?」

「んー、三十人くらい居たね。多いのか少ないのかは、よくわかんなかったけど」

「昔は二十人に行くか行かないかって話で、だいぶ増えました」

 

 あれ、なんか変じゃね?

 

「鬼の被害者の数が減ったのに、受験者の数は増えたの?」

 わからなかったので、素直に聞いた。

「受験者が増えたわけじゃないです。試験の回数を減らしたんです。二十人くらいで行っていた試験を、三十人くらいになるまで実施しなくなったんです」

 なるほど、二十人で二回やってたのを、三十人で一回になったみたいな話か。

「受験者数が増えれば、試験の難易度も落ちます。そうやって、なんとか試験を成立させているみたいですね。…もっとも、合格者数は三人くらいと、あんまり変わらないみたいですけど」

 薫ちゃんは、なかなか事情通のようだ。

 

「生存率一割か、なかなか厳しいね」

 

「いいえ、合格率が一割なだけです」

 

 私の言葉を、そう訂正された。

「昨日の夜に、未来さんも言ってましたよね、山を降りればいいんですよ」

「ああ、そりゃそっか」

 山なんだから、裾野の方が広い。中腹まで降りれば、藤の花が咲いているから鬼は来れない。

「運が悪ければ死にますけど、それでも死んだ人よりは逃げた人の方が、多いと思いますよ」

 命がけで合格を目指す奴よりも、付き合ってられないと逃げる奴の方が、多いのが当たり前だろう。

 

 特に、鬼に対して、恨みも憎しみもなければ、なおさらだ。

 

 

「ああ、なるほど。そういう試験か」

 

 

 ふっと、理解できた気がする。

 

「この鬼がいる山の中で、一週間生き残れる強さを持ってて、なおかつ、この試験から逃げずに、最後まで命がけで付き合うような、頭のおかしい奴を選ぶための試験ってわけだ」

 

 

「まあ、そういうこと…なんでしょうね」

 

 

 

 薫ちゃんも、苦笑しながらも、そう肯定した。




最終選別試験、こういうことなんだろうと推察しました。

試験の説明の時に、藤の花の話をしたのも、そこから下まで降りれば逃げられますというヒントだったんでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験10

いろいろと、思い悩んで、こうなりました。


 夕方になり、鳴ちゃんたちを起こし、水場の方に向かう。

 お風呂に入れない代わりに、交代して水浴びをする。

 さすがに、その時は無防備になるので、見張りを三人体制にする。

 

 

 水をかけ合う、きゃっきゃうふふな映像などない!

 

 

 魚を獲って、枝にぶっ刺して、鳴ちゃんが持参していた塩を振り、たき火で焼く。

 鳴ちゃんが、どうよーと自慢げな顔をしていたが、私的には重要度は低い。

 もそもそと、何の味もしない焼き魚を、無理やり食べながら、塩の味もわかるようにしないとなと思った。

 

 何度か鬼が襲ってきたが、鳴ちゃんはもちろん、雪ちゃん薫ちゃんでも対処できる雑魚鬼だった。

 私はその様子を見ながら一句…

 

 

聚蚊(しゅうぶん)や 鬼も(たか)らずば 討たれまい」

 

 

「中八は、あんまり良くないよ」

 

 鳴ちゃん、うるさい!

 

 

 

 朝が来る前に、寝床に戻る。

 鬼の死体は残らないが、寝床を戦場として荒らしたくはない。

 日が昇ると、私と雪ちゃんが先に寝る。昨日とは組み合わせを変えている。

「起こすのは、薫ちゃんがしてね」

 鳴ちゃんの起こし方は駄目だ。

「わがままなやつだ」

 

 わがままじゃないし。

 

 

 

 今度は夢を見なかった。

 

 まあ、夢の続きを見るのは難しいし、そもそも、あそこからの逆転はない。

 

「…異常者を選別するための、試験ですか?」

「そそ」

 昨日薫ちゃんと話したことを、雪ちゃんにもする。

「んー、ひどい表現ですけど…わかる気もしますね」

 雪ちゃんも、苦笑しながらも、同意してくれた。

「私の師匠のところ、私も含めて、五人の弟子と一緒に暮らしてるんですけど…」

 そう言って、話を始めた。

「育手の師匠と、試験を突破していた兄弟子が一人、まだ試験を受ける前の弟子が、私を含めて四人いました。受験前の弟子の中では、私が一番上で…ううん、一番上になってしまってました」

 ぽつぽつと、話してくれる。

「本当は兄弟子がもう二人いたんですけど、試験からは帰って来なくて、代わりになのか、新しく下に二人入りました。

 私、弟弟子が二人、妹弟子が一人…全員、それまで鬼とは関わりあいがまるでなかった子達です。本当に鬼と関係なく、買われてきたか、拾われてきた子供たちです」

 雪ちゃんは何を思うのか、そのよく表情が変わるはずの顔には、どんな感情も浮かんでいなかった。

「師匠と、鬼殺隊士になっていた兄弟子、その二人は…その二人だけが、鬼の被害者でした。

 もちろん、だからといって、どうだということはありませんでした。厳しいけど優しい、優しいけど厳しい、いい人たちだと思います。

 

 …でも、そうですね。鬼への憎しみ…執着は、異常でした。

 

 …そう、感じてました」

「…なるほど」

 鬼と関わりのある者と、そうでない者…いや、鬼に恨みがある者と、そうでない者では、そもそものこの試験へかける思いも、大きく違うだろう。

 

 もっと言えば、鬼と関わりのまるでない者を、わざわざ買ったり拾ったりまでして、この試験に挑ませる、そこが異常だと思う。

 

 いびつな組織だな。

 

 一般人を鬼から守ると言えば、聞こえはいいが、内実は鬼への憎しみが土台の、鬼を殺すことに執着した者たちの組織だ。

 歴史の闇にある、隠密集団や忍者の軍団、そんな風な、どこか闇を抱えた異常者の集団で…私が考えていた以上に、ぞっとするような組織だ。

 

 こんな組織が、何百年も存在した!?

 

 鬼への…無惨様への恨みと憎しみを糧に、ただただ其の為だけに、連綿とその刃を砥ぎ続けて来たのかと思うと、ゾワゾワとおぞ気が走るのが止まらない。

 

 

 

 …鬼殺隊潰すの、やめませんか?

 

 

 

 何を言っているんだ?…本当にそう思う。

 うっとおしいとか、そんな軽いもんじゃない。ただただ、おぞましく、気持ちが悪い。こんなものと共存なんて、ありえない。

 

「…未来さん、顔色が悪いですね」

 

 雪ちゃんのその言葉に、無理やり笑顔を浮かべて、応じる。

 

 

「…ううん、なんでも、ないよ」

 

 

 

 腕に浮かんだ鳥肌をさすりながら、そう答えた。




無惨様に、思考回路が非常に似ている零余子ちゃん、こういう結論になりました。

鬼殺隊の存続に繋がるかと始めた、最終選別試験編だったのですが、思惑通りには行きませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験11

それぞれの理由と選択…


「…みんな、もう山を降りない?」

 

 

 

 その日の晩、塩焼きした味のしない焼き魚を食べながら、そう切り出した。

 

「…未来」

「「……」」

 

 普段は容赦ないツッコミを入れてくる鳴ちゃんも、私の真剣な表情に押されているし、雪ちゃんと薫ちゃんも、なんとなく私が言おうとしていることを察している様子だ。

 

「薫ちゃんと雪ちゃんとは、もう話したんだけど、鬼殺隊はろくな組織じゃないよ。こんなのに入る必要はない。…ううん、入らないほうがずっといい」

 

「「「……」」」

 みんなが私の話を黙って聞いてくれているので、そのまま話を続ける。

 

「鬼に対して、すごい恨みがあるんなら別だけど、みんなそうでもないんだよね。

 だったら、このまま鬼なんかと関わりがある組織に入ることなんかない」

 

 これが私の結論。

 

 みんなを知る前だったら、気にもしなかったんだろうけど、知ってしまった以上、放ってなんておけない。

 

 

「未来が言いたいことはわかるよ」

 

 

 鳴ちゃんが口を開いた。

 

「…初日とは違う。未来が…ううん、みんなが降りたいと言うなら、私は止めないよ」

 

「違うよ! 鳴ちゃんもだよ!!」

 鳴ちゃんが私の言いたいことをわかってないので、反論をするんだけど、それに対して寂しそうに笑われてしまった。

 

「確かに私も、鬼に対して特に恨みも憎しみもない。復讐なんて考えたこともないよ」

 

 それならば、山を降りることに、鬼殺隊に入るのをやめることに問題なんか、ないはずだ。

 

 

「…ただ、剣を振るのが、好きになっちゃったんだ」

 

 

「…鳴ちゃん」

 

「…ああ、なんだろう、すごく自分勝手だなあ。ひどい理由だとは、私も思うよ。

 でもさ、男ですら剣を握らなくなったこの時代で、女だてらに剣を振るえる場所なんか、他にはないよね」

 

 鳴ちゃんが自嘲気味に笑う。

 

「最初はそんなに好きじゃなかったんだ。

 辛いし、しんどいし、なんでこんなことをさせられるんだろうって、昔は思ってたんだよ」

 

 そこで、私の顔を見て、楽しそうに笑った。

 

「でもさ、ある日、妹弟子ができて、負けず嫌いだからね、私。

 そいつに負けないように、剣を振るって、抜かれても、追いつこう追い抜こうって、剣を振るようになって…」

 

 鳴ちゃんが、持っていた木の枝を、ひゅっと振る。

 

「ああ、私、剣を振るの、好きなんだなあって、そう思っちゃたんだよ」

 

 ああ…

 

「新しく技を覚えることも楽しかったし、自分が強くなっていってることも嬉しかった。はまっちゃったんだ」

 

 私のせいだ…

 

 

 

「剣を忘れて普通に生きるのは、多分もうできない。そう、私は、鬼殺隊に入りたいんだ」

 

 

 

「…死ぬかも、しれないんだよ?」

 

「…そうだね。正直、そこの実感はまだ薄いかもしれない。あとで後悔することになるのかもしれない。でも今は、そっちの道を選びたいと思ってる」

 

 朗らかに笑っている鳴ちゃんを、止める言葉は見つからなかった。

 

 

「…私は、そこまで前向きではないですが…」

 

 

 そう言って、薫ちゃんが話を始めた。

 

「…そもそも、私は売られてしまったって言うのもあるんですが、前に未来さんには、頑丈だったからって、そう言いましたけど…」

 

 薫ちゃんが、そこで下を向く。

 

「役立たずだったんです、私。物覚えが悪くて、ドジで、愚図で…取柄と言えば、それこそ頑丈なだけで、何も家の役に立たなかったから、売られたんです。

 売られた先でも、私、頑張ったんですけど、言われたことも碌にできなくて、呆れられてて、お使いの途中で、転んでけがをして、裏で泣いてて…」

 

「…薫ちゃん」

 

「…血が止まるよう、深呼吸をしながら、みっともなく泣いてた私を、師匠が見つけてくれたんです」

 

 上げてくれた顔は、少しだけ笑ってくれていた。

 

「才能がある。そう言ってくれたのは、生まれて初めてでした。私でも、何かの役に立てる。そう思えたのは、とても…とてもとても、嬉しかったんです」

 

 ああ、わかる…わかってしまう…

 

 

 

「役立たずには、戻りたくない。そうですね。私は、鬼殺隊に入りたいです」

 

 

 

「…死ぬかも、しれないんだよ?」

 

「…そうですね。それは、怖いです。…それでも、役に立つんだって思える道を行きたいです」

 

 暗い部屋で、ランプの明かりだけで本を読んでいた少女が、薫ちゃんの言葉に共感してしまった。…もう、何も言えなかった。

 

 

「…それで言うと、私はもっと後ろ向きかもしれない」

 

 

 雪ちゃんが、ポツリとそうこぼした。

 

「私は、捨て子でした。家族の顔も、本当の名前すら知らない」

 

 その童顔に浮かぶのは、諦観だった。

 

「私は、他に生きる方法を知らない。他の道は、きっと、怖くて選べない」

 

「…雪ちゃん」

 

「…師匠と、兄さんは、ちょっと異常だとは思ってます。…それでも、大好きで、私の家族なんです。あそこを、家族を捨てることなんて、できない」

 

 ああ、それは…それは無理だ…

 

 

 

「家族を失いたくない。異常かもしれないけど、それなら、私も異常です。一緒に笑いたい、一緒に怒りたい、一緒に泣きたい、一緒がいいです。私は、鬼殺隊に入りたい」

 

 

 

「…死ぬかも、しれないんだよ?」

 

「…それは、イヤですね。…でも、一緒でないよりは、イヤじゃないかも」

 

 まだほのかに温かい、母のなきがらにすがって泣く童女が、一緒がいいと叫んでいる。一緒でなければイヤだと喚いている。それを捨てろなんて、私が言えるわけがない。

 

 

 ギィリィィイイィィ…

 

 

 ああ、悔しい、悔しすぎる!

 

 

「…うん、わかったよ。…じゃあ、みんなで、合格しよう」

 

 

 

 私に、こんなことを言わせるなんて、ふざけるな! ふざけるなっ!!




それは、命を懸けるには弱いかもしれない。
それでも、道を選ぶには足るきっかけになる。

零余子ちゃんの、鬼殺隊へのヘイトが溜まっていきますw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験12

試験へのテンションが、だだ下がりです。


 その後のことは、あんまり覚えていない。

 

 実際、四人そろっていれば、どうとでもなった。

 他に仲間を増やそうなんて、当たり前だが思いもしなかった。そして、それを提案されることもなかった。

 女の子だけの中に、男を入れるつもりなんてなかったし、そもそも合格者を増やすようなことをする気にはならなかった。

 

 考えることはただ一つだけ…

 

 

 どうやれば、鬼殺隊の本部を見つけられるか?

 

 

 ただそれだけを、考えていた。

 

 鳴ちゃん、雪ちゃん、薫ちゃんは、あれ以降も普通だった。

 ちょっとしょげてしまっている私に、気を遣ってくれるくらいだった。

 

 みんなは、鬼に対して、恨みも憎しみも持っていない。

 

 でも、この試験に合格して、鬼殺隊に入って、仲間ができて、友人ができて…

 

 

 …その友人が、鬼に殺される…

 

 

 それは、当たり前に起こる。

 殺そうとする以上、殺されることはある。それは当たり前のことだ。

 

 そして、鬼を恨む。鬼を憎む。

 仲間の仇、友人の敵を討つんだと…そうなる。それも当たり前のことだ。

 

 

 そうして、鬼殺隊の闇へと堕ちていく。

 

 

 なんて腹立たしいんだろう。なんて憎たらしいんだろう。

 鬼に対して恨みも憎しみもない、なんの関わりもない者たちを、自然と復讐者へと変えていく。

 

 なんて厭らしい組織だ。吐き気がする。

 

 

 

 …おっと、余計なことを考えてしまった。反省反省。

 

 

 

 とにかく、鬼殺隊の本拠地を探ることが肝要だ。

 

 まず思いつくのは、鎹鴉。

 隊員一人につき、一羽ずつつく。

 人語を解し、人語を操ることができる。正直どうなっているのか、研究者として興味はつきない。

 

 …閑話休題…

 

 鎹鴉は、本部からの指令を、隊員に伝えるのが役目だ。

 監視の役割もあるのではないかと、個人的には思っている。

 

 つまり、鎹鴉は、本部の場所を知っている。

 

 もちろん、下っ端の隊員の鎹鴉は知らないかもしれない。知らない可能性の方が高いとも思う。

 ただ、重要な隊員の…少なくとも柱担当の鎹鴉は、本部の場所を知っている…知ることになると思う。

 間を介することで秘匿性を上げることよりも、直接連絡を取ることにより情報伝達の速度を上げることのほうが、重要になるからだ。

 

 鎹鴉の魅了、それは最優先事項だ。

 

 

 

 

 

 無事に、最終日の朝を迎えた。

 

 合格者は、私達の他には、たったの二人。

 それでも、いつもの倍の人数と言えるし、仮に私が試験を受けてなければ、鳴ちゃんとそいつら二人の三人だけと、いつもの人数とも言えるかもしれない。

 

「おめでとうございます!」

 

 蟲柱と水柱の二人が立ち会う。相変わらずの胡散臭い笑顔で、蟲柱が白々しい祝辞を述べる。

「まずは隊服を支給しますね。体の寸法を測り、その後に階級を刻みます」

 蟲柱が、私達四人を見る。

「大丈夫です。ちゃんとした隊服を支給しますから」

 いや、ちゃんとしてない隊服があるのだろうか?

「…階級は十段階ある。甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)。今のお前たちは、一番下の癸になる」

 水柱がそう告げた。

「日輪刀は?」

 他に生き残っていた男が、そう聞いた。

「この後、玉鋼を選んでもらいますね。日輪刀が出来上がるまでは十日から十五日でしょうか?」

 蟲柱が質問に答えた。

「それじゃあ、今から鎹鴉をつけますね」

 

 来た!

 

 鴉が降りてくる。私の元には…

 

 

「え? 鴉? これ? 雀じゃね」

 

 

 …雀だったんですけどー!!

 

 いや、待て、人語を操るなら、問題はない…はずだ!

 

「お前、しゃべれる?」

 

 チュン…

 

 小首を傾げられた。

 

 

 

 あかんやつやー!!!!




別に善逸の雀ではないですよー。
雷の呼吸には、鎹雀と決まっているのですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終選別試験13

最終選別試験、終了後のお話です。


 今日も今日とて、お茶会です。

 

 黒い着物の無惨様、黒い着物の黒死牟様、朱い着物の私、そして、本日の甘味は最中で、合わせるのはお抹茶です。黒死牟様が用意してくれました。

 軽い皮に包まれた、どっしりとした餡子の甘さが、お抹茶によく合います。和菓子もやっぱり美味しいですねえ。

 

 はてさて、舌鼓を打ってばかりもいられません。

 

 

「申し訳ございません」

 

 

 小細工は抜きの、土下座をします。

 

「…鬼殺隊の本部の場所は、つかめなかったか?」

 無惨様が、謝罪の理由を察して、そう聞いてこられます。

「その通りです。此度の選別試験には産屋敷の者は現れず、代わりに柱が二人やって来ました」

「産屋敷… 勘が鋭い… こちらの手を… するりとかいくぐってくる…」

 黒死牟様も、そう援護をしてくれる。

 

「…勘か、…それはどうしようもないな」

 

 ドキドキとしたが、あまりお怒りでないことに、ホッとする。

「…して、次の一手はどうする?」

「内部に潜み、機を伺う以外には、思い浮かんでおりません」

 鎹鴉から追おうにも、まさか雀が来るとは、思いもしなかった。

「…ふむ。急いては事を仕損じるとも言う。じっくりと行くしかないか」

「はっ」

 とりあえず、許してもらえたようだ。

「それで、かつての私の発言を撤回したいと存じます」

「ん? なんのことだ」

 

 

「鬼殺隊についてです。…かつては潰すのをやめませんかなどと、寝ぼけた事を提案致しましたが、それについて謝罪と撤回をさせてください」

 

 

「…ほう。今回の試験で心境の変化があったか?」

 無惨様が楽しそうに、そう聞いてこられた。

「まさにその通りです。

 雑魚鬼が世を騒がすことの押さえにはちょうどいいなどと、実に愚かな考えでした。

 連中は徹頭徹尾、我らの敵に他なりません。何を置いても、滅ぼすべきです」

「くくく…」

 私の答えに、満足そうに笑われる。

「連中の本拠地を押さえられなかったのは残念だが、お前がそう考えるようになったのならば、今回の結果もあながち悪くはない」

「そう言って頂けると、ありがたいです」

「なぁに、慌てることはない。奴らの進退は既に窮まっている。じわじわと追い詰めていくというのも、乙なものよ」

 

 私の勘違いでなければ、かなり機嫌が良さそう?

 

 

「…あと、もう一つあるのですが…」

 

 

 

 

 

 試験終了から、十五日後。

 予定では、日輪刀が届く日だ。

 

「まだかな、まだかなー、刀鍛冶の、おじさんまだかなー」

 

「なに、その歌?」

 私の鼻歌に、鳴ちゃんがつっこんでくる。

 でも、最終選別試験では、実に不愉快な気分にされたのだ。日輪刀でももらわないと、やってられないよ!

「まあまあ、自分専用の日輪刀だ。未来が浮かれるのもわかる」

 俺もそうだったと、師匠もうなずいている。

 

 

 そんな中、待望の刀鍛冶がやってきた。

 

 

「俺は金剛寺という者だ。二人の日輪刀を持ってきた」

「なんでひょっとこ?」

 待望の日輪刀だが、それはそれとして、やっぱり聞いておく。

「決まりだ」

「決まりかー」

 鬼殺隊の秘密主義、極まっているなあ。

「そんなことよりも、日輪刀だ。まずは姉弟子の分」

 金剛寺という刀鍛冶から、鳴ちゃんが日輪刀を受け取る。

「…ごくり」

 鳴ちゃんが息を飲みながら、日輪刀をすらりと抜く。…緊張の一瞬だ。

 

 

 日輪刀が、鮮やかな蜜柑色に染まっていく。綺麗だね!

 

 

「…はー、これが私の日輪刀の色…」

 鳴ちゃんが自分の日輪刀を、ほれぼれとした表情で見つめる。

「いい色だ」

「炎の呼吸混じりだな」

 師匠と刀鍛冶が寸評する。

「今度は、妹弟子の分だ」

「お、おう」

 刀鍛冶から、私の日輪刀を受け取る。

 

 やばい、ドキドキする。みんなの視線も感じる。

 

 すらりと日輪刀を抜く。

 白刃が、照り返しを受けて、きらりと輝く。

 

 

 んーーーー……

 

 

 やばい! 色が変わらん!!

 

(…あれ?)

(…変わらないのか?)

(…そんなはずは…)

 

 私に心の声を聞く能力はないはずだが、みんなの心の声が聞こえる気がする!!

 

(…変わりませんねえ?)

 

 幽霊、紛らわしい!!

 

 まずい、まずいぞ! この天才剣士たる成宮未来ちゃんの日輪刀の色が変わらないとか、さすがに認められない!!

 

 落ち着け! 落ち着いて素数を数えるんだ!!

 

 二、三、五、七、十一、十三、十七、十九…そうだ! 呼吸だ!!

 

 落ち着いて、雷の呼吸をすれば…

 

「シィィィィ」

 

 うっすらと、ちょっとだけ黄色っぽくなったような…

 

 

 

 変われや、こらぁぁぁああぁぁぁっっっ!!!!!

 

 

 

 バチィィィッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 落雷音を響かせ、日輪刀が雷を纏う。…やっちゃったぜ…

 

「…これは…」

 

 キラキラと輝くような黄白色の刃の中心に、血のように赤い色が、葉脈のように隅々まで走っている。

 

 

 うわー、不気味ー…

 

 

「…なんというか、おどろおど…いや、気持ちわる…いやっ、なんかすごいね…」

 

 鳴ちゃんが、二回言い直して、適当なことを言ってくる。もう、正直に言ってくれて、結構だよ!!

 

「…雷色に、赤い稲妻が迸っているようだな…」

 

 ん?

 

 

「…まさに雷の呼吸の極致のようだ…」

 

 

 

 …じゃあ、それで!!




雷の呼吸でうっすらと黄色くなった刀身に、握力と電力で強引にまばらに赫刀が再現されました。
頸を斬られなくても、再生が阻害されて、鬼狩りがますます捗りますねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務1

成宮未来ちゃん、初任務ですよー。


「カァァ、八神鳴ィ、東北ノ漁村ヘェ向カェェ!!」

 

 鳴ちゃんの鎹鴉が来たと思えば、いきなり喋り出した。

「鬼狩リトシテノォ、最初ノ仕事デアル」

 何度見ても不思議だね。インコや九官鳥のようにスムーズに喋っている。

「心シテカカレェェ、東北ノ漁村デワァァ」

 それに、ただの声真似じゃあないね。自分で考えて喋っているっぽい。あんな小さな脳で、どうやって?

「漁師ガ消エテイルゥ、毎夜、毎夜」

 言語を操るのは、大脳の前頭葉と側頭葉だけど、そこだけが異常に発達しているのかな?

 

「漁師ガ、漁師ガ、消エテイル!!!」

 

 やばい。解剖したいね。研究意欲がうずうずとうずくね。

 

 そこで、鳴ちゃんの鎹鴉と一緒に来ていたのか、隣に雀もいることに気付く。

「チュン?」

 お前は使えないなあ。そっとため息をつく。

 

「共同任務デアル、氷雨雪ト、夏木薫トトモニィ、現地ヘェ向カェェ!!」

 

 ん?

 

「私は?」

 とりあえず、雀に聞く。

 雀が隣の鳴ちゃんの鎹鴉を見る。

 

「ハァァ、成宮未来ワァ、別任務デアル!」

 

 最初のはため息じゃないよね? ため息つきたいのはこっちだよ!

 

「街ノ洋菓子店デェ、怪シイ侍ガ出没シテイル、ソノ調査ヘェ向カェェ!」

 

 んん? 洋菓子店に、侍? …いやいや、まさかでしょ。

 

「店ニワ入ラズ、タダジット佇ンデイル、黒衣ノ侍デアル!」

 

 …うぇぇ、まじかあ。

 

「コチラモ共同任務デアル、街ニアル藤ノ花ノ家紋ノ家デェ、獪岳ト合流セヨォ!!」

 

「誰だよ?」

「桑島さんところのお弟子さんだ。同じ雷の呼吸の剣士になるな」

 師匠がそう教えてくれる。

「えー、鳴ちゃんと一緒のがいいなあ」

「ダメェ」

 

 うるさいよ。

 

 

 

 

 

 とりあえず、鳴ちゃんたちが心配だったので、長子ちゃんに連絡を取って、猗窩座様に陰からの護衛をお願いする。

 鳴ちゃんも、十二鬼月が相手でなかったら、なんとかなるとは思うんだけど、それでも何が起こるかわからないのが、命がけの戦闘というものだ。

 猗窩座様にお願いするのは申し訳ないのだが、昼日中に出歩ける戦闘力のある護衛となると、猗窩座様くらいしかいないのが現状だ。

 

「っと、ここが藤の花の家紋の家だね」

 

 街の中心部にデデンと構える大きな邸宅に、でかでかと藤の花の家紋が描かれている。

 こういう民間の協力者の存在は、数百年以上続いている鬼殺隊が築いた財産と言えるんだろう。

 

 組織と言うのは、志だけでは運営などできない。

 人、金、物、それらは組織である以上、必須である。

 鬼の被害者を中心に、不足分は拾ったり買ったりしてかき集め、集めた人間を最終選別試験で、少数精鋭の鉄砲玉へと仕立て上げる。

 財源は基本的に産屋敷一族が賄いつつ、かつて助けた藤の花の家紋の家からも寄付金を募る。そして、それ以外のところからは一切受け取らない。

 金を出されれば、当然口も出される。鬼殺隊の運営に横やりを入れられたくないということだろう。実に徹底している。

 産屋敷一族が築いたそうした歴史、財力、流通、コネクション、そういった力は、財閥にも匹敵している。

 

 

 そして、その全ての力を、鬼狩りへと集中しているのだ。

 

 

 私が言うことではないんだろうけど、もっと他のことに力を注げばいいのにと思う。

 

「来たか」

 

 藤の花の家紋の家に入ると、待ってましたと言わんばかりに、いきなり声をかけられた。

「俺の名前は獪岳だ」

「ども、成宮未来です」

 腕組みして偉そうだなと思いつつ、名乗り返す。

 

「お前の噂は聞いているが、俺の方が階級が上で先輩だ。ここでの指揮は俺が取る」

 

 

 言われるまでもなく、そのつもりではいたんだけど、それでも頭ごなしにいきなり言われると、カチンと来るね。

 

 

 

 うん、一発かましてもいいよね?




別に獪岳さん、変なことは言ってませんよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務2

ついに百話ですよー!

一話一話が短いとはいえ、よく頑張りました! 自分を盛大に褒めますw


 成宮未来…そいつの話は、先生から嫌と言うほど聞かされていた。

 

 先生と同じ雷の呼吸で、同じく元鳴柱でもある…成宮透さんの弟子だということで、成宮さんに散々自慢されたらしく、先生の鼻息も荒かった。

 なんでも、かの霞柱の時透無一郎に匹敵する天才剣士で、わずか半年で雷の呼吸の型を全て習得したとのこと。

 そして、まだ隊士になったばかりの下っ端のはずなのに、既に次代の鳴柱の最有力と噂されている。

 イラつく。

 会う前からイラついていたのだが、一目見ただけで、そのイラつきは倍増だ。

 

 

 何も考えてなさそうな顔が、あのヘタレと重なる感じがあり、尚のことイラつかせてくる。

 

 

「お前の噂は聞いているが、俺の方が階級が上で先輩だ。ここでの指揮は俺が取る」

 

 

 最初が肝心。まずは、どちらが上かを教えておく必要がある。

 そうしたら、目の前で大きくため息をつきやがった。

 

「弱い犬にキャンキャン吠えられるのは、気分が悪いですね」

 

「なんだとっ!」

 

 カッとなって言い返す俺を、鼻で笑うと続けて言ってきた。

 

「階級がどうとか、先輩だからとか、男だとか女だとか、下らないプライドで上からモノを言われるのは、気分が悪いです。

 どっちが上かは、こいつで決めましょう」

 

 ポンポンと日輪刀の柄に手をやり、ニヤリと笑ってきやがった。

 

 

「いいだろう! 表に出やがれ!!」

 

 

 安い挑発だとはわかっていたが、それに応じない理由はなかった。

 

 

 

 

 

 この藤の花の家紋の家には大きな庭があり、更には鬼殺隊の訓練場としても解放されている。

 

 その庭に、このクソ生意気女を連れて来た。そして、ちょうどよく壁に立てかけてあった木刀の一本を取ると、奴へと放り投げた。

 

「その長く伸びた鼻をへし折ってやる」

 

 もう一本手にしていた木刀を、奴へとまっすぐに向けて、そう宣言する。

 

「私も、あなたの噂は聞いてますよ」

 

 受け取った木刀で、首のあたりを叩きながら、嘲笑の笑みを張り付けた顔で、言ってはならんことを言ってきやがった。

 

 

「壱ノ型だけ使えないって、ぷーくすくす!」

 

 

「ぶっ殺す!」

 

 

 それが合図だった。

 

 

 

 …雷の呼吸 弐ノ型 稲魂(いなだま)…

 

 

 

 ガ……ガ…ガ……ガ…ガァン!!!

 

 互いの中央で、五連撃を打ち合う。

 

 

「ははっ、リズムが悪いよ、先輩っ!」

「抜かせっ!」

 

 

 

 …雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)…

 

 

 

 互いに回り込もうと、木刀を打ち合いながら、その中心を入れ替えながら、回転を繰り返す。

 

 

「駄目駄目駄目! ダンスはもっと呼吸を合わさないと!」

「やかましいわっ!」

 

 

 

 …雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)…

 

 

 

 更に回転を上げ、無数の斬撃を繰り出すのだが、余裕の笑みを浮かべたまま、その全てを打ち落としてきやがる。

 

 

「はっはーー! もっともっといくよーー!!」

「糞がぁぁっ!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 こちらの体勢が一瞬崩れたところを、いとも簡単に懐に飛び込んで来やがる!

 

 

 

 …九連…

 

 

 

 俺の死角へ死角へと消えながら、ついでとばかりにぼっこぼこに木刀を打ち込んで来る。

 

 …なんて、容赦のない女だ、クソが…

 

 体を支える力と気力を失い、その場に倒れ伏せる。

 

 

 …ドサ……ぎゅっ

 

 

「ぐえっ」

 

 

 

 その倒れ込んだ俺の背中の上に、座ってきやがった。可愛げとか優しさとか言うモノがないのか、こいつは…




記念すべき百話でやったことが、獪岳をぼこっただけという…
ええんや、それが零余子日記なんや…

ちなみに零余子ちゃんは隊服の上に、黄色地に黒の雷紋(ラーメン丼の柄)の半纏を羽織ってます。
これは成宮さんが用意して、八神鳴ちゃんも羽織ってます。三人お揃いです。

桑島先生が成宮さんにされた自慢で、一番悔しかったのがそれだったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務3

ついカッとなってやってしまった。今は反省している。

実にテンプレートで、反省が伺えない言葉ですな。


 さーて、やりすぎちゃったね。

 

 獪岳をぼっこぼこにしてその背中に座った後で、今更ながらにそう思う。

 ちょっとカチンと来たのは間違いないけど、ここまでやるほどではないとも思う。なかなかにひどいことをした気がするね。

 

 ちょっとは顔をたててあげるべきかな?

 

 

「先輩がなんで壱ノ型が使えないかわかる?」

 

 

 顔をたてるつもりで振った話題は、獪岳にはずいぶん痛い話題だったかもしれない。

「わかってたら、使ってるわ!」

「あはは、だよねー」

 まあ、そりゃそうだ。…でも、わかったからって、使えるもんでもないんだけどね。

 

 

「答えは簡単、ビビリだからだよ」

 

 

「なんだとっ!」

 痛いところをつかれたのか、反応が過敏だった。

「俺があのヘタレよりもビビリだって、そう言いやがるのか!」

「はてさて、そのヘタレが誰なのかは知らないけど、まあ、そう言っているね」

「ふざけんな!」

 体を起こして私を跳ねのけようとしてきたので、タイミングを合わせてその起こりを潰す。

「ぐえっ」

 いいから、今は私の話を聞き給え。

「最初に会った時にわかったよ。偉そうな奴ってのは、大体が虚勢をはってるんだ。

 それに対して、ヘタレな奴ってのは、意外と神経は図太かったりするもんだよ」

「ぅぐっ」

 何かわかるところがあったのか、私の言葉に息をつまらせる。

「壱ノ型は、小細工なしにまっすぐ、敵の懐に飛び込む技だよ。

 当然、最初の踏み込みが一番大事なのに、そこでビビってちゃあ、できるわけなんかないよね」

「くそっ!」

 私の言葉が認められないのか、あるいは認めるわけにいかないのか?

 ちょっと気になったので、聞いてみる。

 

「先輩は鬼の被害者なのかな?」

 

 

 

「っ! …違うっ!!」

 

 

 

 おっと、今までとはちょっと違う反応だね。

 

 鬼の被害者ではない…そこは絶対に否定しないと駄目な理由でもあるのかな?

