悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです (キメラテックパチスロ屋)
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全国大会編
プロローグ


どーも、アンニュイな千鳥足です。
今回はイナズマイレブンの二次創作を書いていきたいと思います。
長く語るのもアレなので、本編をどうぞ。


 それは一瞬の出来事だった。

 何の変哲も無いサッカーボールを少女が蹴る。

 するとボールは暴風を纏い、地面をえぐりながら敵側のコートへ侵入していく。

 

「グッ……があああああ!?」

「うわァァああああああ!?」

 

 その強烈なシュートを止めることは誰もできない。選手たちは次々と暴風に巻き込まれては吹き飛ばされ、大怪我を負っていく。そして最終防衛戦のキーパーの両手を難なく弾き飛ばすと、もろともゴールに突き刺さった。

 

『ゴォォォォルッ!! 13対0という圧倒的な差を見せつけて、帝国学園の勝利ィィ!!』

「やったー! 見た見た? これで私だけで9得点目。トリプルハットトリックやっぺ〜!」

 

 悔しさに涙を流す者、痛みに涙を流す者、そしてこれから起こりうるであろう悲劇を予想してしまい、涙を流す者。それらがいる中で、彼らにトドメを刺したシュートを繰り出した張本人が、一人場違いに明るく笑う。

 

 ピンク色の腰までかかる髪。雪のように白い肌。楽しげな笑顔は、まるで天使を彷彿とさせる。

 しかしその少女が作り上げたのは、悪魔が荒らしたかのような惨劇だった。そしてそれはまだ終わってはいない。

 

「無駄口を叩いている暇があったら、さっさと次の作業をしろ」

「へいへーい。わかってるって鬼道君」

 

 そんな少女に、ゴーグルとマントをつけたドレッドポニーテルヘアーという、特徴的な姿の少年—–—鬼道が声をかける。

 少女はそれに適当に答えると、天高く跳躍して、一気に近くに停めてあった装甲付きの戦車のようなトラクターに飛び降り、その操縦席に乗り込む。

 

 エンジンをかけると、トラクターは怪物のような唸り声をあげた。それを聞いた相手学校の生徒たちは、たちまちこれから何が起こるかを悟り、叫びながらその場を散って行く。

 そしてがらんどうになった学校に残ったのは帝国の選手たちと、地面に跪く相手側の理事長らしき人物。そして—–—–

 

「お前たちは敗れた。帝国のやり方は覚えているな?」

 

 理事長に『解体許可証』と大きく書かれた紙をちらつかせる、サングラスをかけたいかにも悪人な人物、影山総帥だけだった。

 

「やれっ!」

「あいあいさー、っと!」

 

 鬼道が腕を振り上げて合図を少女に送る。と同時に軽々しい返事と、怪物の雄叫びが再び響いた。

 そして少女はアクセルペダルを思いっきり踏んづける。トラクターは吠えながら校舎に突進していき、一撃で目標を半壊させる。

 

「やめろぉぉぉぉ!! やめてくれェェェェッ!!」

「んなこと言われても私、二番目に好きなのが乗り物の運転なんだよ。今日唯一のお楽しみを邪魔しないでほしいねー」

 

 駆けつけた相手校の選手たちが泣き叫ぶが、少女はそれを無視。嘲るような笑みを浮かべて、残った校舎に向かって突進。

 

「あ、ああ、ああァァァァァァァァッ!!!」

 

 壮大なクラッシュ音が鳴り響く。

 砂煙が巻き上がり、それが消えたころには校舎の姿はなく、代わりに帝国学園の校章が描かれた旗がいくつもそこに立てられていた。

 

「ふぅー、スッキリしたぁ! やっぱりザコ戦やったあとのストレス発散は格別だねー!」

 

 廃墟のような大地に立ち、少女は笑う。

 

 彼女の名は白兎屋(しらとや)なえ。

 帝国学園総帥補佐であり、帝国サッカーイレブンのストライカー。

 

 ——つまりうち、いや私のことである。




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ブラック企業KAGEYAMA

「ふんふふ〜ん」

 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、目の前のキーボードを叩いていく。その歌を聴いて総帥が顔のシワをピクピクと動かしているけど、気にしない気にしない。

 

 私こと白兎屋なえは孤児だった。

 うちの父親は北海道にある『しろうさぎ本舗』という大きな会社の父だった。しかしそれも過去の話だ。

 父は重大なプロジェクトで取り返しのつかない失敗を犯してしまったのだ。その後、会社は瞬く間に潰れて家は借金まみれに。挙げ句の果てに両親は私を残して失踪してしまった。

 

 それ以降、私は東京の孤児院に送られ、そこで総帥と出会った。

 んでなんやかんやあって、今の総帥補佐という地位に立ってるってわけ。

 今の喋り方も北海道弁から標準語にあっという間に変わってしまった。それでも故郷が忘れらないのか、たまになまっちゃうんだけど。

 

「失礼します」

 

 っと、自分のことを内心で語ってたら、我らが帝国イレブンのキャプテンである鬼道君が自動ドアの向こうからやってきた。

 ゴーグルに赤マント。相変わらずの変態っぷりである。

 

「ヤッホー鬼道君。わざわざ来てくれてあんがとねー」

「いや、これも総帥の命令だ。礼などいらん」

「……よく来てくれたな、鬼道よ」

 

 鬼道君が来たことでようやく総帥が重い口を開いた。

 

 影山零治。ここ帝国学園の学園長兼総帥。そしてサッカー協会副会長の名を持つ男。つまり私たちの頼れるボスだね。

 

 ここ総帥の部屋は、玉座の間をモチーフにしたものになっている。

 奥の方では床が一段上になっており、そこに銀色の長机と高級そうなな椅子が置かれている。総帥の席はもちろんそこだ。

 そして補佐である私の机と椅子はその斜め後ろに置かれてある。しかし私のはなんも置かれてない総帥のとは違ってコンピュータ類でいっぱいだ。

 だってこの人中卒のせいで機械類にめっぽう弱いんだもん。だから仕事を押し付けてくるし、補佐のを含めて総帥の仕事の半分は私が補っていると言っても過言ではない。

 まあ給料高いからいいんだけど。ホワイト企業KAGEYAMAは今日も平和です。

 

「それで総帥、御用とは?」

「ああ、我ら帝国学園と雷門中の練習試合が決定した。貴様らには一週間後、そこに出向いて行ってもらう」

「雷門中ですか……? 聞いたこともない学校ですね。調整は……」

「いらん。詳しくはなえに聞け」

 

 それだけ言うと総帥は口を閉じて、石像のように固まったまま無反応になってしまった。

 はぁ、まったく……人使いが荒いんだから。

 私はキーボードをタップする。すると半透明なモニターが鬼道君の前に現れ、そこに目当ての中学校の情報が表示された。

 

「部員数7人……大会出場記録なしだと? ただのザコじゃないか」

「そーゆーことやっぺ。だから調整は必要ないってわけ」

「だが……こんなところになぜ一軍が行く必要があるんだ?」

「そこに転校生が入ったという情報があるからだ」

 

 おい総帥、説明私に任せるんじゃなかったのかよ……。

 いいとこで毎回セリフ奪うのやめてくれない? ガキかあんたは。

 ジト目になっている私を無視して、総帥は語り出す。

 

「豪炎寺修也。この名に聞き覚えは?」

「確か前回のフットボールフロンティアで木戸川清州のストライカーだったはず。 ……まさかこいつが?」

「貴様の任務はこいつのデータ採取だ。そのためならば試合中何をしても構わん。引きずり出してでも試合に参加させろ」

「……了解です。チームのみんなにも伝えに行ってきます」

 

 鬼道君は丁寧にお辞儀をすると、部屋を出ていった。

 辺りに静寂が再び蘇る。この人気の利いたジョークもしないし必要ないことは基本ガン無視してくるから喋ることないんだよねぇ。

 どうせデータ採取とか言いながら、細かい作業は部下にやらせるつもりなんでしょうね。この人自身が動くとこなんてあんま見ないもん。君の部下たちと飲み会行く時にすごい愚痴られるんだよ? 曰く給料は高いけど仕事量多いし、下手したら警察に捕まるから割に合わないだとか。あと休日が少ないだとか。

 

 結論を言おう。

 我らがホワイト企業KAGEYAMAは今日も平和です。

 

 

 ♦︎

 

 

 白兎屋なえ。

 それは日本サッカー界において天才ゲームメイカーと呼ばれる鬼道と同じくらい有名な存在だ。

 精細なボールコントロール。閃光のように素早いドリブル。そして豪快なシュート。

神姫(ゴッドプリンセス)』。

 まるで女性のような美貌と、組織的サッカーを好む帝国の中で凄まじい個人技が目立ちに目立った結果から付けられた名がそれだ。

 ……いや、実際は女性そのものなのだが。

 

 鬼道は帝国イレブンに一週間後の試合のことを伝えた後、全員と練習をしていた。

 調整は必要ないのはわかっている。だからといって己のプレイを錆びつかせていいわけではない。常に切磋琢磨していかなる敵をも打ち破る。それが帝国サッカーだと鬼道は思っていた。

 

 だが、その全員の中になえは含まれてはいなかった。

 当然だ。なえは総帥補佐。今こうして自分たちが練習している間も、デスクワークに追われているに違いない。

 その分仕事がない時のなえのサッカーへの真剣度は人一倍なので、他のメンバーがなえに対してマイナスな思考を抱くことはほとんどないが。

 

 鬼道となえは長い付き合いだ。

 孤児院にいたころから知り合っており、二人揃って影山総帥に連れてかれた。

 鬼道はちょうど跡取りを欲しがっていた鬼道家に迎えられたが、話によるとなえはここ帝国学園の一室に住んでいるらしい。そして総帥の補佐をする事で生活費を稼いでいるそうだ。

 

 だが正直言って白兎屋なえという存在は得体が知れない。

 誰よりもサッカーを愛しているのはわかる。楽しそうにボールを蹴っているところを見ると、まるで無邪気にはしゃいでいる子供のように感じられてしまう。

 しかし、それ以外がよくわからない。

 相手が勝負するに値しない相手と見ると、なえは豹変してしまう。

 まさに天使から悪魔になったかのように、冷酷に相手を潰そうとするのだ。昨日も命令とはいえ、笑いながら敵校舎を破壊してしまっている。

 

 狂っている。

 だがそれを鬼道が口にすることはない。言ってしまえば、なえという存在そのものを否定してしまうから。

 脳裏によぎるその考えを振り切り、鬼道は再び練習に集中するのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 影山零治にとって白兎屋なえとは、磨き上げた黒い宝石だ。

 

 孤児院で鬼道という最高の素材を見つけた後の帰り道、道草を食って人通りの少ない空き地で彼女を見つけた時、戦慄が走った。

 

 明るい髪とは裏腹に、絶望を含んだ暗い瞳。そして全ての憎しみを叩きつけるかのように延々とボールを蹴り込む姿。

 一瞬で悟った。自分の闇の全てを注ぎ込むのに、これ以上優れた存在はいないと。

 

 鬼道に教えたのがサッカーの表とするならば、なえに教えたのはサッカーの裏だ。鬼道には教えていないあらゆる悪事の知恵を授け、磨き上げた。

 そして完成したものはとても美しく……とても面倒くさいものになった。

 

「総帥総帥ー。たまには書類仕事くらい手伝って欲しいっぺよー。このままじゃ私が潰れちゃうよー」

「我慢しろ。その代わり給料は見積もっているのだから」

「お金増やせばいい話じゃないんですよっと。労働基準法で訴えますよ?」

「私は君が女性であることを告発して、フットボールフロンティアに出れなくさせてもいいのだが?」

「許してください総帥! それだけは勘弁して!」

 

 冷たいタイルに頭を擦り付ける自身の最高傑作。

 フットボールフロンティアは男子中学生の大会だ。本来なら女性であるなえが出ることは許されてはいない。

 だが影山はサッカー協会の副会長だ。性別を偽ることぐらい造作でもない。

 

 しかし面倒なのは最初に出会った時とは正反対のこの妙に明るい性格だ。一応の性別バレのために男らしく振る舞えと昔から言っているのだが、聞く耳を持たない。服も黒いダッフルコートにミニスカートと、性別を隠そうともしていない。おまけにサッカーをやってない時はいつもうるさいので正直迷惑だ。

 

 だがこんなやつでも闇を持っているため、鬼道にはできないことをやらせることができる。

 言ってしまえば裏社会の悪事。ターゲットの故障や暗殺の手引き、さらには違法薬物などの密輸も行なっている。そしてそれができるからこそ、闇が深い帝国学園において二番目に権力を持つ総帥補佐の地位にこれを置いているのだ。

 

「ねー総帥? 雷門中に行くときにトラクター持ってっちゃダメ?」

「好きにしろ。現場の指揮も貴様に任せる」

「あいあいさー」

 

 そんなやりとりがあって一週間後。

 ついに練習試合の日が来た。



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雷門中

 雷門中。

 特に目立った特色があるわけでもない、普通の中学校。

 そこの悪い意味で有名なサッカー部が帝国学園との練習試合を行うという話は、タダでさえ話題が少ないこの学校中に瞬く間に広まっていた。

 

 そして試合当日。

 何気ない学校のグラウンドが、突如揺れ始めた。

 それはわずかなものだったが、近くにいた生徒たちはすぐにそれに気がついた。そして地震か何かかと思い、あちこちで戸惑いの声が上がる。

 しかし彼らの予想は大きく外れていた。

 

 晴天の空を黒雲が侵食していく。

 凄まじい音を立てて、何かが正面校門に近づいてくる。そして地震の正体が姿を現した。

 

 校門前に停まったのは、電車のように巨大で黒い物体。

 それは帝国学園の大型バスだった。

 そう、地震の正体とはこのバスが走っている時に起こっていた振動に他ならなかった。

 

 中からドライアイスの煙を吹き出して、バスの真ん中のドアが開かれる。

 そこからレッドカーペットが真っ直ぐに敷かれ、帝国学園の生徒と思われる者達が数十人その脇に立ち、敬礼する。

 その光景はさながら軍隊だ。

 

 そしてレッドカーペットの上を堂々と歩く者達こそ、選ばれし帝国イレブン。

 キャプテンである鬼道、そして総帥補佐であるなえを先頭に行進していき、グラウンドに入っていく。

 

「鬼道さん。なんでこんなチームと試合を? うちのスキルが上がると思えませんけど」

 

 ふと、辺見と呼ばれる男が鬼道に問いかけてきた。

 それは鬼道となえ以外のチームメイト全員が思っていたことだろう。

 しかし、鬼道はそれに曖昧な返答しか寄越さなかった。

 

「面白いものが見られるかもな」

「面白いもの?」

「まあ、精々楽しみにしておくことやっぺよ〜」

 

 鬼道の代わりになえが答える。そしてグラウンド外に生えている木を背にもたれかかっている少年に目線を向ける。

 辺見がそのことに気づいたかはわからないが、彼がこれ以上このことについて追求することはなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

「雷門サッカー部のキャプテン、円堂守です! 練習試合の申し込み、ありがとうございます!」

「初めてのグラウンドなんでな、ウォーミングアップしてもいいか?」

「あ、どうぞ……」

 

 鬼道君はそれだけ言うとさっさとベンチに移動してしまった。我らが帝国イレブンはそのあとに続いていく。

 残されたのは私と円堂君のみ。その彼は私のことが気になるのか、マジマジと見つめてくる。

 

「何か気になるの?」

「あ、いや、君も帝国学園なんだろ? アップに行かなくていいのか?」

「ああ、そういや名乗ってなかったね。私は白兎屋なえ。帝国学園サッカー部の副監督をやってるの。よろしくね?」

「えっ、副監督!?」

 

 これは事実だ。

 帝国学園サッカー部は総帥が監督、そしてその次に権力のある私が副監督ということになっている。

 まあフットボールフロンティアのルールにも選手は副監督を務めてもいい的なものがあるし大丈夫っしょ。

 ……ちなみに制定されたのは私が副監督になって三日後の出来事である。

 これだけで誰が作ったのかはわかるね? 

 

 円堂君はしきりに驚いた後、仲間に呼ばれてグラウンド外へ行ってしまった。

 残念、暇つぶしにもうちょっとだけ話してたかったのに。

 私も手持ち無沙汰になってしまったので、仕方なく帝国側のベンチに行って、座ることにした。

 そして帝国イレブンのウォーミングアップを眺める。

 

 うーん、特に調子が悪い人はいないみたいだね。

 私もウォーミングアップぐらいは参加してもいいんだけど、少しでも動けばつい歯止めが効かなくなっちゃうからなぁ。

 

 っと、そんなことを思ってると、ふと鬼道君が指を鳴らす。

 そしてボールが寺門から辺見へパスされる。辺見はそれを高く打ち上げた。

 そのボールを鬼道君は空中で蹴り、グラウンド外で私たちの練習を見ていた円堂君へシュートした。

 

「いっ!? ぐぅ……っ!」

 

 突如シュートされたことに円堂君は驚くが、すぐに腰を深く落としてボールを両手で迎え撃った。

 そしてボールを止めることに成功する。

 だが、

 

「くっ……!?」

『キャプテン!』

『円堂!』

 

 シュートを止めた円堂君のキーパーグローブは摩擦熱で焦げができていた。

 しかもこれで手加減されてるんだから普通の選手にとっちゃ驚きだろう。

 これが鬼道君の実力。この圧倒的な力を見れば、並みの相手なら誰だって怖気付くに決まって—–—–。

 

「面白くなってきたぜ!」

 

 ……訂正しよう。どうやら一人だけ例外がいたみたいだ。

 他のチームメイトたちがビビる中、円堂君は元気そうな笑みを浮かべている。

 その中に恐怖の感情は一切ない。

 本心でこの結果が決まってるような練習試合を楽しみにしているのだ。

 

「燃えてきたぁ! みんな、一週間の成果をこいつらに見せてやろうぜ!」

『ええっ!?』

「あの……ちょっとキャプテン……」

「なんだ?」

「俺……トイレ行ってくるっス!」

「えっ、おい、壁山!?」

 

 そう言って壁山と呼ばれた巨体の男は、一目散にここから抜け出す。

 ……あーあ、ありゃ絶対戻ってこないパターンだよ。

 あの様子じゃメンバーには入っていなさそうだけど、一応副監督としてターゲットがいるかの確認をしに行くか。

 ベンチを抜け出して円堂君たちの元に歩み寄り、彼に問いかける。

 

「それでどうするの? 彼を入れても十人、あと一人足りないみたいだけど」

「それは……」

「円堂くーん!」

 

 グラウンド外からふと女の子の声がかかる。

 おそらくはマネージャーかな?

 その子が連れてきたのは豪炎寺修也……ではなく、眼鏡をかけたいかにもオタク臭がする男の子だった。

 

「彼、サッカー部に入ってくれるって!」

「目金欠流だ、よろしく」

 

 ん、なんか妙に自信満々そうだし、もしかしたら強いのかも? 

 

「彼、たしか運動は……」

「あ、ああ……」

 

 ……ああ。

 お通夜みたいなモードに入った雷門イレブンを見て、彼のことはなんとなく察した。それでも円堂君は嫌な顔一つせずに彼をメンバーに迎え入れてる。

 器がデカイとはこのことを言うのかねぇ。うちのグラサンボスもこの熱血さを見習ってほしいものだ。

 

 そんなことを考えて、視線を帝国のバスに向ける。

 その上にはいつのまにか椅子が突き出ており、そこに座った総帥がこちらを見下ろしている。

 自分の部屋といい、総帥は高いところがお好きらしい。

 いや、支配者はみんな高いところが好きってよく聞くし、これが普通なのかな? だとしたらその心情は私には理解できないけど。

 ちなみに支配者とは別で高いところが好きなものが煙とあと一つあるけど、それは心の中にとどめておくこととしよう。

 

 

 その後は冬海とかいう面白い名前の雷門の監督と話し合ったりして、暇を潰していた。

 しかし試合は一向に始まらない。

 おそらくはさっきトイレに行った人が原因か。

 これ以上待ってても多分来ないだろうし、しょーがないけど圧でもかけさせてもらおうかな。

 

「冬海先生。私たちも暇じゃないんだけど。早くしてくれない?」

「は、はい! すみません! 今すぐに部員たちに始めさせますので……」

 

 冬海が駆け足でここを離れていく。

 いや、ほんと早くした方がいいよ。チンピラっぽい辺見を始めとした帝国イレブンがだんだんイラついていってるから。

 そんな辺見はというと。

 

「おい寺門。どーして俺たちがこんな弱小と試合しなくちゃいけないんだ?」

 

 イラつきのボルテージが限界に達したのか、寺門に絡んでいた。

 しかし彼は彼でこの試合の理由を知っていたらしい。淡々と総帥の命令について語り始める。

 

「総帥は、ここに転校してきた選手を気にかけておられるのだ。そいつの実力をしっかり見極めて来い、とな……」

「ほう……。一体誰のことだ?」

「まだいないよ」

「……いない? いないってのはどういう意味だよ。面白いものが見れるって言ったのはなえ、お前だろうが!」

「まだ、って言ったんだよ。そう慌てなさんな」

「へぇ……それじゃそいつはうちに呼んでも使えそうなやつってことだよな?」

「それは私の権限じゃないよ。総帥が全部決めること。私たちはそれに従うだけだよ」

 

 お、喋ってたら円堂君たちがようやく帰ってきたようだ。

 トイレに行ってた選手も帰ってきてるし、これでなんとか十一人揃ったようだね。

 

「おーい、みんなそろそろ始まるからすぐに整列できるようにしといてよー!」

「ふん。ようやくか……」

 

 そしてグラウンドの中央に二つの列が出来上がる。校門側の列が雷門、校舎側が帝国だ。

 それらの真ん中には審判が立ち、各キャプテンにコイントスを求めるが……。

 

「必要ない。好きにしろ」

 

 そう言って鬼道君は自陣のコートに戻っていった。

 カッコつけちゃって。

 さては妹さんが相手側のベンチにいるのを見たんだろうね。

 でも多分逆効果だろうなぁ。

 だって完璧な悪人にしか見えないもん。

 

 グラウンドにボールがセットされ、各チームの十一人がそれぞれのポジションにつく。

 

 そして、キックオフの笛が鳴った。

 




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神の手と炎の竜巻

 

【挿絵表示】

 

 こんなもんかな。

 パソコンに選手情報が表示されていく。

 いつもは寺門のところに私がいるんだけど、あいにくと今日は出れないから彼が代わりにいる。

 後は変わらないかな。

 いつも通り、5ー3ー2のバランスの良いオーソドックスな帝国スタイルだ。

 

 対する雷門は4ー4ー2のこれまたバランスの良いベーシックか。

 公式記録がないから一応未知数なんだけど……正直期待はできないそうにない。

 これで負けたら廃部って聞くし、終わったら雷門中と交渉してトラクターを使わせてもらおう。ストレス発散に。

 えっ、免許証持ってないだろって?

 甘い甘い。

 帝国学園ほどの闇となれば偽装パスポートはもちろん、免許証の一つや二つ発行することぐらいわけないのだ。

 

 鬼道君がコイントスを拒否したため、ボールは自動的に雷門からになる。

 そしてメガネ君からのキックオフで試合が始まった。

 ボールはピンク髪のヤクザっぽい人に渡り、すぐにバックパスが繰り出される。

 

 あの人は多分染岡だね。

 敵チームの情報はだいたい部下の黒服の人たちから私に送られてきている。

 素人ならぱっと見じゃ無理かもしれませんが、そこはデスクワークを第二の戦場にしてきた私。

 流れるように表示される情報を全て頭にインプットすることができた。

 

 さて、そんじゃ試合の続き。

 染岡からのバックパスを松野が蹴り上げ、帝国コートに入った染岡に再び渡ることになる。

 そこを狙ってトップの寺門と佐久間がスライディングを仕掛けるんだけど……やる気のカケラも感じられないね。

 案の定避けられてしまった。

 

 どうやら鬼道君たちは最初は相手に撃たせることにしたみたいだ。その証拠にディフェンス陣が全く走っていない。

 それをチャンスと見たのか、パスをもらった風丸がぐんぐん動かないディフェンスを抜いて、ペナルティエリアへ侵入していく。

 そこに近くにいた五条さんが立ち塞がるんだけど、相手はパスを細かく繋いでそこを避け、サイドに回してくる。

 そしてボールを持った宍戸がコーナーエリア近くまで進み、そこからセンタリングを上げてきた。

 

 そこを狙って半田が走り込み、頭から飛び込む。

 しかしそれはフェイントだ。

 ボールは半田の頭の上を行ってしまう。

 そしてそこにはフリーになった染岡が。

 

「くらえ!」

 

 足を振り上げ、シュートが放たれた。

 コースはゴールバーギリギリのところ。

 あまりサッカーを見たことがない雷門中の生徒たちはそれを見て決まった、とでも思っていただろうね。

 

 しかしそれは起こり得ることのない未来だ。なぜなら—–—–。

 

「なにっ!?」

「ふっ……」

 

 こちらには帝国が誇るキング・オブ・ゴールキーパー、源田がいるのだから。

 彼は初めからフェイントに気づいていたのだ。

 それに全国で鍛え上げられた源田にとって雷門のシュートなどスローモーションにしか見えないのだろう。

 

 それを惜しかったと勘違いし、ため息をつく生徒たち。その声を押しのけて、源田の口が開いた。

 

「鬼道! 俺の仕事はここまでだ!」

 

 そう言って源田は鬼道君にボールを投げた。

 それを受け取り、彼は悪人面を加速させて笑みを浮かべる。

 

「さあ、始めようか……帝国のサッカーを」

 

 ああ、とうとうやる気になっちゃったようだねありゃ。

 

「いけ」

 

 そう言って寺門にパスが出される。

 それを軽く受け取ると、ハーフラインすら超えていない距離でそのまま超ロングシュートを放った。

 しかしそれでも、雑魚を狩るには十分だ。

 あまりの威力にボールを掴んだはずの円堂君の手が弾かれ、彼ごとゴールに突き刺さる。

 これで一点。帝国にボールが渡ってから数秒の出来事だ。

 

『円堂っ!』

 

 雷門イレブンが円堂君の元に駆け寄っていく。

 盛り上がっていた外野もこれには一気に沈み返ってしまったね。

 それじゃあ、次は内野を黙らせるとしようか。

 

 

 そこから先は到底試合と言えるものではなかった。

 帝国の誰かがボールを持った瞬間にシュートが放たれる。たまに防ごうとする選手もいるけどお構いなしだ。

 それらを全て吹き飛ばし、ボールは次々とゴールネットに突き刺さる。

 そして前半が終わるころには10-0という絶望的な点差を生み出していた。

 

 

 ♦︎

 

 

『……奴はまだ動かないのか?』

「そうみたいですねー。もしかして去年に妹さんが事故になったのに何か負い目を感じてるとか?」

『“事故になった”ではなく“事故にした”の間違いでは?』

「私が悪いみたいに言わないでくださいよ。手配したのは私ですけど、総帥が命令したんじゃないですかやだなー」

『とにかく、後半は何をしてでも引きずり出せ。いいな?』

「りょーかい」

 

 通信終了っと。

 ケータイをしまい、みんなの様子を見る。

 全員汗一つすらかいてない。まあ当たり前か。だって走ってすらないんだもん。でも後半はもうちょっと働いてもらわなきゃね。

 

「総帥はなんと?」

「何してもいいから後半はターゲットを必ず引きずり出せって」

「そうか。では副監督としてどのような命令を出すつもりだ?」

「決まってるでしょ」

 

 帝国イレブン全員を見て、私は命令する。

 

「—–—–潰せ。跡形もなく叩き潰し、地獄絵図を作り上げろ」

「フッ……ではそうするとしようか」

 

 鬼道君は三日月のように口角を歪める。

 そして後半戦が始まる合図が出されると、みんなを連れてグラウンドに戻っていった。

 さて、ここからが本番だ。帝国流のサッカー、とくとご覧あれ。

 

 

 ホイッスルが鳴った。帝国ボールから後半戦が始まる。そしてキックオフしてすぐに、ボールは鬼道君に渡った。

 

「いくぞ。デスゾーン、開始……」

 

 その声を合図に雷門側のコートを佐久間、寺門、洞面が駆け抜ける。

 そして鬼道君はボールを空中に蹴りだしながら叫ぶ。

 

「そして奴を、引きずり出せぇ!」

 

 上げられたボールを追うように佐久間、寺門、洞面が回転しながら天高く跳び上がる。

 そして三人をつなぐように線が描かれて、三角形が出来上がる。

 その中心部に浮かぶボールに紫色のパワーが込められ、三人は同時に両足の裏でそれを蹴り出した。

 

『デスゾーン!』

 

 ボールは紫のオーラを纏いながらものすごい勢いで雷門ゴールへ向かっていく。

 円堂君はそれを止めようとするが、一瞬で吹き飛ばされて、彼ごとネットをえぐるような勢いでゴールに入った。

 

 さすが、現帝国イレブン最強の必殺シュート。

 本来なら洞面の代わりに私がいるんだけど、それ抜きでも凄まじい威力だ。

 それは直撃して俯けに倒れている円堂君が証明してくれているだろう。

 

「続けろ。奴をあぶり出すまで」

「……っ!」

 

 鬼道君のその無慈悲な言葉に、木陰に隠れているターゲットが若干顔を歪めた。

 いいね……あともう少しってとこかな。

 

「サイクロン!」

「う、ぐわァァァァァァ!?」

 

 引き続き雷門ボールでキックオフ。

 途端にDFの万丈が足を振り上げて竜巻を放ち、ボールを持っていた半田を空の旅に招待した。

 そしてボールは寺門へ。

 

「百烈ショット!」

 

 両足で交互に何度も踏みつけてのシュート。

 もちろん円堂君は止められるはずもなくこれも得点になる。

 

 そしてここから、地獄絵図が始まった。

 

「おらよっ!」

「えぐぅぅっ!! 

「キラースライド!」

「ガァァァァァァァ!!」

 

『うわぁぁぁぁぁっ!!』

 

 14点目。

 

「うがっ……!」

「ぐあぁぁぁ!!」

 

 これで18点目。

 帝国イレブンのラフプレーと必殺技が次々と雷門イレブンを打ち倒していく。

 そしてとうとう立っているのは円堂君だけになってしまった。

 鬼道君は手をピストルのように構え、彼を指差す。

 

「出てこいよ……出てこい! さもなくばあの最後の一人を、あいつを—–—–」

「—–—–叩きのめす!」

 

 寺門がシュートを繰り出す。

 それは円堂君の顔面にヒットしたが、バックスピンがかけられていたためゴールに入ることはなかった。

 戻ってきたボールは佐久間の元に。

 ダイレクトにそのまま打ち込み、寺門同様にボールが円堂君に当たって跳ね返ってくる。

 

 これぞまさにリンチだね。

 何度も何度も跳ね返ってきては打ち返す。

 しかし……。

 ちらりと木陰の方を見る。そこには先ほどよりも悔しげに歪めた少年の顔が見える。

 あと少し、あと少しなんだよなぁ。

 決定的な瞬間。

 それさえあれば彼は出てきてくれるはず。

 

 再三シュートが放たれる。

 だが、今度は違った。

 近くに立っていた風丸が円堂君を押しのけて身代わりになったんだ。

 彼は顔面からボールをくらい、派手にゴールネットに吹き飛ばされる。

 

「風丸……お前の気持ち、受け取ったぜ……。このゴールだけは、絶対に守ってみせるっ!」

「フッ、一度として守れてはいないが、なっ!」

「百烈ショット!」

 

 鬼道君がボールを空中に打ち上げ、再び寺門の百烈ショットが放たれた。

 だが何度もくらったおかげで見えてきたのか、完璧なタイミングでボールを掴む。

 だけど、彼の足腰の踏ん張りよりも百烈ショットの方が上だったようだ。

 再び彼ごと吹き飛ばし、ゴールに入ってしまう。

 

 これで19点目。

 円堂君も力尽きたのか、ピクリとも動かない。

 本当ならこのまま雷門のキックオフなんだけど……。

 

「あ、ぁぁ……いやだぁ! もうこんなのいやだぁ!」

 

 なんとメガネ君が敵前逃亡。

 誇りある10番のユニフォームを地に投げ捨て、遠くへと消えていった。

 

「これで、終わりかな……」

「まだだっ!」

 

 私のつぶやきが聞こえたのかは知らないけど、たしかにその声は聞こえた。

 

「まだ……っ、終わってねぇぞっ!」

 

 円堂君だ。ボロボロになりながらも立ち上がり、鬼のように必死な形相でボールを睨みつけている。

 これには私のみならず、鬼道君も驚いたようだ。

 いや、帝国イレブン全員がその異常さに目を見開いている。

 

「面白いね。だったら……」

 

 私の口笛がグラウンドに響いた。

 それを聞いた寺門は持っていたボールをフィールド外にわざと出す。それはベンチにいる私の元に転がってきた。

 

「—–—–私が直接引導をくれてあげるよ!」

 

 つま先で軽く蹴り上げ、そこから思いっきりシュートを雷門ゴールへ向けて放つ。

 それはこの試合で最も強烈だったと断言できるだろう。

 風を纏い、地を砕きながらゴールへ、円堂君へ迫っていく。

 しかし、それがゴールにたどり着くことはなかった。

 

「—–—–すまない夕香。今回だけ、お兄ちゃんを許してくれ……!」

 

 ふと、そんな声が聞こえたかと思うと。

 円堂君の前に白髪の誰かが立ち塞がった。

 そして地面を削って後ずさりしながらもボールを足で受け止め——

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

「……マジ?」

 

 ——蹴り返してきた。

 

 ボールは真っ直ぐに私の元へ。

 右足を前に突き出して靴の裏で受け止めようとするけど、ボールの勢いはまるで止まることを知らないようだ。

 先ほどの彼のように数メートル後ろに下がらされたところでボールはようやく失速し、黒煙を出しながら地面に転がる。

 

「出てきたね。炎のストライカー、豪炎寺修也!」

 

 白くて逆立った特徴的な髪。

 なによりもこの凄まじいキック力。

 間違いない。彼こそが豪炎寺だ。

 

「待ちなさい! 君はうちのサッカー部じゃ……」

「構わないよ? 私たちは」

「し、しかしですね……」

「くどいよ? 私に二度同じことを言わせないでくれる?」

「ひ、ひぃ……!」

 

 豪炎寺君の突然の介入に、冬海が抗議の声を上げた。

 

 こっちはいいって言ってるのに、随分と名前の通りに不愉快にさせてくれるねぇ。

 彼とは違って審判は帝国が雇った人だ。故に私の命令は絶対と理解しているのか、あっさり豪炎寺君の加入を認めてくれた。

 

「豪炎寺、やっぱり来てくれたか……」

「大丈夫か?」

「ああ……遅すぎるぜ、お前」

 

 円堂君の笑顔に豪炎寺君は思わずフッとクールな笑みを浮かべた。

 彼が加入して希望が湧いたのか、雷門中のメンバーも次々と立ち上がってくる。

 

「仕切り直しだよ鬼道君。もう一度あいつらに絶望を見せてやれ」

「ああ……言われなくてもだ」

 

 キックオフして間もなく、辺見がスライディングで宍戸からボールを奪う。

 

「いけ……デスゾーン」

 

 辺見がボールを高く打ち上げた。

 それを追うように先ほどの佐久間、寺門、洞面の三人が飛び上がる。そして回転しながら三角形を描き、

 

『デスゾーン!』

 

 デスゾーンが再び放たれた。

 さて、豪炎寺君。君はどうやってこれを止めるつもりかな? 

 しかし彼が見せた答えは、私たちが思いもよらないものだった。

 

 なんと、豪炎寺君は雷門ゴールに背を向けて、真っ直ぐに駆け出したのだ。

 これは……敵前逃亡? いや、違う! 

 まさか、円堂君を信じてるとでもいうの……? 

 

 そして私の問いに答えるかのように、円堂君の体から気のオーラが溢れ出してきた。

 徐々にそれらは彼の右手へと集中していく。

 それを天に掲げると、神々しい光を放つ巨大な手が出現した。

 

「なっ……必殺技!?」

 

 円堂君の光の手に当たったデスゾーンは徐々に勢いを失っていき、最後には完全に動かなくなった。

 止められたのだ。

 帝国最強のデスゾーンが、弱小チームのキーパーごときに。

 

「いけぇ、豪炎寺!」

 

 円堂君からの特大スローイングが、動揺して動きが止まっている帝国イレブンの間を通っていく。

 それを受け取った豪炎寺君はすぐさまヒールで空中に蹴り上げる。

 そして跳躍と同時に足に炎を纏いながら回転し、ボールに蹴りを入れた。

 

「ファイアトルネード!」

 

 炎のシュートが帝国ゴールを襲う。

 源田が飛びつくも間に合わず、ボールはそのままゴールへ。

 

 雷門の初得点。

 誰もが唖然として押し黙る。

 しかしその意味を理解すると、決壊したかのように円堂君たちはもちろん、観客までもが大歓声をあげた。

 

 そんな騒ぎの中、私のポケットから場違いな電子音が鳴る。

 着信は……総帥からか。

 すぐにボタンを押して耳にそれを当てる。

 

『ここで終わりだ。データ収集は完了した。……スーパーストライカー、豪炎寺のシュート、少しも錆びついてはいない』

 

 それだけを言い残すと、プチンという音とともに電話が切れた。

 その後鬼道君の方を向くと、ふと目があった。

 私が頷くと彼も頷き返してくる。

 どうやら言いたいことは伝わってくれたらしい。

 すぐに審判の元に向かうと、話をつけてくれた。

 

「た、たった今、帝国学園から試合放棄の申し出があり、ゲームはここで終了っ!」

「し、試合放棄!? だったら勝負はどうなるんだ!?」

「そちらの勝ちでいいよ? 私たちもやることはやったし、これ以上やっても利益なしだからね」

「……って、ことは俺たち……帝国に勝ったのかっ!!」

 

 私の報告を聞いて「よっしゃぁぁぁぁ!!」という円堂君の嬉しそうな声を背にして、グラウンドから去っていく。

 帝国イレブンは鬼道君の指示で私よりも先にバスに乗っていた。

 総帥の姿も上には見当たらない。

 

 最後に校門に差し掛かったところで、もう一度だけ振り向く。

 円堂守。

 豪炎寺君はもちろんそうだけど、今日一番の収穫は間違いなく彼だ。

 彼がいなかったら豪炎寺君も来なかったし、そもそも試合すらできなかっただろう。

 もしかしたら円堂君からは何か人を惹きつける不思議な力があるのかもしれない。

 

 彼らはまだまだ弱小だ。だけどこれを機にどんどん強くなっていくことだろう。

 そうしたらフットボールフロンティアにも出るのかな? 

 

「ああ……楽しみだ……楽しみだな……」

 

 帝国と互角になった雷門を想像してみる。

 互いに激しくぶつかり合い、汗を弾かせて血を流し、魂を削り合う。

 

 まさに生きるか死ぬか。

 勝ち負けをかけて熱く戦うその光景を思い浮かべるだけで、思わず笑みがこぼれた。

 

 それがどうか実現されますように。

 そう願いながら、私はバスへと乗り込んだ。




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敵情視察

「なあなえ、お前雷門中のこと聞いたかよ」

「辺見ー、試合中に話しかけちゃだめじゃんか」

「どうせ一人二人動かなくったって変わらねぇよ」

「まーそれもそうだね。で、円堂君たちがどうしたの?」

 

 ここは帝国学園のサッカーグラウンド。

 目まぐるしくボールが動き回る中、私と辺見は足を止めてその場で話し出す。

 

「うちとやってからどうも、実はかなりすごいチームなんじゃないかって噂になってるみたいだぜ。酷い話になると、帝国が一点に泣いたって話まで……」

「だーかーらー、そのデマを払拭するためにこうして害虫駆除をしてるんじゃん」

 

 そう私が言葉にした後すぐに、佐久間のシュートがゴールした。

 スコアはこれで8:0。まったく、どうして帝国が弱体化した噂を聞いただけでこうしてやってくるかなぁ。

 これで3チーム目だし、そろそろ飽きてきたわー。

 

 飽きるほど聞いたホイッスルが鳴り響く。

 それと同時にボールを持った相手のFWが、同じくトップの位置にいる私に牛のように突っ込んできた。

 多分外見とかから一番ラフプレーが苦手そうだと勘違いされたんだろうね。……なめるなよ。

 

「クイックドロウ」

「……へっ、あだっ!?」

 

 目にも留まらぬ速さでFWを追い越し、すれ違いざまに一瞬でボールを奪い取る。

 相手は急にボールが消えたことによって前向きに体勢が傾き、転んでしまった。

 

「どうしたどうしたのー? ラフプレーがやりたいんだったら早く来なよ」

「こ、のぉ……!」

 

 目の前でリフティングしながら挑発してみると、先ほどのFWは怒りの形相を浮かべて、私に飛びかかって来た。

 それを闘牛のようにひらりと躱す。

 うーん、どうせだったら鬼道君のマントがあれば完璧だったのに。

 それでも懲りずに何度も来るんだけど、一向に取れる気配がしない。

 

「タックルしたいんだったらラグビーでもしてなよっ!」

 

『ジャッジスルー』。

 

 私はFWを狙ってシュートする。そしてボールが腹部に当たると同時にさらに踏み込んで蹴りを放った。もちろんボール越しで。

 エースストライカーである私の脚力は帝国一だ。

 当然蹴りの威力も凄まじく、相手は口から液体を吐き出しながら倒れ、その後動かなくなった。

 

「え、えぐい……。わざと鳩尾狙いやがったぞこいつ……」

「何のことー? 言いがかりはやめてよねー?」

 

 辺見はドン引きしてた気がするけど無視だ無視。

 地を蹴り、一気に加速しながらドリブルをする。

 その速度はまさに閃光のごとく。

 センターラインから上がってきてるのに相手MF陣は私の速度についてこれずに抜かれ、あっという間にペナルティエリア手前まで迫る。

 しかしそこは当たり前というか。DFの三人が壁のように目の前に立ちはだかっていた。

 

「ここで止めろぉ! 死守するんだ!」

「できたらいいね。—–—–ジグザグスパーク」

 

 私は速度を落とすことなくジグザグにドリブルしながら突っ込んでいく。

 すると私の体から青白い電気が放電され、走ることで発生した風も合わさって近づいてきたDF陣を無残に吹き飛ばした。

 

 そしてDF陣を抜ければそこはキーパーと一対一。

 相手は両手を前に構えようとするけど、遅い。

 

 私の足が青白い電気を再び纏う。

 そのままサマーソルトキックのようにボールを両足で蹴り上げ、その後目にも留まらぬ連続蹴りをそこに叩き込んだ。

 

「ディバインアロー!」

 

 青白い光を纏ったボールが矢、いや閃光のようにゴールへ突き進んでいく。そしてキーパーの胸を射抜き、彼ごとゴールネットに押し込んだ。

 

 これで9:0か。呆気ないものだね。

 相手ゴールに背を向けて帝国側のコートに戻る途中、鬼道君から声がかけられた。

 

「相変わらず凄まじいシュートだな。……だが、それで円堂守を、ゴッドハンドを破れると思うか?」

「今はラクショーだね。ただ、もし仮に円堂君が全国大会レベルのゴールキーパーに進化したら……」

「どうなるかわからない、か……。考えていることは同じようだな」

 

 円堂君のゴッドハンドはおそらく帝国学園キーパーの源田の必殺技『パワーシールド』を超えている。

 ただのシュートすら止められなかった円堂君があの技を使っただけで、『デスゾーン』を止めることができたんだ。

 円堂君たちはまだまだ伸びるだろうし、これは本格的に帝国の障害になりかねない。

 

「雷門中は尾刈斗中との練習試合が決まったようだ。どうだ、それを見てから考えてみないか?」

「さんせー! あれからだいぶ経つし、円堂君たちには興味があるしね」

「そうか。なら日程を空けておけ。どうせお前はその日もデスクワークが入っているだろうしな」

 

 鬼道君はそう言うと私の前から去っていった。

 と、ここで試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 さーて、総帥に試合の日には休めるようにお願いして来なくっちゃ。

 

 

 ♦︎

 

 

「却下する」

 

 おいおいおいおい。

 一言目でそりゃーないでしょ。

 

 総帥は机に肘を立てながら、淡々とそう言い放った。

 

「お願いやっぺよ総帥ー! そこをなんとか……」

「そんなくだらんことをしてるよりも、お前にはやるべきことが山ほどある」

「何が残ってるって言うの!? 違法薬物の密輸取引も強豪チームの妨害工作もあらかた終わってるじゃん……!」

「先日手駒の一人が逮捕された。貴様にはその穴埋めをしてもらわなければいけない」

 

 ぐぬぬ、黒服のハゲどもめ……! 

 どうやらパクられたのは他校のスパイ活動を行なっていた一人らしい。

 ……あ、よく見たら捕まった場所が雷門中だ。

 なんだ、結局総帥も雷門が気になってるんじゃん。

 

「そうだ、有給よ有給! これを使わせてもらいます!」

「残念ながら、我が帝国学園の暗部に所属するものは有給を認められていない」

「鬼だ! ブラック企業だ! 労働基準法で訴えてやる!」

「ほう? なら貴様のフットボールフロンティアの参加資格を剥奪……」

「なんもありませんすいませんでした!」

 

 くそったれぇ! それを盾にするのはなしでしょうが! 

 私がここまでフットボールフロンティアにこだわるのには理由がある。

 どこの国でもだいたい同じだけど、男子と女子では男子の方が強さの水準が高い。つまりフットボールフロンティアには女子全国大会では見られないぐらい強いプレイヤーが数多くいるのだ。

 

 汗と血を飛び散らし、限界まで走り続け、最後の最後までぶっ倒れるほど動き続ける。

 それが私のサッカーの定義だ。

 そしてそれは強敵とぶつかった時にしか生まれない。

 だからこそ、私はフットボールフロンティアにこだわるのだ。

 

「……だが、情報収集という意味でなら許可してやろう」

「えっ、ほんと!? やった!」

 

 と、ここでまさかの許可が下りたとは。いつもは速攻で拒否されるのに。

 なんだかんだ言って総帥も雷門中が気になってるようだ。だからスパイを送り込んだりもした。……まあ、逮捕されてちゃ元も子もないけど。

 

「それと、新たな手駒を探してこい。雷門中イレブンと関係が深ければ深いほどよい」

「ちなみに予算は?」

「百万程度でよいだろう」

「あいあいさーっと」

 

 情報収集と手駒の確保。

 はぁ……前者はともかく後者が面倒くさいなぁ。

 誰でもいいってわけじゃないし、雷門にいてもおかしくない人物にしないと。

 まあ、それは後回しだ後回し。

 

「ありがと総帥! お土産はちゃんと買ってくるから安心してね?」

「いらん。あんな古臭い町のものなど反吐が出る」

「うーん、稲妻町の名物ってなんだったかなぁ……」

「……ちっ」

 

 こうしてはいられない。観光のために情報を集めなくては。

 総帥の間を退場すると、私はすぐさま自室に戻っていく。

 そしてパソコンを開き、今後のプランを組み立てていくのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

『はい。いよいよ今日この日を迎えました。雷門中対尾刈斗中の練習試合』

 

 とうとう試合の日がやってきた。

 校門前には私、鬼道君、そして彼が誘った佐久間が立っている。

 今日の鬼道君たちは私服だ。

 私はいつもの黒いダッフルコートにミニスカートという雪国風の格好をしている。

 

『あの帝国学園を下した我が雷門イレブンの勇姿を見ようと、多くの観客が詰めかけております。雷門イレブンは、どのような試合を見せてくれるのでしょうか。実況はわたくし、将棋部の角間圭太でお送りいたします』

 

 あー、実況の人って名前角間君って言うんだ。帝国戦の時もそうだったけど、今回もそれやるのね。

 そんなどうでもいいことに耳を傾けつつ、グラウンドを見やる。

 尾刈斗中はまだ来てないようだね。

 校門側のコートでは雷門イレブンがそれぞれアップを行なっている。

 その中には豪炎寺君も含まれていた。

 

「へぇ……豪炎寺は正式に入部したようだな。尾刈斗がどれほどのものかは知らないが、これはかなり不利なんじゃないか?」

「いや、偏にそうとも言えんぞ。なえ、あれを出してくれ」

「りょーかいやっぺ」

 

 まだあまり見ることはないスマホを取り出し、尾刈斗イレブンらしきチームと他校のチームの練習試合の一部分を再生させる。

 佐久間はそれを見て目を丸くした。

 なんと他校のチームが試合の途中に突如動きが止まったりなど、奇怪な行動を取っていたのだ。その隙に尾刈斗は点を稼いで、最終的にこの試合は尾刈斗の勝ちとなった。

 

「こいつらはなぜ動かないんだ?」

「さぁ? 尾刈斗の呪いって言うらしいよ。なんでも戦ったチームには不可思議なことが起きるとかなんとか」

「呪いか……そんなものが本当に存在すると思うか?」

「それはこの試合を見たらわかる。今回俺が来たのも、半分はこいつらの偵察だからな」

 

 さすがは鬼道君、尾刈斗の噂については彼も耳にしていたようだ。

 それにしても尾刈斗中ね……。

 正直プレーには特筆すべきところはない。あらゆる面で帝国よりも下だろう。

 ただし、それはサッカーという点で見た結果に過ぎない。

 もし本当に呪いなんてものがあったら……サッカーに革新が起きる。

 

 

 それからは例の映像について鬼道君たちとあれこれ語っていると、とうとう噂のチームが来たようだ。

 尾刈斗イレブンを一言で言い表すと、不気味だ。

 全員が全員何かしらの化け物とかをモチーフにしてるらしく、ジェイソンみたいなのもいれば吸血鬼っぽい人までいた。

 

 それぞれのチームが各コートに散らばり、フォーメーションを組んでいく。

 そして尾刈斗ボールで試合が始まった。

 

 開始早々、尾刈斗のFW陣が雷門コートに切り込んでいく。

 吸血鬼のような見た目の武羅度がマックスを避けた後に少林からのスライディングをパスでかわす。

 そしてボールは狼男風の少年、月村に渡り、彼も雷門DFの一人を抜いてゴールへと突き進む。

 どうやらテクニックという面では全体的に雷門より尾刈斗の方が上のようだ。

 

「くらえ! ファントムシュート!」

 

 浮き上げられたボールを月村が蹴ると、ボールが分裂して幽霊のように揺れながらゴールへ向かう。

 

「ゴッドハンド!」

 

 しかしさすがは『デスゾーン』を止めた円堂君というべきか。

 巨大な光の手が見事にボールを受け止め、ボールが彼の右手に収まる。

 

「円堂君、ゴッドハンドをものにしたんだね」

「ああ。尾刈斗中はこれでさらに不利になったわけだ」

 

 円堂君がボールを止めたことで雷門中が波に乗ったようだ。次々とパスがつながっていく。

 だが、肝心の豪炎寺君には複数のマークが付いている。

 しかしその分、逆サイドの染岡はフリーになっていた。

 

「こっちだ少林!」

「はいっ!」

 

 ボールが染岡へパスされる。

 それを受け取ると、彼は一気に手薄になっている左サイドを突破し、ゴール前まで持ち込む。

 そして突如右足を天を貫くように振り上げた。

 

「見せてやるぜ……俺のシュート! —–—–ドラゴンクラッシュ!」

 

 染岡の背後に竜が出現する。

 そして青色の光を纏ったボールに蹴りを繰り出すと、竜は咆哮を上げながらゴールへと飛んでいった。

 

「キラーブレード!」

 

 尾刈斗キーパーの鉈が青い光で作られた刃物を振り下ろすが、無意味だった。

 竜はそれを噛み砕き、ゴールネットに入っていった。

 

 雷門の先制点。それも豪炎寺君ではない人の。

 その事実は尾刈斗中はおろか、私たちにまで衝撃を与えた。

 

「すごいすごい! いつの間にあんな技を完成させたんだろうね!」

「ふっ、問題ない。あの程度のシュートなら源田が対処できるはずだ」

「……鬼道君。君は人を褒めることから覚えた方がいいよ?」

 

 とは言っても、鬼道君も雷門の成長速度に少しは驚いているようだ。

 

 そうやって話していると、再び染岡にボールが渡った。

 本日二回目の『ドラゴンクラッシュ』が繰り出され、見事ゴールに納まる。

 

「これは決まったな」

 

 佐久間がそう呟いた。

 たしかに、尾刈斗中にはもう打つ手がない。流れは完全に雷門ムードだ。

 

 だけど、ひとつ気がかりなことがある。

 尾刈斗の呪いのことだ。

 そんな私の考えは的中し、雷門は再びピンチに陥った。

 

『マーレ、マーレ、マレトマレー……』

「ゴーストロック!」

「あれは……?」

 

 尾刈斗中の監督が呪文のようなものを唱え始めると、なんと急に雷門イレブンの足が動かなくなったのだ。

 そこには円堂君も含まれており、当然キーパーが動けなければゴールの守備は機能しない。

 

「ファントムシュート!」

 

 尾刈斗のキャプテン幽谷のシュートが放たれた。

 円堂君は必死に手を伸ばすも届かず、ボールがゴールに突き刺さる。

 2対1。先ほどまで雷門ペースだったのに、今ので一気に戦況は尾刈斗に傾いた。

 

「なんだったんだ今のは……?」

「取られたら、取り替えせばいいだけの話だ!」

「っ、待て染岡!」

 

 センターラインからのキックオフ。

 染岡はそう言うと豪炎寺君からむりやりボールを奪い取って一人で相手コートに攻め込んでいく。

 あれは今の雷門中の弱点だね。染岡の対抗意識が強すぎるせいで連携が取れていない。

 そしてチームの華でもあるフォワードの影響はやがて他の選手たちにも移っていくものだ。

 

 尾刈斗の選手たちをどんどん抜きながら、染岡はゴールを目指して走っていく。

 いや、これまでを見る限り染岡はそこまでテクニックがあるほうじゃない。そんなに何人も抜けるはずがないんだけど……まさか、ワザと抜かせているのか? 

 

 最後のディフェンスを抜き去り、ようやく染岡はキーパーと一対一となる。

 そのとき、キーパーの鉈が怪しげな動きとともに両手で円を描き始めた。

 それを目で捉えながら、染岡は右足を振り上げる。

 

「ドラゴンクラッシュ!」

 

 しかしそのシュートに先ほどのような眼を見張る威力はなかった。

 ボールは不自然な軌道を描きながら鉈の両手の間にすっぽりと、いとも簡単に収まる。

 

「バカな……!?」

「これぞゆがむ空間……! どんなシュートもこの技の前には無力……!」

 

 鉈は手に持ったボールをパントキックでそのまま前線に飛ばす。

 そしてボールは再び幽谷へ。

 

「ゴーストロック!」

 

 幽谷がそう唱えると、雷門の選手たちはさっきのように金縛りにあったかのように動けなくなった。そのままシュートを撃たれ、2点目が入ってしまう。

 

 その後も尾刈斗中はシュートを撃ち、前半終了までにあっという間に3点も取られて勝ち越しされてしまった。

 

 

 ♦︎

 

 

「まさか、呪いが本当にあるだなんてな……。なえ、お前には何かわかったか?」

 

 ハーフタイムに入ると、佐久間がそう私に問い詰めてくる。

 その驚きようが面白いったらありゃしない。

 思わず彼の前で吹き出してしまった。

 

「ふふふ、純粋だね、佐久間は」

「冷静に考えてみろ佐久間。呪いなんてものはこの世に存在しない」

「だが、それならあれは一体……?」

「催眠術だよ。不規則かつ変形的に変わるフォーメーションで、それを見た相手の頭を混乱させる。そこにあの監督が止まれっていう暗示をかけてるだけさ」

 

 要はサッカーの技術でもなんでもなく、ただの言葉だったってわけさ。

 染岡のシュートが弱くなったのも似たようなもの。

 あの両手の怪しげな動きで見ている者の平衡感覚をぐちゃぐちゃにして、シュートの威力を下げさせているということだ。

 彼はまるでバランスボールの上で蹴っているように感じられたはず。

 

 パッと見て思いつく対策としては常に変わるフォーメーションの隙を突くか、耳栓を使うかぐらいだね。

 キーパーの方もゴールを見ずに空中で狙える『百烈ショット』や『デスゾーン』が帝国にはある。

 つまりは……。

 

「帝国が負けることはないだろうね。ショボいサッカーだ」

「なるほどな……。だが、それに雷門中は気づいていない。ここからどう動くか……」

「それを見るのが楽しいんでしょうが」

 

 雷門校舎がある方から雷門イレブンが戻ってくる。

 その先頭にいる円堂君の顔を見ながら、私は口元を三日月のように歪めて笑うのだった。




なえちゃんの試合はまだまだ先になりそうです。
でもストーリー上仕方がないんです。

一応なえちゃんの現時点で判明している技まとめ

『ジャッジスルー』
『ジグザグスパーク』
『クイックドロウ』
『ディバインアロー』

ゲームじゃないので、技は四つ以上普通に使える設定です。
今後のために、そこだけはご注意を。

よかったら高評価&お気に入り登録よろしくお願いします。


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試合観察

『さあ、後半戦いよいよキックオフ!』

 

 両チームの選手がコートを入れ替え、ポジションについたところでホイッスルが鳴り響く。

 後攻は雷門ボールだ。

 

 しかしキックオフでボールを受け取った豪炎寺君は攻め込まずに、後ろにいた少林にバックパスをしてしまった。

 この行為に雷門のメンバーから抗議の声があがる。

 

「ほう……豪炎寺はさすが、冷静だな。状況がわかるまで観察するつもりか」

「だけど他のメンバーに意図が伝わってないのはマズイね。そこらへんのコミュニケーションがうまくいってないのはチームとしてまだまだ未熟な証拠かも」

 

 あるいはただ単に豪炎寺君が非常に無口なだけかも知れないけど。

 雰囲気からして彼あんまり喋らなそうだしなぁ。

 

「ちっ、腰抜けめ! 少林、来い!」

 

 染岡は敵陣へ突っ込んでいくが、前半と同じようにはいかなかった。

 なんと豪炎寺君についていた分のマークが染岡についたのだ。

 少林はこれを見て半田にパスを出す。

 しかし半田はノーマークな豪炎寺君を差し置いて染岡にパスを出し、案の定インタラプトされてしまった。

 ボールがグラウンド外に出たところで、半田に雷門の一年生たちが詰め寄る。

 

「半田先輩! どうして豪炎寺先輩にパス出さないんですか!?」

「豪炎寺さんノーマークだったのに!」

「だってあいつにボール回したってシュートしないだろ!?」

 

 あーあ、味方同士でもめちゃって。

 半田は染岡と同じ二年生だ。だからこそ同僚である染岡をひいきしているのだろう。

 しかし反対に染岡とも豪炎寺君ともあまり関わりが深くない一年生は、帝国戦の活躍を見て豪炎寺派になっているって感じかな。

 どちらにせよ、サッカーをやる上ではどうでもいいことだ。

 一人の一点はチームの一点。

 そのことを彼らはまだ理解していない。

 

 その後も雷門の味方での争いは続いた。

 少林が染岡にパスを出さなくなったり、栗松が半田に歯向かったり……。

 というか少林、『だって、染岡さんのシュートじゃ止められてしまいます!』はさすがに率直すぎるでしょ。

 

 これを聞いて染岡はますますイラ立ち、とうとう豪炎寺君から強引にボールを奪ってしまった。そしてドラゴンクラッシュを放つも、再びあっけなく止められてしまう。

 

 絶望に打ちひしがれ、染岡は膝から崩れ落ちる。

 しかし無情にも試合は進んでいく。

 

「それじゃあそろそろジ・エンドにしてやるか! テメェら、ゴーストロックだ!」

「ゴーストロック!」

 

 昂ぶり叫ぶ尾刈斗の監督。

 鉈のパントキックによってカウンターが始まる。そしてついにゴーストロックが発動してしまった。

 ボールを持った幽谷は悠々とディフェンス陣を突破していく。

 

 ここで決められたらスコアは4対2。逆転するには3点もとなくてはいけなくなる。

 そうなったら勝利は厳しいだろう。

 まさに絶対絶命のピンチ。

 この土壇場で円堂君が出した答えは、ある意味予想外なものだった。

 

「トドメだ!」

「ゴロゴロゴロッ、ドッカァァァァァンッ!!」

 

 フィールド全体を振動させるような雄叫びが放たれる。

 まるで近くで雷が落ちてきたかと錯覚するほど、凄まじい声量だった。

 

 それに若干怯む幽谷。しかしすぐに冷静さを取り戻し、必殺シュートを繰り出す。

 

「ファントムシュート!」

 

 先ほどまでと同じなら決まっていたはずのシュート。

 しかし今度はちゃんと、円堂君の体は反応していた。

 彼はゴッドハンドでは間に合わないと悟ったのか、右手に気合を込めると横っ飛び。

 そしてボールに向かって拳を振るった。

 

「熱血パンチッ!」

 

 ここで新必殺技!? 

 これには佐久間はもちろん、鬼道君も驚いていた。

 

 必殺技なんてものは本来即興で生み出せるものではない。

 何回もイメージトレーニングをしたうえで、練習の積み重ねがあってやっと発動できるものだ。

 彼は帝国戦後も、さらに努力していたというわけか。

 

「まだ終わっちゃいない! 俺たちの反撃はこれからだ!」

 

 円堂君がキックしたボールを少林が受け取る。

 どうやら円堂君だけじゃない。雷門メンバー全員の催眠が解けているようだ。

 

 ゴーストロックは暗示系の催眠術。かけるには言葉が必要だ。

 それでマーレ、マーレ、マレトマレってずっと言ってたわけだけど、円堂君の声がそれを打ち消したんだ。

 

「フォワードにボールを回すんだ!」

「で、でも染岡さんのシュートじゃ……!」

「あいつを信じろ、少林!」

 

 少林、お前まだそれを言うか……。

 しかし、円堂君の力強い言葉に全員の目が見開かれる。

 

「悔しいが、俺たちはまだまだ弱小チームだ! だから、一人一人の力を合わせなきゃ強くなれない!」

 

 誰も彼の言葉から耳を背けられなかった。

 一人一人にその言葉は重く、そして強くのしかかっていく。

 

「俺たちが守り、お前たちがつなぎ、あいつらが決める! 俺たちの一点は、全員で取る一点なんだっ!」

「俺たち……全員……」

 

 その言葉の電撃は全員の心を撃ち抜いた。

 ビリビリと来る衝撃によって目を覚ましたあと、全員の目に熱い光が灯る。

 もはや豪炎寺だとか染岡だとか言っている場合じゃない。

 この瞬間、たしかに全員の気持ちが円堂君の言葉一つで繋がっているように見えた。

 

「さあ、行こうぜみんな!」

 

 雷門メンバー全員が敵陣へと攻め込んでいく。

 争いあっていた者同士で次々と軽快なパスを回していき、最後に少林のボールが染岡に渡った。

 そこに、さっきまで身内同士争っていた者の面影はない。まるで別のチームであるかのようだった。

 

 みんなの思いが詰まったボールを染岡は受け取り、力強く敵のディフェンスを抜いていく。

 しかし敵キーパーの鉈はもうすでに『ゆがむ空間』の構えをしていた。

 

「ドラゴンクラッシュッ!」

 

 だが染岡はドラゴンクラッシュを天に向かって打ち上げた。

 その先には炎を纏った足とともに回転している豪炎寺君の姿が。

 

「ファイアトルネード!」

 

 シュートチェイン。

 豪炎寺君がボールを蹴った瞬間、青竜は色を変えていき、炎を纏う紅竜となった。そのまま雄叫びをあげてゴールへと急降下していく。

 

「ゆがむ空かっ……うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 両手を弾き、竜が鉈の腹部へと噛み付く。

 その勢いのまま鉈ごとゴールに突き刺さった。

 

 同点。3対3。

 しかしそれ以上に流れが雷門に傾いた。

 

 新たな突破口を導き出した雷門。

 対して策の全てが打ち破られた尾刈斗。

 今後どちらが有利かは猿でもわかることだ。

 

 鬼道君はその得点を見届けて、雷門中の校舎に背を向ける。

 

「いいのか、最後まで見なくて」

「ふっ……結果は見えている」

 

 それだけ言い残して彼は去っていった。

 佐久間もこれ以上見ても意味ないと判断したのか、鬼道に追いつくため小走りで校門を抜けていく。

 

 残ったのは私一人だけ。

 まあしょうがない。一応仕事の方もこなさないといけないからね。

 

「ドラゴン——」

「——トルネードッ!」

 

 そんなことを考えているうちにまた点が決まった。

 というかその連携技の名前ドラゴントルネードになったんだ。

 安直すぎでしょ。誰だよつけたやつ。

 

 そして、ここでホイッスルの音が鳴り響く。

 試合終了。スコアは4対3。

 勝ったのは雷門中だ。

 グラウンド内では喜びの雄叫びが、外からは拍手の大喝采が聞こえてくる。

 

 あー、終わっちゃったか。

 中々面白い試合ではあった。

 まだまだ荒削りなところを無視するとまるでエンターテイメントのような逆転劇だったね。

 本当はもうちょっと喜びに打ち震える彼らの様子を見ていたいけど……そろそろ仕事をしなくちゃ。

 

 私は忍び足で雷門中の校舎裏まで歩いて行くと、その時が来るのをひたすら待つことにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 夕方。

 空が燃え上がり、カラスが鳴き出したころ。

 私が隠れている場所の近くに、目当ての人物が歩いて来るのが見えた。

 

「はぁ……ほんとう、なんで私がこんな面倒なことを……。部活の顧問なんて一銭の得にもならないし、これじゃあタダ働きじゃないか……」

 

 ブツブツと文句を言いながら、その男——冬海先生は近づいて来る。

 

 黒服君たちが調べてきた情報の中には彼のものもあった。

 それによると彼は名目上は顧問としては存在するものの、その責務を果たしたことはほとんどないらしい。

 そんな彼が顧問となった理由は単なる教員同士の押し付け合いに負けたか、はたまたここの理事長に媚びを売るためか。

 どっちにしろ、望んでなったわけではないだろう。

 だから、円堂君たちの頑張りを見てもあんな文句が言える。

 

 でもそれは私たちにとっては好都合だ。彼ほどスパイとして適している人間はそういないだろう。

 

 今日は日曜、さらには夕方ということもあって人気が全くない。

 私はするりと、影のように彼の前に立ちはだかった。

 

「やあ、こんにちは。ずいぶん不満そうだね?」

「あ、あなたは帝国学園のっ。な、なんのようでしょうかね?」

 

 冬海は私を目にすると驚き、おずおずと尋ねてくる。

 彼の腰がやけに低いのは、私が帝国学園の副監督であると知っているからだろう。

 

「単刀直入に言うけど冬海先生。帝国学園につく気はない?」

「私が帝国学園に……!? それはどういう……?」

「今、私たちは円堂君たちの情報が欲しいの。そこであなたがこっちに情報を提供してくれるとありがたいんだけど。あ、もちろん報酬もあるよ」

 

 ニコニコと笑みを貼り付けながら、彼に近づき、その手のひらに封筒を差し出す。

 彼は餌に飛びかかるように開いた。中には百万円が入っている。

 その札束に目を奪われている彼の耳元に、小声でささやく。

 

「もし承諾してくれるならそれを全部、そして見事全ての役目を終えて雷門イレブンを潰した時には、帝国学園にあなたのポストを用意してあげるよ」

「ほっ、本当ですか!? 本当に私があの帝国に!?」

 

 冬海は何度も問いただしてくる。その顔には喜びが浮かび上がっていた。

 

 帝国学園の教員は他の学校とは違う、いわゆるその道のエリートたちの集まりだ。

 そこに務めるということは肩書きはもちろん、給料から何から何まで全てが変わってくる。

 こんな平凡で半分ブラックな公務員として務めるよりかは破格の条件だろう。

 

「やります! いえ、ぜひわたくしめにやらせてください!」

 

 興奮しきった馬のように彼は叫んだ。

 自然と口の端がつりあがっていく。

 

「あなたならそういうと思ってたよ。じゃあこれを」

 

 ポケットから折りたたまれた小さな紙を取り出し、彼に手渡した。

 

「影山総帥の電話番号だよ。次からの連絡はそこにかけてね。……私の期待を裏切らないでよ?」

 

 ポンと冬海の肩を叩いたあと、彼を通り過ぎて校門に歩いていく。

 

 ふふっ、これでいい。

 彼みたいなクズが円堂君たちの身近にいて本当に助かった。

 鬼道君が独断でもう一人のスパイを用意したらしいけど、これからはその人と冬海が協力して情報が送られることとなるだろう。

 

 校門を過ぎたところでふと思い至る。

 そういえば黒服君たちの情報に円堂君の特訓場所について書かれていたな。

 やることもなくなって暇だし、行くだけ行ってみるか。

 

 私は足向きを裏山へと向けて、歩き出した。




冬海がいつ影山の下に着いたのかは原作では不明です。
自分としては雷門が帝国に勝ってからだと思うんですけど、それにしてはあの人、やけに影山関連の情報に詳しいんですよね。

まあ詳しく明記されていない以上、考えても仕方のないことでしょう。彼について深く考えても一銭の得もありませんし。

名前のセンスは中々良くて、個人的には好きなキャラなんですけどね。
ほら、イナイレの春夏秋冬でヒロイン枠に入っていますし。
冬っぺ? 知らんなぁ。(ゲス顔)


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なえミーツ円堂

 長々と続く階段を上っていく。

 とはいえ疲れて息が切れることはない。その程度で疲れるなら帝国学園でトップを張れないしね。

 それに裏山は思ったよりも小さかったようで、五分ぐらい足を動かしてたらすぐに開けた場所に出た。

 稲妻町のシンボルマークである鉄塔がすぐ目に入る。

 特徴的なイナズマの飾りに、ライトは灯っていなかった。

 

 その鉄塔を目指して進む。

 かなり近づいたところで、中々大きなタイヤが吊るされた奇妙な木があった。その近くにはえぐれた地面や乾いた血の跡が見える。

 どうやらここで間違いないようだ。

 

 しかし目的の円堂君は不在のようだ。

 近くにあったベンチに腰掛け、稲妻町を見下ろす。

 しかし至って平凡な町で、面白味がなんもない。

 結局すぐに飽きて私は立ち上がり、タイヤに触れた。

 

 ここの周りもそうだけど、タイヤ自体の傷もかなりある。

 それだけこれが使われてた証拠だ。

 今日彼が新必殺技を土壇場で出せたのも、これを使った特訓で土台がしっかりしていたからだろう。

 

 ……少し、使ってもいいよね? 

 辺りを見渡して誰もいないのを確認すると、タイヤを力いっぱい押し出した。縄がギシギシと音を立てながらタイヤを引っ張り、それを加速させる。

 間近で見るとかなりの迫力だ。

 でも、それで怯むような私ではない。

 回し蹴りを叩き込み、タイヤをたやすく弾き飛ばした。

 

「ふぅ……気持ちいいねこりゃ。ストレス発散にはもってこいかも」

 

 帝国学園にも一個設置しておこうかな。

 もっとも総帥がうるさくなりそうだから、置き場所には気をつけなきゃいけないけど。

 

 そんな風に考えていると、階段から誰かが勢いよく上がってくる音が聞こえた。

 ひょっこりとオレンジ色のバンダナと、特徴的な髪型が姿を現わす。

 

「あれ? お前はたしか……」

 

 円堂君は私の顔を見て、目を丸くした。

 ああ、よかった。どうやら忘れられてはいないらしい。

 選手として出てないからちょっと心配だったんだよね。

 

「そうだ! たしか帝国の副監督だ!」

「覚えてくれて嬉しいよ円堂君。だけど、できれば名前で呼んでほしかったなぁ」

「あ、ゴメンな……君が副監督なのは覚えてるんだけど、名前まではその……」

「しょうがないか。じゃあ改めて自己紹介してあげる。白兎屋なえ。よろしくね?」

 

 そう言って手を差し出す。

 

「じゃあ俺もだな。円堂守だ。こちらこそよろしくな」

 

 彼は私のところまで歩いてきて、握手した。

 

「円堂君はここに何を?」

「特訓だよ。ほら、ここにタイヤがあるだろ? こいつを使っていつもキーパーの練習をしてるんだ」

 

 彼はジャージ姿ではあるものの、露わになっている部分だけでも肌がボロボロになっているのが目でわかった。

 それなのにも関わらず、彼は腕にサッカーボールを挟んでいる。

 あれだけの試合の後でも特訓する気満々のようだ。

 

「そういうお前はなんでここにいるんだ?」

「あー、私のことは下の名前で呼んでいいよ。お前だと分かりづらいし、苗字で呼ばれるのは嫌いだから」

「そっか。じゃあなえだな!」

 

 円堂君は思った通り接しやすいタイプの人間のようだ。たまにいくら頼んでも苗字で呼んでくる人がいるからちょっと安心した。

 

 私が自分の苗字を嫌う理由は、ただ単に借金まみれになって逃げ出した父と同じ名で呼ばれたくないからだ。

 本当は苗字を変えたいんだけど、影山を名乗るのは流石に嫌だし、かといって私には引き取ってくれて家もないので結局そのままにしている。

 

「それで、なえはこんなところで何してるんだ? 帝国学園の生徒なんだろ?」

「今日の試合を見にきたついでだよ。おめでとう。前よりずいぶん成長したじゃん」

「ヘヘッ、そうだろ? この調子で帝国もズババーンと倒してやるから覚悟しとけよ!」

「おー怖い怖い。でも望むところだよ」

 

 私たちの会話はそこそこ長く続いた。

 というのも、円堂君がペラペラと色々なことを喋ってくれるので話が途切れることがないのだ。

 その話によるとここは彼のおじいちゃんの思い出の場所らしい。

 彼自身もこの場所を気に入っており、嫌なことや嬉しいことがあるとすぐここに来て特訓するのだとか。

 

 最初はわりとどうでもいいと思ってたけど、その名前を聞いてから一気に興味が湧いた。

 

 円堂大介。それが彼のおじいちゃんの名前らしい。

 

 聞いたことがある名前だ。いや、一昔のサッカーを知っている者なら誰でも知っている名だろう。

 なにせ円堂大介といえば、かつて日本代表を率いた名ゴールキーパーの名だからだ。

 そして伝説のイナズマイレブンを率いて優秀な監督でもあったとか。

 

 イナズマイレブン。

 私にとっても決して無関係な名前ではない。

 というのも、うちのボスもかつてはそのイナズマイレブンの一員だったからだ。

 なるほど、総帥が気にするのはそういうことか……。

 

 少し俯いて考え事をする。

 そしてニヤリと笑い、勢いよくその場を立ち上がる。

 

「……ねえ円堂君。ちょっとサッカーしない?」

「おっ、PKか? 望むところだぜ」

 

 元気よく彼も立ち上がり、ボールをこちらに転がしてくる。

 彼は木に吊るされているタイヤとは別のものを二つ、どこからか引っ張ってきて、ゴールを作った。

 私がボールをセットすると、円堂君の戸惑う声が聞こえる。

 

「えっ……?」

 

 彼がああなるのも無理はないだろう。

 私がボールを置いた位置は、ここがサッカーグラウンドだったら明らかにペナルティエリア内から出ているからだ。

 やるのはPKなんかじゃない。ディフェンスなしのフリーキック、つまりはロングシュートだ。

 

「心配しなくていいよ。私はこう見えても帝国学園に属している。この意味がわかるね?」

「へっ、そうかよ……なら遠慮はなしだ! 俺の全力、見せてやるぜ!」

 

 彼は帝国との試合でボコボコにされたのを思い出したのだろう 。

 深く腰を落とし、ドッシリと構えてくる。

 その顔に油断は見当たらなかった。

 

「それじゃあいくよ、円堂君っ!」

 

 空中に浮かしたボールを両足でサマーソルトキック。

 ボールが青い雷を纏う。

 

「ディバイン、アロー!」

 

 そこに次々と同じ色の電気を纏った足を蹴りつけ、最後は回し蹴りを当ててシュートを繰り出した。

 

「ゴッドッ……!?」

 

 円堂君は右手を頭上に掲げ、気力を込め始めた。

 だが、遅い。

 気の右手が完成する前に私のシュートは矢のように飛んでいき、彼の胸に当たったあと、そのまま二つのタイヤの間を通り過ぎていった。

 

 尻もちをついて自分の右手を呆然と円堂君は見つめていた。

 しかし握り拳を作ると、興奮したかのように私に詰め寄ってくる。

 

「す、スッゲェ! スゲェなお前のシュート! 超ビリビリきたぜ!」

「び、ビリビリ? たしかに私のシュートは電気を纏ってるけど……」

 

 そんな風に私のシュートを表現されたのは初めてだよ。

 

「もう一回、もう一回だけやらせてくれ! 次は止めてみせる!」

「くふっ、いいよ。もっとも、一度や二度じゃ止められないと思うけど」

 

 円堂君が回収してきてくれたボールを、さっきと同じ位置に置く。

 今のでゴッドハンドは間に合わないと理解しただろう。

 なら次に来るのは例の新必殺技か。

 

「ディバインアロー!」

 

 先ほどのように浮いたボールを連続で蹴り、雷を纏った目にも留まらぬシュートを放つ。

 

 今度は円堂君もちゃんと反応してきている。気力を纏った拳を握りしめ、ボールにそれを叩きつけてきた。

 

「熱血パンチ! ……うおっ!?」

 

 だけど、それじゃあディバインアローを止めるには力不足だ。

 彼の拳を弾き飛ばして、再びボールがゴールに入った。

 

「くぅぅ……! やっぱスゲェぜ帝国は!」

「シュートを決められて嬉しそうにするなんて、変わってるね」

「だってさ! こんなに強い帝国とまた戦えると思うと、楽しみで仕方がないんだ!」

「ん、もう一度戦える? どういうこと?」

「俺たちも今年はフットボールフロンティアに出るんだよ。だから首を洗って待ってろよな」

 

 そう宣言して円堂君は私をビシッと指差してきた。

 そうか、彼らもいよいよ出てくるのか。

 今回の大会は、なかなか荒れそうだ。

 

「そっか。じゃあ私からワンポイントアドバイス。円堂君は必殺技を使うときよく右手しか使わないけど、たまには左手を使ってみたら?」

「左手を?」

「そうそう。両手に力を集中させると分散しちゃうのもわかるけど、それを成し遂げてこその一流だよ」

「両手か……よしっ! さっそく特訓だぁ!」

 

 彼はすぐに吊るされたタイヤに向き合うと、特訓をし始めた。

 鈍い音が何回も何回も響いてくる。

 熱血パンチを両手で打つイメージで両方の拳を突き出しているけど、やっぱり気が分散してしまっている。

 完成にはまだまだ遠そうだ。

 

 放ったらかしにされているタイヤを片付けていると、ぐぎゅるる、という恥ずかしい音が鳴った。

 幸い円堂君は特訓に夢中で聞こえていなかったようだ。

 

 スマホで時間を確認すると、もう六時半になっていた。

 冬海を待ってたせいでお昼ご飯を抜いてたからなぁ。そりゃ腹の虫が鳴るわけだ。

 しょーがない。この町のどっかで食べに行くとしよう。

 

「おーい円堂くーん! ここら辺で美味しい店って知らないー!?」

「うん、美味しい店? そうだなぁ……商店街にある雷雷軒とかはどうだ? あそこのラーメン、超美味いんだぜ」

「ラーメンか……よし、そこに行ってみるとするよ。じゃあね、円堂君」

「今度会ったらまたサッカーしようぜ!」

 

 円堂君と別れ、階段を降りていく。

 上からは相変わらずタイヤを殴りつける音が聞こえてきている。

 

 久々に尊敬できそうなサッカープレイヤーに会えたかもしれない。

 実力はまだまだだけど、あの熱い魂は他人を惹きつける何かがあった。

 

 残念ながら、それは我らが帝国学園には足りないものだ。

 うちのチームはみんなどこかで現状に満足してしまっているところがある。

 私にも彼のように熱くなれるほどの好敵手がいれば……。

 

 少しだけ湧き上がった嫉妬を胸に押さえ込む。

 空はまだ赤い。しかし山に遮られていて、赤い日の丸は私の目に届かないところで燃え盛っていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 商店街に着く頃には日はもうとっくに暮れていた。

 夜の帳が下りてきて、店の光がポツポツと灯っている。

 

 しばらく歩いたところで看板にデカデカと『雷雷軒』と書かれている店を見つけた。油と熱気が鼻をかすめていく。

 円堂君が言っていたのはここだろう。

 ガラガラと戸をスライドさせ、入店した。

 

「へい、いらっしゃい」

 

 グラサンを被った白い髭のオッチャンが声をかけてくる。厨房に立っているところを見るにこの人は店員さんか。

 中は思っていたよりもがらんどうだった。客は戸のすぐ近くの席で新聞を読んでいるおじさんのみ。

 おじさんとは少し離れたカウンター席に座った。

 

 置いてあったメニュー表を開く。

 一般的なものばかりだ。

 特にめぼしいものはなかったので、無難に大盛りチャーシュー麺と白飯、そして餃子を注文した。

 

 しばらくしてラーメンが目の前に置かれた。

 腹もくぅくぅ鳴っていたため、すぐさま麺をすする。

 味は円堂君がおススメするのも納得で、そんじょそこらのラーメンよりかはずっと美味しかった。

 

「嬢ちゃん、体細いのによく食うな」

 

 客がいなくて暇だったのか、店員さんが話しかけてくる。

 

「こう見えてもスポーツしてるからね。エネルギー消費が激しいんだよ」

「ほう、スポーツか。何をしてるんだ?」

「サッカーだよ」

 

 サッカーと聞いて店員さんの眉が少し動いたような気がした。

 しかし気のせいと思い、ラーメンをすする。

 

「ズズッ、ここも今日知り合ったサッカー友達に教えてもらったんだ。ちょっと中学生にとっては高い気もするけど」

「へっ、言われてるぞ響木? こんな下手くそなラーメン一杯に七百円は高すぎだってよ」

「うるさいですよ……食い終わったんなら帰った帰った」

「おいおいそりゃないぜ。せっかくこんな寂れた店で話し相手になってやってるのによ」

 

 私たちの会話に先ほどまで新聞を読んでいたおじさんが首を突っ込んでくる。

 店員さんとの会話を聞くにどうやらこの人は結構な常連さんらしい。かなり親しげな様子だ。

 

「それにしても、この店を紹介する物好きがいるなんてな。なんて名前なんだそいつは?」

「円堂君だよ。さっき鉄塔で会ったの」

「……っ!?」

 

 ん、店員さんの眉が今度ははっきりわかるほど歪んだぞ?

 新聞おじさんはそれを見てニヤリとしてるし、なんかよくわからないなぁ。

 

 その後は何事もなく、ラーメンを食い終わった。

 中々餃子が美味しかったので、総帥へのお土産として数個頼んで席を立ち、「ご馳走さまでした」と一言言って戸に手をかける。

 

「そうだ嬢ちゃん、一つ忠告だ。おたくの監督には気をつけな」

 

 新聞おじさんのその言葉が背中にかけられたとき、顔を見られなくてよかった。

 たぶん今の私はゾッとするような冷たい表情をしていただろう。

 それを必死に取り繕い、急いで店から出る。

 

 ……あの気配、警察とかそういうのと同じやつだ。

 おそらくあの新聞おじさんは総帥の裏の顔を知っている。だからこそ、帝国学園の選手である私に忠告してきたのだろう。

 でも、あの様子じゃ私が裏でも総帥とつながっていることはまだバレてなさそうだ。

 そこだけは安心だ。

 

 その後、私は尾行されていないとは知っていながら、念のため、タクシーに乗って帝国学園に帰った。




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それぞれの新必殺技開発

『ついに日本にこの季節がやって参りました! 暑い夏よりなお熱い! 全国中学サッカーチーム日本一を決める、フットボールフロンティアの季節だァ!』

 

 マイクを握りしめ、角刈りのおじさんがカメラに向かって叫ぶ。

 

 今日は、フットボールフロンティアの対戦の組み合わせの抽選日だ。

 現在いる場所は、東京のとあるテレビ局。

 そこには私だけでなく、数十人ものサッカーチームの監督たちが今か今かと実況の人の話を聞いている。

 

 もちろんのこと、総帥は来ていない。

 あの人は案外人混みが苦手だ。

 今ごろ執務室で、のんびりこの中継を見ていることだろう。

 

 実況の人が、フットボールフロンティアのルールについて改めて解説しているが、全部頭に入っていることなので、あくびをしながら全部聞き流していく。

 

 フットボールフロンティア本戦に出るためには、各地区の予選トーナメントで優勝をしなければならない。

 しかし例外はもちろんある。

 それがサッカー協会によって選ばれる招待校だ。

 これに選ばれると無条件で本戦に出場できる。

 

 だけど、その決定権は日本サッカー協会副会長である総帥にある。

 選ばれるのはもちろん、総帥の息のかかったチームしかない。

 

 うん、セコイね。

 そのうちの一つが我らが帝国学園。

 もう一つは——。

 そこまで考えたところで、周りの監督たちから歓声が湧き、前を見る。

 

 どうやら、もうすぐくじ引きが始まるらしい。

 ステージ上には巨大なガチャガチャの機械のようなものと、二人のバニーガールさんが立っていた。

 彼女らは同時に機械についていた二つのボタンをそれぞれ押す。

 するとコロコロという音とともにボールが二つ転がった。

 バニーガールさんたちはそれを手にとり、私たちに見えるようにかかげる。

 

 二つのボールにはそれぞれ野生と、雷門と書かれていた。

 

『さあ、栄えある予選第一回戦の試合は強豪野生中だ! 対するは最近メキメキと頭角を現してきた雷門中! これは初めから面白い展開になってきたぞ!?』

 

 野生中か……。

 今回のトーナメントじゃ帝国の次ぐらいには有名なところだと思うけど、正直あんまり強かった印象はないね。

 まあ野生中得意の空中戦で、私がフルボッコにしてあげたからだと思うけど。

 それでも、円堂君たちにとってはつらい試合となるだろう。

 

 他のチームの試合がどんどん決まっていく中、帝国だけはその名が呼ばれることはなかった。

 なぜなら帝国はシード枠だからだ。

 つまり私がここにきた意味はほぼ皆無。なのにサッカー協会の奴らは出席だけでもしろと言ってくる。

 

 その後、心の中でブツブツ文句を言ってたらようやく全試合が決定した。

 そして実況の人が締めの言葉でくくったところで、抽選会は終わりを迎えた。

 

 

 ♦︎

 

 

「『イナズマ落とし』?」

「ああ、それが今やつらが完成させようとしている必殺技らしい」

 

 数日後、グラウンドで鬼道君が雷門の新必殺技について話してきた。

 彼らも今のままでは勝てないって理解しているようだ。

 それを打開することのできる必殺技らしいけど……。

 

「っで、肝心のそれはどんな感じの技なの?」

「さぁ? 秘伝書に書かれていた内容が送られてきたが、正直理解不能だった」

「へー、秘伝書ねぇ。なんて書かれてたの?」

 

 そう聞くと、鬼道君は黙ってしまった。

 しかし覚悟を決めたかのように、ゆっくりと口を開く。

 

「『一人がビョーンと飛ぶ。もう一人がその上にバーンとなってズバーン』」

「……は?」

「……そんな冷たい目をするな。どうやら本当にこれが書かれていたことらしい」

 

 り、理解できない……。

 なんだよビョーンとかバーンとか。ほとんど擬音語だけじゃん。

 イナズマイレブンの技だから期待してたけど、これじゃあ考えるだけ無駄になりそうだね。

 

「雷門の話はそこまでだ。俺たちは俺たちでやるべきことがあるだろ?」

「そうだな、佐久間。やつらが新必殺技を作るのなら、俺たちも必殺技を作ればいい。そのためにお前らには集まってもらった」

 

 私、佐久間、鬼道君。

 帝国のキック力トップスリーの三人だね。

 たしかに私たちが手を組めば相当な威力のシュートが撃てるだろう。

 

「必殺技はいいけど、具体的な案とかはあるの?」

「ああ、名付けて『皇帝ペンギン2号』だ」

「皇帝ペンギンってことは……まさか()()を改造するの?」

 

 アレとは帝国に伝わる禁断の技、皇帝ペンギン1号のことだ。

 威力は抜群。しかし撃つだけで使用者に再起不能レベルのダメージを与えることからコスパが見合わず、総帥自らが封印した。

 このことは代々のキャプテンたちにしか伝えられることはない。

 ちなみに私は帝国の闇に関わっているため、もちろん知っている。

 

 そんなわけで、このことを知らない佐久間君は一人首をかしげていた。

 鬼道君が例の話を伝えると、その顔は青ざめる。

 

「そ、そんな技を使って大丈夫なのか?」

「安心しろ。2号は威力を落とし、なおかつ三人で負担を分担することで安定して使えるようにするのが理念だ。さっき言ったような反動はない」

 

 小型のホワイトボードを鬼道君は取り出し、そこに具体的な説明を書き始める。

 図によれば、まず鬼道君が正面にシュート。追いかけるように私と佐久間が左右から走り込んでツインシュートを決め、さらにボールを加速させる。

 だいたいこんなもんらしい。

 

 イメージがまとまってきたところで、早速実践してみることにした。

 

「いくぞ、皇帝ペンギン——!」

 

 鬼道君が口笛を吹くと、彼の周囲の地面からペンギンが顔を出した。彼らはシュートとともにミサイルのように飛翔し、こちらに向かってくる。

 1……2……3……今だっ! 

 私は右足を、佐久間は左足を伸ばしてボールに叩きつける。

 

『2号ッ!!』

 

 蹴った瞬間、ボールを中心に爆発が起こった。

 あまりに突然のことで、私と佐久間は左右に吹き飛ばされる。

 

「いたたっ、大丈夫?」

「ああ……なんとかな……」

「皇帝ペンギン2号は横のつながりと縦のスピードが重要になってくる。失敗したのは蹴る角度がズレていたのと」

「走りこみのスピード不足、か……」

 

 苦々しい顔を佐久間はする。

 私と佐久間では私の方が圧倒的に足が速い。

 だからこそ、彼に合わせてボールを蹴ったんだけど、それが逆に仇となった。

 だからボールに伝わるエネルギーがコントロールできず、爆発してしまったのだろう。

 

「なえは一切スピードを緩めるな。佐久間は逆にスピードを上げることを意識しろ。またやるぞ」

「おうっ!」

「はいはーい」

 

 その後は何十回も撃ったんだけど、成功することは一度もなかった。

 ただ蹴っているうちに角度の方は安定してきたみたいで、精度が初めと比べてかなりよくなっているのがわかった。

 あとは佐久間のスピード次第。

 とはいえまだ初日ということもあり、今日はこのまま練習を切り上げることとなった。

 

 

 自室に戻り、シャワーを浴びて汗を流し、いつもの黒いダッフルコートとミニスカートを着た雪国風衣装となる。

 

 自室を出て、執務室に向かう。

 

 これからパソコンとにらめっこすることになると思うと、ちょっと気分が下がるよ。

 でも仕方ないか。

 数年前から研究してた()()()が完成間近なのだから。

 こことは別の場所で、さらにブラックな労働体制で研究している人たちよりかはマシだと心の中で言い聞かせ、目的の部屋に入った。

 

 不気味な笑みを浮かべながらパソコンを見ている総帥を無視して、自分のデスクににのろのろと座り込む。

 

 そっから先は夜の九時ぐらいになるまで、ずっとキーボードを叩き続けていた。

 ぐぉっ、頭がズキンズキンする……! 

 ゴッドブル、ゴッドブルを飲まなきゃ……! 

 

 ようやく仕事が終わったので、総帥に話しかける。

 

「そういえば総帥、雷門中がイナズマ落としって技を身につけようとしてるらしいんだけど、どういう技か知らない?」

「イナズマ落とし? ほう、懐かしい名前だな」

 

 珍しく総帥は話に興味を持ったようだ。やっぱりイナズマイレブン関連の話だからだろう。

 

「秘伝書は見つけたんだけど、内容がよくわからなくてさ。ビョーンだったらズバーンだったり」

「円堂大介の秘伝書は全部そのような言葉しか書かれていない。解読しようとするだけ無駄なことだ」

 

 ほんと、国語の成績どうなってんだよ円堂君のおじいちゃん。

 小学生でもまだマシな文章書けると思うな。

 

「ねえねえ、イナズマ落としって結局どんな技だったの?」

「頑丈な体を持った一人が跳躍し、もう一人が最初の人間の肩を足場にすることでさらに高く飛んでそのままオーバーヘッドキックを決める。これがイナズマ落としだ」

「なるほど……シンプルそうだから、案外練習すれば私たちでもできそうだね」

「ただ、この技にそこまでの威力はない。あくまでヘディングでも勝てない相手に勝つことをコンセプトにしているためだ」

 

 そっから先は言わなかったけど、私には伝わった。

 つまり、帝国には必要がないってことか。

 

「必殺技といえば、貴様らは皇帝ペンギンの改良を行っているようだな」

「そーですね。ボッカンボッカン爆発はしてたけど、あの調子なら予選決勝までには完成すると思うよ」

「貴様が皇帝ペンギン1号を使えば済む話だ」

「またまたごジョーダンを。あれ結構痛いんだからね? 昔使ってたからよく知ってるけど」

 

 あれは私が総帥に引き取られて間もないころだったな……。

 当時は投げやりになっていて、なんでも壊す威力と体に襲いかかる激痛が心地よかったんだっけな。

 試合じゃ毎回限度の二回をすぐにぶっ放して相手キーパーともどもベンチ送りになってたのはいい思い出である。

 ……さすがにもう撃ちたいとは思わないけど。

 

「さて、私もそろそろ寝なきゃな。もうすぐ一回戦だし」

「その話なのだが、研究所から人手不足だという報告があってだな。貴様に管理を任せることにした」

「へっ? ……いやいやダメでしょ。明後日には一回戦なんだよ?」

「安心したまえ。決勝まで貴様は使わん。そうすれば仕事もはかどるだろう」

「嘘だドンドコドーン!?」

 

 ちくしょー、やっぱブラック企業だわここ! 

 拒否権なんてもちろんあるわけがない。

 私は泣く泣くこの話を受け入れ、増えた仕事と格闘していくのであった。

 




『ゴッドブル』
キャッチフレーズは『あなたに翼を提供する』。
なえちゃんがブラック企業な職場での労働に耐えるために開発した、超すんごいエナジードリンクです。どっかで聞いたことがあるのは気のせいでしょう。

ちなみに余談ですが、一応イナイレ世界に実在します。


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サッカーサイボーグ

 眼下のサッカーグラウンドを見下ろす。

 そこには二チーム分の人影があった。

 

 半分は黄色が特徴的な、最近見たばっかのもの。

 もう半分は灰色で、前者とは真反対で地味な色合いをしている。

 

 彼らの左胸にはそれぞれ『雷門』と『御』の文字が刻まれていた。

 

「ファイアトルネードッ!」

「シュートポケット!」

 

 ボールを持った白髪の少年——豪炎寺君が足に炎を纏い、シュートを繰り出す。

 しかしボールはゴールに近づいた途端、急に失速して相手キーパーに止められてしまった。

 

 あれは『シュートポケット』。

 空気の壁を発生させてシュートを止める技だ。

 キーパーはボールをスローして前線へ投げ飛ばす。

 

 そこから先は一方的だった。

 灰色のユニフォームの選手たちは、まるで雷門の選手たちの動きが予測できているかのような正確な動きでグングンゴールまで迫ってくる。

 

 フォワードによるシュートが放たれた。

 雷門ディフェンスは壁となって立ちはだかるも、ボールは彼らの股を次々と抜けて、ゴールに突き刺さった。

 

 上に掲げられたパネルに4:0と表示される。

 

 その瞬間、ブザーのような音とともに機械質な女性の声がスピーカーから響いてくる。

 

『試合が終了しました。シミュレーションのデータを保存してください。試合が終了しました。シミュレーションのデータを……』

 

「ヒヒヒ、素晴らしいでしょ総帥? 我が校の誇るコンピュータシステムで管理されたサッカー選手たちは……!」

 

 薄気味悪く笑いながら、目の前の男は総帥に問いかけた。

 彼の名は富山新一郎。

 御影専修農業高校附属中学校、通称『御影専農』サッカー部の監督だ。そして態度から見ての通り、帝国の僕の一人である。

 

 液晶ビジョンに浮かび上がった『勝利確率99,99%』という文字に、総帥は満足げに頷いた。

 

「なるほど……プログラムデータ相手とはいえ、よく仕上がっている」

 

 プログラムデータ。

 つまり今グラウンドにいるのは円堂君たち本人ではなく、ただの実態のないホログラムなのだ。

 それだけでは質量がなくただの立体映像なのだが、御影専農の選手たちはバイザーのような専用の機械をつけることで脳にデータを送り、実際にホログラムに実態があるかのように錯覚させることで練習試合を実現させていた。

 

「面白い装置だね。うちにも一台欲しいくらいだよ」

「このプログラムは相手チームを完璧に分析しているのですよ。サッカーサイボーグとも呼べるこの選手たちが本番でも完全な勝利をお見せすることでしょう……!」

 

 雷門中はフットボールフロンティア地区大会一回戦で野生中を相手に勝利していた。

 二回戦、つまり次の試合に当たるのがここ御影専農だ。

 

 総帥の眉が不愉快そうに潜められる。

 

「勝利だと? 雷門を潰すなど、勝利のうちに入らん。ただの害虫駆除作業だ」

 

 うわぁ、出ましたわ総帥の否定から入るいびり。

 総帥もバカじゃない。雷門に秘められた力があることなどとっくに見抜いているだろう。

 だけど、プライドと雷門の看板が邪魔して素直に認める気にはならない。ってところかな。

 

 しかしそんな風に深読み出来るのは付き合いが長い私ぐらいのものだ。

 言葉の意味をそのまま受け取ってしまった富山は額に汗をかきながら、必死に総帥の機嫌を取ろうとゴマをすり始める。

 

 こんな大人にはなりたくないなぁ。

 そう思っていると、さっきからだんまりしていた鬼道君が目に映り、彼に話しかける。

 

「鬼道君はどう思う? このサッカープログラム」

「たしかに、精度は高い。だがサッカーはデータで決まるものではない。それを履き違えていなければいいのだが」

 

 彼の目線は御影専農の選手たちに向けられていた。

 彼らは全員無表情で、たしかにサッカーサイボーグと呼ぶにふさわしい雰囲気を纏っていた。

 

 彼らのコンピュータサッカーは完璧なように見えて穴がある。

 彼らのサッカーは正確だ。しかし正確すぎるが故に、一回でもイレギュラーが起きると簡単に瓦解してしまうような脆さがあるのだ。

 鬼道君はそのことを言っているのだろう。

 

 と思っている側から、鬼道君はこちらに背を向けて元来た道を引き返していた。

 

「どこに行くの?」

「なに、ちょっと余計なお節介をな」

 

 お節介……?

 はて何のことやら。

 総帥のことならだいたいわかる私でも、さすがに鬼道君のことまでは読み通せない。

 だけどここで富山のあくびが出るような世辞を聞いているよりかは面白そうなのは理解できた。

 

「待ってよー。私も行くー」

 

 総帥を置いてけぼりにして、私は鬼道君を追いかけることにした。

 

 

 歩くこと十分近く。

 鬼道君が足を止めたのは御影専農の校門前だった。

 もう夕方になっており、赤色の空が黒に侵食されつつある。

 

「こんなところで何か起きるっていうのさ」

「黙っていろ。もうすぐ目標が来る」

 

 言われて校門の奥を見る。

 校舎のからちょうど出てきた二人の人影が見えた。

 

 トゲトゲの見たこともない超次元ヘアーと、私の髪の色にも似たピンク色の短髪。

 たしかゴールキーパーの杉森とフォワードの下鶴だったはずだ。

 

 彼らが校門を出ようとしたときに、鬼道君は話しかける。

 

「よおサッカーサイボーグ。調子はどうだ?」

「帝国の鬼道……それに白兎屋か」

「ちょっと、私のこと白兎屋って言うのやめてほしいんだけど」

「問題ない。我々はすでに雷門のデータに勝っている」

「無視すんなー!」

 

 うがー、と声を荒げたところで鬼道君から無言のチョップが頭に振り下ろされた。

 い、痛い……これは黙ってろってことなのかな。

 

「ふっ、シミュレーションは完璧というわけか。だが所詮はデータの再現に過ぎないな」

 

 鬼道君は嘲るような笑みを浮かべながら、杉森たちへと近づいていく。

 

「お前たちの持っていないデータを提供しよう」

「……目的はなんだ?」

「確実に雷門を潰してほしいだけだ。とにかくやつらは普通じゃない」

 

 嘘おっしゃい。

 鬼道君はプライドの高いサッカープレイヤーだ。

 本当は他人ではなく、自分の手で潰したいと思っているはず。

 つまり今言っていることは全て方便で間違い無いだろう。

 

 でも、ここでそれを口にしても面倒になるだけなので、黙っておくことにした。またチョップをくらわされても嫌だしね。

 

「やつらは……バカなんだ」

「バカ? それがデータか?」

「いやもうちょっと言い方なかったの?」

「ああ。実は俺もうまい説明が見つからなくてな。自分の目で確かめることを勧める」

「無視はよくないと思うなー」

 

 鬼道君は私に目を合わせようともしない。

 こやつ、完全に私を空気扱いする気だな……! 

 

「そうだ、ゴールキーパーの円堂守。やつはとびっきりの大バカだ」

 

 それを最後に、鬼道君は歩き出してしまった。

 跡を追おうとしたとき、杉森たちの言葉が耳に入る。

 

「バカと大バカか……」

「たしかに、インプットされていないデータだ」

 

 ブフォッ! 

 それを聞いて思わず噴き出してしまった。

 

「プフフッ、鬼道君、彼らには全員意味が伝わってなかったみたいだよっ、アハハッ!」

「元から今のあいつらに俺の言葉が理解できるとは思っていない。だが円堂との試合を終えた後なら、きっと理解するはずだ」

 

 要するに鬼道君は伝えたかったんだ。

 サッカーの楽しさというものを。

 円堂君ならばきっと、彼らの冷めきった心にも火を灯してくれるだろう。

 そう信じて。

 

「優しいね、鬼道君は」

「優しくなどない。帝国と関わっているチームが弱くては困るだけだ」

「十分優しいよ。私なんか利用することばっかで、御影専農の選手たちのことなんてこれっぽっちも考えてなかったもん」

「……」

 

 ゴーグルのせいで直接は見れないが、なんとなく同情的な目で見られているのがわかった。

 

 長年総帥といたせいか、私の思考は大半が利益のことばっかで埋め尽くされている。

 そこに道徳なんてものはなく、使えないと思ったら切り捨て、使えると思ったら積極的に取り入れ、また捨てる。

 そんな毎日だ。

 

 もしかしたら私も機械みたいなものなのかもしれないね。

 自嘲的な笑みを浮かべながら、私は御影専農を去っていった。

 

 

 ……その後、二人で総帥のことを忘れていてダッシュで戻ったのはいい思い出である。

 




御影の正式名称長っ!?
あんだけメカメカしいのに、農業系の学校なのは驚きですよね。たぶんよくCMで出てくるキャベツみたいに、洗わなくても食べれる用な野菜を室内で作っているのでしょう。

面白かったら高評価&お気に入り登録お願いします。


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御影とイナズマ1号と腹黒うさぎ

『さあ、フットボールフロンティア予選二回戦の開始ですッ!』

 

 実況の声をスイッチに、観客たちが盛り上がりの声をあげる。

 ちなみに実況とは言っているけど、たかが地区大会の二回戦でそんな大層なものがつくわけがない。では誰がやっているのかというと、尾刈斗のときも実況をしていた雷門の角馬君だ。

 野生のときも来てたらしいし、とんでもない熱意だ。ある意味尊敬しちゃう。

 

 私は鬼道君といっしょに御影専農対雷門の試合を見に来ていた。

 ちょうど休日と試合が奇跡的にかぶってくれたのである。

 神様にはホント、マジで感謝! だね。

 

「シミュレーション通りなら御影専農が勝つだろうけど……どう思う?」

「さあな。だが面白い情報が入って来たのは目にしてるだろう?」

「イナビカリ修練場だったっけ。明確な情報は来てないけど、イナズマイレブンが使用した特訓場らしいね」

 

 私たちが以前御影専農を訪れた次の日に、稲妻町の河川敷で雷門との決闘があったらしい。

 結果は御影専農の圧勝。

 下鶴が円堂君からゴールを奪い、杉森が豪炎寺君のシュートを見事止めてみせたという。

 

 そのときのままなら敗北は必然。

 でも円堂君たちが進化していないわけがない。

 どんなプレイが見られるのかワクワクしてると、キックオフの笛が鳴った。

 

 

 ボールは雷門から。染岡が豪炎寺君と並行して御影陣地に攻め上がっていく。

 それに対して御影のフォワードたちは動く様子を見せなかった。

 

『ディフェンスフォーメーション、ガンマ3!』

 

 御影の監督である富山の声が、左耳につけたイヤフォンから聞こえてくる。

 

 彼のネットワークは選手たちのみならず、私のスマホや帝国学園にいる総帥のパソコンにまで繋がっている。

 これにより瞬時に指示を送ることが可能となっているのだ。

 

 染岡からのパスを豪炎寺君が受け取る。

 しかし彼の目の前にはミッドフィルダーを含め大量の選手たちが立ち塞がっていた。

 まずは一番攻撃力の高い豪炎寺君から封じるつもりか。

 でもそんなにマークをつけたら当然染岡がフリーとなる。

 彼はボールを受け取った後、右足を振り上げた。

 

「ドラゴン……クラッシュッ!」

 

 染岡の必殺シュートが放たれる。

 しかしそのシュートコースにはいつのまにか四人の御影の選手たちが立ち塞がっていた。

 

 彼らはドラゴンクラッシュにそれぞれ一回ずつ蹴りを入れ、威力を減少させる。

 キーパーの元に届いたときにはそれはすでにシュートじゃなくなっていた。

 あっさりと杉森がボールをキャッチする。

 

『すごいぞキーパー杉森! 的確な指示によって、開始早々のピンチを防いだァ!』

「……いや、すごいのは杉森だけではない」

「指示を寸分違わずに実行する選手たちもハイレベル、か……」

 

 データを基にした正確な動き。

 まさにサッカーサイボーグだ。

 

 杉森から投げられたボールは前線へ。次の指示が彼の口から飛び出す。

 

「オフェンスフォーメーション、ベータ2スタンバイ!」

 

 まるで変形ロボットのように御影のフォーメーションが一瞬で組み変わる。

 だけど雷門ディフェンスも負けていない。

 俊足を生かして飛び出した風丸がスライディングをしかけ、御影フォワードからボールを奪った。

 

 その走りはデータ上で見たときよりも明らかに速くなっている。

 だからこそ、精密機械の計算を狂わすことができたのだろう。

 

 残念ながらボールは再び御影に奪われてしまったけど、データを超えた彼らなら……。

 

『ああ、逆サイドに山岸が走り込んでいる!?』

「ふっ!」

「させるかぁ!」

 

 雷門ディフェンスの裏をかいて、フリーとなった山岸がバーとポストの間という、非常にいやらしい角度へシュートを放つ。

 円堂君はとっさに飛び込んでそれをキャッチしてみせた。

 

 今のもそうだ。

 シミュレーションならこの時点で点が決まっていた。

 なのに円堂君は予想以上の身体能力を見せて得点を防いでいる。

 イナビカリ修練場の成果が明らかに出ている。

 

「ファイアトルネード!」

 

 ゴールから繋がれたボールがとうとう豪炎寺君まで届いた。

 炎を纏ったボールが御影ゴールに迫る。

 

「シュートポケット!」

 

 ゴール前に空気の壁が展開。しかしボールは勢いをかなり殺されながらもそれを突破し、杉森に直接ぶつかって弾かれた。

 こぼれ玉を染岡が拾う。

 

「まだだっ! ドラゴン——」

「——トルネードッ!!」

「っ、シュートポケットォッ!!」

 

 赤竜がボールと一緒に突撃し、空気の壁を食い破る。

 杉森はなんとか両手を伸ばしてキャッチしようとするが、勢いを止めきれず、天高くボールが弾かれる。

 

「豪炎寺さん!」

 

 状況を察した壁山がペナルティエリアまで上がってきていた。

 この二人の技と言ったら一つしかない。

 

 壁山は仰向けになりながらもジャンプ。

 それを台にして豪炎寺君は高く跳び上がり、空中に浮かぶボールにオーバーヘッドキックを叩き込む。

 

『イナズマ落とし!』

「ロケット拳!」

 

 落雷のように落ちてくるシュートに対して杉森が出したのは、気力で形作られた右腕だった。

 撃ち出されたそれはボールを押し出し、前線へクリアしてしまう。

 

 御影のカウンター。

 ディフェンスの主力である壁山がいないため、マークが間に合わず、再びフォワードの山岸がフリーとなった。

 

 円堂君は先駆けて跳び上がり、シュートを止めようとする。

 しかし山岸がしたのはパス。

 その先には壁山がいない分フリーとなっていた下鶴がいた。

 ダイレクトでシュートが繰り出される。

 

「っ、熱血パンチ!」

 

 気合いのこもった拳が打ち付けられ、ボールが弾かれた。

 でもその先には先ほどパスを出した山岸が。

 

 見事なダイビングヘッドが決まり、円堂君の横をすり抜けてボールがゴールに入ってしまった。

 

「先制点は御影か……。雷門の動きは決して悪くはなかった。ただ杉森の守りが予想以上に固かった」

「うん。全国にいても違和感ないレベルのキーパーだよ、あれは」

 

 まさか雷門のシュート技を全部連続で止めてみせるとは。

 それにフォワードの連携も抜群に上手い。

 御影専農、データデータ言ってて軽く見てたけど、普通に試合しても強いぞここは。

 

「それにしても、イナズマ落としが止められたのは痛かったな。現状の必殺技では力押しは不可能。ということは、どうやって杉森の意識をズレさせるかがこの試合の鍵になる、か……」

「いや、たぶんそんなまともな試合展開にはならないんじゃないかな」

「なんだと……?」

 

 あ、ほら。

 御影はボールを奪った途端にバックパスをし、攻めもせずにボールをひたすら回し始めた。

 さすがは汚さに定評のある総帥支配下のチーム。

 彼らはこうやって残り時間を潰して勝利するつもりなのだろう。

 ゲロ臭いサッカーだ。

 

 そうこうしているうちに前半が終わってしまった。

 観客席は最初の盛り上がりはどこへやら、すっかり冷めてしまっている。中には御影のプレイにドン引きして帰り始める人たちまでいた。

 

「ったく、吐き気がするようなサッカーだぜ」

 

 静まり返った観客席に、その言葉はよく響いた。

 どこかで聞いたことある声だと思い視線を向けると、雷雷軒にいた新聞おじさんが立っているのが見えた。

 

 げっ、警察だ……! あまり視界に入らないようにしとこ。

 さりげなく立ち位置を変えていると、後半戦が始まった。

 

 とは言っても特に変わったことは起きなかった。

 御影は全員がハーフラインから下がっており、守備に徹している。

 

 けど前半とは違うようで、根性で食らいついた豪炎寺君がボールをなんとか奪ってみせた。

 そのままゴールまで駆け上がっていく。

 

 でも御影のラフなスライディングが入り、豪炎寺君は倒れてしまった。

 審判が駆け寄り、イエローカードを見せつける。

 

「フリーキックか……流れが雷門に来たかもしれないな」

「いや、これも作戦でしょうね。フリーキックの方が止めやすいって思ってるんだよ」

「なんだと? 総帥はどこまでサッカーを……!」

 

 どこまでサッカーを侮辱しているんだ。

 そう言いたそうにしてるのが丸わかりだ。握り拳を作り、怒りに震えながら御影の選手たちを睨みつけている。

 

 あーあ、最近は総帥の活動も派手になって来たからなぁ。

 不信感持たれちゃってるよ。

 

 私はあえて何も言わなかった。

 たしかに私もこんなサッカーは嫌いだ。

 でもさっきの豪炎寺君みたいに突破することは不可能じゃない。

 

 つまり、悪いのは敵じゃなくて、ボールを奪うほどの実力がない雷門なんだ。

 

 御影のペナルティエリアから少し離れた箇所にボールが置かれる。

 幸いというか、角度と距離は悪くはない。

 でも問題はどうやってゴール前に立ちはだかる御影ディフェンスの壁と杉森を打ち破るかだ。

 

 ボールの前に豪炎寺君と染岡が立つ。

 どっちがボールを蹴るのか。

 

「普通は豪炎寺だろうな」

「でも普通じゃこの局面は突破できそうにない。てことで私は染岡君が蹴ると予想」

 

 ホイッスルが鳴った。

 染岡君が走り込み、右足を振るう。しかし彼が蹴ったのはボールではなく土だった。

 てことは、蹴るのは豪炎寺君か! 

 

『ハハハッ! 全部予測済みだ!』

 

 富山のうるさい笑い声が耳に響いてくる。

 まずい、このままじゃ止められる。

 そんな思いも虚しく、彼は全力で蹴り出した——土を。

 

「へっ?」

「なんだと……?」

『なにィィィ!?』

 

 豪炎寺君もまさかの空振り。

 じゃあ、いったい誰が蹴るっていうの……?

 

 その答えは、雷門ゴールから近づいてくる、地響きのような音ですぐにわかった。

 

「え、円堂が来ただとォォ!?」

 

 そう、円堂君だ。

 ガラ空きになったゴールを放っておいて、円堂君が走り込んで来ていた。

 ここで始めて杉森が動揺の声をあげた。

 

「バカな、キーパーが蹴るだと!? 確率的にありえない!」

「たとえ確率が0%だったとしても、やってみなきゃわからない! ——それがサッカーだっ!」

 

 振り上げられた円堂君の右足に青いオーラが集中していく。

 これは……必殺技!? 

 

「グレネードショットォッ!!」

 

 弓引くように放たれた青い弾丸は、御影ディフェンスの股をすり抜けて杉森へと迫る。

 

「シュートポケットッ!」

 

 本日三度目の空気の壁が展開。

 しかし完全には間に合わず、ボールは上へ弾かれてしまった。

 

「ここだ! 決めるぞ、豪炎寺!」

「おうっ、円堂!」

 

 二人はボールの落下地点めがけて同時に走り込み、同時に蹴り出した。

 バリバリというスパーク音とともにボールが稲妻を纏い、閃光のように発射される。

 

「ロケット拳ィッ!!」

 

 杉森の右手から気力で固められた拳が撃ち出されたが、稲妻はそれを打ち破り、ゴールネットに食い込んだ。

 

 一瞬の静寂。

 ボールがコロコロとゴール内に転がっているのを見て、観客たちは決壊したかのように大歓声をあげた。

 

「キーパーが撃ってくるとは……御影も予測不能だったでしょうね」

「だが、それが結果的に御影の計算を根本から覆すこととなった。円堂守、面白いやつだ」

 

 鬼道君は口元をつり上げていた。

 やっぱりサッカーはこういうのでなくちゃ。

 

 ボールがセンターラインに置かれる。

 

『ぐっ……こうなったらっ! 潰せ! 雷門を再起不能にまで叩き落とすのだ!』

「っ……オフェンスフォーメーション、シルバー1!」

『なにっ!?』

 

 イヤフォンから相変わらずうるさい声が聞こえてくるけど、杉森が取った指示はまともなものだった。

 

 御影のゴールへと目線を向ける。彼はサッカーサイボーグの皮を取り払い、笑っていた。

 さっきの円堂君のプレイを見て、感化されたのだろう。

 彼の瞳からはサッカーがしたいという熱い思いが感じられた。

 

 その後も富山はひたすら喚き散らすが、御影の選手たちが耳を貸すことはもうなかった。

 彼とは別の、低く、それでいて重たい声が耳に響く。

 

『君たちには失望させられた。命令を守れないものは全て不要だ』

『ああっ、総帥!? そんな……!』

 

 プツンという電波が切断された音がし、その後総帥の声が聞こえてくることは二度となかった。

 ここで富山、まさかのリストラである。

 同情の余地もないけど。

 

『しっ、白兎屋様! どうかご慈悲を!』

「……よくも私にあんなくだらないサッカーを見せてくれたね。消えろ。お前のような三流はサッカー界に必要ない」

『う、嘘だ……!』

 

 イヤフォンを取り外し、地面に叩きつけて壊した。

 これでうるさい羽音は聞こえなくなった。あとは試合を楽しむだけだ。

 

 鬼道君はこれについて何も追及してこなかった。

 ありがたいことだ。

 私もこんなくだらないことを話したいわけじゃないしね。

 

 

 その後、円堂君と豪炎寺君の必殺シュート『イナズマ1号』が再び決まったところでホイッスルが鳴り、試合は雷門の勝利となった。

 

 鬼道君は一足先に観客席を抜けていた。

 帰ろうとして、最後に一度だけグラウンドに背を向ける。

 御影側のベンチに富山の姿はなかった。

 

 マズイね……さっき見た新聞おじさんが警察関係者の可能性は高いし、へんに探られたら私の情報も漏れちゃうかも。

 

 しばらく悩んだあと、結論を出してスマホを耳に当てる。

 しょーがない。やっちゃうか。

 

「あ、もしもし黒服さん? 待機させてたトラックの手配を頼みたいんだけど……」

 

 

 次の日、朝のテレビでは富山新一郎が交通事故に遭い死亡というニュースが流れていた。

 死因は酒に酔いすぎたことによる不注意。警察の方でもこれは事故として処理することに決まったようだ。

 一部では意図的なものだったのではないかという意見も出ているらしいけど、決定的な証拠は出ていない。

 犯人ね……さあ、誰なんでしょうか?




なえちゃんぇ……。

それと宍戸、すまん。でも仕方ないんや。ゲーム版1じゃ円堂もグレネードショット覚えるんや。だからさらに影が薄くなったとか泣かないで。ねっ?


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一番恐ろしいのは、目に見えぬ裏切りである

「率いるチームを決勝戦まで進めるとは、さすがだな冬海」

『も、もうしわけございませんっ。まさかやつらがここまでやるとは……』

 

 パソコンの画面から冬海先生の声が聞こえてくる。

 うちの総帥の部下いびりは今日も絶好調のようだ。される方はたまったもんじゃないけど。

 

「とりあえず、私からは雷門決勝進出おめでとーって言っておくね」

『あ、ありがとうございます……?』

「ほう、この状況で喜ぶか。貴様もずいぶん偉くなったものだな」

『ひぃっ、す、すみません! 今のは誤解です!』

 

 あっはっは。たーのしー。

 やっぱストレス発散は部下いびりだね。

 さっきの言葉は取り消しておこう。

 

 二回戦の御影専農を破ったあと、雷門は3対0という華々しいスコアで秋葉名戸を下していた。

 これによって雷門の決勝進出が確定。だからこそ、スパイである冬海は焦っているというわけだ。

 

「どんな手を使ってもいい。雷門中を決勝戦に参加させるな。いいか、どんな手を使ってもだ。もしも失敗したときは……」

『わ、わかっております……。なんとしても、不参加にしてみせます……』

「それでいい」

 

 プツンという音がして、通話が切れた。

 

「あーあ、残念だなぁ。私、雷門と戦いたかったんだけど」

「我慢しろ。雷門程度の実力のチームなど、この世にはゴロゴロいる」

「そういうんじゃないんだけどな……」

 

 たとえ実力があったとしても、そこに“熱“がないと意味ないのだ。

 例をあげるならうちのチームと雷門のように。

 

 とりわけ雷門、特に円堂君からはこれまでで見たことのないほどの”熱“を感じられた。

 だから楽しみにしてたんだけど……。

 

「総帥、私はあなたの部下、それだけは確かだよ。でも下に着くときに私が出した条件、忘れてないよね?」

 

 いつものおっちゃらけた雰囲気を取り消して、真面目なトーンで問いかける。

 

「……ああ、覚えているとも。『最高のチームを作り上げ、最高の試合をマッチメイクすること』。今日のことのように思い出せる」

 

 総帥は椅子に寄りかかったまま上を見上げていた。

 光を呑み込む漆黒のサングラスの向こうに映っているのは昔の私なのか。

 それは私にはわからない。

 

「安心しろ。プロジェクトZがコンプリートされ次第、貴様には褒美をくれてやろうと思っていたところだ」

「褒美ぃ? ケチな総帥にしては珍しいね」

「……」

「あ、すんません冗談ですっ!」

 

 無言の総帥の圧力は怖かった。

 室温が10度くらい下がった気がしたよ。

 総帥は改めてその褒美とやらのことを私に告げる。

 

「世界への切符。それが貴様への報酬だ。プロジェクトZが遂行された暁には、貴様を中心とした日本代表『シャドウジャパン』を作り上げ、そのチームのキャプテンに置いてやろう」

「えっ、ほんと!? ようやく世界の強豪たちと戦えるの!? やったぁ!」

 

 まだ見ぬ強敵を思い浮かべるだけで、胸が高鳴っていくのが感じられる。

 

 よっしゃ、燃えてきた!

 絶対にプロジェクトZを成功させてみせる!

 そのために潰れてくれ、雷門! 

 

 疲れなんて一気に吹き飛んでいき、火がついたかのようにパソコン作業をしまくる。

 その集中力は途切れることはなく、あっという間に今日の分のデスクワークが終わってしまった。

 

 待ってろよ、世界!

 置いてあったボールでドリブルしながら、グラウンドまで全速力で向かっていったのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 数日後、帝国グラウンドにて……。

 

 天高く打ち上げられたボールを追いかけて私、佐久間、寺門が回転しながら空中に飛び上がる。

 そのまま取り囲むと、紫色の三角形が私たちの足と足を点として結ぶように形成される。

 十分なエネルギーがボールに注入されたところで、私たちは同時に両足裏でそれを蹴りつけた。

 

『デスゾーン!』

「パワーシールド! っ、がぁっ!!」

 

 三角形から紫のオーラに包まれたボールが撃ち出された。

 ゴール前に立っていた源田は一度ジャンプしたあと、拳を地面に叩きつけて衝撃波の壁を発生させるが、デスゾーンはそれを突き破りゴールへと入る。

 

「っ、前よりだいぶキレが出てきたな、デスゾーン」

「ああ。だがこれだけでは足りない。例の新兵器を試す。全力で構えろ源田」

 

 鬼道君はそう言い、源田が構えたところで口笛を吹く。

 地面から複数のペンギンが生えてくる。

 

「いくぞ、皇帝ペンギン——」

『——2号!!』

 

 皇帝ペンギン2号発動。

 鬼道君から蹴り出されたボールに、私と佐久間が同時に足を叩き込み、加速させた。

 ペンギンたちがミサイルのように唸りを上げてゴールへと突っ込んでいく。

 

「フルパワーシールドッ!!」

 

 源田は両手に溜めた気力を右手に集中させると、先ほどのように地面を叩いて衝撃波を発生させる。

 それはパワーシールドよりもずっと大きいものだった。

 

 ペンギンのくちばしが衝撃波の壁をガリガリと削っていく。

 しばらくの均衡。

 それは壁にヒビが入ったことによって崩れた。

 

 ガラスのように壁は砕け散り、源田は反動で吹き飛ばされる。阻む物がなくなったゴールにペンギンとボールが突き刺さる。

 

「ぐっ……さすがだな、皇帝ペンギン2号。凄まじいパワーだ……!」

「ああ、これならゴッドハンドも打ち破れるだろうな。だが、果たして使うときがくるかどうか……」

「なんだと?」

 

 どういう意味なのかと、源田たちは聞き返す。

 鬼道君は少しだけ俯く。

 

「……総帥が雷門のバスに細工をした」

「な、なんだって!?」

 

 私を除いた全員に動揺が走った。

 一番早く立ち直ったのは佐久間だった。

 彼は鬼道君に質問を投げかける。

 

「雷門のバスに細工って……お前は何も言わなかったのか?」

「言ったさ。だがあのお方は聞き入れてくれなかった……」

「くそっ、そんなことしなくても俺たちは勝てるのに……!」

 

 みんなの顔に怒りが浮かび上がる。

 当然だ。

 彼らは誇り高い帝国サッカープレイヤーなんだ。

 身内に、しかもよりによって監督に自分たちの力が信用されていないと知れば、当然怒るに決まっている。

 

「お前の方はどうにかできないのか、なえ?」

「ムリムリ。あの人超頑固だもん。ああなった総帥は誰にも止められないよ」

「一応、俺が潜り込ませていたスパイも今回の件には疑問を抱いていたようだが……どうなるかはわからない。やつが上手くやってくれればいいのだがな」

 

 あ、これ重要情報ゲットだわ。あとで妨害工作を取らないと。

 

 ここにいるメンバーは鬼道君を含めて全員、私が総帥側の人間であることを知らない。

 無論、私だって総帥のやり方は嫌いだ。

 あくまでサッカー選手はサッカーで。それがこの世界の掟でしょうに。

 でも、女子である私がこの世で輝くためには総帥の力を借りるしかないのだ。

 だから私は、何も言わずに黙っていることにした。

 

「俺は総帥のやり方を否定する」

 

 鬼道君はそれだけ言い残すと、グラウンドを去っていってしまった。

 

 あれはかなり思いつめている様子だった。

 彼、たしか去年の全国大会決勝で豪炎寺君が不参加だったときも違和感を覚えていたらしいからね。

 今までは証拠隠滅が効く範囲だったからなんとかなってたけど、雷門が現れてから派手に動きすぎたか。

 

 鬼道君が去り、辺りに気まずい雰囲気が流れる。

 このままでは練習に身が入りそうにないので、今日は中止することとなった。

 

 着替え終えてスマホを確認。総帥が今夜稲妻町に出張する予定らしく、それについてこいとのことだ。

 顔文字で了解と返事をして、私は駐車場を目指した。

 

 

 ♦︎

 

 

 黒塗りの高級外車の座席に座りながら、たった今来たばかりのメールを確認する。

 差出人は帝国学園暗部所属の黒服君からだ。

 どうやら冬海が失敗して雷門を追放されたらしい。

 

 あーあ、せっかく鬼道君から有益な情報をゲットしたばっかだってのに。その直後に追放されるもんだから妨害工作を入れる間もなかったよ。

 

「これで冬海はお役御免か……私たちに泣きついてこないかちょっと心配だね」

 

 言っていると、車の車線に横から誰かが飛び出してくるのが見える。

 運転手の人が勢いよくブレーキを踏み、車が止まった。

 

 あっぶないなぁ……誰だよこんな迷惑行為するやつは! 

 

 ライトに照らされ、犯人の姿が見えるようになる。

 それはついさっき頭で考えていた冬海その人だった。

 

 助手席に座っていた総帥が眉をひそめながらも、鬱陶しそうに車の窓を下ろす。

 夜の冷たい風よりも早く、耳障りな声が入ってきた。

 

「総帥っ、お許しください!」

「許す? 何をだね? 君が勝手にやったことだ。許すも何もないだろう」

 

 アスファルトに頭を擦り付けるように、冬海は土下座した。

 総帥は目もくれずに、淡々と冬海を見捨てることを告げる。

 

「そんなぁ……! 総帥、私が今まで誰のためにあんなことをしたと思っているんです!?」

「自分のため、ではないかね?」

「そ、そんな……!」

 

 がっくりとうなだれる冬海。

 それでも諦めきれないのか、今度は私の方の窓に向かって叫んでくる。

 会話しないと帰ってくれなさそうだからなぁ。

 仕方なく窓を下ろす。

 

「白兎屋さん、貴方たしか帝国学園に私のポストを用意していただけると言っていましたよね? ねっ?」

「もちろん用意してたよ。でも命令を満足にこなせない不良品はうちには必要ないんだよ」

「それはないですよ! 白兎屋さん、元はと言えば貴方から持ちかけてきた話じゃないですか!? だったら責任の一つや二つ取ってくださいよ!」

「責任? なんの責任があるっていうのさ? そんな他人のことを気にするよりも、自分のしでかしたことについて責任を持ったほうがいいと思うんだけど」

「ふ……ふざけるなぁ!」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、冬海は空いた窓の奥にいる私に殴りかかってきた。

 

 すぐにドアを勢いよく開ける。

 金属の板が冬海の顔面を打ち付け、車に敷かれたカエルのように無様に倒れた。

 その額を踏むように押さえつける。そうすることで重心を持ち上げられなくなり、結果立ち上がることが困難となる。

 冬海は四肢をバタバタと動かしてもがき始めるが、私の足が動くことはなかった。

 

「無駄な抵抗はしないほうがいいよ。私、こう見えて総帥の護衛として軍隊格闘術やってるから」

「ひっ……!」

 

 その一言で冬海は黙った。

 子羊のように震える様子が嗜虐心をくすぶる。

 自然と口が三日月に歪んできた。

 

「せめてもの慈悲として、殺さないでおいてあげる。これからはどこに行くも自由。……だけど、くれぐれも私たちの邪魔だけはするなよ?」

「はっ、はいぃ……!」

「オーケー。じゃ、しばらくの間お休み」

「えっ? ……がっ!?」

 

 足をバレリーナみたいに高く上げて、かかと落としを食らわせる。

 冬海は衝撃で一度跳ね上がったのち、白目を向いて動かなくなった。

 このままじゃ交通の邪魔になりかねないので、歩道まで真下のオブジェを蹴り飛ばす。

 

「ゴミ掃除完了っと。運転手さんももう出発していいですよー」

 

 車に乗るとエンジンがかかり、窓からの景色が後ろに流れて行く。

 しばらく進むとイナズマのシンボルが掲げられた鉄塔が目に入った。

 

 ようやく稲妻町に着いたみたい。

 それにしても総帥はこんなチンケな町に何の用があるんだろうか。

 私の疑問をよそに、車は商店街にまでやってきた。そして見覚えのある看板を前にして止まる。

 

 看板には『雷雷軒』と書かれていた。

 

 店の前では以前会った店員さんがシャッターを下ろしている。

 が、近づいてくる不審な車に気づいたようでこちらに視線を向けてくる。

 総帥は不気味な笑みを浮かべながら外に出て、店員さんに声をかける。

 

「何年ぶりだろうな……」

「っ、お前は……!?」

 

 店員さんは驚き、数歩後ずさった。

 

 この反応、もしかしなくても二人は知り合いだったようだね。

 もっとも店員さんの表情から、あまりいい関係じゃないようだけど。

 

「帝国は無敵だ。それだけ言いにきた」

 

 総帥はそうかっこよく宣言すると——すぐに車へ引っ込んでいった。

 そして車が走り出す。

 

 ……えっ、それだけ? それ言うためだけにわざわざ稲妻町まで来たの? 

 

 ちらりと前の席に座っている総帥の顔を伺う。

 なんかずいぶんスッキリしたような表情だった。

 

 どうやら本当に、これを言うためだけに来たらしい。

 

 さすが総帥! 嫌がらせにだけは決して手を抜かない!

 そこに痺れもしないし憧れもしない。

 

 それにしてもあの店員さん、何者なのだろうか。

 総帥を見てあんな顔する人は限られているから、簡単に調べがつくとは思うけど……。

 

 また総帥に目を向ける。

 直接聞くのも手段だけど、果たして答えてくれるかどうか。

 下手したら嫌味を言われかねないので、放っておくことにした。

 

 ここで総帥のスマホが鳴り出す。

 通話の相手は鬼道君のお父さんかららしい。なんでも鬼道君の様子がおかしくなったとか。

 十中八九、総帥のせいでしょうねぇ。

 それで元凶に頼るんだから本末転倒だ。

 

「鬼道邸へ向かってくれ」

「あ、総帥。私ここで降りていい? せっかくだから寄りたい場所があるんだ」

「いいだろう。貴様がいると邪魔だからな」

 

 連れてきたのアンタでしょうが! 

 あまりの理不尽にそんな言葉が出そうになったが、押さえつける。

 車は商店街の出口で止まった。

 降りた場所からは暗いせいで見づらいが鉄塔が見えた。

 

 せっかくだから、また円堂君の特訓場にでも行くか。

 今は八時だけど円堂君のことだからまだ特訓してるかもしれないし。

 

 




 前回に引き続き、腹黒兎がどんどんその本性を表してきるなぁ。
 哀れ冬海、リストラ。
 もちろん帝国学園暗部はブラック企業なので、退職金は出ません。

 面白かったら高評価&お気に入り登録よろしくお願いします。


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忍び寄る影

 鉄塔広場へ続く階段を上っていくと、鈍い音が何度も聞こえてきた。

 まさか、この時間までやってるとはね……。

 階段を上りきり、奥にいる人物に声をかける。

 

「ヤッホー円堂君。こんな時間に練習だなんて精が出るね」

「ん……ああ、なえじゃないか! なんでこんな時間に?」

 

 円堂君はこちらに気づき、タイヤを止めてこちらに向かってくる。

 

「仕事のついでだよ。円堂君こそ、練習頑張るのはいいけど、身体休めとかないと試合のときに力が出せないよ?」

「いやぁ……ははっ、今日あんまり練習ができなくてついな……」

「練習ができてない? なんで?」

 

 はて……冬海はもういないし、今妨害はしかけていないはずなんだけど。いったいなんのトラブルが起きたのだろうか。

 

「実はちょっとした問題があって俺たちの監督……冬海先生がやめちゃったんだよ」

「それは知ってるよ。本当にごめんなさいね」

「ああ、それはもういいんだ。でもフットボールフロンティアに出るためには監督が必要らしくて、それでみんな必死になって新監督を探してたんだけど……なかなかやってくれるって人がいなくてさぁ……」

 

 はぁ、と大きなため息を円堂君は吐く。

 そういやフットボールフロンティアの規約にそんなものがあったな

 

 監督は副監督とは違って成人じゃなければならない。

 だからこそ私のようにチームの誰かを監督にするわけにもいかず、困っているということか。

 

 おそらく総帥はそこまで見越して冬海をけしかけたんだろうね。

 こんな陰湿なトラップをしかけるなんて、ほんと悪知恵が働く人だ。

 

「誰か目星はついてないの?」

「雷雷軒のおじさんが一番やってくれそうだったんだけど、すぐに断られちゃったんだよな……」

 

 雷雷軒? あの店員さんのことか! 

 もしかしたら円堂君はあのおじさんが何者なのか知っているのかもしれない。

 そう思い聞いてみると、

 

「前にあのおじさんがイナズマイレブンの秘伝書がある場所を教えてくれたんだよ。だからサッカーにも詳しいだろうなって」

 

 なるほど。

 円堂君の言葉を加えて、あの人がイナズマイレブン関係者であることは間違いないでしょうね。

 監督をやりたがらない理由はおそらく総帥を恐れているから。

 なんせイナズマイレブンを破滅に追いやったのは他でもない総帥なのだから。

 

「はぁ……そんなんで私たちとの試合に間に合うの?」

「今日鬼道にもそんなこと言われたな。でも大丈夫だ。間に合わせてみせる!」

「んっ、鬼道君が稲妻町に来てたの?」

「あれ、なえは知らなかったのか?」

 

 初耳だ。

 放課後はデスクワークに夢中になってたから、気がつかなかった。

 私が練習に加わったのは六時ころだから、その間に行っていたのだろう。

 

「あいつ、けっこう思いつめた表情してたけど……大丈夫か?」

「鬼道君はけっこうプライド高いからね。今までの勝利も総帥の手によるものだったんじゃないかと思ってナーバスになってるんだよ。それに、こんな汚い手で勝って妹さんを連れ帰っても胸を張れないなんて思ってるのかもしれない」

「妹? どういうことだ?」

「あれ、聞いてないの? 君のチームのマネージャーの春奈ちゃんと鬼道君は実の兄妹なんだよ」

「えっ……音無と鬼道が……!?」

 

 円堂君が目を見開いて戸惑いと驚きが混じったかのような声を漏らす。

 この様子じゃどうやら知らなかったみたいだ。

 二人の関係は今でも覚えている。

 孤児院時代のころから仲が良い兄妹という印象だった。

 お兄ちゃん大好きっ子だった春奈ちゃんならてっきり教えてると思ってたけど、なんかあったのかな。

 

「教えてくれ。二人が兄妹って、どういうことなんだ? 俺はサッカー部のキャプテンとして、マネージャーのことも知っておく必要がある」

 

 そう聞いてくる円堂君の目はまっすぐだった。

 本当はペラペラ他人に話すようなもんじゃないけど……まあ円堂君ならいいか。

 夜空を見上げて本人から聞いた話を思い出しながら、口をゆっくりと開く。

 

「鬼道君と春奈ちゃんの両親は昔、飛行機の事故で亡くなったらしくてね。二人はその後孤児院に預けられたんだ。そして別々の家に引き取られた」

「あいつらにそんなことが……」

「鬼道家は跡継ぎが欲しかったから鬼道君が欲しいのであって、妹の春奈を引き取る理由はない。でも鬼道君は諦めなかった。それでそのお父さんと約束したんだ。『三年間フットボールフロンティアで優勝し続けたら妹を引き取る』ってね」

「そんな……じゃあ俺たちが勝ったら二人は……」

 

 あ、やべっ、円堂君ってけっこう人のこと気にするタイプだったか……。

 彼は思いつめた表情を浮かべていた。

 鬼道君が負けたら二人は永遠に離れ離れ。

 そう思い悩んでいるのだろう。

 

「迷うことはないでしょ。フィールドに立ったなら、たとえ相手にどんな事情があっても全力でプレイする。それがサッカー選手の礼儀ってものだよ」

「でも、俺たちが勝ったら鬼道たちは……」

「だーかーらー、さっき言ったでしょう? 鬼道君はプライドが高いって。そんな手加減された上での勝利なんてもらって胸を張れると思う? 鬼道君も、結果はどうなろうと真剣勝負を望んでいるはずだよ。だからお願い、試合では全力でぶつかってあげて」

 

 今度は私の方から円堂君の目を見つめる。

 彼はしばらく考え込んでいたけど、覚悟が決まったのか、顔を洗うように両手でほおを叩いた。

 

「……ああ、そうだよな。俺、目が覚めたよ。全力のプレイには全力で応える! じゃなきゃサッカーにも失礼だしな!」

 

 よかった、どうやらいつもの円堂君に戻ってくれたみたい。

 彼は走り出し、近くに置かれていたボールを手に取る。

 

「せっかくだから撃ってこいよ! 俺、あれからスッゲー特訓したんだぜ! 今度こそ止めてみせる!」

 

 彼は並べられた二つのタイヤの間に立つと、ボールをこちらに投げてきた。

 足で受け止めるけど、すぐにそれを円堂君に返す。

 

「うーん、撃ちたいのは山々なんだけど、今日はやめとくよ」

「へっ、なんでだよ?」

「試合があるからだよ。私、お楽しみはとっておくタイプなの」

 

 冬海が消えた以上、雷門はきっと決勝のグラウンドにたどり着くだろう。暗部から新たに仕掛けようにも、最近の総帥の行動が仇となり警察のマークが強くなってきているためうかつに動くことができなくなっている。

 

 つまりは帝国対雷門の試合が実現する可能性が高いということだ。

 私としても試合はしたかったしね。

 結局のところ勝てばいいのだから問題はないはずだ。

 

「そっか。じゃあ試合のときに俺の特訓成果、見せてやるぜ!」

「ふふ、期待してるよ。じゃあね円堂君、試合の日にまた会おう」

 

 そう言って背を向け、鉄塔広場を下りていく。

 数日後には久しぶりの試合だ。

 さあ、今日ははりきって寝るぞー! 

 

 

 ♦︎

 

 

「……嘘でしょ?」

「なんだ、いくら貴様でもさすがに怖気付いたか?」

 

 帝国学園に帰宅してすぐ、私は執務室に呼ばれた。

 そして総帥から直接聞かされた宣告に、絶望に打ちひしがれていた。

 

「いや、内容はどうでもいいんだよ。ただ……今九時半だよ? 今から働くの?」

「……ちっ、そういえば貴様はそういうやつだったな。鬼道の反抗期を見たせいで失念していた」

「あのー、質問に答えて欲しいんですがー?」

 

 絶えず問い続ける私に総帥は顎を少しだけくいっと動かした。

 どうやらやれと言っているらしい。

 泣く泣くデスクに座り込み、パソコンを起動させる。

 

「あーあ、それにしても残念だなぁ。せっかく雷門と試合ができると思ってたのに、結局細工するんだもん」

「優れた司令塔というのは戦う前に勝ってるものだ」

「私司令塔じゃないからどうでもいいよ。どうせそのセリフ、鬼道君に言ったのをあまりにもかっこいいと思ったから私に使いまわしてるんでしょ? バレバレだから、そういうの」

「……ちっ」

 

 うわおっかねえ。

 今の舌打ちはマジだったぞ。

 あのグラサンの下は今ごろどんな目つきになってるのか気になるけど、パンドラの箱を開けるにも等しい行為なので忘れることにする。

 

 総帥は今ので懲りたのか、しばらく口を開くことはなかった。

 その隙に電話を耳に挟み、目的の会社までかける。

 

「あー、●●建築の方ですか? 帝国学園総帥補佐の白兎屋です。責任者の方を呼んで欲しいのですが……」

 

 電話の向こうで人を呼んでいる間にふと思う。

 今まで何度もやってきたけど、まさか()()()()()()を中学生に直接使うことになるなんてね。彼らには同情しちゃうよ。

 

 

 その後、電話は無事終了し、全ての仕事から解放されたのは零時ぐらいのことだった。

 私まだ風呂とか入ってないのに。

 どうすんだよ明日。絶対臭いって馬鹿にされる。

 

 そうは自覚してたけど、中学生にこの時間までの労働はなかなかきついわけで、ベッドに寝転がった瞬間に考えていたこと全てが泡のように弾けて、私の意識は深い水底に沈められていった。

 



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必殺の『●●落とし』

「失礼します」

 

 声がしたあと、自動ドアが開いて鬼道君が執務室に入ってくる。

 私は相変わらずいつもの位置に座っていて、パソコンとにらめっこしていた。

 

 彼はそんな私を一瞥すると、視線を横にずらす。

 そこには総帥が肘をついて、まるで魔王のごとく堂々と座っていた。

 

「何の用だ鬼道」

「俺は堂々と戦いたいのです。今日の試合、何も仕組んでいませんよね」

 

 それは質問というよりも確認だった。

 総帥はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開く。

 

「……今まで通り、私に従えばいい」

「っ……!」

 

 返って来たのは答えになっていない言葉だった。

 あるともないとも言っていない。

 でも鬼道君はそれだけで察したようで、すぐに踵を返して退出しようとする。

 その背中に追い打ちのように総帥の言葉がかけられる。

 

「天に唾しても自分にかかるだけだ」

 

 その脅しに鬼道君は足を止めることはなかった。

 背中が遠ざかったところで自動ドアが世界を二つに分け、彼の姿は見えなくなった。

 

「『天に唾しても自分にかかるだけ』か……。ずいぶんなヒントじゃない、総帥?」

「卒業試験のようなものだ。合格すれば私の教育の正しさが証明され、不合格ならば計画が順調に進むのみ。どちらに転ぼうがさして影響はない」

 

 鬼道君はたしかに優れた選手だ。

 でも、総帥が必要とするのは命令に逆らわない忠実な僕。そういう意味では彼は不合格だったというわけだ。

 

「さて、私ももう一働きするか」

 

 もう一働きって、普段椅子に座っているだけじゃん。

 そんな文句はともかく、総帥自ら動くだなんて珍しい。グラサンのせいで目は見えないけど、歪んだ口元からなんとなくゲスいことを考えているのがわかる。

 

「何しに行くの?」

「なに、鬼道のことを少し円堂守に聞かせてやるだけだ。果たしてやつは鬼道の家庭事情を知って、全力で戦っていられるかな」

「あれ、それもうとっくに教えちゃったんだけど……」

「……」

 

 立ち上がリーヨしていた総帥の体が再び革の椅子に落ちる。

 辺りに気まずい雰囲気が流れた。

 

 や、やばい、これ久しぶりにやらかしちゃったかも。

 何か強引でもいいから話を逸らさないと。

 

「ね、ねぇ。勝ち負け関係ないんだったら、今日の試合は自由にやっちゃっていいの?」

「好きにしろ」

「やったー!」

 

 投げやりなその言葉にオーバーなぐらいのリアクションを取る。

 そして勢いに身を任せて手をブンブン振りながら退出した。

 

 はぁー、おっかなかった。

 でもここまで来れば大丈夫なはずだ。

 

 さて、気持ちを切り替えてアップをしなくちゃ。

 そう思い、小走りで廊下を渡っていると、佐久間と源田にばったり出くわした。

 今まで走っていたらしく、二人の息は荒れている。

 

「二人とも、どったの? そんなに息を荒くして」

「はぁっ、はぁっ……鬼道の言う、総帥の罠ってやつを探していたんだ。お前の方はどうだ? 何か手がかりは見つかったか?」

「うーん……パソコンで監視カメラとか隅々までチェックしたけど、不自然に増設されてたり変なものが置かれてたりはしてなかったよ。ここまでくるとお手上げって感じ」

 

 源田から確認されるが、もちろん正直に話すつもりはない。

 今日彼らは共に戦うチームメイトなのだ。試合前に不信感を持たれてしまっては連携が取れなくなってしまう。

 

「そうか……」

「どうする源田? 試合まであと一時間もないぞ。このままじゃウォーミングアップの時間を取れなくなる」

「くっ……どうすれば……」

「お前らはウォーミングアップに行け」

 

 源田が唸っていると、横から突然現れた鬼道君がそう指示してきた。

 お、おう、いつの間に……。

 急に出てくるの、心臓に悪いからやめようね。

 

「安心しろ。俺が残って罠を探す」

「危険だ! お前一人に探させるなんて!」

「源田、冷静になろうよ。たぶんこのまま数任せで探しても見つからないと思うよ。ならここは一番頭が切れる鬼道君に任せて、私たちは試合の準備をしていた方がいい」

「だが……っ!」

「私たちは帝国学園なんだよ? 試合でいざというときに力が出せなくて、無様を晒すつもり?」

 

 うむ、自分で言うのもなんだけど完璧なロールプレイだね。これなら誰も疑いはしないでしょう。

 

 帝国学園という言葉に誇りを持っている彼らは、それに泥を塗りつけてしまうような言葉に弱い。

 源田もその例に漏れず、金看板を出してあげただけで怯んだ。

 

「くっ、仕方がない……。急いでみんなに連絡して、ウォーミングアップをするぞ!」

 

 私は源田たちと一緒にみんなに声をかけることとなった。

 やがて鬼道君を除いた全員が集結し、各々がグラウンドでウォーミングアップをし始める。

 けど試合開始直前になっても、鬼道君が帰ってくることはなかった。

 

 リフティングをしながら、雷門側のコートを見つめる。

 円堂君がいつもと同じ気合十分な顔で染岡からのシュートを受けていた。

 あの様子なら力が出せないなんてことにはならなさそうだ。

 

 他のメンバーを見ると、壁山のお腹を宍戸が何やらくすぐっていた。

 耐えることができず、壁山は笑いながらボールを勢いよく真上に蹴り飛ばしてしまう。

 

 そのとき、ガシャンという音が上から響いてきた。

 ……あ、やばい。

 

 天井から、遠目では銀のしずくのように見える何かが複数、ボールとともに落ちてくる。

 でもそれは液体なんかじゃなくて金属製のボルトだった。

 

 総帥の命令で緩くしてたからなぁ。ボールが当たった衝撃で取れたのでしょうね。

 

 いつのまにか鬼道君が入場口に立っていた。その視線は上に向けられている。

 こりゃ、バレたね。でも安心でもある。

 これで、ようやくサッカーができる。

 

 

 審判に声をかけられて、二つのチームが入場口で二列に並んだ。

 帝国側の先頭はキャプテンである鬼道君、その後ろが私だ。

 私が身に纏っている天鵞絨(びろうど)色のユニフォームには『10』という数字が刻まれている。

 

 ふと、隣にいた豪炎寺君と目があった。

 無表情ではあるものの、その瞳からはメラメラと熱い何かが伝わってくるのを感じる。

 

 思い返すのは帝国と雷門が初めて戦ったあの日。あのときはシュートを撃ち返されちゃったけど、今度はそうはいかないよ。

 不敵な笑みを浮かべながらも、目だけは鋭くする。

 この思いが伝わったのかどうかはわからない。

 

 大歓声の中、グラウンドに全員が上がる。

 センターラインを間に、改めて雷門と帝国の両チームが相対した。

 

「今日こそ決着つけてやるぜ、鬼道! それになえも!」

「円堂、時間がないからよく聞け。ホイッスルが鳴ったあと、すぐにセンターサークルから離れるんだ」

「えっ、どういうことだ?」

 

 鬼道君の忠告に、やる気に満ちていた円堂君に疑問符が浮かび上がる。

 やっぱり気づいていたみたいだね。それでこそ鬼道君だ。

 誰にも見えないよう心の中で笑みを浮かべる。

 

「詳しく説明している暇はない。だが、これも総帥の罠なんだ」

「でもよ、センターサークルから離れたら先手を取られちまうじゃねえか!?」

「染岡、円堂! 鬼道さんはそんな嘘をつくような人じゃない! 信じてくれ!」

 

 染岡の言葉に他の雷門の選手たちも同意するが、それに反論したのは元スパイの土門だった。

 裏切り者までも惹きつける魅力か。

 彼はいいチームに出会えたようだ。

 うちじゃ即刻死刑ものだもの。もちろん暗部の話だけど。

 

 円堂君はしばらく唸っていたけど、やがて力強く鬼道君に頷いた。

 

「わかった! 俺は鬼道を信じる!」

「円堂……ありがとうな」

 

 鬼道君と円堂君が固く握手を交わした。

 それを皮切りに、次々と雷門側の選手たちと握手をし続け、それぞれのポジションにつく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これが今日のスタメンだ。

 攻撃と防御をバランスよくとったフォーメーション『デスゾーン』。

 

 でもそんなこと今はどうでもいい。私をはじめ帝国学園全員がセンターサークルに注目していた。

 ボールは雷門から。なので一番先頭の私もセンターサークルにはいないため危険はない。

 

 そして運命のホイッスルが、鳴った。

 

 ——途端に轟音が響き、天井からいくつもの巨大な鉄骨が落ちてきた。

 

 あまりの衝撃に大きな砂煙が巻き上がる。

 グラウンドにはまるで死体に突き刺さった剣のように、鉄骨が縦にめり込んでいる。

 

『鉄骨落とし』。

 暗部では密かにそう言われている、総帥が得意とする妨害工作の技だ。

 

 いや、ここまで来たら妨害ってレベルじゃないな。

 殺人だ。

 昔から暗部にいたやつらが言うには、実際にこれをくらって何人も死者が出ているらしい。

 

 湧き上がる悲鳴。観客席は瞬く間に凍りついた。

 帝国のみんなも顔を青くしていた。

 そんな中、私と鬼道君だけは依然として砂煙の奥を見つめる。

 

 やがて煙が晴れていく。

 鉄骨の下には誰も下敷きにはなっていない。

 

 現れたのは、無傷の雷門イレブンだった。

 

「あーよかったぁ。これでようやく試合ができるね!」

「ああ。だがその前にやるべきことがある」

「やるべきこと?」

 

 問いの答えを聞く前に、入場口から複数の警察が走ってきた。その中心にはいつか見た雷雷軒の新聞おじさんもいる。

 

「試合は一旦中止だ! 選手たちもグラウンドから出てくれ!」

「刑事さん!? どうしてここに?」

 

 ふぁっ、刑事!? 警察関係者を通り越してさらに上の人じゃん! 

 やっべえ、超逃げ出したい。

 でもそんなことをすれば捕まるのは確実なので大人しくしておこう。

 

 幸いやっこさんは私には目を向けずに、円堂君と話している。この様子じゃ私の件はまだバレていないだろう。

 

「やるべきことと言ったら決まっている。みんな、総帥のもとに行くぞ!」

『おうっ!!』

 

 わーお。

 鬼道君を先頭に帝国のメンバーが怒りの表情を浮かべながらゾロゾロと歩いて行く。

 まるで戦争にでも行くかのようだ。

 

 その最後尾には円堂君と雷雷軒の店員さんも参加していた。

 しょーがない。

 取り残されまいと、私は急いでみんなのあとを追うことにした。

 





 原作との背番号の変更

 鬼道:10→7
 咲山:7→17
 本来の7番は咲山ですが、正直言って影が薄いのでそこまで影響は出ないと思います。



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幕開ける雷門VS帝国

 一瞬だけでしたが、この作品が日間ランキングに乗っているのを見ました。嬉しい限りです。
 これからも気合を入れて投稿していくので、今後もよろしくお願いします。


「総帥! これがあなたのやり方ですか!?」

 

 そう言い放ち、ドスドスと音を立てながら鬼道君が執務室に入る。

 ゴーグルで目が隠されているにも関わらず、彼が激怒しているのがわかる。

 私たちも後に続いて入室した。

 

「『天に唾すれば自分にかかる』。あれがヒントになったのです。あなたにしては軽率でしたね」

「……言ってる意味がわからないな。私が細工したという証拠はあるのかね?」

 

 鬼道君に正面から非難されてなお、総帥はとぼけてみせた。

 その顔には笑みが浮かび上がっていて、それが一層鬼道君たちを苛立たせる。

 悪い笑みだよありゃ。でも今回は分が悪いかもね。

 

「あるぜぇ!」

 

 大声とともに、何かが入ったビニール袋が総帥の机に飛んでくる。

 その中には溢れんばかりの大量のボルトが入っていた。

 

「あれは宍戸に落ちてきた……!」

「そいつが証拠だ」

「刑事さん!」

 

 投げつけたのは新聞おじさん、いや刑事のおじさんだった。道中聞いた話では鬼瓦と言うらしい。

 

 鬼瓦刑事はコートのポケットからトランシーバーを取り出し、総帥の方に向ける。

 

「どうだ?」

『はい、たしかにボルトが緩められています。これは明らかに人の手によるものです!』

「こいつが、帝国からの依頼で請け負ったと白状しました!」

「——というわけだ」

 

 次々と湧いて出てくる証拠の数々。

 後ろを振り向くと、ヘルメットを被った男が手錠をかけられて他の警察らしき男に捕まっていた。

 あーあ、もうダメっぽいわこれ。

 

「俺はもうあなたの指示では戦いません」

「俺たちも鬼道と同じ意見です!」

 

 鬼道君の宣言に源田たちが賛同する。

 

「勝手にするがいい。私にも、お前たちなどもはや必要ない」

「影山零治! 一緒に来てもらおうか。お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。四十年分、洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

 ここまで証拠を出されたらさすがに言い逃れはできず、総帥は席を立った。そして鬼瓦刑事と一緒に退出していく。

 

「鬼道、最後に教えてやろう。人間の闇は無限だ。お前のその限られた視野では見通すことなどできやしない」

「なんだと……?」

 

 鬼道君が聞き返す前に扉が閉まった。

 うーん、実に詩的なセリフを残していったね。

 でもあれ絶対に私のことを指してるでしょ。

 最後に地雷投げつけてくんなし。

 

「闇だと……どういうことだ?」

「そんなことよりも試合だよ試合! 総帥もいなくなったし、これで自由! そんなわけでサッカーやろうよ!」

「……いやダメだ。俺たちは知らなかったとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった。その罪を償う責任がある」

 

 ふぁっ!?

 そりゃないよ鬼道君! 私はこの日をこんなに待ってたのに……! 

 

 鬼道君はそんな私の心境も知らず、円堂君と雷雷軒の店員——響木監督に頭を下げた。

 

「すみませんでした響木さん。俺たちに試合をする資格はありません。どんな処分でも受けるつもりです」

「……だそうだ円堂。お前が決めろ」

「そんなのもちろんやるに決まってるだろ! 俺たちはサッカーをしにここまで来たんだ! お前ら帝国学園とな!」

「……感謝する」

 

 円堂君ナイスだ! さすが私の見込んだ男! 

 

 この決定のおかげで、晴れて帝国学園対雷門中の試合は続行することとなった。

 帝国スタジアムのグラウンドはスタイルに合わせて様々な芝生に入れ替えられる仕組みとなっている。それを利用して鉄骨の突き刺さっているグラウンドを除けて、新たに人工芝のグラウンドをセットした。

 

 ちなみに監督は安西という先生に任せることとなった。

 私とは別で表を仕切ってた人だけど、暗部には関わっていないため彼も立場が危ういのだろう。媚びを売るようにして即決で引き受けてくれた。

 

 ちなみに頼みこんだ時の言葉はもちろん『安西先生……サッカーが、したいです……!』だ。

 

 そして各チームの選手たちがそれぞれのポジションについたところで、ホイッスルの笛が鳴った。

 

 

 ♦︎

 

 

 キックオフで始まり、ボールを持った豪炎寺君がぐんぐんと駆け上がってくる。

 それを止めようと最前線の私が立ちふさがったけど、雷門のミッドフィルダーたちとパスを回されてあっけなく突破されてしまった。

 

 まあいいよ。どうせ本気で取る気はなかったし。

 その後攻められているにも関わらず、一人雷門側のコートへ走っていく。

 

「ドラゴン——」

「トルネードッ!!」

 

 そうこうしていると染岡と豪炎寺君の連携シュートが放たれた。炎を纏った竜がゴールに迫る。

 だけど源田は不敵な笑みを浮かべると、その場で跳躍し、拳を地面に叩きつけた。

 

「パワーシールド!」

 

 衝撃波の壁が発生。ドラゴントルネードは弾かれ、ボールが源田の手に収まる。

 

「その程度でパワーシールドは破れん! ……なえ!」

「しまった、カウンターだ!」

 

 源田が大きく蹴り上げ、ボールを雷門コートまで押し上げる。

 

『ボールは伸びてゆき、白兎屋へ! ああっと! だが雷門の選手三人に囲まれている!』

 

「へっ、もらった!」

「パスは通らせないでヤンス!」

「……甘い甘い」

 

 松野に栗松に宍戸だっけか。が私を取り囲む。

 しかし私はまるで兎のように天高く跳躍し、雷門の選手たちが届きもしないような高さでボールを受け取った。

 

「なっ、野生よりも高いなんて……!」

 

 そのまま三人を飛び越え地面に着地。途端に口元を歪ませる。

 ——さあ、狩りの始まりだよ。

 

 稲妻を思わせるほど鋭く、素早いドリブルでぐんぐんとコートを駆け上がっていく。

 途中で土門という雷門ディフェンスが出てきて、私の前に立ちふさがる。

 

「キラースラ……」

「そんなところにいると痺れるよ? ——ジグザグスパーク!」

「うわぁ!」

 

 体から青白い電気を発生。そのままジグザグにドリブルして、近づいてきた土門に電撃を浴びせた。

 その隙にゴール間近へと走っていく。

 

 ここまでで相手の右ディフェンスは全て抜いた。あとはゴールを目指すのみ。

 しかし右を案じた壁山がボールを奪おうと近づいてきた。

 

「うぉぉぉっ!! シュートは打たせないッス!」

「安心しなよ。私は撃たないからさ」

「へっ?」

 

 けど壁山が来たってことは逆サイドはガラ空きってことだ。

 真横に鋭いパスを出す。その先には鬼道君と佐久間が走り込んで来ていた。

 鬼道君がボールを受け取り、最後の壁を突破せんとボールを上に蹴り上げる。

 

「いくぞ円堂!」

 

 上に行ったボールをすぐに佐久間がヘディングで下に落とす。

 鬼道君はダイレクトでそれを蹴り、ボールをさらに加速させた。

 

『ツインブーストッ!』

「うぉぉぉっ! 熱血パンチ改ッ!!」

 

 熱血パンチ改!? 

 円堂君の右手に、以前見たときとは桁違いの気力が集中していく。そして赤いオーラを纏ったままボールを殴りつけ、弾き返した。

 

「どうだ! 俺たちだって成長してるんだ!」

「ふっ、今のは小手調べだ。本当に帝国の恐ろしさ、見せてやろう」

 

 二人はそれぞれ喋ったあと、別れる。

 ボールは風丸が拾っていた。自慢のスピードを活かしてドリブルしていくけど——。

 

 

 ——すでにその目の前に、私は立っていた。

 

「なっ……!?」

 

 風丸が目を見開いて驚く。いや風丸だけじゃない。状況を見てた雷門選手の全員が驚いていた。

 

 そりゃそうだ。

 さっきまで私は雷門から見て右サイドのペナルティエリアギリギリにまで近づいてたんだもん。

 それがボールがクリアされたときには逆サイドのハーフラインまで戻って来ている。

 

 じゃあどんな手品を使ったんだって?

 答えは簡単、()()()()()()()()

 

「くっ、疾風ダッシュ!」

「遅い」

 

 風丸よりもさらに速く動き、ボールを掠めとる。

 雷門ディフェンスはさっき円堂君がクリアしたばっかで全然整っていなかった。

 そのままドリブルしていき、楽々円堂君と一対一となる。

 

「さあこい! 絶対に止めてみせる!」

「あのときとどう違うか、確かめてあげる!」

 

 電気を纏った両足でボールに連続で蹴りを叩き込んでいく。

 

「ディバインアロー!」

 

 最後に回し蹴りを当てると、ボールはまるで光の矢のように高速でゴールに飛んでいった。

 

 いくら進化した熱血パンチでもこれには威力負けするだろう。

 ならばと、円堂君はなんと両手に気力を貯め始めた。

 

「これが俺の新必殺技! 爆裂パンチだっ!!」

 

 円堂君は目にも止まらぬ速さで延々とボールを殴り続ける。そして勢いが弱まったところでアッパーを繰り出し、先ほどよりも大きくボールをクリアした。

 

「ひゅー、やるねぇ。まさか私のシュートを止めるなんて」

「お前こそすげぇよ! どうやってあんなところまで移動したんだ?」

「私、こう見えて超足速いの。たぶん陸上でも中学生レベルなら、軽く全国一にはなれると思うよ」

 

 そう、これこそが私の真価。

 攻め上がっているときにボールを奪われても、すぐにディフェンスに参加することができる。

 

 故に、私のポジションは『自由(リベロ)』。

 もっとも本来の意味は攻撃にも参加するディフェンスということなので、私とは真逆ではあるけど。

 

 ボールは雷門ミッドの半田へ。

 それを奪おうと巨体にヘルメットと同化したゴーグルという不恰好な姿をした大野がその場で飛び上がり、必殺技を発動する。

 

「アースクエイクッ!」

「ぐがっ!?」

 

 体重を生かして地面に着地することで衝撃波を撒き散らし、半田を吹っ飛ばす。そのこぼれ球を、半田の後ろから迫っていた染岡が気合で奪い取った。

 大野は必殺技の反動で少し反応が遅れてしまう。

 その隙に染岡はゴールは一直線に走る。

 

「ドラゴンクラッシュッ!」

「無駄だ! パワーシールド!」

 

 ドラゴントルネードですら破れたのだ。単独のドラゴンクラッシュが通用するわけがない。

 その予想通り、ボールは勢いを弱めて空中に跳ね上がった。

 

 ただ予想外なのが一つ。

 ボールの行き先に、豪炎寺君がいたことだ。その足には炎がすでに宿っている。

 

 なるほど、連続してシュートを撃つことで源田の反応を遅らせるつもりか。

 でも残念。()()()()()()()()

 

「ファイアトルネード!」

「スピニングカット!」

 

 前線から戻ってきた私は源田の前に立ちはだかり、右足に気力を込める。そして足を振ってエネルギーの壁を発生させ、炎のシュートを止めてみせた。

 

「なにっ!?」

「ディフェンスはできないと思った? 残念、全部できるからこそのリベロなんだよ」

 

 ボールは私からディフェンス、ディフェンスからミッドフィルダーへ。そしてミッドフィルダーから私へ。

 マークしようにも、あまりの速さに誰もついていけていない。

 

 なんとか止めようと雷門ディフェンスが目の前に集結する。

 でも私はかかとでボールをバックパスし、後ろにいた鬼道君に渡した。

 

「いくぞ円堂! これがゴッドハンドを破るために編み出した必殺技だ!」

 

 鬼道君の指笛とともに地面から複数のペンギンが出現する。そしてシュートされると同時に飛行した。

 

「皇帝ペンギン!」

 

 そのボールに私と佐久間が両サイドから走り込み、同時に蹴りを入れる。

 

『二号ッ!!』

 

 ボールはさらに加速し、瞬く間にゴールへと迫る。

 円堂君は右手を天に掲げていた。ゴッドハンドの構えだ。

 

「ゴッドハンドッ!」

 

 手のひらの形をしたエネルギーの塊がボールを受け止める。

 しかし続くペンギンたちのくちばしが突き刺さり、ゴッドハンドは砕け散った。

 ボールはその奥にいる円堂君ごと押し込んでネットに入る。

 

 ゴール。これでようやく一得点だ。

 

「ぐっ……なんてパワーだ……!」

「策略など必要ない。これが帝国の実力だ!」

 

 珍しく鬼道君が声を昂ぶらせて叫んだ。まるでここにはいない総帥に、なによりも自分に言い聞かせるように。

 円堂君はその鬼道君の熱い一面を見て、ニヤリと笑う。

 

「へっ、ますます止めたくなってきたぜ、このシュート!」

 

 それでこそ、円堂君だ。

 ここで前半終了のホイッスルが鳴り響く。

 私たちは後半に備えるため帝国側のベンチまで戻っていった。





 この作品でのなえちゃんは攻守万能なリベロです。
 もちろん原作通り陸上の記録を塗り替えられるほど足が速いですし、なんなら影山の下で猛特訓を重ねたおかげで原作以上にかなり強化されています。

 風丸すまん、お前の影も薄くなってしまいそうだ……。


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エンペラーカウント・ゼロ

「足の具合はどう? 鬼道君」

「問題ない。これならあと三発ぐらいは撃てるだろう」

 

 鬼道がベンチに座りこんでいると、なえがそう問いかけてきた。

 大丈夫だと返事をするが、右足が若干震えているのは隠し切れていないかもしれない。

 呑気そうだが、その実恐るべき観察眼を持っているのを、鬼道は知っている。

 

 皇帝ペンギン1号は、もともと体への負担が大きい技だ。

 それを2号に改造したとはいえ、負担が完全に取り除けたわけじゃない。

 とはいえ、プレイに支障が出るほどのものでもないので、大丈夫だろうと鬼道は判断する。

 

 一試合で無理なく撃てるのは三発。

 少ないようにも聞こえるが、後半戦を戦うには十分な弾の数だ。

 

 ゴッドハンドは通用しない。

 ならばこのまま押し切るのみ。

 鬼道はそう自分に言い聞かせ、立ち上がる。

 

「ほいドリンク。ちょっとは飲んどかないと」

「ああ」

 

 なえから投げつけられた容器の蓋を外し、口に含む。

 ふと、彼女の方を見た。

 

 なえは女性だ。

 鬼道は同じ孤児院にいたのでそのことを知っていた。

 故に、本来ならばこの大会には出場することは叶わないはずだった。

 

 それを叶えさせたのは影山の力があったからこそ。

 だがその影山はもういない。いずれ彼女の性別が明かされてしまう日が来る。

 

 だからこそだろう。

 今日の彼女はいつもよりも張り切っていた。まるで全てを出し切ろうとしているかのように。

 

 来年からどうなるかはわからない。

 だが、ここにいる仲間たちが全員揃っているうちに、真の意味での優勝トロフィーを勝ち取りたいものだ。

 

 鬼道はそう願いながら、グラウンドへ歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 コートチェンジも終わり、後半戦が始まる。

 ボールは帝国からだ。

 佐久間からのパスを受け取り、真っ直ぐに走り出す。

 

「これ以上好きにはさせない!」

 

 これまでの雷門選手とは一味違う速度で、目の前に立ちはだかる選手が一人。

 豪炎寺君だ。

 私はヒールでボールを跳ね上げ、彼をかわそうとした。が……。

 

「甘い!」

 

 豪炎寺君はなんとその場で跳び上がり、オーバーヘッドキックを決めてみせた。

 でも大丈夫。()()()()()()()()()()()だよ。

 

 足が触れた途端、ボールは擦り付けるような音を立てながら、まるで車輪のように彼の足を転がっていく。

 

「スピンだと!?」

「大正解。保険は用意しておくものだよ」

 

 そう、私はあらかじめヒールで蹴ったときに強力な前回転をかけていたのだ。

 ボールは豪炎寺の足を渡って前へ。

 再び私はドリブルし出す。

 

 続いて松野が来たけど、ボールを右足で引きながら、走り込んだ勢いを利用して体を回転。

 まるで回転扉のようにいなして突破してみせた。

 

『マルセイユ・ターン』。

 サッカーのドリブル技術の一つだ。

 

『白兎屋、華麗に避けた! まるでダンスのように軽やかな動きだ!』

 

「抜かせない……!」

 

 土門が走ってくる。さっきのジグザグスパークを警戒してだろう。その動きは少し強張っていた。

 そんなにガチガチしてたら、視野が狭くなっちゃうよ?

 たとえば上とか。

 

『おおっと!? ここで白兎屋が跳躍! 鮮やかに土門を飛び越え、三人抜き! 三人抜きだァ!』

 

 空中にボールを蹴り上げると同時に天高く跳躍。

 まるでサーカスのようにアクロバティックな動きでボールを足で挟み、そのまま土門を飛び越して円堂君と一対一へ。

 

 鬼道君と佐久間はまだ来てないか。

 彼らの到着を待ってもいいけど、それじゃあせっかく突破した意味がない。

 だったら! 

 

「ディバインアロー!」

「その技はもう見切ったぜ! 爆裂……っ!?」

 

 青白い電気を纏った矢がゴールへと飛んでいく。

 それは円堂君の頭上を越え、バーに当たってこちらに跳ね返ってきた。

 

 すかさず跳び上がり、オーバーヘッドキックを叩き込む。

 

「間に合えっ! 熱血パンチ改っ!!」

 

 必殺技のタイミングを完全に逸らされた円堂君は、無理な体勢から横にダイビングした。そして伸ばした拳がかろうじてボールに当たり、ポストの横を通り過ぎていく。

 

「あ、危なかった……!」

「そういえば熱血パンチは体勢が崩れていても使えるんだっけか。いやー失敗失敗」

 

尾刈斗戦で見たばっかりだというのに、すっかり忘れてたよ。

 この技は初見殺しなのでもう使えない。

 さっさと次の手考えないと。

 

 ボールはコーナーキックから。

 鬼道君はペナルティエリアに入るかどうかのギリギリのラインに、私と佐久間はその中にそれぞれ待機している。

 

 相手側も、こちらが皇帝ペンギン2号を撃とうとしているのは予想できているだろう。

 それをどうやって崩すかが重要だ。

 

 洞面から、ボールは鬼道君へ。

 彼はボールが足元に来るや否や、指笛を吹いてシュートを放った。

 

 だけどそのコースを遮る影が二つ。

 雷門ディフェンスの風丸と壁山だ。

 

「来たぞ! このパスを通させるな!」

「はいッス!」

 

 なるほど。皇帝ペンギン2号は鬼道君からのパスを止めてしまえば発動することはない。

 彼らはそれを狙っていたのか。

 

 でも彼らは気づいていない。

 鬼道の足元に出現していたペンギンが()()()()()()()()ことに。

 

 ボールは壁山のお腹に直撃した。あの巨体は簡単に吹っ飛ばせるものではない。

 だけどボールは壁山の意思とは裏腹に、鬼道君の元へと戻っていく。

 

「しまった!」

 

 鬼道君は、彼らが止めに来ることを見越してバックスピンをかけていたのだ。

 雷門ディフェンスのタイミングがずれたところで、今度こそペンギンを飛ばしながらシュートする。

 ボールは二人の間をすり抜け、私と佐久間の元へ。

 

 よし、ディフェンスはもう誰もいない。

 これで二得点目だ! 

 

「うぉぉぉぉおっ!!」

 

 しかしそんな私の予想を裏切り、円堂君が私たちの間に飛び込んできた。

 

 彼がしている行為は、発射直前の大砲から弾を取り除こうとしているようなものだ。

 失敗すればただでさえ強力な皇帝ペンギン2号を超至近距離で受けてしまい、骨折は確実。

 最悪は……再起不能だ。

 

 それなのにも関わらず、彼の目にはボールしか映っていなかった。

 幻か、その背後には雷神が雄叫びをあげているのが見えた。

 

 面白い……これだからやめられないんだよサッカーは! 

 円堂君の気迫に応じて、私からも黒色の邪悪なオーラが溢れ出す。

 

 全力で足を振るう。一秒にも満たないけど、僅かに私の方が速い。

 勝った。

 そう思い、ボールを蹴るタイミングを合わせようとして気づいた。

 佐久間の足が、いつもより遅れていることに。

 

「ガァァァァァァァァッ!!」

「……っ!」

 

 雷が私と佐久間の間を切り裂いた。

 

 ボールを制したのは円堂君。

「よっしゃあ!」と、高々にそれを掲げている。

 

 ……気迫に押されたか。

 佐久間もなぜ遅れたのかわかっているのだろう。悔しそうに表情を歪めていた。

 

 まあたしかに、自分が相手を再起不能にしてしまうかもしれないと思ったら普通ためらうよね。

 それ以上に、あんだけものすごい勢いで人が突っ込んできたら誰でも怖がるってのもあるんだろうけど。

 

 これはタイミングがどうのこうので解決できるものじゃない。

 心理的な問題だ。

 次もし同じようなチャンスがあっても、このままじゃ再び止められてしまうだろう。

 

 円堂君はボールを蹴り上げ、前線で上がっていた豪炎寺君にパスをした。

 

 雷門のカウンターだ。

 帝国はコーナーキックでチャンスだったのもあり、フォワードのみならずミッドまでもが上がってしまっていた。

 私もさすがにこの距離は間に合いそうにない。

 

 帝国の最後のディフェンス、大野が巨体を生かして跳び上がり、衝撃波を発生させようとする。

 

「アースクエ——」

「ヒートタックル!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 しかし豪炎寺は体に炎を纏ったままタックルし、強引に大野を突破した。

 大野はあまりの勢いにゴールラインまで吹き飛ばされる。

 

 まずい。大野があの位置じゃオフサイドは発生してくれない。

 てことは……。

 

「染岡っ!」

「おうっ! ——ドラゴンクラッシュ!」

 

 豪炎寺はペナルティエリアまでボールを運ぶと、後ろへバックパス。それをダイレクトで染岡がシュートした。

 

「パワーシールド!」

 

 源田がパワーシールドを展開し、ボールを受け止める。

 豪炎寺君はそれを見るが否やいつもより低く跳躍し、未だにパワーシールドと競り合っているボールに蹴りを入れた。

 

「なにっ!?」

「パワーシールドは衝撃波でできた壁。弱点は薄さだ! 遠くからのシュートは止めれても、至近距離から押し込めば……ぶち抜ける!」

 

『ドラゴントルネード』。

 豪炎寺君の足が炎を纏ったかと思うと、パワーシールドがガラスのような音を立てて崩れた。

 ボールはそのまま源田の横を通り過ぎてゴールへ。

 1対1。追いつかれてしまった。

 

 笑顔を浮かべて抱き合う雷門メンバーを尻目に、源田と鬼道君を見る。

 

「豪炎寺、まさかこの短期間でパワーシールドを破るとは……」

「くそっ、もう点はやらん! こうなったらあの技を使ってやる! たとえ腕が壊れようとも……!」

「いや、フルパワーシールドにそんな副作用ないでしょ」

「比喩だなえ。察してやれ」

 

 とはいえ、源田がフルパワーシールドを今まで使ってこなかったのは腕の負担が激しいからだ。

 壊れるまでとは言えないものの、試合中では無理をしない範囲でなら三回ぐらいが限界だろう。

 それ以上は腕の痺れで気が散ってエネルギーを溜めることができなくなってしまう。

 

 掲示板をちらりと見る。

 あと十分ほどか。

 点を取ることは十分にできる。……十分だけに。

 

 ……くだらないギャグはよしておこう。

 

「鬼道君、皇帝ペンギン2号のタイミングは掴めてるよね?」

「ああ、お前らのを何度も見ているからな。……まさかお前」

「ぶっつけ本番だけど頼んだよ。私もこの試合、負けたくないから」

「……わかった」

 

 深く語らずとも、鬼道君は私の作戦を察してくれたようだ。

 佐久間にも同じように伝えたあと、各自ポジションにつく。

 

 ホイッスルが鳴り、佐久間からパスがきた。

 それをさらにバックパスし、鬼道君にボールを渡す。

 

「ディフェンス以外全員上がれ! 勝ちにいくぞ!」

『おおっ!!』

 

 帝国のみんなが一斉に走り出す。

 目指すはゴール、全員の気持ちが一つとなっていた。

 

「イリュージョンボール」

「ぼ、ボールが……!」

 

 一度空中で回転しながら、鬼道君は両足でボールを踏みつける。

 するとボールがいくつにも分身して、ブロックしにきた染岡を惑わした。

 その隙に鬼道君は悠々と染岡を抜き去り、私の方をちらりと見てくる。

 

「ここは僕たちが……!」

「絶対に抜かせないでヤンス!」

 

 松野と栗松が密着するようにマークしてきて、私は身動きが取れないでいた。

 いや、彼らだけなら突破することができるんだけど、明らかに後方のディフェンスが私を意識して右に寄ってきているのがわかる。

 これにはさすがの私も手を焼くね。

 

 鬼道君は私にパスを出すのをやめて、逆サイドの洞面に出した。

 

「そうくるのはわかっていた!」

 

 風のような速さで風丸が走り込んできて、あっという間にボールを奪われてしまった。

 そりゃ、逆サイドが薄くなってたらパスを出すのは決まっている。裏を突かれたわけだ。

 でもあいにくと、うちにはその裏の裏すらかくことができるキャプテンがいるもんでね。

 

「へっ、もらった! キラースライド!」

「なにっ、グハッ!?」

 

 間髪入れずに、オールバックハゲこと辺見が激しいスライディングをしかけ、ボールを奪い返した。

 鬼道君はあらかじめ彼に指示を出していたのだ。

 

 それを見て私をマークしていた二人に動揺が走る。

 今だ。

 

 私は素早い動きで二人の間を抜け、ペナルティエリアめがけて走り出した。

 

「いけ、なえ!」

 

 高く上げられたボールを受け取り、ペナルティエリアに侵入する。

 でもすぐ目の前に壁山が立ちはだかる。

 

「ザ・ウォールッ!」

 

 気合の入った声とともに、壁山から岩でできた巨大な壁が発生した。

 たしかに、高い。でも私なら乗り越えられる。

 ボールを上に蹴り上げ、膝のバネを最大限発揮してその場で跳躍した。

 

 空中で壁を飛び越えながら、下を覗く。

 見えた、ゴールだ。

 その前には佐久間と鬼道君が両サイドから走り込んできていた。

 

 空中にとどまったまま、指笛を吹く。すると地面から複数のペンギンが飛んできて、ボールに突き刺さった。

 それを、私はオーバーヘッドキックで撃ち下ろす。

 

「オーバーヘッドペンギンッ!」

「空中から!?」

 

 紫色のオーラを纏いながら、ボールとペンギンたちは下で待ち構えている鬼道君たちの元へと飛んでいった。

 さすがの円堂君も予想外だったのか、飛び出しに間に合っていない。

 そして、二人の蹴りが同時にボールを捉える。

 

『皇帝ペンギン2号ッ!!』

 

 爆発が起き、シュートが加速した。

 オーバーヘッドペンギンも合わさって、威力はさっきよりも上だ。

 ゴッドハンドで止められるようなものじゃない。

 だけど、円堂君は諦めていなかった。

 

「片手がダメなら……両手でどうだぁ!! ゴッドハンドW(ダブル)ッ!!」

 

 円堂君の両手が天に掲げられる。

 すると光り輝く巨大な手が二つ、出現した。

 両手でのゴッドハンドにペンギンがぶつかる。

 

 あまりのエネルギーの奔流に爆発が起きた。砂煙が巻き上がる。

 

 それが晴れたあとには……両手を焦がしながらも、しっかりとボールをキャッチしている円堂君がいた。

 

「なんだと……!?」

「これがラストチャンスだ! いくぞ、みんなっ!」

 

 円堂君はボールをすぐさま蹴り上げたあと、なんと自らも走り出した。

 いや、円堂君だけじゃない。

 雷門イレブン全員が走り出していた。

 

 ふと掲示板を見ると、残り三分ほどとなっていた。

 これじゃあゴールがガラ空きだ。

 それを承知で全員が賭けに出られる度胸。

 

「面白くなってきたぁ!」

 

 全エネルギーを使い果たすつもりで、走り出す。

 ハーフライン辺りで風丸がボールを受け取った。

 その前に回り込む。

 

「無駄だよ。あなたのスピードじゃ私には勝てない!」

「円堂がつないでくれたこのボール、絶対に無駄にはしない! ——疾風ダッシュ改っ!」

「スピニングカット!」

 

 足を振り抜き、正面にエネルギーの壁を発生させる。

 しかし風丸は進化した疾風ダッシュの加速を活かして、壁に体当たりをかましてきた。

 

「ぐ……うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 雄叫びを上げながら、さらに風丸が力を込めてくる。

 そしてとうとう壁が二つに切り裂かれ、突破されてしまった。

 

「少林っ!」

「竜巻旋風!」

 

 風丸からパスをもらった少林はボールを両足で挟むと回転させ、竜巻を起こして辺見を吹き飛ばす。

 こぼれ球を雷門の半田が広い、ペナルティエリアまで空高く蹴り上げた。

 

 ペナルティエリアには豪炎寺君と壁山の姿があり、二人がその場で跳躍する。

 イナズマ落としの構えだ。

 

「させるかぁ!」

 

 ギリギリ追いついた私はワンテンポ遅れて跳躍し、壁山を踏み台にした豪炎寺君と同じ高さにまで並んだ。

 

 キック力はほぼ互角。

 なら源田が守るゴールに入ることはない。

 そう確信し、体をひねってオーバーヘッドの体勢になる。

 

 そのとき、豪炎寺君の影に隠れてもう一人上がってきた。

 特徴的なオレンジのバンダナ。

 ——円堂君だ。

 

『イナズマ1号落としッ!!』

 

 私の蹴りと、二人のオーバーヘッドキックがせめぎ合う。

 でも二人の威力にはかなわず、私の体は地上へ弾かれた。

 そして落雷が、ゴールへと落ちてくる。

 

「フルパワーシールドォッ!!」

 

 源田は両手でも溜めたエネルギーをぶつけ、パワーシールドを超えた衝撃波の壁を作り出した。

 でもその壁さえも、このシュートの前では無駄でしかない。

 轟音を響かせながら落雷はフルパワーシールドを突き破り、ゴールネットに突き刺さった。

 

 ゴール。それと同時にホイッスルが響き渡る。

 掲示板を見上げた。

 帝国対雷門と書かれた下には、1対2という数字が表示されていた。




 雷門時代しか知らない人のための補足。

 ♦︎『オーバーヘッドペンギン』
 アレスでの必殺技です。詳しい描写は本編で書いたので省きますが、検索をかければすぐに動画で出てきてくれると思います。気になった方はそちらをどうぞ。

 タグでGOアレスオリオンは関係ないとありましたが、字数の関係で、正しくは書けていませんでした。
 正しくは『GOアレスオリオンのストーリー関係なし』です。
 これからも、場面に合うと作者が個人的に思った一部の技が、時たまに出てくると思われます。しかし動画検索でもかければ出てくると思われますので、描写が気になる方はご了承ください。


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かくして、神姫は目覚める

 

 

 ホイッスルが鳴り響き、試合は終了した。

 スコアは1対2。帝国の負けだ。

 

 今日をもって四十年間無敗の歴史は、幕を閉じた。

 

 だが鬼道に後悔はなかった。

 所詮は策略にまみれた偽りの歴史だ。それに、歴史はまた作ることができる。

 ここから始まるのだ。真の帝国の歴史が。

 

「みんな、ついてきてくれてありがとう」

「何を言ってるんだ。俺らはお前の仲間だろうが。ついていくのは当然だ」

「源田……」

 

 源田がキーパーグローブを外した手で鬼道の背を叩く。その手は真っ赤に腫れていた。

 しかし、源田の顔は何かが吹っ切れたかのように晴れやかだった。

 

 源田だけではない。

 佐久間、洞面、辺見に大野……その他全員が同じものを感じていた。

 久しく忘れていた、胸の高鳴り。熱の余韻。

 ああ、これがサッカーだったな、と。

 

「また一から出直しだ。やるぞみんな!」

『おうっ!!』

 

 新たな門出を迎えた帝国学園。

 そんな彼らに、円堂が近づいてくる。

 

「いい試合だったぜ、鬼道」

「円堂……。今回は負けたが、全国では必ず雪辱を果たす。それまで覚悟しておくことだ」

「えっ、どういうことだ?」

「まさか知らないのか? 前全国大会優勝校には無条件で特別推薦枠が設けられているんだ」

 

 そうは言っても、トーナメントの表では雷門と帝国は遠くに配置されることだろう。

 再び合間見えるのは決勝戦でだ。

 

 しかし二人は確信していた。

 必ず再会し、優勝を賭けて戦うことを。

 

「そっか。なら続きは決勝戦でだ」

「ふっ、雷門は帝国に勝利したんだ。俺たち以外に負けるなんてことがあったら許さんからな」

 

 二人は手を差し出し、握手をする。

 その瞬間、決壊したかのような大歓声が、観客席から溢れた。

 

「……あれ、そういえばなえは?」

「ああ、あいつか。気にするな。あいつは試合が終わるとすぐに帰ってしまうんだ」

 

 それを聞いて少し円堂は残念がる。

 爆裂パンチもゴッドハンドWも、元はといえば彼女のヒントから生まれたものだ。

 少しはお礼を言いたかったのだが、いないのであれば仕方がない。

 そう割り切ることにし、円堂は仲間たちの元へ帰っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 リモコンのボタンが押されると、ちっぽけなテレビに映されていた映像が途切れた。

 

「どうだ。帝国の選手はお前を見限ったからこそ、こんなに素晴らしい試合ができたんだ」

 

 鬼瓦はそうとなりに座っている男に断言してみせた。

 

 パトカーの中では、重々しい空気が流れていた。

 その元凶である男は、鬼瓦の言い分を下らないと言い捨てる。

 

「何が素晴らしいだ。敗北に価値などない」

「彼らだけではない。サッカーを汚したお前は、サッカーにも見捨てられたんだ」

「フッ、お前は何もわかってはいない」

 

 いかにも正義面をして喋る男の滑稽さに、思わず男——影山は大声で笑い出したくなった。

 人間の闇は無限だ。

 いったいどうしてあの画面の奥に裏切り者がいないなどと断言できるのだろうか。

 

 今は真っ暗になってしまった小型テレビを見つめながら、影山は先ほどの試合を思い出す。

 

 ——実にくだらなかった。

 鎖をつけられてもなお必至に飛び跳ね続ける兎と、その鎖に気づかない盲目の動物たちによる運動会。

 

 だが兎を責めるのは間違いだろう。なにせその鎖をかけたのは他でもない影山自身なのだから。

 そしてそれを解く鍵はすでに手渡してある。

 

 猿猴捉月(えんこうそくげつ)

 水面に浮かんだ月に獣が届くことはない。だがその中でも唯一兎だけは至ることができる。

 その違いを、次の試合で彼らは悟ることだろう。

 

 無様に獣が地を這いつくばるその様子を思い浮かべ、影山は口を邪悪に歪めた。

 

 

 ♦︎

 

 

「はぁ〜! すっきりしたぁ……!」

 

 自室に戻った私は、大きく伸びをしてベットに倒れこんだ。

 身体中が汗でベタベタだ。

 でも心は気持ち良さで満ちていた。

 

 あんなにエキサイトした試合は久しぶりだった。

 思い浮かぶのは、皇帝ペンギン2号へ命がけで突っ込んでいった円堂君の勇姿。

 そして最期の落雷。

 

 凄まじい気迫だった。

 間違いない。

 彼も私と同じように、()()()()()()()()()()()()()()

 初めて他人をそう思えた。

 

 未だ冷めぬ胸の高鳴りにうっとりしていたのも束の間、疲労でまぶたが重くなっていく。

 そして私はしばらくの間寝てしまっていた。

 

 

 目が覚めたのはスマホがブー、と音を鳴らしたときだった。

 見ると、入れていたアプリの更新がきたとの報告が書いてある。

 その下にまだ開けていないメールのことが表示されていた。

 送られてきたのは……午前中、つまりは試合前だ。

 差出人の欄には『影山』と書いてあった。

 

「……ふーん、いよいよ、か……」

 

 メールに書かれていたのはこれからの命令だった。

 それを全て読み、私はさっきしていたのとは別の笑みを浮かべる。

 

 こうしちゃいられないや。

 さっさとシャワーを浴びて荷造りをしなければ。

 

 私は帝国のユニフォームを脱ぐ。

 その下には、無骨な金属製のベルトのようなものが巻かれていた。

 それを外すと、まるで吸い込まれるかのように一瞬で地面に落ち、鈍い音が部屋にこだました。

 

「やっべ、足に落ちるとこだったよ……やっぱ危ないね、()()()()()()()って」

 

 そう、私は日常生活を含めて常に二十キロの重りをつけて行動していたのだ。

 なんのために?

 そりゃ決まってる。私のありあまるエネルギーを押さえつけるためだよ。

 

 その後シャワーを浴びて身体を洗い流した私は、五つほどの大きなスーツケースに部屋のものを詰め込み始めた。

 

 この部屋とも今日でお別れか。

 部屋を見渡す。

 

 飾られていた異常なまでにボロボロのサッカーボール以外は特に目に入らなかった。

 私はサッカー一筋だったため、室内は女子のものとは思えないほど質素だ。

 だから荷造りは思ったより簡単だった。

 

 最後に、私が先ほど脱いだユニフォームを畳む。

 そこで少しだけ迷って、机の上に置いておくことにした。

 

 ——ありがとう帝国学園のみんな。あなたたちとのサッカー、悪くなかったよ。

 

 そう心の中で念じ、スーツケースを抱えて部屋を出た。

 向かう先は執務室だ。

 今の時刻は八時。帝国学園の生徒は全員が帰宅しており、廊下に人気はまったくしなかった。

 

 もちろん巡回の警備員がいるんだけど、そいつら全員のルートは把握している。

 というか私は一応そいつらの上司なのだし、見つかっても問題はない。

 ということで堂々と両手にスーツケースを四つ、頭の上に一つという曲芸じみたことをしながら目的地の扉前にたどり着いた。

 

 この中には機密がいろいろとあるので、誰もいないときはロックがかかっている。

 だけど私は総帥補佐。

 解除のカードキーを使って中に入り、いつもの席に座ってパソコンをいじった。

 

 ……あ、私の防犯プログラムが作動している。誰かハッキングしたね。

 こう見えて私のプログラミングの腕は総帥補佐を任されるだけあってかなりのものだ。

 それを打ち破れるとなるとプロの犯行。つまりは警察の仕業だ。

 

 でも残念、しかけておいたプログラムは他人がアクセスすると自動で全データを消去するというものだ。

 さすがのプロでもデータが消える前という短時間でこれを解除するのは不可能だ。

 バックアップのデータは別であるので損害なし。

 てことで次は総帥のパソコンを操作して、データを全て初期化させた。

 復元ができないようにしておいたし、これで足がつくこともないはず。

 

 最後に総帥の席の後ろに隠されている、大きな金庫の前にしゃがみこむ。

 これの番号ももちろん知っている。

 全二十桁にもなるそれを間違いなく打ち込むと、金属同士がこすれる音を出しながら扉が開く。

 

 中は金庫というよりも一つの部屋だった。

 そこに学園の機密や個人情報などなど、様々なものが保管されている。

 でもそれらは取るつもりはない。

 

 奥にあるものに目を向ける。

 そこにはガラスケースに入れられて厳重に保管されたノートがあった。

 

 あれは『禁断の書』。

 帝国学園で総帥がその地位を確固たるものにしてから考案された、ありとあらゆる禁断の技が書かれた書物。

 

 ガラスケースを外し、中身を拝借する。

 懐かしいねぇ。

 私も昔はこれで特訓したものだ。

 円堂君風に言うなら『影山の地獄特訓ノート』ってところかな。

 

 金庫を出て、私が開ける前と同じ状態に戻すと、ノートをスーツケースに入れた。

 そして執務室を抜けてしばらく歩き、帝国学園を出る。

 

 校門前には黒塗りの車が一台待機していた。

 運転席に座っていた人物が窓を開けて、こちらに頭を下げてくる。

 

「お疲れ様です」

「夜分遅くにごめんねー。黒服ハゲ君も眠いでしょ」

「いえ、自分は暗部っすから。……あと自分はタケシです」

「そっかそっかタカシ君、じゃあゼウススタジアムまでよろしくね」

「……わかりました」

 

 突っ込むのも疲れたのだろう。

 黒服の人は私の荷物を全て車に詰め終えると、さっさと発進させた。

 窓から帝国学園が遠ざかっていくのが見える。

 

「さようなら、帝国」

 

 私は帝国学園が見えなくなるまで、ずっと窓の外を見続けるのだった。




『禁断の書』
 名前の通り、例の必殺技などについて書かれた書物。
 ゲーム2では、例の技に秘伝書があることが判明してるので、そこから想像して作ってみました。
 さてさて、使うのはいつになることやら。

 面白かったら高評価&お気に入り登録お願いします。


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天空城

 全ての始まりは、雨の日のことだった。

 

 目の前にあるボールに蹴りを叩き込む。

 壁に当たり、跳ね返っては、また蹴る。

 ただそれの繰り返し。

 

 余計なことは考えたくなかった。動きを止めれば嫌な考えばかりがばかりが頭に浮かんできた。

 

 憎しみ。

 

 それはもう自分の父親だったり、周りの人間だったり、何もしてくれない社会全体だったり。

 あまりに多くのことを憎みすぎて何を憎んでたのか、そのころはもうおぼろげになっていた。

 だけど自分が何かを憎んでいることに変わりはない。

 だから、その憎しみをボールに叩きつけることで発散していた。

 

 そんなときに、横から突然声がかけられた。

 

「いい蹴り、いい目だ。深い闇が込められている」

 

 これまで孤児院の先生たちにいくら声をかけられようが足を止めることはなかったのに、その耳に残る声に思わず振り向いてしまった。

 

 黒い傘に黒い服、そして黒いサングラス。

 存在そのものが闇のような男がいた。

 

「……あなた誰?」

「これは失礼。私は影山零治だ」

「……白兎屋なえ」

 

 影山と名乗った男は背筋の凍るような目線で私を観察していた。

 それを振り払うため、再びボールを蹴り始める。

 

「いったい何を憎んでいる?」

「……大人は嫌いやっぺ。嘘しかつかない。おとーちゃん、迎えにくるいうてたのに帰ってこんかった……」

 

 あれは北海道の家から追い出された日。

 泣きながら必至に父にしがみついた。

 振り払われてもすぐに立ち上がって、決して離さなかった。

 

 根負けしたように父は言った。

『仕事が落ち着いたらすぐに迎えにいく』と。

 

 しかしあれから一年。

 父は迎えにくるどころか、顔を合わしにすらこなかった。

 

「ではなぜ、サッカーをする?」

「ボール蹴ってたら嫌なこと忘れられる。ただそれだけ」

「なるほどな……」

 

 男は一人で頷いたあと、こう言ってきた。

 

「力が欲しくはないかね?」

「力……?」

「そう、逆らう者全てを押し潰すことのできる、圧倒的な力だ」

「……力があれば、もう騙されない?」

「ああ。誰も貴様を騙そうなどと思いもしなくなるだろう」

 

 質問に男は即答する。

 

「……だとしても、あなたの力は借りひん。いうたはずや。大人は嫌いやって。うちはうちの力だけで這い上がってみせる」

「不可能だ。今の貴様の環境ではな」

「……どうして?」

「あのような孤児院では貴様の才能は磨かれない。だが、貴様はここで腐るには惜しい人間だ。だから私は声をかけている」

 

 たしかに、その通りかもしれない。

 私とて元社長令嬢だ。

 英才教育を受けていたおかげで、少なくとも男の言葉が正しいかどうか判断できるぐらいの知恵はついていた。

 

「もう一度言おう。私についてこい。私ならば貴様に必要なもの全てを与えてやれる」

 

 近くで落雷が落ちて、轟音とともに光が一瞬辺りを照らした。

 そのとき頭をよぎったのは、いつか本で見た悪魔の契約という話。

 今がまさにそれだ。

 

 男が手を差し出してくる。

 この手を握ったら、おそらくもう二度と元の生活には戻れなくなるだろう。

 

 だけど、それでも。

 私はこの手を掴むことに、迷いなどなかった。

 

「フッ、いいだろう。貴様にはこの世のありとあらゆる闇を呑み込む術を教えてやる。覚悟しろ、白兎屋」

「なえでええ。よろしゅうな、先生」

「先生ではない。総帥と呼べ」

「そう……なら、よろしゅうな、総帥。これでええか?」

 

 男は満足げに頷き、歩き出した。

 

 これがオワリノハジマリ。

『うち』が死んで、『私』が生まれた日。

 

 

 ♦︎

 

 

 音一つしない自室の中で、静かに目が覚めた。

 ……なんだか懐かしい夢を見た気がする。

 あのころは大変だったなぁ。とにかくサッカーは二の次で、総帥補佐になるため様々な知識を徹底的に叩き込まれた。

 おかげでこうして世の中の闇を知り尽くすことができて、今のように中々楽しい生活が送れている。仕事は暗部らしくブラックだけど。

 

 壁にかけられていた時計に目を向ける。

 ぼやけた視界の中で短針が10の数字を指していた。

 

 久しぶりにぐっすり寝れた気がする。

 なにせ今までは仕事漬けだったからね。でも総帥がいないしばらくの間は自由の身ということだ。

 こんな日は気分よくサッカーを……って、そういえば今メンバーが誰もいないんだっけ。

 

 サッカー。

 私の人生の全てを支配する熱源だ。

 いつからこうなったんだっけか。総帥に拾われたときも、あくまでストレス発散になるからやってただけだったはずだ。

 記憶を遡っていく。

 だけど形になろうとした瞬間に胡散してしまい、思い出すことは出来なかった。

 

 さてと、昔のことばかり考えるのはやめて、そろそろ仕事に行かなくちゃ。

 いつもより量は少ないけど、それなりにはあるからね。

 

 ベッドから抜け出して伸びをする。

 服は……どうしよっかな。

 今までは性別バレを防ぐために黒のダッフルコートで全身を隠してたけど、もうその必要もないか。

 というわけで可愛らしくイメチェンしちゃいましょう! 

 

 クローゼットを開く。

 そこには何着ものジャージとユニフォームばっかりがかけられていた。

 

 そーでした。サッカー馬鹿な私がオシャレなんていちいち気にしてるはずないじゃん。

 はぁ。自然とため息が出てしまう。

 そして下を向いていると、開けられていない段ボール箱が目に入った。

 

 これは……ずいぶん前に届いたやつだね。

 仕事が忙しくて開ける暇がなく、そのまま当時は倉庫がわりに使ってたこの部屋に送ってたんだっけ。

 名前のところには亜風炉照美と書かれていた。

 

 うーん、アフロディから?

 とりあえず開けてみるか。

 

 カッターを探すのが面倒だったので、鍛え上げられた手で強引に開封した。

 女子力のかけらもないね。我ながら泣き出しなくなる。

 

 出てきたのは透明な袋に入れられた服と手紙だった。

 こちらも開封して読むことにする。

 

 えーとなになに。

 女の子に間違えられて服をプレゼントされたけど、着ないだろうからなえにあげる、か……。

 

 アフロディは女性にしか見えないほど美しい顔をした男の子だ。

 そして私のような暗部とは少し違うけど、総帥の下につく人物でもある。

 

 ダンボール箱をひっくり返してみる。そこには胸にピンク色のリボンがついた白い服に、黒のミニスカートがあった。

 グッドタイミングアフロディ! さすが神様! 

 

 彼がくれた服は思いのほか、私に似合っていた。

 サイズも同年代でなおかつ、アフロディが女性みたいに細かったのもあって、ぴったりだ。

 

 まるで生まれ変わったような気分である。

 私は上機嫌に鼻歌を歌いながら、部屋の外へと出ていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 目的の場所まで歩いている途中、目についた窓の外を覗く。

 真っ白な雲が、海にように広がっていた。

 

 そう、ここゼウススタジアムは空中要塞なのだ。

 普段は空の上に浮いているので警察に絶対に見つからない。

 犯罪者が隠れるにはうってつけというわけである。

 

 ちなみに、外観は無駄に凝られていて、ギリシャ神話風の銅像や柱などがあちこちに設置されてある。

 正直これをなくせば費用はもうちょっとマシになったでしょうに。

 工事関係者との話によると、総帥が独断で決めたことのようだ。

 本当に、どんなセンスしてるんだあの人は。

 

 とまあ、今はなき総帥のことを考えていると、とある扉の前にたどり着いた。

 ロック解除のためのカードキーを差し込み、中に入る。

 

 中は薄暗く、それでいて赤っぽい色をした光に包まれていた。

 その奥には玉座のような雰囲気を纏う椅子が置かれている。

 

 その椅子にドカッと座り込む。

 ここは本来は総帥の席なのだけれど、いない今は使ってもバレないであろう。

 やりたい放題である。

 

 ここはメインコントロールルーム、つまりはこの空中要塞の心臓部だ。

 とは言っても操縦室は別にある。

 ここでは指令を出すのがメインとなっている。

 そして総帥がいない今、組織のトップは私だ。

 その記念すべき最初の仕事をしようじゃないか。

 

 目の前にある、壁に埋め込まれたキーボードに手をかざす。

 すると何もない空中にいくつもの立体ビジョンが浮かび上がった。

 

 ふふっ、最新鋭のパソコンはやっぱりいい。

 キーボードも右左前に三つずつあるから作業効率が格段に上がった。

 

 それらを駆使して、三つの画面にそれぞれの部下からの報告を表示する。

 流し読みしていると、気になるものが一つあった。

 

 どうやら少年サッカー協会の会長さんが帝国戦でのアクシデントを機に、総帥について探り始めたらしい。

 これからの活動の障害になる可能性は高い、とのことだった。

 

 うーん、サッカー協会に目をつけられるのはさすがに面倒だね。

 しょうがない、やっちゃうか。

 たしか会長は近日に、フットボールフロンティア本戦開会式の視察に、フロンティアスタジアムにおもむくはずだ。

 だったらそこで事故に見せかけて処分しちゃえば、身動きは取れなくなる。

 方法は……警告も含めて『鉄骨落とし』でいいか。

 どうせあの鬼瓦刑事には睨まれるだろうし。

 

 そうと決まれば善は急げだ。さっそくキーボードを打って、工作員に指令を送った。

 




 ラピュタは本当にあったんだ!
 ……はい、すみません。


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リバイブ・シャドウ

 黒塗りの車を走らせていく。

 向かう場所は東京の検察庁だ。

 

 今日、総帥がようやく釈放されるのだ。

 私はその迎えってわけ。

 

 警察によって逮捕された人物はまず検察官の元に送られ、詳しい取り調べを受けることとなる。

 拘留期間は最大二十日間。

 んで、何も証拠が見つからなかったら釈放となる。

 とはいえ検察側にも手は回してあるので、そこまで長くはならなかったけど。

 

 手元にあるスマホでフロンティアスタジアムの生中継を見る。

 各チームが名前を呼ばれ、列をなして入場している最中だった。

 おっ、次は帝国のようだ。そのあとに続いて雷門が呼ばれた。

 

 鬼道君も円堂君も変わりないようだ。

 アップされた映像には、二人が何やら話し合っている様子が映し出されていた。

 

 最後に世宇子中という学校が呼ばれる。が、入場口から現れたのは顔を真っ赤にしたプラガールただ一人だった。

 

 そこまで見たところで、車が検察庁に着いた。

 スマホをしまい、外へ出る。

 

 それからしばらく待っていると、自動ドアがスライドして総帥が姿を現した。

 

「お勤めご苦労様でーす」

「それは刑務所に入っていた人間に使うものだ。それとなんだその服は」

「あ、これ? いいでしょ。アフロディがくれたんだ」

 

 着ている服をつまんで、見せつけるようにクルクルとその場を回る。

 

「くだらん。さっさといくぞ」

 

 いや、アンタが聞いてきたんでしょうが! 

 しかしながらいつものことなので、放っておくことにした。

 二人で車に乗り込む。

 

「ゼウススタジアムへ戻る」

 

 総帥はそう運転手に命令し、車を走らせた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ゼウススタジアムは空中要塞だ。車で直接は行けない。

 なので私たちは途中ヘリを経由して、要塞に戻った。

 

 この要塞はスタジアムの名の通り、サッカーグラウンドが設置されている。

 観客席から見下ろすと、そこには十数人の選手たちがボールを蹴っていた。

 

 でもその光景ははっきり言って異常だ。

 常人なら消えたと錯覚してしまうほどの速度で選手たちは動き回り、ボールが歪んでしまうほど強くパスをし合っている。

 

 あれが世宇子のサッカー選手たちだ。

 

「おーやってるね」

「神のアクアはやはり素晴らしい。雷門も帝国も、この力を前にすれば塵同然だな」

「ちゃんと頻度を保って使ってよね。あれけっこう依存性が強いんだから」

 

 神のアクア。

 それは総帥が開発した、人間の身体を作り変えるほどの力を持つ薬物だ。効果はコカインとかのアッパー系ドラッグの比ではなく、身体能力を大幅に向上させる効果を持つが、その分依存性も酷い。

 

「参考程度に考えておこう。()()()の意見は参考になるからな」

「いったい誰のせいでヤク中になったと思ってるんだろうね。保護者の顔が見てみたい」

 

 そう、総帥の言葉通り、私は神のアクアを使っていたことがある。

 いや正確には神のアクアが完成する前の試作品なんだけど。

 

 あれは正直言ってかなりヤバイ。

 一回使うだけで身体中から力がみなぎってきて、全能感にも似た感覚を覚えるんだけど、効果が消えるとその全能感を味わいたくてまた使いたくなるんだ。

 

 今下でサッカーをしている選手たちも、おそらくは同じような気持ちになっているだろう。

 そして薬物乱用はもちろん、選手の体を壊すことにもつながる。

 それでも、私はこの薬物を仲間に使うことになんのためらいもない。

 

 観客席から跳躍して、一気にグラウンドまで着地する。

 身体に痛みはない。重りがなくなったおかげで、身体が羽根のように感じる。

 

「やあなえ。僕があげた服、着てくれたんだね。よく似合ってるよ」

 

 声をかけてきたのは腰までかかるほど長い金髪を持つ美少年、アフロディだった。

 その足はボールに乗せられている。

 

「ありがとねーアフロディ。感謝ついでに、ちょっと私と遊ばない?」

「……ふっ、いいだろう。受けて立つよ」

 

 その言葉を合図に、私たちは一瞬で動き出した。

 一秒にも満たない時間で私たちの右足が、ボールを真ん中にぶつかる。

 それによって発生した衝撃波が、グラウンドを揺らした。

 

 キック力はほぼ互角。

 弾かれるようにして両者とも後ろに飛び退く。

 ボールは今だにアフロディの足元にある。

 

 アフロディが猛スピードで駆け出した。

 左右小刻みに揺れながら抜こうとしてくる。しかし常人にはその動きはまったく見えないだろう。

 翻弄されることなく、足を伸ばす。

 でもアフロディはそれすら予測していたようで、私が目の前に来たとたんにボールを蹴り上げた。

 

 ボールは頭上を通り、背後へ。

 アフロディが勝利を確信した笑みを浮かべながら私の身体を抜き去る。

 でも私は一瞬でさらに後ろに下がって、アフロディの目の前に出現してみせた。そして彼の顔が驚きで満ちている間にボールを奪い取る。

 これで私の勝利だ。

 

「弱い者たちとプレイしていて腕が落ちてないか心配したけど、これなら大丈夫そうだね」

 

 アフロディはそう言って私に微笑む。

 

 私はもちろん、今の勝負で神のアクアを使用していない。

 それなのにこれだけ身体能力が高いのには理由がある。

 

 さっきも言った通り、私は昔神のアクアの試作品を使っていた。

 神のアクアには身体能力を大幅に向上させる効果がある。でも急に跳ね上がった力に身体中の筋肉が耐えられなくなってしまう。それで最後にはサッカーを二度とプレイできなくなる。

 そういう薬物だ。

 

 でも私はその筋肉の崩壊に、奇跡的に打ち勝った。

 身体を壊しては治し、壊して治す。

 それを繰り返すことで元の身体能力が上がっていき、比例して神のアクアへの耐性が高くなっていった。

 そして最終的に薬を使わなくても、それ以上の力を発揮できるようになったのだ。

 逆に神のアクアは身体の耐性が高まりすぎて、その効力を発揮してくれることはなくなったけど。

 

 こうして、超人的な能力を手にしたわけである。

 

 でものちにわかったことだけど、私が生き残れたのは全身の筋肉が常人とは比べ物にならないほど柔らかかったかららしい。

 これは天性のもので、特訓でどうにかなることではないという。

 それはつまり、この世宇子のメンバーは遠い未来に再起不能になる可能性が高いわけで……。

 ちらりとアフロディを見つめる。

 

「……? 僕の髪に何かついているのかい?」

「いや、なんでもないよ。みんな変わらないなって思っただけ」

「ふふっ、神とは不変的なものなんだよ」

 

 髪をかき分けながらアフロディは笑う。その顔には絶対的な自信に満ち溢れている。

 

「じゃあ私はこれで。総帥を放ったらかしにしちゃったからね」

 

 アフロディに背を向け、もう一度跳躍。

 私の身体が再び天空に浮かぶ。そして総帥の隣に降り立った。

 

「重りを外した感想はどうだ?」

「身体能力はともかく、重心移動がスムーズになった気がするね」

「だがそれに引っ張られて動きが雑になっている。試合前には調整しておくことだ」

 

 この人はサッカーに関することなら超一流だ。今もあの短い一戦だけで私の弱点を見抜いている。

 

 それに、重りをつけるという特訓も元はといえば総帥が考えたものだ。身体能力に頼ったプレイができなくなる分、ボールのコントロールテクニックを磨くことができる。

 こんな人がサッカーを憎んでるんだから、世の中は不思議なものである。

 

「そう思うんならデスクワークの量を減らしてほしいな、なんて」

「……いいだろう。帝国を離反してから暗部に集中しやすくなったからな。貴様に渡す仕事は減らしておくとしよう」

「え、マジ? ……よっしゃぁ!」

 

 やったぜ! とうとう地獄のデスクワークから解放されるときがきたのだ! 

 さっそくグラウンドへ引き返そうとすると、総帥に足を引っかけられて倒された。

 ぐぉぉっ……! 私の顔がぁ……! 

 

「減らすとは言ったが、まったくやらんとは言ってない」

「いてて……でも、サッカー協会の会長さんはもうやっちゃったよ。他に何かあったっけ?」

「……仕事が早いな。すでに終わらせているとは」

「総帥が次に狙いそうな人くらい、簡単に想像がつくよ」

 

 総帥は黙り込んでしまった。

 どうやら要件はそれだけだったらしい。

 心の中で勝利の笑みを浮かべる。

 

 すると、服の胸ポケットにしまっていたスマホが震えた。

 部下からの報告のようで、フットボールフロンティア本戦のトーナメント表がようやく決まったらしい。

 

 画像が表示された。

 私たちは二つあるブロックの中でAブロックのようだ。

『世宇子』という文字のとなりに『帝国』と書かれてあった。

 ジト目で総帥を見つめる。

 

「……仕組んだでしょこれ?」

「はて、なんのことやら?」

「せ、性格悪い……」

 

 たぶん、前々から帝国は自分の手で潰すって決めてたんでしょうね。

 鬼道君たちも可哀想に。

 総帥の顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。まるで近い未来に起こる惨劇を思い描き、楽しんでいるようだ。

 

 試合は三日後。

 ちなみに雷門はBブロックで、その前日に試合があるようだった。

 

 知り合いなだけに気が引けるけど、勝負の世界では常に本気が礼儀。

 円堂君にもそう言ったばかりだった気がする。

 なら、私がそれを守れなくてどうする? 

 そう思った瞬間、覚悟は決まった。

 

 

 そしてあっという間に時間は進み、いよいよ試合の日がやってきた。




 神のアクアの設定はオリジナルです。
 だってあんな薬が副作用なしなわけないじゃん……。てことで付け足しました。

 ちなみにサッカー協会の会長でピンと来ない人もいるかもしれませんが、お嬢のパパさんのことです。


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神の裁き

 雷門対帝国の試合から数週間のときが過ぎていた。

 

 鬼道たち帝国イレブンはベンチの近くで待機をしていた。

 開始のホイッスルが鳴っていないというのに観客席は騒がしい。

 

 ここはフロンティアスタジアム。

 フットボールフロンティア本戦の会場である。

 今日、帝国学園はその栄えある第一回戦を控えていた。

 

 しかし、彼らは等しく浮かない顔をしていた。

 源田が全員の声を代弁するかのように言葉を漏らす。

 

「……結局、なえは行方知れずか……」

 

 帝国のエースストライカーである白兎屋なえ。彼女の姿は、なぜかベンチにも見えなかった。

 しかしその理由はチームメイトである彼らにすらわからない。

 彼女は雷門との試合が終わった瞬間、まるで最初からいなかったかのように忽然と姿を消してしまったのだ。

 

 残ったのは、彼女の自室に置かれていたユニフォームだけ。

 それですらも、手がかりとはなり得なかった。

 

「まさか、影山に何かされたんじゃ……!」

 

 佐久間がそう言い出したのを皮切りに、他のメンバーからも「だが影山は捕まったんだぞ?」、「まさか残党がまだ帝国学園に残っているのか?」などの様々な声が漏れた。

 

「こうして話していてもらちがあかない。こうなったらなえ抜きでやるしかないだろう」

「だが鬼道、なえがいなくなったことで明らかに攻撃力が落ちるぞ? そこはどうするんだ?」

「サッカーは一人でやるものではない。たしかになえがいないのは痛いが、いなければそれを補うプレイをするだけだ。幸いここは一回戦、そして相手は無名だ。油断は禁物だが、苦戦することはないはずだ」

 

 鬼道の言う通り、今日の対戦相手である世宇子中は名前を聞いたこともないほどの無名校だ。

 それに帝国にはなえほどではないが、寺門というフォワードがいる。雷門戦後の特訓で皇帝ペンギン2号の連携にも加われるようになっており、頼れる存在だ。

 そんな彼がいるので、大丈夫だと全員は安心していた。

 

 ——そう、このときまでは。

 

 やがて主審に呼び出され、帝国メンバーは各自のポジションにつく。

 そこで鬼道は、いつのまにか世宇子らしきチームがグラウンドに立っていることに気づいた。

 

「……あいつら、いつからグラウンドにいたんだ?」

「なえのことで心配になってるあまり、見逃していただけだろ」

 

 それもそうかと鬼道は一度は納得してみせ、再び世宇子のメンバーを観察することで新たなことに気づいた。

 白いユニフォームを身に纏う人数が、九人しかいないことに。

 

「どういうつもりだ。十人で戦いつもりなのか?」

「ハハ、そんなわけないじゃないか。ちゃんといるよ、十一人」

 

 戸惑う鬼道に、長い髪を持つ少年が答える。

 

「ああ、失礼。僕はアフロディ。このチームの副キャプテンさ」

「……何度数え直しても十人しかいない。最後の一人はいったいどこにいるんだ?」

「やはり人間の視野は狭いね。まあそれも仕方ない。なにせ人間は元から天界を覗くことは敵わないよう作られているからね」

「天界だと……?」

 

 ゴーグルの下で訝しげな目をしながら、鬼道は上を見上げる。

 そこには、太陽の光を一身に浴びながら、ゆっくりと落ちてくる人の姿があった。

 

「なっ、あいつは……!?」

 

 鬼道は珍しく、口から声を漏らして驚いた。

 しかし人間が空から降りてくるのに驚いているわけではない。

 その容姿が見覚えのあるものだったからだ。

 

 腰にまで届くほど長いピンク色の髪と、目を見張るほど女性として整った顔立ち。

 

「ヤッホー鬼道君、それに帝国のみんなも。元気にしてた?」

「なぜだ……なぜお前がそこにいるっ、なえっ!」

 

 彼らの仲間であったはずのなえが、そこにいた。

 ギリシャ風の白いユニフォームを着ていることから、彼女が世宇子のメンバーなのは明白だ。

 

 大会規定第六十四条第二項『プレイヤーは試合開始前に転入手続きを完了していれば、大会中のチーム移籍は可能である』という条文があったのを鬼道は思い出した。

 しかし普通ならば、強豪である帝国を抜ける理由がない。

 つまりは帝国にいるとなんらかの不都合があるはずなのだ。

 そこから導き出される答えは一つ。

 鬼道は苦々しく、口を開く。

 

「お前だったんだな……影山の手先は」

「大せいかーい。私は総帥の命令でここに移ったってわけ」

 

 その真実に、帝国メンバー全員の顔に動揺が走る。

 影山が言っていた『見通すことのできない闇』はこのことだったのかと、鬼道は理解し、珍しく感情を露わにする。

 

「なぜだ!? お前はサッカーを愛しているんじゃなかったのか!?」

「愛してる? そんな一言じゃ私のサッカーへの想いは語れないよ」

「ならばなぜ、サッカーを汚した男の下なんかに……!?」

「うーん……まあ鬼道君にだったら教えてもいいかな?」

 

 鬼道の激昂を前にしても、なえは平然と笑みを浮かべていた。

 そんな彼女は人差し指を天へと突き出すようなポーズを取り、語り出す。

 

「サッカー界の頂点。それは全てのプレイヤーの憧れだ。でもね、残念ながらこの世には男女っていうとってもくだらなくて、それなのに超えられない壁が存在するの。私が女である限り、真の意味でこの世の頂点に立つことはできない」

 

 男女というのはどのスポーツにもつきまとう問題だ。

 男は女よりも身体能力に秀でているのが一般常識である。

 もちろんなえのような例外もいるので一概には言えないが、それでもプレイヤーの平均的な実力は女よりも男の方が高いと言える。

 

「でも、総帥はそんなくだらないものを壊してくれるんだよ。だから私はあの人の下につくことにした! 全ては頂点に至るために!」

 

 そう語ったなえの表情は、鬼道ですら今まで見たことがないものだった。

 口元は三日月に歪み、目はまるで絶対零度を思わせるほど冷たい。

 さらには幻覚か、邪悪なオーラまで身体から溢れているのが見えた。

 

「……どうやらお前には、何も言っても無駄なようだな」

 

 もはや口だけで解決するのは不可能だと、鬼道は理解した。

 彼女はもはや、自分が知っている白兎屋なえではない。

 いやそもそも、自分たちは同じ孤児院出身というだけで、最初から彼女のことを理解などしていなかったのだ。

 それに今初めて気づき、鬼道は表情をしかめる。

 

「たしかに、お前の言うこともわかる。だが、それでもサッカーを汚すことだけは許さない」

 

 そんな鬼道が出した結論は、試合をすることだった。

 全力でぶつかり合えば、思いは伝わる。

 鬼道たちを救ってくれたキーパーが教えてくれたことだ。

 それを心地に刻みながら、鬼道は今だに動揺している仲間たちに声をかける。

 

「いくぞみんな! サッカーで勝って、なえを説得するんだ!」

『おうっ!!』

 

 帝国の士気はこれ以上ないほどに高まっていた。

 そこに仲間の絆というものを感じとったなえは、少し羨ましげに、冷たく微笑む。

 

「アフロディ、手筈通りにね」

「わかってるよ、マイプリンセス」

「……なんかアフロディに言われると百合百合な感じがするね」

「僕は男だ!」

 

 そしてホイッスルが鳴り響き、試合が始まった。

 

 ボールは帝国からだ。寺門からパスを受け取った佐久間とともに、鬼道は世宇子側のグラウンドへ攻め込んでいく。

 だが、世宇子の選手たちはフォワードはおろかディフェンスさえも、動くことはしなかった。

 

「こいつら……なめているのか!?」

「だったら渾身のシュートをお見舞いするまで!」

 

 一気にゴール前まで駆け上がったところで、佐久間はバックパスをする。

 その後ろにいた鬼道は口笛を吹いて地面からペンギンを出現させ、ボールを蹴った。

 

「皇帝ペンギン——!」

『——2号ッ!!』

 

 佐久間と寺門がタイミングを合わせてボールを蹴り、シュートをさらに加速させる。

 ミサイルのような勢いとともに、ペンギンたちはゴールへ殺到した。

 

「——スピニングカットV2」

 

 だが、それがゴールラインを割ることはなかった。

 キーパーに迫るギリギリのタイミングで、地面から青い衝撃波の壁が噴き上がる。

 ペンギンたちはそれにぶつかり、威力負けしてあっけなく弾き飛ばされた。

 

 壁が消えると、失速したボールが地面を転がり、その上になえの足が置かれる。

 

「バカな……ハーフラインから一瞬で戻ってきただと……?」

「それに皇帝ペンギン2号が、あんな簡単に……」

 

 佐久間たちの戦意が揺らいでいくのを見て、なえはニヤリと笑う。

 

「さぁ、サッカーやろうよ」

 

 そう言った瞬間、なえの身体から漆黒のオーラが溢れ出た。

 それを見た鬼道の脳裏に、嫌な予感がよぎる。

 

「っ、止めろぉ!」

「ムダだよ——ライトニングアクセル」

 

 鬼道たちが動き出すよりも速く、なえは足を踏み出し加速する。

 そして⚡︎のマークを描くようにドリブルをし、彼らを突破した。

 

 鬼道たちにはその動きがまったく見えていなかった。

 かろうじて目視できたのは、彼女が足を踏み出したところだけ。

 次の瞬間には視界全てが漆黒のオーラに塗り潰され、気づいたときには彼女は背後にいた。

 

「待て……ぐわぁぁぁぁっ!?」

 

 すぐに追いかけようとするも、それは叶わなかった。

 なえのあまりの速度に、抜き去ったあとに暴風が発生したのだ。

 それに巻き込まれ、鬼道たちは地面に叩きつけられる。

 

「アハハ、遅い遅い! そんなんじゃハエが止まっちゃうよ!」

 

 鬼道たちを抜き去ったあとも、なえは止まらない。

 まるで暴走車のようにグラウンドを駆けながら、次々と近づいてきた帝国ディフェンスたちを吹き飛ばしていく。

 そしてあっという間に、ゴールへとたどり着いてしまった。

 

「こい……! どんなシュートでも、割らせはしない……!」

「あっそ、頑張ってね。——ディバインアロー改」

 

 源田は右手に力をためて跳び上がり、衝撃波の壁を発生させようとする。『パワーシールド』の構えだ。

 しかし拳を地面に叩きつけようとしたそのときには、ボールは光の矢となって源田の目の前に迫ってきていた。

 

「なんっ、ガハッ!?」

 

 光の矢が源田の背骨に突き刺さり、そのまま彼ごとゴールに押し込まれる。

 これで1点。あまりにもあっけなさすぎる。

 なえは振り返る。

 そこには地面に倒れ伏した帝国の選手たちが目に入った。

 

 今まで見たことない惨状に、彼ら自身や観客席も静まり返る。

 

 その信じられない光景を目の当たりにして、鬼道は誰よりも早く我に返って、源田の元へ駆け寄った。

 

「源田っ!!」

「ガハッ、ガハッ……!」

 

 ゴール前にうずくまり、荒々しく咳き込む源田。その口からは赤い液体が流れ出ていた。

 

「あーあ、ちゃんと守ってよ源田ぁ。まだまだ序の口だよ?」

「なえ……貴様ァッ!!」

「よせ、鬼道……っ!」

 

 挑発的ななえの物言いに鬼道が激昂するが、それは源田本人によって鎮められる。

 自分たちを見下しながら去っていくなえの背中を、鬼道は歯を食いしばりながら睨みつけた。

 

 源田は結局、退場することなくゴールにとどまった。

 試合が再開し、佐久間がボールを受け取ろうとする。しかし一瞬でなえが現れ、オーラを纏った右足を振るった。

 

「スピニングカットV2」

「ガッ……!?」

 

 衝撃波の壁が発生して佐久間は吹き飛ばされ、ボールがなえに奪われる。

 彼女はその後、デメテルと呼ばれる鉄兜をかぶった少年にボールをパスした。

 

「残念ながら遊びはここまで。みんなには今から潰れてもらうね」

「ダッシュストーム!」

 

 なえのその宣言は、現実のものとなった。

 

 デメテルが暴風を発生させ、次々と帝国の選手たちを空へと吹き飛ばしていく。

 いくら特訓で鍛え上げられた身体といえども、バランスの取れない空中から地面に衝突すれば大怪我となる。

 

 しかしデメテルにためらいはない。むしろ、わざと寄り道して、徹底的に帝国の選手たちを吹き飛ばしていった。

 最後に立っている選手が源田一人になったところで、ようやくデメテルはシュートを繰り出す。

 

「リフレクトバスター!」

「フルパワーシールドV2!! ……ガァァァァァァッ!!」

 

 デメテルが気合を込めると、地面から岩がいくつも出現し、空中に浮かぶ。そこにシュートすると、ボールは次々と跳ね返っていくとともに加速し、ゴールに襲いかかった。

 源田は今度こそ必殺技を発動するのに成功する。しかしボールは衝撃波の壁をたやすく突き破り、再び源田に当たりながらゴールに入った。

 

 

 そこから先の試合は凄惨としか言い表せなかった。

 帝国がボールを持った瞬間に、なえの衝撃波が炸裂して、フォワードが吹き飛んでいく。

 続くデメテルやアフロディによる必殺技によってさらに他の選手も負傷していく。

 

 やがて試合開始から十五分。

 スコアは9対0となっており、帝国の選手たちは誰もが地に伏していた。

 

「あーあ、こりゃもうダメだね。使い物になりそうにないわ」

 

 まるで散歩をするかのように、ボールを持ちながらなえは歩いていく。

 しかしそれを止めようとする者は誰もいない。

 帝国ディフェンスの全員が大怪我を負っていて、もはや動くどころか立ち上がることもできないのだ。

 

 いや、どうやら一人いたようだ。

 なえが前に視線を向けると、かつてないほどボロボロになった鬼道が彼女の前に立ち塞がっていた。

 

「ここはっ、通さん……っ!」

「真ジャッジスルー、てね」

 

 なえは鬼道の腹部めがけてシュートしたあと、踏み込んで容赦なく後ろ蹴りをボール越しに叩き込む。

 鬼道にボールがめり込んだあと、一拍遅れて衝撃波が発生し、彼は倒れてしまった。

 

 これでもうなえ止める者はいない。

 死屍累々。

 地獄絵図と化したグラウンドを進んでいくと、源田が立ち上がっているのが見えた。

 

「はぁ、いいの? このままじゃほんとに死ぬよ?」

「ほざけ! さっさと撃ってこいっ!」

 

 自分に喝を入れるかのように源田は叫んだ。

 その手にはめられたキーパーグローブは所々が破けており、彼の負傷具合がうかがえる。たぶんこの中では一番の重症だろう。

 それにもかかわらず、源田は立ってみせた。身体はふらついているが、目だけは獣のようになえを睨みつけている。

 

 それを見て、なえはすごいと感じた。

 以前の彼ならばここまでボロボロにされれば倒れていたはずだ。いったい何が彼を支えているのか。

 しかし勝負の世界は非情だ。

 どんなに頑張ろうが勝てないときはある。

 

「……じゃあ遠慮なく、本気で蹴らせてもらうよ」

 

 彼のダメージ具合からして、これがラストとなるだろう。

 せめてもの情けとして、なえは全力でシュートをすることに決めた。

 

 空中に浮かび上がったボールを、バク宙をしながら天高く蹴り上げる。するとボールに闇のオーラが集中していき、やがて漆黒の月と化した。

 なえは跳躍し、オーバーヘッドキックをそれに叩き込む。

 

「ダークサイドムーン!」

 

 絶望が、落とされた。

 上から接近してくる黒い月を見て、源田は圧倒的なエネルギーを感じ取る。

 

「避けろぉ、源田ァ!」

 

 倒れたままの鬼道が必死に叫ぶが、源田はあえてそれを聞き流した。

 

 ——たしかに、凄まじいシュートだ。

 ——だが逃げるわけにはいかない。決勝戦で、雷門と戦うためにも。

 

「フルパワーシールド、V3ィィィィィッ!!」

 

 黒い爆発が、ゴール前で起こった。

 煙が晴れていき、鬼道の目に映ったのはぐちゃぐちゃに折れ曲がり、壁にめり込んだゴール。

 

 そして——陸上トラックの上で倒れ伏す、源田の姿だった。

 

「源田ァァァァァァァァァァア!!」

 

 鬼道があらん限りの声で叫ぶも、源田が動くことはない。

 糸の切れた人形のように、微動だにしなかった。

 

 これを見た審判は即座に試合終了のホイッスルを吹いた。

 こうして試合は10対0で世宇子の勝ちという、前代未聞の結果となった。

 

 あまりの凄惨さに観客の誰もが身動きが取れないでいた。

 静寂が支配する中、場違いなセリフがポツリとなえの口から出てくる。

 

「……やべっ、ゴール壊しちゃった。総帥に怒られる……」

 

 世宇子の選手たちはすでにグラウンドを出ていた。

 なえも彼らに続いて、退場していく。

 

 その背中を憎々しげに、鬼道は睨みつけていた。




♦︎『ダークサイドムーン』
 初のオリジナル技。
 空中に浮かんだボールを宙返りしながら蹴り上げる。
 天まで昇ったボールが闇のオーラを纏いながら、巨大化。
 それをオーバーヘッドキックで蹴り落とす。
 威力はゴッドノウズを少し超える程度。


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勝者の雑談

 前話でディバインアローの進化を間違ってV進化の方にしてしまったため、修正しました。正しくはディバインアロー改です。

 あと、余談ですがこの作品が日間ランキング14位に入っているのが確認できました。これからもよろしくお願いします。


 帝国との試合が終わったあと、私と世宇子の選手たちはゼウススタジアムに戻ってきていた。

 

 そして私とアフロディだけが、メインコントロールルームに呼び出されていた。

 部屋の奥の椅子に腰かけているのはもちろん我らがボスである総帥だ。

 

「さて、これが貴様ら世宇子の初試合だったわけだが、どうだったかね?」

「まるで虫けらのようでしたね。お話になりませんよ」

「フフフ、そうか……」

 

 アフロディの言葉に、総帥は満足そうにうなずく。

 

 帝国の選手たちはあの試合のあと、ほぼ全員が病院送りになったそうだ。

 運良く軽傷だったのはキャプテンである鬼道君のみ。

 それ以外は軒並み重症で、特に源田は酷いらしい。

 

 まあ彼、私の本気のシュートに直撃してたからね。

 でも罪悪感というものは湧かなかった。

 

 この世は弱肉強食。

 彼らは弱かったから、怪我をして負けたのだ。

 サッカーとはそういうものだと、私は思っている。

 

「さて、貴様にも聞きたいことがある」

「えー、鬼道君たちの感想? 源田が予想以上に頑張ってたね」

「違う。貴様の感想などどうでもいい」

「ひ、酷い!」

 

 アフロディには聞いておいて私のは要らないのかよ!

 ほんと腹立つなぁ! 

 これはパワハラだ! 今こそ抗議するとき! 

 私は力強い目線を総帥に向けた。

 

「貴様が壊したゴールと観客席に対する言い訳を聞きたいのだが?」

「まっことに申しわけございませんでしたぁ!」

 

 ダイビング土下座! 

 やっぱ逆らうもんじゃないわ!

 誰だよ抗議とか言ったやつ!? 

 

「修理代は貴様の給料から引かせてもらうとしよう」

「そんな、あんまりだよ! 夏コミが近いのに!」

 

 観客席とゴールだなんて、修理に何百万かかることやら……。

 最悪、今月の給料が諭吉数枚になってしまうかもしれない。

 それだけは避けなくては。

 

 でも、中々良い言い訳が出てこない。

 くそっ、なんで試合に勝ったのにこんな目に……。

 そもそもゴールが壊れるのが悪いんだよ! 

 

 ん……? ゴールが悪い? 

 そこまで思考したところで、私はある結論に思い至った。

 

「総帥、そもそもあんなやわいゴールを使ってるのが間違いなんじゃないですか?」

 

 逆に総帥に聞き返してみる。

 ズバリ、悪いのは私じゃなくてそもそも壊れたゴールなんじゃないか説だ。

 

「あれは去年の大会でも使われた、整備が完全に整っているゴールだ」

「いや整備とかそういうのじゃなくて、そもそも材質が悪いんだよ! 神のアクアで強化された人間のシュートを、たかがスチール製のゴールが耐えられると思う?」

「……」

 

 私の一見めちゃくちゃな、それでも的を得ている言葉に、総帥は沈黙で返してきた。

 これはあれだ、意地になってるね。

 私の言っていることが正しいと認めるのが癪だと。……子供か! 

 

 あとひと押し、あとひと押しなんだよなぁ。

 そう思っていると、となりに立っていたアフロディが口を開いた。

 

「お言葉ですが総帥、なえの言ってることは正しいと思います。僕も練習中にゴールを何回も壊していますし……」

「……なるほど、そういうことなら仕方がない。すぐに現モデルよりはるかに頑丈なゴールを作らせ、サッカー協会に提供しよう」

 

 おお、ナイスアフロディ! さすが神サマ! 

 でも付き合いの長い私よりアフロディの言葉でうなずくのはどうなのよ? 納得できないわー。

 ともあれ、これで減給は免れた。

 だがほおの緩んだ私を見て、総帥はとんでもないことを言い出す。

 

「開発費は貴様の給料から出すとしよう」

「嘘ぉ!? なんで!?」

 

 その後は抗議しても、取りつく島もなかった。

 こうなったらと、アフロディに目線を送る。

 彼はしばらく私と見つめ合ったあと、気まずそうに顔を背けた。

 

 頼みますからこっち見てー!

 そんな「僕にはどうしようもない」みたいな顔しないで! 

 

 ……ああ、終わった……。

 試合は勝利で終わったはずなのに、なぜか私の心には虚無感しか残っていなかった。

 ブラック企業死ね! 

 

 

 ♦︎

 

 

「はぁ、なんで私ばっかり……」

「そんなにため息ばっかりついていると、幸運が逃げてしまうよ?」

 

 自室でがっくりとなえはうな垂れる。

 彼女の財布事情がどうなっているかアフロディには分からないが、彼にできるのは落ち込むなえをなだめることだけだった。

 というのも、なえとアフロディでは立場がそもそも違うのだ。

 

 アフロディたち世宇子の選手は、影山によって才能があると認められて全国から集められた孤児だ。

 幼少期より影山支配下のサッカークラブに入れられ、厳しい特訓を耐え抜いてきた、いわば精鋭といっても過言ではないだろう。

 そして今は私立世宇子中学校という、影山が掌握している学校に通う身となっている。

 

 対してなえは、影山直属の配下だ。

 サッカーしかできないアフロディたちとは違って、様々な裏の任務を遂行する暗部に所属している。

 

 そういうわけで、同じ人物の下には着いているものの、別々の組織に所属しているアフロディとなえはお互いの事情を詳しくは知らない。

 そもそも初めて会ったのも中学に上がったときなので、付き合いが短いというのもあるが。

 

「ん、なーに? 顔になんかついてる?」

「……いや、ただ髪がまた荒れてるなって思っただけさ」

「いーよ髪くらい。サッカーには必要ないんだから」

「君は女の子なんだから髪を大切にしなくちゃ。ほら、整えてあげるよ」

「えぇ……めんどくさい……」

 

 渋る彼女を無理やり鏡の前に座らせて、アフロディはクシを取り出す。

 それでゆっくりと、丁寧な手つきで髪をすいた。

 

 なえはサッカーにしか興味がなく、オシャレにはこだわらない。

 ゆえに彼女の髪の手入れは雑で、よく跳ねてしまっている。

 アフロディが慣れた手つきなのは、よく彼女の髪を整えてあげているからだ。

 

 この様子を見てわかる通り、なえとアフロディの関係は良い方だ。

 最初は世宇子のキャプテンを巡って一悶着あったが、今ではお互いを認め合って友人として接している。

 

 昔のことを考えていると、なえの髪の手入れが終わった。

 鏡に映った彼女の髪はどことなく艶が増し、ピンク色がいつもより明るく見える。

 

「ほら、終わったよ」

「わーい! アフロディお姉ちゃんありがとー!」

「僕は男だ!」

 

 思わず叫んでしまった。

 たしかにアフロディは女性に間違えられるほど整った顔立ちをしている。しかし決して男であることを捨てているわけではない。

 彼女もそれを知っているのだろう。

 なえはニヤニヤと、人をからかうような笑みを浮かべている。

 

「……ん? あれはなんだい?」

 

 その視線に耐えられなくなって顔を背けると、壁に何枚かの写真が画鋲で止めてあるのを見つけた。

 

 だいたいは有名なサッカープレイヤーだ。

 彼らの顔には赤い色でバツが引かれており、まるで捕まえられた指名手配犯を記しているように見える。

 その中には前試合で倒した帝国の鬼道のものもあった。

 

「あーこれ? これは標的ってやつだよ。といっても有名どころはほぼ倒しちゃったんだけどね」

 

 彼女の言う通り、貼り付けられた写真でバツ印が引かれていないものは少なかった。

 アフロディはその中の一つである、オレンジ色のバンダナを巻いた少年に興味を持つ。

 

 知らない選手だ。

 少なくとも去年のフットボールフロンティアで見かけることはなかった。

 

「彼は誰なんだい?」

「これは円堂君だよ。雷門のキャプテン。決勝で絶対に戦うと思うし、アフロディも覚えておいたほうがいいよ」

「雷門……総帥が気にしているチームか。でも、本当に決勝まで上がってくるのかい?」

「断言できるよ」

 

 そう言ってみせた彼女の目は真剣だった。

 本当に雷門が勝ち上がってくると確信しているのがわかる。

 

 そんななえの様子に、アフロディは少し驚いた。

 なえがそのように他人を評価することなど、一度もなかったからだ。

 

 改めて円堂という選手の写真に目を向ける。

 自分よりも上の相手にそこまで言わしめる選手。

 

 ——少し、興味が湧いてきたね。

 

 いいことを思いついたというように、アフロディはなえに見えないところで密かに笑みを浮かべた。




 イナイレのゴールってほんと謎ですよね……。
 破壊されたかと思えば、次の回では普通にそのシュートを受け止めたり。
 やっぱりゴールも進化してるってことなんでしょうか。


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ラーメンと雷門中

『フットボールフロンティアAブロック、世宇子中対狩火庵(カリビアン)中の試合は……なんということだぁ! 試合開始からまだ十分にも関わらず、狩火庵中に負傷者が続出! 試合放棄をせざるを得ない状況になったァ!』

 

 実況の声だけが空回りするかのように、グラウンドに響き渡る。

 目の前には倒れたまま動かない敵選手たち。

 

「ふぁ〜、退屈だったなぁ。準決勝の相手がこれじゃあつまらないよ」

「仕方ないよ。むしろ、人間にしてはよくやったと褒めてあげるべきかな」

 

 大きくあくびをしながら、呟く。

 本当につまらない試合だった。少しドリブルしただけですぐ吹っ飛ぶし、最後の方なんかボール自体を恐れて逃げ回っているやつもいた。

 サッカー選手失格だねってことで、そいつらには問答無用でボールを蹴り込んでやったよ。

 

 今日はフットボールフロンティア準決勝の日だ。

 帝国を倒してからの間も、私たちは二回戦を余裕で勝ち抜き、今日の試合も圧勝。

 これによって世宇子中は決勝進出が確定した。

 

 残るはBブロック。

 対戦するのは雷門中対木戸川清修だ。

 

 木戸川の三兄弟はトライアングルZという、皇帝ペンギン2号にも匹敵する技を持ってるけど、まあ円堂君のゴッドハンドWには通じないでしょうね。

 というわけで、明日行われる試合は雷門が勝つだろう。

 

 視線を前に向ける。

 相手ゴールは帝国のときのようにひしゃげておらず、その形を保ち続けている。

 

 あれこそが、総帥の開発した新時代のゴールだ。

 サッカー協会にはかなり好評で、今では量産体制もできあがってかなり懐があったかくなったらしい。

 何故か開発費を出した私の財布は寂しいまんまだけど。

 

 なんか納得のいかない表情を浮かべながら、私はグラウンドを退場した。

 

 

 ♦︎

 

 

 総帥が外出するという話を聞いたのは、その数日後だった。

 しかも驚くことなかれ、ただの外出ではない。総帥はなんと、雷門の監督が営業しているあの雷雷軒に行こうとしているのだ。

 

 現在、私は黒塗りの車に乗っていた。

 窓の外を覗くと、海のように青い空が見える。

 絶好のサッカー日和である。

 

「それにしても、アフロディがついてくるなんて珍しいね。そんなにラーメンが食べたかったの?」

「いや、僕は雷門の円堂君に興味を持っただけだよ」

「またまたー、普段神神言ってるアフロディが他人を気にするわけないじゃん。心配しなくてもあそこのラーメンは超美味しいよ」

「……普段君が僕のことをどう思ってるか、少しわかった気がするよ」

 

 ありゃりゃ、アフロディは拗ねてしまったのか、窓の方へ顔を背けてしまった。

 この様子じゃしばらくは話かけても無視されちゃいそうだ。

 

 とはいっても、稲妻町までまだそこそこの距離があるからなぁ。

 暇だ。

 なので仕方がなく、前の助手席に座っている総帥に話を振った。

 

「総帥も総帥で、ラーメン食べにいくだなんて珍しい。それも店を指定してまで。食べログでも見てたの?」

「貴様は私が本当にラーメンを食べにいくと思っているのか?」

「え、違うの? だって今お昼じゃん」

「……ちっ」

 

 おおこわい。舌打ちしましたよこの人。

 ちなみにさっきの総帥の質問への答えだけど、あれは嘘だ。

 総帥が雷雷軒にいく理由がイナズマイレブン関係であることはバカでも辺見でもわかる。

 

 じゃあなんで知らないふりをしているのかというと、単純に総帥をからかうためだ。

 だってその方が面白いじゃん?

 でも、たいていそういうことした日はロクでもないことが起こるんだけどね。

 例えば総帥からの報復とか嫌がらせとか。

 それでもやりたくなってしまうのが、人の性なのだ。

 

「総帥ー、なに頼むの? 私のオススメはギョウザだよ!」

「アフロディ、なえを黙らせろ」

「はい大人しくしてようねっと」

「むぐっ!?」

 

 突如ハンカチを持ったアフロディによって、私の口は塞がれてしまった。

 ……あ、いい肌触り。高いの使ってるな。……じゃなくて! 

 

 なにか異物が私の口の中に転がり込んでくる感覚がきた。

 抵抗しようとしたけどすでに遅く、アフロディは私の顎を上に向けることで無理矢理異物を飲み込ませる。

 

 とたんに襲いかかってきたのは、凄まじいほどの眠気。

 まさか……睡眠薬……? 

 

 頭がぐわんぐわんと揺れ、まぶたが重くなっていく。

 それに抗えず、私の意識は闇に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 車が揺れたときの衝撃で背中をぶつけ、意識が覚醒していく。

 よだれが若干ほおについていた。

 それを拭き取り、横になっていた身体を起こす。

 

 アフロディの姿は見えなかった。途中で降りたのだろう。

 左右を見れば、様々な店がずらりと並んでいる。

 そこで私は、ここが稲妻町の商店街であることに気づいた。

 

 車が『雷雷軒』と書かれた看板の前で停止する。

 助手席の総帥は降りると、すぐに店の戸を開けて中に入っていった。

 遅れて私も、眠気まなこを擦りながら入店する。

 

「いらっしゃ……影山っ」

 

 雷雷軒の店員——響木監督は総帥を見るなり、警戒心を露わにして睨みつけてくる。

 

 わーすごい嫌われようですこと。

 まあこの人の悪行を振り返るとこんな反応は当たり前なんだけど。

 

「ほう、ずいぶんな態度じゃないか。フットボールフロンティア決勝戦までコマを進めたという自信かね?」

「私もいるよー」

 

 私たちはカウンター席に座り込む。

 響木監督は私を見て少し驚いたけど、すぐに眉をひそめて口を開く。

 

「客じゃないなら帰ってくれ」

「では、ラーメンでも作ってもらおうか。それとも、この店は客を選ぶのか?」

「……ちっ」

「あ、響木監督! 私は豚骨ラーメンで!」

 

 嫌々ながらも、響木監督は麺を茹で始める。その背中を、総帥はサングラスの奥にある目で、口元を歪めながら見ていた。

 どうせ、落ちぶれた昔の同僚の姿に愉悦でも感じているのだろう。性格が悪いね。

 

「それにしても、同じフィールドに立っていたのに今ではずいぶん違うな。お前はしがないラーメン屋の店主。対して私はサッカー界の頂に立とうとしている」

「その口ぶり……やはり、世宇子中のバックにはお前がいるのか」

「ああ。私の可愛い選手たちだ」

「え、総帥が私のこと可愛いって言った……?」

「貴様は例外だ。貴様のどこにそんな要素がある」

「私、一応女の子なんだけどなぁ。泣くよ? マジで泣いちゃうよ?」

「……」

 

 くそ、無視するなぁ!

 第一その言い分だと、私よりも他のメンバーの方が可愛いってことになるじゃん!?

 アフロディならともかく、ポセイドンよりもブサイクだなんて認められるか! 

 

 そんな不満タラタラな私の顔を響木監督は見ていたようで、こちらに話しかけてきた。

 

「なあ嬢ちゃん。サッカーは好きか?」

「うん、大好きだよ。円堂君にも負けないぐらいにね」

「そうか……ならなんで、そんなサッカーを汚すような男といっしょにいるんだ?」

 

 その指摘は至極真っ当なものだった。

 たしかに、総帥がやってることは世間一般で言えば犯罪だ。

 だからこそ、それを知っててついていく私のことを知りたいのだろう。

 

 私が総帥といる理由か……。性別を偽装できるってのが大きいけど、やっぱ一番は——。

 

「——総帥なら、私を世界に連れてってくれるって、信じてるからかな?」

「……ほう。こいつは意外な答えがきたな」

 

 総帥がやってることは汚い。

 これは価値観がぶっ壊れている私でもわかることだ。

 でもそれが問題にならないくらいに、総帥はサッカーの教育者として優れているのだ。

 

 ドリブルやパスなんかの基本から戦術の何から何まで。

 総帥はサッカーというものを知り尽くしている。

 それはただサッカーが憎いっていう人じゃ絶対にできないことだ。

 

 だから私は信じている。

 総帥が私を広い世界に導いてくれることを。

 

「その辺にしておけ」

 

 詳しく話そうとしたら、総帥に止められた。

 その顔に、先ほどまで浮かべていた笑みはなかった。

 ただただ無表情。口を固く閉ざしている。

 まるで、感情を悟られないようにするために。

 

「お前には言っても無駄だと思っていたが、嬢ちゃんを見て気が変わった。だから最後に忠告してやる。……罪を償ってサッカーに謝れ」

「ク、フハハハハッ! 何を言うかと思えば、くだらない戯言だな。歳をとって少しは利口になったと思っていたが、どうやらお前は変わらないらしい」

 

 突如、総帥は狂ったかのように大笑いしだした。

 その姿は側から見れば、狂人そのもの。

 笑った振動でズレたサングラスの奥に見える目は、ゾッとするほど冷たく、恐ろしかった。

 

 響木監督は出来上がったラーメンを、それぞれの席に置いた。

 

「それがお前の答えか……」

「ふっ、すぐにそんな戯言を吐けなくなる。私は勝利を掴み、貴様はまた負け犬になる。地べたを這いつくばり、運命を呪うことしかできない負け犬にな」

 

 響木監督は何も言わず、じっと総帥を見つめている。

 総帥は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「どうした?」

「……食わないのか?」

「食いたくないな。負け犬が作ったラーメンなど。ダシに犬の骨でも使われていそうで不味そうだ」

「え、私けっこうこの味好きなんだけどなー」

 

 総帥が拒否した一方で、私はズルズルとラーメンを食べていた。

 うん、美味い! こってりしててサイコーだね。

 総帥からの目線が冷たくなった気がしたけど、気にしないでおこう。

 

「総帥ー。ラーメンもらっていい?」

「ふっ、おたくの選手はずいぶんとうちの負け犬ラーメンを気に入ったようだな」

「……こいつを連れてきたのは失敗だったか。アフロディに押し付けておけば……」

 

 すでに自分の分は食べ終わっており、総帥のラーメンに手をつけたところで、そんな言葉が聞こえた。

 私のこと頭に疑問が浮かび上がる。

 

「そういえば、アフロディってどこにいるの?」

「雷門中だ。今ごろ円堂は倒されているかもしれんな」

「なにっ!?」

 

 動揺した響木監督が、総帥を呼び止めようとする。

 しかし総帥はすでに立ち上がって、戸を開けていた。

 

「さらばだ。試合、楽しみにしてるぞ。フハハハハ!!」

「えっちょっ、待って! 私まだ食べ終わってないのに!」

 

 そう言い残して総帥は出て行ってしまった。私は急いでそのあとを追いかけていく。

 ああもう、ゆっくり食べたかったのに! 

 空気の読めない総帥を睨みつけながら、黒塗りの車へ乗り込んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

 雷門の校門前に駐車してすぐに、私は車を出た。

 見上げれば、空中ではアフロディがボールを蹴ろうとしている。

 

 トン、とアフロディの足が触れた。

 それだけでボールは赤黒いオーラを纏いながら加速していき、ゴール前でどっしりと構えている円堂君に落ちていく。

 

「うぉぉぉっ! ……ぐがっ!?」

 

 円堂君は両手でシュートに食らいつく。数秒の均衡ののちに、彼の体はゴールネットまで弾き飛ばされた。

 しかし体を犠牲にしたおかげでボールはシュートコースを外れ、ゴールバーの上を通り過ぎていく。

 

 シュートは止めたけど、ちょっとまずい倒れ方をしたかもしれない。

 後頭部を思いっきり打ち付けちゃってる。

 

 円堂君はしばらく動くことはなかった。

 心配して雷門の選手たちが駆け寄っていく。が、

 

「どけよっ!」

 

 彼らしくもなく、円堂君は仲間たちを強引に押しのけて立ち上がった。

 そして見たこともないほどの激しい形相でアフロディを睨みつける。

 

「こいよ、もう一発っ! 今の本気じゃないだろ……っ! 本気でドンとこいよっ!!」

 

 おおっ、怖……っ! 

 でもさっきのシュートのダメージは深そうで、足が産まれたての子鹿にようにプルプルと震えている。それでも円堂君から感じられる威圧は迫力があった。

 アフロディは何をやらかしたのやら。

 

「へぇ。神のシュートを止めたのは君が初めてだよ。彼女が気にかけるのも頷ける」

「彼女だと……?」

「わったし、だよー、豪炎寺君」

 

 ちょうどいい感じで話が振られたので、自慢のスピードを生かして一瞬で姿を現してみせた。

 雷門メンバーの表情が驚愕で満ちる。

 うんうん、予想通りのいい反応をしてくれるね。

 ちなみに今日の服は、アフロディからもらったやつの上に黒いダッフルコートを着ている。

 だから性別がバレる心配はない。鬼道君が言えば別だけど。

 

「やあなえ。ようやくき……た……なんだいその手に持ってるものは?」

「ラーメンだけど?」

 

 彼の前で、見せつけるように麺をすすってみせる。

 そりゃラーメン屋行ったらラーメン食べに行くでしょ。何言ってんだか。

 

「……今ラーメン食べる必要ってあったかい?」

「甘いねアフロディ。食事は練習と同じだよ。私たちの血となり、肉となるんだ」

「どうして君はタイムリーに僕が否定した言葉を言うのかな?」

 

 ああ、なるほど。円堂君があんだけ怒っていた理由がわかった。

 おおかた練習なんて無意味だ、とか言っちゃったんでしょうね。

 そりゃ努力の塊みたいな円堂君がああなるわけだ。

 

「やっほー、円堂君。帝国戦以来かな?」

「お前……どうして……?」

「あれ、世宇子の試合見てないの? もしくは鬼道君から聞いてるものだと思ってたんだけど……」

 

 そう言って私は黄色のユニフォームに青いマントを羽織っている鬼道君に目を向けた。

 

 彼がここにいるのは偶然でもなんでもない。

 彼は千羽山という学校と戦うときに、雷門に転向していたのだ。

 その理由はおそらく私たちを倒すためなんでしょうね。

 敵の戦力が上がることは、私としては万々歳だからいいんだけど。

 

「鬼道、どういうことだ?」

「すまないみんな。試合前に動揺させたくないと思って、黙っていたんだ」

 

 豪炎寺君の質問に、鬼道君は雷門の選手たちに頭を下げながら答えた。

 

「改めて自己紹介しとくよ。世宇子中キャプテンの白兎屋なえ。試合、楽しみにしてるよ?」

「副キャプテンのアフロディ。決勝では、神の奇跡というものを君たちに見せてあげるよ」

 

 最後に自己紹介して、私たちは校門に向かって歩き出す。

 今の雷門じゃ世宇子の足元にも及ばないだろう。だからこそ、今日の出来事が刺激になってほしいものだ。

 一週間後の試合を思い描き、笑みを浮かべながら私は車に乗り込んだ。

 

 

 ちなみに帰ったあと、ラーメンの容器を返すのを忘れていたのは別のお話。




 本当は雷門対帝国戦のときに書きたかったのですが、忘れていたのでここで。

♦︎『ゴッドハンドW』
 劇場版イナズマイレブンGO vs ダンボール戦機Wのときに、天馬が使ってたやつです。
 簡単に言っちゃえば両手で二つのゴッドハンドを出して、シュートを受け止める技です。アニメでは両手で一つのゴッドハンドを作っていましたが、それとは少し別物です。

 自分は二つのゴッドハンドのことを『ゴッドハンドW』、両手で大きなゴッドハンドを一つ作る技を『ダブルゴッドハンド』としています。
 まあゲーム版じゃ『ゴッドハンドW』の描写が『ダブルゴッドハンド』だったり、逆にやぶてん漫画じゃ『ダブルゴッドハンド』と書いて二つのゴッドハンドを出したりしていますが、色々ややこしくて公式で区分されているわけじゃないので、この作品では勝手にそう区別させてもらいます。


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ジハード—聖戦—

 いよいよ、待ちに待った決勝戦の日がやってきた。

 

 ベッドから起きて、ユニフォームに着替える。

 まだ朝なので、昼の試合まで時間はけっこうあるけど、体が高ぶって仕方がない。

 それだけ、私は興奮していた。

 

 思えば、ここまで長い道のりだった。

 幼少のころに総帥に拾われ、地獄のような特訓を耐え抜いて。

 そして今、世界への切符を目の前にしている。

 

 世宇子を使って、サッカー界を支配するという『プロジェクトZ』。

 この計画が完成することで、ようやく私は世界へ挑戦できるんだ。

 

 だから雷門中、あなたたちを全力で倒す。

 そう決心し、部屋を出た。

 

 

 ♦︎

 

 

 それから数時間後。

 ゼウススタジアムはかつてないほどの熱狂に包まれていた。

 

 見渡せば、観客席には人、人、人。全ての席が埋まっている。

 こんな光景は私ですら見たことはなかった。

 というのも、ここはあくまで総帥が身を隠しつつ、選手たちを鍛え上げるのを目的として作られたからだ。

 本来なら客なんてとても呼ぶような場所ではない。

 

 じゃあなんでこんなに客がいるのかというと、総帥がサッカー協会に圧力をかけて決勝戦のスタジアムを無理やり変更したからだ。

 正直、場所なんてどこでも変わらないと思うけどね。

 総帥はほんと、無駄なところでこだわる。

 

 グラウンドに設置してあるベンチの一つには、雷門の選手たちの姿が見えた。

 全員、円堂君の話を聞き入っている。

 アフロディがちょっかいを出してから一週間。

 果たして()()()は完成しているのか。

 幻の『マジン・ザ・ハンド』は。

 

 この技は総帥から聞いたものだ。なんでも、円堂大介が現役時代で使っていた技で、ゴッドハンドを超える威力を誇るのだとか。

 残念ながら昔過ぎて映像は残っていないので、実際はどんなものか知らないのだけれど。

 

 そうやって考えごとをしていると、一人の男が台車を押しながら世宇子側のベンチに近づいてきた。

 台車の上には半透明な色をした液体が入ったグラスが人数分置かれている。

 

 これが神のアクアだ。

 飲むだけで身体能力を上げる違法ドーピング薬。

 それを知っていて、世宇子のみんなは次々とグラスを手に取っていく。

 

「僕たちの、勝利に!」

『勝利に!!』

 

 アフロディのかけ声で、全員がグラスの中身を飲み干した。もちろん私もである。

 うん、甘いね。ポカリスエットの味だ。子どもでも飲めるように改良に改良を重ねた努力が身を結ばれているのを感じる。

 え、努力の方向性が違うって? これでいいのだよ。

 だけど、私の体に変化はない。

 私の場合は昔の実験で使い過ぎたから体に耐性ができていて、この程度の量じゃ効果が出ないのだ。

 

 それでも一人だけ飲んでないと、なんだか仲間外れにされたような気分になるので、飲んだ。

 

 彼らは空になった容器を次々と地面に投げ捨て、割っていく。

 いや台車に乗せろよお前ら。

 掃除するの私の部下の黒服たちなんだからね? 

 

 そんなこんなで、準備は整った。

 主審に呼ばれ、両チームがグラウンドに並ぶ。

 私の前には、いつもより険しい顔をしている円堂君がいた。

 

「待ってたよ円堂君。今日は思いっきり楽しもう」

「……一つ聞かせてくれ。お前はサッカーが好きなんだよな?」

 

 響木監督にも同じことを聞かれたっけ。

 師弟で性格が似てるのは羨ましいことだよ。

 ……いや、よく考えたらうちの師匠に似てても嬉しくもなんともないわ。撤回しよ。

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は同じ答えを彼に返す。

 

「うん、大好きだよ。じゃなきゃここまでしないさ」

「そうか……だけどお前のサッカーは間違っている。サッカーってのは自分だけじゃなくて、敵も味方も、見ている人たちも、みんなが楽しくなるスポーツなんだ! それを俺が教えてやる!」

「私のサッカーを否定する気? いい度胸じゃん」

 

 今の言葉には、さすがの私も心がささくれ立った。

 私は人生の全てをサッカーに投げ出したんだ。

 私のサッカーが間違っているはずがない。

 間違ってちゃいけないんだ。

 

 私は円堂君を睨みつけた。円堂君も鋭い眼光で私を突き刺してくる。

 主審に促されてした握手は形だけ。

 今確定した。

 目の前にいるのは紛れもなく、私の敵だと。

 

「私のサッカーで、あなたたちを潰す」

「俺とじいちゃんの好きなサッカーで、お前たちをぶっ飛ばしてやる」

 

 言葉はそれだけで十分だった。

 コイントスによって前半は世宇子ボールと決まり、私たちは互いに背を向け、それぞれのポジションに着いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そしてとうとう、運命のホイッスルが鳴った。

 

 

 デメテルからのパスで、ボールが私に渡る。

 その瞬間、私の体から黒いオーラが噴出した。

 

 ——さあ、サッカーやろうよ。

 

「っ、くるぞ! 気をつけろ!」

「——ライトニングアクセル」

 

 それを見た鬼道君が声を張り上げるけど、無意味だ。

 一歩前に踏み込む。

 それだけで私の体は⚡︎の軌跡を描きながら、一瞬で豪炎寺君と染岡の背後まで移動していた

 

「なっ……消え……」

「いつのまに……ぐあぁぁっ!?」

 

 ワンテンポ遅れて暴風が発生し、彼らを天高く吹き飛ばす。

 それに目を向けずに、ゴールに向かって一直線に、一人で走り出す。

 

「なんて速さだ……!?」

 

 フォワードを抜いたら、当然次に立ち塞がるのはミッド陣だ。

 鬼道君と、一之瀬という木戸川清修のときに加わった選手が私に近づいてくる。

 けど無意味だ。

 先ほどと同じようにライトニングアクセルを発動し、あっという間に二人を抜き去った。

 

 残すはディフェンダーのみ。

 しかしセンターバックである壁山と土門は、目の前で起こった出来事に完全に萎縮してしまっているのがわかった。

 

「ボールを取れないディフェンスに価値なんてないよ。邪魔だ」

「ぐっ、あぁぁぁぁっ!!」

「ガァァァァァァッ!!」

 

 二人を空の旅に案内してあげ、私はガラ空きとなったペナルティエリアに侵入した。

 腰を深く落としている円堂君と、改めて対峙する。

 今回は私も本気だ。全力でいかせてもらうよ! 

 

「こい! どんなシュートも止めてみせる!」

「月は時に美しく、時に冷酷。それを教えてあげるよ」

 

 サマーソルトキックでボールを天空に打ち上げる。するとボールに黒いエネルギーが集中していき、やがて漆黒の満月となった。

 それをオーバーヘッドキックで、地上に叩き込む。

 

 対する円堂君は両手を掲げ、気力で形作られた二つの巨手を出現させた。

 

「月の裏側に呑まれて消えろ——ダークサイドムーン!!」

「ゴッドハンドW(ダブル)!!」

 

 必殺技同士が衝突する。

 二つの手が黒い満月を捉える。しかし徐々にだが、ゴッドハンドにはヒビが入っていく。

 そして次の瞬間には粉々に砕け散り、円堂君は満月を抱きながらゴールに突き刺さった。

 

 得点。開始からわずか二分の出来事だった。

 あまりの実力差に、雷門の選手たちはおろか、観客までもが言葉を失っている。

 逆に世宇子中の面々はその光景をほくそ笑みながら見ていた。

 

「相変わらず、美しいシュートだね」

「神々しさ抜群のアフロディのほうが綺麗だと思うんだけど」

 

 だってこの人翼生やしたりするんだぜ?

 どう見たって真っ黒ボール落とすだけの私よりも派手でしょうが。

 

 ちなみにうちの中で一番地味なシュート技を持ってるのはデメテルだ。

 なんだよリフレクトバスターって。

 ただ岩にボール反射させてるだけじゃん。

 実際は反射するたびに加速していくので、見た目の割には強いんだけど。

 

「よし、みんな! 今度はこっちの番だ! 取られたら取り返そうぜ!」

『おうっ!!』

 

 どうやら雷門はまだまだ戦意を喪失していないらしい。

 そうこなくっちゃ。私は笑みを浮かべる。

 

「次はしばらく遊ばせてあげようじゃないか」

「はいはいっと。帝国の時と同じあれだね」

 

 アフロディの提案に頷く。

 

 

 ホイッスルが鳴り、ボールを持った染岡がこっちのコートに攻め込んでいく。

 しかし私を含めた世宇子中の選手たちは一切その場から動くことはなかった。

 

「なめやがって……豪炎寺!」

「おうっ!」

 

 雷門のフォワード陣はあっという間にペナルティエリア内に侵入。

 染岡が右足を振り上げ、青いエネルギーを集中させていく。

 

「ドラゴン——」

「——トルネードッ!」

 

 染岡が蹴り出したボールを、豪炎寺君のファイアトルネードがさらに加速させる。炎を纏った竜が出現し、ボールとともにゴールに突っ込んでいく。

 

「スピニングカットV2!」

 

 しかし私は持ち前の素早さで、瞬間移動でもするようにポセイドンの前に立つと、エネルギーを込めた右足で衝撃波の壁を発生させた。

 

「馬鹿な……帝国戦とはまるで別人だ……」

 

 キーパーでもないのに、渾身のシュートを止めてみせた私に対して、豪炎寺はそう呟く。

 

 ボールは弾かれて——鬼道君の足元に落ちた。

 

「……なんのつもりだ?」

「撃ってきなよ。全部ひねってあげるからさ」

 

 指をくいくいと内側に折り曲げ、鬼道君を挑発する。

 その両隣に一之瀬と豪炎寺君が並び立つ。

 

「ボールを渡したこと、後悔させてやる……!」

 

 鬼道君がボールを蹴りながら、指笛で呼んだペンギンたちを撃ち出す。そこに一之瀬と豪炎寺君が両サイドから駆け込んできて、完璧なタイミングでツインシュートを決めてみせた。

 

「皇帝ペンギン——」

『2号ッ!!』

 

 爆発が起こり、驚異的な速度でペンギンたちがこちらに襲いかかってくる。

 

「スピニングカットV2」

 

 だけど私は再びスピニングカットを発動し、シュートを止めてみせた。

 ボールはまた高く弾かれて、今度は一之瀬の下に転がっていく。

 

「あなた、アメリカでそこそこ有名なんでしょ? だったらその力の片鱗、私に見せてよ」

「っ、言われなくてもやってやるさ……! 土門、円堂!」

 

 一之瀬の後ろを眺めると、土門と円堂君がこちらに上がってきているのが見えた。

 これはあれだね。木戸川清修で使った技をやるつもりらしい。

 

 私がやる気満々で構えていると、後ろから声がかかってきた。

 

「おいなえ、次は俺にやらせろ。退屈でたまらん」

「えー、私まだやりたいんだけど」

「帝国戦の時は貴様に散々やらせてやっただろうが」

「ちぇっ、わかったよ」

 

 ポセイドンに言われて、ゴール前から脇に外れる。

 

 そのころには雷門の三人は集結していて、足並みをそろえて同時に走り出していた。

 そして互いにすれ違うことでグラウンドに✳︎を描くと、そこから炎を纏った不死鳥がボールを中心に出現。

 三人は跳躍してボールを踏んづけ、不死鳥をシュートした。

 

 映像で見てたのとは全然違う。迫力満点だ。

 私のスピニングカットも、おそらくこれには威力負けしてしまうだろう。

 しかし、ゴールを守っているのは私ではなく、守護神ポセイドンだ。

 だから、なんの心配もない。

 

「ツナミウォール!」

 

 彼が両手を地面に打ち付けると、ゴールを覆うように津波が発生。

 不死鳥をボールごと押し流した。

 

「ふっ、ウォーミングアップにもならないな」

「俺たちの必殺技が、通用しないなんて……」

 

 最強シュートが次々と止められたのを目の当たりにして、雷門の攻撃陣に絶望が浮かび上がる。

 

 ツナミウォールでクリアされたボールは、アフロディの下に渡っていた。

 彼は走ることもなく、まるで散歩でもするかのように歩き始める。

 それを見た雷門ディフェンス陣が襲いかかるが……。

 

「無駄だよ。君たちの力はわかっている。僕には通用しないということがね」

 

 アフロディは片手を天高く掲げ——指を鳴らす。

 

「ヘブンズタイム」

 

 それだけで、世界が灰色に染まった。

 雷門の選手たちの動きがゆっくりとなる。

 いや彼らだけでなく、アフロディを見ていた全員の時間が緩やかになった。

 そんな中、アフロディだけは悠々と選手たちの間を歩いて通り過ぎていく。

 そして再び指を鳴らすと、時間は元どおりになり、選手たちは動けるようになった。

 しかし途端に彼らの近くに小型の竜巻が発生し、吹き飛ばされていく。

 

 あれがアフロディのドリブル技、『ヘブンズタイム』だ。

 原理は指の動きと音で催眠術をかけ、彼以外の時を緩やかにするというもの。

 しかし、こんな風に偉そうに説明してる私が言うのもなんだけど、それがわかっていても、私はヘブンズタイムから逃れることができなかった。

 そういう技なのだ。あれは。

 たとえ目を瞑ろうが耳を塞ごうが、強制的に催眠状態に陥らされてしまう。

 破れるのは思考能力を失ったサッカーサイボーグみたいなやつらぐらいだね。

 

 そうやってポンポン雷門の選手たちを吹き飛ばしていると、すぐにゴール前にたどり着いた。

 アフロディが歩いていたのが幸いしてか、円堂君はすでにゴール前に戻ってきている。

 しかし、それはなんの障害にもならないだろう。

 

「天使の羽ばたきを聞いたことがあるかい?」

 

 アフロディの背中から、神々しいほどに真っ白な翼が生えてくる。それを利用して空中に飛ぶと、ボールに白い電気を纏わせた。

 そして蹴りが、叩き込まれる。

 

「ゴッドノウズ——これが神の力!」

「ゴッドハンドW!!」

 

 円堂君が両手でゴッドハンドを出現させるが、無意味だ。

 神の雷は容赦なくそれらを砕き、円堂君ごとゴールに突き刺さった。

 

 

 前半戦十分も経たずに2対0。

 神の恐怖はまだまだ続いていく……。

 




今日の後書きはちょっと書くことが多くなるかも。

 背番号変更点

 アフロディ:10→7
 ヘルメス:7→8

 原作では8番だったアテナはベンチです。


 ♦︎『ライトニングアクセル』
 なえの場合は、本人が纏うオーラの色が白から黒に変わっています。理由は、白より黒のほうが雰囲気に合っているから。
 まあ原作でも『ゴッドハンド(林)』とかいう色違いがあるので、それと同じようなものと思ってください。


 ♦︎『ヘブンズタイム』
 今話で一番表現に悩んだ技です。
 ヘブンズタイムには、大まかに分けて『時間操作論』、『高速移動論』、『催眠術論』などがありますが、この作品では最後のものを採用させていただきました。
 理由は、のちの展開で説明をつけることができるからです。
 それに、オリオンの公式では一応催眠術だと決定づけられていますからね。設定ガバガバなオリオンなので、鵜呑みにはしたくないんですが。
 それと、本編で『時間が緩やか』と書きましたが、これはヘブンズタイム中でも、よく見れば選手が動いているのが確認できたからです。

 ヘブンズタイムの考察はなかなか面白いもので、もっと書きたいのですが、あまり文字数が多くなるのもどうかと思うので、今日はここまでにしておきます。

 面白かったら高評価&お気に入り登録よろしくお願いします。


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神々の聖戦

 アフロディのシュートによって円堂守が吹き飛ばされる一部始終を、影山はメインコントロールルームにて口の端をつり上げながら見ていた。

 

 倒れふす雷門中。悔しがる響木の顔。

 素晴らしい。

 何もかもが素晴らしい。

 特に、あの円堂大介の孫が倒れる瞬間はたまらない。

 いよいよ完成するのだ。Zプロジェクトが。

 そしてそのときこそ、円堂大介への、なによりもサッカーへの復讐が果たされる。

 

 影山零治の父、影山東吾はかつて日本サッカー界を代表する選手だった。

 繊細なボールさばきに豪快なシュート。そこには少年サッカーの憧れの全てがあった。

 だからこそ影山は父を尊敬し、憎んだ。

 

 円堂大介率いる若手選手たちの台頭。

 それによって東吾は日本代表の座を下され、それにショックを受けて落ちぶれていった。

 そこにはもう、かつての憧れの姿はない。

 

 東吾は酒に溺れ、やがて失踪した。のちに母は病死。

 影山は一人となった。

 そのときに、影山の中で家族を壊したサッカーへの憎しみが、灯火のように膨れ上がっていった。

 

 だが……。

 

 先週、なえが口にした言葉が脳裏にちらつく。

 

『総帥なら、私を世界に連れていってくれるって信じてるからかな?』

 

 影山はそこまで考えたところで、思考を振り払った。

 くだらないことを思い出した。

 そう自分に言い聞かせ、再びモニターを見つめる。

 

 しかし、なえの言葉は影山の頭に残り、反響し続けた。

 

 

 ♦︎

 

 

「少林! どうした!?」

 

 雷門選手たちが、足を抑えてうずくまる少林の下に駆け寄っていく。

 どうやらヘブンズタイムで吹っ飛ばされたときに足をくじいたようだ。あの様子じゃ続行は難しいだろう。

 その予想は正しかったようで、少林は最終的にベンチに戻され、空いたポジションに半田が付くこととなった。

 

 まあ、誰が来ようが変わらないんだけどね。

 

「くそっ、これ以上好き勝手やらせるかよ!」

 

 キックオフで試合が再開し、染岡が突っ込んでくる。

 私は動かずに、彼をスルー。様子を伺うだけにした。

 ディフェンスも暇してるだろうからね。ちょっとは活躍の場を与えてあげないと。

 

 染岡がペナルティエリアに入ろうとしたそのとき、センターバックであるディオが彼の前に立ちはだかった。

 

「メガクエイク!」

 

 跳躍し、地面を激しく揺さぶると、その衝撃で地面から岩が飛び出した。

 染岡はそれに突き飛ばされて、体を強く打ち付けてしまう。

 

「ぐあぁぁぁ……!」

 

 悲痛なうめき声をあげながら、染岡はグラウンドに倒れた。

 その片手は肩に押さえつけるようにして触れている。

 脱臼だろうか。見ただけじゃ詳しくはわからないけど、少林同様戻ってこれなさそうなのは確かだ。

 

 染岡の代わりに入ってきたのはメガネだった。

 彼のことはよく覚えている。最初の帝国戦のときに入ってきて、敵前逃亡した選手だ。

 その後の試合でも目立った形跡はなし。

 唯一の活躍が秋葉名戸戦だけど、あれは敵の実力が低かったからであって、決して彼が上手かったというわけではない。

 ただまあ、雷門のフォワードは三人しかいないため、彼を出さざるを得なかったということか。

 

 ボールはスローイングから始まった。

 豪炎寺君がボールをゴール前で受け取り、空中に跳び上がる。

 

「ファイアトルネードォォォォ!! 改ッ!!」

 

 ものすごい気迫だ。今大会で間違いなく最高のファイアトルネードだっただろう。

 

「ふっ、無駄なあがきを。裁きの鉄槌!」

 

 だが、神には通用しない。

 炎のシュートの前に、サイドバックのアポロンが立ちふさがる。

 彼が両手を空に掲げると、エネルギーで作られた巨大な足が天から落ちてきて、ファイアトルネードを踏み潰した。

 ボールは地面にめり込み、歪んだあと、弾かれるようにクリアされる。

 そして偶然落下地点にいたメガネが、それを拾ってしまった。

 

「メガクエイク!」

「ひっ……ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 背後から迫り来るディオは恐怖そのものだっただろう。

 メガネは小さな悲鳴をあげながら岩に突き飛ばされ、染岡と同じように倒れた。

 

 ボールはサイドラインを超えて外へ。

 入れ替わるように担架が運ばれる。

 交代してわずか数分後で退場か。

 交代する選手を除くと、雷門のベンチ枠の残りは一人。

 まさに火の車だね。

 

 雷門は鬼道君をフォワードに上げて、空いたポジションに宍戸を入れることにしたようだ。

 攻撃力を上げて得点しようって寸法だろうけど、焼け石に水になるだろう。

 ポセイドンの守りを崩せるシュートがない時点で、雷門に勝ち目はない。

 

 スローイングはゼウスから。

 ハゲ頭のピエロみたいな顔立ちのヘルメスからボールが投げられ、デメテルにつながる。

 

「ダッシュストーム!」

 

 すぐさまダッシュストームを発動。

 デメテルは突風で雷門の選手たちを次々と吹き飛ばしながら、一気にゴールまで突っ切っていった。

 もうサッカーじゃないね、これ。

 パスとかのテクニックがまるでない。

 それでも勝てるのは、個人個人が強すぎるからだ。

 

「リフレクトバスター!」

 

 地面から浮き出てきたいくつもの岩がボールを反射し続け、シュートを加速させていく。

 

「っ、ゴッドハンドW!!」

 

 懲りずに円堂君も両手でゴッドハンドを出すも、デメテルのシュートは徐々にそれを押していった。

 ゴッドハンドにひびが入っていく。

 これは決まったな。

 そう思ったとき、二つの影が円堂君の背後に立った。

 

「キャプテンっ!」

「危ないッス!」

 

 栗松と壁山だ。

 二人は円堂君の背中に手を当て、全力の力を込めて押した。

 

「お前ら……っ!」

「キャプテンの立場に変わることはできないでヤンスけど……!」

「俺たちだって……支えることはできるッス!」

 

 ゴッドハンドWが砕け散り、円堂君の手に直接ボールが当たる。

 だが三人は諦めない。

 声が枯れるまで雄叫びをあげ、必死に足腰に力を込め続ける。

 

 ——『トリプルディフェンス』。

 

 わずか数秒の間。しかし見ている私にも、彼らにもその時間はとても長いものに感じられた。

 やがて焦げるような臭いと煙がゴール前から立ち昇る。

 円堂君の両手には、勢いを完全に失ったボールががっしりと収まっていた。

 

「な、なにぃっ……!?」

 

 デメテルが驚愕と戸惑いの入り混じった声を漏らす。

 その目はまるで信じられないものを見たかのようだった。

 

「いくぞっ、反撃だっ!」

 

 信じられないことはもう一つ。

 円堂君が止めたのを見た雷門の選手たちの動きが急に良くなったことだ。

 躍起になったデメテルたちフォワード・ミッド陣営がボールを奪いにいくけど、いくらタックルされようが吹き飛ばされようが強引な体勢からパスをつなげていく。

 もはや根性というよりも執念に似たものを彼らからは感じられた。

 

 これが、雷門の力だ。

 まるで円堂君とチームが鎖でつながっているかのように、円堂君が立ち上がるたびに強くなっていく。

 そうだ。私が見たかったのはこの力だ。

 ——だが、まだ足りない。

 

「いかせるか!」

「疾風ダッシュ改! ……鬼道!」

 

 アルテミスを風丸が素早いドリブルで抜き去り、鬼道君へパスを出す。

 そのボールを受け取った彼の目の前に、私は一瞬で姿を現した。

 

「くっ……イリュージョンっ!」

「スピニングカットV2」

「ぐわぁぁぁっ!!」

 

 イリュージョンボールが発動される前に、衝撃波の壁で鬼道君を吹き飛ばしボールを奪う。

 

「いかせるかぁ!」

「ここは通さない!」

「ライトニングアクセル」

『ガァァァァァァッ!!』

 

 すぐに取り返そうと松野と一之瀬がやってくるけど、素早いドリブルで彼らを抜き去り、その余波で吹き飛ばす。

 

 足りない。ぜんっぜん足りない。

 この程度じゃ私が満足できない。

 私が見たいのはその先の力。

 私にはない、私と対等に立てる力なんだ! 

