五十里啓とかいう勝ち組に転生した件について (カボチャ自動販売機)
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プロローグ

ぼくの執筆中小説が溜まりすぎてワケわからなくなったので、整理のために、昔書いて投稿せずにお蔵入りした小説を無理矢理完結させて投稿していくシリーズ第一弾。
なので俺たちの冒険はまだまだこれからだエンドです。
数年前に書いたものなので、矛盾とかあってもスルーしてあげてください……。


ライトノベルのキャラっていうのは、簡単に死ぬ。

 

死ぬことはなくても、痛かったり、辛かったり、最後がハッピーエンドだったとしても、そこまでには数々の困難があって、それを乗り越えるために頑張っちゃったりしないといけないわけで、それってとてつもなく面倒なことだとぼくは思う。

 

そりゃキャラ、登場人物なわけだから、そいつが存在することに大かれ少なかれ、物語に影響を及ぼすような意味があるのは当然なんだろうけども、寝てたら物語が完結してました、ハッピーエンドだ、ラッキー!みたいな楽勝な展開が、実際、一番良いわけで。

 

 

ぼくは、そうなるようにしたいから、物語とか、ぶっ壊しますよ?

 

 

 

 

 

 

五十里 啓(いそり けい)

ぼくは魔法科高校の劣等生というライトノベルに登場する、そのキャラに転生したようなのだ。

 

最初は思った。

 

五十里啓って、何その微妙なキャラ、どうせなら達也とか深雪とかにしろよ、と。

 

主人公とそんなに深い関わりがあるわけでもなく、何か隠された力があるとかそんなこともなく、物語に何か凄い影響を及ぼすわけでもない、所謂サブキャラ。

 

転生したものの、なんだか微妙、損した気分。

 

 

そう思っていた過去のぼく、愚かなり。

ぼくは悟った。

この五十里啓というキャラ……かなり勝ち組だ。

 

『五十里』、という百家本流の一つである良い家柄に生まれ、容姿は少々中性的過ぎるものの整っており、物語中、こっそり生徒会役員をやってたり、論文コンペで発表者になったり、チョロチョロと活躍、成績も優秀なようで、目立たないものの、中々の優等生。

 

そして何より……可愛い婚約者がいるリア充だ。

 

物語中、果たしてこいつ以上のリア充が、いただろうか。

 

そう、五十里啓は微妙なキャラなんかじゃない。

現実的に考えると、凄く良い転生先だったのである。壮絶な過去なんて無くて、そこそこ裕福で、そこそこ優秀で、そこそこ人望もあって、婚約者がいる、そんな絶妙なサブキャラ、それこそが五十里啓なのだ。

転生万歳!

 

ただ、そんな五十里啓にも、一度だけ、瀕死の重症を負ってしまう場面があるのだ。

原作の横浜騒乱編、つまり、五十里啓が二年生の時の論文コンペで、婚約者の千代田花音を庇って、榴弾の破片を背中一面に浴び致命傷を負っている。

その後すぐに現れた司波達也の『再成』によって完全に元通りにはなるものの、下手すれば、いや、たまたま助かっただけで死んでいても何らおかしくはない状況だった。

 

 

それが、五十里啓に用意された唯一の関門。

 

 

また、同じようなことが起こった時、主人公(司波達也)が間に合うとは限らない。

むしろ、あんなタイミング良く登場できた方が奇跡、物語(エンターテイメント)故の演出なのだから。

 

 

もう死ぬのは御免だ。

死んだ記憶はないとはいえ、転生した以上死んだのだろうから。

また転生できるかは分からない、今度は本当に死んでしまうかもしれない。

 

 

生きる目的とか、そんなことは単純で、夢も希望も大それたものじゃないけど。

 

 

一人の人間として、幸せになるために。

 

 

ぼくは、物語をぶっ壊す。

 

 

 

これは五十里啓(ぼく)世界(物語)への反乱である。



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1話 千代田花音

初回なので2話投稿。
サブタイトルを人名にするという謎のこだわりスタイルで、当時のぼくは書いていた様です(笑)
なので最後までこのスタイルでいきます。


千代田花音。

ぼくの幼馴染みにして、中学校卒業と同時に許嫁になる少女。

濃いラベンダー色のショートヘアーに、溌剌とした元気で明るいボーイッシュ系。

良く言えば素直、直球で言うと猪突猛進。

典型的なガキ大将タイプだが、裏表がなく、竹を割ったような性格は嫌いではない。

原作通りとはいえ、ぼくのことを慕ってくれているし、少々引っ込み思案というか、テンションの低いぼくには、このくらいの娘が合っているのかもしれない、と思う。一緒にいて飽きないし、面白い。少々アホの娘ではあるが、そういうところも可愛いのだ。

 

ただ、今回ばかりは彼女にやられた。彼女のせいで、ぼくの計画は頓挫したのだ。

 

 

 

 

 

 

ぼくは死にたくない。

 

人間、生まれてきた以上、いつかは死ぬことになるのだろうが、十代で死にたいと思う人間はいないし、ぼくだってそうだ。

そのためにぼくは『定められた運命(物語)』から脱するべく、国立魔法大学付属第一高校に入学しない、ということを決めていた。

確かにぼくは、知っている限り――原作の15巻まで――原作で死ななかったが、それは『神が定めた譜面の上(物語)』だからこそ出来上がった『完璧な調和(パーフェクトハーモーニー)』、五十里啓ではなく『ぼく』という雑音(イレギュラー)が混ざっては、それは完成しない。

 

で、あればぼくが助かるという保証はない。

 

勿論、ぼくというイレギュラーがいるのだから、全く同じ状況になることは、まずないだろう。

そもそも、ぼくが瀕死の重症を負うような事態は発生しないかもしれない。

しかし、それは絶対ではない。

 

ぼくが二年の時の論文コンペ、その会場が大亜連合軍によって襲われることはまず変わらないのだ。

ぼく個人の行動によって変わるようなことじゃないし、止める気もないのだから。

 

ならば、ぼくの生を確実なものとするために物語からフェードアウトするしかない。

魔法科高校の劣等生という物語の登場人物として名前が残らないようにするのだ。

 

そのためにはどうすれば良いのか。

既にぼくは原作のキャラとも関わってしまっているし、そもそもぼく自身が原作のキャラだ。

一番良いのは魔法に関わらないことだが、ぼくは百家本流の一家、『五十里』の長男であるため、魔法師にならないという選択肢はないし、自分の可能性を狭めるようなことはしたくない。折角の家柄、折角の才能だ、勿体ない。

 

考えた末に辿り着いたのは主人公と別の学校を選択することで、完全に物語から姿を消すという作戦だった。

 

 

だからぼくは何年も前から準備して、四高に進学することを決めていたのだ。

 

 

四高の他にも二高と三高もオープンキャンパスで見学したのだが、二高は、兵庫県西宮市に設立された国立魔法大学付属高校で一学年の定員は200名、そのうち魔法力の高い100名を一科生、残りの100名を二科生としていて、国際評価基準に沿った教育を行っている、という一高と全く同じ教育カリキュラムとなっており、一高ではなく二高にする理由がなかったため止めた。

三高は一学年の定員は200名、というところは一高・二高と一緒だが、そのうち魔法力の高い100名を専科、残りの100名を普通科としている点と戦闘系の魔法実技を重視しているという点が異なり、一高との教育カリキュラムが違うため、ここに進学しても良かったのだが、ぼくは戦闘系の魔法実技はあまり好きじゃない。

五十里家の血筋なのか、ぼく本来の気質なのか、刻印魔法のような細々としたものを弄っている方が性にあっている。

 

だから四高に決めた。

 

五十里家は刻印魔法の権威と言われており、刻印魔法の新しい可能性を模索するため、とか適当に理由をつけて、魔法工学的に見て意義の高い複雑で工程の多い魔法を重視している四高に進学する、と言えば割と簡単に許された。一学年の定員は一高の半分の100名であるが、ぼくなら合格できるだろう。

 

これで全ての問題は解決された、ぼくは自由だ!……となれば良かったのだが、ぼくには思いもよらなかった壁が立ちはだかったのである。

 

 

 

「ダメ!啓は私と一緒に一高に行くの!」

 

 

 

幼馴染みにして許嫁、千代田花音。

彼女が駄々をこねたのである。

それはもう地雷源もかくやという凄い暴れぶりだった。

四高は静岡県浜松市の国立魔法大学付属高校だ。実家から通うのは不可能ではないが、大変なのは間違いなく、ぼくは向こうにマンションでも借りて一人暮らしをする気だったのだが、それが花音の耳に入ってしまったようなのだ。

こうなることが分かっていたから、彼女にはギリギリまで伝えないつもりだったのだが、親から情報が流出したらしい。

ぼくの両親は花音に頗る甘いから、ちょっと頼まれると断れない。

 

説得は困難を極めた。

暴れだしたら止まらない、暴走機関車のようになった花音はぼくが何を言おうとも納得してくれない。

どうやら、ぼくが花音に進学先のことを黙っていたということが許せないらしい。

 

三日間続いたぼくと花音の戦いは意外な形で終局することになる。

 

 

 

「花音ちゃんが可哀想だから、もうお前一高な」

 

 

 

悲壮感を漂わせながら、啓と離れるの嫌だ、と訴える花音にほだされたのか、父が勝手にぼくの願書を一高に出してしまったのだ。

当主がそう決定し、願書を出してしまった時点で、ぼくにはどうすることもできない。この時代錯誤な我が家――許嫁なんてものがいることからもお分かりいただけるように――では結局のところ、当主の決定が絶対なのだから。

 

花音に感謝されてデレデレしている父を見ていると大層殴りたくなったが、ぐっと堪えたのも、奴が当主だからだ。

息子の許嫁の女子中学生にデレデレしている姿を見せられては、あまり尊敬はできないが。

 

 

 

こうしてぼくは両親に裏切られ、一高に進学することになったのである。

 