 でも、それでも…

「鬼殺隊に入る前に、鬼と直接対峙した経験があるわけだ」

 そこは否定してこない。それは否定できない事実ってわけだ。

「その経験が原因だね。その原体験が、どうしようもなく鬼への恐怖になっているんだと思う。

 三つ子の魂百までって言うからね。その克服は、なかなか難しそうだ」

 

 うん、言っててあれだ。これは無理だね。

 

 

「まあ、使えなくてもいいんじゃないの?」

 

 

「…は?」

 

「ビビリってのは、ある意味で得難い才能だよ。

 臆病っていうのは慎重ってことだ。生き残る為には、一番の要素だよ。

 …まあ、私もビビリだし」

 うん、ビビリなのは、そんな悪くないよ。

「お前のどこがっ!」

 せっかくの私の言葉なのに、獪岳は納得いかないみたいだ。

「私があんたにビビらなかった理由? …そんなの私の方が強いからに決まってるじゃん。私の方が強いのに、なんであんたにビビる必要があるの?」

「ぐっ」

 言い返したいけど、言い返しようがないのか、獪岳が黙る。

 まあ、ぼっこぼこにされたあげくに、ぶっ倒されたんだ。言い返しようはないね。

「ビビリの次に必要なのは、彼我の実力をしっかり把握する能力だよ。

 勝てると踏んだらビビることはないし、負けると思えば逃げればいい」

「敵前逃亡は…」

 鬼殺隊の隊則なのかわからないけど、獪岳が綺麗事を言いそうだったので…

 

「負けるとわかっているのに突っ込むなんて、ただの自殺だよ。馬鹿のやることだね」

 

 ピシャリとそう切って捨てた。

「………」

 反論がないので、言葉を続ける。

「生き汚なかろうが、生き恥をさらそうが、文句を言われる筋合いはない。…いや、誰に文句を言われようが、自分の命を一番に考えるのは、当然のことだ」

 

 

「…それでも、俺は!」

 

 

 獪岳の反応は、どこか後悔がにじんでいるように感じるね。…まあ、あくまでも私の印象だけどさ。

 

「よいしょっと!」

 

 獪岳の背中から尻をあげる。

「ま、あくまでも私の持論だよ。先輩は好きに生きればいいさ」

 手を差し伸べながらそう言うと、憮然とした表情をする。

 

「…その考えじゃあ、柱は無理だな。鬼殺隊を支えようって気持ちが、まるで感じられない」

 

 私の手を取らずに立ち上がると、そう断言してきた。

 

「…まあ、そうだね」

 

 はっきり言って、やってしまったね。

 ここまで、初対面の鬼殺隊士に話すことではなかったし、そもそもが、取るべき態度でもなかった。

 

 でもまあ、おそらくお互い様だろうけど、初対面から妙にイラついたんだ。

 

 

 言うまでもなく、私は鬼殺隊が嫌いだ。

 

 何を差し置いても鬼を殺そうとする在り様が…下手しなくても、人命以上に鬼を殺すことに価値を置いているような、その歪な在り様が特に嫌いだ。

 

 

 そして、獪岳はその鬼殺隊の中でも、もっとも歪な在り様をしていると感じた。

 

 

 

 私の直感だけどさ、あんたは鬼殺隊では幸せになれないよ、きっと。




獪岳って、行動原理がいろいろと掴みづらい、人間の弱さと複雑さを兼ね備えたキャラですね。
原作ではサラリと流された部分に、いろいろと考えさせられます。

そもそも、何の為に寺の金を盗んだのか? …自分勝手な理由だったのか、あるいは何か理由があったのか。
どうして、鬼を寺へと引き入れたのか? …生き残るために自ら積極的に売ったのか、あるいは口車に乗せられたのか。
結果的に、一緒に過ごしてきた家族とも言える子供たちがほとんど死ぬことになり、それが大きな心の傷になったのは、間違いないでしょう。

そんな状態で何故、鬼殺隊に入隊したのか? …これはもう、罪滅ぼしの気持ちが根底にあったとしか思えません。
雷の呼吸の技を、壱ノ型以外を習得できるまで努力し、一週間の最終選別試験を勝ち残りました。
岩柱の悲鳴嶼行冥さんにはどの段階で気付いたでしょうか? …割と最初の段階で気付いてたと思います。そんな組織に飛び込むなんて、茨の道もいいところでしょう。

桑島さんから頂いた羽織、羽織らなかったのではなく、羽織れなかったのではないでしょうか…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務4

獪岳の人生に、ちょおーっとだけ、首を突っ込んだり突っ込まなかったり…

まあ、基本的にめんどくさいのはゴメンなんですよー。


「じゃ、ま、任務に行きますか」

 

 パンと手をあわせて、切り替えるようにそう言った。

「…強引に話を変えやがったな」

 隊服をはたきながら、じっとりとした目でこっちを見てくる。

「…まあ、いい。いつまでもここに居ても、時間の無駄だしな」

 獪岳も切り替えるように、そう答えた。

「洋菓子店だっけ? どこの?」

 詳細はまだ聞いてない。ホント、あの雀、使えない。

 

「全部だ」

 

「えっ?」

 

 

「この街の洋菓子店、全部だ」

 

 

 …黒死牟様…いや、まだ違う可能性はある!

 

 

 

 

 

「はー、歩いたねー」

 

 せっかく銀座に来たのだからと、カフェー・パウリスタへとやって来ていた。

 プランタンやライオンでも良かったんだけど、あっちは洋酒と洋食が中心だし、軽く珈琲でも飲むなら、こっちがいいよね。

 

「お、おう」

 

 こういうところに入るのは初めてなのだろう、獪岳が面白いようにキョドってる。

「…にがっ」

 珈琲を口に含んで、小声でにがって言っているのが、実に面白い。

「ミルクと砂糖を入れたら、美味しいよ」

 ミルクたっぷり、砂糖もたっぷりと入れて、カチャカチャとスプーンでかき混ぜる。

「うん、うまい」

 私はまだまだ苦味よりも甘味だね。ドーナツもパクリ。

「…まだ甘いのを食うのかよ」

 目の前で、げー…という顔をする。もちろん、まだまだいけるよー。

「さすがは銀座の洋菓子店だったね。種類も多くて目移りしちゃったよ」

「全部の店で、三つも四つも買いやがって、どんだけ食うんだよ」

「いいじゃん別に、私のお金だし」

 

 さすがにボコった獪岳におごらせるほど、私も鬼じゃないよ。鬼だけど!

 

「…んで、閉店直前あるいは直後に、どこの店でも黒衣のお侍さんが立っていたと…でも、特に店に入ってくるわけでもなく、何かをされたわけでもないと…まあ、特徴と容姿は一致していたから、同一人物だろうけど…」

 

 聞き込みの結果、黒死牟様で確定ですよ。あの方も、なんで太陽が沈んでから動くんでしょうかねえ。習慣って怖ろしいね。

 

「…で、まあ、怪しいっちゃあ怪しいけど、鬼殺隊が動く案件だとは思えないんだけど」

 

 私のその言葉に、獪岳がちらりと店内を伺う。秘密の案件があるとわかる動きだね。

「…確定情報ではないが、とある上弦の鬼に近い風貌だということらしい」

「…上弦の、何番?」

「……壱だ」

 そのあたりの情報は、当然のように鬼殺隊も持っているみたいだ。

 まあ、あの方は四百年以上生きているからなあ、鬼殺隊との付き合いもそれくらいになる以上、一番情報があっても不思議ではないか。

 

 

「…っはぁー? 何それ、私達に死ねっていう任務だったわけ?」

 

 

「…声がでけえ。 …あくまでも、調査任務だ。

 違うならそれでよし。もし仮に、万が一、そうであったとしても、戦えってわけじゃない」

「そうかなー、もし仮に万が一、上弦の壱だったら、逃げられるもんかなあ?

 こんな鬼殺隊でございって隊服着こんでて、見つかったら一発でしょ」

 

 違うならそれでよし…なのは、わかる。

 ただ、万が一の場合は、どっちか…あるいは両方が死ぬのも、それでよしってなってない?

 

 

 隊員の命をなんだと思ってやがるんだ、むっかつくなあ。

 

 

「…そうだな、今日の調査はここまでにしておこう。日が暮れる前に藤の花の家紋の家に戻ろう」

 獪岳が本日の任務終了を提案してきた。

 万が一、上弦の壱の場合でも、太陽が昇っている間ならば問題はないという判断なのだろう。実に妥当だ。

 

 獪岳の判断は悪くない。実力も柱ほどではないけれど、鳴ちゃん以上はある。下弦の鬼とも十分に渡り合えると思う。

 実際、下弦の肆になったばかりの頃の私が獪岳と会ったら、迷わず逃走を選択すると思う。かなり優秀なんじゃないの?

 

 

 そんなそこそこ有望な獪岳と、めっちゃ有望な私、その二人をこんな死んでもいいって任務に当てるなんて、ホントに何考えてるんだ?

 

 

 

「…じゃあ、帰る前に、一箇所だけ寄ってもいいかな?」




大正コソコソ噂話
「明治四十四年の三月に開業したカフェー・プランタンが、日本初のカフェーです。
 同じ年の八月にカフェー・ライオン、十一月にカフェー・パウリスタができました。
 その三店は、全部銀座にあります。その後、全国に広がって行きました。
 大正末期から昭和初期になると、カフェーはごにょごにょなお店になっていったりします。
 もちろん、このお話の頃は、健全なお店ですよー!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務5

さてさて、ゴールデンウィークですね!

コロナと雨で、どこにも出れませんけど。


「はい、そんな容貌のお侍様が、先日来られましたね」

 

 

「それは何時くらいだったかとか、お天気だったりとか、覚えてますか?」

 

 私のその質問に、店員さんが少し考えると…

 

「確か、晴れの昼過ぎだったと思います」

 

「わかりました、ありがとうございます。あっ、その最中を十個下さい」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 最中で有名な、銀座の「空也」さんでの聞き込みの結果でした。

 

 

「はー、一発だったな」

 獪岳が感嘆の声をあげる。

「まあ、洋菓子店に出没するお侍さんだからね。

 甘いものが好きなんだろうから、当然、和菓子店にも来るよね」

 ふっふーんと、いかにも推理したように話したけど、実際には前回のお茶会での黒死牟様のお土産の最中を見ていたから来たわけで、既に答えを知っていた推理小説のようなものだね。

 

「ま、晴れの昼日中に買いに来ていたってことで、この怪しい黒衣のお侍さんは、上弦の壱ではなかったということですね。

 任務完了。お疲れ様でしたー!」

 

 まあ、実際には、黒死牟様だったんですけどねー。

 

「…確かに、鬼が日中出歩くわけはないしな。

 上弦の壱ではないという証言が得られたということで、俺も任務完了でいいと思う」

 獪岳からも了承を得られる。

「それじゃあ、とりあえず報告がてら、藤の花の家紋の家に戻るか」

 

「ちっちっちっ! 何を言っているんだね、獪岳くん!」

 

「…獪岳、…くん?」

 

 

「せっかく銀座にまで来ているんだよ、観光に買い物、しなくてどうする!」

 

 

 どーんと、言い切りました。

 

「…いや、お前は十分買い物しただろ」

「買ったのはケーキとかの甘いものばっかりじゃん! おしゃれな小物に…後は服だよ! 銀ぶらだよ!!」

 私のその言葉に、げんなりとした顔をする。

「…わかったよ、報告は俺だけでしておくから、存分に見てくればいいさ」

 どこか投げやりにそう言ってきたけど…

 

 

「何言ってんの? 私が見繕ってあげるから、光栄に思いなさい!」

 

 

「……………はー、わかりました。お願いします」

 

 たっぷりと考え、百面相をした後で、そう答えた。

 

 

 ふふん、勝った!

 

 

 

 

 

「いやあ、昨日は楽しかったねえ」

 

「…お前はそうだろうな」

 翌朝、任務完了の報告を終えて、獪岳ともお別れの時間だ。わずか一日ばかりの邂逅だったけど、なかなかに楽しかったよ。

「最初はどうなるかと思ったけど、まあまあ良かったよ」

「お前が言うなよ」

 獪岳はやれやれとばかりに苦笑しているが、割と楽しかったんじゃないの?

「ま、また何かあったら、よろしくってことで」

「…だな」

 お互いに、ニヤリと笑って別れる。

「じゃ、獪岳、死ぬなよ! いくらあんたでも、これが今生の別れってのは、さすがに寂しいからね」

「言ってろよ。…まあ、お前も無事でな」

 

 

 それは、何かの気まぐれだったろう…

 

 

「…何かあったら、私を頼っていいからさ。人生楽しもうぜ」

 

 

 獪岳がキョトンとした顔をした後、くしゃりとした笑顔を浮かべて…

 

 

 

「…ああ、まあ、なんかあったらな。…じゃあな、未来」




銀ぶらは、銀座をぶらぶら歩くの略だとか、銀座でブラジル産の珈琲を飲むの略だとか、諸説あります。
でも、銀座が日本の流行の最先端を表している言葉と言えます。

…実は、この話をあげる直前まで、銀座の三越デパートに行く話だったりしました。
銀座三越は、関東大震災後だったようで、危なかったぜ(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務6

一方その頃の、新人三人組のほうの様子も、見てみよー。


「カァァ、成宮未来ィ、次ハ東京府浅草ァ、鬼ガ潜ンデイルトノ噂アリ!!」

 

 

「…は?」

「…俺の鎹鴉」

 

 

 綺麗にお別れしたと思ったところを、獪岳の鎹鴉に次の任務を告げられたよ!

 

 

「…お前、鎹鴉、いねえの?」

「……鴉は、…いないかな…」

 

 

 なんで雀なんだよーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

「私、夜行列車って初めて乗りました」

 

 子犬のような笑顔で、雪がそう言った。

「…私は、売られた時の記憶がよみがえりそうで…」

 苦笑しながら言う薫の言葉に、私は絶句するしかないよ。

「へー、薫ちゃんは、東北の出身だったの?」

 雪も、そこはあんまり深掘りするなよ。

「私の出身は、これから行くような漁村ではなく、農村でしたけどね」

 鬼殺隊のほとんどが関東近郊の出身なので、薫のように東北出身というのは珍しい方だ。

「でも、初任務が東北の方とは思わなかったねえ」

 雪の興味はころころと変わるね、もう話が飛ぶんだ。薫のことを深掘りする気は、本当になかったみたいだ。

「確かに、基本的に関東近郊が多いって聞いてたんだけどね」

 

 そんな鬼殺隊の柱の中でも、師匠は一番全国を飛び回ってたって話だけど。

 

「聞いた話ですと、関東近郊の鬼は、ずいぶんと大人しくなったようで、鬼の事件がだいぶ減ってきているようですね」

 薫はどういう情報源を持っているのか、かなりの事情通だ。

「それでも、初任務でいきなり遠方になるとは思わなかったね」

 その雪の言葉通り、今回の任務では三人全員が初任務の新人のみで、先輩の一人もいない。

「関東近郊での事件は減っていますが、それでも主要な隊士は関東から出したくないみたいですね。

 未来さんだけが東京っていうのは、そういうことなんじゃないんですか」

 薫のその言葉で、未来がひとりだけ外されてがっかりしていたのを思い出す。

「それはちょっと穿ち過ぎじゃないかな。…未来じゃあるまいし」

 

 たまにコソコソと真剣な顔で、未来が鬼殺隊のことをまるで悪の組織のように語ってくるが、いやいや、あんたもその組織の一員だからね。

 

「そうだよ、そんな言い方は鳴ちゃんに失礼だよ」

「あっ、いえ、鳴さんが主要な隊士じゃないってわけでは」

「いやいや、そこに引っかかったわけじゃないんで」

 気心が知れた三人なので、夜行列車の中でも和気あいあいとしている。

 

 …ひとり外れた未来は、先輩隊士とうまくやれているだろうか?

 

 誰とでもすぐに仲良くなれる子なので、心配ないとは思うんだけど…ああ、でも、初対面ですごく失礼なことをしていないだろうか、あの子は天才肌で上下関係なんて屁とも思ってないところがあるので、その辺がすごく心配になる。

 獪岳と言うのは、どんな人なんだろうか。

 師匠が言うには、礼儀正しい子だったということだが、それは上下関係に厳しいってことにもならないだろうか、ああ、未来とは相性が悪いような気もする。

 

「…ああ、心配だなあ」

 

「何がです?」

 思わず出た言葉を、雪に拾われる。

「いや、未来がさ、先輩に失礼なことをしたり言ったりしてないか、心配で」

「ああー…」

「…言うかも」

 

 二人とも否定してくれない。

 

「でも、大丈夫ですよ、未来ちゃんなら勝ちます!」

「いや、勝てばいいってもんじゃあ…むしろ、勝つ方がまずい気がするんだけど」

「きっと、うまいこと丸め込むと思います」

 

 未来が先輩隊士に無礼を働くのは、決定事項みたいになってるよ。…否定できないんだけど。

 

「未来さんも心配ですけど、こっちも厳しいですよ」

「鳴ちゃんがいるし、大丈夫でしょ」

 雪の期待が重いなあ。

「でも、薫の言う通り、東京の未来よりも、こちらの方が大変だね」

「ええ、一番近い藤の花の家紋の家も、目的の漁村からだいぶ離れています。支援や応援を頼んでも、だいぶ時間がかかるでしょう」

「隠の人が、先乗りしてるんだよね?」

 

「一応の拠点は用意してくれているはずですけど、組織的な協力は期待できないと思っていた方がいいです」

 

 

 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 

 

 いや、鬼なんだろうけどさ!




原作で善逸の雀が手紙を届けてたシーンがありましたけど、雀のサイズに対して手紙はキツイと思うんですよねー。
岩柱の修行場は、本部内で近かったから、頑張って運んできたのかなあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼1

連休なので、頑張ります!



 東京府浅草…まあ、銀座とは目と鼻の先なんだけどさ。

 

 お仕事も終わったし、ゴロゴロしようと思ってたのに、れんちゃんで働かせようとするとは、鬼の所業だよ。鬼はこっちなんだよ!

 

「…ああ、君が成宮さんだね。噂は聞いているよ」

 

 浅草にある藤の花の家紋の家につくと、昨日も聞いたような言葉で、先輩隊士に声をかけられた。

 私の噂、どんなんだろう? …獪岳に聞いておくんだったな。

「ども、成宮です」

「うん、俺の名前は村田と言う、よろしく」

 

 なんというか、正直に言おう、弱そう。すっげえ弱そう。

 

「ええと、今回の任務は、村田さんと二人で鬼を探すんですか?」

 弱そうだからって、喧嘩なんか売りませんよ、私は理性的な良い子ですからね。

「ああっと、うん、お茶を入れてもらうから、中で話そうか」

 村田さんは弱そうだけど、獪岳みたいに喧嘩っぱやくはないようだ。

 

 

 えっ? 喧嘩を売ったのはお前のほうだろって? …さーて、どうだったかなあ。

 

 

「ふー。…それじゃあ、任務の説明をするね」

 

 村田さんがお茶を飲んだ後、早速任務の説明をしてくれた。

 要は、夜間の見回りということで、それも、村田さんと二人でっていうのではなく、一人での見回りらしい。実際、村田さんは説明が終わったら帰ったし。

 夜間の見回りも毎日ではなく、二日に一日くらいの頻度でいいとのことで、任務の期間は大体一、二週間になると思うって話だ。

 

 …と言うのも、この浅草での任務、数年前からずっとあるらしい。

 

 数年前から、かわるがわる何十人もの隊士が、鬼の捜索をしているらしいのだが、目的の鬼はまだ見つかっていないそうだ。

 目的の鬼はって言うのは、実は何体かの鬼は見つかったらしいんだけど、それを討伐しても、この浅草の任務はなくならなかったとのことで、お館様がここでの目的としている鬼は他にいるんだろうって言うのが、村田さんの意見だった。

 

 故に、任務の期間は一週間から、長くても二週間で、次の隊士が来るまでというのが慣例になっているそうだ。

 

 

 …うん、産屋敷の勘が、すごすぎるね。もはや超能力の世界だよ。

 

 

 この浅草は、確か無惨様の拠点の一つだったはずだ。

 産屋敷の目的の鬼も、無惨様で決まりだろう。なんでわかるんだろう。怖ろしいほどの精度の勘だ。

 まあ、無惨様の擬態の精度もすさまじいし、今では昼日中に出歩くこともできるから、見つかることなどありえないだろうけど。

 

 ここは、休暇任務と割り切って、ダラダラするのも手か?

 

 いやいや、点数稼ぎに雑魚鬼を狩るのも、悪くないか?

 

 

 …そうと決まれば、長子ちゃんに連絡だな。

 

 

 あの子の能力は、こういうことに、特に役に立つからね。

 

 

 

 

 

 

 

「…まずいことになってますね」

 

 到着早々、駅の売店で新聞を買った薫が、その一面を読んでそう言った。

「奇怪なオブジェ! 遺体を使った悪質なメッセージ、連続殺人犯は精神異常者か!? …と書かれてますね」

 鬼の起こした事件だと、死体が出ることは少ない…というか、ほぼない。だって、それを喰うために鬼は人を殺すのだから。

「かなりの警察沙汰になってるようですね」

 被害者の遺体が出ない行方不明事件でなく、殺人事件になったのだ、地元の警察のメンツにかかわってくる。

「関東から離れているとは言え、ここまでの大事件を起こすとは…今まででは考えられないね」

 むしろ鬼ではなく、人間の殺人鬼の可能性の方が高い気がしてくる。

「…遺体の一部、あるいは大部分が欠損しているみたいです。…喰っている、つまり鬼の可能性は高いです」

 私の考えを、薫が即座に否定してきた。

 

「…何考えてんだ? 事件を大きくして、得になることなんて何もないだろう」

 

 関東から離れているから、鬼狩りがやって来るまでに逃げおおせると思っているんだろうか?

 

「…少々の鬼狩りがやって来ても、返り討ちにできる自信があるのでしょうか?」

 

「…ただただ、顕示欲が強いだけなのかも?」

 

 

 ここで想像を言い合っても、もちろん答えは出ない。

 

 

 

「…とにかく、ばらけるのは危険だね。何をするにも固まって動こう」




村田、お前生きとったんかワレ!?
あの地獄の那田蜘蛛山からも、生還しておりました。
実力はともかく、その生存能力の高さは作中随一かもしれませんねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼2

ああ、連休が、連休が終わってしまう!!

いつも、大したことしてないうちに、終わってしまうなあ。



「あーあ、一人で歩いてても、つまんないなー」

 

 

 ぶらぶらと夜の浅草を歩きながら、ぶーぶーと文句を言う。

 さすがは東京、夜とはいえ、人通りはかなり多い。田舎とは大違いだね。

 くんくんと鼻を働かせながら、とりあえず鬼を探しながら歩く。

 

 無惨様の拠点だからなのか、街全体にうっすらと無惨様の血の匂いがする気がする。

 

 まあ、特に血の匂いの濃い鬼はいないってことで。

 自分の拠点で雑魚鬼が粋がっているなんて許すお方ではないから、いないのは知っていたけどね。もちろん雑魚鬼の方も、無惨様のおひざ元で粋がれる奴なんていないわけで、そんな鬼がいたら、逆にすごいわ。

 

「どっかの店に入るにも、お酒とかお蕎麦とか、そんなんしかないしなあ。つまんねーのー」

 

 

 鳴ちゃんはいいなあ、三人でさ。

 

 

 

 

 

 

 

「…今日はあの村に入らない方がいいでしょう」

 

 

 漁村近くの大きな町に入って、一足早く来ていた隠の方と合流したところ、あいさつもそこそこにそう言われた。

 

「大事件になっていますからね」

 

 薫もそれに賛成のようだ。

「はい。村全体がピリピリしていますからね。特によそ者には厳しい目が向けられています。

 我々も、身の危険を感じたので、この町に避難してきたくらいですから」

 もともと人口の少ない漁村で起きた、連続殺人事件なんだ。地元の人間が疑うのは、知り合いよりもよそ者になるのは、理解できる話だ。

「事件の調査の方は?」

「この町から、十人規模で警察が向かいました。とりあえずは警察の方が動くことになると思います」

 当たり前だが、たとえよそ者でも警察だったら受け入れるだろう。

 

「…それでも、鬼が相手だと」

 

 雪がやりきれない思いを口にする。

「もちろん、鬼相手には対処できないでしょう。

 …正直、このあたりの警察とは、かなり細いつながりしかありません。捜査状況をギリギリ聞けるくらいで、捜査協力を申し出ることも難しいです」

 

 これが関東近郊、あるいは西の方だったなら、まだなんとかなったかもしれないんだけど…つながりの薄い東北で、政府公認の組織ではないことが響いている。

 

「今、上の方には問い合わせています」

「どうなるんでしょう?」

「…わかりません。政府関係者に働きかけてくれるとは思うのですが、応援が来るのか、とりあえず一時撤退になるのかも、定かではないです」

 

 

 しばらくは様子見ということになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…はい。浅草に到着しました」

 

 

 到着の連絡を入れる。

「…はい。阿修羅さんと山坊主さんも一緒です」

 浅草の夜の人波は、京都の夜の人波よりも多いように感じる。

「…はい。合流は無理そうですね。まずは我らだけで探ってみます」

 すれ違った人間の男に、ギョッとした顔を向けられる。

 

 傍から見れば、ただの独り言にしか見えないのだから、それも致し方ないだろう。

 

「…はい。大丈夫です。あのお方の力との違いは、十分に感じ取れています」

 周囲から…ただの人間から、どう見られようが、関係ない。

 

 

 私はもう既に、全てを賭けたのだから。

 

 

「…はい。十分です。もう痕跡は、なんとなくですが、見つけています」

 

 故に、私の能力は、不足を埋めるようなものを選び取った。

 

「…はい。そうですね、詳しくは明日の朝から探りたいと思います」

 

 こちらを気遣うような言葉を頂き、少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

 左目を覆うように、そっと手を当てて、告げる。

 

 

 

「…大丈夫です。お任せください」




長子ちゃんは零余子ちゃんのフォローをするような能力を得たようです。
鬼の血鬼術って、割とその望みを叶えるような方向で得ている気がします。

無惨様も、もうちょっと捜索向きな能力を持つ鬼を増やす努力してればって思わざるを得ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼3

ああ、今回も、連休があっという間に過ぎ去ってしまった。
特に何かしたわけでもないのに、おかしいなあ(爆)


「…一人を残して、全滅…ですか」

 

 

 昨晩の警察が動いた結果、それは想定をはるかに超える、最悪だった。

 

「…その一人も、見逃されたのだと、そう考えて間違いないでしょう」

 

 警察とは言え、鬼を相手に敵うわけがないとはわかっていた。

 …それでも、サーベルを持った屈強な警察官十人規模が、一当てでほぼ全滅することになるとは、さすがに想定していなかった。

 

「…蛇のような不気味な生き物だったということで…異形の鬼だったと推測できます。

 そして、確認はできていませんが、血鬼術も使用できる可能性は高いです」

 

 最終選別試験で出会った、あの腕ばかりの鬼…あるいはそれ以上の力を持っていることは間違いないだろう。

「…あなた達の実力を把握できているとは言えませんが、癸(みずのと)の新人にはさすがに手が余ると判断しました。

 柱か、それに準ずる剣士の派遣を求めることにし、既に連絡も飛ばしています」

 

 

 …もしも、ここに居たのが、未来だったならば、その判断は変わったのだろうか?

 

 

 いや、それは考えても、仕方のないことだ。

「…では、私たちはどうすればいいでしょう」

「…私たちが漁村に向かうことはありませんが、万が一、鬼がこの町にまで来た場合に備える必要はあります。

 その場合には、この町の警察と協力して、住民の守護および避難を助けることになります」

 

「…避難って、どこに」

 

「…それを考えるのは、私たちではないです」

 

 少し遠いところでの初任務、浮かれていたわけではないが、こんなことになるとは想定していなかった。

 

 

「…人の世をここまで大きく騒がせるような動き、これまでの鬼とはまるで違います。何かが大きく変わったのかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

「…鬼殺隊を滅ぼすのに、わざわざ本部を狙うだけなのも、芸がないよな」

 

 

「その… 試験だと…?」

 

 パチン…

 

 角道を開けるように、無惨様が歩を一つ前に進める。

「…関東から遠方で、鬼が騒ぎを起こせば、どうなるかな」

 

 ス…

 

 応じるように、こちらの角道も開ける。

「鬼殺隊… 政府とも… 繋がっている… 無視は… できない…」

 自分の角を駒置き場に置き、こちらの角をひっくり返す。

 

「…その鬼が、想定よりも手ごわい…いや、十二鬼月かもしれないとなったら」

 

 馬となったその角を、銀で取る。

「柱… あるいは… それに近い剣士… 送らざるを… えない…」

 

 スー…

 

 王の前へと、飛車を移動させてくる。

 

「日本は広い。じわじわと、連中の手足を引きちぎって行けばいい」

 

 角道で空けた場所に、桂馬を上げる。

「なるほど… では… 柱が複数… 来た場合は…」

 気にせずに、飛車前の歩を上げてくる。

「無駄に粘る必要はないな、退けばいい。…それも、玉壺向きだな」

 こちらも飛車前の歩を上げる。

「上弦でも… 退きますか…」

 

 無惨様が、少し考えられる。

 

「そのための移動術だ。柱を数人引っ張って来たのなら、それだけ連中の手は足りなくなるだろう」

 

 

 更に真ん中の歩を上げ、盤の中央に進める。

 

 

 

「案外、零余子でなく玉壺の奴が、連中の本拠地を見つけるかもしれんな」




無惨様も黒死牟様も、将棋はほぼほぼ素人です。
二人共、そっちにかまけている暇なんて、ありませんでしたからねえ。

もちろん、作者も将棋は素人ですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼4

今回は、零余子ちゃんでない、誰かの視点ですよ。


 それは、普段と変わりない夜のはずでした。

 

「…胸騒ぎがします」

 特に意味はないのだけれど、満月の見えていた窓を閉める。

「…珠世様」

 私の様子が変わったことに気付いて、愈史郎が駆け寄ってくる。

「”目隠し”の術は…」

 

 

 キィン…

 

 

 音が聞こえた気がした。

「…断たれました」

 愈史郎の言葉と共に、外から強烈な圧力を感じる。

「…もしや、十二鬼月…」

 推測のように述べましたが、これほどの圧、まず間違いないでしょう。

「玄関を見てまいります」

「…私も参ります」

 愈史郎が何かを言いかけたが、それを飲み込んで頷いた。

 

 私たちが玄関に通じる廊下へ出たところで、ゆっくりと扉が開かれた。

 

「…ああ、お邪魔しますね」

 

 愈史郎の術を断ち、勝手に上がりこんで来たそいつは、悪びれもせずに、そう言って軽く会釈をしてきた。

 灰色の髪をショートカットにしたその女の鬼は、薄い桃色の着物を着ており、その片方だけ朱い左目に書かれた文字は…

 

「…下弦の…肆…」

 

 こちらの緊張も意に介さず、その女の鬼は次に入る者の邪魔にならないようになのか、玄関脇に控えた。

 下弦の肆の次に入って来たのは、侍のような者と、僧兵のような者…はたして鬼、なのでしょうか? 

 その二体の鬼も、扉を通った後に、先の下弦の肆のように、脇へと控えた。

 

 

 それはまるで、この次に入ってくるものに、従っているようにしか見えない態度であり…

 

 

「…どうです? 私の秘書ってば、有能でしょ?」

 

 くすくすと笑いながら入って来た女の鬼…とてつもない圧力を感じる。先程感じたのは、間違いなくこの鬼であり、鬼舞辻の血の匂いを恐ろしく漂わせている。

 

 白銀の髪をショートカットにし、下弦の肆とおそろいの紅の着物を着て、その上に剣帯を付けて刀を佩いて、ウインクなのか右目はつむられており、開いた左目に書かれた文字は…

 

 

「…上弦!」

 

 

「…うちの長子ちゃんは、血鬼術を感じ取れるんです。どれだけすごい目くらましでも、それが血鬼術だったら、意味はないんですよ」

 

 もったいぶったようにつぶられていた右目が、ゆっくりと開かれる。その右目に書かれた文字は…

 

 

 

「…零!!」

 

 

 

「はじめまして、上弦の零、零余子と申します」

 

 

 

 そいつは、にこやかに笑って、そう名乗った。

 

 十二鬼月…それも上弦の鬼の襲来に、思わずよろけてしまい、傍らの愈史郎になんとか支えてもらう。

「…十二鬼月は、上弦も下弦も、壱番からのはず…」

「そうですね。ですから、私は十二鬼月ではなくなりました」

 そう言って、困ったものですと言わんばかりに、肩をすくめた。

 

 十二鬼月ではないにしろ、その目に書かれた文字は上弦の零…壱よりも前の数字である以上、十二鬼月よりも上の存在である可能性が高い。

 

「…上弦の零なんて存在、私は知らない」

「それはそうでしょう。つい一週間前に、できたばかりですもの」

 余裕なのか、こちらの質問に、実に気楽に答えてくる。

「こちらにいるみんなの他は、無惨様と黒死牟様に猗窩座様…あとは鳴女さんくらいしか、知らないでしょう」

 

 その言葉に、ゾクリとした。

 

「逃れ者の珠世さん…で、いいんですよね?

 私はちょっと知らなかったんですけど、山坊主に阿修羅、それに長子ちゃんまで知ってたんですよ」

 

 こちらの動揺など、気にもしないで言葉を続ける。

 

「私にだけ教えてないとか、無惨様もひどいと思いません?」

 

 こてりと小首を傾げながら、実に気安くそう言ってのけた。

 

 

 鬼舞辻の呪いを受けていない!?

 

 

 あるいは…

 

 

 

 鬼舞辻に、その名前を呼ぶことを許されているっ!!??




今回書いてて思ったのは、零余子ちゃんって名前に「零」が入っていて、上弦の零にぴったりだなとw

あとは今回下弦の肆に昇格した長子ちゃんのビジュアルを、ようやく書きました。
灰色の髪は、白髪と黒髪が混ざった色ではなく、元の色が灰色です。
着物は零余子ちゃんの色違いで、黒いビラビラはないです。
右目は普通の黒い瞳で、左目は零余子ちゃんのを移植したものだったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼5

まだまだ珠世様視点です。
上弦の零、大物感が溢れてます!w


「…あなたは、一体…」

 

「…あれ、さっき自己紹介しましたよね?

 上弦の零、零余子です。…ああっと、そしてこっちは、私の秘書の長子ちゃんです」

 上弦の零の言葉を受けて、下弦の肆が少しだけ頭を下げた。

「こっちの二人は、山坊主と、阿修羅です。どっちも元下弦の壱ですよー」

 

 つまり、元十二鬼月が二体に、現十二鬼月が一体、そして…十二鬼月より上が一体…

 

「…何をしに、来たのですか…」

 あまりと言えばあまりにもな状況に、思わず口から出てしまった言葉は、実にわかりきったことでした。

 逃れ者の私のところに、鬼が来る理由など、一つしかないではないですか。

 

 

「そうですね。簡単に言うと、勧誘ですかね」

 

 

「…は?」

「だって、珠世さんって、黒死牟様と同じくらいに、長く生きている方なんですよね。それも、無惨様から逃げ、人の世で隠れて…それもおそらく、無惨様への復讐のために…」

 そこで、パンと手を打つ。

「…その知識って、とても…そう、とてもすごいものだと思うんですよ」

 

 実に朗らかに笑いながら、そう告げてくる。そして、その視線が私の横に向かい…

 

「…そちらの鬼、無惨様の血の匂いが、まったくしませんね。…よもや、よもやですよ。これはすごいことですよ!」

 

 なんだこの鬼は。…なんなんだ、この鬼は!

 

「あなたの話を聞いたときに、殺すのはもったいないなって思ったんですけど、そちらの鬼を見まして、確信しました。そんなことをするのは、絶対にもったいないです!」

 

 こんな鬼がいることも驚きなのに、こんな鬼をあの鬼舞辻が重用していることが、まさにありえない。

 

 

「私と共に来てください。絶対に、悪いようにはしませんから、ね」

 

 

 とてもいい提案だとでも自負しているのだろう、実に楽しそうな顔でこちらに右手を差し出してきた。

 

「ありえません」

 

「…ん? …あれぇ、なんでかな?」

 私の拒絶の言葉に、己の右手を見詰めて考え込みだす。

「…ああ、無惨様に仕えるみたいなのは、イヤなんですかね?

 私の直属みたいな扱いになるように、お願いしてみますから。きっと大丈夫ですよ」

 

 名案とばかりに、そう言ってくるが、そうではない、そういうことではない。

 

「…いいえ、そもそもが、そちら側につくということ自体が、ありえないのです」

 

 私の再度の拒絶に、言葉の意味がわからないというような、キョトンとした顔をしてくる。

「…なんでですか?」

「…向こうも許さないでしょうが、それは関係ない。私が鬼舞辻を許せないからです」

「…んー…」

 腕を組んで悩みだす。何も悩むことなどないはずなのに。

 

 

「私、別に無惨様を許せ…とか、言ったつもりはないんですけど」

 

 

「…は?」

 何を言っているんだろう? …こちらの意思など関係ない、そういうことを言っているのだろうか?

「…内心でどう思っていようが、別にいいじゃないですか。珠世さんはやりたいことはないんですか?」

「…そうね。鬼舞辻を殺したいですね」

「ああ、そういう無理なことじゃなくて…いえ、ちなみに、どうやって殺すつもりなんですか?」

「…教えるはずがありません」

 その私の拒絶に、今までで一番残念そうな顔をする。

 

「…んー、考えられるとしたら、毒とか、薬とか? …そうだ! 鬼を人間に戻す薬とか、どうです?」

 

「…!」

「ふふっ、当たりですか?」

 動揺するな、顔に出すな。少し考えたら、わからない答えじゃないんですから。

 

 

「鬼を人間に戻す薬、いいじゃないですか! 作りましょうよ!」

 

 

「…な、何を言って…」

「こんなところでコソコソとやっていても、研究はあまり進まないでしょう?

