SW2020 スペリオルウィッチーズ (グリーンベル)
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設定・プロローグ

世界地図に関しては劇場版のそれと同じものです。

【挿絵表示】

 

ストライクウィッチーズシリーズからの設定の大きな変更点は、

・アジア大陸の中国の位置に「清共和国」が出来ている(国家体制などは実際の中国準拠。韓国・北朝鮮は清の一部になっているため登場しません)。

・扶桑皇国は天皇が退位し、「扶桑国」に。それに伴い、扶桑皇国軍は「扶桑国国防軍」に変化。自衛隊の代わりに国防陸海空軍が存在しています。

等々です。

主な航空機メーカーの名前の変更は

ボーイング→セントルイス

ロッキード・マーティン→フォートワース

瀋陽飛機工業集団→清耀飛機工業集団

ダッソー→D&B

スホーイ→スヴォリノフ

となっています。これ以外に元ネタがあるものが登場した場合は、その話のあとがきで説明するようにします。

 

以下、プロローグです。


 

第二次ネウロイ大戦が終結し、全てのネウロイの巣の完全消滅が確認された1950年から60年が経過した、2010年。突如として、扶桑、リベリオン、清共和国などの世界各地にネウロイの巣が出現した。

半世紀以上もの間平和というぬるま湯に浸かっていた人類は、大戦時のピークに比べて相当に縮小した軍事力でネウロイに対抗。主要都市への侵攻を食い止めた上にいくつかの巣の破壊にも成功し、辛くも未曾有の危機を逃れる。

しかし、それから5年後の2015年。未だに世界各所でネウロイとの戦闘が続いていたにも関わらず、更に数箇所にネウロイの巣が出現。5年間で進歩していた現代兵器も、それ以上の速度で進化していくネウロイの前には効果が薄く、人類は再び危機に陥った。

そこで人類は、60年前よりも希少になっていた魔女の力を活用し、ネウロイに真っ向から立ち向かう。

レシプロからジェットへと移り変わった魔法の箒で空を舞い、甦った黒い異形をミサイルで撃ち墜とす世界で、現代に生きるウィッチたちは何を思い、何を楽しみ、何のために戦うのか。

そしてまた1人のウィッチが、北海道という新たな戦いの舞台に降り立つのだった。

 


 

本作には様々な国の人物・企業が登場しますが、それらの名前が私の不勉強によりちぐはぐなものになっている事もあるかと思われます。その点については、どうか目をつぶって頂きたいと思います。

また、もし特定の言語について詳しく知っている方がいらっしゃった場合、本編を読んで「これは間違ってる」「ここはこうした方がいい」という場所がありましたら、ぜひお知らせして頂けると幸いです。



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第1話 はじめまして 

本作のタイトル「スペリオルウィッチーズ」は、本部隊の通称です。登場の機会はあまり多くないと思いますが。


どこか白っぽく澄んだ空から、燦々とした太陽が照らす長い滑走路に、一機のティルトローター機が降り立った。機体後部のハッチがゆっくりと開き、その中からバッグを持った少女が現れる。

「うっひゃー……寒いわねー、ココ」

パイロットに別れを告げてティルトローター機から降り、金のショートヘアを揺らしながら、少女が呟いた。彼女の名はジャニス・ボイド。リベリオン空軍所属のウィッチで、今日付けでここ、扶桑の北海道に位置する千歳基地へと配属されたのだった。

「まー、いっか」

きょろきょろと左右を見渡してからそう言い、ジャニスは一度置いたバッグを肩にかけ、灰色の武骨な建物へと歩き始める。彼女のぱっちりとした青い瞳は、どことなく楽しそうに輝いていた。

 

 

 

ジャニスが灰色の建物に入ると、中には一人の少女がいた。真っ黒な髪をボブカットにしており、人懐っこそうな顔立ちだった。

「……あっ、ようこそ千歳へ!お待ちしていました!」

少し遅れてジャニスに気づいたのか、小走りで近づいてきて、少女は言った。

「ジャニス・ボイド中尉で、合ってますよね?リベリオン空軍の!」

「その通り!アナタは?」

どことなく憧れが入った視線を送ってくる少女に、ジャニスは聞き返した。すると、んんっ、と咳払いをした後に、少女は言った。

「私は、第201統合戦闘飛行隊所属、栂井(つがい)レイ少尉です!ボイド中尉、これからよろしくお願いします!」

ずばっ、という効果音が似合いそうなほど、勢いよく礼をして手を差し出すレイ。その勢いに、少しだけ気圧されるジャニス。

「こちらこそよろしくね、レイ。あと、私のことはジャニスでいいよ。中尉も付けなくていいからね」

「わかりました、ジャニスさん!」

握手したままの手をぶんぶんと振り、レイは心底嬉しそうな表情を浮かべる。こうして、扶桑の人間は武士のように礼儀正しく、慎ましい性格なのだろうというジャニスの予想は、たった数秒で撃ち砕かれた。

「ではでは、早速皆さんのいる部屋にご案内しますね!すぐ着きますので!」

「はーい」

ふんふーんとご機嫌な様子で歩くレイの後ろを、基地の内装を確認しながらついて行くジャニス。清潔感のある床や、シミや錆び一つないクリーム色の壁。数年前にウィッチ用の隊舎として作られた施設らしいが、なかなか快適そうだった。

「こちらです!」

隊員が集まっているという部屋は、本当に入り口から近かった。廊下を歩いて二つほど角を曲がり、しばらく進んだところにあったドアの前で、レイが立ち止まる。

「さぁ、中へどうぞ」

高級そうな木製のドアを開け、手で入室を促すレイ。荷物は持ったままだったが、レイを見るにそこまで規律は厳しくない隊なのだろうと勝手に判断し、ジャニスはそのまま進んだ。

「どもども〜」

手を振りながら部屋に入ると、そこには四人のウィッチが二列にわかれて椅子に座っていた。仏頂面が二人、嬉しそうに笑顔を浮かべているのが一人……どことなく不機嫌そうなのが、一人。

「ついに来ていただけましたよ!ジャニスさん、自己紹介をお願いしますね」

「はーい。えーっと、本日付けでここに配属されたジャニス・ボイドです。リベリオン出身で、階級は中尉。これからよろしくね!」

言い終わると同時にぐっ、と親指を立てると、不機嫌そうな一人を除いて、まばらな拍手が送られた。一応は歓迎されているようだと思い、ジャニスは胸を撫で下ろした。

「じゃあ、みなさんも自己紹介をお願いしますね」

まず私から、と嬉しそうな表情の一人が立つ。暗めの茶髪の三つ編みや、東洋人らしい落ち着いた態度。黒いスーツのような制服も相まって、そのウィッチは大人っぽい雰囲気を醸し出していた。

() (ゆう)(しゅん)です。秦出身です。階級は大尉だけど、仲良くしてくれると嬉しいな。よろしくね、ジャニス中尉」

「うん、よろしく!」

言い終わると、游隼はぺこりと礼をして、恥ずかしそうに座った。そう、扶桑の人間はこういうイメージのはずだった。なぜ隣にいるレイは違うのだろう、と別段気にすることでもなかったが、ジャニスは内心首をかしげた。

「次はフラムちゃんだね。どうぞ!」

「だーかーら!フラムちゃん、って呼ぶの止めなさいよ!何回も言ってるじゃない、ツガイ!」

レイにフラムちゃんと呼ばれたちびっ子が、憤慨して立ち上がる。長い金髪を大きな青いリボンでまとめ、濃紺の制服を着ている。名前からも察せられるが、恐らくはガリア出身だろう、とジャニスは予測した。

「まったく……そこのあなた。ボイド、とか言ってたっけ?」

「うん、そうだけど。何?」

「この私自ら説明してあげるんだから、しっかり、心して聞きなさいよ!わかった?」

妙に偉そうに「フラムちゃん」が言う。初対面の相手になぜここまで威張れるのだろうか。頭にきた訳ではないが、そんな疑問が口から出そうになるのを抑え、ジャニスは頷いた。

「うんうん、素直なのはいいことね。じゃあ、よーく聞いてなさいよ!私の名前はフラム・ローズキャリー!パリ出身よ!階級は大尉。私を呼ぶ時は、敬意を表して『ローズキャリー大尉』と呼びなさい。ま、どうしてもって言うなら『フラム様』でもいいけどね!」

おーっほっほ、と笑い出しそうな勢いで語るフラムちゃん。一般兵がこれをやっているなら只の馬鹿の極みなのだが、ローズキャリーという名前にはジャニスにも聞き覚えがあった。確か、ガリアの有名な貿易会社の名前もそうだったはずだ。なるほど、社長令嬢ということか。ならばこの態度も頷ける、とジャニスは納得した。

「わかった。んじゃよろしくネ、フラムちゃん」

「全然わかってないじゃない!この……」

「お嬢様、落ち着いて下さい。彼女はお嬢様とお会いすることができて緊張しているのです。だから、思わぬことを口走っているのでしょう」

「な、なるほど……そうね!私としたことが取り乱しちゃったわ。ボイド中尉!今のは聞かなかったことにしてあげる。次から気をつけることね!」

こちらに飛んできそうな勢いだったフラムを、逆側に座っていた仏頂面の片割れが冷静になだめた。お嬢様という口ぶりから察するに、メイドか従者なんだろうか?と考えるジャニス。

「申し遅れました、私はマチルダ・カニンガム。ブリタニア出身、階級は大尉です。私の役目はAWACSですので戦闘に参加することはできませんが、精一杯サポートさせて頂きます」

深々と頭を下げるマチルダ。シニョンの黒髪や縁のない眼鏡、深緑の制服が、游隼とはまた違った大人っぽさを感じさせた。何より彼女は、かなりグラマラスだった。

「AWACS付きの部隊とはまた豪華だね。よろしく!」

「最後はアナさん、お願いします!」

「……わかった」

アナと呼ばれた最後の一人が、仏頂面のまま立ち上がった。高い身長に長い銀髪、冷ややかな視線。白いコートも相まって、ジャニスはおとぎ話に出てきた雪の妖精を思い出していた。

「……アナスタシア・P・スリャーノフ。オラーシャ生まれ。大尉。よろしく」

「アナスタシア、ね。んー……長い!なんて呼んだらいいかな?」

「……任せるよ。向こうじゃターシャかナーシャって呼ばれてたけど、レイには」

アナスタシアが指した方を見ると、何故か自信満々な表情のレイが、

「アナさんって呼んでます!」

と一言コメントした。視線を戻すと、アナスタシアは半ば諦めたような笑みを浮かべていた。

「なるほどね。じゃ、私もアナで。これなら短いし」

「……やれやれ、困ったね」

呆れたように笑いながら肩をすくめて、腰を下ろすアナ。自己紹介の淡白な喋り方や表情から最初は無愛想な人物かと思ったが、案外悪いやつでもないのかもしれない、とジャニスは思った。

「さて、今日は出撃もありませんし、ジャニスさんをお部屋に案内してきますね!」

「解散ってことでいいかな」

「はい!」

アナへのレイの軽快な返事を合図に、4人はぞろぞろと席を立った。

「ジャニス、レイと同じ部屋なんでしょ?今度遊びに行かせてもらうね」

「うんうん!他のみんなも来ていいからね〜」

游隼に手を振りながらジャニスが言ったが、アナは「すぐ行くのは遠慮しとくよ」と告げ、フラムはジャニスの方を睨み、カニンガムは礼をして去っていった。

(「慣れてくのには、ちょっと時間がいりそうかな……」)

何故か楽しそうな笑顔を浮かべているレイの所に行きながら、ジャニスは密かに思った。




実は何話かストックがあるので、できれば1週間か2週間に1話投稿していきたいなと思ってます。他の方々のように短いスパンで投稿していきたいのも山々なのですが、ゆっくりと待っていただけると嬉しいです。(2話のみこの後9時に投稿します。
ちなみに、この部隊の各キャラクターの名前にはそれぞれに元ネタとなる作品があります(アナスタシア以外)。元ネタがわかり次第、この作品の感想欄なり僕のTwitterアカウント(@Greenbe70416327)に送りつけるなりしてくださると僕が嬉しいので、どうぞよろしくお願いします。


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第2話 記念すべき一日

なぜ月曜日の8時と9時という変な時間に投稿したのかというと、リアルと時系列を合わせたかったからです。時系列を合わせるのはあと数話くらいですので、それ以降は決まった時間(未定)に投稿したいと思います。
また、今回のように連続で投稿するのは今後はあと2回くらいしかない予定なので、あまり期待しないでください。


「そういえば、ジャニスさんのお母さんってもしかして……」

基地の中を案内され、新しく私の部屋になった一人部屋に来た時のことだった。荷物を大体運び終えた時、レイが唐突に口を開いた。

「残念、『40秒』のジェニファー・ボイドはおばあちゃんだよ」

「ほんとですか!?いや〜、やっぱりそうだったんですね!あんまりボイドって名前の人いないし、偶然の一致かとも思ったけど、本当にそうだったんだ!」

キラキラと目を輝かせながら話すレイ。やはり祖母の知名度は並々ならぬものがあるな、とジャニスは思った。

ジャニスの祖母は優秀なウィッチだった。第2次ネウロイ大戦中期にリベリオン陸軍に入隊したにも関わらず、驚異的なスピードで頭角を現し、入隊から2年も経たぬ内に、激戦地である欧州方面に派遣された。

各国のエリート達が集う欧州においてもその実力は一流であり、わずか10ヶ月でネウロイ70機撃墜の偉業を成し遂げた。終戦後もリベリオンで教官を務め、独自の空戦論を語るなどして、歴史にその名を刻み込んだのだった。

ちなみに異名の「40秒」とは、教官時代に「不利な状況から模擬空戦を開始し、40秒以内に位置を逆転させる」という賭けを行い、3年間の通算で無敗だったことから付いたものである。ジャニスも同様の賭けを本国で行っていたが、どれほど頑張っても40秒を切ることはできず、「50秒」のあだ名に甘んじていた。

「やっぱり、戦ってみたかったですか?」

「うん、そうだね。なんせ相手は自分の家族だからね。人間なんだから、先人を超えてこそでしょ?」

「か、かっこいい……ジャニスさんかっこいいです!」

「んふふ、ありがと」

感極まったように、レイがジャニスの手をがしりと握ったのと同時に、甲高いサイレンが基地内に鳴り響いた。瞬間、サイレンに反応した二人が身を固くする。

「お出ましかな?」

「そうみたいですね。格納庫に行きましょう、着いてきてください!」

「オッケー!」

部屋から飛び出たレイを追って長い廊下を走り、ジャニスは格納庫に辿り着いた。そこでは、游隼とアナが二人を待っていた。

「来た日に出撃とは運が良かったね、ジャニス」

「随分と歓迎されてるみたい」

「ネウロイもせっかちだよ。まだ部屋に荷物運び終わっただけだってのにさ」

「ちゃんと揃ってるわね?うん、上出来じゃない」

どうにも緊張感のない会話がされている中、フラムとカニンガムがゆっくりと格納庫に入ってきた。

「お嬢様はのんびりさんだこと。ティータイムには早いんじゃない?」

レイが左手の腕時計を覗く。時刻は午前10時を5分と少し過ぎたところだった。

「余計なお世話よ。それに、私は少しくらい遅れてもいいの。私はあなた達とは違うんだから」

「『あなた達と違う』と来ましたか。全く、貴族さまには参るね」

「……ついさっき来たばかりなのに随分と生意気ね、ボイド中尉。私の階級は覚えてるのかしら?」

「そっちこそ、学校で時間は守りなさいって教えられたのは覚えてない?あっ、もしかして、ガリアじゃ教えてないのかなぁ」

どこか棘のある口調で話すフラムに、過剰な猫なで声で返すジャニス。たちまち、二人の間に険悪な空気が広がる。その様子をレイと游隼は心配そうに、アナは表情を変えずじっと見ていた。

「おやめくださいお嬢様。中尉もです。今はネウロイが迫ってきています」

抑揚のない、感情がほとんど込められていないカニンガムの声による仲裁で、二人は睨み合うのをやめた。

「うっ……わかったわよ」

「はいはーい」

「……良いですね。ではネウロイの説明を始めます。中尉、この部隊では私が指揮を努めさせて頂いています。戦闘隊長はお嬢様です。異論はありませんね?」

「うん。説明してちょうだい」

ヒラヒラと手を振り、ジャニスが話の続きを促す。

「では。目標は全長50mの大型1機です。稚内市上空を通過し、時速700kmで南下中。そして……」

手元のタブレット端末に目を落としながら、カニンガムがすらすらとネウロイの情報を述べる。

「……例の光学迷彩型です。しかし、射程距離内であればミサイルは感知しますし、私も位置を教えますのでご安心を。では皆さん、出撃用意をお願いします」

「「「「「了解」」」」」

口を揃えて返事をした5人は、それぞれのストライカーへと走り出す。ストライカーが固定されている台座の近くには、数人の整備兵が待機していた。

「9X-2は2発、AMRAAMは4発積んであります!」

ストライカーに脚を入れ、無線機兼HUDの役割をなす多機能ゴーグルを着けながら、早口言葉のような整備兵の武装の説明を聞くジャニス。9X-2とは、ジャニスのストライカーであるF-35Aに積める短距離用ミサイルAIM-9X-2のことであり、AMRAAMはAdvanced Medium-Range Air-to-Air Missileの略、つまり中距離空対空ミサイルのことだ。

「これは何発入れてあるの?」

「SAPHEIを180発です!」

「よし、バッチリ!」

台車で運ばれてきた黒光りする物体を指し、ジャニスが聞いた。その物体とは、リベリオン製の25mmガトリング砲、GAU-22/Aイコライザーである。その隣には、給弾ベルトが溢れんばかりに詰まったバックパックが鎮座していた。

「レイ、出撃しまーす!」

「フラム、出るわよ!」

声に反応したジャニスが左を見ると、レイとフラムが滑るように格納庫を飛び出していった。ジャニスも負けじとイコライザーを持ってバックパックを背負い、ストライカーの回転数を高める。回転数が一定以上になると、ストライカーを据え付けている台座のロックが外れ、ジャニスの体がゆっくりと前進し始める。

「ジャニス、出るよ!」

気合を入れ直す為に一際大きな声を出し、一気に加速する。真っ青な霧のような魔法力がエンジンから放出され、ジャニスは格納庫を飛び出した。

『幸運を、ミス・ボイド』

「ありがとう、頑張ってくるわね!」

無線機から入ってくる管制官の声に、ジャニスが元気に返す。

「ジャニス、少しいい?」

「ん?どしたのさ、アナ」

レイとフラムをジャニスが追っていると、右後方からアナが接近してきた。ついさっきとまるで変わっていないような、仏頂面だった。

「来て早々あのお嬢さまに口答えするなんて、ジャニス、結構度胸あるね」

「別に、大したことじゃないでしょ。偉そうにしてるのがちょーっと頭にきただけだし」

済ました顔でジャニスがそう言うと、アナはどこか哀愁を感じる表情を浮かべた。

「あの子はちょっと肩肘張ってるだけなんだ。ちょっとくらい生意気でも、大目に見てあげてよ」

「ま、わかってるけどさ。さっきのも別に本気だった訳じゃないし」

ジャニスの言葉を聞き、アナは仏頂面に戻った。

「そう……それだけ」

「そっか」

ジャニスとアナは横に並んだまま速度を上げ、レイ達と合流する。

「みんな早いよー!ジャニスにいい格好したいのはわかるけど!」

「そんなわけないでしょ!早く並びなさい!」 

「はーい……」

フラムに怒鳴られながら4人の後ろから游隼が合流し、5人はフラムを先頭にした楔形に並んだ。

『目標確認、方位340。高度25000フィート、距離約20マイル』

「そろそろね……全員、ちゃんと私の指示を聞くのよ!わかった、ボイド!?」

「うん。あんまり無茶なのは聞けないけどね」

無線から届いたカニンガムの冷静な報告を聞き、フラムがキンキンと神経質そうな声を上げる。呼び捨てにされたことには触れず、ジャニスはそれに落ち着いた声色で返す。前方のフラムは、返事を聞いてウンウンと頷いていた。

「よしよし……そう、あなたもよスリャーノフ大尉!いつもいつも私の指示を聞かないで……」

「……先行する」

ぼそりとそう言い残し、アナが急加速した。呆気にとられた4人から、猛スピードでアナが離れていく。

「ちょっ……ああもう!攻撃開始!行くわよ!」

「「「了解!」」」

全員がエンジン出力を上げ、ぐんぐんと加速する。5人の体が風を切り、エンジン音が甲高く鳴り響く。

『スリャーノフ、交戦。FOX3』

無線からアナの澱みのない声がしたかと思うと、4人の視線の先の斜め左上の空で爆発が起き、それまで何もなかった空間に、今まさに生み出されたかのように黒い物体が現れた。角の丸まった十字架を、下に伸ばしたようなフォルム。ネウロイだ。

「へぇ〜。攻撃が命中するまでは本当に見えないんだね」

「最近時々来るんですよね、迷彩型」

「一発でも機関砲当てちゃえば姿は見えるし、そんなに厄介な相手でもないんだけどね」

「フラム交戦!ボサッとしてると獲物は貰うわよ!FOX2!」

呑気な声で話していた3人に、フラムが叫ぶ。HUDの役割を果たすゴーグルは、既にネウロイを射程圏内に収めていると表示していた。

「じゃ、行きますか。游隼、交戦。FOX3!」

「レイ、交戦っ!FOX3!」

「ジャニス、交戦!FOX3!」

4人が一斉にミサイルを発射し、白い筋が8本空に走る。ステルス能力をアナによって無効化され、丸裸の状態になったネウロイは、怒りの叫びのような金切り音を発した。

全身からハリネズミの如くレーザーを放ってミサイルを迎撃するネウロイ。が、ギリギリで残った2発が十字架の中心部、いわば胴体中央に異なる角度から命中し、表面を大きく崩壊させる。

「やった!今の私の撃ったミサイルですよ!」

「私のミサイルよ!」

「まだ落ちてないよ、二人とも」

「うん。コアはなんとか守ったみたいだね」

『コアの反応あり。翼の付け根の少し後ろです』

ネウロイに接近していた4人に、カニンガムが告げる。ジャニスが目を凝らすと、確かに崩壊した胴体の一部から赤い光が漏れ出していた。

「一気に畳み掛けるわよ!」

「言われなくても!」

「今日は私がいただきますよー!」

「私だって!」

4人と先行していたアナが攻撃を再開し、怒り狂ったようにレーザーをばら撒くネウロイに、散開しながら短距離用ミサイルと機関砲が叩き込まれる。ネウロイの表面が崩れ、白い破片を羽根のように撒き散らす。それによって、漏れ出すコアの光もどんどん大きくなっていく。

「これで……!」

ネウロイの真上にいたレイのAAM-5が命中し、十字架の先端部が折れた。通常の飛行機ならば機首が切り落とされたような状態であり、そのまま墜落する運命を辿るだろうが、ネウロイは止まらない。レーザーで巧みに迎撃し、致命傷を避けようとする。だが、進化した魔女たちにそんな苦し紛れの延命策は通用しなかった。

「もらったーっ!」

赤い光を右に左に避けながら接近したジャニスが吼え、右手のイコライザーのトリガーを引く。軽量化された給弾機構が唸り、音速で放たれた25mmSAPHEI弾がコアに突き刺さり、貫通し、打ち砕いた。首を失った十字架は、そのまま光に包まれて雪のように消えていったのだった。

『目標の破壊を確認。皆さん、お疲れ様でした』

平坦で一本調子ではあるものの、どこか安心しているようなカニンガムの声を聞き、5人はほぼ同時に溜息を漏らした。

「もうこの付近にネウロイは居ないのよね?」

『はい、反応はありません』

カニンガムの返答を聞き、フラムが長方形のゴーグルを額に上げる。それは、一応の戦闘隊長であるフラムがもう戦闘が終了したと認識したのを表していた。それに倣い、4人もゴーグルを上げる。

「よし、全機帰投するわよ!」

「早く帰ろーっと」

「あ、コラ!編隊組みなさいよ!」

フラムの指示に食い気味にジャニスが言い、基地の方角へと向かい始めた。ジャニスとそれを怒って追うフラムを、残った3人が呆れたように追い始める。

「まさか、来て数時間で初戦果とはね……」

「流石は『50秒』」

「ジャニスさん……かっこよかったなぁ」

顔を見合わせる游隼とアナを尻目に、レイがうわ言のように呟いた。




自分で隊の編成を考えてみて再認識したのですが、501って超豪華な部隊なんですよね。11人全員固有魔法持ち(しかも半数近くが希少)+各国のエースばっかりっていう盛り盛りの設定なんて、そう真似できませんよ。
勿論この部隊の皆も自国では結構名の知れてるエースなんですが、それぞれの国により強いエースがいるので、言うなれば「(トップじゃないけど)エースばかりの部隊」という立ち位置です。トップの人たちを描写するかは未定ですが。


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第3話 48 seconds

次回から毎週月曜の午前0時に投稿します、たぶん。
活動報告に何もなかったら「ああ、忘れてんだな」と思ってください、間に合わなかったら活動報告か何かで言いますので。1週間音沙汰が無かったら死んだと思ってください。きっと死んでません。


「あー、もう!むかつくむかつくむかつく!何なのよあいつ!」

目をつぶったままぶんぶんと手を振りながら、フラムが叫んだ。

「お嬢様、あまり暴れられますと上手く洗えません。どうか落ち着いて」

「わ、わかってるわよ……」

それを凛とした声でカニンガムが制し、フラムの泡まみれの金髪を掻く。カニンガムの手付きは、その道のプロにも劣らないのではと思わせるほど手慣れており、フラムの緊張した身体も徐々にほぐれていった。

「ふへぇ〜……いやー、風呂って良いもんだね。疲れが吹っ飛ぶよ!」

「えへへ……そうですねジャニスさん……」

しかし、湯船に浸かっている2人の声が耳に届くと、再び身体が反応して強ばった。フラムが意識している相手とは、湯船で手足を伸ばしている、リベリオン生まれの金髪のウィッチ。ジャニス・ボイドその人だった。断じてジャニスの裸体に鼻の下を伸ばしているレイではない。

何故フラムがそんなにジャニスを意識し、憤慨しているのか。時は20分ほど前に遡る。

 

 

 

 

「ボイド中尉!あなたに決闘を申し込むわ!」

「はえ?」

6人が游隼お手製の料理を平らげ、食休みに没頭している時だった。レイらと一緒に昼の情報番組を見ていたジャニスは、フラムの突然の宣言に間抜けな声で反応することしか出来なかった。

「決闘、って何するの?早撃ち?切り合い?ゲームの勝負なら乗ってあげてもいいけど。楽だし」

「何言ってるのよ!ウィッチがウィッチに決闘を挑むんだから、空戦に決まってるじゃない!」

「えぇー?面倒くさいなぁ……」

いかにも怠そうにジャニスが言う。横にいるレイと游隼はその様子を好奇の眼差しで見ており、黒いブックカバーの本に目を落としていたアナも、若干の上目でフラムとジャニスを見ていた。

「心配はいらないわ、何かあればカニンガムがなんとかしてくれるもの。だから、私の決闘を受けなさい!」

「可能な限りはなんとかします」

特に変わった様子をするでもなくジャニスを見守っていたカニンガムが言う。

「まあ、いいけど……」 

周囲の視線が少し気がかりではあったものの、ジャニスは渋々承諾した。それを聞き、フラムは二度大きく頷いた。

「そうと決まれば早くやるわよ!もう準備はできてるんだから!」

「手が早い……」

意気揚々と歩くフラムをジャニスが追い、その後ろを4人がカルガモの子供のように着いていくという、なんとも微笑ましい光景が繰り広げられた後、6人は格納庫へと辿り着いた。

「ようジャニスちゃん。聞いたよ、決闘だってな」

「頑張れよ、インク弾でも当たると割と痛いぜ」

「髪に付いたらなかなか取れないからな、気をつけてな」

「はいはい、ご忠告ドーモ」

整備兵たちが飛ばしてくるヤジに、緑色のジャケットに手を突っ込んだまま返すジャニス。やっとこの基地に来てから1週間経ったくらいだと言うのに、まるで1年過ごしたかのように周囲に馴染んでいる。

「ルールは簡単。どちらかの体かストライカーにペイント弾を当てれば勝ち。シールドとミサイルは無しよ」

「ま、そういう風に落ち着くよね。んじゃ早速用意しよう、早く終わらせたいんでしょ?」

「ええ。あと、制限時間は30分。途中で負けを認める時は、『参った』って言いなさい」

「了解了解〜」

ストライカーを履きながら、のほほんと話すジャニス。バックパックにはオレンジ色のペイント弾が半分詰まっており、重さは実弾を満タンに詰めた時の3分の1ほどしかない。

「先に行くわよ」

フラムはさっさと格納庫を出てしまい、二重に響いていた静かなエンジン音が一つだけになる。

「……そうだ、カニンガム!」

「はい、なんでしょう」

「始まったら、これよろしく!」

唐突に声をかけられたにも関わらず冷静なカニンガムに、ジャニスがあるものを投げ渡し、ろくな説明もなしにそのまま格納庫を飛び出ていった。

「さて、見物だね。どっちに賭ける?私はフラムかな」

「ジャニス」

「……うーん、迷いますね。ジャニスさんで!」

「私はいつでもお嬢様と決まっています」

4人が口々に賭けの相手を話していると、周囲の整備兵達もぞろぞろと集まり、適当なテーブルに紙幣や硬貨が集められていった。

 

 

 

 

「ひとまずありがとう、ボイド中尉。私の決闘を受けてくれて」

フラムが軽く会釈をする。

「これは、他の皆ともやったことなの。私が言い出したけど、この部隊の通過儀礼みたいなものよ」

「へぇ。今のところの戦績はどうなの?」

(勝手な通過儀礼だなぁ)と思いながらジャニスが聞くと、フラムはさらりと答えた。

「2勝1分けよ。スリャーノフ大尉とは時間切れで引き分けたわ」

「なるほど。景品とかは無いの?」

「そんなもの無いわよ。でも、そうね……負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞くってどう?ありきたりだけど」

「いいねいいね、そういうのがなくちゃ。うん、そっちの好きなタイミングで始めていいよ」

ジャニスがなんの気なしにそう言うと、フラムの浮かべていた余裕そうな笑みがゆっくりと消えていき、ゴーグルの下の目が、猛禽を想起させるような鋭いものに変わっていった。

「いくわよ……って、何してんの?」

「ほら、始めなよ」

「は?」

口では色々と言いつつも、実のところ彼女には少しだけ憧れのようなものを、フラムは持っていた。伝説のウィッチの孫娘であり、この基地に配属されてから半日も経たずに初戦果を上げた、ジャニス・ボイドに。

それが自分の目の前で反転し、無防備そのものの背中を晒している光景を受け入れられず、フラムは呆然としていた。

「早く始めちゃいなって、お互いにさっさと終わった方がいいでしょ」

「もしからかってるつもりなんだったら、今すぐ降参しなさい。ふざけた相手を嬲る趣味は無いわ」

「ふざけてなんかないよ、からかってもないし。真面目そのもの、やる気満々だね」

ジャニスは普段と変わらない様子で、明るく言う。それを聞き、徐々にフラムの声に苛立ちが混じり始める。

「私を馬鹿にするのも大概にしておきなさい。これが最後の通告よ」

「馬鹿になんかしてないって。これがもう、私の臨戦態勢なんだよ。そっちが仕掛けてきたら対応できる状態だから、早く始めなって」

「……やっぱり、あなたに少しでも期待していた私が馬鹿だったみたいね。こんな形で媚びを売られても、嬉しくも何ともないのよ!」

スッ、と訓練用のFM61M3をジャニスの背中に向けるフラム。怒りの声と共に引き金を引く一瞬前に、ジャニスが左手の指を鳴らしていたが、フラムは気づいていなかった。FM61から放たれたペイント弾は、真っ直ぐにジャニスの背中へと飛んでいき、ジャニスの背中をオレンジ色に染め──なかった。

背中に当たる直前、ジャニスが驚異的な速度で前に大きく体を倒した。それまでジャニスがいた空間を通り、ペイント弾は虚空へ落ちていった。

「はぁ!?」

「さ、スタートだね!」

あっけらかんと言い放ち、くるりと前に一回転して上昇するジャニス。目の前で行われた人間離れした動きに呆気にとられていたフラムだったが、すぐにジャニスを追いかけ始めた。

「よく動くなぁ。追いかけっこじゃ不利かも」

「余裕でいられるのも今のうちよ!吠え面かかせてあげるんだから!」

数秒間の上昇の後、大きく左旋回をするジャニスに、小回りのきくフラムが食らいつく。ぐんぐんとフラムとジャニスの距離が縮まり、射程に収める。

( 「もらった!」)

「おっと!」

ヴゥゥンという発射音に続き、ペイント弾がジャニスへと放たれる。射撃は2秒にも満たないものだったが、300発近く放たれた弾の軌跡はジャニスの飛行のそれと重なっていた。が、それも当たる直前に降下運動によって回避され、広大な大地へと落ちていく。

「なっ……なんで反応できるのよ!?」

「ほらほら、鬼さんこっち!」

「このッ、舐めないでよ!」

降下しながらの旋回やバレルロールをするジャニスに追従しながらフラムが何度か射撃を行うが、チラリと見られただけでどれもギリギリで回避されてしまう。

最初は20メートルほど離れていた2人だったが、ジャニスは回避をする度に徐々に距離を縮め、今や5メートルもないほど近付いていた。フラムは焦りからか、それに気づいていない様子だった。

「さあ、早く落としてみせなよ!」

「そういうのを、なんとかの一つ覚えって言うのよ!」

ジャニスの宙返りの動きに合わせ、フラムが減速する。ジャニスが円の頂点を描くとき、つまり最もエネルギーを失って速度を落とす瞬間を狙おうというのだ。

失速にあまり逆らわず速度を落とし、ジャニスの上昇に合わせて確実に狙いを定めるフラム。接近し、銃口をゆっくりと上げる。フラムのHUDの中心より少し上に、ジャニスの背中が捕捉された。

「これで、終わりよ!」

ヴゥゥゥン……という轟音と共に、FM61からペイント弾が無数に吐き出される。普段は抑えている猛烈な反動を逆に利用し、ひっくり返らんばかりの勢いで銃口を跳ね上げて射撃を行うフラム。

(「ボイドは射線上に捉えておいたし、たとえ多少動いたとしても弾が当たる方が早い!回避は不可能よ!」)

フラムは、銃を持った右腕はブレないように支え、真っ直ぐ上に振り上げた。1秒弱ほどの斉射の後、腕が真上を指したところで引き金から指を離すフラム。

斉射を終えたフラムの心中は、予想外の粘りを見せたジャニスに対する賛辞と、それを乗り越えた自分への称賛で満ち溢れていた。

「勝っ、たぁ……!」

「私が、ねっ!」

フラムの斜め後ろ上方から声がし、少し遅れて鳴り響いた鈍い発射音と共に背中と太腿を衝撃が襲った。べちゃりとインクが背中に広がる感覚と、ペイント弾が当たったことによるヒリヒリとした痛みが、フラムの背中に残っていた。