仕方がないから、一高進学までの間、色々やっていこうと思う。

 




1話1話の文字数のばらつきがえげつないので、基本ショート目ですが、突然倍くらい文字数増えたりします。


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2話 千葉エリカ

千葉エリカ。

ぼくの幼馴染みにして妹分。

明るい栗色の髪で、十人が十人とも認めるだろう陽性の美少女。数年前から突然髪を伸ばし始めて、今では肩口くらいまである髪をポニーテールにしている。

千葉家の当主、千葉丈一郎とその愛人だったアンナ・ローゼン・鹿取の間に出来た娘、という複雑な立場故に、母の死後も千葉家の離れに一人で住んでいて、千葉家の次男である修次さん以外との兄弟仲が悪い。

長男の寿和さんは悪い人ではないのだが、エリカとは合わないことは確かだ。エリカとは異母姉妹となる千葉家の長女、早苗さんは数度しか会ったことがないけど、エリカを露骨に嫌っているという話だから論外だろう。

 

 

 

「啓兄、来てたんだ」

 

 

そんなエリカとの付き合いも、もう何年になるだろうか。確か、ぼくが千葉道場に入門した、五歳の時からだから十年以上だ。もう妹分というより、ぼくの中では妹である。

家庭内で修次さん以外とはあまり上手くいっていないようだからついつい甘やかし過ぎてしまう。

だって、こうやって久しぶりに道場に訪れれば、とことこと寄ってきて、笑顔を向けてくれるのだから。可愛くないわけがない。

 

 

「受験生なのに余裕だね」

 

「はは、ちゃんと勉強はしているよ?」

 

 

だから、というわけではないが、結構なついてくれている、と思う。

啓兄という愛称がその証拠だ。

 

 

「そっか。でも啓兄が進学したら中々会えなくなるね、向こうで暮らすんでしょ」

 

「ああ、それ無くなったから。ぼく四高受験するの止めたの」

 

「へー……って、えー!?なんで!?」

 

「それがさー……」

 

 

ぼくの愚痴を興味深そうに聞いているエリカ。

女子中学生が本気で駄々を捏ねて、それにぼくがタジタジになって、親父がデレて、ぼくは一高に進学することになった、という実に馬鹿馬鹿しい話。身内の恥も良いところなのだが、ぼくの話にエリカが笑ってくれるなら、全く問題はない。

そもそもエリカには散々親父の愚痴を溢しているから、あいつの威厳なんて微塵もないだろう。

 

 

「花音さんは相変わらずだね、啓兄、ずっと一緒にいて疲れないの?」

 

「ずっと一緒ってわけでもないよ、中学校もクラス違うし……まあ、疲れることもあるけど、見てて飽きない」

 

「前から思ってたけど……啓兄って実は花音さんのこと馬鹿にしてるよね?」

 

「馬鹿にはしていないよ……アホの娘だとは思っているけど」

 

「それって一緒じゃ」

 

 

エリカがジトッとした目で見てくるが、頭を撫でて、誤魔化す。

司波達也直伝、『撫で術』は色々なところで応用の効く素晴らしい技術だ。

 

 

「あたしはもう子供じゃないんだけど」

 

「ぼくの中ではいつまで経っても大事な妹だよ」

 

 

エリカは頭を撫でられるのは好きなようで、頬を膨らませてはいるが、ぼくの手を振りほどくことはない。

こういうところもまた、可愛らしい。

 

 

「そうだ、啓兄。久しぶりに試合しようよ」

 

「え、普通にぼくがボコボコにされて終わりだよ?」

 

「良いの、ほらやるよ!」

 

 

唐突にそんなことを言い出したエリカによってもう、今日の稽古は終わっているというのに、無理矢理道場の中に引っ張り込まれた。

この好戦的な所だけは、直して欲しいと思わないこともない。ぼくの体のためにも。

 

 

「おっ、エリカさんと啓ちゃんの試合か」

 

「エリカさんの何連勝だっけ?」

 

「200くらいじゃないか?」

 

 

うるさい、まだ197連敗だ。

そんな風に、ニヤニヤしながら集まってきた他の門下生に、心の中で反論してみるが、四捨五入したら余裕で200なため、何の意味もなかった。

実際、ぼくは一度もエリカに勝ったことがない。ぼくが五歳の時からエリカは強かったし、子供の頃からボッコボコである。

それなのに、エリカは結構ぼくと試合したがるんだが、これってストレス解消に使われてるってことなのかな。そうだったら、お兄さん悲しい。

 

 

「今日は魔法なしで頼むよ、これでも受験生なんで」

 

「うわ、こういう時だけそれ言い訳にするんだ」

 

またも、エリカからジトッとした視線を浴びることになったが、魔法ありだと、間違いなく全身隈無くボロボロにやられることが決定するため、何も言わずに試合の位置についた。

千葉道場、というかエリカは本当に容赦ない。

昔、まだエリカが幼かった頃に寿和さんに散々ボコボコにされたらしいからその影響なのかもしれないけど、良い迷惑である。おかげでぼくは『エリカ専用サンドバッグ』として千葉家の門下生に、エリカの機嫌が悪い時招集されるようになってしまった。

ぼくは剣の腕はそこそこだと思うのだが、エリカのような天才と比べると、やっぱり凡人の域を出ないのだろう。毎回ボッコボコだ。

 

 

「じゃ、行くよー」

 

正式な試合でもないし、審判もいない。

開始の合図はこんなゆるーいエリカの声だった。

 

 

「ハッ!」

 

 

ただ、それで試合の質が落ちるかといえばそんなことはなく、緊迫した空気の中で相変わらず微塵の手加減もないエリカの剣が一瞬にして、ぼくに迫ってきた。

試合だから使っているのは木刀だけど、当然、当たったらめちゃめちゃ痛い。

 

 

「――ッ!」

 

 

剣の才能では足元にも及ばないのは勿論、速さでもとても勝てない。ぼくが唯一エリカに勝てるとしたら、それは力。

だからぼくはあえてエリカの木刀を自分の木刀で受けて、そのまま前に出る。

超近距離で戦い、エリカの技術と速さを使う余地のない単純なパワー勝負に持ち込むことで、僅かばかりの勝率を生み出す。

 

 

「甘い!」

 

 

まあ、そんなことはもう何年も前からやっているわけで。

エリカがしゃがんだ、と思った次の瞬間には後方に回り込まれていて。

 

 

「くっ!」

 

 

なんとか回避するも、これで僅かばかりの勝率は無くなった。

 

 

「ヤッ!」

 

 

その後、数十秒の攻防で、ぼくはいつも通り道場の冷たい床に転がされていた。

はぁ、これで198連敗。

キラキラと汗を輝かせながら、あたしの勝ちー、と笑っているエリカの笑顔を見るのも当然、198回目だった。





完結まで基本毎日投稿ですが、大幅な修正とかあったら止まります。


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3話 渡辺摩利

「なんだ、またエリカにやられたのか?」

 

 

エリカとの試合が終わって、少ししてから、人の悪い笑みを浮かべながらやってきたのは、渡辺摩利。

摩利さんとは、摩利さんがここに入門してからの付き合いになるから、それほど長い付き合いでもないのだが、門下生の中では年が近いこともあり、今では一番仲が良い。

 

 

「耳が早いんですね」

 

「君とエリカの試合は一種のイベントだからな、そこかしこで話題になっているさ」

 

「ぼくがボコボコにやられるだけのイベントが?」

 

 

ぼくの返しが面白かったのか、クスクスと笑って、ぼくの隣に腰かける。

もう帰る所だったらしく、胴着ではなく私服だ。摩利さんらしい、手堅くまとまったボーイッシュな服装で、花音が憧れているのも分かるくらいカッコいい。

 

 

「まあそう言うな、エリカとあそこまで戦えるのはお前くらいなんだぞ?」

 

「何回負けていると思っているんですか、癖も技量も理解しているからですよ。初見だったらまず勝てません。まあ、今も連敗記録絶賛更新中ですけどね」

 

「そうか?まあ自信を持て。少なくともあたしは君がここの門下生の中では一番強いと思っているよ」

 

「止めてくださいよ、買い被り過ぎです」

 

 

摩利さんはどうしてか、ぼくを強いと思っているようだけど、ぼくなんて本家千葉道場の門下生の中じゃ良いとこ、中の上くらいだろう。

そりゃ、ぼくは、エリカと同じ印可だけども、単に長くこの道場にいるというだけだと思う。

実際、摩利さんは目録だけど、他の目録の人と比べたら格が違う。

ちなみに、目録とか印可っていうのは、剣術の階級みたいなもので、千葉道場の大体の人は目録で、印可はエリカとぼくを含めて数名しかいない。印可は名目上、弟子を取ることを許されているくらいのレベルだから。

まあ、階級なんて、ぼくが印可って時点であまり宛にならないから関係ないのかもしれないけど。

 

 

「君はあれだ、エリカとしか試合をしていないから、自分の実力が分かっていないんだな」

 

「エリカが、私にも勝てないようじゃ、他の門下生と試合なんてさせられないって言うんですよ。実際、三年くらいまえに修次さんと試合してボッコボコにされたことありますし」

 

「……やっぱり君は比べる相手が悪すぎるな、千葉の麒麟児や秘蔵っ子と比べては仕方がないだろう」

 

「さりげなく彼氏自慢止めてくださいよ」

 

「な!?お、お前なっ!」

 

 

顔を赤くして、迫ってくるが迫力はない。

千葉の麒麟児、というのは千葉家の次男である修次さんのことなのだけど、その修次さんと摩利さんは交際しており、そのことはもう門下生の間に知れ渡っている。今更恥ずかしがるようなことでもないと思うのだが、いつまでも初々しいというのは良いことだ。そういう気持ちは大事にしてもらいたい。

 

 

「なんだその微笑ましいものを見たような顔は!」

 