 うちは製薬会社ですから、いろんな材料がありますし、設備も整ってますよ。それになにより、素材には困らないですよ」

 

 その言葉に、まるで心が揺れなかった…と言えば、嘘になる。

 

 私だけでの研究に行き詰っていたことは、まぎれもない事実。少し前までは、協力者が必要だと思っていたことも、間違いない。

 

 それでも、さすがに、ここでこの鬼の手を取ることは、ありえない。

 

「…無理です。ありえません」

 

 その最後の拒絶に、彼女が浮かべた表情は、がっかりというよりも、むしろ侮蔑に近いものでした。

 

 

「…はぁ、鬼殺隊とおんなじ。

 考え方が後ろ向きで、まるで話にならない。

 あなたは今、生きているんだから、ちゃんと前を向けばいいのに、あー、あほくさー、あーあー、めんどくさー」

 

 

 それは、最後通牒だったのだろう。

 

 

 

「…もういいや、説得もめんどくさい。とりあえず、殺さなければいいや」




零余子ちゃん、頑張って説得してましたが、拒絶されてイヤになっちゃいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼6

部署異動くらって、実際の忙しさ以上に、心から余裕が奪われてます。
しーんーどーいー。


 あーあーあー、やってらんない。

 

 私は言葉を尽くしてあげたはずだ。

 これで頷いてくれないなら、どうしようもない。

 

 まあ、もちろん、無惨様への恨みがあるのだろう。だからこそ、逃れ者になったんだろうし。

 そこは無惨様だ、そういうことは多々あるだろうし、まず間違いなく無惨様の方が悪いんだろう。

 そこは同情するし、その大事だった方たちのご冥福をお祈りするのも、哀悼の意を示すのもやぶさかではない。

 

 あんたに大事な人を殺された悲しみと苦しみはわからない…とか言われたら、まあ、その通りでもある。想像はできるけど、わかるとは言えない。

 

 …それでも、あえて言わせてもらう。

 

 

 その考え方は、後ろ向きだと。

 

 

 せっかく生きているのに、恨みに囚われ、後ろだけを…過去だけを見て生きていくのは、違うだろう。

 今を、未来を見ないと、生きている意味なんてないだろう。

 

 あなたを守ろうと、こちらを睨み付けながらも、隙をうかがっている、あなたの隣の鬼は、今のあなたの大事なものではないのか? …その存在はないがしろにするのか?

 

 

 まあ、それはそれとして、私が信用できない…というのも、あるだろう。

 

 

 それも、まあ、わからなくはない。

 甘言をもって、適当なことを言って、無惨様の前に引っ立てられるという可能性は、排除できないだろう。

 ああ、うん、それはあるな。

 

 信用を得るため、信頼を勝ち取るため、ここは一度退くという選択肢もある。

 

 諸葛孔明は、相手を見定めるために、三顧の礼を強要したって故事もある。

 

 

 …でも、めんどくさい。

 

 

 こちらには魅了がある。言ってしまえば、どうとでもなる。

 

「…阿修羅、そういうわけで、首を刎ねるのだけは禁止ね」

「わかった」

「山坊主は好きにやっちゃって。無惨様の血は薄いけど、再生はするでしょ」

「わかった」

「長子ちゃんは、二人の支援をして。めんどくさい血鬼術を持っている可能性が高いからね」

「わかりました」

 

 

 

「…じゃあ…」

 

 

 

 そこで、機先を制された。

 

 

 

 …蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き(ほうがのまい まなびき)…

 

 

 

 それは死角から…そう、完全に思考の死角から、襲い掛かって来た一撃で…

 

 

 

 ギィンッ!!!

 

 

 なんとかそれを、愛刀で防ぐ。

 

 

「珠世さん、今のうちに裏口から!!」

「三人は玄関から出て、追いかけて!」

 

 

 

「「こいつは私がなんとかするから!!」」

 

 

 

 私たちの言葉で、両陣営が即座に動く。

 珠世さんたちについては、三人に任せるしかない。

 

「まったく、またまたあんたか、いい加減しっつこいなあ」

「それは、そっくりそのままお返ししますね」

 

 つばぜり合いをしながら、言葉で応酬する。

 

「まさか、鬼殺隊が先に、珠世さんにたどり着いているとは思わなかったね」

 成宮未来として、そんな話はまったく聞いていないんだけどね。

「まさかもそちらですよ。那田蜘蛛山から一年も経たないで、下弦の肆から上弦の鬼…それも上弦の零になっているなんて、思いもよりませんでした」

 

 まあ、それは、だよねー。

 

「それに、前回は刀なんて…その刀っ!!」

 

 

 ギャィンッッ!!

 

 

 蟲柱が動揺したところを、力を込めて弾き飛ばす。

 

「その日輪刀! まさかっ!?」

 

「…まさか、何かな?」

 せっかくだから、よーく見えるように、目線の高さまで刀を上げてあげる。

「…そのまさかは、どっちのまさか…なのかな?」

 

 キラキラと輝くような黄白色の刃の中心に、ドクドクと血のような赤が脈打っている特徴的な波紋…柱にまで噂は広がっているんだねえ。

 

「…まさか、殺して奪い取ったのか?」

 

 ニィィ…

 

「…それとも、まさか、まさか…お知り合いかも、ですかぁ?」

 

 

 左目だけ、擬態をする。向こうからは、上弦の文字が消え、綺麗な真っ赤な瞳が見えるはずだ。

 

 

「…まさかっっ!!!」

 

 

 

「久しぶりですね、胡蝶様。最終選別試験以来ですかぁ?」

 

 

 

「成宮、みらいぃぃ!!!!」




感想のお返しが遅くなっておりますが、感想は非常に嬉しいので、これからも頂けますと幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼7

さてさて、のんびりと潜入任務のつもりでしたが、状況が加速しました。


 …蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹(ごこうのまい ひゃくそくじゃばら)…

 

 

 

 床を踏み砕きながら、即座に裏口からの逃亡を決め込む。判断が早いね!

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 当然、逃がすわけがない!!

 

 

 

 …十三連…

 

 

 

 本体か虚像かの判断なんてまどろっこしいことはしない、全てをぶっ叩く!!

 

 

 ガガガガガガガガガッガガガガガガガガガッッ!!!!!

 

 

「っ!!」

「はははっ! 速いね! 速いでしょ!?」

 

 

 

 …蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角(せいれいのまい ふくがんろっかく)…

 

 

 

 …雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)…

 

 

 

 突き、避け、受け、払い、至近距離で目まぐるしく攻守が入れ替わる。

 

 

「あははははーーー!!!」

 

 

 見える、動ける、戦える、そして…勝てる!!

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃…

 

 

 

 …十九連…

 

 

 

「…こっの!!」

 

 

 体が紫電を纏う、足が雷霆を打ち、手が雷光を放つ!

 

 

 

 ギィィイィィン!!!!

 

 

 

「「!!!!!」」

 

 

 

 蟲柱の日輪刀が、根本で折れ飛ぶ!

 

 

 

 ドドンッ!!

 

 

「…ぅぁ…」

 

 

 胸、背中、首への、峰打ち三打で、ようやく崩れ落ちる。

 

 

 

「…勝った!!」

 

 

 

 …というわけで、首筋に噛みつく。

 

「ぅがっ! ぺっ、ぺっ!」

 

 血を送り込むついでに、血を吸ったのだが、この子の血、ほぼほぼ毒だね。

 藤の毒には慣れてるとは言え、わざわざ取り込みたくはない。

 

 しかし、無茶苦茶するなあ。

 

 人間への毒性がどれだけあるのかはわからないが、さすがにここまで自分の体に取り込んで、無害なんてことはありえない。

 わが身を餌にした、死なば諸共の、自爆特攻に他ならないのだろう。

 

 気狂いの鬼殺隊でも、柱ってのはそれの最たるものだね。

 

「…とにもかくにも、柱は捕獲した。後は珠世さんの方か…」

 

 

 

 鴉が一羽、飛び立つ。

 

 

 

「ま、だーよーね」

 まず間違いなく、蟲柱の鎹鴉だろう。

 

「カァァァアァァ!!」

 

 上空で、一羽の鴉が四羽の鴉に取り囲まれる。

「鬼殺隊を相手にしてるんだ。鎹鴉の対策をとってないわけないよね」

 鬼になったばかりの頃、鎹鴉を見逃したせいで実家から逃げることになったことは、忘れられないよ。

 

「カァァ、ヤメッ…」

 

 飛ぶのを邪魔されて、まだそこにいる蟲柱の鎹鴉を…

「…よっと」

 飛び上がって、あっさりと捕まえる。

「カァアッ!」

「鎹鴉の魅了はもうお手の物だから、安心して」

 鴉の口の中に、指をつっこむ。

 

 さて、ここでおさらい。

 魅了の準備としては、私の血を送り込む必要があるんだけど、鎹鴉のような小さな生き物に、直接噛みついて血を送り込むと、量が多すぎるのだ。

 最初にそうやって魅了した鎹鴉は、魅了が効きすぎて、完全に自由意志がなくなってしまった。状態としては、影武者にした十七子ちゃんと同じだ。

 まあ、ギリギリ人語を解する能力は残ってて、なんとか命令は聞いてくれるから、それなりには使える。

 

 それで、ちょっとづつ、送り込む血の量を減らしたんだけど、直接噛みつくのは駄目だって、四羽目くらいに気付いて、経口摂取に切り替えて…

 

「カァア! 他ニ鎹鴉ワ、イナイ!」

「おっ、ズィーベン、えらいえらい!」

 肩にとまって、そう報告をしてきた鎹鴉を褒める。

 

 ちゃんと魅了ができた最初の鎹鴉が、七羽目のこの子になる。

 

「アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーアも、足止めご苦労様」

 最初に蟲柱の鎹鴉の足止めをしてくれた四羽も褒める。返事は返してこないけど、コクリと頷いて返してくれる。

「フュンフ、ゼクスも、待機お疲れ」

 他に様子をうかがっている鎹鴉がいないかを、ズィーベンと一緒に確認してくれた二羽にも声をかける。言葉を返してはくれないけど、言葉を理解していることを示すようにコクリと頷き返してくる。

 

 うん、やっぱり鎹鴉は賢いねえ!

 

 十羽くらいせしめたけど、雑魚鬼なんかよりもよっぽど役に立つよ。…まあ、一羽くらい解剖したくはなるんだけど、もったいないんだよなあ。

 

「…さてさて、お前、名前は?」

「…エン」

「いい子ね、エン。お前は本部に直接行くことができるのかな?」

「…デキナイ。デモ、オ館様ノ鴉ニ、直接報告デキル」

「なるほど、だいぶ近づいてきたね」

 さすがは柱の鎹鴉だ。本部のかなり近くまで行けそうだ。

 

「で、どんな報告をするつもりだったのかな?」

 

「…例ノ鬼ノ住処ニ、上弦ノ鬼ガ襲来」

「ふむふむ」

「…ソイツハ上弦ノ零、例ノ鬼ヲ逃ガス為、シノブガ迎撃ニ出タガ、敗北」

「ほうほう」

「…上弦ノ零ハ、成宮未来ダッタ」

「ああ、そこは駄目だね。他には?」

「…以上」

 

「じゃあ、上弦の零の正体以外を、本部に報告して来て」

 

「…了解」

「アインスとツヴァイは、この子の後を追っかけて」

 コクリと二羽が了承を示す。

「他のみんなは、いつものように、私の周囲で待機ね。ズィーベンの言うことをよーく聞いてね」

「任セロ」

 ズィーベンが片羽を上げて請け負って、他の四羽がコクリと頷いた。

 

 

「じゃ、解散!」

 

 

 私の言葉に、八羽の鴉が飛び立つ。

 

 

 

「さてさて、状況が動いてきたね」




ドイツ語はかっこいいねw
零余子ちゃんも、雑魚鬼よりも凝った名付けをしてますよ。

ちなみに、アインスは山田太郎君の鎹鴉でした。
ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクスまでがコマンド待ち鎹鴉です。
ズィーベンは風の呼吸の剣士の鎹鴉で、日輪刀も奪いました。
ズィーベンを隊長にして、七羽で零余子ちゃんまわりの警戒をしてます。
アハトが今は猗窩座様にくっついていてます。
ノインが水の呼吸の剣士の鎹鴉で、日輪刀は阿修羅に行きました。今は無限城につめてます。
ツェーンは黒死牟様に貸し出してたりします。

零余子ちゃんはヌルを自分の鎹鴉の名前にしようと思ってたけど、雀だったので保留にしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼8

え、エタってはないですよ!(爆)



「申し訳ございません」

 

 

 戻ってくるなり、三人に土下座されましたよ。

 

「…逃がしちゃったか」

「路地裏に逃げ込まれた後、血鬼術の気配を追いかけたのですが…捕まえたみたら、猫でした」

 

 ポリポリ…

 

 ほっぺたをかく。

 うまいこと裏をかかれたようだ。長子ちゃんは血鬼術を見抜けるって、ペラペラと私が喋ったのが、原因と言えば原因かもね。

「ま、そういうこともあるでしょ。みんな立って立って」

 長子ちゃんの手をとって、立ち上がらせる。

「それに、珠世さんたちが鬼殺隊に逃げ込んだところで、うまくはいかないでしょ」

 倒れている蟲柱を見ながら、そう言った。

「…蟲柱が、いないからですね」

「その通り。彼女が鬼殺隊で一番、薬学の知識がある。彼女以外には珠世さんと連携はできないでしょう。

 あっと、山坊主と阿修羅はロープを探してみて、多分、この家にあると思うから」

 

 せっかく捕まえたのに、逃がしては癪だ。

 

「それに、珠世さんを逃がすために、柱が一人犠牲になってるんだ。はたして、心情的に受け入れられるかな?」

「無理でしょうね」

 長子ちゃんが即答する。

「そもそも、鬼殺隊のところに逃げ込むとも限らないけどね。まあ、珠世さんは後回しでもいいでしょう」

 

 うーんと、伸びをする。

 

「私はこれから成宮未来になって、街の見回りに出るから、彼女は研究所の地下にでもご案内しておいてね」

「わかりました」

 

 

 

 

 後のことは長子ちゃんに任せて、夜の街をぶらぶらした後、のほほんと藤の花の家紋の家へと戻りました。

 

 

 

 

 おーおーおー、すっげえバタバタしているね。

 

「何かありましたか?」

 おろおろとしている家人をつかまえて、しれっと聞いてみる。

「それが、何が何やらで…」

 

 朝一に鎹鴉から突然の連絡が来たらしく、内容は複数の柱をこちらに派遣するとのことで、何故そうなったのか、何が起こったのか、何人の柱が来るのか、どの柱なのかとかはまるでわからないみたい。ただわかったのは、夕方前には到着するということだけらしい。

 

 はてさて、情報が錯綜しているのか、秘匿されているのか、まあとりあえず、例の後始末に複数の柱が来ると言うことだね。

「まあ、来るのは夕方前なんですよね。私は部屋で昼過ぎまで寝てますので」

 

 寝る前に、連絡だけでもしておきますかね。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、共同任務は初めてだな!」

「ああ、そうだっけか? まあ、俺は単独が多いからな」

 二人の男が連れ立って歩く。どちらの男も特徴がありすぎて、目立たずにはいられなかった。

「しかし、いきなり柱二人投入とは!」

「お館様は、上弦との戦闘になると踏んでいるんだろうな」

 燃えるような赤い髪が特徴の男の言葉に、長身の男が答える。

「やはり、上弦の鬼…なのか! すでに事件は地方紙にはとどまらず、全国紙でも一面だった!」

「さすがに、ここまで派手な騒ぎを起こせる奴が、下弦以下だとは思えないな」

 

 東北の鬼の事件への応援に、即座に二人の柱の派遣が決まった。

 炎柱の煉獄杏寿郎と、音柱の宇随天元の二人である。

 

「今回の任務に、そちらは立候補したと聞いたが、確か別の任務も遂行中ではなかったか!?」

「ああ、なんでもこいつの前段階の調査任務に、新人が三人行っているみたいで、そいつらが全員女だと聞いてな」

 その宇随の返答に、煉獄がじっと目を見る。

 

「…確か、既婚だったのでは!?」

 

「ちっげーよ! しょんべん臭いガキ相手に、それはないわ!」

 

 煉獄の邪推に、即座にツッコミを入れる。

「お前も言ってた別任務で、女の隊員が複数必要になるかもしれなくてな。ちょっと確認したいだけだ」

「ああ、これはすまない! 少々勘違いをしたようだ!」

 勘違いをしたことを、煉獄がすぐに謝った。

「…だが、その別任務も、確か十二鬼月の関与が疑われていたのでは!?

 新人の隊員には、いささか厳しいんじゃないのか!?」

「…そこも含めて、確認をしたかったんだ。…あとは噂に聞く、成宮さんの秘蔵っ子も見てみたかったんだけどな」

 当たり前かもしれないが、鬼殺隊には女性隊員が少ない。その割に、女性隊員にしかできない任務もあったりする。

「今回の新人に無理そうなら、女装でもさせるしかないか」

「なるほど!」

「そういや、お前さんはいい相手とかはいないのか?

 今回の新人ども、俺とは年齢が離れるが、お前さんなら年も近いんじゃないのか?」

 まさかの反撃であった。

「いや、特にそういった気持ちはまだないな!」

 年齢が離れるって、たった三つしか変わらないじゃないかと思いつつ、煉獄が答える。

「甘露寺は継子だったんだよな、どうなんだ、その辺は?

 他に、胡蝶とかも、見た目はいいんじゃないか?

 お前は、どんな女がいいんだ?」

 ぐいぐいと来る宇随に、煉獄も苦笑するしかない。

「甘露寺や胡蝶がどうこうというよりも、隊員とそういう仲になるつもりはない!」

 冗談めかしての問いかけであったが、真面目に答える。

「隊員とそういう仲になってしまうと、多分平等に見ることができなくなる!

 それに、任務に冷静に当たれなくなったりしては困る!」

「真面目だねえ。いいと思うのが隊員にいたら、鬼殺隊を辞めてもらえばいいんじゃねえの?

 そいつの分もお前が働けば、何も問題はないと思うがね」

「…ずいぶん勧めてくるな!?」

「まあね、柱で嫁さんがいるのが俺だけってのもな。

 いつ死ぬかもわからないってのが、みんなを躊躇わせているんだろうが、逆にどんどんと押すべきだと思うがね」

 冗談めかしているが、その気持ちはだいぶ本気だった。

 

 

「…その想いが、最後の最後で、命を繋ぎ止めるものに、なるかもしれないじゃないか」

 

 

 

 任務地に到着後、胡蝶しのぶ敗北の知らせを聞き、二人が言葉を失うのは、しばらく先のことだった。




皆さん想像の通り、ここから鬼殺隊はどんどんと、厳しい展開になりそうです。
つらたん。

追記
皆さんの添削もあって、煉獄さんの会話の違和感はだいぶ消えたんじゃないでしょうか?
みんなで作り上げる、零余子日記なのですよー!w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼9

煉獄さんの映画、そろそろ発売日ですね!
私はufotableさんで、予約しております。届くのが楽しみです!


「はじめまして、恋柱の甘露寺蜜璃です」

 

 実ににこやかに自己紹介をされた。

 ほわほわとした笑顔から察せられる性格も、長身ではあるが実に女性らしい体格も、とても戦闘向きには見えない。

 

「…霞柱、時透無一郎…」

 

 こちらは打って変わって、実にそっけない。

 無感情で無表情で…うん、これはあれだ。累くんと同類だな。

 

「…成宮未来です」

 

 一人だけ役職がないのが寂しいね。

 零余子で名乗るときは、”上弦の零”って威張れるのになあ。鳴柱(予定)とか、言ってみても良かったかもしれない。

 

「未来ちゃんは、話はどこまで聞いてますか?」

 恋柱の言葉に、気持ちを戻す。

「いいえ、なんにも、まったく」

 キッパリと言っておく。

 今日の昼過ぎに起きて、街にふらっと出かけて、甘味を食べ歩きして、四時くらいに戻ってきたら、柱二人が到着していた次第だ。

「…とりあえず、明るいうちに現場を確認しておきたい。時間がもったいないから、歩きながら話そう」

 霞柱は見た目の印象通り、無駄な事が嫌いなようだ。

 その言葉通り、三人で目的地へと向かう。方向からして、珠世さんたちが居た家が目的地なんだろう。

 

「…この街には、鬼が棲んでいました」

 

 いや、説明は恋柱がするんかい!

 まあ、霞柱が説明をしてくれるとは、一言も言ってなかったけどさ。

「これから向かうのは、その鬼が棲んでいた場所になります」

「柱が二人も来た…ということは、その鬼は強いんですか?」

 わかってはいるが、一応聞いておく。

「…えーっと…」

「その鬼は、討伐対象じゃない」

 説明に迷った恋柱の補足をするように、霞柱が簡潔に言った。

「討伐対象じゃない鬼…ですか?」

 問い返す私に、困ったような顔をする恋柱と、無表情なままの霞柱。…ようは、この二人はそのことに納得しているってことだ。

 

「お館様のお話では、悪い鬼ではないみたいなの。むしろ、協力できるんじゃないかって」

 

 

「鬼と協力…できるんですか?」

 

 

「うーーーーん、…相手、次第かなあ?」

「できるならするし、できないならしない」

「…なるほど」

 

 二人の考え方が、良く分かった。

 

 この二人は…いや、蟲柱まで含めた三人は、鬼殺隊の柱としてはかなり穏健派になるんだろう。

 鬼殺隊の極致である柱なのに、鬼と協力できる…そう考えられるだけで、かなり異端なのではないだろうか。

 この任務にこの二人が選ばれたのも、適当な無作為ではないだろう。この二人だからこそ、選ばれたと見るべきだ。

 

「それで、この三人でその鬼の勧誘に行くわけですか?」

「…そういうんじゃなくて…」

「これは、俺たちも聞いたばかりなんだけど、既にその鬼のところには蟲柱の胡蝶さんが行っていたんだ」

 説明に迷いがちな恋柱と違って、霞柱は簡潔で迷いがない。

「では、胡蝶様と合流を?」

「…そうでもなくて…」

「事態が大きく変わったから、俺たちが派遣されたんだ」

 

「大きく変わった?」

 

 

「上弦の鬼に襲われた」

 

 

 うん、知ってた。

 

 それで、どういう報告がされているのかって、話になる。

「どうなったんですか?」

「しのぶちゃんの鴉からの報告では、珠世さん…その例の鬼になるんだけど、その女性を逃がすために、しのぶちゃんが上弦の鬼と戦って…」

 

「…敗れた」

 

 言い淀む恋柱の言葉を、霞柱が言い切る。

「…それでも、例の鬼の逃亡は成功したようなので、その捜索をし保護をするのが任務になる」

 

「保護…ですか。…何から、ですか?」

 

「………」

 私の言わんとすることがわかったのか、恋柱が表情を変える。

 

「もちろん鬼と、…鬼殺隊の一部からだ」

 

 霞柱のほうは、きっぱりと言った。

 

 

「…わかりました」

 

 

 

 いろいろと、ね。




浅草にやって来たのは、甘露寺さんと時透くんでした。
零余子ちゃんは、未来と何かにつけて比較されている時透くんに興味津々なんですが、時透くんは実にそっけない。
累くんで鍛えられた打たれ強さで、ぐいぐい行けるのか!?w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼10

煉獄さんの円盤が届いたのですが、まだ開封してません。
ちょっと開封のタイミングがありませんでした。よし、来週見ようw


「…ここがその鬼の家ですか?」

 

 まあ、昨夜も来たんですけどね。

「玄関は特に荒れてないですね」

 そりゃ、ちゃんと丁寧に伺いましたからね。

「表でまごまごしていても仕方ない。さっさと中に入ろう」

 霞柱がそう言って、さっさとドアを開ける。

 

 

「…これは…」

 

 

 玄関から裏口までまっすぐに伸びた廊下は、改めて見てもひどい状態だった。

 

 蟲柱が踏み砕いたのもあるが、大体は私が縦横無尽に飛びまくったせいで、床も壁も…天井まで、ぼっこぼこだ。

「ここで戦闘があったのは、間違いないですね」

 まあ、一目瞭然だね。

「何か手掛かりがないか、探そう」

 

 そんなものを残しているわけはない。ちゃんと片付けてくれている…はず。長子ちゃんがね。

 

「玄関に比べて、裏口はひどく壊れてます。ここから逃げたんでしょうね」

「廊下はぼろぼろになっているけど、特に血痕が残っていることもない」

 

 まあ、峰打ちですからね。

 

「…しのぶちゃん」

 沈痛そうな顔で、恋柱がそう呟いた。大丈夫、ちゃんと生きてますよ。

「これという手掛かりは何もなさそうだ」

「じゃあ、どうします?」

 

 

「「…………」」

 

 

 いきなり、行き詰ったようだ。割と行き当たりばったりだな。

 

「無策で捜索するんですか?」

 

 一応つっこませてもらいますよ。付き合わされる方は、いい迷惑なので。

「が、がんばれば…」

 根性論かよ。勘弁してほしいね。

「…一応、無策ではない」

「…と、言いますと?」

 霞柱の言葉に、一応聞いておく。

 

「ここを逃亡したとは言え、監視の目は置いてある可能性は高い。こちらから捜索するのはもちろんだが、向こうからの接触もある…と思う」

 

 なるほどねえ、まるっきりの無策ってわけでもないと。

「…でもそれって、向こうにその意思がある場合に限りますよね」

 

「「…………」」

 

 出たとこ勝負にも、程があるな。

 

「それに、逃亡した鬼も監視しているかもですけど、逃亡させた方の鬼も、監視している可能性はないですか?」

 

 まあ、こうして監視してますしね。

 

 

「…それはそれで、手掛かりになる」

 

 

 なかなかに強気な発言だね。

 

 壊れた裏口から出た霞柱の動きが止まる。

 

「…どうしたの、無一郎くん?」

 

 そう言って続いて出た恋柱の動きも止まる。

 

 私も、その後に続いて、日が落ちた屋外へと出る。

 

 

 

「うむ… やはり… そうか…」

 

 

 

 昇りだしていた、わずかに欠けた月を背後に、漆黒の侍が一人佇んでいた。

 

 霞柱と恋柱の動きが止まったのは、気圧された…ビビったからに間違いない。

 

「お前… 名は… 何という…」

 

「! …時透…無一郎」

 

「成る程… お前が…」

 

 そう言えば、黒死牟様は霞柱を妙に気にしていたな。

 

 

 

「私が… 人間であった時代の名は… 継国巌勝…」

 

 

 

 …え!?

 

 

 

「お前は… 私が… 継国家に残して来た… 子供の… 末裔…

 つまりは… 私の子孫だ…」

 

 

 

 なんだってーーー!!!!!

 

 

 当事者の霞柱も驚いているし、恋柱もあわあわしているけど、私だって、びっくりだよ! 初耳だよ!!

 

「うむ… 精神力も… 申し分… ないようだ…

 ほんの一瞬で… 動揺を… 鎮めた…」

 

 あわあわしている女二人を背後に、霞柱は真っ先に衝撃から立ち直ったようで、黒死牟様から褒められている。

 

 

 

 …霞の呼吸 弐ノ型 八重霞(やえかすみ)…

 

 

 

 …それどころか、即座に黒死牟様に斬りかかる。さすがの強さだ。

 

「なかなかに良き技だ… 霞か… 成る程… 悪くない…」

 

 更にさすがなのは黒死牟様、霞柱の技もあっさりと…

 

 

 

 …伍ノ型 霞雲の海(かうんのうみ)…

 

 

 

 …次に繰り出された技も、フッとすり抜ける。

 

 いやいや、顔に似合わず、好戦的だな! 会話とかしようよ、会話大事よ!!

 

「…無一郎くん、一人で突出しないで!」

 

 恋柱が、霞柱と並び立って、黒死牟様へと向き合う。

 

「ほう…」

 

「上弦の鬼に、一人で立ち向かわないで、三対一よ」

 

 

「ざ~ん、ねぇん!」

 

 

 顔の擬態を解きつつ、二人の後ろに立つ。

 

 

「二対二でした」

 

 

「…えっ!」

「…なっ!」

 

 

「「上弦の零!!」」

 

 

「はぁい、どもども」

 にこやかに返事をする。第一印象は大事ですからね。

 

「…まさか、未来ちゃんが…」

「…くっ…」

 

 衝撃を受けている二人の向こう、黒死牟様に視線を向ける。

 

「じゃあ、霞柱は黒死牟様にお任せしますね」

「ふむ… 任されよう…」

 そこで思い立って、お願いを追加する。

 

「あーっと、五体満足でお願いしますね」

 

「ぬ… 何故だ…」

 これは、手足の一本くらいはいいだろうって、思ってたね。

「いろいろと…あるのですよ。なので、手加減して下さい」

 

「そうか… 了解した…」

 

 

 黒死牟様の了解を得て、再び視線を二人に戻す。

 

 

 

「ではでは、一対一をふたつということで」




原作と大きく異なり、浅草がものすごい激戦地に様変わりをしてしまいました。
朱紗丸ちゃんとか、矢琶羽さんは、ここではどうしているんだろう?w

追記
次話に予定していた部分が、おさまりが悪かったので、こちらに追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼11

この話を書いた後、最初の部分はおさまりが悪いなと思い、前の話に追加しました。
まだの方は、前の話から読み返して下さい。


「…ここ…は!」

 

 

 覚醒から、すぐに大体のあらましを思い出す。

 

 自分の体の様子を伺うと、白い拘束具に包まれているのがわかる。

 試しに腕や足を動かそうとしてみるが、びくともしない。ベッドの上でもぞもぞと動くのが関の山だ。

 

 それではと、周囲の様子を見回すと、全体的に白い部屋で、印象としては病室のように感じる。

 飾り気のない内装に、武骨なベッドが置かれているだけで、漂ってくる薬の匂いが病室という印象を与えているのだろう。

 

 

「…なんのつもり…」

 

 

 上弦の零…あの女の鬼に敗れたのは、覚えている。

 

 下弦の肆であった頃からの、三回目の邂逅。

 

 一度目は冬の京都。

 十二鬼月であることに驚くほどの弱さだったことが、特に印象に残っている。…ただ、まず間違いなく、偽物であったのだろう。

 

 二度目は那田蜘蛛山。

 十二鬼月がいると言われていた那田蜘蛛山に、あの女はいた。…いや、あの女もいたというのが正しい表現か。

 上弦の参、下弦の肆、下弦の伍、まさかの三体もの十二鬼月がそろっていた。何の冗談かと思ったものだ。元下弦の壱が二体いたことまで含めると、まさにありえない顔ぶれだった。

 あの時は、強さよりも不気味さを感じた。

 毒が効かないことに加え、鬼にはありえない肉体を持った元下弦の壱達をあごで使う様子に、言い知れぬ不安を覚えた…そう、成宮さんの言葉を思い出すほどに。

 

 …というか、成宮さん、ああっ! もうっ!!

 

 三度目は珠世邸。

 珠世さんとは、じわじわと距離をつめているところだった。

 彼女は鬼ではあるのだが、その心根は非常に善良で、姉さんの思い描いた仲よくなれる鬼というのは、彼女のような鬼なのではと、思わざるを得なかった。

 まだお互いに警戒感が残っていたとはいえ、その知識、経験、技術には素直に尊敬の念を覚えたものだ。

 

 そんな折での、襲撃だった。

 

 見たことのある女の鬼が、なぜか下弦の肆になっており、やりあった不可思議な鬼二体に、あの女が更に驚くべき上弦の零となって現れた。

 

 上弦の鬼…ここ百年、鬼殺隊の柱の死亡原因のトップ。

 たくさんの柱が殺されながら、上弦の鬼の一体たりとも倒せていない。…姉さんが亡くなった理由も、上弦の鬼だ。

 那田蜘蛛山で一合だけまじえた上弦の参、その強さは私、カナヲ、更に冨岡さんを加えて、三人がかりでギリギリやりあえるかといった印象だった。その場には更に下弦の肆、伍などもいたのだから、撤退の判断に間違いなかっただろう。

 

 

 そんな上弦の参を超える、上弦の零…そんな役職は聞いたことすらなかった。

 

 

 ただ正直、強いのは強いのだが、上弦の参以上だったかと言われると、それはないと思う。

 下弦ではありえない強さではあるが、上弦の上位…それも最上位の零を冠するほどの強さでは、ありえない。

 

 

 

「…ええ、わかってる。…無理やり、目をそらしているわね」

 

 

 

 あの鬼…上弦の零は、成宮未来だったんだ。

 

 

 下弦の肆の特徴を、これでもかと言わんばかりに兼ね備えていた、新人隊士。

 違和感はあった。怪しんだし、調査もした。

 

 

 …そして、問題ないと結論を出した。

 

 

 …なぜか?

 …そんなの決まっている。太陽の下で、普通に活動していたからだ。故に、人間であると、結論を下した。

 

 

 下弦の肆であった鬼が、上弦の零へとありえないほどの昇進をしていた理由。その理由も、今では明らかではないか。

 

 

「…陽光を克服したから…」

 

 

 …それだけではないだろう。

 

 …それだけのはずがないだろう。

 

 

 

「………鬼舞辻無惨に、もう陽光は通じない…」




捕らわれたしのぶさん、最悪の事態に気付きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼12

「浅草の鬼」の章、思ってたよりも、長くなったなあ。


 鬼の開祖…鬼舞辻無惨の話は、珠世さんからも聞いた。

 珠世さんが鬼になった話も含めて、珠世さんを信じられる…信じてもいいのではと思ったのも、その話を聞いたからだった。

 

 その話の中で出た、始まりの呼吸の剣士。

 

 鬼舞辻無惨を追い詰めた、最初にして…現状、最後の剣士。

 かつての始まりの呼吸の剣士は、今の柱達よりもずっと強かったと聞いたことはあったが、その継国縁壱という剣士は、中でも飛びぬけて強かったんだろう。

 

 

 ただ、それほどの剣士をもってしても、鬼舞辻無惨は滅ぼせなかった。

 

 

 鬼舞辻無惨の頸を刎ねた…それでも死ななかった。

 その場から逃げるため、細かく分裂して弾けて飛んだ。

 

 

「無惨のもっとも恐るべきところは、その生き汚なさです」

 

 

 珠世さんのその言葉に込められた思いは、私よりも重いんだろうなと、ストンと腑に落ちたように思った。

 

 鬼舞辻無惨を討つための、切り札。それを、珠世さんと案を出し合った。

 

 切り札その一…鬼を人に戻す薬。

 残念ながら、これは完成の目途が立っていない。

 その研究には無惨の血の濃い鬼…十二鬼月の血が必要とのことで、これには鬼殺隊が協力できると思った。

 

 切り札その二…老化の薬。

 老化とは成長ということであり、成長とは細胞分裂を繰り返すことだ。

 細胞分裂を繰り返すことは、体の再生にも繋がっており、鬼の強力な再生能力を逆手に取って、わずか数分で何百年も老化させることが可能だ。

 百年二百年を余裕で生きる鬼には、盲点であろう老化というのも、また厭らしい。

 こちらもテストには、十二鬼月の血が必要なので、早急に集める必要があるなと思ったものだ。

 

 切り札その三…分裂を阻害する薬。

 無惨の逃亡を阻止するためには必須の薬。

 珠世さんは絶対に必要だと考えていたので、既にかなりのところまで構築されており、あとは実際のテストを待つばかりにまで完成していた。

 

 切り札その四…細胞を破壊する薬。

 それはもう完全に毒なのでは…と思ったものだ。

 いわゆる癌のようなものを体内に作り出す薬で、これも鬼の再生力を逆手に取るような恐るべき薬だ。私の作った毒なんかとは比べ物にならないくらい強力なものだ。

 

 

 …それでも、これほどの切り札を思いつきながらも…

 

 

 

「…ですが、最後の最後で、あの男に引導を渡すのは、奴が千年以上対策を求め続け…いまだ辿り着けていない、太陽の光になると思います」

 

 

 

「…珠世さん、それを克服されていたら、どうすればいいですか?」

 

 

 鬼舞辻無惨を討つためには、珠世さんとの協力が必須だと考えたお館様の決断は間違いなかったと思う。

 

 

 …それでも、もう何もかもが遅かったのではないか?