「は……?えっ……?」

『そこまで。 ボイド中尉の勝利です』

何が起きたのかわからず、か細い声を漏らすフラムの耳に、カニンガムの澄んだ声が届いた。

「よっし!上手く行ったぁ!」

フラムが振り返ると、勝ち誇った様子でジャニスが笑みを浮かべていた。そのストライカーにも体にも、ペイント弾が命中したらしき痕跡はまるで無く、飛沫の一つも見当たらなかった。

「な、なんでよ!なんで当たってないのよ!」

「いやー、結構ギリギリだったよ。しっかり狙われてたら避けられなかった」

危なかったなー、と胸を撫で下ろすジャニス。

「右で撃ってくるってのはわかってたから、エンジン全開にして左宙返りで避けたんだ。で、撃った。この子(F-35A)だからこそできる芸当だよね。いや、アナの35でもできるのかな?」

ジャニスがぽんぽんとストライカーを叩きながら言う。事実、ジャニスがそのような機動をできたのは、F-35の優れた機体制御システムとジャニスの腕前があってこそだ。ジャニスが挙げたアナのSu-35ストライカーには推力偏向ノズルが採用されており、そうでないストライカーで同じ軌道を描くのは、不可能ではないにせよ相当厳しいことだろう。

「じゃ、じゃあ!最後以外はなんであんなに避けられたのよ!完璧に外さないタイミングで撃ってたのに!」

「それは……まあ、撃ってきそうだな〜って思ってチラッと見たら、そのタイミングで撃ってきてくれてさ。結構素直な感じだったから避け易かったよ」

ジャニスの全くもって参考にならない理由を聞き、愕然とするフラム。もっとも、初めて戦う相手の攻撃を、一瞥しただけで察知して回避するという回答を聞けば、多くのウィッチが言葉を失いそうではあるが。

「ま、とりあえずお先〜」

「く、くっ……本っ当に、なんなのよ!ジャニス・ボイドーッ!」

ジャニスが早々と格納庫へと降下していったため、空に一人残ったフラムが叫ぶ。その声は、遥か遠い旭岳にも木霊したとかしなかったとか。

 

 

 

 

カニンガムは2人へのアナウンスをし終えると、自分の手の中のモノをじっと見つめていた。

格納庫から出ていく前にカニンガムがジャニスから渡されていたものは、小さなストップウォッチだった。彼女はフラムとの決闘に挑みつつ、自分の信条を守ろうという気だったのだ。

「凄い動きだったなぁ……さすがジャニスさん!カニンガムさんもそう思いますよね……って、それ何ですか?時計?」

まさかの事態に言葉を失い、シンと静まり返っていた格納庫で、振り返ったレイがカニンガムのストップウォッチを発見した。手のひらに収まるサイズのものだったため、レイからは少ししか見えなかったのだろう。しかし人一倍声の大きいレイの発言により、周囲の人々もそれに気づいてしまった。

「カニンガム、それって」

「何秒だった?」

游隼とアナに聞かれ、カニンガムは返事をする代わりに、ストップウォッチを持つ手を3人と周囲の人々に見せた。「別になんでもない」と言って隠し通すことも可能だっただろうし、いっそ記録を消してしまっても構わなかっただろう。しかし、それは闘い合った2人に失礼だとカニンガムは思った。その結果の行為だった。

翻された手に収まっていたストップウォッチの小さな画面には、「48sec」という表示が浮かんでいた。決闘のスタートが曖昧な中、カニンガムが時間を計り始めたタイミングは、ジャニスが指を鳴らした時だった。

不利というよりほぼ敗北が確定しているような関係から、ジャニスは徐々にフラムを追い詰め、そしてその背中とストライカーを撃ち抜いたのだ。

「……お嬢様には内緒にしておきましょう」

静寂に包まれた格納庫で、カニンガムが言った。

 

 

 

 

「もう少しで私が勝ってたのに!もう!」

「そうですね。お嬢様、流しますよ」

「わぷ……」

背中についた泡まで流されながら、フラムはぶつくさと述べる。全身を隈なく洗い、やっと髪についたインクも洗い流し終えた2人は、レイとジャニスが浸かっている湯船に入った。

「ってレイ、傷跡だらけじゃない!この脇腹のとことか特にひどいし……昔何かあったの?実は歴戦の勇士だったりして!」

「ちょっとした事故ですよ。どれももう治ってますし、大したことありませんから!」

「ちょっとした事故って言う割には多い気がするけど……何か私にできることがあったら言ってよ?」

「うーんと、じゃあ、後ろを向いてもらえます?」

「こう?」

「では、私の傷ついた心を慰めてくださーい!」

レイがいきなりジャニスの背中に飛びつき、胸を後ろから揉み始めた。急な行動に反応できなかったジャニスは、レイの手を引き剥がすのにも苦心し、くすぐったそうに身体をよじる。

「ちょ、ちょっとやめてよ……あははは!」

「手に丁度収まるサイズ、ハリもよし、いつまでも揉んでいたくなるような心地よい弾力……素晴らしいおっぱいです!」

「くすぐったいからやめ、はははは!」

バシャバシャと湯船で暴れまわる2人。少し離れた位置で肩まで湯に浸かっていたフラムを、波と水しぶきが襲った。

「はぁ、はぁ……く、くすぐったかった……」

「いい揉み心地でした……よし、次はカニンガムさんの番ですよー!」

「い……いい加減にしなさいよツガイ!」

しばらくはフラムも耐えていたが、ジャニスの胸は揉み飽きたのか、レイが標的をカニンガムに変えたときだった。ついに堪忍袋の緒が切れたのか、フラムが勢い良く湯船から立ち上がった。

「風呂でのマナーだのなんだの言うつもりはないけど、軍人としての自覚はないの!?大体いつもいつも私の言うことを聞かないし空気は読まないし……」

「うーん……フラムちゃんが言うの、それ?」

それは、レイの何の悪意もない一言だった。ただ単に疑問に思ったから聞いたという風な口ぶりだったし、事実レイは悪気も何もなく聞いただけだった。

だが、まくし立てていたフラムは、ぐっと押し黙らざるを得なかった。薄々ながらも、自分の行動について反省してはいるからだ。他人の言うことを聞かないことと、あまりその場の空気を読まず、感情的に行動することを。そのため、フラムはなんの反論もできなかった。

「う、うう……うるさい!上がるわよカニンガム!」

「はい」

怒り心頭といった様子で大浴場から出ていくフラムと、それを追うカニンガム。フラムが先に出ていったのを見計らって、レイはカニンガムに後ろから抱きつき、ジャニスのものより豊満な胸を揉みしだいた。

「この手からあふれ出るほどのサイズ感……やっぱり半端じゃないですねカニンガムさん……!」

「栂井少尉」

「はい?」

「私の胸を揉まれるのは構いませんが、節度というものを弁えていただけませんか。あの場であんなことをすれば、お嬢様でなくてもお怒りになられます」

「はい……」

冷静に告げられ、レイはしょんぼりしながら胸から手を離す。最初に掴まれたときは少しビクリと体が反応していたが、それ以降は特に反応しなかったカニンガムの胆力に、ジャニスは驚いていた。

「うーん、でも、なんでフラムちゃんは上がって行っちゃったんでしょう。そんなに怒ってたのかなぁ……ジャニスさんはわかりました?」

湯船に戻ってきたレイが、ジャニスに聞く。

「人間っていうのは、正論ばっかり言われていると嫌になるもんなのよね」

「?」

レイは未だにわかっていないようだったが、ジャニスはそこで話すのをやめ、大浴場のクリーム色の天井を見上げた。湯気が集まって水滴となり、ぴちょんとジャニスの顔に落ちた。

「あっ!」

「どうしました?」

それがきっかけになったのか、はたまたなっていないのか、ジャニスが何かに気づいて大きな声を上げた。

「何頼むか考えてなかった……」

明けた次の日の午後三時頃、ジャニスは少し高級な紅茶とガリアの菓子を口にしたのだった。




今回でわかったと思いますが、レイは宮藤のようなポジションです。フラムちゃん以外はレイより胸が大きいので、割と無節操にセクハラをします。閃乱カグラにおける葛城さんみたいなキャラですね。


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第4話 夜の世界

アークナイツってゲームが流行ってるみたいですが、あれとストライクウィッチーズって相性良くないですかね。みんなケモミミだし違和感無さそうな気が。


「夜間シフト?」

「はい。中尉もここに配属されてから2週間が経ちましたし、新たな業務にも慣れて頂くためです」

3月のある日の夜、夕食後に基地の中をうろついていたジャニスはカニンガムによって引き止められ、説明を受けていた。

「夜間シフトという名ではありますが、旧来のように毎晩深夜に夜間哨戒をする必要はありません。夜間にネウロイが出現・接近してきた場合に二人一組で出撃し、必要であれば撃退するだけです」

「へえ、結構ラクそうだね。ネウロイが来なかったらそのまま基地で待機してればいいんでしょ?」

楽観的なジャニスの言葉に、カニンガムが首肯を返す。

「はい。待機中に眠ってしまわれても構いません。ネウロイが来たら起こすことになりますが。その為、昼間はご自由に過ごして頂いて結構です」

「そっかぁ……そうだ、私のペアって誰なの?」

「スリャーノフ大尉です。以前から一人で夜間シフトを行われていたのですが、中尉に仕事に慣れてもらうのと同時にチームワークを高めるために、ペアを組んで頂きます」

ふうん、とジャニス。

「まー、見るからに一人が好きそうだもんね。向こうは私と組んでも良いって言ってるの?」

「はい。快諾です」

予想外のカニンガムの言葉に、若干目を見開くジャニス。

「期間は1週間ですが、より詳しいことは大尉に直接聞くことをお勧めします。談話室か格納庫に居られるでしょうし、そちらを訪れてみてはいかがでしょうか……では」

「はいはーい」

廊下の先へ歩いていくカニンガムに手を振り、そのままジャケットのポケットに突っ込む。

「快諾、ね」

 

 

 

 

「…………」

秒針が時を刻むカチカチという音と、少しの間を置いてページをめくる音だけが、静寂な部屋に鳴り響く。ふと、壁の向こうから部屋に近づいてくる音があった。

一定のリズムで段々と大きくなる音に、アナは本を閉じて置き、立ち上がる。使い古された黒いブックカバーが、蛍光灯の光を鈍く反射していた。

扉をノックする音が四度鳴る。相手が誰かはわからなかったが、目星は付いていた。

「お邪魔するよーん」

扉越しに響く、くぐもった明るい声。予想通りだった相手に、アナは若干意地悪く返す。

「邪魔は困る」

うぇ、と狼狽する声が小さく聞こえる。くすりと微笑みながら、アナは扉を開けた。

「冗談」

「わかりにくいよそれ……入るね?」

「どうぞ」

扉から離れ、今まで座っていたソファに腰掛けるアナ。ジャニスもそれに倣い、向かいのソファに座る。

「何か用?」

「うん。カニンガムから聞いたんだけど、なんで私と組むのを快諾したのかってのが、ちょっと気になってさ」

快諾、と言う言葉にアナが反応する。再び持っていた本を置き、ゆっくりとした動作で額に手を当てる。

「……快諾した覚えはないけど」

「そうなの?」

「カニンガムに、ジャニスに夜間シフトの手ほどきをしてくれって言われたから、普通に答えただけ」

無表情なのでなんとも判断がしづらかったが、アナの言には嘘はなさそうだとジャニスは思った。

「じゃいいや……そうそう!その夜間シフトについて、詳しく知りたいんだけど、教えてくれる?」

「特段、大したことはしない。朝の4時くらいまで起きて、もしネウロイが来たら出撃するってだけ」

「ネウロイの接近はどうやって探知するの?カニンガムが夜中ずっと飛んでるわけじゃないだろうし」

「扶桑空軍のレーダーサイトが置かれてて、そこの情報が届くようになってる」

「なるほどねー。じゃあ、ずっと起きてなきゃいけないのね……」

ちらと壁掛け時計に目をやるジャニス。時刻はやっと9時をまわった頃だった。アナの言っていたタイムリミットまで、ざっくり見積もってもあと7時間。

「長いなぁ」

「私はしばらく起きてられるし、ジャニスは今のうちに寝てたら」

「そう?じゃ、お言葉に甘えようかな。あ、眠くなったらすぐ起こしていいからね」

アナの言葉に、待ってましたと言わんばかりにイヤホンを取り出すジャニス。スマホにイヤホンを繋ぎ、ジャケットを脱いで体の上にかける。

「電気、消す?」

「大丈夫〜」

ジャケットの中でもぞもぞと動いてスマホを操作し、無地のアイマスクを目にかけるジャニス。

「おやすみ」

「はーい」

再び、部屋に沈黙が訪れる。アナがページをめくる音、秒針の動く音。少し時間が経つと、すうすうというジャニスの寝息が部屋の中に響き始めた。

「……別に、ここで寝る必要は無いんだけど」

しばらくしてから、アナがぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

「ん……ふわあぁ……あ……ん?」

イヤホンとアイマスクを外しながら起き上がり、あくびを一つ。ふとジャニスが横のテーブルを見ると、小さな紙片が置いてあった。

「『異常が無かったので起こさなかった 寝てるから何かあったら部屋に来て』……こりゃまたご丁寧に」

丁寧な字体でそう書かれた紙片をポケットに入れながら壁掛け時計を見ると、普段起床する時間である6時過ぎだった。ということは、游隼が既に朝ごはんを作ってくれていることだろう。

「うーん……よく寝ちゃったなぁ」

ジャケットを着つつ、長く寝たこととソファで寝たことで凝った身体を伸ばしながら、ジャニスは談話室を後にした。

 

 

 

 

そして、その日の夜。所変わって格納庫の裏手では、二つの影が佇んでいた。

「どうですか、中尉の様子は」

ぷわりと白煙を口から吐き出しながら、カニンガムが聞く。冬場の吐息よりも白い煙は、明るい月の光をうっすらと遮り、風に流れて消えていった。

「別に。いつも通り」

同じく白煙を吐きつつ、アナが言った。カニンガムのそれよりも若干薄いアナの煙は、果物のような匂いを辺りに残しながら、同じように消える。

「……そんなことより、なんであんな風にジャニスに伝えたの」

「あんな風に、とは?」

アナの若干棘がある声に、珍しく呆けたように聞き返すカニンガム。その様子を見て、アナも首を傾げる。

「……私がジャニスと組むのを快諾した、って」

「ご自分でお気づきになっていなかったんですか?……私には、明らかに喜んでいられたように見えたのですが」 

仏頂面で互いを見つめ合う二人。見つめ合ったまま、アナが自分の頬をむにむにと引っ張ったり、伸ばしたりしていると、背後から二人に近づいてくる影があった。

「あ、いたいた!おーい、アナ!」

「ジャニス?」

手をひらひらと振りながら、にこやかに二人に近づくジャニス。

「こんばんは、中尉」

咥えていた煙草を右手で持ち、細く煙を吐き出して言うカニンガムを見て、ジャニスが口笛を吹いた。

「こんばんはー……って、それってタバコ?カッコいいね!」

「そうですか?とりあえず、お嬢様にはご内密にしていただけますか。お嫌いでいらっしゃるのです」

左手の人差し指を唇に当てるカニンガム。

「うん、わかった。アナもそうなの?」

「私のは匂いだけ」

ふぅ、とジャニスに煙を吹きかけるアナ。ほんのりと果物の香りが漂う煙に、おーと驚きの声を上げるジャニス。

「ところで、また何か用?」

電子煙草を吹かしながら、アナが聞く。頭の後ろで手を組みながら、ジャニスが答える。

「ん〜、用って訳じゃないんだけどさ。なんとなく、談話室に一人だとつまんなくて」

「ふむ。中尉は案外淋しがり屋なんですね」

「そ、そんなんじゃないよ!」

カニンガムがぽつりと言い、それに珍しくムキになって言い返すジャニス。が、その勢いもすぐに無くなり、何事かもにょもにょと口の中で呟くのみだった。

「……そろそろ終わりですね」

すっかり短くなった煙草を名残惜しげにポケット型の携帯灰皿に入れながら、カニンガムが言った。

「2本目、吸わないの?」

「吸うのは月に1本と決めているのです」

「だから私も一緒に吸ってる」

同じくポーチ型のケースに煙草を仕舞いながら、アナが言う。

ふぅん、とジャニスが声を漏らすのとほぼ同じタイミングで、唐突にカニンガムの魔導針が発現した。

「わっ!?」

同心円状に並んだ大小2つの光輪が、カニンガムの頭上でライトグリーンに輝く。外側の大きな輪っかは所々が棘のように尖っていたものの、天使のそれのような神々しさを放っていた。

「来た?」

アナの言葉に、意識を集中させるように目をつぶっていたカニンガムが少し遅れて頷く。

「……はい。つい先程、中型ネウロイの出現が確認されました。対象は稚内市を通過し、現在中川町付近を飛行中とのことです。推定時速はマッハ1.2」

「マッハ1.2!?」

予想以上のネウロイの速度に、ジャニスが素っ頓狂な声を上げる。が、そんな反応も意に介さず、カニンガムが目を開いて二人に告げる。

「対象は、現在も北海道の中央を通るように南下中と。ですので、現在より対象を迎撃目標として認定。直ちに離陸し、迎撃をお願いします」

「了解」

「り、了解!」

驚くべき速さで格納庫の中に駆け出したアナの背中を、一足遅れたジャニスが全力疾走で追いかける。既にスクランブル発進の情報は伝わっていたのか、格納庫内の二人のストライカーの周りでは数人の整備兵がテキパキと動いていた。

「武装は?」

迷いなくF-35に脚を挿れてエンジンを始動させつつ、横にいた整備兵に聞くジャニス。ヘッドセットを装着すると同時に、使い魔のジャッカルの耳と尾が生え、鈍い光で照らされていた格納庫に青い光が生まれる。

「9Xが2、AMRAAMが4です!22には120発入れてます!」

「よし、オッケー!」

弾薬の入ったバックパックを背負ってイコライザーを持ち、エンジンの回転数を高めていく。

「みんなどいて!行くよ!」

ジャニスの言葉に、正面にいた数人の整備兵が慌てて進路上から避ける。駐機台の安全装置が解除され、滑るように格納庫を出る。

『方位20!中尉、グッドラック!』

「ありがと!」

指定の方位に向いてしばらく上昇し、エンジンをフルスロットにするジャニス。まばらな雲を突き破り、夜の街の光の、遥か上空を飛んで行く。

「さて、どんなのが来るのかな……」

『ジャニス、聞いて』

「アナ?」

ヘッドセットから流れてくる、淀みのない声。直接声が届く距離まで近づくのも億劫だったのか、アナが無線を送ってきたのだ。速度を落とし、アナに並ぶジャニス。

「このままだと、ジャニス(F-35A)が最高速で飛んでもネウロイは人が住んでるエリアに到達する。私だけなら間に合うかもしれないけど、私とジャニスでも居住区の上空で戦いつつ、一般人に被害を出さないようにするのは骨が折れる。私だけだったらほぼ不可能」

ジャニスのすぐ真横に並んだアナが、冷静でありながらも力強い口調で言う。

「そっ……それは確かにそうかもしれないけど、でも、だったらどうするのさ?」

「簡単。()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()

はっきりと突きつけられた困難な状況に、俯くことしかできないでいたジャニスが、思わず顔を上げてアナの顔を見る。「それが出来れば苦労しないよ」と今にも言い出さんばかりに、疑念と困惑の入り混じった表情を浮かべながら。

「しっかり掴まって。剥がれないように」

そんな表情などまるで気にせず、ジャニスの腹の下に入り、手を取って自分の腰に回させるアナ。背負っていたバックパックは、主武装であるGsh-30-1機関砲を横に引っ掛け、体の前に来るようにアナが持っていたため、ジャニスは言われた通りに体を密着させることができた。

「カニンガム、ネウロイの現在地に一番近い居住区までの彼我の距離を」

『目標がこのまま南下を続けた場合は旭川市です。距離は約120km。到着までの推定時間は、長く見積もっても6分といったところでしょう。お二人は現在、市の南西部90kmを過ぎました』

「わかった。……そろそろかな。行くよ、ジャニス。絶対に離さないで」

無線越しのカニンガムの話が終わり、雲の切れ間から見えていた地面の光が無くなって、連なる山々が見え始めた頃。アナが言い、自分の両手でもジャニスとバックパックを抱える。

「え?ちょ、ちょっ……」

突然の宣言にジャニスが慌てて声を上げた次の瞬間。アナの体から生まれた青い光が、背中を通してジャニスごと二人の体を包み込む。そして、二人はあっさりと、音の壁を突き破った。

「うっ……わぁぁ────!?」

目の前に広がる光景に、まるでジェットコースターに乗っているかのような叫び声を上げるジャニス。

一瞬耳に届いた破裂音自体は、ジャニスは既に聞いたことがあった。リベリオンでもマッハを出したことは何度かあったし、F-35であればフルスロットルでなくとも音速など簡単に突破できるからだ。

今と過去の決定的な違いは、圧倒的な速さ。1年ほど前からジャニスが使っているF-35の最高速度はマッハ1.6。そこまでの速さは、流石のジャニスでも(色々と問題になるため)出すことが出来ても出した事は無かった。しかし、今ジャニスが味わっている速度は、今までのどれよりも上だった。

シールドで軽減されているとはいえ、体を叩く風の感覚。普段の戦闘時の何倍もの速さで後方に流れていく雲と時折覗ける地面。そして、全ての恐ろしいまでの静かさ。HUD上の速度表示は『1431』。表示されているノット表記から換算すると、2650km/h。つまり、二人は現在マッハ2.5で飛んでいた。

「……っ、……!…………?」

更に、声が出なくなっていた。正確には出ているのだが、口から出た瞬間に自らの声さえも置き去りにしてしまい、すぐに遠ざかってしまうため、ジャニスは声が出ていないように錯覚してしまっていたのだ。

『ジャニス、普通に話しても聞こえない』

口を閉じたり開いたりしていたジャニスを振り返り、耳をトントンと叩いて言うアナ。やっとその事実に気づいたジャニスが、無線に切り替える。

『こ、これって、アナの?』

『そう、私の固有魔法。ストライカーへの負担が大きいからあまり長くは使えないけど……ほら、見えてきた』

黒ぐろとした山地が広がっていた目下の雲の隙間に、ちらほらと光が見え始めた。アナが徐々に速度を落とし、世界が再び音によって彩られる。

「……とりあえず、ここら辺でいいかな。カニンガム、距離はどう」

街の光の上を通り過ぎ、約10kmほど離れた位置でホバリング姿勢になる二人。そのHUD上にレーダーが表示されるが、二人とネウロイとの間にはまだかなりの間隔があった。

『65kmを切りました。目標は依然南下中です』

「さあて、初めての夜戦だけど……アナ、何かアドバイスとかある?」

ホバリングから前進に移行しながらジャニスが聞くが、装備を整えていたアナがこともなげに言う。

「特に何も。ジャニスならなんとかなるよ」

アナの予想外の返事に苦笑しながら、ジャニスが続ける。

「そう言われてもさ……ちょっと不安なんだよね」

「高度に気をつけてれば大丈夫。あとは昼とそう変わらない」

「うーん……」

そう言うアナの声の調子は普段とまるで変わらず、からかっている様子は無いようだった。それ以上の助言は望めないであろうことを悟ったジャニスが、気合を入れ直すように両手で頬を叩く。

「よっし!頑張る!……ん、あれは」

「多分、目標」

アナとジャニスが再びホバリング姿勢になり、武器を構える。二人の正面下方で、雲に触れるか触れないかというような高さを飛ぶ、黒い物体が見えたからだ。

二枚の垂直尾翼に、後方にかけて流線型になっているコクピットらしき部位。後部には双発のエンジン、下部にはエアインテークのような膨らみも備えており、ぐんぐんと二人に近づいてくるそれは、明らかに人工物のフォルムだった。

「多分コピー元があるんだろうけど……あんな戦闘機、見たことある?」

ジャニスが振り返りながら聞く。彼女の記憶では、少なくともリベリオン製の戦闘機の中には、あんな見た目のものは無かったからだ。

「……確か、オラーシャの試作戦闘機に似たような機体があったはず」

顎に手を当てて思案顔を浮かべていたアナが答える。ネウロイは二人から20kmの距離まで接近してきていたが、相変わらず直進を続けていた。

「まあいいや、落とすことには変わりないんだから!ジャニス、交戦!」

「……スリャーノフ、交戦」

今度はアナがジャニスに少し遅れて行動を開始した。二人の方が若干高高度に位置していたため、ジャニスがウェポンベイを操作し、AMRAAMの発射態勢に入る。

「先手必勝ー!」

そのままバシュバシュ、と2発を発射。ある程度まで直進したAMRAAMがかくんと降下を始め、ネウロイへと一直線に飛翔していく。それから少し遅れて、アナも2発、ミサイルを発射した。

月夜に浮かび上がった白い線のうち2本が黒い物体へと接触、爆発する。ズゥン、という重い破裂音と共に赤とオレンジの球が2つでき、直下の雲を照らす。

しかし、その球をネウロイが炎と煙の尾を引きながら突き抜ける。直撃する寸前にミサイルを撃ち落としたのか、上部がところどころ白く発光している以外には目立った損傷は無く、飛行している様子にも全くの変化がなかった。

「うーん、当たんなかったかぁ」

「まあ、あのサイズだったら仕方ない」

直後、また爆発が起きる。アナのミサイルも撃墜されたらしく、ネウロイは表面が多少傷ついているだけだった。

「やっぱり機関砲じゃないと無理そうだね。何か作戦ある?」

「最後まで指示通りに動いてくれるんだったら、一応」

「うーん……全部は厳しいかも」

至極正直なジャニスの返事はアナもなんとなく察せていたようで、

「じゃあ臨機応変で」

という、とてもぼんやりとした返しをした。

「……それってつまり、自由にやれってこと?」

ジャニスの問いに、今度は首肯を返すアナ。それを見て、ジャニスがにやりと笑みを浮かべながら機関砲を構え直す。

「いいね、そういう方が性に合ってるや!」

「だと思った」

アナもジャニスに倣い、機関砲を構える。そのタイミングで、直進を続けていたネウロイがぎゅうっと回頭し、二人の方向へと進み始めた。機関砲での戦いを求めているかのように二人に迫ってくるネウロイの迷いのなさは、どこか戦士の如き風格さえ漂ってくるようだった。

「そらこぉい!……うひょお!」

二人の銃撃をものともせず、レーザーを乱射しながら二人の間の空間を切り裂くように飛ぶネウロイ。レーザーを散開して回避した二人の後ろで上昇し、反転。宙返り後の背面飛行の状態で、2本のレーザーを左右に照射するネウロイ。

「中々速い……ジャニス、そっちに行った」

「わかってるよ……!わっ!」

レーザーを回避したジャニスに、人が操縦していればまず不可能であろう急カーブを描いて追尾し始めるネウロイ。コクピットの左斜め後ろと両方の主翼の先端の、合計3箇所から怒涛の勢いでレーザーが放たれる。それを、バレルロールと右旋回を組み合わせて回避するジャニス。

「手数は多いけど……小さい分、脆いはず」

ジャニスが追われている間に上方に移動したアナが、ネウロイの軌道の先を読んで機関砲を連射する。ジャニスの少し後ろに放たれた20発ほどの弾丸の一部が、ネウロイの胴体真ん中あたりから右下方へと命中していった。

残念ながらコアには当たらなかったようで、一撃で撃墜、とはいかなかったものの、いくつも空けられた穴によって右主翼が真ん中あたりからぼろりと千切れ、ネウロイがバランスを崩す。

「やっぱり……ジャニス、いける」

「うん!今なら……!」

落ち葉のように空を舞っていたネウロイに、両脚を大きく突き出して静止したジャニスがAIM-9X-2、通称サイドワインダーを2発発射する。ほぼ直撃は免れないであろうコースでミサイルが接近し、1発が迎撃されてしまったものの、もう片方がネウロイの胴体に着弾した。

「いよっし!」

火球に包まれたネウロイは、四肢が捥がれた虫のようにバラバラになった。コアが胴体部にあったのか、主翼の先端やエンジンなどが散り散りに落ちていき、次々に光の破片となって空に消えていく。

「へへーん、初夜戦で初戦果!ぶいぶい!」

上空で待機していたアナに、満面の笑みでVサインを送るジャニス。それを見て、アナもふぅ、と一つ息を吐き、無線をオンにする。

「目標の迎撃に成功。カニンガム、周囲に敵影は……ッ、ジャニス!後ろ!」

「えっ?」

途端、アナが普段の冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。そのあまりの剣幕に一瞬たじろぐジャニスだったが、言われた通りに振り向いた。

その視界は、幾本も迫ってくる真っ赤な閃光によって今にも埋め尽くされようとしていた。突然の出来事に、手を突き出して咄嗟にシールドを展開しようとするジャニス。だが、間に合わない、とジャニスは本能的に理解していた。

ネウロイのコアは、胴体ではなくコクピットらしき部位にあったようで、爆炎と他の部位の消滅に紛れて落下しつつも、最後の一撃をジャニスに放っていたのだ。

危機的状況を前にして、ジャニスの体感速度は猛烈に遅くなっていた。ほぼ赤に染まった視界に、うっすらと青い光が広がっていく様子も、眼下で消えていくネウロイの姿も、くっきりと捉えられるほどに。

(「これは、ダメだ」)

意外なほど冷静に自らの終わりを覚悟し、諦観から目をつぶるジャニス。視界が黒く染まった直後には、レーザーが全身を貫き、あっけなく空に散ることになるのだろうと、ジャニスは感じていた。

だが、ジャニスの体を襲ったのは、強く揺さぶられるような感覚と、それに伴う遠心力だった。体に伝わってきた力の違和感に、せめて衝撃に耐えようと固く閉じていた目を、恐る恐るジャニスが開く。

「……間に、合った」

その目には、肩で大きく息をしながら言うアナが映っていた。ジャニスの胴体をぎゅっと抱きしめていたその顔は、普段の無表情に近くはあったが、どこか安心しているようだった。

「アナ……?」

「ギリギリだったけど、加速して……なんとか、なった」

安心しきった様子で、深く息を吐くアナ。抱擁から解かれたジャニスが、それを見て、ぱちんと手を合わせて言う。

「……本当に、ごめん!私が油断したばっかりに、アナも危ない目に合わせちゃって」

「構わない。最初は、大体皆あんな感じ。私の警戒不足もあった訳だし」

呼吸を整え、いつも通りの鉄面皮を取り戻したアナが、何事もなく言う。

「でも……」

「私もそうだった」

予想外の一言に、しょぼくれていたジャニスが鸚鵡返しで聞く。

「アナも?」

「うん……初めて夜に一人でネウロイを落とした時、さっきのジャニスとほぼ同じだった。嬉しくて、舞い上がって、油断して。加速が無かったら、今頃はここにいなかった」

「そうなんだ……」

「それに」

「それに?」

アナがくいくい、と下の方を指差す。ジャニスが差された方に目をやると、その視線の先にあったアナのストライカーが、息を詰まらせたような音を発する。よく見ると、ストライカーの先から放出されている魔法力の青い光が途切れ途切れになっていた。

「さっきの加速の負荷が大きすぎて、エンジンが壊れた。もし一人でこうなってたら、私はそのまま墜落してる」

言っている状況がかなり大変な事にも関わらず、まるで他人事であるかのように言うアナ。事実、出力が落ちてきているようで、ゆっくりと体が下に落ちて行っていた。

「……っふふ」

下に目をやってからそのまま俯いていたジャニスが、肩を震わせる。

「?」

「いや、ごめん……なんか面白くて……んふっ」

「そんなに変?」

恐らく本心からの疑問であろうアナの問いで、ジャニスがより一層激しく肩を震わせた。今やジャニスの腰あたりまで落ちてしまったアナが、首を傾げる。

「んっ、ん!……慰めてくれたのかどうかはよくわからなかったけど、ありがと、アナ。うん、次からは油断しない!」

咳払いをしてアナと高度を合わせつつ、ジャニスがきっぱりと言う。

「うん。それでこそジャニスだよ」

ジャニスの言葉にどこか誇らしげな笑みをアナが浮かべたのと、ストライカーからボフッ、という音と黒煙が吐き出されたのはほぼ同時だった。

「「あっ」」




今回登場したネウロイの元ネタはMig -1.44です。個人的なネウロイの強さランクは(あくまで参考程度ですが)小型<中型<大型≦戦闘機<人型等の特殊タイプ、というようなイメージです。ちなみに、2話の大型ネウロイのモチーフはB-52でした。


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第5話 いやす、なおす、むにむにする

今回のサブタイは、DSの某ソフトからとらせていただきました。採用して再度思いましたが、色々と正直すぎるタイトルですよね。
あと、今回から本編の時間は現実からズレていきますのでご留意を。


「ふっ……ふっ……と、よーっし……いや〜、早いねアナ。周回遅れにされるとは思ってなかったや。ランニングには結構自信あったんだけどなぁ」

顔と、緑のジャケットを開いた胸元をパタパタと扇ぎながら言うジャニス。汗ばんだ肌から熱気が立ち上り、湯気のようになっていた。

「お疲れ。飲む?」

「うん、ちょーだい」

格納庫内に入ってきたジャニスに、スポーツドリンクが入ったペットボトルを投げ渡すアナ。数分ジャニスより先に休んでいたこともあってか、息は平常に整っていた。

「んー、美味い。さぁて、次は誰が来るかな……と。游隼、お疲れ〜」

ジャニスがスポーツドリンクをちびちびと飲んでいると、格納庫内にゆっくりと游隼が入ってきた。ジャニスの声に手を振りつつ、すとんと段差に腰掛ける。

「ふへぇ、疲れた……早いね、ジャニス。いっつもランニングじゃ2位の座は貰ってたのに、驚いたよ」

「次も頂くよーん」

同じくアナに投げ渡されたスポーツドリンクを飲む游隼。軽口を叩きはしたものの、游隼の呼吸が既に整っていたことに気づき、まだ肩で息をしていたジャニスは少しだけ驚きを感じていた。

「さて、ビリはどっちかな」

「マラソン向きなのはレイだと思うけど……あ、来た来た。今日はレイの負けだね」

格納庫の扉から顔をひょっこりと出した游隼が、長い金髪を振り乱しながら走ってくるフラムを見つけ、手を振った。走ることに精一杯なのかフラムはそれをスルーしたが、少し後ろを走っていたレイは手を振り返した。

「……いや、そうでもないかも」

「なんで?まだ結構リードしてるよ……あっ!」

「ほらね」

2人の視線の先でフラムが足をもつれさせ、ずでーんという音がしそうな勢いで転び、顔面から倒れる。よろよろと上げられたフラムの顔は擦り傷だらけで、額からたらりと血が流れた。

「ありゃりゃ、痛そ〜」

「言ってる場合じゃないでしょ!」

游隼が倒れたフラムへと駆け出し、ジャニスも少し遅れて走り出した。

「フラム、大丈夫?」

「勢いよくやっちゃったね。無理は良くないよ」

「うっ……うるさいわよ……!こんなの、なんともないんだから……いっ!」

「なんともなくないわけないでしょ。無理しないで、座ってなよ」

ジャニスが手を差し伸べるが、フラムはそれを無視して立ち上がろうとする。が、左足で踏ん張ろうとした時、力が抜けたように崩れ落ち、再びぺたりと座り込んでしまう。

「はっ……はっ、フラムちゃん、大丈夫?血、出てるし、他に、どこか痛いところ無い?」

「……こっちの、足首」

ぜえぜえと肩で息をしながら、走ってきたレイがフラムの横にしゃがみ込む。心配の声も、フラムちゃんと呼ばれたことも意に介してないのは、足に想像以上の痛みがあったからだろうか。苦痛に僅かに顔を歪ませながら、フラムが左足の足首を指した。