「さて、なんでしょうか?」

 

 

あまりからかい過ぎると、拳骨が飛んでくるため、引き際を誤ってはならない。

 

 

「あっ、啓兄!ちょっと目を離した隙に!」

 

 

そんな風に摩利さんをからかっていると、着替えに行っていたエリカが戻ってきた。シャワーも浴びてきたのか、髪がしっとりと濡れている。

 

 

「全く啓兄は、そうやって摩利姉いじめてると、また兄上にボコられるよ」

 

 

どうやらぼくは引き際をミスったらしい。

摩利さんをからかっている所をエリカに見られてしまった。原作でのエリカは摩利さんを毛嫌いしていたが、今はそんなことなく、二人の仲は極めて良好。

エリカは摩利さんを『姉』と慕っているし、摩利さんもエリカを妹のように可愛がっている。

実際、何年か後にはこの二人は義姉妹になっているのだろうが。

 

 

「修次さんはエリカみたいに喧嘩っ早くないから大丈夫だよ」

 

「なんですって!」

 

「おいおい、二人が喧嘩してどうする」

 

 

ぼくがエリカをからかって、エリカが怒って、それを摩利さんが宥める。

三人の時は大体こんな感じだ。

 

 

「あっそういえば摩利さん、ぼく一高受験することになったので、合格できたら来年からよろしくお願いします」

 

「ああ、花音から聞いてたよ。啓が四高を受けることを知っていたことがバレてしまってな、随分文句を言われた」

 

「あたしは無視か!」

 

 

苦笑い気味に言う摩利さんだが、花音にはギリギリまで黙っておいた方が良い、とアドバイスしたのは摩利さんなのだから、自業自得だ。確かに花音は、ぼくが四高に行くと知ったら着いてきそうな勢いだったし、かといって、花音は家の方針で一高を受験することが決まっていたようだから、大騒ぎになったことは間違いなかった。結果、騒ぎになったし、ぼくは一高に行くことになったのだが、三日で騒ぎが収まったのだからまあ、良かったということにしよう。

ちなみに、摩利さんもエリカをスルーしているのは確信犯である。摩利さんは時折こうして、エリカをからかう側にも回るのだ。

 

 

「一高に入学したら、花音は任せましたよ、摩利さんと同じ風紀委員になるっ!て息巻いてましたから」

 

「私一人では面倒を見切れんよ、只でさえ風紀委員には馬鹿者共が多いのだ、お前がフォローしてやれ」

 

「そのつもりですよ、花音は一人にすると危うい所がありますし」

 

「ちょっと!いよいよ怒るわよ!」

 

 

普通に摩利さんと会話をしていたが、流石にエリカがキレそうだ。

よしよし、と頭を撫でればぷいっと顔を背けられてしまう。

 

 

「はは、ごめんごめん、からかい過ぎた」

 

「そうだな、すまん」

 

「むぅ、なんだか子供扱いされている気がする」

 

 

相変わらず、膨れたままのエリカだけど、どうやら機嫌は直ったようだ。

こうしていると、やっぱりエリカはどれだけ強くても、何時まで経っても妹のままだし、可愛らしい。

 

もし、四高に進学していたら、こうしてエリカの頭を撫でることも、摩利さんと二人でエリカをからかうことも、中々出来なくなっていただろう。

 

 

 

「やっぱり一高で良かったのかもしれないな……」

 

 

もう一高に進学するしか無くなったからなのかもしれないけど、ぼくは少しだけ花音に感謝した。

 

 

 

「啓兄、何笑ってんの?」

 

「ん、なんでもない」

 

 

 

胸を張ってどや顔している花音の姿を幻視して、笑ってしまったことは、内緒だ。





明日も0時に投稿します。よろしくお願いします。


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4話 津久葉夕歌

早速、最新話投稿設定しないまま寝落ちしてしまいました……。ごめんなさい。

急激に文字数も増え、今話からこの物語が本当の姿を現します(笑)


「あたし、やっぱり啓兄と花音さんが婚約するの、許せない。ごめん、我慢できなかった」

 

 

そう、エリカに言われたのが3日前。

 

 

「花音とエリカ、どちらかでも泣かせたら、あたしはお前を許さない」

 

 

そう、摩利さんから脅されたのが昨日。

 

 

「千葉家から、エリカちゃんとの婚約が申し込まれた」

 

 

そう、親父からどうしよう、という顔で言われたのが今日。

 

 

どうしようも何も、考えるまでもなくどうしようもないので、ぼくは取り合えず家を出た。

特に行く宛もなく、フラフラと街をさ迷って、夕方になっても、何か良い案が思い付くわけでもない。

 

ふと気がつくと、人気のない静かな公園にいて、無駄に歩き疲れたぼくはベンチに座った。

携帯端末で調べてみたところによると、街からそう離れてはいないようで、帰ろうと思えば何時でも帰れるのだが、逆にその何時でも帰れる、というのが、ぼくをここに引き留めた。

とりあえず、今は帰りたくなかった。

 

 

考えるのはエリカのこと。

出会って十年、今までの関係が変わろうとしている。

 

 

ぼくはたぶん、人の気持ちに鈍感なのだろう。

十年も一緒にいて、エリカの気持ちなんてこれっぽっちも分からなかった。ぼくなんかを好いてくれている、そんな事実はあるはずがないから、考えもしなかったのかもしれない。エリカは妹だった。

千葉の道場に通い始めてすぐに、見つけた小さな少女。門下生達は彼女の生い立ちを知っているのか、腫れ物を扱うかのように、遠巻きに彼女を見ているだけで、誰も彼女と関わろうとはしない。

家から学校以外で出ることも許されず、家の中でさえ、まともに接してくれる人間は実の母と修次さんくらい。

 

この娘には、何の罪もないというのに。

 

許せないとか、可哀想とか、そんな気持ちより、一人で剣を振る彼女の姿が悲しくて、ぼくは彼女に言った。

 

 

「ねぇ、ちょっと試合しない?」

 

 

結果は惨敗。

まだまだこの道場に入門したばかりの初心者だったとはいえ、一つ年下の幼い少女相手に手も足も出ない。

本当は、ちょっと体を鍛えておこう程度の気持ちで入門したのだけど、このままじゃ格好悪いと、一念発起。それから週一くらいでエリカに挑んでは、ボコボコにされるという毎日を繰り返した。

 

 

「ねえ、あんまりあたしと一緒にいると、破門にさせられちゃうよ?」

 

 

実際はそんなことはないし、エリカと一緒にいることで、千葉の人間から文句を言われたこともないのだが、エリカは幼いながら自身の『立場』を理解していた。いや、理解させられていた。

 

 

「ぼく、友達がいないから、エリカが一緒にいてくれないと、一人で練習することになっちゃうんだよね」

 

 

彼女には自由がない。

剣を振るっているのも、彼女の意思によるものだけではないだろう。

 

 

「それともエリカはぼくと一緒にいるのは嫌?」

 

 

そんな彼女に、少しでも自由を与えられたのなら。

 

 

「嫌……じゃない、けど」

 

「なら、何も問題ない」

 

 

自己満足なのかもしれない。

ただ、彼女のことを()()()()()()()、ぼくが、彼女をこのまま放置しておくことに耐えられなかっただけなのかもしれない。

 

 

「また、負かしちゃうよ?」

 

「どうかな、ぼくも日々進化しているのだよ、今日という今日は勝たせてもらうさ」

 

 

勿論、また惨敗した。

 

 

「あたしの勝ちー」

 

 

でも、この笑顔が見れるのなら、それも良いかなって思ってしまう。

ぼくが彼女と一緒にいることで、一瞬でもこの笑顔を引き出せるのなら、それで良いって思うことにした。

自己満足でも何でも、彼女が笑顔でいてくれる事実に代わりはないのだから。

 

 

 

――その、笑顔を、ぼくは自分自身の手で摘み取らなくてはならなくなるかもしれない。

 

ぼくにとって、エリカは妹で、そりゃ、かけがえのないものの一つだと思うし、でも、花音とエリカ、どっちが大切かなんて選べない。

 

最初から答えなんて出るわけがない。

だって、どちらかを選べば、どちらかが傷つく。どちらも傷つけない、泣かせない、なんて不可能だ。

 

ぼくは主人公じゃない。

 

やれるだけのことはやってる。原作とか関係なしに、自分に出来る最大限を常に。

 

それでも、ぼくの手は小さなものだ。

掴めるものは限られてる。

 

 

沈む夕日に手を伸ばして、指の隙間から漏れる光を何となく眺めた。

 

どうしたら良いか、考えたって答えなんてないのだと、分かっていても考えずにはいられない。

 

 

 

「君、何を見てるの?」

 

 

思考の海に浸かっていたからか、彼女の問いに答えるまでには相当間があったと思う。なのに、ぼくの返答をじっと待っていた彼女は、変わっているというか、変だ。

 

「夕日、ですかね?」

 

「なんで疑問系?」

 

「ぼく自身、何を見ているのだか分からなくて」

 

 

肩に掛かる程度のストレートの黒髪を6:4分けのワンレングスにし、露にした右耳にピアス。

年上であろう二十歳くらいの女性は、何故かぼくを見てくすくす笑っている。

 

 

「貴女、変ね」

 

「ぼくも、同じ事を考えていました。貴女、変ですよ」

 

 

良く笑う人だ、と思いながら、目尻に涙さえ浮かべつつも上品に口許を隠して笑うこの人は何がそんなに面白いのだろうか。

楽しそうで何よりではあるが、ぼくの方は置いてけぼり感がハンパない。

 

 

「ふふ、久し振りに思いっきり笑っちゃった。貴女こんなところで何しているの?」

 

「黄昏ているんですよ、一人、このゆったりとした時間に浸っていたんです」

 

「つまり暇していた、と?」

 

「……そう取ります?」

 

 

ぼくが意識して、ジトッとした目を向ければ、彼女は肩をすくめて、大袈裟に反応した。

 

 

「冗談よ、何か悩み事?」

 

 

ちゃっかり、ぼくの隣に腰かける女性。コクッと首を傾げている様子は可愛らしいのだが、これは話を聞かせるまで帰ってくれそうにない。

 

 

「二人の女性から迫られているものの、どちらかに決められない、という大変クズで贅沢な悩みです」

 

 

ぼくの自虐気味な告白に、何故かハテナを浮かべて困惑している女性。何を困惑することがあるのだろうか?