 

「引きずり出してあげるよ……この私がっ!」

 

 センターサークル辺りからゴールに向かって一直線に突き進んでいく。

 途中邪魔するやつらが立ちはだかったけど、その体にシュートを撃ち込んで強引に突破口をこじ開けていく。

 やがて私はペナルティエリアにたどり着いた。

 

「壁山、栗松、頼むぞっ!」

「無駄だよ! ダークサイドムーンッ!!」

『トリプルディフェンスッ!!』

 

 漆黒の月を再び天空から落とす。

 円堂君はゴッドハンドWの構えだ。

 その後ろには栗松と壁山が円堂君の背中を支えている。

 

 だけど、やっぱり無意味。

 暗黒の月はまるで障害物などなかったかのようにたやすく三人を吹き飛ばし、爆発を起こした。

 

 煙が晴れ、ゴールネット付近に転がるボールと円堂君たちが目に映る。

 これで3対0。

 全国大会というこの場所では絶望的な点差だ。

 ふと周りを見渡せば、別の選手たちの大勢が同じように地面に倒れていた。

 どうやらボールをゴール前まで持っていくときの過程でやりすぎてしまったらしい。

 

 それでも、円堂君は立ち上がろうとしていた。

 腕に力を込めて上半身だけ起き上がらせ、力強く私を睨みつけている。

 

「へぇ、まだやるんだ? それとも勝算でもあるのかな?」

「そんなものはないっ! だけど諦めるわけにはいかないんだっ! 俺の、俺の仲間たちの大好きなサッカーのために……っ!」

「そうだ! よく言った円堂!」

 

 円堂君の声に応えるように、鬼道君が立ち上がる。それを見て他のメンバーも次々と立ち上がってきた。

 その異様な光景に私は笑みを、アフロディは怪訝なものを見る目を、他の世宇子メンバーは畏怖を彼らに向ける。

 

 倒しても倒しても立ち上がってくる。

 まるでゾンビみたいだ。

 だけどそれと異なる点は、彼ら全員が瞳に炎を宿していること。

 そこには絶望なんてかけらもありはしない。

 

 いいチームだ。

 選手たち全員が見えない鎖で強く結ばれている。

 だからこそ残念でならないよ。彼らをここで潰すのは。

 

 ベンチにいる男がTの文字を両腕で作って掲げている。

 それを見た私は全員を引き連れてベンチに戻った。

 そして試合中に運ばれてきた台車に乗せられたグラスを手に取る。

 

 側から見れば余裕しゃくしゃくで全員が水分補給をしているように見えるだろう。しかしその実態は違う。

 彼らは神のアクアを補給しているのだ。

 この薬物は身体への負担が大きいため、そこまで濃くすることはない。いつも使っているやつだと効果は持って15分程度だ。

 だからこそ、効果を失わせないためにも部下を使って15分後に補給できるようにしておいたというわけだ。

 

 ふと、ベンチに置いてあったスマホが振動しているのに気づく。総帥からの電話だ。

 

「はいもしもーし」

『神のアクアのデータは取れた。ここからは雷門を徹底的に潰せ。それでプロジェクトZは完結を迎える』

「了解ー」

 

 ポチッと通信を切る。

 あーあ、とうとう殲滅が指示されちゃったか。

 正直無意味に怪我させるのはサッカーじゃなくなるから、私はあんまり好きじゃないんだけど。

 でも仕方がない。それが総帥の命令だ。

 恨むんなら私じゃなくて総帥を恨んでね、円堂君。

 

 私たちは作戦を共有したあと、それぞれのポジションに戻った。

 そしてキックオフの笛が鳴り、懲りもせずにフォワードとミッド陣が攻め込んでくる。

 

 最前線にいる私たちは、あえてそれを見逃した。

 しかしそれは攻撃陣を檻の中に誘い込むためだ。

 ある程度ペナルティエリアに近づいてきたところで、ディフェンスのディオたちが動いた。

 

「メガクエイク!」

「ぐあああああああっ!!」

「がっ……!!」

 

 突き出た岩によって、ボールを持っていた豪炎寺君と、鬼道君が倒れた。

 だがディオはあえてボールを回収しなかった。

 そうすることで必然的に後ろを走っていた次の雷門選手がそれを拾うことになり、絶好のマトが生まれる。

 

「裁きの鉄槌!」

「なにっ……ぐわっ!?」

 

 ボールを持った瞬間、一之瀬は隕石のように降ってきた足に吹き飛ばされ、宙を舞った。

 それを引き起こしたアポロンも、同じようにボールを放置する。

 そして誰かがそれを拾った瞬間に攻撃をしかける。

 

 これが作戦の第一段階、『オフェンス潰し』。

 まずはこれで雷門の攻撃の要を削ぐ。

 

 誰がどう見ても痛めつけているようにしかその光景は見えないだろうけど、審判の笛が鳴ることはない。

 なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()()

 私たちはただ単にボールを持った選手からボールを奪っているだけに過ぎず、意図して攻撃した証拠なんてものはどこにもない。

 おまけにディフェンスの技の全てが非接触技であることも、判断するのが難しくなる要因につながっている。

 

 そうこうしていると、とうとうオフェンス陣の全員が地に沈んでしまった。

 起き上がる気配もないし、第一段階はこれで完了でいいだろう。

 指示を出し、私たちに向かってボールを出させる。

 

 さあ、第二段階『ディフェンス砕き』の始まりだ。

 

「ライトニングアクセル!」

「くっ……ぐわぁぁぁっ!!」

 

 圧倒的なスピードで風丸を抜き去り、それによって発生した衝撃波で吹っ飛ばす。

 だけどそれで終わらず、土門に向かってシュートを撃った。

 

「なっ……ガハッ!」

 

 小枝のように細い身体は面白いように吹っ飛び、さらにはボールが跳ね返っていってデメテルに渡る。

 

「ダッシュストーム!」

『ぐあああああああっ!!』

 

 残っていた壁山と栗松のコンビも、デメテルの暴風によってあっけなく吹き飛ばされた。

 だけどデメテルはゴールに攻め込むようなことはせずに、優雅に歩いていたアフロディにパスをする。

 

「なめ……るなぁっ!!」

「キラァァァスライドォォォ!!」

「ヘブンズタイム」

 

 立ち上がった風丸と土門が決死の覚悟で襲いかかるが、アフロディが指を弾いただけで動きが止まってしまった。

 その間にアフロディは二人の間をすり抜け、再び指を鳴らす。

 そして、時が動き出した。

 

『ガァァァァァァッ!!』

 

 アフロディの通った跡に小型の竜巻が発生し、二人を飲み込んだ。

 

 見渡せば、オフェンス陣と同じようにディフェンス陣も立ち上がれなくなっている。

 これで全員か。それじゃあ最後はメインディッシュだ。

 

「くそっ! 狙うのは仲間じゃなくてゴールだろ!? 撃つなら俺に撃ってこいよ!」

「言われなくても……そうさせてもらうさ!」

 

 アフロディはそう言ってシュートを放ち、構えていた円堂君をたやすく吹っ飛ばす。

 でもボールはバックスピンがかけてあったためゴールに入らずに、私の下に跳ね返ってきた。

 

「ほらほら、早く立たないとゴールに入っちゃうよ?」

「っ……まだだ!」

 

 円堂君が立ち上がるのを見届けてから、シュートの体制に入った。

 ボールを宙に浮かせ、電気を纏った足で何度も蹴りを叩きつけていく。

 初めて円堂君に見せた技。

 

「ディバインアロー改!」

「爆裂パンチ改!」

 

 トドメの後ろ蹴りを当てた瞬間、ボールは光の矢と化してゴールに突き進んでいく。

 対する円堂君は帝国戦の時と同じように、いやそれ以上の速さで拳を叩き込んでいくが……。

 

「ぐわぁぁぁっ!!」

 

 威力が足りず、ゴールネットまで吹き飛ばされた。

 ボールはさっきのようにこちら側に跳ね返ってきて、今度はデメテルが受け取る。

 

 現在、このゴールは四人の選手によって囲まれている。

 これぞ作戦の最終段階『円堂殺し』。

 

 私たちはこのあと何回も何回も、時間が許す限りシュートを撃ち込んでいった。

 

 だけど、円堂君の心が折れることはなかった。

 

「まだ……まだ……燃え尽きてねぇぞっ!!」

「ふ、不死身か……あいつは……?」

 

 その姿、まさに修羅の如し。

 倒れても倒れても立ち上がる姿に、私以外の全員の足がすくみあがっていていた。

 

「神であるこの僕が……恐怖を感じただと……?」

 

 アフロディはいち早くそれに気づき、私にも見せたことのない形相を円堂君に向ける。

 

「そんなはずが……そんなはずが、ない!」

 

 呆然と立ち尽くしていたデメテルからボールを奪い取り、アフロディは翼を生やして空へ飛んでいく。

『ゴッドノウズ』の体勢だ。

 さすがの円堂君も、これ以上は無理だろう。

 アフロディが歪んだ笑みを貼り付けながら、ボールを蹴ろうとしたそのとき——

 

 

 ——ぴぃぃぃ! というホイッスルの音が鳴った。

 

 掲示板を見れば前半が終了してしまっている。

 まさか、耐えきるとはね……。

 アフロディは一瞬顔を歪めたあと、地上に降りて翼を消した。

 そして満身創痍の円堂君に宣言する。

 

「……まあいいさ。どうせ次で最後だ。神のシュートで、君もろとも雷門を潰す!」

 

 それだけ言うと、アフロディはベンチに戻っていった。

 

 後半戦、普通なら雷門はもう戦えない状態だろう。でも彼らは必ず続行を選択してくる。

 これで本当の最後だ。

 決着をつけようじゃないか円堂君。

 

 心の中で一方的に宣言して、私はこの場から去った。



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イナズマ魂を宿す者

 ベンチに戻ってきた私たちを待っていたのは、台車に置かれた神のアクアだった。

 

「濃度を濃くしました。これ一杯で後半戦をフルで戦えます」

「ちょっと待って。まさか二倍にしたの? そんなもの、身体が持つはずないじゃん」

「……これも総帥のご命令です」

 

 ちっ、あのブラック社長が……! 

 神のアクアは危険な薬物だ。

 だからこそ、開発した際に濃度に制限をかけていたのに。

 とことん総帥のゲスっぷりが表れてるよ。

 

 それに、神のアクアはあくまで筋力増強剤であって、体力が増えるわけじゃない。

 アフロディたちも後半戦を戦うのは初めてだ。

 上がりすぎた身体能力に振り回されるのは目に見えている。

 それを承知でこんなことをしているってことは……早めに潰せっていう私へのサインか。

 

「……今は幸いハーフタイム。今すぐ交換すれば間に合う……」

「いいさ、なえ。ちょうど僕もいちいち休憩を挟むのは面倒だと思っていたところだからね」

 

 アフロディは私の肩を叩いて引き止めると、ガラス容器を手に取って神のアクアを一気に飲んでしまった。

 それに続いて他のメンバーも次々と神のアクアを飲み干していく。

 

「はぁ……もう好きにしなよ」

 

 まだ、アフロディたちとはサッカーしてたかったんだけどなぁ。

 ヤケクソ気味に神のアクアを口に流し込む。

 甘い味が、今だけはうっとうしかった。

 

 神のアクアは間違いなく選手生命を縮める。

 今後シャドウジャパンとして活動していく以上、彼らにはできる限り長生きしてもらいたいのに。

 この分じゃ、冬のフットボールフロンティアインターナショナルが始まるまでに数人が脱落していそうだ。

 

 ……まあいい。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 主審が両ベンチに向かって呼びかけてきていた。

 もうすぐ後半戦の始まる時間だ。私たちは先ほどとは反対側のコートに歩いていく。

 

 途中、円堂君とすれ違った。

 強い眼差しだ。まだ勝負を諦めてはいない。

 だけど私も負けるわけにはいかない。ここで負けたら、全てが水の泡と化してしまう。

 

 ボールがグラウンドの中心に置かれ、両陣営が構え。

 

 ——最後の戦いを告げる笛が、今鳴った。

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

(点を取る! そして勝つ! 優香のために……なによりもチームのみんなのために……!)

 

 開幕早々、豪炎寺君が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 私たちは前半同様それをスルー。後ろにはディオ率いるディフェンス陣がいるし、問題はない。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「無駄だ。神には通用しない」

 

 ボールを間に、豪炎寺君とディオの足が激突する。

 衝撃波で地面がわずかだけど揺れる。

 しかし苦しそうな豪炎寺君に対してディオは余裕の笑みすら浮かべていた。

 そして徐々に豪炎寺君の足が押されていき……。

 

『まだだっ!!』

 

 後ろから加勢に入った鬼道君と一之瀬の蹴りが、ディオを押し返した。

 ディオと三人は互いに弾かれ、たたらを踏む。

 ディオは復帰すると、青筋を額に浮かべた。

 

「こ、の……調子に乗るんじゃねぇ! メガクウェイク!」

 

 彼らの足元から岩が飛び出し、三人をバラバラに吹き飛ばす。

 しかし豪炎寺君は、なんと空中で体勢を立て直すと、ボールを拾って一気にディオを飛び越えてみせた。

 

「裁きの鉄槌!」

「っ、がっ……!!」

 

 だけどそれが限界だったようだ。

 続けてアポロンの裁きの鉄槌をくらい、豪炎寺君は今度こそボールを手放して倒れた。

 ボールはクリアされ、デメテルが受け取る。

 

「ダッシュストーム!」

 

 暴風が吹き荒れ、雷門の選手たち四人を見事に吹っ飛ばした。

 そしてデメテルはパスをアフロディに出す。

 

「コイルターン!」

「キラースライド!」

「ザ・ウォ——」

「——ヘブンズタイム」

 

 後半戦になって松野と代わっていた影野が、土門が、壁山が、それぞれ必殺技をしかける。

 しかし、一つ遅かった。

 プレスが、スライディングが、壁が。

 出現するよりも早くアフロディの指が弾かれ、その瞬間世界が止まる。

 

 次に彼らが見たのは、誰もいない空間と、どこからともなく発生した竜巻だった。

 

『うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 これで、円堂君以外の全員を倒した。

 アフロディは冷たくも美しさを感じる笑みを浮かべながら、ペナルティエリア外からボールを蹴る。

 

「ゴッドハンドは通じない……だったら、残るはアレしかない……!」

 

 円堂君は腰を深く落とし、右腕を掲げる。すると彼の体から、凄まじいエネルギーが感じられるオーラが溢れ出した。

 この感じ……ゴッドハンドを超えている?

 てことはあれが……。

 

「マジン・ザ・ハンド!」

 

 円堂君はそのまま、右手を前に突き出した。

 しかしその途端、溢れていたエネルギーが胡散してしまい、彼は無防備となってしまう。

 そこにアフロディのシュートが当たり、彼の体を弾き飛ばした。

 

「ぐあっ!」

「……やっぱり、未完成だったようだね」

 

 かつてイナズマイレブンと呼ばれていた響木監督ですら習得できなかった技だ。

 いくら円堂大介の孫といえども、やはり無理があるのだろう。

 

 ボールにはバックスピンがかけられていて、すぐにアフロディの下に戻ってくる。それをトラップもせずにダイレクトで、彼は再びシュートを撃った。

 

「マジン・ザ・ハンド! ……ガハッ!」

「ハハハッ! 諦めたまえ! その技は絶対に完成しない!」

「っ、諦めてたまるか! マジン・ザ・ハンドォッ!!」

 

 まるでビデオテープを巻き戻しては再生するかのように。

 何度も何度もボールが円堂君に当たり、そのたびに彼は立ち上がってくる。

 

 側から見れば延々と終わることのない残虐刑。

 しかし私にはわかる。

 苦しんでいるのはアフロディの方だった。

 

 いつのまにか、彼の顔からは優雅さは消えており、ただただ必至にボールを蹴り込む人間らしい表情がそこにはあった。

 

「なぜだ……なぜ、倒れない!?」

「お前には理解できないだろうな……アフロディ」

 

 ふと、後ろから声が聞こえてきた。

 見れば、足を引きずりながらも、鬼道君がペナルティエリア近くまで戻ってきていた。

 

「帝国の時だってそうだ……。円堂は倒れるたびに強くなる。お前は円堂の強さには敵わない!」

「そんな……そんなこと、あっていいはずがないっ!」

 

 アフロディが背中から白い翼を生やし、空を舞う。

 もういたぶるなんて考えはもはや消えていたのだろう。

 彼はただ、眼下にいる敵を睨みつけていた。

 

「僕は神の力を手に入れた! その僕が、人間ごときに恐怖するはずがない!」

「そんなのは神の力なんかじゃない! ただのインチキだ!」

「っ、黙れぇぇぇぇ!!」

 

 宙に浮いていたボールが白い雷を纏う。それが発する光は、私でさえ見たことがないほどの大きさになっていた。

 まさか、アフロディの怒りに神のアクアが反応したっていうの? 

 

 もしそうだとしたら、今度こそ終わりだ。

 あのシュートは、円堂君じゃ止められない。

 

『円堂っ!!』

『キャプテンっ!!』

『円堂君っ!!』

 

「聞こえてくる……みんなの声が。サッカーが大好きなみんなの声が」

 

 ……なのに、なぜだろうか。

 円堂君を見ていると、不可能なんて気持ちは消えていった。

 

「そうだ……これはっ、サッカーを守るための戦いだっ!」

 

 気合いを込めるように、円堂君は両方の手を互いに打ち付ける。

 すると、今までとは比較にならないほどのエネルギーが溢れ出した。

 

 だけどマジン・ザ・ハンドはその次が問題だ。捻り出したエネルギーを固定させることができない。

 それに対しての円堂君の答えは——左手に力を集中させることだった。

 

 円堂君は獣、いや落雷のように吠えた。

 その瞬間、彼の体から電気にも似た眩いオーラが発生し、徐々になにかを形作っていく。

 

 それはまさしく、魔神だった。

 魔神は円堂君の動きと連動するように左手を構え——前に突き出す。

 

「ゴッドノウズッ!!」

「マジン・ザ・ハンドッ!!」

 

 神対魔神。

 神々しい閃光が、荒々しい巨手が、ぶつかり合う。

 凄まじいエネルギー同士の真っ向勝負。それを制したのは……魔神だった。

 

 目も開けられないほどの光が辺りを包み込む。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、まぶたを開けてみるとそこには、ボールを左手で完全に掴んでいる円堂君の姿があった。

 

 会場中が奇跡のような出来事に湧き上がった。

 

 あれが……幻のマジン・ザ・ハンド。

 あまりのショックに、私たち全員が声を失っていた。

 そうやって呆然としていると、円堂君がボールを前線へと投げつけた。

 

「いくぞ、みんな!」

『おうっ!!』

 

 しまった、カウンターだ! 

 私は急いで戻ろうとするけど、最初に出遅れたせいでボールとの距離がかなりあった。

 これじゃあ追いつくのは不可能だろう。

 

 ボールは鬼道君へ。その横に豪炎寺君が並走していく。

 

「何度来ようが無駄だ! メガクウェイク!」

「ふっ、その技はもう見飽きた」

 

 地面が盛り上がり、彼らを突き飛ばさんと岩が真下から飛び出してくる。

 しかし二人はその前に高く跳躍し、ディオごと岩を跳び越えた。

 

 ゴールは目前。

 二人は着地後、再び空中に跳び上がる。だがそれには回転が加わっていた。

 ファイアトルネードに……あれは、木戸川清修の……! 

 

 赤と青。

 左回転と右回転。

 正反対な竜巻が、一つに融合していく。

 

『ダブルトルネード!!』

「っ、ツナミウォール! ……がぁぁぁっ!!」

 

 ゴール前に津波を思わせる水の壁が発生する。が、竜巻はそれを真っ二つに切り裂き、ゴールネットに突き刺さった。

 

 馬鹿な……ありえない。

 鬼道君がバックトルネードを使ったなんてデータも、増してやそれをファイアトルネードと融合させる特訓をしていたなんて情報もなかったはずだ。

 なのにさっきのシュートの完成度は、まるで長年タッグを組んでいたと錯覚するほど高かった。

 

 それは二人の絆が生み出した奇跡なのか……はたまた、反対側のゴールで人一倍喜んでいる円堂君の影響か。

 どっちかはわからない。

 だけど今やるべきことはひとつだ。

 

「みんな、加減はいらないよ。全力で叩き潰す」

 

 スコアは3対1で、ホイッスルが鳴った。

 その途端に、私たちは目にも留まらぬスピードで駆け上がる。

 

「ライトニングアクセル!」

 

 そのまま黒いオーラを放ち、稲妻のような速度まで加速して二、三人を追い抜いた。

 だけど技の終了と同時に、影野がさらにディフェンスに加わる。

 

「コイルターン!」

「ちっ、デメテル!」

 

 グルグルと影野は私の周囲を高速で回った。

 技使用後で私の動きは一瞬だけ鈍くなっている。だけど取られまいと、かろうじてデメテルへとパスを出した。

 彼の前には壁山が立ちはだかる。

 

「ダッシュストーム!」

「ザ・ウォールッ!」

 

 壁山の背後に巨大な壁ができあがる。同時にデメテルの巻き起こした突風が、壁山を吹き飛ばす。

 しかし背後の壁が支えとなり、彼はなんとか風をしのいでみせた。

 

「なにぃっ!?」

「うォォォォォォ!!」

 

 自身の必殺が破られ、動揺するデメテル。その隙を突いた壁山のタックルが、彼を逆に吹き飛ばした。

 

 なんなのこれ……? 

 予想外の展開に困惑する。

 円堂君だけじゃない。チーム全員がパワーアップしている。

 いや、正確には力を限界まで引き上げていると言った方が正しいか。

 これも円堂君の力だって言うの? 

 

「だけど、私は負けていられない! ——スピニングカットV2!」

「ぎゃっ!?」

 

 すぐに壁山を吹き飛ばし、ボールを奪い取る。

 彼を抜ければ、円堂君との一対一だ。

 

「来い! お前の全力、受け止めてみせる!」

「言われなくても!」

 

 空中に蹴り上げたボールが闇のオーラを纏い、巨大化していく。

 たしかにマジン・ザ・ハンドはすごい技だ。

 だけど私のシュートはゴッドノウズを上回る。利き手じゃない必殺技じゃ、止められやしない! 

 

 だけど空中に跳んでいるとき、気づいた。

()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 彼は腰を捻るように背を向け、右手を左胸に押し当てていた。

 左手……左胸……そうか! マジン・ザ・ハンドのコツは心臓からエネルギーを生み出すことなんだ! 

 と言うことはつまり、彼が今やろうとしていることは……。

 

 青空の浮かぶ暗黒の月。それを逆さまになりながら、突き落とす。

 

「——ダークサイドムーンッ!!」

 

 対して、円堂君は身体を正面に向け、再び魔神を出現させる。そして魔神はさっきとは違って、右手を弓引くように構えた。

 

「これが俺だけの……マジン・ザ・ハンド改だァッ!!」

 

 ありったけの力が込められた掌底が、黒い月と衝突した。

 

 ゴール付近の地面が衝撃波でぐちゃぐちゃになっていく。

 あまりのエネルギーの奔流に、空中にいた私は吹き飛ばされそうになった。

 それでも必死にこらえ、身体中から絞り出すように声を上げる。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 それに呼応するように、黒い月は徐々にだが魔神の右手を押していった。

 

 負けられない! 負けるわけには……いかないんだよっ! 

 こんなところで、私の世界への挑戦が奪われてたまるかァ! 

 

「お前の勝ちたいって気持ち、ビリビリって伝わってくるぜ。だけど俺だってみんなと一緒に——勝ちたいんだァァァァッ!!」

 

 円堂君の叫びに応えて、魔神の右腕が一回り大きくなる。

 そして完全にダークサイドムーンを押し返した。

 

 闇が胡散していき、やがて月は元のボールへと戻っていく。

 完全に動きを止めたところで魔神は消え、後には右手を突き出したままボールをキャッチしている円堂君が残った。

 

「そ、んな……」

 

 止められた……? 私のシュートが……? 

 私の中に生まれて初めて感じるような感情が芽生える。

 

 思えば、私は本気でやった物事で負けたことはなかった。

 だからこそ、今になってようやくこの渦巻く感情の正体がわかった。

 これが、悔しさなのだと。

 

「っ、まだだよ!」

 

 だけど負けを認めるわけにはいかなかった。

 私は円堂君に背を向けて走り出す。

 たとえシュートが止められようと、まだこっちは二点分リードしている。彼らの攻撃さえしのげれば勝てる。

 

 それは普段の私からは考えられない思考だった。

 いつもならたとえシュートを止められても、すごいと相手を褒めるだけで終わっていたはずだ。

 なのに今はなりふり構わずに、ましてや防御に回ろうとしている。

 それはなぜか? 

 負けたくないからだ。

 私は今このとき、本当の意味で彼らに勝ちたいと思った。

 

 世宇子ゴール前までなんとか戻り切り、こちらに攻撃してくるエースの二人を待ち構える。

 だけど私の予想とは違い、目の前には三人の選手が走ってきていた。

 一人は豪炎寺君。もう一人は鬼道君。そして最後の一人が……壁山だ。

 

 二人を追い抜き、壁山がボールも持たずにゴールに突っ込んでくる。

 鬼道君はそれを確認したあと、壁山に向かってシュートを撃った。

 

「ザ・ウォールッ!」

 

 しかし彼は事前にそれを知っていたようで、すぐに振り返って巨大な壁を出現させた。

 それに当たってボールが真上に弾かれる。

 

 このとき、私たちはあることに気づいた。

 壁山のザ・ウォールが視界を妨げるカーテンのように、彼らの姿を隠しているのだ。

 まさか鬼道君はこのために……! 

 

 壁よりも高い位置にまで跳躍する影が見えた。

 豪炎寺君だ。

 その足には炎が纏われている。

 

「ファイアトルネード改!」

「スピニングカットV2!」

 

 そこだ! 

 豪炎寺君がシュートを撃ってくるタイミングに合わせて、衝撃波の壁を出現させた。

 だけどまたしても私の予想を上回ることが。

 ボールはゴールではなく、真下に向かって進んでいったのだ。そこにはいつのまにか鬼道君が右足を振り上げている。

 

「ツインブーストF(ファイア)!!」

 

 鬼道君に蹴られ、炎と闇を纏ったボールは直角に軌道を変えてこちらに向かってくる。

 

 タイミングをずらされ、スピニングカットの威力は弱くなってしまっている。そんなものは壁にすらならず、あっけなく突き破られてしまった。

 

「ギガントウォール!」

 

 最後の守護神、ポセイドンはどういう原理かはわからないけど身体を巨大化させて、その拳をボールに叩きつけた。

 しかしそれすらも弾き飛ばし、ボールは再びネットに突き刺さる。

 

 3対2。

 どんどん追いつかれていく。

 

 ここまで戦ってわかったことがある。

 それは私以外の世宇子の選手が衰えていっているという事実だ。

 

 彼らは後半戦を戦ったことがない。

 そもそも全ての試合を苦戦することなく勝ち抜いて来たがゆえに、彼らは極度の疲労というものを感じたことがないのだ。

 その差が、徐々に出始めてきている。

 

「くっ、いくよアフロディ!」

「ああ! 僕らは負けられない!」

 

 キックオフと同時に、ボールを持ったアフロディは駆け出す。

 それを食い止めようと豪炎寺君と鬼道君が殺到してくる。

 

「ヘブンズタイム!」

 

 だけど、アフロディにはいかなるディフェンスも通用しない。

 時間が止まっている隙にアフロディは二人の間を通り抜け、催眠を解除したあとに竜巻で吹き飛ばした。

 

 だけどここでも、誤算が発生する。

 

「ウォォォォォォッ!!」

「ゼアァァァァァァッ!!」

「なんだとっ、ぐあっ……!?」

 

 二人は空中に投げ出されたあとに体勢を立て直して、アフロディめがけて落下してきたのだ。

 ヘブンズタイムが破られたことがなかったために、アフロディは油断していた。その隙を突いて二人は落下を利用したタックルをしかけ、彼を吹き飛ばしてボールを奪ってみせる。

 

「っ、得点できるのはあの二人だけだよ! 全員彼らを潰せ!」

「裁きの鉄槌!」

 

 私の指示で動いたアポロンが裁きの鉄槌を落とす。

 しかし二人は軽やかな動きで左右に分かれ、それをかわしてみせた。

 

「メガクウェイク!」

 

 ディオが地面から岩を突き出させるが、そのときにはもう二人は地上にはいない。

 彼らはそれぞれ回転しながら、足にエネルギーを集中させていた。

 

『ダブルトルネードッ!!』

 

 赤と青の竜巻がゴールを襲う。

 でも、今度こそは間に合った。

 ポセイドンの前に立ち、青いエネルギーを纏った足をなぎ払う。

 

「スピニングカットV2!」

 

 地面から衝撃波の壁が噴き出し、竜巻とぶつかり合った。

 さすが、ポセイドンの守りを突破するだけはある。すごい威力だ……! スピニングカットもまもなく破れてしまうだろう。

 でも、それでいい。

 これで少しでもシュートの威力を削げれば、ポセイドンなら止めることができる。

 

 しかしこのときの私は忘れていた。

()()()()()()()()だということを。

 

「スピニングシュート!」

 

 かけ声とともに、衝撃波の壁にボールが深くめり込んだ。

 壁の向こう側を見ることはできないが、声で一之瀬だとわかった。それと同時に彼がしたことも。

 

『シュートチェイン』。

 彼はスピニングカットと衝突中のボールに向かって、さらに蹴りを加えたのだ。

 

「ローリングキック!」

「グレネードショットッ!」

 

 しかも、蹴りを加えたのは一之瀬だけではなかった。

 半田と宍戸。

 今まで警戒したこともなかったような人物たちが、私を破らんとばかりに牙を剥く。

 

『トリプルシュートチェイン』。

 さすがにこれは耐えきれず、スピニングカットは消滅してしまった。しかしシュートはまったく衰えていない。

 むしろ最初より加速しているかもしれない。

 

「ツナミウォール! ……がっ!!」

 

 そんなものをポセイドンが止められるはずもなく、色々なものが複合した竜巻が津波を破り、ゴールに入っていった。

 

 ……追いつかれた。

 残り時間は少ない。すぐに攻撃をしかけなければいけない状態だ。

 だというのに、チームのみんなには覇気がなくなっていた。

 

「神である俺たちが……同点……?」

「もうだめだ……勝てない……」

 

 一人、また一人と選手たちは膝をついて崩れ落ちていく。

 

 こんなときに自分を支えてくれるのは、毎日走って、何万とボールを蹴り込んで、何度も何度も積み重ねてきた努力。それが杖となって、倒れそうな自分を支えてくれるんだ。

 だけど……世宇子の選手たちには、それがない。

 神のアクアなんてものに頼ってしまったがばっかりに、彼らの杖は酷く脆く、弱々しいものになってしまった。

 

 それに比べて、雷門の選手たちの杖はなんと力強いことか。

 選手としての質の高さ。その差が画然と出てきてしまっていた。

 

 だけど、それを嘆いている暇はない。

 味方が役に立たないのなら、私自身がやるしかない。

 

 あれを……()()()()を使ってやる! 

 

 ホイッスルが鳴ると即座に黒いオーラを纏い、加速する。

 

「ライトニングアクセル!」

「クイックドロウ!」

 

 鬼道君も同じように加速するけど、私の方が数段速い。

 彼の突進を避け、その後ろにいた豪炎寺君を吹き飛ばしながらその場を突破した。

 本来ならここで必殺技を止めるんだけど、今はそれをしない。おかげで身体に負荷がかかり、ミシミシという嫌な音がしてきた。

 だけどそれをこらえ、ライトニングアクセルを保ったまま、私は突っ込んでいく。

 

 道中で何人吹き飛ばしただろうか。痛みでそんな些細なことは覚えていなかった。

 

「させるかぁ! ——スピニングフェンスッ!」

 

 そんな私の速度に唯一食いついてきた風丸が三人に分身し、その場を回転し始める。

 すると三つの大きな竜巻が発生し、私を押し潰さんと迫ってきた。

 

 囲まれて、回避することは不可能。

 だったら押し切るのみ。

 

「負けるかァァァァァァッ!!」

 

 自慢の速度に身を任せて、一本の槍のごとく、竜巻へと突き進んでいく。

 気を抜いたら身体がバラバラに引き裂かれてしまいそうだ。そう思わせるほどの風。

 それを歯をくいしばって耐えて、がむしゃらに突っ切っていき——とうとう竜巻を突破した。

 

 しかしその反動でライトニングアクセルは解除されてしまい、ボールも風のせいで私の足から離れて空中に飛んでいってしまう。

 だけどあの高さなら問題ない。そう思って足に力を入れ、ジャンプしようとしたときに……。

 

「行くでヤンスよ、壁山!」

「おうッス!」

 

 壁山と栗松の二人が前に出てきた。

 壁山は巨体を地面と水平にしながらジャンプする。

 その腹を足場として、栗松がさらに跳躍し、ボールへ迫る。

 

「イナズマ落とし!」

 

 その上昇する速度は私の跳躍を超えていた。

 栗松は私よりもどんどん速くボールに迫っていき、オーバーヘッドで前線へクリアしてみせる。

 空中から見下ろせば、ボールの落下地点には一之瀬と土門と——円堂君がいた。

 

 驚き、雷門側のゴールを見る。そこには当然、円堂君の姿はない。

 信じていたっていうの……? 仲間が防ぐことを信じて。

 

 三人は高速で走りながら一点で交差し、そこにエネルギーを集中させる。するとそこから炎で形作られた不死鳥が誕生し、空へと舞い上がった。

 その先には、足に炎を纏った豪炎寺君がいた。

 炎の竜巻が、不死鳥をさらに巨大化させる。

 

「ファイナルトルネードッ!!」

 

 不死鳥は炎を撒き散らしながら飛翔し、ゴールへと迫る。

 

「ツナミウォールっ、V2ッ!!」

 

 ポセイドンは地面を叩き、さらに巨大化したツナミを発生させる。

 だけど不死鳥はそれすらも蒸発させ、突破していった。

 

 このとき、誰もが雷門の勝利を確信しただろう。

 

 ——ポセイドンの後ろに私がいなければだけど、ねっ! 

 

『なんということだァ! キーパーの後ろに伏兵、白兎屋選手が潜んでいた!』

 

「あいつ……!?」

「バカな……恐るべき執念」

「ガァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 渾身の右足をボールに叩きつける。

 痛い。熱い。肉がジュクジュクと焦げていく。

 だけどここで負けたら全てが終わる。終わってはいけない。

 私はまだ、遥かなる高みにたどり着いてはいないのだから! 

 

 身体を支える左足が悲鳴をあげる。

 その下の地面がひび割れていく。

 それでも私は不死鳥に食らいつき、打ち勝つことに成功した。

 

 集中していた炎が弾け、爆発が起こり、ボールは天高くまで飛ばされる。

 

 だけど、それじゃあ終わらない。

 ボールはなんとその後、黒いオーラを纏いながら巨大化し始めた。

 

 異変をいち早く察した鬼道君が呟く。

 

「まさか……あの距離から撃つつもりか!?」

 

 そうだよ。

 ゴールからゴールへシュート。そんなスーパープレイ、私だってやったことがない。というかできない。

 でも今は別だ。なんせ、相手ゴールにはキーパーがいないのだから。

 

 希望から絶望へ。

 跳躍し、反転した暗黒の月を、オーバーヘッドで蹴り落とす。

 

「ダークサイドムーンッ!!」

 

 そして月は凄まじいエネルギーの余波を生み出しながら、ゴールへと飛んでいった。

 

 ペナルティエリア内じゃなければマジン・ザ・ハンドは使えない。よってこの技が止められることはない。

 だけど、円堂君たちはまだ諦めてはいないようだった。

 

「まだだっ!」

 

 彼らは一斉に黒い月の高さまで跳び上がり、Yという文字を反転させたかのようなフォーメーションになる。

 まさか……三人でダークサイドムーンを蹴り返すつもりなの!? 

 

『イナズマブレイクッ!!』

 

 彼らの足が月に触れた瞬間、膨大な電気が発生した。エネルギー同士のぶつかり合いによって発生した光が、天空を眩く照らす。

 

「ウォォォォォォッ!!」

「ハァァァァァァッ!!」

「俺たちは日本一に……っ、なるんだァァァァァァッ!!」

 

 三人の叫びに負けたかのように、黒い月は砕け散り、浄化された。

 そして闇を帯びた落雷が、私に落ちてくる。

 

 もう蹴り返す力もない。

 勝てない。

 そう理解したはずなのに、気づけば私の身体はボールに食らいついていた。

 

「ァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

 落雷が胸に突き刺さり、身体中が悲鳴をあげる。

 だけど私がボールに触れたときに強く感じたのは、痺れるような電撃と、燃え上がるような熱だった。

 

 そうか……この熱なんだ。

 この胸の高鳴りこそが——サッカーなんだ。

 

「そしてこれが……イナズマ魂、か……」

 

 私の足が地を離れ。

 身体が後ろへと吹き飛んでいき。

 ゴールネットにボールごと、私は突き刺さった。

 

 スタジアム中が静寂に包まれる。

 それを引き裂くようにホイッスルが鳴る。

 途端に……観客全員が大歓声をあげた。

 

『試合終了ォッ! 3対4でなんとっ、なんと雷門中が逆転勝利だァァッ!!』




 今回も書くことがいっぱいあります。
 けっこう原作とかけ離れた展開にしましたからね。

 ♦︎『マジン・ザ・ハンド』
 一番の改変ポイント。
 アニメで、大介がマジン・ザ・ハンドを左手で使用していたことが話されています。じゃあ原作マジン・ザ・ハンドは本当ならマジン・ザ・ハンド改なんじゃないかと。そう思い、変更しました。ちょうどあと一回進化残していて、キリもいいですからね。

 ♦︎『ダブルトルネード』
 これに関しては、少し謝罪を。特に説明もなく、鬼道さんがバックトルネードを習得してしまいました。
 実はやぶてん漫画でもファイアとダークでのダブルトルネードは採用されているんですよね。それでこっちを使いたかったんですけど、あいにくとこの作品はアニメを元にしているので、ダークをかぶらせるわけにはいかなかったんです。
 えっ? スピニングカットの守君? 知らんな。
 というわけで、バックトルネードが泣く泣く採用されました。

 ♦︎『スピニングフェンス』
 スピニングカットじゃないよ?
 オリオンでの風丸念願のディフェンス技です。こいつアニメの無印じゃディフェンスのくせしてディフェンス技持ってなかったんだもん。というわけで、ディフェンスは技を持ってないのはまずいと思い、追加。
 描写を知りたい人は、例のように検索してください。
 ちなみに、スピニングフェンスは本来五人に分散しますが、DE時代でも三人にしか分身できないのでその人数はおかしいと思い、三人に変更しました。

 ♦︎『イナズマ落とし』
 栗松がまさかの習得。
 これは特に深い意味はないです。強いていえば、空中に打ち上がったボールをクリアしたかっただけです。当初はGOの技である『ロケットヘッド』が使われる予定でしたが、あまり無印にない技を使うのはどうかと思い、変更しました。
 壁山と栗松は仲がいいし、このぐらいできても文句は言われない……はず。


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フィールドを去る者へ

「終わったかぁ……」

 

 ホイッスルの音を聞いて、体中の力が抜けるような感覚とともに、仰向けに寝転ぶ。

 空には優勝した雷門を祝って、色とりどりの紙吹雪が舞っていた。

 

 負けて悔しいはずなのに、不思議と笑みがこぼれる。

 最後に感じた胸の高鳴り。あれはまだ試合を続けていたいという私の思いなのだろう。

 

 円堂君たちは私にあることを教えてくれた。

 諦めないこと。何よりも、負けは終わりではないこと。

 ……そうだ。これは終わりなんかじゃない。私の新たなサッカー伝説の幕開けなんだ。

 

 胸の高鳴りと熱はまだ残っている。

 なら大丈夫だ。またやれるはずだ。

 

「おいしょっと」

 

 身体に力を入れ直し、立ち上がる。

 あいたた……。ちょっと無理をしすぎた。

 だけどこの痛みが、今だけは心地よかった。

 

 グラウンドを見渡せば、そこには勝利を喜ぶ雷門の選手たちと……打ちひしがれていている世宇子のみんながいた。

 

 彼らが今後どうなるのかは、私にはわからない。

 彼らは総帥の援助を受けて生活している孤児だ。だけど今回の失敗で総帥の立場は危うくなるだろう。

 そうなれば援助はなくなり、今まで通り暮らせなくなってしまうかもしれない。仮にお金がどうにかなったとしても、神のアクアを使ってしまったという罪の意識は必ず残る。

 そのときに果たしていつも通りでいられるかどうか……。

 もしかしたら、サッカー自体をやめてしまう人もいるかもしれない。

 

 彼らの人生は狂ってしまった。それは総帥と私のせいに他ならない。

 

「みんな……今までありがとうね」

 

 だけど私は、今まで戦ってきてくれたチームメイトに感謝したかった。そんなことする資格なんて、私にはないのに。

 

「なえ……」

 

 私の名を呼ぶアフロディの声が聞こえた。

 だけどそれに反応せず、私は円堂君たちの元へ歩んでいった。

 

 彼らは全員が笑みを浮かべていた。

 だけど私に気づき、円堂君がこちらに向かってくる。

 

「……最高の試合だったよ、円堂君」

「ああ、俺もだ。でも、次は神のアクアなんかに頼らないお前と戦いたいぜ」

「神のアクアのこと、知ってたんだね。でも安心して。私はあれを使ってなかったから、今日のが私の全力だよ」

「え、ええっ!? でもたしかに飲んでるのを見たような……」

「正確には言うと、私には効果がないんだよ。体の耐性が高すぎて薬が意味をなさないんだ」

 

 その耐性が高い理由については語らないことにした。

 これは表で生きる彼にとっては不要なものだろう。

 

「そっか。ならもっとすげぇよ! 本当の力で、あれだけのサッカーができるんだから!」

「最後は負けちゃったけどね。すごいのは君だよ、円堂君」

 

 試合開始の時点では、世宇子は雷門を遥かに上回っていた。

 でも彼の諦めない心……『イナズマ魂』がチーム全員の力を引き上げ、最後には私すらも超えてみせた。

 本当にすごいのは彼に決まっている。

 

「負けてもお前がすげぇのには変わりないぜ。それに負けてもまだ次があるじゃないか。人は諦めなければ、いつだってイナズマチャレンジャーだ!」

「イナズマ……チャレンジャー?」

「そうだ。じいちゃんの言葉らしいけど、一度でダメなら二度。二度でもなら三度。何度でも何度でも、諦めないで挑戦する……それがイナズマチャレンジャーなんだってさ」

 

 ……イナズマチャレンジャー。いい響きだ。

 決めた。今日から私はイナズマチャレンジャーだ!

 何度でも何度でも食らいついて、今度こそ雷門を倒す!

 そして絶対に世界に行ってやる! 

 

「イナズマ魂、もらったよ円堂君。次こそは勝つ」

「ああ、何度でも受けて立つぜ」

 

 私と円堂君はガッチリと握手を交わす。

 

 その最中に、突如グラウンド出入り口から複数の警察がなだれ込んできて、私たちを取り囲んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 円堂君は驚いていたけど、私にはもうわかっていたことだった。

 ……そうか。もう時間か。

 

 警察の壁をかき分けて、知っている人物が姿を現わす。

 鬼瓦刑事。総帥のことを追いかけ続けている刑事だ。

 

「白兎屋なえ。殺人未遂及びその他複数の犯罪の疑いで、お前に逮捕状が出ている。大人しく署まで来てもらうぞ」

 

 そう言って鬼瓦刑事は一枚の紙を私に見せつける。

 そこにはバッチリと、私が犯した罪の数々が記されていた。

 

 とうとうバレちゃったか。たぶんメインコントロールルームのデータを解析したのだろう。

 ということは、総帥はもうとっくに捕まっていそうだ。

 逃げ道も何もない。

 観念して両腕を差し出し……鬼瓦刑事の手で手錠がかけられた。

 

 警察たちに囲まれて、私は歩き出す。

 途中で円堂君が心配そうにしていたので、笑いかけてやった。

 まあ大丈夫だ。これからも上手くやるさ。

 

 薄暗い出入り口に入る前に、最後に一度だけグラウンドを振り返る。

 そして暖かな日の光と紙吹雪、そして優勝トロフィーをかかげている彼らに向かって、

 

「ありがとうイナズマイレブン。そしてさようなら。いつかまた、フィールドで会えることを」

 

 そう言い残し、私はグラウンドから去っていった。

 




 終わらせねぇよ?

 というわけで全国大会編終了です。
 なんとなく完結みたいな雰囲気ですが、当然物語はまだまだ続いていきます。むしろ、私としてはここからが本番だと思っています。
 逮捕されてしまった彼女に明日はあるのか!?
 次回をお楽しみに。
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脅威の侵略者編
蘇る黒兎


 真っ白な世界の上を、三人の子供たちが駆け回っていた。

 彼らの足元には白黒のボール。

 それを蹴っては追いかけ、蹴っては追いかけを続けている。

 

 しかし少女は積もりに積もった雪に足を取られて転んでしまった。

 顔から落ちたため、彼女の鼻は真っ赤になっていた。

 それを見て、二人の少年は大笑いをする。

 

「おいおいなえ、ずいぶんいい顔になったじゃねえか! お似合いだぜ! ハハッ!」

「ぷはっ、うちは初心者なんよ? もうちょっと手加減してほしいっぺ」

「へっ、関係ねえよ。サッカーってのはいつだって全力でやるもんだ!」

「ぶー」

 

 桃色の髪を持つ少女と、つり目の少年は互いに睨み合う。

 それを仲裁するため、もう一人のたれ目の少年が間に入る。

 

「まあまあ。なえちゃんは初心者なのにかなり強くなってるからね。アツヤも手加減できなくなってるんだよ」

「はぁっ!? そ、そんなわけねえし!」

「へー、そうだったの。じゃあうちがアツヤを超える日は近そうやんね」

「けっ、んなわけねえだろ! それにオレには新しい必殺技があるんだからな!」

「……新しい必殺技? エターナルブリザードじゃなくて?」

「もっとすげえ技だ!」

 

 首をかしげる少女に、つり目の少年は自慢するように答える。

 たれ目の少年は、そんな弟に軽いチョップを入れた。

 

「痛っ」

「こらこら。あれはアツヤのじゃなくて、()()()()()()()だろう?」

「ちぇ、わかってるよ兄貴」

「二人の必殺技ってこと? 見せて見せて!」

 

 まるでオモチャをねだるように、少女は目を輝かせる。

 たれ目の少年は空を少し見たあと、頭を横に振った。

 

「うーん、残念だけど今日はダメかな。もうすぐ夜だし、天気も荒れそうだ」

「えー、そんなぁ……」

「今度見せてやるよ! それまで楽しみにしてろよな!」

「……うん、楽しみ! 約束だよ!」

 

 少女は可愛らしく頷いて……。

 

 ——そこで、映像は真っ黒に途切れた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ……懐かしい夢を見た。

 昔、まだ私が雪みたいに真っ白で純粋だったころ。

 総帥に拾われる前の夢。

 

 当時私には、二人の友達がいた。

 性格は真反対、だけどそのプレイはどちらも素晴らしいものだった。

 彼らの試合に感銘を受けて、気づけば話しかけていた。そこで意気投合し、私はサッカーを始めることにしたのだ。

 

 彼らは今どうしているだろうか……。

 あの日約束した必殺技。それを私が見ることはなかった。

 この直後に父の会社が倒産したからだ。

 私はそのときのゴタゴタに巻き込まれ、気づいたときには東京送りになっていた。

 

 こんな夢を見たのは、故郷に帰ってきたのが原因か。

 

 鉄格子で分割されている外を見る。

 そこには辺り一面の雪景色が広がっていた。

 

 ここは北海道。

 私たちは車に乗って雪降る道を移動していた。

 

 車といっても、総帥の黒塗り高級車のような上等なものじゃない。

 いわゆる護送車ってやつだ。

 窓には鉄格子があるし、私は手錠で繋がれてもいる。

 おまけに両脇には警察が監視としてそれぞれ座っている。

 

 私はそんな中、目の前で同じように座っている男に話しかけた。

 

「いやーそれにしても捕まっちゃったね。これからどうするの総帥?」

「……どうするもこうするもあるか。今は流れに身を流されるだけだ」

 

 男——総帥は静かにそう答えた。

 この人もすっかり大人しくなっており、抵抗する素振りすら見せていない。

 だけどその目の光だけはくすんでおらず、それどころか前よりも強くなっているのを私は見抜いていた。

 

 私たちがなぜこんなことになっているのかというと、フットボールフロンティア決勝で逮捕されたあと、裁判で北海道の刑務所送りになることが決まったからだ。

 総帥の行き先は悪名高いあの網走刑務所。

 ほんと、かわいそー。

 ここが某極道ゲームだったら、刑務所で事件が起きて、どさくさに紛れて脱獄してそうだけどね。

 この人あっち系統の人と見比べても遜色(そんしょく)ないし。

 ちなみに私は未成年のため少年院だ。

 

 円堂君はどうしているだろうか……。

 きっと今ごろはいつもの日常に戻って、実力に磨きをかけていることだろう。

 

 それに比べて私はこんなところでボールにも触れられずにいる。

 暇だ。超暇だ。

 てなわけで今の状態を表した一曲をどうぞご堪能あれ! 

 

「かーわいいーうーさーぎー、売られていくよー♪ 悲しそうなひーとーみーでみーてーいーるーよー♪」

「……その不快な歌を今すぐやめろ」

「ドナドナドーナードーナー♪ 子うさぎのーせーてー♪ ドナドナドーナードーナー♪ 護送車はーしーるー♪」

「まるで我々が少女を売りさばこうとしているように聞こえるから、やめてくれないかな!?」

 

 ありゃりゃ、警察の人に怒られちゃった。

 そんなことを考えていると、ポツリと総帥が呟いた。

 

「……そろそろか」

 

 ……なんのことだ?

 と思ったら、外から地響きのような音が聞こえてきた。

 

 護送車が揺れ、警察の人たちが慌てふためく。

 北海道生まれの私はすぐにこの音の正体に気がついた。

 これは……まさか……。

 

「雪崩だぁぁぁ!?」

 

 嘘ぉぉん!? 私の歌のせい!? 

 叫んだのもつかの間、巨大な雪の波が護送車をかっさらい、私たちは外に放り出された。

 そこで雪に飲まれながら何度も何度も地面を転がり、生き埋めになってしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 やばい、早く脱出しなきゃ。このままじゃ酸素もなくなるし、寒さで凍え死んでしまう。

 だけど前後左右すらわからないこの状況じゃ、むやみに掘り進めるのは悪手だ。

 下手すれば地上とは逆方向に進んでしまうかもしれない。

 

 なので私は足元に向かって唾を吐き出した。

 唾は雪にぶつかったあと、なんと浮き上がり、頭上の雪にぶつかる。

 

 たとえ前後左右がわからなくなったとしても、重力だけはいつも同じ方向に働く。雪国生まれだからこそ知っている生き埋めになった際の知識だ。

 つまり、地上の方向は……下だ! 

 

 幸いなことに手錠は雪崩の衝撃でひどく歪んでいた。これなら私の技術で取り外すことができる。

 

 頭と足の向きを反転させ、ひたすら掘り進め続けることにする。

 その数分後、ようやく光が見えて、地上に生還した。

 

「ぶはっ! ハァッ、ハァッ……死ぬかと思った……」

「へっ、そりゃご苦労なことで。ついでにそのまま死んでればよかったのによぉ」

 

 息を整えていると、シャレにならない言葉がかけられた。

 振り向けば、ニヤニヤしてる気色悪いモヒカン男が立っていた。

 

「えーと……私今現金持ってないんだけど」

「カツアゲしに来たチンピラじゃねえんだよ!」

 

 お、ナイスツッコミ。キレッキレだね。

 

「ジョーダンだよジョーダン。不動明王、暗部のサッカープレイヤーだったね」

「けっ、相変わらずウザったい野郎だぜ」

「残念ながら野郎じゃなくて女ですー」

「FFで男性として登録してたやつが何言ってんだ」

 

 こりゃ手厳しい。

 ちなみにFFはフットボールフロンティアの略ね。

 

「それで、どうしてあなたがここにいるのかな?」

「そこの総帥さんの命令だ。護送車が来たら襲えってな」

 

 不動が指差した方向には、護送車からすでに抜け出していた総帥がいた。その手につけられていた手錠は見当たらなくなっている。

 ……いや、総帥が無事なのはいいんだけどさ。

 

「なんで雪崩に巻き込まれたのに無傷なの?」

「自分で引き起こした事故に巻き込まれるはずがなかろう。仕込みはすでにしておいたということだ」

「いや、私にも教えとけよそれ! 下手したら生き埋めで死んでたよ!?」

「グダグダ言うな。これから近くの市街地に向かう。不動、車は?」

「アイアイサーっと。向こうに止めておいてるぜ」

 

 この野郎……! 

 しかしここでキレてもしょうがないので、大人しくついていくことにする。

 とりあえず、この所業は私の『総帥絶対許さないリスト156ページ』に加えといてやる! そんでもって末代まで呪ってやる! 

 ……問題は、あの人に呪いが効くかどうかだけどね。

 

 っと、その前に……。

 私は護送車に近づき、中を覗く。

 もぞもぞと動くシルエットが見えた。

 

 やっぱり生き残りがいたか。

 ひしゃげているドアを蹴り壊す。

 中には腕やら足がとんでもない方向に折れ曲がっている、グロテスクなオブジェがあった。

 

「た……たす……っ!」

「あーうんうん、わかってるって。助けてあげるよ」

 

 そいつの首に腕をかけ、力を込める。

 

「この世からね」

 

 ポキッという音とともに首は小枝のように折れた。

 それっきり、男は本当の意味で物言わぬオブジェと化す。

 

 口封じ終了っと。

 万が一にでも生き残っちゃったら大変だしね。

 シナリオは運送中に不幸にも雪崩が発生。

 乗っていた人間は罪人警官含めて、仲良く生き埋めまたは全身の骨が折れて死にましたって感じかな。

 どうせ証拠も見つかりやしない。

 

 私は用を終えたあと、総帥たちに追いつき、車に乗り込んだ。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 市街地に到着したあと、私たちはそこのホテルの一室に集まっていた。

 

 どうやら予約はもう済ませてあったらしい。

 世宇子が負けた直後に逮捕されたので、そんなことを部下に指示している暇はなかったはずだ。

 つまりは、最初から私たちが負けることも想定していたわけか……。

 そこんところも、詳しく聞いておかなければならない。

 

 ちなみに服はアフロディからもらったものに着替えている。

 着替えも持って来てるなんて、ずいぶん気の利く部下を持ったものだ。

 

「それで総帥、どういうこと? なんで世宇子にも選ばれなかった不動がいるの?」

「ああ? まるで実力が足りなかったみてえな言いようじゃねえか」

「実際そうでしょ。味方との連携が取れなくて、スタメンからいっつも外されていたベンチウォーマー君?」

「っ、テメェ!」

「見苦しいぞ二人とも」

 

 不動が振り上げた拳は、総帥の一言によって止まる。

 苛立たしげに不動は私を睨みつけたあと、舌打ちしながらその手を引っ込めた。

 

 うんうん、正しい判断だと思うよー。

 こう見えて私結構強いし。軍隊格闘術の訓練してたしね。

 

 私たちが大人しくなったのを見て、総帥は今後の計画について語り始めた。

 

 まず、私たちの脱獄(刑務所行ってないけど)の手引きをしたのはエイリア学園という組織らしい。

 彼らのことを語る前に、今日本中で起きている謎の事件について話したいと思う。

 

 FF決勝戦の日と同時に、日本では謎の組織による学校破壊が起きていた。

 それがエイリア学園。

 彼らは自らを『星の使徒』……つまりは宇宙人と名乗り、己たちの力を証明するため各地の学校にサッカー勝負を挑んできたのだ。

 そして負けた学校の校舎は次々と破壊されていった。

 

 ここで、どうしてサッカー? という疑問が出てくると思う。

 しかしその答えは簡単に推測できる。

 日本の総理大臣、財前宗助が世界的に有名な大のサッカー好きだからだ。

 それで、サッカーで圧倒的身体能力などを見せつければ、自然と武力の差を証明できると思ったのだろう。

 

 話を戻すけどこのエイリア学園による学校破壊、なんと私たちを打ち破ったあの雷門もやられてしまっていた。

 最初に聞いたときは頭の中が真っ白になったものだ。

 信じられなくて、テレビやネットで調べてようやく事実を認めることができた。

 しかし彼らは七転び八起きの体現者。現在は日本中から味方を集めて、地上最強のチームを作ろうとしているようだ。

 円堂君たちらしいや。

 

 さてさて、そんなエイリア学園なんだけど、今後は彼らをスポンサーとして活動していくことになるらしい。

 組織名は『真・帝国学園』。

 うん、雑だね。五秒で考えたような名前である。

 んでその真帝国のメンバーとして収集されたのが、このトサカキチガイということだ。

 

「総帥ー、質問。神のアクアを使った世宇子よりも強い雷門に、その真帝国のメンバーは勝てるの?」

「問題ない。すでに専用修練場によるトレーニングを終え、雷門と同等以上の戦力となっている。それに加えてこれだ」

 

 総帥は部屋に置かれていたケースの中から、紫色の怪しげな石がついたネックレスを取り出した。

 

「なにそれパワーストーン? 総帥って意外と迷信信じるんだね。ぷふっ」

「バカを言うな。これはエイリア石だ。身につけたものに膨大な力を与える」

「……まーたドーピング? 懲りないねぇ」

「これは神のアクアの完全上位互換だ。身体に負荷はかからないのに加えて、出力は神のアクアを上回っている」

「……なんのために神のアクア作ったのそれ?」

「あいにくと、これは隕石を削って作られたもので数が限られている。神のアクアは量産するためだ」

 

 エイリア石とやらを手に取ってみる。

 ……なるほど。たしかにすごいパワーを感じる。

 それにこれは薬じゃないから、私でも簡単にパワーアップすることができそうだ。

 だけど、私はこれを総帥に突き返した。

 

「あいにくと、趣味じゃないんだよね」

「……そうか」

 

 総帥もそう言われるのがわかっていたのか、すぐに引き下がった。

 ただとなりのモンキーは違うらしくて……。

 

「おいおい、今さら綺麗なサッカーとかほざくつもりじゃあねえよなぁ? 暗部の分際で笑わせんじゃねえよ」

「私は自分の力を証明するためにサッカーやってるんだよ。これ使っちゃ意味がない」

「けっ、甘ちゃんが!」

「それにこんなものなくても、あなた一人なら簡単に潰せるってのもあるしね」

「あぁ!?」

 

 はぁ……本当にこいつとやっていけるのだろうか。

 なんか色々と心配になってきたよ。

 

 ただ、真帝国や雷門のことを気にするよりも前に、やるべきことがある。

 それは私自身の鍛え直しだ。

 今の私では、円堂君の『マジン・ザ・ハンド』を破ることはできない。それでは雷門に勝てない。

 

「総帥、さっき専用の修練場があるって言ってたよね?」

「ああ。例のエイリア学園から提供されたものだ」

「それ、使ってもいいよね?」

「無論だ。今の貴様では戦力にならんからな」

 

 手厳しいことを言ってくれる。

 だけど、希望は見えた。明日からはどんどん特訓して、バンバン強くなってやる。

 そして今度こそ……勝つ! 

 

 その後は少し話をして、解散となった。

 私は自分の部屋に戻り、ベッドの上で目を閉じた。




 というわけで、エイリア編始まりました。
 そしてあつ森が楽しくて、中々執筆が進みません。
 ちなみに島名は『キャバクラふうぞく島』です。
 ゲーム始めるたびにたぬきちが『よいキャバクラふうぞく暮らしを』と言うので、そのたびに笑っています。

 面白かったら高評価&お気に入り登録よろしくお願いします。


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再会

 北海道の朝は寒い。

 

 布団から出てきたときに感じた寒気によって、私の眠気はすっかり消えてしまっていた。

 いつもの服の上に愛用のダッフルコートを着て、部屋を出る。

 

 総帥たちと合流して、ホテルでの軽い朝食を済ませれば、あとは自由時間となった。

 

 今日、私たちはこの北海道を離れる。

 例の修練場はどうやら大阪にあるらしい。

 だけど移動手段は確保してあると総帥は言っていた。

 出発は昼食を終えたあとだ。

 それまでは各自で観光でもなんでも、好きなことをしてろってさ。

 

 犯罪者が観光っておかしいと思うけど、幸い私たちはまだ指名手配されていないらしく、自由に動き回ることができる。

 せっかくなので、街を探索することに決めた。

 

 ……ここら辺も、何も変わっていないな。

 街を歩いていて思う。

 

 白い雪がたっぷりと積もった屋根の群れ。

 流れる冷たい川。

 恋が叶うと言われる巨大クリスマスツリー。

 何もかもが昔のままだ。

 

 偶然か、辿り着いたここは以前私がよく遊びに行っていた街だった。

 ここで()()とよく買い物をしたものだ。

 私は金持ちだったからいつも馬鹿みたいに物を買って、そのたびに二人には引かれていたっけ。

 

 中でも、彼らに最初に選んでもらったサッカーボールのことは今でもはっきりと覚えている。

 あれ、どうなってるんだろうな。

 ゼウススタジアムの自室に飾ってたけど、荷造りする間もなく捕まっちゃったからね。

 押収されてなきゃいいけど。

 

 気づけばボールを買ったスポーツショップの前に立っていた。

 ここも、変わらない。それに少し安心感を覚える。

 でもすぐに立ち去ったほうがいい気がして、身体の向きを反転させた。しかし急だったので、近くにいた誰かとぶつかってしまったようだ。

 

「あ、ごめんね。ちょっとよそ見しちゃってた」

「ううん、いいさ。大したことないよ」

 

 少年はさわやかな笑みをこちらに向けてくる。

 年ごろの女の子なら一発で落ちちゃいそうな魅力があるね。

 もちろん私には効かないけど。

 そこまで見たところで、気づく。

 若干青みがかった銀髪。優しげなタレ目。

 ……うーん、気のせいか、な? 

 

 そんな風に思っていると、あっちも何かに気づいたようで、恐る恐る問いかけてきた。

 

「……もしかして、なえちゃん?」

「あ、やっぱシロウか。お久しぶり」

「うん、久しぶり! また会えたね!」

 

 目の前の少年は、なんと私の幼馴染の吹雪士郎だった。

 

 その後私たちは、街を散策するついでに、あれからのお互いの状況を話し合っていた。

 もちろん私の方は暗部活動のことをはぐらかしてだけど。

 

 シロウは私がいなくなったあともサッカーを続けていて、今では二年なのに白恋中という学校のサッカー部のキャプテンを務めているそうだ。

 まあシロウほどの実力があればね。キャプテンなのも納得だ。

 

 私と一緒にいたときのシロウはすでに凄腕のディフェンダーとして有名だった。

 あれからずっとサッカーを続けているのなら、その足にはさらに磨きがかかっているはずだ。

 

 そういえば、もう一人の方が見当たらないな。

 記憶の中じゃいつも二人一緒ってイメージだったけど。

 それに、シロウの話のほとんどにもあいつは出てこなかった。

 

「そういえばアツヤは? 今日でここを離れちゃうし、せっかくだから会っておきたいんだけど」

 

 それを言った瞬間、見るまでのなく明らかにシロウの顔が落ち込んだ。

 

「……ああ、うん、アツヤだね。……今は北ヶ峰にいるよ」

「……? そっか。じゃあせっかくだから一緒に行こうよ」

「うん、いいよ……」

 

 シロウは一人でに歩いていく。そのときの彼はまるで幽鬼のように不気味で、弱々しかった。

 

 その理由を、私はすぐに理解することとなる。

 

 

 ♦︎

 

 

 北ヶ峰は傾斜が多い場所だ。故に、昔からここでは雪崩事故が多発していた。

 しかしそんなものは他人事だ。いつも死亡者の話を聞いても、特になにかを感じることはなかった。

 

 でも、今日それを見て、私は雪崩が憎くてたまらなくなった。

 

 

「……久しぶりに顔を見に来たら、こんなに形が変わっちゃって。それじゃあサッカーできないでしょうが」

 

 私の目の前には、雪が積もった岩が一つ、置かれていた。

 粗雑な作りだ。素人が作ったのだろう。

 表面には汚い文字で『吹雪淳也(アツヤ)、ここに眠る』と刻まれていた。

 

 ちらりとシロウを見る。彼は俯いたままだ。

 

「なえちゃんがいなくなって、その数ヶ月後。試合帰りに雪崩に遭ったんだ。僕は奇跡的に車から放り出されたから助かったけど、父さんと母さんと……アツヤはいなくなっちゃった」

 

 ……そういうことだったのか。

 ここ北ヶ峰は傾斜が多く、昔から雪崩事故が多いことで知られている。

 北海道にいたときも、テレビではよく報道されていた。

 でも、まさか身内が死ぬだなんて思ってもいなかった。

 

 ……いや、なにを今さら言ってるんだろうね、私は。

 昨日の警官が初めてじゃない。

 散々人を殺してきた。

 時には交通事故を装って、またある時には直接この手で。

 自分が今までやってきたことが、身内にも起きてしまっただけなのだ。

 悲しむ資格なんて、私にはない。

 

「アツヤはここに?」

「ううん。お墓は別の場所にあるよ。ただ、ここにはアツヤの魂が残ってそうだから、一人で作ったんだ」

「……そう」

 

 両手を合わせて瞳を閉じ、冥福を祈る。

 ほんと、私よりも先に逝きやがって。

 ……必殺技、見れなくなっちゃったじゃんか。

 

 ああ、なんか胸がムカムカする。

 気持ちが落ち着かない。

 ったく、なんで私がこんなに心動かされなきゃいけないんだ。

 こういうときには……。

 

「サッカーしない?」

「へっ?」

「だから、サッカーだよサッカー。なんか走りたくて仕方がないの」

「でも、僕もなえちゃんもボールなんて持って……」

「ああ、それなら大丈夫」

 

 ポケットから取り出した、くしゃくしゃの布を地面に投げる。

 すると地面に当たった瞬間に周囲の空気を吸い込んで膨れ上がり、見事なサッカーボールとなった。

 ホイポイカプセルとか言わない。

 

「わあ、すごいね。こんなの見たこともないや」

「科学の進歩ってやつだよ。まあインスタントな分、耐久力は普通のより落ちるんだけど」

 

 それでも、短時間サッカーをするのには十分だ。

 

「それでやるの? やらないの?」

「……わかった。やるよ」

 

 

 ♦︎

 

 

 私たちはアツヤの墓がある場所から少し離れたところまで移動していた。

 

 いくら北ヶ峰が傾斜が多いといっても、平らな場所はもちろん存在する。今いる場所もその一つだ。

 

 今回の勝負のルールは簡単、二人それぞれがオフェンスとディフェンスを交代でやって、得点数を競うというものだ。

 私が最初にオフェンスで点を入れて、次のディフェンスでシロウを止めたら私の勝ち。逆はシロウの勝ち。同点で引き分けだ。

 

 ゴールはちょうど立っていた二つの木の間ということにした。

 先行は私からだ。

 邪魔になるダッフルコートを脱ぎ捨て、準備を整える。

 

「ふぅ、やっぱ半袖だと寒いね。体あっためておかないと」

「こっちはもういいよー」

 

 それじゃあお言葉に甘えて。

 地面を蹴り飛ばす。

 瞬間、背後の雪が吹き飛び、私は前へ加速した。

 

 ボールが雪で滑るけど、雪国育ちにとってそんなのは慣れっこだ。

 ハンデにはなりはしない。

 まずは小手調べだ。身体で電気を纏い、ジグザグにドリブルする。

 

「ジグザグスパークV2!」

「アイスグランド」

 

 電気を纏ってのタックルに対して、シロウが出した答えは、同じく必殺技だった。

 一瞬で辺りの地面が凍りついた。

 シロウはその上をまるでスケートのように移動し、空中に跳び上がる。

 そしてかかと落としを地面に落とすと、氷の柱がそこから私に向かって次々と地面から伸びてきた。

 

 とっさにその場から退くことでそれを回避。

 しかしボールは弾かれ、宙に舞ってしまった。

 

「っ、まだだよ!」

 

 こぼれ球を拾おうとシロウはジャンプするけど、あいにくと空中戦は得意なんだ。

 自慢の脚力で彼よりも速く、高く跳び上がり、ボールを回収する。

 

「やるね。僕のアイスグランドでボールが取れなかったのは久しぶりだよ」

「予想通り……いやそれ以上に強いね」

 

 世宇子の連中のディフェンス以上だ。まさかこれほど強くなっているとは。

 だけど、私も負けてはいられない。

 身体から黒いオーラを噴き出し、次の必殺技を発動させる。

 

「ライトニング……アクセル!」

「アイスグランド!」

 

 その技はもう見切ったよ! 

 アイスグランドは氷のフィールドの上をスケートのように走ることで、相手よりも速く動くディフェンス技だ。氷柱はおまけに過ぎない。

 でも、私のライトニングアクセルはその速度のさらに上をいく。

 地面が氷に変化したときには、すでに私はジグザグにドリブルして彼を追い抜いていた。

 

「もらった!」

 

 誰もいないゴールめがけて、宙に浮かんだボールをボレーシュート。

 それは雪を吹き飛ばしながら突き進み、二本の木々の間を見事通過した。

 

「よしっ、一点! この勝負、もらったね!」

「まだ僕のオフェンスが残ってるんだけどなぁ……」

 

 それは知っている。知った上で勝利宣言をしているのだ。

 たしかにシロウは優れたディフェンダーだ。

 でも、優れたフォワードではない。

 ディフェンス能力と比べて、彼のオフェンス能力は劣るものがあるだろう。

 対して私は万能(オールラウンダー)。ディフェンスだって得意だ。

 

 シロウがボールをセットする。

 私の方は準備オーケーだ。

 ゴール前に立ちながら、彼に合図を送る。

 それを見て、シロウは突然自分のマフラーに触れた。

 

 次の瞬間、シロウの雰囲気がガラリと変わった。

 

「……へっ、久しぶりだぜお前とやるのはよぉ。ディフェンスのときの借り、今返してやるぜぇ!」

「っ!?」

 

 なんだこれ。

 獣を思わせる黄色の鋭い目、つり上がった口角、そしてなによりもあの喋り方。

 あれは間違いなくアツヤそのものだ。

 

 そしてそのプレイもアツヤそっくりだった。

 フェイントもかけずに、まっすぐこちらに突っ込んでくる。

 上等だ。

 私とシロウは同時に足を振るい、ボールを間に衝突した。

 

「ぐっ、その細い足で中々っ、やるじゃねぇっ、かよっ……!」

「こう見えてもっ、けっこう鍛えてるんだよ……っ!」

 

 行き場を失った衝撃波が撒き散らされ、私たちは弾かれるように後ろに下がる。

 キック力はほぼ互角。

 でもボールはまだシロウがキープしている。

 だったら、必殺技で上回るしかない。

 

 幸いアツヤは単細胞と言っても過言ではないような性格だった。

 今のシロウがそれと似た性格になっているのなら、次もまた猪突猛進で来るはず。

 その予想は当たった。

 

 青い光を纏った足を、弧を描くように振り切る。

 

「スピニングカットV2!」

「ぐっ……!」

 

 勢いのまま加速していたシロウは、突如地面から噴き出した衝撃波の壁にぶち当たった。

 下手な必殺技なら跳ね返せるレベルのディフェンス技。しかし……。

 

「う……お……おぉ、ぉぁぁぁあああああっ!!」

「嘘でしょっ!?」

 

 シロウは雄叫びをあげながら、徐々に、徐々に衝撃波を乗り越えていく。そして力技で、スピニングカットを突き抜けた。

 

 その勢いを利用したタックルを食らわされ、私は背中から地面に倒れてしまう。

 それが隙となった。

 

「吹き荒れろ……」

 

 シロウは両足でボールを掴むと、回転をかける。

 すると吸い込まれるように辺りの冷気が集中していき、ボールが氷の塊となった。

 

「エターナル……ブリザードッ!」

 

 何回転かして遠心力を利用しながら、ボールを蹴りつける。

 吹雪が発生して、氷塊とともにゴールへ。

 その威力は凄まじいとしか言いようがなかった。

 

 ボールが通り過ぎた後は、ガラスで作られた道のように凍りついていた。ボールはゴールを超え、奥にあった木にぶつかる。

 瞬間、轟音とともに木が氷に包まれ、地面に落ちてバラバラに砕け散った。

 

『エターナルブリザード』。

 アツヤの必殺シュート。その威力は、私の記憶の中にあるものよりもはるかに高い。

 シロウは完全にこのシュートをマスターしていた。

 

「……ふぅ。これで一対一。引き分けだね」

 

 しばらくして、シロウの雰囲気が元に戻る。

 

「もしかしてシロウ……あなた、二重人格になったの?」

「……。はは、すごいねなえちゃんは。一回で気づけた人はいなかったよ」

「同じような人を見たことあるだけだよ」

 

 私が所属していた帝国学園暗部では『殺し』も受け持つため、頭のネジがどこか飛んでいってしまっている連中と会うことが多かった。

 その中に『通常の自分』と『殺し屋の自分』の人格を持ち、使い分けることで心の安定を保っているやつが何人かいたのだ。

 

 シロウもたぶん同じなのだろう。

 アツヤがいなくなって、耐えきれなくなって……弱った心がアツヤという人格を生み出した。

 シロウを支えるために。

 

「アツヤがいなくなってから初めての試合で、気づいたら僕の心にはアツヤが生まれていた。だから僕は一人じゃない。僕たち二人なら……完璧になれる」

「そっか。なら私からは何も言わないよ。それに、少しだけアツヤに会えた気がして嬉しかったからね」

 

 二重人格は不安定な心を保つ役割を持っている。

 私があれこれ言うのはお門違いだろう。

 それに、小言を言う時間もなさそうだ。

 

 スマホを見れば、11:45と画面に表示されていた。

 

「げっ、もう帰る時間だ! じゃあねシロウ! 決着はまた今度つけよう!」

「うん、いつの日か! 待ってるからね!」

 

 彼に背を向けて、全速力で走り出す。

 やばい、いくら私でもここから街まで十五分で着くのはけっこうつらいぞ。

 でも遅れたらあのブラック上司とトサカ頭になんて言われるか。

 というわけで、脇目も振らずにひたすら足を動かす。

 

 ……それにしても、いつの日か、か……。

 

「……いや、決着の日は案外遠くないかもね」

 

 私の頭に、全国で仲間集めをしている雷門中の選手たちの姿が浮かび上がった。




 イナイレ公式でアツヤの漢字は発表されていません。ですが兄の士郎の方はちゃんと漢字があるので、違和感を消すため『淳也』にしました。
 とはいえ、もうこの漢字が出ることはないでしょうが。


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真・帝国学園

「で、これはどこに向かってるの?」

 

 昼食を終えたあと、私、不動、総帥の三人は黒服の部下が運転する車に乗って白い道を走っていた。

 

 でも、かれこれ二時間以上経つけど何も見えてこない。

 この北海道から出るには必然的に飛行機か船に乗らなきゃいけないわけだけど、車が向かっている先は明らかに街がない方向だった。

 

「黙ってろよ。もうすぐ着くからよ」

「暇なんだよ。ボールはないし、ここ圏外だし」

 

 ネットが使えないスマホは役に立たない。

 私こと白兎屋なえは自分で言うのもあれだけど、ジッとしてるのが苦手な性格だ。ゆえにこう言う時間が一番苦痛なのだ。

 会話しようにも、同乗者はキチバナナとブラック上司だし。まあ総帥と二人っきりの状況よりかはマシか。

 

「ということでしりとりしよーよ!」

「ああ!? するかんなもん!」

「しりとり……りんご!」

「……ゴリラ」

 

 いや、結局やるんかい! 

 バナナのツンデレとか誰得って話だよ。

 まあ、不動も同じように暇だったってことでしょう。

 ちなみに総帥は相変わらず無言を貫いております。

 この人のボッチスキルは今日も絶好調のようだ。

 

「ご……ご……ゴエモンコシオリエビ」

「……ビビンバ」

「ば……ば……バウムッシュタヘラー」

「……ラッコ」

「こ……こ……コーカサスオオカブト」

「長ぇよ!? なんでわざわざたいそうな名前ばっか出すんだこのバカ女!」

「うるさいね……何出そうがしりとりのルールは破ってないんだし私の勝手でしょうが。ま、バナナとは頭の容量が違うんだよ頭の容量が」

「んだとテメェ!」

「悔しかったら勝ってみなよ。できるとは思えないけど」

「上等だぜ! 吠え面かかせてやるよ!」

 

 数分後……結果から言っちゃうと、私が圧勝した。

 同じ文字ばっか与えてやったら、すぐに答えられなくなった。

 弱い、弱すぎるよ不動君。

 

 負けたことが相当悔しかったらしく、このあと何回も不動は再戦をしかけてきた。そのたびにボコボコにしてやったけど。

 

 ちなみに、途中からは黒服もノリノリで参加していた。

 総帥は相変わらずだんまりしている。

 この人ボッチ極めすぎだろ、とか思った。

 

 

 そんなこんなで時間を潰していると、ようやく車が止まった。

 たどり着いた場所は海岸だ。

 しかし雪が降っていてとても泳げたものじゃない。

 車を降りて、改めて周囲を見渡しても、移動手段になりそうなものはどこにもなかった。

 

「総帥ー、こんな何もないところに何しに来たの?」

「そういえば貴様には真・帝国学園がどのようなものか教えていなかったな」

「まあは見たほうが早えよ」

 

 不動はピシッと海の方を指差す。

 うーん、特に何もないような……。

 そう思ったのは一瞬で、海面が広範囲にわたってゴポゴポと揺れだしたのがはっきり見えた。

 

 次の瞬間、大きな水しぶきを上げて鯨が飛び出してきた。

 ……いや、よく見たらそれは鯨じゃない。表面は分厚い鉄でできている。

 そう、それは巨大な潜水艦だった。

 

「はぁ!?」

 

 これにはさすがの私もびっくりだ。

 隣では総帥が満足げに頷いている。

 

「紹介しよう。あれが真・帝国学園だ」

 

 ……前々からぶっ飛んでるとは思ってたけど、マジで頭のネジ締め直したほうがいいんじゃないかこの人。

 前は空中要塞といい、今度は潜水艦といい、いったいこんなののために何百億使ったんだよ。

 外観も妙に作り込まれてるし、たまにこの人の考えていることがわからなくなる。

 

「中に入ったらスペシャルゲストを紹介してやるよ。なんと、かつての帝国のお仲間さんだ!」

「おりょ? あんだけやりたい放題やったのに、まだ総帥の下につきたい人なんていたんだね」

 

 なにせ裏での妨害行為に鉄骨、さらにはあの世宇子戦だ。

 もはやひどいとしか言いようがないぐらい、総帥は帝国イレブンを陥れている。

 そんな総帥に着こうとするやつなんて、果たしてあの帝国にいるのだろうか?

 だいたいは人並みの常識は持ってるはずだし……あえて候補をあげるとするなら五条さんくらいか?

 あの人なんか超怖いし、いつもなに考えてるかわかんないんだもん。

 おまけに暗部の情報網でもその経歴を一切暴くことはできなかった。

 ……いや、ほんと五条さん何者よ? 

 

 潜水艦の一部の部分がゆっくりと開いた。そこからモーターボートに乗った黒服がこちらに向かってくる。

 あれに乗っていけってことか。そりゃそうだ。潜水艦じゃ岸にまで寄れないしね。

 私たちは何も言わずに乗り込んで、真・帝国学園の中へと入っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 たどり着いたメインコントロールルームは、ゼウススタジアムを彷彿とさせる作りになっていた。

 奥には玉座みたいな椅子が置かれていて、それに総帥はどっかりと座り込む。

 

「さて、これが真・帝国学園だ。満足していただけたかね?」

「まだ見回ってないから満足もクソもないよ」

 

 私の皮肉にそれもそうか、と総帥は返す。

 そしてキーボードを軽く叩くと、しばらくして私のスマホが音を鳴らした。

 

 どうやらマップデータが送られてきたようだ。

 確認すると、この潜水艦の異様な構造に思わず舌を巻いた。

 

 この潜水艦、なんとサッカーグラウンドがあるようなのだ。

 しかも水面から出て天井を開ければ、観客席も出てくるという謎仕様。いや、誰が応援しにくるんだよ。

 

 その他にもやたらと個人部屋が設置されていた。

 たぶん真帝国のメンバーがここで寝泊まりするためだろう。

 犯罪者がほいほい地上に顔出すわけにもいかないし、その協力者も隠れている必要があるからだ。

 私の部屋はどうやらこことは少し離れた、特別な部屋らしい。

 総帥補佐の特権である。

 

 一通り確認したあと、今後のことについてまた少し話し合った。

 

 現在、この潜水艦は大阪を目指している。そこにある修練場を使うためだ。

 エイリア学園も雷門も今の私には荷が重い。

 それをどうにかするための修行である。

 とはいえ、到着には二日ぐらいかかるらしい。それまでにグラウンドを少し借りて練習しよう。

 

 そう言おうとしたとき、天井の蓋が外れて、中から謎の物体が落ちてきた。

 甲高い音が響く。

 落ちてきたそれは、サッカーボールだった。

 しかし私の知っているものとは全然違う。

 色は帝国を意識してか黒と緑だし、なによりもボールは冷たい光沢を帯びていた。

 

「貴様にそれをやろう。いついかなるときでもそいつを離すな。それが修行だ」

「いついかなるときって、トイレやお風呂のときも!?」

「当たり前だ」

 

 いや当たり前って言われても。それに、某有名サッカー漫画の特訓方法を私がやることになるとは。

 名付けて『ボールは友達大作戦』だね。

 

 ボールを試しに蹴ってみる。

 うん……一応蹴れたけど痛いし超重い。

 たぶん三十キロ近くあるぞこれ。こりゃ、なかなかしんどそうだ。

 

 よくよく見れば、これエイリア学園が学校破壊に使ってたボールと同じものだわ。ということはこれもエイリア学園からの支給品か。

 昨日、不動がどうやって雪崩を起こしたのか気になっていたけど、あいつはこれを使ってたんだなぁ。

 そしてこれを扱えるということは、今のやつは私と同等か、またはそれ以上の力を持っていることとなる。

 認めたくはないけどね。

 

「……わかった。しばらくはその方法で修行するよ。それと、グラウンドを使わせてもらうね」

「ついでに真・帝国学園のメンバーの顔合わせをしておけ。……不動」

「はいはいっと。あいつら集めときゃいいんだろ?」

 

 不動はガラケーを使って一斉メールを送った。

 新しいメンバーか……。なんか嫌な予感がするのはなぜだろうか。

 

 十分後、その予感は見事に的中してしまうことを、今の私は知らなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

 グラウンドに入った私を待ち構えていたのは、地獄絵図だった。

 

 グラウンドには十数人の選手たちがそれぞれ好きなことをしていた。

 とはいえ彼らのやっていることには統一感がなく、まるで寄せ集めのように感じてしまう。

 

 それだけならば、まだいい。

 問題なのは、そいつらのほぼ全員の顔を私が知っていることだった。

 

「よりにもよって、なんでこのメンバーを集めた!?」

「仕方ねえだろうが。ある程度使えて、総帥に従うようなやつらは少ねえんだよ」

「だからといって、問題児だけでチーム作るのはどうなのよ!?」

 

 小鳥遊(たかなし)に比得に郷院……。

 それだけじゃない。

 ここにいる全員は、かつて総帥の支配下にあった全国のサッカーチームの中で、トップクラスに問題児だったやつらばっかだった。

 

 小鳥遊。高い実力を誇るが、あまりに敵味方を蔑むので孤立。

 

 比得。残虐なプレイを好むせいで謹慎処分を何度も受けたことがある。

 

 郷院。巨体を活かしたあまりのラフプレーに、負傷者が続出。

 

 

 こんな感じで、チームでも爪弾きにされていた者たちばっかなのだ。

 その悪名は総帥補佐である私にも伝わるほど。絶対いっしょにプレイしたくないなと、そのときは呑気に思っていた。

 まさか後になって組むことになるとはね。人生ってわからないものだ。

 

「お前も人のこと言えねえだろ」

「失礼な! あんなサイコパスどもと一緒にしないでよ!」

「自分の経歴を振り返ってみやがれ」

 

 経歴って……。

 元帝国所属。チームを裏切り、挙げ句の果てに新チームで病院送りにし、その他様々な悪事に手を染めてきた。最終的に逮捕されて少年院送りが決定。

 ……一番この中で酷いの私じゃん。

 

 気づきたくなかった真実に気づいてしまい、思わず膝から崩れ落ちてしまった。

 

「ふっ、久しぶりだな、なえ」

「その声は、まさか佐久間!? よかった、まともなのがい……て……?」

 

 バッと顔を上げる。

 そこにいたのは、たしかに佐久間だった。佐久間だったんだけど……なんかチョーイメチェンしてた。

 髪の毛は以前よりも無造作に伸びてるし、ボサボサだし、なによりもトレードマークの眼帯に穴が空いちゃっててもう役割をなしていない。

 プラスして両目は血走っており、覚醒剤でもやったかのように瞳孔が開いていた。

 

「えーと、佐久間さん?」

「ふ、ふふふっ……今の俺はさらなる力を得た……このエイリア石と、()()()があれば、鬼道やお前すらも届かない高みに上り詰められる……!」

「あーあ、だめだなこりゃ。恨みが爆発しすぎて耳がオシャカになっちまってる」

「なにそれ怖っ! いや私の自業自得だけどさ!?」

 

 まるで幽鬼のようだ。

 不気味に口を歪めながら、ぶつぶつと呪文のように独り言をひたすら発している。

 その不安定な感情に影響を受けたかのように、胸元が怪しく輝いていた。

 ジーザス! 神と私の知ってる佐久間は死んでしまった! 

 

「佐久間は放っておけ。そのうち治る」

 

 私が嘆いていると、見覚えのある人物が近づいてきた。

 帝国のゴールキーパー、源田だ。こいつもここにいるなんてね。

 

 彼の容姿もかなり変わっていた。

 毛量が目に見えてわかるぐらい増しており、それらが重力に逆らって超次元な髪型を形成している。どうやってんだろあれ。

 しかし、その声には佐久間にはない理性というものを感じられた。

 

「よかった、源田はまともなままだ」

「まあな。佐久間は世宇子にやられてから、お前や鬼道との差をはっきり見せつけられて、誰よりも苦しんでいたんだ。だから、手に入った力に興奮しているんだろうよ」

「力、ねぇ。それが総帥の下に来た理由?」

「当たり前だ。勝者は絶対、敗者に存在価値はない……俺は二度と、負けたくないんだ!」

 

 源田の胸元から紫色の光が浮かび上がる。

 彼は当時のことを思い出したのか、悔しそうに歯ぎしりをしていた。

 たしかに、あんな悲惨な結果になればそう思うのも仕方がないのだろう。

 でも私は少し違和感を感じていた。

 

 私から見ても、佐久間と源田はどんなことがあろうが総帥につくような人物ではなかったはずだ。

 なにせ総帥は、帝国イレブンの仇も同然なのだから。

 絆の厚い彼らがそうやすやすと許すわけがない。

 

 ……やっぱり一番怪しいのはエイリア石でしょうね。

 さっき源田が大声を出したときもちょっとだけ光ってたし、佐久間に至ってはさっきからずっと胸元が輝いている。

 たぶん、あの石は人間の欲を解放する効果でもあるのだろう。あとで調べてみるか。

 

「それで、私のところに来たのはただ挨拶がしたかっただけじゃないんでしょ?」

「ああ、よく見抜いたな」

「そんなに睨みつけて来てたら、いやでもわかるよ」

 

 源田はここに来たときから、ずっと私だけを見ていたのだ。

 それも、まるで獲物を見つけた獣のような鋭い目つきで。

 彼は少し間を置いて、私に言ってきた。

 

「俺と勝負しろ、なえ!」




 佐久間、どうしてこうなった。
 なんか書いてたら、ノリで変な風になってしまいました。
 以上で、顔合わせ回です。


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ナニワ地下修練場

 フィールドのペナルティアークに、ボールは置かれていた。

 ゴール前にはエイリア石によって力を手にしたエンペラー・オブ・ゴールキーパー、源田が両手を広げて待ち構えている。

 周りにはロクでもない野次馬たちが騒ぎあって観戦している。

 

 勝負の形式は単縦なもの。

 私がペナルティアークからシュートを撃って、入れば勝ち。源田が止めれば負け。

 ボールはもちろん通常のを使う。

 PKの場所から蹴れたら、技術とかで色々できるんだけど、ここからじゃ単純な力技が重要となる。

 つまりは小細工なしで正面から行くしかない。

 

「来い! あの日の屈辱を拭わなければ、俺は前には進めないんだ!」

 

 源田はいつも以上に気合が入っているように見えた。

 正直言って、点が入るかどうかまったくわからない。彼から感じられるオーラが前とは桁違いに違うからだ。

 それが私の感覚を狂わせてしまっている。

 ……面白い。

 

「月の深淵を、もう一度教えてあげるよ!」

 

 ボールを踏みつけ、跳ねあげると同時にサマーソルトキックで空中に蹴り上げる。ボールはその後、黒いオーラに包まれて、月のように巨大化した。

 天高く跳び上がった私はそれを、オーバーヘッドで地上に向けて叩き落とす。

 

「ダークサイドムーンッ!」

 

 今の私の全力。円堂君には破られたけど、これならどうだ! 

 しかし源田はまったく物怖じしていなかった。

 そして両手を上下に広げ、まるで獣が肉を噛みちぎるように、両方の手でボールを挟み込む。

 

「ビーストファング!」

 

 獣の牙と暗黒の月が、青白い火花を撒き散らす。

 十数秒の均衡。

 打ち勝ったのは……獣だった。

 月は消え去り、源田の手の中にはボールが収まっていた。

 

 源田は得意げな笑みを浮かべたあと……絶叫しながらその場に倒れた。

 

「うぐっ、ぐぉぉぉぉっ……!!」

 

 寒さで震えるようにうずくまっている。見るからに苦しそうだ。

 その理由を、私は知っている。

 

『ビーストファング』。またの名を禁断のキーパー技。

 禁断の技というのは、総帥が考案した、あまりにも危険すぎて封印された必殺技のことだ。

 これらの共通した特徴は一つ。身体に半端じゃないほどの負担がかかること。

 データでは何人もの選手たちが、これを使って表舞台から姿を消していったことが記されていた。

 

 このビーストファングもその一つ、全身の筋肉を無理矢理肥大化させてシュートを止める鉄壁のキャッチ技だ。

 禁断の技の秘伝書は、以前帝国学園から抜けるときに持ち出していたので、おそらくそれを読んで会得したのだろう。

 結果はご覧の通り。

 彼は今身体中の筋肉が破裂したかのような痛みを覚えていることだろう。

 

 だけど、源田は止めてみせた。この私のシュートを。

 

 禁断の技については、文句を言うつもりはない。

 敗者には勝者をあれこれ非難する権利はないからだ。

 というか禁断の技は適度を守ればいいだけなので、ぶっちゃけ言っちゃうと私はこれを肯定している。

 

「はァッ……はァッ……! どうだ……俺の必殺技は……!」

「止めらちゃったか。やっぱり、本格的に鍛え直す必要があるね」

 

 この間にも、円堂君はどんどん成長していっているだろう。

 このまま置いていかれるわけにはいかないのだ。

 

「よし、さっそく特訓だ! みんな、いくよ!」

 

 さっそく私は金属製のボール、通称『エイリアボール』を蹴って、特訓を開始しようとする。

 ……が。

 

「嫌だね」

 

 誰かが言ったその一言で、私の頭は凍りついた。

 

「……えーと、もう一回言ってくれるかな?」

「しつけぇな、アンタも。俺たちは好き勝手やるためにここに来たんだ。アンタみてぇな甘ちゃんエリートに従う義理はねぇな」

「第一生意気なのよ、顔が」

「チビは引っ込んでろ!」

 

 最初に言葉を発した順から弥谷に小鳥遊に郷院……だったっけか。

 それを皮切りに、他のメンバーからも罵詈雑言が浴びせられる。

 だめだこりゃ。思いっきりなめられてる。

 

「そんなに練習してぇんだったらやってやるよ! オラよキャプテン、パスだ!」

 

 弥谷はニヤつきながら、ボールを蹴る。

 その速度は明らかにパスなんて呼べるものじゃなかった。

 

 だけど、その程度じゃ動じることはない。

 冷静に足で受け止め、トラップする。

 しかしふと前を見たとき、私の目に飛び込んで来たのはマシンガンのように次々とシュートが私に向かって飛んでくる光景だった。

 

「なっ!?」

 

 あいつら! 

 なんと、今度は弥谷だけでなく、チームのほぼ全員がボールを蹴ってきたのだ。

 もはやトラップなんていちいちしている余裕はない。全力で足を動かし、ひたすらボールを弾け続ける。

 

 もはや何分続いているのかもわからない。

 誰かがボールを補充し続けているせいで、攻撃が一向に止まないのだ。

 もうこうなったら根性勝負だ。

 あいつらだって人間。一、二時間も休まず撃ち続ければ疲れもするはず。

 それまで耐えてみせる。

 

 そう決意した次の瞬間、私の足を弾き返して、非常に硬い何かが腹にめり込んだ。

 空気と液体を吐き出しながら、あまりの威力に数十メートルほど吹き飛んでいく。

 

「あっ、ガハッ……!」

 

 これは、サッカーボールの威力じゃない……! 

 倒れた周囲を転がっていたものは、先ほど総帥からもらったエイリアボールだった。

 あいつらはリンチするだけじゃ飽き足らず、ボールの中に金属製のやつまで混ぜ込んだのだ。

 

 あいつらの返答はよーくわかったよ。

 ……殺す。

 

 だけど、それは今じゃない。

 もっと私が強くなってからだ。

 朦朧とする意識の中、憎悪の炎が身体の中で燃え盛っているのを感じた。

 

 

 ♦︎

 

 

 数日後、潜水艦は久しぶりに地上に顔を出した。

 場所は大阪付近の海。

 そこからボートで陸まで行き、車に乗り換えて目的地に向かった。

 

 今回の同行者は誰一人いなかった。

 いや、正確には黒服が数人いるけど、総帥や不動などのメンバーがついてくることはなかった。

 なので問題が起こることもなく、車は進んでいき、目的地にたどり着いた。

 

 ……そう、たどり着いたはいいんだけど……。

 

「……ほんとに、ここに修練場があるの?」

「はい。我々も直接確認しております」

 

 私の目の前には『NANIWA LAND』という文字が掲げられた、入場口があった。

 それを潜ると、世界が一変して、まるでおとぎの国に来たような雰囲気になる。

 真っ白な城、ジェットコースター、魔法のじゅうたん、フリードロップなどなど……。

 

 そう、ここは『ナニワランド』。

 俗に言う遊園地という場所だった。

 

「そう言われちゃおしまいだけど、にわかには信じられないよね」

 

 遊園地内は平日にもかかわらず、大量の客で賑わっている。それは今が夏休みだからだろう。

 だけど、遊んでいる暇はない。

 一刻でも早く、強くならなきゃいけないのだ。

 

 黒服たちに連れられてたどり着いた場所は、小さな城だった。

 とはいえ今は使われていないらしく、表入り口はテープで封鎖されている。なので裏口から入るようだ。

 

 中には壁一面に宇宙を意識した絵が描かれていた。

 だけど黒服たちはそれに目も向けずに、端っこにあるくぼみの中に入っていった。

 

「ここです」

「ここって言われても……どこにもないじゃん」

「それは今からお見せしましょう」

 

 私が近くに立ったのを確認して、黒服は木製の取っ手に力を込める。

 すると、まるでなにかのスイッチのように取っ手が沈み、今いる場所が突然降下し始めた。

 

 これって、まさかエレベーター? 

 目を見開いたまま固まっていると、下の方から明かりが見えた。

 

 そこはまさしく、修練場だった。

 いかにもゴツい機械がそこら中に置かれている。ボールもだ。

 いいねいいね、ワクワクしてきたよ。

 

「これは……?」

 

 何やら黒服たちは、施設の様子を見て驚いているようだった。

 どうやら彼らは、あちこちに飾り付けられた小道具に目を向けているようだ。

 ビーズやらキラキラしたものがいっぱいある。

 てっきり宇宙人の趣味かと思っていたけど、この反応から見てどうやら違うらしい。

 

「白兎屋様。どうやら我々が不在の間に、侵入者がいたようです」

「侵入者? この施設ってロックとかなかったの?」

「いいえ。明け渡されたときにそんな説明は受けませんでした」

「そう。なら偶然ここを見つけたんでしょうね」

 

 少しの間、黙り込む。

 ここはもう使う人がほとんどいないとはいえ、犯罪者の秘密基地だ 知られたからには、やっぱり排除すべきか? 

 ……いや、逆に考えるんだ。強いチームが一つ増えてよかったと。

 

「決めた。侵入者は基本放置。だけど、監視カメラを数台仕込んでおくこと。あと、私の特訓の邪魔をされないように見張りを頼むよ?」

『ハッ』

 

 黒服たちが息を合わせて返事を返してくる。

 強いチームが増えれば、私の楽しみも増える。せいぜいそのときまで生かしておくことにしよう。

 

 そんなことよりも特訓だ。

 黒服の話では、ここではアタック、ディフェンス、スピード、テクニック、スタミナ、キーパーの六つのコースが選べるらしい。

 そしてそれぞれのコースにレベル設定があって、最大は十まであるようだ。

 私の目標は、全コースマックスレベルの制覇。

 幸い時間はたっぷりある。焦らずやっていくつもりだ。

 

 

 そんなわけでまずはアタックコースから。

 ここでは単純に、地面に置かれたボールをゴールに決めるだけでいいらしい。

 ただ、問題なのはゴールの前に立ちはだかっているロボットだ。

 巨大な二本の腕が生えてあり、高速回転して振り回すことでシュートを妨害するようだ。

 試しに、真ん中に思いっきり打ってみたけど、あっさり弾かれた。私のシュートを止めるとは、パワーも相当なものらしい。

 しかもこれでレベル3なんだから驚きだ。

 だけど、角度をつけてみたらすぐに入った。

 その後もどんどんシュートを決めていき、最終的につまづいたのはレベル5になってからだった。

 

 アタックコースの検証はこれくらいでいいだろう。次に行くとしよう。

 

 

 ディフェンスコースは、人型のロボットからボールを奪うという内容だった。

 だけどこれも例によって難しく、タックルしてもビクともしなかった。

 おまけにレベル3になってからは障害物も出現するようになったので、ますます取れなくなった。

 ちなみに、ロボットが持っているボールはエイリアボールにしてある。

 これも総帥からの課題だしね。

 アタックコースで使わなかったのは、あの内容じゃ質量が圧倒的に大きいこっちの方が簡単になってしまうからだ。

 

 

 お次はスピードコース。

 ここは巨大なランニングマシンを使って走るという内容だった。

 レベルを上げると、マシンから生えたいくつもの砲身から設定したものが高速で発射されるようになっている。

 しかしスピードは私の得意分野。

 エイリアボールでドリブルしながらという条件をつけても、レベル6まではクリアできた。

 だけど次のレベルで思いっきり吹き飛ばされ、そこで検証を一旦ストップした。

 

 ちなみに砲身に設定したのは同じくエイリアボールである。

 ……うん、バカだったね。

 金属の塊がお腹を打ち付けてきて、骨が折れたかと思った。

 でもその方が緊張感があって成長しやすいと思うので、続けるつもりだ。

 

 

 テクニックコースはリフティングをしながら、四方八方から発射される弾をひたすら避けるというもの。

 もちろんボールも弾丸も先ほど同様エイリアボールである。

 で、やってみた結論は……レベル4で死にかけた。

 複数のエイリアボールが身体中に当たって超痛かった。

 少しあざになっちゃってるよこれ。

 

 

 スタミナコースは、スピードコースに似ていて、ランニングマシンの上を走るという内容だった。もちろん私はエイリアボールでドリブル込みである。

 目立つのは、その機械が異常に大きいこと。

 たぶん五、六人が一斉にトレーニングできるのではないだろうか。

 そして特訓内容の違いも、かなりあった。

 このランニングマシン、急に坂になったりデコボコ道になったりと、ありとあらゆる方向から体力を絞りとっていくのだ。

 オフェンスとディフェンスを掛け持ちしている私はとりわけ異常なほど体力があったが、それでもレベル5をクリアするのでやっとだった。

 次のレベルに進んだ瞬間に力尽きて、潰された。

 

 

 最後のキーパーコースは、かなり難しかった。

 ちなみにキーパーコースをやっているとは言っても、グローブをつけて構えているわけではない。私はシュートを足で打ち返すつもりだった。ポジション柄、そういう機会は多いからね。

 

 で、このコース、何が難しいというと、まず足場がグラグラと揺れて安定しないのだ。最初は飛んでくるボールに近づくのにさえ苦労した。そんでもって弾はエイリアボールに設定しているせいで、威力は何倍にも跳ね上がってしまっている。

 結局私はレベル2にたどり着くのに精一杯だった。

 

 

 以上が、全部のコースをやってみた感想である。

 なるほど、ここでならかなりのパワーアップが望めそうだ。

 さっそく私は来たる戦いが来るまでの間、ここにこもってひたすら特訓することにした。




 今回は初めてのなえちゃんフルボッコ回でした。
 まあさすがに今の彼女じゃ、エイリア石使用の人間十数人を相手にはできないわけで。

 修練場はゲームとアニメの内容をミックスした感じになりました。
 不思議コースも本来はあるのですが、さすがにどう表現すればいいかわからないので廃止にしました。


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時間に正確な変態

 身も凍てつくほどの吹雪が吹き荒れる。

 

 ゴールネットはそのあまりの冷たさに凍りついていた。

 張り付いていたボールが、氷の結晶に包まれていて、まるで宙に浮いているかのように見える。

 

 凄まじいシュートだった。ゴッドハンドがまるで歯が立たなかった。

 未だに右手がビリビリと痺れている。

 円堂は、それを放った人物に笑いかけた。

 

「すごいぜ吹雪! お前のシュート、何が何でも止めたくなってきた!」

「へ、止めれるもんなら止めてみな」

 

 吹雪はディフェンスのときとは打って変わって、凶暴そうな笑みを浮かべる。その歯は獣のようにギラギラと光っていた。

 

「オフェンスとディフェンスの両方をこなす、ハイレベルなサッカープレイヤー……まるで()()のようだな」

 

 吹雪のスタイルを見て、鬼道が懐かしげに呟いた。

 それは円堂が思っていたことと同じだった。

 

 FF決勝の舞台で雷門を苦しめた天才ストライカー。『神姫(ゴッドプリンセス)』と称されていた少女。

 

「あいつ、今何やってるかなぁ」

 

 別れの際に交わした約束を思い出し、ふとそう呟くのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ぷっくしょんっ!」

 

 むむ、風邪かなぁ。急にくしゃみが。

 あるいは、誰かが私の噂をしてるのかも。

 

 鼻をぬぐい、立ち上がる。

 休憩はもう終了だ。そろそろトレーニングに戻らないと。

 

 私がここナニワ地下修練場で特訓を始めてから、すでに三週間の時が流れていた。

 その時間のほぼ全てを特訓に費やしていれば、実力は当然上がっていくわけで、私はすでに六つあるコースのうちの四つをクリアしていた。

 残るはコントロールとキーパーのみ。

 この二つが今の鬼門だった。

 

 まず、コントロールコースはレベルが5を超えるとキーパーと同じように、足場がグラグラと揺れて安定しないようになってしまうのだ。

 これだけでもかなりきついのに、マックスレベルになるとまるでマシンガンのように絶え間無くボールが襲いかかってくる。

 

 本来なら弾は片足の靴なんだけど、エイリアボールに変えたせいで面積は大きいわ当たると痛いわで……超難しくなってしまっている。

 ただ、これはあと二日ぐらいあればクリアできると思う。

 問題はキーパーコースだ。

 

 こっちは正直言っちゃうと、難しすぎる。

 ただでさえ、私はフィールドプレイヤーなので足しか使えないのに、ボールをエイリアのにしてるせいで威力がとんでもないものになってしまっているのだ。

 今はレベル8だけど、打ち返そうと当てたときには身体が後ろに吹っ飛んでるのだ。

 これのマックスレベルの攻略は、かなり難儀しそうである。

 

 休憩室を出てトレーニングマシンの方に向かっていると、誰かがそこで立っているのが見えた。

 

 知らない人物だ。

 特徴的なのは180cm以上は確実にありそうな高身長と、見事な逆三角形の胴体を見せつけるように肌にピッタリの服を着ていること。

 その人物は私が歩いてくることに気づくと、口を開く。

 

「遅い。私がここに到着してからすでに五分三六コンマ五秒経った」

「いや待ってるんだったら呼びに来なよ。というかどちら様?」

 

 なんだこの時間に正確な変態は。

 身長と目つきのせいでものすごい威圧感を感じる。

 おまけに腕を組んで堂々と立っているので超偉そうだ。

 

「私の名はデザーム。エイリア学園ファーストランク、イプシロンを束ねる者だ」

「真・帝国学園キャプテンの白兎屋なえだよ。よろしく」

 

 なんとなく服装から予想していた通り、どうやらエイリア学園の人のようだ。

 ……って、ちょっと待って? 

 

「ファーストランク? エイリア学園はジェミニストームだけじゃないの?」

「ふっ、まさか。ジェミニはセカンドランク、雑魚に過ぎん」

 

 デザームはジェミニのことを格下と言ったけど、私の質問には具体的に答えなかった。

 でもこの返事じゃ、間違いなくイプシロン以外のチームもいるのだろう。

 あれだけの力を持つチームを複数持つ組織……エイリア学園の認識が少し甘かったかもしれない。

 

「……貴重な情報ありがとう。で、おたくは今日はどのようなご用件で?」

「この施設はもともと私が管理していたものだった。しかし最近、全コースをコンプリートしかけている人物がいることを知ってな。興味が湧いたというわけだ」

 

 要するに暇つぶしっすか。宇宙人でもそんなの感じるんだね。

 

「つまり、私とサッカーがしたいってこと? なら受けて立つよ。宇宙人の実力、この目で見ておきたいしね」

「貴様は外様とはいえ、エイリア学園に所属しているのだ。失望させてくれるなよ?」

 

 そういえばそうか。

 真・帝国学園はエイリア学園の傘下だから、一応私もその一員なのか。

 ということは私も宇宙人デビュー?

 やったね! 

 

 デザームについていってたどり着いたのは、大扉の前だった。

 普通だったら、この奥にはトレーニングマシンが何個も置かれている。

 しかし今私が見たときにはその面影はなく、緑が生い茂るグラウンドが出現していた。

 

「これは……?」

「この場所の地下にはサッカー場が収納されている。それを引っ張り出してきただけだ」

 

 デザームは迷いなくグラウンドに進んでいき、ゴール前で立ち止まった。その足にボールは置かれてはいない。

 まさか、あいつのポジションって……。

 

「さあ来い! 貴様のシュート、どんなものか味あわせてもらおうではないか!」

 

 やっぱりあいつ、キーパーか! 

 こりゃ予想外だ。

 キーパーがキャプテンのチームは珍しく、デザームがそのポジションである可能性がすっぽり頭から抜け出ていた。

 

 だけど、これは好都合かもしれない。

 宇宙人なら練習相手に不足ないだろう。

 それに、今の私のシュートがどれくらい通じるのかが気になる。

 

 ボールを置く場所はペナルティアークだ。

 ここなら遠過ぎず近過ぎずで、ちゃんとお互いの実力を測ることができる。

 

「いくよ、ダークサイドムーン……改っ!!」

 

 空中に打ち上げたボールが闇のオーラを纏いながら巨大化し、漆黒の月へと変化する。それをオーバーヘッドで落とした。

 しかし、月は以前とは目に見えて大きくなっていた。

 

 デザームは不気味に笑いながら、片手でそれを受け止めようとする。

 だけど、それで止められるほど甘くはないんだよ。

 徐々に徐々に押し込んでいき、最後には手を弾いて、月はゴールに入った。

 

 衝撃波でグラウンド中が揺れる。

 

「ほう……」

 

 まじまじとデザームは、先ほど弾かれた自分の右手を見つめていた。

 余裕しゃくしゃくだね。

 まあそりゃそうか。

 明らかに手加減されてたし。

 

「本気出しなよ。必殺技も使わずに勝負を挑んでくるとか、なめてるの?」

「フハハハハ! 失礼したな、貴様は合格だ! この私の相手をするにふさわしいと認めてやろう」

「いや、だからなんでそんな偉そうなのよ……」

 

 なんか総帥とはまた違った上司だなぁ。

 暑っ苦しいタイプ。

 でも総帥よりかは何倍もマシだけどね。

 

 宣言されたあと、ここで初めてデザームが構えた。

 纏う雰囲気が変化する。

 気圧されそうなほどの強い力と、肌が焼かれてしまいそうな熱を感じ、思わず私の口の橋がつり上がる。

 さあ、私に見せてよ。宇宙人の実力ってやつをさぁ! 

 

「ダークサイドムーン改ッ!!」

 

 先ほどと同じように、漆黒の月をデザームに向かって落とした。

 それに対して、デザームは両手に光を宿しながら、ゆっくりとパントマイムでもするかのように、それらを動かす。

 

「ワームホール!」

 

 そう叫んだ瞬間、デザームの目の前には光でできた網が出現し、私の月をのみ込む。

 とたんに消滅したかのように、月が消えてしまった。

 

「な、私のシュートはどこに……!?」

「上だ」

 

 デザームが上を指差した瞬間、黒い月がものすごい勢いで空から落ちてきて、デザームの真横の地面に突き刺さった。

 土煙が巻き上がる。

 それが晴れると、中には完全に停止して地面にめり込んでいるボールがあった。

 

「ワープ!? そんなのあり!?」

「フハハハハ! いい、実にいいぞ! 地面にこれほど巨大な穴が空いたのは初めてだ!」

 

 高笑いするデザーム。

 くそっ、これだけ綺麗に止められたのは円堂君以来だよ。

 しかもこれは勘だけど、やつはまだ本気を出していない。

 さっきの技を放っているデザームからは、なんというか、身の毛のよだつような必死さがなかったのだ。

 円堂君や豪炎寺君からはいつだってそれを感じていた。なのに、それ以上の強者からあの気迫が感じられないのはおかしい。

 

 ふふっ、ちょっとショックだけど……燃えてきた! 

 

「もう一回だよもう一回! 次こそ決めてみせる!」

「その心意気やよし! 何度でも撃ち込んでくるがいい!」

 

 この後、私はかれこれ二時間に渡ってシュートを撃ち続けてきたけど、一度もゴールを奪うことはできなかった。

 デザームは満足したらしく、馬鹿みたいに笑ったあと、どっかへ消えてしまった。

 

 すごいね、あれが宇宙人の力ってわけか。完敗だ……。

 どうやら私がこの地下から出る日は、まだまだ遠いらしい。

 




 まだまだデザームには敵わないみたい。
 そしてダークサイドムーンが進化しました。
 新必殺技を期待してた人もいたかもしれませんが、それはまだまだ先になりそうです。


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調教パーティ

 急なデザームの来襲から、一週間ほど。

 この間に、ビッグニュースが二つもあった。

 

 一つはなんと、雷門中がとうとうエイリア学園ジェミニストームを打ち破ったこと。

 このときばかりは私も特訓を中止して、テレビに食い入って見ていたものだ。

 実に魂を揺さぶられる、いい試合だった。

 特にすごかったのが雷門が誇るツートップ、染岡と吹雪ことシロウの活躍だった。

 

 なんでシロウが雷門中に? と思うかもしれないが、それは雷門が新しいフォワードを求めて北海道にやって来たからだ。

 どうやら情報によると、あの豪炎寺君がチームから離れてしまったらしい。

 彼ほどの人物が離れるとなると、かなり込み入った事情がありそうだが、あいにくと私はここまでしか調べていない。

 

 それで補充したシロウと染岡のシュートが、エイリアゴールに炸裂しまくったのだ。

 やっぱり雷門の成長速度は凄まじい。負けていられないね。

 

 そんで、二つ目が、この地下修練場の特訓コースを全てコンプリートしたということだ。

 これによって、私の約一ヶ月にも渡る地下生活は終わりを迎えることとなった。

 もう荷物もたたみ終わったので、今から真・帝国学園に戻るつもりだ。

 

 エレベーターから降りて、施設の外に出たとき、突き刺すような日光に思わずうなってしまった。

 ぐっ、久しぶりの外だな……まぶしい……。

 暖かい日の光とさわやかな風に触れ、しみじみと感じ入る。

 

 だけど、いつまでも余韻に浸っていはいられない。

 目が慣れてきたのを頃合いに、私は黒服たちについていって遊園地を出て、車に乗り込み、真・帝国学園を目指した。

 

 

 ♦︎

 

 

「……帰ってきたか」

「はいはい帰ってきたよー。総帥は私がいなくて寂しかった?」

「貴様がいない平穏に寂しさを感じているな」

「うわっ、容赦ない。もうちょっとこう、頑張った弟子を褒めるような言葉はないの?」

「あると思うか?」

「そこはもちろん」

「ないな」

「デスヨネー」

 

 久しぶりに会話したけど、相変わらず嫌な性格してるよ。

 

 私は真・帝国学園のメインコントロールルームにて、一ヶ月ぶりに総帥と顔を合わせていた。

 となりには不動もいる。

 

「さて、貴様の強化が終わると同時に、エイリア学園からも命令があった。雷門を潰せとな」

「へっ、ようやくかよ。たのしみだぜぇ、雷門と戦うのがよぉ!」

「うん? 不動ってそんなに雷門に興味があったっけ?」

「俺が会いてぇのは、あの鬼道有人だ。なんせうちにはスペシャルゲストがいるからな。そいつらと引き合わせたとき、どんな顔をするのかが楽しみで眠れねぇよ!」

「うわぁ、趣味悪っ」

 

 なんか幻想殺しが出てくるラノベ原作のアニメ並みに顔が凄まじいことになってるぞ。

 さすが顔芸バナナ。見事なキチっぷりである。

 

 一人で盛り上がって顔面崩壊してる人を置いて、話は進んでいく。

 

「現在、雷門は漫遊寺中に向かっている。その間にチームの調整をしろ。以上だ」

 

 総帥はそれだけ言うと私たちに背を向け、ディスプレイと対峙したまま動かなくなった。

 

 漫遊寺といえばサッカー業界に詳しい者でなければわからないほど、知られていない学校だ。

 その実力は、十分FF優勝を狙えるほど言っておこう。

 マイナーな表現では、表の王者が帝国、裏が漫遊寺とも称されることもある。

 だけど、彼らにとってサッカーとは自分を鍛えるものであって、他者と争うためではないという考えのため、FFを含め大会には参加していない。

 それが知られていない理由である。

 

 正直もったいないとは思う。

 サッカーは自分の魂と相手の魂を、命がけでぶつけ合うことこそが醍醐味なのに。

 彼らがやってるのはまるで、イチゴが乗っていないショートケーキを食べるようなものだ。

 

 だけどまあ、そんな彼らでも今度こそは嫌でも戦うことになるかもしれないけどね。

 つい最近、漫遊寺にはエイリア学園イプシロンからの宣戦布告があったそうだ。

 イプシロン、そうデザームのチームである。

 

 この前いっしょにサッカーやってわかったけど、デザームは私によく似ている。

 もちろん顔のことではない。サッカーへの接し方だ。

 あいつからは、熱を感じた。

 私と同じ、サッカーに命をかけていると思えるほどの情熱を。

 私たちは強者との戦いを好む。

 漫遊寺を選んだのも、そういう理由だからこそだろう。

 そしてあいつはたぶん、目的のためなら手段を選ばないタイプでもある。

 もし漫遊寺が試合を断ったら……何をしてでも試合を受けさせるだろう。

 少なくとも、私ならエイリアボールで校舎を一つか二つぶっ壊して相手を煽る。

 

 まあその話はここまでにしといて、来るであろう決戦の前に準備を整えておかなければならない。すなわちチームの調整だ。

 でもなぁ……。

 ちらりと不動を見る。あの顔芸はいつのまにか収まっていた。

 

 信じられます? 

 こいつ、これでも真・帝国メンバーの中じゃ源田と佐久間を抜いて、一番まともなんだぜ?

 いや、今は佐久間もラリってるからわからないぞ。

 ともかくこの情報を聞くだけで、私が指揮取りたくなくなってくる気持ちもわかるだろう。

 

「んで、どうすんだ? 言っとくが、あいつらをまとめんのは一筋縄じゃいかねえぞ」

 

 お前が集めたんだろうがニワトリ頭。

 

 不動もそれを察していたのか、訊いてくる。

 チームとしての理想は雷門のように、絆で繋がることだけど、あいにくと私たちには時間はない。

 ならばどうやって問題児どもをまとめるか。

 ……はぁ、しょうがない。ここはもっと単純な方法でやるとしよう。

 私はあまり好きじゃないんだけどね。

 

 

 その後、メンバー全員をグラウンドに集めたんだけど、物の見事に全員がやりたいことをやっていた。

 一部はDSで遊んでる始末だ。

 

 だから、手初めに適当な一人に向かってシュートを撃った。

 

「ごがっ!?」

 

 うんうん、十メートルぐらいかな。ボールを腹部にもらい、無様に吹っ飛んだのは前に私にいち早く突っかかってきた弥谷という男だった。

 バックスピンをかけていたので、ボールはコロコロと私のもとへ戻ってくる。

 その瞬間、私を除いた全員が凍りつく。

 

「はいはーい! それじゃあみんな注目したところで、チームのルールってやつをまずは決めちゃいましょー!」

「ルールだぁ? んなもん誰が従うか!」

「はいそこ黙れよ」

 

 意見した巨漢——郷院の顔面に先ほど同様ボールをぶち込み、口を閉じさせる。

 郷院は鼻から血を流しながらその場にうずくまった。

 

「残念ながら、あなたたちに発言権はないよ? 次文句言ってきたら本気でぶっ潰すからね」

 

 これは彼らへの脅しだ。

 まじめに考えて、この人格破綻者だらけのチームが自然にまとまるはずがない。それぞれの個性が強すぎるからだ。

 でも、もしそこに彼らが霞むような巨大な力を投入したら? 

 ムッソリーニ、ヒトラー。歴史上の巨悪はいつだって、第三者から見れば明らかに悪であるにもかかわらず、強大な軍を従えることができた。それはなぜか? 

 答えは恐怖だ。

 圧倒的恐怖で反抗する者たちを片っ端から押さえつけたからだ。

 最初は不満があるかもしれないが、人はやがて慣れるものだ。

 そしてこの状況に慣れてしまえば、誰も逆らう気なんてなくなる。

 そう、私が今からするのは悪党の代名詞……恐怖政治だ。

 

「おっかねぇなぁおい! いい顔してるぜぇ!?」

「まずは礼儀を叩き込む必要がありそうだね。……不動」

「あいあいさー……っとぉ!」

 

 私から受け取ったボールを、不動はさっきの私みたいに適当なやつへ向かってシュートした。また一人が吹っ飛ぶ。

 跳ね返ったボールを、不動は弄ぶかのようにリフティングでキープする。

 

「今からゲームをしてあげるよ。ルールは簡単、私と不動からボールを奪うだけ。それができたら私はあなたたちにもう命令はしない。キャプテンの権限だってあげちゃうよ」

「ただし、負けた場合は服従だ! もっとも、終わるころには逆らう気なんざ起きねえだろうがなぁ!?」

 

 もちろんエイリアボールは使わない。

 あれはグラウンドの外に放り投げてある。

 さあ、特訓の成果を見せようじゃんか! 

 

「キラースライド!」

「はい、ざんねーん」

 

 竺和だったっけか?

 ディフェンスが繰り出したスライディングを軽々と避け、空中からその顔面にボールを叩き込んでやった。

 

「なめるな! サイク——ぐがっ!?」

「遅い」

 

 不意を突こうと、帯屋というディフェンスが足を振り上げて風を起こそうとしたけど、その前にシュートを腹に入れてやった。

 それだけでは済ませず、一瞬で懐に侵入して、ボールごしに後ろ蹴りを叩き込む。

 

「真ジャッジスルー」

「がハァッ!!」

 

 帯屋は口から空気を吐き出しながら、派手に地面に転がる。

 

「ほいパス」

「おらおら、来ねぇのかぁおい? 来ねぇなら、こっちからいくぜぇ!」

「ひっ……!?」

 

 言葉とは裏腹に、不動が繰り出したのはパスだった。

 戸惑いながらも、彼の目の前に立っていた目座はそれを胸で受け取る。

 しかし、ここからが不動の本領だ。

 

「ジャッジスルー2! ヒャハハハハッ!!」

「あがっ、おごっ、ぐがっ、がっ……!!」

 

 不動はスライディングの勢いを利用した蹴りを、ボールごしで目座の腹にめり込ませた。

 だが、悪夢はここから始まる。

 まるでマシンガンのように連続で蹴りを、不動は繰り出したのだ。

 目座は口から血を吐き出しながら派手に倒れて、そのまま動かなくなった。

 

 いやぁ、映像で見たとおりだけど、ほんとに酷い技だねありゃ。

 見てるこっちが痛々しくて目を逸らしたくなるよ。

 当の本人はそれを笑いながらやってるせいでさらに凶悪な印象がある。

 さすが、悪魔をも打ち砕くと言われる男だ。

 

 

 その後はまさに、地獄絵図だった。

 逃げ惑う真帝国のメンバーたち。

 だけど事前に総帥には話は通してあり、グラウンドから出れないよう出口を封鎖してもらっている。

 まるで大量の狐を狩る狩人の気分だ。

 そんな彼らに向かってひたすらボールを撃ち込む。泣こうが倒れようがお構いなしだ。

 

 いやー、スッキリ! 

 前回の借りはこれで返せたわけだ。

 特に、最初に突っかかってきたやつらに関しては入念に潰しておいた。

 悲鳴が心を洗い流してくれるよ。あー楽しい。

 不動も大満足だったらしい。

 トサカがいつもよりツヤツヤしてた。

 

 んで、この調教パーティーは私たち以外の全員が気絶するまで続いた。

 とりあえず、今日はこんなところでいいだろう。

 あとは定期的に逆らったやつを見せしめで潰すだけだ。

 それだけで恐怖によって抑圧された、組織的なチームが完成する。

 

 これでも雷門とやりあうには足りないが、そこは私や佐久間、源田の個人技で補うしかないだろう。

 ちなみにうちの司令塔は不動である。

 こいつ、意外にもゲームメイク能力は鬼道君レベルで高いのだ。

 ただ、あの性格からたまに作戦に私情が入っちゃうのが欠点だけど。

 

 そんな風に愉快な動物たちを調教しながら、私は来る日を待つのであった。




 アニメでは出れなかったジャッジスルー2解禁。
 唯一ジャッジスルー3だけ登場できましたが、当時アニメしか見てなかった人は目が点になってたでしょうね。いきなり3だもの。
 まあアレスではジャッジスルーがようやく出てきましたけど。個人的には全体重こめてボールごと相手の腹を押し潰すあっちのモーションの方が好みです。


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女神の宣戦布告

 新たな仲間、小暮を連れて、イナズマキャラバンは京都から東京へ続く高速道路を進んでいた。

 

 窓の外には青空が延々と流れるのみ。

 街並みなんてものは大きな柵に囲われていて見えない。

 なので雷門中の面々はそれぞれ近くの席の仲間たちと話し合っていた。

 

 その中には、FF決勝では見なかった選手もいた。

 

 一人は財前塔子。

 日本の総理大臣、財前宗助の実子であり、SPフィクサーズというサッカーチームのキャプテンを務めていた少女。

 今はエイリア打倒を志してイナズマキャラバンに乗っている。

 

 もう一人は先ほども紹介した小暮夕弥。

 漫遊寺の補欠であったが、先のイプシロン戦でその才能を見せつけ、さらにはイナズマキャラバンに忍び込むという形で加入した少年。

 彼が見つかったのは数時間前のことであった。

 

 そして、最後の一人は……。

 

「へぇ、この饅頭、なかなかいけるな」

「そうでしょ。『しろうさぎまんじゅう』っていって、北海道じゃ昔から有名なお菓子なんだ。僕のお気に入りだよ」

 

 染岡のとなりに座る少年、吹雪士郎だった。

 彼は饅頭を手に取りながら、ふと上を見ている。

 

 染岡はそれを、イプシロン戦のことを思い出しているのだと思った。

 

 漫遊寺での一戦は雷門イレブンに衝撃を与えた。

 圧倒的なまでの敗北。その実力に、手も足も出なかった。

 だが、そこで諦めているようなら今ここにはいない。

 

(絶対に勝ってやる……!)

 

 そう、次の戦いに向けて、拳を握りしめていると……。

 

「あー! 誰ッスかこんなイタズラしたの!」

 

 別の席から、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

 二人は気になり、席を立つ。そして目線の先にあるものを見て、噴き出した。

 

「あはははっ! なんだ壁山、その腹は!?」

「は、腹に顔が描かれてるでやんす……ぷふふっ!」

「わ、笑いごとじゃないッスよ! 小暮君もひどいッス!」

 

 円堂と栗松が笑い出す。

 壁山の腹には、マジックペンで人の顔のようなものが描かれていた。

 犯人である小暮は「うししっ」とひねくれた笑みを浮かべている。

 

 怒った壁山は地団駄を鳴らすが、その衝撃によって腹が揺れてしまうため、逆効果になった。

 

「や、やめろ壁山……っ、これ以上俺たちを笑わすな……っ!」

「俺のせいじゃないッスよ!?」

「コラ、小暮君! イタズラばっかりするんだったら、漫遊寺に帰ってもらいますからね!」

「ちぇっ」

 

 最終的に、マネージャーである音無が小暮を叱ったことで、この騒動は沈静化していった。

 まるで保護者のようだ、と何人かが言い、それでまた違う騒ぎになるのは別の話。

 

 そんな風に、彼らは日本の未来を決める戦いに身を置いているとは思えない日常を過ごしていた。

 だがそれは、キャラバン内に設置されているモニターが突如映像を映し出したことで、終わりを迎える。

 

『……あー、あー、テステス。本日は晴天なり。ただ今マイクのテスト中……っと』

 

「古株さん、これはっ」

「どうやら誰かがハッキングしてきたようじゃ!」

 

 雷門の新監督、瞳子と運転手である古株が電波を解析しようとするが、その間にも映像は進んでいく。

 

 次に映った人物を見て、ほぼ全員が漏らすような声を上げる。

 なぜならそれは、彼らが知っている人物だったからだ。

 

『ハァーイ、雷門イレブンの皆さん。お元気してましたー? 私だよー、わ、た、し。白兎屋なえだよー!』

 

「なえちゃん!?」

 

 中でもひときわ動揺したのは吹雪だった。

 予想外の人物から彼女の名が出たことに彼らは訝しむが、誰かが尋ねようとする前に映像からの声が彼らの言葉を遮断した。

 

『え、うざい? もうちょっと真面目に喋れ? やだなぁ総帥、友達にはフレンドリーに話しかけるものだよ? まあ友達いない総帥にはわからないだろうけど……って謝るから給料減額だけはやめて!』

 

 映像の外にも誰かがいるのだろう。

 総帥、という言葉に鬼道の眉がピクリと動く。

 

『えーまあ単刀直入に言っちゃうと、このたび私ことなえと総帥は新チームを設立しました! その名も『真・帝国学園』!』

「真・帝国学園だぁ……? なめやがって!」

 

 染岡が怒りを露わにする。

 

『そんなわけで、私は雷門にリベンジを申し込むよ! あ、ちゃんと君たちが食いつくようにエサを用意してあるから安心してね!』

 

 なえは一旦しゃがみこみ、画面から消える。次に彼女が現れたときに、その手には見覚えのあるボールが収まっていた。

 

「あれは……エイリア学園のボール!?」

 

 それは、エイリア学園が学校を破壊する際に使用していたものとよく酷似していた。

 だが、その色は黒と緑というように、彼らが見たことあるものと同じではない。

 

『さて、これを見て君たちがどう想像するかはお任せするよ。ただ、私たちの挑戦を受けるんだったら愛媛へおいで。迎えにバナナみたいな男を出しとくから、目印にでもしといてよ。再びフィールドで出会えることを祈っています。それじゃあね』

 

 映像はプツリと消え、何も映さなくなってしまった。

 

 キャラバン内がしばらく静寂に包まれる。

 それを破ったのは、人でも殺しそうな形相でモニターを先ほどまで見つめていた染岡だった。

 

「なあ、お前さっきあいつの名前呼んでたけど、もしかして知り合いか?」

「え……ああ、うん……。彼女……なえちゃんは僕の幼馴染でね。サッカーを教えたのも僕なんだ。家の事情で東京に行ってからは、この前まで音沙汰がなかったんだけど……みんなは知っているみたいだね」

「そうか、攻守万能なあの動き……たしかに吹雪に似ているな」

 

 納得がいったかのように鬼道が頷く。

 一方で、状況が飲み込めていない者も何人かいた。エイリア事件から加入したメンバーたちだ。

 

「なあ、誰か一から説明してくれないか? あたしには何が起きてるのかさっぱりなんだけど……」

「……そうだな。お前たちにも話しておくべきだろう」

 

 鬼道は一つ間を置いてから、雷門と帝国の長きに渡る因縁、そして影山零治という男について語った。

 伝説のイナズマイレブンの破滅。

 何十年も行われてきた不正工作。

 何よりも、神のアクアを生み出した人間の尊厳をも踏みにじる冒涜。

 

 サッカー協会副会長でもあった人物がそこまで邪悪であったことに、何よりもそれらが引き起こした数々の悲劇を聞いて、塔子たちの顔は青ざめていった。

 

「まあ結局、神のアクアを作り出したことが決定的になって、影山と白兎屋さんの逮捕につながったんだけどね」

「ああ。だからこそ、あの二人が愛媛にいるのは本来ならありえない」

 

 夏美の言葉に鬼道が首を縦に振る。

 円堂たちの頭に疑問符が浮かんだ。

 

「あの二人は本来なら北海道の刑務所に送られているはずなんだ。だが、現になえたちはそこから脱走している。つまり、何者かが手引きをしたはず……」

「それがエイリア学園だってことか」

「あくまで可能性の話だ。だが、ほぼ確実だとは思っている」

 

 キャラバン内に重たい空気が立ち込める。

 無理もない話だ。相手は正真正銘の犯罪者。

 中学生が抱え込むにはあまりにも重すぎる難件だ。

 本来なら全員をまとめるべきである瞳子はじっと黙ったまま、その成り行きを見つめていた。まるで何かを見定めようとしているかのように。

 

 パンッ! という柏手が一つ。

 それは円堂の両手から出されたものだった。

 

「みんな、愛媛に行こう!」

 

 全員の視線が円堂へ向く。

 メガネがギョッとして食いかかる。

 

「え、円堂君聞いていましたか!? 相手は本物の犯罪者ですよ! 危険すぎます!」

「それはエイリア学園も同じことじゃないか! それに、俺はサッカーがまた汚されるのが許せない!」

 

 ハッと、全員が気づいた。

 そうだ。自分たちはサッカーを守るためにエイリア学園と戦っていたのだ。なら、それを汚そうとする人物を見逃してどうする。

 雷門イレブンの心に火が灯った。

 

「円堂の言う通りだ。みんな、やろう!」

「ふっ、言われるまでもないな」

「またぶっ潰してやるぜ!」

 

 それぞれが打倒影山の言葉を口にする。

 瞳子はそれを見て、古株に指示を出した。

 

 高速道を乗り換え、イナズマキャラバンは進んでいく。

 目指すは四国。愛媛——。

 

 

「目印はバナナみたいな男だ! イナズマキャラバン、出発!」

『おうっ!!』

 

「ところで……バナナみたいな男ってなんだ?」

 

 染岡の小さなツッコミが、彼らに聞こえることはなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

『おいコラなえテメェ!』

「ありゃりゃ? どったのバナナマン?」

『誰がバナナマンだ!』

 

 電話から不動の怒鳴り声が響く。

 もう、うるさいなぁ。こっちはさっきまでイナズマキャラバンの内線のジャミングに真・帝国学園のプレゼンテーションとで忙しくて、今ようやく休みを手に入れたのに。

 

『テメェあいつらに何吹き込みやがった! 初対面でいきなりバナナみたいな男呼ばわりされたんだが!?』

「ぷふっ、髪とお揃いでお似合いじゃん」

『テメェぶっ殺す! あとで覚え……』

 

 プツンと電話を切った。

 バーカ。話が長いんだよ。

 誰がせっかくの休憩時間を手放してまでお前と話したがると思うんだよ。

 

 ちなみにバナナというあだ名はもちろん彼のモヒカンからである。

 ニワトリと迷ったんだけど、源田からバナナが好物と聞いてこっちを採用することにした。

 話によればあいつ、源田たちが入院していた病院に忍び込んだ際に見舞いのバナナに真っ先に食らいついたらしい。

 Q.E.D.。証明完了。

 彼がバナナマンであることは確定的に明らかだ。

 

 とまあおふざけはこの辺にしといて。もうすぐイナズマキャラバンが潜水艦を止めてある埠頭に到着するらしい。

 ようやくだ。あのときのリベンジをようやく果たせる。

 

 別に、私は雷門に恨みなんてこれっぽっちもない。たしかに彼らのせいで私の世界デビューが潰れたり逮捕されたりしたけど、逆に言えば雷門に負ける程度では世界はまだまだ先だったってことだ。

 それでも私が彼らにリベンジするのは、あの熱い胸の高鳴りを再び感じるため。

 あの血が逆流するような、沸騰するような、激戦をもう一度味わいたいのだ。

 

 今の私は私服ではなく、真帝国のユニフォームとジャージを着ている。

 架空の学校なのにジャージまで用意してるところが、無駄に凝り性な総帥らしい。

 

 静寂が包み込む中、装備を黙々と点検している音だけがよく響く。

 エイリアボールは持った。

 スパイクにレガース、全て身につけている。

 準備は完全に整っている。

 

 改めて確認したところで、ポケットの中のスマホが震えた。

 

「……よし、いくか」

 

 スマホには総帥からのメールが送られてきていた。

 内容を確認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そして、ドアを開けて外へ出撃した。



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雷門襲来

「どこにも学校なんてないじゃないか」

 

 雷門イレブンは愛媛のとある埠頭に来ていた。

 ここに真・帝国学園があると聞かされていた。

 だが、見えるのは霧がかった不気味な海とコンテナの山だけだ。

 

 コンテナに止まっていた大量のカラスたちが、侵入者を見つけて耳障りな音で鳴く。

 霧がかっていてどこか薄ら寒いのもあり、気の弱い壁山とメガネはそれだけですくみあがった。

 

「テメェ! やっぱ俺たちを騙してやがったんだな!」

「せっかちな野郎だな。真・帝国学園だったら、ホラ」

 

 染岡が激昂し、ここまで案内した男——不動へ食いかかった。

 だがそれを相手にもせず、気だるそうに不動は指を前に突き出す。

 つられて円堂たちは海を見るが、特にめぼしいものは見えなかった。

 

 

 ——そう、()()()()()()

 

 突如、地響きでも起きたかのような音が聞こえた。

 一瞬の轟音。まるで海の中で爆発でも起きたかのようだ。

 それにつられて飛び出すように水中から姿を現したのは——黒光りする巨大なクジラだった。

 

 否、それはクジラなんかではない。もっと無機質で、人工的なもの。

 ——潜水艦だ。

 

 円堂たちは言葉を発することもできなかった。

 誰もが突如現れた巨大なバケモノの姿に圧倒されていた。

 いや、その中でただ一人だけ例外がいた。

 引きちぎれるほどに口を歪めて、大げさに拍手を繰り返している。

 

「いいねいいねぇその反応! だが驚くのはまだ早いぜぇ!? 主役の登場だ!」

 

 潜水艦の壁が機械音とともに開き、地上とをつなげるための橋が伸びてきた。

 だが、円堂たちの視線はある一点に集中していた。

 開いた壁の闇の向こう。その先には——。

 

「……影山……」

「ハロー円堂君! おひさー!」

「久しぶりだな円堂。それに鬼道よ」

 

 ——雷門の宿敵、影山零治と白兎屋なえがたたずみながら、円堂たちを見下ろしていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「影山ぁ!」

 

 パイナッポーウインナー! 

 ……いや、わからないならそれでいいのよ。

 

 挨拶するや否や、鬼道君が鬼のような形相で怒鳴りつけてきた。

 おーこわこわ。きっとあのゴーグルの奥のハンサムアイは人を殺しそうな目つきをしていることだろう。

 ……それ以上に怖い目つきなのは隣の染岡なんだけどね。

 

「もう総帥とは呼んでくれないのか」

 

 残念だとで言うように総帥は首を振る。

 その動作だけで雷門イレブンの視線が強くなったのを感じる。

 総帥の煽りスキルは今日も絶好調である。

 

 さてと。

 私は足元に転がしていたエイリアボールを軽く空中に浮かせる。

 そして円堂君めがけて左足でシュートした。

 

 風を切り裂いて、弾丸のように迫るボール。

 彼は突然のことで目を見開いていたが、すぐに切り替え、右手を構えた。

 

「っ、ゴッドハンド!」

 

 気力で形作られた巨大な右手がボールを受け止める。

 数秒ほど回転を続けたあと、ボールは勢いを失い彼の手に収まった。

 ——その手からは、黒煙が出ていた。

 

「ぐっ、うっ……!」

「いきなりなにをするんだ!」

 

 右手を抑えてうずくまる円堂君の前に風丸が立ち塞がる。

 

「なにって、テストだよ。前と一緒じゃすぐに壊れちゃうからね。でも安心したよ。()()()()で済んだのなら、今日は楽しめそうだ」

 

 なにせパワーアップのし過ぎでうちの補欠の方のキーパーを潰しちゃったからね。

 哀れ、エイリア石でも私との差を埋めることはできなかったようだ。

 もちろんうちの会社はブラックだから保険も治療費も降りてないよ。

 でもあれじゃあなんの役にも立たなそうなので、右腕がへし折れた状態のまま外に捨てておいた。

 ご冥福をお祈りしよう。いや、たぶん生きてるだろうけど。

 

「鬼道っ」

「ああ円堂、わかっている。あいつの利き足は右だ。つまりは、反対の足であれだけのシュートを撃てるほど、なえは強くなっている」

 

 察しがよくて助かるよ。

 どうやらようやく、以前の私とは違うことを認識してくれたようだ。雷門のみんなの表情がこわばる。

 

「影山。真・帝国学園なんてものを作って、今度は何を企んでいるんだ!?」

「私の計画はお前たちには理解できん。この真・帝国学園の意味さえもな。私から逃げ出したりなどしなければ、わかったはずだ」

「俺は逃げたんじゃない! あんたとは決別したんだ!」

 

 違いに睨み合う二人。

 こんな状況で場違いなのはわかってるんだけど、言わせてちょうだい。

 

「……私にも意味が理解できないんだけど」

 

『……』

 

 四方八方から冷たい視線を感じる。そんな空気読めみたいな雰囲気やめて。

 いやだって説明されてないし。というか、意味なんてあったの? って感じ。

 

 総帥は軽く咳き込むと、潜水艦内へと戻っていく。

 

「まあいい。ついてこい鬼道。かつての仲間たちに合わせてやろう」

「っ、待て影山!」

 

 総帥を追って、鬼道君は橋を駆け渡り、私の横を通り過ぎていく。

 その後ろに続いて円堂君も後を追っていった。

 

「円堂が行くならあたしも!」

 

 いや、空気読めよ。

 財前塔子だっけか? は同じように橋を渡ろうとしていた。

 

 しかしそこはさすが真・帝国で二番目に会話ができる男。

 見事に私が言いたいことを察して、その前に立ちはだかってくれた。

 

「オイオイ、野暮だなぁお前。感動の再会にゾロゾロついてっちゃ、台無しだろ?」

「そーそー。デリカシーがない子は嫌われるよ?」

「うっさい! あんただって空気読めてないくせに!」

「残念ながら大気中に文字を書くことはできないので、空気を読むことはできませ〜ん! アハハッ!」

「こ……んのぉっ……!」

「抑えなさい財前さん。これは挑発よ」

 

 今にも飛びかかってきそうな財前を、後ろでさっきから黙っていた女性が引き止めた。

 彼女が新監督の瞳子さんか。冷静沈着って感じでできる大人みたいなオーラを醸し出している。

 ……まではいいんだけど、死んだ魚みたいな目が特徴的過ぎて正直リアクションに困る。

 初めて見たよ、デフォでレイプ目な人。

 なんか社会人として色々苦労してたんでしょう。

 できる社員な私はあえてそこには突っ込まないでおいた。

 

「心配しなくても、追いかけた先で罠をしかけるような真似はしてないよ。私がしたいのはあくまでサッカーだからね」

「……なえちゃん、君はどうして……?」

 

 さっきから動揺したままだったシロウが、ここに来て急に話しかけてきた。

 私はその問いに不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

「決まってるじゃん。今日本で一番強いサッカーチームは雷門。だったらそれと敵対しているチームにいた方が、戦える可能性が高くなるからだよ」

「おっと、話はそこまでだ。これ以上はメインイベントを見逃しちまうからなぁ」

 

 そういえば円堂君たちを放置したままだったね。

 不動は一足先に橋を渡り、潜水艦に戻っていく。

 

「じゃあねシロウ。これ以上はフィールドで語ろうよ」

 

 そう言って、私も元来た道を引き返して、グラウンドに向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

「さあ鬼道、自分の愚かさを悔い、再び私の前に跪いた仲間を紹介しよう!」

 

 さあ、イかれた仲間たちを紹介するぜ! 

 

 とまあ冗談はさておき、なんとか間に合ったようだ。

 私たちがグラウンドに着いたとき、総帥の側には佐久間と源田が立っていた。

 

 それを見て鬼道君たちはたいそう驚いていらっしゃる。

 まあそりゃそうでしょ。かつての友人があんなヤクチュウと厨二病を混ぜたような顔と格好をしてるんだからね。

 

「感動の再会ってやつだねぇ」

「よかったよかった。本人たちも大喜びだ」

「では、元チームメイト同士、仲良く話したまえ」

 

 うわぁ、みんなゲッスいわぁ。

 同じような笑顔を浮かべてるであろう私が言うのもなんだけど。

 

 不動の拍手が、まるでお猿のシンバルのオモチャみたいに神経を逆なでする音を立てる。

 

「久しぶりだな、鬼道」

「なぜだ……!? なぜ、影山なんかの下に……!」

「強さだよ。強さが欲しかったんだ」

「強さだって!? 強さを求めた結果が、あの影山のサッカーだったんじゃないのか!?」

 

 

 開口早々、鬼道君と円堂君がまくし立ててくる。

 こうなることは予想できてたんだけど、ちょっと心配が。

 となりの佐久間がさっきから何にも喋ってないんだよね。しかも目の焦点も会ってないし、体も少し震えている。

 マズイ、鬼道君を目の前にして、いつものヤクチュウモードになりかかっちゃってるよ。

 源田がまともなままだったのが、唯一の救いか。受け答え全部対応してくれてるしね。

 

「源田、戻ってこい! なあ、佐久間も……」

 

 あ、ちょっと、今の佐久間に触ったら……。

 注意しようとしたけど、遅かったようだ。

 伸ばされた手を、佐久間は強引に弾き返した。その顔には酷く歪んだ笑みが浮かび上がる。

 

「ふ、ふふっ……! 俺たちは力が……勝利が欲しかったんだよ……!」

「俺たちが病院のベッドで寝ていたとき、どんな思いだったか。帝国を捨て、雷門に逃げたお前には絶対にわからない」

「そんな言い方ないだろ!? 鬼道は、お前たちや帝国のみんなのために、世宇子を倒そうって……!」

「綺麗事を言うな! 鬼道、お前が欲しかったのだって、勝利だ!」

「っ……!」

 

 たぶん、これは源田たちの本心なんだろうね。

 調べたところ、エイリア石には心のリミッターを解除する副作用があるようだ

 つまりは自分の心に抑えが効かなくなってしまう。

 

 だけど、これには源田たちにも言い分があるとは思う。

 だって、たとえ仲間の無念を晴らしたって、肝心の人たちがそのときとなりにいなきゃ意味がないじゃん。

 よく心はどこまでも繋がってるなんて言うけど、人間ってのはそう割り切れるほど単純じゃないんだよ。

 もっとも、それを中学二年生に察しろってのは酷な話なんだけど。

 

 どちらにせよ、ポンポンチームを裏切ってきた私には毛ほども心に響かない話だ。

 

「……お前たちの言う通りだ。自分勝手に勘違して、行動してしまったのは謝る。だが、影山の下につくのだけはやめてくれ!」

「今さら遅いんだ、よっ!!」

「ぐふっ!!」

 

 佐久間渾身のシュートが鬼道君の腹部に当たり、そのまま吹き飛ばされた。

 わー痛そう。

 エイリア石で強化された佐久間のシュートはかなり強烈だ。

 でもこのままじゃ、試合にも響いちゃいそうなので、そこで私は佐久間を制止することにした。

 

「はーいストップストップ。ほら、続きは試合でしようよ。このままじゃ楽しみが減っちゃう」

「……ああ、そうだな」

「おいおい、ぬるいこと言ってんじゃねぇよ! ほら佐久間、パスだ!」

 

 やっぱりクズだわこのバナナ野郎。

 いつの間に回収していたボールを、不動は佐久間へと転がす。

 しかし彼は意外にも動かず、逆に不動をキッと睨みつけた。

 

「見くびるなよ不動。俺はお前ほど短気じゃない。敗北の屈辱は、試合で拭ってみせる」

 

 よし、偉いぞ佐久間!

 あとはこのまま撤退させれば……。

 

「待て、源田、佐久間! 俺たちのサッカーは……」

「『俺たちのサッカー』?」

 

 あ、そのワードは……。

 佐久間は右足を振り上げる。そしてボールを——

 

「『俺たちのサッカー』は、負けたじゃないかぁっ!!」

 

 ——思いっきり、鬼道君へシュートした。

 

 おいぃっ!? 

 お前さっき言ったこと復唱してみろよ!

 何が『俺はお前ほど短気じゃない』(キリッ)だよ!? 

 超短気じゃん! 

 

 でもさすがは円堂君と言うべきか、彼はすぐさま二人の間に割って入り、ボールを受け止めてくれた。

 

「……影山なんかに従うやつに、『俺たちのサッカー』なんて言わせない」

 

 ポツリと、彼は佐久間だけでなく、私たちに向けるように呟く。

 そして振り返り、ボールを片手で突き出しながら私たちに宣言した。

 

「来い! この試合に勝って、本当の『俺たちのサッカー』を見せてやる!」

「ふふっ、いいよ円堂君、その気迫! 『Dead or Alive』! 負ければ全てを失い、勝てば全部を得る! そんな血湧き肉躍る戦いを、もう一度始めよう!」

 

 狂ったように私は笑う。

 やっぱり総帥の下について正解だった。

 こんな緊張感のある戦い、そうそうできるものじゃない。

 

 さあ、サッカーやろうよ、円堂君!




 うーん、どうしてもシリアスができない。


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禁断の技

 真・帝国学園のグラウンドに、二つのチームがそれぞれフォーメーションを取っていた。

 

 展開された屋根の外に見える空は鉛のような鈍色。

 重苦しそうな雲が日光を遮断している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 真・帝国学園のフォーメーションはこうなっている。

 帝国でも用いていたバランス型のフォーメーション『デスゾーン』を、不動のゲームメイクの下、動かしていくスタイル。

 チームメイトの調教はバッチリ済んでるし、予定通り動いてくれることだろう。

 

 対する雷門は、前に戦ったときとはガラリと雰囲気が変わっていた。

 当たり前か。エイリア学園との試合で半数ほどが離脱させられたようだしね。

 4—4—2のこれまたバランスのいい『ベーシック』は変わってないけど、各ポジションには今までと違ったメンバーがついている。

 中でも注目すべきはフォワードだ。

 豪炎寺君の位置には、代わりにシロウが立っていた。

 

「へぇ、シロウ。今日はフォワードでいくつもりなんだ」

「君は僕が止めてみせる!」

「できたらいいね。ただ、気をつけなよ。私たちにはスッゴイ秘策があるから」

「秘策だって?」

 

 そう、秘策だ。

 不動が考えた、これ以上ないほどえげつなく、雷門には効果的な作戦。

 不動は早くそれを見せてやりたくて仕方ないのか、テンション高めで私を諌めようと声をかけてくる。

 

「おいおい、ネタバレは厳禁だぜ? サプライズは秘密だからこそ、さいっこうに面白ぇんだからよ」

「くふっ、それもそうだね。ゴメンゴメン」

 

 そうしていると、ホイッスルの音がなった。

 佐久間からのキックオフで、ボールは私へ。

 

 思いっきり地面を蹴って加速し、染岡とシロウの間を一瞬で通り過ぎる。

 

「なっ……!?」

「北海道で戦ったときと、全然違うっ!?」

「当たり前だよ! 私はあれから、地獄と言っても過言じゃない特訓を乗り越えたんだ! 前と一緒だと思ってたらヤケドするよ!」

 

 走りながら、黒い光を身に纏う。

 一之瀬が何か必殺技を出そうと、逆さになって回転し始めるけど——。

 

「遅い! ライトニングアクセルV2!」

「フレイムダ——ぐわぁっ!」

 

 以前にも増してキレを増したライトニングアクセルで、一気に突破をする。

 

「こっちだなえ!」

 

 既にペナルティエリア近くまで切り込んでいた佐久間にパスを出す。

 彼が身体に力を入れると、まるで炎のようなオーラが激しく噴き出した。そのまま左右にドリブルしながら、相手のディフェンス陣まで突っ込んでいき——。

 

「烈風ダッシュ!」

 

 その熱風とともに、彼らを吹き飛ばす。

 

 残るはキーパーである円堂君のみだ。

 佐久間は一度立ち止まる。そして振り返ると、鬼道君を睨みつけた。

 

「よく見ておけ鬼道……これが俺の、力だっ!」

「……まさか、やめろ佐久間ぁ!」

 

 ただならぬ佐久間の雰囲気に、鬼道君は彼が何をしようとしているのか察知したようだ。

 さすがは元帝国のキャプテン。

 だけど、もう遅い。

 

「見せてやれよ佐久間ぁ! お前の真の力を!」

「う……うぉぉぉぉっ!!」

 

 佐久間は大きく息を吸い込むと、グラウンド全体に響き渡るような、大きな指笛を吹いた。

 それによって地面から出現したのは、五匹のペンギン。

 だがその色は皇帝ペンギン2号のときの青ではなく、血のような赤。

 それらは一度は飛び立つと、空を旋回して、振り上げられた佐久間の右足に次々と噛み付いていく。

 そうやってエネルギーが注入され、強化された右足を、思いっきり振るった。

 

「それは——禁断の技だぁぁぁ!!」

「皇帝ペンギン——1号!!」

 

 佐久間の足がボールに触れた途端、爆発が起きた。

 そして巻き上がった煙を突き破り、ミサイルのようにペンギンたちがボールとともに、ゴール目指して飛んでいく。

 

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 円堂君の背後に、雷を纏った魔神が出現する。

『マジン・ザ・ハンド』。円堂大介の残した最強のキーパー技。

 だけど、それも今回ばかりは無力だ。

 

「ぐっ、なんだこのっ、凄まじいパワーは……っ!?」

 

 円堂君がそう呟いた瞬間、ペンギンたちが魔神の右手を食い破った。

 再び、爆発。

 あまりの衝撃波に円堂君は吹き飛ばされ、さらに追い討ちをかけるように飛んできたシュートを腹にくらって、豪快にゴールへ突き刺さった。

 

「ヒャハッ! 素晴らしいぃ!!」

 

 なんか不動が点を入れた佐久間以上に興奮しちゃってるけど、無視だ無視。

 佐久間は滝のように汗を流しながら、荒く息を吐いていた。

 

「ヘーイ佐久間、ナイスシュート!」

 

 ねぎらいの意を込めて、彼の肩をパシッと叩いてやる。

 

「がぐっ!?」

 

 ……あ、いけね。

 佐久間は小さく悲鳴をあげて、グラウンドに崩れ落ちてしまった。

 皇帝ペンギン1号の反動のことすっかり忘れてたよ。

 

「あー、ごめん佐久間。ちょっと迂闊だったか……も……?」

「ふっ、ふふっ……ふははっ! 俺が、俺がシュートを決めたァ……!!」

 

 ……謝ろうとしたけど、スッゴイ嬉しそうに汚く笑ってるコレを見て、すぐにその気が失せた。

 なんか陸に打ち上げられた魚みたいにビクンビクンしてて、超気持ち悪い。

 

「ハハッ! 見たか鬼道ぉ! これが俺の、『皇帝ペンギン1号』だ……!」

「二度と使うな! あれは禁断の技だ!」

 

『皇帝ペンギン1号』。

 総帥が考案した、最凶最悪のシュート。

 絶大な威力を誇るが、その反動として撃った選手は肉体が破壊されるほどのダメージを受けてしまう。

 一回で全身に筋肉痛が走り、二回で肉離れ。三回目は……全身の複雑骨折。

 そして二度とサッカーができなくなる。

 

「なぜだ……なぜ佐久間にこれを撃たせた、なえ!? お前はこの技の危険性を誰よりも理解していたはずだ!」

「うん、身をもって知ってるよ。だけどそれが何か?」

「なんだと……?」

 

 怒り狂い、刺すような目線を向けてくる鬼道君に、私は笑いながら自論を述べる。

 

「本気でサッカーをやってるんだよ? 命かけるのなんて、当たり前じゃん」

「なえ……お前は、どこまで……!」

「嫌だったら、私たちに勝つことだね。そうすれば、禁断の技なんて必要ないって証明できるかもよ?」

「……言われるまでもない!」

 

 踵を返して、鬼道君は雷門コートへ戻っていく。

 これで、円堂君たちにも皇帝ペンギン1号の情報は共有されるだろう。

 

「それで、こっからどうするのかな、司令塔さん?」

「やつらの甘ちゃんな性格上、佐久間のマークを増やしてくるはずだ。たぶんあの吹雪ってやつもディフェンスに入るだろうぜ。俺たちはそこを突く」

「なるほど、じゃあサポート頼むよ」

「それと、次のキックオフの後はアイツらに抜かせてやれ。それでようやく本当のショーが始まる。……くくく、ハハハッ!!」

「突然笑い出すのやめてくれない? 私まで変人扱いされそうなんだけど」

「あぁん!?」

 

 精神異常者は佐久間だけで十分だっての。

 

 しばらくして、雷門がフォーメーションを組み立てていく。

 どうやら不動の言う通りになったようだ。

 5ー3ー2の『ダブルドッグ』。

 フォワードのシロウがセンターバックとなり、代わりに鬼道君がトップに立っている。

 

 ディフェンスを増やして、佐久間にシュートを撃たせないつもりだね。そうすることで彼を守ろうとしている。

 だけどそれは、決点力のある選手が佐久間しかいないって勘違いしてるってことじゃないかな。

 

 キックオフと同時に鬼道君たちが駆け出す。

 私は適当にショルダーチャージを数回入れたあと、指示通りに抜かせてあげた。

 

 他のメンバーも不自然にならない範囲で手を抜いている。

 そうとも知らずに鬼道君、染岡、一之瀬の三人は源田の前までたどり着いた。

 

「見せてやる! これが本当の、皇帝ペンギンだ!」

 

 へぇ。あのメンバーで何を撃つのかと思ってたけど、これか。

 

 鬼道君はさっきの佐久間と同じように口笛を吹いてペンギンを呼び寄せたあと、ボールを蹴り出した。

 そこに、両サイドから走りこんできていた二人が同時にボールを蹴り、シュートを加速させる。

 

「皇帝ペンギン——」

『——2号!!』

 

 飛んでいくペンギンの群れ。

 しかし源田の顔は涼しげだった。

 むしろ獲物を見つけた獣のように、牙と目をギラギラと光らせていた。

 

「ビーストファング!」

 

 源田は腰を落とし、腕を上下に開く。

 その背後に現れたのは、黒き毛皮を纏った凶獣。

 獣は吠え、迫り来るシュートをその牙で噛み砕いた。

 ペンギンたちはそれだけで、食い荒らされたかのようにバラバラとなる。

 

「ふっ……うぐっ! うごォォォォォォオッ!!」

 

 源田はボールを抱えながらその場に倒れ、絶叫する。

 聞くだけでその痛みが伝わってくるような、あまりに生々しい声に雷門メンバーがすくみ上る。

 

「鬼道、こいつもまさか!?」

「ああ、『ビーストファング』……同じ禁断の技だっ」

『ッ!?』

「源田に、あの技を出させるな……!」

 

 自分でも無茶を言ってることをわかっているのか、鬼道君の表情は苦しげだ。

 

 なにせシュートを撃てば源田が壊れるし、シュートを撃たせても佐久間が壊れる。

 後者はまだいいが、シュートを撃てなければ勝てない。

 それがサッカーというものだ。

 おまけにその攻撃のための戦力も、佐久間のマークに回っていることでほぼ半減している。

 

 前門の虎、後門の狼。あるいは四面楚歌。

 どちらにせよ、詰みだ。

 不動の秘策とは、この矛盾した構図を作り出すことだった。

 

「オラ、いつまで昼寝してやがんだ源田ァ! さっさとボールをよこせ!」

「言われなくてもっ!」

 

 源田のスローは真帝国のミッド陣に繋がった。

 ボールを持ったのは、私に楯突いてきたやつ筆頭の小鳥遊。

 彼女は敵が近づいてきたのを確認すると、ボールを両足で挟んで回転させながら、地面に落とした。

 

「竜巻毒霧!」

「うっ……ゴホッ! ゴホッ! これは……!?」

 

 へぇ、やるじゃん。

 あれは戦国伊賀島の『毒霧の術』と漫遊時の『竜巻旋風』の融合技だね。

 いつの間に研究していたのやら。だけど嬉しい誤算だ。

 

 右サイドから上がっていき、小鳥遊はそこで不動へとパスする。

 

「いくぞ佐久間ぁ!」

 

 不動は佐久間へとパスを出そうとしたけど、その前に二人の選手が佐久間の前に立ちふさがった。

 シロウと一之瀬だ。

 

「ぐっ、邪魔をするな!」

「君が壊れるところを見たくないんだ!」

 

 どうやら意地でも離れるつもりはないらしい。佐久間のガードは厳重だ。

 佐久間は皇帝ペンギン1号を撃った反動で身体を痛めていて、とても振り切れそうにはない。

 だけどその分、逆サイドがガラ空きだよ。

 

「引っかかったな! やれ、なえ!」

「しまった! 逆サイドだ!」

 

 不動によるセンタリング。

 ボールはディフェンスの頭上を飛び越えながら、大きな弧を描いていく。

 私は曲芸のように月面宙返りをしながら、空中でボールをトラップし、天高く蹴り上げた。

 

 ボールは漆黒のオーラを纏いながら、徐々に巨大化していく。

 その大きさは世宇子時代よりもさらに巨大だ。

 見せてあげるよ、パワーアップした私の必殺技! 

 

「ダークサイドムーン——改ッ!!」

 

 暗黒の月が、ゴールへと落ちていく。

 それを迎え撃つのは魔神。

 かつての戦いの再来だ。

 

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 ——だが、その結果までもが同じとは限らない。

 魔神の腕は徐々に闇に呑まれていき、ついには胴体に大きな風穴を空けて消滅してしまった。

 その後ろにいた円堂君を巻き込みながら、月はゴールへ入っていく。

 

 ゴール。これで2対0。

 倒れている円堂君の前まで歩いていき、彼を見下ろす。

 

「どう円堂君。これが今の私の力。これが私の——サッカーにかける思いだよ」

「……ああ、ビリビリ感じるぜっ。だけど、お前のそれは間違っている! それを証明するために、俺たちは負けられないんだっ!」

「くふっ、そう、それでいいよ円堂君。もっと、もっと、もっと! 熱くこの魂を輝かせよう!」

 

 感じるよ、あの熱を。

 さあ円堂君、私に見せて欲しい。

 君のイナズマ魂を——!



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真・帝国の猛襲

 前半で2失点。

 さらには不動の卑劣な策によって、雷門イレブンの表情に影が差していた。

 

「ぐっ……!」

「円堂、大丈夫か?」

 

 なえのシュートを受け、倒れていた円堂を土門が引っ張って起き上がらせる。

 彼はボロボロな彼を見て、申し訳なさげな顔をしていた。

 

「すまねえな円堂。なえを止められなかった」

「気にするなって。取られたら取り返せばいいんだ」

「そりゃそうだけどよ……」

 

 バツが悪そうに土門を頭をかく。

 いつもは励みになるはずの円堂の言葉も、この状況では効果は薄い。雷門イレブンはほぼ全員が俯いていた。

 

「佐久間にシュートを撃たせるなってのはいいんだけどさ……」

「シュートが撃てなきゃ勝てない……」

「これじゃあ試合にならないでヤンス!」

 

 それぞれが苦言を吐露する中、なんとかこの状況を改善しようと鬼道はその原因となっている二人に訴えた。

 

「目を覚ませ佐久間、源田! 自分の身体を犠牲にした勝利に、なんの価値がある!?」

「ハァッ、ハァッ……わかってないのはお前だよ、鬼道ぉ……!」

「勝利にこそ価値があるっ! 俺たちは勝つ! どんな犠牲を払ってでも!」

 

 しかしその言葉が彼らに届くことはない。

 心臓が口から飛び出てきそうなほど荒く息を吐きながらも、二人は勝利という呪いに取り憑かれていた。

 

 その異常な光景を見て、小暮は無意識に後ずさる。

 

「な、なんなんだよこいつら……っ。サッカーにそこまで命賭けるなんて……」

「違うね。サッカーだからこそ、命を賭けるんだよ」

 

 小暮の口からこぼれ出た言葉を、拾ったなえが否定した。

 サッカーについて語るその顔は、試合前には感じられなかったほど生き生きしている。

 

「さあ、戦おう雷門イレブン。命をチップに、このデスゲームを楽しもうよ!」

 

神姫(ゴッドプリンセス)』は笑う。

 その顔は残酷なほど、美しかった。

 

 

 ♦︎

 

 

 キックオフ後、染岡が駆け出す。

 それと同時に、私は右足に青い光を纏わせた。

 

「スピニングカットV3!」

「なにっ、ぐはぁっ!!」

 

 以前よりも分厚くなった衝撃波の壁に吹き飛ばされて、染岡は走っていた方向とは逆に転がる。

 そのとき空中に打ち上がったボールを—–—鬼道君が捉えた。

 

「お前が最初にそう来ることは読めていた!」

 

 さすが、長い付き合いなだけあるね。

 私のスピニングカットが強化されていることも織り込み済みか。

 

 鬼道君は私の頭上を飛び越え、攻め込んでいく。

 その先にはミッドフィルダーである不動。

 意図せずに、司令塔対司令塔の衝突となる。

 

「抜かせるかよ! キラースライド改!」

 

 まるでマシンガンのような勢いで連続して蹴りを、スライディングしながら不動は繰り出す。

 狙いはボールではなく足。

 鬼道君を負傷させるつもりなのだ。

 

 だがその目標は、突如彼の視界から消え失せた。

 

「イリュージョンボール改!」

 

 ふわりと空中で一回転しながら不動を飛び越し、さらには着地と同時にボールを踏みつける。

 するとボールは幻のようにいくつにも分身し、センターディフェンスの目座の目を欺かせた。

 その隙に鬼道君は通り抜ける。

 

 鮮やかな二人抜き。

 鬼道君の本領は司令塔としての力にあるけど、個人能力も優れている。私や不動以外じゃ対応するのも難しいだろう。

 

 だけど私は、雷門側のコートへ走っていた。

 だってそうでしょ。

 いくら相手を抜いたって、最終的にはシュートを撃てないんだから意味がない。

 

「染岡!」

「おうっ! ワイバーン……っ!」

 

 弓を引きしぼるように足を振り上げたところで、染岡の視界に源田の姿が目に入った。

 一瞬動揺して、彼は動きを止めてしまう。

 その隙を逃す真帝国の選手たちではなかった。

 

「ホーントレイン!」

「ゴハッ……!」

 

 荒れ狂う猛牛を思わせる、強烈なタックル。

 染岡は郷院のその巨体にはねられて、宙を舞った。

 

「くそっ、どうすればいいんだ! これじゃあ八方塞がりだ!」

 

 全員の声を代弁したかのような、風丸の声が響く。

 

 いやー、やっぱ酷い作戦だわこれ。

 だけど、決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまりはこの卑怯なことを含めて、サッカーなのだ。

 サッカーが許している限り、私はどんな手を使っても試合に勝ってみせる。

 

 ボールはミッドの小鳥遊へ。

 佐久間のマークは相変わらずだ。てことで、前々から攻め込んでいた私にボールが来る。

 

 でもそれを読んでいたようで、ボールを受け取る前に、土門が走りこんできていた。

 

「同じ手を二度もくらうかよ!」

「安心しなよ。飽きないように工夫はしてあるから、さ!」

 

 飛んできたボールをダイレクトでさらにパス。

 その先には——酷く表情を歪ませて笑っている、不動がいた。

 

「ハハッ、くらいやがれ! ——マキシマムサーカス!」

 

 不動が頭上に浮かばせたボールに手をかざすと、ボールはなんとカラフルな色になりながら五つに増えた。

 それらを間髪入れずに蹴り込み、五つのシュートは紫色のオーラを纏いながら、最後に融合してゴールへと向かっていく。

 

「マジン・ザ・ハンド改! ……ぐあっ!」

 

 魔神が出現し、シュートを受け止めようとする。

 しかし勢いを消しきれず、ボールはバーに当たって前方に跳ね返ってしまった。

 

「くっ、ダメージが全然抜けていない……!」

「今だ小鳥遊、比得!」

「ヒーッヒヒ! 行きますよぉ!」

 

 やっぱ笑ってる姿怖いなあの人……。

 

 ピエロのようなペイントを顔に施している比得と小鳥遊が飛び上がり、空中でボールを何十何百と蹴りつけていく。

 初期のころからいた雷門のメンバーは、これを見て()()()を連想したことだろう。

 ただし、これはその進化版。

 その名も——。

 

『二百列ショットッ!!』

 

 何度も蹴られて蓄積されたエネルギーが、爆発したかのようにボールを推し進めさせる。

 円堂君は体の痺れが取れていないのか、必殺技の体制に入れていない。

 決まったね。

 と思ったところで、大きな影がボールの行く手を遮った。

 

「ザ・ウォールッ!」

 

 それは雷門ディフェンスの壁山だった。

 彼が叫ぶと、巨大な岩でできた壁がその背後に出現。

 シュートを防がんと立ち塞がる。

 

 しかし、それじゃああのシュートを止めるには足りない。

 二百列ショットは壁を打ち砕き、さらに奥へと進んでいった。

 

 だけど、吹き飛ばされていた壁山は笑っていた。

 まるで自分の役割を終えたとばかりに。

 

「あとは頼んだッス!」

「ああ! 任せておけ!」

 

 彼の背後には、すでに魔神がその腕に力を蓄えていた。

 そうか、あれはただの時間稼ぎか。

 

 本日四度目のマジン・ザ・ハンドが放たれる。

 ザ・ウォールによって威力が減少していたのもあって、ボールはあっさりと円堂君の手に収まった。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「まずい、このままじゃ円堂が……」

 

 しかしその代償は大きい。

 円堂君は大技を短時間で何回も使用した疲労で、膝をついた。

 その足にダラダラと、汗の滝が流れ落ちている。

 

 皇帝ペンギン1号のダメージがまだ残っているのは確認済みだし、果たしてあと何回耐えられることかな? 

 

「円堂をカバーする! いくぞ!」

「待てぇ鬼道! どこへ行くつもりだぁ!!」

 

 鬼道君がボールを持ったとたん、すっごい気迫で佐久間が走ってきた。

 うん、勢いはすごいんだけどさ……なんというか、その走り方がどこぞのアニメの奇行種というか、獣というか……。

 とにかく気持ち悪い。

 超気持ち悪かった。

 

「っ、佐久間……!」

 

 もはやよだれを垂らし、ゾンビのように佐久間は何度も何度も、執拗にプレスをかけようとする。

 だけど悲しいかな。

 ダメージを受けた身体じゃ細かい動きはできないらしく、そのまま勢いに流されて彼は転んでしまった。

 

 だから魚みたいにビチビチ跳ねるな! 

 気色悪い! 

 

「説得しようたって無駄無駄。こいつらは心の底から勝利を望んでいる。勝ちたいと願っているんだ」

「不動……っ!」

 

 ヘラヘラと悪魔のような笑みを浮かべた不動と。

 鬼のような形相の鬼道君が、正面から衝突する。

 

 それは高次元の攻防だった。

 フェイント、タックル、ドリブル。

 なによりも、こいつには負けたくないという気迫。

 滲み出る闘気が汗となって、グラウンドに飛び散る。

 

「なぜだ!? なぜ、あいつらを引き込んだっ!?」

「俺は負けるわけにはいかねえんだよっ!!」

 

 いやQ&Aしっかりやんなよ。

 答えになってないよそれ。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「オラァァァァァッ!!」

 

 双方の渾身の蹴りが、ボールを間にぶつかり合う。

 ボールはやり場を失ったエネルギーを抑えきれず、光を放ちながら空へと昇っていった。

 

 あれは……必殺技の兆候? 

 

 その考えはホイッスルの音によって途切れてしまった。

 ハーフタイムだ。

 不動と鬼道は互いに睨み合いながら、それぞれのベンチへと戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 ベンチに戻っても、佐久間たちの荒い息は絶えることはなかった。

 筋肉が破壊されかけているため、わずかな動作だけでも激痛が走るのだ。

 それでも、二人の目に宿っている、濁った光は消えることはなかった。

 

「おいおいもうへばったのかよ? まだ前半だぜ。しっかりしてくれよぉ?」

「安心しろっ。後半戦も、皇帝ペンギン1号で点を取り……」

「ビーストファングで、どんなシュートも止めてみせる。そして——」

 

『必ず、勝つっ!』

 

「そうそう、それでいいんだ」

 

 痛々しげな二人の姿に、雷門イレブンの表情が曇る。

 無理もない。

 ただ敵が強いというだけなら、いくらでもあった。

 だが現在直面している問題は、それとはまた別のものだ。

 

 相手の選手生命がかかっている試合。

 そんな中でプレイしていて、普通の中学生が平気でいられるわけがなかった。

 

「二人のためには、試合を中止した方がいいのかも……」

「っ、そうだな。たしかに試合がなくなれば、禁断の技を使わせずに済む」

「残念ながら、試合中止は認めないわよ」

 

 秋と土門の提案を、瞳子は受け入れなかった。

 曰く、この試合にもエイリア学園が関わっている。だから、負けるわけにはいかない、と。

 

 誰もが理屈ではわかっているが、簡単に聞き入れることはできなかった。

 そんな中、場違いな拍手が雷門の面々の耳に入った。

 

「うんうん、私もその意見には賛成だね。せっかくここまでやったんだ。中止するのは野暮ってもんだよ」

「なえ……っ!」

 

 なえは不気味なほど、綺麗な笑みを貼り付けながら、ゆっくりと雷門ベンチへ近づいてくる。

 雷門イレブンは、それを聞いて激怒した。

 すぐさま、怒りを発散するように食ってかかる。

 

「お前、わかってるのか!? このままじゃあいつらは!」

「あんた、鬼道と同じ帝国学園の仲間だったんだろ!? それとも、自分の便利な駒に過ぎなかったとでも言うつもり!?」

「まさか。私は帝国も世宇子の選手たちを、どっちも大切な仲間として見ていたよ」

「ならどうして!?」

「だって仕方ないじゃん。これはサッカーなんだもん。戦いで仲間が傷ついちゃうのは当たり前でしょ?」

「なっ、なんだよそれ……!?」

 

 あまりに身勝手で、理不尽な理由。

 それを前に、塔子は絶句して何も言い出せなくなってしまう。

 

「君はサッカーができなくなることの辛さがわかっているのか!?」

 

 その言葉を発したのは、普段は温厚で平和的な一之瀬だった。

 しかし、彼は今明らかに、彼女に対して怒っていた。

 

「俺は、昔事故にあって、サッカーが二度とできないって言われたことがある。それがどんなに悔しくて、辛かったか……っ!」

「それが甘いって言ってるんだよ一之瀬一哉! 足が折れたなら砕け散るまでボールを蹴れ! 心臓病なら破裂するまで走り続けろ! 今お前が生きてるのが、お前の甘さなんだよ! 怪我が理由で全力でプレイしない選手なんて、死んでしまえ!」

 

 突如響いた、雷のような怒声に誰もが目を見開いた。あの鬼道ですらも。

 彼女に怒っていた一之瀬も、そのあまりの気迫に怯んでしまう。

 

 突然の豹変。

 一之瀬以上に、なえが怒ったところを鬼道は見たことはなかった。

 だが、今の彼女はまるで別人だ。

 普段貼り付けている笑みは消えていて、ただただ無表情。

 それがなによりも、恐ろしく感じられた。

 

「選手生命? 関係ないね! 私たちはサッカープレイヤーだ! サッカーが目の前にある限り、どんな手を使おうが、命果てるまで全力で! 最後まで! プレイしてやる!」

 

 高らかに、なえはそう宣言してみせた。

 

 今までは、佐久間や不動から感じられるものを、そう呼ぶのだと思っていた。

 しかし今の彼女を見て、その溢れ出る薄ら寒いものをなんと呼ぶか、このとき全員が理解する。

 

 狂気。

 圧倒的な、狂気。

 彼女は純粋に、サッカーに狂っているのだ。

 

「……試合を続けよう」

「鬼道っ!?」

 

 鬼道の言い出したことに、全員が正気を疑った。

 鬼道は佐久間たちを見やりながら、真剣に理由を述べる。

 

「たしかに、試合を止めれば今の佐久間たちを救うことはできる。だが、それではあいつらはこの先ずっと、影山の影響下に置かれてしまう。そして、いずれまたあの技を使い、二度とサッカーできない身体に……」

 

 勢いよく視線を上にやり、影山がいるであろう場所を睨みつける。

 

「やはり、この試合で救い出すしかない!」

「……わかった。だけど絶対に、佐久間たちにあの技を出させないようにしよう!」

 

 全員が覚悟を決めた。

 円堂を中心に、なえがいるにも関わらず、あれこれと作戦案を出し始める。

 

「そう、それでいいんだよ」

 

 なえは邪魔になると思い、その場を去ろうとした。

 なえが許すのは『サッカー内』での行為であって、作戦の盗聴は彼女のルールに反する。

 

 しかし、真帝国ベンチへ戻っていく彼女を、円堂が引き止めた。

 

「なえ、やっぱりお前の考えは間違ってる。サッカーのために仲間が犠牲になるなんてことはあっちゃいけない。サッカーは仲間がいなかったらできないんだ! 仲間を蔑ろにするお前に、それを教えてやる!」

「……こりゃ一本取られた。そう言われちゃ、反論できないね」

 

 まるでイタズラが失敗した子供のように、なえは頭をかきあげる。

 

「だからこそ、あなたは面白いんだよ。円堂君」

 

 それだけ言い残して、今度こそ彼女は去っていく。

 その顔には、先ほどまで浮かべていなかった笑顔が貼りついていた。

 




 ♦︎『マキシマムサーカス』
 オリオンで得た不動さん念願の個人技。
 やったね! これで韓国戦でノーマルシュートをバカスカ撃っては全て止められるなんて悲劇は食い止められそうだ!
 詳しい描写はネットで調べましょう。


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怒る司令塔

 ベンチへ戻ってきた私を、佐久間と源田は目を丸くして見てきた。

 

「ん、どったの?」

「いや、珍しいなと思って」

「お前が怒っているところなんて始めて見たぞ。というか、お前も笑み以外を浮かべられたんだな」

「ちょっとそれってどういう意味?」

 

 まったく、なんて失礼なやつだ。

 私はセールスマンじゃないんだぞ。そんなに毎日笑ってるわけないじゃん。

 

「まあ、取り乱しちゃったのは認めるよ」

「ふっ、よっぽど試合を中止されるのが堪らなかったのか。お前らしい」

「それもあるけど、たぶんみんなの持ってるエイリア石の影響を受けたのかもね。うまく感情がコントロールできなくなってる」

 

 私は裏社会にどっぷり浸かっちゃってるため、いざというとき拷問にも耐えられるように精神修行もさせられている。

 普段の私ならあそこでイラつくことはあれど、あんな風に怒鳴ることはなかった。

 エイリア石は身につけなくても近くにいるだけで精神汚染を受ける、か。勉強になった。

 

「敵情視察とはご苦労様だなぁ。で、成果は?」

「いや、なんにも? というか、そもそもそんな邪な目的で行ったわけじゃないし」

「ハッ、使えねぇ野郎だな!」

「野郎じゃないし、女だし。そこんところの区別もつけられないでよく司令塔なんてやってられるね」

「ああん!? んだとコラ!」

 

 相変わらず沸点の低いやつである。

 こんなのが司令塔だなんて、ほんと世も末だ。

 

「不動、うるさいぞ。もうちょっと落ち着いたらどうだ」

『いや佐久間、お前が言うな』

 

 源田、不動、私と、決して交わることのない私たちの意見は今このときだけ一致した。

 さっきの試合見直してきなよ。

 なによあのバーサーカーっぷり。聖杯戦争の筋肉モリモリマッチョマンでもまだマシな動きしてたぞ。

 いくらエイリア石込みでも、こいつは一度技術云々よりも精神修行をしてくるべきである。

 

 体育座りになって落ち込んでしまった佐久間を放っておいて、話を続ける。

 

「で、用件はなに? 不動がなんの理由もなく私に話しかけてくるはずないでしょ?」

「次の作戦が決まった。開幕()()を撃つ」

「……アレね。でもアレは佐久間のマークがいると厳しいんじゃない?」

 

 アレとは、私、佐久間、不動による必殺技のことだ。

 さすがに皇帝ペンギン1号までとは言わないけど、威力は折り紙つき。

 だけど撃つには、佐久間のマークをどうにかする必要がある。

 

 だけど不動は、だからこそ開幕なんだと答えた。

 

「たしかに、試合が始まれば佐久間にはマークがつくだろうぜ。だが、逆に言えば試合前にマークはついていない。この意味がわかるな?」

「なるほどね。一度っきりのチャンスってわけか」

 

 不動の考えた作戦に舌を巻く。

 悔しいけど、こういうところはこいつに敵いそうにないね。

 さっきこいつが司令塔で大丈夫か? みたいなこと言ったけど、取り消しておいてやろう。

 ただし、口では言わないけど。

 

「というわけで、聞いてたか佐久間?」

「ああ、バッチリだ。やってやるさ」

 

 うん、佐久間の精神状態も落ち着いてきたようだ。

 これならやれる。

 

 ハーフタイム終了の音がなった。

 私たちはゆっくりと立ち上がり、マイペースにフィールドへ戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 コートを入れ替えて、それぞれがポジションについていく。

 まあ今日は無風だし、コートチェンジは関係ない。

 強いて言うなら、グラウンドに仕掛けられたカメラの映りが変わる程度だ。

 

 相手チームはなんと、フォーメーションを元のベーシックに戻してきたようだ。

 つまりは、フォワードにシロウが参加している。

 しかもすでにアツヤの人格が出ているようだ。

 

 どうやら相手さんもやっと勝つ気になったらしい。

 それでなくちゃね。

 

 ホイッスルが鳴り、染岡へボールが出された瞬間に、私は加速する。

 

「真クイックドロウ」

「っ、くそ!」

 

 染岡を通り過ぎ、ボールを高速で掠め取る。

 スピニングカットを使わなかったのは、弾いたボールを回収されるのを防ぐためだ。

 

 すぐさまバックパスを出し、前へ走り出す。

 

「アレ、やるぜぇ!」

「円堂君たちの牙、抜いてあげる!」

「こいつで沈め!」

 

『な、なんと!? 白兎屋、佐久間、不動が一列に並んで走り出した!』

 

 実況の人、いたんだ……。

 じゃなくて! 

 

 不動は悪魔のように笑うと、センターラインからシュートを放つ。

 それを、前方にいた佐久間がキックを加えて加速させる。

 ボールはそのあまりの速度に黄色い熱を帯び始める。

 でもまだだ。

 私はさらに走り込み、トドメを刺すかのように足を振りかぶって——それに蹴りを入れた。

 

『トリプルブースト!!』

 

 ボールは黄色から赤へ。

 超加速したそれは雷門の選手たちを次々と通り過ぎながら、ゴールへ迫る。

 

 まさかの超ロングシュート。

 それに反応できたのは円堂君と……壁山と財前だった。

 

「ザ・ウォール! ——ぐわぁぁっ!!」

「ザ・タワー! ——きゃああっ!!」

 

 シュートブロックかっ。

 

 ゴール前に出現する、壁と塔。

 赤熱を放つボールはまるで巨大なハンマーで叩くかのように、それらを一撃で粉砕してみせた。

 

 だけど、そのせいでボールの勢いが落ちてしまう。

 

 弱まったシュートを止めようと、魔神が手を伸ばしてくる。

 

「マジン・ザ・ハンド改! ——ぐぅぅぅぅっ!!」

 

 魔神の手のひらの上でボールは回転し続ける。

 その摩擦熱によって黒煙が舞い上がった。

 

 結構な熱が出てるはずだけど、それでも円堂君は手を離さずに、顔をしかめながら腕を伸ばし続ける。

 そして数十秒後、ようやくボールの回転が収まった。

 

 まさか、これも止められちゃうとはね。

 いや、素直に円堂君を褒めるべきか。

 

 私の目はしっかりと捉えていた。

 彼のグローブが、炭化しかけてあちこち破れていることを。

 その先にある皮膚がわからなくなるほど、手が真っ黒に焦げてしまっていることを。

 

 あの手で止めるとか、本当人間じゃない。

 その目は負けてたまるかという意思で満ちている。

 さっきは意見の食い違いがあったけど、やっぱり彼も私と同類だ。

『サッカーに命を賭けている』。

 

「ちっ、次だ次! 何回かぶち込んでりゃ、いつかは……」

「無駄だな」

「……なんだと?」

 

 不動の言葉を、鬼道君は否定した。

 二人は先ほどのように睨み合う。

 

「そんなゴーグルをつけてるせいで目がおかしくなってるんじゃねぇか? どう見てもあいつは虫の息だ。もう力なんざ残っちゃいねぇよ」

「円堂の強さは、諦めない心だ。それが無限に力を引き出させていく。特に、お前のようなサッカーを汚す者にはな!」

「鬼道!」

 

 鬼道君の元へボールが渡る。

 一対一。

 不動は青筋を浮かべながらも、舌なめずりをした。

 

「面白ぇ……! だったら、それがただの妄想だってことを証明してやるよ!」

 

 まるで前半の続きだ。

 二人は激しくせめぎ合い、お互いの身体をぶつけていく。

 

 その衝撃で、鬼道君の体勢がわずかに崩れた。

 

「もらったぁ!」

「……待って不動!」

 

 勝ったとばかりに、足を伸ばす不動。

 しかし、私の位置からは見えていた。

 鬼道君の後ろから複数の人影が上がってくることを。

 

 鬼道君は突如誰もいない場所へボールを蹴り出す。

 不動から見れば、苦し紛れの行動だとでも思ってしまうだろう。

 だけどその先へ風丸が素早く走り込み、ボールへと追いついてみせた。

 

「なっ……!?」

「残念ながら、見えていなかったのはお前のようだな」

 

 風丸は向かってくるボールを、ダイレクトで蹴り返す。

 お手本のようなワンツー。

 身を軽やかに翻し、鬼道君は不動を抜いてボールを受け取った。

 

「円堂の言う通りだ! サッカーは仲間でやるものだ! お前たちのような、仲間を自ら傷つけるようなやつらに俺たちは負けない! 負けるわけにはいかない!」

 

 うぐっ。

 おそらくは私に向けても言っているのだろう。

 言い返せなくて、地味にダメージを受けるよ。

 

「上等だ……! そんなにお仲間が大事なら、俺の手でぶっ壊してやるよ……!」

 

 うわぁ、めっちゃキレてる。

 不動は鬼道君に出し抜かれたことがよっぽどご立腹なのか、すんごい青筋を浮かべながら震えていた。

 しかし何かいいことを思いついたのか、すぐにその表情を邪悪な笑みへと変える。

 

 場面は切り替わって、雷門側へ。

 ボールは鬼道君の足を離れ、染岡のところにあった。

 ゴールへ向かって走る彼に、郷院たちディフェンスが立ち塞がる。

 

「撃たせろ! シュートは源田が止める」

「なっ!?」

 

 その指示に私は驚く。

 まさか、わざとシュートを撃たせるつもりなの? 

 言うまでもなく、それは悪手だ。そもそもメリットがない。

 源田のビーストファングのストックだって少ないのに。

 

 ……ん、ストック? 

 不動の目は輝いていた。まるで映画の有名なワンシーンを待ち望むかのように。

 

 ようやく、私は理解した。

 こいつは源田を見せしめとして、使い潰すつもりなのだと。

 

 いくらあれの中身がキチガイでも、指揮権を持ってるのはあいつだ。

 郷院たちはサッと染岡の前から退いてしまう。

 

「バカ不動! 今すぐボールを取って!」

「おいおい、落ち着けよなえ。どうやったってあいつらはシュートを撃てねぇんだ。焦っても意味ないだろ?」

「鬼道君の話聞いてなかったの!? 雷門の一番の脅威は現在の力じゃなくて、その進化速度なんだよ!」

 

 言い争ってる間に、染岡はシュートを撃った。

 手足が生えた翼竜のブレスとともに、ボールが吐き出される。

『ワイバーンクラッシュ』。

 

 源田は両手を前に突き出してビーストファングの構えを取る。

 しかし、それはある程度まで進むと、磁力で引き寄せられたかのように急に曲がった。

 

 誰もがその行方を目で追っていく。

 そして見た。

 あらかじめ予知していたかのように、そこにシロウが走り込んできているのを。

 

「ビースト——」

 

 源田は急いで構え直そうとするけど。

 

「遅ぇよ! エターナルブリザード——ハァァアッ!!」

 

 シロウの方が早かった。

 ワイバーンクラッシュをさらにエターナルブリザードで加速。

 その結果、ブレスは氷を纏い、凄まじい速度で源田の横を通過してゴールに入った。

 

 まさかの失点。

 私は苛立ちながら、不動の胸ぐらを掴み上げる。

 

「不動、今のは明らかにあなたの落ち度だよ! 鬼道君のことを個人的に恨むのはいいけど、勝利に徹したプレイをして!」

「うるせぇ! 俺がどうやろうが勝手だろうが! 勝ちゃいいんだろ勝ちゃ!」

「こ、のっ……!」

 

 この分からず屋が! 

 私は別に、全力で戦っている仲間のミスを責めることはない。

 だけど、真剣にやらないやつは大っ嫌いだ。

 

 今回の不動がまさしくそれだ。

 必要のない命令で点を取られた。

 それだけで、私にとっては万死に値する。

 

 殺すつもりで不動を睨みつける。

 不動は怯んで、落ち着きを取り戻した。

 

「ちっ、わかったよ。責任ぐらいは取ってやる」

「当たり前だよ。次変なことしたら容赦しないから」

「ああ、取ってやるよ。責任をな。くくく……っ」

 

 なんだろあいつ、急ににやけちゃって。気持ち悪い。

 だけど、いつまでも気にしている場合じゃない。

 私はセンターライン近くに戻っていった。

 

 試合が再開。

 ボールを得ると同時にライトニングアクセルを発動しようとしたけど、力を溜めるために一瞬硬直している隙を突かれてしまった。

 キラキラと雪結晶が視界の端で舞う。

 

「アイスグランド!」

「っ……!」

 

 やられた。

 ディフェンスの方のシロウに戻っていたのか。

 彼と染岡は並びながら、攻め込んでくる。

 

 迫りくるディフェンスをかわそうとシロウは染岡にパスを出す。

 

「くらえぇぇぇっ!!」

「なにっ——ぐああぁぁぁぁ!?」

 

 しかし、絶妙なタイミングでの不動のスライディング。

 それは見事に直撃した。

 ——染岡の足へ。

 鋭いスパイクが肉へめり込む。

 

 悲痛な断末魔をあげながら、彼は勢いよく倒れた。

 当然のようにホイッスルが鳴る。

 

 不動、狙ったね。

 審判からあいつにイエローカードが掲げられた。

 だけどそれ以上に、雷門が失ったものは大きい。

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

 苦しそうに足を押さえながら、その場を転がる染岡。

 その足はソックス越しでもわかるほど、大きく腫れてしまっている。

 あれじゃあもう走るのは無理だろう。

 シュートなんてものはもちろん論外だ。

 

 これが、あいつの責任の取り方か。

 だけど今回は責めたりはしない。

 なぜなら、これもサッカーの一部だから。プロの試合ともなれば、相手の有力選手を潰そうとするのはよくあることだ。

 

 だけど、やられた方はたまったもんじゃない。

 シロウがその怒りをぶつけようと、拳を振りかぶる。

 しかし染岡に諭されて、不動を睨みつけながら元のポジションへ帰っていった。

 

 不動は満足げでこちらに寄ってくる。

 

「ほらよ。責任、取ってやったぜ」

「はぁ、もう何も言わないよ。だけどレッドカードにだけは気をつけてね」

「さすがの俺もそこまでバカじゃねぇよ。ここで退場しちゃぁ、デザートが食べられなくなっちまうからなぁ」

 

 これ以上ないほど心配だ。

 このキチガイなら、試合中に選手を海までぶっ飛ばしたりとか本気でやりそうなんだもん。

 こいつの技ファールになりやすいの多いし。

 ジャッジスルー2とかくれぐれも使わないでくれることを願うばかりだ。

 

 だけど、この不動のプレイによってまた戦局が傾いた。

 竜の翼はもいだ。もう飛び立つことはない。

 あとは魔神を、あの悪魔のシュートで粉砕すれば、こちらの勝利だ。




 不動といえばトリプルブーストという人も多いはず。
 彼、ゲーム2だと勝負なしで仲間になるうえ、初期からトリプルブースト覚えてるんですよね。
 どうしてアニメでDEに取られてしまったのか。


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真紅の悪魔

 足に怪我をしたのに結局染岡がベンチに戻ることはなかった。

 なんでも雷門のベンチは現在一人しかいなくて、しかもそのメガネ君がこれまた怪我をしているようなのだ。

 てことで染岡はフィールドに残されることとなった。

 

 とはいえ、あの足じゃもう動くのは無理だ。

 これで実質一人減ったと考えても過言ではないだろう。

 

 フリーキックで、ボールは雷門からだ。

 キッカーは風丸。

 私たちはそれぞれが雷門イレブンのマークにつく。

 

「いくぞ! うぉぉぉっ!!」

 

 蹴り上げられたボールは右側へ。

 ちょうど私の近くだ。

 鬼道君や一之瀬につなげようとしたんだけど……甘い!

 軽やかに飛び上がり、インターセプトしようとする。

 

 しかしそのとき、風丸の口角が上がっているのが見えた。

 

 私の足に当たる直前。

 ボールはなんと、不自然なまでに急カーブして、逆サイドに落ちていった。

 

「名付けて、バナナシュート!」

「そんなのあり!?」

 

 バナナシュートじゃないよ!

 なにあの曲がり方!? ほぼ直角だったぞ!

 風丸にそんな特技があったなんて、聞いてないぃ!

 

 さすがに地に足が着いてなければ、自慢のスピードも発揮できないわけで。

 私はまんまと出し抜かれて、ボールが通るのを許してしまった。

 落ちたボールをシロウが拾う。

 

「くそっ、使えねぇ! 帯屋、弥谷!」

『ダブルサイクロン!!』

 

 不動がディフェンス陣に指示を出した。

 帝国の『サイクロン』の強化系『ダブルサイクロン』。

 足を振り切ることによって発生した、二つの竜巻がシロウを襲う。

 

「ぐぅぅ……っ! こんなそよ風ぇ……っ!」

 

 必死に風に耐えながら、シロウは足で地面を踏み締めるように、一歩一歩進んでいく。

 しかし抵抗虚しく、いっそう風が強くなったとたんに竜巻にボールごとさらわれて、空へと打ち上げられてしまう。

 

 竜巻が消え、ボールが落ちてくる。

 だけど二人がそれを拾うより早く、鬼道君が飛び上がりカットしてしまった。

 

 彼らを抜かれてしまっては、もう源田しか守備にはいない。

 源田は憎むべき鬼道君を目の前にして、声高らかに吠える。

 

「いくぞ源田!」

「お前一人でなにができる! 力の差を思い知らせてやる!」

 

 源田はもちろんビーストファングの構え。

 それを目の前にして、鬼道君は躊躇なくボールを蹴った。

 

「この程度! ビーストファン……なにっ!?」

 

 だけどそのボールは源田の頭上を超えて、バーに当たった。

 まさかのミスキック? ……いや違う!

 

 跳ね返ったボールめがけて飛び上がる鬼道君。

 彼のその姿は、自然と既視感があった。

 

 そうだ、あれは地区大会決勝のとき、私が円堂君に見せた……!

 

 鬼道君は空中に飛び上がりながら、指笛を吹く。

 すると何匹ものペンギンが地面から飛び出してきて、ボールに次々と突き刺さっていく。

 

「オーバーヘッドペンギン!」

 

 空中で逆さまになりながらの、鬼道君のシュートが放たれた。

 源田はこれまた意表を突かれて、構えすら取れていない。

 そのままペンギンたちがゴールに突き刺さって、雷門の2得点目になってしまった。

 

「そんな……バカな……! 俺たちは強くなったはず……!」

 

 源田は膝をつき、地面を殴りつけた。

 虚しい音が鳴る。

 

 そんな彼を、鬼道君は見下ろす。

 

「……さっきのフェイント。あんなのは子供騙しだ。帝国のときのお前なら、パワーシールドに切り替えることで十分防げたはずだ」

「なにが言いたい……!」

「お前はビーストファングを出すことだけに集中しすぎて、真正面からしかボールを見れなくなっているんだ。はっきり言ってやる。お前は強くなったんじゃない! 弱くなったんだ!」

「なん……だと……?」

 

 『弱くなった』。

 その言葉にショックを受けすぎたのか、源田はそのまま固まって、動かなくなってしまった。

 

 ありゃりゃ。だめだありゃ。

 あーなったらもう源田は使いものになりそうにない。

 補欠のキーパーは試合前に潰してしまった。

 ……あれ、これもしかして超ピンチ?

 

「不動、私はディフェンスに下がる! あなたはなんとか佐久間にボールを回して!」

「くそったれ! これでアドバンテージはゼロかよ!」

 

 こうなったら私がキーパーをやるしかない!

 ……足しか使えないけど。

 

 試合は再開。

 前線に私がいないせいで、雷門の攻撃陣は絶好調になってしまっている。

 次々とディフェンスを超えてきて、シュートを撃ってくる。

 

「スピニングシュート!」

「スピニングカットV3!」

 

 相手も源田が役に立たなくなっていることを理解しているようで、ペナルティエリア外でも普通に撃ってきた。

 それを衝撃波の壁で弾く。

 こぼれ球を郷院が拾おうとして……氷の結晶が彼を包み込んだ。

 

「アイスグランド」

 

 彼はその場で氷像と化して、動けなくなってしまった。

 そのボールをエースストライカーであるシロウが回収してしまう。

 

 最悪のシナリオ。

 ここで……ここでまた、負けちゃうの?

 流れる数秒間で、数え切れないほどの考えが頭をよぎっていく。

 いやだ……! そんなのは、いやだっ!!

 

「エターナルブリザード!!」

「スピニングカット、V3ィィッ!!」

 

 発生する衝撃波の壁。

 でも彼から放たれたシュートの前では意味をなさず、すぐに貫かれてしまう。

 

「負けて、たまるかァァァァァァッ!!」

 

 それでも私は諦めなかった。

 たとえ壁がなくたって、私自身が壁になってやる。

 そうして立ち向かい、氷のシュートが腹にめり込んだ。

 

 あまりの衝撃に、一瞬意識が飛びそうになる。

 それでも歯を食いしばって耐えるけど、それでもボールは私を押してゴールへと向かっていく。

 

 だめだ! このままじゃ吹っ飛ばされる!

 だったら……っ!

 

 私は自ら、ボールを巻き込んで跳躍した。

 地面という支えがなくなった私の身体は急速に後ろへ進んでいく。

 しかし鈍い音とともに硬い何かが私を受け止めた。

 

 私の背中に当たったのは、ゴールのポストだった。

 今度こそ意識が飛びそうだ。後頭部を打ちつけたのか、ネバネバした液体の感触も感じられる。

 だけど、これ以上ボールが進むことはない。

 

 私の腹をドリルのようにボールはえぐり続けて、とうとう失速して地面に落ちた。

 同時に私も、その場で崩れ落ちる。

 

「ハァッ……! ハァッ……!」

 

 まずい、さすがの私でもこれはヤバいかも……!

 視界が霞んでいく。

 前が、前が見えない……。

 自然と身体から力が抜けていく。

 くそ……このままじゃ……。

 

「さっさと立ちやがれこのバカ女ぁ!!」

 

 その大声は、意識が途切れ途切れな状態でもよく聞こえた。

 

「お前、あれを見てまだわからないのか! あいつももう限界だ!」

「うるせぇ! 俺は負けるわけにはいかねぇんだよ!!」

 

 ごちゃごちゃうるさくて、ロクに聞き取れやしない。

 誰が何を喋ってるのか。それすらもよくわからない。

 だけど、目。

 顔すら見えないのに、その爛々と光り輝く熱い目だけはよく見えた。

 

「……アハッ」

 

 まったく、人使いの荒いやつだよ。

 だけど、その目は嫌いじゃない。

 

 やつの視界に、すでに鬼道君は映っていなかった。

 今映ってるのは勝利のビジョンだけだ。

 なら、それに応えてあげるのが、サッカープレイヤーだ。

 

 なんとか立ち上がるけど、足がもつれてポストに寄りかかってしまう。

 はぁ、なんかすっごい気持ち悪い。頭がグルグルしてるし、真っ暗だ。もしかしたら私は寝ているのかもしれない。

 

 ほおにポストのひんやりした感覚が伝わってくる。

 気持ちいい……そして、ちょうどいい。

 

 私は思いっきり、ポストに頭突きをかました。

 

 キーンという、耳が痛くなるような音がグラウンド中に響く。

 血が噴き出し、視界の一部が真っ赤に染まる。

 でも、でもでも。

 

「……フフッ、アハハッ! 気持ちいい! さいっこうにいい気分だよォ!!」

 

 私の頭にあった不快感は、キレイさっぱり消えていた。

 

「アハッ、どうしたどうしたのみんなァ。そんな驚いた顔しちゃってェ」

「なえ、ちゃん……っ」

「そうだよ、私はなえだよ。この世で一番……頂天に輝く者だ!」

 

 『ライトニングアクセルV2』。

 不意を突いてシロウを抜き去る。

 そのままスピードに乗って、前線へ前線へ。

 

 風が心地いい!

 今なら音速でも超えられそうだ!

 

 グングングングン敵を追い抜いていく。

 そうやって進んでいくと、四人もの選手が私を取り囲んできた。

 よっぽど私に脅威を感じたようだけど、甘い。

 

 私は急ブレーキして、シュート気味にボールを蹴った。

 稲妻のように鋭いそれを、不動が辛うじて追いついて受け取る。

 

 これでディフェンス陣は壊滅的だ。

 だけど、肝心の佐久間には一之瀬がべったりとマークについてしまっている。てこでも動きそうにない。

 

「佐久間にボールは渡さないよ!」

「いい子ちゃんは引っ込んでな! ——ジャッジスルー2ッ!!」

「ぐっ! ごっ! がっ! ぐわぁぁぁっ!!」

 

 だから、不動はあえて彼にボールを渡して、その後マシンガンのような蹴りをボール越しで叩き込んだ。

 悪魔をも粉砕する狂気の奥義。

 一之瀬は血反吐を吐きながら、地面に倒れる。

 

 そしてコロコロと地面を転がっていくボールが……佐久間の足に届いた。

 

「やめろぉぉぉっ!!」

 

 鬼道君が叫ぶが、間に合わない。

 

「皇帝ペンギン……1号ぉっ!!」

 

 悪魔のシュート、二発目。

 真紅のペンギンたちがゴールへ襲いかかり、全体の筋肉が潰れたかのような激痛が、彼の身体に走った。

 

「おっ……グガァァァァァァッ!!」

 

 彼の痛みを代償として、ペンギンたちは力を増していく。

 その前に、青い光を纏い回転する鬼道君が立ち塞がる。

 

「バックっ、トルネード!!」

 

 エネルギーを溜めたかかと蹴りがシュートと激突。

 しかし皇帝ペンギン1号を弾くには、あまりに力不足。

 彼は駒のように逆回転しながら吹き飛ばされ、倒れた。

 

「マジン・ザ・ハンド改ッ!!」

 

 魔神の手がペンギンたちを押し止める。

 さっきのバックトルネードである程度パワーダウンしてたのか、すぐに魔神が消え去ることはない。

 だけどそれも時間の問題だ。

 彼の身体が、徐々にゴールへ押されていく。

 

「負けて、たまるかぁぁっ!!」

 

 やがて魔神の腕が砕け散り、ボールが円堂君に迫っていく。

 しかし彼は諦めずに、ボロボロの手を伸ばした。

 

「真熱血パンチ!!」

 

 黒こげになっていたはずの手が逆に燃え上がる。

 そして炎の拳がシュートと衝突し……歪な方向へボールを弾くことに成功した。

 

「円堂、大丈夫か!?」

「ああ、なんとか……だけど……」

 

 円堂君は正面を見やる。

 そこには地面に崩れつき、過呼吸かと思わせるほど呼吸を荒くしている佐久間がいた。

 

 見ていられない。

 彼の状態を一言で表すならこうだろう。

 

「もうやめるんだ!」

「やめるわけには……いかない……っ」

 

 ユラユラと。

 幽鬼のようにふらつきながら、佐久間は歩いていく。しかし一歩踏み出すたびに悲鳴をあげていて、すごく辛そうだ。

 

「なぜわからない!? 二度とサッカーができなくなるんだぞ!」

「わからないだろうな、鬼道……お前には……っ」

 

 息も絶えた絶えになりながら、佐久間は語り出した。

 彼がどんなに練習しても鬼道君や私に追いつけないこと。

 一緒にプレイしてるはずなのに、まるで別の世界を見ているように感じられたこと。

 そしてエイリア石があれば、鬼道君を超え、さらなる高みへと登っていけること。

 

 彼はただ、並び立ちたかっただけなのだ。親友である鬼道君のとなりに。

 それが、エイリア石によってずいぶんと歪められてしまい、こうなった。

 

 可哀想だとは思う。

 だけど同情はしない。

 それがサッカーというもの。

 

 だから、たとえ三回目の皇帝ペンギン1号を撃たせることになっても、私は後悔しない。

 

「佐久間!」

 

 鬼道君たちが喋っている間に回収しておいたボールを、佐久間にパスする。

 彼は鬼道君を目の前にして、指笛を吹いた。

 

「これで最後だ! ——皇帝ペンギンっ、1号ォォォォォォッ!!」

 

 三発目。最後の一撃。

 ボールを蹴った瞬間、私の耳にメギャメギャという嫌な音が聞こえてきた。

 

「グオ“ガァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ッ!!!」

「佐久間ァ!!」

 

 もはや人間のものとは思えない叫び声をあげながら、佐久間は倒れる。

 だが悪魔は止まらない。

 その延長線上にいる鬼道君は、佐久間のことでワンアクション遅れてしまい、蹴り返すはおろか、避けることもできそうにない。

 だけど彼の顔にボールが当たる直前、誰かの足が横から飛び込んできた。

 

「させるかぁぁっ!!」

「染岡っ!?」

 

 鬼道君を守ったのは、足を怪我していたはずの染岡だった。

 タイツ越しからわかるほど腫れ上がった足がボールを食い止めている。

 だけど、そんな無茶をすれば当然、

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 先ほど佐久間から聞こえてきたものと似た音が、また耳に入ってきた。

 それだけで、彼の右足が完全に潰れてしまったことが、私にはわかった。

 

 だけど、それでもボールは止まらない。

 目も開けられないほどの爆発が起きた。

 染岡は宙に放り投げられ、不安定な体勢で地面に落ちてしまう。

 

「大丈夫か、染岡!?」

「かはっ……のっ、残しておいてよかっただろ……? ぐっ……!」

「……っ! 染岡ァァァッ!!」

 

 それだけ言い残して、彼は瞳を閉じた。

 倒れた仲間への思いや悔しさが、叫びとなってグラウンド中にこだまする。

 

「おら、もう一度だ佐久間! ……って、ありゃダメだな」

 

 だけど、試合中に悲しんでいる暇などない。

 いつの間にか回収していたボールを出そうとして、不動は佐久間を見る。そして舌打ちをした。

 

「ァ……ァァ……ッ!」

 

 佐久間は白目を剥きながら倒れていた。

 闘志が消えたとかの話ではない。意識を失ってしまっている。

 もはやピクリとも動かすことのできない様は、まるで糸が切れた人形のようであった。

 

 これじゃあ試合はもう不可能だ。

 佐久間の影響で、雷門のゴール前にはたくさんの選手が集まっている。あれじゃあ私のダークサイドムーン改でも無理やり押し込むことは不可能だろう。

 ドリブルで抜いてもいいけど……。

 ちらりと時計に目をやる。

 残り2分。悠長にしている時間はない。

 

 このままPKに持ち込まれれば、キーパー不在な私たちに勝ち目はない。

 だったら、私がやるより他はない!

 

「不動、私にボールを!」

「決めろ、なえぇ!」

 

 ラストチャンスだ。

 ボールを受け取った私は親指と小指で輪っかを作り、それを見せびらかすように天にかかげる。

 

「円堂君、鬼道君。私は倒れた佐久間たちのためにも……なによりも私のために、負けるわけにはいかないの!」

「お前……まさか……!」

 

 指の輪っかをくわえ、思いっきり空気を吐いた。

 ピィィィィッ! という甲高い音が、魔獣を引き寄せる。

 

 地面を突き破って、それは地上に姿を現した。

 真紅のペンギン。

 しかしそれは佐久間のよりも一回りほど大きく、骨で作られた冠を頭にかぶっていた。

 それが十匹。

 全部が泳ぐように空を活発に飛び回り、やがて私の右足に噛み付いていく。

 

 身体全体が軋むような痛みが流れた。

 流れた赤いエネルギーが電流となって、私を蝕んでいく。

 

 痛い。身体が内側から破裂してしまいそうだ。

 だけど撃つ。全ては勝利のために……!

 苦痛による悲鳴の代わりに、私はその悪魔の名を叫ぶ。

 

「皇帝ペンギン1号——G5ッ!!」

 

 蹴り出したとたん、全ての音が遠くなった。

 痛みは、いつの間にか消えていた。いや、五感全てが感じられなくなっていた。

 

 はぁ……これで終わりか。

 私の意識は暗転した。

 

 

 ♦︎

 

 

 なえによって放たれた、恐るべきシュート。

 それを止めるために、壁山と塔子は必殺技を繰り出す。

 

「ザ・ウォール!」

「ザ・タワー!」

 

 しかしダメだった。

 ペンギンたちはそのくちばしを、まるでドリルのように回転させながら突撃し、一瞬で二つの壁を貫いた。

 

 少しもパワーが落ちていない。

 このまま円堂とぶつかっては、無事では済まない。

 そう判断した鬼道は青い光をその足に纏う。

 

「バックトルネード……っ、改!!」

 

 その回転かかと蹴りは、先ほど発動したときよりもパワーが上がっていた。

 それでも、到底これには敵わない。

 足が潰れそうになほどの激痛に顔をしかめる。

 しかし、そんなのはわかっていたことだ。

 

「一ノ瀬!」

「ああ! ——スピニングシュート!」

 

 鬼道のスパイクに、一ノ瀬が蹴りをたたき込んだ。

 これで二人。だがまだ足りない。

 

「吹雪……お前もだ……!」

「だ、だけどよ鬼道っ。お前の足が……!」

 

 鬼道の足はすでに嫌な方向に曲がりかけていた。

 それだけで、相当痛めていることがわかる。

 

「かまわん! やれぇぇぇぇぇ!!」

「っ、くそったれがぁ! ——エターナル、ブリザードッ!!」

 

 冷気を纏った強烈な蹴りが、さらに一ノ瀬のを通して鬼道の足に叩き込まれた。

 麻痺してしまったのか、痛みはもう感じられない。

 だが今は好都合。

 三人は力を融合させて、シュートを押し返そうとする。

 

「ぐっ……! バカな……!」

「嘘だろ……!」

「まさか、まだ足りないなんてよ……!」

 

 しかし、彼女の皇帝ペンギン1号の方がパワーはまだ上だった。

 鬼道たちはやがて耐え切れなくなって、吹き飛ばされてしまう。

 残ったのは円堂一人。

 

「止める……止めてみせる……! ここで止めなきゃ、いけないんだァァァ!!」

 

 ペンギンは五匹にまで減っていた。

 それでも、強力なシュートであることには変わりない。

 円堂は身体をひねり、心臓から出したエネルギーを右手に込める。

 

「マジン・ザ・ハンド改ッ!!」

 

 魔神が右手でシュートを受け止める。

 だが円堂にはわかっていた。これだけでは突破されてしまうと。

 

 佐久間の皇帝ペンギン1号でさえも、万全でペンギン五匹だったのだ。

 今受けているシュートは間違いなくそれと同等、もしくはそれ以上だろう。

 

 案の定、魔神が砕かれ、消え去っていく。

 どうすればいいかなんてわからない。

 ただただ焦燥のみが増していく。

 

 右手はもう使えない。

 左手じゃ力不足。

 

「だったら、頭でだァァッ!!」

 

 気がつけば身体が動いていた。

 円堂の額に凄まじい衝撃が伝わる。

 

 アイデンティティのバンダナは、摩擦熱によって焼き切れてしまった。

 それでも円堂は頭を押し当てることをやめない。

 

 そのとき、円堂の額に光が集い、握り拳のようなものが形成された。

 ボールはずるずるとコースを変えていき——バーを超え、海へと落ちていった。

 

 そこでホイッスルが鳴り、試合は終了した。




 ゲーム2ではG5まで上げるには230回もシュートを決める必要があるそうです。
 なえちゃんェ……。


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やっぱり最後は爆発オチに限る。

 あーあ、これでも勝てなかったか。

 目を覚ました私は、その一部始終を見て呟いた。

 

 まったく。

 いくらダメージがあったとはいえ、皇帝ペンギン1号を一回撃っただけで気絶するなんて、情けないにもほどがある。

 

 皇帝ペンギン1号は、もともと私の最強技だ。いや、今でも最強と言ったほうが正しいか。

 ダークサイドムーンも、この技にはさすがに劣る。

 まあ、とある理由で中学生になってからは使わなくなったけど。

 

 グラウンド内は大混乱に陥っていた。

 ピクリとも動かない佐久間と源田。それに雷門のほうも染岡などの怪我人が出てしまっている。

 

 遠目で瞳子監督が救急車を呼んでいるのがわかった。

 読唇術ぐらいは覚えてるんだよ。

 

 私も一応けっこうな怪我だけど、神のアクアプロトタイプで強化された身体は回復力も伊達じゃない。

 もう血は止まってるし、走れるくらいにはなった。

 

 さて、ぐずぐずしていられないや。

 みんなが佐久間に気を取られている隙に、こっそりと私はグラウンドを抜け出して総帥の部屋を目指した。

 

 となりでは不動が両手を頭の後ろで組みながら、苛立たしげな顔をして歩いている。

 

「ったく、使えねぇやつらだぜ。佐久間ももうちょっと使えるとは思ってたんだが」

「そもそも三回撃てたのが驚きだけどね。あの技は使えば使うほど身体がボロボロになっていく。普通は二回目で足も振りあげられなくなるんだけど……いやはや執念ってのはかくも恐ろしいもので」

「ちっ、くそったれが!」

 

 不動は近くにあった自販機に、八つ当たりで蹴りを入れた。

 なぜ自販機があるかって? ここは宿泊施設でもあるんだから、なきゃおかしいでしょ。

 

 カランコロン、と自販機から音が聞こえてきた。

 

「おっ、ついてるね。今日はいいことあるかもよ」

「さっき不幸な目にあったばっかだっつーの!」

 

 とか文句言いつつ、不動は落ちてきた缶ジュースを拾って、飲み始めた。

 イチゴおでん味……美味いのそれ? 

 

 

 そんなこんなで、総帥の部屋にたどり着き、自動ドアが開かれる。

 

 総帥は相変わらずの無表情だ。

 だけどなんとなく、苛立ってるのがわかる。

 

「エイリア石まで与えてやって、引き分けか。使えないやつらだ」

「ほんと、その通りだぜ。使えないやつらだ。ねー総帥」

「使えないのはお前だ」

「……はぁっ!?」

 

 いや、この流れからしてなんで自分じゃないって思ったんだろう。

 さあ始まるぞ。

 暗部では恒例の『部下いびり』が。

 

「私は一流の選手を集めてこいと言ったはずだ。だが貴様が集めてきたのは全て二流。貴様自身も含めてな」

「二流……? この俺が二流だと!?」

 

 いや、無理でしょそりゃ。

 

 あの問題児たちはサッカーの技術だけなら日本トップクラスだ。

 そもそも強い選手は雷門がスカウトしていってるわけだし、あれ以上のはこの国にはない。

 総帥はこのバナナに、海を渡ってこいとでも言ってるのだろうか。

 

 だけどまあ、不動が二流呼ばわりされてる件に関しては仕方がないと思う。

 

「不動。今日の試合の最初の失点。あれはあなたが勝利に徹すれば防げたはずだよ。そのことに関しての弁解は?」

「ぐっ……!」

「感情論だけで作戦を無下にする。二流呼ばわりも納得だよ」

 

 一流を名乗りたいなら、まずはその低い沸点を上げることだ。

 今回のことが教訓になってくれることを願う。

 

 不動は今どきの日本では珍しい、ハングリー精神旺盛な選手だ。

 技術面の才能も間違いなくある。

 彼は将来、私のライバルの一人になる可能性は高い。

 だからこそ、今日の試合で潰れないでほしいものだ。

 

「そういうテメェは、ビビって皇帝ペンギン1号を一回しか撃たなかったじゃねぇか! 偉そうに指図すんじゃねぇ!」

「私のポジション忘れたの? 私は守りにも参加しなきゃいけないから、無闇に体力を消耗するわけにはいかないの。あのシュートは最終手段だよ」

 

 そう、それが皇帝ペンギン1号を乱用しない理由。

 

 小学生時代の私はリベロじゃなくて、普通のフォワードだった。

 だからあと先考えずにあの技を連発できたのだ。

 だけど私にディフェンスの才能もあると発覚してからは、皇帝ペンギン1号は私のポテンシャルを最大限活かすための足かせになると判断して、封印していたのだ。

 

 不動は憎々しげに私たちを睨んだあと、この部屋から飛び出していった。

 

 これでいい。

 しばらくの間、さよならだ。

 

『影山! そこにいるのはわかっているぞ!』

 

 ふと、モニターからそんな声が聞こえてきた。

 げっ、この声は鬼瓦刑事だ。

 本当にしつこい人だ。ルパンを追いかける銭形みたい。

 

 総帥はそれを聞いて、不敵な笑みを浮かべながら、なにかのボタンを押した。

 

 ——その後、艦内で爆発が起こった。

 

『自爆システムが作動しました。自爆システムが作動しました。自爆——』

 

「おいい!? なんでこんな機能ついてるのさ!?」

「退場は派手なものに限る。クックック……」

 

 ガキか! そんなお約束ごとみたいなもの必要ないんだよ! 

 普段は型破りなことばっかしてるのに、どうしてこういう様式は守るのかなあ!? 

 

『影山! 出てこい影山ぁ!』

 

 声は上から聞こえてきた。

 これは鬼道君だね。どうやらよじ登って、この潜水艦の頂上まで来たらしい。

 総帥は上のハッチを開けると、座っていた椅子ごと上昇し始めた。

 

 あの人の長話に付き合ってたら、逃げ遅れてしまう。

 私は部屋を飛び出して、船底を目指した。

 たしか、あそこには小型の潜水艦がある。以前渡されたマップデータにそう書かれていたはずだ。

 

 脳内に残っている地図を頼りに突き進み、ようやく最下層にたどり着く。

 潜水艦らしきものの前には、どうやってか総帥が立っていた。

 

「……総帥。とうとう人間をやめましたか」

「そんなわけがなかろう。私の椅子は、ここ最下層にもつながっているのだ」

 

 なんだ、走って損した。

 総帥は鬼道君と感動の別れをしてきたあとなのだろう。こうなるのなら、私も残ってればよかった。

 

 総帥は潜水艦のドアを開け、中へ入り込む。

 ——そしてなぜか、それを閉めた。

 

「……えーと、総帥?」

「貴様には言い忘れていたな。予算の都合上、この潜水艦は一人乗りとなっている」

「……嘘だと言ってよバーニィ」

「誰だそいつは」

 

 おいおいおいおいおいおいおい!? 

 嘘でしょ、冗談でしょ!? 

 

 まさかこんなところで、かの有名な『悪いなのび太、この潜水艦は一人乗りなんだ』をくらうことになるとは……。

 

 そんな風に頭を抱える私に、総帥は、

 

「勉強になったな。現実は金に厳しい」

 

 元はと言えば、全部あんたのせいでしょうが! 

 予算の都合って、絶対無駄にこだわったせいでしょ!? そうに違いない! 

 だから、あれだけ無駄遣いはやめろって言ったのにぃ! 

 

 総帥を乗せた潜水艦は、ちゃぽんと静かな音を立てて沈んでいってしまった。

 それを追おうとしたとき、突如近くの壁が爆発した。

 

 あー、これはもうあれだね。ダメっぽい。

 せっかくなので、ここで辞世の句を一つ。

 

「恨んでやるぅぅぅぅっ!!」

 

 俳句じゃないじゃんとかいうツッコミはいらない。

 

 直後、私の足元が光に包まれ——。

 

 

 ——白が、視界を埋め尽くした。




 爆発オチなんてサイテー!

 ここでお知らせです。最近小説のストックが残り少なくなってきました。なのでこれからは毎日投稿を続けていけなくなるかもしれません。
 もちろん、ストックがなくなるまでは続けていくつもりなので、ご安心とご了承をお願いします。今後の更新頻度などについてはストックが本当に切れたときに話そうと思います。


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基山ヒロト

 見覚えのある景色を遡っていく。

 暗く、眩しい、よくわからない空間。

 そこを抜けると、これまた懐かしい場所に私は立っていた。

 

 帝国学園の総帥室。

 中にはもちろん、総帥がいた。

 しかしその足元には、ここには絶対にないはずのものがあった。

 

 サッカーボールだ。

 総帥はそれで無表情ながら、リフティングをしていた。

 

 滅多に見ない光景に目をパチクリさせたあと、声をかけようとする。

 しかし私はまるで存在していないかのように、無視されてしまった。

 いや、あるいは()()()()()()()()()()()()

 

 ドアの方に目をやる。

 

 ここのドアは自動だが、調子でも悪いのか、わずかに締まりきっていなかった。

 その奥に、緑色の小さな宝石のような目が二つ見える。

 

 思い出した。

 これは私の過去の記憶だ。

 私はこのとき、偶然サッカーを憎んでいるはずの総帥がボールを蹴っているところを覗いてしまったのだ。

 

 浮かび上がってきたのは疑問。

 なぜ憎んでるはずのサッカーをしているのか? 

 知りたいと思った。

 私の恩人のことを、サッカーのことを理解したいと思った。

 

 そして私はサッカーをし続け——気がつけば大好きになっていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ピッタリとユニフォームが肌にひっつく嫌な感触と、口内を漂う塩っ辛い味に目が覚める。

 

 えーと、なにが起きたんだっけか。

 たしか潜水艦が爆発……そうだ、爆発だ。

 私はそれに巻き込まれたのだ。

 

 運がよかったらしい。

 私はこうして生きている。目立った怪我もない。

 

 ということは、ここは海上か。

 辺りを見渡す。

 茶色と灰色が混ざったような汚い水の上に、潜水艦の残骸らしきものがいくつも浮かんでいた。少し遠くには黒煙も見える。

 私はどうやら、無意識のうちにその一つにしがみ付いていたらしい。

 おかげで沈まずにすんだ。

 

 円堂君たちは無事だろうか。

 まあ自爆システムの猶予はけっこうあったし、誰一人爆発には巻き込まれていないだろう。

 今は他人よりも自分のことだ。

 

 幸い港からはそう離れていないようだ。

 疲れ切った体に鞭打って、港まで泳いでいく。

 そして海からなんとか脱出した。

 

 うぅ……ちょっと寒いや。着替えも欲しい。

 でも今はとにかく、部下に連絡を取らなきゃ。

 あー、高い金払ってスマホを防水加工しておいてよかったよ。

 そんでもって、重要な荷物をホテルに預けておいてよかった。

 別にこのことを予見していたわけじゃないけど、長年総帥と付き合ってるとあらかじめ大切なものは別の場所に保管するくせがついてしまっただけだ。

 

 それでもいくつかは沈んじゃったんだよね。

 ああ、私の私服……。アフロディからもらったお気に入りだったのに……。

 まあ幸い金は億単位で貯金してある。

 部下に買い直しにでも行かせればいいか。

 

 そんなこんなで部下にメールを送ったあと、港を散策していた。

 するとプレハブで囲まれていて人気のない場所で、人の声が聞こえてきた。

 

「君は間違っている。監督の仕事は、選手を守ることだ。それが相手チームのだとしても」

「選手に起こったことは、全て私が責任をとります。私は……勝たなければならないのです」

 

 建物の影に隠れて様子を伺う。

 この声は……響木監督と瞳子監督か。

 

 それにしても、響木監督はいいことを言うものである。

 その爪の垢をうちの総帥にも飲ませてあげたいよ。

 対する瞳子監督は、さすがにあのゾンビモード全開な佐久間を見たせいで、かなりこたえているようだった。

 だけど、その決意だけは揺らいでいる様子はない。

 

 あの監督、ちょっと心配かな。

 なんというか、不安定。

 自身の使命と選手への気持ちで板挟みされているような感じ。

 どっちか一方を選択できないから、グラグラ揺れている。

 このままだと、いつか取り返しのつかないことでも起きてしまいそうな感じがする。

 

 だけど、これは私には関係ないことだ。

 そう思い、去ろうとしたけど、どこからか視線を感じた。

 ……上か。

 クレーンの足場に飛び乗り、そこに立っていた人物に話しかける。

 

「盗み聞きはよくないと思うよ?」

「……まいったな。まさか、バレちゃうとはね」

 

 頭をかきながら、そいつは振り返った。

 赤髪に、病的なまでに白い肌。

 雪国美人とよく言われる私よりも真っ白である。

 

「風邪でもあるの? 顔色悪いよ?」

「これは生まれつきだよ。君のほうこそ、水浸しで寒そうだ。というか目のやりどころに困るな」

「ん……? ああ、これは失礼」

 

 そういえば、私のユニフォームは濡れているんだった。

 身体のラインがくっきり浮かび上がってしまっている。

 ブラが見えてなければいいんだけど。

 

「きゃー、変態ー、責任とってー」

「……すごい棒読みで言われてもね」

「まあまあ、この私の体を拝んだお礼に、あなたのお名前は?」

 

 そう尋ねると、彼は少し考え込むようなしぐさをする。

 

「……ヒロト。基山ヒロトだよ」

「ふーん。で、本当の名前は?」

「いや、これがオレの本名だよ」

 

 うーむ、よくわからないなぁ。

 私は嘘を見抜くために心理学もかじってはいるけど、彼はよくわからないや。

 本名ではないのは確定なんだけど、本人はこれを本名だと思っているって感じかな。

 うん、やっぱり言葉で表すのは難しいや。

 面倒くさいから今はこれが本名ということにしよう。

 

「オレも答えたんだし、君の名前も教えてほしいな」

「白兎屋なえだよ。知ってるかもしれないけど」

「……どうして知ってると思ったんだい?」

「逆にどうしてバレないと思ったの? 宇宙人さん」

 

 こんな一般人は寄り付きもしない場所で盗み聞きをしてたら誰だって怪しむさ。

 

「はぁ。君にはごまかしがききそうにないな」

 

 彼は私の言葉を否定することはなかった。

 じゃあやっぱり宇宙人なんだ。

 彼はデザームと同じチームに所属しているのだろうか。

 はたまた別のチームの可能性もある。

 円堂君たちも苦労しそうだよ。

 

「なえ、君はこれからどうするんだ? 上司に見捨てられたんだろ?」

「いつものことだよ。それに総帥が目的を諦めるわけがないしね。しばらくすれば連絡がくると思うよ」

「……そっか。じゃあ提案なんだけどさ。エイリア学園にこないかい?」

「エイリア学園に?」

 

 ヒロトはそう私を誘ってきた。

 たしかに、良さそうではある。

 エイリアにいれば雷門と戦う機会も多くなるだろうしね。

 だけど私は首を横に振った。

 

「ごめんね。せっかくだけど、私はやめておくよ」

「それはどうしてかな?」

「……言っちゃっていいの?」

「ああ。君の正直な答えを聞きたい」

 

 そっかそっか。

 傷つくと思って言わないでおこうとしたけど、それなら遠慮なく。

 私は率直な意見を言った。

 

「……私、あんなピッチピチな服着たくないんだよ」

「……それは我慢してくれ。オレだって着たくて着てるわけじゃないんだ……」

 

 ああ、やっぱり。

 私の言葉が予想以上にショックだったのか、ヒロトはどんよりとした顔をしながらうなだれてしまった。

 宇宙人も苦労してるんだなぁ。

 

「まあそれは冗談として。単純に今は自分を鍛え直したい気分なんだよ。だからしばらくは雷門と戦わなくていいかなって」

「そっか。それは残念だ」

 

 ヒロトが手すりから離れていく。

 

「もう帰るの?」

「ああ。こっちの用事も終わったしね。次に会う日を楽しみにしてるよ」

 

 いつの間にか、彼の足元にはエイリアボールが置かれていた。

 しかも今まで見たのとは違う。サッカーボールの白と黒を反対にしたような配色だ。

 それを叩くと、ボールは光を発して彼の姿を隠し始める。

 

「じゃあ、今度あったらサッカーしようね!」

「……ふふ。やっぱり君は面白い」

 

 それが最後に聞こえた言葉だった。

 

 光が収まっていく。

 ボールがあった場所に、ヒロトの姿はなかった。

 

 うーん、エイリアの技術は進んでいるね。

 機会があればぜひ暗部にも取り入れたいものだ。あのワープ機能は。

 

 見下ろせば、監督たちもいなくなっていた。

 どうやらずいぶん話し込んでしまっていたようだ。

 

 さて、これからどうしようかな。

 修行するにしても、場所も重要だし。

 いっそ海外にでも行っちゃおうかな。

 そこまで考えたところでクレーンの足場の上からイナズマキャラバンが目に入った。

 円堂君たちはどこかへ行ってしまったのか、誰も近くには見当たらない。

 

 ……そうだ。いいことを思いついた。

 パルクールの要領でダイナミックに建物から建物へ飛び移り、イナズマキャラバンの近くに着地する。

 

 よし、やっぱり誰もいない。

 後ろのトランクを静かに開ける。そして山のように積まれた荷物の中に潜りこんで、そのまま閉めた。

 

 ふふっ、円堂君たち驚くだろうな。

 どうせ東京に行くのだ。これぐらいスリルがあったほうがいい。

 それに私の車は潜水艦に積んでたので、もう使いものにならないしね。

 

 それにしても、ちょっと疲れたな。

 狭い空間で温められた空気が肌を撫でると、とたんにまぶたが重くなってきた。

 まあいいか。先は長い。今は眠ることにしよう。

 

 抵抗せずに目を閉じる。

 私の意識は、あっさりと暗転した。




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稲妻町上陸

親の顔と同じくらい見たイナズマシンボルつきの鉄塔が流れていく。

 

 真・帝国学園との激闘を終えたイナズマキャラバンは稲妻町へ帰ってきていた。

 途中で御影専農の杉森と雷門の転校生であるシャドウと出会うという出来事があったものの、それ以外は特に何もなくキャラバンは雷門中の門を通り過ぎる。

 

 ジェミニストームによって校舎が破壊されていた雷門中は現在工事の真っ最中だ。

 あちこちに鉄骨の骨組みやクレーンなどの乗り物が置かれ、建築物はブルーシートで隠されていて見えなくなっていた。

 

「工事、いつ終わるのかな」

「だいぶかかりそうね。この戦いが終わる前にはできているといいんだけど……」

 

 円堂の呟きに夏未が返す。

 ブルーシート越しからでも枠組みらしきものは完成しているように見えるが、完成にはあと数ヶ月はかかりそうだ。

 

 夏未は理事長の姿を見つけると顔を綻ばせて飛び出していってしまった。

 キャラバンから全員が降りたところで理事長はわざと聞かせるように一度咳き込む。

 

「諸君、よくぞ戻ってきてくれた。夏未から報告を受けたが、真・帝国学園の件は私も驚かされたよ。苦しい戦いが続くと思うが、君たちならば必ず成し遂げられる。頑張ってくれ」

『はい!』

 

 全員は気合の入った声で返事をした。

 

「とはいえ、休みも大切だ。短い時間だが、疲れた体を休めてくれたまえ」

「みんな、今から自由行動よ。各自家に帰ったりして、次の戦いの準備をしなさい」

 

 その言葉で、今日は解散となった。

 円堂は自分の荷物を下ろそうと、トランクを開ける。

 すると、荷物の山の間に何かが挟まっているのに気がつく。

 

 それは、桃色の美しい布だった。

 鮮やかなその色は日光を受けて、キラキラと光り輝いている。まるでピンクダイヤモンドで作られた糸で編まれているようだった。

 

「わあ、綺麗な布ね! 誰のかしら?」

「うわっちょっ、押すなよ!」

 

 夏未はそのあまりの美しさに円堂を押しのけて布に触った。

 さらさらとした、心地よい手触り。

 心なしか、桃の匂いまでしてくる。

 

 滅多に見られないであろう高級品であることは円堂でもわかった。

 しかし彼はそれを見て訝しんでいた。

 どうしてか、あれに見覚えがあるような……。

 というか、つい最近見たような……。

 

「きゃあああ!!」

 

 そこまで考えたところで、夏未が悲鳴を上げた。

 

「どうした夏未!?」

「い、今荷物が……ゴソゴソって動いて……ひっ!」

 

 震える声で説明している間にも、荷物の山はたしかに動いた。

 涙目になった夏未は、可愛らしく円堂の後ろに隠れる。

 

「うわわわわっ! オバケぇぇぇっ!」

「ちょっ、壁山君……あっ」

 

 同時にそれを見た壁山も、恐怖のあまりメガネに抱きついた。

 プチっという音がした。

 

「みんな気をつけろ! なんかいるぞ!」

 

 荷物の山の揺れがだんだんと強くなっていく。

 中に潜む何かが、外へ出ようとしているのだ。

 

 円堂は全員を庇うように前に立ち、ゴッドハンドの構えをとる。

 もしかしたら宇宙人が潜入していたのかもしれない。

 そうだったのならキャプテンとしてみんなを守らなければならない。

 

 そう覚悟を決める円堂の足元にいくつかの荷物が転げ落ちる。

 そして、中から姿を現したのは——。

 

 

「——ぷはっ。あー暑っ苦しい。クーラーないのここ?」

 

 手で額の汗を拭う、なえだった。

 

 あまりに間の抜けた言葉とその正体に、全員がずっこけた。

 

 

 ♦︎

 

 

 昼寝をしていたらいつの間にか雷門中に着いていたようだ。

 うーん、暖かい日差しが気持ちいい。

 やっぱり外の空気は最高だね。

 

「……この縄さえなければ、もっとよかったんだけど」

「仕方ないだろ。エイリアの手がかりを持ってるかもしれないんだから」

 

 私の愚痴を聞いた円堂君はそう返してくる。

 

 白兎屋なえ、絶賛捕縛中でございます。

 まさか暑さでクラクラしてた隙に捕まってしまうとは。一生の不覚だ。

 

 あーあ、おニューの服にシワができちゃうよ。

 ちなみに、私はもうユニフォームから私服に着替えていた。

 夜、みんなが寝静まっている間に外に出て、部下から服を受け取っていたのだ。

 

「なんだか、試合中はあんなに怖かったのに……」

「いざこうして面と向かい合うと、緊張感が薄れるわね……」

 

 と、マネージャーの春奈ちゃんと夏未ちゃんがため息をつく。

 怖いとはなんだ怖いとは!

 よく見てみなよ! このプリティーフェイスのどこが怖いって言うのさ!

 

 雷門のみんなは初めは誰もが警戒していたのに、今じゃ脱力しきってしまっている。

 警戒が解けたのはいいけど、なんだろうこの敗北感は。

 

「それで、結局お前はなにしにきたんだ。まさか、影山の指示というわけじゃないな?」

「違うよ鬼道君。ちょうどキャラバンが目の前にあったから、帰りのバスに利用させてもらっただけだよ。私も東京に戻りたかったしね」

「……それでトランクに乗り込むお前の思考が理解できない」

 

 鬼道君は頭を抱えてしまった。

 みんながウンウンとうなずいている。

 まったく、失礼な人たちだ。

 

「まあまあ君たち。ここで時間を食っても仕方がないだろう。彼女への聞き込みは私に任せて、君たちはゆっくりと羽を休めるんだ」

「……そうだな。みんな、ここは理事長に任せようぜ!」

 

 円堂君たちは私を雷門の理事長に引き渡したあと、蜘蛛の子を散らすようにさっさと校門から出ていってしまった。

 遠くから『サッカー』、『河川敷』といった言った単語が聞こえてくる。

 

「えちょっ、待ってー! 私もサッカーしたいー!」

「……ここまでのんきだと、逆に感心してしまうよ」

 

 みんながいなくなったあと、改めて理事長はこちらを見下ろしてきた。

 第一印象は人の良さそうなオジさんかな。

 だけど、理事長なんてやってるあたり、相当頭が切れるのだろう。

 今も油断も隙も見せないで、私をじっと監視している。

 

 正直、この人はちょっと苦手だ。というか負い目がある。

 なにを隠そうこの人、実はサッカー協会の会長でもあるのだ。

 

 そう、サッカー協会の会長。

 私が世宇子にいたときに、『鉄骨落とし』の標的にした人だ。

 怪我の後遺症なんて微塵も残っていないのがうかがえるけど、あまり気分のいいものではない。

 

「さて、白兎屋君。影山の部下である君に聞くのもなんだが、君にいくつか質問したいことがある」

「答えられる範囲でならいいよ」

 

 もっとも、今の私は囚われの身なんだけど。

 

「影山が生きているのかを、まずは聞きたい」

「……さあ。わからないや。あの人、潜水艦の外装にお金かけすぎたせいで満足な脱出方法すら用意してなかったからね。おかげで私は爆発に巻き込まれて、海にドボンだよ」

 

 もちろん嘘である。

 総帥が生きているのは確実だ。

 だけど、これに関しては話すつもりはない。

 

 理事長はしばらく考えこんだあと、残念そうに頭をかいた。

 どうやら拷問とかをするつもりはないらしいね。

 お優しいことだ。

 

「うむ、では仕方がないな。次の質問だ。エイリア学園、このことについて君が知ってることを全て教えてくれ」

「それはいいけど、私の知ってることは少ないよ?」

「構わない。わずかな情報だけでいいんだ。ぜひ、教えてくれたまえ」

 

 それじゃあさっそく。

 そう思ったところで、体への締め付きが緩まったのを感じた。

 

「あーごめん、時間切れだわ。ロープ、もう抜け出せちゃった」

 

 ロープを解いて理事長へと投げ渡す。

 

 そう、なぜ私が律儀に質問に応答してやっていたかと思うと、縄抜けをする時間を稼ぐためだったのだ。

 囚われたときの脱出方法ぐらい訓練してるんだよ。

 

 理事長はそれを見て、少し困り顔になる。

 しかしなっただけで、別段慌てているようには見えない。

 

「って、ずいぶん冷静だね。貴重な情報源が逃げちゃうんだよ?」

「たしかに情報が聞けないのは痛いが、私は娘と同い年の女の子を傷つけたくはないのだよ。顔向けができなくなってしまうからね」

 

 ふ、懐が深すぎる……!

 顔だけじゃなく心まで優しいとか、天使か? 天使かな? ……オジサンだけど。

 なんで同年代なのに、私の上司はああなのか。

 できるのなら入れ替わってほしいものだよ。

 

「それじゃあ、その寛大な御心に甘えて。今日はさよならさせてもらうよ」

 

 一応警戒して、全速力で雷門中から出ていく。

 でもやっぱり、理事長やその部下が追ってくるような気配はなかった。

 

 ある程度走ったところで立ち止まる。

 さて、これからどうしようか。

 修行のために旅するのもいいけど、それには準備が必要だ。今すぐにはできない。

 かといって、この町でやりたいことなんてないしなぁ。

 

 そこでふと思い出す。

 そういえば、さっきみんなが河川敷でサッカーって言ってたような。

 よし、まずはそれを見に行こう。

 

 スマホに地図を表示し、私は歩き出した。

 

 

 ぐぎゅるるる、と腹が鳴った。

 ……方向転換。目標、マク●ナルド。




 そういえば、感想で鬼道さんと教祖様が大怪我したと思っていた人がけっこういましたが、別にリタイヤとかはありません。
 というか教祖様に至ってはキーグロが黒こげになるなんてほぼ日常茶飯事ですしね。鬼道さんもあくまで足が潰れたと錯覚するほどの激痛を感じただけで、実際には骨折などしておりません。
 これに関しては「足が嫌な方向に曲がりかけていた」というところを間違えて「曲がっていた」と断言してしまった私のミスです。申し訳ございません。
 
 ネタバレとか紛らわしいとかいろいろ言いたいことはあるでしょうが、現在ストックしてある話ではこれらのことについては一切説明していなかったので、ここに記述させてもらいました。ご了承ください。


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最後のワイバーンブリザード

 円堂と秋は、鉄塔近くにある特訓場から河川敷に向かっていた。

 秋が他の仲間たちもそこに集まっていると教えたからだ。

 

 時刻はまだまだお昼ごろ。

 サンサンと輝く太陽が眩しい。

 サッカーをするにはちょうどいい天気だ。

 

「それにしても、まさかなえさんがついてきてたなんてね」

「ああ、あれには驚いたなぁ」

 

 二人はキャラバンのトランクから出てきた少女の顔を思い浮かべる。

 

「私、あの人が少し怖いわ」

「え、どうしてだ?」

 

 呑気な顔で歩いている円堂とは対照的に、秋の顔は少し悩ましげだった。

 まるで言い出すのをためらっているような……。

 彼女は少し周りを見渡したあと、声を小さくして話し出す。

 

「どっちかっていうと、よくわからないの。サッカーが大好きなのに、あの影山に従うなんて……」

 

 まさに矛盾。

 サッカーを汚す者と、サッカーを愛する者が協力しあっている。

 それだけでも理解はできない。

 だが、一番わからなかったのは、真帝国戦でのあの言葉だ。

 

 

『選手生命? 関係ないね! 私たちはサッカープレイヤーだ! サッカーが目の前にある限り、どんな手を使おうが、命果てるまで全力で! 最後まで! プレイしてやる!』

 

 サッカーとは楽しいものなのだ。

 選手生命をかけてまで戦う必要がどこにあるのか。

 たとえ負けても、怪我を治してまた戦えばいいのではないか。

 秋の考えはこうだった。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、秋は決して、それが間違った考えではないと思っている。

 

 互いに相入れない考え。

 いくら思考を巡らせても、やはりわからない。

 だから、彼女はおそらく、自分と近い考えの持ち主であろう円堂に尋ねた。

 

「ねえ、円堂君。円堂君はなえさんのこと、どう思う?」

「俺か? うーん、どういえばいいんだろうな……」

 

 急に聞かれて、円堂は悩んだ。

 彼にとってのなえというイメージはできている。しかし、祖父の遺伝子を引き継いだ円堂は語彙力が皆無なのだ。

 数少ない言葉のレパートリーの中から、あれこれ引き出しては捨てて、結局円堂が選び出した答えは、

 

「面白いやつ、かな?」

「面白い……?」

 

 予想外の答えに、秋は目を瞬かせた。

 

「なんていうかさ。あいつのシュート、スゲー気持ちいいんだよ。想いといか魂みたいなのがズバババーンって乗っててさ。受け止めただけで、体の奥底が燃え上がってくるんだ。負けてたまるか! ってさ」

 

 彼女について語る円堂の目は、ライバルを見る熱い目になっていた。

 しかしすぐに秋がなえを怖がっていることを思い出し、その熱を冷ます。

 

「……もちろん、あいつが悪いことをいっぱいしてるってのはわかってるんだ。だけど、あいつのサッカーへの想い。それだけは、本物なんだって俺は思う」

「……うん、そうだね。なえさんも、サッカーが大好きなのは変わらないよね」

 

 秋は少し微笑んだ。

 いまだに彼女のことはわからない。

 だが、そんなのは他人なのだから当たり前だ。本当に全部わかる必要などどこにもない。

 大事なのは、これから歩み寄っていけるかどうかだ。

 

 ……なんだ、簡単なことだったじゃん。

 少し、深く考えていたのがバカバカしくなった。

 

 

 そうやって話しながら歩いていると、川が見えてきた。

 その近くにあるサッカーコートでは、よく知っている人物たちがボールを追いかけている。

 

「ワイバーン——」

「——ブリザード!」

 

 氷を纏った飛竜のブレスが、キーパーの杉森を吹き飛ばしてゴールに入った。

 

「お、やってるな! 俺もやるぜ!」

「来たか円堂! へっ、見たかよ俺たちのワイバーンブリザード! もう完璧だぜ! なあ染岡?」

「ハァッ……ハァッ……! あ、ああ……」

 

 荒い口調で問いかけてきた吹雪に、染岡は歯切れの悪い返事を返した。

 よく見れば呼吸が乱れてしまっている。

 

 疲れだろうか? 

 少し疑問に思ったが、そういうこともあると、このときの円堂は流してしまった。

 

「おいおい染岡。もうバテたのか?」

「……バカ野郎。そんなわけねえだろ!」

「いや、そんなことあるよ」

 

 後ろから突如聞こえた声に、円堂は振り返る。

 坂を上がったその先。

 

 そこには、なえがいた。

 

 

 ♦︎

 

 

 私の登場に騒ぐ雷門メンバーたちを放っておいて、私は坂を飛び越えて染岡の下に着地する。

 

「お前、今度は何しにきやがった!?」

「はいはい、その話はあとにしてっと」

「っ! ぐぅぁ……!」

 

 染岡の掴みかかりをひょいと避けてしゃがみ込む。

 そして勢いよく、彼の右足のソックスを引きずり下ろす。

 

「あ、あれは……!」

 

 そこに見えたのは、風船のように大きく膨れ上がった腫れだった。

 色は青を通り越して黒い。重傷なのは明らかだった。

 

「やっぱり。みんなにも見せてないから、ロクな応急手当すらしてないでしょこれ」

「ちっ、余計なお世話だ! このくらいの腫れで大げさなんだよ!」

「なめないで。私は皇帝ペンギン1号の恐ろしさを誰よりも知っている。その足の深刻さだって、手に取るようにわかるよ」

 

 彼は不動によって怪我をした足で、さらに皇帝ペンギン1号を防いだのだ。間違いなく、骨が折れてしまっているでしょうね。

 その足であそこまでボールを蹴れた根性は称賛するけど、それは今発揮するものではない。試合で出すものだ。

 こんな練習で潰れてしまっては、元も子もない。

 

「染岡、お前……」

「大丈夫だって。心配しすぎだぜ……!」

 

 そうシロウへ染岡は笑いかけるが、どう見ても空元気だ。

 重苦しい空気が周囲に充満する。

 

 ……あーもー! 仕方ないなぁ! 

 

「とりあえず、木野ちゃんは救急箱を取り出して! 円堂君とシロウは運ぶのを手伝って!」

「あ、ああ!」

 

 本当は忠告だけして、あとは関係ないから放っておくつもりだったんだけど、こうなったら乗りかかった船だ。

 私にできる限りのことはしてやろう。

 

 染岡をベンチに座らせたら、ソックスを脱がせて足に触れる。

 それだけで、染岡は苦悶の表情を浮かべた。

 

 木野ちゃんには電話で瞳子監督を呼んでもらっている。

 私は私にできることをしなくちゃ。

 救急箱の中身を取り出し、テキパキと応急手当をほどこしていく。

 それを見た円堂君が、感心したように呟いた。

 

「へぇ、ずいぶん手慣れてるんだな」

「私も怪我する機会は多いからね。自然に覚えたのさ」

 

 よし、これで終わりっと! 

 ガーゼを巻いて、終了だ。これ以上の治療は病院へ行かなくちゃならない。

 

 と思ってたら、いきなり染岡は立ち上がろうとして、バランスを崩してしまった。

 

「染岡、無理すんなよ!」

「無理じゃねえって! なっ? ほら、大丈夫だろ?」

 

 染岡はそう言って、今度は立つことに成功するけど……。

 明らかに痛がっている。足が生まれたての小鹿のように震えていて、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「バカモン! 大丈夫なわけあるか!」

 

 ぴしゃりという怒鳴り声が突如響いた。

 横を見れば、そこにはツナギを着た小太りのおじさんが。

 ……誰だっけ? 

 

「古株さん!」

 

 やっぱり知らない人だ。たぶん格好から見て、雷門中の用務員とかそんなところだろう。

 

「古株さん、イプシロンとの試合は三週間後なんです。染岡は間に合うのでしょうか……?」

「……この足の腫れ具合、間違いなく骨折しておる。三週間どころか、一ヶ月やそこらで治るもんかい」

 

 はっきりと、古株さんは断言してみせた。

 みんなの表情が曇る。

 ただ一人、染岡だけは必死に叫んだ。

 

「治す! こんな怪我、すぐに治してみせる! いや、たとえ治んなくても、前半だけでもいいからやらせてくれよ!」

 

 それはもはや懇願だった。

 本人もわかってはいるのだろう。自分はもうプレイできないと。

 だけど、認めるわけにはいかないのだ。

 仲間たちが戦っている中で、自分だけベッドで寝ているわけにはいかないのだ。

 怪我を背負ってでも戦おうとするその気持ち、私には痛いほどわかった。

 

「頼む……! 頼むよ……!」

 

 祈るように染岡は頭を下げ続ける。

 だけど、現実は非常だ。

 

「染岡君。あなたにはチームを抜けてもらいます」

 

 りんと響いた、透き通るような声。

 だけどその内容は、震えるほど冷たい。

 それを発したのは、瞳子監督だった。

 

 いつの間に来ていたなんて疑問は誰も口にはしない。

 それ以上に、彼女の発言の意味が重すぎたのだ。

 

「な、んだと……!?」

「そんな……!」

 

 誰もが愕然としていた。

 それほどのショックだったのだろう。

 

「本人がやると言ってるんです! やらせてやってもいいじゃないですか!」

 

 そんな中、たった一人だけ、風丸は真正面から反抗してみせた。

 

「円堂、お前にもわかるだろ? 染岡は雷門サッカー部ができたときから頑張ってきた、大切な仲間なんだ! こんなところで、外されていいわけがない!」

「風丸……」

 

 円堂君は風丸に何も言えないでいた。

 彼にも風丸の言いたいことも、染岡の気持ちもわかる。

 しかし、彼はキャプテンなのだ。安易な返事はできない。

 ……まあ、私の場合は別だけど。

 

 風丸は誰も味方してくれる人がいないのを悟ったのか、今度は私に目を向けてきた。

 

「なえ、お前だって言ってたじゃないか!? サッカー選手なら最後までフィールドに立つべきだって! お前ならわかるだろ!?」

「うん、わかるよ。そして私なら間違いなく染岡の意志を尊重するでしょうね」

「だったら!」

「だけど、私は雷門じゃない。口を挟むことはできないよ」

 

 そもそも、私が言っても通るわけないんだけど。

 だって自分でいうのもなんだけど、私は総帥の下で嬉々として動いていたんだぜ? いってしまえば悪の手先だ。

 そんなやつの言葉を聞き入れるわけがない。

 

 それに気づけないほど、今の風丸は荒んでいた。

 さっきもいったけど、私は雷門じゃないから彼がどういう性格なのかは知らない。だけど周りの驚きようから、ここまで熱くなるような人じゃないのだけはわかった。

 いったい何が、彼を変えたのだろうか。

 

「彼はきっと、チームのために無理をする。そうなれば、みんなが彼を気遣って、満足なプレーができなくなるかもしれない」

「でもっ!」

 

 ドゴッ! というベンチを殴りつけた音が、彼の言葉を遮断した。

 

「もういい風丸。悔しいが、監督の言うとおりだ……!」

「染岡……」

 

 染岡の握り拳が真っ赤に腫れ上がっている。

 そのいたたまれない姿に、風丸も何も言い出せなくなってしまった。

 

 しばらくの沈黙。

 誰もが顔を俯けている。

 

 その空気を引き裂くように柏手が一つ、打たれた。

 

「みんな、顔を上げろ! たしかに染岡がチームを抜けるのは悲しい。でも残った俺たちはその魂を背負っていかなくちゃならない! 俺たちが今くよくよしてたら、染岡が安心して休めなくなるだろ!?」

「円堂の言うとおりだ。俺たちが今すべきなのは悲しむことじゃない。未来に目を向け、どうやってイプシロンに勝つか考えることだ」

「キャプテン……鬼道さん……!」

 

 さすが円堂君といったところか。

 さっきまでのどんよりとした空気はもうない。

 いつもの雷門イレブンという感じだ。

 

 さてと。いい雰囲気になったところで、お邪魔虫はそろそろ退散しよっかな。

 本当は彼らのサッカーを見るつもりだったけど、さすがにこんなことがあっては見る気にはならない。

 早いとこホテルにでも泊まって、旅の準備を整えるとしよう。

 

「待てなえ。8時の夜、病院の屋上に来てくれ。話がある」

 

 去ろうとしたとき、なんと染岡が私に声をかけてきた。

 円堂君たちはイプシロン戦の会議に夢中で、気づいていないようだ。

 後ろを振り返る。

 彼は真剣な瞳で私を見つめていた。

 

「……うん、いいよ」

 

 その目をした人の頼みを断ることはできなかった。

 覚悟。

 何に対してかは知らないけどが彼からはそれがひしひしと伝わってくる。

 

 私は返事だけをして、その場から去った。

 





 ♦︎原作との変更点
 イプシロンとの試合の猶予を十日間から一ヶ月に引き延ばしました。理由は、あと一週間未満でイプシロンと互角になるまで強くなるのはさすがに非現実的すぎると思ったからです。
 作者の頭の中では、本編は九月の初めごろという認識です。

 ♦︎三人称時のマネージャーの呼び方に少し悩みました。お嬢はもちろん夏未一択として、他のマネージャーはどうしようかなと。
 でも教祖様がそれぞれ『音無』、『秋』と呼んでいるので、こっちの方がわかりやすいかなと思い、こちらにしました。塔子も同じ理由です。
 これから別のキャラで迷ったときも、教祖基準にして書いていきたいと思います。


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昨日の敵は今日の友

 草木も眠る丑三つ時……とまでは行かないが、夜はすでに更けてしまっていた。

 東京といってもここら辺の町は建物も少ないので、星がよく見える。

 少し手を伸ばした。やっぱり届かない。

 そうなるわけがないのに、北海道の空があまりにも高いもんだから、これくらいは手に取れるかと思ってしまった。

 まるで私の世界への道のりのようだ。

 

 しばらく歩いていくと、それは見えた。

 染岡が入院しているであろう病院が。

 私は今日のお昼ごろ、彼に呼び出しをくらったのだ。それもこんな真夜中に。

 よっぽど人に見られたくないのだろうか。

 ……もしかして愛の告白? 

 いや、さすがにそれはないか。

 

 待ち合わせ場所はここの屋上。

 普通に正面から病院に入っていくのは少し面倒だ。

 というわけで私は病院の裏に回り込み、壁キックを連続ですることによって軽やかに上まで登っていく。

 よし、手すりが見えた。

 一気に跳躍し、空中で一回転したあと、かっこつけて手すりの上に着地した。

 

 ——そのとき、ヤクザみたいな顔つきの人と目があった。

 

「うおわぁっ!?」

「きゃっ!? ……って、危なっ!」

 

 急にそいつが吠えたせいで、驚いてバランスを崩しかけてしまったよ。

 ちょっと冷や汗かいた。

 

「ちょっと、驚かせないで! 非常識だよ!」

「こっちが言いたいわボケ!」

 

 うむ? 

 よくよく見たら、ヤクザもどきの正体は染岡だった。

 まったく……人騒がせなんだから。

 

「くそっ、鬼道のやつはどうやってこれをコントロールしてたんだ」

「女の子をコントロールだなんて、卑猥だね。やっぱオッカナイ顔してるだけあって、さっきみたいに脅迫してるんでしょ?」

「してねぇよ!」

 

 ケラケラと私は笑う。

 やっぱりこういう感じの単細胞は弄りがいがある。

 不動がいなくなってちょっぴりストレス発散できなくなっていたけど、ちょうどよかった。

 ぴょんと手すりから床へ着地する。

 

「はぁ、ふざけるのは今はなしにしてくれ。大切な話がある」

 

 染岡は真剣な顔をしていた。

 さっきまでとはまるで違う。

 

「……なるほど、たしかに大切そうだ」

 

 今日の昼に見た彼と一緒だ。

 覚悟を決めたような顔をしている。

 私はベンチに背中からどっしりと座り込み、彼を見上げる。

 

「お前に頼みがある」

「ふーん、敵である私にねぇ。まあ言ってみなよ」

 

 彼はうなずいたあと、ゆっくりと目を瞑り——私に勢いよく、頭を下げた。

 

「お前に……っ、お前に……っ! 雷門に、入って欲しいんだ!」

 

 絞り出すように、苦々しくも強く、そう言ってきた。

 思考が少し止まった。

 

 彼の体は震えていた。拳も強く握り締められている。

 まるで、今の言葉が本心ではないかのようだ。

 だけどその頭だけは、椅子に座っている私からも顔が見えないほどに下げられていた。

 

「情けない話なのはわかってる! 影山の仲間のお前を誘うことが、みんなへの裏切りになることも! だけど、お前しか雷門のフォワードを任せられるやつがいないんだ! 俺は、俺のせいでみんなに負けて欲しくないんだよ!」

 

 本当は嫌に決まっている。

 染岡にとって、私はさんざんサッカーを穢してきた大罪人。

 仲間を何人も怪我させてたし、憎んでいるのは当たり前だ。

 

 だけど、彼はそのプライドをへし折ってまで、私に頭を下げてきた。

 それがどんなに辛いことだろうか。悔しいことだろうか。

 彼はそれでも、仲間たちのために『自分のサッカー』を捨てたのだ。

 

 私は夜空を仰いで考え込む。

 果たして、自分に同じことができるだろうか。

 いいや、できないに決まってる。私なら意地でも敵に頭を下げたりはしない。

 

「……あなたの円堂君たちを思う気持ち、伝わったよ。染岡……いや、染岡君」

 

 だけど。

 一人のためよりもチームのために。なによりも勝利のために。

 自分を犠牲にした彼は、紛れもなく立派なサッカー選手だ。

 なら、そんな人が頭を下げているのに、私が断るのは許されない。

 

「染岡君。あなたの思い、私が背負ってみせる」

「……そうか。ありがとうよ」

 

 染岡君はそれを聞いて安心したのか、崩れ落ちるようにベンチに座り込んでしまった。

 そしてそれっきり、目を閉じたまま動かなくなってしまう。

 

 そうっとしておいてあげたほうがよさそうだ。

 彼も一人で考えたいのだろう。

 

 私は何も言わずに手すりを飛び越え、夜の底へ消えていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 一夜が明けて、その早朝。

 イナズマキャラバンは高速道路への入り口に差し掛かっていた。

 

 次に目指すは、天下の台所、大阪。

 そこのある場所に、エイリア学園の基地があることが発覚したのだ。

 

「よっしゃぁ! 染岡の分まで張り切っていくぞ!」

「もう、円堂君ったら。まだ出発したばかりじゃない。着く前からそんなに大きな声を出してたら、持たないわよ?」

「へーきへーきだって。あいつのエールを聞いたら俺、いてもたってもいられなくてさ」

 

 夏未がなだめるも、円堂は止まらない。

 いや、声に出していないだけで、メンバー全員がやる気に満ちているようだった。

 

 彼らは出発する前、残る染岡から餞別の言葉を受け取っていたのだ。

 昨日の練習で小暮が未完成だった必殺技『旋風陣』を完成させたこともあり、彼らは今絶好調であった。

 

 やがて、稲妻町がどんどん遠ざかっていくのが見える。

 

「そうだ。鉄塔にもさよならを言っておかなくちゃな」

 

 そう思い、円堂は顔を窓に近づける。

 そして見えたのは、長い髪を風にたなびかせている目が覚めるような美少女の顔だった。

 ……しかも逆さになっている。

 

「うおわぁぁぁぁぁ!?」

 

 当然、目の前の異常事態に、円堂は大声で叫んだのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「——本日からイナズマキャラバンに白兎屋なえさんが加わることになりました」

「どーもどーも。みんな、よろしくね?」

 

『えぇぇぇっ!?』

 

 某国民サザエアニメのエンディングのときのように、キャラバンが激しく揺れ動いたと錯覚するほどの声が響きわたった。

 おおう……耳痛い。私は耳も超いいので、こういうのは逆に辛い。

 そして今兎みたいとか言ったやつは表に出るんだ。

 

「あんたなあ! わかってんのか!? そいつは影山の手下なんだぞ!? それとも、勝つためには手段を選ばないとでも言うつもりか!?」

 

 真っ先に噛み付いてきたのは土門だった。

 それにしても酷い言いようである。

 暗部所属じゃなかったとはいえ、あいつ元々スパイなんだぞ? 私の部下でもあったんだぞ? 

 どうやら質の悪い上司と一緒にいたせいで、私のカリスマにも影響が出てしまったらしい。

 

「一応言っておくけど、彼女を推薦したのは染岡君よ。私はそれを承認しただけ。文句があるなら彼に言うことね」

「染岡が?」

「そーゆーこと。彼、私に頭下げてまで頼んできたの。染岡君の気持ちもわかってあげてね?」

「……ちっ!」

 

 それを聞くと、土門は舌打ちしながらも大人しく引き下がってくれた。

 みんなを見渡すけど、しぶしぶながらも、他に異論のある人はいないようだ。

 それだけ染岡君が慕われていたということだろう。

 気分は印籠を見せつける水戸黄門である。

 

「なえ、雷門に入る前に約束してくれないか? 二度と皇帝ペンギン1号を使わないって」

「……いいよ。私もできる限りあんなシュートを撃ちたくないしね」

「わかった。歓迎するぜなえ!」

 

 最後の円堂君の言葉が決めとなり、私の雷門入りが決定した。

 よかったよかった。正直なところ、けっこう不安だったんだよね。

 

「ところで、お前なんでバスの上になんていたんだ?」

「いやあ、みんなと会うのが楽しみすぎて夜からずっとここにいたんだよ。でも朝近くになって、ようやく睡魔が来てね。気がついたらぐっすり寝てたってわけ」

 

 あまりにくだらない理由に、円堂君はずっこけてしまった。

 うん、いいリアクションだ。

 

「というか、私が加わるの知ってたんだし、起こしてくれてもよかったんじゃなかったんですかね?」

「……」

 

 何気なく尋ねてみたものの、瞳子監督は答えることはなかった。

 というか目を合わせようとすらしていない。

 いや、どっちかというと、あれは目を合わさないように頑張っているのか? 

 

「もしかして、なえさんが来ることを忘れていたんじゃないですか?」

「まあまあ音無さん。監督に限ってそんなこと……」

「……っ!」

「……そんなこと、ありそうね……」

 

 マネージャーちゃんたちは見た。

 ミラー越しに映った監督の顔が、突然変わったところを。

 

 マジすか。

 いやただのど忘れかよ。

 あの人、真面目そうな顔して意外とポンコツなのかもしれない。

 それでもうちの上司よりかはマシだけど。

 

「それよりも、なえさん。あなたは理事長への情報提供を断ったと聞くわ。もし仲間になるのなら、それを解放してもいいんじゃないかしら?」

「えー、どうしよっかなぁ?」

「頼むなえ! お前の情報が必要なんだ!」

「任せて! なんでも教えてあげる!」

 

 円堂の頼みだったら断れないね。

 そこ! 特にマネージャー陣! チョロいとか言わない! 

 

 というか、円堂君じゃなくても雷門の誰かだったら答えるつもりだった。

 私は私を打ち破った人にしか協力したくはないんだよ。

 高速道路を走行中で悪いけど、みんなからよく聞こえるようにバスの中央あたりに立つ。

 

「さてと、何から話せばいいかな。ちょっと選びづらいから、質問よろしく」

「……では俺から聞こう。エイリア学園。やつらは本当に宇宙人なのか?」

 

 挙手したのは鬼道君だった。

 まあ、みんなやっぱりそれが気になるよね。

 

「残念だけど、それはわからないな。ただ、私が捕まる前にはすでに強大な組織だったみたいだよ。そうだ、みんなに面白いものみせてあげる」

 

 私はポケットを漁り、()()を取り出した。

 紫色に妖しく輝くエイリア石のネックレスを。

 

 実はつけるのを断りはしたものの、研究材料として総帥から譲ってもらっていたのだ。

 それを見た瞳子監督の目が真っ先に見開かれたのは気のせいではないだろう。まるでこれの存在を知っていたかのようだ。

 ……やっぱり、彼女も怪しいね。調べるべきか。

 

 一方のみんなは、不思議そうにこれを見ていた。

 特にマネージャーちゃんたちは目を輝かせている。

 

「わあ、綺麗ですね」

「ええそうね。だけど……なぜかわからないけど、ちょっと怖いわ」

「で、それがどうしたんだ?」

「これがエイリア学園の選手たちの力の源、エイリア石だよ」

「へー、そっか。これがエイリアの……って、えぇ!?」

 

 円堂君はあっさりと伝えられた情報に大声をあげた。

 他の人たちも同じ反応だ。

 私はしきりに驚いている彼らを無視して説明を進める。

 

「このエイリア石には、身につけた人の身体能力を大幅に高める力があるの」

「えーと、つまりは神のアクアみたいなやつってことか?」

「神のアクアなんてレベルじゃないよ。あっちは体への負担が激しいけど、これはそれがゼロ。生命としての格をそのまま上げちゃうんだ」

「だが、そんな都合のいいものが本当にあるのか?」

 

 お、鬼道君いい質問。

 私も最初にそれを聞かされたときに同じ疑問を抱いたから、そこんところはちゃんとチェック済みだ。

 

「もちろん実験結果から、これにも副作用があることが確認されてるよ。これをつけた人は自分の欲望なんかの感情が抑えられなくなっちゃんだ」

「なるほど、つまりは源田や佐久間の様子がおかしかったのも……」

「全部エイリア石のせいだよ」

 

 特に佐久間のは酷かったからね。

 総帥もあまりの豹変っぷりに引いていたっけ。

 もう二度とあのゾンビ佐久間が復活しないことを祈るばかりである。

 

 円堂君は私の話に最初はぽかーんとしていたけど、となりの風丸がわかりやすく説明してくれたようで、怒りに震えていた。

 

「許せない! サッカーってのは、自分で磨き上げた力で戦うからこそ面白いんだ! あいつらに本当のサッカーってやつを教えてやる!」

 

 そう改めて気合を入れている円堂君にも悪いけど、私はちょこっとそのとなりが気になるな。

 というか風丸さんが心なしか、私のエイリア石をじっと見つめているような。それもすんごく濁った目で。

 ちょっとまずいかも。

 私は手を緩めて、エイリア石を足元に落とした。

 

「そうそう、最近の研究でエイリア石には恐ろしいまでの増毛効果があるらしいんだよね。それこそ、フッサフサのノッビノビになるらしいよ?」

「なんじゃと!?」

「まあ、壊すからどうでもいいんだけど」

 

 鍛え上げられた足でエイリア石を思いっきり踏みつぶした。

 石はバラバラに砕けたあと、鮮やかな紫の色を失い、その輝きは消え失せた。

 

 というか、誰ださっき増毛効果で反応したやつ。

 ちらりとバックミラーを覗く。

 しょっぱそうな汗を目から流している、汚いおっさんが映っていた。

 

 ……ロクな大人がいねぇ。

 大丈夫かこれ? なんか後先が不安になってきたぞ。

 もしかして私は泥舟に乗ってしまったのでは? 

 なんで総帥から解放されても、結局大人に悩まされているのだか。

 私は盛大なため息を吐いた。



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浪速のサッカー娘

「……なあ、本当にここであってるのか?」

 

 円堂君は眼前に広がる光景に困惑していた。

 エイリア学園のアジトの反応があると思われる場所へたどり着いたイナズマキャラバン。

 しかし、彼らの目の前に現れたのは、いかにもメカメカしい機械の群れ——ではなく、メルヘンな世界だった。

 

 そうです。ここはナニワランド。見ての通り、遊園地だ。

 

「間違いない。アジトはここ、ナニワランドのどこかにあるわ」

「と言われてもなぁ」

 

 まあ円堂君たちが戸惑うのも仕方がない。

 なにせここは見かけだけなら普通の遊園地なのだから。

 客も大勢いるし、ジェットコースターやフリードロップも動いている。

 どう考えても、アジトを建てるには不向きに見えるだろう。

 

 しかしそう思ってしまうところを逆手にとって、アジトは作られているのだ。

 この言いようからわかると思うけど、私はアジトがどこにあるか知っている。

 ただ、今ここで教えるのはちょっとためらわれた。

 だって円堂君のことだもの。場所なんて教えたら、すぐに突っ込んでいくに決まっている。

 そうなると、観光できる時間もなくなってしまうのだ。

 

 だってせっかく天下の台所って呼ばれている大阪に来たんだよ? 

 なにか食べなきゃ損じゃん。

 そんなわけで、今は黙っていることにした。

 

「とにかく、手分けして探すぞ」

「わかった。じゃあシロウ、さっそく……」

 

 シロウを誘おうと思い、振り向くと、いつの間にか彼の周りには見知らぬ女性が二人いた。

 

「怪しいアジトですね?」

「だったらあっちだと思います」

「うん、ありがとね」

 

 到着一分も経たずに現地民をナンパしちゃってるぅ!? 

 いつだ! いつからそんなチャラ男になってしまったんだ! 

 ああ、あの純粋だったシロウが! 

 

 彼はそのまま、二人に挟まれながらどっかへ行ってしまった。

 こうなったら仕方がない。鬼道君についていくことにしよう。

 

「って、あれ? 鬼道君は?」

「お兄ちゃんならもう行っちゃいましたよ」

 

 春奈ちゃんが答えてくれた。

 ジーザス! なんてこったい! 

 くそ、なんて薄情な幼馴染たちだ。

 私はまだチームに入って一日も経っていないのに。普通は馴染めるようにエスコートするでしょうが。

 

 まあ文句を言っても仕方がない。

 ここは円堂君と……。

 

「よっしゃ、行こうぜ!」

「円堂、あたしも行く!」

「ちょっと、円堂君!?」

「二人とも、待ちなさーい!」

 

 元気よく駆け出した円堂君と塔子と、それを追う秋ちゃんと夏未ちゃん。

 うわぁ、ああもみごとなハーレムは初めて見たよ。

 さすがは円堂君といったところか。

 ちなみに女子の呼び方が下の名前なのは、円堂君の呼び方を参考にしたからである。三人ともそっちのほうが慣れているようで、すぐに了承してくれた。

 

 ……じゃなくて! 

 ああもう! 円堂君まで行っちゃったじゃん! 

 

 こうなったら最終手段だ。

 誰でもいいから、そいつについていくことにしよう。

 そう決めた時には、周りには誰もいなくなっていた。

 

 どうやら私がグズグズしている間に、みんな行ってしまったらしい。

 ヒュルル、という冷たい風が吹いた。

 

 ……もういいや。私だって好きにやってやるさ。

 答えのわかってる探索は彼らに任せて、私は食べログで調べた店でも回ることにしよう。

 

 そんなわけで私はこっそりと出口と書かれたアーチをくぐり、外へと出ていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 しばらく歩くと、商店街についた。

 巨大な蟹の看板とかが飾られていて、本当に大阪って感じだ。

 幸い私は金には困っていないので、どんなものでも食べることができるだろう。

 

 まずはお好み焼きだね。

 えーと、場所は……よかった。ここの近くのようだ。

 目当ての店にたどり着き、ガラガラと音を立てて戸を開ける。

 

「はーい、いらっしゃーい。何名さん?」

「私だけだよ」

「そんならカウンター席が空いとるから、座っとき」

 

 出迎えてくれたのはなんとなくギャルっぽいおばさんだった。

 私に顔を向けながらも、その下では両手に握ったてこを器用に動かしてお好み焼きを作っている。

 

 言われた通りにカウンター席に座って、お好み焼きを注文する。

 程なくして、出来上がったものが皿に乗せられて運ばれる。

 うむ、美味しい。さすがは食べログに乗るほどの店である。文句ない味だ。

 

 やがて半分ほど食べ終わったころ、乱暴に戸が開けられた。

 

「おかーちゃん、彼氏連れてきたでー!」

 

 おかーちゃんというのは店のおばさんのことだろう。

 ということは、あの女の子はこの人の娘か。

 その娘さんを一言で言うなら、ガングロギャルだった。

 生まれではなく、日焼けして顔から腕まで全て茶黒く色付けた肌。身につけているアクセサリーはキラキラしていて、化粧も濃い。

 

 そんな彼女に連れられて店に入ったのは——なんと一之瀬だった。

 

 いやお前何してるんだよ。真面目にアジト探してろよ。

 というかお前もか。お前も現地民ナンパしたのか。

 最近の子はずいぶんとマセているようである。

 

 っと、さすがに見つかりたくはないので、顔を逸らす。

 この目立つ髪色が心配だったけど、一之瀬は目の前のギャル娘に手一杯のようで、私に気づく様子はなかった。

 

 ギャル娘が厨房に消えてから数十分。

 彼女が再度姿を現したとき、その手で持ってる皿にはなんかめっちゃ豪華な盛り付けのされたお好み焼きが乗せてあった。

 なんだありゃ? メニューにもあんな美味しそうなの乗ってなかったぞ。伊勢海老みたいのとか乗ってるし、私も食べたいよ。

 

「お待たせ! リカ特製ラブラブ焼きや!」

 

 その味は見た目通りよかったらしく、がっつくような勢いで一之瀬はお好み焼きを食っていた。

 というかあの子はリカというようだ。

 

 気がつけば、私が食べ終わったころには一之瀬も箸を置いていた。

 食べるの早すぎである。よっぽど美味しかったのだろうか。

 耳を澄ませば、エイリア学園やらアジトやらの単語が聞こえてきた。

 どうやら彼は、聞き込みをしている最中だったらしい。だけど、そんな機密情報を容易に漏らすのはどうだろうか。

 

 そのとき、ガラガラという音が鳴った。

 戸が開いている。その奥には、円堂君を前に雷門メンバーが集結して店前に立っていた。

 

「あ、円堂!」

「こんなところにいたのか。それになえも」

「えっ、なえ?」

 

 一之瀬が慌ててこちらを見てくる。

 円堂君の目はごまかせなかったか。

 はあ、と観念して後ろに振り向いた。

 

「ヤッホー円堂君」

「お前ら、お好み焼き屋なんかでなにやってるんだ?」

「一之瀬は女の子ナンパしてここにきたみたいだよ。草食系な顔してやるときはやるもんだね」

「な、ナンパ……?」

「なっ、違うんだ秋! ……だいたい、君だってどうしてこんなところにいるんだ!?」

「えっ、あいや、私は私でここが怪しいと思って……」

 

 そのとき、外から強い風が吹き込んできた。

 それによって、私の席に置かれていた紙がはらりと円堂君たちのもとへ飛んでいってしまう。

 

「……あっ」

「……なんだこれ?」

「あー! これは食べログで紹介されてた有名な店の名前とその住所ッスよ!」

 

 円堂君を押しのけて、壁山がそう断言してきた。

 とたんに冷たい目線が私に殺到する。

 

「えーと、これはだね。その……そう、実はそこに書いてある場所全てがエイリア学園のアジトの可能性があるんだ!」

「そんなわけないだろぉ!!」

「もんぶらんっ!?」

 

 円堂君の豪快なスロー! 

 紙は私の顔に張り付いてなおその威力を伝え、私は倒れてしまった! 

 

「なんや、けっこう賑やかなお仲間さんなんやな」

「ハハ……。じゃあ俺はそろそろ行くよ」

 

 一之瀬はその一部始終に苦笑いしていた。

 彼が店を出ようとすると、その肩をリカは掴む。

 

「そうはいかへんで!」

「あそっか。お代がまだだったね」

「ちゃうちゃう。アンタ、うちの特製ラブラブ焼き食ったやろ? あれ食ったら結婚せなあかん決まりなんやで」

「けっ……!」

『結婚っ!?』

 

 お、おう……。

 これまたずいぶん超次元な発言をする人がいたことで。

 恋は押して押して押しまくるみたいなこと言ってるけど、これはもうつっぱりしすぎて土俵の外へ出ちゃってるよ。

 一之瀬はそれを聞いて、面白いくらいに顔を青くしていた。

 

「だ、だって、君はそんなこと一言も……!」

「当たり前やろが。言っとったら食わなかったやろ?」

 

 ここで人権侵害に加えて、まさかの詐欺が追加。

 法律という法律を飛び越えてきた私も、これにはびっくりである。

 

「まっ、そういうことやからエイリア学園だかなんかだ知らんけど、そいつらはアンタらだけで倒してな。ダーリンはうちとここで幸せな家庭を築く予定なんやってな」

「ダーリン!?」

 

 一之瀬の悲鳴にも似た声を無視して、リカは円堂君たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げみたいな感じで次々と外へ追い出し始めた。

 一之瀬の救いを求める視線がこっちに寄せられる。

 

「なえ、助けてくれ!」

「しょーがないね。ここは私が……」

「あっ、なんや?」

「……どうぞご幸せに」

「この裏切り者ぉぉぉ!!」

 

 ハッハッハ! 

 あいにくと裏切ることには慣れているのでね! 何も感じないよ! 

 そんなわけで、一之瀬という尊い犠牲を払うことで私は無事生還することができのであった。

 

「さ、帰ろっか」

『待て待て待て!!』

 

 スタコラサッサとここから離れようとする私を、みんなが引き止めてくる。

 

「ここは放っておくのが一番だよ。面倒くさいし」

「そういうわけにはいかないだろ。このままだと一之瀬がチームを離れちゃうんだぞ」

「いやだってあのリカって子怖いんだもん」

 

 あれは総帥とは別で苦手なタイプだ。

 押しが強いというかなんというか。とにかく強引。非合理的ともいう。

 

『うわぁぁ! 円堂ぉぉぉ!!』

『ああーん! 待ってダーリンー!』

 

 戸一枚を挟んだ店内から、一之瀬の悲鳴が聞こえてきた。

 中のカオス具合が伺えるね。

 彼にはちょっと同情するよ。売ったのは私だけど。

 

「とにかく! もう一度店に入るぞ! 一之瀬を助けるんだ!」

 

 ゆ、勇者だ。勇者がここにいるよ。

 円堂君は果敢に魔界への門を開けようとする。

 しかしそのとき、突然横から現れた少女が円堂君を押しのけて、店の戸を開けた。

 

「なにするんだ!」

「なにって、リカ呼びに来たに決まっとるやろ」

 

 円堂君を押したのとは別の少女が代わりに答える。

 ふと横を見ると、十数人もの少女たちが雷門メンバーのとなりにいた。

 

「キュート!」

「シック!」

「クール!」

「うちらナニワのサッカー娘、大阪ギャルズCCC(トリプルシー)!」

 

 藪から棒に、少女たちは自分たちのことをそう名乗った。

 それにしても大阪ギャルズか。聞いたことはないはずだけど、あのピンク調のユニフォームはどっかで見たことがあるような……。

 ……そうだ思い出した! あれは監視カメラに映っていた侵入者のものと同じなんだ! 

 

 以前私がナニワ地下修練場を使っていたときに、監視カメラをしかけておいたの覚えているだろうか。

 後々になってその映像を確認したら、みごと彼女たちが特訓してる姿がバッチリ映っていたのだ。

 ということは彼女たち、サッカーの腕はかなりあるはず。

 ……ちょっといいこと思いついたかも。

 

 私が思考している間に、あっちはあっちで話がかなり進んでいたらしい。大阪ギャルズの女の子たちは一之瀬とリカを見てキャーキャー騒ぎまくっていた。

 

「どうするんスか? このままじゃ一之瀬さん本当にお好み焼き屋さんになっちゃうッスよ?」

「うーん、と言われてもな……」

「じゃあさ。サッカーで試合して、勝った方が一之瀬を好きにできるってのはどう?」

 

 私の提案に、全員の目が集中した。

 こうすれば合理的に試合をすることができる。

 せっかく見逃してあげてたんだし、その分のギャラはきっちり払ってもらわないとね。

 心の中で舌舐めずりをする。

 

「面白いな、それ。いいで、その話乗ったるわ」

 

 大阪ギャルズを代表するように、リカが店から出てきてそう答えた。

 その腕は一之瀬をプロレスしてるのかと錯覚するほどガッチリと絡んでいる。

 哀れ、彼の目からはすでにハイライトが消えていた。

 

「そうとなったらさっそく準備せな! ダーリン、行くでー!」

 

 リカの勢いに乗って、大阪ギャルズはどこかへ走り去っていってしまった。

 ……一之瀬も準備くらいさせてあげなよ。

 

「あんなこと言ってよかったのかな?」

「大丈夫です。 あっちは女子、それも地元チームですよ? 全国大会優勝の僕たちが負けるはずはありません。なえさんもそこを考えて、あんなことを言ったんですよ」」

「いや、そういうわけじゃないんだけどなぁ」

 

 ただ強い相手と戦いたかっただけだし。

 そんなことも露知らず、目金君は私の考えを勝手に推測して自慢げに語っていた。

 彼、あとで顔を青くしなければいいんだけど。

 

「まあどちらにしろ、あのチームに勝てなければイプシロンなんて夢のまた夢なのは確かだ。染岡も離脱したことだし、ここは一つチームの連携を再確認するのもいいだろう」

「鬼道……そうだな。じゃあ決まりだ!」

 

 これで、試合することは確定した。

 それはいいんだけど、一言尋ねていいかな? 