「わかった、ちょっと、待ってね……」

深呼吸を繰り返し、呼吸を落ち着かせるレイ。そして目をつぶり、右手を手首のあたりに添えた左手をフラムの足首に向けた。途端、レイの体が青い光に包まれ、ひゅるりと赤い犬の耳と尻尾が生えてきた。

「へぇ、レイって治癒魔法使えるんだ。凄いね!」

「レイのは効果も凄いんだけど、力が右手と左手で違うから使い分けもできるんだよね」

フラムを治療するレイを尻目に誇らしげに言う游隼に、ジャニスが口笛を吹いた。

「詳しいね、游隼」

「使うたびに説明されてれば、覚えもするよ」

「……自分で言おうと思ってたのにぃ」

ぶー、と目をつぶったままむくれるレイ。むくれながらも左手をフラムの体の色々な位置にかざし、細かな傷は右手で治していく。

「ふう……これでどうかな。まだどこか痛む?」

3分もかからずに、フラムの体から手を離すレイ。聞かれたフラムは顔や腕に軽く触れたり、左足首を軽く回したりしていたが、どれもスムーズな動きだった。

「痛みは無いわ……その……ありがとう」

「えへへ、どういたしまして。あ、でも、今日のうちはそっちの足はあんまり激しく動かさないでね。骨に問題はないと思うけど、一応」

「わかった」

少しふらつきながら立ち上がるフラムと、それを支えて一緒に歩くレイ。ジャニスと游隼もそれに連なって、ゆっくりと格納庫へと入る。

「遅かったね。何かあった……の」

カバーをかけた文庫本に目を落としていたアナだったが、レイの肩を貸りているようにして歩くフラムを見て、わずかに眉をひそめる。

「何でもないですよ!……それより、皆さんお風呂入りませんか?」

「汗流しておきたいし、いいんじゃない」

フラムを肩で支えながら、レイがあっけらかんと言った。座っていたアナがそれに賛同し、残った面々もそれに並ぶ。

「そうだね。このままだったら絶対風邪引いちゃうよ」

「フラムも入るよね?」

「ええ。でも」

游隼の問いに一度は頷きを返すも、若干言葉尻を濁すフラム。聞いた游隼やレイが怪訝そうな顔をするが、疑問が口にされる前にアナが言った。

「カニンガムには私が伝えておくから、先に行ってなよ」

「……頼んだわ」

「じゃ、行きましょっか」

アナと別れ、ふんふーん、と鼻歌交じりのレイを先頭に歩く4人。その日は4月9日。ジャニスが第201統合戦闘飛行隊に入隊した日である3月9日から、約1ヶ月が経過していた。

つい先程まで5人が行っていたのはジャニスの入隊1ヶ月記念の(レイ主催の)マラソン大会であり、基地周辺を15周走るというものだった。ネウロイがしばらく観測されていなかったことや、絶好の晴れの日だということで、特に滞りなくマラソン大会は決行されていた。

「でも、なんでマラソン大会にしたの?パーティーとかでもよかったんじゃない?」

ジャニスに得意げな顔を向け、ちっちっち、と舌を鳴らしながら指を振るレイ。

「パーティーしても、皆さんとお風呂に入れないじゃないですか!普段はシフトのせいでタイミング合わないし、私はジャニスさんを含めた全員と裸の付き合いができるこの時を待ってたんですよ!」

「そんな理由だったの……」

レイの力強く、また自分に正直すぎる発言にジャニスが唖然とした顔を浮かべるが、游隼とフラムは若干冷めた目をしているのみだった。

「ツガイの事だから、どうせそんなことだろうと思ったわ」

「1年一緒に居れば、慣れもするよね……」

「我々は軍人ですからね。トレーニングの一環と称せば、体を動かすことに関しての無理は案外通るんです。それにこれだけ汗をかいておけば、直前で『やっぱりやめた』とはなり辛いでしょう?」

「よくお考えなことで……」

笑顔を浮かべながら滔々と自分の計画を語るレイ。その表情は、普段のレイが浮かべる無邪気なものに比べて、狡猾な策士のように邪悪だとジャニスは感じていた。

複雑な心境の一行が大浴場に着くと、浴場の入り口でカニンガムが佇んでいた。

「カニンガム、着いてたんだね。アナは?」

「先に入られました。『レイの好きにはさせない』と仰られていましたね」

「くっ……アナさん鋭い……!」

冷静なカニンガムの言葉に、悔しそうに唇を噛むレイ。そのやりとりを見ていた游隼があることに気付き、ハッと息を呑んだ。

「そういえば、着替え持ってきてないや!一回戻んなきゃ!」

「確かに!こっちも思い通りにはさせないよ、レイ!」

ジャニスと游隼がハイタッチをし、二人でレイを指差す。レイから肩を借りていたフラムが離れ、壁に寄りかかった。

「……あれ?でも、それじゃ、アナは着替えも用意しないで入ったってこと?」

「カニンガムを呼びに行かなきゃいけなかったから、用意する暇がなかったとか?」

レイを指差したまま、首を傾げる2人。その間で、レイが何気なく言った。

「あ、言い忘れてました。皆さんの着替えとタオルは先に用意しときましたよ」

 

 

 

 

「ふぅ〜……染みますねぇ……」

「そうね……」

頭に畳んだ手ぬぐいを載せたレイとフラムが、湯船に浸かりながら緩んだ声を出す。理由自体は邪であったが純粋に入浴を楽しんでいるレイに、ジャニスが話しかける。

「ていうかさ、なんでレイはウィッチになったの?興味本位だから、無理に話さなくてもいいけど」

「そういえば、一年間一緒に居たけど今まで聞いたことはなかったわね。なんでなの?」

「……ありきたりな理由なんですけど、家族とか、友だちとか、せめて身近な人だけでも守りたかったから……ですかね。治癒魔法が使えるようになってからは、本格的にウィッチを目指し始めました」

「治癒魔法に限らないけど、固有魔法ってやっぱり使い魔と契約した時に使えるようになるもんなの?カニンガムとかどう?」

フラムの隣にいたカニンガムが思案顔を浮かべ、少しの沈黙の後に答えた。

「私の魔導針は契約した時から使えました。祖母が現役だった頃に使用できたらしく、その影響ではないかと聞かされています」

「私は、契約して少し経ってからですね。ちょっと、色んなことがあって」

「……そっか」

珍しくしおらしい口調で話すレイに何かを感じ取ったのか、ジャニスはそこで口を閉じる。が、そのまま、すすすとレイの背後に忍び寄り、胸に手を這わせた。

「えいっ」

「ひゃん!ちょ、ちょっとジャニスさん!?」

「んー……なるほど。レイもなかなか悪くないモノ持ってるじゃーん」

「く、くすぐったいです、あははは!」

以前の借りを返すとでも言うように、むにゅむにゅと胸を揉みしだくジャニス。レイは身を捩って逃げようとするが、ジャニスが腕を交差させて揉んでいるため、なかなか拘束から逃れられなかった。

「ツガイがあんな風にされてるの、なんか新鮮ね……」

「攻められるのは苦手なようですね」

「冷静に判断しないでくださ、っあははは!」

「うりうり〜」

 

 

 

 

「……面白いことになってそうだね。見に行く?」

大浴場の隅に位置するサウナで、游隼がアナに聞く。あまり広くないサウナ室の壁越しにもレイの声は響いており、浴室内の出来事は中の2人でもある程度察せているようだった。

「巻き込まれたくないからいい」

真っ白な肌に浮いた汗を拭いながら、アナが冷静に言う。レイの胸を揉む対象はカニンガムやジャニスだけでなく、自分よりも立派なモノの持ち主である人物、つまりここにいる2人も例外ではなかった。

「だよね」

自分も揉まれた経験がある游隼は、隣に座っていたアナの返答に苦笑いを浮かべ、口をつぐんだ。

「……でも」

「でも?」

「そろそろ暑い」

普段通りの表情をわずかに崩しながら、手でパタパタと顔を扇ぐアナ。それを見て、游隼が微笑む。

「そうだね。じゃ、出よっか」

 

 

 

 

一通り胸を揉まれ続けて暴れ疲れたのか、荒い呼吸をしながらジャニスにもたれかかるレイ。

「ふぅ。ひと月分くらいは揉めたかな」

「アンタは大して揉まれてないでしょうが」

「みんなの分だよ。これで多少は懲りた?レイ」

(フラムが1番揉まれてないじゃん)という核弾頭級の言葉を飲み込み、腕の中のレイに聞くジャニス。が、その問いに、レイは力強い光を湛えた目でジャニスを見つめ、言った。

「いえ……懲りません!そこにおっぱいがある限り、私は揉み続けます!」

「おぉ……」

「揺るぎませんね」

あまりにも堂々としつつ低俗な宣言に、フラムはあ然と称するのが相応しいように口を開け、ジャニスとカニンガムは感嘆の声を漏らしていた。

「ふぃ〜……」

「やっぱり、気持ちいい」

その横で、サウナから出た2人が水風呂に入り、気の抜けた声を出していた。それを見て、浴槽の淵で頬杖をついていたフラムが鼻を鳴らした。

「なんでわざわざお風呂に入って体を冷やすんだか。具合が悪くなりそうだわ」

「気持ちいいよ?フラムも入ればいいのに。サウナ出てから入ったら、もっと気持ちいいよ〜」

浴槽を手だけで動き回りながら、気持ちよさげに言う游隼。それを見て、ジャニスが聞く。

「そういえば、フラムがサウナ入ってるの見たことないね。水風呂も。苦手なの?」

「……別に。入ったって気持ちよくないものに、無理して入る必要はないでしょう」

痛いところを突かれたのか、やや不貞腐れたように答えるフラム。それを聞き、ジャニスの腕の中のレイが頷いた。

「まあ、フラムちゃんの言うことも一理ありますよね。私もサウナは苦手ですし、無理してまで入ろうとは思いませんから。自分が気持ちよくなれれば、それが一番ですよ!」

「……ふ、ふん。もう出るわよ、カニンガム!」

「はい。では皆様、先に失礼します」

耳を赤く染めたフラムが勢いよく立ち上がり、ザブザブと浴槽から出る。それに続いてカニンガムも立ち上がって浴槽から出ていき、4人に会釈をしてから風呂場を後にした。

「……フラムちゃん、顔赤かったですね。のぼせちゃったんでしょうか?」

「さあね〜」

腕によるレイの拘束を解いていたジャニスが、とぼけたような声で言う。

「ふ〜……みんな、まだ入ってる?そろそろ上がろうと思ってるんだけど」

フラム達が出てから数分後、游隼が聞いた。

「私は当番ですし、最後にしようと思ってました」

レイの言う当番とは、この部隊で決められていた洗濯当番のことである。入浴後にはそれぞれの脱いだ衣服を集めて洗濯機に入れるという仕事があるため、当番の人物は決まって最後に出ることになっていた。

「私も出ようかなーって思ってたよ」

「同じく」

「じゃ、上がろっかー……満足した?レイ」

浴槽から出て、体の水滴を手拭いで拭きながら游隼が聞いた。何かを感じ取ったのか、すすすと移動し、自分とレイの間にジャニスを挟むように位置するアナ。

しかし、レイはアナの想像のような不埒な行動には出ず、満面の笑みを浮かべて言った。

「はい!やっぱり、お風呂は皆さんと入るのが一番ですね!」

 

 

 

 

「レイって、そのリストバンドずっと着けてるよね。そんなにお気に入りなの?」

ドライヤーでレイの艶のある黒髪を乾かしながら、ジャニスが聞く。レイの右手に着けられている、妙に年季の入った水色のリストバンドが気になったようだった。

「そうですね。気に入ってるのもあるんですけど、結構昔から使ってる物なので、若干御守りみたいな感じになっちゃってて」

くしゃくしゃと髪を掻かれながら、レイが答える。

「外しづらくなっちゃったみたいな?」

「そんな感じですね。だから、失くしたりしちゃうと不安になっちゃって、大変なんですよね」

自分の右手首を眺めながら、レイがどこかしみじみと言った。そんな様子を眺めていたジャニスが、その仕草に首を傾げる。

「お姉さんから貰ったんだっけ、それ」

すると、2人の後ろから表れた游隼が、瓶の牛乳を片手に持ちながら言った。早々に浴場から出ていったらしく、アナの影は見えなかった。

「そうです!お姉ちゃんが水色が好きで、お揃いのものを作ってくれたんです。お姉ちゃん、すごく器用で。そういえば、ジャニスさんはご兄弟は」

「三個上にお兄ちゃんが1人いるよ。『運動は嫌いだ』って、軍には入らないつもりみたいだけどね」

そう言いながら、ポケットから取り出したスマートフォンを2人に見せるジャニス。その画面には、満面の笑みを浮かべ、ピースサインをこちらに向けているジャニスの隣で、背の高い大人しそうな青年がはにかんでいる写真が写っていた。

「ってことは、私とアナ以外は皆きょうだいがいるんだね。フラムにはお姉さんがいるし、カニンガムには弟さんがいるらしいし」

「妹がメンバーの半分を占める部隊って風に言うと、なんだか面白いね」

「よくよく考えてみると、結構珍しくないですか?」

「確かに!」

ジャニスが言い、3人は笑い合う。笑いが収まり、ふと腕時計に目をやった游隼が、あっと声を上げた。

「って、忘れてた!晩ごはんの準備しなきゃ!ジャニス、ちょっと一緒に来てくれない!?」

「オッケー!レイ、悪いけど後は自分でお願い!もうちょっとで乾き終わると思うから!」

慌てて上着を羽織って浴場を出ていく游隼と、レイにドライヤーを渡し、游隼を追うジャニス。

「待ってよ游隼ー!」

「行ってらっしゃーい」

ひらひらと2人に手を振り、受け取ったドライヤーの熱風を髪に当てるレイ。しばらくそうして髪を掻き、髪型を整えてから、それぞれの脱衣籠に残った衣服を運ぶ。

「お兄さん、かぁ」

両手一杯に抱えた衣服を縦型の洗濯機に放り込みながら、レイが呟く。洗剤を入れてスイッチを押すと、洗濯機が音を立て始めた。近くの椅子に腰掛け、半ば無意識に右手のリストバンドを撫でるレイ。

「元気かな、お姉ちゃん」

「ツガイがそんな風にしてるの、珍しいわね」

そんなレイの背後から、フラムが声をかける。

「うわぁ!?い、いつから居たの、フラムちゃん!」

突然の襲来に、椅子から転げ落ちんばかりの反応をするレイ。その慌てぶりを見て、フラムが小さく笑った。

「今来たばかりよ。ちょっとした忘れ物」

「そうだったんだ……フラムちゃんが忘れ物するのも、珍しいね」

落ち着きを取り戻したレイが言い、壁に寄りかかったフラムが鼻を鳴らす。

「そうかもね。まあ、私だって人間よ。忘れ物の一つや二つくらいするわ」

「そっか。そうだよね」

笑みを浮かべながら言うレイだが、そこで再び口をつぐむ。2人の間に沈黙が漂い、洗濯機の音だけが響く。

「……あーもう!なんか調子狂うわね!」

その空間に耐えきれなくなったのか、フラムが頭を乱暴に掻き、レイに詰め寄った。

「何かあったんだったら言いなさいよ!黙ってウジウジしてないで!」

「うーん……フラムちゃん、手って温かい?」

詰め寄られたレイが、平然とした様子でフラムに聞く。想像とはかけ離れた問いに、フラムが戸惑いを隠しきれないように自分の手を眺めて言う。

「は?手?……別に、冷たくはないと思うけど」

「じゃあさ、ちょっと握ってもいい?」

フラムの訝しげな表情など気にも留めず、レイが両手を差し出す。どこか不満げながらも、右手をレイに向けるフラム。

「……別に、いいわよ」

「ありがとう!じゃあ、早速」

白くすべすべとした手を、両手で包み込むように握るレイ。しばらくの間体温を確かめるように握る力を強弱させ、フラムの手が軽く汗ばみそうになった頃、ぱっと手を離した。

「うん、満足した。ありがとう、フラムちゃん」

「……結局何がしたかったの?ツガイ。手もそう冷たくなかったし」

「なんでもないんだ。よし、元気出た!もうウジウジしないよ、フラムちゃん!」

終始困惑の様子だったフラムに、椅子から立ち上がって両手をぐっと握り、普段のような明るさを取り戻した表情でレイが言う。

「まあ、そう言うなら良いけど……って、フラムちゃんって呼ぶなって言ってるでしょ!ツガイ!上官命令でもう一回15周走らせるわよ!」

「ぶーぶー!職権乱用だー!」

火を吹かんばかりの勢いで叫ぶフラムと、それを受けてどこか楽しげに言うレイ。どうやら、元気が出たという先程の言葉は偽りではないようだった。

「まったく……でも、今日だけはさっきの借りもあることだし許してあげる。感謝しなさいよ!」

「はーい。じゃあ、そろそろ行こっか、フラムちゃん」

「……許すのは今日だけってこと、覚えておきなさいよ!」

ビシリと力強く指さしながら、フラムが言う。駆け出していたレイは、返事の代わりに満面の笑顔を返した。




3話後書きにてレイを「宮藤のようなポジション」と書いたのは、実はネタバレでした。治癒魔法使えたんです(最初は主人公だったし)。本来なら今回の後書きでそう書くべきだったなと反省しています。
また、一応説明しておくと、レイの治癒魔法は左手側の出力がかなり高く、宮藤のそれのように命に関わる大怪我も治すことができます。反面、右手側は軽度の裂傷や擦過傷などを治すので精一杯……というような能力になっています。左右で能力に違いがあるのは後天的な理由からだったりするので、今後どこかで明らかにしていければと思います。


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第6話 守り手の矜持

予約投稿の設定をするのを忘れ、投稿が遅れてしまい申し訳ありません。次回以降は気をつけたいと思います。


ジャニスが入隊して約二ヶ月が経過した、5月のある日の夕暮れ。5人は、2機のネウロイと戦闘を繰り広げていた。

「FOX2!」

掛け声とともにレイがAAM-5を発射する。空に白い筋が伸びるが、ネウロイは滑るような軌道でそれを躱す。外れてなおも誘導を続けようとしていたミサイルは、太いレーザーで消滅させられてしまった。

『命中せず』

「あ、よけられちゃったー!フラムちゃん、そっち行ったよ!」

「だーかーら、それやめなさいってば!」

文句を言いながらも、フラムが機関砲で迎撃を行う。咄嗟の判断だったが、フラムの射撃は正四面体型のネウロイのど真ん中に飛んでいった。が、あと1メートルで命中……というところで、ネウロイが5つに分離した。

「嘘でしょ!?きゃっ!」

機関砲弾が分離したネウロイの間をすり抜け、レイの放ったミサイルのように落ちていった。まさかネウロイが分離するなどと考えていなかったフラムは、再び射撃する暇もなく、自分に向かってくるネウロイに衝突しないように回避するので精一杯だった。

分離したネウロイは、それまでの倍近い速度で二人から離れていく。

「くっ……追うわよ、ツガイ!」

「らじゃー!」

「ボイド!そっちに5機!」

『多いよー!何してんのさー!』

無線越しに、ジャニスが不満げな声を漏らす。レイとフラムが二人で正四面体を引き付けている間、ジャニス・游隼・アナの三人は、逆方向にいる、Xの字のようなネウロイに攻撃を仕掛けていた。

「うっさいわね!分離したのよ!一つ一つは大したサイズじゃないから!」

『そうは言ってもさ〜』

『……アナ、今!』

『FOX3』

『命中。撃墜を確認』

フラムの視線の先で小さな爆発が起き、X型のネウロイが白い光に包まれ、落ちていく。が、それも束の間、5機に分かれた正四面体型が三人に襲いかかる。

「あ、ホントだ。ちっちゃくなってる」

「……コア、どこかな」

「呑気に構えすぎだよ……」

5機それぞれが一斉にレーザーを放つ。空に奔る赤い線を、三人はバラバラな方向に散開してくぐり抜けた。すれ違いざまにジャニスと游隼が機関砲を放ち、どちらも正四面体の一つに大穴を開けたが、すぐに復活し、反転する。

すると、それまでバラバラに放たれていた5本のレーザーが、空中のある一点に集約し、一本の太いレーザーに変化した。それはさながら、太陽光を虫眼鏡で収束させるような攻撃だった。

「お、ちょっと強そう」

「二人とも、私の後ろに来て!」

鋭く叫んだ游隼の背後に、ジャニスとアナが回り込んだ。バックパックに機関砲を引っ掛け、手を前に突き出す游隼。腕全体に力を込め、ぐっ、と一度拳を握ってから、勢いの増したレーザーが目前に迫った瞬間に開く。

「はぁあっ!」

ペールブルーの閃光が瞬き、三人の前に巨大なシールドが展開される。その直径は4mにもなろうか、長いストライカーの先から、背が高いアナの頭の天辺までをすっぽりとカバーしていた。

巨大な丸太の如き太さになったレーザーがシールドに当たり、游隼の腕が押される。だが、その場にいたウィッチは游隼ら三人だけではなかった。青と赤の光が混じり合っているのをはるかに見下ろす高度から、2つの影が落ちてきた。

「さっき壊れてたのは覚えてるわよね?」

「もちろん!こっちに気づいてないみたいだし、3機ともやっちゃおう!」

「右の2つはやるから、真ん中は任せたわよ!」

「うん!」

フラムが急降下し、少し遅れてレイが続く。ゴーグルに映る5つの四角のうち、右側の2つに赤い四角が重なるのを確認し、フラムが対空ミサイルのMICAを放つ。ほぼ垂直に降下して加速しているため、一瞬ミサイルを追い越すフラム。が、すぐにMICAが白い尾を引きながらネウロイに直進し、フラムを抜き去っていく。

レーザーを一点に集中させていたネウロイがミサイルに反応し、収束を中断する。ネウロイの攻撃範囲に死角はない。もちろん真上もその例に漏れず、MICAの一発がレーザーに焼き切られた。

「そんなのお見通しよっ!」

だが、ミサイルの爆風を貫いたレーザーを避け、フラムが機関砲を乱射する。雨のように降り注いだ弾丸が、5つの正四面体をガリガリと削っていく。

「ツガイ!」

レーザーを掻い潜って飛来したMICAがネウロイに命中し、崩れかかっていた2つの正四面体を完全に粉砕した。それでもなお、ネウロイはレーザーを放ち続ける。

「落ちろーっ!」

遮るものが無くなった中心の正四面体を、レイのFM61M3バルカンが穴だらけにした。弾痕から赤い光が漏れ、3つしか残っていなかったネウロイが、白い欠片となって空に消えていった。

『撃墜を確認、周囲にネウロイの反応は無し。お疲れ様でした』

「そう 。さあ、帰るわよ」

ゴーグルを収納し、基地の方角へと飛び始めたフラム。4人もそれぞれ収納し、フラムの後を付いていく。既に太陽は地平線に沈みかけており、空のオレンジの光も薄れ始めていた。

「うーん……」

「何よボイド。気になることでもあった?」

ジャニスの呻り声に気づいたフラムが、振り向きながら聞いた。

「いや、お腹空いたなぁって。戦闘も思ったより長引いちゃったし」

「私も私も!お腹ペコペコです!」

中腹部をさすりながら言うジャニスに、少し後ろにいたレイが手を上げて反応する。そのなんとも微笑ましい光景に、フラムは溜息を漏らした。

「……緊張感の欠片もないわね……」

 

 

 

 

「お疲れ様です、ボイド中尉」

「「「お疲れ様です!」」」

格納庫にゆっくりと侵入し、ストライカーを整備台に駐機させたジャニスの周りに、ぞろぞろと整備兵が群がる。6基の整備台がある中で、ジャニスの位置は右端だった。

「はーい、ありがとね」

「戦果の方は、いかがだったんですか?」

ジャニスがイコライザーと給弾パックを台車に下ろしていると、若い整備兵の一人が聞いた。よいしょ、とストライカーから足を引き抜き、苦笑いを浮かべて答える。

「うーん、ダメだったよ。アナと」

「はーい!はい!はい!私が落としました!私が!」

ジャニスの話に、格納庫の反対側の左端で同じように装備を外していたレイが食い気味で反応する。格納庫内に大声が響き渡り、その場にいたほぼ全員が顔をしかめた。

「うーるーさーいっ!もっと声量を調整しなさいよ!このバカツガイ!」

レイの2つ隣、中心左の位置にいたフラムが、レイの半分程度の声量で怒りの声を上げる。

「だって、嬉しいんだもん!私は1年かけてやっと20機撃墜だよ?ジャニスさんなんて、2ヶ月しか経ってないのにもう10機くらい落としてるじゃん!」

逆ギレ気味に反発するレイに、その倍以上のスコアを持つフラムは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言う。

「ストライカーは良い性能でも、使うウィッチが駄目なら輝けないってことね」

「うぐぅ……」

ストライカーを脱ぎ終わっても笑って二人のやり取りを見ていたジャニスが、隣にいた游隼に声をかけた。

「ははは……ん、どしたの游隼」

「うぇ!?あー、いや。晩ごはん、何作ろうかなって」

胸ポケットから手帳を取り出し、後半のページを立ち尽くしてぼんやりと眺めていた游隼が、驚き半分にジャニスに返す。

「「晩ごはん!」」

すると目の前のジャニスと、フラムに悔しげな視線を向けていたレイが反応し、目まぐるしいスピードで游隼に接近する。

「ささ、早く行きましょう!私、手伝いますから!」

「私も私も!」

「え?わ、あ、危ないから押さないでよ……レイ!どさくさにまぎれて胸揉まないでよぉ!ジャニスも!」

ギャーギャーと騒ぎながら格納庫から出ていく三人。それを、整備兵たちはにこやかに、フラムは頭が痛そうに眺めていた。

 

 

 

 

「おやすみなさーい」

「おやすみ〜」

游隼の作ったビーフシチューに舌鼓を打った6人は食堂を出て、近い部屋同士でそれぞれの部屋へと別れた。フラムはカニンガムと、游隼はアナと、ジャニスはレイと。部屋の前で止まったレイが若干眠そうに言い、ジャニスは軽く手を振って答えながら部屋に入る。

日は既に落ちていたので、ドアの横の照明のスイッチを点ける。靴と、制服代わりのジャケットを脱いで椅子の背もたれにかけ、ジャニスは身を投げるようにしてベッドに横になる。

「…………」

ベッドの上で、何かを訝しむような表情で天井を見上げるジャニス。しばらくそうして何かを考えていたが、観念したように立ち上がって照明を消し、ベッドに寝転んで布団を羽織る。

 

 

 

 

「眠れない……」

何時間横になっていただろうか。ジャニスは妙に目が冴えてしまい、眠れなくなっていた。布団から這い出て、ジャケットとスニーカーを履く。スマートフォンを起動すると、時刻は11時過ぎ。特に何をする気も無かったが、なんとなくジャニスは部屋を出た。

夜の基地内は、とにかく静かだった。ジャニスの足音以外には物音一つ立たず、針が落ちる音でも聞こえてきそうな雰囲気が漂っていた。窓から仄かな月明かりが射し込み、廊下をぼんやりと照らしている。

「……?」

ジャニスが気の赴くまま歩き、雪がうっすらと残る外の景色を眺めていると、ほんの少しだけ青い光が見えた。自然のもたらす光とは違う、よく見慣れた輝き。

ジャニスは外へと走った。

 

 

 

 

「ふぅっ……今日も変わんないかぁ……」

突き出した両手を返し、掌を見る游隼。少しだけ赤くなっているが、普段とさして変わらない。あの時の、燃えるような赤色には程遠い。

「なーにしてんのー?」

「わあっ!」

游隼の背後から、ジャニスが声をかけるのと同時に抱きついた。突然の声と抱擁に、游隼が驚きの声を上げる。

「ジャニス……もう、びっくりしたよ」

「えへへ。ほら、これ。あげる」

「あぁ、ありがとう」

ジャニスが、持っていたスポーツドリンクのペットボトルを游隼に手渡す。

「ところで、さっき何しようとしてたの?まさか、人殺しを!?」

大げさな演技をしながら問うジャニス。それを見た游隼はしばらく黙っていたが、観念したように溜息を一つ吐き、そばにあった木箱に腰掛ける。

「まぁ、大体お察しの通りだよ。特訓さ」

「なんの?」

「シールドの」

「やっぱりね」

「わかってるじゃん」

「ストライカーも銃も無しにできる特訓なんて、固有魔法のかシールドのかくらいだよ」

格納庫の壁にもたれかかりながら、ジャニスが炭酸飲料を一口飲む。ふぅと息を吐き、話の続きを促すように游隼の顔を見ていた。それだけで満足するか、とでも言うように、ただじっと。

「夕方のさ、覚えてる?」

無言に耐えかねたのか、ぽつぽつと語りだす游隼。

「シールドのこと?初めて見たよ、あんなの」

「それそれ。私の固有魔法、シールド操作らしくてね」

ほら、と手を開く游隼。そこには、直径10cmほどのシールドが展開されていた。

「へぇ。大きさを調整できるんだ」

口笛を吹き、驚きの声を漏らすジャニス。

「ご明察。シールドを大きくできる、っていうか大きなウィッチは割といるでしょ?でも、任意でサイズを変えられて、特に小さくできるのは貴重なんだって。大きさを変える以外にも、ちょっと遠くに飛ばしたりとか色々できるんだけどね」

うんうんと游隼の言葉に頷きながら、ジャニスはそれなりに衝撃を受けていた。ウィッチのシールドというものはその名の通り盾であり、盾の大きさは一定だ。しかし、もし相手の攻撃に合わせて大きさを変えられれば、それはかなり汎用性の高い能力なのではないだろうか。

「普通に言ってるけどさ、凄いよ、それ。固有魔法の中でもかなり珍しい部類に入るんじゃない?」

「いや。私からしてみれば、みんなの方が凄いと思うんだ。私より全然強いし、シールドもほとんど使ってない。ジャニスなんて特に凄いよ、私が手も足も出なかったフラムに勝っちゃってるし」

自嘲気味な笑みを浮かべながら、游隼は話す。

「私にできることといえば、大して使えもしないサイズのシールドを張るか、料理を作ることくらい……もしかしたら、コックとしてここにいた方が役に立つんじゃないかな、って思ったりしてさ」

ペットボトルを両手で持って弄ぶ游隼。ジャニスは何も言わずに、その様子を眺めている。

「なーんてね……あはは、みんなより歳上なのに、みっともないよね。ごめん」

「昔、何かあったの?」

「えっ?」

静かにジャニスが問うた。意表を突く質問に、思わず聞き返してしまう游隼。

「ここに来る前、何かあったんじゃない?」

「……なんで、そんなこと聞くのさ」

「なんとなくだけど、游隼が無理してるように見えて」

「そんな、ことは……」

ジャニスが放った言葉に、あからさまに動揺する游隼。目はジャニスを向いているが、焦点が合っていない。

「前、おばあちゃんから教わったんだ。『人が自分を卑下するときは、他人のご機嫌取りをしたい時か、嫌なことを思い出した時だ』」

どこか誇らしげな声色で言うジャニス。

「『あとはそもそも悲観的な人が言うけど、そんなのはまともに受け取るな』ってさ」

「…………」

再び、ペットボトルに視線を落とす游隼。その表情は、諦めや悔しさが散りばめられたようなものだった。

「私は、昔游隼に何があったかは知らない……過去の出来事っていうのはさ、どうしようもないじゃん、やり直しがきくわけでもないし。だけど、今、現在の自分はそうじゃない」

「今、現在の、自分……」

「そう。そして、これからの自分なら変えられるかもしれないでしょ?過去に何があったって、ね……私は、游隼が『悲観的な人』だとは思ってないから」

そう言い残し、ジャニスは基地の中へ戻って行った。

「……そして、これからの自分、か」

空を見上げながら、ひとりごちる游隼。月が、雲の切れ間から顔を出していた。

 

 

 

 

「……ふぁあ……おはよ〜」

次の日の朝。寝ぼけ眼をこすりながら、ジャニスは食堂のドアを捻った。

「おはようございます!」

「おはよー。すぐ食べる?今日はパンだけど」

中では、レイとアナがテーブルの周りの椅子でくつろいでおり、キッチンで游隼がてきぱきと働いていた。

「ん〜……食べる……」

「はいよー」

ジャケットの前を開けっ放しにしているままのジャニスが、キッチンの游隼にふらふらと歩きながら答え、テーブルの周りの椅子に座る。

「おはよう」

コーヒーを片手に文庫本を読んでいたアナが、本を閉じ、隣に座ったジャニスに声をかけた。朝だというのに、少しの緩みもない声だった。

「はよ〜……」

「昨日何かあった?」

「なんで〜?」

アナとは打って変わって、欠伸を噛み殺しながら、のほほんとした声でジャニスが聞き返す。

「游隼が今朝から元気そうだから。レイは知らないみたいだし」

「特に何もないよ〜。夜たまたま会ったから、ジュース奢ってあげたくらい〜」

「ならいいけど」

果たしてそれで納得したのかどうかはジャニスにはわからなかったが、アナが無表情で頷き、何事もなかったかのように読書を再開したので、ジャニスもテーブルに突っ伏した。

「お待ちどうさま〜。熱いから、口の中ヤケドしないように気をつけてね」

アナの言う通り、昨日よりも幾分か明るい声を出している游隼が、数種類のホットサンドが盛られている皿を運んできた。食堂全体に広がる香ばしいトーストの匂いに反応し、ジャニスも体を起こした。

「ああ、朝からいい気分……」

「それじゃ、早速いただきまーす!」

「いただきます」

我先にと狐色の山にレイが手を伸ばし、アナもそれに引き続く。

「私も、いただきまー」

「ジャニス」

「あー……何?」

游隼に呼びかけられ、今まさにホットサンドを食べんと口を開けていたジャニスが、ピタリと止まる。

「……ありがとう」

真っ直ぐな眼でジャニスを見つめ、游隼は言った。たった5文字の言葉だったが、その一言にはしっかりと力が込められていた。

「ん?何のこと?いただきまーす」

さらりと游隼の言葉を受け流し、ホットサンドにかぶりつくジャニス。お互いにそれ以上語ることはなく、ジャニスは食事に勤しみ、游隼は一瞬微笑みを浮かべてキッチンへと戻った。




最近購入したPS4が楽しくて執筆が滞りまくってますが、なんとか遅れないよう頑張ります。


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第7話 頭脳の休息

そろそろストックが尽きてきましたが頑張ります。
と前書きを書いた数時間後にまた休校が決まりましたので、なんとかストックを増やしていこうと思います。


ある日の午後。食堂のテーブルにて、戦いが繰り広げられていた。

「あいこで……しょ!しょっ!しょっ!」

良く通る声で食堂全体に音頭を響かせながら、勢いよく腕を振り下ろし、握り拳の形を変えるジャニス。その周りの席には、悔しげながらもどこか期待をこめたような眼差しのレイとフラムに、ジャニスの戦いをじっと見守る游隼とアナ、そしてその正面の席に──仏頂面のまま機械的に腕を振り下ろし、手先の形を変えているカニンガムが鎮座していた。