困惑する余地もなく最低だと思うのだが。

 

 

 

「……あれ?ちょっと待って?貴女……女の子よね?」

 

「…………男ですよ」

 

 

ところが、困惑の理由は予想外のところから飛んできて。ぼくに、これでもかと突き刺さった。

 

うん、そういえば、ぼくのことについてあまり話していなかったね。

ほら、エリカがポニーテールだったり、エリカと摩利さんの仲が良かったり、『ぼく』という存在は一応世界に影響を与えているようで。

 

これは所謂、バタフライ効果という現象。

バタフライ効果っていうのは、蝶の羽ばたきのような、ほんの些細な事が、徐々にとんでもない大きな現象を引き起こす引き金に繋がるのではないか、という考えで、日本のことわざでいうなら『風が吹けば桶屋が儲かる』といったところだ。

 

そのバタフライ効果は、この世界での蝶の羽ばたき、イレギュラーたる『五十里啓』にも当然影響を与えていて。

 

 

 

 

『五十里啓』は原作以上の女顔になっていた。

 

 

 

 

そりゃ、『ぼく』が五十里啓に成り代わったわけだから、原作の五十里啓とは全く違う人生を歩んできているけども……それによって、ここまで容姿に変化があるものですか?

 

エリカに言われて伸ばしている髪を短めのポニーテールにしているから、だけではない。

言い訳のしようもないくらいの女顔。

 

いや、そこは良い。良くはないが、百歩譲って仕方がないと諦めよう。

でも、どうしても諦められない、将来的にどうにかなるんじゃないかと毎日願っているものがある。

 

 

それは――身長。

原作の五十里啓はそこそこ身長があったはずだ。少なくとも花音よりは大きかったはずなのである。なのにどうだ、今のぼくは。

もうすぐ高校生だというのに、160㎝もない。いや、強がった、ギリ150㎝もない。

黙っていたが、千葉道場では完全にマスコット扱いである。

だから、エリカ以外と試合することはないし――啓ちゃんと試合すると小さな子をいじめているようで嫌だと断られる――昔、エリカと一緒にいても何も言われなかったのにはそんな訳があって。実は微笑ましい気持ちで見られているだけだったということ。今じゃエリカにも身長で抜かれ――それに気がついた日には当然、枕を濡らした――頭を撫でるのにも背伸びしなくてはならないくらいだ。

 

うん、きっと原作に入れば身長伸びるよね!あれだよ、急激な成長期がやってくるんだよ!そうだよね、『五十里啓』!

 

 

「…………ごめんね?」

 

「いいえ」

 

 

ぼくがかなり落ち込んでしまったからか、割と本気のトーンで謝罪してくる女性に、少し、涙目になってしまった。大丈夫だ、まだ原作まであと一年ちょっともある。それまでには大きくなっているさ。

 

 

「そ、そういえば、まだ名乗っていなかったわね、私は津久葉夕歌、夕歌でいいわよ」

 

 

気まずくなったのか、唐突に自己紹介を始める女性、津久葉夕歌さん。

名乗られたのだから、名乗り返すのが礼儀というもの。

 

 

「五十里啓です」

 

 

『五十里』、で『いそり』とは普通の人――魔法関係者以外――は読めないことが多いため、一応、漢字の説明をしておく。五十に里で『いそり』だと説明すると案の定驚かれた。

 

 

「それで、啓くんはモテ過ぎて困っているんだっけ?」

 

「そんな、俺イケてるぜアピールみたいな言い方はしていませんが、まあ、そうです」

 

 

すっかり自分のペースを取り戻したらしい夕歌さんは、悩みを聞いてくれるような雰囲気だが、ぶっちゃけ他人に話すようなことではない。

 

 

「当ててみようか?啓くんの悩み」

 

「どうぞ」

 

「ズバリ、許嫁でしょ!二人の女の子から婚約を申し込まれたってところね」

 

 

絶句した。

花音に、内緒でエリカと二人で遊園地に行ったことがバレた時くらい絶句した。

女の勘、という奴なのだろうか。今日はエリカと二人で楽しかった?、という花音の声がトラウマなのだが。この世界の女性というのは魔法師以上に特殊な技能か何かを持っているんじゃないかと常々震えているぼくとしては、恐ろしくて仕方がない。

 

 

「その顔、的中したみたいね」

 

「……なんで分かったですか?」

 

「女の勘……って言いたいところだけど、簡単な推理よ」

 

 

ぼくの心を読んでいるのではないだろうか、というタイミングでの『女の勘』に、一瞬、体が硬直してしまったが、どうやら違うらしい。

推理した、ということは何か判断材料があったのだろうが、この短い会話の中から何を見つけたというのか。

 

 

「魔法師の家系、それも、百家ともなれば、許嫁の一人や二人いてもおかしくないでしょ。政略結婚、なんてものが現代でも横行しているような世界だし。

そこに、『二人の女性から迫られているものの、どちらかに決められない』という情報が加われば答えは出たも同然よ」

 

 

どうやら彼女は、魔法関係者だったらしい。ぼくが百家の『五十里』の者である、と見抜いたようだ。

 

 

 

「どう?」

 

「概ね正解ですよ」

 

 

ドヤ顔は良いのだが、ツンツン頬を小突くのを止めてほしい。地味にうざいのだ。

 

 

「最近の小学生は進んでるなー、私なんて今まで恋人の一人だっていたことないわよ?」

 

「それはどうでも良いんですが、ぼくは中学生、四月からは高校生になるので、勘違いしないように」

 

 

流石に小学生は酷いと思う。

ぼくはまた、夕歌さんに泣かされそうになりつつも、なんとか自分を立て直す。落ち着け、ぼくはまだ時間があるだろ、原作の五十里啓は原作開始時にこそ、達也並みの身長だったが、今はその原作まで一年以上ある。成長期、圧倒的成長期が、ぼくにはあるんだっ!

 

 

「にしては、小さいよね」

 

「はい、もう夕歌さんとは口を利かないことが決定しましたー。お帰りください」

 

「まあ、それは置いといて、本題に行きましょうか」

 

 

ぼくを完全無視して、ぼく一番のコンプレックスをあっさり置きましたね、この人。

こういう強引なところ、花音より酷いかもしれない。

 

 

ぼくは、もう話すしかない、と悟り、悩みを打ち明けた。

妹のように可愛がっていた娘から婚約を申し込まれ、以前から婚約すると聞かされていた幼馴染みの少女とのどちらかを、選ばなくてはならなくなったが、ぼくにはそんなことは出来ない。

 

結局、どうすることも出来ないのだから、ぼくがどちらを選ぶか、ということに話は集約される。

話したところで何も変わらないし、選択肢が増えるわけでもないのだが、口に出す、ということは、脳内でぐちぐち考えているよりも、ぼくには合っていたのか、頭がスッキリした。

 

そう、最初から道はどちらかしかない。

 

どちらを選んでも、どちらかを傷つける。

 

それはぼくの責任で、ぼくが覚悟を決めて選ばなくてはならないのだ。

 

ぼくは悩むべきところを間違えていたんだ。

 

ぼくが考えるべきは、どうしたら良いのか、ではなく、どちらを選ぶか、だったのだ。

 

 

 

「君は、どっちが好きなの?」

 

 

そう、選ばなくてはならない。

例え、どちらか一人を傷つけたとしても。

 

 

「ぼくには、恋愛感情……というものが分かりません。二人とも可愛いと思うし、好きだと思いますけど、それは『異性』としてではなく、二人『個人』として好きなんです」

 

 

異性としての好き、がどういうものなのか、ぼくには分からない。五十里啓として生まれてから今まで、そんな感情は抱いたことがなかった。

 

 

たぶん、これはぼくの欠陥だ。

 

この世界をまだ、現実として、完全には認識出来ていないのかもしれない。

未だに彼女達を、『キャラ』だと心のどこかで考えてしまっている――そんなことはないだろうか?

ない、とは言い切れない。

 

 

そんなぼくに、誰かを愛する資格なんて――ない。

 

 

 

「んー、啓くんって、あれだね、難しく考えすぎなんだよ」

 

 

難しいに決まっている。

選択肢は二つしかなくて、でもどちらも選べなくて、だから土壇場になっても、こうして考えてる。

最高に難しいし、考えても答えは出ない。

 

 

 

「それに優しすぎるよ、向こうが勝手に君を好きなんだから、別に気にしなくて良いじゃない」

 

「そんなドライにはなれませんよ……二人とも大切なんです……」

 

 

そんな風に切り捨てられるなら、ぼくは悩んでなんていない。どちらの方が『家』の利益になるか、ぼくの役に立つかで選べば良い。

そんな最低な行為をあの二人にするなんて出来るわけがない。

 

「うん、啓くんは恋愛感情が『ない』んじゃなくて、『分からない』から、自分を責めるんだね。分からないから選べない、無いのならきっとそんなに悩まなかっただろうから」

 

「『分からない』んじゃ『無い』のと一緒ですよ」

 

「んー、私は違うと思うけど」

 

 

少し考える素振りを見せた後、夕歌さんが唐突に提案した。

 

 

「そうだ、啓くんの悩み、解決できる所に連れてってあげる」

 

 

この日、ぼくの運命は動き出した。




五十里啓、男の娘化。
もはやぼくの持病な可能性があるのですが、気がついたら男の娘になっていた……。書き始めた時、そんな設定じゃなかったのに、なんでだ。


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5話 司波深雪

サブタイトルを人名にする制約のせいで、若干ネタバレになる弱点に、当時のぼくは気が付かなかったのだろうか……。


ほぼ無理矢理、夕歌さんによって連れていかれたのは、閑静な住宅街にある一軒家。

 

道中、何を尋ねても、秘密よ、と答えてもらえず、やけに楽しそうなこの人を見て、もしかしてぼくは遊ばれているだけなのではないだろうかと、不安を感じずにはいられないが、そもそも半場拉致するようにして、連れ回されている現状、結局ぼくは夕歌さんの思いのままなわけで、考えても仕方のないことだった。

 

 

「会わせたい人がいるのよ、彼に会えば貴方の考えも少しは変わるかもしれないわよ?」

 

 

どうやら、夕歌さんは、コミュ障気味の悩める青少年を、名前も知らない誰かと会わせる、という鬼畜の諸行をしたいらしい。

 

「かなり普通じゃない子だけど、今の貴方に必要なのは、そういう『普通じゃない人』の話を聞いてみることだと思うから」

 

 

普通じゃない子って、それヤバイ奴ってことですよね!?