 

 

 その思いを、否定する材料が見当たらなかった。

 

 

 

 ガチャ…

 

 

 

「…ああ、もう起きてましたか」

 部屋に入って来て、こちらを一瞥してそう言ったのは、新しい下弦の肆だった。

「…私は、何で生かされてるんですか?」

 最初に出た言葉は、それだった。

 

「…おや? いい感じに弱ってますね。絶望でもしましたか?」

 

「っ!?」

 ガツンと頭を殴られたように感じた。

「あなたの質問の答えとしては、そう命じられたから…ですよ。どうしてあなたを生かしているのかなんて、私にはわかりませんね」

「…十二鬼月なのに?」

 私のその言葉に、肩をすくめる。

「十二鬼月と言っても、なりたての下弦なんて、そんなものですよ。上の命令には逆らえませんし、疑問を持つことすら許されません。

 上弦ですら、そうそう変わりません。全てはあのお方の思し召し次第」

 

 下弦の肆が開けた扉を後ろ手に閉め、その扉に寄り掛かるようにして、こちらを見下ろしてくる。

 

 

「…ただ、零余子様だけは、別です」

 

 

「…むかご…上弦の零?」

 

「…そうです。零余子様のためだけに用意された役職です。誰よりも優秀で、これ以上ない成果を出したからこその、上弦の零です」

 ある種、恍惚の表情でそう言った。

「誰も彼もが、あのお方の意思を慮り、その意に沿おうと汲々とする中、零余子様だけは違います。己が意思を押し通せます。そして、それが許されるのです。

 空いた下弦の肆に、自分のお気に入りを押し込めることくらい、朝飯前なほどに」

 

 身内のひいき目はあるのだろうが、この娘が代わりに下弦の肆となっているのは、まごうことなき事実だ。

 

 

 …そんな上弦の零は、何を考えている?

 

 

 ふと、そんなことが頭によぎった。

 

 

 八方ふさがりで、文字通り手も足も出せない状況、そんなやけっぱちな気分が、そう思わせたのかもしれない。

 

 

「…朝飯と言えば、食事は出ないのかしら?」

 

 

 私のそんな軽口に、にこりと笑うとほがらかに言ってきた。

 

 

 

「一日抜いたくらいで、死にはしませんよ」




老化薬とか細胞破壊薬の理屈は、作者の独断と偏見でw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼13

東北の様子に移ります。


 …炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天(のぼりえんてん)…

 

 

 

 煉獄の一撃を、玉壺が壺に逃げ込んでかわし、別の壺から現れる。

 

「ぐっ、この…」

 

 手に持った壺から、二匹のでかい金魚が飛び出る。

 

 

 

 …千本針 魚殺(せんぼんばり ぎょさつ)…

 

 

 

 無数の針が金魚の口から放たれる。

 

「へっ、ぬりぃぜ!」

 

 

 

 …音の呼吸 肆ノ型 響斬無間(きょうざんむけん)…

 

 

 

 縦横無尽に振るわれる二刀が、全ての針を打ち落とす。

 

「二対一とは、卑怯だぞ!!」

 

 むっきーっと、怒りの声を玉壺があげるが、もちろん誰も聞き止めたりはしない。

 

 

 

 …炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)…

 

 

 

「ぅひぃっ!」

 

 煉獄の一気に距離を詰めての袈裟斬りを、かろうじて壺に逃げ込む。

 

「ふはっ、当たらなければどうという…」

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 完全に意識外の一撃を、背後から受ける。

 

「ギャッ!」

 

「浅いっ!」

 

 戦闘エリア外から、鳴が玉壺の首に一撃を入れたのだが、切断には至らなかった。

 

「貴様らぁっ! 三対一とかっ!!」

 

 再び別の壺から現れた玉壺が、すかさず文句を言うのだが…

 

 

 

 …炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)…

 

 

 

 …そこは、既に煉獄の間合いのうちだった。

 

 

「しまっ…ぶべっ!!」

 

 

 真横からの一撃を受け、結果的に…かろうじて、煉獄の致命の一撃をかわしたことになった。

 

「上弦の参!」

 

「はっ、いい一撃だ!」

 

 突如登場した猗窩座が、左拳で玉壺を殴り飛ばし、右拳の半ばまでで煉獄の一撃を受け止める。

 

「ちっ、まずいな」

 

 流れが変わる前兆を感じ取って、宇随が舌打ちをする。

 

 実際、玉壺との戦いは押していた。

 攻め手に煉獄、受け手に宇随と、役割を決めることで、うまく機能してトリッキーな玉壺を相手にしても、押せ押せの状態だった。

 さらには、足手まといと思われていた新人隊士の中、八神鳴の新人離れした剣腕は、十分に戦いの天秤を動かしていた。

 

 

 だがそれも、新たな上弦の鬼が現れるまでの、話だ。

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃…

 

 

 

 煉獄の剣を右拳に受けている猗窩座を、鳴は体勢が整っていないと見て、再度神速の一撃を繰り出したのだが…

 

「…えっ!?」

 

 自信をもって繰り出した一撃は、猗窩座の左手の親指と人差し指で、つまみ取られていた。

 

「相手にならん」

 

 そう言うと、猗窩座が左手をひねり、鳴を宇随へと投げ飛ばす。

 

 それに合わせて、煉獄が刀を引き抜くと、すかさず技に移行する。

 

 

「はぁああぁぁ!!!」

「おぉおぉぉぉ!!!」

 

 

 

 …炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり(せいえんのうねり)…

 

 

 

 …破壊殺・乱式…

 

 

 

 互いの剣と拳が届く、至近距離にて激しい攻防が繰り広げられる。

 

 

 そこに、割って入るかのように…

 

 

 

 …蛸壺地獄(たこつぼじごく)…

 

 

 

 巨大な蛸の足が押し寄せる。

 

「ちっ…」

「むっ…」

 

 うざったいとばかりに払いのける猗窩座と、大きく距離を取る煉獄、蛸の足を消して猗窩座の隣にやってくる玉壺。

 

「邪魔をするな」

「ご命令ゆえ、私に文句を言われても困りますね」

 

 いいところを邪魔された猗窩座が、そばに来た玉壺に文句を言うが、それを馬耳東風と聞き流す。

 

 

 べべん!

 

 

 地面にふすまが現れ、即座に開き、猗窩座と玉壺を飲み込んだ。

 

 

 

 東北の漁村で起こった、鬼殺隊の柱と上弦の鬼との戦いは、こうしてあっけなく幕を下ろしたのだった。




玉壺さんって、戦闘力としては堕姫以上、妓夫太郎以下って気がします。
堕姫&妓夫太郎コンビの上弦の陸が、一人だけでは倒せないのを考えると、ここの順位はいずれ入れ替わってた感じがします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浅草の鬼14

東北組の続きです。


「ぬぅっ、逃げられたかっ!!」

 炎柱の煉獄さんが、悔しそうにそう叫んだ。

「…はてさて、逃げられたのか、見逃されたのか、どっちなんだろうな」

 対照的に音柱の宇随さんが、辺りを見渡しながら、冷静にそう言った。

 

 私としては、見逃されたのだと…そう、感じていた。

 

 意識が完全に柱二人に行っていたとは言え、自分の技が上弦の鬼にも通じたと自信を持った中…

 

 

 …相手にならん…

 

 

 …上弦の参に、片手間に…本当に片手であしらわれたのは、屈辱以上に無力感を感じていた。

 

「…鳴ちゃーーん!」

「鳴さん!」

 

 少し離れた場所に避難していた雪と薫が駆け寄って来た。

 

「すごかったよー、鳴ちゃん!」

「上弦の参が現れなかったら、上弦の伍を討てていたのではないですか!?」

 

 二人が興奮気味にそう言った。

 

 確かに、それは私もそう思った。

 上弦の参が参戦しなければ、まさにあの瞬間に、煉獄さんの剣が上弦の伍を討っていたはずだ。

 

 

 …ただ、だからこそ、あの瞬間に上弦の参が現れたんだろう。

 

 

「ほんと、すごいよ、鳴ちゃん! 私なんて、相手を見ただけで足がガクガクだったのに!」

「確かに、格の違いを怖ろしいほど感じました。鳴さんが飛び出した瞬間には、頭がまっしろになりましたよ」

「ごめんね、今だ!…って思っちゃったから」

 

 足手まといになるから、隠れていろと言われていたのに、つい飛び出してしまった。

 

 

 …あれっ? これって、命令違反かも…

 

 

「命令違反は、いただけないなぁ」

 

 宇随さんのその言葉にドキーっとしてしまった。

「す、すみませんでした」

「ただまあ、速さと鋭さは申し分なかった。あともうちょっと力があれば、あそこで上弦の伍の首を切り落とせたかもしれなかったな」

「うむ! まさにここだ!…って瞬間での、いい一撃だった!!」

 宇随さんに続いて、煉獄さんにも褒められてしまった。

「あ、ありがとうございま…す?」

 しかられる流れからの称賛だったので、お礼を言っていいのか迷いながら、そう答えた。

「お前、成宮さんの弟子だったっけか?」

「はい。そうです」

「へぇー、成宮未来については、いろいろと噂を聞いちゃあいたんだが、姉弟子のほうも大したもんだ。

 こりゃあ、お前の分もあっちの噂に加算されちまったか?」

 未来についての噂は、まだ私は聞いていない。初任務がこれで、雪と薫以外の隊員とは話もしていなかったからだ。

 それでも…

 

「…それは違うと思います。未来は、もっと…全然すごいですから」

 

 姉弟子として、誇らしい…嬉しい気持ちはあるはずなのに、そう言ったときにはチクリと胸が痛かった。

 

 

「うむ! 俺の継子になるといい、面倒を見てやろう!」

 

 

 急に脈絡なく、煉獄さんが突然そう言ってきた。

 

「いやいや、いきなりなんでそうなりやがる。成宮さんとこの弟子だぞ」

 宇随さんが先に突っ込んでくれた。…良かった、さすがに柱の人に突っ込むのはどうかと思ったし。

 

「彼女の刀には、炎色が混じっている! 炎の呼吸の適正は十分にあると見た!

 雷の速さに、炎の激しさが加われば、確実に強くなるぞ!」

 

 

 その煉獄さんの答えは、激しく私の心を揺さぶった。

 

 

「…なるほど。確かに、な」

 

「どうだ! 炎柱を継ぐとかを別にしても、炎の呼吸の修行は確実に君を強くする! 甘露寺のように、別の呼吸を派生するかもしれないしな!」

 

 その提案は、恐ろしく魅力的だった。

 

「すごいすごい! 炎柱の継子だって!」

「柱のお墨付きですね!」

 

 雪と薫が左右からゆさゆさと体を揺さぶってくるが、そんなことが気にならないくらいに、心の方が揺さぶられている。

 

 心のどこかで、きっと追いつけないと思っていた未来に、追いつくことができる?

 

「…よろしく、お願いします!」

 

 気が付けば、そう言って頭を下げていた。…師匠に何の相談もなく、申し訳ないと思う間すらなかった。

 

 

 私は、未来の後ろじゃない、隣に立ちたいんだ!

 

 

 思い描いた未来が、その道が見えたと思った瞬間だった…その、凶報が告げられたのは…

 

 

 

「カァアァァ!! 炎柱、煉獄杏寿郎、音柱、宇随天元!」

 

 

 

 その鎹烏が、誰の鎹鴉かはわからない。

 

 

「大至急、本部ニ帰投セヨ! 緊急柱合会議デアル!!」

 

 

「なに!?」

「なんだ?」

 

 

「浅草ニテ、上弦ノ零、並ビニ、上弦ノ壱ガ現レタ!」

 

 

「ええっ!」

「浅草って…」

 

「…まさか…」

 

 

「恋柱、甘露寺蜜璃、霞柱、時透無一郎、並ビニ、成宮未来ノ三名ガ戦カッタガ…」

 

 

 

「…敗北シタ!!」

 

 

 

「なんだと!」

「……!」

「…え」

「そんな…」

 

 

 ドサッ…

 

 

 気づいたら、足に力が入らなくなっていた。

 

 

「…まさか、みらいが…?」

 

 

 

「大至急、緊急柱合会議ヲ開催スル!!」




これにて、浅草の鬼編が終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦1

なかなかに、刺激的なサブタイトルになりました。
まあ、王手がかかってしまった…ということです。



「…ふぅ」

 拘束を解かれたので、体を伸ばす。

 

 正直、あぶないところでした…

 

「はー」

 

 生理現象を伝えたときの、あの嬉しそうな下弦の肆の顔と…

 

「大丈夫です。死にはしませんよ」

 

 あの鬼のような発言は、絶対に忘れない!

 

 

 

 なんらかの血鬼術だとは思うのですが、ちょうど都合よく上弦の零から連絡があって良かった。

 たとえ、ベッドが汚れるのを嫌ったからだとしても、本当に良かった!

 

 

 

 …さて、気を取り直して…

 

 意識して、右手、左手、右足、左足と、動かしてみる。

 

「…問題ない」

 

 拘束されていた時からそんな感じはしていたんですが、体に異常はなさそう。

 

「…さて、あちらの要求は何なのか?」

 

 生かしている以上、私に対して何か要求することがあるということで…

 

「…鬼殺隊の本部の場所…ではない?」

 

 私自身がわかっていない以上、それに対しては尋問されようが、拷問されようが、答えようがないんですが…その場合、私を五体満足で置いておく必要はない。

 耳が聞こえ、言葉が発せられるなら、手足の一本や二本なくても…むしろ、奪っておくに越したことはないだろう。

 

「…では、私にしてもらいたいことがある?」

 

 具体的にはわからないが、五体満足であるということは、そういうことなんだろう。

 

「…一体何を言ってくるのかしら?」

 

 八方ふさがりの現状、ある意味、藁にも縋る思いが、無きにしも非ず…と言った所か。

 

 

 

 バァン!!

 

 

 

「へっ?」

 

 

「じのぶぢゃーーーん!!!!」

 

「むぎゅ…」

 

 扉が開け放たれたかと思ったら、すごい勢いで突進してきたものに、全身をぎゅうぎゅうと締め付けられてしまった。

 

「うぇぇぇ、よがっだよーーー!!!」

 

 甘い香りと、鍛えられているのに柔らかい感触、どこか緊張感が霧散してしまうような雰囲気…

 

「甘露寺、さん?」

 

「びええぇぇーーーーん!!」

 

 なぜここに甘露寺さんが?

 

 

 …そう思う間もなく…

 

 

「本当に無事なようだね」

 

「…時透、くん?」

 

 視界を完全に甘露寺さんにふさがれているので見えなかったが、声の感じからあたりをつけた。

「そうですよ」

 なぜここに、甘露寺さんと時透くんが…

 

「…まさか、助けに…?」

 

 自分で聞きつつ、それはないな…とは思った。

 

「…だったら、良かったんですが」

 その答えは、予想通りだった。

 

 

 パンパン…

 

 

「はーい、感動の再会はそこまでー」

 続けて聞こえてきた声が、私の想像が間違っていないことを示していた。

 

「上弦の、零」

 

 甘露寺さんをべりっと引きはがして、視線を奴へと向ける。

「はい、そうですよー」

 緊張感なく、にへらっと笑いながらこっちを見てくるのは、件の鬼…上弦の零。その後ろに付き従っているのが、ツンと澄まし顔の下弦の肆。更には、侍従のように左右を固める、元下弦の壱達。

 

 そして…

 

 

 一目で、ゾワリ…と背筋から震えが襲ってくる。

 

 

「…上弦の、壱…」

 

 その六つの目の二つに書かれた文字を読んで、納得する。

 かつて一瞬だけ刃を交えた、私の人生で最強の鬼…上弦の参をも確実に上回る圧力、上弦最強の鬼であろうことは間違いない。

 こちらは柱が三人そろってはいるが、肝心要の日輪刀がない。

 この状態で行動に移したところで、誰か一人だけでも逃げることができるとは、到底思えなかった。

 

「…それで、私に何をさせようって言うのかしら?」

 

 細かい駆け引きはなしだ。ただ気になったことを聞いた。

 

「おやっ? なかなか話が早いですね。…でも、残りのお二人がついて来られてないようなので…」

 

 その言葉通り、甘露寺さんと時透くんがポカンとした表情をしている。

 状況を整理する時間もなかったのだ。仕方のないことだろう。

 

 

「…まあ、最初の大前提として、これだけは言っておきましょう」

 

 

 腰に手を当てて、フフンと笑った。

 

 

 

「まず、鬼殺隊は潰します。…これは、希望でもなければ、予定でもありません。決定事項です」




原作でもそうですけど、蜜璃ちゃんの癒し力は半端ないですw
殺伐とした空気でもゆる~く弛緩させてくれるのは、鬼殺隊の面々も(原作者も)ありがたかったことでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦2

零余子ちゃんから、柱三人への提案です。



「そんなっ!」

 

 恋柱が思わずと言った感じで、声を上げる。

 声こそ挙げなかったが、霞柱が不満そうな顔をしている。

 

「ふっ…」

 

 鼻で笑うしかない。むしろ、何を驚くことがあるのかと聞きたいくらいだ。

 

「…まあ、あなた方の目的がそうであることに、何も驚きはしません」

 

「おっ?」

 他の二人の柱に比べて、蟲柱には何の動揺も見られない。

「冷静ね」

「我々があなた方の討滅を目的としている以上、あなた方の目的が我々の壊滅であるのも、むしろ自明のことでしょう」

 そう、やる以上やられる覚悟があるのは、当たり前のことだ。むしろ、この当たり前に気付いていない雑魚鬼が驚くほど多い。

 

「…それで、その上で、私達に何を望むのです?」

 

 一歩も怯まぬ意思をもって、こちらを見返してくる。…ある意味、これくらいのがちょうどいい。

「そうね。鬼殺隊を壊滅させるのは決定だと言いましたが、はてさて、じゃあどうすれば壊滅したと言えるかしら?」

 

 私の逆質問に、思わず浮かべたきょとんとした表情は、少し可愛くて思わず笑ってしまう。

 

「鬼殺隊の当主を討つのは、まず絶対条件よね。あとは柱を全滅? …まあ、そこまでは行かなくても、半壊くらいは必須でしょうね」

 

「…うっ」

 

 私の言葉に、そのことを想像したのか、恋柱の表情が青くなる。

 

「それで十分? それで壊滅? どう思います、黒死牟様?」

 

 私の問いに、黒死牟様が六つの目を全てつむって、考えられる。

 

 

「否… かつて… そこまでしたことは… ある…」

 

 

 再び目を開かれて、はっきりと否定した。

 

「産屋敷… 当主の首を獲った… 柱も… ほぼほぼ討ち取った…

 鬼殺隊を… 壊滅せしめた… そう… 考えた…」

 

 黒死牟様の言葉に…そこに込められた思いに、柱三人の顔から血の気が失せていく。

 

「だが… 残った… 残っている… それが答えだ…」

 

「ありがとうございます」

 私の質問に対し、十分以上の答えを返してくれたことにお礼を言う。

「さて、当主を討ち、柱を半壊させても不十分。残党が産屋敷の子供を担いで、再び鬼殺隊を立て直すだろうことは、過去の歴史が教えてくれている」

 私の言葉に、その通りだというように、黒死牟様が頷いている。

「では、どうするか? 産屋敷一族郎党をもろもろ討ち取る? …そうしても、柱や元柱を担いで再興しないかしら?」

 思考をあえて口にする。そうしながら、柱三人の様子をうかがう。

「ならば、鬼殺隊の隊士を末端に至るまで、全て殺す? …いやいや、無理でしょ。そんなことは不可能だ」

 

 そもそも、そんなことはしたくない。

 

「となると、発想自体を変えるしかない」

「…と言いますと?」

 私の言葉に、当意即妙に長子ちゃんが合いの手を入れてくれる。

「今の鬼殺隊…鬼を全滅させることを目的としている鬼殺隊を、壊滅させるということならば、どうかしら?」

 よくわかっていない顔の恋柱、あまり表情が変わらない霞柱、思い当たったという顔になる蟲柱、いいね、頭の回転が速いね。

「そもそもが、鬼が憎いかたきだからって、なら全滅させようっていうのは、発想が飛躍し過ぎてない?」

 そこで、蟲柱と視線を合わせる。

「胡蝶様は、鬼にご両親を殺されたんでしたよね?」

 役職ではなく、あえて名前で呼びかけた。

「…そうです。よくご存じですね」

「いろいろと情報通な友人が居ますので」

 硬い表情の蟲柱に、あえて笑いかける。

「ご両親を殺した鬼が憎い、復讐したい、それは遺族の正当な権利だと思います。

 …でも、それはその鬼に対してだけですよね? なんで全部の鬼になるんですか?」

「………」

「もし、人間の物盗りに殺されていたなら、どうです? かたきはそいつだけですよね? 人間を全滅させようってなりますか?」

「………」

「まあ、あなたも人間ですし、それだと難しいですよね。じゃあ、熊とか、オオカミだったらどうですか? 熊を全滅させよう、オオカミを全滅させようって、なりますか?」

「………」

 蟲柱は答えない。私の質問に言葉がないというよりは、私の考えを推し量ろうとしているようだ。

 

「それはっ! …それは、鬼が全部、悪い鬼だから…」

 

 思わずと言った感じで出た恋柱の言葉は、最後は尻すぼみになる。

「悪い鬼しか、いませんでしたか?」

 恋柱に視線は向けず、蟲柱に向けたまま、質問する。

 

「…そう、ですね…」

 

 苦笑して、否定とも肯定とも取れるような言葉を、返してきた。

 

 

「そもそも、私もいい鬼ですからね!」

 

 

「「「は?」」」

 

 三人が三人とも同じ顔をした。なんだ、その反応はっ!

 

「私、人間を一人も殺してませんし!」

 

「…まあ、直接は、なあ」

「…鬼は大量に殺したけどなあ」

「…ノーコメントで」

「……」

 

 まさかの、こちら側にも味方がいなかった!

 

 

「ともかく! 鬼にだって、いい鬼も悪い鬼もいます! …まあ、悪い鬼の方が多いのは、否定しませんが」

 

 

 一度、仕切り直す。

 

「そもそも、私も、無惨様も、今の人間の世を否定する気はありません。鬼が跳梁跋扈するような、荒廃した地獄絵図にするつもりなんて、さらさらありませんから」

 そこだけは否定しておく。

「ですから、協力できる…とまでは、さすがに言いませんが、どこかで折り合いをつける…というのは、できるはずです」

 私の話に、蟲柱が真剣に耳を傾けている。

「…ただ、今の鬼殺隊では無理です。どうやっても、相容れない。だから、今の鬼殺隊は、解体します」

 私の表現が変わったことに、柱三人の表情も変わる。

 

「次の鬼殺隊には、ある程度話が分かる…いえ、話が通るようになるといいですね」

 

「…それを、私達に…」

 その蟲柱の言葉は、質問と言うよりは、確認のようだった。

 

「あなた達の目的はなんですか? 鬼を全滅させることですか? …それとも、鬼の犠牲者を減らすことですか?」

 

 無惨様を討つ…それは、産屋敷一族の目的かもしれないが、他の鬼殺隊の…少なくとも一般の鬼殺隊士の目的ではないはずだ。

 

「もしも、後者が目的であるというならば、相容れれる…いえ、ある程度の妥協ができるはずです」

 

 蟲柱が考えこむ。霞柱がうつむく。恋柱がおろおろあわあわしている。

 

 

 

「鬼を全滅させるのではなく、鬼の犠牲者を減らすことを目的とする、そんな新しい鬼殺隊をあなた達に任せたいというのが、私からの提案です」

 

 

 

 私の言葉に、この場にいた全員が黙り込む。

 

「無惨様が… 怒りそうだな…」

 

 黒死牟様が嫌なことを言う。…うう、わかってますよぅ。

 

「…できないことはできません。そこはなんとか妥協して頂きます」

 

 そこは言い出しっぺの私が頑張りますよ。

 

「…考える時間を、いただいても?」

 

 蟲柱がそれだけを言ってきた。

 

「…いいですよ、まだ時間はありますから」

 

 

 とりあえず、そう答えてはあげるけど…

 

 

 

「…でも、あまり長い時間はないですけどね…」




スーパーネゴシエーターである零余子ちゃんの導き出した答えがこれでした。
お互いに妥協点を見出しましょうという、実に大人な意見です。
無惨様の賛同を得るのが、一番難しいかもしれませんw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦3

ワクチンを打ちました。次の日は打ったところが痛かったんですが、二日目にはもうあまり痛くなかったです。
二回目のが後遺症は重いと聞きますが、個人差が大きいとも言いますしね。



 言いたいことを言ったので、部屋を後にする。

 整理する時間もいるだろうし、打ち合わせなり相談なり、すり合わせる時間も必要だろう。

「…零余子様」

「ん、何?」

 どこかおずおずと、長子ちゃんが口を開いた。

「お互いに妥協をしようとのことですが、どこまで妥協するおつもりなのですか?」

「んー?」

 何が言いたいのか、よくわからない。

 

「私と零余子様、それに阿修羅殿と山坊主殿も、方相氏ゆえに食事は必要ないですが、他の鬼達は違います。

 人間の犠牲を減らすためという理由で、食事を制限するのはいかがなものかと…」

 

 長子ちゃんがそう言って、懸念事項を忠言してきた。

 

 

「…何をズレたことを言っているの?」

 

 

 だけど、まるでお話にならない。

 あえてぼかしたとは言え、そんな受け取り方をされていたとはねえ。

 

「こちらが妥協するのは、新生鬼殺隊の存続を認めることだけに決まっているじゃない。それも、ある程度こちらのコントロール下にあることが前提で、よ」

 

「…そうなのですか?」

 

「そもそも、こちらとあちらは対等じゃないの。同じだけ妥協…譲歩するわけないじゃない」

 まあ、そういう風にも聞こえるように言ったんだけど、そう素直に受け取られるとなあ。

「黒死牟様の話にもあったように、鬼殺隊を壊滅させるのって、めんどくさいの。

 当主を殺して、柱の何人かを排除しても、また時間が経てば、どっか知らない場所で鬼殺隊は復活するのよ。

 まあ、仕方ないから、また探すでしょ。そして、同じように当主を殺して、それを支える柱も殺すことになるじゃない。でもまた、時間が経てば、またまたどっか知らない場所で鬼殺隊は復活することになるわけ。

 うわー、めんどくさー」

 考えただけでゲンナリする。

「そんなことになるくらいなら、新しい鬼殺隊は私達の知っている場所で、ある程度こっちの言うことを聞く状態で、存在してる方がましでしょう?」

「…それは、確かに」

「だから、私達は妥協して、こっちの言うことを聞いてくれる状態だったら、鬼殺隊が存続することを認めましょうということ」

「…では、向こうに求める妥協と言うのは?」

 

「んー、まずはこっちに逆らわないこと。あと、こちらの重要な鬼には手出ししないこと。んーー、そんなものかな?」

 

 あらら、思ったほど、あちらも妥協する部分は少ないね。まあ、いいことだ。

 

 

 

「…それは、ある程度の鬼の犠牲者には目をつぶれ、と、そう言うことですよね」

 

 

 

「んーーー?」

 

 長子ちゃんが変なことを言う。

 

「今更でしょ? 今だって鬼殺隊は鬼の犠牲者をゼロにはできていない。今後もそうなるだけで、何もマイナスにはなってないじゃない。

 それに、ちょっとやんちゃが過ぎる雑魚鬼については、こちらから情報を流してあげるつもりだから、今よりも鬼の犠牲者は減ることになる。断然プラスじゃないの」

 そこまで言いながら、ふと、うまい表現を思いつく。

 

「そうね。言ってみれば、理想を追わずに、現実に妥協しろってことになるわね」

 

 鬼は人を喰う。そんな鬼が存在する以上、人間の犠牲者をゼロにすることなんてできない。不可能だ。それが、どうしようもない現実だ。

 鬼の犠牲者をゼロにする。それは鬼殺隊の理想なんだろうけど、それをするためには鬼を全滅させなければできっこない。そして、そんなことはできない。不可能だ。

 

「…あの娘達は、そのことに気付いているんでしょうか?」

 

「んー、恋柱はまず気付いてない。霞柱も多分、気付いていないね。…でも、蟲柱は気付いていると思うよ」

 あの話をした時の様子から、そう推測した。

 

「…では、この提案を受けるでしょうか?」

 

「ははっ」

 かなり彼女達に肩入れしているように見受けられる長子ちゃんに、思わず笑ってしまう。

 

「受けるなら任せるし、受けないなら受けるまで強く魅了するだけだよ。

 受けないという選択肢は、そもそも存在していない」

 

「ふ… なるほど…」

 私のその回答に、黒死牟様が笑った。

「どうしました?」

「いや… 甘くは… ないなと… そう思っただけだ…」

「そうですか?」

 ずいぶんと、甘い提案だと思うんですけどねえ。

 

 そもそもが、鳴ちゃんとか、雪ちゃん薫ちゃん、ついでに獪岳とかが、死なないように、あとは無職にならないようにって、それが一番の理由なんだから、びっくりするくらいに甘々だ。

 

「…魅了を深くかけると、壱から十まで、私が指示しないといけなくなるから、それはそれで面倒なんですけどね」

 

 面倒を避けるために、また別の面倒を背負うことになるなんて、なんて面倒な話だ。

 

 

「でも、ま、多分だけど、蟲柱は提案を受けるよ」

 

 

「…どうして、そう思うんですか?」

 

 

「彼女は…ううん、彼女だけは、現実を知っているからだよ」

 

 

 

 そう、無惨様を討つことは、絶対にできないという、現実を…ね。




お互いに妥協しましょうというのは、実際にはただの降伏勧告でした。
それも、拒否できないという類の(爆)

しかし、鬼と鬼殺隊の戦況の有利不利の状況からすれば、それも致し方ないか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦4

オリンピック終わりましたね。
なんだかんだ言われましたが、私個人としては楽しみました。



 …柱合会議…それは、鬼殺隊当主と柱による、鬼殺隊が今抱えている課題と、今後これからを話し合う、重要な会議である。

 基本的には定期的に行われるが、重要な案件が出た場合には、臨時で開催されることがある。

 

「…それでは、柱合会議を始めよう」

 庭を一望できる場所に、娘たちの手を借りて座した男…産屋敷耀哉が、そう口を開いた。

 

「いろいろなことが、この数日のうちに起きたのだが、まずは東京浅草のことについて話をさせてもらいたい」

 

 まず切り出したのは、まさに今回の本題とも言えることだった。

 

「いろいろな調査の結果、そこに珠世さん…以前に話した、鬼の女性が棲んでいることがわかった」

 前回の柱合会議で飛び出た、その鬼の女性の話は柱の面々にも印象深かったので、そのことを覚えていない者などいなかった。

 

「そして、前回の会議で決まったように、しのぶに出向いてもらった」

 

 そう、そこまでは確かに決まっていた。

 決まっていたことではあるのだが、その結果どうなったかを知る者達は、いかんともしがたい感情を抱かずにはいられなかった。

 

「しのぶの鴉からの報告では、互いにさぐりさぐりの状態ではあるが、協力体制を築くことは可能ではないか…とのことだった」

 

 その報告に、不死川実弥が何かを言いかけ、それを止めて再び聞く体勢に戻った。

 

 

「…そんな折、上弦の鬼の強襲を受けた」

 

 

 柱全員に緊張が走る。

 

「聞いている者も多いと思うが、それが上弦の零…今回初めてその存在を聞いた、最上位の上弦の鬼だ」

 

 これまで報告のあった上弦の鬼の最上位は、上弦の壱…黒衣の侍の鬼だった。

 その上に立つであろう、零番を持つ上弦の鬼…いきなり現れたその鬼は、まさに凶報をもたらす存在と言うしかなかった。

 

「…しのぶが相対したが敗北、その後は、…まだ確認できていない」

 

 しのぶの鎹鴉は、しのぶの敗北は報せたが、その生死については何の報告もなかった。故に、生存の可能性も、ないわけではなかった。

 

「…その後の調査に、無一郎と蜜璃、それにまだ新人ではあるが、その実力を高く評価されていた…成宮未来の三名を送った」

 

 その命令も、大きく誤っていたとは言い難い。

 言い難いのだが、そのことがもたらした更なる凶報は、その命令が間違いだったのではないかと思わせるほどのものだった。

 

 

「…その現場にて、上弦の零、並びに上弦の壱が現れ、戦闘となり…敗北した…とのことだった」

 

 

 わずか二日…たったの二日で、柱三名を失うという、最悪の事態になってしまっていた。

 

「…信じない、信じない、信じない…」

 伊黒小芭内は地面をにらんだまま、ただブツブツとつぶやく。

 

 

 ガンッ!!

 

 

 そのいかんともしがたい感情をぶつけるように、実弥が地面に拳をぶつけた。

 

「お館様! その珠世とか言う鬼が、上弦の零と通じていたのは、状況から見て、明らかです!!」

 

 それは、実弥の考えだったが、この場に居た柱全員の考えであると言っても、過言ではなかった。

 それに対して、耀哉の勘は、そうではないだろうと告げていたが、…さすがにそれをこの場で口にすることはなかった。

 

「俺に浅草への調査を命じてください! 草の根を分けてでも、必ず見つけ出して参ります!!」

 

「不死川、一人では駄目だ。俺も連れていけ」

 ブツブツとつぶやいていた小芭内が、顔を上げて、それだけを言った。

 

「最低でも三人は必要だ! 俺も参ります!!」

 煉獄杏寿郎も、浅草調査に名乗り出た。

 

「上弦の鬼達が連携をしだしているのは、東北の件でも明らかだ。俺も派手に参加するぜ」

 宇随天元も、参加を表明した。

 

「………」

 ジャリジャリと数珠を鳴らしながら、悲鳴嶼行冥は口を開かなかった。

 浅草の調査も大事だが、全員でここを空けるのも、それはどうかと思ったからだ。

 

「……」

 しのぶの件で思うところのあった冨岡義勇であったが、さすがに出遅れたことを自覚して、参加の表明はできなかった。

 

 

 

 そんな中…

 

 

 

 

 

「…わざわざ来なくとも、こちらから出向いてやったぞ」

 

 

 

 

 

 突如上がった声に、全員の意識がそちらに向いた。

 

 

 仕立ての良いスーツに、黒いコートを羽織った男だった。

 

 

 いつから居た? どこから入った? そもそも何者だ?

 

 全員の頭の中で、疑問がぐるぐると回る。

 

「産屋敷に、残りの柱もそろっているのか?」

 

 その問いに…

 

「…えーと、ひの、ふの、みに、よと、…ええ、話に聞いていた通りの容姿です。産屋敷の当主と、残りの柱は全員そろってますね」

 

 男の背後から現れた女が、そう答えた。

 その正体は、スーツの男とは違い、明らかだった。

 なぜなら、その両目に、その答えが書いてあったのだから。

 

 

「「「「「上弦の、零!!」」」」」

 

 

「懐かしい… 空気だな…」

 

 騒然としてくる場に、黒衣の侍が忽然と現れた。

 その侍の正体も、その六つの目の二つに描かれている。

 

 

「「「「「上弦の、壱だとっ!!」」」」」

 

 

「なんだなんだ、男しかいないじゃないか。女の柱も居ると聞いて楽しみにしていたのに、残しておいてくれてもいいじゃないか」

 

 新たに現れた男は、そう言いながら、あからさまにがっかりした。

 その男の両目に書かれているのは…

 

 

「「「「「上弦の、弐!!」」」」」

 

 

「………」

 

 上弦の弐の背後から現れた新たな男は、静かに…守るように、上弦の零の横に立つ。

 そして、杏寿郎と天元に気付くと、ニヤリと笑った。

 

 

「「上弦の、参!!」」

 

 

 鬼殺隊本部に、忽然と現れた上弦の鬼が四体!

 ならば、それに囲まれて立つスーツの男の正体も、推測できないわけがなかった!!

 

 

 

「…太陽は、…太陽は、出ていないのか!?」

 

 

 

 ガタガタと震える両隣の娘に、耀哉がそれだけを聞いた。

 

 その言葉を聞いて、柱達が一斉に空を見上げる。

 

 今更見上げなくても知っている。…それでも、確認をせずにはいられない!