「うわぁー!負けたー!」

何度目かのドローが続いた後、ついにカニンガムの手のひらがジャニスの拳を打ち砕いた。非常に残念がるジャニスと違い、意外そうに自分の手を眺めるカニンガム。

「……勝ってしまいました」

「初参加でしたよね、カニンガムさん。まさか勝ち残るなんて……」

レイが若干驚きを含んだ声で言う。カニンガムが勝ったジャンケンによる戦いとは、週末に札幌市へと外出し、隊員それぞれの嗜好品や生活用品を買ってくることができる権利、言わば「買い出し権」を決めるものだった。

これまでカニンガムは「仕事が残っているから」「ネウロイが来たから」と権利争いの参加を断ってきたのだが、この日は仕事量も多くなかった上にネウロイも来ていないということで、フラムに半ば強制的に参加させられていたのだ。

「よし、よく勝ったわねカニンガム!ボイドが悔しそうな顔を見てるだけでいい気分だわ!」

「左様でございますか?」

高笑いと共にどこか的はずれな称賛を送るフラムに、カニンガムが小首を傾げる。

「……先に私に負けたじゃん」

「フン!カニンガムが勝ったってことは、私の勝ちと同じなのよ!」

「はいはい、二人とも落ち着いて」

口を尖らせて言うジャニスに、どこかで聞いたような暴論を展開するフラム。話が進まなくなると察したのか、いがみ合っている二人の間に游隼が入り、強引に話をまとめる。

「ごほん……じゃ、今日はアナとカニンガムが行くってことで。みんな良いよね?」

「勿論よ!」

「異議なーし」

「はい!」

「オッケー」

「了解です」

それぞれの賛同の言葉を聞き、游隼が一つ頷いて言った。

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

「「行ってきます」」

 

 

 

 

「どう、乗ってみた感想は。確か、これに乗るのも初めてだったはずだけど」

「……これは、中々に爽快ですね」

甲高いエンジン音と風を切り裂く音が響いている中、若干高揚気味なカニンガムの声がアナの耳に届く。数十分ほど前に3人から勝利をもぎ取ったカニンガムは、現在アナの駆る大型バイクのシート後部に座り、アナの体に抱きついていた。

「それに、不思議な感覚です。普段はもっと速く飛んでいるというのに……妙に、緊張してしまいます」

「周りに物があるから、スピードを感じやすい。風の影響とかもあるのかもしれないけど」

アナは一般道のためあまり速度を出していなかったが、等間隔で並んでいる電柱や、道路脇に生えている木が後方へと流れていく光景が、車に乗っている時に見るそれとはまるで違うようにカニンガムは感じていた。

「この辺りは建物がないから、飛んでる時と風景がそう変わらないけど、町の方まで行くと結構面白い。みんなそう言ってた」

「……スリャーノフ大尉、普段に比べて随分と饒舌ですね。なんというか、意外です」

「そう?……バイクは楽しいから」

言われて気づいたのか、少し恥ずかしそうに返すアナ。声色自体は変わらないが、口数と内容が普段よりも明らかに増えていたのにカニンガムは気づいており、くすりと笑みを浮かべる。

「それより。カニンガムは行きたい場所は無いの?買いたい物とかでもいいけど」

恥ずかしさもあったのか、アナが話を切り替える。名目上、二人は「買い出し」に札幌市へと行っていた。が、しばらくは雪の影響で隊で唯一車の免許を持つ游隼が引っ張りだこだったため、実質的にはアナの久々のツーリングも兼ねていた。なので、游隼のように嗜好品のリクエストをしないのも自由であった。

「今の所必要なものは揃っていますし、もともと行くつもりもありませんでしたので、皆さんのようにこれと言った何かがある訳では」

「そう。まあ、行ってから何か欲しい物ができるかもしれないし、今は無理に考えなくても大丈夫」

「そう言って頂けると幸いです……では、もうしばらくはこの旅路を楽しませていただきましょう」

次々にやってくる木々や対向車に目を細めながら、カニンガムが言った。

 

 

 

 

高速道路で札幌へと到着し、札幌駅付近のデパートでレイのリクエストの丸い牛乳プリンとジャニスのリクエストのスフレチーズケーキを買った二人は、そのデパートの別の階にある書店に来ていた。

「しかし、ああは言ったものの……何も浮かびませんね」

雑誌が平積みされている棚の前で、カニンガムがひとりごちる。ファッション誌を手に取りパラパラとめくってみるが、琴線には引っ掛からなかったようで元の場所に戻した。

「何か、無いものでしょうか……む」

ふと、一冊の本がカニンガムの目に留まり、取り上げられる。

「収穫はあった、カニンガム」

会計を既に済ませたのか、厚みが生まれている書店の袋を持ったアナが声をかける。それに反応し、カニンガムが持っていた本を見せた。

「それは……」

カニンガムの手に持たれていた本の表紙には、何かを煮込んでいるらしい写真と、その本の内容がとても簡単であるという煽り文が書かれていた。つまり、カニンガムが持っていたのは料理本であった。しかも、ごく基礎的な。

「李大尉ほどでなくても、人並み程度には出来るようになっておきたいと思いまして」

「へえ……私も読んでみようかな」

「では、実践の機会があれば一緒にやってみましょう」

その後もいくつかの料理本を見比べた後に最初の本を買ったカニンガムは、次に、同じフロアの紅茶専門店を訪れた。

フラムのリクエストした紅茶を探しに店を訪れたカニンガムが、様々な銘柄の茶葉が並ぶショーウィンドウを見て、小さく感嘆の息を漏らす。

「……これは、良い品揃えですね。インド、スリランカに清も。オストマルク産のものなど、扶桑ではそう手に入らないと聞きました」

「ありがとうございます」

にこやかな表情を浮かべる店員とカニンガムがすぐさま紅茶について語り合い始めた横で、アナが退屈そうに周囲を見渡す。そして何かを見つけたのか、カニンガムに小さく断りを入れてから、紅茶専門店の並びの先にある店へと駆けていった。

「……後は、こちらの祁門紅茶などはいかがでしょうか。ネウロイによる被害で少し前まで製茶工場が閉鎖されていたんですが、最近やっと市場に出回るようになったんです。渋味が少なく甘味が強いので、おすすめですよ」

「では、それも買わせていただきます」

「ありがとうございます。では、こちらもお付けして……」

数分後、3種類の茶葉が入った紙袋を持ったカニンガムが振り返ると、アナが少し離れた位置でビニール袋を抱えて佇んでいた。

「済んだみたいだね」

「はい。それは?」

袋の口を広げ、中身を見せるアナ。その中には、「Sapporo Whisky」と書かれたラベルが貼ってある、琥珀色の液体に満ちた四角い瓶が入っていた。

「ウイスキー。游隼と一緒に飲もうかと思って」

「なるほど。でも、良いのですか?スリャーノフ大尉はあまりアルコールが得意ではなかったと記憶していますが」

「……ちょっとでも飲めればいい」

「そうですか。では、残りを買ってしまいましょう」

どこか不貞腐れたように言うアナに、それ以上の追及もせずに提案するカニンガム。特に異論が出なかったため、二人はそのまま基地で切れていた日用品等を買い、デパートを出た。

「ふう。なんとか入った」

駐車場にあるバイクに、購入した品々をトランクに積み込み終わったタイミングで、アナが言う。リアトランクと左右の小さな収納スペースも2つとも使い、なんとか積むことができた。

「帰りましょうか」

「そうだね」

アナがフルフェイスヘルメットを被って先に青いバイクにまたがり、エンジンをスタートさせる。低い唸り声のようなエンジン音が安定したところで、球体を半分に割ったようなヘルメットを被ったカニンガムがその後ろに乗り込む。

「出るよ」

大型バイクをすいすいと操り、車がちらほらと止まっている駐車場から出ていくアナ。通りに出て信号待ちをしている時に、ふと、空を見上げて言った。

「今日は天気が良い」

「言われてみれば、確かにそうですね。朝からずっと快晴でした」

カニンガムも同じく空を見上げる。薄く消えかかっているような小さな雲以外には浮かんでいるものはなく、真っ青な空が広がっていた。

「ツーリング日和というものでしょうか」

「そうかもね」

林立するビル群を、隙間から差し込んでくる陽光に目を細めながら眺めるカニンガム。時折対向車線の車も交じりながら、様々な店舗や会社のビルが軒を連ねる町並みが流れては背後に消えていく景色は、どこまでも続く自然とはまた別の生命力に満ちていた。

バイクの速度が落ち、止まる。正面は大きな歩車分離式の交差点となっており、信号が黄色から赤に変わるところだった。必然的に、車の流れが堰き止められた。

ふと、カニンガムの耳に、無数のエンジン音に混じって泣き声のような音がかすかに届いた。半ば無意識にその声の主を探そうとカニンガムが左右を見回すと、二人の左後ろの歩道で、母親らしき女性の隣で泣いている少女がいた。

見たところ外傷はなく、どこかを押さえて痛がっている訳でもない。女性も、どこか少女をたしなめるような表情でしゃがんでいた。少女は涙を拭う手とは逆の手で天を指しており、カニンガムはその方向に目をやった。

すると、そちらに赤い風船がふわふわと浮かんでいた。おそらく、既に街路樹よりも高い位置にあるそれを惜しんで少女は泣いていたのだろう。正面をちらりと見ると、歩道の信号の切り替わりにはまだ余裕がありそうだった。一瞬の逡巡はあったものの、カニンガムはすぐに動き出した。

「大尉、少し降ります」

「え?」

カニンガムの言葉に、声を上げるアナ。突然の降車宣言を聞き間違いだと思って聞き返す声と、「降りる」という単語に反応し、その判断に対しての疑問の声だった。

「ちょっと、カニンガム」

アナの声も気に留めず、バイクから車道に降り、ヘルメットを外してアナに渡すカニンガム。あまりに当然のように差し出されたヘルメットをつい受け取ってしまったアナに、カニンガムが冷静に言う。

「すぐに戻ります」

そして、ガードレールを飛び越え、歩道へと走っていく。風船は更に上昇し、横の三階建てのビルの真ん中ほどの高さを漂っていた。

(「あの高さでは、おそらくただジャンプしただけでは届かない……」)

「ほら、また新しいの貰ってあげるから……んっ?」

母親らしき女性が子供をあやしている横を、疾風のような速度で駆け抜けるカニンガム。当然ではあるが、女性は見知らぬ人物に横を走り抜けられたことへの驚きの表情をしていた。

ひょろん、という音とともに、カニンガムの頭と腰に黒猫の耳と尻尾が生える。速度を維持したまま飛び上がり、ビルの入り口の庇の上に飛び乗るカニンガム。

「とう」

あまり気合いがこもっていない掛け声とともに再びジャンプし、風船に結ばれていた紐を掴む。猫を想起させるようなしなやかな身のこなしで空中で姿勢を整え、ふわりと着地。

「ふう……はい、どうぞ。今度は、離してはいけませんよ」

未だ泣き止んでいなかった少女に、しゃがみこんで風船を差し出すカニンガム。突然現れた謎の人物に驚きを隠しきれていない様子の少女だったが、泣き晴らした赤い顔で頷き、言われるままに風船を受け取った。

「あの……どなたか存じませんが、ありがとうございます」

一部始終を見て口を開けて呆けていた母親が、戸惑いがちに礼を言うが、それを静止するように手のひらを向けるカニンガム。

「お気になさらず。当然のことをしたまでです」

「カニンガム!もう青になる!」

「それでは、失礼します」

ヘルメットのシールドを上げて顔を露出させたアナが叫び、同時にヘルメットを投げる。胸元でそれをキャッチし、再び少女と母親に一礼をするカニンガム。横断歩道の信号は点滅しており、もう間もなく車道の信号が青になることを示していた。

黒猫の耳と尾が引っ込んだ状態でバイクに乗り込み、ヘルメットの金具を留めるカニンガム。ヘルメットの位置を調整し、信号が青に変わったタイミングでアナの体に手を回そうとした。すると。

「……おねーちゃー!あいがとー!」

ガードレール越しの歩道から、少女が風船をしっかりと持ちながらカニンガムの乗るバイクの方へと走り、舌足らずに言う。

前の車が発進し、二人の乗るバイクも前進する。おぼつかない足取りでバイクを追いながら残った手をぶんぶんと振る少女に、カニンガムは微笑みを浮かべ、左手を振り返した。

 

 

 

 

「……どうなることかと思った。本当に」

帰路の高速道路にて、アナが言った。

「申し訳ございませんでした。つい体が動いてしまい」

毎度ながら平坦な声で、悪びれる様子もなくカニンガムが答える。

「いいけどさ、特に何事もなかったし。でも、急にバイクから降りるのはやめてほしい」

「以後気をつけます」

「……あとは、カニンガムがあんなに子供好きだったとは知らなかった。意外」

「嫌っている訳ではありませんが、特段好きという訳でもありません。あの少女を助けたのも、偶然あの場に居合わせたからです」

若干からかうような声色で言うアナ。それに対してもカニンガムは冷静さを失わず、普段通りの冷静な声だった。

「どうだか。フラムに仕えてるのも、子供が好きだからだったりするかもしれないし」

「そんな理由ではありませんよ……それにしても、本当に綺麗な夕日です」

「あ、誤魔化した」

 

 

 

 

「おかえりー!ちゃんと買ってきてくれた?」

「勿論」

「うわーい!ありがとー!」

大型犬のように二人を出迎えたジャニスに、チーズケーキの箱が入った袋を渡すアナ。

「おかえり。どうだった?カニンガム。たまの外出は」

ジャニスに続いてエプロン姿の游隼が聞く。

「なかなか楽しめました。もし仕事が済んでいればですが、次の機会も参加させていただくかもしれません」

カニンガムにしては珍しい自発的な発言に、游隼が意外そうに言う。

「へぇー、そんなに楽しかったの……ねぇ、何かあったのアナ」

「直接聞いてみたら?そうだ、これ。游隼に」

「え?あ、ありがと!」

質問をはぐらかすように、ウイスキーを游隼に渡すアナ。そのアナの様子が妙だったのに游隼は気づいていたが、問い詰めても無駄だということも薄々気づいていたので諦めたのだった。

「あ、カニンガムさん!アナさん!おかえりなさい!」

「栂井少尉、買ってきましたよ」

たまたま席を外していたのか、談話室に入ってきたレイにカニンガムがプリンの袋を見せる。

「やったぁ!ありがとうございますカニンガムさん!」

全力で抱きついてこようとするレイの頭を手のひらで止め、袋のみを渡すカニンガム。

「あ、そういえば、ちょっと見てほしい動画があるんですよ!絶対に胸は揉みませんから、離してください!」

「動画ですか?……絶対ですよ」

「絶対です!」

カニンガムが腕をよけ、前につんのめるようになるレイを支える。その動作にレイが付け入れるような隙は無かったが、支えられたレイがスマートフォンを取り出して手際よく操作し始めたのを見て、カニンガムも警戒を解いた。

「どのような動画なんですか」

「さっきたまたまTwitterで見たんですけど、こんな感じのです!」

どうぞ、とレイが差し出したスマホの画面には、おそらく車の中から撮影されたであろう動画が流れていた。ツイートの文面は、「身体能力ヤバい女性ライダーが居たんだが……」と。

動画自体の内容は、黒いジャケットとデニムパンツ姿の人物が突如としてビルの庇に飛び乗り、再度のジャンプで空中を漂っていた風船をキャッチして、ふわりと地面に降りるというものだった。その後、投げ渡されたヘルメットを被って再度バイクにまたがる所まで撮影されていた。

撮影者や同乗者の驚く声が入り、動画は10秒ほどで終わった。そんな短い動画であるにも関わらず、いいねやリツイートの数は2万を超えており、かなり多くの人がその動画を目にしているようだった。

「この動画、中央区の方で撮られたらしいんですよ。それで『そういえばカニンガムさん、出かけた時にこんな服着てたなー』って思って」

「……………………」

スマホの動画を見ながら語るレイの言葉で、ちらりとカニンガムが自分の体を見る。上半身を覆う黒いジャケットにデニムパンツの、ラフな服装。

「この動画がツイートされたのも一時間くらい前ですし、その頃はまだ街にいたと思うんですけど、これってもしかしてカニンガムさんですか?」

スマホから上げられたレイの表情には嘲笑や失望といった負の感情は一切なく、ただ純粋に「いいこと」をした人物が目の前にいるのかという期待感に包まれているようだった。

「……はい。少女が風船を飛ばしてしまって泣いていらしたので、取って差し上げようと思いまして」

観念したようにカニンガムが言うと、レイは期待が的中したことを喜ぶように小さく息を呑んだ。

「やっぱりそうだったんですか!カニンガムさん、かっこいいですね!なんか、ヒーローみたいですよ!」

「私にそんな役は似合いませんよ」

「そんなに謙遜しなくてもいいじゃないですか!このこの〜!」

「ふむ……紅茶を淹れてボイド中尉のケーキのご相伴に預かろうと思っていたのですが、少尉の分は用意しなくていいようですね」

どこか冷ややかさを感じさせるカニンガムの言葉に、身震いするような動作をしたレイが頭を全力で下げて言った。

「ごめんなさーい!」




アナが乗っているバイクは、ホンダ・ゴールドウイングツアーです。最初はよりスピード狂らしくするためにR1や隼などに乗せる予定だったのですが、名目上だけでも買い物に行くのに収納がまるで無いんじゃ駄目だろ、と思い、ゴールドウイングにしました。免許の問題や値段については「ウィッチだから」で勘弁してください。


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第8話 ファースト・コンタクト

ストライクウィッチーズ1期にて、501に入隊した宮藤が中佐に(護身用?の)拳銃を貰ってましたが、中佐はどんな風に携帯させるつもりだったんでしょうかね。他の面々のように制服スタイルならともかく、腰にも脇にもホルスターを付けられない水練着の宮藤に……まさか、水練着の中に!?


その日の空は雲が無く、きれいな満月が大地と2人のウィッチを照らしていた。連なる木々や小高い丘の輪郭がくっきりと浮かび上がった、昼間のような明るさだった。

『レーダーサイトからのデータによれば、そのエリアにネウロイの反応があったようです。こちらに反応はありませんが、それらしき物体は視認できますか?』

「うーん……これと言って、変なものは見当たりませんね。ネウロイも居なさそうですよ」

背の高い木の天辺に触れそうな高度まで降り、周囲を見回してレイが言う。

「こっちも同じく。カニンガムの方に反応が無いんなら、もう逃げたか、あり得ないとは思うけど誤情報だったんじゃないの?」

レイの上空500mほどの高さで、周囲を確認しながら游隼が言う。2人の報告に、ふむ、と声を漏らすカニンガム。

『その可能性が高そうですね。とりあえず、怪しい物体があれば報告をお願いします』

「了解です!じゃあ、もうちょっと探しましょうか」

上昇してきたレイに、首肯を返す游隼。ふと、何かを発見したのか、開けた土地の方向に飛んでいく。

「そうだね……ん?何だろう、あれ」

「なんですか?怪しいものですか!?」

游隼と並んで飛びつつ、正面の空き地に目を凝らしながら、何故か少し嬉しそうに言うレイ。

「いや、何か建物があったから」

「んんー?……あぁ、アレは多分、牛舎ですね。でも、ボロボロだ。ネウロイに攻撃されたんでしょうか」

土地の片隅に、ほぼ平らに近い三角形の屋根の建物があった。塗装が所々剥げていたり屋根に穴が空いていたりと、損傷がそれなりに激しくはあったが、原型は保っていた。

『そのようですね。以前はここも一つの牧場だったようですが、ネウロイの影響で管理者が離れてしまったのでしょう』

「牛舎って、あの、牛が入る部屋みたいなのがいっぱいある、アレ?」

「そうですよ。生で見たことないんですか?」

さも見たことがあるのが当然であるかのようにレイが言い、游隼が首を横に振る。

「テレビでなら見たことはあるけど、牧場に行ったこと自体はないよ、実家の近くにも無かったし。よく知ってたね」

「北海道にはいっぱいありますから。小学校で乳搾り体験をする地方があったりもしますし、牧場の知識はそれなりにあると思いますね」

「じゃあ、アレは?」

なぜか誇らしげに言うレイ。へえー、と関心したように頷いた游隼が、牛舎の右隣にあった塔のような建物を指さす。縦に細長いレンガ作りの塔を見て、今度はレイが声を上げた。

「おぉー!あれはサイロといって、牧草の貯蔵庫みたいなものです。でも効率が悪いとかで、最近は結構数が減ってるんですよ……あんなにきれいってことは、こっちは狙われなかったみたいですね。あと、うちの近くにあったのはただの円柱形だったんですけど、これみたいに屋根が丸いタイプもあって、それは……」

『栂井少尉。少尉の知識があるのはわかりましたが、ネウロイらしき物体は確認できませんか?』

「あー……はい。他にも建物がありますけど、やっぱりそれらしい物は何もないです……」

カニンガムの若干厳しめな物言いに、マシンガントークを止め、しゅんとして周囲の状況を確認するレイ。

『そうですか、了解しました。お2人とも、今日の哨戒はこれで終わりにしましょう。これ以上の成果は見込めないと判断します』

「まあね。じゃ、帰るとしますか」

「はい!」

 

 

 

 

2人が基地に帰った数時間後の朝、フラムとレイが食堂で話していた。

「そういえばツガイ、昨日の夜出撃したんでしょ。どうだったの?」

紅茶の入ったティーカップを置き、フラムが聞く。

「うーん……反応はあったみたいなんだけど、何も見つからなかったんだ。カニンガムさんも見つからないって言ってたし、そのまま帰ってきたよ」

「そうそう。雲がなかったから簡単に見つけられると思ったんだけど、なんの収穫もなし」

せっかく頑張って起きたのに、とぼやくレイの前にピザトーストを置き、自分も会話に参加する游隼。

「あったものと言えば、古い牧場ぐらい?」

「ふぉう!んぐ……そう、ありました!」

ピザトーストを飲み込んで喋りつつ、游隼に同意するように指をさすレイ。

「そこの牧場、なんと……サイロがあったんですよ!」

「「サイロ……!?」」

溜めを挟んだレイの言葉に、既に朝食を食べ終わって食卓から離れていたジャニスとアナが反応する。

「随分物騒なものがある牧場だね……いや、実は牧場に偽装した発射施設だったとか?ありえないかな」

「でも、オラーシャでは鉄道に偽装した発射装置も作られてる。可能性はゼロじゃない」

「実は、ネウロイの進行を予知していた扶桑政府が秘密裏に作った施設だったりして……」

「……とんでもないものを発見してしまったのかも」

小声で何事かを囁きあっているアナとジャニスを横目で見ながら、フラムが聞く。

「で、何よそれ」

「簡単に言うと、牧草のタンクかな。で、ついでに発酵させて、牛が食べやすいようにするの」

「ふうん……まあいいわ、今日の夜も忘れないようにしなさいよ」

「うん!」

「行くわよ、カニンガム」

「はい、お嬢様」

レイの返事を聞いて椅子から立ち上がり、カニンガムと一緒に食堂を出るフラム。柔らかな日差しが差し込む廊下を歩いていると、カニンガムが口を開いた。

「お嬢様、例の日までもう一月を切りましたが」

「……そういえばそうだったかしら。やる事は去年と変わらないのよね?」

カニンガムの言葉に、あからさまに嫌そうな表情で聞き返すフラム。

「はい。しかし、スリャーノフ大尉とボイド中尉はあの日よりも後に当基地に配属されています。1週間以内に資料が届くそうなので、届き次第、再び全体への説明の機会を作りましょう」

「広報のためとはいえ……ちょっと苦手なのよね、アレ」

ため息混じりに言うフラムに、カニンガムが無表情のまま告げる。

「ひいては未来のためです。それに、()()()()は、いっそのこと彼女らに担ってもらえば良いのではありませんか?」

「……そうね、いい提案だわ。そうさせてもらいましょうか」

カニンガムの提案に、フラムが意地の悪そうな笑顔を浮かべる。それと同じタイミングで少し離れた食堂にて、レイの説明を聞いても未だに別のサイロの話をしていたアナとジャニスの背中に、悪寒が走っていた。

「……なんだか」

「嫌な予感がする……」

 

 

 

 

「昨日の夜、反応があったのがここら辺なんだっけ?」

その日の昼、昨晩レイと游隼が訪れた地点に、ジャニスとフラムが哨戒に来ていた。夜とはうってかわって、空は雲に覆われていた。

『はい。現在もネウロイの反応はありませんが、何らかの異常があれば発見次第報告をお願いします』

「任せなさい。もし見つけても倒しちゃっていいのよね?居れば、の話だけど」

背の高い針葉樹林を見下ろしながら、悠々とフラムが言う。

『ええ。しかし、くれぐれもお気をつけください。相手はネウロイです。どんな手を使ってくるかわかりません』

「そうは言ってもねえ。まあ、何かないか探してはみるけどさ」

それから10分ほど、2人が周囲の林や丘をくまなく捜索したものの異常は見当たらず、林の上空で合流した2人が互いの成果を確認し合うも、吉報は返ってこなかった。

「うーん……この辺は本当に何もなさそうね」

「地中に潜ったような痕跡も出現したような痕跡も無し、となると、残ってるのはレイが言ってたあの牧場ぐらいかな」

ジャニスが開けた土地に目をやり、フラムが共に飛ぶ。十数時間前にレイと游隼が訪れた場所は、夜と何も変わらず寂れていた。

2人が、ボロボロになった牧場を見下ろして言う。

「あの建物、中が気になるわね……」

「私が降りるよ、離陸も早いし」

『少尉によると、その平坦な建物が牛舎だそうです』

「なおさら中を見てみなくちゃ!」

「じゃあ、私は周囲の警戒をしておくわね」

ゆっくりと下降し、牛によって踏み固められたであろう草原に降りるジャニス。白い柵に腰を預け、ストライカーを片足ずつ脱いで立てかける。一緒にイコライザーと給弾パックも下ろし、ほぼ素手の状態で牛舎に向かう。

「おじゃましまーす……」

鍵の空いていた扉を開け、恐る恐るという風に牛舎の中に入るジャニス。曇り故か屋根の穴から差し込む光も少なく、牛舎の中は薄暗い。多目的ゴーグルの横についていたライトで足元を照らし、牛舎の中を見回しながら歩くジャニス。

「うーん……何もいないよ。死骸っぽいのもない。ネウロイって、人以外は襲わないんだったっけ?」

牛どころか生命の気配すらない静かな牛舎の中で、ジャニスが独り言をつぶやいているように話す。

『ええ、危害を加えてこなければ襲わないはずよ。基本的に野生動物は逃げ出すから、ネウロイによる家畜の被害もあまり無いらしいわね……死骸すらないってことは、元の牧場主がうまく逃げさせられたのかしら』

「そうみたい。エサっぽいものも残ってないし、どこもかなり綺麗だから、早々に逃げたみたいだね……ん?」

『どうしたの、ボイド』

牛舎の真ん中あたりまで確認を終えていたジャニスが、入ってきたのとは反対側の扉の方向に振り向きながら声を上げた。フラムもそれに反応し、姿は見えずとも牛舎のジャニスがいるらしき方に目をやる。

「いや……何か音が聞こえた気がして」

『油断しないようにしなさいよ。こっちからは見えないけど、小型でもいるかもしれない』

「わかってる」

ジャケットの内側のポケットから、M1911A1拳銃を取り出すジャニス。祖母ことジェニファー・ボイドが現役の時代に使用しており、ジャニスがリベリオン空軍に入隊した時にプレゼントとして渡された宝物だった。

M1911を構えながら、扉の右横の大きな柱にじりじりと近づくジャニス。そこだけは、唯一視線が通っていなかった。物音の正体はそこにいるのだろうとジャニスは踏んでいた。

「そこっ!……って、何もないじゃん!」

両手で拳銃を構え、勢いよく飛び出したジャニスだが、柱の影には何もなく、壁の一部が壊れていただけだった。ジャニスが聞いた音とは、隙間風の通る音だったのだ。

「……あー、こちらジャニス。結局、牛舎内には何もなし。音も風の音だったみたい。ゴメンね」

『ハァ……全く、焦って損したわよ。早く戻ってきなさい』

「はいはーい……そうだ、こっちには何かないのかな〜、っと」

閉じられていたもう一つの扉を開け、その先の風景に目をやるジャニス。が、少し行ったところに林があるだけで、動くものといえば風に揺れる枝葉くらいだった。

「うーん、無いかぁ。今度は外通ってみよ」

牛舎の右側に回り込み、ストライカーの立て掛けてある柵の方、つまり入ってきた扉の方向へと歩くジャニス。上空には浮遊しているフラムが、横にはレンガづくりのサイロがあったが、やはり目新しいものは無いのだった。

「これってさぁ、本当にミサイルサイロじゃないのかな。巧妙に偽装されてるだけだったりしない?ちょっと確かめてみない?」

「そんな訳ないでしょ。それに、もし本当にこれがミサイルを撃つ設備なら、円錐形なんて撃ちづらい形の屋根なんて付けないでただの蓋にするでしょうに」

まだ夢を諦められていないジャニスに、フラムが冷静に突っ込む。それを聞いたカニンガムが、ハッと息を漏らした。

『お嬢様、今なんと?』

「いや、これがミサイルサイロな訳ないでしょって話よ。そんなに気になった?」

『いえ。その後の、屋根の形についてです』

「ん?円錐形の屋根なんて付けないでしょ、って」

『……お2人とも、直ちに警戒してください。昨晩栂井少尉が言っていたそのサイロの屋根の形は、()()()()!』

「えっ!?」

「ボイド!さっさと上がりなさい!」

カニンガムの言葉で、立ち止まってサイロを見上げたジャニスに、鋭くフラムが言う。逡巡も束の間、ジャニスが再びストライカーの置いてある柵へと走る。

「……うん、わかった、何かあったら援護よろしく!」

「どういうつもりか知らないけど、遠慮なしでいかせてもらうわよ!」

フラムが機関砲を構え、円錐の中心部に向けて短く掃射する。放たれた機関砲弾は、黒い屋根が命中の直前に大きく形を変えたことによって、サイロの奥にある林へと落ちていった。

『お嬢様、お気をつけください。ネウロイの反応が出現しました』

「そんなの……見ればわかるわよ!」

驚きを隠しきれないのか、荒い語気で答えるフラム。その目の前では、サイロの屋根だった真っ黒な物体がスライムのようにぐにゃぐにゃと変形し、中へと落ちる様に沈み込んでいった。

「何よ、今更隠れるつもり?」

「フラム!ごめん、待たせた!」

野に置かれていた状態から準備したにしてはかなりの速度で離陸したジャニスが、フラムの横に並ぶ。2人の正面には、屋根だけがきれいに無くなり、ただの円柱と化したサイロがあった。

「あれの中に屋根が落ちてったの?」

「ええ。多分、あのネウロイは擬態できるタイプね。色々なものになりすまして南下して来て、やっと発見されたって感じかしら」

「なるほどね。レーダーに引っかからないルートで来たのか、ジャミングを調整してきたのかはわからないけど、また厄介なのが来たねぇ」

「全くね……カニンガム、あんなタイプのネウロイが今まで北海道で出現したことがあるか、調べられる?」

『既に終えています。北海道では初のようですが、3週間ほど前から、似た性質のネウロイが数回清北部に出現しているとのことです』

「新種が発生したのかな?でも、同じ地域に何度も似た個体が出ることはそう多くないし……」

「とにかく、今は目の前の相手を倒すわよ!」

「そうだね!」

眼前のサイロに向けて、油断なく機関砲を構えるジャニスとフラム。サイロ自体の高さは6mほどしかないので、2人は左右に別れつつ上昇し、内部をギリギリ狙える角度に移行する。

「一気に仕留めるよ!」

「わかってるわ!」

外に出ようとするでもなく、円筒の中でぐにゃぐにゃと蠢くネウロイに、2人が同時に機関砲を斉射する。音速を超える速度で飛来した機関砲弾が命中した瞬間、ネウロイが空に向かって無数に棘を生み出し、剣山のような姿に変わった。

「わっ!?」

一部の棘が自分たちと同じ高さまで伸びてきたことによってジャニスが体勢を崩したが、すぐに立て直して攻撃を再開する。ネウロイは次々に棘を生み出すものの、再生が折られる速度に間に合わず、徐々に平らな面が見え始める。

「……あっ、見えた!コア!」

サイロ内に広がっていた底部の中心から、赤い光が漏れ出す。すぐに再生した棘によって隠されてしまったものの、それはコアの光に間違いなかった。2人がここぞとばかりに集中砲火を加え、棘を次々に折っていく。

「いただき!」

完全にコアが丸裸になった瞬間、フラムが狙い澄ました一撃を叩き込む。陶器が砕けるような音と同時に、ネウロイ全体が真っ白な光に包まれ、空気に薄れるように消えていった。

『反応の消滅を確認。お2人とも、お疲れ様でした』

「なんというか……思ったより楽に倒せたね」

肩に機関砲を担ぎ、フラムと並ぶジャニス。口調は普段と変わりないものだったが、視線は依然サイロの中に向けており、警戒を続けたままだった。

「そうね。でも、謎が残ったわ。あんなに自身の形状を変形させられるネウロイなんて聞いたことがないもの。しかも、あんなに柔軟に」

同じくサイロの中を見ていたフラムが、思索を巡らせるように顎に手を当てる。

「毎度のことながら、不思議な敵だよ……ん?」

「どうしたの?って、ちょっとボイド!危ないわよ!」

「大丈夫大丈夫、もう倒したんだから」

ふと、ジャニスがサイロの中へと降下を始めた。慌てたフラムが静止するも、まるで気にしていない様子だった。

日光にさらされた故か枯れてしまった牧草の山の上に、灰色に染まった部分があった。ストライカーによって牧草が巻き上がる中、直接変色した部分に触れないようにしながら牧草の束を掴み取って上昇し、しげしげと観察するジャニス。

「これは、腐ってるってわけじゃなさそうだね」

「そんなの触るんじゃないわよ、何かあったらどうするの?」

汚いものでも見るような目で、ジャニスの持った束を見るフラム。

「何もないよ、直接触ってるわけじゃないんだし。でもさ、この牧草がなんでこんな色になってるのか気にならない?」

「それは……調べないとわからないでしょ」

「だよね。だから、持って帰って調べてもらおうよ。もしかしたらネウロイの影響かもしれないし、あのネウロイのこともわかるかも?」

『私も中尉の意見に賛成です。ネウロイとの直接的な接触があった物体は調査を行う必要性がありますので』

「ほら、カニンガムもこう言ってるよ」

ジャニスが、牧草を指揮棒のようにフラムに向ける。カニンガムの加勢に、渋々という風に首を縦に振るフラム。

「まあ、別にいいけど……」

『では、陸軍に回収の要請を行います。直接基地に持ち帰る必要はありませんよ、中尉』

「あ、そうなの?なぁんだ」

どこか残念そうに言いながら、牧草の束をサイロ内に投げ捨てるジャニス。

「周囲に反応も無いし、今日の哨戒はもう終わりで良さそうね」

「それじゃあ、帰ろっか」

「ええ」

 