一抹どころじゃない不安を抱えたまま、ぼくは夕歌さんに引きずられるようにして、連行されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

反則的なまでの魅力、美しさの権化。

流れる黒髪と白い肌のコントラストは、日本人らしい美しさを残しつつ、人種や性別を超越した美は、正しく女神の様で、同じ人間であるとはにわかには信じられない。

 

 

「……エグイくらいの美少女ですね、正直引きました」

 

「ねー、本当にエグイわよね」

 

「え?え?何故私は急に押し掛けてきた、それも初対面の方に引かれたあげく、身内からもそんな目で見られているのでしょうか!?」

 

「美少女税だよ(適当)」

 

「そんなものはありません!」

 

 

軽快なツッコミだった。しかし涙目だった。未だに状況に付いてこれていないのだろう。安心して欲しい、ぼくもだ。

 

 

「達也さんは?お仕事かしら?」

 

「お兄様はもう間もなくお帰りになると、連絡がございましたが……」

 

「ああ、『家』の用事じゃないから、そんな顔しないで。彼を達也さんに会わせたいだけなのよ」

 

「彼……ですか?」

 

「うん、この子、これで男の子なのよ。それも、深雪さんの一個上」

 

「先輩だぞ、敬いたまえ」

 

「……啓くん、なんだかキャラがおかしくなっているけど、大丈夫?」

 

「全く、全然大丈夫ではないですが、もうどうしようもないので大丈夫です」

 

 

ぼくは間違いなく、頭が足りない。

まさしく大後悔時代に突入したぼくは、もうテンションが色々おかしくなっている。

だってさ、目の前にいるの司波深雪ですよ。四葉とかいう関わりたくないものランキング堂々の第一位、四葉家の次期当主ですよ。

家の花音やエリカだって美少女だし、学校内や地域でも飛び抜けて可愛いと思う。でも、彼女はステージが違うのだ。国や世界、そういう単位でも類を見ないほどの美少女。こうして現実に前にすると、その凄さが分かる。これはヒロインですわ。

 

 

「で、夕歌さん、ここで悩みが解決できるんですか?」

 

「解決できるかは啓君次第だけど、何かの役には立つんじゃない?とりあえず達也さんが帰ってくるのを大人しく待ってなさい」

 

 

夕歌さんは出された紅茶を飲みながら、既におくつろぎモードで、他人事の様に言う。

ここまで連れてきたんだから、最後まで責任取ってくれませんかね!?

大体この人、司波兄妹が四葉の関係者だと知っているのだろうか。先程の、『家』の用事ではない、という言葉から考えればそうなのだろうが、だとしてこの人のポジションは?四葉との関係は?ぼくの読んでいた原作15巻までで登場はあったのか?

そんなことがグルグルと頭を駆け回っていて、正面に座る司波さんのことが、頭から一切合切消し飛んでいた。

 

「司波深雪です」

 

紅茶の用意が終わり、席に座った司波さんが、自己紹介をする。そういえば、ぼくが一方的に知っているだけでまだお互いに自己紹介をしていなかった。夕歌さんも、あっ、みたいな顔をしているから忘れていたのだろう。

 

 

「五十里啓です」

「えー、啓君つまらない。もっと面白いこと言ってよ」

 

 

鬼の無茶振りである。大変うざったいことに頬をつんつんしてくるのだが、完全に無視していく。と、目の前の司波さんが何故か驚いたような顔をしていた。

 

 

「五十里啓さん?あの(・・)、ですか?」

 

「そ、だから連れてきたのよ。達也さん、喜ぶんじゃない?」

 

 

ぼくを置いてけぼりにして話が進んでいく。

 

 

「ぼくのこと知ってるんですか?」

 

「はい、以前論文を読みました。『投影型魔法陣の可能性とその実用性』、術式を幾何学紋様化して感応性の合金に刻む、という刻印魔法の前提を崩す、大変興味深い内容でした」

 

 

その論文はぼくが半年ほど前に発表したものだ。

五十里家は刻印魔法を得意としている家であり、この論文内容も原作の五十里啓の発想をパクっただけである。

刻印魔法というのは通常、術式を幾何学紋様化して感応性の合金に刻み、シンボルに想子を流し込むことで魔法式を構築し、事象改変を行う。

 

ぼくの論文は、刻印型魔法の発動において、刻印を刻んだ感応性合金プレートは必須ではないということを証明し、その実用性を示したものだ。

刻印はあくまで想子の流れを誘導するものであり、想子を刻印のパターンで投影することによっても同じ効果が得られるとした『投影型魔法陣』を世界で初めて発表したわけだけど、想子を大量に消費するというデメリットが大きすぎるため、現代ではあまり使われていない刻印魔法についての論文だ。革新的だとは思っていたが、あまり注目はされないとも思っていた。

 

 

「良く読んでくれてましたね、内容的にかなりコアなものだと思うのですが」

 

「お兄様が絶賛されてましたので」

 

「ぼく、お兄様のこと大好きになれそうだ」

 

 

ぼくの中で司波達也への好感度が爆上がりである。花音やエリカにはふーんや、へーで、適当に流され、摩利さんには難しくて分からん、もっと簡潔に説明しろ、と逆ギレされ、ぼくは世間の評判というものを一切耳に入れていなかったのだが、主人公である彼に認めてもらえた、というのは大きな自信になる。

 

 

「ねえ啓君、年上の私にはタメ口なのに、年下の深雪さんには敬語なの?」

 

凄いだるい絡みをされた。どうやら夕歌さんは自分が話に混ざれないとご機嫌ななめになるらしい。とんだお姫様気質である。

 

「いや、司波さんは美人だから自然と敬語に」

 

「よし啓君、今から君の頬をとても強い力で叩くわ」

 

 

少しからかってみたらとんでもないことを言われた。えっ、この人本気の目をしてるよ!いたいけな中学生の頬をビンタしようとしてるよ!

 

 

「どうしたら許してくれますか」

 

「上目使いで、お姉ちゃんごめんなさい、と言ったら許してあげる」

 

「変態じゃないですか」

 

 

蔑んだ目で夕歌さんを見る。何故か傷付いたような顔をする司波さん。えっ、司波さんも言って欲しかったの!?

そして、罵倒されているのに、これはこれでありね、みたいな顔の夕歌さんがもはや怖いよ!

 

 

「い、五十里さんと夕歌さんは随分と仲がよろしいようですが、どういうご関係なんですか?」

 

「「今日公園で会った」」

 

 

司波さんが笑顔のまま固まった。どうやら、状況を誤魔化すために出た質問の回答が予想外過ぎてフリーズしたらしい。

改めて考えると、公園で会った男子中学生を連れ回している女子大学生ってグレーゾーンな気がする。

夕歌さんも状況のまずさに気がついたのか、冷や汗を浮かべながら、強引に話題を変える。

 

 

「そうだ啓君!深雪さんにも相談してみなさい。こんなにも美人なのだからきっとモテモテよ、日替わりで男を取っ替え引っ替えよ」

 

「夕歌さんの中の私が酷くはないですか!?そんなイメージなのですか!?」

 

 

司波さん、再び涙目。何故かこの空間において、司波さんは弄られ役とツッコミ役を兼任することになっており大忙しである。

 

 

「大体私は男性とお付き合いしたこともありません!」

 

 

大きめの声で言った司波さん。静かになる室内。真っ赤になっていく司波さん。

そりゃね、大きな声で言うようなことじゃないからね。

 

そんな風に余裕でいられたのは一瞬だった。

急激に寒くなっていく部屋。その原因は真っ赤な顔のまま、目をぐるぐるさせている司波さんだ。あれ、もしかして暴走してらっしゃる?