 

「……場所どこだろ?」

 

 

 その後、大阪ギャルズが迎えにくるまで、私たちは大阪の街を彷徨い続けるハメになった。

 

 



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拭えぬ不信

 試合は街外れにあるグラウンドで行われることとなった。

 私たちはベンチを囲みながら、作戦会議をしている。

 その中には一之瀬の姿もあった。ようやく帰してもらえたようだ。

 

「応援は任しときー!」

 

 向こうのベンチでは、お好み焼き屋の店主さんがでっかい旗をブンブンと振り回してエールを送っている。

 どうやらあの人、リカの母さんだったらしい。

 それにしてもまだ始まってすらいないのに元気なものである。

 

「さーて、今日は私の雷門デビュー戦! シロウ、となりは任せたよ!」

「うん、一緒に風になろうね」

 

 そのセリフ、まだ使ってたんだね。

 厨二臭いからやめたほうがいいと忠告してたけど、まだ治ってなかったらしい。時期的にも今が一番暴走しやすいから、ちょっと心配である。

 ……エターナルブリザードなんてシュート持ってる時点で手遅れかも。

 

「でも、なえさんのユニフォームはまだできてないのよね。だから今日はちょっと……」

「心配ご無用だよ秋ちゃん! とりゃっ!」

 

 肩の布を掴んで、一気に服を投げ捨てる。

 その瞬間突風が巻き起こり、私の体をすっぽりと隠した。

 やがて過ぎ去ったころ、私は黄色のユニフォームを着ていた。

 

「ふっふーん! 早着替えは裏社会のたしなみだよ!」

「そんな裏社会あってたまるか!?」

 

 おっ、土門ナイスツッコミ。

 でも本当のことなんだけどなぁ。

 特にどこぞの極道世界では、幹部クラスはたとえスーツの下にシャツを着てようがなんだろうが、この0コンマ何秒かで上半身裸になれなければ一人前とは言えないほどだ。

 

「どうしたの、これ?」

「みんなだって好きなチームのユニフォームくらい持ってるでしょ? ちなみに素材から作った業者まで、全部同じものにしといたから、これは正真正銘本物の雷門ユニフォームだよ」

「影山の手先が雷門のファンって……」

 

 ちなみに背番号は『78(なえ)』である。

 それを見たみんなは苦笑いをしていた。

 

 ともかく、これで私も試合に出ることができる。

 意気揚々とフィールドに入ろうとすると、目金君が待ったの声をかけてきた。

 

「ちょっといいですかね、なえさん。この試合、僕にフォワードをやらせてくれませんか?」

「ふぁっ?」

「ずいぶんとやる気じゃないか。どうしたんだ?」

「たまには体を動かしておかなければと思いましてね。それに相手は女子チーム。僕がけちょんけちょんに蹴散らしてあげますよ」

 

 ハッハッハと高笑いする目金君。

 その発言に私のみならず、みんながドン引きしていた。

 

「まあいいんじゃないか? 目金がやる気出すなんて珍しいしな」

「え、円堂君!? じゃあ私のポジションはどうなるのさ!?」

「なえさんはディフェンスもできましたよね。なら栗松君とかと変わってもらうのはどうでしょうか?」

「えっ、俺でやんすか?」

 

 私はガッチリと栗松の両肩を掴み、逃げられないようにした。

 あら、何故だか顔がすごく青ざめてらっしゃるぞ。

 こういうときにはニッコリ笑顔でスマイルだ。

 とたんに栗松君が泡を吹き出してしまった。

 ……解せぬ。

 

「……ハッ! 川の向こうでばあちゃんの姿が見えたでやんす」

「ねー、くーりーまーつーくーん? ポジション変わってよー?」

「ひっ、嫌でやんす! だいたい目金さんがフォワードやらなきゃいい話でしょ!?」

「だって円堂君が決めちゃったんだもん。その……文句とか言って嫌われちゃったらやだし……」

「そういうときだけモジモジしないでほしいでやんす!」

 

 あーもーらちが開かないよこのままじゃ。

 というわけで最終手段。

 恐ろしく速い手刀を彼の首に叩き込む。

 栗松は小さな悲鳴をあげたのち、轢かれたカエルのように倒れた。

 

「どうやら栗松は熱みたいだね。うん、ちょうどいいから私が出てあげるよ」

「……なあ、なえっていつもこんななのか?」

「ああ。とくに辺見がよくあんな感じで被害に遭っていた」

 

 なんか円堂君がドン引きしてるような気がするけど、スルーだスルー。

 ……ちょこっと私の鋼メンタルにヒビが入った気がする。

 

 

 そんなわけで、最終的なフォーメーションはこうなった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 4—4—2の『ベーシック』。

 攻守ともにバランスのいい陣形。

 今回の私はそこの右サイドバックである。

 正直に言えばフォワードじゃないのは不服だけど、まあいざとなれば前に出ればいいだけだからよしとしよう。

 

 対する相手さんは……なんかすっごいフォーメーションだった。

 ポジションの比率はなんと2—3—5。

 見間違いではない。5である。

 相手チームは最前線にフォワードを5人も置いているのだ。

 フォーメーション名は『スーパー☆5』と言うらしい。

 ふざけた名前である。

 

 ちなみに情報源は部下たちから。

 総帥が逃げたあと、実は私みたいに置いてけぼりにされたやつらがけっこういたらしいのだ。それらの信用できる一部を雇い直したってわけ。

 おかげで出費がまあまあ痛いけど、自由に動ける手駒は便利だからね。仕方がない。

 

 キックオフとともに試合が始まった。

 ボールは大阪ギャルズからである。

 フォワードの御堂が軽やかなリズムとともに前進してくる。

 

「ふっ、そんなドリブルで抜こうなんて甘いんですよ! ……えっ?」

 

 ()()を見た目金君の言葉が詰まる。

 相手はボールを両足で挟むと、なんと連続で前方回転しながら前に進み出したのだ。

 どこが『そんなドリブル』なのかな?

 

 風丸が止めに入るけど、相手はあっさりと彼を飛び越えて、空中に浮いたままパスを出した。

 その先にいたリカが、いきなりシュートを撃ってくる。

 

 ロングシュート。おまけにコースは真ん中。

 これなら助けに入る必要はないだろう。

 そんな予想通り、円堂君はガッチリとボールをキャッチしてみせた。

 

 だけど一連の動きを見て、雷門イレブンの顔色が変わった。

 目金君なんかは自信満々だった分、青ざめちゃってすらいる。

 

「今のは……?」

「一之瀬もわかる? あの速攻。身体能力。そしてとっさのパスにも対応してみせる連携力。どう考えても地元レベルじゃない。生き残りたいんだったら、死ぬ気でやったほうがいいかもね」

「あの一瞬で、そこまで見抜けたのかい?」

「自慢じゃないけど、観察眼には自信があってね」

 

 総帥のご機嫌を伺うために鍛え上げられた私の眼力はあらゆるものを見抜く。

 たとえばサングラスの奥の瞳とか!

 

 って、自慢してる場合じゃないかも。

 円堂君のスローから試合は始まる。

 だけどその後は終始大阪ギャルズペースだった。

 

 たとえば土門。

 相手がわざと倒れたのを見抜けず、ボールを騙し取られたり。

 

 たとえば塔子。

 大声で驚かせ、出来上がった一瞬の隙を突かれたり。

 

 たとえば小暮。

 自分の足の周りを縫うように動き回る相手の足とボールに惑わされ、バランスを崩してこけてしまったりと。

 

 おそらく、大阪ギャルズは相手のペースを乱すのが抜群に得意なんだ。関西の人特有の押しの強さがそうさせるのだろう。

 雷門はいいようにやられてばっかだった。

 

 だけど、一之瀬だけは別みたい。

 人生がかかってる分、そうとう気合が入っているのだろう。相手に惑わされずにしっかりとボールを奪ってみせた。

 

 よし、ここだ。

 私はフリーになってるスペースめがけて走り出す。

 

「一之瀬、こっちだよ!」

「えっ……?」

 

 ん、なんだ?

 一之瀬はなぜか私を見ると動きが鈍くなってしまった。

 パスを出そうとしたけど、その前にカットされてしまう。

 

「しまった!」

「リカ、玲華!」

 

 大阪ギャルズがボールを高く蹴り上げる。

 するとリカと御堂の2トップは互いの手を組みながら跳躍し、ボールを蹴った。

 

『バタフライドリーム!』

 

 まるで花畑を舞う蝶のように。

 ボールはムチャクチャな軌道を描きながらゴールへ飛んでいく。

 円堂君は爆裂パンチの構えを取ってるけど、この分じゃかわされてお終いだろう。

 

 ——しょうがないなぁ。

 

 

「——スピニングカットV3」

 

 円堂君の必殺技が不発に終わったところで、衝撃波の壁がゴール前に発生した。

 バタフライドリームはそれに弾かれ、地面に落ちる。

 そのボールの上に、私の足が置かれた。

 

「なっ!? あいつ、さっきまで前にいたはずやんか!?」

「油断大敵だよ、円堂君」

「あ、ああ……。ありがとうな」

 

 リカが驚いてるけど、私の足ならハーフラインも割ってない場所からゴール前に一瞬で戻ることなどお茶の子さいさいだ。

 それじゃあ反撃といきますか。

 蹴り上げたロングパスは、塔子に届いた。

 

 とたんに音を置き去りにする感覚で走り出す。

 彼女らの目には私が瞬間移動でもしたように見えたことだろう。

 あっという間に塔子を追い越す。

 

「こっちだよ!」

「う、うん……!」

「グッドスメル!」

 

 私にパスを出そうとしたとき、前にいた堀から煙が噴き出した。

 それを吸った塔子は心地よさそうに眠ってしまう。

 その隙にボールを取られてしまった。

 

 っ、まただ。

 私にボールを出そうとしたとき、彼女の動きが明らかに鈍くなった。

 もしかしてと思い、みんなの顔を改めて眺める。

 そして気づいた。

 みんなの私を見る目に、若干の警戒があることに。

 

 たぶん、私はまだ雷門イレブンに完全に信用されてはいないんだ。

 もちろん円堂君や鬼道君は別だ。他のみんなも話しかけてきたりはするので、打ち解けようという気持ちはあるのだろう。

 だけど私はずっと雷門と敵対してきたため、簡単には私への不安は拭えていないのだ。

 

 その後も延々とボールを奪ってはパスを回し続けたけど、攻撃の波に乗ることは出来なくて試合は膠着(こうちゃく)状態となる。

 そしてとうとうホイッスルが鳴り、攻めきれぬまま前半は終了を迎えてしまった。




 スーパー☆5、好きな人多いはず。
 というか私もこのフォーメーション愛用してました。
 攻撃力がバカ高くてけっこう需要あるんですよね。


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幼馴染×幼馴染

 ハーフタイム中のみんなの顔は曇っていた。

 いいようにしてやられちゃったからね。特に地雷発言を繰り返してきた目金君は青ざめるを通り越して失神寸前に見える。

 対照的にあっちのベンチではリカのママさんが作ったお好み焼きが振る舞われていた。

 その様子を見つめていた土門がぼやく。

 

「嘘だろオイ。リードされて前半終了なんて」

「いや、強いよ彼女たち」

 

 ありえないとでも言ってるふうに聞こえる土門の言葉を風丸が否定する。

 そういえば彼、一番やられていたっけ。

 特に相手の『プリマドンナ』とかいう技をくらったときは、それはもう見事に抜かれていた。見事なフェイントすぎて、ガックリと口に出してしまってたし。

 中学生男子の純情を踏みにじる、素敵な技だったね。私が覚えたいくらいだ。

 目金君が弱々しい手で肩を叩いてくる。

 

「ん、どしたの目金君?」

「い、いやぁっ、僕も前半ではけっこう動いたものでしてね。君にそろそろ活躍の場を与えてあげようかと……」

「ほんと!? ありがと目金君!」

 

 みんなからの白い目線が目金君に突き刺さっていた。

 彼は耐えきれなくなったのか、ベンチの端に座って小さくなってしまった。

 

 まああれだけ大口叩いてこれなんだし、逃げ出したくもなるだろうね。

 でも彼のことは今は無視だ。ようやくフォワードができる。

 でもまあ、その前にみんなの信用を勝ち取るのが先か。

 

「うーん、どうしよっかなー」

「ふっ、ずいぶん悩んでいるようだななえ」

 

 私があれこれ模索していると、鬼道君が声をかけてきた。

 彼は「こっちにこい」と言い、ベンチから離れるように歩き出していく。

 特に断る理由もないので、彼についていくことにした。

 ある程度距離を取ったところで、鬼道君が振り返る。

 

「ここなら誰にも話を聞かれないだろう」

「あのー鬼道君、何を……?」

「お前はどうすればみんなと打ち解けることができるかで悩んでいるんだろ?」

 

 鬼道君はズバリと私の悩みを言い当てた。

 さすがだねぇ。

 

「俺もキャプテンをしていた身だ。試合とあいつらの様子を見れば、仲間のことはだいたいわかる」

「その割には私の裏切りに気付けなかったようだけど」

「耳が痛い話だな」

 

 私のブラックジョークを鬼道君に苦笑いした。

 それにしても彼はなぜ、こんなところに私を呼んだのだろうか。

 そう思い、聞いてみると、

 

「なに、少しお前に協力してやろうと思ってな」

 

 あっけらかんと、そう答えてみせた。

 

「協力? 鬼道君は私を憎んでないの?」

「たしかにお前のやってたことには頷きがたいが、それでも俺はお前がサッカーにだけは嘘をつかないことを知っている。なら、すぐにでも新戦力として迎え入れたほうが得だと思っただけだ」

 

 ゴーグル越しで彼の目は見えないが、それでも彼は本当のことを言っているのだと声色でわかった。

 この私を、信じられると。

 

「……ったく、素直じゃないね。でも、ありがとう」

「その話、僕も加えさせてよ」

 

 ひょいっとシロウが私たちの間に入ってきた。

 いつの間に、とは言わない。どうやら私は裏社会で気配探知を学んでおきながら、彼の接近に気づけないほど深く悩んでいたらしい。

 私が他人のことで考え込んじゃうなんてね。ちょっと恥ずかしいや。

 鬼道君はシロウの参加に頷いた。

 

「ああ。吹雪が加わればさらに良くなるだろう。ちょうどいい作戦があるしな」

「作戦?」

 

 鬼道君は私たちにその作戦とやらを伝えてきた。

 たしかに、これならみんなの信用を勝ち取れそうである。

 

 ベンチに戻り、私は心待ちにしながら、ハーフタイムが終わるのを待ち続けた。

 

 

 ♦︎

 

 

「とにかく、相手のペースに惑わされるな! 俺たちは俺たちのサッカーをするんだ!」

 

 背後から円堂君の声が聞こえてくる。

 くふっ、敵として聞いてきた言葉を改めて背中で受け止めてみると、重みが違うね。やる気がグンと出てきたよ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ホイッスルが鳴る。ボールは雷門からだ。

 シロウからボールを受け取り、とたんに私は走り出した。

 その身に黒いオーラを纏いながら、力強く踏み込む。

 

「——ライトニングアクセルV2」

「きゃっ!」

「はやっ!?」

 

 イナズママークを描きながらドリブルし、あっという間に二人を抜き去った。

 でもまだまだ敵はいる。

 襲いかかってくるミッド陣を前に、私は真横に鋭いパスを出す。

 

 それを受け取ったのはシロウだった。

 とっさに彼は形見のマフラーに触れる。すると雰囲気が変わり、シロウの中に眠るアツヤが出てきた。

 

「へっ、いいパスだ。いくぞオラァ!」

「競争か。負けないよ!」

「俺を忘れてもらっては困るな!」

 

 私、シロウ、鬼道君と。

 逆三角形のようなフォーメーションになりながら私たちは突き進んでいく。

 相手が近づいてきたらすぐさまパス。そのパスをさらにどちらかにつなげていき、次々と敵を抜いていく。

 

 まるで進む鳥籠。

 それは信頼し合っている者同士でないとできない、素晴らしいコンビネーションだった。

 

「す、すごい……」

 

 誰の口からそんな言葉が漏れたのかは知らない。

 ただ前に突き進んでいくのみ。

 そしてペナルティエリアに入ったとき、私とシロウは鬼道君にボールを残して前へと飛び出した。

 

 鬼道君が指笛を吹き、甲高い音が鳴り響く。

 地面から出てきたのは、五匹のペンギンたちだった。

 

「皇帝ペンギン——」

『——2号!!』

 

 鬼道君から飛んできたボールを私とシロウが同時に蹴りをたたき込み、さらに加速させる。

 ペンギンたちを引き連れたシュートが、ゴールへ向かった。

 

「花吹雪!」

 

 相手キーパーの土洲がどこからともなく突風を発生させるけど、私たち三人が連携したシュートは並大抵のものじゃ止まらない。

 泳ぐようにペンギンたちは風を突破し、ゴールに入っていった。

 

「すごいぜお前ら! いつの間に練習したんだ?」

「練習なんてしてないよ。ま、私たちにかかればこれくらい当然さ」

 

 雷門コートに戻ってきた私たちを円堂君が出迎えてくれた。

 その後ろにいるみんなは目を白黒させている。

 

「なえと鬼道たちが……シュートを撃った……?」

「す、すごいッス……!」

 

 二つの意味での驚き。

 土門と壁山はみんなの気持ちを代弁するように、そう呟いた。

 それをチャンスと見て、鬼道君が話し始めた。

 

「みんな、たしかになえは影山の手下だ。だがサッカーにだけは嘘をつかない。どうか信じてやってくれないか?」

「……そうだな。いつまでも意地張ってちゃ仕方ないしね」

 

 一之瀬は私の方に歩いてくると、片手を差し出してきた。

 

「いろいろあったけど、これからよろしく」

「……う、うん、よろしく」

 

 自分でもわかるくらい、私の声は震えていた。

 彼は訝しげな顔をする。

 

「どうかしたのか?」

「い、いやー。私、こんなふうに迎えられたことが初めてで、ちょっと恥ずかしくてね」

 

 今までは事務的で、チームに入るというよりかは配置されると言ったほうが正しかった。

 だからこんな暖かく迎えてもらえて、柄にもなく緊張してしまっているらしい。

 

「さあ、試合に戻ろう! 再開だ!」

「それはいいんだけどさ……」

「ん?」

「……今度はあっちにすごく睨まれてるんだけど」

 

 私が指差した先には、般若のような顔で私を見てくるリカがいた。

 こ、怖っ。目なんか凄みを帯びすぎて燃え盛っちゃってるし、体からはどこぞのヤサイ人みたいにオーラが溢れちゃってる。

 そしてドスドスという地響きを立てながらこちらに近づいてきた。

 

「ほぉ……? 人様の彼氏奪うたぁ、ええ度胸やな?」

「え、えーと、今のはただの握手じゃ……」

「白々しいわこのピンクお花畑頭! 清純そうな顔しといて、とんだビッチやな!」

「び、ビッチ!?」

 

 いくら私が裏社会出身だとしても、純潔ぐらいはちゃんと守ってるわ! 

 なんて言葉にしたいけど、今の彼女にそれを言ったらヤバい未来になるのは目に見えている。

 ここは嵐が過ぎ去るまで大人しくしておこう。

 

「まあまあ、今は試合中だからさ。ね?」

「ああんダーリン! その通りやなぁ!」

 

 リカはさっきとは打って変わってなだめにきた一之瀬の腕に飛びつき、抱きしめ始めた。

 ……なんかドッと疲れた。

 もう結婚してハネムーンにでも行ってくれ。

 私たちは逃げるように散り散りとなり、それぞれのポジションに着いた

 

 そんなこんなで試合が再会。

 とたんにリカが猛牛の如く私に突っ込んでくる。

 だけど、冷静さを失ってるんだったら逆にチャンスだ。

 

「真クイックド……」

「うぉぉぉぉぉ!! 負けへんでぇぇぇっ!!」

「もんぶらんっ!?」

 

 すれ違いざまにボールを掠め取ろうとしたら、何故か次の瞬間には空を舞っていた。

 嘘ぉん!? なに今の動き!? 

 そのままリカはゴールに突き進んでいき、必殺シュートを放った。

 

「くらえや! 怒りのローズスプラッシュ!」

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 うぉ……マジン・ザ・ハンドと拮抗してるぞ。

 バタフライドリームの比ではない威力だ。

 恋する乙女は怖いや。

 

 だけどそこは円堂君。

 リカの迫力にも負けず、きっちりボールをキャッチしてみせた。

 

 スローされたボールを土門が受け取り、それをさらに後ろまで戻ってきていた私に渡す。

 どうやら少しは信用してもらえたようだ。

 少し嬉しいけど、顔を綻ばせてる場合じゃない。

 私がボールを持ったとたん、リカが凄まじい勢いで襲いかかってきた。

 

「うおっと、あぶなっ!」

「ボールをよこせぇぇぇっ!!」

 

 間一髪かわすけど、このままじゃつたないね。

 しょうがない。それじゃあ彼女の問題は彼氏に解決してもらおうか。

 

「一之瀬!」

「っ、わかった!」

 

 私はボールを一之瀬へとパスした。

 とたんに怒りが消えたのか、リカの動きが鈍くなる。いや、元に戻ったと言うべきか。

 一之瀬はその隙にグングン前へ上がっていった。

 

 波寄せるディフェンスたちを必殺技も使わずに次々と抜いていく。

 勢いで振り切るのではなく、テクニックを使っている。

 真正面から相対したとき、ディフェンスというのは基本相手が前に進まないように動きながら隙を見て、まるでフェンシングのように足を突き出して一瞬でボールを奪う。だから一度奪うのに失敗すると足を引っ込めるのに数秒使ってしまうのだ。

 彼はその、相手が足を突き出してくるタイミングをズラすのが絶妙だ。

 伊達に海外でならしてるってわけじゃないね。

 

 とうとうキーパーと一対一となった。

 シュートチャンスだ。

 一之瀬は足元のボールを踏んづけるようにして回転させる。そして浮き上がったそれにボレーシュートを放った。

 

「スパイラルショット!」

 

 螺旋状の回転を帯びながら、弾丸のようにボールは突き進んでいく。

 

「花吹雪!」

 

 それを防ごうと突風が吹き荒れたが、逆にスパイラルショットの回転に吸収されてしまい、勢いが衰えることはなかった。

 そのまま巨体の土洲ごとネットに押し込むように、ボールはゴールへ突き刺さった。

 

 おお、あれは新必殺技だね。

 一之瀬は決めポーズのつもりか、私たちに向かってウィンクを決めた。キザったらしくても妙に似合ってる。イケメンは違うということか。

 みんなも同じことを思ったのか、苦笑いを浮かべていた。

 

「ああ〜んダーリン! やっぱ最高やー!」

 

 約一名、目をハートにして体をくねらせている人もいたけど。

 

 

 そんなこんなで、その後の試合は終始雷門ペースで進んでいった。

 もともと相手はこっちのリズムを狂わせるのがうまいというだけで、実力勝負になればこっちが有利なのだ。

 私やシロウ、そして一之瀬が積極的に決めていき、スコアは最終的に6対0で雷門が勝ったのであった。




 試合内容は大幅カットです。正直この試合はそこまで重要じゃないですしね。一之瀬が点決めた時点で勝負は決したようなものですから。


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地下修練場、再び

「よし、勝ったぞ!」

「これで一之瀬さん、お好み焼き屋さんにならなくてすんだッスねぇ!」

「よかったでヤンスぅ!」

 

 一之瀬の人生を決める戦いは雷門の勝利で終わった。

 そのことに歓喜して、壁山と栗松は涙をだらだらと流している。

 大げさな人たちだ。

 

「ダーリンやっぱ最高や! あんなサッカーができるなんて! もう一生離さへん〜!」

「えっ!?」

 

 だけど、リカはまだ諦めてはいなさそうだった。まるで白馬の王子でも見たかのように、目をキラキラさせている。

 一之瀬の受難はまだまだ続きそうだ。

 

 とはいえ、彼女も約束は守ってくれるはずだろう。むりやりここに残らせるなんてことはしないはずだ。

 一件落着である。

 

 と思ってたら、リカが私の方に歩いてきた。

 しばらくじっと見つめられる。気まずい雰囲気が流れた。

 何も言ってこないので、そろそろどうにかしようとしたとき、リカはおもむろに手を差し出してきた。

 

「まあ、ええサッカーやったで。女であんなすごいプレーするやつ、初めて見たわ」

「……くふっ、どうも。あなたこそ私を弾き飛ばしたときのタックル、見事だったよ」

「いや、あれはうちも無我夢中で……って、そんな話はどうでもええわ。あんたの実力は認めたる。せやけど、ダーリンのことは負けへんで」

 

 握手かと思ったけど、違ったらしい。リカはグッと拳を突き出して宣言してきた。

 ……やっぱり勘違いされてたか。

 このままじゃややこしくなりそうなので、早めに誤解を解いとくか。

 私は彼女の腕をそっと下させた。

 

「いや別に私、一之瀬のこと好きじゃないんだけど」

「えっ?」

「いやだから、誤解なんだって」

「……ホンマか?」

「うん、ホンマホンマ」

「……紛らわしいんじゃこのボケェ!」

「そげぶっ!?」

 

 リカの怒りの鉄槌が頭に叩き込まれた。

 り、理不尽だ……! 

 あまりの痛みに涙目になってしまう。

 くそぉっ、なんか頭から白い煙が出てる気がするよ。

 リカはハッとしたような顔をして、私に謝罪してきた。

 

「ご、ごめんな。うち、これが初恋やねん。だからあんたみたいな綺麗な子が近くにおったの見て、ついカッとなってまって……」

「謝るんなら拳を出さないでほしかったな……」

「それはツッコミや。拳ちゃうで」

「あ、そうですか……」

 

 謝るのか否定するのかどっちかにしなよ。なんかドッと疲れた。

 だけどまあ、そういう事情だったのならしょうがない。初恋というのは得てして暴走しやすいものらしいしね。

 特に彼女は中学生、思春期の真っ只中だ。

 怒るのは可哀想だろう。

 それに、私のこと綺麗って言ってくれたしね。

 

 私たちは最後に握手して、仲直りした。

 これで本当に一件落着だ。

 さて、目的を果たしたし、みんなを修練場に案内しよっかな。

 とか思ってたらいいタイミングで目金君が彼女らの強さには秘密があるのではないかと聞いていた。

 これに彼女たちは……。

 

「あ、ああー! 今日もええ天気やなー! あ、虎や!」

「ええっ、どこどこー!? って、虎が空飛ぶかいな!」

 

 なんていう、ギャグなのかどうかすら怪しいこと言ってキョどっていた。

 彼女たちは顔を見合わせて、こちらに聞こえないようにコソコソと話し始める。まあ読唇術使える私には無意味だけど。

 どうやら彼女たちは自分たちの秘密を話すかどうかで揉めているらしい。

 ちょうどいいや。あそこの関係者である以上、彼女たちにも説明しとく必要があったからね。

 

「残念だけど、あなたたちの秘密はバレバレだよ」

「えっ、な、なんのことや?」

「だからとぼけても無駄だって」

 

 スマホをいじくり、彼女らの前に見せつける。

 そこには修練場で特訓している大阪ギャルズの様子が映っていた。

 

「実は私、前からあなたたちのこと知ってたんだよね」

「そ、その映像は?」

「監視カメラからのだよ。()()()()()()、ね」

「げっ!? そんなもんあったんか!?」

 

 リカたちも不法侵入の自覚があったのか、その顔はどんどん青ざめていった。

 一方で円堂君たちはこの状況を見て、小首をかしげていた。

 

「えーと、何が起こってるんだ?」

「彼女たちはエイリア学園の特訓施設を使って練習してたんだよ」

「そっか! だからあんなに強かったんだな!」

「待てよ。なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

 

 円堂君は合点がいったとばかりに手を打った。しかし風丸は別の疑問が湧いたようで、質問してきた。

 まあ疑問に思うのも当たり前だ。

 特に隠す必要もないし、話すとするか。

 自分の荷物が入ったバックをあさり、私は一枚の書類を円堂君たちだけでなく、大阪ギャルズにも見えるように見せつけた。

 

「……これは?」

「土地の権利書だよ。私、ここ大阪にあるエイリア学園のアジトの管理を任されてるの」

『……え、えぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 実は修練場に行く前に総帥からこれを渡されていたのだ。

 そのときは特に理由を話されなかったけど、今思えばいずれ消える自分の代わりに管理させるつもりだったのだろう。

 

 みんなは驚くばかりに、口をあんぐりと開けて顎を落としていた。

 くふっ、いいねその反応。隠していたかいがあったよ。

 

「そ、そんなのまで持ってるなんて……さすが影山の補佐というか何というか」

「あれ、欲しくなった? なんなら少し遅れたけど誕生日プレゼントがわりにあげてもいいよ?」

「……あれ、俺の誕生日をなんで知ってるんだ?」

「えっ、あっ、いやその……」

 

 げっ、喋りすぎた。

 これ以上余計なことに勘付かれる前に、なんとか笑顔でごまかす。

 

 さて話は逸れたけど、どうやら鬼道君だけは驚いていなかったようだ。

 彼との付き合いは長いからね。大阪ギャルズの映像を見せた時点でこうなることも予想されちゃってたかな。

 他のみんなが聞きたいであろうことを、彼は冷静に質問してくる。

 

「ということは、お前はエイリア学園のアジトがどこにあるのか知っていたということか?」

「うん、そーいうこと」

「なら教えてくれてもいいだろう。正直言って、この数時間はまったく無駄なものになったぞ」

「だって彼女たちと戦いたかったんだもーん。そのために彼女たちの不法侵入も不問にしてたんだから」

「……はぁ、お前というやつは……」

 

 怒る気も失せたようだ。彼は頭を抱えて、そのまま引き下がった。

 いまだボーとしてる人たちもいたので、パンパンと手を叩いて注目を集める。

 

 さて、じゃあみんなをナニワ地下修練場に案内してあげるとするか。

 

 

 ♦︎

 

 

 ナニワランドのとある建物。そこの裏口から入ると、壁に描かれた満面の星空が私たちを出迎えた。

 だけど私はそれを無視して突き進んでいき、カモフラージュされたレバーを下げる。

 すると私たちが立っていた場所が急に降下し始めた。

 

 そう、この床はエレベーターとなっている。

 円堂君たちはこの仕掛けにただただ驚くばかりだった。

 

「まさか、こんなのが遊園地の地下にあったなんて……」

「まだまだだよ。驚くのは——これを見てからにしたらどうかな?」

 

 エレベーターから降りてしばらく進んだ先に大きな自動ドアがたたずんでいる。それが開いた先には、巨大なトレーニングマシンが置かれていた。

 

「どう? けっこうイケてるでしょ。真・帝国学園のみんなも最初はここで特訓したんだよ」

「ああ、スゴそうなのはわかるんだけど……なんか、カラフルじゃないか?」

「……私だってこうなってるとは思わなかったよ」

 

 修練場がデコられていたのは前に使ったときから知ってたけど、その度合いが酷くなっていた。

 前はビーズとかだけだったのに、今じゃあちこちにペンキで可愛らしい落書きまでされてある。

 もう誰もここが日本中を恐怖に陥れているエイリア学園のアジトだとは思わないだろう。

 

「ここのトレーニングはけっこうきついで。うちらもそこそこ長く使うてるけど、まだマックスレベルまではいったことないんや」

「マックスレベル?」

「ああ、ここじゃあそれぞれのマシンに1から10までの難易度が設定されてるんだよ。レベルを上げていけばいくほど特訓もハードになって、ドンドン強くなっていくってわけ」

「へえ、面白そうだな! さっそくやってみるぜ!」

 

 円堂君は近くにあったいろいろ設定をいじくれる機会を操作して、スピードコースのマシンに乗ってしまった。

 えーと、難易度は……10!? 

 止めようとしたけどときすでに遅く、円堂君は派手に壁まで吹っ飛ばされてしまった。

 ——そのすぐ真横に、高速で飛んできたエイリアボールがめり込んだ。

 

「……あ、しまった。私全部の難易度の障害物をエイリアボールにしてたから、その設定がまだ残ってるんだ」

「そ、それを先に言ってくれ……」

 

 彼女たちは最高難易度をクリアしていないと言っていた。この様子じゃ、たぶんたどり着いてすらいないのだろう。

 あとでマシンの設定を書き換えなきゃ。

 

 そんな感じでトラブルはあったものの、雷門イレブンはここでイプシロン戦がある三週間後まで特訓することとなった。

 もちろん私もいっしょである。すでにここのマシンは全てクリアしてしまったとはいえ、それでもあのデザームには敵わなかったのだ。

 もっとシュートに磨きをかけなければならない。

 そう決意して、私は目の前のボールに蹴りをたたき込んだ。



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それぞれの思いと夜

 練習が終わり、夜も更けたころ。

 私はまだナニワ地下修練場にいた。

 目の前を超高速でボールが通過していく。そして秒を待たずに轟音がフロア中に響き渡る。

 

「ねぇ、もう寝なくていいの?」

 

 そうボールを蹴り出した本人に聞いた。

 彼は普段は見せないような鋭い眼差しをこちらに向けてくる。

 

「まだだ……まだ足りねぇよ! あの野郎を、デザームをぶっ飛ばすにはまだまだだ!」

「初日でレベル6までたどり着いたのは褒めてあげるけどさ。あと二週間とちょっとも猶予がある。少しは休んでもいいんじゃない?」

「うるせえ! 俺のことは放っておけ!」

 

 彼——シロウはずいぶん気が立っているようだった。

 今の会話からすると、彼もデザームにボコボコにされたんでしょうね。それで酷くショックを受けたと。

 シロウはともかく、()()()ならありえそうなことだ。

 

 とはいえ、少し頭に血が上りすぎてるね。

 ちょっとお灸をすえてやるか。

 近くにあったボールを足で挟み込み、回転させる。すると冷気が徐々に注入されていった。

 氷に包まれたボールに回し蹴りを叩き込む。

 

「エターナル……ブリザードォォォォ!!」

「エターナルブリザード」

 

 それはシロウが蹴ったボールへ向かっていき、衝突。

 とたんに彼のボールはまるでビデオを巻き戻したかのように元きた軌跡を辿っていき、彼の真横を通り過ぎた。

 

「……テメェ、いつの間に……」

「本物には敵わないんだけどね。だけどそのレプリカにすら、今のシロウのシュートは打ち勝てていない。威力が弱まっている証拠」

「なんだと?」

「無茶をするのはいいよ。それで強くなるなら大いにけっこう。だけど、試合で全力を出せないやつを私は許さない」

「……」

 

 シロウだってわかってるはずだ。このままのペースで特訓を続けていたら、試合まで絶対にもたないことに。

 それじゃあ意味がない。

 なんのための練習だ。

 試合のためでしょうが。

 練習をいくらやったって、試合で活用できなきゃそんなものはゴミに等しい。

 シロウはうつむいたままだんまりしてしまった。

 

「まったく、いくらプライドを傷つけられたからって、ヤケになる必要はないでしょ。次に勝てばいいんだから」

「違ぇ! プライドなんかどうでもいいんだよ!」

「えっ?」

 

 私が投げかけた言葉を、シロウは食いつくように否定してきた。

 プライドじゃない? どういうことだ。

 

「俺は……俺は……『完璧』にならなくちゃならねえんだ……!」

 

 シロウは誰に言うでもなく、ぶつぶつとそう呟く。

 私には彼が何に悩んでいるのかわからなかった。こんなことは初めてだ。

 そう戸惑い、ふと思い出す。

 あれから何年経ってると思ってるのか。シロウが変わっていくのは当たり前なことで、昔のことしか知らない私が今の彼を理解できるはずがないのだ。

 ちょうど彼が今の私のことを理解していないように。

 

「……ごめん、言いすぎた。なえちゃんの言う通りだ。今日はもう休むよ」

 

 いつの間にか、シロウは元の人格に戻ったようだ。

 弱々しく私に頭を下げ、自動扉の奥へと消えていく。

 

 少しセンチメンタルになっちゃった私は、特にやることがないのにしばらくここに残ることにした。

 理由はよくわからないや。

 

 

 ♦︎

 

 

 地上に上り、キャラバンが止められてある駐車場へとたどり着くと、ちょうどみんなが乗り込んでいるところだった。

 雷門のみんなは旅の途中、ホテルなんかに泊まっているわけではない。キャラバンの座席を倒してベッド代わりにし、そこで寝泊まりしているのだ。

 正直地球を救うために戦っているのだし、総理大臣の娘もいるので援助金ぐらい出せよとは思うんだけど、そこは上が腐った日本。

 世も世知辛いものである。

 私なら全員分のホテル代くらい払えるけど、彼らは彼らでこのキャラバン生活を楽しんでるようなのでやめておいた。

 それに、私もこうやって大勢の友達と寝泊まりするのを密かに楽しみにしてたし。

 

 そんなわけでキャラバンに乗り込むと、なぜかみんなが目を点にして私を見てきた。

 はて? 別に今はイタズラも何もしてないはずだけど。

 私はその原因を探ろうと、じっくりキャラバン内を見渡す。

 

「もしかして、ジャージじゃなきゃ寝ちゃいけない決まりとかある?」

「違う違う! なんでお前がここにいるんだ!?」

「女子の寝どころはこっちよ」

「ぐえっ」

 

 いつの間にか背後にいた夏未ちゃんに首根っこを掴まれて、私は強制的にキャラバンを下ろされてしまった。

 

「ええっ!? 私はキャラバンじゃないの!?」

「年ごろの女子が男子と一緒に寝るなんて不純よ」

 

 うぅ、痛い……。

 というかそのままずるずる引きずらないで。駐車場なので地面がアスファルトでできていて、ゴツゴツしてるから痛いんだよ。

 

「ああ、やっぱり入っちゃってたんだ……」

「わかるわかる。普通はみんな一緒に寝るもんだと思うよな」

 

 私の様子を見て、秋ちゃんは苦笑いを、塔子はうんうんとしきりにうなずいていた。

 いや見てないで助けて。

 

 しばらく進んだところで、夏未ちゃんはポケットから手のひらに収まるサイズのボールみたいなものを取り出すと、適当に地面に投げつけた。

 するとボールは空気を吸い込んで肥大化し、あっという間に巨大テントへと早変わりした。

 

「ほ、ホイポイカプセル……!」

「バカなこと言ってないでさっさと入るわよ」

 

 科学の力ってスゲー!

 なんて思ってると、マネージャー陣+塔子はさっさと中へ入っていってしまった。

 さすがの私も誰もいないところで一人ふざける趣味はないので、後に続いて入室する。

 中は思ったよりも広く、女性陣六人が寝ても問題ないぐらいだ。

 ちなみに瞳子監督を合わせての六人である。だけどこの場に彼女の姿はなかった。

 

「監督は?」

 

 私の質問に春奈ちゃんが答える。

 

「瞳子監督はいつも私たちが寝たころテントに入ってくるんですよ」

「ふーん。あんなに死んだ目してるんだから、ちょっとは休んだほうがいいと思うのにな」

「それ、本人の前では言わないでくださいよ」

 

 注意されたものの、彼女も半笑いしているので内心は同じことを思っているのだろう。

 私は彼女の言葉を軽く受け流して、寝袋を広げる。

 

 みんなが寝袋に入ると明かりが消され、テント内が真っ暗に塗り潰される。

 ゆっくりと目を閉じる。

 ……うーん、やっぱこんな時間じゃ眠れないや。

 私は仕事のせいで寝るのはだいたい朝の1時くらいだった。

 だから、円堂君たちが寝る時間に合わせては眠気がぜんぜんやってきてくれない。

 こういうのにも早く順応しないと。でも、したらしたで元の生活に戻ったときに地獄を見ることになりそうだなぁ。

 こんな感じで睡魔が訪ねてくるまでひたすら考えごとをしていると、となりから声がかかってきた。

 夏未ちゃんだ。

 

「ねえなえさん。あなたって円堂君のこと好きなの?」

「好きだよ」

「っ、げほっ!」

「夏未さん!」

 

 ありゃま。お嬢様な夏未ちゃんにはストレートすぎたかな。

 咳き込んでしまった彼女を秋ちゃんが心配した。

 そういう彼女も声の張りようからテンパり具合が伺える。

 

「円堂君を見てるとね、こう胸の奥が暖かくなってくるの」

「へー、恋の魔法みたいな感じで素敵ですね」

「そうそう、心臓の血という血が逆流してきて体中がメラメラ燃えてきちゃうんだよ。我ながらロマンチックだねぇ」

「それ絶対ライバルとしてですよね!?」

「くふっ。誰も『異性として好き』なんて言ってないしね」

 

 暗闇でも目が慣れてきたおかげで、夏未ちゃんと秋ちゃんが顔を真っ赤にしているのが見えた。

 ほんとわかりやすい反応だ。

 この好意に気づかないとは、円堂君は予想以上に鈍感らしい。

 

「ま、安心していいよ。私は円堂君をライバルとして見てるから、夏未ちゃんたちが心配してるようなことにはならないと思うよ」

「べ、別に心配なんて……」

「でも、あまりにももたついてて隙があったら、私が奪っちゃうかもね」

『それはダメ!』

 

 二人は声をそろえて叫んだ。

 私はイタズラでもしたかのように笑みを浮かべる。

 まだまだ夜は長い。この様子じゃ、しばらくは暇しなさそうだ。

 

 それにしても……。

 ちらりと、とある寝袋の方に目を向ける。

 

「ぐぅー……。かぁ……」

 

 塔子はよくこんな騒がしい中熟睡できるね。

 半分呆れ、半分羨望の眼差しを送った。

 

 

 ♦︎

 

 

 深夜に地獄の底から響いてきたかのような音を聞いて、円堂は目を覚ました。

 その音は壁山の口から出ていた。

 どうやらただのいびきらしい。

 しかしあまりにうるさく、さらには一度目を覚ましたことで眠気が消えてしまったのもあり、中々寝つくことができなかった。

 とうとう耐えきれなくなり、円堂は外に出て、キャラバンの上へ登ることにした。ここは広さが十分にあり、寝転がるには絶好の場所なのだ。

 

 寝袋を持ってよじ登っていくと、先客がいることに気づいた。

 彼はしばらく空を見上げていたが、円堂が来たことに気づくと軽く手をあげる。

 

「よう」

「なんだ鬼道もか。やっぱり壁山か?」

「いや、少し考えたいことがあってな」

 

 円堂は寝袋を敷くと、その上に寝転がる。そして鬼道の隣となった。

 

「考えたいことって?」

「……なえのことだ」

「そっか。お前たちはもともと仲間だったんだもんな」

「俺は半分とやつのことを理解できていなかったがな」

 

 自嘲気味に鬼道は笑う。

 帝国にいたとき、なえの裏切りの臭いすら彼には嗅ぐことは出来なかった。あまつさえメンバーを病院送りにされる始末。

 鬼道はそれに関して本人であるなえ以上に責任を感じていた。

 自分がキャプテンとしてしっかりしていたなら、あのような悲劇も防げたのではないかと。

 

 しかし円堂は、鬼道となえがまったくわかり合っていないとは思えなかった。

 

「でも昼の試合のときはスッゲーコンビネーションしてたじゃん。しばらく一緒にプレイしてないのにあんなにすごいプレイができるのは、心が通じ合ってる証拠だと思うぜ?」

「ふっ、そう言ってもらえると気持ちが軽くなる」

 

 鬼道は再び笑った。今度は自嘲気味ではなかった。

 

「お前の言葉を聞いていると、太陽に照らされているように悩みが晴れていく気がする。まるで光そのものだ」

「ん、なんだよ急に?」

「対してなえは闇だ。やつのサッカーは時として人を悲しませる。だが、俺はお前たちが似ているように思えて仕方がないんだ」

「俺となえが?」

 

 円堂はわけが分からずに首を傾げた。

 似ていると言われてもそう思えない。外見はもちろんポジションも全然違うし、なんなら今の話を聞いたらますます共通点がないように思える。

 しかし鬼道は静かにうなずいた。

 

「ああ。サッカーが大好き。それがお前たちの原点のはずだ」

「そういうことか。ならたしかに似てるかもな」

「スタートは同じ。なのにたどり着いた先は正反対の道。運命というのは残酷だ」

 

 円堂は祖父によって光の道を進んだ。

 だが同じ存在であるはずのなえにいたのは、憎悪に取り憑かれた影山だけ。

 環境という一つの要因だけでここまで変わってしまう。だからこそ、哀れと思わずにはいられない。

 鬼道が憎しみを抱けなかったのはそれが原因だ。

 

「でもさ、俺はあいつとサッカーやってて悲しいなんて思ったことはないぜ?」

 

 円堂は自らの手を見つめた。

 この手は何度も彼女のシュートを受け止めてきた。

 しかし、そのたびに高揚感が湧き上がってきたのを彼は覚えている。

 

「大丈夫さ。あれだけスゲープレイができるんだ。あいつはきっといつか変われるはずだ」

「……そうだな。そうだといいな」

 

 それだけ言うと、鬼道は立ち上がった。

 

「なんだ、もう降りるのか?」

「ああ。どこぞのお節介なやつのおかげで心配事が消えたからな」

「へっ、言ってくれるぜ」

 

 鬼道はキャラバンの上を降りていく。

 その胸にもう悩みは残っていなかった。

 




 薄々察してたかもしれませんがこの作品、女主人公なのに恋愛要素がほとんどありません。まあ後々路線変更するんだったら別ですが。
 とりあえずなえちゃんはサッカー選手として円堂君が好きなだけという認識で今のところはOKです。


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鋼鉄の男『デザーム』

 地下修練場で特訓を始めてから三週間のときが過ぎた。

 そう、今日がイプシロンと戦う約束の日なのだ。

 

 私たちは地下修練場にて彼らを待っていた。

 スマホを見る。残り15秒。……14、13……。

 そしてカウントが0になったと同時に、眩い光が私たちの目を包み込んだ。

 

「時は来た。一ヶ月もやったのだ。どれだけ強くなったのか、見せてもらおうか」

 

 光が消え、代わりに現れたのはイプシロンのメンバー。

 さすが時間に正確な変態。ジャストタイムである。

 

 デザームが腕を振るうと、修練場全体が揺れ始める。

 これは……仕掛けが作動したのか。

 その予想は正しかったようで、デザームについてきた私たちの前にはゴムチップが敷かれた立派なグラウンドが出現していた。

 このグラウンド、普段は地下に隠されているのだ。それを知らなかったみんなは口を開けて驚いている。

 

「我々エイリア学園の強さを、改めて地球の民たちに知らしめるときが来た。この試合を通して、我々に歯向かうことの恐ろしさを噛みしめるがいい」

 

 前回のジェミニの時と同様に今回の試合も全国放送されるらしい。

 デザームはいつの間に用意していたカメラに向かって高々とスピーチを行なっている。

 

 それをしている間に、私たちはベンチで今回の作戦を練ることにした。

 と、その前に。重要なお知らせが一つあったんだ。

 なんとリカが雷門に加わることが決まったのだ。彼女は今背番号7にユニフォームを身に纏っている。

 

「頼りにしてるぜ!」

「任しとき! うちのシュートで宇宙人なんかぶっ飛ばしたるわ!」

 

 なんて力こぶを見せつけるようなしぐさをしてるけど、正直彼女のシュートじゃあのデザームは打ち破れないと見るべきだろう。

 それだけデザームは強い。圧倒的に。

 

 瞳子監督はそれぞれの選手名と配置が描かれたボードを私たちに見せつけてくる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「フォワードは浦部さんとなえさん、吹雪君はディフェンスに回ってちょうだい。この一戦で全てが決まる。この戦いを最後にするのよ」

『はい!』

 

 みんなが返事をする中、シロウだけは声を出していなかったのを私は見逃さなかった。

 瞳子監督のポジション配置は納得できる。

 まずは様子見として、ディフェンスもできる彼を最後の砦に置きたいのだろう。

 だけど今はアツヤの影響で、彼は不安定になってしまっている。

 私が変わってあげるか? いやだめだ。そんなことをしたらアツヤだったら絶対に怒り狂う。

 結局私は、シロウが暴走しないのを祈ることしか出来なかった。

 

 全員が配置につき、ボールがセンターラインに置かれる。

 そしてキックオフ。

 先陣を切ったのは扇風機みたいな頭をした少女、マキュアだ。

 

「いかせないよ! スピニングカットV3!」

 

 まずは挨拶代わりだ。

 衝撃波の壁が発生。

 マキュアは弾かれ、ボールが真上に舞う。

 しかし彼女は受け身を取って体勢を立て直すと、なんと空高く跳躍した。

 そのままオーバーヘッドキックをボールに叩きつける。

 

「メテオシャワー!」

 

 瞬間、ボールが流星群に変化。

 隕石が次々と私たちに降り注いだ。

 

 ちっ、やられた。さすがに一筋縄じゃいかないか。

 私は全部の隕石を避けることには成功したものの、周りにいた塔子やリカたちは巻き込まれて倒れてしまった。

 その隙にマキュアはどんどん前進していく。

 

 だけど彼女の前に風丸が立ちはだかった。

 左右の切り返しでうまく避けようとしてるけど、彼はマキュアの移動コースに先回りして完全に動きを封殺してみせる。

 マキュアは堪えきれなくなったのか、走りこんできているゼルへパスを出した。

 彼はペナルティエリア外にも関わらず、すぐに必殺技の体勢に入る。

 

「ガニメデプロトン!」

 

 かめ●め波じゃねーか!?

 ゼルはどこかで見覚えのあるエネルギーの溜め方をすると、そこからビームのようなものを出した。ボールはもちろんその中である。

 たぶんゼルは前に戦ったときの雷門なら、この距離からでも入ると計算したのだろう。

 だけど、彼はその数式の中に私たちのパワーアップを入れていなかった。

 

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 雷を纏った魔神の張り手が、エネルギー波をあっけなく消し飛ばした。

 ボールは円堂君の手のひらへ。

 ゼルは今起きたことに目を見開いている。

 

「やれる、これなら勝てるぞ……!」

 

 円堂君の勇姿を見て、みんなの雰囲気が明るくなった。

 いいペースだ。気持ちが乗れば試合にも乗りやすくなる。

 

 円堂君からのスローイングはリカへ。

 そのリカから一ノ瀬へ。

 彼はしばらく進むと、ファドラとかいういかにも宇宙人な選手と一対一となる。

 

「フォトンフラッシュ!」

「イリュージョンボ——ぐわっ!」

 

 必殺技同士のぶつかり合いは相手に軍配が上がった。

 一ノ瀬は鬼道君直伝のイリュージョンボールで抜こうとしたけど、それよりも早くファドラから発せられた光が彼の視界を塗り潰したのだ。

 ファドラはボールをマキュアへとパスする。

 その前に私が再び立ち塞がる。

 

「マキュア、学習しないやつって大嫌い」

「じゃあ新必殺技をお披露目してあげるよ!」

 

 体からエネルギーを放出。

 衝撃波じゃだめだ。弾いたあとで拾われてしまう。

 だったら必要なのはボールを離さない粘着力。

 つまるところ、イメージするのは——餅だ!

 

「もちもち黄粉餅ー!」

「きゃっ、……って、そんなのあり!?」

 

 エネルギーで形作った餅をブンブン振り回し、カウボーイのようにボールを確保。餅はその後ボールごと私の頭に乗っかった。

 ふふっ、これぞ私の『もちもち黄粉餅』だ!

 真・帝国対雷門戦でスピニングカットを破られてから、私はその弱点を克服するべく特訓を重ねていたのだ。

 その完成形のビジュアルがこれになったのは、どうしてか私にもわからない。

 

 ともかく、私はマキュアを抜かして前進していく。

 相手のミッド陣は私に追いつけず、置いてけぼりとなった。

 センターディフェンスの二人がそれぞれの必殺技を出そうとする。

 

「アステロイドベルト!」

「グラビテイション!」

「遅い——ライトニングアクセルV3」

『ぐおわぁぁっ!!』

 

 背が高く痩せ果てたような緑髪の男、ケイソンは数十ものを石礫を、ゴーグルのような物をした巨漢タイタンは重力を強める結界を張ろうとした。

 だけど、さらに速くなった私には通じない。

 石礫はジグザグに全て避け、重力フィールドは完成し切る前に勢いで通り抜けた。

 そのときの衝撃波で二人はぶっ飛ぶ。

 

 残すはデザームのみ。

 やつは大胆不敵に笑いながら、シュートが来るのを待ち構えていた。

 

「さあこい! この私を楽しませろ!」

「お望みとあらば!」

 

 宙返りしながらボールを天高く蹴り上げる。

 ボールは黒いオーラを纏い、漆黒の満月へ。

 しかしそのサイズは真・帝国戦のときよりも一段と大きくなっている。

 

「おおっ……! いいぞぉ! さあ、早くそれを私に味わわせろ!」

「闇夜に沈め——真ダークサイドムーンッ!!」

 

 進化した黒月を、奈落の底まで落とす勢いで叩き蹴る。

 対してデザームはいつかのときのように、不気味な光を纏った手で円を描いていき——。

 

「ワームホール!」

 

 あらゆる技を異空間へ放り込む光の網が放たれた。

 黒い月を網は包み込もうとする。

 とたんに凄まじいエネルギー同士がぶつかり合ったことで、火花を通り越してスパークが発生した。

 一進一退。まさに互角。

 

「おおおおおおぉぉぉぉっ……!」

「勝つのは……私だぁぁぁっ!!」

 

 その均衡を破ったのは、私の月だった。

 ブヂブヂッ、と光の網が千切れていく音が聞こえる。

 ワームホールがあまりのエネルギーとそのサイズに耐え切れなくなったんだ。

 次の瞬間、まるで花火のように光の網は弾け飛び——デザームを巻き込んで、月がゴールに刺さった。

 

 得点。雷門の。

 しかもあの、デザームから。

 

「やっ「よっしゃぁぁ! 先制点だ!」……」

 

 嬉しさのあまり柄にもなく叫ぼうとしたけど、その声は円堂君によってかき消された。

 それを皮切りにみんなも大声をあげて喜び合う。

 ……いやまあいいけどさ。別にキャラじゃないし。

 

「よーし、この調子でもう一点決めるぞ!」

 

 もう一点か……それはちょっと厳しそうだよ。

 雷門コートに戻る途中、ふと後ろを振り返る。

 遠く離れていても、デザームの目が刃物のように冷たく、そして炎のように激しく輝いているのが見えた。

 

 私の勘が告げている。

 まだ何かあるぞと。

 それがなんなのかはわからないけど、とてつもなく嫌な予感がする。

 杞憂であればいいけど……。

 

 試合が再開。

 マキュアは私の『もちもち黄粉餅』を警戒してか、私が近づくとすぐにボールをゼルに渡した。

 だけど、周りをよく見るべきだったね。

 右サイドにはフィールドの魔術師、一之瀬がいるのだから。

 

「フレイムダンス!」

「なにっ! ……がはっ!」

 

 彼はブレイクダンスでもするように激しく回転し、炎を発生させる。

 それが鞭となってゼルを弾いた。

 

「なえ!」

「任せて! ——ライトニングアクセルV3!」

 

 すぐさま一之瀬は私にパスを出す。

 そして先ほど同様稲妻の如きスピードで走ってディフェンスを振り払い、デザームと相対する。

 

 だめだ。寒気がしてくる。

 だけど撃たなきゃ始まらない。

 私はボールを蹴り上げ、漆黒の月をまた作りあげる。

 

「真ダークサイドムーン!!」

 

 落ちてくる月に、デザームは目を瞑りながらまたもや不敵な笑みを浮かべていた。

 ただ楽しんでいるだけではない。

 一点を決められて笑えるということは、まだ奥の手があるということ。

 

「くるか……ならば私も応えよう!」

 

 カッとデザームの双眸(そうぼう)が開眼される。

 右手が天に掲げられる。

 そこに膨大なエネルギーが集中していき、黒光りする鋼鉄が形成された。

 それは、デザーム自身を覆い隠して余りあるほどに巨大なドリルだった。

 ドリルは螺旋状に風を纏いながら高速回転し始める。

 

「ドリルスマッシャー!」

 

 衝突。

 エネルギーの奔流が眩い光となって散っていく。

 次に目を開けたとき、漆黒の月には巨大な風穴が空いていた。

 

 月は形を維持できなくなり、霧散。

 爆発が起きる。

 戦場跡のように炎と黒煙が上がる中、その奥でデザームがボールを掴んでいるのが見えた。

 その光景に、私はただ、

 

「嘘でしょ……」

 

 そう、呟くほかなかった。




 知ってる人が大半だろうけど、円堂時代しか知らない人のための解説。

 ♦︎『もちもち黄粉餅』
 言わずとも知れたあの大人気キャラクター、菜花黄名子ちゃんの代名詞とも言える必殺技。
 なえちゃんに装備させた理由はなんとなくです。
 だって兎ときたら月で、月ときたら月兎で、月兎と言ったら餅でしょうがぁ! まあ兎が作るのには黄粉なんてついてないんですけど。そこら辺はご愛嬌ということで。
 その他に両方とも言葉がなまっていたり(うちの悪なえは別です)と、共通点が多いので登場させました。

 ちなみに黄名子ちゃん、製作陣の性癖の歪み具合がはっきりわかる設定を持っています。ネタバレになるので、知りたい方はご自身で調べてみてください。
 え、私ですか? ……二次元ロリはだいたい好物です。


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二つの吹雪

「クハハハッ! 私にドリルスマッシャーまで使わせるとはな! 中々楽しませてくれるではないか!」

 

 デザームの高笑いに歯ぎしりをする。

 くそ、第二形態持ってるとか魔王かよあいつ。

 というか冗談抜きでどうしよう。

 私の見た限り、ダークサイドムーンはあのドリルスマッシャーとやらに完全に破られていた。数をいくら足しても入ることはないだろう。

 でも、現時点で私以上のシュートを撃てる人なんてここにはいない。未来形で考えても、可能性がありそうなシロウは今ディフェンスだ。

 

 っと、考えている場合じゃないね。

 デザームによるロングスローはミッドであるメトロンのところまで届いた。

 雷門ディフェンスは今の出来事に動揺してか、次々と抜かれていってしまう。

 そして再びボールはゼルへ。

 

「ガニメデプロトン! ハァッ!」

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 紫色のエネルギー破が再び放たれる。

 しかし魔神の右手が揺らぐことはなかった。

 特訓の成果が出ているね。マジン・ザ・ハンドのクオリティがずいぶん高くなっている。

 これはもう少しで進化しそうだ。

 

 雷門のカウンターが始まる。

 起点は私。

 得意のスピードで敵選手らをぐんぐん抜き去り、そのままデザームへシュート——。

 

「——なんてね」

 

 せずにかかとでバックパス。

 背後にはリカが走り込んできていた。

 

「ローズ……スプラッシュ!」

 

 ダイレクトでの必殺シュート。

 完璧な時差攻撃。

 これならどうだ? 

 

「フッ……」

 

 だけどデザームはまるで嘲笑するように、リカのシュートを軽々と右手一つで止めてみせた。

 しかも必殺技も使わず。

 くっ……だめだ。シュートの威力が足りないのもあるけど、それ以上にデザーム自身が強すぎる。

 こんなまやかし程度じゃ引っかかってくれないっていうことか。

 だったら……! 

 

 デザームがボールを投擲する。

 しかし私は自身のバネを最大限活かしてボールに飛びつき、奪いとった。

 そのまま足に雷を纏いながらシュート体勢に入る。

 

「真ディバインアロー!」

 

 乱れ突きならぬ乱れ蹴り。

 何度も蹴りを叩き込み、エネルギーを注入していく。

 そして止めに回し蹴りを当てたとたん、ボールはまるで光の矢のように高速でゴールへ飛んでいった。

 

「スピードで来たか。だが無駄なことだ。——ワームホ……なにっ?」

 

 光の網がゴール前に展開される。

 だけど私のシュートはその上を通り過ぎていき、バーに命中した。

 反射されるように、ボールは弧を描きながら私の方へ戻ってくる。

 

『バー当て』。

 帝国対雷門戦でも使った私の特技である。

 でも今回撃つのは私じゃない。

 

 宙に浮かぶターゲットめがけて、一之瀬が飛び上がった。

 彼のヘディングがボールを捉える。

 だけどその行先はゴールではなく、真下だ。

 彼の足元には、鬼道君が走り込んできていた。

 

『ツインブースト!!』

 

 二重のフェイントからのシュート。

 これにはデザームも完全に引っかかっていた。

 彼の目線が空中にいる一之瀬を見つめているうちに、ボールはゴールのサイドへ向かっていき——。

 

 瞬間、ボールの軌道が重力で引っ張られているかのように捻じ曲がり、地面に落ちた。

 いや、捻じ曲げられた。

 ゴール前のデザームは、片足を突き出した状態で立っていた。その足元には半分以上地面にめり込んだボールがある。

 叩き落としたのだ。

 ツインブーストをあの足で。

 それもあっけなく。

 

「フハハッ! 今のは惜しかったな。だが私は見ての通り長身だ。足の届く距離も当然長い」

 

 届く距離って……鬼道君はポストすれすれの位置を狙ってたんだよ? 

 手足が長いだけじゃない。

 左右への移動を高速でこなせるほどの下半身の強さ。

 無敵か、こいつは。

 

 

 その後は円堂君とデザーム、どちらも一歩も譲らない激しい攻防戦となった。

 どちらかが撃っては止め、撃っては止めを繰り返し続ける。

 お互いの武器は、それぞれの鉄の壁を崩すことはできなかった。

 そして前半が幕を閉じ、試合はハーフタイムを挟むこととなった。

 

 

 ♦︎

 

 

「みんな、善戦どころか一歩リードしてるじゃないか! 勝てるぞこの試合!」

 

 円堂君が励ましの声を私たちにかける。

 だけど今回ばかりはみんなの表情は雲がかったままだった。

 なにせ、私のシュートがああもあっさり止められちゃったからね。

 それにたて続けに撃っても綻びができる気配すらない。

 いくら先制点を取ったとは言え、これではみんな不安なのだろう。

 

 こういうときは行動で示してみんなを勇気づけたいところだけど、それにはあのデザームを打ち破らなくてはならないので無理だ。

 正直言って手詰まり。

 あのあともできる限りのフェイントを混ぜ込んでたけど、あいつたとえ引っかかっても平気でボールキャッチしてくるんだもん。

 

「なえさん、あなたはそのままのポジションでいいわ。だけど主にディフェンスの方に集中して」

「だったらディフェンスでもいいんじゃないの?」

「あなたが一番前にいることで敵のフォワードに負担がかかるのよ。それにセンターには吹雪君もいるし、同じ箇所を守らせても意味がないから」

 

 瞳子監督も守備を固めるのに賛成らしい。

 だけど、心配なのはシロウだ。

 誰も気づいていないけど、さっきからシロウになったりアツヤになったりと、頻繁に人格が交代していた。

 幸い前半は何も起こらなかったけど……そろそろ疲れが出てくるころだ。何が起こるかわからない。

 

 そんな不安を抱えたまま、ホイッスルが鳴った。

 

 のっけから凄まじい攻防が再開する。

 マキュアと私の肩がぶつかり合った。

 互いに弾かれ、並行しながらグラウンドを駆けていく。

 

「ボールをよこせ!」

「腰が入ってないんだよ!」

 

 今度は全体重をかけるように、彼女は勢いをつけて肩を突き出してきた。

 今だ。

 舞うようにそれを避ける。

 そして目標を失った力に振り回されふらついたところを、逆に回り込んでタックルしてやった。

 当然バランスなんて取れるわけもなく、マキュアは2、3メートルほど吹っ飛び、倒れる。

 

「カハッ……! マキュア、乱暴なやつ嫌い……!」

 

 マキュアの憎しみが込められた言葉を受け流し、前へ進んでいく。

 今のはファールスレスレだったね。

 どうやらこの湧き立つような試合に、私自身もずいぶんとヒートアップしているらしい。

 

「真ジャッジスルー!」

「ごぐおっ!?」

 

 ゴーグルを被った巨体、タイタンに蹴りを叩き込んでやれば、ゴール前だ。

 いくよ……! 

 ボールを宙に打ち上げ、漆黒の月を作り出す。

 

「真ダークサイドムーン!!」

「ドリルスマッシャー!!」

 

 数秒の均衡。

 しかし、やはり鋼鉄のドリルを打ち砕くことはできず、またもや月に穴を空けられ、止められてしまった。

 

「ハッハッハ! この手が痺れる感覚……最高だ!」

 

 デザームは裂けるかもしれないほど口を開き、獰猛な笑みを浮かべている。

 ……いや、デザームだけじゃない。

 いつの間にかイプシロンの選手たち全員にも同じような笑みがあった。

 

 円堂君がみんなの力を引き上げるように、デザームの行動が徐々に伝染していったのか。

 あれほど優れたゴールキーパーだ。それぐらいできて不思議じゃない。

 

 デザームのスローイングはミッドのファドラに渡った。

 だけど大丈夫だ。あの位置にはシロウがいる。

 

「ゲヒヒヒヒャッ!!」

「——アイスグランド」

「ゲヒャッ!?」

 

 気色悪く笑っていたファドラはたちまち氷漬けとなり、シロウがそのこぼれ球を拾った。

 いいぞシロウ。そのままこっちに……! 

 そう思い、彼をよく見て気付いた。

 シロウが、獣のように鋭い目つきになっていることに。

 

「いつまでチンタラ守ってんだよ!」

「っ、吹雪!?」

 

 みんなからの制止の声も聞く耳を持たない。

 吹き荒れる吹雪のように、一直線にゴールへと走っていく。

 

「邪魔だ! オーロラドリブル!」

 

 シロウの背後にオーロラのような光が発生。

 そのあまりの眩しさに目も開けられなくなり、敵ディフェンスのモールはそのまま突破された。

 

「完璧じゃなきゃ、俺はいる意味がねぇ!」

 

 ……前に聞いたときと同じ言葉だ。

『完璧』。

 シロウがなぜこれにこだわっているのかはわからない。

 だけどあの様子から並々ならぬ執着であることはわかる。

 

 一人で突っ込んでいくシロウの前にタイタンとケイソンが立ちはだかる。

 

「撃たせろ! こいつは私が相手をする!」

 

 が、デザームのその一声で二人はモーゼの滝の如く、道を開けた。

 その行為にシロウの顔が歪む。

 

「このっ……舐め腐りやがってぇぇぇっ!!」

「さあこい! あれからどれだけ成長したか、私に味合わせろ!」

 

 シロウが両足で挟んだボールを回転させ、冷気を集中させていく。

 とたんに、彼の近くの地面が凍りつき始めた。

 なんという冷気。まるで吹雪そのものだ。

 そして一回り大きくなった氷結晶に渾身の回し蹴りを叩き込む。

 

「エターナルブリザードV2!! ——ハァァァッ!!」

「ドリルスマッシャー!」

 

 進化したエターナルブリザードは見るからに凄まじい威力だった。

 だけどだめだ。

 デザームのドリルはびくともしていない。

 やがて氷が砕け散り、中のボールが露出してしまう。その瞬間ボールはあっけなく上に弾かれ、デザームの手に落ちていった。

 

「この程度ではまだ足りないぞ。もっと魂を熱くさせるシュートを叩き込め!」

「なんだとぉ……!」

 

 デザームはボールは足元に落とす。そしてバウンドした瞬間を見計らって、さらに加速させるように蹴った。

 ドロップ式パントキック。主に遠くに飛ばすための蹴り方だ。

 

「しまった!」

 

 重要なセンターディフェンスを任されていたシロウが前に出ている。つまりは真正面はガラ空きになっているということだ。

 全速力で自陣へ戻っていく。だけどデザームの蹴ったボールは私よりも速かった。

 

「ガイアブレイクだ! 戦術時間は2コンマ7秒!」

『ラジャー!!』

 

 遠くにいるはずに聞こえてきた指令にゼル、マキュア、メトロンの三人が答える。

 三人の体から膨大なエネルギーが発生し、その影響でいくつもの岩石がボールへ引き寄せられていく。

 

『ガイアブレイク!!』

 

 そして岩で固められたボールを蹴った瞬間、解き放たれたかのようにエネルギーを纏ったボールがゴールへ向かっていった。

 

 その延長線上に小暮が立っていた。

 彼は逆立ちになると、扇風機のように足を回転させ始める。

 あれが噂の旋風陣か。

 だけど技が完成するよりも早くボールは小暮の元にたどり着き、彼を円堂君のところまで吹き飛ばした。

 

「小暮!? ——ぐあっ!」

 

 円堂君は飛んでくる小暮を受け止めようとする。

 それが致命的となった。

 人一人の体重を突然受け止めたことで彼はバランスを崩してしまう。

 そこへガイアブレイクが迫り、小暮の背中をえぐりながら円堂君ごとゴールへ突き刺さった。

 

 ようやく勢いの止まったボールがコロコロとグラウンドを転がる。

 失点。これで同点だ。

 恐れていたことが起きてしまった。

 

「あ、あぁ……! 俺のせいで……!」

 

 事態の深刻さはなによりも張本人が知っているのだろう。

 小暮は顔を真っ青にしながら泣きそうな顔をしていた。

 だけど、円堂君はそんな彼の肩に手を置くと、

 

「時間はまだあるぞ。気にするな。走り続ければなんとかなるさ」

 

 そう言って慰めてみせた。

 小暮の表情が少し緩む。

 それを見ていた他のメンバーの気持ちも和らいでいるように見えた。

 

「みんな、時間はあるぞ! 切り替えて行こうぜ!」

『おうっ!!』

 

 全員のやる気が高まっているのが感じられる。

 これだ。これでこそ雷門だ。

 ピンチの時ほど強くなる。

 私は幾度となく、彼らが奇跡の勝利を収めた瞬間を見てきた。

 

『バーニングフェイズ』発動。

 反撃の時間がやってきた。

 

「ライトニングアクセルV3!」

 

 前線のフォワード二人を抜き去り、ゴールを目指していく。

 負けることを考えるな。

 同点なんかクソくらえだ。

 とにかく、ガムシャラでもいいから攻め続けろ。

 決して諦めるな。

 私の好きなイナズマイレブンはいつだってそうやって勝利をもぎ取ってきたじゃないか。

 

 先ほどのガイアブレイクにも加わっていたメトロンがスライディングを仕掛けてくる。

 両足でボールを挟みながらジャンプし、それを乗り越える。

 

「ギヒャヒャッ! もらったァ!」

 

 しかしメトロンの後ろにいたファドラが飛びかかってきた。

 空中じゃ身動きは取れない。そう考えたのだろう。

 甘いんだよ。

 

 私はかかと落としでボールを下に叩きつけると、ファドラの肩に手を当ててさらに高く跳躍した。

 追いかけるように、バウンドしたボールが私のところまで上がってくる。

 

 そこから見下ろし、フォワード陣が全員マークされていることに気がつく。

 データ分析によると、イプシロンは相手のフォワードを封じ込める戦法を得意とするらしい。全員手慣れていることを感じさせる動きだ。

 だけど私は知っている。ディフェンスでありながら、フォワードもこなせるやつを。

 

「シロウ!」

 

 私は一見すると誰もいないであろう場所へパスを出した。

 しかし空中にいた私には、シロウが猛スピードで上がって来ているのがはっきり見えたのだ。

 フォワード潰しの陣形が仇となって、ディフェンスはガラ空きだ。

 再び吹雪が吹き荒れる。

 

「エターナルブリザード……V3ィィィッ!!」

「ドリルスマッシャー!!」

 

 だけど、シロウのシュートはまたもやドリルに弾かれてしまった。

 シロウのエターナルブリザードはさっきよりも威力が上がっていた。

 だけど、それ以上にドリルスマッシャーが圧倒的すぎるのだ。

 

「ぐっ……! チクショォォォォォォォォッ!!」

 

 見ていられない。

 悲痛と絶望の入り混じった声がこだまする。

 

「ハハハ! もっとだ! もっと滾らせろ!」

 

 今度はイプシロンのカウンターだ。

 ファドラが奇声を上げながら雷門陣へと切り込んでいく。

 

「させるかよ! ボルケイノカット!」

 

 だけど土門の新必殺技が文字通り火を吹き、ボールはフィールド外まで弾かれた。

 

「くっ……やるな」

 

 ファドラはそう言い残して去っていく。

 攻撃は防いだけど、最後に土門の必殺技が外へ出た原因だったため、ボールはイプシロンからだ。

 先ほどのファドラからの長いスローイングは、マキュアに届いた。

 

「今度こそ! 旋風陣!」

 

 今度は小暮が前に出た。

 逆立ちして足を扇風機のように振り回せば、周囲の風が踊り出す。それに引っ張られて彼女のボールは宙を舞い、小暮の足下に落ちた。

 やっと調子が出てきたみたいだね。ここでも円堂君の言葉が効いている。

 

「一之瀬さん!」

「ああ、任せろ!」

 

 小暮からのパスを受け取った一之瀬。

 その横にリカが並んで走る。

 

「ダーリン、バタフライドリームいくで!」

「えっ、えぇ!?」

 

 ひ、酷い無茶振りを見た……。

 もちろん必殺技がそんな簡単にできるはずがない。

 特にあのコンビじゃ一生かかってもできないような気がする。

 一之瀬は困り果てたような顔をする。

 しかし彼らの間を裂くように一陣の風が通り過ぎた。

 

「コラ返さんかうちらのラブラブボール!」

「へっ、点を決めなきゃいけねぇんだろ? いいから俺に任せろ!」

「吹雪、無茶だ!」

 

 シロウのやつ、完全にアツヤに体を乗っ取られているね。

 ああいう理不尽なところとかそっくりだ。

 そして無鉄砲で、無謀なことも。

 

 鬼道君の忠告を無視してシロウは突き進んでいく。

 二人のディフェンスが立ちはだかったが、まるで槍のように猪突猛進して強引に壁を打ち破った。

 だけどさすがに無理しすぎたのか、バランスを崩してしまう。

 それを見てケイソンが動いた。

 

「——ヘビーベイビー」

「っなんだこれは……! ボールが……重い……!」

 

 彼から黒い波動が発生し、ボールに纏わりつく。

 とたんにそれは重力で引っ張られるように地面にめり込み、いくら蹴っても動かなくなってしまった。

 しかしケイソンが蹴るとボールは元どおりに弾んで彼の前を転がり始める。

 

「っ、しまった……!」

 

 ……言わんこっちゃない。

 いくらシロウでも相手は宇宙人なんだ。力押しが通じるわけがない。

 彼が何を悩んで、どうして傷ついているのかは知らない。

 だけど今の姿を見て、私の中で苛立ちが生まれた。

 

「止めといこうじゃないか! 5コンマ6、ガイアブレイク!」

『ラジャー!』

 

 イプシロンによる連続パスがみんなを翻弄していく。

 そして時間ぴったりでゴール前にボールがたどり着き、例の三人が並んだ。

 

『ガイアブレイク!!』

 

 岩石の塊が弾け、中から凄まじいエネルギーを込められたボールが出てくる。

 小暮のときでわかったけど、あのシュートは威力もさることながら、スピードもかなりある。

 エネルギーを心臓から手に一度溜める必要があるマジン・ザ・ハンドじゃ間に合わない……! 

 

「俺だって……負けていられないぜ!」

 

 だけど円堂君は私の予想とは違ったことをした。

 彼の気迫に応えるように、心臓から気の塊が飛び出したのだ。

 それはひとしきり円堂君の周りを回転すると、自動的に彼の右手に宿る。

 そして、魔神が生まれた。

 

「真……マジン・ザ・ハンドォォォッ!!」

 

 溢れ出したエネルギーが雷と化し、魔神の右手に宿る。

 それが叩きつけられ、ガイアブレイクは粉砕された。

 残ったボールだけが、円堂君の手に収まる。

 

 くふっ、ここできて進化か。

 やっぱり円堂君は最高だ。

 

「吹雪、なえ! ラストチャンスだ!」

 

 気がつけば時間も残りわずか。

 円堂君から投げられたボールを受け取り、全力で駆ける。

 彼だけじゃない。みんなの思いがこもったこのボール、必ず導いてみせる! 

 

 そう誓ったのも束の間、シロウがこちらにやってきた。

 

「俺にボールをよこせ!」

「嫌だね。これは大切なものなんだ。今のあなたには渡せない」

「いいから……よこせっつってんだよぉ!!」

 

 あろうことか、シロウは私に対してタックルをしかけてきた。

 その瞬間、何かが切れるような音が脳内でした。

 

「いい加減にしろ!」

「ぐごっ!?」

 

 気がつけば、彼の腹にボールを叩き込んでいた。

 シロウは腹を押さえながらその場にうずくまる。

 獣のようにギラついた目が向けられた。

 

「何をしやがる!?」

「私は言ったよね? 全力を出さないやつを許さないって」

「俺はいつも全力だ!」

「仲間にパスも出さずに突っ込んでってボールを取られる。そんなのが全力? 笑わせないでよ。全力っていうのはね、自分の持っているあらゆる手段を尽くすことを言うの」

「っ……!」

 

「ギヒャヒャッ! お話なら試合後にするんだな!」

「……うるさい」

 

 真ジャッジスルー。

 飛びかかってきたファドラを避けて、その腹をボール越しに蹴り上げる。彼は断末魔をあげながら地面に倒れた。

 どうやら長々と説教している暇はないらしい。

 

「シロウ、一か八かだけど私と一緒にエターナルブリザードを撃ってみるつもりはない?」

「……なんだと?」

「一人じゃどっちがやってもダメ。だったら二人がかりでいくのは道理でしょ?」

「だけどよ、そんな練習は……」

「染岡君の時は即興でできたらしいじゃん。だったら私でだってできるはず。彼の代わりにはならないけど、ここは私を信じてよ」

 

 まっすぐ彼の瞳を見つめ、頭を下げる。

 

「ちっ、わーったよ! やればいいんだろやれば!」

「決まりだね。じゃあ行くよ!」

 

 照れを隠すようにシロウは頭をかいていた。

 くふっ、素直じゃないね。

 私の説教が効いたのか、今の彼に先ほどの切羽詰まった雰囲気はなくなっていた。

 

 言うが否や、私たちは同時に走り出した。

 当然私がシロウに歩調を合わせれば、その分だけ遅くなる。

 でも問題ない。そのデメリットを補って余りあるほどに、私たちの連携は完璧なんだから。

 

 高速でのパス回し。

 イプシロンのディフェンスたちはそれにただただ圧倒され、一度もボールに触れられなかった。

 

「いくよシロウ!」

「しっかり合わせろよ!」

 

 ゴール前へ。

 私は両足でボールを挟みながら宙返りし、上に投げ飛ばす。

 それにシロウはかかとを落とすと、ボールはかつてないほどの吹雪を纏いながら巨大な氷の結晶と化していく。

 そこへ私たちは同じく吹雪を身に纏いながら回転し——

 

『ホワイトダブルインパクトッ!!』

 

 —— 左右で同時に結晶を蹴った。

 瞬間、荒れ狂う吹雪がエンジンとなって氷結晶が発射された。

 

「ドリルスマッシャー!!」

 

 デザームが出現させたドリルが盾となって、結晶とぶつかり合う。

 火花の代わりにキラキラという雪結晶が舞う。

 

「フハハハハッ! 素晴らしい! 素晴らしい威力だ! だが私のドリルスマッシャーはそれすら上回る!」

「くふっ、そうだといいね」

「なにっ」

 

 一瞬不思議そうな顔をしたけど、未だドリルとぶつかっている氷を見てやっと気づいたらしい。

 氷の結晶が時間を増せば増すほど大きく成長していっていることに。

 

「ぐっ……! ぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

 デザームが必死な形相を浮かべながら手に力を込めるけど、もう遅い。結晶はドリルの大きさを完全に上回るほどになっていた。

 徐々に、徐々にだけど氷のかけらに混じって鉛色の何かが飛び散っていくのが見えた。

 嫌な音を立てながらどんどんドリルにひび割れが入っていく。

 そして。

 

『いっけぇぇぇぇぇっ!!』

「バカな……!」

 

 そのかけ声に呼応するようにドリルが砕け散った。

 結晶はデザームを巻き込みながらネットに突き刺さり、そのままゴール全体を氷で埋め尽くした。

 ネットに絡まりながら、空中で浮いているようにも見えるボールにみんなの目が集中する。

 

 甲高い笛の音が三回聞こえた。

 終わったのだ。試合が。

 そして何よりも……私たちは勝ったのだ。

 

「やった……やったぁぁぁ!!」

 

 我を忘れて子どものように叫んだ。

 見れば他のみんなもそれぞれが抱き合って喜びを分かち合っている。

 イプシロンとの長く険しい戦いは、こうして幕を閉じた。




 初代しか見ていない人のための補足。

 ♦︎『ホワイトダブルインパクト』
 初登場時はけっこう不評だった必殺技。というのも、アレスでは白恋対雷門戦の前の試合は世宇子で、そのときアフロディが新技『ゴッドノウズインパクト』を披露したため、名前がかぶったからだと思われる。ホワイトダブルブリザードでよかったじゃん。
 ただモーションは普通にカッコいい。詳しくは自分で調べてみよう。


 


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三つのマスターランク

「終わったんだね……」

 

 横からそんな声が聞こえてきた。

 シロウはもう元の人格に戻っているらしい。

 でもその表情はアツヤが浮かべていたのとは真逆で暗い。

 

「ん、なんか嬉しくなさそうだね」

「今日勝てたのはアツヤとなえちゃんのおかげだ。でも僕は……吹雪士郎はなにもできなかった」

「どっちもあなたなんじゃないの?」

「……うん、ごめん。うまく説明できないや。でも……なんか嫌なんだ」

 

 彼は顔を俯かせたままグラウンドを出て行ってしまった。

 そこに気づいているのは私以外誰もいない。

 みんな勝利の喜びを分かち合うことで、いっぱいになっている。

 

 追いかけようとはしなかった。

 彼も一人で考えたいこともあるだろうし。

 それに、私は円堂君と違って人の心ってものがよくわからない。

 私が行っても慰めにもならない可能性が高いし、もしかしたら彼を傷つけてしまうかもしれない。

 

「ふ……フフフ。ハーッハッハッハッハッ!!」

 

 そのとき、突然ゴール前で打ちひしがれていたはずのデザームが笑い出した。

 あまりの声量に、反響したのも合わさって、グラウンド中が揺れたかのような錯覚を覚える。

 

「なにがおかしいんだ!?」

 

 円堂君がそう問いかける。

 デザームは狂気の笑みを一瞬で消し、とたんに殺気が込められた目で私たちを睨んできた。

 

「ドリルスマッシャーを破ったことは褒めてやろう。そして我らイプシロンに勝利したこともな。だが我々はさらなる鍛錬を積み、必ずやお前たちの前に再び姿を現す。そして円堂守、吹雪士郎、白兎屋なえ。貴様らを叩きのめしてやろう……!」

 

 イプシロンのエイリアボールが一人でに浮き上がり、光を放ち始める。

 それにデザームたちは包まれていった。

 

「っ、待て!」

 

 円堂君が逃亡を阻止しようと光の中に突っ込んだけど、遅かったらしい。

 光を突っ切った先に、イプシロンの姿はなかった。

 

「戦いはまだまだ続くのか……」

「また来ても返り討ちにしてあげるだけだよ」

 

 というか来てくれなきゃ困る。

 私だってあれだけ止められて悔しいわけじゃないんだ。

 次こそはもっとスッゴイのぶち込んで、今度こそ一対一でデザームに勝ってみせる。

 そのためにも、今やるべきことは一つだ。

 切り替えるためにパンと頬を叩く。

 

「よし、さっそく特訓だ! デザームを倒すためにも付き合ってね?」

「任せろ! どっちが勝つか勝負だ!」

「お前たちの体力は無限なのか?」

 

 鬼道君が呆れたような顔してるけど気にしない気にしない。

 私たちはさっそくトレーニングルームに向かって走り出した。

 

 

 ♦︎

 

 

 暗闇が統べる部屋にて、デザームは膝をつき頭を垂れていた。

 かれこれこうして10分。

 だがやめるわけにはいかない。

 それが彼の最初の罰なのだから。

 

 闇を切り裂き、三つのスポットライトが大理石でできた純白の塔を照らした。

 その上には三人の男がたたずみ、デザームを見下ろしている。

 スポットライトの色はそれぞれ青、赤、白。

 そのうち青に照らされている男が口を開く。

 

「無様だねデザーム」

「申し訳ございません」

「敗者に存在価値はねえ。さっさと消えろ」

 

 続いて赤の男が喋りだす。

 その口調は、感情が感じられない平坦な前者とは真逆で、荒々しいものだった。

 デザームはさらに頭を深く下げ、許しをこう。

 

「わかっております。しかし、私にもう一度だけチャンスをくださいっ! このままでは……雷門との真の決着をつけぬままでは終われないのですっ!」

「ハッ、知るかよそんなこと」

「君の気持ちがどうだろうが、我々には関係ないことだ。私情を挟むのはよしてくれないかな?」

「まあまあ二人とも、落ち着きなよ」

 

 最後に白の男がなだめるように話した。

 青と赤の男たちの殺気が彼に向けられる。

 

「グラン、テメェは敗者のケツ持つつもりか?」

「君は黙っててくれないかな」

「どうだろ? でもデザームはまだ全力で戦ったってわけじゃないんだろ? だったらまだ利用価値はあると思って」

 

 しかし白い男——グランはそれらをどこ吹く風で受け流す。

 その反応を見て、赤の男が露骨な舌打ちをした。

 

「ちっ、あちこち遊んでるかと思いきや、こういう時だけ口を挟んできやがって。テメェのそういうところが気にくわねえ」

「そんなにあの円堂ってやつが気になるのかい?」

「ああ。彼は実に面白い。それに、彼以外にもまた一人面白い子もいたしね」

「あぁ?」

 

 赤の男は訳がわからず首を傾げた。

 だが青の男は理解していたようだ。

 

「白兎屋なえのことか」

「あーあれか。ビデオ見たぜ。女のくせしてなかなか熱そうなやつだったな。まあ俺の紅蓮の炎には敵わねえが」

「わかってないなバーン。それは見かけだけだ。あの瞳は間違いなく凍てつく闇を宿しているよ」

「ああん? 俺の目が節穴だって言いてえのか?」

「もしかして自覚していなかったのかい?」

「テメェ……!」

「そこまでだ」

 

 あわや一触即発のところで、グランが言葉を強めた。

 二人は睨み合ったあと、互いに顔を背けた。

 

「ちっ、イライラするぜ。もういい、会議はここまでにさせてもらう」

「僕もだ。今日はもう話したい気分じゃなくなった」

「じゃあデザームの処分はどうするんだい?」

「テメェの好きにしろ」

 

 二つのスポットライトが再び闇にかき消された。

 残ったのはデザームとグランのみ。

 デザームはこの会議中で初めて顔を上げた。

 

「感謝します、グラン様」

「いいよ。それにオレも本気のイプシロンと雷門が戦うのを見てみたかったしね」

「お任せください。次こそは必ず勝利を貴方様方に捧げさせてもらいましょう……!」

「期待しているよ」

 

 最後にグランを照らしていたスポットライトまでもが消え去る。

 こうして部屋は再び暗闇に閉ざされた。

 




 今回は文字数がいつもより少ないです。
 まあ前回が多かったので、釣り合いは取れているのかなと。


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目に見えぬ脅威

 イナズマキャラバンは大阪を出て、高速道路に乗っていた。

 流れる看板のほとんどには『福岡』という文字が描かれている。

 そう、私たちは福岡へ向かっている。

 そのわけとは——。

 

「じいちゃんのノートを手に入れるぞー!」

『おおーっ!!』

 

 まあ、一言で言っちゃこれだね。

 どうやら雷門の理事長さんから報告があって、円堂大介のノートが福岡の陽花戸中というところで発見されたらしい。

 

「んで、そのノートってなんなんや?」

 

 そんな中で新たに加わったメンバーは首を傾げていた。

 彼らを代表してリカが円堂君に尋ねる。

 

「ああ、俺のじいちゃんも昔はサッカーやっててさ。その時の必殺技がたくさんノートに書いてあるんだ」

「円堂たちはそれを見て次々と強敵を打ち破ってきたんだよ」

 

 円堂君はそう言って実際のものをみんなに見えるように掲げた。

 一之瀬が円堂君の説明を付け足す。

 ちなみに彼のとなりは土門だったんだけど、いつも通りリカの押しによって強引にその仲を引き裂かれてしまった。

 うんほんと、あれで怒らないとかいい性格してるよね。

 

 リカたちはそれを聞いてふむふむと納得する。

 ただ、小暮だけは不自然に笑っていて、円堂君の背後に忍び寄っていっている。

 そして一瞬の隙を突いて円堂君からノートを奪い取った。

 

「あ、小暮!」

「うしし、さーてどんなことが書かれ……はっ?」

 

 ノートを開いた次の瞬間、小暮は目を丸くした。

 その事情を知っている何人かは大声で笑った。

 もちろん私もだ。

 

「な、なんだよこれ! ただのラクガキじゃんか!」

「くふふっ、残念だったね小暮。それは円堂君にしか読めないんだよ」

 

 そう、なんと言ってもあのノート、字が汚すぎて円堂君しか読める人がいないのだ。

 その汚さと言ったら、スーパーコンピュータが計測不能になって爆発を起こしてしまうほど。

 ……そうだよ。一回興味心でコンピュータ使って壊したことあったんだよ!

 あれは痛い事件だった……主に私に懐の面で。

 

「あれ、なえにこれ見せたことあったっけ?」

「円堂君、そこは詮索しちゃだめだよ。乙女の秘密ってやつ」

「そ、そういうものなのか?」

「うんうん、そういうもの」

「……そっか。じゃあ仕方ないな!」

 

 円堂君がバカでよかった。

 私の巧みな話術によって、話題は別のものに切り替わっていく。

 ……女子陣からの視線が冷たくなったのは気のせいだろう。

 

「ねえお兄ちゃん、なえさんってキャプテンのこと知りすぎじゃない?」

「普段はバカっぽく見えるが、あいつはああ見えて情報を大切にするタイプだ。たぶん円堂の個人情報はあらかた目を通していると思うぞ」

「それってストーカーなんじゃ……」

「あれは女じゃないから大丈夫だ」

 

 ゴーグルかち割るぞクソドレッド。

 

 とまあアクシデントはいろいろあったものの、その後は特に盛り上がることもなくバスは進んでいった。

 そしてとうとう高速道路を降りて、福岡の街にたどり着いたのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 やってきた福岡は、なんというかレトロな雰囲気の街並みだった。

 ビルなんかは一切見当たらず、どの建物も小さくて錆が至るところに見える。

 それに路面電車なんて初めてみたぞ。

 まあ目的地の陽花戸中は都市とは離れているらしいし、こんなもんか。

 

「なんだかタイムスリップしたみたいだね」

 

 となりのシロウが話しかけてくる。

 

「いかにも昭和って感じだからね。まあ見た限り、いかついヤーさんとかがあちこちたむろしてなくてよかったよ」

 

 ちなみにヤーさんとはヤクザのことである。

 なにせここは福岡。ヤクザの総本山だ。

 私の取引先の知り合いの何人かは福岡出身だし、とある西の組織の一強時代が続いている今、ヤクザといえばこの県を思い浮かべる人も多いだろう。

 それゆえにこの県は『修羅の国』なんて呼ばれたりする。

 だから少し心配だったのだ。

 

 しばらくすると陽花戸中らしき学校が見えてきた。

 イナズマキャラバンはそこの駐車場へ停車する。

 

「到着だ! 早くじいちゃんのノートを見に行こうぜ!」

「ちょっと円堂君、待ちなさいったら!」

 

 円堂君はさっそくキャラバンから飛び出してしまった。

 夏未ちゃんがそのあとを追っていく。

 青春だねぇ。

 っと、そこで窓からふくよかなおじいちゃんが近づいてくるのが見えた。

 

「監督、あの人は?」

「この陽花戸中の校長先生よ。私が話をしてくるから、みんなはここでおとなしくしててちょうだい」

 

 そう言って瞳子監督は出て行ってしまった。

 そして円堂君と夏未ちゃんを交えて会話し始める。

 その唇の動きを私はじっと見つめる。

 

 ……だいたいわかったよ。

 どうやらあの人、円堂大介の親友なんだそうだ。

 円堂大介は実は福岡出身で、中学生の時に雷門に転校したと。

 知っての通り、私は読唇術が使える。

 それで会話内容を盗み聞きさせてもらった。

 そしてこれで、どうしてノートがこんな古ぼけた街の学校にあるのかも合点がいったよ。

 

 その他にも夏未ちゃんと校長が昔からの知り合いだったりと、情報はそれなりにあったけど特に重要そうなものは見つからなかった。

 しばらくしてキャラバンのドアが開かれ、監督が戻ってくる。

 

「中で校長先生と話すことになったわ。みんなは外に出て、体でもほぐしておいて

 

 ようするに自由時間だね。

 みんなはキャラバンから出ると、それぞれの荷物を引っ張り出し始める。

 

「うーん、体でもほぐしてろって言われたけど……正直暇じゃない?」

「そう何時間も話すわけではないだろう。我慢するんだな」

「ぶーぶー」

「ひっ……! なえさんの体がぐにゃぐにゃになってるッスぅっ!?」

 

 鬼道君と会話しながら柔軟してたら、なんか壁山が私を見るなり泡吹いて気絶してしまった。

 

「まったく失礼な人だね。鬼道君もそう思わない?」

「いや……帝国時代から思ってたんだが、もう少し普通に柔軟をできないのか?」

「だってこれくらいやらないとぬるいんだもん」

 

 ちなみに今私の体がどうなっているかは絵面的にも気持ち悪いものなので、省略させていただこう。

 柔軟を終え、普通に立ち上がる。

 しかし監督たちの話はまだ終わっていないようだった。

 

 どうするかね、これから。

 練習するのもいいけど、せっかく新天地に来たんだからそれらしいことをしたいな。

 たとえば観光とか。

 というかもう観光でいいじゃん。

 というわけで、学校の敷地外に向かって走り出す。

 

「おいなえ! どこへ行く!?」

「ちょっと観光ー! 瞳子監督にはそう言っておいてー!」

 

 これでよしと。

 福岡の名物ってなんだっけな。

 名物じゃなくても、こんな古ぼけた街なんだ。都会じゃ見れないものとかもいっぱいあるはず。

 そんな風に妄想を膨らませながら、学校の壁を跳躍して乗り越え、街へと出ていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 やっぱり思った通りだった。

 豊作だ豊作。

 私は両腕いっぱいにぶら下げた紙袋を揺らしながら、上機嫌で陽花戸に向かっていた。

 この街には都会にはないレアな駄菓子が大量にあったのだ。

 明らかにゲテモノが多かったけど、珍味ということで全部買っておいた。

 不味かったらみんなや部下たちに食わせればいいしね。

 

 ルンルンルンっと。

 スキップする音がよく響く。

 ここには人っ子一人いないようだった。

 

 ……おかしい。今は真昼だ。

 別に今歩いているのが裏路地ってわけでもない。

 現に行きは人がそこそこいた。

 なのに数時間も経たないで、人の気がまったくなくなるなんてことがあるのだろうか。

 

 そう思った時には、スカートの中に隠していたハンドガンとコンバットナイフを抜いていた。

 私だって裏社会の人間だ。これくらいの備えは当然している。

 

 しばらく沈黙して、辺りを伺う。

 すると電柱の影になっている場所から拍手が聞こえてきた。

 

「すごいね。まるで本物の軍人みたいだったよ。でもその物騒なものはしまってほしいかな」

「……なんだヒロトか。警戒して損した」

「一応オレも君たちの敵なんだけどなぁ」

 

 電柱から現れたのはいつか出会った赤髪の男、基山ヒロトだった。

 彼が両手を上げているのをみて、すぐに武器をしまう。

 その光景を見てヒロトはため息をつく。

 

「はぁ。前から思ってたんだけど、君はもうちょっと恥じらいってものを持ったほうがいいよ」

「大丈夫大丈夫。そーゆーのは計算してギリギリ見えないように動いてるから」

「そういう問題じゃないんだけどね」

 

 というか恥じらいなんてものはアマゾンの大森林でサバイバルさせられた時に捨てたわ。

 いくら修行のためとはいえ、小学生をガイドなしで放り込んだ時はさすがの私も総帥にキレたね。

 このことはもちろん『総帥絶対許さないリスト34ページ』にも書き残してある。

 

 っと、話が脱線しちゃった。

 

「で、エイリア学園が私になんのよう? 言っとくけどスカウトは事務所を通してからにしてよ」

「事務所あるのかい?」

「真・帝国学園」

「海に沈んでるよ!? どうやって話すればいいの!?」

 

 まあ要するにお断りってことだ。

 それに、前にも言ったけどあんなピチピチスーツ着たくないし。

 

「今日は残念ながらそういうのじゃないんだ。どっちかというと、君というか雷門全体に用がある」

「なんだ。じゃあちょうどいいし、案内してあげよっか?」

「いや、いいよ。それにオレはエイリアだしね。真昼から堂々と行くのは遠慮しておくよ」

 

 そっか。

 まあよくよく考えたら、このまま案内してたら私がエイリアを連れてきたってことになっちゃうし、これでよかったのかもしれない。

 

 もう話すこともないようなので、私は振り返り、陽花戸中に戻ろうとする。

 そのとき、後ろから声がかけられた。

 

「あ、そうそう。次の戦いの準備を早めにしておいたほうがいいよ。今の君たちじゃ、オレのチームには手も足も出ないと思うからね」

「それはどういう……っ」

 

 バッと勢いよく振り返る。

 そこにヒロトの姿はなかった。

 

 あの口ぶり……もしかして彼は雷門に勝負を挑むつもりなのか?

 しかもイプシロンを倒した私たち相手に手も足も出ないと断言してみせた。

 やっぱり存在していたのか。

 イプシロンよりも強いチームは。

 そしてそのチームにいるのがヒロトなのだと確信する。

 

 ……どうする? 報告すべきかな?

 いや、イプシロンとの決着もまだ付いていない状態でそんなの知ったら、戦意を喪失する人も出てしまうかもしれない。

 それはダメだ。

 

 結局、私はこの恐ろしい事実を黙っておくことにした。

 それがのちに悲劇を引き起こすことになるとは知らずに。



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新たなる才能

 

 

 陽花戸中に戻ってきたら、グラウンドに円堂君を含めたみんなが集まっていた。

 彼らの周りにははっぴみたいなユニフォームを着た人たちがいる。

 たぶん彼らがここのサッカー部なのだろう。

 

「ヤッホー円堂君。ノートはあった?」

「ああ、あったぜ。それよりもどこに行ってたんだよお前」

「いろいろとね。お土産あげるから許してよ」

 

 紙袋の中から駄菓子を取り出して、円堂君に投げ渡す。

 ちょうどいいので、他のみんなにも配るとしよう。

 

「あ、ありがとうございますッス!」

「へー、アメリカじゃこんなの見たことないよ」

「……なんで俺だけ焼き栗なんでヤンスか?」

「まったく、しょうがないなあお前は」

 

 円堂君は呆れたようにため息をついた。

 ちなみに焼き栗は帰り道で買ったものである。

 秋でもないのにこんなものが売ってるのは珍しいので、つい財布の紐を緩めてしまった。

 

「そうだ、紹介するよ。陽花戸中のキャプテンの戸田と、キーパーの立向居だ」

「戸田だ。そして後ろにいるのが俺のチームメイト。あの『神姫(ゴッドプリンセス)』に会えるなんて光栄だよ」

「こいつら全員、俺たち雷門のファンなんだってさ」

「へー、円堂大介のノートがある学校に雷門イレブンのファンか。運命ってやつを感じちゃうね」

 

 バンダナを頭に巻いている男、戸田が手を差し出してきたので握手する。

 立向居って子とも握手しようとしたんだけど……なんか手を出した途端に小動物のようにすぐ円堂君の後ろへ隠れられてしまった。

 

「え、えーと。私なんかしたっけ?」

「あ、ご、ごめんなさい! つい反射で! 映像の中の白兎屋さんってすごく怖くて、そういうイメージがあったんです!」

「いや、嫌われてないならいいよ。それと名字で呼ぶのはやめてほしいな」

「そ、そうですか……」

 

 改めて立向居と握手する。

 しかし彼は関節が石になってしまったかのようにガチガチになってしまっていた。

 

「私、そんなに怖いかな……?」

「今までの自分の試合を見返してみろ」

 

 鬼道君に言われて振り返ってみる。

 ……うん、全国大会の時だけでもけっこうやらかしてるな、私。

 雷門戦に限らずとも、世宇子にいた時なんか試合のたびに相手選手全員を病院送りにしてたし、彼らが恐れるのもうなずける。

 ま、反省はしないけど。

 でも彼、パッとしなさそうだし、正直あんまり興味ないかな。

 

「立向居はああ見えてゴッドハンドが使えるんだぜ」

「……へえ。面白そうじゃん」

 

 しかし、その言葉が私の興味を引き戻した。

 舐め回すように足から頭までを観察する。

 彼は今までとは違う私の様子にたじたじになって、うろたえる。

 

 なるほど、よく見ればいい体つきだ。

 小柄に見えるけど体全体、特にキーパーの必殺技の土台となる腰回りがよく引き締まってる。

 なによりもあの両手。

 何度も何度も皮が剥けてズタボロになっているのが一目でわかる。

 円堂君のにそっくりだ。

 

 私は円堂君の方に顔を向ける。

 

「え、えっと、あの……」

「円堂君。これからの予定は?」

「陽花戸のみんなと合同練習するつもりだ」

「そっか。じゃあ立向居、私と練習してみない?」

「え……? ええぇぇぇっ!?」

 

 何をそんなに驚いてるんだか。

 立向居があたふたしている様を見てくすりと笑う。

 

「い、いくらゴッドハンドが使えても、なえさんのシュートは無理ですよ……!」

「へー、あなた止められるシュートの時しか練習しないんだ。そんなんで円堂君に追いつけると思う?」

「ハッ……やります! いえ、やらせてください!」

「それでいい」

 

 円堂君を引き合いに出すと、彼は目に見えてやる気を出した。

 うん、単純だね。

 まああの挑発に乗らなかったら乗らなかったで、その瞬間に私は彼をサッカー選手失格として見なしただろうし、これでいいんだけど。

 

「なえさん、立向居をよろしくお願いします。悔しいけど、俺たちじゃあいつから点を取るのは難しいんです。だから今回の練習はあいつにとっていいものになると思います」

「くふっ、任せておいてよ。このサッカーの女神にね」

 

 戸田の頼みに、私はサムズアップして答えてやった。

 

 その後、各自の準備が整い、合同練習が始まる。

 

「さて、いくとするよ」

「お願いします!」

 

 現在、私はゴールを背にした立向居と一対一になって向き合っている。

 他のみんなはリフティングとかドリブルとかの基礎練習だ。

 意外かもしれないけど、シュート練習はどこに行っても後回しにされることが多い。

 実はドリブルとかのボール運搬能力の方がサッカーでは重視されているからだ。

 だからしばらくゴールは独占できると見ていいだろう。

 ちなみに円堂君はキーパーなのにフィールドプレイヤーのみんなと同じ練習をこなしている。

 だから彼、実はゴールキーパー意外でも普通以上にできるんだよね。

 

 まあその話は置いといてだ。

 ペナルティエリアのラインに十数個ものボールを並べる。

 そしてその一番端っこのものを思いっきりシュートするくらい。

 

「ゴッドハンド! ……ぐあっ!?」

 

 立向居は右手を天に掲げて、ゴッドハンドを発動した。

 しかしその色は煌びやかな金ではなく、透き通るような青だ。

 だけど力不足だったようで、ボールはそれを突き破ってゴールに入る。

 

「立向居。必殺技は完成してからが本番だよ。百錬成鋼、今日は何度も何度も壊しまくって、徹底的にそれを鍛えるから」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 セットされていたボールに再び蹴りを入れる。

 シュートはまたゴッドハンドを割ってゴールに入った。

 

「まだまだぁ!」

「その意気だよ。ほら次!」

 

 ひたすらボールを蹴り続け、なくなったら補充してまた蹴り込む。

 休憩の時間になるまでそれは続いた。

 彼、ゴッドハンドを習得しただけあって根性は一級品だ。

 もう百回ぐらいやってるのに、目の輝きはちっとも小さくなっていない。

 面白い人間を見つけたよ、ほんと。

 

 

 ♦︎

 

 

 6時くらいになって、ようやく練習は終わった。

 私たちはマネージャーたちが用意してくれたスポーツドリンクで喉を潤し、汗を拭う。

 

「ほい、立向居……って、受け取る力もないか」

「ハァッ……ハァッ……! お、俺ならっ……大丈夫……です……っ!」

 

 立向居はゴール前で仰向けになって倒れていた。

 まさにボロ雑巾といった感じだ。

 それでも私の特訓に弱音を一度も吐かなかったんだから、すごいやつだよ。

 

 彼の頭の横にドリンクを置いてやる。

 しばらくして呼吸が落ち着いてきたのか、それを飲み始める。

 そんな彼の様子を見に円堂君がやってくる。

 

「大丈夫か、立向居?」

「はい! 大丈夫です!」

「ならいいんだけど」

「俺、今日のなえさんとの特訓で自分がまだまだだってことを、改めて思い知らされました。ゴッドハンドを覚えて少しいい気になっていた自分が叩き直された気がします」

「そっか。でもお前はやっぱりすごいと思うぞ。見てたぜ、最後のゴッドハンド。なえのシュートを止めてみせたじゃないか」

「全部なえさんのおかげです!」

「お、おう……なんか照れるね」

 

 立向居がすっごいキラキラした目で私を見てくる。

 そんな目で見るなぁ! 浄化されるぅ! 

 とまあ冗談はさておき、こんな純粋に感謝されたこと今までなかったので、どう対応してあげればいいのか戸惑ってしまった。

 

「いいか。今日のゴッドハンドみたいに、努力は必ず身を結ぶ。どんなに厳しい冬でも、諦めなければ必ず春がくるんだ」

「はい! 円堂さんの教え、絶対に忘れません!」

 

 キャプテンの今日の格言に耳を傾ける。

 円堂君が言うと説得力増すねそれ。

 彼、忍耐の人だから。

 立向居なんかえらく感動して、どこからか取り出したメモ帳に必死に書き写していた。

 やがて彼のペンの動きが止まったころ、戸田が近づいてくる。

 

「どうだろう。明日、試合をしないか?」

「いいなそれ! やろうぜ!」

 

 そんなわけで、トントン拍子で明日試合することが決まった。

 

「わあ……憧れの雷門イレブンのプレイ、楽しみだなあ」

「呑気なこと言ってる場合じゃないよ? 明日は私も必殺技を使う。心してかかることだね」

「は、はい! 気をつけます!」

 

 ……できが良すぎるねぇ。

 あれだけ私のシュートくらっておいて、明日からさらに強くなるなんて聞かされたら顔を青くするのが普通だ。

 だけど彼は微塵もそんなそぶりを見せなかった。

 これなら私が壊してしまうこともないだろう。

 なにせ真・帝国学園の時じゃ補欠のキーパーを殺っちゃったからね。

 名前は……だめだ、思い出せない。

 興味のない三流の名前となると、すぐに忘れてしまうのは私の悪いくせだ。

 

 

 その後はグラウンドにテーブルを置いて、みんなでカレーを食べることとなった。

 途中で小暮が一部のメンバーにデスソースを混ぜるというハプニングがあったものの、間違えて自分も同じものを食べてしまい、彼は被害者たちと同じ末路を辿ることとなった。

 私の? 

 当然もられてるわけないじゃん。

 というか恐れられてるせいでイタズラなんか一度もされたことない。

 悪ガキらしく、危機回避能力は抜群ってわけだね。

 ……それはそれでちょっと寂しいけど。

 

 

 ♦︎

 

 

 夜。

 私は久しぶりに眠れずにいた。

 目を閉じれば、浮かび上がってくるのはヒロトの顔。

 そしてその背後にうごめく、姿形もわからない闇のシルエット。

 どうやらナーバスになっているらしい。

 仕方がないのでテントを出ることにする。

 

 月が……綺麗だ。

 宝石の海の中で、黄金の光をたたえながらそこに存在している。

 だけど私の月は黒い。

 あんな風に堂々と表に立つことはできない。

 たまに、自分の行いに虚しさとかを感じることがある。

 そういう時は決まって、こんな風に届かない月がよく見える。

 

 ……いかんいかん。

 気分がさらに落ち込んじゃってるよ。

 たぶん私は心の奥底で不安を感じているのだ。

 デザームには一対一で破れて、さらにその背後には別のチームが控えている。

 この先私の力は通じるのかと。

 

 考えなければいけない。

 これからを生き抜くためにも。

 私は辺りを見渡して、キャラバンの天井上がなんとなく考え事をするにはよさそうだと思い、登ることにする。

 でも先客がいたみたい。

 登った先には、シロウが寝袋を敷いて寝転がり、星を眺めていた。

 

「あ……」

「シロウも眠れないの?」

「まあね」

「となり、失礼するよ」

 

 言うが否や、許可を聞く前に寝転がる。

 どーせ断られないし大丈夫だろう。

 

「北海道の空は……」

「ん?」

「北海道の空は、もっと遠かった。凍てついた黒いキャンバスに星が貼り付いているように見えたけど、ここじゃあもっと近いように見えるよ」

「緯度が違うと星って見え方も変わるらしいしね」

「そして、アツヤとの距離も……」

「シロウ……」

 

 シロウは天に向かって手を伸ばす。

 しかしアツヤの元へは当然、届くことはない。

 

「羨ましいって、思ったんだ」

「えっ?」

 

 ぽつりと、呟くようにシロウが言った。

 

「アツヤが羨ましいんだ。みんなが必要としているのはフォワードの能力。だけどそれは僕じゃなくてアツヤのものだ。吹雪士郎のものじゃない」

「シロウ、アツヤの能力はあなたの体に宿っているものだよ。アツヤもあなたなの」

「それは違うよなえちゃん。僕はアツヤじゃない。アツヤみたいにシュートを決めることはできない」

 

 シロウは儚げに笑い、立ち上がる。

 そして地面へと降りていってしまう。

 

「ごめん。今は誰とも話したくないんだ」

 

 とうとう、彼の姿はキャラバンの中に消えていってしまう。

 まただ。

 私は友人の悩みにうまく答えてあげることができなかった。

 

 科学的に考えて、彼の中に眠るアツヤは吹雪士郎の体を使って行動をしている。

 つまり、アツヤは吹雪士郎の一部であり、シロウの精神のままでも同じ能力を発揮することは十分可能なはずなのだ。

 だけど私は、そんな科学的根拠にとらわれて、彼の心というものを読んであげることができなかった。

 やっぱり私は人でなしだね。

 幼馴染の心一つすら理解することができない。

 

 これから彼のために何ができるか。

 考えて、一つの結論に達する。

 私が点を決めるしかない。

 攻撃面を強化して、アツヤが出てこないようにするんだ。

 

 だけどそのアイデアじゃ振り出しに戻ってしまう。

 どうやってあのデザームから点を決めるか。

 

『じいちゃんのノートを手に入れるぞー!』

 

 その時、朝聞いた円堂君の言葉が脳裏に蘇った。

 ノート、か。

 そういえば私も彼みたいなものを一冊持ってたっけ。

 ……気分転換だ。

 久しぶりにあれでも読んでみるか。

 もしそれで何も浮かばなかったら、彼のノートでも見せてもらえばいいや。

 

 そうと決まれば善は急げ。

 私は女子用のテントに戻り、バックの中から()()を取り出した。

 

『禁断の書』。

 あの皇帝ペンギン1号やビーストファングを含む、数々のロクでもない技が記されたノート。

 

 テントから出て、キャラバンの上にぴょんと飛び乗る。

 そしてノートを開こうとすると——。

 

「あれ、お前ここで何やってるんだ?」

 

 横を振り向く。

 キャラバンの上に登りかけている、円堂君と立向居がそこにいた。




 なんとなく、陽花戸編はシリアスなシーンが多くなりそうです。
 なにせ原作屈指の鬱シーンの塊ですからね、ここ。
 具体的には言いませんが。
 鬱丸絶望太なんて私は知らない。


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総帥からの贈り物

「吹雪とさっきすれ違ったぜ。何を話してたんだ?」

「くふっ、ヒ・ミ・ツ」

「えぇ……そりゃないだろ」

 

 片目を閉じて人差し指を口に当て、あざといしぐさをしながら言った。

 だけどまあ、恋愛のれの字すら知らなそうな円堂君にはもちろん通じず、彼は不満そうな表情を浮かべる。

 

「まあいいや。俺たちも座らせてもらうぜ」

「お邪魔します」

 

 円堂君と立向居がキャラバンの上に座り込んだ。

 円堂君はほこりのような汚れがこびりついたノートを持っている。

 

「それが新しいノートってやつ?」

「ああ。裏ノートって言うらしくて、じいちゃんが考えた究極奥義がたくさん書かれてるんだ」

「究極奥義……なんか凄そうな名前だね」

「俺も見ていいですか?」

「ああ、もちろんだ!」

 

 円堂君がノートを開いた瞬間、立向居は顔を突っ込む勢いでそれに食い入る。

 しかし程なくしてその頭に疑問符が浮かび上がったのが幻視できる。

 私もノートに顔を近づけてみる。

 やっぱりね。さっぱり読めないや。

 中身は円堂君が前から持ってたノート同様に、落書きのようになっていた。

 

「ええと……これは暗号ですか? なんて書いてあるんでしょう」

「円堂君、大介さんの文字はあなたにしか読めないんだから見せても意味ないでしょ」

「あ、そうだった。普通に読めるからすっかり忘れてたぜ」

 

 たはは……っと、円堂君は頭をかいて笑った。

 ノートの内容を理解するには、円堂君に解読してもらう他なさそうだ。

 

「ねぇ、とりあえずそこに書かれてる技をなんでもいいから一つ教えてよ」

「そうだな。じゃあ俺が一番気になってるこの技だ! 名付けて『正義の鉄拳』!」

「正義の……鉄拳……」

 

 これは意外なネーミングだ。

 大介さんのことだし、てっきり今度もハンドって単語がついてると思ってたんだけど。

 それも英語が一切ついていないなんて。

 ……いや、よくよく考えたら『炎の風見鶏』も日本語名だし、そんなに珍しいことでもないか。

 

「どんな必殺技なんですか?」

「最強のパンチング技らしいぜ。今からその極意を読み上げるから、よーく聞いておけよ?」

 

 スゥーっと深く深呼吸したあと、円堂君はノートに書かれてあることを唱える。

 

「『パッと開かず、グッと握って、ダン! ギュン! ドカーン!』」

「はい通訳お願いしまーす」

 

 わかるか!? 

 わかるわけないでしょこんな駄文! 

 となりの立向居なんて考え込むあまり頭から煙を出してしまっているし。

 いい歳してたんだし、もうちょっと文章力改善しとおこうよほんと。

 

「俺が思うに、パッていうのはゴッドハンド、グッは熱血パンチとかに似てると思うんだよ」

「つまりは、グーのゴッドハンドってことだね」

「そしてたぶんダンッが踏み込みでドカーンがパンチ。ここまではわかるんだけど……」

「あれ、じゃあギュンがいらないんじゃないですか?」

「そこなんだよなぁ。じいちゃんが意味のないことを書くはずないし、何かが必ずあるはずなんだ。でもさっぱりでさ」

 

 ギューン、ギューンと円堂君は手を握ったり開いたりをしながら何度も呟く。その目は開かれたノートを凝視していた。

 それを見て立向居も真似をし始める。

 この様子じゃノートを見せてもらうのは別の時にしたほうがよさそうだ。

 私はパラパラと流し読みするように禁断の書を開いた。

 

「なんだそれ?」

「禁断の書。総帥が考案した様々な封印された技が書かれてるノートだよ」

「お前……まさかまた禁断の技を使うつもりなんじゃ……」

「くふっ、それはないよ。ただ、総帥だったらこんな時、どんなアドバイスをくれるのか考えてただけ」

「そっか。影山は悪いやつだけど、なえの師匠なんだもんな」

 

 総帥は性格は最悪だけど、指導者としては超一流だった。

 いつもつまづいた時はぶっきらぼうな言葉でヒントを送ってくれてたなあ。

 もしかしたら総帥は私に自立できる力を身につけさせるために私を残していったのではないか。

 そう思いながら最後のページまでめくる。

 するとある文字が私の興味を引く。

 

「……私の知らない技がある」

「見逃してたんじゃないのか?」

「いいや、ありえないよ。私はこのノートを数百回は読んでるんだから!」

 

 声を荒げてそのページにかじりつく。

 そこには『ムーンライトスコール』と書かれていた。

 

「ムーンライトスコール。黄金の狂気を見に纏い、月光を降らす究極の蹴り」

 

 その文字列の下には必殺技の詳細が図付きでこと細かく書かれていた。

 私の両端から二人が覗き込んでくる。

 

「うわぁ……すごいですね。読むだけで必殺技のイメージが頭に浮かび上がってきそうです」

「な、なんか負けた気分だ……」

 

 彼らの言葉を聞き流し、脇目も振らず文章に目を通していく。

 間違いない。これは総帥があとから付け足したものなんだ。

 その証拠に、インクが他のと比べて鮮明になっている。

 このノートは数十年前に書かれたものなので、その違いがはっきりわかった。

 総帥は私が壁にぶつかるのを見越してたってわけか。

 ほんと、あの人には頭が上がらないな。

 

「それで、結局どんな必殺技なんだ?」

 

 我慢できないといった様子で円堂君が尋ねてくる。

 

「基本部分はダークサイドムーンと似てるね。天高く上げたボールをかかと落としで撃ち落とすみたいだよ」

「かかと落とし……違いはそこだけなのか?」

「いいや。ここに注目して」

 

 ノートの冒頭に書かれた、ある部分を順番に指差す。

 

「『黄金の狂気』……ですか?」

「これが謎めいてるんだよ。黄金も、狂気を身に纏うことも何もかもがわからないの」

 

 ダークサイドムーンの色は名前の通り黒だ。

 断じて黄金なんかじゃない。

 それはつまり、漆黒の月にかかとを落とすだけでは成功しないことを意味するのではないか? 

 

 実際やってみなくちゃわからないけど、たぶん失敗するとは思う。

 総帥は何を思ってこんな言葉を書いたのか。

 どうせなら解説ぐらいちゃんと書いておいてほしかった。

 

「うーん……狂気……黄金……」

「ギュン、ギュン……」

 

 いくら思考を叩かせても答えはでない。

 そのうち私は独り言を呟くようになっていった。円堂君も同様だ。

 立向居は眠気に耐えきれず、途中で寝てしまったらしい。

 私たちが思考の海から帰ってこれたのは、日が上りかけているぐらいの時だった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ふぁぁ〜……。ね、眠い……」

「夜更かしなんてするからよ」

「でもなえだって俺と同じ時間まで起きてたくせに、あんなに元気なのはおかしいだろ……」

「えっ、なえさんと夜更かししてたのっ?」

 

 破廉恥だとか不純だとかで夏未ちゃんがかわいらしく顔を真っ赤に染め上げているのを眺める。

 うんうん、癒されるねぇ。

 心を和やかにしたままフィールドに向かう。

 

 今日は陽花戸中との練習試合だ。

 昨日は睡眠時間がだいぶ削れちゃったけど、そんなもの帝国時代は日常茶飯事だった。

 私が元気なのもそれが理由だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 瞳子監督の指示のもと、私たちはそれぞれの配置に着いていく。

 今日のフォーメーションは『スリートップ』だ。

 名前の通りフォワードが3人いて、これらを軸に相手を切り崩していく攻撃的なスタイル。

 彼女にしては珍しい采配だ。

 いつもなら前半は守りを固めて様子を見て、後半になって勝負をかけるのに。

 まあ今日は絶対勝たなくてはならないエイリア戦じゃないし、そう慎重になる必要はないとでも考えたのかもね。

 

「イプシロンの時みたいに頼むで二人とも!」

「くふっ、リカこそシュートチャンスを私に奪われないようにね」

「う、うん……頑張るよ」

 

 ……少しシロウの様子がおかしい。

 いつもならフォワードの位置についた時点でアツヤに切り替わってるのに、今日は今でもシロウのままだ。

 脳裏にとある可能性が浮かんだが、まさかと一蹴する。

 どちらにせよ、試合が始まればわかることだ。

 

 ちょうどなタイミングでホイッスルがなった。

 リカからのキックオフで、シロウがドルブルしていく。

 しかしその動きにいつものキレはなかった。

 

「もらった!」

「あっ」

 

 陽花戸のキャプテンである戸田が楽々とボールを奪った。

 やっぱりか。

 シロウは今日、アツヤを封印するつもりなんだ。

 それが彼の選択というならば私は責めるつもりはない。

 どちらにせよ、昨日の時点で私が関わっても変わることはないのはわかり切っているので、どうすることもできないけど。

 

「黒田!」

「させないッス! ——ザ・ウォール!」

 

 相手フォワードの黒田にボールが渡る前に、壁山が前へ出た。

 巨大な壁が地面から出現し、黒田ごとボールを弾き返す。

 それを鬼道君が拾う。

 

「風丸!」

「任せろ!」

 

 風丸は自慢のスピードで相手コートへぐんぐん切り込んでいった。

 そして敵を十分に引き付けたところで、リカへパスを出す。

 

「ローズスプラッシュ! ……なんてな」

 

 リカは必殺技を撃つと見せかけてダイレクトでパスを出す。

 そのボールをペナルティエリアに進入した一之瀬が踏みつける。

 

「スパイラルショット!」

 

 螺旋状に回転するシュート。

 風を纏いながら、陽花戸ゴールへ弾丸が飛んでいく。

 

「ゴッドハンド!」

 

 しかしゴールを守っているのは立向居だ。

 彼の青いゴッドハンドはスパイラルショットを包み込むと、完全に威力を殺し切ってみせた。

 

「昨日とは比較にならないぐらいにパワーが上がってる……?」

「そりゃ私が鍛えたからね。あれぐらいできて当然さ」

「敵に塩送っといてどないすんねん!」

「もんぶらんっ!?」

 

 胸を張って我が子のように自慢してたら、リカに頭をはたかれた。

 うぅ……いくら愛しのダーリンのシュートが止められたからって、怒らなくても……。

 やっぱこの子嫌いだ……。

 

「キャプテン!」

「黒田!」

「松林!」

 

 今度は陽花戸による怒涛のパス回し。

 そして最後にボールを持った松林は、ペナルティエリア外にも関わらずシュート体勢に入る。

 回転しながら上昇すると、彼の右足に虹色の気力が集中していく。

 

「レインボーループ!」

 

 放たれた虹色のシュートは、まるでアーチ状の橋をかけるように雷門ディフェンスの上を超えていき、円堂君のもとに落ちていく。

 ループというよりも、あれはもはやドライブシュートに近いかも。

 

「いくぜじいちゃん!」

 

 円堂君が右手を天に掲げる。

 あの様子……どうやら例の技を試すつもりらしい。

 

「パッと開かず、グッと握って——」

 

 彼の右手にエネルギーが集中していく。

 

「——ダン! ギュン! ドカーンッ!!」

 

 そしてそれを振りきる。

 瞬間、エネルギーで形成された拳が伸びるように円堂の手から飛び出した。

 しかしシュートに当たったとたん、まるで煙のように霧散してしまう。

 レインボーループは円堂君自身の拳に当たって、歪な方向に弾かれる。

 

「ぐっ……!」

「もらった!」

 

 こぼれ球をダイレクトで陽花戸の選手が蹴る。

 円堂君は必殺技の失敗で反応できそうにない。

 なら、ここは私の出番だね。

 

「もちもちー! 黄粉餅ー!」

 

 ゴール前まで戻ってきていた私は餅を振り回して、相手のシュートを絡めとった。

 陽花戸の選手たちは目を見開いてその光景に驚いている。

 

「なんて速さだ……! あの距離を一瞬で……」

「驚くのはまだ早いよ」

 

 戸田がそう呟いている間に、私はもう彼の目と鼻の先まで接近していた。

 彼の耳にささやいたあと、一気に加速して相手コートへ攻め込んでいく。

 誰も私に追いつくことができず、あっという間にペナルティエリア前に来る。

 

「こっから先は——」

「——抜かせない!」

『ブロックサーカス!!』

 

 ディフェンスの二人が同時に突っ込んできた。

 片方はスライディング。

 もう片方は空中へ跳躍。

 なるほど、スライディングをジャンプして避けられないようにするための工夫なのだろう。

 だけど下も上もダメなら、真ん中から行けばいい話だ。

 体が地面と水平になるように傾けて飛び込み、二人の間を通り抜ける。

 これで残すは立向居のみだ。

 

「いくよ! 真ディバインアロー!」

「ゴッドハンド! ……ぐあぁっ!!」

 

 青白い電気の矢が、青い手を射抜いた。

 これで得点。

 ま、ざっとこんなもんかな。

 

 ゴールを決めたけど、さほど喜びは湧かなかった。

 こんなのじゃエイリアには通用しないのをわかっているからだ。

 円堂君も自分をさらに磨き上げようと、試合なのにも関わらず未完成の技を練習している。

 ……次にボールが回ってきたら、例の技を試してみよっかな。

 そう決意し、自軍のコートへ戻った。




 と言うことで新必殺技『ムーンライトスコール』の登場です。(名前だけだけど)
 実を言うとこの必殺技、候補がいくつかあって、どれを採用するかでずいぶん悩みました。
 その例を少し発表したいと思います。

『フルムーンアックス』
『ムーンクリーパー』
『シューティングスターダスト』
『ブラックノエル』

 中でも上の二つは本当に悩みました。
 二日前まではムーンクリーパーを使う予定でしたからね。
 でも直前になってムーンライトスコールが浮かび上がったので、これが採用されました。
 中には『これの方がいいじゃん』と思う方もいるかもしれませんが、すでに決まってしまったことなので、ご了承ください。


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チャレンジャー

 一点先制したとはいえ、試合はまだまだ続いていく。

 

「やっぱり雷門は守備、攻撃両方ともレベルが高いな!」

「ああ。だけど俺たちだって負けちゃいられねえ。陽花戸イレブンのチームワーク、見せてやろうぜ!」

 

 戸田を中心にフォワードの三人が駆け上がってくる。

 土門は足に炎を宿すと、空気を切り裂くように横に振り切った。

 その勢いで刃状の炎が発射され、手前の地面で着弾。

 次には噴火するように、その場から炎の壁が出現した。

 

「ボルケイノカット!」

「くっ……!」

 

 戸田へその炎に巻き込まれ、ボールを失う。

 フォローに入ろうと別に二人が立ちはだかるも、土門は足のバネを生かして軽々と突破してみせる。

 

「栗松!」

「よし、俺も新技を試すでヤンス!」

 

 ディフェンスが栗松のもとに近づいてくる。

 しかし彼は進路を変えず、それどころかまるでお構いなしと言わんばかりにその小さい足を高速で動かし、加速し始めた。

 

「ダッシュアクセル!」

「のわっ!?」

 

 止めに入ったディフェンスは逆にその驚異的な突破力に押され、弾かれた。

 へー、さすがに私ほどじゃないけど、なかなかの速さだ。

 土門がガッツポーズをしながら、栗松に声をかける。

 

「栗松、できたじゃないか!」

「や、やったでヤンス! ……なえさん!」

「はいオーライっと」

 

 彼からボールを受け取った私は、青白い電気を身に纏いながら、ジグザグにドリブルをする。

 

「ジグザグスパークV3」

 

 近づいてきた陽花戸選手はそれに巻き込まれて、みんな感電してしまった。

 ふと前を見れば、さらに追加で三人ものディフェンスが来ていることに気づいた。

 さっきの得点で私が一番脅威だと判断されたのだろう。

 一人で突破できないわけじゃないけど、危険を犯す意味もない。

 ガラ空きになってる逆サイドへ、大きくセンタリングを上げる。

 

「しまった!」

「いくでダーリン! ラブラブシュートや!」

「前から思ってたけど何それ!?」

「決まっとるやないか。二人の愛の結晶言うたら、それはバタフライドリーム!」

「えぇ……!?」

 

 ラブラブシュートの正体ってそれだったんだ……。

 リカは手を伸ばすも、肝心の一之瀬の方は明らかに嫌そうな顔をしている。

 

「この際いいからやってみろ!」

「やれよ、ダーリン!」

「ヒューヒュー!」

「鬼道、土門、裏切ったな! それとヒューヒュー言ったの誰だ!?」

 

 もちろん私です。

 というか私を含めてみんな、意地悪い顔になってるなぁ。

 特に土門、お主も悪よのう。

 

「わかったわかった! やるよ!」

 

 ドリブル中という限りのある時間が彼を焦らせ、冷静な思考を奪ったのだろう。

 思考することを放棄したのか、髪をかきむしったあとそう叫んだ。

 そしてリカへと手を伸ばす。

 

「もうシュートは撃たせねえ!」

『ブロックサーカス!!』

 

 だけど、少し遅かったようだ。

 彼らがわちゃわちゃ揉めてた間に、敵の最後のディフェンスである筑紫と石山が迫ってきていた。

 筑紫のスライディングでボールをすくい上げ、空中に飛んでいた石山が両足でそれをガッチリと挟む。

 そして一回転して体勢を立て直すと、見事に着地してみせた。

 まるで曲芸のような動きだ。

 

「ああ、そんなぁ!」

「ほっ……」

「愛が壊れたね。ていうかもともとないけど。うしし」

 

 小暮が何やら残酷なことを言ってたけど、幸いリカには聞こえていないようだった。

 よかった。危うく死ぬところだったよ。……小暮が。

 あの恋に燃えるリカの耳にそんなの入ったら、どうなるかわかったもんじゃない。

 

 陽花戸はそのまま勢いに乗ってパスを回していき、再び松林のもとに渡る。

 足に虹色のオーラを纏わせ、ボールを蹴った。

 

「レインボーループ!」

「今度こそ、正義の鉄拳だ!」

 

 円堂君は再びノートに書いてあった通りにエネルギーを溜めて、拳を前に突き出した。

 でもやっぱりダメだった。

 先ほどと同じようにエネルギーは霧散し、残ったシュートが彼の体に当たってゴール前を転がってしまう。

 

「うぉぉぉぉ!!」

「もちもち黄粉餅っと」

 

 こぼれ球を陽花戸キャプテン戸田がシュートする。

 だけど、再び私が作り出した餅の鞭がボールの勢いを殺し、失点を防いだ。

 

「サンキュー、なえ!」

「気にしなくていいよ。バックアップは私に任せて、円堂君は自分の挑戦を続けていって」

「ああ。だけど……やっぱりギューンってなんなんだ……?」

 

 手を見つめながら、円堂君はそう呟いた。

 ギューンか……。見当もつかないな。

 パンチング技だから、格闘技とかのパンチに似てるのかもと思ってたけど、あれはどっちかというと繰り出す際はギューンと伸びるというよりもスパッと空気を切り裂くような感覚に近い。

 

 私たちが悩んでいると、ちょうどホイッスルの笛が鳴った。

 ハーフタイムか。

 とりあえず体を休めて、それからまた考えればいいかな。

 雷門のベンチがある方へ歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「さすが究極奥義だ。そう簡単には掴めないな」

 

 私たちを見渡しながら、円堂君は正義の鉄拳の感想を言う。

 みんなは少しでも役に立とうと必死に考えているけど、いい考えが浮かんだ人はいない。

 

「未完成ね……円堂大介はなんでそんなものをノートに残したのかな」

「やっぱり自分の技を完成させられる人を期待してたんじゃないか?」

 

 私の呟きに風丸が答える。

 その考えに、首を振った。

 

「でも、仮に円堂大介が円堂君みたいな人だとしたら、あとを託すんじゃなくて、意地でも完成させるように特訓してると思うんだけど」

 

 なにせあの総帥が見るたびに青筋を立てるほどなのだ。

 円堂君はそうとう円堂大介に似ていると思って間違いはないはず。

 うーん、ダメだね。

 考えれば考えるほどドツボにはまっていく。

 

 瞳子監督もそんな私たちの雰囲気に気づいたのだろう。

 両手を合わせて大きな音を出し、みんなの意識を底から引きずり出した。

 

「とにかく円堂君、今日のところはやるだけやってみなさい。必殺技に近道はないわ」

「はい!」

「あー、提案-。みんな、後半からは私に積極的にボールを集めてくれない? ちょっと試してみたいことがあるの」

 

 それはもちろん例の総帥が残した必殺技のことだ。

 やっぱり実際やってみたほうがいいだろうしね。

 特に判断する理由もなかったので、みんなはすぐにうなずいてくれた。

 

 そしてハーフタイムが終わり、試合が再び動き出す。

 

「フレイムダンス!」

 

 開始早々、一之瀬の炎の鞭がボールを絡めとった。

 鬼道君がパスを受け取り、敵コートへ走る。

 

『ブロックサーカス!!』

 

 だけど、相手のミッドである志賀と道端が、なんと前半でも使ってきた技を使ってきた。

 私は真ん中をすり抜けたけど、あれは私の体が小さくて、なおかつスピードもあったからできたことだ。

 どちらの条件も当てはまらない鬼道君が出した答えは——かかとでのバックパスだった。

 

 なるほど。

 ブロックサーカスは上下のコンビネーションで相手を封殺する技だ。

 しかしそれは歯みたいに、ボールと上下の人間の位置が重なっていないと発動することはできない。

 ボールが離れていったので、彼らの技は不発に終わった。

 

「吹雪!」

「えっ、あ、うんっ!」

 

 ボールを持ったのはシロウ。

 ブロックサーカス失敗の影響で身動きが取れないうちに、ゴールへ向かって駆け上がっていく。

 だけどやっぱり、いつもより遅い。

 

「もらった!」

「っ!」

 

 ディフェンスの位置まで下がっていた戸田に、シロウはボールをあっさりと奪うとられた。

 

「しっかりしろ吹雪!」

「いつものあんたなら一気に抜けてたじゃん!」

「くっ……!」

 

 そのあまりにらしくなプレーに、みんなも思うところがあったのだろう。

 だけど仕方がないことなのだ。

 シロウは本来ディフェンダー。

 フォワードはアツヤの仕事なのだから。

 グチグチ思ってても仕方がない。

 取られたら取り返すだ。

 

「もちもち黄粉——」

「オオウチワ!」

「ぷはっ!?」

 

 私が餅を振り回すよりも早く、戸田はどこからか身の丈以上もあるうちわを出現させると、一気にそれを振り下ろしてくる。

 その時の突風に体が浮かされ、私は轢かれたカエルみたいに仰向けに倒れてしまった。

 

 くっ……今のは私の判断ミスだ。

 もちもち黄粉餅は出現させてから振り回すことで縄みたいに伸ばす過程があるので、若干のタイムラグが生じるのだ。

 今のはスピニングカットなら間に合っていた。

 

 先ほどシロウがボールを持ったことで攻撃のチャンスだと思い込んでしまい、雷門メンバーは大半が前に上がってしまっていた。

 その隙を突いて、どんどん陽花戸のパスが回っていく。

 さすが雷門の大ファンを名乗ることはある。

 こっちのフォーメーションや弱点は研究済みってことか。

 

 最後にボールはレインボーループの男、松林に渡った。

 虹色のオーラを足に纏わせ、再三同じ技を繰り出す。

 

「レインボーループ!」

「通させないッス! ——ザ・ウォール!」

 

 だけどこちらには最後の砦、壁山がいる。

 前半を見た限り、未完成の正義の鉄拳で弾けるくらいだ。

 シュート力はあまり高くないと見ていいだろう。

 壁山のザ・ウォールなら止められる。

 と思った束の間、戸田が松林のそばを通る過ぎるのが見えた。

 

「ダイナマイトシュート!」

 

 まさかのシュートチェイン!? 

 戸田はレインボーループの高さまで跳び上がると、オーバーヘッドキックをボールにくらわせた。

 そして壁山のザ・ウォールとぶつかった時、ボールは激しい爆発を起こす。

 

「ぐわぁぁぁぁっ!?」

 

 さすがの壁山も二人分のシュートには敵わず、ザ・ウォールは砕け散ってしまった。

 倒れた彼の頭上をボールが通過していく。

 

 あのシュートはチェインされている分、威力もスピードも高い。

 決して未完成の正義の鉄拳では間に合わないだろう。

 そう円堂君も判断したのか、彼は拳を突き上げるのをやめると、腰を深く落として魔神を出現させた。

 

「真マジン・ザ・ハンド!!」

 

 ボールが再び爆発する。

 だけどイプシロンのガイアブレイクすら止めてみせたこの技は伊達じゃない。

 魔神の右手はびくともせずに、ボールを受け止めてみせた。

 

「よっしゃ! 反撃だ!」

 

 スローされたボールはセンターラインの近くまで届いた。

 それを胸でトラップし、風丸は風を纏いながら走り出す。

 

「疾風ダッシュ改!」

 

 空気を切り裂くかのような鋭く、それでいて素早いドリブルに陽花戸選手たちはついていくことができない。

 そうやってコーナー近くまで切り込んだあと、センタリングを上げてきた。

 

「ナイスパス!」

 

 大きく弧を描くようなセンタリング。

 普通なら落ちてくるのを待つしかないけど、私なら天空でもボールを受け取ることができる。

 高く跳躍してボールをトラップ。

 そのままサマーソルトの要領でボールを蹴り上げ、地面に着地すると同時に再びそこを蹴って、ボールよりも高い位置に跳び上がる。

 

 ボールは私の黒いオーラを纏って、どんどん巨大化していく。

 しばらく経ったら、漆黒の満月の出来上がりだ。

 禁断の書には黄金って書かれてたけど、できないものは仕方がない。

 とにかくやってみるのみだ。

 完成した月に向かって、右のかかとを振り下ろす。

 

 そして、空で爆発が起きた。

 

「あ……が……っ!!」

 

 受け身なんて取る余裕もない。

 爆風をもろにくらった私は、背中から思いっきり地面に叩きつけられた。

 

 みんなが心配して近寄ってくる。

 けどそれよりもシュートのことだ。

 私が蹴ったボールはどうなったのか。

 視界に映ったのは、弱々しくもゴールへ向かうボールだった。

 明らかに、威力がダークサイドムーンより下がっている。

 よくてディバインアロー程度だろうか。

 失敗だ。

 完璧な失敗だ。

 

 それに対して立向居はなんと、先ほどの円堂君と同じ構え方をした。

 青いエネルギーが彼の体から溢れ出す。

 それは徐々に形を作っていき、彼の背後に薄っすらとだけど魔神を出現させる。

 

「マジン・ザ・ハンド!」

 

 青い魔神はシュートに向かって張り手を突き出す。

 だけどその手はボールに触れたとたん、ガラス細工のように砕け散ってしまった。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 障害物が消え、ボールは立向居に突き刺さり、ゴールに入る。

 だけどこれは意味のないゴールだ。

 鬼道君が手を差し出してきたので、掴んで立ち上がる。

 

「今のはなんだ?」

「新必殺技。まあ失敗しちゃったけど」

「あんた、ヘーキなんか? メッチャ思いっきり地面に落ちてたけど」

「こーゆーのは慣れてるからね。それよりも、心配してくれてありがとう」

「べ、別に心配しとらんわ! ただエイリア戦前に仲間が一人いなくなったら困るだけや!」

 

 素直じゃないねぇ。

 リカは若干ほおを赤らめながら去っていってしまった。

 普段からあれくらいの恥じらいを持っていれば、一之瀬も振り向くかもしれないのに。

 

「さあ、どんどんボールを私に集めて。円堂君も立向居もチャレンジしてるんだ。私だけ置いてけぼりにされるわけにはいかないよ」

 

 ユニフォームについた砂を払う。

 そりゃあれだけの高さから落ちたら痛いに決まってる。

 だけど弱音を吐いている場合じゃないのだ。

 なにせ、私は円堂君のライバルなんだから。

 

「その立向居のことなんだが……正直どう思う?」

 

 鬼道君はゴール前で尻もちをついている立向居に、目をやりながら聞いてくる。

 彼が言っているのは、先ほどのマジン・ザ・ハンドのことだろう。

 彼への評価を包み隠さず伝える。

 

「一言で言って天才だと思うよ。円堂君だって猛特訓を積んでも、世宇子戦の前半じゃ魔神すら出てきてなかった。でも彼は原理すら考えずに、ただ構えを真似しただけで出すことに成功してる」

「だな。円堂を努力の秀才と言うならば、立向居は天性の天才だろう」

 

 もちろん、今はまだヘッポコ同然だ。

 だけどあれは、例えるなら掘り出されたばかりの宝石の原石。

 磨き上げれば、相当なものができるに違いない。

 立向居の才能は、そう思わせるほど眩しいものだった。

 

「おーい、お前らー! もうすぐキックオフだぞー!」

「あ、ごめんごめーん! すぐ戻るよ!」

 

 ゴールからでもその声は聞こえてきた。

 私たちはそれぞれのポジションに移動し、試合が再開する。

 

 その後も、シュートが撃たれるたびに円堂君は正義の鉄拳を、ボールが回されるたびに私と立向居はそれぞれムーンライトスコールとマジン・ザ・ハンドを試し続けた。

 だけどいっこうに完成する気配はない。

 とうとうホイッスルの笛が3回なってしまう。

 そしてついに、必殺技が完成することはなかった。




 意外とゲームをやったことのない人がいるかもしれないので、補足としてアニメじゃ出てこなかった技を今後は紹介していきたいと思います。
 それでは記念すべき第一回はこれらの必殺技です。


 ♦︎『オオウチワ』
 巨大な団扇を取り出して、相手を吹き飛ばすディフェンス技。
 陽花戸といったらこれという人も多いはず。
 なのにアニメで使われることはなかったです。


 ♦︎『ダイナマイトシュート』
 オーバーヘッドで撃ち落としたボールがゴール前で爆発する。
 超マイナー技。一応初代からあるが、ほとんど目にしたことはないです。
 調べてみて戸田が覚えるらしいので、採用してみました。


 あと、5月14日にドラクエ10 のオールインワンパッケージが発売されるので、今後しばらく投稿頻度が下がるかもです。
 個人的にはこれでドラクエのナンバリングタイトルを全制覇することとなるので、ワクワクしています。
 体験版は既プレイなのですが、ラーの鏡やヌーク草、グレイナルといった、ドラクエファンならニヤリとしてしまうような単語もけっこう出てきたりするので、興味があったら買ってみるといいかもです。


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姿表すマスターランク

「とりゃぁぁぁっ!!」

 

 木の枝が軋み、ロープで吊り下げられたタイヤが風を叩きながら迫りくる。

 円堂は腰をどっしりと深く落とし、それを受け止める。

 重たい音がタイヤから響いた。

 

「わぁ……!」

 

 立向居はその光景を見て、無邪気な子どものように目を輝かせる。

 

「タイヤから目を離しちゃダメなんだ。俺はこうやって、じいちゃんが考えた必殺技をマスターしてきたんだ」

「すごいです! こんなにすごい特訓を積んでたなんて!」

「さあやってみろ! 全ての基礎は足腰からだ!」

 

 一つ間を置いて、今度は二つの音が響く。

 その光景を秋と夏未は微笑ましげに眺めていた。

 

「円堂君、いい後輩ができたわね」

「ええ。今までキーパーの後輩はいなかったから、円堂君もなんだか楽しそう。ただ……」

 

 そこまで言うと夏未は笑みを消して、グラウンドの方に目をやる。

 直後、タイヤから出たものとは比べもにならないほどの轟音が響く。

 

「……彼女、大丈夫かしら?」

 

 グラウンドには、全身ぼろぼろになって地面に倒れ伏しているなえの姿があった。

 

「まだ……まだぁっ!」

 

 今日だけで100回は失敗しているだろう。

 おまけに失敗するたびに全身を強打しているものだから、見ている側としては気が気でない。

 

「鬼道君は放っておけって言ってたけど……」

「さすがに心配だわ。あれじゃいつ壊れてもおかしくない。今すぐ止めましょう」

 

 返事を言うまでもなかった。

 秋は無言でうなずくと、タオルを持って彼女のもとへ駆け寄る。

 なえはちょうど次のシュートを撃とうとしていたので、その前に夏未が立ち塞がることでそれを中止させた。

 

「なえさん、さすがにやりすぎよ! 今日はもう休んだほうがいいわ!」

「大丈夫だって。大げさだなぁ」

 

 切羽詰まる勢いの彼女らとは正反対で、ヘラヘラとなえは笑う。

 彼女にとってはこれが普通なのだ。

 過去の地獄とも言える過酷な特訓の日々は、彼女に『普通の練習』というものを忘れさせていた。

 だから、秋たちの忠告もオーバーなものにしか聞こえていなかった。

 

 その異常性に、2人は寒気のようなものを感じる。

 このままでは、彼女はずっとこの練習を続けることだろう。

 秋はどうしたら彼女を説得できるかと悩む。

 しかしいっこうにアイデアは浮かばない。

 そうこうしているうちに、彼女がボールを蹴ろうとして——夕方の終わりを告げるチャイムの音が響いてくる。

 

「あ、もうこんな時間か。立向居、練習は終わりだ。メシ食いにいくぞ!」

「はいっ!」

 

 円堂たちが校舎内へと引き上げていく。

 同時に、なえの腹から可愛らしい音が鳴る。

 

「……夏未ちゃん、お腹が空いたなら食堂に行きなよ」

「なに自分の生理現象を人に押し付けてるのよ!? 今のは完全にあなただったでしょ!」

「おー怖い怖い。これは逃げたほうがよさそうだ」

 

 そう言った次の瞬間には、彼女の姿ははるか遠くにあった。

 とんだとばっちりを受けた夏未は我に返ると、ほおを赤らめながら秋に弁解しようとしてくる。

 

「ち、違うのよ? 今のは本当になえさんのなの。決して私のでは……」

「あはは……でも結果オーライね。なえさん、無事練習をやめたじゃない」

「あっ、たしかに……」

 

 当初の目標通り、なえを止めることはできた。

 しかし夏未は浮かない顔をしながら、

 

「はぁ……今後もこういうことが続いていくのかしら」

 

 今後のことを思い、ため息をついた。

 

 

 ♦︎

 

 

 夜空に浮かぶ、漆黒の月。

 それめがけて何度も繰り返したように、かかとを振り下ろす。

 とたん、爆発。

 

「かはっ……!」

 

 バランスを崩し、地面へ体を叩きつけられる。

 そのときの衝撃で肺が圧迫され、体内の空気が赤黒いものと一緒に吐き出される。

 

 深夜、みんなが寝静まったころ。

 私は1人ムーンライトスコールの特訓を続けていた。

 だけど完成する未来が見えない。

 何回やっても、漆黒の月は蹴りに耐え切れずに爆発してしまう。

 やっぱり黄金の月じゃなきゃダメなのか? 

 だけど、気の色はその人の特色を表すものだ。

 私の黒だって意識してなったものじゃないし、金色に変える方法なんて見当もつかない。

 

 苛立ちがつのり、気がつけば倒れたままの状態で拳を地面に振り下ろしていた。

 痛い。だけどこの胸に巣食うものほどじゃない。

 早く、一刻でも早くこの技を完成させなきゃいけないのに……! 

 夏未ちゃんたちには心配かけないようにしてたけど、私はそうとう焦っている。

 イプシロンとの戦いもそうだけど、近日にヒロト率いる別のエイリアのチームが来ることがわかっている。

 今のままでは絶対に通じないだろう。

 それに加えてシロウだ。

 彼はアツヤの力を借りることを恐れて、もはやフォワードとしては機能しなくなってしまっている。

 断言しよう。

 このままじゃ、雷門が負けてしまう。

 

 私がやるしかないのだ。

 私が点を決めるしか、勝つ道は残されてはいない。

 負けるのは嫌だ。

 勝者こそが絶対。敗者の末路はいつだって惨いものだ。

 これ以上は負けたくない。

 負けてなるものか。

 

 そう決意し、ボールを打ち上げる。

 しかしこの時の特訓で、必殺技が完成に近づくことはなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

 後日、グラウンドにて、私たちは集合していた。

 もうすぐ12時近くだ。

 だけど、誰もお昼ご飯を食べた人はいない。

 

 今朝、円堂君が友達のチームと試合することになったと、急に言い出したのだ。

 サッカー選手ならば売られた試合は買うのが当然。

 ということで、満場一致で試合することに決まった。

 

 だけど、なぜだか嫌な予感がするよ。

 根拠はないけど、私の本能がそう叫んでる。

 

「時間は?」

「……12時になりました!」

 

 春奈ちゃんが腕時計を見てそう告げる。

 その時、なんの前触れもなく黒い霧が、グラウンドに漂ってきた。

 

 これは……エイリア学園の!? 

 私よりもエイリア戦に慣れているメンバーは、すでに同じ考えに至っていて、身構えている。

 だけど私は、その黒い霧の中に一粒の白があることに気づく。

 

 直後、フラッシュ。

 白き閃光が黒煙をかき消す。

 神々しさを醸し出し、光を突き破って現れたのは、見たこともない選手たち。

 

「やあ円堂君。そしてなえちゃん」

 

 いや、1人だけ見覚えのある人がいる。

 病的なまでに白い肌。

 髪型は変わっているけど、炎のように赤い髪。

 

「まさか……ヒロトなのか……?」

 

 謎のチームの先陣を切って現れたのは、あの基山ヒロトだった。

 うろたえる円堂君。

 あの様子じゃ、みんなの目をかい潜って何度も彼に接近していたのだろう。

 裏切られたというショックはその絆の分だけ重くなる。

 ……裏切り者の私が言えたことじゃないけど。

 

「これが俺のチーム。『ザ・ジェネシス』っていうんだ」

 

 両腕を広げて、彼は背後に控えるチームを紹介してくる。

 体つきや外見はバラバラ。

 人間っぽいのもいれば明らかに人外みたいなやつもいる。

 だけど、そのどれもが強者の匂いを漂わせている。

 

「な、なんなんやこいつら……こないだのやつらとはちゃうやんか」

「エイリア学園には、まだ他のチームがいたのか……!」

 

 悲鳴にも似た声で風丸が言う。

 もうすぐ戦いが終わるという希望が打ち砕かれ、彼の顔は失意に満ちていた。

 鬼道君が冷や汗を垂らしながら聞いてくる。

 

「なえ、お前はこのことを知っていたのか?」

「まあね。あそこにいるヒロトとは前に会ったことがあるの。だけど戦意を落とさないために、イプシロンを倒すまでは秘密にしとくつもりだったんだけど……全部無駄になっちゃった」

 

 新たな敵の出現に、みんなの戦意はガタ落ちしている。

 円堂君でさえも、友人の正体がエイリアだとわかって動揺している。

 

「ああそれと、俺のことはグランって呼んでよ。そっちが一応エイリアネームだからさ」

「……お前とはもっと楽しい関係でいられると思ってた。だけどエイリアだとわかった今、容赦はしない! 全力で戦って、お前に勝つ!」

「もちろんだよ」

 

 グランは笑う。

 不敵に。

 そして楽しげに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 フォーメーションは陽花戸中の時と変わらず『スリートップ』だ。

 だけどシロウの調子は依然悪いまま。

 リカじゃどこまで通じるかわからないし、キーとなるのは間違いなく私だろう。

 

 ふとスマホが震えたので、開いてみる。

 暗部の情報収集班からだ。

 目を通してみるけど、相手の名前以外はさっぱりわからない。

 彼らじゃここが限界だったと見るべきか。

 

 雷門ボールでキックオフ。

 パスをリカが受け取る。

 しかし次には巨漢のフォワード、ウィーズによって一瞬で奪われてしまう。

 

「な、なんやあの速さは!?」

 

 彼女の動揺ももっともだと思う。

 ジェネシスは全員が私並みの速度で走っていた。

 それにコンビネーションも抜群で、付け入る隙がない。

 

 姿を捉えることすら困難なドリブルと、弾丸のようなパス回しに雷門は抵抗することすらできていない。

 そうこうしているうちにボールは青髪の女性選手、ウルビダからグランへ渡る。

 

「いくよ、円堂君」

「さあこい!」

 

 グランは気力なんてものを一切纏わず、普通にボールをシュートする。

 対して円堂君が出したのは、

 

「真マジン・ザ・ハンド!!」

 

 現時点で最強の技、マジン・ザ・ハンド。

 なのに魔神の右手はボールに触れたとたん、ガラス細工のように砕け散った。

 風を切り裂き、ネットを突き破る勢いでボールがゴールに入る。

 

「……貧弱すぎる」

 

 開始1分弱、ジェネシス得点。

 目が覚めるような勢いだった。

 ただし、覚めても目に映るのは悪夢に限りなく近いものに違いない。

 

 グランはそう言い残し、去っていく。

 円堂君は震える手を眺めている。

 あまりの威力に、手が痺れてしまっているのだろう。

 

 勝てるのか、こんな敵に? 

 いや、勝たなくちゃならないんだ。

 

 試合が再開。

 今度は私にボールが回る。

 

「ライトニングアクセルV3!」

 

 黒いオーラを纏いながら、ジグザグに相手のフォワード陣をすり抜ける。

 よし、これならなんとかシュートまで……。

 

『シグマゾーン!』

「がはっ!!」

 

 そう思った時には一瞬で三人に取り囲まれていた。

 クィール、ゲイル、ゾーハンが三方向から同時に突っ込んできて、私に肩をぶつけながらボールを奪う。

 私の体はなすすべなく宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

 ボールはシュートかと思えるほどの速度で回されていき、再びグランに渡る。

 そしてシュート。

 円堂君も同じようにマジン・ザ・ハンドを出したけど、やはり敵わずゴールネットが揺れる。

 

 そんな風に何もできないまま、私たちは一方的になぶられていき、気がつけば得点差は10点となっていた。




 
 ♦︎『シグマゾーン』
 3人で敵を囲み、同時に突撃して仲間とすれ違いながら敵を跳ね飛ばす、ジェネシス最強クラスのディフェンス技。


暗部の方々が選手情報を掴めたのは不思議なことじゃありません。
 なにせアニメじゃ角間ですらイプシロンの選手情報を握っていたくらいなのですから。
 情報源がどこだとかそういう細かいことを考えちゃいけない。


 それと、今後は試合の話の時だけ一気に投稿することに決めました。
 ぶつ切りになると細かい試合内容を忘れてしまうのではないかという作者のお節介みたいなものです。
 しかしその分、試合を全部書き上げなければいけないので、その時だけ投稿がかなり遅くなってしまうと予想しています。
 ご了承ください。


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黄金の狂気

 開始早々10点差をつけられ、みんなの顔に焦燥以上のものが浮かび上がってくる。

 

「なんとかしないと……! このままじゃ円堂が……!」

 

 風丸がボールを奪おうと飛び出すも、無駄だった。

 私ですらギリギリ追いつけるかどうかという速度なのだ。

 風丸は何もできず、ほぼ棒立ちのまま抜かれてしまう。

 それも、余裕を表すように股抜きをされて。

 

「そ、んな……そんなはずがない……! 俺たちが追いつけないなんて……そんなことがあってたまるか……!」

 

 必死に風丸はボールを持ったクィールのあとを追いかける。

 だけど距離は縮まるどころか、どんどん離されていく一方だ。

 

「ダメだ……追いつけない……!」

 

 とうとう風丸は走ることをやめてしまう。

 絶望。

 生気を失ったかのように、彼の瞳から光が落ちていく。

 声をかけてあげたいけど、今は他人のことを気にしてる場合じゃない。

 

 ボールがまたグランに届く。

 どうやらジェネシスの選手たちは、フィニッシュはグラン以外にボールを回すつもりはないらしい。

 シュートする選手を選んでいられるぐらい、余裕があるってことか……! 

 

「ふっ!」

「今度こそ……!」

「もちもち……黄粉餅ぃ!!」

 

 だけど、これ以上黙ってやられてなるもんか! 

 私はゴール前に立って、餅を振り回した。

 そうやってボールを絡め取り、勢いを殺そうとするも、そのまま突き破られてしまう。

 

「きゃぁっ!」

 

 反動で私は地面に倒れる。

 後ろで黄色い光が見えたけど、次に聞こえた回転するボールがネットと擦れる音で止められなかったことがわかってしまう。

 

「もう終わりかい円堂君? 君の実力はこんなものじゃないはずだよ」

「まだ試合は……終わっちゃいない……! 諦めない限りチャンスは必ずくる……! それまで、このゴールは、俺が守るっ!」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、円堂君が吠える。

 そうだ。彼の言う通りだ。

 試合を捨てるやつが、試合で勝てるわけないでしょうが! 

 

「なめないでよグラン……! たとえ何点差あろうが関係ない。私たちは試合が続く限り、諦めない……!」

「それでこそ君たちだ」

 

 グランは背を向け、自軍のコートへ戻っていく。

 

「よし、まずは1点! 取り返すぞ!」

『おうっ!!』

 

 私たちの言葉が響いたのか、みんなの戦意が少し戻った気がする。

 ……風丸以外は。

 彼は死んだような目で、動かずにただ棒立ちしている。

 

「アーク!」

「そこだ!」

 

 アークへのパスを鬼道君がカットした。

 動きがよくなったわけじゃない。

 あらかじめコースを予測していたのだ。

 彼が身につけているゴーグルは、もともとボールの回転する軌道を深く読み取るためのもの。

 回転さえわかれば、どこに出るかを推測することもできる。

 

「吹雪!」

 

 シロウがボールを受け取る。

 とたんに彼の目がつり上がり、アツヤが出てこようとする。

 

「よっしゃ! ……がぁっ!? 『やめろぉぉぉっ!!』」

 

 シロウは一つの口で二人分の言葉を話す。

 アツヤとシロウが人格を交換し合い、側から見れば狂ってしまったようにしか見えない。

 そんな不安定な状態のままゴール前へたどり着いた。

 今人格の主導権を握っていたのは……シロウだった。

 

「エターナルブリザードッ!! うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 氷を纏ったシュートを繰り出す。

 だけど、氷の密度も吹雪の激しさも、何もかもが弱々しい。

 シロウのエターナルブリザードには、アツヤの時みたいな迫力が微塵も感じられなかった。

 

 そんなシュートが通じるほど、ジェネシスは甘くはなかった。

 栗松ほど小さいキーパー、ネロは必殺技も使わずに、あっさりと両手でそれを受け止めてしまう。

 

「そんな……吹雪がエターナルブリザードのタイミングをミスするなんて……」

「大丈夫かい?」

「あ……ごめん。タイミングがちょっと合わなくて……」

 

 一之瀬の問いかけに作り笑いでシロウは返す。

 だけど明らかに大丈夫ではない。

 そうこうしているうちに、またグランに点を取られてしまう。

 

 ダメだ。シロウはもう戦えそうにない。

 なら、残された道は一つ。

 

「みんな、私にボールを!」

 

 私がやるしかないんだ。

 キックオフと同時に私にボールが渡る。

 フォワード陣を抜き去り、どんどん前へ。

 

 私とジェネシスのメンバーの速度はほぼ互角。

 ならあとは、テクニックと根性で打ち勝つしかない。

 私の目の前にハウザーという、タコみたいな顔の大男が立ちはだかる。

 

「っ、ボールが……消えた……?」

「こっちだっての!」

 

 だけどハウザーは私の足元を見て、身動きを止めてしまった。

 瞬きをしている間にボールが消えた。

 彼にはそう見えただろう。

 

 だけどこれはトリックの一種でしかない。

 相手が瞬きするタイミングを見計らって、ヒールリフトでボールを頭上へ浮かせただけ。

 彼はそれにまんまと騙され、あっさりと抜かれた。

 

 これでキーパーのネロと一対一。

 ボールを天空へ打ち上げ、漆黒の月を出現させる。

 

「真ダークサイドムーン!!」

 

 月のあまりの大きさに、ネロの姿が隠されていく。

 しかしある時点でダークサイドムーンはまったく進まなくなってしまう。

 角度を変え、今起きていることを確かめる。

 そこには両手で軽々と月を押さえつけている、ネロがいた。

 

「フッ……こけおどしだな」

 

 爆発。

 闇が晴れたあと、ボールをキャッチしたネロが姿を表す。

 

「やっぱり……ダークサイドムーンじゃ通用しない……!」

 

 だけど、ムーンライトスコールは未完成だ。

 とても使えるようなものではない。

 どうする……? 

 どうすればいい……? 

 

 悩みに悩んでいると、脳裏にある光景が浮かび上がってくる。

 あれは……世宇子対雷門の試合の時だった。

 ゴッドハンドが通じず、ピンチに陥っていた時。

 だけど円堂君は逆転するのを諦めず、未完成だったマジン・ザ・ハンドを使い続けていた。

 そしてとうとう完成させて、私たちを打ち破って見せたのだ。

 

 思考が現実に戻っていく。

 ……そうだ。

 やる前から諦めてどうする。

 諦めないから、必殺技は完成するのだ。

 

 覚悟は決まった。

 同時に笛が鳴り響く。

 ボーッとしている間にまた1点決められてしまったのだろう。

 だけど今さらな話だ。

 試合が再開し、私は獣のように飛び出す。

 

「懲りないやつだッポ〜」

「しぶといのは悪人の華だよ」

「っ!?」

 

 ——ライトニングアクセルV3。

 限界まで加速して、小柄なクィールを抜き去る。

 

「さっきよりも速く……!?」

「ズズズ……!」

「今のはまぐれにすぎない、と言っています」

 

 ライトニングアクセルを発動したまま、ゾーハンとコーマと激突する。

 相手は二人がかり。

 ものすごい力が足にのしかかってくる。

 だけど。

 

「負けて……たまるかァァァァァッ!!」

「っ、バカな……!?」

 

 あらん限りの声で叫ぶ。

 それに応えるように徐々に足がボールを押し戻していき、ついには二人を弾き飛ばした。

 

 今だ! 

 ボールを蹴り上げ、漆黒の月を生み出す。

 その上に跳び上がり、かかと落としをくらわせる。

 

「ムーンライトスコール!! ——がぁっ!?」

 

 だけど、やはり失敗だった。

 月は爆発し、私は上空から落下。

 グラウンドに背を思いっきり打ち付けてしまう。

 ボールもネロにキャッチされたのが見えた。

 

 ボールがまたもやグランに渡る。

 だけど、今度の彼は少し違う雰囲気を纏っていた。

 

「好きだよ円堂君、君のその目!」

 

 空中に打ち上げられたボールをグランが蹴る。

 瞬間、禍々しくも美しい流れ星が煌めく。

 

「流星ブレード!」

「ァァァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 獣のような雄叫びが響いた。

 それはシロウからのものだった。

 彼はゴール前に立つ。

 その時の彼は、シロウともアツヤとも言えない、見たこともない顔をしていた。

 そして、そこに流星ブレードが流れてきて——爆発が巻き起こった。

 

「吹雪ィィィ!!」

 

 円堂君が駆け寄るけど、彼は返事をすることなく、地面に横渡っている。

 完全に気を失っているようだ。

 シロウのバカ……! 無茶しちゃって……! 

 試合は一旦中断され、シロウが担架でベンチに運ばれていく。

 代わりにフィールドに入ってきたのは栗松。

 だけど、とてもシロウの代わりにはなりそうにない。

 

 まだだ……こんなんで諦めるわけにはいかないっ。

 試合が再開。

 その後もボールがくるたびに、何度も何度もシュートを撃った。

 そして止められて、グランに点を決められるというサイクルを繰り返していく。

 もう10回は撃っただろう。

 だけど、完成度はいっこうに上がらない。

 

「ハァァァッ!!」

「動きがトロくなってきたッポね〜」

「がはっ!?」

 

 正面からくるクィールとすれ違う。

 直後、腹に鈍い痛みを感じた。

 肘……当て……! 

 

「おいファールだろ今の!」

「いや、計算されてやっている! なえが影になって、審判も判断できないんだ!」

 

 解説どうも鬼道君……! 

 こっちからじゃなんでファール取られないのかわからなかったからね。

 幸いボールは奪われなかったけど、そのせいで足を止めてしまう。

 その隙に、私を包囲して次々とジェネシスの選手たちが襲いかかってきた。

 

「遅い」

「スローだね」

「トロイな」

「がはっ!? ごほっ! がぁっ! ぐがぁぁぁっ!!」

「なえっ!」

 

 彼らはボールを取らずに、いたぶるように私にチャージをしかけ続ける。

 嵐のような猛攻。

 絶え間なく繰り出される攻撃に、口から赤い液体が充満していくのがわかる。

 円堂君の声も遠く聞こえるよ。

 

「なえさん、逃げてくださいッス!」

「ダメだ……! 攻撃の全面を任せてたせいで、もう体力が残ってないんだ!」

 

 体が水に浮かぶような感覚に襲われる。

 衝撃を受け、右へ左へふらふらと。

 パチンコ玉のように弾かれて、もはや意識も朦朧としてくる。

 

「貴様は危険因子だ。悪いがここで潰させてもらう」

 

 青ガミの女セイにボールを奪わレル。

 私……ワタしのぼーる……。

 取り返サなキャ……。

 あレ、でも体がウゴかないや……。

 

「さらばだ!」

 

 大きナ音がシタ。

 スッゴっくお腹がイタいヤ。

 そノ瞬間、目のマエがマックラに染まリ。

 

 ——オホシサマがミエた。

 

 

 ♦︎

 

 

「ア……ハハッ! アハハハハッ!! ナァイスパァス!!」

 

 腹にボールをめり込ませながら、それを微塵も感じさせずに、なえは突如笑い出す。

 それもただの笑いではない。

 口は限界まで引き絞られた弓のように、目は暗闇に光る獣のもののように。

 今の彼女は見る者全てを恐れ慄かせるような、凄みを発していた。

 

 そんな彼女の笑いに応えるように、黄金の気力がその体から溢れ出す。

 光に近い色のはずのそれは、しかし神聖さは感じられず、むしろ禍々しい。

 

「黄金の……狂気……」

 

 ふとキャラバンの上で聞いた言葉が、円堂の口からこぼれる。

 狂気。

 今の彼女は、まさしく狂っていた。

 

「……イヒッ」

 

 ニヒルな笑みをなえがする。

 とたん、その姿は彼らの目からかき消えた。

 

「ごぼぉっ!?」

「アハッ!」

 

 声は彼女の正面に立っていたハウザーから。

 彼は顔面にボールをめり込ませながら、鼻から血を出していた。

 そのボールを押し込んだのは、彼女の足。

 なえが飛び蹴りのようにボール越しに彼の顔面を蹴ったのだ。

 

 包囲網が崩れる。

 ジェネシスは複数人で彼女を囲っていたため、ゴール前のディフェンスは数が少なくなっている。

 そこへ、黄金の光を纏ったなえが直進していく。

 

「フォトンフラ——」

「グラビテイショ——」

「——ジィグザァグ、ストラァイクッ!!」

 

 残ったゲイルとキープが必殺技を放つ前に。

 なえは今までとは比べ物にならないほどの速度で、縦横無尽にフィールドを駆け回る。

 そのあまりの速度に残像と光の軌跡しか見ることができない。

 二人は追うことができず、気がついた時には彼女は彼らの背後にいた。

 

 黄金のオーラがボールに集中していく。

 それを、名も叫ばずに彼女は蹴った。

 

「死ねッ!!」

「……っ!? さっきよりも速い……!?」

 

 ボールは黄金に輝きながら、まっすぐゴールに進んでいく。

 その軌跡、まさに光の道。

 それは必殺技ではないが、必殺技以上の威力と速度を持っていた。

 

 ネロはその変化に目を見開いた。

 その一瞬が命取りとなる。

 判断が遅れて飛びつくも、ボールは彼の伸ばした手の横を通っていき——ゴールネットに突き刺さる。

 

「アハハハハハハッ!!」

 

 悪魔のような笑い声が響く。

 その光景に、点を取られた側も取った側も唖然としてしまう。

 

「アハハッ!! アハッ……ァ……!」

 

 しかしそれも長くは続かなかった。

 しばらく笑ったあと、糸が切れた人形のように彼女は突然倒れ、そのまま動かなくなる。

 

「……あ、救急車を! 救急車を呼んで!」

「っ、は、はいっ!」

 

 いち早く瞳子が救急車を要請する。

 グラウンドは、不穏な空気に包まれた。





 というわけで、覚醒回でした。
 ちなみになえちゃんがジェネシスを圧倒しているように見えますけど、ジェネシスの選手たちはグラン以外まだ必殺技も使っていないのをお忘れなく。まあ最後の方でディフェンス陣が使おうとしてましたけど。

 そんでもって新技紹介です。


 ♦︎『ジグザグストライク』
 金色の光を纏い、目にも止まらぬスピードで駆け回りながら相手を抜き去る。
 シュート技なのかドリブル技なのかで議論されることが多い必殺技。
 一応この小説ではドリブル技扱いです。
 アレスの必殺技なので、知らない方は動画とかで調べることをおすすめします。


 なえちゃんの必殺技がアレスやGOのものばっかなのはどうかとも思うんですけど、やっぱり主力の必殺技ってたいていアニメで使われちゃってるんですよね。
 かといってオリジナル技を作るのもどうかと思い、仕方なく無印以外のところから引っ張ってきています。
 なので無印しか知らない方には申し訳ないです。
 できる限りわかりやすいように書いていくつもりなので、これからもよろしくお願いします。


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敗者たちの集い

 気がつくと、私はグラウンドではなく、見覚えのある場所にいた。

 帝国学園総帥室。

 目の前には椅子に腰かけ、背を向けている男がいる。

 

「貴様は人間が本来引き出せるはずの力は、その潜在能力のなん%だと思う?」

「そんな言い方をするってことは、100なんて陳腐な数字じゃないってことだよね」

 

 無意識のうちに私の口は動いていた。

 そうだ、これは私が中学生になった時に、総帥に言った言葉と同じだ。

 そしてその質問も。

 

「正解は120だ」

「いや私まだ答え言ってないんだけど」

「火事場の馬鹿力を常に出せてこそ一流。だが超一流はその領域のさらに先をゆく」

「あ、無視っすかそっすか」

 

 今度は口だけでなく、体まで自動で動いた。

 顔を背け、いかにも拗ねてますと言うように口をとんがらせる。

 

「要するに、私に120%の力を出せるようにしろって言いたいんだね」

 

 だけど、総帥はその言葉に対して大笑いをした。

 心底バカにするように。

 あのサングラスを叩き割ってやりたくなったけど、グッと堪える。

 だけど次に総帥の言葉を聞いた時、そんな感情は見当たらなくなった。

 

「フハハハハッ! 貴様が120%? そんなことは、己の100%を出せるようにしてから言うのだな」

「……それって私が一流じゃないってこと?」

「貴様は無意識のうちに、自分にリミッターをかけている」

「……どういうこと?」

 

 私は常に全力だ。

 手を抜いたなんて記憶もない。

 私の頭に疑問が浮かび上がる。

 

「貴様は幼少期、皇帝ペンギン1号を使うことで体の再生を繰り返し、強靭な肉体を手に入れた。しかしその体はこれ以上壊されてなるものかと、常に貴様の力を抑えるためにリミッターを加えたのだ」

「今までそんなの感じたことなんてなかったんだけど」

「当然だ。この小さな島国には比べられる超一流の選手なんてものは存在しないのだからな」

 

 総帥は立ち上がる。

 だけど決してこちらを向かなかった。

 

「じゃあ、どうやってそのリミッターを外せばいいの?」

「それは貴様が考えることだ。しかし、仮にリミッターを外せたなら、貴様はその力をすぐに実感できるだろう」

 

 最後に総帥はそう告げると、どこかへ歩いていく。

 いつの間にか場所は部屋から、果てが見えない真っ暗な空間に移っていた。

 そして完全に総帥の姿が消えてなくなった時、私の意識も薄れていった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 水面から浮かび上がっていくような感覚。

 意識を取り戻した私はゆっくりと目を開ける。

 

「うっ……ん……?」

「あ、気がつきましたか!」

 

 飛び込んできたのは、敬語混じりの声。

 ぼやけていた視界がだんだん鮮明になっていき、見えたのは——メガネだった。

 

「……メガネ君、殺されたいの?」

「開口一番で言うのがそれですか!?」

「ちっ、敬語だったから春奈ちゃんだと思ってたんだよ。可愛い子に世話される私の期待を返せ」

「理不尽すぎるぅ!?」

「ま、まあまあ。メガネ先輩も私と一緒に看病してくれてましたし、そんなに冷たくしなくても……」

 

 よかった。本物の春奈ちゃんもいるようだ。

 まあ、さすがに寝てる女子の中に男一人だけを入れるわけないか。

 よっぽど殺されたくないのか、メガネ君は私のベッドから壁に背がつくほど離れてしまった。

 ……っと、ベッド?

 改めて周りを確認する。

 白い部屋に白いベッド。

 それに服もいつの間にかユニフォームから病衣に着替えさせられている。

 なんかすっごくいやーな予感がするよ。

 

「えーと、ここって……」

「ここは近くの病院です。なえさん、あのあと救急車で運ばれたんですよ?」

「そうだ。あのあと、試合はどうなったの?」

「……25対1。雷門の、完敗です」

「そっか……」

 

 春奈ちゃんからもたらされた報告は残酷だった。

 予想していなかったわけじゃない。

 むしろ、負ける可能性の方が圧倒的に高かった。

 だけど、あの円堂君ならと思ってたけど……現実はそこまで甘くはないか。

 

 試合を振り返っていく中で、もう一人倒れてしまった選手がいることを思い出す。

 

「そういえば……シロウもここにいるの?」

「いいえ。吹雪さんは見かけよりずっと軽傷でしたので、学校の保健室で寝ています」

「そっか……じゃあお見舞いに行ってあげないと」

 

 ぴょんとベッドから降りて外へ出ようとする。

 それを春奈ちゃんたちが必死に引き留めようとしてくる。

 

「ま、待ってください! なえさんは一番重傷なんです! 今日は寝ていたほうが……」

「そうですよ! 悪化でもしたら、せっかく看病した僕たちの顔が立ちません!」

「大丈夫だよ。私は他の人よりずっと頑丈だから」

 

 服は……机の上か。

 しっかりと畳まれたそれを掴んでトイレに入る。

 そして数秒後に再び開いた時には、私はもういつもの白黒ミニスカート姿に戻っていた。

 

「それ、どうやってるんですか?」

「教えてあげよっか? 失敗したら公衆の面前で素っ裸になっちゃうけど」

「……遠慮しておきます」

 

 痴態を晒す姿を想像してしまったのか、メガネ君の顔は青ざめたものになる。

 さて、レッツゴー……と思った矢先に、春奈ちゃんたちがドアの前に立ち塞がる。

 

「今日は安静に! いいですね!?」

「ぶーぶー、どうしてもダメ?」

「ダ、メ、で、す!」

 

 可愛らしく小首を傾げてみるも、同性には効果が薄く、春奈ちゃんは惑わされてはくれなかった。

 うーん、でもシロウの様子は見ておきたいしなあ。

 仕方がない。

 私はベッドがある方へ歩いていき——

 

「ふぅ、よかった。なえさんも納得してくれ——」

 

 ——その横を通り過ぎる。

 そして窓を全開にし、枠の上へピョンと飛び乗る。

 

「アディオース!」

「ちょちょちょ!? ここ3階ですよ!?」

 

 メガネ君の制止も聞かず、手を振りながら落下。

 とたんにブワァッ! と風が体を叩いていく。

 私は体をくるくると回転させながら地面に落ち、完璧な受け身をとった。

 芸術点があったら満点な出来だ。

 

 上で春奈ちゃんたちが唖然としてるのが見える。

 今のうちだ。

 スマホのナビを起動させ、この足で陽花戸中へ駆けていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 病院と学校へは十数分程度で着いた。

 夕焼けの下のグラウンドはあちこちが荒れていて、人は誰も見当たらない。

 それを見てるとなんだかやるせなくなってきたので、すぐに校内へ入った。

 中の構造は把握している。

 保健室は一階にあったはずだ。

 そしてなんの問題もなくたどり着き、ドアへ手をかけたその時。

 

「だったら、どうして吹雪君をチームに入れたんですか!?」

 

 秋ちゃんの怒鳴り声が廊下にまで響いてきた。

 扉に耳を当て、中の様子を探る。

 

「だって、監督は知ってたんですよね? 吹雪君の過去を。だったら、こんなことが起こるかもしれないのもわかってたはずじゃないですか!?」

「っ!」

「なのになんで? エイリア学園に勝つためですか? エイリア学園に勝てれば吹雪君がどうなってもいいんですか!?」

「それは言いすぎだよ、秋ちゃん」

 

 みんなの視線が扉の方に向けられる。

 なんとなくいたたまれなくて、飛び出しちゃったよ。

 私らしくもない。

 まあ、それだけ今回のことを私が重く思っているのかも。

 

 部屋の中へ視線を向ける。

 ベッドにはシロウが横たわっている。

 その正面に立ってる監督は、どこか心ここにあらずといった表情をしている。

 

「だ、だって……!」

「その言葉は、シロウのことを話さなかった私にも向けられるべきだからね」

「……やはり知っていたのか」

 

 鬼道君の言葉に無言でうなずく。

 他のみんなから戸惑いの声が上がった。

 そんな中で、円堂君や他のいく人かが納得がいったかのようなリアクションを見せる。

 

「そ、そういえば吹雪となえは幼馴染なんだっけ」

「そーだよ。まあ、私がアツヤの死を知ったのは、シロウと再会した時だけど」

「じゃ、じゃあなんで言ってくれなかったんだよ!?」

「これはシロウのプライバシーに関わる問題だよ。無闇に無断で聞かせられるようなものじゃない」

 

 そう、これは私が決められるものじゃない。

 そう途中まで思い込み、首を横に振る。

 

「……いや、これはもしかしたら逃げなのかもね。だって、その結果シロウは苦しむことになったんだから」

「なえ……」

「……もしかして私、円堂君みたいになりたかったのかもね」

「……俺に?」

 

 円堂君が自身を指しながら首を傾げる。

 本当はわかっていたんだ。シロウのことは全て円堂君に任せるべきだっていうことに。

 彼なら確実にシロウを立ち直らせることができたはず。

 それを無意識のうちに知っていながら、私はあえてそれを実行することはなかった。

 なぜなのか?

 それは私にもわからなかった。ただ、なんとなくとしか答える他なかった。

 だけど今、自分のことを見つめ直して、私がしたかったことをようやく理解することができた。

 

「力強い声でみんなを励まし、後押しする。FF決勝で負けた時から、私は君の太陽みたいな姿に憧れた。だから、私もやってみようって思ったんだ。だけど私は結局、自分のことしか考えられない身勝手なやつで、私の言葉なんて全然シロウには響かなかった……」

 

 笑っちゃうよ。

 チームで誰よりも彼を理解してたはずの私が何もできなかったなんて。

 

「そんな……俺はそんなすごいやつじゃ……」

「どちらにせよ、私はもうなにもやってあげられない。唯一できることと言えば……強くなることだけ」

 

 出口へと歩みを進めていく。

 

「じゃあね、みんな。愚痴を聞いてくれてありがとう。ちょっとは気が楽になったよ」

 

 一方的に話を切り上げ、病院に戻ることにする。

 悪いけど、今日はこれ以上起きてたくない気分なんだ。

 

 その途中、みんなから少し離れて出口近くで俯いている風丸とすれ違う。

 そしてゾッとする。

 彼の目には一寸の光も見えなくなっていた。

 まるで希望が途絶えたかのように。

 死人のようだった。

 

 ……胸騒ぎがする。

 戸を閉めた後も、その目が脳裏にこびりついて、寝る時まで離れることはなかった。




 ……ボケを入れられない。
 いつからこの作品はこんなシリアスものになってしまったんだ……。
 せめて総帥かバナナ頭の人のどちらかがいればコメディに持ち込めるのに。


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去りゆく者たち

 凶報は朝すぐに来た。

 車も使わず、病院から陽花戸まで全力で走っていく。

 嫌な予感が当たってしまった。

 まさか……風丸がチームを離れるだなんて……。

 

 

「みんな、遅れてごめん!」

 

 イナズマキャラバン前にはみんなが集合していた。

 その顔は一様にして暗い。

 当然だ。仲間が去っていってしまったのだから。

 

「どうして止めなかったんですか!?」

「サッカーへの意欲をなくした人を引き止めるつもりはないわ。私の目的はエイリア学園に勝つこと。戦力にならないのなら出ていってもらってけっこう」

「ああそうだったな!? あんたはエイリア学園に勝つためだったらなんでもする人だったな! 吹雪が二重人格で悩んでいるのを知ってて、試合に使い続けたりとかよ!」

 

 相変わらずの淡白な監督の言葉にとうとう土門がキレた。

 真正面から彼女を非難してみせる。

 だけど監督はそれになんの表情も動かさず、冷静に告げる。

 

「みんな、練習を始めなさい。空いたポジションをどうするのか考えるのよ」

「くそったれが!」

「こんなんじゃ、練習になんてならないッスよ……」

 

 みんなのヘイトが監督に集中していく。

 そんな中、私はただ一人沈黙しながら今回の件の犯人に苛立ちをつのらせる。

 すなわち、風丸へと。

 

 雷門のサッカーは諦めないことじゃなかったの? 

 私に教えてくれたことはなんだったの? 

 ふざけるな。

 後を託してチームを去った染岡君や、他のチームメイトの気持ちをなんだと思ってるんだ。

 敵に怯えて、逃げ出すようなやつなんかもはやサッカー選手でもなんでもない。

 私は、彼を軽蔑するよ。

 

 だけど、そんなことは絶対に表に出すわけにはいかない。

 私にヘイトが向くのはわかり切ってるから。

 だから、私はこうして誰の味方もしない。

 今の私たちにできるのは、ただボールを蹴ることだけだ。

 

「練習に行くよ、みんな」

「なえさん……でもッスよ……」

「私がサッカーするのは監督や風丸なんかのためじゃない。サッカーが好きだからだよ。だから、それは練習しない理由にならない」

「なえの言う通りだ。俺たちはサッカーを守るために戦っているんだ。なら、少しでも力をつけておかなければならない」

 

 鬼道君が同意してくれたおかげで、みんなもやる気になったみたい。

 次々にグラウンドへ向かっていく。

 

「練習、できない。今の俺には、サッカーと向き合う資格がないんだ……」

 

 だけど。

 後ろから聞こえてきた声に、私を含め全員が振り向く。

 その聞いたこともないような言葉の発信源は、円堂君だった。

 

 

 ♦︎

 

 

 練習は雨が降ったことで、数時間で中止となった。

 みんなはもう道具を片付けてどっかへ行ってしまっている。

 たぶん、円堂君のところだろう。

 しかし、私は雨の中でも構わずボールを蹴っていた。

 

 ジェネシス戦で見せたあの力、あれは間違いなく禁断の書でいう『黄金の狂気』だろう。

 あの時の感覚を引き出せれば、必ずムーンライトスコール習得の手がかりになるはずだ。

 

 目を閉じ、エネルギーを集中させる。

 体が心なしか熱くなり、とたんに力が湧き上がってくる。

 だけどその代償としてなのか、若干思考が遠のいていく。

 目を開くと、たしかに私は金色のオーラを纏っていた。

 

 よし、このまま……! 

 前方に目をやる。

 敵に見立てたコーンが一直線に複数置かれている。

 それを、素早く切り込むように左右へ躱しながら、前へ進んでいく。

 側からだと、光の軌跡が高速でコーンを避けていくようにしか見えないだろう。

 それほど私のスピードは上がっていた。

 しかし4つ目のコーンを抜けたあたりで突如頭に激痛が走り、ドリブルを中止する。

 

「っ……! なかなかタイムが延びてくれないね……!」

 

 そう、この黄金のオーラはたしかに私の能力を飛躍的に上昇させるけど、長時間纏うことができないのだ。

 頭痛を超えてやろうとすると、意識を失ってしまう。

 しかし、持続時間を延ばすことができるのはタイムを図った時に立証できている。

 要は練習あるのみ、ってところだね。

 

「……ふぇ、ふぇぇっ、ぷふぇっくしょんっ!」

 

 うう……寒っ。

 このオーラを試したくて練習を続けてたけど、さすがに辛くなってきたな。

 このままでは風邪を引いてしまいそうだ。

 一応退院したばっかなんだし、病気になって明日の練習に参加できなかったら元も子もない。

 今日はもうやめとくか。

 ボールとコーンを回収し、グラウンドを去ろうとする。

 

 その途中で、ふと校舎の屋上を見上げる。

 金網のフェンスに、円堂君が寄りかかっているのが見えた。

 延々と雨に打たれる姿は、まるで自身を責めているかのようだ。

 ……彼は必ず帰ってくる。

 そうはわかってるけど、あの姿を見てるとさすがに辛いよ。

 私になにかできることはないのかな。

 

 そう思い、考えを張り巡らせる。

 円堂君が喜びそうなこと……。

 うーん……。

 そうだ、これなら確実に元気づけられる! 

 いいアイデアが浮かんだけど、さすがに今日はやめておくか。

 私は帰路に着くのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 翌日。雨も止み、日が輝く朝と昼の中間ぐらいのころ。

 私はサッカーボール片手に階段を駆け上がっていく。

 

 昨日思いついた、円堂君を元気づける方法。

 さっそく試さなきゃ損ってやつだよ。

 屋上に続くドアを空ける。

 っと、先客がいたようだ。

 

「立ちなさい! 立って、私のシュートを受け止めなさい!」

 

 夏未ちゃんはそう言うと、両手に抱えたサッカーボールを落として、彼めがけて蹴る。

 だけど慣れてないせいか膝に当たってしまい、シュートにすらならなかった。

 弱々しく飛んでいくボールは——反応すら見せない円堂君の顔面に弾かれ、床を転がる。

 

「っ……!」

 

 あーあ、かわいそう。

 夏未ちゃん、涙目になっちゃってるよ。

 いつも気丈に振る舞ってる分、彼女の心の痛みがよりわかった。

 

 というかそれより、どうしよ? 

 思いっきりアイデアが被ってしまった。

 私も彼に向けてシュートを撃つつもりだったのだ。

 そうすれば円堂君は必ず飛びつくと。

 

 悩んでいると、夏未ちゃんと目があってしまった。

 

「っ、見てたの……?」

「あちゃー、バレちゃったか。覗くつもりはなかったんだけどね」

 

 テヘペロと言いながら舌を出してみる。

 先ほどまでの気弱な姿はどこへやら、彼女は女王様のように冷めた目線を送ってきた。

 

「はぁ……なえさんも円堂君の様子を?」

「まあね」

「そう……でもダメだわ。まさかボールにも反応しないなんて……」

「じゃあ、今度は私がやってみるよ」

「へっ?」

 

 言うが否や、落としたボールに蹴りを思いっきり叩き込む。

 それは鈍い音を出したあと、彼の顔面にめり込んだ。

 

「ぶごはっ!?」

「……あっ」

「『あっ』じゃないでしょ!? 何やってるのよ!?」

「痛い痛い痛い! わ、わざとじゃなかったんだよ! ただもっとスッゴイのぶち込めば、嫌でも危険を回避しようとすると思って……!」

 

 首を締められたまま頭をシェイクされた。

 ごほっ……どこからこんな力が……!? 

 で、でも円堂君だってこれには反応したじゃん! 

 悲鳴だけど、声はちゃんと出したし……? 

 俯いたままの彼をよーく見てみる。

 その目は閉じられてしまっていた。

 頭上にはヒヨコが数匹鳴いているのが幻視できる。

 うん、完全にノックアウトしてるねこりゃ。

 

「円堂くーん!?」

「……三十六計逃げるに如かず」

「あ、こら、待ちなさい!」

 

 この後、練習が始まるまで私は彼女に追いかけ回されることとなるのだった。

 すまん円堂君。悪気はなかったんだ。

 鬼のような顔した夏未ちゃんから逃げながら、私は心の中で十字架を切った。

 

 

 ♦︎

 

 

 みんなと合流し、練習を始めて数時間。

 鬼道君が屋上に目をやり、私に問いかけてくる。

 

「どうだ? 円堂の様子に変化は?」

「ダメだね。風丸が失せたのが相当ショックだったみたい」

「風丸は円堂と付き合いが長いからな。とはいえ、どうにか立ち直らせる方法がないものか……」

「そんな都合のいい方法、そうそう見つかるわけ……」

 

 その時、グラウンドの外れからドーン! というような轟音が響いてきた。

 聴きなれた音だ。

 音源の方向を注目する。

 そこには、迫るタイヤに向かって右手を突き出す立向居の姿があった。

 

「これだ!」

「どういうことだ?」

「今度こそ思いついたよ! すんごく都合がよくて、円堂君を立ち直らせる方法!」

 

 思ったが吉日だ。

 私はすぐに彼のもとへ向かう。

 立向居はすでにマジン・ザ・ハンドの体勢に入ってたけど、そんなの知ったこっちゃないよ。

 彼に向かっていくタイヤを真上に蹴り上げることで特訓を中止させた。

 

「な、なえさん!?」

「ヤッホー立向居。調子はどう?」

「ダメですね。あと一歩というところで、どうしてもエネルギーが散っちゃうんです。それで円堂さんにコツを聞こうと思ったんですが……」

「まあ、今の円堂君じゃあね」

 

 円堂君からは何も聞き出せなかったのだろう。

 それで、仕方なく一人で練習してたと。

 だけど彼には円堂君なしでマジン・ザ・ハンドを完成させてもらわないといけない。

 今は彼の技が必要なのだ。

 

「マジン・ザ・ハンドの特訓メニュー、私が組んであげるよ」

「へっ?」

「だーかーらー、私が手伝ってあげるって言ってるの。ただし先日やったのとは比べ物にならないほどキツいよ?」

「なえさんが……?」

 

 立向居が怪訝そうに私を見る。

 

「たしかに私はキーパーじゃないよ。だけど私は円堂君と対抗するためにあの技を徹底敵に研究してたの。原理は知り尽くしている自信がある。んで、結局どうするの?」

「……どうせ俺一人でやっても手詰まりだったんです。だからお願いします! 俺にその特訓をつけてください!」

「オーケー。じゃあ、今から裏山に行こっか」

「はい! ……って、えっ?」

 

 ボケっとしてる立向居の襟首を掴み、校門を通り抜けていく。

 さあ始めよう。

 楽しい楽しい特訓の時間だ。

 

 

 ♦︎

 

 

「うおぉぉぉっ!!」

「アハハハハッ! 遅い遅い、そんなんじゃ亀にも劣るよ!?」

 

 全力疾走している立向居の横を、煽りながら並走していく。

 私たちの体にはタイヤと繋がったロープがいくつも巻かれており、背後では凄まじい砂煙と音がしている。

 

「ハァッ……ハァッ……! 必殺技の練習をするんじゃなかったんですか……!?」

「マジン・ザ・ハンドは鋼鉄のような心臓から送り出されるエネルギーを、大砲の発射台みたいな足腰で放つ技。今のあなたにはそのどっちもない! だからいくらやっても失敗するの!」

 

 その点、この練習ならそのどっちも鍛えることができる。

 ただでさえ山道、しかもタイヤが木々に引っかからないように左右へ絶え間なく移動し続けながら進まないといけないため、必然的に足腰に膨大な負担がかかる。

 心臓も同じこと。

 供給されなくなっていく酸素に肺や心臓などの臓器は悲鳴を上げ、なんとかそれを取り込もうと変化していくのだ。

 このトレーニングにはそんな意図があった。

 

「今日は一日中これを続けるからね」

「そっ……そんなっ……!」

「嫌ならやめていいよ。どうせこの程度で諦めるやつなんかに円堂君を元気づけられるわけがないんだから」

「っ……!」

 

 おっ、僅かだけどスピードアップしたぞ。

 根性あるなぁ。

 

 そんなこんなで、練習へ夜まで続いた。

 私が終了を告げると、彼は死んだかのようにその場で眠り込んでしまった。

 仕方がないので、私は部下に立向居を預け、イナズマキャラバンに戻った。

 

 

 ♦︎

 

 

 翌日、雷門メンバーは早朝から集合することとなった。

 きっかけは栗松の席に置いてあった手紙だ。

 円堂君はそれを読み、そして驚愕した。

 

「そんな……栗松……」

 

 手紙の内容をようやくするとこうだ。

『イナズマキャラバンを出ていく』。

 私の額に青筋が走る。

 

「そんなの……ないッス……」

 

 栗松と一番仲がよかった壁山が呟いた。

 ……くだらない。

 呆然としてるみんなを置いて、一人キャラバンの外へ出ようとする。

 すると土門が声をかけてきた。

 

「お、おい、どこ行くんだよ」

「練習だよ。立向居の相手をしてあげなくちゃ」

「お前……こんな時になぁ……」

「誰が出ていこうが、私には関係ない。私は私のサッカーをやるだけだよ」

「なっ……!」

 

 彼の反応も見ずに、キャラバンを降りる。

 私の中に渦巻いているのは苛立ちと失望。

 どんな時にも諦めずに立ち向かってきたイナズマイレブン。

 私の理想。

 それが、脆く崩れていくのがわかる。

 

 ……いいさ。

 敵から逃げるような仲間なんていらないよ。

 あの時見た私の理想が虚像なんだとしたら。

 私が本物に変えてみせる。

 

「なえさーん! おはようございまーす!」

「……立向居。今日と明日でマジン・ザ・ハンドを完成させるよ」

「えっ!?」

 

 彼の返事を待たずに、校門を出ていく。

 タイムリミットは昨日決まったことだった。

 瞳子監督はあの性格だ。

 円堂君のために、わざわざここに長居することはないだろう。

 それまでに完成させなければならない。

 

 覚悟を決め、私は裏山へと向かった。




 そんなの……ナイス。

 とまあ、イナイレ史上トップレベルで鬱な回でした。
 途中コメディ入ってた? 知らんな。

 さて、ここからお知らせです。
 コロナによる休みも消えたことで、リアルで溜まりに溜まった用事が押し寄せてきたのでしばらく投稿を停止します。
 といっても一週間以上二週間未満といった期間なので、すぐにまた復活できるとは思います。
 次話も8割がたは完成してますし。
 そんなわけで、のんびりアニメでも見ながら次回をお待ちしていてください。


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青き魔神

 今日は陽花戸に滞在する最終日。

 私と立向居はグラウンドで対峙していた。

 

 朝の集合で、瞳子監督は円堂君を外すことを決めたと話した。

 彼女はやると言ったら本当にやる人だ。

 今日中に円堂君を立ち直らせなければ、彼は本当にチームを離れることとなるだろう。

 だけど、そんなことはさせてなるものか。

 そのための立向居だ。

 

「いつでもやれます!」

「マジン・ザ・ハンドでなによりも重要なものは?」

「足腰と心臓! それと何があっても諦めないイナズマ魂です!」

「オーケー。じゃあいくよ!」

 

 私は闇の衣を纏うと、サマーソルトでボールを天高く打ち上げる。

 立向居が驚愕の表情を浮かべた。

 だけどお構いなしだ。

 

「もしあなたのが本当のマジン・ザ・ハンドなら、これを止められるはずだよ!」

 

 ボールは闇に包まれ巨大化し、漆黒の月へと変貌。

 それをオーバーヘッドで地に落とす。

 

「見えざる光の裏——ダークサイドムーン!」

 

 本気では撃ってないけど、それでも世宇子の時と同じくらいの威力だ。

 半端なものでは止められやしない。

 

 立向居は腰を落とすと、右腕を頭の手前に置いてエネルギーを放出した。

 それは人魂のような塊となって胸から飛び出し、右手に宿る。

 すると彼の背後に青色の魔神が浮かび上がる。

 それは練習試合の時よりもはるかに鮮明だ。

 

「マジン・ザ・ハン……ぐぁぁぁああああ!!」

 

 だけど黒い月が当たった瞬間、魔神はガラス細工のように弾け飛んでしまった。

 その余波で立向居が吹き飛ばされる。

 

 本当は立ち上がるまで待っててあげたいけど、あいにくと時間がないんでね。

 地面に横たわったままの彼にそのまま質問をする。

 

「なんで完成しなかったと思う?」

「心臓から出たエネルギーを100%右手に伝えることができませんでした」

「でしょうね。その構え、円堂君のを見よう見まねでやってるよね」

「は、はい……」

「だから失敗するんだよ。あれはマジン・ザ・ハンドに慣れた円堂君が、発動時間を短縮するために編み出した構えなんだよ。彼ほどの熟練度があってこそできるものであって、今から習得しようとする立向居には向いていないってわけ」

「じゃあどうすれば……?」

「FFの決勝は見たでしょ? 右手を心臓に当てながら、相手に背を向けるほど体を捻ってエネルギーを溜めてみなよ。それが一番やりやすいはずだよ」

「はい!」

 

 彼が再び構えに入ったのを見て、ボールを蹴り上げる。

 そして漆黒の月を落とした。

 

「ダークサイドムーン!」

「マジン・ザ・ハンドぉ!!」

 

 2回目。

 彼の背から青白い稲妻が放出され、その中から魔神が出現する。

 このビリビリ来るような感覚……間違いなく本物に近づいていっている。

 魔神の張り手が月と衝突した。

 今度は一瞬で砕け散ることはなく、しばらくの間均衡状態となる。

 

「ぐぅぅぅ……がぁっ!?」

 

 だけどその威力に魔神ではなく立向居の方が押し負けてしまい、ボールは立向居を巻き込んでゴールに入ってしまった。

 

「立向居ー! 足腰が重要って言ったでしょー! もう一回!」

「ぐっ……はい!」

 

 その後も何本も撃ったけど、最後の最後で競り負けてしまい、立向居がシュートを止めることはなかった。

 クオリティは90%を超えている。

 でもどうしても踏ん張ることができていない。

 ……やっぱり足腰の筋肉が足りないか。

 あれだけハードなトレーニングをしたとはいえ、筋肉というのは本来長い時間をかけて改良するもの。

 1日や2日じゃ追いつくことはできない。

 

「くそぉ……! どうしても、どうしてもできない……!」

「っ……!」

 

 立向居は地面に拳を打ちつけ、自らの無力を嘆いている。

 もうアドバイスもネタ切れだ。

 どうすればいい……? 

 私じゃやっぱり無理なのか……? 

 手詰まりかと悩んでいた時、誰かがフィールドに入ってくるのが見えた。

 

「ふっ、やってるな」

「鬼道君……」

「俺だけじゃない。見ろ」

 

 言われて彼の後ろを覗く。

 そこには雷門メンバーやマネージャーたち、さらには陽花戸の選手たちまでもが集結していた。

 

「なにを……?」

「俺たちは全員同じ気持ちだ。このまま眺めているだけと言うのは後味が悪いんでな。手助けに来たんだ」

「みんな……!」

 

 胸の奥がじんわりと暖まっていくのを感じる。

 今までこんな風に応援されたことはないから、目尻がちょっと熱くなっちゃった。

 

「お前はシュートを撃つことに集中しろ」

「わかった!」

 

 ボールをセットし、体から黒のオーラを放出する。

 あとは彼だけだ。

 私は不安が浮き出ている彼の顔を見据えた。

 

「立向居! たしかに技術や筋力は重要だ! しかしそれよりも大切なことをお前は忘れているぞ!」

「大切なもの……『絶対に諦めないイナズマ魂』……!」

「そうだ! やれ立向居!」

「行けー立向居ぃ! 円堂さんにお前の力、見せてやるばい!」

「頑張るッスー!」

「あなたならできるわ! 頑張って!」

 

 鬼道君のその言葉とともに、爆発したかのような声援がグラウンド中から飛んできた。

 似てる。

 あの時の光景と似ている。

 

 湧き上がる観客たち。

 幻か、舞台はいつのまにか見覚えのあるところに映っていた。

『ゼウススタジアム』。

 私は白いユニフォームを纏っていて、その目線の先には彼が……円堂君が見える。

 

「——いくよ! ダークサイドムーンッ!!」

 

 空を塗り潰す、漆黒の月。

 対してゴール前に出現したのは、青電を纏った魔神。

 

「マジン・ザ・ハンドォォォォッ!!」

 

 雷鳴がほとばしり、光が、視界を埋め尽くした。

 目が回復したころには私は陽花戸のグラウンドに戻ってきていた。

 そして気づく。

 ゴールネットが揺れていないことに。

 彼のその右手に、ボールが収まっていることに。

 

「で、できた……できたぁっ!!」

 

 立向居はボールを天に掲げながら叫んだ。

 とたんに周囲が湧き立ち、歓喜の声がグラウンドを埋め尽くした。

 

 ふと屋上の方を見ると、円堂君がこっちを見下ろしていた。

 彼がこの光景を見て、なにを感じたのかは彼次第だ。

 だけど彼はもう大丈夫だろう。

 こちらを見つめるその瞳には、いつもの炎が宿っているのが見えたから。

 

 

 ♦︎

 

 

「みんな、心配かけてごめんな」

「いいってことだ。雷門のキャプテンはお前しかいない」

 

 鬼道君が円堂君の背を叩き、彼は笑った。

 円堂君はすっかり元気を取り戻したようで、いつものやる気に溢れる姿に戻っていた。

 うんうん、これこそ円堂君だよ。

 私も頑張ったかいがあったってものだ。

 

「監督もありがとうございました」

「今度からも、チームに必要ないと思ったらすぐに抜けさせるわ。いいわね?」

「はい!」

 

 監督は相変わらずというかなんというか。

 でも復帰を許してもらえたのだし、これでいいのかもね。

 

「んで監督。今日中に出発って言ってたけど、どこに行くの?」

「沖縄よ。昨日理事長からエイリア学園の動きがあると報告されたの」

 

 沖縄か……。

 修行に明け暮れてて青春なんてものを過ごしたことのない私にとっては、ほとんど無縁だった場所だ。

 

「青い空、白い海……ビーチサッカーなんてしたら楽しそうだなぁ」

「海関係あらへんやないか!」

「まあ、なえらしいと言えばらしいね」

 

 妄想してたところをリカに叩かれ、一之瀬に呆れられた。

 とたんにみんながドッと笑った。

 むー。

 海は修行時代に酷い目にあったことがあるから嫌いなんだよ。

 島も見えない海の真ん中で磁石渡されて落とされて、命からがら生還した私の気持ちがわかる? 

 

 っと、そんなくだらないことを思ってると、瞳子監督のケータイに着信が来た。

 監督はそれを確認したあと、私たちにあることを告げた。

 

「たった今理事長から連絡が来たわ。沖縄に炎のストライカーと呼ばれる男がいるそうよ」

「それってもしかして……!」

「ああ。豪炎寺のことかもしれん」

 

 みんなは顔を見合わせて、ニカっと笑った。

 全員が同じ考えをしていたのだろう。

 

「よし、沖縄に向けて出発だ!」

 

 豪炎寺君か……。

 私が真・帝国として雷門と戦った時には、すでに雷門からいなくなっていた。

 その理由が気になって部下に調べさせてたけど……果たして仮に沖縄に豪炎寺君がいたとして、監督は彼をチームに入れる気があるのかどうか。

 できれば円堂君たちに今度こそ相談したいけど、豪炎寺君の妹さんを危険な目に合わせちゃうからできないし。

 ほんと、知ってるだけの立場はつらいよ。

 

「円堂さん、俺も行きます! マジン・ザ・ハンドが完成したら言おうと思ってたんです!」

「大歓迎だよ! これからよろしくな、立向居!」

 

 まあそれはさておき、新たな仲間も加わったところで。

 こうして私たちは沖縄に向けて出発することとなった。

 




 どーもお久しぶりです。
 用事も済んだのでまた投稿再開しようと思います。
 私が目を回して動き回っていたこの期間でいくつもの情報が入りました。
 ドラクエ10大型アップデート実施、そんでもって今月中でのポケモンのアップデート。
 期間が空いたのでこの作品も読み直さなきゃだし、やることいっぱいあるなぁ。


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雷門イレブン、海をゆく

 ゆらりゆらりと床が揺れる。

 

 刺すように眩しい日差し。

 雲一つない空。

 そんでもって、視界一面に広がる青い海。

 それをのんびり眺めながら、私は日傘付きのベンチに寝転がり、テーブルに置いていたドリンクを口に含む。

 

 私たちは陸を離れ、船で沖縄へと向かっていた。

 海は見たことあるけど、これほど美しいと感じたのは初めてだ。

 なんせ今までの私にとって海とは過酷な修行の場の一つという認識でしかなかったからね。

 突き落とされることも、荒波に揉まれることもなければこんなに平和で綺麗なものだとは思わなかったよ。

 

「暑いね。僕にはとても耐えられないな」

「じゃあそのマフラーを外しなよ」

 

 呪いの装備じゃないんだからさ。

 シロウは団扇がわりにマフラーを扇いでいるけど、そりゃ暑いに決まってる。

 いくら形見でもやりすぎである。

 

 シロウは陽花戸で私が立向居に夢中になっている間に復帰したらしい。

 少し心配だけど、今のところ彼に異変は見当たらない。

 むしろなにか吹っ切れたようで、ジェネシス戦前より元気になった気がする。

 まあ明るくなったのは良いことだ。

 

 ふとスマホを覗く。

 着信はなしだ。

 私の方でも部下を沖縄に放ってみたけど、豪炎寺君の情報について今のところはなんの進展もなかった。

 よっぽど巧妙に隠されているらしい。

 たぶん警察とかの組織が彼に力を貸しているのだろう。

 暗部出身のプロですら手がかりなしなのだ。

 豪炎寺君を探しに一足先に瞳子監督が沖縄に行ってるけど、この分じゃ見つかることはないでしょうね。

 

『本船は次の島、阿夏遠島(あがとおじま)に到着いたします。ご乗船、ありがとうございました』

 

 そう告げてアナウンスはかき消えた。

 体を起こして前を見れば、たしかに島が見える。

 もうこんな時間か。

 もうちょっと船でのんびりしてたかったんだけどなぁ。

 そう思ってると、円堂君たちがいる方が騒がしくなっていることに気づいた。

 

 なんだろ? 

 メガネ君お気に入りのレイナちゃんフィギュアが、小暮にとうとう海に捨てられちゃったとか? 

 だるいけど気になるので、あくびをしながら彼らの元へと向かうことにする。

 

「ふぁぁ……みんな、他のお客さんの迷惑だよ」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだ! メガネが!」

「メガネ君? ……あっ」

 

 円堂君が指差した方向を見る。

 そこには、海で浮き沈みを繰り返しているメガネ君がいた。

 

「……小暮。フィギュアは捨てていいけど、メガネ君は捨てちゃダメだよ?」

「なんで俺がやったことになってるんだよ!? あいつは一人で落ちたの!」

「まあそれは……ご愁傷様」

 

 チーンとセルフで口に出しながら両手を合わせた。

 円堂君が海に飛び出そうとしてるけど、それは無謀ってものだ。

 なにせ見えているとはいえ、ここから島まではまだ遠い。

 いくら円堂君といえど、慣れない海で人を抱えながら島にたどり着くのは難しいだろう。

 

「しょうがないなぁ。ここは私が……ん?」

 

 私しか彼を助けることができないだろう。

 そう思って海に飛び込もうと柵の上に立った時、水中からなにか黒い影がメガネ君に近づいているのが見えた。

 一瞬サメかと思ったけど、よく見ればあれは人影だ。

 私の予想は的中し、姿を現した男はメガネの体を掴むと、なかなか見れない速度で島へと泳いでいく。

 さすがに船のほうが速いので、一足先に島についた私たちはメガネ君を待つことにした。

 

 

 そして数分後。

 メガネ君はずぶ濡れにはなっているものの、なんとか例の男に無事救助された。

 改めて彼の方を見る。

 服装は海パン一丁だ。

 こんがり日焼けした茶色い肌に、高身長。そして膨れ上がるのではなく、コンパクトに引き締まったスポーツ向けの筋肉。

 なるほど、ただものじゃなさそうだ。

 

「ありがとうな。君はメガネの命の恩人だ」

「いいってことよ! 困った時はお互い様だ!」

 

 円堂君がお礼を言うと、男はそれを笑い飛ばした。

 彼の脇にはサーフボードが挟まれている。

 なるほど、サーファーか。

 あのスポーツは全身の筋肉を使う。

 体つきがいいのも納得だ。

 

「べ、別に僕一人でも泳げましたよ……」

「バカやろう! 海をなめんじゃねえ! 海は命が生まれる場所だ! 命落とされちゃたまんねえよ!」

「ひぅっ! ご、ごめんなさい……」

 

 いまいち反省していなかったメガネ君を男は厳しく叱りつけた。

 その言葉から、彼の海への思いの強さがわかる。

 さすがにこう怒鳴られちゃメガネ君もバツが悪くなったのか、か細いながらも彼は謝罪した。

 

「まあ、わかればいいんだわかれば。じゃあ俺はもう行くぜ!」

「ああ、ありがとうな!」

 

 サーファーの男は軽く手をあげて去っていった。

 まったく、人騒がせな話だ。

 でもこれで一安心だ。あとは次の船に乗って、目的の島へ行くのみ。

 ……と思ってたんだけど。

 

「船は一日一便しか出ないって、どんな田舎島だよ……」

 

 チケットを取りにいったマネージャー組が言うには、そういうことらしい。

 幸い宿泊施設は見つかったそうなので野宿する心配はないけど、これじゃあ今日中に目的地に向かうことは無理そうだ。

 

「どうするんだ円堂?」

「よし、練習するぞ!」

「えっ、練習って……どこでだ?」

 

 塔子の問いに円堂君は砂浜の方を指差した。

 

「ボールがあればそこがフィールドだ!」

「とは言っても砂浜だぞ。 練習になるのか?」

「いや、案外いいかもね。砂浜ってアスファルトとかの上と比べて格段に歩きづらいから、その分走りのフォームとか筋肉とかが鍛えられるんだ。スポーツ選手がこの練習を取り入れることもよくあるそうだよ」

 

 そう説明してやると、塔子はやる気が出たらしくて砂浜へ走っていってしまった。

 他のみんなも納得がいったのか、練習の準備を始めた。

 

 

 それから十数分後。

 有り合わせのものを使ってゴールを作り、フィールドが完成した。

 

「よし、やるぞ!」

 

 風丸と栗松が消えて現在のメンバーは12人となっていたので、5対5に分かれてミニゲーム形式で練習することに決まった。

 ちなみに2人計算が合わないのは、メガネ君とシロウが参加しないからである。

 メガネ君はいつものこととして、シロウはなんでもまだ本調子じゃないんだとか。

 みんなもシロウのことについてはもう理解しているので、文句を言う人は誰もいなかった。

 

「抜かせない!」

「それは無理だね。——ジグザグストライク!」

 

 精神を高揚させて黄金のオーラを身に纏い、電光石火の勢いで塔子を抜き去る。

 しかしその時点で頭痛がきて、すぐにオーラは消えてしまった。

 

 ジグザグストライクは一応できるようになったけど、よくて1人抜きだ。ジェネシス戦の時には遠く及ばない。

 それに、この発動時間の少なさじゃムーンライトスコールを出すことはできそうにない。

 でも、これはコツコツ積み重ねていくしかないことだ。

 できないことにあれこれ言ってもらちがあかない。

 

「いくよ、円堂君!」

「たぁぁぁっ!! 正義の鉄拳っ!!」

 

 私のシュートに円堂君は正義の鉄拳を出そうとするも、やっぱり失敗してゴールに入ってしまった。

 円堂君は歯噛みしてそれを見つめ、鬼道君がなだめる。

 正義の鉄拳の習得は手詰まりか。

 ギューンという部分が足りないらしいけど、これも私にはどうすることもできないことだ。

 

 試合が再開し、パスされたボールを今度は塔子が撃つ。

 

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 立向居から出た魔神がそれを片手で受け止める。

 どうやらマジン・ザ・ハンドは完璧に習得したようだ。

 あとは心臓に手を当てなくても発動できるようになれば、真マジン・ザ・ハンドの完成となる。

 彼なら近いうちにそれもできるようになるだろう。

 

 なんて考えてたら、塔子から面白い話が聞こえてきた。

 なんでもリカと2人でバタフライドリームをやりたいんだそうだ。

 たしかに攻撃のバリエーションが増えることはいいことだ。

 もっとも、リカ本人は一之瀬とやりたいらしくて不満そうだけど。

 

「そんなのなえとやったらええやないか!」

「パワーが違いすぎるよ。あいつと組んだら私が吹き飛んじゃう」

「せやったらアンタが筋肉ダルマになればええ話やん!」

「そんなゴリラみたいになるのは嫌だ!」

 

 筋肉ダルマ……ゴリラ……。

 私はベンチに座り、泣いた。心の中で。

 何もそこまでいう必要ないじゃん。

 私だって女の子なんだよ? 

 

「ま、まあまあ、今のは決してなえさんのこと言ってるわけじゃないんだし……」

「そ、そうよっ。落ち込む必要はないわっ」

「秋ちゃん……夏未ちゃん……!」

「でもなえさんと並ぶのにゴリラになる必要があるなら、必然的になえさんもゴリラってことになるんじゃ……」

『音無さん!!』

「あっ」

 

 もうダメだ。

 純粋な春奈ちゃんの言葉は私を完膚なきまでに打ち砕いた。

 砂浜に座り込み、指で絵を描く。

 へのへのもじ……っと。

 

「ああほら! 音無さんのせいで拗ねちゃったじゃない!」

「ご、ごめんなさい! つい思ったことが口に!」

「あー、みてー、すなのおしろができたー」

「ショックのあまり幼児退行しちゃってる!?」

 

 砂いじりしながら、練習風景を眺める。

 二人がバタフライドリームをしようとしたけど、見事にタイミングが合わず、失敗したようだ。

 ボールはあらぬ方向に飛んでいき……あっ。

 近くで寝転んでた人の頭の当たった。

 

 ……ん、てかあの人、メガネ君の命の恩人さんじゃん。

 表情を見るに、彼は円堂君たちに怒るどころか感謝してるようだった。

 えーとなになに……『いい波が来る時間に起こしてくれてありがとよ』か。

 そういえば彼はサーファーだったね。

 男は海の中へと消えていった。

 

 

 それからしばらくして、また例の男と関わることとなった。

 なんと塔子たちのバタフライドリームが沖の方まで飛んでいってしまったのだ。

 しかし驚くべきなのはここから。

 ボールが飛んできていることに気付いた男が、サーフボードに乗りながらそれを蹴り返してきたのだ。

 ボールは海を割って砂浜をえぐり、キャッチしようとした立向居を弾いてゴールへ入った。

 ちなみにその衝撃波で私の砂の城が跡形もなく消し飛んだのも忘れてはならない。

 

 

 そして今に至る。

 海から帰ってきた男を私たちは出迎えた。

 

「君……サッカーやってたのか?」

「いいや? 生まれてこのかたやったことねえが」

「それであれだけのシュートが撃てるなんてすごいぜ! なあ、俺たちとサッカーやってみないか?」

「ハッ、俺はサーファーだ。興味はねえよ」

 

 サーファー男はそう言って立ち去ろうとする。

 サッカーへの興味は人それぞれだ。

 これはばかりは仕方がない。

 第一、やる気のないやつなんて長続きしないだろうからね。

 そんなわけで、私の興味はゼロだったのだけど、意外にも彼を引き止めようとしたのは鬼道君だった。

 

「たしかにそうだな。やめておけ。素人が練習に加わっても怪我するだけだ」

「ああん? さっきの見てなかったのかよ。バッチリ蹴り返してやったじゃねえか」

「シュートはな。だがサッカーはそれだけでは無意味だ」

「なんだとぉ……?」

 

 しかもかなりの喧嘩腰。

 鬼道君、もしかしてわざとやってる? 

 男としてもその言葉は気に障ったのだろう。

 

「上等だ。サッカーやってやろうじゃねえか! それでお前をギャフンと言わせてやるぜ!」

「ふっ……いいだろう」

 

 鬼道君、総帥の弟子なだけあって感じの悪いやつ演じるの上手いね。

 男はすっかりやる気になったようだ。

 ……うーん、一緒にサッカーをやるのにいつまでも男呼びなのは違和感があるな。

 

「そういえば、あなたってなんていうの?」

「俺は綱海(ツナミ)。綱海条介だ!」

「そっかツナミか。私はなえ。よろしくね」

 

 その後、ツナミが靴と服を着たところで、練習が再開した。

 彼の評価は……まさに原石だね。

 立向居の時もそう評したけど、ツナミはそれ以上かも。

 

 荒波に幼少期から揉まれ続けたせいなのか、ぱっと見でもあの体には驚くほどしなやかかつ強靭な筋肉が宿っているのがわかる。

 あれはつけようと思ってつけられるものじゃない。

 まさに天然物だ。

 そっから繰り出されるシュートは一品もの。

 あまりの速度にあの円堂君ですら一瞬反応が遅れたほどだ。

 だけど素人らしいところもあり、どうやら動き回るボールを捉えることはまだまだ苦手らしい。

 ……まあ、それもちょっと前の話なんだけど。

 

「オラァァ!!」

 

 リカのシュートにツナミが食らいついた。

 あの並外れた体のバネを活かして跳び上がり、足を伸ばしてボールを弾いてみせる。

 さっきからこの調子だ。

 リカや塔子が蹴ったボール全てをツナミは防いでみせていいる。

 マグレじゃない。

 どうやらコツを掴んだらしい。

 

 それはそうとして、何度もシュートを撃ってるうちにリカと塔子のコンビネーションがよくなっている。

 ツナミという面白い人物の登場で余計な考えが吹っ飛んだからかも

 二人は何度も同時にシュートを撃ち続け、そしてついにその時はきた。

 

『バタフライドリーム!!』

 

 二人が蹴ったとたん、その背後に四枚の美しい翅が目に移った。

 ボールは花畑を舞う蝶のように予測不能な軌道をし、飛んでいく。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 さすがのツナミもこれには足を当てることはできず、ボールはそのまま立向居の横をすり抜けてゴールに入った。

 

「よっしゃ、完成や!」

「これが私たちのバタフライドリーム……!」

 

 二人は笑顔になりながら顔を見合わせると、ハイタッチをした。

 おっ、珍しい。

 あの二人が仲良くしてるとこなんて初めて見たよ。

 

「ヒュー、やるじゃねえか」

「どう? これがサッカーだよ」

「なるほどな……たしかに面白ぇ!」

「次はあなたの番だよ。あれだけ大言壮語したんだから、失望させないでよね?」

「へっ、誰に言ってやがる。俺に乗れねぇ波はねぇ!」

 

 ツナミは親指をグッと突き立てて、ポジションに戻っていく。

 くふふ、どうやら塔子たちのプレーを見て火がついたようだ。

 さあ見せてよ、あなたのサッカーを。



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筋肉モリモリマッチョマンの割烹着男

 ミニゲームが再開し、私はドリブルでリカを抜いた。

 そしてすぐさまゴール前のツナミにパスを出す。

 

「よっしゃぁ!」

「甘いよ!」

 

 ツナミは足を振り上げ、砲台のようにその時を待つ。

 だけど彼とボールの間に一之瀬が割り込み、ボールをインターセプトしてしまった。

 

「くそっ!」

「ツナミ、ボールは常に動き回ってるよ! 待つんじゃなくて、こっちから迎えにいくの!」

「おう! 次こそだ!」

 

 そう気合は入れてたものの、そううまくはいかなかった。

 私や鬼道君は何度もボールを彼に渡したけど、このチームのメンバーは全国クラスの選手なだけあって、次々とボールを奪ってみせる。

 シュートとかと違ってドリブルは筋力だけじゃ解決できないからね。

 苦戦するのも無理はないか。

 

「いったぞ立向居!」

「っ、しまった!」

 

 立向居が弾いたボールはゆるやかな軌道を描きながら、ふらふらと上へ上っていく。

 どうやらパンチングをミスったらしい。

 

「ええい面倒クセェ! どっから蹴ったって、ゴールに入りゃ同じ点だろうが!」

 

 頭をかきむしり、ツナミは飛び上がる。

 瞬間、どこからともなく津波のような水が発生し、彼を押し上げた。

 

「あれは……必殺技か!」

 

 ボールをサーフボードに見立ててその上に乗り、ツナミは荒波を乗りこなしていく。

 そしてそのスピードが頂天に達した時、ボールに蹴りをたたき込んだ。

 

「いくぜ、ツナミブースト!」

 

 水を切り裂き、凄まじい速度でボールが突き進んでいく。

 円堂君はとっさにそれに向かって拳を突き出す。

 その時、拳からの光が一瞬だけ増したのを私の瞳は捉えた。

 しかしすぐに輝きを失い、ツナミブーストは円堂君を吹き飛ばして背後の木製ゴールをぐちゃぐちゃに潰してしまった。

 

「……今の、明らかに威力が増していたよね」

「ああ。どうやらなにかの手がかりにはなったようだな」

 

 ふむ、どういうことだ。

 さっきはロクに気も溜めていないのに、通常よりも威力が出た。

 いつもと違ってた点は、とっさに手を出したかどうか、か。

 でもどうしてそれでクオリティが上がるんだ?

 ……うーん、わからない。

 

「へっ、見たか! これが俺のツナミブーストだ! ……って、聞いてんのかー?」

「……んっ、ああごめん。ちょっと考えごとをしちゃって。でも技はちゃんと見てたから安心して」

 

 いつのまにか思考の海に沈んじゃってた。

 私の悪い癖だ。

 

 その後はゴールが壊れたことで練習は中止となり、私たちは宿泊先へと行くことにした。

 その時にツナミとは別れた。

 どうやら彼はこの島ではなく、沖縄に住んでいるらしい。

 なんだか彼とはまた会えるような気がするよ。

 

 

 ♦︎

 

 

 後日、船を伝って私たちは沖縄に上陸した。

 現在は船に乗せていたイナズマキャラバンで、炎のストライカーの出現情報が出ているという場所へ向かっている途中である。

 

「豪炎寺君かぁ……どんな人なんだろう」

「クールというか仕事人というか、口より背中で語るタイプだね。いつもボーッとしてるシロウとは正反対かも」

「まっ、炎と氷だしな。でもああ見えて中身はけっこう熱いやつなんだぜ?」

 

 後ろから土門が声をかけてきた。

 豪炎寺君と私は、実を言うとあまり接点はない。

 いや、妹さんの件で私が関わってるものはあるけど……それは今はやめておこう。

 とにかく、円堂君や鬼道君と比べるとどうしても関係が薄くなってしまう。

 彼、無口だから話す機会がなかったんだよ……。

 

 そんな感じで豪炎寺君についてみんなで話してると、目的地に着いたみたいで、バスが停止した。

 

「ここが、炎のストライカーの目撃情報があった場所か……」

 

 バスから降りて辺りを見渡すけど、あるのは海と浜辺ぐらいだ。

 どうやらここから先は自分の足で情報を集めなきゃいけないっぽい。

 

「よし、ここにキャンプを張って徹底的に探すぞ! みんなで聞き込みだ!」

「えー、手がかりは炎のストライカー。この辺りの浜辺で、さながら炎を纏ったかのような凄まじいシュートが何度も目撃されたという……」

「とはいえ、これだけの手がかりでは難しい。何か他に情報はないんでスかねぇ……」

「……メガネと壁山、何やってるんだ?」

「さあ? 暑さで頭がやられちゃったんじゃない?」

 

 メガネ君たちは『考える人』みたいなポーズを取ったまま、ドラマの刑事みたいな口調で話し合っていた。

 聞き込みってことで刑事ドラマを思い浮かべたんだろうけど……見てて目が痛くなりそう。

 お年頃とはいえ、中二病って怖いね。

 

「監督はどこに?」

「瞳子監督とはあとで合流する予定よ。でも、あの人もめぼしい情報は得られていないみたい」

 

 鬼道君の質問に夏未ちゃんが答えた。

 私の私兵ですら苦戦するほどのセキュリティだ。

 彼女じゃ情報を集めることは難しいだろう。

 

「とにかく、悩んでてても仕方がない。みんなで手分けして探索だ! もちろん特訓もあとでやるから疲れ過ぎるなよ!」

「よし、あたしたちもバタフライドリームをもっと強化しなくちゃな! なっ、リカ?」

「え〜、うちはダーリンと海でスイミ「な・ん・か・文句あるか?」……させてもらいます」

 

 塔子が女の子がしちゃいけないような、ものすごい顔になってるよ。

 怖い怖い。

 これにはさすがのリカも敵わず、冷や汗を流していた。

 

「さて、そんなことよりもまずは現地住民を見つけなきゃ。ここら辺にはいないみたいだし、ちょっと移動しようよ」

 

 そう言うが否や、私たちの視界にサッカーボールが空へ向かって飛んでいるのが映る。

 何度も落ちては上がっていることから、誰かがボールを蹴っているのだろう。木々の奥が落下地点なので姿は見えないけど、あそこに人がいるのは間違いない。

 

「ちょうどいいや。あそこに行ってみようよ。サッカーボールを蹴ってるのなら、サッカー情報に詳しい人かもしれないし」

 

 この意見に反対した人はいなかったので、私たちはボールの落下地点に向かうことにした。

 木々のカーテンをすり抜けると、そこでは小学生ぐらいの子どもたちが仲良くサッカーをしていた。

 うーん、あてが外れたなぁ。

 あんなちっちゃい子たちじゃ必要な情報は聞けそうにもない。

 それに私は子どもが嫌いなので、後ろに下がって円堂君たちに任せることにした。

 

 そして数分後……。

 

「うわぁぁぁんっ! 俺のサッカーボールぅ!」

「……円堂君、すごいね。まさかちょっと目を離した隙に子どもを泣かせてみせるなんて。鮮やかな手際だ」

「誤解だ! なんにもやってないって!」

 

 私たちの目の前には、さっきまでの笑顔はどこへやらで、大泣きしてる子どもたちの姿があった。

 言動から察するに、原因は円堂君の手の中にあるサッカーボールか。

 話を詳しく聞いてみたところ、どうやらボールを拾ってあげたのを取られたと勘違いされてしまっているらしい。

 やっぱり子どもって面倒くさい。

 ほんと、私が出てなくてよかったよこれ。

 私だったら泣くで終わってなかっただろうし。

 

「ゴラァァァッ!! 誰だ、俺の弟たち泣かせたのはァ!!」

 

 と思ってたら、遠くから砂煙を上げて、ものすごい勢いで誰かが近づいてきた。

 それは高校生でも滅多に見れないほどの巨漢だった。

 目つきは鋭く、並の人だったらちびりかねないほどの凄みを帯びている。

 ……もっとも、そんな強面も、似合わない割烹着(かっぽうぎ)姿をしてるせいで台無しだけど。

 

「あの人がボール取ったー!」

「なにぃ?」

「え、あいや違うんだ! こっちにボールが転がってきたからつい体が動いちゃって。ごめんな」

「……本当だろうな?」

 

 強面男はマジマジと私たちの顔を見つめてくる。

 なんだかわかんないけど、そうとう怪しまれてるね。

 まだ私はここで犯罪は犯してないはずだけど……。

 

「だいたいそこのお前! なんだその眼鏡は? 怪しすぎだろ」

「……失敬な。それとなえも笑うな」

「ぷふふっ……! だ、だって……鬼道君が不審者扱いされてるんだもん……!」

 

 どうやら原因は鬼道君の容姿だったようだ。

 たしかに彼、ドレッドポニテにゴーグル、そんでもってマントと中々カオスな服装してるからね。

 よくよく考えてみれば変態である。

 紛れもなく変態である。

 それに帝国時代じゃ悪役みたいな雰囲気出してたし、怪しく見えるのも仕方がないかもしれない。

 

「待て待て! 鬼道は俺たち雷門中サッカー部の仲間だ! 決して怪しいやつなんかじゃない!」

「雷門中サッカー部? ……なるほど、お前らが宇宙人と戦ってるやつらか」

 

 男は今までのピリピリとした雰囲気を解く。

 そして突然大笑いした。

 

「ガハハハッ! いやーすまんな。最近宇宙人どものせいでピリついちまっててよ。つい警戒しちまった」

「いや、わかってくれたならいいよ」

 

 円堂君と男は和解の印に握手を交わす。

 

「俺は土方雷電(ひじかたらいでん)ってんだ」

「雷門サッカー部キャプテン、円堂守だ。よろしくな」

「私はなえ。よろしくねー」

 

 そういえば、ここ沖縄でもエイリアの出現情報があるんだったっけ。

 豪炎寺君のことで頭がいっぱいになってたから、すっかり忘れてたよ。

 

「お前たち雷門がいるってことは、ここに襲撃予告がきたのか? だったら力貸すぜ。地元を荒らされるなんざ、黙っていられねえから、よっ!」

 

 自身の力を見せつけるように、土方はボールを真上に蹴ってみせた。

 爆発でも起きたのかと錯覚するほどの炸裂音が響く。

 ボールは衰える様子もなく空へ飛んでいき、雲を突き破ってもなお伸びていく。

 

「スッゲェ力だな!」

「へっ、兄ちゃんは蹴っても守ってもすごいんだぜ!」

「へぇ……それはちょっと興味あるか、なっ!」

 

 言い終わるが否や、土方に落ちてくる途中だったボールを横取りする。

 そして足元でそれを遊ばせて彼を挑発した。

 

 土方はそれを見て、柏手を打ったあと、地面が揺れるほど強く足裏を叩きつけた。

 

「スーパー四股踏み!」

 

 何も起きないと思ったのは一瞬だけ。

 急に私の周囲が暗くなる。

 ふと上を見上げると、圧縮されたエネルギーで形作られた巨大な足が、私を押しつぶさんと落ちてくるのが見えた。

 

 ズドォォォン!! と大地が震え、砂煙が上がる。

 

「へっ、どんなもんだ……なっ!?」

「やるねぇ。もう少しでペッチャンコだったよ」

 

 砂煙を吹き飛ばして、無傷な私が姿を現す。

 世宇子の『裁きの鉄槌』になれてなかったら危なかったかも。

 

「初見でかわされたのは初めてだぜ。やるな」

「ふふん、それほどでもあるよ」

「それにしてもすごい技だな。是非とも仲間にしたいぜ」

「これほどサッカーができるんだ。もしかしたら炎のストライカーの情報も持ってるかもな」

 

 蛇の道は蛇とも言うしね。

 同じことに精通していれば、自然にその分野の情報も入ってくるものだ。

 土方は訝しげに眉を潜めた。

 

「炎のストライカー?」

「ああ。俺たちそいつを探しにここにやってきたんだけどさ、もしかしたら俺たちの仲間かもしれないんだ。何か知ってることがあったら教えてくれないか?」

「……聞いたことねえな。悪いが力になってやれそうにねえや」

 

 その時、私は彼の体にいくつかの変化が現れたのを見逃さなかった。

 ダウト。

 彼、嘘をついている可能性が高いね。

 人間というのは嘘をついている時に無意識化に行動を起こしてしまうことが多い。

 口や顎の辺りを触り始めたり、呼吸が急に深くなったり、目を逸らしたりなどなど。

 本当に一瞬の間だったけど、私にはそれがはっきりと見えた。

 とはいえ、確定的な証拠があるわけじゃない。

 今は彼を監視するだけでいいだろう。

 

「よし、それじゃあ気を取り直して炎のストライカー探し再開だ!」

「せっかくの縁だ。この街を案内してやるぜ」

 

 話し合った結果、効率を上げるためにみんなをいくつかのグループに分けてこと街を回ることとなった。

 土方は円堂君のグループに行くらしい。

 ということで彼を見張るために、私も円堂君についていくつもりだ。

 ちなみにうちのグループは他には鬼道君と立向居がいる。

 

 そしてこのあと、私たちはしばらくの間、沖縄の街を観光することとなった。



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南雲晴矢

 

 

 グループで分かれて探索すること数時間。

 しかしその成果は一向に現れることはなかった。

 

「聞き込みとかいろいろやったけど、こうも情報が掴めないなんてね。ほんとにここに炎のストライカーがいるの?」

「瞳子監督の話じゃこの街のはずなんだけどなぁ」

 

 並んでフェンスにもたれかかり、海を眺めながら私と円堂君はため息を吐く。

 噂ってのは目撃者が多数いるからなるものだ。

 でもそんな話すら出てこないとなると、その情報自体が怪しく感じちゃうね。

 そもそもなんで沖縄の情報を東京にある雷門の理事長が得られたのかも謎だし。

 ……情報網がない場所でも隠れ家を突き止める方法。

 簡単だ。

()()()()()()()()()()()()()()

 もしかしたら、噂なんて嘘っぱちで、理事長や瞳子監督は初めから豪炎寺君が沖縄にいることを知ってた? 

 じゃあなんでこのタイミングで私たちを沖縄へ行かせたんだ……? 

 

 そこまで思考の海に浸かったところで。

 遠くから私たちの名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おっ、秋たちだ!」

「瞳子監督を含め、他のやつらもだいたい揃っているな。いないのは……吹雪と土門だけか」

 

 他のグループが帰ってきた。

 これは偶然じゃない。あらかじめ、合流時間を決めていたからだ。

 だけど鬼道君の言う通り、いない人もいるみたい。

 ちなみに、なんで土門と一之瀬が別行動なのかというと——。

 

「ああん、ダーリン、めっちゃ楽しかったなぁ! 次は海で泳ぎに行こうで!」

「ハァッ……ハァッ……ちょっと待って……もう……体力が……っ」

 

 ——まあ、こういうことである。

 哀れ一之瀬。

 聞けばこの数時間ずっとリカのショッピングに付き合わされたらしい。

 あの元気オバケなリカに振り回されれば、そりゃこうなるってもんだ。

 土門はこうなることを察して、友を見捨てて逃げたってわけ。

 

「えーと、その人が炎のストライカー?」

 

 土方を見た秋ちゃんが訪ねてくる。

 そういえばマネージャー陣は別行動してたから知らないんだっけか。

 

「こいつは土方。炎のストライカーじゃないけど、すごいディフェンス技を持ってるんだぜ」

「雷門の円堂にそう言ってもらえるとは光栄だな。ガハハハッ!」

「それでみんなに紹介しようと思って。俺たちのチームに入ったら百人力だぞ」

「おっと、悪いがそいつはできねえ相談だな」

「えっ?」

 

 円堂君の頭に疑問符が浮かび上がる。

 代わりに鬼道君が聞いた。

 

「なぜだ?」

「さっきも見ただろ? 俺には兄妹がいっぱいいる。あいつらの面倒を見てやらなくちゃならねえんだ」

 

 言われて気づく。

 そういえば、土方とは違って彼の兄妹たちはずいぶん小さかった。

 たぶん年齢も小学生になったかどうかというところなのだろう。

 そんな子供たちを残して旅立つのは、たしかに不安がある。

 

「そっか。お前が強いのは、守りたいものがいっぱいあるからなんだな」

「お前らだってそうだろ?」

「へっ、もちろん!」

 

 土方の問いかけに、みんなが笑みを浮かべた。

 ……私以外は。

 

「うん、そーだねー……」

「遠い目をしてるぞなえ」

「なえさんって、何か守ってるイメージかけらもないッスからね」

「あははーあはっ……ハァ……」

「なんかすんごい落ち込んじゃった!?」

 

 はい。ご存知の通り私にはそんな高尚なものはございませんよ。

 というか考えたことすらなかった。

 どーせ私は自分のことしか考えられない自己中ですよーだ。

 

「ま、まあなえだってなんかあるだろ? ほら、エイリア学園と戦う理由とかは?」

「エイリアが強いから」

「……」

「やめとけ円堂。この状態のなえは面倒くさい。どうせ放っておけば治る」

 

 ああ、円堂君にまで見放された……。

 みんなは私を置いて楽しく雑談に入ってしまう。

 総帥とか不動とかの頭パッパラパーな連中とつるんでる時はどうってことないのに、円堂君たちといるとなまじ自分と彼らを比較しちゃうから、ザクザク心に刺さっちゃう。

 こういう時ばかりは彼らに会いたくて仕方がないよ。

 逆に言えばこういう時でしか会いたくはないけど。

 

「おーいみんなー! 炎のストライカー、見つかったぜー!」

 

 男の声が聞こえてきたのはその時だ。

 振り向くと、シロウと土門がこちらに向かって走ってきていた。

 

「土門、本当か!?」

「ああ、間違いないぜ! 今から紹介してやるよ!」

 

 道を譲るように、土門が円堂君の正面からズレる。

 その背後から現れたのは——燃え盛る炎を固めたかのような赤髪を持つ男だった。

 

「えっ……?」

 

 みんなに動揺が走ったのも当然だ。

 なにせ、彼は明らかに豪炎寺君じゃないんだから。

 けどシロウも土門も、その顔には確信が浮かんでいた。

 てことは、この二人を認めさせるなにかが彼にはあるってことか。

 

「はじめましてだな。俺は南雲晴矢。よろしくな」

「あ、ああ、よろしく」

 

 言葉を返す円堂君の笑顔も、どことなくぎこちない。

 彼、一番豪炎寺君に会うの楽しみにしてたからね。

 ショックなのだろう。

 

「こいつ、俺たちが炎のストライカーを探してるって話を聞きつけて、自分から売り込みに来たんだぜ」

「ってことは、地元に住んでるのか?」

「まあね」

「……本当か? 見ねえ顔だな」

「へっ、俺もアンタを見たことねぇなぁ」

 

 土方が初めて私たちと会った時みたいに、睨みをきかせながら南雲を見つめる。

 しかし彼はそんな威圧すら受け流し、獣のような笑みを浮かべた。

 

 それを見た時、なんだか体に悪寒が走った。

 春奈ちゃんの隣にいた小暮が、か細い声で呟く。

 

「感じる……嫌な臭いだ、あいつ」

「えっ?」

「小暮にもわかる? いい匂いしてるよ。爆発寸前の火薬みたいな匂いだ」

 

 小暮が気づけたのは、その人間不審な精神によるものだろう。

 彼の過去も私はだいたい把握している。

 その経験で黒い気配に敏感になっていた本能が感じ取ったのだ。

 

 ……くふっ、面白そうじゃん。

 危険ってのはわかってるけど、興奮してきちゃったよ。

 

「なあ、見せてやれよあの技を」

「ただ見せるってだけじゃつまらねえ。一つゲームをしねえか?」

「ゲーム?」

「ああ。雷門イレブンVS俺。俺がアンタらから一点奪えたら俺の勝ち。奪えなかったら負けだ。どうだ?」

「ずいぶん自信があるそうね」

「自信があるから言ってんだ」

 

 瞳子監督の言葉を軽くあしらわれる。

 南雲の目からはハッタリでもなんでもなく、自分が勝つという確信が見て取れた。

 

「いいんじゃないの? 私はやりたいなー」

「……そうだな。やってみるか!」

「それでいい。マジで頼むぜ」

 

 グラウンドがある場所に案内すると言い、南雲はこちらの反応も見ずに歩き出す。

 その見えなくなった口から発せられた言葉を、ただ一人私だけが拾った。

 

 

 ——紅蓮の炎を見せてやるよ。

 

 

 ♦︎

 

 

 南雲に連れられてたどり着いたのは、緑の芝がしっかり敷かれているグラウンドだった。

 でも潮風に晒されてたせいか、どことなく独特な匂いがする。

 しかし嫌な気はしない。

 

「準備はできてるかー?」

「んなもんとっくに終わってるっつの」

 

 側から見れば異常な光景だろう。

 コートの半分にいるのが南雲一人なのに対して、その反対には11人もの選手たちが待ち構えている。

 もちろん私はトップなので、彼と真っ直ぐに対峙している状況となっている。

 

「よお。アンタは個人的に円堂と同じくらい気になってんだ。失望させてくれんなよ」

「あなたこそ、私一人に負けてその頭のチューリップを枯らさないようにね」

「俺の髪はチューリップじゃねぇ!」

 

 

 あら失敬。

 どうやら豪炎寺君みたいなのとは違って、熱くなりやすいタイプらしい。

 とまあそんな一悶着があったけど、ようやく審判の古株さんがホイッスルを吹いた。

 軽やかな音がグラウンド中に響き渡り、南雲が足を一歩踏み出し——そして宙を舞った。

 

「なっ、なんやそれ!?」

 

 リカが驚愕の声を上げる。

 南雲は常人じゃ考えられないほどの高さまで跳んでいた。

 まるで眼中にないかのように、フォワード陣の頭上を通過していく。

 リカたちにはそれを追う術はなかった。

 そう、()()()()には。

 

「へっ、これくらいで驚いてちゃ話に——」

「——よそ見厳禁、だよ?」

「っ!?」

 

 声をかけた時には、すでに足を振り抜いていた。

 私と南雲の足に挟まれたボールが爆発音と衝撃波を撒き散らかし、私たちは落下する。

 

「す、スゴイです! さすがなえさん、まさかあそこまで跳べるとは……」

「彼女の真骨頂はあの類まれな足の筋肉のバネよ。それが常人離れした速度の走りや跳躍力、そしてキック力を生み出しているの」

 

 っと、ベンチで瞳子監督らが話し合ってるのを尻目に。

 同時に私たちは体勢を立て直し、地面に着地する。

 

「っ、やるじゃねぇか。あの高さまで追ってこられたのは久しぶりだ」

「私も空中戦、得意なんだよね」

「だったら……今度は真正面から行ってやるぜ!」

 

 轟っ! という風切り音を立てて南雲が突っ込んでくる。

 だったら私は、これで勝負だ。

 

「もちもち黄粉餅!」

 

 気で作り出した巨大餅をぶん回し、まるで鞭のように南雲を攻撃する。

 だけど彼はアクロバティックな動きで、変幻自在に伸びる餅を避け続けた。

 

「お返しだ! ——フレイムベール!」

「っ……きゃぁっ!?」

 

 南雲が両足でボールを踏んづけると、私に向かって地面から火柱が連鎖的に立ち上った。

 餅を盾にしようとしたけど、それも敵わず、私は火柱に巻き込まれる。

 その隙に彼に抜かれてしまう。

 

 その後も南雲の勢いが止まることはなかった。

 塔子の『ザ・タワー』を強引にシュートで打ち砕き、ディフェンス陣を驚異的なジャンプで飛び越える。

 あっという間に彼はゴール前までたどり着いた。

 

「紅蓮の炎で焼き尽くしてやる!」

 

 ボールが天高く打ち上げられる、炎を纏い始める。

 その輝き、熱はまさに太陽の如く。

 何人だろうと焼き尽くす凶星に、南雲はオーバヘッドキックを叩き込む。

 

「——アトミックフレア!!」

 

 瞬間、ジェットでもついたかのように炎を噴射させながら、太陽が落ちてくる。

 撃たれた瞬間わかった。

 あれはマジン・ザ・ハンドじゃ止められない。

 

「負けてっ、たまるかぁっ!!」

 

 すでにゴール前に戻っていた私は黄金のオーラを纏い、跳躍。

 そして足をあらん限りの力で振り抜いた。

 炎上したのかと錯覚するほどの熱が、とたんにそこへ宿る。

 っ、ぐぅっ……熱い……! 

 歯を食い縛り、そんな痛みも無視して足に力を込め続ける。

 だけど、それでも威力負けして、派手に吹っ飛ばされた。

 

「真マジン・ザ・ハンド!」

 

 円堂君が魔人の右腕を振るうも、あっけなく砕かれ。

 ボールはゴールネットに突き刺さった。

 

 誰も、その光景に口を開くことはできなかった。

 本当に勝ってしまった。

 それも1人で11人を。

 みんなが目を見開いている中、ただ南雲だけがそれを当然の出来事のように受け止めている。

 

「へっ、テストは合格ってとこか」

「……すげぇ。すげぇよ南雲! お前のシュート、超強烈だったぜ!」

「当たり前だ。俺に任せりゃエイリアなんざイチコロだっての」

 

 円堂君はさっきのシュートにえらく感動したのか、南雲をべた褒めする。

 点を取られた相手を称賛するなんて、器がでかいというべきか。

 まあそこが円堂君のいいところなんだけど。

 その姿にみんなも現実を受け入れ始め、次第に南雲へ話しかけるようになっていく。

 期待の新戦力にみんな胸を膨らませているのだろう。

 その顔には悔しさを上回って喜びが目に見える。

 ……ただし、彼が本当に仲間だったらの話だけど。

 

「監督ー! 南雲をチームに加えてもいいですよね!」

「……構わないわ。ただし一つ聞かせてちょうだい。あなた、どこの学校の所属なの?」

「……っ!」

 

 瞳子監督がその質問をした時、南雲の表情が明らかに変わった。

 まるで聞かれたくなかったみたいに、彼女を一瞬睨みつけたのだ。

 

「……ああ、そうだな。えーと、俺は……」

 

 

「エイリア学園だよ」

 

 取り繕うとした南雲の言葉を、上から降ってきた声が一刀両断した。

 ……この聞き覚えのある声は! 

 私たちは弾かれるように顔を上げる。

 照明台の上には、赤髪の少年——ヒロトがいた。

 

「ヒロトっ!?」

「騙されちゃダメだよ円堂君。そいつは危険だ」

 

 突然の忠告。

 みんなの目線が信頼のものから疑念へ置き換わる。

 南雲は何も言わずだんまりしている。

 

「なあ……エイリア学園ってどういうことだよ?」

「……ちっ」

 

 円堂君の問いかけに返ってきたのは舌打ち。

 答えを言わないってことは、彼はやっぱり……。

 

「あーあ、せっかく潜り込めそうだったのによ。テメェのせいで台無しだグラン」

「円堂君たちに近づいて何をするつもりだったんだ?」

「俺はただお前のお気に入りがどんなものなのか見にきただけのことよ」

「そうか……」

 

 聞き終わると、急にヒロトはそばに置いてあったエイリアボールを撃ち込んだ。

 円堂君が南雲を庇うようにマジン・ザ・ハンドの体勢の入ろうとする。

 しかし彼はまるでお節介だとばかりに円堂君を飛び越えて、迫りくるボールに蹴りを入れる。

 巨大な火災旋風が発生し、彼の姿を包み込む。

 次に彼が姿を現した時、その服は赤をベースとしたユニフォームに変化していた。

 

「その服……南雲、お前まさか……!」

「ん……? ああ。こっちの名じゃバーンってんだ。覚えておきな」

「バーン……?」

「ああ。エイリア学園マスターランク、プロミネンスのキャプテン、バーンだ」

 

 南雲は改めてそう名乗った。

 プロミネンス……まだ他にチームがあったなんてね。

 それも驚きだけど、一番は……。

 

「プロミネンスって……やっぱりチューリップじゃん」

「だから違ぇって言ってんだろうが!」

 

 もちろん、それが太陽のコロナで見られる火柱みたいなものであることは知ってるよ。

 ただチューリップとしての名前のやつも実在するわけで。

 バーンは顔を真っ赤……とまではいかないものの、ものすごい形相で叫んでた。

 

「アッハッハ! やっぱり君は面白いな、なえちゃん」

「いやーそれほどでも」

「笑ってんじゃねぇよクソが!」

 

 ふぁっ!? 

 あの野郎、私に向かってエイリアボール蹴ってきやがったぞ!? 

 頭に血上りすぎでしょ! 

 とっさのことで、さすがの私も反応できない。

 あわや当たるかと思った瞬間、ヒロトが目の前に現れてくれて、蹴り返してくれた。

 

「暴力は感心しないな」

「お〜、カッコイイー」

「ちっ、ムカつくぜ。もういい、今日はこれでしまいだ」

 

 バーンがどこからともなく取り出したエイリアボールを踏むと、そこから出た赤い光が彼を包み始めた。

 同じようにヒロトも白い光に姿を飲み込まれ始める。

 

「じゃあオレたちはこれで失礼するよ。また会おう円堂君、それになえちゃん」

「っ、待て!」

 

 円堂君が伸ばした手は虚空を掴むだけとなる。

 まばゆい光が辺りを包み込んだかと思うと、次には2人の姿は見えなくなっていた。

 

「まさか、まだ他のチームがいたなんて……」

 

 ポツリと塔子がみんなの気持ちを代弁した言葉を漏らす。

 みんなの顔は一様に暗くなってしまっている。

 私としては敵が増えるのは嬉しい限りだけど、みんなは違う。

 やっと終わりが見えてきたと思っていた矢先に新たなチームが出てくれば、気落ちするのも仕方がないのかもしれない。

 でもこのまま落ち込んでるわけにもいかないので、私は手を叩いてみんなの注意を引きつけた。

 

「みんな、吉報ならまだ残ってるよ」

「吉報……? 敵が増えて喜ぶのはお前だけなんだぞ?」

「違うって土門。それはバーンが炎のストライカーじゃなかったってこと。つまり、豪炎寺君がこの島にいる可能性がまだあるってことだよ」

「っ……そうか!」

 

 みんなも気づいたようだ。

 彼らの目に希望の光が宿る。

 

「よしみんな、豪炎寺探しを再開だ! 絶対に見つけてやろうぜ!」

 

 そうして私たちはこの後も街を探索することとなる。

 しかし、この日で豪炎寺君が見つかることはなかった。




 バーン=チューリップネタ、一度やってみたかったんです。


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大海原のイカれたメンバー

 月明かりの下、ぶつかるほど激しく体と体がぶつかり、幾度となく足と足が交差し合う。

 その間で踊るように転がるボールを、私たちは追い続ける。

 

「っ、さすが鬼道君。よくついてくるね」

「あいにくとっ、しがみつくので精一杯だがなっ! だが、これならどうだ!?」

 

 鬼道君の足に青い光が宿る。

 それを横薙ぎに振るうと、私の目の前の地面に弧が描かれて、そこから光があふれ始めた。

 これは……まさか……っ。

 

「スピニングカット!」

 

 火山のように、地面から青い衝撃波が噴出する。

 だけど衝撃波が消え去った後、私の姿がどこにもないのを見て、鬼道君は戸惑う。

 

「……上か!?」

「正解。だけど遅いよ」

 

 彼が気づいた時には遅かった。

 私は彼の背後に着地し、勢いを殺さず前へ駆け出す。

 

 スピニングカットは私のでもある技だ。弱点はもちろん知っている。

 たとえば相手と自分の間に衝撃波の壁を作るせいで、その時に相手の姿を見失ってしまうこととか。

 今回はこれを利用して跳躍し、衝撃波を飛び越えたのだ。

 普通跳躍なんてすればその分目立つけど、それはスピニングカットがガードしてくれる。

 現に鬼道君もすぐに気づくことはなかった。

 

 彼を抜けてゴール前へ。

 黄金のオーラを纏い、全力でボールを蹴る。

 

「パッと開かず、グッと握って——ダン! ギュン! ドカァァン!! ……ぐあぁっ!!」

 

 対抗するように、円堂君も黄色い光を拳に集中させ始める。

 しかしその輝きはどことなく頼りげなく、弱々しい。

 そんなものを突き出されたところでシュートを止められるはずがなく、ボールは拳を弾き、あっけなくゴールに入った。

 

「くそっ、どうしてもギュンがわからない……!」

「焦るな円堂。究極奥義と呼ばれる技だ。そう簡単には会得できるわけがない」

 

 焦る円堂君を鬼道君がなだめる。

 

「そういえばさ。ツナミの時は威力がずっと上がってたよね。あれみたいにできないの?」

「うーん、あの時はとっさだったから、感覚を思い出せないんだよなぁ」

 

 お手上げか。

 せめて、もう一度ツナミにあの技を撃ち込んでもらえばなんかのきっかけを掴めるかもしれないけど……そんな都合のいいことがあるわけがない。

 だいたいツナミと出会ったのは別の島でだし、再会は無理であろう。

 

「どうする? 結構な時間やってるけど、まだ続ける?」

「いや……やめておこう。これ以上は体を休める時間がなくなる」

 

 たしかに、グラウンドは照明がついてるから大丈夫だけど、辺りはもう真っ暗だ。

 ベンチに置いていたスマホを覗く。

 もう午前1時か。

 たしかに、そろそろやめたほうがよさそうだ。

 

 円堂君はもう少しやりたそうだったけど、さすがにスポーツ選手にとって体のケアが大事なことを理解しているので、彼もその案をのんだ。

 私たちはそれぞれテントとイナズマキャラバンに戻って、眠りにつくのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 その次の日……。

 

 

「さあ、今日も練習だ!」

 

 円堂君は相変わらずの元気でみんなに声をかけていた。

 場所は南雲……いやバーンと戦った例のグラウンド。

 ここ、街の端っこにあるわりには人工芝や照明があったりと、充実してるんだよね。

 海辺にもかなり近く、少し耳を澄ませば波の音が聞こえてくるので個人的にけっこう気に入っている。

 ……買い取っちゃおうかな、ここ。

 

「オーッス!!」

 

 無駄にでかい声が聞こえてきた。

 土方だ。

 彼はグラウンドに来ると、背中に背負っていた緑々しいものをベンチに下ろす。

 

「これ、うちの畑で取れた新鮮な野菜だ。使ってくれ」

「おお、水々しくていい野菜だな。助かるよ」

 

 大根、にんじんにネギまで……。

 多種多様な野菜が詰め込まれた籠を見て、古株さんのほおがゆるむ。

 私たちがお礼を言うと、彼は豪快に笑った。

 

「ガハハハッ! 気にすんな! お前たちには地球を守ってもらってんだ。いつも元気でいてもらわなきゃな」

 

 しかも、来客はそれだけじゃなかった。

 

「おおーい円堂ー!」

「んっ? 今どっかから声が……」

「こっちだこっちー!」

 

 ふと影が差したので上を向く。

 なんか飛んでた。

 アッタマ悪い表現だけど、それしか言いようがない。

 時間が経つにつれ、その姿が鮮明となっていく。

 あれは……ツナミ? 

 彼はサーフボードに乗ったまま、空を飛んでいた。

 うん、どうしてこうなった。

 

「イヤッホーイッ!!」

 

 結構な高さだったはずなのに、ツナミはそれを気に留めず飛び降り、着地した。

 頑丈な体でなかったら即死ものである。

 

「ヤッホーツナミ。お久しぶ……もんぶらんっ!?」

 

 その時、挨拶しようと近寄ったら、サーフボードが私の真横に突き刺さった。

 うん、完全に突き刺さってる。

 私に当たってたら即死ものである。

 

「ぶっ! 面白い声出すなお前!」

「……ツナミ、今のは忘れよう。ねっ?」

「いやいや、あんなおもしれーの、そうそう忘れなっ……」

 

 ツナミの横顔を高速でエイリアボールが通過する。

 彼の背後で、木かなんかが砕け散ったような音が響いた。

 

「わ・す・れ・よ・う・ね?」

「……オッス」

 

 うんうん、わかってくれたようで何よりだよ。

 振り返ったら、みんなが青い顔をしてたので微笑みかけてあげた。

 

「なんか問題ある?」

『いえ、なにも!』

「それならよかった」

 

 ったく、ビクビクしちゃって。失礼しちゃうよ。

 

「それで、ツナミはなんでここに?」

「ああその話だ。聞いてくれよ円堂! 俺、サッカー部に入ったんだ!」

『ええっ!?』

 

 そういえば、ツナミが今着ているのはサッカーのユニフォームだ。

 海を思わせる涼しげな水色に『海』という漢字が刻まれている。

 

「でもどうしてそんな急に?」

「あの日お前らとやったのが忘れらんなくてよ。つい入っちまった。まあノリだよノリ」

「ノリって……」

 

 私たちは呆れた顔をする。

 軽い……軽すぎるよツナミ……。

 ……とはいえ、これで彼もサッカー選手となったわけだ。

 理由はともあれ、実力は確か。

 今はまだ青いけど、熟せば素晴らしいプレイを見せてくれるはず。

 成長後が楽しみだね。

 

「どうだ、俺たちのチームと試合しねえか? みんな雷門イレブンに会ったって言ったら羨ましがってよ。ここは俺の顔を立てると思って。なっ?」

「もちろん、受けて立つぜ!」

 

 円堂君がそれを断るはずもない。

 みんなもやる気満々だ。もちろん私も。

 

「ダメよ。その試合、許可できません」

 

 でもその雰囲気に水を差してきたのが瞳子監督だ。

 彼女は感情の感じられない目で、私たちを見据えて話し出す。

 

「みんな、昨日のこと忘れたの? 私たちの前には次々と新たな敵が現れてくる。そんな、なんの練習にもならない地元チームと遊んでいる暇はないはずよ」

 

 そうはっきりと、ツナミのいる前で言い放った。

 チャラチャラしてるように見える彼もそれは聞き捨てならなかったらしい。

 わかりやすく目を細めている。

 あわや一触即発という雰囲気。

 だけどその言葉は、私の勘にも触っていた。

 

「それは傲りが過ぎるんじゃないの?」

「傲り? 私は事実を言ってるだけよ」

「相手の情報もロクにないくせによく断定できるね。それに、サッカーは最後までやってみなくちゃわからないもんだよ。このチームの監督をやってるんだから、それぐらいとっくにわかってるって思ってたんだけど」

 

 思い返すのは、初めての出会いから敗北まで。

 帝国や世宇子とやった時だって、諦めなかったから奇跡が起こった。可能性を捨てなかったから、勝てたのだ。

 だからこそ、このチームの監督がそんな戯言を言うのは許さない。

 そしてなによりも、

 

「それに、挑まれた勝負を受けないなんてサッカー選手失格だよ。そんな腑抜けたチームがこの先生き残れるとは思えないけどなぁ」

「なんとでも言うがいいわ。私の考えは覆らない」

 

 心の中で舌打ちする。

 私と監督の目から稲妻がバチバチほとばしる。

 みんな止めようとはしてるけど、殺気混じりに睨みつけているせいか、わたわたとうろたえるばかり。

 しかし空気の読めなさそうなツナミはお構いなしに、私たちの間に入っていった。

 

「まあ待て待て。俺たちのチームもなかなかやるもんなんだぜ。フットボール……なんちゃらにも本来は出るはずだったんだし」

「出るはずって……なにが起きたの? もしかして妨害が?」

「んにゃ、当日に村祭があって監督が試合のこと忘れて踊りまくってたらしい。んで時間に間に合わず不戦敗っと。面白い話だろ?」

「……私、別の意味であなたのチーム心配になってきたんだけど」

 

 総帥とは別の意味で頭おかしいでしょ。

 私だったらメリケンサックで顔面殴打してそうな事案である。

 しかしこの、本人曰く笑い話が上手いこと空気を和らげてくれた。

 円堂君は苦笑いしたあと、監督に頭を下げる。

 

「お願いします監督! 俺、どうしてもツナミとサッカーがしたいんです!」

『お願いします!!』

 

 円堂君にだけ頭を下げさせるわけにはいかないと、みんなが言葉を揃えて頭を下げた。

 私はしてないけど。

 だって気まずいし、噛みついたばっかの相手に頭を下げるなんてプライドが許さない。……総帥は別だけど。

 あの人超怖いんだもん。

 

 瞳子監督はしばらく黙ってたけど、じっと動かないみんなを見てため息を吐く。

 

「……好きにしなさい」

「よっしゃ! やったなツナミ、これでサッカーができるぞ!」

「おう! サンキューな監督!」

 

 かくして、私たちはバスに乗り込み、ツナミが在学しているという大海原中学校に向かうこととなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 バスを降りて、目的地に到着する。

 ツナミに連れられて見た大海原の光景は、壮観なものだった。

 

 青く突き通った、サンゴすらも見える海。

 そのど真ん中に、水面に浮かぶような形で校舎が建っていたのだ。

 陸や各校舎は木製の橋で繋がれており、そこから下を覗き見ると、図鑑や写真でしか見たことがないような魚たちがひらひらと舞い踊っている。

 

「うち、ハネムーンはこういう透き通った海って決めてたんや。ダーリン覚えといてな」

「えっ?」

「ああもう、大海原サイコ〜!」

 

 なにを妄想したのか、リカは叫びながら橋の上を駆けていった。

 ……まあ橋はいっぱいあって多少入り組んでるけど、グラウンドとかの施設は目立つから放っといても大丈夫だろう。

 やがて私たちは海に浮いたサッカーグラウンドにたどり着いた。

 

「……でも、肝心のサッカー部はどこにもいないみたいだけど?」

 

 設備は充実してるけど、ベンチやグラウンド、観客席には見渡す限り人っ子一人いなかった。

 と思ってたら、真っ昼間なのにも関わらず、空に花火が上がった。

 

「サプラァァァァイズッ!!」

 

 がたいがデッカい男が叫ぶと、どこかに隠れてたのか、変な人たちが次々と姿を現した。

 掲げられた手作りの旗には『雷門イレブン歓迎!』と刻まれている。

 

「驚いた? 驚いたでしょ? ねえねえ驚いた? ハッハッハ! そりゃよかった!」

「……ねえ、監督さんはどこなの?」

「そこのオッサンだよ。いいノリしてんだろ。そしてこいつらが大海原イレブンだ!」

 

 ツナミは両腕を広げて言ったあと、それぞれの選手を紹介し始めた。

 

「こいつは毎日船にノッててよ、こいつは家がノリ山町で、そんでこいつの母ちゃんはノリ屋のノリ子だ」

「頭痛くなってきた……先に帰っていいかしら?」

「ま、まあまあ夏未さん」

 

 なんというか……個性が強すぎる。

 監督があれなのだから、カエルの子はカエルってやつなのかな。

 基本ノリがいい私でもついてけないぞ。

 

「でも一番ノッてるのはあいつ……音村だな!」

 

 ビシっとツナミが指差した先には、端っこの方で腕を組んでる人がいた。

 髪は水色で、眼鏡をかけ、ヘッドホンをつけている。

 最初は全然ノッてそうには見えなかったけど、どうやら音楽を聞いてノッているらしい。

 彼は体を一定のリズムで揺らしながら、話しかけてきた。

 

「やあ。僕は音村楽也。君たちが雷門イレブンだね。今日の試合、楽しみにしてるよ」

 

 彼はそう言って、右腕にかけている黄色い布を見せつけてくる。

 キャプテンマーク。

 つまり、彼がこのチームのキャプテンってことか。

 

「やあやあ、あなたが監督さんですね!」

 

 っと、目を離してたら例の監督さんが瞳子監督に声をかけていた。

 しかもめっちゃ下心ありそうな顔をして。

 

「見てましたよぉフットボールフロンティアでの見事な采配! どうです、この後星空でも見ながら優勝監督のお話を聞かせていただくというのは!?」

「ありがとうございます。()()()()にもそう伝えておきますね」

「へっ……響木監督……? ……ああ! あまりにも似ていたもので気づきませんでしたなぁ!」

『んなわけあるか!?』

 

 私たちは声を揃えて突っ込んだ。

 絶対見てないだろこの人! 

 どうやったら白ひげオジサンとこの人を間違えるんだよ!? 

 

 ……なんか別の意味で疲れそうな試合になりそうだ。

 私は嘆息を漏らした。




 キャンちゃんの紹介はないです。
 なんというか、アニメじゃ影薄すぎましたよね、彼女。
 ゲームじゃそこそこ重要なキャラだったのに。


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ノリノリサッカー

 試合が始まる前。

 私たちはベンチに集って、作戦を練っていた。

 

 とはいえ、そんな大したものではない。

 実際はポジションの確認だけだ。

 現在の雷門はメンバーが二人も蒸発してしまって、今までのフォーメーションで戦うことができなくなっている。

 それを調整するための話し合いってわけ。

 

「メンバーは12人……ディフェンスは4人いるからなんとかなるが、問題は風丸のポジションだな」

「僕はパスしておきますよ。ストライカーとしての誇りがあるのでね。それに、立向居君は以前ミッドフィルダーだったといいますし、僕よりも役に立つでしょう」

「……メガネって、フォワードだったんだ」

「ガーン!」

 

 何気ない塔子の言葉に、メガネ君は撃沈された。

 いやだって試合出ないんだもん、彼。

 実際追加メンバーのみんなはそれを知って目をパチクリさせている。

 

「ま、まあそういうことで、いけるか立向居?」

「はい! どこまで力になれるかわかりませんが、精一杯やらせてもらいます!」

 

 まあ妥当な判断だね。

 ミッドフィルダーは中盤に位置してるだけあって、攻めと守りで揺れ動かされることが多い。

 メガネ君が秋葉名戸の試合で実はある程度の実力を持っているのは知ってるけど、練習不足がたたって体力が不足してるので相性が悪いからね。

 

 そんなわけで、最終的なフォーメーションはこうなった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 バランス型の『ベーシック』を軸としたフォーメーションだ。

 左サイドに若干不安があるも、それは根性とかでカバーしてくしかない。

 

 同時に相手もポジションに着き終えたようだ。

 ツナミは意外にもディフェンスの位置にいた。

 彼ほどのキック力の持ち主ならミッドかフォワードが妥当だと思うんだけど……。

 理由を尋ねてみたら、ノリだと言って返されたのはのちのお話。

 

「大海原ァ〜! あい〜や〜大海原〜!」

 

 ベンチで大海原の監督さんが奇妙な踊りをしながら歌ってるけど、無視だ無視。

 あのペースに乗せられると試合に集中できなくなっちゃう。

 

 かくてホイッスルが鳴り、試合が始まる。

 ボールは大海原から。

 一気に近づいてボールを奪ってやろう——と思ってたら、なぜだか相手は自陣の方にボールを回し始めた。

 しかも大道芸みたいにいちいち頭に乗せたり逆立ちとかしながら。

 

「ヒョー! ノッてんなぁみんな! 俺も負けてらんねぇ! 古謝!」

 

 ノリノリで前線へ上がってくるツナミを見て、現在ボールを持ってる古謝が高くパスを出した。

 ツナミはそれめがけて——なんと横っ飛び。

 アクロバティックな動きとともに両足でボールを見事にキャッチしてみせた。

 

『イェェイッ!!』

 

「……で? それになんの意味があるの?」

「ノリだよノリ! かっこいいだろ?」

 

 思わずずっこけた。

 総帥……私は今かつてないほどの敵と戦ってるのかもしれません。

 果たして打ち勝てるのだろうか。この『ノリ』とかいう万能ワードに。

 

「へんっ、何がノリや! んなもんうちがぶっ飛ばしたるわ!」

「古謝!」

「ヒュー! いくぜぇ!」

 

 ツナミからまた古謝にボールが渡る。

 そんな彼に、ボールを奪おうと意気込んだリカが接近していき——。

 

 

「8ビート!」

 

 ——あっさりと、流れる水のようにすり抜けられた。

 

 一瞬、私たちの目が見開かれる。

 ドリブルしていた古謝に特筆すべき点はなかったはず。

 速度もコントロールも、全てが平凡に見えた。

 なのに、あのリカが抜かれるとは。

 

 ちらりと、大海原の方を見る。

 音村だったっけか。

 彼が何かを言った瞬間、動きがよくなった気がする。

 なら気をつけなければいけないのは彼の方か。

 私は音村を警戒しながら古謝の前に立ちはだかる。

 

「16ビート!」

「遅いんだよ!」

「ぐあっ……!?」

 

 私のスライディングが見事に古謝の体をすくい上げた。

 あれ……取れた……? 

 音村は驚き、目を見開いて私の方へ向いている。

 どうやらあっちにとってもこれは予想外の事態だったらしい。

 

「なんだかわかんないけど、チャンスだよ! 上がっていこう!」

 

 ボールを取ったのなら攻撃のチャンスだ。

 持ち前の俊足を活かして、ドンドン前へ進んでいく。

 

「抜かせないよ!」

 

 途中、大きな巻貝を頭に被っている小柄な少女——キャンが立ちはだかる。

 っと、私はヒールでボールを浮かせ、軽やかに彼女を抜き去った。

 ボールは緩やかな軌道を描きながら、彼女の頭上を通過していく。

 簡単なトリックだけど、私ほどの速度で走りながらこれをやると、案外引っかかる人が多い。

 キャンもその例に漏れず、虚を突かれてぼんやりとボールの行方を眺めるほかなかった。

 

「もらったぁ!」

 

 しかしこのテクニックで騙せるのは密着した相手のみだ。

 落ちてくるボールを見て判断したのか、ツナミが飛び出してきた。

 このまま受け取っても彼と衝突するだけだろう。

 フィジカルにも自信はあるけど、さすがに身体能力の化け物である彼とぶつかったらどうなるかは私もわからない。

 だから私は背後に落ちてくる落ちてくるボールを、ノールックのまま足裏で横に流した。

 

「げっ!」

「ぶつかるだけがサッカーじゃないんだよ——立向居!」

「はいっ!」

 

 受け取ったのは、左ミッドの立向居だ。

 すぐさま前へ駆け出すが、

 

「4ビート!」

「あっ!」

 

 相手ディフェンスに即行で取り返されてしまう。

 ミッドの立向居にはキーパーの時に感じられたようなセンスが見られない。

 加えて今日までキーパーをしていた影響か、その動きはすこぶる悪かった。

 仕方がないこととはいえ、やっぱりキツかったか……。

 

「ザ・タワー!」

「アダージョ、2ビートダウン!」

「くっ……かわされた!?」

 

 その後の大海原の選手は、不自然に思えるほどすんなり雷門ディフェンスを突破していく。

 塔子のザ・タワーも、当たる直前にボールを持っていた選手がパスを出したことで破られた。

 ボールは一気にペナルティエリア内へ。

 と、ここで、大海原のディフェンスの方から大声が聞こえてきた。

 

「よっしゃ! ワシもノるぞぉ!」

 

 砂煙をあげながら、牛のように巨体が駆け上がっていく。

 ディフェンスの宜保(ぎぼ)が、ノリに任せて前線へ上がってきたからだ。

 彼の横に、さらにフォワードの池宮と古謝が並ぶ。

 この陣形は……必殺技か! 

 

「ぬおぉぉぉっ!!」

 

 宜保は二人の腕を掴み、自ら回転しながら彼らを振り回すと、その遠心力を利用して空高くまで投げつけた。

 宙に浮かび上がった二人は一回転。

 そして同時にかかと落としをボールに叩きつける。

 

『イーグルバスター!!』

 

 まるで、空から獲物めがけて落下する鷲のような鋭いシュートだ。

 だけど、私たちの守護神だって負けちゃいない。

 ゴール前に飛ぶ鳥を落とす雷が落ちた。

 

「真マジン・ザ・ハンド!!」

 

 魔神の張り手が鷲を叩き落とす。

 勢いを殺されたボールは抵抗することなく、円堂君の手のひらに収まった。

 

「ふぅ……」

『イェェェェイッ!!』

「……止められてもイェイなんだ」

 

 もう突っ込まないぞ。

 にしても彼ら、ふざけているように見えてけっこう強い。

 私たちのドリブルやチャージ、果ては必殺技までもが分析され、いなされているような感じだ。

 私たちのデータをあらかじめ頭に入れていたとか? 

 ……いや、あのノーテンキな連中がそんな面倒くさいことをしてるとは考えられない。

 じゃあどうやって私たちの動きを読んでるんだ? 

 自問自答しても、明確な答えは出ない。

 怪しいと思えるのは……あの音村とかいう男だ。

 彼の指示で敵が動いているのは間違いないだろうけど、問題はその内容だ。

 音楽関連の単語を言うばっかりで、意味がわからない。

 もしかしたら彼らだけに通じる暗号のようなものなのかもしれないな。

 

「まあなんにせよ、前進あるのみだよ!」

 

 なんて張り切っては見たものの、この後の私たちの流れはドンドン悪くなっていった。

 パスがつながらないのだ。

 ボールをせっかく持っても、すぐに取られてしまうせいで攻めることが全然できていない。

 私にはその理由がわからなかった。

 スピードはイプシロンの方が明らかに速いくらいなのに……。

 

「16ビート !」

「うわ、うわわぁ! くそ、なんで取られるんだよ!」

 

 たった今小暮がその餌食となってしまった。

 イケイケムードに乗ってか、大海原の選手たちは大半がハーフラインを超えて雷門コートまで侵入してきちゃってる。

 

「もちもち黄粉餅!」

 

 伸ばした餅の鞭で相手をがんじがらめにし、奪い取る。

 あんまりにもピンチが多いので、私も前線へ上がることができずにいた。

 私だけしか彼らからボールを奪うことができないからだ。

 なぜか彼らでも私の動きは読めないらしく、私は何度もボールを取り返すことに成功していた。

 

「オラ!」

「くっ!」

 

 だけど全てを防げるわけじゃない。

 私が前線に返してすぐにボールが相手フォワードに渡って、虚を突かれてシュートを撃たれてしまった。

 幸い円堂君の横っ飛びパンチングで外に弾いてことなきを得たけど、彼の顔には疲労が見え始めている。

 いつまで持つことか……。

 

「っ……せめてあの指示の意味が理解できればなぁ」

「必要ないな。それよりも簡単に、やつらを突破する方法がある」

「鬼道君、なにかわかったの?」

 

 鬼道君はうなずいてみせた。

 天才ゲームメーカーとも呼ばれる彼の頷きほど安心できるものはない。

 鬼道君はボールがコーナーキックになったのを契機に、みんなを集めて作戦を話し始めた。

 




 表現に困る音村のリズムサッカー。
 なんで2ビートが加わると8ビートになって、代わりに16ビートを加えたら右の守りが甘くなるのかは謎ですが、作者なりに頑張って書いていきたいと思います。
 このトゥントゥク理論、理解できてる人っているのでしょうか……?


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16分の1の休止符

 試合は大海原のコーナーキックで始まる。

 蹴り上げられたボールは弧を描き、ゴール前に落ちていく。

 誰もが取ろうと競り合う中、一つの人影がみんなを跳び越えて大空へ躍り出た。

 私だ。

 ツナミがやってみせたようなアクロバティックな動きでボールを捉え、パスをカットする。

 そしてツナミへウィンク。

 ちょこっとした意趣返しである。

 

『イェェェェイ!!』

「その余裕もそこまでだ……よっ!」

 

 クラウチングスタートの体勢から地面を砕く勢いで蹴る。

 とたんに衝撃波が発生し、私は一瞬で大海原のフォワードとミッドの連中ほぼ全員を抜いてみせた。

 

 ノリに任せすぎて、上がりすぎたのが間違いだったね。

 両腕を後ろに伸ばし、空気抵抗を小さくしながらひたすら走っていく。

 

「っ……32ビート……いや、ここは僕が!」

「——ジグザグストライク!!」

「っ!?」

 

 黄金のオーラを纏い、分身が見えるほどの勢いで加速して音村を抜き去る。

 これでミッドは全滅。

 あとはディフェンスを残すのみ。

 しかし黄金のオーラを使ったことで頭痛が来たので、大人しく後ろから追従してきている塔子へパスを出す。

 

「まだだよっ。——8ビート!」

「ここで……タイミングを……!」

 

 相手ディフェンスのスライディングが音村の指示に後押しされ、迫る。

 しかしあわや当たるかと思った瞬間、塔子は一瞬走る速度を遅くしてみせた。

 タイミングが合わなくなり、相手ディフェンスは彼女に当たることなくその後ろへすり抜けていく。

 

「すごい……鬼道の言った通りだ!」

 

 鬼道君の言葉が思い出される。

 

 

『リズムを測っている?』

『ああ。相手は俺たちが抜いたりチャージしたりしようとするたびに、その都度プレイのリズムを割り出し、そこから逆算することで動きを読んでいるんだ』

『それで、いくらやってもボールが取れなかったのか』

 

 円堂君はうなずいてみせたけど、正直半信半疑だ。

 だってプレイの都度って言っても、その間はわずかに数秒ほどしかない。それだけの短時間で相手のリズムを読むなんてことができるのかと耳を疑った。

 しかし鬼道君が言うには、彼——音村にはそれができるらしい。

 恐ろしいほどのリズム感だ。

 

『だが対抗策はある。相手がリズムを測って行動してくるなら、それを変えてやればいいんだ』

『なるほど、つまりわざと速く走ったり、逆に遅くしたりすればいいんだな!』

『ああ。それと音村の視線でわかったことだが、相手はなえの動きだけは読めていないらしい。それを利用して、今後はなえを中心にパスを回していくぞ』

 

 

 その策はうまくいった。

 今ディフェンスはスッカラカンで、絶好のシュートチャンスだ。

 塔子と同時に上がってきていたリカが、彼女の横に並ぶ。

 

『バタフライドリーム!!』

 

 二人は空中で手を繋ぎ、同時にボールを蹴った。

 舞い踊る蝶のように変則的な軌道を描きながら、それは飛んでいき——キーパーのキャッチをすり抜けて、ゴールに入った。

 

「よっしゃ、決まったな!」

「ああ! 練習した甲斐があったね!」

『イェェェェイ!!』

「……やっぱり入れられてもイェイなんだ……」

 

 深く考えない方がいい。

 と、ここで前半終了のホイッスルが鳴った。

 一点リードか。でも欲を言えばもうちょっと欲しかったね。

 それだけ、相手の実力が高いということだ。

 

 ベンチに戻る途中、音村とすれ違う。

 その時の彼の顔に浮かんでいたのは、含み笑いだった。

 

 

「大海原もやるよな。でもタイミングをずらせば攻略できることがわかった! こっからはガンガンいくぞ!」

「残念だけど、そう簡単には終わりそうにないよ」

 

 私が到着した時にはみんながそのようなことを言っていたので、水を差すようで悪いけど忠告する。

 全員の視線がいっせいに集中した。

 

「なにか気になることがあるのか?」

「音村のやつ、前半終了時でも笑ってたよ。まだまだ策があるって感じ」

「ただ単純に楽しんでただけじゃないんスか?」

「それで終わればいいんだけどね」

 

 とはいえ、具体的な根拠があるわけじゃないので、その話はここまでとなった。

 ドリンクを飲んでると、ずいぶん荒い呼吸が聞こえてくる。

 なんだろうと思ってそちらを向くと、立向居が酷く消耗した様子で汗を拭っている。

 しかし拭いた所からまた噴き出してくるみたいで、一向にキリがない。

 思った以上に立向居の疲労が激しいようだ。

 キーパーをやってたんだから体力が多少落ちるのは予想してたけど、ここまでとは。

 左サイドに注意を向けた方がいいかもしれない。

 

 やがて後半開始を告げるホイッスルが鳴り、コートチェンジをして試合が再び始まる。

 

「後半もバンバン点取ったるわ! いくでダーリン!」

「ああ!」

 

 開始早々、リカと一之瀬が勢いに乗って攻め込んでいく。

 大海原の選手がやってくるも、タイミングをずらすコツを掴んだようで、二人とも見事に避けてみせた。

 

 ちらりと音村の方を見る。

 彼は肩を揺らしてリズムを刻むばかりで、まだ動く気配がない。

 

「立向居!」

 

 一之瀬がほどよく敵を引きつけたところで、逆サイドにボールを上げる。

 教科書のお手本にできそうな切り返しだ。

 意表を突かれて、左サイドはガラ空きになっている。

 そこで立向居がパスを受け取り、敵陣へ深く切り込んでいく——はずだった。

 

「あぐっ!? し、しまった……!」

 

 ボールが落ちたのは彼の足元ではなく、顔面だった。

 トラップミスだ。

 歪んだ部位が多い顔に当たったことでボールは見当違いのところへ弾かれ、地面を転がっていく。

 

「——見つけたよ。16分の1の休止符を」

 

 その時、指示を出すばかりだった音村がついに動き出した。

 素早く駆け出してボールを拾い、一直線に走り出す。

 その先には体勢を立て直し、先ほどの失態を取り戻そうとする立向居の姿が。

 

「ここは俺が……!」

「よせ立向居! アタシが行く!」

 

 しかし彼では明らかに力不足だ。

 そう判断したのか、近くにいた塔子が彼を庇うような位置に立つ。

 ——それが音村の狙いだとは気づかずに。

 

 彼は口にボールを乗せると、それに勢いよく息を吹き込み始める。

 だんだんとボールは大きくなっていき、それが破裂した瞬間、辺りに衝撃波を引き起こした。

 

「フーセンガム!」

「きゃっ……!?」

「あがっ……!?」

 

 なすすべなく、二人は吹き飛ばされ、突破されてしまう。

 当たり前の話だけど、誰かが他の人のポジションに成り代わろうとすれば、その分その人のポジションはガラ空きになってしまう。

 例で言うなら今の塔子たちだ。

 立向居の位置に塔子が向かったことで、彼女が本来いた場所はフリーになってしまっていた。

 おまけに塔子のポジションはミッドのセンター。

 パスを出すには絶好の場所だ。

 そこを音村に奪われてしまった。

 

「宜保!」

「おうっ!」

 

 ゴール前まで高くボールが打ち上げられる。

 いつのまにか上がってきていた宜保に投げ飛ばされた池宮と古謝が、天に上り——。

 

『イーグルバスター!!』

 

 シュートを撃った。

 獲物めがけて鷲は翼を広げ、急降下していく。

 

「真マジン・ザ・ハンド!」

 

 ボールは勢いを徐々に失っていき、円堂君の手のひらに収まる。

 なんとか止まったか。

 シュートの威力がそこまで高くないのが救いだ。

 だけど、前半を含むと今日だけで結構な数のシュートを円堂君はキャッチしている。

 いくら彼といえども、このままバカスカ撃たれたら、手が痺れてボールを止められなくなってしまうだろう。

 

 それよりも——。

 音村の方を見る。

 彼の目は立向居に向けられている。

 間違いない。雷門の弱点がバレた。

 今後は左サイドに集中して相手は攻めてくるだろう。

 かといって戦力を傾ければ、それこそ逆サイドに隙ができてしまう。

 

 私が行くしかないかな……? 