 

 

 

ジャニスとフラムが、擬態ネウロイを撃破した日の数日後のこと。INRC(International-Neuroi-Research-Center)こと、国際ネウロイ研究所から届いた報告書を読んで、カニンガムはわずかに眉をひそめていた。

「なるほど、水銀ですか」

その内容とは、牧草に付着していた物体は水銀であり、あのネウロイが高度な柔軟性や変形能力を有していたのは体が水銀で出来ていたからではないか、というものだった。

ネウロイは万物を吸収して自分のものにでき、その上自己進化も可能だ。だとしても自らの天敵である水を吸収せずに、進化の過程で例のネウロイのような柔軟性を確保したと考えるには、期間の前後における出現個体の傾向や数などからみても無理がある。

では、水銀なら?金属でありながら、常温で液体と化して水のように振る舞う性質を持った物体ならばどうだろうか。ネウロイ自身には影響を及ぼさず、更にはその性質を元にして柔軟な活動を行うこともできる。

「確かに、筋は通っていますが」

しかし、その場合にはまた新たな疑問が生まれる。「ネウロイがどうやって水銀に接触・吸収したのか」ということだ。

最初に例のネウロイが表れたのは、清北部の、一般人の立ち入りが禁止されていた地域だった。森林で木に同化していたネウロイを、魔眼を所有していたウィッチが発見。柔軟な肉体を活かして逃亡を図ったようだったが、撃破。その場には何も残らず、ただの特異な一個体として処理されたという。

1週間後、再びその地域に同型ネウロイが出現。巨岩に扮していたネウロイを、前例と同じウィッチが発見、撃破。更に2週間後、またもや同地域に同型ネウロイが出現し、撃破された。

清は水銀の原料となる辰砂の鉱山や、自然水銀の鉱山を所有している。ただ、そのどれもが清南部に位置しており、例のネウロイが出現した地域からは遥か遠くにあったのだ。もし南部でネウロイが(なんらかの理由により)水銀を得、同地域で暴れていた、というのなら納得はできよう。だが、そうではないのだ。

「……ネウロイに水銀を与えた者が居る、ということなのでしょうか。いや、それは考え過ぎですね」

それ以外に理由が見当たらないとはいえ、自分の口を突いて出た突拍子もない推察を、自身で否定するカニンガム。

「しかし、何故あの個体だけが水銀を排出したのか。単にネウロイ化が進行していなかっただけなのか、はたまた別の理由で……今は、考えるだけ無駄ということですかね」

そうひとりごち、書類を机に置くカニンガム。一つ溜息をついた後、縁のない眼鏡を外し、マッサージをするように目元を揉みほぐす。

「全く、厄介な敵」

カニンガムの言葉は、虚空に消えていった。




今回、冒頭で牛舎とサイロが出てきましたが、皆さんはこれらの2つの実物を見たことがあるでしょうか。道産子ならきっと共感していただけると思いますが、北海道ではちょっとした旅行等で都市部から離れた道を通ると大体見かけます。廃牧場は流石にそう多くないですが、一度か二度、見たことがあります。もし見たことがない皆さんがコロナ騒動が落ち着いて北海道に旅行に来ることがあれば、ぜひ探してみてください。


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第9話 これも仕事です

ミスを発見したのが投稿2分前だったため投稿が遅れてしまいましたすいません
次からは気をつけたいと思います


「……お2人とも、隊のイメージダウンに繋がるような回答は、出来るだけ控えてください。無理に取り繕う必要はありませんが」

カニンガムが、パイプ椅子に座っているアナとジャニスの後ろから小声で言う。

「それ、フラムちゃんの指示?」

振り返ったジャニスが苦笑いを浮かべながら聞くと、カニンガムが首を横に振った。

「そうでもありますが、基地司令からの指示……というより、要望でもあります」

「さいですか……」

「多少の嘘は勘弁してほしいけど」

同じく、背後のカニンガムに振り返ったアナが言う。

「自分の事に関しての質問であれば構いません」

「カニンガム大尉、お時間です」

格納庫の入り口から現れた一般兵に、カニンガムが案内をするように告げる。

「それでは健闘を祈ります、ボイド中尉、スリャーノフ大尉」

カニンガムが別の出口から去っていくのと同時に、格納庫の入り口から、小学生くらいから高校生くらいまでの少女が30人ほど、一般兵に連れられて入ってきた。

その多くは期待や羨望のようなものが籠もった視線を送っているばかりだったが、少女らの後から入ってきた保護者らしき大人たちの中には、F-15F戦闘機の前でパイプ椅子に座る2人を見て、どこか懐疑的な表情を浮かべる者などもいた。

「もし失礼なこと言われても耐えてよ、ジャニス」

「フラムちゃんじゃないんだし、そんなことしないよ」

列の最後尾にいたカメラマンも含め、ざわめきながら少し離れた位置で椅子に座っていく人々を見て、2人がぼそぼそと会話する。

「……えー、皆さんご着席していただけたようですね。はい、それでは、現役で活躍するウィッチのお2人、ジャニス・ボイド中尉とアナスタシア・スリャーノフ大尉への質問コーナーを始めさせていただきたいと思います!」

司会を務める一般兵の女性の言葉が格納庫に響き、椅子に座った人々が拍手を鳴らす。2人の目の前のテーブルには、その日の段取りが書かれたプリントとマイク、水の入ったペットボトルが置かれていた。

(「なんでこんなことしてるんだろ……」)

司会が色々と取り決めを話しているさなか、ジャニスは記憶を遡っていた。

 

 

 

 

一週間前の、6月下旬のある日。201部隊の全員が、朝食後にミーティングルームに集められた。

「ふわぁ……ねむい……」

「こんなとこに集めるなんて珍しいね。大規模作戦でもやるのかな?」

あくびをするレイと並んで椅子に腰掛けていたジャニスが、後ろの列の游隼に聞く。すると、游隼は首を横に振った。

「いや、多分違うと思うよ。ここが使われること自体あんまり無いから覚えてるけど、去年のこの時期は──っと、来たね。きっと、直接説明された方が早いよ」

徐々に大きく響いてくる足音に、部屋内の隊員それぞれが立ち上がり、足音の主を迎える。

「おはよう。全員揃ってるわね?……うん、着席。じゃあ、ミーティングを始めるわよ!」

カニンガムに開けさせた両開きの戸からつかつかと部屋に入ったフラムが、ジャニスの前方の机の後ろに立つ。その、どこか元気が溢れている様子が気になったジャニスが聞いた。

「何か良いことでもあった?随分ウキウキしてるじゃん」

「そんな風に見える?気のせいだと思うけど」

「まさか、恋だったりして!」

「くだらないこと言ってないの。カニンガム、資料をお願い」

「かしこまりました」

あしらわれ方も普段より余裕ぶったものだったため、ジャニスは一層怪しんだが、カニンガムに配られた資料の冒頭の一文に気を取られ、疑念は頭から消え去ってしまった。

「『千歳基地広報の日について』……なにこれ?」

「あぁ、これですか」

「やっぱりね……」

同じく資料を見たレイと游隼が同時に言い、顔を見合わせる。

「游隼、何か知ってるの?」

「そういえば、アナとジャニスはまだ来てなかったんだっけ……」

「それくらい前でしたねぇ」

アナの問いに、苦笑を浮かべる游隼と懐かしげに言うレイ。その様子に首を傾げるジャニスだったが、フラムが手を叩いたためそちらに向き直った。

「はいはい、静かに。ボイドとスリャーノフ大尉以外は去年も経験したからわかってると思うけど、改めて説明するわね。……このイベントは名前の通り、当基地、つまり千歳基地を広報するイベントよ。ウィッチや国防空軍に興味がある小学生や中高生、大学生と、その保護者を招待して、この基地と私達の仕事について理解を深めて貰うのが目的なの」

「なるほど、装備品展示に展示飛行、整備作業の見学と。確かに広報にはうってつけな内容だと思うけど……この、『質問コーナー』と『体験喫食』ってのは何?これも広報の一環ってこと?」

ジャニスが資料をパラパラと捲りながら言い、アナもそれを聞きたかったとでも言うように頷く。

「当たり前じゃない。まあ待ちなさい、今見せてあげるから」

そこで一旦言葉を切って机の横にずれ、4人の正面をあけるフラム。

「こちらの写真は去年の様子を撮影したものです」

証明が切られて薄暗くなった部屋で、カニンガムが小さなリモコンを操作し、フラムの背後にあったスクリーンに写真を投影する。

スライドショーは一般兵が活動をしている写真が大半を占めたが、中には椅子に並んで座る少女らの前でぎこちない笑顔を浮かべているフラムと游隼の写真や、展示品を見て回っている人々の列の先導をしているらしいカニンガムが映り、最後はピースサインをカメラに向け、笑顔で空を飛んでいるレイの写真で締めくくられた。

「……まあ、なんとなくだけど、内容は理解した」

「こっちも。けどさ、私とアナが増えてるわけだし、誰がどの仕事をするかっていうのは去年の通りにいかないよね」

「そこはもう決まってるわ。私とツガイは展示飛行、ボイドとスリャーノフ大尉は質問コーナー。あと、体験喫食には李大尉に行ってもらう予定よ」

それを聞いた游隼が安心したように息を吐きながら安堵の表情を浮かべたのを見て、横のアナがフラムに聞く。

「フラム、どんな理由でそのメンバーに決めたの。もしかして、私達が何も知らないからって貧乏くじを引かせようとしてないよね」

問い詰めるようなアナの口調に一瞬気圧されたフラムだったが、すぐに笑みを取り戻し、自信げに言う。

「このイベントの目的は広報だってさっきも言ったでしょ?去年は居なかった2人の存在を広く報せるために質問コーナーをやってもらうのは、そんなに不自然かしら」

「それは……その通りだけど」

渋々、といった風に押し黙るアナ。それを見かねてか、ジャニスも口を開く。

「でも、それならレイとカニンガムも去年やってないじゃん?広報が目的なら、AWACSの仕事について話すのもいいと思うけど。カニンガムにはさっき言ってた仕事は割り振られてないみたいだし」

「カニンガムは……案内役だから駄目よ。迷子が出たりしたらすぐに見つけなきゃいけないし、的確に案内してもらわないと色々と困るの。それともボイド、あなたが代わりにやってくれるのかしら?」

畳み掛けるようなフラムの弁舌に、多少圧されてしまうジャニス。

「そりゃ、出来る限りは」

「あとはツガイだけど、北海道じゃ流石に有名だからする必要が無いのよ。あまりウィッチに詳しくない人にも名前が通ってるし、千歳に住んでる人なら尚更ね」

えっへん、と胸を張るレイの横で、観念したというように両手を挙げるジャニス。それを見て満足げに笑みを浮かべたフラムが、再び机の後ろに立つ。

「さて、次はそれぞれの仕事の内容についての説明ね。まずは展示飛行から────」

 

 

 

 

「────ス、ジャニス。挨拶、ジャニスの番。立って」

拍手の音と背中を軽く叩かれたことにより、ジャニスの思考が現在に引き戻される。

「んっ、あー、あぁ。ごめん、ちょっとボーっとしてた」

座りながらマイクから口を外して小声で言うアナに、同じく小声で返しながら立ち上がるジャニス。司会が自分の方に手を向けたのに合わせ、マイクを持つ。

「では、お願いします!」

「はーい。えー、リベリオン空軍所属、ボストンから来ました。ジャニス・ボイド中尉です。今日はよろしくね!」

普段通りの快活さで言い切り、ついでに笑顔の一つも浮かべて座るジャニス。(物理的にも精神的にも)距離感が近いためか、砕けた口調はむしろ好評だったようで、アナのそれよりも大きめな拍手の音が格納庫に響いた。

「さて、それでは早速質問を」

司会がそう言うやいなや、集団の前半部からはいはいはいと威勢のいい声と共に手が10本ほど挙げられる。多くは小学生であろうが、積極的な中高生もちらほらと手を挙げているようだった。

「おお、やはりお2人とも大人気ですね……最初は前の方からにしましょうか。では、一番手を挙げるのが早かった、一番前の真ん中のあなた!」

「はい!」

いかにも元気いっぱいといった様子の少女が立ち上がり、司会から渡されたマイクを受け取る。

「じゃあ、質問をどうぞ」

「しゅみはなんですか?」

見た目どおりの子供らしい質問に、思わず頬を緩めるジャニス。私から?とアナに身振り手振りで聞いて頷きを返されたのを確認し、マイクのスイッチを入れる。

「うーん、趣味はねぇ……基地の人とか、仲間のみんなと話をすることかな。なんでもない話でもいいし、真面目な話でもいい。とにかく誰かと喋ってると楽しいんだよね。もちろん、今も楽しいよ!アナの趣味は?」

「読書とツーリング」

にこやかに、かつ付加情報も交えて答えたジャニスと対照的に、無表情でそう告げてマイクを置くアナ。そのあまりの簡潔さに、司会が思わず聞く。

「そ、それだけですか?」

こくり、と頷くアナ。

「……は、はい、ありがとうございました!では、次の方!」

もはやそれ以上のレスポンスが返って来ないであろうことを察したのか、司会が明るい表情で場を切り替える。一瞬会場も凍りついたように固まっていたが、再び手が幾本も挙げられた。

が、その後も。

「好きな食べ物は?」

「プリン!北海道のプリンは美味しいよね、やっぱり卵と牛乳が良いからかな?あとは、ジンギスカンも美味しいね!」

「サラート・ストリーチヌィとシャシリク」

「そ、それは一体?」

「……ポテトサラダと串焼き」

アナの態度は変わらず、

「特技はありますか」

「水泳かな。遠泳も、速く泳ぐのも得意だよ。前の基地にいた時に海軍の人と泳ぎの速さを競ったことがあったけど、結構いい勝負できたね」

「走ること」

「それは、どのくらいの速さなんでしょう?」

「……測ってない」

表情が崩れることもなかった。

「夢とか、目指してる目標はありますか」

「夢や目標かぁ……今のところは、北海道をネウロイから解放することかな。それが達成できたら、世界中のネウロイの巣を壊して、リベリオンでのんびり暮らしてたいね」

「目標は、北海道の解放。夢は……バイクで、世界旅行すること」

「「「おおー……」」」

「カッコいいねぇ」

ようやく返ってきたまともな返答に、司会と集団が感嘆の声を漏らす。その反応を受け、ジャニスがニヤニヤ顔でアナに言う。

「……」

多少気恥ずかしかったのか、赤くなった顔のアナがペットボトルの水を飲んだ。

「さてさて、次の質問に移りましょうか。では……真ん中の列の、右から2番目のあなた!はい、そうです。三つ編みの────」

 

 

 

 

一方その頃、一般兵が通常利用している大食堂の厨房では。

「チャーハン、3オーダーです!」

「麻婆豆腐定食2、青椒肉絲(チンジャオロース)定食が1入りました!」

「スペシャル空上(からあ)げ定上がりました!5番テーブルです!」

最前線の戦場のように目まぐるしいやり取りが繰り広げられていた。

(「うぅ、やっぱり大変だ……でも、楽しい!」)

チンジャオロース用のピーマンと筍を炒めながら、游隼は考えていた。前回、つまり昨年の游隼は、質問コーナーの担当者だったため、体験喫食には関わっていなかった。資料によれば、基地の人気メニューであるカレーを招待者に振る舞い、その後の評判も上々だったらしい。

しかし何処から情報が漏れたのか、前回のイベントが終了した半年後、游隼のもとに10人ほどの一般兵が訪れてきた。

料理上手な游隼の噂を聞きつけて来た、という体験喫食の担当者らの話を聞くと、

「イベントの料理は、自分たちの満足のいく出来ではなかった」

「だが日々の研鑽だけでは自分たちは成長できない」

「新たな発見を得、次年度のものをより良くできるように力を借りたい」ということだった。

その姿勢に感銘を受けた……ことよりも、ただ単に質問コーナーが恥ずかしいので次もやりたくなかった游隼は、彼らの要望を聞き入れ、新たな体験喫食の形を共に考え始めた。

そして半月後、それまでの配給制からメニューを増やした注文制へと変更した案を、より本来の食事風景を体験してもらえるようなスタイルへの変更が決定されたのだ。

注文制に決定されてからの間、游隼は自分の技術を彼らと共有し、普段の一般兵の食事においても通用するかという実験も行い、成果は上々であった。そして、今日の日を迎えたのである。

「青椒肉絲、あがったよ!」

ご飯と卵スープが載ったお盆に、チンジャオロースの盛り付けられた皿を置き、受け取り口に差し出す游隼。コンロの熱気で灼熱のような暑さになっている厨房でこめかみに汗を光らせながら、游隼は生き生きと働いていた。

 

 

 

 

所変わって、格納庫の横の控室にて。

「そろそろ時間ね。行くわよ、ツガイ」

腕時計で時刻を確認したフラムが長椅子から立ち上がり、向かいの椅子に座っていたレイに声をかける。

「わかった。んー……よし、覚えた」

それまで読んでいた一連の段取りと飛行の手順が書かれた資料を机に置き、レイも立ち上がった。互いに腰を伸ばすような動作を数度繰り返した後、控室から出るレイとフラム。

「あ、あれって栂井少尉じゃね!?」

「ローズキャリー大尉もいるぞ!」

控室のすぐ近くにある、プラスチックのチェーンで区切られた滑走路までの道を歩き始めた次の瞬間、2人に気づいた者たちの声によって滑走路手前にいた人々が一斉に振り返り、途端に群衆が道の左右に押し寄せる。

「栂井少尉!展示飛行頑張ってねー!」

「ありがとうございます!頑張りますよー!」

ゆっくりと、滑走路に駐機してあるストライカーのもとに向かう2人。周囲の人々は2人の名を半ば叫ぶように呼び、それに反応して返事や笑顔が返って来ようものなら歓声をあげるという、花道を歩くアイドルとそのファンクラブのような図式になっていた。

「ローズキャリー大尉!ファンなんです!」

「あら、そうなの?ありがとう。楽しんでいってね」

「「「キャー!」」」

普段の様子などどこ吹く風といった様子で、屈託のない笑顔を振りまく2人。その度に周囲で歓声が上がり、それがまた新たな人を呼ぶという循環を生み出していた。

「ん?」

「どうしたの、ツガイ」

歩きながら笑顔で人々に手を振っていたレイが突然走り出し、滑走路直前の道のそばに立っていた夫婦らしき男女の前で止まった。眼鏡をかけた男性と、物腰の柔らかそうな女性がレイに気づき、小さく手を振る。

「……やっぱり来てたんだ!お父さん、お母さん!」

「元気そうだね、レイ」

「去年は行けなかったし、どうしても顔が見たくなっちゃって、急いで来たの。そちらの方は?」

お母さんと呼ばれた女性が、フラムに視線を送りながらレイに聞く。

「あ、そうそう。この人は私の部隊の隊長の、フラムちゃ……ごほん。フラムさん。すっごく強いんだよ!」

「初めまして。ご紹介に預かりました、フラム・ローズキャリー大尉です」

「娘がいつもお世話になっています、レイの母です」

「父です」

フラムの敬礼に、頭を下げ返す2人。品格が漂う笑顔のまま、フラムが口を開く。

「普段の栂井少尉の明るい雰囲気には隊全体が助けられていますし、私も以前、彼女の治癒魔法に助けられました。統合戦闘飛行隊という特異な環境で、彼女はよくやってくれていると思います」

「あら、そうでしたか……」

「隊長さんにそう言ってもらえたら、安心だね」

「えへへ。そういえば、お姉ちゃんは来てないの?」

恥ずかしげに頭を掻いたレイが、何気なく言う。その言葉に、穏やかな笑みを浮かべていたレイの両親の目が一瞬だけ宙を泳いだのを、フラムは見逃していなかった。

「ミキは、具合があまり良くないから連れて来なかったよ。風邪を引いちゃったみたいなんだ」

「とっても来たがってたんだけど、『無理して行ってひどくなったら、レイに心配させちゃうから』って」

「そうなんだ……わかった。じゃあ、ゆっくり休むように伝えておいてね」

両親の言葉に気落ちしたようではあるものの、一つ頷いてから自信気な表情を浮かべるレイ。その後ろで、滑走路に駐機してあったストライカーの付近にいた整備兵が走り寄ってくる。

「栂井少尉!ローズキャリー大尉!そろそろお時間です!」

「……いってらっしゃい、レイ。頑張ってね」

「お父さんたちはここでちゃんと見てるから、落ち着いてやるんだよ」

「うん!お父さんもお母さんも、まばたき厳禁だからねっ!」

「では、失礼します」

両親に手を振りながら小走りで去るレイの後を、一言言い残して追うフラム。数人の整備兵が待機している駐機台に着くと、ガガピー、という音と共に滑走路付近にマイクの音が響いた。

『只今より、展示飛行のスタートです!まずは当基地所属のF-15戦闘機2機が離陸を致します。滑走路右手にご注目──』

 

 

 

 

「……では、まことに残念ですが、次の質問で最後にしたいと思います!どなたかいらっしゃいませんか?」

少女たちの手があまり挙げられなくなったあたりで、司会がさも残念そうな声で切り出す。終了が近いことを感じ、ジャニスとアナは小さく息を吐いた。

「はい、では、ちょうど真ん中あたりのあなた!」

数秒間の沈黙の後、列の真ん中から手が挙げられた。おそらくは小学校低学年くらいの少女が立ち上がり、司会からマイクを受け取る。

「ジャニスさんとアナスタシアさんはどっちがつよいんですか」

少女の舌足らずな質問に、ジャニスが楽しそうな笑顔になる。元から無表情のアナは、なぜか少し口角が上がっていた。

「それは、どっちだろうね?」

「そういえば、まだやってなかったね」

フラムとの戦績で言えば、ジャニスは勝利し、アナは時間切れで引き分けになっているのだが、2人が直接対決したことは未だ無かった。

「うーん……多分、アナの方が強いかな。アナのストライカーのSu-35の方が最高速度は上回ってるし、ネウロイの撃墜数もアナの方が多いから」

「私はジャニスだと思う。ジャニスのF-35も運動性能は良いし、私が撃墜数で勝ってるのは私が先に来てたから」

「いやいやそんな」

「そっちこそ」

ニコニコと笑みを浮かべながら言うジャニスに、そこまでには及ばないものの、微笑を浮かべているアナ。会場にいた誰もが、その笑顔が本心によるものなのだろうと確信していた。それは、互いを引き立て合っている照れ隠しのために浮かべているのだろう、と。

「ふむふむ。対ネウロイ戦闘では、お互いにお互いを認めあっている訳ですね。では、もしお2人が空戦をした場合は、どちらに軍配が上がるのでしょう?」

おそらくやましい気持ちなど一切ない、純粋な疑問から放たれた司会の言葉に、2人の笑みが凍りつく。

「それは……」

「多分」

「「私」だね」

おお、と集団から声が上がる。もはや意味が変わってしまったであろう笑みを浮かべながら、立ち上がって向かい合う2人。

「F-35は、Su-35みたいに推力偏向ノズルに頼らなくても高出力のおかげで高い機動性を誇るし、接近戦でも負ける気はしないけどね」

「Su-35は推力偏向ノズルのおかげで抜群のポストストール機動ができるし、推力も上。接近戦ならこちらの方がもっと有利。ペイロードも多いし、もし戦闘が長引いても問題ない」

「そのポストストール機動を通常のエンジンで上回れるストライカーを私は履いてるんだし、事実フラムにも勝ってるからね」

「純粋にポストストール機動を上回れているわけではないし、それだけで勝負は決まらない。それに、私もフラムには負けてない。勝って傷つけないように逃げてあげただけで、勝とうと思えば勝てた」

「本当かな?大体、曲芸師みたいな動きができたって私に勝てるとは限らないし、帰ってくるたびにエンジンが壊れるようなストライカーなら本当にできるかわかんないよ」

「あれはストライカーのせいじゃない。一瞬だけいい動きができるストライカーを履いていても、勘で勝つような勝ち方じゃ私には勝てない」

バチバチと電撃を飛ばし合うようににらみ合う2人。その静かながらも凄まじい剣幕に、誰一人として喋らなくなり静寂に包まれた格納庫に、離陸するF-15Fの轟音が響く。

本来であれば、質問コーナーは展示飛行と時間がギリギリ被らないようなスケジュールで行われる予定だったのだが、最後の質問に予想外に時間がかかったため、このような事態が起きていた。

「……多分、引き分けかな」

落ち着くために一つ深呼吸をしたジャニスが、呆然と立っていた少女に言った次の瞬間。基地全体に甲高いサイレンが鳴り響いた。間髪を入れずに、2人の耳のインカムが作動する。

『ネウロイが出現しました。数は1、小型です』

「……さっき言ってたの、今度試してみる?」

「へぇ?別に、構わないけど?」

カニンガムの言葉を聞いた後、再び向かい合って視線をぶつけ合うアナとジャニス。

「皆さん、落ち着いてください!慌てずに、その場で待っていてください!」

突然の警報に騒然となった集団に、司会や案内役をしていた一般兵が呼びかける。

『皆様のストライカーは第三格納庫に駐機してあります。お嬢様と栂井少尉の武装は現在搬送中ですので、その場で待機していてください』

『「「了解」」』

『わかった!』

『了解です!』

ジャニスらが居たのは、3つある格納庫の中で一番第三格納庫に遠い第一格納庫だった。招待者の混雑回避のために、質問コーナーとストライカーの装備展示のエリアは離されていたのだ。

「正面から出よう!」

「わかった」

「お2人とも、ご武運を!」

「ありがとー!」

開き始めた格納庫の正面扉へと走る2人の背中に、一般兵たちの声がかけられる。それにジャニスは振り向いて叫び、アナは返事代わりに手を振った。

「悪いけど道開けてー!一番向こうの格納庫まで通してー!」

正面扉から出たジャニスが、走りながら警報で軽いパニックを起こしていた群衆に呼びかける。ウィッチの出現に驚きつつも、緊急事態だという事は理解できているらしく、ジャニスの声で絵画のように群衆の波が真っ二つに割れ、道が出来ていく。

「先に行く」

アナが短く言い残し、走る速度を上げる。人波が開けていくのとほぼ同速ながら、ぶつからないように走るアナの背中を追い、ジャニスも格納庫へと急いだ。

 

 

 

 

「まさか、こんな時にネウロイが来るなんて……」

「仕方ないわよ、ネウロイがこっちの事情なんて考えてくれるはずないんだから」

バイザーを額に固定し、位置を調整するフラム。レイもそれに効い、準備を進める。

「大尉!ミサイルの搭載、完了しました!」

「ありがとう」

「こっちも飛べますよ、少尉!」

「ありがとうございます!」

互いにストライカーの整備兵に感謝を述べ、ストライカーに脚を入れる2人。レイの頭と腰には赤毛のドーベルマンの耳と尾が、フラムの頭と腰には白いペルシャ猫の耳と尾が生える。

「それじゃあ、行くわよ」

「はーい!」

2人が顔を見合わせて言い、正面に伸びていく滑走路の方に向き直る。F-15の轟音には劣るものの、甲高いストライカーのエンジン音が徐々に高まり、給弾パックを背負った2人の足元に青く巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「フラム・ローズキャリー!」

DEFA791を持ったフラムと、

「栂井レイ!」

FM61M3を持ったレイが少し遅れて言い、

「「出撃!」」

同時に叫んだ。

群衆の歓声を浴びながら長い滑走路を滑るように進み、2人がふわりと浮く。そのまま上昇を続け、先に上空で待機していたジャニスたちと合流し、隊列を組む。

「みんな!ネウロイに、今日来たことを後悔させてやるわよ!」

先頭を飛んでいたフラムが振り向いて言い、全員が勢いよく返す。

「「「「了解!」」」」

その後の調査によって、この年の「千歳基地広報の日」イベントは、それはそれは好評だったということが判明した。




本来の千歳基地広報の日はもっと規模が小さいイベントのようなのですが、お祭りっぽくしたかったので半分航空祭みたいな雰囲気にしてしまいました
僕は札幌市民なので参加できないのが残念です


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第10話 ブリーフィング

気づけばもう10話でした
最近のアニメ的にとりあえず2クール分、24話ぐらいは続けたいと思います
クール刻みでいくか10話刻みでいくか迷っているところですが、制作の状況によって決めるつもりです


「いやー、暑くなったねぇ」

「これで夏は2回目だけど、本当にあれだけ雪が降ってた所と同じとは思えないね」

窓を開け放った部屋で、ジャニスと游隼が話す。微かに流れ込んでくるそよ風が、レースカーテンを揺らしていた。北海道は、暴力的なまでの自然が残した雪がすっかり溶け、木々が青さを取り戻す7月を迎えていた。

「今年は例年より気温が高くなってるみたいですけど、今日はそんなに暑くないですね」

「そうね。涼しくて過ごしやすいわ」

ほうじ茶と紅茶を飲みながら話す、レイとフラム。普段は調子の合わない二人だが、快適な環境では穏やかでいられるのだろう。

「こんなに涼しくて気持ちいいのに……スリャーノフ大尉は随分暑がりみたいね?」

「……うるさいな」

そんな4人を尻目に、窓際の椅子に腰掛け、ブックカバーの付いた本を読んでいたアナが、フラムの声に反応して怠そうに顔を上げた。春先まで着ていたコートは無く、その返事の声色も、普段漂っている余裕のないどこか棘のある返しになっていた。

「……話すのもだるい。部屋に戻ってる」

「おや、皆さんお揃いでしたか。良かった……どうしました、大尉?」

アナが苛立ちを隠さないで立ち上がったのと同時に、資料らしき紙束を抱えたカニンガムが部屋に入ってきた。その様子で何かを察したのか、溜息を吐きながら座るアナ。

「……なんでもない」

「そうですか。では、説明をさせていただきますね」

「そんなに一杯資料があるってことは、かなり重要なお話みたいですね。持ちましょうか?」

すたすたとカニンガムの所まで赴き、自然な手付きでその重量物を持ち上げるレイ。しかし持ち上げたのは紙束ではなく、

「栂井少尉、それは書類ではありません」

「ですよね〜」

……カニンガムの豊満な胸だった。

冷静極まりないカニンガムにぺこりと頭を下げ、元いたフラムの隣に座るレイ。

「それに、書類を持ってもらっても読みにくいだけですから」

「それもその通りですね。どうぞ、続けてください」

その一連のレイの行動を、まるでUFOかUMAを目の当たりにしたかのような、信じられないものを見る目でフラムが見ていた。

「今日は何も言わないんだ、お嬢様」

「多分、とんでもなく呆れてて何も言えないんだと思うよ……」

横からそれを見ていたジャニスと游隼が話して茶々を入れたところで、アナが痺れを切らしたように咳払いを一つし、4人がやっと静かになった。

「では手短に。……7月25日の午前10時、とある方々が東京を訪問されます。我々第201統合戦闘飛行隊は、その一団の護衛任務を命じられました。正確には、護衛任務の引き継ぎですが」

「25日っていうと、ちょうど一週間後ですね」

「訪問ってことは、その『とある方々』ってどっかの政府の高官サマ達とかだったりする?」

レイとジャニスの言葉に、ゆっくりと首肯を返すカニンガム。それを見て、4人の間にざわつきが広がった。

「流石の察しの良さですね。……来週東京を訪問されるのは、清の(ちょう)国家主席です」

「ふーん……え、それ本当!?嘘でしょ、マジ!?本当に!?」

游隼が椅子から勢いよく立ち上がり、興奮した様子でカニンガムに詰め寄る。むくれていたアナも、多少は驚いたようだった。

「本当です。我々が護衛をする事は少し前から決まっていましたが、趙主席から直々に皆さんに秘密にしておくように、というご命令が下されていたので、このタイミングで伝えたんですよ」

鼻息荒く詰め寄ってきた游隼を、少しも気に留めていないカニンガムの言葉に、ジャニスが口笛を鳴らす。

「そういう噂は何度か聞いてたけど、結構お茶目な人みたいだね」

「国家主席っていうと、リベリオンでいう大統領みたいなものですよね?そんな人の護衛かぁ……緊張しそうだなぁ」

「まあ、妥当なところかしら。わざわざ私を呼ぶくらいだもの、それくらいの大物じゃないと吊り合わないわ!」

何かしらの期待に目を輝かせているレイの横で、まるで選ばれたのが必然であったかのように言い放つフラム。それを聞き、ジャニスが「呼ばれたのは部隊全体だけどね」と小声で言った。

「続けます。趙国家主席の一行と取材班の方々は、政府専用機のB-747-400の2機に分かれて北京国際空港を出発し、扶桑海の中間付近のある地点まで清のウィッチ部隊の護衛を受けます。その地点を過ぎたところで清の部隊は離脱し、2機の護衛を目的地である羽田空港まで我々が引き継ぐという任務です」

「どっちに国家主席が乗ってるかっていうのは、流石に教えてくれるよね?」

「はい。2機は同時に出発しますが、針路変更の問題により前後に並んで飛行することになります。先を飛ぶのがA機、その後ろを着いていくのがB機として、趙氏の一行が乗っているのはA機です」

カニンガムの言葉を聞き、「護衛対象がどっちに乗ってるかわからないなんて、堪ったもんじゃないからね」と胸を撫で下ろすジャニス。

「また、我々も3日後に石川県の小松空軍基地に向かいます。事前準備と、小松基地の護衛戦闘機部隊との打ち合わせの為です」

「それもそっか。まさかここから飛んで行くって訳にもいかないし、何かあった時に向こうの戦闘機と息が合わなかったら大変なことになるよね」

カニンガムの話を聞いていて多少冷静になったのか、普段通りの口調で游隼が言った。

「じゃあ、こっちはどう分けるんですか?Aに3人、Bに2人がバランスいいと思いますけど」

「両機には清のウィッチが3人と小松のF-15が3機ずつ付くとのことですが、A機には栂井少尉と李大尉の2人が付いて貰うことが決定しています。護衛を引き継いだ後に万が一趙氏の身に危険があれば、国際問題沙汰でしょうし」