 

 

「み、深雪さん落ち着いて!私が悪かったから!ね!」

 

「駄目だ!全然声が聞こえてないよ!」

 

 

慌てて司波さんを宥めようと奮闘するも、司波さんはもう意識がどこかに飛んでいってしまったのか相変わらず冷気を発している。

 

「夕歌さん、短い間でしたが楽しかったです」

 

「ちょっと!なんで帰ろうとしてるの!絶対逃がさないんですから!」

 

「離してください!この状況は全部夕歌さんが招いたことでしょ!」

 

「啓君が大人しくお姉ちゃんって呼んでればこんなことにはならなかったわよ!」

 

「暴論過ぎる!」

 

 

そんな風に、ぼくらが醜い争いをしていると、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどういう状況なんですか?」

 

 

お兄様、助けて。

 

家に帰って来た司波達也さんの最初のお仕事は司波さんを宥めることだった。

お疲れのところ、本当に申し訳ない。



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6話 司波達也

急に真面目モードになってみたりする。



「司波達也です」

 

徹り良い深みのある声は、その姿勢の良さもあって、どこか武人のような印象を漂わせる。

実際、彼は九重八雲の元で修練を積む武人であり、体は明らかに良く鍛えられていて、ぼくが見上げるくらいに大きい。

にも関わらず、その冷静さと畏まった表情のためか、どこか理知的な雰囲気もあり、本当にぼくの一つ下なのかと、疑ってしまう。

 

彼こそがこの世界の主人公。ヒロインとしての圧倒的美貌を持つ司波さんの横に並んでいる姿は、ぼくには不思議としっくり来ていて、やはり『原作』という知識がぼくに与えている影響の大きさを感じずにはいられない。

 

 

「まさかお会いできるとは思っていませんでした。『投影型魔法陣の可能性とその実用性』、大変興味深い内容で、感服しました」

 

「いや、そう言ってくれるのは司波君と司波さんくらいだよ」

 

 

両親に散々褒め称えられ発表に踏み切った論文であったが、こうして彼に評価されるまではそれが親の贔屓目だと思っていた。

司波君は「深雪もいますし達也で良いですよ」と気遣いをしてくれ、司波さんもそれに続く形で名前呼びを許してくれた。勿論、ぼくもこのビックウェーブに乗って名前呼びを頼んだ。

なんか感動だ。この二人と名前で呼び合うとか、原作キャラっぽい。

 

 

「啓さんは謙遜しますが、俺はここ数年で一番の魔法的発見だと思っていますよ。魔法師の新しい可能性を示唆する素晴らしい内容です」

 

何なんだろう、この大絶賛。お兄様からの好感度が爆高いのだが。

 

 

「直近でも基本コード仮説における仮説上の存在でしかなかった基本コードの一つ『加重系統プラスコード』の発見とか、あったと思うけど?」

 

「この論文はそんなこと(・・・・・)より遥かに価値がある」

 

 

達也君は、基本コードの発見自体の価値云々の前に、基本コード仮説自体が間違っていると考えているのだろう。何より彼ならば基本コードなんて全て解析できていてもおかしくはない。

 

 

「達也さんは啓君の論文、発表した時から絶賛だったから。親族の集まりで、世間話程度に最近の論文について話していたら、達也さんが珍しく入ってきて」

 

 

「お兄様、嬉しそうに話されていたから皆さん困惑顔をしておりましたね」

 

 

夕歌さんが話し始めると、深雪さんがくすくすと笑って、夕歌さんの話を引き継いだ。

達也君は居心地悪そうにしており、こういう状況は珍しいのだろう、と分かった。達也君が深雪さんにからかわれることって原作でもそんなに無いんじゃないかな。

 

 

「新しい可能性なんて、そんな大袈裟なものじゃないよ。そこにあったのに誰も手に取ろうとしなかったものを、ぼくが取り上げた、そのためのツールとして、ぼくは得意な刻印魔法を利用し、投影型魔法陣を作ったのさ」

 

 

『投影型魔法陣の可能性とその実用性』という論文は軍事的には無価値、つまりは現代日本の魔法分野では殆ど価値がないといっても良い。一部の刻印魔法の使い手が感心する程度だろう。

しかし、達也君はこの論文の真意に気がついた。この論文でぼくが言いたかったことを。

 

 

「俺が感服したのは『投影型魔法陣』そのものよりも、その実用性を説いた部分です。魔法理論を覆し兼ねない可能性をもった理論だった」

 

「まだ理論の段階だけれどね、机上の空論だよ」

 

「俺は可能だと思っています。貴方ならあの理論を何れ完成させるでしょう」

 

 

投影型魔法陣によってエネルギー問題や環境問題など、現代科学でも解決の難しいことを魔法によって解決する。そんな途方もないことの第一歩としての理論。あらゆる魔法は刻印魔法へと変換可能である、というこの理論は未だ机上の空論であり、証明の兆しは見えない。それでも、司波達也という主人公にそんなことを言われたら出来る気になってしまう。

 

 

 

「――貴方はあの理論の果てに、何を見ますか」

 

 

それは唐突な問だった。

なのに、答えは達也君の問に間髪入れず口から出た。

 

 

「平和な日常、かな」

 

 

ぼくが求めているのはいつだってそれだけだ。だからぼくの魔法の研究テーマも目的は結局、そこに集約しているのだろう。

 

平和というのは、恒久的に維持するどころが、一日だって不可能だと思っている。今も世界のどこかでは戦争が行われているし、もっと小さなことに目を向ければ今もどこかで犯罪行為が行われているだろう。

 

だから、平和とは定義の問題だと思っている。

例えば日本では、今の世の中を平和だと思っている人が殆どだろう。世界のどこかで戦争が行われていたって、人が大勢死んでいたって、それは日常の中に溶けていて、汲み取ろうと思わなければ、それは無関係な人間達にとっては平和と変わらないのだから。

 

ぼくだって本当はそうだ。

今の世の中を平和だと思っている。それはぼくの平和の定義が限りなく狭いから。

自分と、ぼくの大切だと思う人。それだけだ。その人達が健やかに快く過ごしてくれているのなら、それが平和なのだ。

 

達也君が、そんなぼくの心情を理解したとは思えないけど、彼は黙り込んだ。

そうして彼なりにぼくの答えを咀嚼して、解釈できたのか、彼は口を開いた。

 

 

「魔法の兵器利用から離れ、魔法師に平和的な生き方を提示する姿勢は、俺も共感できます。魔法師が兵器として利用され続ける世の中を……俺は変えたいと思っている」

 

 

それは途方もなく難しいことだと、彼はきっと気がついているのだろう。

いや、気がついていながら、その可能性を見ないようにしている。それを指摘してあげるのが、歳上の役目って奴だろう。

 

 

「ぼくもそう思う。でもそれって矛盾した思想だと気がついてしまうと、それが途方もなく難しくて、遠いって絶望したくなるんだ」

 

「矛盾した思想……ですか?」

 

「個人的な解釈として、そう思ってる。矛盾、という以上に性悪説、人間という生き物への信頼がないだけかもしれないけど……」

 

 

性悪説とは、人間は環境や欲望によって悪に走りやすい傾向があるという考え方だ。

意地の悪い考え方かもしれないが、ぼくは人間の本質をそう捉えている。

だからこそ、世の中から魔法師の兵器利用を無くせばどうなるのか、最悪のシナリオを思い描いてしまうのだ。

 

 

「今の世の中、魔法師って存在は軍事的に最重要とされている。それは魔法が強力だからってわけじゃない。魔法より強力な兵器だってあるし、その方が一人の戦略級魔法師を生み出すよりずっと楽で低コストだろう」

 

 

これは極端な考え方であるのは間違いない。しかし、絶対的にこうした思想があることも、また間違いない。

例えばミサイル一つを製造するのと、ミサイルと同じ威力の魔法を使える魔法師、どっちの方が早く作れて、簡単か、比べるまでもない。

 

 

「でも、だからこそ魔法師に兵器としての側面が必要になってくる」

 

 

ここからは最悪のシナリオでしかない。あるかもしれない未来の話。可能性の問題だ。

 

 

「例えばの話をしよう。魔法師が軍事分野から撤退し、別の分野に移行したとして。魔法師が担っていた分の軍事力は低下することになるわけだ」

 

 

魔法師という存在が軍事的に最重要とされている現代、魔法師が兵器としての役割を放棄すれば、単純に軍事力は大きく低下する。

が、問題はそれによって何が軍事力のパーセンテージを占めるか、ということ。

 

 

「さて、ここに戦略級魔法より強力な兵器がたくさんあります」

 

「……っ、そういうことですか」

 

 

達也君がぼくの意図に気がついた時、深雪さんと夕歌さんはまだピンときていない様だった。

達也君が気がつけたのだって、きっと少なからずそういう考えを彼が持っていたからなのかもしれない。

 

 

「魔法は物量にある程度縛られない、兵器とは物量とコストが比例している」

 

「魔法師が撤退すれば、軍事力はその国の経済力で数値化できる。そうなったら……きっと戦争が始まるだろうね」

 

 

達也君とぼくの言葉に、やっと二人は気がついた様だった。

 

 

「魔法師が軍事的に最重要とされているのは、潜在的にはそれが数値化できない脅威であるから、ということですね」

 

「小国は大国に物量で対抗できない。魔法師という数値化できない、物量に縛られない脅威が無くなれば、大国の四国は世界を呑み込もうと、戦争を始める」

 

 

性悪説かもしれない。実際にはそうなったところで、戦争なんて始めないかもしれない。

これで世界は平和になったね、魔法師のみんな仲良くしようよ!と肩を組んで笑い合えるかもしれない。

けど、そのかもしれないの中に、戦争という選択肢は確かに存在していた。

 

 

「そうして戦争が始まれば、結局魔法師は兵器として駆り出されることになる。負のループだよ」

 

 

ぼくはあらゆる物事をネガティブに考える。最悪を想像する。転生なんてものを実際に体験した身として、予測できない突拍子もないことが起きることを文字通り死ぬほど理解しているのだから当然だ。

 

「だからぼくは世界規模の変革は難しいと思っている。でもせめて、戦いたくないと思っている魔法師達のために、道を示してあげたかった。ぼくはそのためにこの論文を発表したんだ」

 

 

ぼくは主人公じゃない。世界なんていつも通りに回ってくれていれば良い。自分の身の丈にあった平和を、望んでる。結局、その範囲の中で、それでも何かを変えたくて、そんな気持ちでこの論文を書いた。

偽善でもなんでも、魔法師って存在を少しでも変えたかったのだ。

 

魔法師に生まれたために、家族の愛もろくに知らない、一人寂しそうにしてる、そんな女の子の背中をぼくは知っているから。



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7話 中条あずさ

一気に時間が飛びます。



時が経ち、しかしぼくの悩みは解消されることなく、無様にも引き延ばしていた。

夕歌さんに相談しても適当な返事しかないし、結局は自分で決めるしかないことなわけで、そのためにぼくが選んだのが延長という、へたれとも、意気地無しとも、何と呼ばれても甘んじて受け入れるしかない行為で。