 私たちの司令塔に目をやる。

 目が合うと、彼は静かに首を横に振った。

 鬼道君がこの状況に気づいていないわけがない。

 それにも関わらず、彼は動くなと合図してきた。

 ならば信じよう。天才ゲームメイカーのタクトを。

 

 試合はそのまま続いていく。

 押し返されて、雰囲気は再び大海原ペースだ。

 みんな口には出してないけど、明らかに左を意識してしまっている。

 それで自分のポジションに集中できてないんだ。

 

「そいやっと!」

「くそぉ……!」

 

 またもや立向居が抜かれた。

 悠々と敵が駆け上がっていく。

 

「もちもち黄粉餅!」

「ぬわっ!?」

 

 急いで自軍まで戻り、必殺技でボールを奪還する。

 周りを見渡すけど、みんな立向居の穴を埋めようとしてるせいでポジショニングがバラバラだ。マークも厳しく、これじゃあパスが出せない。

 だったら、私が動くしかないだろう。

 サイドラインギリギリの所で風を切り裂き、突き進む。

 ボールが動けば敵も動く。

 マークが外れた一瞬の隙を突いて、左足で逆サイドめがけてボール高くを打ち上げた。

 

「一之瀬!」

「オーケー!」

 

 パスした先は一之瀬。

 ボールが地面に着くと同時に前に蹴り出し、バウンドさせることなくドリブルを開始する。こうすることでトラップのタイムラグをなくし、より早く動くことができるのだ。

 一見普通に見えるけど、高所から徐々に加速していくボールにああも完璧なタイミングで足を合わせるのは至難の技だ。

 彼の技術の高さが改めてわかる。

 

「今度こそいくぜ! オラァァァッ!!」

「甘いよ!」

 

 だから、サッカー初心者のツナミがボールを取れなくても不思議ではない。

 ツナミはその驚異的なジャンプ力を活かして、上から飛びかかろうとしたけど、あっさり躱されて代わりに土を掴むこととなる。

 

「くそっ、なんで取れねぇんだ!?」

 

 おーおー、ずいぶん悔しがってるね。

 思えば、ツナミは試合開始直後からなんも活躍していない。

 動くボールは取れるようになっても、まだ人が操るものには慣れてないということか。

 

 一之瀬の隣を並行していく。

 ペナルティエリアはもう目前だ。

 あとは彼が適当に相手の気を引き付けてくれて、そしてパスを出してくれればシュートを撃つことができる。

 だけど、そんな彼との間を遮断するように、長い土壁が突然地面から伸びてきた。

 

 なにが起きたのかわからず、目をパチクリさせる。

 原因はゴール前に並んでいる3人のディフェンスによるものだった。

 イーグルバスターの起点となっている宜保と、顔に描かれた赤いペイントが特徴的な赤嶺(あかみね)、そしてなぜかシュノーケルを被っている平良(たいら)

 そのうちの赤嶺と平良が壁を発生させているようだ。

 一之瀬は右も左も壁に囲まれて、内外ともに断絶されてしまっている。

 

「ノーエスケイプ!!」

「がぁぁぁっ!?」

 

 壁の中の出来事だったので詳しくはわからないけど、地面を足を伸ばしながら滑っている宜保と、跳ねあげられた一之瀬を見た時になにが起こったのかを察した。

 逃げ道を絶ってからのスライディング。

 中々にえげつない。

 ボールは数回バウンドして、ラインを超える。

 

 その時、ようやく鬼道君が指示を出した。

 

「フォーメーションチェンジだ! 一之瀬を上げて、スリートップでいく!」

 

 彼の口角が少しつり上がっている。

 突破口を見つけたらしい。

 

 リカが歓喜して、一之瀬に抱きつく。

 

「ああっ! こんな日が来ると思ってたんや! 雷門最強フォワードコンビ結成や〜!」

「……いや、スリートップだって」

 

 今のリカの目には一之瀬しか映っていないらしく、まさに馬耳東風だった。

 そんでもって当の本人は窒息するぐらいきつく抱きしめられているそうで、げっそりしてしまっている。

 もっとも、リカがそれに気づくことはないんだけど。

 

 だけど、フォワードを3人にして何になるんだろうか? 

 この攻めきれない状況は、パスが繋がらないからだと私は認識している。そんな時にミッドを減らしてどうするのか。

 

「今度の音村は個人じゃなく、チーム全体のリズムを狂わせているんだ。一人が失敗すれば他もその負の波に飲まれて失敗しやすくなる。集団の心理というやつだ」

 

 チームとは精密機械のようなものだと彼が説明する。

 部品一つ一つは小さくても、集まることで大きな働きを生み出す。

 逆に言えば、どれか一つでも欠けたら精密機械は狂ってしまう。

 

「だからこそ、こちらも相手のリズムを崩す」

「崩すって言っても、どうやってさ? 常にヘッドホンつけてるようなノリノリ野郎のリズムを乱すなんて難易度高いと思うんだけど」

「言っただろう。リズムには個人のと全体のがある。たとえ音村でなくても、誰か一人でも崩せれば全体が崩壊する。狙いは右サイドだ」

 

 右サイド……なるほどね。

 リカも一之瀬も理解したようだ。言葉は交わさずとも、目を見てうなずくだけで意思疎通する。

 

 鬼道君のスローイングで試合が再開する。

 

「一之瀬!」

「リカ!」

「任せてな!」

 

 ダイレクトでパスをつなぎ、リカへ。

 彼女が向かっていく先は右サイド——ツナミが待ち構えている方向だ。

 

「やらせるかよ!」

「ほいよっと!」

 

 猪突猛進というようにツナミが突っ込んでくる。

 しかしリカは蝶のように高く、軽やかに跳躍し、これを軽々と避けてみせる。

 

「またかよ……!」

 

 この作戦を卑怯だとか言う人もいるんでしょうね。

 だけどこれはサッカーだ。たとえ初心者だろうがフィールドに立てば同じプレイヤー。

 悪いのは実力不足で戦場に上がったやつだ。

 

「ローズ、スプラッシュ!」

「ちゃぶ台返し!」

 

 相手キーパーは地面に両手を突き刺すと、怪力で巨大な土と岩の塊をひっくり返して、ボールにぶつけてきた。

 ローズスプラッシュは弾かれ、シュートした方向とは逆へ飛んでいく。

 それを私が胸でトラップする。

 

「まずいっ。宜保、赤嶺、平良! 32ビート!」

『おうっ!!』

 

 赤嶺と平良の正面からこちらへ向かって土壁が出現し、私はあっという間に壁と壁の間に囚われてしまう。

 これは……さっきの技か。

 芝生の上を宜保が滑っていく音が聞こえる。

 

「ノーエスケイプ!」

「私の道は、私が決める!」

 

 左右に動くことは不可能。

 だけどスライディングが届かない場所が一つだけある。

 私はあえて走り出し、十分に勢いをつけたところで跳躍。

 そして、その足をほぼ垂直の壁につけて、走り出す。

 

「壁を走るじゃと!?」

 

 ぐぉぉっ……!? 

 案外きついよこれ! 油断したらすぐに滑っちゃいそう! 

 でもおかげで宜保は私に触れることなく、後方へ消えていった。

 ノーエスケイプはディフェンス3人がかりでの大技。

 つまりこれを突破したということは、ゴール前はガラ空きだ。

 

 ボールを天高く蹴り上げ、私自身も壁キックの要領で跳躍する。

 ボールは黒いオーラを纏いながら巨大化していき、やがて漆黒の月と化した。

 オーバヘッドで、それを地上に叩き落とす。

 

「真ダークサイドムーン!!」

「ちゃぶ台返っ、ごぉぉぉぉっ!?」

 

 そんな土塊程度じゃ私の月は止まりはしないよ。

 月はたやすく岩の塊を粉砕し、ゴールを壊す勢いでネットに突き刺さった。

 




 投稿遅れてすみません。
 リアルの都合であまり執筆することができませんでした。
 そして今でも忙しいので、これから二週間は投稿をお休みさせていただきます。
 またかよ! とか思う人もいるかもしれないんですけど、本当に申し訳ないです! 今回の休みが終わったら、9月中旬までは大きな予定も入っていないので、どうかご了承ください!


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鉄拳への手がかり

「8ビート!」

「バックパスで塔子へ! その後打ち上げてリカだ!」

 

 両側のコートから指示が飛び交う。

 大海原ディフェンスのスライディングを鬼道君の指示の下かわし、前線のリカにボールが渡る。

 

 2点リードとなって、流れは完全に雷門のものとなっていた。

 音村の指示は相変わらずだけど、大海原の選手たちの動きは目に見えて悪くなっている。

 残り時間もさほど残っていないし、この調子なら勝てそうだ。

 

「うぉぉぉぉお!!」

「行くなツナミ、スルーしろ! ——今だ、16ビート!」

「っ、おっ、おう!」

 

 鎖に引っ張られたかのようにツナミが急停止する。

 リカはその横を悠々と通り過ぎる。

 が、次には敵のディフェンスが左右からスライディングをしかけてきて、ボールを奪った。

 

「ツナミへ!」

「へいツナミ!」

「へっ? ……うわとっと!」

 

 ツナミがボールを持ったか。

 今がチャンスだ。

 彼はボールを持ち慣れておらず、何をすればいいのかわからないと言った様子で棒立ちしている。

 そこへ近くにいた一之瀬が迫る。

 

「ツナミ、古謝にパスしろ!」

「パスは……こうだ!」

 

 一之瀬に捕まるギリギリのところでパスが通る。

 

「ナイスだツナミ!」

「お、おう!」

 

 ツナミがややギクシャクしながらも笑みを浮かべる。

 それにしても解せないね。

 リカからボールを奪ったあと、あそこでツナミにパスする必要はなかったはず。

 音村はいったい何を狙ってるんだ……? 

 

 まあいいや。

 

「スピニングカットV3!」

「のぎゃっ!?」

 

 奪い返せば問題ない。

 古謝を吹っ飛ばし、左サイド側から駆けていく。

 さっき点を決めたのが目立ってたのか、ほとんどのディフェンスがこっち側に寄ってきている。

 そうなったらセンタリングするしかないよね! 

 てなわけでほどほどに引きつけたところでボールを蹴った。

 

「何回も同じ手が通じるとは思わないことだ!」

 

 しかしそれは罠だったようだ。

 なんと司令塔である音村自身がすでに逆サイドに回り込んでいる。

 このままの軌道だと、ボールは彼の足元に落ちることになるだろう。

 まあ——

 

「——だよね」

「っ!?」

 

 そう呟いた時、弧を描いて飛んでいたボールがカックンと真下へ落ちた。

 縦回転、かけておいて正解だったね。

 その先には鬼道君が走り込んできている。

 急な方向転換に大海原の誰もが反応できていなかった。

 そう——超人的な()を除いては。

 

「ぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

 漆黒の影が空中に躍り出た。

 まるで鷲のように向かっていき、その両足でボールを挟む。

 その光景は、試合の序盤で真っ先に見たものと同じだった。

 

「……うそーん」

「へっ、俺に乗れねぇ波はねぇ!」

 

 華麗に着地したツナミ。

 その顔に先ほどまでの陰りはまったく見られない。

 ……そうか、これが音村の狙いだったのか。

 ツナミは見て分かる通り、ノリによってプレイの調子が変わる。

 言うなれば気分屋なのだ。

 音村はあえて安全な状況でツナミを動かすことで、そのテンションを引き上げたのだ。

 

「おー! いいぞぉツナミ!」

「ひゃっほーい! このままいくぜぇ!」

 

 土煙を巻き上げながら、ものすごい勢いでツナミが走ってくる。

 その進路上にリカが立ち塞がり、チャージをかけようとするが……。

 

「はん! 一回ボール取れたくらいで調子乗んなや!」

「マグレじゃねぇぞ! 俺様は天才! 綱海条介様だぁ!」

 

 跳躍、まさにひとっ飛び。

 ツナミはリカの頭上を難なく飛び越えて、なんと突破してみせた。

 もうそこにチームのリズムを狂わす弱点としての姿はなく、ツナミという一人の選手がそこにいた。

 

「パスコースを塞げ!」

 

 鬼道君の指示が飛び、雷門メンバーは次々とツナミの近くにいる選手にマークしていく。

 ツナミは身体能力は高いけどコントロールはさほど良くない。この包囲網をすり抜けられるような器用なパスを出すことはできないだろう。

 その通りだったらしく、ツナミはどこにもパスが出せないことに気付いて棒立ちになっている。

 そこへ、風のように素早く私が踏み込む。

 

「うおっ!? あっぶねぇっ!」

「あーりゃりゃ。避けられちゃったか。ちょっとショック」

 

 野性の勘というべきか、ツナミはほとんど目で追えてなかったくせに、反射的に私の足をかわしてみせた。

 そこからすぐさま体勢を変化させて、ツナミと対峙する。

 

「まあいいや。この距離は私の距離。次はないよ」

 

 ツナミは脱出口を探そうと右へ左へ視線を動かすも、見つからず、そのまま立ち尽くしている。

 絶好のチャンスだ。

 足に揺れる炎にも似た青い光を宿す。

 ——スピニングカット。

 これで一気に吹っ飛ばして、おしまいにしてあげる。

 

「……ええいめんどくせぇ! ゴールなんざどっから撃ったって入れば同じだろ!」

 

 しかし、私の足が振り抜かれることはなかった。

 ツナミがヤケになったかのように叫ぶと、彼の周囲から荒れ狂う波が発生した。

 それに巻き込まれて、必殺技を失敗しちゃったのだ。

 

 これは……浜辺で見た時の……! 

 常人ならもみくちゃにされてしまうであろうそれに、彼はボールをサーフィン代わりにして乗って、どんどん加速していく。

 

「ツナミブースト!!」

 

 そしてそれが限界点に達した時、大量の水を纏いながらゴール目指して突き進むボールが放たれた。

 その速度は予想以上。前回よりも速くなっている。

 シュートはまず私を避け、人と人の間の穴をすり抜けて直接円堂君の元へ。

 

 彼は彼でマジン・ザ・ハンドの体勢をし始めるけど……マズいね。予想外のタイミングで放たれたことで、いつもより発動が遅い。

 このままじゃ間に合わない。

 

「っ……ぉぉおおおおっ!!」

 

 背中をボールに向けるほど腰を捻った状態で。

 円堂君は地面に叩きつけるかのように強く踏み込んで、その右拳を解き放った。

 激突。そして瞬間、閃光。

 眩いイナズマがスパークしたかと思うと、彼は大きくその体を退け反らせて尻餅をついた。

 ……その近くを、コロコロとボールが転がっていき、彼の体にぶつかって停止する。

 

 そこでホイッスルの音が鳴った。

 試合終了。

 結果だけ見れば2対0で快勝だけど、実際はかなり苦しい試合内容だった。

 しかし収穫はその分があった。

 雷門の弱点が分かったこと。そして何より——。

 

『円堂っ!』

「……今のは……」

 

 手を握ったり開いたりしながら、円堂君はマジマジとその右手を見つめている。

 最後のツナミブーストを防いだあのパンチング。あれは明らかに普通ではなかった。

 

「いやーすげぇな円堂。あの腰の動き、サーファーがボードから落ちそうな時にするやつにそっくりだったぜ」

「腰の動き……そうか、『ギューン』の正体はそれなのかも」

 

 サーファーは全身の筋肉を使うため、上半身と下半身のどちらもがバランスのよい鍛え方をされている。

 一方でサッカー選手はというと、バランスのいい筋肉をしてる人はいるかもしれないけど、主に足を用いるため、どうしても動きの部分で上半身と下半身にズレが生じてしまう。

 ツナミが言っているサーファーの動きとは、たぶんそのズレた二つをスムーズに動かすためのものなのだろう。

 

 しかしとっさのことだったため、再現は難しいらしく、何回も真似してみてはツナミにダメ出しをもらっていた。

 しかしここではいそうですかとやめないのが我らがキャプテン。

 円堂君はツナミへその頭を思いっきり下げて、頼んだ。

 

「ツナミ、俺にサーフィンを教えてくれ! 俺にはこの動きがどうしても必要なんだ!」

「……ダメだ。海はお前が思っている以上に危険だ。そんな思いつきかなんかでやらせられっかよ」

「思いつきなんかじゃない! 頼む、この通りだ!」

 

 食い下がって中々離れる気配がない円堂君にツナミは頭をかく。

 こうなった彼はしつこいことをよく知ってる。

 なにせ本当に自分の要望が叶うまで諦めないのだから。

 さしものツナミも、36回ぐらい同じことを頼まれれば、根を上げて首を縦に振ることだろう。

 っと思ったら、彼は急に険しい顔を解いてため息をついた。

 

「ったく、しゃーねーな。お前にはサッカーを教えてもらった礼があるしな。今度は俺が、お前にサーフィンを教えてやる番だ」

「本当か!?」

「ああ。ただし、海では俺の言うことは絶対聞け! それが条件だ!」

 

 こうして、円堂君は正義の鉄拳を習得するためにサーフィンをすることとなった。

 しかしすぐに練習というわけにはいかない。

 今はちょうど昼ごろで、お腹が空いている。それに試合疲れもあるだろう。

 そんなわけでとある提案をしたのが、あの大海原の監督さんだった。

 

「ナイスな試合の後にはナイスなバーベキューだ!」

 

 ……っと、こんな感じである。

 何がナイスなバーベキューなのかはわからないけど。他のみんなもノリノリだったので、深く突っ込むのはやめておいた。

 そんなわけでバーベキューをするため、私たちは機材を持って浜辺へ向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

 突き刺すような太陽の真下に、もくもくと白い煙が上っていた。

 しかし誰もその煙を見て焦燥に駆られる者はいない。むしろ一部は顔を埋めて匂いを嗅いでさえいる。

 そう、その煙はギュッとと肉汁が染み込んだジューシーな匂いをしていた。

 目を閉じればジュージューという肉が焼ける音がする。それに対抗するかのようにザザンという細波の音も聞こえてくる。

 しかし一番耳に響くのはみんなの喧騒だ。しかしなぜだかやかましいとは感じない。

 そんな自然と人工のアンサンブルを楽しみながら、串刺しにされた肉に食らいつく。

 

 ふむ、中々にいい。

 高級食みたいと褒めるほどでもないけど、安心して口にできる味だ。

 ただ……一本の串に肉やら野菜やらを六つも七つも突き刺すのはどうなんだろう。

 壁山とかは十個ぐらい刺さってるし。それを両手で六セットぐらい持ってるんだから、たまげたものだ。

 私はわりと少食だから、この分じゃ三セットほどでお腹いっぱいになっちゃいそうだね。

 

「辛ぇぇぇっ!?」

「うっしっし」

「コラー! 小暮君ー!」

 

 っと、またやってるのか小暮は。

 哀れな大海原の被害者は我慢できないとばかりに海に顔を突っ込んで……あ、そのまま気絶しちゃった。南無三。

 海の民が塩水飲むって、バカでしょ。

 この殺人未遂の容疑者である小暮氏は春奈警部と絶賛鬼ごっこ中である。

 その途中で彼の手からデスソースの容器がポロッと私の手前に落ちた。

 ……にやっ。

 

 

 数分後。

 

「ぎゃぁぁぁっ!?」

「辛い辛い辛い!」

「舌が、舌がぁぁぁぁ!」

「小暮ぇぇぇっ!」

「俺じゃねぇよぉぉ!? 辛い痛い死ぬぅぅっ!」

 

 私の目の前にはサザエさんみたいに小暮のあとをみんなが追いかけていく光景があった。

 ただし速度は砂浜の砂が勢いよく舞い上がるほどである。

 たまにはこんなこともしてもいいよね。

 こういう時にスケープゴーストにできる小暮に感謝感謝。

 発想が完全に悪人のそれである。

 まあ私悪人で犯罪者ですし。

 

 その後、私がデスソースを混ぜたことがバレて、小暮と一緒にバーベキューが終わるまで正座させられたのは別のお話。




 はい。復活しました。これから投稿再開していきます。
 これからは週2ぐらいのペースでいけたらいいなと。
 


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暁の誓い

「となりいいか?」

「……ん、やあ鬼道君。君とは僕も話してみたかったんだ」

 

 バーベキュー中でも一人音楽を聞いていた音村の横に腰かける。

 参加しないのかと聞いたら、『僕はそういうの苦手だから』と答えられた。チーム1ノリがいいとは言っても、みんなでワイワイはしゃぐタイプではないらしい。

 

「それで? 僕に何か用かい?」

「お前の戦術に興味を持ってな。話を聞きにきたんだ」

「それは嬉しいな。うちのメンバーはみんなああだから、こういう話には微塵も興味なかったんだよね。もちろん存分に語らせてもらうよ」

 

 それからせき止められていた水が流れ出すかのように、音村は自身の戦術を語り始めた。

 たしかに難解な話だ。理解どころか興味を持てない理由もうなずける。

 しかしそれは一般人に限ってのこと。帝国学園で首席を務めるほどの頭脳を持つ鬼道なら理解することは容易い。

 そしてその戦術の予想以上の奥深さに感嘆の吐息を漏らす。

 音村も自分の話を理解できる人がいて楽しくなっていき、気がつけば数十分も二人で議論を重ねていた。

 

「なるほど、そこに2ビートが加われば8ビートになる。面白い考え方だ」

「でしょ? でもそこに16ビートが加われば?」

「……右の守りが甘くなる」

「ビンゴ」

 

 一瞬目が合ったなえに『は?』という顔をされたが、忘れておくとしよう。

 音村はこの戦術を簡単なことだと言った。

 

「世の中は全てリズムでできている。寄せては返す波も、渡りを謳う鳥も、一見うるさいだけのみんなの声だって」

「……ああそうだな。そうかもしれん」

 

 聞こえてくる音に耳を澄ませ、心の中でリズムを刻んでみせる。

 ……なるほど。たしかに不協和音に聞こえるはずのそれらが、リズムに乗って聞こえてくるように感じられる。

 

 彼の目にはどのような世界が映っているのだろうか。

 その耳にはどのようなリズムが聞こえているのだろうか。

 ただ確実にわかったのは、この男がある種の天才であるということだ。

 

「だけどこの戦術は世界の法則を読み解くというだけ。万能ではないことを今日思い知ったよ」

「……なえか」

 

 思い当たることはあった。

 彼女は鬼道が音村の戦術に気づく前から、敵のディフェンスをやすやすと突破していた。

 しかしその理由は二人にはすでにわかっていた。

 

「地力が違いすぎるんだよ、彼女は。僕の計算結果じゃ、完璧に彼女を抑えるためには今の僕たちじゃ124ビートは必要だね」

 

 そう、相手のリズムが読めるからといって、自分たちの能力が上がったわけではない。要するに自分たちが追いつけないほどの速度で走られたら意味がないのだ。

 4ビートを本来の速度とすると、彼女を抑えるための124ビートがいかに無理難題であるかがわかるだろう。

 ふとその話題の少女に目をやる。

 何かやらかしたのか、妹の春奈に叱られながら正座している姿からはとても裏社会で養われた凶暴さを感じられない。

 だが彼女の在り方が変わったかといえば、そうではない。

 彼女は彼女だ。

 ひたすら純粋で、善にも悪にも染まりやすい少女。

 きっと雷門中を離れたらこれまで通りの姿に戻ってしまうのだろう。

 影山零治が完成させた、最高最悪のサッカープレイヤーに。

 

(しかし、それでもきっとあのバカなら変えられるかもしれんな)

 

 空を見上げる。

 眩しすぎる太陽がそこにあった。

 願わくは、鬼道の太陽が彼女の闇をいつの日か打ち消すことを。

 思考の海に溺れながら、そんなことを思った。

 

 

 ♦︎

 

 

 翌日。あっさでーすよー! 

 沖縄の太陽は強烈だ。窓から差し込んできただけで一瞬で目を覚ませられてしまった。

 おのれ光の使者め……! 我が永遠(とわ)なる安眠を妨げるというのか!? 

 目覚まし時計を見ると、短針は6の数字を指している。

 しょうがない。朝練もあるしなぁ。

 みんなはまだ寝てるだろうけど、自分に課したノルマを破るわけにはいかない。

 ふぁ〜、とあくびをすると、外から盛大な水しぶきの音が聞こえてきた。

 はて? こんな時間に誰か海で遊んでるのか? 

 そう思い、窓を覗き込む。

 

「もっとだ! もっと体を安定させろ! 腰の力が緩んでるぞ!」

「おう! もう一回だ!」

 

 円堂君とツナミがサーフィンの練習をしてるようだった。

 ちなみに沖縄滞在中の雷門イレブンの下宿先に決まったのはここ大海原中学校の校舎だ。部屋がけっこう余ってたらしく、気前よく貸してくれた。

 そして大海原中といえば海の上に建っている学校。だから窓から見ただけで彼らの姿が確認できるのだ。

 

 雷門ユニフォームに着替えると、帝国版エイリアボールを脇に挟んで猛ダッシュで校舎から出る。

 そして円堂君たちに声をかける。

 

「ヤッホー! 精が出るねー!」

「おっ、なえか! お前も練習か? 

「そーそー。早いとこ新必殺技を覚えたいからね」

 

『禁断の書』に記されていた『ムーンライトスコール』という技は、未だに完成していない。

 黄金の狂気とやらを身に纏うことができるようになったから進歩はしてるんだけど、持続時間の関係でシュートが撃てないのだ。

 私の意識が曖昧だったジェネシス戦じゃ、そこらへんの制限はまったくなかったみたいだけど。

 いっそ一度死ぬぐらいまで体を追い込んでみようかな? 

 ……いや、やったらみんなに怒られて常に監視されるようになるかも。それはキツいのでやめておこう。

 

 円堂君たちと別れ、一人グラウンドに立つ。

 エイリアボールを使ってグラウンド中を走り回ったり、リフティングしたりとでウォーミングアップをしていく。

 最近じゃこのエイリアボールでも負荷を感じられなくなってきている。

 もっと重くしてみようかな? でも生憎と、総帥が消えちゃったせいで無闇に暗部の技術開発部を動かせなくなっちゃったんだよなぁ。

 というかいっそどこぞのドラゴンなボールの漫画であるような重力装置が欲しいな。そんでもって重力100倍とかやってみたい。それに耐えられるボールがあるのかはわからないけど。

 というか総帥も、施設の外観に無駄にこだわるのならこういうのに経費を使って欲しかった。ゼウススタジアムしかり、真・帝国学園の潜水艦しかり。装飾とか無駄な機能だけで数十億ぐらいかかるんだぜ、あれ。

 

 とまあどうでもいいことを考えてしまった。練習に集中しなくては。

 目を閉じて、内なる自分を覗き込むような感覚で精神を統一する。

 とたんに私の意識は、墨汁の海とでも表現すべき場所へ落ちていった。

 呼び起こすのは狂気。本能の自分。

 黒く染まった視界でようやく黄金の光を見つけ出し、それを引きずり上げようとする。

 とたんに体がだんだん熱くなっていき、目を覚ました時には——黄金のオーラを身に纏っていた。

 ……いくよ! 

 

 オーラが真上に吹き上げるかのように噴射され、それを利用して遥かな空に飛び出す。ボールは蹴り上げるまでもなく、自然に追従してきている。

 やがて私に纏われていた分のオーラがどんどんボールに集中していき、巨大化。眩い黄金の月が天空に浮かび上がる。

 それに向かってかかとを振り下ろし——接触の瞬間、とてつもない頭痛が走った。

 まずい……! コントロールが……! 

 制御不能でエネルギーのやり場を失った月は輝きを増していき——空を金一色に塗り替えるように爆発した。

 

「あ……ガァ……ッ!」

 

 まともに爆風を受けた私は体中を黒焦げにしながら落下。

 背中を激しく地面に打ち付ける。

 吐いた酸素のせいで回らなくなった頭で最初に思ったことは、

 

(……もう少しだったのに……!)

 

 だった。

 そう、この技は完成間近。だけど最近はずっとこの状態で停滞してしまっている。

 あと一つ。本当にあとちょっとなのだ。

 何か一つでもキッカケがあれば……。

 でもそんなものは全然掴めなくて、今に至るってわけ。

 ジェネシスに加えてプロミネンスなんてチームも出てきて時間がないってのに。

 豪炎寺君もシロウもいない今、雷門のストライカーは私なんだ。

 そう、私の憧れのあの雷門の。

 私がチームを守らなくちゃ。少なくとも、豪炎寺君が帰ってくるまでは絶対に負けてなるものか。

 

 そう決心を新たにし、何度も何度も必殺技に挑戦する。

 しかし現実は非常で、何も変化がないまま朝練の時間が終わってしまった。

 

 

 ♦︎

 

 

 空が赤く燃えている。

 それは木陰に身を潜めながら、じっと海を見つめていた。

 ……いや正確には、海に浮かぶ二つの人影を。

 

「くっそー! あともうちょっとな気がしたんだけどなぁ!」

「焦るな! 初日でできるほどサーフィンは甘かねぇ! 少しずつ上達していけ!」

 

 日に焼けた肌の男が叱咤し、それを一身に受け止めてオレンジのバンダナの男が食らいつくようにサーフボードに乗る。そしてすぐに落ちる。

 それでも男は諦めるなんて言葉を知らないように、何度も挑戦し続ける。

 その目の輝きは、()の記憶の中にあるものと変わりがなかった。

 

 少し、ため息を吐く。

 これ以上は見なくて大丈夫だ。やつがバカのままであることが確認できたのだから。

 彼はフードを深くかぶり直し、海へと背を向けて歩き出す。

 

 

「——やっぱり近くにいると思ったよ」

 

 しかし突如聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまった。

 ゆっくりと声の方向へ振り向く。

 木があるだけだ。

 その後ろから白と黒の可愛らしい服を着た、桃色の髪の少女がぬるりと姿を現した。

 

 

 ♦︎

 

 

「……っ」

「あー、喋んなくていいよ。こっちも長居するつもりはないからね」

 

 目の前のフード男は私に背を向ける。しかし歩き出さない限り、無視するつもりはないのだろう。

 

「一応私は私であなたの事情については調べてあるから、円堂君たちに言いふらすような真似はしないさ」

 

 顔が見えないので彼が今の言葉にどう思ってるのかはわからない。

 しかし彼の心情は行動が表している。

 隠れなければならないのに、わざわざここに来たのもそのためだろう。私は彼ならここにくると予測しただけ。

 普段仏頂面なくせに、本当わかりやすい性格してるよ。

 

「……」

「何の用かって? うーん……どういえばいいのかな……伝えたいことがあったというか……」

 

 本来ならこんなお節介はしないんだけどね。

 彼は特別だからいいのだ。

 頭をガシガシとかいたあと、いつものニヤケ面を消してまっすぐに彼を見る。

 

「あなたが戦いから逃げた裏切り者だなんて考えてる人は誰もいないよ。むしろ、みんなはあなたの帰りを心待ちにしてる」

「……っ!」

 

 フード越しでも動揺してることがわかる。

 普通に考えたらわかることだ。円堂君たちが何で沖縄に来たのか。その意味を理解できないほど、彼はバカではない。

 しかしそういう問題ではないのだ。

 たとえ頭で理解していても、直接言われなきゃ分からないこともある。

 私は彼との直接的な関わりはあまりないけど、第三者として監視していたからこそ、彼が心理的な鎖に縛られやすいのを知っている。妹さんや親父さんの件のように。

 

「だからその……だーもう、なんて言ったらいいかなぁ! とりあえず、あなたが不在の間は私がなんとかしてあげるから、やるべきことが終わったら必ず帰ってくること! これは約束! いいね!?」

「……フッ」

 

 あ、こいつ今笑ったな!? 私のこと笑ったよね!? 

 せっかくこっちが慣れないことしてるのになんて野郎だ! 

 ……って、私を無視してどっかへ行こうとするんじゃなーい! 

 

「……円堂たちのことを、頼んだ」

 

 彼はそれだけ言うと、どっかへ行ってしまった。

 追いかける気はなかった。

 羞恥心で悶えそうになる心を抑えつけながら、ため息を吐く。

 

「うん、任されたよ」

 

 若干頬を赤く染めながらも、決意するように呟いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 それから一週間の時が経った。

 真っ昼間の今日このごろ。サンサンと照りつける太陽にも慣れてきていて、それほど不快感を覚えなくなっている。

 私たちは円堂君に声をかけられてグラウンドに集合していた。

 彼はゴール前にはキーパーグローブを装着し、深く腰を落としている。

 そして私は、そんな彼と対峙するようにペナルティマークに側に立っていた。

 

「俺は準備万端だ! いつでも来い!」

 

 円堂君が両手を広げながらそう言う。

 彼はなんの理由も告げてなかったけど、私たちは薄々気づいていた。

 このタイミングでチーム1のシュートを持つ私に挑む理由。そんなの一つしか思い浮かばない。

 言わなかったのはサプライズのためか。

 

「じゃあ遠慮なく……いくよ」

 

 黄金のオーラを纏う。それだけで身体能力が跳ね上がる。

 ボールを踏んづけることでバウンドさせ、空中に浮かび上がったそれに蹴りをたたき込んだ。

 

 まるで光線のように、ボールは超高速でゴールへと飛んでいく。

 常人じゃ目で追うのも難しい速度だろう。

 円堂君はその時、左足をこれでもかと言うぐらい高く上げ、振動がこちらに伝わってくるほど強く踏み込んだ。

 まるで大砲の土台のような重圧感。

 そして大量のエネルギーが集中した右手から、その弾が発射される。

 

「正義の鉄拳っ!!」

 

 彼が右手を突き出すと同時に、握り拳を作ったゴッドハンドのようなものがシュートと激突した。

 その風圧で私の長い髪が激しく揺れる。

 そしてそれが収まった時、ボールは私の後方に落ちた。

 

「これが……正義の鉄拳……」

 

 近くにいたみんなが円堂君のもとへ駆け出した。

 彼は称賛の雨を浴び、照れ臭そうに笑っている。

 しかし、私はその中でただ一人立ち尽くしていた。

 

 何か、違和感がある。

 たしかにあの正義の鉄拳は強力だ。私のシュートを吹っ飛ばすくらいなのだし、それは事実と言えよう。

 しかし私はあの技を見て、マジン・ザ・ハンドを見た時の痺れるような感覚を感じなかったのだ。

 ……あの技は、何かが足りない。

 しかしそれを悠長に考える時間はなかった。

 突如赤と黒のボールが隕石のようにグラウンドに落ちて、黒い霧を吐き出したからだ。

 

「これは……イプシロンか!?」

 

 鬼道君が警戒して叫ぶ。

 見れば霧の奥には十数の人影が。

 

「フハハハハッ! 時は来た! 貴様らに会えるのを楽しみにいてたぞ、雷門イレブゥゥゥゥンッ!!」

 

 聞き覚えのある妙にハイテンションな声。

 霧を突き抜けて、デザームが姿を現す。しかしその目は、まるで狂気に堕ちた獣のように赤い光を発していた。

 見れば他のメンバーも同じように目から光が溢れている。

 

「我々はイプシロン・改! 我々は雷門イレブンに勝負を申し込む!」

 

 デザームはそう告げ、私に向けてその眼光を強めるのだった。




原作じゃどうなのかは知りませんが、豪炎寺君は世界編に入る前から父ににサッカー辞めろと言われています。なえちゃんが言ってた親父さんの件とはこのことです。
 プライバシー? んなもん知ったこっちゃねぇ!
 逮捕された時の罪に加算されないか心配です……。


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イプシロン・改

「イプシロン・改だって!?」

「ああそうだ。我々は地獄のような特訓を乗り越え、パワーアップして帰ってきたのだ! 我々はこの力を思う存分振るいたい! だからこそ、戦え雷門!」

 

 デザームの瞳が比喩でもなんでもなく煌々と赤く輝く。

 人間にはとても真似できないような目は、彼がまさに宇宙人であることを再認識させる。

 いやだって……あれ充血ってレベルじゃないでしょ? ブラック企業で三日間寝ずのデスクワークをこなしたことがある私が言うのだ。間違いない。

 

「そんなお前らの身勝手な理由で——!」

「いいねいいね! 是非やろう! 今やろう! すぐやろう! さあ、さあ、さあっ!?」

 

 土門がなんか文句言いたそうだったけど、サッカー選手が挑戦を受けないなんて失格だよ。

 それに前回のイプシロンとの戦いは魂が燃え上がるほど楽しかった。

 あれより強くなったのなら、果たして今日はどんなに素晴らしい試合になるのだろうか。そう考えるだけで笑みが止まらない。

 

「おい、勝手に決めるな!」

「でも土門、エイリア学園のことだし、どうせ断ったらこの学校は間違いなく破壊されちゃうよ? 傘美野や漫遊寺の例を忘れたの?」

「白兎屋なえの言う通りだ。もし貴様らがこの決闘を断った場合、不戦勝とみなしてこの校舎を破壊する」

「くっ……!」

 

 傘美野は校舎全体を、漫遊寺は校舎の一部分をぶっ壊されている。

 傘美野に関しては雷門が代打で戦って敗北したから壊されたのだろうけど、仮に円堂君が出なくてもジェミニのやつらは壊す気満々だったとのことだ。ちなみに情報源は部下たちからである。

 つまり彼らにとって校舎破壊というのは脅しでもなんでもなく、必要とあればやれてしまうことなのだ。

 

「そんなこたぁ俺が許さねぇ! 円堂、俺も一緒に戦うぜ!」

「ツナミ!」

 

 おー、ツナミが来てくれるなら心強いかも。

 なんせ今の雷門は人材不足だ。彼一人が来るだけでも、雷門の弱点が一つ消えるのでありがたい。

 瞳子監督もあとで誘う気満々だったようで、すぐに許可が下りた。

 

「ここで負けるようじゃジェネシスには勝てない。みんな、覚悟を決めなさい」

「どうやら決まったようだな。試合開始は今より一時間後。異論はないな。では決まりだ」

「勝手に決めたよこの時間に正確な変態……」

 

 一時間、というのは私たちの朝練の疲れや試合の準備を考慮してのものだろう。

 やるなら正々堂々という彼の思いが伝わってくる。

 中々に紳士的だ。ますます気に入っちゃうよ。

 

 私たちは準備をしながら、余った時間をたっぷり使って作戦を立てることにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 エイリア学園が大海原中に襲来したという情報は、瞬く間に広まった。

 それによって試合を観戦しようと人が集まり、学校は運動会でも開くのかというぐらいパンパンになっていた。

 物好きな観客たちは観客席に座り、試合開始の時をまだかまだかと待っている。

 

「これだけ人が集まりゃ、観戦してても目立たねえだろ」

 

 その情報を広めたのが、隣にいる友人の土方だ。

 そう、これはカモフラージュだ。自分がここにいることに気づかれないための。

 フードを深くかぶり直し、ベンチに集まっている雷門メンバーを見下ろす。

 ……知り合いの数は減っていた。

 仕方ないことだ。自分もあらかじめそれを知ってはいたが、実際に見てみると言葉では言い表せない何かが腹の中で渦巻いているのを感じる。

 

「じゃあ俺は行ってくるぜ」

「……どこにだ?」

「円堂たちのところだよ。ここは俺の地元だ。戦わないわけにはいかねえだろ」

 

 友人は返事も聞かずに行ってしまった。

 引き止めようと伸ばした手を、途中で引っ込める。

 ……あまりに無力だ。自分を匿ってくれていた友人と同じフィールドに立つこともできないなんて。

 血が滲みそうになるほど拳を強く握りしめる。

 悔しさという炎が、彼の中で激しく燃え立った。

 

 

 ♦︎

 

 

「よお円堂、それにみんな!」

「土方! 応援しにきてくれたのか!?」

「ガッハッハ! 惜しい惜しい、戦いにきたんだ。言っただろ? 地元荒らす奴は許さねぇって」

 

 あー、そういえば初対面の時そんなこと言ってたような気が。

 観客席側から突如現れたこの筋肉モリモリマッチョマンの変態は、やる気十分とでも言うように力こぶを作ってみせる。

 うん、これが中学生って信じられない。

 プロレスラーって言われても違和感ないよ。

 

「土方君だったかしら? いいわ、あなたの実力は練習で見させてもらってるし、十分に戦力になるでしょう。許可します」

「おう、よろしく頼むぜ!」

「こちらこそな!」

 

 腕と腕を絡絡みつかせて、ニヤリと笑う円堂君と土方。

 彼は時々、彼に暇ができた際に私たちと練習をしていたのだ。

 おかげで瞳子監督もその実力を知ってるらしく、すんなり土方がチームに加わった。一時的にだけど。

 彼はたくさんの兄弟がいるため、沖縄を離れることはできない。

 しかしイプシロン戦で頼りになることは間違いなしだ。

 

 その後鬼道君と話し合って、今日のフォーメーションとポジションが決まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 前半は守り主体で戦っていき、相手の情報を集める。まあ瞳子監督のいつもの作戦だよね。

 土方は攻めも守りもできるオールラウンダーなタイプなので、立向居が埋め切れなかったミッドの穴を塞ぐにはもってこいだ。

 視線の先にいるデザームを睨みつける。

 前回は私とシロウの必殺技でなんとか点をもぎ取れた。でもあの不敵な顔、そしてパワーアップ。この前と同じようにはいかないだろう。

 

 ホイッスルがようやく鳴り、イプシロン側からのキックオフ。

 扇風機みたいな髪型をした少女、マキュアが赤い目を爛々と光らせながらこちらに向かってくる。

 

「お久しぶり。元気にしてた?」

「復讐の時きた! マキュア、お前を潰す!」

「アハハッ! ——上等だよ」

 

 蹴りとタックルを瞬きの間に何回も繰り出す。

 しかしそれは相手も同じ。

 遅れて爆発でも起きたかのような轟音が連鎖する。

 

 直接手を合わせて感じたことは、強い。ただその一言。

 パワーアップしたというのは虚言でもなんでもなく、本当に相手の身体能力や技術が上がっている。それこそ私と純粋な一対一を繰り広げられるくらいに。

 まあ、負けるつもりはないけどね。

 

「スピニングカットV3!」

「懲りないやつ!」

 

 青い衝撃波の壁が私たちの間を遮断する。

 前回の戦い、私のスピニングカットは彼女によって破られた。

 彼女は今回も同じだと思って、必殺技の体勢に入ることだろう。

 しかし、()()()()()()()()

 

「メテオ——っ!?」

「そうくるのはわかってた」

 

 マキュアの必殺技、メテオシャワー。その発動には天高くジャンプする必要がある。

 だから私は必殺技を放ったあと、あらかじめ彼女の真上に跳んでおいた。あとは予想通り、壁を乗り越えると同時に技を放とうとジャンプした彼女へ向かって、かかと落とし。ボールをはたき落とそうとする。

 しかし最後の意地と言うべきか、彼女がボールを動かしたことで足が当たる角度が変わり、ボールは予想外の方向へ飛んでいってしまった。

 

 こぼれたボールを、同じくイプシロンフォワードのゼルが拾う。

 リカがボールを奪いに向かうけど、ゼルの後ろから走ってきたメトロンとのパス回しに翻弄されて、あっけなく抜かれてしまう。

 

「そこまでだ! フレイム——」

「メテオシャワー!」

 

 二人には二人で。

 塔子と一之瀬がボールを奪取しに行く。

 しかしメトロンはフレイムダンスの炎が届かないような位置まで跳躍すると、なんとメテオシャワーを撃ってきたのだ。

 予想外の事態に二人は唖然。そして隕石群の落下に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 

「まさか、必殺技も進化してるってのか!?」

 

 前回の試合でメトロンはあの技を使っていなかったはずだ。

 十中八九マキュアに伝授されたものだろう。

 強い。個人だけでなくチームとしても。ジェミニやジェネシスとは別種のものを感じられる。

 

 アイコンタクトすら必要もないとばかりに、イプシロンの選手たちはシュートにも思えるようなパスを連続で繋げていく。

 そして一瞬の隙を突かれてセンタリングを上げられてしまう。

 落下予測地点にはゼル、マキュア、メトロンの三人が。

 彼らは横に一列に並んでいる。

 あの陣形は……前回円堂君からゴールを奪った……! 

 

『ガイアブレイク改!!』

 

 岩石によって封じ込められたエネルギーが、一つの方向性を持って解き放たれる。

 凄まじい威力だ。余波だけで通過した地面が抉れている。前回のものよりも強力になってるのは確かだ。

 

 しかし円堂君の目に絶望はなかった。

 むしろ新しく買い与えられた玩具を持った子供のように、目を輝かせている。

 

「いくぜじいちゃん……究極奥義だ!」

 

 右手にエネルギーが集中していき、彼の背後に巨大な拳が形成される。

 そして地響きを錯覚させるような踏み込みとともに、それを振り切った。

 

「正義の鉄拳!」

 

 一瞬。あっけないものだった。

 それまで止まる気配すら見せなかったガイアブレイクは、正義の鉄拳とぶつかった瞬間、均衡することなく逆方向へ吹っ飛んでいった。

 これにはイプシロンのメンバーも唖然。

 私たちに笑顔が蘇る。

 

(だけど……やっぱり何か物足りない)

 

 違和感がある。

 威力は間違いなく正義の鉄拳の方があるはずなのに、あれよりもマジン・ザ・ハンドの方が恐ろしく感じられるのだ。

 ……いや、現実を見よう。正義の鉄拳が劣っているはずがない。

 そう振り切ろうとしても、その違和感は消えることはなかった。

 

「円堂が止めた! 次は俺たちだ!」

『おうっ!!』

 

 鬼道君の声に続いて、チーム全体の雰囲気が盛り上がったように感じられる。実際、その後の彼らの動きは格段に良くなっていた。

 

「俺たちも負けちゃいられないぜ! ——ボルケイノカット!」

 

 土門がボールを奪い、

 

「イリュージョンボール! ——なえ!」

 

 一之瀬が鮮やかに敵を抜き去る。そしてボールは私に渡った。

 負けちゃいられないよね。

 前回の試合の経験から警戒されているのか、私の元に三人もの選手が殺到してくる。

 

 

「——ジグザグストライク」

 

 まあ、何人いようが関係ないけど。

 金色の風が吹き荒れる。

 彼らの目には私が消えたように映ったことだろう。そして次には、彼らは全員が宙に浮いて、自然に体を叩きつけることとなる。

 やったのは簡単なことだ。素早く動いて、そのソニックブームで吹っ飛ばした。

 

「ハハハッ! 前座の余興でも楽しませてくれるではないか!」

「もっと楽しませてあげるよ!」

 

 邪魔な壁は消えた。あとはデザーム一人のみ。

 一瞬だけ、ちらりとシロウを見る。

 必要ないさ。今度こそ、デザームに勝ってみせる。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 黄金のオーラを足に集中させ、ボレー気味にボールを蹴る。

 一瞬のタイムラグのあと、ボールは光線と化してゴールへ飛んでいった。

 

 私たちだってあれから強くなった。

 現に、この黄金のオーラでのシュートは前回デザームから点を奪った『ホワイトダブルインパクト』と同等か、それ以上もの威力があるだろう。

 しかしそんなものを前にしても、デザームは笑っていた。

 その右手は天に掲げられている。

 

「この殺気……この威力……! やはり貴様は最高だァ!」

 

 デザームの手のひらの上にエネルギーが集中していき、鋼鉄のドリルを形作っていく。

 ……デカイ。

 そのサイズは明らかに前みたものよりも一回りは大きくなっていた。

 

「さあ、受けてみよ我が一撃を! ——ドリルスマッシャーV2ッ!!」

 

 高速回転しながら突き出されたそれに、シュートが激突。

 そしてほどなくして、ドリルの先端がボールを貫通した。

 ドリルが消えたあとに残ったのは、鷲掴みにされて完全に勢いが殺されたボール。

 

「ぐっ……!」

「この右手が痺れる感覚……たまらんな! お前一人でそれなのだ。二人で撃てばどれほどのものか……」

「っ、シロウの出番はないよ。私が絶対に打ち破ってみせる!」

「それは私が、決めることだっ!」

 

 空中に放り捨てるように投げられたボールに蹴りが命中する。

 瞬間、弾丸のような何かが私の長い髪に穴を空けた。

 

「えっ……?」

 

 そんなボヤけた声が耳に聞こえた。

 急いで振り返ると、ボールは誰にも止められずに真っ直ぐ飛んでいっていることがわかった。

 そう、ディフェンスにいるシロウの元へ。

 

「っ、ぐぅぅ!」

「シロウ!」

 

 もはやシュートじみたそれを、シロウは足の裏を盾にしてなんとか止めてみせる。

 

「今度は貴様の番だ! もっと私を楽しませろ!」

 

 デザームのやつ、シロウを引っ張り出すつもりか! 

 まずいまずい! 最悪の事態だ。シロウはまだ精神が安定し切っていない。そんな状態で挑発されたら……! 

 必死に彼を静止しようと叫ぶ。

 

「シロウ、惑わされないで! 自分のサッカーをすればいいの!」

「……ああ、わかってるよ……」

 

 それを聞いて一安心。

 しかし次の瞬間目を疑った。

 シロウは体勢を低くすると、全力で走り出したのだ。

 

「いつも通り、オレが点を奪ってやるぜ!」

「アツヤ……!」

 

 シロウは口を三日月に歪めて笑う。その目はオレンジ色に変わっていた。

 あれはアツヤの目だ。

 次々に迫り来るディフェンスたち。

 

「邪魔だァ!」

 

 しかしシロウはそれを力任せに突破する。

 見ていて危なっかしいプレイ。まるで尖ったガラス細工だ。触れるものを傷つけるが、少しでも衝撃を受ければ崩壊してしまう。

 だけど私は、彼を止めることは出来なかった。

 みんなも同様で、全力で彼をサポートしようとしている。

 

『お前が二重人格で苦しんでいるのはわかってる……でも、自分を決められるのは自分だけなんだ』

『お前がそう決めたのなら、俺たちはそれを支えてみせる。二度とお前を一人で戦わせたりはしない。そうだろう、なえ?』

 

 円堂君と鬼道君の目からはそんな思いが感じ取れた。

 そうだ。止めちゃいけない。これはシロウの決断だ。それを否定するということは、彼を信用していないということになる。

 私は身勝手だ。現に私は彼を救うことができなかった上で、あの病室でも一人強くなることを誓った。

 だけど、今本当にするべきことがわかったよ。

 最後の最後まで全力で付き合う。それが私たちの、幼馴染としての絆だ! 

 

 足をひたすら動かし続け、彼の横に並び立つ。

 

「シロウ、もう一度私と力を合わせてみない?」

「ハッ、あれか! いいじゃねえか! ただし足を引っ張んじゃねぇぞ!」

「こっちのセリフだよ!」

 

 パスされたボールを両足で挟み、宙返りをする要領で上へ投げつける。

 それをシロウがかかと落としで地面に叩きつけると、とたんにボールを中心に荒れ狂う吹雪が吹き荒れた。

 私とシロウは同時に回転。吹雪を足に纏い——左右からそれぞれの足を叩きつける。

 

『ホワイトダブルインパクトッ!!』

 

 巨大な氷の水晶が、吹雪に後押しされて発射された。

 あれ以来撃ったこともなかった、私たちの連携技。

 それが再びデザームへ向けて牙を剥く。

 

「ドリルスマッシャーV2! ——ぐぉぉぉぉおおおおおっ!!」

 

 鋼鉄のドリルと氷の水晶が衝突した。

 デザームの野太い雄叫びがグラウンド中に響き渡る。

 見たところ、威力は互角だ。互いに押しつ押されつで均衡が傾くことはない。

 デザームの気迫に感化されたのか、気がついた時には私たちも叫んでいた。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

「決まりやがれぇぇぇっ!!」

 

 直後、私たちの手前で爆発が起こった。

 衝撃波で私たちは吹っ飛ばされる。

 倒れた矢先に、体に何か硬いものが落ちてきたようで、痛みがした。

 その原因のものを拾い上げる。

 鉄の破片だ。てことは……! 

 

 期待して煙の奥の方へ目を凝らす。

 しかし現実は非常で、

 

「ハ……フハハハハッ……! 勝ったのは……この私だ!」

 

 煙の晴れた先。

 そこには優勝トロフィーのようにボールを掲げる、デザームの姿があった。



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ガラスハート

「なん……だと!?」

 

 驚きと恐怖、それらが混じったような顔をシロウは浮かべる。

 だけど私は心の奥底でそんな予感がしていた。

 間違いなく、最強のシュートを撃った。しかし、それでもあのデザームを破ることができるのかと。

 

「ハァッ、ハァッ……! 素晴らしい! 実力の均衡した者同士のギリギリの戦い! 高揚感! これこそが、私の求めていたものだァ!」

 

 くそっ、好きに絶頂してるんじゃないよ。

 たしかにほんの少し、ほんの僅かな差だったのだろう。現にドリルスマッシャーを砕くところまではたどり着いている。しかしそれでも、私たちが止められたのに変わりはない。

 いつもならここで喜んだりするんだけど……。

 

「っ、もう一度だ! もう一度俺にボールをよこせ! そうすれば次こそは……!」

 

 さすがに隣で不安定になってる相方の前で笑えるほど、無神経ではない。

 ボールはデザームのスローによって、ゼルに渡る。

 

「ここから先にゃいかせねえぜ! ——スーパー四股踏み!」

「ぐおぁっ!?」

 

 だけどそこで土方の必殺技が炸裂。巨大な足が地面を叩き、その衝撃波でゼルを吹き飛ばす。

 彼はその後、すぐにボールをシロウへ蹴り上げた。

 

「みんなが求めるのはこの俺、アツヤの力なんだっ! だから俺がシュートを決める! それが俺がここにいる意味……!」

「っ、シロウ待って!」

 

 銀色の風が私の横を通過する。

 シロウの目にはもはや私なんて映っていなかった。ただ目の前にある障害物(デザーム)を壊すことしか考えていない。

 

「エターナルブリザードV3ィッ!!」

「ドリルスマッシャーV2!」

 

 決着は一瞬。氷が砕けて、ボールがドリルに貫かれる。ただそれだけ。

 宙を舞う氷の破片が、彼の心を表しているかのように見える。

 

「……なんだこの手応えは……?」

 

 デザームが投げ、誰かが奪い、パスをつなげる。

 今度は私にボールが来た。

 とにかく、もう一度だ。もう一度協力すれば冷静になるはず。

 

「シロウ、こっちに——」

「よこしやがれぇぇぇっ!!」

「えっ……きゃっ!?」

 

 声をかけようと振り向いたその時には、彼が眼前に迫っていた。

 激しいタックルが炸裂し、地面に転がってしまう。

 ボールはもう、手元にはなかった。

 

「エターナルブリザードッ……V3ィィィ!!」

「……ワームホールV2」

 

 上から落ちてきたボールが轟音を立てて地面にめり込む。

 

 シロウ……やっぱり私は、貴方にとって不要なのかな……? 

 

「エタァァナルッ、ブリザァァァドォォォォォオッ!!!」

「フンッ」

 

 パリィンと、全てが砕け散った音が聞こえた。

 氷も私の頑張りも……なによりも、シロウの心も。

 

 デザームはなんの必殺技も使わずに、ただ手を突き出しただけでエターナルブリザードを止めてしまった。

 デザームが急激に強くなったのではない。

()()()()()()()()()()()

 

「馬鹿……な……!?」

「せっかく楽しみにしていたのに、この程度とは興醒めだ。お前はもう、必要ない」

 

 ポイっとフィールド外へボールを捨てる。それっきり、デザームの視線がシロウへ向けられることはなくなった。

 まるで興味を失ったとでも言うように。

 

「必要ない……? シロウとしても……アツヤとしても必要ない……?」

「し、シロウ?」

 

 寒さで凍えているかのようにシロウの体が震え出す。

 声をかけるも、反応すらない。ただブツブツと呟くばかりで、そして、

 

『じゃあ……俺は/僕は、なんなんだァ゛ァ゛ァ゛!?』

 

 一つの口から二つの声が聞こえた。

 それだけ叫ぶと、彼は尻もちをついたっきり、糸が切れた人形のように動かなくなった。

 

「シロウ!」

『吹雪!!』

 

 真っ先に彼の元へ駆け出す。

 覗き込んだシロウの目には、もう何も映っていない。

 空も雲も、目の前にいる私の顔でさえ。

 絶望に塗り尽くされた今の彼からは、生気というものがまるで感じられない。

 

 裏社会で生きてきた者として、何が起きたのかわかってしまった。

 シロウが……シロウが、壊れた。

 ガラスの心は粉々に砕け散ってしまい、彼に思考する力すら与えてくれない。

 今の彼は、ゾンビそのものだ。

 

 瞳子監督から急遽交代の指示が出る。

 シロウに代わって小暮。

 それは英断だろう。もうシロウには、明らかに戦う力が残っていない。

 

「円堂君、私が左の肩を支えるから、貴方は右を」

「ああ……」

 

 担いだ体が重く感じられる。

 人間の死体は重たいなんて言うけど、今の彼はまさにそれだろう。自分で歩くことすらできず、脱力するがままに全体重を私たちに押しつけている。

 ベンチに座らせ、タオルを頭にかぶせる。

 相変わらず反応はない。

 こんなになるまで、私は……! 

 自分の無力さに腹が立ってくる。でもこの怒りは今ここで解き放つような者じゃない。だから握り拳をゆっくりと解く。

 

「吹雪、お前はここで見ていてくれ。お前の分も俺たちが戦い抜いてみせる」

「雷門は私が守るよ。シロウはそこで休んでいてね」

「……」

 

 返事を待つことはやめた。期待してると辛くなっちゃうから。

 言いたいことだけを言って、すぐにグラウンドに戻る。

 デザームが自らボールを投げ捨てたおかげで、試合はコーナーキックからだ。

 一之瀬が70°ほどの角度で高くボールを打ち上げる。

 当然、他の選手には届かない。しかし私は別だ。

 他とは隔絶したジャンプで空中に躍り出て、黄金のオーラを纏い、そのままオーバーヘッドを叩き込む。

 

「ドリルスマッシャーV2!」

 

 しかし、それで点が決まるなら苦労はしない。

 あっさり受け止められ、デザームのパントキックを起点にイプシロンのカウンターが始まる。

 

「ザ・タワー!」

「邪魔!」

「きゃぁぁぁっ!!」

 

 マキュアの鋭いシュートがザ・タワーを粉砕。ボールはそのままゼルへ。

 

「うおおおおっ!」

「ハッ、トロイな」

 

 ツナミの突進を軽々と避ける。しかし彼の気迫がうまくカモフラージュしてくれて、その次に迫る脅威に彼はまだ気づけていない。

 

「キラースライド!」

「ちっ!」

 

 土門の決死のスライディングがなんとか当たる。しかし奪うだけの余力はなく、ボールはゆるい軌道で空中に浮き上がる。

 リカが受け取ろうと跳び上がるも、後ろから突進してきたファドラに当たり負けして墜落させられてしまった。

 

 まずい……シロウがいなくなったことでみんなの動きが悪くなっている。加えて試合前に決められたフォーメーションでは、彼はディフェンスに置かれていた。だから彼がいなくなった今、極端に守備が弱くなってしまったのだ。

 

「ガニメデプロトン! ——ヘアッ!」

「正義の鉄拳!」

 

 ここだ! 弾かれたボールを拾い、一人敵陣へ突っ込んでいく。

 相手がカウンターなら、こっちもカウンターだ。敵は数人。そいつらを全部かわして、それで……。

 ……何を撃てばいいんだ? 

 気づいてしまった。自分では決点力がないことに。

 くそっ、私は何をしにここにいるんだっ。染岡君や豪炎寺君と誓ったじゃんか。私がチームを守るって。

 なのにこの体たらく。仲間は消えて、シロウは壊れ、私自身は何もできないばかり。

 

「ヘビーベイビー!」

「っ、しまった!」

 

 細長くて不気味な風体の男、ケイソンから発せられた紫色のオーラがボールにまとわりつくと、地面に沈み込んでそのまま転がらなくなってしまった。

 前回シロウの時に見せた、ボールは重くする必殺技か。あの時は冷静さを欠いていたシロウに怒鳴ったけど、これじゃあ人のこと言えないな。

 

「なえ、こっちだ!」

 

 絶体絶命のピンチ。

 その時、ディフェンスにいたはずのツナミが猪突猛進の勢いで駆け上がってくるのが見えた。

 あいつ、何を……いや、いけるかも! 

 形を歪ませて地面にめり込んでいるボールに、思いっきり蹴りをぶち当てる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ……っ!!」

 

 重い。ズッシリと足の甲に伝わってくる。

 だけど、こっちだって毎日エイリアボールを蹴り続けてきたんだ! 

 

「負ける、かぁぁぁっ!!」

「なにっ!?」

 

 ミチミチと悲鳴を上げる足を思いっきり振り上げる。

 紫色のオーラが消え、ボールが浮かび上がり、ヘロヘロという擬音が似合いそうな勢いのパスがツナミに届いた。

 

「今だ、やっちゃえ!」

「おおおおおっ! ——ツナミブースト!!」

 

 フィールドに津波が発生する。

 水流の勢いに押されて凄まじい速度のシュートが、ゴールへ飛んでいった。

 ——ツナミブースト。

 文字通り、ツナミの必殺技。

 たしかにこの技はすごい威力だ。しかしそれでも、私やシロウのシュートほどとは言えない。あれじゃあドリルスマッシャーを破ることは不可能だろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 私はデザームの性格についてはある程度把握していると自負している。

 あいつは常にギリギリの勝負がしたくって、それに見合う相手を探している。

 思い返すのはナニワ地下修練上でのあの試合。デザームにはドリルスマッシャーがあったのに、それを使ったのは数回だけだった。

 なぜか? 簡単だ。

()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、この後デザームが出す技は必然的に——

 

「ワームホール」

 

 ビンゴ。

 光の網がシュートを捕らえた。だけどボールの回転は一向に収まらず、お構いなしとばかりに網を押していく。

 ドリルスマッシャーは破れない。だけどあのツナミブーストは、ワームホール程度なら十分破れるんだよ。

 それを証明するかのように、光の網が千切れた。

 ボールは障害物を突き抜けて進んでいき——新たな壁にぶち当たる。

 

「ハァァァッ!!」

 

 それはデザームの足だった。

 回転は止まっていない。だけどやつはそれでもお構いなしとばかりに、足に乗せたボールを脚力だけで飛ばすように打ち返した。

 

「くそっ、惜しかったってのによ!」

「フハハハッ! 白兎屋なえほどではないが、いいシュートだったぞ! 次は私も本気を出してやろう」

 

 そんな……! 

 千載一遇のチャンスが潰えた。

 次からは宣言通りドリルスマッシャーを使ってくることだろう。それじゃあ今の作戦は通用しない。

 どうすれば……!? 

 

 イプシロンの選手たちはまたもやペナルティエリアへ侵入していく。

 ボールを奪いにいった人たちはみんな倒されてしまった。

 ツナミが上がったこともあるだろう。ディフェンスが機能していない。

 

『ガイアブレイク改!!』

「正義の……鉄拳っ!」

 

 またもや円堂君の拳が失点を防ぐ。

 だけど、戦況が良くなることはなかった。

 私が撃って、止められて、シュートを撃たれる。それを円堂君が弾いて、また私が撃つ。これが延々と繰り返されていく。

 まるで前回の試合の再現だ。だけど状況はあの時よりもずっと悪い。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 荒くなる呼吸を抑えることができなくなっていく。円堂君も同じような状態みたいだ。

 それぞれ守りを円堂君が、攻めを私がほぼ全て担っているので、その消耗は激しい。もう何度二つのゴールを往復したことか。気がつけば足が震えていた。

 だけど、止まるわけにはいかない。

()が帰ってくるまでは……! 

 

「ハァァァァッ!!」

 

 本日で何度目か分からない私のシュート。

 だけどドリルスマッシャーが砕けることはない。

 まるで同じビデオを何度も再生しているかのようだ。

 何度も見た光景に、唇を噛む。

 

「……ふむ、貴様のシュートは熟成されたワインのようだな。刺激的で、旨味がある。……しかし、飲み過ぎるとくどく感じてくる」

「新鮮な味を提供できなくて……ハァッ、ハァッ……申し訳ないねっ」

「まあいい。貴様は私の求めるものを見事に用意してくれた。それだけでも満足というものだ。だからこそ、せめてもの情けとしてメインディッシュは本気でいかせてもらおう!」

 

 メインディッシュ? 私とシロウが本命じゃなかったのか? 

 デザームは何を考えたのか、シロウの時と同じように手に持ったボールをフィールド外へ投げ捨てた。

 彼の目が審判に向けられる。

 

「ポジションチェンジだ。私とゼルの位置を交換する」

「なっ……!?」

 

 キーパーとフォワードのポジションチェンジ!? 

 その衝撃的な一言に、イプシロン以外の全員の目が見開かれた。

 一応、ルール的には可能だ。キーパーのユニフォームを別の選手が着て、正式に交代をすれば認められる。

 だけど実際にそれが行われることは……ごく稀だ。

 当たり前だ。この状況は、本来ならメインとサブのキーパー二人が故障した時に適用されるものなのだから。いくらキーパーが怪我しやすいポジションでも、補欠までもが続行不能になることなんて滅多にない。

 

 デザームはユニフォームの胸に付いているボタンのようなものを押す。とたんに、黒くて長袖のキーパーユニフォームは他のイプシロンのメンバーが着ているような、赤い半袖のものに切り替わった。

 見ればゼルもいつのまにか着替えが終わっている。

 あれもエイリアの技術なのかという疑問はあるけど、それよりも注目すべきはデザームだ。

 

 ゴール前で改めて私たちは相対する。

 

「宣言しよう。正義の鉄拳は私が破るとな」

「私は円堂君を信じるだけだよ」

 

 この余裕。というよりも前線へ立つことに慣れているような感じ。

 加えてこのハッタリとは思えないような自信。

 まさか……あいつの本当のポジションは……。

 悠々とグラウンド(戦場)に立つデザームを見て、嫌な予感が頭をよぎった。




 吹雪退場。
 デザームがだんだん手加減してもエターナルブリザードを止められるようになった理由を、自分は精神が不安定なせいで弱体化していったと考えているんですが、実際はどうなんでしょうか? 結局アニメじゃ説明されることはなかったし、別の意見があるなら是非教えてください。

 次回は……スーパーデザームタイムかな?
 


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最終兵器K1

 試合はコーナーキックから再開される。

 ゴール前の競り合いにデザームは参加していない。彼はこちらの様子を伺うようにペナルティエリアのギリギリ内側に立っている。

 

 常に監視されているようで、なんだか落ち着かないよ。

 でもこれは見ようによっちゃチャンスかもしれない。

 なにせ今のイプシロンのキーパーはゼルなのだ。彼自身もイプシロンのトップクラスの実力者であることは間違いないのだけど、さすがにデザームほど化け物であるとは考えにくい。

 つまりシュートを撃てれば入るかもしれないのだ。私の信条には反するけど。

 

 コーナーからボールが打ち上げられる。

 私のところには、警戒してか三人ものマークがついていた。

 これじゃあ身動きが取れない。

 しかしその分空きができる。鬼道君はその隙をうまく突いて、胸でボールを受け取ってみせる。

 

「いくぞ一之……っ!?」

 

 連携しようと鬼道君は振り返る。

 そこには口を三日月に歪めた悪魔のようなデザームの顔があった。

 瞬間、すさまじいタックルをもらい、きりもりに転がって鬼道君は倒れ伏すこととなる。

 

「止めようとする勇者はこい! 臆病者は去るがいい! どちらにせよ、貴様らには等しい末路をくれてやろう!」

 

 デザームが地を踏み締めたと思ったら、次には風を切り裂いて走り出していた。

 尋常じゃない速度。

 それと恵まれた体格を活かして、立ちはだかったディフェンス全てをことごとくなぎ倒していく。

 もはやフェイントや駆け引きなんてものは存在しない。

 あれは圧倒的な暴力だ。高速で進む新幹線を誰が生身で止められるというのか。

 

「っ、だけど、フィールドでも負けるわけにはいかないんだよっ!」

「ほう、この速度についてくるか。いいだろう、かかってこい」

 

 デザームのスピードが相当なもので、追いつくのに時間がかかった。

 前に回り込み、Uターンするようにあいつのもとへ走っていく。

 そして。

 殺人的な二つの蹴りが、ぶつかり合った。

 

「がぁぁァァ……ッ!!」

「いい蹴りだ。だが! 私にはまだ及ばない!」

 

 旋風が吹き荒れる。

 気がつけば私は大きく吹っ飛ばされて、地面に落ちた。

 右足からは燃えるような痛みが感じられる。

 押し負けた。

 あのキック力。間違いない、あいつは……! 

 

「こい! どんなシュートでも、弾いてみせる!」

「気をつけて円堂君! デザームはキーパーじゃない! そいつの本当のポジションは——」

 

「——グングニル!!」

 

 デザームの足元が亜空間に繋がり、彼はそこへ吸い込まれるように落ちていく。そしてどこからともなく声が聞こえたあと、空中に開かれた亜空間の隙間から紫色の槍が飛び出した。

 

「——フォワードだよっ!!」

 

「正義の鉄拳! っ、なんだこのパワーは……!?」

 

 信じられない光景を見た。

 あの正義の鉄拳が押し負けている。それに連動して円堂君は両足を地面につけたまま、ズルズルと後方へ下がらされていく。

 そして紫の槍を抑えていた拳が耐え切れなくなり、砕け散った。

 私たちの目が見開かれる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 神槍はそのまま円堂君の腹部に突き刺さり、彼をゴールネットに押し込んだ。しかし勢いは収まらず、ボールはなお回転し続ける。それがようやく終わった時、円堂君はネットへの張り付けから解放されて地面に倒れる。

 

 同時に甲高いホイッスルの音が二回なった。

 前半終了だ。

 

「白兎屋なえの言う通りだ。私の本来のポジションはキーパーではない。フォワードだ」

 

 デザームは倒れ伏す円堂君を満足げに眺めながら、ベンチへ去っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 ハーフタイム中、誰も口を開こうとしなかった。

 俯いて落ち込むばかり。

 ……無理もない。点が取れないばかりか、正義の鉄拳まで破られたのだ。今の状況はほとんど詰みに近い。

 こういう時にみんなを励ましてくれるのは円堂君なんだけど……。

 ちらりと横を見る。

 彼は彼で、みんなから少し離れた場所で大介さんのノートと向かい合っていた。

 結局、一番落ち込んでいるのは無敵と自負していたキーパー技が破られた彼なのだ。今みんなを励ませと言うのは酷だろう。

 

「……とりあえず、できる限りの作戦でいこう。今の相手のキーパーはゼルだ。俺にはあいつがデザームほどの実力を持っているとは思えない」

「デザームはいろいろな意味で化け物だからね。他のメンツと比べても頭一つ、いや二つは抜きん出ているように思えるよ」

 

 キーパーにフォワード。

 防御と攻撃。

 相反する二つのポジションをどちらも完璧にこなせるということは、すなわち全ての環境で活躍できるということだ。たぶんあいつはディフェンスやミッドでも同じくらいの戦果をあげることだろう。

 オールラウンダーとか大概にしろ。私が言えたことじゃないけど。

 

「そうだ。もしゼルの実力がデザームより劣っているのだとしたら、こちらにも勝機がある。後半戦はなんとしてでもボールをかき集めて、なえに渡すんだ」

「任せて。絶対にぶち抜いてみせる」

 

 鬼道君の作戦に光明を見たのか、みんなの顔が少しだけ明るくなる。

 本当はデザームと決着をつけたかった。

 だけど仕方のないことだ。弱者が取れる選択肢は限られている。

 

 とはいえ、相手も私にボールが集められることは承知の上だろう。みんなには悪いけどこの作戦、そう上手くいくとは思えない。

 鬼道君もそれを知ってるのか、これ以上を特に話すことはなかった。

 

 状況は絶望的。私でも突破できるかはわからない。

 だけど、()ならきっと、この状況を打破してくれるはずだ。

 彼が沖縄にいるのは確認できている。

 彼が試合に出ないのは、まだその時じゃないからだろう。

 だから待つ。

 彼が来るまで持ち堪えてみせる。

 それが約束だから。

 

 来ない可能性は頭の中にはなかった。

 私があの日見たイナズマイレブンが本物なら、彼は必ずこのフィールドに来てくれるはずだ。

 信じよう、私の憧れを。

 

 

 ♦︎

 

 

 主審に促されて、両チームがコートを入れ替えてそれぞれのポジションに着く。

 

「聞けぇい! 雷門中よ! もはや私の貴様らへの興味は失せた。よってこれからは貴様らを殲滅することに決めた! せいぜい恐怖で震え上がるがいい!」

「まーた勝手に決めちゃって。あなたの暑苦しいところはなえちゃん的にポイント高いけど、勝手にあれこれ言われるのはしゃくに触るんだよね」

 

 ホイッスルが鳴る。

 とたんに私たちの足がグラウンド中央でボールを境に衝突した。

 

 衝撃波が吹き荒れ、砂煙が巻き上がる。

 気がつけば私は空中に浮かんでいた。砂煙の奥に細長いシルエットが見える。

 力じゃ私はデザームには勝てない。いや、総合的に見てもデザームは私より上だろう。

()()()()()()()? 

 そんなことわかっていた話だ。今の私にできること。それは全力で足止めすることだ! 

 

 空中でひらりと一回転。体勢を立て直し、着地するとともに再び突っ込む。

 対してデザームが選択したのは、前進。

 今度は肩と肩がぶつかり合う。しかし均衡したのは一瞬で、スーパーボールのように弾き飛ばされた。

 

「ぐぅ……待てっ!」

 

 必死にデザームに追いついて、今度は横から執拗にタックルをしかける。

 だけども、ビクともしない。

 こう見えて私ってかなり鍛えられてるから、パワーも相当あるはずなんだけどなぁ。ちょっとショック。

 

「諦めが悪いな」

「ありがとうっ、最高の褒め言葉だよっ」

 

 なにせイナズマイレブンの代名詞みたいな言葉だからね。

 デザームは短くため息をつく。そして体を少し私の方へ動かす。

 それだけで、私はきりもみに吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。

 

「ゴハッ……!」

 

 体の中の酸素が一気に吐き出される。

 こうやって倒れている間にも、デザームはどんどんみんなを倒していく。

 この状況で次の失点は絶対に許されない。

 だから、このまま寝てるわけにはいかないんだよ……! 

 飛び起きて、すぐさまデザームの後を追う。

 

「いくぞ、二発目だ! グングニル!」

 

 発動を止めることはできなかった。

 邪悪な紫色の槍が、亜空間から発射される。

 

「やらせないよ! ザ・タワー!」

「ザ・ウォール!」

 

 しかしみんなもただ黙ってやられるわけがない。

 塔子と壁山はゴール前に立ちはだかり、それぞれの必殺技を発動する。

 しかしそれですら無意味。

 グングニルはまるでそこに障害物なんてなかったかのように、一切減速することなくその二枚の壁を貫いた。

 

「今度こそ……! 正義の、鉄拳!!」

 

 再度衝突。しかし結果は変わらず、正義の鉄拳は砕かれて、ボールが円堂君の横を通り過ぎる。

 

「——やらせるかァァァッ!!」

 

 なんとかゴール前に来た私は、ありったけの力を込めてジャンプし、ボールに体から飛びついた。

 とたんに吐き出したくなるような衝撃。

 腹部をえぐるような凄まじい痛みが走った。

 だけど、これでもシュートの勢いは止まらず、私の体ごと押し込んでこようとしてくる。

 だったら……これだ! 

 

 私は両腕と両足を伸ばして、それぞれを近くのパストとバーに当てた。これで勢いに押されることはなくなる。

 しかしそれは同時に、腹を襲う衝撃が逃げ道をなくしたことも示している。

 

「ガァァァァァァ!! ……ァ……ぁ……!」

 

 もう何十分こうして張り付けにされているのだろう。いや、もしかして何時間? とにかく、私にとってその数秒間は長く耐えがたいものだった。

 ようやく回転が収まった時、私の体は重力に導かれて落下。受け身なんて取る力も残ってなく、そのまま地面に叩きつけられる。

 

「ほう……我がグングニルを止めてみせるとは。中々に潰しがいがあるな」

 

 パクパクとデザームの口が動いているのが見えるけど、音が大きくなったり小さくなったりを急速に繰り返し続けてるせいで聞き取りづらい。

 しばらくすると聴覚も回復してきて、頭がグワングワンする感覚が消えていく。しかし体は電撃でも流されたかのように痺れて動きづらくなっていた。

 

 それでも……寝てるわけにはいかない。

 必死に立ち上がり、震える足でボールを高く蹴り上げる。

 前線ではカウンターを見越して一部の攻撃陣が走っていたのが見えた。

 

『ツインブースト!!』

「ワームホール!」

 

 鬼道君と一之瀬の連携シュートは、ゼルから放たれた光の網に捕獲され、異空間を通じて空から地面に落ちる。

 そうだよね。デザームがフォワードなのだとしたら、正規のゴールキーパーはあいつってことになる。技の一つや二つ使えても不思議じゃない、か……。

 

 ボールがデザームに渡される。

 デザームの当たりに誰も打ち勝てず、やつはあっさりとゴール前にまでたどり着いてしまった。

 再三、紫の神槍が唸りを上げる。

 

「一人がダメなら二人!」

「二人がダメなら……全員でだ!!」

「みんなっ!」

 

 鬼道君の掛け声のもと、動けるメンバー全員がグングニルの前に立ち、文字通り肉壁となった。

 しかし神槍は無慈悲にも一人、二人と、次々みんなを吹き飛ばしていく。

 

「正義の鉄拳! くそぉっ!!」

 

 最後尾にいた鬼道君が倒れたところで、今度は正義の鉄拳が神槍を抑えにかかった。

 たしかに威力は落ちている。その証拠に、正義の鉄拳が持ち堪えている時間がさっきよりも長い。

 しかし後少しのところで足りなかったのか、とうとうそれすらも砕けてしまう。

 

 これでみんなが倒れた。あとは私一人のみ。

 もちろん逃げる気はない。さっきと同じように、地を蹴って飛びかかろうとする。

 その時気づいた。足が痺れているせいで、さっきよりも全然跳べなくなっていることに。

 ボールはバースレスレの高さを飛んでいる。腹で止めようとしたんじゃ届かない。

 だから私は、女性の武器ともいわれる顔を盾にした。

 

 悲鳴を上げる暇さえない。

 腹部に来た以上の痛みが襲い掛かった。

 しかもボールの勢いは止まらず、私ごと進んでいき——後頭部がバーに激突し、鮮血が散ったところで弾かれた。

 

 ハハ……手で触ってみるとすっごい感触。ネチャネチャした液体がべっとり手についてるよ。

 なのに痛みを感じない。不思議だなぁ。

 なんか頭が霧がかったみたいにぼんやりするけど、その状態のまま周りを見渡す。

 雷門イレブンは一人として立っている者はいなかった。

 ……じゃあ、私が立たなきゃ。

 

「……ムッ、今のは重傷だと思ったのだが……尊敬の意を示そう。貴様ほどの選手と戦えて、私は光栄だ」

「まだ……終わってないでしょうが……。蹴る前に決めるのはよくないよ……?」

「なえ……!」

 

 円堂君が心配そうな目でこっちを見てくる。彼も立ち上がろうとしてるけど、さすがにダメージがデカすぎて間に合わなさそうだ。

 大丈夫だよ。私は約束を果たすだけだから。

 

「デザーム……勝負だよっ。私の最高の蹴りで、あなたのグングニルを撃ち返す……!」

「フハハハハッ! 最後の最後まで面白いことを言うではないか! いいだろう、欲しいならくれてやる! これが私の最高の——グングニルだ!!」

 

 紫の神槍がこちらに迫ってくる。

 これは通常の手段じゃ止めることはできないだろう。

 だからゴメン、鬼道君、円堂君。

 約束を破るよ。私のサッカー選手としての契りを守るために。

 

 口笛を吹く。その音色が起動となり、地面から十匹もの赤いペンギン が空へと飛び出した。

 足を後ろへ高く振り上げると、そいつらはそのギザギザした歯で次々と噛み付いてくる。とたんに、筋肉が膨れ上がるような感覚と熱が足に感じられた。

 これが私の切り札……! 

 

「皇帝ペンギン1号、Gィィィ5ゥゥゥゥッ!!!」

 

 そしてそれを、全力で向かってくるボールにぶつけた。

 紫の槍と私の足がせめぎ合う。

 気を抜いたら……折れてしまいそうだ……! 

 まだだ。まだ私はいける……! 

 この闘志に応えるように、ペンギンたちの噛む力が強くなる。足からは血が噴き出し、本来聞いちゃいけないような音がする。

 だけどその代わり、さらなるパワーが右足から溢れた。

 

「ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

 声と表現するのも躊躇われる雄叫びを上げて。

 私の右足が、まっすぐに振り切られた。

 

 そのシュートを、誰も目で追うことはできなかった。

 デザームですら、気づいた時にはボールはもう通り過ぎていた。

 赤と紫。邪悪な二色を纏って、ボールは空中に浮かびながらも地をえぐって進んでいき——。

 

「わ、ワームホー……ギィヤァァァァァッ!!」

 

 ゼルを吹き飛ばし、ゴールネットを貫通して海に落ち、巨大な渦潮を発生させた。

 




 皇帝ペンギン1号G5の再登場です。
 円堂たちに禁止されてましたが、感想でまた撃ちそうって予想してる人が多かったですね。それぐらいなえちゃんの性格がわかってきたってことなのかな?


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意地の決着

 皇帝ペンギン1号がゴールネットを食い破った。

 ようやく同点。だけど、ここからって時にあまり関われなくなるのが残念だなぁ。

 ……ああ、来た来た。この足の底から電撃が上ってきたかのような感覚。

 

「ぐっ、ぐがァ゛ア゛ア゛ア゛っ……!!」

「なえっ!」

 

 全身の筋肉が肉離れを起こしたかのように、悲鳴を上げる。

 体がバラバラになりそうだ。脂汗が額に浮かび上がってくる。

 あまりの激痛に耐えきれなくなり、私は両膝を地面につく。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「なえっ、お前なんて無茶を……!」

「ゴメン、円堂君。これしか思いつかなかった」

 

 さて、まだ試合は終わったわけじゃないんだ。さっさと元の配置に着かないと。

 震える足で立ち上がろうとし……足に痛みが走った。

 

「うぐっ……!」

「なえ、やっぱり痛みが!」

「これくらい……どうってことないよ。さあ、試合を再開しなくちゃ」

「無茶だ! フラフラじゃないか!」

 

 たしかに、足元はおぼつかない。

 だけどまだ走らなくちゃ。このままじゃすぐに点が押し返されちゃう。

 鬼道君が私の前に立ち塞がる。

 

「その体ではとても無理だ」

「無理でもやらなきゃ。今が逆転するチャンスなんだよ? ここで決定的なシュートを撃てるのが、私以外に誰が……」

 

 いるっていうの? 

 その言葉は芝生を踏む音によってかき消された。

 誰もがそこへ注目する。

 フードを被った何者かが、フィールドのラインを超えて、こちらに近づいて来ていた。

 

 一瞬訝しんだ顔。しかしそれは喜色に変わる。

 男は勢いよくフード付きのパーカーを脱ぎ捨てた。

 

 ボロボロのユニフォームに刻まれた10の数字。

 腕や足中にも焦げたような痕がある。それは厳しい修行を超えてきた証だろう。

 鋭い目。逆立った、激しい白い髪。

 そして立っているだけで震えるような威圧感。

 

 雷門のエースストライカー。

 そう、彼の名は……! 

 

『豪炎寺!!』

 

 みんなの声が一致した。

 豪炎寺君はポケットに手を突っ込みながら、ゆっくり円堂君へと歩いていく。

 

「お前……」

「待たせたな、円堂」

「いつもお前は、遅いんだよ!」

 

 二人の拳がコツンとぶつかった。

 円堂君は満面の笑顔を、豪炎寺君はクールな笑みを浮かべている。

 そうだ。これが私が見たかったものなんだ。

 離れていても千切れることはない、本当の絆。

 私にはないもの。

 脳裏にかつての試合後に喜び合う二人の姿を思い出して、思わず笑ってしまった。

 

 豪炎寺君は円堂君と一通り喋ったあと、こちらに向かってくる。

 

「約束は守ったよ、豪炎寺君」

「ああ、感謝する。そしてここからは任せてくれ」

「おーっと、見くびらないで欲しいな。私もまだ試合するつもりだよ。いいですよねー監督!」

 

 いくら皇帝ペンギン1号とはいえ、一回撃っただけで動けなくなるほど私はヤワじゃない。どこかの眼帯厨二病とは違ってね! 

 まあ、さすがに少し弱体化はしちゃうだろうけど……それでもまだ役に立てるはずだ。

 瞳子監督もそう判断したのか、うなずいてくれた。

 

「わかったわ。ではあなたを残し、浦部さんと豪炎寺君を交代します!」

 

 リカと豪炎寺君がすれ違う。

 

「へっ、こんだけ期待してるんや。下手なシュート撃ったらただじゃ済まさへんで」

「フッ……」

 

 豪炎寺君が私の横に立つ。

 かつては敵同士だったけど、肩を並べてみるとすごく安心するよ。

 なんというか、この人なら大丈夫って根拠もないのに、本当に信じられる。

 私も負けてられないね。

 

「豪炎寺修也。今ごろ現れたようだが、もう遅い。私のグングニルで、貴様がボールを蹴る間もなく決着をつけてやろう」

「残念だが、そう一筋縄じゃいかないと思うぜ」

「なにぃ?」

 

 デザームには意味がわからなかったのだろう。でも私にはわかる。

 豪炎寺君の登場で、みんなからいつも以上の気迫を感じるのだ。

 逆にイプシロンのメンバーは彼の得体の知らない力を感じ取ったのか、無意識に後退りをしている。

 一流の選手は敵味方にも影響を与えると総帥は言っていた。

 現に私も根拠もないのに、今ならなんだってできそうって気が湧いてきている。

 絶望的な状況はまだ去っていないのに、負ける気がしないよ。

 

「さあ、バーニングだよみんな!」

『おうっ!!』

 

 試合再開の笛が鳴った。

 デザームが鬼のような形相で突っ込んでくる。

 

「さあ貴様の力を見せてみろ! 豪炎寺修也!」

「……」

 

 豪炎寺君はデザームの方へ走って行き……その横を通り過ぎた。

 

「なっ!?」

 

 豪炎寺君はそのまま単身でボールも持たずに敵陣へ突っ込んでいく。

 なんで何もしない、とあちこちから声が上がる。

 だけど私は、この状況に見覚えがあった。

 円堂君も彼が何をしたいのか気づいたようで、メラメラと闘志を燃やしながら笑った。

 

「そういうことか……わかったぜ豪炎寺!」

「何をゴチャゴチャと……! くらえ、グングニルッ!」

 

 もう飽きるほど見た神槍がゴールへ迫る。

 だけど円堂君の目には諦めも絶望もなかった。

 力強く手のひらを空へ突き出して、ぐっと握りしめる。

 

「ようやくわかったぜじいちゃん! 究極奥義が未完成ってのは、完成しないってことじゃない。ライオンの子どもが大人になるように、常に進化し続けるってことなんだ!」

 

 円堂君の頭上に現れた、巨大な拳。

 だけどそのサイズはさっき見たものよりも一回りも大きく、さらに激しく回転し始めた。

 

「これが究極奥義——正義の鉄拳G2だぁぁぁ!!」

 

 神槍が拳とぶつかった時、ガラスが砕けたかのような音がした。

 それは槍を形作っていたエネルギーが崩壊したということ。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 失速したボールを押すように正義の鉄拳は飛んでいき……それを遥か遠くまで吹っ飛ばした。

 その落下地点には、円堂君を信じて突き進んでいた豪炎寺君が。

 

 そのまま駆け上がっていく豪炎寺君。

 イプシロンのディフェンスがその前に立ちはだかるが、

 

「ヒートタックル改!」

 

 炎を纏った激しいチャージによって、一気になぎ倒された。

 そのまま彼はゴール前へ。

 ふわりとボールが浮かび上がり——炎の竜巻に包まれる。

 

「真ファイアトルネード!」

「ワームホ……あがぁぁぁぁっ!!」

 

 回転を伴った、炎のシュート。

 もはや圧倒的だった。

 ゼルのワームホールなんて意味をなさず、ボールは彼の顔を撃ち抜いてそのままゴールに突き刺さる。

 とたんに大歓声。

 あっという間に逆転してしまった。

 

「……っ、フハハハハッ! 面白い、面白いぞ豪炎寺修也ァ! 今度はそのシュート、私の手で止めてやろうっ!」

 

 デザームのユニフォームがキーパー用のものに変わる。

 ポジションチェンジか。その顔には若干の余裕の笑みが浮かんでいる。おそらくはさっきのファイアトルネードを見て、勝算があると思ったのだろう。

 でも、今の豪炎寺君なら。

 

「うぉぉぉっ!!」

「豪炎寺君ばっかにいいところ見させないよ! ——もちもち黄粉餅!」

 

 試合が再開。

 餅を鞭のようになぎ払い、ゼルのボールをからめとってこちらに引き寄せ、彼にパスする。その後追従するように私も走り出す。

 

 雷のように速いドリブルと、流れる水のようなパス回しに誰もついていくことはできなかった。

 当たり前だ。なんせここにはFF最強のフォワードが二人もいるんだから! 

 

「ジグザグストライク! ——決めて、豪炎寺君!」

「ああ!」

 

 光の如きドリブルで抜き去り、豪炎寺君へとパス。

 そして鋼鉄の魔人、デザームと対峙する。

 

「こぉい!!」

「ハァァァッ!!」

 

 豪炎寺君の背中から炎の渦が発生し、それを引き裂いて何かが飛び出す。

 あれは……魔神!? 

 円堂君や立向居のとも違う、炎の魔神。それは豪炎寺君を両手に乗せると、天へと投げ飛ばした。

 回転しながら、弓引くように彼の足が伸ばされる。それと同時に、魔神は拳を振りかぶって——。

 

「爆熱ストーム!!」

 

 火炎弾ともいうべきシュートが放たれた。

 空から落ちてくるそれを見ているだけで、肌がチリチリと焼けていくのを感じる。

 しかしデザームはこんな時でも、いやこんな時だからこそ、狂ったように口を歪めて笑う。

 

「フッ、フハハハハッ!! 止めるっ! 必ず止めて見せるっ!」

 

 鋼鉄のドリルが彼の手のひらに浮かび上がる。

 

「ドリルスマッシャーV2ッ!! ォオオアアアアアアッ!!」

 

 二者の必殺技が激突。

 しかし豪炎寺君は勝負の行方を見ずに、ゴールへと背を向けて歩き出す。

 まるで結果がわかり切っているかのように。

 

「なっ、なんだこのパワーはっ!?」

 

 ゴール前が一際眩しくなった。

 鉄壁を誇っていたドリルスマッシャーに、どんどんヒビが入っていく。ミシミシと嫌な音を立てて、そして、

 

「うぐあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 盛大な轟音とフラッシュ、そして爆風が巻き起こり、ボールがネットを揺らした。

 

「す、スゲェ……」

 

 それは誰の言葉だったのだろうか。

 だんだんと話し声は大きくなっていき、それはやがて大歓声へと変わった。

 

「豪炎寺、やったな!」

「スッゴイ技ッスね! オレ、感動したッス!」

「ああ。これが俺の爆熱ストームだ」

 

 みんなが集まって、ワイワイ盛り上がっている中、私はただデザームの方を見ていた。

 なんだろうか、この気持ちは。喜ぶべき状況のはずなのに、なんかモヤモヤする。

 時計を確認する。もう5分も残っていない。

 この感情は、豪炎寺君に向けてのものじゃない。自分に対してイライラしてるんだ。

 なんというか、このままデザームとの決着もつけれずに終わってしまうことが、嫌って思ってしまう。

 

 たしかに、このまま残りの時間を守ることで勝つことはできるだろう。だけどそれでいいの? 

 たぶん、デザームと戦うことができるのも今日が最後だろう。

 このまま流されるままに終わらせていいのか? 否、いいわけがない。

 

 だから私は、笛が鳴ったとたん、全速力で前へ駆け出した。

 

「らぁぁぁぁっ!!」

「なにっ、ぐはっ!?」

 

 荒々しいタックルでゼルを吹き飛ばす。

 イプシロンのメンバーは、ドリルスマッシャーとグングニルが敗れたせいか、呆然としてしまっている。

 好都合だ。なにせ今は一分一秒が惜しいんだから。

 

「デザァァァァム!! 私と最後の勝負をしろデザァァム!!」

「私が……負けただと……そんなバカな……?」

 

 殺気迫る勢いで吠える。

 だけどデザームは自分の両手を眺めるばかりで、ちっとも私のことなんか見ちゃいない。

 よほどショックだったのだろう。先ほどまでのカリスマ的なオーラは失せてしまっている。

 正直、このまま撃てばほぼ確実に決まると確信できる。

 でもそれじゃあ意味がないんだ! 

 

「一回の負けでくじけるな! あなたは私たちの何を見てきたの!? どんな時だって、最後まで諦めないからサッカーは燃え上がるんでしょうが!」

「最後まで……燃え上がる……?」

 

 デザームが私の目を見てくる。

 そうだ。負けを認めても、そこでうずくまってちゃそこで終わりなんだ。大切なのはその悔しさと怒りを燃料に変え、立ち上がること。

 それを積み重ねることが、最高の試合につながるんだ。

 この思いをデザームが聞いていたのかどうかは知らない。エイリアならテレパシーぐらい使えそうだしね。

 ただ一つわかったのは、彼の目に炎が戻ったということだ。

 

「ウオォぉぉぉォッ!!」

 

 獣のような耳をつんざく音が響きわたった。

 デザームは両拳を思いっきり打ちつけ、覚悟を決めたように叫ぶ。

 

「さあこい!! 最後の勝負だ!!」

「ハァァァッ!!」

 

 全身で黄金のオーラを纏う。

 デザームのドリルスマッシャーを破るには、今のシュートだけでは足りないだろう。

 だから()()を使う。

 一度も成功させたことのない、幻のシュートを。

 

 もちろん無策ではない。

 私は現在、しこたま体を痛めつけられたせいで意識が朦朧としている。

 だからだろうか。正気じゃない分、いつもより黄金のオーラの効果が強まっている。

 感覚的にわかった。今ならあの技が撃てる——と。

 

 一度しゃがみ込み、足のバネを十分に使って跳躍。同時にオーラが噴出され、地上で衝撃波が発生した。ボールはオーラに乗っかって、蹴るまでもなく自動でついてくる。

 たどり着いたのは、遙かな天空。

 そこで私は両手をボールに突き出し、自分のオーラを注入すると、眩いばかりの黄金の月が完成した。

 

 頭痛は、ない。

 というか痛覚が麻痺してるのかも。

 それだけヤバい状態ってわかってるのに、私はこれを蹴る楽しみで笑みを堪えきれなかった。

 そう、さいっこうに楽しかったよ。

 だからさ——私からの最後のプレゼント、受け取ってね? 

 

「ムーンライトスコールッ!!」

 

 月に着地してまた跳躍。そしてくるりと一回転して——落下する力を利用しながら、かかとを落とした。

 瞬間、月が破裂。ダイヤモンドダストのように光の粒子が辺りに散らばるが、数瞬後にそれらは数多の巨大な槍となって、地上に降り注ぐ。

 

 下から見れば、バカでかいレーザーが十数個落ちてきたように見えるだろう。

 デザームはそれを見てなお、いやいっそうに破顔した。

 

「私の魂! 私の全て! ——ドリルスマッシャーV3ィィィィッ!!」

 

 出現したドリルは、今まで見てきた中で一番大きかった。あまりの回転に熱を帯びて赤く変色している。

 それを盾にするように、デザームは前に突き出す。

 しかし一つ、また一つと閃光が当たるたびに彼の足は後ろに下がっていく。

 

「まだだ……! 負けてなるものかァァァァッ!!」

 

 魂を吐き出しそうなほどデザームは吠える。

 しかしその願いは届かず、とうとうドリルスマッシャーが砕け散った。

 直後、デザームが見たのは怒濤のレーザーの群れ。

 何個かが彼の横を通り過ぎ、次々とゴールネットを撃ち抜いていく。

 それらの光はやることを終えると収束していき、一つのボールへと戻った。

 

 コロコロと倒れたデザームの横を転がるボール。

 そこで三度なるホイッスル。

 みんなは掲示板の方を見た。

『4対1』。

 そして、声を上げて歓喜した。

 

「やったぞぉぉぉぉぉっ!!」

『ウオォォォォォッ!!』

 

 選手だけではない。観客席からも割れんばかりの歓声が響いてきた。

 ようやくお役御免か。もう立つ力も残ってなくて、どっさりと地面に寝転がる。

 

 

 ——雷門対イプシロン・改。

 勝ったのは雷門だ。




 原作じゃこの時点でのファイアトルネードは改だったはずでしたが、この作品ではゼウス戦ですでに進化してしまっているので真です。まあ今後の展開にはまったく影響がないとは思いますが。



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芽生えた恐怖

「負けた、か……」

 

 倒れ伏したまま、眼前にあるボールにデザームは手を伸ばした。

 もはや立ち上がる気力すらない。

 これから先の未来が彼にはわかっているのだろう。顔を俯かせたまま、凍りついたかのように静止している。

 

 そんな彼に、私は手を差し出した。

 

「……なんのつもりだ?」

「なにって、起こしてあげようとしてるんじゃん。ついでに握手」

「私はエイリアだ。お前たちの敵だぞ?」

「ま、単刀直入に言っちゃえばそうなのかもね。でもさ、サッカーするのに人種は関係ないじゃん? たとえ地球人だろうが宇宙人だろうが、蹴るのが下手なやつは下手で、上手なやつは上手。そして楽しいボールを蹴るやつは楽しいって決まってる」

 

 本心で、そう言ってやった。

 たしかにイプシロンだってたくさんの学校を壊してきた。世間一般で見れば彼らは紛れもなく悪なのだろう。

 ()()()()()()()

 彼らが蹴るボールには、熱があった。魂があった。

 それだけで十分なんだよ。私がサッカー選手って認めるには。

 

 デザームは目を丸くして私を凝視している。と、決壊したかのように笑い出した。

 

「フッ……フハハハハッ! 負けた、完敗だ。貴様には敵わん」

 

 デザームは私の手を握った。

 腕の力に任せて彼を引っ張り上げる。

 手は握られたままだ。

 

「またいつか、やろうよ」

「……我々は」

「知ってるよ。組織の下っ端の最後がどうなるのかを」

 

 帝国学園にいた時もそうだった。

 私たちは呑気に命令を出す立場一方で、それを失敗した部下の処分は厳しく行った。

 暗部の組織なんてそんなものだ。

 私の一声で死んだり、人生を壊された人は数十人はいるだろう。

 

「ではなぜ……?」

「知ったうえで言ってるんだよ。あなたが強いことは身をもって知ってる。だから、いつか会えるのを信じてるんだよ」

「……そうか。そうだな。また、サッカーをしよう」

「うん、必ず」

 

 デザームが愉快そうに笑う。

 もー、至って私は真剣なんだけどなぁ。

 怒った顔をしてみるけど、それは彼の笑いを増幅させるだけの結果で終わる。

 

 そして次の瞬間、フィールド外で青い光が放たれた。

 目を凝らしてその場を見ると、白髪の男が腕を組んで立っている。

 

「あーあ、お迎えかぁ」

「フッ、最後に貴様と話せてよかった」

 

 名残惜しそうに、こちらに目を向けながらデザームは彼の仲間の元へ下がっていく。

 そこでようやく、謎の男が口を開く。

 

『私はエイリア学園マスターランクチーム『ダイヤモンドダスト』のキャプテン、ガゼル』

 

 その声は勝利を分かち合っている円堂君たちのもとにも届いた。

 冷たく、機械を思わせるような口調。それなのに、まるでスピーカーを使っているかのように響き渡ってくる。

 よく見れば、足元に置いてある黒と青のエイリアボールがピカピカと光っている。たぶんあれが声を拡散させているのだろう。

 

 マスターランクチーム。聞き覚えのある名前だ。少なくとも、同じ階級に位置するであろう二つのチームを知っている。

 

 

『これが俺のチーム。『ザ・ジェネシス』っていうんだ』

 

『ああ。エイリア学園マスターランク『プロミネンス』のキャプテン、バーンだ』

 

 ジェネシスとプロミネンス。

 グランとバーン。

 彼らと同じ階級ということは、あのレベルのチームがエイリア学園には最低三つあることが確定してる。

 ……いや、過剰戦力じゃね?

 セカンドとファーストが一つずつしかないのに、なんでラスボスが三人いるんだよ。シナリオ考え直せエイリア皇帝陛下。

 

「ガゼル様……っ」

『今回の件でイプシロンは完全に用無しだ』

 

 ガゼルは手のひらをまっすぐにイプシロンの人たちに向ける。

 足元にあったボールが浮かび上がり、淡く輝き出す。

 

 ……ああ、やっぱりそうなっちゃうか。

 一瞬足が動きそうになった。でもデザームがキザったらしい笑みを浮かべているのを見て、やめた。

 あれは覚悟を決めた人の目だ。

 私たちはサッカー選手だ。勝った者には日射しが差し込む一方で、負けた方は影に身を潜めることとなる。それを承知で戦ったのだ。勝者が敗者を助けることは、彼のその覚悟をも踏みにじることとなる。

 

 だからせめて、私も笑ってやることにした。

 こんなので喜ぶのかはわからない。だけどデザームは満足といった表情で目を閉じた。

 それが最後に見た表情だった。ガゼルのエイリアボールが光を発してイプシロンを包み込み——収まった時には、全てが夢だったかのように跡形もなく消えていた。

 

『雷門中か。いい練習相手が見つかった』

 

 いつの間にかガゼルの姿もなくなっている。しかしどこからともなく声だけは聞こえてきた。

 

 それっきり、彼の声を耳にすることはなく、一連の騒動は幕を閉じた。

 

 

 ♦︎

 

 

 豪炎寺君がチームを離れていた理由は、簡潔に言えば妹さんを人質に取られていたからだ。彼はずいぶん前からそのことで揺さぶりをかけられていたらしい。

 そんで、それを察知したのがあの私たちを牢屋にぶち込もうとした鬼瓦刑事。

 彼は理事長やらと連携を取り、妹さんを保護する日まで匿うことにしたらしい。土方はどうやら鬼瓦刑事と接点があったらしく、国の外れに位置するということも相まって宿泊先に彼の家が選ばれたというわけだ。

 

 以上のことを私たちは豪炎寺君から聞かされた。

 まあ、もちろん私は知ってたけど。

 前に理事長が怪しいと思って部下たちに調べさせたら、見事にビンゴだったようで、あっさりそこら辺の情報を得ることが出来た。

 腕のいい部下に感謝である。

 

 んで、その豪炎寺君が現在なにをしてるかっていうと……。

 

 

「いったぞー!」

「真ファイアトルネード!」

「マジン・ザ・ハンド改!」

 

 みんなとグラウンドでサッカーしてた。

 イプシロン戦後なのに、元気いっぱいである。

 なんか納得いかん。それくらい動けるなら私の盾代わりにでもなってくれたらよかったのに。

 なんて愚痴が出てしまうのも仕方ないでしょ。なんせ私だけがベンチで横たわってるんだし。

 

「ねぇ。そろそろ私もみんなと……」

「いけません!」

「いやだって、私だって豪炎寺君とやりあいたい……」

「ダメです!」

「じゃあ、せめてこのガムテープを……」

「お断りします!」

 

 見事な拒否三段活用である。

 私の表現の自由どこいった? 

 なんか言おうとするたびに秋ちゃんからどす黒いオーラが出てくるので、とうとう最後まで言い切ることができないのだ。

 怖いよこの人。普段優しい人が怒るとこんな般若みたいになるんだ。って思ってたら睨まれたのでサッと視線を逸らした。

 目線で他のマネージャー組に訴えるも、夏未ちゃんからは自業自得とでもいうような冷たい目を、春奈ちゃんからは申し訳なさそうな目が返ってきた。

 どうやら救いはないようである。

 おう、ジーザス。

 

「ぶーぶー。豪炎寺君ほどじゃないけど、私だってこの試合の功績者なのに」

「約束破って禁断の技を使ったお仕置きです。これはチームみんなで決めたことです」

「だからって、ガムテープで簀巻きにしてベンチに転がすのはどうなの?」

「鬼道君がそうでもしないと乱入してきそうだからって」

「よしあのゴーグルぶっ殺すわ」

 

 疑いがあるだけで女子をこんなんにするやつがどこにいるってのさ! 鬼かあいつ! ……いや『鬼』道だったわ。

 とまあ秋ちゃんの言う通り、私は怪我の治療とペナルティという理由でサッカーを禁止されている。

 まったく大袈裟なんだから。たかが一発でどうにかなるわけないのに。

 とはいえこれ以上言うこと聞かないものなら後の関係に影響が出そうだったので、今回は大人しく従うことにした。

 

 ……それにしても暇である。

 某どっかの黒の剣士が『他人がやってるゲームを側から眺めることほどつまらないものはない』と言ってたけど、まさにそんな感じ。

 私だって豪炎寺君と遊びたいのに。

 さっきの試合で黄金のオーラを纏う技術は格段にアップした。今ならジグザグストライクからムーンライトスコールにそのままつなげることもできそうだ。

 彼にはその実験台になって欲しかったんだけど……まことに残念である。

 

「おーい吹雪! いったぞー!」

 

 土門からのセンタリングが上がる。

 しかしシロウはそれに反応することはなかった。

 

「……今のは」

 

 シロウの目が揺れているのが見える。

 あの目に私は幾度となく見覚えがあった。

 あれは、ボールを恐れている目だ。

 

 瞳子監督もそのことに気がついてしまったのだろう。顔に出すまいとしてるけど、相当困惑しているのがわかる。

 サッカーはボールがあってこそ成立する。

 そのボールを恐れるってことは……戦力にならなくなることを意味する。

 

「……解放してやりませんかね?」

「古株さん……」

「あのままいてもどうにもならんことは本人も承知のはずです。ここは北海道に帰して、サッカーから離れさせてやるべきじゃ……」

「ダメだよ。そんなのは絶対に認めない」

 

 体に纏わりついてたガムテープを捨て、監督たちの前に立つ。

 さすがに今のは聞き捨てならなかったので、少し本気を出した。すなわち関節を外して無理やり拘束を解いた。

 けっこう痛いけど、そんなもん皇帝ペンギン 1号の反動と比べたら問題にもならない。それに、そんな痛みを気にしてる場合でもないしね。

 瞳子監督がこちらを向く。

 

「これは感情論でどうにかなる問題じゃないのよ」

「知ってるよ。たしかにここに置いてたら、シロウはもっと傷つくだろうね。だけどここを去ったら、その苦しみを克服する機会を永遠に失うことになる」

「その根拠は?」

「ここには奇跡的にシロウが苦しみを克服できる要素が全て揃ってる。これ以上の環境はもうないと私は断言できるよ」

 

 頼もしいキャプテン、比べられるライバル、支え合える仲間に優秀な監督。

 それだけじゃない。染岡君やその他のみんなの思いが、このチームには詰まっている。そしてそれはたぶん、北海道の田舎町じゃどれも手に入れられないものだろう。

 暗部のクソったれな世界で数多のチームを見てきた私だからこそわかる。このチームがどれだけ恵まれてるかを。

 

「それに、今このまま逃げたらシロウは絶対に後で後悔する。心に釘を打ち込まれたまま、苦しんで生きてくことになる。そんなのは本当にシロウのためにはならないよ」

 

 雷門OBの人たちがいい例だ。

 彼らは40年前に総帥との戦いを恐れて逃げ出してから、ずっとサッカーを忘れられずに生きてきた。調査の一環でその時の彼らの顔を見たけど、全然楽しそうには見えなかった。

 仮に一時はしのげても、そんな人生で幸せになれるのか?

 なれないに決まってる。

 

 監督はずっと目を閉じながら私の話を聞いていた。

 やがてゆっくりとそれが開かれ、グラウンドの方に向けられる。

 彼女の光を失った瞳がなにを写しているのかはわからない。彼女はシロウを見ているのか、それともシロウとその周りにいるみんなを見ているのか。

 

「瞳子監督……」

「……認めたくないけど、同意見ね。彼が成長する機会はここにしかない。今しばらく様子を見ましょう」

「……ありがとう」

「礼はいらないわ。私が考えて私が決断しただけ。そこに外的要因はないわ」

 

 ほんと素直じゃない人だ。

 だけどこの件は瞳子監督自身にも言えることを、当の本人は気づいていない。

 彼女は人間として完成し切っていない。そんな印象がある。

 現に最初の頃は作戦内容も、考えも伝えないような監督だったらしい。

 そんなんで監督が務まるわけがないが、今こうしてやれているということは彼女も変わってきているということなのだろう。

 このチームで足りないものを得てきた。その無意識の自覚が、シロウが変われることを信じさせたのかもしれない。

 

「はぁ……ほんと、手間がかかるなぁ」

「わしとしては一番手間がかかるのはお前さんのような気がするんじゃが……」

 

 うっさいわい。

 第一私のどこが手間がかかるというのか。私は未熟な二人と違って、(大人の)英才教育を受けた立派なれでぃーだぞ。

 そう反論してやったけど、この爺さんは微笑むだけで何も言ってこなかった。

 だからその生暖かい目をやめてほしい。



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息つく間もなく

「うーし、んじゃ行ってくるわ」

 

 目元に指を当てるキザったいポーズを取ってツナミは軽く言った。

 うん、修学旅行に行くみたいな軽さだね。かつてこれほどペラッペラな別れの言葉があっただろうか。

 しかしそれがツナミという男とわかっているので、大海原のみんなは特に気にすることはなかった。

 

 青空を泳ぐカモメが数羽、私たちを祝福してくれてるように鳴いている。

 そう、今日この日、私たちはいよいよ沖縄を発つのだ。見送りのメンバーには、他には土方とその兄妹たちがいる。

 

 あー、とうとうこの海ともお別れか。

 暑かったりいろいろ苦しいところもあったけど、なんだかんだで嫌じゃなかった。全てがひと段落したら別荘を買いたいよ。

 

 大海原のみんながツナミと同じポーズを取る。

 それを見て、私たちは船に乗り込んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

 船を降りたらイナズマキャラバンに乗り換え、ガタガタ揺られること数時間。

 稲妻町のシンボルである鉄塔が見えてくる。

 

「ようやく帰ってきたんだな」

 

 窓際の席に座ってる豪炎寺君が感慨深そうに呟く。

 メンバーも一気に増えたので、席の位置にも多少変化があった。

 前までは横一列に私とシロウが座ってたけど、そこに豪炎寺君が追加されてる。ツナミは今まで最後尾を占拠してた壁山のとなりだ。

 壁山の寝相の悪さとうるささは折り紙付きだ。ご冥福をお祈りする。

 

「どうだ? これから河川敷にみんなで向かわないか? 俺今サッカーがやりたくてウズウズしてるんだ」

 

 それはみんな同じだ。なんせ早朝出て十数時間身動きが取れなかったんだもん。体を動かしたくてたまらないのだろう。

 

「いいねいいね、やろうよサッカー。私も豪炎寺君とまだ殺れてないからさ」

「なえさんはダメです!」

「えー!?」

 

 秋ちゃんそりゃないよ……。

 こうなったら最終兵器だ!

 見えないように目薬をさして、目をウルウルさせながら彼女を見つめる。

 

「うっ……だ、ダメです! 昨日の今日で怪我が治るわけないでしょ!次の試合の時に満足に動けなかったら困るのはなえさんなのよ?」

 

 ぐっ……それを言われちゃおしまいだ。

 まあ本調子じゃないのもホントだし、仕方がないか。

 なんて渋々納得してたら、いつのまにか河川敷についていた。

 飛び出すように私たちはキャラバンを降りる。

 

「よし、サッカーやるぞ!」

「お待ちなさい。まずは親御さんたちへの連絡と、この町に家がない人たちの宿泊先を決めるのが先よ」

「あー、母ちゃんに会っとかないとうるさいからなぁ」

 

 仕方がないかと円堂君はうなずく。

 

「そういえばさ。前回私は簀巻き状態で雷門中に拘束されてたから知らないけど、塔子とかはどこに泊まってたの?」

「いや簀巻きってアンタ何してんねん……」

 

 夏場なのにトランクというクーラーなし荷物ありの密室空間で干からびかけてました。自分でもあれはバカだったと今は思うね。弱体化しすぎて全く抵抗もできずにふん縛られたほどだもん。

 まあすぐに脱出したからいいけど。

 ちなみにその日の宿泊先はイナズマキャラバンの上である。

 夏の大三角形が綺麗だったとでも感想を言っておこう。

 

「あたしたちは円堂んちに泊まったよ」

「あらやだ奥さん。いつのまにかそんな関係に?」

「なってるわけないだろこのスカポンタンっ!」

「もんぶらんっ!?」

 

 スカポンタンって、きょうび聞かないなぁ……。

 塔子に拳骨を落とされて、うずくまる私。

 ぐっ……平和主義の日本の総理大臣の娘がこんなんでいいのか?

 

「暴力反対! 力じゃ何も解決しないよ!」

「思いっきり悪人のあんたに言われたかないよ!」

 

 そういえば私犯罪者だったね。あっはっは。こりゃ一本取られた。

 なんて褒めてあげたら、また拳骨落とされた。

 解せぬ。もしかしてこれがうわさのツンデレってやつなのかもしれない。

 

「とにかく、ツナミたちもうちへこいよ。母ちゃんの肉じゃが、最高にうまいんだぜ?」

「俺、肉じゃが大好きです!」

「残念やけどうちはダーリンちに泊まるわ。なぁ、ええやろダーリン〜」

「え、えぇ……」

 

 か、かわいそうに。

 おまけに彼、アメリカからこっちに来てる関係上一人暮らしなので、必然的にあの悪魔と二人っきりで寝ることになる。

 私だったら絶対に耐えられない。

 一之瀬は頼みの綱とでもいうように土門に目線を向けるけど、彼は悲しい顔でサムズアップするだけだった。

 裏切り者ぉ! という叫びが聞こえたけどみんな無視する。

 だってアレに関わると面倒なんだもん。

 

「じゃあ、さっそく行こうぜ」

「おー! レッツ肉じゃが!」

「……なえ、お前は東京中に宿泊場所複数持ってるだろう?」

「鬼道君、それは言わないお約束だよ」

 

 たしかに私はこの東京にいくつかのアジトを持っている。

 しかーしだ!

 合法的に円堂君んちに泊まれるのだよ? ホコリ臭いアジトなんかより数百倍いいに決まってるじゃんか!

 

 そうやってワイワイ揉めてると。

 ——河川敷のグラウンドに、突如重たい何かが落ちてきた。

 

 いきなりのことで私たちは動揺する。

 グラウンドにはクレーターができており、その中心部には黒と青のつい先日見たエイリアボールがめり込んでいる。

 ボールは急に光ると、くぐもった声を発する。

 

『雷門イレブンよ、我々は『ダイヤモンドダスト』。我々は君たちにフロンティアスタジアムにて試合を申し込む。来なければ、黒いボールを無作為に落とす』

 

「エイリア学園……もう来るなんて……!」

「無作為ってなんなんスか?」

「デタラメにってことだよ」

「デタラメ……えぇぇぇっ!? そんなことになったら東京は……!」

「間違いなく崩壊する」

 

 普段扱ってるから、エイリアボールの破壊力は誰よりも知ってる。

 エイリア学園の中でも最高クラスの選手が撃てば、ビルすらも崩壊させることが可能だろう。そんなものが雨みたいに建物の多い東京に撃たれたら、死人も出るし何もかもがおしまいだ。

 

 戸惑っているみんなに対して、瞳子監督の決断は早かった。

 すぐに私たちに指示を出してくる。

 

「みんな、聞いての通りよ。残念だけど、今すぐフロンティアスタジアムに向かいます」

『はいっ!!』

 

 私たちは急いでキャラバンに乗り込み、スタジアムへ向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

 『フロンティアスタジアム』。

 それは本来ならFFの決勝戦の舞台となる場所であった。

 しかし今年度は違う。総帥がゼウススタジアムとかいう空中要塞を決勝の地に変更したからだ。しかも喧嘩を売るように、わざわざフロンティアスタジアムをヘリポートにしてまで。

 スタジアムを設立した者はハンカチを噛みしめて泣いたことだろう。

 

 とまあどうでもいいことを考えながら、人工芝生に足を踏み入れる。

 無事に到着したのはいいけど、肝心のダイヤモンドダストなるチームの姿はどこにも見当たらない。

 呼び出しておいて遅刻とか、どんな高等技術だよ。総帥以外にそんなクズみたいな嫌がらせをする人がいたとは。

 なんて思ってたら、相手側のベンチが青い光に包まれて、それが消えたころには十数の人影がそこにあった。

 

「来たね、雷門イレブン。君たちに凍てつく闇の冷たさを教えてあげるよ」

 

 ドヤ顔で手のひらを突き出してポーズを取るガゼル。

 冷たい風が吹いて、静寂がしばし訪れる。

 いや……もう今のでお腹いっぱいです。寒すぎてお腹壊しちゃいそう。

 そのあまりに痛々しい……いや思春期らしいセリフに、私たちはどう返してあげたらいいのか困惑する。

 そんな中先陣を切ったのは、我らがキャプテンである円堂君。

 

「冷たいだとか熱いだとかそんなのは関係ない! サッカーで町をムチャクチャにしようなんてやつらを俺は許さない!」

 

 素晴らしい回答だ。

 相手を傷つけずに、なおかつ単刀直入に宣戦布告してる。

 さすがは円堂君! 私たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!

 

 ガゼルは気遣われたことにも気づかずに、自分たちのベンチへ戻っていく。

 そこで瞳子監督から今日のフォーメーションが発表される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 豪炎寺君が加わったことで、このチームのフォワードは三人になっている。それを考慮してのフォーメーションだろう。

 ちらりとベンチに座っているシロウを見る。

 彼はもちろん試合には出ない。ボール自体が怖くなってしまっているのだ。到底エイリアと戦うなんてことはできないだろう。

 そのことに若干の寂しさを感じる。

 

「みんな、相手は未知の敵よ。十分注意しなさい」

『はいっ!』

 

 伝えられたフォーメーション通りに配置につく。

 そしてホイッスルが鳴って、試合が始まる。

 

 とたんにダイヤモンドダストの選手たちは、モーセの海の如く左右に分かれてゴールへの道を作った。

 

「なんだと……?」

「これは……撃ってこいって言ってるのかな?」

 

 これには私たちも困惑。

 一見無防備にも見えるこのフォーメーション。だけどうかつに踏み込んだら、左右の選手たちに挟まれておしまいだろう。

 しばし迷ったあと、豪炎寺君とアイコンタクトを交わす。

 私はボールを横に転がし、それを豪炎寺君が蹴った。

 

 風を突き抜けながら、ボールは左斜め上へ。

 だけど相手キーパーは跳び上がると、片手でそれを止めてみせる。

 しかし彼はそこで終わらないで、まっすぐに雷門ゴールへ向かってボールを投げつけてきた。

 

 円堂君はそれを危なげなくキャッチ。

 この行為になんの意味があったかと問われれば、パフォーマンスとしか言いようがないだろう。

 しかしロングとはいえ、豪炎寺君のシュートを片手で止めてみせたことと、ゴールからゴールへまっすぐボールを投げつけられたことだけで相手のキーパーの実力がかなりのものであることがわかる。

 おまけに、各選手たちの動きも速い。

 円堂君が誰かにパスしようとした時点で、ミッド・ディフェンス陣のほぼ全てにマークがつけられていた。

 退屈しなさそうだよ……ほんと!

 

「円堂君こっち!」

「っ、よし、頼んだぞなえ!」

 

 身近の選手がマークされているのなら、動けばいいだけだ。

 ダイヤモンドダストのマークをすり抜けて、ボールをいただく。

 とたんに囲まれたけど……それは他のマークが外れたということ。

 

「土門!」

「塔子!」

「ああ、任せと……」

 

 連続してパスをつなげていく。

 しかし塔子が胸でトラップしようとしたその時、仮面を被った少女が塔子の前に現れてインターセプトした。

 たしか名前はリオーネだっけか。

 彼女はそのまま素早くボールを浮かすと、オーバーヘッドキックでパスを出す。その軌道の先にはガゼルが走り込んでいる。

 

「お手並み拝見といこうじゃないか!」

 

 ガゼルはそのままダイレクトでボールを撃ち込む。

 コースは真ん中。そこにはもちろん円堂君が待ち構えているけど、ボールをキャッチした時、彼の体はラインギリギリまで下がらされた。

 

「っ、ビリビリくるぜ……!」

 

 円堂君にはまだ余裕がありそうだ。

 ダイヤモンドダストの戦力分析はあらかた終わった。

 結論として言ってしまえば、彼らは強い。しかしそこに絶望的な差があるわけではない。

 もちろん相手がまだ全力を出してないのは一目瞭然だ。しかしそれを考慮しても、最低で七割程度は出していると私は考えている。

 

 チャンスは相手が手を抜いている序盤。

 だけどその手を抜いてる状態でこちらと同等以上に渡り合ってきているので、なかなか隙をつくことは難しいだろう。

 しかしやらなくては。

 再びボールをもらい、走り出す。

 ガゼルがその前に立ちはだかった。

 

「やあ。君にも一応興味があるんだ。楽しませてくれよ」

「宇宙人にモテても嬉しくないんだけど、ねっ!」

 

 高速で動き回り、私たちはせめぎ合う。

 フェイントを混ぜ、肩などをぶつけ、ボールを動かし、しかしそれでもガゼルを抜くことは難しい。

 別段ガゼルのディフェンス能力が優れているわけではない。いや、ガゼルは他と比べると十分ディフェンスもできているのだけど、フォワードの時ほど突出してはいないのだ。

 じゃあなんで苦戦してるかっていうと、体中からギシギシ悲鳴をあげる筋肉のせい。

 

 皇帝ペンギン1号には撃つ回数の目安がある。

 それは一試合に最大二回。これが限界だ。

 そして普通この技を使うほどの試合というものは、そうポンポンあるわけではない。短くても試合というものは一、二週間に一回ぐらいしかないのが普通だ。

 だけどイプシロン戦があったのは昨日の出来事。

 ここまで言えばわかると思うけど、要するにあの時のダメージが完全に抜けていないのだ。

 動作をするたびにミシミシ嫌な音がする。たった一回、されど一回。全身が肉離れをしたような痛みが昨日の今日で消えるわけがない。

 それでもスタメンに選ばれているのは、この状態でも他のみんなより動けるから。

 しかしガゼルを相手取るには、さすがに足りていないのは明白だ。

 

「まったく、エイリア学園もよっぽど余裕がないように見えるねっ!」

「時間をかけていたら他の二人がどう動くか予想がつかないからな。なら手っ取り早く雷門を潰して、我らダイヤモンドダストの功績の一つにしてやるまで」

 

 ふむ、どうやら同じエイリア学園といっても一枚岩とはいかないようだ。彼の口ぶりからバーンやグランとはさほど親しいわけではないのが伺える。

 

「もらった!」

 

 ガゼルの足が一閃。槍のように突き出されたそれはボールを私の元から弾く。

 彼はその後ペナルティエリア外でのシュートを撃つ。

 今度もすごい威力だったけど、円堂君はキャッチしてみせた。

 

「へぇ、思ってた以上はやるじゃないか」

 

 そんなことを言ってるけど、ガゼルは全然驚いているようには見えない。

 その様は本気を出せば得点できると言ってるようであった。

 その余裕、絶対引っぺがしてやる。

 

 今度も自分から円堂君の方へ近づこうと思ったけど、二回もパスされてちゃ対策もされるものだ。私の方にガッチリマークがついている。

 これじゃあ身動きが取れないので、仕方なく円堂君はちょうどフリーになっている小暮にボールを回す。

 

 その小暮から鬼道君へ。

 そこへリオーネとはまた違う、仮面をつけたドロルという男がやってくるが、

 

「イリュージョンボール改!」

「なにっ……!?」

 

 鬼道君十八番の必殺技が炸裂。

 ボールは三つに分裂し、ドロルが戸惑っている隙にパスが出される。

 受け取ったのはリカだ。

 

 ミッド陣も突破し、残るはディフェンスだけ。

 リカが意気揚々と突っ込んでいく。

 しかし遠目から見えたのは、岩のような巨大な体を持った男ゴッカが、見た目に似合わない速度で走っている光景だった。

 彼はその勢いを利用し、スライディング。その突き出した足が氷を纏い始める。

 

「フローズンスティール!」

「きゃぁぁぁっ!!」

「リカっ!」

 

 まずい。あの巨漢のスライディングをまともにもらっちゃったぞ。

 リカはまるでボールのように数メートル吹き飛ばされ、足を押さえたまま地面に横たわる。

 勢い余ってボールがラインを超えたのを見計らって、私たちは彼女のもとへ駆けつける。

 

「くっ、うぅぅぅ……!」

「私が運ぶ。ベンチで応急処置の準備をしといて」

 

 うめくリカは自分じゃ立ち上がれないほど重傷だった。

 担架を待たなくても、私なら女性一人運ぶことはわけない。慎重にお姫様抱っこをして、ベンチ近くの地面に下ろす。

 

 春奈ちゃんがソックスを脱がす。そこで露わになった肌は青く、大きく腫れていた。

 

「これは……!」

 

 骨折とまではいってないものの、これじゃあ試合復帰は無理だろう。

 とはいえ、そうホイホイと入れ替えられるほどうちのメンバーは充実していない。

 ちらりとベンチを見る。残っているのはシロウと立向居とメガネ君。シロウは試合に出れないし、他の二人もダイヤモンドダストを相手にするにはあまりに力不足だ。

 瞳子監督もそう思っているのだろう。珍しく、熟考している。

 

 私だったら、フォワードを二人に減らして『ベーシック』のフォーメーションにするかな。それが一番バランスがいい。ただしそれは交代で入ったどちらかが作ってしまうであろう隙を埋めやすい、という意味ではあるけど。

 この案を採用すれば攻撃力は減り、さらに防戦一方になってしまう。

 そしてそれはいつか破られてしまうだろう。いつまでも手を抜いてもらえるほど、彼らは甘くない。

 

 苦渋の決断というわけか。

 瞳子監督は迷いに迷った末、立向居の方へ顔を向ける。

 そして選手交代を宣言しようとしたその時——

 

 

 ——天から一つのボールが落ちてきた。

 怪訝に思う私たち。その軌跡を追おうと頭を上げ、そして驚愕する。

 

 落ちてきた、というのは不適切だ。

 それは紛れもなく降りてきた。

 白い翼を生やし、黄金の長い髪を揺らしながら彼は顕現する。

 

 『アフロディ』。

 ゼウスの副キャプテンが、ボールの上に舞い降りた。




 忘れている人もいるかもしれませんが、この作品においてアフロディはゼウスの副キャプテンです。キャプテンはもちろんなえちゃんです。


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最強の助っ人

『あ、アフロディ!?』

 

 突然の乱入者に私たちは度肝を抜かれた。

 それほど意外な人物なのだ。

 

 アフロディ。総帥が監督してたゼウス中の副キャプテン。つまりは私の元チームメイトだね。

 もはや試合をしてる場合じゃない。駆けつけた私たちは彼を取り囲む。

 

「やあみんな。また会えたね」

「アフロディ、リハビリは大丈夫なの?」

「心配ないよ。神のアクアは体から完全に抜けた」

「……何しにきたんだ?」

 

 円堂君をはじめ、彼を良く知っている雷門の人たちは刺すような目を向けている。

 まあそりゃそうだ。自分でやっといてアレだけど、お世辞にもあの試合はクリーンな内容じゃなかったからね。雷門は怪我人が何人も出たし、あまりいい思い出ではないのだろう。

 

「ふふ、愚問だね。戦うために来たのさ、君たちと——」

「っ!」

「——エイリア学園を倒すために」

「……へっ?」

 

 間抜けな顔をする円堂君。

 そして次の瞬間、

 

「えぇぇぇぇっ!?」

 

 驚きの声がグラウンド中に響き渡った。

 円堂君はアフロディに詰め寄る。

 

「ど、どういうことだ?」

「あの試合で感化されたのはなえだけじゃないってことさ」

 

 彼は今この場に来た理由を語り出す。

 

「僕は君たちから諦めなければ人は何度だって立ち上がれることを学んだ。そのおかげで厳しいリハビリに耐え、もう一度サッカーができるかもしれないところまで回復することができた。そんな時に、君たちの試合を見たんだ。そして思った。もし僕がもう一度フィールドで羽ばたけるようになったら、その時は君たちに恩返しを、そして大切なことに気づかせてくれたサッカーを守りたいって。だから僕はここに来た」

「アフロディ……」

 

 あの自分以外をまともに見ることもできなかったアフロディが、そんなことを言えるようになるなんて……。

 彼の言葉は私の体の奥底にまでしみじみと染み込んだ。

 私は友人の成長に感動して涙しそうになる。

 

 これを聞いても、一部のメンバーはいまだにアフロディを疑うことだろう。だけど私はどうしても彼と一緒にサッカーがしたくなった。

 だから今回ばかりは恥を捨てて、このプライドばっかで重い頭を下げることにしよう。

 

「円堂君、みんな、お願い。アフロディを信じてあげて。私が頼むのもおこがましいけど、それでも私はアフロディを信じたいの……!」

「円堂、俺もありだと思う」

「ああ。そもそもゼウスの事件の主犯であるなえがここにいる時点で、今さらアフロディが加わったところで変わりはないしな」

「豪炎寺君……鬼道君……!」

 

 お礼を言ったら二人の口角が吊り上がったので、気恥ずかしくなって頭を上げる。

 円堂君はずっとアフロディの目を見ている。

 

「本気なんだな?」

「ああ」

「そっか。わかった。なえがこれだけ言ってるんだ。俺はお前を信じる!」

 

 握手が二人の間で交わされる。

 それから先はあっという間だった。

 余っていたユニフォームを着て、アフロディはリカの位置に立つ。

 背番号は11番。染岡君と同じものだ。

 ゼウスの特徴的なものとは全く異なる黄色のユニフォームだけど、なぜだか様になっている。

 あれか、金髪で色が似てるからかも。

 少なくともどぎついピンク色の人よりかはマッチしてると思う。

 ……あれ、染岡君もピンクだっけか。

 

「このユニフォームを着ればみんな仲間だ! 頼んだぞアフロディー!」

 

 後ろから円堂君の激励が聞こえて来る。

 アフロディが頬を緩めた。

 

「ふっ、相変わらず器が大きいな」

「それが円堂君の魅力ってやつだよ」

「ああ。だけど彼に甘えてばかりではいられない。信用は自分で勝ち取ってみせる!」

 

 そう決意を新たにしたところで、試合再開。

 ダイヤモンドダストのスローイングが通ってしまう。

 

「ボルケイノカット!」

 

 しかし土門がすぐさま走ってきた。

 振り切った足が地面に弧を描き、そこからマグマの壁が噴き出ることで相手を弾き飛ばす。

 

 チャンスだ。

 アフロディは稲妻のような速度で身を翻し、すぐさま空いているスペースに切り込んだ。

 土門は一瞬躊躇うような素振りを見せるも、すぐに足を振り上げる。

 

「……くそ、仕方ねえなぁっ!」

「ありがとう、土門」

 

 嫌々というのがわかる態度だったけど、土門はパスをアフロディに出してくれた。それがつながり、すぐさまアフロディは前を駆ける。

 一番反対意見が上がりそうなのは喧嘩っ早い土門だと思ってたけど、なんとか信じてくれたようだ。

 思わず笑みが浮かんでしまう。

 

 そしてここから、()()()()()()()()()()が始まる。

 

「——ヘブンズタイム」

 

 一瞬だった。

 アフロディが指を鳴らしただけで、次の瞬間に彼は敵のディフェンスの背後に移動していた。

 そして竜巻が発生。抜かれたディフェンスが吹き飛ばされる。

 

 決まったね、アフロディの『ヘブンズタイム』。

 原理は催眠術みたいなものだけど、簡単に言っちゃえばこの技はアフロディ以外の時を止める。まさにチートみたいな技だ。

 もっとも制限がいろいろあるらしく、ドリブルにしか運用することはできないらしい。しかし一気に敵陣へ切り込むことができた。

 

「面白い技だ。だが、所詮人間に破られた神。神のアクアなき君に何ができる!?」

「できるさ。みんなと一緒なら、なんだって」

 

 ガゼルが凄まじい速度で襲い掛かる。

 それに対して、アフロディがしたことは、誰もいない場所に向かってパスを出すことだった。

 

「なっ……!?」

 

 訂正しよう。()()()()()()()場所へだ。

 軋む体に鞭打って、全力で駆け抜ける。そしてボールに追いつくと同時にパスを出して、ガゼルを出し抜いた。

 

 『ワンツー』。

 サッカーの基本テクニック。

 そうだ、サッカーは全員でやるものなんだ。一人でダメなら協力するまで。

 自己意識の高い彼にはそれが見えていなかった。

 

「さっき君は神のアクアがなければ何もできないと言ったね。——訂正させてあげよう。これが、僕の新しい力だ!」

 

 アフロディの背に翼が生える。

 しかしそれは見たことがあるものとは違った。

 以前のが昆虫のような翅であったのに対して、今彼が生やしたのには鳥類のに似た羽があった。

 天空から落ちた雷がボールを包み込む。

 アフロディは横に回りながらその上を飛び、くるりと回転。

 光を纏ったかかと落としが、叩き込まれる。

 

「ゴッドブレイクッ!!」

 

 眩い光を放ちながら、ゴールに向かってそれは落ちていく。

 空気を通して、ビリビリとした震動が伝わってきた。

 なんてシュートだよ。ゴッドノウズなんて比較にもならない。

 対峙するダイヤモンドダストのキーパーが右手にエネルギーを溜めてるけど、これと比べると全くもって脅威を抱けない。

 

「アイスブロッ……ごがぁぁっ!?」

 

 氷を纏った右腕は一瞬で弾かれ。

 神々しいシュートが、キーパーごとボールをゴールに押し込んだ。

 

「先制点だと……? バカな……!?」

「これが人になった神の実力さ」

「アフロディすごいよ! ほんとほんとすごい!」

 

 うんうん、復帰するだけじゃなくてこんなに強くなって帰ってくるなんて……!

 あまりの嬉しさに抱きついてしまった。

 お、いい匂い。香水もいいもの使ってるねぇ。

 

「は、離れるんだなえ! 女の子がそんなことをしては……!」

「アフロディも女の子だからだいじょーぶ!」

『えっ!?』

「違う、僕は男だっ!」

 

 何言ってるんだこの金髪美女は。鏡見なさいよ鏡。どこに男要素があるのよ?

 むしろ私よりも女の子らしい気が……これ以上考えても虚しくなるだけだからやめておこう。

 

 アフロディが女子疑惑を必死に解いている間に、さっきのシュートについて考える。

 見た感じ、爆熱ストームに匹敵するレベルのものだ。いや、もしかしたらそれすら超えてるかも。

 豪炎寺君とエースストライカー争いするつもりだったのに、とんだダークホースが出たものだ。いやまあ嬉しいといえば嬉しいけど。でもなんというか、一番の座ってやつは譲りたくないものなんだよ。

 豪炎寺君も同じ思いを抱いていると見える。顔には出してないけど、アフロディのシュートを見て目に熱気を宿しているのが丸わかりだ。

 円堂君曰く、案外負けず嫌いらしいからね。まあその方がこっちもやる気出るからいいんだけど。

 

「……ふ、ふふふっ。君たちを正直侮っていたよ」

 

 そんな喜びのムードで溢れる私たちを、その低い一声が凍てつかせた。

 パキパキ、と地面の人工芝が凍り付いていく音が聞こえてくる。

 あちゃー、やっこさん超キレちゃってるよ。無表情だけど力の制御を誤るほど感情が昂ってる。

 彼は自身の髪の毛を握りしめながら、人でも殺せてしまいそうな目をギラリと向けてくる。

 

「もう手加減はなしだ。今浮かべている笑みが、この試合で最後のものだと思え……!」

 

 安っぽいセリフだけど、実力は確かだ。

 ダイヤモンドダストはまだ本気を出していない。

 ガゼルの言葉がハッタリではないことは、そのあとすぐに証明される。

 

 

 キックオフと同時に私が前に飛び出す。

 

「もちもち黄粉餅!」

「きゃっ!?」

 

 エネルギーを固めて作った餅の鞭を振り回し、リオーネを殴打。同時にボールを絡めとって奪い、すでに前方へ走っていたアフロディに渡す。

 

 彼は手を天に掲げ、技名を唱えようとする。

 しかしその前に予想以上の速度の巨体が迫ってきていた。

 

「ヘブンズタ——」

「フローズンスティールッ!!」

「なにっ!?」

 

 突然のことで回避が間に合わない。アフロディは凄まじいスライディングに巻き込まれて、跳ね上げられた。

 あの技……使ったのは同じゴッカだけど、リカの時とは全然スピードが違う! なまじそれを見ていてしまったため、アフロディは計算以上の動きをする彼にやられてしまったのだ。

 幸い受け身は取ったようで大したダメージはないみたい。

 だけどボールが奪われたのは事実で、それが敵ミッドのドロルに渡る。

 

「抜かせないッス! ——ザ・ウォール!」

 

 進路方向を塞ぐように巨大な岩が出現する。

 それを意に返さずドロルは浮き上がると、ボールを両足で、地面にめり込ませる勢いで踏みつける。すると連鎖的に水柱が地面から噴き出した。

 

「ウォーターベール!」

「うわぁぁぁっ!」

 

 その強烈な水圧によって岩は崩壊。壁山はその余波で倒れ、ドロルの突破を許してしまう。

 そして最終ディフェンスラインにいる彼が破られたということは、

 

「ガゼル様!」

 

 もう他にディフェンスはいないということだ。

 ガゼルにボールが渡る。

 まずいと思って走るけど、私の進路を潰すような位置取りをダイヤモンドダストの連中がしてきたせいで、間に合いそうにもない。

 くそっ、間接的でこんな封じ方されたの初めてだよっ!

 

「見るがいい。凍てつく闇の恐怖を!」

 

 浮き上がったボールを彼から発せられた冷気がコーティングしていく。ぱっと見てエターナルブリザードと似てるけど、比べるのも馬鹿らしい密度のものが圧縮されてる。

 ガゼルは高速で動き、加速させた後ろ蹴りを叩き込む。

 

「ノーザン、インパクト!」

 

 瞬間、氷は青い光と化して真っすぐに飛び出した。

 速度も感じ取れるエネルギーもグングニル以上。

 円堂君は右手を握りしめ、叫ぶ。

 

「正義の鉄拳G2!!」

 

 神々しい拳が放たれる。しかしそれが青い弾丸を押し返すことはなかった。逆にジリジリと押されていき、ひび割れてついには砕け散ってしまう。

 円堂君の横をすり抜けて、弾丸がゴールを撃ち抜いた。

 

 ゴール。本気を出しただけでこれか……! たった数分で一点返されてしまった。

 これがマスターランクチーム。

 ああ……不安も感じるけど、それ以上に断然倒したくなってきたよ……!

 

「ふっ、他愛ない」

 

 澄まし顔でそう言い捨てて、ガゼルは去っていく。

 円堂君は悔しそうに右拳を見つめている。

 それを尻目に、前半終了のホイッスルに耳を傾けた。

 




 アフロディがすぐに信用されたのはなえちゃんがいるからです。ぶっちゃけ彼女はアフロディ以上に雷門メンバーからのヘイト値が高かったので、それが解決された今ではアフロディも信用出来るかもという気持ちが芽生えていたわけです。
 そんでもってゴッドブレイクの登場。いや2から存在してるんだし、使わなきゃ損かなって。


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焦燥

 前半が終了し、私たちはベンチに戻っていた。

 いつつ……やっぱ体が軋むね。集中力が切れたせいでよけいに意識してしまう。

 

「予測はしていたが、正義の鉄拳が破られるとはな」

「なに、心配するな。究極奥義に完成なしだ。次は止めてみせる!」

 

 一点は取られたものの、みんなの闘志はまだまだ衰えていない。これなら十分に後半も戦えるだろう。

 ふと、ダイヤモンドダスト側のベンチを覗く。

 ガゼルの姿がない。それに……無人なはずの観客席にいた二人の姿も消えている。

 害する気配がなかったから放っておいたけど、実は試合前から見たことがある二人がこちらを見下ろしているのに気づいていた。それを報告しなかったのは、余計な心配をさせないため。

 

 と、思ってたら選手入場の方からガゼルが出てくるのが見えた。しかもめっちゃ不機嫌そう。

 あれは私におちょくられた不動に似てるね。青筋が浮き出て、いつ手を出してきてもおかしくない爆発一歩手前な感じ。

 可哀想に。おおかた例の二人に散々いじられてしまったのだろう。宇宙人でも社会というものが辛いことなのは変わりがないようだ。

 

 ハーフタイム終了の笛が鳴る。

 それぞれのチームがコートを入れ替え、それぞれがポジションについたところで後半が開始される。

 

「油断はしない! 徹底的に叩き潰す!」

「同僚にいじめられたからって八つ当たりはよくないよ?」

「っ、貴様、どこで聞き耳を……!」

「はい、もーらい」

 

 アハハッ、動揺しすぎ。

 さっきの予想は図星だったようで、ガゼルの意識が一瞬逸れた。その隙を突いてボールを奪う。

 

 二人のフォワードのうちどっちかにパスを出そうかと思ってたけど、すでに複数人によるマークが付いている。

 人気者は辛そうだねぇ。

 なら、私一人で行くしかないか。

 

「フローズンスティール!」

「ジグザグストライク」

 

 ゴッカの氷のスライディングが迫る。

 それは確かに速いし、避けるのは困難だろう。

 だけど、私のジグザグストライクほどではない。

 黄金の光を纏い、分身ができるほどの速度で進んであっさりと回避した。

 そして彼がここの最終防衛ライン。

 ということはつまり、私は今キーパーと一対一だ。

 その構図は奇しくも前半の円堂君とガゼルを彷彿とさせる。

 

「裁きの極光! ——ムーンライトスコール!」

 

 天空にまで跳び上がり、そこで巨大な月を生成。その上に着地と同時に跳躍した後、一回転し、かかと落としをくらわせる。

 瞬間、月が弾け、無数の閃光がゴールに降り注いだ。

 

 敵キーパーは即座に悟ったのだろう。止められるわけがないと。

 それでも意地とばかりに右拳に冷気を集中させ、頭上の光の雨へアッパーカットのように振るう。

 結果として、それが閃光に触れることはなかった。

 

 なぜか。それはゴール横の地面に出現した、無数の小さなクレーターが物語っている。

 

「は……外した?」

「……命拾いしたねっ」

 

 その惨状に思わず舌打ちする。

 外した要因はいくらでもある。体が本調子じゃないとか、完成して一日しか経ってない技の調整をしてなかったりだとか。

 だけど外したという事実が覆されるわけではない。

 これじゃあエースストライカー失格だよ。

 心配してか、近くに豪炎寺君とアフロディが寄ってくるのに気づく。

 

「ごめん……」

「気にするな。サッカーは全員でやるものだ。お前が全力を出せなくても、その分は俺たちがフォローしてみせる」

「そういうわけだよ。君の体の状態も察してるし、だからといって試合に出るなと言っても聞かないだろう。なら君は今の状態でもできることをするべきだ」

「……そうだね。わかった、今日の攻めは任せたよ」

 

 要するにアフロディは私にディフェンスに徹しろと言っているのだ。

 悔しいけど今みたいにチャンスを潰すくらいなら、二人のサポートに回った方が良いだろう。

 静かにうなずく。

 

 相手のゴールキックから試合が再開する。

 現在のボールの位置はハーフライン辺り。そこの攻防に加わり、ドリブルしているアイキューに向かって青い光を放つ足を振り抜く。

 

「スピニングカットV3!」

「っ、こんなもの……」

 

 青い衝撃波の壁がアイキューの前に出現した。しかしエイリア学園の生徒ならこんなもの強引に打ち破ってしまうだろう。

 だから私はその前に、自らその壁を突き抜けた。

 

「っ!?」

「もーらいっと!」

 

 突然目の前に現れることで驚かせ、その不意を突いてスライディングしボールを奪う。子供騙しだけど、一瞬一瞬の判断が致命的になるこのサッカーにおいては実に有用な技術だ。

 まあそれ以前に相手がマヌケな顔を晒すのがおもしろいからやってるってのもあるけど。

 ともかくボールを奪った私は豪炎寺君へ高くボールを上げた。

 しかしそれは彼に届く前に、跳躍した敵選手のアイシーによって阻まれてしまう。

 

 取られないような高さだったんだけど、見誤ったか。

 私のデータには名前は表示されてもその詳細まではない。お抱えの部下たちじゃそれが限界だったのだ。だから仕方ないと割り切り、次の行動に移る。

 

『ボールはアイシーからドロルへ! そのまま真ん中から駆け上がっていくぅ!』

 

「行かせないよ! ザ・タワー!」

「ウォーターベール!」

「っ、きゃぁっ!!」

 

 塔子が巨大な塔を作り上げるも、さっきの壁山同様水圧に押されてもろともに吹き飛ばされる。

 ドロルがパスした先にはガゼルが。

 すぐさま彼の前に立ちはだかる。

 

「もちもち黄粉も——」

「ウォーターベールV2!」

「しまっ……くぅぅっ!!」

 

 できるだけ急いで技を発動させようとしたけど、ガゼルの方が一枚上手だったようだ。

 彼から放たれた水の波動は今まで見た中で一番大きく、餅の鞭をあっけなく弾き返して私を吹き飛ばした。

 

 残るは円堂君のみ。前半最後と同じ展開になってしまった。

 氷を纏ったボールに、痛烈な回し蹴りが叩き込まれる。

 

「ノーザンインパクト!」

「正義の鉄拳G2! ——ぐあぁっ!!」

 

 イプシロン戦の時のように、必殺技が急に進化する奇跡は起こらない。奇跡は滅多に起きないから奇跡なのだ。

 青い光弾は前半と同じように正義の鉄拳を打ち砕いて、ゴールへ入った。

 

『逆転、1対2! とうとう覆されてしまったぁぁ!』

 

「勝つのは、我々ダイヤモンドダストだっ!」

 

 それは果たして私たちに向けて言ったのか、はたまた自分に向けてなのか。ガゼルの顔には逆転したという喜びはなく、むしろ焦燥に駆られているように見える。

 同僚に何を言われたのか。点を決めたのに笑えないなんて、可哀想な人だ。

 

 でも同情してる余裕はない。正義の鉄拳が通用しないということは、ガゼルのシュートを止める手段がないということだ。

 数人を常にマークさせて封じる手もあるけど、それじゃあ今度はこっちの攻撃力が足りなくなってシュートに持ち込んでいけなくなる。

 ではどうすれば……? そう悩んでいた時、鬼道君が近づいてきた。

 

「攻めるぞなえ。カウンターで行く」

「カウンター? こっちにはウォーターベールもノーザンインパクトも止める手段がないし、そもそも持ち堪えることができなさそうだけど。それに相手は逆転したんだし、攻めることはあってもその頻度は下がると思うんだけど」

「さっきの顔を見たか? 理由はわからないが、ガゼルは何かに焦っている。あれが演技でなければ必ず攻めてくるはずだ」

「でもウォーターベールはどうやって……」

「それは俺に考えがある」

 

 天才ゲームメイカー様の策かぁ。少なくとも私が何か考えるよりかはマシだろう。なにせあの総帥から戦略というものを余さず学んだ人だ。司令塔としての質は彼の方が間違いなく高い。

 

 試合再開。

 悔しいけど、本気になったダイヤモンドダストのディフェンスを今の私の体で抜くのは難しい。他のフォワードの二人はマークが厳重でそもそもボールを渡せないし、つまり私にはこの状況を打開する策がないということだ。

 なら大人しくやられるのがせめてもの役目だろう。

 

「フローズンスティール!」

「っ!」

 

 氷を纏ったスライディングがボールを奪い去る。発動したのはゴッカではなく、クララという青髪の少女だ。

 そこからダイヤモンドダストは一気に駆け上がっていく。鬼道君の言った通り、制限時間まで守るという考えはあちらにはないらしい。

 

 ボールはドロルへ。壁山がすかさず待ち構えるけど、彼の技が通用しないことはさっきで明白だ。それでも壁山が体から気を放出させたのを見て、ドロルもふらりと地面を発つ。

 

「ザ・ウォール!」

「ウォーターベール!」

「うっ、がぁっ!」

 

 案の定、壁山は吹き飛ばされてしまう。

 しかしドロルは驚き目を見開く。壊れた壁の後ろから、ミッドにいるはずの鬼道君が飛び出してきたからだ。

 彼の姿が一瞬だけぶれる。

 

「クイックドロウ」

 

 『クイックドロウ』。いわゆる縮地だ。自身の体を一瞬だけ加速させて、一気にボールをかすめとる。

 単純でそれほど強い技ではないが、動きを止めた相手一人からボールを奪うことぐらいは造作もない。

 鬼道君が口笛を吹く。それを合図に雷門の選手たちは前線へ駆け出した。

 

「しまった、カウンターだ!」

 

 ガゼルが注意した時には遅い。

 怒涛の勢いにダイヤモンドダストディフェンスは次々と抜かれていき、最前線にいる私にボールが渡る。

 

「フローズンスティールッ!」

「飽きたんだよその技!」

 

 ボールを両足で挟み込み、跳躍。そして弾丸のように体を捻って回転させ、体を地面と水平にしながらゴッカのスライディングをスレスレで躱した。

 着地と同時にボールの右端を蹴る。

 

「アフロディ!」

 

 ボールはアフロディへと向かっていく。しかし彼の前にはディフェンスが立ち塞がっていた。

 笑みを浮かべてパスをカットしようと足が振るわれる。が、それは空振りで終わる。ボールが急に方向転換したからだ。

 

 このマークされてる状態で馬鹿正直に名前なんて呼ぶわけないでしょうが。アフロディはフェイクで本命は豪炎寺君だ。打ち合わせなんてもちろんやってないけど、一流の選手は相手の動きを見るだけでその行動を予測できる。ほら。

 

 急カーブした私のボール。しかしその先にはやっぱり、豪炎寺君が立っていた。

 彼はボールを真上に打ち上げ、同時に炎の魔神を召喚する。

 

「爆熱ストーム!!」

 

 魔神が拳を打ち付ければ、ボールは火を噴いて目的の場所へ吹っ飛ぶ。その熱は離れていても感じられるほどだ。

 

「アイスブロックッ!!」

 

 敵キーパーのベルガが冷気を纏った拳を振るう。

 炎と氷。対極的な言葉のはずが、目に見える二つは明らかに対等ではなかった。螺旋状に回転する炎の渦に氷はどんどん溶かされていき——。

 

「——っぐあァァァァァァっ!!」

 

 ベルガの顔面を弾いて、ゴールネットにめり込んだ。

 わぉ、痛そう……じゃなくてっ!

 

『決まったァァ! 雷門二点目獲得! 同点に持ち込んだァ!』

 

「そんな……バカな……!?」

「へっへーん! うちの豪炎寺君を舐めてるからこうなる!」

「……潰すっ!」

 

 怖い怖い。

 喜びのあまりガゼルをおちょくってみたら、めっちゃ激怒された。血管が破裂しそうなぐらい手を握りしめ、歯ぎしりをしながらこちらを睨んでくる。

 だけど自業自得だ。笑みを返してやった。

 

「あの時変にこだわらないで勝負に徹していればこんなにはならなかったのにね」

「黙れ! 我々はマスターランクチーム『ダイヤモンドダスト』だ! 雷門如きに辛勝したなど恥以外の何ものでもない!」

「……そっちこそふざけないでよ。この神聖なフィールドに勝利以外の目的を持ち込むな! 勝負に徹しないでボールを蹴るだなんて、それこそ恥を知れ!」

 

 そこで今日初めて私は怒りを露わにした。

 私は中途半端な気持ちでフィールドに立つやつを許さない。その点、ガゼルは全力は出していても、真剣にサッカーをしていなかった。許されないことだ。

 ガゼルは私の殺気を感じ取ったのか、それ以上話すことなく去っていった。

 



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新たなる可能性

 そこから先の試合は白熱したものとなった。

 雷門もダイヤモンドダストもどっちかが優勢になることはない。

 雷門は言ってしまえばガゼルを抑えてしまえば点を取られることはない。同じようにダイヤモンドダストも私や豪炎寺君、アフロディを封じようとしてくるので、戦況は均衡している。

 

 そうこうしているうちに残り時間が十分を切った。

 もう逆転している時間はない。先に一点を決めた方がこの試合を制することとなるだろう。

 だけど、明らかに攻撃力が足りていない。その分私たち三人以外のシュートが何十発と撃たれているのだが、どれもベルガの守りを崩すことができなかった。

 この戦況をひっくり返せそうなカードを雷門は持っている。しかしそれはあまりにも危険な賭けだ。鬼道君も気付いているだろう。

 

「かくなる上は……円堂! お前もこい!」

「おうっ!」

「おい、ゴールはどうすんだよ!?」

 

 鬼道君は苦渋の決断で円堂君を上がらせた。

 これぞまさに雷門の最終兵器。あまり知られていないことだが、円堂君の身体能力のスペックはフィールドプレイヤーから見ても高い。それを惜しげもなく発揮することで、雷門は単純な数と必殺技のバリエーションを増やすことができる。

 だけどそれは同時に雷門のキーパーがいなくなることを示す。ツナミの懸念ももっともだろう。だけどこれしかないんだ。現状を打破するにはっ。

 

 一之瀬にボールが渡り、その左右に円堂君と土門が並ぶ。言うまでもなく『ザ・フェニックス』の陣形だ。

 しかし不死鳥が羽ばたくことはなかった。

 

「フローズンスティール!」

「っ、しまった!」

 

 クララによるフローズンスティールが一之瀬のボールに命中したのだ。

 ま……まずい! ゴールは今ガラ空きだ!

 クララは間髪入れずにロングシュートを撃った。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 雄叫びを上げて、ツナミは横っ飛び。その驚異的な身体能力でなんとボールに追いつき、足で弾いてみせた。ボールはコロコロとフィールド外に向かって転がる。

 はぁ……なんとか……って、げっ!?

 ラインを切るか切らないかというところで、ボールは突如動きを止めた。その上には足が置かれている。

 ガゼルは全力で走る円堂君を見て、笑みを浮かべる。

 

「止めだ雷門っ!」

「もちもちっ、黄粉餅ィィィッ!!」

 

 間に合えっ!

 ガゼルは撃つ速度を重視してか必殺技を使わなかったが、それでもそのシュートは弾丸のように威力が高い。

 必死に餅を鞭のように振るう。間一髪のところでなんとか追いつき、ボールは餅と衝突した。勢いを殺すことはできなかったけど、シュートはあらぬ方向へ飛んでいき、ラインを超えたことで窮地をなんとか脱した。

 

『防いだァ! 危機一髪! ツナミとなえによるファインプレーでなんとか防衛に成功ッ!』

 

「ツナミ、なえ、サンキュー!」

「おうっ、ゴールは俺らが守るぜ!」

「だからガンガン攻めていこう!」

 

 なるべく言葉を選んだつもりだ。ここで万が一にも上がるのを躊躇わられたら、全てが瓦解する。

 防御力の低下はわかってたことだけど、実際にやられると肝が冷えるね。少なくともキーパーのいないゴールを守るなんてもう二度としたくはない。

 鬼道君と目が合うと、彼は静かにうなずく。

 ——作戦は続行か。

 

 ダイヤモンドダストのスローイングで試合が再開。

 

「フレイムダンス!」

 

 一之瀬が先ほどの失態を取り返すように必殺技を発動。ブレイクダンスみたいな動きで足から炎の鞭を飛ばし、相手を燃やしながらボールを奪う。

 

「円堂!」

 

 先ほど『ザ・フェニックス』の陣形を見せてしまったせいか、再び三人が集まるのは難しい。そう判断したのか、彼はしばらくボールを動かして相手のディフェンスに穴を空けた後、鬼道君にパスを出した。

 それと同時に、円堂君と豪炎寺君の二人が今度は彼の左右に並ぶ。

 雷門の中心人物三人が放つ『イナズマブレイク』。FFのあの時からはるかに成長した今なら、ダイヤモンドダストの防御でさえも突破するのはわけないだろう。

 

「いくぞ、イナズマ——」

「甘い!」

 

 鬼道君が闇のオーラを纏ったボールを打ち上げる。

 しかしそれは、いつの間にか彼らの頭上に跳び上がっていたアイシーの胸に当たった。

 三人の目が見開かれる。同時に私はガゼルに向かって走り出す。

 アイシーは見下すような笑みを浮かべ、そのまま空中でガゼルにパスを出した。

 

 大丈夫だ。私の方が必殺技の発動が早い!

 ウォーターベールを発動するには、一度ジャンプしてボールを地面に叩きつける必要がある。そのタイムラグを突けば……!

 

「もちもち黄粉——」

「邪魔だ!」

「っ、あぐっ!」

 

 しかし彼はボールを得るが否や、躊躇いなしに私に向かってシュートを撃ってきた。

 弾丸は餅の鞭をすり抜け、腹部に直撃。予想外の攻撃に私は派手に吹っ飛ばされる。

 

「思い知れ! 凍てつく闇の恐怖を! ——ノーザンインパクトォッ!!」

 

 私たちの目に絶望が浮かぶ。

 冷気を纏った後ろ回し蹴りが炸裂し、青い光弾が発射された。

 

「ザ・ウォール!」

「ザ・タワー!」

 

 壁山と塔子が壁を形成。しかしそんなもの紙切れとばかりに光弾は一瞬でそれらを突き破る。

 円堂君は……まだかっ。

 しかしそれでは明らかに間に合わない。円堂君は走るのをやめて後ろを振り向き、拳を振り上げる。

 まさか……ペナルティエリアに入ってないの気づいてない!?

 

「ダメだよ円堂君! ハンドになっちゃう!」

「っ……!」

 

 万事休すか。

 手を使えない円堂君にノーザンインパクトが迫る。身を守ることもこれでは難しいだろう。

 絶体絶命。

 その時、絶対絶滅の円堂君が取った行動は——。

 

「——たぁぁあああっ!!」

 

 —–—まさかのヘディングだった。

 

「……ふぁっ!?」

 

 いやどうしてそうなる!?

 足とかあっただろうに、よりによっての選択がそれ!?

 いや……でもなんか意外に持ち堪えってるっぽい。というか、むしろ額に光が集まってきて押し返してる。

 と思ってたらなんか出た。具体的には円堂の額から拳が出た。

 うん、何言ってるかわかんないね。でも本当のことなんだもん。正義の鉄拳みたいなものが出たと解釈してくれたらいいだろうか。

 形を維持できなくなったのか、拳はしばらく経つと弾けた。その時の衝撃波でボールは逆方向へ吹き飛ぶ。

 

「止めた……?」

「なん……だと……!?」

 

 ……ハッ。ボーっとしてる場合じゃない。

 すぐにボールを回収し、全速力で走り出す。

 残り時間一分。間に合わせてみせる。

 ダイヤモンドダストの選手たちはノーザンインパクトが防がれたのがよほどショックだったのか、ほぼ放心状態だったため、私に気づくのが遅れた。その間にドンドン突き進んでいき、ペナルティエリアに侵入する。

 

 これだけは……決めてみせる。

 跳び上がり、黄金の満月を生成。それを踵落としで堕とす。

 

「ムーンライトスコール!」

 

 光の雨がゴールに降り注ぐ。今度は方向もバッチリだ。ちゃんと中心に向かっている。

 

「アイスブロックっ! ……グォァァァっ!!」

 

 ベルガの氷の拳は矢のように降ってくる光に削り取られ、ついには粉々に砕け散った。その後ゴールネットが何十回も撃ち抜かれる。

 

『ゴール! 一点を制したのは雷門! そしてここでホイッスルが鳴る! 試合終了です!』

 

 ホイッスルが鳴り響く。

 試合終了だ。それを自覚したとたん、抑えていたものが溢れ出すかのように大きなため息が漏れた。

 

 とうとう、マスターランクチームに勝ったか。嬉しいというよりも感慨深いという気持ちの方が大きいね。それはつまり、あのジェネシスに一歩近づいたってことなんだから。

 円堂君が走ってこちらにくる。その顔には満面の笑みがあった。

 

「やったななえ! 勝てたのはお前のおかげだぜ!」

「いや、円堂君が最後止めてなかったらこうはならなかったよ。というかあれなに?」

「さあ……? とっさのことだったから、あまりよくわかってないんだよな」

 

 この様子じゃ、本人も原理がわかってなさそうだ。

 まあ円堂君はどっちかというと感覚派だし、いずれあれを使って何かできるようにはなるだろう。一を聞いて十を理解する天才型じゃないから長い時間がかかりそうだけど。

 なんて考えてたら、いきなり円堂君に両足を掴まれた。

 

「ひゃうっ! え、円堂君っ、なにをっ」

「そーれ!」

「え、きゃっ!?」

 

 戸惑ってるうちに両足を勢いよく引っ張られる。私の上半身は勢いよく地面にぶつかりそうになったけど、その前にいつの間にか近くに来ていた塔子によって両手を掴まれて支えられた。

 えーと、なんだこの状況。塔子が両手を、円堂君が両足を持って私の体を浮かしている。

 彼らの顔には悪戯を思いついた子どものように笑みが浮かんでいた。

 

「よしみんな、胴上げだ! なえを打ち上げるぞ!」

「へっ……? いやちょっと待って! ひゃんっ、ちょっ、誰だ変なとこ触ったやつ!」

 

 円堂君が号令をかけると、みんなが次々と集まってきて私の背中やら腰やらを支えようとしてくる。

 涙目で訴えるも効果なし。というか浮かれたみんなの声のせいで聞こえてない。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 気づいた瞬間、私は地上十メートルぐらい離れた場所を飛んでいた。

 いひゃいっ、舌噛んだ!

 というか怖い怖い! 心臓止まっちゃう!

 

「助けてぇぇぇっ!!」

「いつもこれより高いところに跳んでるくせに、なに言ってんだよ」

「自分で跳ぶのと無理やり飛ばされるのは違うのぉぉ!!」

 

 この後数分間、私は臓器が浮き上がる感覚を味わい続けた。

 おうぇ……気持ち悪い。

 とりあえず腹いせに一番いい笑顔してた土門を殴っておいた。

 

「はは、賑やかだねなえちゃん」

 

 しかしそんな浮かれた雰囲気も彼らの登場で消え去る。

 

「ヒロト……いやグランか。あとチューリップ」

「誰がチューリップだ!」

 

 赤髪の二人組。グランとバーンだ。

 ガゼルと並ぶとなんか仲間外れにされた感があるね。主に髪色で。

 

「ちっ、まあいい。今日はお前らに感謝してるからな。消し炭にするのはやめてやるよ」

 

 バーンはやけに上機嫌だ。その目は俯いたまま黙っているガゼルに向けられている。

 あ、なんとなく察した。あの目は見たことがある。ライバルを蹴落として愉悦に浸ってるやつの目だ。

 

「これでダイヤモンドダストは実質マスターランク最下位になるのは確定した。下手打っちまったなぁガゼル!」

「私は認めない……次こそ雷門を叩きのめしてみせる……!」

「往生際が悪いぞガゼル。君の処分は父さんの手によって直々に下されることだろう」

「くっ……!」

 

 うわぁ、世知辛い。まさか表の世界に出てきてこんなドロドロした敵同士の潰し合いを見ることになるとは。なんかガゼルがかわいそうになってきた。

 ガゼルは凄まじい形相でこちらを睨み、エイリアボールを踏ん付ける。それがトリガーとなり、ボールが目も開けられなくなるほどの光を放ち始める。彼らの姿はそれに包まれていった。

 

「じゃあねなえちゃん、そして円堂君」

 

 その一言の後、彼らの姿は完全に消えていた。

 ようやく戦いが終わったか。少しため息をつく。

 体が正直言ってガタガタだ。イプシロン戦から治療する間もなく次の試合だったからね。さすがの私も疲れた。

 それを見かねてか、アフロディが近づいてくる。

 

「肩、貸そうかい?」

「いやいいよ。この程度数日休めば元通りだろうし」

「お節介だったか。まあ神のアクアにも耐え切れるぐらい頑丈な君を心配するのは野暮だったかな」

「そーいうこと。まあ素直に嬉しいから礼を言っとくよ」

 

 その後は疲労を癒すため、早急に稲妻町へ帰ることとなった。

 まあこの後監督の青天の霹靂な話で揉めることになるんだけど、それはまた別のお話だ。




 はい、というわけでダイヤモンドダスト戦は雷門の勝利です。というかなえちゃん、本当エイリア編になってからロクな目にあってない気が……。今回も思いっきりボール腹にぶつけられてましたし。なえ虐しすぎて怒られないか心配です。


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革命の風

「円堂君、あなたにはゴールキーパーをやめてもらいます」

 

 何言ってんだこの人?

 もう一度言おう。何言ってんだこの人?

 

 突然の発言に円堂君はあんぐりとしてる。聞いてた私たちの思考も一瞬停止した。

 稲妻町に帰るイナズマキャラバンに乗る前。瞳子監督から発せられた言葉は私たちを困惑させた。

 

「え、えーと、もう一回プリーズ。念のため」

「円堂君にはキーパーをやめてもらいます」

「ふぁっ!?」

 

 将棋か!? いや正気か!?

 円堂君キーパーやめるって、桐島が部活やめるノリじゃないんだぞ? そもそもそれになんの意味が……。

 しかし意外にもその突拍子もない意見に賛同したのは鬼道君だった。

 

「俺はありだと思う」

「どういうこと?」

「円堂が前に上がることで雷門の攻撃力はさらに増す。しかしそれは同時に防御を失ってしまう諸刃の剣だ。今後はこれが雷門の弱点になるだろう」

 

 なるほど……今日の試合みたいなことか。たしかにあれは肝が冷えた。勝負は時の運とはいえ、毎回毎回あんなハイリスクな博打やってたんじゃ身が持たないのも確かだ。

 

「つまり、円堂君をフィールドプレイヤーにするってことかい?」

「そうだ。弱点は克服せねばならない」

 

 アフロディの声に鬼道君はうなずく。

 でも、円堂君ってフィールドプレイヤーの経験はなかったはず。それくらい私の中では円堂君=キーパーというイメージがある。

 身体能力は十分だけど、どこに置くつもりなんだろ。

 肝心の円堂君もそれは疑問に思ったようで、鬼道君に聞いた。

 

「円堂、お前はリベロになれ」

「リベロ……?」

 

 おおっ、これはまた意外な名前が出たものだ。

 ツナミが首を傾げてるが、サッカーを始めて日の浅いから仕方ないだろう。なにせ滅多に聞ける言葉じゃない。

 ……って。

 

「反対反対反対! ぜーったいにはんたーい!」

 

 さっきからなに頷いちゃってるんだ私は! 円堂君はキーパーしてるのが素敵に決まってるじゃんか! キーパーじゃない円堂君なんて円堂君じゃない!

 たしかに理屈はわかる。でも嫌なものは嫌なのだ。

 それに……。

 

「なえ……お前の気持ちもわかるが、雷門は生まれ変わらなくては——」

「円堂君がキーパーやめちゃったら、誰にボール撃ち込めばいいのさ!?」

「いや、エイリアに撃てよ」

「……お前の心配をした俺がバカだった」

 

 なんか理由言ったら一気に冷めた目で見られた。

 いやだってさ、私レベルになると練習付き合ってくれる人なんてそうそういないんだぞ? 嫌な顔一つしない円堂君はそういう意味じゃ絶好のパートナーだったのに……。

 

「こいつは無視するぞ。円堂、お前はどうする?」

「……決めたぜ。俺、リベロやるよ。そして生まれ変わってみせる!」

「いーやーだー!!」

「はいなえ、君はこっちに行ってようね」

「もがっ!」

 

 後ろから忍び寄ってきたアフロディに口にハンカチを詰め込まれる。

 むぐっ、これは……また睡眠薬……!?

 いかん、頭がぐわんぐわんしてきた……。

 

「うっ、力が……!」

「意識を失わない程度の薬だから安心して。もっとも、さっきみたいに騒ぐことはできないだろうけど」

 

 くそ、あれ絶対総帥印のやつでしょ。裏社会の一員でもないアフロディがこんな薬持ってるなんて、絶対そっちのルートでしかありえない。

 神のアクアは拒否するくせにそっちだけはサラッと持っておくなんて……。

 

 そうして薬に苦しんでる間に、円堂君がキーパーをやめることは確定してしまったようだ。

 おのれアフロディ許すまじ。

 

「なぁ、リベロってなんだ?」

「リベロとはイタリア語で自由を意味する言葉です。サッカーでは主にディフェンスをしながらも攻撃に加わる選手のことを指します。似たような例でなえさんがいますが、彼女はフォワードでありながら守備にもまわるという世界的に見ても非常に珍しいタイプです」

「うーん、違いがわかんねーぞ?」

 

 解説どーもメガネ君。

 まあぶっちゃけ言うと、私と普通のリベロはそこまで違いはない。あるとすれば初期位置がフォワードかディフェンスかぐらいだろう。

 円堂君はバランスのいい筋肉をしてるため、たしかに合ってるかも。問題はキーパーを長年やってきたせいでの体力の不足だけど、そこは死ぬほど走り込めばどうにかなるだろうし。

 

「でも、キーパーは誰がやるんだ?」

「そりゃ……」

 

 ババっとみんなの視線が一方向に向けられる。

 その先にはぽかーんと口を開けている立向居がいた。

 

「え、えっ!?」

「そっか。立向居がいたか!」

「えぇぇぇっ!?」

 

 驚いとる驚いとる。

 立向居の絶叫を無視して、円堂君は彼の肩に手を置く。

 

「でも立向居で大丈夫なのか?」

「心配すんな。それに俺、感じてるんだ。こいつは絶対スゴいやつになるって!」

「え、円堂さん……!」

 

 円堂君、また無意識に惚れさせちゃってるよ。立向居めっちゃ目ウルウルさせてるし。

 でもまあ、たしかに立向居には私も無限の可能性を感じていた。

 いくら見本があったとはいえ、マジン・ザ・ハンドを数日で完成させたそのセンスは相当なものだ。彼ならば円堂君を超えることももしかしたらできるかもしれない。

 

「やってくれるか、立向居?」

「はい! 俺、精いっぱい雷門のゴールを守ってみせます!」

 

 お、おう……。立向居もやる気満々だし、もうこりゃ無理かも。

 はぁ。仕方がないか。私じゃ円堂君がキーパーをやめる以外の解決策を思いつけないからね。代案も提示できないやつにはあれこれ反対する資格はない。

 それに立向居は私の弟子みたいなものでもある。私だって弟子の成長は見たいし。

 渋々。ほーんとうに渋々だけど。私は心の中で納得することにした。

 

「これぞまさしく革命! アフロディ君のフォワードに立向居君のキーパー、そして円堂君のリベロへの転向! 新生(セカンド)雷門の誕生です!」

新生(セカンド)雷門。いいなそれ! よし、俺たちは今日からセカンド雷門だ!」

『おうっ!!』

 

 みんなの声が、気持ちが一つになる。

 円堂君だけじゃない。それはまるでみんなが新しい自分になることを決意したようで、その目には強い意志が宿っている。

 こうしてセカンド雷門が誕生した。

 

 

 ♦︎

 

 

 日も暮れて、空が黄昏色に燃え上がっているころ。

 稲妻総合病院。その屋上に二人の男が向き合っていた。

 

「また一緒に、風になろうぜ」

「……うん!」

 

 その二人とは染岡君とシロウ。二人はここでさっきまでお互いを励まし合っていたのだ。心なしか最近硬くなっていたシロウの表情も柔らかくなっている。

 彼が扉を開け、階段を降りていくのを感じてから、私は一気にフェンスの上に飛び乗る。

 

「バァ!」

「うぐおわぁぁっ!! って、いてぇぇぇっ!!」

「あっ」

 

 爽やか岡さんになってるところで後ろから声をかけたら、思いの外彼は驚いてその場から飛び上がった。

 そんで着地と同時に野太い悲鳴が響く。

 ……やばい。どしよ? なんか染岡さんうずくまりながらもメッチャプルプル震えてるし。しかも背中から負のオーラっぽいものがどんどん溢れてきてるんだよね。

 

「なえテメェゴラァァァッ!!」

「もんぶらんっ!? あ、頭はダメェ! バカになっちゃうぅ!」

 

 ギャァァッ! こめかみが、こめかみがぁぁ!

 染岡君のアイアンクローは、外見だけならフェアリータイプな私にとっては効果抜群だった。

 メッチャメキメキ音立ててるし。少なくともこれは人体が出していい音ではない。

 頭が圧迫されること数十秒。握力が弱まってようやく逃れた時には息も絶え絶えになっていた。

 

「ハァッ、ハァッ……死ぬかと思った……」

「こっちは魂が飛び出そうになったわ! というかどこに隠れてやがった!」

「屋上近くの壁に張り付いてた」

「警備員呼んでいいか?」

「わーそれはご勘弁を!」

 

 人間じゃねぇとか呟かれたけど、失礼な。壁に十数分張り付くなんてちょっと握力鍛えれば誰でもできるわ。まあ突起部分がなかったから、ちょこっと壁に十個ほど小さい穴開ける結果になってしまって苦労したけど。

 

「んで、今日はなんのようだ?」

「近況報告だよ。一応私は染岡君の代理で雷門に入ってるつもりだし」

「けっ、俺よか強ぇのによく言うぜ。試合全部見てるが、俺じゃあそこまでできねぇよ」

「でも、シロウを守れなかった」

 

 たしかに戦力としては貢献できたかもしれない。しかしシロウの精神が不安定なことに気づきながらもなにもしてあげられなかった。

 その時のことを思い出し、彼にバレないように拳を握りしめる。

 

「はぁ、どうすれば円堂君みたいにできたのかなぁ」

「俺に聞くな俺に。俺だってそういうのは得意じゃねえんだ」

「まあ染岡君に期待はしてないけど」

「オイ」

 

 いやこのヤクザみたいな人にそんな器用なことができるとは思えないし。むしろ人を安心させるどころか怖がらせてそう。

 そんな私の心の呟きを感じ取ったのか、彼の額に青筋が浮かぶ。

 しかしそれも少しのことで、何かを考えるような素振りを見せたあと彼は大きく息を吐く。

 

「俺は……無理に円堂にならなくていいと思うぜ」

「ん?」

「うまく言えねぇけどよ。円堂は円堂で、お前はお前だろ? どっちにもいいとことか悪いとことかあって、そういうのって真似できるもんじゃねえだろ」

 

 まあ、たしかに。

 他人の真似ほど難しいことはない。なにせ別人である以上自分とは違う思考や信念を持ってるからだ。そんなことが簡単にできるのならクローンなんてものは考えられたりしない。

 

「もっと自分に自信持てよ。お前は白兎屋なえだ」

「……ちょっと言ってもいい」

「おう、なんでも聞け」

「今のって絶対に円堂君の言葉だよね?」

「……」

 

 さっきまでドヤ顔だったのに、言い当てられたとたん気まずそうに顔を逸らす染岡君。

 やっぱりね。こんなくさいセリフ彼の口から出るとは思えないもの。

 私はニヤニヤしながら沈んでる彼に声をかける。

 

「ふふ、ねえねえどんな気持ち? カッコイイセリフがパクリってあっさりバレたのどんな気持ち?」

「うるせぇ! 人がせっかくアドバイスしてやってるってのに、この!」

「アハハハハッ!!」

 

 染岡君が腕を振り回してくるも、当たらない。見よこの華麗なステップを!

 ……ってうぉっ!? 松葉杖振ってきたぞこの人!?

 

「ちょい待ちちょい待ち! さすがに危ないって!」

「どうせ当たらないんだろうが!」

 

 いやまあその通りなんだけども。

 どうしよっかこれ。さすがに怪我人相手に組みつくのはどうかと思うし。しょうがないからこのままずっと避け続けるか。

 入院暮らしをしている染岡君の体力と筋肉は以前に比べて格段に落ちている。やがて松葉杖を持ち上げる腕が痺れていき、そのころにはもうまともに攻撃することはなくなった。

 それで彼も正気に戻ったようだ。呼吸を整えてからはもう松葉杖を振り回すことはなくなった。

 これならもう殴りかかってくることもないでしょ。ちょうど立ってるのも疲れたので、彼が使ってるのとは別のベンチに座り込む。

 彼はしばらく経ったあと、語り出す。

 

「俺にも今のお前みたいなこと考えてた時があったんだ。豪炎寺みたいになりてえ、あいつみたいになって点を決めてやりてえってな」

「豪炎寺君に嫉妬心満載のころだから……尾狩斗戦ぐらいの時かな?」

「なんでわかんだよ。……まあいい。ちょうどその時円堂と練習して、焦ってた俺にあいつが言ったんだ。『豪炎寺になろうとするな。お前は染岡竜吾だ。お前にはお前のサッカーがある』ってな」

 

 それから彼は豪炎寺君のことを忘れてひたすら自分を磨きあげることにしたらしい。その果てで完成したのがあの『ドラゴンクラッシュ』なんだとか。

 目を閉じると不思議とその光景が浮かんだ。初めての必殺技が完成して笑顔で笑う彼と、まるで本人のようにそばで喜ぶ円堂君の姿。

 そういえば、私も初めて必殺技ができた時はシロウとアツヤの三人で喜んだっけ。

 

 彼と私は少し似てるのかもしれない。

 そう少しだけ思って、噴き出した。

 

「ふふっ」

「な、なんだよ……お前の笑いは正直なにか企んでそうで怖いんだよ」

「なんでもなーい」

 

 どうしてイカツイ顔の彼と私が似てると思ってしまったのか。改めて考えると髪色以外なんの要素もかぶることがないのに気付いて笑ってしまっただけだ。

 ひとしきり笑ったあと、私はまたフェンスの上に飛び乗る。

 

「今日は笑わせてもらったよ。さすがは雷門のボケツッコミ担当」

「一人漫才師みてえに人を言うんじゃねえ!」

「……ま、ありがとね」

 

 それ以上をはずかしいので、ささっと飛び降りた。風を一身に浴びながら壁を蹴ったりして減速していき、無事に着地する。

 私は私か……。そりゃそうだよね。なんでそんな当たり前のこと忘れてたのやら。

 あまりにバカバカしくなって、歩きながらも一人笑う。

 けど、心だけは何故だか軽くなった気がした。



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雷門改革

 ダイヤモンドダストの急襲から翌日、雷門イレブンは雷門グラウンドへ早朝から集合していた。

 円堂は今日用意されるであろう()()()()()を今か今かと待ち遠しく思う。となりの立向居も同じような表情をしている。

 その思いが天に通じたのか、校舎からマネージャーである木野が出てきた。

 

「二人とも、新しいユニフォームができたわよ!」

 

 彼女は円堂たちの前に駆け寄り、手に持っているそれをバッと広げてみせる。

 15と刻まれた黄色のユニフォームと、1と刻まれた長袖で緑色のユニフォーム。二人は目を輝かせて服を脱ぎ、さっそく着替え始めた。

 ……木野の前で。

 

「きゃぁっ!? ちょっと円堂君!」

「へっ? ああすまん。なえとか塔子はなんも言わないから、最近気にする機会がなくってさ」

「へっ、へぇ……」

 

 ちらりと話に出た二人を木野は見る。あの二人、下手したらそこらの男子よりも男勝りなんじゃ……。

 それ以上は命が危なくなりそうなので、彼女は考えることをやめた。

 それはともかくとして、円堂たちは新しいユニフォームに着替え終えた。

 

「なんか新鮮だな。特に長袖じゃなくてスースーするぜ」

「これが雷門のキーパーユニフォーム……なんか、身が引き締まっていくのを感じます」

「似合ってるわよ二人とも!」

 

 二人の姿を見た周りも、おおっ、と声を上げる。特に、キーパー姿じゃない円堂というのはそれだけ新鮮であった。

 立向居はキーパーグローブを身につけ、拳を軽く握る。それだけでユニフォームから力が流れ込んでくるように感じる。猛烈にサッカーがしたくてたまらなくなってくる。

 

「さあやりましょう皆さん! 俺、今ならどんなシュートでも受け止められる気がするんです!」

「それはいいけどよ……お前、あれ見てよくやる気出せるな」

「へっ? あれって……?」

 

 言い切るよりも先に。

 ドゴォォォォンッ!! という轟音が響いた。

 耳をつんざくようなその音を耳にし立向居は思わず怯む。落雷か、大砲にも劣らないように感じた。

 その音源は黒焦げになったゴールポスト。そして同じく摩擦熱で焦げてしまっているボール。それが転がっていく先には……真っ黒で見るからに不機嫌そうなオーラを纏ったなえがいた。

 

 立向居の拳がへにょりと力なく解かれた。

 

 

 ♦︎

 

 

 はぁ。とうとう円堂君がキーパーでなくなってしまった。私と同じユニフォームを着てる姿は私にとってはとても違和感のあるものだった。

 うーあー!

 八つ当たり気味にボールを蹴る。

 ああもう! 誰にシュート撃てばいいんだよ! というか暇! みんな私に構ってくれない!

 さっきもダイヤモンドダスト戦で出た新しい技を完成させようとしている円堂君のところに手伝いにいったら、「今の段階じゃ下手すれば頭蓋骨が壊れかねん」とか鬼道君に言われて満場一致で追い出された。解せぬ。

 だから今度は究極奥義を練習してる立向居のところに行ったら、これまた立向居が死んじゃうとか言われて追い払われた。超解せぬ。

 

 というわけで私は何をするでもなくボールを足で弄んでいる。

 グラウンドは百週したし、他の自主練もやったけどやっぱつまんない。そもそもトレーニング器具が少ないんだよここ。こうなったら今日はイナビカリ修練場にでも行こっかな……。

 そう思ってたらボールがこちらに転がって来た。

 

「円堂、手を使うなと何度行ったらわかる!」

「仕方ないだろ!? なんか自然に出ちゃうんだから!」

 

 これは円堂君たちのか。

 彼らは円堂君にシュートを撃って、それをひたすらヘディングするという練習をしている。しかし長年キーパーをやってた弊害で反射的に手が出てしまうようだ。

 うん、これだったら手伝えそう。スマホで部下に電話してあるものを用意させる。

 十数分後、校門前で受け取ったそれを引きずりながら彼らのところまで歩いた。

 

「調子はどーお?」

「なえか。いくら頼んでも初日ばかりは……なんだそれは?」

「円堂君の役に立つと思って」

 

 鬼道が戸惑う。私が持ってきたもの。それは積み重ねられて崩れないようにロープで固定された二つのタイヤだった。

 ほら、これを頭から被れば腕が使えなくなるでしょ。我ながらナイスアイデア。鬼道君もこの話を聞いて興味深そうに頷いてくれた。

 

「円堂、秘密兵器が来たぞ! これを使え!」

「秘密兵器って……ただのタイヤじゃん」

「むしろなんでタイヤなんだい? 腕を縛るだけならロープだけでも……」

「バカアフロディ! 円堂君と言ったらタイヤ、タイヤと言ったら円堂君でしょうが!」

「ご、ごめん……」

 

 タイヤ特訓しない円堂君なんて円堂君じゃないよ。まったく、そんなこともわからないなんて。円堂君ファンとしてはまだまだだね。

 ……なんかみんなの顔が引きつってるような……? まあいいか。

 

「と、とりあえずだ! せっかくだし、ありがたく使わせてもらうぜ」

 

 さすがに一人じゃ脇をたたんだままタイヤをかぶるのは難しいので、私たちが同時に持ち上げて彼にかぶせてあげた。

 

「うん、似合ってる似合ってる。かっこいいよ円堂君」

「そうかぁ……?」

「円堂、そいつの感覚がおかしいだけだ。騙されるな」

 

 ぶー。この泥臭い感じが最高なのに。

 円堂君はさっそく特訓を始め、豪炎寺君やアフロディの正確無比なシュートをヘディングで跳ね返すことに成功する。

 その光景を見てるとこう……ウズウズしてきちゃうよ。

 

「私もちょっとは……」

「却下だ」

「なんでぇ? 豪炎寺君もアフロディも撃ってるのに!」

「あいつらは手加減ができるからな。お前は事故を起こしかねん」

 

 失礼な。というか壊れたら壊れたで、やわな鍛え方をしたほうが悪いのだ。円堂君ならどうせそんなことにはならないだろうし、心配しすぎなんだよ。

 またやることがなくなってしまったので、暇つぶしに気になっていたことを鬼道君に投げかけてみる。

 

「そういえば立向居はなんの必殺技を練習してるの?」

「『ムゲン・ザ・ハンド』。体全体を目と耳にし、ありとあらゆるシュートを見切る技だそうだ」

「その極意は?」

「……シュタタタタタン、ドババババーン」

「はい誰か通訳さん呼んできてー」

 

 わかるか!?

 毎回思うんだけど、もはや日本語ですらないよね。その中でも今回は特に酷い。助詞すら入ってないんだもん。

 というか、さっきから反対側のゴールで立向居がなんか叫んでたけど、これのことだったのか。目を閉じながら大真面目に意味不明な言葉を叫ぶ様はかなりシュールであった。

 ……あ、顔面にボールがめり込んだ。完成はまだまだ遠そうだ。

 

 

 そんな風にして、日々はドンドン過ぎていった。

 この一週間はアジトで寝泊りして、練習に行く毎日だ。

 ……えっ? 円堂君ちに泊まってるんじゃないのかだって? ハッハッハ、人数制限だよクソッタレ! さすがの円堂君宅も全員を泊めるのは大変らしく、結果的に寝床を持ってる私がハブられた。その日の夕飯は肉じゃがとバーベキューだったらしい。ちなみに私はカロリーメイトでした。

 

 さて、今のところエイリア学園の動きはない。部下によると雷門潰しの準備をし始めているかららしい。

 今度こそ確実に、圧倒的に潰せるほどの戦力を。

 

 とはいえ、この一週間のおかげで円堂君の新必殺技は完成に近づいてきている。その完成度は私の特訓の参加が許されるほどだ。

 

「いくよー円堂君!」

「こい! たぁぁあああっ!!」

 

 私の足に当たったボールは一瞬その場で形を歪ませたかと思うと、次の瞬間には弾かれるように円堂君向かって飛び出した。弾丸が空気を突っ切り、ゴォォッ! という風切り音が鳴る。

 円堂君はそれを恐れもせずに立ち向かい、頭を突き出す。衝撃が伝わり、耐えきれずに彼の顔が後方へ吹き飛ばされそうになる。

 その時、彼の額に黄金のエネルギーが集中していくのが見えた。するとエネルギーは拳を形作り、瞬く間に私のシュートを後ろへ弾き返した。

 

「っ、この……感じは……!」

「鬼道君、これって……」

「ああ。円堂、今度はタイヤなしでやるぞ!」

 

 タイヤが外され、身軽になった円堂君は肩を回してストレッチをし始める。ずっと腕たたんだままだったから、すごいボキボキって音が鳴ってる。

 その間に私たちは何を撃つかで相談することにした。

 

「どうする? できれば必殺技を撃ちたいところだけど……」

「未完成の状態で全力は出せないよね。だったらゴッドブレイク、爆熱ストーム、ムーンライトスコールは除外して……」

「……ファイアトルネードでは威力が少し足りないな」

「なら、あの技はどうだ?」

「あの技?」

 

 鬼道君が提案したある技に私たちはなるほどとうなずく。たしかにこれなら威力はバッチリだ。あちらも準備ができたようだし、さっそく私たちは必殺技の陣形になる。

 鬼道君を真ん中に、私と豪炎寺君がその前方に左右に並ぶ。

 円堂君や他のメンバーの一部はこの陣形を見て驚嘆の声をあげた。私たちが何をするのかわかったのだろう。

 

「こいつを跳ね返せるほどの威力があれば本物だ。いくぞ円堂!」

「おうっ!」

 

 鬼道君は息を大きく吸い込み、指笛を吹く。すると地面から数匹のペンギンが顔を出した。

 そのボールを蹴り出しながら、彼は叫ぶ。

 

「皇帝ペンギン——」

『——2号!!』

 

 鬼道君のキラーパスをスイッチにペンギンが飛翔。そして左右にいる私たちが同時に蹴って加速させることで、ペンギンはミサイルのように円堂君に向かって飛んでいった。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 

 円堂君の雄叫びをあげると同時に、彼の体から気が溢れてきて、頭上で拳を形成していく。

 それは正義の鉄拳に瓜二つだった。見た目も、感じるエネルギーも。

 

「うぉぉぉっ!!」

 

 円堂君が頭を振るうと気の拳が凄まじい勢いでボールにぶつかる。しかし拳の勢いに衰えた様子はなく、いまだに回転し続けるボールを無理やり押し込んで逆方向に送り返した。

 弾かれたそれが私の横でバウンドする。

 とたんに見ていた全員から歓喜の声が上がった。

 

「で……できた!」

「究極奥義に完成なしか……。たしかにその通りだったな。まさか派生させるとは」

「技ができたんなら名前考えなきゃね。……うーん、何にしよ?」

「閃きました! 僕は『メガトンヘッド』という名前を提案します!」

「はっ? 何私の前で勝手に決めちゃってんの?」

「うっ……だ、だったら何か代案でもあるんですか!?」

「ぬっ……」

 

 そう言われると弱いな。私がつけたかったけど、用意してるかどうかと言われると……。こうなるんだったら何か考えとくべきだった。

 えーと、うーんと、その……。

 

「……ロケットヘッドバット?」

「メガトンヘッドか。いい名前だな!」

「えちょ待って冗談だってだから私を無視して決めないでー!」

 

 円堂君の服にしがみついて抗議する私。しかし健闘虚しく、必殺技の名前はメガネ案の『メガトンヘッド』で決まってしまった。

 くそ、許さんぞあの眼鏡……! って、名前が一緒だからややこしいなこれ。

 

「というかなえさん、もうちょっとマシな名前なかったんスか? 『ダークサイドムーン』とかはカッコいいのに」

「おい壁山、それは……」

「うるさいうるさい! 私の必殺技は全部総帥が名付けたんだよ! 貴方たちまで私のセンスをバカにするの!?」

「ひえっ、お助けをー!」

「えっ、壁山君っ、なんで僕のところに走ってくるんですか!? ——わぁぁぁああああ!!」

 

 あのグラサンめぇ! 私が命名した全てをことごとく笑いやがって!

 思い出したらなんかイライラしてきた。なので逃げる壁山とメガネ君を追いかける。

 ふふっ、拳をブンブン振るだけで悲鳴とスピードがあがるから、ちょっと楽しくなってきた。

 彼らはもちろん全力だが、私にとってはランニング感覚だ。捕まえそうで捕まらないギリギリの距離を保っていく。

 このあと滅茶苦茶走った。

 夕方の雷門のグラウンドには、干からびたような二人が転がっていたという……。




 豪炎寺のセリフが少ないと思う方もいるかもしれませんが、それは仕様です。アニメとかだってメインキャラとは思えないほど少なかったですし。まあ背中で語るタイプなんで、致し方がないんだろうけど。


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お戻りですよ帝国学園

 めでたく円堂君が『メガトンヘッド』を習得した翌日。

 鬼道君は私たちにさらなる必殺技を習得する必要があると言ってきた。その鍵を求めて、たどり着いた場所は……。

 

「なーんでここなのかなぁ?」

「その言い方はないだろう。一応お前の母校なんだぞ」

 

 目の前にそびえ立つのは、まさに黒鉄の城。

 その外観と醸し出ているおどろおどろしさは、まるでRPGの魔王城を思わせる。

 はいそうです。帝国学園です。全国広しといえどもこんな特徴が一致するのはここしかない。

 

「今回習得する『デスゾーン』は帝国の技。なら帝国で特訓した方がアドバイスできる人数も増えていい」

「あんましここ寄りたくないんだけどね」

「……まあ、俺たちを裏切ったお前の気持ちがわからんでもない。しかし罰として受け取っておくんだな」

「ん? ああいや、そっちの気持ちも多少はあるかもだけど……」

 

 鬼道君には悪いが、私はこの学園にはあまりいい思い出がないのだ。主に事務関連で。

 総帥は知っての通り、他人によく仕事を押し付けてくる。その最もな被害者は私だったのだ。

 信じられるか? この学校、半分くらいは私が書類もろもろ管理してたんだぜ? 暗い廊下をエナドリ片手に走り回った記憶が……うえっ。

 えっ、帝国イレブンに対する罪悪感? あるわけないじゃん。弱いチームは淘汰されるのが世の常だし、そんなもんいちいち気にしてたら総帥の補佐なんてやれないっての。

 

 それはそれとして、鬼道君は今回覚えるのは『デスゾーン』と言ってたけど、正確には違うらしい。

 『デスゾーン』。言わずとも知れた帝国の連携シュートだ。ほら、初の雷門戦でも使った三人でグルグル回ってシュート撃つやつ。

 鬼道はこれの進化版を完成させたいのだそうだ。もう構想自体はだいぶ固まっており、あとは下準備だけなのだとか。そのための『デスゾーン』だ。

 ちなみに撃つメンバーは鬼道君、円堂君、土門らしい。

 最後そこは私だろと思ったが、鬼道君曰くこの技はフォワードが封じられた時に撃つものだから私が覚える必要はないんだと。

 それにしても土門か。あれがシュート撃ってるの見たことがないから意外な人選だ。

 

 と思ってたらグラウンドにようやく着いた。

 変わってないね、何もかも。いろいろ整備はされてるけど、それでも隠しきれないものはある。

 あっちの地面は私が大穴を空けた跡が僅かにあるし、こっちのゴールバーは薄くだけど私のシュートで焦げついた跡がある。あ、あれもあったしこれも……。

 

「……って、私の跡多すぎじゃね?」

「帝国グラウンドの傷は9割がどこかのバカがつけたものだ。ふっ、懐かしいな。いったい何個のゴールが入れ替えられ、そのたびに源田が娘を送り出すような目をしていたか」

 

 ああ、そういえばそんなこともあったね。側から見ると無表情なのに、目だけはすごい悲壮感が漂っていたのを覚えている。

 まあ反省せずに十数個そっからも壊したんだけど。

 改めて思うとあいつよく私に一度も突っかかってこなかったな。その精神力の高さをエイリア石の時にも発揮しろよ。

 

 私たちはベンチに荷物を下ろし、それぞれスパイクに履き替えたり、その他いろいろの準備をする。

 私もいつもの早着替えでユニフォーム姿になってフィールドに入ろうとすると、アフロディが声をかけてくる。

 

「一つ聞いてもいいかな。吹雪君だっけ? 彼はなぜ練習をしないんだい?」

「それは……」

 

 一瞬迷ったけど、どうせもうみんな知ってることだ。私はシロウが二重人格であることや、イプシロン戦で起きたこと、そしてそのせいでサッカーができなくなってしまったことなどを語る。

 彼は真剣な顔で相づちを打つように何度もうなずく。

 

「なるほど……そんなことが……にわかには信じがたい話だね」

「冗談とかだったらよかったんだけどね。実際アツヤになったシロウの性格はモノマネなんてレベルじゃない次元で本物そっくりなんだよ。あれを見せつけられちゃ信じるほかないよ」

「……そういえば、やけに彼について詳しかったけど」

「前に北海道出身って言ったでしょ。シロウは私の幼馴染みなの」

「……君、僕以外にも友達いたんだね」

「いるわ! 山ほどいるわ!」

 

 改めてFF開始前からの友人の数を数えてみる。

 鬼道君でしょ、源田でしょ、佐久間でしょ、その他帝国のメンバー……辺見は除くとして。あ、でも裏切っちゃったからカウントできないじゃん。私の脳内友達リストのほぼ全てが黒く塗り潰された。

 まっ、まだだしっ! 私には外国人の友達だっているんだよ!? うちの親組織唯一の常識人枠であるヘンクタッカー君とか!

 それを加味しても二人。世は無情である。

 

「俺と鬼道、土門、そしてなえはデスゾーンの練習をする。立向居とツナミはムゲン・ザ・ハンド。他のみんなもそれぞれ自分の練習をしててくれ!」

 

 た、助かった……。さすがは円堂君、マイホープ。偶然だろうけど助け舟を出してくれた。

 お呼ばれしたのを理由にそそくさとアフロディから逃げ去る。

 

「そういえばどうして私が必要なの?」

「お前はデスゾーンを使っていたからな。俺も合図はしていたが実際には撃ったことがないし、経験者として何か気づくことがあるのではないかと思って呼んだんだ」

「あ、そういえばなえもデスゾーン使えるんだっけか」

「佐久間と寺門が必要だけどね」

 

 あれが私の人生初の連携シュートだっけ。なんか無駄に言い争ってすごい時間を消費した記憶がある。まあ私もその時は若かったからなぁ。

 なんて物思いにふけてると、鬼道君がデスゾーンの説明をし出す。

 

「三人が同時に回転し、それによって生まれたパワーを集中させて撃つのがデスゾーンだ。この技は何よりも三人の息を合わせるのが重要になる」

「三人の……」

「息を合わせる……?」

「ねぇ君たち、なんで同時に私の方を向くのかなぁ?」

 

 なんか不満でもあるのか!?

 いやたしかに私も自己中であることは自覚してるけどさ! でもその冗談だろみたいな顔やめて! 地味に傷つくから!

 

「話を戻すぞ。まずは撃つ前のモーションだ。回転をして、俺の合図でボールを真正面から捉える練習から始めようと思う」

 

 基礎中の基礎だね。デスゾーンはまずこれができなきゃボールに力を注ぐことも、蹴ることもできない。

 しかしこれは基礎だが、その難易度は思った以上に高い。彼らはそれを思い知ることになるだろう。

 

 鬼道君は回っている際中に三からカウントダウンをし始め、それが切れた時に合図を出す。しかし土門も円堂君もボールがある方とはまったく違う方向に向いていた。

 対する鬼道君は一見成功したように見えるだろう。その体はボールへと向けられている。でも、私には彼の体が若干傾いているのがわかった。

 

「全員失敗だね。円堂君と土門はもう一度同じことを。鬼道君は数センチずれてる部分を調整しよう」

「鬼道のでも失敗なのか。本当にこんな細かい修正が必要なのか?」

「必要だね。デスゾーンは意思統一によって生まれるシュート。そのあり方は数学的で、少しでもデータが違えば全体の歯車が狂っちゃうようになってるの」

 

 だから個人的に言っちゃえば、雷門に最も似合わないシュートだと私は考えている。帝国の強みが組織化した連携であるとするなら、雷門は個性のぶつかり合いだ。デスゾーンはその強みを消し去ってしまう。

 しかしあの鬼道君のことだ。何か考えはあるのだろう。私が今すべきなのはただ見守るだけ。

 

 円堂君たちは再び回転を始め、そしてカウントダウンが繰り返される。

 3……2……1……。

 ゼロになった時、鬼道君以外はまたもや別の方向を向いていた。

 やはり一回や二回じゃ無理か。でも難しいのはわかってたことだ。今はただ数を重ねるのみ。

 

 

 こうしてこの練習は一時間ほど続けられた。

 進捗はだいぶ良くなっている。まだまだ荒削りだけど、帝国が完成に一ヶ月かかったことを考えれば出来過ぎなくらい上出来だ。

 

「3……2……1……0!」

「よしっ」

「おととっ……どうだ!」

「おまけの合格ってところだな」

 

 円堂君が若干ふらついてたけど、角度はしっかりしているしまあ大丈夫だろう。鬼道君と土門は言わずもがなだ。鬼道君は苦笑して合格を告げる。

 あとは実際に撃つのみだ。

 

 不意に気配を感じて振り返る。見覚えのある人たちがこちらに歩いてくる。

 

「やってるな鬼道」

「佐久間、源田、それにみんな……来てくれたか」

「なんで帝国のみんなが?」

「俺が頼んでおいたんだ」

「ああ。デスゾーンを完成させるんだろ? 俺たちにも協力させてくれ」

「っ!? 佐久間が普通に話してる……!?」

 

 あのヤクチュウ佐久間が!?

 ババっと源田の方に振り向く。彼はグッと親指をサムズアップして、やり切ったような顔をする。

 

「ああ! 最新のリハビリとたゆまぬ努力によって、佐久間はペンギン中毒から脱したんだ!」

「すごーい! 最新リハビリすごーい!」

「……お前たちは俺をなんだと思ってたんだ?」

「ヤクチュウ」

「短気矛盾厨二病ヤクチュウ障害者」

「後者が酷すぎる!?」

 

 ガクリと崩れ落ちる佐久間。

 いや、今までの行いを自分の胸に手を当てて振り返ってみなよ。私ですらドン引きしたんだからね? そりゃ源田の反応もこうなる。

 

「おい……俺たちに何か言うことがあるんじゃねえのか?」

「あれ辺見、生きてたの? てっきり死んだものだと」

「勝手に殺してんじゃねえ!? ていうかあれわざとか!? 俺の怪我だけ源田レベルで重傷だったの絶対わざとだろ!?」

「ちっ、バレたか。こうなったら山に埋めるしか……」

「本人の前で殺害計画立ててんじゃねえ!」

 

 まったく、相変わらずうるさいやつだ。バカは叩いただけじゃ治らないらしい。そういう意味じゃボロいテレビ以下だね。

 

「なえを前にしても意外に冷静なんだな」

「ああ。正直俺たちはもうそれほどなえを気にしてないからな。あいつの性格はわかってるつもりだし、チームに引き止められなかったのは現状に心のどこかで満足して停滞していた俺たちの責任だ」

「佐久間……」

「試合を見ればわかる。あいつが身を粉にしてプレイするなんて滅多にないことだ。やっぱり雷門はいいチームだな」

「……ああ」

 

 なんか鬼道君たちが気になることを言ってる気がするけど、目の前の辺見がうるさくて聞き取りづらい。いい加減煩わしくなってきたのでボディブローを叩き込んで眠らせておいた。

 

「んで鬼道君。なんのために帝国のみんなを?」

「ふっ、試合さ」

「試合?」

「そうだ練習試合だ。時間がないのもあり、デスゾーンは実戦形式で習得することにした」

 

 実戦とはこれまた急だ。でもこのデスゾーンが完成したあとにもう一段階レベルアップさせることを考えればたしかに時間は惜しいのかもしれない。

 しかし土門は不安げな顔をする。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ。いきなり実戦だなんて」

「本当の試合じゃなきゃわからないこともあるさ。それに俺、帝国のやつらともう一回試合できるって、スッゲーわくわくしてんだ!」

「おっと言い忘れていた。ここにいる全員は帝国側に入ってもらう」

「へっ?」

 

 それから数分ちょっとあと。

 グラウンドには帝国ユニフォームに着替えた私たちがいた。

 

「なんというか……似合わないね円堂君」

「今思えばなえもあんま似合わないな。主に髪の色とか顔とかがさ」

「むぐっ、地味に気にしてたことを……」

 

 帝国のユニフォームは渋い深緑色だ。それに派手な私のピンク髪が混ざると……なんというか、残念美人に見えるらしい。

 ちなみに土門は見事に着こなしていた。あのヒョロガリで悪役っぽい体と顔が見事にベストマッチしている。さすが元スパイ。

 んで、肝心の鬼道君はトレードマークの赤マントを付けている。以前なんでマントの色を変えたのか聞いたら気分だって言われたのを思い出した。

 

 フォーメーションは、佐久間と寺門の位置に円堂君と土門を入れたようなものだ。佐久間はまだ怪我が治ってないらしく、プレイは無理らしい。そこに関しての責任は彼自身にあるので仕方がないだろう。

 

 試合が始まった。隣にいる円堂君からのボールをバックパスし、鬼道君に渡す。そして帝国イレブンは彼を中心に走り出す。

 一方雷門側では一之瀬がブロックしに上がってくる。

 

「一度君とは本気でぶつかってみたかったんだ鬼道! ——フレイムダンス!」

 

 妙な逆さ踊りから発生した炎の鞭が伸びる。

 それに対して鬼道君は——視線も合わせずにアウトサイでの横パスを出した。そこにちょうどいいタイミングで洞面が走り込み、一之瀬を突破する。

 

「相手も見ずにパスをした!?」

 

 一之瀬が驚いてるけど、別に不思議なことじゃない。

 鬼道君には帝国イレブンのすべての情報が頭に入っているのだ。そこに彼らとの絆があれば、あんなプレイもたやすい。

 

 洞面は円堂君にパス。しかしそれを塔子がカット。その後息つく間もなく、辺見がマシンガンのように何度も足を突き出しながらスライディングをする。

 

「キラースライド!」

「うわっ!」

「ナーイス辺見! こっちこっち!」

「ちっ、おらよ!」

 

 辺見からのパスを受け取った私は一気に駆け上がる。

 嫌な言い方だけど、今の雷門に私を止められるディフェンスはいない。私は持ち前のスピードでグングン雷門コートに侵入していき、あっという間にコーナ近くまでたどり着いた。

 しかし、これはあくまでも実戦形式の『練習』だ。横に視線を向ければ、鬼道君たちが三角形状に並びながら上がってきていた。

 

「今だよみんな!」

「いくぞ、デスゾーン開始!」

 

 鬼道君がボールを蹴り上げると同時に三人は跳躍。空中で同じ速度で回転し、紫色のエネルギーを生み出していく。そして三人が踏みつけるようにシュートを放つ。

 しかしボールを覆っている紫のオーラは、途中まで進むと煙のように掻き消えてしまう。

 

「シュタタタタタン、ドババババーン!!」

 

 うん、ださい。

 立向居は目を瞑っていながらも、その手をシュートに向けてキャッチすることができた。

 だけどあれは……必殺技じゃあない。立向居曰くムゲン・ザ・ハンドは心眼……つまりは目で見ずにボールを見切る力を習得する必要があるとのことだったけど、どうやらそれだけじゃダメなようだ。

 

 そして円堂君たちの方も問題が発生している。

 私が見る限り、さっきの回転の連携は今までで一番いいものだった。タイミングもバッチリ。なのにデスゾーンが発動していない。

 鬼道君にもわからないのか、理由を聞かれてもだんまりとしているままだった。

 

 結局その後、何度も彼らはデスゾーンとムゲン・ザ・ハンドを試していったが、一向に成功せず、そのまま前半が終了してしまった。




 はい、久しぶりの辺見登場です。やっぱいじりがいのあるキャラは書いてるだけで楽しいですね。

 そしてご報告です。諸事情で10月の中旬あたりまで投稿をお休みします。まあ諸事情と言っても、これからしばらくリアルが忙しくなるというだけなんですが。ご理解のほどよろしくお願いいたします。


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雷門のデスゾーン

 お久しぶりです。今日からまた投稿再開していこうと思います。前回からちょこっと経っているので、あらすじ的なものを下に置いておきますね。


 〜前回までのあらすじ〜

 リベロになった円堂を活かすため、鬼道が提案したのは帝国の必殺シュート『デスゾーン』の取得だった。さっそく帝国学園で練習を始める一同。しかしタイミングは合っているはずなのに、なぜか『デスゾーン』は完成しない。
 疑問を抱えたまま、前半終了のホイッスルが鳴り響いた。


 前半が終了し、鬼道はベンチに座り込んだ。

 ……わからない。なぜ完成しないのか。

 スピードもタイミングも、帝国の時と一致している。しかしなぜかエネルギーが分散してしまう。これではゴールに着く前にただのシュートに戻ってしまう。

 

 あれこれ試行錯誤すること十数回。さすがの円堂たちもここまで撃てば疲れが出るようで、玉のような汗を流しながら地面に座り込んで、水筒をガブガブあおいでいる。

 そうやって他人を見ていると、その視線は自然に帝国の仲間たちのもとへ注がれるようになる。

 辺見、洞面、咲山、万丈……その他の帝国のみんな。

 彼らは変わっていなかった。鬼道が久しぶりにプレイしても違和感が生まれなかったのがその証拠だ。アイコンタクトなしでも息をする様に全員の動きがわかる。その感覚に懐かしさを覚えた。

 

 帝国の仲間たちとボールを蹴るのは心地よい。だからこそ、決着をつけたかった。

 ……実は、円堂たちには話していないが、帝国学園を訪れたのにはもう一つの理由がある。

 思い返すのはFFの千羽山戦。あの時、響木監督に誘われて、ゼウスを倒し敵を取るため雷門のユニフォームに身を包んだ。そのこと自体に後悔はない。

 だが、時々ふと思うのだ。本当に自分は敵を討ちたかっただけなのだろうか。自分は仲間を見捨てたのではないか、と。

 円堂のサッカーに惹かれていけばいくほど、影のようにその疑問は膨らんでいくばかり。

 だから確かめたかったのだ。ジェネシスとの決戦の前に。

 

「——なーんて、君は考えてるんだろうね」

「……驚いたな。いつの間に読心術を覚えたんだ?」

 

 思わず目を見開いた。考えを寸分違わずに当てられたのだ。それもあのサイコパスな気があるなえに。

 

「鬼道君が分かりやすいんだよ。帝国の技だからといってわざわざ帝国に行く必要なんてあるわけないしね。円堂君はころっと騙されてたけど」

「なえにわかるぐらいだ。もちろん俺たち全員、わかってたぞ」

 

 なえに加えて、隣にいた佐久間がそう告げる。

 見れば、帝国の仲間たち全員が笑みを浮かべながら鬼道を見つめていた。

 

「今日久しぶりに帝国の鬼道が見れて嬉しかったよ。だけどやっぱりお前は雷門にいる時の方が自分を出せている気がするんだ」

「佐久間……」

「グラウンドの外からだとよくわかるんだ。雷門のやつらは常にお前を刺激してくれる。引っ張ってくれるんだ。だから行け、鬼道。迷うな。俺たちはいつまでもお前を応援している」

「……ああ!」

 

 ちょうどその言葉を皮切りにホイッスルが鳴る。

 鬼道は勢いよく立ち上がり、前へと進んだ。

 もう迷いはない。闇は晴れた。

 ゴーグルが映す景色が、わずかに霞んで見えた。

 

 

 ♦︎

 

 

 鬼道君もようやく肩の荷が下りたって感じだね。

 後半戦開始からしばらくして。彼の動きは明らかによくなっていた。いや、勢いづいたという方が正しいか。

 しかし、問題はまだまだたくさんある。

 

『デスゾーンッ!!』

 

 三角形の魔法陣から紫の弾丸が放たれる。が、それはゴールにたどり着くことなく描き消え、ただのボールに戻ってしまった。

 

「くそっ、これでもダメなのかよ!?」

 

 土門が悪態をついていると、立向居の顔面にボールがクリーンヒットしてしまった。

 あっちもムゲン・ザ・ハンドの練習をしてるけど……進捗はなさそうだ。考えるあまり集中力が落ちてしまっている。

 私も何か力になってあげたいけど、できるのはボールを鬼道君たちに集めることぐらい。歯痒さに拳を握りしめる。

 

「なあ鬼道、タイミングはこれで合っているのか?」

「ああ。帝国の時と全く同じだ」

「……全く同じ?」

 

 なんか妙に気になる。

 その言葉を盗み聞いて、さっきの佐久間の言葉が脳裏に蘇る。

 

『だけどやっぱりお前は雷門にいる方が自分を出せている気がするんだ』

 

 ……そうだ。雷門にいる時の鬼道君は帝国の鬼道君とは違うんだ。

 思えば今まで彼らのデスゾーンを見てきて、違和感があったんだ。

 なんというか、まるで荒れ狂う激流を無理やり箱に押しとどめようとしている感じというか……。とにかく、タイミングや回転はバッチリだったものの、円堂君や土門は実はやりづらそうにしていたのだ。

 その原因が、タイミングや回転にあるとしたら……?

 そこまで考えた時、私は鬼道君に声をかけていた。

 

「ねえ、もしかしたらさ——」

 

 私は今考えたことの全てを彼に伝えた。それで納得したようだ。焦燥に染まっていた表情が鋭い笑みを取り戻す。

 

「円堂、土門、次で決めるぞ!」

『おうっ!!』

 

 鬼道君からの作戦を聞いた彼らは気合十分に返事をする。

 それに呼応するように、両陣から声が上がった。

 

「鬼道にボールを集めるんだ!」

「やられっぱなしじゃいられない! 雷門の意地を見せるぞ!」

 

 そして試合は激しく揺れ動く。

 今まではデスゾーンのこともあってどこか遠慮気味だった雷門メンバーが、雷の如く襲いかかってきたのだ。

 やっぱり彼らもサッカープレイヤーということなのだろう。

 それを捌き、防いでパスを回す私たち。しかし一瞬の隙を突いたスライディングによって、ボールは豪炎寺君に渡る。

 

 豪炎寺君の激しいドリブルに誰もがついていけてない。

 追いつけるのは——私ぐらいだ。

 

 ボールを挟んで両者の右足が激突。炎が噴き上がり、打ち上げられた花火のようにボールは反動で真上に飛んでいく。

 私たちは同時に飛び上がった。ジャンプの高さなら負けなしの私だが、残念ながらボールが打ち上げられた最高点は豪炎寺君にも届く距離だった。故に差がつくことはなく、私たちは再び足を交差させて火花を飛び散らせる。

 

「前から気になってたんだよね。雷門最強のストライカーは誰なんだって」

「ふっ、面白い。そう言われると黙ってはいられない、なっ!」

 

 お互いの闘志剥き出しの笑みが見えたのは一瞬。

 二つの人影がかき消え、途端、目にも止まらない蹴りのラッシュが二つの方向から炸裂した。

 側からはまるでマシンガンの応酬にも見えることだろう。それほど間髪なく私たちはボールに蹴りを入れている。

 しかし重力というのは万物に働くもの。せめぎ合いに決着がつかないまま、私たちは落下していき——衝撃波で浮き上がった砂煙が、辺りを包み込んだ。

 

 みんなは固唾を飲んでその決着を見守っていた。

 そして砂煙を突き破って、中から出てきたのは——私だ。

 

 あの時、互いに地面に打ち付けられたあと、体勢を崩したまま根性で伸ばした足が豪炎寺君のよりも早く届いたのだ。力を入れすぎてキラーパスじみた速度で進んでいるボールに追いつき、急ブレーキをかけるようにトラップ。

 現在地は——ペナルティエリア前。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「なっ、そのまま撃った!?」

 

 さっきまではずっと攻撃のチャンスがあっても鬼道君たちに回していた。だからだろう、反応が遅れてしまったディフェンス陣は、それでもボールを止めようと動き出す。

 だけど、残念。あいにくと今日の目的ぐらい覚えてるんだよ。

 

 コォォォンッ!! と甲高い悲鳴を上げてゴールが震えた。

 私が狙った先。それはゴールのバーだったのだ。シュートには逆回転がかけてあり、ボールは勢いよく来た道を戻っていく。

 その先にいるのは、もちろん鬼道君たちだ。

 

「しまっ……フォーメーションが……!」

「砦は崩しておいた。今だよみんな!」

『ああっ!!』

 

 力強く鬼道君はボールを蹴り上げ、そして彼、円堂君、土門が回転しながら飛び上がる。しかしその回転は今までとは打って変わって、速度がバラバラで歪なものだった。

 だけど、これでいい。全員がそれぞれのフルスピードで回っており、心なしか気持ちよさそうだ。

 そしてエネルギーが十分ボールに注入されたと見るが否や、三人は同時にボールに飛びかかり、ボールを蹴る。

 

『デスゾーンッ!!』

「これは……!?」

 

 再び放たれた紫の弾丸。それは明らかに先ほどよりも濃いオーラを纏っており、かつ途絶える雰囲気は微塵も見せていない。

 デスゾーンの完成だ。

 

「シュタタタタタン、ドババババーンッ!!」

 

 さらに変化は立向居の方にもあった。

 叫んだ割には構えることもせず、デスゾーンは立向居の横を通り過ぎていく。

 だけど一瞬、ほんの短い刹那の時間だけ。私には彼の背中から複数の青い手が出現したように見えたのだ。

 結果的に見れば失敗。だけど彼は満足そうな顔をしている。どうやら出来上がったようだ。技のイメージってやつが。

 

「鬼道、やったな!」

「だけどよ、なんでスピードがバラバラだったのに完成したんだ?」

 

 ま、そりゃ当然の疑問だ。さっきのデスゾーンは今までの理論から言えば明らかに失敗になるはずだったのだから。

 鬼道君はニヤリとニヒルに笑いながら口を開く。

 

「タイミングだ。帝国と雷門は別のチーム。帝国には帝国のタイミングがあるように、雷門には雷門のタイミングがある」

 

 要するにだ。帝国は組織的なサッカーチーム。お互いが機械レベルで意識を合わせることで力を増大させていく。

 対して雷門は、言うなれば個人技のぶつかり合いのようなチーム。特技も身体能力も、全員が全員でバラバラ。その真価はお互いの力を無理に合わせるのではなく、全力で衝突させることで生まれるのだ。

 

「そっか、俺たちのタイミングで撃ったから成功したのか!」

「ああ。佐久間の言葉となえの閃きのおかげだ」

 

 くふふっ、そんな褒めないでくれたまえ! まあその通りではあるんだけど! アッハッハ!

 なんて考えてたら、笑い声が漏れていたのか、すぐに褒めたのは失敗だったかみたいな顔をされた。解せぬ。

 

「だが鬼道、これで終わりじゃないんだろう?」

「どういうことだ?」

「デスゾーンはたしかに強力な技だ。しかしエイリア学園に通用するかどうかは疑問が残る。だから、この技を進化させる」

「進化?」

「ああ。ここからが本番だ。さっそく練習を始めるぞ!」

「げぇっ、俺ちょっと休憩しても……」

「面白そうだな! やろうぜ!」

「おい嘘だろ円堂……」

 

 あ、枯れ木が救いを求める子羊のような目でこちらを見てきた。

 そんな君にこのジェスチャーを送ろう!

 にこやかな笑顔でサムズアップしたあと、すぐさま手首を翻して親指を下に向けてやった。

 

アリーヴェデルチ(さようなら)!」

「ちっくしょぉぉぉぉっ!!」

 

 土門は泣く泣く体を引きずっていく

 この後ボロ雑巾みたいになった彼に、木暮と一緒に激辛ドリンクを作ってやったら、就寝時間になるまで追っかけられた。

 なんだ元気じゃん。




 はい、ちょっと最近リアルが忙しかったけど、ようやく再開できそう。どれくらい忙しかったと聞かれれば、毛が抜けまくったり前髪が白髪になったりするほどでした。おまけに投稿前に仮眠を取ったら、ホラゲーで出てきそうな黒くて丸っこい顔しか存在しない化け物の群れが襲ってくる悪夢を見て全身汗ビッチョリになりましたw
 あー怖かった……。


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自称宇宙最強チーム『カオス』

 それは突然のことだった。

 帝国学園での練習中、太陽の光に照らされて何かが一瞬輝く。それがなんなのかと目を細め——そして見開いた。

 

 グラウンドの中心に()()()落ち、砂煙が巻き上がる。

 いきなりの出来事で全員が目線を集中させる。

 私には何が落ちてきたのか見えていた。

 ——赤と青のエイリアボール。

 

『我らはカオス!!』

「猛き炎『プロミネンス』と——」

「深淵なる冷気『ダイヤモンドダスト』の融合チーム!」

 

 砂煙を吹き飛ばし、現れたのはバーンとガゼル。二人はそれぞれのイメージカラーを組み合わせたようなユニフォームを身にまとい、並び立っている。

 それに続いて、ダイヤモンドダストとプロミネンスらしきメンバーが同じものを着て現れる。

 

「マスターランクチーム二つの……混成チーム!?」

「俺たちの勝負を受けろ雷門中!」

「宇宙一が誰なのか決めようじゃないか!」

「っ……監督!」

 

 円堂君は瞳子監督の指示を仰ぐ。彼女は数秒間目を閉じたあと、静かに頷いた。

 了承か。やるしかないのはわかってるけど、予告もなしに突然来るなんて迷惑なやつらだ。

 ……まあ、面白そうだからいいけどさ。特に、ガゼルには前回の借りを返すチャンスだ。

 

「それにしてもバーン、意外だね。あなたはもっと自分に自信があるタイプだと思ってたんだけど」

「悪りぃがこっちも手段を選べなくなっちまってな! 仕方なくってやつだ!」

「おいバーン、あまり喋りすぎるな」

 

 仕方なく? 彼らも手を組むのは不本意ってことか。どうやらやっこさんの組織でも変化があったようだ。

 こういう暗部組織でよくある理由の一つとしては……。

 

「——リストラとか?」

「っ、テメェ!」

「アハハハッ、図星なんだ! 道理で頭のチューリップが元気ないと思った! アハハッ!」

「俺の頭はチューリップじゃねぇ!」

 

 可哀想に。とうとう切り捨てられてしまったのか。私は思わず涙を拭った。笑いすぎて流れてしまったのを。

 

「落ち着けバーン。相手はお前を怒らせて情報を得ようとしているだけ。今はこいつらを打ち砕いてジェネシスの称号を奪うことだけを考えろ」

「……ジェネシス? グランのチームのこと?」

「ガゼル、テメェもペラペラ喋ってんじゃねぇか……」

 

 前回の試合では熱くなりすぎるあまりポカしてた印象の凍てつく闇さんだけど、別に冷静な時でもドジらないというわけじゃないらしい。

 なんかそう思うとチューリップの方がマシな気がしてきた。

 

 それはそうと、彼らはジェネシスの称号を奪う、と言っていた。

 そのジェネシスってのがグランのチームのことなら、彼らはもしかしてグランと戦おうとしているのか? んで、私たちはその前哨戦だと。

 むーん、これ以上情報を集めるのは難しそうだ。

 

「改めて、勝負だ雷門中!」

「ああ! ダイヤモンドダストだろうがプロミネンスだろうが、まとめて勝ってやるぜ!」

 

 円堂君が啖呵を切って見せる。

 その後全員が準備を整え、それぞれのポジションについた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今回は円堂君のリベロ運用初の実戦だ。

 とはいえ、彼については特に心配はない。強いて言うならスタミナ切れにならないかというだけだけど、走り込みは散々やってたし、大丈夫だと思おう、

 

 それよりも心配なのは()()()()()を撃つために土門をミッドの位置まで上げてることだ。

 そう、デスゾーンを進化させたあの技はもう完成している。威力も私や豪炎寺君に並ぶもので、撃てれば点を決めることもできるだろう。

 相手は一度戦ったダイヤモンドダストが合併されているので、間違いなく私たちフォワード陣の動きは読まれる。そうなれば彼らが頼りだ。

 

 私のキックオフ。アフロディにボールが渡り、試合が始まる。

 

「一之瀬君!」

「塔子!」

 

 囲まれないようにパスを回しながら前へ進んでいく。

 塔子は目の前にいるのがドロルであると見るや、突っ込んでいった。

 前回の試合のデータから、自分でも抜けると思ったのだろう。実際私もその判断を下し——直後、それが間違いであることを悟る。

 

「お前の力は知ってるんだよ!」

「ほう、是非とも教えて欲しいな」

「っ、速っ!?」

 

 塔子はフェイントをかけようと一瞬だけ足を緩める。その時にはもうドロルは塔子の間近にまで肉迫していた。

 彼女は驚きで動きを止めてしまい、その隙にあっさりボールを取られてしまう。

 

「な、なんで!? 前はこんなに速くなかったのに!」

 

 まずは落ち着かなきゃ。

 ディフェンスがボールを失ってしまったのは痛い。このままでは一気に攻められてしまう。

 しかし元ディフェンスというのもあってか、予想以上に土門の戻りが早かった。その長身でプレッシャーをかけながら、タックルをしかけようとし——流れる水のような動きで股の間を通り抜けられた。

 

「な、なんだよあの動き……」

「間違いないっ。やつら、以前よりパワーアップしているぞ!」

 

 マジかー。歓喜とともに冷や汗が背中を流れる。

 強いのは歓迎するけど、問題はそっちではなく強くなる速度だ。あれから少ししか経ってないはず。いったいどんな鍛え方をしたのやら。

 ……いや、エイリア石か。あれのエネルギーを使ったのなら全ての辻褄が合う。

 

「行かせないッス!」

「ガゼル様!」

「逆……!?」

 

 ドロルは壁山を引きつけたあと、前線に上がってきていたガゼルにパスを出した。

 だけど、それくらいは見越してるんだよ!

 全速力でガゼルに追いつき、その勢いのままスライディングをする。

 トラップをしようと体の動きを止める一瞬がチャンス。

 しかしその機会は訪れることはなかった。

 なぜならガゼルがボールをダイレクトで撃ち返したからだ。

 

「へっ、テメェにも見せてやるよ! 紅蓮の炎ってやつをなぁ!」

 

 その軌道の先にはバーンが。

 裏の裏を読まれた……!

 もはや間に合わない。ボールが上に打ち上げられ、そこで太陽にも似た炎の塊が開花する。

 バーンはそれをオーバーヘッドキックで雷門ゴールへと落とす。

 

「アトミックフレアV2!!」

 

 凄まじい勢いで燃えるシュートが放たれる。

 沖縄で見た時よりもパワーアップしている。チリチリと熱で焼ける肌と炎の大きさからそれを悟った。

 

「真マジン・ザ・ハンド!!」

 

 円堂君のとは違った、青色の魔神が出現する。

 円堂君がキーパーをやっていた間、立向居も頑張っていたのだ。その成果がこのマジン・ザ・ハンドと言えるだろう。

 だけど、バーンの相手をするには荷が重すぎた。

 魔神は焼き尽くされ、あっさり消滅。そして遮るものが何もなくなったシュートがゴールネットを焦がした。

 

『ゴォォォォル!! 開始数分で先制点はカオス! なんという強さだァ!!』

 

「まあ、ざっとこんなもんよ」

「ぐっ……! 皆さん、すいません……!」

 

 彼は沈んだ表情で俯いてしまっている。フォローは円堂君に任せるとしよう。彼ならきっと元気付けられるだろうし。

 問題はどうバーンに、いやバーンとガゼルの二人に対抗するかだ。

 たぶん二人は同じくらいの強さと思っていいだろう。つまり今の立向居じゃどうやっても二人のシュートを防ぐことはできない。

 一応『ムゲン・ザ・ハンド』にすがるって手もないわけじゃないけど……練習でできないことを本番で期待するのは愚かってものだ。そんなことができるのは円堂君ぐらい。

 

「いいか、シュートを撃たせるな! ガゼルとバーンは徹底的にマークするんだ!」

 

 鬼道君の指示が飛んでくる。

 どんなに強力な大砲でも弾がなければ撃つことはできない。それと同じで撃たれる前に封じてしまおうって寸法か。

 正直難しいと思うけど、やるしかないか。

 

 二回目のキックオフ。今度は最初から全力で行く。豪炎寺君とアフロディにアイコンタクトを送り、私たちは同時に走り出した。

 

『雷門中、スリートップの華麗なパス回しが光る! カオスの選手を全く寄せ付けていないッ!!』

 

「フローズンスティール!」

「なえっ!」

 

 ドロルが『フローズンスティール』を!? あいつ、前の試合じゃ使ってこなかったのに!

 どうやらパワーアップしているのは身体能力だけじゃないらしい。この分じゃ他のメンバーも技を習得していると見ていいだろう。

 しかし豪炎寺君は冷静にスライディングが来る前にパスを私に出した。

 

「イグナイトスティール!」

「っ、こっちもかっ! ——アフロディ!」

 

 受け取ろうとした瞬間、大きな眼鏡とリボンをつけた小柄な少女——バーラが火を噴きながらスライディングしてきているのが見えた。

 フローズンスティールと対をなす技か。

 仕方がない。胸トラップを諦め、その場でバク宙。そしてスライディングを避けると同時に逆さになりながらアフロディにパスを出す。

 彼の前のディフェンスは少ない。チャンスだ。

 アフロディは自身の十八番の技を見せつけるように、手を高く掲げる。

 

「ついてこられるかな? ——ヘブンズタイム」

 

 アフロディの指が鳴らされる。

 瞬間、世界は停止した。

 

 そして気がついた時、目に飛び込んできたのは——膝をついているアフロディと敵チームの男——ネッパーがボールを持っている場面だった。

 

「なん……だ……!?」

「へっ、神ってやつも大したことねぇな!」

「っ、アフロディ! この!」

 

 何が起きてるのかわからなかった。

 ヘブンズタイムが破られた? どうやって? 

 その困惑が私の動きを遅らせる。

 ——『もちもち黄粉餅』。

 そう叫ぼうとした瞬間には、あいつは自分のボールを両足で踏みつけていた。

 

「フレイムベール!」

「きゃっ!」

 

 炎の火柱が連鎖的に噴き上がり、私は餅の鞭ごと燃やされる。

 しまった。動揺しすぎた。私が行動不能になってしまったら、あの二人に歯止めが効かなくなるっ。

 

 ネッパーのボールはバーンへ。そしてバーンはさっきのお返しとばかりにガゼルにパスを出した。

 彼が刺すような笑みを浮かべ、フィールドが凍りつく。

 

「今度こそ教えてやろう。凍てつく闇の恐怖を! ——ノーザンインパクトV2!!」

 

 空気すらも蹴り砕きそうな回し蹴りを受け、ボールは青い光弾となって飛んでいく。

 やっぱりガゼルの必殺技も進化していたか。

 立向居は再び魔神を出すも、先ほど同様なんの抵抗もできずのあっさりと吹き飛ばされる。

 二失点目。ここまで十分もかかっていない。

 

「強い……」

 

 思わずそう口にしてしまった。

 ここまで手も足も出ないのは久しぶりだ。鬼道君もいい作戦が思い浮かばないのか、苦い顔つきをしている。

 

 

 そこから先は終始カオスペースだった。

 フォワード陣がボールを奪われ、バーンかガゼルにシュートを撃たれる。そして失点。これの繰り返しだ。

 そして気がつけば前半残り15分で5点もの差をつけられていた。

 

「ダメだ……これじゃあ立向居がもたないよ!」

 

 塔子が悲痛な感想を漏らす。

 立向居はあの二人の強烈なシュートを何度も受けており、もうボロボロだ。このままじゃ確実に潰れてしまう。

 そう思ってても虚しく、ボールは再びバーンに渡る。

 

「これで終わりだ! ——アトミックフレアV2!!」

「っ、このまま好き勝手させてたまるか!」

 

 せめて立向居の負担だけでも減らしてみせる!

 そう決意して太陽のシュートの前に立ち塞がり、餅の鞭をぶん回す。

 

「もちもち黄粉餅! ——くぅぅぅぅっ!!」

「ハハハッ、無駄無駄ァ! その程度で紅蓮の炎が止められるかよ!」

「——っ、あぁぁぁっ!!」

 

 餅を持つ手が熱い。腕に全体重を込めて踏ん張っていたけど、耐えきれず吹き飛ばされる。

 まだダメだ。威力は減少させられたけど、それでもまだ足りない。

 立向居が痺れている手を構えようとする直前、一つの人影がボールの行先を遮った。

 

「メガトンヘッドォッ!!」

 

 円堂君の『メガトンヘッド』が炸裂。巨大な拳は太陽に鉄拳を食らわせ、そのままもろともに砕け散った。その時の衝撃波でボールはライン外まで飛んでいき、円堂君も後ろに2、3回転して倒れる。

 もともと未完成の状態でもガゼルのシュートを防げるほどの威力はあったんだ。いくらアトミックフレアが進化しているとはいえ、私が弱体化させたそれを弾けないはずがない。

 でも、代償も大きい。円堂君は額を抑えたまま立ち上がろうとしない。たぶん強烈な衝撃を頭部に喰らったせいで一時平衡感覚が麻痺してしまっているのだろう。

 このように、『メガトンヘッド』でのシュートブロックは円堂君にもかなりの負荷がかかる。連発するのは難しいだろう。

 

「円堂さんすみません、俺……」

「いてて、なーに気にすんなって。全員で守って全員で攻める。それが俺たちのサッカーだろ?」

「……はい!」

 

 円堂君のこの根性のプレイに、みんなの瞳に闘志が宿ったのを感じる。

 このチームの起点はいつだって円堂君だ。彼のプレイ一つで流れが変わる、なんて場面を私は何度も見てきた。

 そして今も、風向きが変わったのを感じている。

 

『攻めるカオス! しかし凌ぎます雷門! バーンとガゼルを集中的にマークし、空いたスペースを円堂と白兎屋のリベロ二人が埋めることで、戦況を維持している!』

 

「ちっ、離れやがれ!」

「フィニッシュが分かりきっているなら対策もできるんだ!」

「俺たち雷門をなめんじゃねえぞ!」

 

 土門、ツナミがしがみつくような勢いでバーンをマークし続けている。その動きには絶対にボールを渡さないという強い決意が込められてるのを感じる。

 

「っ、ヒート!」

「もちもち黄粉餅!」

 

 餅の鞭がパスされたボールを見事に絡めとった。

 すかさず前へと蹴り上げるが……。

 

「フローズンスティール!」

「っ、またか!」

 

 これだ。相手の守備が固くてフォワードにまで繋がってくれない。それに円堂君や土門が防御に参加してしまっていることで責める人数が少なくなり、攻撃力が足りないのも問題だ。

 だけどここで円堂君を抜いたら間違いなく今の守りのリズムは崩壊する。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 円堂君の気合いが入ったスライディングがドロルからボールを弾く。しかし奪うまでには至らず、ボールはラインを割って出ていった。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「円堂君、大丈夫?」

「あ、ああ……まだまだいけるぜ……!」

 

 そう言ってニカっと笑いかけてくるものの、明らかに空元気だ。

 円堂君のリベロ運用には、少しだけ欠点がある。それは円堂君の前のポジションがキーパーだったということだ。

 もちろん円堂君は体力作りをサボったことはないだろう。しかしキーパーは本来ゴール前で立っているもの。他のフィールドプレイヤーと比べるとあまり走らない分どうしてもスタミナ不足になってしまうのが常だ。

 もちろん瞳子監督はこのことについても知っていて、必殺技の特訓の合間に円堂君に体力作りをさせていた。しかし慣れないポジションで動き回るというのは精神ともかなり疲弊してしまう。それが円堂君の体力をガリガリ削っているのだ。

 

 長くは持たない。どうしたら……?

 そう考えていると、鬼道君がこちらに歩いてきた。しかもさっきまでとは打って変わって不敵な笑みを浮かべている。

 

「見つけたぞ。十二分の一の休止符を」

 

 それが何を意味するのかは私たちにはわからない。しかしその言葉を聞いて、反撃の狼煙が上がったのだと悟った。

 




 というわけで予告もなしにはた迷惑な勢いで始まるカオス戦です。ダメGK四天王の一人が生まれた伝説の試合でもありますね。
 あと前半終了近くで本来なら10点取られているのですが、なえちゃんがいることで守備が強化されて5点にまで抑えられています。
 その割には今日あまり活躍してなかったな、なえちゃん。


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ファイアブリザード

再開はカオスのスローイングから。白髪の男ヒートが投げたボールをネッパーが受け取り、走り出す。

 土門が止めようとするが、ネッパーは眼中にないとばかりに鼻で笑う。そしてリオーネに横目を送り——少し遠くのバーラにパスを出す。

 

 ——それを予測していた私が、見事にカットしてみせた。

 

「なっ!?」

「反撃だ! 円堂土門、上がれ!」

 

 理解できないって顔してるね。それでいい。そのまま存分にリズムを乱してくれたまえ。

 

 鬼道君の合図を聞いて二人が前線へ出たか。なら、私は私の役割をこなすとしよう。

 十分に敵を引きつけ、金色のオーラを身に纏う。

 

「ジグザグストライク!!」

 

 残像が見えるほど神速のドリブル。近づいていた三人を派手に抜いてあげた。そのまま味方すら置き去りにして一人突っ込んでいく。

 もちろんこの状態を長く維持できるわけじゃない。それは前の試合を経験しているダイヤモンドダストのメンバーにはバレてしまっているのだろう。私のオーラが消えたと同時に、相手ディフェンスの巨漢ゴッカがこの試合で見たどれよりもキレのよいスライディングをかけてくる。

 

「真フローズンスティール!!」

 

 っ、想像よりもずっと速い。雪掻車が向かってくるようだ。

 回避は間に合わない。このままじゃ私の体ははねられ、宙を舞うことだろう。

 まあ、もちろんそんな目に合うつもりはないけど。

 判断は一瞬。私は後ろも見ずにヒールでバックパスをする。

 途端にゴッカは慌てて体を無理やり逸らし、スライディングが当たらないようにする。

 

「ぐっ……!」

「惜しかったねぇ。もう少しで当たったのに」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、ケラケラ笑って彼を見下ろす。

 ボールを持っていない相手にスライディングすれば間違いなくファールとなる。今回の場合は相手がスライディングするのと私がパスを出すタイミングがほぼ同時だったので、ファールになるかどうかは曖昧だが、たとえそうであっても相手はそのリスクを避けるはずだ。

 なにせ、ペナルティエリア内でのファールはPKのチャンスを相手に与えることになるんだから。

 だからゴッカは最悪の事態を避けてスライディングを中断したってわけ。我ながらあったまいいー。

 

 バックパスした先には鬼道君たちがいた。

 彼がボールを蹴り上げると同時に三人が跳び上がり、回転しながら三角形の魔法陣を形成。そして三人でボールを踏みつける。そこまでは同じだ。

 しかしボールは発射されず、闇色の巨弾となってその場にとどまった。鬼道君たちはそれを足場にさらに跳躍。縦に一回転して、再びボールを蹴る。

 

「デスゾーンが帝国の意思統一によって生まれた技なら、デスゾーン2は個性のぶつかり合い」

「デスゾーンが足し算なら」

「俺たちのデスゾーン2は——かけ算だ!」

 

 ハイそこ1×1×1は1だとか言わない。そもそもこの数値は人数ではなくそれぞれのキック力を表しているのだ。

 たとえば土門が3で円堂君が5、鬼道君が6とする。足せば14、かければ90。実際そこまで威力が上がることはないだろうけど、彼らが言いたいのはこんな感じのことだろう。

 

『デスゾーン、2ッ!!』

 

 紫電を発しながら巨弾が進んでいく。

 見るだけでデスゾーンとは比較にならないほどのエネルギーを秘めているのがわかる。

 敵キーパーのグレントが両手に炎を纏わせているが、このシュートを前にしては吹けば消えるロウソクの灯火程度の迫力しか感じられなかった。

 

「バーンアウトォォッ!! ——ごあっ!?」

 

 いや名前。

 チューリップ味方にも嫌われているのか。仮にも君らのキャプテンでしょうに。

 そんな色々突っ込みたくなる必殺技を放ったグレントだが、あっけなく吹き飛ばされ、デスゾーン2がゴールネットを大きく揺らした。

 

 ようやく1点返せたか。

 バーンとガゼルはわずかに顔をしかめるものの、それ以上表情を変化させることはなかった。『たかが1点』やら『マグレ』やら、そんな言葉が聞こえたので、あまり気にしてはいないのだろう。

 バカな人たちだ。サッカーにマグレなんてものはないのに。たとえ奇跡のように見えても、それは全員が必死になったからこそ起きた必然の現象なのだ。

 それを思い知らせてあげるよ。

 

 キックオフ早々、バーンは単独で上がっていき、雷門コートを半分ほどまで進んだところで跳び上がった。

 炎がボールを包み、太陽へと姿を変えていく。

 

「どうせ止められやしねぇんだ! どこから蹴ろうが同じだよなァ! ——アトミックフレアV2!!」

 

 凄まじい熱気を放ちながら落ちてくる太陽。

 たしかに『マジン・ザ・ハンド』ではこの距離でも入れられてしまうことだろう。

 だけどね、彼らは知らない。試合の中でも常に進化し続ける雷門の底力を。

 

「見えた……聞こえた……!」

 

 立向居の両手が光を発しながら掲げられ、それが頭上で柏手を打つ。すると神々しい光が彼の背後に満ちた。その光は徐々に人の腕を形作っていく。そしてその中から四つの手が勢いよく伸びる。

 

「ムゲン・ザ・ハンドッ!!」

 

 手は細いように見えるのに、アトミックフレアをしっかりと掴んだ。太陽は突破しようともがいているように見えるが、手たちはびくともしていない。それどころかその手の凄まじい握力によって、太陽は次第に押し潰されていく。

 そうやってシュートはどんどん勢いをなくしていき、最後には立向居の手に収まってその動きを停止した。

 

「なんだと……!?」

 

 ふっ、見たかバーン。これが雷門の実力だ。

 立向居が嬉しそうにボールを掲げている途中で前半終了のホイッスルが鳴った。

 戦況はまだまだ不利。しかしみんなの目に不安はない。

 それを頼もしく感じながら、ベンチに戻った。

 

 

 ♦︎

 

 

「休止符?」

「音村風に言うのならば」

 

 ハーフタイム中、鬼道君はみんなを集めてさっきの逆襲劇のネタバレをし出した。

 彼は目をカオスのネッパーに向ける。

 

「あのミッドフィルダー。あいつはダイヤモンドダストのメンバーを完全に無視している。それによって二チームの間で亀裂が生じかけているんだ」

「えーと、じゃあ……どうすればいいんだ?」

 

 円堂君の質問に思わずズッコケる。

 

「つまりね、ダイヤモンドダストのメンバーは同じダイヤモンドダストのメンバーに、プロミネンスのメンバーも同じプロミネンスのメンバーにしかパスを出さないってことだよ」

「なるほど! じゃあその裏をかけば……!」

「そゆこと。ネッパーをカモにしてどんどん亀裂を広げていってあげればこの試合、勝てるよ」

 

 えげつない戦法とか言わないでよ。サッカーは戦闘。調整不足の武装で戦場に赴いてきた向こうが悪いんだから。

 これを聞いた一部の人は非難するかもしれないが、ここにいる全員は一流のサッカー選手。策があるのに使わないのは優しさではなく侮辱であることを理解しているらしく、反対意見は一つもなかった。

 

「後半は僕たちフォワードの出番のようだね」

「ああ。円堂たちに撃たせてばかりではいられない」

「ふふっ、負けないよー?」

「それと立向居も、ゴールは任せたぜ」

「はいっ!」

 

 ホイッスルの音がちょうど聞こえてきた。私たちはコートをそれぞれ入れ替え、ポジションにつく。

 そして試合が再開した。キックオフのあと、カオスはバックパスでネッパーにボールを渡した。さっそくチャンス到来だ。

 鬼道君がチャージをしかけに行くと、彼はすぐにパスをヒートに出した。すぐ近くにリオーネがいるにも関わらず。

 

「ふっ」

「なにっ!?」

 

 もちろんそれは私によって回収される。

 そのまま走っていると、バーラとクララの二人が近づいてきた。しかしタイミングはバラバラで、連携して動いている感じじゃない。まるで功を争っているようにも見える。

 そしてそこに隙がある。

 

「アフロディ!」

 

 私は素早く切り返して、逆サイドにいるアフロディにボールを渡した。バーラとクララはそれぞれ左と右のディフェンスなのだ。どちらか片側に偏れば、当然逆サイドに穴が空く。

 アフロディは神々しい翼を生やし、宙へ浮かぶ。そしてかかと落としをボールにくらわせる。

 

「ゴッドブレイク!」

「バーンアウト!」

 

 無駄だ。デスゾーン2の時と同様、グレントは弾かれて、ボールがゴールに入った。

 2点目。だけど雷門の勢いはそれで止まらなかった。次々とゴール前でシュートが炸裂していく。

 

「爆熱ストーム!」

 

 豪炎寺君の炎がゴールを燃やし、

 

『デスゾーン2!!』

 

 鬼道君たちの魔弾がネットを貫き、

 

「これでイーブン! ムーンライトスコール!!」

 

 私の光の雨が、試合を同点へと導いた。

 

『ゴール! 同点、同点です! 雷門の怒涛の逆襲に、カオスはついていけていないィ!』

 

「戦況は5対5。残り時間もまだ半分残っている。十分勝てるよ!」

 

 ここでようやく勝てるという実感が湧いてきたらしく、みんなのほおがわずかに緩み始める。しかし私や鬼道君などの一部のメンバーは、今の戦況を楽観視していなかった。

 たしかに今のカオスはバラバラだ。突き崩すのは容易いだろう。だけど()()()()()が仲違いしていない。

 バーンとガゼル。炎と氷という一見性格も含めて相性の悪そうな二人には、予想外にも互いを責め合う様子は微塵も見られない。それどころか何か策を思いついたようで、二人は長年付き添った相棒のように横一列に並ぶ。

 

 私はなんとなくだけど、彼らが喧嘩しない理由がわかってしまった。

 要するに彼らも一流のサッカー選手ということなのだ。たとえ過去どんなに憎み合っていたとしても、同じユニフォームを着てフィールドに立ってしまえば私情を捨てて連携することができる。前試合でアフロディと私たちが協力したように。

 

 そしてそういう選手は例外なく強い。……あの厨二病二人組を認めるのはしゃくだけどね。

 だから私は、ホイッスルの音が鳴ると同時に飛び出して、青い衝撃波の壁を足から放つ。

 

「スピニングカットV3!」

 

 二人の姿はあっという間に見えなくなった。

 不意は突いた。これで吹っ飛んでくれればそれでいいんだけど……やっぱそう簡単にはいかないよね。

 青い壁は直後爆発するように消し飛び、奥から無傷の二人が歩み出てくる。

 

「おいおい、ずいぶん余裕がなさそうだな。ハナからこんなもんぶっ放してくるなんてよ」

「こんな小細工、通用すると思っていたのか?」

「いやー、なんかヤバげな雰囲気感じ取ったからさ。早めに潰しておこうかなって思って。いやー失敗失敗」

「……ムカつく女だが、やっぱテメェは面白ぇっ、ぜ!!」

 

 バーンが言い終えるよりも先に私は動いていた。

 ——『真クイックドロウ』。

 瞬間的に加速した私はボールを掠め取ろうとそれに触れようとし——二人の蹴りによって、体ごと後ろに吹っ飛ばされた。

 

 っ、不意打ちはもう通用しないってことねっ。

 空中で一回転して体勢を立て直したあと、両足と片手を同時に地面に着けて着地する。

 その時には、バーンは自分のボールを両足で踏みつけていた。

 

「フレイムベールV3!」

「ひょあっ!? ……あっぶなっ」

 

 他の人たちとは速度も大きさも違う火柱を、横に飛び込むようにしてなんとか回避する。

 反撃しようと前を見たところ、何故かバーンの足元にはボールがなかった。まさか……。

 

「ウォーターベールV3!」

「やばっ……!」

 

 あ、だめだわこれ。

 さすがの私も今回ばかりは避けられる体勢じゃない。高圧の水を全身に打ち付けられ、痛みとともに私は地面に転がる。

 その後も二人は荒々しくも完璧な連携で次々と雷門ディフェンスを突破していき、遂にはゴール前に並んでしまった。

 

「いくぞバーン!」

「おうガゼル!」

 

 ボールを天空に打ち上げると、二人は同時に天高く跳び上がり、横一列に並ぶ。

 まさか……!?

 バーンはその右足に荒れ狂う炎を、ガゼルは左足に吹き荒れる氷を、それぞれ纏う。

 そしてその二つの天災が、融合した。

 

「これが我らカオスの力!」

「宇宙最強チームの力だ!」

 

『ファイアブリザードッ!!』

 

 反動で体が半回転してしまうほど強く、同時に二人はボールを蹴った。

 瞬間、対極な二つのエネルギーが衝突し、衝撃波が辺りを襲う。それでも二つの属性は互いに打ち消し合うことなく見事に混じり合い、螺旋状にボールを覆いながらかつて見たことない勢いでゴールへと落ちていく。

 

「ムゲン・ザ・ハンド! ……うぐあぁぁぁぁぁっ!!」

「っ、立向居ぃぃぃ!!」

 

 立向居の『ムゲン・ザ・ハンド』が発動。しかし無意味。四つの腕は一瞬で砕け散り、立向居を容易に吹き飛ばして、破る勢いでゴールネットに突き刺さった。




 ファイアブリザードは個人的にトップクラスに好きな技です。なんというかこう……ロマンがありますよね。好き過ぎて3じゃストーリークリアする前に二人とも真に進化するほど使ってた記憶があります。


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氷の上の炎を消す

 炎と氷の螺旋が、ゴールをえぐった。

 逆転の兆しが差した矢先の出来事。円堂君によって起こされた立向居は幸い重傷を負ってはいないようだが、それでもその両手が痺れで震えているのが見えた。

 

「すみません、せっかくの逆転のチャンスだったのに……」

「また取り返せばいいんだよ。気にすんなって」

「……いや、どうもそう簡単にはいきそうにないようだよ」

「えっ?」

 

 みんなの問いかけを無視してカオスのメンバーの方を指差す。

 いがみ合っていたはずの選手たちも先ほどのシュートに驚愕したようで、皆呆然としている。もちろんその理由はこちらとは違うようだけど。

 

「バーン様とガゼル様が……」

「二人でシュートを撃った……?」

「俺たちは何をやっていたんだ……チームメイト同士で仲違いするなんて……」

 

 二人の協力する背中を見て、彼らも気づいたのだろう。もはやプロミネンスだとかダイヤモンドダストだとかにこだわっている場合ではないと。それよりも先にやるべきことがあると。

 彼らはそれぞれ無言で目線を合わせる。

 ……雰囲気が変わったね。

 

 雷門ボールでキックオフ。バックパスで鬼道君にボールを渡し、前へ出る。

 鬼道君は一之瀬にパスを回そうとする。

 が、今まで以上の速度で走ってきたドロルにカットされてしまった。

 それを見たディフェンス陣はすぐさまダイヤモンドダストのメンバーをマークする。だけどドロルがパスを出したのはネッパーだった。

 

「なっ!?」

「上がれネッパー!」

 

 まずい、見事に逆を突かれた。ネッパーはフリーのままだ。

 リズムが変わったと確信した時点で、私は踵を返して雷門コートへと走る。

 

 ネッパーの能力の高さを危険視したディフェンス陣が彼を取り囲む。しかし周りはまだ新しい敵のリズムを把握していないらしく、プロミネンスのメンバーだけをマークしようとする。

 

「ダメだ! ダイヤモンドダストをフリーにするな!」

「遅い! ……リオーネ!」

 

 鬼道君が忠告するも、間に合わなかった。

 またもやディフェンス陣は逆を突かれてリオーネにボールが渡る。その彼女もすぐさま上へ蹴り上げた。

 そこに待ち構えているのは、もちろんあの二人だ。

 

「もう1点目!」

「これで終わりだ!」

 

『ファイアブリザ——』

「させるかぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 二人が跳び上がると同時に私も跳躍。雄叫びを上げて死に物狂いでボールに飛びかかる。

 ファイアブリザードを止めるのは現実的じゃない。ならば撃たれる前に止めるしか防ぐ手段はない!

 失敗したらあのシュートを超至近距離で受けることになり、さすがの私もただじゃすまないだろう。下手したら再起不能になるかもしれない。

 しかし私は、それでも、ボールしか見ていなかった。

 時間がやけにゆっくりしてるように感じられる。スリルの中で研ぎ澄まされ過ぎた感覚が一時的にそうさせているのだろうか。

 そんな考えは浮かぶと同時にすぐに消える。

 どうでもいいことだ。この体の奥底から湧き上がる熱に比べたら。

 

 一瞬彼らと目が合う。

 なにさ、そんな化け物を見た顔をして。

 なんで笑ってるのかだって? 

 ふふっ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。

 

 そうして、私の伸ばした足が、ボールを弾き飛ばした。

 

「アァフロディィ!!」

 

 もはやシュートのような勢いで、ボールは前線へ飛んでいく。それを見送ったあと、私たちはほぼ同時に着地した。

 二人の目つきは対照的だった。ガゼルは冷たく睨み付けてきており、逆にバーンは燃え盛る炎の如く顔を激しく歪めてこちらをガンつけてきている。

 

「予想以上に……狂っているな」

「月を見上げる兎とて、理性のない時もあるってね」

「テメェ……こんなバカげた真似、いつまで続けるつもりだ!?」

「いつまでもだよ。少なくとも、この試合が終わるまでは。私は貴方たちが空へ上がるたびに、そのことごとくを撃ち落としてあげる」

「上等だァ! 次はその生意気な面ごとぶっ飛ばしてやる!」

 

 私はまだ大丈夫だ。こうやって冗談が言えてるってことはまだ余裕がある証拠。

 

 そうやってしばらく睨み合ってたら、アフロディがボールを取られた。連携ができるようになったことで、攻撃だけでなく防御力も自然に上がったか。

 二人が動き出したのを見て、私は再度身構えた。

 

 

 ♦︎

 

 

「真イグナイトスティール!」

「真フローズンスティール!」

「うわぁぁっ!!」

 

 炎のスライディングを避けた先で氷のスライディングをかわしきれず、アフロディが吹き飛ぶ。

 それを為したのは二人の巨漢、ゴッカとボンバ。ゴール前で並び立つその姿は山のようで、とんでもない威圧感があった。

 

「アフロディ、大丈夫か?」

「あ、ああ……とんでもないスピードと連携だ。あれを破るのは容易ではないだろうね」

 

 豪炎寺がアフロディを引き起こす。

 彼は痛みに顔をしかめながらも、率直な感想を述べた。

 一つを避けても次がすぐに来る。しかもその時のタイムラグはほとんど一瞬だった。よほど互いの実力を把握してなければできない連携だ。二人は思わず今戦っているチームが果たして前半と同じものなのか疑いたくなった。

 

「そのディフェンスを崩せそうな人物に心当たりはあるんだけど……」

 

 ちらりと後方を確認する。

 ゴール前でちょうど三人が同時に跳び上がったところが見えた。

 なえは真っ先にボールに追いつこうと、他を差し置いてグングン上昇していく。しかしある一定の高さまでいったところで、ボールはなぜか急に勢いを失い、下へ落ちていった。

 

「っ、回転!?」

「遅かったな! しまいだ!」

『ファイアブリザード!!』

 

 とうとう必殺技が発動してしまった。

 しかしそれで諦めるなえではない。

 

「まだまだァァッ!!」

 

 インターセプトが間に合わないと見るが否や、すぐさま体を翻して全体重を込めたかかと落としを繰り出した。そして発射されてすぐのボールの真上に直撃。

 彼女は衝撃を受けて吹き飛んだが、コースがズレてシュートはポストに当たり、誰もいないスペースに弾かれる。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 なえは見るからに疲弊していた。美しかった髪は汗で輝きを失い、乱雑になっていて、顔からも玉のような汗を大量に流している。

 当然だ。()()()このようなことをしてピンチを凌いでいたのだから。

 

「……なえは無理だ。『ファイアブリザード』を防ぐのは、発射直前の大砲に近づいて導火線を消してるようなもの。そんなことを何度もやってたら、精神も体力も持たない……!」

「それに今彼女が守備から抜けたら、あの二人を抑えられる者がいなくなる、か……」

 

 アフロディはしばし目を閉じて熟考する。そして覚悟を決め、目を開く。

 

「僕がやろう」

「しかし……」

「なえの次に足が速いのは僕だ。難しいのはわかっている。でもそれしか方法はない!」

「……わかった。お前にボールを集めることにしよう」

 

 豪炎寺はうなずき、持ち場へ戻っていく。

 

「みんなも僕にボールを集めて欲しい! 必ずあの守備を突破してみせる!」

 

 現状打つ手がない以上、反対する理由はなかった。

 全員が了承し、試合が再開する。

 

「もう一点取ってみせる!」

「ザ・タワー!」

 

 スローイングからのボールを受け取ったリオーネに、塔子の雷が落ちる。そしてすぐに前線で待ち構えるアフロディにパスが出された。

 

「……行くよ!」

「真イグナイトスティール!」

「っ、ふっ!」

 

 迫り来る炎を右に避ける。そしてすぐに重心を反転させ、左に飛び移ろうとし——。

 

「真フローズンスティール!」

「がぁっ!」

 

 間に合わず、間髪入れずに繰り出されたスライディングに跳ね飛ばされた。

 

「アフロディ!」

「大丈夫だ……さあ次のボールを!」

 

 心配して駆け寄ってくる仲間たちを手のひらを向けて制し、立ち上がる。

 だが状況が簡単に好転することはなかった。

 

 アフロディは何度も突っ込んでいき、そのたびにボロボロにされていく。その悲惨な光景に静止しようとする者たちもいたが、アフロディの鋭い睨みに腰が引け、結局声をかけることはできなかった。

 アフロディはなおも、必死の形相でボールを蹴っていく。

 

(円堂君は僕を闇の中から引きずり出してくれた。ならば今度は僕が、彼らを助ける番……! そのために戻ってきたんだ……!)

「ぐあぁぁっ!!」

 

 背中から地面に落ちる。もはや限界だ。そんなのは見れば誰にでもわかる。しかしアフロディはゆっくりとだが、震える四肢を支えにして立ち上がる。

 

(諦めない……っ! 円堂君はこれ以上に痛かったはずだ! なえは今も恐怖と立ち向かっている! なら、僕が立たなくてどうする……!)

 

 助けたいと初めて思ったんだ。君が僕にしてくれたように。だから走る。立ち止まってなんかいられない。

 そして地面が砕けるほど強く、地を蹴った。

 

「恩返しもできないんじゃ、神以前に人として失格なんだっ!!」

「知るか! 真イグナイトスティール!」

「っ!」

 

 ほとんどスピードを落とさず、曲がることもなくスライディングを回避する。ほぼ真横を通り過ぎた時の余波で半身の表面が焼けたような錯覚を覚えたが、止まることはなかった。

 そして二陣目。氷のスライディングが、完璧なタイミングででアフロディを襲う。

 

「真フローズンスティール!」

「っ!?」

 

 ダメだ、ターンが間に合わない。見ている全員が思った。

 しかしこの時アフロディは、自らの限界を少しだけ超えてみせる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 

 獣のような咆哮が響いた。それはあのアフロディの口から出たもの。彼らしからぬその叫びに応えるように、ほんの僅かにだが彼の速度が上がる。

 そして凍てつく風に半身を凍らされながらも、とうとうスライディングをかわしてみせた。

 

 喜ぶ余裕も残っていない。軋む体に鞭を打って背中から翼を生やし、空へと飛び立つ。

 その後間もなく、天空から光が落とされる。

 

「これで……同点だぁっ! ——ゴッドブレイク!!」

「ぐぅぅぅおぉぉぉぉっ!!」

 

 神々しい光を帯びたボールはグレントに両手をすり抜け、ゴールに突き刺さった。

 

 

 ♦︎

 

 

「バカな……!」

「ぐっ……! なんでだ!? 俺たち二人が組んだカオスは最強のはず!」

「勝ちたいのがっ……そっちだけなはずっ……あるか……っ!」

 

 息も絶え絶えで喋るのもつらい。でも目の前にいる二人に言ってやらなければ気が済まなかった。

 

「貴方たちは確かに強いよ……! 技術もパワーも連携も、何かもが高次元だ……! だけど貴方たちは戦う理由がしょうもない!」

「しょうもない……だとぉ!? テメェに何がわかる! ジェネシスの称号は——」

「わかりたくもないね! 貴方たちはその称号ばっかり見てるせいで、私たちのことがまるで見えてない! 今の貴方たちの敵は誰だ!? ジェネシスか!? いや違う、私たちだ! あと先のことを考えるな! 今この時だけは、私たちを全力で潰しに来い!」

 

 私の叱責に二人はたじろぐ。

 前々から気に入らなかったんだ。勝って当然だというその雰囲気が。

 弱いのは罪だ。それで舐められるならいい。だけど追い上げてきてもなお、彼らは身内に目を向けることはあっても真の意味で私たちを目に入れることはなかった。

 でなかったらアフロディの成長だって頭に思い浮かぶこともできたはずだ。私たちはこの試合でも散々、進化していく姿を見せたのだから。

 

 言われて気づいたのか、二人はずっと俯いたままでいる。しかししばらくして、弾かれたかのようにバーンが自陣のコートに向かって走り出した。

 

「ぐっ……やりゃいいんだろやりゃ!」

「バーン!?」

 

 ボールの行方を目で追うと、再びアフロディが持っていた。

 一度成功した時に感覚を掴んだらしく、二つのスライディングを危なげなくかわしていく。

 そしてゴール前にたどり着いて、シュートを撃った。

 

「ゴッドブレイク!」

「バーンアウト! ぐおおおおおっ!!」

 

 さっきの再現のように、ゴッドブレイクがグレントの技を撃ち破る。しかし違っていたのは、バーンがゴール前に立っていたことだ。

 彼はゴッドブレイクの高度に合わせるように跳躍し、逆さになる。

 そして——。

 

「勝つのは、俺たちだァ! ——アトミックフレアV3ィ!!」

 

 低空ながらも、己の必殺技でゴッドブレイクをはじき返した。

 予想外の出来事に全員が固まる。その間にも、太陽はドンドンフィールドを進み続け——ガゼルの待つペナルティエリアまで来る。

 

「ガゼル!」

「ノーザンインパクト……V3!!」

 

 シュートチェイン。燃え盛る太陽を凍てつく冷気が包み込む。

 その速度と感じられるパワーはファイアブリザード並だ。私も必殺技を放とうとしたけど、間に合わずに素通りさせてしまった。

 

「ムゲン・ザ・ハンド!」

 

 四つの御手がシュートを掴む。

 まずい。残り時間的にもここで逆転されたら勝ち筋がなくなる。なんとしてでも防がなきゃ。

 しかし徐々に、徐々に亀裂が走っていく。立向居は必死に堪えようとしているが、それを止めることはできない。そしてとうとう手たちは砕け散り、ボールは立向居の横を通過した。

 

 終わった。と、誰もが思った。

 彼の、あのたくましい声が聞こえてくるまでは。

 

「まだまだっ、まだだァァァッ!!」

「ザ・ウォール!」

 

 バーンがそうしたように、立向居の後ろにはいつのまにか円堂君と壁山が控えていた。

 出現した大岩がシュートを食い止めようとするが、それでもまだ足りないのか、ドンドン岩が削れていく。

 その時、円堂君が突然両手でゴッドハンドを発動させ、本体の手を壁山の肩に置いた。するとゴッドハンドの力が流れ込んでいき、ドンドン岩は巨大化していく。

 

『ロックウォールダム!!』

 

 最後の仕上げ時ばかりに二つのゴッドハンドで岩を押し広げると、城壁と言っても過言ではない壁が出来上がった。

 立向居のおかげでパワーダウンしているのもあり、今度はヒビが入っていくことはない。ボールは見る見る回転速度を落としていき、最後には弾かれて円堂君たちの足元に転がった。

 

『……と、止めたァァァ!! 円堂と壁山、土壇場の新必殺技によって、ピンチを救いました!』

 

「まったく……円堂君にはいつも驚かされるよ」

 

 呆れたような口調だけど、自然と笑みが溢れる。

 やっぱり彼はサイコーだ。私の予想を何度も覆してくれる。改めてそう思った。

 

 円堂君は私にパスを出すと、グッとサムズアップする。

 

「背中は俺たちにズバババーンと任せておけ! だから、最後は任せたぞ!」

「……うんっ!」

 

 くふふっ、そんなに期待されちゃ動かないわけにはいかないでしょ!

 私は守ることをやめ、前線へ向かって全力で走り出した。チラッと時間を見れば、今はロスタイムに突入中。たぶんこれが最後のプレーになるだろう。

 迫り来るカオスの選手たちをかわす、かわす。時には堅実に、時にはアクロバティックに、そしてまた時にはこの圧倒的なスピードで。まるで全員を抜くかのような勢いだ。

 

 そうしてたどり着いたゴール前。そこにはアフロディを負傷させた二人のディフェンスが待ち構えている。

 

「真イグナイトスティール!」

 

 迸る炎のスライディングを、私はボールを両足で挟んで、まるで水に飛び込むように体を地面と平行にして飛び越えた。

 

「真フローズンスティール!」

 

 直後に迫るのは氷のスライディング。しかしあれだけ見たんだ。そんなもの通用しないよ。

 私は両手を地面について一瞬逆立ちし、勢いを利用して腕の力で体を跳ね上げた。ハンドスプリングというやつだ。そして氷のスライディングをも軽々と乗り越えてみせる。

 残ったのはカオスゴール。その前に立っているグレントがやけに小さく見える。

 

「いい試合をありがとう。——ムーンライトスコール」

 

 閃光の雨が降り注ぐ。グレントはボールに触れることもできず、それらに圧倒されていき、倒れふす。

 そして一際大きな一筋の光がゴールを撃ち抜き、同時に試合終了のホイッスルが鳴った。




出ましたロックウォールダム。何気にゲームの両バージョンのopに登場してたのに、結局アニメでは使われることがなかった不遇技の一つですねをまあゲームでも使用条件が特殊で扱いづらかったりするんですが。

 そしてアトミックフレアとノーザンインパクトのチェイン。一度はやったことないですかね? ちなみに作者はゲーム3でこれをやって、オフサイドになった記憶がありますw 違うんや、明らかにオフサイドなのにチェインのメニューが出てくるゲームのシステムが悪いんや!


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想起

 7対6という大接戦で、カオス戦は幕を閉じた。

 私はみんなにもみくちゃにされたあと、現在胴上げをされている。

 いやー、おそらがきれいだなぁ……。

 

「うえっ、吐きそう……」

「どうして君は胴上げがそんな苦手なんだ……」

 

 はい、現在現実逃避中です。胴上げメッチャ怖い。正直今すぐやめてもらいたい。しかし嬉しそうな顔をしてるみんなに水を差すのもどうなのかと思い、我慢してるというわけ。

 自分で跳ぶ分にはいいけど、他人に飛ばされるのは苦手なのだ。

 

 しかしそんな苦痛にも似た時間は終わりを迎えた。

 グラウンドの中心にエイリアボールが落ちて、眩い白い光を放つ。その中から現れたのはヒロトもといグラン。みんなはあっと驚き、硬直する。

 ——そして受け皿を失った私は顔面から地面に激突する。

 

「もんぶらんっ!?」

『あっ……』

「『あっ』じゃないよ!? ちゃんと受け止めてよ! 今の私のトラウマ一覧に入ったからね!?」

 

 私の着地ミスのせいでシリアスな雰囲気が一瞬で消し飛んだ。グランなんてクスクスと小さく笑っている。

 笑うところじゃないぞ……!(円堂君風)

 

「ふふっ、ああごめん。あんまりにも面白い悲鳴でつい笑っちゃった。だからそんなに睨まないでくれると嬉しいな」

「よしグランよほど私のシュートをくらいたいようだね」

「勘弁してくれ。それに今日は残念だけど君たちに会いに来たわけじゃないんだ」

 

 グランはくるりと振り返ると、一気に冷たい目となって試合に負けて項垂れているバーンとガゼルを睨みつける。

 

「なに勝手なことをしているんだ……?」

「っ、俺たちは認めねぇ! お前がジェネシスに認められたことなど!」

「雷門を倒し、私たちがそれを証明してみせる!」

 

 突然のグランの質問にバーンだけでなくガゼルまでもが激昂した。しかし彼は冷えた視線で二人を見下す。

 

「往生際が悪いな。それに君たちはもう雷門に負けたじゃないか。エイリア学園で敗北は何を意味するか、わかっているな?」

『ぐっ……!』

 

 グランの言葉を聞いて、デザームの末路が頭に浮かび上がる。

 そうか、彼らもきっと……。

 楽しい試合だっただけに、少し悲しい気持ちが湧き上がったけど、それを表に出すことは決してなく、ことの成り行きを見守る。

 

 グランはエイリアボールを踏みつける。すると光を発して彼らの姿を隠し始めた。

 それを見た円堂君が慌てて彼を止めようとする。

 

「待て、ヒロト!」

「……それじゃあね、円堂君、なえちゃん」

 

 しかし間に合わず、円堂君の手がグランに触れるかどうかというところで、光が一層強くなって辺りを包んだ。眩しくて目も開けてられない。そして視力が回復したころには、エイリア学園の姿はなかった。

 

「次はいよいよ、か……」

 

 プロミネンスとダイヤモンドダスト。現在確認できている3つのマスターランクチームのうち二つを撃破した。彼らの口ぶりからジェネシスが最強であるのは確定しているし、それと並び立つことのできるチームはそう多くないだろう。つまり、次こそが最後の戦いである可能性が高い。

 

 そう思考していると、背後でドサッという何かが地面に落ちた音が聞こえた。急いで振り向くと、アフロディが倒れている。

 

「なっ、アフロディ!?」

「ごめんなえ……ちょっと限界……みたいだ……」

「っ、急いで救急車を!」

 

 春奈ちゃんが慌てて携帯を耳に当てる。

 耳を引き裂くようなサイレンの音が聞こえたのは、その数分後だった。

 

 

 ♦︎

 

 

 結論から言えば、アフロディは病院行きとなった。

 足の骨にヒビが入っているらしい。治すのには一ヶ月以上かかるので、ジェネシスとの決戦には間に合わないだろうというのが医者の見解だ。

 

 アフロディは松葉杖をついて歩き、ベンチに座る。

 今いるのはかつて染岡君とも話し合った病院の屋上だ。燃えるような夕日が美しい。しかしだんだんと太陽が沈んでいくのを見て、私の気持ちも暗くなっていく。

 

「……ごめんね。私がもっと攻撃に参加できてたら、そんな怪我しなくて済んだのに」

「君のせいじゃないさ。僕の実力不足だ。現に君はあのディフェンスを一度で破ってみせた」

「そりゃ、速さが取り柄のなえさんですから」

 

 お互いに顔を見合わせ、ふっと微笑む。

 そういえば、二人っきりで話すのはもうずいぶんと久しぶりだ。会話が少なかったわけじゃないけど、いつもはみんながいたからね。そう思うと時の流れの速さを感じるよ。

 アフロディはFFの時からずいぶん変わった。唯我独尊で自分のことしか考えられなかったのに、今では誰かのために土だらけになってでも戦っている。

 

「ねえ、私って何か成長したと思わない?」

「うーん……残念ながら背も伸びてないしね」

「ぐぬっ、そういう意味で言ったんじゃ……」

「わかってるわかってるって」

 

 アッハッハと笑うアフロディに意地悪とほおを膨らます。

 

「むー、ほらなんかあるでしょ? 優しくなったとか、思いやりが持てるようになったとか色々」

「ないよ、僕の見た限りではね。大人しく見えるのは君が雷門にいて、敵に恵まれているからだよ」

 

 厳しいことを言うねぇ。でも、たぶん正しい。

 円堂君と行動してても殺人などに関する論理感も変わってない自覚があるし。

 今の環境が最高だったから、動く必要がなかっただけで、それがなくなれば私はまた暗部の活動に勤しむことになるだろう。

 ……そしてその日は近い、か……。

 

 おもむろに立ち上がる。

 

「そろそろ行くよ」

「ああそうだ。彼によろしくと言っておいてほしいな」

「彼?」

「吹雪君だよ」

 

 ちょっと目を見開く。彼からその名が彼から出たのが意外だったからだ。

 

「シロウとそんなに仲良かったっけ?」

「いいや。ほとんど話したことはないよ。ただ僕は彼の力がジェネシス戦では必要になると思うんだ」

 

 シロウとはイプシロン戦からはあんまり話せてない。あれ以降何故だか避けられてる気がする。いつもならそんなの気にせずグイグイ質問してるところだけど、私にも彼がああなった負い目があるせいで踏み込むのを躊躇ってしまうのだ。

 

「……立ち上がってくれるかな?」

「それはわからない。ただ、人は立ち上がるたびに強くなる。帰ってきた時の彼は数段強くなっているはずだよ」

「……そっか」

 

 さすが実体験のある人の言葉は重みが違う。

 なら私は信じるとしよう。私の友達がフィールドに帰ってくることを。

 ……その前に、まずは野暮用を済ませておかなきゃね。

 屋上から飛び降りながら、そんなことを思った。

 

 

 ♦︎

 

 

 彼がなえと会わなかったのは偶然だろう。

 彼は屋上へと続く階段を一つ一つ踏みしめて上っていく。

 なぜここに来たのかはわからない。ただ今日の試合を見て、このままではいけないと思った。そしたらいつのまにかここにいた。

 会って何を話せばいいのだろうか。気弱な彼は会話はあまり得意ではない。それでも、その不安を押し除けるように扉を開き——

 

 

 ——ベンチに座っている、そう思わせた本人に声をかけた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ——さて、とある少年の話をしよう。

 彼は全国レベルのとあるサッカーチームに所属していて、そこのエースストライカーを務めていた。彼のおかげでチームは全国大会決勝戦へと駒を進めたと言っても過言ではないだろう。それほどまでに少年は強かった。

 ……敵チームの監督から疎まれるほどに。

 そして悲劇が起きる。

 決勝当日、応援に駆けつけた少年の妹がトラックに轢かれたのだ。

 当初は事故とされたが、のちにそれは紛れもない陰謀だったことが明らかになった。

 そして少女はその日からずっと眠り続け、責任を感じた少年はサッカーをやめることを決意した。

 

 ——そして私の眼下には、その『悲劇の少女』が横たわっていた。

 

「夕香、帰ってき……」

「やあ」

「……なぜお前がここにいる?」

 

 扉を開けたまま豪炎寺君は訝しげに見つめてくる。

 まあそんな反応するか。ここはエイリア学園に狙われていた夕香ちゃんを守るための、情報がシャットアウトされた病室だ。警備も厳重で部外者はまず立ち入りすることはできない。

 私はいつもみたいにヘラヘラして答える。

 

「そりゃ、私の前のお勤め先がどこなのか知らないわけじゃないでしょ?」

 

 適当にハッキングして情報抜き取って、あとは勝手に忍び込んだに決まってるじゃん。

 それを聞いた豪炎寺君は手を顔に当てて上を向いた。

 

「夕香には何もしてないだろうな?」

「まさか。ちょこっとお話ししただけだよ。思いの外盛り上がったから疲れて寝ちゃったけど」

 

 最初は不審者ということで警戒されるかもと思ってたのだけど、雷門の試合をテレビで見てたから私が雷門メンバーであることに気づいたらしく、すぐに打ち解けることができた。

 

「それで、なんの用だ?」

「うーん、なんて言えばいいかな。今日は改めて謝りに来たんだよ」

「……夕香の事故のことなら影山の仕業だと聞いている。補佐とはいえ、お前に責任は——」

「——たとえそのトラックを手配したのが、私であったとしても?」

「っ……!?」

 

 私を気遣うような言葉が途切れた。

 豪炎寺君はその瞳に炎のような鋭い光を宿して、私を睨みつける。

 

「……なぜ、それを今?」

 

 当然の疑問だろう。今はジェネシス戦を控えている時期。普通ならここで真実を告げるのはただの自己満足でしかない。

 

「ケジメだよケジメ。たぶんジェネシス戦はみんなの心が真の意味で一つにならなきゃ勝てない。それには私のプレーだけでなく、私自身をみんなが信じてくれるようにならなきゃダメなの。あとは……もう今回を逃したら、当分は謝ることができなくなるから」

「それは……」

 

 どういう意味だと問いただそうとして、すぐにその口をつぐむ。

 賢い彼のことだ。私の事情を察してくれたのだろう。

 

「……お前のせいで夕香がどれだけ傷ついたかわかっているのか?」

「うん。謝っても許されることはないのも理解してる。だけど言わせて」

 

 ゆっくりと私は両膝を地面につけ。

 そして額を床にこすりつけた。

 

「——申し訳ございませんでした」

 

 静寂が室内を支配する。

 豪炎寺君はしばらくの間微動だにしなかった。私はその間ずっと額で冷たい温度を感じ続けた。

 やがて彼は絞り出すように、一言。

 

「……謝る相手が違うだろう」

 

 そうしてベッドを指差す。

 見上げると、眠っているはずの夕香ちゃんが心配そうな目で私を見つめていた。

 

「あはは……夕香ちゃん、もしかして全部聞いてた?」

「……うん」

「こりゃ参ったなぁ……気配察知は得意だったんだけど……」

 

 私も人の子ということか。緊張するあまり周りが見えなくなるなんて。

 夕香ちゃんは声を震わせながらも、ゆっくりと口を開く。

 

「……とても怖かったの。横からピカッて何かが近づいてきて……死んじゃうって思った」

「うん……」

「……でも、お兄ちゃんにはお姉ちゃんと仲良くしてほしいな」

「っ!?」

 

 予想外の言葉に戸惑う。

 改めて夕香ちゃんを見つめる。彼女の目には憎しみも何も映っていなくて、ただ透き通っていた。

 

「だって、お姉ちゃんはすごいサッカー選手だもん。私、何度倒れても立ち上がるお姉ちゃんを見て勇気をもらったの! だからリハビリだって頑張れるんだよ!」

「……」

「前にお兄ちゃんが言ってたの。サッカーが上手な人に悪い人はいないって。だって悪い人だったら一生懸命頑張れないもん。だからお姉ちゃんは悪い人じゃないって、夕香は思うんだ」

「私を……許してくれるの?」

「うん!」

 

 迷いなく夕香ちゃんは首を縦に振った。

 豪炎寺君は目を閉じ、しかし口は優しく三日月を描いている。

 ああ、この子はなんて優しいのだろうか……。

 胸に湧き上がる熱いものを隠すように、私は背を向けて戸を開ける。

 

「ありがとう夕香ちゃん……」

 

 私は見せられなくなってる顔を向けることなく、外へと出ていった。

 

 

 

 




 ちょこっと更新遅れました。
 11月もどうやら本当に忙しい時期が続きそうです。たぶん今月中では投稿できてあと1、2回ぐらいでしょう。
 とまあそれを置いといて、作者が書きたかった豪炎寺君への謝罪。正直言って夕香ちゃんの話は初期に軽く出ただけなので覚えている人は少ないと思いますが、それでも今後の豪炎寺との関係上無視するわけにもいかず、書きました。
 そしてアフロディの脱退。これ正直超悩みました。でもチームの構成を考えるに、アフロディを残すと一之瀬をベンチに下げなきゃいけなくなるんですよね。ジェネシス戦では連携での新技が多いので、どうしても外せないキャラが多いのです。さすがにそれはまずいと思って、結局抜けさせることにしました。


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裏切り者

 その電話は唐突だった。

 電話は秋ちゃんから。なんの理由も話されず、とにかく雷門中に向かってほしいとのこと。

 それで駆けつけたところ、校舎前では瞳子監督とみんなが対立するように左右に分かれて口論していた。

 いや、どっちかというとみんながあれこれ言って、それを監督が黙って聞いている感じだ。ありたいに言っちゃえばよく見る光景だね。

 

「みんなどったのー? まーた監督がなんか空気読めない発言したー?」

「おうなえ聞いてや! こいつスパイやったんや!」

「スパイス? たしかにそれは酸っぱいねぇ」

「誰も香辛料の話しとらんやろがっ!」

「もんぶらんっ!?」

 

 あたた……。本気で叩くなんて……さすが関西、いいツッコミだ……。

 

 その後見かねた秋ちゃんが状況を説明してくれた。

 

「えーと、要するに? グランがやってきて、瞳子監督のことを『姉さん』って呼んでたってこと?」

「せやせや。敵と繋がってるなんて、どー見たって裏切り者やないかい!」

「ふーむ……ツッコミ担当の彼女はこう言ってるけど、土門はどう思うの?」

「……なんで俺?」

「だって貴方本職じゃん」

「ぐふっ!?」

『どもーーーんっ!!』

 

 ああ、土門が死んだ! この人でなし!