「『扶桑空軍は旅客機の1機や2機も守れないのか!』『何の為の統合戦闘飛行隊だ!』って感じのバッシングは飛んでくるだろうね。責任重大だよ〜?」

うりうり〜と隣に座る游隼を肘で突くジャニス。最悪の事態を想像してしまったようで、游隼の顔からさっと血の気が引いていく。

「そんな不安になるようなこと言っちゃダメですよ!やる前から失敗した時のこと考えてても、緊張して上手くいかなくなるだけです!」

「くぅ……レイは良い子だね……泣けてくるよ」

「えへへ……」

よしよしと游隼に頭を撫でられ、くすぐったそうに笑うレイ。それを無視するかのように、アナが口を開く。

「で、Aにはもう1人誰が付くの?」

「そんなのこの私がやるに決まってるじゃない!他に誰か適任がいるの?」

勢いよく机に手をついて立ち上がり、フラムが言う。普段であれば異論の一つでも飛んできそうなものだったが、周囲はシンとしていた。

「異議なーし」

「まあ、順当に行けばそうなるか。戦闘隊長だし」

「ではお嬢様、決定ということでよろしいですか?」

「えっ……え、ええ!任せなさい!ネウロイが来ても叩き落としてやるわ!」

やけにあっさりと決まったことに拍子抜けしたのか、一瞬フラムも戸惑ったようだったが、すぐに胸を張り、いつも通りの勝ち誇った表情に戻った。

「では、ボイド中尉とスリャーノフ大尉には、B機に付いて頂きます。最後になりますが、この護衛任務中、お互いの名前を呼ぶのは極力避けるようにして下さい」

「え?なんでですか?」

一本調子のカニンガムの言葉に、きょとんとした表情でレイが問う。

「……安全上の観点から、現状で伝えられる理由はこれだけです。申し訳ありませんが」

「そう、ですか……」

その問いに、相変わらず極めて冷静な声色で答えるカニンガム。レイもそれ以上の答えが返ってくることはないだろうと感じたのか、押し黙った。

「でも、それならどうやって呼び合うことにするの?私TACネームとか無いし、みんなもそうなんでしょ?」

カニンガムの言いたいこともわかるんだけどさ、と話すジャニス。5人がうなだれる。

「無いんだったら、今から付けるとか?」

ぽつりと零したアナの一言に、全員が同時に振り向く。その若干の異様さに、少したじろぐアナ。

「……一つの案として、だよ。あくまで」

「いや、いーじゃん!ナイスアイデアだよ!付けようよこれから!」

「そうですね。特段困ることでもありませんし」

だよね?とジャニスが4人に呼びかけ、賛同するカニンガム。真っ先に予想外の人物が賛同したことで、本気なのか……とアナが複雑な顔になる。

「ここにはレイ、私、フラム、カニンガム、アナ、ジャニスの順番で来たから、レイが一番先輩か。順番に付けてく?」

「そうしよう。私は最後だし、レイのだね……うーん、と、そうだ、『ヘムロック』ってどう?栂の木って意味だから、ピッタリじゃない?」

数秒ほど考え、ジャニスが言う。しかし、それを聞いた当の「ヘムロック」は、絶妙に苦い顔を浮かべる。

「うーん……なんか響きが格好悪くないですか?意味はいいと思うんですけど、もう少しビシッとしたのがいいなぁ」

「えー、そう?案外イイと思うんだけどな……」

レイの意見に、隣の游隼が横槍を入れる。

「むしろどんなのが『ビシッとしたの』なの?響きが大事なら、ゴクウとかは?」

「えーっと……ちょっと、それは遠慮しておきたいですかね……」

「まあ、確かに……響きとか以前に、ゴクウはちょっとどうかと思うよね」

「ヘムロック」にされた時よりも苦々しい笑いを浮かべるレイに、思案顔だったジャニスが同意を返す。

「え、待って待って!なんでゴクウがダメみたいな雰囲気!?西遊記の主人公だよ?バッチリだと思ったから勧めたのに!いいよ!私はゴクウで!」

「TACネーム『ゴクウ』ですね。記録しておきます」

游隼が若干ムキになって言い、カニンガムもすらすらと手元の紙にメモを取る。

「本当に決まっちゃった……うーん、ヘムロックは駄目だったかぁ……なら、『ジーク』とかどう?」

「あ、それはかっこいいですね。それで!」

「はやっ!」

パチパチと手を叩き、あっさりと自分のTACネームを歓迎するレイ。そのあまりの即断即決さに、ジャニスは困惑の表情を浮かべる。

「『ジーク』ですね」

「じゃあ、次はフラムのだね。どんなのがいい?」

「そうね……センスがあって、響きが良くて、ちゃんと意味があるやつにしなさい!」

「多いし、全体的にアバウトだよ……うーん」

フラムの無茶振りに、困り顔を浮かべる游隼。

(「『フレイム』とかだったら安直すぎるし、かといって適当な単語でも納得してくれないだろうし……」)

「ほら、早く決めなさい。こんな機会、今後二度とないわよ?」

「……じゃあ、『ヴァリアント』とかどうかな。あんまり派手にし過ぎて、隊長だってバレちゃうかもしれないのは不味いでしょ?」

「それは……一理あるわね。うん、それで良いことにしてあげる。ローランとかアーサーなんて言い出してたら承知しなかったけどね」

「はは……別に、主人公のだからゴクウにした訳じゃないけどね!?」

「『ヴァリアント』……勇敢、気高さ、ですか。お嬢様によく合っていらっしゃいますよ」

「そうかしら?」

ふふんと誇らしげに胸を張るフラムを見て、安堵の溜息をつく游隼。

「次は、カニンガムのね」

「私のですか?」

フラムの提案に、カニンガムが若干の驚きを含んだ声で聞き返す。

「そうよ。もし呼ぶべき時に無かったら、困るじゃない。そんな時に迷って、時間を無駄にしてられないわ」

「仰る通りでございます。では、お願いします」

「うーん……そうだ、『シーカー』よ!これなら、短いけどちゃんとカニンガ厶だってわかるでしょ?」

「まんまじゃん」と言うジャニスだったが、フラムがキッと睥睨したことで、すぐに口を閉じた。

「ええ。簡潔で明瞭、誰かすぐに判断ができる。TACネームに必要な要素を満たせていますね」

「そうでしょう?ほーら、どう?ボイド。カニンガムもこう言ってるわよ」

「ま、本人がオッケーなら構わないけどさ。本名じゃなきゃ大体なんでもいい訳だし」

自慢げに自分を見つめるフラムに、若干投げやり気味に返すジャニス。それを負け惜しみのように受け取ったのか、フラムは嬉しそうに笑った。

「カニンガム、次は私の」

「スリャーノフ大尉もですか?」

これまた意外という風に、カニンガムが聞き返す。一刻も早く部屋に行きたいのか、アナの声には焦りの色が浮かんでいるようだった。

「適当なやつでいいよ、凝ったのじゃなくても」

「そうですね……いささか安直な気もしますが、『アイシクル』でどうですか」

「それでいい。記録しておいて」

「了解です」

「さぁーて、最後は私だね!ワクワクする〜!アナ、思いついた?」

「今考え中」

今にも部屋の中を跳ね回りそうな様子のジャニスの言葉に、言われなくてもわかってるとでもいうように返すアナ。だが、良い単語選びに難航しているようで、珍しく眉根にしわを寄せていた。

「カッコ良さげなら、大体なんでもいいよ?神様の名前とか、一般名詞とかでもね!」

「……本当になんでもいい?」

「うん!響きだけとかでもいいよ!」

「よし、決めた」

何か閃いたようで、しかめ面が不敵な微笑みに変化する。アナにしては珍しくコロコロと表情が変わるため、ジャニスも含めた周囲の全員が固唾を飲んで命名を待っていた。

「……『マーヴェリック』、でいい?」

一瞬だけ、その名に驚いていたジャニスだったが、すぐに顔一杯にスマイルを浮かべ、しっかりと頷き、言った。

「もっちろん!」

右手のサムズアップ付きで。




はい、というわけでこの回を書いた時期がバレそうな終わり方です
次回、そしてその次はこれまでで最大の山場となるであろう話ですので、お楽しみにしていてください


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第11話 錯綜する扶桑海

今回は自動投稿の設定を忘れていました、またまた遅れてしまい申し訳ありません
次回は明日の0時に投稿しますのでご勘弁を……


7月25日 午前8時00分

『こちらヴァリアント(フラム)。各員、異常はない?』

晴れやかな青空を電波が走り、フラムの声をインカムを通して5人の耳に届ける。それを聞き、岩礁が無数に浮かぶ青海の上を飛ぶ4人が口々に答える。

『こちらジーク(レイ)、ストライカーや武装には特に異常なしです』

ゴクウ(游隼)、同じく。あー、緊張するなぁ。なにも起きませんように……』

溜息混じりに不安げな声を上げる游隼。レイが「大丈夫ですよ!」と励ますが、游隼は生返事を返すばかりなのだった。

「えー、こちらマーヴェリック(ジャニス)。ストライカーとかは特に異常ありませーん」

アイシクル(アナ)、機器等に異常はなし。いたって普通』

落ち着きを失ってブツブツと何かを呟く游隼とは正反対に、いつも通りの調子で返すジャニスとアナ。

『こちらシーカー(カニンガム)、合流対象を確認。周囲200kmに異常反応はありません。現在、予定時刻より約1分の遅れが生じていますが、誤差の範囲内ですね』

5人の、更に高高度を飛んでいるカニンガムが言う。

『うんうん。みんな、合流してからみっともない真似をしでかさないように、今から気を引き締めておきなさいよ!私達には扶桑のメンツもかかってるんだからね!』

「出たでた、ヴァリアントさまの見栄っ張りが。さすが、今回の為にちょっといい化粧品使ってるだけの事はありますなぁ」

ひひひと笑いながら、よくわからないイメージの口調でからかうジャニス。言われた直後だというのに、まるで気を引き締めていないのだった。

『なっ……なんでそれ知ってるのよ!カ……シーカーにも言ってないのに!』

すると、フラムが頬を真っ赤にしながら振り向き、慌てて言った。その反応に、どうせまた「ふざけたこと言ってると、今からでも帰らせるわよ!」などといった返しを期待していたジャニスが、驚きの声を上げた。

「え、もしかしてマジの話だったの?冗談のつもりで言ったんだけど……」

『〜〜〜〜っ!本当に、あんたって奴は……!!』

羞恥に頬を染めながら、わなわなと怒りで肩を震わせるフラム。両拳を振り上げるが、ジャニスは編隊の構成上、数メートル離れた位置で飛んでいる。行き場を失った拳は、虚しく元の位置に振り下ろされたのだった。

『お嬢様』

気まずさから何も話さなくなった5人の耳に、カニンガムの珍しく拗ねたような声が届いた。現状の雰囲気を打破してくれる事を願い、4人はカニンガムの言葉に意識を集中させる。

『……何よ』

『私は、お嬢様のお化粧が普段と異なっていた事には気づいていましたよ』

『…………そう』

(『カニンガム……多分それ、なんのフォローにもなってないと思うよ……』)

それから6人の間に訪れた完全な沈黙は、約20分後に清の部隊からの交信が来るまで、決して破られることは無かった(幸いにも、F-15Fのパイロット達は別の回線を使っていたため、フラムは秘密を知られずに済んでいた)。

 

 

 

 

7月25日 午前8時22分

〈こちら、清共和国空軍第24魔女師団第72航空連隊だ。前方のウィッチ、そこで静止し10秒以内に所属を名乗れ。返答が無いかそこから少しでも移動した場合、我々は貴君らを撃墜する〉

突如として若干険のある声が響き、6人の間に緊張が走る。全員がホバリングの姿勢になり、自然と視線がフラムに集まるが、フラムは泰然と答える。

『こちらは扶桑国国防空軍北部航空方面隊、第201統合戦闘飛行隊よ。私達がここに来るってこと、そっちには伝わってないのかしら?』

僅かな沈黙の後に、短く返事が返ってきた。

〈OKだ、そのまま前進してきてくれ〉

そう言い捨て、無線がブツリと一方的に切られた。不機嫌そうな顔でフラムが合図し、全員が飛行体制に戻る。

「なーんか、随分と失礼な感じだったね。無線も無理矢理割り込んできた感じだし」

『全くだわ。軍人として、最低限の礼儀も身に着けてないのかしら?』

『まあまあ。向こうも慣れてないんでしょうし、ちょっと緊張しちゃってるんですよ。多分』

『何分、護衛対象が対象ですから。厳戒態勢を敷いているのも当然でしょうね』

のほほんとした声でレイがフラムを宥め、カニンガムもそれに倣う。

『わかってる。……むしろ、少し安心したわ。向こうに適当な仕事をされたら、こっちだって困る事態が起きかねないもの。ほら、もう見えるわよ』

フラムの言葉を聞き、5人が前方に目をやる。5人の目には、遥か彼方の雲の合間に浮かぶ、2つの小さな点が映っていた。HUD上に既に表示されていた護衛対象が肉眼で目視できる距離にまで近づいたことで、6人の間には独特の緊張感が漂っていた。

『うー……ウィッチが大統領や首相になってくれれば、護衛も移動も楽でいいのになぁ……』

「確かに!でも年取ってからそういう地位になっても『あがり』で飛べないだろうし、若い子じゃ、そもそも支持されなくてなれないんじゃない?」

『うっ……確かに』

ジャニスの妙に鋭い返答に、游隼が言葉を詰まらせる。

『珍しいね、マーヴェリックがちゃんとしたこと言うの』

『そうね。少し驚いたわ』

「ちょっとちょっと、私ってそんな風に見られてたの?ちょー心外なんだけど」

『皆さん、そろそろ気を引き締めましょう。向こうからのコンタクトがありました』

カニンガムの無線の後に、5人が不安げに眉をひそめる。正面に位置する、左右に2機並んだ政府専用機の周囲を飛ぶ、ターコイズブルーの制服に身を包んだウィッチたちの姿を見ての事だった。

『……繋げて』

フラムが僅かな間を空けて言った。カニンガムに気を引き締めろと言われた直後に、正面から飛んでくる5人の清のウィッチのうち3人が、いかにも浮足立ったように政府専用機の方を横目で見ていたからだ。

何分そう体験できないことだし、より近い立場だから興奮しているのだろう、と結論づけても、その光景に5人が不安さを通り越して呆れを感じるのも無理はなかった。

しかし、残った2人はまるで機体の方を見ず、しっかりと5人に注視していた。恐らくその2人が隊長と副隊長だろう、と5人は考えた。

約20mほどの距離になると、フラムと先頭を飛ぶ隊長らしき人物が手を上げ、互いの部隊がホバリング姿勢になった。

F-15F部隊が旋回を行う下で、フラムが話し始める。清の部隊の隊長の向こう側に、木々の生い茂った小さな島がぽつんと見えていた。

『私達は、扶桑国国防空軍北部航空方面隊第201統合戦闘飛行隊、スペリオルウィッチーズ。私は隊長のフラム・ローズキャリー大尉です』

你好(ニーハオ)〜。遠路はるばるご苦労さま。ご存知の通り、私たちは清共和国空軍第24魔女師団第72航空連隊。私は黄陽蘭(こうようらん)大尉。一応、隊長やってまーす。よろしくねー〉

『よ、よろしく……』

片目が短い茶髪で隠れたウィッチが、機関銃を左手で保持し、右手をひらひらと振る。緊張感のない、胡乱な喋り方と声色に、フラムが苦笑いを浮かべる。

〈いやー、さっきはウチの副隊長が失礼したね。ちゃんと編隊組んでるんだからわかってるのに、あんな聞き方しちゃって。ほら、謝んなよ〉

〈すーいーまーせーんーでーしーたー。謝ったぞ〉

ウェーブのかかった黒髪を掻きながら、陽蘭の斜め後方のウィッチが面倒臭そうに言う。

朱明(しゅみん)。ちゃんと謝りなよ〉

〈チッ……あー、さっきは失礼した。申し訳無い。しかし陽蘭、万が一の事態も想定すれば、あの程度の注意勧告は普通だと思うが。テロリスト相手に丁寧に聞いてやる必要はない〉

鋭い一瞥を受け、多少きまりが悪そうに弁解する朱明。

〈それも一理あるんだけどさ〜。ま、いいや。今はとっとと引き継ぎしちゃおう。戦闘機さん方にずっと旋回させてるのも可哀想だし、旅客機もどっか行っちゃうからね〉

『そうですね』

フラムと陽蘭が近づき、直接声が聞こえてきそうなほどの距離で向かい合い、静止する。陽蘭が機関銃をストライカーに引っ掛け、右手で敬礼。フラムもそれに効い、機関銃を離し、敬礼を返す。

〈0830時より、趙昌岑(ちょうしょうしん)清国国家主席の護衛の任を移譲します。清共和国空軍第24魔女師団第72航空連隊隊長、黄陽蘭〉

『同時刻より、護衛の任を引き継ぎます。扶桑国国防空軍北部航空方面隊第201統合戦闘飛行隊隊長、フラム・ローズキャリー』

言い終わったところで、手を下げるフラムと陽蘭。少しの間が空いてから、陽蘭がにこりと笑う。それを見て、フラムが不安そうに聞いた。

『な、何か?』

〈いや……可愛いなぁって〉

『あ、ありがとうございます……』

〈おい陽蘭。仕事が終わったんだからさっさと帰るぞ、お喋りは抜きだ〉

しびれを切らしたらしい朱明が、苛立ちを隠すことなく言う。朱明の後方から、ゆっくりと左右に並んだ政府専用機が近づいてきていた。

〈え〜?せっかちだなぁ。もう少し話してたいのに……まあ仕方ないか。それじゃまたね、201の皆さん。再見(ザイツェン)〜〉

機関銃を持ちながらひらひらと右手を振り、5人に背を向ける陽蘭。振った右手をそのまま前に倒し、朱明や浮かれていた3人と共に来た方向へと戻って行った。

『ここからが本番ね。このまま傷一つ付けないで、羽田まで送り届けるわよ!』

『『『『「了解!」』』』』

フラムの合図によって、フラム、レイ、游隼が前方の政府専用機の上を通って三角形のフォーメーションに展開し、アナ、ジャニスが後方の政府専用機の下をくぐって左右に展開する。その上空で、6機のF-15Fが間隔を空けて一団に追従していた。

『周囲の警戒……危険物がないか確認……レーダーに目を配る……』

ひっきりなしに上下左右を見回しながら、ブツブツと注意事項を繰り返す游隼。

『落ち着きましょう、ゴクウさん!落ち着いてないと、出来ることも出来なくなっちゃいますよ?』

『そ、そうだけど……何か来ないか不安で……』

レイに諭される游隼だったが、間近に護衛対象であり、自分の国のトップに位置する人物が居る、という現実にはレイの言葉もあまり効果が無かった。

「大丈夫大丈夫。何か来たらレーダーに映るだろうし、いざとなればシーカーが教えてくれるよ……んぇ?」

ジャニスが游隼に言い、自らもチラリとHUD上に表示されたレーダーを確認する。すると、5個の青い光点が映るレーダーの画面に、突如として緑色の光点が浮かび上がった。ちょうど、陽蘭達の清の一団の少し前方の辺りだった。

「何これ……故障?」

『どうしたの、マーヴェリック。何かあった?』

『……皆さん、落ち着いて聞いてください。所属不明の敵性体に清の部隊が攻撃を受けたそうです』

カニンガムの言葉に、5人が息を呑む。ジャニスが思わず振り返ると、確かに雲の間を飛んでいるウィッチらが散り散りになって動き回っていたのが微かに見えていた。

『攻撃方法はレーザーによるものだということですし、恐らく敵性体はネウロイと見て間違いないでしょう。清側の周波数を送ります、設定してください』

5人が、HUDに表示された数値に回線を設定し、開く。無線からは、陽蘭の荒い息遣いが聞こえてきた。

〈一体どこから……あ、201の皆さん、聞こえてる〜?援護するから、ウチの隊員一人を回収して欲しいんだ〜。ストライカーが片方使い物になってないから、超特急でお願い。悪いけど、こっちはネウロイの位置を探るので精一杯でさ〜〉

『私が行く』

陽蘭が言い終わる前にアナが短く言い、彗星の如き尾を引きながら孤島の方面へと向かう。

急速に接近したアナに数本のレーザーを放つネウロイだったが、陽蘭と朱明がレーザーの根元に近い場所でシールドを展開し、攻撃を防ぐ。

〈やらせないよ〜〉

〈早く行け!〉

『そのつもり』

炎上したストライカーを脱ぎ捨てたウィッチをアナがしっかりと抱えたのを確認し、2人はその場から離れた。

『回収完了。ジーク、怪我してるから治療よろしく』

『ううん……これしかないか……アイシクル!これからB機に3000まで降下してもらうから、そっちに運んで乗せてもらって!ジークは先に乗ってなさい!』

アナの指示に、フラムが早口で追加する。

『了解』

『えっ、あっ、了解です!』

一度に色々な指示を受けすぎた事で、思考がパンクしていたらしいレイが、あたふたと返事をする。

『わ、私達は?』

降下を始めたB機へと接近するレイとアナを尻目に、飛び交う無線や指示を聞いていた游隼が心配そうに聞く。

「とりあえず待機してようよ。いつこっちに攻撃が飛んでくるとも限らないし、向こうは清の人たちに任せてれば大丈夫だって」

『そうね、私達は引き続き対象の護衛よ。でも、B機にも攻撃があるかもしれないし、マーヴェリックはB機の護衛に着いておいて!』

「了解っと」

警戒はしながらもホバリングで静観を決め込んでいたジャニスと、何やら政府専用機と交渉を行っていたフラムが答える。それを聞いても游隼の心配は晴れなかったようだが、心を決めたのか、少しは落ち着いて周囲を見渡すことが出来ていた。

〈灰-4から各機へ!こちらに気を惹かせます!〉

〈こちら灰-5!隊長!副隊長!今がチャンスです!〉

〈そこだね〜〉

〈ふん!〉

ミサイルによって木々が剥げ、黒い物体が露わになった孤島の森に、無数の機関銃弾とミサイルが降り注いだ。海に小波ができるほどの衝撃が生まれ、もうもうと土煙が舞う。

煙が晴れるとネウロイは跡形もなく消えており、地面には大きなクレーターが出来ていた。

『反応の消滅を確認。ネウロイの撃破に成功しました』

〈やったね〜。そういえば、そっちに助けてもらったのは今どうなってるのかな〉

『こちらの隊員が治療してます。ジーク!』

『はい!もうすぐ、終わる所です』

フラムが呼び掛けると、元気よくレイが答えた。それを聞き、陽蘭達が驚きの声を漏らす。

〈本当か?大した怪我でなかったとはいえ、余りにも早すぎないか〉

〈随分早いね〜。欣麗(きんれい)、大丈夫〜?〉

〈はい、すっかり元通りに治して頂きました!なんとお礼を言えばいいか……〉

レイと似たような元気な声で、陽蘭に返事が返される。それを聞いて、陽蘭が朱明と顔を見合わせて頷いた。一応はレイの能力を認めたのだろう。

〈しかし、何故いきなりこんな場所にネウロイが出現したんだろうな〉

『確かに……陽蘭大尉、ネウロイの周囲に何か無いか、調べて頂けますか?』

『現状、先程のようなネウロイの反応はありません。安心していいかと』

〈はいは〜い〉

フラムとカニンガムに頼まれ、朱明と残った2人が周囲の警戒をしている中、陽蘭が孤島の林に降りた。前傾気味のホバリングの体勢で滑るように低空飛行をし、林を探る陽蘭。

〈ん〜……〉

〈何かあったか?〉

〈えーっと……あっ〉

木々の間をすいすいと抜け、林をくまなく捜索する陽蘭。すると、クレーターから10mほど離れた林の中で声を上げた。

〈どうした〉

〈……人が2人倒れてる。血を吐いてるけど、うっすら息はあるっぽいね〜。両方男の人〜〉

〈なんだと!?〉

無線を聞いていた者達の間で、ざわめきが起きる。

〈治癒魔法が使えるって子、こっちに来て貰える〜?君の治癒速度なら間に合うかもしれないから〜〉

『はい!』

後方の政府専用機のドアを開け、空へと飛び出すレイ。機体から降下し、穏やかな海面をなめるように翔ける。

『人種はわかりますか?』

〈多分、アジア系と中東系かな〜。なんでこんな所に居たんだろ?〉

〈目的は、息を吹き返させられれば確認ができる。こんな所にネウロイが出現した事についても何か知ってるかもしれないし、重要な参考人になりそうだな〉

『…………っ?』

陽蘭と朱明が男たちについて話している最中、島の周囲の警戒をしていたカニンガムが怪訝そうな声を漏らした。魔導針が、島の山側にあたる沿岸部から、一隻の小さな船が動き出していたのを感知していた。

『陽蘭大尉、大尉の前方、11時方向から所属不明の船が島を離れようとしています。どなたかを派遣してもらえますか?』

清側から201に聞かされていた事前の情報では、この島は地元の漁船も密猟船も寄り付かない、ただの小さな無人島という説明だった。なぜそんな島に、しかもこのタイミングで、何者なのか……という様々な疑問が脳内に浮かんだカニンガムは、陽蘭に静かに言った。

〈はいは〜い。佳蓮(かれん)、お願い〜〉

〈了解です、隊長!〉

クレーターの上空で待機していたウィッチが、山をふわりと飛び越えて島の端へと向かった。

〈しかし、治療したところでどうやって連れて行くか、だな……海軍に頼むか?〉

〈そうだね〜。こんな状況だし、もう出発してきてくれてるはずだもんね〜……あ、来た来た〉

『お待たせしました!そこのお二人を治療すれば良いんですね?』

〈そ〜そ〜〉

陽蘭のもとにレイが到着し、倒れている二人の男性の横に着陸する。テキパキと治療の準備を整え、左手を向けて力を込めると、群青の光がアジア系の男性を包んだ。すると、蒼白だった顔に赤みが戻り、絶え絶えだった呼吸も整い始める。

『これで良いはず……次はそちらの方ですね!』

〈いや〜、目の前で見てても信じられないね、これは〉

〈全くだ……これほどの治癒魔法の使い手は初めて見たな。是非うちに欲しい〉

〈確かに〜。君、清に来ない〜?今なら色々付いてくるかもしんないよ〜〉

『あはは……そういうのは、私の一存では決められないので……』

中東系の男性に手をかざし、治癒魔法を発動させながらレイが答える。それを聞き、ほう、と二人が息を漏らす。

〈安易に靡かないのも良いな。しっかりした奴は嫌いじゃない〉

〈命令もよく聞いてくれそうだしね〜〉

『隊員のスカウトは遠慮して頂けますか?そこにいるジークは、こちらにしても貴重な人材なので』

フラムが3人の会話に割って入る。フラムに自分が貴重と言われたことで、えへへ……と嬉しそうに笑うレイ。

〈隊長!木造船の乗組員に話を聞いてみましたが、どうやら密猟グループだったようです。操船を停止するよう命じたところ、素直に応じました〉

清のウィッチの1人が報告を始めたため、レイへのスカウトは中止された。レイとフラムは胸を撫で下ろし、報告に耳を傾ける。

〈へぇ〜。他にも何か聞けたよね?〉

〈はい。えー、この島の近海で漁をしていた最中、エンジントラブルが発生したそうです。そのためこの島に寄って修理していたところ、突然ネウロイが現れ、攻撃が始まったので、なんとか応急処置だけを施して逃げようとしていた、と言っています〉

〈そっか〜。じゃあ、その人達も後で海さんに拾ってもらおうかな。処置はこっちの本国でするだろうし〜。ご苦労さま佳蓮、戻ってきていいよ〜〉

〈了解です!〉

しばらくして、フラムらの頭上にウィッチが戻ってきた。それと同時にもう一人の男性の治療が終わり、レイがふぅと息を吐いた。

『これでOKな筈です。でも、まだ完璧に治せたわけではないと思うので、病院に連れて行ってあげて下さい』

〈ああ。こちらとしても、色々と聞いておきたいことがあるからな〉

『皆さん、聞いて下さい。非常事態が発生しました。任務内容を変更し、至急そちらに対応してください』

カニンガムの言葉で、無線を聞いていたそれぞれが口をつぐみ、回線はシンと静まった。全員が、カニンガムの次の言葉に耳を傾ける。

『つい先程、現在地の北西約90kmにある島から超音速飛翔体が発射されました。発射数は9。推定到達時刻は3分後です』

 

 

 

 

7月25日 ネウロイが撃破される少し前の、B機の中

柔らかな日差しがよく当たる窓際の席だったからか、私はいつの間にか眠っていたようだった。機内の騒々しさに目を覚まし、隣にいた支局長にこれは一体どういう訳だと聞いた。

話によると、

「ついさっき護衛の部隊が清から扶桑のに交代したと思ったらこの機の後方の島から飛んできたレーザーで清のウィッチが攻撃された」

らしかった。安否は不明だが清の部隊は現在交戦中だそうで、一応はこの機と前方の機の安全は確保されているらしい。

「なんでこんなことになったんだ安全には細心の注意を払ってるんじゃなかったのかウィッチが落とされてるんじゃこんな機なんてただの的だ次は俺の番なんだ……」

などと膝を抱えながら呟いている支局長は置いておき、後方にあるという島を探さんと私はカメラを持って立ち上がった。

わらわらと人が集まっている窓に近づき、フォーマルな服たちの波を掻き分けて覗くと、確かにネウロイのレーザーらしき光が瞬いているのが見えた。

カメラの望遠機能をフル活用して件の島の上空辺りを睨んでいると、小さな爆発が起きた。

その光景を見て、ウィッチは無事に脱出できたのだろうか、こちらも危険なのではないか、と頭の中に浮かんだ疑問が不安感と緊張感でないまぜになり、視界がぐらつくような気がした。

「あれ、扶桑の部隊のウィッチじゃないか?」

という誰かの言葉に反応し、窓際の(私も含めた)人々が一斉に振り返った。

一瞬の光景だった。機体の前方向から、長い銀髪を揺らしながら一人のウィッチが飛んできて、猛スピードで旅客機の横を通り過ぎていった。

私は、無意識のうちにウィッチを追いながらシャッターを連射していた。

ストライカーユニットのエンジンの青い光が島の方に伸びていき、ぐにゃぐにゃと複雑な軌道を描いた。とんでもないスピードだ。加勢に行っているのだろうか。

『搭乗している皆さまにお伝えします!本機はこれより高度を下げ、前方の入り口からウィッチを乗り込ませます!近くのものにしっかりと掴まり、決して入り口に近寄らないようにして下さい!10秒後に降下を始めます!』

機長らしき男性の声が響き、コクピットから出てきた副機長らしき男性がドアのロックを外すのを見て、機内はパニックに包まれた。

人々は慌ただしく座席に座り、シートベルトを締める。

危険は承知でドアから少ししか離れてない席に座る。振り返って、うわ言を呟いていた支局長の方を見ると、虚ろな目をしながらもしっかりとシートベルトを締めていた。少しだけだが見直した。

急降下というほどでもないが、政府専用機がゆっくりと降下を始めた。体が浮くような感覚に包まれ、背筋にぞわぞわとした感覚が走る。

しばらくすると、目的の高度に達したのか機体は水平になり、異様な感覚は落ち着いた。

「わっ、たっ、た、わぁ!」

すると、前方のドアがガコンという音と同時に開き、暴風と共に機内に黒髪のウィッチが飛び込んできた。風の音にも負けない、男たちの野太い絶叫が機内を満たし、私は思わず耳を塞いだ。

「いたた……あっ、あ、すいません!お騒がせして!」

程なくして静まった機内で、ストライカーユニットや装備を外して床に立ち、ぺこりと礼をする少女。ええっと……と狼狽え、開いたままの扉の方を何度も見ている。この子が本当に例のウィッチなんだろうか?と思うほどに、まるでただの少女と変わらないような仕草だった。

思わず一枚撮る。

「あ、アナさん!」

「受け取って」

「はい!」

少しして、先程の銀髪のウィッチが1人の人間を抱えて扉の前に現れた。運ばれてきたのは、おそらくはウィッチであろう水色っぽい制服を着た少女だった。

制服の端々が破けて血が滲んでいたり、顔から血を流していたりと、それなりの怪我をしているという事は素人目でもわかった。

何事か話しながら軽々とウィッチを機内の少女に渡し、銀髪のウィッチは扉を閉めて去っていったのが窓から見えた。けたたましく吹き荒れていた暴風が収まる。

「じゃあ、始めますね」

「はい……よろしくお願いします」

少女はウィッチの治療をするようだった。袖をまくり、横になったウィッチの胸辺りに左手をかざす。

少女は、先程までとは打って変わって落ち着いた様子で目をつむり、深呼吸を一つした。すると、左手からぼんやりとした青い光が発生し、ウィッチの上半身を包み込む。

その神秘的な光景に、私だけでなく背後の他の乗客も興味を惹かれているようだった。座席の上や横から恐る恐るという風に顔を出し、その実しっかりと光景を目に焼き付けていた。

ウィッチが昔のように人々を守るようになってから、早5年と少し。血統でも関係しているのか、昔に比べて治癒魔法の使い手の数は僅かな増加傾向にあるらしい。

が、その分能力の精度が格段に落ち、小さな傷を治すのにも時間がかかるなど、言い方は悪いが粗製乱造気味な能力である、というのが最近のウィッチに対する認識だった。

しかし、目の前の少女のそれは明らかにレベルが違う、まさに魔法という言葉が相応しいであろう能力だった。

ハッとしてカメラを構える。治療は進行しているが、まだ時間がかかりそうだ。私も一応はカメラマンの端くれなので、何かあれば撮る、という姿勢は貫くようにしている。それがカメラマンの姿勢なのかは不明だが。

太腿の裂傷が、映像を巻き戻しているかのようにあっという間に塞がり、傷跡一つ残さずに治る。

左腕の肉が抉れていた場所は、もこもこと肉が盛り上がり、不自然な凹凸のないただの腕の一部となった。

ふと、少女の眉間にしわが寄った。顔をズームにしてみると、こめかみに汗が滲んでいるのがわかる。頬も赤みがさしており、息も少し上がっているようだ。効果が効果だけに魔法力の負担も大きいのだろうか。

すると、少女が唐突に目を開け、空いた右手を耳に当てた。インカムを装着していたので、指示か何かを聞いているのだろう。そして口を開く。

「はい!もうすぐ、終わる所です」

どうやら治療の進行度を聞かれたようだ。明るい声で少女が答える。少ししてから、離れた位置にいたウィッチも何やかんやと答えていた。

2人ともそのまましばらく右手を耳に当てていたが、会話はそれ以上には発展しなかった。

「……ふぅ。これで治療は終わりになります。まだ痛む点はありますか?」

「いえ、どこにもありません……完全に、元通りです!」

ウィッチが起き上がり、負傷していた場所を恐る恐るという風に撫でて言う。

まあ、そうなるのも頷けるだろうなとは思った。治療にかかった時間は30秒にも満たないものであり、不安になるのも無理はない。というかならない方が変だろう。

「よかった!……じゃあ、私はこれで戻ります。後のことは、よろしくお願いします」

ウィッチの返事を聞いて安心したようで、深く息を吐くと共に安堵の表情を浮かべる少女。すっくと立ち上がり、装備を整え始める。

まさか、再びそのまま闘いに行くつもりなんだろうか?休憩もせずに。

「ちょ、ちょっと!少しくらい休まないのかい?」

私は思わず座席から立ち上がり、声を掛けてしまっていた。私の突然の呼びかけに、少女は驚きから目を見開いていたが、すぐに首を振り力強く答えてくれた。

「私以外の皆さんも頑張ってますから。それに、私、体力には自信があるんです!」

少女は笑ってストライカーを履き、座席に掴まって立ち上がる。そして先程と同じように目をつむると、少女の頭と尾てい骨の辺りから、赤毛の耳と尻尾が生えてきた。ストライカーの先から青い光が放出され、少女の体が僅かに浮く。

「はい!……では、お騒がせして本当に申し訳ありませんでした!」

無線に答えてから、少女は私たち乗客に向かってぺこりと頭を下げた。そして取っ手を捻り、ドアを開ける。暴風が再び吹き込み、やかましい風の音が機内を満たした。

「君!名前を教えてくれないかな!」

「えっと……ジークです!」

風の音に負けないように大声で聞くと、ほんの少しの間の後に少女が言った。本名かどうかはこの際どうでもよかった。私は間髪入れずに言う。

「一枚良いかい!」

「はい!」

満点の笑顔とピースサインを浮かべた少女を、私はしっかりと撮影した。

「……さっきの写真、どういうつもりで撮ったんだ?記事に使うのか」

少女が出ていきドアも閉められた機内で、元の席に戻った私に隣の支局長が聞いてきた。

言われてみれば、どう使えばいいのだろうか。私はたまたま国家主席の扶桑訪問に密着取材に来ただけの、一介の幸運なカメラマンに過ぎず、記事に使うのも国家主席の写真だけだろう。