 

 

「…なんだ、もう目も見えていないのか」

 

 

 興覚めだと言わんばかりに、スーツの男が口を開く。

 

 

 

「現在は正午だ。燦燦と輝いているぞ」

 

 

 

 そして、太陽の下で、笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

「「「「「「「鬼舞辻、無惨!!!!」」」」」」」




柱合会議に、乱入です。
そろそろ、完結に向けて動き出しました。

一部完の時は、その辺を濁したのですが、今回は白黒はっきりさせた完結になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦5

このお盆休みに、はめふらのアニメを見まくってます。

はめふらを見てて思いつきました。
「ワニ時空の破滅フラグしかない下弦の肆に転生してしまった…」
おや、このSSとほとんど内容が変わらないぞw


 そこからは、全てが一瞬のことだった。

 

 

 

 …蛇の呼吸 壱ノ型…

 

 

 

 …水の呼吸 参ノ型…

 

 

 

 …風の呼吸 漆ノ型…

 

 

 

 …炎の呼吸 壱ノ型…

 

 

 

 …音の呼吸 伍ノ型…

 

 

 

 …岩の呼吸 壱ノ型…

 

 

 

 柱達が一斉に飛びかかり、技を出そうとし…

 

 

 

 黒衣の鬼が刀に手をかけ…

 

 

 

 儀礼服を着た鬼が二振りの扇を開き…

 

 

 

 無手の鬼が静かに構えを取り…

 

 

 

 紅の着物の鬼が、そそくさと無惨の背後に隠れた。

 

 

 

 …そして、柱六名と、上弦の鬼三名の真下に、開かれた障子戸が現れた…

 

 

 

「…さて、初めましてだな、産屋敷」

 

 

 何事もなかったかのように、無惨が口を開いた。

 

「…なぜ? …どうやって…」

 常にすべてを見透かしているかのようだった耀哉からもれるのは、戸惑いを示す疑問だった。

「はっ、それでは何が聞きたいのかわからんな。まあ、想像できなくもないがな。

 なぜここへやって来たのか? どうやってここがわかったのか? …あるいは、どうやって太陽を克服したのか? …かな?」

 かたや、その姿が見たかったとばかりに、楽しそうに無惨が尋ねる。

「まあ、大体はこいつが理由だな」

 

「ぐえっ」

 

 しれっと自分の背中に隠れていた零余子の首根っこを引っ掴んで、産屋敷に見せびらかす。

「さて、こいつが理由でない最初の一つに答えてやろうか。

 …やはり、直接留飲を下げたかった…というのが、大きいな。この千年間、ずっとまとわりついてきて、実に腹立たしかったからな」

「…そう、か…」

 無惨の答えに、耀哉が肩を落とす。…あるいは、ずっとあった肩の力が抜けてしまったのかもしれない。

 

「…なんか、無惨様に似た顔をしてますね?」

 

 猫の子のようにぶら下げられながら、零余子が空気も読まずにそんなことを言った。

「…そうか?」

 何を言い出すのかと思いながら、無惨が耀哉の顔を見るが、その内容には納得しかねるようだった。

「…私の目も見えていませんから、わかりませんね」

 零余子の言葉は、両者から同意を得ることはできなかった。

 

「ただ、君は知らないかもしれないが、君と私は同じ血筋なんだよ」

 

 その言葉に、零余子が無惨の顔を見上げるが、その表情には特に何の感慨も浮かんでいなかった。

「何が言いたいんだ? 同族だから見逃せとでも?」

「それこそ、まさかだよ」

 耀哉からは、己の生への執着はまるで感じられなかった。

 

 それは、達観なのか? …あるいは、諦観なのか?

 

「君のような怪物を、一族から出してしまったせいで、私の一族は呪われていた」

 

 とつとつと語るこれは、恨み言なのだろうか? …それとも、遺言なのか?

 

「生まれてくる子供たちは皆、病弱ですぐに死んでしまう。一族がいよいよ絶えかけた時、神主から助言を受けた。

 同じ血筋から鬼が出ている。その者を倒す為に、心血を注ぎなさい。そうすれば一族は絶えない」

 耀哉からは見えないが、零余子は何言ってるんだこいつって顔をする。

「代々神職の一族から妻をもらい、子供も死にづらくなったが、それでも我が一族の誰も、三十年と生きられない」

「迷言もここに極まれりだな、反吐が出る。お前の病は頭にまで回るのか?

 そんな事柄には、何の因果関係もなし」

 引っ掴んでいる零余子とまったく同じ顔で、無惨が断じる。

 

「なぜなら、私には何の天罰も下っていない。何百何千という人間を殺しても、私は許されている。この千年、神も仏も見たことがない」

 

「君は、そのようにものを考えるんだね。だが、私には私の考え方がある」

 そもそも理解してもらおうとはしていないのだろう、耀哉も特にそれ以上は言わなかった。

 

 

「…んー? さすがに神仏の呪いなら、無惨様にも効くんじゃないですかね?」

 

 

「今度は何だ?」

 打ち切った話に、零余子が食いついたので、無惨がため息をつく。

「えーっと、…要するに、人を呪うのは、人ってことですよ」

「…ほう?」

「あくまでも推測ですけど、むかーしむかし、無惨様を呪った奴がいました。それも呪術全盛の平安時代の強力な呪術師です。

 でも、その呪いは無惨様には効かなかった。そうなると普通は、呪った奴に帰るもんなんですが、その呪いは呪術師が身命を賭した強力なものでした。つまり、帰るところがありませんでした。

 だったら、消えてくれればいいもんなんですが、呪いってのは厄介でして、絶対にどこかの誰かに行きつくんですよ」

「…つまり」

 

「無惨様と同じ血筋だった、産屋敷に行ったんじゃないですかね」

 

「…そんな、ことは…」

「呪術ってのは、その内容を知ると、更にその効果が上がるんですよ。私の推理ですと、その神主は怪しいですね」

 零余子がドヤ顔で推理を披露した。

 

「…そんな、はずは…」

 

 適当な、でまかせだ。当てずっぽうな、与太話に過ぎない。

 

「はははっ、同じ与太話でも、お前の方が面白いな!」

 

 そう、傍から聞いた分には、同じように突拍子もない話で、それでも、産屋敷の一族がこれまですがってきた…ここまで、縛られてきた、道しるべなのだ…

 

「…それで、産屋敷はこれで全部か?」

 

 話はここまでだとばかりに、無惨がそう聞いた。

 

「…産屋敷の現当主の子供は、五人って話です。三人いませんね」

 

 

 その零余子の言葉に、無惨がため息を一つ吐く。

 

 

 

「…仕方ないな。お前の案を採用しよう」




零余子ちゃんの推理は、とりあえず言ったもん勝ちですw
実際、証明のしようがない、あやふやなものですから。
ただ、無惨様はしてやったりな気分ですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦6

間が空いたせいか、ペナントレースの盛り上がりというか、熱がちょっと冷めてますね。
終盤になったら、また盛り上がってくるかな?


 べべんっ!

 

 

 無惨様にくっついて、無限城へとやってくる。

「鳴女さん、こんにちはー!」

 私があいさつすると、ペコリと会釈を返してくれる。

 そして、そのそばには…

 

「ようこそ、無限城へ」

 

 長子ちゃん、山坊主阿修羅に加え、蟲柱も居た。…というか、呼んでいた。

「…どうも」

 どう返すべきかわからないので、とりあえずそう返したという感じの返事だった。

 まあ、なんで呼ばれたのかわからない上、言ってみれば敵の本拠地に連れて来られたわけで、そう考えると、その落ち着きぶりは大したものだ。

 

「…で、何が始まるんだ?」

 

 少し不満そうに、無惨様が尋ねられる。

「少々お待ちを。鳴女さん、お願いします」

 私の言葉に、鳴女さんが一つ頷いてくれる。

 

 

 べん…べべんっ!

 

 

 その音と共に、いつもの無惨様の居室、その一段下に私達の居場所、そこから見下ろす場所に、六つの池のある箱庭が現れた。

 

 

 べべんっ!

 

 

 鳴女さんの長い前髪の間から、ギョロリと大きな瞳が見開かれ、一つの池の水面が大きく波打つ。

 

「…ほう」

 

 波が治まった後に、その水面に映し出されたのは、静かに立つ黒死牟様の姿だった。

 

「…これはっ!?」

 

「鳴女さんの新しい能力は、彼女の目が映すものを、更にこのように水面に映すことです」

 無惨様に…というよりは、蟲柱に状況を説明してあげる。

 最初の鳴女さんの新能力は、たくさんの目をいろんな場所に放てるようになり、その目が映すものを鳴女さんが見ることができる…というものだったんだけど、それじゃあ鳴女さんにしか見えないからね。もうちょっと頑張ってもらった。

 

 …それにしても、鳴女さんの能力って、便利すぎる!

 

「無惨様!」

「なんだ?」

「鳴女さんを私に下さい! 大事に…幸せにしますからっ!」

「駄目だ」

 

 駄目だったよ。

 

 大きく黒死牟様を捉えていた水面では、場面が引かれ、その周りの状況が見えてくる。

 

「…あれはっ!」

 

 黒死牟様に相対するように、そこへ現れたのは、南無阿弥陀仏の念仏が描かれた羽織を羽織った、巨大な男だった。

 

「せっかくなので、上弦の鬼と鬼殺隊の柱による、一対一の決闘をご覧頂こうかと…」

 

 数メートルの距離をあけて立つ、黒死牟様と岩柱。

 

 

 

「一つ目の池にてお見せするのは、最強の上弦の鬼…黒死牟様対、鬼殺隊最強の男…岩柱の悲鳴嶼行冥となります!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ… 私の相手は… 鬼殺隊で最強の相手だと… 聞いたが…」

 

 六つの目で、見定める。

「なるほど… 相違は… なさそうだな…」

 刀の柄に手を当てて、静かに笑う。

 

「我ら鬼殺隊は百世不磨。鬼をこの世から、葬り去るまで…」

 

 

 ブン…ブン…

 

 

 その巨体に相応しい、大きな斧を持ち、更にはそれに鎖でつながる巨大な鉄球を、振り回す。

 

 素晴らしい… 極限まで練り上げられた肉体の完成形…

 これ程の剣士を拝むのは… それこそ三百年振りか…

 

 

 ゴウ…ゴウゴウン…ゴウゴウゴウン…

 

 

 鉄球を振り回す音が変わり、肌にビリビリと来る。

 

 空気が… 引き寄せられる…

 

 

 そこに流れる音は、男が鉄球を振り回すゴウゴウという音のみ。

 そんな中、緊張感だけが高まっていく。

 

 瞬間、襲ってきた鉄球をかわす。

 

 

 

 …月の呼吸…

 

 

 

 …そこで、放とうとしていた奥義は、引っ込めざるを得なかった。

 

 手斧まで、投擲するのか…

 両手共、武器を離すとは…

 

 上体をそらし、襲い来る手斧を躱し…

 

 

 

 …月の…

 

 

 

 ドンッ!!

 

 

 

 …岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き(てんめんくだき)…

 

 

 

 鎖を踏みつけ、体勢が不十分のこちらの顔面を、既に放っていた鉄球にて攻撃をしてくる。

 

 

 ドゴンッ!!

 

 

 躱したところを、見事に操られた鉄鎖が、首に巻きつこうとする。

 

 瞬時に、愛刀にて斬り落とそうとするが…

 

 

 この鎖は斬れぬ!!

 

 

 ギャリンッ!

 

 

 鎖、斧、鉄球、全ての鉄の純度が、極めて高い武器…

 私の肉から造られたこの刀では、斬る前に灼け落ちてしまうだろう………いや、大丈夫なのか?

 ただ、これ程太陽光を吸い込んだ鉄は、刀匠の技術が最盛期たる戦国の世にも、発見されていなかった…

 

 

 しかしそれも… 間合いの内側に入れば良いだけ…

 

 

 暴風雨の如き、鉄球と手斧をかい潜り、間合いの内側に入り込み、その首を一閃せんとし…

 

 …何事もないかのように、ひらりと躱した空中にて、更に手斧と鉄球を投げつけてくる。

 

 

 この武器を手足の如く扱える筋力、あの重量の図体で、これ程の身軽さ俊敏さ、俄かには信じ難し…

 

 

 絡みついた鎖が、刀を半ばで折り飛ばしてきたが…

 

 

 

 …月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)…

 

 

 

 …岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征(りゅうもんがん・そくせい)…

 

 

 

「いいぞ… 久方ぶりの… 戦いだ…」




ここで唐突な、零余子ちゃんの十二鬼月(+α)への評価

無惨様  … やっぱりちょっと怖いけど、でも、だいぶ優しくなったよね?
黒死牟様 … 強いし、立ててくれるし、すごい大人だなあと、尊敬してる。
童磨   … 何考えているかわからないし、隙を見せたら喰われそうで怖い。嫌い!
猗窩座様 … 優しいしカッコイイ。大好き!
半天狗  … あんまり絡んだことないので、よくわからない。
玉壺   … 同上なんだけど、見た目が生理的に無理。
堕姫   … 綺麗でカッコイイ女性なんだけど、弱いよね?
妓夫太郎 … 会ったこともなければ、その存在すら知らない。
魘夢   … あんまり絡んだことないけど、こいつとは合わないと思う。
轆轤   … ほぼほぼ知らないんだけど、なぜか感じるシンパシー。
病葉   … 同上。
累    … そろそろデレてもいいと思う。
釜鵺   … シンパシーは感じるんだけど、多分次に死ぬのはこいつだよね?
鳴女さん … すごい能力! いいなあいいなあ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦7

ワクチン二回目の接種で、見事に発熱しました。
受ける前は、熱出たら会社を休んでSS書いてやろうとか計画してましたが、とてもとても。
倦怠感がすごくて、何もやる気になりませんでしたよ。


 それは、まるで映画のようだった。

 血鬼術とは、こんなことまでできるの!? …これが直接戦闘に用いられるような能力ではないことが、逆に怖ろしかった。

 

「さて、続けて二つ目です」

 

 

 べべんっ!

 

 

 上弦の零の言葉に、鳴女と呼ばれた鬼が琵琶を鳴らす。

 

「うわっ!」

 

 二つ目の池の水面に大きく映し出されたのは、男の顔のアップだった。

 そのアップに驚いた後、上弦の零が無惨へと視線をやる。

 

「…やれやれ」

 

 無惨からなんらかの指令が行ったのか、男の顔が遠ざかり、全身が見えてくる。

 にこにこと笑うその鬼と、忌々し気な上弦の零の顔が、対照的で…

 

 

 ドクン…

 

 

 …頭から、血をかぶったような鬼だった…

 

 

 ドクン…

 

 

 …にこにこと屈託なく笑う…

 

 

 ハァ…ハァ…

 

 

 …その鬼の使う武器は、鋭い、対の扇…

 

 

「…おやぁ? 大丈夫ですかぁ?」

 

 ひらひらと目の前で手を振られ、冷静に…

 

 

 

 …など、なれるはずがない!

 

 

 

「姉さんの仇!」

 

 

 

「ぅわっと!」

 

 池に飛び込もうとしたところを、後ろから抱き止められる。

「はなして! あいつは絶対に!」

 体格はそう変わらないと言うのに、どうやっても抜けられそうになかった。

「…冷静そうに見えて、実はすごい激情家なんですねえ」

 やれやれと言わんばかりに、耳元でため息を吐かれた。

「あの水面に映しだしてはいますけど、あそこに飛び込んだところで、ただ濡れるだけですよ」

 聞き分けのない子供に言うように、そう諭される。

「それに、もし行けたとしても、あなたでは勝てませんよ」

 

 そんなことはわかっている。それでも、それでも!

 

 

「…いまは、ね」

 

 

 耳元でささやかれた言葉に、ハッとする。

 

 振り返って見えたのは、ニンマリと笑った顔。

 

「あなたが自身を毒へと変じようとしているのは知ってます。…でも、それでも足りませんよ。それに、今では太陽さえも通じない。困りましたねえ」

 

 再び後ろから抱き締められる。

 

「今はどうしようもありませんが、今後は…そう、新生鬼殺隊で、いろいろ実験したら、なんとかなるかもしれませんよ?」

 

 耳元でささやかれるのは、話に聞いた悪魔の誘惑に他ならない。

 

 

「…珠世さんも探してみましょう? …なんだったら、私も手伝ってあげてもいいですよ?」

 

 

 ああ、わかっている。これは、悪魔の取引だ。人を堕落させる甘美な誘惑だ。

 

「ふふっ、私も嫌いなんです、あいつ」

 

 最後に笑ってそう言って、上弦の零が離れる。

 

 

「さて、次なる対戦は、上弦の弐…童磨と、私が独断と偏見で二番目に強いと判断した柱です!」

 

 

 水面に映し出されたのは、見知った柱…

 

 

 

「二つ目の池にてお見せするのは、上弦の弐…童磨対、風柱…不死川実弥となります!」

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、先手必勝だ!

 

 

 

 …風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)…

 

 

 

 ひらりと、躱される。

 

「あー、ノらないなあ。女の柱は二人居たって聞いてたのに、どっちも零余子ちゃんに取られちゃったか」

 

 そいつは、やる気なさげにそうつぶやく。

 

「はっ! テメェがノろうがノるまいが、関係ねェ!」

 

 

 

 …風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)…

 

 

 

「いやあ、なかなか速いね! 今まで会った柱の中で一番かも」

 

 すんなりと躱しておいて、下らねェことをほざきやがる。

 

「あー、でも、あの子も結構速かったなあ、花の呼吸を使ってた女の子…」

 

 

 あァ!?

 

 

「優しくて可愛い子だったなあ。朝日が昇って喰べ損ねたんだよねえ。ちゃんと喰べてあげたかっ…」

 

 

 

 ザンッ!!

 

 

 

 …風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐(こくふうえんらん)…

 

 

 

「…た、っと。今のは一番速かったね。首を斬るには至らなかったけど」

 

 

 へらへらと笑うこいつが…こいつがァ!!!

 

 

 

「許さねェ! 許さねェ! 許さねェェ!! ぶち殺してやらァァ!!!」




前話とは逆に、零余子ちゃんへの十二鬼月(+α)の評価

無惨   … 千年の集大成。相変わらずな部分はあるが、まあ個性か。
黒死牟  … 縁壱とはまた別の天才。考えがよくわかるところはとっつきやすいな。
童磨   … なかなかに興味深い。いろんな意味で気に入っている。
猗窩座  … 手のかかる妹のような感じ。側にいると懐かしくも優しい気持ちになれる。
半天狗  … ほぼほぼ絡んだことがないので、あまり気にしていない。
玉壺   … 捜索系の鬼ナンバーワンを自負してたし、上弦の順位も抜かれて気に入らない。
堕姫   … 小娘に無惨様のお気に入りナンバーワンをかすめ盗られて、気に入らない。
妓夫太郎 … 功績を考えたら当たり前だなと、妹は相変わらずバカだなあと思っている。
魘夢   … 鬼のくせに能天気に笑っている顔が、気に入らない。
轆轤   … 強さもやったこともすごいと思うのに、なぜか感じるシンパシー。
病葉   … 同上。
累    … すごいとは思うんだけど、会うと絡んできて、ウザい。
釜鵺   … シンパシーは感じるんだけど、たまに養豚場の豚を見るような目で見られて怖い。
鳴女   … 十二鬼月になったと思ったら、状況をどんどんと激変させて、少し怖い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦8

ワンピースの100巻が出ましたね。
20年以上続いて、それもトップの人気でいるって、とんでもないですね。



「さてさて! それではついにお待ちかねのあのお方の登場です!!」

 

 私がそうやって煽っているというのに、蟲柱は二の池に夢中だし、無惨様に至っては目をつぶっておられる。

 まあ、蟲柱の因縁もわかるし、無惨様は別に池を見なくても、鳴女さんの視覚を共有すればまだ映していない場面だって見ることが可能なのは、まあわかるんですけど、ここは乗って欲しい!

 

「ええぇい! 鳴女さん、お願いします!」

 

 

 べべんっ!

 

 

 三つ目の池に映し出されたのは…

 

「上弦の参、猗窩座様でーす!! きゃーー、かっこいいーー!!!」

 

 私のその言葉に、長子ちゃんと山坊主阿修羅が拍手をしてくれる。うん、呼んでおいて良かったよ。

 

「対する柱は…風柱とどっちが強いかは、個人の感性によります。あくまでも私の独断と偏見であることを改めて言っておきます。

 というわけで、発表します!」

 

 画面の端っこに登場したのは、日本人ではまず見ない、燃えるような赤毛を靡かした男だった。

 

 …まあ、私が言うのもなんですけど、恋柱の髪に比べたら、まだ全然あり得るんですけどね。

 桜餅の食べ過ぎでそうなったとか言っているけど、…ねーよ! ありえねーよ!! 科学に喧嘩売っているのか!?

 

 

 …おっと、話がそれた。

 

 

 

「コホン! 三つ目の池にてお見せするのは、上弦の参…猗窩座様対、炎柱…煉獄杏寿郎となります!」

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、また会ったな!」

 

 東北にて相まみえた上弦の参に、そう声をかける。

 

「…上弦の参、猗窩座だ」

「炎柱、煉獄杏寿郎だ!」

 

 名乗られたので、名乗り返す。

 

「杏寿郎、ここはあの時の東北の漁村とは違う。ここでは互いに守るものはない。つまり、互いに相手に集中できるというものだ」

 

 ふむ、互いに…と来たか。

 確かにあの場では、新人三人娘が俺の守るべき対象だった。上弦の参は、上弦の伍がそうだったということか?

 

「少し意外だな! 鬼にも仲間意識が…守るという認識があったんだな!」

 

 俺のその言葉に、実に不本意そうな顔をする。…何か間違っただろうか!?

 

「あれは行きがかり上、たまたまだ。そう捉えられるのは、不本意極まりない」

「では、何を守る? それに、守るべきものがいてこそ、発揮できる強さもあるだろう!」

 俺がそう言うと、奴もまた真面目な顔になる。

 

「認めよう、杏寿郎。そういった部分は確かにある。

 守るべきものがあってこそ、強さに意味がある。それは確かに真実だ」

 

 ますます意外だ! この手の話で、鬼と意見があうとは思わなかった!

 

 

「そうだ! 弱き者を助けるのが強き者の責務だ!」

 

 

 それは、俺の指針に他ならない。それこそが俺の生きる道だ!

 

「…お前の手は、ずいぶんと長く、大きいのだな…いや、あるいは、自信過剰なんだろうか?」

 

 …?

 

 

「俺の守るべき大事なものは、一つ、二つ、三つ…そう、それだけでいい。それだけ守れれば、それで十分だ」

 

 

 奴の…猗窩座の言葉には重みがあった。これまでの軽い上っ面ばかりの、他の鬼共の言葉とはまるで違う。

 

「…だが、困難であることは、やらない理由にはならない!」

 

 

 

「訂正しろ、杏寿郎!! 守る数が少なくても、簡単なわけではない!!」

 

 

 

 その言葉には、怒りがあった。悲しみがあった。苦しみがあった。心の籠った、重みがあった。

 

 

 

「そうだな! 訂正しよう! 数の大小は問題ではなかった!

 たった一つの大事なものを守る…そのことが如何に困難であるか、忘れるなど愚かなことだった!!」

 

 

 

 反射的に反論してしまったが、考えなしの言葉だったと言われても仕方がない!

 大事なものを守ることの困難さ、それは知っていたはずだろうに!

 

 

「ははっ! 鬼の言葉を受け入れるか、お前はおかしな柱だな、杏寿郎」

 

 

「うむ、よく言われる!

 だが俺は、誰が言ったかよりも、その言葉の内容を…いや、その言葉の重みで判断したいと、そう思っている!」

 

 

「…一応聞いておこう。杏寿郎、鬼にならないか?」

「ならない!」

 瞬時に答えると、苦笑だろうか、かすかに笑顔を浮かべた。

 

 

「…わかった。

 鬼になることで守れるものもあれば、鬼になることで守れなくなるものもある。

 お前の意思を、尊重しよう」

 

 

 猗窩座がそう言うと、静かに構えた。

 

 

 

「さあ、ここからは言葉はいらない。全力でぶつかり合おうぞ!」




映画とは違って、ここでの猗窩座様と煉獄さんは、話が噛み合いますw
立場は大きく違いますが、本来の心根はとても良く似ているのではないか…そんな風に思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦9

六人の柱の実力順位、これはあくまでも零余子ちゃん個人の意見です。
あとは、各種因縁とかも、絡んでおります。

原作でも、悲鳴嶼さんが一番強いとしか書かれてませんから、よくわかりませんしね。


「さてさて、ここからはサクサク行きますよ」

 

 

 べん…べべんっ!

 

 

 残る三つの池に、それぞれ上弦の鬼が映し出される。

 

「四つ目の池では、上弦の肆…半天狗さん、五つ目の池では、上弦の伍…玉壺さん、六つ目の池では、上弦の陸…堕姫さんです!」

 

 ただ、ここで最後の確認をしておく。

 

「無惨様、一つ宜しいでしょうか?」

「何だ?」

「半天狗さん、玉壺さん、堕姫さんには、まだ青い彼岸花の薬は渡せておりません。

 つまり、この対決で死んでしまう可能性が否定できません」

「そうだな」

 何をいまさらと言った感じで、無惨様が答えられる。

「半天狗さん、玉壺さんは、まあ、大丈夫だと思うんですが…」

 そこで、チラリと六つ目の池を見る。

 

 

「堕姫さんは、大丈夫ですかね? ぶっちゃけちゃうと、弱いですよね?」

 

 

 あんまり喋ったことはないけど、同じ女性の十二鬼月だと親しみを感じている分、その懸念をなくしておきたい。

「ほう? では、どうする?」

「堕姫さんのところに送るつもりだった柱を、迷路に放り込んで迷わせ、その後、最初に柱を撃破した上弦の鬼のところに送るようにしましょうか?」

 鳴女さんの能力だったら、十分に可能だ。

 

「くく、やめておけ。そんなことをしたら、ますます堕姫に嫌われるぞ」

 

「はぁ」

 

 おや? なんか無惨様の言い方だと、もう既に堕姫さんに嫌われているみたいに聞こえるぞ? 気のせいだよね?

 

「確かにお前の言うように、堕姫は馬鹿だし、弱い」

 

 いやいや、馬鹿だなんて一言も言ってませんよ!

 

 

「だが、大丈夫だ」

 

 

「うー、ホントですね? 信じますよ」

 無惨様の許可が出た以上、信じるしかない。

 

 四つ目の池に映るのは、ハラハラと涙を流しながらうずくまる老人の鬼…半天狗さんと、画面の端から現れた、特徴的な羽織の柱。

 

「…冨岡さん」

 

 

 

「それでは、四つ目の池にてお見せするのは、上弦の肆…半天狗さん対、水柱…冨岡義勇となります!」

 

 

 

 続いて、五つ目の池に映るのは、壺とそこからにょろりと出ている異形の鬼…玉壺さんと、両目の色の違う柱…というか、陰気で暗い瞳だなあ。

 

 

 

「五つ目の池にてお見せするのは、上弦の伍…玉壺さん対、蛇柱…伊黒小芭内となります! 蛇対決です! にょろ~!!」

 

 

 

 無反応の無惨様と蟲柱、必死で拍手をしてくれる長子ちゃんと、それに追随する山坊主阿修羅…やめて! まるでスベったみたいになってるから!!

 

「コホン!」

 

 一旦、気を取り直す。

 

 チラリと伺った六つ目の池に、堕姫さんと、それに相対する柱が見えた。

 

 

 

「最後、六つ目の池にてお見せするのは、上弦の陸…堕姫さん対、音柱…宇随天元となります!」

 

 

 

 

 

 

 

 同じような廊下、襖、畳部屋、やみくもに進んでいるようで、何かに導かれているように感じながらも、ついに終着の大部屋へとたどり着いた。

 

「…老人の…鬼…か?」

 

 瞳は裏返っており、数字は見えないが…まず間違いなく上弦の鬼だろう。

 

 

 

 …水の呼吸 壱ノ型 水面斬り(みなもぎり)…

 

 

 

 繰り出した技は、上空へと躱され…

 

 

 

 …弐ノ型 水車(みずぐるま)…

 

 

 

 …回転斬りにて追撃し、首を斬りおとした。

 

「ヒィイイ、斬られたああ」

 

「…上弦では、なかった?」

 

 あまりの手ごたえの無さに、そんな疑問がわくが…

 

「…!!」

 

 落ちた首から体が生まれ、首を斬った体から頭が生えて来た。

 

「…二体で一つだったか」

 

 頭の生えた鬼が近かったので、そちらに向かおうとした瞬間…

 

 

 フオッ!

 

 

 …すさまじい突風を受け、跳ね飛ばされた。

 

 

 

 …水の呼吸 捌ノ型 滝壺(たきつぼ)…

 

 

 

 壁に叩きつけられるところを、滝壺で回避する。

 

「カカカッ! 楽しいのぅ、豆粒がよく飛んだ。なぁ、積怒」

「何も楽しくはない。儂はただひたすら腹立たしい。

 可楽… お前と混ざっていたことも」

「そうかい。離れられて良かったのぅ」

 

「…上弦の肆…」

 

 

 二体の瞳に、それぞれ上弦の肆と記されていた。

 

 

 

「斬る首は二つか、面倒だな」




一対一で対決するとしたら、半天狗が一番めんどくさいかもしれませんね。
鼻が利くのが、勝つための絶対条件みたいなところがありますし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼殺隊壊滅作戦10

零余子ちゃんプレゼンツの6カードが全て出そろいました。



「…上弦の伍…」

 話だけは、宇随と煉獄に聞いていた。

 壺から壺へと瞬間移動し、捕らえ難いと。

 

 ただ、見た目の印象は…

 

「…まるで蛇だな、胸糞が悪い」

 

「何を言うか! この私の美しいフォルムの、どこが蛇だっ!!」

 

 短い手をばたつかせて、そう文句を言ってくる。

 

 だが、その見た目は完全に、醜い蛇の下半身に、更に醜い人間の上半身があるようにしか見えない。

 

 

 それは、まるで、奴のようで…

 

 

「…上弦の伍か、…もちろんお前の方が強いんだろうな」

 

 そうだ、俺の生殺与奪の権を完全に握っていて、神が如く振るまい、一族の者もそのように扱っていたが…それでも、奴は上弦どころか、十二鬼月ですらなかった。

 

「背開きか、腹開きか、どっちがいい?」

 

「きっさまーーー!!!!」

 

 

 

「この後、上弦の壱に、零、…二戦控えているんだ。手間取っていられないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「…おいおい、嘘だろ。上弦の陸だって…」

「ふふん、今更びびっているのかしら」

 瞳に描かれているのは、上弦と陸の文字。それを信じるならば、この女が上弦の陸ということになる。

「お前、吉原に潜んでいた鬼か?」

「まあ、見ればわかるわよね。あそこで情報を集めつつ、おびき寄せた柱を一人ずつ殺していく計画だったのに、あの小娘のせいでご破算よ」

 不機嫌そうに、そう言う女。はてさて、小娘ってのは、さっき見かけた上弦の零のことを言っているのかね?

 

 ただ、まあ…

 

 

「お前が吉原にいた鬼だっつーなら、ハズレだったってことだな」

 

 

「は?」

 

 

 

「お前、上弦の鬼じゃねぇだろ、弱すぎなんだよ」

 

 

 

 ズッ…

 

 

「えっ?」

 

 ニブいにも程がある。頸が落ちてようやく、驚きの声をあげてやがる。

「さってと、さっき見かけた上弦の上の連中は、どう考えても一人では厳しそうだったな。こいつの一個上の上弦の伍もそれなりにやばかったし、急いで合流しねぇとな」

 

「ちょっと待ちなさいよ、どこ行く気!?」

 

 上弦詐欺のこの女は、一体何の間違いなんだ?

 

「よくもアタシの頸を斬ったわね、ただじゃおかないから!」

「まぁだギャアギャア言ってんのか。もうお前に用はねぇよ、地味に死にな」

「ふざけんじゃないよ! だいたいアンタさっき、アタシが上弦じゃないとか言ったわね」

「だってお前、上弦じゃねぇじゃん」

「アタシは上弦の陸よ!!」

「だったら何で頸斬られてんだよ、弱すぎだろ。脳味噌爆発してんのか」

「アタシまだ負けてないからね! 上弦なんだから!」

「負けてるだろ、一目瞭然に」

「アタシ本当に強いのよ! 今はまだ陸だけど、これからもっと強くなって…」

「説得力ね…」

 

 

「わーーん!!」

 

 

「ほんとにアタシは上弦の陸だもん、本当だもん! 数字だってもらったんだから! アタシ凄いんだから!!」

 

 ギャン泣きじゃねぇか、嘘だろ?

 いやいやいや、それよりコイツ、いつまで喋ってんだ?

 頸を斬ってるのに、体が崩れねぇぞ…

 

「死ねっ!! 死ねっ!! みんな死ねっ!!」

 

 ダンッ! ダンッ!!

 

「わぁあああ! ああああ!!」

 

 子供のように泣きわめいているが、体が崩れそうな感じはまるでない。

 

 

 

「頸斬られちゃったああ! お兄ちゃああん!!」

 

 

 

「うぅううん」

 

 

 

 頸を斬った体から、何かが出ようとしている!

 

 

 !!!!

 

 

 即座に放った斬撃は、あっさりと躱された。

 

「泣いてたって、しょうがねぇからなああ。頸くらい自分でくっつけろよなぁ。おめぇは本当に頭が足りねぇなあ」

 

 頸を斬り落としたのに死なない。

 背中から出てきたもう一体は何だ!? 反射速度が比じゃねえ。

 

 

 

 …音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々(めいげんそうそう)…

 

 

 

 とにかく、二体まとめて…

 

 

 

 …円斬旋回・飛び血鎌(えんざんせんかい・とびちがま)…

 

 

 

 …お互い、小細工なしの全力全開ってか!?

 

 

 

「良いぜぇ! こっからはド派手に行くぜ!!」




アニメの遊郭編、楽しみです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある女鬼の話1


まさかの唐突なおまけ話が挿入されました!w



 女の鬼は、男の鬼よりも弱い。

 

 それは、間違いないことだと、私は思う。

 そのことは、最強の鬼である十二鬼月に、女の鬼は上弦の陸…お一方しかいないことでも、証明されている。

 

 女の鬼の方が数が少ないからではないのか?

 

 そんなことはないだろう。

 この世には男女同数の人間がいる。あの方が、わざわざ男だけを選んで鬼にしているとは、思えない。

 つまり、女の鬼も、男の鬼と同じ数だけ生まれていると考えて、間違いないだろう。

 

 それでは、なんで女の鬼の方が、男の鬼よりも弱いのか?