 どうやらこの話は彼にとって最も封印していたい記憶であるらしい。つまりは黒歴史。それをほじくり返してしまったわけだ。

 ちなみにそのスパイをさせてたゴーグルの元上司は非常に申し訳なさそうな顔をしてた。

 

「——とまあ冗談はさておき、なんか言うことあるんじゃないの監督?」

「……たしかに私は貴方たちに話していない秘密が多い。だけど今は待ってほしいの」

 

 それはなんの説明になっていない。そういうのは野暮だろう。それがわかっていない監督ではない。

 みんなの疑問の視線を押し退けて、彼女は淡々と言葉を紡いでいく。

 

「明日みんなには私と一緒に富士山についてきてほしい。そこで全てを話すわ」

「なんで富士山なんだ?」

「そこにエイリア学園がいるからだろう」

『……っ!?』

 

 ツナミの質問に鬼道君が答える。

 みんなの息を呑む音が聞こえた。

 なるほど、つまりは最初からアジトがどこなのかは知ってたってわけか。それを政府に流していたら爆撃かなんかして一気に片がついたかもしれないのに。

 

「出発は明日の朝8時よ。それまでに準備を整えておいてちょうだい」

 

 それだけ言って、瞳子監督は去っていった。

 その背中が見えなくなったところで、溜まっていたみんなの不満が爆発し出す。

 

「準備しろって言われても……」

「そんなの、信用できるわけないやん……!」

「結局、監督は俺たちに何も教えてくれなかった……」

 

 まあみんな文句も言いたくなるよ。特に一之瀬の怒りは顕著で、拳を握りしめて誰よりも多く言葉を発した。

 

「俺だって今回の戦いは疑問がいっぱいあった。それでもついてきたのは、エイリア学園にやられたみんなの思いに応えたかったからだ。なのに……なのに、監督には俺たちの思いなんてちっとも届いていないんだ……!」

「ダーリン……」

「俺は……俺は、こんな気持ちじゃ富士山になんていけない!」

 

 吐き捨てるように一之瀬はそう言った。それに同調し、土門をはじめとする一部からも同じような意見が湧いてくる。

 もちろんそれを良しとしない人たちもいて、その筆頭である円堂君は必死にみんなを呼び戻そうとしている。

 

「迷う必要なんかない。富士山に行けばエイリア学園の全てがわかるんだぜ? だったら行くしかないだろ!」

「待て円堂。これは非常にデリケートな問題だ。勢いだけで決めるのはよくない」

「だけどよ……」

「幸い時間はある。一日待とう。そして覚悟を決めることができたやつだけがここに来ればいい」

「……そうだな」

 

 他のみんなからも異論はなかったので、鬼道君の提案を採用することとなった。

 まあ一之瀬なんかは『いくら時間をもらったって考えを変えるつもりはないよ』とか毒吐いてるけど。まあなんだかんだでいい性格してるから来るでしょうきっと。

 それを聞いて若干心配そうな顔をしている円堂君の両手をギュッと握る。

 

「安心してね円堂君! 私はどれだけ人数が少なくても、必ずついていくから!」

「そうか! 頼りになるぜ!」

「……その心は?」

「ぶっちゃけ真実とかどうでもいいから、早く楽しいサッカーがしたいなぁ……」

『……』

 

 鬼道君に乗せられて本音が出てしまった途端、みんなの目線が残念なものを見るようになった。

 えぇ……なんでぇ……? 一之瀬よりも酷い反応じゃないこれ?

 

「はぁ……とりあえずこの馬鹿は放っておいて、今日は解散するとしよう。各自、悔いのない選択をしてくれ」

「あ、馬鹿って言った! 帝国学園で首席取ったこともあるこの私に馬鹿って言った!」

「世界の危機を決める戦いに、楽しいかどうかで参戦を決めるやつが馬鹿じゃないわけないだろ!」

 

 こ、このドレッド……!

 私たちはその後数分にわたって口論をし続けた。その間に大半の人たちは帰ってしまったらしい。マネージャーちゃんたちも苦笑いだ。

 結局私は最終的に論破されて、逃げるように雷門を飛び出した。

 

 明日は誰が来るだろうか……。円堂君にはどれだけ人数が少なくてもなんて言っちゃったけど、最低十人は来てくれなきゃ困るな。

 こんな感じで軽く現状を見てるのは、きっと私が心の中で誰が来なくても関係ないと思ってるからだろう。

 実際その通りだ。誰が来なくてもいい。ただ、覚悟すら自分で決められない人は、どんなに実力があったって今回の戦いではなんの役にも立たないだろう。そういう意味では明日の集合は選別するのにちょうどよかった。

 私? 私はいつも通り楽しくやるだけさ。

 ああ……楽しみだなぁ、ジェネシス戦。

 私は笑みを浮かべながら、帰路につくのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 暗闇で閉ざされた道を、電灯の灯りを頼りに進んでいく。もうすっかり夜になってしまった。月と星々がはっきり見える。

 

 私は現在河川敷を歩いていた。現在寝泊まりしているアジトの途中の道がここだからだ。私以外に人はいなくて、足音が一つ木霊している。

 ——そんな状況だから、ボールが何か硬い物にでも当たったような音ははっきりと聞こえた。

 

 下に目をやる。電灯でグラウンドはまばらに照らされていて、その中にシロウと豪炎寺君がいた。

 豪炎寺君はともかく……シロウまで? 一瞬疑問に思ったけど、最近彼のことを気にかけていた人物のことを思い出して納得する。どうやらアフロディがいい影響になったようだ。

 坂を勢いよく下りながら声をかける。

 

「おーい!」

「なえちゃん? こんな夜遅くにどうしたの?」

「それはこっちのセリフだよ。最近ほとんどボール蹴ってなかったのに」

「ああ……うん。アフロディ君を見てね、僕もこのままじゃダメだって思ったんだ」

「俺はそれに付き合ってたんだ」

 

 なるほどねー。だったらこの状況で私がするべきことは一つしかないだろう。

 

「私も手伝うよ」

「いいの?」

「私もシロウにはフィールドに戻ってきてほしいからね」

 

 そんなわけで私たちは一時間ほど、ひたすらボールを蹴り合った。

 シロウは最近休んでいたとはいえ、そこまで時間は経っていないのでブランクと呼べるものはないと見ていいだろう。ただやっぱり攻撃のことになるとアツヤを呼び出せず、キレの悪い動きになってしまっていた。

 現に今もシロウの状態でエターナルブリザードを撃とうとして……ああ、またポストに当たった。

 項垂れてるシロウを慰めようとして、ポチャンとほおについた雫に気づく。

 

「……雨か」

「しかもドンドン勢い増してないこれ?」

「これじゃあ練習にならないね」

 

 まるでスコールのように雨の勢いはドンドン強くなっていく。おまけに雷まで鳴り出してる。

 一旦橋の下で雨宿りをしようと言おうとすると、シロウが突然地面に座り込んで頭を抱えていた。

 

「っ、どうした吹雪!?」

「ぅ……ぁあ……っ、音が……っ!」

「まずい。雷の音を雪崩と勘違いしちゃってる。すぐに橋の下に運ぶよ!」

 

 震えて動こうとしないシロウを二人がかりで持ち上げて、なんとか橋の下まで運んだ。

 雨は伊然として止む様子がない。シロウは雷の音が鳴るたびに身をすくませ、青くなる。

 

「み、みんな消えちゃうっ!」

「落ち着け吹雪。誰もいなくならない」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

 こ、これは……前よりも酷くなってる。かれこれ数ヶ月行動を共にしている以上、雷の日だって何度かあった。でもここまで取り乱すことは今までなかった。まさかここまで精神が弱っていたなんて。

 

 しばらくして雷は鳴り止んでいき、落ち着いてきたのか、シロウの呼吸がだんだん穏やかになっていく。

 私たちは無言だった。水が地面に無数に打ちつける音だけが聞こえる。その音にも負けてしまいそうなか細い声で、シロウはゆっくりと語り出す。

 

「……僕にはアツヤが必要だった」

「必要だった?」

「一人が寂しかったんだ。雪崩は一瞬で僕を一人ぼっちにした。僕は寂しくて寂しくて……どうにかなりそうで……強くならなきゃって思った」

 

 ズキンと胸が痛む。覚えのある考えだった。

 総帥と出会う前、私は孤児だった。父に捨てられ、寂しくて悲しくて……強くなることを誓ったんだ。一人でも生きていけるように。

 

「『二人が揃えば完璧になる』。お父さんはあの日そう言っていた。だから僕が強くなるにはアツヤが必要だった」

「完璧……」

 

 前から事あるごとに『完璧』、『完璧』って言うのはそう言う理由があったからか。

 シロウは涙を流し続ける空を仰ぎつつ、また口を開く。

 

「そんな時声が聞こえた。そうして僕の中に『アツヤ』が生まれて、僕にできないことをやってくれた。『アツヤ』に任せていると全身が力で満たされるようで心地よかったんだ。でもだんだん怖くなってしまった。『アツヤ』になるたびに、本当の『吹雪士郎』がどっかへ行ってしまいそうな気がして……」

 

 自己の喪失。それは恐ろしいことだろう。それは、言ってしまえば死に等しい。今まで築き上げてきた自分がいなくなるのだから。

 『アツヤ』を使えば『シロウ』が死ぬ。しかし使わなくては必要とされない。これがシロウの悩みの正体か。

 

「僕にはアツヤが……でもアツヤを使えば僕は……! 僕は、完璧にならなくちゃいけないのに……!」

「……なあ。お前にとって『完璧』ってなんだ?」

「へっ……?」

 

 ここでずっと無言だった豪炎寺君が口を開いた。彼の目は睨んでいるようで、それを見たシロウはその迫力に目を背けてしまう。

 

「それは……僕にとっての完璧っていうのは、アツヤが一緒にいることで……」

「それがお前の『完璧』なんだな?」

「だってお父さんはそう言って——」

「俺は別に完璧でなくても、サッカー楽しいぜ?」

 

 豪炎寺君はそれだけ言うと、雨の中を歩いていく。

 シロウが必死に手を伸ばして呼び止めようとしても、彼は止まらない。

 

「お前の『完璧』はそうなんだろう。しかしサッカーではお前のそれは間違っている。本当に完璧になりたいのなら、その間違いに気づくことだな」

「ま、待って!」

「悪いが俺は帰る。これ以上は付き合えない」

 

 自分の中の『完璧』を否定されさらには見捨てられてシロウは真っ青になって崩れ落ちた。

 

 ……ここまで酷いことになるなんて。

 記憶の中の彼の父を思い出すが、いい父親だったとは思う。だからこの言葉は本人にとっては何気ないものだったのだろう。しかしそれが最後の言葉であったがために、シロウは今でもそれに囚われてしまっている。

 豪炎寺君の言いたいことも私は察している。しかしそれは私が言っても意味のないこと。自分で気づかなくては知っても理解できないのだ。

 

「シロウ、帰るよ」

「僕、は……」

 

 こりゃ自力で帰るのは無理そうだ。放っておいたらずっとここにいるかもしれない。まったく、豪炎寺君め。男のくせに面倒ごとを押しつけてくれちゃって。

 とりあえず、このままシロウが復活するのを待ってては埒があかないので、強引に立たせて、その腕を引っ張っていく。

 宿泊先は……たしか円堂君ちだったはずだ。

 生気を抜かれたかのようにボーっとしてるシロウに語りかける。

 

「うずくまって目を閉じてるだけじゃ何も見えないよ。もっと周りを見渡してみなよ。そしたら本当に必要なこと、わかるかもね」

「……」

 

 返事はない。しかし私にできるのはせいぜいこんな言葉をかけるぐらいだ。あとは彼が見つけるほかない。

 

 シロウを送り届けたあと、私は冷たい雨に打たれながら、帰路についた。




 なんか最近シリアス多い……多くない……?
 まあエイリア編の最後が近づいてきてるから、仕方がないと言えばないけど。


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星の使徒研究所

 早朝、雷門中の校門前にて。

 辺りはひんやりと冷たい朝霧に包まれていた。それを切り裂き、歩を進める。

 キャラバンに近づくにつれて、人影が見えてくるようになる。彼らは覚悟を決めることのできた者たちだ。

 

「おはよーみんな。これで全員?」

「いや、一之瀬たちがまだ来てないんだ」

「おおー! みんな集まっとるやないか!」

 

 誰が来てないか確認してたら、突然木の影からリカが現れた。

 ……その腕を一之瀬の首に引っかけながら。

 

「あの……一之瀬さん白目剥いちゃってるんだけど……」

「大丈夫や。ほら起きぃ!」

「ぶべらっ!」

 

 リカに背中をぶっ叩かれて、一之瀬は意識を取り戻した。しかしその視線はこちらに向けようとしない。なんかモジモジしちゃってる。まああんだけ来ない来ない言ってたのに結局来てるんだし、恥ずかしいのだろう。しかしらちがあかないと判断したのか、まずは頭を下げた。

 

「その……あのあと考えたんだ。目を逸らしちゃいけないって」

「一之瀬!」

 

 円堂君はブンブン一之瀬の手を振って大歓迎する。

 喜ぶのはいいけど、痛そうだ。千切れちゃいそうな勢いだし。

 その後ひょこっと一之瀬の後に続いて物陰から長身が顔を出す。

 

「俺もいるぜ」

「小枝……いたんだ」

「誰が不気味な小枝だ誰が!?」

 

 ぶっちゃけ木と同化しすぎてまったく気づかなかった。

 土門も来たってことは、これで全員か。結局誰一人戦いから逃げることはなかった。その事実に自然とほおが緩む。

 他愛無い話をしていると、瞳子監督がみんなの前に現れた。

 

「みんな……覚悟はいいのね?」

『はいっ!』

「……わかったわ。それじゃあイナズマキャラバン出撃よ!」

 

 私たちが席にそれぞれついたのを確認して、キャラバンは雷門中を出た。ここは東京なので、富士山までには数時間かかることだろう。嵐の前の静けさとも言うべき時間を、私たちはそれぞれ物思いにふけたりしながら潰していく。

 ふと隣にいるシロウを見る。俯いていて、昨日のことを引きずっているのが丸わかりだった。その奥にいる豪炎寺君の方は表情を固くしたまま目を瞑っていて何を考えているのかわからない。

 

「円堂さん、それはなんの必殺技ですか?」

「ああこれ? 最強の究極奥義『ジ・アース』。チーム全員の心が一つになった時にできる技なんだって」

 

 ふと通路を挟んだ隣の席でそんな会話が聞こえた。

 

「俺、これを見た時ビビってきたんだ。いつかこのチームでこれを撃ちたいって」

「できますよ、俺たちなら」

 

 立向居の言葉に、それを聞いてたみんなも同じように無言で頷く。

 チーム全員の心が一つに、ね。それはつまりそのチームが最高の状態になるということ。もし発動できたとしたら、それは、その時こそが地上最強チームの誕生となるのかもしれない。

 

 

 ♦︎

 

 

 やることもなくなって目を瞑っていると、突如不穏な気配を感じて飛び起きる。そして窓を見た時、それは映っていた。

 

 東京ドーム何個分と言えるほどの巨大な円盤状の建築物。それは下部から四つの足が伸びていて、本体を固定するように地面に立っている。建物の壁には規則正しくエイリア学園の旗と思われるようなものが飾られている。

 そう、その建物は私たちが知るUFOそのものだった。さすがにここまで人間の勝手に作り出されたイメージそのものが出てくるとは思わず、さしもの私も目を見開く。

 

「あれが……エイリア学園……!?」

「なんてデカいんだ……!」

 

 キャラバンはUFOの側で止まった。その壁には金属製の巨大なシャッターが何人たりとも通さんと言わんばかりに存在している。

 私たちは降りてじっくりそれを調べたけど、強引に突破するのは手持ちの手榴弾でも難しそうだ。

 

「どうする? 十分くらい時間もらえればハッキングできると思うけど……」

「犯罪系統になると相変わらず強いな……」

「一応犯罪者ですから」

「まあなんでもいいじゃないか。他に手はなさそうだし、それじゃあ頼むぜ」

「その必要はない」

 

 突然の聴き慣れない声に私たちは勢いよく振り向く。そこには総帥となにかと因縁のある響木監督がいた。

 いきなり予想外の人物の登場に全員が驚く。

 

「響木監督!? どうしてここに!?」

「俺はお前らがエイリアと戦っている中、ずっとエイリアのことを調べ続けていた。そしてようやく手に入れた情報で、俺たちの中に裏切り者がいることがわかったんだ」

「裏切り者!?」

「その驚くべき黒幕は……お前だ、瞳子監督!」

 

 ビシッとどこぞの身体は小学生の名探偵みたいに指を指す響木監督。

 

「……いや、みんなもう知ってるけどそれ」

「……なにっ?」

 

 私の冷えた一言でそれまでドヤ顔だった響木監督の表情が固まる。

 みんなの周りに、冷たい風が吹いた。

 

「いや、瞳子監督がエイリアと通じてるのはもう知ってるから。というか理事長に報告しなかったの夏未ちゃん?」

「いえ、したわよ。でも響木監督のほうは三日前から富士山に行ってたせいで、連絡がつかなくて……」

「まあ電波通じないしね、ここ」

「お、俺の今までの働きはいったい……?」

 

 ガクッと地面に膝をついて響木監督は崩れ落ちてしまった。

 なんというか、哀れだ。みんなもどう声をかけたらいいか微妙な表情をしてる。あの常時レイプ目で感情が全く見えない瞳子監督でさえ、今回ばかりは同情してるのがはっきりとわかる顔をしていた。

 響木監督はしばらくして無言で立ち上がり、数回咳をする。

 

「……裏切り者は瞳子監督だ。だからハッキングなどせずとも、彼女なら侵入方法を知っているはずだ」

「何事もなかったかのように話を戻したよこの人。というか瞳子監督選んだの響木監督でしょうに」

「ちっ……影山に似て嫌なところを突いてきやがって」

「なっ、失敬な! なんてことを言うのさ! 今まで受けた中で一番の侮辱だよそれは!」

「……影山、お前愛弟子からも人望なかったのか……敵とはいえ、哀れ」

 

 いやアンタの方が哀れだよ。

 なんなの? 黒グラサンかけてる人はロクデナシなんて法則でもあるの? 

 もっと言ってやりたかったけど、収集がつかなくなると鬼道君に止められたので、私はしばらく口を閉じることにした。

 

 先ほどの質問に、瞳子監督は答える。

 

「……ええ。私はこのシャッターのパスワードを知っています。それで扉を開けることができるはずです」

 

 瞳子監督は携帯を取り出してシャッターの方に向け、コードを打ち込んだ。それに反応してシャッターが音を立てて開いていく。

 

「みんな、バスに乗ってちょうだい」

 

 瞳子監督が開いた入口はイナズマキャラバンがそのまま入っても問題ないほどのサイズだった。中はメカメカしく、あちこちにパイプや機械があって落ち着かない。

 何よりも、エイリア『学園』と名乗ってるくせに宇宙人が一人もいないことが気になった。

 

 キャラバンはしばらく進んだ後、突き当たりのようなところにまで来た。どうやらここからは歩きで行けと言うらしい。

 金属製のタイルに私たちは降り立ち、各々がその周りにあるものを観察し始める。

 

「瞳子監督。ここはいったいなんの施設なんですか?」

「……ここは吉良財閥の兵器研究施設よ」

「吉良財閥?」

「日本を代表する大企業の名だ」

 

 頭上にはてなマークを浮かべた円堂君に鬼道君が補足説明してくれる。

 吉良財閥といえば宇宙を始め、さまざまな分野で有名な企業だ。たぶんテレビ見てたら誰でも知ってるぐらい知名度は高い。……円堂君は知らなかったけど。

 

「私の父の名は吉良星二郎。吉良財閥の総帥よ」

「自らの作り出した兵器で、世界を支配しようとしているという噂がある男だ」

「あーあの大仏さんね。昔裏取引で兵器購入してたから、その時に何回か顔合わせはしたことあるね」

 

 なにせ国内で兵器を生産している組織なんて希少だ。だからこそ、安い値段で買えたので帝国の暗部もよくお世話になってた。

 

「……一応、お前の近くに総理大臣の娘がいるんだけど」

「残念ながらデータはとっくに警察が押収済みだから意味ないよ」

 

 ちなみに押収されたのはゼウススタジアムの時である。

 

「兵器開発の研究所がどうしてエイリア学園と……?」

「地球の兵器が欲しかったんじゃないッスかね?」

「よく考えてくださいよ。エイリア学園の技術は見たことないものばかりで、明らかに現代の水準を超えています。それなのに地球の兵器を欲しがるのはおかしいですよ。万が一そうだとしても、兵器狙いだったら日本よりもアメリカとかの国の方が利益があるはずです」

「監督はエイリア学園の目的を知ってるんですか?」

「……ええ。彼らの目的は——」

 

 夏未ちゃんの質問に、瞳子監督がようやく答えようとした時。

 突然耳を引き裂くような警報とともに女性の声のアナウンスが聞こえてきた。

 

『侵入者アリ。侵入者アリ。侵入者アリ。侵入者……』

「ああもうタイミング悪いなぁ!」

 

 せっかくあの瞳子監督が話してくれると思ったのに!

 

「っ、見つかったみたいね!」

「おい、なんだよありゃ!?」

 

 土門が指さした扉の方を見る。そこは自動で開いており、その奥には黒光りする人型のシルエットが複数あった。

 あれは……ロボット!? うそん!?

 ロボットたちはガチャガチャと音を立てながら、こちらに向かって走ってくる。

 

『侵入者排除。侵入者排除。侵入者……』

「おいやべぇ! 逃げ……」

「死ね」

 

 投げつけられた球状の物体がロボットの一体に当たる。

 瞬間。ドッゴォォォォン!! という音とともに爆発が起きた。

 もちろんやったのは私です。持っててよかった手榴弾ってね!

 初撃で動きが鈍ったところで、スカートの下から追加で三つ取り出し、すかさず投げつける。それだけで大半のロボットは汚い花火となって砕け散った。

 

『シ……シンニュ……シャ……ハイ……』

「はいそこうるさい」

 

 それでも生き残りはもちろんいたので、取り出したハンドガンで顔面を寸分違わず撃ち抜いていく。そこでようやく全てのロボットが停止してくれた。

 銃口から上る煙にふっと息を吹きかける。

 

「じゃあ行こっか」

「何事もなかったみたいに言ってんぞあいつ……」

「こ、怖ぇぇ……!」

「うち、今度からあいつ怒らせんようにしとこ」

「なんか言った?」

『いえ、何も!』

 

 上から順にツナミ、土門、リカがそんなことを言ってたので、銃口を動かしたらそれだけでビビってくれた。

 まったく、失礼しちゃうよ。誰のおかげで突破できたと思ってるのか。

 

「銃刀法って知ってるか?」

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ」

「一応この国のトップの娘がいるんだけどなぁ……」

 

 それさっきも聞いた。

 塔子はもうどうにでもなれと言わんばかりに遠い目をしている。

 

「……まあこの際仕方がないだろう。新手が来る前にこのまま行くぞ」

「じゃあ私が先導するから、みんなは後からついてきて」

「大人としては子供を前に行かせたくはないのだがな……」

 

 だって私が一番戦闘能力高いからね。それを理解しているようで、渋々だけど響木監督がうなずく。

 そこから先は私が安全確認をした後、ハンドサインで合図を出して進んでいく。途中警備ロボがまたいたけど、パイプのようなものが人間でいう首や関節に当たる部分に見えたので、後ろからスニーキングしてナイフでサイレントキルしといた。

 ふっ、他愛無い……。

 しばらく歩いていくと、またもや閉じられた扉が見えた。

 耳を扉に当てて中を探る。

 何も聞こえないな……。と思ったら、まるで誰かが見てたかのようなタイミングで扉が横にスライドする。おかげで体が傾いて鼻から地面に激突するハメになる。

 

「……なえ、大丈夫か?」

「やめて円堂君。なんも反応しないで。今は君の優しさがトゲになっちゃう」

 

 ふつふつと殺意が湧き出していると、闇に閉ざされていた部屋が突然明るくなった。中は円形のスペースとなっており、警備ロボの姿はない。

 と思ったら、なんか目の前に大仏が現れた。

 迷いなく引き金を引く。

 

『撃った!? 躊躇いなく撃ったぞこいつ!?』

「ごめんごめんついカッとなっちゃって」

 

 でも意味はなかったようだ。弾丸は現れた男の頭部を()()()()()奥の壁に当たった。

 立体映像か。ちっ、目の前に現れてくれたらぶん殴れるものを。

 その大仏みたいな男は、私の憤りを無視して自己紹介をする。

 

『日本国首脳陣の皆様、そして雷門イレブン諸君、こんにちは。私は吉良星二郎。吉良財閥を導く者です。本日は私からあなた方へとあるプレゼンテーションをさせていただきます』

 

 そう、その人物こそ、瞳子監督の父その人であった。




 余談ですが、なえちゃんの武器はスカートの下、というよりも太ももに付けているレッグホルスターから取り出されています。エロい……エロくない?


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聖なる空間

『日本国首脳陣の皆様、そして雷門イレブン諸君、こんにちは。私は吉良星二郎。吉良財閥を導く者です。本日は私からあなた方へとあるプレゼンテーションをさせていただきます』

 

 プレゼンねぇ。どうせロクなものじゃなさそうだ。

 吉良星二郎がそう言い終えると、いくつもの画面が空中に出現する。そこに映っていたのは雷門を蹂躙するエイリア学園『ジェミニストーム』の映像だった。

 

 ……これは私も見たことがある。当時は本当に驚いたよ。あの雷門がこんなにやられるなんて、て。みんなも当時の屈辱を思い出したのか、顔を歪めている。

 

『さて、今日はそんな謎に包まれたエイリア学園の正体についてお話ししましょう』

「正体……?」

 

 円堂君が訝しげな顔をする。

 吉良星二郎は実際ここにいないにも関わらず、その顔を待ってましたとばかりに十分溜めて、言葉を発する。

 

『彼らは自らを星の使徒と名乗り、その圧倒的なパワーで日本を脅かしました。しかしその正体は——実は宇宙人ではないのです』

「えっ……?」

 

 その言葉は誰のものだったのだろう。そんなこともわからなくなるほど、私たちは動揺した。

 困惑する私たちを吉良星二郎は待ってくれず、続けて話に入り始める。

 そこから語られたのは衝撃の事実だった。

 

 要約するとこうだ。

 全ての始まりは5年前、富士山に巨大隕石が落下した日。その時その隕石から人間の身体能力を極限にまで高める物質が見つかった。

 この『エイリア石』に目をつけたのが吉良財閥だった。彼らは極秘に研究を行なっていき、とうとうそれは完成した。そして吉良星二郎はその成果をもとに立案したあるプロジェクト『ハイソルジャー計画』を現在の総理大臣に提案した。

 『ハイソルジャー計画』とは簡単に言ってしまえばそのエイリア石の力を使って軍事力を強化する計画だ。エイリア石に影響された人間は戦うだけのマシーンとなり、必ず対外政策において日本を優位にするきっかけとなるだろう、と。

 しかし今の総理大臣は『正義の味方』と呼ばれることもあるほど正義感の強い財前宗助。当然のようにその計画は却下された。だから彼は、財前総理の好きなサッカーを使ってこの計画の有用性を証明しようとしたのだ。

 そのために作られた組織が『エイリア学園』だった。

 

「……これが全ての真実よ。エイリア学園は宇宙人なんかじゃない。エイリア石で強化されたただの人間なの」

「なんてことを……サッカーをなんだと思ってるんだ……!」

 

 歯が割れてしまいそうなくらい歯ぎしりをして、円堂君は宙に浮かぶ吉良星二郎の映像を睨みつけた。

 今回は……私もちょっと胸糞悪いな。

 強化人間の件はいい。私たちだって似たようなことをやってたし、どれだけ強化されても、それは試合が面白くなるだけでなんの問題はないというのが私の考えだ。

 だけど、許せないのはサッカー以外のもののためにサッカーをしたこと。それはサッカーに対する冒涜だ。総帥はサッカーに復讐するのが目的だっただけで、その実何よりもサッカーのことを考えていた。だから私はついていったのだ。

 政治の道具にされるようなサッカーは、サッカーじゃないんだよ。

 

『——最強の戦士『ザ・ジェネシス』の相手は雷門イレブンです。この試合をもって、この計画の素晴らしさをあなたは思い知ることでしょう。確実にね。これで私のプレゼンテーションは……』

「……反吐が出るよ」

 

 意味がないと分かっていても、気づけば映像の頭部に向かって銃を撃っていた。それほどまでに今の私はイラついていた。

 みんなもこの計画については怒りを露わにしていて、辺りは不穏な空気に満ちる。

 そんな時に奥の扉が開いて、やけに顔色の悪いスーツを着た男が現れた。瞳子監督はその人を知っているようで、反応する。

 

「研崎……」

「旦那様がお待ちです。私が案内いたします」

「……いきましょう、みんな」

「えっ? でもあの人敵じゃ……」

「大丈夫だ。吉良星二郎はジェネシスの相手は雷門と言っていた。それまで俺たちに危害を加えることはないだろう」

 

 うん、私も響木監督の考えに賛成だ。それにこの施設かなり広そうだし、手助けなしじゃすぐに迷っちゃいそうだからね。

 この考えを聞いてみんなも納得したようだ。研崎と呼ばれた男の後をついていくことに決めた。

 

 そして歩くこと十数分。私たちはこの施設に似合わない和風屋敷と言ってもいい建物が建ててある空間に案内された。

 うおすっごい、庭園までも完璧に整備されてる。そういえば映像の大仏も着物を着てたし、和風が好みなのかな。

 その当の本人は縁側に立って、閉じていると思ってしまうほど細い目でこちらを見つめていた。

 

「久しぶりですね、瞳子。私のプレゼンの出来はどうだったでしょうか? あなたにもこの素晴らしさが理解できていればいいのですが……」

「お父さんは間違っています。今すぐハイソルジャー計画をやめてください!」

「……どうやら理解できていないようですねぇ」

 

 やれやれとばかりにため息をつく大仏。

 その後も瞳子監督は言葉をぶつけていくが、馬の耳に念仏ってやつかな。全然相手にされていない。

 

「私はお父さんを止めます。必ず」

「まったく、その様子じゃ気づいていないようですね。あなたたちも私の計画に加えられているということに」

「っ……どういう意味ですか……!?」

 

 しかしその勢いも、大仏の一言であっけなくかき消されてしまった。動揺する瞳子監督に追い討ちをかけるように、彼は淡々と真実を告げていく。

 

「エイリア学園こと吉良財閥は巨大な組織です。その気になれば中学生のチームを一つ消すことくらい雑作もないこと。それをあえて見逃していたのはね瞳子、あなたたちがジェネシスの対戦相手として相応しくなるよう成長するのを待っていたからです」

「何ですって……!?」

「ジェネシスは強大です。しかし比べる相手が弱すぎては、他のチームとの力の差はわかりにくい。そのための雷門なのです」

 

 要するに、私たちもプレゼンの資料の一つに過ぎないって言いたいわけか。人の努力を馬鹿にして……。

 

「感謝してますよ瞳子。あなたは予想以上に私の役に立ってくれました」

 

 瞳子監督はそれがあまりにショックだったからか、膝をついて崩れ落ちてしまう。それを一瞥したあと、大仏は歩いて去っていった。

 

 残されたのはピクリとも動かない瞳子監督と、私たちのみ。

 その今まで見たこともないような居た堪れない姿に、みんなも声をかけづらいようだ。

 まああれだけ何を犠牲にしてでも勝つってスタンス通してきたのに、それら全てが敵の思惑通りだったなんて知ったらね。なんのための犠牲だったんだって思うよ。瞳子監督、無表情なだけであってそういうの気にしないタイプじゃないし。

 監督はしばらくした後、私たちに頭を下げてきた。

 

「みんな……ごめんなさい。私は今まで父を止めることだけを考えて、あなた達に辛いことを強いてきた。でも結局、利用されてしまうだなんて……これじゃあ私には監督の資格が……」

「——あのさぁ。あなたいったい何を見てきたわけ?」

「えっ……?」

 

 私の唐突の質問に目を丸くする監督。

 今の私はさっき以上に苛立っていた。監督がらしくなくなってるってのもあるけど、それ以上に、

 

「何で試合が始まってないのにもう諦めてるのかって聞いているんだよ!」

「っ……!?」

「私たちは何度だって絶望的な状況から逆転してここまでやってきた。それらは全部諦めなかったからだよ」

「……でもジェネシスはあなた達の力を完全に把握していて……」

「敵が私達よりも強いのなんていつものことだよ! 試合中に進化する、相手が強ければ強いほど同じくらい強くなっていくのが、イナズマイレブンってものじゃないの!?」

 

 監督だったら私達を信じてほしい。だって、それが監督の一番大切な役目でしょ? それに相手が自分たちよりも強いから諦めるだなんて……そんなのイナズマイレブンの監督じゃない。

 

「なえの言う通りだ! イナズマイレブンをなめんじゃねぇ!」

「土門っ」

「そうだそうだ! 今さらそんなこと聞かされたからってビビってたまるか!」

「うちらだって覚悟してここまで来てんねん。諦めてるんやったらここに来てないわ!」

「塔子、リカ……」

 

 そこを皮切りに、みんなからの声が一斉に溢れた。そのどれもが力強く、瞳子監督の心に響いていく。

 最後に、円堂君が彼女の前に立つ。

 

「監督……たしかに俺たちはまだまだ弱いけどさ。それでも監督を信じたからここまで来れたんだ。だから、今度は俺たちのことを、信じてくれないか?」

「円堂君……みんな……私はまだあなた達の監督を続けてもいいの……?」

「当たり前だ! だって監督は俺たちの監督だから!」

「……ありがとう……!」

 

 瞳子監督は偽りの空が張り付けられている天井を見上げる。隠そうとしていたみたいだけど、そのほおには雫が垂れていて、濡れているのがわかる。

 

 やれやれ……ようやく闇が晴れたか。

 これで監督はいつも通り、いやいつも以上になってくれることだろう。ようやく試合に集中できそうだ。

 

「まったく、手間のかかる人だこと」

「そう言ってやるな。選手とともに成長する監督、これはこれで素晴らしいもんだと思わんか?」

 

 独り言のつもりで呟いたけど、響木監督に聞かれてしまったようだ。

 響木監督は瞳子監督をじっと見つめながらそう言った。きっとこのグラサンの下で彼は温かい目をしていることだろう。実際にはわかんないけど、そう思わせる温かい口ぶりだった。

 

「……まあ、少なくとも思いやりもなんにもなく、選手を政治の道具と見なす監督よりかはいい」

「素直じゃないな、お前さんも。そういうところは師匠そっくりだ」

「頑固爺さんで有名なあなたに言われたくないよ。あと私は自分の欲望に誰よりも忠実だから」

 

 だから断じて総帥と似てなんかいない。心の中でそう思った。

 

 

 ♦︎

 

 

 場所は変わって、ここは選手控え室。私たちはあの研崎とかいう人に案内されて、ここに通された。

 広くて白い空間を、これまた白くて温かい光が包んでいる。まるで天界にいるような心地よさを自然と感じた。

 その雰囲気に円堂君がぽつりと呟く。

 

「似てるな、ここ……」

「似てるって、どこに?」

「ゼウススタジアムの控え室だよ。内装がそっくりとか、そういうんじゃないけど……なんというか、空気が似ているんだ」

 

 円堂君の言葉にFFに出てたメンバーから納得の声が聞こえた。

 うーん、私はそうは思わないけどなぁ。総帥の趣味で神話をモチーフにしたデザインだったけど、この無機質な部屋はそれとは比べ物にならないくらい神聖さを感じられる。

 

「それはお前たちが作り出している雰囲気だからだ」

 

 響木監督はそう言った。

 

「俺たちが……?」

「絶対に負けられない。勝ってみせる。そういう覚悟を持った奴らが控え室に集まると、唯一の休息所であるここが何よりも心地よい場所に思えるんだ。俺にも何度か経験がある」

 

 なるほど……。たしかに私はそうでも、世宇子のみんなは勝って当たり前って雰囲気だった。だからこの感覚を味わえなかったのか。

 

「その雰囲気を感じられるということは、お前たちがそれだけ勝ちたいと思っているということだ。その気持ちは必ず試合のどの要素よりも重要になる。だから胸を張って行ってこい。俺からの激励は以上だ」

 

 響木監督の言葉を噛み締めながら、瞑想をする。

 体は万全。気持ちは十分。完璧なコンディションだ。

 

「みんな行くわよ! 絶対に勝ってきなさい!」

『はいっ!!』

 

 勢いよく立ち上がり、声を上げる。

 さあ、聖戦(ジハード)を始めよう。



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最強のチーム『ザ・ジェネシス』

 グラウンドに出た私たちに襲いかかってきたのは、眩い光だった。

 全面青白い壁に、目も眩むほどの数のスポットライト。周囲にはカメラなんかの機械類も大量に見られる。これからスポーツをするって雰囲気じゃないね。あくまで私たちはプレゼンの資料ってことか。分厚いガラスで仕切られた部屋の中でこちらを見下ろしている大仏を睨みつける。

 そしてそんなSFチックな世界に無理やりぶち込んだかのように、サッカーグラウンドは設置してあった。

 

「絶望的なまでに似合わないね」

「うっひゃー! あちこち機械だらけだぜ! 弄りがいがありそう! うっしっし」

「セキュリティ固そうだからやめといた方がいいよ。下手に触ったとたん、どこからともなく砲身が現れてズドンなんてこともありえそうだし」

「げっ……それだけは勘弁だな」

 

 自分の体に穴が空く姿を想像したのか、小暮は顔を青ざめながらカメラへ伸ばした手を引っ込めた。

 とその時、グラウンドの中央に白い光が溢れた。それが消えていくと、その中から一つのサッカーチームが姿を表す。

 フィクションの未来人が着てそうな白いスーツを身に纏う選手たち。ジェネシスだ。その中にはよく出会う赤髪の少年もいた。

 

「グラン!」

「やあ円堂君、なえちゃん、それに雷門イレブン。元気そうだね」

「ふふっ、わかる? 実はようやくジェネシスと戦えると思って、さっきから胸の高鳴りが収まらないの」

「そう……だけどそれはすぐに収まることになると思うよ。ジェネシスの真の恐ろしさを知ってね」

 

 グランは不敵に微笑んだ。その佇まいからは最後のチームに相応しい王者のオーラとでも呼べるようなものが感じられる。

 

「俺は勝つ。それが父さんの願いだから」

「父さん?」

「ヒロトって名乗ってた時の苗字を思い出してみなよ。同じ『吉良』……つまりグランは吉良星次郎の息子なんだよ」

「正確には養子なんだけどね。だからこそ、オレは父さんへの恩を返す。父さんの望みはオレが叶えてみせる!」

 

 君にもわかるだろう、とグランは私に言ってくる。

 私の過去をどこで知ったのかはともかくとして、なるほど……拾ってくれた人への恩か。脳裏に黒グラサンの悪魔が浮かび上がった。

 私たちは似た者同士なのかもしれない。もちろん私はグランほど総帥を敬愛してはいないけど、少なくとも尊敬はしている。そしてその尊敬によって闇へとどっぷり浸かることにもなった。

 だけど、私たちには絶対に違う部分が一つある。

 

「グラン、あなたはそれで楽しいの?」

「……なんだって?」

「あなたはさっきから他人の話ばっかで、自分が何をしたいかなんてちっとも話してない」

「だから、俺の望みは父さんの……」

「それはあなたの望みじゃないよ」

 

 きっぱりと断言した。

 見てればわかる。グランとして私たちの前に現れていた時は、形だけの笑みを浮かべるばかりで楽しそうな雰囲気なんて微塵も感じられなかった。

 私はもちろんそんなのじゃない。私が暗部に身を落としたのは、全てはサッカーのため。燃えるような勝負を味わうためだ。

 そこが、私と彼との違いだ。

 

「あなた、本当はこんなことしたくないんじゃないの?」

「っ、何を根拠に言っているのかな?」

「さあね。ただの勘だよ。ただその様子を見る限り、間違ってはいないと思うけど」

 

 表情は動かなかったけど、目が揺れ動いたのは見逃さなかった。無理もない。この歳でポーカーフェイスを学んでいる方がおかしいのだ。

 

「グラン……いやヒロト。それは本当なのか?」

「……」

「お前はなんのためにサッカーをするんだ? そんな嫌なことのためにサッカーをしたって、そんなのちっとも楽しくないだろ!」

「……楽しさなんて必要ない」

「大ありだ! 楽しくなくっちゃ前に進めないだろ! サッカーって、楽しいからやるんじゃないのか!?」

 

 円堂君に反論しようとするも、うまい言葉が見つからなかったのかグランは開けた口をすぐにつぐんだ。しかしそこで彼に助け舟が入ってくる。

 

「グラン、何を遊んでいる。さっさと配置に付け」

「ウルビダ……」

 

 グランに冷たい声をかけたのは青髪の少女だった。

 スマートな体型に、クール然とした佇まい。その目は氷のように冷たい光を宿している。ただそれ以上に、ジェネシスのユニフォームのせいで強調された胸に目がいってしまう。私の手は自然に自分の胸へと伸びていた。

 いっ、いやっ、私は決して小さいわけじゃないし! この子が異常なだけで、私だってBぐらいはたぶんあるし!

 ……やめとこ。なんだか虚しくなってきた。誰に言い訳してるんだか。幸い円堂君はそんなの目に入ってない様子だったので、私も気にしないことにした。

 

「ふんっ、さんざんちょっかいをかけに赴いた結果がそれか。まさか情に絆されるとはな」

「……まさか。オレはジェネシスのキャプテン、グランだ。任務は必ず遂行する」

「それでいい。わかったならさっさと戻れ」

 

 それだけ言うと、彼女は去っていった。グランは冷静さを取り戻したようで、今度はこちらと語ろうともせずに彼女の後をついていく。

 

「……なんと言おうが、オレは父さんの願いを叶える。止めると言うのなら力づくでしてみなよ」

「ああ。オレの大好きなサッカーで、お前を止めてみせる!」

 

 グランが円堂君の言葉を聞いてたかどうかはわからない。円堂君はあの決勝で私に言った言葉をグランにもかけた。

 彼が去っていったところで、ちょうどいいタイミングと見たのか瞳子監督が私たちに集合の合図を出した。そして控え室で教えられた通りのメンバーで、ポジションに着いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 スリートップと言っても、シロウはまだお休みだ。ただ、この試合のどこかで彼は投入されるだろうと私は確信している。だって彼の目は以前とは違って闘志に満ちているんだから。

 

 試合開始のホイッスルが鳴った。

 ボールはジェネシスから。ヒロトからバックパスされたボールをミッドのコーマが拾う。そこから素早いパス回しでどんどん雷門ゴールへ彼らは迫っていく。

 カオスと比べてもやっぱり速いね……でも追いつけないほどじゃない。私はボールの流れを読んで、アークに渡るはずだったボールをカットした。その後すぐリカに繋ごうとする。

 

「リカ!」

「ふっ、甘い!」

 

 しかしパスは彼女に渡る前にカットし返されてしまった。それを為したのは先ほど見たウルビダ。背番号10番というキーナンバーに相応しく、彼女は他の選手よりもできるようだ。

 ウルビダはその冷静な瞳で私たちを捉え、ディフェンス陣の穴を突くような正確で速いパスを出した。そこには巨漢のフォワード、ウィーズが待ち構えている。

 

「一点もらいだ! 食いやがれ!」

 

 彼が某有名バトル漫画のように両手をガッチリと合わせると、そこに紫色のエネルギーが集中しだす。そしてそれが十分に溜まった瞬間、彼の手のひらから光線のようなものが飛び出した。

 

「ガニメデプロトン!」

 

 あーうん、イプシロンの時に言ったと思うからもう突っ込まないぞ。

 かめは●波もといガニメデプロトンがゴールへ迫っていく。

 

「させるか!」

 

 しかしここで円堂君が立ちはだかった。

 彼が吠えると、頭上に拳の形をしたエネルギーの塊が出現する。

 

「メガトンヘッドォッ!」

 

 円堂君のシュートブロック技、メガトンヘッドが炸裂した。その威力はガゼルやバーンの必殺技にも対応できるほど。ガニメデプロトンはあっという間に打ち消され、ボールはシュートとは反対方向へ飛んでいった。

 そのリカバリーをするように鬼道君が受け取る。

 

「イリュージョンボール改……!」

「うおっ!?」

 

 トラップした瞬間をミッドのコーマが狙ってたようだけど、鬼道君の方が一枚上手だ。トラップとほぼ同時に出現した幻影のボールにコーマは惑わされ、鬼道君はその隙にその場を突破した。

 そして私にボールが回される。

 

「なえー! 今度こそこっちやー! うちの新必殺シュート見せたるで!」

「いつの間にそんなのを……まあいいか」

 

 ちらりと視線を横に向けた先では豪炎寺君がマークされていた。好奇心も相まって、私は敵のスライディングを避けたあと、彼女にパスを出すことに決める。

 

「いっくでー! ——通天閣シュート!!」

 

 リカは大きく振り上げた足で、天を蹴る勢いでボールを蹴り上げた。そのボールは空中でエネルギーを溜めたあと、重力に導かれて敵ゴールへ落下していく。

 たしかにリカが撃ったのは新必殺技だった。しかしそれはここでは通じるものではなかったらしい。敵キーパーのネロは、その小柄な体型からは見合わぬジャンプ力でボールに飛びつくと、あっさりボールをキャッチしてしまう。

 

「なんでやねん!?」

 

 あーやっぱ無理だったか。だいたいこういう新必殺技が出た時は決まる流れがあるんだけど、敵さんはそんな空気微塵も読んでくれなかったね。まあ現実はそんなに甘くないってことか。

 

「もちもち黄粉餅!」

 

 だったら、私のはどうかな? 

 敵ディフェンスのゾーハンからすぐにボールを奪い、天めがけて跳び上がる。

 

「ムーンライトスコール!!」

 

 天空に出現した黄金の月が、私の踵落としで破裂。そして数え切れないほどのレーザーの雨がゴールに降り注いだ。

 さすがにこれならと思ったけど、直後私は目を見開くことになる。

 

「プロキオンネット!」

 

 ゴール前に球状のエネルギー体が三つ出現。そしてそれらをつなぐように光が紡がれて、三角形状の巨大なネットができあがる。

 驚いたことに、それはレーザーのほぼ全てを受け止めてみせた。穴一つ空いていない。完璧なセーブだ。

 

「……マジ?」

「そんな……ムーンライトスコールが決まらないなんて……!」

 

 これにはさすがの私もびっくり。口調では平静を装ってるけど、内心はそれほど穏やかじゃなかった。

 マズイ。自慢じゃないけど、私のムーンライトスコールはこのチームの中で一、二を争う威力のシュートだと自負している。それが止められたってことは、豪炎寺君の爆熱ストームやデスゾーン2が通じない可能性が出てきた。

 冷や汗が流れる。しかし本当の最悪を知ることになるのはもう少し先だ。

 

 グランは投げられたボールを受け取ると、小さくつぶやく。

 

「そろそろだ。本当のジェネシスの力、見せてあげるよ」

 

 その言葉のあと、みんなの視界からグランが消えた。いや消えたように見えるだけで、実際はものすごい速度で走っているのだ。今までとは雲泥もの差があるそのスピードにディフェンス陣はついていけず、どんどん抜かれていってしまう。

 

「旋風……うおっ!?」

「くそっ、いきなり速くなりやがって! 何しやがった!?」

 

 ツナミが悪態をつく。

 私は急いで雷門ゴールへトンボ帰りした。その途中でようやくグランに追いつき、彼の前に立ちはだかる。

 

「通させてもらうよ!」

「無理だね!」

 

 槍のように素早く足を突き出す。グランはそれをかわそうとしたけどし切れず、ボールは彼の後方へこぼれた。

 取った——と思った時、彼の後ろからウルビダが現れてリカバリーしてしまい、隙ができた私はそのまま容易く抜かれてしまう。

 

「しまっ……!?」

 

 ウルビダはそのままドンドン進んでいくと、ゴール手前でバックパス。受け取るのはもちろんグランだ。彼がボールを空中でボレーシュートすると、ボールは爆発を起こし、一筋の彗星となって煌めく。

 

「流星ブレード!」

 

 陽花戸中でシロウを気絶させた必殺シュート。その威力は計り知れない。立向居は顔を強張らせて両手を合わせ、四つの手を背後に出現させる。

 

「ムゲン・ザ・ハンド! ぐっ……止め切れ……ないっ!?」

 

 その御手がボールに張り付くも、徐々にヒビが入っていく。そしてガラスが割れるような派手な音を立てて手は砕け散り、彗星がゴールに突き刺さった。

 

「貧弱すぎる……」

「っ、立向居!」

 

 吹き飛ばされた立向居を心配して円堂君が駆け寄る。幸い怪我はないようだ。でも単独でムゲン・ザ・ハンドを破るなんて、威力はあのファイアブリザードに勝るとも劣らないと言っていいだろう。こうもあっさり破られてしまったことで、みんなの顔も暗くなってしまっていた。

 この雰囲気を払拭するにはどうにか一点を決めるしかない。ただネロのプロキオンネットは正攻法じゃ破れないだろう。デザームの時みたいに工夫してやるしかないか。

 

 ホイッスルと同時にドリブルで駆け上がっていく。相手側も本気を出したとはいえ、スピード勝負じゃまだまだ負けていない。次々と襲いかかってくるディフェンスをいなし、前へと足を踏み出していく。

 そうやって目立っていれば他の人のマークも薄くなっていくため、そこを突いて豪炎寺君へパス。彼は受け取ると、炎の魔人を呼び出しながら宙に浮かび上がる。

 

「爆熱ストーム!!」

「プロキオン……なにっ?」

 

 爆熱ストーム炸裂。螺旋状に進んでいく炎の竜巻はネロへと迫っていき……彼をスルーしてその真上を通過した。その先にあるのはバー。ガァァンッ!! と鈍い音を立ててボールが跳ね返る。

 豪炎寺君がシュートを外した? いや、これは……!

 

「うぉぉぉっ!! メガトンヘッド!!」

 

 跳ね返ったボールの先にはいつの間にか円堂君が駆け寄っていた。そしてメガトンヘッドで追い討ちをかけるようにシュートする。

 私の十八番、バー当てだ。

 完全な不意打ち。ネロもこれには反応が少し遅れたようだ。

 

「っ、プロキオンネット……ッ!!」

 

 だけど、あと一つ足りなかった。プロキオンネットはボールがゴールを通過するギリギリで展開され、その威力を受け止めた。

 たぶん跳ね返すようにシュートを撃ったことでスピードがちょっと減少してしまったのだろう。

 

「ごめんっ! 決め切れなかった!」

「いや、読まれないようにアイコンタクトだけで合図してたのが仇になった。俺の責任だ」

 

 ただ問題はこれからだ。今やった不意打ちは二度と通じないだろう。おまけにフェイントを一度仕掛けたことから、敵キーパーの警戒心も高まってしまっている。この最悪な状況をどう切り崩せばいいのか……。

 

 ああ、絶対絶命だ。思いつく策も特にない。

 だから、最高に楽しいや。

 私は薄ら笑いを浮かべた。



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吹雪士郎

 ジェネシスの猛攻に雷門は防戦一方だった。

 

キラースライ……」

サザンクロスカット!」

「うぐあぁぁぁっ!!」

 

 アークが加速し、一瞬で土門の横を通り過ぎる。次の瞬間、土門が立っていた地面からは十字に炎が噴き上がり、彼はそれに巻き込まれてしまう。それをカバーしようと鬼道君が飛び出すも……。

 

スピニング……!」

ライトニングアクセル!」

 

 違う技でアークは鬼道君を難なく抜いてみせる。

 というかライトニングアクセルか……。真・帝国にいた時に私の情報が漏れて、それで取得できたんだろう。厄介な。

 そしてセンタリングがグランに向かって上げられる。だけどフィニッシュは誰が撃つのか分かってたので、私はあらかじめ彼をマークしていた。彼を超えるジャンプ力でボールをカットする。

 カウンターだ。攻めていたせいで守りが薄くなっていたのを突いて、走り出す。しばらくすると最後のディフェンス三人が見えたので、黄金のオーラをその身に纏う。

 

ジグザグストライク!!」

 

 超加速。分身がいくつも見えるほどの速度で不規則に動き回り、ディフェンスを突破しようとして……瞬間、私の視界は反転した。

 

シグマゾーンッ!!』

「がっ!?」

 

 三人が三角形を描くように並んだ、と思ったら一瞬だった。

 彼らは超高速で動き回る私の動きを予測してその三角形の中心に誘い出し、全員が同時に内側に向かって走り出し、すれ違い様にチャージを仕掛けてきたのだ。

 味方に当たるか当たらないかというスレスレの技。それは成功すれば強力な威力となり、ほぼ一瞬で私の体に三回打撃を与えてみせた。そのせいでまだ体が痛い。

 

 そして私からボールを奪い返したジェネシスのメンバーはまたグランにボールを出した。もう邪魔する者はいない。仮にいたとしても、身体的スペックの差でついていけない。

 そしてとうとう彼にボールが渡り、二度目の彗星が流れる。

 

流星ブレード!」

「させないよ! ザ・タワー!」

「壁山いくぞ!」

「はいッス!」

ロックウォールダム!!』

 

 塔子が塔を、その後ろに円堂君たちが巨大な岩の壁を作り上げるも、彗星はその全てをことごとく貫き、余波で彼らを吹き飛ばす。

 

『うあぁぁぁぁぁっ!!』

ムゲン・ザ・ハンド!」

 

 四つの手が彗星の進路を妨げる。ちょっとずつそれらにヒビが入っていくが、さっきとは違って彗星の勢いも目に見えて衰え始める。円堂君たちのシュートブロックが効いているんだ。

 

「ぐぅぅぅっ!! 円堂さんたちのためにも……入れさせるわけにはっ、いかないんだぁっ!!」

「……へぇ。やるじゃん」

 

 徐々にボールが纏っていた光が消えていく。そして完全に失せたころには、ボールは立向居の手の中に収まっていた。

 なんとか凌いだか……。軽くため息をこぼす。

 しかしそれはただの一時凌ぎに過ぎない。この後、ジェネシスの攻めはさらに勢いが増した。

 

「オラ邪魔だ邪魔だぁ!」

『ぐああっ!!』

 

 巨漢のウィーズの悪質なタックルで吹き飛ばされ、

 

サザンクロスカット!」

『がぁぁぁぁっ!!』

 

 地面から噴き出した十字の炎に身を焦がされ、

 

流星ブレード!」

ザ・タワー!」

ロックウォールダムッ!!』

ムゲン・ザ・ハンドォ!」

 

『うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 彗星の如きシュートによって倒れされる。

 あまりに一方的な試合展開に、みんなはドンドンボロボロになっていった。

 

 立向居はボールをキャッチし損ねて、ボールはラインを超える。そのおかげで生まれた一時の時間の間に、私は思考を加速させる。

 どうする? どうすればこの状況を打開できる? 戦況は悪化していって、もはやシュートも撃てなくなってきたほどだ。ディフェンスの負担が大きすぎて、攻撃に回れない。かといって私や円堂君が離れたら一瞬で二点目を決められてしまうことだろう。

 どうすれば……!

 

 そんな時、ピィィ! と私の思考を切り裂くように、ホイッスルの音が鳴った。

 

「選手交代よ! 浦部リカに代わって背番号9番、吹雪士郎!」

 

 ……その手があったか。

 私は表情を硬くしているシロウを見て、期待を寄せた。

 

 

 ♦︎

 

 

 吹雪は戦況を震える手を抑えながらジッと見ていた。

 恐ろしいのではない。ただ許せなかったのだ。仲間たちがボロボロになっていく中、ベンチに一人座り込んでいる自分が。

 

 ——染岡君は僕にフォワードを託してくれた。

 ——アフロディ君は足を犠牲にしてまで戦った。

 ——豪炎寺君はさらに強くなって帰ってきた。

 ——そしてなえちゃんは、一番ボロボロになりながらも足を止めたことは一度もなかった。

 

 仲間たちの苦しみながらも戦う姿が頭を次々とよぎっていく。

 こんなのでいいのか? このままでは同じじゃないか。何もできず、雪崩で家族を失ったあの時と……!

 そう思った瞬間、彼は立ち上がり、フィールドに立っていた。

 

「悔しいけど、うちじゃ力になれんわ。あとは頼んだで!」

 

 リカの思いを背に、彼女のポジション、すなわちなえの横に立つ。

 彼女は心底嬉しそうな顔をしていた。自然とこちらもほおが緩んでしまう。

 

「期待してるよシロウ。頑張って」

 

 彼女の言葉に頷く。

 そしてコーナキックで試合が再開すると同時に、吹雪は前へ走り出した。仲間からボールがくると信じて。

 

 高く上げられたボールめがけてマークを振り解いたグランが跳躍。しかしなえもそれに追いつき、二人はボールを間にしてヘディングをぶつけ合った。

 

「ぐっ……!」

「っ……くぅっ!」

 

 衝撃が脳を揺らし、二人はバランスが取れなくなって落下。ボールは歪な方向に弾かれ……ウィーズの元に落ちる。巨体から繰り出されたシュートは強烈で、立向居は完全にキャッチできず、ボールは間一髪バーに当たって跳ね上がった。

 そして両チームの真上に浮かんだボールを、炎の竜巻が包み込む。

 

真ファイアトルネード!」

 

『なんと豪炎寺、この距離からファイアトルネード!? 超ロングシュートだァ! しかし、ジェネシスキーパーネロは余裕の表情で構えている!』

 

 炎の弾丸がジェネシスの選手たちの頭上を超えて突き進んでいく。しかしそれはシュートのためではない。ボールの軌道の先には、吹雪が走り込んで来ていた。

 キラーパスとも呼んでいいそれを受け取った瞬間、吹雪は自身のマフラーを強く握りしめる。

 

「この試合で僕は……!」

『俺は……“完璧”になってみせる!』

 

 荒れ狂うブリザードが一瞬吹き荒れ、シロウからアツヤへと変わる。そしてボールを両足で挟んで回転させ、吹雪を巻き起こした。そこから繰り出されるのは、彼の代名詞。

 

「吹き荒れろ、エターナルブリザード……V3ィッ!!」

 

 フィールドが凍てつくほどの冷気を纏ったシュート。

 だが……。

 

「ハァッ! プロキオンネット!」

 

『キーパーネロ止めたァ! 吹雪でもこの牙城は崩せないのか!?』

 

「ぐっ……クソがぁ……!」

 

 だがそれでも、ネロを破るにはまだ足りない。

 余裕を見せる彼の表情に、なによりも点を取れなかったという事実に凄まじい形相で歯ぎしりをする吹雪。しかし試合はそんな彼の激情を置いて進んでいく。

 

「完璧に……完璧にならなくちゃいけないんだぁ!」

 

 シロウに戻り、ボールを持つグランへ地面を滑りながら向かっていく。アイスグランドの体勢だ。地面に向かって踵を落とし、次々と伸びていく氷柱を発生させる。

 

アイスグランド……!」

「……貧弱すぎる」

 

 が、それはグランの回し蹴り一つで全て砕け散った。その余波をまともに受け、吹雪は無様に地面を転がる。

 グランはその姿を一瞥すると、まるで眼中にないかのように進んでいった。

 

「僕の技が……何一つ通用しない……!?」

 

 アツヤもシロウも通じない。その事実が忘れ去ろうとしていたあの男の言葉を思い出させる。

 

『お前はもう、必要ない』

 

「ぐぅぅ……! 僕はッ……僕はッ……!!」

 

 息が苦しくなり、吐き気が込み上げてくる。頭がクラクラして意識が定まらない。吹雪はもはや立っているのが精一杯の状態となった。

 周りが暗い。寒い。吹雪はいつの間にか闇に包まれた雪原に立っており、そこで雪に埋もれていた。

 完璧になれないから必要とされないのか……? 完璧じゃない自分たちに価値なんて……。

 自問自答。そんな思いが頭の中を延々と渦巻き続ける。

 

「シロウ!」

 

 敵からなんとかボールを奪い取ったなえがパスを出す。しかし吹雪は意識が途切れていたことで反応が遅れ、ボールを受け止めることに失敗してしまった。

 

「っ……ごめん……」

 

 ボールはラインを超えて外へ。ジェネシスからボールを取ることでさえ一苦労なのだ。そんなみんなの努力によって生まれたせっかくのチャンスを不意にしてしまったことがより一層吹雪の心を苦しめる。

 しかしそんな彼の自責の念は、突然腹部に襲いかかってきた熱と衝撃によって消しとばされることとなる。

 

「ふぐっ! ゲホッ……! 豪炎寺君、何を……っ!?」

 

 下手人は豪炎寺だった。彼がファイアトルネードを吹雪に撃ったのだ。突然の奇行に吹雪は抗議の声をあげようとするも、その鋭い眼光に怯み、口をつぐむ。

 

「本気のプレイで失敗するならいい。だが、やる気のないプレイだけは絶対に許さない。お前には聞こえないのか、あの声が?」

「声……? 声なんて……どこにも……」

 

 吹雪はフィールドにいる選手たちを見つめる。しかし荒い息遣いや打撃音、爆発音などが聞こえるばかりでそんなものは聞こやしない。

 

『諦めるな!』

 

 再び俯こうとした時、そんな円堂の言葉が頭の中に響いた。

 彼の顔を見つめるも、口が動いている様子はない。なのにずっと耳の奥に聞こえてくる。

 

『俯いてたって、何も解決しねえんだよ!』

『ここはアタシたちが……!』

『俺たちが守る……!』

 

『パーフェクトタワーッ!!』

 

 円堂だけではない。なえ、鬼道、土門、壁山、立向居、綱海、塔子、小暮。みんなの声が次々と聞こえてくる。

 

『グアァァァァッ!!』

ロックウォールダム!! ぐあっ!!』

 

 落ちてくる流星は塔を、壁を粉砕していく。しかしゴールにまで辿り着く直前、桃色の何かが立ちはだかった。

 

『負けて、たまるかァァァッ!!』

 

 それはなえだった。彼女が振るった足は流星と衝突し、焦げくさい臭いと黒煙がたちまち発生していく。しかし彼女はその足を引っ込めることはない。その様子を見つめていると、ふと目が合い、彼女は笑いかけてきた。

 そして、

 

『いっけぇぇぇっ!! シロォォォッ!!』

 

 焼け焦げた足が振り抜かれる。その後、ボールは吹雪に向かって飛んできた。

 それに触れた瞬間、この声の発生源がどこなのか理解する。

 

「ボールから……声が……!」

 

 そうか。そうだったんだ。ボールはみんなを繋ぐ思いの塊。そこに込められた魂の声が聞こえてきていたんだ。

 体が暖かくなっていく。日が差し込んできて雪が溶けていく。重くなっていた瞼を開け、見上げると、彼の周りにはみんなが笑顔で立っていた。

 なえが笑みを浮かべながら手を差し伸ばしてくる。吹雪はそれをゆっくりと掴む。

 

 ——そして、世界が光に包まれた。

 

 

 そういうことだったんだね、父さん。『完璧』になるっていうのは、僕がアツヤになることじゃない。

 仲間と一つになること、一緒に戦うことだったんだ。

 

 吹雪は迫り来るスライディングを、跳躍して避けた。その身のこなしは今までの比ではない。急に変わった彼の動きに、誰もが目を見開く。

 そんな中、彼の中から声が聞こえてきた。

 

『そうだ。兄貴はもう一人じゃない。兄貴には仲間がいるんだ!』

 

 ありがとう、アツヤ。今まで頼りない僕に力を貸してくれて。

 もう大丈夫だよ。

 もう力を貸してなんて言わない。ずっと一緒にいて欲しいなんて言わないからさ。だから安心して成仏してね。

 僕はもう、一人じゃないだ。

 

 

 吹雪はアツヤの魂が宿っていたマフラーを握りしめると、それを脱ぎ捨てた。そしてブリザードが吹き荒れ、中から髪が少し跳ね上がった彼の姿が出てくる。

 アツヤの気配は消えていた。しかし寂しくはない。代わりに体から力が湧き上がってくるのを感じる。今まで自分が分けてきたアツヤの分の力が。

 ふと視線を感じると、なえと豪炎寺が笑みを浮かべてこちらを見ていた。『行くぞ』という言葉が声なしで伝わってくる。

 吹雪はそれに頷き、大きく一歩を踏み出す。

 

「っ、グラビテイション!」

アステロイドベルト!」

プラネットシールド!」

 

 次々と発動される必殺技。しかし吹雪はそれらを一度の踏み込みだけで回避してみせた。そのまま雪原を走る狼の如きスピードで、グラウンドを進んでいく。

 

 またもや敵が迫り来るのが見える。しかし吹雪に不安はない。すぐさまボールを豪炎寺に渡す。その豪炎寺がダイレクトでボールを返せば、素早く動きでなえが敵をかわしながら受け取って、吹雪に返した。

 そのあまりにも整った連携プレーに、ジェネシスの選手たちはなす術がない。そしていよいよゴール前。吹雪の脳裏にとある記憶が蘇る。

 

 

『……新しい必殺技? エターナルブリザードじゃなくて?』

『もっとすげえ技だ!』

『こらこら。あれはアツヤのじゃなくて、()()()()()()()だろう?』

『ちぇ、わかってるよ兄貴』

『二人の必殺技ってこと? 見せて見せて!』

『今度見せてやるよ! それまで楽しみにしてろよな!』

『……うん、楽しみ! 約束だよ!』

 

 

「これが、僕たち二人の必殺技だ!」

 

 ボールを引っ掻くように鋭い蹴りを入れる。

 

ウルフレジェンドッ!!」

 

 すると吹雪の背後に、気によって顕現した巨大な狼が現れ、雄叫びをあげた。それに呼応して三つの赤いエネルギー弾が飛んでいき、途中で一つに融合してゴールへと向かっていく。

 

「プロキオンネット! ……なにっ……ぎゃぁっ!?」

 

 三つの星を繋いで生まれたネットが狼の気弾を受け止めようとする。しかし威力を殺しきれずにすぐさま千切れ、後ろにいたネロを吹き飛ばしてボールはゴールに入った。

 

『ゴォォルッ!! 吹雪の新必殺技ウルフレジェンドが、とうとう点をもぎ取ったァ!』

 

「……ずいぶん遅くなってごめんね。これが僕たちが編み出した必殺シュート『ウルフレジェンド』だよ」

「……うん、すごい技だね」

 

 なえはあの約束を思い出してくれたのだろうか。彼女は満開の笑みで微笑んだ。

 

 ああ、ようやく果たせた。様々な思いが雫となって溢れ出てくる。

 ——吹雪が、止んだのを感じた。




 今回から必殺技は太字にすることにしました。これで多少は見やすくなってると嬉しいです。


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一人の力

 なんか知らないけど幼馴染が覚醒した件について。

 ……冗談である。私もシロウが悩みを払拭したってことぐらいはわかっているつもりだ。

 それにしてもウルフレジェンドねぇ。まさかあんな昔の約束を気にしてただなんて。シロウらしいっちゃらしいけど。なんて思いながら、彼が投げ捨てたマフラーを拾う。

 

「ほら、大切な形見なんでしょ。もう投げちゃダメだよ」

「……いや、それはなえちゃんが持っててほしいな」

「へっ?」

「僕はもう一人じゃないから。今度は君を守っててほしいんだ」

 

 えーと? なんかよくわかんないけどこれは私が持ってていいらしい。アツヤの怨念が宿ってそうでちょっと嫌だなぁ。夢に出てきたらどうしよ。とはいえ彼はやけにスッキリしていて、一つも惜しんだりしてなかったのでもらっておくことにした。ベンチのバックに突っ込んで、再びグラウンドに戻る。

 

 ジェネシスボールから試合が始まる。グランを始めとした彼らは点を取り返そうと必死そうな顔をしている。

 

「一点取ったことは褒めてあげよう。でもこれでおしまいだ!」

 

 シュートブロックを警戒してか、グランはあえて塔子たちを抜いてからシュートの体勢に入る。

 

流星ブレード!」

 

 まずい、立向居一人じゃ止められない。と思ったけど、意外にも彼に不安そうな様子はない。そればかりか、やる気に満ち溢れている。

 

「俺だって……俺だって雷門のキーパーなんだ!」

 

 彼の背後に手が出現する。その数は彼の気迫に応えるように六本に増えていた。

 

ムゲン・ザ・ハンドG2!」

「なにっ……!?」

 

 それら全てが流星に襲いかかり、ボールの勢いを殺していく。そして光が収束していき、立向居の手にボールが収まる。

 立向居が、流星ブレードを止めてみせたのだ。

 

「よし!」

「やったじゃねえか立向居!」

 

 ツナミが立向居以上に歓喜の声をあげる。彼はムゲン・ザ・ハンドの特訓に誰よりも関わっていたからね。元々の兄貴的な性分も合わさって、自分のことのように嬉しいのだろう。

 攻撃と防御。二つの課題が同時にクリアされた。これなら、勝てる!

 

 勝利の兆しが見え、みんなの顔が明るくなってきたその時。

 ——グラウンド全体が揺れるほどの轟音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 突然のことで私たちは慌てる。自然じゃ絶対に起こらないような音だ。裏工作も仕事のうちだった私にはわかる。これは……爆弾だ。しかも滅多に使わないほどの規模の。それが使われたということは、ただごとではないことが起きたのは確かだろう。

 

 しばしの沈黙。しかしそれを打ち破るように、機械で拡張された笑い声が聞こえてくる。

 

『残念でしたねぇ鬼瓦刑事。エイリア石をいまさら破壊したところで、ジェネシスの戦力は落ちたりしませんよ』

「鬼瓦刑事だって……!?」

「それにエイリア石の破壊だと?」

 

 円堂君と鬼道君がそう言った後、突然現れた大仏のホロビジョンを私たちは見つめる。

 どうやら鬼瓦刑事も仕事をしてたらしい。たしかにエイリア学園のパワーの源がエイリア石なら、それを破壊すれば戦力は落ちるのが道理。しかし大仏はまったく気にしていない様子だ。

 

『貴方たちはジェネシスがエイリア石のエネルギーによって作られた強化人間だと思っているようですが……そうではありません。それではエイリア石のエネルギーチャージが途絶えた瞬間に使い物にならなくなってしまう。ジェネシスとは、強化人間との激しい訓練によって生まれた超戦士、つまりは力を持ったただの『人間』なのですよ』

「なんだって……!? それじゃあこれが本当の実力だっていうのか……!?」

 

 驚愕の新事実に唖然となった。まさかあの異常な強さがドーピングではないと誰が予想できただろうか。

 強い敵と戦うことで自分も強くなる。合理的だ。実際雷門もそうやって強くなってきた部分もある。

 

「円堂君わかったかい? オレたちは汚い手なんて使ってない。これが俺たちの実力なんだよ」

「っ……それでも……それでも、その力を悪いことに使うのは間違っている!」

「悪いと思ってたらやってないさ。これがオレたちの正義なんだ」

「っ、立向居!」

 

 円堂君の声に応じて立向居からボールが投げ渡される。そしてその円堂君からすぐさまシロウへ。彼はすぐにボールを足で切り裂き、狼を召喚しする。

 

ウルフレジェンド! ——ウォォォォォッ!!」

 

 雄叫びを上げ、赤い光弾が空を切り裂き、飛んでいく。

 しかし私はネロの動きが先ほどまでと違うことに気づいた。

 

時空の……壁!」

「なにっ……!?」

 

 なんとウルフレジェンドはネロの手に近づくに連れて、徐々に減速していった。そして完全に手に触れるころには減速の域を超えて空中で停止してしまい、シュートとして成り立たなくなってしまう。ネロはそれを手の甲で殴りつけ、逆コートにボールを送り返した。

 

 パンチングとは思えない勢い。攻めていただけに雷門のディフェンスは甘くなっていて、簡単にグランにボールが渡ってしまった。そこにウルビダとウィーズが彼の左右斜め後ろに控え、紫色のオーラを発生させる。

 

「これが……ジェネシスの力だ!」

 

 彼ら三人は三角形を描くように立つと、その中心部分にボールが置かれる。そこでボールは闇色のオーラを纏い、空中に打ち上げられて、巨大な黒球と化す。

 凄まじいエネルギー量だ。見ているだけで鳥肌が立ってくる。

 

スーパーノヴァ!!』

 

 彼らの足からエネルギー波が放たれ、黒球が動き出す。その視界全てを覆ってしまいそうなほどの圧迫感に立向居は唾を飲む。

 

「ッ……ムゲン・ザ・ハンドG2!」

 

 進化したムゲン・ザ・ハンドが黒球を包み込もうとする。しかしその超質量にあっけなく腕は千切れ、立向居もろともボールはゴールに入った。

 

「かはっ……!」

「これでどちらが最強かわかっただろ?」

『ジェネシスこそ人類の真の形! 世界を支配する者たちなのですよ!』

「っ……これ以上俺たちの大好きなサッカーを汚すなっ!」

 

 再び点を決められてしまった。

 倒れ伏す立向居に円堂君は駆け寄り、大仏を睨みつける。

 

 はぁ……ジェネシスはともかく、やっぱりあの大仏の声は癪に触るね。でも私ですらこれなんだ。円堂君なんかははらわたが煮え繰り返る思いだろう。その怒りが爆発して、冷静さを失わせないか心配だ。

 

『ほう……どういう意味です?』

「サッカーで得た力は……人を笑顔にするために使われなくちゃいけないんだ! お前たちの力は偽物だ! たとえエネルギーをチャージしてなくても、エイリア石なんかによって得た力なんて俺は認めない!」

『ふっふっふ。忘れたのですか? 貴方たちもエイリア石によって強化されたジェミニやイプシロンと戦うことでパワーアップをしてきたということを。そう、エイリア石を利用したというのは貴方たち雷門も同じことなのですよ』

「ぐっ……!」

 

 やっぱりそこを突かれたか。財閥を動かしてるだけあって会話の矛盾点を探し出すのがいやらしいまでに上手い。円堂君も何も言い返せずに歯噛みするだけでいる。

 映像の中の大仏は私たち雷門全員の顔を見るように顔を動かしたあと、その不気味な笑みを浮かべたまま語り出す。

 

『雷門もメンバーがずいぶん変わり強くなりましたね。ですが、それは我々エイリア学園と同じく弱い者を切り捨て、強い者を取り入れたからこそここまで来れたのです。道具を入れ替えるようにね』

「なんだと……!?」

「仲間は道具じゃねえぞ!」

「ふざけるな! あいつらは弱くなんかない!」

 

 あんまりな物言いに他のメンバーもとうとうぶち切れたようだ。しかしみんなの罵声を浴びてもなお彼の口は止まらない。

 

『いいえ、弱いのです。弱いからこそ怪我をする。だからチームを去る。実力がないから脱落していったのです』

「違う!」

『彼らは貴方たちにとって無用の存在。価値がないのです』

「違う違う違うっ! あいつらは弱くなんかないっ!」

 

 私の脳裏にキャラバンを去っていった者たちの顔が浮かび上がる。

 染岡君は足の怪我で。風丸と栗松は力のなさを嘆いて。それぞれチームを去っていった。

 ……ああ、その通りだよ。憎らしいほどに。

 

 だけど円堂君はそんなの到底認められるわけがなく、しきりに首を激しく横に振って叫ぶ。その時の彼の顔はかつてないほどの怒りに染まっていた。

 

「俺がっ……俺が証明してやる!」

 

 キックオフと同時に円堂君は牛のような勢いで突進していった。その荒々しさにいつものプレーのキレはない。

 当然そんなのが通じるはずもなく、グランはあざ笑うかのようにボールを奪ってみせる。

 

「円堂君、キーパーに戻りなよ。君がゴールにいなきゃ張り合いがない」

「黙れぇっ!」

 

 これは……まずいかも。

 このチームの中心は紛れもなく円堂君だ。円堂君があきらめないからこそ、私たちは何があっても諦めずにやってこれた。だけど、だからこそ円堂君が負の感情を帯びた場合、その思いはチームに伝染しやすい。

 我を忘れる円堂君の影響で、みんなの動きは明らかに鈍ってしまっている。

 

 グランはウルビダたちと陣を組んで、また空中に飛び出す。その瞬間、私は雷門ゴールに向かって走り出した。

 あの技は立向居にはまだ無理だ。だったら……っ!

 

スーパーノヴァ!!』

パーフェクトタワー!!』

ムゲン・ザ・ハンドG2!!」

 

 放たれた黒球は巨大な塔を粉砕し、複数のまとわりつくついてくる腕を引きちぎって、ゴールを目指す。

 だけど威力は確実に弱まってるはずだ。そこを私のキック力で蹴れば……!

 

 轟音が鳴り響く。私の足と黒球が衝突を果たした。

 だけど……私の足は徐々に後ろに押し込まれていく。

 

「ぐぅぅ……! こ……のぉ……! まだ足りないって言うの……!?」

『ハァァァッ!!』

 

 襲ってくる衝撃に思わず苦言を漏らす。

 その時、私の左右からフォワードのはずの豪炎寺君とシロウが現れて、加勢するようにボールに足に蹴りを加えた。

 いける……これなら……!

 

『ウォォォォォッ!!!』

 

 私たち三人の雄叫びが重なり合う。そしてようやくボールは弾かれ、真上に飛ぶ。

 

 ——そのボールが一瞬、闇と炎と氷を纏ったのが見えた。

 

 ボールはそのままバーを超えて壁にぶつかる。

 なんとかセーブできた……。私たちは脱力して地面に倒れた。

 

「全員で守らなければならないゴールキーパー。君たちの弱点であり、敗因となる」

 

 そこでホイッスルが二度鳴った。前半終了の合図だ。

 命拾いした……。無意識に大きなため息が溢れた。

 

 

 ベンチに戻ると、みんなの視線をシャットアウトするように円堂君が頭からタオルを被りながら、激しく呼吸をしていた。

 ……もはやここまでなったら私なんかの声じゃ届きはしないだろう。何かキッカケがなければ。例えば豪炎寺君とか鬼道君とか。

 だけど予想外にも、彼の前に真っ先に立ったのは、瞳子監督だった。

 

「円堂君……」

「……風丸たちは弱くありませんっ。俺が証明してみせます……しなくちゃならないんだ……っ!」

 

 監督が話しかけているのに円堂君は目を合わせようともしないでひたすら俯き続けている。瞳子監督はそれでも円堂君に語りかけ続ける。

 

「……初めは私もそう思っていた。私一人の力で父の目を覚まさせようって。でも、できなかった」

「……監督?」

 

 突然の告白に円堂はタオルを落とし、戸惑いの表情で彼女の方を見る。

 

「人の考えや価値観を変えるなんて大変なこと。一人の力じゃ到底できるはずもないの。でも、みんなの力が合わさればそんな難しいことも成し遂げられる。それを教えてくれたのは円堂君、貴方たちなのよ」

「俺たちが……?」

 

 初め瞳子監督は冷たい態度だった。だけどみんなとの戦いを通して、成長して……その時にこの人も変わることができたのだろう。

 ——みんなの力が合わされば、か……。それなら変えることができるのだろうか。あの人の考えも。

 

 監督に同調して、シロウが声を上げる。

 

「そうだよキャプテン。僕を間違った考えから解き放ってくれたのも、雷門のみんなだ!」

 

 シロウの視線につられて、円堂君は私たちの方を向いた。

 

「みんな……」

「円堂、怒っているのはお前だけじゃない」

「それでも俺たちは仲間たち全員の思いを背負っているつもりだ。だから一人で抱え込むな」

「……ああ!」

 

 豪炎寺君と鬼道君の言葉を聞いて、ようやくいつもの円堂君に戻ったようだ。彼はようやく笑みを見せた。

 この試合、絶対に勝ってみせる。

 たしかにあの大仏の言う通り、彼らは弱かったのかもしれない。だけどサッカー選手でもないやつが、私の認めた選手を侮辱するなよ。それだけは許しちゃおけないんだ。

 改めて、心の中でそう誓った。

 

「よし、行くぞみんな! 後半戦の始まりだ!」

『おうっ!!』

 

 意気揚々とフィールドへ戻っていく。なぜかな、彼の笑顔を見ているだけで力が湧いてくるよ。やっぱり円堂君はすごいや。

 

 

 後半戦が始まり、私たちは円堂君を先頭に勢いよく前に進んでいく。

 そこにグランが立ち塞がる。

 

「ヒロト……!」

「君にオレは抜けないよ」

「だったら、()()()で戦うまでだ!」

「……っ!?」

 

 突然の円堂君のパスに意表を突かれたのか、グランは目を見開いて硬直した。その隙に鬼道君がボールを拾い、グランの横を抜けていく。

 

「なるほど、前半とは違うわけか。だがその程度で我らに敵うと思うな!」

「それはどうかな?」

 

 ウィーズの強烈なスライディングを、鬼道君は私にパスを出すことで避ける。その私にも敵が来たけど、同じように間髪入れずにすぐにパス。その相手も、そのまた先も、次々とテンポ良くパスを出していく。

 

『おおぉっと雷門、高速のパス回し! 相手を確認してもいない! まるで空中から見下ろしているかのようなプレーにジェネシスついていけてないぞ!』

 

「ぐっ……なんだこのパス回しは……!」

 

 そう、いくらジェネシスが速いと言ってもボールが飛んでいく速度を上回ることはない。今の私たちはいちいち確認しなくても出したい相手の場所、距離、呼吸の間隔さえ手にとるようにわかるようになっていた。

 

 必殺技を出させる間もない。次々と敵を抜き去り、あっという間にゴール前にたどり着く。

 

「俺には仲間がいる。ここまで一緒に戦ってきてくれた仲間がいる。新しく加わってくれた仲間がいる。いつも見守ってくれてた仲間がいる。俺たちの強さは、そんな仲間たちと共にあるんだ!」

デスゾーン2ッ!!』

 

 円堂君、鬼道君、土門が回転しながら跳び上がり、三角形の魔法陣を形成。そこから紫色の巨球と化したボールを真下に叩き落とす。

 

「遅れたら許さないからね!」

「言われなくても!」

ホワイトダブルインパクトッ!!』

 

 —— シュートチェイン

 そこへ、私とシロウが吹雪を纏いながら回転。そして二人同時にボールを蹴り、氷を纏ったデスゾーン2はウルフレジェンドを超える勢いでゴールへと放たれた。

 

時空の壁! ……なにっ!?」

 

 ネロが展開した不思議な空間によって、シュートはどんどんその速度を落としていく。しかしネロの手にたどり着く前にボールは息を吹き返したかのように勢いを取り戻し、彼を吹き飛ばしてゴールに入った。

 

『時空の壁破れる! 雷門追いついたァ!』

 

「よっしゃっ!」

「馬鹿な……ジェネシスが2点も失うだと……?」

「ヘヘ、仲間がいればパワーは何十倍も何百倍にもなるんだぜ」

「っ、くっ……!」

 

 ここに来てようやくグランは顔を歪ませた。それは後がないという証拠。相手もなりふり構わず攻めてくることだろう。ここからが正念場だ。

 さあ、もっとサッカーを楽しもう……!

 




 エイリア石の原石破壊されたらその後の計画全部おじゃんじゃんとか言ってはいけない。もしかしたらこの後にとある変態タイツ集団を率いることになる人みたいにエイリア石を別で保管してるかもだし……。
 そして久しぶりのホワイトダブルインパクト君の登場。エターナルブリザードだってモーション省略できるんだし、チェインしたって別にいいよね。


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究極奥義

「俺には父さんがいる! 父さんがいれば仲間など必要ない!」

 

 その父さんも貴方を道具扱いしてるんだけどなぁ。

 キックオフが始まると、そう叫んですぐにグランが飛び出してきた。どうやら円堂君の言葉によほど動揺したらしい。その勢いは苛烈で、どんどんディフェンス陣を突破していく。

 

もちもち黄粉餅!」

「くっ、この程度のもの……!」

「からのっ…スピニングカットV3!」

「なっ……ぐあっ!?」

 

 しかしどんなに勢いが凄くても、冷静さを失ってることに変わりはない。二重の必殺技はグランの動きを封じ、彼の足からボールを弾き飛ばした。

 

「鬼道く……ぐっ!?」

「お父様の邪魔はさせない!」

 

 この……!

 パスを出そうと足を振り上げた瞬間を狙ったのか、ウルビダが体全体を叩きつけるようにチャージをしかけてきた。片足じゃ到底踏ん張り切れず、勢いよく地面に倒れる。

 ボールはその後再びグランに渡り、ウィーズも合わせて彼らは宙へ跳び上がる。

 

スーパーノヴァ!!』

「くっ…… ムゲン・ザ・ハンドG2! ——ぐあぁぁぁっ!!」

 

 ムゲン・ザ・ハンドを破り、スーパーノヴァは進んでいく。しかしその先には円堂君が立っていた。その彼の額が気の光で輝く。

 

メガトンヘッドG2! であぁぁぁっ!!」

「進化しただと!?」

 

 彼の頭上に現れた拳はいつもよりも大きかった。そして二つの必殺技がせめぎ合う。

 

「ぐぐぐっ……負けてっ……たまるかぁぁっ!!」

 

 それでもスーパーノヴァは強力で、次第に円堂君が押されていく。しかし彼が雄叫びをあげると、拳の気が一瞬だけ増大し、爆発した。その衝撃波で円堂君とボールはそれぞれ逆方向に吹き飛んでいく。

 

「馬鹿な……! こんなことがあっていいわけがない!」

スーパーノヴァ!!』

 

 ボールは運悪くグランたちの元へ転がる。スーパーノヴァが止められたという事実に激昂し、彼ら三人は再びそれを撃ってきた。

 円堂君も私も間に合わない。立向居は自分の力不足を嘆き、そして迫り来る黒球にただ呆然としている。

 

「どうすれば……!」

「止めるんだ立向居!」

「円堂さん、でも俺……!」

「諦めるな! 雷門のキーパーはお前なんだ! 雷門のゴールを守れるのは、お前しかいないんだ!」

「っ……!」

「いっけぇぇ立向居!」

『立向居っ!!』

 

 円堂君や綱海の声に押されて、彼はうつむけていた顔を上にあげる。その顔にもう恐怖はない。

 

「みんなのゴールを……俺がっ、守るっ!! —— ムゲン・ザ・ハンド……G3!!」

 

 両手を合わせ、立向居の気が爆発したかのように増幅する。その背後からは、さらに二つ追加された計八つの光り輝く腕が伸びていた。そして立向居が手を伸ばすと、それを合図に手の群れが黒球を抑えこむ。やがてボールを覆っていた黒いオーラは消え去り、ボールは彼の手に収まった。

 

「やった! やりましたよ円堂さん!」

「ああ! スッゲーキャッチだったぜ!」

 

 まるで尻尾を振る子犬のように立向居は円堂とハイタッチする。というか嬉しすぎてそのまま抱きつく勢いだ。腐女子が喜びそうな展開は別にいいけど、勢い余ってボール落とすのは勘弁だよ。

 

 グランはあまりのショックに膝をついて「馬鹿な……」と呟いていた。隣のウルビダの表情も曇ってしまっている。

 勝利は目前。その事実に私たちの鼓動が高鳴っていく。

 しかし私は戦場の鉄則を一つ忘れていた。

 追い詰められた敵は、どんな戦術よりも恐ろしいということを。

 

『グラン、リミッター解除をしなさい』

「なっ!? で、でも父さんっ、そんなことしたらみんなの体が……!」

『怖気付いたのですか? 貴方には失望しましたよ。ウルビダ、貴方が指揮を取りなさい!』

「父さんっ!」

 

 こっちはこっちで捨てられた子犬みたいな顔してるね。まあ実際あのセリフじゃ捨てられたも同然だけど。グランは追い縋るように手を伸ばすも、大仏のご尊顔が映ってたビジョンは虚しく消えてしまった。

 それにしてもリミッター解除か。グランの反応を見る限りあまり良さそうなものじゃなさそうだ。周りを見渡せば、ウルビダの指示の下、選手たち全員がユニフォームの胸部分に付いているボタンのようなものを押しているのが見えた。

 

 立向居のスローを受け取り、円堂君が駆け上がっていく。私も彼の横に並び、パスをもらおうとして——気づいたらウルビダが彼の目前まで接近していた。

 

「えっ……?」

「なっ……!?」

 

 なにあの速度……!?

 ウルビダは砂煙が巻き上がるほどのスピードで、雷門ディフェンス陣をどんどん突破していく。彼女の今の速度は先ほどまでの比じゃなく、明らかに異常だった。

 動揺してたせいで、思わず近くにいたグランに怒鳴りつけてしまう。

 

「グラン! 何したの!?」

「……リミッター解除さ……。人間の体に本来かけられている制限をこのスーツの機能によって無理やり解除させることで、限界を超えた力を引き出すんだ」

「馬鹿なっ! そんなことをしたら奴らの体が……!」

 

 真っ先に反応した鬼道君がそう叫ぶ。グランはその非難を避けるように苦い顔をしながら、走り去っていった。

 散々ドーピングしてないアピールしといて、最後はこれですか。いや、私が非難するのも筋違いだけどさ。

 ウルビダはグランとウィーズを左右に引き連れて爆走。そしてゴール前まで来ると、彼女の周りに見覚えのある動物が地面から顔を出してきた。

 

「あれは……ペンギン!?」

「これがジェネシス最強の必殺技! ハァァッ!!」

 

 宇宙服を身につけた奇妙なペンギンたちは、ウルビダのオーラで打ち上げられたボールを追尾していく。その先には例の二人が足を振り上げて待ち構えていた。

 

スペースペンギンッ!!』

 

 二人の蹴りを得て爆発的に加速するシュート。立向居の背中から無数の手が伸びてくるが……。

 

ムゲン・ザ・ハンドG3! ——なんだッ、この威力は……!? ぐあぁぁっ!!」

 

 そのことごとくをペンギンたちが貫き、ボールはゴールに突き刺さった。

 

『ムゲン・ザ・ハンド三度破れる! 恐るべしエイリア学園! 恐るべし、ザ・ジェネシス!』

 

「ふっ、これが……ぐあぁぁぁぁっ!!」

「な、なんだっ?」

 

 突然体を抱き締めて悲鳴を上げ始めたジェネシスの選手たちに、円堂君が戸惑いの声をあげる。

 

「人間の体にリミッターがかけられている理由、そんなもの決まってる。なければ体の筋肉がズタズタになって崩壊するからだよ」

「っ……ジェネシスですら道具なのかよ……!」

 

 例えるなら皇帝ペンギン1号を撃ってるようなものだからね。そりゃ叫ぶのも無理はない。うん、他に言い表しようがないほどにまで外道だ。うちの総帥といい勝負してるよ。

 グランたちはしきりに大仏のためにと呟き、体を引きずるように自陣のコートへ戻っていく。見るからに限界が近いことがわかる。

 

「……ねえ円堂君、鬼道君、こんなのはどうかな?」

「ん?」

 

 そんな彼らを見て思いついた作戦を、私は彼らに話した。鬼道君は神妙な面持ちで聞いて静かに頷く。

 

「なるほどな……皮肉だが、こういうことに関してはお前が誰よりも詳しい。全員に伝えてくるとしよう」

「ああ……あいつらに本当のサッカーを見せてやる!」

 

 一見強力に見えるリミッター解除。だけどそれにはもちろん穴がある。それは試合再開後すぐに露見するようになる。

 

 パスを出された円堂君に超スピードでウルビダが迫る。しかし円堂君はトラップもせずにダイレクトで他の仲間にパスを出してみせた。

 ウルビダはズザザッ! と芝生を少しの間滑り、急ターンする。

 

「おのれ小癪な……! コーマ! アーク!」

 

 ウルビダに負けないスピードで二人が鬼道君からボールを取ろうとするも、それも同じようにダイレクトで返すことで回避する。突然方向が変わったボールに二人はついていけず、急ブレーキでもかけたような音が芝生から聞こえた。

 同じように、私たちはワンタッチでパスを出し続け、ボールを運んでいく。ジェネシスのメンバーはスピードでは明らかに勝っているのに、それに追いつくことができなかった。

 

「なぜだっ!? なぜボールが取れない!?」

「簡単なことさ。貴方たちにその力は過ぎたものだったんだよ」

「なんだと……!?」

 

 もちろんお前たち如きには無用の力だ、なんて意味じゃない。本当の意味で過ぎた力なんだ。あのリミッター解除ってのは。

 よく考えてみなよ。フルスロットルでレーシングカーがグラウンド中を駆け巡ってるような状態なんだよ? 曲がれるわけないじゃん。だからこそこうやって絶え間なくボールを高速で回していけば追いつかれることもなくなる。むしろ解除前の方が脅威に感じるぐらいだよ。

 この力が訓練を積んだものだったのならまだどうにかなるだろうけど、グランの反応からそれはないと断言できる。

 

「で、どんな気分かな? 安易な力に頼った末路は」

「きさぁまぁぁぁぁっ!!」

 

 吠えるウルビダを無視して私は駆け上がっていく。ボールはもうペナルティエリア内に入っていた。なら、私はそこにいなくちゃね。

 

「豪炎寺君!」

「吹雪、お前の魂受け取ったぞ! —— 爆熱ストームG2!!」

 

 豪炎寺君の技が進化。さらに激しく燃え上がった炎の竜巻がゴールに向かっていく。

 

時空の壁! ぐっ、止めきれ……ぎゃっ!?」

 

 時空の壁を炎が突き破る。しかしそこで力を使い果たしてしまったのか、ボールはネロに当たっただけで真上に高く弾かれた。

 グランと円堂君が同時にジャンプする。高度はややグランが優勢か? だけど円堂君は諦めずに叫んだ。

 

「壁山ぁぁぁ!!」

「はいッス!」

 

 なんとディフェンスのはずの壁山がここまで上がってきていた。そして彼の腹を踏み台にして円堂君はさらに高く跳び上がり、()()()にパスを出してくる。

 

「豪炎寺、吹雪、なえ!!」

「いくよ……二人とも!」

「ああ!」

「ここまでお膳立てされちゃあ決めないわけにはいかないね! 最高のシュート、見せてあげるよ!」

 

 私の左右に二人が並び立つ。最強のストライカーが三人もいるのだ。なんとかならないわけがない。

 

 私たちはそれぞれ闇、炎、氷を纏って空中に跳び出した。そしてボールを中心に✳︎を描くように交差する。その時に発生したエネルギーが吸い込まれていき、ボールは炎と氷の二つの輪っかを纏った黒球となる。

 

アスタリスクヘブンッ!!!』

 

 その黒球を、左右の蹴りに合わせて両足で踏みつける。

 瞬間、螺旋状に回る炎と氷を纏った黒い閃光が、解き放たれた。

 

 必殺技を出す間もない。閃光はあらゆるディフェンスをすり抜け、ネロを撃ち破り、ゴールネットすらも突き破って奥の壁に巨大なクレーターを空ける。

 しばらくの間、誰も息をすることすら出来なかった。私でさえそのあまりの威力に言葉を失っていた。しかしようやく実感し始めると、みんなから歓喜の声が湧き上がる。

 

『決まったぁぁぁぁぁ!! 三人のストライカーによるアスタリスクヘブンが、文字通りゴールを貫いた! 雷門、これで同点です!』

 

「これが……仲間の力……」

「だね。ハハッ、見たことない顔してるよなえちゃん」

「っ、ちょっと驚いただけだよ! なんというか、これほどまでなんて予想外で……!」

「何を驚くことがある。仲間の力を一つに結集すればどんな敵にも勝てる。それがサッカーだろ?」

「……そうだね」

 

 豪炎寺君に言われて、ようやくこの現象に納得できた。なるほど、そりゃ毎回こんな力出されたら勝てないわけだよ。雷門が強い理由、改めてわかった気がする。

 その後はみんなにもみくちゃにされながら、なんとか所定の位置までたどり着いてキックオフを待つ。

 

 ホイッスルが鳴った瞬間、二陣の風が左右を横切った。グランとウルビダだ。

 

「父さんの望みは俺たちの望み!」

「負けるわけには……いかないのだっ!!」

 

 リミッター解除はたしかに小回りが効かなくなるけど、ああやって最初からボールを持って真っ直ぐに突き進んでいくだけならば弊害はない。フェイントもクソもない、ただただ猪の如く直進する彼らのドリブルに、しかし私たちが追いつくことはできなかった。

 代わりにウィーズが追いつき、再びペンギンが空を舞う。

 

スペースペンギン!!』

 

 ジェネシス最強シュート、炸裂。シュートブロックも追いつかないその圧倒的な速度と威力を前に、立向居が両手を合わせる。

 

ムゲン・ザ・ハンドG3!」

 

 八つの手がボールを覆う。その直後にペンギンたちがその手に刺さり、ヒビが入っていく。立向居の体は徐々に押されていき、しかし彼が諦めることはなかった。

 

「このシュートだけはっ、入れるわけにはっ……いかないんだぁぁっ!!」

 

 力を全部出し尽くすかのように叫ぶ。

 その時、なんと立向居の背中からもう二本の腕が伸びてきた。そして拮抗状態にあったペンギンたちを押し潰し、ボールを掴む。そこでシュートは威力をなくし、静止した。

 

 —— ムゲン・ザ・ハンドG4

 まさかの進化に、グランたちは痛みを忘れて唖然とする。

 

「なぜだ……なぜ決まらない……!?」

 

 そのウルビダの言葉は、ちょうど上でガラス越しに見えている大仏の気持ちを代弁しているかのようだった。私は我を忘れてガラスを叩くその姿を見上げる。

 

 ——貴方にはわからないでしょうね。円堂君たちのサッカーには——ハートがある。

 

「ツナミさん!」

「木暮!」

 

 立向居の手からボールが投げられ、それぞれの名前を呼びながらみんなが繋いでいく。その途中で光のようなものが発生し、それはみんなの足にボールが渡るたびに強く発光していく。

 鬼道君から私へ。触れてみるとボールからは暖かさを感じた。

 ボールからみんなの思いが伝わってくる。ここにいる人たちだけじゃない。アフロディ、染岡君、帝国のみんな……サッカーを愛する者たち全員の心がボールという結晶に詰まっているんだ。

 その時、決戦前のバスで聞いた円堂君の話を思い出した。

 

『ああこれ? 最強の究極奥義『ジ・アース』。チーム全員の心が一つになった時にできる技なんだって』

 

 ——そうか、これが、そういうことなのか。一度も試したこともなく、撃ち方すらわからないはずの技なのに、今ならあれが撃てる気がした。

 

「円堂君!」

 

 この思いよ届け。そう念じ、彼に向かってボールを蹴る。そして彼が触れた途端、輝きは最高潮に達する。その側には豪炎寺君とシロウが。

 三人がボールと向き合い、祈るように手を合わせると、私たち全員の力がその中心に吸い込まれていく。そこで集まったエネルギーが大樹のように上に伸びていき、どことなく地球にも似た青い球体が実を結ぶ。円堂君たちはその真上まで跳び上がると、一つの隕石と化してその地球に衝突した。

 

ジ・アースッ!!』

 

 瞬間、地球が破裂し、十一の光の矢となってジェネシスコートに降り注ぐ。誰もそれらを止めることはできない。選手たちは次々と跳ね飛ばされ、ゴール前についた時にそれらは一筋の閃光となってネロの横をすり抜ける。

 あわやゴール。という時に最後の壁としてグランとウルビダが蹴りを放った。

 

「お父様のために……!」

「止めてみせる……!」

 

 そう叫ぶ二人。しかしジ・アースを止めることは叶わず、二人は大きく弾かれ——

 

「……そうか、これが……!」

 

 ——ゴール。閃光がネットを射抜いた。

 同時に試合終了のホイッスルが鳴った。私たちは即座に円堂君たちのもとに駆け寄る。

 

「勝った……のか……?」

「……ああ!」

『円堂君(さん)\キャプテンっ!!』

「どわぁっ!?」

 

 むぎゅっ、壁山押すな!

 私たちは円堂君の胴やら足やらを持ち上げる。勝った時にやることなんていったら胴上げしかないでしょ。というわけで円堂君を空の旅にごしょうたーい!

 

『え・ん・ど!! え・ん・ど!!』

「俺たちは……勝ったぞぉぉぉっ!!」

 

 空中で拳を突き上げ、円堂君は叫ぶ。

 その眩しいばかりの笑顔に、私も自然と笑みを浮かべていた。




 というわけでジェネシス戦完結です。
 普段なら点差をいじったりするんだけど、ラスボス? なだけあってこの試合だけは逃しちゃいけないシーンが多く、あまり試合の流れを変えることはできませんでした。
 そんでもって『クロスファイア』の上位互換『アスタリスクヘブン』です。モーションは空中でクロスファイアになえちゃんのドロップキックを追加した感じをイメージしてます。まあ言っちゃえば『カオスブレイク』の闇版ですね。技名はこれが作者の限界なので勘弁してください。

 それでは最後に、メリークリスマス。


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さらば、エイリア学園

 ジェネシスとの死闘が終わり、勝利の余韻に浸っていた私たちの前に例の大仏が姿を現す。しかしその顔は前と打って変わって申し訳なさそうな表情をしており、覇気も消えていた。

 

「ヒロト、お前たち、今まで苦しめてすまなかった……」

「父さん……」

 

 大仏はグランに頭を下げる。この試合を見て何を感じたのかはわからないが、心境の変化があったのだろう。

 グランはその言葉を聞いて父の改心を悟ったのか、目を見開いたあと嬉しそうにほおを緩ませる。

 

「瞳子、私は間違っていた。お前たちに気づかされたよ。そう……ハイソルジャー計画そのものが間違っていたのだ」

「ッ!? ふっ、ふざけるな……!」

 

 背後で芝生が踏みしめられる音が聞こえた。振り向くと、ウルビダが鬼のような形相で大仏を睨みつけている。

 ……あー。こりゃ地雷踏んだっぽいね。やな予感がするよ。

 

「ふざけるなっ! これほど愛し、尽くしてきた私たちを、よりにもよって貴方が否定するのかぁぁぁぁぁッ!?」

 

 ウルビダは近くにあったボールに紫色のオーラを集める。

 —— アストロブレイク

 彼女の右足によって放たれたそれは、地面を抉りながら大仏に向かっていく。

 

「危ない、父さん!」

「っ!」

 

 しかしその直前、グランが大仏の前に出て彼を庇った。仮にもジェネシストップクラスが撃ったボールだ。その威力に彼の体は宙を舞い、背中から地面に激突する。

 

「ヒロトっ!」

「なぜだ……なぜ止めたんだ!? そいつは私たちの存在を否定したんだぞ! そいつを信じ、戦ってきた私たちの存在を!」

 

 円堂君に支えられるグランに向かってウルビダは叫ぶ。

 さっきまでお父様だったのにそいつ呼びになっちゃってるよ。よっぽどブチギレているのだろう。大仏はその言葉を黙って受け止め続ける。

 

「私たちは全てを懸けて戦ってきた! ただ強くなるために……そいつの望んだ通りに……! なのにそれを今さら間違っていた!? そんなことが許されていいのかグラン!?」

 

 ウルビダは裏切られたと感じているのだろう。なるほど、信じていた相手がそうしたのだったらショックを受けるのも当然だ。

 だけど、それは——

 

「——それは自業自得だよ」

「……なんだと?」

 

 思わず口を挟んでしまった。だってイライラするんだもん。射殺すかにような彼女の視線を受け流し、淡々と思ったことを話す。

 

「貴方は選択をしなかった。望みを叶えようとしなかった。何もしていない者が何もかも失うのは当たり前のことだよ」

「したさ! 私の望みはそいつの野望を叶えることだった!」

「それは貴方の望みじゃないよ。ただ選択肢を他人に委ねているだけ」

 

 まったく、試合前に言ったことを彼女にも言うハメになるとは。

 

「今ここで苦しむってことは、強くなるのは貴方の本当の望みじゃなかったということ。貴方も、彼らもどーせグランと同じでこの計画に内心じゃ賛成してなかったんでしょ。なのに貴方たちはハイソルジャーとなった。それが過ちなんだよ」

「黙れ……」

「自分の父が悪事を為そうとしているのなら、瞳子監督についていって止めようとすればよかった。幸いそこまで強くなれるんだったら実力が不足するなんてことはなかったはずだし。なのに貴方たちはそれをしなかった」

「黙れ……!」

「教えてあげようか? 貴方たちはただそこの男に嫌われたくないって理由だけで思考することをやめたんだよ。歩みを止めた者に訪れる幸せなんてあるはずがないの」

「黙れぇぇぇっ!!」

 

 耳を塞ぎたくなるほどの叫びが響き渡る。ウルビダは荒々しく呼吸をしながら憎悪の瞳をこちらに向けてくる。憎む相手は私じゃないでしょうに。とはいえこのままじゃ殴りかかってきそうな雰囲気だったので、スッと格闘技の構えを取った。

 

「……もうそこまででいい、白兎屋君」

 

 そこに割って入る影があった。大仏だ。彼は転がっていたボールを拾い、ウルビダのもとに投げ、そして無抵抗の意思を示すように両腕を広げる。

 

「さあ私を撃て! これで許してもらおうなどとは思っておらん! しかし少しでもお前の気がおさまるなら、存分に私を撃つがいい!」

「父さん! ……ぐっ!」

 

 グランはそれを止めようとするけど、痛みで動けないようだった。あの様子じゃたぶん肋骨が折れてるね。鍛え上げられたグランですらそれなのだ。一般人の大仏なんかに直撃したら……最悪死が待っている。

 ウルビダは少しの間目を見開き、やがて鋭い目をして足を振り上げる。

 

「撃つも撃たずも自由。だけど今度こそよく考えなよ、貴方の望みを。ここで嘘ついたら多分一生後悔するよ?」

「……私は……私は……っ、できない……!」

 

 ウルビダは地面に崩れ落ちた。掠れるような嗚咽が聞こえる。

 

「私はっ、本当はっ、前のあの優しいお父様と一緒にいたかっただけなんだ……!」

「ウルビダ、グラン……。私は人として恥ずかしい。こんなにも私を思ってくれている子供たちを、道具にしてしまうとは……」

 

 ウルビダだけじゃない。グランや他のジェネシスの選手たちも、ウルビダの告白につられて泣き出した。大仏はその光景を見て空をあおぐ。

 これで大部分は片付いたか。あとは私個人としては今回の騒動の理由なんかも聞きたいんだけど……。

 

「話してくれませんかね吉良さん。なぜハイソルジャー計画なんて企てたのか。どこで道を誤ってしまったのか。巻き込んでしまったあの子たちのためにも」

 

 そんな問いが聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのは——。

 

「げぇっ!? 鬼瓦!?」

「何が『げぇっ!?』だこのバカモンが!」

「もんぶらんっ!?」

 

 ぐぉぉぉ……! 頭が……! 総帥にもぶたれたことないのに! まあ、明らかに殴られる以上のことはされてるけど。

 というか今までどこに行ってたんだこの人。エイリア石壊してからけっこう時間が経ってるはずだし、その後音沙汰なかったことを考えると……。

 

「……迷子になってた?」

「やかましいわ! この研究所をトラップだらけの迷宮にしたやつが悪い!」

 

 あ、お疲れ様ッス……。

 鬼瓦刑事はクソッタレと吐き捨て、地団駄を踏む。怒髪天を衝くとはまさにこのことだろう。衝く髪が少ないのはともかく。しかしそれを言ったら大仏の前に私がお縄についちゃいそうなので黙ることにした。幸い今は鬼瓦刑事も私よりそこの大仏の方が気になるみたいだしね。

 

「……私には一人息子がいた。名をヒロトという。そこのグランとは違う、血の繋がった実子だ」

「戸籍情報にもありましたね。ただ今はもう……」

 

 鬼瓦刑事はそう言って目を伏せる。それだけで何か悲しいことがその『ヒロト』に起きたのがわかった。

 

「ヒロトはとてもサッカーが好きな子で、将来の夢はプロのサッカー選手でした。しかしサッカー留学をした海外の地で少年犯罪に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまった……」

「ちょっと待ってください。データじゃ交通事故ってことになってますが……」

「事件にその国の政府要人の息子が関わってたとかで揉み消されたのですよ。私も何度も警察にかけあったが無駄だった。あの時の悔しさ、喪失感は今でも覚えている。おひさま園にいたお前たちがいなければ私はどうにかなっていただろう。お前たちには本当に感謝しかない」

 

 しかし、と大仏は続ける。

 

「5年前に見つかったエイリア石の原石。これを研究しているうちに私はその恐るべきパワーに取り憑かれていった。しかし同時に今まで抑え込んできた復讐心が込み上げてきて……私は他国への復讐しか頭に浮かばなくなってしまった」

 

 それもエイリア石の力だろう。私の組織でも多少は研究させていたのだけど、あの石には所有者の精神を侵す効果があることが明らかになっている。源田や佐久間がおかしくなったのはそのせいだ。まあ、佐久間はちょっとアレだけど……。

 

「……悲しい、話ですね」

「どんなに理由があろうとも、私のしたことは決して許されるべきではない。みんな、本当にすまなかった……」

「吉良さん……」

 

 大仏は膝をつき、頭を下げる。

 とその時、鬼瓦が使った爆弾とはレベルの違う爆発音が、研究所内に響き渡った。

 

「っ、吉良さんこれは……!?」

「まさか……誰かが自爆スイッチを押したのでは……!?」

「なんでそんなものあるの!? センスまで一緒じゃなきゃいけないの悪の親玉って!?」

 

 総帥のバカヤロー!

 いつかの潜水艦の自爆に巻き込まれたトラウマが蘇る。いやマジで洒落にならんよそれは。最悪死ぬ。いや絶対死ぬ。

 

「みんな出口に急げ!」

 

 鬼道君がそう言った矢先に、瓦礫で出口が塞がれた。

 鬼道君のバカヤロー! だいたいそういうののお約束っての知らないの!? 一人でフラグ立てて高速で回収するんじゃない!

 と思ったら瓦礫が吹き飛び、そこからイナズマキャラバンが姿を表した。操縦しているのはもちろん古株さんだ。

 

「みんな乗るんだ! 早く!」

 

 来た、メイン盾来た! これで勝つる! 途中で私はここに残るとかなんとか言い出した大仏を殴って気絶させ、無理やり乗せる。

 イナズマキャラバンは出口に向かって走り出した。だけどヤバい。爆発の炎が一気に噴き出してきて、今にも追いついてきそうだ。

 

「うおォォォォォォっ!!」

 

 古株さんの叫びに応えるかのようにイナズマキャラバンは炎の追跡を振り切って研究所から脱出し、もときた道を爆走していく。

 瞬間、背後から耳がちぎれんばかりの大轟音とともに衝撃波がキャラバンを揺らした。それでもキャラバンは進み続け、数分後私たちはようやく安全な場所まで避難できた。

 私たちは外に出て、その強者どもが夢の跡を様々な思いで見つめる。

 

「……終わったんだね」

「ああ……」

 

 それ以上は何も言う気になれなかった。

 泡沫夢幻。死闘を繰り広げたフィールドも何もかもも、全て夢の如く消えてしまった。そのせいだろうか、なんか実感が持てないや。

 

 ——こうして、私たちの戦いは終わった。

 

 

 ♦︎

 

 

「さあ行きましょう」

 

 数十分後。何台ものパトカーや護送車などが駆けつけてきて、辺りは騒然としていた。

 聞き耳を立てていると、どうやらジェネシス以外のエイリア学園のメンバーも無事保護されていることがわかった。デザームのやつの姿を思い出し、ふっと顔を綻ばせる。

 エイリア学園が起こした事件では、幸い犠牲者が出ることは奇跡的になかった。未成年ということもあり、彼らは事情聴取だけしてのちに釈放されることだろう。

 

 鬼瓦刑事に連行されて、大仏がパトカーに入ろうとする。その後ろ姿をグランが呼び止める。

 

「父さん、俺待ってるから! 父さんが帰ってくること、みんなで待ってるから!」

「ヒロト……ありがとう……」

 

 その一言を最後に、男の姿はドアで遮断されて見えなくなる。グランたちは遠くなっていくパトカーを消えるまでずっと見つめていた。

 

「さあ君たちもだ」

 

 今度はグランたちの番だ。護送車に彼らは次々と乗り込んでいく。

 しかしグランだけはこちらに振り返ってきた。

 

「円堂君、なえちゃん。また会えるよね?」

「もちろんだ! サッカーを続けていれば、俺たちはいつでも繋がっている。だからまた戦おうぜ!」

「今度は私ももっと腕を磨くから、覚悟しといてね。リミッター解除ありだったとはいえ、スピードで負けたのはショックだったんだから」

「……ああ!」

 

 私と円堂君はグッと親指を突き立てる。それを見たグランは笑ってサムズアップ仕返した。

 サッカーをしてれば会えるか。たしかにその通りだ。これが最後じゃない。今度会った時は今日以上に素晴らしい試合に出会えることだろう。

 さようならは言わない。またいつか会える日まで、グラン。

 

 

「……何言ってるんだ? お前も来るに決まってるだろ」

 

 ガチャンという音が聞こえた。下を向いてみれば、私の手首には手錠がかけられてあった。

 

「……嘘だと言ってよバーニィ」

「誰がバーニィだ。というか当然だろ。今回の件は俺たちじゃ手に負えないと判断したからお前をしばらく野放しにしてたんだ。見事役目を果たしたから減刑は当然されるだろうが、お前が立派な犯罪者であることには変わりない」

 

 おいおいおいおい!?

 だからって感動的な別れシーンを台無しにする必要ないでしょ!? どんなタイミングだ! 円堂君やグランもあまりの超展開に驚きを通り越して呆れた目してるし!

 

「くそっ、こうなったら煙幕で……って、ない!? 嘘!?」

 

 太ももをまさぐろうにも、感じられたのは汗で濡れたズボンの感触だけだった。

 しまったぁぁぁぁっ!! ユニフォーム姿だから隠してた武器ねぇぇぇっ!!

 ダラダラと汗が流れ落ちてくる。

 

「ね、ねえ? 無事エイリア倒したんだし、私にも報酬が必要じゃない?」

「減刑でそれは支払われてるだろ」

「お願い! せめて一日、一日だけ! 最後に円堂君たちとサッカーしたいの!」

「とは言ってもなぁ」

 

 この石頭が! 鬼瓦刑事は悩んでいるようだが、私を離すそぶりは見せない。あともう一つ、もう一押しなんだけどなぁ。

 

「ま、まあいいんじゃないですか。俺たちもなえとサッカーしたいし」

「円堂……ちっ、しょうがねえな。一日だけ仮釈放を認めてやる。こいつに感謝しろよ」

「円堂ぐぅ゛う゛う゛ん!!」

「のわっ!? 泣きながら抱きつくな!」

 

 君なら助けてくれるって信じてたよ! さすが円堂君! 教祖様! 神! 

 手錠が外されたあと、あまりの嬉しさに押し倒す勢いで彼に抱きついてしまった。おっ、秋ちゃんと夏未ちゃんが顔を熟れたリンゴみたいに真っ赤にしてるぞ。意地悪い笑みを浮かべて、抱きつく力を強める。

 

「スキンシップはそこまでだ。こいつは俺が責任持って監視してやる」

 

 しかし至福の時間は長く続かず、私は俵でも担ぐみたいに胴体を鬼瓦刑事に持ち上げられた。

 ゴホッ、肺部分に肩がっ。絶対狙ってるだろこのジジイ!

 

「げっ、もしかしてついてくるつもり?」

「円堂たちじゃお前さんを止められそうにないからな。逃げ出さなきゃいいだけだ」

「へいへい。何もしませんよっと」

 

 さすがにこんな警察だらけの場所は部が悪い。しばらくは大人しくしておくしかないだろう。

 そうこうしているうちにイナズマキャラバンにみんなで乗り込んでいく。そういえば、瞳子監督はグランたちのためにここに残るそうだ。お別れの言葉は短かったけど、彼女は今までにないくらい晴れやかな顔をしていた。……相変わらず目に光が宿ってなかったからちょっと怖かったのは内緒だ。

 そんなこんなでキャラバンは走り出し、私たちは背中を見送ってくれる富士山に別れを告げた。




 大仏ェ……。


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ダーク・エンペラーズ

 富士山での決着から数時間後ほど。私たちはバスに揺られて到着を待っていた。話す内容はエイリア学園のこと。ジェミニを始め、今までの激闘を振り返るようなものが中心だ。

 

「そういえばみんなはこの後どうするんだ?」

「この後って?」

「だから、雷門中についた後だよ」

 

 塔子の質問に円堂君が答える。やっぱりというか、追加されたメンバーは全員故郷に帰るようだ。一人ダーリンとお好み焼き屋する〜とか言ってる人がいたけど。

 

「塔子は?」

「うーん、リカんちの横で円堂とたこ焼き屋さんやろっかなー」

『えっ!?』

「冗談だよ冗談」

 

 おおー、秋ちゃんと夏未ちゃんまた顔赤くしてるよ。やっぱいじりがいがあるなぁ。

 と思ってたらボンッ! という小規模な爆発音が前方から聞こえてきた。そして急停止するキャラバン。

 

「あちゃー、ずいぶん無理させちまったからな。こりゃ修理が必要かもしれん」

 

 まあろくに整備されてない道をあれだけ爆走したらね。その前に瓦礫を吹き飛ばす際に強くぶつけてるはずだし。

 

「お前ら、修理に時間がかかりそうだから外に出てていいぞ」

 

 そう言われて窓を覗く。ちょうど真っ平らな芝生が広がっていて、サッカーをするには十分そうだった。私は弄っていたスマホの画面を消す。

 

「よしちょうどいいや。サッカーやろうぜ!」

 

 その提案に全員が大賛成し、私たちはそこで一時間ほどサッカーをすることとなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 サッカーが始まって十数分後、円堂は少し離れた場所で座っている秋を見つけた。やかま……音無はともかく、あの夏未ですら芝生を駆け回っているのに。不思議に思い、彼女に話しかける。

 

「秋はやらないのか?」

「うん、私はいいの。ここでみんなを見てたいし」

 

 そう言って笑う秋は本当に満足しているようだった。心配は杞憂だったようだ。休むのにちょうどいいタイミングなので、円堂も彼女の隣に座る。

 

「ほんと、色々なことがあったね……」

「ああ……」

 

 二人は雲一つない青空を見上げる。

 悲しいこと。悔しいこと。許せないこと。たくさんの悲劇があった。しかしそれと同じくらい、いやそれ以上に楽しいことや嬉しいこともあった。その例がチームメイトの仲間たちだろう。

 

「俺、思うんだ。エイリア学園とはたぶん誰かが戦わなくちゃならなかった。それが俺たちでよかったって。だって、こんなにもスゲー仲間に会えたんだから」

「……ふふっ。そうだね」

 

 今度はサッカーをしている者たちに目を向ける。塔子、吹雪、小暮、リカ、立向居、ツナミ、なえ、そしてここにはいないがアフロディも。最初は衝突もしたが、分かり合うことのできた最高の仲間たちだ。

 

「来年のフットボールフロンティアはあいつらも出るらしいからな。くぅぅ! 今から楽しみでたまらないぜ!」

「なえさんは出れるかわからないけどね」

「それを言うなって……」

 

 二人の焦点は現在弾けるような笑顔でボールを蹴っているなえへと当たる。捕まることが確定してるのにも関わらず、いつもと変わらず元気な彼女に少し苦笑いが浮かんだ。

 

「なんか、最初想像してたのとはずっと違ってたね。もちろん怖い時もあるけど、しょっちゅうドジ踏むし、なんだか憎めないって感じ」

「サッカーが好きなやつに悪いやつはいない。たとえ悪いとしても、きっと分かり合える。敵だったなえとジ・アースが撃てたってことは、あいつと心が繋がれたってことだろ? たぶんあいつは根はすごくいいやつなんだけど……ちょっと環境が悪かったから捻くれちゃっただけなんだって思うんだ」

 

 円堂は続ける。

 

「俺、最近になってちょっとだけあいつの気持ちが分かるような気がするんだ。あいつはすっごくサッカーが大好きで、いっぱい練習して……それでも実力以外のことで上を目指せないってなったら、たぶんすごく悔しい思いをしたと思う」

「円堂君……」

 

 円堂たちも一時期は試合の機会さえ与えられなかったが、それは単にあのころの自分たちがどうしようもないくらい弱小だったからだ。だけどなえは十分強いのに、性別が違うだけで世界一のサッカー選手という夢を奪われそうになった。そんなことになったら自分は怒りを抑えることができるだろうか?

 

「だから俺、今回の旅で将来やりたいことができた。もちろんプロのサッカー選手っていうのは変わらないけど、性別に関わらず誰もが平等にプレイできるルールを作るんだ。そしたらなえが帰ってきた時も、また罪を犯さないで済むだろ?」

 

 塔子やリカ、ウルビダなど、世の中には性別に関係なく強い選手がたくさんいることを今回の旅で知った。もしそんな選手たちが世界中にいて、一緒にサッカーできたらどんなに素晴らしいことか。円堂はまだ見ぬ強敵たちを思い浮かべて、武者振るいで勢いよく立ち上がる。

 

「性別に関係なくか……。じゃあいつか私が正義の鉄拳とか出す未来が来るかもね」

「ははっ、面白いなそれ! じゃあ夏未は……ローズスプラッシュとか出したりしてな!」

 

 身近な人たちが次々と強力な必殺技を放つ姿を想像して、笑い合う。その後しばらくの間、そんな愉快な未来への妄想に二人は没頭するのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 それから一日ほど経って、ようやく東京の雷門中にたどり着いた私たち。さすがに私の仮釈放猶予をこれで終了にするほど鬼瓦刑事は名前通り鬼ではなく、きちんとみんなでサッカーをするまで待ってくれることを約束してくれた。

 ……だけど、何かおかしい。

 

「……鬼瓦刑事。気づいてる?」

「当たり前だ。昼間なのに人気のいっさいねぇ校舎。それに何よりもこの雰囲気……気づかなかったらベテラン失格だっつーの」

 

 根拠はないけど、本能が危険を感じ取っているのだ。私たちみたいな戦闘のプロではないみんなはキョトンと首を傾げているけど、私たちはその感覚を楽観視しなかった。

 

「お前ら。静かに俺の後をついてこい。殿は癪だがなえ、お前に任せた」

「私の方が戦闘は得意だと思うけど……まいっか」

 

 私たちが銃を取り出すのを見て、みんなは息を呑む。ようやく事態を飲み込めたようだ。そうしてゆっくりキャラバンから降りて校庭に向かう。

 昼間なのに……雲が分厚い。おまけに霧がかっていてどこか不気味だ。その霧が少し晴れ、見覚えのある人物が姿を現す。

 

「お待ちしておりましたよ雷門イレブンの皆さん」

「お前は……吉良星ニ郎の秘書の研崎! なぜお前がここにいる!?」

 

 グラン以上に青白いその肌はよく覚えている。大仏のプレゼンの後、私たちに道案内をしたやつだ。私たちは銃を彼に向ける。

 

「おやおや困りますねぇ、そんなもの向けられちゃ」

「黙れ。ちょうどよかったぜ。研究所を彷徨っている時にお前が関与したであろう事件をいくつか発見した。大人しくついてきてもらうぞ」

「ふむ、貴方がいるのは予想外でしたが問題はありません」

 

 パチンと研崎が指を鳴らすと、黒服の男たちが現れる。その中心に囲まれているのは雷門中の理事長だった。猿ぐつわを外され、見せ物のように前に突き出される。

 

「お父様!」

「すまないお前たち……」

「彼だけではありません。校舎内には大勢の生徒たちが捕まっています。もし私に手を出そうと言うのなら……まずは彼らから生贄になってもらいましょう」

「くっ、人質か……卑怯な……!」

 

 悲報、雷門がテロに巻き込まれた件について。状況は最悪の一言だ。私たちは仕方なく銃を下ろした。

 

「どうしてこんなことをするんだ!?」

「どうしてか? それはですね、私が作り上げた最強のハイソルジャーの力を世に知らしめるためですよ!」

 

 霧が徐々に晴れていき、研崎の背後に十一人の人影が一列になって現れた。その顔はフードで深く隠されており、得体の知れなさを感じさせる。

 あの人数ってことは、相手が求めるものはサッカーの試合か。

 

「感謝してますよ。貴方たちのおかげであの無能……吉良星ニ郎を消すことができました」

「なんだって?」

 

 研崎は不気味に笑うと、黒服たちから黒いケースを受け取って、それの中を私たちに見せつけてくる。紫色の光を放つ石。そんなものは一つしかない。

 

「エイリア石だって……!?」

「馬鹿な! エイリア石はあの爆発で消えたはずじゃ……!」

「ええ、原石はね。だから私はあらかじめ大量のエイリア石を別の場所に保管しておいたのですよ」

「そーゆーことね。あの自爆は貴方のせいだったってことか」

 

 不自然だと思ってたよ。厳重に守られているはずの自爆システムが誤作動を起こすはずもない。誰かが裏で起動させたんだって。まさかこんなにも早く黒幕が出てくるとは思わなかったけど。

 

「あの老いぼれはエイリア石の使い方をなんにもわかっていませんでした。強化人間との訓練によって究極の人間を作り上げる? そんなことよりもエイリア石の力を何倍にも高める研究を行い、それを人間に直接与えた方が効率も性能もずっと上だというのに!」

「ふーん。で、その後ろの人たちが例のハイソルジャーってやつ?」

「そう! 私が作り上げた人間を超えた新人類! その名も『ダーク・エンペラーズ』です!」

 

 フードを被っていた人たちが一斉にそれを取り払う。その下に現れた素顔はまさかの人たちのものだった。

 

「お前は……風丸!?」

「それにマックス、半田、影野……」

「少林、宍戸、栗松もいるッス!」

「染岡君まで……!」

 

 円堂君や豪炎寺君たちが次々と敵の名前を口にしていく。ダーク・エンペラーズの正体は入院していた雷門イレブンの一員だった。その他にも御影専農の杉森や木戸川清修の西垣、そして前に杉森と一緒に練習していたシャドウまでいる。

 ……アフロディはいないみたいだね。神のアクアの件で学習してさすがにエイリア石には手を出さなかったか。

 彼らは全員が黒と青のスーツを身に纏っており、その姿は紛れもなくエイリア学園を連想させる。かつての仲間たちが今立ちはだかっているのを見て、みんなは困惑してしまう。

 

「久しぶりだな、円堂」

「……こんなの嘘だ! お前たちは騙されてるんだろ!? なあ!?」

「違う。俺たちは自分の意思でここにいるんだ」

 

 風丸は紫色に妖しく輝くエイリア石がついたネックレスを見せつけるように取り出す。

 

「このエイリア石に触れた時、力がみなぎるのを感じた。求めていた力が……!」

「求めていた力……?」

「……俺は強くなりたかった。だが自分の力では超えられない限界を感じていた。でもエイリア石が、信じられないほどの力を与えてくれたんだ。そして俺のパワーとスピードは以前とは桁違いにアップした! この力を思う存分使ってみたいのさ!」

「ちょっと待てよ! エイリア石の力なんかで強くなっても意味がないだろ!?」

「それは違うでヤンス」

 

 栗松が円堂君の言葉を否定する。

 

「強さにこそ意味があるでヤンスよ」

「俺はこの力が気に入ったぜ。もう豪炎寺にも吹雪にもなえにも負けやしねぇ!」

「俺たちは誰にも負けない強さを手に入れたんです」

「エイリア石の力がこんなに素晴らしいなんて思わなかったよ」

「いつまでも走り続けられる。どんなボールもさばくことができる」

「全身に溢れるこの力を見せてあげますよ」

「俺はもう影じゃない。存在感を示す時がきたんだ。ふふふっ……」

 

 なんか最後裏切った理由がしょぼい気もするけど、それは置いておこう。

 

「円堂くん、貴方は太陽みたいに眩しい人だ。だからこそわからない。才能がなく、地上最強イレブンになれなかった者たちの悔しさが。だから私が力を与えてやったのですよ。彼らが望んだ力をね」

「そんな……!」

 

 研崎の言葉にも一理ある。私たちは人間である以上、才能には個人差があるし、それによって実力にも差が出るだろう。私はもみあげが妙に長くなった染岡君に目をやる。

 

「染岡君、ちょっと見直してたんだけどなぁ。がっかりだよ」

「へっ、神のアクア使ってた連中のキャプテンやってたやつがよく言うぜ」

「そこじゃあないんだよ」

「あ?」

 

 予想外の言葉だったらしく、染岡君が疑問符を浮かべる。

 

「別にドーピングを私は否定しないよ。どんな手段であれ強くなるならけっこう。……だけど、仲間を裏切るイナズマイレブンは許せない」

 

 私も過去に帝国を裏切ったりもした。だけどそんな私に仲間の強さを、イナズマ魂を教えてくれたのが雷門だった。その雷門が裏切る姿なんて見たくもない。

 彼らの言葉を聞いて、今まで抑えていた怒気が放出された。荒ぶる気の奔流は黒いオーラとなり、私の長い髪をたなびかせる。

 

「今日の私はちょっと怒っている。覚悟しろよ半端者ども。徹底的にすり潰してあげるからさ……!」

「ま、待てなえ! こんな状態のあいつらと試合なんて俺はしたくない!」

「そうだ、怒りに身を任せるなんてらしくないぞ。こんな試合、お互いに得るものなど何もない」

 

 円堂君と鬼道君に諌められて、少し気の放出が弱くなる。

 頭が冷えた。今の私は雷門なんだ。私一人で戦うわけにはいかない。

 だけどその抑制は、次の瞬間弾け飛んだ。

 

「ほう、試合がしたくないとは。ならば仕方がない。風丸、校舎を破壊しなさい」

「はい」

「っ、やめろ!」

 

 こいつら、どこまでも……!

 あの中にはまだ生徒たちがいるのだ。校舎なんか破壊したら生き埋めになってしまう。それを事前に円堂君が静止したとはいえ、実行するそぶりを見せた風丸に腹が立った。

 

「どうします? 彼らは本気ですよ」

「さあ円堂、サッカーやろうぜ」

 

 煽るように円堂君の言葉を使ってくる風丸。もう我慢できないよ。

 

「円堂君、これは世宇子の時と同じだよ。彼らを止めるには、彼らの考えが間違っていると力づくで証明しなきゃだめなの」

「っ……!」

 

 円堂君は私たちの顔を見渡す。全員覚悟は決まったようで、声を出して反対しようとする者は誰もいなかった。響木監督が頷くのを見て、円堂君は返事をする。

 

「……わかった。お前たちの挑戦受けてやる。そして、試合でお前たちに本当のサッカーを教えてやる!」

「ふっ、そうこなくてはな」

 

 風丸はそれ以上話すことはないとばかりに背を向ける。

 かくして、雷門対ダーク・エンペラーズの試合が決まった。




 出ました変態タイツ集団。略してへんタイツ集団。個人的にはアニメの染岡さんがモミ岡さんになってなかったのが非常に残念です。他のメンバーは変わってるのに、どうして染岡さんだけいつもと同じなんだ……! 


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雷門VS雷門

 さすがにすぐに試合というわけにもいかず、研崎は30分ほどの猶予を私たちにくれた。その間にユニフォームやスパイクに着替えて、ベンチに集まる。

 珍しいことに、臆病者の壁山が誰よりもいち早くベンチにいた。彼の手には身に覚えのないボロボロの木の板がある。しかし円堂君たちには見覚えがあったようで、彼に声をかけていた。

 

「壁山、それは……」

「みんな、忘れちゃったんスかね……」

 

 彼の手にあるものを覗き込む。その板には『サッカー部』の文字が、かすれた墨汁らしきもので描かれていた。

 察するに、これはみんなの思い出の品なのだろう。円堂君たちはかつての日々を思い出すかのように目を閉じる。

 

「……そうだ。あんなに俺たちはサッカーを頑張って続けてきたんだ。その日々が、エイリア石なんかに潰されるはずがない!」

「取り戻すぞ円堂、俺たちの仲間たちを!」

「あたしたちも手伝うよ。だってあたしたちも雷門だから!」

「豪炎寺、みんな……ああ!」

 

 決意を新たに、私たちはグラウンドに足を踏み入れ、ポジションにつく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 瞳子監督がいないので、監督は響木監督がやることになった。とはいえ不安はない。あの人は私の世宇子を打ち破って日本一に雷門を導いた監督なのだ。きっと適切な判断を下してくれることだろう。

 

 キックオフとなり、鬼道君はバックパスをする。それはディフェンスラインからいきなり上がってきた円堂君に渡った。敵の力量を測るために、なによりも円堂君に勝負させるためだろう。風丸もその意図を読んだのか、円堂君に向かって走り出す。

 そして両者がすれ違い——ボールは一瞬で円堂君の足元から姿を消した。

 

「なっ!?」

「キーパーじゃなかったらお前も大したことないな!」

 

 速い。ジェネシス以上の速度だ。だけど今の私なら……! そう思い、彼と距離を詰める。

 その時、今度は彼の姿が文字通り消えた。

 

真疾風ダッシュ!」

「……へっ?」

 

 思わず間抜けな声を出してしまう。見えなかったのだ、この私が。疾風ダッシュは高速でジグザグにドリブルして相手を抜く技なのだが、私はそのドリブルすら認識できなかった。

 ありえない。リミッター解除のジェネシス戦で私の動体視力は以前よりも上がっていたはずだ。それがこうもあっさり……!

 

「どうだなえ!? もうスピードはお前だけのものじゃない! 俺が、最速だ!」

「ぐっ、この……!」

 

 その煽り言葉にプライドを逆撫でされ、私はすぐに彼の後を追った。だけど、追いつけないっ。まさか私がスピードで完敗するなんてっ。

 

「風丸さん……」

「邪魔だ!」

「っ、ザ・ウォール! ——ぐあああっ!!」

 

 風丸は壁山が前にいるのに、躊躇いもせずシュートを撃った。それはザ・ウォールを容易に貫き、その背後に控える立向居めがけて飛んでいく。

 

ムゲン・ザ・ハンドG4!」

 

 十個もの御手が雨のように降り注ぐ。ボールはその威力を大きく殺され、立向居の手に収まった。しかし、彼の手からは黒煙が立ち上っている。

 ただのシュートであの威力。ジェネシスを完全に超えたその力に、私たちはただただ驚愕するほかなかった。

 

「っ、豪炎寺!」

「いくぞ少林!」

「おお!」

 

 立向居から回ってきたボールを、鬼道君が蹴る。その豪炎寺君の目の前には宍戸と少林が走ってきている。

 宍戸は両手を組んで足場を作ると、そこに少林の足が乗る。そして一気に投げ上げられ、一度天空に達したあと、少林は重力を味方につけて隕石のように落ちてきた。

 

シューティングスター!!」

「っ、ぐぅっ!」

 

 豪炎寺君はなんとか避けようとその場を下がる。しかし結局、少林が地面に激突した時発生した衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。

 

「動きが鈍くなりましたね豪炎寺さん!」

「栗松!」

 

 宍戸から栗松へ。彼は風を纏い出し、走り出す。

 

真ダッシュアク——」

クイックドロウ

 

 しかしその前に、鬼道君が高速で加速してボールを掠め取った。

 ダッシュアクセルはスピードに任せた突破力は高いが、そのスピードに即効性はない。車みたいに徐々にアクセルを上げていかなければならないのだ。その一瞬を鬼道君は突いた。

 鬼道君は私にパスを出す。

 

「だったからこっちも! 真クイックドロウ!」

 

 マックスはお返しとばかりに同じ技を、いや鬼道君以上の精度のものを使ってくる。風丸ほどではないが、これも凄まじい速度だ。

 だ、け、ど。

 

「私にその技を出すのは迂闊だったね。——ジグザグストライク!」

 

 瞬間、私の体は金色に輝き、容易くマックスをかわした。

 クイックドロウは私の技でもある。その弱点は軌道修正のしにくさ。一度しか地面を蹴らないで加速するために方向転換できないのだ。しかし私の技はダッシュアクセルなんてしょぼい技と違って即座に、それ以上の速度で加速し、変則的に動き回ることができる。

 

 マックスを抜けた先にはキーパーの杉森と影野。だけど影野の位置どりが変だ。まるでもう一人のキーパーとでも主張するように、杉森の真横に立っている。

 まあなんでもいいや。得点のチャンスだ。

 

ムーンライトスコール!」

 

 天空に浮かび上がった黄金の月にかかと落としをくらわせ、光の雨を降らす。並のディフェンスならシュートブロックにすら持ち込めない弾幕砲撃。しかし杉森と影野は降り注ぐ雨を避けながら全身し出した。そして光の雨のうちの一つに狙いを定め——

 

デュアルスマッシュ!!』

 

 左右からの飛び蹴り。その間に光は挟まれ、威力を殺される。そして弾かれたボールを杉森が軽々とキャッチした。

 ああもう、最近は決まらないことが多いなぁ! 私のムーンライトスコールは光の雨を降らす技だけど、そのほとんどがエネルギーだけでできたダミーだ。本物のボールは一つしかない。だけど落ちてくるスピードも量もすごいから今まで問題にならなかったんだけど……まさか見破れる者が出てくるとはね。

 

「新しい技みたいだけど、大したことないねぇ」

「この程度ならいくらでも止められるぞ!」

 

 むかっ! こんのぉ……調子乗ってくれちゃってぇ……! 決めた。あいつら風穴空けてやる。絶対風穴空けてやる。

 私のシュートが軽々と止められたことに土門が言葉を漏らす。

 

「これがエイリア石の力なのかよ……!」

「いや、それだけじゃない。みんな本当に強くなってるんだ。たぶんエイリア石なしでも」

「ああ、まさかこんな場面で体感することとなろうとはな」

「それが……どうしてエイリア石なんかに頼っちゃったんだ……!」

 

 敗者の気持ちなんて考えたって無駄だよ。負け犬は負け犬。そいつらにしかその気持ちはわからないし、円堂君には必要のないものだ。……いや私も彼に毎回負けてるって意味じゃ負け犬だけどさ。ドーピング抜きにしても、ここまでプライドを捨てたやつらなんかの気持ちなんてわかりたくもない。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 染岡君が雄叫びを上げながら走ってくる。そこまではいいけど、そのエイリア走り絶対似合ってないからやめたほうがいいよ。

 

「そこまでだ!」

「ここを通すわけにはいかないッス!」

「円堂に壁山か。ハハッ、無駄なことを! 今の俺にはどんなディフェンスを無力だ!」

 

 しかし、その力は本物だ。ただのタックルだけで、円堂君はともかくあの巨漢の壁山をぶっ飛ばしてみせた。

 あの突破力は厄介だ。だから、対策を取らないとね。

 

もちもち黄粉餅!」

「ぐっ、こんなもの……!」

 

 私の餅の鞭が染岡君の両足に絡みつく。人間は歩く時も走る時も、両足を交互に出さなくちゃいけない。だからこうしてボールを狙わずに直接拘束してるってわけ。しかしさすがは強化人間と言ったところか、早くも餅は千切れようとしていた。

 しかし、そのくらいは予想済みだ。

 

アイスグランド!」

「っ!?」

 

 シロウのアイスグランドが炸裂。身動きの取れない染岡君は避ける間もなく氷付けとなり、シロウはその間にボールを円堂君に渡す。

 

「染岡君、僕は忘れてないよ! 君がどんな思いで僕にあとを託したのか!」

「一応、約束だからね。悪いけど、倒させてもらうよ」

「……ちっ、覚えてねぇな」

 

 ……円堂君みたいにいかないか。染岡君は少し眉をひそめただけで、私たちから離れていってしまった。

 

「染岡君……」

「言葉はダメか。ならやるしかないね。勝つよ、シロウ」

「……うん。このままでいいわけがない……!」

 

 シロウがそう誓ったところで、場面は円堂君に切り替わる。彼は左右に鬼道君と土門を引き連れてゴール前にまで接近していた。デスゾーン2の陣形だ。

 

スピニングカットV3!」

 

 それを邪魔するように衝撃波の壁が発生した。円堂君たちはそれを突き破ることができず、弾かれるように倒れてしまう。それをした下手人は西垣だ。

 

「西垣、こっちだ!」

「させないよ!」

「ふっ、無駄だな」

 

 風丸の前に私が立ちはだかるが、彼はその圧倒的なスピードで容易くマークを外してみせた。逆に私の前に回り込み、空中でボールをもらう。そこで彼はペナルティエリアまでボールを蹴り上げる。

 

「シャドウ!」

ダークトルネード改!」

 

 黒い竜巻が立ち昇る。

 豪炎寺君のファイアトルネードを模したような、それでいて威力は遥かに上のシュート。それをシャドウが放った。

 

「闇に呑み込まれてしまえ!」

「闇なんてここにはねえよ!」

パーフェクトタワー!!』

 

 それを止めようとしたのはツナミ、木暮、塔子だ。

 巨大な塔が建設され、その上から足に雷を纏ったツナミと木暮が落ちてくる。そしてその飛び蹴りは黒い竜巻と衝突し——彼らが吹き飛ばされた。

 

 ……っ、まずい! ボールが彼らを巻き込んだまま進んじゃってる! あれじゃあ立向居の邪魔になる!

 

「むっ、ムゲン・ザ……ぐあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 立向居が必殺技を出そうとする。しかし迫り来る仲間の背中に動揺したせいで、その初動は遅かった。そのせいで間に合わず、黒い竜巻は三人を巻き込んでゴールに入った。

 

『ゴール! 先制点はダーク・エンペラーズ! 雷門、とうとう決められてしまったァ!』

 

 やられたっ。しかし一点ぐらいは覚悟の上だ。そう言い聞かせ、沈み込みそうな気持ちに発破をかける。

 

「エイリア石の力は素晴らしいィ! もはや勝ち目は火を見るより明らかだ!」

 

 ああもう、うるさいな!

 研崎のやつは唐突に体を抱きしめたり、ゲロを吐きそうな変顔を晒しながら高らかに笑う。たぶんエイリア石で頭がやられちゃってるのだろう。

 

 試合が再開。私に再びボールが回るが、

 

分身ディフェンス!」

「っ、そんなのありなの!?」

 

 なんと風丸が三人に分裂して、襲いかかってきた。しかもあの凄まじい速度でだ。

 私は一か八か限界まで高く跳び上がる。さすがにこの高度までは追ってこなかった。その位置でパスコースを探し、シロウにパスを出す。

 

「甘い!」

 

 そこに風丸が割り込んできた。こいつ、初めからパスカットが狙いだったのか! 彼はその後栗松にボールを渡す。

 

クイック……!」

トリプルダッシュ!!』

「なにっ……がぁっ!?」

 

 先ほどと同じように鬼道君はボールを奪おうとした。しかし相手は同じ技じゃなかった。栗松の後ろ左右に宍戸と少林が控えていて、三位一体とでも言うように加速したのだ。

 その速度は一人の時よりも上だ。おまけにクイックドロウはすれ違うように相手のボールを奪う技。サイドに密着するように敵がいてはぶつかってしまう。そして実際、鬼道君はあの電車のような勢いの塊にぶつかり、跳ね飛ばされてしまった。

 

 栗松たちはそのままドンドン進んでいく。一度加速に乗ってしまえば止めようがなく、雷門ディフェンスはその突破力に次々と弾き飛ばされていった。

 

「こっちによこせ栗松! 今度は俺が決めてやる!」

 

 その指示に従い、栗松はパスを出す。それを染岡君が打ち上げると、翼が生えた竜がどこからともなく顕現した。エイリア石で強化された影響なのか、記憶の中では青い光を放っていたはずが紫色が混じっている。

 

ワイバーンクラッシュV2!!」

「染岡君!」

 

 青い光を纏ったボールを蹴る直前、なんとシロウが彼の前まで来て同じように蹴りを放ったのだ。両方向からの衝撃を受け、ボールは一時停止する。

 シロウ……無茶しちゃって……!

 

「染岡君! 僕と一緒に風になろうって言ったじゃないか! 忘れちゃったの!?」

「だから……覚えてねぇって言ってんだろっ!!」

「ぐっ、ぅぅぅぅっ!! がぁっ!!」

 

 諦めじと声をかけるシロウ。それを一蹴し、彼ごと押しのけてワイバーンクラッシュが放たれた。

 

ムゲン・ザ・ハンドG4!」

 

 数多の御手が伸びていく。しかし竜の進撃を止めることはできず、彼の者の牙がゴールネットに突き刺さった。

 染岡君が高らかに笑う。

 

「ハハハッ! どうだ、これが俺の力だ!」

 

 0対2。

 戦況は大きくダーク・エンペラーズに傾いた。




♦︎アニメしか見てない人用

『トリプルダッシュ』
 山属性最強のドリブル技。2登場のくせに3でもその事実は変わらない。正直言って栗松にはもったいなさすぎる技。技の概要は、言ってしまえば三人でダッシュアクセルしているようなもの。


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暗黒の羽ばたき

 前半で2点を失ってしまった雷門。その後も状況はどんどん悪くなっていった。

 

 風丸がまたボールを奪い、前線へ上がっていく。スピードじゃ追いつけないのは明白だ。だったら予測で上回るしかない。

 相手フォワードはシャドウと染岡君。だったら……! 

 シロウに目を合わせると、彼は何も言わずに染岡君のマークについてくれた。なのでシャドウをマークすることにする。

 

「半田、マックス!」

 

 しかし、風丸がパスを出したのは全く別の人物だった。

 っ、逆を突かれた!

 

 彼らは互いの両腕を握ると、遠心力を利用してコマのように回り出す。そうやってボールに竜巻を纏わせると二人は跳び上がり、同時にそれを蹴りつけた。。

 

レボリューションV!!』

ムゲン・ザ・ハンドG4!」

 

 竜巻を纏ったシュート。シンプルだが、威力は抜群だ。その証拠にムゲン・ザ・ハンドが破られてしまった。そのままボールは立向居の横をすり抜けて進んでいき——

 

メガトンヘッドG2!」

 

 円堂君のセーブによって防がれた。ボールは斜め前を飛び、ラインを超える。

 

「っ、あいつらあんな技を……って、そうだ! 大丈夫か立向居!?」

「ええ……まだ、やれますっ!」

「……そうか。ならゴールは頼んだぞ!」

「はい!」

 

 円堂君の視線が一瞬だけ下を向いたのを私は見逃さなかった。その先にはボロボロで壊れかけているキーパーグローブが。このダメージ、明らかに大丈夫で済むものじゃない。

 円堂君も気付いているはずだが、彼は立向居の意志を尊重して何も言わなかったのだろう。私もその判断を信じて試合に意識を再集中する。

 

 再開はスローインから。それを先読みしてカットし、駆け出す。普通に撃ってもだめだ。だったらギリギリまで敵を引きつけて……今だ! センタリングを上げる。

 

「円堂君!」

「おう!」

「させるか! 分身ディフェンス!」

 

 またあの分身技だ。円堂君はなす術なくボールを奪われてしまう。しかし運良く前半終了のホイッスルが鳴ったことで、ピンチは去っていった。

 

「ふん。命拾いしたな」

 

 風丸がそう言って去っていく。

 命拾い。そう命拾いだ。今回はたまたま助かったに過ぎない。悔しさを抱えたまま、私たちはベンチに戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ダメだ、どう攻めても止められちまう……!」

 

 円を描くように地面に座り込んで、私たちは作戦を考えていた。

 とは言ってもできることはそう多くない。どんな手を使おうにも最終的に読まれてしまうからだ。

 

「みんな今までずっと一緒にサッカーやってきましたからね……」

「動きや癖を完璧に覚えているんだわ」

 

 音無ちゃんと秋ちゃんがそう言った。

 そう、最大の問題点がこれだ。私たちのメンバーの大半は昔からの雷門、それ以外もほぼ全員が何回かは一緒にプレーしたことがある。そのせいで動きが読まれてしまうのだ。いくら強くなってても根本の動きというものはそう変わることはない。

 だったら私たちも相手の動きを読めばいいのかもしれないが、エイリア石のせいで強化されたみんなはかつての雷門の時とは別物で、予測しづらいのだ。走り方が変わっているのもその例だ。

 

「だったらどうすればええねん……?」

「それを逆手に取るんだ」

 

 リカの問いに響木監督が答えた。

 

「動きが読まれるからこそ、お前たちが動けばやつらも動く。それを繰り返し、生まれたスペースに別のリズムを叩き込んでやれ。鍵はツナミだ」

「お、俺ぇ?」

 

 いきなり話を振られてツナミがうわずんだ声を出したけど、一部はそれに納得した。ツナミを積極的に使うアドバンテージ、それは——

 

「……そっか。誰も俺のこと知らねえのか」

「そういうことだ」

 

 そう、このメンバーで唯一彼だけがプレイを読まれずに行動できるのだ。おまけに彼は攻守万能な変則的な選手だ。敵の隙を突き、引っ掻き回すには適任だろう。

 鬼道君が響木監督のアドバイスを整理して、私たちに指示を出す。

 

「フィールドに波のようなリズムを作り出すんだ」

「へっ、波か……じゃあ引いた時がチャンスってわけだ」

 

 寄せては引いて、寄せては引いてを繰り返す。そうやってプレッシャーを徐々に与えて、荒波に飲み込まれた魚のように相手を前線まで引き寄せろってことか。そしてツナミのカウンターと。

 

 ホイッスルが鳴った。ハーフタイム終了だ。私たちは立ち上がって、ポジションについた。

 そして後半が始まる。

 

真疾風ダッシュ!」

「っ!」

 

 ボールは相手から。風丸が凄まじいスピードで私を追い抜く。

 落ち着け。まずはボールを奪うことからだ。風丸の前にみんなが立ちはだかる。

 

旋風じ……!」

真疾風ダッシュ!」

ボルケイノカット!」

「はっ!」

「そこ! もちもち黄粉餅!」

「ぐっ、くそっ!」

 

 疾風ダッシュで急加速している時にボルケイノカットの壁。止まり切ることは困難だと判断したのか、彼はジャンプでそれを乗り越えた。

 だけど、空中じゃ疾風ダッシュは使えない。そのタイミングを見逃さず、伸ばした餅がボールを絡め取った。

 

「いくよみんな!」

 

 今だ! 私たちは全員で前線に上がっていく。

 イメージするのは動く『鳥かご*1』だ。全員で取られないことを重視にひたすらパスを回しながら前へ進む。そして敵が近づいてきたところで、そのまま『鳥かご』を続けながらゆっくりと後退していく。これを繰り返していくことで、ダーク・エンペラーズのほぼ全ての選手を雷門コートにまで引き寄せることに成功した。

 

「円堂君!」

「ツナミ!」

「塔子!」

「ハッ、攻めてくる余裕もないか! もらった!」

「っ、しまった!」

 

 風丸の足が塔子に届くはずだったボールを叩き落とした。

 とうとう『鳥かご』が破られてしまった。それを好機と見たのか敵選手たちは一気に上がってくる。ここを凌げれば……!

 円堂君と私は言葉も交わさず、横並びで風丸の前に立つ。

 

『ここは通さない!』

「邪魔だっ!」

 

 円堂君と私は同時に突っ込んだ。風丸は忌々しそうにそれを避け、突破しようとしてくる。しかしどちらも成功することなく均衡状態がしばらく続いていく。

 風丸の疾風ダッシュはたしかに強力だ。しかしあれは消えてるように見えても瞬間移動しているわけじゃない。走るだけの十分なスペースが必要なのだ。

 だから私たちは体が触れるほど近づくことで、そのスペースを殺すことにした。

 

「ぐっ……しつこい……!」

「あいにくと、諦めが悪いのが私たちでね!」

「そうだ! 何度だって食らいついてやる!」

 

 もちろん振り払われそうな時もあるけど、私は数手先を読む技術で、円堂君は根性でそれを補い、何度でも彼の前に立ちはだかった。

 永遠に続くのではないかと錯覚してしまうほどの攻防。我慢の限界が来たのは……風丸だった。

 

「どけぇぇぇっ!!」

「がはっ!?」

「なえっ!」

 

 風丸はなんと私に向かって強力なシュートを撃ってきた。ボールがお腹に突き刺さり、体内の空気が吐き出される。

 だけど……ボールを手放したねっ。私は笑みを浮かべた。

 

「もらっ……たァッ!!」

「ナイス根性だなえ!」

 

 思いっきりボールを蹴り飛ばす。そのキラーパスはダーク・エンペラーズのディフェンスの間を次々と抜けていき、ツナミに渡った。

 カウンターだ。

 

ツナミブースト!」

 

 水流の流れに乗ったシュートが、ゴール前に戻ろうとする影野の横を通り過ぎる。これでデュアルスマッシュは使えない。

 だけど杉森は両腕を前に突き出すと、そこから拳の形をした気の塊を二つ発射してきた。

 

ダブルロケット!」

 

 ロケット拳が進化したであろうそれは、ボールを容易く弾き返す。

 だけどロケット拳を予想していた以上、パンチング技なのは想定内だ。

 

 私は限りなく全力で疾走してゴールに近づいていた。腹筋が悲鳴を上げて鈍痛がはしるが、それを無視してボールに飛びつく。そしてオーバーヘッドキックを決める。

 

真ダークサイドムーンっ!!」

 

 モーションをできるだけ省略。蹴った瞬間に多少威力が落ちた黒月が放たれる。杉森は技を出した直後で動けず、それはゴールに突き刺さった。

 

「よしっ! ……いててっ」

「ハッハッハ! よくやったぜ!」

 

 ごぶほっ!? ちょっ、ツナミさん背中叩かないで! 衝撃が伝わって腹筋が捩じ切れちゃうから!

 ともあれ、これでようやく一点だ。

 風丸が「ありえない……!」みたいな顔でこっちを凝視してたので、不敵に笑いかけてやる。

 

「ふふっ、いいパスだったよ」

「っ、貴様ぁ……!」

 

 試合再開。風丸は速度に任せて私の方に突っ込んできた。

 逃げてたまるか。試合中に相手を痛めつけるためだけにボールを捨てる。それはサッカーすらやめたということだ。そんなやつから逃げてたまるか……!

 私は黄金色のオーラを纏い、走り出す。

 

真疾風ダッシュッ!!」

 

 目の前から風丸の姿がかき消える。

 まだだ……まだ足りない……!

 全筋肉を、全集中力を注ぎ込め……!

 限界なんて、ぶっ壊せ……!

 

 

 ——瞬間、私の体から桃色の光が溢れた。

 

「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

「馬鹿なっ……ぐっ、ゥォォオオオオオオッ!!」

 

 私たちの足が激突し、衝撃波が吹き荒れる。いや、それはもはや紫の光と桃色の光の衝突と言った方が正しい。

 ありったけの声で叫ぶ。全力の力を足に込める。

 そして桃光の奔流が、紫の光を突き破った。

 

「ガッ……ハッ……!!」

「豪炎寺君! シロウ!」

 

 一気に前線へ。邪魔する全ての敵を通り越し、あっという間にゴール前にたどり着く。そこまでで桃色のオーラは消えてしまっていた。

 

 豪炎寺君とシロウとともに跳躍。空中で✳︎を描き、ボールは炎と氷の輪っかに囲まれた黒い月となる。そして左右の蹴りと同時に私が両足で踏み抜けば、螺旋状の回る氷炎に包まれた黒い閃光が放たれた。

 

アスタリスクヘブンッ!!』

デュアルスマッ——がァァァッ!?』

 

 杉森と影野が蹴りで挟み込もうとするも、そのあまりの威力に弾き飛んだ。そして二点目が決まる。

 

「ふふっ、これで二点目。これで……」

「なえちゃん?」

 

 ……っ、なんだか前が見づらくなったな。視界が鮮明になったり薄れたりで定まってくれない。動きにくくもなったような……?

 まあいいや。今は試合だ。もう一点決めてみんなを安心させなくちゃ。

 

「……っ、俺たちの力がこれだけだと思うなよ。染岡、マックス!」

『おうっ!!』

 

 キックオフ直後、風丸は二人を引き連れて走り出した。明らかに私がいる真ん中は避けられてるね。左サイドのディフェンスが突破され、三人は難なくゴール前にたどり着く。

 

「これが最強のシュートだ!」

 

 ボールを取り囲むようにして、三人は同時にボールを打ち上げる。するとボールは紫色の炎を吐き出し、みるみると不死鳥へその姿を変えていく。

 三人はそれを、オーバーヘッドキックで解き放った。

 

ダークフェニックス!!』

 

 禍々しい不死鳥が飛び立った。その風圧と熱だけで見ているこちらがやられてしまいそうだ。

 

ムゲン・ザ・ハンドG4!!」

 

 それを食い止めようと無数に手が伸びるが、停止どころか減速すらしなかった。彼の顔面に不死鳥のくちばしが直撃し、ゴールネットに後頭部が押し込まれる。その後数秒ほど磔にされてようやく、彼の体は地面に落ちた。

 

「っ、立向居っ!」

 

 今度は円堂君だけじゃなくみんなが駆け寄る。

 最悪だ。あの威力のシュートをもろに顔面にもらってしまった。立向居は鼻や口から血を流しながらも、意識はまだ保っているようだった。

 

「大丈夫か立向居? 手を貸すぞ」

「いえっ、大丈夫ですっ。俺はまだ……やれますっ!」

 

 立向居は自力で立ち上がってみせるも、その足は産まれたての子鹿みたいに震えている。意識も途切れ途切れになっているようだ。

 明らかに危険な状態。しかし本人はそれでもまだ戦うつもりだ。なら私から言うことはない。

 

「……わかった。お前を信じる」

 

 しばらくの葛藤のあと、円堂君は立向居を続けさせることにした。

 とはいえ、止めれたとしてもあと数回ほどだろう。シュートをバカスカ撃たれたらとても止められそうにない。

 特にあのダークフェニックス……。あれだけは絶対に撃たせちゃだめだ。私はそう決意した。

*1
ひたすらボールを取られないようにパスを回していくサッカーのミニゲームの一種



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友情のゴッドハンド

 ちょっと遅れましたが、その分今回はボリュームたっぷりです。


 ダークフェニックスが決まってから、相手の攻撃はますます激しくなっていった。

 っ、基本能力がさっきよりも上がっている? 温存していたというわけでもなさそうだし、あのエイリア石がさらなる力を渡しているのか。さっきからユニフォームの上からでもはっきりとわかるほどの光を放つ石を見て、思う。

 

トリプルブースト!!』

 

 栗松、宍戸、風丸が一直線に並び、シュートにシュートを重ねた。

 思い出すのはあのムカつくバナナ頭、不動の顔。おそらくエイリアと繋がったことで真・帝国の情報を得たのだろう。ただ、その威力は間違いなく本家以上だ。

 

「これ以上ボールをゴールに届かせるな! なんとしても死守するんだ!」

ボルケイノカット! ……ぐおっ!?」

 

 鬼道君が立向居を気遣ってかそう叫ぶ。

 土門によって炎の壁ができあがるも、シュートはそれを容易く貫き、彼らの体に激突する。そのおかげでなんとかボールは弾かれたが、二人は地に伏してしまった。

 

 今のシュート、ゴールからわずかにだけどそれていた。今の彼らがそんな初歩的なミスを犯すとは思えない。

 まさか……わざと選手を狙ってるんじゃ……!

 

 こぼれたボールを半田とマックスが拾う。

 

レボリューションV!!』

「ぐあぁぁっ!?」

 

 木暮が倒されたことでその疑念は確信に変わった。

 やっぱりそうだ! あいつら、二度と立ち上がらないようにみんなを潰そうとしているんだ! マグマのような怒りが胸の奥から湧いてくる。

 ボールには丁寧にバックスピンがかかっており、弾かれるたびに彼らのもとに戻っていく。

 

ダークトルネード改!」

「きゃあっ!!」

 

 ぐっ……これ以上好きにさせてたまるかっ。さっき風丸を打ち破ったあの感覚。あれがあれば……。

 意識を集中。とたんに体から凄まじい力が溢れ出すのを感じた。

 

 敵側に戻っていく途中のボールをカットする。その直後に空から少林が降ってきた。

 

シューティングスター!」

 

 なるほど。仮にボールを奪われた場合、こうやって即座に潰すつもりだったのか。

 だけど、今の私には無意味だ。

 ボールを全力で蹴りつけ、少林のお腹に当てる。それによってバランスが崩れたところで、まだ回転し続けるボールにさらに蹴りをくれてやった。

 

真ジャッジスルー

「かはっ……!」

 

 崩れ落ちる少林に目も暮れず前を向く。眼前にはもう風丸が迫ってきていた。

 

分身ディフェンスっ! ……ぐがっ!?」

 

 風丸の分身のうちの一人がタックルを食らわせてくる。分身とは思えないほどの力を感じたが、それ以上の力で逆に弾き返してやった。

 風丸はその事実を認められないのか、勢いよく首を横に振る。

 

『そんなはずはない! 俺はお前のスピードを超えたはずなんだ! お前を超えるためにエイリア石に手を染めたっていうのに……こんなことがあっていいはずがないっ!!』

 

 怒りが込められた顔で彼らは叫ぶ。どうやら分身は意識が繋がっているらしく、全員が同じ顔で同じことを言っていた。

 知るかそんなこと! 恨むんなら私じゃなくて自分の無力を恨め!

 重ねて金色の光が私を包み込む。

 

ジグザグストライクV2!」

 

 砕く勢いで地面を蹴る。途端に体中の酸素が持ってかれたような感覚に陥り、息が苦しくなった。

 意識が遠のいていく。まだ、寝るわけには……! それを舌を噛むことで無理やり叩き起こし、風丸を一瞬で追い抜いた。

 

「っ、止めろ!」

 

 その速度、光速を超えて神速の如し。

 世界がスローモーションに見える。もう誰も追いつけない。誰にも追いつかれない。

 アハハッ! なんだかすっごいいい気分だよ!

 その圧倒的な力に、私は全能感すら感じていた。今まで苦戦していた敵を一蹴し、そのまま……ゴー……ル……へ……。

 

 ボールを蹴る直前。

 突如、私の口から大量の血が噴き出した。

 

「……へっ?」

 

 な……んで……?

 そう言う間もなく私は膝をつく。

 体が……動かない……!? なんで、さっきまであんなに調子良かったのに……!? なんでなんでなんで……!?

 原因を突き止めようとするも、皇帝ペンギン1号を撃った時みたいな激痛が絶えず体をはしっていて、思考すらおぼつかない。

 

「この感覚……まさか、なえちゃんの力の正体は、リミッター解除……!?」

「……自力で脳のリミッターを外したのか。なんと言うことを……」

 

 くそっ、頭痛が酷くて聞き取れやしない。

 こんなところで……!

 力を振り絞り、立ち上がる。

 

 ——目の前に、不気味なほど顔を歪めた風丸がいた。

 

「これで終わりだ……!」

ダークフェニックス!!』

 

 紫炎の不死鳥が顕現し、羽ばたく。

 それは動かない私の体を容赦なく飲み込んでいき……私の視界は紫で埋め尽くされた。

 

『なえっ!!』

「ガッ……ァ……!」

 

 掠れた視界が鈍色の空を映す。そこでようやく自分が倒れているのに気がついた。

 立ちたくても体に力が入ってくれない。立ち上がれない。みんなの悲鳴が聞こえてくるのを、私は逆転した視界で見ていることしかできなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

「こい! もう一点もゴールはやらない!」

 

 立向居がやられ、代わりにゴールキーパーとなった円堂が宣言する。

 雷門イレブンは窮地に立たされていた。フィールドを見れば死屍累々。円堂以外に誰も立ち上がっている者はいない。あのなえでさえも。

 

「ふっ、勝負してみたかったんだ。キーパーのお前と!」

「望むところだ!」

「ハァァァッ!!」

 

 風丸渾身のシュートが空気を切り裂き、凄まじい衝撃波を放ちながら向かってくる。

 円堂は両手でそれを受け止めようとするが、あまりの衝撃に体の方が弾かれてしまった。それでも諦めずに空中で手を伸ばし、ゴールラインを越えようとするボールを掴む。そのせいで受け身が取れず、衝撃が襲いかかってくるも、そのボールだけは離さなかった。

 

「っ、円堂……!」

「ハァッ、ハァッ……風丸、お前どうしてエイリア石なんかに……!」

 

 自分が知っている風丸は強くなりたいとしてもエイリア石のような邪道に手を染める人間ではなかった。何か彼にエイリア石を求めさせる理由があったはずなのだ。

 円堂は荒い呼吸を整え、じっと風丸が答えてくれるのを待つ。

 

「……俺は強くなりたかった。お前のように!」

「……っ!」

 

 風丸と別れたあの日、あの時に自分が言った言葉が耳の奥で反響する。

 

『もっともっと特訓して強くなれば、絶対勝てる! 絶対、勝てるからさ……!』

 

「あの時お前のように思えたらどんなによかったか! だけど俺はそう思えなかった! まるで歯が立たない敵を前にして勝てるって言えるほど、俺は強くなかったんだ! 悔しかった! だから強くなった! もう二度とあの悔しさを味合わないように!」

 

 その言葉を聞いてようやく円堂は気がついた。

 ——俺が、俺が風丸を苦しめていたってのか……。

 ——エイリア学園に勝つのに必死になりすぎて、みんなにも強くなることを強要して……それが風丸をエイリア石に頼らせてしまったんだ。

 

 そう自覚した時、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。全部自分が未熟だったから起こってしまったのだ。自分がもっと、仲間に気を遣っていれば……。

 だけど、彼らがやろうとしていることは絶対に悪いことだ。それだけは許しちゃいけないのだ。だったら、キャプテンとして自分にできることは……。

 

 円堂はしばらくの間目を瞑り、決心する。そしてボールを風丸に投げ返した。

 

「……? なんのつもりだ」

「こい! お前たちの気持ち、全部俺が受け止めてやる!」

 

 結局自分にできるのはこれしかない。

 止めるんだ、あいつらを! キャプテンとして!

 

「っ、上等だ! 受け止められるものなら受け止めてみせろ!」

 

 再度、シュートが放たれる。

 風丸たちの目を覚まさせる技。それはこれしかない!

 円堂は右手を天空へと掲げた。

 

ゴッドハンドッ!!」

「なにっ!?」

 

 『ゴッドハンド』。

 円堂の最初の、みんなの思い出の技。

 それが風丸のシュートを受け止める。黒煙がその手から上るも、円堂は構わずボールをを風丸に投げつける。

 

「まだだ! まだこれだけじゃないだろ!?」

「ぐっ……黙れ!」

トリプルブーストッ!!』

ゴッドハンド改ッ!!」

 

 ゴッドハンドの輝きがさらに増す。しかしそれでもトリプルブーストは強力で、円堂の足はズルズルと後ろに下がっていく。

 

「俺たちのっ、サッカーは……っ、消えたりなんか……しないんだァァァッ!!」

 

 それでも、円堂は諦めず叫び続けた。ゴールラインを体が越してもなお、全体重を右手にかけてボールを押していく。そしてボールはとうとうその回転をやめた。

 しかしその代償に全ての力を使い果たしてしまい、円堂は地面に倒れてしまう。

 

 ——まだだっ。風丸たちの思いをまだ受け止めきれていないっ。俺はみんなを助けなきゃいけないんだ……!

 しかし体が動くことはない。

 

「……終わりか」

 

 もはや雷門イレブンで立っている者は誰もいない。試合終了だ。そう判断し、風丸は背を向けようとして——

 

 

「——雷門! 雷門!」

 

 彼らの名を叫ぶ声を聞いた。それは最初ベンチの方から。しかしその後校門から、校舎から、いや町中から同じ言葉が聞こえてくる。

 

雷門ッ!! 雷門ッ!! 雷門ッ!!

「……なんだこの声は!?」

 

 魂を揺さぶるような声援の嵐。それは風丸たちの心を掻き乱し……雷門イレブンの体を突き動かした。

 

 ——聞こえる。みんなの声が。サッカーを愛するみんなの声が。

 途端に空っぽになったはずの体から力が湧き始めた。円堂たちはそれを振り絞り、立ち上がっていく。

 

「馬鹿な……死に損ないのはずが……!」

「ハハッ、仲間ってスゲーよな。さっきまでちっとも力が入らなかったのに、今じゃもう負ける気がしないんだ」

「っ、ァァァアアアアアッ!!!」

 

ダークフェニックスッ!!!』

真……ゴッドハンドッ!!』

 

 円堂が手を掲げる。そこに円堂だけじゃなく、全員の気が流れ込んでいき、虹色に輝く手が現れた。暗黒の不死鳥が激突し、光を撒き散らす。

 しかし徐々に、ゴッドハンドが押されていく。

 

「ぐっ……!」

「無駄だ! お前一人で叶うものか!」

「——一人じゃないよ」

 

 その言葉は円堂の背後から聞こえてきた。

 そして二つの手が円堂の背中に添えられる。

 

「そうだ! 円堂は一人じゃない! 俺たちがいる!」

「なえっ、豪炎寺!」

 

 円堂を支えていたのはなえと豪炎寺だった。そればかりか二人の力がさらに流れ込んでいき、ゴッドハンドがさらに巨大化する。

 

ウオォォォォォォッ!!!

 

 ゴッドハンドが不死鳥の首を握りしめる。それに耐えきれず不死鳥はバラバラに崩れ落ちていき——円堂の手に、ボールが収まった。

 

 三人はそのままボールとともに天に登る。ボールは大樹のようなエネルギー体の幹を伸ばしながら上がっていき、その頂上で光の実をつける。

 ——『ジ・アース』。

 

「思い出せみんな! 俺たちのサッカーを、思い出せェェェェッ!!」

 

 光の実が爆散し、十一個もの矢が風丸たち一人一人に降り注いだ。

 その矢に当たると、思い出さないように封印してきた思い出が頭の中を巡っていく。

 

『サッカーやろうぜ!』

 

 楽しかったこと。つらかったこと。そういうことを乗り越えて、また新しい楽しさに出会っていく。

 ああ……そうだ……これが、サッカーだったんだ……。

 胸に暖かな光が宿る。風丸たちの目から涙が溢れた。

 

「ありがとう、円堂……」

 

 そして満たされながら、彼らは意識を手放した。

 

 

 ♦︎

 

 

「……ぅぅん?」

 

 まどろんだ意識のまま、私は目を覚ました。

 ふぁぁっ。なんかドッと疲れたよ。どうやらジ・アースを撃った後、限界がきて寝てしまっていたらしい。

 仰向けのまま空を見上げる。もう雲も霧もすっかり去っていて、暖かな日の光がグラウンド中に満ちていた。

 そうやってボーッと眺めていると、鬼道君に声をかけられる。

 

「……起きたか」

「えーっと、あれからどうなったの?」

「心配するな。風丸たちなら、ほら」

 

 指を刺された方向を見ると、円堂君が風丸たちと仲良さげに話していた。どうやらエイリア石の影響から完全に抜け出せたらしい。

 おっ、染岡君のもみあげも元に戻ってる。あっちもオシャレでちょっと好きだったんだけどなぁ。なぜか育毛効果がある石だけど、あそこしか伸びなかった理由は謎である。

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、円堂君がみんなに聞こえるように大声をあげた。

 

「みんな、サッカーやろうぜ!」

 

「……そういえば、まだ試合は続いてるんだっけ。残り時間は?」

「5分ほどだな」

「じゃあ、やるしかないでしょ」

「ふっ、そうだな」

 

 お互いに顔を見合わせ、ふっと笑う。

 スコアを見ると3対3になっていた。どうやらさっき撃ったジ・アースがゴールに入っていたようだ。

 私は立ち上がって、ポジションについた。

 

 ボールは相手から。風丸がこちらに上がってきて、私に一対一をしかけてくる。

 ふふっ、上等だよ。勝負だ風丸。

 

 私たちは一歩も引かずにせめぎ合う。その攻防の途中、彼が話しかけてくる。

 

「……お前にも感謝しとかないとな」

「お喋りとは余裕だね」

「まあ聞けって。俺はいつか絶対にお前を超えてみせる。今度は自分の力でだ。だからそれまで負けるなよ」

「……そう」

 

 その言葉と同時に私がボールを取り、会話が終了した。

 次々とディフェンスを抜いていき、ゴール前へ。足を思いっきり振り上げて撃ったシュートは弾丸と化し、ネットに突き刺さる。

 

 

 その後も白熱した試合は続いていき、最終的に4対3で私たちの勝利となった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ば、馬鹿な! エイリア石がぁ!」

 

 雷門とは反対側のベンチにて。研崎は黒いケースの中にしまっていた()()()()()()()()()()を見て絶叫した。

 そんな彼に追い討ちをかけるように、慌てた様子で黒服たちがさらなる悲報を告げる。

 

「たっ、大変です! Aアジトに保管されていたエイリア石が突如粉々になったそうですっ!」

「B、C、D、その他全てのアジトの石も同様ですっ!」

「ぁぁぁあああああああっ!!」

 

 研崎は頭を激しく砂になったエイリア石に打ちつける。それで血が流れようが今の彼はそのストレスをどこかに当てなければ気が狂いそうであった。

 もはや万策尽きた。力なくうなだれる研崎を警察たちが取り囲む。

 

「これで全て終わりだな。大人しくついてきてもらおうか」

「ぐっ……!」

 

 鬼瓦はそう言って手錠をかける。

 かくして研崎は捕まり、パトカーの中へと消えていった。吉良星次郎とは違い、見送ったのは響木と、途中から駆けつけた財前総理大臣、そして鬼瓦を含めた三人だけという悲しい最後だった。

 

 財前は今回の件で深い責任を感じていた。そのことで暗い顔をしていたが、グラウンドから聞こえてくる明るい声を聞いてほおを緩める。

 

「よっしゃみんな、円堂を胴上げだっ!」

『おおっ!!』

「えちょっ、まっ、待てっ! のわぁぁぁぁっ!!」

 

 円堂の抵抗も虚しく、彼は空の旅へと招待される。そのおかしな絶叫を聞いて全員が笑った。

 

「……今回の件は私たち日本の大人の責任だ。しかし彼らのような子どもたちがいるのなら、この国もまだ捨てたものではないのかもしれないな。特にあの円堂守という子ども」

「やつによってみんなが変わっていきました。敵も、味方も関係なく」

「まったく、彼は何者なんだ?」

「決まっているでしょう。世界一……いや宇宙一のサッカーバカですよ」

「彼にとっては最高の褒め言葉だな」

 

 噴き出すように財前たちは笑い合った。

 これで何もかもが終了。一件落着……と思われたところで、鬼瓦がある変化に気づく。

 

「……ああ? なえのやつはどこに行ったんだ?」

 

 そう、グラウンド中のどこを見てもなえがいないのだ。あれほど長くて明るい色の髪なら胴上げの集団の中にいても目立つはず。

 訝しんだ鬼瓦は、集団のところに駆け寄り、円堂に声をかけた。

 

「おいお前ら、なえを見なかったか?」

「なえ? そういえばさっきから見ないな……おーい! どこ行ったんだなえー!?」

 

 円堂が叫ぶも、返ってくる声はない。

 そこでようやく、全員が事態を察した。

 

「あいつ、逃げやがったなぁぁぁぁぁ!?」

 

 鬼瓦は胃痛を誤魔化すかのように叫ぶのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 私は、思い出にはならないさ。

 とまあはいなえちゃんです。いやー今回は超キツイ試合だったね! 楽しかったけど、しばらくはもう休みたいって感じ。

 

 そんな私は今河川敷に来ています。ぷぷっ、鬼瓦刑事ったら甘いんだから。みんながケンジャキに夢中になってくれたおかげで簡単に脱出できたよ。あんな屑でも最後は役に立ってくれたね。

 さて、そろそろ脱出の準備をしなくちゃ。私はスマホを弄る。すると川の中から小型の潜水艦と言っていい物が浮上してきた。

 ふふふっ、実は富士山から帰る途中にスマホでこれを呼んでいたのだ。この潜水艦は一人乗りで、フォルムも小さいから見つかりにくい。これに乗り込んで海に出て逃げるって寸法よ。

 

 おいしょっと。ふむ、ちゃんと動くようだ。いつかの潜水艦の自爆に巻き込まれて以来船とか軽くトラウマになってたから緊張してたんだよね。

 

 潜水艦はスムーズに川を下っていく。その途中、円堂君たちの姿が水面越しに見えた。

 うおっ、あっぶな。でも気づいてないようだ。よかった。

 ……本当はもうちょっとお話したかったけど、仕方ないよね。でもそれじゃあなんとなく落ち着かなかったので、伝わらないとわかっていてもお別れの言葉を口にした。

 

「じゃあね円堂君。()()()()()()()()

 

 

 それからしばらくして、潜水艦は海に出た。

 えーと、目的地は……あそこか。目を凝らせば巨大な戦艦らしきものの船底が見えた。私がボタンを押せば、その壁の一部が動き出して内部への道が開かれる。浮上して潜水艦はその中に入り込む。

 進んでいくと、他の潜水艦が止まっている場所に出た。その一つの隣に止まり、ハッチを開けてハシゴに飛び移る。そのまま登っていくと、やけに高そうな靴が見えた。

 この無駄に金をかけてそうな靴は総帥のだね。そう思い、ひょっこりと顔を上に出す。

 

「ずいぶん遅い到着だな。よほどお遊びが楽しかったとみえる」

 

 そこにいたのは——趣味の悪い白いスーツを着た、金髪で黒グラサンをかけた顎長の男だった。

 

「えーと……総帥の親戚かなんかですか?」

「……」

「ぎゃぁぁぁっ! 手痛い手痛い! 何すんだこんにゃろー!」

 

 この人無言で手踏んできたぞ!? 初対面のくせになんて失礼なやつなんだ! さすが総帥の親戚。

 なんて考えてたら、手にかかる圧力が強くなった。

 ちょちょ待って。これ以上強くされたら……あっ。

 

 ツルンと私の手が滑る。次の瞬間、重力がのしかかってくる。

 

「ちくしょうめぇぇぇぇぇっ!!」

 

 そんな断末魔とともに、私は水中にダイブを決め込むのだった。




 エイリア編完結! 次回から『世界への挑戦編』がはっじまるよー!
 突如なえちゃんの前に現れた謎の男。いったい何山なんだ……!?
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 あと、一応最後に出たゴッドハンドについて解説しておきます。

♦︎『友情のゴッドハンド』
 オリオンの刻印で出た技。本当にこういう名前なんです。
 技よりも、これを放つ直前の円堂の味方に向かって「どけぇぇっ!」というらしくないセリフの方がたぶん有名。誰だよ円堂にこんなこと言わせたやつは……。
 技モーションはほとんどオメガ・ザ・ハンド。これも叩かれる要因になっている。主人公の最強技を被らせちゃダメでしょうが……。


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世界への挑戦編
RHプログラム『プロトタイプ』


 少し投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。アニメの三期を見直したり、プロットを書いたり、最近生放送で好きな実況者がイナイレをやり始めて、それを視聴してたりしてたら遅くなってしまいました。
 では、円堂守世代最後の章です。お楽しみください。


 ブラジル。言わずとも知れたサッカー王国。そこの一等地に建てられている、宮殿のような屋敷の中を私と総帥は進んでいた。

 

 奥が見えないほど長い廊下に、金の刺繍が縫ってある赤い絨毯。左右の壁には一目で高そうだとわかる絵はもちろん、武器や鎧、その他の芸術品が規則正しく飾られている。

 

「ふん、ずいぶん自己顕示欲が強い家だ。持ち主の性格が透けて見える」

「……それツッコミ待ち?」

「なんのことだ」

 

 どうやら本当に気づいていないようだ。私から見たらどっちも五十歩百歩だってことに。

 ゼウススタジアムじゃ空中要塞のくせして機能性のない外観にこだわったり、真・帝国学園だって見にくる客もいないのに観客席を作ってた。特に真・帝国の件は絶対に許さん! あの無駄なこだわりのせいで予算が足りなくなって、私の潜水艦が作れなくなったのマジで忘れないからな!

 

 しばらく進むと、上品なスーツを着た小太りの男が私たちを待っていた。彼はうやうやしく私たちに頭を下げてくる。

 

「ようこそいらっしゃいました影山総帥。ガルシルド様がお待ちです」

「ヤッホー、ヘンクタッカー君。お久しぶり」

「ええ、お久しぶりでございます」

 

 彼はラボック・ヘンクタッカー。今から会うとある人物の秘書をしている男だ。まあ言ってしまえば私と似たような立ち位置の人だね。同じ使用人として彼も苦労が絶えないらしく、そんなところで気が合う、数少ない私の友達の一人である。

 ……まあ彼明らかに二十代なんですけど。

 

 ヘンクタッカー君に案内されて、たどり着いたのは大扉の前だった。入ると、帝国学園の総帥室を思わせるような内装が目に入る。その奥の玉座にも似た席で、そいつはこちらを見下ろしていた。

 

「……お久しぶりです、ガルシルド様」

「よく来たな影山総帥。歓迎しよう」

 

 あの総帥が敬称をつける人物。

 そう、この男こそが()()()()()()()()()()()、ガルシルド・ベイハン。世界で最も多くの金を持つと言われる石油王、つまり大富豪だ。

 

 今ここで疑問に思ったかもしれない。総帥に上司なんていたのかと。実はいるのだ、この男さえも手玉に取れるほどの巨悪が。

 時は遡ること四十年前。あの伝説のイナズマイレブンのバス事故の件だ。冷静に考えてみれば当時の総帥は中学生、そんな大それたことをしでかし、さらにはいきなり帝国学園のナンバー2になんてなれるはずもない。つまりその時の助力をしたのがこの男ってわけだ。

 まあ、言ってしまえば総帥はチェーン店の店長で、ガルシルドが本部の社長ってことだね。

 

「今日呼び出したのは他でもない。三ヶ月後に開催を予定しているフットボールフロンティアインターナショナルのことだ」

 

 フットボールフロンティアインターナショナル。略してFFI。少年サッカー世界一を決める、私にとっても夢の舞台だ。しかしそんな大会にも裏がある。この男が主催者なのがいい例だ。

 ガルシルドは世界大会で各国の関係を悪化させ、それによって戦争を起こすことで自身が独占している石油を高く売りつけようとしているのだ。スポーツ一つでそこまでなるかとも思うけど、サッカーは確実にこの世で最も人気があるスポーツ。その影響力はたまに政府にも通じるほど。それを火種にして、別の問題を世界中で起こしていけば数年で戦争になるのもありえる。

 

 ……ま、私にはどうでもいいけどね。世界がどうなろうがサッカーができればそれでいいし。

 

 ガルシルドと総帥は淡々と今後行う悪事に関しての話を進めていく。私とヘンクタッカー君は無言でそれを聞いている。

 

 どうやらガルシルドは神のアクア、エイリア石をもとにRHプログラムという人間を強化するものを作ろうとしているらしい。そのプロトタイプが最近できたのはいいらしいんだけど、プログラムの負荷があまりにも強すぎて実験材料がすぐに壊れてしまい、まともなデータが取れなくて困っているようだ。

 

「ふーむ、どこかにいないものかね。頑丈で実験データを取ることができるサッカープレイヤーは……」

「そんな便利なモルモットがいれば、すぐに実験は完成に近づくでしょうな……」

 

 二人はそう白々しそうに言うと、ジッとこちらを見つめてくる。

 ……いやなんだこの空気。お願い、誰か会話して。悪魔二人分の重圧がかかってきているようで気まずくて仕方がないんだよ。そう願うも、沈黙を貫き続けるお二方。

 ……くそっ、これ以上は耐えられない……!

 

「……私?」

「おおっ、白兎屋君やってくれるのかね!? さすがは影山総帥の秘書だ!」

「え、あの、いや、私まだやるなんて一言も……」

「こうしてはおれん! ヘンクタッカー君、急いで彼女を実験室に案内してあげなさい!」

「はい、仰せのままに」

 

 えぇぇぇぇっ!?

 いや、私もこうなることは予測してたよ!? 予測してたけど……いくらなんでも展開早すぎでしょ!? 私まだ返事すら言ってないよ!

 あんまりな展開に必死に声を上げる。

 

「ちょっ、ガルシルド様! せめて実験の成功率とか、そういうのは教えてくれないんですか!?」

「君を怖がらせたくないと思ってね……残念ながら、現時点での死亡率は100%だ」

「あ、死んだわこれ」

 

 何が怖がらせたくないだ! だったら最後まで教えるなよそんなクソ情報!

 最後の頼みとして総帥の方に助けを求める。しかしあの人はクックックと悪どい顔で小さく笑っていた。

 悪魔に魂売ったなこいつ……!

 

「さあ、いきましょうか」

「ヤメロー! 死ニタクーナイ! 死ニタクナーイ!!」

 

 とっさに叫ぶも助けは来ず、私はヘンクタッカー君に引っ張られてていく。ぐぬぬ、なんという馬鹿力! この私が身動きも取れないなんてぇ……!

 なんとなく感じた死の気配に、私は人生で初めて十字を胸で切るのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

「RHプログラム、正式名称reinforce(強化) human(人間) program(プログラム)は特殊な装置を使って人間を肉体改造することで、短時間で究極の強化人間を作ることができます」

 

 ヘンクタッカー君が説明しながら進んでいく。私はげんなりした顔でその後についていく。ここまで来てしまえば諦めがつくってものよ。

 

「要するにエイリア石みたいなやつってことでしょ?」

「はい、そうです。しかしあれほど簡単に強化するのは目標であり、現時点でのRHプログラムによる強化人間の作り方はかなり違いがあります」

 

 途中で現れたエレベーターに乗り込み、地下へと向かっていく。ガルシルドの持ってる土地はバカみたいに広く、屋敷の庭に別館として研究施設が作れるほどだ。私たちは現在そこにいる。

 ポーン、という音がしてドアが開く。エレベーターから出ると金網を踏んづけたような音が聞こえた。どうやら足場はずいぶん薄いようだ。その理由はヘンクタッカー君が見下ろしている景色を見ればわかった。

 

「……これは、サッカー施設? それにしてはやけに物騒なものがいっぱいあるね」

 

 そこにあったのはいくつもの人工芝のサッカーグラウンドだった。それだけならナニワ修練場の例があるからさほど驚かないんだけど、気になるのはそこに数十は置かれている、明らかに火薬の臭いがする兵器たちだ。

 

「ではご説明いたしましょう。現在におけるRHプログラムとは、我々の有するスーパーコンピュータによって対象の潜在能力を極限まで引き出す訓練メニューを作成し、それを完遂させることで強化人間を誕生させるというものになっております」

「……なんというか、すっごいフツーの特訓だね」

 

 神のアクアとかエイリア石とか見てきたから、てっきりなんの苦労もなく力を得られる類だと思ってたけど、案外まともに見える。

 私の呟きを聞いてヘンクタッカー君はとんでもないと大袈裟にリアクションを取った。

 

「用心しておいた方がいいですよ。実際、ガルシルド様のおっしゃる通り、現在の死亡率は100%ですから」

「それ、おたくのコンピュータが壊れてるんじゃないの?」

「いえいえ。ただ言い訳をさせてもらうなら、人間は脆いのです。いくらコンピュータがその人の限界を見極めて訓練メニューを作っても、人間は精神が揺らぐだけで力が発揮できなくなります。そのズレによって怪我をし、最終的には……」

 

 死、か。

 はぁぁぁ。ちょっとこれは洒落にならんよ。まあ総帥が引き受けさせたんだからたぶんクリアできるだろうけどさ。

 心の中で何度も文句を言っていると、あれやあれやとプログラムの準備が整ってしまった。私は別のエレベーターで例のグラウンドに降りる。足元には普通のサッカーボールが転がっている。

 壁に設置されているスピーカーからヘンクタッカー君の声が聞こえてきた。

 

『まずはドリブルとシュートです。グラウンドに引いてある赤いラインまで進んでいき、そこからゴールにシュートを撃ってください」

「いやゴールって言われても……私の目には鉄の壁みたいなのが見えるんですけど」

 

 無駄にピッカピカに磨かれてて、表面がキラキラしてるね。ちょっと斜めに見るとその後ろにたしかにゴールがある。同時に鉄壁の厚みは二メートルほどだということがわかった。もうこれ壁じゃなくてブロックじゃん。正方形だし。

 

 私の気持ちを知ってか、おちょくるようなトーンで声が聞こえてくる。

 

『しかもただの金属ではございません。強度を限界まで高めた超合金です。やりがいがあるでしょう?』

「これをただのサッカーボールで貫けたら、もうその時には人間やめちゃってる気が……」

『強化人間ですから』

「あ、はい」

 

 とりあえずやるしかないか。世界大会は三ヶ月、一分一秒惜しいんだから。見たところ障害物は見当たらない。なので私はまっすぐドルブルすることにする。

 

 その数秒後、足元が赤く輝き——爆発した。

 

「がぁっ!? ……ゴホッ、ゲホッ……!」

 

 これはっ……地雷……!?

 あまりの痛みに叫ぶ気力もなくなる。火で炙られたように体中が熱い。しかしこうして地面に転がっている暇もないようだ。横になった私の目は壁から見覚えのあるL字型の機械が出てくるのが見えた。

 

『左右二丁、ゴール側から二丁、計四丁のAIが操る()()()()()です。ああでもご心配なく、弾速は同じでも弾はちゃんとゴム弾にしてありますから』

「こ……の……くずやろう……!」

 

 文句を言う時間もない。自動的にこちらに向けられたら銃口を見て、咄嗟に横に飛び退いた。そしてさっきまで寝ていた場所にいくつもの小さい穴が空く。本格的に命の危機を感じた。

 やるしかない……! やらなきゃ死ぬ。ようやくそれが本能で理解できた。覚悟が決まり、私は弾丸に当たらないよう全速力でジグザグに走り出す。が、

 

「っ、がぁぁぁぁっ!!」

 

 マシンガンによって作り出された弾幕に逃げ場をなくし、数え切れないほどの衝撃が体中を抉った。そして倒れた場所が赤く光出す。

 今度は悲鳴すらあがらない。凄まじい熱と衝撃波によって、私の体は玩具のように宙に放り出された。

 

 だんだん意識が薄れていく。スピーカーから聞こえてくる雑音が煩わしくて仕方がなかった。




 ヘンクタッカーの年齢はオリジナルです。ガルシルドの私設サッカーチームなら中学生である必要はないし、秘書もこなしているということで大人だと判断しました。……まあなえちゃんは中学生なのに総帥のお付きやってますけど。

 RHプログラムの正式名称も予想です。どこを探しても正式名称がわからなかったので自分で考えましたが、たぶんあってると思います。


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FFIの裏側にて

 影山は立ったままモニターに映し出されている映像を見ていた。音はない。現地の騒音がうるさすぎるため、わざとそれだけ処理されているのだ。

 

 ところどころが赤く染まったグラウンド。それだけでなく、熱で焦げていたり穴が空いている場所もある。

 そのグラウンドの真ん中に、髪全てが紅に染まった少女の姿があった。

 

「RHプログラムが稼働して三ヶ月が経過。現在のメニューは四方計二十丁配置されたマシンガン、埋め込まれた数十の地雷、と天井から降り注ぐ手榴弾、それらを掻い潜ってシュートで巨大合金ブロックを崩す……耳が痛くなる内容ですねぇ」

「いいじゃないかヘンクタッカー君。おかげで必要なデータが全て揃った。これで電極によってデータを送信するだけで強化人間を作れるようになる。彼女には感謝しかないよ」

 

 血塗れでなお走り続ける少女を眺めながら、椅子に座った男——ガルシルドが笑う。そこに微塵も少女への心配というものはない。完全にガルシルドは少女を道具として見ていた。

 ガルシルドは視線を影山にやるが、無表情で一切の動揺が感じられないのでつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「それにしても意外だ。君は彼女をかなり気に入っていたと思っていたのだがね。心配ではないのか?」

「心配……? ク、ククク……」

「……何かおかしなことを言ったかね?」

 

 突然不気味に笑い出した影山にガルシルドは眉をひそめる。失礼、と影山は非礼を詫びる。

 

「心配しなくとも死にはしませんよ。それにやつは……死にかければ死にかけるほど強くなる」

 

 もう一度ガルシルドはモニターを見る。

 赤髪になった少女は血を撒き散らしながら、ボールを蹴っている。しかしよく見るとその口が笑みを浮かべていることに気がついた。

 明らかに正気ではない。獣のように雄叫びをあげながら合金ブロックを破壊した少女に、ガルシルドは本能的な恐怖を感じた気がした。

 

 

 ♦︎

 

 

 沈む。沈む。沈んでいく。

 血の海へ。暗い深淵へ。

 いったいいつからここにいるのだろうか。もうずいぶん光を見ていない気がする。立ちあがろうにも立ち上がれず、体はどんどん血の底なし沼に沈んでいく。

 ああ、眠いや……。

 

 そう思った時、冷たいスコールが突然体中に降り注いだ。

 

 

「……ごぶぼっ! ゲホッ、ゲホッ……!」

「おやおや、ようやく起きましたか。困りましたよ、何をやっても起きないものですから」

「……最悪な目覚め」

 

 目を開けてみればふっくらとしたヘンクタッカー君の顔が。彼の手にはバケツがあり、どうやら水をぶっかけられたらしいことがわかった。

 

「なんのよう……?」

「まずはR()H()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っておきましょう。ここで寝かせてるのはまずいと思いまして、起こしに来ました」

 

 RHプログラム達成。そうか、私はあの地獄のトレーニングを乗り越えたのか。二ヶ月経った辺りからほとんど記憶がないせいで実感が湧かないや。もう二度とあんなインチキトレーニングマシンは使わないと心に誓う。

 

「……立てない」

「ああそうそう、影山総帥より伝言です。FFIアジア地区予選の開会式がもうすぐ始まるそうですよ」

「っ、それを早く言ってよ!」

 

 寝てなんかいられるか! 勢いよく飛び起き、私は施設の出口を目指した。

 残り時間は……あと三十分か。これはシャワー浴びてる余裕はないね。屋敷を出てから、車を待つ時間が惜しいのでそのままホテルに向かって走り出す。時差の影響で辺りはもうすっかり夜になっていた。

 

「……なるほど、これがRHプログラムの成果か」

 

 その途中、明らかに私のスピードが上がっていることに気がつく。それも遥かにだ。今ならエイリア石ありの風丸を鼻であしらえるだろう。そう思わせるほどの上昇具合だった。

 もはや車の速度を超えた私はすぐにホテルにたどり着いた。エレベーターも必要ない。螺旋構造になっている階段の真ん中に立ち、そこからジャンプして一気に十階にまでたどり着く。

 ……なんかマジで人間やめちゃってる気がする……。

 

 そんでもってフライアウェイ! ドアを蹴破る勢いで中に転がり込み、床に落ちてたリモコンに飛びついた。

 ピッ、という電子音が鳴る。

 

『全国サッカーファンの皆さん、おまたせいたしました。ただ今よりフットボールフロンティアインターナショナルのアジア地区予選開会式が始まります!』

 

「よし、間に合った……」

 

 正直これだけは見逃しちゃいけない。なんてったって円堂君たちが出てくるんだから! 解説を聞いていると、どうやら日本代表はイナズマジャパンというチーム名らしい。でも三ヶ月も籠ってたせいで誰が選ばれたとか知らないんだよね。まあ円堂君とか豪炎寺君とかは確定だろうけど。

 

 と思ってたら日本の選手入場が始まった。先頭は円堂君。どうやら日本代表でもキャプテンらしい。まあ彼ほど日本を率いるのにふさわしい人物はいないだろうしね。

 その後も豪炎寺君や鬼道君なんかが続いて登場してくる。シロウやツナミなんかの地上最強チームのメンバーもけっこう入っていた。でも知らない人間も少しいる。レッドブルを飲んだのか、リーゼントから翼が生えてるヤンキーみたいな人とか、緑髪のポニテの人とか。

 

「あとは……プフッ!!」

 

 選手の列の中で絶望的に馴染んでない人を見かけて、思わず笑ってしまった。

 

「アハハハハッ! 不動、なんでそこにいるんだよ!」

 

 冬が寒そうな可哀想なモヒカンのスキンヘッド。さっきのヤンキーみたいな人よりもタチの悪そうな目。間違いなく真・帝国学園で一緒だった不動明王本人だった。しかもあいつ、エイリア石なくしたせいでモヒカンに白髪が混じっちゃってるし。

 少し意外だったけど、ちょっと納得もした。あいつは性格は自己中の最低野郎だけど実力は鬼道君にも劣らないからね。それゆえに総帥に選ばれたわけだし。同僚の祝いとして、あとであいつにはプレゼントを大量に送り届けてやろう。

 

 

 その後、財前総理による演説が終わって、開会式は幕を閉じた。そしてこの後日本対オーストラリアの試合をやるらしいので、そのまま見ていることにした。

 結果は日本の勝利。敵の必殺タクティクス『ボックスロックディフェンス』を打ち破り、新必殺技が二つも決まった素晴らしい試合だった。

 ただ……まだ荒削りだ。今の私じゃまだ物足りない。だから、私を楽しませられるよう頑張ってね、円堂君。

 

「……ん? 総帥からメール?」

 

 ポケットに入れていたスマホから着信音が鳴ったので見てみる。

 えーと……ふぁっ!?

 

「明日の昼にイタリアに行く!?」

 

 早いよ、まだ観光すらできてないんだよ!? どんなブラック企業だよ……って、そうだここブラック企業だった……。

 くそっ、こうなったら仕方ない。今日中に観光終わらせてやる!

 私は急いで出かけるために、シャワー室に駆け込んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

 そっから日が上って、昼ごろ。

 私は煙を巻き上げる勢いで空港内を疾走していた。

 

「ね、寝坊したぁぁぁぁぁっ!!」

 

 だって仕方ないじゃん! 昨日出かけたの夜なんだよ!? 寝たのたぶん四時ごろだったし、あんだけトレーニングした後なんだからそりゃ疲労も溜まるって! 誰が悪いかって言うなら私じゃなくて休みを与えないこの組織が悪い!

 

「……来たか」

「ハァッ、ハァッ……来ましたよ……!」

「……それはなんだ?」

「……ふぅ、おみやげだよ」

「なぜスーツケースが五台もある?」

「? おみやげだからじゃん」

 

 運び方は簡単。紐で体に結びつけてタイヤ特訓のように走るだけだ。体も鍛えられるし一石二鳥ってやつだね。

 総帥は関わるのも面倒になったのか、そのまま無言で歩き始めてしまった。こんな外見だけならいたいけな女の子が五個もスーツケース引きずってるのに無視とか、相変わらずいい性格してるようで。まあどうせこう言う大荷物は乗る前に預けるだろうし、別にいいけどさ。

 

 そうして手ぶらになった私は飛行機に乗りこみ、窓際の席に座った。その隣に空席を一つ挟んで、総帥が座っている。信じられるか、この人私とのスペースを空けるためだけにこの席買ったんだぜ?

 

「そういえばさ、なんでイタリアに行くの?」

 

 私はトレーニングで忙しかったから今後の予定とか聞いてないんだよね。FFIに出させてもらえることは聞いてるけど、具体的にどうやるのか。

 総帥は重要な話なので素直に教えてくれた。

 

「私はこれからRHプログラムの被験体を探しに行く。そして新たなイタリア代表を作り上げる。名前は……そうだな、『チームK』とでも名付けるとしよう」

「うわ、だっさい……」

「嫌ならいいのだよ。貴様の着るユニフォームはなくなるがね」

「嘘ですうわすんごいカッコいい名前だなー!」

 

 試合に出れなくなるのはマジ勘弁してください!

 でも正直この名前は名乗りたくないなぁ。チームKだよK。自分の名前の頭文字ピックアップしてつけるとか頭おかしいでしょ。

 

 

 ♦︎

 

 

「……ぶふぇくしょんっ!!」

「おや、ガルシルド様、風邪ですか」

 

 

 ♦︎

 

 

「で、そのチームKで何すんの?」

「決まっている。復讐だ。私は円堂大介と、その魂を受け継ぐイナズマジャパンを粉砕する」

 

 その考えは相変わらずか。サッカーを嫌う男がサッカーを支配する。それが総帥の歪んだ喜び。

 ……って、今気になること言ってたような?

 

「円堂大介って……もう総帥が殺ったんじゃないの?」

「円堂大介は生きている。どうやらしぶとく田舎の国に引きこもっていたらしい。ククク、やつの率いるチームを引き裂く時が楽しみだ」

 

 めっちゃ悪どい顔してるよ。

 それにしても円堂大介が生きているなんてね。ちょっと驚きだ。本音を言えば、ちょっと会ってみたいかも。なんせ円堂君のおじいさんであり、伝説のイナズマイレブンを率いた名監督でもある。きっとすんごいサッカーの知識とかあるんだろうなぁ。

 まだ見ぬ人物を想像して、胸が高鳴った。

 

 

 ♦︎

 

 

 数日後、雷門中にて。

 

「不動くーん! お届けものが来てるわよー!」

「ああ? 俺にだと?」

「……うわぁっ、すごいッス! こんなにバナナがたくさん!」

「育毛剤もあるでやんすよ! しかもかなりの高級品!」

「誰だかわからないけど、よかったじゃないか!」

「あんのクソアマァァァァァァッ!!」



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盲目少女とおでん剣

 イタリア。中世や近世では商業都市として繁栄した場所である。その時の景観を重視しており、観光都市とされる場所では石造りの建物ばかりが見られる。

 

「まあ、私はあんまり興味がないけどさ」

 

 旅行用のガイドブックを閉じてそう呟く。観光都市なんてサッカーあんまり関係ないからね。

 それにしても、なんで私はこんなところにいるのだか。

 

 

 イタリアに着いたあと、私は総帥から命令を一つされていた。内容は、とある病院に行ってそこにいる人物の世話をしてこいとのこと。

 この時点で萎えたね。だってどうせ総帥絡みなんだから権力者の爺さん婆さんとかに決まってる。そんなやつらと話してるよりも練習してたいよ。

 そう言ったけど、総帥曰く私の体はRHプログラムで私の想像以上にボロボロになっているらしく、しばらく練習は控えなければならないらしいのだ。普段はともかく、この人はサッカーに関することなら信じられるので泣く泣くそうすることにした。

 

 はぁ、早くチーム作ってくれないかなぁ。

 FFIヨーロッパ予選はここイタリアで行われている。その肝心のイタリア代表オルフェウスは連戦連勝で快調だ。もはやここに敵はいないだろう。

 新イタリア代表こと『チームK』が完成すれば彼らと間違いなく戦うことになるだろう。その日がちょっと楽しみだ。

 

 なんて考えていたら目的地についた。部屋のナンバーは……二階か。寄り道する理由もないのでそのまま向かうことにする。さっさと終わらせてFFIの試合を見ることにしよう。

 

「入りますよー」

「……誰?」

「へっ?」

 

 奥の方から聞こえてきた高い声に戸惑った。

 えーと、ずいぶん可愛らしい声だね。明らかに老人が出せるものではない。気になって部屋に入ると、そこにいたのはいたいけな小学低学年ぐらいの少女だった。

 部屋、間違えた? いや、この子に聞けばいいだけか。

 

「あのー、ミスターKって人に心当たりある?」

「もしかして、Kのおじさんの知り合い?」

「ヘイヘイカモンポリスマーン!」

 

 はい罪状確定しました。本当にありがとうございます。というかいくら犯罪者でも幼女はダメでしょ幼女は……。

 ちなみにミスターKは総帥の偽名である。この人ホントセンスないな。が、育ててもらった恩はある。ここはこの私が最後の砦となってあの人を正しい道に導いてあげるしかないだろう。

 

 

 差出人:ゴッドプリンセスなえちゃん

 宛先:ミスターK

 

 幼女はマズイですよ!

 

 

 差出人:ミスターK

 宛先:ゴッドプリンセスなえちゃん

 

 潰す。

 

 

 ひえぇぇぇっ! おっかねぇぇ! 急いで謝罪のメールを送っておいた。あの人怒らすと鉄骨降ってくるからね。やっぱりおちょくるのはよくない。

 

「えーと……」

「ああ、ごめんごめん。今総帥……ミスターKと連絡を取ってたの」

「じゃあやっぱりおじさんの知り合いなんだね!」

 

 少女は総帥の名前を聞くと嬉しそうに立ち上がった。しかし次の瞬間にはバランスを崩してよろけてしまう。それを見て反射的に手を差し伸ばした。

 ……足に包帯が巻かれている。この子、怪我しているのか。

 

「あ、ありがと……」

「いいよいいよ。私はなえ。総帥の秘書みたいなことをやってるの。今日はあなたの様子を見に行ってこいって言われちゃってね。あなたの名前は?」

「ルシェ。ルシェっていうの」

「そう、いい名前だね。はい、おみやげ」

 

 バッグからブラジルで買ったおみやげを取り出す。ちなみに私が夜に買ったやつだけど、勝手に総帥にぶんどられてこの子用のものになった。解せぬ。

 しかし少女は首を傾げるばかりで、おみやげに目も暮れなかった。

 ……いや、違う。目の焦点が合ってない。まさかこの子……。

 試しにクッキーを少女の手に握らせる。すると彼女は嬉しそうに包装を開けて、クッキーを食べ始めた。

 

 やっぱりこの子、()()()()()()()()()()

 しかしそれを口にすることはやめた。さすがの私にも常識はある。こんな小さな子に病気のことを思い出せて悲しい思いをさせる趣味はない。

 あのクソ総帥、最初から教えろっての。あと少しで無神経なこと言っちゃうとこだったじゃん。選ばれたおみやげが全部食品類だったのにも合点がいった。

 

「ねえねえ、お姉ちゃんはおじさんの秘書さんなんでしょ? おじさんは普段どんなことしてるの?」

 

 どんなことって……鉄骨降らしたり危ないお薬作ったりしてるね。しかしこんな事実を馬鹿正直に伝えるわけにはいかないので、サッカーに関することを言うことにする。

 

「総帥はサッカーに関係してる仕事をしてるね。選手を育てたり、指示を出したり。日本っていう総帥の国じゃ四十年間もチームを全国優勝に導いてきたんよ」

「サッカー! おじさんもよく話してた!」

「総帥が……?」

 

 あの人がサッカーのことを他人に話すなんて……。

 この子は総帥のなんなのか。それがちょっと気になった。

 

「いいなぁ、私もサッカー見てみたいよ……」

「ルシェ……」

 

 さっきまでとは違った暗い声をルシェは出す。

 ……ああ! 本当はさっさと帰るつもりだったんだけどなぁ!

 

「ルシェ、他にもっと聞きたいことはない?」

「えっ?」

「総帥はどうせ無口だしね。私が何か面白い話を聞かせてあげるよ」

「ほんと!?」

「ほんとほんと。お姉ちゃん暇人だから」

 

 ルシェは嬉しそうに笑う。あまりの興奮具合だったので頭を撫でて落ち着かせる。そうして私は夕方になるまでこの子と話し合ったり、本を聞かせたりして遊んだ。

 

 ……この子のこと、ちょっと調べておこ。

 

 

 ♦︎

 

 

 ルシェとの出会いから二週間ほどが過ぎた。私はすることもないので、あれから毎日彼女の見舞いに行っている。たぶん仕事が入ってこないのはそうしろという総帥の指示でもあるのだろう。

 

 ルシェ。金髪に緑目の盲目の少女。彼女を調べていくうちにあの盲目は生まれつきであること、そして総帥がなぜ気にかけるのかもわかった。

 それは一ヶ月ほど前の交通事故のことである。記録を見ると、彼女はそこで足を怪我して今入院している。しかし今は彼女ではなく、この交通事故の主な被害者に注目する。この事故でなんとイタリアサッカー協会の会長が意識不明の重傷に陥っているのだ。

 サッカー関連者が事故で消える。日本で散々見てきた手口だ。ここからは推測なのだけど、ルシェはたぶん総帥が引き起こした事故に巻き込まれてしまった被害者なのだろう。さらに盲目の件もあり、総帥はこの子に同情しているのだ。

 まああの人も人の子ということだ。欲を言えばそのわずかに残った優しさの一割くらいを私にも頂戴して欲しいけど。

 

「ほーい、今日もきたよー」

「お姉ちゃんいらっしゃい!」

 

 入って真正面に立つや否や、抱きつかれて顔を擦り付けられる。ずいぶん懐かれてしまったものだ。って、ああもう、人の髪を弄って遊ぶな。

 

「やっぱりお姉ちゃんいい匂い。甘くてあったかくて……安心する」

「そう? たぶん汗臭いだけだと思うけどなー」

 

 この子は何故か私の匂いを気に入っているようで、こんなふうによく抱きついてきては匂いをかがれる。正直恥ずかしいので離れて欲しいのだけど、この和んだ顔を見てると言い出せなくなっちゃう。

 そのせいで自分の体臭とか気になっちゃって、ボディソープとかシャンプーに気を使うようになった。まさかこんなことで私の女子力が高まるとは……。

 もちろん最初はなんもわかんなかったので、美の女神(男)ことアフロディ先生にメールで相談した。男に相談する女子ってどうよと思ったけど、女子の知り合いなんて同じく女子力ゼロの塔子かギャルのリカぐらいしかいないので致し方ない。

 まあそれは正しかったようで、シャンプーとかの種類だけじゃなく、髪の乾かし方とか整え方とかを動画付きでみっちり叩き込まれたよ。もうなんでアフロディが女じゃないのか不思議になったくらいだ。

 

「さて、今日はどうする?」

「お散歩行きたいな」

 

 盲目の人が散歩というと変に聞こえるかもしれないが、別におかしくはない。ルシェは目が見えないだけで、杖なんかを使えば外を歩くこともできる。実際ここに来る前は普通に出歩いてたらしいしね。ただ今は足の怪我で入院しているので、誰かの付き添いなしじゃ許可をもらえないのだ。

 私は二つ返事で頷いて、彼女を車椅子に乗せて外に出ることにした。

 

 

 しばらく歩いていくと、公園にたどり着く。ここはいつもの散歩コースだ。緑が豊かで、サッカー少年たちが楽しそうにボールを蹴っている。

 ちょっと休憩ということで、私たちはベンチに座る。

 

「ボールの音。サッカーしてるのかな?」

「ごめん、気になっちゃった?」

「ううん。私、サッカーの音大好きだから、こうして聞いてるだけでも楽しいよ」

 

 強い子だ。本当は自分だってやりたいだろうに。少なくとも私じゃ耐えられない。

 

「……ルシェ? もしかしてルシェか?」

 

 何気なく頭を撫でてあげていると、そんな声がかかってきた。

 茶色髪のジャージを着た、私と同年代くらいの少年。しかしどっかで見たような気が……。

 

「この声、フィディオお兄ちゃん!?」

 

 っ、そうか、この人はフィディオ。フィディオ・アルデナだ。イタリア代表の副キャプテン。その鋭いドリブルとシュートによって『白い流星』っていう異名もある有名選手。

 そんな人と知り合いだったのかルシェ……。ちょっとお姉ちゃんびっくり。

 

「足の具合はどうだい?」

「うーん、もう少しかかるみたい。でもだいぶ良くなってきたよ」

「そっか。それで隣の子は……?」

 

 フィディオは私に目を向けたあと、しばらく固まっていた。

 なんだ? まさかサッカー選手としての勘が私の実力を感じ取ったとか。読めないので、じっと見続けていると、なんか顔を真っ赤にして今度は目を逸らしてきた。

 ……いやなんなんだいったい。

 

「なえお姉ちゃん! 毎日遊びに来てくれるの!」

 

 ルシェちゃんや。それじゃあ私がまるで暇人みたいに聞こえるよ。いや実際そうだけどさ。

 フィディオはようやく元に戻ったようで、私にも話しかけてきた。

 

「初めまして。俺はフィディオ・アルデナだ」

「知ってるよ。イタリア代表の副キャプテン。FFIの予選でよく見てるよ」

「ハハッ、ありがとう。でも君はイタリア人じゃないよね? もしかして日本人?」

「正解。よくわかったね」

「かなり色白だから迷ったけどね。うちはキャプテンが日本人だから」

 

 まあ私は雪国出身だからね。彼のチームのキャプテン、中田英寿通称『ヒデナカタ』と比べるとずいぶん違うものに感じることだろう。

 ちなみにイタリア代表なのに日本人がキャプテンってことで戸惑うかもしれないが、FFIは国籍が取れていればその国の選手として出れるので不正はない。

 ん? じゃあ私はどうやってイタリア代表に成り代わるのかだって? んなもん裏から手を回して無理やり国籍得たに決まってるじゃん。不正はあった。

 

 そんなふうにフィディオと他愛ない会話をしていると、背後から風切り音が聞こえてくる。

 

「っ、危ない!」

 

 フィディオが焦った顔をするけど、心配はいらない。その場でほんのちょっと跳躍しながら逆さになって、飛んできたボールを軽く蹴り返す。

 ボールはどうやら先ほどのサッカー少年たちのものであるらしかった。危ない危ない、本気で蹴ってたら酷い惨劇になるところだったよ。少年たちも必死になって頭を下げてきたので、許してやることにした。

 

「何か起きたの?」

「いーや、別に。どうやら近くで何か落ちてきたみたい」

 

 ルシェが訪ねてきたけど、適当にはぐらかした。何も起きなかったんだし、この子を無駄に心配させる必要はない。フィディオは唖然と私を見ていたので、無言で人差し指を口に持ってって『秘密』とジェスチャーした。

 

「……ん? メール……げっ、ごめんルシェ。今総帥から呼び出しがかかったから、今日はもう帰らなくちゃ」

「そうなの? わかった、お仕事がんばってね」

 

 はぁ、あのクソ総帥。略してク総帥。はいつもいつも急なんだから。私はフィディオに一言別れを告げて、その場を車椅子と共に去っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 その少女は、見たことないほど美しかった。

 

 出会いは偶然。少し前に知り合った盲目の少女に話しかけた時。隣にいる人物の顔を見て、フィディオの頭の中は一瞬真っ白になった。

 雪のような白い肌に、整った顔立ち。目はエメラルドの宝石のようで、太もも辺りまで伸びている桃色の髪は幻想的とも言えた。

 

 イタリア代表となる前からもフィディオは有名選手で、両手じゃ数え切れないほどの女性にかけられてきた。しかしその時のどの女性よりも彼女は美しく見えた。

 

 っと、そこで思考が冷静になる。

 試合は数日後なのだ。こんな浮ついた気持ちを抱いていたらプレーに支障が出てしまう。フィディオは己の煩悩を振り払いながら彼女と少し話すことにした。

 儚げな容姿とは逆な明るい口調で彼女はなえと名乗った。どうやら自分たちのチームのキャプテンと同じ日本人であるらしい。そのこともフィディオの気を引いたが、なんとか顔に出さずに会話をし続ける。

 

 しかししばらくすると、突然彼女の背後からボールが迫ってきていることに気がつく。慌てて庇おうとしたが、その時見たのは驚きの光景だった。

 

 なんと少女は宙に浮かんだように、ふわりと跳躍して逆さになったのだ。そしてボールを少年たちのど真ん中に、キャッチできる程度の速度で蹴り返す。

 反応速度、身体能力、そしてボールコントロール力。この全てが高次元で纏っていなければできないことだ。フィディオにはそれがわかり、しばらく呆然としてしまう。その間に彼女は人差し指を口に当ててフィディオを見て、どこかへ行ってしまった。

 

 ……なんだったのだろうか、あの少女は。少し早くなった胸の鼓動を感じる。

 彼女は毎日ルシェと遊んでいるらしい。なら、今度また会えるかもしれない。フィディオはそんな期待を抱いた。




 ゲーム3のスパークをやってる人じゃないと知らないと思いますけど、ゲームにおいてフィディオとルシェは知り合いです。それも代表に選ばれるちょっと前からの。ジ・オーガやボンバーじゃこの部分のストーリーがロココやカノンのになってるんですよね。

 この世界への挑戦編はアニメとゲームのストーリーが融合した感じになります。基本アニメベースですが、とある部分はゲーム版のストーリーの方を基準にしたりするので、ご了承ください。とはいえどっちも基本ストーリーは変わらないので、片方しか知らないという人でもたぶん大丈夫です。


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サッカーアイランド上陸!

『まったく円堂君たちには驚かされるよ。まさかカオスブレイクまで止められてしまうとはね』

「決勝戦、残念だったね」

 

 耳に当てているスマホから『まあ相手はあの円堂君だし、仕方ないとは思うけど』と中性的な声が聴こえてくる。

 電話相手は私の数少ない友人の一人であるアフロディだ。私たちはアジア地区予選の決勝戦の話をしていた。

 

 その試合内容はまさしくカオスだった。見覚えのある冷気系中二病患者からの感染によってか、韓国代表は実に痛々しい発言ばっかりするし、円堂君は序盤出ないし、文字通りカオスなブレイクが炸裂するし、初めて不動出たと思ったら好き勝手やり始めるし。まあその分見てて面白かったけど。

 というか、バーンとガゼルも韓国人だったのか。アフロディが誘ったらしいけど、絶対にあの二人を入れたのは失敗だったね。ガゼルなんて進化して「恐れ慄くがいい……龍の目が見据える凍てつく闇に……」なんて言っちゃってるし。のちに絶対に黒歴史になる原因を健全な韓国少年たちにばら撒いたあいつの罪は重い。

 

『これからは円堂君たちを応援するつもりさ』

「えー私はしてくれないのー?」

『出てたらするさ。だけど円堂君たちがいる以上影山の作戦は絶対失敗するからね。次の手を考えておくことをおすすめするよ』

 

 じゃあねという言葉を最後に、電話が切れた。

 言われちゃってますよー。少し離れた場所じゃ総帥が高級そうな椅子にふんぞり返っていた。私は目の前に広がるサッカーグラウンドの光景を眺める。

 

皇帝ペンギンX!」

 

 まるでミサイルのような勢いでボールが飛んでいき、ゴールネットに突き刺さる。

 あれが総帥が開発した新必殺技『皇帝ペンギンX』。1号以上の破壊力があるくせに負担は2号以下とかいう壊れ技だ。どこぞの1号好きな眼帯君が知れば涙目だろう。

 まあ佐久間はかなり役に立ってくれた。あの真・帝国学園で佐久間に1号を覚えさせたのは、手っ取り早く強化すること以外にもデータを採取するという目的があったらしい。結果的に不動のクソみたいな指示のおかげで佐久間がバンバンシュートを撃ったので、十分なデータが集まったようだ。そしてそれを元に作られたのがこの技。

 

「それにしても、いくら新型でもすごい威力だよね」

「やつ、デモーニオには鬼道を超えるプログラムを入力している。しかし予想以下の数値だ。やはり奴には無理か」

 

 あんのーすんごく不安になる言葉が聞こえた気がするんだけど。やっとチーム完成したってのにそりゃないわー。

 そんなことを言われているとも知らず、デモーニオと呼ばれた男はこちらをドヤ顔で見ている。

 

 デモーニオ・ストラーダ。日本語に直訳すると鬼・道。ないわー。容姿も総帥の趣味によってマントとドレッドポニテにゴーグルと変態仕様になっているし、総帥ってば鬼道君のこと大好きすぎでしょ。

 まああの人にとって鬼道君は自身の全てを詰め込んだ究極の作品だからね。言ってしまえば息子のようなものなのだ。可愛がるのも無理はない。

 ……私? しょっちゅう外に飛び出しては教えてもない芸を次々と覚えてくる犬を自分の作品と呼べるのかって言われたよちくしょうめ。

 

「貴様にはこれを習得してもらう」

 

 総帥はそう言ってきた。

 たしかに、この技は使えそうだ。私はRHプログラムのおかげで身体能力は上がったけど、それに時間を使っちゃったせいで新技の開発ができていないんだよね。ベースは皇帝ペンギン1号だし、秘伝書を読むだけで九割以上の内容が理解できた。

 

 グラウンドに入ると、例のデモーニオが声をかけてくる。

 

「見せてもらおうか。総帥の秘書の実力ってやつをな」

 

 あ、こいつ完全に舐めてるな。見てろよ見てろよー。

 ボールをセットし、深呼吸。そして一気に力を溜めて、口笛を吹いた。

 地面から飛び出してきたのは、五匹の黒いペンギン。それが振り上げた右足に噛み付くと、膨大なエネルギーがそこに集中していく。それを解き放つように、思いっきりボールを蹴った。

 

皇帝ペンギンX!!」

 

 赤黒いオーラに包まれて、ボールは風を切り裂き直進。そしてゴールネットに突き刺さり、ゴール全体を激しく揺らす。

 

「ほう……さすが、と言ったところか。やはり素晴らしい技だ。これさえあればどんな敵にも勝てる!」

 

 デモーニオがなんか言ったけど、私の耳には入ってこなかった。

 この技は……。

 撃っただけでわかった。この技はまだ未完成なのだと。この技がなんのために作られたのかと。

 この技は、言わば進化前の原型だ。幻の皇帝ペンギン……『皇帝ペンギン3号』を生み出すための。

 

 『皇帝ペンギン3号』。それは昔から帝国学園で噂される理論上の技だ。1号を超える威力と2号以上の安定性を持つ技。2号は鬼道君が編み出したものと思っている人も多いけど、あれは総帥が捨てたデータを参考に再現しただけのもの。

 この条件だけだと皇帝ペンギンXは完成系のようにも思えるけど、計算によると3号は2号の数十倍の威力を持つらしい。その点ではこの技は劣っている。

 

 ちらりと総帥の顔を伺う。

 あの人は私にこれを完成させろって言いたいのか。

 ふふっ、燃えてきた。絶対に完成させてみせる。

 

 私はその日から皇帝ペンギンXを鍛錬し続けた。

 しかし、イタリアを出るまでに新技が完成することはなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

「えー、お姉ちゃんもう来てくれないの!?」

「FFIが開催される期間だけだって。だから服引っ張るのはやめて」

 

 ぶーと膨れっ面をするルシェの頭を撫でてなだめる。

 FFI本戦はライオコット島という南の島で行われる。だからしばらくはルシェに会えなくなるのだ。今日はその飛行機が出発する当日で、彼女にしばらくの別れを告げるために来ていた。

 

「Kのおじさんもフィディオお兄ちゃんも行っちゃうし、ずるいずるいずるいー! 私も行きたいー!」

「私と総帥は仕事だから仕方ないんだって。文句はフィディオに言ってあげなよ」

「むー」

「わかったわかった。おみやげいっぱい買ってきてあげるから」

「お手紙もじゃなきゃやだ!」

 

 この子、遠慮なくなってきたね。まあ親しい人物は少ないのだろうし、人と触れ合いたいと思うのも仕方がないのだろうけど。私は了承してルシェの頭をもう一度撫でた。

 

「じゃあそろそろ行ってくるね」

「頑張ってね、お姉ちゃん」

 

 ぎゅっとルシェが抱きついてくる。ぐっ、可愛い……! 思わず離れたくなくなっちゃったけど、堪えて別れを告げる。そして部屋を出て、タクシーに乗って空港に向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

 ポーン、というシートベルト着用を義務付けるための効果音で、私の目が開かれる。

 イタリアを離れてから十時間以上が経過。私はファーストクラスの席で横になりながら、着陸の時まで寝ていた。

 

「……あれが、ライオコット島」

 

 窓から見えた島の名を思わず呟く。

 ライオコット島。別名サッカーアイランド。あのガルシルドが作り上げた夢の国だ。あそこには本島の他にもいくつか小島が近くにあり、そこに建てられたサッカースタジアムで戦っていくという形式になっている。

 

『間もなく着陸いたします。シートベルトを着用し、静かにお待ちください』

 

 ようやくか。ドンドン島の景色が近づいてくる。そして飛行機は特に問題なく島に着陸した。その後は荷物を回収して、総帥と合流して空港を出た。

 

 日差しがかなり強い。さすがは南国の島といったところか。

 あちこちにサッカーボールを模した像や、本戦出場国のエンブレムが飾られている。人々はサッカーに夢中になっており、空港に近いのにも関わらずボールを蹴っている人たちまでいた。

 

「ふん、吐き気がする光景だな」

「それただの乗り物酔いじゃない?」

「……やはりバカは死ぬまで治らんらしい」

 

 誰がバカだこのグラサン! 

 ぐぬぬ、せっかく人が気遣って冗談を言ってあげたってのに……。

 

 私たちは呼んでいたタクシーに乗り込み、イタリアエリアに向かう。

 

「それで総帥。いつから動き始めるの?」

「イタリア代表の一戦目の後からだ」

「一戦目ぇ? ずいぶんのんびりやるんだね」

「まずは出場チームの実力を見ておきたいだけだ」

 

 慎重なことで。まあこの島には総帥の仇敵円堂君がいるからね。感情には出さないけど、負け続けでけっこう恐れているのだ。

 

 タクシー内が沈黙に包まれる。総帥は無口だからしょうがない。なのでスマホを開いて先日行われた開会式の動画を見ることにした。

 今大会は予選でグループ戦を行い、それで決勝トーナメント進出チームを厳選するというプロでもよく使われる仕組みになっている。グループは二つ。イナズマジャパンとイタリア代表オルフェウスはAグループのようだ。

 解説を聞く限り、日本はそれほど期待されてないみたい。アジアは近年レベルを上げてきているけど、まだまだ西洋と比べたら発展途上だからね。まあ名前すら聞いたことのないコトアール代表よりかはマシだけど。

 各チームの行列を見ていると、染岡君と佐久間がいるのに気がついた。そういえばFFIはFFの例に漏れず試合前だったら選手の入れ替えができたんだっけ。消えたのはシロウと緑川か。たしかシロウは韓国戦で怪我しただけのはずなので、治ればすぐに戻ってくるだろう。緑川は知らん。

 それにしてもなんの因果か、総帥が動こうとする場所で元配下が集合するなんてね。運命っていうのを感じちゃうよ。

 

 タクシーが止まったのは、いかにも豪華なホテルの前だった。

 ふふっ、太っ腹なことに今回の宿泊費は全部総帥が出してくれるそうなのだ。北海道で泊まった時は普通に給料から差っ引かれてたからね。ケチられた理由はもちろんあのクソ戦艦にある。

 ちなみにデモーニオたちは別のホテルで泊まることになっている。飛行機もエコノミーだし、THE平社員って感じ。これからこき使われるであろう彼らに静かに黙祷した。ようこそ、ブラック企業へ……。

 

 そして私はチェックインを済ませたあと総帥の隣の部屋に入って、豪華なベッドで安らかな眠りにつくのであった。




 なえは皇帝ペンギンXを覚えた!


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世界の強豪たち

 投稿遅れて申し訳ございません。
 リアルがいろいろ立て込んでしまいまして……。チビチビ書いていたのですが、たぶん二月中にはもう無理です。次の投稿は三月の始めあたりだと思うので、気長にお待ちください。
 では、どうぞ。


 書類仕事や特訓が終わった夕方ごろ。私は軽い手荷物を持って日本エリアに来ていた。

 このライオコット島は出場チームの国の街並みをエリアで区切って再現するかもという馬鹿みたいにコストがかかることをしている。次回の開催どうするんだよって思ったけど、ガルシルドのことだから派手に作り直すんだろうなぁ。さすが金持ち、金持ち汚い。

 そんで日本人エリアだけど、まんま和風な外観だね。京都の町にきたみたい。そしてなんと言ってもこの町、銭湯があるのだ。別にホテルに風呂がないわけじゃないけど、なんというかね? こう、でっかい風呂に入りたいというのは全日本人に共通する感覚じゃないだろうか。

 

 そんなわけで私は仕事の合間を縫ってはるばる銭湯に入ってきたのだった。

 うん、いい湯だった。最近はこんなふうにのんびりできなかったし、また通いたいものだ。……もっとも、あのブラック企業でそんな暇ができるのか疑問だけど。

 気分が良いので鼻歌を歌いながら町を散策することに決めた。若干濡れ残って艶が増した髪をサラサラと揺らしながら歩き出す。

 

 しばらく進むと、一際大きな建物が目に入った。

 あれは……イナズマジャパンの宿舎だ。掲げられた看板でわかった。

 思わず身を物陰に隠してしまう。今はまだ顔を合わせるタイミングじゃない。せっかくだったらとびっきりのタイミングで出てきて驚かせたいのだ。しかしかなりの人数がいるはずなのに、声が中から聞こえてこないので、訝しんで覗いて見ることにした。

 なんだ、どうやらみんなは不在のようだ。中には誰もいなかった。ホッと一息つく。

 

 その瞬間、聞き覚えのある声が宿舎前のグラウンドから聞こえてきた。

 

「すげーぜお前たち! これが世界のレベルか!」

 

 円堂君、そっちにいたのか……。気になってバレないように身を隠しつつ、グラウンドを覗く。

 そこでは数人の選手たちが円堂君とサッカーを……って、ふぁっ!? なんかすっごい豪華メンバー集まってる!?

 アメリカ代表のマークにディラン、アルゼンチン代表のテレス、そしてこの前会ったフィディオまで……。全員名指しで注目されるほどの世界トップクラスの選手たちだ。なんでこんなところに?

 

 フィディオたちが軽やかにボールを奪い合い、そして勝者がシュート。それを間一髪で円堂君がセーブするという流れが何回か繰り返される。

 うぅ、混ざりたい、超混ざりたいよぉ……! でも円堂君がいるからサプライズできないし……! 頭を抱えて悩んでいると、場違いな白いドレスを着た誰かがグラウンドの方に向かってるのが見えた。

 あれは……秋ちゃん? なんでまたそんな格好を?

 

「やっぱりここにいた! 円堂君、もうパーティー始まっちゃうよ!」

「……ああ! 忘れてたぁ!!」

 

 ふむ? パーティー? 開会式も終わって試合前にパーティーが開かれる場所なんて……。スマホで単語を並べて検索すると、すぐに見つかった。イギリスエリアだ。

 

 なるほど、イギリスはイナズマジャパンの初戦の相手だ。相手のパーティーに参加するのも偵察を兼ねているのだろう。

 円堂君はフィディオたちに一言断りを入れると、グラウンドを飛び出して秋ちゃんと一緒に走り去っていった。

 あの円堂君がパーティーか……燕尾服とかすっごい似合わなさそう。それ以上に似合わなさそうなモヒカンがいるから目立たないだろうけど。……って、そうじゃなくて!

 すぐに視線をグラウンドに向ける。円堂君がいなくなった。それに今日は長ズボンをはいているので性別バレの心配はない。つまり、今なら彼らと遊べるのでは?

 

 ……ヒャッホーイ! 私は心の中で歓喜の舞を舞いながら、グラウンドを囲むように設置されているフェンスを飛び越えて、彼らの輪の中に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 それは突然のことだった。

 

 円堂が走り去っていった後のこと。突然のことでフィディオたちは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。

 

「どうする? あのジャパンのキーパーはどっか逃げちまったしよ」

「あの慌てぶり、たぶん先に用事があったんだ。マモルが逃げたわけじゃないさ」

「ふむ、しかしキーパーがいなくなっては……ここいらが潮時か」

「そうだね。ミーも汗をずいぶん流せたし、大満足さ!」

 

 それなりに長い間ボールを蹴っていたので、フィディオたちは解散するという意見で一致する。しかしボールに目を離した次の瞬間、空から何かがボールの上に落ちてきた。

 

 巻き上がる砂煙。それに驚いて振り返り、全員が煙の中を凝視する。そこから出てきたのは、非常に長いピンク色の髪を下ろした少女だった。

 

 フィディオはその少女に見覚えがあった。

 たしか、ルシェと一緒にいた……。

 

 彼女はフィディオたちを見て緩やかに微笑む。しかし何故だかフィディオたちは背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

「……へいガール、サインならお断りだぜ? 俺たちも忙しいんでな」

「待てテレス。彼女、どうもそんな感じじゃ……っ!?」

 

 フィディオがテレスに声をかけようとする。しかし次の瞬間、彼の目に映ったのは自分に迫り来るボールだった。

 体を捻り、踵落としのようにそれを打ち落とす。

 

「危ないじゃないか!」

「ヒュー、やるじゃん♪」

 

 フィディオの苦情を聞いても少女は笑顔を浮かべたままだった。

 そしてその姿が一瞬にして、かき消える。

 

「っ!」

 

 体が反応したのはほぼ反射だった。無意識で横に飛び退けば、先ほどまで立っていた場所に少女の足が。しかし止まったのは一瞬だけで、次々と四方八方から足が迫ってくる。

 

 このままだと凌ぎきれない。そう判断し、フィディオは一度距離を取ろうとした。しかしそれも読まれていたようで、飛び退いた先には少女が。そして高速で振り抜かれた足がボールを掠め取った。

 

「っ……!」

 

 ポーン、ポーンとリフティングしながら少女は残りの三人を見つめる。そして不敵に笑いかけた。

 

「……いくぞディラン」

「オーケー、マーク!」

 

 二人が動いたのは同時だった。オフェンスで磨かれたスピードで散開し、左右から挟み込むように少女に迫る。

 しかし、その足がボールに触れることはなかった。

 少女が移動したわけではない。逆に、彼女はその場から一メートルも動いていなかった。

 それなのに、触れられない。それは何故か?

 彼女はリフティングによって二人のディフェンスを翻弄していたからだ。

 

「ぐっ、このボール磁石でも入ってるのか!?」

「蹴ってみないとわかんない、ねっ!」

 

 まるで糸でもついているかのように。

 ボールは生物のように自由に動き回り、二人の足を避け続けていた。

 原理は、回転だ。少女は繊細なんて言葉じゃ言い表せないほどのコントロール力で回転の速度、向きを調整し、ボールに命を吹き込んでいるのだ。

 圧倒的な光景だった。世界クラスの選手は自分のポジション以外でも一流の動きをみせる。決して二人の実力がないわけじゃない。

 

 少女は数分ほどそれを続けていたが、突然飽きたようにボールを踏んで静止させた。

 そして踏み込んだ瞬間、突風が発生して二人を吹き飛ばした。

 

 少女はそのまままっすぐに駆けていく。その先にはテレスが。

 彼は円堂にしたような侮りを見せず、真剣な表情で少女を見ていた。

 激突は、しない。寸前で少女が踏みとどまり、力ではなく技術による勝負が始まる。

 

 フィディオたちにはボールがまるで分身しているように見える。それほどまでに少女は小刻みに動いてフェイントを仕掛けている。しかしテレスはそれら全ての虚と実を見抜き、彼女を押さえ込んでいる。

 

「互角か……?」

「……いや、違う。テレスの手前の地面を見てみろ」

 

 言われてフィディオは目をやる。あったのは、深く刻まれた無数の靴の跡だ。その上に少女の小さな靴が乗っかっている。

 あれは、少女の動きに対応しようと小刻みに踏み込んだ跡だ。それがテレスの前にある。それはつまり……。

 

「テレスが……押されている……」

 

 テレス・トルーエ。中学サッカー最強のディフェンスという呼び声も高いあの男が。

 じわりじわりと、後退していた。

 

 苦い顔をテレスはする。このままやっていてもゴールに押し込まれるだけだ。しかしそれを見透かし、小馬鹿にしたように少女は笑うと、宙返りしてあえてテレスと距離を取ってみせた。

 そしてバウンドしたボールを見た瞬間のテレスの判断は早かった。

 

「っ、アイアンウォール!」

 

 彼が腰を落とすと、まるで要塞の一端のような鉄の壁が出現。しかし顕現とほぼ同時に、その壁から爆発音にも似た轟音が響いた。

 蹴った瞬間が、見えなかった。

 砂煙が再び巻き上がる。

 しばしして、一部の煙が晴れる。

 テレスは、立っていた。

 

「テレス! さすがだな!」

「……」

「テレス?」

「……ただのシュートで、アイアンウォールが半壊した」

 

 煙が完全に消え去る。

 そこで見えたのは、ひび割れ、中心に砲弾でもめり込んだ跡のようなものが残る鉄の壁だった。

 そこに始め垣間見た強固さは見当たらない。テレスが解いたのか、傷に耐えきれなくなったのか、壁はしばらくすると崩れ落ちて消えていった。

 

 気がつけば、少女の方も消えていた。

 なんとも言えない雰囲気に、四人は押し黙る。

 完敗だった。不意を突かれたフィディオやディフェンスではないマークたちはともかく、テレスをあそこまで追い詰めた謎の選手の実力を認めていない者はここにはいなかった。

 テレスがぽつりと口を開く。

 

「あいつ、どこの代表だ?」

「えっ? でも君、さっきガールって……」

「あれだけの実力持った女がいてたまるかよ。それにこの時期にこの島にいる、それだけでも大会に出てくる可能性は十分高い」

「色白だけど、たぶんジャパニーズだよね。じゃあイナズマジャパン?」

「いや、ディラン。俺たちは初めからカズヤが目をつけていたあのチームを開会式で観察してた。あれだけ目立つ容姿だったら記憶に残らないのはおかしい」

 

 謎の少女の出現。四人はそれについて考察しながら、帰路についた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ……ふぅ、危ない危ない。まさか日本宿舎に人がいたとは。

 テレスとの勝負中に偶然気づいたことだ。窓際から誰かの視線を感じたのだ。ちらりと見た感じ、たしかあれは久遠道也。イナズマジャパンの監督だったはず。

 その経歴は一切謎。……ってわけじゃあもちろんない。我らブラック企業KAGEYAMAに調べられないことなんて五条さんくらいだ。

 ゴホンゴホン、話を戻そう。かの監督は桜咲木中サッカー部をFF決勝にまで導いた天才だ。しかしその対戦校の選手に部員が()()問題を起こしてしまい、その責任を取ってサッカー界を長らく追放されていたんだとか。

 ワー、なんかよくきくはなしだなー。

 まあお察しの通り、その事件うちの上司が招いたことっす。本当にもーしわけございません。

 そんなわけで、あの人も総帥ひいては私に因縁があるわけである。ここで私たちの存在に気づかれては不都合なのだ。

 

 本音を言えば、もっと遊びたかったけど……まあいいか。さっさとイタリア代表になって公式戦でやればいいだけだしね。

 私は鼻歌を歌いながらバスに乗り、イタリア街のホテルへと帰るのだった。



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みんなも重度の影山恐怖症に注意しよう

 FFIの一回戦が終わった翌日。私と総帥はリゾートエリアのとある建物に来ていた。

 

 一回戦、円堂君たちイナズマジャパンは無事イギリスを撃破して初戦突破を飾った。久遠監督の采配、そして鬼道君と不動という二人の天才によるゲームメイクが光った、素晴らしい試合だった。

 それに対してイタリアはアルゼンチンと引き分けたようだ。どちらも点を入れることができず、そのまま終わったんだとか。

 まったく、これから私の戦績にもなるんだからしっかりして欲しいものだ。

 

 スマホで記事を読んでいると、総帥がこっちにやってきた。

 

「もう話し合いは終わったの?」

「ああ。まったく、前イタリア代表の監督もしつこいものだ。おかげで少し手荒になってしまった。ククク……!」

 

 ひえっ、なんて凶悪な顔だ。まるで悪魔みたい。

 私は心の中で元監督に十字を切るのだった。南無三。

 ……いやこれじゃあ仏教になってるじゃん。

 

 屋内から出ると、目の前に黒塗りの高級車が停まっているのが見える。それに乗り込もうとして、車道を挟んで反対側の道にいた不動と目があった。

 いや、なによその鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔は。というかどうしてここに?

 あまりに突然のことで呆然としてると、車の中から声がかかってきた。

 

「……早くしろ」

「いやでも、あっちに不動が……」

「不動? フッ、ああ……」

 

 うわめっちゃ鼻で笑われてる。よっぽど眼中にないらしい。

 真・帝国学園での彼の指示は酷いものだったからね。勝てたかもしれない試合だったのに、私情でメインフォワードである佐久間を潰したし。勝ちにこだわる総帥が見捨てるのも仕方がない。

 でもその後の試合は心を入れ替えたのか、まともなプレーをしている。韓国戦やイギリス戦でも勝利にかなり貢献してるしね。

 

 彼を無視して乗り込もうとした時、不動のさらに後ろにこれまた見覚えのある人たちが歩いてくるのが見えた。

 

「……早くしろというのが聞こえないのか」

「いやでも総帥、今度は鬼道君たちが……」

「……ほう」

 

 いや反応違いすぎでしょ。

 鬼道君たち、というのも彼の隣にはこれまた因縁深い関係にある佐久間がいた。

 なんという巡り合わせ。もっとも、彼らにとっては二度と顔を合わせたくない相手だろうけど。

 総帥はしばらく黙り込み、口を開く。

 

「構わん。早く乗れ」

「……わかりましたよっと」

 

 ここで会わないのは何か考えがあってのものなのだろう。その理由を理解したわけじゃないけど、私がするべきなのは上司の命令を大人しく聞くことだけだ。大人しく車に乗り込んだ。

 

 鬼道君たちが追いかけてくるのがミラー越しに見えるけど、車に追いつくなんて私でもなきゃ無理だ。あっという間に見えなくなっていった。

 

 しばらくして、車が道路脇に停車した。

 はて? まだイタリアエリアには着いていないけど……。首を傾げていると、私側のドアが自動で開いた。

 

「貴様はここで降りて、鬼道をイタリアエリアに誘き出せ」

「……へっ? いや急すぎません?」

「機材はトランクに積まれている。自由に使え」

 

 全然話聞いてないし……。

 蹴り出されるような勢いで外に降ろされる。仕方がないので指示通りにトランクを開けることにした。

 入ってるのは……スピーカーやカメラ、その他機械類などなどだ。それらが一括してバックにまとめてある。

 

「いやこれでどうしろっていうのよ」

「鬼道が通るであろう道はデータとして送った。ではな」

 

 あ、行っちゃった……。とりあえずスマホで地図を開いて指定された場所に急ぐ。

 あの人は鬼道君のことならだれよりも詳しい。たぶんこの情報も、その性格を推測したものなんだろう。

 

 目的地は大きな建物二つに挟まれた裏路地だった。そこのあちこちに複数のスピーカーとカメラを仕掛け、見つからないように離れた場所で隠れる。

 しばらくすると、赤マントとドレッドヘアーがカメラに映った。

 本当に来ちゃったよ……。

 まあいいか。

 スピーカーに総帥からもらった音声を入力し、起動させる。

 

『待ってたぞ鬼道……』

「っ、影山!?」

 

 おおっ、雑な仕掛けだけど案外バレないものだね。鬼道君はすっかり総帥が近くにいると思い込んで、辺りにくまなく目を向けている。

 ちなみにそれを見た通行人が怪訝そうに鬼道君を見てるけど、彼はそれに気が付いていない。

 よし、この調子でドンドン流してこー。

 

『鬼道、お前は私の作品だ……』

『帰ってこい鬼道、私の下に……』

『鬼道』

『鬼道』

『鬼道』

『鬼道』

「くそっ、全員影山に見える……!」

 

 いやどんな幻見てるんだよ。

 なんか何もないところに拳を振るったり蹴ったりしてるし。

 通行人の目がさらに可哀想なものを見るようになっていくのがいたたまれない。

 さすがにこのまま続けると彼の尊厳に関わるので、ここら辺にしておこう。

 

『イタリアエリアで待っているぞ、鬼道よ……』

「待て影山! どこに行く! 逃げるな!」

 

 私が音声を切った途端、鬼道君はいないはずの総帥を追いかけてどっかへ行ってしまった。

 ふふっ、面白いものが撮れたね。もちろん今のは録画済みである。のちに彼の黒歴史として公開してあげるのだ。

 くふふっ、お主も悪よのう……!

 

 ……む? 鬼道君がどっかへ行ったあと、不動が何故かここに辿り着いた。

 でも彼用の音声は預かってないしなぁ。無視だ無視。そう思った時、スマホが私の手から滑り落ちてしまった。

 そしてポン、という再生が始まった音が聞こえた。

 

『鬼道、お前は私の作品だ……』

『帰ってこい鬼道、私の下に……』

『鬼道』

『鬼道』

『鬼道』

『鬼道』

「俺は不動だっ!!」

 

 名前似てるしいいじゃん。

 それにしてもやっちゃったな〜。スルーするつもりが逆に話しかけちゃった。

 不動は冷静に辺りを観察している。

 むー、しょうがない。融通の効かない総帥ボイスに変わって、この私がアドリブでこの場を切り抜けてやろうじゃないか。

 

『バナナ……』

『ベンチウォーマー……』

『半分ハゲ……』

『白髪……』

『ホモ……』

『お猿のシンバル……』

「ただの罵詈雑言じゃねぇか!?」

 

 バカめ。お前にくれてやる言葉なんてこれで十分だ。むしろこの私に罵倒してもらったんだから泣いて喜んでほしいものだよ。

 いやー、相手の手が届かないところから一方的に煽るのって楽しー。

 

「ぜってぇ殺す!」

『ぎゃー!? カメラが!』

 

 手が届いたぁ!?

 やめて! 不動渾身のヤクザキックでカメラを打ち壊されたら、財布が繋がってる私に賠償請求が来ちゃう! って、アアァァァァァァッ!! また壊された!

 

「クックック。あのケチな影山がこんだけのカメラの損失を気にしねぇはずがねぇよなぁ?」

 

 ぐっ、このやろ……! さすが元部下なだけあって、総帥と私の関係性をよくわかってる……!

 そして不動は残された最後のカメラを見つけ出し、足を上に置いて……。

 

『やめろぉぉぉぉっ!!』

「オラよっ!」

 

 接続されてた画面が真っ暗に染まる。

 

 そして わたしの めのまえも まっくらになった

 

 

 その後、案の定帰社した私には機材破壊に対する請求書が届いてた。

 嗚呼、悲しきかな、我が財布……。

 

 

 ♦︎

 

 

「こいつは……影山!?」

 

 リゾートエリアで買い物を楽しんだあと、日本代表のメンバーや監督たちは鬼瓦刑事に呼ばれて会議室に集合していた。

 そこで彼が見せた写真の人物には、恐るべき男の面影を感じられた。

 

「でもよ……金髪じゃねえか。人違いじゃねえのか?」

 

 染岡が認めたくないとばかりに否定しようとする。

 

「いや、この顔は間違いなく影山だ。俺は幼少のころから一緒だったんだ。見間違えるはずがない」

「さらにこいつは別の情報源からだが、こんな写真も見つかっている」

 

 鬼瓦はさらにもう一枚写真を取り出す。そこにはサッカーボールを大事そうに抱えて道を歩いている桃色髪の美少女が映っていた。

 それを見た虎丸はほんのりと顔を赤らめる。

 

「わぁ……すごい綺麗な人ですね……」

 

 しかしこの少女の正体を知っている人物たちは苦々しい顔をする。

 

「なえがいるってことは……」

「影山がいるのはほぼ確実だな……」

「……? 響木さん、影山ってのはそんなに悪いやつなんですか?」

 

 重苦しい雰囲気に包まれる中で、飛鷹のような雷門とあまり関わりのないメンバーたちは首を傾げていた。

 それを察した響木は、影山の今までの所業を語り始めた。

 四十年前から今に続く、その闇の歴史を。

 

 全てを語り終えたあと、飛鷹たちは恐ろしいものでも見たかのような目を写真に向けていた。

 

「そしてこの少女。白兎屋なえは影山の配下だ」

「……じゃあそいつも悪いやつなんですか?」

 

 飛鷹の純粋な質問に、事情を知っているメンバーは微妙そうな顔をする。特に鬼道や円堂などは。

 

「いや、悪いんだけど、悪くないっていうか……その……なんか上手い言葉が見つからないなぁ」

「……なえ自体は素晴らしいプレイヤーだ。類を見ないスピードに圧倒的なキック力、そして繊細なテクニック、全てにおいて完成されたサッカープレイヤーと言えるだろう」

「そんなすごいやつが、なんで……?」

「だが、問題はやつのサッカーに対する深すぎる愛情だ」

 

 鬼道のこの言葉でさらに飛鷹たちは困惑してしまう。

 

「サッカーが好きならいいんじゃないですかね?」

「ああ、普通はな。だがやつが抱く感情はもはや狂信的と言ってもいい。やつはサッカーを愛しすぎるあまり、サッカーを楽しむためには手段を選ばないんだ。たとえ犠牲を出そうともな」

 

 犠牲という言葉を聞いて、佐久間が反応を示した。

 真・帝国学園においての犠牲者は佐久間と源田だった。禁断の技を使わされ、体をボロボロにされて……なによりもその技を使ってもなお狂ったように笑い続ける少女の姿を思い出し、身震いをしてしまう。

 円堂を含む雷門メンバーは一度仲間として共に戦ったことがあるため、なえをあまり悪く見ることができなかった。そのため、円堂が鬼道に提案をする。

 

「なあ鬼道、なえを説得することはできないのか?」

「無理だ。あまりそういう素振りを見せないが、影山はやつにとって父親代わり、言ってしまえばお前にとっての大介さんのようなものだ。裏切ることはないだろう」

「……そっか」

 

 鬼道は昔を想起する。

 孤児院時代のなえは、決して明るい性格ではなかった。むしろ暗い顔をしていた。それを変えたのは影山だ。そして自分も……。

 かつてあの男に抱いていた感情を思い出し、嫌悪感を示す。

 

「……やはり、見間違いでも幻聴でもなかったんだな」

「どうしたんだ?」

「……さっきリゾートエリアで、やつらしき男を見かけたんだ。そして声を聞いた。……断ち切れないのか、この因縁は……」

「……鬼道」

「へっ、縛られてるねぇ鬼道君」

 

 呪いにも似た縁を彷彿とさせ、拳を握りしめる。それを煽るような声がかけられた。

 

「不動、お前もだ。俺と佐久間はあの時、お前も影山の近くにいたのを見た。もしお前がまた影山に与しようとするなら……」

「……するなら?」

「許さん。絶対にな」

 

 鬼道はそう言い放ち、部屋を出て行く。それを追いかけるように佐久間を始め次々と人が出ていき、ミーティングは次第に解散になった。




 イタリア対アルゼンチンの戦績をイタリアの勝利から引き分けに変更しました。
 理由は、アニメじゃアルゼンチンって一回戦負けてるにも関わらず二回戦じゃ『これまでの試合で無失点』って言われてるんですよね。これは単純な製作側のミスだと思いますけど、さすがに矛盾したままなのはどうかと思いこうするに至りました。


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衝突、三度目

 FFI。

 それは少年サッカー世界一を決める夢の祭典。

 栄光そのもの。

 

 そんな舞台にいるはずなのに、私はなんで……。

 

「……なんで工事なんてしてるのかなぁ!?」

 

 ズドドドドドッ! という削岩機の音が木霊する。それ以外にもクレーンや作業員たちの声もあって、イタリアエリアは夜にも関わらず大変賑やかになっていた。

 

 そんな中、私はライトセーバーのおもちゃみたいな棒を振り回し、指示を出している。

 誘導棒って言うらしいねこれ。初めて知ったよ。

 

 現在の時刻は朝三時。そう、三時である。

 鬼か! 鬼かあの人は!

 なんで終業時間間近に新しい仕事増やしてるんだよ! しかも時間のかかる工事! これを明日の朝までに終わらせろとかクソすぎる!

 実際私以外の作業員たちの目も死んでいた。でもやるしかないのだ。やらなければきついお仕置きが待っているのだから。

 

「姉御、ゴンドラの細工終わりました!」

「じゃあゴンドラ班は落とし穴班と合流して!」

「姉御、ここの木材はどんな風に設置すれば!?」

「設計図あったでしょ! そっちは鬼道君用なんだから丁寧に設置してよね!」

「姉御、落とし穴このままじゃ全然終わりません!」

「気合で穴空けて!」

 

 ああもううるさいなぁ!

 こっちだって眠くて仕方がないんだよ! というか現場監督ぐらい雇え! なんで中学生の私がこんな工事の指揮しなきゃならないんだ!

 

 そんな心の叫びを押し殺し、作業を進めていく。

 結局、工事が終わったのは四時ごろだった。

 起床時間まであと二時間と三十分。

 私はベッドにたどり着くと、風呂にも入らず泥のように眠りについたのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 翌日。

 私はイタリアエリアにある空き地に向かっていた。

 たどり着くと、そこにはグレーと紺色のユニフォームを着た十人もの選手たちがいた。

 

「おっ、みんな揃ってるね」

「遅すぎるくらいだ。数分とはいえ遅刻とは……総帥の秘書としての自覚がないのか?」

「ぐぬぬ……あのねぇ! 私はサッカーだけしてればいいあなた達とは違って忙しいの! 今日だって二時間ちょっとしか寝てないんだよ!」

「ふっ、それも全ては総帥のためなら俺は喜んでやれるさ」

 

 紛い物風情が……!

 このデモーニオ、どうやら総帥にえらく忠誠心を持ってるらしく、それゆえにその隣にいる私が目障りらしい。

 私は別に秘書なんてポストに魅力感じてないけどねー。

 まあ彼らはイタリアの野良チームとしてうろちょろしてたところを総帥にポンって力与えられたらしいし、崇拝する気持ちも分からなくはないけど。

 でもあの人の秘書なんてやったら絶対幻滅するよ? その業務内容じゃなくて、主に勤務時間で。

 ブラック企業KAGEYAMAの真の闇を、彼らは知らない。

 

「さて、じゃあ行こうか」

 

 私がそう言うと、フンと鼻息を鳴らしてデモーニオは歩き出す。それに選手たちは続いていった。

 一応私がキャプテンのはずなんだけど……。

 まあ仕方がないか。チームKとなる前はデモーニオがキャプテンだったらしいし、選手たちが彼に従うのも無理はない。

 そもそも私は鬼道君みたいに指示を出すタイプじゃないしね。司令塔の言うことを聞くんだったら普段はそっちに任せたほうがいい。

 

 さて、私たちが向かうのはイタリアグラウンドだ。

 ここで次からの段取りを教えよう!

 まず一足先に車でグラウンドに着いた総帥が現イタリア代表たちに顔出し! そんでもって状況説明をする!

 そのあとに私たちチームKがババーンと登場して、彼らを驚かせるって寸法だ!

 

 ……うん、その演出いる? とか言わない。わざわざ二手に分かれてまでやること? とかも言わない。

 残念ながらうちの総帥はこういうことにはとことん細かい男なのだ。じゃなきゃ今まで散々あの人の芸術センスに手を焼いていないよ。

 むしろ今回はお金を使わずに演出だけなのでラッキーなまである。

 

 っと、ようやく着いた。

 私は物陰に隠れて耳を澄ます。

 

「ではさっそくお前たちに報告することがある。……お前たちはクビだ」

『なっ!?』

 

 ひ、酷っ!なんの説明もなしに『クビ』の二文字で終わらせたぞあの人!

 あんまりな一言に驚愕の表情を見せる新入社員(現イタリア代表)たち。それを聞いてチームのみんなは愉快そうな顔をしてた。

 おーい、他人事じゃないぞお前たちー。お前たちだって新入社員なんだからなー。

 特にうちの会社は業務内容の問題から使えない新入りが切られやすい傾向がある。それにベテランだって下手やらかしたら処分しかねない。

 明日は我が身だ。

 そう思うと、彼らの扱いに涙してきた。

 まあ実際流さないけど。

 

 ここでようやく私たちの登場である。

 イタリア代表たちは急に総帥の背後に並び出した私たちを怪訝そうに見る。唯一フィディオだけは私を見て驚いていたけど。

 

「君がなぜここに……? それに後ろの彼らは……?」

「紹介しよう。彼らは『チームK』。お前たちに代わって新たにイタリア代表となる者たちだ」

「そーゆーこと。悪いねフィディオ」

 

 というか、相変わらずこのチーム名ダサいなぁ。

 どうにかなんないのかね、ほんと。

 

「どういうことだなえ」

「どういうことも何も、そういうことだよ」

「答えになってない!」

 

 フィディオはこちらを睨みつけてくる。

 はぁ、しょうがないな。

 私は人差し指をピッと天高く突き上げる。

 

「FFIで、サッカーで世界一に。それはプレイヤーなら誰もが考えること。だけど私は世界中の誰よりもサッカーが上手いっていう自信と実力があったのに、その夢の切符に触れる機会すら与えられなかった。ひとえに性別なんていうくだらない制限のせいでね」

「女子にだって似たような大会はある!」

「私は魂が燃える勝負をしたいんだよ。残念ながら男子に比べて予選レベルのチームばっかりの女子の世界じゃ力不足。だから私はここに来た。本当の世界と戦って、真に胸を張って世界一だと誇るために!」

「……っ! それでもっ、それでも俺たち全員が代表から下されるのは納得がいかない!」

「納得? そうか、ならばチャンスをくれてやろう」

 

 チャンスウ*1ではないよ? チャンスだよ?

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに総帥が横槍を入れてきた。

 フィディオは厳しい視線を総帥に向け、警戒しながら聞き返す。

 

「チャンス……ですか?」

「そうだ。私のチームKとお前たちオルフェウスが試合をし、勝った方を代表にする」

「それは……信じてもいいんですか?」

「ああもちろん。私は約束は守る。勝者こそが絶対、敗者に存在価値などないのだからな……」

 

 負け続きの私たちが言っても説得力ないけど。

 でも総帥のこの言葉だけは否定しちゃいけない。この言葉は総帥が長年の人生から導き出した結論みたいなものなのだ。

 それを否定するということは総帥の人生そのものを否定することになる。

 だから私はこの言葉に異議を唱えることは今までも、これからもないだろう。

 

 フィディオはしばらく目を閉じ、他の代表たちの顔を確認したあと、決意した。

 

「……わかりました」

「ああそうだ。お前たちは他のグラウンドを使え。ここはチームKが使用するのでな」

「なんだと!?」

「よせブラージ。相手は悔しいが監督なんだ。時間の無駄だ」

「ちっ!」

 

 フィディオたちはしぶしぶとグラウンドを出ていく。

 あらら、可哀想に。そんな不用心に町なんかぶらついたら、どんな事故に遭うかわからないよー?

 明日は誰が病院送りになってるんだか。でも最終的には試合ができるのは決まっているので、私的には問題なかったりする。

 

 この事故で人数が減ったことで試合に出れなくなる。

 そんな時に円堂君たちと出会ったらどうなるのか。

 絶対共闘を持ちかけてくるに決まっている。

 そう、これも総帥の策なのだ。全ては円堂君たちを誘き出し、イタリア代表もろとも潰すための。

 

 ふふふ、楽しみだなぁ。

 楽しみすぎて……あくびが……。

 

「ふぁぁあ……」

「何をしている。あくびしている暇があるのなら練習しろ」

「お、お願い……夕方は参加するからもう寝させて……このままじゃ明日に支障が……」

「断る」

 

 駄目!? そんな! 今日は厄日だわ!

 絶望した私の顔を見かねたのか、舌打ちを総帥はして、

 

「……今日だけは許可してやろう」

「ふぉぉぉっ! ありがと総帥! いや総帥様!」

 

 そうと決まったらこうしちゃいられない! 

 ホテルなんかに戻ってる時間もないので、私は宿舎裏の日陰で寝っ転がる。

 そしてあっという間に眠りにつくのだった。

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオたちイタリア代表は途方に暮れていた。

 フィディオの後ろには六人の選手。数時間前グラウンドから出た時の半分もいない。

 何者かの作為を感じられずにはいられなかった。グラウンド探しで別行動を取っていたメンバーたちが次々と事故に巻き込まれていったのだ。

 結果八人が病院送りとなり、残ったのはフィディオを含めて七人だった。

 

 しかし、神はフィディオを見捨てなかった。

 偶然知り合いになっていた日本代表の円堂守と出会い、手を借りることができたのだ。

 

 そして試合当日となり、円堂たち助っ人を含めた十一人がミスターKの前に並び立つ。

 ミスターKはグラウンドを見つめたままフィディオたちに背中を向けていた。そこから感じるオーラに若干気圧されながらも、フィディオは話しかける。

 

「ミスターK、約束です。俺たちが勝ったらイタリア代表の座は返してもらいます」

「よかろう。しかしそいつらは?」

「彼らはイナズマジャパンからの助っ人です。負傷したメンバーの代わりに、彼らが試合に出てくれます」

「ふっ、そうか……帰ってきたか鬼道。私の下に」

『っ!?』

 

 その声、その顔、なによりもその言葉。

 それを聞いた時、鬼道たちの背に冷や汗が垂れた。

 

 鬼道はミスターKの正体が影山だと、フィディオから話を聞いた時から半ば確信していた。

 試合前に事故。散々聞いてきた話だ。

 だからこそ、確かめにきた。

 そしてどうやら最悪にも、その直感はビンゴだったらしい。

 

 ミスターKは、影山だった。

 

「影山ァ!」

「案の定か……!」

 

 我を忘れて詰め寄ろうとした鬼道を佐久間が制する。

 一度は冷静さを取り戻すも、影山がそれを見て不気味な笑みを浮かべていることに気づき、再び激情が腹の奥から上ってくる。

 

「何を企んでいるんだ!」

「私の目的は変わらん。常に勝てる最強のチームを作ることだ」

「そのために今度は誰を犠牲にするつもりだ影山!」

「総帥はK。ミスターKだ」

 

 聞き覚えのない声が聞こえたあと、シュートが鬼道に向かって飛んできた。

 かろうじてそれを足で受け止める。しかしあまりの威力に足が弾かれ、鬼道は膝をついてしまう。

 

「くっ……なっ!?」

 

 ボールを蹴った人物を見上げる。

 そしてその目に映った姿を見て、驚愕した。

 

 赤いマント。

 ドレッドヘアーによるポニーテール。

 赤いゴーグル。

 そう、そこにいたのは鬼道そのものだった。

 

「なんだこいつは……鬼道にそっくりじゃないか!」

「……そこまでやるかね」

「私の新しい作品を紹介しよう。デモーニオ・ストラーダ。鬼道を越えるようにデータをインプットされた者だ」

「くっくっく……」

 

 まるでドッペルゲンガー。

 しかし先ほどの蹴りから、鬼道を越えるという話がまったくの嘘ではないのがわかる。

 デモーニオと呼ばれた男は自信に満ち満ちた表情をして鬼道を見下ろしていた。

 

「鬼道、貴様には今日ここで消えてもらう!」

「はぁ、なんで私のチームメイトはいつも相手と会うとボールを蹴るのかなぁ」

 

 そんな間の抜けた声が影山の隣から聞こえた。

 いつのまにか、そこにはなえがいた。

 彼女は円堂たちを見ると一変してニコニコと笑みを浮かべる。

 

「ヤッホー円堂君! それに不動を除いたみんなも! 今日は思いっきり楽しもうねー!」

「はぁ……やっぱりお前なのか」

「またお前なのか……」

「まだお前なのか……」

「おいそこのバナナ! 『まだ』って何よ『まだ』って! これから先私が消えるみたいなセリフやめてくれる!?」

 

 不動となえが睨み合う。

 しかし不動の小馬鹿にしたような笑みに耐えきれなくなり、なえは飛びかかろうとした。

 そこでミスターKに足を引っかけられ、頭から転倒する。

 

「まかろんっ!?」

「グラウンドに連れて行け。うるさくてかなわん」

「お任せください総帥」

「あちょっ、襟首掴むな引っ張るなー!」

 

 尻をついたままグラウンドに連行されていく。

 辺りは一気に微妙な雰囲気になった。

 

「では、イタリア代表決定戦を始めろ!」

 

 しかし影山は表情一つ変えずに宣言した。

 場数が違うのだ。なえに空気を乱されるのはこれが例外ではない。

 

 そして両チームがポジションに着き、試合が始まった。

*1
韓国代表キャプテンのチェ・チャンスウ




 最近ウマ娘にハマってます。
 アニメもゲームもいいですよねぇ。
 史実は知ってますけど、ライスちゃんには幸せになってほしいなぁ。


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タクティクスK

 親指によって弾かれたコインがデモーニオの手の甲に落ちる。

 それは裏を示していた。

 

「俺たちボールでキックオフだ」

 

【挿絵表示】

 

 

 フォーメーションは以下の通りだ。

 まあ、デモーニオ以外記憶には残らんだろうけど。恥ずかしいことに私ですら若干あやふやなのだ。

 それにしても、長袖のユニフォームは初めてなので新鮮に感じる。慣れないというかなんというか……。

 

『さあ、いよいよここイタリアグラウンドにてイタリア代表決定戦が幕を開けようとしています!』

 

 ……いや、なんで実況の人いるんだよ。

 しかもあれ角間君——雷門の試合で実況してた子のお父さんじゃん。

 あの人もあの人でFF本戦やアジア予選の実況をしてたから腕は確かなんだろうけど……突っ込んだらおしまいな気がする。

 

 っと、ここでキックオフ。

 ビオレテからボールが来て、さっそく私は前に——。

 

「待て。まずは俺にやらせろ」

「むー、しょーがないなぁ」

 

 デモーニオの要求に応え、バックパス。彼は私たちフォワード陣を引き連れて駆け上がっていく。

 軽快なパス回しで相手フォワードを避けていき、その先にいる鬼道君を見据える。

 

 出鼻をくじくという意味ではデモーニオに渡した方がいいでしょうしね。

 さあ、存分に楽しんでいってよ。

 

真イリュージョンボール!」

「なにっ!?」

 

 複数に分裂したボールが鬼道君を惑わし、その隙にデモーニオは前へ。

 鬼道君は抜かれたというのに呆然としていた。

 まあそりゃそうか。だってこれ君の十八番だもの。

 

「抜かせるかよ!」

「肩に力が入りすぎているぞ?」

「っ!?」

 

 デモーニオは次にヒールリフトを繰り出し、華麗にオルフェウスのディフェンスを抜き去る。これも彼の動きだ。

 

 RHプログラムでは身体能力だけでなく知識も植え付けることができるらしい。デモーニオには他の選手以上にある情報がインプットされていた。

 それは、戦術。

 どのように選手を動かせばいいのか、どのようにすれば敵味方を操れるのか。それが帝国式でみっちり詰め込まれている。

 デモーニオは元々そんなものに縁はなかったらしいが、機械は偉大かな、今の彼はどっから見ても一流のゲームメイカーだ。

 

「なえ上がれ! ビオレテは左だ!」

 

 味方の立ち位置で描かれる三角形を意識してプレイする、帝国お馴染みの組織的プレイ。

 慣れないメンバーのオルフェウスにはそれに対抗する力はなく、あっという間にミッドまでもが鋭いパス回しに翻弄されて切り刻まれていった。

 

 しかし相手も世界レベル。

 特に鬼道君たちはすぐにこの戦術の内容に気がついたようだ。

 

「フィディオ、俺に指示を任せてくれ! 俺はこの戦術を知っている!」

「そうか、頼んだぞ!」

「ほう、面白い……まずは本物らしくゲームメイクで勝負をしてやろう」

 

 フィールドに二つの声が絶えず飛び交う。

 選手たちはその指示に合わせて動いていく。

 まるでチェスだ。

 私は鬼道君とデモーニオがグラウンドを盤面として、私たちを操っている姿を幻視した。

 

 デモーニオが動かす兵の進路を鬼道君は先読みしてことごとく潰していく。

 しかしデモーニオも負けていない。

 潰された兵は囮。

 敵を誘導することでディフェンスラインに小さな穴を作り出していた。

 そこにロッソが突っ込んでいく。

 

「佐久間!」

「わかっている!」

 

 しかしこれもデモーニオによる罠だ。

 敵の穴部分に突っ込んでいく選手をあえて囮に使うことで、さらに大きな穴を生み出す。

 この場合は中央ミッドのロッソと見せかけて、左サイドミッドのベルディオ……と思ってたでしょうね?

 

 ベルディオに向かって出されたパスを佐久間がカットしようとしたら瞬間、ボールは軌道をカーブさせ、敵味方誰一人いないところに飛んでいった。

 そしてボールがラインを越える瞬間、私は足でそれを捕る。

 

「なっ、馬鹿な!? どうして彼女が左サイドのラインギリギリにいるんだ!」

「なえのポジションは攻めを中心としたフリースタイル『逆リベロ』だ。このフィールド全域があいつのポジションだと思え!」

「なんだって……!」

 

 うん、めちゃくちゃだね。自分でもよーく理解してる。

 フィディオの新鮮な反応を見ると、将棋盤を蹴ってひっくり返したような爽快感を覚えた。

 

 そもそも、帝国の戦術をそのまま使うはずがないのだ。

 いくら強くても帝国はナショナルチャンプレベル。世界クラスのフィールドで使用するには力不足だ。

 だから、デモーニオには総帥によって書き加えられた新たな戦術が与えられていた。

 それを見抜けなかった鬼道君の戦術負けだ。

 

 さっきサッカーをチェスで例えたけど、両者の持ち駒は最初から同じであるはずがない。ルークやナイトの数が違っていたり、いなかったり。

 私は言わばクイーンだ。そして彼らにはそれがいない。

 そんな彼らに、クイーン(最強)は止められない。

 

スプリントワープ!」

 

 私の体から紫の混じった桃色のオーラが溢れ出した。

 そして複雑な軌跡を描きながら、加速。

 ジグザグという単純なものではない。時に緩く、時に鋭く角度をつけてのカーブ。それを目に見えない速度でやれば、私を止めるはおろか動き出せた者は誰もいなかった。

 

「なんなんだ……今の動きは……!」

「速い……! かつて見たことないほどだ……!」

 

 あっという間の三人抜き。私は左サイドのゴールラインにまで辿り着き、センタリングを上げる。

 そこにはデモーニオがフリーな状態で待ち構えていた。

 

「俺こそが究極。そして見ろ! これが究極の……ペンギンだ!」

「あれは……!」

 

 いや究極のペンギンってなんだよ。

 デモーニオが口笛を吹くと、五匹の黒いペンギンが地面から出現し、空へと飛翔する。その後急旋回したあと、天に向かって振り上げられた右足に噛み付いた。

 そして彼の足が禍々しい赤黒い気に包まれる。

 

皇帝ペンギンXッ!!」

 

 それを放出するようにボールを蹴る。すると、赤黒い砲弾とボールは化し、円堂君に迫る。

 

怒りの……速い!?」

 

 砲弾を止めようと、円堂が跳び上がる。しかしシュートのあまりの速さに技が追いつかず、ボールは円堂君の脇腹に直撃したあと、抉るように彼ごとゴールに押し込んだ。

 

『ゴール! 先制点はチームK! 円堂、不安な倒れ方をしました!』

 

「あれは皇帝ペンギン1号……?」

皇帝ペンギンX。皇帝ペンギン1号を元にして作られた改良版だよ。つい最近どこぞの誰かさんが大量に撃ったおかげで、ようやくデータが集まって完成したんだって」

「っ、貴様……!」

 

 佐久間が凄まじい形相になる。

 あれだけ嬉しそうに撃ってたくせに。私もかれこれ百回以上は撃ってるけど、あんな変態みたいな顔はしなかったぞ。

 というか佐久間の数回で改良できるんだったら、私が使ってた時にもできたんじゃ……。

 ……いや、下手に探るのはやめとこう。

 どうせ突き詰めたら財政難が原因で、それを指摘した私が痛い目に遭うだけなんだから。

 まあ本当は数十年前からずっと研究してて、ようやく完成したとかかもしれないけど。

 

 とりあえず、先制点だ。

 だけど、まだまだ油断できない。

 円堂君が強くなるのはこれからなんだから。

 

 円堂君はチームメイトに声をかけて、立ち上がる。

 どうやら怪我とかはないらしい。

 呆れるほどに頑丈な体だ。彼らしい。

 

「まだまだ一点! 取り返すぞ!」

「あ、ああ……」

 

 円堂君が発破をかけるけど、鬼道君の反応が鈍い。

 まるで苦虫を噛み潰したような表情でずっと総帥を見ている。

 キックオフしてもどこか上の空だった。

 

 ……踏ん切りがつくはずもないか。

 私にとって総帥は恩人。それは鬼道君にも言えることだ。

 たとえ今までの行いを知って裏切られたとしても、あの人を憎むと同時にどこか心の奥底では信じている彼がいるのだ。

 それを自覚していて、でも認めたくなくて頭の中がグチャグチャになっている。そんな感じか。

 ほら、二人を見ているだけで彼らの心の声が聞こえてくるよ。

 

『私の下を離れたお前に私を倒すことなどできん。戻ってこい鬼道』

『ふざけるな! 俺はあんたとは決別したんだ!』

『果たしてそうかな? そのドリブル、そのフェイント、そのゲームメイク。誰が与えたものだ? ——私が与えたものだ』

『っ……!』

 

 鬼道君の動きがみるみるうちに鈍くなっていく。

 もはやゲームメイクもしなくなり、彼はノロノロと走るだけになってしまう。

 その顔はフルマラソンでも走り切ったかのように真っ青で、唇も震えていた。

 

『俺は、円堂たちと出会って真の勝利を、仲間と分かち合うことの喜びを知ったんだ!』

『仲間などお前には必要ない! お前はフィールドの帝王、鬼道有人だ。あるのは駒のみでいい!』

『違う、俺はそんなんじゃない!』

『違わないさ。なぜなら私がそういうふうに作り上げたのだからな! 私の意思は確実に貴様の深層心理に刻まれている!』

『俺はっ、俺はっ……!』

 

「いつまでも昔のこと引きずってやがる! 俺たちは人形でも作品でもねぇぞ!」

「っ、がっ!?」

 

 その時、信じられないことが起きた。

 なんと不動が突然、放心状態の鬼道君にスライディングをしかけたのだ。

 うわ、やりやがったぞあいつ。やっぱバナナはダメだね。

 

「正体表したな!」

「ああ?」

「俺はお前が裏切ることはわかっていた!」

「バカが、勘違いしてんじゃねえぞ。俺は影山に見せつけてやりたいだけだ。もう俺はお前なんて必要としてないってことをな!」

 

 たぶんあれ絶対に総帥に『二流』って呼ばれたことを根に持ってるよね。その後無様に逃げちゃったし、相当悔しかったみたい。

 まあ、同情はしないけど。

 

「お前はどうするんだ鬼道君? このまま人形のままでいるか、それとも……」

「俺は……影山の人形では断じてない!」

 

 鬼道君は立ち上がり、不動からボールを奪い返した。

 ……迷いが消えたね。

 不動なんかもたまには役に立つもんだね。

 ……彼ですら人を立ち直せることができたことに、ちょっと胸が痛んだ。

 

「佐久間、不動! 俺に力を貸してくれ!」

「ああ!」

「へっ、お前が俺を助けるんだよ!」

 

 はー、ようやく終わったようだ。

 心優しく待ってあげた私を褒めて欲しいものだよ。

 

 鬼道君たちは先ほどとは見違えるような動きとコンビネーションで、次々とディフェンスを抜いていく。

 そうこなくっちゃ。

 私は彼ら三人の前に立ちはだかる。

 

真イリュージョンボール!」

 

 鬼道君の周りを三つに分裂したボールが、衛星のように回る。

 前に見た時よりも精度が上がっている。しかし何回も見た技だ。

 私は瞬時に本物を見抜き、飛びついた。

 そして()()()から蹴りが加えられる。

 

「ぐうおぉぉぉぉおおっ!!」

「ちっ!」

 

 本物を見抜いたのは私だけではなかった。

 不動は私のボールカットを妨げるために、私に対抗して蹴りを入れた。

 しかしキック力の差は明らか。

 不動は雄叫びをあげて踏ん張るも、甲斐なく吹き飛んでいく。

 しかしそのせいでボールは私のコントロールを逃れ、歪な方向に飛んでいってしまう。

 

「あとは任せたぞ、フィディオ!」

 

 それを佐久間が拾い、フィディオにつなげた。

 彼は凄まじいドリブルでディフェンスを抜き去り、そしてシュート体勢へ。

 

「決める! —— オーディンソードッ!!」

 

 彼が足を振り上げると、光り輝く魔法陣がボールの真下に展開された。

 そこにエネルギーが集中し、蹴りを入れると、ボールは光り輝く剣となって、真っ直ぐにゴールに突き進んでいく。

 

 さすが世界最高クラスのフォワード。見てるだけで凄まじい威力なのがわかる。

 でも、そう簡単には入らせやるつもりはないよ。

 

 一瞬でフィディオの前に立ちはだかった私は、足に気を溜める。

 すると紫色の光が宿り、それを横一閃に振り抜いた途端、地面から同じ色の激しく燃え盛る炎の壁が出現した。

 

デーモンカット!」

 

 くらえ、ヘンクタッカー君直伝の技!