それでも、私はあの光景をただ無視することはできなかった。職業柄ウィッチを語る雑誌を目にすることも多いが、悪く言えばそれらは上辺だけを映し、表面的なことしか知ることができない。

そんな中で、あそこまで生々しく、直接的な場面に遭遇すれば、思わずシャッターを切ってしまうのも仕方ないことではないだろうか。

「何故でしょうか……私が、カメラマンだからですかね。わかりません」

私の言葉に、支局長は「お前がわからないなら、俺にわかるわけないだろうが」とだけ言い、ぶすっとした顔で黙り込んでしまった。

機体が高度を上げ始めたため、窓の外を眺める。少女は件の島の方へと飛んでいった。銀髪のウィッチもそうだった。今まで自分とは遥かに縁遠い存在だと思っていたウィッチの本質を目の当たりにし、私は衝撃を受けた。

戦闘を見てないまでも、さっきの光景も実物の一つだ。

私が追いたかった物は何だったか。この業界に入ってから数年しか経ってないとはいえ、最近自分にそう問いかけることが増えていた。

私はその問いに対しての、一つの答えを得たような気がしていた。




次回は今回以上に(本編が)長いです
気合込めました


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第12話 犬の子、そして渦潮

今回のサブタイトルは元ネタがありますので、もしわかった方が居れば教えて下さい
元ネタを知ってる兄貴に試してもわからなかったくらいかなり細かいネタですが


7月25日 午前8時37分

『ッ……!ゴクウはA機、ジークはB機の周囲で待機!マーヴェリックとアイシクルは私に着いてきなさい!全部撃ち落とすわよ!』

〈灰-1から、灰-3を除く全機へ。現在地の上空3000フィートで散開後、待機。201さんの撃ち漏らしがあれば、私達で処理するよ〜。ま、無いことを祈るけどね〉

7つの声が2人の命令に了解、と返し、それぞれの指示された場所へと散らばって行く。

「分速30kmってことは、60倍して……マッハ1.7ぐらい?ってことはSAMかな。どうやって撃ったんだか」

『知らないわよ!でも、1つだけ言えるのは、私達が何とかしないと大変なことになるってことよ!』

ジャニスに追いつき、横に並んだ所で、焦りが滲む表情のフラムが言う。

『ヴァリアント、私なら先行して叩ける。許可を』

島の上空で、清の部隊と共にホバリングをしていたアナが言った。だが、フラムはそれを聞いても首を縦に振らなかった。

『駄目よ。1人で行くのは危険だわ』

『心配しなくていい。私を信じて』

〈隊長さんの言う通り、1人じゃ流石に危ないと思うよ〜。ま、君の実力は知らないけどね〉

近くでホバリングをしていた陽蘭が、アナの方を見ながら言う。それに対し、アナは永久凍土のように冷ややかな視線を送り返しながら答えた。

『余計なお世話。無駄口を叩いてる場合じゃないのがわからない?』

アナの予想外の反撃に、陽蘭がピクリと反応した。薄い笑いを貼り付けたような表情は変化しなかったが、目を若干細めていた。

〈へぇ……それじゃ、好きに選びなよ。部外者は黙ってるとするからさ〜〉

『ヴァリアント。アイシクルの実力ならば任せても問題ないのではないですか?それに彼女ならば、もし万が一追われる事になっても逃げられます。ご決断を』

『……アイシクル、先行するのを許可するわ。ただし、絶対に帰ってきなさい。絶対よ!』

了解(ウィルコ)

短く返答し、飛翔体が発射されたという島の方角へと飛ぶアナ。全身に力を漲らせるように少し体を縮め、一気に加速する。空気が切り裂かれ、破裂音が鳴り響いた。

《こちらドラグーン1。ヴァリアント、我々も彼女に同行する。飛翔体の破壊は手助けできないが、発射施設かそれに準ずる敵性体の破壊は任せてもらいたい》

F-15隊の隊長の声にフラムが一瞬逡巡したように息を呑むが、口を開いた。

『……ええ、お任せします。でも、くれぐれも無理はなさらぬように』

《了解した。……ドラグーン1より各機へ、聞いた通りだ。務めを果たすぞ》

《ドラグーン2了解》

《ドラグーン3、了解》

《ドラグーン4から6、了解》

ジャニスの頭上を、6機のF-15Fが飛び去っていった。

 

 

 

 

7月25日 午前8時38分

『約15秒後に接触が予想されます。どの個体を狙うつもりですか?』

9つの飛翔体は、島から放たれた後きれいに横一列に広がり、多少の差はあれどほぼ同じ高度で真っ直ぐにA機のいる方向へと向かっていた。

「横から回り込んで一気に叩く。落としきれなかったら追う」

『了解です。もし落とし損ねるような事があれば、後方の皆さんに任せるという選択肢も視野に入れておいて下さい』

「大丈夫。私はあいつらよりも速い」

大きく左回りの円を描くような軌道をし、HUD上の9つの表示が一直線に重なる位置へと移動するアナ。一度ホバリングの姿勢になってから、タイミングを計って再度飛行を始める。

白い尾を引きながら飛んでいたのは、ジャニスの予想通りミサイルの形をしていた。長さにして5mはあるであろうミサイルには、何故か白地に黒い斑のような模様が入っている異様な姿となっていた。

(「3……2……1……ここ」)

9発のミサイルの針路にアナのそれが重なりかけたその瞬間、アナの持っていたGsh-30-1機関砲が火を吹く。

「っ!?」

ダダンダンダンダン……という重い銃声と共に放たれた30mm弾が重力に引かれて落ちていき、右端とその隣のミサイルの中心に大穴を空ける。そのまま弾丸の列が真っ直ぐに伸びていれば、その向こうの3発ほどにも損傷を与えられていただろう。しかし、それは叶わなかった。

アナが引き金を引いた次の瞬間、がくんと体制が崩れた。「加速」を使いすぎたせいか、右脚のストライカーのエンジンが故障し、出力が低下していたからだ。

結果、弾丸は見当違いの方向に飛んでいき、残りの7発は上下左右に逃げ、再びA機方向へとバラバラに飛行を再開した。

『くそっ……皆、聞いて。理由は不明だけど、ミサイルがネウロイ化を始めてる。真ん中辺りの信管を撃ち抜かないと落ちなかった』

辛うじて命中した2発の爆発を見届けた後に悪態を一つついてから、ほんの僅かな焦りと驚きを含んだ声で、アナが言った。無線の向こうから返ってくる様々な(大半は驚愕の)言葉を無視しながら、更に続ける。

『結構な速度で再生するから、信管を正確に撃ち抜けないんだったら、何人かで集中して落とした方がいいと思う』

『現時点より、識別の簡略化のために対象に番号を振り当てます。HUDを注視してください』

すかさず、カニンガムが割り込んで言った。同時に、それぞれのHUD上のミサイルの表示が、「unknown」から左から順にⅠ〜Ⅶに変化する。

『あと、私はエンジントラブルで戦闘に参加できない。誰か、回収に来てほしい』

『マーヴェリック!私がアイシクルの方の一発を落としてから回収に行くから、右の一発をお願い!残ったのは清の皆さんに任せます!』

『ラジャ!』

〈ちょ、ちょっと?色々と急すぎてよくわかんないんだけど、説明してくれないかな〜〉

〈ミサイルを撃たれたが、ネウロイ化していてそう簡単に落とせそうにない。取り逃がすかもしれないから、その時は私達に任せる、ってことだろ?〉

『そういうこと!』

アナとミサイル群の少し前方で、ホバリングの状態のジャニスが言った。その視線の先では、フラムが前進しつつ上昇し、高度を正面から来る「Ⅵ」と同程度に合わせようとしていた。

『さあ、かかって来なさい!』

曲がりくねった軌道を描くミサイルを、加速しながら追うフラム。通常のミサイルではまず不可能で、ウィッチでも簡単に追い縋ることはできないであろう動きをするミサイルだったが、軌道の先に射撃を撃ち込むことで、巧みに旅客機たちから離れるように誘導するフラム。

『……こいつら、完全にネウロイ化してないからだろうけど、回避起動がワンパターンよ!落ち着いて動きを見極めて!』

『オッケー、わかった!』

〈こっちも了解〜!〉

大きな上昇・下降や旋回を射撃で抑制することで、ミサイルの動きは確実にフラムの手で制限されつつあった。少しずつ逸れはするものの、ほぼ真っ直ぐに旅客機から逆方向へと飛んでいる。

すると、一定の距離をとっていたフラムに、ミサイルが急接近する。不規則極まりない、まさにネウロイそのものの動きで近づいてきたミサイルに、フラムの銃口と視線が一瞬揺らぎ、空中を泳ぐ。心臓が早鐘を打ち、耳が遠くなるような感覚に襲われるフラム。

(「こんなの、ミサイルがしていい動きじゃない……けど」)

フラムの構えた銃口の揺れが止まる。先端まで黒く染まったミサイルが奇妙な動きのままに近づくが、最早そんなものにフラムは惑わされなかった。

『そんな動き、読めないとでも思った?』

フラムの構えていたDEFA791の銃口から放たれた数発の30mm弾が、ミサイルの中心を射抜き、ネウロイとしての活動もミサイルの運動も停止させる。力を失ったミサイルは、フラムの横を勢いそのままに落ちていき、大爆発を迎えた。

「お疲れ様、ヴァリアント」

「なんだ、自力で来れたの?」

ふう、と息を吐いたフラムに、アナが近づいてきた。少しふらついてはいるが、飛行自体はできるようだった。

「速度は出ないけどね……さっきの動き、見てた。凄かったよ」

他のミサイルの行方を追っていたのをやめ、フラムの方に振り向いて言うアナ。その顔には、言の通りにフラムを称賛するような笑みが浮かんでいた。それを見て、驚いたようにえっ、と吐息を漏らしたフラムだったが、すぐに普段の勝ち気な笑顔で言った。

「……フン!楽勝だったわよ!」

──現在時刻 午前8時40分 ミサイル残り弾数6 弾着までの推定時間──2分

 

 

 

 

7月25日 午前8時39分

「……まさか、ミサイルまでネウロイ化してるとはね。流石に予想外過ぎるや」

フラムが上昇し、1人でホバリングをしていたジャニスが言った。

(「最高速度がマッハ1.7でも、巡航速度はそれ以下のはず。今飛んでるのを見る限り、ネウロイ化しててもそこに違いが生まれないのはわかった。だったら……」)

首や指を曲げて鳴らし、深呼吸をするジャニス。離れた上空では、複雑な機動をしているミサイルとフラムによって、幾何学的な模様の飛行機雲が描かれていた。

「まぁ……少しぐらい楽しむとしますかねっ!」

エンジンを全開にし、正面のミサイルに接近するジャニス。ぐんぐんと互いの距離が縮まり、衝突直前の所ですれ違う。わずかに軌道が逸れたミサイルはそのまま直進し、ジャニスは即座に反転してそれを追う。

ジャニスが手持ちのGAU-22/Aを乱射するが、ミサイルは急激な軌道でそれらを回避し、直進を続ける。

「うーん、やっぱり適当に撃っただけじゃ当たんないかぁ……」

ミサイルに追従しながら、ジャニスが言う。ジャニスの予想通り、巡航速度は通常のストライカーでも充分に追従可能なものだった。

(「でも、フラムの言うとおり動きは大体読めたし……偏差でいけば何とかなるかな」)

ストライカーのウェポンベイが開き、片側に3発ずつ積まれたAMRAAMが姿を表す。HUD上のミサイルにシーカーが重なり、緑色の四角形が赤く変化する。

「さあ、避けてみなよ!」

1秒ずつの間を空けて、AMRAAMを掃射するジャニス。ミサイルへと6本の白い線が伸びていき、1発目の線がミサイルと重なる直前に、ミサイルがガクンと高度を下げる。が、続く2発目以降がその軌道に対応し、更にミサイルへと迫っていく。

3発、4発と、ミサイルの軌道に追いつけないAMRAAMが見当違いな方向へと飛んでいくが、ミサイルが5回目の回避をした方向に、偶然にも外れた2発目のAMRAAMが位置していた。

「そこっ!」

ジャニスが2発目のAMRAAMを狙い撃ち、爆発がミサイルを包み込む。が、ミサイルは爆発を突き抜け、何事もなかったかのように飛行を再開する。

「ま、そう簡単に落ちてくれないよね。直接やるしかないか……ん?」

残っていた2発はミサイルが爆発を突き抜けた時に誘爆してしまい、AMRAAMの残弾はストライカーの片翼に1発ずつしか残っていなかった。しかし、今の行動全てが無駄ではなかったようだった。ミサイルの後部ブースターの一部が破損し、見るからに速度が落ちていた。しかもその部分はネウロイ化しておらず、修復もされていなかった。

「ようし、頂きぃ!」

ミサイルに一気に接近するジャニス。もはや回避もできないのか、ふらふらと尻を振るだけのミサイルに狙いを定め、GAU-22/Aを掃射する。光る帯が真っ直ぐにミサイルへと伸びていき、ブースターを、中心の信管と弾頭ごと撃ち抜いた。

「うーん、結構あっさりだなぁ……もう少し何かあるかと思ったけど」

穴だらけになり、火を吹きながら落ちていくミサイルを見下ろしながら言うジャニス。その顔には、どこか残念そうな表情が浮かんでいた。

「あ、向こうも落としてら。じゃあ、残ってるのは7機かぁ。でも、私が今から行っても間に合うかな……っと!」

頭上で起きた爆発に反応し、青い空を見上げるジャニス。遠く離れた上空で、アナとフラムが向かい合ってホバリングをしていた。それから、ミサイルの方を振り向いたジャニスが、頭を猛烈な勢いで後方へとスウェーさせる。

「ふふん。同じ失敗は繰り返さないのが私なのだ!」

ジャニスが、自慢げに腰に手を当てながら言う。ジャニスが頭をスウェーさせた次の瞬間、それまで頭があった空間を、ミサイルことネウロイが放った赤い閃光が切り裂いていた。

それが最後の抵抗だったのか、ミサイルは爆散し、黒煙を空に漂わせた。

「こちらマーヴェリック、『Ⅴ』を撃破したよ。損害は無し。あと、ネウロイ化の時間が長かったからかな?ミサイルがレーザーを撃ってきた。1発来たのをギリギリで避けたけど、今のところ連射までは出来ないっぽい」

『お疲れ様。こっちは今[Ⅶ]を追おうとしてるんだけど、援護に来れる?』

フラムが言った目標は、7発のうち一番右側に位置して真っ先に上昇していった1発で、現在は40000フィート付近を超え、更に上昇を続けていた。

「うーん。『Ⅶ』に行くよりは、まっすぐA機の方に行ってたほうが良いんじゃない?どっちも追いつけるかわかんないけど、迎え撃つようにした方が良いと思う。そういえば、ランチャーの方はどうなってるのかな」

《こちらドラグーン1。現在、そのランチャーらしきネウロイと交戦中だ。撃破にはもう少し時間がかかりそうだが、次弾以降の発射はさせないと約束する》

ジャニスの問いに、隊長機が冷静な声で返す。

「そっか、じゃあそっちは今の所は安心だね。んじゃⅦの話に戻るけど、いっそ清の人たちに任せて、ヴァリアントも私と一緒にA機の方に行かない?」

「私は悪くないと思う」

会話をしながら、ジャニスの近くにフラムとアナが降下してきた。フラムの顔には若干の疲労が見えたが、ジャニスの言葉にすぐに精悍な顔つきに戻り、頷いた。

「……確かに、その方が良さそうね。急ぎましょう」

了解!(ラジャー)

──現在時刻 午前8時42分 ミサイル残り弾数5 弾着までの推定時間──1分30秒

 

 

 

 

7月25日 午前8時41分

『Ⅴ、Ⅵ共に撃墜を確認。残りは5発ですが、1発を除いてすべて雲の下を飛んでいます。迎撃の準備をお願いします』

島を少し離れた空で、固まってホバリングをしている清の部隊の4人。カニンガムの報告が終わったタイミングで、先頭にいた陽蘭が振り返って全員を見渡す。

〈はーい……灰-1から全機へ。聞いたね?そろそろ主席に良い所見せるとしようか。散開〉

〈〈〈〈好的(ハォドゥーア)!〉〉〉〉

バラバラに散っていたネウロイの行く先に、ウィッチが1人ずつ向かう。陽蘭と朱明は機関砲で、残った2人もK-77Mによる攻撃でネウロイの直進を妨げる。

ミサイルの燃料が切れかけているのか、ネウロイのブースターの出力はかなり落ちているようだった。事実、アナのそれよりも多少速度で劣る陽蘭らのストライカーであっても、ネウロイは容易に補足できていた。

〈今だ!……っ、こいつら、落ちない!?〉

〈油断するな佳蓮(灰-4)、そいつらはもう大半がネウロイだ!後ろにだけは向かわせるな!〉

〈信管を集中的に狙って爆発させるか、真っ二つにするしか落とす方法は無さそうだね。コアが無いのに面倒くさいなぁ〉

各々が射撃を行い、そのどれもが的確にネウロイに命中しはするものの、一瞬で損傷を再生され、反撃されてしまう。攻撃を喰らいはしないものの、それぞれが有効打を与えられずにいた。

〈ちょこまかと……佳蓮、やるよ!〉

〈わかった、楽燕(がくえん)!〉

バラバラに分かれて戦っていた2人が背をくっつけ、ぐるぐると回り始める。2人の周囲を飛び回っていたネウロイの回転速度に、自分たちを合わせようというのだ。

背中合わせでいる2人を取り囲むように、等間隔で飛んでいたネウロイが、軌道を水平に円を描くようなものにする。ネウロイの回転が止み、正面から突撃してきた瞬間に、2人の動きも止まる。

〈〈今!〉〉

2人がエンジンを全開にし、急上昇。2機のネウロイが放ったレーザーは虚空を切り裂き、正面にいたお互いを貫きそうになる。

〈私達はひとりよりも!〉

〈ふたりで戦う方が得意なの!〉

叫びながら、背をつけたままの2人が縦に回転する。佳蓮が前に倒れ、楽燕が佳蓮に背中を預けて後ろにひっくり返るという、それは一般的なウィッチにしてみても変則的な機動だった。

天地が逆さまになり前後が入れ替わったところで、2人の体がピタリと静止し、視界の斜め上方に捉えていたネウロイに銃弾の雨を浴びせる。

その機動があまりにもスムーズだったため、ネウロイがレーザーを避ける動きをしていた頃に、2人は既に狙いを定めていた。

二重に重なって銃声が響き、ミサイルの信管を破壊する。力を失ったネウロイは空中で衝突し、雲を突き破って海へと落ちていった。

〈やったー!〉

〈イエーイ!〉

もう一度回転して姿勢が一周したところで、2人が振り向き、歓喜の声と共にハイタッチをする。すると、その声を聞いていた朱明が、鋭く言い放った。

〈楽燕、佳蓮!後上方だ!〉

〈えっ!?〉

〈何処……〉

2人が声に反応して振り返ろうとしたのと同時に、その頭上を通り抜けた朱明が2人の上空でシールドを展開する。いつの間に狙ってきていたのか、ネウロイの放った赤い閃光がシールドに阻まれる。朱明が来ていなければ、今頃は2人とも撃墜されていただろう。

〈まだ戦闘中だぞ!警戒を解くな!〉

〈〈す、すいません!〉〉

朱明にレーザーを防がせたのは足止めのためだったようで、すぐさまネウロイが急降下をする。

〈逃がすか!〉

ネウロイを追うべく自らも急降下を始める朱明たち3人の上空で、爆発音が響く。佳蓮と楽燕がそれに反応して上を見ると、陽蘭が急速に上昇しているのが2人の目に入った。

〈朱明、そっちは任せるよ〜〉

〈〈隊長?!〉〉

たった今「Ⅳ」を落とした陽蘭が、紫の炎をストライカーから吐き出させ、「Ⅶ」を狙いに行こうとしていたのだ。それを見ようともせず、ただ一言だけ返す朱明。

〈ああ、任せろ〉

朱明が空中で静止し、砲口を正面から少し左に向けて一発。僅かに右に振り、もう一発を撃つ。アナの持っているものと同じGsh-30-1機関砲の、30×165mm徹甲曳光弾が空中を疾る。

左にぐい、と曲がったネウロイの側面に初弾が命中し、その衝撃で右に弾かれる。そこに、ワンテンポ遅れて放たれた次弾が命中。胴体を真っ二つにされた「Ⅲ」は、音もなく空に消えて行った。

〈私も、戦果無しは嫌なんでな〉

Gsh-30を肩に担ぎ、一安心というふうに言う朱明。

〈よし、私達も陽蘭の援護に行くぞ!〉

〈〈はい!〉〉

雲を飛び越え、3人が上昇を始めた。

──現在時刻 午前8時43分 ミサイル残り弾数1 弾着までの推定時間──30秒

 

 

 

 

7月25日 午前8時42分

「ううう……なんでこんなことに……」

青ざめた顔で言う游隼。その声は、お化け屋敷にでも連れてこられた少女のような、今にも泣き出しそうなものだった。

『大丈夫ですよ、游隼さん。清の皆さんも行ってくれてますし、私も着いてますから!』

旅客機に付きっきりの游隼の少し前方で、レイが言う。その、たとえ虚勢であったとしても元気な振る舞いが、実際は游隼の心を追い詰めていた。

レイの固有魔法は治癒。本来起きるはずのなかったアクシデントまみれの今回の騒動においても、彼女の魔法は大活躍だ。

負傷した清のウィッチを救い、更には重要参考人になるかもしれない人間も2人救った。それぞれの怪我の度合いは掴めないが、3人も治癒していれば、魔法力の消費も馬鹿にはならないだろう。

自分の固有魔法はシールド制御。大きさを可変させられたり、他にも色々と応用が利く。今回のような任務にはうってつけだ。急なアクシデントにも対応できる。

でも、使う機会が無い。優秀な仲間に恵まれたおかげで防ぐべきレーザーも飛んでこず、結局は待機しているだけ。魔法力は追従のための巡航にしか使わず、今もたっぷり余っているのがわかる。

そんな状態においても、レイは泣き言一つ言わずに、後方を睨んでいる。あまつさえ、自分のことを励ましてくれた。自分より若く、辛いはずなのに、気丈に振る舞っているその姿が。無自覚のうちに游隼の心を、よりきつく締め上げていた。

『……尉、大尉。李大尉!応答を!』

「はいっ!?ど、どうしたのカニンガム?」

カニンガムが声を荒げたことで初めて、游隼は自分が名を呼ばれていると気づいた。慌てて無線の声に耳を凝らす。

『清の部隊からです……残った最後の1発は、止められそうにないと』

〈本当に申し訳無いんだけど〜、このままだと多分ネウロイには追いつけないと思う〜〉

「なんで、そんな……」

間延びしていながらも焦っているような陽蘭の声が游隼の耳に届く。きっと、まだ陽蘭はネウロイを追っているのだろう。

〈ミサイルが完全にネウロイと一体化したからだ!だからあいつはもう燃料なんて必要ないし、馬鹿みたいな速度で飛んでるんだよ!〉

『少々お静かにしていただけますか?……李大尉。貴女の能力ならば、たとえ守るのが旅客機であったとしてもネウロイの攻撃から防ぎきることができます』

怒声混じりの朱明を諌めつつ、冷静にカニンガムが告げる。Gsh-30機関砲を脇に抱え、シールド操作の要となる両手を見る游隼。その手は、色を失ったように真っ白だった。

『簡潔に説明します。対象はつい先程、高度60000フィート地点から秒速736m、マッハ2.5で降下を開始。標的はA機で間違いないようです。大尉、もう視認できていますね?』

手から顔を上げる游隼。自分の正面斜め上方から、黒い点が接近しているのが見えた。カニンガムの言葉に、キーンと耳鳴りがしていた。世界の音が、耳から入ってくるものだけのようだった。

『加速してるじゃん!どうなってんのさアレ!無茶苦茶だよ!』

〈だから言ってるだろうが!アレはもうネウロイなんだよ!〉

無線越しに言い争うような、ジャニスと朱明の声。そう、あいつは無茶苦茶だ、と脳内が同意する。

『あーもう!今更何言っても遅いわよ!李大尉!あなたなら必ずできるわよ!』

フラムの激励の声。こんなことを言われたことは今まであっただろうか、と脳の片隅が疑問を浮かべる。

〈〈李大尉!〉〉

佳蓮と楽燕の自分の名を呼ぶ声。あの2人の所属は空軍だったはずだが、原隊が海軍の自分の名を知ってくれているとは、と口の端が微かに綻ぶ。

『游隼、信じてる』

アナの、いつも通りの冷静な声。そうだ、信じてくれている人がいる。こんな私を。今、この場を救えるのは私だけだ、と口が固く結ばれる。

『游隼さん!私が先行します!』

こちらに叫んでいる、レイの声。なんて頼もしく、勇敢な姿か。でも、それは無茶だ。たとえ旅客機を守れたとしても、自分の身を守れない。

「いいよ、レイ。下がって」

だから。

私が。

「私が……絶対に、守ってみせるから!」

全速でレイの前に飛び出し、両手を一度、拍手をするように打ち合わせる。腕全体に魔法力が集まっている感覚がして、燃えるように熱い。昔、一度だけ味わったこの熱さ。もう二度と会えないと思っていた熱。

無意識に引いていた右腕の狙いをつけるように、左腕を伸ばす。放つべき場所は完全に捉えた。ネウロイが放ってきた赤い閃光を、青い光がかき消していくイメージで、放つ。

「止まれええええええっ!

突き出した右掌から魔法力が迸り、シールドを展開。背後の旅客機に向けてばら撒かれたレーザーをすべて防ぐには、力を惜しんでいる余裕はない。今自分ができる最硬のシールドを、飛ばす。

──現在時刻 8時43分 ネウロイ残り機数1 弾着までの推定時間──3秒

 

 

 

7月25日 午前8時43分

游隼の突き出した右腕の先に通常よりも一回り小さいシールドが展開された次の瞬間、シールドが十数枚、一定の間隔で発生し、徐々に巨大化しながら前方向に伸びていく。その列が10mほど伸びた先で一際巨大なシールドが生まれ、様々な方向に放ったレーザーを全て防ぎきる。

〈〈やった!〉〉

佳蓮と楽燕が、同時に歓喜の声を上げる。

『〈まだ!〉』

それに、フラムと朱明の冷静な声が覆いかぶさった。

そう、まだネウロイは生きている。あくまで游隼が防いだのはレーザーだけであり、マッハ2.5で飛来する全長5m、重量600kgの弾丸の到達はまだだった。

フラムと朱明の声が游隼の耳に届いたのと同時に、猛烈な衝撃が突き出した右腕を襲い、鐘を撞いたような金属音が周囲に響き渡る。シールドに、ネウロイが激突したのだ。

「ぐうっ……!」

シールド間の間隔が狭まり、見えない何かに体当たりを食らったように游隼の体が後下方に押し下げられる。

が、ネウロイは激突の衝撃で押し潰れ、最前のシールド全体に薄く広がっていた。文字通り、捨て身の攻撃だったのだろう。

游隼の体が、旅客機の2mほど上空で止まる。ネウロイがはらはらと崩れ、雪のようにシールドから剥がれ落ち、そして、完全に消滅した。それを見届けてから、游隼が右腕を引き、全てのシールドを消失させる。

『──全飛翔体の撃墜、消滅を確認。李大尉、皆さん、本当に、お疲れ様でした』

カニンガムが、安堵感が滲み出た声で告げる。肩で息をしていた游隼は、それを聞いても、ただ呆然と空を眺めていた。

「……やったあーっ!!」

その背中に、レイが勢いよく抱きつき、ぐるぐると回る。

「すっっ……ごく、かっこよかったです、游隼さん!」

レイの溜めを作った称賛の言葉に、ギシギシと音がしそうなほどぎこちない動きで游隼が首を動かし、レイの顔を見る。

「と、止められたの?私が?本当に?」

游隼の一つ一つの問いに、脳震盪を起こしかねない勢いで首を縦に振るレイ。

「游隼さんが止めたんです!そして、皆さんの命を救ったんですよ!」

『旅客機からの通信です。流しますよ』

レイの言葉を待っていたかのようにカニンガムが言い、プッと回線が切り変わる音がした。

『君は俺たちの命の恩人だ!』

『最高のウィッチだ!』

『かっこよかったぞー!』

『うおおおおー!ありがとうー!』

『この恩は一生忘れねぇー!』

乗客のものだろうが、インカムから届く口々に叫ばれている感謝や称賛の声。中には、半分泣きながら叫んでいるようなものもあった。

そしてなにより、上昇した旅客機の窓から、機内の様子が見えていた。笑顔や泣き顔の何百人という乗客たちが、数の限られている窓の前を争うように貼り付き、游隼に手を振っていた。

「この人たちを……私が」

「そうですよ!」

『お疲れ、游隼!マジで凄かった!』

『本当、よく頑張ったわね!』

『信じたとおり、だったね』

まだ現実を受け入れられていない様子の游隼に、レイが力強い肯定を返し、離れた位置にいた3人もそれに倣う。それが切欠となったのか、游隼の喉から堰を切ったように嗚咽が漏れ、瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「うっ……わあぁぁぁあ!」

ぶらんと手を下ろし、顔を上に向け、声を抑えることもせず、子供のように泣く游隼。その泣き声は、扶桑海上の青空に広がり、そして消えていった。

 

 

 

 

7月25日 午前8時45分 A機機内貴賓室にて

「いやはや、良いものを見せて貰った。楽しめたよ」

「付近に他の反応も無いそうなので、先程の敵性体が最後のようですね。安全は確保されたかと」

リムレスの眼鏡をかけた細面の女性が、手元のタブレットを覗きながら、機械のように無機質な声で言った。

「それは重畳。なかなかスリルに溢れた空の旅だったが、扶桑には無事に行けそうだ」

それを聞き、国家主席と呼ばれた、短い黒髪をオールバックに撫でつけた男性が言う。1度頷いてから、ふと、思い立ったように口を開いた。

「そういえば、護衛にはこちらのウイッチ部隊も居なかったかな。活躍してくれたんだろうか?」

「結果から見ると、9体の敵性体を4人で1体ずつ撃墜したそうです。1人が被弾したそうですが、扶桑国の部隊によって難を逃れたと」

「なるほど、よく頑張ったじゃないか。しかし、今回の騒動で彼女らに一つ借りが出来てしまったな」

男が、窓の外を眺める。雲海を見下ろす高度で、ネウロイによる攻撃を防いだ黒い制服のウィッチが飛んでいる。少し前まで泣いていたためか、目を赤く泣き腫らしていた。

「……彼女は扶桑の部隊の隊員で、我が国の出身であるそうです。原隊は海軍のようです」

「そうだったか……うん、これも何かの縁だ。軍に連絡をしておいてくれ。彼女に『贈り物』をしたいとね」

「かしこまりました」

女性が頭を下げ、タブレットを操作する。

男が窓の外に目を向けると、正面を向いていたウィッチがそれに気づき、ぺこりと会釈をした。男はそれに対し、笑顔で手を振り返す。すると、ウィッチは目だけでなく顔を赤くし、大慌てで手をばたつかせた。

「ふふ。全く、頼もしいな」

男が、組んだ足に手を置く。

「……さて。どこの誰だか知らないが、誰に喧嘩を売ったのかを教える必要がありそうだ」

男が独り言のように呟き、頬杖をつく。その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。




前回・今回は前後編形式だったので、1、2話のように連続で投稿しました
つまり、次また連続で投稿することがあれば、それらは今回のように盛り上がる話(というか長い話)ということになりますね
あと1回か2回くらいやると思いますので、期待していただけると幸いです
それと、今回が来週分だということで、来週の月曜日の投稿はお休みです


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第13話 ラッキー・デイ

ここ数話投稿が遅れに遅れてばかりで申し訳ありません
学校も始まるし頑張って早く書けるようにならんと……


『──えー、只今!趙国家主席の姿を確認いたしました!手を振りながらタラップを降りています!扶桑海上空で謎の武装勢力から攻撃を受けたとの情報でしたが、無事に、ここ羽田空港に到着です!』

男性リポーターの興奮気味なリポートとともに、笑顔で政府専用機から出てきた国家主席にズームアップした映像がテレビに流れる。

『今、佐藤外務大臣と握手を交わしています!趙主席は二年ぶり、三度目の来扶ですが、今回の来扶は清空軍と国防空軍の戦闘機隊に両国のウィッチ部隊も加えた、過去最大規模の護衛体制だったとされています。今は、政府関係者と言葉を交わし、挨拶を……あっ、今、国防空軍のウィッチとも握手をしています!何か話しているようですが、上機嫌な様子にも見えますね』

テレビの中では、歓迎の列の最後に並んでいた201部隊の面々と握手をし、その中でも一番端にいた游隼と何事か会話している国家主席が映し出されていた。

『えー、この後国家主席は、只今乗り込んだ専用車で厳戒態勢がしかれた都内を走っていきます──』

「いやはや、まさか列に並ばされて、握手までされるとは。降りてすぐ行かなきゃいけなかったから、結構焦ったよね」

「本当ね。もっと早く言ってくれれば良いのに、到着直前になって言うんだから。こっちも心の準備ってものが必要なのに」

テレビから向き直り、ジャニスとフラムが言う。

趙主席が羽田空港に到着した2日後の朝、千歳基地の食堂にて。朝食を終えた部隊の全員が、到着した日のニュース番組の中継映像を見ていた。

「でも、良かったじゃないですか。お礼の言葉も直接言ってもらえましたし、游隼さんはもう一言二言何か話されていましたし、それに……」

「全国放送にも映れたし?」

テレビを見ながら笑みを浮かべるレイにアナが言う。返事の代わりに、頷きを返すレイ。

「ところで、李大尉は趙主席とどんなお話をされていたのですか?そろそろ落ち着かれたでしょう」

5人が座っていたソファーとは別に椅子に座っていたカニンガムが、ジャニスの横にいた游隼に聞く。

「えっ!?あー、えーっと」

カニンガムに言われ、かじりつくようにテレビを見ていた游隼が驚いて振り返る。

実は、カニンガム以外の4人もこれ以前に同じ質問をしていた。しかし当日も次の日も、あまりのショックに游隼が自我を失ったように呆然としていたため、聞き出すことは出来ていなかった。