 

 私は単純に、人間だった頃から、女の方が男よりも弱いからだと考える。

 要は素体の問題だ。女は男よりも弱いから、鬼になっても、男の鬼よりも弱いのだろう。

 仮に、鬼になって力が倍になったとする。それから十人の人間を喰べれば、更に倍になるとしよう。

 だとしたら、同じ数だけの人間を喰べていては、一向に男女の力の差は縮まらないどころか、どんどんと広がって行くことになる。

 

 それともう一つ、女の鬼は異形の姿になるのを忌避しているからだと思う。

 そう思うのは、単純に私が忌避しているからというのが、理由だ。

 鬼は異形になるだけでも、強くなる。

 ただ大きくなるだけでも、力は相応に上がるし、腕を増やしたりすることでも、手数が増えて強くなるだろうことは間違いない。

 それでも、異形になることに忌避感がある。

 人間だったころへの未練なのだろうか、人の姿のままでいることを望む女の鬼は、多い。…まあ、あくまでも私の経験上での統計に過ぎないのだが。

 

 それゆえに、女の鬼は、男の鬼よりも人間を喰べなければ、男の鬼よりも強くなれないことになる。

 

 だが、それは難しい。

 女の鬼は男の鬼よりも弱いから、女の鬼は男の鬼よりも人間にありつけないのだ。

 そのため、女の鬼はますます、男の鬼よりも弱くなることになる。

 

 これが人間を含む動物だったならば、強いオスの庇護下に入るという選択肢も取れるだろう。

 だけど、鬼ではそういうことはできない。群れることは許されていないからだ。

 だから、細々と縄張りを作っても、後から来た男の鬼にその縄張りを取られてしまう。戦っても勝てない以上、それは仕方がないことだった。

 

 更に、人を喰う鬼になったことで、新たな敵が生まれた。

 

 鬼殺隊だ。

 強くなるためには人を喰べなければならない。だけど、人を喰べるから鬼殺隊に狙われる。鬼殺隊に勝つためには強くならなければならない。強くなるためには…

 どこまでもぐるぐると回る。

 それが、どうしようもない現実だった。

 

 

 そんな折に、ある噂を聞いた。

 

 

 ある山で、強い鬼の庇護下に入ることができるという、うさんくさい噂だった。

 

 それでも、その噂を頼ったのは、藁にもすがる思いからだった。

 

 

 

 

 

 その山の名前は那田蜘蛛山。下弦の伍…累の縄張りだった。

 

 

 

 

 

 結論として、その噂は半分真実だった。

 

 噂を聞きつけてやって来た鬼は、たくさん居た。そのほとんどが女の鬼だった。

 そして噂通り、強い鬼…累の庇護下に入ることができた。それだけでなく、累の力を分けてさえもらえた。

 

 だけど、そんなうまいだけの話では、なかった。…まあ、当たり前の話なんだけどね。

 

 累の庇護下、力を分け与えられた女の鬼は、累の母、あるいは姉という役割も与えられた。

 それは、ままごとのようなものなんだけど、それでも、うまくこなさなければ、ひどい罰が待っていた。

 切られたり、刻まれたりするのは、まだマシなほうで、ひどい場合には日光に炙られて…殺されたりまであった。

 

 恐怖から逃げこんだ先には、また別の恐怖が待っていたというわけだ。…結局、それが、どうしようもない現実というわけだ。

 

 

 

 そんな日々を数年、我ながらうまくやっていたと思う。

 

 母親役の女の鬼を反面教師に、失敗をしないように、累の機嫌を損ねないように、ビクビクしながらも、累の力をうまく使って、人間を捕らえ、効率よく喰べて、力をつけていった。

 

 

 そこに、あの方が、やって来た。

 

 

 

「…なんか、白い繭みたいなのがぶら下がってるのが見えるんだけど、あれって何?」

 

 

 

 その当時は、下弦の肆…そして、現在は上弦の零にまで至っている、零余子様だった。




テレビでやってた那田蜘蛛山編を見て、書きたくなったので書きました!
そんなに長くはならないと思いますので…お付き合い下さい。

このお話では、元下弦の壱は止水さんです。
姑獲鳥さん? 知らない鬼ですねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある女鬼の話2

アニメの那田蜘蛛山編を見てて思いましたが…

登場初期のしのぶさんって、割とひどいですよねw

鬼相手はともかくとして、善逸への対応も、ちょっと、ねえw


 下弦の肆…累と同格の十二鬼月。

 

 それは、恐怖でしかなかった。

 

 連れていた方々にしても、そうだ。

 

 上弦の参…猗窩座様。

 十二鬼月でも、更に別格の上弦の鬼。

 こちらを見ようともされなかったが、もし目が合いでもしたら、失神もありえたので、逆にありがたかった。

 

 元下弦の壱…阿修羅様に山坊主様。

 元とは言え、累よりも位が上の十二鬼月。

 当時は知らなかったが、方相氏の体だったので、鬼とは気配が違うのを…別格の存在故の気配だと思ったものだ。

 

 秘書と紹介された…長子様。

 あの当時は無位で、そんなに強い気配もなかったので、唯一ホッとしたのを覚えている。

 まあ今では、零余子様の後の下弦の肆になり、京都の本拠地の取り纏め役もされており、一番お世話になっていたりするのだが。

 

 

 …そして、零余子様。

 

 

 その当時では…ごく最近、十二鬼月に入った鬼であり、鬼になったのですらここ数年という話だ。もしかしなくても、私よりも若い鬼なのかもしれない。

 

 零余子様は変わった鬼だった。

 

 強い鬼というのは、一様に変わったところがあるのだが、そういうのとはまた違った変わりようだった。

 十二鬼月だというのに偉ぶるところがなく、私や母役の鬼に対して、にこやかに話題を振ってくれたりと、実に気さくな感じだった。…まあ、急に性格が激変することもありうるかもしれないと、当時はそれでもビクビクしていたのだが。

 

 更に、零余子様と長子様は、鬼なのに寝るということで、ひどく驚いたものだ。

 まあ、そのおかげで、私に対して興味を持ってくれたのだと思うと、実にありがたいことだった。

 

 

 

 そして、運命の日がやってきた。

 

 

 

「…侵入者だね。鬼殺隊かも」

 累が無表情にそう告げた。

「母さんは表側、補佐には姉さんが。兄さんは裏側、父さんはそっちに」

 累の指示に皆がコクリと頷くと、さっさと動き出す。

「…俺たちもなんか手伝おうか?」

 阿修羅様がそう尋ねてくれる。

「問題ない。…家のことは家族でなんとかする」

 累がそう言って、お断りをした。

 

 

 それを尻目に、母役の鬼と一緒に持ち場へと向かう。

 

 

 母役の鬼…名前は知らない。…そもそもあるのかどうかもわからない。

 私よりも先に、この那田蜘蛛山にやって来ていた。…どれだけ先に来ていたのかも知らない。

 累の手前、母さんと呼んではいるが…もちろん、そんな思いはサラサラない。

 わかっていることと言えば、だいぶ幼いうちに鬼になったようで、実際の姿は子供そのものだ。…それゆえに、よくミスをしては累や父役の鬼に折檻をされている。

 

 …ただ、私がこれまでに会ったことのある女鬼の中では、一番強い。…あくまでも、その当時までは…となるけれど。

 

 噂を聞いて、那田蜘蛛山にやって来た鬼は、それなりに居た。

 家族の頭数も、最大で十を超えたこともあったらしいし、延べの数に至っては知らないし、知りたくもなかった。

 そんな中、私の知る限りずっと母役をやっている以上、実力があるのは間違いない。

 

 彼女が累からもらった糸の能力は、人形遣いと呼称されているものだ。

 

 文字通り、この山に入った人間を、その生死に関わらずに糸を使って操作することができる。…それも、とても視認できないような遠くからだ。

 この山中にいる蜘蛛と、張り巡らされている糸を通して、認識できているらしい。

 そして、彼女の奥の手は、元父役の鬼の死体…いや、あくまでも死体のようなものを、操ることだ。今の父役の鬼よりは弱いのだろうが、それでもその辺の鬼よりもよほど力があり、とても頑丈だ。

 実際、遠距離では、私も勝てないだろう。

 家族の中では、最も遠距離戦闘に長けた鬼と言えるだろう。…もちろん、累は除く。

 

 

 その次に遠距離が得意なのは、兄役の鬼だろう。

 母役の鬼程ではないが、山中の毒を持つ蜘蛛を通して、なんとなくその場の状況を掴むことができるらしい。更には、毒蜘蛛に簡単な命令を出すこともできるそうだ。

 

 彼が累にもらった蜘蛛の能力が、毒だ。

 

 その毒は、人間に撃ち込むと、数刻も経たずに蜘蛛へと変える。…一番えぐい能力と言える。

 

 

 そして、父役の鬼は、近接に特化している。

 特段に、糸や毒などといった能力は持たず、特徴は強く、頑丈だということだ。その代わりに、知能は低い。ただただ累の命令を聞くだけだ。

 

 彼が累に与えられた蜘蛛の能力は、脱皮だ。

 

 大きな手傷を負わされると、より強く、より頑丈に、そして、より大きな姿へと脱皮する。

 家族の中では、最も近接戦闘に長けた鬼と言えるだろう。…これももちろん、累は除く。

 

 

 私はと言えば、遠距離攻撃能力は持っていない。近接戦闘に関しても、母役や兄役よりは強いが、父役には遠く及ばない。

 

 私が累にもらった糸の能力は、糸束だ。

 

 その糸は、硬くしなやかで、繭状にすれば、内部に溶解液を出すこともできる。

 食の細い私には、非常に役立つ能力ではあるが、戦闘能力という意味では、かなり微妙なところだ。

 もちろん、かつての私からすれば、格段に強くなったのは間違いないのだが…より強く、より役に立つようにならないと…と、そんな強迫観念は、いつもあった。

 

 

 …どこまで強くなればいいんだろう?

 

 

 …どれほど役に立てればいいんだろうか?

 

 

 

 ……その答えは、いつか出るものなのだろうか?




那田蜘蛛山って、鬼の縮図そのものな感じがします。
人間に対しては、捕食者としてふるまいますが、より上位の鬼に対しては、気まぐれに殺されないように、オドオドビクビクすることになる。

せちがれぇ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある女鬼の話3

決めてたけど出し損ねていた設定を、ここぞとばかりに放出しますw


「…難しい問題ですね」

 

 

 私の愚痴にも似たその問いに、長子様は真剣な表情をされた。

「その答えは、あくまでも相手にゆだねるもの。ここまででいいやと思ってしまえば、駄目なのは間違いないでしょう」

 その答えに対して、私もうなずく。

 

「向上心は大事です。

 …大丈夫ですよ、零余子様はああ見えて、そういうところはよく見てくださいます。お互いに頑張りましょう」

 

 

 その言葉に、だいぶ救われた気になった。

 

 

 

 

 

 …話をあの日に戻そう。

 

 あの運命の日、こちらの戦果としては、鬼殺隊の一般隊士を十七人殺した。

 対して、こちらの被害は、父役及び兄役の鬼が死んだ。

 

 …被害の全ては、鬼殺隊の柱によるものだと推測される。

 

 女の柱…及びその継子の女については、実際にこの目で確認できた。

 柱の女のその軽やかな動きは、私では攻撃を当てられないだろうと理解できたし、継子の女の攻撃は、私だとたちまち頸を斬られただろうと、思わざるを得なかった。

 

 兄役父役と、私と母役の違いは…その生死を分けた運命の違いは、たまたまこちらに零余子様達が来られたかどうかの違いに過ぎない。

 

 

 零余子様達が来られたところに、鬼殺隊が攻め込んで来るなんて、なんて間の悪いと思ったものだが…どう考えても、間の悪かったのは、明らかに鬼殺隊の方だったのは間違いないだろう。

 

 

 

 …この結果、那田蜘蛛山の放棄が決定した。

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山という本拠地を失った私達に対し、零余子様が京都へとご招待下さった。

 三階建ての自然製薬株式会社及び、四階建ての自然研究所の建屋の間…グラウンドの下、その広大な地下が十二鬼月としての零余子様の本拠地だった。

 自然研究所の地下二階…といっても、踊り場と扉があるだけなのだが…「関係者以外立入禁止」と書かれた鉄扉をくぐると、まだ珍しいコンクリートの白壁が続く廊下へと出る。

 二階分の高さがあるためか、天井はかなり高い。5メートル程はあるだろうか。

 10メートル程廊下を進むと、突き当りに再び鉄扉が現れる。そこに書かれている文字は…

 

 警告!! 関係者以外ノ立入ヲ禁ズ! 死ンデモ知ランゾ!

 

 今度の警告は、更に直接的だった。

「まあ人間だったら、三人がかりでなんとか開く程度の重さだから、そうそう入ってくることはないんだけどね」

 そう言いながら、零余子様がその扉を軽く開く。

 

 

「…ようこそ、私の城へ」

 

 

 印象としては、すごく広いな…というものだった。

 そこは50メートル四方はあるのではないだろうか、高さも5メートルほどあるので、地下だというのに、閉塞感がまるでなかった。

 数メートル先に1メートルほどの高さの壁が、40メートル四方を覆っているようだ。壁の向こうは吹き抜けになっており、この空間も大部屋というよりは、ぐるっと回る廊下になるのだろうか?

 壁から見下ろすと、更に2階分ほど下がった空間があった。

 階段などは特になく、全員で飛び降りる。

 

「闘技場兼、稽古場って感じかな」

 

 そこは40メートル四方と広く、高さも吹き抜け分を合わせて10メートルくらいと高く…地下闘技場と言った所か。

 コンクリートの壁しかない中、更に鉄扉があった。

「その扉の向こうは浴場だよ。

 あそこを入ると下足置きのある控室があって、その奥に男女に分けた着がえ場へののれんがあるので、毎日とは言わないけど、それなりにお風呂には入ってね」

 お湯につかれるというのはありがたい。

 那田蜘蛛山では水場で洗ってはいたが…うん、本当にありがたい。

「この闘技場も猗窩座様と…それに、阿修羅山坊主の希望で作ったんだけど、もちろんみんなも自由に使ってくれていいからね」

「…みんなと言いますか、どれくらいの鬼がここにいるんですか?」

 

「あなた達を入れて、全部で十五になったかな。…そうだね、先にみんなの部屋に案内しようか」

 

 ひらりと飛び上がって、再び元の廊下へ戻る。

 闘技場をぐるりと回る逆側の壁に、ずらっと扉が並んでいるのが見える。

「8畳の部屋を30戸用意しているんだけど、想定より入居者が増えてきたら、相部屋になってもらうことになるのかな」

 そう言いながら、零余子様が手近な扉を開ける。扉脇の名札には名前が書かれてなかったから、特に使用者はいないようだ。

「間取りは全部同じで、備え付けのベッドに、机に、書棚に、箪笥に、物置にってなってる。

 日用品と衣類については、とりあえずの数用意したけど、最低限のものしか置いてないから、いるものがあったら要望書に書いて出してね。…まあ、よほど高いものでない限りは、却下しないから」

 部屋は綺麗で清潔な作り…これまでの那田蜘蛛山の廃墟と比べると、住環境のレベルが跳ね上がっている。

 

「…ずいぶんと、至れり尽くせりだけど、食事はどうなるのかな?」

 

 累が無表情に、そう聞いた。

「勝手に上で調達…というわけには、もちろん行かないんでしょ?」

 どこか挑戦的なその累の物言いに、零余子様が苦笑する。

「まあ、それだけは、絶対に却下だよ。

 この敷地内のうちの研究員や社員はもちろん、関係なさそうな赤の他人であっても、勝手に殺したり、喰ったりは禁止させてもらう」

 人里から離れた山なんかではないのだ。それはそうだろうなと思う。

 

「じゃあ、次は食堂に案内するよ」

 

 案内された食堂は、入り口があったところからは闘技場を隔てた、向かい側にあった。

 中の広さは十五畳ほどと、結構広い。テーブルと椅子が備え付けられているだけの、簡素な感じだ。

「食材の調達ルートは確保している。まあ、そのままの状態じゃなく、加工した状態で出てくるけどね。食事はここだけで済ませてもらう。

 毎日一枚食券を配るから、それをそこのカウンターで提示すれば食事が出されるシステムになってるから。

 配給される食事の量は全員同じで…もちろん、誰かのを奪い取るのは却下だよ。食券には名前を書いておくことにするから、別人だと出さないように…あっと、出された後のを奪うのも駄目だからね」

 累を見ながら、追加の決め事が増えていってるようだ。…まあ、私達は累によこせと言われたら渡すだろうから、それを考慮してくれているのだろう。

 

「食堂の隣は、図書室になってるよ」

 

 非常に重厚な木製の扉をくぐると、いくつもの書棚とそこにびっしりと収まる本が、この部屋のまさに主人だと言わんばかりに存在した。

「基本的には、この部屋にある本はそこの机と椅子で読んでね。

 仕方なく持ち出す場合は、そこのノートに本のタイトルと自分の名前と借りた日付を書いてね。返した際に、返却日を書いて完了になるから。

 持ち逃げしようだなんて考えちゃあ駄目だよ。その場合は私が敵になると覚悟するようにね」

 

 

 さすがに、それだけは、絶対にナシだ。




建築当初のでっかい地下空間を見ていたご近所の方々…
そりゃあ軍事施設だと思っても、ちかたないね!(爆)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある女鬼の話4

最初は3話くらいで終わるかなと思って始めたんですけど、おかしいなあw


「…名前、ないんですけど…」

 

「…あっ…」

 

 母役の言葉に、零余子様が考えこむ。

 

「…累君」

「めんどい」

 

 累が言葉をぶった切る。

 

「…じゃあ、私がつけてもいいかな?」

「…好きにしたら」

 

 零余子様が悩まれて、明日までに考えてくると、その場は保留になった。

 

 

 

 そして、母役が”結(ゆい)”、私が”綏(すい)”という名前を頂いた。

 音の響きと、糸の入った漢字にこだわったとのことで、辞書を見ながら考えたと若干自慢げだった。

 

 

 

 後日、長子様に…

「…てっきり、”三十八子(みわこ)”と”三十九子(みくこ)”になると思った」

 …と、ぼそりと言われた時は、ちょっと言葉に詰まってしまった。

 

 

 

 ここでは、特に何かをしなければならないというものはなかった。

 累にも…

「…好きにしたらいいよ」

 …と、特に役割は与えられなかった。

 そう言った累自身は、せっかくだからとあの方と零余子様との連絡係を命じられたようだ。

 

 …まあ、だからと言っても、特に零余子様にひっついて回ってるわけでもないみたいだけど…

 

 

 私と母役…結については、何もしないのも落ち着かなかったので、長子様の手伝いのようなことをして過ごしている。

 

 長子様は、この鬼の拠点のほぼほぼ責任者をしながら、擬態をし…人間として、自然製薬と自然研究所での零余子様の秘書をしている。

 そちらの方は私達は手伝えないので、聞いた話にはなるが、零余子様が大雑把に決めたことについて、細かい部分をつめるのが長子様の仕事になるそうだ。

 

 

 

 そんな生活に慣れた頃…

 

 

 

「ちょっと鬼殺隊に入ってくる」

 

 きっかけはそんな一言だったと思う。

 

「…はぁ?」

 

 さすがの長子様でも、その一言だけでは意味はわからないようだった。

 

 

「そういうわけで、数か月くらい留守にするから、後はよろしく!」

 

 

「……は?」

 

 

 …これは、ひどい…

 

 

 零余子様は適当にやっていいと言っておられたが、そんな適当にやれるのは零余子様だからだ。

 基本的に、魅了を駆使して効率よく進められるから、適当でもなんとかなっているだけで、そんな能力がなければ、代わりに時間と労力をかけるしか方法はない。

 ほぼほぼ不眠不休で、輸血パックの血を吸いながら馬車馬のように働く長子様の様子は、悲惨なものだった。

 

 一か月後、様子を見に戻られた零余子様に、もう無理ですと訴えられたのも、やむなしでしょう。

 

 

 

「…えーと、累君」

「…なに?」

 

「…お姉さんとお母さんを、私に下さい」

 

 綺麗な土下座だった。

 …というか、まるで嫁にでも、もらわれるかのような言葉だ。

 

「…まあ、いいけどさ」

 

 ため息を吐きながら言ったその累の言葉で、私達の家族ごっこは終わりを告げた。

 

 

 あんなにもこだわっていたのに、あっけない最後だな…と思った。

 

 

「…ほとんど破綻していたからね。ならもういいかなって」

 

 これは、三行半ってやつになるのだろうか?

 しかし実際のところ、那田蜘蛛山を放棄した段階で、家族ごっこの関係すら破綻していたのは事実だ。

 

 家族ごっこに付き合うことを条件に、累からもらった糸の能力…返さないといけないんだろうな。

 

 

 借り物の力ではあるが、今の私を支えてくれている力だ。寄る辺を失うように感じてしまうのは、どうしようもなかった。

 

 

「…糸の能力? …そうだな、うん。…いいよ、そのままで」

 

 その言葉を聞いた私達は、ひどく驚いた顔をしていたんだろう。呆れたように累が言葉をつづけた。

 

 

「…仮初のものではあるけど、その能力はある意味で、絆…みたいなものだろう。

 …それは、些細なつながりなのかもしれないけど、そうだね。…僕から、それを…家族の絆を斬るつもりは、ないから…」

 

 

 

 …家族ごっこが終わった日、少しだけ家族になったように感じた…

 

 

 

「…たとえ、どんなに君達が使えなくてもね…」

 

 

 

 それは、明らかに余計な一言だよねっ!!




零余子ちゃんが仕事を放り出して、弟子入りした時の様子ですw
24時間働くジャパニーズビジネスマンに、長子ちゃんはならざるをえませんでしたとさ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある女鬼の話5

Q.もしも、父蜘蛛、兄蜘蛛にも名前をつけるとしたら?

零余子「…えー、いらないんだけど」

Q.もしも、もしもの話です。

零余子「…んー、大蜘蛛と……臭蜘蛛(くさぐも)?」

そこに、愛はなかった。



 長子様の秘書…的なものになってから、一番最初に渡されたのが…

「…紫色の薬?」

 …瓶に入った紫色の液体だった。

「紫色の彼岸花から抽出した薬です。飲むよりは、直接血管に注射したほうが効果が出るのは早いから」

「…はあ? どんな効果が?」

 結が瓶を電灯に透かしながら、そう聞いた。

 

「太陽の下でも、問題なく行動できるようになるわ」

 

 

「「ぶっ…」」

 

 

「…ああ、二時間って制限はあるけど」

 

 長子様が追加で注意事項を言ってくれたけど、とんでもない薬だった。

「追加の青い彼岸花の薬は、さすがにまだできてないし…まあ、できていても…まだあなた達にまでは、回せないからね」

 

 なんだか、サラリと超重要事項が語られてる気がする!

 

「…じゅ、重要なものなのでは?」

 先ほどまでと違い、結が両手で落とさないように大事に抱えながら、そう聞いた。

「まあ、貴重品ではあるけど、私の仕事の手伝いには必須だからね。隣でいきなり燃えられても困るし」

「仕事は屋内だけかと、思ってました」

「…基本はね。京都市内くらいは普通に回ることもあるから…まあ、移動も基本は車なんで、一日で1時間も太陽の下にでることはないとは思うけど。

 …正直、仕事中にそんなことを計算できる気はしないので、自分たちで把握しておいてね。あとで注射器を渡すけど、その瓶の量で十回分になるわ。一度に全部使っても二十時間分にはならないから」

 

「…え、えっと、いくらくらい…いえ、なんでもないです」

 

 結が値段を聞こうとして、やっぱりやめた。うん、正解だよ。聞いたら多分使えなくなる気がする。間違いない。

 

 

 …なんだか、ここに来て…いや、零余子様に会ってから、驚いてばかりだ。

 

 

「…さすがに、もうこれ以上は驚くことはない…よね?」

 

 

 

 

 

「ばっばーん! 鬼殺隊に入隊したよ。これは隊服で、こっちが待望の日輪刀!!」

 

 久しぶりにお会いした零余子様は、前に那田蜘蛛山で見たことがある、鬼殺隊の人間のような恰好をしていた。

「…えっと、おめでとうござい…ます?」

 どう言うのが正解なのだろうか?

「ふっふーん、ありがと」

 にぱーと笑顔でお礼を言ってくれたので、間違いではなかったようだ。

「…目的は果たされたということで、今後はこちらに戻っていただけるのですよね」

 長子様の問いかけ…というか、確認は、割と圧があった。

「うーん、当初の目的は果たしたんだけど、鬼殺隊の本拠地の場所はまだわかってないから、もうちょっとかかるかな」

「…そうですか」

 その零余子様の答えに、長子様が肩を落とされる。

「…え、えーと、うん。そんな長子ちゃんに朗報です!」

 あからさまにシュンとなってしまった長子様を励ますかのように、零余子様がそう言った。

 

「長子ちゃんの十二鬼月入りが決まりました! わー! おめでとー! ぱちぱちぱち!」

 

 かなり重要なことを、割と軽くおっしゃられる。…そういう性格…というか、性質だと理解してはいても、心臓と胃に悪い。

「…え、えっと、下弦の陸…でしょうか?」

 長子様がそう質問…というか、確認をする。

 そこには、そうであってくれという願いが込められていた。

 下弦の伍の累は、零余子様の後ろに平然と突っ立っているし、下弦の肆は零余子様で…つまりは、下弦の壱から参であるならば、形の上では零余子様よりも上位の鬼となってしまう。

 さすがにそれは避けたいという気持ちは、痛いほどよくわかる。

「あっはっは! 釜鵺くんは生きてるよ。勝手に殺しちゃあ駄目だよ。めっ!」

 何がおかしいのか、零余子様が笑って否定する。

 笑い事じゃないよ、長子様の顔色が真っ青だよ。

 

「長子ちゃんには、私の後の下弦の肆になってもらいました。ちゃんと無惨様の許可も取ってるよ」

 

 そう言って、答え合わせをしてくれる。

 私たちはそろってホッとして、それから、んっ?…となる。

 

「…あの、それは零余子様が下弦の上位…あるいは、上弦の鬼になられるということですよね?

 …でしたら、その代わられた方が下弦の肆になられるのでは?」

 

 代表して、私がそう聞いた。

 

 

 

「ううん、私は上弦の零ってのになるから、下弦の肆は空いちゃうんだ。問題なし!」

 

 

 

「「「……………」」」

 

 そろって絶句する私たちを、累が生暖かい目で見ている。

 気持ちはわかる…そう言っていると理解できたよ。

 とにもかくにも…

 

 

 

「「「それが一番、重大な報告ですっっ!!!」」」

 

 

 

「お、おう…」

 

 私達が綺麗にそろって突っ込んだので、零余子様がびっくりした顔をされる。

 いえいえ、驚いたのはこっちですよ。

 

 上弦の零…つまりは、現在の十二鬼月より上の役職を、あの方が作られたということで、あの方の次に偉い鬼に、零余子様がなられたということで! とにかく、これはすごいことで!!

 

 

 …本当に、零余子様には驚かされてばかりだ。

 

 

 

 …でも、今後もそんな生活が続けばいいな…なんて、私もすっかり毒されたものだな。




これにて、ある女鬼の話は終了です。
おまけ的に挿入したエピソードでしたが、思ったよりも長くなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着1

場面は再び、無限城へ戻ります。



「あっと、最初に決着が着きそうなのは、ここかな」

 

 うん、意外なようでもあり、順当なところでもあるかな。

「無惨様、ちょっと行ってきますね」

「ふむ、何をしにだ?」

 どこへとは聞かず、用件の方を聞かれた。

「一言で言いますと、勧誘…になりますかね?」

「…ふん、好きにしろ」

 そうして、無惨様の許可を得る。

「では胡蝶様、行きましょうか?」

「えっ? …で、ですが…」

 私が誘うと、蟲柱が躊躇する。

 いろいろと思うところがあるのはわかるが、躊躇っている場合ではないだろうに。

 

「…正直、私だけでは話はうまく転がらないでしょう。そうなると、彼はただ死ぬだけですが…それでいいんですか?」

 

 私のその言葉に、覚悟を決めたようで…

 

 

「…わかりました。お願いします」

 

 

 …そう、頭を下げて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 …月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り(えんきづき・つがり)…

 

 

 

 …岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部(がりんぎょうぶ)…

 

 

 

 無造作に振るわれた二連撃…そこから放たれる斬撃に対し、右足で跳躍し、鉄球と手斧にてなんとかいなす。

 

 打つ手が限られてきている。

 天秤は既に大きく傾いているのは、間違いない。

 

 

 

 …月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間(とこよこげつ・むけん)…

 

 

 

 …岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部…

 

 

 

 ただの一振り。

 

 だが、そこから放たれる無数の斬撃を、馬鹿の一つ覚えのように、跳躍して、鉄球と手斧の重量を以て、なんとかさばききる。

 

 攻め手に回れない。

 向こうの放つ技を、なんとか致命傷を避けるようにさばくのがやっとになっている。

 

 

 筋肉の収縮で、なんとか止血はできているが、左足を失ってしまったことが、どうしようもなく厳しい。

 

 

 踏ん張りが効かない。

 

 距離を取れない。あるいは詰めれない。

 

 

「…だが、まだ生きている。動けるし、振るえる」

 

 

「ふふ… 見事だ… 技の冴えに… 乱れなし…」

 

 

 

 チャキ…

 

 

 

 鬼気が巨大になる。

 奴の持つ刀が長く、大きく、禍々しくなる。

 

「もったいないが… しまいにしようか…… ぬ…」

 

 途端、気が霧散するのを感じる。

 

 

 

「はーい! ちょぉーっと、お待ちを!」

 

 

 

 突如として現れたのは、地上にて感じたものと、そして…

 

「さて… 何用かな…」

「はい、勧誘に来ました」

 

 …勧誘、か…

 

「なるほど… 確かに… 惜しいな…」

「ですです。ご理解いただいて嬉しいです」

 

 …鬼への勧誘ならば、一顧だにしないのだが…

 

 

 

「…久しいな、胡蝶。生きていたか」

 

 

 

「…お久しぶりです、悲鳴嶼さん」

 

 

 

 …死んでしまったと思っていた胡蝶の気配を感じたからこそ、話をしようと思った。

 

「………」

「…………」

 

 だが、互いに次の言葉は出なかった。

 

 

「んー? 私から言いますか」

 

 

 見かねた上弦の零が、助け船を出す。…実に皮肉な話ではあるが。

 

「勧誘と言っても、鬼になれってことではないです。…ああ、別に鬼になってもいいって言うんなら、それはそれでありですけどね」

「そんな気は毛頭ないな」

「ま、でしょうね。だから、それとは別の勧誘です。

 実は新しい鬼殺隊を作ろうと思ってます。そちらの胡蝶様を中心にした、今までとは違う新しい組織です」

 

 その言葉に、胡蝶がビクッと震えた。

 

「正当な後継組織であると周囲に示すには、柱の数が多い方が説得力ありますからね。だから、こうやって勧誘に来たんですよ」

 

 …何ともはや、勧誘する気があるとは思えない言いぶりだ。

 

 

「…裏切りだと、…そう思われても仕方ありません」

 

 

 胡蝶が重い口を開いた。

 

 

「…鬼の口車に乗せられ、体よく利用されているだけ…それも、そうなのでしょう」

 

 

 その言葉には、強い苦悩が伺えた。

 

 

 

「ですがっ!! …ですが、鬼の犠牲になる人を、できるだけ少なくなるように、全力をつくします!

 それだけはっ! …それだけは、今ここに、誓います!」

 

 

 

 …鬼殺隊の初志、それだけは必ず貫くと、誓ってくれた…

 

 

「…そうか。…信じるとも」

 

「…悲鳴嶼さん…」

 

 

「…おー、纏まりました?

 足は残念ですけど、まあ相談役みたいなので、…あー、鬼になれば治りますよ。やっぱり鬼になります?」

 

 

「…一つ、聞いてもいいだろうか」

 

「…なんですかね?」

 

 

 

「お館様は、どうなるのだろうか」

 

 

 

「………無理ですね。どうあっても、無理です。…旧鬼殺隊の象徴として、これまでの鬼殺隊の全てを背負って、死んでもらいます」

 

 

 

「…そうか」

 

「……子供たちは生かしてあげても良いです。

 まだ年端もいかないようですし、正当な後継組織であるとの説得力にもなりますし、それに、これまでの協力者の協力も得やすいでしょうから」

 

 …それが、最大限の譲歩なのであろう。

 

「…そうか、それはありがたいな」

 

 …どうだろう、信じられるだろうか? …ああ、だが、信じたいな…

 

 

 

「…私は、お館様に命を救われた。お館様が死ぬと言うならば、私だけでも供をしたいと思う」

 

 

 

「…悲鳴嶼さん…」

 

「…供は私だけでいい。そう伝えてくれ」

 

「…わかり、ました」

 

 

 

「…最後に話ができて良かった。我々の心は残る、これからも続いていく、それだけで十分だ…」




悲鳴嶼さんは、状況把握能力は高いと思ってます。

太陽の下に、上弦四体を連れて、鬼舞辻無惨が現れた。
いろいろと、悟った部分がありました。

しのぶさんの新しい鬼殺隊を、裏切りというよりも、希望と見ました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着2

こないだ、久しぶりに飲み会をしました。
やっぱり一人で家で飲むよりも、全然楽しいですね!



「…幸先は、よくなかったですねえ」

 

 鬼殺隊最強の男の勧誘は、失敗してしまった。

 

「さーて、次はって…うわぁ…」

 

 なんというか、これはひどい。

 

「ほっといたら死にそうなので、次に行きます…って、あー、黒死牟様も同行お願いします」

 

 今合流したばかりの黒死牟様にもついてきてもらいます。

 

「ふむ… 心得た…」

 

 

 私と蟲柱だけだったら、下手したら喰われかねないですからねっ!

 

 

 

 

 

 

 

「おー、とっとっと…」

 

 懐かしい高揚感。

 

「とっとっと…と、こりゃ」

 

 平衡感覚があやふやになる感覚。

 

「あっはっは、これはまずいな、まずいまずい」

 

 思わず知らず、千鳥足になる。

 

「ちょっと…舞でもひとさし、いい気分だあ」

 

 百年ぶりの、この感覚。実にいいね。素敵だ。

 

 

 

「ちょっとずつ、ちょっとずつ、味わわないとね」

 

 

 

「…く、くそがァ!!」

 

 

 

「いやあ、前後不覚、平衡感覚の欠如、曖昧模糊な意識、やばいね、大ピンチだ!」

 

 

 

 まあ、五体の結晶の御子を抜けれれば…だけどね。

 

 

 

 …風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)…

 

 

 

「んー、いいねいいね、風に乗って、またかぐわしい香りが届いてくるよ」

 

 

 パチン!

 

 

「でも、それじゃあ、一体を抜くのも無理だなあ」

 

「だらァ!!」

 

「いいねいいね、血気盛んだ。どれだけ血を流せるのかな? 少しずつ、少しずつ、薄皮一枚ずつ、刻んでいこうか? あー、酔うのなんて久しぶり過ぎて、加減ができるかなあ? 殺さないようにしないと、長く長く、ちょっとずつ、ちょっとずつね。…ははは、いい気分だよ!」

 

 

 

「はーい! ストップストップ! そこまでですー!」

 

 

 

「ははは、気が利くなあ、酒の肴も用意してくれたんだ」

 

 

「ひぃぃ! 怖いこと言うなぁ!!」

 

 現れたのは、零余子ちゃんに、蝶の髪飾りの女の子に、黒死牟殿か…

 

「いいからストップだって! 死んじゃうよ!」

 

「不死川さん!」

 

「…胡蝶か!?」

 

「……」

 

 黒死牟殿に睨まれたし、ここまでかなあ。御子を霧へと帰す。

 

「…うわぁ、前から全身傷だらけだったけど、今は血だらけ…んー、くんくん、ふひっ…ふへへ…」

 

 血だらけの稀血の傍に近寄ると、零余子ちゃんがあっというまに酔っぱらったようだ。お酒は初めてだったのかな?

 

「これは… 懐かしい感覚… だな…」

 

 黒死牟殿も、少しうれしそうだね。

 

「大丈夫ですか、不死川さん」

「…ああ、傷はそんなに深くはねェ。…ていうか、生きてたのか、胡蝶!」

 

 んー、あの髪飾りの子は、鬼殺隊の子だったんだね。さてさて、零余子ちゃんは何をしようというのか? 実に興味深いねえ。

 

「ええ、いろいろと事情がありまして…ちょっと、酔っぱらってないで、しゃんとして!」

「んにぃ? ふひひひ…」

「いや、何が何だかなんだが…」

 

 どんな関係なのか、酔っぱらった零余子ちゃんの肩を、鬼殺隊の女がぐるんぐるんと揺さぶる。

 

「ちょっと、勧誘はどうするのよ!」

「…うぶぶぶ、あんま…ゆ、ゆすら…」

「…いやいや、なんだこれ!?」

 

「勧誘…ねえ?」

 

「さすがに私から切り出すのは、ちょっと…」

「うぶっ! やめっ…はきそ…」

「いやいやいや、なんなんだよ、これは!」

 

 

「あっはっは! これはひどい構図だね。わけがわからないよ」

 

 

 パチン!