 オーディンソードが壁に突き刺さる。数秒間拮抗した後、壁に穴が空いた。

 さすがに止めることは無理だ。でもパワーダウンさせれば……。

 チームKキーパーのインディゴは不敵に笑いながら、胸を抑える。そして周囲に聞こえるほど大きく彼の心臓が振動した瞬間、その目は真っ赤に染まり、背後に見覚えのある獣が気で形作られた。

 

「あの技は、まさか……!」

ハイビーストファングッ!!」

 

 インディゴは野獣のように前に駆け出すと、その両手を牙に見立てて、一気に突き刺した。

 光輝く剣がガラスのように砕け散り、ボールが彼の手に収まる。

 

 『ハイビーストファング』。

 名前通り、ビーストファングを進化させたものだ。

 こっちも皇帝ペンギンX同様、負担を大幅に減少させ、さらに威力を高めることに成功している。

 我がブラック企業影山の開発力は世界一ィィィ!! できないことはないィィィ!!

 

「な、なんなんだあのキーパーは……? イタリアのいったいどこにこんなすごい選手たちが隠れてたっていうんだ!?」

 

 ふふふ、驚いてる驚いてる。

 さあ、こっからが本番だよ。エースストライカーのシュート、見せてあげる。

 私は厳しい顔をしている円堂君に、目をギラギラ光らせたまま笑いかけた。




 新技紹介

 ♦︎『スプリントワープ』
 イナイレGOとGO2最強の無属性ドリブル技。凄まじい速度で複雑な軌道のドリブルを行い、相手を抜く。
 ちなみに紫と桃色のオーラが出るのはオリジナル仕様。
 たぶんドリブル技まとめの動画とかを探せば見つかるかも……?

 ♦︎『デーモンカット』
 ヘンクタッカーの技。一度だけどアニメにも出ている。知らない人はスピニングカットの紫版と考えればOKです。

 ♦︎『ハイビーストファング』
 アレス登場の必殺技。詳しいアニメでは出されていないので、今作品ではビーストファングの上位互換にしている。
 たぶん動画で調べれば出てくるはず。


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メガトンヘッドは人を殴るためのものじゃありません

 キーパーインディゴからのパスが私に渡る。

 攻め上がっていたせいでオルフェウスの守備はガラガラだ。

 一気に加速し、次々と敵を追い抜いていく。

 

「くっ、ここから先は行かせん!」

「どーぞ。もっとも、私はもうボール持ってないけど」

「なにっ!?」

 

 鬼道君が通せんぼする様に両手を広げ、行く先を遮ろうとする。

 しかしその時にはすでに私はバックパスを出していた。

 悠々と彼の真横を通り過ぎる。

 ボールを受けたのはデモーニオだ。

 

「ちっ、お前らは前に出ろ!」

「お、おうっ!」

 

 不動は鬼道君が抜かれたところを見て、素早く指示を出し、その他のディフェンスをデモーニオへ進ませた。

 そして彼自身は下がって私のマークにつく。

 なるほど、いい考えだ。でも力量差を弁えるべきだったね。

 

 呆気なく不動を抜き、デモーニオから出されたセンタリングを受け取る。

 そしてゴール前、円堂君と一対一の状況になった。

 勝負だ、円堂君。

 

皇帝ペンギンXV2!!」

イジゲン・ザ・ハンド!!」

 

 放つのはデモーニオと同じ技。でも威力はさらに上だ。

 ゴール前に半ドーム状の気の結界が張られる。

 イギリス戦で見たけど、あの結界は下から上に気がものすごい勢いで流れており、それによってボールを受け止めるのではなく受け流すことができるようになっているらしい。

 だけど、その勢いを遥かに超える威力でシュートを撃てば、割れる。

 ペンギンたちと赤黒い砲弾は結界に突き刺さり、上に流されることなくそれを貫いた。

 地面に気を流していた円堂君の横を通り過ぎ、ボールがネットに突き刺さる。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……へっ?」

 

 副審が旗を上げるって……もしかしてオフサイド!?

 でも最後に私が抜いたのはミッドフィルダーの不動だ。彼の後ろにはまだディフェンスが控えていて……。

 その時、思い出した。

 彼が私のマークに着く前に、ディフェンス陣に指示を出していたことに。

 

「必殺タクティクス——オフサイドトラップ。自慢のスピードが仇になったな」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 不動は小馬鹿にするように笑ってきた。

 くっそ、ムカつく! よりによって不動に罠にかけられるなんて!

 真帝国時のイメージが強くて侮ってしまっていた。やつは仮にも総帥に選ばれた人間なのだ。そのゲームメイク力は鬼道君にも勝るとも劣らない。

 

「助かったぜ不動!」

「ふん。だがもう次は通じねえ。早く打開策を考えることだな」

 

 ……そうだ。まだまだチャンスはある。

 次こそさっきと同じ展開に持ち込んで、ゴールを決めてやる。

 そう自分に言い聞かせ、プレーを再開する。

 しかし直後にホイッスルが二度鳴って、前半は終了してしまった。

 

 

 ♦︎

 

 

 ハーフタイム中。ドリンクを飲み終え、容器を放り投げて呟く。

 

「欲を言えばあと一点取りたかったなー」

「誰かさんがオフサイドなんて取られなければそうなっていただろうな」

「パス出したのあなたじゃん!」

 

 こんの生意気な……!

 私とデモーニオは互いに睨み合う。

 しかし試合中にこんなことをやっているのは無駄と判断し、すぐにやめた。

 

「まあいい。あのキーパー、円堂守の技では俺たちのシュートは止められないことが証明されている。また撃てばいいだけの話だ」

 

 楽観的だなぁ。

 私個人の方は、一点しか決められずに円堂君にこちらの手札を全て見せてしまったのはまずいと思っていた。

 円堂君って、基本同じ技は通じなくなっちゃうんだよね。

 こう、それ以上に進化しちゃうっていうかさ。

 それは今までの試合から見ても明らかだ。だからこそ、前半圧倒的リードだった世宇子とかが負けちゃったわけだし。

 

 ちらりとオルフェウス側のベンチを見る。

 鬼道君の顔がまた曇ってきている以外は普通だ。まだまだ闘志で満ちている。

 現在は一点差でチームKがリード。

 だけど安全圏とは言い難い数だ。

 重ねて言うが、私たちにもう手札は残っていない。

 あとは対策が出来上がるまでに、どれだけ差を広げられるかの勝負だ。

 激戦になることを予感しながら、フィールドへ歩を進めた。

 

 

 ♦︎

 

 

 後半はオルフェウスボールから始まった。

 鬼道君にボールが渡った瞬間、私は鋭いスライディングをしかける。

 

「ぐっ……!」

「こんなものじゃ困るよ。もっと私を楽しませて!」

 

 それを彼は避け切ることができなかった。

 はね飛ばされたことでボールが溢れるが、それをなんとかオルフェウスのミッド陣が拾う。

 しかし今度は別の問題が発生する。

 

「指示を出せ鬼道! お前が中盤をコントロールしなければ試合に勝てないぞ!」

「っ、しまった!」

 

 中盤は鬼道君のミスによって大変混乱してしまっていた。

 それを見逃す私たちではない。

 

「えっ、エコーボ……!」

真キラースライド!」

 

 相手が必殺技を繰り出す前に、味方ミッドの強烈なスライディングによってボールが再び弾かれた。

 今度はそれを不動が拾う。

 彼のこめかみには髪がない分、青筋がはっきり見えた。

 

「役立たずが! フォワード二人は左右に展開しろ!」

『えっ!?』

 

 不動は真っ直ぐに私たちのコートへ攻め込んでいく。

 しかしフィディオたちはその指示通りに動くことはなく、結果的に彼一人がこちら側へ突っ込んできた形になってしまう。

 現状を理解した不動は堪忍袋の緒が切れたのか、激しく怒鳴った。

 

「なんで俺の言う通りに動かねえんだっ!」

「いきなり司令塔が変わってもプレイヤーは混乱するだけだ。ゲームメイクも二流だな」

「二流、だと……? ふっざけんなぁっ!!」

 

 あーあ、悪癖が出ちゃってるよ。

 不動の欠点。それはコミュ障なくせに喧嘩っ早いことにある。

 あんな性格だから司令塔のくせに誰もついていかないし、相手に煽られればすぐに冷静さを忘れてしまう。

 

 さっきのお返しだ。

 私は彼の急接近し、ボールを奪おうとする。

 するとあいつは、何のためにか私の胸元にパスを出してきて……って、ゲェっ!? まさかこの野郎!

 

ジャッジスルー2ッ!!」

 

 やったね畜生め!

 不動はなんとボール越しにマシンガンみたいに蹴りをぶっ放してきたのだ。代表にもなってやることじゃない。

 胸トラップをしてしまった私にそれは全段命中。

 しかし……。

 

「……効かないよ?」

「っ、このバケモン女が……!」

 

 私は全部の蹴りを受けてなお倒れることはなく、逆にボールを奪取した。

 嘘です。超痛いです。

 そりゃそうでしょうが! いくらあのキチガイ特訓で体鍛えたと言ってもエイリアボール蹴れるサッカー選手の蹴りだぞ? コンクリート以上の体の強度がなかったら病院行きだよ。

 でも私のささやかなプライドに支えられて、表情筋は動くことはなかった。

 

「さて、じゃあお返しっていこっかな。……デモーニオ!」

「いい声を聞かせろ!」

 

 三倍返しだコラァ!

 デモーニオは私からボールを受け取ると、イリュージョンボールによってボールを三つに増やす。

 それらを私は渾身の力を込めて不動に向けて蹴った。

 

ジャッジスルー3!!」

「ゴガァァァッ!!」

「不動ぉ!」

 

 ふぅ、スッキリ。

 これがジャッジスルーの最新の進化系だ。

 撃ち出したのは本当はボールではなく、気を球状に固めたものなのだが、威力は陸に打ち上げられた魚みたいにピクピクしてる彼から察することができるだろう。

 イリュージョンボール使える人がいないとできないのが欠点だけど。

 

 反撃だ。

 未だ混乱状態の中盤をあっさり通り抜け、デモーニオへパス。

 フィディオはピンチだと判断したのか、ディフェンスラインまで下がってデモーニオを止めようとしてくる。

 

 激しいせめぎ合い。

 まるで足が残像を残しているかのような速さだ。

 そんな中でも余裕を崩さず、デモーニオは話し始める。

 

「俺はお前に憧れてたよ、フィディオ・アルデナ」

「なに?」

「だが今は違う。俺たちには力がある。世界を狙える力が!」

 

 そう言ったと同時に、デモーニオが抜けた。

 そしてバカみたいな高さのセンタリングが上がる。

 空中に跳び上がり、取ったのはもちろん私だ。

 

「さあ今度こそ勝負だよ、円堂君! —— 皇帝ペンギンXV2!!」

「っ!」

 

 ペンギンを呼び出し、再び赤い砲弾を放った。

 円堂君は右手に気を溜め、さっきの技の構えになる。

 その姿を遮るように、ディフェンダーアントンがシュートコースに立つ。

 

「やらせるか! バーバリアンの盾! ——ぐあぁぁっ!!」

 

 彼は両手に気を集中させ、その巨体すらも見えなくしてしまうほど巨大な、ドクロを模した盾を形成した。

 しかし止めることはできず、盾はペンギンたちの嘴によって一瞬で粉々になる。

 

イジゲン・ザ・ハンド!! ——ぐぅぅっ、これでもまだ足りないのか……!」

 

 パワーは落ちているものの、イジゲン・ザ・ハンドを破る力はまだまだ残っていた。結界は粉々になるが、入れさせまいと気合いで円堂君はボールにしがみつく。

 しかしそれでも回転は止まらず、彼の体は徐々に後ろに押されていく。

 

「まだだ……! イタリアのゴールを預かった以上、入れさせるわけには……いかないんだぁぁぁぁ!!」

 

 円堂君はそう叫ぶと、片手でボールを抱きしめたまま、右手を振り上げた。そこに気が集中していく。

 

真熱血パンチ!!」

 

 その拳を、彼はなんと地面に突き刺した。

 そして地中深く埋まった右腕を支えにすることで吹き飛ばされるのを防ごうとし……ゴールラインギリギリで、彼の体は止まった。

 

 ああ……ああ……やっぱりすごいよ、円堂君は!

 あの土壇場で機転を効かせるそのセンス! さいっこうだ!

 彼は右腕を抜くと、ボールを片手で持って、見せつけるようにこちらに突き出して笑ってきた。

 

「どうだ!」

「すごいすごい! それでこそだよ! 私の生涯のライバルはそうでなくっちゃ!」

「ヘヘっ、だったらもっと面白いサッカーを見せてやる!」

 

 そう言うと円堂君はボールを置き……ドリブルし出した!?

 突然のことで困惑してしまう。

 でも即座にチャンスだと判断し、足に紫色の光を灯す。

 

デーモンカット!」

 

 彼の目の前に紫色の炎の壁が出現。

 しかし、次にはその表面がぐにゃりと歪んだ。

 

「ぐぅぉおおおおおおおおおっ!!!」

「嘘でしょ!?」

 

 ゲェっ!?

 円堂君、体当たりでデーモンカット突破しちゃった!

 ついでとばかりにタックルが当たり、転倒してしまう。

 いや、彼が人並み以上の身体能力の持ち主であることはリベロしてた時でわかってたんだけど……ええ……? いったいどんな特訓したらあんな無茶ができるのよ。

 

「みんないくぞ、反撃だ!」

 

 彼の突然の行動に、敵味方関係なく目を丸くする。

 チームKの選手たちを、円堂君は足腰のバネの力強さを活かして、突き放すようにどんどん抜いていく。

 そのプレーには、見ているだけで人を惹きつけるような力強さがあった。

 それによって勇気づけられたのか、オルフェウスは次第に機能し始める。

 

「俺たちもいくぞ! ダンテ、アンジェロは両サイドから! アントンとマルコを残して全員で攻めるぞ!」

『おうっ!!』

「フィディオは円堂のフォローを頼む!」

「ああ、いくよマモル!」

 

 鬼道君のゲームメイクがまず復活した。

 これによって次々と息を吹き返すかのように、オルフェウスの選手たちの動きが格段に良くなっていく。

 その最前線では円堂君とフィディオが並び立ち、猛烈な勢いで駆け上がってくる。

 

真キラースライド!」

「おおぉぉぉぉっ! 負けるかぁっ!」

 

 円堂君は両足でボールを挟み、力強くジャンプしてスライディングをかわした。とてもキーパーとは思えないドリブルだ。

 そしてフィディオにパス。

 こちらにもディフェンスが向かっていくが……。

 

一人ワンツー!」

「っ!」

 

 フィディオが敵の真横、誰もいない場所にパスを出す。

 しかしボールは地面についた瞬間、凄まじい回転がかけられていたことによって、一人でに彼が走っている方向へバウンドしていった。

 

 まっずい。私が倒れてちょっとした間にすごい攻められちゃってる。

 デモーニオが叫ぶように指示を出してるけど、調子を取り戻した鬼道君の指揮によって完封されちゃってた。

 さすが、本物の天才は違うね。

 

 だけど、ここでぼーっとしてるつもりはない。

 全速力で一気にゴール前に戻る。

 けど一足遅かったようで、その時には既にフィディオがシュート体勢に入ってた。

 

オーディン……ソードッ!!」

ハイビーストファング!! ——ぬぁぁっ!!」

 

 彼の足から光の剣が飛び出し、それに獣が噛みついた。

 なかなか粘ったけど、最終的にその獣の頭蓋を剣が貫通し、ハイビーストファングは破れてしまう。

 しかし仕事はしたようで、フィディオのシュートはコースを外れ、バーに弾かれた。

 

 ここだ!

 私は跳び上がり、ヘディングの体勢へ。

 そしてクリアしようと前を向いた瞬間、巨大な拳骨が目の前に現れた。

 

「……もしかして……」

メガトンヘッドG3!!」

「ま、待ってお願いしますちょっ! ——もんぶらんっ!!」

 

 円堂君の進化したメガトンヘッドが炸裂。

 私は巻き添えで顔面を見事に殴り飛ばされ、漫画みたいにきりもみ回転しながらぶっ飛んだ。

 同時にゴールネットにボールが突き刺さる。

 

『ゴール! キーパー円堂がなんと点をもぎ取ったぁ!』

 

「よっしゃぁ!」

「やったなマモル!」

「ああ!」

「……」

 

 円堂君たちは鼻血を出している私に目もくれずハイタッチしていた。

 親父にもぶたれたことないのに!

 

「ひ、酷いよ……円堂君……」

『……あっ』

 

 私の呟きでようやく二人は私に気づいたようだ。

 このあと、私は慌てた二人によって鼻血が止まるまで応急手当を受けた。




 なんかこの子毎回血流してるような……。
 ほんと、よくサッカー嫌いにならないな。
 てなことで技紹介です。

 ♦︎『オフサイドトラップ』
 アニメで不動が代表選抜戦にて使用。GOでは正式に必殺タクティクスになった。
 現実にもある、ディフェンスラインを上げることでオフサイドを誘う高等テクニック。

 ♦︎『エコーボール』
 アニメ未登場。今話ではキラースライドに邪魔されて失敗。でもオルフェウスのメイン技の一つなので紹介。
 ドーム状の気の中に敵を閉じ込め、その中で発生する凄まじい騒音によってプレイできなくさせる技。

♦︎『ジャッジスルー3』
 個人的にはジャッジスルー2の方が痛いような気が……。
 無印のアニメではジャッジスルーシリーズの中で唯一登場できた技。なのでアニメしか見てない人はいきなり3とか言われて困惑したはず。ちなみにアレスではジャッジスルーがようやく解禁されました。
 イリュージョンボールで増やしたボールを相手にぶつける。

♦︎『バーバリアンの盾』
 強い(小並感)。
 アニメ未登場技の一つ。エコーボールと合わせてイタリアを代表する技なのだけれど、なぜか出ることは許されずフリーズショットがアニメでは登場した。
 実際シュートブロックもできて威力もけっこうあり、個人的にイタリア代表内で有能だと思う技。

 ♦︎『一人ワンツー』
 ぼっちのための技じゃないよ?
 アニメ未登場技。主に虎丸、フィディオなんかが使用。やぶてん漫画ではフィディオがちゃんと使用してた。
 威力は低いけどTP消費も少ないため、そこそこ役立つ。


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才能

 手鏡を持ち、映る自分の顔と睨めっこすること数十秒。

 ……よし! 鼻血は完全に止まった。 顔がまだちょっと赤いけど、これは仕方がないことだろう。

 

「やーやー、お見苦しいところを見せちゃったねー。もう大丈夫だよー」

「……さっさとしろ。俺は早く点を取り返さなきゃならないんだ!」

 

 デモーニオ、荒れてるねえ。

 Xも止められたし、点も取られた。たしかにピンチだ。

 でも惜しい。

 こういう時があるからこそ、サッカーは最高に面白いのに。

 

 キックオフと同時にデモーニオから声がかかる。

 

「なえ!」

「わかってるって!」

 

 私はデモーニオへパスを出した。

 ここから展開して、一気に攻める!

 しかし現実はそうはならなかった。

 

 デモーニオは突如足を止め、棒立ちになってしまった。

 そのせいでボールは膝に当たり、跳ね返ってフィールドの外に出てしまう。

 

「……デモーニオ?」

 

 不審に思ったチームKの選手たちが彼の下に駆け寄る。

 デモーニオの様子は明らかにおかしくなっていた。

 まるで暗闇をかき分けるように腕を振りまわしており、足元もおぼついていない。

 やがて、絞り出すようにその口からその言葉が出た。

 

「ボール……ボールは……どこだ……!?」

「デモーニオ、お前もしかして、目が……?」

「拒絶反応だな」

 

 彼に起きた異変を、総帥は興味なさそうに断言した。

 その感情のこもっていない、ひどく冷たい声に彼は一瞬体を震わせる。

 

「拒絶……反応……?」

「貴様には鬼道を超えるようプログラムを設定した。しかし貴様の才能と体はそれに耐えられなかったようだな。拒絶反応が出たのはそのためだ」

「そんな……!」

 

 ガクッとデモーニオが膝をつく。

 

 怖っ!?

 えっ、なにっ!? RHプログラムって計容量以上の力送ると失明したりすんの!?

 うわ……なんか今まで見たドーピングの中で一番副作用が強いような気がする。うまい話はどこにもないってことかあ。

 私のほうは多分大丈夫……のはず。電極で体をいじくり回された彼らと違って私の力はスパルタトレーニングによって手に入れたものだから。

 

 とはいえ、こんな副作用があると知って、彼らのモチベーションが下がらないか心配だ。

 しかしそれは杞憂だったようで、デモーニオは静かに、しかし狂ったように笑い始めると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……くくく、大丈夫です総帥。まだやれます……!」

 

 異常なまでの忠誠心からか。はたまた力への執着か。

 彼は三日月に口を歪めると、ゴーグル越しでもわかるその鋭い眼光を鬼道君へと向けた。

 

「やめろ! まだわからないのか! あいつはお前を利用しているだけなんだぞ!」

「構わないさっ」

「なに……?」

「お前らにはわからないさ。俺たちがどんな思いでここにいるのかを……っ」

 

 デモーニオは語り出す。

 己の内に秘めた思いを。どうしてこうなるに至ったのかを。

 

 彼らチームKの選手たちは代表に憧れる健全な少年たちだったらしい。

 しかし代表になれるのは選ばれた者だけ。

 実力も、実績も何もない彼らは候補生にすら選ばれなかった。

 そんな時に総帥に出会い、力と夢を叶えるチャンスをもらえたらしい。そうして今に至る、と。

 

 ……うーん、悪いけど共感しづらいわ。

 だって実力なくて選ばれないなんて当然じゃん。

 ないんだったらつければいいのに。

 死に物狂いで特訓すれば代表になるなんて誰でもできるように思えるんだけどなあ……。

 

「総帥は俺たちに世界と戦える力をお与えになった。その代償というのなら……くくっ、この程度の苦しみ、耐えてみせよう! 俺は究極っ! 俺こそ最強っ! 誰も俺に勝つことなどできないぃっ!」

 

 なんかだんだんラリってきたぞ。

 勘弁してよー。もうヤク中は佐久間だけで十分だって。

 

 でも、その狂気的な叫び、気に入った。

 サッカーに命を懸けるというのなら、私は喜んで力を貸そう。

 

「アハハハハッ!! さあドンドン行こうよ!」

「……不動、あの技をやるぞ」

 

 スローイングから試合が再開。

 ボールを受けた鬼道君は不動と並走していく。

 

「……今だ!」

 

 ボールを浮かせ、鬼道君が指笛を吹く。すると姿が陽炎のように揺らいではいるが、紫色のペンギンたちが地面から現れた。

 それを引き連れ、二人同時にシュート。

 紫色のオーラを纏い、ペンギンたちを引き連れてボールは飛んでいく。が、ゴール前でそのオーラとペンギンたちは描き消え、失速した。

 

 今のシュートは……?

 

ハイビーストファング!」

 

 インディゴが苦もなくそれをキャッチする。

 鬼道君たちは悔しそうな顔を浮かべる。

 

 ……失敗したけど、あの技は紛れもなく皇帝ペンギン3号だ。

 同じものを会得しようとしている私にはそれがわかった。

 しかし、彼らのも未完成か。

 皇帝ペンギン3号は理論上でできるとされている幻の技。しかし理論上という通り、それを放つ方法は確立されていない。

 だから私と彼らとで人数の差があってもおかしくないんだけど……どうやら単純に人が多くいればいいってわけでもないようだね。

 

 ともかく、これ以上は危険だ。

 未完成といっても、雷門関係の人たちはそれを試合中に完成させてしまうことがよくある。

 万が一撃たれてもいいように、今のうちに差を広げておかなくちゃ……!

 

 キーパーからのボールを胸で受け、前を振り向く。

 そこにはすでにスライディングの体勢に入っている不動がいた。

 

真キラースライド!」

「甘い!」

 

 すぐにジャンプして回避。

 しかしそれを読んでいたかのように、着地地点には鬼道君がいた。

 その足には青い光が灯っている。

 

スピニングカット!」

「っ、まだまだァ!」

 

 回避は不可能。

 なら力尽くで破るするしかない!

 私は体当たりをぶちかまし、衝撃波の壁と激突した。吹き飛ばされそうになるのを耐え、ジリジリ前へ進んでいき……声をあげて突破する。

 その青い光を超えた先で——円堂君がいた。

 

「うぉぉぉおおおっ!!」

「きゃっ!」

 

 突然の不意打ち。

 不安定な体勢になっていた私は円堂君と激突し、地面に倒された。

 ぐぅ……! まさかこんな短時間に二回もゴールキーパーが上がってくるなんて……!

 

 衝撃でこぼれたボールを、フィディオが拾う。

 

「俺は究極なんだ! 究極でなければならないんだァ!」

「究極なんて存在しない! みんな究極のプレイを目指して努力する! 努力するから進化するんだ! 自分を究極と認めたら、進化はそこで終わるぞ!」

「っ、黙れェェェェェ!!」

 

 思考も視野も狭まってしまっているデモーニオに、フィディオを止められるはずがなかった。

 白い流星が、彼の横を通り過ぎる。

 

「いけ、鬼道!」

 

 センタリングが上がった。

 それを受け取ったのは鬼道君。その横に不動、佐久間が並走していく。

 

「お前たちのシュートには高さが足りないんだ!」

「高さ……そうか、高さか!」

 

 佐久間の一言で何かに気づいたようだ。

 鬼道君はボールを高く上げ、三人が同時に空へ跳び上がる。

 

 高さ……そういうことか!

 横のつながりと縦のスピード。

 これが今までの皇帝ペンギンに必要なもの。

 それをさらに進化させるには、そこに高さを加えて三次元にすればいいんだ!

 

 空中で紫色のペンギンたちが泳ぎ回ることによって渦が発生。そのエネルギーは段々と渦の中心にあるボールに集中していく。

 そして十分に溜まったところで、三人は同時に踵落としでボールを撃ちだす。

 

皇帝ペンギン3号!!』

 

 膨大なエネルギーを宿しているはずなのに、荒れ狂うことなくまっすぐゴールに飛んでいっている。

 1号を超える威力と、2号以上の安定性。

 それはまさに芸術品の領域だった。

 思わず私はそのシュートに見惚れてしまう。

 これが……これが、皇帝ペンギン3号……!

 

デーモンカット!」

ハイビーストファング! ——がぁあああああ!!」

 

 私のシュートブロックも、キーパーの技も、もはや全て悪あがきでしかない。

 ペンギンたちは壁を貫き、牙を打ち砕き、そしてゴールに突き刺さった。

 

 地面に転がるボールをじっと見つめる。

 高さ、かあ……。

 ふふっ、ふふふっ……!

 歓喜の思いが抑えきれなくなり、笑い出してしまう。

 

「ふふふっ、アハハハハッ!!」

「なにがおかしい!?」

「おかしい? 違うよ、私は嬉しいんだよ。なにせ……()()()()()()()()3()()()()()()()んだからね」

「なんだと……?」

 

 あの3号を見た瞬間、私の中に欠けていたピースがピッタリはまった感覚がした。

 おそらくじゃない。私は今、自身がその技を撃つことができると確信している。

 

「デモーニオ! 私にボールを回して!」

「……俺は究極じゃなかったのか……?」

「デモーニオ?」

「あっ、ああ!」

 

 デモーニオ、なんか元気ないなぁ。

 まああれだけXにこだわっていたからね。それを超える技を見せられたらああなるか。

 でもこの技を使えば、きっとこの悪い雰囲気を払拭できるはず。

 

 キックオフで私にボールが渡る。

 

「みんな、あれやるよ!」

 

 私が呼びかけると、フォワードとミッドの全員がセンターサークル内に集まった。そして私たちは一斉に指笛を吹く。

 すると、地面から十数匹ものペンギンたちが飛び出してきて、ミサイルのように鬼道君たちに向かっていった。

 

「必殺タクティクス—— ペンギンカーニバル!」

「ぐあぁぁっ!」

「ガハッ!」

「みんなっ!」

 

 ペンギンの群れは進路上にいる選手たちを次々と倒していった。

 さすが総帥考案の必殺タクティクス。前線から中盤がこれだけで全滅しちゃったよ。

 みんなが倒れている間に私は悠々とそこを通り過ぎ、ペナルティエリアに侵入した。

 

「よーく見ててね。これが私の新しい皇帝ペンギンだよ!」

 

 ボールを両足で挟み、デスゾーンの要領で回転しながら真上に跳躍。ある程度の高さまでいったところでボールを離すと、それを中心として六芒星(ヘキサグラム)のような桃紫色の魔法陣が出来上がった。

 その真上に浮かびながら、指笛を吹き、六匹の桃色のペンギンを呼び寄せる。そして彼らとともに落下していき、両足で魔法陣の中心を蹴った。

 

 彼らの3号は1号というよりも2号寄りの進化系だ。

 だったら、単独の私が撃つこの技の名は——。

 

皇帝ペンギン零式(ゼロしき)ッ!!」

 

 魔法陣から桃紫の極太の閃光が放たれた。同時に魔法陣を通過したペンギンたちもそれぞれ小さなレーザーとなり、閃光の周囲を飛んでいく。

 

バーバリアンの——がぁぁぁっ!!」

イジゲン・ザ・ハンド! ——ダメだ、抑えきれない……!」

 

 巨大な盾や結界が出現するも、閃光たちは全く速度を落とさずにそれらを突き破った。

 自分で言うのもなんだけど、すっごい威力だ。明らかに鬼道君たちの3号を超えている。おそらくもう一回円堂君が技を使っても止めきれないだろう。

 

ダークトルネード!」

 

 最後の最後に鬼道君が黒い竜巻を纏った蹴りを繰り出す。

 そういえば、あのシャドウって人雷門に入ったんだっけ。たぶんその時に教えてもらったのだろう。

 でも、無駄だ。

 

「っ、ぐっ……!」

 

 鬼道君の足がだんだん折り畳まれていく。それでも粘ろうとしたけど、最後には体ごと吹き飛んでいった。

 そして、閃光はネットに七つの穴を空け、奥の壁を粉砕した。

 

 ゴール。二対二であっという間に同点だ。

 グラウンド中が沈黙に包まれていた。みんなあのシュートの威力に呆気に取られている。

 

「……やった! 完成、完成したよ総帥!」

 

 そんな中一人、私はぴょんぴょんと飛び跳ねて無邪気に喜んでいた。

 総帥のところに駆け寄ってみるけど、その表情はいつも通りのしかめっ面だ。

 むー、たまには褒めてくれてもいいのに。

 しかし次の言葉でその理由がわかった。

 

「……壁の修理代はお前の給料から出しておこう」

「……あっ」

 

 ギギギッと首を動かす。

 ……あー、煉瓦造りの壁に見事な大穴が空いちゃってるね。こりゃ完全修復は難しそうだ。

 誰だこんなはた迷惑なことしたのは!?

 私だよ!

 

「お願い総帥待って! グッズとかユニフォーム買いすぎて今月本当にヤバイんだって!」

「……」

「嘘だドンドコドーン!!」

 

 総帥は後ろを向いて顔すら見せてくれなくなる。

 ……ん? 横顔が一瞬見えた時、ちょっと口が動いたような……まあ、気のせいか。

 ガックリって項垂れ、今後のことを考えてため息をついた。

 

「……何故だっ!?」

 

 デモーニオの叫びが背中から突如聞こえた。

 振り向くと、彼は砕けそうなほど強く歯ぎしりして、こちらを睨んできている。

 ……はて? フィディオとかならともかく、なんでデモーニオがこんな表情を私に向けるんだろ?

 

「俺とお前は同じ力を与えられたはず! なのにっ、なのになのにっ、なのに何故お前はたやすく俺の先をいくっ!?」

「そりゃ、成長のタイミングなんて人それぞれでしょ」

「結局は才能が全てだと言いたいのか!?」

「ちょ、ちょっとどうしたのデモーニオ? 仲間が点を決めたんだよ? もっと喜ぼうよ」

「お前など仲間でもなんでもないっ!」

「……へっ?」

 

 仲間じゃないって……どういうこと……?

 ハッとし、周りを見渡す。

 チームKの選手たちはみんな、デモーニオみたいな表情を私に向けていた。

 

「や、やだなぁみんな、そんな感じの悪い顔しちゃって……具合でも悪いの?」

「お前に俺たちの気持ちなどわかるものか! 『才能』のあるお前にはな!」

「っ……!」

 

 この感じ、本気だ。

 彼らは今心底私を嫌っている。

 

「才能って……チームメイトにそんなこと言う必要ないじゃないか!」

「そうだ! それになえは顔には出さないけどスッゲェ努力家なんだ! 仲間の俺たちはそれを知ってる! それを才能なんて悲しい言葉で一括りにするな!」

「うるさいうるさいうるさぁぁいっ!! お前らも同類だ! 所詮『才能』のあるやつには俺たちの気持ちなんてわからないんだ!」

 

 見かねたのか、フィディオや円堂君が擁護しようとしてくれたけど、デモーニオはただ騒ぐばかりだった。

 『才能』。

 その言葉を聞くたびに自分の中の何かが削れていくのを感じる。

 ついに私は耐えきれなくなり、声を荒げた。

 

「才能、才能って……代表なんだから強い人が来るのは当たり前でしょ! なんでなの!? みんな、何しにここに来たの!? 世界を相手に戦うためじゃないの!?」

「……」

「答えてよ! 本気だったのは私だけなの!?」

「……俺たちのじゃないサッカーで世界を取って、なんの意味があるんだ……」

 

 その言葉で、はっきりとわかってしまった。

 ああ……こいつらは世界なんて目指してなかったんだって。

 こいつらはあくまで身内の仲良しこしで気持ちよくサッカーできればいいのであって、世界ってのはその快楽の口実でしかなかったんだ。

 彼らの顔が灰色に染まっていく。

 声も、雑音のようになって聞こえなくなっていく。

 ……ああ、もういいやこんなやつら。

 こんなのの仲間なんて、まっぴらごめんだ。

 

 気がつけば、私はボールを目の前の男にぶつけていた。

 彼は数十メートル吹っ飛んだ後、頭から地面に落ちてそのまま五、六回バウンドし、宿舎の窓に突っ込んだままピクリとも動かなくなる。

 この手応え、全身の骨がバラバラになってることだろう。よくて全治一年ぐらいか。

 

「デモーニオ! ……このやろッ!?」

「ガハッ!!」

「ぐがァァッ!!」

 

 突っ込んでくる暴漢どもに、跳ね返ってきたボールを撃ち出す。

 それはピンボールのように男たちに当たって跳ね返っては、また別の男に当たり、を繰り返していく。

 そいつらを殲滅するのに最終的に一分すらかからなかった。

 全員どこかしらの骨を折っておいた。これで邪魔をすることはできないはずだ。

 私はクルッと振り返り、笑顔を浮かべる。

 

「ごめんね、円堂君、フィディオ。さあ、試合を再開しようか」

「彼らは……?」

「人数が足りなくてごめんね。私が分身でもできればよかったんだけど……でも、諦めるつもりはないよ」

「君一人でやるつもりなのか?」

「たとえ一人になっても、私は一度始めた試合を投げ出したりなんかしない。私はサッカー選手なんだから」

 

 一人で十一人を相手にするなんて無謀を通り越して相手を侮辱してるようなものだということは理解してる。

 でも、負けたくない。負けたくないんだ。

 試合を続行するかいまだためらっているフィディオに頭を下げる。

 

「……フィディオ、続けるぞ」

「しかし鬼道、これじゃあ試合に……」

「言って聞くようなやつじゃない」

「……わかった」

 

 フィディオはようやく頷いてくれ、ボールをセンターサークル内に設置した。

 ありがとう。

 心の中でそう言い、ちらりと掲示板を見る。

 これが最後のプレーになりそうだ。

 パスを回されれば勝ち目は薄いだろう。

 いくら私でも世界クラスの選手たちのパスより速く動くことはできない。

 だったら初手は……!

 

 オルフェウスがキックオフすると同時に、私は紫色の光を足に宿して飛び出した。

 

デーモンカットッ!」

「っ、鬼道!」

 

 しかし、不発。

 相手側も私がそれしかないのをわかってたようで、フィディオはダイレクトでバックパスを出し、デーモンカットを避けていた。

 ボールは相手側の中盤へ。

 ここで奪いにいけば、私側のコートはガラ空きになる。そこをカウンターで突くつもりだろう。

 オフサイドはそこら辺に転がってるゴミのせいで機能しない。

 前に進むのは間違いなく悪手だ。

 でも、それしか道はない!

 

 意を決して前へ駆け出した。

 それを見た鬼道君はすぐさま私の頭上を超え、大きく弧を描くような軌道でセンタリングをあげる。

 そう来るのはわかってるんだ!

 私は鬼道君が動き出した途端に急ブレーキをかけ、逆走する。

 相手側のフォワードはフィディオと佐久間。

 つまりパスの行先は右か左かの二択だ。

 迷いは切り捨てた。

 運を天に任せ……佐久間のいる右側に踏み込む。

 結果は……。

 

「だぁぁぁあああ!!」

「しまったっ!」

 

 私は賭けに勝った。

 佐久間よりも高く飛んで、パスのインターセプトに成功する。

 直後、加速。

 体から桃色のオーラが溢れる。

 

スプリントワープ!」

 

 あっという間に三人を抜き去った。

 しかし、ゴールまではまだまだ遠い。

 味方が誰もいないので、全員がこっちに向かってきている。そのせいでせっかく見えていたゴールへの道もすぐに閉ざされてしまった。

 

「ぐぅっ! スプリントワープッ!!」

 

 桃色のオーラをさらに引き出し、再び加速。

 今度は四人もの選手たちを抜き、ようやく中盤を抜けた。

 くっ、間髪入れずに技を使ったせいで体中の筋肉が痛い……!

 でも、まだやめるわけには……!

 

スプリントッ!!」

スピニングカット!」

「ああっ!!」

 

 二度目のスプリントワープの効果が切れた一瞬を狙ったかのように、三回目を発動する間もなく衝撃波の壁が発生した。

 この技は、鬼道君のか……!

 

「疲労しすぎだ。動きが読みやすくなっているぞ」

「ぐっ……!」

 

 鬼道君は口笛を吹き、佐久間と不動とともに空中に跳んだ。

 まさか、こっから撃つ気じゃ……!

 慌ててゴール前までに引き返そうと、足を必死に動かす。

 

皇帝ペンギン3号ッ!!』

 

 鬼道君たちが同時にかかとを落とし、紫のペンギンたちが解き放たれる。

 でも皇帝ペンギン系の技はペンギンを呼ぶため、撃つまでに十秒ちょっとかかる。その隙に私はなんとかペナルティエリア前までに辿り着いていた。

 

 まだなんとかなる!

 ほとんどあんなに遠い場所から撃ったんじゃ、シュートの威力は大幅に落ちる。

 そこに私のこの皇帝ペンギンXV3を思いっきり叩き込めば……!

 

 そう思い、前を見やる。

 センターサークル辺りで見えたのは、ボールに向かって走っているフィディオだった。

 

オーディンソードッ!」

 

 シュートチェイン。

 失速気味だったペンギンたちが金色の光を身にまとい、再び加速し出す。

 

 勝ちたい! 今日こそ勝ちたいんだァァッ!!

 

皇帝ペンギンX、V3ィィィッ!!」

 

 ものすごい衝撃が右足から伝わって、軸にしてある左足が浮かび上がった。

 私の体は支えを失い、ボールの勢いに押されてどんどん後ろに下がっていく。

 しかしゴールラインギリギリのところで踏ん張り、再び左足を地面に突き刺すことができた。

 それでも……重い……!

 体がどんどん傾いていく。

 負けたくない! 負けたくない!

 しかし体はその思いは届かず……私は弾き飛ばされて、ボールとは別々にゴールに入る。

 

 同時にホイッスルが鳴り響いた。

 試合終了。

 私はまたしても……円堂君たちに負けた。

 




 前回に続いて必殺技解説。

 ♦︎『ペンギンカーニバル』
 GO登場の必殺タクティクス。本来はディフェンス系のタクティクスだが、この作品ではオフェンス技にした。
 若干他のタクティクスに比べて超次元的な要素が強いが、GOのはだいたいこんなのばっかなので仕方がない。

 ♦︎『皇帝ペンギン零式(ゼロしき)
 今作オリジナルの技。皇帝ペンギンとデスゾーンを融合させたような技で、形成した六芒星の魔法陣から桃紫色の極太のレーザー一つと、ペンギンたちが変化した六つの小さなレーザーを放つ。


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むしゃくしゃしてやった、今は超後悔している

 ちょっとデータが消えてしまって投稿が遅れてしまいました。


 ピー、ピー、ピー! というホイッスルの音がやけに間延びして聞こえる。

 いつもと違って、私の心には不満が溜まっていた。

 私が、勝ってたはずなのに……。

 零式が完成した時、私の目には勝利のビジョンが明確に浮かんでいた。でも、それも全てあいつらのせいで台無しになった。

 私にもっと力があれば……!

 いや、やめておこう。たとえ十一人を私一人の力で倒したとしても、それはサッカーと言えるのか?

 

「……総帥の嘘つき」

 

 悔しさからか、涙が溢れてくる。

 今にして思えば不思議だった。力を与えるのならあんな野良犬どもよりももっと適した人たちがいたはず。たとえば代表候補生とか。

 たぶん、総帥はこの試合負ける予定だったのだ。

 それがどんな意味を持つのかはわからない。

 ガルシルドに命じられてRHプログラムのデータを集めたかっただけなのか、はたまた私の成長を促したかっただけなのか。

 そもそもこの試合自体、円堂君たちを誘き出して封じ込めるためのものだし。

 

 でも、総帥は約束を破った。

 『最高のチームを作り上げ、最高の試合をマッチメイクすること』。それが私と総帥の間に交わされていた契約だったのに。

 

 総帥にとってこの試合は最高の試合には値しないものだったのかもしれない。

 でも私は……! 私は、円堂君たちとの試合にこそ勝ちたかった……!

 

 気がつけば私は彼らと握手も交わさず、グラウンドの外へ駆けていた。

 どうしてこんなことをしているのかはわからない。

 でも、とにかくここから離れたかった。

 

 ヴェネチア風の水路街をあてもなく走りつづける。

 濡れた目の周りに当たる風がとても冷たく感じた。

 

 

 ♦︎

 

 

 走り去っていってしまったなえを追う余裕は円堂たちにはなかった。

 試合後、影山が語った話は卑怯極まりないものだった。

 なんとかの男は大会委員へ圧力をかけ、イナズマジャパンの試合を明日から今日に変更していたのだと明かしたのだ。

 実際、彼が見せた映像にはヤマネコスタジアムに集うイナズマジャパンとアルゼンチンの代表たち、そして大量の観客たちが映っていた。

 

 それを知った円堂たちは船乗り場に急いでいた。

 しかしバスを使ったものの、またもやトラブルが発生。影山による工作かはわからないが、船乗り場への道で事故が起きたらしく、道が渋滞で塞がれていたのだ。

 彼らはそこからは走ってそこに向かうも、たどり着いた時には船はもう離れていた。

 途方に暮れる円堂たち。

 次の船は約二時間後だ。待っても到底試合に間に合うはずがない。

 

 そんな時、円堂のケータイに非通知で電話がかかってきた。

 彼は訝しながらも、することがなく暇なため仕方がなくそれに出る。

 

「誰だ? 俺たちは今……」

『繋がったね円堂君。話は後だよ。そこから東へ十分ぐらい進んだところにあるL5の倉庫に来て』

 

 その明るく可愛らしい声に円堂は聞き覚えがあった。

 むしろさっきまで聞いていたものだ。

 

「なえかお前!? ……って、切れちゃった」

「どうした円堂?」

「いや、それがさ……なえが今からある倉庫に向かえって言ってきたんだよ」

 

 突然さっきまで敵だった者からの誘いを怪しいと思わないわけがない。

 円堂たちはどうするべきか、しばし黙って考え始める。

 一番初めに意見を出したのは、やはり鬼道だった。

 

「行ってみるしかないか」

「罠の可能性はないか?」

 

 フィディオが尋ねる。

 

「試合後ああいう風に逃げたのを見るのは初めてだが、基本やつはサッカーにはサッカーで応える。復讐はないと俺は思う」

「いいんじゃねえの? どっちみちやることねえんだしよ」

「……マモルは?」

「よし、それでいこう!」

 

 円堂は迷いもせずに決めた。

 試合中の時もそうだったが、そこにフィディオは絆のようなものを感じる。

 

 指示通りに進むと『L 5』のプレートが張り付けられた倉庫が見えた。

 若干錆びついたシャッターを五人で協力して開け、中に入っていく。

 暗かったが、少女の桃色の髪はそのわずかな光すらも反射して輝いていたのでよく目立っていた。

 

 なえは円堂たちを見るとニッコリと笑いかけてくる。

 そこに先ほどまでの泣き出しそうな雰囲気はない。

 よく見たら服もユニフォームから私服に変わっていた。

 

「おー、来たねみんな。さ、これ押し出すの手伝ってよ」

「それって……ボート!?」

「ビンゴ!」

 

 何がなんだかわからないまま円堂たちは急かされ、なえとともにボートを倉庫の外に押し出す。

 日の光に照らされてボートの全貌が露わになる。

 六人が乗っても大丈夫なほど大きく、倉庫の錆びつき具合と比べて古めかしいところは何一つ見当たらなかった。

 後部についている機械から、それがモーターボートであることがわかる。

 

 ズッシリと重たいそれを悪戦苦闘しながら押していき、とうとうボートは海面に落とされて浮かんだ。

 

「よし、じゃあヤマネコ島まで一気にいくよ!」

 

 予想通りの言葉だが、驚かずにはいられない。

 呆れた顔で佐久間は問いかける。

 

「いくって……操縦はどうするんだ?」

「大丈夫! 私免許持ってるから!」

 

 他にも……となえは次々と財布から免許証を出していく。

 中には明らかに中学生じゃ取れないものもあったが、今さらそこに突っ込むのはやめた。

 

 時間もないので、何も聞かずに円堂たちはボートに乗り込む。

 なえがエンジンを入れると、それは大きな音を立ててグングン進んでいった。

 

「たぶん、試合が始まるまでには間に合わないね。よくて後半からだと思う。それまでは暇そうだし、これでも見ててよ」

 

 ポイっと彼女は自身のスマホを円堂に投げ渡してくる。

 そこには試合前のヤマネコスタジアムの様子が中継されていた。

 試合開始まであと十数分。たしかに間に合う時間ではない。

 映し出されたイナズマジャパンの選手たちは皆不安げな顔つきをしていた。

 

「助かるけど……こんなことして大丈夫なのか?」

「ああ。あの影山が裏切りなど許すわけがない」

「裏切りじゃないもん! 先に契約破ったのは総帥だもん!」

 

 プイッと拗ねてなえは顔を逸らす。

 彼女は相当キレていた。

 試合に関しては毎回全力を尽くす主義である彼女にとって、今回の手抜きは納得のいくものではなかった。

 自分自身でもまずいことをやっている自覚はあるが、そのことへの反発心が行動を起こさせていた。

 

 影山という人間は口数が少ない。

 今回も説明不足ですれ違いが起こっているのだろうと、鬼道は推測し、納得する。

 

 しばらくボートで波を切っていくと、小さくだがヤマネコ島が見えてくる。

 その時、スマホから突如大歓声が湧き上がった。

 

『決まりました! ジ・エンパイア先制点です!』

『やはり正ゴールキーパーじゃないのがつらいですね。ジャパンの巻き返しは難しそうです』

 

「立向居……!」

 

 円堂は歯痒そうに顔を歪める。

 立向居も頑張ってきた。しかしムゲン・ザ・ハンドでは、借り物の技では力不足なのだ。

 凶報はまだまだ続いていく。

 

『またもやイナズマジャパン、ゴールを奪われました! 2対0!』

 

「まずいな……」

「ああ……。ジ・エンパイアは守備寄りのチームだ。実際に戦ったからわかるけど、あのテレスたちから3点もゴールを奪うのは難しいだろうね」

 

 予選大会では全試合無失点。

 それがジ・エンパイアというチームだ。

 キャプテンであり、ディフェンスのテレスを中心としたその鉄壁の守りは守備力だけでいったら世界最強クラスだろう。

 オルフェウスはフィディオが決死の突撃をしてなんとか1点をもぎ取り、勝利することができた。

 逆に言えばフィディオたちがそれほど頑張っても1点しか取れなかったのだ。彼が難しいというのは言葉の重みがあった。

 

「彼らで最も厄介なのはこの……」

 

『出ましたァ! アンデスの蟻地獄! 豪炎寺、テレスの下へ吸い寄せられていっています!』

 

 必殺タクティクス—— アンデスの蟻地獄

 一人の選手を七人ものプレイヤーが取り囲み、その中に流砂を作り出す。

 その流砂の流れと、選手たちの動きやプレッシャーによって対象のドリブルの方向をセンターディフェンスであるテレスの所へと誘導し、最後に彼がボールを奪い取るという大掛かりな戦術だ。

 

 映像を見ていると、その凄さがわかる。

 あの豪炎寺やヒロトでさえ、あっさりとこれに止められてしまっている。それも何度も。

 佐久間は表示された現在時刻を見て言う。

 

「フィールドに来れたとしても、これを突破しない限りは勝てないな」

「で、どうすんだ鬼道クン?」

「……今考えている」

 

 それっきり、全員黙ってしまった。

 それぞれが対抗策を考えるも、有効そうなものが見つからない。

 不動も状況の苦しさを悟り、煽ることをやめて真剣な表情をしている。

 

 フィディオは何かアドバイスをしてあげたかったが、何も言い出せなかった。

 彼がアンデスの蟻地獄を破ったのは完全な力技によるものだ。

 イナズマジャパンのメンバーにそれをやれと言うのは無茶があるだろう。

 

 黙々と時間が過ぎていく中、お気楽そうな声が突如聞こえた。

 

「へー、なるほどこうなってるのかあ」

 

 なえは円堂たちの輪の中にいつのまにか入って、ふむふむとしきりに頷いている。

 彼らは前をものすごい勢いで振り向く。操縦席には誰の姿もなかった。

 

「うおおおおおっ!? 誰も操縦してないぞ!!」

「何してるんだ!?」

「バカ野郎ォ!! 俺たちを殺す気かこのクソピンク!!」

「なっ、クソピンク!? お前が言うなクソトサカ!!」

「言ってる場合か!? 早く操縦席に戻れ!!」

「もんぶらんっ!?」

 

 あまりの出来事に珍しく鬼道の手が出た。

 ゴチンッ! という鈍い音が彼女の頭から響き、その音源がぷっくりと膨らむ。

 なえは若干涙目になりながら大人しく席に戻った。

 

「ぶーぶー、せっかく必殺タクティクスの攻略法教えてあげようと思ったのに……」

「……何だと?」

 

 その次に彼女が呟いた文句に、再び円堂たちは振り向いた。

 鬼道はその発言が本当なのか問う。

 少女はけらけらと笑いながら、意地悪そうな表情をして言った。

 

「ほんとのほんと、マジだって。でも殴られたし、教えるのやめちゃおっかなぁ〜?」

「なっ……! あれは元々お前が……!」

「え〜? そんな態度でいいの〜?」

 

 間延びするような少女の口調に、鬼道の額に青筋がいくつも浮かび上がる。

 それを面白がり、不動も煽りに乗ろうとする。

 

「だってさぁ鬼道ク〜ン? ここは漢気見せるところじゃないのかねぇ?」

「そうだぞ鬼道、ここは謝っておこうぜ? なっ?」

「たしかに、女の子を殴るのはどこの国でもよくないことだしね」

「……鬼道、謝った方が得だ」

「佐久間、お前もか……!」

 

 思わずブルータスと叫び出しそうになる。

 もはや味方は誰もいなかった。

 観念し、震える拳を抑えて鬼道は頭を下げる。そして小さく呟く。

 

「ぐっ……! すっ、すまなかった……!」

「うんうん、許してしんぜよう! いやー、総帥にもこんなことしてみたいなぁ!」

 

 なえはそれを聞いてスッキリしたようで、満面の笑みを浮かべていた。

 

「あとで恨むぞお前たち……」

 

 その呟きに、全員は顔を逸らした。

 

「それで、これで教えてくれる気にはなったか?」

「いいよ、教えてあげる! じゃあよーく聞いてね……」

 

 なえは顔だけを鬼道たちに向けて、さっそく戦術を語り始める。

 それを聞いて円堂たちは感嘆の声をあげた。

 試してみる価値はある。鬼道がそう思った時、ヤマネコ島の港が間近に迫ってきていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 円堂君たちを無事送り届けたあと、私とフィディオはスタジアム内の観客席に入っていた。

 私たち選手やその関係者は席にはつけないものの、ただでスタジアム内に入る権利がある。

 掲示板を見る。

 今は後半の15分か。

 スコアは2対1。

 向かってる途中に見たんだけど、どうやら壁山や栗松などの一年生たちがなんとかアンデスの蟻地獄を破ってみせたようだ。

 しかしそれは力技。もう一度は使えない。

 ここからは鬼道君の仕事だ。

 

 ボールはラインを超えて外へ。

 ジャパン側の観客席から歓声が沸き立つ。

 選手交代を告げる電子版には八つの数字が並んでいた。

 

『ここで選手交代!? 栗松、土方、染岡、立向居に代わって入るのはこの四人! 佐久間、不動、鬼道、そして円堂だぁ!』

『キャプテン円堂をはじめ、イナズマジャパンの主要メンバーがようやく入ってきましたね。何があったかはさておき、ここから先の展開はまだ読めませんよ』

 

 これでイナズマジャパンの完成だ。

 アルゼンチンはさっき豪炎寺君たちが撃ったグラウンドファイアをマークするだろうけど、鬼道君たちにはそれに匹敵する威力を持つ3号がある。

 おまけに今日一試合したとはいえ、一時間以上休んだので交代メンバーの体力は満タンだ。

 試合をひっくり返す要素は十分揃っている。

 

「面白くなってきたね」

「……ありがとうナエ。彼らをここまで連れてきてくれて」

 

 うずうずしながら見ていると、ふと横からそんな言葉を言われた。

 はて……? 彼が感謝するようなことってあったっけ?

 

「敵だったのに感謝を言うなんて、変わってるね」

「それでも助かったのならお礼を言わなくちゃ」

「ふーん。ま、別にいいけどさ」

「……勝てると思うかい?」

「誰に言ってるのさ」

 

 あの円堂君たちだよ? これだけ勝てる要因が揃ってて負けるわけがない。

 そのことを証明しろというように、ホイッスルが鳴った。

 

 ジ・エンパイアの選手たちは獣のような低い姿勢と素早さでグングンゴールへと迫っていく。

 

ヘルファイア!」

 

 エンパイアフォワードが炎を纏ったシュートを放つ。

 円堂君に撃つには明らかに威力不足だ。

 ゴール前に気で作られた結界が発生する。

 

イジゲン・ザ・ハンド!!」

 

 結界にコースを外されて、ボールはバーに激突。跳ね返ったところを円堂君がガッチリキャッチする。

 パスが回っていき、鬼道君にボールが渡る。

 しかし一瞬でジ・エンパイアの選手たちは鬼道君を取り囲んだ。

 

「必殺タクティクス—— アンデスの蟻地獄!」

 

 これが、アンデスの蟻地獄。

 実際に見ていると凄まじいね。プレッシャーに押し潰されそうになって、普通の選手じゃまともにプレーもできなくなりそうだ。

 だけど、鬼道君は余裕そうな表情だ。

 笑みを浮かべて彼が手を振り上げる。

 するとさらにイナズマジャパンの選手たちが七人、アンデスの蟻地獄を発動している選手たちをマークするように内部に入っていった。

 

 テレスたちは驚愕の表情を浮かべる。

 

「なにっ!?」

「必殺タクティクス—— ダンシングボールエスケープ!」

 

 七人の選手たちは蟻地獄内を押し広げるように敵に背中を預けながら、パスを回していく。一方のジ・エンパイアはそれと行動阻害にペースを乱され、連携が取れなくなっていく。

 上から見ていればよくわかる。あれだけぎゅうぎゅう詰めだったフォーメーションが、今じゃ膨張したかのように広くなっていて歪な円を描いている。選手同士の間隔だってバラバラだ。

 もはやアンデスの蟻地獄は機能していなかった。

 

「すごい……これが、君の戦術か」

「考えたのは私じゃないよ」

「えっ?」

 

 そりゃそうだ。こんなの基本脳筋な私が思いつくはずがない。

 

「私は総帥がメモしてた書類を盗み見ただけ。あの人、自分が担当するわけでもないのにアルゼンチンの攻略法を考えてたんだよ」

「ミスターKが……」

「たぶんあの人の頭の中には全部のチームの情報が入ってるんじゃないの? 努力とかそういう汗臭いことを言うのが嫌いな人だから、研究してることは私には隠してたみたいだけど」

 

 こういうところがあるから憎めないのだ。

 フィディオが驚いている顔を見てると、なぜだか鼻が高くなった。

 

 鬼道君は選手たちの間にできた大きな穴から蟻地獄を悠々と脱出する。そのあとから佐久間と不動も続いていく。

 コースは左サイド。

 テレスの守備範囲外だ。

 

皇帝ペンギン3号!!』

「くそっ! くそぉぉぉっ!」

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

 

 テレスが走るも間に合わず。

 鉄の壁の横をすり抜けて、紫のペンギンたちがゴールネットを食い破った。

 

『ゴール! 同点! 追いつきましたイナズマジャパン!』

 

 大歓声の中、スマホからバイブ音がする。

 ……総帥からのメールだ。すぐに来いとのことらしい。

 私は立ち上がり、席を後にしようとした。

 

「どこ行くんだい? まだ試合は終わってないよ?」

「ちょっと野暮用。どうも外せない用事らしくってね」

「まさか……ミスターKに関することか!?」

「大丈夫、消されたりはしないって。なんせ私は替が効かない総帥秘書だからね」

 

 なおも不安そうなフィディオに手をプラプラと振りながら、スタジアムを出て行く。

 ああは言ったものの……正直不安だ。

 あれはガルシルドとの共同作戦だったはず。

 総帥が許してくれるかどうか。

 ……許してくれないのは、ちょっと嫌だな。

 

 ワァー! と大歓声がここまで響いてくる。

 スマホの時計はまだ試合終了時刻じゃない。

 それなのにこの盛り上がりようは……どうやら彼らはやったようだ。

 

 ……そうだ。こんなところで終わったら彼らと戦えない。

 まずは謝ろう。

 口論するのはそのあとだ。




 ♦︎『ダンシングボールエスケープ』
 ゲーム3にて、ビッグウェイブス戦で最初に覚える必殺タクティクス。本来はボックスロックディフェンスを撃ち破るのに使われていた。
 絵面が地味なためか、アニメ未登場。
 しかしぶっちゃけて言うとこの技の需要はほぼない。周りの敵を少し行動不能にするのにTTPを40も使うのなら、普通にアマゾンリバーウェーブやローリングサンダーを使った方がいい。


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晴れて? 世界の舞台へ

 入口から奥の壁まで五十メートル以上はありそうな広々とした空間。壁は金属製で、どこか冷え冷えとした空気と圧迫感で満ちている。

 ここはお馴染み総帥室。帝国学園にもあった王侯貴族の謁見の間を思わせる場所だ。

 その部屋の中央辺りで、私は冷たい地面に額をつけていた。

 いわゆる土下座だ。

 

「えー……今回のことは……まことに申し訳なく……」

「……」

「うっ……」

 

 怖い! 怖いよぉ!

 奥の玉座みたいな椅子に座ってる総帥の顔を見て、そのあまりのプレッシャーに思わず目を背けてしまった。

 たぶん効果音をつけるならゴゴゴッ! とかいう音が出てそう。なんならあのサングラスからビームが出てきそうだ。

 

「……空気の読めんやつだ」

「……むっ、元はと言えば総帥の説明不足でしょ。私だって事前に手抜きのチームって知ってたらあんなにガッカリしなかったし」

「ほう、この私に楯突くか」

「えっ、いやその……」

 

 大人ってずるい。

 色々言いたいことがあるのに、圧が増したせいで黙りこくってしまった。

 

「まずは貴様にこれを渡しておこう」

 

 そう言うと総帥は懐から畳まれた紙を取り出し、私に投げつけて……ちょっ!? 強くない!? しかも今絶対顔面狙ってたよね!? 避けてなかったら角が目にぶっ刺さってたよね!?

 

 総帥はそれを見て舌打ちする。

 謝罪はなしかそうですか。

 とりあえず、拾った紙を開いてみる。

 えーと、レンガ壁の修理費の請求……? ああ、そういえばイタリアグラウンドのやつを派手にぶっ壊しちゃったんだっけ。

 内容を見たところ、あれは高級品だったらしく、請求費はかなりのものとなっていた。

 しかし私はそこらの中学生と違って、手に職を持っている。それもかなりの大金を得られるものを。

 不幸にもこの島に来たときに貯金の大半を使い果たしてしまったが、給料を前借りすればなんとかなるだろう。

 

「というわけで総帥、給料ちょうだい」

「貴様にくれるものなどない」

「あははーまたまたー。前借りぐらいしちゃっていいじゃないー。総帥はケチだなー」

「事実だ。今回の件で貴様の給料は向こう半年間七割カットになった。よって今回の請求費を貸すことはない」

「……嘘だと言ってよバーニィ」

 

 何にも処罰に関することを言ってこないって思ってたら、そういうことだったのか。

 ……ヤバイ。どうしよ。普通のアルバイトじゃいくらかけ持ちしたって期限以内に払えないよこれ。

 借金しようにも、私の仕事は裏稼業なだけあって信用なんて微塵もない。銀行が貸してくれることはないだろう。

 かといって闇金なんかに行ったらそれこそおしまいだ。返すまでに利子が膨れ上がって潰されちゃう。

 てことは、目の前のお金持ちっぽい人に頼る以外ないわけで……。

 

「ね、ねえ総帥、なにか困ってることない? 私ちょーと働きたいかなぁって……」

「そう言うと思い、貴様にピッタリの仕事を抑えておいた」

「……痛いのはやめてね?」

「痛みなどない。……体はな」

 

 体は!? えっ、ちょっ! なにその含んだセリフ!?

 やっべー、もう逃げたくなってきた。

 しかし現実問題でそうはいかず、私は業務内容すら説明されてない仕事を泣く泣く引き受けることとなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオたちオルフェウスは晴れてイタリア代表の座を取り戻し、グラウンドで特訓に打ち込んでいた。

 二回戦まで今日含めて残り二日。相手はイギリス代表ナイツオブクイーンだ。

 その評判はヨーロッパに近い場所にあるためよく耳に届いていた。特にキャプテンであるエドガーは将来プロ一軍入りは確実とも言われるほどの実力者。

 しかし情報集めや分析は本来監督の仕事なので、オルフェウスは深刻な情報不足に陥っていた。

 それでもやるしかない。

 フィディオたちは半端な情報を集めるのをやめ、その分特訓することに決めていた。

 

「よし、十分休憩だ!」

 

 フィディオの呼びかけで全員がベンチ近くに座り込む。

 彼自身も持っている水筒からドリンクを飲んでいる。

 ブラージは彼が水筒を口から放すのを見計らって、話しかける。

 

「全員調子はよさそうだな」

「ぷはっ。ああ、アレサンドロがチームを離れてしまったことへの動揺も少なさそうだ。練習に集中できている」

「残念だよな、一人重傷だなんて。それもこれもあいつのせいだ……!」

 

 怪我したオルフェウスのメンバーのほぼ全員はもう練習できるほどに回復していた。

 しかし全員ではない。

 運悪く補欠のアレサンドロは足を捻ってしまったようで、大会期間中は治る見込みがないと医者に言われてしまったのだ。

 戦えない選手は去るのみ。厳しいが、それが代表というものだ。彼は飛行機に乗っていき、昨日チームを離れてしまった。

 別れ際の彼の無念そうな表情は今でも鮮明に思い出せる。

 ブラージは特に情に厚い男だ。

 こんな目に彼を追いやったミスターKを許しては置けないのだろう。フィディオはそう推測する。

 

「こういう場合は補充メンバーが来るのが普通だけど……果たしてミスターKが呼んでくれるだろうか……」

「けっ、たとえ呼んだとしてもロクな奴が来なさそうだぜ」

「なっ、ロクでもないとは失敬なっ!」

 

 女子らしい高い声を聞いて振り返る。

 そこにはチームKキャプテンだったなえがいた。

 彼女は常夏の島にいるはずなのに黒いダッフルコートを着ており、しかも汗一つかいていないのでとても不思議に思えた。

 フィディオは少し視線を下げる。コートで隠れてはいるが、微かにスカートが見えており、それが少女の可愛さを引き立てている。

 

「ナエ、どうしてここに!?」

「てんめぇ、よくのこのこと顔出せたな! ああん!?」

 

 フィディオが答えを聞く前にブラージの怒りが爆発した。

 勢いよく詰め寄ろうとする彼を必死にフィディオは止める。

 

「待て! ここで殴ってもイタリア代表から降されるだけだ! そんなの俺たちは望んでいない!」

「ぐっ……!」

「あ、大丈夫だよ私強いし」

「上等だ!」

「やめろ!」

 

 巨漢が迫ってもケラケラとなえは笑っていた。それがさらにブラージの怒りに油を注ぐことになる。

 結局、フィディオの尽力によって彼が落ち着くまでに数分かかった。

 

 なえはその様子を監督席に座りながら楽しげに見ていた。

 その光景にフィディオを除く他のメンバーの視線も厳しさを増す。

 

「ナエ、そこは監督席なんだ。だからその……」

「あー、それなら大丈夫。私、副監督になったから」

『副監督!?』

 

 ナエはポケットから無雑作に紙を取り出し、それを見せつける。それは副監督の契約書らしきものだった。

 シワだらけにはなっていたが、そこにはたしかにイタリアサッカー協会の印が押されている。

 

「ミスターKに続いて副監督まで。イタリアサッカー協会はどうなってやがる!」

「ああそれと、私マネージャーにもなったから。今日からこの宿舎で寝泊まりするからよろしく」

『はぁっ!?』

 

 また全員が声をあげた。

 再びポケットから取り出されたのは、同じようにマネージャーの契約書だった。

 

「……前みたいに直接手を出してくるわけじゃないんだ。みんな、受け入れよう」

「ちっ、納得がいかねえ……」

 

 彼らも代表だ。ここで協会にかけあっても何の解決にもならないことぐらいは理解できている。

 フィディオの提案に、全員はしぶしぶ頷く。

 

 練習再開だ。と言おうとする前に、フィディオは先ほどのブラージとの会話を思い出す。そして気になったことを彼女に聞いた。

 

「そういえば、代表の補充はないのか? 副監督だったら何か知ってると思うんだけど」

「目の前にいるじゃん」

「目の前……って、まさか……」

 

 まじまじとなえを見る。

 少女は驚く顔が見たかったのか、ドヤ顔をしていた。その反応で全員の頭に思い浮かんだことが現実であることが確定してしまう。

 

 

 ♦︎

 

「ふざけんな! さっきお前副監督だって言ってたじゃねえか!」

「FFIの規約見てないの? 副監督と選手の兼任は認められるって」

「な、なんて都合がいい規約だ……!」

「そりゃそうだよ。私のために作られたものだし」

 

 元々FFIの元となったFFでもこの規約は適用されていた。

 まあ当時サッカー協会副会長だった総帥が圧力をかけて無理やり作らせたものだけど。

 で、今回のFFIでも総帥が開催者であるガルシルドにかけあってこれを引き継がせたようだ。ガルシルド自身も他の正常な大会関係者も別にこれに関しては問題ないんじゃないかと思ったらしく、手続きはあっさりしていたと聞く。

 

「よかったねーみんな。この私が加われば百人力だよ!」

「お前はイタリア人じゃないだろうが!」

「おたくのキャプテンだってそうじゃん。それに私の国籍変更自体は正式なものだし、プロだって帰化選手を使ってるでしょ?」

 

 イタリアは二重国籍ありだけど、日本は認めていないので現在の私は日本国籍を失った状態にある。

 まあ私にとっては些細な問題だ。母国にはそれなりに思うところがあるけど、強い場所でサッカーができれば私はそれでいいし。そういう意味じゃこのFFI終了後にそのままイタリア人としてヨーロッパリーグで活躍するのもありかもね。

 

 オルフェウスキャプテンのナカタ・ヒデも私と同じ状態だ。故にそこを指摘してやればブラージは唸るだけで黙りこくってしまった。

 ふふふ、サッカーしかやってない脳筋が、散々面倒な交渉事を押し付けられてきたこの私に口論で勝てると思ったら大間違いだ。

 

「じゃあさっそく副監督の仕事をしよっかな。ナイツオブクイーンのビデオ持ってきたから研究会始めるよー!」

「それは助か……」

「けっ、勝手にやってろ!」

 

 あらら、かなり嫌われちゃってるね。フィディオ以外は全員フィールドに戻っちゃったよ。

 慌てた様子で彼は全員を引き止めようとする。

 

「ま、待て! 念願の情報じゃないか! ここはビデオを見て話を聞いておくべきじゃないか?」

「情報を集めないのは朝のミーティングで全員で決めたことだろ。それにあいつの持ってきた情報に信憑性があると思うか? 偽の情報をつかまされるに決まってる」

 

 ブラージを始め他のメンバーも同意見なようだ。全員は私たちを無視して練習を再開してしまう。

 こうなったら副キャプテンであるフィディオでもどうしようもない。

 彼は申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。

 

「せっかく集めてくれたのに……ごめん」

「まっ、嫌われてるのは予想できたからね。私も仕事が一つ減るから大助かりだし、別にいいよ」

「……副監督はともかく、マネージャーまでやる必要はあったのかい?」

「……私が好きでどっちもやってると思っているの?」

 

 おっと、本音が出てしまった。

 私は視線をゴール後ろの穴が空いたレンガの壁に向ける。フィディオもつられてそっちを見る。

 

「あれの借金がすごく高くなっちゃって……通常の補佐としての給料だけじゃやってけなくなっちゃったんだよ。そこに目をつけられて総帥に仕事を押し付けられたってわけ」

 

 しかもいつもの三倍働いて給料は前と同じくらいなのだ。いくら七割減でもやってけるか!

 ああ、次はボール磨きにグラウンドの整備、あとFFI関係者との対談や雑誌や新聞の取材……死にそう。

 

 仕事を思い出していくたびに、私の目からハイライトが消えていくのがわかる。

 フィディオはどう反応したらいいのかわからないのか、ただ乾いた笑みを浮かべていた。




 というわけでなえちゃんのイタリア代表入りが決定しました。
 これからはイタリア中心の話になっていくと思います。まあ、試合に出れるかはまだわかりませんが。


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代表として

 ザッザッザという規律の整った、何百もの足音がグラウンド中に木霊する。

 足を高く上げ、勢いよく振り下ろし歩いていく。その様はまさに軍事パレードだった。

 

フィフス!! フィフス!!

 

 その足音をもかき消すほどの大歓声。

 東京ドーム何個分など、考えのが面倒なほどに果てしなく巨大なスタジアムには、何十万もの観客が声を張り上げていた。

 彼らはみな目を血走らせ、まるで呪文のように狂気的に同じ言葉を叫び続けている。

 

フィフス!! フィフス!!

 

 高鳴る熱狂。

 震えるスタジアム。

 あまりの息苦しさに、途中吐いてしまう者もいた。しかし誰もそんなものに目を止めず、また吐いた本人でさえそれをしたまま奇声を上げ続ける。

 

『間もなく、聖女様の御入場です』

フィフスッ!!! フィフスッ!!!

 

 女性のアナウンスがあちこちに設置されたスピーカーから響く。

 そしてスタジアムの一角に設置された玉座の後ろからあるものが見えた時、観衆の声は絶頂を迎えた。

 

 それは、桃色の美しい少女だった。

 背中や脇を露出したウェディングドレスのような服の端を引きずり、中学生にも見える少女は観衆の前にその姿を露わにする。

 恐ろしく整った顔。地面にまでつくほどの長く、光り輝く髪。

 そして、煌めくそれらとは違って、光をも吸い込んでしまいそうな暗く、ガラス玉のような冷たい瞳。

 無表情で人間離れしたその容貌。雰囲気。

 それはまさに聖女、いや女神に等しく見えた。

 

 聖女と呼ばれた少女は手のひらを観衆に向ける。

 それだけでスタジアム中は一瞬のうちに静寂に包まれた。

 彼女はしばらく目を閉じたあと、その小さな口を開く。

 

「『サッカーは生きとし生きる者全てが愛すべきであり、それによって得た栄光は何においても優先される』。この大日本サッカー帝国第五条を守るために、国家組織フィフスセクターは作られました」

 

 透き通った、しかし感情のこもっていないその声は、観衆たちには神からの啓示のように聞こえた。全員が跪き、無言で必死に聖女に向かって祈りを捧げている。

 

「勝利こそ全て。敗者に存在価値はありません。生きとし生きる全ての者たちよ、死にたくなければ戦いなさい。この聖域で命尽きるまで争いなさい。そのような魂と魂のぶつかり合う美しい試合が見れると信じて、今ここに少年サッカーの祭典『ホーリーロード』の開催を宣言します」

フィフスッ!!! フィフスッ!!!

ワァァァァァァッ!!!

 

 少女の啓示が終わると、途端にスタジアムが割れると錯覚するほどの大歓声が響き渡る。

 少女はその狂気的な信者たちを、無表情で見下ろしていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「ふわぁ〜ぁ……」

「寝不足かいナエ?」

「まあ昨日も徹夜だったからね。まったく、私だって選手なんだから前日ぐらい休ませてくれてもいいのに」

 

 でもなんかいい夢を見たような気がするなぁ。

 あんまり詳しくは思い出せないけど、理想郷の中で楽しく暮らしてた夢だったような……。

 うーん……やっぱり思い出せん。

 仕方ないか。それよりも今は試合に集中しなくちゃ。

 

 オルフェウスのみんなとの関係回復がままならないまま数日経ち、イギリス戦がやってきた。

 開催場所はウミヘビスタジアム。名前通り道が長く、グネグネしていて来るのが大変だった。

 道のりまではまさにジャングルって感じだったけど、スタジアムはそうじゃないらしい。石造りの趣があるそこは、どっちかというと中世ヨーロッパのもののように見える。まあ似せて作ってるのだろう。

 

 今日ばかりは公式戦ということで、ベンチには総帥の姿があった。

 総帥はチームKが負けてから、まったくと言っていいほどオルフェウスの練習に関与してこなかった。

 そして私の仕事にも。

 いや関与しなよ。というかそもそもこれ絶対総帥の仕事だったはずのやつだよね。副監督とかいう肩書きを与えられたせいで仕事を押し付けられている気がする。

 

 当然総帥が仕事しないので、スタメンは選手たち自身で決めることとなった。まあ総帥が仕事しても反発しただろうけど。

 ちなみに私はベンチだ。泣けるね。

 

「いいか、あんたの指示は必要ねえ。これはチーム全員の意思だ」

「……」

 

 ブラージはあんなこと言ってるけど、たった一人、フィディオだけは納得がいってなさそうな表情をしていた。

 あれだけやられてもまだ総帥を信じようとしているのか……はたまたこの先監督なしじゃ勝てないと判断しての行動なのか。どっちなのかは私にはわからない。

 

「……いいだろう。貴様たちには一切口出ししないと約束しよう」

「私は出して欲しかったなー」

「うっせぇ! お前も黙ってろ!」

「ブラージ、そうカッカするのはよくないよ。バナナ食べる?」

「いるか! あとなんでバナナなんだよ! というかどこから持ってきた!?」

「おーもぐもぐ、いいツッコミもぐねー」

「食うな!」

 

 ほんのりと甘い味が口の中に広がる。

 全部食い終えて、皮を投げ捨てて一言私は呟く。

 

「……うん、やっぱバナナ嫌いだわ」

「じゃあなんで食った!?」

 

 なんか不動に似てて好きじゃないんだよね。

 こう、見てるとムカつくというか?

 ブラージはなんか知らないけど、顔真っ赤にして息を切らしていた。

 バカでしょこの人。なに試合前に疲れてるんだ。

 なんて思ってたらそれが伝わってしまったらしく、彼は納得がいかないと大声をあげた。

 

 チームメイトたちに宥められてフィールドにドナドナされていくブラージ。

 そしてようやく全選手がポジションにつき、試合が始まった。

 

 

 ……始まったのはいいけど、こりゃダメそうだ。

 開始から三十分。オルフェウスは大苦戦を強いられていた。

 

「必殺タクティクス——アブソリュートナイツ!」

 

 ナイツオブクイーンの選手たち四人が、わずかに時間差を作って一斉にボールに襲いかかった。それをフリーズショット君……じゃなくてラファエレは避けきれず、二人目を避けたところでボールを奪われてしまう。

 

 『アブソリュートナイツ』。

 一人の選手に対して四人が間髪入れずに高速でディフェンスをしかけることで相手の体勢を崩させ、ボールを奪う技。

 このタクティクスの肝はこの『高速』という点にある。

 普通、選手一人に対して四人なんてフォーメーションは崩れるし、パスを出されたら簡単に突破されてしまう。

 しかし彼らの場合はこれらをほぼ一瞬で行うことによってパスする時間を与えないようにしている。

 

 なお、イナズマジャパンはこのタクティクスを三人縦一列に並び、次々とパスを出していくことで突破したが、あれは至近距離に味方が複数いたからこそできた芸当だ。おまけにその戦法も最終的には破られてしまっているので、オルフェウスが見本として使うことはできないだろう。

 

無敵の槍!」

『ぐあぁぁぁっ!!』

 

 さらに必殺タクティクスが発動される。

 『無敵の槍』。

 ボールを持つエドガーを中心に、三人の選手が三角形を描くように彼の左右前をガッチリガードしながら超高速で突っ込むことによって、まるで騎士のランスチャージのように敵陣を真ん中から突き崩すタクティクスだ。

 その突破力は凄まじく、止めようとした選手たちは漏れなく突き飛ばされて、地面に転がっていった。

 

 ゴール前にディフェンダーは誰もいない。

 エドガーはここで左回りに一回転。その遠心力を利用し、トーキック*1でボールを撃ち出す。

 

パラディンストライク改!」

コロッセオガード! ——ぐはっ!?」

 

 光り輝く光弾が発射。

 ブラージはコロッセオを思わせる壁を左右から出現させ、それを両手で操って閉じることでボールを防ごうとする。しかし光弾の威力は壁の耐久力を上回り、打ち崩してゴールに入った。

 

 試合を見ていて思ったのは、ナイツオブクイーンがデータよりもパワーアップしているということだ。

 技の威力がイナズマジャパン戦の時よりもかなり上がっている。それにあの二つのタクティクスは、適正の問題で選手を交代しなければ使えなかったはず。

 試合一つ終わるだけでここまで変わるなんて。

 さすがは世界。

 選手たちだけでなくその監督も超一流だ。

 

 っと、ここで得点時とは別のホイッスル 。

 前半終了の合図だ。

 最初ベンチを出る時とは打って変わって、フィディオたちは暗い顔をしながら帰ってきた。

 さてさて、私もマネージャーの仕事をしなくちゃ。

 

「はーいお疲れ。ドリンクだよ」

「……ちっ」

 

 いつもだったら文句を言うみんなも、今だけは特に文句も言わずにドリンクを受け取ってくれた。

 よっぽど疲れが溜まっているのだろう。私に口答えする余裕もないと見える。

 

「くそっ、誰かあのタクティクスを破る方法がわかるやつはいねえのかよ!」

 

 ブラージの問いに誰も答えることはできない。

 

 オルフェウスには明確な司令塔がいない。

 いや、実際にはキャプテン代理であるフィディオが指示を出しているのだが、鬼道君や不動といった戦術の天才がいないのだ。

 今までは前監督が作戦を立てていたのだろう。監督の有無はこのチームには決定的だ。

 

「クックック……」

 

 突如不気味な笑い声が全員の耳に入る。

 こんな笑い方をするのはこの人しかいない。全員の目が総帥に集中する。

 ブラージはその笑いが気に食わなかったのか、真っ先に食ってかかった。

 

「何がおかしい!?」

「……貴様たちとの約束を破っても構わないかね?」

「アンタの助言なんていら——」

「待て。話だけでも聞いてみよう」

 

 ブラージの否定をフィディオが遮る。

 

「フィディオ、お前……」

「……悔しいけど、俺たちには戦術を練ってくれる監督が必要だ。それは君もわかっているはず」

「けどよ、そんなやつの言うことなんて聞いたらイタリア代表の恥だ!」

 

 まあ、間違いではない。

 悪人の言うことを聞けばその人自身も悪人になる。総帥の罪が発覚した時間違いなく彼らも非難されることとなるだろう。少なくともメディアはそう広める。

 そして何より、そんな汚い人の指示なんて聞いたら彼らの誇りが失われる。

 フィディオ以外のみんなが嫌がるのももっともだ。

 しかしブラージの話を聞いてもなお、フィディオは首を横に振った。

 

「ブラージ。俺は試合に勝つことこそがイタリア代表の誇りを守ることだと思う」

「そのためなら何したっていいって言うのかよ?」

「いいや。でも俺たちが今から聞くのはサッカーでの戦術だ。そこに卑怯も何もない。誰が戦術を立てるかじゃない。どんな戦術を立ててくれるのかが大切なんだ」

「けどよ……」

 

 ブラージが言い淀む。

 フィディオはそこで改めて彼だけでなくチーム全員の顔を見渡し、力強い目で自分の考えを述べる。

 

「いいかみんな、俺たちは代表なんだ! 俺たちは何千といるイタリアサッカープレイヤーたちの夢を引き継いでここにいるんだ! 中には夢破れて悲しませてしまった人たちもいるだろう! だからこそ、俺はそんな彼らに、あの観客席にいる人たちに恥じない戦いをしたい! みんなもそうじゃないのか!」

 

 彼の拳は強く握りしめられていた。

 話を聞いて、私の中にチームKのメンバーの顔が脳裏に浮かび上がる。

 そっか……代表だもん。選ばれる人もいれば選ばれない人もいる。私みたいな裏口入団とは違って候補生から選ばれた彼は、選ばれなかった人たちの悲しみを直に受け止めてきたんだ。

 そしてそれはブラージたちも同じ。

 彼らはしばらく険しい顔をしていたが、次第にバカらしくなったようにフッと顔を緩めた。

 

「……やっぱ今でもミスターKは許せねえよ。でも、そうだな。たしかにそうだ。俺らを必死に応援してくれるあの人たちを悲しませたくはないよな」

「だな。今は俺たちのプライドなんか投げ捨てて、イタリアにいるみんなのために戦おうぜ!」

「ブラージ、ラファエレ、みんな……!」

 

 オルフェウスのメンバーの心が一つになったのがわかる。

 驚いた。

 みんなの私たちへの恨みは相当深かったはずだ。正直なところ、私も彼らがまともに言うことを聞いてくれることはないと思っていた。

 でもフィディオは言葉だけでそれを変えてしまった。

 

 ふと彼の背中に円堂君の背中が重なって見える。

 みんなのためのサッカー。

 私とは真逆だ。

 でも、真逆だからこそ、私はそこにいつも惹かれるのかもしれない。

 

 総帥は全員の意志を改めて確認する。

 

「では、指示を出していいかね?」

「ええ、お願いしますミスターK」

「……背番号78番、アップをしておけ」

「いやなんで番号で呼ぶのさ?」

 

 ま、いいけど。

 ようやく私の出番か。

 ベンチから立ち上がり、ジャージを脱ぎ捨てる。

 その中から78と刻まれた青いユニフォームが現れた。

 

「後半はディフェンスを一人減らし、フォーメーションを変えていく。入れ替わるのはこいつだ」

「ナエってフォワードじゃないのか?」

「いや、彼女はリベロだ。どんなポジションでもできるはず。実際にディフェンスも凄いところはみんなも見ただろ?」

 

 ディフェンダーか……。まあ試合に出れればいいや。その気になれば私は上がってシュート撃てるし。

 次に総帥はボードを用いてフォーメーションを説明していく。

 しかしその奇妙な形を見て、私を含む全員が驚くのだった。

*1
つま先でのシュート



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イタリアの神姫

『さあ後半が始まります。オルフェウスは巻き返すことができるのでしょうか?』

『おっと、ここでオルフェウス、選手の交代です。オットリーノに代わり入ってくるのは……見たことない選手ですね』

『えー、データによりますと彼はナエ・シラトヤ。日本生まれ日本育ちですがオルフェウスキャプテンヒデナカタのように国籍が変わったことでイタリア代表になれたようです。公式戦は今年のフットボールフロンティア決勝でイナズマジャパンキャプテン円堂率いる雷門中に破れて以来音沙汰がないですが、気になる選出です』

 

 そっか、私って久しぶりの公式戦なのか。

 気付いてからは観客たちの熱気や応援というものがよく聞こえるようになる。

 緊張はない。しかし夢の舞台に今立っているのだとそれらは実感させてくれた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 フォーメーションはこの通りだ。

 1ー4ー3ー2という異色さに私も最初は驚いた。しかし総帥はサッカーの戦術においては誰よりも頼りになる。説明された作戦もまともそうに思えたし、あとはあの人を信じて動くのみだね。

 

 キックオフと同時に相手はバックパスし、エドガーにボールを渡す。その周囲に三人の選手が集まり、彼らは一振りの槍と化す。

 

「必殺タクティクス—— 無敵の槍!」

 

 青白い光が選手たちを包み込み、巨大な槍がフィールド中央を進んでいく。

 しかしオルフェウスの選手たちはそれを見た瞬間からわざと左右に散って、無敵の槍を通した。

 あっという間に槍は中盤を突破。残る四人のディフェンスに向けてその突きを加速させていく。

 

「く、くるぞ……!」

「ハハハッ、無駄だ! 無敵の槍はどんな防御をも貫通する!」

 

 無敵の槍がディフェンス陣を突破し、ペナルティエリアへと侵入してしまった。

 相手にとっては絶好の好機。エドガーはパラディンストライクを撃とうと体を捻り——逆方向からボールを蹴った私の勢いに負けて数メートル吹き飛ぶ。

 

「なっ……!」

「ま、こんなもんかな」

 

『ふっ、防ぎましたナエ! あのエドガーの蹴りを上回る蹴りで、逆に彼を吹っ飛ばしたァ!』

 

 全部私の手柄のように実況してるけど、全ては総帥の戦術のおかげだ。

 『無敵の槍が無敵なのはペナルティエリアに侵入するまで』

 総帥はそう言った。

 無敵の槍は三角形の中にエドガーを入れるような陣形のため、シュートの際はその鉄壁のガード役が邪魔になるのだ。

 そこを突いた。ガードが離れた瞬間に最後尾で隠れていた私がボールを奪うという作戦だ。

 

 それは見事に成功。おまけに敵陣には四人もの選手が抜けてスペースがたくさんある。

 

「フィディオ!」

 

 ボールを敵のミッドを越すように高く上げる。

 カウンターだ。

 フィディオはボールを受け取ると、素早いドリブルで敵のディフェンス陣を破り、あっという間にゴール前にたどり着いた。

 彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

オーディンソード!」

ガラティーン! ——がっ!?」

 

 魔法陣から剣が飛び出す。

 相手の手からも光が集まり、それを剣と化して振り下ろしてくる。

 一瞬の剣戟。

 勝ったのはオーディンソードだ。

 ガラティーンはオーディンソードに当たった瞬間に真ん中から折れて、ボールはゴールネットに突き刺さった。

 

「……マジかよ」

「ふふん、総帥はすごいでしょ?」

「ちっ、試合はまだ終わっちゃいねぇ! まだまだ気を抜くな!」

 

 あんなに苦戦した敵からこうもあっさり点を取れてしまったことにブラージは呆然としているように見えた。

 それが面白くってからかってみると、案の定鼻息を荒くして言い返してきてくれた。

 

『決まりましたフィディオ! 見事なカウンター!』

『いや、あれは戦術も美しかったですよ。カテナチオなんて私も久しぶりに見ました』

『カテナチオ? マードックさん、解説をお願いします』

『カテナチオとはイタリア語で閂を現す、イタリアの古い守備的な戦術ですね。特徴的なのはディフェンスのさらに後ろに置いたスウィーパーと呼ばれる選手です。これが左右に動き回り、ディフェンスを突破した少数の選手を抑えます。そしてそこから一気にカウンター、あとはご覧の通りです』

『なるほど……初めて見ました』

『しかし古い戦術と言ったように、カテナチオには明確な弱点があります。オルフェウスはこれをどう克服していくのかが課題ですね』

 

 カテナチオ。私も名前でしか聞いたことがない。

 でもそんな古い戦術を引き出して敵を封殺するなんて、さすが総帥。やっぱり指揮能力は超一流だ。

 

 キックオフは再びナイツオブクイーンから。

 彼らは性懲りも無くエドガーにボールを回し、無敵の槍の陣形を作る。しかしさっきとは違って、無敵の槍は中央ではなく私たちから見て右サイドに寄っていた。

 

無敵の槍!」

 

 再び無敵の槍が発動。右サイドのディフェンス陣がどんどん崩されていってしまう。

 でも私のやることは変わらない。抜け出してきた無敵の槍に近づく。槍が解除され、中から飛び出してきたのは——まったく別の選手だった。

 

『マードックさん、カテナチオの弱点とはなんですか?』

『やはり左右のセンタリングに弱いことでしょう。一人しかディフェンスがいないので、逆サイドにボールをあげられるとお手上げなんですね。ナイツオブクイーンもそれを狙ってきたようです』

『ここで逆です! 左サイドにエドガーが走り込んできている!』

 

 無敵の槍は発動すると、青白い気によって選手たちを包み込むため中の選手たちの姿は見えなくなる。それを利用してエドガーは一度発動したあと、別の選手と入れ替わっていたんだ。

 

「これでフィニッシュだ!」

 

 エドガーはノーマークでボールを受け取ると、すぐにシュート体勢に入った。

 ブラージじゃ止められない。ここで入れられたら全てが水の泡だ。

 

 

 ——まあ、私なら普通に届くんだけど。

 

 エドガーはまたもやボールを蹴った瞬間、逆に弾き返された。

 それを成したのは私の蹴り。

 

『なっ……何が起きたのでしょうか!? エドガーにボールが渡った時にはいつの間にか逆サイドに引きつけられていたはずのナエが!』

 

 さっきと同じように、大きく蹴り上げてボールをフィディオに渡す。

 しかし二度目ということでエドガーの指示も早かった。

 あっという間に彼は包囲されてしまう。

 

『抜け道を塞がれたフィディオ!』

『うーん、四人でガッチリマークされてますね。これはいくらフィディオでも突破するのは難しいでしょう』

『オルフェウスは全体的に守備寄りのチームですからね。フィディオさえ封じればどうにかなるという考えなのでしょう。……っと、ここでフィディオ誰もいないところにパスを出し……いや、いる!! ナエが走ってきている!?』

 

 ゴール前から敵も味方もごぼう抜きして、フィディオが出したパスに追いつく。

 当然ながらノーマーク。外すわけがない。

 

 回転しながらペンギンたちを呼び寄せ、ヘキサグラムの魔法陣を構築。そしてペンギンたちと一緒にそこに飛び込み、両足でボールを撃ち込む。

 

皇帝ペンギン零式!」

ガラティ——ぬぁぁああああっ!?」

 

 遅い。

 相手キーパーは光の剣を振り下ろそうとしたけど、その前に魔法陣から放たれた極太の閃光が彼を飲み込んだ。

 

「バーン! ……なんちゃって」

 

 ゴールイン。

 なんとなく指で敵を撃ち抜くポーズを取ってみる。

 途端にスタジアム中から大歓声が湧き上がった。

 

『驚きましたナエ! あのフィディオにも負けず劣らない、いやそれ以上かもしれないシュート!』

『いや、それもありますけど一番驚くべきはあの驚異的なスピードですね。VTRをスローモーションでご覧ください』

『これは……まるで瞬間移動したかのように次々とナエの立ち位置がズレていますね』

『普通のカメラじゃ追い付いていないんです。それほどの速度です。たぶんゴールからゴールにつくのにニ、三秒くらいしかかかってないんじゃないですかね?』

『似たような選手をマードックさんは?』

『いや、プロにもいませんよこれは。入団すれば有名チームの一軍入りも確実でしょう。これほどの選手が東方の島国に隠れていたとは、世界は広いものです』

 

 ……すっごい歓声が降り注いでくる。

 久しぶりに浴びたよ。

 不思議とほおが緩む。この時だけはまるで闇の世界から抜け出しているかのように感じられた。

 

「やったなナエ」

「ふふん、当然でしょ」

 

 私とフィディオはハイタッチする。

 一際大きな歓声がまた湧いた。

 それがポツポツとやみ始めたころには両チームがフォーメーションを整えていた。

 

 時間は残りわずか。

 普通に攻めても守りの固いオルフェウスを時間内に突破するのは不可能。無敵の槍も封じてある。

 なら、次にナイツオブクイーンがしてくる行動はおそらく……。

 私はいつでも前に走れるよう、前傾姿勢をとる。

 

 キックオフと同時に敵は後ろにバックパスを出してきた。

 ボールはミッドを越え、ディフェンスラインへ。そこに立っていたエドガーがボールを受け取る。

 

「受けてみよ! 最大火力の騎士の剣をっ!」

 

 エドガーが天高く足を振り上げる。

 するとそこから紋様の刻まれた、神秘的な青色の剣が出現した。

 

エクスカリバー改!」

 

 エクスカリバー。

 その性質は()()()()()()()()()()()()()()()()()()という物理法則を無視したもの。普通に撃てばパラディンストライクよりも威力は低いだろうが、ロングシュートでならその脅威は最大限発揮されることだろう。

 でも、全部読めてたことだ。

 

 エドガーがボールを蹴る直前、私は彼の目の前に立っていた。

 指笛を吹き、黒いペンギンたちを呼び寄せる。それらは次々と右足に噛み付いていく。

 

皇帝ペンギンXV3!!」

 

 放たれたエクスカリバーに向かってそのまま蹴りをくらわせる。

 

 ——『カウンターシュート』。

 

 均衡は発生しない。一直線にボールは元きた道を引き返し、エドガーの横をすり抜けてゴールに入る。

 同時に試合終了のホイッスル。

 シンと静まり返る観客席に向かってダブルピースをする。

 その時、今日一番の割れんばかりの大歓声が響き渡った。

 

『試合終了! 3対1! 3対1です! オルフェウス、前半からは考えられないような見事な大逆転!』

『この試合一番の貢献者は間違いなくナエでしょうね。観客も新たなオルフェウスのエースに祝福の声をあげています』

 

 ふぅ……うまくいってよかった。

 エクスカリバーは距離が開けば開くほど威力が増す。逆にいえば距離が短ければ本来の威力は出ないのだ。だからあんな簡単に弾き返すことができたってわけ。

 

 観客に手を振っていると、ふと勝ったにも関わらずボーッとしているフィディオが目に入った。

 それが気になり、からかい半分で話しかける。

 

「どしたの? もしかして私にエースストライカーの座を奪われるかもって思って焦ってる?」

「ハハ……いや、そういうわけじゃないんだけど……ちょっとね」

 

 うーん? はっきりしないなー。

 曖昧に言葉を濁しているだけなのが気になり、さらに彼の顔を覗き込んでみる。

 そこで、彼の視線は総帥に注がれていることに気がついた。

 

「……って、うわぁっ!? ち、近い近い!」

「あらら、顔真っ赤。そんなに私に見惚れてた?」

「そ、そんなんじゃないって!」

 

 そう言ってフィディオは照れ隠しのためか、グラウンドの出入り口の方に走り去っていってしまった。

 いや、女耐性なさすぎじゃね? 雑誌とかじゃ女性ファンに投げキッスするほどのイケイケ男子って感じで書かれてるけど……。もしかしてああいうのはうわべだけで、本当は恋愛経験が皆無だったりするのかもしれない。

 あの顔だし、将来悪い女性に騙されそうで心配だ。

 

 彼がいなくなったタイミングを見計らってか、ブラージがムスッとした顔でこっちに近づいてきた。

 

「あなたもずいぶん不景気そうな顔してるね。活躍の場を奪われちゃって不満だったり?」

「……いや、キーパーの仕事は誰を利用しようがゴールを守ることだ。正直、お前とミスターKがいなかったらこの試合は勝てなかっただろう。それは認めてやる」

「おっ、意外と素直だね」

「勘違いすんなよ! 今日は認めただけだ! 次の試合までに俺はもっと強くなって、お前なしでもゴールを守ってみせる!」

 

 それだけ言うと、鼻をならして彼は私から離れていった。

 ……()、か。ちょっとは認めてもらえたのかな。

 私には人の心を感じ取る力はない。だからこれは希望的観測なんだけど、そうだったらいいな。

 ちょこっと笑みを浮かべて、私もグラウンドを出た。

 

 

 ♦︎

 

 

 控え室に続く関係者エリアを歩いていく。

 コツーン、という自分の足音がよく聞こえる。

 こういったスタジアム内の関係者用の通路は基本どこも狭いので、音が響き渡りやすいのだ。

 だからだろう。曲がり角から聞こえるその声は、よく私の耳に入った。

 

「ミスターK、あなたにとってサッカーとはなんなんですか?」

「……見てわからんかったのか?」

「わかりません。あの作戦は決してサッカーを憎んでいるだけの者には作れないものです!」

「サッカーを潰すにはサッカーを知る必要がある。それだけだ」

「まっ、待ってくださいミスターK!」

 

 こっそりと曲がり角を覗き込んだ。

 話をしていたのはフィディオと総帥だった。

 しかし話は一方的に終わってしまい、総帥はまるで逃げるように足早に去っていってしまう。

 

「……本当にそれだけなのかな……?」

 

 ぽつりと呟きが彼から漏れた。

 そっか……貴方も気づき始めたんだね。総帥の闇に隠された何かを。

 

 たまに自問自答することがある。

 なぜ私はあの人についていっているのかを。

 世間一般で見てあの人は紛れもなく悪だ。いくら私の性別を偽れるほどの権力を持っていて、サッカーの戦術に秀でているとしても、私は必要以上にあの人を追い求めてしまっている気がする。

 そして悩んで悩んで……最後に同じ結論が出る。

 私は総帥のサッカーが好きなのだ。

 だから、ここまでついていってるんだと。

 

 だけど今のままじゃ本当の意味でそれを見ることはできないかもしれない。あの人が本当の自分を曝け出さない限りは。

 

 たぶん、私は総帥が本当に欲しいと思っているものに気づいている。

 しかし私にはそれを見せる力が、センスがなかった。総帥もそれを知っていたからこそ、私ではなく鬼道君に自分のサッカーを叩き込んだのだろう。

 でも彼なら、あのフィールドを空から見下ろしているかのような空間把握能力を持つ彼なら、もしかしたら……。

 

 思考に没頭しすぎていたのだろう。私はそこで不用意にも足音を鳴らしてしまった。

 

「っ、なんだナエか……びっくりしたよ」

「……いや、ちょっと話が聞こえたもんだからさ。貴方には悪いけど」

「そうだ、君なら何かわかるんじゃないか? ミスターKが何を思ってサッカーを見ているのかを」

 

 その核心的な問いに思わず飛びつきそうになる。

 しかし動きかけた口を必死に押し止め、しばらく考えたあとゆっくりと答える。

 

「……さあね。私もはっきりとはわからないんだ」

「そっか……君でもわからないのか」

「でも、総帥はサッカーに憎しみ以外の感情を持ってる。私はそう思ってるよ」

「っ! そっか、やっぱり……。ありがとうナエ。おかげでちょっと気が晴れたよ」

 

 フィディオは迷いが晴れたような顔でそう言って、控え室の方に行ってしまった。

 ……まだだ。可能性があるだけじゃ託せない。

 たぶんこれは一生に一度のチャンスになるだろう。これで失敗すれば、総帥は二度と自分と向き合えなくなる。

 今は見定める時期だ。彼が本当に私の願いを託せる選手なのかを。

 遠くなっていく彼の背中をジッと眺め続けながらそんなことを考えた。

 




 なえちゃんの名前が実況でもカタカナ表記になってる理由は、彼女がイタリア人扱いされているからです。ヒデナカタがそんな感じで呼ばれていたので、それに似せました。


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未知なる殺気

 イギリス戦が終わった次の日。

 私は今日も今日とてボール磨きに勤しんでいた。

 マネージャー業もやんないと生活できないからね。敵の情報も集めなきゃいけないし、忙しいもんだよ。

 

 あれからオルフェウスの一部の人たちは話しかけてくれるようになった。たいていはまだ警戒しているのか長続きしないけど、それでも挨拶とかはしてくれるようになったし進歩してると思う。

 特にフィディオとアンジェロちゃんはよく話しかけてくれる。

 アンジェロちゃんかわいいよアンジェロちゃん。

 小柄で金髪で輪っかみたいな髪飾りつけてるところとかマジで天使だ。

 え……性別? 黙ってなよ口縫い合わすよ?

 

 まあ、もちろん私をまだまだ受け入れてくれない人もいるけど。

 

「ナイスキャッチだブラージ!」

「もっと強く撃ってこい! こんなんじゃアメリカ代表のシュートに及ばないぜ!」

 

 ラファエレのフリーズショットを止めたブラージが叫ぶ。

 燃えてるなぁ、彼。

 イギリス戦で一点取られたことでさらにやる気を出しているようだ。あと私への対抗心ってのもあるかな。

 けっこうきつい態度を取ってくるけど、私は別に彼のことが嫌いなわけじゃない。

 なんというか、雰囲気が似ているのだ。染岡君に。

 強面で努力家っていう部分なんてそっくりだ。だからこそ嫌いになれないのかもしれない。

 

 その後もブラージはシュートを止め続けたけど、どこか不完全燃焼ぽかった。

 フィディオはキャプテンとして別のメンバーの指揮を取ってるし、シュート練を頼み込むわけにはいかないってところか。

 ……しょーがないなぁ。

 私はボールを転がしながらゴール前まで歩いていった。

 

「あ? 練習の邪魔だ、そこからどけ!」

「いや〜、弱っちいシュートばっか止めて調子に乗ってるブラージ君に現実ってものを見せてあげようと思ってね。優しいでしょ、私?」

「ああん? 上等だ! お前のヘナチョコシュートなんざ何本でも止めてやらぁ!」

「……吐いた唾飲まないでよ!」

 

 ゴールに向かって思いっきりシュートを叩き込む。

 コースは左ポストギリギリ。ブラージは反応して手を伸ばすも追いつけず、ボールはその横をすり抜けた。

 

「くっ……まだまだ!」

 

 二本目。これまたブラージは得点を許してしまう。

 この後何本もシュートを撃つも、ブラージがボールに触れることはなかった。

 しかし十一本目。とうとう彼は体の中心でガッチリとボールを捕らえることができた。

 

「ぐっ、うぉぉぉっ!?」

 

 でもそれだけじゃ足りないんだけどね。ボールの勢いに負けて結局ブラージはその巨体ごとゴールに押し込められてしまった。

 

「はいざんねーん。くすくすっ」

「くそっ! もう一本だ! 今度こそ止めてやる!」

「いいよー。その自信を木っ端微塵にしてあげる」

 

 そんなこんなで小一時間、私はシュートを撃ち続けた。

 えっ、何回止められたのかって? それは彼の名誉のために言わないでおこう。

 

 

 ♦︎

 

 

 練習が終わり、シャワーを浴びたあと全員はミーティングルームに集まる。

 部屋はどことなく日本の大学の教室に似ており、机と椅子が半円を描くように設置されている。

 黒板にあたる場所には巨大モニターが設置されており、その前に私は立っていた。

 

「はーい。じゃあアメリカ代表ユニコーンの研究会を始めるよー」

「わかっていると思うけど、前回のイギリス戦で苦戦した理由の一つは情報不足だ。相手がどんなプレーをしてくるのかもわからないまま闇雲に戦ってしまった。もし研究してたら、無敵の槍の弱点を試合前に看破して最初の一点も防げたかもしれない」

 

 フィディオは今回の研究会の意義を簡単に説明してくれた。

 彼は私の補佐だ。私が直接彼らに正論を言うよりは彼が緩衝材となってくれた方が説得力が増すだろうと思ってあらかじめお願いしておいたのだ。

 

「だからってよ。そいつの集めた情報で大丈夫かよ」

 

 肘を机につきながらラファエレが言い出す。フィディオはその文句を予想していて、顔色一つ変えず冷静に対処する。

 

「ナエとアメリカ代表の映像は関係ない。そして仮に嘘の攻略法を教えられても、映像をよく見て自分で考えていればそれが嘘だと分かるはずだ。ラファエレ、君はそれが判断できない程度の選手なのかい?」

「……ちっ、わかったよ。もう文句は言わない」

 

 若干挑発じみてたけど、彼とかのプライド高そうな人たちにはそれくらいがいいだろう。ここで文句を言えば『自分は代表なのにそんなこともできない』と認めてしまうことになるからね。

 その効果はあったようで、ラファエレをはじめとあいた反対派の人たちは黙り込んだ。

 

「みんなも異論はないな」

 

 確認のためフィディオが全員を見渡す。

 意見を出す人はいなかった。

 私は近くに置いていたパソコンを操作して、一番最近のアメリカ代表の試合を再生した。

 

 そして数十分後。

 ところどころ早送りして見終えたあと、私は注目選手のデータを表示する。

 

「今見た通り、アメリカは攻撃力が高いチームだよ。キャプテンのマーク、フォワードのディランは当たり前として、ミッド陣のイチノセなんかも積極的に攻撃に参加してくる」

「まさに『速攻』って感じだな。ボールを回収してから攻め入るまでの間がほとんどない。ディフェンスは少しでも隙間があれば一瞬で攻め入られてしまいそうだ」

 

 フィディオの懸念をよそに、私は別のことを考えていた。

 『カズヤ・イチノセ』。

 知っての通りFFの時からいる雷門のメンバーだった男だ。もちろん私とも戦い、共闘したことがある。

 彼はもともとアメリカに籍を置いていたらしく、その関係で日本ではなくアメリカ代表となったらしい。なんかこれまでも二回ぐらい聞いた話だ。

 でもその実力は私が知ってるよりも遥かに成長している。こうやって注目選手の一人として紹介しているのはひいきでもなんでもなく、それほど脅威だからだ。下手したらアメリカで一番危険かもしれない。

 

 ……そういえば試合の映像見ている時、ちょくちょく不気味な小枝っぽいものが映ってる気がしたんだけど、あれはなんだったのだろうか。あれを見てるとなんか一人忘れてる気がするような……。

 まあ気のせいか。他国の代表にそんなにちょくちょく私の知り合いがいるわけないしね。アハハ。

 

「幸いディフェンスは平均的でそれほど厚いというわけじゃない。だから一番いいのは攻め続けてリズムを握らせないことだ」

「二番目はカウンターだね。ボールを奪われても全員が戻らず、フォワード陣は待機しておくこと。リスクも高くなるけどその分リターンも大きい。練習じゃそのリスクを減らすことを意識してやるといいよ」

 

 みんなはそれぞれ次からする練習のイメージをしているのか、真剣に考え込んでいるように見える。

 特にブラージはいつにも増してしかめっ面をしていた。

 まあ前の試合も一点取られたのを気にしてたし、守備が重要になるという話を聞いて責任を感じているのだろう。

 プレッシャーに押し潰されるタイプには見えないけど、ちょっと心配だ。

 

 しばらく他の試合の分析結果を語っていると、誰のかはわからないけどグ〜という音が聞こえた。

 疑問とかは特になさそうだし、今日はこんなもんでいいかな。

 私は説明会を終了することを言い、パソコンの電源を切った。

 

 

 ♦︎

 

 

 全員が部屋を出て行く中、フィディオの目には今だにイスに座っているブラージが目にとまった。

 彼は会議が終わったことに気づいていないのか、ひたすら机に目線を落として考え込んでいる。

 フィディオはそんな彼が気になり、声をかけた。

 

「どうしたんだブラージ?」

「っ、なんだフィディオか……。いや、ちょっとしたことだ。なんでもねえよ」

 

 ブラージはいじっぱりで、弱気なところは仲間にもなかなか見せようとしない男だ。フィディオは長年の付き合いからそれをよく知っていた。

 どうしようかと悩んでいる時に、出口の前に立っているアンジェロから声がかかる。

 

「あれ、フィディオもブラージも行かないの?」

「ああ、先に行っててくれ。あとで追いつく」

「わかった!」

 

 タタタッと可愛らしくアンジェロは去って行く。

 これで部屋は二人だけになった。

 

「さあ、これでいいだろ? 話してくれよ、俺と君の仲じゃないか」

「はぁ……仕方ねえな。誰にも言うんじゃねえぞ。特にあの女には」

 

 あの女、とブラージが言うのは一人しかいない。

 フィディオの脳裏に小悪魔めいて笑うなえの顔が浮かび上がった。

 ブラージは何度か咳払いをすると、やや低い声でぽつりと呟いた。

 

「……ちょこっと、自信がねえんだ。アメリカ代表からゴールを守れるかが」

「イギリス戦のことなら気にするな。そもそもキーパーの失点はチームの失点でもある。俺たちが敵にボールを回させなかったり、シュートを撃たせなかったりすれば点を決められることはないんだ。最後の砦である君が気にやむことはないさ」

「……それでもゴールを守らなくちゃならねえのがキーパーだ。だから今日あいつに勝負を挑んでみたが……」

 

 結果は惨敗。

 ブラージはなえのシュートを一つも止めることができなかった。

 それで自信をなくしてたのかと、フィディオは納得する。

 

「イタリアに俺以上のキーパーはたぶんいねえ。けど、ジャパンのエンドウとかを見てると自分が井の中の蛙な気がして仕方がねえんだ」

 

 ブラージの目には今でもチームK戦でのエンドウの活躍が目に刻み込まれている。

 とてつもない威力のシュートを前に、咄嗟に機転を効かせてみせる想像力と決断力。そしてチーム全員を鼓舞するカリスマ力。

 単純な技能の話ではない。円堂というキーパーはブラージにとって、自分のほぼ全てを上回っているように思えた。

 

「だったら、仲間の力を借りるってのはどうなんだ? シュートを止めるだけがキーパーの仕事じゃないだろ?」

「仲間、か……」

 

 一瞬、イギリス戦で見た少女のディフェンス姿が浮かぶ。

 あれ以上のディフェンスはイタリアにはいない。ゴール前に立っていれば大抵のシュートは防げてしまいそうだ。

 しかしとっさに我にかえり、頭をブンブン振ってその考えを振り払う。

 

「ちっ、仲間って聞いてあいつが思い浮かぶなんて、つくづく自分が嫌になるぜ。普段はあんなに拒絶してるってのによ」

「もしかして君はなえのことを、本当は認めているんじゃないのか?」

「バカ言ってんじゃねえよ! たしかにあいつはすげぇけど、仲間として認めるかは別問題だ。俺はチームメイトを傷つけたあいつを絶対許さねえ」

 

 たしかに彼の言うことはもっともだ。しかしフィディオは前までは彼女を悪人だと理解していながらも、何か胸に突っかかるようなものを感じていた。

 そしてイギリス戦を経験してわかったのだ。

 サッカーをしている時、彼女に一切悪意なんてものがないことに。むしろ彼女は誰よりもサッカーというものに真摯に向き合っているように見えた。

 だからといって彼女が罪を犯していることに変わりはないが、サッカー選手としての彼女は信用できると考えている。

 だからフィディオはブラージに、彼女の一面だけでなく全体を見てほしいと思った。

 

「サッカーの時だけでも彼女を信じることはできないか?」

「ああん? だから言ってんだろ、俺は……」

「このチームにだってもともと敵だったやつがいっぱいいる。でも俺たちは今では代表として団結できているじゃないか。俺はいつかなえもそうなれると思ってる」

「ってもなぁ……」

「難しいのはわかってる。でもサッカー選手としての彼女を見てやってくれ」

「……やっぱり俺の考えは変わらねえよ」

 

 ブラージはしばらく考え込むとそう言い、部屋を出ていった。

 フィディオはしばらく立ち上がらず、ため息を吐いた。

 

 ……失敗したか。ちょっと強引すぎたかもしれない。

 キャプテンだったらうまく説得できただろうか。

 そう思うと自分が情けなく思えてくる。

 しかし、なえとの和解。これはオルフェウスがこの先勝ち続けるために必要不可欠なものだ。

 

 ミーティングルームを出て、自室に戻ったあとでも寝るまでフィディオは思考を働かせて続けた。

 しかしいい案が出ることは結局なく、そうやって思考の海に没頭している間にうとうとし、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。

 

 

 ♦︎

 

 

 夜、イタリアエリアの街にて。

 私はまだ乾き切っていない髪を揺らしながら、夜の街を散歩していた。

 

 いくら宿舎が同じといえど、お風呂までみんなと同じ場所というわけにはいかない。シャワールームは誰がいつ入ってくるかわからないし、時間をズラすということもできない。というか私、あの十数人が同時に入ることを想定しただだっ広い作りが好きじゃないんだよね。個人的空間がないというか……。

 だから私は毎回イタリア街のレンタルシャワールームを利用することにしている。

 本当はジャパン街の温泉がいいけど、毎回通うのは大変だしね。

 

 もうすっかり星空が見えるけど、さすがは観光島。夜でも通行人が多い。むしろ酒なんかが入ってる分、昼よりも騒がしいかも。

 

 そんな人だかりの中に紛れていると、突然背筋に悪寒が走った。

 

 ……っ、今のは……!?

 

 この身の毛もよだつ感覚、久しぶりに感じたよ。

 これは間違いなく『殺気』だ。

 

 どこだ……どこにいる……?

 

 警戒して、相手に気づかれないよう辺りをゆっくり見渡す。

 そして車道を挟んだ隣の通路で立っている、フードを被った怪しげな三人組が目に入った。

 こいつらだ。さっきから私の方を見ているし、ちらっと見ただけで殺気の密度が上がった。間違いない。

 

 仕事柄、私を恨む人はけっこういる。あれはそういう人たちが差し向けた刺客か何かだろう。

 どっちにしろ、こんな大切な時期に厄介ごとはごめんだ。今は複雑な道に逃げ込んで撒くか。

 私はできるだけ曲がり角と死角が多い場所へ走り出す。

 右、右、左、三つある分岐を右、左、左……。

 そうやって全速力に近い速度で走る。

 

 ここまで来れば大丈夫でしょ。

 そう思い後ろを見ると、そいつらがまた視界に入った。

 どういうこと……!? 私の走りについてくるなんて!

 

 まずい、複雑な道を選んだせいで人混みがまったくなくなってしまった。まさに犯罪を起こすにはうってつけの場所だ。

 逃げるのはたぶん無理だ。ここで走り続けて体力を切らしたらそれこそゲームオーバーだし。

 

 こうなったら……!

 スカートの上から太ももを触り、硬い感触を確かめる。

 殺られる前に、殺る。裏社会の鉄則だ。

 

 私は裏路地に続く角を曲がり、あちらから見えないように壁に背をつけるとスカートの中からナイフとハンドガンを素早く取り出した。

 チャンスは足音が近づいてきた時。そこで飛び出して、速攻で撃つ!

 

 コツン、コツンと足音が複数近づいてくる。

 緊張で冷や汗が垂れる。

 唾を飲み込み、その瞬間を待ち続ける。

 3……2……1……今だ!

 

「死ねっ!」

 

 私は勢いよく通りへ飛び出し、ハンドガンを構えた。

 そして引き金を引こうとした瞬間、衝撃が銃から手首に伝わって、ハンドガンが弾き飛ばされた。

 

「……っ!?」

 

 嘘でしょ……!?

 一瞬で飛び出したはずの私の銃を、寸分違わず撃ち抜いた?

 どんな精密射撃してるのさ!

 

 硬直してる時間はない。

 敵がハンドガンらしきものの銃口をこちらに向けたのを見て、咄嗟に路地裏に飛び込んだ。

 

 銃声はない。

 というか、一発目も音がまったく聞こえなかった。

 色々銃は見てきたけど、そんなことは現代技術じゃ不可能だ。多少は消せても、ここまで近づいていれば聞こえないわけがない。

 それにあのハンドガンも見たことがないものだった。

 

 凄腕に未知の兵器。鬼に金棒ってレベルじゃないよ。

 自分の握っているナイフがやけに小さく見える。

 でも、殺るしかない! でなきゃ殺られる!

 

 敵が現れた瞬間、全力でナイフを振るう。

 しかしそれは敵が左足を振り上げただけで簡単に防がれてしまった。むしろナイフは弾かれ、それを握っていた私の手が体ごとあまりの衝撃で一瞬浮かび上がってしまう。

 腕が痺れて……ガードが……!

 暗殺者は間髪入れずに、回し蹴りを私の横っ腹に叩き込んだ。

 

「カハッ!!」

 

 何十メートル飛んだだろうか。突き当たりの壁に背中からぶつかり、その場に倒れる。

 ハハッ、まいったな……後ろ行き止まりじゃん。ついてない、や……。

 触った感じ、骨は折れてないけど吐血しちゃった。目の前の地面にはそれが飛び散っていて、けっこうな量だということがわかる。

 

 さっきの蹴りの反動か、フードがめくれて暗殺者の素顔が露わになる。

 褐色の肌に、銀髪の男。その額には紋章のようなものが刻んであり、どこか不気味さを漂わせている。

 しかしそれ以上に印象的だったのは、私ぐらいの年齢の顔つきだということだ。

 あれだけすごい動きをするのだから熟練した暗殺者かと思ってたから、予想と違って驚いた。

 

 しかしこの男が若いかどうかなんてどうでもいい。どっちにしろ私以上の力を持っているのだから。

 せめてもの抵抗をと、余裕を装うように不敵に笑いかける。

 

「ハ、ハハッ……何か私に用かな? こっちは次のアメリカ戦の練習で疲れてるんだけどなぁ」

「黙れ。貴様のようなクズと話していると虫唾が走る」

「酷いなぁ。ちょっとはお話しする余裕があった方がモテるよ?」

「……死ね」

 

 男は私にさっきのハンドガンを向けてきた。

 ……諦めない。一か八か飛びついて、あれを奪ってみせる。

 失敗したら死ぬ。そう覚悟を決め、飛び出そうとした時、暗殺者の男の腕を別のフードの人物が掴んだ。

 

「待てバダップ。こいつは世紀の大罪人だが歴史の重要なターニングポイントだ。ここで殺すのは俺たちの世界にも影響を及ぼしかねない」

「……ちっ!」

 

 バダップと呼ばれた男は大きく舌打ちをすると、ハンドガンを引いてくれた。

 しかし代わりに私の襟首を掴むと強引に立たせ、そのまま壁に押しつけきた。

 

「ぐぅっ、世紀の大罪人だなんてっ、大袈裟だなぁっ。そんなことを言ったら総帥は宇宙一の罪人だよっ」

「サッカーを捨てろ、白兎屋なえ。そうすればこの先の未来で何億もの命が救われる」

「私に死ねと? お断りだよっ」

「返事は聞いていない」

「ガッ!?」

 

 今度は投げ捨てるように手を離してきた。

 私は頭を壁にぶつけて意識が朦朧としてしまう。

 

「今は殺さない。だが時が来れば俺たちはお前を殺す。生き延びたければ、その前にサッカーを捨てることだ」

「待ち、なよ……っ。意味が、わからない……」

「警告はした。任務完了、これより帰還する」

『ハッ!』

 

 バダップは耳に手を当てる。よく見れば彼はそこに何かの機械をつけているようだった。

 それを彼が弄ると三人組は謎の光に包まれ、そして次には姿を消していた。

 

 辺りに静寂が舞い降りる。

 何分経っても何も起こらない。

 どうやら、私は生き延びたようだ。

 

「ハァァ……」

 

 ようやく緊張の糸が途切れ、私は壁にもたれかかった。

 いつつ……まだ腹が痛いよ。でも顔じゃなくてよかった。腹だったらいくらでも誤魔化せるからね。

 

 休んでいる間、バダップたちの言葉が頭の中で何度も再生される。

 正直、何を言ってるのかさっぱりだ。

 私が世紀の大罪人だとか、サッカーを捨てれば多くの命が救われるだとか。胡散臭くて仕方がない。

 でも、次会ったら殺されるのは事実だ。それだけはやつらの殺気を感じればわかる。

 

 かといって、サッカーを捨てるわけないけど。

 私はサッカーが好きだ。好きで好きで好きで大好きだ。試合のたびに命がけでやってるし、その結果として殺されるのだったら惜しくもない。

 

 だけど、せめてこの大会の優勝までは生きてたいなぁ……。

 私は神にも縋りたくなる思いになり、柄にもなく星に向かってそうつぶやいた。




 今回はいつもの1,5倍くらい文字数多いです。


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アメリカ戦開幕

 謎の暗殺者たちの襲撃から数日後。

 アメリカとの対戦の日がやってきた。

 本日の対戦場所はクジャクスタジアム。カラッと乾いた空気と照り付ける強い日光が特徴的なスタジアムだ。

 しかしイタリアは地中海性気候。こういう暑さにはみんな慣れているはずなので、気候の違いでコンディションを乱す者はいないだろう。

 

 

 バダップに蹴られた場所に手を当てる。

 うん、痛みは引いている。体も動くし、今日も絶好のコンディションだ。

 襲撃された情報は総帥やガルシルドにも伝えたのだが、今だに彼らの情報は集まっていない。監視カメラの映像を見ても彼らだけ姿が映ってなかったり、つくづく相手が未知のオーバーテクノロジーを持っていることがわかる。

 

 しかしそんなことをいちいち気にしてては仕方がないだろう。ガルシルドでも特定できないんだから無理なものは無理だ。さっさと見切りをつける方が気が楽だ。

 

 さて、試合が始まる前に一之瀬に話しかけるとするか。

 一度は共闘してたので、そう邪険にされることもないはず。

 

 あっちも私が近づいてくるのに気づいたのか、話をするためにベンチから離れていった。

 

「ヤッホー、一之瀬。ずいぶん元気にやってるじゃん」

「……まさか君とまた戦うことになるとはね」

「なんか嫌そうなトーンなの傷つくんだけど……」

「君と戦っていい思いをしたことはないからね」

 

 あー、まあ納得。

 基本世宇子でも真帝国でも彼、吹き飛ばされるだけだったしね。真帝国の方は不動がやったってだけで、私に罪はないけど。

 そういえば、一之瀬って声が不動に似てるよね。実際二人が面と向かって話してるの見た時は私も笑っちゃったし。しかし改めて一対一で話してみると……なんかムカムカしてきた。

 

「よし、殺そう」

「どうしてそうなった!? だから苦手なんだ……」

「あ、この人今本人の目の前で苦手って言った! いーけないんだいけないんだ!」

「……助けてくれ円堂」

 

 次は教祖様に祈り出したぞ。

 円堂教徒の鏡だね。たぶん勝利の祈願をしているのだろう。

 ゲッソリした顔とは反対にやる気十分で私も嬉しいよ。

 

「おいおい、二人だけで話なんて水くせえじゃねえか。俺も混ぜろよ」

 

 声がした方向を向くと、具合が悪そうな土色の肌をした長身の男がいた。

 

「……ごぼう?」

「土門だ! お前絶対ワザとだろ!?」

「てへっ」

 

 もちろん覚えているとも。

 土門……下の名前なんだっけ? ともかく、雷門メンバーの中じゃ鬼道君の次に付き合いが長いやつだ。

 

「それで土門は何しにきたの? 観客席はあっちだよ」

「応援じゃねえよ目腐ってるのか!? ユニフォーム着てるだろ!」

「てへっ」

「それやってりゃ許されるって思ってんだろ! いいか覚悟しとけよ! 試合じゃ絶対に一点も決めさせねえからな!」

「あっはっは。……冗談はほどほどにしときなよ」

「急に声低くするな!?」

 

 まったく、相変わらずうるさいやつだ。染岡君も合わせて雷門のツッコミ係はしばらく安泰だろう。

 アメリカ側のコーチに呼ばれ、土門は一之瀬に引っ張られる形でこの場から去っていった。

 

 ベンチに戻るとフィディオに話しかけられる。

 

「ずいぶん親しそうだったね」

「円堂君のいる雷門中のメンバーだよ。だから二人とも知り合いってわけ」

「マモルの仲間か。たしかにいい目をしてる」

「ふん、エンドウの仲間だろうが関係ねえ。シュートは全部俺が止めてみせる」

 

 おっ、気合入ってるねぇ。

 でも、入りすぎじゃない? 競馬でいう焦れこみすぎの状態に近いっていうか。ほどよい緊張は大事だけど、それで視野が狭まってないか心配だ。

 フィディオもそれを心配して声をかけてたけど、彼の鼻息は荒いままだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これが今回のフォーメーションだ。

 ミーティングの時、私をスタメンに入れることを考慮してみんなで改めて考えていたのだ。その結果、私は攻守好き勝手に動ける中央ミッド、つまりボランチの位置にいることになった。

 まあやることは変わらない。いつも通りフォワード以上に攻めて、ディフェンス以上に守る。これを考えておけばいい。

 

 ポジションにつくと、隣に立っているアンジェロちゃんが話しかけてきた。

 

「わー、やっぱ緊張するなぁ。今日はよろしくね」

「ふふっ、緊張しててもアンジェロちゃんの出番はないかもね。私が全部奪っちゃうから」

「あのぉ、僕男なんだけど?」

「何当たり前のこと言ってるの?」

「……イイエ、ナンデモナイデス」

 

 あらら、そんな蛇に睨まれたカエルみたいにカチコチしなくてもいいのに。よっぽど緊張してるらしい。

 笑いかけてあげると、白目をむかれてしまった。

 かわいそうに。よっぽど怖いものが私の後ろに見えたのだろう。

 

 キックオフの笛が鳴り、フィディオがさっそく攻め上がる。

 素早く、鋭いドリブルで相手選手たちの間をすり抜けていく。白い流星らしい勢いのあるプレーだ。

 

「よし、このまま……!」

「させない!」

 

 敵フォワードを抜き、一気に中盤へ彼は飛び出す。

 しかしその前に一之瀬が立ちはだかる。

 

フレイムダンス改!」

「なにっ!? ぐっ……!」

 

 出たな逆さ踊り。

 もはや彼の代名詞となってしまった炎の鞭がボールを絡めとり、フィディオからボールを奪った。

 やっぱりだけど、私が知ってるのより進化してる。それもあのフィディオからボールを奪えるくらいに。

 

「上がれみんな!」

『おうっ!!』

 

 キャプテンのマークのかけ声をかけると、ユニコーンはフォワードだけでなくミッドまでもが前線へ走り出した。

 ユニコーンの恐ろしいところはこれだ。見かけのフォーメーションは4ー4ー2でフォワードが二人しかいないが、ミッドフィルダーの全員がフォワード並みの攻撃力を持っている。だから実質フォワードが六人いるようなものなのだ。

 

 稲妻の如き素早いパス回しとドリブルでユニコーンが一気にゴールへ切り込んでくる。

 ここはボランチの私の出番だな。現在ボールを持っているマークに接近し、紫色の光を放つ右足を振り抜く。

 

デーモンカット!」

 

 ハッハッハ! さあ吹き飛ばされるがいい!

 ……って、あれぇ? どうして私でもないのにデーモンカットより上まで跳んでるですか?

 

ジ・イカロス!!』

「きゃっ!?」

 

 うおっ、眩し!?

 両手を翼のように広げて飛翔しているマークを見てたら急に眩しい光が降り注ぎ、視界が塗り潰された。

 

「何やってんだこのバカ!」

「うっさい! 私だって抜かれる時ぐらいあるに決まってるでしょ!」

 

 このっ、ブラージめ。私がミスしたからって嬉々として声かけてきやがって。

 マークはエースストライカーディランと並走してゴールに向かってくる。二人の連携シュート『ユニコーンブースト』はあまりに有名だ。それを警戒してディフェンスのみんなが止めに入るけど、それによってできてしまった隙間に一之瀬が突っ込んできた。

 

「いけ、カズヤ!」

ペガサスショット!」

 

 パスを受け取った一之瀬がバク宙をすると、その体から気が溢れ出し、彼の背後にペガサスが現れた。

 そしていななきとともにボールが蹴られ、青白く光る弾丸となってゴールに向かっていく。

 

「任せろ! コロッセオガード改!」

 

 ブラージから発せられる気が増大する。

 現れたコロッセオの壁はいつもより一段と分厚く見えた。それは見かけだけでなく、見事に一之瀬のシュートを弾き返してみせる。

 

「カウンターだ!」

 

 跳ね返ってきたボールを胸でトラップ。

 作戦通り、中盤はほぼガラ空きだ。私は前方で走り出していたフォワード陣を追い抜く勢いで加速した。

 

スプリントワープ!」

 

 右へ左へぐにゃりと曲がる超高速のドリブルに追いつける者はいない。そのままディフェンスを次々と突破していく。

 けっこう私の方に敵さんが寄ってきてるね。じゃあここは……。

 ある程度引きつけたところで、横一直線にパスを出す。

 そこにフィディオが走り込んできて、ボールを受け取った。

 

「ナイスだナエ! オーディンソード!」

 

 宝剣炸裂。

 黄金の光剣が発射される。私は次の瞬間にゴールネットに剣が突き刺さるシーンを想像したが、そうはならなかった。

 

ボルケイノカットV2!」

 

 ゴールを覆い隠すように、突如炎の壁が地面から噴出した。それはシュートを完全に止めるには至らずとも、かなりの威力を削ってみせる。

 

「グレート、ドモン! フラッシュアッパー!」

 

 キーパーは深く腰を沈めると、ボクシングでいうアッパーを繰り出した。そしてインパクトと同時にボールは真上に打ち上げられ、勢いを失ったまま自由落下して彼の手に収まる。

 

「ちっ、ごぼうのくせに生意気な……」

「どうだ! 伊達に帝国時代からお前のプレーを見てたわけじゃないぜ!」

 

 今回のは私のミスだ。私のプレーが読まれる可能性を考慮すべきだった。

 口に出したくはないけど、土門も確実に成長している。むやみにシュートを撃っても無駄になりそうだ。

 

 キーパーからのスローイングが、戻ってきたミッド陣に渡ってしまう。

 しかし二回も速攻させるつもりはない。私は執拗に投げられたボールを追い続け、受け取った選手の間近にまで接近していた。

 

「デーモンカット!」

「がぁっ!?」

 

 蹴りにより地面に弧を描くと、ボルケイノカットにも似た紫のオーラがそこから噴き出し目の前の選手を派手に吹っ飛ばす。

 よし、今度こそは成功した。

 毎回空飛ばれちゃたまったもんじゃないしね。あれはやはりマークだけにしか使えないと見ていいだろう。

 

「げっ、また来やがった!?」

「ハッハッハ! さあ、お返しだよ!」

「このっ、ボルケイノカットV2!」

 

 地面から再び炎の壁が噴き出してくる。

 それに対して私は——無雑作にボールを横へ出した。

 その先にフィディオが回り込み、ダイレクトで土門の背後を通すように撃ち返してくる。

 

「あっ? ……あっ」

 

 サッカーの基本、ワンツーがポンポンとリズミカルに私に繋がった。

 あまりの呆気ない突破のされ方に、土門は呆然としてしまう。

 

 スピニングカットとかボルケイノカットの弱点として、発動すると自分の視界が遮られるというのがあげられる。だからこんなふうに壁の向こうでパスを出されても気づくことができないのだ。

 相手が私のことを知っているのなら、私が相手を知っててもおかしくはない。

 お互い様ってやつだよ。

 

 ゴール前でペンギンたちを呼びながら、天高く跳び上がる。そして構築した六芒星の魔法陣の中心部にあるボールを両足で蹴った。

 

皇帝ペンギン零式!!」

フラッシュアッパー!! ——ノォォォォッ!?」

 

 極太の閃光一つとその周りの小さいのを合わせた計七つの桃色の閃光が魔法陣から放たれる。

 キーパーはさっきみたいにアッパーを撃とうとしたけど、拳が閃光に追いつかず、顔面を強打してしまう。そしてネットを通してゴール全体がガタガタ揺れるほどの衝撃が発生した。

 

『ゴール! 先制点はオルフェウス! ナエ、前試合の期待に違わぬ強烈なシュートが炸裂ゥ!』

 

「ナイスシュートだ!」

「さすが神姫(ゴッドプリンセス)! この調子なら今日も勝てるよ!」

 

 その称号で呼ばれるの恥ずかしいんだけど……。でも目をキラキラさせているアンジェロちゃんを見てると注意するのが悪いように思えちゃう。

 まったく、どこの記者かは知らないけどわざわざ帝国時代の称号を載せたりしなくていいのに。おかげで新聞とかに載る時は必ずそれをつけられるようになってしまった。

 

 何はともあれ、まずは一点。でもまだまだ前半だ。

 アメリカ側の闘志は全然衰えていない。

 ギラギラしている彼らの瞳を見て、これは厳しい戦いになりそうだと思った。



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ローリングサンダー

 試合の状況は1対0。オルフェウスが今のところリードだ。

 しかし油断は禁物だ。前半はまだまだ残っているんだから。

 

 ディランからのキックオフで試合が再開する。

 っと、敵フォワードはボールを一之瀬へバックパスしてきた。

 

「必殺タクティクス—— ローリングサンダー!」

 

 ここで必殺タクティクス!? させるか!

 すぐさま初動であると思われる一之瀬を潰しに走り出す。

 しかし一足遅く、彼はシュートにも見間違えるほど速いキラーパスを私とすれ違うように出してきた。

 

「ディラン!」

「ナイスパス! ……ミケーレ!」

 

 殺人的なキラーパスを、マークやディランはダイレクトで蹴ることによって加速させていく。

 ボールがフィールドを横切るたびに風切り音がはっきりと聞こえてきている。どんだけの速度で回してるのよあれ。

 

「っ、ディフェンス陣カット準備!」

 

 フィディオが注意を飛ばすけど、無理だ。ディフェンス陣はそのパスにまったく追いつけていなかった。

 一之瀬たちはあっという間にゴールまでたどりつき、四人で丸ごと囲むような位置どりを取る。

 

 稲妻のような速度で一瞬でゴール前まで攻め込む。

 これが必殺タクティクス—— ローリングサンダーか!

 

 ミケーレと呼ばれた選手がシュートを撃ってくる。

 ブラージはそれを止めてみせるが、バック回転がかかってたらしくボールは彼らの方へ戻っていってしまった。

 ディフェンス陣は戻って来れない。メインの四人以外の全員が徹底的に他の選手の移動を邪魔しているからだ。

 ああもう、この距離じゃさすがに間に合わない!

 一之瀬がダイレクトで撃ち込んでくる。

 

ペガサスショット!」

コロッセオ……

「まだだぜ!」

 

 本日二度目の青い天馬がブラージへ向かっていく。

 しかしその間に突如二つの影が割り込んできた。

 

「いくぞディラン!」

「OK、マーク!」

 

 げっ、まさか……!

 二人は左右からジャンプしてきて、挟むように同時にボールを蹴った。

 ペガサスが紫色の角を生やし、いななきをあげる。

 

ユニコーンブースト!!』

「シュートチェインだと!? ——ぐあぁっ!!」

「ブラージ!」

 

 必殺技を出す間もない。

 ブラージはその超絶威力のシュートに吹き飛ばされ、ボールごとゴールに入ってしまった。

 その凄まじさは、点が決まってもしばらく回転が止まらなかったことからわかるだろう。

 

 フィディオが安否を確認するため倒れている彼に近寄る。

 

「怪我はないか?」

「ああ……すまねえな、くそっ」

 

 ブラージの返事はどこか弱々しく聞こえた。

 これは……体というよりも心にダメージがいってるね。

 仕方ないで済ますのは良くないだろうけど、あれはどうしようもなかった。あの包囲網を完成させたのが悪かったのだ。ブラージの責任とは言えないだろう。

 しかし彼はアメリカ戦から不安定だった。今の状態では自分一人で責任を背負い込んでしまいそうだ。

 

「まあ安心しなよ。私がちゃんと2点目を取り返してあげるから」

「くっ……」

「そうだな。みんな、勝負はまだまだこれからだ! 攻めていくぞ!」

『おうっ!』

 

 まだまだ一点。さっきよりもやる気に満ちて、フィディオはボールを蹴った。

 

 と、同時にホイッスルが鳴った。

 

「……その前にハーフタイムだな」

「格好つかないね」

「そこには触れないでくれ」

 

 このあと後半戦が始まるまで彼をいじってあげた。

 みんなはそれを笑ってたけど、一人ブラージだけ表情を曇らせていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ブラージが予想以上に落ち込んじゃってる件について。

 いやメンタル弱すぎでしょ、とは流石の私も軽々しく言えない。というかさっきちょっかいかけてみたんだけど……。

 

『1点取られたぐらいでショックって、さぞ今までの戦績は凄かったんでしょうねー?』

『……ちっ。次はもう点はやらねえ』

 

 って感じで全然噛み付いてこなかった。

 もはや口論する気力もないとか重症だよ。

 けど、なんとかしようと私が動くのはたぶんよくない。

 シロウの件でわかったんだけど、私はどうやらメンタルケアの方面にとことん向いていないらしい。ああいうのは円堂君のような本当に相手の力になれる人たちに任せておけばいいのだ。このチームだと、フィディオとか。

 人にはそれぞれ得意分野ってのがある。

 私がするべきことは、下手な話術でストレスを突っつくことじゃなく、彼が気にしなくてもいいほど点差を広げることだ。

 

 後半戦はアメリカ側からのキックオフだ。

 オルフェウスのディフェンス陣はローリングサンダーを警戒してゴール前をガッチリ守っている。これなら初っ端から使われることはないだろう。

 実際にその通りで、アメリカはマークにボールを渡し堅実に攻めてきた。

 

「ハァァァッ!!」

「っ、負けるか!」

 

 マークにタックルをくらわせたけど、彼は止まらず、さらには負けじと押し返してくる。

 このまま押し合いながら並走してたんじゃらちがあかない。

 一旦加速して彼の前に立ち塞がり、今度は足も使うことにした。

 

 けど、これでもまだ奪えない。私の足が微妙に届かない位置にボールが置かれて、さらに体も使われているせいでどうにもならない。

 がぁぁぁぁっ! めんどくさい!

 身長低い私に対する当て付けか!

 いくら押しても崩れないし、こういう時だけ体大きい人が羨ましいよ。

 デーモンカットは使えない。

 さっきそれで突破されちゃったからね。同じ轍を二度踏むほど私はバカではないのだ。

 

 そうやってフィールド上で停滞していると、ユニコーンの別のミッドがマークの援護にやってきた。

 対して私側はローリングサンダーを警戒してか、まったく動いてもくれない。フィディオとか君を信じてるみたいなキメ顔で前線で待ってるだけだし。あれ、私の人望って低すぎ……?

 

 駆けつけてきた彼はたしかスティーブとかいう名前だったはず。

 彼は突如マークの腕を掴むと、グルグルとその体を振り回し、その勢いで空へと投げつけた。

 そして空へ舞い上がったマークの両腕がうっすらと翼のようなオーラを纏う。

 

ジ・イカロス!!」

 

 あ、これかぁ! さっきやられたの!

 なるほど、デーモンカットで私自身の視界も潰しちゃったから二人目の接近に気づかず、みすみす飛び上がらせちゃったってわけか。

 

 ……まあ、この技ならたぶん大丈夫だわ。

 

 腰を深く沈めて、バネのようにマークよりもさらに上に跳び上がる。

 彼は唖然として私を見上げていた。

 ふふふっ、そこで見てることしかできまい!

 私は空中でくるりと一回転、そして体勢を整えてライダーキックをお見舞いした!

 

「ぐあっ!」

「マーク!」

 

 イカロス破れたり! そのまま伝説通り翼を散らして落ちてなさい!

 なんかすっごい音したな。受け身取れてないまま地面に激突したような……。

 い、いや、私のせいじゃないからね!

 しーらないっと。

 脱兎の如く私はその場から駆け出す。

 

「させない! 真フレイムダンス!!」

「もんぶらんっ!?」

 

 ……のだが、逆さ踊りの変態男から発された炎の鞭に足を絡め取られて見事にすっころんでしまった。

 それボールだけ狙うんじゃないのかよ!

 ダイレクトアタックは効いてない!

 

「必殺タクティクス—— ローリングサンダー!!」

 

 しかも普通に発動されちゃってるし。

 あの私以外追いつけないような超高速のパス回しが始まり、一気にゴール前までボールが運ばれる。

 しかしこちら側も学習してないわけではなく、ブラージの前には壁役のベントとアントンが残っていた。

 これで人数は3対4。私が戻るまで持ちこたえてくれるはず。

 

ペガサスショット!」

バーバリアンの盾! ——がぁぁっ!!」

コロッセオガード改!」

 

 ブラージの必殺技が一之瀬のシュートを弾く。しかしさっきと同じで回転がかけられていたらしく、弾かれた先にはマークとディランが待ち構えていた。

 

ユニコーンブースト!!』

バーバリアンの盾っ! ——あとは頼んだぞ、ブラージ!」

「うぉぉぉっ! コロッセオガード!」

 

 またもやブラージがシュートを防ぐ。だけどボールはまたもやユニコーンの都合のいいところ、つまりフォワードのミケーレのところに飛んでいった。

 必殺技はそう連続して放つことはできない。

 絶対絶命。

 瀕死のゴールを仕留めんとミケーレがボールを蹴る。

 

デーモンカット!」

 

 間に合ったぁ!

 ゴール前に私が出した紫色の炎の壁が出現。ボールは敵フォワード陣の頭上を超え、オルフェウス側のベンチにまで転がっていった。

 それを見届けたみんなは一息をつく。

 

「あ、危なかった……」

「助かったぜなえ」

「さすがに今のは二人がいなかったら間に合わなかったよ」

 

 ベントとアントンとお礼を交わす。

 一方のブラージはというと……。

 

「くそっ! あいつどころか仲間にまで迷惑かけて……俺はなんて情けないんだ……っ!」

 

 地面に両手を打ちつけ、溢れ出しそうな怒りを堪えるように額をそこに擦り付けていた。

 二回もセーブしたのに……。

 なんかだんだん腹が立ってきたよ。私たちのフォローなんて必要じゃないって言われてる感じ? まあ私の方はそうなんだろうけど、アントンたちにまで申し訳なさそうにするのは違うでしょ。

 しかし不干渉の誓いを思い出し、グッと堪える。

 

 気分紛れにボールをわざわざ取りにベンチに戻る。

 そこには、ボールを足で踏んづけている総帥が立っていた。

 ガ●ダム大地に立つ!

 ……じゃなくて!

 

「え、えーと、総帥?」

「ローリングサンダーの弱点は加速しすぎる体力消耗と防御の薄さだ。あとは自分で考えろ」

 

 それだけ言うと総帥はベンチにまたふんぞり返ってしまった。

 これはもしかしてヒントってやつ?

 そういえば監督は敵の戦術を見破るためにいるんだったね。瞳子監督が長かったせいで一瞬「何言ってるんだこのおっさん」とか思ってしまった。

 

 ローリングサンダーの弱点か。でもこの二つだけじゃどうしようもないな。改めてあの必殺タクティクスについて考えてみるか。

 特徴は、キラーパスによる速攻と四人による包囲殲滅陣。

 そして次々とシュートを撃っていき、さらにその弾かれる角度を回転をかけておくことでコントロールできるようにしている。

 その凶悪性はさっき見た通り。何回防いでも間髪入れずに撃ってくるからキーパーがやがて間に合わなくなるのだ。

 じゃあ弾くんじゃなくてカットしろよって思うかもしれないけど、本命以外のシュートは障害に当たった瞬間にあっち側に戻るよう回転がかけられているからそれがしづらいのだ。ミケーレのシュートをデーモンカットで場外できたのはそういうわけ。

 それに一度囲まれると、それ以外の敵の選手たちは全員私たちを包囲の中に入れないように妨害してくる。私の場合はスピードで振り切れるけど、他はそうもいかないだろう。

 

 ……弾かれるコースがコントロールされている、か。

 これは使えるかも。

 

 試合再開はアメリカから。

 投げられたボールをアンジェロちゃんがカットに成功する。

 しかし次の瞬間には炎の鞭によって宙吊りにされてしまった。

 

真フレイムダンス!」

 

 あのぉ……なんか強くなりすぎじゃありません?

 中盤全部この人が防いでるじゃん。

 そして一之瀬にボールを持ったってことは、あれがくる。

 

「必殺タクティクス—— ローリングサンダー!!」

 

 ディフェンス陣は……って、間に合ってない!?

 よく見ればアントンたちをあらかじめ別の選手が封じ込めていた。

 慌ててゴール前に立ちはだかる。

 そして私ごと閉じ込めるように包囲網が完成してしまった。

 

 よく考えろ……このタクティクスの打開策を。

 相手は回転をかけてボールを蹴り、その跳ね返り地点を予測して事前に先回りしている。

 じゃあ私もそれ見て先読みすればいいじゃんとか思うかもしれないが、回転なんて普通読めるわけないでしょうが! こちとら脳筋フィールドプレイヤーやぞ!

 できるとしたら、回転を読みやすくなるゴーグルをかけ続けてその能力を鍛えた鬼道君か、それに匹敵する能力を持つバナナ、あとは日ごろからシュートを見極め、その身で受け続けているキーパーぐらいなものだろう。

 となると、身近でそれができるのはもちろん……。

 

 私は相手から目を離さずに、後ろにいるブラージに声をかけた。

 

「ブラージ! 私にボールがどこに弾かれるのか指示を出して!」

「あぁ!? なんだそりゃ!?」

「いいから早く! ……って、もうきた!」

 

 飛んできたボールを足で弾き返す。しかしクリアのつもりで蹴ったはずなのにあまり遠くに行ってくれず、一之瀬がボールを取ってしまう。

 

ペガサスショット!」

「ああもう! 空気読んでっ!」

 

 空中で一回転。遠心力を利用して後ろ蹴りを叩き込む。いわゆるアクセルキックというやつだ。

 格闘技用の蹴りを放っても、ズッシリとした感覚が足から伝わってくる。

 でも、負けないっ!!

 私の殺人キックはペガサスの喉を貫き、ボールはやっと跳ね返ってくれた。

 

「キーパーの役目は何を使ってでもゴールを守ることでしょうが! 一人じゃできないんだったら味方を使え! 自分のプライドにこだわって点入れられるやつなんて、それこそ二流以下だよ!!」

「っ……!」

 

 ブラージの返事を待ってる暇はない。

 誰だ……誰が次は蹴ってくる……?

 ボールを凝視し、迷っていたその時、後ろから声が聞こえてきた。

 

「ディランだ! ディランをマークしろ!」

「っ、了解!」

 

 ブラージの宣言通り、ボールが落ちたのはディランの足元だった。

 ダイレクトでシュートが放たれる。

 しかし事前に彼の目の前に移動していた私はそれを楽々弾くことができた。

 

「ブラージ……」

「ぼけっとすんな! 次はイチノセだ!」

「わかった!」

 

 一之瀬からのシュートをまたもや蹴り返す。

 その後もブラージはボールが跳ね返るたびに声をあげて私に指示を出し続ける。私はそれを聞いて的確にボールを弾いていく。

 彼の声は回数を重ねるごとに大きく、荒っぽくなっていった。

 だけど、これでいい。この荒っぽさこそがブラージだ。

 

 ローリングサンダー発動から五分。

 状況は以前何にも変わっていなかった。

 いや、傍目から見たらそう思えるだけで、実際には変わっている。それは一之瀬たちの顔を見ればわかるだろう。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

「クッ……いつになったらバテるんだ……っ!」

「まずいネ、ミーの体力ももう限界ダヨ……!」

 

 総帥が言ってたローリングサンダーの弱点。それはこの体力の消耗速度だ。

 考えてみれば当然だ。たった四人が間髪入れずに攻め続けるのだ。

 ボールの落下地点に全力で駆けつけ、シュートを撃ち、行き着く間もなく次の落下地点に向かう。疲れるに決まってるよ。

 今までは短期間で決着をつけてきたのだろう。彼らは体が鈍くなっていることに戸惑いを感じているようだった。

 もちろんこの体力の消耗速度はディフェンス側にも当てはまる。

 でも、そのディフェンスは私なのだ。彼らは選択肢を誤った。

 

「いいこと教えてあげるよ一之瀬。私はスピードが命ってことで、それを切らさないよう帝国時代から馬鹿みたいな訓練を受けさせられていてね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つ、ま、り、どういうことだかわかる?」

 

 六十分は中学サッカーの前半後半を足した時間。

 つまり……。

 

「試合中一回も止まらずにに全力を出せるっていうのか!? バカな!」

 

 跳ね返ってきたボールを一之瀬はすぐに蹴ることはしなかった。

 私の話が本当なら、このまま続けても無意味だって考えてるんでしょうね。それは正しい。

 だけど、目の前で立ち止まれるほど余裕を与えたつもりはないよ?

 奇襲するように私は前へ駆け出す。

 

「しまっ……!」

「カズヤ、こっちだ!」

「っ、くっ!」

 

 一足遅かった。

 一之瀬のミスをフォローしようと、マークが彼の近くに近づいて来ていたのだ。そのせいでパスが成功してしまった。

 すぐさまシュートを警戒してマークの前に立ち塞がる。

 

「カズヤ、ディラン! もう出し渋ってる余裕はない!あれを使うぞ!」

「わかった!」

「ビッグサプライズだ!」

 

 なんだ……?

 マークが紫色のオーラを体から発する。それはだんだんと形を成していき、巨大な狼として変貌した。

 マークはオーラを纏ったボールをシュート。そのコース上で待ち構えていた二人が同時にボールを上に向かって打ち上げる。

 

「これで決める!」

『グランフェンリル!!』

 

 最後にマークが天に昇りゆくボールを蹴れば、狼とともに強烈なシュートが放たれた。

 ユニコーンの中心人物たちによる連携シュート。その威力は今まで経験したどのものよりも上だろう。

 だけど不思議と不安はなかった。

 むしろこれほど強烈なシュートとぶつかり合えることに、私の心は歓喜で満ち溢れていた。

 

デーモンカットV2ッ!!」

 

 地面から紫の炎の壁が噴出。しかしその大きさは今まで以上で、表面にはうっすらと悪魔のような笑顔が張り付いている。

 狼はその壁に正面からぶつかっていった。

 徐々に、徐々に壁の方が押されていき、炎が揺らいでいく。そして数秒後、壁は狼によってかき消された。

 別にこれで止めようなんて最初から思ってはいない。威力を減少させることができれば、あとはあいつがやってくれる。

 

 私の期待に応えるように、ブラージからオーラが溢れる。

 

コロッセオガード改ィィィィッ!!」

 

 彼を現すかのように巨大で、分厚いコロッセオの壁がゴールへの道を閉ざす。

 その要塞の如き堅牢さに疲弊した狼は太刀打ちできず、体当たりしたところ逆に跳ね返されていった。

 

「オラーイ、オラーイ……よっと」

 

 ふわふわと宙を漂うボールを胸でトラップし、回収する。

 さて……。

 敵側のコートを眺める。

 そこにはほとんど選手が集まっていなかった。

 

 そりゃ、包囲網の中に他の選手が入らないようにほぼ全員が妨害に参加していたからね。オルフェウス側のコートに選手が密集するのも当たり前だ。

 まあ、ご愁傷様ってことで。

 

 マークは事態に気づいたのか、今までにないくらいの大声をあげた。

 

「戻れっ! 戻るんだっ!」

「時間切れ、てねっ!」

 

 地面を踏みしめ、突風を巻き起こす。

 私と同じ方向を向いて走っているユニコーンの選手たちを一斉にごぼう抜きしていく。

 さあ、反撃開始だ!

 

 神風がフィールドを吹き抜ける。

 誰も私に追いつくことはできない。

 しかしディフェンスの方は誰もいないというわけではなく、土門が待ち構えていた。

 

「止まりやがれぇぇっ!! ボルケイノカットV3!!」

 

 さらに大きくなった炎の壁が目の前に出現した。

 この感じる圧。あなたはたしかにいいディフェンダーだよ。

 だけど、相手が悪すぎた。

 

 大地を思いっきり蹴りつける。

 すると大地は揺れ動き、私は天高く跳び上がった。

 炎の壁すらも届きはしない。ゴールが小さく見えるほどの高度。

 そこで口笛を吹き、呼び寄せたペンギンたちと落下して魔法陣を通過する。

 

皇帝ペンギン零式

 

 天から降り注ぐ七つの閃光。

 それは何にも遮られることはなく、ゴールを光で満たした。




 最近文字数が長くなってるせいで投稿が遅れてしまってます。
 キリのいいところでなかなか終われないんですよね。
 まあ投稿自体はやめるつもりはないので、気長にお待ちしていてください。


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決戦は近い

『決まったぁ! ここで試合終了! オルフェウス、無敗のままリーグ最終戦まで駒を進めました!』

 

「勝ったぞぉぉぉっ!!」

 

 大歓声が湧き上がる。

 オルフェウスのメンバーはそれぞれが叫んだり飛び上がったりして喜びを表現した。一番貢献したなえはアンジェロなどの彼女を認めるメンバーにもみくちゃにされ、楽しそうに笑っている。

 

「ちぇっ、完敗だぜ」

「まさかグランフェンリルまで防がれるとはね。さすがだよ、なえ」

「そっちもいいプレイだったよ。土門は地味だったけど」

「うぐっ、仕方ねえだろ! 俺だってお前以外が来てたらバンバン止めて大活躍できてたさ!」

「ディフェンスが敵を選り好みしてどうするのよ、このっ」

「ごぼっ!?」

 

 土門の鳩尾に深々とボディブローが突き刺さる。それによって体がくの字に曲がったところで、なえはその頭をペチンと叩いた。

 おそらく身長差で頭をはたきたくてもはたけないからこうしたのだろうが、それにしても酷い扱いだ。

 何か言うと自分もあれをくらいそうなので、一之瀬は心の中で合掌することにした。

 

「ともかく、いいゲームをありがとう。()()()()()()()()()()()()()

「大袈裟だね。まだリーグ予選だよ? それに次はイナズマジャパンじゃん。勝って決勝に行くってぐらいじゃないとこの先やってけないよ?」

「……この先、か。この翼が折れてなければ、見てみたいものだよ」

 

 その一之瀬の言葉はやけに重みを感じた。

 どういう意味だとなえが聞いても、彼は無言で頷き、グラウンドを去っていく。違和感を感じたが、すぐに仲間に話しかけられたことでそれがなえの頭の中に残ることはなかった。

 

 

「勝ったか……」

 

 一方、ブラージは静かに歓声降り注ぐ空を見上げていた。

 色々なことがありすぎて、試合があっという間に感じられた。そのせいなのか、彼には勝った実感がまだ湧いてきていない。

 いつも通りなえに啖呵を切って、シュートを止めたり入れられたりして、そしてなし崩しになえと協力したりして……。

 今でも信じられない。切羽詰まってたとはいえ、自分があんなに嫌っていた相手と組むなんて。

 

「何やってんだか、俺」

「でも、嫌な気分はしないだろ?」

 

 声をかけられた方に振り向くと、フィディオが笑みを浮かべて近づいてきていた。

 フィディオは信じていたの。いずれ二人が協力する時が来ることが。

 そしてそれが実現したのがたまらなく嬉しいのだ。それこそ今日の勝利以上に。

 

「……さあな。必死になりすぎてあの時何を思ってたのかなんて忘れちまったよ」

「素直じゃないな、君は」

「うっせぇ! 変な勘違いをするんじゃねえぞ! 俺はあいつと仲良くしていくつもりなんて今後もさらさらねえからな!」

 

 とか言って、いざピンチとなったらまた二人は協力するだろう。とは笑いながらに思う。

 なにせ二人ともサッカーが好きなのだから。負けたいと思うはずがない。

 

 フィディオは視線をブラージからなえへ切り替える。

 彼女はチームメンバーにまだもみくちゃにされていた。

 その顔はみんな笑顔だ。

 一時期はバラバラだったけど、いいチームになった。これなら、絶対に世界を掴める。

 彼はそう強く確信した。

 

(俺たちは負けないぞ、マモル)

 

 次の試合で待ち構えているであろう最強のライバルの姿を思い浮かべ、フィディオは静かに闘志を燃やした。

 

 

 ♦︎

 

 

「はい、じゃあ作戦会議始めるよー!」

 

 アメリカ戦から数日後。

 私は集めたデータを見せるために、朝食後にみんなをミーティングルームに呼んでいた。

 みんなはぐてーっと、机に突っ伏したり椅子にもたれかかったりしている。

 まったく、朝だからかみんなだらしないなぁ。一部は寝癖とか治してないし。

 その点フィディオは完璧だ。一度も私は彼の髪が崩れているところを見たことがない。さすがイケメンは違うってとこか。

 

「お前、なんか合宿所に来てからやけに髪とか整えてねえか? 前はもっとボサッて……」

「い、いいだろ別にっ。俺にだって心境の変化とかあるんだ」

 

 む? ブラージとフィディオは何を話してるんだ? さっさとこっちに来てみんなをまとめてもらわなきゃ発表できないんだけど。

 と思ってたら、ブラージからいつも通りの文句が飛んできた。

 

「ていうかなんで朝なんだよ。こっちはねみぃってのに」

「私は今日朝三時から仕事してるけど、文句ある?」

「お、おう……いやなんだ、すまん」

 

 私の睡眠事情を聞いたとたん、ブラージがらしくもなく謝ってきた。

 私だって寝れるなら寝たいわ! でも三つも仕事かけ持ちしてるとやることが多すぎるんだよぉ! 世界大会にいるはずなのに、なんで帝国にいたころレベルで働いてるんだ私。

 

 まあ私のことはこの際一旦置いといて。さっさとミーティングを始めなきゃ。

 近くに置かれていたパソコンを操作し、昨日のうちに作成したグラフをスクリーンに表示する。

 

「はいちゅうもーく! これが今現在のAグループの戦績とポイントだよ。今のところうちとイナズマジャパンは全勝中。そして残った試合はイタリアVSジャパン戦、アルゼンチンVSアメリカ戦ってとこかな」

 

 FFIのリーグ予選は勝ち点3、負け0、引き分け1で総当たり戦を行い、その総合得点から上位二チームを選出する仕組みになっている。

 そこで改めてグラフを見て、全員はあることに気づいたようだった。

 

「なあ、これって次の試合の結果に関わらず決勝トーナメントにはいけるってことでいいのか?」

「正解。ラファエレにしては賢いじゃん」

「なんだと!?」

「お、抑えて抑えて!」

 

 勢いよく立ち上がったラファエレをフィディオが必死になだめようとする。

 このチーム沸点低い人多いなあ。まあ、その分いじりがいがあって楽しいけど。大人しくなったラファエレに笑いかけてあげたら、またキレられた。

 

「なえ、いちいち挑発するのは勘弁してくれ。朝からじゃ俺が持たない」

「はいはい」

 

 さすがに彼のゲッソリした顔を見て可哀想になったので、笑うのはやめてあげた。それでもラファエレはめっちゃこっちを睨んでいるけど、無視だ無視。

 私はグラフの解説をし始める。

 

「現在の戦績じゃうちとジャパンは9点、イギリス3点、アルゼンチン0点、アメリカ3点ってなってる。で、最後の試合を控えているアルゼンチンとアメリカのどっちが勝っても私たちの今の点数には届かないってわけ」

 

 先日クジャクスタジアムで行われたジャパン対アメリカの一戦、勝ったのはジャパンだった。

 試合内容は素晴らしいの一言に尽きるだろう。この時の一之瀬は限界を超えた力を出し続け、誰よりも輝いていた。

 それだけ頑張ったのは、これが彼にとっての最後の試合になるかもしれなかったから。

 実はこの大会が始まる前から、彼は命に関わる爆弾を抱えていたのだ。

 その状態で私や円堂君と戦ったのはもはや凄まじいなんてものじゃなく、執念と呼んでいい。

 彼は、まさしくサッカーに命を懸けていた。

 残念ながら監督にそれを見抜かれて途中で試合を抜けることになってしまったが、それでも私はあの全身全霊が込められたプレーを忘れることはないだろう。

 

 話は変わって、イギリスは全試合をすでに終えているので予選敗退が決定してしまっている。

 

 予選突破は確実。

 その事実を聞いたみんなはワッと盛り上がった。

 しかしそれを諌めるようにフィディオが手を叩く。

 

「みんな落ち着け。たしかに予選突破は嬉しい。でも、俺たちは世界を取るんだ。だからこの次の試合も油断せずに勝って、堂々とリーグ一位通過をしよう!」

『おうっ!』

 

 ナイスだよフィディオ。私にとっては次の試合は決勝戦と同じくらい楽しみなものなのだ。気が抜けて全力じゃなくなるなんて冗談じゃない。

 

「じゃあそのためにも、次の試合の作戦を聞かせてくれ」

「……いやぁ、こんなに盛り上がってるとこ悪いんだけど……ジャパン対策、まだできてないんだ」

「えっ?」

 

 ちょっとの間の気まずい沈黙。

 

「……てへっ」

 

 次の瞬間、罵詈雑言で部屋は溢れた。

 

「お前呼ぶんだったら対策ぐらいちゃんと立てとけよ!」

「笑顔で誤魔化すな!」

「こっちは朝から眠いんだよ!」

「うっさいバーカ! 基本脳筋な私にそもそも作戦なんて立てられるわけないでしょうが!」

「前はちゃんと立ててたじゃねえか!」

「あれは総帥のを丸コピしただけだよ! 今回はまだ指令が送られてきてないの!」

「じゃあやっぱり今やる必要なかったじゃねえか!」

「このあと用事あるんだよ私!」

 

 くそっ、あー言えばこー言う! 大人の深い事情すら読み取れないなんて中学生かお前らは!

 ……中学生だったわ。

 

「それにイナズマジャパンに明確な弱点とかはないの。だから対策立てづらいんだよ」

「どういうことだ?」

「これ見ればわかる」

 

 フィディオが聞いてきたので、ポチッとパソコンをいじり、スクリーンの画像を変更することで答える。

 そこにはイナズマジャパンの大雑把なデータが載っている。

 

「なんだ、ちゃんと調べているじゃないか」

「調べるぐらいはできるんだよ。イナズマジャパンの特徴は柔軟な対応力と爆発的な進化。そんでもってバカみたいに多い攻撃のバリエーションだよ」

 

 私はみんなに説明を始める。

 ジャパンは紛れもなく攻撃寄りのチームだ。

 選手枠十六人のうちFWは六人。これでも十分攻撃的だが、ジャパンはMFやDFもたいていがシュート技を持っており、隙があれば積極的に上がってきてシュートを撃ってくる。鬼道君とか壁山とかね。

 そして極め付けは必殺タクティクスの種類と数だ。

 私がその部分をピックアップすると、全員が息を呑んだ。彼らの気持ちを代弁するようにブラージが叫ぶ。

 

「必殺タクティクスが三つって、マジかよ!」

「おまけに全部オフェンス系。こんだけ攻めのバリエーションがあったらいくら対策立てても仕方がないんだよ」

「じゃ、じゃあそんだけ攻撃に偏ってんなら防御は甘いとかねえのかよ?」

「あのねぇ、あっちキーパー円堂君なの忘れたの? ザルなわけないじゃん」

「げっ、そういえばそうだった……」

 

 円堂君が強いのなんてチームK戦を見てた全員が知ってる。

 おまけに彼、声をかけたりするだけで選手全員にバフみたいなのかけてくるからなぁ。

 勢いに乗った彼らはまさに無敵。中盤まで圧倒的優勢であっても、終盤で一気に切り崩されるなんてよくあることだ。

 ……うん、たとえば後半戦半分切った状態で3点リードしてても、ものの数分で逆転されるとか、ね。

 

「とにかく、今日みんなを呼んだのは相手がどれだけ強いか改めて理解してもらうためなんだよ」

「なるほど。でもどれだけ完璧に見えても、勝てないチームなんてない。俺たちが着実に成長していけば次の試合も絶対勝てるはずだ」

「そうだな。んじゃさっそく練習に行こうぜ」

「あ、さっきも軽く言った通り、私はこの後予定があるから今日は練習はお休みさせてもらうよ」

 

 席を立ち上がったみんなにそう伝える。

 フィディオは首を傾げる。

 

「予定?」

「総帥に呼ばれてるんだよ。もしかしたら攻略法も聞けるかもしれないし、いい機会だと思うよ」

 

 正直私たちだけじゃ手詰まりだったしね。

 総帥の話が出てきてブラージを含む数人が顔を歪ませる。

 

「ちっ、ミスターKか……練習も全く見にこねえし、やっぱり信用できねえぜ」

「おいブラージ、それじゃあそこのピンク髪はいいみたいに聞こえるぞ」

「なっ、んなわけねえだろ! 喧嘩売ってんのか!?」

「ああもう、ブラージとラファエレ(バカ二人)は黙ってて!」

『うっせえチビ!!』

 

 ちっ、チビ!? 地味に私が気にしてることを!

 私が小さいんじゃない! お前らが大きすぎるだけだわ!

 この後時間いっぱいまで言葉でお互いを殴り合った。

 アンジェロちゃん、影で三馬鹿とか言ってたの忘れないからね? 兎は耳が長いんだから気をつけなきゃ……。

 

 

 ♦︎

 

 

 で、やってきましたよ総帥部屋。

 現在はお昼時。しかし窓がないここには関係ないことだ。

 常夏の国にいるはずなのに、空気が異様に冷たい。

 うぅ……この部屋の作り緊張するからやめてほしいんだよね。客用の椅子とかもないから足が疲れるし。

 総帥はいつも通り部屋の奥に設置してある玉座に腰をかけている。

 

「それで総帥。今日のご用はなに?」

「その前に、やつらにデータは提供したな」

「指示された通り、バッチリ不安を煽っておいたよ。たぶん今ごろみんな必死になって特訓に明け暮れてるんじゃないかな」

「それでいい。せっかくのイナズマジャパンを潰す機会だ。手駒が腑抜けていたら笑い話にもならん」

 

 そこは同感。

 個人差ももちろんあるけど、イタリア人の気質は陽気で大雑把って言われているからね。決勝進出なんて聞いたら気が緩むやつが一人二人出てきてもおかしくはない。

 

「でもどうやってイナズマジャパンと戦うの? 私は別に熱い勝負ができればなんでもいいけど」

 

 今のままじゃ勝率は五分五分ぐらいなのは総帥もわかっているだろう。

 もちろん私はそれで構わない。円堂君も言う通り、1%でも可能性があるなら何をやってもそれをもぎ取って勝つつもりだ。

 でも総帥は違う。

 総帥が求めるのは確実な勝利。

 だったらこの現状で総帥が納得しているわけがない。

 

 総帥は不気味な笑みを浮かべたまま語り出す。

 

「雷門の弱点はディフェンスの必殺タクティクスがないことだ。攻撃を封じ込め、そこをうまく突けば点を取るのは容易い」

「でも肝心の攻めを封じるって難しくない? いくら私でもあのバリエーション豊富な攻撃を全部防ぐのは無理だよ」

「問題ない。その全てを解決する必殺タクティクスなら考案してある」

「そんな簡単に必殺タクティクスなんて……って、マジ!?」

 

 驚く私。

 総帥は立ち上がり、私の横をすり抜けて出口へ向かっていく。

 

「車を出せ。今からイタリアグラウンドへ向かう」

「な、何をしに?」

「ククク、決まってる。駒のチューニングと……調教だ」

 

 後ろ姿しか見えていないのに、雰囲気だけで邪悪な笑みを浮かべているのがわかる。

 総帥、珍しくやる気に満ちてね? いつもより超ノリノリじゃん。

 そしてこういう時、だいたい苦労するのはその選手なのだ。

 あとに付き従いながら、フィディオたちが潰れることがないよう心の中で祈った。



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あの太陽を血で汚さぬように

 私と総帥を乗せた車がイタリアエリアの街中を通り過ぎていく。

 この街ヴェネチアを意識してるせいで水路が多く、車道が少ないんだよね。そのせいで私が走った方が早く着くほど遠回りをしてしまっている。まあ総帥がいるからできないけど。

 もちろん運転手はそれ専用の黒服の男だ。私も免許は持ってるけど、さすがにメディアに見つかったらヤバいということで最近は運転してない。

 あー愛用のトラクターをぶっ飛ばしたいなぁ。惜しむらくは一度捕まった時に差し押さえられたせいで二度と再会することができないんだよね。

 

 そうこう思っているうちにグラウンドに着いた。

 総帥は降りるなりズケズケと進んで行ってしまう。

 みんなはいきなりの黒グラサンの登場に、非常に驚いているようだった。

 

「お、おいなえ! なんでミスターKが来てるんだよ!」

「作戦について相談したら来てくれたんだよ。よかったね、これで万事オーケー!」

「なわけあるか! どう見ても怪しいだろうが!」

 

 ブラージはいつも通り私に噛み付いてきた。

 いや、そこは普通総帥に言いなよ。私だって部下の一人なんだから知るわけないじゃん。

 私たちの口論を無視して総帥は監督席に腰を下ろす。それを見て何人かがまた顔をしかめる。

 フィディオたちは集合して、総帥の前に立った。

 

「ミスターK、確認のため聞きますがなんの用ですか?」

「ククク、行き詰まっている貴様たちに策を与えてやろうと思ってな」

「んなもんいらねえよ!」

「ブラージ、イギリス戦もアメリカ戦もミスターKのアドバイスは十分に役立っていた。だからここはまず聞くことにしよう」

「……ちっ」

 

 みんなには私がローリングサンダーを破れたのは総帥の助言があったからってことはイメージアップのために伝えておいた。

 ブラージは特に苦戦したからね。恩恵を一番受けたと言っても過言じゃない。だからだろうか、フィディオの言葉を聞いて強く言い出せなくなったようだ。

 みんなが静まったところで総帥が作戦を説明し出す。

 

「必殺タクティクス—— カテナチオカウンター。貴様らには今からこれを習得してもらう」

「必殺タクティクス……」

「カテナチオ……カウンター……?」

 

 私とフィディオの声が重なった。

 カテナチオってあれでしょ。イギリス戦で私たちがやったやつ。守備寄りの陣形で攻撃をガッチリ防ぎ、前線に残っていた少人数でカウンターをしかけるのが基本の戦法だ。

 

カテナチオカウンター。ボールを中心にフォーメーションを崩さないまま全員で近づき、一瞬で包囲をする」

「ああ? なんだそりゃ。イマイチ凄さがよくわかんねえぞ」

「……たしかに、この説明だけでは具体的なイメージは難しいです。もう一度詳しく教えてくれませんか」

 

 むー? マジでパッとしないぞ。ブラージと同じ感想言うのは悔しいけど、サッパリ凄さが理解できない。

 一瞬で囲むタクティクスだったらこれまでにもあった。アルゼンチンのアンデスの蟻地獄、それにアジア地区だけでも韓国のパーフェクトゾーンプレスやオーストラリアのボックスロックディフェンスなんかもある。

 もちろんこれら全てをイナズマジャパンは攻略済みだ。果たして慣れ切った包囲系タクティクスで彼らを防げるかどうか……。

 

「断る。時間の無駄だ。このタクティクスは説明しようとすればするだけ長くなる。今の貴様らには必要ない」

「タクティクスのカラクリがわかんなくてどうやって完成させるんだよ?」

「簡単だ。何も考えなければいい。貴様らがただ私の命令に従う兵士となれば、最短でこのタクティクスは完成する」

「なんだと!」

「落ち着け。今まで散々厳しい言葉をかけられてきただろ。これくらいで動揺してどうする」

「けどよ……」

「一度どんな練習をするのか体験しよう。やるかどうかはそのあとにみんなで決めればいい」

「……わかった」

 

 ほっと私は心の中で一息つく。

 正直総帥が喋ってる間ずっとヒヤヒヤしてたけど、フィディオがいてくれて助かった〜。あの火薬庫みたいなブラージじゃすぐに爆発するに決まってるからね。私が宥めようにも火に油を注ぐ未来しか見えないし。

 私や総帥に未だいいイメージがない人たちも、だいたいのことをブラージが代わりに言ってくれたせいなのか何も話すことはなかった。

 決まりだ。

 総帥はさっそく練習方法を私たちに教えてくれた。

 しかしそれは驚きの方法だった。

 

 

「ぐあっ!」

「がはっ!」

「お、おい大丈夫か!?」

 

 シュートをまともに受け、倒れたラファエレたちのもとにブラージが駆け寄る。その腕や足には若干青く変色した箇所がいくつもある。

 周りを見渡すと、私以外の全員が同じような怪我をしているようだった。

 

 総帥が教えた練習は単純だった。

 ゴールの両サイドから放たれるシュートの嵐をドリブルしながら避け続けるだけ。ゴールに着いたらそれで終了だ。しかし誰もたどり着けた者はいない。

 

「ちくしょう、こんな練習になんの意味があるってんだ!」

「空間把握能力が足りん! もっと周りを感じ取れ! 目だけでなく、耳や肌で!」

「んなもん無理に決まってるだろうが! フィールドを上から見渡すなんて言われてるフィディオですらできてないんだぜ!?」

「ちっ、うるさいやつだ。黙らせろ」

「はいはーい」

 

 ここが帝国だったら腹パン一発ぶちこんでるところだけど、さすがにそれやったら引かれちゃう。

 てことで私は実力で口を塞ぐことにした。

 そこら辺に落ちてるボールを回収し、ゴールの目の前に立つ。

 走り出すと同時にシュートがマシンガンみたいに放たれる。

 走る速度はあえてみんなと同じくらいに抑えている。

 この特訓にスピードは必要ない。

 視界の中に映る全てのボールを感じ取り、一手二手先を読むように鋭くターンを繰り返しながら、走り続けた。

 そしてとうとうゴールラインにまでたどり着き、みんなに向かってピースする。

 

「おいおい、なんであんなに簡単にできんだよ……」

「風切り音だよ」

「風切り音?」

「そっ。みんなは目だけに頼って飛んでくるボールの全てを避けようとしてるけど、それじゃあ目が疲れちゃうよ。そうじゃなくて、もっと風切り音とかで目だけじゃ捉え切れないボールを感じ取れれば楽なもんだよ」

「耳や肌って、そういうことか……」

「特にブラージ。あなたしょっちゅう風切り音なんて聞いてるんだから、できないのはどうかと思うよ?」

「うるせえ! 次こそ成功してやる!」

 

 ブラージは鼻息を荒くしてゴール前に立つ。

 どうやら私の説明でやる気を取り戻してくれたらしい。

 でも……みんなには言ってないけど、この難易度はやっぱり厳しい気がする。

 

 今まで使ってこなかった感覚を意識して使えなんて、もともと無茶な話だ。試合まで数日で完成できるものじゃない。

 立向居のムゲン・ザハンドの原理も、この練習と同じで全ての感覚でボールを見切るっていうのだけど、才能だけなら円堂君すら上回る彼ですら習得には一ヶ月以上かかったのだ。試合までに全員が成功できるなんてとうてい思えない。

 総帥の顔をちらっと伺う。

 目はわからないけど、雰囲気は真剣だ。本気になった総帥が意味のないことをするわけがない。

 私はそう信じて、ゴール前に立つことにした。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 結局、今日までにあの練習をクリアできたのは私以外にいなかった。

 グラウンドに総帥はいない。今日の練習が終わったらすぐに帰ってしまった。

 さっきまでみんなとしてた会話を思い出す。

 

『まったく、なんだよあの練習は!』

『ラファエレ落ち着け。練習の意義はちゃんとなえが教えてくれたはずだろ?』

『それだって本当かわからねえじゃねえか。なあブラージ?』

『……いや、俺はもう少し続ける』

『はあ?』

『こいつはキーパーの特訓にはなりそうだしな。それにできねえままってのは性に合わねえ』

 

 その後みんなで話し合った結果、午後はあの練習をやることになった。

 正直、足りないんじゃないかと思う。丸一日やってても足りないのに、さらに時間を減らすなんて、これじゃあ全員が成功できるようになるはずがない。

 しかしフィディオがブラージが擁護してくれてこれなのだ。彼らがいなかったらそもそも練習自体打ち切りになってたかもしれないことを考えると、贅沢は言えないよ。

 

 夜の帳が下りた中、私はボールを持ってグラウンドに向かう。

 今度の対戦相手は因縁深い円堂君たちということもあって、私は練習に専念するためにしばらく仕事しなくていいことになっていた。

 だから今日は夜練ができるってわけ。

 しかしグラウンドには先客がいたようだ。

 

「ハァッ!」

 

 間隔を置いて並べられたコーン。その隙間を白いイナズマが次々と横切っていく。

 あんなドリブルをできるのは一人しかいない。フィディオだ。

 走っている姿がブレるほど速い。それをペースを落とさずに何往復もしていた。

 彼はこちらに気づくと、足を止めた。

 

「なえか。夜にグラウンドにいるなんて珍しいな」

「仕事がなくなったからね。フィディオはいつもこの時間も練習してるの?」

「いや、普段は体を休めるためにちゃんと寝てるよ。ただ、今日のミスターKの練習にまったく歯が立たなかったからね。だから早くクリアしたいんだ。俺がクリアしたらみんなも勢いづくかもしれないし」

 

 なるほど、フィディオらしい理由だ。

 

「でもコーンだけじゃあんまり練習にならないんじゃない?」

「うーん……でも他のみんなを起こすわけにはいかないからね」

 

 フィディオも薄々は気づいていたようだ。

 今日の練習は空間把握能力を高めるためのもの。だからコーンを置いて避けるための速度を上げてもあまり意味はないのだ。

 シュートを撃ってあげたいけど、私一人じゃさすがに弾幕と言えるほどの密度にできないし……。

 その時、いいアイデアが浮かんだ。

 

「ちょっと待ってて」

 

 スマホを取り出し、部下に連絡。

 そして倉庫からあるものをここに運んでくるようにメールを送る。

 

「何をやったんだ?」

「昔、円堂君がキーパーの特訓をする時にボールをマシンガンみたいに発射する機械を使ってたんだよ。それを再現したものを作ってあったんだけど、今なら役に立つかなって」

「へぇ、マモルが使ってた機械か……ちょっと興味あるね」

「まあ来るのは数十分後だろうし、ちょっと話さない?」

 

 その提案に彼は頷いてくれた。そして近くにあったベンチに腰をかける。

 

 話か……自分から誘っておいてなんだけど、何話そう。

 今日の天気? いやもう真っ暗でわからんよ。

 あかん、なんも思いつかない。

 さりげなく目線で助けを求めてみるけど、彼は俯くばっかでなんも話しかけてこない。練習して汗をかいたのか、その顔はほんのり赤くなっている。

 いやそこはいつものイケメンムーブ発揮しろよ! なんのためにあるんだその顔は!

 ……私の会話デッキってもしかして貧弱すぎ?

 い、いや、そんなことはないはず! たしかこういう時は共通する話からするんだ!

 共通点……サッカー、はいつも話してるし。

 そうだ、円堂君がいた! 円堂君の話をしよう!

 ありがとう教祖様!

 

「そういえば、フィディオってどうやって円堂君と会ったの? やっぱチームK戦の時?」

「いや、マモルとはライオコット島に来たばかりのころに会ったんだ」

 

 彼はその時のことを楽しそうに話してくれた。

 なんでも円堂君は当時練習用のタイヤを探してたらしく、その道中でフィディオとぶつかりそうになったらしい。

 フィディオは間一髪のところで避けたらしいけど、その時持ってたボールが走っていた車にちょうど乗っかってしまい、二人で追いかけることになったそうだ。

 彼はそこで、途中坂道を凄い勢いで転がってきた巨大タイヤを受け止めたことを見てわくわくしたらしい。

 

 わかるなぁ、その気持ち。新しい場所で新しいライバルと出会う。

 特にそういうのは相手が強ければ強いほど戦いたくてたまらなくなっちゃうんだよね。

 

 フィディオの円堂君の話が終わって、再び沈黙が訪れた。

 いやそこで私に話題流せよ。会話下手かお前は。

 私の方の出会いとか、聞けるとこいっぱいあったでしょうが。

 彼はしばらくこっちを見てこなかったけど、やがて決心したような顔をしてやっと話しかけてくれた。

 しかし、それは私が予想していたものとは違った。

 

「その……なえはさ。マモルのことが好きなのか?」

「……へっ?」

「いや、よくマモルの話を楽しそうに話すからさ。もしかしてそうなんじゃないかと思って」

 

 フィディオの言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。

 私が? 円堂君を?

 好きって言えばたしかに大好きだ。でもこれはその、たぶん恋愛的な気持ちとかじゃなくて……。

 

「好きっていうより、尊敬してる、かな? 正しくは」

「尊敬?」

「うん。私にとって円堂君は憧れの人なの。どんなに弱くても必死に努力して、最後に必ず勝ってみせる。絶対に諦めないの、彼」

「……なんだかわかる気がするよ」

「でも、円堂君は私にとっては遠すぎる。光が強ければ強いほど闇が濃くなるように、私たちの間には決して交われない狭間があるの。だから私は彼には相応しくない。私は汚れているから……」

 

 そう。どんだけサッカーが好きでも、私じゃ彼と胸を張って隣に立つことはできない。

 闇に沈んだことに後悔はない。こうでもしなきゃ道は開けなかっただろうから。でもその結果として私は光を得る術を、闇から抜け出す術を失ってしまった。

 だからこその、憧れ。

 太陽みたいな彼に、私のような血濡れた犯罪者は似合わない。

 その輝きを私の血で曇らせてしまうことなどあってはならないのだ。

 

「違う」

 

 フィディオがポツリと呟いた。

 そして、それを皮切りに彼から言葉が溢れてくるよう

 

「違う違う違うっ! 君は汚れてなんかいない!」

「ふぃ、フィディオ?」

「君は綺麗だ! 顔も、そのプレーも全部俺にとっては眩しいものなんだ!」

 

 突然の咆哮。

 彼は心の声を吐き出すようにそう言ってくれた。

 突然のことで私は何を話したらいいかわからず、硬直してしまう。しかしそれは彼も同じようで、ハッと我にかえったかと思えばものすごい勢いで顔を真っ赤にし私から離れた。

 

「い、いや違うんだこれは! 決して告白なんかじゃなくて!」

 

 あたふたと慌てる姿を見てると、自然にふふっと笑みが溢れた。

 なんだか緊張しちゃったのがバカらしくなったよ。

 

 もちろんこれが告白じゃないことはわかってる。

 フィディオは優しいから、誰にでもこういうことを言っちゃうやつなのだろう。

 だけど、ありがとう。

 心の中でそう呟く。

 そして普段通りを装い、小馬鹿にするように彼を笑う。

 

「ふふっ、カッコつけて慣れない言葉使うからだよ。明日みんなにも教えてあげよっかな〜?」

「それだけはやめてくれぇ!」

「ど〜しよっかな、ど〜しよっかなぁ? ……って、ようやく来たみたいだよ」

 

 グラウンド前の道路にゴッツイ機会が乗っかっているトラクターを見つけた。

 フィディオはこれ幸いとばかりに、逃げるようにそちらへ走っていってしまう。

 

「これは……すごいな」

「魔改造してあって、最速で弾丸並みのシュートを撃つこともできるよ。やる?」

「……最初は簡単なのからやらせてくれ」

 

 指示を出すと、トラクターに乗り込んでいた数人の黒服たちが血管が浮き出るぐらい踏ん張って機械を持ち上げ、運んでいく。

 あんまりにも辛そうなので、フィディオが助けに入ろうか悩んでいた。まあ私にはそんな気微塵もないけど。

 

「ちなみに私の部下は私以上にブラックだから、だいたい二十四時間体制でオーダーを受けられるようになってるよ」

「酷い社会の裏を見たような気がした」

 

 遠い目を彼はしていた。

 素行と頭が悪く、腕っ節だけがマシなだけの連中だ。お似合いの仕事だろう。そもそもこの会社にたどり着いたところで人生詰んでるようなもんだしね。

 

 やっと機械が設置されたみたいなので、試しにボールを補充して発射スイッチを押してみる。

 するとボシュっという音とともに見事ボールがが砲身から放たれる。

 

 ——そしてそれは弾丸のような速度で加速し、ゴールを外して奥のレンガの壁にめり込んだ。

 

『あ……』

 

 あの壁って、例の高級レンガだよね? 私が絶賛借金中の。

 ちろっとボタンの横のレベル表示を見る。

 そこには『MAX』と書かれていた。

 あはは、そういえば最後これを使った時って弾丸速度のシュートの威力実験だったっけ。

 ……まずい。

 

「全員証拠隠滅に手伝って! フィディオも早く!」

「あ、ああ!」

 

 その後、私たちは瞬間接着剤で割れたレンガをくっつけることによってバレるのを防いだ。

 側から見ればまったくわからないだろう。

 ハッハッハ!

 ……バレて借金要求された時に備えてお金貯めとこ。

 

 そして練習が再開。

 しかしその圧倒的なシュートの弾幕をフィディオはなかなか避けきれず、今夜で成功することはなかった。



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本当の願い

「なあ、なんだこれ?」

「みんなを鍛えてくれる画期的なマシーンだよ!」

 

 昼食を食べ終わり、午後の練習を始めるという時に私は昨日部下に運ばせたボールガトリング君(今名付けた)をみんなにお披露目していた。

 

「今日からこれを使って特訓するよ。異論は認めない」

「けっこうゴツいなこれ……どんくらい速度出るんだ?」

『……』

「おいなんで黙るんだよ!?」

 

 ラファエレのその問いに私とフィディオはそっと目を逸らした。

 

「とーもーかーく! 実け……試行は昨日フィディオで済ませてあるから、安心してくれていいよ」

「今こいつ実験って言いかけたぞ」

「そこブラージ、うっさい」

 

 グダグダ言ってても仕方がないということで、みんなはしぶしぶとこれを使うことを了承した。

 

「で、誰が操作するんだこれ?」

「そんなもの、唯一クリアしてる私に決まってるじゃん」

「あっ……」

「いやそんな『終わった……』みたいな顔しなくても」

 

 失礼な人だな。ブラージの時にはこっそりシュートの速度上げておいてやろう。

 そうして楽しい楽しい特訓が始まった。

 

「アハハハハッ!」

「ぐわぁぁぁぁっ!!」

「ぬわぁぁぁぁっ!!」

「ちょっ、まっ、テメェ! なんか俺だけやたら速くない……ぶべっ!?」

 

 ヒャッハー! 汚物は消毒だぜぇ!

 ヤバい、なんか癖になりそう。今ならトリガーハッピーになる人の気持ちがわかるかも。

 撃ち続けている間、一番槍となったブラージとラファエレ、ついでにダンテたちの野太い悲鳴がグラウンド中に響き渡る。そして弾を切らしたころには全員はボロ雑巾みたいになって地面に転がっていた。

 うん、ピクリとも動いていないね。

 

「さ、次の方どうぞー」

『誰がやるか!?』

 

 唾が飛んでくるほどの勢いでみんなに拒否された。

 アンジェロちゃんなんか白目剥いてガタガタ震えちゃってるし。

 不安を和らげようと笑いかけてあげたら、とうとう気絶して倒れてしまった。

 解せぬ。

 

「ぐっ……このクソアマが……!」

「あ、ブラージ生きてたんだ」

「そこどけ! 今度は俺がやってやる!」

「いいよー」

 

 ま、どうせ無駄だろうけど。

 私が降りると、ブラージは蛇みたいに気持ち悪く這いずって機械まで移動し、乗り込んだ。

 そして弾幕が目の前に一気に広がる。が……。

 

「クソ! 当たれ! 当たれってんだよクソが!」

「ざーこざーこ」

「チクショぉぉぉっ!!」

 

 弾が切れるまでに、結局私がボールに当たることはなかった。

 

 その後は選手交代ということでまだやってない選手たちにも弾丸の嵐を味合わせてあげた。

 うん、みんな素晴らしい悲鳴だったよー。

 その苦労の代価として、彼らの動きは目に見えて良くなっている。

 でも成功者はまだ出てきていない。試合まであと三日しかないのに。

 

 気づけば空が赤く染まっていた。遠くの方ではもう薄暗くなってしまっており、ここももうすぐ夜の帳に閉ざされることになるだろう。カラスがカーカーとやかましく鳴いているのが聞こえた。

 

 スマホで時刻を確認する。

 ……これ以上の特訓は今日は無理か。

 

「はい、そこまで! ストレッチしたら今日はもう解散!」

「や、やっと終わったか……」

「な、なえ……水を投げてくれ……もう一歩も動けねぇ……」

 

 

 はぁ……。

 グラウンドに突っ伏していたのはラファエレとブラージだった。

 この二人、私に対抗してかいつも以上に張り切ってあのマシンに撃たれ続けたんだよね。その結果がこの体たらくである。

 普段私に反発してるくせに、最後に私にお願いするのはどうなのよ?

 ただ私はマネージャーでもあるので仕方なく彼らのものと思われる水筒を投げてあげた。

 ……彼らの顔面に。

 

『ぶごっ!?』

「あ、ごめーん。手が滑っちゃって」

「こ、殺す……!」

「どう見てもわざとだろうが!」

 

 なんか物騒なこと言ってますけど無理そう。だって言葉に反して体がめっちゃプルプルしてるんだもん。

 

 む……? 黒猫みたいな絵が描かれたトラックがグラウンド前に止まったぞ。中からはツナギのような服を着た人が出てきて、フィディオの名前を呼んだ。

 どうやらあの男は配達員だったようだ。彼は小包をフィディオに渡して、去っていった。

 そしてフィディオは小包の詳細が書かれた紙を見たあと、飛び上がりそうなほど見るからに喜んで、宿舎へダッシュしていってしまった。

 まさか、女性ファンからのラブレターとか?

 昨日の一件で彼、イケメンのくせして女性経験なさそうなことがわかったしなぁ。あれだけ喜ぶのも納得できる。

 

「隙あり! 死ね!」

 

 いつのまにか足元まで這い寄ってきていたブラージたちからの飛びつきをジャンプして避け、その背中を踏んづける。

 うーん、気になる。いったいどんな子が送ったのだろうか。ヨーロッパだし、もしかすると格好つけすぎたせいで意味がわからなくなった中二病ポエムとか入ってるかも。

 こっそり彼の部屋に侵入したくなったけど、さすがにそれはやめた。

 彼だって思春期だしね。ラブレター読んでる途中に他の女に入られたら萎えるだろう。

 どうせ今日の夜も一緒に練習するのだ。その時に聞けばいい。答えなかったら答えなかったで手紙を盗み見たりすればいいし。

 

 そうと決めれば、あとは夜を待つだけだ。宿舎に向かって歩き出す。

 後ろがなんかうるさいけど、それも無視することにする。

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオは小包を受け取ったあと、中身をいち早く確認するために自室に戻っていた。

 送り元は彼の尊敬するキャプテンから。

 今でもどこで何をしているかはわからないが、彼は真にチームに必要になった時には来てくれる人だ。そう信じてたからこそ今まで消息不明であっても気にすることはなかったが、今久しぶりにその手がかりとなるものが送られてきた。

 ガムテープを乱雑に解き、箱を開ける。

 

 まず目に入ったのは荷物の上に置かれた封筒。中にはおそらく自分宛の手紙が入っているのだろう。

 それを取り除くと、次に見えたのはタイトルも何も書かれていない録画ディスクだ。最後に何十年前のものとはっきりわかるほどくたびれたサッカー雑誌が入っている。

 この二つに関しては意図がわからなかったので、まず手紙を読むことにする。

 

 手紙の内容はさほど長くなく、簡潔に言うと今までの試合に対しての労いと、これから役に立つと思うものを送った、とのことだった。

 役に立つもの、とはこの二つのことだろう。なんのことだかわからないが、とりあえずディスクの中の映像をまず見ることにする。

 

『さあいよいよ日本代表対韓国代表の親善試合の始まりです!』

 

「ずいぶん古い映像だな。それに日本代表と韓国代表の試合だなんて」

 

 訝しげな顔をしながら試合の展開を眺めていく。

 しかしそんな考えは前半戦を見終えた時には吹き飛んでいた。

 

「な、なんだこのサッカーは……!? こんな高レベルなプレイがあるなんて……!」

 

 早く続きが見たいとハーフタイム時の映像を早送りさせる。

 そして試合が再開されると、彼は取り憑かれたかのように映像にかじりついた。

 

『試合終了! 3対0! 日本代表快勝です!』

 

「す、すごい……」

 

 試合が終わり、日本の代表たちが肩を組むようにして勝利を喜んでいる。その中の一人に彼は目が離せなかった。

 この試合をコントロールしていたのは間違いなく彼だった。

 繊細なボールコントロール、豪快なシュート、そして何よりもフィールドを支配しているかのような絶対的な空間把握能力。

 そこに、彼はサッカーの理想という夢を見た。

 

 もっとあの選手について知りたい!

 すぐにパソコンを立ち上げるも、海外の、それも何十年も前の選手なんてなかなか見つかるわけがない。

 

「っ、そうだ雑誌が!」

 

 あのキャプテンがディスクとともに送ったものなのだ。何か関係があるはず。

 破ってしまいそうな勢いでページをめくり続け、そしてついに彼はその名前に辿りついた。

 

「影山……東吾……」

 

 『影山』。その名を持つことにも驚いたが、それ以上に衝撃的なのは横の文章だった。

 

「代表、落ち……っ」

 

 信じられないとばかりに目を皿のようにしてそのページを読み続ける。文章にはそこに至った経緯が無機質に書かれており、その隣に貼られた絶望したかのような東吾の顔と対比されて不気味に感じられる。

 

「……そっか。そういうことだったのか……」

 

 そして文章を全て読み終えた時、フィディオは全てを悟った。

 なぜ自分はあんなことをしたミスターKを信じられたのか。そこには多分、戦術の素晴らしさとか以前に……。

 

(たぶん、俺とミスターKは……)

 

 聞かなくてはならない。ミスターKのことを。

 幸い身近には真実を知っていそうな人がいる。

 

 ふと窓の外を見た。闇と静けさが世界を支配していた。

 一試合を丸々見たせいで、かなりの時間が経ってしまっている。たぶんもうみんな夕食は食べ終えてしまっているだろう。

 それでもあの少女ならあそこにいるはずだと思い、フィディオは雑誌を抱えて部屋を出た。

 

 

 ♦︎

 

 

 今日の夜も私はグラウンドにいた。

 せっかく仕事がないのだ。サッカーできるうちにやっとかなきゃ損よ損。

 

 仮想の敵を思い浮かべる。次はイナズマジャパンだから……鬼道君とかかな。それを避けるようにドリブルし、シュートを撃つ。

 しばらくそれを続けていると、バタバタとやけにうるさい足音が聞こえてきた。

 

「ハァッ、ハァッ……いると思ったよ……」

「どうしたの、そんなに急いで?」

 

 やってきたのはフィディオだった。

 しかしその息は荒い。

 いつものように笑いかけようとして、思わず目を見開いてしまう。

 彼の手には古い雑誌が握られている。

 彼は真剣な表情で口を開く。

 

「ミスターKのことを俺に教えてくれないか?」

「……その雑誌、どこで……」

 

 表紙に写っている選手を見れば、それがいつの時代のものかわかってしまう。

 そして唐突な総帥についての話。これだけでだいたいわかった。

 

 彼をまじまじと見る。

 頃合いなのかもしれない。彼に全てを託す時の。

 私はずっと探し求めていた。光を持ちつつ、闇を理解することができ、そして目的を実現する強い力を持ったプレイヤーを。

 彼なら、もしかしたら総帥を……。

 ……決めた。

 

「いいよ、話してあげる。私が知ってる総帥の全部をね」

 

 隠し事はもうなしだ。

 私は全てを彼に託すことにした。

 

 ベンチに座り、私は話し出す。

 

「その雑誌を読んだってことは、総帥と東吾さんの関係については予想できてるってことでいい?」

「ああ。影山東吾。この雑誌の年代から考えると……彼はミスターKの父親だ」

「そっ。そして全ての憎しみの起源」

 

 振り返るように、私は知ってる限りの総帥の過去を語り出す。

 

「代表を落とされたあとの東吾さんは荒れに荒れたらしくてね。暴行は当たり前、家族関係は一気に崩壊して離婚になった。つまり、総帥は東吾さんとサッカーに人生を無茶苦茶にされたの」

「でも、あんな素晴らしい戦術はサッカーを憎んでるだけの人には絶対にできない」

「……見たいんだよ総帥は。もう一度だけでも、東吾さんのプレーを」

「えっ……?」

 

 彼は一見矛盾した答えに戸惑う。

 

「総帥の戦術の全ては東吾さんに繋がってる」

 

 総帥はよく一人の司令塔による組織的なサッカーを好む。そしてその構図は東吾さんが中心となってチームを導いていた当時の日本代表とよく似ている。

 

「たぶん無意識だろうけどね」

「ミスターKは、そんなに影山東吾のサッカーを愛していたのか……」

「でも愛情は時に憎しみに変わりやすいもの。総帥の理想のサッカーを東吾さん自身が否定した時から、総帥はずっと見えない暗闇を歩き続けているんだよ」

 

 可哀想な人だ。

 求めていたものが二度と手に入らない。

 これほど悲しいことがあるだろうか。

 でも、それでも諦めきれなくて。

 でもやっぱり手に入らなくて。

 総帥の理想のサッカーへの愛はいつしか憎しみへと変わってしまった。

 

「総帥を憎しみから解き放つこと。そして本当の総帥とサッカーをすること。それが私の願いだよ」

「なら、影山東吾のサッカーを完成させることができれば……」

「できなかったんだよ。私には最も欲しかった才能が致命的なまでに足りなかった」

 

 言葉にしているうちにかつて感じた悔しさが溢れてきてしまう。

 それを我慢して、言葉を紡ぐ。

 

「私には確かに東吾さんを超えるキック力やドリブル力がある。でも、私にはチームをまとめる力がなかった」

「あっ……」

 

 東吾さんのサッカーは彼自身がチームのつなぎになることで成立する。それにはチームメイト全員を真に理解し、心を通わせることが必要だ。

 でも私はそれができない。

 父親に捨てられたあの時から、私は誰との間にも壁を一枚作ってしまっている。それは仲間と一緒にプレーしたり、連携を取ったりするには問題のないほど薄い壁だ。でも司令塔にはその薄さでも致命的となってしまう。

 総帥もそれをわかっていたから私に見切りをつけて、代わりに鬼道君を育てることとなった。

 

「でも、今までの試合を見てわかったの。あなたなら、フィディオ・アルデナならきっとこのサッカーを完成させられる」

 

 フィールドを上から見るような空間把握能力と、仲間に寄り添える強い心。彼以外に適任はいない。

 だから、彼に頼るほかない。

 

 今から行うのは最低の行為だ。

 加害者が被害者に助けを求める。なんてプライドのない行動だろう。

 でも、今はそんなものかなぐり捨ててやる。あの人を助けられるなら、恥知らずにでもなんでもなってやる。

 

 私は彼の前に立って、必死に頭を下げた。

 

「お願いフィディオ。今まで散々あなたたちを傷つけたのはわかってる……けどっ、総帥を助けてあげてっ!」

「……ああ。任せてくれ」

 

 彼は静かに、でも力強く頷いてくれた。

 月明かりが彼の顔を照らす。

 ああ……いい表情だ。強い決意がわかる。

 これでようやくあの人を助けられる。そう思うと、肩の荷物を全て預けたせいもあってか、涙が溢れ出しそうになり……。

 

「でも、動くのは俺一人じゃない。君にも手伝ってもらうよ」

「えっ?」

 

 フィディオはポケットから丁寧に折り畳んである手紙のようなものを出すと、それを渡してきた。

 

「キャプテンが新しい連携技を考えたらしくてさ。これがあればイナズマジャパンにも一泡吹かせられるって」

「えぇ……今この時にする話?」

 

 総帥を助けるか助けないかって話してたのに。いきなり方向転換するのはどうなのよ?

 やっぱりこいつは乙女心がわかってない。KYだKY。

 

「俺は欲張りだからさ。ミスターKも助けたいし、マモルにも勝ちたいんだ」

「……」

 

 しかしフィディオの言葉を聞いてその認識も変わった。

 そうか、彼も生粋のサッカー選手だったんだ。どんなに大切なことがあろうと、本能がどうしても勝利を求めてしまう。

 それはサッカー選手である以上は当たり前のことなのだ。

 なのに、私もサッカー選手のはずなのにそれを小馬鹿にして……ちょっと自分が情けなくなった。

 

「せっかくやるんだったら、確かに全部欲しいよね。よし、さっそくやろう!」

「ああ!」

 

 この夜、私たちは限界になるまで新しい技の特訓に励んだ。

 勝つ。勝ってみせる。総帥の足を引っ張る闇にも、円堂君にも。

 その思いが私たちの中で燃え盛っているのを感じた。



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決戦前日

 イナズマジャパンとの決戦前日。

 フィディオたちは例のマシンでの特訓を続けていた。

 

 私がボタンを押せば、弾幕とも言えるほどのボールが連続で射出される。

 一つ、二つ。軽やかなステップで彼はそれらを避けつつ、私に近づいてくる。彼の動きは以前よりも明らかに磨きがかかっており、もはやボールを見なくてもそれを避けている場面もあった。

 しかし残り数メートルのところで彼の体は弾かれてしまう。

 

「ぐっ……!」

「だぁぁ! 惜しい!」

「でもやっぱり無理ゲーだぜこれ。()()()()()()()()()()()()()()()()なんてよ」

 

 ラファエレの愚痴に内心頷く。

 この特訓のなによりも厳しいところはそれだ。

 前に進めば進むほどマシンと選手との距離は縮まっていき、その分ボールが選手に到達する間隔も短くなっていってしまう。特にラスト数メートルはコンマ何秒での動きが要求される。

 

「まだだ! もう一回!」

 

 しかしフィディオは諦めず、また挑んできた。

 

(もっと……もっと空間を把握しろ……!)

 

「ぐあっ!」

 

 何回も何回も吹っ飛ばされる。ブラージたちからも静止の声が上がったが、それでも彼は折れない。

 彼はたぶんわかっているのだ。総帥を助けるためには最低これをクリアしなければならないと。

 そんな彼の決意に応えようと、私は何も言わずにボタンを押し続ける。

 

 流星の如く彼は進み続ける。

 そのあまりの速度にグラウンドが焦げ付き、ドリブルを切り返すたびに黒い線が刻まれる。

 とうとう残り数メートルにまできた。避ける暇も与えないと砲身からボールが射出される。

 

「あぁぁぁあああああっ!!」

 

 あわや当たる……というところで、フィディオはさらに加速した。

 その速度にボールはついていけず、彼の残した残像を突き抜けるだけで終わっていく。そして彼は最後の力を振り絞り、飛び込むようにマシンの真横に飛び込んだ。

 

 砲身は真横に向けるように設計されていない。彼の今の位置を撃つのは不可能だ。

 彼は見事に、この特訓をクリアしてみせた。

 

 みんなはワアッと大騒ぎし、彼のもとに駆け寄っていく。

 

「うぉぉぉっ! すげぇぜフィディオ!」

「ハハッ、まさかあれを本当にクリアしちまうとはな」

「やったね、フィディオ!」

 

 はぁ……まったく無茶しちゃって。でも、大したもんだよ。

 他のみんなもクリアには至らないものの、空間把握能力自体は飛躍的に上昇している。

 カテナチオカウンターはこれで完成するだろう。

 

「ちょうどいっか。今日の練習はここまでにしとこう」

「今日は最終日だぞ。カテナチオカウンターの練習はやんねえのか?」

「つってもね……もう七時に近いじゃん。疲労した体で今から練習やったら確実に明日に響くよ」

「じゃあどうすんだよ」

 

 いや察しなよ。

 それすら考えられないからお前はブラージなんだ。

 

「本番中に完成させるしかない」

 

 私に代わってフィディオはそう言ってくれた。

 

「イナズマジャパンの試合は見ただろ。彼らはピンチになると即興で必殺タクティクスを編み出してきた。だったら俺たちも同じことぐらいできなきゃ彼らには勝てない」

「どうしても不安だって言うなら、ベストコンディションを保つためにさっさと寝ることだね」

「……たしかにな。今日ばかりはそこの女に同感だ。よし、帰るぞみんな!」

 

 私たちの会話はみんなも聞いていたようで、特に不満もなさそうに彼らはグラウンドを去っていった。

 その後ろ姿をフィディオは微笑ましく見つめる。

 

「……いいチームになったな」

「私が入った時は崩壊寸前だったけどねー」

「いや、そこがいいんだ。チームってのは仲がいいだけじゃ強くはなれない。君という起爆剤がいたからこそ、俺は彼らの知らない一面を見ることができたし、そして負けたくないと高め合えた」

 

 あれからそんなに時間が経ったわけではないのに、なんだか懐かしく感じてきちゃうな。

 初めて会ったのは……そうそう、ルシェと散歩してた時だっけ。

 あの時は特に何にも感じなかったのだけど……のちにこうやって肩を並べて立っているのを考えると、あれは運命だったのかもしれない。

 とはいっても紆余曲折はしたけどね。

 敵としてフィディオたちの前に立ちはだかったり、加入したあとでもメンバーといがみあったり。

 でも、フィディオはそういえば私を一度も否定したことはなかったな。

 たぶん私はこの時に、彼を円堂君に重ねていたんだろう。私が雷門に来た時も、彼は鬼道君やシロウなんかと違って身内でもないのに受け入れてくれたし。

 

「競い合い、高め合い、そして協力し合える。大丈夫だ、このチームなら勝てる」

 

 確信に満ちた様に彼は言った。

 彼はそれほど私たちに期待しているのだ。

 だったらそれに応えなきゃ、サッカー選手じゃないよね。

 

 私とフィディオはみんなの後を追い、宿舎に戻った。

 

 

 ♦︎

 

 

 そしてその夜。夕飯を食べ終わって少ししたころ。

 私とフィディオはいつも通り秘密の特訓をしていた。

 

『ハァァァァァァッ!!』

 

 オルフェウス二大ストライカーの蹴りを同時に受け、ボールは凄まじい勢いでゴールネットに突き刺さる。

 しかし私とフィディオは浮かない顔をしていた。想像してた威力が出てなかったからだ。

 

「やっぱり三人技を二人で練習するって無茶じゃない? いくら蹴ってもしっくりこないんだけど」

「でも、キャプテンからの頼みごとだしなぁ。それに切り札が増えるならそれに越したことはないし」

「そもそも、ぶっつけ本番でどうにかなるもんなの?」

「カテナチオカウンターだってぶっつけ本番だろ」

 

 いやまあそれを言われると痛いけどさ。

 私たちはヒデナカタが手紙に書いていた必殺技を身につけるために特訓をしていた。

 でもこれが無茶苦茶なのよ。

 普通連携技って連携する人全員が協力してやるものでしょ。でもあの人、練習までにこっちに来れないから形だけでも覚えていてくれって書いてあったのだ。

 

「キャプテンはすごい選手だからね。俺たち2人の息が合っていれば、自然とそれに合わせてくれるはずさ」

 

 キャプテン信者のフィディオはそう言ってるけど、ねぇ?

 私はあいにくと、直接話した人しか信用できないタイプなのだ。映像でヒデナカタが素晴らしい選手なのはわかるけど、それだけで人柄を判断できるわけがない。

 

 おまけにチームがガタガタになってたり、試合があったりしても世界中をフラフラするばかり。

 私からしたらヒデナカタなんてキャプテン失格だ。

 少なくとも私がそんなことやられたら間違いなく旅行先まで行って殴るね。

 そしてそう言った負の印象は連携技に支障をきたす。だから早めにあって出来るだけ話したかったのに。

 

 まあ今は泣き言を言ってる場合じゃない。

 時間は有限なんだ。

 

「ハァァァッ!!」

「ウォォォッ!!」

 

 私とフィディオの気が満遍なく注がれ、ロケットのように尾を残しながらボールは空へと昇っていく。

 それを見届けてから、私たちは跳躍。

 そして空中で同時にボールを蹴る。

 

 その時、私たちの足から青白い線状の衝撃波が放たれた。

 それはボールを中心にXを描くように交差し、ボールの勢いを加速させる。

 そしてゴールはその衝撃波をもろに受け、大きく揺れた。

 

「今のはいい感じ……なのかな?」

「たぶん大丈夫だと思う。これでキャプテンが揃えばこの技は完成するはずだ」

 

 自信がないのは完成系を想像できないから。

 ほんと、こういう時に盲目的に信頼できる人がいるってのは羨ましいよ。

 

「それにしても……この技、どっかで見たような気がするんだよね……」

「日本に行った時に見た技を参考にしたんだってさ。たぶんどこかでそれを見たんじゃないか?」

「うーん……」

 

 X状の衝撃波……だめだ、全然心当たりがない。

 Xといえば皇帝ペンギンXだけど、あれX要素皆無だし。強いて言うなら数学で使う未知数を表してるとか?

 まったく、誰だよこんな名前つけたの。

 ……総帥ですねごめんなさい。

 

 その後、練習が終わったあともしばらく考え続けたのだけれど、結局何かを思い出すことはなかった。

 

 そして次の日となり——宿命の戦いが幕を開けることとなる。

 

 

 ♦︎

 

 

 OPの映像とともに、FFI公式の曲がスタジアム中に響いている。

 しかしそれすらもかき消してしまいそうなほどに、観客たちは盛り上がっていた。

 

 私たちはスタジアム内に一列になって並んでいる。

 薄暗いこことは違って、グラウンドへの入り口は光に満ちている。

 このトンネルを抜けた世界が、決戦の場所だ。

 

 いよいよ来た……!

 心臓の鼓動が高鳴る。ドキドキしすぎて息苦しい。

 私は今までにないくらい緊張していた。

 でも、これでいい。

 ここは世界戦。これだけの緊張感を持って戦える機会は今後もそうそうないだろう。

 だから、この緊張も味わわなきゃもったいない。

 無意識に舌なめずりをしていた。

 

「よっ。久しぶりだなフィディオ。それになえも」

「……円堂君」

 

 ふと横に目をやる。

 イナズマジャパンは私たちに遅れて整列をしていた。

 その戦先頭の円堂君もこの緊張感を感じてるはずだけど、彼からはそれ以上に『楽しみ』という感情が伝わってくる。

 さすが、私の最強のライバル。

 

「今日は俺たちが——」

「私たちが——」

『——勝つ』

「ああ。勝負だ!」

 

 長い言葉はいらない。

 私たちは互いに視線を切って、光の世界へと足を踏み入れた。

 




 新必殺技はオリジナル技じゃありません。
 ヒントは、イナイレ2のヒデナカタの技といえばわかるでしょうか?


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初っ端からの大激闘

『さあとうとうこの日がやって参りました! 場所はここコンドルスタジアム! Aグループ最強と名高い二つのチームが、今日激突します!』

 

「総帥。今日の試合、見ててよね」

「無論だ。イナズマジャパンを粉砕してくるがいい」

 

 ベンチに腰掛けている総帥は平常運転だ。いや粉砕って、相変わらず物騒だなぁ。

 でも今回は世宇子の時みたいな寄り道はしない。というかそんな余裕ない。今の円堂君、それくらい強くなってるんだから。

 

 まあなんでもいいや。

 この試合を見てさえいれば、総帥の目は嫌でも覚めるだろう。

 今日ばかりは命令違反させてもらうよ。

 

 主審に呼ばれたので、センターサークルに両チームは二列で向き合いながら並んだ。

 私の位置は先頭から二番目、つまりはキャプテンであるフィディオの隣だ。つまり円堂君からやや斜めの位置でもある。

 

「天空にそびえ立つ塔。決戦には相応しい場所だと思わない?」

「俺はお前らと戦えるならどこだって大歓迎だ!」

 

 ここコンドルスタジアムはコロッセオを意識したような馬鹿みたいに高い塔だ。たぶん八階か九階ぐらいあるんじゃないかな。

 ガルシルドめ、本当に無駄なところだけは金かけるねあのジジイ。

 なんて最初は思ってたけど、今日の試合の場所がここだと聞いてその評価を改めた。

 

 空を見上げる。

 雲が私が全力でジャンプすれば届きそうなほど近い。

 どことなく懐かしい空気だ。

 そう、ここコンドルスタジアムを見てゼウススタジアムを私は連想していた。

 

 だからだろうね。初めてのはずのこの場所を気に入っちゃってるのは。

 

「思い出さない? FFの決勝戦。私はあなたたちに負けたことで諦めないことの大切さを学んだ」

「ああ、お前のあのスッゲェシュートは今でも覚えてるぜ」

「だから今日はそのお返しに……敗北を贈ってあげる」

 

 そう宣言すると、突如突風とともに体中から桃色のオーラが溢れる。

 どうやら感情が高まりすぎてしまったようだ。

 だけど彼はそれを挑発と捉えたのか、彼からも金色のオーラが噴出された。

 

「ビリビリきたぜ! でも俺たちだって日本のみんなの思いを背負ってるんだ。絶対に勝ってやる!」

「なえ、俺は今日お前を倒す。そして影山との因縁を断ち切ってみせる……!」

「マモル、キドウ、今日は手加減なしだ! 最高の試合をしよう!」

 

 言いたいことは言った。

 私たちは互いに握手し合い、それぞれのポジションにつく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今日は私とフィディオのツートップだ。

 円堂君を突破するには相当な攻撃力が必要となる。言っちゃ悪いがラファエレでは力不足なのだ。そのことは彼自身も自覚しており、大嫌いな私のために席を譲ってくれた。

 やっぱりこのチームはプロだ。

 全員が勝利のために意識を統一できている。

 大好きだよ、みんな。

 

 ——そして、ホイッスルが鳴った。

 

 フィディオからボールが私に転がされたとたん、煙を巻き上げる勢いで加速する。相手側のフォワードには目もくれない。

 私が目指すのはさんざん世話になった人物——鬼道君のところだ。あとついでに不動も。

 

 ジャパンコートの真ん中で、激しいボールの争奪戦に突入する。

 

「さあ、遊ぼうよ!」

「挨拶代わりのつもりか? 面白い」

「ぶっ潰してやるよ!」

 

 たぶんこれは避けられた争いだろうが、私はどうしても一度彼と対峙したかった。

 鬼道君は東京で最も古い友人だ。私たちは昔から競い、お互いを高め合ってきた。いわばもう一人のライバルのようなもの。

 だったらそれを超えたいと思うのは、サッカー選手の性だとは思わない?

 

 不動の激しいタックルが私の肩に当たった。

 っ、相変わらずっ乱暴なやつだ。でもラフプレーならこっちも負けない。腰に力を入れ、逆に弾き返してやる。

 しかしそれに集中してたせいで体勢が少し崩れた。

 そこに、針のように鋭い鬼道君の足が飛んでくる。

 体を強引に捻り、なんとかそれを避けた。

 

「っ、二人とも仲悪いんじゃないのっ? 予想以上にいいコンビじゃん……!」

「へっ、誰がコンビだ!」

「同感だなっ!」

 

 不動のタックルを受け止めながら、鬼道君の蹴りを捌いていく。

 性格は真反対だけど、それゆえにお互いの不足部分を補ってくる。

 でも……これくらい突破できなくちゃエースじゃないんだよ!

 

 不動のタックルを逆サイドに回り込むようにして避け、反撃にタックルをかます。重心が崩れていた彼はそれだけでさらにバランスを崩し、転倒した。

 これで残るは鬼道君。

 不意を突くように足を伸ばしてきたけど……遅い。

 私は彼の頭上を飛び越え、二人を突破してみせた。

 

「ラファエレ!」

 

 すぐさま踵を返してバックパス。

 

スノーエンジェル

 

 その次の瞬間、手前の地面から人間一人を包めそうなほどの氷柱が伸びてきた。

 危ない危ない。もしあのまま進んでたら氷漬けになってたよ。

 

 空気が冷えたことで発生していた霧が晴れ、私をそんな風にしようとした下手人が現れる。

 

「さすがだね、なえちゃん。簡単にボールを取らせてくれない」

 

 そういってニッコリと笑うのは『雪原のプリンス』吹雪士郎。

 まだ私が捨てられる前からの幼馴染である。

 にしても、ずいぶんと腕を上げている。さっきのも空気が冷えているのに気がつかなかったら避けれなかった。

 スノーエンジェル。

 それが世界で身につけた彼のディフェンス技だ。

 

「アンジェロ!」

「ダンテ!」

「ジャンルカ!」

「ラファエレ!」

 

 まるでピンボールのようにパスが次々と繋がっていく。

 彼らは相手を見ずに、ノータイムでパスを回している。だから速い。

 あの特訓のおかげで空間把握能力が上がったからできたことだ。

 

「なえっ!」

 

 ラファエレの高速パスが選手たちの間を縫うように通り過ぎた。

 そのコースは左サイドのゴール前。いい位置だよ!

 すぐに綱海が立ちはだかってくる。

 

「抜かせるかよ! ……って、速ぇっ!?」

「失礼ごめんあそばせっと」

 

 軽く加速して抜かせば、そこはもうゴール前。

 私はシュートを繰り出した。ボールは一瞬ブーメラン状に歪んだあと、矢のように空気を切り裂き、飛んでいく。

 

「やらせないッスよ! ザ・マウンテン!!」

 

 しかし矢の先に巨大な山が出現した。

 成長しているのはシロウだけじゃない。これは壁山の新たな必殺技だ。その大きさと頑丈さはザ・ウォールの比ではない。

 ボールは山にぶつかり、すぐに弾かれてしまった。——その真横へと。

 

「えっ!?」

『おおっ!? トラップミスか!?』

『いえ、違います! 回転がかけられてたんです! そしてその先には……フィディオだ!』

 

 ふっ、これぞチームプレイ。

 シュートを撃たれれば、壁山が体を盾にして止めようとすることは分かりきっていた。だから回転をかけて狙った方向にわざと弾かれるようにしていたのだ。

 フィディオの足元の地面に魔法陣が浮かび上がる。

 

オーディンソードッ!!」

 

 出た。伝家の宝刀オーディンソード。

 その威力はアメリカのユニコーンブーストなんかよりも上だ。今の円堂君じゃ止められるわけ……。

 

イジゲン・ザ・ハンド改!!」

 

 ……うん、なんとなーく予想ついてたよ?

 彼のイジゲン・ザ・ハンドは最後にアメリカ戦のビデオを見た時よりもさらに分厚くなっている。改って言ってるし、進化してしまったのだろう。

 だけどさ!? そういうのって試合中に成長していくものじゃないの!? なんで今までと違って初っ端から進化してるのさ!

 

 フィディオのオーディンソードは案の定、結界を突き破れず、上に逸らされてバーに激突した。跳ね返ったボールを円堂君が回収する。

 

「どーだフィディオ!」

「なに、まだまだ序の口さ。今日の試合はオルフェウスが勝つ!」

 

 円堂君がボールを蹴り上げ、ジャパンの反撃が始まる。

 

「よし、今だ! カテナチオカウンターを試すぞ!」

「お、おうっ!」

 

 みんなは戸惑いながらも、なんとか形になるよう動き出す。

 えーと…… ボールを中心に、フォーメーションを崩さないままみんなで近づき、一瞬で包囲をする……だっけ?

 みんなもそれをやってみようとボールを持っている鬼道君を包囲しようとしてるが……だめだ。隙間ができてるし、タイミングが合ってない。

 

「……? 風丸!」

 

 鬼道君は訝しげな顔をしながらも、パスを出す。

 

風神の舞!」

「うわぁぁぁっ!!」

「マルコ!」

 

 右サイドのマルコが抜かれた。

 風丸はフォワードに繋げようと辺りを見渡す。が……。

 

「パスコースが見つからない……!?」

 

 不幸中の幸いというべきか、カテナチオカウンターをしようと多人数が集まったおかげでディフェンスがガッチガチになっていた。その人数差を利用して豪炎寺君、染岡君、グラン……じゃなくてヒロトを完全にマークをしている。

 

「自慢の足が止まってるよ!」

「がっ、しまった!」

 

 戸惑っている間に後ろに戻り、槍を突き出すような勢いでスライディングをくらわしてやった。

 すぐさまボールをフィディオに渡す。

 

「いくぞナエ!」

「遅れないでよね!」

 

『フィディオ、ナエ、華麗なパス回しだ! 二人だけでグングン中央を突破していく!』

『組んでまだ数試合しか経ってないのに、素晴らしいコンビネーションですね。普段の二人の仲が伺えます』

 

 そこ実況、恥ずかしいこと言うなし!

 っ! と、あっぶないっ! 不動のやつ、私がちょっと動揺したのわかっててでスライディング出したでしょ! ホント嫌なやつだなあいつ!

 

 しかしその甲斐あってペナルティエリアにようやく侵入。

 私は口笛を吹き、回転しながら空中に躍り出る。

 

皇帝ペンギン零式!!」

 

 ペンギンたちと魔法陣を通過し、桃色の閃光を七つ放つ。

 私のシュート力はフィディオよりも上だ。これならたぶん、あの技を突破できる。

 と思ってたら、シュートコース上に変なリーゼントしてる男が飛び出してきた。

 

真空魔!」

「ナイスだ飛鷹! イジゲン・ザ・ハンド改!!」

 

 ゲェッ、シュートブロックだ!

 不良風の男——飛鷹が足を振るうと空間が切り裂かれ、そこに閃光たちが吸い込まれていく。その数秒後に彼の後ろの空間がひび割れて閃光が飛び出すも、その威力は明らかに弱まっていた。

 そんな状態で円堂君を突破できるわけがなく、私の閃光は向きを逸らされてバーに激突した。円堂君が落ちてくるボールをキャッチする。

 

「やっぱり強えや……! 飛鷹がいなかったら止められなかったぜ」

「ウッス。キーパーを支えるのが俺たちの役目っすから」

「これからもドンドンシュートを削ってくッスよ!」

 

 スッススッスうっさいわ!

 それにしても、円堂君前のディフェンス二人が厄介だ。

 この二人はシュートブロックのプロと言ってもいい。壁山は言わずもがな、飛鷹は韓国戦から何回も強力なシュートを削って円堂君を助けてきている。

 片方を引きつけて撃っても、もう片方が対処する。おまけにキーパーは最強クラス。

 鉄壁すぎやしませんかイナズマジャパン。

 

 けどそれはうちだって同じことだ。

 防御寄りのチームなだけあって、今でも完全にフォワードをマークして潰している。得点源になり得そうな皇帝ペンギン3号も、佐久間がフィールドにいないから撃てない。

 

 現にボールは中盤に渡ったが、攻撃の起点がいないせいでひたすらボールを回すだけになっている。

 両者千日手。なら先に突破口を見つけた方が有利になる。

 そしてそれは私——ではなく、彼だった。

 

『ここで吹雪が動き出した! ディフェンスラインからぐんぐん上がっていく!』

『オルフェウス完全に虚を突かれました!』

 

 そっちからきたか!

 シロウは本来フォワードだ。それも豪炎寺君に並ぶほどのキック力を持っている。ディフェンスに置いていたのはこういう時のためか。

 でもそんなの前から知ってたことだ。動揺もなく走り出す。オルフェウスのみんなが置き去りになる中、私一人だけが追いつくことができた。

 彼の道を塞ぐように立つ。

 

「こうして対峙してるとあの雪原の勝負を思い出さない?」

「あれは引き分けだったっけなぁ」

「でもさっきのやり合いをカウントすると、今のところ私が1点リード。そしてここであなたを止めれば、私の勝ちってわけ!」

「なるほど。じゃあなんとしても、また引き分けに持ち込まないとね」

 

 私の足に紫色の炎が宿る。それを振るい、巨大な炎の壁を発生させる。

 

デーモンカットV2!」

 

 紫の炎が視界を覆う。

 手応え……なしっ。

 シロウは壁よりも高くジャンプしていた。

 

オーロラドリブル

「なっ……目が……!」

 

 オーロラが空に浮かんだと思うと、それは目も開けられないほど眩い光を発した。それを直視してしまい、私の視界は白一色に染められてしまう。

 ようやく回復したころには、シロウはもう私の後ろにいた。

 

「やらせるか!」

 

 あっ、バカ!

 迫りくるシロウのプレッシャーに負けて、豪炎寺君をマークしていたアントンが飛び出してしまった。

 そこを二人は見逃さない。鮮やかなワンツーでアントンを避け、ゴール前にたどり着く。

 

 

「ハァァァッ!!」

「オォォォッ!!」

 

 豪炎寺君は炎を。

 シロウは吹雪を。

 それぞれ纏って、二人は走り出す。

 その光景に私は見覚えがある。あれは……アスタリスクヘブンの……。

 

 炎のと氷が交差し、新たなる力が生み出される。

 

クロスファイア!!』

 

 それはまさしく氷炎の螺旋。二匹の蛇のように互いに絡み合うそれは地面を、空気を焦がし、冷やし、突き進んでいく。

 

コロッセオガード改! ぐあぁぁっ!!」

 

 コロッセオの壁もそれには意味をなさず、あっという間に巨大な穴が空く。そして奥にいるブラージを巻き込みながら、氷炎はゴールを抉るように突き刺さった。



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あなたの望み

 決まっちゃった……。

 先制点はイナズマジャパン。豪炎寺君とシロウの新技クロスファイアが点をもぎ取った。

 彼らはフッと笑い、手の甲をぶつけ合う。

 

「むー、いつの間にそんな技覚えてたのさ」

「構想自体は前からあったんだよ。でもアスタリスクヘブンからなえちゃんを抜くと意外と難しくてさ。それに僕の怪我もあったから、完成したのはつい最近なんだよ」

「どうやら一泡吹かせられたようだな」

 

 まあアスタリスクヘブン自体、私たち最高クラスのストライカー三人で撃つものだしね。そこから私が抜けたとしても、世界で十分通じるわけだ。

 あー、やられた。

 シロウが上がってくるのはわかったから次に打たせることはないだろうけど、それでもこの均衡状態で一点奪われたのはつらい。

 みんなもそれがわかっているようで、かなり動揺していた。

 

「くそっ、いい案が思いつかねえ。どうするんだフィディオ?」

「……あの堅固な守備を突破するには、攻撃と防御の入れ替わりの隙を突くしかない」

「どうやってそんなこと……」

「カテナチオカウンターだ」

 

 フィディオが断言する。

 みんなの抗議の目線が集まる。

 ブラージが声を荒げる。

 

「またかよフィディオ! さっきやってわかっただろ!? やっぱり中身もわかってない必殺タクティクスなんてできるわけがないって!」

「いや、構想ならある。俺はキャプテンから送られてきたビデオでミスターKの理想とするサッカーを見た。だから、今ならあの人が何をやろうとしていたのかわかるんだ」

「あの小包にはそんなものが……」

 

 雑誌だけじゃなかったんだ。ヒデナカタはそんなデータをどこで見つけたんだろ。

 キャプテンという言葉にみんなもピクリと反応する。彼らにとってヒデナカタは大きな存在だ。その人がフィディオを後押しているのだと知ったら、考え直す人も出るだろう。

 みんながどうすればいいか揺らいでいる中、フィディオは必死に頼み込むように叫ぶ。

 

「頼むみんな、俺に時間をくれ! 俺はミスターKが目指す理想のサッカー、最高のイタリア代表をこのチームで見たい! そのためにはみんなの力が必要なんだ! だから、頼むっ……!」

 

 フィディオは頭を下げたまま、動くことはなかった。

 その姿勢からは、何がなんでもこの必殺タクティクスを完成させたいという思いが強く伝わってくる。

 私は、ここで彼一人に任せて突っ立っているだけでいいのだろうか。

 そんなの……いいわけがない。

 これは元はといえば私の問題なんだ。

 フィディオにだけ責任を押し付けるなんて、していいはずがない。

 そう思った時には、体が動いていた。

 

「私からもお願い。私は……私は、どうしてもこのタクティクスを完成させなくちゃいけないの! 身勝手なのはわかってる! でも、それでも……!」

 

 フィディオと並んで頭を下げる。

 ブラージの顔は見えない。

 正直……怖い。今彼がどんな顔をしているのかを見るのが。もしこれで否定的だったら、みんなの協力を得るのは絶望的になってしまう。

 ハァァ……。と、深いため息が聞こえた。

 ビクリと思わず体を揺らしてしまう。

 

「……しゃーねーな。こうなったらやけだ! 俺は今ここで堅実に戦って負けるよりも、仲間を信じなくて負ける方が絶対嫌だ! お前らもそうだろ!?」

「……ああ、そうだ。どうせ突破口が見えねえんだったら、やりたいことをやってやる!」

「みんな……!」

 

 バッと顔を上げる。みんなはやる気に満ちた顔をしている。

 よかった。私たちの思いが通じたんだ。

 

「まったく。普段からそんなしおらしげな顔しときゃ、俺たちも突っかからないのによ」

「うっさいデカブツ、さっさとゴールに戻って」

「へいへい」

 

 ……とりあえずブラージは軽く蹴っておいた。

 作戦に賛成してくれたのには感謝してるけど、それとこれとは別である。

 

 ボールをセンターサークル内にセットし、振り返る。

 カテナチオカウンターの成功確率を少しでも上げるため、私とフィディオとラファエレ以外はいつもより下がっている。

 私にできることはあまりない。タクティクスの指揮ができるのはフィディオだけだからだ。

 隣にいる彼と一瞬目を合わせ、試合を再開させる。

 

 始まると同時に、私は単独で敵陣に乗り込んでいく。

 

「豪炎寺はフィディオを抑えろ! ヒロトはなえに当たっていけ!」

スプリントワープ!」

 

 桃色のオーラを纏い、加速。目にも止まらないスピードで、変幻自在に動き回り、ヒロトにふれもさせずに突破する。

 

「不動!」

真キラースライド!」

「まだまだ!」

 

 スプリントワープの力は残っている。不動の強烈なスライディングを避け、ついでに鬼道君を避けたところでとうとう加速が終わってしまう。

 

「——今だ、綱海、壁山!」

 

 っ、はめられた!

 フィディオにパスを出そうとする。その時、豪炎寺君が彼についているのを思い出した。

 その一瞬の戸惑いが命取りとなってしまう。

 

ホエールガード!!』

「くじらぁっ!? ……わっぷっ!」

 

 壁山が四つん這いとなって地面に倒れ、そこに綱海が飛び乗る。すると周囲が一瞬にして波に呑まれ、その水面からクジラが現れた。

 わーお、摩訶不思議。太平洋に帰って、どうぞ。

 尻尾が私の目の前に叩きつけられ、盛り上がった波が私を飲み込む。

 ……って、溺れっ……ゴボボボッ!?

 

「ケホッ、ケホッ、酷い技だよこれ……!」

 

 ああもう水飲んじゃったよ。咳も止まらないし、息しづらいことありゃしない。

 

 状況を確認するため周りを見渡す。どうやらフィディオが例のタクティクスを完成させようと指揮を取っているらしい。

 

「フォーメーションを崩すな! 互いに同じ距離を取りつつ、ボールの動きを予測しろ!」

「そうはいっても……!」

「難しすぎる……!」

「ボールを見ながら、気配で仲間を、敵を感じ取るんだ!」

 

 でもまだ歯車が噛み合っていないようだ。だんだんと良くなってきているけど、これじゃあ完成するころには相手はまたゴールを決めてしまうだろう。

 

 今ボールを持っているのは……鬼道君か。

 あのタクティクスに私は加われない。個人技で活躍するタイプの私じゃせっかくの連携を乱してしまうだろうから。

 なら、私がやれることは一つだけ。時間を稼ぐことだ。

 しょーがないねぇ。

 全力で走り出し、彼を追い越してその前に立つ。

 

「ちょこっと遊びに付き合ってもらうよ!」

「残念だが、お前とはもう遊び飽きた。……不動!」

「命令すんなっての!」

 

 鬼道君の後ろから不動が飛び出してくる。

 彼らは互いに向き合うと、人一人殺せてしまいそうなほどの蹴りを、ボールを挟み込むように入れる。

 瞬間、そこの力場が歪む。

 

キラーフィールズ!!』

「っ……きゃぁっ!」

 

 荒れ狂う重力の奔流が私を襲う。

 踏ん張ろうとしたが耐えられず、私の体は浮き上がってしまう。

 うぅっ、臓物が浮かび上がる感覚がやばい!

 空中じゃさすがの私も何もできない。なすがままに体をシェイクされて、放り出されたころにはボロ雑巾のようになっていた。

 

 一瞬、フィディオと目が合う。

 やれるだけのことはやった。あとは……頼むよ!

 私の思いに返事をするように、彼の動きが良くなる。

 

(一定の間隔を全員で保って敵を囲む! ボールは常に……フォーメーションの中心に……!)

 

 これは……。

 何かがカチリとハマったような音が聞こえた気がした。

 同時にフィディオの動きから膨大な情報が伝わってくる。

 わかる。わかるよ。次に何をすればいいのか、一手先の未来がわかる。

 

 みんなも同じことを感じ取っているのだろう。彼らはあんなに難しいと言っていたフォーメーションの維持を完璧にこなしている。

 

「すげぇ……俺たちの動きがまったく乱れてない……」

「フィディオが全てコントロールしてるのか……?」

 

 気づけば、総帥が立ち上がってフィディオを凝視していた。

 味方だけでなく、フィールドで動く選手全員を見通し、コントロールするゲームメイク。常に一歩先をゆく戦術。

 これが、影山東吾のサッカーなんだ。

 

「そのプレイをやめろ! 私の全てを壊した、あの男のプレイなど!」

「いいえ、続けて! 総帥の中の光は、総帥の中のサッカーにしかないんだから!」

「なっ……!」

 

 驚愕したようにこちらを見てくる。

 へっへーん。いつまでも子どもじゃないんだよ私は。目的のためだったら命令なんていくらでも破ってやる!

 

 フィディオが鬼道君を追い越し、前に立ち塞がる。

 鬼道君が足を止める。その一瞬の間で、オルフェウスの選手たちは包囲網を形成してみせた。

 

「これが俺たちの必殺タクティクス—— カテナチオカウンターだっ!」

「なっ……!」

 

 頑強な扉に、関が差し込まれる光景を幻視する。

 逃げ場を失った鬼道君に、フィディオが迫る。

 白い流星が流れた。

 すれ違いざまに、ボールは彼によって掠め取られる。

 

 完成した。

 これが、カテナチオカウンターだ。

 

「ラファエレぇぇぇっ!!」

 

 カウンターだ。ボールが前線に残っていたラファエレに渡る。

 彼の周囲の地面が凍てついていく。

 

フリーズショット!」

 

 間髪入れず、彼は必殺技を繰り出した。ボールはスケートコートのようになった地面を滑り、ドンドン加速していく。

 ブロック役の壁山たちはそれを受け止めるために身構えている。

 しかし、ボールは彼らの予想を外れてシュートコースからずれていった。

 

 怪訝そうにその行方を彼らは眺める。そしてあるものが目に入ったのか、あっと声を漏らした。

 その先には誰が? 

 私に決まってる。

 

「シュートじゃない、パスだ!」

 

 ご名答! でも遅い!

 風を纏ってボールに追いつき、それを天に蹴り上げた。

 そして空に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 

「本日二回目ぇ! 皇帝ペンギン零式!!」

 

 山も、次元の裂け目も間に合わない。

 桃色の閃光はディフェンス二人を飲み込み、ゴールへ一直線に飛んでいく。

 

イジゲン・ザ・ハンド改!! ……っぐあぁぁぁっ!!」

 

 円堂君が張った結界に閃光がぶつかる。そして徐々にヒビが入っていき……パリンッという音とともに、ゴールが撃ち抜かれた。

 

 沸き上がる歓声。それを無視して、憤怒とも言える顔をしている総帥と向き合う。

 フィディオは自分の役目を果たしてくれた。なら今度は私の番。

 本当の戦いはここからだ。

 

 精神統一をするように目を閉じる。

 ……感じる。あの人のオーラの揺れ、心の惑いを。

 今なら……。

 何も見えない暗闇の中、憎しみと悲しみに満ちたオーラを手繰り寄せ——私の意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

『ここは……懐かしい場所だね』

 

 気がつけば私は鋼鉄の壁に挟まれた、牢屋のような廊下に立っていた。

 寒々しいその光景は、しかし私には暖かいものにも感じられる。

 ここは帝国学園だ。そしてこの廊下の先には、あの部屋がある。

 突き当たりにある扉に手を当てると、パスワード認証もなしにそれがスライドし……総帥の部屋があらわになる。

 

『カテナチオカウンター。すごい戦術だよね。あれならほぼ全ての攻撃を封じ込め、一瞬で攻撃に転換できる。よっぽどの知識がなきゃ考えられないよ』

 

 歩いて奥に進んでいく。

 総帥はいつもの玉座みたいな椅子に座っていた。サングラス越しの目から凍てつくような目線を感じ、室温が下がったようだと錯覚する。

 いや、実際に下がっているのだ。あの人の体からはほとばしるような冷気が放たれており、それが鈍色の壁を白く染め上げようとしていた。

 

『……何が言いたい』

 

 ようやく総帥が口を開いた。同時に冷気も一段と強くなる。

 まるで黙れ、何も言うなとでも叫ぶかのように。

 それでも私は声をかけた。

 

『もう認めようよ総帥。あなたはサッカーを愛している』

『違うっ!!』

 

 瞬間、世界が入れ替わった。

 鋼鉄の牢からサッカーフィールドへ。しかしそれを認識する間もないまま、突如上から響いた轟音に気を取られ……私は鉄骨の群れに押し潰された。

 

『サッカーを潰すためにはサッカーを知らねばならぬ。そのために身につけた知識だ』

『嘘つかないで!』

 

 鉄骨を弾き飛ばす。

 頭がクラクラする。視界も赤い。たぶん大量の血が頭から流れているのだろう。

 それでも総帥の言い訳を切り捨てるため、私は叫ぶ。

 

『探してたんでしょ? 東吾さんのサッカーをもう一度見せてくれるかもしれないプレイヤーを。私はあなたの研究データを何度も見てきた。その中にはいつだって、東吾さんのサッカーがあった!』

『何を……!』

『あなたは東吾さんのサッカーが見れなくなったことに絶望し、そしてその空いた穴を埋めるために“復讐”という言い訳を始めた。でも、代用品じゃ本当に望むものは得られない。だからあなたの心は悲しみに満ちたまま』

『っ、貴様にッ! 何がわかるというのだッ!! サッカーは私の全てを奪った! 私の背負った孤独と絶望など、わかるものかぁッ!!』

 

 両肩を掴まれ、顔の目の前で叫ばれた。

 総帥の顔はぐちゃぐちゃになっていた。憤怒。悲しみ。言いようのない二つがごちゃごちゃになっていて、まるで道に迷った子どものようだ。

 

『……わかるよ。だって、私も同じだったんだもん』

『なに……?』

『私は父親に裏切られて、絶望の底にいた。そこから私を引き上げてくれたのは総帥、あなたなんだよ』

『……!』

 

 ようやく、総帥の本心が聞けたような気がした。

 この人は寂しかったんだ。絶望の中に一人放り出され、誰にも理解されず、孤独に生きていくしかなかった。

 私も同じだ。違うのは、手を差し伸べてくれた誰かがいたかどうか。

 この人はたぶんそんな人はいなかったのだろう。だから、唯一のつながりである東吾さんのサッカーを追い続けたんだ。

 

『本当はね、最初から気づいていたの。ああ……この人も絶望に落ちたままなんだって。だから今度は私の番。私はあなたを救うため……あなたが愛していたものを愛することに決めた』

『まさか、貴様がサッカーを愛する理由は……!』

『今日、私たちはあなたが探してたものを叶える。だからさ、自分の本心を認めたうえでよく見ていてよ。そしてそれで絶望から抜け出せたと思ったのなら……私と一緒にサッカーをしてくれませんか?』

 

 微笑みながら、手を差し伸べる。

 総帥は私の顔になにを感じたのだろうか。私の体と重なるように、もっと大きくて、分厚くて、大人の手がどこからか同時に伸びてくる。

 総帥の顔からは涙が流れていた。

 そして、ゆっくりと手が伸ばされ……闇が晴れた。



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必殺タクティクスVS必殺タクティクス

 とんだ茶番だ。

 この世で一番憎いと思っていたものが、私が生涯を賭して追い求めていたものなど。

 

 ああ、認めよう。

 私は影山東吾のサッカーを愛していた。愛していたが故に、それが二度と見れなくなったことに絶望し、闇の中を彷徨い続けるしかなかった。

 しかし、今それもようやく終わりを迎えようとしている。

 鬼道、フィディオ、なえ。お前たちのおかげだ。

 

 闇は、晴れた——。

 

 

 ♦︎

 

「——えっ! なえっ!」

「……むにゅっ……」

 

 沈んでいた意識が浮上していく。

 どうやら戻ってこれたようだ。

 いやー、テレパシーの延長でオーラを操って精神世界に飛ぶなんてやったことなかったけど、案外どうにかなるもんだね。

 

 テレパシーって言うと何かすっごい力のように思えるかも知れないけど、そんな大層なものじゃない。

 ほら、試合中でオーラが最高に高まった状態で目とか合わせると、それだけで相手の気持ちが流れ込んでくることがあるでしょ? ああいうやつだ。一流の選手だったら誰でもできる。

 

「なんだかよくわからないけど、うまくいったみたいだね。ミスターKの顔を見てればわかるよ」

 

 総帥は不敵な笑みを浮かべていた。しかしそこに今まであった邪悪さはない。汚いものが削ぎ落とされて、純粋な強者みたいなオーラを感じる。

 

 総帥の前に私たちは集まる。

 

「ふん、さんざん不平を言ってたわりにノコノコ寄ってくるとは、恥知らずなやつらだ」

「もー、開口一番でそれ? せっかくみんな集まってくれたんだし、もうちょっと役に立つ言葉を頂戴よ」

 

 あ、あれれ? なんか前と変わってなくない?

 おっかしいな。私の予定じゃここで浄化された総帥からお褒めの言葉でももらえると思ってたのに。

 浄化された総帥……キレイな総帥……うぇっ。想像したら気持ち悪くなっちゃった。やっぱ今のままでいいや。

 

 みんなは真剣に総帥の指示を待っている。

 それに満足したのか、総帥の凄みのある笑みがさらに深くなる。

 

「私の父のサッカーはもういい。次からはお前たちのサッカーをしろ」

「えっ……?」

「ラファエレ、前に出るタイミングをワンテンポ早めろ。アンジェロ、スライディングを躊躇するな。ダンテ、さらに踏み込んでパスを出せ。安定度が増すはずだ」

「え、えっ……?」

「……返事は?」

『は、はいっ!』

 

 あの総帥が、普通に指示を出しただと……!?

 こんなに積極的に出しているのを見るのは久しぶりだ。ニ、三回はあっただろうか……?

 総帥は帝国時代から試合前だけにしか指令を出さず、その後はベンチにも座らないで高みの見物をしていることが多かった。作戦とかほとんど鬼道君任せだったし。

 だからだろう。オルフェウスのみんなだけじゃなくて、この会話を盗み聞いていた鬼道君や不動、佐久間たちも目を丸くしている。

 

「状況は刻一刻と変わる。そのたびに私が指示を出し、それらを調整する。当然高度な技術が必要になってくるが、今のお前たちなら十分対応できるはずだ」

『はいっ!』

 

 総帥の声には不思議な力がこもっているようだ。

 聞いてるだけで身が引き締まり、力が湧いてくる。瞳子監督や響木監督の時ではこんなこと感じたことがない。これが長年監督として力を磨き続けたこの人の力。

 

 総帥は細かい指示を出すと、最後に私の方を向いてくる。

 

「そして、なえ」

「はいっ!」

「貴様は……好きにしろ」

「はいっ! ……って、それだけ!?」

 

 私のだけ適当くない!? あんなに頑張ったのに!

 いつも通りの私の扱いにみんなが苦笑する。笑うところじゃねえぞ……!

 しかし総帥だけは真剣に私を見ていた。

 

「貴様は自由だ。もう私に縛られなくてもいい。跳べ、私などを超えて、どこまでも。貴様の目指す天の彼方まで!」

「……はいっ!」

 

 はぁ、まったく。そういう年頃は過ぎたと思ってたんだけどね……。そんな熱い言葉をかけられて、燃え上がってる自分がいる。

 でも、悪い気分じゃない。むしろサイコーに心地いい。

 

 パンッと顔に気合いを入れて、私は総帥に背を向ける。

 

「じゃあ、行ってくる!」

「ああ……」

 

 そして試合が再開した。

 ボールはジャパンからだ。キックオフで豪炎寺君にボールが渡る……と同時に、まるで地面を滑るかのように高速で飛びつく。

 

「っ!」

 

 豪炎寺君が慌ててすぐにパスを出す。だけど無駄だ。すぐに私は地に足をつけ、ボールとピッタリ同じ軌道に、同じ速度で飛びついた。

 

『ナエ選手、ボールを追いかけて次々とパス先の選手たちに向かって跳んでいく! この跳ねるような動き、まるで兎だ!』

『ずいぶん派手に動き回ってますね。もうポジションとか関係ないですよ』

『マードックさん、これ大丈夫なんですか?』

『セオリー無視の圧倒的な個人技ですが、これは相手側にとってはたまらないですよ。なにせボールを受け取って一秒も経たないうちに跳んでくるんですから。当然有利なパスコースを探してる暇はありません。上手くパスを回してるように見えますけど、あれはただ偶然視界に映っていた仲間に苦し紛れにパスを出しているだけです』

 

 パスが繋がれること数十回。

 それだけ回していれば、いくら世界とはいえミスは起こる。特にこうやってプレッシャーをかけられ続けてたらなおさら。

 

「っ、やべっ!」

「っ!」

 

 惜しい。今微かにボールの感触が感じられたのに。

 しかしそのせいだろうね。綱海のパスはパスコースにいた風丸の場所からわずかに横に逸れた。それを回収しようと、彼は一歩多く踏み出す必要がある。

 しかしその一歩は私には十分だ。

 

 瞬間移動したかのように急接近。もはや私と彼とのボールの位置に違いはない。

 そのまま私の足が伸びて……。

 

「させるかぁ!」

 

 そこから彼はさらに伸びた。まるでスライディングをするように飛び出して、私の足よりも早くボールを蹴ったのだ。

 パスコースにはシロウが。もはや追いつくことは無理だろう。

 満足そうな顔を彼は一瞬する。しかしそれは本当に一瞬だけだ。

 

 彼は、私の笑みを見て表情を凍らせた。

 

「ダンテ!」

「うおぉらっ!」

 

 ボールがシロウに届く前にフィディオの声が響き、巨漢のダンテがパスをカットした。

 さっすがフィディオ。よく見てたよ。

 あれだけ追い立てられていれば、ジャパンはパスコースを選んでいる余裕はなくなる。彼はそこを見抜いて、仲間に指示を出したのだ。

 

 もともと彼には司令塔の素質があった。たびたび彼はフィールドを真上から見下ろしているようだと評されていたが、それはつまり視野が広い、敵と仲間がよく見えているということ。それは司令塔には必須のものだ。

 それが今回のカテナチオカウンターの特訓で開花したようだ。

 さらには経験不足を補っている総帥の指示。

 まさしく完璧の布陣。

 オルフェウスは今、目覚めた。

 

 ボールを持ったダンテは空中で振り返り、着地と同時にボールを踏んづける。

 すると、ドーム上の黒いオーラが発生し、彼らを包み隠す。

 

エコーボール!」

「うっ……耳が……!」

 

 エコーボール。閉じられた空間を作り上げ、そこに大騒音を発生させる技だ。それもかなり嫌なものらしく、今ごろシロウの耳には黒板を引っ掻くような音が聞こえていることだろう。

 そしてドームが割れて、中から頭を押さえているシロウと、それを抜き去っているダンテが現れる。

 

「なえっ!」

「させるか! ……!」

 

 ダンテからのセンタリングが上がってくる。それを阻止しようと、飛鷹は足を振り上げたけど、そうはさせない。

 ボールを受け取ると同時に、桃色のオーラを噴出させて地を蹴った。

 

スプリントワープ!」

「グワァァァッ!!」

 

 その超加速状態のままのタックルをくらった彼は、面白いくらいに吹き飛んだ。

 ちょっと荒っぽい方法だけどごめんね。あの技、ボールを吸い込んじゃうから下手に避けても意味ないんだよね。

 

 センターバックの片方が消えたことでシュートコースが開かれる。

 躊躇わずに魔法陣を作り出しながら宙へ飛び立ち、シュートを撃つ。

 

皇帝ペンギン零式!!」

ダークトルネードッ!!」

 

『なんと司令塔の鬼道、ここまで戻ってきていたぁぁぁぁ!!』

 

 黒い旋風を纏った蹴りが、円堂君に届く前に閃光を遮った。

 

 ふぁっ!? どうしてここに!? ……って、何回もこれ言うの飽きたな。

 はぁぁ、またか、またなのか。鬼道君はなぜかよくわからないけど、私との試合の時だけしょっちゅう後ろに下がってくる。今回で何回目かは忘れたけど、シュートブロックのタイミングも慣れたものだろう。

 

 もちろん鬼道君一人だけでは止められるはずがない。彼はシュートのその勢いに飲まれ、逆にきりもみ回転しながら吹っ飛んでいった。

 

イジゲン・ザ・ハンド改!!」

 

 でもパワーダウンは成功しちゃってる。勢いが落ちたそれに円堂君の結界が破れるはずがなく、閃光はコースを外されて再三バーと激突するのだった。

 跳ね返ったボールが彼に回収される。

 

「大丈夫か鬼道!」

「ぐっ……! ああっ、なんとかな……! 今回の試合だけは、負けるわけにはいかない……!」

 

 鬼道君の目が総帥に向けられる。

 この試合に勝つ。それは彼にとって大きな意味があるのだろう。

 勝たなければ呪縛からは逃れられない。過去を乗り越えることができない。彼と同じほどあの人と付き合ってきた私には、その思いがよく感じられた。

 

 鬼道君は立ち上がると、声を張り上げて全員に指示を出す。

 

「必殺タクティクス——ルート・オブ・スカイ!」

 

 ゴール前からいきなりか。

 ボールが頭上を飛び越えていき、放射線を描いてジャパン選手のもとへ落ちていく。

 彼らの動きは早かった。ボールを地面に落とさないよう、胸トラップ、リフティングなどの技術を駆使していき、次々とボールを打ち上げてパスを繋げていく。

 

 『ルート・オブ・スカイ』。

 韓国戦の『パーフェクトゾーンプレス』を破ったタクティクス。

 たしかに包囲という点では同じだろう。だけど、それで破れるほど、総帥の理想は甘くない。

 

カテナチオカウンター!」

「くそっ、パスコースが……!」

 

 フィディオが指示を出すと、みんなは周囲の敵選手たちを背後にして立つように、ボールを持った染岡君を包囲した。

 ボールを高く上げて包囲網を飛び越えるといっても、パスが出される先は結局選手がいる場所だけだ。ならばその選手をマークしながら包囲してあげればいい。たとえ誰もいないところに出したとしても、放射線を描く軌道のおかげで追いつくことも容易だろう。

 

 この状況を理解してしまった染岡君は、一瞬足を止めてしまう。そうなったら命取りだ。

 フィディオの鮮やかな後ろ蹴りが、空中に浮かぶボールを捉えた。

 

「ラファエレ!」

スノーエンジェル

「がっ……!」

 

 ラファエレはフィディオから蹴り上げられたボールをトラップする前に、突然発生した氷の中に閉じ込められてしまう。

 私以外じゃさすがに避けるのは難しいか。

 再度ボールは鬼道君に渡る。

 

カテナチオカウンター!」

「だったら…… ダンシングボールエスケープ!」

 

 彼が選択したのは別の必殺タクティクス。

 『ダンシングボールエスケープ』は包囲をしている敵に対して、その包囲の中に逆に味方が入り込み、パスを回していくことによって内側から包囲を崩していく。

 鉄壁の『アンデスの蟻地獄』がこれに破れていたのは記憶に新しい。

 

 でも、それを私たちに使うのは悪手じゃない?

 風を突っ切り、包囲網めがけて走り出す。

 そして、閃光が包囲網の中を通り過ぎる。

 関の鍵を差し込むように、包囲網の中へと乱入し、パス回しに気を取られていた鬼道君のボールを奪い取る。

 

 誰がこのタクティクスを教えたと思ってるの?

 そう、私だ。だったら対策ぐらい思いつかないわけがない。

 

「そしてこのタクティクスは、カウンターに弱い」

「っ、しまった! みんな下がれ!」

 

 鬼道君が言い終わる前に加速する。

 

 『ダンシングボールエスケープ』は相手の包囲網の数によって、必要となる人数が変わる。たとえば包囲が四人だったらあっちも四人と、包囲の数と同じ数を出す必要があるわけだ。

 そして『カテナチオカウンター』の包囲はフィディオを除外して六。相手も相応の六人を出したとなると、あちらの守備はガラガラだ。

 

ホエールガード!!』

スプリントワープ!」

 

 桃色の光がブースターとなり、さらに私を加速させる。

 周囲が水で満ち溢れるも、風圧だけでまるでモーゼの海割りのように道ができた。そこを突っ切り、二人のディフェンスを突破。

 

 今度こそ一対一だ。

 腰を落として身構える円堂君に対して、魔法陣を描きながら私は宙を舞う。そして落下と同時にボールを蹴り出し——閃光を放出する。

 

皇帝ペンギン零式!!」

イジゲン・ザ・ハンドォッ!! ——ぐあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 円堂君の張った結界が粉々に砕け散った。

 しかしそこで少し予想外のことが起きる。閃光が今ので軌道がずれたらしく、バーに激突してしまったのだ。

 そのままボールはゴール裏へと飛んでいって、観客席の方へ飛んでいった。

 ……お客さん、大丈夫かな。本気で撃ったから、流れ弾に当たって死んでなきゃいいけど。

 

 プレイが中断されたので、ちょっと一息をつく。掲示板の時計を見ると、前半の残り時間は5分とちょっとぐらい。たぶん次がラストプレーになるだろう。

 戦況はこちらが圧倒的に有利だ。カテナチオカウンターは鉄壁だし、数を重ねたおかげで司令塔としてのフィディオの動きがますます良くなっているのがわかる。

 具体的には鬼道君に似てるというか、近づいていってる感じかな。あともう少しすれば彼と同じような動きができるようになるだろう。

 

 ジャパンベンチは選手交代をするようだ。入るのは染岡君に変わって、佐久間か。これで役者は揃った。

 

「次だよ。そう何度も止めさせない。次で終わらせてあげるよ」

「そいつはどうかな? 俺も、あいつらも、まだまだ諦めちゃいねえぞ」

 

 円堂君が指差す先には、鬼道君と不動、佐久間が何やら話し合っている姿がある。

 それが終わったあと、鬼道君が不意に笑みを浮かべるのが見えた。

 

 あの自信、いったい何をするつもりなんだろう。

 気にはなったが、直後にホイッスルの音が聞こえたので、余計な考えを捨てるよう私は試合に集中することにした。

 




 オーラ操って精神世界に飛ぶとか、どんどんなえちゃんが超能力者になっちゃってるような……。
 まあイナイレなんでおかしくないです。教祖様やホモとかだってよくテレパシー使いますしね。


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最後の試合

 ちょこっと投稿遅れました。本当に申し訳ない。


 円堂君からのフリーキックで試合が再開する。

 大きく放物線を描くように落ちていくボールを鬼道君が胸で受け止め、走り出す。

 

「ヒロト、豪炎寺、上がれ! カテナチオカウンターは俺がなんとかしてみせる!」

 

 なんとかって……やっぱり手があるんだ。

 援軍に行きたいけど、さすがの私も敵ゴールからじゃ追いつけない。それにカテナチオカウンターはカウンターなのだから、攻撃の手を減らさないために残っていることにした。

 

 そうして見ているうちに、鬼道君への包囲網が完成した。

 外とのつながりを断絶され、孤立している中にフィディオが迫る。

 

「必殺タクティクス—— カテナチオカウンター!」

 

 素早いターンとともに繰り出された後ろ蹴りが、鬼道君のボールを捉える——ことはなかった。

 ゆらり、と彼の姿がぶれる。そしてまるでタイミングがわかっていたかのように彼はフィディオの足を避けてみせたのだ。

 

「くっ……まだだ!」

 

 一度避けられた程度じゃ諦めず、何度も鬼道君に食らいついていく。しかしそのたびに彼は体を揺らし、そのことごとくを避けていった。

 

 その時、二人の姿が一瞬だけ別の人物に変わったように見えた。

 あれは……影山東吾の……。

 そういうことか。フィディオがボールを取れなくなった理由がわかった。

 

 カテナチオカウンターというのは、影山東吾を中心に置くことで成り立つ技っていうのは見ての通りだ。そしてフィディオはそのために影山東吾にかなり似た動きになっている。

 でも、ここにもう一人影山東吾のサッカーを叩き込まれた人間がいる。それが鬼道君だ。

 要するに、鬼道君は自分だったらどうするかを考えて、フィディオの動きを予測しているんだ。おまけに年季はあっちの方が圧倒的に上。同じサッカーをやって、負けるわけがない。

 

 フィディオの一瞬の隙を突いて、鬼道君がボールを両足で踏んづける。

 

真イリュージョンボール!」

「これは……!」

 

 出た、鬼道君の十八番(おはこ)技。

 分裂したボールに惑わされて、フィディオの動きが止まってしまう。

 

「そこだぁっ!」

 

 一気に加速し、鬼道君はとうとうフィディオをその後ろのディフェンスごと抜き去った。

 バキンッという音がし、関が砕け散る様を幻視してしまう。

 

 あははっ……と乾いた笑いが溢れる。

 まさかあれ破っちゃうかぁ。どうしよ? 正直完成させれば勝ちだって思ってたから、破られるのは想定外だ。

 総帥は天才だけど、絶対じゃないってことか……当たり前のことだけど、すっかり忘れてたよ。

 

 ゴール前はすっかりガラガラ。ヒロトと豪炎寺君にうっすいマークがついてるくらいだ。

 カテナチオカウンター、必要人数が多いからね。一度抜かれるとここまで酷くなるのか。

 

 守備に回ろうにも、鬼道君が抜いた時点で走り出したから全然間に合わない。

 センタリングが打ち上げられ、それをヒロトがダイレクトでシュートを撃つ。

 

流星ブレード……V2!」

 

 あ、久しぶりに見たなあれ。

 エイリアの時はすっごい強烈だと思ってたんだけど、意外と得点率低いんだよね。まともに入ったの韓国戦ぐらいの時しか覚えてないや。

 

コロッセオガード改!」

 

 あのシュートも決して弱くはない。しかしこっちは世界最高峰のキーパーだ。

 分厚いコロッセオの壁は揺るがず、流れ星を何事もなかったかのように弾き返す。

 

 得意げな顔のブラージ。って、ちょっともう一人来てるよ!

 やけに簡単に弾いたと思ったら、わざとかあれ!

 その私の気づきに答え合わせをするように、豪炎寺君が跳び上がる。

 

爆熱スクリュー!」

「なっ!? ぐあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 螺旋状の炎の竜巻が発生。

 さすがのブラージも技を連続で出すことはできず、その巨体は赤く燃えるボールに押し込まれてゴールの中へと入っていった。

 同時にホイッスルが二回なる。

 

『ゴール! イナズマジャパン逆転! そしてここで前半終了です!』

『まだ半分というのに白熱した展開になりましたね。後半戦が楽しみです』

 

 それぞれの選手たちがベンチに戻っていく。

 そう、まだ半分だ。慌てるような時間じゃない。次こそ円堂君の結界を撃ち抜くビジョンを明確に固めながら、私も総帥のところへ戻ることにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 戻ってきて早々、フィディオが話しかけてくる。

 

「まさかカテナチオカウンターが破られるとは、さすがはマモルたちだ」

「相手が悪かったとしか言いようがないよ」

 

 なにせ相手はフィディオ以上にフィディオの動きができるんだから。それにあの鬼道君のことだし、さっきのプレイだけでカテナチオカウンターも分析し終えてるかもしれない。

 

 彼は首を横に振る。

 

「そうだな。でも悲観してばかりじゃだめだ。何か対策を打たないと……」

「どうやらなぜ突破されたかはわかっているようだな」

「っ、ミスターK!」

 

 バッと声がした方へ私たちは振り向く。

 そうだ、私たちには悪巧みで悪名高い総帥がいるんだった。なら聞くのが手っ取り早いよね。

 

「というわけでアドバイスをシルブプレ?」

「断る。自分で考えろ」

「使えなっ! なんのためにその椅子に座ってるのさ!?」

「ほう……」

「あっ……つい口が……」

 

 って、痛いっ!

 蹴ったぞこの人! 親父にもぶたれたことないのに!

 というかすねはだめでしょすねは……。急所を革靴でやられて、痛みを誤魔化すためにその場を転がり回った。

 

「フィディオ。やつは私の父の動きを予測し、お前を封じ込めている。それを打ち破るにはカテナチオカウンターを完璧にお前のものにする必要がある」

「完璧に……」

「今のお前は父の真似事に過ぎん。タクティクスにお前らしさを出すのだ。さすれば自然とお前だけのカテナチオカウンターが完成する」

「はいっ! ……ん、みんなどうしたんだ?」

 

 私が転がり回っている間に、いつのまにかチームのみんながベンチを取り囲んでいた。

 みんな真剣な表情をしてる。地面で寝てる私と違って。

 ……これ立ったほうがいい雰囲気? いやでもここで動くってのも魔が悪いような。

 そうやってどうするか決めかねていると、ブラージがみんなを代表するように一歩前へ出てくる。

 

「前半、あんたのプレイを見た。確かにあんたは信用できねえ。でも、一つだけわかったことがある。……あんたのサッカーだけは信じられる」

「ブラージ……!」

「俺たちにもどんどん指示を出せ。こうなったら駒にでもなんでもなってやろうじゃねえか!」

「ふん、生意気なことを……」

 

 対立してたみんなが和解するすごいいいシーンなはずなんだけど、なんでだろう。私が寝転がってるせいでまったく感動できないや。雰囲気ぶち壊しである。

 というか誰か突っ込んで!? なんでいないもの扱いされてるの!?

 こっそり移動しようにも、周りが囲まれてるせいで逃げれないし。早くみんな散ってくれないかな……。

 

 なんて思ってると、突然フィディオが出入り口の方に向かって叫んだ。

 

「きゃっ、キャプテンっ!」

「やあフィディオ。それにみんなも。元気そうで嬉しいよ」

『キャプテンっ!!』

 

 えっ、キャプテン? ってあだぁっ!? 踏むな蹴るな押すな!

 視界を塞いでいた人垣は一気に崩れて、私を巻き込みながら通り過ぎていった。

 いたた……謝罪もなしですか……。

 ようやく立ち上がって周りを確認すると、確かにそこには映像で見た通りのヒデナカタがいた。

 今まで失踪してたのに、どうしてこの試合に……? なんて思ってたら、その本人が近づいてくる。

 

「君がなえだね。噂は聞いてるよ。君には感謝している」

「ん、感謝? 怒られるようなことはいっぱい心当たりあるけど、なんかしたっけ私」

 

 たとえばチームを分裂の危機に追い込んだり、ボールで人吹っ飛ばしたり、サッカー外で鉄骨落としV2したり。

 これで感謝って、彼はどんな盛大な嘘情報を掴まされたんだろう。

 

「俺がいたころのオルフェウスは俺に頼り切りになっていた。だから俺はこのチームを離れたんだ。そして変化を起こすには内部に新しい風を入れる必要がある」

「風どころか暴風だったがな」

「うっさいブラージ、空気読んで」

「さっき寝てたテメェに言われたかねえよ!」

 

 あ、やっぱり気づいてて無視したんだ! おのれ許すまじ……!

 

「ハハッ、まあ結果としてこのチームは真の意味で一つになれた。それを成し遂げられたのは間違いなく君とミスターK……いや影山零治、あなたのおかげだ」

「フンッ……」

 

 総帥は不機嫌そうに眉を潜める。

 あの人、よく他人を利用するけど利用されるのは大っ嫌いだからね。今の話を聞くと全部ヒデナカタの思い通りになってることが気に食わないのだろう。

 

 ヒデナカタ——なんか長いなこれ。もうナカタでいいや——はそんな態度を取られてもやれやれと笑うばかりでまったくダメージを受けてない。

 なんか大人の余裕っていうの感じるね。中学生だけど。

 些細なことでちょうど今ヘソを曲げてる人がいるから余計にそう思える。

 

 彼は視線を先ほど彼自身が出てきた出入り口に向ける。そして次にそこから出てきた人物を見て、私は目を疑った。

 

 現れたのは金髪の少女。

 まるで歩き慣れていないかのようにその足取りはおぼつかない。しかしその目はグラウンド中を覗き込むように目まぐるしく動いている。

 その目の色は、緑色だった。

 

「ルシェっ!?」

「この声……もしかしてお姉ちゃん!」

 

 驚きと困惑で思わず声がうわずってしまう。

 ま、待って。頭の処理が追いつかない。

 ルシェは盲目で、イタリアの病院に残っていたはずだ。それがどうしてこんなところに? それに目も開かれていて、まるで目が見えているみたいに……。

 

 ふらふらと駆けてきた彼女の体を抱き締める。

 

「ルシェ、本当に目が見えているの?」

「うん。私ね、手術を受けたの」

「手術!?」

 

 そう叫んだのは、同じくルシェと関わりがあるフィディオだった。

 たしかに、目の手術というのはかなりのお金がかかる。どこからそんなものを引っ張ってきたのかは気になるけど、そんなに叫ぶようなことじゃ……。

 

「手術って、怖かったんじゃないのか?」

「うん。Kのおじさんのおかげで治療費は集まってたんだけど……やっぱり怖くて。でも悩んでた時にあの人が来てくれたの」

「あの人って……キャプテン?」

 

 ルシェはナカタを指さす。

 ナカタ? なぜここで彼が出てくるの?

 全然話がわからなくなったのはフィディオも同じようで、私と似たような表情を浮かべる。

 

「あの人が私にみんなの試合のことを話してくれたんだ。もちろん試合も音だけだけど聞いたんだよ。それでお姉ちゃんたちが頑張っているのを知って……私も頑張ろうって思ったの!」

「ルシェ……」

「そうか……偉かったな」

 

 彼がルシェの頭を撫でる。ルシェは嬉しそうに笑った。

 私たちはそれを満足するまで眺め、ナカタの方に視線を向ける。

 ルシェが助かったのはいいことだけど、どうしてナカタがこんなことをしたのか? それがわからない。

 それにルシェの情報なんてどこから……。

 

「……貴様はこんなことのために旅に出ていたのか?」

「まさか。俺はそこまでお人好しじゃありませんよ。旅の途中で偶然知っただけです」

 

 いや絶対嘘でしょ。どこをどう旅したら日本生まれの総帥のことと、イタリアの一般人の少女に話が行きつくのか。

 

「ふん。貴様が私のことをかぎまわっていたことはよしとしよう。しかしなぜルシェをここに連れてきた?」

「お言葉ですが、これは彼女の願いなんです。目が見えるようになったら一番にあなたの試合が見たい、と……。これが最後なのでしょう?」

「へっ?」

「……」

 

 ナカタの言葉が何度も頭の中で反響する。

 その言葉は今日起きたどの出来事よりも理解できず、受け入れがたいものだった。

 『最後』。その言葉の示す意味を認めたくなくて、しかし聞かざるを得なくて彼に思わず詰め寄ってしまう。

 

「最後? 最後ってどういうことっ!?」

「なえ、ミスターKは今までの罪を清算するつもりなんだ。彼はもう闇からは抜け出した。だからこそ、彼はもう今まで犯してきた過ちから逃げることはない」

「大した妄想力だな。そんな確信も取れるはずもないことのためにルシェを連れてきたのか」

「サッカーを愛する者なら自然と心は似通うものです。俺だったら、サッカーを汚してしまったらその罪を償おうとする。あなたも同じでは?」

「……つくづく貴様はムカつく男だ」

「総帥……」

 

 総帥はナカタの言葉を否定することはなかった。それが嫌でも一つの真実を結びつけてしまう。

 行かないで。と言うことは簡単だろう。でも今度のこの人はサッカーを愛する者の一人として、サッカーに償いをするつもりなのだ。

 これはあの人の最後のプライドだ。これを邪魔するということは、あの人に残された心の救済を打ち消すも同然になってしまう。

 私にはその気持ちが痛いほどわかる。

 だから、同じものを愛する私には止められない。

 

「……そっか。そうだよねっ」

「なえ?」

「あーあ、総帥ったら急に真面目になっちゃって。でも最後って言うなら、そうだね。最高のサッカーをその目に焼き付けてあげるよっ!」

「あ、ああ、そうだな! みんな、ミスターKのためにももう一踏ん張り行こう!」

『おうっ!!』

「……そうか。そういう選択をするのか。君はやはり、どこまでもサッカー選手なんだな」

 

 うまく笑えてただろうか。あいにくと鏡なんてものはここにはないからわからない。

 限界まで引っ張っている口角がキリキリと悲鳴をあげている。

 痛いや。ズキンズキンって本当に痛い。

 

「Kのおじさん……だよね? 私、おじさんの話を聞いてからずっとサッカーを見るのを夢見てたんだ。だから楽しみにしてるね。おじさんのサッカーを」

「ああ……よくその目に焼き付けておきなさい。グラウンドを駆ける、私の愛するサッカーを」

 

 タタタッとルシェは駆けていく。

 転びそうだから歩きなさいとか、気をつけてとかいつもなら言ってるはずなのに、今だけは言えなかった。

 この醜い笑顔を彼女だけには絶対に見せたくないから。

 私は自分の顔を隠すように俯きながら、グラウンドへ足早に出ていった。



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伝説のヒーロー

 後半戦が間もなく始まろうとしている。

 スタジアムはまだプレイ前だというのに熱狂していた。

 その理由はおそらく……。

 

『ヒーデッ!! ヒーデッ!!』

 

「……ずいぶん人気じゃん。妬いちゃいそう」

「当然だろ。キャプテンはイタリア一のサッカープレイヤーなんだから!」

「ハハッ、褒めるのもほどほどにしてくれフィディオ。俺にはまだその称号は早いよ」

 

 『まだ』ってことはいつか名乗るつもりなのか。自信満々なことで。

 しかし彼の場合はフィディオの言う通り、最強を名乗っても十分な気がするけど。

 私はビデオでナカタの試合を何個か見たことあるけど、彼は言ってしまえば『完璧』だ。フォワード、ミッド、ディフェンス全ての能力が超高水準でまとまっており、カリスマ性も高い。

 正直スピードとキック力以外じゃ全部私以上。そのキック力も確実に上回っているとは言い切れず、私と同等はある。

 そりゃ観客もこんなスーパースターがいたら夢中になるわけだ。

 

 興奮の渦の中、ホイッスルが鳴り響く。

 ジャパンボールから始まり、豪炎寺君がこちらに駆けてくる。その目はラファエレと代わってミッドの位置についたナカタに向けられている。

 

(まずは様子見……相手の実力を見極める!)

 

ヒートタックル!」

 

 豪炎寺君の体から炎が噴出する。それをジェットのように利用し、彼は加速。当たれば体重のある選手でも吹っ飛ぶだろう。

 

「さあ、ゲームの始まりだ」

「はいっ、キャプテン!」

 

 しかしナカタは迫り来る脅威を楽しそうに見ていた。

 豪炎寺君のタックルが届く前に、流星のような速度でフィディオがスライディングを繰り出し、ボールをすくい上げる。

 

ブロックサーカス!!』

「なにっ!?」

 

 宙に舞うボールを追いかけて彼が視線を上げれば、そこにはアクロバティックに空に浮かぶナカタの姿が。そしてボールはナカタの両足に吸い込まれるように引っ付き、彼はくるりと一回転したあと豪炎寺君を抜く。

 

 『ブロックサーカス』。

 陽花戸中でも見られた技で、炎や氷を出す必要もなくプロでも使う人はそこそこいる。しかしナカタの完成度は別格だった。フィディオとのコンビネーションから速度、何もかもがだ。

 同じことを思ったのか、タックルを軽くいなされた豪炎寺はしばし呆然としている。

 

『さあナカタ、さっそくボールを奪いました!』

『追いすがるジャパン! しかし息のあった連続パスに追いつけていません!』

 

 まるでマシンガンでも撃ってるかのように連続で素早くパスがつながっていく。

 選手一人でこうも変わるものなのか。オルフェウスがパスを繋げていられるのは彼のおかげだ。

 パス回しはもちろん、空いたスペースへの移動が比べ物にならないほどやりやすい。おそらく全てナカタが操作しているのだろう。

 実況の言う通りジャパンはまったくその動きに対応できておらず、一気にゴール前の私へボールが回った。

 

「いかせねえぜ! 真く……!」

「はい、残念」

「なっ!?」

 

 でもナカタばっかり注目されるのは癪なので、ちょこっと曲芸じみたことを私もしてみた。

 胸ぐらいの高さまで浮かんだボールに、超低空オーバーヘッドキック。ボールは私の真後ろへ飛んでいく。

 

 それを見た誰もが目を見開く。

 ミスキック? まさか、そんなわけないでしょうが。

 私の無駄にいい耳は、地面を蹴る後ろの音を捕らえてたのだから。

 

「いいパスだ、なえ」

 

 いつのまにか私の後ろにいたナカタがボールをトラップする。

 やっぱりいたか。この男ならこれくらい取れないはずがない。

 彼はそのままボールを踏んづけるようにして頭上に浮かべ……へっ、何する気?

 

ブレイブ……ショォォォットォッ!!」

 

『なんとナカタ撃ちました!? ペナルティエリア外からのロングシュート!』

 

 それはまさに英雄の一撃。

 オーバーヘッドから力強く蹴られたボールは、一筋の青い流星となり、グラウンドを通り抜けていく。

 

「っ、イジゲン・ザ・ハンド改! ——のわぁっ!!」

 

 ゴール前に今日何度も見た結界が張られる。しかし青い流星はそれをガラスでも割るように、呆気なく打ち砕く。

 それでいて私のようにコースがズレることなく、ゴールネットの中心を撃ち抜いた。

 

『ご……ゴォォォォル! ヒデナカタ、まさかのロングシュートでゴールを奪った! 伝説のヒーローの名は伊達じゃなかった!』

 

『ヒーデッ!! ヒーデッ!! ヒーデッ!!』

 

 ……うそーん、入っちゃった。

 シュートの威力はやはり私と同程度。でも、彼のは距離があっても威力が落ちなかった。

 フィディオたちが頼りきりになってたってのも今なら納得できる。ハハッ、負けるビジョンがまったく浮かばない。

 

 オルフェウスのみんなから祝福のもみくちゃ状態にされていたはずのナカタはするりと抜け出してきて、私に手を差し伸ばしてくる。

 

「さて、どうだったかな俺のプレイは? 君は好みが激しいと聞くし、お気に召したらいいんだが」

「……ふふっ、私ですらできないことやられて文句もなにもないよ」

 

 その手を私は握った。

 状況は2対2で同点。だけどどっちが優勢かは言うまでもない。

 

「取られたら取り返す! いくぞ!」

 

 キックオフで試合が再開し、鬼道君がボールを持って上がってくる。

 それを囲むようにみんながポジションに立つ。

 『カテナチオカウンター』か。さっきは鬼道君に読まれてたけど、フィディオは総帥から指示を受けてたはず。ここはみんなを信じよう。

 カウンターのパスをもらうため、一人私は上がっていく。

 

「必殺タクティクス—— カテナチオカウンター!」

「それはもう通用しない!」

 

 一瞬の攻防の末、鬼道君がフィディオを抜き去る。

 そのまま前半同様、包囲網を抜けようとして……突如立ちはだかった影にボールを奪われた。

 

「悪いね。通すわけにはいかないんだ」

「ナイスだキャプテン!」

 

 なるほど、これがフィディオの『カテナチオカウンター』か。一人でなんとかするのではなく、仲間に頼る。彼らしさが感じられる。

 ナカタはすぐさまこちらにボールを上げてくる。

 ……って、三人くらい集まってきちゃったよ。

 仕方ないなぁ。

 私は無理に抜けようとするのをやめて、ディフェンスの隙間を突くようにダイレクトでシュートを撃った。

 

 キーパー側から見て斜め上。バーとポストの交差点ギリギリのいいコースだ。

 

「ハァッ!」

 

 しかし円堂君はなんとかパンチングで弾いてみせた。

 やっぱ私じゃロングシュートはダメか。コースはよかったけど、いかんせん遠すぎた。

 私のシュート技はナカタのとは違って魔法陣とか描く必要あるし、囲まれていても撃てるものじゃないしね。ここは普通に攻めていくとしますか。

 

 ボールは再び鬼道君へ。

 しかしまた進化した『カテナチオカウンター』に阻まれ、ボールがこっちに飛んでくる。

 ……って、今度は五人!? 無理だよこんなの!