 

高校卒業まで。

 

それがぼくに与えられた猶予にして、花音とエリカ、二人がぼくを巡って争う期間ということ。ただ、あの二人はぼくなんかよりはずっと強いから、何やら二人で協定らしいものを結んでいるらしく、二人の仲は意外な程に悪くない。このままこういう関係が続いていけばいいのに、なんてことも考えたりするが、一人の男として、ここまでさせておいて、決断をしないというのは無しだろう。

ぼくは未来の自分に期待しつつ、一先ず平和に過ごしていた。

 

悩みを解決できなかったのなら、司波兄妹との出会いがリスクだけの無駄だったかと言われれば、そんなことはなくて、ぼくは達也くんという得難い友人を得ることが出来たし、そのおかげで新魔法が完成したりもした。主人公にして世界的に有名な魔工師トーラスシルバーのシルバーでもある彼は、中学生であってもやはりそのスキルは超一級。彼がぼくをリスペクトし、先輩として尊敬してくれていることは何より誇らしい。

 

――今日はそんな達也くんが主人公であり、物語の主な舞台である一高、その入学式に新入生として参加していた。

 

一高に、一科生として合格することの出来たぼくと花音は自由席であるはずなのに、明らかに規則性のある席順に特に逆らうことなく、講堂の前半分、前から三列目の真ん中辺りに並んで座った。

どうやらこの頃から、前半分が一科生、後ろ半分が二科生、という風に別れていたようだ。

ぼくとしては、退屈な入学式なんて後ろの方で寝ていたい、というのが本音なのだけど、そんな理由でわざわざ後方に座って、反感を買うのも馬鹿らしい。いや、それを言ったらそもそもこの明確に別れている席順そのものが馬鹿らしいのだけど。

 

 

「えっ、小学生?」

 

 

新入生総代による答辞。

舞台の横からちょこちょこと現れたのは、花音が思わず声に出してしまうくらい、小さな少女。

中条あずさ、というらしい彼女はガチガチに緊張しているのが丸分かりの表情で、一生懸命に答辞を読み上げている。噛み噛みなのも、その一生懸命さと愛らしい容姿で、微笑ましいものとなり、痛々しくはならない。これも一種の才能といえるだろう。彼女は最後にマイクへ頭をぶつけるという、なんとも古典的なドジをかまして、真っ赤な顔で袖へと消えた。

 

本人にとっては大失敗、黒歴史かもしれないが、見ていた側からすれば、なんとも微笑ましいものを見ることができて、緊張が和らいだ。このお陰で、クラスメイトに話しかけられず、高校デビューに失敗、なんてことも少なからず減ったのではないだろうか。

 

 

「啓、さっさと行きましょ」

 

式の終了に続いてIDカードの交付がある。

 

花音がぼくの手を掴んで、席を立つように促した。ぼくとしては、混んでいる今は待って、空いてきた頃に行けばいい、と思うのだけど、せっかちな花音さんは、待ってはくれない。

 

 

IDカード交付のための窓口には、やはり列が出来ていた。

この列ですら、一科生と二科生で綺麗に分かれていて、呆れを通り越して笑ってしまいそうになる。

IDカードは予め各人別のカードが作成されている訳ではなく、個人認証を行ってその場で学内用カードにデータを書き込む仕組だから、どの窓口に行っても手続きは出来るし、結果も同じだというのに。

 

 

「啓!何組だった?」

 

キラキラとした目で見つめてくる花音。

1学年200名が、1クラス25名の8クラスに分かれており、一科生がA~D組、と二科生がE~H組となっている。つまり、同じクラスになる確率は四分の一。

 

「B組だよ。花音は?」

 

 

ぼくが発言した途端、目に見えてキラキラが無くなっていた。

 

 

「なんで啓と私が同じクラスじゃないのよ!」

 

 

どうやら花音はA組であったらしい。

大きめの声で叫んだ花音に周囲の視線が集まっていたので、ぼくは宥めることに徹する。

 

 

「まあ、こればっかりは運だよ。ランダムなんだからさ」

 

「なんで啓はそんなに冷静なのよ!」

 

 

こっちに怒りが飛び火した。咎めるような目は、私と同じクラスが嫌なの!?と問いかけてくる。

 

 

「そんなことないよ、ぼくだって花音と同じクラスが良かったけど、それは来年の楽しみにしておくよ」

 

ぽんぽんと頭を撫でてやれば、それで花音の怒りは引いていく。基本的に花音はちょろいので、こうしておけば大概収まる。

残念なのは、こうして頭を撫でるのに少し背伸びしなくてはならないということだ。

 

 

「啓、ホームルームいくでしょ?」

 

 

すっかり機嫌の直った花音の興味は新しいクラスメイト達へと移っている。花音は人見知りとは無縁の性格であるし、友達ができないということもないだろう。その点は心配していない。

 

「そうだね、じゃあ、終わったら待ち合わせようか」

 

「分かったわ、どこで待ち合わせる?」

 

「まだ校内を把握できてないし、校門にしよう」

 

 

こうして、花音とは再び集まることにして一旦別れる。というより、花音がさっさとクラスに向かってしまった。別に、クラスは別でも隣同士なのだから、クラスまでの道のりは一緒なのに。

彼女のこうした極端な思考回路を可愛いと思えてしまうぼくは、花音に甘いのだろう。

 

 

「ぼくも向かわないと」

 

 

今日はもう授業も連絡事項もない。手続きが終わったところで帰っても良かったのだが、花音のワクワクとした様子を見るに、彼女がホームルームへ向かうことは分かっていたし、何より、新しい友人を作るのに、今日という日は無駄にするべきではない。

 

ぼくはもう見えなくなってしまった花音の背中を追うようにして、B組のホームルームへ向かう。

 

ホームルームこそ存在するが、古い伝統を守り続けている一部の学校を除いて、今の高校に担任教師という制度は無い。

事務連絡に一々人手を使う必要はなく、そんな人件費の無駄遣いをする余裕のあるところも少なく、全て学内ネットに接続した端末配信で済まされる。

学校用端末が一人一台体制になったのは、何十年も前のことらしい。

個別指導ですら、実技の指導でなければ、余程のことでない限り情報端末が使用される。

それ以上のケアが必要なら、専門資格を持つ複数多分野のカウンセラーが学校には必ず配属されているから、そこに頼りましょう、ということだ。

 

では何故ホームルームが必要かというと、実技や実験の授業の都合ということになる。

それに、自分用の決まった端末があった方が、何かと利便性が高いという理由もある。

背景はどうあれ一つの部屋で過ごす時間が長ければ、自然と交流も深まる。

担任制度が無くなることで、クラスメイトの結びつきは寧ろ強くなる傾向にあった。

 

そんな、時代によって移り変わる学校の様子を考えていると、目の前に小さな背中が見えた。

扉の前で何やら深呼吸をしている。先程、新入生総代を務めていた中条あずささんだ。原作において、生徒会長を務めることになる彼女は、やはり原作通り小心者のようで、一向に扉の先へと向かおうとはしていない。

いたずら心が、湧く。

 

 

「入らないの?」

 

「ふぁぁあああ!?」

 

あえて後ろから急に話しかけたのだが、予想以上に面白い反応を見せてくれた。二メートルは後ずさっただろうか、素晴らしい反射神経だ。

 

「中条あずささんだよね、新入生総代を務めてた」

 

「し、しし新入生総代の件は忘れてください!」

 

どうやら、既に彼女は入学式の答辞が黒歴史になっている様だった。これから散々弄られることになると思うので、そのピュアなリアクションを忘れずにいて欲しいところだ。

 

 

「おでこ、大丈夫?」

 

「だからっ、忘れてくださいと言ってますよね!?」

 

 

涙目で訴えてくる彼女はとても愛らしく、もっと意地悪をしたくなってしまうが、今日のところはこの辺にしておいてあげよう。

 

 

「緊張、解れたでしょ?」

 

「え、まさか、そのために……?」

 

 

胸の前で手を組んで、きょとんとした顔をしている彼女に、ぼくは笑顔で言う。

 

 

「中条さん、後ろ見て」

 

「へ?」

 

 

ぼくらは教室の出入口で、今のやりとりをしていたのだ。教室の出入口は二つあるが、今日に限っては、手続きを終えた人間が先に通りかかる一つ目の出入口、つまりは中条さんが深呼吸をしていた出入口に集中する。

ぼくらの後ろでは、クラスメイト達が興味深そうにこっちを見ていた。

 

ぷるぷると震える中条さん。

 

 

「さあ中条さん、今日の新入生総代の話をしてあげるんだ!」

 

 

顔を真っ赤にした中条さんが、クラスメイトの波に飲み込まれていく。

ぼくは凄く良い仕事をした満足感でいっぱいだ。

 

 

「さて、花音より先に駅に向おう」

 

 

ぼくはこの場を去ったが、この後中条さんは何度も答辞を弄られることとなった。

 

そうしてぼくの尽力もあり、中条さんが、クラスのマスコットになるのに、そう長い時間はかからなかった。





もう後2話で一旦は完結の予定です。


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8話 市原鈴音

一気に時間が飛びます。
そして今話からはずっと前に書いたものではなく付け足しで書いた話なのでテイストが若干違うかもしれません。


一高に入学して一年が経ち、今日が運命の日だった。つまりは物語の始まり、司波兄妹の入学の日だ。

ただそれとは別に今日は特別な日でもある。

 

「エリカ、迷わず来れたかい?」

 

「啓兄、あたしを子供扱いし過ぎ」

 

睨むようにエリカが突っ掛かってくるが、いつも通り頭をぽんぽんと撫でてご機嫌を取っておく。エリカはムスッとしているけど手を止めようとはしないので、嫌ではないのだろう。