 

 

 

「でも、個人的には、その稀血の鬼への勧誘は反対だな。体質が変わる可能性が高いだろうし、それはひどくもったいない」

 

 

 

「ふむ… それには… 同意だな…」

 

 珍しくも、黒死牟殿からの同意も得られたよ。

 

 

 

「…ごっくん、りょーかぁーい!」

 

 

 

「へっ?」

「何が!?」

 

 

 

「けってぇーい! 風柱は、うちの研究所行きでぇーす! いえぇーい!!」

 

 

 

「ちょっ!」

「ォイっ! せつめ…」

 

 

 

「成果… 楽しみにしてる…」

「ういうい」

 しれっと、黒死牟殿がお願いをしている。それはずるいよね。

 

 

「もちろん、こっちも、よろしくね」

 

 

 

「あっかんべぇーっだっっ!!」




これはひどい…

何がひどいって、前話との落差がひどいですw

それにしても、結晶の御子って、強すぎですわ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着3

前話とのギャップが、今回も激しいですw

ただ、今回の話を書きたくて、第二部を書き始めたとも言えます。


 拳と剣を交える。

 

 言葉すら混じらない、純粋な技比べ、力比べ。

 

 集中する。…集中しているはずなのに、心が深く、深く潜っていくように感じる。

 

 …そうだ。かつて、こんな風に拳を交わした。

 

 

 そこには、殺意も、敵意も、なんの邪気もない、ただ純粋に、高みを望んで…

 

 

 ああ、それは亡くした記憶だ。忘れ去った過去だ。

 

 

 

 …違うな…

 

 

 

 …ただ、思い出したくなかったんだ…

 

 

 

「鬼を配置した覚えの無い場所で、鬼が出たとの大騒ぎ。わざわざ出向いて来てみれば…ただの人間とはな。何ともつまらぬ」

 

 

 

 潜る、潜る…

 

 

 

「誰かが井戸に毒を入れた…!! ……さんやお前とは直接やり合っても勝てないから、あいつら酷い真似を」

 

 

 

 潜る、潜る、潜る…

 

 

 

「お前がまた捕まったって聞いて、親父さんが首括って死んじまった。死んじまったよォ!!」

 

 

 

 …ああ、やっぱりろくなもんじゃないな…

 こんな世の中は糞くらえだ。どいつもこいつもくたばっちまえ。

 

 

 

「お前、筋がいいなあ。大人相手に武器も取らず勝つなんてよ、気持ちのいい奴だなあ」

 

 

 

 誰だコイツは…俺は何を見てる? 俺の記憶なのか?

 

 

 

「罪人のお前は先刻ボコボコにしてやっつけたから、大丈夫だ!」

 

 

 

 …炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり(せいえんのうねり)…

 

 

 

 …破壊殺 乱式…

 

 

 

 ああ、少し似ているな。きっかけは、お前か? …いや、違うよな。

 

 

 

 

 

 

 

 …何かあっても、俺が必ず守ってやるさ…

 …俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります…

 

 

 

 

 

 

 

 …口先ばかりで、何一つ成し遂げられなかった。

 何ともまあ、惨めで、滑稽で、つまらない話だ。

 

 

 

 …炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)…

 

 

 

 …鈴割り(すずわり)…

 

 

 

 パキィン…

 

 

 

「…何もかも失くしたのに、また性懲りも無く、守りたいものができたんだ。

 …全然似ていないんだけど、笑った顔だけは、ちょっとだけ似ているんだよ。

 

 

 ……恋雪」

 

 

「…見事だ!」

 

 

 どちらの命にも届いていない。ただ刀が折れただけ。…それでも、これで決着。

 

 

 

「あっ、かっ、ざっ、しゃまーーー!!!」

 

 

 

 突如現れては、しがみついてくる。

 

「ふへへへへーーー」

「…しょうがないやつだな」

 

「…煉獄さん」

「おおっ、胡蝶か! やっぱり生きていたか!」

 

 零余子と一緒に来たのであろう、蟲柱の女が杏寿郎に声をかけていた。

 

「…やっぱり、とは?」

「…なんとも言葉にしにくいのだが、なんとなくそう思ったのだ!」

 はっはっはと、杏寿郎がカラリと笑う。

 

 …どうだろうか? …慶蔵さんに、似ているようで、そうでもないような…

 

「…上弦の零がまだポンコツなので、私から説明します」

「そうだな、ありがたいぞ!」

「…今の鬼殺隊が潰れてしまった後に、新しい鬼殺隊を作ります。今の鬼殺隊と違うところは…

 

 …悪い鬼だけを倒す組織になります」

 

「ほう!」

「…正直、どうなるのかはまだ全然わかりません。ですから、煉獄さんにも手伝って欲しいです」

 何か吹っ切れたのか、ずいぶんとぶっちゃけた発言だ。

 

 

「うむ! 弱き者を助けると言うならば、力を貸そうとも!」

 

 

「はい! それだけは、間違いありません」

 

 

 

「ふひひひひ…」

 

 

 

 こいつは、本当にすごいな。ポンコツなのに、いろいろと変わっていく…変えていく力がある。

 見詰めていると、こちらを見返してきた。

 

 

 …そして、ゆっくりと微笑んで…

 

 

 

 

 

 

 

「…お疲れ様でした。……狛治さん」

 

 

 

 

 

 

 

「…!!!! …ああ、ありがとうな」




猗窩座様に、幸せになって欲しかったんだなあ。
零余子日記の、メインヒロインですからねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着4

上弦の上から決着が着いていってます。
参の次は肆ですね。


「……」

 哀の鬼の槍を躱しつつ、怒の鬼と楽の鬼の様子をうかがう。

「かかかかっ!」

 喜の鬼達が高速で飛来してくるのを確認し…

 

 

 

 …水の呼吸 拾壱ノ型 凪…

 

 

 

 喜の鬼の体を切り刻みつつ、小さくなっていた喜の鬼の分身体をさらに細かくする。

 

 

「…なるほど。大体わかってきた」

 

 

 怒の鬼と楽の鬼の頸を斬った後、さらに分裂した時には辟易したものだが、主要な分裂はそこまでで、それ以降は、喜の鬼だけが分身体を生み、その他の鬼は再生するだけなことが確認できた。

 その喜の鬼の分身体も、ある程度小さくなると攻撃能力も飛行能力も持てなくなることもわかった。

 

「空喜! 邪魔くさい、小さいのをどけろ! 儂の雷が通らん!」

 

「儂の風にも邪魔だ!」

 

 怒の鬼の雷、楽の鬼の風…この二つの遠距離攻撃が、とりわけ厄介なのだが、周囲に喜の鬼の分身体を飛ばしていると、牽制になることもわかってきた。

 哀の鬼の槍、喜の鬼の爪…この二つの近距離攻撃は、そこまで躱すのは難しくない。喜の鬼は、口から音波を発することもあるが、これも近づかなければそこまででもない。

 

 

 …ただ問題は、倒し方がわからないことだ。

 

 

 頸は何度も斬った。ただ、他の部位と同じように再生するだけだった。

 そもそも、頸を斬られることに無頓着すぎる。

 他に条件があるにしても、頸を斬られることでわずかでも滅びる可能性があるならば、少しは動揺するはずだ。

 

 対処できるうちに、その条件を見つけないと…

 

 

「…ん?」

 

 

 そう言えばという程度の違和感だが、この部屋の隅から隅まで駆け巡っているが、ある一角だけは抵抗が大きくなり、行けてない。

 

 ならば…

 

 

 

 …水の呼吸 拾ノ型 生生流転(せいせいるてん)…

 

 

 

 …何があっても押し通るつもりで、型を繰り出す。

 

「くっ! こいつっ!!」

 

 怒の鬼の雷が飛んでくるが、構わず斬りおとす。

 

「行かせるかっ!」

 

 楽の鬼の風が真上から押しつぶさんと降ってくるが、ねじりの速度を上げて斬り返す。

 鱗滝さんのように鼻が利けばと思わなくもないが、こいつらの反応を見る限りでも、そこに何かがあるのは間違いない。

 

 

 

 ゾクリ…

 

 

 

 背後からの殺気が倍以上に膨れ上がった!

 

 

 

 ドン!

 

 

 

 何がどうなったかわからないが、背後から巨大な木の竜が襲い掛かってくる。

 

 竜には龍と、生々流転にて迎え撃つ。

 

 

 

「光栄に思え、この儂、憎珀天が相手してやろうぞ!」

 

「ふん、五体目か」

 

 喜怒哀楽の四体の鬼の姿がないことから、奴らが合体でもしたか? …ただ、それでもこいつが本体だとは思えない。

 本体はまずあの一角にあるのは間違いない。焦って、一番強い鬼を出したというところだろう。

 

「あの御方もご覧になられている。ひねりつぶしてやる!」

「能書きはどうでもいい」

 

 

 

「ざっんねーっん! 時間切れでぇーすっ!!」

 

 

 

 突如現れた気配が、そう言った。

 

 目指そうとしていた一角に、そいつらは居た。へらへらと笑っている上弦の零と、その側にいるのは上弦の参、そして…

 

「…胡蝶、か!?」

「お久しぶりです、冨岡さん」

「時間切れだと? 初耳だぞ」

「ま、言ってませんでしたけどね。でも、時間制限くらい当然あるでしょ」

「……」

 

 予想外だった胡蝶の登場に混乱したが、上弦の肆の混乱のほうが大きいのか、戦闘は完全に中断していた。

 

「無惨様がご覧になってるんですよ、決着をダラダラといつまでも待ってられないでしょ?

 今回は引き分けです。水柱の健闘が光りましたね! わー、ぱちぱちぱち」

 

 これはどう取るべきだ?

 上弦の肆の抗議もどこ吹く風と、のんきにこちらに拍手をしてくる上弦の零。

 それに対して、無表情で佇む上弦の参に、苦笑気味な胡蝶と…本当に、どういう状況なんだ?

 

 

「……了解した。ここは退こう」

 

 

 諦めたように、上弦の肆がそう言った。

 刻々と変化する状況だが、戦況が有利とはとても見えないので、警戒のみは続けたまま、刀を納める。

 

「大丈夫ですか、冨岡さん」

 駆け寄って来た胡蝶が、そう聞いて来た。

「…ああ」

 それはこちらの言葉なのだが…と思いつつ、そう返事をする。

「…一体、どういう状況なんだ?」

「あー…えっと、何と言いますか、詳しい話はあとで必ず…」

 たははと、言葉を濁された。

 上弦の零と現れた時は混乱したが、胡蝶は胡蝶のようだった。

 

 

「…そうか。とりあえず無事で良かった」

 

 

「んっ! んーーーー…ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

「…意外とあっさりと退きましたねえ」

「なんだ、喧嘩を売ってたのか」

「別にそういうわけでも…まあ、素直に言うことを聞いてくれる分には、それでいっか…」




猗窩座様vs炎柱の決着が着いたので、残りはそこで時間切れ終了です。
無惨様を言い訳にしてますが、全部零余子ちゃんの都合ですw

あと、どうでもいいですが、作者はぎゆしの派ですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着5

続いては、下弦の伍…玉壺と、蛇柱…伊黒小芭内の戦いです。


「これでどうだ!」

 

 

 

 …血鬼術 水獄鉢(すいごくばち)…

 

 

 

 ようやく捕らえた!

 

「窒息死は乙なものだ、美しい。そして頸に刃を当てられてヒヤリとする感じ。これはとてもいい…」

 

 水獄鉢に閉じ込めた鬼狩りの柱の色違いの目を見ながら、どうしてくれようかと考える。

 

「鬼狩りの最大の武器である呼吸を止めた。もがき苦しんで歪む顔を想像すると堪らない。ヒョヒョッ」

 

 

 

 …蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り(いだぎり)…

 

 

 

 うねるような一閃が、水獄鉢を切り裂く。

 

「柱を封じるには、芸がないな」

「何おぉ!!」

 

 もう怒った! 骨の髄まで喰らいつくしてやる!!

 

 

 

 …血鬼術 一万滑空粘魚(いちまんかっくうねんぎょ)…

 

 

 

「一万匹の刺客がお前を骨まで喰いつくす!!

 私の作品の一部にしてやろう!!!」

 

 

 

 …蛇の呼吸 伍ノ型 蜿蜿長蛇(えんえんちょうだ)…

 

 

 

 大きく蛇行しながら、ついでとばかりに粘魚を切り裂くが、一万匹を殺しつくすには足りないぞっ!

 

 …いやっ、粘魚との正面衝突を避けるのが目的で、本命は…

 

「ちぃいっ!!」

 

 

 

 …蛇の呼吸 参ノ型 塒締め(とぐろじめ)…

 

 

 

 ほとんどの粘魚を無視して、こっちを狙ってきやがった。

 

 いいだろう! この私の真の姿を見せてやろう!!

 

 脱皮をして奴の攻撃をかわすと、新たな壺から登場する。その際、一万匹の粘魚を奴との間の幕のようにし、私の真の姿をもったいぶる。

 

「お前には私の真の姿を見せてやる。この姿を見せるのはお前で三人目」

 

「……」

 

「私が本気を出した時、生きていられた者はいない」

 

 粘魚を消して、私の真の姿を見せびらかせる。

 

 

「この透き通るような鱗は、金剛石よりも尚硬く強い。私が壺の中で練り上げた…この完全なる美しい姿に、平伏すがいい」

 

 

 

「いえ、美意識の違いかなあ、その姿もやっぱり生理的に無理!」

 

 

 

「どういうことだー!!」

 

 

 蛇柱だと思ったら、成り上がりの糞女と、猗窩座の野郎が居た。

 

「胡蝶! どういうことだ!?」

「お久しぶりです、伊黒さん」

「では、ならばっ、甘露寺もっ!?」

「ええ、無事ですよ」

 

 他にも、柱の女も連れてきていて、何を考えてやがる!

 

「時間切れです、残念でした!」

 ケラケラとバカ女が、何も考えていない笑顔で、そうのたまいやがった!!

 

「ふっざけるな! これから私の真の姿の美しさと強さを…」

 

「時間切れは時間切れです。上弦の零からの命令ですよ、ぐだぐだと文句を言わないで下さい」

 

 

 ぶっちーーーん!!!

 

 

「こないだまで下弦だった雑魚が、入れ替わりの血戦もせずに、上弦の零だとぉ!!」

 

「…無惨様が決めたことですよ」

 

「捜索は私が一番なのだ! ぬけがけで成果を得たようだが、いずれは私が…」

 

 

 

「……ぁあっ!?」

 

 

 

「…!?」

 

 なんだ、この威圧感は!?

 

「…言わせておけば好き放題、なめられてる? …なめられてるよね、私?」

 

 パリィッ…パリパリパリ…

 

「…ぬけがけ? よくもまあ、私の苦労を…」

 

 パチ…パチパチパチ…

 

「…阿呆が…」

 

 

 

 ヒュッ…

 

 

 

 …雷の呼吸 漆ノ型…

 

 

 

「…はへっ?」

 

 

 

 

 

 …雷光赫花(らいこうしゃっか)…

 

 

 

 

 

 何だ? 何だ!? 何が起こった!!

 

 視界が、視界が回る!

 

 がしっ…

 

「…お前は、上弦の零を怒らせた」

 

 猗窩座!? 一体何がっ!?

 

「…だからこの結末は、全てお前の責任だ」

 

 

 そう言って見せられるのは…

 

 

「あ、ああっ、あああぁぁっっ!!!」

 

 

 

 崩れゆく、私の…私のっ! 体だったものだ!!

 

 

 

「…さようならだ、玉壺」




現段階での零余子ちゃんの最強奥義…雷光赫花です。
原作の善逸の奥義…火雷神(ほのいかづちのかみ)とコンセプトはほぼほぼ同じです。

超神速の一撃で首を刎ねる! …非常に単純ながら、究極の一撃です。

速さを希求してきた雷の呼吸の奥義として、最終的な形はそこに至るのでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着6

昨日の寝る前まで使えていたパソコンのモニターが、今朝起きたら映らなくなりました…

せっかくだからと、前のモニターよりサイズアップ、27型になりました。
ゲーミングモニターにはしませんでした。高いねえ、アレw


 さーて、やっちまったね。…ていうか、殺(や)っちまったね!

 

 

 ついカッとなって、やってしまった。

 これは、あれだ。酔ってたせいだね!

 稀血が悪い! もっと言えば、童磨が悪い!!

 

「コホン…」

 

 咳ばらいを一つ入れて…

 

 

 

「蛇柱の勝ちぃー!」

 

 

 

「「「いやいやいやいや」」」

 

 

 みんなに突っ込まれた。

「さすがに、あの方も見られていたから、それは通じないぞ」

「おぉぅ…」

 頭を抱える。やっぱり、誤魔化せなかったよ。

「…これが、上弦の零? …いや、だが、さっきの技は…」

「…伊黒さん、詳しい話は、また後で…」

 

「…お前が怒った理由もわかるし、あれは奴の自業自得だ」

 

「うりゅぅ、猗窩座さまぁ…」

 

 猗窩座様の優しさが胸に沁みます。

 

 

 

「よーし! 気を取り直して、最後だー!!」

 

 

 

 

 

 

「あああぁぁ!! いい加減に死になさいよぉ!!」

 

 多数の帯が奴へと襲い掛かる。

 

 それに合わせて…

 

 

 

 …血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌(えんざんせんかい・とびちがま)…

 

 

 

 妹の帯の死角をなくすように、帯を縫うように血鎌を飛ばす。

 

 

 

 …音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々(めいげんそうそう)…

 

 

 

 またまた喧しい技で、防御をしてくる。

 

 抜け目なく、妹の頸を狙ってやがるが、俺の目がついてる以上、やらせはしねぇ。

 

「おらぁあぁぁ!!」

 

「くそぉ! アタシばっかり!!」

 

 俺の攻撃を無視するかのように、妹ばかりをつけ狙うかのように、妹から間合いを離さない。

 …違うな、俺の攻撃が無視できないから、妹にくっついて、攻撃を出しづらくしてやがるんだ。

 

「うっとぉしぃんだよっ!!」

 

 

 

 …血鬼術 八重帯斬り(やえおびぎり)…

 

 

 

 妹が多数の帯を放つが、それじゃあ駄目だ。ある程度距離を取ってないと、あまり効果はない。

 案の定、技も使わずに、懐へと飛び込んで来やがる。

 

「ちぃっ!」

 

 血鬼術を出すのを止め、奴が妹の懐に飛び込むのに割り込む。

 

 またまた馬鹿の一つ覚えのように、火薬玉がばら撒かれる。

 だが、馬鹿の一つ覚えでも、めんどくせぇのは変わらない。

 

 

 

 …血鬼術 跋扈跳梁(ばっこちょうりょう)…

 

 

 

 火薬玉が至近距離で爆裂するが、その衝撃も防ぎきる。

 

 奴は…

 

 

 

 …飛び込んでは来ない。距離を取る。

 

 

 

 鬼よりも持久力がない人間のくせに、短期決戦に持ち込もうとはしてこない。

 

 連携なんてありえない鬼の中で、俺たちだけは連携が得意なんだが、それでもうまいことその連携を崩されているのは認めないといけない。

 

 何よりも、妹の帯は喰らっても、俺の血鎌だけはなんとか防いだり躱したりしているところが抜け目ねぇ。

 

 肝心なところで、奴が一歩引くから、こちらの致命の一撃は届かない。

 

 だが、肝心なところで一歩引くからこそ、こちらにも致命の一撃は届かない。

 

 

「…長期戦、上等ってわけか?」

 

 

 俺たちとの戦いだけでしまいってつもりじゃねえってわけだ。

 

 

 …その次も見ているのかもしれねぇが、そんなことはありえねぇだろう…

 

 

 

「はぁい、そこまでぇ! 時間切れでぇすっ!」

 

 

 

「あぁっ?」

「はぁっ!」

「……ふぅ」

 

 …案の定、上弦の零から中断命令が入った。

 

「なんでよっ! これか…もがもがもが…」

 

 余計なことを言わないように、妹の口をふさぐ。

 

「…宇随さん」

「…無事だったことは喜ばしいが、いろいろと気になる登場の仕方だな」

 

 こっちは、なんとなくそうなるんじゃねぇかと思ってたから、特に驚きはないが、向こうは逆に警戒を更に上げたみてぇだな。

 さぁて、どう転ぶかな?

 

「…味方だと思いたいが、どういうことなのか…それによっちゃあ」

「……」

 

 

「…そういうの、後にしてくれません? めんどくさい」

 

 

 バッサリと断ち切って来た。

 

「…ここでの時間切れ引き分けは、音柱のほうが得な提案だと思いますけど?

 …それとも…

 

 

 

 …これから上弦の零と参が加わったとしても、なんとかなるとか…そんな風に、楽観的に考えてるんですか?」

 

 

 

 明確に脅して来やがった。…第一印象とは、だいぶ変わって来たな。

 

 底が知れねぇ。…これはアレだ。童磨と同じ気配がしやがる。

 

 

「…なるほどな。…後で話を聞かせてくれ」

「…わかりました」

 

 …退いた。…いや、退かせたか。

 

 そして、こちらを見てくる。…要は、俺らはどうするんだって聞いてるわけだ。

 

 

「もちろん、言う通りにするさ」

 

 

 

「はい。双方共に納得してくれて、なによりです!」




零余子ちゃんも、何気にパワハラ気質ですなw
それが鬼の社会なんです! ちかたない!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの決着7

今回の話は、書くかどうか迷いました。
なんとなく匂わせるだけで、書かなくてもいいかなとも思いましたが…それぞれの決着としては、必要かなと。


 …さて、そろそろ認めざるを得ないのかもしれない…

 

 …それは、自分の死などよりも、遙かに認めるのが難しいものだったが…

 

 

 

「…負けたんだね。私達は、鬼殺隊は…」

 

 

 

 一族が滅びるまで…人の営みが続く限り…どこまでも食らいつく…そう覚悟していたはずなのだが…

 

「…私達が鬼舞辻を滅ぼすのが先か、鬼舞辻が永遠を得るのが先か、そういう勝負だったということか…」

 

 

 

 …鬼舞辻無惨は、陽光を克服した…

 

 

 

 そのことが持つ意味は、とても重たい。

 

 鬼舞辻を滅ぼす方法が、まるで思い浮かばない。

 どうにかして封印し、海の底にでも沈めるくらいしか、方法はなさそうだ。

 

 怯え疲れ、私の膝で眠る娘達…ひなきとにちかの頭を撫でながら、そんなどうしようもない…益体もないことを考えるだけだった。

 

 

 私はもう間もなく死ぬだろう。

 

 

 それが病によるものなのか、鬼舞辻の手によるものなのかは、どうでもいい。そのことは覚悟していたし、抗うつもりもない。

 残念に思うのは、奇跡のようにつどった、歴代でも上位に来るであろう柱達を喪ってしまうことだ。

 

 私の死後、輝利哉が新たな鬼殺隊を率いることになるだろう。

 

 だが、そこには輝利哉を支えてくれる柱達が、居ない。

 更には、鬼舞辻が陽光を克服したことすら、知らない。

 

 なんという苦難な道だろうか。呪われているとしか思えない。

 

 

 

 …人を呪うのは、人ってことですよ…

 

 

 

 ふと、そんな言葉を思い出す。 

 呪いの起こりはわからないが…

 

 

 

 …人の想いは永遠だ、決して許さない、絶対に逃がすまい…

 

 …私が死んでも、子が、孫が、一族の誰かが、きっと滅ぼしてやろうぞ…

 

 

 

「………なるほど。

 …我が一族を呪っているのは、我々だと言われても…否定できないのかもしれないね…」

 

 

 

「…お館様」

 

「…行冥かい?」

 つい数時間前に聞いた声と雰囲気に、懐かしさを感じる。

「…助けに来てくれた…という感じでは、なさそうだね」

「…残念ながら」

 

 勘がどうとか以前の問題だ。そんなわけがないことは、とっくにわかっている。

 そもそも、私を助ける余裕があるのなら、どうにか逃げて輝利哉の元に行って欲しいというものだ。

 

「…私はもう戦えないので、御供をしようと参りました」

 

「…そうかい」

 行冥の声には諦観があったので、ある程度予想できた答えだった。

 そして、あの行冥をしても、諦めざるを得ないということだった。

 いよいよだと言うことで、ひなきとにちかを軽く揺さぶってみるが、どうにも目覚める様子はない。

 そこに、声がかかった。

 

 

 

「…私の血鬼術で眠ってます。親に縋り付いて泣く子らは、見たくなかったもので…」

 

 

 

「…お館様」

「…しのぶかい? 良かった。生きていてくれたんだね」

 懐かしいしのぶの声と気配に、安堵する。

「…蟲柱と岩柱との約束ですから、その子らは生きて帰してあげます」

 数時間前に聞いた、上弦の零が淡々とそう言った。

「そうなのかい?」

「ええ。子供を殺すのは、イヤですから」

 上弦の零の言葉に、徐々に感情がこもってくる。

 

「あなたを殺した後、蟲柱があなたの子供を立てて、新しい鬼殺隊を作ります。これまでのものとはまるで違う、まったく新しい鬼殺隊です」

 

 上弦の零が吐き出したのは、そんな宣言だった。

 

 だが、しのぶが居てくれるのは、本当にありがたいことだ。

 しのぶは珠世さんと繋がりがある。

 今の私には何も思い浮かばないが、もしかしたら鬼舞辻をなんとかできるかもしれない。わずかなりとはいえ、そんな可能性が出て来た。

 そんなことを考えていると、私のその考えを遮るように、言葉が発せられた。

 

 

「私はあなたが嫌いです! あなたの…あんたの鬼殺隊が、大っ嫌いだっ!!」

 

 

 こんな風な、あからさまな嫌悪を叩きつけられるのは、いつ以来だろうか?

 

 

「少数精鋭と言えば聞こえはいいが、ただ情報漏洩の危険性を下げる為だけ…いえ、意思統一をしやすくする為もあるのかもね、でもその為に、隊員はごく少数で、極めて危険な任務に当たらざるを得ない。

 生きて帰れたら儲けもの、仮に負けて死んでも、残った隊員の意識高揚に使える。仲間の仇を討て、鬼を憎め、鬼を恨め! その為に命を賭けろ!!」

 

 

 そんな上弦の零の言葉に乗っているのは、純粋な怒りだった。

 

 

「弱き者を助ける? 人々を救う? そんなのは、二の次だろう!

 あんたの鬼殺隊からは、そんな綺麗ごとでは隠せない、鬼への…無惨様への、おぞ気が走るような恨みと憎しみしか感じない!

 弱き者が死んでも構わない! 人々がどれだけ殺されようともどうでもいい! 隊員の血がどれだけ流れようが、どれだけの屍を積み上げようが、たとえ全滅の憂き目にあおうが、ただただ無惨様へとその刃が届くことこそが、最優先!!

 

 隊員たちの屍山血河の果てに、無惨様を殺そうとするお前は、鬼よりも尚、悍ましいっ!!」

 

 

 むき出しの敵意が、どうしようもない怒りが、更には隠そうともしていない隊員への同情が、そこには乗っていた。

 

 

 

「私たちの勝ちだ! お前の負けだっ!! 地獄に堕ちろっっ!!!」

 

 

 

 

 

「…言われてしまったね」

「…ですな」

 言いたいことを言い切って、上弦の零が私と行冥を残して行ってから、少しだけ時間が経っていた。

「可哀想な子供たちを、大勢死地に送り出したのは、他でもない私だ。

 そんな私が地獄に堕ちるのは、当然のことだろう」

「……」

 

 それはいい。それはどうでもいいんだ。

 

 

「…ああ、あんな鬼が居たんだねえ」

 

 

 彼女らが消えて、しばらく言葉が出ないほどに驚いたのは、その為だった。

 

「彼女の言葉には、怒りがあった。…それも、私が鬼を滅ぼそうとしていることに、じゃあない。

 …その為に、隊員(こども)たちが死んでいることに対して、怒っていた」

 

 その純粋な怒りは、むしろ嬉しく感じられた。

 

「…いつの間にか、時代は変わってしまっていたんだね」

 

 千年続いた、鬼との…無惨との戦い。

 統治者が代わっても、年号が替わっても、変わらないと思っていたんだけどね。

 

 

 

「…負けたんだね。私達は、私は…」




零余子ちゃん、耀哉のことは嫌いです。
多分、童磨よりも、ずっとずっと…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい鬼殺隊1

遊郭編のテレビアニメが始まりましたね。
新作なんですけど、なんか懐かしく感じましたw

ちょっとだけオヤッと思ったのが、アオイちゃんの立ち位置です。
鬼殺隊員にはなったけど、任務は全て断っていたのでしょうか?
働いていないわけではないけれど、隊士としては働いていない…でも、隠しになるわけでもないと。

最初に読んだ時は、宇随さんに反感を覚えたのですが、アオイちゃんにも問題あるなと思ったアニメ視聴時の感想でしたw


 とある屋敷の一室で、その話し合いは行われていた。

 その部屋にいるのは、二人の女だった。

 

「…とにかくはっきり言って、鬼殺隊の一番の問題点は、隊員の人数の少なさよ。

 万とは言わなくても、二千は欲しいね。最低でも千人は必要でしょ」

「…はぁ」

 

 と言っても、基本的に話しているのは赤い着物の女だけで、もう一人の女は相槌を打つばかりだった。

 

「最終選別試験は絶対いらないね。

 そもそもあの試験って、肉体的な技量でなく、精神的な覚悟みたいなのを試験してるわけじゃない? 新しい鬼殺隊には、百害あって一利なしよ」

「…言いたいことはわかりますが、人数を増やすのにも問題がありまして…主に金銭的なところで」

「あー、お給料か。結構払ってるんだ?」

「まあ、そうですね。命を懸けて頂いている分に、報いるくらいには」

 

 ハイリスクには、ハイリターン。当たり前な話ではある。

 

「お給料は大事だね。

 …まあ、そんないきなり人数が増えることはないんだし、そこは今まで通りでいいでしょう。それに、国からも援助金をせしめるつもりだし」

「…国から、援助金ですか?」

「政府非公認の組織って言うのも問題よ。

 警察組織の一部にするつもりはないけど、公権力の後ろ盾はさすがに必要よ。…まあ、そっちはこっちでなんとかするから」

「…はぁ」

「人数を増やすのは簡単じゃないから、とりあえず、減らす方をなんとかしましょう。

 大体、隊員の殉職率が三割超えるって、ありえないわよ」

「……」

 

 それをなんとか減らそうと努力をしていた女は、その指摘に苦笑するしかない。

 

「ひとつの任務に当たる人数を、増やしましょう。

 最低でも三人以上、その中にある程度位が高い隊員を監督役に入れることで、死亡率はぐんと下がるわ。

 

 大体が、入ったばかりの新人隊士を、たった一人で任務に放り出すとか、もうね、アホかと。馬鹿かと!」

 

 思い当たることがあるのか、むっきーっと、ヒートアップする。

 そして、その熱を冷ますかのように、もう一人が指摘を入れる。

 

「鬼の事件が少なければ、問題ないですけど。…多くなれば、それでは手が回らなくなります。

 最近は少なかったですが、鬼殺隊の当主が亡くなったとなれば、鬼の騒動が増えるのはどうしようもないのでは?」

「そこはほら、騒動を起こさないように、雑魚鬼達にはちゃんと言い含めておくし、言うことを聞かないようなら、…こう、コキャっとね」

「…それはありがたいですね」

 

 赤い着物の女が簡単そうに言う。…実際、その女には簡単なのだろう。

 

 

 

「…では、最終選別試験についてと、三人以上での任務…そうですね、丁(ひのと)以上としましょうか…その監督役を含むことについても、そうすることにしましょう」

 

 

 

 決定事項だと言うように、蝶の髪飾りを付けた女がそう宣言した。

 

「うん、それがいいよ」

 

 嬉しいというよりは、ホッとしたように笑うその女性が、憎き鬼の中でも、ほぼ最上位の存在であることが、対面する女…胡蝶しのぶにとっては、なんだか不思議で、おかしかった。

「…あとは、成宮未来さんについてですが…」

「…殉職でいいんじゃない?

 こちらとしては、彼女の役目は終わったしさ。それに、正直、私、すっごく…すーーーっっっっごく、忙しいのよ!!」

「……はぁ」

「京都のこととかは、もうほとんど長子ちゃん達に任せられるようになってるんだけど、あいも変わらず、無惨様がさ、あれが欲しい、これが欲しいって、無茶ぶりばっかり!

 私とか、黒死牟様とか、猗窩座様とかさ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり…働き通しよ! おかしくない!? 偉いはずなのに、…偉い鬼ほど、働いてるのよ!!

 

 私はのんびり本を読んで、甘いもの食べて、ゴロゴロしたいんだよっ!!!」

 

 だいぶ不満がたまっているのか、ここぞとばかりに、がーっと文句を言う。

 

「まあ、うちの研究員もおかしいのが多いからさ、嬉々として研究してるけど、私を巻き込むなよぅ! 伊号計画とか、どうでもいいんだよぅっ!!」

 

 なんだか意味深な謎の単語が混ざっていたが、しのぶは気にしないことにする。

 

 

「…試験搭乗員を鬼にしたらさ、水中試験…いや、水中実験が驚くほど進んだんだよ? 軍は怖いねえ。怖い怖い」

 

 

「話を戻しましょう!」

 

 これ以上は聞きたくなかったので、しのぶが話を変えた。

「未来さんと同じように、上弦の零に囚われていたことになっていた私や、霞柱と恋柱が脱出できている以上、彼女も無事なのが自然だと思います」

「えー? そこはほら、柱と新人隊士の差ってことでさ」

 

「新人隊士(笑)」

 

「…何よ?」

「いえ、別に」

 しのぶがコホンと咳払いをする。

「確かに、普通の新人隊士でしたら、それで何も不思議はないのですが、成宮未来さんはその、普通ではない新人隊士(笑)でしたから、仮に四人中一人が脱出できていたとして、その一人が未来さんだったとしても、不思議ではないくらいで」

「…バカにしてる?」

「いえいえ、まさかまさか」

 しのぶのニコニコ顔に、不信感しかないが、言いたいことはわからなくもない。

「…んー、でも、忙しいのは本当なんだけどなあ」

 鬼の中でほぼほぼ最上位というのは、伊達ではない。いろんな意味で、上弦の零の代わりはいないのだった。

「…三年、いえ、せめて二年だけでも、鬼殺隊に戻っていただきたいのです」

 しのぶが笑みを消して、真剣な表情でそうお願いをした。

 

「代替わりの時期は、どうしても不安定になります。それに、今回は悲鳴嶼さんまで喪っており、隊士たちの心の平穏の為にも、支えとなるような強い隊士はどうしても必要なんです」

 

「……んーーーーーー…」

 

 …悩む。…まあ、うん、そうだね、二年くらいなら…

 

「…二年だけだよ?」

 

 しょうがないなあと、零余子が折れた。

 

 

「ありがとうございます! そうですね、すぐに鳴柱就任もしましょうね!」

 

 

 

「…はい?」




伊号計画は、日本の潜水艦計画でち。
安全性度外視以上の、安全性無視で実験ができるようになると、計画の進みはすごく速いでち。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい鬼殺隊2

アニメ化を機に、最果てのパラディンにハマってきてますw
なろうでも、タイトルだけは見知っていたのですが、更新が随分と止まっていたので、少し敬遠していました。

読み手だけでなく、書き手でもあるので、エタってしまう気持ちもわかってしまうのですがね。


「ありがとうございます! そうですね、すぐに鳴柱就任もしましょうね!」

 

 

 

「…はい?」

 

 一歩譲歩したら、五歩くらい詰められたんですけど。

 

「いやいやいや! なんでそうなるの?」

 

「上弦の零のところから、三人の柱と共に脱出」

 

「…うっ」

 

「鬼の本拠地から、ひなき様とにちか様の救出」

 

「……ううっ!」

 

 

「…そしてなにより! 上弦の伍の討伐!」

 

 

 

「…はぅあっ!!」

 

 

 

 確かに、成宮未来としては、事実だと言わざるを得ないんだけどさ…

 

「おめでとうございます! 無一郎君以上に早い柱就任ですね。おそらくは史上最速だと思いますよ!」

 

 にこやかにそんなことを言う、しのぶの笑顔がすっごく、憎たらしい。

 

「…まじかぁ」

 

「…実際問題、今の鬼殺隊がガタガタなのは間違いないです。

 鬼殺隊本部襲撃による当主の死亡。加えて最強の柱である岩柱…悲鳴嶼さんの殉職。更には風柱の不死川さんの行方不明…これもほぼ殉職扱いになります」

 

 一転して、沈痛な表情になる。言っていることは事実なんだけどさあ。

 

「…加えて、音柱の宇随さんも引退。かく言う私…蟲柱も引退して、当主補佐に専任することになり、柱は文字通り半減しています」

「…うう」

「…新しい英雄が必要なんです。噂の新人隊士は噂以上だった。ここ百年誰もできなかった上弦の鬼の討伐。

 

 今の鬼殺隊の希望になるでしょう! それこそ、新しい鬼殺隊を象徴する存在になるでしょう!!」

 

 イヤになるくらいに、持ち上げられる。

 まあ、言いたいことはわからなくはない。

 

 

 …いやいや、でも待て待て、ちょっと待て!