 パスを出そうにも、みんな必殺タクティクスにかかりっきりになってたから近くに誰もいないんだよね。

 

真キラースライド!」

「はっ!」

スノーエンジェル!」

「ちょっ!?」

ザ・マウンテン!」

「手加減なしだなぁほんと!」

 

 飛び交う必殺技の嵐。

 『キラースライド』で空中に誘き出され、かろうじて『スノーエンジェル』を避けたところで止めの『ザ・マウンテン』。バランスを崩しまくった私に避けられるはずがない。

 でもくらう前になんとか見えたナカタにボールを出すことはできた。

 

 彼は私が頑張って繋いだボールを踏んづけて……センターサークルだよそこ!?

 

ブレイブ……ショォォォットォッ!!」

 

 撃った。撃っちゃったよ。

 で、でもあのヒデナカタだよ? もしかしたら案外いけたり……?

 

イジゲン・ザ・ハンド改!」

 

『止めたァ! 円堂ガッチリセーブ!』

 

 いやダメじゃん。

 失敗しても当の本人はハハハッと軽く笑うだけだった。

 

「キャプテン……さすがにあれは無理だよ」

「まあまあフィディオ。できないと思われていることに挑戦することもサッカーだ」

「なるほど!」

「いや納得しちゃダメでしょ」

 

 なんかフィディオ、ナカタと会話する時だけIQ下がってない?

 

「なえもすまないな。でもこれで、だいたいどの距離から撃てば入るのかはわかったつもりだ。次こそは決めてみせよう」

「ならいいけど」

 

 ジャパン側が攻めてきたので会話をやめ、それぞれの持ち場に戻る。

 防御は……フィディオたちが止めてくれるからいいか。

 今度はさっきよりも後ろで待機してみる。

 

 今の『カテナチオカウンター』は間違いなく最強だ。フィディオだけでも大会最高クラスの防御力だったのに、そこにナカタが加わっちゃえば鬼に金棒。突破するのはまず無理だろう。

 しかし問題点もある。それは……攻めがまったくいなくなるってことなんだよね!

 オルフェウスのフォーメーションは後ろから5ー3ー2だ。つまりトップは私を含めて二人しかいない。攻めが足りない時は真ん中にいる選手が攻撃に参加するってことになってたけど、その位置にいるのもナカタ。

 お分かりいただけたでしょうか?

 攻撃役三人のうち二人が守備に回っちゃってるんだよちくしょうめ!

 

 実質私一人でミッドとディフェンス抜いてシュート撃てってことだからね!? 国内ならまだしも世界クラスじゃ無理に決まってるでしょうが!

 ということで一人でむざむざ攻めてもボールを取られるだけなので、他二人を待つことにした。

 

 あ、ちょうどタクティクスが発動したようだ。

 

「なえ!」

 

 またこっちにボールがくるも、ちょっと下がったおかげかさっきほど囲まれることはなかった。

 二人か……いける!

 自慢のスピードで不動たちを抜く。

 

「ナカタ!」

スーパーエラシコ!」

 

 ある程度進んだところでパスを出す。

 受け取ったナカタは……エラシコなのあれ? まあなんかすっごいドリブル技でディフェンスを抜いてみせ、またまたロングシュートの体勢に入る。

 

ブレイブ……ショォォォットォッ!!」

 

 青い流星がグラウンドを走る。

 しかし三回目となれば慣れたのか、進路方向には飛鷹がシュートブロックの準備をしている。このままではパワーダウンは免れないだろう。

 

 そんな飛鷹とナカタの間に割って入る影が一つ。

 フィディオだ。

 彼の足元を中心に巨大な魔法陣が展開される。

 

オーディン……ソード!!」

 

 シュートチェイン。

 青き流星に黄金の光が加わり、さらに加速。その速度に飛鷹は足を振り上げるも間に合わず、ボールは彼の横をすり抜けていく。

 

 そしてそのままゴールに迫り——。

 

イジゲン・ザ・ハンド改! ——クッソォォッ!!」

 

 結界を割り、逆立ちになっていた円堂君ごと押し込んでゴールに入った。

 

 3対2。オルフェウスはついに逆転した。




 まだまだ続くよ……。
 伝説のヒーローは実際のゲームでのヒデナカタの称号です。この最強感、私は好きです。


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強さの理由

 ナカタのシュートからフィディオのチェインが決まり、ようやく私たちは逆転することができた。

 二人がハイタッチをしているのを横目に掲示板を見る。

 ……まだ時間は十分にある。時間稼ぎは逆効果だろう。むざむざつけ入る隙を与えてしまうこととなる。

 

 となれば、攻めて攻めて攻めまくる。もう一点を取ってアドバンテージを広げるのだ。

 私の目線だけでそれが伝わったのか、ナカタは頷いた。

 

 ♦︎

 

 

 なかなか攻めきれない現状に鬼道の焦りは膨らみ続けていた。

 

「ハァァッ! 真イリュージョンボール

カテナチオカウンター!」

「くっ!」

 

 分裂するボールはフィディオを惑わすことに成功する。しかし彼を追い抜いた先にあるナカタにあっさりボールを奪われる。

 

(ダメだ……俺にはあの必殺タクティクスは突破できないのか……!)

 

 この試合は鬼道にとって運命の一戦だ。この試合で勝って、自分は影山を超えたことを証明しなければならない。

 ——だが何も思い浮かばない……!

 手段は全て試した。しかし突破口はカケラも見えてこない。

 

 ——俺は……俺には影山を越えることはできないのか……!

 

『その程度か? お前が私の元から離れて得たものは』

 

 その時、あの男の声が頭に響いてきた。

 

 気がつけば鬼道は闇以外に何もない空間にいた。

 いや、一人いる。

 影山の姿は闇に紛れず、真っ直ぐ鬼道を見つめている。

 

『一つ聞こう鬼道。貴様はなぜ私の元から離れた?』

「それは……俺のサッカーを守るため! 陰謀などなくとも自由に戦って勝てると証明するためだ!」

『なら貴様は雷門で何を得たのだ?』

 

 その問いが頭の中に響く。

 力? いや、それはこの男の元でも得られたはず。仲間? いや、源田たち帝国イレブンは今でも鬼道の仲間だ。

 ——俺は……俺は……。

 

 

『俺、ずっと思ってたんだ。こいつと一緒にプレーできたら楽しいだろうなって。初めてお前のボールを受けた時からさ』

 

 その時、鬼道の後ろでそんな声が聞こえた。

 振り返れば、円堂が笑いながら手を振っている。その周囲には雷門の仲間たちがいた。

 

『だけどやっぱりお前は雷門にいる方が自分を出せている気がするんだ』

 

『グラウンドの外からだとよくわかるんだ。雷門のやつらは常にお前を刺激してくれる。引っ張ってくれるんだ。だから行け、鬼道。迷うな。俺たちはいつまでもお前を応援している』

 

「佐久間……わかったぞ、俺が得たものの正体を……」

『どうやら答えを得たようだな』

「ああ」

 

 仲間と考え、仲間と全員で協力し合うこと。

 一人の司令塔による組織的サッカーではなく、チーム全員が答えを探していく。

 それこそが、雷門で得た鬼道のサッカーなのだ。

 

 影山は鬼道の答えを聞こうとはしなかった。背を向け、闇の中へと溶け込んでいく。

 その背中に鬼道は頭を下げる。

 

『……感謝しよう影山。……いや、影山総帥。おかげで俺は大切なことに気づけた』

『ふっ、見せてみろ鬼道。私の手から離れた、貴様だけのサッカー……!』

 

 その言葉とともに闇が砕け散り——世界は色を取り戻す。

 意識が飛んでいたのはほんの数秒だけだろう。しかしサッカーではそれすらも致命的になる場合がある。

 鬼道が見たのは、ペナルティエリア内でボールを持つ、ノーマークのヒデナカタだった。

 

「君には敬意を表すよ円堂。だがこれで終わりだ! —— ブレイブ……ショォォォットォッ!!」

 

 オーバーヘッドの体勢から、青い光が解き放たれた。光は流星となり、空気を焼いて円堂に迫る。

 

「円堂っ!!」

『キャプテンッ!!』

『円堂ォッ!!』

 

 

 鬼道の声が響く。それに続いて他の仲間たちも声を上げる。それはたしかに彼に、彼の拳に届いた。

 円堂の拳に虹色の光が灯っていく。それはまるで全員の思いがその手に宿っているかのようだ。

 

「まだまだだァァァッ!!」

 

 その光が雄叫びとともに爆発した。

 円堂は大きく跳び上がり、その拳を地面に打ち付ける。

 ズゥンッ、と轟音が鳴る。

 そして衝撃が届いた地面に亀裂が走っていき、そこから溢れ出した虹色の光が美しい結界を作り出した。

 

真……イジゲン・ザ・ハンドォォォッ!!」

 

 青い流星が結界に衝突した。

 しかし今度はヒビ一つ入ることはなく、びくとも動くことはない。完全に流星を受け止めてみせている。

 その軌道は徐々に上に逸れていき……天高く伸びていったかと思うと、花火のように爆発した。

 

 ボールが青光の粒子とともに落ちてくる。

 円堂は弓引くように足を限界まで引き絞り……地面に着くと同時に蹴り出した。

 

「鬼道ォォォォォッ!!」

 

 ——『グレネードショット』。

 そのキラーパスは選手たちの間を次々とすり抜けていく。その先にいたのは鬼道。

 

 胸でトラップした瞬間、彼の体に衝撃がはしる。ボールの勢いが止まらない。胸に当たってなお、回転し続けている。

 重い……だがこれはみんなの気持ちの重さだ。痛いわけがない。

 

 鬼道はそれを全て受け止めてみせた。ボールは焦げの跡を彼のユニフォームに残しながら、ゆっくりと落ちていく。

 それを前に蹴り出して、走り出す。

 

 ——見せてやろう、これが俺の答えだ!

 

「佐久間、不動! 頼む、力を貸してくれ!」

「ああ、もちろんだ!」

「へっ、何度も言わせんな! お前が俺を助けるんだよ!」

 

 鬼道はフィディオを見据え、真正面から突っ込んでいく。

 そんなことをすれば囲まれるのは当たり前。必殺タクティクスが完成し、フィディオがボールを奪いにかかる。

 

カテナチオカウンター!」

「……そこだ!」

 

 ギリギリのタイミングで鬼道は彼のディフェンスを避ける。しかしその途中でバランスを崩してしまい、そこにすかさずヒデナカタが迫ってくる。

 ——が、鬼道も一人ではなかった。

 

「佐久間、不動!」

「なっ、そちらも人数増強だと!?」

 

 背中から左右に分かれて二人が飛び出した。

 そうだ、足りないのならば人数を足せばいい。実に単純な答え。しかしそれはサッカーの一つの真理だ。

 

 流れるようなワンツーパスに、ヒデナカタはあっさり抜かれた。

 『カテナチオカウンター』を越えれば敵はもうディフェンスにいない。

 ゴール前。三人はボールごと跳び上がり、中心の鬼道が指笛を響かせる。すると現れた紫色のペンギンたちが彼らの周囲を飛び回り始める。

 

皇帝ペンギン3号!!』

コロッセオガード改!」

 

 かかと落としによって放たれた魔弾はペンギンたちを引き連れて、壁に衝突。

 一匹が突き刺さるごとにブラージの体が揺れる。同時に壁にもヒビが入っていく。

 雄叫びを上げてこらえようとするが……それに体は耐え切れず、壁は大きな穴を空けて崩れ落ちる。そして魔弾がゴールネットを歪ませた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 ああ……とうとう進化しちゃったか。

 いやわかってたことだから今さら驚きはないよ? 今までも円堂君の進化で過去何回も苦渋を飲まされてきたし。でも、だからこそ進化する前に点差を広げたかったんだけどなぁ……。

 

 ナカタのシュートの最後を見てわかった。あれは今の私じゃ突破できない。

 『イジゲン・ザ・ハンド』は本来シュートのコースをずらしてポストにぶつけたり、バーを越えさせたりすることで防ぐ技だ。でもさっきの『ブレイブショット』はそのどちらかの止め方をされていない。

 真正面だ。あの結界は『ブレイブショット』を真正面から受け止められる防御力があるのだ。

 もはや新技でも出さない限り、突破するのは不可能だろう。

 

 試合終了まであと五分。時間はかけていられない。

 

「それで、どうするの?」

「円堂は必殺技を進化させることで俺のシュートを止めてみせた。なら俺たちも進化しなければ勝てないだろう」

「でも進化って、そう簡単にできないから難しいんでしょ」

 

 あんなポンポン進化するのは円堂君ぐらいだ。残念ながら私にはそんな主人公属性はない。

 ナカタは頷くと、急に私とフィディオの足をジロジロと見てくる。

 ……って。

 

「この変態!」

「いやすまない。でもその様子じゃ俺が与えていた課題はこなしていたようだな」

 

 課題? ああ、あの連携技のやつね。

 たしかに私たちはあれをほぼ完璧に仕上げてきた。それでもあのシュートは個人で撃った方がマシな威力だ。

 

「……まさかアレ撃つの? 残念だけど円堂君を突破できるとは思えないよ?」

「それは二人で撃っているからだ。あの技は三人で撃つことで何倍にも威力が増す」

「それを言うってことはあなたの仕上がりは万全って思っていいんだよね?」

「ああ。二人は練習通りに撃ってくれ。俺がコントロールしてみせる。いいな?」

「わかったキャプテン!」

 

 いや即答なのか。フィディオやっぱり馬鹿になってない?

 まあ、たしかに突破口はそれしかなさそうだしね。少し考えた末に私も彼に頷く。

 

「ふふっ、ぶっつけで本番か。いつもならこんなことしないけど——」

 

 でも円堂君はこれをずっとやってきたのだ。そして何度も奇跡を起こしてきた。

 私はその姿にいつも憧れてきた。ああなりたい、私も奇跡を起こしたいって。今がその時だ。私は……円堂君を超えてみせる。

 

「——ちょっとワクワクしてきた」

「あっ……」

「ん、どうしたのフィディオ? そんなボーっとして」

 

 なぜか彼の顔はみるみるうちに赤くなっていく。

 小首を傾げていると、彼はためらいがちに答えてくれた。

 

「いや、綺麗に笑うなって思って……」

「にゃっ!? こ、こんな時にからかわないでっ」

 

 さっきから緊張感ないなぁもう! これから逆転を賭けた大勝負って時に!

 なんだかフィディオのが移ったのかこっちまで恥ずかしくなってきたよ。気を紛らわすためさっさとポジションに立つ。

 

 そしておそらく最後のホイッスルが鳴った。

 

 同時にオルフェウス全員で飛び出す。それはジャパンも同じ。時間がないのだ。点差がついていないのならば、次のゴールがそのまま決着になるというのは誰もが考えることだろう。

 センターサークルを中心にほぼ全員の選手が集結し、大乱戦となった。

 

エコーボール!」

スノーエンジェル!」

ヒートタックル!」

バーバリアンの盾!」

一人ワンツー!」

ザ・マウンテン!」

 

 見たこともない規模の必殺技の応酬。秒単位で奪っては奪われ、奪って奪われを繰り返していく。

 辺りは砂煙が巻き上がり、火花や氷、クレーター。もはやグラウンドの原型をとどめていない。しかし誰も止まる者はいない。吹き飛ばされるたびに立ち上がり、ひたすらボールへ突っ込んでいく。

 

デーモンカット!」

「ぐっ!」

「アンジェロちゃん!」

「任せて!」

 

 体型から小回りのきくアンジェロちゃんならこの乱戦下でも有利に動けるはず。実際その通りで、固まりすぎて動きが鈍くなっていた選手たちを彼は次々とくぐり抜けることができた。

 しかしここで意外な選手が飛び出してきた。

 

「繋いでみせる! 勝利へと! —— フォトンフラッシュ!」

「なっ、フォワードが!?」

 

『あーとフォワード基山ここでまさかのディフェンス技だァ! そしてボールはようやく鬼道に繋がる!』

 

「いくぞ二人とも!」

『おうっ!!』

 

 鬼道君、不動、佐久間の三人が揃ってセンターラインを超えてくる。

 これはさっきの……!

 

「くっ…… カテナチオカウンター!!」

「無駄だっ!」

 

 フィディオとナカタが包囲網の中でボールを奪おうとする。しかしまた不動たちのサポートによって突破されてしまう。

 二人が抜かれればもうなす術がない。カテナチオカウンターはすぐに瓦解し始める。

 

 ——そこへ、思いっきり助走をつけて私はスライディングを繰り出した。

 

「とまれェェェェェェェェッ!!」

「しまっ……ぐあぁぁぁぁっ!!」

『鬼道!!』

 

 被害だとかファールの可能性とか、そういったものはもう頭の中になかった。ただあのボールを止める。その一心で風に身を任せる。

 車すら余裕で超える私の、全力のスライディング。それはまさしく砲弾と化して、場外まで鬼道君を吹き飛した。

 

 しかしそれを気に留める余裕はもうない。

 ファールかどうかも確認せず、立ち上がるとすぐさま円堂君の元へ走り出す。その後ろに二人がついてくる。

 これがラストチャンスだ。地面を踏み砕き、一気に加速した。

 

『これは速い……! なえと同じスピードでフィディオ、ヒデナカタが走ってますよ! どこにここまでの底力を残していたのでしょうか!?』

『いえ……これは“スリップストーム”! なえが先頭で風除けになることで、後続の二人の空気抵抗を限りなく下げているんです!』

 

 三人一列となって風を切り裂き、突き進んでいく。その速度についてくる者はいない。

 そしてペナルティエリアに入ったところでパスをナカタに出す。

 

「よくやってくれたみんな。さあ最後の仕上げだ! ボールを中心にエネルギーを注ぎ込むんだ!」

『ハァァァァァァッ!!』

 

 私たちは互いに背を向けてボールを囲み、言われた通りエネルギーを放出した。

 青と金と桃色の光が混ざり合い、赤い炎がボールを包む。それは限界まで高まると天高く上っていき、一つの太陽と化す。

 同じように天に跳びたった私たちは蹴りを繰り出す。それによって青い斬撃状の衝撃波が発生し、太陽にぶつかった。

 

「これがオルフェウス最強の必殺技……!」

ネオ・ギャラクシーッ!!!』

 

 燃え盛る太陽が地上へと落下を始め、その熱波だけで人工芝から炎が湧き出る。空は赤く染まり幻想的だ。

 まさに世界の終わり。空から見る世界はまるで世紀末のようでいて、どこか美しささえ感じられる。

 

真イジゲン・ザ・ハンドォォォッ!!」

 

 しかし彼はそんな光景を見ても諦めてはいない。その目からは絶対に止めるという意志がギラギラ伝わってくる。

 虹色の結界と太陽が衝突を果たす。それだけで凄まじい衝撃波がグラウンド中に発生した。

 

「ぐっぐぐぐっ……! チームのみんなのためにも……止めてみせるッ!」

 

 円堂君がそう叫ぶ。

 そうだ、今ならわかる。どうして彼が強くなれるのかが。

 彼はいつも一人じゃなかった。みんなの気持ちを背負って戦ってきた。あらゆる困難に打ち勝ってこれたのは、その思いが力を与えていたからなんだ。

 

 だけど……今の私は一人じゃない。

 私には勝利を届けてあげたい人がいる。見させてあげたい子がいる。分かち合いたい仲間がいる。

 だから私は、負けるわけにはいかない!

 

「決まれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 その私の声が引き金となったように、太陽が一際大きく輝く。そして虹色の結界を赤で染め上げていき——。

 

 ——パリンッという音が、響いた。

 

 炎がゴールを包み込む。超新星のような爆発がそこで巻き起こり、それが収まったころ……ボールはゴールネットに絡まっていた。

 

『ご……ご……ゴォォォォルッ!! 勝負を決めたのはオルフェウス最強の三人組!』

『そしてここでホイッスル! 4対3! 4対3で、オルフェウスの勝利です!』

 




 鬼道は無事です。ちゃんと生きてます。


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別れ

『ご……ご……ゴォォォォルッ!! 勝負を決めたのはオルフェウス最強の三人組!』

『そしてここでホイッスル! 4対3! 4対3で、オルフェウスの勝利です!』

 

 太陽がゴールに落ちたあと、スタジアムはシィンと静まりかえる。

 1秒、10秒、1分……。衝撃のあまり永遠に思える。

 しかし実況の声を皮切りに、それは途端に大喝采へと変化した。

 

 揺れる。揺れている。比喩でもなんでもなく、スタジアムが興奮のあまり雄叫びをあげている。そこには日本人もイタリア人も関係ない。

 観客全員の大歓声が雨霰となって私たちに降り注いでいた。

 

「かっ……た……?」

「……ああ。俺たちの勝利だ」

 

 勝利。実況のその言葉をまだ理解できないでいる。

 しかしフィディオが手を差し出しながら改めてそう言ってくれたことで、ようやく実感が湧いてくる。

 

 勝った……。私はあの円堂君にっ、本当に……っ!

 ぐぅぅっ! と腹に力を込め、拳を握りしめる。こうでもしなきゃ何かが溢れて体の中が爆発しそうだった。しかし堪えきれず、心の奥底に溜めた思いを解き放つように、叫ぶ。

 

「勝ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

『ウォォォォォォォォオオオオッ!!!』

 

 私の勝利宣言を聞いてスタジアムの熱はますますヒートアップ。チームのみんなが私たちのところへ殺到してくる。

 むぎゅっ! ちょっ、押すな触るな引っ張るな! って……なんでみんな私を持ち上げて……? まさか……。

 

『胴上げだっ!!』

「いやぁぁぁぁぁっ!! それだけはやめてぇぇぇっ!!」

 

 私それだけは嫌いなのにぃぃぃ!

 しかしみんなは聞く耳持たず、打ち上げ花火の如く私の体が宙に放り捨てられる。瞬間、臓器の浮き上がる感触がしてゲロを吐きそうになった。

 ぎゃうっ! しっ、視界がっ! 内臓が超揺れてるっ! もっと丁寧に扱ってお願いだから!

 

 そう叫びたいけど腹に響く衝撃のせいで声がうまく出てくれない。出ても「おっ、おっ、おっ」みたいな声しか出てくれない。トドか私は。

 

 あーもうなるようになれ!

 なんて思いながらしばらく放り投げ続けられていたけど、急にそれは止まる。みんなはポイっと私を地面に下ろす。痛い。

 そして人垣が割れると、そこには円堂君と鬼道君が並んで立っていた。

 

「あ……」

「いい試合だったぜ。こんなに胸がワクワクしたのは初めてだ」

「え“……え”ん“ど”う“く”ぅ“ぅ”ぅ“ぅ”ん“っ!!」

「もがっ!? うぉっ、ひっつくな!」

「な、なえっ!? 女の子なのに君は何をしてるんだ!」

「だ”って“ぇ”ぇ“ぇ“!!」

「助けてくれフィディオ鬼道!」

「はぁ……相変わらずのバカだな」

 

 感極まってだいしゅきホールドしてるところを強引に引っ剥がされる。その後数分間二人に説教された。

 遅れてやってきた佐久間と不動には呆れた目で見られる。

 ……はい。ちょこっと反省しました。

 

「ったく、ヒートアップしすぎて頭のネジでも外れたんじゃねえか?」

「髪の毛がいつも抜けてる人には言われたくないよ」

「これはそういう髪型だ!」

「あっはっは。ご冗談を。そのバナナを髪型に含めるのは床屋に失礼でしょ」

「てんめぇ……!」

「なにかな……!」

 

 あーすっごい殴りたい。というかこのトサカ引っこ抜きたい。

 一触即発の雰囲気。私たちは指や首を鳴らしながら互いに睨み合う。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 と、そんな時ルシェの声が聞こえた。

 遠目から見てもその顔が笑顔でいっぱいなのがわかる。このバナナと違って癒されるなぁ」

 

「……おい。口に出てんぞ」

「あら、うっかり」

「殺すっ!」

「ほ、ほらっ、彼女が呼んでるぞ」

「そうだった。じゃあ、サリュー」

「あ、こら逃げんな! 待ちやがれ!」

 

 こんなバナナに構ってる暇なかった。急いでルシェのところへ行く。

 

「お姉ちゃんおめでとう! かっこよかったよ!」

「ふ、ふへへ……そ、そう? そんなに褒めてもなにも出ないよ……くふふ」

「なえ、顔がすごいことになってるぞ」

 

 う、うるさいやい! 可愛い子に褒められて喜ぶのはそんなに悪いことなんですか!

 よく言われるのだけれど、子どもたちには私のプレイは刺激が強すぎてあまり人気がないらしい。だからこうやって純粋に慕ってくれる子は滅多にないのだ。

 

「お姉ちゃん、Kのおじさんのところにも行ってあげて。さっきから待ってるみたいだから」

「ん? もちろん行くつもりだよ。ルシェもどう?」

「ううん、私は後にしておくね。理由はわからないけど、今はその方がいい気がするの」

 

 この子は……。

 彼女はたぶんこの試合に何かしらの因縁があったと無意識に気づいているのだろう。目が見えなかったからだろうか。彼女は私と出会った時から人の気配や気持ちを察するのが得意だった。

 ……たしかに、これからする話は私たちだけの方がいいかもね。この子の『理想のミスターK』を壊さないためにも。

 私は頭を撫でたあと、少しばかりの別れを告げた。

 

 そして私とフィディオ、鬼道君は総帥の前に並び立つ。

 彼は背を私たちに向けていた。

 総帥が今何を思っているのかはわからない。しかし話しかけなくては話は始まらない。

 

「ミスターK……」

「ふん、ギリギリだったな。サッカーは勝利こそ全て。敗者に存在価値はない。……だが、いい試合だった」

「影山……総帥……」

「総帥……っ! うんっ……うんっ……!」

 

 ゆっくりと総帥がこちらを向く。その顔には僅かに、ほんの僅かにだけど笑みが浮かんでいた。そこに見慣れた邪悪さは微塵もない。

 ああ……この人はようやく救われたんだ。

 見たことないほどの爽やかな笑みを見てそう理解する。とたんに私の目から雫が溢れ始める。

 

「フィディオ、一つ聞きたい。なぜ私を信じた?」

 

 それが総帥の一番の疑問なのだろう。

 たしかにフィディオは総帥の過去を知る前からも、やけに総帥を憎みきれないでいた。チームを傷つけられても信じるなんて、たしかに不思議なことだ。

 しかし答えを聞いて私はなんとなく納得できた。

 

「俺が……あなたと同じだったからです」

「私と同じだと?」

 

 それは予想外の答え。

 驚く総帥をよそに彼は己の過去を語り始める。

 

「かつて、俺の父もプロのサッカー選手でした。しかし歳をとるにつれプレイにキレがなくなっていき、引退後は現役の姿が影もないほど荒れてしまった。それでも俺は父のサッカーが大好きだった。だからサッカーを憎みきれなかった。それはあなたも同じでしょう?」

「私が……?」

「あなたはサッカーを憎むと言いながら、心の奥底では影山東吾のサッカーを愛していた。だから憎みきれなかった。キャプテンが渡してくれた資料を見た時にそれがはっきりとわかったんです。そして俺はあなたを、かつての俺を救いたいと思った。それだけです」

「……そうか。私は父のサッカーを……」

 

 たぶん、フィディオは最初から総帥にシンパシーを感じていたのだろう。だから過去を知らなくても信じる気になっていたのかもしれない。

 総帥はふっと馬鹿馬鹿しそうに笑う。

 

「まさか貴様らごときに気づかされるとはな。……いや、貴様らだからこそ、か……」

 

(父の領域に至った者、父を超えた者、そして父とは全く別の道を歩む者……)

 

 総帥は届かない空に焦がれるように天を仰ぐ。

 

「なりたかったものだ。私もお前たちのように」

「あなたならなれたはずです。いや、あなたはもうすでになっている」

 

 鬼道君は不意にゴーグルを外し、その素顔を総帥へと晒す。

 その行為に若干驚きながらも、懐かしいものを見たと彼は笑う。

 

「お前の顔を見るのはずいぶんと久しぶりだな」

 

 帝国に入る前ぐらいのころだろうか。あのゴーグルは鬼道君の司令塔としての能力を鍛えるために総帥が渡したものだ。視界が狭くなるが、逆にそれによって深くボールを見ることによってその回転や落下地点を予測するためのもの。鬼道君は帝国を去り雷門にきてからもそれを外したことはない。

 

「あなたのおかげで俺はここまでこれた。なら、それを手助けしたあなたも俺たちと同じになっているはずです」

「嬉しいことを言う。だが、今の貴様にはもはやそれは無用か」

「いいえ、これは今後もつけさせてもらいますよ。これは俺のトレードマークなんでね」

「ふっ、好きにしろ」

 

 その時、耳を引き裂くようなパトカーの音が下の方から聞こえてきた。

 これは……!?

 突然のことでみんなパニックになるも、総帥だけは微動だにしていない。それでこれが彼によるものだと気づく。

 

「時間だな」

「ミスターK、なにを!?」

 

 ……最後って、こういうことか。

 それから数分後、警察が入場口から大量に現れ、オルフェウスのベンチを取り囲んだ。

 その中には見慣れた顔もある。

 鬼瓦刑事は書状を総帥へと突き出し、手錠を構えた。

 

「影山零治! 殺人及びその他数多の犯罪の容疑で、お前を逮捕する!」

「鬼瓦か……ふっ、いいだろう。貴様に捕らえられるのもまた運命か」

「ようやくだ影山……! 今日という今日はお前の陰謀の全てを暴かせてもらうぜ!」

 

 総帥は抵抗するようなことはしなかった。たくさんの警察たちが総帥を取り囲み、連行していく。

 ハーフタイム中、ナカタから聞かされていたことだ。こうなることはわかっていた。

 そしてその時、決めていたことがある。

 私は両腕を自分から鬼瓦刑事の元へ突き出す。

 

「さあ鬼瓦刑事、私も逮捕して」

「なえ!?」

「黙っててフィディオ。私は総帥の下でいろんな悪事に加担してきた。だから総帥が逮捕されるなら、私もその罪を一緒に背負わなくちゃならない」

 

 これでいいんだ、これで。これまで私は殺人だってやってきた。おそらく日の目を見ることはもうないだろう。サッカーだってできなくなるかもしれない。

 でも、あの人を一人にすることなんて私にはできないよ。

 

 さあ、と鬼瓦刑事を急かす。

 しかし彼はなぜか動こうとはしなかった。その後真剣に私の目を見続ける。深いため息が溢れたあと、ようやくその重たい口が動き出す。

 

「……お前に対する調査を行なったが……残念ながら証拠につながるものは見つからなかった。よってお前を逮捕することはできない」

「なっ……!?」

 

 バカな、そんなわけがないでしょ! 私はこの島に来てから一度もそんなことしたことがない! 総帥や私のパソコンを調べればすぐに証拠が出てくるはずだ!

 なぜ? 頭の中がその疑問で埋め尽くされる。

 まさか……。

 そしてその答えが出るのは早かった。私のパソコンを操作できる人物。そんなのは一人しかいない。

 私は警察たちを押し退けて、連行されている総帥へと迫る。

 

「どうして総帥!? どうして私を置いていくの!?」

「こら君! やめなさい!」

「うるさいっ! ねえ答えてよ総帥! 総帥ィィ!!」

 

 総帥の足がピタリと止まる。

 

「貴様は私の手などなくとも輝ける選手だった。私はお前を巻き込み、お前の運命をねじ曲げてしまった。貴様には迷惑をかけたと思っている」

「そんなっ、迷惑なわけないよ! 総帥がいなかったら私は……!」

「……最後の命令だ。——生きろ。生きて私などという影を踏み越え、月を掴め。貴様はいずれ最高の選手になれるだろう。そんな貴様の踏み台になれたのなら、私はこの醜い人生を僅かにでも誇りに思うことができるかもしれない……」

「総……っ、帥……っ!」

 

 涙が止まらなかった。警察たちが私を取り押さえる。しかしそれでも心の方がはるかに痛かった。

 総帥が遠のいていく。その背中を追いかける気力もさっきの言葉で消えてしまった。

 本当はずっと一緒にいたい。離れたくなんかない。でもそれが最後の願いなら……っ!

 

 私は総帥に聞こえるよう、私の気持ちを吐き出すように叫んだ。

 

「今まであ゛り゛か゛と゛う゛っ……こ゛さ゛い゛ま゛し゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」

「……ふん」

 

 総帥が消えていく。私の、私の大切な人……家族が。

 あなたは私に失った温もりをくれた。たとえそれが口喧嘩のようだったとしても……私はそれだけでも幸せだったんだ。

 さようなら……お父さん。

 

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 私は泣いた。泣き続けた。

 その慟哭はいつまでも、総帥の姿が見えなくなった後でも止まることはなかった。

 

 

 

 

『ニュースです。先日FFIイタリア代表の監督を務めていましたミスターK氏が、制御を失ったトラックに追突され、お亡くなりになりました』

 

 ——私の中のナニカガコワレタ。



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生きる理由

 轟音とも言えるエンジン音が屋内にいるというのに聞こえてくる。

 激しい日が差しているにもかかわらず、ここの空気はキンキンに冷えている。それだけが理由ではないが、広大な屋内には国籍が入り混じったたくさんの人々が目まぐるしく動いている。

 そんなライオコット空港の中で一際目立つ集団がいた。

 

「もう行くのかいテレス。決勝だけでもせっかくなら見たらどうだ?」

「負けが決まっちまったからな。おちおち見てる暇はねえんだよ。帰って次に向けての練習だ」

「まったく、性急なやつだな」

 

 彼らを見たのなら、今の時期の観光客なら全員が一瞬で振り返るであろう。そこにいたのは壮観な顔ぶれだ。

 イタリア副キャプテン、フィディオ・アルデナ。

 イギリスキャプテン、エドガー・バルチナス。

 そしてアルゼンチンキャプテン、テレス・トルーエ。

 

「ソーだぜ! テレスもカッカしないでミーたちと観戦しようぜ!」

「ああ。特にイナズマジャパンにはカズヤの分まで頑張ってもらわなければならないからな」

「おう。ズババーンと任せてとけ!」

 

 それだけではない。それぞれアメリカのキャプテンと副キャプテンを務めるマークとディランや、イタリアに続いて決勝トーナメント進出を決めたジャパンの円堂や鬼道、不動や佐久間たちもいる。

 グループAの代表選手たちが集まっていることもあって、周囲にはかなりの人だかりができていた。

 

 円堂たちがここにいるのはフィディオの誘いが原因だった。

 テレスが帰るというから見送りに行こうという彼の提案を円堂が引き受けたのだ。そこに影山が捕まったという実感が湧かず、地に足がついていなかった帝国組三人が気を紛らわすにはちょうどいいとついていくことが決まり、同じく見送りに来た他のメンバーと合流して今に至る。

 

 テレスはディランたちにわずらわしそうにしている。しかしちょうどよかったというように円堂の前にやってくる。

 

「そういやエンドウ、お前にだけは伝えておきたいことがあったんだ。あの時は悪かったな」

「えっ、あの時って?」

 

 突然の謝罪に戸惑う円堂。彼にはテレスがいつのことを言っているのか覚えがなかった。

 

「ほら、ライオコット島に来たばかりのころにフィディオとジャパンエリアでゲームをやっただろ。あの時のことだ」

「あーあれか! でもお前が謝ることなんてあったか?」

「……俺はあの時フィディオしか見ていなかった。キーパーのお前なんて眼中になかったんだ。だが勝ち上がったのは俺たちじゃなくてお前たちだった。恥ずかしい限りだぜ」

「ああ本当だ。私もここで謝罪させてくれエンドウ。世界は実に広い。自分が井の中の蛙だったことを思い知ったよ」

「え、エドガーまで! よしてくれよ。一度サッカーをやったら俺たちは仲間だ。だから謝る必要はないぜ」

「ふっ……ならその言葉に甘えさせてもらおう」

 

 ガッシリとエンドウはテレスとエドガーそれぞれと握手する。そして世話話へと入っていく中、フィディオに向かって大きな声がかけられた。

 

「フィディオッ! フィディオッ、大変だよッ!」

「アンジェロ……? それにみんなも。どうしたんだそんなに慌てて?」

「ハァッ……ハァッ……にゅっ、ニュースを……ッ!」

 

 アンジェロたちは声を絞り出して情報を伝えようとする。しかしあまりに急ぎすぎたせいで喋る体力が残っていなかったようだ。

 その切羽詰まった雰囲気に押され、フィディオがケータイを開くと同時に——空港に取り付けられていた巨大テレビがとあるニュースを映し出す。

 

『——では次のニュースです。FFIイタリア代表の監督を務めていたミスターK氏が昨日トラックに衝突され、お亡くなりになりました』

 

 その言葉を、一瞬彼らは理解できなかった。

 何度も何度もフィディオはテレビの文字を読む。しかし認めることはできなくてアンジェロたちを見るも、彼らは目を伏せて首を振るだけ。

 それだけで、フィディオは理解してしまった。

 

「ミスターKが……」

「総帥が……死んだ……?」

 

 呆然と呟いたのは鬼道だ。彼はふらふらとおぼつかない足取りで歩くと、崩れるように椅子に座り込む。その尋常でない様子に円堂たちが彼の名を呼ぶ。

 

「鬼道!」

「総帥が……そんなっ……嘘だ……」

「鬼道っ! しっかりしろ!」

 

 円堂と佐久間の声も今の彼には届かない。

 彼の頭の中で影山との思い出が次々と巡る。

 幼少のころ才能を見出された時、雨でも雪でも厳しく指導してくれた時、初めてゴーグルをもらった時……。

 それら全てが巡り終えると、ガラスのように粉々に砕け散っていく。

 その耐えがたい喪失感は、彼の喉の奥を飛び出す。

 

「ぉぉ……おおぉぉぉっ……! うっ……ぁぁああああああッ!! 影山総帥ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 その心の叫びに、円堂たちでさえもいたたまれない気持ちになる。オルフェウスのメンバーは堪え切れない涙を流し、フィディオは小さく、されど血が滲み出るほど拳を強く握る。

 

 しばらくその慟哭は続いた。

 声すら枯れ果てた時にようやくそれが終わる。そのころに多少彼の気持ちは落ち着いていた。

 円堂が声をかける。

 

「鬼道……」

「ああ……俺は大丈夫だ……」

 

 嘘なのは誰が見ても明らかだ。しかし誰もそれを言う者はいない。

 そのことに鬼道は心の中で感謝し、ゆっくりと立ち上がる。

 ここで泣いているわけにはいかない。悲しいのは自分だけではないのだから。

 

 しかしそう思った時、ハッと彼はあることに気づいた。そしてバッとフィディオとオルフェウスのメンバーに目線を向ける。

 いない……。

 震える声でフィディオへ問いかける。

 

「フィディオ……なえはどこ行った……?」

「ナエ? そういえば朝から今日は見なかったな」

「俺たちも見てないぜ」

 

 気づいてしまった最悪の事態に、彼の顔はどんどん青ざめていく。佐久間と不動も同じことが頭を巡ったようで、目を見開いた。

 

「探せっ! なんとしてでもなえを探すんだっ!」

「なっ、どうしたんだ!? 彼女がどうかしたのか!?」

「やつは……人一倍影山総帥に依存していた。死んだなど知ったら……最悪、自殺もありえる……」

「っ!?」

 

 全員の背筋に冷たいものが流れる。鬼道の顔を見れば冗談かどうかなんて一目瞭然だった。

 

 ——ナエが……死ぬ……?

 少女が血濡れで倒れている姿が一瞬浮かび上がる。

 その瞬間、フィディオは弾かれるように走り出した。

 

「フィディオ!」

「俺たちも行くぞ! 他のメンバーにも連絡を入れろ! 島中を隈なく探すんだ!」

「ちっ……さすがにこんな事態で島出るわけにはいかねえよな。俺も手伝うぜ」

「ああ。私もできる限り探してみせよう」

 

 慌ただしく全員は空港を出ていく。

 空は少女の心を表すように、雨が降っていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「どこにいるんだナエ! 返事をしてくれっ!」

 

 勢いよく水溜まりを蹴りつけるたびに、水が飛び散らかって足を濡らす。服も靴も水をギッシリ吸い込んで鉛のように重い。それでもフィディオは必死に島中を駆け巡りながら叫び続ける。

 

 なえの捜索が始まって数時間は経っただろうか。

 あれからオルフェウスやイナズマジャパン、その他多くのチームを含む数十人が探し回っているも、発見したという報告はない。

 それが彼をさらに焦らせる。

 足を動かし続けるたびに鬼道の言葉が脳内で繰り返される。

 『最悪、自殺もありえる』。

 やらせない。やらせない! やらせないっ!

 無我夢中で足を動かし続ける。激しい雨で視界が塞がれるが、それでもガムシャラに走り続ける。

 彼自身、もはやどこに向かっているのかわかってはいなかった。しかし足が止まらないのだ。彼の意思とは別で、まるで導かれるように足は迷いなく道を突き進んでいく。

 

 そして彼がたどり着いたのは崖の上だった。

 切り立ったその端からは、普段なら綺麗な地平線が見えていたのだろう。

 

 ——そこに腰をかけて、彼女は座っていた。

 

「ナエ……」

「……」

「ナエっ!」

 

 声をかけるも、返事はない。彼女はフィディオには目もくれず波紋立つ海を眺めている。

 再度呼びかけると、ようやく彼女から声がした。

 

「……最初の時も、こんな雨だったの。こうやって待ってたらさ、総帥が昔みたいに迎えにきてくれるんじゃないかって……」

「ナエ……」

「……でも総帥はもう、いないんだよね……」

 

 そこで初めて彼女は振り返る。それを見てフィディオは言葉を失う。

 彼女の目には光がなかった。

 まるで宝石のように輝いていたのに、今ではただ深い闇のみが広がるばかり。かつて宿していた夢も希望も映されていない。

 その代わり果てた姿に、彼はどうすればいいのかわからなくなる。

 

「総帥が生きてれば頑張れるって思ってた……。でも、もう無理だよ……もう立ち上がれないよ……」

「なにを……?」

「……ごめん、フィディオ」

 

 その言葉の意味を問うよりも早く。

 ぐらり、と彼女の体が揺れる。

 そして次の瞬間、彼女は逆さになって崖から落ちた。

 

「ナエッ!」

 

 それに反応できたのは奇跡という他ないだろう。フィディオはつま先以外の全身を空中に放りやって、なえの白い足を掴んだ。

 

「離してっ! もう嫌なの! 総帥がいない世界に価値なんかない! 生きてる意味なんて私にはもうないのっ!」

「離さないっ……絶対にっ……!」

 

 歯を食いしばって、全身に力を込める。

 あのスピードを出せるだけはあって、彼女はフィディオの想像以上に軽い。しかしつま先だけで人間二人分の体重を支えることは、さすがの彼にも厳しい。

 それでも決して諦めず、ひたすらなえの足を握り続ける。

 

「ぐっ……ぅァァァあああああああっ!!」

 

 このままじゃ耐え切れない。そう判断して彼は賭けに出た。体をぶらぶらと揺らして遠心力を利用し、ありったけの力を込めて彼女を上に放り上げたのだ。

 それは日々の厳しい特訓によって磨かれた超人的な肉体のみがなせること。

 

「きゃうっ!?」

「ハァッ……ハァッ……」

 

 可愛らしい悲鳴が聞こえ、なえが無事崖の上に落ちたことを確認すると、彼は足の力だけでようやく崖を這い上がる。

 なえはしばらく呆然としていたが、キッとフィディオを睨みつける。そこには先ほど消えていた感情、怒りが見える。

 

「どうして……どうして助けたのっ!? お願いだよ、もう死なせて……! 早く総帥のところに行きたいんだよ……」

 

 しかしなえにはその怒りを燃やす燃料がなかったようで、怒声はしだいにかすれ声に変わっていく。そして戻っていた目の光も再び見えなくなってしまった。

 

 なえは心の底から死にたいと思ってしまっている。

 フィディオにはそれが痛いほどわかってしまった。もう彼女はこの世界に光を見出せなくて、絶望してしまっている。生きていること自体が苦痛なのだろう。そこから彼女を解き放つことができるのは『死』だけなのかもしれない。

 

 ——それでも……それでも俺は、君に生きていてほしいんだ……!

 

「違うよナエ。君がすべきことは死んでミスターKのところに行くことじゃない。生きてミスターKの意志を継ぐことなんだ!」

「総帥の意志ってなにさ!? 総帥はもう死んでる! 意志なんてあるわけないじゃん!」

「あるさ。君のその心の中に!」

「っ!」

「君がサッカーを愛し、生きていれば、それだけでミスターKは君の中に生き続ける!」

「……っ、それでも、それでも私は……っ!」

 

 なえは全てを拒絶するようにフィディオを押し退ける。しかしその瞳は揺れていた。

 言葉は確実に届いている。あと少し、あと少しなんだ……。

 その足りない部分を探し出そうと言葉を探している最中、彼の目にあるものが映り込む。

 

「あれは……」

 

 茂みの中に白と黒の何かが落ちている。

 それはボロボロのサッカーボールだった。

 っ、そうだ、これなら……!

 ここでそれがあったのはまさに天啓だった。凍り切った彼女の心。それを溶かすにはもうこれしかない。

 フィディオは急いでそれを拾い、なえの前に突き出す。

 

「……それは……?」

「ナエ、俺と勝負しよう。俺が負けたらもう君を止めたりしない。だけど、勝ったならどんなに苦しくても生きると約束してくれ」

「……正気? あなたも薄々気づいているんでしょ? 個人の能力だったら、私はあなたよりも確実に上ってことに」

「なにがあるかわからないのが、サッカーじゃないかな?」

 

 そのセリフに、一瞬フィディオの顔がなえの憧れの少年と被っているように見えた。

 ——もしこれで勝てば、ようやく私は……。

 しばらくなえは熟考する。

 負ける道理はない。フィディオはチームを率いる力ならなえを遥かに上回るだろう。しかしここに仲間はいない。個人としての能力なら、先ほど彼女自身が言ったように、なえの方が上だ。

 

「……わかった」

「よし。ならグラウンドに行こう」

 

 フィディオの後を追ってなえは歩き始める。

 雨は、少し弱まっていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「ボールを真上に蹴り上げた時が開始の合図だ」

「……」

 

 静かになえは頷く。それを了承と受け取り、フィディオはボールを手に取った。

 

 なえは影山を失い、生きる意味を失ってしまっている。その心は凍てついていて、言葉だけじゃ崩しようがない。彼女を救うには、生きる理由、熱源が必要なのだ。

 それがこのボールの中にあるはず。彼女のボロボロのスパイクがそれを物語っている。

 

 彼は深呼吸を一度すると、思いっきりボールを上へ蹴り上げた。

 

 二人は同時に地を蹴り、空中へ跳ぶ。しかしジャンプ力はなえの方が上で、フィディオはあっさりと頭上を超えられ、ボールを取られた。

 

「ぐっ……まだだ!」

「……無駄だよ」

 

 着地後、すぐさま彼はディフェンスに回る。

 あのスピードを出されたらおしまいだ。密着して距離を潰そうとする。しかしなえの足捌きは想像を上回っていて、踊るように宙を飛び回るボールに彼はついていけていなかった。

 

「これなら……!」

 

 体を一回転させ、高速の後ろ蹴り。カテナチオカウンターに時に使っているヒールブロックだ。

 捉えた。そう思った時、彼女の姿が一瞬で消えた。

 

 上から指笛の音が聞こえてくる。

 

「……これで終わり。皇帝ペンギン零式

 

 その言葉とともに、桃色の閃光が放たれた。

 急いでフィディオはゴールへ走る。そして蹴り返そうとするが、閃光は蹴りが繰り出されるよりも早く近づいてきて。

 彼の顔面を、飲み込んだ。

 

「っ……!」

 

 その光景に一瞬、なえは手を伸ばす。しかし冷静になり、すぐに引っ込めた。

 ——これでいいんだ。これで私はようやく……。

 せめてこの後の惨劇を見ないようにと、彼女は背を向ける。

 その時、硬いもの同士がぶつかったような鈍い音が聞こえた。

 

「まだだァァァァアアアアッ!!」

「嘘っ……」

 

 フィディオはバーとポストに両腕をかけて、必死になえのシュートを受け止めていた。

 ボールは彼の顔面に当たったままだ。そうなれば当然、ボールの回転全てをそこで受け続けることになる。なえほどのシュートでそんなことをすれば……最悪後遺症が残る。

 それでもフィディオはそれに耐え続け、ボールを止めてみせた。

 

 コロコロと、ボールがなえの足元へ転がる。しかし彼女の目にそれは入っていない。彼女はフィディオだけを見つめていた。

 

「ぐっ……ナエっ、君にもまだ残っているはずだ! 生きる理由が! このボールがそれを教えてくれるんだ!」

「そんなものっ、あるはずが……!」

「あるさ。サッカーだ! 君はまだサッカーをしたがっている! その思いは十分に生きる意味になるはずだ!」

「う、うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 濡れた髪を乱れ散らかし、なえは叫んだ。それはまるで子どもが認めたくないものを前にして癇癪を起こしているようだ。

 そしてその怒りのままにシュートが放たれる。蹴りが入った途端にボールは一瞬湾曲する。そして雨を巻き込み、螺旋状の突風となってゴールに迫る。

 

 フィディオはそれを足で受け止めた。

 ミチミチと筋肉の悲鳴が聞こえる。ぬかるんだ地面は彼を支えるのに不十分で、後方へ押しやられる彼につられて大きな溝を残していく。

 

「っ、死んだら……もうサッカーができなくなるんだぞっ!?」

「っ、そ……れは……っ!」

 

 限界まで足にエネルギーを注ぎ込み、彼はボールを蹴り返してみせた。

 ボールが今度はなえに迫る。しかし彼の言葉に気を取られ、ボールを弾いてしまう。

 フィディオはその隙を見逃さなかった。なえを通り越して、それを回収する。

 そこでようやく攻守が逆転した。

 

「思い出せナエっ! 君がサッカーに注ぎ込んできた情熱を! 心の中に残る、生きる意味を!」

「っ、デーモンカットV2!!」

 

 ——頼む、俺の足! 今だけでいい……俺にナエを救う力をくれっ!!

 

 その思いに応えるように魔法陣が展開されていき、かつてないほどの光の粒子が足へ集い始める。

 その光はデーモンカット越しのなえにも見えていた。そしてその圧倒的なエネルギーの奔流に影響されて、フィディオが立っている場所だけ雲が裂けて、光が差し込む。

 

 一瞬の静寂。

 そして全てを解き放つように彼は、ボールを蹴った。

 

真……オーディンソードォォォォッ!!!」

 

 巨大な黄金剣が炎の壁を貫き、なえの胸に直撃する。そのあまりの威力になえはどんどんゴールへ押されていく。

 しかし不思議と痛みはない。代わりに伝わってくるのは燃えるような熱。

 

 ふと、いつかの記憶が蘇る。

 FFの決勝戦の最後。イナズマブレイクを受けて、その時感じたもの。この熱はそれに似ていた。

 

 ——……そうだ。あの時感じた気持ちは……。

 

「サッカーやりたい……だったけ……」

 

 なえは体から力が抜ける。

 そしてオーディンソードが、ゴールを貫いた。

 

 倒れ伏した彼女は、しかしどこか満足そうな笑みを浮かべていた。

 フィディオはそっと手を差し伸べる。それを掴み、彼女は立ち上がる。

 

「ナエ……」

「……やっぱり私、死ねないよ。私はもっとサッカーがしたい」

「本当か!? って、うぉっ!?」

 

 喜ぼうとしたのも束の間、なえが体に抱きついてきた。

 ほんのりと甘い香りがする。

 顔を赤くして混乱していると、囁くように彼女の声が聞こえた。

 

「ごめん……でもまだ心の整理がつかないの……。だからちょっとの間、こうさせて……」

「……ああ」

 

 掠れるような泣き声が延々と聞こえてくる。

 フィディオは頭を撫でる。それだけで決壊したように、なえは泣き出す。

 

 雨は、いつのまにかやんでいた。



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ノーマルエンド:愛しき私の桃源郷

 注意!
 この話は本来最終話のあとにちょこっとおまけで投稿するつもりのものでした。しかしストーリー的にここで挿入した方がいいと判断したのでこのタイミングで出させてもらいます。

 ノーマルエンドとありますが、なえちゃんの物語はまだまだ全然続きますのでご安心ください。
 では、正史の世界をどうぞご覧ください。


 暗闇の中から意識が浮上していき、『彼女』は目を覚ます。

 ……懐かしい夢を見た気がする。それは少女が生きることを決意した、大切な大切な記憶。

 しかし何故だろうか。最近はその夢さえも見ることができなくなってきているような……。

 

 まあいいだろう。

 少女は腰掛けていた玉座から立ち上がる。それによって、地面に届くほど長い絹のような髪がスルスルと揺れる。

 

 西洋の謁見の間を模して作られたこの部屋は沈黙に満ちていた。

 それも当然だろう。ここには彼女しかいないのだから。

 

 少女は指を空中へスライドさせる。すると半透明なホログラムがいくつも空中に浮かび上がる。

 そこに映っていたのは、荒廃した都市だった。

 アスファルトは剥げ、建物は整備する者がいないのかボロボロ。しかしそんなことに彼女は目を向けない。向けられているのは、その映像にところどころ映り込む無数の人間たちだ。

 

『死ねっ! 死ねっ!』

『消えろぉぉっ!!』

『ハハハッ!! ざこがっ!』

 

 彼らが一心不乱に追いかけているのは一つのサッカーボール。

 そう、彼らはサッカーをしているのだ。しかしその内容は凄惨を極まる。

 

 敵も味方も全員が血まみれになっており、ボールを追いかけるその目は血走っている。かけ声は殺気を帯びており、プレイはラフという言葉では言い表せないほど過激だ。

 女、子供、老人、見境なくそんなプレイをくらわされる。そしてそんな彼らも明らかに限界を超えて、同じように相手を殺すつもりでボールを蹴る。

 しかし異様なのは、どんなに傷ついても彼らが笑っていることだ。まるでサッカーをしていることが幸せすぎるかのように。その反応は薬物中毒者のようにも見える。

 

 そんな光景が、少女が映し出したホログラムの全てに映し出されていた。一つのホログラムに映し出される街並みは別々で、それぞれ外国であることは確かなのに、起きていることはどの場所でも同じ。

 少女は人形のような無機質な瞳で、それを眺め続ける。

 

 そうしていると、部屋の扉が突如弾け飛んだ。

 煙が巻き上がる中、サッカーボールがコロコロと玉座へ転がってくる。それを抱き抱えるように拾い上げ、少女は光なき瞳をそちらへ向ける。

 

「お久しぶりですね、円堂君。それに皆さんも」

「……なえっ」

 

 煙が晴れ、侵入者たちが姿を表す。

 その先頭に立っているのはオレンジ色のヘッドバンドをつけた男。それは先ほど少女が見た夢の中の人物よりも、遥かに成長している。

 それだけではない。少女がこれまで出会ってきたライバルたち。世界レベルの選手たちの大人の姿がそこにあった。

 その中にはもちろん、少女の大切な『彼』もいる。

 

「フィディオ……」

「どうして……どうしてこんなことをしたんだ!?」

「……必要なことだからですよ」

 

 少女は目を伏せる。まるで仕方がなかったというように。その様子はどこか神秘さを醸し出している。

 

「生きると決めたあの日から、私は今まで以上に特訓を重ねました。努力して努力して努力して……おかげで15歳でプロに入ったその年で世界最優秀選手賞も取ることができた。……でも私は、強くなりすぎてしまった」

「……っ!」

 

 最後の言葉に全員が顔を歪める。

 彼女の言っていることは事実だった。それは長年サッカーに関わってきた彼らが十分に知っていた。

 

「円堂君。5年前……私の引退した年の、私の得点数を覚えていますか?」

「……126点。一試合で10点以上を決めている計算だ」

「そうです。私はプロになった時から引退まで、世界中の賞と優勝トロフィーを手に入れ続けた。しかしサッカー協会はそれでは商売にならないと、あらゆる大規模な大会から私を追放したんです。私は何もしていなかったのに……ただサッカーをやってただけなのに……」

 

 それはあまりにも異例のこと。彼女が現れるまでこのような処置に遭うなどとは誰も考えたことなどなかっただろう。

 サッカーとてビジネスだ。客がいなければ大会も開けないし、選手も増えない。初めは賞賛を受けていた彼女も、一人で試合を決定してしまうその力のせいでやがて人々には退屈がられ、憎まれていった。

 出せば必ず勝てる選手など誰も望んでいなかったのだ。

 ビジネスにならない選手に価値はない。サッカー協会が下した処分は世間一般で見れば正しかったのだろう。

 ただし、そこにその少女の気持ちを加えなければ、だ。

 

「私は今は亡き師のためにも輝き続けなければいけません。だから思ったんです。世界中のサッカーのレベルを、私のところまで引き上げればいいんじゃないか、と」

「その結果がウイルスか……!?」

「ええそうです。人間は誰もが強くなる可能性を秘めています。それを最大限引き出すのがこの『サッカー狂ウイルス』。これがあれば王も貴族も大統領も総理大臣も関係ありません。今では七十億人もの人々が仕事を忘れ、日夜強くなるために己を鍛え続けています。素晴らしいことだと思いませんか?」

 

 彼女の問いに鬼道が怒りの声をあげる。

 

「どこがだ! 世界は今働く人間がいなくなり、食糧危機に陥っている! このままでは人類は全滅だ!」

「……? この世界は今やサッカー選手にとっての理想郷になったはずですよ。なのになぜあなたたちが怒るんですか?」

「違う! サッカーは楽しくやるものなんだ!」

「……彼らは楽しんでますよ?」

 

 理想郷。彼女はこの地獄と化した世界をそう称す。それが理解されていないのが不思議でたまらないというように、無表情のまま首を傾げる。

 

「それに……有象無象がどれだけ減ろうが関係はないんです。十一人、私と戦うための十一人が揃えばそれで……」

「……円堂、フィディオ。あいつはもうダメだ。聞く耳を持たない」

「ああ、わかってる。だから俺たちがここに来たんだ」

「……君の目を今度こそ覚まさせてみせる」

 

 円堂は仲間たちに目をやる。彼らが頷いたのを見ると、彼は来ていた上着を一気に脱ぎ捨てた。

 露わになるのは黄色と赤の見慣れないユニフォーム。胸には地球を剣で突き刺したような、これまた見たことがないエンブレムが刻まれている。

 

「勝負だなえ! 俺たち『世界選抜』と!」

 

 円堂が宣言すると同時に、他の仲間たちも上着を脱ぎ捨てる。彼らのユニフォームも円堂とは配色が違うが、同じエンブレムが刻まれている。

 『世界選抜』。普通なら実現することは決してないドリームチームが、世界の危機に誕生したのだ。

 

 しかしそれを前にしても彼女は動揺一つ見せない。

 

「わかりました。教えてあげましょう。私とあなたたちの力の差というやつをね」

 

 少女はパチンと指を鳴らす。

 するとどこからともなく黒い光が集っていき、それらが人間の形を作り出す。そしてあっという間に、彼女の背後に十人もの選手ができあがった。

 

「っ、なんだこいつらは……!?」

「『デュプリ』……まあ私の力で生み出した選手たちです。実はFFI以来、超能力らしきものが使えるようになりまして……今では手も使わずに物を動かせるようになったんですよ?」

 

 「ほら、この通り」と少女が言うと、玉座に立てかけてあった彼女の杖が一人で浮かび上がり、彼女の手の中に収まった。

 その非現実的な光景に呆然とするが、驚きはまだ終わらない。

 

 先ほどデュプリを作り出した黒い光が、今度は彼女を覆い尽くす。そしてしばらく経ったあと、中から現れた彼女はさっきまで着ていたウェディングドレスのような純白のドレスではなく、動きやすそうな黒いドレスを身に纏っていた。

 彼女はブーツを軽く踏み鳴らすと、周囲の景色が一変。謁見の間から気がつけばサッカーグラウンドに彼らは立っていた。

 

「さあ、サッカーをしましょう」

「っ……望むところだ!」

 

 さすがにここまで非現実的な光景が続けば世界選抜といえど動揺してしまう。しかしそれを落ち着かせる間もなく、試合は始まってしまった。

 

「みんな落ち着け! まずはボールを奪うことから始めるんだ!」

「そんな悠長にしていていいんですか?」

「へっ……がっ!?」

 

 ホイッスルが鳴った直後、円堂が指示を出していた時、その声は突如横から聞こえた。

 次に襲いかかってくるのは感じたことがないほどの衝撃。そのあまりの威力にグラウンド全体が地震の如く揺れ動く。円堂はわけがわからないうちに倒れていた。

 

 その一部始終を断片的に見た鬼道が、震える口でつぶやく。

 

「馬鹿な……現役時代でもここまでの動きはしていなかったはずだ……!」

「……やはりこの程度ですか。残念です」

「ぐっ……まだまだだっ!」

「その折れた右腕で何ができるというのですか?」

「っ……!」

 

 隠すように左手で右腕を抑える。

 円堂の腕は間違いなく折れていた。それに失望し、少女は自軍のコートへ帰っていく。

 

 そこから先はまさに地獄だった。

 痛めつけるような怒涛の攻撃。少女ほどではないとはいえ、デュプリたちもそれぞれが世界選抜の選手たちを上回っており、過激な攻撃の前に彼らはなされるがままとなる。

 

 とうとう開始十分。世界選抜の選手たちは誰もが立ち上がれなくなってしまっていた。

 掲示板に表示されているスコアは34対0。

 もはや彼らに勝ち目はない。

 

「……終わりですか」

「まだっ……まだぁっ……終わってねぇぞっ……!」

「いいえ、終わりです。私がそう決めました」

 

 ふわりと、少女はボールとともに宙を浮かぶ。そして天空に彼女が手をかざすと、その上にあったボールを黒いオーラが包み込み、グラウンド全体を足しても足りないほど巨大な黒球が生成された。

 

 そこから感じるエネルギーは規格外と言ってもいい。あまりの量に周囲の空間が歪み、嵐や地割れなど数々の災害が巻き起こる。

 手を振り下ろし、少女はつぶやく。

 

「……ディザスタームーン

 

 そして、グラウンドは崩壊した。

 黒い炎と稲妻が周囲の大地を埋め尽くす。それはまさしく災害で、周囲の都市までもが余波だけで消し飛んでいく。

 

 闇に閉ざされたグラウンド。そこにはもう生命の息の音は聞こえない。

 少女は地面に降り立ち、ある亡骸に目をつける。

 それは夢の中で見た少年の、大人になった姿だった。

 

「……ふふ、大好きでしたよフィディオ」

 

 少女はそれを聖母のように穏やかに抱きしめる。

 その時初めて、少女の顔に笑みが浮かんだ。

 

 




 ——ルートロック解除条件『未来からの刺客』を達成。

 ——『●●●●エンド』と『●●エンド』のルートが解除されました。



 『蛇足コーナー』

♦︎闇なえちゃん
 公式大会から追放され、絶望したまま成長したなえちゃん。幼少期の無理がたたり、身長は中学時代からほとんど伸びていないことに実はコンプレックスを抱いている。

♦︎なえちゃんの超能力
 GO2のセカンドステージチルドレンと同じです。ただなえちゃんの場合は力に体が耐えられてしまうので、長生きできます。また力の大きさもSARU以上、たぶん規模で言うなら映画のフランとかと同じくらいはあるんじゃないでしょうか。

♦︎なえちゃんのユニフォーム
 『混沌の魔女カオス』のアームド姿だと思っておいてください。

♦︎ここに来てなんでGO要素?
 申し訳ありません。ですがあくまで本筋とは関係ない話ですし、いいかなぁーって。これからも化身とかは出ることは決してないので、無印しか知らない人たちも安心してください。
 ……えっ、デュプリって化身の一種じゃ?
 そこ、タグ詐欺とか言わない。


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新キャプテン誕生

「ふぁぁ〜……」

 

 暖かな日差しが部屋に差し込み、目を覚ます。

 あ〜よく寝た。こんなに寝たのは久しぶりだ。

 時計を見ればもうお昼になっていた。

 いつもは朝練とかあるし、そう感じるのも当然か。

 

 ベッドから起き上がり、ぐぐっと背筋を伸ばす。

 服が寝衣になってるけど、いつ着替えたんだか記憶にない。誰も部屋に入ってないのは覚えているし、私がやったのは間違いないんだけど……。それほど疲れてたからね。まさに泥のように眠ったってわけだ。

 

 ……昨日か。

 ふと、フィディオに抱きついたときの記憶が蘇る。とたんに言いようのない思いがすっごい沸き上がってきて、堪えきれずに布団に再ダイブしてしまった。

 

 みゃぁぁぁっ!! 今考えれば恥ずかしすぎるでしょ! 次からどんな顔して会えばいいのさ!

 足を激しくパタパタと動かし続ける。こうでもしなきゃ羞恥心で体が爆発しちゃいそう。

 お、落ち着くんだ私。落ち着いて餅つけ。こういう時は素数を数えるんだ。

 素数? 素数ってなんだ? じゃあ奇数? いや偶数?

 

 ……とにかく着替えよう。

 ハンガーにかけられているユニフォームに手を伸ばし……その横のお気に入りの私服を掴む。

 いやほら、総帥が消えたことで仕事が増えただろうし、今日は練習しないだろうし。決しておしゃれとかを意識しているわけではないのだっ。

 

 着替えを終え、部屋を出る。

 とりあえずみんなと顔合わせなきゃか。いろいろ心配かけただろうし。ロビーにでも行けば誰かいるか。

 

「ナエっ、起きたのか!」

「ひえっ!? ちょっ、そんな近づいちゃだめ……!」

 

 階段を降りたらオルフェウスのみんなが勢揃いしていた。

 それだったら当然フィディオもいるわけで……。

 うぅ、腕とか掴まないで……今の私にあなたはキツイ……。

 

「ふっ、少し離れてやれ。彼女がゆでだこみたいになってしまっている」

「ん? ああごめん」

「ハーッ、ハーッ……しばらく半径一メートル以内に入るの禁止ね」

「なんでさ!?」

 

 うっさいこの無自覚タラシ野郎! 心臓に悪いんじゃボケ!

 助け舟を出してくれたナカタにはマジで感謝だよ。危うくショック死するところだった。

 それを見ていたブラージが呆れたふうにやってくる。続いてラファエレがやれやれと言ったふうに首を振った。

 

「ったく、昨日はお前が大変つって雨の中走り回ってたのによ。肝心の本人は熱で浮かれてんだからな。世話が焼けるを通り越してムカつくぜ」

「まったくだ。危うくトーナメント前に風邪ひくところだったぜ」

 

 うっ。痛いところを……。

 ぐぐぐ……今回ばかりは何も言い返せない。たしかにみんなに迷惑かけたのは事実だし。トーナメント前でそんなことになったら取り返しがつかなかった。

 

 でも、謝るしかないのか? これに?

 このアゴでかブラージと調子に乗ってウザい顔してるラファエレに? 

 ジーと彼らを見つめる。だんだん……だんだんとだけど、なんかムカついてきた。

 無理だ。アンジェロちゃんとかならまだしもこんなやつらに謝るなんて私にはできない。こんなのに謝るなんて一生の恥だ!」

 

「……聞こえてんぞテメェ」

「……てへっ、許してちょーだい?」

「謝る気まったくねえじゃねえか!」

「もんぶらんっ!?」

 

 ゴチンっ、という音がなる。

 うぅ、いったーい! 暴力反対! なんで何でもかんでも暴力で解決しようとするかなぁ! (ブーメラン)

 でもまあさすがに今のは私もないと思ったので、謝っておくことにした。

 

「あーはいはい。みんな、悪かったね」

「まあ彼女もこう言ってることだし」

 

 フィディオがなだめると、彼は舌打ちをする。

 

「ちっ。しゃーねえな。このままじゃミーティングが始まらねえし」

「ミーティング?」

 

 なるほど……朝ごはんでもないのにみんな揃っているのはそういうことか。一人納得する。

 しかしみんなの顔はいつも以上に深刻そうだ。普段は何人か適当にしてるのに、今ばかりは誰もが真面目にフィディオたちを見ている。

 はて、みんながそんなに悩むことなんてあったっけ?

 

「で、その議題は?」

「監督をどうするか、だ」

「あ……」

 

 げぇぇぇぇっ! そうだったっ!

 FFIはもちろん公式の大会だ。そして公式戦に出場するには11人以上の選手と、それをまとめる()()が必要となる。

 ……そう、監督である。

 じゃあ私たちの監督は誰でしょうか?

 ……総帥である。

 

「ま、ま、まっ……」

「ま?」

『ま?』

「マズすぎるでしょォォォッ!?」

 

 あらん限りの声で叫んだ。

 みんなは『ようやくかよ』みたいな反応でため息をつく。

 

「ヤバいヤバいヤバい! せっかく決勝トーナメントに行けたのにこのままじゃ失格になっちゃう!」

「落ち着けなえ。FFIの運営に聞いてみたんだが、一回戦前日にまで代任を見つければ特例で出場を許可するようだ。あっちも俺たちが出れないというのは商売的に困るからだろう」

「まあ、サッカーも金ありきだしね」

「そ、そう……」

 

 アンジェロちゃん、意外にシビアだね。

 でも次の試合の前日か……。

 決勝トーナメントは全ての試合が終わった日から一週間後に行われる。昨日は私の問題で潰しちゃったし、残りは六日だ。

 とはいえ誰でもいいってわけではない。監督には監督の仕事がもちろんあり、それをこなせるような人じゃないと。

 でもそんな人材、うちのブラック企業にいるわけない。いたら私が欲しい。総帥だったらもっとコネがあったかもしれないけど、私が率いていたのはたいていチンピラ上がりの半グレとかヤクザとかなのだ。頭脳担当は専門外である。

 

 みんなで必死に悩んでいる時、アンジェロちゃんが手を挙げる。

 

「そういえばナエって副監督なんだよね。じゃあこのまま監督になっちゃえばいいんじゃない?」

「っ、そうか、その手があったか!」

 

 思わぬアイデアにフィディオたちが一瞬声を明るくする。しかし私とナカタは逆にしぶい顔をした。

 

「……残念ながらそれはできない」

「えっ!?」

「……なんでですかキャプテン?」

「……お前たちは知らなくて当然だろう。FFIでは、選手がなれるのは副監督までなんだ」

 

 そう、これはちゃんと記載されている。

 FFIはFFが大規模になったもの。だからルールもFFと似通っており、そしてそのFFでもこれはあった。

 というかこのルールはもともと私のために作られたものなのだ。

 忘れている人も多いかもしれないが、総帥は元日本サッカー協会副会長。このルールは多忙な総帥が、いちいち指揮を取らなくていいように作らせたもの。本来だったら選手でも監督になれるようにする予定だったのだけど、さすがにそれは子どもに任せるのは危険だという反対意見が多かったらしく、現在のような形になったらしい。

 

 それを説明してあげると、みんなはぬか喜びだったというようにガックリとうなだれた。

 

「イタリアサッカー協会は何してるの?」

「昨日連絡はしたんだが……まだはっきりしていないんだ。どうやら誰が適任かで揉めているらしい」

「利権争いか……どこのお偉いさんも変わらないね」

 

 さすがの完璧超人ヒデナカタもサッカー外には弱いらしい。お手上げと言わんばかりに手をプラプラさせている。

 はぁ……昔円堂君たちを監督不在にして困らせたことがあったけど、それのバチが当たったのかな。

 八方塞がり。

 うんうん唸ってみんなで考え込む。

 その時、勢いよく合宿所の扉が開かれた。

 

「その仕事、私に受けさせてくれないかね?」

 

 入ってきたのは小太りのおじいちゃん。しかし彼の顔を見たとたん、私以外のみんなが驚く。

 

「あなたは……まさか……」

「まさか……シバタ!?」

「いや、パオロ監督だろ」

 

 冷静なツッコミありがとうブラージ。というか誰だよシバタって。

 パオロと聞いて思い出した。この人、前のイタリア代表の監督だ。たしか賄賂を受け取らなかったから、うちの社員たちがボコボコにして島流しにしたんだっけ。よく生きてたね。

 

「まったく、あのミスターKという男には酷い目にあったよ。しかし彼がいなくなったおかげで私も解放されてね。こうしてなんとかこの島に戻ってきたというわけだ」

 

 ちらっとパオロ監督はこちらを見てくる。

 こりゃ確実に私が総帥関係者ってバレてますねー。ピューピューと口笛を吹く。

 

「とはいえ、私にできることは少なそうだがね」

「どういうことですか?」

 

 フィディオが首を傾げる。

 

「君たちの試合は全て見させてもらったよ。よくここまで成長したものだ。君たちは完全に私の予想を超えてみせた。……悔しいが、私が指揮してもこれほどにはならなかっただろう」

「パオロ監督……」

 

 ほっほっほと軽く笑っているが、パオロ監督の顔はどこか影が差しているようにも見える。

 たぶん、本当に悔しいのだろう。陰謀で代表の座についた男が、実は自分以上の能力を持っていたのだから。内心はプライドがぐちゃぐちゃになってるはずだ。

 それでもそれを表に出そうとしないのは、彼の人格ゆえだろう。

 

「今の君たちは私なんかが下手に指示を出すよりも、自分たちで考えた方がいいだろう。情けない話だがね」

「そんな、大袈裟ですよっ! 俺たちはまだまだで……!」

「大袈裟などではない。これは長年サッカーを見てきた『イタリア代表監督パオロ』としての判断だ」

 

 フィディオは悩んでいるが、私はこの男の案に賛成だ。総帥は監督といっても、練習内容を細かく支持するようなことはほとんどなかった。せいぜいジャパン戦の前ぐらいだ。

 こらそこ、職務怠慢とか言わない。

 だから私たちは普段自分たちで考え、特訓に励んできた。今さら誰かの指示でやっても困惑するだけだろう。

 

「もちろん、監督としての事務仕事はきっちりやる。いや、そこの彼女の仕事も全て引き受けるつもりだ」

「マジ!?」

「ああ。選手を万全の状態で試合に送り出すのも監督の仕事だからね」

「やったー! パオロ監督大好き!」

 

 神かこの人。正直、このあとに待ち受けているであろう書類地獄に絶望してたんだ。それを全部やってくれるなんて嬉しすぎる。

 

「ねえねえいいでしょフィディオ? この人にもう決めちゃおうよ!」

「ナエ、俺はもうキャプテンじゃないんだが……」

「いや、キャプテンはお前だフィディオ」

「えっ!?」

「お前は俺がいない間もチームを引っ張ってきた。今のお前なら俺以上にみんなを引っ張れるだろう」

 

 ナカタはポケットからキャプテンマークを取り出すと、彼に手渡す。

 フィディオはまだ困惑しているようだ。

 でも誰も文句を言う人はいなかった。

 ナカタの言うように、私たちは今日までフィディオに引っ張られてやってきた。私たちの中ではすでに彼がキャプテンなのだ。

 

「いいのかな、俺で……」

 

 その呟きに、ブラージが大声で答える。

 

「いいに決まってるだろうが! ほれ、お前らも言ってやれ! どうせこいつは言わなきゃわかんねえんだからよ!」

「ったく、あんだけ指示飛ばしといて逆にキャプテンじゃないなんて、むしろありえないぜ」

「僕も賛成だよ! フィディオならやれるよ!」

「ブラージ、ラファエレ、アンジェロ……」

 

 その他にも多くのメンバーがフィディオに賛成の声を上げる。

 うん、決まりだね。

 意地の悪い笑みを浮かべてフィディオに問いかける。

 

「こんなに言われちゃ、やらないわけにはいかないんじゃない?」

「……わかった。キャプテンマーク、みんなの心、預からせてもらうぞ!」

『ウォォォォォォッ!!!』

 

 彼がそう宣言すると、合宿所が拍手と大歓声で溢れた。

 ふと、彼の顔が円堂君に重なって見えた。

 

 これは持論なんだけど、キャプテンに必要なものは『信じる心』なのだと思う。何回もキャプテンやって、それで失敗してきた私だからこその持論だ。

 私のような悪人や小物はまず人を疑うことから始める。いや、普通の人間だったら大なり小なり疑うという心は持つものだ。そして多少悪い面が浮かび上がるとすぐに離れようとする。

 だけど、彼らは違った。

 彼らは私がどんなに悪人でも信じようとするのだ。特にフィディオはすごい。あの総帥を信じるなんて誰でもできることではないだろう。

 だからこそ、あの人を救えたんだろうなぁ。

 ……そして、私も。

 

 みんながこれだけ慕っているんだ。だからきっと大丈夫。

 今日この日、イタリア代表の新キャプテンが誕生した。

 

 

 

 

「……私、忘れられてないかね?」

 

 余談だけど、パオロ監督も無事監督になった。

 まあ些細なことだよね。影薄いし。




 パオロは名前しか出てないのでほとんどオリジナルです。しかし事務仕事担当ということでほとんど出すことはないだろうし、ぶっちゃけ忘れてもらっても構いません。


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突撃訪問! ガルシルド邸

『出たー! 必殺タクティクスアマゾンリバーウェーブ! フランス代表ローズグリフォン近づけません!』

『前線飛び出したのはキャプテンロニージョ! そしてここでストライクサンバ!』

『決まったぁぁ!! ここで試合終了! 勝ったのはブラジル代表ザ・キングダム! 決勝トーナメントに一位通過で殴り込みだ!』

 

 そこでプツンとテレビを消す。

 素晴らしい試合だったけど、今はそこじゃない。RHプログラムにつながる何かがあるかもって思ったけど、さっぱりそんなものは見当たらない。

 まああまり期待してなかったからいいけどさ。

 椅子から立ち上がり、背筋を伸ばしたあとにため息を吐く。

 

 『ザ・キングダム』。今大会で最も優勝に近いと言われているチームで、実力は今見た通りめちゃくちゃ高い。

 しかし彼らはBブロックの1位通過なので、次に当たるのは私たちじゃなくイナズマジャパンだ。

 じゃあなぜそんなチームのデータを見ているのか。

 それはここの監督があのガルシルドだからだ。

 

 前には私や総帥の上司のようなものだって説明したっけ。表向きはオイルカンパニーという石油会社を経営していて、このFFIの主催者兼大会会長でもある超大金持ち。なんなら『世界の経済を握る男』とまで言われており、その影響力を計り知れない。

 まあ私たちの上司って時点でロクな人間じゃないのは確定だね。実際あの男は相当腹黒く、裏社会でもその悪名を轟かせている。

 そして総帥を殺ったのはこいつだと、私は確信している。

 

 私くらい裏に浸かってれば犯人特定なんて容易い。そいつが以前どんな組織にいたとかもね。

 トカゲの尻尾切りというやつなのだろう。やつは総帥に無駄口を割らせないために事故を装って始末してきた。

 ……許せない。

 

 とはいえ、私にはもう殺人をする意欲はなかった。

 約束したから。サッカーで輝いてみせるって。

 だから刑務所にぶち込まれるわけにはいかない。目標を見失っては本末転倒だろう。

 

 だからこいつには生き地獄を味わわせてやる。具体的に言えば警察に逮捕させて終身刑に追い込む。

 幸い、それをできそうな材料を私は十分知っている。

 

 ほら、あれである。RHプログラム。人間を改造するプログラムだ。実際に受けてみたことがあるけど、あれは非人道的といって差し支えがない。実際に死者も大量に出てたみたいだしね。

 これと数々の犯罪の証拠を提出できれば、警察も動かざるを得なくなるだろう。

 

「ナエー! 練習が始まんぞー!」

 

 っと、外からブラージの声が聞こえてきた。

 今日の調査はここまでか。

 窓を見れば日の光が眩しいほど差し込んでいる。

 

 決勝トーナメントの準備期間、練習の合間を縫って調査をしてたけど、パソコンだけじゃ限界があるか。ハッキング技術とかには自信があったんだけど、あっちは専門家を雇ってるせいでデータも抜き出せないし。

 やっぱりガルシルド邸に侵入するしかないか。

 

 次の試合まで残り三日間。トーナメントが始まれば私もそっちに集中せざるを得ないし、大会が終わればガルシルドが国に帰ってしまう。やつ本来の拠点はライオコット島にある別荘とは比べ物にならないほど厳重だろう。

 やっぱりこの大会期間しかないのだ。あいつを逮捕するには。

 

 だったらまず準備をしなきゃね。

 潜入の基本は夜。今は朝だし、時間はたっぷりある。

 私はドアの奥のブラージに返事だけして、パソコンを動かし始めた。

 

 

 ♦︎

 

 

 はいやってきましたガルシルド邸。

 時刻は夜の10時。辺りはすでに周りが見えないほど真っ暗だ。

 私はトラップも見抜ける暗視ゴーグルを頭にかけ、黒いローブを身に纏って庭に潜伏している。

 

 トラップは……ないね。どうやら庭は警備員だけしか配置されていないようだ。

 でも簡単に中に入れるわけじゃない。正面扉などは警備が厳重だし、窓は機械の力で固く閉じられている。おまけに調べたところ、強引に開けると侵入者を知らせる仕掛けになっているようだ。

 アル●ックでもやってた方がいいんじゃないの?

 

 まずはあれを突破しなければ。

 てことでジャジャーン! ハッキングキット〜!

 サイズはスマホくらい。でもこれだけでたいていの機械をハッキングできるのだ。

 その性能、お見せしてしんぜよう。

 

 そうしてポチッと機械をいじろうとした時に、壁の方から突然物音がした。

 警備!? 急いで息を潜める。

 ドスンと何かが落ちる音が三つ。こっそり覗き、目に入ったのは……うん、見覚えのある三人組だった。

 

「うまく潜入できたようだね」

「ガッハッハ! やりゃ意外にできるもんだなぁ!」

「ばっ、バカ、声が大きいぞ……!」

「わ、わりぃ……」

 

 思わず目をこする。しかし目の前の現実はゴミと一緒に消えてくれない。

 いやいやいや! ありえんでしょ、なんで円堂君たちがここにいるわけ!?

 他のメンバーは2人。ヒロトとライデンである。異色の組み合わせだ。

 

 おまけに潜入とか言ってるけど君たちジャージだよね? イナズマシンボルばっちり映ったジャージだよね? 正体隠す気ほんとにあるのだろうか。

 

 あーあー、頭が痛くなってきた。

 どうしようか。なんかよくわかんないけど合流する? いや、さすがにそれはマズイでしょ。あれらといたら絶対バレる。

 

 さんざん悩んだ結果、今は放っておくことにした。

 い、いや、決してオトリに使ったわけではないよ? ただ一緒に行ってバレるくらいならどっか行くまで待とうと思ってだね……。

 心の中でごちゃごちゃ言ってると、円堂君の声が再び聞こえてくる。

 

「で、どうやって入るんだ?」

「正面は見張りがいるようだ……」

「だったら窓だな。行こうぜ!」

 

 まーそこも対策されてるんだけどね。

 締め切った窓はもちろん開かない。って、あんまりガチャガチャやんないでよ。見つかっちゃうじゃん。

 

「閉まってるぞ」

「ここは俺の出番のようだな。任せとけ!」

 

 腕をまくって土方が前へ出てくる。

 む? あの自信、もしかしてハッキングのスキルとか持ってたりするのかも。人は見かけによらないなぁと感心する。

 しかしそれは速攻で裏切られることとなる。

 

 土方は窓の枠を両手で掴む。そしてガニ股になって……。

 

「ふんぬゥゥゥゥッ!!」

 

 って、待て待て待てーいっ!!

 バカか? バカでしょこの人! 頭まで筋肉詰まってるんじゃないの!?

 セキュリティを脳筋戦法で解決してどうする!? このデジタル時代、そんなことすれば連絡行くに決まってるじゃん!

 というか、あれは道具なしで持ち上げられるものじゃ……。

 

 っと思ったのも束の間、バキッという音がした。

 

「……マジか」

 

 うそーん。

 開けちゃったよこのゴリラ。

 こいつ絶対人間じゃない。こんなのがいてたまるか。

 こんな猛獣も育てるなんて、沖縄はいつから魔鏡になったんだ。

 

 って、現実逃避してる場合じゃなかった!

 ブーブー! とアラームが鳴る。

 ほら言わんこっちゃない! いや口には出してないけどさ!

 

「ちょっと強引すぎたか?」

「ちょっとじゃないだろ!」

「突っ込んでる時間はなさそうだ。みんないくよ!」

 

 バレたのにも関わらず円堂君たちはその窓から屋敷内に入っていく。

 ……はあ。さすがにこれは手を貸さないとまずいか。

 円堂君たちは私のように裏のスキルを持っているわけではない。取り囲まれてしまえばたぶん捕まってしまうだろう。

 さすがにそれは私の望むところじゃないので、戦闘用の銃を太もものホルダーから取り出す。

 

「むっ、ここの窓が空いている! おそらく侵入者はもう中……ぐはっ!?」

「狙撃か! どこから……ガハッ!?」

 

 近寄ってくる警備兵たちを次々と撃ち抜いていく。

 あ、使ってるのは実弾じゃないよ。もう犯罪者は引退。せっかく無罪になったのに刑務所にぶち込まれたら総帥に申し訳ないしね。

 ……潜入は犯罪じゃないかって? それはそれ、これはこれである。

 

 一通りの雑魚を片付けたら、私も円堂君たちの後を追う。

 ガルシルドは血も涙もないクソ野郎だ。子ども相手に武器を向けることに躊躇いなんてないだろう。

 そうなる前になんとかしなくちゃ……。

 

「いたぞ、撃て!」

「ああもう邪魔だよ!」

 

 三人の警備が通路の角から現れて発砲してくる。

 それらを最小限の動きで全て避け、一番前にいる男の顔面に飛び膝蹴りをくらわせてやった。

 骨が砕け散る音とともに血の雨が降る。

 そしてその男の体を踏み台に跳び上がり、空中で一回転し、今度は横にいる男にかかと落とし。こちらも頭蓋骨が砕ける音がした。

 血に濡れた髪を整え、ゆっくりと振り返る。

 

「ひっ……ヒィッ! くるなっ、くるなぁぁぁぁっ!!」

「……アハッ」

 

 銃を撃とうと必死に伸ばされた腕を両手で掴み、思いっきり膝でへし折る。男の腕はVの字を逆さにしたように、グロテスクに折れた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 言葉にならない悲痛な叫びがこだまする。

 それを無視し、空中で一回転したあと、回し蹴りを顔面にぶち当ててやった。男はボールのように吹っ飛び、ピクリとも動かなくなる。

 

 ……あっ。

 やばっ、つい現役の時みたいな動きしちゃった。

 生きてるよねこれ? なんか血の池ができあがっちゃってるけど。おまけに首とか人形みたいに変な方向向いてるし。

 ……いや、さすがに一般人じゃなくて警備員なんだから大丈夫でしょ。うん、そうに違いない。

 だから脈とか測らなくて大丈夫だよね? ねっ?

 

 というわけでスタコラサッサとこの場を去る。

 なえちゃんはクールに去るぜ……。

 幸いあれだけ悲鳴とか出されてたのに他の警備とは出くわさなかった。

 あんまりに酷い声だったから逃げたとか? だったらその方が都合がいい。

 

 そうやって走ってると、やっと円堂君たちの姿が見えた。

 ……後ろにヘンクタッカー君たちを引き連れながら。

 

「待ちなさーい! 今待ったら特別に許してあげますよー! ハァッ、ハァッ……!」

「それで許されたこと一回もないんだよ!」

「くそっ、太い体してるくせに意外と速いぞ!」

 

 ヘンクタッカー君あの体型でよく走るなぁ。円堂君たちと同レベルとか、壁山も見習ってほしいものである。

 って、感心してる場合じゃなかった。

 

 急いで駆け寄り、ヘンクタッカー君の横にある壁に飛びついた。

 

「チェストォォォッ!!」

「ひでぶっ!?」

 

 そして壁キックして方向転換するとともに加速。そのままライダーキックを顔面にぶち込んだら、窓を突き破って外まで吹っ飛んでしまった。

 

 闇にうごめく肉団子が窓の外に見える。

 どうやらあまりの痛さに足をジタバタしてるらしい。おまけに泣き声も聞こえた。

 

 ……また加減間違って蹴り叩き込んだつもりなんだけど……。絵面はともかくあれくらって気絶すらしてないとかすごいな。

 

 急に敵がいなくなって、円堂君たちは呆然としていた。

 しかし次に私の姿を見て、大いに驚く。

 

「な、なえ!? なんでここにいるんだ!?」

「それはこっちのセリフだよ。まあ今はとにかく急ごう。お話は走りながらでもできるし」

「わかった!」

 

 私が先導していき、彼らが後に続いていく。

 一本道なのに敵が来る気配はない。

 好都合だ。彼らの方に振り返り、声をかける。

 

「それで、なんでこんなところにいたの?」

「それが……」

 

 円堂君たちが話した内容は胸糞悪いものだった。

 なんでも、彼らは街を歩いている時に偶然、ミスをしてガルシルドの部下から処罰を受けているブラジルの選手を見たそうだ。

 予想できたことだけど、ブラジル代表はあの男の道具として利用され、限界を超えてサッカーをさせられ続けているらしい。中には潰れた選手もいるそうだ。

 円堂君たちはそんな彼らを救おうと、ガルシルドを失脚させるための手がかりを探してここにきたということだ。

 

 相変わらずヘドが出る男だ。目の前にいたのなら喋れなくなるまでアゴを砕いてやるのに。

 

「で、なえちゃんはどうしてここにいるんだい?」

「私の目的は概ね同じだよ。私もガルシルドを突き落としにここにきたの」

「そいつはいい! だったら俺たちと組もうぜ!」

「オーケー。……っと、どうやら着いたみたいだね」

 

 やけに一本道が続くなとは思ってたけど、突き当たりにあったのは明らかに雰囲気が違う扉だった。

 他のよりも一段と大きいし、なによりも装飾品が豪華だ。

 鍵は……かけられてるか。

 

「どうする? また俺がやってもいいが、ブザーが鳴るかもしれないぞ」

「……いや、どうせこの一本道にいることはバレてるし、こっちに来るのは時間の問題だよ」

「よし、じゃあ土方頼んだぞ」

「任せとけ! ……どっせぇぇぇぇいっ!!」

 

 土方がタックルを決めると、扉は壁に当たるほど勢いよく開いた。

 やっぱりこいつ人間じゃない。

 ……えっ、人のこと言えない? うっさい。

 

 慎重に中に侵入する。

 これは……コンピュータだ。しかもかなり大きい。一般人用に使われるものではないのは確かだろう。

 ヒロトと円堂君の2人はそれを触れる。

 

「……ビンゴだ」

「本当か!? さっそくいじってみようぜ!」

「ああ。ここは俺に任せてくれ」

「あれ、お前機械できるのか?」

「ああ。こう見えても吉良財閥の養子だからね。コンピュータの扱いもその時習ったんだ」

 

 あーわかる。私も幼少期にこういうのを詰め込まれたなぁ。おまけに総帥は使えないのに口うるさかったからイラッときたものだ。

 お互い保護者が悪人ということもあり、ちょっぴり親近感が湧いた。

 

「私にもやらせて。こういうのには慣れてる」

「そうか。じゃあ君はそっちのキーボードを使ってくれ」

 

 ヒロトはポケットに入れていたらしいUSBを差し込む。私は中にあるデータを高速で読み取り、必要そうなものを片っ端からそこに入れていく。

 

 ……油田の現状。武器開発。重要そうなデータがどんどん出てくるが、一番欲しいのはこれじゃない。

 どこだ……RHプログラムの情報はどこだ……? それさえあれば決定打になるのに……!

 

『そこにいるのはわかってます! 大人しく出ていきなさい!』

「ヤベェぞ円堂! あいつらが来やがった!」

「おいまだ終わらないのか!?」

「あともう少しだから! 二人は時間稼ぎを!」

 

 背後で扉がドンドン叩かれる音が聞こえる。

 鍵はさっき壊してしまったし、円堂君たちが押さえつけているのだろう。

 最後のファイルを開く。

 中にあったのは……取引先の情報。

 違う、これじゃない! でもここにあるものは全部抜き取った。じゃあまさか、プログラムのデータは他の場所に……。

 

「もう限界だっ!」

「っ、わかった! 私が退路を切り開くから、今すぐ脱出するよ!」

 

 円堂君たちが扉を離れると同時に、ヘンクタッカー君とその護衛たちが勢い余って中に入ってくる。それと同時に私は助走をつけて飛び膝蹴りをくらわせた。

 護衛たちを巻き込んでヘンクタッカー君は吹っ飛んでいく。

 

「今だよ!」

 

 倒れた彼の横を通り抜けて、私たちは元来た道を駆け出した。

 途中で他の警備が現れるも、視界に見えた瞬間に私が撃ち抜いて無力化していく。急な火器の登場に普段だったら驚くだろうが、今はわき目も振らずに走っていく。

 そして窓が見えたところでそれを蹴り砕き、外に出た。

 

「待ちなさーいっ!」

「ゲェッ!? なえの蹴りくらってまだ元気なんて、化け物かあいつ!」

「おまけに銃も避けてくるし! 何者だよあの人!」

 

 というかその巨体でどうやって避けてるのさ!?

 後ろに腕を向けて撃ってるけど掠りもしない。

 そうやって走っていると、ガルシルド邸内にある橋が見える。

 

「よしっ、ここなら……くらえ、スーパーしこふみ!」

 

 私たちが渡り切ったあと、土方は思いっきり地面にしこふみをした。

 すると気でできた巨大な足が落ち、橋が盛大に揺れる。それに耐えきれず、ヘンクタッカー君を含む敵さんは水路へ落ちた。

 ……まあ、あの体型にあの足じゃそうなるよね。

 

 円堂君が土方の背中を叩く。

 

「ナイスだ土方! 今のうちに行くぞ!」

「市街地まではもうすぐだ! あともう一踏ん張りだよ!」

 

 ヒロトの言葉通り、視界に先に市街地の灯りが見える。

 そしてようやく、私たちは街にたどり着くことができた。

 

 注意深く後ろを確認する。

 ガルシルドの警備たちはもう追ってきてはいない。あっちも人目が多い場所まではやってこれないだろうし、諦めたのだろう。

 映画にでもできそうな大脱出劇を経験して、私たちは大きく息を吐く。

 

 呼吸が収まったのか、円堂君がお礼を言ってくる。

 

「さっきは助かったぜなえ。おかげで怪我することなく帰ってこれた」

「ライバルだもの。死んじゃ私が困っちゃうし。でも、こういうのは今度からはプロに任せることだね。わかった?」

 

 少し怒気を込めて言う。

 

「うっ……わ、わかってるって。さすがにあんな目にあうのは二度とごめんだしな」

「ほんとだね。このスリルはちょっと心臓に悪すぎる」

「俺はけっこう楽しかったけどな!」

「……」

「じょ、冗談だって! だからそんな冷たい目で見んなよ!」

 

 まったく、この沖縄ゴリラが……。

 命をサッカー以外にかけるなんて彼らには似合わない。そういうのは、そういうことができるクズどもに任せるのが一番だ。

 これ以上説教すると雰囲気が悪くなりそうなので、方向転換に質問をする。

 

「で、これからどうするの?」

「とりあえず、このUSBの中身を見ることからだな。宿舎だったら開封できるはずだ」

「じゃあ私もついていっていい? 護衛代の代わりにさ」

「もちろんだ。みんなもいいよな?」

 

 ヒロトと土方も頷いてくれた。

 「じゃあ行こう」という彼の声を聞き、私たちは歩き出す。

 そして何事もないまま無事ブラジルエリアを抜け、ジャパンの宿舎にたどり着いた。




 やっぱりサッカーより戦闘シーン書いてる方が得意だなぁ。
 ヘンクタッカー君、地味に強化。実を言うと作者、ヘンクタッカー君はけっこうお気に入りです。ゲームでもチームに入れたりしてましたし。なんかあのお茶目なところが憎めないんですよね。

 あ、あとダークエンジェル編はもうちょっとお待ちください。時系列通りにしちゃうと裏ボスがブラジルやコトワールより弱いことになっちゃうので、出てくるのはもっと先になる予定です。


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闇の陰謀

「では、データを解析するぞ」

 

 響木監督はUSBをパソコンに差し込むと、ミーティングルームのスクリーンにそれが表示される。

 それを、私はイナズマジャパンのみんなと眺めていた。

 

 ガルシルド邸から脱出したあのあと、私たちは特に襲われることなくジャパンエリアの宿舎までやってくることができた。

 それを響木監督に渡して今見ようとしてるってわけだ。

 

 ちなみに席は最後尾でぼっち状態である。

 仕方ないじゃん、所属が違うんだからちょっと気まずいんだよ。鬼道君とかシロウの横に行こうと思ったけどちょうど全部埋まっちゃってるし。

 円堂君? 彼がぼっちなわけないでしょ。

 おまけに鬼道君の横座ってるのは、あの不動だし。なにしれっといるんだよ。お前孤高の反逆児なんだからぼっちしてろよ。

 

 話が脱線しちゃったな。

 スクリーンに色々なデータが表示される。

 

「響木監督!」

「ああ。お前にもわかったか」

「いいえ、なに書いてあるかさっぱりわかりません!」

 

 ガクッと響木監督がうなだれる。

 まあ中学生に理解できる内容ではないしね。案の定一部を除いてみんなは円堂君のように疑問符を浮かべていた。

 ヒロトはともかくメガネ君が「なるほど」とか言ってるけど、地味にすごいなあの人。

 響木監督は仕方ないというように、わかりやすくデータの内容を教え始める。

 

「まずこいつは油田のデータだ。ガルシルドが経営するオイルカンパニーのな」

「……なんか、どれもすごい右肩下がりになってますね」

「そこはさすがにわかるか。ああその通りだ。油田から取れる石油の量が急速に減少している」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? これじゃあピーク時の25%もないじゃないですか!」

 

 メガネ君が驚きながら叫ぶ。

 響木監督は頷きながら続ける。

 

「そうだ。ガルシルドの油田は枯れかけている。おそらくこれからはほとんど取れなくなるだろう」

「あのー響木監督。その油田が悪事とどう関係があるんですか?」

「関係大ありだ。こいつを見ろ」

 

 開かれる前にちらっと見えたファイル名には兵器生産量という文字が見えた。それがクリックされ、何かのデータが数字とアルファベット、グラフ付きで表示される。

 円堂君がまゆを寄せてしわを作る。

 

「響木監督。英語はちょっと……」

「はぁ……こいつはアルファベットであっても英語じゃない。兵器の名前だ」

 

 まあM56とかB2とか円堂君にわかるわけないよね。ちなみに前者は戦車、後者は爆撃機である。

 なおも疑問符を浮かべている彼に、ヒロトが助け舟を出す。

 

「円堂君。ガルシルドは兵器を開発しているようなんだ」

「そーそー。それも私が持ってるこんな豆鉄砲みたいなやつじゃないよ。一瞬で敵を壊滅させられる戦略級兵器って言えばいいかな」

 

 太もものホルダーから黒光りするそれをぷらぷらとかかげる。

 「ひっ」という声がいくつか聞こえた。

 

「なえ。ふゆっぺとかはそういうの慣れてないんだ。だからな?」

「あーそっか。ごめんごめん、慣れてない人がいるの忘れてたよ」

「私たちは慣れたくなかったですけどね……」

「あはは……」

 

 ふゆっぺ? ちゃんを除いたマネージャー組が苦笑いを浮かべる。

 そういえば夏未ちゃんがいないな。まさか家事スキルがあまりになくてお役御免になったのか。あの子のツッコミが聞けなくなるのはちょっと残念だ。

 ちなみに私の中の各マネージャーの役割は

 

 秋ちゃん→家事

 春奈ちゃん→情報収集

 夏未ちゃん→ツッコミ

 

 である。

 ここにふゆっぺちゃんが入るわけだから……あの子はたぶんボケ属性だな。おっとりした顔してアホみたいなことを言うのだろう。

 

「あの人……私を見てる……?」

「あー見ちゃいけませんよ。冬花さんにはちょっと刺激が強すぎますから」

 

 春奈ちゃんがふゆっぺ……じゃなくて冬花ちゃんの顔をくいっと横に向ける。

 

「それにしてもこの量の兵器……ガルシルドは戦争でも起こす気か?」

「そうなんじゃねーの? 戦争やったら儲かるのはそいつなんだからよ」

 

 鬼道君の呟きに不動がさらっと答えを言った。

 憎々しいけど……相変わらず頭の切れるやつだ。私と同じ沼に浸かってた分、そういった悪意には敏感なのかも。

 彼の言葉にハッと鬼道君は顔を上げる。

 

「そうか……戦争をするには大量の石油がいる。つまり戦争を起こせばガルシルドの枯れかけた油田でも莫大な利益を得ることができる……!」

「それだけじゃねえぜ。戦争に使う兵器まで作って売り出せば、やつの気分次第で戦争をコントロールできる」

「それはつまり……世界を征服したも同然というわけか」

『せ、世界征服!?』

 

 みんなが驚くのも無理はない。私だってぶっ飛びすぎていまいち実感できてないくらいだ。

 アニメとか漫画でならそういった言葉をよく聞いたことがある。しかしこれは現実なのだ。リアルで、それも大人になってこんなバカげたことを真剣に考えたことがある人が果たしてどれほどいるだろうか。

 まったく、厨二病も大概にしなよあのクソジジイ。

 

「FFIもおそらくガルシルドの計画の一部なのだろう。最近、このサッカーで各国首脳の間が緊張していると聞く」

「それもガルシルドのせいでしょうね。どーせあのクソ野郎のことだし、裏で各国の対立の火種を煽ってるに違いないよ」

 

 使えるものはなんでも使う。それがガルシルドという男だ。

 やつにはサッカーへの愛情なんて欠片もないのだろう。そんなのがこの夢の大会のトップって言うんだから、腹が立って仕方がない。

 他のみんなも同じ気持ちなのだろう。みんなやり切れなさそうな顔をしている。

 土方が怒りに肩を震わせ、机を殴る。

 

「くそったれっ。なにが『私の愛するサッカーによる全世界平和を願う』だ! 真逆もいいところじゃねえか!」

 

 もう一度拳を振り下ろそうとして、急に彼の腕が止まる。

 その横からすさまじい怒気を感じたからだ。

 目を瞑り、円堂君は静かに怒っていた。

 そこから背筋も凍るように迫力が発せられており、誰もが言葉を失う。

 

「許せない……! 俺たちの大好きなサッカーを、そんなくだらないことのために汚すなんて……っ!」

 

 ……ガルシルドは私たちの、いや世界中のサッカープレイヤーたちの夢を踏みにじった。

 だから絶対倒さなければならない。

 総帥も……たぶんそれを望んでいるはずだ。

 

 暗くなった雰囲気。それを払拭しようとしたのか、メガネ君は無理に明るそうな声を出す。

 

「でもよかったじゃないですか! これでガルシルドを逮捕することができますよ!」

「へっ?」

 

 呆けたような顔を円堂君は浮かべる。

 彼は得意げに話を続ける。

 

「だってその証拠がここにあるじゃないですか! これを警察に届ければきっとガルシルドを逮捕できます!」

「そ、そうか!」

「じゃあブラジル代表のやつらも助かるのか! よっしゃあ!」

 

 彼がそう言い終えるのを皮切りに、どっとミーティングルームが明るい声で満ちる。

 土方なんてさっそくブラジル代表の人たちに知らせようとしてる。

 

 たしかにメガネ君の言うことは正しい。それに盗んだデータの中にはそれ以外の犯罪の証拠もあるはずだ。普通の犯罪者だったら捕まること間違いないだろう。

 ……そう、普通の犯罪者だったらね。

 

「たぶん、それは無理だよ」

 

 明るくなった雰囲気をばっさり切るように、断言する。

 一瞬、静寂が訪れる。

 

「ど、どうしてですか!? 現に証拠ならここに残ってるじゃないですか!」

「そこにあるのは結局ただの油田と兵器開発のデータだよ。あとはほとんど軽犯罪。金を払えば解決できるものばっか」

「で、でもこれを見れば誰だってその意図に気がつきます!」

「でもそれはあくまで予想なんだよ。過去に起こったわけでも計画書が出てきたわけでもない。未然犯罪とでも言えばいいのかな」

 

 さらに私は続ける。

 

「それにガルシルドはたぶん警察にも手を回してる。単に提出するだけじゃ握りつぶされておしまいだろうね」

「そんな……」

 

 はぁ、一気にまたお通夜ムードになっちゃった。

 みんなにはあんまりこういった社会の闇を見せたくなかったんだけどね。ぬか喜びさせるのはかわいそうだから。

 

 さすがにこれだけじゃ不安しかないと思うし、今後の具体的な目標だけでも教えておくか。

 

「みんな聞いて。ガルシルドを逮捕するのに必要なデータは二つ。一つはRHプログラム。もう一つは過去やつが行った重犯罪の証拠だよ」

「RHプログラム? なんだそれ?」

 

 円堂君が初耳と言わんばかりに聞いてくる。

 

「人間をお手軽に強化する技術だよ。電極とか指して特定の電流を流すだけで、簡単に人間を強化できるってわけ」

「なっ……そんなの人体実験だろ!」

「そう。この技術は非人道的な実験が何回も行われてる。実際に死んじゃった人もいるみたいだし、これだけあればかなりやつを追い詰められるね」

 

 私が受けたプロトタイプとか死亡率99%だしね。というか私以外は全滅だった。まあ特訓に銃とか地雷使う時点で頭おかしいしね。今思えばよく私生きてたな。

 プロトタイプだけでもそれだけ犠牲が出てるんだし、新型もかなり死んでるに違いない。犠牲者には悪いけど、あのクソの罪を重くするため、できる限り死んでてほしいものだ。

 

「それで二つ目。これはやつが今まで行った重犯罪の証拠」

「重犯罪? えーと……」

「たとえば、殺しとかね」

「っ!?」

 

 予想外の言葉だったのか、彼らは驚いた顔をする。

 うーん、兵器開発してる時点で察してると思ってたけど。

 

「ガルシルドって腐っても大企業の社長なんだろ? そんな殺しなんてするのか?」

「やってるさ。現に最近だって一人殺されてるじゃん」

「っ、まさか……!」

 

 私の言葉に思い当たることがあったのか、突如鬼道君は青ざめた顔で私を見てくる。

 

「総帥の死。あれは間違いなくガルシルドの手によって行われたものだよ」

「……くそっ……!」

「鬼道……」

 

 何かを喋ろうとして、しかしそれは言葉にならず、行き場を失った怒りで彼は机を叩く。

 彼にとってもこの事実は大きいだろう。しかし今の彼は一人じゃない。円堂君たちがいる。だからこのことも受け止められると思って、話すことにした。

 それは正しかったようで、彼はしばらく俯いたあとに円堂君たちといくつか言葉を交わし、いつもの顔付きに戻っていた。

 

 その円堂君は、今度は私に問いかけてくる。

 

「もしかして、お前がガルシルドを追う理由って……」

「まー、正解かな。でも安心して。殺すつもりはもうないよ。私は総帥の意思を継いでサッカーをしなきゃいけないからね」

「……そっか。だったら俺はできる限りお前に協力するぜ。昨日の敵は今日の友達だ!」

「えっ……酷い、円堂君……今まで私のこと友達って思ってなかったの……?」

「えぇっ!? いやこれはそのっ、言葉のあやというか……!」

 

 私がショックを受けたみたいに目をうるうるさせると、彼はあたふたと慌てだす。

 ふふっ、純粋だなぁ。他の人は私の演技に気づいているようだけど、ニヤニヤしたりヤジを飛ばしたりして同じくからかっていた。

 

「くふふっ、冗談だよ冗談。言葉にしなくてもボールを蹴り合った時から私たちは友達だもんね」

「……それだと、帝国戦の時からずっと友達って思ってたってことッスかね」

「うししっ、あれだけ敵対しといて友達名乗れるってすげえ頭してるよなぁ」

「そこ、うるさいよ」

 

 それにお気に入りの友達にはイタズラしたくなるものでしょ。まあ大半のちょっかい(試合)は総帥の意思だったけど。

 まあそれはいいとして。

 

「私は今度ガルシルドの屋敷にまた入ってみることにするよ。データがなきゃどうにもならないしね」

「じゃあ俺たちも……」

「それはダメ。円堂君たちはもうすぐ試合でしょ?」

「うっ……」

 

 正直彼らがいても足手まといだしね。

 再潜入するガルシルド邸の警備は、たぶん今日とは比べ物にならないほど強化されているはず。万が一見つかったら今度は私でも守れる保証がない。

 しかし仲間思いな円堂君のことだ。こっちがどうしても心配なようで、納得しきれていない様子。

 

「だけど、お前だって俺たちより早くに次の試合があるだろ?」

 

 たしかに私は三日後にコトアール代表との試合を控えている。

 だから今日中に片付けたかったんだけど、そうも言ってられなくなっちゃった。

 

「もちろん潜入はその後にするつもりだよ。さすがに時間を空けとかないとあっちの警戒心も下がらないだろうし」

「それでも、やっぱり心配だ」

 

 むー。やっぱり納得してくれないか。他人を放って置けないのは彼の美点だけど、今回はちょっと困るかな。

 他の人にならまだしも、円堂君にはっきり足手まといと言う勇気は私にはない。だから別の理由を探していると、久遠監督から声がかかってきた。

 

「そこまでだ円堂。私もお前がついていくことを認められない」

「か、監督、でも……」

「円堂。お前が今すべきことはなんだ。……世界を取るためだ。お前たちの背には、お前たちを送り出した全日本人の夢が乗せられている。ならば選ばれた者、代表として今はその責任を果たせ」

「監督……」

「その通りだよ円堂君。私たちの最終目的はあくまで世界一。だったら、ガルシルドなんか気にしてる暇はないんじゃない?」

 

 それに、私だって決勝での再戦を楽しみにしているのだ。上がってきてもらわなくちゃこっちが困る。

 それでもまだ悩む円堂君の前に、鬼道君と豪炎寺君がやってきた。

 

「ガルシルドなんか、か……。あのガルシルドをあそこまでぞんざいに言うのはアイツらしいが、確かにその通りだ。俺たちには犯罪者などに構っている余裕はない」

「ああ。それでも何かしたいと言うのであれば、まずはやつが率いるブラジル代表を倒すのが先だ」

「……わかった。まずは打倒ブラジルだ! ガルシルドの件はなえ、お前に任せたぞ!」

 

 ようやく迷いが吹っ切れたようだ。これなら彼はいつも通り突き進んでくれることだろう。

 ……私も、まずは目の前の敵を倒さなくちゃね。

 彼の頼みに私は頷く。

 

 そうしてしばらく話し合ったところで、今日は解散となった。




 兵器の名前とかは適当にネットから拾ってきました。作者、剣とかの中世あたりの武器や武術の本はけっこう持ってるんですが、現代兵器は詳しくないんですよね。なのでなにか間違ってても生暖かい目で見逃してください。


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小さな巨人たち

 またまた投稿が遅れました。申し訳ない。


 ガルシルド邸での事件から三日後。

 とうとう決勝トーナメント初戦の日がやってきた。

 

 コンドルスタジアムの控え室にて、目を閉じる。すると壁を通り抜けて、観客たちの大歓声が聞こえてくる。

 その大多数がイタリアの名を叫んでいる。

 

「……大人気だね。敵さんの応援なんてほとんど聞こえないよ」

「コトアールは南アフリカの貧しい国だ。おそらくチケットを買えなかったんだろう」

 

 独り言にナカタが返事を返してくる。

 コトアール代表『リトルギガント』。

 彼らをビデオで見た印象は『得体が知れない』というものだった。

 この決勝まで上がってくる実力はあるけど、格別に強いわけじゃない。予選リーグじゃブラジルに負けてるしね。

 しかし、どうしても私には彼らが本気を出しているようには見えなかった。

 試合を見ていればわかる。

 終始乱れていない呼吸。今まで一度も出されていない必殺技。なによりも、負けても本気で悔しがっていない。

 

 それに、不安に思う要素もまだある。

 アラヤダイスケ。コトアール代表を務める監督だけど、公式データは一切不明。しかしその正体を、総帥からもらったデータを通して私は知っている。

 円堂大介。

 当時の日本代表をまとめ上げた伝説的存在。そしてもちろん、あの円堂君の祖父さんでもある。

 前に飛行機で総帥から話を聞いた時は正直半信半疑だったけど、まさか本当に生きているとはね。私、というより総帥の間にある因縁はちょっと闇が深いものだが、そこはもう説明しなくていいだろう。

 とにかく、そんなすごい人が率いているチームなのだ。決して弱いはずがない。

 

 ……ちなみにビデオ見て気づいたんだけど、何故か夏未ちゃんがあっちのマネージャーになってた。

 いやなんでそこにいるのよ。円堂君はどうした?

 ……まさか、大介さんの方から落として外堀から埋めていくつもりなんじゃ……。

 夏未ちゃん、意外と恐ろしい子……!

 ちょっとあの子の見る目変わっちゃいそう。

 

 情報をそうやって整理していると、フィディオが全員に話しかける。

 

「みんな、ここはもう決勝トーナメントのステージだ。試合のレベルも今まで以上になると思う。だけど俺は信じてる! ここにいる俺たちが世界最強なんだってことを!」

『おうっ!!』

 

 全員の意思がまとまったところで、ドアの外から時間を告げるように声がかかってきた。おそらくは業務員のだろう。

 

「よし、それを今から証明しにいくぞ!」

 

 勢いよくフィディオは扉を開く。そして右腕にあるキャプテンマークを揺らし、力強くグラウンドへと歩いていった。

 

 

 私たちが姿を現した途端に、爆発したかのような歓声が湧き上がった。

 フラッシュの雨を浴びながら、それを堪能するようにゆっくりとベンチに向かう。リトルギガントはすでにアップを始めているようだ。

 ナカタは観客たちを眺めて感慨深そうにしている。

 

「ふっ……本当はここに立つつもりじゃなかったんだけどな」

「まーたぐちぐち言ってるの?」

「ああ。やはり君たちの成長のためにも、俺は出ない方がいいんじゃ……」

「あーのーねー! 全力を出し切るのは当然として、それで負けていい試合なんてあるわけないじゃん!」

「……それもそうだな。むしろここで出ない方が相手にとっても、国のみんなにとっても失礼か」

 

 はぁ……。

 今の話でわかるように、この栗頭は最初試合に出ないつもりだったのだ。みんなの成長のためとかなんとか言ってるけど、不完全燃焼のままやってもレベルアップするわけないでしょうに。フィディオはコロッと頷いてしまったので説得するのに苦労したよ。

 ……私はこの試合、勝たなければならない。

 勝って円堂君ともう一度……そして世界を……。

 それがあの人のためにできる、私の唯一の恩返しだから。

 

 誰かのために戦う。私にとっては初めてのことだ。

 なんとなくいつもより肩が重く感じる。回すとコリコリと音がなる。

 こんな重圧をいつも円堂君は背負ってきたのかと思うと、改めてすごいなって思った。

 

 

 アップが終了し、リトルギガントはベンチに戻っていく。

 その時、驚くべきものを私たちは見た。

 彼らはユニフォームの下から、次々と鈍色の物体を取り出していく。それが地面に落ちた時、耳を疑うような大きな音が聞こえてきた。見れば謎の物体は地面に埋まりかけている。

 重りだ。しかもとんでもなく重い。あんなものをつけてアップしてたのか。

 彼らの顔に疲れは見えない。その事実に、いっそう気を引き締めた。

 

 二つのチームは二列になってセンターラインを境目に並ぶ。

 うーん……なんか敵の顔ぶれ、どこかで見たような気がするんだよなぁ。上に比べて足がやけに短いデブとかヤクザみたいな顔つきのフォワードとか。

 ま、気のせいだろう。私にコトアールの知り合いなんているわけないし。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今日のフォーメーションはこんな感じ。

 メインは私とフィディオ、ナカタだ。ジャパン戦みたいにこれでネオギャラクシーを狙っていくって感じ。

 キックオフは相手から。

 ホイッスルが鳴り、試合が……始まった。

 

 ドラゴというヤクザのような目つきの男が駆け上がってくる。

 私たち前線のメンバーは一瞬で目くばせをし、タイミングを調整してわざと抜かせる。

 理由? もちろんこれを発動するためだ。

 

「いくぞ、必殺タクティクス—— カテナチオカウンター!」

 

 誘い込まれたせいで、ドラゴは私たち側のコートの中盤に中途半端に飛び出す。

 そこをフィディオがヒールブロックでボールを奪う。

 

「いってこいナエ!」

 

 蹴り上げられたボールは前線に一人上がっていた私に渡った。

 今度は私が敵陣地に飛び込んだ形になる。しかし私を一緒にしては困る。自慢のスピードとテクニックであっという間に二人を抜いて、ペナルティエリア前に着く。

 ディフェンス陣が守りを固めてくる。だけど、突け入る隙はもう見えてる。

 

スプリントワープ!」

 

 桃色のオーラを身にまとい、一瞬で加速。その急激な速度の変化に相手はついていけず、私の体は彼らの間をすり抜ける。

 そして一対一。両手を向けて構えるキーパーに対して、両足でボールを挟み、回転しながら宙へ跳ぶ。

 

「潰れちゃえ! —— 皇帝ペンギン零式!」

 

 指笛によって呼び寄せられたペンギンたちが空を泳ぐ。

 足元に描かれた六芒星の魔法陣がボールを中心に置き、妖しく輝く。

 そこに蹴ると——六つの閃光が空を切り裂き、ゴールへ向かって放たれた。

 

 迫り来る桃色の光を目にしながらも、彼の表情は変わらない。

 とうとう光に包まれて、こちらからはキーパーの姿が見えなくなる。

 決まったと思った瞬間、閃光の中で赤い光がXを描いた。

 

ゴッドハンドXッ!」

 

 そんな声とともに、閃光が切り裂かれた。

 中から出てきたのは神々しい赤光で形成された巨大な手。助走とともに繰り出されたそれは閃光を弾き飛ばし、ボールを完璧に静止させてみせる。

 その手を私はよく知っている。

 『ゴッドハンド』。円堂君の十八番技にそれは瓜二つだった。

 

「点はやらない……この僕がいる限り! ……な〜んてね! へへっ!」

 

 鋭い眼差しでそう言ったあと、すぐさま照れたように彼は表情を崩して笑った。この無邪気な雰囲気も、どことなく円堂君に似ている。

 これがコトアールキャプテン、そして円堂大介の弟子『ロココ・ウルパ』。

 

「君、すごいね。この大会で僕が受けた中じゃ一番の衝撃だよ」

「軽々しく止めたくせによく言うよ」

「師匠の教えがいいからね。じゃあ、次は僕たちの番と行こうか!」

 

 ロココがボールを高く蹴り上げる。それはセンターラインを超え、オルフェウスコートへ。周りにはリトルギガントのフォワード、ミッド陣が大集結している。

 ……なるほど、誘い込まれたってわけか。やけにディフェンスがあっさりしてたのは彼が確実に止めることを信じてたから。そんでカウンターと。

 

 小さな巨人たちの猛攻が始まる。

 起点はボールを受け取ったゴーシュから。まるでシュートのようなパスを撃ち、しかし相手はそれに余裕で追いついてまたシュートを出してくる。

 なにあの速さ……私には及ばないけど、全員がフィディオとかナカタレベルだよ。

 

 リトルギガントの平均身体能力は、明らかに私たちを超えていた。

 巨体が自慢のダンテがタックルをしかけた。しかし彼は逆に自分よりも一回りも二回りも小さい選手にすら跳ね除けられてしまった。

 

ヒートタックル!」

バーバリ……ぐあっ!?」

 

 必殺技を出す時間もない。なのに相手の必殺技ばかりが決まっていく。

 っ、まずい。ボールを奪われてから1分も経ってないのに、もうペナルティエリア前まで攻め込まれちゃってる。このままじゃ私が来るまでに間に合わないよっ。

 

「フィディオ、挟み込んで止めるぞ!」

「はいキャプテ……じゃなかった! ナカタさん!」

 

 オルフェウス内でも最も実力のある二人がゴールへの道を塞ぐ。しかしそれを前にしても、現在ボールを持っているマキシと、並走しているドラゴは余裕そうに見える。

 

「おいマキシ、あれをやれ!」

「オーケーオーケー。ほらよっ!」

「っ、シュートか!」

「待てフィディオ! あれはシュートじゃない!」

 

 マキシが蹴り出したボールをブロックしようと、フィディオが前に飛び出す。しかしその足が当たる前に、目を疑うような出来事が起きた。

 なんと、ボールが突然サーフボードみたいに伸びたかと思うと、ものすごい速度で宙を浮きながら突き進んできたのだ。

 

「ハッハッハッ! エアライドォ!」

「バカなっ……ガハッ!?」

「フィディオ! ぐぁっ!?」

 

 その上にドラゴが着地。まるでスケボーみたいなアクロバティックな動きを決めると、勢いのままに彼らを蹴散らしていく。

 その先のディフェンスも同じような結末だ。必殺技を出す前に全部吹っ飛ばされてしまった。

 

 残るはブラージただ一人。

 奇しくも、私の時と瓜二つのシチュエーションになる。だけど、結果まで同じとは限らない。

 

「こい! イタリアの壁の高さを教えてやる!」

「口先じゃなくてボールで語りな! —— ダブル・ジョー!!」

 

 ドラゴが上下横の三方向から蹴りを加えると、ボールは赤い竜のアゴを現出させ、Wを描くようにジグザグに飛んでいった。

 対するブラージはジャパン戦以上に巨大なコロッセオの壁を出現させる。

 ぶつかり合う二つの技。しかしアゴはまるで勝負にもならないと壁を噛み砕き、ブラージを押しのけてゴールネットに突き刺さった。

 

『ゴォォォルッ!! コトアールまさかの先制! 見たこともない実力でオルフェウスを圧倒したァ!』

 

「案外ちっせえもんだなぁ! イタリアの壁ってのはよ!」

「ぐっ……!」

 

 進化したブラージの技がこうもあっさりやられるなんて……。

 一連の流れを見てわかった。あのドラゴとかいうフォワード、実力は間違いなく私やフィディオと同格だ。

 いや、その表現はちょっと違うか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは……予想外だ」

「弱気?」

「まさか。俺が出てきたのは正解だったと思ってたところだ。君の勘は正しかったようだな」

 

 ナカタが見据えたのは、逆側のゴールにいるロココ。

 ……悔しいけど、今の私やフィディオだけじゃたぶんあいつから点を奪うことはできない。ああも簡単に止められてるのを見たらわかる。

 だけど、希望が潰えたわけじゃない。私たちには三人が揃うことで撃てるあの技がある。

 ジャパン戦で試合を決めたあの技『ネオ・ギャラクシー』が撃てれば……。

 

 私とナカタはフィディオにアイコンタクトを送る。それに頷き、彼はチームのみんなを励ます。

 

「みんな、試合はまだまだだ! 一点を返す時間は十分にある! ここから逆転するぞ!」

「おうっ! 先制点取られた程度で動揺するほど、楽な試合を積み重ねてきたつもりはねえぞ!」

 

 ブラージたちは大丈夫なようだ。その声は虚勢を張っているものではなく、戦いへの熱を感じられる。

 たとえ個々の力が劣ってても、絆の力でそれを補っていく。円堂君だって毎回やってることだ。

 やってやるさ。

 そう決意し、センターサークルの中央にボールを置いた。



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小さき巨人、秘めたる力

 ホイッスルが鳴り、かかとでバックパスをナカタに出す。

 戦況は1対0。おまけに敵キーパーのロココは一人じゃ太刀打ちできない。この状況を突破する鍵になるのは『ネオ・ギャラクシー』だけだろう。

 ナカタを頂点とし、逆三角形のような陣形になりながら、私たちは前に進む。

 

『これは華麗だ! オルフェウス、鮮やかなパス回しで一度もボールを触らせていません!』

 

 近づかれたら二人のどちらかへパス。それを前進しながら高速で繰り返し、どんどん敵陣へ潜入していく。

 しかし相手もバカではない。敵コートの中盤ぐらいまで行ったところで、私がボールを持っている時に二人の壁が立ちはだかった。

 すぐにボールを出そうとして、気づく。他の二人にもマークがついていることに。

 

「あなたは通しませんよ!」

「ご自由にどうぞ。私も通る気はないし」

 

 足の外側、つまりアウトサイドでボールを横に流す。そこにいるのはアンジェロちゃん。敵さんは四人も固まっていたことで、あっさり彼に抜かれてしまった。

 しかし敵はまだいる。アンジェロちゃんの正面から、突風を纏いながら迫る選手が一人。

 あの青バンダナは……たしかウィンディだったっけ。陸上競技のフォームで走る姿は風丸そっくりだ。そしてその速さも。

 

「遅い! 分身ディフェンス!」

 

 ただでさえ速いウィンディが三人に分裂して、襲いかかってきた。

 あのスピードじゃ、回避はまず難しいだろう。アンジェロちゃんは小回りは効くけどスピードが突出してるわけじゃない。

 でもまあ、()()があるから大丈夫でしょ。

 その予想通り、アンジェロちゃんは腕を天に掲げ、指を弾いた。

 

 その瞬間、世界が色を失う。

 

ヘブンズタイム

「……ハッ、いない!? ……って、うぉぉっ!?」

 

 気がついたらウェンディは何もないところにタックルをしかけていて、アンジェロちゃんはそんな彼の後ろにいた。

 ポカンとした表情を浮かべるウェンディ。彼は状況を理解することなく、アンジェロちゃんが立っていた場所から発生した竜巻に呑まれ、吹き飛ばされていった。

 

 いやー、なかなかの掘り出し物だったね。

 『ヘブンズタイム』はもちろん私の美容の師匠アフロディの技。でも私だって適性がないだけで原理くらいは理解しているのだ。伊達にゼウスのキャプテンやってたわけじゃない。

 それでコトアール戦前に悪ふざけであれ教えてたら、なんと彼には適性があったことが判明した。それからは大忙し。急ピッチで仕上げたから、まだまだ粗いところはあるけど、うまくいってよかった。

 

 コーナー付近までたどり着いたところで、アンジェロちゃんがセンタリングを上げる。それを誰よりも高いところで私が受け取り、ナカタへパス。

 

 そして、ペナルティエリア前で三人が揃う……前に、地面に大きな亀裂が走る。

 

グランドクウェイクッス!」

「ぐっ、分断された……!?」

 

 突如ナカタと私たちの間の地面から泥の壁が噴き上がった。それに巻き込まれ、体が宙に放り出されたあと、地面に叩きつけられる。

 これは……あの壁山みたいなセンターバックのせいか。

 顔をしかめていると、ロココが話しかけてくる。

 

「悪いね、夏未の分析と作戦のおかげで君たちの技は対策済みだよ。僕としては受けてみたかったんだけど……負けてはいられないからね」

 

 お嬢ぉぉ!!

 なに敵に回った瞬間に強化されてるんですか!? あなたつい最近までクソ不味いおにぎり握るだけの癒し担当だったじゃん!

 そんな能力あるんだったら、エイリア戦で活かしてほしかったよ……。

 そんな私の嘆きを察したのか、目を合わせたとたん気まずそうに髪を弄り始めた。おまけに目も逸らされてるし。

 

 私たちが立ち上がり、戻ってくるまで待っている時間はない。その間にも敵はどんどん集まってくる。

 そう判断したようで、ナカタは即座にシュート体勢に入った。

 

ブレイブ……ショォォォットォォォォッ!!」

 

 オーバーヘッドで蹴られたボールが輝き、青い流星が流れる。

 

ゴッドハンドX!」

 

 しかし、それですら赤き神の手を撃ち破るには至らない。

 流星は手に衝突した途端に回転を止め、黒煙を出してロココの手の中に収まってしまう。

 

「もう一点だ! いっけー!」

「全員、カテナチオカウンター準備! 急いで戻るんだ!」

 

 再び打ち上げられるボール。そこから猛攻が始まり、どんどんオルフェウスコートが侵入されていく。

 さっきと同じパターンだ。でも、何度もはやらせはしない。

 ボールを追い越すほどの勢いで戻ってきて、敵の前に立つ。

 

デーモンカットV2

エアライド! ……がっ!?」

 

 私が出した紫色の炎の壁に、さっきのボールサーフェンが激突。

 サーフェンはものすごい勢いでも、乗っている人は生身だ。ゆえに激突した時、真っ先に投げ出されたのはドラゴだった。しかしその衝撃は凄まじく、意図しない場所にボールが弾かれてしまう。

 それを敵のゴーシュが拾う。

 

「よくやったナエ! これでカテナチオカウンターが発動できる!」

 

 ギリギリ間に合ってよかった。ゴーシュの周りをみんなが取り囲む。

 発動されるのは、もちろん……。

 

カテナチオカウンター!」

「っ!」

「ダンテ!」

 

 ボールを奪ったフィディオがセンターサークル内にいたダンテにパスを出す。時間稼ぎをやってて私が上がれていないからこその選択だろう。

 すぐに前線に上がるために足を動かそうとして、さっきボールを取られたゴーシュが気になることを呟いた。

 

「カテナチオカウンターか……。たしかにすごい必殺タクティクスだ。だがまだ足りない」

「……なにが言いたいの?」

「見せてやるってことさ! 最強の必殺タクティクスを!」

 

 カテナチオカウンターを超える必殺タクティクス。そんなものが本当にあるの?

 私が知ってる限り、カテナチオカウンターは最強だ。まず人数が八人もいるし、発動速度も防御力もトップクラス。おまけに名前の通りカウンターにつなげられて速攻性もある。

 あちらがカテナチオカウンターを過小評価してるとは思えない。あれくらいの実力者だったら正確に私たちの実力を測っているはず。

 考えていたその時、ロココが大きな声で指示を出した。

 

「マキシ今だ、指示をお願い!」

「いくぞみんな、必殺タクティクス——サークルプレードライブ発動!」

 

 なに……あれ……?

 それは不思議な必殺タクティクスだった。

 まず八人が一瞬でダンテを円状に囲い込む。ここまでは普通だ。

 しかし、彼らは緑色のオーラを纏うと、風を巻き起こそうとするようにダンテの周囲をグルグルと走り始めた。それはだんだんと加速していき、やがて選手たちの姿が見えなくなる。そのころになると、彼らはもはや緑色の竜巻と化していた。

 

「ぬぉぉぉぉっ!?」

「ダンテ!」

「……あの竜巻、動いてる……」

「なんだって!?」

 

 見間違いなんかじゃない。竜巻は明らかにこっちに向かって移動してきていた。

 何人かの選手たちがそれを食い止めようと体当たりをしかける。しかし効果はまるでなく、全て弾かれてしまう。

 それは私たちも変わらない。

 

デーモンカットV2! ——きゃぁっ!?」

「ナエっ!」

 

 進路上に紫炎の壁を設置するも、まったく意味がなく、私は竜巻の中に飲み込まれてしまう。

 前後左右がわからない。まるで体をシェイクされている感覚。激しい風で体が様々な方向に力が加えられているのを延々と感じながら、竜巻の中を彷徨い続ける。そうやってボロ雑巾のように体をめちゃくちゃにされたあと、私は放り投げられた。受け身も取れず、歪な体勢で地面に激突してしまう。

 

 立ち上がろうとして、酷い吐き気が襲いかかってくる。

 ぐ……三半規管を狂わされたせいで、酔いが来てるんのか……。

 とてもじゃないが、数秒で立つことは無理だった。

 

 竜巻はあらゆる障害を弾き、ようやく止まる。

 ダンテは状況把握しようと周りを見渡し、そして驚いたような表情を見せる。

 そこは、ゴール前だった。

 袋小路に追い詰めた獲物を狩るように、リトルギガントが動き出す。

 

ダブルサイクロン!」

「ぐあああっ!!」

 

 竜巻が終わったと思ったら、また竜巻。

 ダンテはリトルギガントの選手二人が繰り出した、巨大な竜巻に巻き込まれ、今度こそ吹っ飛ばされた。

 

 なんて異様な光景。

 ゴール前にディフェンスはおらず、敵選手八人がたむろしている。

 長くサッカーをして来たけど、こんなのを見るのは初めてだ。それほどの光景を作り出す必殺タクティクス『サークルプレードライブ』。

 ぞくりと冷たいものが背中を流れた。

 

 ボールはゴーシュのもとへ。その隣には少林に似た、ユームという小柄な選手が立ち、二人で高速でパスを回し始める。あまりの速さにボールが二つに分裂しているように見える。

 ……いや違う? これは、本当に分裂して……!

 

デュアルストライクッ!!』

 

 二つになったボールで、二人はシュートを放つ。

 それはゴール前で融合し、さらに加速。二人分の威力が加わった、強烈なものとなる。

 

 ブラージはその突然の変化に、対応できなかった。

 

コロッセッ……ガハッ!?」

 

 コロッセオの壁が閉じる前に、ボールが中へすり抜け、ブラージの腹に直撃する。そして大きく後ろに弾かれて、ゴールネットが揺れた。

 

『ゴォォルッ! なんとリトルギガント、まさかの追加点! 隠された力は本物だった!』

 

 さすがの連続失点に、チームのみんなにも動揺がはしる。

 しかし、相手はこれで終わってくれなかった。

 

 

 前半戦が始まってからかなりの時間が経ち、また私たち側のゴールネットにボールが突き刺さる。

 

『誰が予測できたでしょうか!? 前半戦3対0でリトルギガントがリード! 観客席も予想外の展開にどよめいています!』

「そんな……」

 

 私自身、知らないうちにそんな言葉を呟いていた。

 重苦しくのしかかる絶望感。押し潰されたのか、中には地面に両手をつけてうなだれている人もいる。

 FFI準決勝は、こうして最悪のスタートで半分を終えた。

 

 

 ♦︎

 

 

 休憩中、控室にて。

 普段は盛んに意見交換が行われているのに、今は誰も口を開こうとしない。

 私はなんとか雰囲気を明るくしようと口を開くけど、すぐにつぐんでしまう。

 わかってる。不用意な発言をすれば、抑えられているみんなの感情が爆発してしまうことが。

 さながら導火線があちこちにばら撒かれているよう。

 それに嫌でもわかってることだが、私には誰かを慰めたりする勇気づけたりする才能が絶望的にない。

 そう思うと、とても何かを言う気分にはなれなかった。

 

 だけど……このままみんなが落ち込んでいるままだったら、確実に負けちゃう。

 劣勢を覆すのはいつだって闘志だ。円堂君はその点、どんなに負けてても決して諦めることはなかった。

 だけど、その闘志でさえ負けてたら……もう勝ち目はない。

 いったいどうすればみんなの士気をあげられるのか。負けたくなくて必死に頭を働かせるけど、一向にいい案は浮かんできてくれない。

 

「ナエ、ナカタさん。ちょっと外についてきてくれませんか?」

「……ここでは言いづらい話か。わかった」

 

 フィディオの突然の誘いに戸惑う。ナカタは何かを察したのか、すぐに席を立って扉の奥へ行ってしまった。

 その意図がわからないが、彼が決して試合を諦めるような男でないことは私も知っている。だったら新しい作戦ができたのだろうか。でも、それだったらみんなに知らせない意味がわからない。

 ……まあいいや。どうせここにいたって私じゃなんも浮かばないんだし。そう結論づけて、彼らの後を追って外へ出た。

 

 扉が閉められたのを確認すると、フィディオは用心深く周りを警戒する。そして何もないことが確認できたあと、その視線をこっちに向けてきた。

 

「フィディオ。君は今キャプテンとしてチームを引っ張っている。そのチームを励ます方法は思いついたのか?」

「はい。みんなは今酷く動揺してしまっている。だから、悔しいけど言葉だけじゃ通じないと思うんです」

「だったらどうする?」

「……点を取ります。それも後半戦が始まってから、一瞬で」

 

 あまりに大胆な言葉に耳を疑った。

 彼も私のシュートが止められたんだから、オーディンソードが通じないことくらいわかってるはず。でも、彼の顔は決して冗談を言っているものじゃなかった。

 ニヤリとナカタが笑う。どうやら動揺しているのは私だけらしい。

 この男には、フィディオが打開策を用意することが想像できていたのだろうか。それはつまり、私以上にフィディオのことを知っているということで……当たり前のことなのに、ちょっと悔しいと思ってしまう。

 

「でも、そんなのがあるんだったらなんでみんなに言わないの?」

「ほとんど賭けみたいなものだからね。たぶん、今のみんなには反対されちゃう。でも俺はここで勝負をしかけなければ絶対に勝てないと思っている」

「同意見だ。士気が下がった状態じゃ、試合が長引けば長引くほど不利になっていく。これ以上の失点を許さないためには、短時間でチームに発破をかけるしかない」

 

 へぇ、よく考えてるんだ。さすがキャプテン二人。

 ……一応、私も元キャプテンなんだけどね。まったくそんなこと思い浮かばなかった。

 

 若干虚しくなりながら、フィディオの作戦を聞く。

 たしかに、これはほとんど賭けだ。反対意見が出てくるのも頷けるよ。だけどこれなら、間違いなく不意をつける確信が私にはあった。

 目には目を、歯には歯を。

 夏未ちゃんが相手のアドバイザーで、私たちの情報を向こうに流しているのは間違いないだろう。だけど、それは逆に私ならアドバイザーである夏未ちゃんの性格を読めるってことでもある。

 そういうことを加味していうと、次の作戦はどこまでいっても常識人である彼女じゃ絶対に思いつかない。

 というか頭のいい人ほど不意を突かれるかもね。現に、私だってそんなアイデア思いつかなかったし。

 

 一通り話し合っていたら時間になった。私たちは暗い雰囲気を漂わせるみんなを引き連れ、グラウンドに戻ってくる。

 リトルギガントはすでに来ていたようで、ロココがゴール前で笑いながらウォーミングアップをしていた。

 待ってなよ。まずはそのヘラヘラした笑みを撃ち抜いてみせてあげる。



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魂の御手

 主審に呼ばれ、センターサークルにボールを置く。

 ちらりとフィディオとナカタの方に目をやると、無言で頷いてくる。準備はできた、手筈通りにってことか。

 

 チームの士気は相変わらず低い。これを逆転させるには大きな衝撃が必要だ。それも、とびっきりのね。

 相手に狙いを気づかれないように、あくまで普通に。目線は目の前の敵に合わせ、どう突破しようか考えているふうにみせる。

 よし……いくか。

 

『後半戦キックオフ! ……おっとぉっ!? オルフェウスのナエ、フィディオがボールを無視してどんどん突き進んでいくぅ!』

 

 一歩踏み込むだけで衝撃波が発生。それだけ強く踏み込み、加速を増していく。敵なんて無視だ無視。

 当然、私が自重なしに走ればフィディオとの距離は離れてしまう。だけど今はそれでいい。

 こうしてフィールドの図は、センターサークルにナカタ、敵コート中盤にフィディオ、敵ペナルティエリア内に私というようになる。

 

「けっ、無視してんじゃねえよ!」

「悪いな。そうも言ってられないようだ」

 

 一番前にいたのに素通りされたことに激昂して、ドラゴが激しいチャージをしかけようとする。しかしナカタはそれをジャンプで乗り越えるように回避。その空中に浮かぶボールに、青い光が集っていく。

 

「まさか……」

 

 足を天に伸ばし、真っ逆さま。ナカタでこの体勢といえば一つしかない。

 ドラゴの予想に答えるように、その技の名が叫ばれる。

 

ブレイブ……ショットォォォッ!!」

 

 青い流星、再び。

 加速するそれは人をすり抜け、ロココの待つゴールへとまっすぐ突き進んでいく。

 しかしこのまま決まるほど、相手は弱くない。ロココもそうだけど、中盤のメンバーはすぐに反応して、迎撃の体勢に入っていた。

 しかし……。

 

『いや違います! これは……パスです!』

 

真……オーディンソードッ!!」

 

 シュートチェイン。

 青い流星は黄金の光を纏い、さらに加速。リトルギガントのメンバーは必殺技を放とうとしていたが、間に合わない。突然のことで誰も止めることができなかった。

 ……ロココ以外は。

 

 最後方にいる彼には全てが見えていたのだろう。

 フィディオも、そのさらに前で待ち続ける私のことも。

 しかし、どうしようもない。これらはたった数秒の出来事。言葉でチームメイトに伝えるには、あまりにも時間が足りない。

 ゆえに彼は、私が蹴るシュートを待ち構えるほかなかった。

 

「さあ、とくとご覧あれ! これが皇帝ペンギンXV3もとい…… 真トリプルブーストッ!」

 

 ペンギンたちを指笛で呼び出し、普通に足をくわえさせる。

 魔法陣もレーザーもないけど、地上じゃ零式は使えないからね。だけど三人で撃つ分には……十分だ。

 そして、迫り来る青と金色の流星に、赤色を追加した。

 

「させない……ゴッドハンドX!」

 

 チェイン2。

 赤いゴッドハンドが三色の流星を受け止めようとする。が……。

 

「——ぐぅぅぅぅっ!!」

『ロココッ!!』

 

 ジリジリと、ロココの足が後ろに下がっていく。赤い手には衝突の瞬間に大きなヒビが入り、それが徐々に広がっていくのが見える。

 そして……ガラスのようにキラキラと光りながら、砕け散った。

 

『ご……ゴォォォォルッ! 一瞬! 一瞬です! あの無敵のキーパーロココを、一瞬で突破しましたァ! それを成し遂げたのはイタリアが誇る三人の天才! まばたきしていた人は実にお気の毒です!』

 

 シィィンと会場が静まり返る。あまりのことに観客はおろか、チームのみんなでさえも空いた口が塞がらないみたい。

 しかし掲示板が光り輝く1の字を表示した途端、歓声が爆発した。

 

 それを浴びながら私たちは帰還する。

 ワッとブラージを含むみんなが殺到してくる。

 

「す、すごいよみんな! あんなシュート、見たことがない!」

「ああ! さすがはフィディオやナカタさんだぜ! 憎たらしいがナエもよくやりやがったな!」

「どうだみんな、肩の荷は下りたか?」

「あっ……」

 

 みんなの顔はさっきまでとは打って変わって明るい雰囲気になっていた。そう、簡単に言えば希望を抱いていた。

 ブラージは私たちの目的に気づいたようで、やられたというふうに笑う。

 

「ふっ、何をビビってたんだろうな俺たちは。おかげで目が覚めたぜ、フィディオ」

「その通りだ。この世で絶対無敵のチームなんて存在しない! 諦めない限り、道は必ずできる! だから、最後まで俺についてきてくれっ!」

『おうっ!』

 

 よしよし。空気が試合前ぐらいに戻ったぞ。さすがの演説だ。

 それに、あの連続チェインシュートでロココを破れたってことは、直接三人で撃つ『ネオ・ギャラクシー』も止められない可能性が高い。

 前半までの絶望的な雰囲気が嘘みたいだ。希望が見えた気がした。

 そしてこの一点による変化は思わぬところにも現れる。

 リトルギガントの選手たちがボールをセットする。しかし彼らから発せられていた巨人のようなオーラは見る影もないくらいに小さくなっていた。まるで萎んだ花のようだ。

 彼らの表情は一概に暗くなっており、誰が漏らしたか、こんな言葉まで聞こえてくる。

 

「まさか、ロココが点を取られるなんて……」

 

 あーなるほど。

 彼らの身に起こった変化の理由がわかった気がする。

 この人たち、点を取られ慣れてないんだ。……いや、正確には本気の時に取られたことがない、か。グループ戦では普通に負けてる試合もあるし。

 まあそりゃそうだよね。ロココは贔屓なしに見ても現段階で最強のキーパー。大会最高クラスの私たちのシュートを軽々と止めてるところから、おそらく今まで敵なしだったのだろう。

 その自信が破られたから、彼らは動揺している。

 

 視線をナカタに向ける。彼も、リトルギガントの脆さに気がついていたようだ。

 曇りを晴らせないまま、彼らのキックオフが始まる。

 

 ——そしてすぐにボールが弾かれる。

 

デーモンカットV2!」

「っ!」

 

 地面から噴き出た紫の炎に、あっさりドラゴは捉えられた。

 ポーンと落ちてくるボールをつま先と脛で挟んでキャッチする。

 

 やっぱり動揺して動きが鈍くなってる。

 これは好機だ。最強のチームに生じた唯一の弱点。突かない手はない。

 

「今がチャンスだ! ディフェンスを残して全員で攻めろ!」

「っ、死守しろ! ロココのところにまで行かせるなっ!」

 

 フィディオとマキシの大声がフィールドで交差する。

 しかし即座に動き出したオルフェウスに対し、リトルギガントの動きはぎこちない。

 敵の士気の低下でもあるけど、あれは作戦ミスだね。リトルギガントはロココという絶対的な壁がいたせいでゴールを守り慣れていない。そんな中全員防御の指示を取ったところで、どうしたらいいか戸惑うだけだ。

 おかげで敵のフォーメーションが崩れて、隙がいくつもできた。

 そこを、オルフェウスの風たちが通り過ぎていく。

 

「ここは俺が……!」

「っ、バカよせ! ……ぐあっ!」

「ヘヘッ、ラッキー!」

 

 ウィンディとゴーシュがクラッシュ。どうやら位置取りを間違えたらしい。ダンテがその間を軽々と通り抜けていく。

 驚くほどにパスが通っていく。リトルギガントはいまだ立ち直る目処すら立っていない。

 そしてあっという間に、前線のナカタへとボールが渡った。その左右に私とフィディオが並ぶ。

 

グランドクウェイク!」

「押し通る! スーパーエラシコ!」

 

 ナカタがボールを何度も蹴りつけ、歪な回転をかける。そして緑色のオーラを纏うと、土砂の壁に向かってジグザグに動きながら突っ込んだ。

 弾丸のように螺旋回転するボールが壁に触れると、巻き取られるようにしてその周囲にポッカリと穴が空く。

 私たちはその中を通って最後のディフェンダー、ウォルターを突破した。

 

「まだだっ……大介と僕は負けないっ!」

「いや、負けるね」

「なに……?」

「あなたたちは負けることの意味を知らない。恐怖を知らない。そして、それによって生まれる勝利への渇望を知らない。……そんなチームに、私たちは負けない!」

「っ……!」

 

 思えば、私の人生負けっぱなしだ。

 クソ親には捨てられるし、悪どい黒グラサンには拾われるし。挙げ句の果てには逮捕。ロクなことが起きた試しがない。

 試合だって同じだ。いつもいつも円堂君(ライバル)には負けてばかり。

 でも、だからこそ私は勝ちたいんだ。

 だって悔しいから。負けていいことなんて一つもないし、毎回こんな思い二度と味わいたくないって思ってる。

 彼らにはそういった、勝利への執着が感じられない。

 そんな人たちに、負けたくない。

 

 私のその思いが燃料となり、ボールが赤い炎に包まれて天に打ち上げられる。そして爆発したかと思うと、巨大化して太陽のようになった。

 それを、私たち三人の蹴りの衝撃波で叩き落とす。

 

ネオ・ギャラクシーッ!!』

ゴッドハンドXゥゥッ!!」

 

 赤い手のひらでは到底収まりきらないその面積、その質量に、大した抵抗もできずロココは押されていく。

 その手は衝突後、間もなく消滅していき……大爆発がゴールで巻き起る。

 炎が消えた時に見えたのは、倒れ伏した彼と、ネットに絡まったボールだった。

 

『ゴォォルッ! 流れを掴んだのか、オルフェウス一気に逆転へ近づきました!』

「あ……そんな……」

「よっしゃぁぁぁ! この調子で逆転だ!」

 

 ぬわちょっ!? 全員で押しかけるなバカ! 私のちっさい体じゃ潰れちゃうでしょ!

 特にブラージ、背中叩くな! 張り手か? あなたは私に気合いでも注入してるつもりなの? 強すぎて背中にアザができるどころか背骨が折れるわ!

 

 いつつ……。ようやく振り切れた。背中に手を当てながら元のポジションに戻る。

 さて、敵さんは……。あー、ダメだねこれ。ポッキリいっちゃってる。具体的に言うと前半戦の私たちぐらい。

 彼らの敗因は経験不足だ。でもその責任を大介さんに押し付けることはできない。コトアールじゃこれほどのチーム、二つといるわけないしね。

 惜しい。実に惜しくて素晴らしいチームだ。少なくとも次やったら勝てるかわからないだろう。

 

 キックオフで試合が再開。しかしその動きはさっきよりも遥かに悪い。もはや必殺技を使わなくても、ドラゴからボールを奪うことができた。

 そしてパス、パス、ドリブル。もうディフェンスは機能していない。全てがうまく通っていき、私たち三人はすぐにゴール前にたどり着いてしまった。

 

「これで決める!」

ネオ・ギャラクシーッ!!』

 

 赤い太陽が落ちていく。

 それは私たちの希望。そして敵にとっての絶望。

 その時、私は気づいた。

 見上げるロココの表情が、鬼のような形相を浮かべていることに。

 

 恐怖が彼をおかしくした? いや、違う。あの目を私はよく知っている。

 あれは……勝利に飢えた獣の目だ。

 

「僕は、僕はっ、負けたくないィッ!!」

 

 彼は叫んだ。ありったけの声で、全てを吐き出すように。

 その心からの思いが赤いオーラとなって胸から噴出し、彼の望みを形作っていく。

 それはまさしく、赤い手だった。ただし、その大きさはどこまでも大きい。ゴール一つを覆ってもあまりあるくらいだろう。

 全身全霊となって、彼はその手の名を叫ぶ。

 

タマシイ・ザ・ハンドォォォッ!!」

 

 太陽を超える大きさ……!?

 タマシイ・ザ・ハンドはなんと私たちのシュートを真っ向から受け止めてみせた。先ほどとは違い、ヒビが入るどころかびくともしない。

 まるで、巨大な岩に小石を当てているような感覚を覚えた。

 太陽は最後の足掻きとばかりに爆発を巻き起こす。しかしそれでも、タマシイ・ザ・ハンドを動かすことは叶わず、むしろその爆発すらも覆われて握りつぶされてしまう。

 全てのエネルギーを燃やし尽くしたボールは重力に従って落ちていき、それをロココが軽々とキャッチする。

 

 ……そうだった。彼はあの大介さんの弟子だったッ。

 肝心なことをわすれていた。

 円堂君と戦う時、私が最も恐れているものがある。

 それが進化の速度。彼は逆境に追い詰められるほど強くなっていく。そうやって何回も奇跡を起こしてきた、起こされてきたのを私は覚えている。

 だったら、その円堂君と同じイナズマ魂を持つロココが、進化しないわけないじゃんか……!

 

みんなァァァッ!! 僕は、勝ちたいッ!

「ろ、ロココ……?」

 

 雄叫びような叫ぶが歓声すらもかき消し、こだまする。

 さっきまでの穏やかな雰囲気が消えたのを見て、リトルギガントたちは戸惑う。

 

「僕は今さいっこうに楽しいんだ! ここまで追い詰められたことなんてなかった! みんなもそうだろ!? 強いやつに会いたくて、ここまで来たんだろ! だったら楽しもうよ、めいいっぱい!」

 

 っ、この電撃でもくらったみたいに鼓膜がビリビリする感覚……!

 感じた途端にヤバいって悟った。だって、こういう場合はいつも……。

 

「……そうだ。そうだった。俺たちは国じゃ見られないぐらいすごいやつに会いたくて、ここに来たんだった」

「なのにいざ強いやつが出てきた途端にビビっちまうなんて……カッコ悪いぜ」

 

 瞬間、熱いと錯覚してしまうほどの凄まじいオーラを背中で感じた。

 錆びついた機械みたいぎこちなく振り返る。

 そこには、完全復活……いやそれ以上に進化したリトルギガントの選手たちがいた。

 

「みんな、僕に続けェェェッ!!」

 

 大きく蹴られたボールを追いかけて、小さな巨人たちが進軍する。

 

「エネルギーの量が前半以上とか、嘘でしょ……」

「珍しいねナエ。怯えているのかい?」

「にゃっ、誰が! あんなのまとめて倒せばいいだけでしょ!」

「ああ。いくぞ、俺たちもいくぞ! 勝つのは俺たちオルフェウスだ!」

『おうっ!!』

 

 あーもう、やればいいんでしょやれば!

 後半戦残り半分。両チームのテンションは最高潮に達し、今最後の戦いが始まろうとしていた。

 



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奇跡の月

 残り時間半分、試合は今までにないくらい白熱していた。

 リトルギガントもオルフェウスも、どちらも一歩も退かずに激突し合っている。あまりに激しすぎて血が流れている人たちもいるくらいだ。

 

ヒートタックル改!」

「ぐあああっ!!」

 

 っ、ロココ以外も進化するのか。でももういちいちこれくらいじゃ驚かないぞ。

 ボールを持っているゴーシュは、燃え盛る体のまま爆走していく。しかしいつまでも自由にさせておくほどこちらも甘くない。

 彼の前に、突如骸骨の顔を彫った盾が現れた。

 

バーバリアンの盾!」

「ナイスだよダンテ!」

 

 そのままアンジェロちゃんにボールが渡る。

 

ヘブンズタイム

「っ!」

 

 発動者以外動くことを許さない神の時間。それが終わったころにはアンジェロちゃんは敵の背後にいた。

 しかし、静止している彼に向かって伸びる足が一つ。

 

「もらったっ!」

「うわっ!」

 

 その正体はウィンディだった。風のようなスピードのスライディングがアンジェロちゃんの体を弾き飛ばす。

 

「ふっ、その技が連続使用できないのはわかってるんだ!」

 

 もうバレたか。

 ヘブンズタイムはその強力さゆえにエネルギー消費量が激しく、連続で使おうとするとタイムラグが発生してしまう。だから一度発動し終えた直後を狙われるとキツイのだ。

 アフロディほどだったらそれもほとんどないんだけどね。

 

 ボールがどんどんつながっていき、一気にオルフェウスゴール前まで防衛ラインが下がってしまう。まるで前半を思わせるような鬼の攻めっぷりだ。

 

エアライドォッ!」

「のわっ!?」

 

 しまった、センターバックが突破された。

 残っているのはブラージのみ。現在ボールを持っているのは、ドラゴだ。

 

「ハァァッ! ダブル・ジョーッ!」

「クソッタレェッ! 真コロッセオガードォォォッ!!」

 

 

 赤い大顎と化したシュートが、コロッセオの壁に迫る。

 牙が突き刺さると同時に、全体にヒビが発生する。そのままビキビキと音を立てて、崩れ始める。

 なんとしても入れまいと、ブラージは雄叫びをあげるも、現実は非情だった。

 次の瞬間、壁は砕け散った。

 

デーモンカット……V3っ!!」

「ナエっ!?」

 

 でもブラージの頑張りは無駄なんかじゃない。おかげで私が間に合うことができた。

 地面から噴き上げた紫炎の壁は、進化してその厚みをいっそうに増している。赤顎の牙がそれに突き立てられるも、さっき壁を破壊した代償で弱まったそれじゃ、突破することなんてできやしない。

 やがて顎の形をしていたオーラは消え失せ、ボールがペナルティエリア外へと弾かれた。

 

「ふぅ……助かったぜ……」

「ハァッ……ハァッ……どういたしま「まだだっ!!」

 

 突如、天空に浮かぶ黒い影。それはボールに飛びつき、太陽を背にして私たちを見下ろす。

 その正体を見て目を見開いた。

 ありえない、こんな最悪なタイミングで……!

 

「ここに来てロココだとぉぉぉぉっ!?」

 

 ブラージの大声が私の言いたいことを代弁してくれる。

 だってそうでしょ。どうしてキーパーがこんなところにいる?

 しかしそんな、あり得ないことをあり得るようにしてしまうのがイナズマ魂なんだと思い出した。

 

 ロココは空中でクルリと一回転すると、溢れ出る膨大なエネルギーを両足に込める。その圧だけで熱が発生し、熱い風がほおを撫でる。

 ググッと溜め込まれた筋肉を解き放つように、両足がボールに打ちつけられる。瞬間、天空に赤いXの文字が浮かび上がり、その中心部から極太のレーザーが放たれた。

 

Xブラストォォォッ!!」

 

 私もブラージも反応することができない。そのレーザーはあまりに速すぎた。空気が焼けたかと思うと、もう前にそれはない。

 レーザーはゴールネットを突き破り、スタジアムの壁を粉砕したことでようやく止まった。

 

「……キーパーがシュート技を持ってるなんて、思いもしなかったよ」

「ヘヘっ、何が起きるかわからないのがサッカーだからね!」

 

 そう言った彼の顔が円堂君と被って見える。

 いつだったっけ。円堂君も同じようなこと言ってた気がするなぁ。

 悔しさはある。でもそれ以上に楽しくなりすぎて、気がつけば自分でも笑みが止まらなくなってしまう。

 

「まだだ! まだ時間はある! 諦めるな!」

 

 フィディオの声にみんなの顔がすぐに上がる。

 そう、まだまだだ。私たちはまだやれる。ホイッスルが鳴るまで止まったりするもんか。

 最後の最後まで諦めない人に、勝利の女神は微笑むんだから。

 

「ハァァッ!! スプリントワープッ!!」

 

 走る。走る。今の私には誰の声も聞こえない。

 スピードによって切り開かれる未知の世界。私は、風に溶けていた。

 一歩踏み出すごとに体が軋む。体力がもう尽きかけているのだとわかる。

 それでも、止まるわけにはいかない。勝つにはもうこれしかないのだから。

 

 前線で三人を抜き去り、一気に敵コート中盤へ。

 しかし、さらなる三人が私を待ち構えるようにして取り囲む。

 

「フィディオッ!」

 

 半ばシュートみたいなパスを出す。しかし彼は応えてくれた。

 彼の足がボールに食らいつき、スピンをかけて射出する。

 

一人ワンツー!」

 

 私に集中し、一塊になっていた彼らはそれに反応することができない。

 ボールは誰もいない地面に着地し、直後すさまじいスピン力によって自動でフィディオが走る先へと飛んでいった。

 

「キャプテンっ!」

「まったく、キャプテンはお前だろうに。まあ、今は許してやるか!」

 

 咄嗟のことでつい言ってしまったのだろう。それに苦笑しながら、ナカタはゴール前で待ち構える最後の壁を突破しようとする。

 

スーパーエラシコ!」

 

 やろうとしているのは先ほどと同様、スーパーエラシコを利用してボールに弾丸状の回転をかける突破法だ。

 だけど、同じ芸当が二度通じるほど、リトルギガントは甘くなかった。

 

グランドクウェイク……改ッ!!」

「なっ……ここでまた進化だと……!?」

 

 本来は弾丸と化したボールが土壁を貫くはずだった。

 しかしそれが実現する兆しは一向に現れない。壁は私たちの希望を通すものかと分厚く、重く、佇んでいる。

 

「ウォォォォッ!! 止めさせない……! せめてこのボールだけは、繋げてみせる!」

 

 ナカタ渾身の蹴りが、ボールを挟んで壁に突き刺さった。

 ハンマーで釘を打ち込んでいるように、徐々にボールが壁の奥へと動いていく。しかし進めば進むほど、その足は土砂の噴出に巻き込まれていき、ナカタは苦悶の表情を浮かべる。

 

「いっ……けぇぇぇぇっ!! なええぇぇぇぇッ!!」

 

 土砂の壁が爆発したかのように弾け飛び、ボールがとうとうペナルティエリアへと侵入した。

 コロコロと弱々しく転がるボールは、それでも私のもとに届く。その表面には何か赤黒い液体がまばらに付着している。

 

「ナカタ……!」

「俺のことはいいッ! 頼む、シュートを決めるんだッ!」

「でも私一人じゃ……!」

 

 ネオ・ギャラクシーを受け止めたあの赤い手が脳裏に浮かび上がる。

 わかってるんだよ、もうみんなが集まる時間なんてないってことぐらいっ。

 でも、でもでも。私一人だけで撃っても、ロココを破れるとは到底思えない。

 

 足が震える。呼吸が荒くなり、頭の中が真っ白になっていく。

 チームと総帥のための勝利。それが今重くのしかかる。

 この時になって、私は自分じゃわからないほどパニックになってしまった。

 どうする? 何が正解なの? パスをする? シュートを撃つ?

 わからない、わからないわからないわからないわからないわからない……!

 

「一人じゃない!」

「へっ……?」

 

 そんな私の真っ白な世界を切り裂くように、その声は聞こえた。

 

「一人じゃない! 君には俺たちがついている! だから、俺たちの力を信じて全力でボールを蹴るんだ!」

「フィディオ……!」

 

 フィディオの声が私を現実の世界へ引き戻してくれる。そして冷静になって耳を澄ませば、彼以外の私を応援する声がいくつも聞こえた。

 

「やっちまえナエ! お前はそんなところで諦めるタマじゃねえだろ!」

「ナエ! 僕たちのことは心配しないで、思いっきり撃ってよ!」

「俺のポストを継いでるんだ! 負けたらしょーちしねえぞ!」

『いけっ、ナエ!!』

 

 ブラージ、アンジェロちゃん、ラファエレ、みんな……!

 それだけじゃない。このスタジアムで応援してくれている人々。全ての声が、今はっきりと聞こえた。

 

 一人じゃない、か……。

 そうだね、うんそうだ。円堂君の力の秘密が今ちょっとだけわかった気がするよ。

 仲間の絆が私に力をくれる。

 一人じゃできないことも、仲間とならなんだってできる!

 

「ハァッ!」

 

 私はボールを真上に蹴り上げた。その足は天を貫かんとばかりに一直線に掲げられる。

 空に至ったボールに、みんなの体から溢れ出る光が集中していく。

 その色は赤だったり、青だったり、黄色だったりと、決して被ることはない。

 この光はみんなの思いだ。勝ちたい、負けたくないっていうみんなの希望の思い。それを束ねれば……!

 そしてボールは極光を纏いながら巨大化していき……ついに、空にオーロラ色の月が浮かんだ。

 

「綺麗……」

 

 思わずそうつぶやく。

 それは私が今まで作り上げてきたどんな月よりも美しく、力強かった。

 私は背中に同じオーロラ色の翼を生やし、その鮮やかな月に近づく。

 いくよ、みんな……!

 私は踊るように空中で回転し、月を蹴った。

 

ミラクルムーン

 

 月が地面に近づくにつれ、オーロラの光が優しく世界に満ちていく。ゴール前などもはや目を開けるのも大変だろう。

 だが、その光に対抗するように赤い手が現れた。

 

「僕は負けない! 勝って、決勝に行くんだ! —— タマシイ・ザ・ハンドォォォッ!!」

 

 見上げるほど大きな二つの質量が衝突する。

 直後、爆音。

 その時に発生した膨大なエネルギーは、目に見える衝撃波となってグラウンド中を襲い、二人以外の全ての人間をフィールド外へと吹き飛ばす。窓は割れ、壁にはヒビが入り、ついにはコンドルタワーそのものまでが震えるかのように揺れた。

 

 何も聞こえない。鼓膜が破れてしまったのだろうか。

 だけど叫ぶ。声が枯れ果てても。その月に全てを捧げるかのように。

 

ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

「ハァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」

 

 月が、沈んでいく。

 手が、落ちていく。

 

 その時、なぜか私には手の奥に隠れているはずの彼の顔が見えた。

 ……笑っている。

 その口が動き、何かの言葉を紡ぐ。

 

 ——またいつか、サッカーしよう。

 

 

「楽しかったよ、ロココ」

 

 赤い手がバラバラに砕け散り、ルビーの雨が降る。

 そして月が地面に落ちると同時に、オーロラ色の光が世界を一色に染め上げて——。

 

 ——私の意識は、そこで途絶えた。

 



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バカンス?

 ……。

 浮上していく。泥沼のような世界から。

 濁流が押し寄せ、水底に引き摺り込もうとしてくる。しかし体に働いている浮力の方が大きいようで、もみくちゃにされながらも徐々に上昇していく。

 そうしていくと、真っ暗な世界の空に光が見えた。

 手を伸ばし……意識が覚醒する。

 

 

 ♦︎

 

 

 ……気がつけば、ベッドの上で目を開けていた。

 おう、これが知らない天井ってやつですか……。まさか体験することになるとは……。

 あれ、試合は? もしかして夢でも見てた?

 うーん、寝起きのせいか考えがまとまらない。とりあえず起きるか。……って、痛ァ!? 筋肉が変な音を立てたんデスケド!?

 

 錆びついた機械みたいにぎこちなく動く体を根性で引っ張り、立ち上がる。ふと横を見ると窓があったので、覗いてみた。

 デパートのみたいに広い駐車場にヤシの木が綺麗に整えられて植えられており、車椅子やら松葉杖を使って移動する人たちがちょこちょこ見える。

 ここ、ライオコット病院だね。行ったことはないけど情報としては知ってる。

 たしか世界大会を開くということでガルシルドから多額の投資を得て出来上がった大病院だったはず。まあ小さな島で世界大会開くってのならそれくらいは必要になるよね。

 

 うーん、いまいち状況が飲み込めない。

 いつ私は怪我をしたんだろ? 体をペタペタ触って調べたところ、大した傷はなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 スマホは……ないね。この個室には私の私物は置かれてなくて、酷く殺風景だった。真っ白なキャンパスに一輪の花が咲いている。

 でも幸いテレビが見つかったので、つけることにした。

 

『……では、次のニュースです。FFI決勝進出をかけた試合、3対4で制したのはコトワール代表リトルギガントでした』

 

 ニュースキャスターが口をパクパクさせて何かを喋っている。が、聞こえない。代わりに『コトワール決勝進出』の文字が鮮明に映った。

 ……そうか、私は……。

 ……視界がぐしゃぐしゃにぼやける。何度も顔を拭おうとしても、乾くことはなかった。

 ごめん、総帥。勝てなかったよ……。

 噛み締めるように、小さな嗚咽が部屋の中に響いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 敗北のショックで再び寝てしまい、次に起きたのは夕方ぐらいだった。気怠げにナースコールし、そのままあっという間に医者による診察が終わった。

 医者によると、フィディオたちもすぐに来てくれるらしい。彼はスケッチブックにそう書いて伝えてくれた。

 

 ……まあ診察の結果から言うと。私の鼓膜が破れたらしい。

 道理でさっきのニュースの時も何も聞こえなかったわけだ。いくら回復の早い私といえども完治まで一週間はかかるらしく、しばらくは安静にするようにと伝えられた。

 ちなみにそれ以外は特に問題ないらしい。

 

 で、数十分後。駆けつけてくれたみんなが私のベッドを取り囲んでいる。

 

『その……ナエ……今回の負けは……』

「あーもう、そんな全員で辛気臭い顔しないでよ! どっちが治療必要なのかわからなくなっちゃうじゃん!」

 

 豪炎寺君呼ぶぞ!

 ちなみに治療法はファイアトルネード療法です。あれ、カウンセリングにちょうどいいんだよね。

 彼の株が下がった気がするけど、現に今までシュートぶつけて問題を解決してきた彼が悪い。

 

『ったく、心配して損したぜ。てっきり枕濡らして泣いてるかと思ったのによ』

「……」

『無視すんなや!』

「……あ、ごめん。さすがに視界に入ってないと何言ってるのかわかんないんだよね」

『このクソアマ……!』

『おいよせブラージ! いくらクソガキでムカつくナエでも、今は一応怪我人だぞ!』

 

 フォローになってないよクソラファエレ。というか一応怪我人って、なめてるでしょ。歴とした怪我人だわ。

 まあこんなふうに多少難はあるけど、会話には困ってない。私には読唇術の技術があるから、口の動きだけで何を言ってるのかだいたいわかるのだ。

 習っててよかった影山塾。

 

 フィディオたちはしばらく談話したあと、昨日の試合について語ってくれた。

 どうやら私対ロココの戦いは私が制したらしい。しかしシュートが決まったところで時間切れになり、試合が終了してしまったようだ。

 会場はもう大騒ぎ。なにせそのシュートでスタジアムがぶっ壊れちゃったみたいだし。またまたご冗談をと笑いながら手をパタパタさせてたら、ブラージにテレビを見せられて空いた口が塞がらなかった。

 おう、ジーザス。

 すんません。ほんとすんませんでした会場の皆さん。ネットでテロリストとか叩かれないかちょっと心配だ。

 おかげでコンドルスタジアムはしばらく閉鎖する予定らしい。

 ……修理代、ガルシルドの懐から出てくれるよね?

 

 そんなこんなで一通り話したあと、フィディオたちは帰っていった。

 うーん、やることないね。とりあえず私物は部下に送らせて……そうだ、この耳もどうにかしなきゃ。私は命とかよく狙われるからたった一週間でも致命的なのだ。

 そしていろいろやったあと、とうとうすることもなくなって寝ることにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 後日。

 キタキタキタキター!

 とうとう私の荷物が届いたぞー! ベッドの横には色々な物が詰め込まれたダンボールが置かれてあった。スマホはもちろん、私服なんかも入ってる。

 でも一番注目すべきなのはこれだろう。チョーカーにイヤホンがついたような機械を取り出す。

 装着して、チョーカーのボタンをスイッチオン。すると……。

 ふはははっ! 聞こえる、聞こえるぞ! これが鳥のさえずりか! これがテレビか! これが世界か!

 ……よく考えたら鼓膜破れたの昨日の今日だし、そこまで感動なかったわ。

 

 とまあこんなふうに、このチョーカーもどきは補聴器の役割を果たしてくれるのだ。鼓膜が破れてるのに、音を集める効果しかないはずの補聴器でどうして聴こえているのかは謎だけど、まあいつものオーバーテクノロジーってやつである。エイリアの技術を吸収したことで最近はそれに拍車がかかってるように思われる。

 ちなみに見た目は完璧にアレだけど、別に演算能力が高まったりベクトルを操ったりとかはないので悪しからず。

 とりあえず聴力が戻った記念にテレビをつけてみた。

 

『俺のターン、ドロー! ジャンク・シンクロンを召喚!』

 

 ……。

 バイクに乗りながらカードゲームしてる謎アニメのチャンネルをすぐさま変える。

 

『チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!』

『チャージ三回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!』

 

 いいチャージインだ。……じゃなくて!

 いやだから、そういうのはいいんだって。というかよくこのクソアニメ外国で放送できたね。

 その後も次々とチャンネルを変えていく。そのたびに映るのはアニメアニメ。しかもチョイスがたびたびおかしい。誰だSchoolDaysなんて選んだのは。子供が見たらどうするんだ。

 ボタン連打をしてると、ようやくニュース番組に脱出できた。

 

『FFIもいよいよ大詰め! 三日後に行われるジャパンVSブラジルを終えれば、いよいよ決勝戦です。マードックさんはどちらが勝つと思われますか?』

『実力的に考えると、やはりブラジルでしょう。サッカー王国の名に恥じず、その実力は一級品。現に昨日のコトワール戦まで下馬評は一番でしたからね。しかしジャパンは試合のたびに強くなる可能性のチーム、なかなか侮れませんよ』

 

 ブラジルか……。ガルシルド逮捕への手がかりはまだまだだ。前回潜入した時は決定的な証拠は出てこなかった。だからもう一度潜る必要があるんだけど、警備は前回以上になってるに違いない。

 幸いなのは、データの隠し場所に心当たりがあるくらいか。データ管理室にもないんだったら、あとはガルシルドの事務室ぐらいしかない。

 三日後か。耳がまだ治ってないのはキツいけど、これ以上時間を与えて逃げられるわけにはいかない。やるしかないだろう。

 チャンスは円堂君たちの試合の日。あいつらは監督として必ずスタジアムに行くはず。その留守の間を探る。

 

 っと、思考にふけていると、扉をノックする音が聞こえた。

 

『ナエー、見舞いに来たぞー』

 

 この声、フィディオか。試合が終わってよっぽど暇になったらしい。二日連続で見舞いなんて別にいいのに。

 

「調子は……どうやら良さそうだな」

「まーね。怪我もあんまりないし、たぶん明日には退院できそう」

「本当か!」

 

 ほんと、怪我が酷くなくてよかったよ。骨とか折れてたら潜入どころじゃないからね。

 

「そういえば、みんなは?」

「観光とか海水浴とかに行ったよ。思えばこんなリゾート島に来てたのにサッカーしかやってなかったからね。いろいろ発散するにはいい機会だ」

 

 あいつら……私に内緒でそんなことを……!

 ずぉぉぉっ! というオーラが撒き散らされてるのに気づいたのか、フィディオが冷や汗を垂らしながら半歩下がる。

 

「……もしかして怒ってる?」

 

 ピクッ。

 

「……いや、怒ってないけど?」

「いやすごいほおがピクついてるんだけど……」

 

 ピクピクッ!

 

「怒ってない!」

「ほら、やっぱり怒ってるんじゃん!」

「怒ってないったら怒ってない! うっさい、バカ!」

「もがっ!?」

 

 投げつけた枕がクリーンヒット。フィディオは漫画よろしくビターンという大きな音を立ててひっくり返った。

 怒ってないよ? 寛大ななえちゃんはこれくらいじゃ怒らないさ。ただ……超ムカつく!

 

「こうなったら私たちも遊びに行くよ!」

「え、でも君は入院してるんじゃ……」

「そんなのはいいの! どうせ大した怪我じゃないんだし!」

 

 窓を勢いよく開いて、外へと飛び出す。

 部屋から静止する声を無視し、壁から生えている配管なんかに次々と飛び乗って降りていく。ふふっ、私を見た人たちが歓声を上げながらケータイやカメラを向けてるよ。私もずいぶん有名になったらしい。気分が良かったので配管に捕まったりしながらピースをしてあげたりした。

 

「ナエー! いくらなんでもそれはまずいだろー!」

「ヘーキヘーキ! フィディオも早くこっちきなよー!」

 

 ほーら、私を捕まえてご覧なさーい!

 こうして私は病院を脱出し、しばらくフィディオとの追いかけっこが続いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 二人でリゾートエリアにやってきて、ふと気づいた。

 男女二人が街で遊ぶ歩く。

 これってまさか、デ、デ、デ……!

 

「ん? 顔が真っ赤だけど、どうしたんだ?」

「にゃ、にゃんでもない!」

 

 どどどど、どうしようっ!

 服、変な格好じゃないよね? 今の私はアロハシャツに短パンとラフな格好だ。

 色気ないとか言うな! 忘れてるかもしれないけど、こっちは大会に男として登録しているのだ。一般人にスカート姿なんて見られたら大バッシングものだ。おまけに最近じゃMVP *1候補にもなっちゃって、さらに有名になっちゃったし。

 ……い、いや別にフィディオはただの友人だし、緊張する理由はないはず。そう言い聞かせてみたけど、胸の鼓動はまったく止まらなかった。

 

「おっ、ユニフォームショップがあるぞ! ちょっと入ってみないか?」

「ひゃいっ!」

 

 ぐっ、思わず変な声が出ちゃった。

 それにしても……。

 フィディオが入っていった店をまじまじと見つめる。

 さすがはサッカーアイランド。ユニフォーム専門店もあるんだ。中に入っていろいろ触ってみたところ、素材も本物と同じ。かなりいい店だねここ。

 ……まあ、日本円換算で一着一万円ぐらいするのが玉に瑕だけど。

 

「うっ、高い……」

 

 フィディオはイナズマジャパンのユニフォームを持ってそう呟く。

 まあ中学生のお小遣いじゃ辛いよね。フィディオは別に鬼道君みたいに金持ちってわけじゃないし、ポンと一万円相当の金を出すのはかなりのためらいがあるのだろう。

 でもこのまま何も買わないのはつまらないよね。せっかくのお出かけなんだし。

 

「はいこれ。出してあげるよ」

「い、いやそんな大金受け取れないって! それに前言ってたけど金欠なんだろ?」

「レンガの修理のこと? あれだったらとっくに完済してるよ。それに私はその気になったら数百万程度すぐに稼げるからいいの」

 

 銃とか売り捌いたり、ハッキングしたデータを流したりとかね。まあ一応足を洗ったつもりだし、これからはあんまりそういうことはしないつもりだけど。

 ひらひらと揺れるお札をぐいぐいと押しつける。それでもやっぱり受け取ってくれないようだ。強情なやつめ。

 

「じゃあこうしようよ。将来フィディオがプロに入ってお金を稼いだら返してよ。それまで待っててあげるからさ」

「そ、それなら……」

 

 当然のことながらフィディオは将来プロ入りが確定している身だ。むしろこの男が入れなかったら誰が入れるのか。今もおそらくヨーロッパどころか世界中からオファーが来てるはずだし、16歳になった途端に契約を結ぶことになるだろう。

 なんでわかるかって? 私にも超来てるんだよ、オファーが。

 だから彼の事情はだいたい察せる。

 

 ユニフォームを見ていると、背番号が刻まれていないものを発見した。気になったので店員に聞いてみる。

 

「あのー、これも商品なの?」

「ああ。うちは好きな背番号を刻めるサービスもやってるんだ。もちろん値は張るが、本物とほぼ同じクオリティに仕上げてみせるぜ?」

 

 なるほど。ちらっと店の奥を覗いた感じ、たしかに本格的っぽい機会が置いてある。

 正直に言うと、私はイナズマジャパンのユニフォームは全員分持っている。だから私が買う意味はないなーって思ってたんだけど、オリジナルものが作れるなら話は別だ。

 

「フィディオ、これにしようよ!」

「げっ、値段が1,5倍くらいまで上がってる……。でもたしかにオリジナルものは欲しいかも……」

「ケチケチ言わない! 私が出してあげるからさ!」

 

 彼も欲望には勝てなかったらしく、最終的には頷いてくれた。

 私はいつも通りの78番、フィディオは無理やりの語呂合わせで220番を刻むこととなった。……これでフィディオと書いてあるってわかる人は果たしているのだろうか。

 

 会計を済ませ、ユニフォームが出来上がるまで待つことにする。店員によれば、どうやら三十分ほどでできるそうだ。

 うーん、ここで待つにも他で買い物するにも微妙な時間だ。さんざん話し合った結果、トイレに行ったあと隣の店を覗くこととなった。

 

 トイレは店の中にはない。レシートさえ持ってれば外に行っても大丈夫ということなので、公共のトイレを借りることにした。

 すぐに用を済まし、トイレ内に設置されている鏡を覗き込む。

 ……化粧とか私もした方がいいのかな?

 

 誰もいない中そう悩んでいると、耳にひんやりとした金属が当たった。

 それはチャカッという音を鼓膜の奥に直接送り込んでくる。

 

「忠告を無視したようだな、白兎屋なえ」

 

 刺すような冷たい殺気。

 私に気づかれないほどの技量。こんなことができるやつなんて私は一人しか知らない。

 ゆっくりと両手を上げて、その顔を垣間見る。

 

「……楽しく遊んでたところで来ないんで欲しいんだけどね、バダップ」

 

 とりあえず、一言言わせてほしい。

 ここ女子トイレなんですけどっ!?

*1
最優秀選手賞のこと




『フィ』:二つの『フ』なので2
『ディ』:double からとって2
『オ』: アルファベットのOからとって0

 ほんと無理やりですね。円堂とかだったら810とかでわかりやすいのに。


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未完成な必殺技

 みなさん、お久しぶりです。投稿遅れて申し訳ございません。
 そして本当に言いにくいことなんですけど、これからもっと投稿スピードが遅くなると思います。
 原因はリアルで忙しくなってしまいまして……たぶん三月ぐらいまで続くのかな? それまではたぶん一ヶ月に一回投稿できたらいい方かもです。
 ですがちゃんと諸事情が終わったら戻ってきますし、完結は絶対にさせるのでご安心ください。



 さて、現在女子トイレで両手を上げて銃を突きつけられております。

 何を言ってるんだって思われるかもしれないが、私も何が起きているのかよくわからないのでご安心を。

 まるで意味がわからんぞ!

 見たこともないハイテク銃を構えているのはバダップ。フルネームは知らん。前に私を襲って来た謎の刺客である。

 ちなみに抵抗は早々に諦めた。

 だってこいつ強いんだもん。前回真正面からやって散々な目に遭ったのは記憶に新しい。具体的に言うとバラモスとゾーマくらいの実力差がありそう。

 てなわけでまだ話をした方が生き残れる可能性は高いのだ。

 頼むぞ私の説得ロール、失敗してくれるなよ。

 

「えーと……いい天気ですね」

「死ね」

 

 ダメですねぇこりゃ!

 言葉とともに銃を振り下ろしてきたので、サッと避ける。目の前のガラスを突き破って壁に大きな穴が空いた。

 ヒェッ!

 

「はぁ。んで、今日も私を襲いにきたの?」

「安心しろ。攻撃は禁止されている。今のお前は超能力に目覚めかけてしまっているからな。イタズラに刺激して覚醒されてはたまらん」

「超能力ぅ……?」

 

 こんな科学めいた武器持ってるやつがずいぶんロマンティックなこと言うじゃん。まあ私たちの使う気、まあエネルギーもずいぶんオカルトめいてはいるけど。

 バダップはしばらく何かを考え込んだあと、銃をしまってくれた。よかった、どうやら本当に今日は殺す気がないみたい。

 

「今日は最終警告だ。と言ってもお前には意味はないだろうがな」

「そりゃもちろん」

「近いうちに俺たちは再び現れ、そしてお前を抹殺する。それまでせいぜい首を洗っておくことだ」

「殺害予告なんてずいぶん優しいじゃん。怪盗にでも転職したら?」

「上にはまだ甘い幻想に囚われている者がいるらしくてな。これも命令だ」

 

 なるほど、脅せば殺すまでしなくてもいいんじゃないかと。どうやら彼らのバックは一枚岩じゃないらしい。てことはそれなりの大組織ってことが予想できる。人数が増えれば話がこじれやすくなるのが組織だしね。

 バダップはこれ以上話すことはないと背を向ける。

 ハハッ、油断したなボケが!

 私はまさに完璧とも言えるタイミングで拳を突き出す。しかし当たる瞬間、バダップから謎の光が発生し、それに溶けるように消えてしまう。

 代わりに壁に拳をぶつけた。

 

「ぎゃぁぁっ!」

 

 痛い!

 手のひらにジーンとした熱が広がって、継続的な痛みが襲ってくる。

 おのれ……許さんぞバダップ!

 やつの所業に怒りを燃やしながら、やることもないので外に出ることにした。

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオにはバダップのことは話さないことにした。

 いくらチームメイトとはいえ、これは裏の問題だしね。表の彼が首を突っ込む道理はない。

 それに何かあって怪我でもされたら困るし。

 

 何食わぬ顔をして合流し、隣の店を散策すること数十分。

 時間になったのでユニフォームショップに戻り、例のブツを受け取る。

 

「ふふっ、どうフィディオ? けっこう似合ってるでしょ?」

「あ、ああ……それにしても、他の国のユニフォームを着るなんて、不思議な気分だな」

 

 くるりと回転したあと、ドレスを掴むようにズボンの端を掴み、この姿を見せびらかす。

 うんうん、いい着心地。さすが本物と同じ素材を使ってるだけある。そこらの安いレプリカとは大違いだ。

 このユニフォームならさっきまで着てたアロハシャツ以下になることはないし、我ながらここで着替えるというのはいいアイデアだった。

 ちなみに髪型も今は気分を変えてポニーテールにしてる。青と桃色のコントラストが目立ってて、自分でもなかなか似合ってると思ってる。

 フィディオもいい出来だ。元々イタリアとジャパンはユニフォームの色が似てるし、違和感はなかった。

 

「よし、買い物はこれくらいにして、次はビーチにいかない?」

「ビーチか……そういえばゆっくりは見てなかったな。水着はないから泳げないけど、面白そうだね」

 

 というわけでリゾートエリアを歩いて十数分、真っ白な浜辺とキラキラと輝く海が見えた。

 わぁ、綺麗……。遠目から見ると宝石のように青いが、よくよく見ると透き通っており、中を舞い踊る魚たちがはっきり見える。その魚たちの色は赤、黄色、緑、その他多彩。宝石の中に宝石が入っているようだ。日本じゃめったに見れない光景には違いないだろう。

 砂浜にはあちこちにシートやパラソルが置いてあり、大変賑わっている。といってもぎゅうぎゅう詰めというほどでもなく、ビーチバレーをやっている集団もあった。

 ……って。

 

「ブラージたちじゃん、あれ」

 

 ブラージがキーパーのジャンプ力を活かして高く飛び、ダンクシュートみたいな勢いでボールを下に叩きつける。うわ、あまりの衝撃に小さいクレーターできてるじゃん。

 飛び散った砂にはアンジェロちゃんが埋もれちゃってるし。しかしそれでもお構いなしにゲームは再開する。誰か助けてあげて。

 確認は要らなかった。私たちは彼らの方へ歩いていく。

 

「ハッハッハッ! 自分の才能が怖いぜ! 誰か俺より強いやつはいねえのかよ!」

「へー、ずいぶん楽しそうじゃんブラージ」

「げ、げぇっ!? ナエ、テメェなんでここに!?」

 

 後ろから声をかけると、首がねじ切れんばかりの勢いでこっちを向いた。

 ……いいこと思いついた。

 にこりと笑いかけてあげる。それに彼も何かを感じ取ったのか、その顔はみるみる青くなっていく。

 そこら辺に転がっていたボールを拾い上げ、一言。

 

「さ、やろっか?」

「待て待て待て! お前のジャンプ力じゃシャレにならねえよ!」

「よかったじゃねーかブラージ。強そうなやつが出てきて」

「ラファエレお前ぇ!」

「逝っくよー」

「なんか発音おかしくねえか!? ……ぶぎゃっ!?」

 

 その後、しばらくの間ビーチでは爆音が鳴り響いたらしい。

 そして同時に、砂から足だけ突き出た謎のモニュメントが出現したとかなんとか。

 なんとも気味の悪い話である。

 

「すまないブラージ……強く生きろ……」

「フィディオー! 次ジャパンエリア行こー!」

 

 

 ♦︎

 

 

 はいやってきました、ジャパンエリア!

 和風な雰囲気は外国人が思い浮かべそうな古き良き日本そのものだ。まるで京都に旅行してるかのような感覚を与えてくれる。

 あちこちには雰囲気にならって着物を着ている観光客がちらほら。どうやらレンタル屋があるらしい。

 しかし行列だったので、入るのは諦めた。

 

 エリアの途中で流れる川を木製の橋がつないでいる。そこを渡ったら、今日の目的地だ。

 

「いくぞ円堂、ドラゴンスレイヤー!」

真イジゲン・ザ・ハンド!」

 

 おーやってるやってる。青いブレスが結界に当たったかと思えば、上に逸れてゴールバーを通り越していく。

 ……って、ボールこっちきたぁ!?

 

「ひゃっ!?」

「ふふっ、金網が張ってあるからこっちにはこないよ」

「う、うっさい! それくらいわかってるよ!」

 

 くっそ、驚いて変な声出た。おのれ染岡君……!

 当の本人はこっちに気づいたらしく、私たちの名前を呼ぶ。それを聞いたみんなが集まってきた。

 

「なえ、フィディオ! もう大丈夫なのか?」

「ああ。いつまでも落ち込んでちゃいられないからね」

「そーゆーこと。一流の選手は切り替えも早くなくちゃ」

 

 グラウンドに入ると、あっという間にみんなに囲まれる。

 ……いや、一人隅っこのベンチで寝っ転がっているやつがいるね。バナナみたいな変な髪型のやつがいる。誰かが座って滑ったら大変だ。

 かかと落としを振り下ろす。

 

「とうっ!」

「ぶぼがっ!?」

 

 クリーンヒット!

 というかヨダレが弾丸みたいに飛んできた。うわっ、きたなっ。

 早く片付けておけよ。そのボロクズを(サイヤ風)

 

「てんめぇぇっ!! なにしやがる!」

「まだお昼なのに眠たそうにしてたからさ。ちょっと眠気覚まし入れてあげようかと思って」

「明らかに殺しにきてただろうが! テメェの足でやるとシャレになんねえんだよ!」

 

 えり首を掴まれ、ぶんぶん揺らされる。

 あ、このやろー! おニューなんだぞ! なんてことしてくれるのさ!

 ムカついたからそのバナナを引っ張った。負けじとあちらも首を絞めてくる。

 こ、この……!

 

「はぁ……いい加減にしろお前たち」

 

 そんなみみっちい喧嘩に割って入ったのは鬼道君だった。同時に私たちは誰かから羽交い締めにされる。

 

「うんうん、喧嘩はよくないよ?」

「むーシロウ、これはあいつが生意気なのが……」

「ほら不動、お前もよすんだ」

「離せこのクソ眼帯やろう! 一発あいつを殴らせろ!」

 

 佐久間に身動きを封じられながら、ジタバタと暴れまくる。まるで猿のようだ。いや、バナナ食うからサルそのものか」

 

「……おい、漏れてんぞクソ女」

「……へっ?」

 

 ……。

 女神のように心温まる笑みを浮かべる。私のプレミアものの笑顔だ。これでやつの荒んだ心が癒えればいいけど。

 けど逆効果だったようで、奴は噴火したように腕の中で暴れ出した。

 おめでとう マンキー が オコリザル に しんかしたぞ

 

「てんめぇぇぇぇぇっ!!」

「はぁ……ダメだ。まったく収拾がつかない」

「いつものことだ。諦めろ鬼道」

 

 青い息を吐く鬼道君の肩をポンポンと佐久間が叩く。

 試合の疲れが取れてないのかな?

 しかしこの地雷だらけの空間にも迷わず突っ込んでくる人が一人。

 

「そうだなえ、あのシュート撃ってくれよ!」

「あのシュート?」

「ロココに撃ったあれだよあれ! 俺、あれ見た時から受けてみたくウズウズしてるんだ!」

 

 あー、ミラクルムーンのことか。

 あれのおかげでロココに一矢を報いることができた。まあスタジアム壊したのもあれだけど。

 しかしなぁ……。私は難色を示す。

 今の円堂君だと、間違いなく怪我しそうなんだよね。あの進化したロココでさえ吹っ飛ばしたのだ。イジゲン・ザ・ハンドじゃ絶対に足りない。

 私の懸念を察したのか、彼は真剣な顔でその理由を話す。

 

「もちろん、俺だってあのシュートをくらったらタダじゃ済まないのはわかってるさ。でもさ、それでも俺世界最強のシュートを受けてみたいんだよ!」

「でも……円堂君にはブラジル戦が……」

「ここで逃げたら絶対に世界一になんてなれない! ぜーったいにだ!」

 

 そこまでの覚悟があるのか……。

 なんて目なんだ。絶対怪我するってわかってるのに、闘志が熱く燃えている。見つめてるだけで汗をかいてしまいそう。

 はぁ……これだけ頼まれちゃ断れないよ。もとより私はサッカー選手、挑まれた勝負は受けるのが主義だ。

 

「わかった。ただし絶対に無理はしないこと。いいね?」

「ああ、サンキューな! それじゃあ監督が戻ってこないうちにやろうぜ!」

 

 そういえば久遠監督がいないな。まあいたら絶対にこの勝負認めてもらえないだろうからいいけど。てなわけで私たちはさっそくそれぞれの位置についた。

 普通、一対一といえばPK戦だろう。しかしそれではあまりに危険すぎる。そう判断され、鬼道君の提案によって私はセンターサークル内からシュートを撃つことになった。これが決まればまさに超ロングシュートである。

 他のイナズマジャパンのみんなは誰もこの勝負を止めようとはしなかった。たぶん円堂君の思いを聞いて、それを受け入れているのだろう。全員が固唾を呑んで見守っている。

 

 深く息を吸い込み……吐き出す。

 そしてカッと目を見開いた途端、私の体から膨大な気が溢れ出る。

 

「……行くよッ!」

「こいッ!」

 

 足が垂直に伸びるほどの勢いでボールを蹴り上げ、様々な色の気を送り込む。それはだんだんと膨張して、虹色に輝く月のように……って、ぐぅぅっ! なにこれ!?

 月を作ろうとした途端、その膨大なエネルギーの融合にコントロールが振り回された。まるで乱気流の中に放り込まれたかのような感覚。前後左右バラバラにシェイクされる感覚が私を襲い、同時に月がグニャグニャと歪な形になっていく。

 そして一白置いて、空で虹色の大爆発が起きた。

 

「のわっ!?」

 

 真下にいた私はその衝撃波に、地面に叩きつけられる。それも顔面から。

 シーン、という静寂が辺りを支配する。それを撃ち破ったのは下品な笑い声と、拍手。

 

「ブハハハッ! なんだそれ!? いつからお前のシュートは顔を撃ち出すようになったんだ!?」

「……イラっ☆」

「お、おお落ち着くんだナエ! 失敗は誰にもあるって!」

 

 近くを転がっていたボールに向かって足を振り上げたけど、フィディオが射線を遮るように飛び出してきたので足を下ろす。

 くっそうざい拍手の仕方してくれちゃって……! おもちゃの猿のシンバルかおのれは。壊れたように絶え間なく発せられる音が実に忌々しい。

 それにしても……さっき蹴ろうとしたボールに目を向ける。

 

「どうして失敗したんだろ?」

 

 ロココの時にはあんなにスムーズに気を注ぎ込めたのに、今じゃ全然操れる気がしない。

 なんか感覚が変なんだよね。気の他にも何かが混じっていて、それの調整が難しいというか。

 ……そういえばバダップが超能力とかなんとかが目覚めたとか言ってたような。もしかしてこれのことなのかな。

 まあどっちみち……。

 

「ごめん円堂君、私にもまだこの技は撃てないみたい」

「おいおい落ち込むなよ。完成形が見えてるんだ。いつか絶対完成させられるって」

 

 うぅ……相変わらず優しい。残念な顔をするどころか笑って励ましてくれるなんて。……どこかのハゲもどきも見習ってほしいものだよ。

 

 結局その後は久遠監督が戻ってきたこともあり、今日のところはお(いとま)することにした。

 それにしても超能力か……。あのバダップも警戒するほどの力。使いこなせれば自衛のためだけじゃなくて、私のサッカーも大幅に飛躍することだろう。

 世界のてっぺんが見えた気がしたけど、まだまだだ。私はもっと強くなれる。そのことを知って、帰り道にちょっとほおが緩んだ。



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屋敷での死闘

 とうとうこの日がやってきた。

 ブラジルエリアの裏路地を歩きながら、手元のスマホに目を向ける。フード越しには、ウミガメスタジアムの様子が映し出されている。

 

 今日はイナズマジャパンVSザ・キングダムの試合。つまりガルシルドが屋敷を離れる日だ。

 裏路地を通り抜ければ、そこに見えたのはまさにそのガルシルド邸。前とは違うルートで壁を飛び越え、茂みの中に身を隠す。

 今は曇りだけど、それでも昼だ。侵入するのに向いている時間ではない。

 だけど泣き言言ってられない。今日しかチャンスはないんだから。

 

 幸い、前回の潜入で警備システムについて多くのことがわかった。

 たとえば窓。これにはアル●ックだかセ●ムだかに入ってるのかはわからないけど、強引に開けると位置情報を知らせるトラップがしかけられている。

 調べたところ、それ以外にも色々なところに電子機器によるセキュリティが満載だった。

 

 てことで持ってきたのが、ジャミング装置。見た目はほとんどスマホだ。

 電波も前回の侵入でわかってる。ポチポチっとコードを入力して、セキュリティを無効化した。これで通れるはず。

 ……よし、やっぱり空いた。それにブザーも鳴ってない。成功だ。

 

 すぐに窓から中に侵入し、ガルシルドの部屋目指して走り出す。

 ここで私の着ている服について説明しておこう。デザインはただの黒いローブ。しかし電波を妨害できるのだ。

 さながら今の私はステルス戦闘機。監視カメラにだって映りはしないし、レーザー感知器もすり抜けられる。

 護衛がいたら物陰、果てには天井にぶら下がり、極力接触を避けて進んでいく。倒してもいいけど、それは気絶した体を隠せるものがあったらだ。

 そうやって進んでいくと、一際大きく、金などの豪華な装飾の施された扉が現れた。

 

 一目で見てわかった。この成金趣味の装飾、重要な部屋に違いないって。

 中から音は……しない。電子ロックがかかっており、カードキーが必要なところを、ハッキングして強引に開ける。

 こっからは時間の問題だ。駆け込むように中に潜入。内部は帝国学園の総帥室を思わせるような、玉座の間に似た作りだった。

 玉座の代わりに奥にあるのは、大きな一つのディスク。その上には……あった、パソコンだ。

 

 すぐに駆け寄り、起動させる。これもロックがかかっていたが、ウイルスUSBをぶち込むことで強引にロック解除する。

 私が求めるのは悪事の証拠。それは驚くほどあっさり出てきた。それも大量で、全部見るには到底時間が足りないほどに。

 そのほとんどが殺人と隠蔽に関係する話。十分だ。二、三人やってれば十分奴を無期懲役に追い込める。

 大雑把に色々なデータをUSBにコピーして、いざパソコンから離れようとした時。

 

 

「おや、もう終わってしまいましたか。予想よりずいぶん早いですね」

「っ!」

 

 突如何者かに両手を羽交い締めにされた。

 ぐっ……つぅぅ……! なんちゅう馬鹿力だよっ。頑丈なはずの私の骨が折れちゃいそうっ。

 背中に伝わる感触で大柄な男であることが、そしてこの声でその正体がわかる。

 

「ひっ……さしぶりっ……じゃん……ヘンクタッカー君……!」

「フフフ、まだまだ余裕そうですねぇ。ですがそれもいつまで持つか」

 

 ヘンクタッカー君が指を鳴らすと、黒装束に赤いマフラーを巻いた謎の集団が一瞬で現れた。

 私の本能が告げている。こいつらはただの護衛なんかじゃないと。

 

「彼らは……いえ、私たちは『チーム・ガルシルド』。その名の通りガルシルド様を主人とする強化人間の戦闘部隊でございます」

「強化人間……!? そうか貴方たち、RHプログラムを……!」

「左様でございます」

 

 強化人間の恐ろしさは身をもって知っている。というか私がそれだし。それに、ただの草サッカーチームに過ぎなかったチームKも、あれのおかげでオルフェウスと互角に戦えるほどになっている。

 目を光らせ、周囲の状況を把握する。

 ヘンクタッカー君を含むと七人か……。腰には銃とナイフ。ただ、跳弾の可能性があるので室内ではあまり撃ってこないと思いたい。

 冷静に分析していると、ヘンクタッカー君の腕の力が強くなってくる。

 

「さて、ここまで見られては貴方を生かして帰すことはできなくなりました。残念ながらここでお別れです」

「そうだねぇ……そういうのをなんて言うか知ってる?」

「はい?」

「油断大敵」

 

 直後に大きく跳躍し、腕を掴まれたままくるりと縦に回転。その勢いのままにオーバーヘッドキックを彼の脳天にぶち込んだ。

 

「ぶぐむっ!?」

「はいもういっちょっ!」

「ぶげっ!」

「おまけの……トドメ!」

「ぶぎゃぁっ!?」

 

 しかしあんなんじゃ大した怪我にならないのは前回でわかってる。てことで念入りにやらないとね。

 怯んで私を離した隙に、その後頭部を掴んで壁に思いっきり顔面を押し付ける。そしてそのまま潰す勢いで蹴りを頭にくらわせた。

 結果、ヘンクタッカー君の顔面は抜けなくなるレベルで壁に埋まった。ここまで約三秒の出来事である。

 

 ハッとした刺客たちが素早く腰に手をかけ……って、銃!? ここ室内だよ!?

 しかし私の訴えは届かず、弾丸が発射される。同時にデスクの下へと転がり込む。

 直後に、木材を食い破るような音がいくつも聞こえた。

 

「ああもう……このっ!」

 

 こちらも銃を取り出し、デスクの端から顔を出しては引っ込めて応戦する。もちろんゴム弾だ。

 しかし数が多い。一人減っても六人だ。これだけの数に撃たれていればデスクだって持たない。

 冷や汗が滲み出る。

 心臓の鼓動が早まり、血液が頭を駆ける。思考が急加速していく。それでもいい案は思いつかない。

 加速して加速して加速して……何かがキレる音がした。

 

「だぁぁぁぁぁっ!!」

「なっ!?」

 

 頭が真っ赤になって、気がつけばデスクを思いっきり標的にシュート! してた。

 素っ頓狂な声が聞こえる。私の恐るべき足に蹴っ飛ばされたそれは、その重量に見合わないほど加速し、三人を押し潰す。

 あまりの出来事に一瞬全員の動きが止まる。もちろん私もだ。

 ……ちゃ、チャーンス!

 素早くディスクに駆け寄り、その足を持ち上げて……。

 

「とりゃぁぁぁっ!!」

「ゴハッ!」

 

 思いっきりそれでぶん殴った。

 数十を軽く超える質量。そんなものぶつけられたらひとたまりもあるはずがない。まるでピンボールのように吹っ飛んでいく刺客をよそに、近くにいたもう一人に思いっきり振り下ろす。

 するとあまりに強くたたき過ぎたのかディスクに穴が空き、その中に刺客が埋まった。

 

「なっ……人間かお前!?」

「あんたも強化人間でしょうが!!」

 

 ジャブ→ストレート→ローキック→昇竜拳!

 哀れ、格ゲーみたいなコンボをくらい、彼はきりもみに吹っ飛んでった。

 ……一応強化人間だから大丈夫だよね。

 

「ぐっ、早く追うのです! 早くっ!」

「げぇっ、もう生き返ったの!?」

 

 ヘンクタッカー君の頭は傷が見えるも、血一つ流れていない。

 ゾンビ、いや化け物かあのデブ!

 さすがにまともにやりあう暇はないので、すぐに部屋を出て逃げ出す。私を捕まえるため、新たに黒装束の刺客たちが追いかけてくる。

 ああもう、何人いるのさ!

 幸いスピードは私の方が上だ。しかし廊下で前に立ちはだかれたら戦わざるを得ない。

 って、考えてるそばから二人来た!

 

 前から銃弾がいくつも飛んでくる。それを見切り、転がって避ける。しかし後ろから来るものはは避けきれず、いくつかが私の体を貫通してしまう。

 

「づぅっ!? このぉっ!!」

 

 もはやなりふり構っていられない。

 身体能力に任せて壁、天井、床を跳ねるように駆け回る。そのたびに鮮血がお腹から飛び散り、意識が薄れる。

 しかしこの変則的な動きには相手もついていけていないようだ。銃の照準を合わせようとしてるけど全然間に合ってない。

 ……今だ!

 

 前方の一人に向かってドロップキック。そのまま踏み台にして宙返りし、返す刀でオーバーヘッドをもう一人に食らわせてやる。

 これで前方は全員ダウン。もちろんその間に背後から弾丸がやってくるが……ちょうどいい盾があるじゃん。

 

「ほら、仲間のところにお帰り!」

「ゴハッ!?」

 

 倒れかけている刺客を盾にして弾丸を防ぐ。ドチュ、という肉を抉る音がいくつかして、血が顔にかかる。

 それに構わず、今度はさっきのディスク同様刺客を蹴飛ばして、別の刺客たちと衝突させた。

 よし、これで包囲網は崩壊した。それに運がいいことに、走った先には窓が見える。

 丁寧に開けてる暇なんかない。走る勢いを利用してドロップキックをぶち込み、そのまま外へと脱出した。

 ……そこまではよかった。

 

 眼前に広がるのは銃、銃、銃。

 何人くらいいるんだろ。たぶん十以上は確実だ。

 それらの黒装束たちが窓の周囲を取り囲んでいた。

 

 ……罠か。

 迂闊だった。ガルシルドの部屋から一番近い窓なんて警戒されるに決まってるじゃん。もっと外をよく見て出てくるべきだった。

 しかし戻ることもできない。屋敷に戻ろうとした瞬間、黒金の閃光がほおをかすめた。

 

「あ、あはは……もしかしてピンチ?」

 

 どどど、どうしよう!? 八方塞がりじゃん!

 これだけの数はさすがの私も倒すことは不可能。手持ちのアイテムは煙幕とかが入ってはいるんだけど、取り出そうとした瞬間に手を撃たれるねこれは。怪しい動き一つ見せたら速攻でやられる。

 ジリジリと銃口を私に向けながら、包囲網が狭まってくる。

 このままじゃ捕まってしまうのは確実。何か手を打たなきゃマズイ。

 そう思ってると……。

 

 

Xブラストッ!!」

 

 突如、赤き閃光一筋(はし)る。

 それは目の前の黒装束たちをなぎ倒し、道を開かせる。

 

「今のうちだ! 早くこっちに!」

「まったく無茶する小娘だ!」

 

 声のした方には先日戦ったコトワールのキャプテン、ロココとそのチームの監督がいた。

 何が起こってるのか、なんでここにいるのかまったくわからないけど、今はそんなことは後回しだ! 黒装束たちが怯んだ一瞬の隙を突いて、包囲網を脱出した。

 そのままロココたちと合流し、表通りに向かって全力で走り出す。

 

「ゼェッ、ゼェッ、こりゃ老身にしみるぜ……っ!」

「師匠頑張って!」

「ああもうしょうがない! これで借りは返したからね!」

 

 ロココの監督——円堂大介さんを強引に背負い、走る。後ろからうめき声がするけど勘弁してね。

 人一人とはいえ、そこはハイスペックなえちゃんのこと。走る速度はロココとほぼ同速だ。

 

「ひぇぇぇぇっ! 銃弾バンバン飛んでくるよ師匠!」

「うろたえるな! 前に向かって全速前進だ!」

「痛い痛い! 頭叩かないで!」

 

 馬か私は! しかし文句を言っている暇もなし。

 そうやってギャーギャー言いながら走ってると……光だ。前方に光が見える!

 飛び込むようにその中へ駆け込む。

 そんな私たちを迎えたのは人混み。気がつけば後ろから迫ってくる足音は消えていた。

 

「た、助かった……」

 

 緊張が解けて私とロココは地面にへたり込んでしまう。

 今回ばかりは死ぬかと思った。あそこまで大ピンチだったのは久しぶりだ。

 しかしなぜか大介さんだけはピンピンしてるようだった。ぴょんと私の背から飛び降りて、休憩中の私の頭を容赦なく小突いてくる。

 

「これ小娘、ガルシルドの犯罪データはちゃんと持ってこれておるんだろうな」

「どうしてそれを……?」

「僕たちもそれを狙いにきたんだよ。もっとも、もう侵入できそうにないけどね」

 

 お、おうマジか……このおじいちゃん、あのガルシルド邸に侵入するつもりだったのか。なんという無茶を……いや、むしろ彼のおじいちゃんらしいか。

 誰かに止められてなかったら間違いなくついてきていただろう友人の顔を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

「でもなんでそんな危険を?」

「決まっとる。ガルシルドこそ全ての元凶。ワシの弟子をそそのかし、今なおサッカーを汚すやつを許しておくことはできん!」

 

 握りしめられた拳が震えるほどの怒りが伝わってくる。

 弟子、というのが誰を言っているのかはすぐにわかった。総帥はたしかにこの人に酷いことをしたはずだ。それなのにまだ『弟子』と呼んでくれている。

 なんとなく、この人を信じていいような気がしてきた。

 

「ほい。今回のは間違いないよ。これがあれば十分逮捕できると思う」

「よし、じゃあさっそく警察に……」

「いや、そいつぁやめたほうがいいだろう」

「師匠?」

 

 どうやら大介さんも同じことを考えていたようだ。

 

「ガルシルドの手はかなり広い、警察に持って行っても握り潰されるのがオチだな」

「あれだけ犯罪起こして捕まってないわけだしね。で、どうする? 私としてはコピーしたあと、こっちのルートで情報を流したいんだけど」

「いんにゃ、それには及ばん。どうせそれじゃあ数日かかるんだろう? ワシにいい考えがある」

 

 はて、これ以上にいい案? まあたしかに私の方法じゃガルシルドのハッカーたちに情報を奪われるかもしれないけど。それ対策にコピーするとしても、数日かかるのは否定できない。

 じゃあどうするのか?

 大介さんの答えは単純明快で、ぶっ飛んでいた。

 

「簡単じゃ。この世でもっとも偉い奴らにこれを直接見せればいい」

「一番偉い? こんな混み入ったご時世でそんな人いるの?」

「ちょうど今日、そいつらが一堂に会する場所がある」

「っ、ま、まさか……?」

 

 とある馬鹿げた考えが頭をよぎる。

 確認のため大介さんの方に目をやると、そのまさかと言わんばかりに得意げな顔をしてた。

 ロココは頭に疑問符を浮かべてた。

 

「ウミガメスタジアムに行くぞ。目指すはVIP席、各国首脳陣の席だ!」

 

 ま、マジか……。

 マジか!?

 

 拝啓、円堂君。君のおじいちゃんパワフルすぎじゃね?



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暴かれた闇

 うーん、久しぶりの投稿だぁ。


 まるでジャングルのように生い茂る木々。その間に敷かれた木の板の道を走っていく。

 霧がかった空気が肌に粘りついてくる。補聴器の紐がそのたびに揺れてうっとうしい。しかし付けてないと敵襲があっても気づけないからね。ロココと大介さんもそこは素人なので、期待はしていない。

 しかし意外なことに敵襲はなかった。ガルシルドのパソコンで嫌がらせに電波系統をジャックしておいたのが功を制したのかも。連絡がいってないのかもしれない。

 

 スタジアムの外からでも歓声が聞こえてくる。まだ試合は続いているようだ。

 その中に入り、上へ上へと目指す。そして通路を歩いていると、その先には二人の黒服が先を塞いでいるのが見えた。

 

「で、どうするの? 言っとくけど監督だからって通してくれるとは思わないでよ」

「ふっ、ここはワシに任せとけ」

 

 ビシッと親指を立てて行ってしまった。

 って、ちょっと作戦内容は!? 私たち何するか教えてもらってないよ!

 しかし大介さんはもういない。

 ……あれか。優秀な監督の間では作戦を伝えないのが流行っているのか。誰とは言わないけどさ。

 

 大介さんは千鳥足を演じて黒服たちに近づいていく。そしてそのまま……タックルぅ!?

 

「ぶごはっ!?」

「な、なんだこのジジイ!」

 

 やった。やっちゃったよあの人。国に喧嘩売っちゃった。

 このまま派手な喧嘩に発展してしまうのか……と思ったけど違うらしい。なんと肩を抑える黒服を前にして居眠りを始めたのだ。

 

「う〜……酒……酒をくれぇ……」

「なんだ、ただの酔っ払いか。おいじいさん、ここから先は立ち入り禁止だ。悪いが引き返してくれ」

「うっぷっ、マズイ。しょんべんしたくなってきたぞ……」

「げっ、マジかよ」

「あーダメじゃ! 間に合わん! ここでしたくなってきた!」

「おいバカやめろ!」

 

 す、すごいと言っていいのかこれは? ともかく、素晴らしい演技だ。バレてる様子が微塵も見られない。……絵面が最低なのがたまにキズだけど。

 

「ナイス師匠……だけどカッコ悪いなぁ……」

「それは言わないであげて」

 

 黒服たちは今にもお粗末しようとしてる酔っ払いのおじさんに釘付けになってる。これだったら奇襲をしかけられそうだ。

 素早く忍び寄り、一人に向かって首をトンっと。すぐさま振り向き、もう一人の口を掴んで壁に押し込む。

 

「ん゛ーっ!?」

「しーっ。動かないで。あんまり乱暴だと……キュッ☆ としちゃうぞ?」

 

 ゆっくり、肌を撫でるように、恐怖を煽るように、もう片方の手を首に添える。するとぶるぶると震えるだけになった。

 ふふっ、いい子いい子。

 まあ、どちらにしろやるんだけどね。

 

 黒服が安らかに目を閉じたのを見届けて振り返ると、二人がドン引きしてた。

 

「か、可哀想……」

「まったく、無駄に怖がらせるところなんかはお前の師匠そっくりだな」

 

 ……すんません。なんかテンション上がってやっちゃいました。

 念のために言っとくけど、もちろん寝てるだけだよ? ただその寝顔は悪魔でも見たかのような迫真と悲壮に満ちてた。

 

「まあ今は放っておくしかあるまい。先を急ぐぞ」

 

 そして数分後……。

 

 

「いたぞ! あっちだ!」

「げぇぇぇっ!? 結局こうなるのぉぉぉ!?」

「師匠ぉぉぉ!!」

「ガッハッハ! まあたまにはこういうこともあるわい!」

「言ってる場合かっ!」

 

 このおじいちゃん、護衛から隠れている時によりによって缶を踏み、すっ転んだのだ。

 で、結果はご覧の通り。現在進行形で猛ダッシュしております。

 しかしガルシルドの手下どもと違って発砲してこないことが幸いかな。さすが公務員、あんなゴロツキどもと違って理性がある。

 

「止まれ! ここから先へは行かせん!」

「げっ、前からも追手が!」

「しかしVIPルームはそのすぐ後ろにある」

「その心は?」

「強行突破だ!」

「やっぱりぃ!?」

 

 しかしもう止まれはしない。

 ええい、ままよ!

 私たちは肉壁を作っている黒服に突っ込んだ。

 

「ぬわーーーっっ!!」

「侵入者一人、確保!」

「言い出しっぺの本人がそれなの!?」

 

 おじいちゃん、真っ先に捕まっちゃったよ!

 しかし振り返るわけにはいかない。髪やら服やらを引っ張ってくる黒服たちとひたすら押し合う。

 だけど状況は良くはならない。

 ぐっ、さすが護衛に選ばれるだけはある。私とは違う、戦うこと専門の体だ。

 そうこうしているうちに、後ろからも黒服たちが合流してしまい、

 

「侵入者二人目、確保!」

「僕のことは構わず行くんだ!」

 

 そうは言われてもっ……! こんなにおしくらまんじゅうにされちゃ身動きも取れないよ……!

 こうなったら!

 なんとか服の中をあさり、()()()()を取り出す。

 ピンが付いた缶のような形状の物質。それを引き抜き、思いっきり目を閉じる。

 

 瞬間、目を突き刺すような閃光が周囲に満ちた。

 

「スタングレネードだバッキャロー!」

 

 黒服たちが目を覆っている隙に強引に拘束を抜け出す。

 よっしゃ! これで黒服はもういない! 私たちの勝ちだ!

 勝利を確信し、一歩を踏み出そうとして……。

 

 何かに足を思いっきり掴まれ、ビターンと体が床に叩きつけられた。

 

 ……は?

 ギギギっと足を見つめる。それを掴んでいるのは一人の黒服。

 な、なんでスタングレネードが効いてないの!? 直視すれば失明すらあり得るのに……あっ。

 マジマジと黒服の顔を見つめて、気づいた。

 黒服の目を覆う黒いプラスチック。

 サングラスである。

 

「は、はは……そりゃ黒服にサングラスは付き物だよね……」

「確保ぉ!」

「もんぶらんっ!?」

 

 ぎゃぁぁっ!!

 私にだけ黒服たちが殺到して、お山が一つ出来上がる。私はその下に顔だけ出して生き埋めになった。

 

「まったく、若いんじゃからもちっと根性いれんか根性を!」

「一番最初に捕まった人に言われたくないよ!」

 

 手が動いたらあのヒゲ引き抜いてやりたい……!

 くそっ、なんなのこのおじいちゃん。あれだけマトモな人に見せといて、言ってることが総帥レベルでムチャクチャすぎる。カエルの子はカエル、あの弟子にしてこの師匠ありか。総帥の性格がひん曲がった理由の半分が理解できたような気がする。

 

「って、痛た……こんなこと考えてる暇ないか」

「おーい小娘ー。こっから先の作戦はどうするー?」

「私が知りたいよぉ……」

 

 もうやだ泣きたい。そんでもって過去に戻れるなら、この人を無条件で信じた私をぶん殴ってやりたい。

 しかしああ現実は非情かな。私たちはずるずると黒服たちに引っ張り出されて……。

 

「どうした!? いったい何が起きた!」

 

 あれは……か、神だ! 救世主だ!

 部屋から現れた人物を見た途端、私はあらんかぎりの声で叫んだ。

 今だ、ここしかない。ここを逃せばおしまいだ!

 

「財前総理! 財前総理! お願いです、助けてください! 世界の危機なんです!」

「あこら、動くな!」

「んぐっ!」

「君は……白兎屋なえ君か!」

 

 いたた……ぶったなこの黒服。

 しかし私だと財前総理には気づいてもらえたようだ。

 

 当然のことだけど私と総理に面識はない。当時は一応指名手配中だったしね。しかし総理は私のことを知っているという確信はあった。

 なにせ総理はあのザタワ-キヤ- でお馴染みな塔子のお父さんなのだ。エイリア戦は全国中継されてたし、チームメイトである私のことを知らないはずがない。

 そしてその読みは当たっていたようだ。

 

「待ってくれ。彼女と話がしたい」

「しかし、こいつらは侵入者で……」

「そんなこと言ってる場合じゃないんですって! 世界の危機です危機!」

「総理、安易に近づいてはいけません。今は違うとはいえ、この少女は犯罪者なのですから」

「スミス、私は彼女を信じたい。円堂君は敵対していた彼女を信じ、エイリアを倒してみせた。なら日本の未来を背負う私が子どもにできたことをできなくていいはずがない!」

「総理……」

 

 ……なんかすっごいマトモな大人を久しぶりに見た気がする。

 総理の言葉に押されたようで、SPらしき人は頭を下げて後ろに下がった。代わりに総理が私の前に歩み寄ってくる。

 やり手の政治家という話だったけど、総理になれたのも納得だよ。これがカリスマってやつなんだろうね。さっきの言葉で私ですら感動しそうになったもん。

 黒服の拘束を離してもらい、USBを差し出す。

 

「これは?」

「ガルシルドから盗んできた極秘データです。今すぐ見てください。できれば部屋の各国首脳と一緒に!」

「……わかった。スミス、パソコンを用意してくれ」

 

 やった。これでガルシルドもおしまいだ。

 総理の性格は『正義』を体現したようなもの。それは政策やエイリアの時でよく知っている。この事実を隠蔽することはないだろう。

 大介さんは『よくやった』と言うようにニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 総理はVIPルームに戻ろうとして、ふと振り返る。

 

「そうだ、せっかくだから君たちも入ってくるといい。なに、そこの護衛たちと一緒ならスミスも文句は言わないだろう」

 

 じゃあお言葉に甘えて。

 総理に連れられ、部屋に入る。

 中は豪華な作りになっていた。赤い絨毯の床に、フッカフカの椅子。壁の近くには自販機やワインセラーが置いてある。ガラスの奥の光景は見下ろせるようになっており、下ではイナズマジャパンとザ・キングダムが試合をしている。

 スミスと呼ばれたSPはちょうどUSBが差さったパソコンを操作している。その周囲にはアメリカ、ブラジル、イタリアやイギリスなどなど……各国首脳陣がいた。

 

 やがて解析が終わったのだろう。スミスの手が止まる。その顔ははっきりと青ざめている。

 

「結果は?」

「……総理、そして各国首脳陣の皆様方。これをご覧ください」

「……これはっ!」

 

 全員がそれを見て顔色を変えた。

 その内容は残虐としか言い尽くせないもの。人体実験の結果や犯罪の数々。もちろん私の受けたRHプログラムのデータもある。

 政治家とはいえ暗部ではない人たち。その内容の惨たらしさに口を押さえる者もいる。ちなみにR18なのでもちろんロココには見せてない。

 

「こんな情報を、どこで……?」

「さあ? それはちょっと警察の前では言えないなぁ。ただ、皆さんがガルシルドに感じていた不信感の正体はわかったんじゃないですか?」

 

 ちらっと後ろを見る。

 気配は私たちが捕まった時から感じていた。

 私の視線に観念したのか、ノックして中に入ってきたのは……。

 

「財前総理、失礼ながら話は聞かせていただきました」

「君は……鬼瓦刑事だったか……?」

 

 まあ、こんなところにいるのはこの人ぐらいだよね。

 鬼瓦刑事。総帥を追い詰めるためなら敵の移動要塞だろうが潜水艦だろうが潜入してくるような人だ。

 総理、警察、そして証拠のデータ。

 全て揃った。私の勝ちだ。

 

「鬼瓦……つけてたのか」

「ハッ、見てたぜ。ずいぶん老いぼれたモンだなおい」

「フン、ビビって助太刀しなかったやつに言われたかないわい」

「はいおじいちゃんたち、お静かにー」

 

 そういえば二人は知り合いなんだっけ。まあ総帥追ってるんだし、当たり前っちゃ当たり前か。

 でも今はそんなことはどうでもいいんだ、重要なことじゃない。

 

「この大会はガルシルドが各国を仲違いさせ、戦争を起こさせるもの。皆さんはガルシルドに利用されていたんですよ」

「……許せないな。ああ許せない。この大会は子どもたちに夢を与えるもののはず。断じて戦争などに利用してはならないっ!」

 

 その言葉はポツリとつぶやく程度の静かなもの。しかしその中にはグツグツと燃え盛るような怒りが感じられる。あまりの威圧感に、親しい仲と思われるSPの人すら一歩退いてしまうほどだ。

 ダンっとテーブルを叩き、総理は立ち上がる。

 

「皆さん、今こそ我々が立ち上がる時です。鬼瓦刑事、国際警察に連絡を。私たちはグラウンドに直接行こう」

 

 そのかけ声に反対する者はいなかった。

 当然だ。ガルシルドから利益を得ている者も中にはいるだろうが、戦争が起きるとなればそんなものは吹っ飛ぶ。そんなことは二回もの世界大戦を経験した今では分かりきっている。倫理以前の話だ。

 

「そうだなえ君。それと連れのあなた達も一緒に来てくれ」

「私たちも?」

「今回は君たちのお手柄だ。君たちにも最後を見届ける権利はあるだろう」

 

 断る理由はなかった。あのクソ野郎の最期が見れるなら願ったり叶ったりだ。大介さんたちも異論はないようだ。

 ガルシルドを逮捕するための逮捕状が出るには少し時間がかかる。

 それまでにちょっと準備をしようかな。なに、ちょっとしたイタズラだ。あいつをさらにどん底に叩き落とすためのね。



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消えないからこその闇

 皆さん、ご心配おかけしました。本日リアルの行事が全部終わったので、今日から一週間に一回ほどのペースで投稿を再開させてもらいます。
 悪なえもまだ伏線が残っているとはいえ、いよいよ終盤。できれば最後までお楽しみください。


 現在試合はハーフタイム中。それを見計らって私たちはグラウンドに入っていく。それも大勢で。

 たぶん二十や三十はいるんじゃないだろうか。そのほとんどが国際警察、そして各国首脳陣となれば気分は大名行列だ。なんか偉くなった気がする。

 先頭にいるのは財前総理。率いる先はブラジルベンチにいるガルシルド。

 

「……これは各国首脳陣の皆さま。何かご用ですかな?」

「しらばっくれるのはやめるんだ。……鬼瓦刑事」

「ガルシルド、殺人及びその他の罪により、お前を逮捕する!」

 

 ビシッとガルシルドの眼前に逮捕状が突き出される。

 折り畳まれていたそれは重力に従ってペラペラと開いていき……地面にまで達する。

 いや長くね? 逮捕状ってああいうものなの? あれに全ての罪状でも書かれてるのだろうか。

 ガルシルドは露骨に顔を歪める。

 

「……ヘンクタッカーめ、しくじったか」

 

 ガッチャンと。鬼瓦刑事が手錠をはめた。

 お、すんなり捕まったぞ。観念したのか、それともまだ作戦があるのか。どっちにしろ総帥以上にクズなこの男のことだ。警戒しすぎるに越したことはないだろう。

 

「ふふん、とうとう年貢の納め時ってやつだね」

「影山の小娘か。毎度毎度邪魔をしおって……!」

「強がるのはやめなよ。今回の一件であなたを信用する大国は0。何をどうやっても今後は上手くはいかないでしょ。今後があ・れ・ば、だけど」

「ぐっ……!」

 

 くふふっ、そうそうその顔だよ。その悔しそうな顔、それが見たかった! ザマーミロってやつだ。

 やつは間違いなく這い上がれないだろう。直接ではないとはいえ、やつが殺した数は3桁に届きうる。こんだけ殺ってれば普通は処刑、よくて終身刑だ。

 個人的には終身刑の方がいいんだけどね。死ぬってけっこう楽だし。ガルシルドにはぜひとも外国の、犬の餌みたいな飯しかない刑務所でプライドを粉々にされながら息絶えていってほしい。

 

 っと、今の騒ぎを見ていた円堂君たちが慌てた様子でやってきた。

 

「なえ、これは!?」

「遅くなってごめんね。ガルシルドの屋敷は厳重すぎて、この日にしかデータを盗めなかったの」

「そうか、よくやってくれたぜ! ハハッ!」

 

 笑い声とともに肩を叩かれる。その顔には安堵と喜びがたくさん感じ取れた。それほどまでにブラジル代表のことを気にかけていたのだろう。まったく、相変わらずお人好しな人だ。

 

 っと、そうだ。ロニージョの件が残ってた。

 盗んだデータの最新のものには、彼に関することが書かれていた。どうやら彼、RHプログラムの実験体となっていたらしく、今は危険な状態らしい。

 ロニージョは複数のドクターに囲まれて、脈を取ったり体のあちこちを触られたりなど、色々な検査を受ける。結果は黒。出た判定に、全員がガルシルドを睨む。

 

「なんということを……。ロニージョは素晴らしい選手のはずだ。改造する必要がどこにあった!?」

「ふん、どんなに性能が良くとも絶対はありはしない。私はそいつの性能をさらに高めてやっただけだ。感謝されこそすれ、恨まれる道理はないと思うがね」

「……最低だね」

「貴様が言えたセリフか。貴様が世界の舞台にいれる理由とて、私のおかげではないか。違うかね?」

「違うね。全く違う。私の力は私だけのもの。私はただ効率の良い特訓としてRHプログラムを利用しただけ。あなたたちみたいな物や誰かに頼らなきゃ維持できないような偽物とは断じて違う」

 

 というか私のRHプログラムプロトタイプって、言っちゃえばバカみたいに厳しい特訓メニューってだけじゃん。電極脳にぶっ刺してるのと一緒にしないでほしいよ。

 くだらない。そう吐き捨てるように、ガルシルドは不敵に笑う。

 

 ……そろそろいいでしょう。

 その余裕、今すぐぶち壊してあげる。

 胸ポケットから小さな機械を取り出し、それをガルシルドに見せつける。彼はそれがなんなのかわからなかったらしく、怪訝な表情を浮かべる。

 

「これは仕込みマイク。逮捕状が出るまでの間に、このスタジアムのスピーカーと繋げさせてもらったよ」

「なっ……まさか……!」

「今の話、観客の人たちはどう思ってるかなー?」

 

 ガルシルドが慌てたように観客席を見渡す。

 沈黙。

 観客たちは不気味なほど静かに耳を傾けていた。ある者は怒りを堪えるように、ある者は信じられないといったふうに。出す言葉が見当たらなかった。

 しかしガルシルドのその行動を皮切りに、感情が一気に決壊する。

 

 握り潰させなんてさせやしない。政治上だけでなく、この世間からも消えてなくなれ。

 スタジアムはまるで爆発したかのように、怒号とブーイングで震えた。

 

「この大会のことを君に知らされた時は、私も胸が高鳴ったものだよ。世界中のサッカー少年たちの夢、それがついに叶うのだと。だからこそ私は許せない。彼らを裏切り、私欲のためにサッカーを利用したお前を!」

「たっぷり俺たちの怒りを署で聞かせてやる。さあこい!」

 

 鬼瓦刑事に連れられ、ガルシルドはグラウンドを去っていった。

 その後ろ姿が完全に消えたあと、会場から拍手が湧き上がる。

 ……終わったね。何もかも。

 もうサッカー界に潜む闇は存在しない。それは嬉しいことのはずだけど、大切な人との繋がりも消えてしまったように感じ、少し寂しさを感じた。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、円堂君が話しかけてくる。

 

「やっぱお前はスゲーやつだな! 俺たちも何か手伝ってあげれたらよかったんだけど……」

「それでいいんだよ。こんなもの、真っ当なサッカープレイヤーが関わることじゃないさ」

「違う! お前は真っ当どころか、スッゲーいいサッカープレイヤーだ! 俺が証明してやる!」

「……私はこれまで酷いことをしてきたんだよ?」

「サッカーを思うやつが悪いやつなわけないさ。今だって俺たちを助けてくれたじゃないか」

「なんだそりゃ。……でも、ありがとね」

 

 一見むちゃくちゃな理論。しかし彼が本気でそう思っているのは間違いないのだろう。そう思うと少し嬉しくなった。

 

「よーしみんなー! 協力してくれた人たち、支えてくれる人たちのためにもいい試合を見せようぜー!!」

『おうっ!!』

 

 そして試合が再開した。

 それは前半とは比べ物にならないくらいにいい試合と言っても過言ではないだろう。

 ブラジル代表も、ジャパン代表も。みんなキラキラと笑顔で輝いている。それに魅せられた観客たちが熱を送り、試合はさらにボルテージを上げていく。

 身分や国境なんて関係ない。小さな子どもから各国首脳陣まで、誰もが手に汗握って祈り、あるいは声をあげて応援している。

 そうこれが、これこそが『サッカー』だ。

 

 結果はジャパンの勝利に終わった。しかし負けたブラジルを責めるような人は誰もいなかった。むしろ両国のサポーターは惜しげも無い拍手を両チームに送っている。

 素晴らしい試合だった。心からそう思う。それだけでも体に穴を空けてガルシルドを捕まえた価値があったものだ。

 観客へ手を振る彼らに背を向け、スタジアムを去った。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 しかし幸せとは長くは続かないものらしい。悲しいものだ。

 スタジアムを出てすぐかかってきたのは部下からのメール。

 それを確認して……憎悪が溢れ出して思わず歯軋りをしてしまう。

 

「あのクソ成金……舐めたことしてくれるじゃん……!」

 

 どうする……? 正直言ってもうガルシルドが復活することは無理だ。あれだけ世界中から敵視されれば表に浮上することなんて不可能に近い。しかし逆に裏、つまりアングラに潜られたらおそらく二度とやつを捕まえることはできない。

 

 それによって何が起こるか。同じゲスをたらふく見てきた私ならわかる。

 ——復讐だ。

 たとえ地下に潜っても、平和ボケした日本人の一人や二人を暗殺することぐらいは容易いだろう。私ならなんとかなるとしても、みんなが狙われたら……!

 

 そこまで考えた時にはすでに体が動き出していた。

 無謀なのはわかっている。でもやるしかない。でなきゃ彼らが危険に晒されるのだから。

 

 

 メールの一文。

 そこには『ガルシルドがパトカーを破壊し脱出』と書かれていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 試合も終わり、イナズマジャパンの全員が控え室で着替えをしていた時。

 突然その知らせはやってきた。

 

 ドアが勢いよく開かれ、慌ただしく同年代の黒人が入ってくる。

 

「はぁっ、はぁっ……みんな、ナエがどこに行ったのか知らない!?」

「お前は……コトアールのロココ! どうしてここに? それになえがどうかしたのか?」

 

 円堂たちはその顔に見覚えがあった。

 オルフェウスと激しい試合を制した現状最も強いと言われるゴールキーパー。特に円堂からすれば無視できない相手だ。

 しかしそんな彼は大量の汗を流し、焦っている。

 

「詳しいことは省くけど、ガルシルドが部下にパトカーを襲わせて脱出したんだ。それでナエの姿も見当たらなくなって……」

「なんだって!?」

 

 耳に入ったのは決して無視できない言葉。

 ようやく逮捕できたと思ったのに。なえの努力は全て無駄になってしまった。彼女の気持ちを思うとやるせなく感じてしまう。

 陰鬱な雰囲気が漂う中、鬼道が質問を投げかける。

 

「そもそもどうしてガルシルドのことを知っているんだ?」

「僕も師匠……うちのコーチと一緒にガルシルドの屋敷に乗り込もうとしたんだよ。そこで彼女と合流したってわけ」

 

 そこでロココのポケットから軽い電子音が鳴り響いた。

 どうやらメールが来たらしい。すぐに内容を確認した彼は、苦々しく顔を歪める。

 

「くっ……うちのマネージャーが港でボートに乗り込んだナエを見たみたい。たぶん……」

「まさか、一人でガルシルドのところに向かったのか!?」

「……」

 

 返ってきたのは沈黙。

 それだけで行動に移すのは十分だった。

 急いでドアノブに手をかけた円堂を、秋が引き止める。

 

「え、円堂君!?」

「俺、あいつを追いかけてくる! あいつは俺の仲間なんだ! 放って置けない!」

「……俺もついていこう」

「鬼道!」

「一応の腐れ縁だからな。無視はできまい」

 

 鬼道だけじゃない。彼を皮切りに、次々とみんなが席を立つ。

 

「へっ、俺に乗れねえ波はねえ! ガルシルドがなんだ、全部ぶっ飛ばしてやるぜ!」

「僕はなえちゃんのおかげで今の僕になることができた。だから僕もなえちゃんを助けるよ」

「ちっ、面倒ごと持ってきやがってクソアマが。まあちょうどガルシルドには俺もムカついてたからな。ついてってやるよ」

「よっしゃ、行こうぜみんな!」

 

 その光景を見て鬼道は思う。

 昔の彼女は想像できただろうか。ここに命をかけて自分を助けてくれる人間がこんなにいることに。

 やつはもう闇の存在などではない。グラウンドで人に希望を与える立派なサッカープレイヤーだ。

 だからこそ、再び闇に沈めさせてたまるものか。

 

 全員は決意し、控え室を出た。

 



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許しがたいもの

 ポケモンたのしぃぃぃぃ!!
 ……すんません、今まで諸事情でゲームできてなかったので、色々溜まってました。


 巨悪というものは保身を重ねるものである。

 誰もが自身が悪いことをしている。その意識を僅かでも心の奥底に宿している。その自覚ゆえに復讐を恐れ、身を固めるものだ。

 たまにそういったものを感じないサイコパスもいるが、それは協調性がないという理由で巨悪になりえないので割愛する。

 

 ともかく、何が言いたいかといえばやつは必ず一度ガルシルド邸に帰るということだ。

 あそこには兵器がわんさかある。犯罪者認定されたやつは使用を躊躇わないだろうし、警察でも時間をかなり稼がれることだろう。その隙に証拠品とボディガードを引き連れて脱出、というのが私が予測したやつの計画だ。

 私が何年悪人やってると思ってる? これぐらいは読めて当たり前さ。

 とはいえ、私はその警察でも苦戦する戦場に単騎で、ロクな武器もなく突っ込むというのだから笑えない。

 いろいろ考えたけどこれしかなかった。つまりヘンクタッカー君たちの護衛をすり抜けてガルシルドを気絶させ、拉致して警察に届ける。

 届け先も気をつけないと。一番信用できる鬼瓦刑事は鉄骨落としのえじきになっちゃったし、他を探さないと。あの歳で鉄骨落としは心配だけど、今は『不死身の鬼瓦』を信じる他ない。

 ……これを取らぬ狸の皮算用って言うのかな。失敗する確率の方が超高いのにも関わらず後のことを考えるなんて笑える。

 

 さて、現実逃避はここまでにしよう。

 目の前を睨みつける。たたずむのは夜のカーテンを纏った悪趣味な屋敷。

 周囲を警戒する必要はない。だってもうバレてるだろうし。

 ガルシルドと違って、ヘンクタッカー君と私の付き合いは鬼道君ほどではないにしても、そこそこ長い。彼なら私がどのように動くのか手に取るようにわかるだろう。

 歩みを進めれば、ほら見えた。

 霧の中でうっすらと浮かび上がる十数の影。その先頭のものは実にふくよかで、見間違えるわけがない。

 

「お待ちしておりました」

「その割には手ぶらじゃん。客に茶すらも出さないのがそちらのルールなのかな?」

「いえいえ、もちろんご用意しております。……あなたの首を持って、ガルシルド様への手土産とさせていただきましょう!」

「もらう側じゃん」

 

 直後にマシンガンが火を吹く。

 十数人から放たれた数百発の弾丸は文字通り弾幕となって襲いかかってくる。

 石畳の上にも関わらずスライディングを決め込み、門の後ろに滑り込んでそれらをかわす。

 

 ひっどい手土産だこと。私じゃなかったら間違いなくお陀仏だったね。

 撃ち方やめの号令で嵐がやむ。しかし構えを解いたわけではないだろう。不用意に体を晒せば、今度こそ蜂の巣だ。

 何もできない私を見たのか、下品な高笑いが門の向こうから聞こえてくる。

 

「うざいからそれやめてくれない? 今どきそんな負けフラグ全開な笑い方するの総帥くらいだよ?」

「ふんっ、相変わらずの減らず口を……。まさかこの私がこんな小娘一匹にしてやられるとはな。だがそれも今日で終わりだ。貴様だけは今ここで血の海に沈めてやる! 貴様の恩師のようになぁ!」

 

 影山総帥……!

 胸元にかけていたひび割れのサングラスを強く握りしめる。

 ごめん。わかってたけど、どうにもならないや。でも仕方ないでしょ? 私の目指す最高のサッカー選手は、何度だってその無理を乗り越えてきたんだから。張り切っちゃうのも当然と思わない?

 私は『本物』の器じゃなかったってだけ。だからこの行動に関しては怒らないでよね。

 

「さあ許しを乞え! そして絶望の涙を流せ!」

「あいにくだけど、謝るって精神は帝国学園暗部には存在しないんだよっ!」

 

 覚悟を決める。

 太ももからナイフを取り出し、それを血が滲むくらい握りしめて……叫んだ。

 

「うォォォォォォっ!!」

 

 駆ける。

 そして世界が冷たい光に包まれ……。

 

 

「待てぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ——る前に、その声が私たちを静止させた。

 この胸にビリビリくる叫び声……まさか……。

 

 急いで後ろを振り返る。

 そこには、イナズマジャパンのみんながいた。

 

「円堂君……みんな……なんで……!?」

「そんなの決まってる! 仲間だからだ!」

 

 ああ……そういう人だよね、君は。

 あんまりにも単純な言葉なのに、それだけで「なんで来たの?」とか「逃げて」とか、言いたいこと全部吹っ飛んじゃった。

 こんな私のことを仲間と思ってくれている人たちがこんなにいる。それがたまらなく嬉しくて、追い返すことができなかった。

 実に私らしいことだ。

 

 赤キャップのおじいさん——大介さんが、ヘンクタッカー君の後ろに立っているガルシルドを睨みつける。

 

「こんな少女一人に銃火器か。それも複数で。恥ずかしいとは思わんのか!?」

「私の方からすれば、そいつこそ恥ずかしいとは思わないのかと言いたいがね。さんざん影山にひっついていたくせにいざとなったら敵側へ寝返る。醜い売女とは思わんかね?」

「っ……!」

 

 一瞬、胸に痛みが走る。

 しかし円堂君は私を庇うように前に出て、迷いなく断言してくれる。

 

「違う! たとえ所属するチームや尊敬する人が違っても、俺たちは仲間だ! 仲間が仲間に頼ることの何が恥ずかしいんだ!?」

「仲間か。たとえその女が何人もの人間を手にかけた、私と同じ犯罪者だとしても?」

「それでも助ける! そんでもって思いっきり叱って、そして全力で更生させてやる! それが仲間だ!」

「守……大きくなったものだ」

 

 え゛ん゛と゛う゛く゛〜ん゛っ!

 そこまで私のことを思ってくれてたなんて……感動した!

 もうこうなりゃヤケだ。円堂君を巻き込みたくないとかうじうじ悩んでたけど、私は覚悟を決めたぞ。

 円堂君たちと一緒に、ガルシルドを倒す!

 うん、実に自己中ないつもの私らしい考えだ。

 

 彼の素晴らしい演説も、しかし人の心を持っていない野蛮人には響かなかったらしい。鬱陶しそうに顔を歪めている。

 

「ふんっ、家族揃って暑苦しいものだ」

「えっ、家族って……まさか……!」

「ここで邪魔者が全て揃ったのも何かの縁。貴様はここで潰してやろう。アラヤ……いや、円堂大介!」

 

 ガルシルドの言葉に円堂君が大介さんを見つめる。

 む? あ、そっか。まだ彼、この赤キャップおじさんが大介さんって知らなかったのか。

 期待を込めた目。うんうん、私も今日の今日までこんな目してたなぁ。……大介さんの凶行に振り回されるまでは。

 この人空き缶にすっ転んでSPに見つかったあげく、そのSPに突撃して真っ先に捕まったくせに私に文句言ってたんだぜ? ないわー。もはや尊敬できんわ。総帥があんな性格になった一端は間違いなくこの人のせいだと今は断言できる。

 まあこのことは私とロココの心の奥底にしまっておいてあげよう。少年の夢を壊すものじゃあない。

 

「が、ガルシルド様。お言葉ですが時間が……」

「心配せずともここの戦力は万全だ。それになヘンクタッカー君。やつらをお得意のサッカーで叩き潰さなければ、私の腹の虫が収まらんのだよ……! よくも、よくも私の計画を……っ!」

「お気を確かに、ガルシルド様!」

 

 あ、さすがに人生に一回ぐらいの大プロジェクトをペシャンコにされたのには堪えたみたい。ガルシルドの口は大量のヒゲで覆われて見えないものの、よく耳を澄ませたらガチガチと歯軋りするような音が聞こえる。

 

 あいつの悔しげな顔に気を良くしていると、ふと円堂君の顔が目に入った。

 彼は……なんとも言えない、迷っているような悩んでいるような、そんな顔をしていた。まるで何かを見極めようと思って、それができないような……。

 

「……なあガルシルド。戦う前に一つ聞いていいか?」

 

 円堂は恨みも憎しみもない真剣な表情で問いかけた。

 

「お前は……サッカーが好きか?」

「ふむ?」

 

 あんまりにも唐突な問いだ。ガルシルドだけでなく私たちまで戸惑った表情を見せてしまう。

 円堂はそんな問いをした理由を、今までを思い返すように手を胸に添えて言う。

 

「今までサッカーで悪いことをしたやつはたくさんいた。でもそいつらは本当はサッカーがすっげえ大好きで、最後にはその『好き』って気持ちを思い出すことができたんだ」

 

 ふと脳裏に浮かんだのは二人の男。

 片方は愛するサッカーを失った絶望に狂い、復讐鬼と化した男。

 もう片方は未知の石の力に取り憑かれ、愛する者やサッカーを道具にしてしまった男。

 どれも大きすぎて比較できそうにない悪人たちだ。だから円堂君はそんな問いかけをしたのだろう。

 

 しかし私が許せないのは、やつはサッカーを……。

 

「くっ……くくくっ……!」

「何がおかしい?」

「ブワッハッハッ!! これがおかしくなくてなんという!? 私があんなもの好きなわけないだろう! ブラジル代表の監督になったのも、実験体になる上質な選手を都合よく集めることができたため! 私からすればあんな玉転がしに夢中になってるやつの気が知れんわっ!」

『サッカーをバカにするなっ!!』

 

 気がつけば私たちは同じことを叫んでいた。

 

「サッカーは私みたいな人にも光をくれた!」

「一生懸命走って……! 仲間と一緒に熱くなって……!」

「見てる人にも希望を与える……! そんなスポーツなんだよっ!」

「それをお前なんかに……っ!」

「あなたなんかに……バカにされてたまるかァッ!!」

 

「っ、なんだこの衝撃波は……!」

「……ガルシルド様、お下がりください」

「この私が……震えている……? あんなガキどもに……? ふっ、ふざけるな!」

 

 ガルシルドは唾を飛ばすような勢いで命令する。

 

「ええい、やれ! チームガルシルドよ! これ以上の虫の羽音は聞くに堪えんわ! お前たちにはあらゆる選手を超越した最高の力を与えてやった。その研究成果を見せてやれ!」

『ハッ!』

 

 上等だよ……! 耳に障害があろうが、体に穴が空いてようが関係ない! ここで決着つけてあげる……!

 

 双方睨み合いながら、ヘンクタッカー君に案内されてグラウンドに歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ほい変身っと」

「きゃぁっ! ……って、あら? いつのまに着替え終えてる……」

 

 夏未ちゃんはいつまで経ってもウブだねぇ。私の早着替えなんてイナズマキャラバン時代に飽きるほど見たでしょうに。

 ほい、というわけでここで夏未ちゃんがなぜここにいるかの経緯を話しておこっかな。

 彼女、なんと大介さんが生きてるかもしれないって聞いて、円堂君のために一人海外に調査に出かけたんだって。青春だねー。

 そんでついでにマネージャーとしての力を磨くためにそのまま残り、コトワールのマネージャーになったのだとか。

 うーん、妬けちゃう。お腹いっぱいになりそうなお話だ。

 

「私のことはどうでもいいでしょ!」

 

 それもそうだね。

 さて、メンバーを確認しよう。試合に出るのはイナズマジャパン+私だ。ロココもフォワードとして参加できたらよかったんだけど……。

 

「ごめん師匠……さっきSPに倒された時に軽く捻ったみたい……」

「いや、大丈夫だ。お前は嬢ちゃんを手伝ってやれ」

 

 てなわけで出場は無理みたい。おのれ財前! ……いや、別にあのSPが財前総理のって決まったわけじゃないけど。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 フォーメーションはこんな感じだね。

 対するチームガルシルドは……もちろん私のデータにない選手ばかりだ。警戒すべきなのはキャプテンのヘンクタッカー君がディフェンスにいることだろう。

 あのふくよかな体なら納得のポジションだが、見た目に騙されてはいけない。私と格闘戦ができるぐらいに動けるのだ、ドリブルもできると思った方がいいだろう。

 

 審判はいない。これは野良試合なのでいなくても問題はないのだが、それはやつが私たちを徹底的に潰すつもり満々なのが感じ取れる。なにせファールとか取るつもりないって言ってるようなものだからね。

 

 ストップウォッチを持った夏未ちゃんが、ホイッスルを口に咥え……

 

 

 ——試合が始まった。



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最強の強化人間

 ファンアートもらいました。

【挿絵表示】



 豪炎寺君からのパスを受け取り、一気に敵陣へ攻め込んでいく。

 一人をかわし、二人目を抜き去り、三人目を弾き飛ばす。

 

「す、すごい気迫……一気に三人抜いちゃいましたよっ」

「虎丸、遅れるな! 俺たちもいくぞ!」

「は、はい!」

 

 開始わずか数十秒で私は敵コートの真ん中まで進んでいた。

 これ以上の進軍は許さんと、敵ミッドが立ちはだかるも。

 

ヘビーベイビー!」

「邪魔だよ! 真ジャッジスルーッ!」

「ふごぉっ!?」

 

 黒い波動がボールを包み込み、その重さを何十倍にする……前に。

 放たれた私の蹴りがボールを間に挟んで彼の顔面に直撃した。

 

 さらに前進。

 今度はセンターディフェンスのヘンクタッカー君が立ちはだかる。

 

「ふふ、やるじゃないですか。ですが……見えてますよ! —— デーモンカットV3!」

「残念だけど、それは目の錯覚だね」

「なっ!?」

 

 ちょんと、軽くバックパス。それに意表を突かれたのか、ヘンクタッカー君が目を見開く。

 彼の予想だと、今までの恨みを晴らすために私が真っ向からぶつかってくると思っていたのだろう。だけどこれはサッカーなのだ。私は一人じゃない。

 バックパスの先には鬼道君がいた。その隣には不動も。

 一瞬目を合わせただけで私たちは通じ合い、連続パスであっさりと彼を抜いてみせた。

 

「そのまま決めろ、なえ!」

 

 キーパーと一対一。絶好のチャンスだ。

 総帥。貴方の仇はこの足で……サッカーで取ってみせる。

 

 ボールを足で挟み、回転しながら跳躍。そしてある程度の高さまでいったところで放すと、ボールを中心に六芒星の魔法陣が描かれる。

 最後に指笛を鳴らしてペンギンを呼び寄せ、その中心のボールを思いっきり踏んづけた。

 

皇帝ペンギン零式!!」

 

 魔法陣を通過して、桃色の閃光となったボールとペンギンたちが、ゴールを襲う。

 あれを止められるのなんて、ロココくらいのものだ。そう思っていた。

 

ビッグスパイダー!!」

 

 私の予想は完璧に裏切られた。

 キーパーは背中から八本もの蜘蛛の腕のようなものを生やすと、それらをレーザーに突き刺した。

 それだけで、ボールは回転を落とし、止まってしまった。

 

「なっ……!?」

「ふっ、所詮はプロトタイプ。あらゆるデータを注入された、我々のRHプログラムには敵わない!」

「ハッハッハッ! 見たか、私の力を! 神のアクア? エイリア石? そんなものをもはや必要ない! RHプログラムさえあれば、人智を超えた力を手にすることができるのだ!」

「……ふん、いったいどれほどの負担を代償にしているのやら」

「おや、一試合のために命を落としても構わないのが君の主義ではなかったかね?」

「ちっ……!」

 

 ぐっ、悲しいけど何も言い返せない。

 たしかに皇帝ペンギン1号とか自発的に使うやつが未来見てるとは言えないけどさ……。

 

 投げられたボールはヘンクタッカー君へ。そして近くにいたもう一人の男へ、さらに渡る。

 

「さて、では見せてあげましょうかね。私たちの力を!」

「っ……!」

 

 ヘンクタッカー君が宣言すると、突如視界からボールを持っていた男が消えた。

 そう思った次の瞬間、凄まじい衝撃を感じ、体がくの字に曲がる。

 

「がっ……!」

ジャッジスルー2!」

 

 追い討ちをかけるようにスライディング気味の蹴りを腹部に受け、体が真上に吹き飛ぶ。しかし落ちることは許さないとばかりに、男のマシンガンじみた蹴りがその後延々と私を突き上げ続けた。

 

「がっ! ごっ! ぐっ! がぁぁっ!!」

「なえええっ!!」

 

 最後に逆立ちするかのような両足蹴りが顔面にクリーンヒット。鮮血を撒き散らし、そこでようやく私は地面に崩れ落ちる。

 

「おい、今のは確実にファールだろ!」

「ぐっ、審判がいないのはこういうことか……! やつら、サッカーの範囲内で俺たちを潰すつもりなんだ!」

 

 痛っ……ヤバい、意識が少しトんでた。円堂君の声が聞こえなかったら即ノックアウトしてただろう。

 ボールを……奪わなきゃ……。

 脳が立ち上がれと四肢に命令を送る。しかしそれはところどころで切断されたみたいにうまく届かず、立とうとすると足が震えてしまう。それでもようやく膝立ちまでできた私が、揺れる視界の中で見たものは、ものすごい勢いで目の前に落ちたボールだった。

 

「お昼寝には早いですよっとっ!」

「あ゛っ!!」

 

 ワンバウンドしたボールは少しも勢いを衰えさせることなく私のアゴを撃ち抜いた。その衝撃で上半身が跳ねるように起き上がり、無理やり立たされる。脳が上下にシェイクされ、さらに視界が歪む。その中でヘンクタッカー君と先程の男が近づいてくるのが見える。

 男はボールの上に踏んづけるように飛び乗る。するとボールは三つに分身し、まるで衛星のように彼の頭上を回り始めた。

 それらに、ヘンクタッカー君は渾身の蹴りを叩きつける。

 

ジャッジスルー3!!』

「ガァァァァァァアアッ!!」

 

 意識が……薄れて……。

 三つの弾丸は全て顔面にクリーンヒット。今度こそ私は地面に横たわり、指一本も動けなくなる。

 

「裏切り者には罰を。そして反逆者どもには鉄槌を。……さあ、いきましょう」

『ハッ!』

 

 ぐっ……何もっ、聞こえない……! まさか……!

 最悪の予感が頭をよぎる。しかしその間に無情にも試合は進んでいく。

 

 チーム・ガルシルドは恐るべき身体能力を余すことなく使って、強引にイナズマジャパンのブロックを打ち砕いていく。

 彼らのタックルで人が数メートル吹き飛んでいく様子は、まるで電車かなんかが突っ込んでくるみたいだ。

 そしてゴール前。円堂君は一対一となり、身構える。

 

『受けてみろ! これが究極のシュートだ!』

『究極なんて存在しない!』

 

 円堂君は右手に虹色の気を溜め始める。

 対する相手は空中に跳び、両足でボールをガッチリと挟む。そして捻るように放すと、ボールは一人でに高速回転を始め、一つの弾丸となって放たれた。

 

ガンショット!』

真イジゲン・ザ・ハンド! ……ぐあぁぁぁっ!!』

 

 あのヒデナカタのシュートすら止めた技をこうも簡単に破るなんて……。

 この圧倒的な一連の流れから、私のシュートも撃たされたものだったのだろう。

 私たちにさらなる絶望を与えるためのデモンストレーションとして。道理で簡単に突破できたわけだ。

 

 ……よし、だんだん回復してきた。さすが私。

 あいにくと、顔面にボールをぶつけられたりするのはエイリア時代から慣れっこだ。気合いを入れれば血は止まるし傷も塞がる。いやほんとマジで。バダップにボコボコにされた時くらいからかな、いつのまにか使えるようになってた。

 でもまあ限度はある。今私を一番悩ませている問題はこれじゃ解決できないみたいだし。

 

「へっ、無事みたいだな。あんだけタコ殴りにされたってのに、相変わらず丈夫な女だな」

「……」

『おい聞いてんのか!?』

「っ、ああ今話しかけてたのか。まあ怒らないでよ。ちょっとトラブルが起きたみたいでさ」

『ああん? トラブルだと?』

 

  私の読唇術は当然ながら視界に入らなきゃ意味をなさない。今度こそ不動の言葉に頷き、首に巻いていたチョーカー型の機械を取り外す。

 

「実は今耳に異常が残っててね。それの補助にこの機械を使ってたんだけど、どうやら壊れたみたい」

『なにっ!?』

「いや、壊されたの方が正しいかもね」

 

 ヘンクタッカー君たちなら情報を集めるのも簡単だろうし。なによりこっち見て上機嫌にニヤニヤしてる様子から、あれは棚からぼた餅的なものじゃなくて計画的にやったものだと推測できる。

 不動はそんな彼らを睨みつけ、舌打ちを打つ。

 

『ちっ、どーすんだよこれ。司令塔の指示が聞こえないなんて欠陥どころの話じゃないぜ』

「だよねぇ」

 

 今みたいに試合が止まってるならまだしも、プレイ中に鬼道君や円堂君の言っていることを読み取るのはほぼ不可能だ。敵を見ないで突破出来るほど、チーム・ガルシルドは弱くない。

 

「でもやるよ。やらなきゃならない。私の手でガルシルドを倒さなきゃ、たぶん私は前に進めないから」

『……あっそう。よかったなポンコツ。ちょーど監督さんもOKの指示を出したところだぜ』

 

 遠くであんまり見えないけど、どうやら夏未ちゃんが選手交代のサインを出そうとするのを大介さんが止めたらしい。

 ふと目が合った。それだけで感情が流れ込んでくる。

 ……あの人もやっぱり『本物』だ。私のこの試合に賭ける思いを理解してくれている。そしてこの試合に最後まで立っていなければ、たとえ命は助かってもサッカー選手としての、戦士としての私が死ぬことも。

 そうだ、負けられない。たとえこの試合で燃え尽きたとしても、この試合だけは絶対に勝たなきゃならない。

 事情を聞かされたらしい鬼道君が作戦を伝えてくる。

 

『こうなったら仕方がない。お前は自由に行動しろ。俺たちがお前の動きに合わせる』

「ごめんね……」

『ふっ、どこぞのバカ曰く、仲間とは困っていたら助け合うものらしいからな。俺もずいぶん助けられた。だから気にするな』

 

 これ以上謝るのは逆に失礼だろう。私が今すべきことは点を取ること。それが一番の感謝を伝える行動となる。

 敵はたしかに私のシュートを止めた。しかし無敵のキーパーなんてどこにもいないのだ。必ず隙はあるはず。

 

 私たちボールでキックオフ。した瞬間に敵がものすごい勢いで急接近してきて、荒々しく豪炎寺からボールを奪った。

 

「くっ、やはり速い……! だが……!」

真キラースライド!」

「簡単にやられる俺たちじゃない!」

 

 不動の必殺技が炸裂。ボールを取り返し、再び豪炎寺君に繋げることに成功する。

 

「虎丸!」

「っ!? ……わ、わかりましたっ!」

 

 自分にパスした豪炎寺君の体勢を見て、虎丸は一瞬驚いた顔を見せる。しかしすぐにその意図を理解し、腰を深く落として足に気を集中させる。

 なるほど……そういうことね。

 

タイガー……」

「—— ストーム!」

「なっ……ロングシュートですと!?」

 

 虎丸が打ち上げたボールを、豪炎寺君が蹴ってさらに加速。気によってできた虎は炎を纏い、フィールドを真っ直ぐと駆け抜ける。

 

「させるか! デーモンカット!」

 

 ヘンクタッカー君以外も覚えていたのか。

 当然、グラウンドの真ん中から撃ったところで入るわけがない。せいぜい今みたいに必殺技をぶつけられて、大きく威力を削られるのがオチだ。

 なら、なぜこんなことをした?

 それを一瞬で考えるのが一流だ。

 

 紫色のオーラが噴き出してできた壁に、虎が激突。その激しさに雄叫びをあげるも、なんとか壁を突き抜けることに成功する。しかしそれで威力を落としすぎたらしく、虎は消え去って、ただのシュートになってしまった。

 

 それを、走り込んでいた私が胸で受け止める。

 

「なんと、いつのまに……」

スプリント……ワープッ!」

 

 そこでさらに加速。桃色の気を身に纏い、もはや残像すら見える勢いでフィールドを縦横無尽に走り、必殺技を出させる間も無くセンターディフェンスを突破した。

 次こそ、決める!

 

「ハァァァッ!!」

 

 天に掲げるように高く足を引き絞り、ボールを蹴り出す。それは風を突き抜けて音を鳴らし、ゴールに迫る。

 キーパーはさっきの必殺技の構えを取ろうとする。しかしその時、シュートの軌道が斜め上へと変化し……ゴォォォンッ! という鐘でも突いたかのような音が響いた。

 

「出た、なえの十八番『バー当て』!」

 

 跳ね返ってきたボールはちょうど私の斜め上にやってくる。そのまま迎えるように跳躍して体を逆さにし、ダイレクトでボールを蹴った。

 必殺技のタイミングをずらした、完璧なシュート。これなら……。

 

ビッグスパイダー!』

 

 そんな私の期待は、蜘蛛の手によってあっさりと摘まれてしまった。

 ボールはキーパーの手でガッチリと掴まれ、テコでも動かなそう。それほどまでに完全にキャッチされていた。

 

「ジョークでしょ……?」

『クックック。どうやら肝心なことをお忘れしているようですね。あなたが使ったのはプロトとはいえRHプログラム。つまりあなたのデータも私たちの中には含まれているんですよ!』

「っ……そういうことね」

 

 RHプログラムを使ったのは完全に失敗だったなぁ。と若干後悔する。いやまあ、あの時の私に拒否権なかったけど。ブラック企業勤めはつらい。

 

『もちろん他の技も分析済み。あなたが点を入れることは万に一つもありえないのですよ!』

『だったら、俺たちが決めるまでだ!』

 

 キーパーから投げられたボールを、豪炎寺君がうまくカット。その両横に虎丸とヒロトが並ぶ。

 

グランド……ファイアッ!!』

 

 イナズマジャパン最強の必殺シュート。それが三人によって放たれた。

 燃え盛る爆炎は壁のように広がり、途中の地面を焦がしながら突き進んでいく。その威力はおそらく皇帝ペンギン零式以上だろう。

 しかし、それでも敵の表情は変わらない。キーパーは先ほど同様に、腕を広げて蜘蛛の足を展開し……。

 

『ビッグスパイダー!』

 

 それらを炎に突き刺して、中のボールを抉り出した。まるでモーセの海割りのように、炎の壁は真っ二つに割れ、消えていってしまう。

 グランドファイアが止められたことは今まで一度もなかった。それゆえに衝撃もものすごく、あの豪炎寺君でさえ声を荒げてしまう。

 

『バカな、データを収集されていたのはなえだけじゃなかったのか!?』

『もちろんあなた方のもありますよ。なにせイナズマジャパンは円堂大介のサッカーを受け継ぐチーム。警戒するのは当たり前ですよ』

『くっ……!』

『フフフっ、リトルギガントと違って、あなたたちのデータ収集はとても簡単でした。なにせ毎試合全ての手札を見せてくれるのですからね』

 

 必死ですねぇ、と嘲るようにヘンクタッカー君は笑う。

 たしかに、イナズマジャパンは余裕勝ちをしたことが一度もないチームだ。それがこの試合で裏目に出るなんて……。

 

『ついでだ。そこの女から生み出した新たな力を見せてやろう』

『ハッ!』

 

 なんだろう? ガルシルドが何かを命令すると、何か禍々しい気がチーム・ガルシルドたちから溢れ、それを纏い出した。彼らの肌は若干ピンクがかり、まるで界王拳でも使ってるかのような雰囲気だ。

 それにしてもこの気、誰かのに似てるような……。

 その答えはすぐにわかった。

 

『ふんっ!』

『なっ!?』

 

 ヘンクタッカー君が一歩を踏み出す。

 それだけで次の瞬間、彼は豪炎寺君たちを通り過ぎていた。

 

 ヘンクタッカー君の体型的に、あんな速度を出すことは不可能だ。にも関わらず、彼はまるで閃光のように次々とイナズマジャパンのブロックを突破していく。

 

「このスピード……まさか私の!?」

『そうだ! 私の研究により、お前の天性のスピードすら付与できるようになったのだ! ガハハハッ! もはや努力も才能も必要ない! 私の力が全てなのだ!』

 

 ヘンクタッカー君だけじゃない。チーム全員が光の如きスピードでグラウンドを駆けている。

 その恐ろしい光景に、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 




 なえちゃんに聞こえているものは二重かぎかっこ、それ以外は普通のにしてあります。


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弱点

「くっ、ダメだ! 追いつけない!」

 

 あのスピードに定評があるシロウですら、チーム・ガルシルドの動きについていけていない。他のみんなは言うまでもない。

 まるで彼らだけビデオを倍速にしたかのようだね。それほどまで隔絶した差が彼らの間にはあった。

 普段自分のスピードを三人称視点で見ることがないから新鮮に感じる。なるほど、デモーニオが私に突っかかってくるわけだよ。

 ボールは先ほど必殺シュートを放った男に。壁山が気を集中させ、飛鷹が足を振り上げるも、必殺技を出す間もなく抜かれてしまう。

 

 もうディフェンスはいない。円堂君は苦々しく片手を構える。

 イジゲン・ザ・ハンドはもう通用しない。それはさっきの1点で明らかになっている。かと言って今の彼にそれ以上の必殺技はない。

 悩んでいる時間はない。けど、悩まずにはいられない。

 そんな時、フィールドの外から雷のような声が轟いた。

 

『『ガン、シャン、ドワァァァンッ!!』だっ!』

「が、がんしゃんどわん?」

 

 

 す、すごいな。耳がお釈迦になってるはずなのに私にも聞こえてきたよ。なんという声量。

 ……じゃなくてっ。

 なんじゃそりゃ? あのおじいちゃん、ほんとにボケたんじゃないの?

 突然の擬音ワードに目をパチクリ。しかし円堂君やロココにだけはわかったらしく、なんか『我天命を得たり』みたいな顔をしていた。

 

『ふっ、とうとうボケたか円堂大介。 かまわん、やってしまえ!』

ガンショット!』

 

 くっ、ガルシルドと同じことを思っちゃうなんて、不覚だ……。

 敵は大介さんの珍妙な指示に一瞬ためらうも、すぐにさっきの必殺シュートを撃ってきた。

 対して円堂君は……。

 

『ガン、シャン……ドワァァァンッ!!』

 

 ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。

 円堂君が叫んだ一瞬。ほんの一瞬だけ。凄まじい気の奔流が彼から溢れ出した。しかしそれは荒れ狂う河川のようにとどまることを知らず、あちこちに霧散していってしまう。

 それでも懸命に手を伸ばし……弾丸がそれを弾いた。

 

 ガンッ! という鈍い音が聞こえ、彼の頭上のバーが揺れる。

 ボールは真っ白いバーに黒焦げを付けたあと、ゴールの真上を通り過ぎていく。

 

 ()()()

 イジゲン・ザ・ハンドの時はコースが変わる気配すら見えなかった。なのにあの不完全なパンチングはガンショットを逸らすことができた。それはつまり、あの必殺技を完成させることができれば……。

 

「ねぇ円堂君。がんしゃんどわんって、結局どういう意味なの?」

『んー? なんかよくわかんないけど、この言葉みたいに体を動かすとスッゲー力が湧いてきたんだよな』

「やっぱ感覚的な話なのね……」

 

 まあダンギュンドカーンとかシュタタタタンドババババーンとか、摩訶不思議な呪文を常に解読してきた円堂君だ。彼にしか感じられないものがあるのだろう。

 

 まぐれかもしれない。しかし、それでも今まで手も足も出なかった相手に一太刀浴びせられたことにみんなの顔が湧き上がる。

 逆にガルシルドは見るからに不機嫌な顔をしていた。

 

『強化人間のシュートを止めるとは……』

『一寸の虫にも五分の魂ということでしょう。お任せくださいガルシルド様。所詮は虫ケラ、今度こそ蹴散らしてみせましょう』

 

 虫以下の人たちが何か言ってるよ。

 試合はコーナーキックからだね。私もボールを取るため、ペナルティエリア内に戻ってきている。

 コーナーは私に有利だ。私のジャンプ力だったらほぼ確実にボールを取れる。豪炎寺君たちもそれをわかっているので、前線に残っている。

 

 ボールは弧を描いてPKくらいの位置、ちょうど私の真上にやってきた。ドンピシャだ。そのまま誰よりも早くジャンプして……。

 

「なえ、囲まれてるぞっ!」

「……? がっ!?」

 

 円堂君が何かを叫んでいたが、それが私の耳に届くことはなかった。

 そしてその意味をすぐに知るようになる。

 

 口から吐き出されたのは、空気ではなく血。

 体を貫くような衝撃とともに、バランスを崩してしまう。

 何が起きたのか? 視線が重力に引かれて下に落ちる。

 

 腹部と両脇腹に、肘や膝が突き刺さっていた。

 

『なんてやつらだ……!』

『スコーピオ!』

 

 スコーピオと呼ばれた小柄な選手にボールが渡る。

 

『必殺シュートはガンショットだけではない。数多の戦闘データから解析された、究極のシュートを受けてみろ!』

 

 チーム・ガルシルドの三人が紫色の気を身に纏い、向かい合いながらボールを蹴り上げた。

 そのモーションには見覚えがあった。特にベンチにいた風丸と染岡君が反応する。

 

 天高く飛翔したボールからは紫色の炎が噴き出す。そして徐々に翼が、尾が、クチバシが生え、やがて鳥……いや不死鳥を形作った。

 あれは……まさか。

 

真ダークフェニックスッ!!』

 

 見間違えるはずがない。

 ダークエンペラーズ最強のシュート、ダークフェニックスが復活し、憎き仇敵である円堂君に襲いかかった。

 

『ガン、シャン、ドワァァァンッ!! ——ぐあぁぁっ!!』

 

 先ほどと同じく、気の溜まらない手を突き出す円堂君。しかし不死鳥はそれをたやすく食い破り、彼ごとゴールネットに突き刺さって、闇の炎をばら撒いた。

 

『ぐっ……また失敗かっ!』

『違うっ! ガンシャンドワンじゃない! ——ガァンッ、シャァンッ、ドワァァァンッ!! だっ!』

 

 英語のLとRの発音か!

 

『そっか、そういうことか!』

 

 だからどうしてわかるの!?

 

『片手じゃない。もっと全身を使え。片手がダメなら両手で、両手がダメなら体でボールを捕らえるのだ!』

 

 いや、日本語喋れるじゃん。さっきからそう言ってくれればいいのに。

 

 私たちボールで試合再開……といきたかったけど、夏未ちゃんがホイッスルを二回鳴らした。前半終了の合図だ。

 点差は2で、今のところ不利だ。でも、あいにくとこれ以上の点差をひっくり返した試合を知ってるものでね。絶望は感じなかった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

『そこの嬢ちゃんたち、こっちのバカモンの手当てを頼む』

『は、はい!』

「バカとはなんだいバカとは!」

『腹に穴空いてる状態で走るやつのことを言っとる』

 

 げっ、さすがにもうごまかしきれないか。

 イナズマジャパンのユニフォームは海みたいな青。しかし私のは、お腹の部分だけ紅に染まっていた。慌てて秋ちゃんがユニフォームをめくると、その下にはさらに真紅に染まった包帯が出てくる。

 

『こ、こんな状態で試合を……?』

「傷が開いたのはさっきだよ。ヘンクタッカー君め、さては狙ってたね」

 

 おまけに三人で肘当てに来る始末。なんか私にだけやけに殺意高すぎませんかね……? もしかしてさんざん殴ったり蹴ったりしたのを根に持ってたり?

 秋ちゃんは絶句していたけど、すぐに真剣な表情になって私に告げる。

 

『これ以上の続行は無理よ。大人しく病院に行きましょう』

「残念だけど、お断りだね。私はサッカーからは逃げない」

『っ、どうしてそんなに意地になるの!? 生きていれば次があるじゃないっ! ここで死んじゃったら意味ないでしょっ!』

 

 いつもの秋ちゃんらしくない剣幕に少し怯む。

 

『木野先輩、もしかしてなえさんを一之瀬さんと……』

 

 春奈ちゃんの言葉で、その理由がおぼろげながら理解できた。

 そっか、秋ちゃんは一之瀬の幼馴染なんだっけか。

 あの時はよくニュースでやってたから覚えている。日本対アメリカの試合、活躍が期待されていた一之瀬は体に爆弾を抱えていた。それも命に関わるレベルの。当然そうなると手術しなければならないけど、成功確率は低く、また失敗すると二度とサッカーができなくなるらしい。

 だから彼は、自身の死に場所にイナズマジャパンとの試合を選んだ。

 秋ちゃんは見ていたのだろう。美しいペガサスの羽が一枚、また一枚と焼け落ちていく姿を。

 だけど、私たちにはそれだけ命を懸ける価値があるんだ。

 

「この一試合に立てなきゃ、それ以降の試合に価値なんてない。それだけだよ」

『でも……!』

『やめとけお前さん。言っても無駄だ』

『っ、監督なら選手の命を守る方が大事でしょ!?』

 

 おー、さすが雷門のオカン役。大介さんにも容赦なしだ。

 大介さんは深くため息を吐く。ゆっくりと口を開き、語り出す。

 

『命と誇り。どちらも戦士に必要不可欠なものだ。今そこの嬢ちゃんは誇りを守るために戦っている。もしお前さんがそれを止めたら、お前さんは戦士としての嬢ちゃんを殺すことになる』

 

 その言葉は声量以上に耳に響いた。重く、深く、心に沈み込んだ。

 秋ちゃんもその有無を言わせぬ迫力に押されたのか、口をつぐんでしまう。それ以降、彼女が話すことはなかった。

 

『嬢ちゃんは寝ながらでいいから聞け。これより作戦を伝える』

 

 おーありがたい。いくら慣れてると言っても痛いものは痛いからね。遠慮なく甘えさせてもらおう。ついでに冬香ちゃんを呼び寄せて膝枕してもらう。メガネ君の目線が冷たくなったけど気にしない気にしない。

 夏未ちゃんが一歩前に出てきて、説明し出す。

 

『チーム・ガルシルドを見てわかったことがあるわ。彼らはポジション通りの能力しか強化を受けてないみたい。それが突破口になるわ』

『えーと、どういうことだ?』

 

 円堂君が首を傾げる。夏未ちゃんは丁寧に説明する。

 

『例えば、ディフェンスだったらブロッキング能力、ミッドフィルダーだったらキープ力とパス力、オフェンスだったら突破力やシュート力しかそれぞれ強化を受けていない』

「完全分業制ってわけね。ま、いくらRHプログラムでも限界はある」

『ハッ、素人が考えそうなことだな』

 

 私と不動は彼らの不完全な強化を鼻で笑う。

 サッカーにはポジションというものはあるけど、決してそれぞれの役割を完璧にこなしていれば勝てるわけじゃない。オフェンスの攻めが足りなければディフェンスも上がり、ディフェンスが足りなければオフェンスも下がる。

 全員で攻め、全員で守る。それが現代サッカーの基本だ。

 それを口で言ったら、壁山に驚かれた。

 

『あっ、久遠監督も前に同じこと言ってたッス』

『オーストラリア戦前か。懐かしいな。たしか『守ることしか考えていないディフェンスなど、私のチームに必要ない』だったか』

 

 鬼道君が当時を振り返るように教えてくれる。

 大介さんはその言葉に頷いていた。

 

『そうだ。一つのことしかできん選手など、たとえ身体能力が高くとも恐るるに足らんわ。ということで、お前たちにはポジションチェンジをしてもらう』

「具体的には?」

『フォワードとディフェンスを入れ替える』

「ふぁっ!?」

 

 予想の斜め上をいく発言したぞこのおじいちゃん。

 えっ、てことは壁山とか飛鷹がフォワードってこと? んで私とか豪炎寺君はディフェンス?

 頭が一瞬真っ白になったのは私だけではなかったようで、壁山がすぐに悲鳴のように喋り出した。

 

『お、おおおおオレがフォワードッスか? ムリムリムリッスよ! 豪炎寺さんたちでも止められるのに、オレが点を決められるわけないッス!』

『安心しろ。お前も言ってただろ。守るだけがディフェンスじゃないと。同じことだ、シュートを撃つだけがフォワードじゃない』

『で、でもぉ……』

 

 まあ壁山の性格じゃ、怯えるのも無理はない。

 そんな時こそ円堂君の出番です!

 

『壁山、挑戦を恐れるな! 今までどんな結果になるかわからなくても、挑戦してきたからこそ成功してきたんだろ? だったら今度もやるしかないだろ!』

『キャプテン……』

『安心しろ! お前がミスしても俺たちがいる。お前は一人じゃない。チームで支えてこその仲間だ!』

『は、ハイッス!』

 

 さすが主治医、見事なカウンセリングですねぇ。イナズマジャパンのほぼ全員を治療したその腕前は健全です。

 ファイアトルネード撃たない分、もう一人の医者より安心だしね。

 ということで壁山の説得に成功。理屈も納得できるということで、ポジション交換をすることになった。

 というか作戦内容をあらかじめ教えてくれる監督って、久しぶりに見た気がする。瞳子監督時代は酷かったからなぁ。映像を見る限り、久遠監督も説明をちゃんとしてないようだし、もしかしたら実力派の監督はみんな作戦を秘密にする癖があるのかもって一時期思ってたけど、ちゃんとそんなことはなかったようだ。安心安心。

 

 そんなこんなで後半戦のホイッスルが鳴った。




 エルデンリングが発売されましたね。てことで作者はダークソウルをやり始めました。こういう死にゲーは初めてなので、若干泣きが入っています。いや面白いんですけどね。
 ただし鐘のガーゴイルと犬のデーモンと病み村、お前らは許さん。


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打ち砕ーくっ!