今日はこのぼくの可愛い妹、千葉エリカの入学式でもある。中学校時代ただの一人も仲の良い友達はおらず、心配していたが、原作を知っている身としては高校は安心だ。大変なことも多いけど、それでも彼女という人間が成長するために必要なことだ。何より、彼女にとって今までとは比べものにならないくらい楽しい三年間になることは間違いないのだから。

 

「摩利さんも来たがってたけど仕事だって残念がってた。花音もその付き添いで引きずられていったよ」

 

「その光景が簡単に浮かぶ」

 

風紀委員長の摩利さんは忙しいし、自分だけぼくと一緒にエリカを出迎えようとした花音は、摩利さんに首根っこ掴まれ、引きずられるようにして連れていかれた。あんまり大勢で出迎えられてもエリカが恥ずかしいだろうから丁度良かったのかもしれない。

 

「これであたしも高校生、だね?」

 

エリカが挑発的にぼくを見詰める。あはは、と笑いながら頭を撫でて顔を伏せさせた。

あれから一年が経つけれど、ぼくの許嫁問題は未だに解決していない。ぼくが決めてしまえばそれで終わるのだけど、時が経てば経つほどに決められなくなり、現在も続いていた。どんなに遅くても卒業までには決めなくてはならないし、どっちを選んでも摩利さんには必ずしめられるし、目下一番の悩みかもしれない。贅沢な悩みといえばそうなのだが、悩んでいる側としては真剣なのだ。

 

「さ、遅刻しないように会場へ行きな。早く行かないと席が無くなってしまうからね」

 

「啓兄は?」

 

「仕事。生徒会の手伝いをしてるんだ」

 

生徒会はこういう行事では常に忙しく、メンバーの人数が伝統的に固定されてしまっているため人手不足。風紀委員も手伝ってはいるけど、そんな生徒会メンバーの一人である我らがマスコットに頼まれてぼくはお手伝いに駆り出されていた。

大体の仕事は終えたから、後は入学式が近くなっても校内を迷っている新入生がいないか見回りをするだけ。エリカを見送ったぼくは、新入生が迷いそうな場所へと足を進めた。

 

「啓くん!」

 

テクテク、と表現するよりも、トテトテと表現するのが正しいような愛くるしい動きでぼくの元へと走ってきたのは、ぼくに手伝いを頼んだ張本人にして、去年一年間を同じクラスで過ごしたクラスのマスコット、中条あずさだった。

あの、入学式での一件以来仲良くなり、お互いにCADが好きだったりで話しやすく、今では親友ともいえる存在となっていた。彼女の頼みとあっては、ぼくは大概頷いてしまうのだから、この手伝いも必然だったのだろう。

 

「後はもう大丈夫そうだから、切り上げて良いよ。手伝ってくれてありがとう」

 

ぼくは彼女の持っていた書類の束をひょいと受け取って片手に持ち直し、鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとしている彼女の頭を数回ぽんぽんと触れる。

 

「これ、会場まで持っていくんでしょ?あずさドジだからぼくが持っていくよ」

 

「ド、ドジじゃないよ!」

 

あずさの反論を待たずに歩き出したぼくに、もうっ、と不満そうな声を漏らしつつも、しっかり着いてくる。

 

「あ、私の癒し!」

 

講堂の生徒会メンバー達が控えている場所へ書類を持っていくと七草会長が真っ先に飛んできた。この書類は会長に渡すのがベストだろうから丁度良いと言えば丁度良いのだけど、この人のぼくの扱いは完全にマスコット扱いである。あずさとセットで会長の癒しとして認定されてしまい、今もこうして両頬を手でふにふにされている。既に会長の手によってワシャワシャされてダウンしているあずさの様になるのは御免なので、千葉道場で修得した足さばきで、さっと抜け出す。

 

「鈴音さん止めてくださいよ」

 

こういう会長の暴走を止めるのが生徒会会計の一番の仕事なんだから。

 

「私を会長のお守りにするのは止めてください」

 

「ねぇ鈴ちゃん、私に聞こえてるって忘れてない!?」

 

鈴音さんは表情を変えずに、ただ会長から目を逸らした。

 

「なんでよ!」

 

「鈴音さんは会長の公式飼育委員ですから」

 

啓くんには私を敬う気持ちが足りないわね、とあずさをダウンさせたわしゃわしゃ攻撃が始まってしまった。初対面の時からこんなことばかりしてくるから敬意の気持ちとか、憧れとか、一切合切吹き飛んでしまうんですがね!

この人ぼくのこと男と認識してないから。ぼくの性別を忘れてないかと訊ねたら、だって啓くんは啓くんじゃない、と当たり前のことのように首を傾げられてしまった。どうやら知らぬ間にぼくの性別は『けいくん』になったらしい。公的書類晒してやろうかな。

 

「鈴音さん!見てないで助けて!」

 

さっきも止めてくれなかったように、飼育委員鈴音さんは、我関せずで助けてくれない。ぼくの頬がもう取れそうなのだけど。

 

「まあ、貴方が引き受けてくれるならいくらでも止めてあげますが」

 

なんでこんなに助けてくれないのかと思ったら、どうやら先日、論文コンペのメンバーへの誘いを断ったことをまだ根に待っていたらしかった。

魔法を経済活動に不可欠なファクターとすることで魔法師の地位を向上させ、兵器としての魔法師からの解放を目指している鈴音さんの思想には共感出来るし、是非とも実現させて欲しいとも思っている。ぼくに協力できるならいくらでも協力したい。

ただ論文コンペだけは駄目なのだ。その日はぼくが生きるか死ぬか、つまりは物語に勝つか負けるかの大勝負の日なのだから。

 

六月初頭に論文コンペ出場希望者が校内の論文選考会に論文を提出し、選ばれた三人がメンバーとして論文コンペに参加するのだ。鈴音さんは現三年の理論トップ。今年は間違いなく鈴音さんをメインにしたコンペになるだろう。どうやら鈴音さんはそれにぼくを加えたいらしいのだ。そのために、ぼくに論文選考会に論文を出せと迫ってきている。六月に選考がある以上、今くらいから準備するのはむしろ遅いくらいなので、鈴音さんはこの時期にぼくへ言っているというわけ。

 

鈴音さんとは結構馬が合って、魔法の話も良くするし、そういう思想の話もしていたからぼくと鈴音さんの目指すべき形が似ていることも理解していただろう。ぼくが論文を発表したことがあるのも知っているし、論文選考会に論文を提出しようとしないのが納得できないのかもしれない。

ぼくの知り合いの先輩では一番頼りになる頭の良い先輩なのだけど、敵に回すと一番狡猾で怖い先輩でもあるのだ。

 

頑なに首を縦に降らないぼくに鈴音さんはただ一言。

 

「残念です」

 

そう言って、ダウンしていたあずさを、ぼくと会長のところに連れてきて差し出すと、会長は喜んであずさとぼくを頬がくっつくまで近づけて並べて抱きすくめた。ぼくとしては美少女二人とくっつけるので役得でしかないのだが、鈴音さんは何がしたかったのだろうか。

 

そう疑問の隠った視線を鈴音さんに向けると鈴音さんは笑っていた。そのクールな笑みは計画通りとでも言うような、それはそれは悪い顔で。

 

パシャリ。

 

そんな昔懐かしい携帯端末のカメラの音が響く。ん?

 

「記念に千代田さんに送っておきますね」

 

至ってなんでもないことのように悪魔みたいなことを言い出した。

 

「良い写真ですから」

 

「ぼくを殺す気ですか!?」

 

あずさとぼくが頬をくっつけて、ぼくらの後頭部には会長の満面の笑顔。

只でさえ花音からはあずさと仲が良すぎると変な勘繰りをされているのに、そこにこんな写真送ったらどんなことになるか。考えるだけでも恐ろしい。

ぼくが花音怖さに鈴音さんに屈するか悩みながら、会長にわしゃわしゃとされていると救世主は現れた。

 

「あの、私はどこで待機を……」

 

どうやらぼくがここに来る前にリハーサルを終えた深雪さんは、こうして好き勝手やっている生徒会の面々に忘れ去られ、放置されていたらしい。生徒会のしっかり担当、鈴音さんが、あっという顔をしている時点で忘れられていたのは間違いない。世紀の美少女がなんて不憫だ。でもこれで助かった。

 

「ごめんなさい、啓くんが甘えてくるものだから」

 

会長が笑顔で嘘を吐いた。ここぞとばかりに同調する鈴音さん。ちょっと、貴女が同調したらもうそれは白でも黒になるよ!何も助かっていなかったね!これじゃあ、今度は深雪さんに軽蔑され――

 

「啓さん、私には甘えてくれないのに」

 

――る、でもなく、そこには何故か頬を膨らませた深雪さんの姿が。なんでだ。

深雪さん――正確には司波兄妹と――と出会ってもう一年以上になるけど、キャラ崩壊し過ぎじゃないかな。

 

「あら?二人はお知り合いなのかしら?」

 

「はい、お兄様の唯一のご友人ですから」

 

深雪さんが笑顔で嬉しそうに言えば、当然のことながら何とも言えない微妙な空気になる。達也くん、知らないところで、友達少ない可哀想なやつということになってしまった。会長が、仲良くしてあげよう、という不穏な独り言を呟いているくらいだ。達也くん、強く生きてくれ。

 

「それはそうと深雪さん、入学式まで啓くんは触り放題だからね」

 

「えっ」

 

達也くん、どうやら強く生きなくてはいけないのはぼくの方だったらしいよ。

元気100%で答辞に向かった深雪さんとは裏腹に、控え室で屍になっていたぼくを慰めてくれたのはあずさだけだった。

親友、放課後カラオケ行こう。奢るから。

 

 

ぼくの魔法科高校二年目はこうして始まった。





次話で一旦完結なのですが、まだ完成していないので投稿遅れたらごめんなさい。


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