 

 

 

「そこまで持ち上げられてて、それでも成宮未来が二年で消えてもいいわけ?」

 

 

 

「…ちっ」

 

 

「いやいやいや! 今舌打ちしたよ! 気づきやがったか、こいつって感じだったよ!!」

 

「…コホン、別に三年でも、五年でも、十年でもいいんですよ」

「ずっりぃ! 空手形だったんだ!! 卑怯だろっ!!!」

「…あー、まあ、長いにこしたことはないんですが、二年でいいというのは本当です」

 しのぶが再び真面目な顔をする。…でも、もう騙されないんだからね!

「二年あれば、新しい柱も生まれるでしょうし、鬼殺隊もきっと落ち着いているでしょうからね」

 

「ああっ、鳴ちゃんか!」

 

 鳴ちゃんは今、炎柱の継子になっているという話だ。炎柱その人が言っていたから、間違いないだろう。

「…ああ、彼女もそうですね。それに、うちのカナヲだって、二年もあれば次の柱になっているでしょう」

 カナヲ…ああ、蟲柱の継子だったあの子か。確かに那田蜘蛛山で会った段階でも、かなりのものだった。

 

「…なるほどねえ。新しい人材は、ちゃんと育っているってわけだ」

 

 教育方法が完全に、千尋の谷に突き落とすって言うひどいやり方な割に、それでも育つ奴は育つんだなあ。

 

「さぁて、そういう話を聞くと、アレだねえ」

 

 

 うん、これはアレだ。

 

 

 

「私も、その二年の間に、次の鳴柱を育てようじゃないか、うん」




前書きは別に、ここでエタるよという、宣言ではないですよw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい鬼殺隊3

去年の内に、なんとか書き上げたかったのですが…
プロットはできているのに、筆がまるで進まない、書かねば書かねばと焦れば焦るほど、どんどん嫌になると言う、悪循環に陥ってました。

正月休みで、なんとかリフレッシュできたかなあ。
とにかく、なんとか、完結まで頑張ります!


 山の中の小さな庵。

 そこは、あの人の大きさから考えると、実に小さいものだった。

 ただ食事をし、寝るだけ…その為だけの場所だったのだろう。修行場は山の中、滝の下…そういった自然の中だったのだろう。

 

 

 …そして、あの懐かしい小さな寺にも、似ているように感じた。

 

 

 コンコン…

 

「…はい」

 

 その庵から出て来たのは、おそらくは年下だろうが、俺よりも体格のいい男だった。

 

「…継子だったのか、ですか? いえ、私は才能が無かったので、継子にはなれませんでした。それでも、面倒を見て下さっていて…」

 

 あの人なら、さもありなん…と言ったところだろうか。

 

「…まだ、いろいろと信じられないのですが…そうですね、皆さん参られるので、蟲柱に仏壇だけ用意してもらって」

 

 部屋にポツンと置かれた小さな仏壇。あの人の大きさからすれば、ずいぶんと小さいように感じる。

 焼香をし、手を合わせて、黙とうをする。

 

 

 

 …ああ、ずいぶんと遅くなってしまった…

 

 

 

 もっと早く来なければいけなかった。…少なくとも、あの人が生きている内に…

 

 …いずれは、…なんとか早いうちに、…最終選別試験に合格したら、…雷の呼吸の型を全て覚えたら、…柱になったら…

 

 …そうやって、ずるずると後回しにして、なんだかんだと言い訳をして、…こうして、取返しがつかなくなってから、ようやく来た。

 

 …もう会うことはできない。……もう、謝ることはできない…

 

 

 …そのことに後悔と同時に、少しホッとしてしまっている自分が、本当にどうしようもない…

 

 

「…これから、ですか? …正直、よくわからないです。いろいろなことが起きたので、まだちょっと、考えられないです」

 

 …そう、まさに、いろいろあった…

 

 …あいつと会って、一緒の任務に当たって、別れてから…

 

 

 

 …何かあったら、私を頼っていいからさ。人生楽しもうぜ…

 

 

 

 …まだ一か月も経っていないのに、な…

 

 あの銀座での任務…今思うと、本当に上弦の壱だったのかもしれない…あの後、俺は横浜の方に行っていた。少し毛色の違う鬼が出たという話で、討伐系というよりも捜索系の任務だった。

 

 そこで、凶報を聞いた。

 

 浅草にて、上弦の壱…そして、上弦の零が現れ、蟲柱、恋柱、霞柱…三人の柱と共に、あいつも敗れたという話だった。

 柱ですら敗れるのだ、新人隊士だったあいつが敗れたのも、仕方がないのだろう。それが鬼との戦いだ…そう割り切っていたつもりだった。

 

 さらなる凶報は続く。

 鬼殺隊の本拠地を、上弦の零、壱、弐、参…そして、鬼舞辻無惨に襲われたらしい。

 

 そこからは、混乱の極みだった。

 

 鬼殺隊の一切合切の指令は、本部から出ていたのだ。何をすべきか、どうすべきか、どこに向かえばいいか、戦うことしかできない連中ばかりなんだ、わかるわけがなかった。

 

 

 あの大混乱をたったの一週間でおさめた蟲柱は、ものすごいとしか言えなかった。…更には…

 

 

 そんなことを考えながら下山していると…

 

 

「おっ! パイセン、ちーっす!! お久しぶりの鳴柱未来ちゃんですよー!

 いや違った、成宮未来ちゃんでした。…あーっと、別に違ってもなかったね! 失敗失敗!」

 

 

「…………」

 

 

「誰かさんには、柱になんかなれっこないみたいなこと言われてしまいましたが…なっちゃったんだなー、こっ、れっ、がっ!!」

 

 

 …う、うっぜええぇぇぇぇ!!!!

 

 

 少しだけ心配していたのだが、こうして会ってみると、心配した分を返せ…という気分にさせられる。

 

「んー、何か言うことがあるんじゃないですかね? うん?」

 

 

「………その節は、申し訳ありませんでした」

 

 

 色々とぐっと我慢して、そう頭を下げた。

 

「おろろ? 予想外に素直だぞ。なんか悪いもんでも食べた?」

「ひどい言いようだな。…まあ、こうして会ったんだ。謝罪くらい安いもんさ」

 あの時、そう感じたのは嘘ではない。ただ、嘘ではないが、そんな気性なんてものを吹き飛ばすくらいの強さもまた、感じてはいた。

 

「…鳴柱就任、おめでとうございます」

 

 その言葉を口にするのは、思っていたほどは悔しくなかった。

「…ん、ありがと」

 にぱっと笑って、そう返して来た。

 いろいろと逸話を聞いていたが、会ってみるとまるで変っていないように感じた。

「それで、お前…あなたも、岩柱のところへ?」

「いんや、あんたに会いに来た」

 あの人の庵がある山道で出会ったのに、俺に用事? …ここに来ることを、誰にも告げていないのに?

 

 

「あんた、私の継子にならない? …というか、なれ」

 

 

「……なんで、俺なんだ?」

 俺の印象には強く残ってはいるが、俺とこいつとの関係は、ただ一度同じ任務に就いただけのもので、…あとは、その前にぶつかって、ボコボコにされたくらいだ。

「…んー? 私が知る中で、二番目に強い雷の呼吸の使い手だから、かな?」

 特に思い入れもないかのように、そう言われた。

 

 少しだけ浮かれかけた気分に、水をぶっかけられたような気がした。

 

「…ちっ、だったら一番強い奴を継子にしたらいいんじゃないですか」

「いや、一番は師匠だからね。さすがに元柱の師匠を、弟子の私が継子にするのって、おかしくない?」

「へっ? …姉弟子じゃねえのか?」

「鳴ちゃん? んー、鳴ちゃんより、獪岳のが強いよ」

 きょとんとした顔で、そう言われた。

 

「まあ、どっちを継子にしたいかって聞かれると、もちろん鳴ちゃんだけどな」

 

 …なんでこいつは、上げてすぐ落としやがるんだ…

 

「鳴ちゃんは炎柱に取られたからさあ。まあ、そっちのが鳴ちゃんにはいいかもしれないから、しょうがないんだけどさー」

「…ただの消去法かよ」

 また暗い気分になって、そう愚痴る。

「…そうだね。消去法だけど、見込みのない奴を継子にはしないよ。あんただったら次の鳴柱になれると思ったからだよ」

 まっすぐにこちらの目を見て、そう言ってきた。

 そのまなざしには、嘘も偽りも、…それどころか、何の気負いも、気合もなかった。ただただ自然に、そう思っていることがわかった。

 

「…そう、か」

 

 認めてくれていると、そう感じた。…それは、嬉しいことだった。

 

 

 …認めている奴に、認められる…それは、とても嬉しいことだった。

 

 

「んじゃ、桑島さんのところに行こうか」

 

 

「え? …なんで?」

「継子にするのに、師匠への挨拶は必要なんでしょ? うちの師匠にも、炎柱が挨拶に来たらしいし、そういうもんじゃないの?」

 

 …確かに、炎柱はそういうのをきっちりしそうではある。

 

「ま、せっかくだし、行こう行こう」

 

 

 

 有無を言わさずって奴だった。

 

 

 

 あれよあれよと、そのまま先生のところへと行くことになり、道中で菓子折りを買って、日暮れ前には、到着してしまった。

 

 なんというか、むずがゆいと言うか、照れ臭いと言うか…何枚も猫を被ったこいつと、なんとも嬉しそうな先生との会話は、とても居たたまれない気持ちになった。

 

 どんな会話がなされたのか、目の前で繰り広げられたはずなのに、ほとんど覚えていなかった。

 ただ、それでも…

 

「…獪岳は今、壁にぶつかっています。儂の力及ばず、それを乗り越えさせる手伝いができませんでした。

 それでも、才があり、また努力も惜しまない優秀な弟子であることは間違いありません。

 どうか、より高みに、より前へと導いてやって下さい」

 

 先生がそう言って、頭を下げてくれたのは、忘れられない。

 

「ここまで育て上げられたのは、桑島先生の指導のたまものです。私が教え導くことなどほとんどないとは思いますが、全力を尽くします。

 間違いなく、私の次の鳴柱となるでしょう。そのことは保証致します」

 

 先生への礼を返すように、そう請け負ってくれたことも、忘れたりしない。

 

 

「…不肖の弟子でしたが、先生の教えを胸に、必ず柱に…先生の誇りとなれるような男となります!」

 

 

 …気づけば、そう宣言して、頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 …その後、泊まっていけという先生の申し出を断って、なぜか、どっかの山へと入っていく。

「…どこに、行くんだ?」

 それでも確信を持って前を歩く鳴柱…未来へと聞く。

「んー? …ああ、そろそろ待ち合わせ場所に…あー、居た居た」

 そう言われて見た場所には、いつから居たのか、白髪頭の少年が居た。

「…待ち合わせと言うか、呼びつけられたんだけどね」

 その少年の左目に刻まれていたのは…

 

「かっ、下弦の伍っ!」

 

「まあまあまあまあ」

 未来は驚きもせず、下弦の伍の右手を取って握手をする。

「なっ、何が!?」

「まあまあまあまあまあ」

 何でもないかのように、こちらに左手を向けてくる。

 

 いやいやいや、おかしい。これはおかしい。…それなのに、魅入られたかのように、その左手を取っていた。

 

 

 べべんっ!

 

 

 琵琶の音が聞こえたような気がした。

 

 風景が様変わりする。

 石壁にぐるりと囲まれた、石畳の場所…頭に浮かんだのは、稽古場…闘技場と言ったものだった。

「…こ、ここは?」

「ここは京都の地下闘技場。ようこそ獪岳、私のホームへ」

 左手を握っていた未来が、にこやかにそう言った。

 

 状況の変化についていけない。

 

「ど、どうして?」

 闘技場の真ん中へと、手を引かれながら、そんな益体もないことを聞く。

「んー、荒療治かもだけど、ぶつかってみるのが一番かなって」

 なんでもないことのように、未来がそう答える。

「まあ、思い切ってやれば、壱ノ型だってすぐに使えるようになるよ」

 

 なんだか、頭がぼんやりとしてくる。

 

 いつの間にか、左手は空になっていて…そのことが、寂しくて…数歩前にある背中を見詰めて…

 

 

「私が責任もって、相手をしてあげるよ」

 

 

 そう言って振り返った彼女の顔は…

 

 

「…上弦の、レイ…」

 

 

 オレのコトバに、ニッコリとワラって…

 

 

 

「…恋、狂え…」




獪岳さんの再登場でした。
筆が進まなかったのは、コイツのせいだったということでw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい鬼殺隊4

前回よりはお待たせしないかわりに、格段に短くなってしまいました(爆)


「がああああぁぁぁぁーーー!!!」

 

 魅了の暴走をさせると、その瞬間に奇声を発することが多い。

 脳内のスイッチを切り替える証なのだろうか、割と興味深い。

 

「さて、初手はどうくるかな?」

 

 獪岳は大きく咆哮を上げるように奇声を発した後、脱力したように前方へと倒れ込んで…

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…

 

 

 

 ガキィィーン!!

 

 

「……いきなり来たね」

 

 頸を狙って来た日輪刀を、こちらの日輪刀で受け止める。

「なんだいなんだい、あっさり使えるようになってるじゃん」

 ギリギリとつばぜり合いをしながら、獪岳にそう声をかける。もちろん、それに応えられはしないんだけど…

 

 

 

 …雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)…

 

 

 

 互いに回り込もうと、日輪刀を打ち合いながら、その中心を入れ替えながら、回転を繰り返す。

 この辺の流れは、前回の時と同じだ。

 前と違うのは、獪岳のリズムが格段にスムーズに、速く、静かになっていることだ。

 

「いいじゃん、いいじゃん!」

 

 

 

 …雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう)…

 

 

 

 更に、更に、更に! どんどんと回転が上がってくる。

 こちらは血鬼術による底上げで、反射速度と運動能力をかさ上げしているのだが、全集中の呼吸だけで、人の身でここまで上げてくるなんて…

 

「…あんた、まじで天才じゃん」

 

 軽口と言うよりは、まぎれもない称賛と感嘆を込めて、そうつぶやいた。

 

 

 

 ガガガガガガッッ…ガアアァンッ!!!

 

 

 

 剣戟の音と言うよりは、まさに轟雷といった感じの音を立てて、距離をとる。

 

 

 ぺろりと、唇を舐めて…

 

「…次、行くよー!」

 

 

 

 …雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃…

 

 

 

 開いた距離を、互いに一瞬で縮めて…

 

 

 

 …二連…三連……四連……五連………六連………七連…………八連…

 

 

 

「はははっ! ほんとにさっきまで壱ノ型を使えなかったのかよ!? 着いてくるじゃんよー!!」

 

 十三連で、なんとか獪岳を突き放すと…

 

 

「見せてあげる! 今の最強を!!」

 

 

 

 …雷の呼吸 漆ノ型… 

 

 

 

 一息よりも短い時間…火打石を打って、火花が出るまでと同じくらいの時間…見るものからは瞬間移動したかのような速度で、獪岳の懐に飛び込んで…

 

 

 

 …雷光…

 

 

 

 …ズドンッッ!!

 

 

 …居合抜いた柄頭で、獪岳の鳩尾を強打する。

 

 

「…っがはっっ!!!」

 

 

「…見せるって言ったのは嘘。…だって、その時は死んじゃうからね」

 

 

 鳩尾を強打されたことで、呼吸ができず…つまりは呼吸法の底上げを失って、獪岳が気絶する。

 

 

 

「…想像以上、今すぐにでも柱になれるよ。お疲れ様」




獪岳が強くなったことを示す、再戦でしたが…

強くなったねえ、零余子ちゃん(ホロリ)

でも、半泣きでガクブルする零余子ちゃんも、久しぶりに書きたいなあw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼側の事情1

生存報告!

いやあ、すっかり遅くなってしまいました。
完結に向けて、いろいろ考えてましたら、筆がびっくりするくらい進みませんで…思考の袋小路に入ってました。
起承転結の、結がやっぱり一番難しいですね。

そうそう、アニメ遊郭編終わりましたね。
声優さんの演技と、映像のクオリティの高さで、ただただ最高でした。
特に、堕姫と妓夫太郎、すごく良かったです。こんなん、絶対泣くって。


 あのお方の継子…それは私の…私だけのもののはずだった。

 

 

 

 そもそもが、上弦の零という十二鬼月をも超える最上の存在であるにもかかわらず、鬼殺隊などという些事に関わる必要性など、どこにもありはしないのだ。

 あのお方の憐憫で存続が許されたというのに、更には柱として関われなどと、図々しいにも程がある。

 蟲柱の面の皮の分厚さには、呆れるほかない。…やはり、あの時にとことんやり込めるべきだったんだ。

 

 

 …頭の中で、さんざんにこき下ろしながら、あのお方には欠片も伝わらないように、分割して思考する。

 

 

 そうして、医務室に寝かされている男に視線を落とす。

 

 名前は…確か、獪岳とか言っただろうか。

 あのお方の仮の姿である、鳴柱の成宮未来の継子となった男。

 悔しいことに、戦闘力では圧倒的に負けている。つい先ほど闘技場にて見せた力は、十二鬼月の上弦にまで届くかもしれない。

 

 あのお方の後任の、下弦の肆…その身分が、分不相応な自覚はある。実力的には、結や綏と同じくらいだろう。

 えこひいきのごり押し十二鬼月という蔑称も、事実であると甘んじて受け入れ、その地位に見合うように努力してきたつもりだ。

 

 

 ただ、今、こうして、実際に、私と同様にあのお方の継子という立場のこいつを前にすると、言いようのない気分にさせられる。

 

 

「…いっそ、殺してしまいたい」

 

 思うだけでなく、口にもする。…ただ、できるのはそこまでだ。

 あのお方の…零余子様の思惑を、私が砕くなど、ありえないことだ。

「…ん」

 吐息をもらし、瞼がぴくぴくと動く。もうすぐ目覚める証だ。

「………ここ…は」

 まだぼんやりとしている獪岳の視界に、割り込む。

 

「…おはよう」

 

 

「…かっ! 下弦の肆!」

 

 

 ベッドから飛び起きるように、私と距離を取る。…さすがの速さだった。

 

「零余子様に、あんたの様子を見るように言われてたからね」

 

 …嘘だ。いや、正確には正しくない。誰かに見させておけと言われたが、私が見ているようには言われてはいない。

 

「…むかご? ……ああ…」

 日輪刀を探すように右手をさまよわせた後、なんとなく状況を理解したように獪岳がつぶやいた。

「…未来のこと…か。…上弦の零…だったんだな」

 仮の姿の名前とはいえ、呼び捨てにしていることに、ムッとする。こいつにもいろいろと感慨がありそうだが、私がそれに付き合う必要などない。

 

「…とりあえず、起きたようだから連絡する」

 

 右手の人差し指を額に当て、目を閉じる。

「…零余子様、宜しいでしょうか?」

 心を繋げるように意識して、呼びかける。

(……ん、おー、長子ちゃんか)

 思考に割り込んでくるように、あの方の声が聞こえる。

「…獪岳が目を覚ましました」

(…おっけー、これからそっちに行くよ)

「…お待ちしております」

 

 目を開けると、獪岳がきょとんとした顔をしているのが見えた。

 

 

「…ふふん」

 

 

「いやいや、なんでドヤ顔」

 

 

 

 

 

 

 

「やーやー、獪岳起きたって」

 

 医務室に、そう言いながら入る。

「…上弦の零…未来なのか?」

 複雑そうな顔で、獪岳がそう聞いてきた。

 

「ああ、この顔での自己紹介はまだだったね。鳴柱…成宮未来とは仮の姿。しかしてその実体は、上弦の零…零余子ちゃんでしたー!!」

 

 きらーんと、ポーズを取ってそう言ったんだけど、あんまり反応はよろしくない。

 

「…上弦の零が、未来…そして、鳴柱…か。……逆に、いろいろと腑に落ちたよ」

 信じたくはないが、まあ信じざるを得ないという感じか。

「…それで、これからどうしようって、つもりなんだ?」

 諦観の中で、一縷の望みにすがるような瞳で、そう聞いてきた。

 

「んー、特には。私の邪魔をしないようなら、鬼殺隊はこのままあり続けるよ」

 

 …まあ、このままというのは、嘘なんだけどね…

 

「獪岳を鳴柱に就任させるっていうのも、方針としては本当だよ」

「…そう、なのか?」

 感情が揺れ動いているのが、その瞳に表れている。…わかるよ。…肯定、されたいんだよね。

 

「そうそう、壱ノ型、習得おめでとー! 実力的にはもう、いつでも柱になれるよ!」

 

 私がそう言ってあげると、獪岳の目から涙が出て来た。

 

 

「…あ、…あれ? …ああ、ありがとう…」

 

 

 なんで泣いているのか不思議なのか、涙を拭うでもなく呆然とした表情のまま、そう返して来た。

「蟲柱には、二年はやって欲しいとは言われているけど、獪岳が今すぐに柱になりたいなら、私は引退してもいいしさ。…まあ、先に柱就任の条件をこなさないとね。とりあえず下弦の陸いっとく? 壱でもいいけど」

「あ、いや、いきなりはちょっと…」

 

 そこで、思い出す。

 

「そういや、上弦の陸が空いてるんだった。鬼になったら、そっちにもなれるよ。なっとく?」

 

「いやいやいやいや!」

 

「空いてた上弦の伍には、陸がそのまま上がったんだけど、今度は陸が空いちゃってさ。下弦の壱を上げるのは、ちょっと…って感じだし。実力的には累くんがなれば丁度いいんだけど、すっごい嫌がられてさあ。じゃあ、長子ちゃんどうって聞いたんだけど」

 

「…もうその話は勘弁してください」

 げっそりとした顔で、長子ちゃんがそう言ってくる。

 

「なんだろ、言ってて、こうピーンとして来たんだけど、獪岳が上弦の陸って、アリじゃね?

 うん、うんうんうん。バッチリはまるよ! こう、その絵がしっかりと思い浮かぶよ!!

 

 

 …まだ、さすがに映像にはならないけどさ」

 

 

「…さすがに、それは勘弁してくれ。喜んでくれている先生を、悲しませたくはないからさ」

 

 そう、しっかりと断られた。

 まあ、ここで獪岳を鬼にしたら、次の鳴柱候補が思い浮かばないしな。

 

 …というか、連座切腹案件だったりするのか?

 

 やだねえ、やだやだ。古臭い組織だよ。

 

 

「そういやさ…」

 

 

 獪岳が話を変えるように、そう切り出して来た。

 

 

「あの、毛色が違った、横浜の鬼…あれのことも、知っているんだよな?」

 

 

 

「…横浜の鬼?」

 

 

 

 …いや、知らんけど…




完結への方向性としては、まあ、行き当たりばったりで、なるようになるように、気楽に行きましょうとなりました(爆)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼側の事情2

まさかまさかの新キャラ登場です。


 場所は横浜…

 

 

 …旧外国人居留地…

 

 

 明治32年に廃止こそされているが、外国人の割合は高いままであった。

 そこに出入り…あるいは居住する日本人のほとんどは、貿易関係などの外国人向けを生業とする者であり、普通に生活する日本人にはあまり縁がないと言えた。

 

 …ゆえに、その報告があがるのが遅れた。

 

 

 

 …横浜の旧外国人居留地に、鬼が出た……らしい…

 

 

 

 そこには藤の花の家紋の家がなく、鬼殺隊にその報告があがるのは、随分経ってからだった。

 

 …また、そこを縄張りとする、鬼もいなかった為、鬼側にもあがってこなかった…

 

 

 

『不味い。口に合わん』

 

 黒いコートを羽織った男が勝手な事を言う。

(やはりここでは女の血だ。薄味だが、とても香りがいい)

 金髪に碧眼、欧米の人間を思わせる容貌に、伸びた犬歯からは血がしたたり落ちていた。

 

「…さて、これは…あの方はご存じのことなのか…」

 

 二本の刀を腰に差した男が立ちふさがる。

 

『…だいぶ感じは違うが…この島の同族か? 居たには居たのだな。

 随分コソコソと惨めったらしい生き方をしているじゃないか』

 

「…理解出来ない言葉だ」

 

 そう返して、刀…日輪刀をすらりと抜く。

 

『は…はは! ハハハ!! なんとまあ、ふはは。

 そんな華奢な剣で戦うのか? 女の首より容易く折れるぞ!

 

 なあ、オイ!! ええ!?』

 

 

 交差は一瞬…

 

 

 …ひらりと舞うのは、右腕…

 

(…ま、まぐれ…ただの、まぐれだ!!)

 

 

 再びの交差…

 

 

 …次に舞うのは、左腕だった…

 

「…弱いな。…いやそれよりも、互いの力量差もわからないのか?」

 日輪刀についた血を払うように振って、男…阿修羅が疑問を口にする。

 

 阿修羅が方相氏でなく、ただの鬼…下弦の壱であったころならば、相手の男にも力量差を感じ取れただろう。

 人ではないことはわかる。ならば、同族だろう。…感じは違うが、この島国特有の特異な同族なんだろう。

 あまり血の匂いがしない…つまりは、大して血を吸っていない弱者だからだ。…そう安易に考えたのも、やむを得ないと言える。

 

(なぜ俺の力が届かない)

 

 じりりと、阿修羅から距離を取る。

 

(俺の腕はどこにいった)

 

 ただの刀だったら、とっくに再生していただろう。

 もっと強い……鬼だったなら、日輪刀に斬られたとしても、既に再生していただろう。

 

 

「…阿修羅、頸は斬るなよ。儂らにはわからん言葉じゃが、零余子の研究員にはペラペラなのがいるからの」

 

 

 逃亡を阻止するかのように、金棒を肩にかついだ男…山坊主が立ちふさがる。

 

 

 …更に背後から、もう一人…

 

 

「…三体…か…」

 

 

 

 顔に大きな傷を持ち、隻腕で、更には両足が義足の剣士が現れた。




ワニ先生の短編集「過狩り狩り」から、異国の吸血鬼さんの登場です。
最後に登場は、「過狩り狩り」からというよりは、「鬼殺の流」の主人公の流さんです。
マンガと違い、小説だとしゃべれないキャラはしんどいので(爆)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼側の事情3

独裁国家って怖いねえ。
独裁者の考えを誰も止められないと、こんなひどい状況になるんだ。
それでも、どこか他人事のように感じてしまうのは、平和ボケとしか言えないんだろうなあ。


「うわっ、なんかすごい子が来たよ」

 

 

 数百メートル離れた木の上から眺めていたんだけど、驚きの闖入者に思わずそう口にしていた。

「…すごいって?」

 そばで同じように目をこらしながらも、そこまでは見えていないのか、獪岳がそう聞いてきた。

「…両足が義足で、隻腕。…それに、あれは目も見えてないかもね」

 五体不満足にも程がある。自分で言っていて、びっくりだよ。

 

「だったら、流さんだろうな。そんな隊士は、流さんしかいない」

 

「…義足、隻腕、そして盲目ね。どれか一個だけでも、引退の理由になりそうなものだけど」

「…引退どころか、どれも鬼殺隊に入る前の最終選別試験で負ったものらしいけどな」

「なんじゃそれ、最終選別試験、やっぱクソだな。

 …というか、あんな隊士に居られたら、引退しづらいにも程があるな。うちの師匠も片足くらいなんだってなるわ」

「…確かにな」

 

 現場では、山坊主がその流君を押さえて、阿修羅がたった今、異人の鬼の両足を斬り落とした。

 

 メインだった異人の鬼は大したことなかったが、流君はなかなかすごいね。

 義足とは思えないくらい滑らかに動くし、隻腕とは思えないくらい力強く剣を振るってるし、なによりもチラリとこちらを伺っているようにも見える。

 

 

 

「…見物だけのつもりだったけど、ちょっと介入しましょうかね」

 

 

 

 

 

 …………

 ……

 

「…左腕一本とは思えない強さだったね」

 

 こっちには気づいていたようだったから、死角からとは言わないけど、それでも遠間からの霹靂一閃(へきれきいっせん)を受けきられるとは思わなかったね。

 

 日輪刀についた血を払うように、ピッと振る。

 

「…私に雷光赫花(らいこうしゃっか)まで使わせたんだ、誇っていいよ」

 

 最後の砦だった左腕すら失ったというのに、向けてくる殺気はいささかも衰えない…むしろ、増しているくらいだ。

「近づいたら噛みつかれそうだねえ、怖い怖い」

 

 噛みつくのは、こっちの方なんだよ?

 

「…どうするつもりなんだ?」

 後ろから獪岳が、心配そうにそう聞いてきた。

「左腕一本であれだけの強さだったんだ。五体満足で視力も回復したら、ものすごく強くなると思わない? それに鬼になって、更に倍でドンだよ」

「…そういうのは、お前は強要しないと思ってたんだが」

 意外そうに、そう言われた。

「…まあね、普通はしないんだけどさ」

 

 そこで、ため息を一つ吐く。

 

 

「…これは駄目だよ。強要するよ。私のわがままだよ」

 

 

 流君が…こいつがどう思っているかなんて、関係ない。私の勝手で決めさせてもらう。それに、鬼になるのだって、そんなに悪いもんじゃないよ。

 

 

 

『…お、お前は…』

 

 

 

「…ん?」

 

 完全に意識のすみっこに追いやっていた、異人の鬼が声をかけてきた。

 

『…いえ、貴女は、真祖なのか? …この国を支配している真祖なのでしょうか?』

 

「はい? …トゥルーヴァン…なんだって? 英語っぽいのはわかるけど、読むのはなんとかなっても、聞くのはちょっとなんだよねえ」

 ポリポリと頭をかく。

 

 

「まあ、話はあとで聞かせてもらうよ」

 

 

 

 …でも、あんまりめんどくさい事情を聞かせてくれるのは、やめて欲しいかな。




主人公にある程度のハンデを与えるというのは、少年漫画の手法の一つですが…
さすがに、流君はハンデが重すぎるでしょう。
少年ジャンプには合わないと判断されたのも、致し方ないかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼側の事情4(最終回)

今回の話をもって、零余子日記最終回になります。
これまで応援ありがとうございました!


 今日も今日とて、お茶会です。

 

 黒い着物の無惨様、黒い着物の黒死牟様、朱い着物の私、そして、頂いているのはチョコラーテというチョコレートを使ったカステラで、合わせるのは当然のように紅茶です。もちろん、私が用意しましたよー。

 とりあえず、みんな一切れずつ頂きます。

 んー、さすがはパリの大博覧会にも出品されたカステラです。美味しいですねえ。紅茶もクピリ。

 

 

「…さて、何かわかったか?」

 

 

 さてさて、お仕事のお話です。

「あの鬼…自らを称してヴァンパイアと言ってましたが、欧州は英国の鬼…の一種ですね」

「英国…ね。で、単独か? それとも群れか?」

「英国の…としては、単独です。はぐれと言ってもいいですね。

 英国の鬼を作れる鬼…向こうではトゥルー・ヴァンパイアと言いましたか、そいつはかなり自由奔放な奴みたいで、英国内を転々としながら、気が向いたら食事をし、人を殺し、鬼を作ったようです。

 今回の奴も、特に何かの目的をもって作られたわけでなく、まあだからこそ好き放題にやれてたわけですが」

 だから、無警戒でいて、そのくせ弱かったわけだ。

 

「英国の… としては… とは…?」

 

「まあ、英国のはぐれ鬼が、ただ一体で日本まで来れるわけがなく…というわけで、英国のではない群れにくっついて、やって来たみたいです」

「ほう、どこのだ?」

 無惨様のその問いに、フォークで差したチョコラーテを持ち上げる。

 

「今は長崎を本拠としてます、蘭国です」

 

 蘭国…オランダと日本の付き合いは長い。

 鎖国中の江戸時代においても、欧州で唯一貿易を許可されていた国になる。その際の玄関口となったのが、長崎は出島になる。

「そんなに前から居たのか?」

 意外そうに無惨様が聞かれる。

「まあ、鬼…ヴァンパイアが日本に来たのは、最近みたいですけどね。特に、トゥルー・ヴァンパイアと呼ばれる個体まで来たのは、本当に最近のようで」

 

「ほう…」

 

 私の言葉で、ピリッと空気が張り詰める。

「今、この国にいるのか」

 怖いくらいの笑顔である。…うん、すごく怖い。

「というよりも… つるうばんぱいあというのは… 何体もいるのか…?」

 トゥルー・ヴァンパイア…私が鬼を作れる鬼という説明をしたのだ、そんなのが何体もいるというのは、確かに驚くべきことだろう。

 

「…二十七体、それが現在確認されている数になります」

 

「…そんなに、か…」

 無惨様のような鬼が二十七体…確かに、驚きだ。世界やばくね?

「”神敵二十七祖(トゥエンティセブン・サタン)”として、キリスト教の総本山…法王庁に登録されているみたいですね。

 無惨様もひょっとしたら、二十八番目で登録されたりするんですかね?」

「ぞっとしないな」

 考えたくもないというように、無惨様が切って捨てる。

 

 ただ、私はこういうの、結構好きですけどね。なんというか、こう、くすぐられると言いますか。

 

「二つ名とかもありまして、なかなか趣がありますよ。

 英国の鬼とかは、”第七祖(セブンス)”の”徘徊する災禍(ワンダリング・ディザスター)”とか呼ばれているみたいです」

「なるほど… おもむき… か…」

「番号が振られてますけど、生まれた順番というよりは、法王庁で確認された順番みたいで、まあ、それでも明確に格というのはあるみたいで…」

 紅茶を口にして、舌をしめらせる。

 

 

「”旧十三祖(エルダー・サーティーン)”と”新十四祖(ニュービー・フォーティーン)”」

 

 

 なんか、なんか! かっこいいよね!!

 

「…まあ、なんか、十三という数字に拘りがあったみたいで、十四祖以降の登録までに随分と期間があいたみたいですね」

 十二とか十三という数字に拘る気持ちは、まあ、わからなくもないけどね!

「今、日本に来ている蘭国の真祖は、隣国の独逸の真祖ともめて…まあ、敗走してきたみたいでして、向こうでは有名な話のようですね。

 

 独逸の真祖…”第五祖(フィフス)”の”魔王(エルケーニッヒ)”。

 

 最近の英国では、”戦火の灯火(トーチ・オブ・ウォー)”とも呼ばれているようで、紀元前からいろんな戦争に関わっていると言われてて、世界大戦のきっかけを作ったとも、関係者の間では言われているそうで」

 信じるか信じないかは、あなた次第!

 

「蘭国の真祖…”第十五祖(フィフティーンス)”の”復讐の十字架(クラウス・フォン・フラーク)”。

 

 英国では、”血濡れの修道女(ブラッディ・シスター)”とも呼ばれてます。

 こいつは”第五祖”の直系の血族らしくて、まあ、いろいろあるみたいですね」

 無惨様と、珠世さんみたいな関係なのかもね。

 

「…ずいぶんと、いろいろわかったみたいだな」

 

「まあ、ずいぶんとおしゃべりなのは、間違いないですね」

 実にこらえ性がない奴でした。

 

「…それでも、ま、一つだけはっきりしていることがあります」

 

「ん、なんだ?」

 

 

「…こいつらは、日本のことを…私達のことを、なめてます。…はっきり言って、馬鹿にしていますね」

 

 

 弱かったくせに、負けたくせに、それでもなお、はっきりとわかる、侮蔑の感情。

 

 

「…ようは、極東のサル共が、どれほどのモノかと…」

 

 

「…ほう」

「ふむ…」

 

 

 

「ちょっとばかり、カチンと来ますよね?

 目に物見せてやりましょう!」




というわけで、打ち切りマンガよろしく、俺たちの戦いはこれからだって最終回でした(爆)
正直、最終回って難しいです。
零余子日記で書きたいことは、大体書いたかなといったところで、終わりとさせてもらいました。

ではでは、ありがとうございました m(__)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。