『ふっ、血迷ったか円堂大介』

『いかがいたしましょうガルシルド様?』

『かまわん、やつらを地獄に叩き落としてやれ!』

『ハッ』

 

 後半戦開始。チームガルシルドは弱りきった獲物を仕留めるハンターのごとく、激しく攻めてきた。そう、与えられた力を過信してなんの警戒もせずに。

 

 敵のミッドにボールが渡る。フォワードにパスを繋げようとしたその時、飛鷹の豪快なタックルがその軌道を捻じ曲げさせた。

 ルーズボールをヒロトがカット。一気に流れがこちらに傾く。

 

「いいぞ、大介さんの作戦が効いている!」

 

 ミッドは主にパスなどのオフェンスにつなげる能力しか強化されていない。だからさっきのミッドはフォワードの位置にいた飛鷹のプレッシャーに耐え切れなかったのだ。

 ここだ。豪炎寺君と私は互いに頷き、前線へ駆け上がる。

 

「いくぞ、必殺タクティクス—— デュアルタイフーン!」

 

 鬼道君と不動の周りを守るように、三人ずつが壁となって彼らを囲う。そしてその壁が動き出し、二つの台風となって進み始めた。

 ボールは時に竜巻の中を巡り、時に隣の台風まで飛んで縦横無尽に動き回る。

 二人の司令塔が、別々の指示を出すことによってボールの動きが予測不可能となり、敵を錯乱する。天才ゲームメーカーを二人も使った贅沢で芸術的なタクティクスだ。

 

 台風は一気にディフェンス陣を突破。そしてゴール前まで走り抜けていた私にボールが渡る。

 敵キーパーが突っ込んでくる私を見て笑う。

 

『ふ、お前一人でなにができる?』

「一人じゃないよ。私には、みんながいる」

 

 宙返りをしながらボールを真上に蹴り上げる。『どこを蹴っている』と、敵キーパーは笑う。しかし私の背後から登った二つの竜巻を見た時、その笑みは凍りついた。

 

「あれは……ダブルトルネードか!」

 

 一人は豪炎寺君。炎の竜巻。

 もう一つは鬼道君。闇の竜巻。

 二つは融合し、より凶悪な竜巻となって真下に落ちた。——そう、私の元に。

 

ツインブースト——」

『—— DF(ダークファイア) ッ!!』

 

 二つの竜巻は、私の蹴りを加えたことでさらに加速。ボールは螺旋状に回転し始め、炎と闇はまるでドリルのようにその周囲を覆って、ゴールに向かっていく。

 

ビッグスパイダー! ——ぬわぁぁぁぁっ!?』

 

 蜘蛛の腕が竜巻に突き刺さった次の瞬間、それらは一瞬で焼き払われ、灰となった。そしてキーパーを吹き飛ばして竜巻がゴールネットを揺らす。

 

「よっしゃあ!」

 

 一点獲得。その事実にみんなが湧いた。

 一方、あちら側のベンチでは怒声が響き渡る。

 

『なぁにをやっているのだぁ! 貴様らそれでも強化人間か!?』

『も、申し訳ございません……』

『謝っている暇があったら、やつらを叩き潰さんかぁ!』

 

 あーあ。ダメな上司の典型例だわこれ。あんだけ怒鳴られてプレッシャーを感じない選手はいない。特に暗部でやつの怖さを痛いほど知っている彼らならなおさらね。

 そういうプレッシャーを跳ね除けるのは、いつだって自身が長い時間をかけて積み上げ、磨き上げてきた力だ。フィールドではそれだけが自身を奮い立たせてくれる。

 しかし、彼らにはそれがない。

 短時間で簡単に力を得られるということは、裏を返せば彼らが努力してきたという自信を摘み取ってしまうことでもある。今までは私たちを圧倒していたことで過信することができていたが、ひとたび逆転してしまえば、ほらこの通り。彼らはまるで暗闇で迷子になったような不安げな顔をしていた。

 

「薄っぺらい力だこと」

 

 自分を信じられない者に、自分の力を100%引き出せるわけがない。やっぱりRHプログラムは失敗作だよ。

 

 ホイッスルが鳴ると同時に、雄叫びをあげてチームガルシルドが迫ってくる。その顔は必死めいているものがある。

 

『バカな! 我々は最強の力を手に入れたのだ! こんなただの人間なんかに……っ!?』

「お喋りはいいけど、プレイに集中しなよ?」

 

 私に迫るスピードで一人の選手がドリブルを始める。しかし体の速度とボールの動きはどこか噛み合っておらず、歪だ。そのせいで蹴るたびにボールが大きく彼から離れてしまっている。景色が流れるのが速すぎるのか、周りもよく見えていないようだ。あれで転ばないのが不思議なくらい。

 当然、そんな隙だらけのドリブル、私には通用しない。同速だったら、より技術が優っている方が勝つ。彼の懐に一瞬で潜り込んでボールを掬い上げる。それを間に挟んで、肝臓めがけて蹴りを放ち、吹き飛ばした。

 

「虎丸!」

『はいっ!』

『させませんよ! デーモンカットV3!』

『のわっ!?』

 

 私からのパスを受け取った虎丸は、しかしヘンクタッカー君のデーモンカットによって弾き飛ばされてしまった。

 上手い。完璧なタイミングで私のパスに合わせてきた。さすがヘンクタッカー君。

 しかしそんな彼もRHプログラムを受けている以上、弱点は同じだ。

 

『ダッダァァァンッ!! ザ・マウンテンッ!!』

『なにっ!?』

 

 突如地面から迫り上がってきた山に足を取られて、彼はボールみたいにコロコロと転がり落ちた。ボールを拾った壁山のパスは——シロウとヒロトに繋がる。

 

 二人は互いに並び合うと、それぞれ青と赤のオーラを体から放出し始める。それらはボールを挟んで鎖のように絡まり合い、融合してオーロラのような光を生み出した。

 

ザ・バース!!』

 

 出た、ザ・バース! ブラジル戦で使ってた新技だ!

 二人同時の蹴りによって、ボールが発射。しかしそれで終わりじゃない。シュートコースの先には、豪炎寺君と虎丸がいた。

 

タイガー……』

『—— ストーム!!』

 

 シュートチェイン。ザ・バースを虎丸が打ち上げ、豪炎寺君の蹴りが文字通り火を吹いた。

 

『っ、ビッグスパッ!?』

 

 キーパーが蜘蛛の腕を展開しようとするも、間に合わずにそのままゴール。これで2対2、同点だ。

 ちらっとベンチの方を見る。うわー、ガルシルドったら顔がタコみたいに真っ赤っかだ。これは相当キレてますよ〜。

 

『ヘンクタッカァァァアアッ!!』

『ひ、ひぃっ! 申し訳ございませんっ!』

 

 そんでもって他人に八つ当たり。一皮剥ければこんなものか。こんなのに多くの人たちの人生が狂わされたのかと思うと怒りを通り越して虚しさが湧き上がってくる。

 せいぜいそこで吠えてなよ負け犬。今はヘンクタッカー君、次はお前だ。

 

 試合再開。と同時に相手はジャッジスルー3の体勢を取ってきた。

 

『死ねっぇぇぇ!! —— ジャッジスルー3!』

『ガハッ!?』

『まだまだだ! ジャッジスルー3ッ!』

『ぐあぁっ!?』

ジャッジスルー3ィィィッ!!』

 

 なんてことを……! チーム・ガルシルドはなりふり構わずジャッジスルー3を放ちまくる。無数の弾丸が次々と放たれる様子は、まるでマシンガンだ。

 身軽な私はまだいい。でも他のみんなは避けきれず、次々と弾き飛ばされていく。撃たれる方も、撃つ方も狂乱の雄叫びをあげている。今まで辛うじてサッカーの体裁を保ってきたものがたった今壊れた。

 もはやこれはサッカーではなく、戦争だ。

 

『やめろぉっ!! シュートを撃つならゴールに撃て! 俺が相手をしてやる!』

『お望み通り……次はあなたの番ですよ!』

 

 敵の三人が紫色のオーラを出しながら、互いに向き合う。ダークフェニックスのフォーメーションだ。

 発動を阻止することは不可能。だったら受け止めるしかない!

 ゴール前に立ち、ヘンクタッカー君のと同じ紫色のオーラを足に纏わせる。それを振り抜いたのと、闇の不死鳥が羽ばたいたのは同時だった。

 

真ダークフェニックスッ!!』

デーモンカット……V3!!』

 

 地面から噴き上がる紫色の炎の壁。不死鳥はそれをたやすく破ってしまう。でも、これで威力は落ちたはず。

 

「あとは頼んだよ、円堂君っ!」

『おうっ!』

 

 後ろから頼もしい返事が聞こえた。

 彼は深く腰を落とし、不死鳥の中のボールを見据える。

 

『片手じゃダメなら両手で、両手でもダメなら体で……!』

『ふっ、なにをしても無駄です! 消し飛んでしまいなさい!』

『今だっ! ガンッ、シャンッ——ドワァァァンッ!!』

『なっ!?』

 

 その時、落雷が轟音とともに落ちた。

 

 両腕を振り上げ、胸を限界までそらして、あらん限りの声で彼は叫ぶ。その声に応えるように現れたのは……。

 

「あれは……魔神……!」

 

 雷を纏った人型の化身。それがおぼろげながら姿を現す。

 魔神は円堂君の動きに連動して、両手を突き出す。それは不死鳥にぶつかった途端、気のコントロールミスか、爆発を起こした。

 

「にゃあっ!?」

 

 ぎゃぁっ!! なんで私までぇ!?

 ゴール前にいた私は当然のごとく巻き込まれた。うぅ、目にゴミが入っちゃったよ……。円堂君は……?

 ゴシゴシと目をこすって、ゴールの方を見る。そこにあったのは……ゴールネットまで吹き飛んでいる円堂君と、ゴールライン手前で地面に埋まっているボールだった。

 円堂君も状況がよくわかっていないらしく、キョロキョロと辺りを見渡す。

 

『止まった……のか……?』

『バカなァッ! 強化人間最強のシュートだぞ!? なぜ止められる!? 答えろ円堂大介っ、円堂守っ! いったいなんの力を使ったァァァッ!!』

 

 ぬおお、すごい発狂っぶりだね。頭ガンガン振っちゃってるよ。

 というかどんな力って……? そんなもの一つに決まってるじゃん。

 円堂君は迷いなく、きっぱりと答えてくれた。

 

『決まってる! ()()だ! 強化人間なんかにならなくても、人は諦めずに努力し続ければ絶対に壁を打ち破れるんだ!』

『黙れ黙れ黙れ黙れェェェェッ!!』

 

 ガルシルドのプライドは粉々に砕け散った。

 なら、今度はお仕置きの時間だ。ガルシルドが今までに溜め込んだ研究の成果。それを全部無に帰させてあげよう。

 

『あとはお前に任せたぞ、なえ!』

「うん、任された!」

 

 さあ、フィナーレだ! ボールを持った私を複数人が囲む。さすが腐っても私のデータを使っただけはある。容易には振り切れない。

 でも、私はそれを超えなくちゃいけない。もっともっと前へ。もっともっと速く! そう願うたびにほおを叩く風が強くなっていく。

 気がつけば私のスピードはさらに上昇し、いつのまにかチーム・ガルシルドの選手ですら追いつけなくなっていた。

 敵のオフェンスを抜き、ミッドを抜き、ディフェンスをも抜いて一気に前へ。

 

『させません! させませんよっ! 我々の悲願のため、あなたはここで死になさい!』

「なら、私はあなたの悲願を殺してあげる」

 

 そう言うが否や、勢いよく後ろに飛び退く。同時に私の背後から鬼道君と不動が現れて、向き合いながらまるで喧嘩みたいにボールを同時に蹴った。

 瞬間、ボールに注がれた、行き場を失ったエネルギーが暴走し、時空が歪み、渦巻き出す。

 

キラーフィールズ!!』

『ぐっ……ぬぅぅぅっ! こんなものぉぉぉぉっ!!』

 

 時場の奔流にチーム・ガルシルドの選手たちはたまらず吹き飛ばされていく。しかしヘンクタッカー君は空中で体勢を立て直すと地面を手で掴み、這うようにボールへゆっくりと進んでくる。

 これほどの気迫。きっとその悲願というのは彼にとって是が非でも叶えなければならないものだったのだろう。

 だけどこれはサッカーだ。そしてサッカーは、どこまでも結果に冷徹だ。

 

 みんながキラーフィールズに苦しむ中、一人私は身体能力だけを頼りに空間の歪みを強引に突き抜ける。

 さて問題。このはた迷惑なフィールドを展開するボールを、ゴールに突っ込んだらどうなるでしょうか? 

 答えはこうなる。

 

「名付けて…… キラーブレイク!」

『止める! ……ぐぉぉぉっ!?』

 

 ボールに蹴りを叩き込むと、キラーフィールズはその渦ごと吹っ飛んでいった。その先にはもちろんゴール。キーパーはなんとか止めようと身構えるが……足からふわりと宙に浮かんで体勢を崩し、その隙にボールがゴールに入った。

 

 同時にホイッスルが三回鳴り響く。

 試合終了。3対2。

 私たちは、とうとう勝ったんだ。

 

 

 ♦︎

 

 

『ヘンクタッカァァァァァァアアアアアッ!!!』

 

 試合が終わった途端、まるで地獄からゾンビでも這い出たかのような不気味な雄叫びが聞こえてきた。

 あまりにも酷い声に耳を塞ぎながら首を向けると、そこには目を血走らせ、自慢の髭をボロボロにかきむしる老人の姿が。

 え、え〜と、どちら様ですか? なんかガルシルド似の不気味なゾンビがベンチにいるんですが。

 というかヘンクタッカー君をご指名? どーぞどーぞ! 心の中で笑い泣きながら十字を切って彼を差し出す。

 

『貴様のせいだぞっ! 私は究極のパゥワァァ! を貴様にくれてやったっ! それなのになんだそのザマは!? 全て私の力を使いこなせなかった貴様らのせいだっ!』

 

 究極のパウワウ? いやせめてジュゴンに進化させてから渡しなよ。種族値325じゃそりゃ勝てる試合も勝てないよ。

 というかあのゾンビ、間違いなくガルシルド氏ですね。あの責任転嫁っぷりは間違いない。

 ヘンクタッカー君はその酷い言われように目を丸くしていた。まさか後ろから刺されるとは思ってなかったのだろう。お気の毒に。

 

『貴様らなんぞもういらん! そのボロ雑巾の体を抱えて、私の前から失せろ!』

『なっ、が、ガルシルド様っ! それでは契約は!? 私たちの国は!?』

『そんなもの知ったことか! お前ら程度の駒などいくらでもおるわ! わかったらさっさと消えろ!』

『な、なんてやつだ……』

 

 円堂君もこれにはドン引き。

 でもまずい。今暗部の人間の前で言っちゃいけないこと言っちゃった。

 暗部の人間はその身を刃にして、命懸けの仕事に携わっている。それを続けられるのは、報酬が約束されている契約があるからだ。でもその契約を破棄したんだとしたら……。

 

『……そうか……そうですか……』

 

 ——その刃は諸刃の剣となって、自分に返ってくる。

 

 一瞬だった。風が強く吹いたかと思えば、ヘンクタッカー君たちはガルシルドを逃がさないように取り囲んでいた。その手には鉛色に不気味に光るものがいくつも握られている。

 

『へっ、ヘンクタッカー! 貴様、どういうつもりだ!?』

『あなたは世界の王となった時、私たちの祖国を復興させると誓ってくれた。しかしあなたはどうやら王の器ではなかったようだ』

『ま、待てっ!』

『裏切り者には罰を。あなたもよくご存知のことでしょう?』

 

 ひえぇっ、こっわ。ヘンクタッカー君は過去一おっかない顔をしてた。今のガルシルドは魔人ブウにでも相対してるようなプレッシャーを味わっていることだろう。

 あっ、懐に手を突っ込んじゃった。そんなことしたら……。

 

『ふんっ!』

『ぐぼっ!?』

 

 あーあ、ヘンクタッカー君の気合の入った拳がお腹に命中。ガルシルドは汚い液体とともに、手に握った銃を手放した。

 その頭をがっしりと彼は掴み、こちらに振り返ってくる。

 

『そういえば白兎屋様にはずいぶんと迷惑をかけてしまいましたね』

「ど、どったのヘンクタッカー君? そんなにかしこまって」

『ですからお詫びに……この男を自由にしてよろしいですよ?』

「え、マジ!? 許す許す!」

 

 やばい、ヘンクタッカー君が急に神様に見えてきた。

 私の返事を聞いた途端にガルシルドは暴れ出すも、四肢をがっちりと固定されて首だけぐわんぐわん回っていた。元気あるなぁ。

 シュッシュ、シュッシュ! とキレのよいシャドーを見せてあげると、某ホラゲーのたけしの如く、今度はガタガタ言い始めた。お、おいもう帰ろうぜ……。

 

『や、やりすぎはよくないぞ?』

「安心して円堂君。男の尊厳を打ち砕いたあと歯全部抜くだけだから」

『ひぃっ!!』

 

 いや、ドン引かないでよ。私の言葉にイナズマジャパンのみならず、大介さんまで内股になってガタガタ震えてしまった。ガルシルドに至ってはガタガタが高速化しすぎて電マみたいになってしまっている。

 震えるガルシルドにニッコリスマイルしてあげる。お、さらにスピードが上がった。目指せ超振動。

 

「じゃあいっくよー! ごーー、よーーん」

『た、頼む! 見逃してくれぇっ! それだけはっ、それだけはぁぁぁっ!!』

「さんにーいち!」

『み、みんな! 目を閉じるんだ!』

 

「チェストーーー!!」

『●●✖️●▲✖️ッ!!!』

 

 

 

 その後、ガルシルドは息子さんを砕かれた挙句、蹴りで歯を全てと顎を砕かれ、唾液まみれになりながらパトカーに乗り込んでいった。警察のみなさんもすっごい嫌そうな顔してた。お疲れ様です。

 こうして悪は最悪の末路を迎えて滅び、サッカー界に平和が戻ったのだ——。

 

 

『署に連行させてもらう!』

 

 ガッチャン。

 

「え……?」

『いや当たり前だろ。ありゃやりすぎだ』

 

 私に手錠をかけた鬼瓦さんが冷静にそう言う。

 マジっすか。

 

「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」




 ロードラン巡礼の旅を終えて無事ダークソウルから脱出してきました。オンスモ怖い。玄人ぶって攻撃力が中途半端になるステ振りやってたら、長期戦になって負けまくりました。オンスモだけで4時間って……。
 次は2かぁ……。


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ドリームチーム結成!?

 ガルシルドとの決戦から数日。ジャパンエリアの宿舎にて。

 朝、食堂で何気なく全員がテレビを見ていた時のことだった。

 

『次のニュースです。昨日、少年サッカーイタリア代表、オルフェウスのメンバーである白兎屋なえ選手が、大会主催者であるガルシルド・ベイハン氏に暴行を与えたとして拘束されました。なお、その後ガルシルド氏は数多くの犯罪を犯していたことが発覚し、逮捕されました』

 

「あ、円堂君見て! なえさんのことが載ってるわよ!」

 

 秋の言葉に全員がテレビに集中する。

 

「が、ガルシルドは悪いやつだったッスけど……あれ見たあとだとちょっと同情しちゃうッスね……」

「ば、バカ壁山! 思い出させんじゃねえ! またトイレに行けなくなっちまうじゃねえか!」

「あはは……」

 

 染岡の静止に円堂は苦笑いするほかなかった。

 ガルシルドの最期の断末魔。あれを思い出すたびにまだ体が震えてしまう。あれは男としてとても他人事には思えなかった。

 

『あ、白兎屋選手が警察署から出てきました!』

 

 と、みんなが昨日の恐怖に怯えている時に、その元凶がテレビに姿を現した。どうやら着替えはもらえたようで、普段着を着ている。顔つきも悪くなく、思ったよりショックは受けてないようだ。

 まあ、少年院送りされかけたり、潜水艦で爆破されたりしてるやつがメンタル弱いわけがない。

 

『白兎屋選手! 今回の事件はなぜ起こってしまったのでしょうか!? ガルシルド氏といったい何があったんですか!?』

 

 このような質問が降り注ぐ中、なえは半ばヤケになったように叫んだ。

 

 

『ガルシルドがムカついたから、キンタマ蹴っ飛ばしてやりましたっ!』

 

 このパワーワードはしばらくの間、ネットでトレンド一位を獲得したのだった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「『サッカーの女神ナエ・シラトヤ、ゴールデンボールをシュートする』かぁ……」

「その話題はもう言わないでぇぇっ!!」

 

 急いでフィディオが持ってた新聞を取り上げ、ビリビリに破り捨ててやった。

 ハァッ、ハァッ……。くそぉっ! どうしてどこもかしもそればっかり報道するんだ! 新聞とか私の体で見出し全部使ってるせいで、ガルシルドの犯罪とか隅に追いやられてたよ!? 暇かライオコット島の住人は!

 

 ガルシルド戦から数日後、ようやく釈放された私を待っていたのは羞恥による責め苦だった。地獄かここは。

 はぁ、せっかく耳の怪我とか体に空いた穴も治ったっていうのに。呑気に喜んでらんないよ。

 え、たった数日で銃による怪我が治るわけないだろって? 治るんだなぁ、なぜか。まあ体質ってやつだね。神のアクアすら克服した体だし、まあこんなもんでしょう。

 

 ふしゃー! と猫のように唸ってると、ポンポンと頭を叩いてフィディオが宥めてくる。

 

「まあまあ。無事お咎めなしで終わったんだし、いいじゃないか」

「こんなの黒歴史だよぉ……あのナカタですら大爆笑してたんだよぉ……?」

「ガッハッハ! いいもん見れたぜ! 記念に録画でもしておくか!」

「うっさい、キンタマ潰すよコラ」

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

 ブラージ、よっわ。

 というか男性陣全員が内股になっちゃってるんだけど。もうお嫁に行けない……!

 いい加減しんどくなってきたので、ごほん、と咳払いしてその話をやめさせる。

 

「そうだフィディオ、今から円堂君たちのとこに行かない?」

「ジャパンエリアに?」

「そっ。昨日盗聴……げふんげふん盗み聞きしたんだけど、今日私や円堂君たちの友達がライオコット島に来るんだって。それでせっかくだからってことで紅白戦をやるらしいの」

「全然言い直せてないよ、それ……」

 

 ちなみに盗聴器は総帥の命令でつけたものである。だから私は悪くない。そんでもってあるものは使うのが私の主義なのだ。

 フィディオはちょっと考えたあと、こころよくOKしてくれた。決まりだね。

 

「他にも行きたい人いるー?」

「いや、すまねえな。俺たち今日上映の映画見に行く予定なんだよ。だからお前たちで行っててくれ」

 

 と、ブラージ。

 

「僕サーフィンの体験に申し込んじゃったから……」

 

 と、アンジェロちゃん。

 

「俺たちも観光ツアーバスのチケット買っちゃったからなぁ」

 

 と、ラファエレ。

 他のみんなもこの三人のどれかについていくみたいで、暇な人はいなかった。みんな、ちゃっかり遊んでるなぁ。まあ南国に来たんだし、遊ばなきゃ損か。

 

 

 ♦︎

 

 

 バスに乗って数十分。二人で談笑してるうちに、あっという間にジャパンエリアに着いた。

 ここは何回も訪れてるけど、相変わらずいいところだね。昔の日本を完全再現して建物は全て木造建築。それもかなり本格的だ。川の上にかかっている橋なんて、京都にでも来たような気分になるよ。しかも川には鯉がいるという風流さもある。

 日本人ゆえか、こういうもの見てると心にくるものがあるね。

 それらを一通り見終えたあと、橋の先にあるグラウンドにやってきた。

 

『バタフライドリーム!!』

 

 お、やってるやってる。

 二人の少女によって蹴られたボールは、蝶みたいに不規則に飛び回り、ゴールを目指していく。

 対する円堂君は……。

 

「ガン、シャン、ドワァァァンッ!!」

 

 体全体を使ってそう叫ぶと、彼の背後に魔神さんが現れた。ん〜、でもまだ安定してないなー。気がコントロールできてないせいで、はっきりしたり薄くなったりしてる。

 それでも構わず、円堂君は両手でボールを取ろうとするけど……。

 

「——ぶべっ!?」

 

 あー、やっぱこうなっちゃったか。ボールは霧みたいに魔神さんの手を貫通して、円堂君の顔面に直撃してしまった。血が出てるし、いたそー。

 

 ガルシルド戦の時は止めれたじゃんって思うかもしれないけど、残念ながらあれは()()()だ。たまたま魔神さんの体がはっきりしてる時に、タイミングよくボールがきたってだけ。

 決勝戦まで残り一週間を切ってしまっている。この技は間違いなく次の試合での切り札になりうるだろう。それまでの間に完成できるかが、勝敗に関わってきそうだ。

 まあ私はなんの心配もしてないけどね! どうせできてなくても、試合中に完成しちゃうだろうし! なんでピンチの時に限って劇的にパワーアップしちゃうのおかしくない!? サイヤ人か君は!

 ……失礼、ちょっと本音が出てしまった。

 

「なえ、あの技は……」

「新必殺技だって。まあ今見た通り、完成までまだかかりそうだけどね」

 

 それよりもっと。

 おーい、と声をかけながら手を振ってると、みんなが振り向いてくれた。特に円堂君は真っ先にこちらに来てくれた。

 

「なえじゃないか! 体は大丈夫なのか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ! この通り完治したよ」

「あれだけの怪我を数日で治すって、やっぱ人間じゃなかったか」

「僕もあれくらい怪我が治りやすかったらなぁ」

「こらそこのトサカ頭、開口一番で失礼なこと言うんじゃない」

 

 まったく、口を開けば余計なことしか言わないな、このバナナは。

 シロウは私の体を若干羨ましそうに見ていた。むっ、さては私の体を乗っ取って中性的な男性から本格的な女子にイメチェンする気か! させぬ、させぬぞそんなことは!

 

「どうしてなえちゃんは僕を見てふしゃーって鳴いているんだい?」

「たまにやつの頭はバグるからな。俺でもわからん」

「ほらナエ、ドードー」

 

 ポンポンとフィディオに頭を叩かれる。子供扱いするなバカ。私は今身の危険を感じている最中なんだぞ! って主張したけど、軽く無視された。なえちゃん泣いちゃいそう。

 

「あんた、ほんっと変わってないよね。まあらしいと言えばらしいけどさ」

「うわ、スッゴイイケメン……あんたも隅に置けないやつやな」

「ヤッホー、塔子、リカ。ライオコット島へようこそ」

 

 まあご覧の通り、彼女たちがこの島に来た円堂君の友人たちだ。

 服装は二人とも雰囲気に合わせてか、お土産屋さんで買ったであろうイナズマジャパンのユニフォームを着ている。

 リカはあんまりリアクションがない私に呆れてた。

 

「なんや驚かへんのな。せっかくサプライズで来たのに、つまんないわー」

「なえのことだから、盗聴器でもしかけてたんじゃないの?」

「ギクッ! ハ、ハハハッ……さすがの私もそこまでしないよ!」

「まあそうだよなー」

 

 こっわ! 塔子こっわ! なんでピンポイントで真実を言い当ててるの!? 総理大臣の娘、恐るべし。

 

「というか気になってるんだけど……なんで夏未ちゃんまでここにいるの? コトアールのマネージャーやってるんじゃなかったっけ?」

「べ、別にいいでしょ」

「夏未はまた俺たちのマネージャーになってくれたんだ。ガルシルド戦の時のアドバイスもわかりやすかったし、頼りにしてるぜ」

「ふんっ」

 

 おっ、円堂君がそうベタ褒めしてると、夏未ちゃんはそっぽを向いてしまった。しかししっかりその顔は真っ赤になっちゃってる。アオハルだねぇ。

 

「イナズマジャパンはもちろん、あんたの活躍も見てたよ。あーいいなー、あたしも性別偽装して男として参加すればよかったなー」

「お、おう……前から思ってたけど、この子アグレッシブすぎない? 鬼道君」

「お前が言うな」

 

 総理大臣の娘がそんなこと言っていいのかって思って聞いたら、そんな言葉バッサリと両断された。最近みんなの私に対する態度が冷たい気がする。

 ……む? ボーッとリカを眺めてたら気づいたんだけど、なんか変わった腕飾りをつけているね。色は白く、なんか民族紋様的なデザインになっている。……なんか気になるんだよね。不思議な力を感じるというか。

 

「ねえ、それ変わった腕飾りだね。どこで売ってたの?」

「おっ、これに気づくとはさすがやな! これな、『伝承の鍵』っちゅーらしいで。露店で親切な爺さんたちがくれたんや」

「ほんとはもう一つあるんだけど、あたしには似合わないと思うからつけてないんだよね」

「へー、見せて見せてー」

 

 塔子が取り出したのは、リカと対をなすような黒い腕飾り。

 うん、こっちからもなんだか不思議な力を感じるよ。

 

「よかったらあげよっか? ちょうどあんたのイメージカラーって黒とピンクだし、似合ってるんじゃないか?」

「じゃ、せっかくだからもらっとこっかな」

 

 はい装着!

 たしかに、この腕飾りは不思議に満ちている。なんだか地雷臭がどことなくするし、伝承の鍵なんて名前からして胡散臭い。

 だがぁしかしぃ! 私は気になったらとことん調べなければ満足できないタイプなのだ! 未知が怖くてサッカーができますかってことよ!

 

「うん、やっぱ禍々しいデザインで似合ってるな!」

「塔子、それ褒め言葉じゃないよ?」

「細かいことは気にすんなって!」

 

 やだ、男らしい。

 いや私は女なんだから、さすがに気にしますって。禍々しいなんて言われてちょっと気になったので、いったん外そうとする。

 

「……あれ? 外れない?」

 

 しかし腕飾りは、なぜか手首までいくとテコでも動かなくなり、外れることはなかった。

 この時の感想を一言で述べましょう。

 あ、オワタ。

 なんか嫌な予感がさっきの数倍感じられるんだけど。私の経験上、こういう時はロクなことが起こらない。わかってたはずなのに……なんで私は好奇心に負けて冒険してしまったんだ! 二分前の私死ね!

 

「大丈夫か? タダほど高いものはないってことか。あのじいさんたち、不良品配ったな!」

「げっ、うちも外れへん!?」

 

 その後私たちはしばらく腕飾りと格闘していたけど、なんの成果も得られなかった。

 大勢で引っ張ってもダメ。油塗ってもダメ。壊そうとしてもダメ。

 いろいろやった結果、たどり着いた結論は……。

 

「ま、えっか」

『いいのかよ!?』

 

 全員でリカにツッコんだ。

 まあ、外す方法が現状ないから、仕方ないか。これ以上やっても無駄なのは分かり切ってるし、今日は塔子とリカの歓迎会なのだ。こんなので時間は食いたくない。

 てことで、さっそく紅白戦を始めようとしたんだけど……。

 

「やあミスター・エンドウ。今日は激励に来させてもらったよ」

「なんだ、フィディオもいるのかよ。ちょうどいい、前に中途半端で終わった勝負、ここで白黒つけようぜ!」

「張り切ってるようだなエンドウ」

「ヒュー、風の噂で聞いたよ! ミーたちの代わりにガルシルドを倒したんだってね! 礼を言うよ!」

 

 なんか多くないですか!?

 上から順番にイギリス代表キャプテンのエドガー、アルゼンチン代表キャプテンのテレス、そしてアメリカ代表のマークとディラン。そこにフィディオと円堂君が加われば、Aブロックのチームのキャプテン大集合だ。

 さすがの円堂君も、困惑した顔をしている。

 

「ど、どうしたんだいったい?」

「なに、たまたまこのメンバーが集結してね。せっかくだからと、君たちを激励しにきたのさ」

 

 前髪をふわっと手でかきながらエドガーが答える。おー、かっこいい。こりゃ人気出るわけだ。現にリカとかめっちゃ興奮してるし。

 

「最初はお前たちのことなんざ眼中になかった。けど、最後まで生き残ったのはお前たちだった。こりゃ認めるしかないぜ」

「お前たちにはイチノセの思いも背負って、優勝してもらわないとだしな」

「ああ! サンキューな! スッゲー気合い入ったぜ!」

 

 うんうん、敵だった選手たちがお互いを認め合ってる。いい光景だ。円堂君にはやっぱり人を惹きつける力がある。

 その後しばらく談笑したあと、円堂君がこんな提案をしてきた。

 

「そうだ、せっかくだからさ。エドガーたちも混ぜて紅白戦をやろうぜ!」

「ふっ、面白い。餞別代わりだ。君たちにもう一度騎士の剣を味合わせてあげよう」

「いいねそれ! ミーも賛成だよ!」

「へっ、ちょうどいいぜ。まだぶっ倒せてねえやつもいるしな」

 

 なんかテレスさんが獣みたいな目で私を見てるような……。

 そうか、私が加入したのってアルゼンチン戦のあとだから、私はテレスと戦ったことがないのか。

 面白い。私も世界最強のディフェンスを間近で見たかったしね。

 

 そんなこんなで、世界の強豪を集めたドリームチームが誕生したのであった。




 ダクソ2始めました。ドラングレイグ旅行です。相変わらず難しくて面白いけど、2はストーリーとかがわかりにくいから残念ですね。まあこれも考察しろってことなのかな。


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天使(笑)と悪魔(笑)

「へっ、勝負だフィディオ!」

「今度も負けないぞ!」

 

 ペナルティエリア付近にて、フィディオとテレスが激しくボールを奪い合う。それにしてもすごい争いだ。高度すぎて周りがぜんぜん近づけてないよ。

 フィディオの持ち味は、『白い流星』の二つ名通りのスピードだ。だけどテレスも負けてはいない。先読みでフィディオよりも早く移動し、そのガッチリした体を使ってディフェンスしている。あれじゃあ、ボールを持ってる方は走り出した途端に、目の前に壁が出現したように見えるだろう。

 

 ご覧の通り試合は白熱していた。

 チーム分けはテレスとマーク、ディランが白組、私とフィディオとエドガーが紅組である。

 

 二人の勝負はテレスが勝ったようだ。そこからカウンターが始まり、リカがシュートを撃つも……。

 

「ザ・タワーV2!!」

 

 塔子のザ・タワーによって弾かれてしまった。

 技の進化はもちろん、二人は世界の選手たちに混じっていながらも、一選手として十分に活躍できている。強くなってるのは私たちだけじゃないってことか。

 そうやって感心していると……。

 

 

 突如、グラウンドに雷が落ちた。

 

 眩い光が一瞬、私たちの視界を奪った。

 な、なに? また円堂君が魔神でも呼び出したの?

 そう思ったけど、どうやら違うみたい。落雷の中から姿を現したのは、二人の男。

 片方は鳥っぽい白い翼を、もう片方はコウモリっぽい黒い翼がついた服をそれぞれ着ている。

 なにあれダサっ。コミケ会場はここじゃないですよー。

 

「ちっ、伝承の鍵の継承者が同じ場所にいるとはな。おかげでクソッタレ天使の顔を見ちまったぜ」

「ふっ、同感だな。汚らわしい悪魔を視界に収めることになるなんて不幸な」

 

 なんかぽかーんとしてる私たちを差し置いて、勝手に喧嘩を始めたんだけど。しかも天使とか悪魔とかすっごいワード出てきちゃってるし。察するに、お仲間というわけじゃないのかな?

 まあ厨二病コンビのバーンとガゼルみたいなもんか。

 

 私たちを無視して争っている状況に痺れを切らしたようで、円堂君が彼らに話しかける。

 

「えーと、お前らはなんなんだ? ここはイナズマジャパンのグラウンドなんだけど……」

 

 そーだ円堂君、ガツンと言っちゃって!

 

「うっせぇぞ人間! テメェの魂を食ってやろうか!」

「のわっ!?」

 

 怖っ! ものすごい痛い言葉とともに、ものすごい顔されたんだけど!? 苦手だわーあの人。できればあんまり関わりたくないよ。

 

「ちっ、まあいい。テメェらとの決着は、継承者を食らってから決めてやる」

「いいだろう。私もここでは争いたくなかったところだ」

 

 そう言って天使っぽい人はリカを見つめる。

 一方、悪魔さん(笑)が見たのは……私?

 ……おう、ジーザス。

 

「オラ、さっさと来い!」

「いたっ! ちょっ、いつの間に!」

 

 ちょっと目を離した隙に悪魔さん(笑)は私の背後に移動してきて、腕を掴んできた。

 それにしてもこの悪魔さん(笑)って長いし言いにくいな。適当に悪魔でいっか。

 

「って、いい加減離れなよ!」

「おっと」

 

 げっ、あの距離で私の蹴りを避けた!?

 警戒度を一段階引き上げる。

 ふざけた見た目に反してこの男、やるね。私の蹴りを避けたのもその証拠だ。あれは誰もが避けれるものじゃない。

 

「フィディオ、下がってて。ちょっと本気出すから」

「あ、ああ! 待っててくれ、今警察を呼ぶから!」

「ちっ、悪いがじゃれてる暇はないんだ。大人しく寝てろ」

 

 悪魔は手のひらを私にかざす。

 なにあれ、もしかしてあそこから波動弾でも出ちゃ……たり……し……て……。

 

 な……に? 急に意識が……。

 沈む沈む。眠気が急に浮上してきて、暗闇が私を飲み込む。そのまま耐えきれなくなり、私は目を閉じてしまう。

 

 そして次に起きた時には……。

 

 

「……おう、ジーザス」

 

 グツグツと煮えたぎるマグマ。赤く熱された岩々。

 そんな光景ばっかりの洞窟の中で、私は体のラインがくっきり出る赤い服を着せられて、鎖で縛られていた。

 

「……嘘だと言ってよバーニィ」

 

 しかし残念、現実である。

 

 

 ♦︎

 

 

「よお生贄、元気にしてたかぁ?」

 

 現実逃避でぼーっとしてると、さっきの悪魔が仲間らしき人たちを連れて、ゾロゾロと歩いてきた。みんな一様にあのキテレツファッションである。

 って、今なんか超不安なワードが出てきたんですけど。

 

「えーと、悪魔さん(笑)、生贄ってどういうことかな?」

「デスタだ! なんだそのふざけた呼び方は! 食っちまうぞ!」

 

 ギャー! 男らしい強姦宣言ですよ奥さん! しかし顔はいいけどファッションが台無しにしてるせいで、私の胸はぜんぜんときめかなかった。残念でした。

 

「ちっ、なんだこの人間。気持ち悪りぃ」

「ちょっ、女子に対して気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは! もうちょっとデリカシーってものが足りないんじゃない!?」

「あーもうマジでうっせえな! おいこれ返品できねえのかよ!」

「無理ですね。伝承の鍵が彼女を認めてしまっているので」

「な、チェンジだって!? 勝手にさらって来ておいてその言い草はなんだい! 私に色気が足りないってのかー!?」

「……こいつ殴ってもいいか?」

「ダメですからね!?」

 

 その後、私が落ち着くまで十数分かかりましたとさ。

 私が言いたいことを全部言ったころには、デスタ一味は全員息切れ状態になっていた。はて、また私なにかやっちゃいました?

 デスタは面倒くさそうに現状を説明し始める。

 

「俺たち悪魔の目的はこの千年祭の時のみに蘇ることのできる魔王様を復活させ、この世界を滅ぼすことだ」

「……パードゥン?」

「魔王様復活のためには生贄が必要となる。それもただの生贄じゃねえ。とびっきりのうまそうな魂を持った生贄だ。んで、光栄なことにテメェはそれに選ばれたってことだ」

 

 うんうん。状況を整理して一言叫ばせてもらいたい。

 厨二病だこの人たちー! しかも手の込んだ人様に迷惑かけるタイプ!

 や、やばいぞ。頭のおかしいやつには頭のおかしいやつしか対抗できないって相場がある。この純真無垢ななえちゃんではこの変態たちに対処できないのだ。

 こういう手合いって、なにしてくるかわからないしね。不動呼ぶしかないか。

 

「あーはいはい。で、その生贄ってやつになったらどうなるの?」

「魔王様に食われる」

「嫌だー! こんなところで処女散らしたくないー!」

「そっちの意味じゃねえよ!?」

 

 やっぱり変態だよー! 助けてフィディオー!

 そんな私の願いが通じたのか、洞窟の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「待て! それ以上ナエに触れるな!」

「助けに来たぞ!」

 

 おおっ、フィディオに円堂君! 信じてたよマジで!

 やってきたのは紅組か。私とかエドガーがいたところだね。

 

「ミスター……いやミスだったのか、君は」

「げっ……こ、このことは内密に……」

「まあいいさ。可愛いレディの隠し事の一つくらい、騎士は見逃すものさ」

 

 おー、さすがエドガー、懐深い。

 ただアゴをくいってやるのはやめてほしいな。美少女なえちゃんとエドガーだったら絵にはなってるだろうけど、すっごい恥ずかしいし。

 

 円堂君はキリッとした目でデスタ一味を睨みつける。

 

「魔界軍団Z! お前たちの好きにはさせないぞ!」

「ブフッ!?」

「笑うなぁっ!!」

 

 いやなにその名前! ださい、さいっこうにクソださい。

 やばいぞ、まさか総帥以上にネーミングセンスのない人がいるとは……。

 

「そもそもZってなにさ。なにか意味はあるの?」

「そ、それはだな……」

「それに魔界軍団って、いくら悪魔っぽいからって安直すぎじゃない? しかも微妙に長くて言いづらいし」

「ぐっ、ぐぅぅっ!!」

「な、ナエ、そのくらいにしておくんだ! いくらなんでも可哀想だろ!」

 

 いやフィディオ、最後のあなたの言葉も十分凶器になってる気がするんだけど。

 

「あいつ一人でよかったんじゃないか?」

「こら染岡君、聞こえてるぞ」

 

 まったくなんてことを言うんだ。今の私は囚われのお姫様、正真正銘のゴッドプリンセスなんだぞ。男だったらさっさと助け出さないか。

 

「囚われの姫よ! 今こそ私の騎士の剣で、必ずやあなたを救い出してみせましょう!」

「ああ、騎士エドガー! わたくし信じておりますわ! あなたが私を魔の手から救い出してくれることを!」

「誰だあいつ」

「しっ、染岡さん。キンタマ砕かれますよ。うしし」

「へー木暮君。この姫がそんなことをするとお思いで?」

「いえ、なにもっ!」

 

 とりあえずこの二人はあとでお仕置き決定ね。

 それで私を取り戻すための戦いは、サッカーだ決めることになったらしい。まあ普通そうだよね。

 紅組は円陣を組んで気合いを入れている。

 

「みんな、これはなえの命がかかった試合だ。絶対に勝つぞ!」

「命って、そんな大袈裟な。相手はただのコスプレ軍団Zじゃない」

「魔界軍団Zっ!」

 

 デスタがすかさずツッコミを入れてきた。

 

「なえ、そいつらはコスプレなんかじゃない。このライオコット島の伝説に出てくる本物の悪魔なんだ」

「……マジ?」

 

 円堂君が言うには、昔神と魔王による戦争がこの島であったらしい。それに勝利した神は魔王を封印したあとに自らも力尽き、そして深い眠りについた。

 その魔王を復活させようとしてるのが、彼らコスプレ……じゃなくて魔界軍団Zらしい。

 もう一度言おう。

 

「……マジ?」

「マジマジ」

 

 円堂君の目は真剣だ。

 ……。

 

「あのーデスタさーん? この試合、私って出れたりしないんですかー?」

「生贄は黙ってそこで眺めてろ」

「ちょっおまっふざけんなよマジで! 一番の戦力を試合出さないなんてあもりにも卑怯すぎるでしょ!」

「あー聞こえねーなー」

「あ、待っていやマジで待ってくださいさっきまでの無礼は謝るからいや待ってぇー!!」

「それじゃあ始めようぜ! 魔王様復活の儀を!」

 

 こいつ絶対許さん。

 私は鎖に縛られたまま、石造りの掲示板の真ん中に置かれ、試合が始まった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 いやぁ、魔界軍団Zは強敵でしたね。

 激闘の末、勝ったのはイナズマジャパンだった。デスタの必殺シュート『ダークマター』とか、相手の動きと認識を限りなく遅くしてしまう必殺タクティクス『ブラックサンダー』なんかが炸裂したけど、フィディオやエドガーの活躍もあって立て直し、最終的に2対1で勝利となった。

 

 試合を決定づけるホイッスルがなった時、私の鎖も砂になって外れた。自由だー! 自由なんだー!

 そんなことを叫びたくなる気持ちをグッと抑え、グラウンドで膝をついているエドガーに話しかける。

 

「なんかその、悪いね。私のせいで足折っちゃって」

 

 エドガーの足は真っ青に腫れていた。

 彼はジャパン戦で染岡君の『ドラゴンスレイヤー』を撃ち返したように、デスタの『ダークマター』を撃ち返そうとしたのだ。その結果、点は取れたものの、彼の足は折れてしまった。

 しかし彼は苦しそうな顔を一切見せず、私の髪を触りながら笑いかけてくる。

 

「憂うことはありませんよ。レディが無事であること。それが私の喜びなのですから」

「……うん、あなたが人気な理由、わかったかも」

 

 これは惚れるわな。だってかっこいいもの。この私でさえ今のには不覚にもクラッと来てしまったほどだ。純粋な少女たちならなおさらだろう。

 

「フィディオもお疲れ」

「大丈夫か? どこか痛いところは?」

「大袈裟だなぁ。ただ捕まってただけじゃない。それよりも私としてはみんなの方が心配だよ」

 

 なにせ魔界軍団Zはガチっガチのラフプレーが得意なチームだったからね。不動とかいたらよかったんだけど、あいにくと紅組は気性の激しい選手が少なかったため、大変苦戦した。

 

「とにかく、君が無事でよかったよ」

「……こういう時は積極的になってくれるのね」

「え、なにか言ったか?」

「いいえ、なーにも」

 

 さーて、味方の安否確認は終わったし、あとは……。

 今の私は大変素晴らしい笑顔を浮かべているだろう。拳を鳴らしながら。

 

「やあやあデスタ君。よくも私を参戦させてくれなかったねえ?」

「あ、そっちなんだ」

「ぐっ……まだだ! まだ終わっちゃいねえ!」

 

 おっ、まだやる気か?

 腰を深く落として構える。

 対するデスタは立ち上がると……私たちに背を向けて走り出した。

 

「へっ?」

「今は撤退だ! どうやら天使のバカどもも女を失ったらしい! だったら正面衝突で天使を打ち破って、魔王様を復活させるまでだ!」

「って、コラ! 逃げるな!」

 

 くそ、なんて見事な逃走フォームだ。あまりにも急すぎて一瞬思考が止まってしまった。その隙に悪魔たちは洞窟のさらに奥に走っていき、石の扉で道を封じてしまった。

 

「逃げるな卑怯者ー!」

 

 石をバンバン叩くけどビクともしない。取手も鍵穴も存在しないし、力で強引に破るしかないか。

 こうなったら……。

 私が捕まってた場所の近くにあった私服をあさり、ピンポン玉サイズの黒い球体を取り出す。それに力を込めると球体はどんどん大きくなっていき、立派なエイリアボールができあがる。

 円堂君は目を丸くしてそれを見ていた。

 

「え、エイリアボール?」

「これぞ我らブラック企業KAGEYAMAの化学の結晶だよ!」

「科学の力ってスゲー!」

 

 どっかで聞いたことあるなそれ。

 ともかく、私はエイリアボールを蹴って石扉に叩き込んだ。

 ドゴォンッ!! という耳をつんざくような轟音とともに、土煙が巻き上がる。そしてそれが晴れたあとには……傷ひとつついてない扉がありますね、はい。

 

「うそーん」

「ほっほっほ。そいつは悪魔のみが入れる扉。力だけでは壊れんよ」

「あ、審判さん」

 

 フードを被ったヨボヨボのおじさんが話しかけてくる。

 塔子曰く、どうやらこの人が伝承の鍵を与えた張本人らしい。試合の時はどこからともなく現れ、審判をしていた。

 

「……どうやら天使と悪魔の戦いが始まったようだ」

「天使っていうと、白組が向かった方?」

 

 さっきデスタが『天使も女を失った』って言ってたし、あっちもおそらく勝ったのだろう。ちなみにあっちではリカがさらわれてしまったようだ。

 

「お前さんたち、『伝説の地』に向かうといい。そこで千年祭の決着が見られるだろう」

「『伝説の地』?」

「ヘブンズガーデンとデモンズゲートのちょうど境目にある場所じゃ」

「えーと、どこ?」

 

 まったく知らない土地なんですが。と思ってたら、円堂君が説明してくれた。どうやら今いるここがデモンズゲートで、白組が向かったのがヘブンズガーデンらしい。

 

「白組も試合が終わったのなら、そこに向かってるかもしれないな」

「よしみんな、次の場所は伝説の地だ!」

『おうっ!』

 

 まあ行くしかないか。私はみんながデモンズゲートを出てったのを見計らってさっさと着替え、彼らのあとを追った。




 それぞれのチームの向かう先をアニメとは逆にしました。
 まあフィディオいるんだったら助けに来させるよね。正直鬼道とか不動がいる白組にフィディオだけ入れ替えようと思ったけど、エドガーとの絡みも欲しかったのでこうしました。
 ちなみに書いたあとに、フィディオ、エドガーとディラン、マークを入れ替えればよかったんじゃ……。って思ってしまいましたw


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魔王

 デモンズゲートを抜け出してから数十分。私たちはずっと坂道を駆け足で上がっていた。

 ひぇぇ。それにしてもおっかない場所だ。道は横幅三メートルあるかないかで、片側は断崖絶壁。落ちたらまず助からないだろう。そんな場所を走っているんだから、こんなふうに恐怖を覚えるのも当たり前だ。

 

「ねえ、まだなのー?」

「もう少しのはずだ。……ほら、分かれ道が見えてきた!」

 

 フィディオの言う通り、たしかに私の視界には、二つの道が見えてきた。一つは地上行き。もう一つはヘブンズガーデン行きのものだろう。

 そしてその道から、集団が降りてくる足音が聞こえてくる。

 

「円堂、無事だったか!」

「その様子だと、お前たちも勝ったんだな!」

 

 鬼道君と円堂君がハイタッチ。

 これで白組と合流できた。あっちもところどころボロボロな人がいるけど、おおむね無事のようだ。

 あと、残す問題は……。

 

「よくぞたどり着いた、人間よ」

「千年祭は終わりを迎えた。この先の伝説の地では、その結果が待ち受けているだろう」

「ひぇっ、審判のおじさんが二人いる!? ドッペルゲンガーだ!」

 

 というかいつからいたんだこの人たちは。少なくとも気配なんか全然感じなかったんですけど。

 まあ深く考えても仕方ないか。そもそも天使とか悪魔の時点で十分ファンタジーだしね。

 

 おじさんたちが手をかざすと、T字の真ん中にある壁が崩れ、その奥から荘厳な石扉が現れた。それはゆっくりと、重々しく開いていく。

 

「それで、どっちが勝ったの?」

「……行けばわかる」

「実はおじさんたちも今着いたばっかだからまた知らなかったり?」

「これ以上はなにも言わん」

 

 むー、ダメか。やっぱデスタほど簡単に挑発に乗ってくれないか。

 まあいい。行けばわかる。たしかにその通りだ。

 私たちは扉をくぐり、伝説の地へと向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

 伝説の地はその壮大な名前に反して、あまり特徴がある場所ではなかった。

 デモンズゲートのようにマグマだらけじゃないし、聞いたところのヘブンズガーデンみたいにお花畑でもない。ただただ鍾乳石みたいなつらら石がいっぱいあるだけの、なんの変哲もない洞窟だった。

 そこの開けた場所にたどり着く。

 

 そこにいたのは、別のユニフォームを着たデスタと、髪を三つ編みに編んだ男の人だった。

 鬼道君がデスタの隣にいた人に反応する。

 

「お前は、セイン!」

「お知り合いですか鬼道君?」

「天使たちのキャプテンだ。しかし……」

「その割には趣味の悪いユニフォームをデスタと一緒に着てるけど。もしかしてサッカーを通じて友情に芽生えちゃった?」

「そ、そうなのか? それにしては様子がおかしいが……」

「鬼道君も私も友情に芽生えた側でしょ! 信じてあげなきゃ! きっと今の二人は肩を並べ合ってプリクラを撮ってるぐらいの仲になってるはずだよ!」

「俺は円堂とそんなことしたことないが……」

 

 ほら見てこのセインさんの邪悪な笑顔。きっと無理に笑おうとしてあんなんになっちゃってるんだなぁ。不器用な人だ、スマイルスマイル〜。そう言ってニッコリ笑ったら唾を吐かれた。

 うわっ汚なっ!

 

「ちょちょちょ鬼道君、これが本当に天使なんですか? 私の中でのイメージが音を立てて崩れちゃってるんだけど」

「いや、セインは俺たちへの態度は悪かったが、そこには品というものがあった。だが今のは……。何があった、セイン!」

 

 鬼道君が問いかける。しかしセインはクックックと狂気にまみれた笑いで返答した。

 

「おめでたいやつだな。今の私が本当に天使に見えるか?」

「なに……?」

「千年祭の結果をテメェらに教えてやるよ。悪魔の勝利だ! これによって魔王様がとうとうこの世に復活したぜ!」

「なんだって!?」

 

 みんながキョロキョロと辺りを見渡す。

 あれ、でもそれっぽい人はいないようだけど……?

 もしかして帰っちゃったのかな?

 

「どこを見ている?」

「教えてやろう! 俺たち悪魔と天使が融合した姿こそが、魔王だったんだよ!」

 

 デスタから語られる衝撃の真実。それに私は……。

 

 

「えー、ないわー」

 

 ものすっごいうさんくさい顔で彼らを見ていた。

 

「そのうぜぇ顔をやめろ! ていうかなんだそのイマイチな反応は!? もっと驚けよ!」

「いや、驚いたよ? たしかに魔王崇拝してた人が実は魔王だったなんて、誰にも思いつかないけどさ。それって言っちゃえばすごいマヌケじゃない? 自分の正体ぐらいちゃんと覚えてなよ」

「うぐっ!」

「それにライバル同士だったチームが組むって前にもあったことだからさ。イマイチ驚きに欠けるというか……」

「やっぱこの女嫌いだ!」

 

 むしろ勝手に人さらってくるようなやつが好かれると思ってたのかこいつは。

 デスタの絶叫を聞き流してると、今度はセインがさっきまでとは打って変わって苦しそうな声を出してきた。

 

「すまない鬼道っ……我々は敗北してしまい、精神を支配されてしまった……! もう自分の中の黒い感情を抑えきれない……!」

「セイン……! やはりそういうことか……!」

「た、たのむっ、我々を倒して……ぐあああああっ!!」

 

 あ、悲痛そうな顔を浮かべたあと、さっきみたいな邪悪な顔つきに戻った。と思ったらまた叫び出した。

 

「ハッハッハ! 人間どもよ! お前たちを根絶やしに……ぐううっ、負けるかぁっ! して……させるかぁっ! くれる……がァァァっ!!」

「あのーデスタ君。壊れたラジコンみたいになっちゃってるんだけど?」

「ちっ、そういえば電池入れ忘れてたか……じゃねえよ! 悪魔の洗脳をそんなチープなもんで例えるな!」

 

 お、いいノリツッコミ。芸人スキルに磨きがかかってきてるねぇ。

 その後セインはデスタにさんざんボコられて、元に戻った。

 ラジコンじゃなくてテレビだったか。こりゃ失敗したな。

 

「さあ人間どもよ! 俺たち魔王の生贄となれ! 我々が選んだ、最も魂の輝きが強い者が試合の参加選手だ!」

「異議あり! 一方が対戦相手の出場選手を決めるなんて、フェアじゃないと思います!」

「またお前か! フェアもクソもあるか! これは魔王のための儀式だ!」

「おや、魔王様は人間と対等にすら戦えないんですかぁ?」

「ああん!? なんだと!」

 

 典型的な田舎のヤンキーみたいな反応どーもありがとう。

 あらあらまあまあ、青筋がピクリと浮かんじゃって。野蛮極まりないですわ。

 挑発に乗って今にも条件を呑み込みそうなデスタ。しかしとなりのセインは冷静に彼を諌めようとする。

 

「待てデスタ。冷静になれ」

「黙ってなよ二重人格もどきの厨二病」

「なんだと貴様ァ!」

「うっ、僕の胸まで急に苦しく……っ」

 

 あ、沸点こっちも低かったみたい。

 そしてシロウごめん! そっちにも飛び火するとは思ってなかったの!

 

「いいだろう! そこまで言うならその条件、呑んでやる! どちらにせよ、試合後にこの場の全員を喰らえばいい話だ!」

「……なえがいて助かったな」

「あのクソアマのだる絡みはクソうぜえからな。同情するぜ」

 

 てことで彼らの了承ももらったので、メンバー決めをすることになった。

 その結果がこちら。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さあ、嘆き苦しめ人間ども! 俺たちダークエンジェルがテメェらの魂を食らってやるぜ!」

「ブフッ! か、カッコいいタル〜!」

「だから笑うな!」

 

 審判は例のおじいさんたちがやってくれるらしい。

 そして巨大な砂時計が反転し……試合が始まった。

 

 同時に、デスタとセインがものすごいスピードで駆け上がってきた。

 

「っ、速っ!?」

「魔王となったことでパワーアップしているのか! ——ぐわっ!?」

「豪炎寺、なえっ!」

 

 ぐぬぬ、あの悪魔(笑)、わざと私を狙ってタックルしてきたな。小悪党め。

 でも、たしかに強くなっている。さっき一戦したのがかえって災いしたのか、突然の変化にみんなもついていけず、次々と抜かれてしまっていた。

 

「くっ、開始早々で一点取られてたまるか! 『アイアン……っ!」

「邪魔だ!」

「ぐおっ!」

 

 とうとう最終ラインのテレスまでもが抜かれてしまった。

 残るは円堂君のみ。

 デスタとセインは邪悪に笑うと、二人して連携シュートを放つ。

 

「恐怖しろ!」

「そして魂に還るがいい!」

「「『シャドウ・レイ』ッ!!」」

 

 デスタが悪魔の力を込めて落としたボールを、セインがオーバーヘッドキックで解き放つ。すると白と黒が混ざり合いながら、一筋の閃光がゴールを襲った。

 

「『真イジゲン・ザ・ハンド』! ——ぐああああ!!」

 

 円堂君の張った結界は早々に破られ、一点が決まってしまった。

 ……単純に、強い。もしかしなくてもチーム・ガルシルド以上だ。しかもこっちの場合は改造とかじゃないから弱点とかないしね。

 ……ふふっ。

 

「……なにを笑っている?」

 

 セインが問いかけてくる。

 そりゃ笑っちゃうさ。なんたって……。

 

「こんなにも強い相手と晴れ晴れした気持ちで戦えるって思うと、ワクワクしちゃってね」

 

 思えばライオコット島に来てからガルシルドばっかりが頭の片隅に浮かんでいて、純粋に試合を楽しめたことは少なかった。

 だけど今は違う。憎しみもなにもなく、純粋な気持ちで戦えている。それが私はなによりも嬉しかった。

 

「虚勢はよせよ。命がかかってるんだ、恐怖しねえわけがねえ」

「私はサッカーに命を捧げた身。サッカーで灰になれるなら本望だよ」

「……っ、ムカつく顔だ。俺はテメェらの絶望した魂が見たいんだよ! あくまでその仮面を被り続けるっていうのなら……その皮の下を剥ぐまでだ!」

 

 絶望? なぜ絶望するのかな?

 サッカーは希望に満ちたもの。ならばサッカーの中での死すらも、幸福なもののはずなのに。

 

 っと、私がセイン、デスタと喋っているうちに円堂君たちも立ち直ったようだ。再びボールが中央にセットされる。

 そしてキックオフ。私がボールを持ったとたん、目の前の二人組が襲いかかってくる。

 

「ならば、まずはお前から絶望を教えてやろう!」

「さあ、苦痛でのたうち回る姿を見せやがれ!」

「ふふっ、野蛮だなぁ」

 

 微笑みながら、私は足を止める。すると足が、腕が、体が徐々に溶けていき、代わりに無数の光子が現れる。それらは流れ星となって、デスタたちを一瞬で追い抜いた。

 

「『フォトン・スターダスト』」

 

 光子が集まっていき、元の私の体が現れる。

 どーよ新技! 私の超能力もここまできたのです! 最近は大型家電製品ぐらいなら宙に浮かせるようになってきたし、このままだったら超能力者としてテレビでデビューできるかもね。実験動物にされたくないからやらないけど。

 

 イナズマジャパンの反撃が始まる。豪炎寺君、フィディオとボールがつながっていく。

 

「『ゴー・トゥ・ヘル』!」

「くっ!」

「『デーモンカットV3』!」

「ぎゃぁっ!?」

「ナイスだナエ!」

 

 フィディオがボールを奪われたのをすぐさまサポート。そしてセンタリングを上げたその先には、アメリカのゴールデンコンビが走り込んでいる。

 

「魔王に俺たちの力、見せてやろうぜベイベー!」

「ああ、いくぞ!」

「「『ユニコーンブースト』!!」」

 

 二人が同時にシュートすると、ボールは紫色のオーラを纏って地を駆けるユニコーンとなる。その鋭いツノを使った突進の威力は世界中の知るところだ。

 しかしダークエンジェルのキーパーはそのプレッシャーに晒されながらも涼しい顔をしていた。そして左手を添えて、右手を軽く突き出す。

 

「『ジ・エンドV2』」

 

 闇のオーラに包まれ、ユニコーンの動きが止まる。その状態でキーパーが手首を捻ると、それと連動してユニコーンの体が湾曲し、闇に押し潰されて爆散してしまった。

 

「what!?」

「まさか……ユニコーンブーストがこうもあっさり……」

 

 ぐ、グロテスクなもの見ちゃった。生物型のシュートに使っていい技じゃないねあれ。

 強くなっているのはデスタたちだけじゃないってことか。あのキーパーの必殺技も進化していた。あれを突破するにはかなり苦労しそうだ。

 

 ダークエンジェル戦はまだまだ、始まったばかり……。




 壁外の雪原マジで許さんぞお前ェェェェ!!
 てことでダークソウル2クリアしました。今回はボスが多かったから、全部倒すのは苦労しました。
 それとお知らせです。4月から新生活が始まるせいで私もしばらく忙しくなりそうなので、1、2週間ほど投稿を休むかもです。


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ヘルアンドヘブン

「ハッハッハッ! テメェらの半端な攻撃なんざ、魔王には通用しねえんだよ!」

 

 たしかに、ユニコーンブーストが止められた以上、一人でのシュートはほぼ決まらないだろう。かと言って今はいつものメンバーと違う。グランドファイアも皇帝ペンギン3号もできない。

 ……ん? もしかしたら私ならいけるんじゃ……。

 豪炎寺君とシロウにアイコンタクトを送ると、二人も頷いてくれた。

 

「お返しだ! やれっ!」

「ぐあああああっ!」

「マーク! くっ、この……があっ!?」

 

 デスタたちめ。彼らは痛めつけるようにマークたちにシュートを撃ってきた。

 その行為に激昂して、テレスがボールを奪おうとするも……。

 

「『デビルボール』!」

「っ……!」

 

 巨漢の酷く大きな口を持った男が蹴ると、ボールに悪魔の翼が生え、まるで意思を持ってるかのようにフィールドを飛び回った。しかも鳥みたいに速い。さすがのテレスもそれには追いつけず、突破を許してしまう。

 ボールはデスタへ。そして……。

 

「地獄に落ちやがれ! 『真ダークマター』!!」

「『真イジゲン・ザ・ハンド』ッ!! ——くっそぉぉぉぉっ!!」

 

 放たれた黒い閃光が、ガリガリと結界にヒビを入れていく。そしてとうとうそれを突き破り、円堂君を吹き飛ばしてゴールに入った。

 

「ハッ! もはやシャドウ・レイを出すまでもないな!」

「イジゲン・ザ・ハンドが通用しない……!」

 

 ライオコット島に来てから円堂君を支え続けてきた技だけど、それじゃあダークエンジェルのシュートは止められない。その事実がはっきりしてしまった円堂君は、何かを決意した顔で両手を見つめていた。

 使う気だね、例の未完成技を。

 彼のことだ。今さら完成を疑うなんてことはしないさ。ただ、シュートを止められるようになっても、点が取れなきゃ意味がない。そしてユニコーンブーストすら止めるキーパーに生半可なシュートじゃ通用しない。

 ……新技、か。

 一応私も新技と呼べるものを持ってはいる。

 あのロココのタマシイ・ザ・ハンドすら破った『ミラクルムーン』。あれさえ撃てれば間違いなく点を奪えるだろう。

 そう考えていたところで、後ろから声をかけられた。

 

「焦るな。たしかに敵の守りは硬い。だが手を出し尽くしたわけじゃないはずだ」

「僕たちがいるんだ。賭けに出るにはまだ早くないかな?」

「豪炎寺君、シロウ……」

 

 そうだった。サッカーは仲間に頼るものだ。なのに私、自分が点を取ることだけを考えていた。

 一人二人なら無理でも、十一人だったらあの壁も崩せるはず。

 

「ありがとね。ちょっと頭が冷えた」

 

 よし! ほおを叩いて気合いを入れ直し、試合再開だ。

 ボールを持った私が突っ込み、そこにデスタが守備に回る。

 

「『フォトン・スターダスト』」

「っ、だが……!」

「……げっ!?」

 

 光の粒子から戻った私の前に、セインが待ち構えていた。

 

「二度同じことが通じると思ったか!」

「ぐっ……!」

「させない!」

 

 タイミングを読まれ、あわやボールを奪われてしまう寸前のところで、なんと豪炎寺君が私たちの間に割り込んできた。そしてその体を壁として使い、セインが私に近づけないようにする。

 上手い。これでセインが来る前に体勢を整えることができる。

 

「こっちだよなえちゃん!」

「任せた!」

 

 さらにシロウがディフェンスラインからオーバーラップしてきて、サポートに来てくれた。

 セインは豪炎寺君に阻まれてパスを阻止できず、突破に成功する。

 

「ヒュー、いいコンビネーションだね!」

「俺たちも負けてられないな。……へい、こっちだ!」

 

 マークがボールを受け取り、ディランがそこに並走していく。

 彼らを止めようとディフェンスが集まっていくが……。

 

「シュートだけが俺たちじゃない!」

「アメリカのオフェンス、とくとご覧あれ!」

「「『ジ・イカロス』!!」」

 

 ディランはマークの腕を掴むと回転し、遠心力に任せて彼を宙に放り投げた。するとマークは両腕に羽根のオーラを纏い、イカロスのごとく羽根を撒き散らす。

 瞬間、羽根から発せられたまばゆい光が、周囲を包んだ。

 

 って、うおっ、まぶしっ!

 ちょっとー? 近くを走ってたせいでこっちにまで被害が及んでるんですけどー? 味方に優しくない技だなこれ。

 ん? ディランがサングラス付けてる理由ってもしかして……。

 

「っと、試合に集中しなくちゃね」

「『ゴー・トゥ・ヘル』!」

「それはさっき見た」

 

 この技はボールに向かって黒いオーラを叩きつけるもの。だったらタイミングを合わせれば……ほいっと。見事なバク転を決め、上からの落下物を避ける。

 

「『ゴー・トゥ・ヘブン』!」

「名前でどういう技かわかるんだよなぁ」

 

 要するにゴー・トゥ・ヘルの下バージョンでしょ?

 予想通り、私の足元に光るサークルが出現する。すぐに前転でかわすと、さっきの場所から光の柱が天井に伸びていった。

 必殺技を使ったあとで、相手は隙だらけだ。その隙に突破すれば、ゴール前に辿り着く。

 

「ふっ、久しぶりにやるか」

「いくよ、豪炎寺君、なえちゃん!」

「私たちの絆パワー☆ 存分に見せちゃおうね!」

「……恥ずかしいからその名前だけはよしてくれ」

「さっそく絆崩壊!?」

 

 ま、まあネーミングなんてどうでもいいことよ!

 炎を。氷を。闇をそれぞれ纏い、私たちは空中で✳︎を描くように交差。するとエネルギーが集中していき、空に炎と氷のリングを纏った黒球ができあがる。

 それを三人同時で蹴り飛ばす。

 

「「「『アスタリスクヘブン』ッ!!」」」

「『ジ・エンドV2』——ぐっ、押され……てっ……!」

 

 キーパーがボールを停止させるが、それは一瞬だけだった。次の瞬間には彼の右手は弾かれ、ゴールが音をたてて上下するほど激しくネットに突き刺さった。

 

 これで2対1だ。ダークエンジェルも勝てない相手ではないことがこれで証明され、みんなが沸き立つ。

 私たちは互いに得点できたことを喜び合い、ハイタッチを決めた。

 

「……しかし、これでこの技も使えなくなったな。あれほどの敵だ。同じ攻撃は二度通じないだろう」

 

 豪炎寺君の問いに私とシロウは頷く。

 次からはこの三人のうちの誰かが常にマークされることだろう。三人技というのは、三人いなければ撃てないのだから。

 しかし新たな突破方法を我らが司令塔はすでに見つけていたようだ。

 

「好都合だ。サッカーは十一対十一。メンバーの一人を徹底的にマークしようとしたら、必ずそこに穴が生まれる。そこを俺たち三人で突く」

「三人ってことは……」

「ちっ、テメェとまた組むのかよ。まあ命懸けならしゃーねーか」

「げっ、不動……」

 

 そういえばガルシルド戦で不本意ながら不動との連携技もできちゃったのか。鬼道君もいるからマシだけど、嫌なものは嫌だなぁ。なんて顔してたら鬼道君にジッと睨まれたので、黙っていることにした。

 

「俺たち魔王が一点を取られた……だと……?」

「デスタ。もうお遊びはなしだ。全力で潰しにいくぞ」

「おう! 魔王の誇りを傷つけた報い、その魂に刻んでやろうじゃねえか!」

 

 うわっ、点を取られて逆ギレっすか。かっこわる。

 でも相手が余力を残しているのは確かだろう。一点取られたにも関わらず得点ではなくプライドに話が行っちゃってるのは、その余裕の表れに違いない。

 

 相手ボールで試合が再開する。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 な、なに? 

 ダークエンジェルの選手たちが天に気を注ぎ始める。それは形をなしてドーム状の結界となり、フィールド全体を包み込む。

 

「いくぜ、必殺タクティクス!」

「——『ヘルアンドヘブン』!!」

 

 ダークエンジェルの選手たちが光に包まれ、逆に私たちのコートに黒い雷が落ちると……ホイッスルの音が鳴っていた。

 

「……は?」

 

 急いで振り返ると、円堂君が腹にボールを受けてゴールの中で倒れている。

 なにが起こったのかわからなかった。いやわかる人なんて誰もいないだろう。ダークエンジェル以外には。

 

 続いてホイッスルが二度鳴る。

 異様な静寂を抱えたまま、前半戦が終わった。

 

 

 ♦︎

 

 

「あれはおそらく、天空の使徒の『セイントフラッシュ』と魔界軍団Zの必殺タクティクスの合わせ技だ」

 

 ミーティング中に、まず鬼道君が口を開く。

 彼が言うには、セイントフラッシュには味方を速くする力があるらしい。そして魔界軍団Zの『ブラックサンダー』はその逆。敵の認識速度を限りなく遅くする。

 

「んなのどうすればいいんだよ!」

 

 ベンチに座っている染岡君がそう吐き捨てる。

 あれはもはや速いとか遅いとかの次元じゃない。たぶん世界一の足を持ってる私ですらなにも見えなかったんだ。速く走るだけじゃ絶対勝てない。

 いい案が出ずにみんなでうなってると、不動が馬鹿にするように鼻で笑ってきた。

 

「ハッ、こんなのもわかんねぇのかよ。あのタクティクスは結界型、つまり結界の外なら十分に動けるだろうが」

「しかし不動、結界はフィールド全てを包み込んでいる。結界外のスペースなどないぞ」

「頭使えよ頭。横にはなくても縦にはあるだろうが」

 

 それで鬼道君は理解したらしい。

 そして今後の作戦をみんなに説明しようとしてベンチを見た時、足を押さえている人が目に入った。

 

「っ、くっ……!」

「マーク、大丈夫かい?」

「ちょっと見せて」

 

 彼のレガースを剥ぎ取ると、その下から青く膨らんだ肌があらわになる。

 もしかしてダークエンジェルにボールをぶつけられた時、足を捻ってしまったのか?

 原因はともあれ、これじゃあ続行は不可能だ。彼もそれがわかっていたらしく、自分から話を切り出してくれた。

 

「すまない……この足じゃみんなの足を引っ張ってしまいそうだ……」

「じゃあミーも下がるとしようかな。ミーの真骨頂はコンビネーション、一人技も持ってはいるけど、ユニコーンブーストが止められた以上ミーがいても仕方ないだろうしね」

 

 自分にできることとできないことを正確に把握する。それもまた一流の仕事だ。彼らはそれをよく理解している。

 ちなみにそれ言ったら円堂君はどうなのかって話だけど、一見無謀でも結果的に彼は全て乗り越えてきているので、あれもまた一流の形の一つだろう。結果が出れば無謀は英断になるのだ。

 

 その後、抜けた二人に代わってヒロトと虎丸が入ることになった。彼らは個人のレベルではマークたちに劣ってるかもしれないが、戦力ダウンとは言い難いと思う。サッカーは十一人でやるもの、結局はチームプレーが重要なのだから。そういう意味ではイナズマジャパン出身の二人はマークたちと同等以上の力を引き出せるはずだ。

 そして作戦が決まったところで、ちょうどハーフタイム終了のホイッスルが鳴った。

 

 

 ♦︎

 

 

「ん? あの生意気な女がいねえな。ビビって逃げ帰ったのか?」

「ふっ、無駄なことを。我々が勝てばどこにも逃げ場はないというのに」

 

 私がいないのをいいことにデスタのやつ、饒舌になっちゃって。

 しかしすぐに興味をなくしたようで、そのまま試合が始まった。

 豪炎寺君たちが彼らの元に走り出すが……。

 

「お前らが何やっても無駄なんだよ!」

「必殺タクティクス『ヘルアンドヘブン』発動!」

 

 光がダークソウルを包み、黒い稲妻が落ちる。途端にイナズマジャパンのみんなは時が止まったように動かなくなってしまった。

 そんな彼らの横を悠々とあいつらは走り抜けていく。

 ……思ってたんだけどこれ、オーバーキル気味じゃない? 絶対ブラックサンダーだけでもいいと思うんだけど。

 

 デスタは楽々とペナルティエリアに侵入していき、そしてシュートを放つ。

 ……今だ!

 

 私は手に入れていた力を離し、天井から飛び降りた。

 

「やあああああっ!!」

「なにっ!?」

 

 タイミングばっちり。私は飛んできたシュートを踏みつける形で止めてみせる。そして同じくらいのころにみんなの動きが戻った。

 

「な、なん……だと……!?」

「バカな! 貴様、どうやって我々のヘルアンドヘブンから逃れた!」

 

 よし、成功したね。忌々しいが、不動の作戦は成功した。

 その時のことを思い出す。

 

 

『頭使えよ頭。横にはなくても縦にはあるだろうが』

 

 彼は私たちをバカにするようにそう言った。

 縦? どゆこと?

 私が首をかしげているのに対して鬼道君は理解したようで、その視線を上に向ける。

 

『……無理だ。さっきの結界は高さだけで天井との差が数メートルあるぐらい。ジャンプでは届かないし、仮に届いたとしてもすぐに落ちるだけだ』

『いやいるだろうが。ジャンプ力だけしか取り柄がなくて、ゴキブリみたいにどこでも這い回れそうなやつが』

 

 二人の視線が私に向いた。

 

『……私?』

『そうか、なえなら……』

『えいや鬼道君、ゴキブリみたいな人って言われてなんで私の方を向いたの!? 心の中でそんなこと思ってたの!?』

『い、いやそれは……』

『何度も倒されても湧いてくる時点でそっくりじゃねえか』

『せめて兎って言ってくれない!? ほらぴょんぴょーん』

『こんな腹黒兎いたら子供が泣くぜ』

 

 私が泣きたいんだけど。

 

 

「……とまあ、クソアマの馬鹿力を使って天井に張り付かせ、タクティクスの範囲内から逃れたってわけだ。ちょうど天井にいいものがぶら下がってて助かったぜ」

 

 いくら私でも真っ平らの天井だったら、張り付くなんて無理だっただろう。でも、この洞窟の天井にはつらら石が大量に生えている。それが私のスパイダーマンごっこを可能にさせていた。

 

「そしてお前らのタクティクスの弱点もだいたいわかった。まず第一に、ヘルアンドヘブンは相手の認識速度をバカみたいに遅くする。つまり本当にスピードが落ちてるわけじゃねえ。だったら重力を利用して、認識速度が遅くなろうが無理やり体を落としちまえばいい」

 

 これが落下して結界内に入った時に、私の速度が落ちなかった理由だね。実際結界内に入ってからは一瞬で、いつのまにか私はボールを持って地面に立っていた。

 

「そして第二だ。この必殺タクティクスを発動している間、お前たちは必殺技を撃つことができねえ」

「な、なぜそれを!?」

 

 図星だったのか、デスタたちはここで初めて焦った顔を見せた。

 不動の笑みがさらに凶悪になっていく。

 

「セイントフラッシュやブラックサンダーの情報を集めてた時からどうしても気になってた。この二つのタクティクスの発動中、お前らが必殺技を使ったことが一切ないことに」

 

 たしかに、言われてみればそうだった気がする。

 さっきの私のディフェンスもダークマターとか撃ってたなら間違いなく入ってたはずだ。それなのにあいつはしなかった。

 

「おそらく、この結界を維持するためにはお前ら全員が絶えずエネルギーを送り続ける必要がある。そのせいで他の技にエネルギーを回すことができねえんだ。違うか?」

「おのれっ……! 必殺タクティクスの仕組みを暴いたくらいで、調子に乗るなよ人間!」

 

 おおー。かっちょいー。今の不動はまるで名探偵みたい。

 ……いや、モヒカンヘッドで悪魔みたいな笑みを浮かべて舌を垂らしてる探偵とかないわー。宣言撤回しよう。

 

 ともかく、これでヘルアンドヘブンは無効化した。これからが勝負だ。

 

「みんな、反撃だ!」

『おうっ!!』

 

 円堂君の声に押され、私たちは前線へ駆け出した。





『フォトン・スターダスト』
 オリオンのブルー・スターダストの色違い技。カッコいいので採用しました。名前変えたのはなえちゃんに青色のイメージがなかったからです。


『ヘルアンドヘブン』
 GOで登場した必殺タクティクス。いや3で追加しろよと当時は思ってました。


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千年祭終幕

「必殺タクティクス——『ルート・オブ・スカイ』!」

 

 鬼道君が蹴り上げたボールは、しかし誰もが届かなそうな天井スレスレにまで伸びていく。

 まあ私なら届くんですけど。再び天井のつらら石にぶら下がった私はそれを受け取り、空いているスペースを見極めてパスを出す。

 

「みんな、なえを中継してパスを出せ! そこまでなら奴らも手は出せない!」

「なるほど、そういうこと……ですかっ!」

 

 虎丸が再びボールを打ち上げ、それを受け取ってまたパスを出す。

 いやー、上からなら空いているスペースが丸わかりだね。フィディオはこんなことしなくても選手の位置が全てわかるらしいけど、こりゃ便利だ。

 天井はもはや安置と言ってもいい。何回も同じことを繰り返してるけど、あいつらは私を狙ってはこなかった。

 

「ぐっ……この卑怯者が! 降りてきて俺に魂を食わせろ!」

「悪魔が卑怯者とか叫ぶんじゃない! 悔しかったら飛んでごらんよ、その飾り物の翼でね!」

「飾り物じゃねえ! 重くて飛べねえんだ!」

 

 それはそれでどうなのよ。

 まあ鳥の左右の翼は本体よりも重いんだっけ? だからあんな小さな翼じゃ人間は運べないのだろう。どっちにしろ情けないけど。

 

「このっ……いい加減に、しやがれェェェェッ!!」

「げぇっ!? 口からビーム!?」

 

 化け物かあいつ! ……いや人間じゃなかったわ。

 デスタから放たれたビームは天井を穿ち、つらら石をどんどん削ぎ落としていく。当然私が乗ってたのなんて真っ先に壊されて、下に落ちてしまう。

 まあ、もうゴール前だからいいけどさ。

 

 下にボールを落とすと、そこには鬼道君と不動が一足先に着いていた。そしてボールを同時に蹴り、時空を歪ませる。『キラーフィールズ』だ。

 誰も近づけぬ空間。その中に私だけが押し入り、中心部にあるボールを蹴る。

 

「『キラーブレイク』!!」

「『ジ・エンドV2』!! ——うわぁァァァッ!?」

 

 キーパーが必殺技を放つも、キラーブレイクはそれを弾いてゴールに入った。

 これで3対2。でもまだまだだ。

 

「へっ、盛り上がってきたじゃねえか! 俺も混ぜろよ!」

 

 相手ボールで試合が再開。と思ったら、なんとテレスが前線へ突っ込んでいった。その岩みたいな体によるタックルをくらい、ボールをかろうじてキープしながらも面白いようにデスタが吹っ飛んでいく。

 

「ぐっ、ふざけんな人間! 『真ダーク……」

「『アイアンウォール』!」

「がっ!? バカな!?」

 

 デスタがテレスに向かってシュートを撃とうとしたけど、テレスの方が一枚上手だった。彼は一瞬で必殺技を発動させると、ボールを蹴った足ごとデスタを跳ね返す。

 すごいとしか言いようがない。蹴りやパンチというのは腕が伸び切った時に最高の威力が出る。テレスはそれを知ってて、デスタの足が伸び切る前に必殺技をぶつけたのだ。それもあの一瞬のタイミングで。

 

「『ゴー・トゥ・ヘル』!」

「効かん!」

「『ゴー・トゥ・ヘブン』!」

「効かんと言っている!」

 

 げぇっ!? テレスのやつ、あの二つの必殺技を無理やり突き破っちゃった。嘘でしょ。

 彼はその体躯に見合わぬスピードでどんどん前線へ上がっていく。その威圧感はまるで列車のようだ。もうあれ一人だけでいいんじゃ……。

 

「あとは頼んだぞ!」

 

 ペナルティエリア近くでパスが出される。受け取ったのは豪炎寺君。その両隣には虎丸とヒロトが並んでいる。ということは……。

 

「「「『グランドファイア』!!」」」

 

 出た、イナズマジャパン最強のシュート。

 そしてこれだけに終わらず、さらにボールの前にもう一つの影が現れる。

 

「『真オーディン……ソード』ォォォッ!!」

 

 グランドファイアがフィディオの蹴りによってさらに加速し、黄金色に輝き出す。最強クラスの技でのシュートチェイン。その威力は想像を絶するもの。

 

「『ジ・エン……グォァァァァッ!?」

 

 ジ・エンド君が右手を突き出そうと構えた途端、そのシュートは顎に命中してそのままゴールへと入っていった。

 いよいよ3対3。逆転まであともう少しだ。

 でも、それと同時に時間もあまり残されていない。次の一点が決着の一手になるだろう。

 

「バカなバカなバカな!? 魔王が負ける!? ありえん!」

「クソがっ! そんなことがあってたまるか!」

「無敵の存在なんてないってことだよ。あなた達は勝敗よりもその他のことに注目しすぎた。恐怖を与えるために無駄なプレーを連発してご苦労さんだね」

「テ……メェェェェッ!!」

 

 ——『真ダークマター』。

 黒い閃光が迫りくる。でも、逃げない。こんなのは相手を痛めつけることだけを目的とした、ただの暴力だ。そんなのに私は負けない。

 そして、閃光が顔面に直撃した。

 

「ヒャハハハッ……は?」

 

 醜く高笑いが響く。しかしそれも数秒で止まった。

 なぜか? ほとんどダメージを受けずに地面に立ってる私を見たからだ。

 

「ナイスパス。そして、こういうことを無駄なプレーって言うんだよ?」

「な、な、なにを……しやがった!?」

「受け流した」

 

 あっさりそう返答する。

 顔面に当たった瞬間に、その衝撃を利用して空中で何度も回転することで、その威力を殺し切ったのだ。

 私は経験上、なぜかボールをぶつけられやすい。エイリアの時とか人一倍ボロボロになってた気がするし、もともと特訓もボールやマシンガンを撃たれるものが多かった。

 しかしだからこそ、事前にデスタがどこを狙ってるかを読み、見切ることができた。あとは私の身体能力があれば簡単だ。

 

「ガァァァァァァッ!!」

「『フォトン・スターダスト』」

 

 私の体が光子となってかき消え、デスタの後ろで再構成されていく。セインがそれを阻止しようと向かってくるけど、それはわかっていたことだ。ひらりとかわすために後ろへ跳んだ。

 

「『ゴー・トゥ・ヘル』!」

「っ!?」

 

 しかし黒いオーラが私の背後に落ちてきたことで、それは失敗してしまった。

 ここにきて三人目か……!

 ボールはすぐにデスタとセインへ。みんなも止めようと壁を作るが……。

 

「邪魔だぁっ!! 『デビルボール』!」

「『エンゼルボール』!」

 

 デスタが蹴ると黒い翼を生やしたボールが縦横無尽にフィールドを舞い、セインが蹴ると天使の翼を生やしたボールが如意自在に羽ばたく。

 みんなはそれを目でしか追うことができず、あっという間に翻弄されてディフェンスが突破されてしまった。

 

「これで終わりだ!」

「残念だったな女ァ! 俺たちの勝ちだ!」

「『シャドウ・レイ』!!」

 

 デスタの黒とセインの白が融合。二色を纏った閃光は空気を切り裂き、余波だけで地面をえぐりながらゴールへ飛んでいく。

 っ、この威力……チーム・ガルシルドのダークフェニックス以上だ……!? これじゃあいくらあの技のタイミングがあったとしても……。

 一瞬で最悪の未来を想像し、しかし円堂君の目を見てハッと気づく。

 彼はまだ諦めていない。それどころかその目は炎を宿して、絶対に止めるという気迫を醸し出していた。

 

「円堂君!」

『円堂っ!!』

 

 ありったけの声で彼の名を叫ぶ。

 最後は祈ること、応援することだけしかできない。でもこの声が少しでも彼の力になるのなら、今はそれだけでいい!

 

「なえの言う通りだ。お前たちのやってることはサッカーなんかじゃない。サッカーってのは怒りや憎しみを全て忘れて、熱い思いを相手にぶつけることのできるものなんだ! 俺が、本当のサッカーを教えてやるっ!」

 

 私たちの声に応えるように、円堂君から電撃が発せられる。それは徐々に形を作っていき……人型の何かになっていく。

 あれは魔神……? それも、英雄の如き赤のマントを羽織っており、その体はまばゆいばかりの黄金の光で溢れていた。

 それが両手を広げると、大地が震える。空気がビリビリと騒ぎ出し、そして……。

 

「——『ゴッド……キャッチ』ッ!!」

 

 魔神が掌底を放つように両手を突き出し、それがボールに当たった瞬間、雷の衝撃波が全てを吹き飛ばした。

 光も闇も。まるで何もなかったかのように消し飛ばされ、地面には円堂君を中心とした黒焦げたクレーターが出来上がる。

 そしてボールは、雷に撃たれたように真っ黒になりながらも、円堂君の両手に収まっていた。

 

「で……できた……?」

「ありえ……ない……」

「魔王が……魔王のシュートが……止められた……?」

 

 やっぱり円堂君はすごいや。この局面、この場面で必殺技を完成させるなんて奇跡としか言いようがない。

 いや、私はその奇跡を何度も見てきた。ならこれは奇跡なんかではなく、彼が純粋な力で掴み取ったものなのだろう。

 彼が喜びで雄叫びをあげているのも束の間、鬼道君が叫ぶ。

 

「円堂、もう残り3分だ! 時間がないぞ!」

 

 残り3分。おそらくこれがラストゲームだ。

 基本的に身体能力で劣っている私たちに延長戦を戦う余力はない。それをわかっているのか、彼の決断は一瞬だった。

 すなわち、彼はボールを足元に置いてドリブルし出した。

 

「いくぞみんなぁーー!! 俺についてこい!!」

『おうっ!!』

 

 最後の最後は全員突撃か。面白い、それでこそサッカーだ!

 円堂君は走る。そのフィールドプレイヤーと同等以上の実力をもってデスタたちを避け、オフェンスをかわし、しかしミッドのタックルが彼の体を捉えた。その衝撃でボールがこぼれる。

 

「ぐっ……!」

「フォローは任せろ! 俺が道を切り開く!」

「テレス!」

 

 それを拾ったのはテレスだ。彼は脅威的なタックルで円堂君の前の敵を蹴散らし、そのまま敵陣に突っ込んでいった。

 最終ライン、ディフェンス。しかし相手もかなりの巨漢が揃っており、それも複数でテレスとぶつかる。さすがの彼もそれには耐えきれず、ボールを落としてしまう。

 

「俺がつなげる!」

 

 それをフィディオがなんとかフォロー。そのスピードを活かしてディフェンスを次々と抜き去り、パスを出す。

 ——そう、ペナルティエリア内にいる私へ。

 そしてその両隣に円堂君とフィディオが並んだ。

 

「刮目しなよ! これが……超次元サッカーだ!」

 

 真上にボールを蹴り上げると、それを追うように二人が跳躍。強烈なかかと落としを同時にぶつけ、気を注ぎながらボールを落とす。

 そこに私が走り込み、思いっきりのボレーキックを叩き込む。

 ぐぅぅっ! 重い! さすが二人の全力なだけはある。だけどこれは仲間の信頼の重さ! それを受け止めきれなくて、なにがエースストライカーだ!

 私は歯を食いしばり、あらん限りの力を込めて足を振り抜いた。

 

「「「『エボリューション』!!」」」

 

 闇と、光と、雷と。それら全てが融合してスパークし、かつてないほどの力を生み出す。

 キーパーは手首を捻り、必殺技を放とうとするが……。

 

「『ジ・エンドV3』!! ——バカな、なんだこの力ぐああああっ!?」

 

 私たちのシュートはそれをたやすく突き破り、キーパーを吹き飛ばした。そしてゴールラインを通り過ぎる……直前に、二本の足が差し込まれる。

 

「やらせるかぁぁぁっ!!」

「せっかく、せっかくここまで来たんだ! テメェら人間ごときに、俺たちの野望が打ち砕かれてたまるかぁぁぁっ!!」

 

 二人とも、凄まじい執念だ。それほどまでに彼らの使命というやつは重いのだろう。

 だけど、だけどね……。

 

「サッカーのフィールドに……サッカー以外のことを持ち出すなァァァァァッ!!」

 

 そう叫んだ途端、ボールがさらに輝きを増し、威力が上がった。

 

「ぐっ、ぐぅぅぉぉぉぉっ!? 押されてぇぇぇっ!!」

「クソがクソがクソがクソが、クソがァァァァァァァッ!!」

 

 そしてボールは二人を弾き飛ばし……ネットを突き破って壁に大穴を空けた。

 同時にホイッスルが三回鳴り響く。

 試合終了。4対3で勝ったのは……私たちだ。

 

「やったぞ! 勝ったんだ! 俺たちは勝ったんだ!」

 

 円堂君の勝利宣言に、みんなが歓喜して叫んだ。

 ふぃ〜。思わず私も座り込んで、そんなため息を吐いてしまう。それほどまでにダークエンジェルは強かった。みんなも世界の命運なんてものを背負わされていた分、嬉しいのだろう。

 ……まあ私はそこら辺どうでもよかったけど。

 

「……ハッ、私は何を……?」

「なんか敵さんが『僕は洗脳されてました。今までの行為は僕の意志でありません』みたいなムーブかましてますよ奥さん」

「いや、彼らは本当に洗脳されてたんじゃないかな?」

 

 いやいや、あの不良みたいな唾の吐きっぷりは一日やそこらでできるものじゃない。絶対校内のトイレとかでタバコ吸ってるタイプだよあいつ。

 不良天使君は現状を理解したのか、こちらに頭を下げてくる。

 

「すまない、鬼道とその仲間たち。洗脳されていたとはいえずいぶんと迷惑をかけてしまったようだな」

「気にすんなって! もう終わったことなんだしさ」

「君は?」

「円堂守! イナズマジャパンのキャプテンだ!」

 

 おお、さすが円堂君。懐がマリアナ海溝ぐらい深い。

 うちの総帥もこれくらい太っ腹だったらいいんだけど。ちなみに私だったらキンタマ蹴ってた。

 

「っと、そうだ! 魔王は敗れた。今こそ悪魔たちを永遠に封印する時だ!」

「待てセイン!」

 

 セインがそう言ったのを見過ごせないのか、円堂君が彼の腕を掴んで止めた。その間にデスタたちは石扉の奥に走っていく。

 

「ハッハッハッ! 今日は負けたが、次の千年祭でも必ず魔王を復活させてみせる!」

「なんかいつも逃げてるね」

「うっせえ! お前もだ女! 千年後に覚えていろよ!」

 

 そう言うと、扉が徐々に閉まっていく。セインも駆け出したが遅く、悪魔たちの姿は完全に扉の奥に消えてしまった。

 

「……いや、千年後私いないんだけど」

 

 そんな呟きは果たして聞こえていたのだろうか。

 

 くそっと、セインが扉を叩く。しかし私の蹴りでさえびくともしなかったのと同種の扉が、そんなもので開くわけがない。しかし感情は抑え切れないようで、今度は八つ当たり気味に円堂君に掴みかかった。

 

「お前のせいだぞ! せっかくあと少しで悪魔たちを永遠に封じられたのに!」

「サッカーってのはさ。そうやって憎しみ合うものじゃないんだ。もっとスッゲー楽しいもんなんだぜ!」

「憎しみ合うものじゃない……?」

 

 彼は手を顎に当ててしばらく考え込み、

 

「……そうか。そういうことだったのか……」

 

 ぬ? なんか一人勝手に考えて勝手に納得し始めたぞ。これには仲間の天使たちも訝しげな顔をしており、やたら胸がでかい子が話しかけた。

 

「セイン、どうしたのです?」

「ようやくわかったのだ。なぜ先祖がサッカーで千年祭を戦ったのかを。サッカーとは熱い魂をぶつけるだけじゃない。己の中の邪悪な心、憎しみを封じるためのものでもあったんだ」

「じゃあ魔王というのは……」

「伝説にあるような魔王は実在しないんだ。きっと、私たちの心の中にある邪悪な心、それこそが魔王なのだと思う。だから憎しみを持ったまま戦った我らは敗北したのだ」

 

 セインが今度は円堂君に感謝の手を差し伸べる。

 怒ったり感謝したり、情緒の安定しない人だね。

 

「ありがとう鬼道、そして円堂。サッカーとは己の心を鍛えるための修行だったのだな」

「へっ? あ、ああ……」

 

 お、おう? なんかすっごい解釈してるんだけどどうしよう。

 これにはさすがの彼らも返答に困ったらしく、苦笑いでお茶を濁している。いやそこで私に目配らないでよ。サッカーに命捧げてる女子にだってわからないものはあるのだ。

 『答えは得た』みたいな顔してセインは私たちに背を向ける。

 

「我々はこのことを伝承していこうと思う。そしていずれは魔界の民たちとも……。君たちに出会えて本当によかった。さらばだ!」

 

 彼の姿が突如発生した光に包まれる。そしてそれが消えたころには、彼の姿はなかった。他の天使たちも同様だ。

 伝説の地には私たちだけが残される形となった。

 

「なんか……すっごい体験だったね」

「ああ。これほど現実味がないものはエイリア以来かもしれんな」

 

 しかしどっこい、現実である。私たちは伝説にあるような魔王を倒してみせたのだ。

 まあ証拠はないし、他の人に話したら笑い話で終わっちゃうだろうけど。それでも私にとってこの試合はいいもので、それを記憶の風化でないものにしてしまうのはなんだか嫌だった。

 せめて戦利品とかあればなぁ……。なんて思ってると、ふと腕に付いていたあるものがキラリと光る。

 ……そうだ。

 

「ねえリカ、伝承の鍵ってまだ持ってる?」

「ん? ……あ、はずれた! はずれたで!」

 

 手首をスリスリと頬擦りしながら、彼女はぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

「それ私にくれない? どうせ処分に困るでしょ?」

「え、この厄介モン引き取ってくれんの? やるやる! もう呪われるのはごめんやしな!」

「じゃあ失礼して……ガッチャンと」

『あああああああっ!!』

 

 私が白い腕輪をもう片方の腕に付けたとたん、急にみんなから悲鳴が上がる。そして鬼道君に頭を叩かれた。

 

「いてて。大袈裟だなぁ。ちゃんとはずれるって、ほら」

「だからといってもう一度つけるやつがいるか馬鹿!」

「いやほら、これ付けてれば、もしかしたらまた戦えるかなぁ〜って……」

「お前というやつは……」

 

 正直に理由話したら、なんか大きくため息つかれた件について。心なしかみんなからの視線も呆れを含んでるように感じられる。

 いや、ダークエンジェルすっごい強かったじゃん。だったらもう一回戦いたいって思うでしょ普通。

 

「たしかに、俺も今度こそは洗脳とかなしでやってみたいかもな」

「やっぱそうでしょ!? さすが円堂君! 心の友よー!」

「……サッカーバカが二人いると大変だ」

『誰がバカだ!』

 

 とりあえず、こんな感じで千年祭は終わりを告げ、私たちは誰の犠牲もなく地上へ戻った。

 エドガーたち助っ人組も、今回の件で改めて世界の広さを学んだらしく、より一層特訓に励むようだ。特にテレスは人一倍気合が入ってた。いやあなた一番活躍してたじゃん。今後の彼の対戦相手に合掌。

 そして私は合宿所に戻り、疲れからか深い深い眠りにつくのであった。

 お休み〜。




 ザナークだって口からビーム吐けるんだし、他の人間もできるよね。


『エボリューション』
 GO1の三大メインキャラが連携して放つシュート。イナズマブレイク的な立ち位置の技です。たしか映画で出てたっけ? シンプルなモーションなのにすっごいかっこよくて大好きです。


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災悪の序曲

 サッカーで賑わう島、ライオコット島。

 そこからずいぶん離れた離島にて、男は投獄されていた。

 

 男はひたすら自身の体をかきむしり続ける。あまりにかきすぎて皮膚が崩れ落ち、泥のような血が流れるにも関わらず、それをやめることはしない。

 

「なぜわからない……私が、私が世界を救う救世主だというのに……!」

 

 毎日毎日、何十何百時間も彼はそればかりを唱え続ける。しかし呪詛のような呟きも、ずっと続けば慣れるもので、檻を挟んで向こうにいる看守と囚人たちは誰もそれを気にしていなかった。中にはそれを子守唄代わりにして眠る者もいるほどである。

 それがさらに男の苛立ちを燃やし、彼は汚らしくなった髭を引きちぎる。ここに来る前には立派だったそれはほとんどが抜け落ち、手入れされていないホームレスのものと同等程度にまでなってしまっている。

 ブチブチと髪や髭が引きちぎられる。あまりに強く引っ張りすぎて赤い液体が流れる。同時に痛みが燃え上がり、その業火の中に彼は一人の少女の姿を見る。

 

「おのれぇ……! 小娘がぁっ……! 貴様さえ、貴様さえいなければぁ……!」

「そんなにやつが憎いか?」

 

 怒りで染まった彼の心を突き刺すように、酷く冷たい声が彼の背後から聞こえた。

 恐怖のあまり振り返ると、そこには黒いコートに身を包んだ少年らしき男がいる。顔はフードに隠れていて見えないが、その下からうかがえる瞳はギラギラと赤く光っている。

 誰も、その様子には気づいていない。近くにいるだけで重圧を感じるような気配を放っているのにも関わらず、看守たちはまったくこの男に気づいていない。それがさらに男の異常さを際立たせる。

 

「取引だ。お前の持つ実験……その中からやつのデータを全てよこせ。そうすれば復讐を手伝ってやろう」

「ふ、復讐……できるのか……?」

「ああ。お前の実験は禁忌とされ、我々の時代にはデータは全て削除されてしまっているからな。だからこれは取引だ」

 

 まるで地獄に投げ込まれた一筋の蜘蛛の糸のように、その言葉は思えた。絶対に捨てられず、しかし半ば諦めかけていたその男の野望の残滓。しかしフードの男を聞き、それは急速に膨れ上がり、マグマのように噴き上げてくる。

 

「く、くくくっ……ハーッハッハッハッハッ!! いいだろう、私の全てをくれてやる! その代わりあの小娘を……白兎屋なえを絶望の底へ叩き落とすのだ!」

「……取引成立だな」

 

 その日、刑務所内で謎の大爆発が起き、看守の数名が死亡。

 そして運が悪いことに檻が大破し、一人の囚人が世に解き放たれることとなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 FFIもいよいよ大詰め。決勝戦の日は順調に近づいてきている。

 なのに私は浮かない顔をしている。その原因は、今ちょうど見ているテレビ。

 

『……では、次のニュースです。今朝ブラジルの●●刑務所で謎の爆発が起き、収容されていたガルシルド・ベイハン氏が脱走いたしました。近所の住人は十分に注意し、もしこの男性を見かけたら近寄らず、すみやかに警察に電話してください』

 

 そしてニュースキャスターの顔が消えると、バッと忌々しいガルシルドの顔写真が映し出される。ニュースキャスターが彼の来歴などを詳しく語っているが、それは聞くまでもないこと。私の耳にはなにも入ってこない。

 空は重苦しい鉛色。それは私の心を写しているよう。

 ちょうど次のニュースに移り変わったところで、スマホから着信音が鳴る。

 

「……もしもし」

『……その声、ニュースは見たようだな』

 

 電話は鬼道君からだ。彼は私のいつもは出さない低い声でこちらの内心を悟ったみたいだけど、そういう彼こそその声は暗い。

 もう彼の組織や財産は凍結されていて、あいつはほとんど動くことはできないだろう。でも私たちにとってそんなことは重要でない。

 『あの怨敵が外で生きている』。それだけでハラワタが煮えくり返りそうになるのだ。

 今にも声に溢れ出てきそうな怒りをグッと抑え、バレないように声を絞り出す。

 

「……鬼道君は決勝戦に集中して。ガルシルドの件はツテもある私が調べてみる」

『そう言っていつも突っ込むのがお前の悪いところだ』

「安心してよ。ガルシルドはブラジルにいたんだよ? どうやってここまで来るのさ。私もこの島からしばらく離れるつもりはないし、あいつを追うことはないよ」

 

 そういう意味でガルシルドがここに絶対にいないのは助かった。私じゃあいつ見た途端に、脇目も振らずに追いかけちゃいそうだからね。

 鬼道君がお別れの言葉を言い、電話が切れる。

 さて……まずはどこから調べるかな。ツテがあると言っても私はもう暗部ではないのだ。どこまで融通が利かせられるか……。ぶっちゃけ国際警察に全て任せたほうがいい気がするんだけど。

 そう理性ではわかっていても、自分で何かやらなければ何か不安になってしまう。でなければ気づかない間に、巨大な影に飲まれてしまいそうな気がしてならないのだ。

 カタカタとひたすら無言でパソコンを打ち続ける。しかしよほど夢中になっていたのか、自室のドアがノックされていることに気がつかなかった。

 ドアがバンッと開かれると、思わず飛び上がってしまう。

 

「ナエ、何かあったのか!?」

「にゃぁあ!?」

「……あ、ごめん」

「なっ……なっ……!?」

 

 部屋の中には冷や汗をかいて後ずさってるフィディオと、驚きのあまり変な声を出してしまった私。

 そして驚きが収まると、今度湧き上がってきたのは顔も真っ赤に染まるような羞恥心。

 

「わ、わざとじゃないんだ! ガルシルドの件があったから心配で……!」

「まずは電話くらいしろぉぉぉぉっ!!」

「ごはっ!?」

 

 ベッドの上にあった枕を思いっきりシュート。わたが入っているはずのそれは彼の顔面を見事に撃ち抜き、ドアの向かいの壁に激突させた。

 何かあったのかじゃないよ!? いきなりすぎてこっちが驚いたわ!

 その後、呼吸が整うまで5分くらいかかった。さすがにそれだけ時間があれば彼も復活するようで、私が出したパイプ椅子に座っている。

 

 テレビで見た通り、ガルシルドの脱獄はかなり大々的に報道されている。さっきの言葉から、彼もそれが耳に入ったのだろう。

 余計な心配はかけたくないので、鬼道君とした話をもう一度話してあげると、ホッと安心したようだ。

 

「じゃあ、また前みたいに無茶することはないんだな?」

「……もしかして円堂君にでも聞いた?」

「バッチリと。ナエがガルシルドのところに単騎突入しようとしてたところまで」

「いやー我ながらバカなことしたもんだねー」

 

 アッハッハと笑ってたら「笑い事じゃないよ……」って呆れられた。

 いやほんと、ごめん。これに関しては言い訳する気も起きないわ。だって円堂君たちが来なかったら間違いなく蜂の巣にされてたし。某イケメンソルジャーの最期みたくなるところだった。でも「夢を抱きしめろ」とかカッコいいセリフはちょっと言ってみたかったかな。

 

「まあ君のことだ。何かしら事件に関わるんだろうね」

「心外だなー。こっちから手の出しようがないんじゃ、さすがのなえちゃんも大人しくしてるって」

「君が大人しくしてるところなんて見たことないんだけど」

「寝てる時ぐらいはジッとしてるよ」

「じゃあ起きてる時は忙しないってことじゃないか……」

 

 お、こりゃ一本取られた。

 でもジッとしてるのって性に合わないんだよね。つまんないし。

 人生はサッカーと同じなのだ。ガンガン攻めたほうが楽しいに決まってる。

 とはいえ、今回ばかりはマジで本当に大人しくしているつもりだ。前回はイナズマジャパンのみんなに迷惑かけちゃったしね。ジッとしてるのは性に合わないって言ったけど、それで友人たちが巻き込まれていい理由にはならないのだ。

 

「そういえば、最近ナカタを見ないね。もう旅に出ちゃったの?」

「いや、今は島めぐりを色々やってるみたい。早朝に出て深夜に帰ってくるから宿舎じゃあんまり会えないけど、観光してる他のメンバーがたまに会ってるらしいよ。ブラージの話じゃ、この前スキューバダイビングやってたって」

「海上にいるのによく見えたね」

「いや、ブラージたちも参加してたみたいだ」

「……ほんとにバカンスしてるねあの人たち」

 

 道理で練習の時以外見かけないわけだ。

 いや、この場合は練習時間外の時でも練習してる私がおかしいのか?

 ……べ、別に寂しくないし。フィディオだってよく付き合ってくれるもん。たまに他のメンバーに誘われてどっか行っちゃうけど。

 ……もうちょっとバカンスの過ごし方でも調べてみるかな。

 

 その後も他愛もない雑談をしながらパソコンをカタカタいじるが、一向にガルシルドに関して進展する様子がない。情報屋は相手してくれないし、部下は大勢行方不明で姿をくらましてるしでさんざんだ。いや、これは私が暗部を抜け始めているということなのだろう。

 そう考えるといいことのはずなのに、今だけは恨めしい。

 やっぱりガルシルドがいる限り、私は真に光の世界へ出ることはできないのだ。まるでヘドロだ。光に向かって足を出そうとすると、靴に張り付いて離れない。私を再び沈めようとしがみついてくる。

 フィディオが部屋から出ていったあとも、その作業は続いた。チーン、とデジタル時計が二度ほど鳴る。もう外は夕暮れだ。それほどの時間が経っているのに、手がかりのての字すら掴めない。

 

「これ以上やっても無駄か……」

 

 パタンとパソコンを閉じる。

 あー無駄な時間だった。せっかくの休日が潰れちゃった。そもそもなんであのゲロカスのために私が貴重な時間を浪費せねばならんのだ。こっちは総帥に雇われて以来のまともなバカンスを満喫してるというのに。

 ……遊びにも行かずに練習してることがバカンスなのかだって? バカおっしゃい、最高に素敵な一日になってるに決まってるじゃないか。円堂君ならきっとわかってくれるはずだ。

 ぶつぶつ一人で言ってたらなんか腹立ってきた。とはいえ八つ当たりできそうなブラージたちもここにはいないしなぁ。夕飯のころには帰ってくるだろうけど、それまでまだ時間がある。

 しょうがない。気分転換に散歩でもするか。

 念のために武器を太ももに装備し、宿舎を出る。

 

 宿舎の正面扉の前にはグラウンドが敷かれている。それを横断し、敷地の内外を隔てる門を通り抜ける。

 と同時に、目の前の車道を一つの車が通り過ぎる。

 

 そして、私は自分の目を疑った。

 ありえないものが瞳の奥に映った。

 車ではない。その中にいた人物。

 一瞬。ほんの一瞬だけど、あれほど血眼になって追い詰めた相手なのだ。見間違えるわけがない。

 それはトレードマークの髭が抜け落ち、歯も折れ、見るも無惨な姿をしていたけど、本人だ。

 

 ——私が見た車の中。そこにガルシルドが見えた。

 



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最強軍団襲来

 ガルシルドの姿を見たとたん、体中の血が逆流したかのような感覚が襲いかかった。鼓動が高鳴り、口元は醜く三日月を描く。頭の中が真っ赤に染まっていき、流れる血が加速する。

 ……落ち着け……落ち着かなきゃ……。冷静に考えればこれは明らかな罠。ガルシルドが公共の目が多い宿泊施設の前に来るなんて怪しすぎる。ここはみんなを呼ぶべきだ。そう頭の中での私が叫ぶ。

 ……ああ、でも……。

 理性に対して体が従ってくれないのだ。本能の中の私はまるで肉をぶら下げられた獣が喉を鳴らすように力を入れ、今にもあの車を食いちぎりたいと叫んでいる。

 かろうじて残った理性でメールをみんなに送る。しかしそこが限界だった。次の瞬間には、矢のように体が車を追いかけていた。

 

「アハハッ、アハハハッ!!」

 

 一度動き出したら、いよいよ抑えが利かなくなってしまう。障害物や通行人を跳ね除け、ひたすら最短距離を走る。

 

「ぐっ……この……!」

 

 しかしその差はなかなか縮まらない。もともと走り出した時点で距離があったのだ。いくら私が車より速いと言っても、その差はそこまであるわけじゃない。

 ああ、面倒だなぁもう。このままじゃ追いつく前に角を曲がられて見失っちゃうよ。もっと早く走れる方法はないものか。

 そこで後ろから私に迫る速度で走る物体を見つける。

 ……あるじゃん。もっと速いもの。

 邪悪な笑みが自然と浮かび上がる。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 勢いよく跳躍し、私は過ぎゆく車へ()()()()()。そしてまるで因幡の兎のように車から車へと飛び移っていく。

 速いものの上で私が走れば、さらに速くなる。実際は飛び移る時のロスで思ったより速度は出なかったが、それでもさっきよりはマシになった。

 そのまま角を曲がろうとする車に飛びつき……。

 

「やぁぁっ!!」

「ぐっ、この化け物が!」

 

 運転席に向かって飛び蹴りを繰り出した。窓を突き破ってそれは見事に命中し、運転手の首が悪い方向に捻じ曲がった。

 ……気絶だよねこれ? うん気絶だよきっと。いやそうに違いない。

 それよりも。

 

「久しぶりじゃんガルシルド。見ない間にずいぶんいい格好になったじゃない」

「ばばば馬鹿者がぁっ!! 前をみろ前をっ!」

「前? ……あっ」

 

 振り向いた瞬間、ガードレールが目の前に映った。

 ふぁっ!? 

 ハンドルを切ったのはほぼ反射だった。車はぐるんとコースを変え、車道をまっすぐ走り始める。

 あああ、危なっ!? ちょっと運転手どこよ!

 しかし助手席で寝そべっているだらしない男は、白目を剥いて泡噴いておそらく気絶していた。

 返事がない、ただの屍のようだ。

 この役立たず! もうちょっと首鍛えときなよ!

 

 なんとか体勢を立て直し、安全運転を心がけていると、背中に冷たいものが突如突きつけられた。

 

「ひゃんっ!? ちょっと、こんな時にイタズラは……あっ」

 

 ゆっくり後ろを振り返ると、黒光りする銃身が一つ。そしてガルシルドっぽい人がそれを握っている。

 ……アハハ、ハ……。

 

「馬鹿め。敵に背中を見せるとは」

「しまったああああ!!」

 

 今ハンドルを離したら運転できなくなって即ゲームオーバー。

 つまり私の両腕は動かせない。

 バカだ私。自分で言うのもなんだけど超バカだ。

 

「進め。これから私の言う通りにな」

「……はい」

 

 終わった。少なくとも私じゃもう無理だ。この状態はいくら私でもキツすぎる。超能力もあるにはあるけど、まだ人を吹き飛ばしたりはできないし。

 ガルシルドが指示した場所はジャパンエリア、そこにある森の手前だった。

 いったいどうしてここに? ガルシルドは相変わらず銃口を突きつけたまま私に降りるよう指示を出す。

 その時、一瞬だけ銃口が離れたのを感じた。

 

「さあ進め。この森が貴様の処刑場だ」

「いや、そう言われていくわけないでしょ」

 

 ガルシルドの手を掴み、思いっきり引っ張って肩で背負い……地面に叩きつける! いわゆる背負い投げってやつだね。

 ゴギィ、という鳴っちゃいけないタイプの鈍い音が彼の肩から響く。汚い涎を吐き出しながらも、しかし衝突の時の衝撃で無意識にトリガーを引いたようだ。しかし首を捻り、かすり傷一つなく銃弾を避けると、思いっきしその顔面を踏み潰した。

 

「ガァっ、がががァァァッ!?」

「諦め悪いねっと!」

 

 歯も折れ肩も最低脱臼はしてるはずなのに、ガルシルドは血を撒き散らしながらも銃口をまた私に向けてくる。

 まあ無駄だけど。

 それは空気を切り裂いて迫った私の蹴りによって弾き飛ばされた。

 ついででガルシルドの手が変な方向に曲がっているが、まあいいでしょう。

 そのまま体を捻って跳び上がり、思いっきり踵落としをそのふくよかなお腹に落とす。

 げっ、汚っ! 変な液飛んできたんですけど。顔の方に近づいてなくてよかった。

 

 ガルシルドは……あそこまでやったらもう動けないでしょう。現に車に轢かれたカエルみたいに白目を剥いて倒れているし、どうやら気絶したらしい。

 さて、あとはガルシルドを交番に届けるだけだ。しかしガルシルドに手を伸ばした時、その体からは光が溢れ、光子となって崩れていった。

 

「こ、これは……?」

 

 見たこともない現象。少なくとも今の科学では証明できないものだろう。ということは……。

 サーっと悪い予感が胸をよぎる。

 気のせいであってほしいと願う。でも私は一方で知っているのだ。

 こういう時の私の感覚は、非常によく当たることを。

 

「ガルシルドは元の牢獄に戻しておいた。やつもまた大罪人だ。秩序を守る俺たちが解放するわけにはいくまい」

「ハ、ハハ……」

 

 突然木々の中から男が現れ、そんなことを告げる。

 普通だったらガルシルドが牢に戻って万々歳な気分になっているのだろう。でも、今の私は冷や汗でいっぱいだった。

 なぜか?

 その男の顔を知っているからだ。

 

 日焼けのように浅黒い肌に、悪魔を模したような額の紋章。

 そしてこの、突き刺さるような殺気。

 相対してるだけで足が震えそうだった。喉が震え、汗が止まらない。

 それでも精一杯の虚勢を張るように、その名前を絞り出す。

 

「バダップ……!」

「忠告したはずだ。『サッカーを捨てろ』と。しかしお前は従わなかった。これがその結果だ」

 

 一瞬だった。

 バダップがボールを蹴ったかと思うと、私は吹き飛ばされて木に激突していた。

 あまりに強い衝撃を受けて、口から、そして頭から血が流れる。それがまるで炎のようにジュクジュクと私の感覚を突き刺す。

 

「ガハッ……!」

「言っておくがここら一帯に電波妨害装置を仕込んだ。助けはこない」

「用意周到っ……じゃんか……っ!」

「当然だ。それが俺たちの使命だからな」

 

 ダメだ。前回会った時とは違う。今回この人は本気で私を殺しにきてる。

 暗部にいたころの記憶が命の危機に呼び起こされ、意識が戦闘時のものに切り替わる。

 真正面からの戦闘はまず無理。どうやったって勝てやしない。

 だったら悪い手札の中から最良を選ぶしかない。

 

 即断即決。身を翻し、バダップから遠ざかるように駆け出す。

 三十六計逃げるに如かず。今は命が最優先だ。ここで撒いてもいずれまた出会うだろうけど、その時は大枚はたいて同じ戦闘のプロでも雇えばいい。

 幸いここは木々生い茂る森の中。視界を振り切るには絶好の場所だ。

 木を蹴って飛んだりぶら下がったりと、360度自由な動きをしながら前に進んでいく。そうしてしばらくすると、バダップがまったくついてきていないことに気がついた。

 この障害物だらけの中で私を見失った? 

 そう判断し、一息ついた時……。

 

「オラよっ!」

「があっ!?」

 

 突如横から伸びてきた蹴りが、私の鳩尾に当たった。

 威力はバダップよりも軽い。しかしそれは決してこの蹴りが軽いわけではなく、むしろ私の体はボールのように十数メートル跳ね飛ばされる。

 

「ぐっ……伏兵……!」

「バーカ。バダップ一人なわけねえだろうが」

「おいエスカバ。バダップへの連絡を忘れてるぞ」

「別にいいだろミストレ。それにバダップのことだ。どうせこいつの位置ぐらい、俺たちが伝えるまでもなく把握してるさ」

「それもそうだな」

 

 レーダーでも搭載してるのかあの人……!

 気だるげに私を蹴ったやつだけじゃない。ミストレに続いてその後もゾロゾロと軍服を着た人たちが姿を現してくる。

 その数は十人。

 そして最後に、バダップが死の音を響かせながらゆっくりと歩いてきた。

 

「吹き飛ばされた先に偶然サッカーグラウンドか……」

 

 言われて気づく。どうやらこの開けた場所はサッカーグラウンドらしい。しかし手入れがされている様子はなく、あちこち雑草だらけだ。

 

「喜べ、ここがお前の墓場だ」

「嫌だね。私は絶対に光の世界に出て、歓声を浴びながら死んでやるの。こんな寂れた場所なんて、絶対いや!」

「……お前の意志は聞いてない!」

 

 閃光が煌めき、私の肩から大量の血が噴き出す。

 凄まじい激痛。もはや叫ぶこともできなくてその場から逃げようとするが、周囲にいたバダップの仲間たちに蹴られ、殴られ、地面に叩きつけられた。

 それを彼らは全員で囲い、執拗に蹴り続ける。まるで何か恨みでも私にぶつけるように。

 血が、血が、血が……。

 全てが真っ赤に染まって見える。もう蹴られているのか撃たれているのかわからない。ただただ体が穴だらけになって、体がだんだん冷たくなっていることのみを感じた。

 

「終わりだ、白兎屋なえ。未来のための犠牲となれ」

 

 終わり……。

 なるほど、死っていうのはこういうものなのか。

 もはや痛みすら感じなくなった今では、恐怖は起こらなかった。

 ただただ眠い。

 もういいよね……? だって、こんなに眠いんだもん……。

 

 ゆっくりとまぶたが落ちていく。

 溶ける。意識が、私が、深い暗闇へと。

 それはとてもひんやりして心地よく、私を包み込んでいき……。

 

 

『生きろ。生きて私などという影を踏み越え、月を掴め』

 

 ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

『貴様はいずれ最高の選手になれるだろう。そんな貴様の踏み台になれたのなら、私はこの醜い人生を僅かにでも誇りに思うことができるかもしれない……』

 

 そうだった……。

 私は総帥の存在証明。私は、総帥のためにも絶対に世界一にならなきゃいけないんだ。

 

 体に力が戻っていく。伸びた暗闇を強引に引きちぎり、あらんかぎりの声で叫ぶ。

 こんなところで……。

 

「こんなところで、死ねるかぁぁぁぁっ!!」

 

 その魂の咆哮は衝撃波となって、バダップたちを吹き飛ばした。

 それだけじゃない。意識を取り戻した私の体には、確実な変化が起きていた。

 あれだけ酷かった傷は全て癒え、跡形もない。

 そして全身からは凄まじい量のエネルギーが気流となってほとばしり、スパークしている。

 

「ば、バカな……何が起きた!?」

「っ、まさか、超能力が覚醒したのか……!」

 

 ぐっと拳を握ったり開いたりし、体に流れるエネルギーを感じる。

 試しに念じてみると、体がふわりと宙に浮いた。

 力がみなぎる。今ならなんでもできそうだ。

 これなら……いける!

 手のひらを突き出し、エネルギーを集中させる。

 その動作にいち早く気づいたバダップが、仲間たちの前に立つ。

 

 ——そして、私の手から極太のレーザーが放たれた。

 

 凄まじい爆発音が響く。奥の木々は焼き払われ、地面は焦土と化す。

 ……あっ。

 や、やっちゃった! どどどどうしよっ!? あれ間違いなく人に向ける威力じゃなかったよね!? ほんとは軽く吹き飛ばす程度にするつもりだったのに!

 あわあわと一人慌てていると、砂煙の中から物音が聞こえた。

 そして砂煙が晴れ……無傷のバダップたちが姿を現す。

 さすがはバダップ。彼らの目の前には丸い機械を中心とした結界のようなものが張られており、それでレーザーを防いだようだ。

 しかし鉄壁というほどではないらしく、結界型の機械は役目を終えたとばかりに灰になって崩れ落ちる。

 

「ハァッ、ハァッ……白兎屋なえ……! やはりお前は危険だ……!」

「あれ防いでるそっちが言っても説得力ないんだけど」

「お前が成長したら誰も手がつけられなくなる! そうなる前にお前を殺す! 俺たちの未来を変えるためにっ!!」

 

 バダップたちは文字通り鬼のような表情で私を睨んでいた。

 前々から疑問に思ってた。バダップたちの目、それは極限まで誰かを恨んでいる目だった。

 薄々とわかっていたのだけど、おそらく私はこの力を使って未来の世界をメチャクチャにしてしまったのだろう。彼らがあんなに必死なのも頷ける。

 だけど、私は死ぬわけにはいかないのだ。

 覚悟を決め、無数のエネルギー体の槍を形成していく。

 同時にバダップたちも銃などの武器を抜く。

 そして同時に発射される……。

 

 

「——待て待て待てぇぇぇっ!!」

 

 私たちの間に転がり込むように男が乱入してきて、私たちの引き金を引き止めた。

 ……って、

 

「円堂君!? どうしてここに!?」

「いたたぁっ……ギリギリ間に合ったみたいだな」

 

 なんか前にもこんなことあったような……。

 というかどうやってここに? たしか通信は妨害されてるはずだけど……。

 まあ円堂君のことだ。たぶん勘とかで来たのだろう。彼ならあり得る。

 

「円堂、一人で先走るな!」

「あっ、なえさん、無事だったん……ひぃぃぃっ!! ち、血まみれッスゥゥゥゥ!!」

「ナエ、大丈夫か!?」

「あっ、これでも怪我は治ってるから大丈夫だよ」

 

 そして円堂君もいるなら当然イナズマジャパンが来るよね。そしてフィディオも来てくれたみたい。

 彼はすぐに駆け寄ったあと、本当に怪我がないかあちこちペタペタ触ってくる。

 うーん、心配してくれるのは嬉しんだけど……すごく恥ずかしいなこれ。

 いい加減耐えきれなくなってきたので、超能力を使ってみると服についた汚れがべったり落ちた。残ったのはまるで新品同然になった服のみ。

 ……超能力、便利すぎない? 代わりに地面は真っ赤になってて、壁山がまた悲鳴をあげることになったけど。

 みんなもそれを見て驚いてたけど、なんか『まあなえだし』みたいな雰囲気ですぐに興味をなくしてた。失礼な、いったいいつ私がそんなデタラメなことしたのか。

 

「バカな……電波妨害はどうした?」

 

 だから勘でしょ勘。と思ってたけど、どうやら違ったようだ。

 ヒロトが口を挟む。

 

「GPSの反応がこの森の手前で消えてたし、大きな音が聞こえてたからもしかしてと思ってね。このグラウンドは前に来たことがあるんだ」

「うしし、遭難した甲斐があったぜ。カッパに感謝だな」

 

 カッパ? なんかよくわからないけど、ヒロトたちがここの森の地理を把握してたということか。

 バダップたちは忌々しそうに円堂君たちを睨む。計算が狂ってイライラしているのだろう。

 バダップの隣にいた男……たしかエスカバが、彼に話しかける。

 

「っ、おいバダップ、どうするんだこりゃ? もういっそここにいる全員殺しちまうか?」

「未来は小石が少し転がった程度で変わる危険性がある。お前も知っているだろう」

「つっても、ここでこの女始末しないことにはどうにもならねえだろうが! タイムマシンだって無制限に使えるわけじゃねえんだぞ!」

 

 おお焦ってる焦ってる。

 このまま仲間割れでもしてくれたら助かるんだけど……。

 

 バダップはしばらく微動だにしなかったが、突如耳についてあるマシンを弄り始める。

 

「提督に報告。作戦は失敗。次の指示を求む」

 

 突如独り言を話し始めた彼に一瞬驚く。しかしすぐにあれが通信機なのだと気づいた。電波はジャックされてると言ってたけど、あれはそれをすり抜けられるようだ。

 

『オーガに通達。このまま戦闘を続行しろ。ただしサッカーでだ。やつの超能力は目覚めたばかりであり、繊細なコントロールが必要なサッカーでは十全に扱えないと判断した』

「……そのようなものをしなくとも、我々は戦えます」

『無理だ。単純な殺し合いでは、もはややつを殺すことはできん』

「……任務を了承。オーガ、戦闘態勢に移行」

 

 ピッと電話が途切れるような音がマシンから聞こえるやいなや、バダップたちの服装が一瞬で軍服から赤と紫のユニフォームに変わった。

 しかし変化はこれだけにとどまらない。突然周囲が光に包まれたかと思うと、気がつけば私たちは人工芝の上に立っていた。 その上にはサッカーグラウンドが引かれており、それぞれのゴールの背後には巨大な悪魔の顔が壁に張り付いている。

 いや、それだけじゃない。周囲には観客席ができており、空も天井によって真ん中以外覆われている。まるでどこかのドームに入ってしまったようだ。

 

「な、なんだこれは!?」

「もしかして、私たちをワープか何かさせたのかも」

「ワープってそんな……映画じゃあるまいし」

「つい先日天使と悪魔と戦ったじゃん」

「そうだった……」

 

 というかエイリアとかと戦ってる時点で今さらって感じするけどね。結局あれも人間だったけど、エイリア石の謎は未だに解き明かされてないし。

 

「ここはオーガスタジアム。お前の処刑場だ」

「なんだって……?」

「白兎屋なえ。俺たちとサッカーで勝負しろ。俺たちが勝ったらお前の命をもらう」

「なっ、そんなことさせるわけないだろ! なえは俺たちの大切な仲間だ!」

 

 円堂君とフィディオが私を庇うように前に出る。

 

「そうだ! 神聖なサッカーに命のやりとりを持ってくるな!」

「え、いいじゃんやろうよ! 殺し合いは好きじゃないけど、サッカーなら大歓迎だよ!」

「なっ、バカか君は! こんなの殺し合いと変わらないだろ!」

「バカとはなんだいバカとは!? 文字通り命をかけてサッカーできるんだよ? デスタたちといい、こんなにワクワクするイベントが立て続けに起こるなんて嬉しいなぁ!」

「……ちっ、あのバカ女の性格を完璧に逆手に取られちまってるな」

「やられた……なえはサッカーに嘘をつかない。やつは負けたならたとえ逃げる力があっても約束を守るだろう。その代償が命だとしても」

 

 私とは対称的にみんなは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 その気持ちも最近はなんとなくは理解してるつもりだ。彼らは私に死んでほしくないのだろう。なぜなら彼らは優しく、私を大切な仲間だと思ってくれているのだから。

 でも、ごめん。私はサッカーにだけは逃げないよ。

 このプライドは私の命そのもの。サッカーから逃げた途端、私はサッカーに食われて死ぬ。

 円堂君。フィディオ。君たちならわかるだろ?

 

「ダメだダメだ! ぜーーーったいにダメだ!!」

 

 しかし円堂君は意地でも聞かないと言うように顔を横に振る。

 私の肩をガッチリ掴み、髪が震えるほどの大きな声を発した。

 

「なえ、お前はそれでいいのかよ!? サッカーってのは負けても強くなって、リベンジするから熱くなるんだろ!? 一度だけの負けなんてあっていいわけがない!」

「挑まれた勝負を受けるのもサッカー選手としての責務だよ。私は対戦相手から逃げたりしない。逃げて掴める最強なんてどこにもない」

「っ……!」

 

 円堂君はそれっきり何も言わなくなった。いや、正確には何かを言おうとしてるけど、そのたびに口の中で噛み潰している。

 円堂君の言い分も間違っていない。けど、私のも正しくないとは思えないのだ。

 危険だから敵から逃げる。そんなのは言い訳。

 勝てばリスク0。負けたら最強の資格がなかっただけのこと。

 円堂君も一流のサッカー選手。だから私の考えも理解してくれているのだろう。だから必死に己の自己満足と戦って口を紡いでいる。

 フィディオがそんな彼の肩に手をやる。

 

「マモル、戦おう」

「フィディオ、お前まで……!」

「ナエがこんなに覚悟を決めているんだ。俺は……俺はっ、彼女を信じる……!」

「お前……」

 

 毅然とした顔。しかし視線を少し下に向ければ、その拳は手が流れるほど握り締められているのがわかる。

 ……こんなに私のことを思ってくれている。それがたまらなく嬉しく、愛おしい。

 二人のやりとりを見て、他のみんなも覚悟を決めてくれたようだ。全員がサッカー選手の目つきになっている。

 

「決まりだね。バダップ、私たちはその勝負を受けるよ。そして私の大好きなサッカーで、あなたに勝つ」

「サッカー? 違う、これは——戦闘だ」

 

 戦闘か。いい例えだね。

 命が賭かったサッカー。その名はこのゲームにこそふさわしい。

 

 私のオーラとバダップの殺気がぶつかり合い、火花を散らす。空間が振動し、空気がビリビリと震え、それだけでスタジアムが割れそうだ。

 確信する。こいつこそが今まででもっとも強い敵なのだと。

 命をチップにした不安と興奮。そして最強の敵に出会えた喜びを胸に、私はベンチに向かった。




 どーも、投稿遅れました。
 しかし文字数はいつもの二倍くらいなので許して? なんか区切りのいいところを探してたらこんな文字数になってしまいました。
 あと投稿が遅れた理由としてはブラッドボーンを最近始めたからです。正直やめたい。ゲーム自体は面白いし、理不尽な敵もいないんだけど、とにかく怖くてグロいんですあのゲーム。それがホラー耐性皆無な作者の体力を削って小説書く気力を失わせていました。
 早く終わらせてSEKIROとエルデンリングやりたいなぁ。


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超能力者『白兎屋なえ』

 文字数が多くなるせいで、投稿がまた遅れてしまった……。


「よしっ」

 

 準備は整った。

 愛用のスパイクの紐を固く締め、78を背負ったイナズマジャパンのユニフォームのほこりを落とし、立ち上がる。

 隣には同じユニフォームを着たフィディオがいる。

 どうやら最近イナズマジャパンとの共闘が多かったから、常に持ち歩いていたようだ。元々オルフェウスも色合いは違うが同じ青色なので、かなり似合ってる。

 

 ミーティングの時間となり、みんなが輪を作るようにして集まる。

 

「さて、なえ。試合をするにあたって俺たちは敵の情報を知る必要がある。お前が隠していたことを洗いざらい吐いてもらうぞ」

「わかってるって鬼道君。こうなっちゃったら隠し事は無駄だしね。私が知ってる限りのことを話すよ」

 

 その宣言通りに私は知っていることを全て教える。

 とはいっても私はそこまでバダップたちに詳しくない。サッカーのヒントになるようなものはないだろう。

 しかしその一部の情報を聞いて、みんなが非常に驚く。

 

「それじゃあ、あいつらは未来人なのか!?」

「なるほど……未来か。それだったら先ほどの未知の技術にも説明がつく」

「それがなんでナエを狙っているんだ?」

 

 こっちが知りたいよ……。

 こっから先は全て憶測でしかない。しかし彼らの言動からおそらく当たっていることだろう。

 

「たぶん、未来の私が何かやらかしたんだと思う。それでどうにもできなくなって、たぶんこの時代に……」

「過去のなえを消せば、未来は改変される、か」

 

 こくりと頷く。

 みんなは何も言ってこなかった。

 たぶん、未来の私の姿をおぼろげでも想像できちゃっているからだろう。私はつい先日まで悪の組織にいた人間だ。円堂君たちの妨害だっていっぱいしてきた。どうして未来の私が同じような悪人にならないと言えよう。

 

「……考えても仕方がないことだな。今は目の前の敵に集中しよう」

「そうだ。どんな理由でも、なえは俺たちの仲間だ! 絶対に奪わせはしないぞ! 後のことは後で考えればいい!」

「あはは……すごく後回しにしちゃってるね。……でも、ありがと」

 

 最後の言葉だけは、かき消えてしまいそうなほど小さい声で呟いた。

 

「ん? なんか言ったか?」

「いーえ、なんでもありませんよー。さ、試合に集中しなくっちゃ!」

「おう! それもそうだな!」

 

 うまく誤魔化せたようだ。

 その後はみんなでポジションの確認を行う。とはいっても私たちは何度も共闘した仲だ。お互いの特徴も知ってるし、フォーメーション決めにはさほどかからなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 選ばれたのはバランスのいいフォーメーション『ベーシック』。イナズマジャパンの基本フォーメーションだ。

 先頭では私と豪炎寺君が切り込み、中盤では鬼道君と不動が状況を支配。そして最後の砦として円堂君が、それぞれメインの動きを担うことになるだろう。

 

 対するオーガ側では、バダップがフォワードの位置にいる。

 あの身体能力と蹴りの威力でなんとなくわかってたけど、やっぱりあいつがキャプテン兼エースか。

 その位置はちょうど私の目の前であり、私たちは互いに向き合うようにして殺気をぶつけ合う。

 

「ようやくだ……ようやくこの時がきた。お前に俺たち人類の怒りを見せてやる!」

「気合入ってるね〜。いい笑み浮かべているよ」

「笑み……? そうかもしれない。俺は今この瞬間を楽しみにしている。俺は、お前を殺すためだけに、軍に入ったのだからな!」

「っ、そりゃ叶わぬ夢になっちゃいそうだ。残念」

 

 参ったな。思ったよりバダップの恨みは強かったみたい。

 彼の目をどこかで見たことがあるような気がした。今ようやくわかったよ。

 こいつは、前の私と同じ目をしている。

 ガルシルドに唯一の家族を奪われ、狂った私の目に。

 

 ……因果応報なんて言葉が一瞬だけど浮かんだ。

 悪はそれを恨むより凶悪な悪によって殺され、その悪もまた別の悪に殺される。この世はそういう循環でできているのかもしれない。

 

 そんな思考を中断するように、私の運命のホイッスルが鳴った。

 先攻はイナズマジャパンだ。

 豪炎寺君がバックパス。そこから鬼道君がゲームメイクをしようと、周囲を見た時……そこには鬼の形相で迫るバダップがいた。

 

「邪魔だっ!」

「ぐあぁっ!?」

 

 荒々しいタックルによって鬼道君が倒され、ついでに中盤を一気に抜かれた。

 流れがオーガに傾いていく。他の選手たちもバダップに追従するようにジャパンコートに侵入してくる。彼らもまたバダップのような鬼となっている。

 

「くっ、守備を固めろ! ボールを奪って体勢を立て直す!」

 

 幸いゲーム開始からすぐの出来事だったので、守備のフォーメーションは崩れていない。それに分が悪いとさすがに感じたのか、隣のミストレにパスを出した。

 そこを読んでいたかのように、シロウが飛び出す。

 

「くらえ、『デビルボールV3』!」

「なんだって!? ——がっ!!」

 

 彼が勢いよくボールを蹴ると、それに翼が生え、まるで嘲るようにシロウの周りを飛び回る。

 今のは魔界軍団Zの技か! しかも本物よりタチが悪い。なんとボールは彼の視界を振り切ると、死角からひとりでにぶつかってきたのだ。それも執拗に、何度も何度も。

 最終的には縦に旋回したボールが、シロウの顎をアッパーカットのように撃ち抜き、彼はグラウンドに倒れた。

 

「吹雪! くそっ、なんてやつらだ!」

「よそ見してる暇はないぜ、キーパーさんよぉ!」

 

 まずい。シロウが倒れたことで左サイドが手薄になってる。当然ミストレはその穴を突くように攻め込み、コーナーにまでたどり着いた。

 ペナルティエリアにはバダップを含め、敵選手が三人も侵入している。そこにミストレは綺麗な弧を描くセンタリングを上げる。

 

「ここは絶対通さねえ! キャプテンのダチは俺が守る! ——『真空魔V3』!!」

 

 しかし左サイドバックはもう一人いる。

 飛鷹がナイフのように鋭い蹴りを繰り出すと、その空間がスパッと割れる。そこから溢れ出した真空がボールを吸い込み、センタリングを阻止することに成功した。

 さすが響木監督が見出しただけのことはある。あれでちょっと前までは素人だったなんて考えられないよ。

 しかし本人の実力が高くても、やはりまだ経験値が足りない。急いでクリアのためにボールを打ち上げようとすると、突如バダップがものすごい速度で彼に飛びかかる。

 

「豪炎寺さん! ……なっ!?」

「ふっ……!」

 

 そして勢いよく放たれたボールはバダップのお腹に吸い込まれるようにしてめり込み、しかし彼は表情を崩さない。

 

「エスカバ!」

 

 ボールはエスカバに渡る。

 まずい、ペナルティエリア内でボールを奪われるのは最大のタブーだ。ここはどこから撃ってもシュートの威力が減衰することはない。すなわちどこからでも、瞬時に撃てる距離だということ。

 

 エスカバが勢いよく両手を広げると、その左右の地面から正方形の赤いボックスが複数展開される。その表面は瞬時に上にスライドし、中から大砲の弾のようなものが見えた。

 そしてその表現は決して間違っていなかっただろう。

 

「『デスレイン』!!」

 

 本物のボールが蹴られると同時に、数十の赤いボックスから赤いエネルギー弾が発射された。それは雨のごとくゴールに降り注ぎ、円堂君に迫る。

 すごい……セインとデスタのシャドウ・レイにも匹敵する威力だ。

 

 でも円堂君だって日々進化しているのだ。

 彼の背からオーラが立ち上り、それは赤マントをつけた魔神へと姿を変えていく。

 

「『ゴッドキャッチ』!!」

 

 稲妻を纏った魔神の両手が、盾のようにゴール前に突き出される。

 そこにシュートの雨が殺到。砂埃が巻き上がる。

 だけど晴れた時、見えたのはまったく無傷の手だった。

 

「……やるなっ!」

「ちっ、時代が違うとはいえ、腐っても日本代表ってことかよ」

 

 あの強烈なシュートをこうもあっさりと。

 これがFF開始前は弱小サッカー部のキャプテンだったのだから、何が化けるかわからないものだ。

 今の彼は、もう弱小なんかじゃない。間違いなく世界の頂に近いキーパーの一人となっている。

 

「吹雪!」

 

 投げられたボールが、シロウに渡る。

 

「任せて、キャプテン!」

 

 まさに風の如き速さ。

 ディフェンスのはずの彼は、敵の防御陣に風穴を空けるように、ドンドン突き進んでいく。

 

「『真パワーチャージ』!」

「ふふっ、風になろうよ」

 

 まさに鬼のような見た目の巨漢が、ものすごい勢いのタックルを繰り出してくる。しかしシロウはまるでスケートのようにトリプルアクセルを決めながら、その一撃をいなしてみせる。

 そしてパスがフィディオに出される。

 彼がボールを持つと、それだけで周囲の雰囲気が変わる。放たれるプレッシャーが空気を重くする。その鋭い目と合わされば、並みのプレイヤーでは呼吸すらできないであろう。それほどの圧迫感が今のフィールドにはあった。

 

「悪いね。俺の大切な人が命をかけている。だから、この試合だけは、負けるわけにはいかないんだ!」

「っ、はやっ……なっ!?」

 

 一瞬。またたきの間に白い流星が走った。

 それはオーガの選手たちですら追いつけないほどのスピードで、どんどんゴールへと迫っていく。

 

「ゲボボッ!」

 

 額に+の文字を刻んだ、小鬼のようなディフェンスが最終ディフェンスラインに立ちはだかる。その足からは紫色の炎が噴き出しており、フィディオはそれと同じものをよく知っていた。

 『デーモンカットV 3』。

 足を振り抜く。一瞬間が空き、次の瞬間に正面の地面が燃え盛った。

 紫色の炎は弧状に噴き出し、その中に囚われていれば有無を言わさず体を焼かれていただろう。

 ——そう、囚われていたならば。

 

「ゲ、ゲボボッ!?」

「俺はナエと同じチームなんだ。その技は効かないよ」

 

 フィディオは必殺技が放たれる直前、さらに踏み込んで加速し、炎の壁の()()に潜り込んでいたのだ。

 いくら頑丈な城壁も、内部に入ればないも同然。私と何回も特訓して、体でタイミングを覚えてたからこそできた突破法だ。

 

 小鬼を抜ければ、最後に残るはいよいよキーパーのみ。

 さっきのが小鬼だとすれば、こいつは立派な鬼だ。

 巨大すぎるあまり、口から飛び出した犬歯。厚着なはずのキーパーのユニフォームでさえ、隠しきれないほどの筋肉で覆われた巨体。ゆうに二メートルはあるだろう。その片目にはゴーグルが斜めにかけられ、まるで額にもう一つ目があるようだ。

 しかしフィディオが怯むことはない。今日の彼がそれ以上の気迫を放出しているからだ。

 その足元が黄金に光り輝き、魔法陣が展開される。

 そこから放たれるは、伝家の宝刀。

 

「『真、オーディンソード』ォォッ!!」

 

 神すら射殺せそうなほどの剣が、ゴールに向かって飛び出した。

 すごい。今まで見た中で一番の威力だ。

 だけど……。

 視線をゴールに向ける。そこにいたキーパーは、円堂君にも迫りそうなほどの、青白い雷を右手から発生させていた。そこから感じられるエネルギーは、オーディンソードにも負けてはいない。

 

「『真ニードルハンマー』!!」

 

 キーパーはまるで棍棒でも振るうかのように拳を振るい、槌と剣が激突する。

 黄金の光と青白い電気があちこちに飛び散る。ゴール中央は目を刺すような光に包まれていて、とても直視できない。

 数秒間の競り合い。

 しかし徐々に、徐々にキーパーの方が後ずさりをしていく。

 

「うっ、ウォォォァァァアアッ!!」

 

 もはや決まったか、と思われたところで、キーパーが最後の意地を見せた。

 すなわちボールに接触しながらも、強引に拳をアッパーを繰り出す体勢に切り替えて、上方向へ必殺技を放ったのだ。

 オーディンソードはコースを逸らされ、斜め上に向かって突き進んでいく。その先にあるのは、バーだ。

 ゴォォォォウンッ!! とゴールが揺れる。それは敵のキーパーが起こした奇跡か。ボールは天高く打ち上がり、ゴールに入ることはなくなったのだ。

 ——私がいなかったら、だったけど。

 

 地に片手をつき、体中のバネを弾くように跳躍。

 ボールは地上からは豆粒ほどにしか見えない。しかし私はそれに追いつくことができるという確信があった。そしてそれは実際正しかった。

 やっぱり、超能力が覚醒したことで身体能力も相当上がっている。前までの私だったら絶対ここまで跳べなかった。

 

 下から私に迫ってくる気配を感知。

 あれはバダップだ。どうやら彼は今の私と同等の身体能力を持ってるらしい。化け物め。

 しかしだ。ジャンプ中というのは、実は非常に無防備なのだ。地面に足がついてないから身動き取れなくなってしまう。

 つまりだ。

 にこりと微笑み、かかと落としをボールに叩き込む。

 

「っ、くそ!」

 

 真下に弾丸が放たれる。さしものバダップにもこれを回避する方法はなかったようで、まるでハエ叩きで叩かれたみたいにバランスを崩し、落ちていった。

 これで邪魔する者はいない。あとはシュートだけだ。

 そして、今ならあの技も使えるような気がした。

 

 超能力を使い、私を縛り付けていた重力の鎖を断ち切る。

 飛行はいろいろコントロールが難しいみたいだからやってないけど、浮遊くらいなら今の私でも簡単だ。実際試合前にもやってるしね。

 意識を集中させ、エネルギーをボールに注ぎ込む。

 その色はまるでオーロラのようだ。赤、青、緑、他にもさまざまな色が光っては消え、浮かんでは沈む。やがてそれらは月の形を成し、見下ろす大地をあまねく照らす。

 

「『ミラクルムーン』」

 

 同じ色の輝かしい翼を生やし、回転。巻き上がった神風とともに——蹴りをくだす。

 そして月が隕石のごとく落下する。

 

「ハイボル——ッ!?」

 

 キーパーが何やら必殺技を出そうとするも、無意味。発動する前に月は彼に直撃し、ゴールを飲み込んだ。

 瞬間、光が世界に満ちる。ゴール前が見えなくなるほどの輝かしさ。それが晴れた時には——傷だらけのキーパーと、ゴール内で転がるボールがあった。

 

 ……よし! うまくいった!

 ぶっつけ本番でもいけるものだね。なんて軽口を叩こうとして振り返り、気づく。

 

 みんなが、唖然としていた。

 誰も喋ろうともしない。いや、まるで口がしゃべる機能を忘れたみたいに、動く気配がなかったのだ。しかしその目だけはジッと、突き刺すように私を見つめている。

 それに若干の寒気を覚える。何が怖いのかはよくわからない。ただただ、そんなふうに見られるのが嫌だった。

 

「す、げぇ……すげえぜなえ!」

「完成させていたんだな!」

 

 そんな中、円堂君とフィディオだけは真っ先に私のところに駆けつけてくれた。私の心に吹いていた冷風も、ふと収まる。みんなもハッとしたあと、得点を得たことを思い出したかのように、見るからに喜んだ。

 

「さ、さすがなえさんッス! あんな強い奴らから、あっさり一点取っちゃうなんて!」

「やれやれ。これは同じストライカーとして負けていられないな。ね、豪炎寺君」

「……ああ」

 

 ……うん、さっき感じた冷たさはきっと気のせいだ。長年人の裏を読む仕事ばっかりしてきた私だからこそ、彼らが本気で喜んでいるのがわかる。だからあれは錯覚に違いない。

 ……そう、心の中で言い聞かせる。

 

 一方オーガはお通夜みたいな雰囲気……どころか、火山が噴火したような憤怒で顔を歪ませていた。

 特にバダップは怖い。目だけで人を殺せそうな顔をしちゃってる。

 

「おのれ、せめてFF辺りの時代に戻れたら……!」

 

 あ、たしかにその手があったか。

 あいつら、私みたいなどこぞの戦闘民族思想を持ってないみたいだし、普通タイムスリップするんだったら確実に勝てる時代に飛ぶよね。どうしてそうしなかったんだろ?

 ……なんて聞いてみたら、罵声を浴びせられた。

 

「諸悪の根源が抜け抜けと……お前のせいでこの時代に来たんだろうが!」

 

 いや、知らんて。

 

 彼らの言い分はこうだ。

 本当はFFが開催される時期に飛ぶ予定だったそうで、しかし事件が発生。タイムスリップをする際に通るワームホールに結界が張られており、この時代より前に遡ることができなくなっていたのだ。そしてそれを張った犯人というのが、未来の私らしい。

 ……未来の私すごっ。超能力に覚醒した今でも、そんなのできる気がしないんだけど。そりゃ暗殺のターゲットにされるわな。

 

 そうものすごく睨まれながら説明される。

 しかし突如、彼はそれをやめた。耳にある機械に手を当て、そこに意識を向けている。

 また通信か……。まああれは彼らにとって監督のようなものだ。機械をグラウンドに持ち込まれるのはあまり好きではないけど、指示を出すだけならサッカーのルールに違反はない。

 

『オーガよ。やはり今のお前たちでは勝ち目が薄い。ゆえに命令する。『鬼便神毒』を使え』

「っ、しかしそれは元々奴が開発した……!」

『もはやそれ以外に手段はない』

「……っ、了解……!」

『……お前たちの忠誠、賞賛に値する。今までご苦労だったな』

「いえ……全ては国の未来のためにっ!」

 

 ……なんだろ? なにか嫌な予感がする。

 バダップは何かを聞いて目を見開いたあと、こちらにも血が流れそうなほど強く歯ぎしりをしながら、そう言った。

 その目は何かの覚悟を決めた目をしている。さっきまでは死を覚悟する戦士といった雰囲気だったが、今のはまた違う。さっきよりも強烈なオーラと覚悟を感じる。

 これじゃあまるで……戦場に飛び込む死兵じゃないか。

 

 バダップは喉が張り裂けそうなほど大きな声で、叫ぶ。

 

「オーガ総員、命令だ! 『鬼便神毒』を使用せよ!」

『ハッ!』

 

 その命令を聞いた彼らに、迷いはなかった。

 耳の機械が二つに割れる。中から出てきたのは怪しげなピンク色の液体。だけど、なぜだか見覚えがある気がする。あれは未来で作られたもののはずなのに。

 記憶を遡ろうとするが、状況がそれを許さない。彼らは注射器を手に取ると——それを躊躇なく心臓に突き刺した。

 




闇なえ「おっ、未来でタイムスリップしようとしてるやついるじゃん。妨害してちょうどいい試合になる時代に送ってあげよ」

 たぶんこんな感じのノリ。


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真オーガ

 投稿遅れてすんません。
 最近レポートの準備やらSEKIROやらで忙しくて執筆が遅れました。
 ……後者は遊んでるだけだって? まあ次のエルデンリングでフロムのソウルライクは制覇(デモンズ以外)するので、その時くらいには投稿速度が戻ると思います。


 ブクブクと泡立つ桃色の液体が、オーガたちの体内に流れていく。

 

「グッ、ォォ……ォアアアアッ!!」

 

 ひ、ひぃっ!? 何あれ、全身の血管が浮き出て不気味にうごめいてるんだけど!? 

 バダップたちはまるで獣のように咆哮をあげ、何かに耐えている。

 初めの変化は、全身だった。

 ドンッ、と一瞬で、まるで風船でも膨らませたかのように、彼らの筋肉がひと回り膨れ上がる。しかしその中に入っているのは空気などではなさそうだ。みっちり詰まった肉感と、感じられる圧でそれがわかる。

 最後に、その目が全て真紅に変わった。イプシロン・改に似た雰囲気だ。しかしそのオーラは比べ物にならない。今の私でさえも本能が警笛を鳴らしている。

 

「は、はは……ドーピングは悪の組織の専売特許なはずなんだけどなぁ」

「……ただのドーピングではない。こいつは『鬼便神毒』。お前が開発に携わった神のアクアを、より凶悪に改造したものだ」

「げっ、マジすか」

 

 道理で見覚えあるわけですよ。

 『神のアクア』。説明するまでもないと思うが、世宇子のメンバーたちが使っていたKAGEYAMA印のドーピングドリンクだ。私もプロトタイプだけど使ったことがある。

 効果は身体能力の大幅向上。副作用は筋肉の崩壊。それを改造したのが『鬼便神毒』って言ってたけど……改良されてなくない? すっごい苦しそうなんだけど。むしろ改悪されているような……。

 

「……この薬の使用者は105分後に生命活動を維持できなくなり、死に至る」

「なんだって!?」

 

 みんなが非常に驚く。

 ほんとに改悪だった。

 

「しかし、代わりに……」

 

 試合再開のホイッスルが鳴る。

 と同時に、バダップの姿がかき消えた。

 

「——使用者は、桁外れの身体能力を得る」

 

 お腹に穴が空きそうなほどの衝撃が、走った。

 いつのまにかボールがお腹にめり込んでいる。それをしたのは足。——バダップのだ。

 

「う……そっ……!」

 

 痛覚が追いつき、激痛が走る。口から大量の血が噴き出した。

 

 意識が飛びそうになるほどの膝蹴り。それを、ボールを挟んでくらったんだ。

 腹部が焼けるように痛い。あばら骨が何本かお釈迦になったらしい。ほとんど意地だけで意識を繋ぎ止めていたけど、それでも体のほうが先にギブアップし、膝が地面に崩れ落ちる。

 

「ふっ、ふふっ……す、ごい……じゃん……!」

「虚勢を張ってるつもりか?」

「そんなふうにっ……見えるっ?」

 

 実際今ので私は戦闘不能だ。これだけ折れてちゃ立ち上がるだけでも体が悲鳴をあげるだろうし、走るのにも支障が出る。

 だけど……私は、嬉しいんだ。

 

「私だけじゃなく、相手も命をかけている。こんなゾクゾクするサッカー、初めてだよ……!」

「っ、貴様は、こんな状況でもまだ笑うか……! この悪魔が!」

「だから、だからだからだからだからだからだからっ!!」

 

 もう止められない。溢れ出る喜びが口から漏れ出し、高らかな笑い声がグラウンドに響く。

 左手を腹部にかざし、エネルギーを注ぐ。それだけで痛みと怪我は消え去った。

 そして私は、獣のごとくボールに飛びつく。

 

「——もっとやろうよぉっ!!」

 

 転がっていたボールごと、バダップを蹴り上げる。今度は彼の口から血が溢れた。そのまま地面を引きずりながら、数メートルは吹き飛ぶ。

 

「……きっ、さまぁぁぁっ!!」

 

 激昂。獣のような雄叫びをあげ、バダップが襲いかかってきた。それを狂気の笑い声を発しながら、迎え撃つ。

 側から見れば、こんなのサッカーじゃない、と誰かが言うだろう。水面蹴り、かかと落とし、飛び膝蹴り、マッハ蹴り。実際、円堂君がそう叫んでいるのが聞こえる。

 だけど、これこそが私のサッカーだ。

 命をかけてボールを蹴る。嗚呼、なんと美しいことか! なんと燃え上がることか!?

 血が火になって、辺りを燃やし、私をさらに熱するのだ。

 

 炎を纏った前蹴りが、バダップの顔面を撃ち抜き、鮮血が撒き散らされる。

 

「ぐっ、ごォォォッ!!」

「アハハハハッ!!」

 

 間髪入れずに蹴りを放つ。しかしバダップも怯んだのは一瞬で、私の蹴りを相殺するようにボールに蹴りを撃ってきた。

 衝撃波が発生し、私たちの間にクレーターが出来上がる。

 威力は互角。衝撃波によって、弾かれるように私たちは引き離される。

 

「はぁっ、はぁっ……! まだまだァ……!」

 

 ボールはいまだにバダップのもと。突撃をやめる理由はない。

 しかし彼はこれまでと違い、あっさりと私のタックルをかわしてみせた。急いで方向転換しようとして……足に激痛が走る。

 

 ローキック。それがボールを挟んで右足に直撃し、あらぬ方向にひしゃげさせていた。

 さすがに痛い。声が漏れてしまう。でも治るんだったら問題ない。

 エネルギーを注ぎ込むと、すぐさま足が元通りになる。そしてその足で蹴りを放つも、バダップはまたまた余裕そうにかわした。

 

 っ……! だったら、何回も叩き込むだけ!

 左足で地面を蹴って突撃し、空中で蹴りを何十回も突き出す。しかしどれもボールに当たるどころか、かすりもしない。

 

「嘘でしょ……!」

「慣れない力に頼りすぎたな。どうやらそれは、怪我は治せても体力は回復できないようだ」

 

 言われてようやく、私は気づいた。

 だが、遅かった。

 

 不用意に突き出した蹴りを跳躍で避け、バダップは空中で一回転。そして足を高く掲げ、ギロチンのごときかかと落としを繰り出した。

 ——私の伸び切った右足に向かって。

 

 グシャッ! という聞くに堪えない音が響く。

 私の足は関節と逆方向に折れ曲がり、血と骨が肉を突き破って出てきた。

 

「ガァァァァァァッ!!」

 

 痛い痛い痛いっ!

 ありったけのエネルギーを足に注ぎ込む。それによって足からは熱が引き、骨も治って元通りになる。

 しかしその時、激しい倦怠感が私の中にうごめいた。

 

「ナエっ!」

 

 ぐぅっ! なに……? 急に頭が……!

 吐き気すら込み上げてきて、敵が前にいるのにも関わらず、膝をついてしまう。

 息が苦しい……! まさか、使いすぎるとこうなるの……?

 精一杯の力を込めて、顔を持ち上げる。

 ——そこに、蹴りによっていびつに歪んだ、ボールが見えた。

 

(まずい、死——)

 

「ナエぇぇぇっ!」

 

 顔面に凶弾が直撃する直前。

 フィディオが間に割って入って、腹でそれを受け止めた。

 

「フィディオっ!?」

 

 彼の口から血がこぼれる。

 ボールの勢いは止まらず、私はフィディオごと吹き飛ばされ、その下敷きになる。でも今までのに比べたら、この程度の怪我なんてあってないものだ。

 でも、フィディオは……。

 

 彼はお腹を押さえ、とても苦しそうに顔を歪めていた。服の下をめくると、ボールの大きさ分、青く腫れた肌が見える。この感じ、間違いなく骨折だ。それも何本もやってしまっている。

 

 不幸中の幸い、バダップはもうここにはいない。私たちが倒れた時点で、ドリブルで去っていってしまった。だから追撃が来ることはない。

 

 お願い……!

 エネルギーを手のひらに集中させ、それをフィディオのお腹に押し当てる。さらに倦怠感が増すけど、今はそれどころじゃない。彼だけは絶対に失ってはならない。失いたくないんだ!

 

 やがて、彼が目を開いた。傷は癒え、起き上がるのにもう支障はない。

 私が安心した顔を見せると、彼は微笑む。

 そして一言。

 

「ナエ。一人で戦わないでくれ」

「でも……あいつらは私が呼び寄せたんだもん。私がやらなきゃ……」

「一人の危機はチームの危機。サッカーは11人でやるものだ。……それに、俺は君にこれ以上血を流して欲しくない」

「フィディオ……」

「それとも、俺たちじゃ君の力にはなれないかい?」

「そんなことないよっ!」

 

 慌てて否定する。

 むしろ私は恵まれている方だ。円堂君や鬼道君、フィディオ。メンバー一人一人が薬なしのオーガに対抗できるチームなんて、滅多にない。

 

 悔しいけど、今のオーガは正真正銘の化け物だ。命を燃料とする彼らのパワーは絶大で、今の私でさえバダップ一人を押さえつけるので精一杯……さらにもう一人追加されただけで、あっさり潰されてしまうだろう。

 

 フィディオの言う通りだ。

 冷静になれ、私。楽しいのはわかるけど、それで結果を捨てるな。

 一人がダメなら二人で。二人がダメなら三人で。それがサッカーのはずでしょ?

 

 オーガはバダップを先頭に疾走していく。その超人的なスピードは、赤い旋風とでも表現するべきか。もはや選手がブレて見えるほど。

 

「全員、単独で行くのは危険だ! 固まれ!」

 

 鬼道君の指示が飛ぶ。が、その矢先にボールを持ったミストレが突っ込んできた。

 地面に足をめり込ませるほど強く踏ん張る。歯を食いしばって肩に力を入れる。どんな選手でも受け止められそうな強固な壁と化した鬼道君は、しかし赤い流星がぶつかるとともに大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

「ぐぅぅぅぅっ!!」

 

 しかし地面に足はまだついている。したがって地面を引きずりながら、ミストレに押され続けながら数メートル後退させられるような形となった。

 しかし勢いは止まらない。鬼道君一人などなんの障害にもならないというように、彼を押し続けながらも、流星はまったく速度を落とさずに一直線に突き進んでいる。

 

「っ、クソったれっ!」

「踏ん張れ鬼道ぉぉっ!」

 

 鬼道の背中に、二組の手が押し当てられた。

 一組は不動。もう一組はツナミのもの。

 三人が踏ん張ることによって、ようやく流星は速度を落とし、動きを止めた。

 

 しかし、この時にはもう三人にはミストレのパスをカットする体力は残っていなかった。

 足の筋肉は限界を超えたようで、痛みという名の悲鳴をあげている。体は体力という名の水を雑巾のごとく搾り切られ、もう体内に残ってはなさそう。皮膚の表面に浮かぶ大量の汗は、如実にそれを表している。

 

 体力の限界が訪れ、ドミノのごとく三人は崩れ落ちる。

 たった一人を止めるのにも、三人がかり。とても割に合わない計算だ。

 

 ボールは再びバダップのもとへ。

 センターディフェンスの壁山と飛鷹が、一斉に飛びかかる。

 しかし彼らよりも先に、バダップまでたどり着いたものがいた。

 エスカバだ。

 

 空中に浮かぶボールを中心に、二人は向かい合う。

 その構図には見覚えがある。いや、それどころかよく知っている技だ。

 特に鬼道君と不動が、呆気に取られたかのように口を開けていた。

 

「あれは、まさか……!」

 

 バダップとエスカバ、チームメイトのはずの二人が喧嘩するように、荒々しく同時に蹴りを繰り出す。それによって行き場を失ったエネルギーは時空を曲げ、超重力の渦を生み出した。

 

『キラーフィールズV 3!!』

 

 しかも進化版。その規模と威力は見ただけでわかる。鬼道君たちのより二段ほど上だ。あの巨漢の壁山でさえ、一瞬も耐えきれずに重力の波にさらわれてしまった。

 波が引いた時、残っていたのは円堂君だけ。

 赤いオーラをみなぎらせ、バダップが吠える。

 

「見せてやろう……これが、オーガのシュートだっ!」

 

 ボールを蹴り上げると同時に、バダップが天に跳ぶ。その高さは私のジャンプに匹敵するほど。両足には空気に触れるだけで振動が伝わるほどのエネルギーが込められている。

 それらの間にボールを挟んで、ライフリングを刻むように、回転をかけた。

 

 瞬間、集中していたバダップのエネルギーが台風の如く渦巻く。発生する風は周囲のものを薙ぎ払い、天空の雲すらその形を変える。

 それが描くのは螺旋回転。回る数を増すごとに、鉛筆削りのように先端が鋭利さを増す。

 そしてとうとう完成したのは、真紅の槍……いや、ドリルと呼ぶべきものだった。

 

「『デス、スピアー』ッ!!」

「負けるか! 『ゴッドキャッチ』ッ!!」

 

 雷を纏う魔神が現れ、その両手を突き出した。そして血の如く赤い槍と激突。

 瞬間、時空が歪むほどの爆発が起きた。

 

「ぐぅぅっ!! 止めて……みせる……!」

 

 腕に伝わる衝撃を食いしばって耐え、それに共鳴して魔神が手のひらから放つ雷も威力を増す。

 しかし、バダップのデススピアーはそれ以上だった。

 

 キュイィィィィンッ! と、耳が痛くなるほどの高音が鳴る。

 黄金のかけらのような物が円堂君の近くに落ちては、光の粒子に変わっていく。

 その正体は魔神の皮膚。

 デススピアーは魔神の両手に穴を開け、その腹部までをも貫いていた。そこまでしても続くエネルギーの螺旋回転によって、ドンドン体が削られているのだ。

 

「うわぁぁっ!!」

 

 やがて体の半分を削り取られたことで、魔神が爆散。

 円堂君はその衝撃波で倒れ、ガラ空きになったゴールを槍が串刺しにする。

 

 1対1の同点。

 しかし私は、旗色が悪くなったことを確信した。



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氷上の大熱戦

「みんな大丈夫!?」

「ぐっ……すげぇシュートだっ。これが鬼便神毒の力か……!」

「っ、キーグロが……!」

 

 円堂君の真っ黒な()が目に入る。

 彼はグローブをつけていなかった。いや、ついさっきまではつけていたのだ。

 ただ、バダップのシュートによって消し炭になった。

 そうとしか思えない。でなければ円堂君の手があんなに黒く焦げるものか。

 

 キーグロが粗悪品だったということはない。世界戦に挑むにあたって、円堂君に支給されていたのは最高品質のものだ。国の代表なのだから、それくらい与えられて当然だろう。

 それでも消し炭にしてしまうバダップがおかしいのだ。

 

「っ、心配すんなって! 俺、キーグロは何十個もバッグに入れてあるんだ。すぐに新しいのに変えればOKだ!」

 

 ベンチに戻った円堂君が取り出したのは、見覚えのあるもの。たしかエイリア学園との戦いの時に使ってたもののはず。その他にも様々なキーグロがバッグからこぼれたが、そのどれもがボロボロだ。

 たぶん、あれは円堂君の無茶な特訓によってすり減ったものなのだろう。その数が彼の努力の証。それだけボロボロになるくらい特訓してきたということ。

 だけど、バダップのシュートを耐えることはないだろう。

 

 キーグロが消されるだけならまだいい。

 問題は、そのせいで円堂君の手にもダメージが蓄積していってしまうことだ。

 あんなに毎回黒焦げにされたら、さすがの彼でも大丈夫なわけがない。

 つまり、あんまりシュートは撃たせられないってことね……。無茶言うよ。

 

 それに、課題はもう一つある。

 オーガと私たちのフィジカルの差だ。

 今さらだと思うけど、あっちの方が身体能力は数段上だ。私についていけるぐらい速いし、その上格闘選手かってぐらい頑強。タックルされればひとたまりもないだろう。

 つまり、純粋なぶつかり合いは避けなければならない。

 でも、いい考えが浮かんでこないよ。

 

 悩みながらセンターラインにボールを持っていく途中、鬼道君に声をかけられる。

 

「なえ。試合が始まったら、俺にバックパスをしろ」

「へっ、なんで?」

「……新必殺タクティクスを試す」

 

 ふぉぉぉっ! ジャストタイミング!

 さすが天才ゲームメーカーだ。こんな時に新しい作戦を思いつくなんて。

 と、褒めてみたものの、彼の歯切れは悪い。

 なんだろう。なにか問題点でもあるのかな?

 

「前に久遠監督に提案したものなんだが、リトルギガント戦には必要ないとして却下されたんだ。だから、俺でも見抜けない欠点があるのかもしれん」

 

 げっ、なにそれ超不安なんですけど。

 とはいえ、私には他に代案はない。他のみんなも同じだろうし……いや、癪だけど不動がいたか。

 正直、頼るのはものすごく嫌なんだけど、緊急事態だ。

 あいつしか鬼道君に張り合える戦略家はいないしね。

 ここは一つご意見伺いますか……と思ってたら、あっちの方からやってきたんだけど。

 

「へっ、あのタクティクスか。たしかに試すならいいかもしれねえな。俺も、あいつらと真正面からぶつかるのはゴメンだしよ」

 

 どうやら盗み聞きしてたらしい。

 相変わらず手癖……いや耳癖の悪いやつだ。

 ——なんて毒吐いてやろうと思ったけど、その姿を見て舌が引っ込んだ。

 

 彼は、足を引きずるようにして、歩いていた。

 右の足首はソックスの下からでもわかるぐらい歪に腫れている。

 

「不動、それ……」

「ちっ、鬼道クンの尻拭いをした時にくじいたみたいだなっ。あの馬鹿力の男女がっ」

「……すまない」

「謝ってる暇あったら、もっとまともな戦術考えたら?」

 

 一見嫌味に聞こえるけど、これも彼なりの激励なのだろう。その証拠に鬼道君は落ち込むどころか奮起している。

 出会った当初はあんなに不倶戴天の敵って感じだったのに、二人の関係もずいぶんと変わったことだ。いや、変わったのは鬼道君の視野が広まったのと、不動が丸くなったからだろう。

 ……元から頭は丸いけど。

 今のやつになら、私もなにか気遣いの言葉を送りたくなってくるよ。

 

「ま、安心して休んでなよ。あなたの分は私がカバーしてあげるから」

「はっ? キモっ、なんだその態度」

「よしこいつぶっ殺す」

 

 この野郎……!

 せっかくなえちゃんに優しい心が芽生え始めたのに、今ので一瞬で腐っちゃったぞ?

 やっぱり不動はダメだ。こいつは一生私の敵である。

 

 そうやって言い争いをしているうちに、鬼道君が戻ってくる。

 どうやら他のみんなに必殺タクティクスの概要を説明していたらしい。そして私にもそれを教えてくれた。

 そして納得する。

 たしかに、これなら敵との接触を最低限に済ませられるかもしれない。今の状況にはうってつけのタクティクスだ。

 問題は、ぶっつけ本番ってことで、全員にかなりの技術が求められることだけど……。

 

「ここにいる奴らは、正真正銘世界最強に近いチームだ。俺はチームを信じる」

 

 そう言われちゃ、頷かないわけにはいかないよね。

 

 試合再開のホイッスルが鳴る。

 そして豪炎寺君からのパスを、かかとで流すようにバックパックする。

 ……今だ。

 

「ディフェンスを残して両サイドを、俺より前へ走れ!」

 

 鬼道君の指示に従い、ほぼ全員がオーガコートに侵入していく。

 そうなると、私たちのコートには鬼道君がポツリと残るわけで、オーガたちは一斉に襲いかかってきた。

 しかし彼に焦りの色はない。

 

「ここは泥のフィールドだ」

 

 マントをはためかせ、ふわりと跳躍。オーガたちのスライディングを避ける。

 それを合図に、全員が空中に躍り出る。

 

「これが『ルート・オブ・スカイ』の進化系——『フライングルートパス』だ!」

 

 鬼道君が出したパスを、空中に滞在しているヒロトが受け取る。そして彼は空中に浮いたまま、ツータッチですぐに同じ高さにいるフィディオにパスを出した。

 

「これは……!」

 

 バダップが目を見開く。

 

 『フライングルートパス』。

 空中から空中にパスを繋ぎ、攻め込むタクティクスだ。『ルート・オブ・スカイ』との違いは、選手の体までもが空中にあること。これによって敵との接触を避けることができる。

 空中とは無限に広がるフィールドだ。それを活用できれば、選手の行動範囲は限りなく広くなる。つまり、敵に取られるリスクを減らすことができる。

 

「ちっ……イッカス、ドラッヘ! 白兎屋なえと豪炎寺修也をマークしろ!」

『ハッ!』

 

 しかし相手の対応も早い。

 バダップはフィディオの向きからパスコースを高速で予測し、その先にいる私たちにマークをよこしてきた。

 だけど、このタクティクスはこれだけでは終わらない。

 

「こっちによこせ!」

「っ、頼んだぞフドウ!」

「なにっ!?」

 

 パスコースが潰されたと同時に、不動が空へ舞い上がり、新たな道ができる。

 当然そこはノーマーク。バダップが指示を出すより早く、パスが通った。

 

 フィディオを褒める言葉として、『グラウンドを空から見下ろすような目』というものがある。これはつまり異常なほどの空間把握能力によって、二次元、つまり横と縦からじゃ見えにくい場所まで把握していることを指す。

 例をあげるなら『カテナチオカウンター』かな。

 あれを指揮するには、視界外の味方の動きまで把握しなければならない。フィディオはそれができるくらい空間把握能力があるってことだ。

 

 とまあ、例の言葉の通りに、グラウンド全体を見渡すことができたら、それは非常に大きなアドバンテージとなる。

 なにせ視野の範囲が違うんだ。敵が一度に前方しか見れないのに対して、こっちは全面を見れる。その差は数秒ぐらいしかないけど、それだけあればパスや指示を飛ばすには十分だ。

 

 そしてこの『フライングルートパス』は、その状況を作り出すことができる。

 地上で指揮をとるバダップと、空中で全ての敵味方の位置がわかる私たち。

 どっちが早くパスコースを見つけられるのかなんて、誰にでもわかる答えだ。

 

「鬼道有人をマーク!」

「こっちだよ鬼道君!」

「っ、なえ!」

 

 空中にいる鬼道君を、敵のディフェンスが跳び上がってマークする。

 しかしすぐさまパスコースが開かれ、私にボールが渡る。

 しかも、鬼道君をマークしにディフェンスが動いたことで、ゴール前の陣形に穴が空いた。

 しめた! すぐさま駆け出す。

 バダップが指示を出すけど、もう遅い。

 ペナルティエリア内に潜り込んだ私は天空へ跳び上がり——奇跡の月を落とした。

 

「『ミラクルムーン』ッ!!」

 

 体から溢れるエネルギーが、ボールに注ぎ込まれ、オーロラ色の月となる。

 同じ色の翼を生やした私は、回転しながらそれを蹴り、地上へ突き落とす。

 

 余波だけでグラウンドの土がえぐれ、クレーターができる。

 オーガから余裕で1点を奪った、私の最強のシュート。

 しかしそれは、ゴールに近づいたところで、宙に浮かんだまま静止してしまった。

 

 何が起きたの……?

 その光景を理解するのに、数秒かかった。

 ゴール前に蜘蛛の巣のように張り巡らされている、青いエネルギーでできた鉄線。バチバチと青電を纏うそれらが、月を押しとどめていたのだ。

 

「『真エレキトラップ』!」

 

 キーパーが足を慣らすと、突如鉄線がキラリと光る。

 次の瞬間、月が網目状に切り裂かれ、バラバラになった。

 形状を維持できなくなったエネルギーが爆発。舞い上がった砂を振り払うとともに、ボールをキーパーは掴む。そして首でも取ったかのように、私に見せつけてくる。

 

 止められた。私の最強が。

 血の気がサッと引いていく。背に流れる汗が、やけに冷たく感じる。

 必死に虚勢を張ろうとしても、顔の筋肉が別の生き物のようにうごめき、動揺を訴えてしまう。

 

 どうする。どうすればいい?

 あれは現時点で間違いなく最強のシュートだ。それさえ通じないのなら、点を奪うことは絶対にできない。

 必死に思考を働かせる。そのせいで息をするのも忘れたのか、呼吸がだんだん浅くなる。

 しかしいいアイデアは浮かんでこない。

 

 キーパーのスローイングで、止まっていた私の時が動き出す。

 流れるような速度で反撃が始まる。

 オーガの選手が駆け、赤の旋風が巻き起こり、仲間が次々と倒れていく。

 

 すぐさま私も戻ってきて、ボールを持っていた選手——たしかイッカスだったはず——の前に立ち塞がる。

 幸い、バダップ以外は一対一なら止めることができる。そしてボールを奪って、このまま反撃を……反撃……?

 

 ……何を撃てばいいんだ?

 

 一瞬でもそう思った時、プレイに乱れができてしまった。

 その隙にイッカスは足元に赤いエネルギーを注ぎ込む。

 

「『シザース・ボムV3』!」

 

 途端に、爆発。砂塵とともに熱風が巻き上げられ、吹き飛んでしまう。そして気づいた時にはイッカスは後ろにいた。

 

「つ、しまった……!」

「あのバカ、気を抜きやがってっ! ——ぐあっ!」

 

 ボールはバダップへ。そうなったらもう止まりはしない。まるで虫ケラのように、次々とみんなを吹き飛ばしていく。

 その中には私に悪態をついていた不動もいた。その顔にいつもの余裕はなく、ボロ雑巾みたいにゴロゴロと転がる。

 しかしその目は炎が宿っているかのようにギラギラしている。

 

「ぐっ……クソッタレが! おいクソ女! 俺がなんとかボールを奪ってやるから、テメェがゴールを決めろ!」

「で、でも、今の私じゃ……」

 

 そうだ。あのミラクルムーンでさえ止められてしまったのだ。もう私に打つ手はない。

 顔を俯ける。

 その瞬間、頬に拳が飛んできた。

 

「あぐっ……何を……!」

「情けねえこと言ってんじゃねえぞ! どうにもならねえことをどうにかすんのが一流だろうが!」

 

 ほおを押さえ呆然とする私を置いて、不動が走っていく。

 ……私は……。

 

「キドウ! 一旦指揮を俺に預けてくれ! 必ずボールを奪ってみせる!」

「何を……いや、そういうことか!」

 

 鬼道君は何かに気づいたようで、すぐに指揮権をフィディオに渡した。

 そして、彼の指示がチェスの駒のように自在に選手たちを動かしていく。それはフォーメーションをも変化させていき……一瞬の間に、バダップを取り囲んだ。

 その動きに、閂を幻視する。

 

「この囲い……っ、そういうことか!」

「もう遅い! 必殺タクティクス——『カテナチオカウンター』!」

 

 バダップ一人のためにフィディオが作り出したのは、総勢七人による脱獄不可能な檻。

 パスも、ドリブルも、針すらも通さない。四方八方からの視線が彼に突き刺さり、押し潰そうとする。

 そこにフィディオが足を伸ばし——あっさりと、ジャンプでかわされる。

 

「なにっ!?」

 

 フィディオにとっての誤算は、バダップが強すぎたことだ。

 策は悪くない。FFIだったら今ので間違いなく奪えていただろう。

 だけど、バダップにはその戦略差を埋めてしまうほどの力があった。

 

「くたばりやがれぇぇぇっ!!」

 

 フィディオを抜いて、鮮やかな着地——と同時に、不動のスライディングがボール越しに足を狙い撃った。

 不安定な体勢に、全体重を込めた一撃。しかしバダップはそれでも倒れない。それどころか不動の足を押し返してきている。

 

「な……めんなぁぁぁぁっ!!」

「これは……ぐっ!?」

 

 しかしその差をさらに埋めたのは、彼の気迫だった。

 不動はさらにボールに圧力をかける。それがバダップの足先を狂わせ、——ボールは耐えきれんとばかりに、歪な方向に弾かれた。

 

 不動はその時発生した衝撃波によって吹き飛ばされる。

 

「ガハッ……行きやがれ、クソ女ぁっ!」

 

 鬼道君がこぼれたボールをカットし、私に向かって打ち上げる。

 

 不動……。

 私は何をやってたんだ。

 シュートを止められたから絶望する? そんなの、サッカーをやってたら当たり前に起きえることじゃん。

 どうやら私は降って湧いた力を過信し、ずいぶん溺れてしまっていたらしい。これが神のアクアとかエイリア石を使った感覚なのだろうか?

 なるほど、アフロディたちがFFの時に諦めてしまった理由がわかったよ。

 

 バックボーンのない力は脆い。それは、その力を得た本人が、それを心の底から信じられる経験を経てないからだ。

 ある日、突然拳銃を渡されて、それで誰かを殺したとして、それが本当に自分の力だと思える人は果たして何人いるだろうか?

 たとえ表面上はその力を信じているとしても、心の底では理解してしまっているのだ。これは自分じゃなくて道具がすごいんだけなんだって。

 そうなったらもうおしまい。さらに大きな力によって潰されるだけ。そして土台がないから立ち直ることもできない。

 それが今の私だ。

 

 目が覚めた。

 私は超能力者なんかじゃない。

 私は一流のサッカープレイヤー、白兎屋なえ。

 そして一流は、どんな状況でも絶対に諦めないものだ。

 

 ボールを胸で受け止め、ゴールを見据える。

 カテナチオカウンターが決まったおかげで、ディフェンスはガラ空きだ。

 迷わず一直線に突き進む。エネルギーを全身に身に纏い、加速。加速。加速。

 その速度はまさしく閃光。

 その勢いのままボールを蹴り、宙返り。

 着地と同時にクラウチングスタートで走る。

 そしてディフェンスを抜いてボールに追いつき——飛び蹴りをくらわせた。

 

 蹴った私が閃光なら、ボールもまた閃光だ。

 蹴りは運動エネルギーを、まるでニュートンのゆりかごのごとく余すことなく伝え、光の矢となってボールは飛ぶ。

 名付けるなら……『シロウサギダッシュート』かな。とっさで思いつかなかったわ。

 

 そのシュートは、速度だけなら間違いなく最速であろう。

 しかし向かう先は、キーパーの頭上。

 その名も……バーだ。

 

「出た、なえの十八番『バー当て』!」

 

 円堂君がそう叫んでるのが聞こえる。

 しかしそうは問屋がおろさなかった。

 キーパーのザゴメルは私のシュートを見た途端に、バーに届くほど高く飛んだのだ。

 バダップが嘲笑う。

 

「言っただろう! 俺たちはお前を許さないと! お前のデータなど全て解析済みだ!」

 

 ザゴメルの大きな両手が、ボールに触れる。

 瞬間、手から煙が出て、掴むよりも早くボールが逃げるようにこちらに跳ね返ってきた。

 

「っ!?」

 

 ザゴメルがわかりやすく目を開いて驚愕する。

 私だってたまには頭使うんだよ。

 バダップたちが私のデータを解析していることなんて、予測の範囲内だ。というかあそこまで復讐心を抱いた相手を調べないはずがない。

 てことで、私はその裏をかくために一つ工夫を加えた。

 何かに触れた瞬間に跳ね返ってくるよう、いつも以上に強力なバック回転をかけておいたのだ。

 たぶんドリルくらいの回転数はあったんじゃないかな? 手から煙が出たのはそのためだ。

 

「だが、その程度は予測済みだ! ザゴメルが体勢を崩していない以上、そのバー当てには何の価値もない!」

「それはどうかな?」

 

 カン☆コーンと頭の中で音が鳴る。

 

 たしかに、あらかじめ予測していたザゴメルは既に構え直している。ミラクルムーンも止められた以上、私一人じゃ何をしても無駄だろう。

 でも、それは私一人だったらの話だ。

 

「いくぞナエ!」

「エスコートよろしく!」

 

 私の隣には()()()()()がいた。

 そう。バー当ての全てはこのために——フィディオがやってくる時間を稼ぐことだけにあった。

 もちろん私は明確な突破方法は何も思いついていない。

 でもフィディオとなら、なんだって乗り越えられる気がしたんだ。

 

 二人のエネルギーが交差し、地面に二重の魔法陣が浮かび上がる。

 一つは金。もう一つは桃色。

 二つの魔法陣からエネルギーを注がれ、ボールが二色に輝く。

 それを、私たちは同時に蹴った。

 

「『グランドクロス』!!」

 

 足から放たれた桃色と黄金、二つの斬撃がボールを中心に交差し、途中にあるあらゆるものを切り裂いて突き進む。

 それはザゴメルの必殺技も例外ではない。

 

「『真エレキトラップ』ッ!!」

 

 さっきのと同様、電気を纏った鉄線がゴール前に張り巡らされる。

 しかし、それはもはや壁としての意味をなさない。

 斜め十字の斬撃は、障害物などないかのように糸を断ちながら突き進み……ゴールネットを切り刻んだ後、奥の壁に十字を刻んだ。

 

 これで2対1。点を取り戻すことができた。

 でも、不思議だ。

 超能力を過信してた時にはあんなに全能感で満ちていたのに、やめた途端に点が取れたんだもの。

 

「これが仲間の力だよ。思い出したかい?」

「……うん、バッチリ。もう忘れないよ。絶対に」

 

 でもフィディオの言葉を聞いてわかった。

 仲間がいる。だから点が取れたのだと。

 

 もう一人、超能力を持ってしまった少女のことが脳裏に浮かぶ。

 遠い未来の私。

 あなたはそれを思い出せたのかな?

 




 エルデンリング楽しいぃぃぃっ!
 どーも、SEKIROクリアしてエルデンリングにたどり着いた作者です。
 事前にSEKIROが一番難しいって聞いてましたけど、あれってソロプレイとNPC縛りを普段していないフロムゲープレイヤーに向けたものだったんですね。最強と名高い一心も一時間で倒せましたし、怨嗟の鬼くらいしか強いのいませんでした。
 でもまあ楽しかった。2とか出てくれないかな……。


『フライングルートパス』
 GOにて登場。木戸川戦にて監督の鬼道が考案した。
 どこぞのアレスと異なり、タクティクスの概要がわかりやすく、その効果も説得力がかなりある。正直無印含めた必殺タクティクスの中ではトップクラスに好きです。


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デスブレイク

 新たな必殺技『グランドクロス』。それはザゴメルを打ち破り、流れを私たちに引き戻した。

 そういえば、フィデオと二人っきりの必殺技はこれが初めてだ。

 そう意識するとなんだか気恥ずかしく感じるな。

 まあフィデオはそんなこと気にしてないようだけど。この鈍感野郎め。

 私たちのハイタッチが高く響いた。

 

 だけど、いいことばかりじゃない。

 この一点を引き入れるために犠牲にしたこともある。

 私たちはフィールドで足を押さえながら横たわっている不動のもとへ駆け寄る。

 

「ちっ……ジロジロ見んじゃねえよ」

 

 鬼道君がいち早く手を差し出す。

 

「立てるか?」

「いらねーよ。こんなの唾つけときゃなお……ぐぅっ!」

「ああもう、動いちゃダメだよバカじゃないの!?」

「一言余計だクソ女……っ」

 

 抵抗する彼をみんなに押さえつけさせる。

 診療は私がすることになった。今はマネージャーちゃんたちがいないからね。次に手慣れてる私にお鉢が回ってきた。

 靴を脱がさせ、ソックスを剥ぎ取る。

 まず目に映ったのは、粉々に砕けているレガース。あらゆる衝撃に耐えられるよう設計された強化プラスチックがこうも易々と壊れるなんて……。

 そして破片を取り除き、見えたのは拳ほど大きく腫れた、青い肌だった。

 

「これは……!」

 

 あまりの酷さに円堂君が戦慄する。

 サッカーを長年やってきてても、ここまでのものは見たことがないだろう。

 明らかに骨が折れている。歪んだ部分が肌を圧迫し、内側から今にも突き出てしまいそうだ。

 想像を絶する痛みだろう。それを悲鳴もあげず、精神力だけで抑えこんでるのはさすがとしか言いようがない。

 だけど、これじゃあ試合に復帰することはできない。

 

「待ってて。今すぐ治すから」

 

 エネルギーを宿した手を当てようとする。

 しかし、逆に腕を掴まれて静止されてしまった。

 

「……いや、いい。テメェのそのオカルトパワーは相当体力を消耗するはずだ。だったら使うのは今じゃねえ」

「でも、それじゃあ不動が……」

「うっせえ! いいか、今あいつらから点を取れるのはお前しかいねえ! 俺は足手まといになるのだけはゴメンなんだよ!」

 

 理屈ではわかってる。

 不動の方が正しい。

 でも、私はついさっき仲間の大切さを思い出したばっかなんだ。見捨てられるわけないじゃん!

 

 逡巡する私の肩に、そっとフィディオが手を置いた。

 

「……フドウの言う通りにしよう」

「でも……!」

「彼の覚悟は本物だ。たぶん何を言っても止まらない」

 

 そんなの知ってる。

 不動は人一倍頑固だ。人の言葉一つで変わるのなら、ここまで私とこじれていない。

 

「これは見捨てるんじゃない。意志を引き継いでいるんだ。わかるね?」

「……うん」

「けっ、メソメソしやがって。らしくねえな。俺に情でも湧いたか? 言っとくが、俺はテメェが大っ嫌いだぜ」

 

 ムカッ。

 

「……嫌いにさせてくれてありがとう。おかげで治療する気が失せたよ」

「あん? 何言ってんだ? 試合終わったら治せよ。FFI出れなかったら困るだろうが」

「誰が治すもんか、バーカ!」

 

 結局、ベンチにたどり着くまでの間、ずっと私たちは罵倒のドッジボールをし続けた。

 まあそのおかげか不動を治療しなかったことに対する罪悪感は皆無になってた。

 これもあいつの思い通りなのかな? いや、たぶんそんなことはないだろう。

 

 代わりに入ってきたのは虎丸。

 鬼道君によると実は彼、キーパー以外ならどこでもできるという幅広い選手とのこと。それで代わりにミッドに入れられてた。

 イナズマジャパンは元々ミッドが少ないからね。純粋なミッドは鬼道君と不動しかいない。

 若干響木監督の選出に疑問を持ったが、それで勝って来れてるのだから間違いはないのだろう。

 サッカーは結果が全てなのだ。

 

 ……さて。

 そろそろ私に向かって投げられてる殺気の対処でもしようか。

 

「白兎屋なえぇ……っ!」

 

 センターラインの向こう側。

 バダップたち一同は、全員がレーザーみたいに射殺せそうなほどの目線を私に集中砲火していた。

 うん、超怖い。

 なので不動のところに行ったりして、気がつかないふりをしてたんだけど……まあ無理あるよね。

 

 ボールをセンターサークルに置いて、一呼吸。

 そして試合開始のホイッスルが鳴り——

 

『ハァァァッ!!』

 

 ——続いて二回、また鳴った。

 

『っ……!』

 

 私とバダップの足が、ボールに触れる直前に停止。

 その振りだけで暴風が吹き荒れる。

 しかしボールはその中でも静かにたたずんでいる。

 

 ハーフタイムか。

 ちょうどよかった。そろそろ私もみんなも限界が近づいてきていたのだ。休めるならそれに越したことはない。

 バダップは忌々しげに掲示板を睨みつけ、ベンチに戻っていく。

 

 ……オーガ陣営も汗がすごい。

 まさしく滝といった表現が似合うほど、その肌からは汗が流れている。

 それに試合中はあんなに激しい動きをしてたのに、その足元はどこかおぼついていない。

 鬼便神毒の影響だろうか?

 あんな神のアクアがかすむほどの代物を使って体が無事なわけがない。

 死亡までのタイムリミットは105分って言ってたけど、ガタが来るのはそれよりも早そうだ。

 

 ベンチに戻ってまずしたことは、円堂君の手当てだった。

 

「っ、冷て〜!」

「ほら我慢して。そんなに手が焦げてるんだもん。まずは冷やさなきゃ」

 

 コールドスプレーをぶっかけて、包帯を巻く。

 しょせん応急手当てだけど、何もしないよりはマシだろう。

 超能力だったら完治させられるんだけど、力の残量もあまりないのが感覚的にわかる。だから今はダメなのだ。

 

 他のみんなも応急手当ての道具を使って、各々が自身を治療している。

 ボロボロだ。味方も敵も。

 おそらく延長戦はもう体が持たないだろう。次の後半で決めるしかない。

 みんなもおそらくそれをわかっている。

 だから点数では勝っているのに、誰も楽観的な表情をしていない。

 

「ナエ……」

 

 フィディオが話しかけて来る。

 

「君は俺が守る。絶対に死なせやしない」

「……みんなの前でよくそんなクサイセリフ言えるね」

「あ、ご、ごめん!」

 

 おいコラみんな、何見てるんですか?

 特に不動! ニヤニヤすんのやめろ! ぶっ殺すぞ!

 唯一円堂君はわかってなさそうで助かった。

 やっぱキャプテンは格が違った。

 

「言っとくけど、私は誰かに守られるだけのか弱いお姫様はゴメンだよ。私の運命は、私の足で切り開く」

「はは、そうだね。君はそういうと思ったよ」

 

 ホイッスルの音が聞こえた。

 どうやらもう試合再開のようだ。

 私たちがグラウンドに向かおうとすると、パンっと円堂君が手を叩いた。

 みんなの目線が集中する。

 

「よし、みんな! 円陣組むぞ!」

「え、円堂、いったい何を……」

 

 いつも通りだけど突然過ぎるでしょ。

 豪炎寺君が呆れ顔で頭をかくが、彼は聞く耳持たない。ニッと笑って強引に豪炎寺君の肩に腕を回す。

 

「敵は確かに強い! だけど、俺たちは今まで強い敵と何回も戦って、勝ってきた! そりゃ絶望した時もあったかもしれない。だけど最終的に、俺たちは勝って乗り越えてこれた! それはお前たち仲間がいたからだ!」

 

 彼の言葉に吸い込まれるように、私は記憶の奔流の中に飲まれていく。

 

 最初の出会いは、あの草も敷かれていない砂の上のグラウンドだった。

 あの時の円堂君は本当に弱くて。

 でも諦めない精神がゴッドハンドを生み出し、試合を覆した。

 

 そして世宇子戦。

 彼はとうとう私を追い抜いてみせた。

 誰にも止められたことがなかった全力のシュートを、全力の一撃をもって粉砕してみせた。

 

 それから旅もしたっけなぁ。

 真帝国として円堂君と戦ったり、その後一緒に共闘したり。

 その縁は今ここでも、ずっと生きている。

 

 そして世界の舞台で私は出会った。

 初めて愛していると言える人に。

 フィディオは私と総帥をを闇の中から救い出してくれた。

 今こうして私が光を浴びられるのも、彼のおかげだ。

 

 ——流れる。流れる。

 

 ——ボールに触れた時から、今に至るまで。

 

 ——その全てが私の大切な宝物。

 

 

「だから今回も俺たちは勝つ! 俺たちの友情の力で! これは、そのための円陣だ!」

 

 円堂君の声がビリビリと心を揺さぶる。

 それは彼の本心がそのまま伝わって来るからだろうか。

 戸惑う人はもういなかった。

 全員がほおを緩めて頷く。

 

「よし、やろう!」

「わかったわかった! 腕引っ張らなくても大丈夫だって!」

 

 フィディオを引き連れたまま、円堂君の首に腕をかける。

 それを皮切りにどんどんみんなが肩を組んでいく。フィールドの十一人だけじゃない。ベンチのみんなも。あの不動ですら顔では嫌がってるが、鬼道君と組んでいる。

 私たちは鎖の輪のごとく、固く繋がった。

 

 スゥゥゥッ。と円堂君が空気を吸い込む音が聞こえる。

 そして、落雷が落ちる。

 

「絶対勝つぞッ!」

『おうっ!!』

 

 シンプルな言葉。

 だけどそれが、心まで私たちを繋げたのを感じた。

 

 コートを交代して、各自己のポジションに着いていく。

 目の前のバダップを見つめる。

 憎悪に満ちた顔だ。

 目は血のように赤く塗り潰され、人間じゃないみたい。

 薬の影響か、理性も削れてきているらしく、その雰囲気はどちらかと言うと獣に似てきている。

 だけどその目だけは輝きを失っていない。

 絶対に私を殺すと叫んでいる。

 

 ……呑まれたりするもんか。

 泣いても笑ってもこれが最後。

 全力を、尽くすだけだ。

 

 後半はオーガから。

 たぶんバダップは、さっきみたいに一直線に突っ込んでくる。

 その時の準備はできていた。

 ちらりと視線を後ろに向ける。

 虎丸、鬼道君が気づかれないぐらいの小ささで頷く。

 バダップが来たら、まず私が真正面から押さえて、その隙に二人が私の背中を支える。そして逆に跳ね返して、強引にボールを奪う。

 いかにバダップと言えども、私+二人を相手するには無理があるに違いない。

 

 そしてホイッスルが鳴り——バダップがヒールでボールを後ろに蹴った。

 

「なにっ!?」

「必殺タクティクス——『エンペラーロード』!!」

 

 今までと違う攻め方……。

 どうやらあんな正気を感じられない目をしていても、理性はちゃんと残っているようだ。

 たぶん、私たちの作戦も筒抜けだったのだろう。

 

 急いでバダップに接近しようとする。

 しかし急にオーガの選手が背を向けて壁のように立ちはだかった。

 

 ぐっ、邪魔!

 左右にゆらゆらと揺れてフェイントをしかけ、なんとか相手を欺こうとする。しかし敵はどちらにも釣られてくれなかった。それどころか、フェイントを無視するかのように背中を私の体に押し当て、身動きを潰してきた。

 左右に揺れると言っても、それは上半身だけの話で、下半身は動いていない。そこを突かれたのだ。

 そのまま道端の岩をどかすように、力づくでフィールドの端っこまで押されてしまう。

 

 見ればみんなも同じように背中を押し当てられ、動きを封じられている。

 飛鷹なんかは強引に脱出しようとしてるけど、身体能力はあっちの方が上だ。逆に押されて、ペナルティエリアから遠ざけられていった。

 その結果、バダップの向きから一直線に道ができる。

 それはまさに王の道。

 誰にも立ち入ることは許されない、高潔なる道。

 

「もはや手段は選ばん! 円堂守! 死にたくなかったらゴールを去れ!」

「絶対に嫌だ!」

 

 蹴り上げたボールを追って、バダップが宙を跳ぶ。

 脳裏にデススピアーの言葉が浮かび上がる。が、それは間違いみたいだ。

 バダップに追従するように、さらに二つの影が空に出現したのだ。

 その名はミストレとエスカバ。

 

 まさか……三人で……!

 ゾッと悪寒が走った。

 ボールに集中していく、赤黒いエネルギーに本能が悲鳴を上げる。

 

 バダップは円堂君を一蹴するように叫んだ。

 

「ならば死ね! これがオーガの、俺たちの最後の希望——『デスブレイク』だ!」

 

 三人のオーラでコーティングされたボールは、ひと回りほど大きくなって赤黒く染まっていた。

 そこからハリセンボンのように全方位からスパイクが生える。

 見るからに痛々しいそれを、三人はYを描くようにして蹴った。

 

「「「『デスブレイク』!!」」」

 

 回転をかけられたボールが地面にぶつかる。

 途端に、膨張したかのように巨大化。それは明らかにゴールに収まりきらないほどのサイズだ。

 さらに回転するスパイクが空気や周囲の地面を切り裂きながら、赤黒い竜巻を発生させた。

 まさに天変地異。

 エンペラーロードから抜け出し、ゴール前に私たちは飛び出す。しかし何かをする前に宙に浮かされ、カマイタチで全身を切り刻まれながら、まるで虫ケラのようにあっけなく吹き飛ばされていった。

 

「『ゴッドキャ……ッ!!」

 

 いつもは頼りになる雷神も、この時ばかりは無力だった。

 振り抜かれた両手は一瞬で串刺しになり、そのまま雷神の胴体に穴が空く。

 そしてボールは円堂君に迫り——ゴールが赤黒い竜巻で包まれた。

 

「円堂君っ!」

 

 返答はない。

 それでも無事を確認したくて、必死に竜巻を見つめる。

 その中で私はあり得ないものを発見してしまった。

 白く、角張った金属部品。それが何本も風にさらわれ、竜巻の中で踊っている。

 

 そう、私は嵐の中に、バラバラになったゴールを見た。




 最近暑くて仕方がない……。


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無限の絆

 すみません、今回はいつも以上の文字数だったり、期末テストやレポートがあったりで遅れました。


 赤黒い嵐がおさまった時、まず起こったのは鉄骨の雨だった。

 バラバラに分解されたゴールの部品が次々と降り注ぎ、グラウンドに突き刺さる。一つ突き刺さるごとに地面が揺れる。

 ゴール前はまるで爆心地みたいに大きなクレーターができていて、そこに旋風型が刻まれている。

 草一つ見当たらない。

 そう、円堂君の姿までも。

 

 まさか……!

 最悪の想像をしてしまい、ドッと冷や汗が流れた。

 自分でも顔が青ざめていくのがわかる。

 

「そ、んな……円堂君……!」

「……ーい」

「馬鹿な……円堂が……!」

「おーい……」

 

 ……ん? 何か聞こえたような……。

 鬼道君の肩が震える。

 豪炎寺君は見たこともないほど取り乱し、クレーターに駆け寄った。そして土を素手で掘り出す。

 

「どこだ円堂! どこにいる! お前はこんなところで死ぬやつじゃないだろ!?」

「だからここにいるって!」

 

 急いで声がした方を向く。

 ゴールの後ろ。いや上から聞こえたような……あ、いた。

 観客席で、手すりから身を乗り出して手を振っていた。

 

 全員が脱力してしまう。

 まったく、この人は……。

 

「円堂君、大丈夫なの?」

「平気平気!」

「のわりには、あなたの背後に人型の穴が空いてるんだけど……」

「慣れてるから大丈夫だ!」

 

 グッとサムズアップされて元気なことが伝わる。

 数十メートル上空から観客席に落下して元気って、どんだけ頑丈なのよ。

 まあ無事なのはいいことだけど。

 

 ひょいっと手すりを乗り越えて円堂君が降りてくる。

 

「そういえば、ゴールはどうするんだ?」

「問題ない」

 

 バダップはそう言って指を慣らした。

 途端にゴールの破片が粒子になって消えたと思えば、それらが集まって新しいゴールを再構成した。

 科学の力ってすげー。

 

「うわっ、これも未来の技術ってやつなのか? まあなんにせよ、これで試合が再開できるな!」

「だが円堂……大丈夫なのか?」

 

 豪炎寺君の心配はごもっとも。

 だけどデススピアーを見ても続けた時点で、円堂君の答えなんてわかりきってるだろう。

 

「俺……サッカーからだけは逃げたくない。ここで逃げたら限界ができてしまう。それだけはダメだ! 諦めないで立ち向かうからこそ、人は成長できるんだ!」

「……止めた俺が野暮だったな」

 

 フッと豪炎寺君が笑う。

 

「それに、友達がサッカーに命かけてるんだ。ここで逃げたら、なんか負けた気がするだろ?」

「こんな時でもサッカーバカか。まあ、お前らしいがな」

 

 やっぱり彼は不思議だ。

 彼が大丈夫だと言えば、本当にそう思えてくる。

 デスブレイクを見た時に湧きあがった恐怖もいつのまにか消えていた。

 

 フィディオと視線を交わす。

 

(これ以上の失点は許されない。私たちも一旦下がるよ)

(耐えるんだね。カウンターでひっくり返せる、最高の盤面まで)

 

 私たちボールで試合が再開する。

 そこからボールはあっさり取られ、オーガの猛攻が始まった。

 

「『デスレイン』!」

「『ザ・マウンテン』!」

「『デビルボールV3』!」

「『スノーエンジェル』!」

「『シザース・ボムV3』!」

『『ホエールガード』!!』

 

 息もつけないほどの必殺技の応酬。

 イナズマジャパンは十一人全員が彼らのコートに残り、ひたすら攻撃に耐え続けていた。

 いったい何十分そうしていたのだろうか。

 息が苦しい。肺が捻じ切れそう。

 久しぶりだよ、スタミナ切れなんて。

 体力バカの私でさえこうなのだ。きっとみんなはそれ以上に苦しいはず。

 でも、堪えなきゃ。実力差を気合いだけで埋めてきた私たちに、後半戦をフルで戦う力は残っていない。

 一時。

 たった一時に全てをかける他ないんだ。

 

「必殺タクティクス——『カテナチオカウンター』!!」

 

 フィディオの指揮のもと、バダップの封じ込めが完成した。

 だけどこれだけじゃ足りないのはわかり切っている。

 だから、今度は四人で同時に襲いかかった。

 私、フィディオ、鬼道君、虎丸。

 四方を封じ込めたスライディングが繰り出される。

 

 しかし、私たちの足よりも早くバダップの元にたどり着いた者がいた。

 エスカバ……! てことは……!

 二人が向き合ってボールを蹴り合い、時空が歪む。

 

『『キラーフィールズV 3』!!』

「しまった! ……がっ!?」

「くっ!」

「ゴホッ!?」

「うわぁぁっ!」

 

 あわやスライディングが届く、と思ったところで、私たちは逆に時空の波によって押し返され、洗濯機みたいにかき回されたあと吹き飛ばされた。

 っ……エスカバが来れた理由なんて知れてる。四人外れることでカテナチオカウンターが崩壊する一瞬を狙ってたんだ。

 上の上をいかれた。

 なんという戦略力。

 

 バダップはそのまま押し進み、空中でボールをひねる。

 同時に螺旋状に赤い風が渦巻き、巨大なドリルが射出された。

 

「『デススピアー』!!」

 

 万事休す。

 今の円堂君ではデスブレイクはおろかデススピアーでさえも止められない。

 サポートもこの位置からじゃ無理だ。

 私はただ黙って、槍がゴールに向かっていくのを見届け……その先に山が出現した。

 

「『ザ・マウンテンV3』!」

「無駄だ!」

「ぐっ……ごわぁぁぁっ!!」

 

 壁山が食い止められたのは数秒だけ。

 デススピアーの穂先は容赦なく山に大穴を空け、その時の衝撃波で壁山が倒れる。

 

「『真空魔V3』!」

 

 さらに飛鷹が足を振り抜き、空間を切り裂いた。

 壊れた空間は足りないものを補おうとする様に大気を急激な速度で飲み込んでいく。そしてその標的はデススピアーにまで及んでいる。

 だけど、エネルギーはまだあちらの方が上だった。デススピアーは空いた空間と激突し、その膨大なエネルギーを持って強引に裂け目を消し飛ばしてしまう。

 

 二人によるシュートブロック。

 でもまだ足りない。今のデススピアーから感じられるエネルギーでも、ゴッドキャッチ以上に感じられる。

 

 その時、ゴール前からより巨大なエネルギーが、落雷とともに発生した。

 その発生源は円堂君。背後に控える雷神は、しかし今まで見たもの以上の輝きと圧を放っている。

 

「壁山たちが繋いだバトン……途切れさせるわけにはいかないんだ!」

 

 円堂君はそう叫んで、両手を突き出した。

 

「『ゴッドキャッチG3』!!」

 

 雷神の手と衝突した時、赤い槍は初めてその速度を停止させた。

 槍は超高速で螺旋回転を続け、黄金の皮膚が溢れていく。

 しかしそれは心部には至っていない。

 槍はそれでも回転し続け、その代償に自らを構成する赤いエネルギーが霧散していく。

 それでも両手は崩れない。

 やがて燃料となるエネルギーをなくし、槍の回転数は徐々に落ちていく。

 そしてそれがゼロになった時、円堂君の手にボールが収まった。

 

「な……なぜだ!? 明らかに今までのお前たちでは止められなかった! いったい何をした!?」

「なんだ……? さっきから力が湧いてくる……」

 

 言われてみれば……私の超能力も回復してきてるような気がする。

 てっきり円堂君も超能力に覚醒したのかと思ったけど、そうではないらしい。円堂君の言うように、力が湧いてくると感じる人がちらほら現れ始めたからだ。

 こんないっぺんに超能力者が出てたまるか。

 

 それに力が湧くと言っても、神のアクアみたいに外側から無理やり体を変えられる感じじゃない。内側から慣れしたんだエネルギーが増幅してるみたいだ。

 ほのかに暖かいこれは間違いなく私が普段使ってるエネルギーだ。

 その総量が急に増えたという感じ。

 なんにせよ、チャンスだ。

 

「なえ、フィディオぉぉぉっ!!」

 

 円堂君が振動するほど大地を踏み締め、体全てを使ってボールを投げた。

 グングンと伸びていき、センターラインを通過。

 カウンターのために動いていた私の胸に落ちる。

 

 もちろん私を潰すためにオーガも動き出す。

 三人ものディフェンスが取り囲んでくる。

 だけど、動いたのは私だけじゃないんだよ?

 

「フィディオ!」

「よしきた!」

 

 ディフェンスの間を縫うようにダイレクトでパスを出し合う。見事なワンツーが決まった。

 だけどまだペナルティエリア手前。そこにもディフェンスはいる。

 大根みたいな白い肌と髪をした巨漢だ。それがオーラをみなぎらせながら近づいてくる。

 

「『真パワーチャージ』!」

 

 まるでトラックか何かだね。

 ぶつかったら無事では済まなそうだ。

 だけど私は何も心配していなかった。

 笑みを浮かべながら指をチョンチョンと下に向ける。

 それに釣られて私の足元を見て、彼は驚愕とともに急ブレーキした。

 

 私はボールを持ってはいなかった。

 代わりに背後から掛け声が聞こえる。

 

「「「『グランドファイアG3』!!」」」

 

 豪炎寺君、虎丸、ヒロトが炎を纏いながらバックパスを撃ち返した。

 こっちも円堂君同様進化してる。その熱は背後からでもジリジリと感じられる。

 だけどまだ終わらないよ。

 私たちは大根の人を追い抜くと、二重に重なった魔法陣を出現させる。そして背後から迫り来る炎に合わせて、ボールを蹴る。

 

「「『グランドクロス』!!」」

 

 ——シュートチェイン。

 十字の斬撃は炎を纏い、フィールドを焦がし尽くしながらゴールに迫っていく。

 金と桃と赤。

 三色で彩られたそれは、撃った私でさえ見惚れてしまうほどに幻想的だ。

 シュートブロックはない。

 必殺技を出そうとした瞬間に彼らは炎に抱きつかれ、次々と倒れ伏していく。

 このままゴールごと燃やし尽くす——そう確信した時、ゴールから耳を引き裂くような落雷が落ちた。

 

 円堂君じゃない。

 金ではなく、青色の雷。

 それがキーパーの両手に抱えたものから発せられ、ペナルティエリア全体を照らしている。

 その手にあったもの。

 それは、それぞれ額に+と-の文字が描かれた、小鬼のように小さなディフェンスたちだった。

 彼らとキーパー。それぞれのエネルギーが完全に融合して、凄まじい量の電気を生み出しているんだ。

 

「ここで終わらせるわけにゃ……いかねぇぇぇっ!!」

「ゲゲゲッ!」

「ブブブッ!」

 

 キーパーは限界いっぱいまで両腕を引き伸ばし——二人の頭を叩きつける。

 瞬間、失明しそうなほどの青光とともに、ペナルティエリア全体を覆ってしまいそうなほどの電磁バリアが張られた。

 

「『ハイボルテージG5』ッ!!」

『うっ、ガァァァァァァッ!?』

 

 十字の斬撃は、蝋燭に息を吹きかけるように一瞬で消え去った。

 閃光爆発。

 バジジィィッ! という音を立てながらボールは黒焦げになり、大きく跳ね返される。

 同時に私たちも電撃を受け、ペナルティエリア外に弾き飛ばされた。

 

 ボール は高く、高く空を飛んでいく。

 その落下地点は——ッ!

 背筋がゾッとした。

 バダップ、ミストレ、エスカバ。

 三人が揃っている場所に、ボール は向かっていた。

 

 動け、動け動け動けぇぇ……っ!

 必死に命令を繰り返し、手足に力を込める。

 しかしピクリとも動かない。

 さっきの電撃……!

 おそらくそれで、体中が麻痺してしまっているんだ。

 立て! 立って、お願いだから! ここで渡すわけにはいかないの!

 

 世界がスローモーションに変わる。

 まるで私たちをあざ笑うかのように、ゆっくり、ゆっくりとボールが落ちていく。

 そして、バダップの足がそれに触れた。

 

「さらばだ。白兎屋なえ……円堂守……そしてイナズマジャパンッ!」

 

「「「『デスブレイク』ッ!!」」」

 

 あ、あぁ……。

 棘の生えたボールが地面に落とされると同時に高速回転し、赤黒いトルネードを引き起こす。

 それは前にあるもの全てを飲み込んだ。地面も、選手も、観客席でさえも。そしてあらゆるものを粉砕し、そのまま突き進んでいく。

 誰にも止めることができない。

 最強最悪のシュート。

 あらんかぎりの声で、私は叫んだ。

 

「避けて円堂君ッ! 避けてェェェェッ!!」

 

 

「……いいや、逃げない!」

 

 円堂君はきっぱりと、そう言った。

 その目に迷いは微塵もない。目に炎を宿し、迫り来る厄災、その奥底に隠されたボールを睨み続ける。

 彼は本気で、この厄災に立ち向かおうとしている。

 涙交じりに彼を見つめて、気づいた。

 ……笑っている?

 

「俺さ、スッゲーこえーけど、同じくらいスッゲーワクワクしてるんだ! こいつのシュートを止めたらどんなに気持ちいいだろうかってさ!」

 

 っ……そうか、そうだよね。

 君はそういう男だ。

 だったら私は信じて見届けよう。君のその姿を。

 世界最高のサッカーバカの勇姿を。

 

 その時だった。

 円堂君からグラウンド全てを照らすほどの、黄金の光が発せられた。

 暖かい。

 痺れはいつの間にか消えていた。私だけでなく、倒れ伏していたみんなも立ち上がり始める。

 

「円堂君!」

『円堂っ!!』

『キャプテンっ!!』

 

「バダップ! お前がサッカーのせいで辛い目にあったのはわかった! だから俺が受け止めてやる! 俺が本当のサッカーをお前に教えてやる!」

「っ、知ったことを、言うなァァァァッ!!」

 

 デスブレイクのオーラが増す。

 

 円堂君は右手を天に掲げた。

 そこに黄金のエネルギーが集まり、巨大な手を作り出す。

 それはゴッドハンドに限りなく似ていた。しかし全く違う。

 違っていた点。それは右手がゴールを覆い尽くすだけでは足りず、スタジアムの天井にまで届きそうなほど巨大化していること。

 その光景には一種の神秘さがあった。

 黄金の手から感じられる凄まじいエネルギーに、私の心が歓喜で震える。

 ああ、円堂君。 君って人は本当に……!

 

「未来に届け!」

 

 ——『オメガ・ザ・ハンド』ッ!!

 

 神の手と死の竜巻が激突。

 一瞬、世界から色と音が消えた。

 全てが真っ白。

 全てが静寂。

 その世界が元に戻ったのは、溢れるエネルギーが大地を割った時。

 

 信じられないことに、神の手は竜巻と拮抗していた。

 私たちも唖然としているが、一番ショックを受けているのはバダップみたい。

 彼は見たこともないほど目を見開いている。

 

「なっ……なぜだ……!?」

『これは……『時空の共鳴現象』かっ! こんな時に……っ!』

「ヒビキ提督、なにが起こっているんですか!?」

『『時空の共鳴現象』。通常未来は一つだけだが、分岐する時がある。そう、タイムトラベルだ。今回お前たちが過去に干渉したことで運命の束は崩れ、無数のパラレルワールドが発生した』

「それがなんだと言うんです!?」

『……つまり、同じ時間軸に無数の同一人物が世界を隔てて存在することとなる。そいつらが互いに共鳴し合って、通常以上の能力を引き出しておるのだ』

「なんだと……!」

 

 ……?

 どうやらバダップは、あの急激なパワーアップの正体を知ったようだ。おそらくあの耳についている機械で聞いたのだろう。

 バダップは認められないというように円堂君を睨み、叫ぶ。

 それはまるで世界の理不尽さに絶望したかのような声色だった。

 

「俺たちの世界は散々だったっ! サッカー、サッカー、サッカーっ! 誰もが気が狂ったように叫び、何十億もの人間が死に絶えたっ! 父も母もだっ!!」

 

 竜巻から黒い電撃が無差別に発せられ、地面を、観客席を破壊していく。

 それは円堂君のもとにも降り注いだ。

 黒煙が舞う。

 しかし無傷。

 周囲の地面がクレーターとなるが、彼の体は黄金のオーラで守られ、傷ひとつついていない。

 

「なら、俺たちが変える! そんな未来が来ないように、俺たちがしてみせる!」

「戯言をっ!」

「やってみなくちゃわかんねえだろ!」

「っ……円堂ォォォォォッ!!」

「バダップゥゥゥゥッ!!」

 

 二人の叫びに呼応して、衝突の激しさが一段と増す。

 その凄まじいエネルギーの放出により、空は昼と夜を繰り返し、空間は歪み始める。

 だが、転機が訪れる。

 神の手が包み隠すように、竜巻を握り潰したのだ。

 指と指の間から黒雷が暴れ狂う。

 神の手も必死に食らいつく。

 そして数十秒の攻防の末、拳の中から悪魔の断末魔を思わせるような、ひどくおぞましい叫び声が聞こえ——黄金の光が、世界に満ちた。

 

 まぶたの上から強烈な熱を感じる。

 それが薄れてきて、恐る恐る目を開ける。

 そこには——ボロボロになりながらも、突き出した片手でボールを掴んでいる円堂君がいた。

 

「ハ……ハハっ」

 

 やっぱり……円堂君はすごいなぁ。

 

「やった。やったぞぉぉぉぉーーーっ!!」

 

 ブンブンとボールを振り回す様はまるで子どもだ。

 ……いや、子どもだから止められたのかもね。

 人間というのは諦めて進んでいく生き物だ。

 能力には限界がある。だからこそ他を諦めて少ないことにエネルギーを注いでいく。それが大人になるということ。

 でも、逆に言えば子どもは無限の可能性を秘めている。

 身体的な話じゃないのだ。精神面でもそれは同じ。

 

 最後の最後で、私は逃げろと言ってしまった。

 円堂君は逃げないと言った。

 その差がこれだ。

 私は諦めてしまった。

 円堂君は諦めなかった。

 ああ……悔しいなぁ。実に悔しい。

 まさかサッカーへの愛情で私が完全敗北しちゃうとはね。

 悔しすぎて、過去に戻れたら数分前の私を半殺しにしてあげたいほど悔しい。

 だから、次は負けないよ。

 サッカーへの思いなら誰にも負けない。

 それこそがこの私『白兎屋なえ』なんだから。

 そのためにも、私は生きる必要がある。

 

「円堂君」

「ん、なんだ?」

「……行こうっ!」

 

 頭に浮かんだいろんな言葉を飲み込む。

 今はこの一言で十分だ。

 

「ああ! ——みんなぁぁーー!! 『サッカーやろうぜ』ぇぇぇっ!!」

『おうっ!!』

 

 円堂君の声は波動となってフィールド全体に広がった。

 その声に火がつく。

 私たちのイナズマ魂に。

 同時に凄まじい力が心の奥底から湧いてきた。

 傷も癒えた。体力も戻っている。

 見渡せば、みんなにも同じ現象が起きているようだ。

 あれだけ苦しそうにしていたのに、次々と立ち上がり始めている。

 

 もう倒れている者はいない。

 全員がイナズマのオーラを纏いながら、円堂君を真ん中に私たちは駆け出した。

 

「これは……全員上がってくるだと……!?」

「みんなで攻めてみんなで守る! それが俺たちのサッカーだ!」

 

 走る走る。

 後のことなんて考えない。

 全員が同じ気持ちだった。そして全員が同じ方向に疾走している。

 上から見たらさぞ爽快なことだろう。

 私たちは戦場の兵士の如く、押し寄せる波の如く土煙をあげながら攻めていった。

 

「運命が俺たちを拒むというのなら! その運命ごと食い尽くしてやる! 俺たちは負けん!」

 

 オーガの士気も最高潮だ。

 喉が引き裂けそうなほどの雄叫びをあげ、獣のように迫ってくる。

 そしてラストプレイが始まった。

 

「壁山!」

「飛鷹さん!」

「虎丸!」

「吹雪さん!」

 

 襲い掛かるオーガたちの牙を避け、パスが繋がっていく。

 

「綱海君!」

「ヒロト!」

「鬼道君!」

「豪炎寺!」

 

 繋がる。

 みんなの思いが、魂が繋がっていく。

 円堂君から始まったパスのバトンは、繋がっていくたびに緑色の輝きを増していく。

 まるでみんなの魂が注入されるように。

 

 それは偶然か、パスの軌道はフィールドにあるものを描いていた。空から見下ろせば、よく見えるだろう。

 彼らをつなぐ、イナズマシンボルが。

 

 もしここに未来でマスター・Dと呼ばれる老人がいたのなら、この光景をこう呼んだはずだ。

 

 ——必殺技タクティクス『グランドラスター』と。

 

「フィディオ、円堂、なえっ!」

 

 そして豪炎寺から蹴り上げられたボールを、胸で受け止めた。

 瞬間、緑色の雷がスパークする。

 伝わってるよ……みんなのこの思い。

 いや、ここにいる十一人だけじゃない。

 不動たちベンチのメンバー。

 そして世界を超えて無数に繋がる、無限の私たち。

 それら全ての魂がこのボールに集束している。

 

 ボールからは様々な感情が感じられる。

 暖かく、激しく、厳しく、甘く。

 楽しいこと。

 辛いこと。

 一見何気ないように思えること。

 それら全てが今の絆を形作っている。

 

「円堂君、フィディオ」

 

 ずっとずっと、言いたかったことがあった。

 私はほおを若干赤くし、はにかむ。

 しかし次の瞬間にニッと笑う。

 

「その……ありがとう!」

「ふふっ、当たり前だろ」

「だって俺たち」

『——仲間だろ!』

 

 緑色の球体が天高く昇っていき、塔となる。

 その頂上ではみんなの魂が一つになった球体が、風船を膨らませるようにどんどん大きくなっていく。やがてそれはスタジアムの空全てを覆うほどにまでなる。

 膨大なエネルギーはそれだけで天気すら変化させる。雲を一気に吹き飛ばし、暖かな日の光柱が何本もグラウンドに差し込む。

 私たちはその球体の真上にいた。

 互いに手を繋ぎ、一筋の隕石となって急降下。球体のエネルギーの中に潜り込み、その奥で輝くボールを同時に蹴った。

 

「『ジ・アースッ——!!」

『——(インフィニティ)』ッ!!!』

 

 みんなの声が重なって聞こえた。

 瞬間、球体のエネルギーは大きく振動し、オーガのゴールに向かって超極太のレーザーを発射する。

 大地が震え、空間が悲鳴をあげる。地球すら破壊できてしまうのではないかと錯覚するほどのエネルギーを私は感じた。

 

「止めろっ! 止めろぉぉぉーーーっ!!」

『ガァァーーーーッ!!』

 

 オーガの選手たちは食らいつくように閃光に飛びついていき、次々と飲まれていった。その光景を見ても、他の選手たちに怯えはない。獣のような雄叫びをあげ、火の中に飛び込むように突進していき、全員光に消えていく。

 

「『ハイボルテージG5』ッ!! ウゴォォォーーッ!!」

 

 先ほどシュートを止めた電磁バリアが張られる。

 だが閃光は止まらない。まもなくバリアには特大の大穴が空き、キーパーは両手に持ったディフェンスごと飲まれていった。

 

 そしてレーザーがゴールネットを貫く——その数秒前に、三つの足がゴールラインの前に差し込まれる。

 

『『デス……ブレイク』ッ!!』

「バダップ!?」

「俺は負けられない……負けられないんだァァッ!!」

 

 バダップたちの足からはおびただしいほどの血が流れていた。

 もう立つこともできそうにない。それなのに彼らは血反吐を吐きながら、歯を食いしばって必死に閃光に食らいつく。

 その決死の姿に、迷いなく閃光に飲まれていった選手たちの姿が思い浮かぶ。

 貴方たちにも守るべきものがある。

 そんなことはわかってるさ。

 だけど、だけどそれでも私は——。

 

「私はみんなと、生きたいんだァァァァッ!!」

「ッ!?」

 

 私の叫びがスイッチとなり、閃光はさらに勢いを増した。

 バダップたちもこれには耐えきれない。

 一人、また一人と弾き飛ばされていき——。

 

「未来を救うのは、俺たちなんだァァ!!」

 

 バダップの姿を飲み、ゴールは消し飛んでいった。

 

 




『時空の共鳴現象』
 イナイレGO2で出た概念。簡単に説明するとタイムトリップで未来を変えようとすると、敵が強くなる。GO2での円堂はこの現象のおかげでサッカー部創設前なのにも関わらずゴッドハンドが使えたり、化身も出せたりした。
 個人的には世界の修正力的なものとして考えてます。哀れバダップ。


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私、頑張るから

 『ジ・アース(インフィニティ)』の輝きが、光の粒子となって雪のようにスタジアムに降り注ぐ。

 幻想的な光景。

 しかしそれに目を奪われている場合ではない。

 さっきのレーザーの影響か、スタジアム中にバリバリとヒビが入ってきたからだ。そしてそれはドンドン大きくなっていく。

 ……あれ、これもしかしてヤバくね?

 そんな私の疑問は、真上からガレキが降ってきたことで大正解だったようだ。

 

「にょわぁぁぁ!? あぶなっ!」

 

 間一髪! 飛び込みきりもみジャンピングのおかげで命拾いした。

 地面にぶつかって粉々になったガレキが粒子となって空気に溶ける。

 これ、シャレにならないくらいやばいわ。

 まずオーガスタジアムは全方位が壁に囲われている。唯一の脱出口は出入り口の一箇所のみ。でもここからはかなり距離があります。

 んで最後に、そもそも私たちには走る体力がもうありません。

 

「……うん、オワタ」

「諦めんなよぉ!」

 

 円堂君。太陽みたいに熱くなってるとこ悪いんですけど、それ地面にうつ伏せになりながら言うセリフじゃないんですわ。

 腕をパタパタさせながら「どうしてそこで諦めるんだ!」とか「もっと熱くなれよ!」とか聞こえてくるけど、無視しとこう。

 他に動ける人は……ダメですねこりゃ。

 どうやらあのジ・アースでエネルギーを根こそぎ吸い取られたらしく、もはや立ってる人さえ少ない状況だった。

 あっ……。

 

「もぎゃっ!」

 

 のわー! 顔面がー!

 言ってる側から体に力が入らなくなり、バッタンと前に倒れてしまった。

 右腕確認! 動きません!

 ……ダメだこりゃ。

 

「も、もうダメっスー!」

「ついに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりしを」

「ラーメンと! 餃子ミカンあんパンと! ポテチいっぱい食べたかったッスー!」

「おお、惜しい。あともうちょっとで五七五七七だったのに」

「辞世の句なんて読んでる場合かーっ!」

 

 鬼道君の怒号とともに、とうとう頭上の天井が落ちてきた。

 おいぃ!? 絶対今叫んだせいでしょこれ!

 ふざけるな! ふざけるな! バカやろー!

 

 そんな心の絶叫とともに、私の視界は黒い影に覆い尽くされ……。

 

 

 ……ん? 何も起きないね?

 てっきりぷっちんプリンレベルでプチリと潰されるかと思ったんだけど。

 右腕確認! 動きま……動きます!

 どうやら多少力が回復してきたらしい。

 ゆっくりと目を開ける。

 そこは、雑草だらけでボロボロなサッカーグラウンドだった。

 

「ここは……転移する前の……」

「ぬわー! ぎゃー! どひー!」

「壁山うるさい」

「もごふっ!?」

 

 いったいいつまで叫んどるんだこいつは。

 適当に鳩尾殴ったら黙った。

 みんなも死んでないことにようやく気づき、一人、また一人と立ち上がってくる。中にはまだふらついている人もいるけど全員無事みたいだ。

 ……訂正。壁山がなぜかお腹を押さえて倒れていた。

 誰がやったんでしょうねぇ。

 

「帰って……きたのか……?」

 

 ポツリと鬼道君が漏らす。

 

「てことは……勝った! 勝ったんだぁぁ!!」

 

 円堂君の勝利宣言とともに、それぞれが歓喜の雄叫びをあげた。

 普段はクールな豪炎寺君や鬼道君も、フッと静かに笑い、パァン! とハイタッチする。声は出てないけど、花火みたいな大音量は、それだけ彼らの感情がうかがい知れる。

 そして私とフィディオは……。

 

「やった! やったぞナエ! 俺たち勝ったんだっ!」

「っギャァァッ! 抱きつくな近い近い!」

「ぶべらっ!?」

 

 あ……反射的に殴っちゃった。

 い、いやでもこれはフィディオが悪いよね。唐突にその……だ、抱き締めるなんて! いい匂いした……じゃなくて、恥ずいわ!

 

「あ、なえちゃん顔真っ赤だよ?」

「うるさいシロウ!」

「ほらほら、せっかく君の王子様が来たんだから優しくしてあげないと」

「天誅!」

「ぐはっ!」

 

 脳天にチョップをキメると、シロウが真後ろにバタンと倒れた。

 お、おう、白目むいてるんだけど……。

 お、俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!

 そう、からかったこいつが悪いのだ。まったく、少し前まで根暗だったのに嫌な進化しやがって。

 

 とまあこんな感じで、みんな大はしゃぎだ。

 それほどまでに苦しい戦いだった。

 正直勝てたのが奇跡なくらい。

 ……いや、奇跡ってのは起こすものだったか。

 円堂君の諦めない心が奇跡を起こした。そう私は考えている。

 

「はっ……ぐぅ……っ!」

「……バダップ」

 

 だからすっかり忘れていた。こいつらがいたことを。

 バダップたちは苦しそうにうめき声をあげるだけで、立ち上がることはなかった。全員が全員倒れている。中にはピクリとも動かず、目を閉じている者もいる。

 円堂君が彼らに駆け寄る。

 

「バダップ、大丈夫か!?」

「フンッ……言った……だろう……。鬼便神毒は神の毒……飲んだものは105分後に息絶えると……ゴハッ!」

「バダップ!」

 

 彼の口から赤黒い血が溢れた。

 地面に小さな水溜まりができる。

 明らかに異常な吐血量だった。

 見れば他のオーガのメンバーも同じように血を吐き、痙攣している。

 

「お前たちはどうしてそこまで……?」

「未来を救うためだ」

 

 バダップは静かに天を仰ぎ見る。

 そこにもう覇気は感じられない。あるのは枯れ木のような、吹けば折れてしまいそうなオーラのみ。

 その目は憎しみの光すら灯しておらず、どこか虚だった。

 いや、焦点が合っていない。

 ……失明、している。

 

 バダップは絞り出しように、未来の出来事を語り始める。

 

「俺たちの未来は地獄だった。サッカー狂ウイルスなんてものが世界中にばら撒かれ、経済は大混乱。誰も働かずに狂ったようにサッカーを始めたことで街は荒れ果て、食うものすら困る有様だ。そして俺の父と母も突然仕事を辞め、狂気のままにサッカーをし出し、プレイ中の過激な事故で死んでいった。そんな出来事が毎日のように起きていた」

「それは……酷いな」

 

 ロクなものではないとは思ってたけど、まさかそこまで酷くなってたとは。

 

「不幸中の幸いだったのは、俺たちが子どものころにウイルスをばら撒き、世界を支配していた人物が死亡したことだった。やつは肉体改造で体を若いままに保っていたせいで寿命が短くなっていた。だが、やつが死んでも壊れた世界は戻らない。俺たちの時代では発病した者も含めて、生きた人間は数億人程度しか残ってはいなかった」

「そしてそのばら撒いた本人ってやつが——」

「——私、ってことだね」

 

 みんなが息を呑むのが聞こえる。

 けど、私自身はそれほど驚いてはいなかった。

 だって私、もともと危険思想の犯罪者だもの。そんな酷いことしないなんて言えるわけがない。

 フィディオが反論しようと口を開こうとする。

 しかし私は首を横に振ってそれを止める。

 庇おうとしてくれるのは嬉しいけど、事実未来では私が暴れているんだもの。言い逃れはできないよ。

 それは彼もわかっているのか、悔しそうに拳を握る。しかしせめてもっと情報をもらおうと、バダップに質問する。

 

「で、でもナエはどうしてそんなことを……」

「知らん。サッカー界を追放された復讐だとか、最強のチームと戦いたかっただとか、噂はいろいろある。だが真相は本人しか知らない」

 

 みんなが私を見てくる。

 いや知らんて。未来の私のことなんか。

 でもまあ、どっちもあり得なくはない。

 サッカー界を追放されれば私は怒り狂うだろうし、もっと強い敵と戦いたいって願望なら今でもくすぶっている。

 

「だから俺たちは国によって送り込まれた。お前を抹殺し国を、世界を……そして俺たちの家族を救うために。だが……もう終わりだ。俺たちのやってきたことは無駄だった」

 

 バダップは顔を伏せる。

 くぐもった、だが怒りや悲しみなんかの負の感情を押し込めたかのような、悲痛な嗚咽が聞こえてきた。

 それを黙って私たちは見下ろしている。

 可哀想。

 そうみんなと同じように思ってしまいたかった。

 だけど私にだけはそれは許されない。

 そんなことをしたら毒を飲んでまで戦った彼らの思いに泥を塗ってしまう。その行動を無価値にしてしまう。

 自分たちがやってきたことは無駄だった。

 そんな虚しい思いを抱えたまま死んでほしくなかった。

 こんなにも素晴らしいプレイをできる人間が無価値なわけがない。

 だけど私には、何も……。

 

「終わりじゃないぜ」

「え……?」

 

 円堂君はバダップの濡れた手を握った。

 もはや握り返すこともできないのだろう。力が抜けたそれを、しかし跡が残るほど強く思いを込めて握りしめている。

 バダップは顔を円堂君のほうへ上げる。

 

「だって、お前たちが来てくれたおかげで、未来のなえがそんなふうになることを知れたんだ。なら、止められるさ」

「……無理だ。お前たちではやつには勝てない。実際未来のお前もサッカーで殺されている」

「戦うだけが全てじゃないだろ? なえだってそんなことしたいだなんて思ってないはずさ。な?」

「未来がどうかはわからないけど……今の私は、そんなことしたいだなんてかけらも思ってないよ」

 

 それが私の本心だ。

 円堂君や大勢の人たちを殺したいだなんて思ってるはずがない。そりゃ未来では考え方が歪んじゃうのかもしれないけど……それでも絶対そんなことしたくない。

 

「今のなえはサッカーが大好きなただのプレイヤーだ。なら、これが変わらないように俺たちが支えてやればいい」

「……本当にそんなことが、できるのか……?」

 

 その声には少し力が戻っていた。

 まるでわずかな希望を見出したかのように。

 そして私の心も彼の言葉によって救われていた。

 そうか……今の私のままでいたのなら未来での悲劇は起きないんだ。

 考えれば当たり前のこと。

 でも申し訳なさでいっぱいだった私の頭には、それが青天の霹靂のような言葉に思えた。

 この選手たちに何もしてあげられないと思っていた。

 だけど、こんな私でもできることがあるんだ。

 心に光が差し込んでいく。

 私は心の中で誓った。

 絶対に私は私のままであり続けると。

 彼らの未来を守ってみせることを。

 

 そしてもう一人、同じことを思ってる人がいたみたい。

 

「ちょっといいかい? 俺、君たちに誓いたいんだ」

 

 フィディオはそう言って、彼の前に膝をつく。

 彼の目はまっすぐだった。

 まるで何かを決心したかのよう。

 一瞬こちらを見て、顔を赤らめたが、それでもその瞳に揺らぎは感じられない。

 

 そして彼は、この後の私の人生を変えるようなことを言ってのけた。

 

「——俺は絶対にナエを守ってみせる。いつどんな時でもずっとそばにいて、彼女を支えてみせる。だから、安心して休んでくれ」

 

『……は?』

 

 ……は?

 

 ……待て待て。その言葉の意味って、もしかして……!

 顔が発火したかのように熱くなったのを感じた。

 心臓が今までにないほど脈打つ。お腹はキュッとして、思わず私は両手で目を塞いでしまった。

 し、鎮まれ! 鎮まるんだ! 今なら何かの間違いって可能性も……!

 指の隙間から彼と目が合う。

 彼は気恥ずかしそうに目を逸らした。

 にゃぁぁぁっ!?

 これってまさか本当に……!

 

「こ、これからもよろしくお願いします!」

「……うん、よろしく」

 

 今も恥ずかしすぎて直視できない。

 それでも片手をゆっくりとはずし、差し出された手を、そっと握った。

 

「ひゅーひゅー! おめでとうッス!」

「なえちゃん、真っ赤になっちゃって可愛い〜」

「おい、どうでもいいからさっさと俺の足治せよ」

「ふっ、めでたいことだな。まさかあのなえに……くっ……!」

「き、鬼道……泣いてるのか?」

「いや感動のシーン台無しなんですけど!?」

 

 茶化すなバカもん! ああ、フィディオがしゅーちしんに耐え切れなくなって逃げ出しちゃった!

 ちょっ、おまっ、せっかくいい雰囲気だったのに! 君たちのせいだぞ!

 というか一人KYなやついなかった!? 具体的にはトサカバナナの人。

 あと鬼道君は感涙すな! お父さんかお前は!

 

「ハーッ! ハーッ! ハーッ!」

「……とまあこんな感じで笑い合えれば、きっと未来も変えられるさ」

「そうだな……そうかもしれん……ゴホッ!」

「バダップ!?」

 

 急いで彼の元に駆け寄る。

 

「時間か……いい、ロスタイムだった。未来の希望が見えた気がする……」

 

 ……もうお別れだ。

 みんなは気づいていないけど、バダップ以外のメンバーはもう息をしていなかった。

 そして彼ももうじき、同じになる。

 

「ありがとうね。ここに来てくれて」

「……なぜ礼を言う?」

「だって、あなた達が来てくれなかったら、私たぶん変わることはなかったと思うから。そりゃ未来のことはまだわからないけど……それでもこうやって決意できるのは君たちのおかげなんだよ?」

「……そうか……」

 

 バダップは目をゆっくりと瞑る。

 あれ……目が霞んでよく見えないや。

 おかしいな……何度も拭ってるのに、目のゴミが取れない。それどころか目元が熱くなって、どんどんぼやけていくよ。

 息が苦しくなる。

 我慢の限界で嗚咽が漏れる。

 フィディオはそんな私をそっと抱きしめてくれた。

 

「わ、私……頑張るか゛ら゛っ! 絶対に゛あなた達の未来を守ってみせるか゛ら゛ぁ゛!!」

「ああ……円堂守、フィディオ・アルデナ、白兎屋なえ……まか、せた……ぞ……」

 

 バダップはそれっきり、何も言わなくなった。

 最期の彼の顔はとても穏やかな笑みを浮かべていた。

 未来に希望が見えたからなのか。自分たちのやったことに意味があったと安心できたからなのか。それはわからない。

 だけど、彼の最期の心は晴れやかなものであったと、私は信じたい。

 

 オーガのメンバーたちの体が光の粒子となって溶けていく。

 それらはまるで天国に行くかのように、空へと飛んでいった。

 彼らの遺体は未来に送られたのだろうか。

 できることなら最後まで立派に戦った英雄として、暖かく葬られていることを願う。

 

 こうして、最強のサッカー選手、バダップ・スリードは亡くなった。

 

 

 ♦︎

 

 

 あのオーガとの戦いから数日後。

 いよいよFFI決勝戦の日がやってきた。

 

 この島で最も巨大なタイタニックスタジアムは何万もの観客たちを収容しており、かつてないほどの声援が嵐のように轟いている。

 すごいけど、耳が痛いよ。座ってる席も何もしてないのにブルブルと振動してるし。お客さん興奮しすぎ。

 試合前ですらこんな状態なのだ。始まったらさらに酷くなりそう。

 まあ気持ちはわからないわけではないけどさ。現に私も興奮を抑え切れないでいるし。

 っと、話をすれば両チームの選手たちがセンターラインに並行に整列をし始めた。

 

「いよいよだな」

「あーあ、私もあそこでやりたかったなぁ!」

「まあまあ、まだサッカー人生は続くんだ。世界の舞台だってもう一度立てるさ」

 

 湧き上がる私の闘志を察したのか、ポンポンとフィディオが頭を撫でてくる。それだけで気持ちが落ち着いていくのが……はぁ、自分のチョロインさを自覚させられるよ。

 あのあと、私たちは正式に付き合うようになった。

 だから今は公の場だけど女性らしい服装を着ている。

 いい加減自分を偽るのにうんざりしてたしね。私だって好き好んで男性用の服を着てたわけじゃないし。ついでにもう暗部から抜けたケジメということで、愛用の銃とナイフを封印することにした。

 今回の服もたんまり貯まってる財産を引き出して買ったお高いものだ。ちなみにコーディネートしたのはアフロディ師匠。ネットで繋げながら選んでくれた。この人のファッションセンスには脱帽する。

 

 フィールドでは円堂君とロココが火花を散らしながら握手をしている。歓声が一気に湧き上がって鼓膜が破れそう。

 ちなみにオッズは1,3でリトルギガントが優勢とネットでは騒がれているが、私たちはそれが誤りであると知っていた。

 なにせ円堂君たちはあのオーガを倒したのだ。

 あの時沸いてきた不思議な力は消えてしまったようで、オメガ・ザ・ハンドも使えなくなってしまっているようだけど、彼らはあの試合で劇的に進化している。私の見立てでは両者の実力はほぼ互角くらいだ。

 あと、おまけで私の超能力も弱くなっちゃってるみたい。どうやらあの時は命の危機で瞬間的に覚醒しただけだったらしく、寝たらもとより少し強くなった程度に収まってしまっていた。

 ただ円堂君たちと違って、私の力は体内に今でも残ってるらしく、ただ蛇口の開け方を忘れてしまっただけのようだ。おそらく訓練すれば数ヶ月であの時の力を引き出せるようになるだろう。

 

 あ〜あ、それでも今ならリトルギガントに勝てる自信あるんだけどなぁ。

 バダップたちもできればもう少し早く来てほしかったよ。パワーアップしたあとで戦う相手がいないせいで、燻って仕方がない。

 貧乏ゆすりをしながらそう思っていると、観客席に紛れ込んでいるある黒服が異様に目に入った。

 ガタイがよく、黒人。それだけなら掃いて捨てるほどいるけど、妙に殺気立っている。その気配が私の感覚を鋭敏にした。

 あいつ……ガルシルドのところで見たような……。

 そういえば、オーガの件以来あいつを見ていない。テレビでも捕まったなんて情報は入っていないはずだ。

 まさか……。

 黒服は周囲を見渡したあと、スタジアムの内部へ消える。

 

「……フィディオ、ごめん。お腹壊しちゃったみたい」

「ポップコーン食べすぎるからだよ。ほら、試合が始まっちゃうから早く行ってきなよ」

 

 そう言って急いでスタジアム内に入った。

 あの黒服は……いた。

 息を潜め、物陰に隠れて様子を伺う。

 ……よし、気づいてないみたい。

 黒服は移動を再開。階段を降り続け、たどり着いたのは……スタジアムの地下?

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開き、黒服はどんどん進んでいく。

 って、やばっ! 扉が閉まっちゃう!

 一度閉まったら開けた時に気づかれちゃう。それだけは避けないと。

 急いで扉に手をかけ、音を立てないように侵入する。

 

 カツーン、という黒服の足音がこだまする。

 それは一つだけではないようだった。一際大きな鉄扉の前には、同じ服を着たもう一人の男が立っていた。その手には明らかに本物のハンドガンが握られている。

 確信した。やつらは警備員なんかじゃない。おそらく犯罪組織に属する人間だ。

 鉄扉にはプレートが張り付けられており、そこには『中央管理室』と刻まれている。

 彼らはこの扉のガードか何かなのだろう。先ほどからずっとこの場所を動かない。

 彼らは仲間が増えて気が緩んだのか、軽い雑談をし始める。

 

「それにしても雇い主様には困ったもんだぜ。こんなガキどもの遊びでマジになるなんてよ」

「言うな。ガルシルドは金払いだけはいい。多少のことには目を瞑るんだ」

 

 ガルシルド! やっぱりガルシルドはまだ暗躍してたんだ!

 私の予感は当たっていた。

 道理で見覚えがあったわけだ。もちろん会話なんてほとんどしたことがないけど、私の暗部歴はかなり長い。何度も会う機会はあった。

 さらに彼らの会話に耳を澄ます。

 

「だけど俺は乗り気じゃないぜ。いくらなんでもガキどもと観客までぶっ殺すのはやりすぎだろ?」

「ほう、意外だな。お前にも良心が残っていたとは。だがそれはすぐに捨てるんだな。俺たちは道具、余計な感情はいらん」

「だけどよ、爆弾でスタジアムをぶっ飛ばすなんてイカれてるぜ」

 

 その言葉に背筋が凍った。

 爆弾? それもスタジアムを破壊できる規模の?

 あのクズやろう、とうとう一線を超えたな!

 爆弾なんていつからと思うだろうけど、そんなもの容易に想像できる。最初からだ。

 このライオコット島はガルシルドが改造を加えてサッカーアイランドにした島。当然このスタジアムだってやつの息がかかっている。

 そしてガルシルドは大のサッカー嫌いだ。大介さんの件もあって、嫌がらせで爆弾を仕込んでたって不思議じゃない。

 

「起動後に逃げる猶予はある。お前が心配する必要はない」

「そーいうこと言ってるんじゃねえって」

「へー、それ私も詳しく聞きたいな」

「なっ、お前は……がっ!?」

 

 不意打ち気味に飛び膝蹴りを顔面にくらわせる。そして両手を組んで塊とし、浮き上がった顔面に全体重を乗せて叩きつけた。いわゆるダブルスレッジハンマーってやつだ。

 振り返って空中で一回転。もう一人の男にかかと落としをくらわせ、その頭蓋にヒビを入れる。

 気絶してる二人の服をあさると、カードキーのようなものが出てきた。

 

 たぶん、これがこの扉のキーだ。

 そしてこの奥にガルシルドはいる。

 私はスマホを取り出し、鬼瓦刑事にメールを送った。

 あの人とはけっこう関わりがあったから、総帥が死んだ時にメアドをもらっていたのだ。どうやら私をずいぶんと気にしてるらしい。お人好しなことだ。何かあればかけろって言われてたけど、今がその時だよね。

 さて、私はここで警察が来るまで大人しく待機、なんてことはしない。

 私の予測だと、警察が来るまで早くて数十分、遅くて一時間はかかる。警察って組織は大きすぎるせいで動きがトロいのが常なのだ。毎回上層部に連絡取って許可もらわなきゃまともに動けないしね。鬼瓦刑事は本来日本の警察だし、信用されるまでにさらに時間がかかるだろう。

 元犯罪者目線で言わせてもらうと、だから大物に逃げられるのだ。総帥とかガルシルドとか。

 そしてそれだけの時間があればほぼ確実に爆弾が起動してしまう。

 サッカーの試合はハーフタイム含んで105分。やつは一番盛り上がっている時を狙うだろうし、警察じゃ遅すぎるってわけ。

 ただ、一つ問題がある。

 私は今武器を持っていないのだ。

 さっきも言った通り、私はもう銃もナイフも携帯していない。

 黒服たちのをあさったんだけど、彼らの下敷きになったせいか、銃身が二つとも歪んでしまっていた。これじゃあ使い物にはならない。暴発なんてしたら目も当てられないし。

 唯一武器になりそうなのは……これがあったか。

 ポケットから六面体で形成された小さな球を取り出し、指で強く押す。すると球はどんどん大きくなっていき、サッカーボールサイズのものとなった。

 持っててよかったエイリアボール。これなら最低限は戦える。

 ただ、それでも私の方が不利だ。ボールじゃどうやっても銃の速度と連射には敵わない。あそこに人が大勢いたら私の負けだ。

 だけど、引き下がるわけにはいかない。

 みんなの夢の舞台を、悪夢の惨劇になんて変えてたまるか。

 

 私はカードを壁についていた機械にスライドさせる。

 扉はピー、という電子音のあと、自動的に開いた。

 そして中に突入すると同時に、一番最初に目に入った人影に向かって、ボールを蹴った。

 

「がぁっ!?」

「な、何者!?」

「こういう者ですっ!」

 

 部屋の内部は正方形の空間に四つの柱が建っている。私から見て奥にはスタジアム中の監視カメラの映像が映っている。

 ガードはパッと見四人だ。そしてその奥にはボロボロにやつれたガルシルドもいる。

 そしてその内の一人は無力化した。

 跳ね返ってきたボールを即座に蹴り返し、もう一人を撃破。

 と、そこで彼らの銃が発砲され……。

 

「っ、くぅぅっ!」

 

 左腕から血が噴き出た。

 絶叫してしまいそうなほどの痛みをこらえ、柱の影に隠れる。その時点で回収を諦めたので、ボールは跳ね返って壁に埋まってしまい、もう使い物にならない。

 かくなる上は……!

 

「やぁぁぁああっ!!」

 

 ジグザグに走りながら、私は彼らに向かって突っ込んだ。

 発砲音が何回も鳴り響き、体中に赤い線が刻まれる。だけど直撃はしていない。そして矢のように加速した勢いのままに、ガードの顔面を殴りつける。骨が折れる感触がした。

 

「ひ、ひぃっ! バケモノォッ!?」

「人様の幸せを食い荒らすお前たちが化け物だよ!」

 

 もう一人のほうが叫びながら発砲。殴った状態のままだった私に避けられるはずがなく、体に穴が空く。

 血が口から吐き出される。

 焼けるように体が痛い。

 止まるな! 足を動かせ!

 

「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!!」

 

 死ぬのは……おまえだっ!

 音速を超えた回し蹴りが最後の黒服の脳天に炸裂。彼は出してはいけない音を出し、血をぶちまけながら柱の影に消えていった。

 ハァッ、ハァッ……!

 やばい、意識が朦朧とする。今にも倒れそう。

 でも、まだだ。まだ目の前のこいつを倒すまでは……!

 

「や、やめろ! こっちに来るな!」

「あなたはここで死ね! 死んで、地獄で総帥に謝罪させてやる!」

 

 これ以上言葉を交わす余裕なんてない。

 私は思いっきり足を引きしぼり……。

 

 ——鮮血が舞った。私のお腹から。

 

「ご……にん……め……!」

 

 背後から聞こえたのは発砲音。

 そうか、柱の影にもう一人、いたんだ……。

 限界だった。私は崩れるように床に倒れる。

 ぐぅっ……ぅ……!

 痛みはもはや感じない。だけど、寒い。

 体中が凍えて動けない。

 

 その時、私の顔の横に鈍く光るものがあった。

 ハンドガン。さっき私が倒した人の……。

 とっさに私は手を伸ばし、そして……。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「がっ!」

 

 後ろにいる最後のガードに向かって撃った。それは彼の頭蓋を寸分違わず撃ち抜いたようで、すぐに物言わぬ屍となる。

 これで、全部。

 あとは……。

 

「う、撃つぞっ!? これ以上銃口を向けるなら撃つぞ!?」

「それは……いいね……最後まで地獄にお付き合いしてあげるよ……!」

 

 ガルシルドは恐怖のあまり尻を地面に打ちつけ、そのまま這うように下がり続ける。その手には銃が握られているけど、プルプル震えていてまるでオモチャのようだ。

 私の体はもう動かない。

 私は顔と腕だけを持ち上げ、その照準をやつに定める。

 

「う、うあぁぁぁぁっ!!」

 

 ——薄暗い部屋で、二つのマズルフラッシュが私たちを照らした。

 薄れゆく意識の中……フィディオの笑顔が浮かんでは消えた。




 次回、最終回。
 エンディングは分岐して二個になるので、次回は連続投稿します。


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トゥルーエンド:サッカーの女神様

 今回は連続投稿です。トゥルーエンドとイフエンドを皆さまにお送りしようと思います。


『『XブラストV3』ィィィッ!!』

『『ゴッドキャッチG4』ッ!!』

 

 赤い閃光と雷神の両手がせめぎ合う。

 凄まじい威力だ。まるで地震でも起きているかのようにグラウンドが揺れている。

 だが、それらを放った二人が怯むことはない。

 仲間たちの思いを背に、両雄は叫び続ける。

 そして——。

 

『うぉぉぉぉっ! 勝ったぞぉぉぉーーっ!』

 

 優勝トロフィーを掲げ、彼は叫んだ。

 スタジアムはお祭り騒ぎだ。祝福するかのように色鮮やかな紙吹雪が降り注ぎ、空にはたくさんの花火が咲いている。それらが夜を打ち消すかのように彼らを照らしていた。

 チームの仲間たちが駆け寄ってきて、彼を胴上げする。

 まるで打ち上げ花火のように高く、高く。

 天に舞う気持ちに酔いしれながら、高らかにもう一度叫んだ。

 

 

「勝ったんだぁぁぁ!! ……あ?」

 

 そして意識が浮上する。

 先ほどまであったスタジアムの光景は消えており、目に映るのはサッカーグッズだらけの自室。そのベッドの上に彼は立っていた。

 

「……へっ?」

『守、あんたまた叫んでるの!? 今日は卒業式じゃない!』

「げっ、ご、ごめん母ちゃん!」

『まったく、嬉しいのはわかるけどもう一年も経ってるのよ! いい加減落ち着きなさい!』

 

 お、おっかね〜。

 鬼のような怒号はまさに落雷のようだった。

 ところどころにイナズマ関連の話題に縁のある彼だが、それでも母の雷だけは苦手だった。というかあれだけ鬼のように怒られてビビらないやつはいない。そうに違いない。

 

 夢か……。

 そう自覚するのに時間はかからなかった。

 部屋に飾ってある優勝トロフィーと記念写真を見て、ほっと安心する。

 彼——円堂の中でその記憶は今でも色褪せないものとして輝いていた。しかしそれを思い出すたびに、光の中に生まれた闇の事件も思い出してしまい、少し心が痛んでしまう。

 

 っと、いつまでも思い出にふけってる場合じゃない。

 部屋に飾られている電子時計を見ると、6:30の数字が表示されている。

 よし、卒業式まであと一時間以上はある。

 夢見もよかったし、それのおかげで早起きもできた。今日はなんていい日だ! いつもは一ヶ月に一回寝坊しなければいい方なのに!

 

『守ー! あんた今日試合あるんでしょー? そんなに寝てていいのー?』

 

「……あっ」

 

 ちらりと時計を見る。

 待ち合わせ時間まであと15分。

 円堂の顔がサッと青ざめた。

 

「ね、寝坊したーっ!」

 

 

 

 ♦︎

 

 

「行ってきまーす!」

「ちょっと! 走りながら食べるなんて行儀悪いわよ!」

「んもんもがっ!」

「だから話を聞きなさい!」

 

 円堂家に突如落ちた落雷を背に、円堂は逃げ出した。

 だってこのままだと遅刻コース確定だし。というか普通に怖いし。

 ちなみにここまで起きてから5分しかかかっていない。身支度に関しては熟練の域である。もっとも、しょっちゅう寝坊するから進歩せざるを得なかったのだが。悲しい定めだ。

 

 土煙を巻き上げて円堂は走る。

 あっという間に住宅街を抜けて河川敷へ。

 朝日降り注ぐ川は輝きに満ち、まるで宝石でも沈んでるかのようだ。

 陸地では小鳥たちがさえずり、老人夫婦が一息をついて休んでいる。その左右には桜並木が立ち並んでおり、桜色の群れは春の訪れを感じさせる。そこにはまったりとしたひだまりの空間ができあがっていた。

 しかしそれは長くは続かなかった。

 遠くの道からドドドという足音が猛烈に近づいてくる。

 側から見ればまるで猛牛が突っ込んでくるかのように見えたが、実際は必死さのあまり真っ赤に顔を染めた円堂が疾走してるだけだ。

 巻き上げた土煙は小鳥たちを逃げ出させ、老人夫婦を砂まみれにした。

 しかしこれはこの町ではよくある光景である。

 突如、一瞬だけ強風が吹く。

 それは早咲きした桜の花弁をさらい、ついでに地面に落ちていた古新聞を飛ばして円堂の顔に張り付かせた。

 

「もがぎゃっ!?」

 

 ゴロゴロスッテーン! なんて擬音が浮かびそうなほど見事には円堂は地面を転がった。ついでにおにぎりを喉に詰まらせて、ゴミ箱に顔から突っ込んだ。

 今日は厄日である。

 

「いつつ……なんだこれ?」

 

 顔から剥がした古新聞の見出し写真を見て、あ、と声が漏れる。

 『イナズマジャパン世界大会優勝』と大きく書かれたそれは、どうやら円堂たちがFFIで優勝した時のものらしかった。

 

 円堂たちのFFIの活躍は、日本でのサッカーブームの幕開けとなった。

 今じゃ日本中どこにいってもサッカーばかりだ。テレビじゃサッカー番組が次々に生まれ、小学生のなりたい職業ランキングはサッカー選手が独走し、そして道のあちこちではボールを蹴る音が聞こえてくる。

 そしてここ稲妻町は特にすごかった。

 なにせ選抜された選手の数が一番多かった学校が雷門中なのだ。そしてキャプテンの円堂やエースストライカーの豪炎寺をはじめ、チームの中心核の選手の出身校も雷門中。これで騒ぎにならないはずがない。

 結果、今年の入学希望者は前年の三倍にまで増えたそうだ。さらには聖地巡礼としてこの町に訪れる人々が急増し、町全体が非常に活発化した。

 これには大人たちもほくほく顔である。挙げ句の果てには校長や理事長、町長までもが円堂たちを拝み始める始末だ。夏未は顔を真っ赤にして泣きそうな顔で恥ずかしがっていた。

 

 だが……。

 新聞の裏に書かれた悲劇の記事を目にし、円堂の心が若干沈み込む。

 そこには『ゴッドプリンセス死亡』と黒い文字で書かれていた。

 

 事件は決勝戦の途中で起きた。

 なんとあのガルシルドがスタジアム地下に侵入し、仕込んでいた爆弾を起動させようとしたのだ。

 それを防いだのが白兎屋なえ。鬼瓦刑事が言うには、彼女がいなかったら爆弾は決勝戦中に爆発する可能性は高かったらしい。

 しかしその代償に、彼女は死んだ。

 彼女は怨敵であるガルシルドと相打ちになる形でこの世を去った。

 当時は青天の霹靂の出来事で、全員が悲しんだものだ。特にフィディオの荒れようは見ていられないほどだった。

 しかしみんな、今は立ち直って毎日を生きている。

 葬式には優勝トロフィーを持っていくことを許可してもらえた。彼女は英雄として取り上げられ、何万人ものファンたちとともに盛大に弔われた。

 フィディオもその日までは食事が喉を通らないほど沈んでいたが、その日枯れ果てるまで泣いたことで一区切りがついたようだ。

 今ではヨーロッパのプロチームにスカウトされたらしく、その活躍は話題になっている。

 

「って、ぼーっとしてる場合じゃなかった! 遅刻遅刻!」

 

 円堂が走り出そうとしたその時。

 桜色の風が突然河川敷に吹いた。

 今度はかなりの強風だ。大量の花弁が小魚のように空を泳いでいるかのよう。それらは円堂の視界を一瞬で塗りつぶした。

 そしてそれがはれたころ、道の奥から一人の少女が歩んでくる。

 ゆらゆらと揺れるピンク色の髪。

 翡翠色の宝石のような瞳。

 彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 その姿を円堂は知っている。

 間違いない。あれは紛れもなく……。

 

「ヤッホー、円堂君。元気にしてた?」

「なえ……なのか……?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 おどけたように彼女は笑う。

 その様子は記憶の中の彼女そのままだ。

 彼女はああやって、いつも余裕を見せるように笑っていた。

 しかし実際は大人らしい余裕なんてこれっぽっちもなく、何かあるとすぐ百面相みたいに半泣きになったり、笑ったり、騒いだりする明るい少女だった。

 円堂は目元が熱くなってくるのを必死に堪え、笑いかける。

 

「っ、ハハっ、生きてるんだったら連絡くらいくれよ!」

「……うーん、じゃあ連絡できないね。残念だけど」

 

 しかし彼女は意味なことを言うと、くるりと背を向けてきた。

 どういうことだ?

 そう聞こうとする前に彼女は坂を飛び降りて、下にあるサッカーグラウンドに走っていく。そしてこっちに手を振ってきた。

 

「ほら、早く早く! さっさと始めようよ!」

「始めるって、何を?」

「私たちがやることなんて一つに決まってるでしょ!」

 

 言われて、彼女の意図を察する。

 彼女の目は網に入れて肩で担いでいたボールに集中していた。

 すごい目がキラキラしている。やる気満々である。

 

「い、いや、俺遅刻寸前だから学校に行かなきゃなんだけど……」

「や る よ ね?」

「……はい」

 

 断れませんでした。

 断ろうとした瞬間にものすごい黒いオーラが溢れたんだぜ? 断れる勇者なんて不動ぐらいだ。

 なえは怒ると怖い。これ常識。

 

 勝負はキーパーとストライカーってことで、PK形式でやることになった。

 キーグロをはめ、ゴールラインの上に乗る。

 断ろうとして言うのもなんだが、円堂はこの状況にワクワクしていた。

 あれから一年。長く続いた円堂となえの因縁は、その背景もあってかなり根深い。

 何度も己の誇りをかけて戦いをしかけてきた彼女は、円堂にとっては永遠のライバルとも言える間柄なのだ。

 

 それはなえも同じように感じているのだろう。

 彼女からは先ほどのような明るい雰囲気は消えており、ギラギラとしたナイフのように円堂を見ている。

 笑みをずっと浮かべているが、八重歯がのぞいていてこちらはずっと好戦的だ。

 

 スーッと深呼吸をして、体中の気を高める。

 そして一言。

 

「よし、こい!」

「さあ、今日こそ白黒つけようよ!」

 

 なえはオーロラ色の翼を生やし、ボールとともに飛翔した。

 天に両手をかかげると、様々な色のエネルギーがボールに注ぎ込まれていき、やがてオーロラ色の巨大な月ができあがる。

 キラキラと大地を照らすそれはまさに幻想的。

 しかしその威力は凶悪の一言に尽きる。

 彼女はくるくると踊るように月に近づき、それを大地に落とした。

 

「『ミラクルムーン』」

 

 すさまじいエネルギーの衝撃波が円堂を襲う。

 余波だけでこの威力。さすがはなえだ。

 しかし円堂だってあれから一年、猛特訓を重ねてきた。

 負けるつもりは……ない!

 

「ウォォォッ!!」

 

 円堂が叫ぶと落雷がゴール前に落ち、黄金の雷神が姿を現した。

 しかしそれはなえの記憶にあるものとは違う部分がある。

 雷神が身にまとうオーラは、いつもの金ではなく虹色だった。

 そしてその迫力は段違いの一言だ。今度は逆になえがプレッシャーにさらされ、冷や汗を垂らす。

 

 円堂は両手を引きしぼり、月に向かってそれらを突き出す。

 

「『ゴッドキャッチG5』!!」

 

 河川敷は虹色の光で満ちた。

 発生する衝撃波は枝についている桜を全て散らせ、川が激しく波立つ。

 円堂は両手にズシリとのしかかってくる衝撃に押され、ズズズッと両足がゴールラインを超えた。

 しかしボールはまだラインを超えていない。なら、まだ負けじゃない。

 雄叫びをあげ、全身の力を込める。

 それに呼応して雷神の雷も威力が増していき……。

 

 ——爆発。

 円堂は耐えきれなくなって、ゴールネットに体を支えられた。

 ボールは……?

 黒煙で何も見えない。しかしまたもや桜色の風が吹き、それを吹き飛ばす。

 

 ——そこには、ゴールラインの一歩手前で地面に埋まったボールがあった。

 

「よっ……しゃぁぁぁっ!!」

 

 円堂が勝った。

 円堂が勝った

 その喜びを噛み締め、ガッツポーズをとる。

 なえはそれを悔しさ半分と喜び半分といった顔で拍手を送る。

 

「あーあ、止められちゃったか。まあ、一年も経ってるし当たり前だよね」

「そういうお前はこの一年何してたんだ?」

「……」

 

 人差し指を口に当て、可愛らしくウィンクする。

 常人だったら照れてしまい、顔をまともに見れなくなってしまうが、そこはサッカー一筋の円堂だ。まったく気にせずに彼女の言葉の意味を考えていた。

 たしかに、彼女のシュートは記憶通り強烈なものだった。

 そう、記憶通りすぎるのだ。

 言ってしまえば、彼女のシュートの威力は一年前とまったく変わっていなかった。

 なら特訓をサボったのか。あのなえが? それこそあり得ない。

 なえはサッカーに文字通り命をかけている。

 そんな彼女が特訓をやめるなんて、それこそ円堂にはあり得ないと思った。

 

 なえは質問に答えず、ずっとニコニコと笑みを浮かべていた。

 円堂は答えを待ち続ける。しかし帰ってこない。

 静寂が舞い降りた。

 いつまでそうしていたのだろうか。

 なえはおもむろに背を向けると、口を開いた。

 

「私ね、旅に出ることになったの」

「旅? もしかして武者修行ってやつか!? どこにいくんだ?」

「……ずっと、ずぅぅーーっと遠いところ。だから今日はお別れを言いにきたの」

 

 彼女の表情は見えない。

 相変わらず彼女は背を向け続けている。

 しかし円堂は、彼女の姿が一瞬だけ認識できなくなった。しかしすぐに感じられるようになった。

 何故だか不安が円堂の心から湧き上がった。

 まるで彼女が消えてしまうのではないかと。そんな錯覚を感じ、引き止めるために言葉を紡ぐ。

 

「永遠のお別れってわけじゃないんだろ? いつか会えるんだよな!?」

「うん、いつか会えるよ。でもいつになるかはわからないなぁ。たぶん現役じゃ会えないね」

 

 その言葉を聞いた時、円堂は見た。

 なえの姿が徐々に薄く、半透明になっていっているのを。

 体からは光の粒子が溢れ、その光景はバダップの最期を思い出させる。

 

「お前……その体……」

 

 円堂はなんとなくだが理解した。

 理解してしまった。

 しかし何もすることはできない。その手を伸ばすが、それは彼女の体をすり抜けるだけで終わってしまう。

 

 なえは振り返って円堂を見た。

 

「ありがとうね、円堂君。君のおかげで私の未練は果たせたよ」

 

 ——今度は、お空の上でサッカーをやろう。

 

 それが最期の言葉となり、少女の姿は光となって弾けた。

 キラキラと光る粒子が空に溶けていく。

 それはまるで天に続く架け橋のように思えた。

 

 

 円堂は荷物を背負い、河川敷の桜並木を抜けた。

 今日の出来事が本当のことなのかどうかはわからない。

 しかし、円堂は心の奥底に溜まっていた闇が払拭されたのを感じていた。

 

 不安だったんだ。可哀想だと思ってた。

 あんなに夢を追い続けてた少女が、その道半ばで倒れてしまうだなんて。

 しかし安心した。

 

 ——彼女が最後に見せた笑顔が、そう思わせた。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……いいのか?」

「いいのいいの。もうやり残したことはないし……彼に会ったら成仏できそうにないから」

 

 桜並木を駆ける少年の背中を見送りながら、なえは隣に立っている男の問いに答えた。

 男は長身だった。顔は細く、その目には黒いサングラスをかけている。発される威圧は誰もが恐怖を抱くだろう。

 しかしそれもこの人の魅力ってやつだ。

 

 男は少年が去っていった方とは逆に歩き始める。

 

「なら、我々も行くとしようか」

「うん、総帥」

 

 男は宙に浮かんでいた。

 いや、それは正しくないか。正確に言えば天に伸びる光の階段に乗っていた。そしてゆっくりと手を差し出してくる。

 私はそれを大事そうに握り、一緒に階段へ飛び乗る。

 そして私たちは天に向かって歩み始めた。

 

 

 さようなら、フィディオ。

 本当は会いたかったけど、それじゃあ君の足を引っ張るだけだしね。

 せっかく立ち直ったんだもの。私のせいでそれを引き止めたくはないの。

 あなたは常に前を向いてサッカーを続けてください。

 私は空から君を見守ることにするよ。

 だから心配しないで。

 

 ——さようなら、私の愛しきフィディオ。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 『ゴッドプリンセス』の死は、世界で大々的に報道された。

 その活躍と英雄的な死に、FFIがMVPを与えたのは必然であったと言える。

 そして彼女と関わりの深いイナズマジャパンのメンバーの証言によって、彼女の出生や生い立ち、そして性別を偽っていた理由について明かされると世界がざわめいた。

 

 曰く——『女性差別のせいで輝く場所を与えられなかった、悲劇の名選手』

 曰く——『女性だが同年代で一番強いストライカー』。

 

 これに影響を受け、今まで彼女と同じ思いを抱えていた世界中の女性サッカープレイヤーが立ち上がり、抗議活動を開始。

 彼女に憧れて次々と男性をも上回るプレイヤーが出てきたこともあり、世界サッカー協会は数年後にルールの変更を宣言した。

 

『サッカーでの性別による区別の撤廃。これによりサッカーはより熱を増し、進化していくことだろう』

 

 サッカー協会会長はその会見でそう言い残した。

 これにより、二つのサッカー界は統合された。これからは男性だろうが女性だろうが同じ試合に参加でき、しのぎを削ることができるようになる。

 その記念として、少女の銅像が教会の本部では飾られている。

 人々はその姿と生き様を称え、こう呼んだ。

 

 

 ——『サッカーの女神様』と。

 

 

 そして10年の時が経つ。

 生まれ変わった雷門中に、新たな風が吹く。

 

「なんとかなるさ!」

 

 革命の灯火となる少年は、そう言って門をくぐった。




 はい、これで『悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです』は完結となります。今後の予定とか感謝の言葉とかはイフエンドの後書きに書くので、今回は別の話をさせてください。

 もともとなえちゃんが死亡するのはこの小説を書いている時から決定していました。
 最初は「敵役の少女を書きたい」と思い、「でもイナイレ無印って大会に女子出れないな」って思った時に、「非合法な手で性別を隠して大会に参加する少女が、サッカー界を変える」みたいな構想ができて、GOでは女子も参加できる理由につなげたいと思いました。
 なえちゃんが死ぬのは、まあ冷たい言い方ですけど因果応報ってやつです。なえちゃんもさんざん悪いことしてきましたからね。その罪を償わなければなりません。
 でも書いている途中で死なせたい、でも死なせたくないみたいな思いが出てきて、最終的にどっちも書くことにしました。創作はかく自由にあるべき! です。
 というわけで次回のイフエンドも見ていただけると幸いです。


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イフエンド:てっぺん目指そう!

 続いてイフエンドです。


 雲が泳いで日が動き、暖かな日差しがレースのカーテンから差し込む。それがまぶたを優しく撫で、私の意識はふんわりと浮き上がった。

 時刻は昼。どうやら昼食のあとに寝てしまったようだ。

 いけないいけない。今日は大事な日だっていうのに。

 寝転がっていたソファーから降りて、背を伸ばしながら立ち上がる。

 腰まで伸ばしたピンク色の自慢の髪が小刻みにゆれた。

 さて、準備しなければ。そう思ったところで、後ろから声をかけられる。

 

「やあ、おはようナエ。こんな日でもいつも通りなんて、さすがは君だ」

「ふぁ〜、おはよ〜——フィディオ」

 

 

 

 ♦︎

 

 

 フィディオが運転する車に乗り込んでから数十分。

 車はアウトストラーダ(いわゆる高速道路)に乗った。

 

 

 FFIが終わってから数年が経った。

 私たちは去年学校を卒業し、同棲をしている。

 

 あの日、私はガルシルドと刺し違えるように銃弾で心臓を撃ち抜かれ、倒れた。……はずなんだけど、まあ奇跡的に私は助かった。

 服の襟にかけてあるひび割れたサングラスに触れる。

 どうやら当時胸ポケットに入っていたこれが偶然私を守ってくれたらしく、銃弾は深くまで突き刺さらなかったのだ。

 いやどんだけ頑丈なんだよって突っ込みたくなる気持ちもわかるけど、あの人のサングラスだよ? 目を撃たれてもいいように防弾しようにしてたに決まってる。

 ものすごい確率の偶然。つまり奇跡。医者はそう言ってた。

 でも私は思うんだ。

 もしかしたら総帥が私を助けてくれたんじゃないかって。

 オカルトチックで笑われちゃうかもだけどさ。

 

 車に取り付けられたテレビはサッカー番組を映していた。

 どうやら今年のFFItでの感想と注目プレイヤーについて話し合っているようだ。

 ちなみにFFItとはフットボールフロンティア・イタリアの略である。FFIとかぶるので小文字でtをつけたみたい。どうでもいいけど。

 あとFFItは学校ではなく、クラブチーム同士が戦う大会となっている。むしろ部活なんてあるのは日本だけだし、海外じゃこれが普通なんだけどさ。

 そしてここで番組が次の話題に映った。

 

『——では、次に参りましょう! 今年も熱中したFFIt! そのMVPを受賞した少女を当スタジオに招きました! では登場していただきましょう! ——ルシェ選手です!』

『ど、どーもです!』

 

 あらら。

 テレビの中に現れたのは、金色の髪を私と同じように伸ばした緑色の目を持つ少女だった。その姿はFFIで見た時よりもずっと成長していて、しかしまだまだ少女らしきあどけなさを感じる。

 ほおは若干赤くなっている。メディア慣れしてないから恥ずかしいのだろう。でもそこがいい。スタジオの人たちもルシェがあたふたしてるところを見てほんわかしているようだった。

 うむ、まあ端的に言うと、可愛すぎる。

 

「うーん、背ずいぶん伸びたよな。もう君より上なんだっけ?」

「……まことに不服ながら」

 

 なえちゃんショック!

 今の何気ない一言で私の心は酷く傷ついた。

 そう、そうなのである! あのFFIから何年も経ってるのに、私の外見は一向に変化してないのだ! おかげで最近じゃルシェと並んでるだけで姉妹に見られることがある。彼女の友達に「妹ちゃんですか?」なんて言われた時はさすがにフィディオの胸の中で泣いた。

 そして私の境遇に追い討ちをかけるのがこのイケメンである。

 現在の身長は180超え。顔も成長してよりイケメン度が増したせいで、街を歩くだけでキャーキャー言われる始末である。だらしない顔してるのでそのたびに足を踏んづけている。ちなみに私はそのキャーキャー女子に頭を撫でられながら話のだしに使われちゃったりしている。非常に腹ただしいことだ。

 

「俺は気にしてないんだけど、みんなが最近ロリコンロリコンってうるさいんだよ。特にブラージなんか『小さい女は可愛いたって、150も超えてないのは無理があるだろギャハハ!』とか笑ってくるし」

「……あいつ絶対絞め殺す」

 

 今日の晩飯はブラージのコロッセオガード焼きに決まった。

 許さんわあいつ。ラファエレもろとも滅してくれる。どうせそんなこと言うやつなんてあいつらぐらいしかいないし。

 

「というか私は成長期なんだよ! これから蛹から妖艶な蝶になるの!」

「それ毎年言ってるよ?」

「ぐぬぬ……!」

 

 やっぱり最終手段のシークレットシューズを使うしかないのか……!? あれなら5センチぐらい盛ればギリギリ150に届くし……!

 ちなみにこれをブラージの前で漏らしたら、焼石に水って笑われた。その後は焼石に縛り付けてホースで水をかけてあげたけど。これで学習しないとかやっぱあいつ脳みそミジンコサイズしかないでしょ。たぶん図体に栄養が全部吸われてるんだ。

 

 ルシェは言葉をどもらせながらも、真剣にインタビューに答えていった。

 ちなみにFFなのにルシェが出れているのは、あのあと男子と女子のサッカー界が統合されたからだ。

 FFIのあとに適当に世界中を巻き込んでサッカー協会に抗議したらすんなりと通った。理由のとしては私の活躍があるのと、あまりの抗議の数に押されたかららしい。

 というわけで、今は昔のように性別を偽らなくてもフィディオとかとプレイできるってわけだ。まさか総帥から習った世論の操り方がこんなところで役に立つとはね……。

 

 でもMVPを取れたのはルシェの実力だ。

 私とフィディオの指導があったとはいえ、彼女には私たちにも持っていない才能があった。

 なんと彼女、空間把握能力があのフィディオよりも高いのだ。

 どうやらこれは昔目が見えなかったころの副産物らしいけど、これには本当に驚いた。だって彼女、音だけで敵味方全員の位置を把握できるんだよ? これにはフィディオも涙目だった。いや、彼はこれでも世界レベルですごいんだけどさ。

 そしてスパルタ訓練を加えたらこの通り。現在は有名サッカークラブのキャプテンを務めるほどになってしまった。

 

『——では、最後に一言よろしくお願いします!』

『はい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日の試合頑張ってください!』

 

「ははは、こんなに応援されてるんだ。いっそう負けられなくなったな」

「初めから負ける気なんてないくせに」

「それは君もだろ?」

 

 そう言い終えると、フィディオが車を止めた。

 気づいたらもう着いたようだ。

 私は顔を持ち上げる。

 目の前には巨大なスタジアムが映っていた。

 空は真っ赤に染まっており、燃えているかのよう。それでもスタジアムが発する機械の光のほうがさらにまぶしく、キラキラと輝いている。

 周囲には蟻の大群のように数えきれないほどの人々が地面を埋め尽くしており、そんな彼らを狙ってこれまた数えきれないほどの露店が開かれている。

 売っているものは様々だ。

 フランクフルトやフライドポテトなどのジャンクフード、さらにはよくわからない絵画やパチモンユニフォームを売っているちゃんとした屋根付きの店。

 さらには地べたに絨毯を敷いただけで、地面に叩きつけてもすぐ元通りになるスライムの玩具やピサの斜塔などのイタリアの名産物を模した安物のキーホルダーなどを売ってる店。

 挙句の果てには露店ですらなく、徒歩で近づいていって道ゆく人に直接売りつけている商人なんかもいる。

 あ、おそらく日本人の観光客が現地の商人らしき人物に無理やりミサンガをつけられた。そして商人に代金を要求されている。こういう押し売りの上位互換みたいなものも海外では日常茶飯事だ。特に日本人は気が弱くてカモられやすく、よく狙われる。ほら、あの人凄まれてしぶしぶお金払っちゃってるし。

 助ける義理もないし、フィディオも気づいていないから無視することにした。

 

 蛇みたいにくねくねと曲がってなお、最後尾が見えないほどの長蛇の列を、私たちは顔パスだけで素通りした。

 そしてスタジアムに関係者以外立ち入り禁止の入り口を使って入り、警備員の誘導に従って控え室にたどり着く。

 

「お、来た来た! キャプテンとチビ兎のお出ましだな!」

「チビって言うな! レディと呼べ!」

 

 中に入って早々、私たちに話しかけてきたのはブラージだった。

 こちらもフィディオと同じように成長して、今では立派な大人になってる。身長二メートルの巨体はアメフトに行っても通じることだろう。

 まさに巨人。

 それゆえに私と並ぶと絵面が酷くなる。

 マスコミめ、誰がお父さんの応援に来た子どもみたいだ! 私は副キャプテンだぞ!? この図体だけのやつより偉いんだぞ!? 敬え!

 私がサッと足を振り上げると、顔を青ざめて彼は逃げてった。

 さすがにローキックで骨折させられた時のことはトラウマになってるらしい。まあ超能力ですぐに治したから後遺症はないけど。

 

「まあまあ落ち着けって。あとちょっとで試合なんだ。君たちももう少し大人になれ」

「な、ナカタさん……すまねえ」

「ふんだ! 試合後に覚悟しときなよ!」

「なんだとこのやろう!」

「……ダメだこりゃ」

 

 とまあ、こんな感じで控え室にはヒデナカタもいた。

 彼らだけじゃない。ラファエレ、アンジェロちゃんなどなど。今控え室にいる23人の中の多くがFFIでともに戦った仲間たちだ。さすがに全員は揃っていないけど、それでも懐かしい顔ぶれである。

 

 そうやってひたすら騒がしくしていると、ドアがノックされ、係員に入場を促された。

 いよいよだ。私たちは互いに顔を見合わせ、口を固く結んで行進した。

 

 

 グラウンドに入ると、拍手とスポットライトのシャワーが私たちを出迎えた。

 何万もの人々を収容する観客席は無数のシャッターフラッシュが消えては現れを絶え間なく繰り返し続けている。まるで夜空に輝く星のようだ。

 私たちはセンターラインに沿うように一列に並んだ。

 そしてもう一つの列が一つ遅れて行進してくる。するとスタジアムの一方から私たちを出迎えたような熱い声援が弾けた。

 

「久しぶり——円堂君」

「よぉっ! ようやくここで会えたな!」

 

 その先頭に立っているのは円堂君だ。

 そのさらに後ろには副キャプテンの鬼道君。見渡せば豪炎寺君やシロウ、壁山なんかのこちらも見知ったメンバーが多くいる。

 あとなぜか不動もいた。……髪が生えてて気づかなかったけど。カツラでも買ったのかな?

 

 ワクワクしてたまらないとでもいうように満面の笑顔で手を振る彼に、こっちも不敵な笑みを返す。

 

「とーぜんでしょ。私たちが最強なんだから」

「そういうわけだ。再会のところ悪いんだが、優勝トロフィーは俺たちがもらうよ」

「へへっ、させるかよ! お前たちにはFFIでの借りがいっぱいあるんだ! 今日は俺たちが勝つ!」

 

 やがて両国の国歌を歌い終わり、円堂君たちと握手を交わして、両チームがポジションにつく。

 高鳴る鼓動。

 私は今最高に幸せだ。

 夢の舞台に、私は今立ったんだ——!

 

 

『——ここでホイッスルが鳴ったぁーー! 『フットボールフロンティア・ワールドカップ』、略してFFWC! その決勝戦の、開幕ですっ!!』




 どーも、こちらは幸せな感じで終わらせてみました。
 なえちゃん死亡ルートがトゥルーな理由は、GOでなえちゃんを出さないようにするためです。簡単に言うと続編はありません。トゥルーの方で天馬出しといて悪いんですがw

 さて、ここでは作者の今後について少し話そうと思います。
 執筆を始めて六年。ハーメルンで二次創作を書き続けましたが、作者もいい加減オリジナルものが書きたいと思ったので、次はオリジナル悪い書こうと思います。ジャンルはハイファンタジーです。『このラノ』を見る限り、今はラブコメ系ラノベが旬らしいですけど、人生の大半をドラクエに捧げた作者には関係がない話です。作者は現実的なものが大っ嫌いなのでファンタジーしか書けませんし。
 新人賞とかにも出すつもりです。ですがまあ、趣味の延長戦でゆるりとやっていこうと思います。大志を抱いて燃え上がっても、夢破れてすぐ灰になる可能性の方が高いですからね。それならばマイペースでも書き続けて、何十年もずっと継続的に応募する方が楽で近道だと思いますし。ありがたいことに、小説は年齢を重ねたほうが上達していきますからね。
 というわけで、いつになるかはわかりませんが次回作をお待ちください。

 あとTwitter今さっき初めて見ました。キメラテックパチスロ屋という名前で今後は活動していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 https://twitter.com/Ra1jFd


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