「なんせ、直接的に守ったのは游隼さんですからね。まさか、愛の言葉ですか!?」

「国家主席といちウィッチの間に芽生え始める恋!」

「はいはい、静かに。で、李大尉、どんな話をしたの?」

茶化す2人をあしらい、フラムが聞く。

「えっと……興奮しちゃってあんまり覚えてないんだけど、最初に『我々を守ってくれてありがとう』、って」

「それは私達も言われた。でも、もう少し何か言ってたよね」

「うん。それで次に『君は我々の命の恩人だ』って言われたから、それは皆も同じですって答えたんだ」

「カッコいい〜」

口笛を吹き、ジャニスが言う。それに照れながらも、続ける游隼。

「えへへ……そしたら、ニコってして『今後の活躍に期待しておくよ。特に、君のね』って……きゃー!」

言い終わると同時に、頭を抱えてじたばたと暴れる游隼。その普段とかけ離れた様子を、フラムとアナが若干引き気味に見ていた。

すると、食堂の壁に備え付けられていた電話が鳴り響く。電話に出ようとカニンガムが立つが、先にソファーから立ったジャニスが小走りで電話に向かった。

「私が行くよ……はーい、もしもーし」

『もしもし。その声から察するに、おそらく君はボイド中尉かな。合っているかい?』

受話器から聞こえてきた男性の声に、ジャニスが声を低くして答える。

「その通りですけど、どちら様?基地の関係者って訳じゃなさそうな気がする」

『ふむ。数日前に、同じ声を聞いた覚えはないだろうか』

「うーん、と。そんな、とっても偉いような人の声を聞いたことがあったっけ。忘れちゃったや」

電話の向こうで、男性がはっはっはと笑う。

『いや、君もなかなか面白い。今は何をしていた所だったかな?』

「朝ごはん食べてから、おたくと私達が握手してるニュースを見てたとこ。全く、とんだサプライズだったよ。皆喜んでたけどさ」

『喜んでもらえたのなら幸いなんだがね。それに、まだサプライズは残っている。1、2日でそちらに届くはずだ』

「ふぅん?清の銘菓でも送ってくれたのかな」

『その様な安い物ではないよ、私でも用意するのにそれなりの手間がかかるような物さ……む、そろそろ時間かな』

「もう切っちゃうの?游隼に変わってあげようと思ったのに……いや、別にいいかも」

ジャニスがちらりと振り返ると、游隼は変わらずバタバタと身悶えしていた。

『自分からかけておいて申し訳無いが、これでも案外多忙な身でね』

「ジャニス、誰からの電話?」

長く話しすぎたためか、ジャニスの背後から近づいてきたアナが声をかけてきた。

「あのー、仲いい……おじさんから」

「……スマホ使いなよ」

正論を述べてふい、と去っていくアナを見て、安堵のため息をつくジャニス。

「もしもし」

再び受話器に耳を当てると、電話越しで苦笑しているような声がした。

『せめて男の人、とかにしてくれないかな』

「でも主席、40歳くらいでしょ?私にとって四十路はおじさんだよ」

『……まあ、おじさんでもいいさ。ではまたいつか』

「さよなら〜……っと、さて。(国家主席ともあろう人が、用意に手間がかかる物ってなんだろ?)」

受話器を置き、テレビの方向に戻りながら考えるジャニス。

ふと、カニンガムの横を通ったあたりで足を止め、ひそひそ声で聞く。

「……ねーカニンガム、今日ってどっかから輸送が来る予定ある?」

(急なのもあろうが)予想外の質問だったのか、数ミリほど目を見開いてからカニンガムが手元のタブレットを操作し、言う。

「中尉がそんな事を気にされるとは、珍しいですね……1600時頃に、清からの輸送機が到着する予定になっていますが」

「へー。積荷は?」

「李大尉のJ-16Hの整備部品となっていますが。何か気になる点でもありましたか」

「いや、別に。近々他に輸送が来る予定は無いの?」

「そうですね……私たちのためのものではありませんが、来週の火曜日、インド空軍のストライカーが運ばれてくるようです。真意は図りかねますが、寒冷地試験がしたいとのことで」

カニンガムの言葉に、思い切り怪訝そうな表情を浮かべるジャニス。

「寒冷地試験!?まだ真夏だよ?インド空軍の人、何考えてるんだろ……」

「ですから真意は図りかねます、と。その程度でしょうか。スリャーノフ大尉がストライカーを壊した場合にはまた別ですが」

名を呼ばれたことで反応したアナに、気にしないで、と手を振るジャニス。

「1600ね、わかった。ありがとカニンガム」

「お気になさらず……続きは見ていかれないんですか?」

「もう満足したからね〜」

録画した映像を見てあーだこーだと話をする游隼らを置いて、ジャニスは一足先に部屋へと戻った。

 

 

 

 

「んー?」

その日の夕方、ジャニスが格納庫へと赴くと、既にそこには先約がいた。しかも、3人も。

「これまた、揃いも揃ってどうしたのみんな」

自然を装って歩み寄ってきたジャニスに、ストライカーが並んでいる段差に腰掛けていたフラムが振り返る。

「やっぱり来たわね」

「やっぱりって?」

ジャニスが首を傾げると、フラムの横で立っていたカニンガムが口を開いた。

「朝の件です。中尉が私に輸送機の予定を聞くことなどまずなかったので、妙に思いまして。念の為、お嬢様に報告をさせていただきました」

「いーよいーよ。別にやましいことじゃないし」

頭を下げるカニンガムに、笑顔で手を振るジャニス。

「じゃあ、説明してほしいな」

「それもいーよ。でも、もうちょっと待ってくれない?そろそろ輸送機が来るだろうし、積み荷を確認してからにしたいんだ」

「……いいよ」

天井、というより上方向を指して言うジャニスに、アナが頷く。ゴオオォォン……という大型ジェットエンジンの音が徐々に大きさを増し、4人だけが居る格納庫の頭上を飛び去っていく。

「見に行こうよ!」

ジャニスが真っ先に走り出し、3人もそれを追って格納庫から出る。

「大きいねぇー」

「C-17と同じくらい?いや、少し小さい?」

「いつもと同じ物を運んでないのは確かでしょうね」

轟音の主である輸送機が着陸し、後部ハッチが重々しく開く。

「戦車でも降りてきそうな雰囲気ね……」

フラムが言うと、ハッチからストライカーの駐機台を積んだ小型トラックが降り、4人のいる格納庫の方向へと向かってきた。

「マチルダ・カニンガム大尉ですね?受領のサインをお願いします」

黒い制服を着た運転手がトラックを格納庫内に停めて降り、書類の挟まったクリップボードをカニンガムに渡す。

「……どうぞ」

胸ポケットからペンを取り出し、さらさらと書類に記入して返すカニンガム。

「確かにいただきました。おい!」

受け取った男性が合図し、トラックに乗っていた他の数人とともにストライカーの駐機台を下ろす。

「では、我々はこれで」

「おつかれさまでしたー」

トラックに乗って輸送機へと戻っていく隊員に、ひらひれと手を振るジャニス。トラックを収容した輸送機はすぐにエンジンを始動させ、離陸していった。  

「……あれだけ大きい輸送機で来て、置いていったのはストライカー一対だけとはね。拍子抜けというかなんというか」

「何が来たのか不明瞭にさせるのが目的なのでしょう……それだけ、この機が特異である証拠ですね」

格納庫内へと戻りながらフラムが話し、カニンガムが駐機台を指さす。

「うーん……西側じゃ見たことないタイプのストライカーだね、これ。アナはどう思う?」

「私も見たことがない。清の最新鋭機だと思うけど、でもなんでそれがここに?」

顎に手を当てて考える、ジャニスとアナ。そのジャニスの背中をぽんと叩き、フラムが言う。

「その理由をあなたが知ってるんでしょ、ボイド。勿体ぶらないでさっさと説明「戻りましたー!」」

フラムの言葉に重なるように、哨戒任務から帰ってきたレイの声が格納庫内に響く。

「あれ?なんでみんな居るの?」

同じく哨戒任務から帰ってきた游隼が驚いたように言い、ジャニスが指をパチンと打ち鳴らす。

「2人とも、ナイスタイミング!手間が省けたよ」

「なんか、すごく大きい輸送機が来てませんでした?なんですかあれ!それに、このストライカーも!」

「あれってうち()のY-20だよね。これを運んできたの?何このストライカー!何か知ってるの、ジャニス!」

「まあまあ、落ち着いて2人とも。今説明するから」

手早くストライカーを脱ぎ、興奮気味にジャニスに詰め寄る2人。それを手で制し、ごほん、と咳払いをしてから話し出す。

「なんと、このストライカーは!」

5人がジャニスの言葉に耳を傾け、静まる。

「……今回の我々の活躍、特に游隼のを評価していただいた趙国家主席からの贈り物です!」

ジャニスが言い切ると、フラム、アナ、レイ、游隼が、おおおお、という歓声を上げる。

「本当に度量の大きい方だこと……」

「事前通告くらいしてくれてもいいと思うけどね」

「すごいじゃないですか、游隼さん!」

「う、うん……!」

まだ現実を受け入れられてないのか、レイに若干呆けたように返す游隼。

「先程受領した際の書類で確認しましたが、機体名称は『J-20』のようです。ご存知ないですか、李大尉」

「知ってる!でも、ストライカーは、最近完成したとかしないとかって話のはずなのに……」

カニンガムの説明を聞き、口に手当てながら游隼が言う。

「用意するのにそれなりの手間がかかった、って言ってたし、無理言って持ってきて貰ったんじゃない?」

ジャニスが肩を組みながら言うと、游隼の目から涙が溢れ、ぽろぽろと涙の粒が落ち始めた。慌ててジャニスがハンカチを差し出す。

「わ、ちょ、ちょっと、どうしたの游隼!」

「あ、あれ?おかしいな……嬉しすぎて、泣けてきちゃった……」

泣き笑いを浮かべながら震えた声で言い、渡されたハンカチで目元を拭う游隼。

「ま、まあとにかく。少しそのストライカーで飛んで見たら?」

「それがいいと思う」

「そうですね!きっと、すごくいい性能ですよ!」

すかさずフラムとアナがフォローにまわり、レイもそれに賛同する。

「ありがとう……うん、それじゃ、ちょっと使ってみようかな」

「ちょーっと待った!」

游隼が笑顔で頷き、ストライカーの方へと歩き出したのを、ジャニスが声で止める。

「な、なに?」

「このストライカー……いや、J-20。游隼のために贈られてきたものであることは間違いないし、これから游隼の専用機になる訳だよね」

「当然でしょ」

「そう!」

ジャニスが勢いよくフラムの方に向き直る。

「游隼はずっとこのストライカーを使うし、自分に合ったカスタマイズをする。だったら、まだ誰の色にも染まってない今のうちに、どんなものかと試してみてもいいんじゃないかと思うのさ、私は」

「まあ、一理あると言えなくもないけど」

「……それは、確かにそうかもね」

身振り手振りを交えながらのジャニスの語りに、フラムも游隼本人も納得させられたようにつぶやく。

「いい機会だし、みんなで何回かストライカーをシャッフルしてみない?そのストライカーの原点はわからないと思うけど、こんなのを使ってるんだ、ってのはわかるじゃん。それに、私もJ-20使いたいし!」

「私は賛成。前から少し、F-15Fを使ってみたかったんだ」

ジャニスの提案にアナが組んだ手を挙げ、残ったカニンガムに視線が集まる。

「一度の飛行が数分であれば構いませんよ」

「よし!じゃあ早速、公平にじゃんけんで選ぶ順番を決めるとしようか!」

カニンガムの許可を得てガッツポーズをし、全員に呼びかけるジャニス。そして突き出された4つの拳を見て、唯一拳を出していなかったカニンガムに聞く。

「カニンガムもやらないの?」

「私は……では、参加しますか。私よりも先に負けた方にはE-767の使い心地も確かめてもらうとしましょう」

珍しくいたずらっぽい微笑みを浮かべ、カニンガムも拳を突き出す。

「じゃあいくよ!じゃーんけーん!」

ジャニスの音頭に合わせて全員が拳を振り上げ、同じタイミングで振り下ろす。

1人を覗いて、手がその形を変えることなく出される。それは、唯一手を大きく開いた人物が一人で勝ったことを意味していた。

「やっ……たー!!」

手を開いていた人物──游隼が飛び跳ねるようにしながら歓喜の声を上げ、びしりと指差した。

「私が使うのは、これ!」

目の前にあった、J-20を。




次回、なんと201部隊に待望(?)の新入隊員が……!?


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第14話 新たな仲間

タイトルが思いつかなかったので有識者に聞いた結果こうなりました
(すでに目にした方は混乱されてしまうかもしれませんが、タイトルを変更しました)


「〜♪」

上機嫌な様子で、鼻歌交じりに片手でキャリーバッグを引く少女。

『──AFAより、ご登場時刻とご案内順についてお知らせいたします。東京、羽田空港行き、9時ちょうど発、522便の飛行機へのご案内は──』

頭上でアナウンスが鳴る中、行き交う人々の間できょろきょろと左右を見回し、感嘆の溜め息をつく少女。

「やっぱり扶桑は凄い……あ、あのラーメン美味しそう」

大写しでラーメンが描かれた看板にすたすたと近寄る少女。そのまま入り口に歩くが、自動ドアは反応せず、店内に入ることはできなかった。

「開くのは9時からか。あれ、何時のバスに乗るんだったかな。うーんと……ま、多少だったら遅れても許してくれるよね」

額に手を当て、記憶を辿りながら唸る少女。が、すぐに手を下ろし、あっけらかんと言う。

「そうと決まれば、開くまで待とう……ん〜♪」

椅子に腰掛け、再び鼻歌交じりにスマートフォンを操作する少女。その数分後、本来彼女が乗る予定だったバスは、無事に新千歳空港を出発していた。

 

 

 

 

J-20が千歳基地に贈られてから1週間と2日後。当初は寒冷地試験のためにストライカーとウィッチが千歳基地に来るという名目だったのだが、来る当日になってからインド空軍から、より詳しい説明が201部隊に届いていた。

「……約4ヶ月間当基地に駐在して我々と一緒に戦闘に参加することで、より実戦的なデータを収集しつつ、寒冷地での試験も行うのが本来の目的だということです」

「参加するのは構わないけど、ちゃんと戦力になってくれるのかしら」

カニンガムの報告を受け、腕組みをして聞いていたフラムが言う。

「来るのは実験部隊の人なんでしょ?ストライカーはともかくとして、実力はちょっと心配だよね」

「その点に関してはインド空軍のお墨付きです。詳細は不明ですが、強力な固有魔法を持っているとか」

ジャニスへのカニンガムの返答に、5人が、おーと声を上げる。

ウィッチの中には、固有魔法と呼ばれる特殊な能力を持つ者が極めて稀に存在する。電撃を発せられる者や、ネウロイのコアを透視できる者、速度を飛躍的に増加させられる者、傷を癒やすことができる者と、そのどれもが強力無比であり、世の理をも超越した能力である。

が、第二次ネウロイ大戦時よりもウィッチの絶対数が減った現代において、更にその希少性は増していた。それが、通常かなりの練度が無い限りは入隊もできない統合戦闘飛行隊に、並程度の練度のレイがいる理由である。

「なんでそんな人が実験部隊にいるんだろ……私達みたいに他の国で戦わないのかな」

「会ったら聞いてみましょう!」

首を傾げる游隼にレイが賛同するが、その肩をアナが軽く叩く。

「デリケートな話かもしれないし、すぐに聞くのはやめておいた方がいいと思うよ」

「確かに、そうかもしれませんね……」

アナの冷静な忠告に、しゅんとするレイ。

「とにかく、来るのを待つわよ。何時くらいに着く予定だったかしら?」

「8時半には新千歳空港に着いているそうなので……遅く見積もってあと10分ほどでしょうか」

ちらりとカニンガムが腕時計を見て言う。現時刻は8時55分。新千歳空港からは千歳基地付近へのバスが出ており、それに乗れば30分程度で千歳基地へと着くことができる。

「わかったわ。じゃあ皆、それまでに自分の部屋を片付けておきなさい。みっともない所を見せたくなかったらね!」

と、フラムが全員に向けて意気込んだのはいいものの。

それから1時間ほど待っても、インドからのウィッチは現れずにいた。

「……全然来ないね」

「来ませんねー。もう10時になっちゃいますよ」

基地の入り口の前で仁王立ちし、来訪を待っていたジャニスとレイが言う。

「本当に来るのかな……ん、なんか来た」

「輸送機でしょうか?」

すると、J-20が運ばれてきた時と同じように大型エンジンの轟音が響き、滑走路方向へと進んでいった。

「ストライカーを運んできたのかな。ウィッチが先に来るっていう話だったのに、あべこべだよ」

「見に行きましょうよ!実験機、気になりません?」

「そうだね。行こっか!」

顔を見合わせて頷き、廊下を走るジャニスとレイ。その数十秒後、扉が開けられた。

格納庫には、やはり2人以外の全員が集まっていた。

「その様子だと、まだ来てないみたいだね」

「まあね。それが例の実験機?」

ジャニスが、集まっている4人の中心にあった駐機台を指しながら言う。その質問に、首肯を返すカニンガム。

「はい。インド空軍が開発中の軽航空戦闘ストライカー、テジャスです」

駐機台に近づき、ストライカーをためつすがめつするレイとジャニス。

エンジンが単発な上に寸も短く、レイのF-15FやアナのSu-35に比べて一回りほっそりとした形状。フラムのラファールと似ているが少し異なる三角形の主翼。

「へー、なんだかちっちゃいですね。こういうストライカーって誰か使ったことありますか?」

レイの問いに、游隼とジャニスが順番に答える。

「軍が輸出用に開発したのを、少し使わせてもらったよ。あんまり慣れなかったけど」

「私は練習機がこんな感じだったね。小回りが利いていい機体だったなー……」

目を閉じて頷きながら、思い出深そうに語るジャニス。ふと目を開き、横にいたアナの方を向く。

「アナは?」

「私は基本的に大型の双発機しか使ったことがない。練習機も双発だったし、先週ジャニスのF-35を使ったのが初めて」

「へぇ、だから少し手間取ってたのね。でも、初めてにしてはあれだけ飛べれば十分じゃないかしら?」

フラムが少し驚いたように言う。

201部隊の面々は先週のJ-20が来た日、ジャニスの提案によって、それぞれのストライカーを交換して飛行するという、一種の遊びに興じていた。

そこでアナは意外にもF-35とラファールの操作に苦戦し、慣れてからは見事な機動を披露したのだが、使い始めて数分間は空を右往左往していたのだった。

「……まあ、私はスヴォリノフ社のストライカーさえ使っていればいいから」

「ふうん。ま、それは置いておいて。例のウィッチが来る前にさ、ちょっと使ってみない?このストライカー」

「そんなの、ダメに決まってるでしょ!」

悪そうな笑顔を浮かべて言うジャニスを、フラムが焦って制止する。

「実験機なんだから、余計なことしてデータが正確に取れなかったらどうするのよ!」

「大丈夫だって。そんな時のために予備のパーツも持ってきてるんだし」

「やめなさいって言ってるじゃない!」

悪びれる様子もなくストライカーを履こうとするジャニスの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張るフラム。が、体格差もあってジャニスがずるずると駐機台に近づく。

「……誰か、手伝いなさいよ!」

「いいですよ、使っても」

6人の背後から、高すぎない落ち着いた声がかけられる。初めて聞く声にジャニスとフラム以外が振り返り、あっと息を呑んだ。

「ほら、いいって言ってるよ!」

「ダメ!……誰よ、そんなこと言ったのは!」

未だ止まらないジャニスの腕を引っ張りながら、顔だけを背後に振り向かせるフラム。そして、声の主と思しき人物を確認し、手をぱっと離した。

「うわわっ……と。どしたのさフラム、急に離すなんて……って」

突然腕を離されたことにより、つんのめるように駐機台の前に落ちそうになったジャニスが、フラムにそう言って振り向く。そして、そこにいた人物を目にした。

「どうかしましたか?私は構いませんよ、テジャスをお使いになられても」

小麦色の肌と眠たげな焦げ茶色の瞳に、赤毛のショートヘア。半袖のワイシャツの上に水色のベストを着、襟には青いリボン、更には黒いベルト履きという独特な出で立ち。

話の内容と、明らかに整備兵ではない服装から、全員がこの少女がインドから来たウィッチだと確信していた。

「……あなたが、今日来る予定のウィッチ?」

フラムが聞くと、少女は首を傾げる。

はい(ハーン)。予定の10時には少し遅れてしまいましたが、大目に見て頂けると嬉しいです」

「「「「「「10時?」」」」」」

少女の言葉に、今度は全員が首を傾げた。

「?」

 

 

 

 

「なるほど、来るのは9時でしたか。空港にすごく美味しそうなラーメン屋さんがあったので、つい寄ってしまいました。すいません」

6人に深々と頭を下げるウィッチ。

現在は場所をミーティングルームに移し、ウィッチと自己紹介をし合う時間だった。

「いえ、何かトラブルに巻き込まれたのかと心配していましたが、無事なようで我々にとっては何よりです……事情も把握できましたし、この件についての話はこれぐらいにしましょう」

フラムの横に座っていたカニンガムが話を切り上げると、さらにその後ろにいたレイが立ち上がって言う。

「じゃあ早速、自己紹介をお願いします!」

「はい……インド空軍中尉、フィーニクス・クベーラ・プラカーシュです。12月までの間ということですが、これからよろしくお願いします」

そう言って合掌してお辞儀をし、柔らかな笑顔を浮かべて座るフィーニクスを拍手が包む。

「じゃあ、次は私達の番ですね!私は扶桑出身の、栂井レイ少尉です!えーっと、なんと呼べばいいでしょうか、フィーニクスさん?」

「フィーネ、と呼んで下さい、ツガイ少尉。自分の名ながら、フィーニクス(不死鳥)という名は、あまり、好きではないので」

勢いよくまくし立てるレイに、苦笑気味の笑顔で答えるフィーネ。その笑顔に悲しさのようなものを感じつつも、元気に言うレイ。

「はい、フィーネさん!じゃあ、私もレイって呼んでください」

「ありがとうございます、レイ」

「……次は私かな。私はジャニス・ボイト。リベリオン出身の中尉だよ。ジャニスって呼んでね、フィーネ」

立ち上がり、頭を掻きながら言うジャニス。それに「はい、ジャニス」と答えるフィーネ。

「ところでさ、失礼だとは思うんだけど……フィーネの固有魔法って、どんななの?強力だって聞いてるんだけど、ちょっと教えてくれない?」

一瞬きょとんとした表情を浮かべたフィーネだったが、すぐに笑みを取り戻す。が、それは先程までの柔和なものに比べ、どこか鋭さを含んでいるようだった。

「私はそこまで強いとは思っていませんが……いいですよ。これはあくまで便宜的に付けられた名称なのですが、私の固有魔法は、『時空流制御』です」

「時空流制御?」

今まで聞き及んだことがない名の固有魔法への6人の驚きを代表するように、ジャニスが復唱する。

「はい。ですが、この場で使うにはあまり適していませんし、発動は別の機会にさせてください」

残念そうに笑うフィーネに、珍しく呆気にとられたようにジャニスが言う。

「い、いいけど……」

「ありがとうございます。さて、次はどなたでしょうか」

にこりと笑い、眠たげな瞳のままフィーネが言った。




というわけで新キャラのフィーネちゃんです
フラムに「今日来る予定?」と聞かれた時に首を傾げているのは、インドでは肯定する時に首を傾げるからだそうです
テジャスストライカーは現実のものの5割増しくらいのスペックなので、他のストライカーとのパワーバランスもそれくらいを目安に考えていただければちょうどいいかと思います


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第15話 ガンジスの流れの如く

かなり初期の前書きか後書きで書いていたと思いますが、これからは1週間か2週間に一話ペースで投稿させていただきます
理由は、学校が通常授業に戻るために執筆の時間の確保が難しいだろうと判断したからです
投稿する際の時間帯は変わらないので、毎週月曜日の午前0時に来ていただけると嬉しいです


「ねぇ、フィーネ中尉」

フィーネが千歳基地に来てから5日が経過した、日曜日の昼。游隼お手製の清料理に舌鼓を打ち、幸せそうな表情で座っていたフィーネに、フラムが話しかける。

「なんですか、フラム」

「そろそろ、あなたの固有魔法を私達に見せてくれないかしら。名前だけじゃ、いざという時の戦力になるかわからないもの」

フラムの言葉に、同じく食堂にいた5人が聞き耳を立てる。自己紹介の時に「発動は別の機会に」と断られたために、鳴り物入りで伝わっていたフィーネの固有魔法について、名前しか聞けていなかったからだ。

しかも、この5日間にこれといった出撃は無く、見たことも聞いたこともない魔法に想像を膨らませることしか出来なかったので、全員がその能力の真実を知りたがるのは当然と言えよう。

フラムは、影ながら5人の意思の代弁をしたというわけだった。

「なるほど……確かに、フラムの言う通りですね。流石は戦闘隊長です。私も勿体ぶり過ぎました」

反省です、とフィーネ。その反応に、フラムは胸を撫で下ろした。もし断られるようならば、余程のことがない限りはその能力について知ることが出来ないと踏んでいたからだ。

「では、早速実践してみましょう……と言いたいところですが、如何せんここでは狭すぎますね」

食堂をぐるりと見回しながらフィーネが言う。

自己紹介のときもそうだったが、この「室内での使用にはあまり適していない」と言わんばかりのフィーネの反応も、全員がその固有魔法の正体が突き詰められない原因の一つだった。

「外に行きましょうか……あっ、と。どなたか、拳銃をお持ちですか?どんな物でも構いません」

立ち上がったフィーネが6人に聞く。その質問にジャニスがジャケットの内側を漁り、うわ、と声を漏らす。

「今部屋にあるんだった……取って来る!」

愛用のM1911を取りに戻ろうと走りかけたジャニスの顔の前に手を出し、静止させるカニンガム。

「ボイド中尉、お待ちを。これでいいでしょうか?」

そして、片手を制服の内に入れ、すらりとある物を取り出した。黒ぐろとしたM1911よりも小ぶりな拳銃の、グロック19を。

それを見て、フィーネが頷く。

「構いませんよ。では、いい場所を探しますか」

そう言って、鼻歌交じりに歩き出すフィーネ。その後ろを、期待感を溢れさせた6人が無言で着いて行った。

 

 

 

「……お手数をかけましたね、カニンガムさん」

格納庫の裏手から進んだところにある草地で、フィーネが言う。食堂を出て少ししてからフィーネに耳打ちされて別れたカニンガムが、遅れて到着したタイミングだった。

「ええ。拳銃とはいえ、短時間で発砲の許可を得るのにはそれなりに骨が折れました。次からは事前に知らせておいて下さい」

額にうっすらと汗を滲ませたカニンガムが言い、フィーネもそれに対してぺこりと頭を下げる。

「申し訳ありません。ですが、わかりやすいかと思いまして」

「じゃあ早速披露してもらいましょうか。その、わかりやすいやり方でさ」

しびれを切らしたようにジャニスが言い、フィーネもそれに答えるように微笑みを浮かべる。

「先に説明をさせてください。先日述べた私の固有魔法──便宜的に『時空流制御』と呼ばれているものは、その名の通り、時間の流れを操るものです。効果を発揮できるのは私の体の周りのごく狭い範囲……皮膚に直接触れているくらいですね」

フィーネの説明を、固唾をのんで聞く6人。ふわりと風が吹き、フィーネの赤毛を揺らす。

「私の固有魔法は、簡単に言うと『私だけの時間を加速させる能力』です。だから、漫画やアニメのように時間を『止める』ことはできません。似たようなことなら出来ますけどね」

「……例えば?加速だけなら私も出来る」

平然と発された異様な内容に、思わずという風にアナが聞く。それを受け、カニンガムに頷きかけるフィーネ。

「それを今から実演しましょう。カニンガムさん、私を撃ってください。私はその弾丸をキャッチします」

「どこか狙いますか?」

制服の内からグロックを取り出し、安全装置を外すカニンガム。横にいたフラムが一歩、二歩と後ずさり、アナやジャニスも距離を取る。

「外して回収するのも面倒ですし、末端部以外なら大丈夫ですよ」

「では……栂井少尉、いざという時は頼みます」

「は、はい!」

カニンガムに言われ、息を凝らして2人の様子を見ていたレイが慌てて反応する。

「いきますよ」

「どうぞ」

グロックを両手で保持したカニンガムが言い、フィーネがそれに答える。

片足に体重をかけた楽な姿勢に、緊張感が欠片もないような微笑みさえ浮かべた表情。フィーネの全身に一切余計な力が籠もっていないのは、誰の目から見ても明らかだった。

カニンガムの指が引き金にかかり、一拍置いてから引かれた。軽い破裂音とともに、9×19mmパラベラム弾がグロックから放たれ、空気を引き裂きながら真っ直ぐにフィーネの右肩へと直進する。

青いベストごと肩を貫こうとした弾丸は、猛烈な速度で動いたフィーネの左手によって、一切ベストに触れることもなく掴まれた。

そしてその動きは、しっかりと全身を注視していた6人全員が捉えられず、まるでフィーネの腕が瞬間移動したかのように各々の目に映っていた。

「はい、この通り」

何事もなかったかのように6人に近づき、左手を差し出して開くフィーネ。手のひらには、先端が僅かに潰れた弾丸が握られていた。

「…………すっ、ごい……」

「うっひゃー、ヤバいね」

「ど、どうやったの!?」

「見えなかった……」

「これは、想定外だわ」

「……まさかとは思いましたが」

目の前で繰り広げられた現実離れした光景に、口々に感想を漏らす6人。

拳銃の弾丸を受け止めること自体は、およそシールドを展開できるウィッチであれば誰でもできるだろう。ネウロイのレーザーよりも遥かに威力の低い拳銃弾など、10人から同時に放たれたとしても、防ぐことはウィッチにとっては苦ではない。

しかしそれは、予め撃つ場所を知らされ、先に展開していた場合に限る。いかに威力が低くとも、いかに防御力が高くとも、ウィッチがそれを捉えられなければ意味がない。

どんな名捕手でも、目で捕捉できない速度な上にどこに投げてくるかわからないボールは取れないだろう。しかし、フィーネはそれを成し遂げたのだ。

「ごほん……説明に戻りましょうか。『私だけの時間を加速させる』というよりも、『私の周りの時間だけを加速させる』というのが正しいでしょうか。アナさんの『加速』とは、自らのその周囲の空間を念動力によって動かし、増速させる魔法ですよね?」

「そう……過去にも、同じタイプの固有魔法の保持者は何人かいたみたい」

「つまり、周囲の時間の速さは変わっていません。でも私は、それを遅くさせられるんです。私が普通の人の倍の速さで動くのではなく、周囲の人が半分の速さで動く中で普通の速さで動くことができる、ということですね。だから、アナさんのもののように、周囲に影響を及ぼさせることはできません」

「うーん、よくわかりません……」

「確かにね……原理とか、どうしてそうなるのかってことはわかってるの?」

フィーネの説明に落ち込んだようにレイが言う。

「さっぱりわかりません。科学的な説明はまだ付けられていないんです。今言ったのも、私が発動できるようになった日から確かめてみて、わかっていることだけです」

游隼の質問に微笑みを浮かべたフィーネがあっけらかんと言い放ち、説明を聞いていた游隼が拍子抜けしたような顔になる。

「発動できるようになったきっかけとかはあるんですか?」

「初めてはっきりと発動できたと確信したのは、幼少の頃に交通事故に巻き込まれた時です。皆さん、タキサイキア現象という現象を知っていますか?危険な状態に陥った時に、周囲の光景がスローのように見える現象のことなんですが」

最初に現象の名前を聞いた時は全員が首を傾げていたが、具体例を出されたことによって理解できたようで、フラムと質問したレイ以外が頷いた。

「タキサイキア現象によって、私は自分が轢かれる様子がはっきりと確認できました。通常は確認できるだけなんですが、私はその凝縮された時間の中を、普段と何ら変わらない速度で移動できたんです」

「生命の危機に瀕して、固有魔法が開花する例ね……そう多くないけど、確かにそのパターンは存在するわ」

腕組みをしてフラムが言う。

「その時から、私は自分で自分の能力について調べました。幸い、インドはのんびりした国ですから、軍で私の魔法を詳しく調べようとする人はいませんでした。他の国なら別でしょうけど」

「まあ、空港でラーメンを食べるような真似はできなかっただろうね」

「その件も含めて、他言はしないでください」

アナの茶化しに、口に人差し指を当ててフィーネが言う。

「他にわかってることはないの?使用できる限界時間とか、再使用までの時間とか……」

ようやく本来の目的を思い出したのか、フラムが聞く。

「実は、加速度には倍率があるんです。通常の2倍とか、10倍とか、100倍とか。その倍率と秒数をかけて、180になる秒数しか活動できません。倍速なら90秒、10倍なら18秒という感じですね」

「十分すぎるわ……で、再使用まではどれくらいかかるの?」

「再使用までの時間は……」

効果の絶大さを知ったために、フィーネの返事により興味津々というように耳を傾ける6人。

「……1日です」

「「「「「「1日!?」」」」」」

全員が口を揃えて言い、その様子を見てフィーネが笑う。

「全身に負担がかかりますし、魔法力の消費も多いので。ガンジスの流れのように、ゆ〜っくりと魔法力を貯め直さないといけないんです」

「じゃあ、今日はもう使えないの?」

加速による対決でも望んでいたのか、がっかりしたような声色でアナが聞く。

「はい。たとえ2倍で1分半動いても、100倍で1.8秒動いても、そこに関しては変わりません。負担は違いますけどね」

「なるほどね……連続発動もできないし、長時間の使用も無理、と。それじゃあ、フィーネ中尉はいざというときの切り札ね」

「ネウロイ相手にはそう強力でもないんですが。ストライカーの加速はできないし、機関砲弾やミサイルは放たれた瞬間に通常の速度になってしまいます。ネウロイは弾丸を撃ってくれる訳でもありませんから」

「いや、全然強いと思うけど……」

「私にとっては、『50秒』とあだ名が付く程の技術がある方が嬉しいんです」

呆れたような言葉にフィーネが微笑むが、その能力を知った上での言はジャニスにとって謙遜にしか聞こえていなかった。

「皆さん、わかってもらえましたか?私の固有魔法について」

「ええ。手間をかけさせたわね、フィーネ中尉。カニンガムも」

「お気になさらず」

フラムの返事に、グロックを制服の中に仕舞ったカニンガムが頭を下げる。

「……では、私はこれで失礼しますね。少々やりたいことがありまして」

それを見ていたフィーネが、ふうと一息ついてから改めて全員に言う。

「別にいいけど、何を?」

フラムが聞き返すと、ウィンクと笑顔とともにフィーネが勢いよく答える。

「1時間ほど昼寝です!」

あまりにも力強い返答に加え、颯爽と去っていくフィーネの後ろ姿に6人は何も言い返せず、数分間立ち尽くしていた。




今回はフィーネちゃんの能力紹介回となってしまいましたが、やはり時間操作系の能力というものは強力ですよね
ただ本人の弁の通りネウロイ相手には効果が薄いため、他の面での活躍をさせていきたいと思います


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第16話 いざ尋常に

またまた投稿が遅れて申し訳ありません
模試はクソですね


「これで調整終了、と……ふぅ」

ストライカーのハッチを閉じ、首に提げていたハンドタオルで額の汗を拭くフィーネ。ベストを脱ぎ、ボタンを2つほど外した上に汗で所々が肌に貼り付いたワイシャツ姿は、同じ格納庫で作業を行っていた整備兵たちにとって若干の目の毒になっていた。

「精が出るねぇ、フィーネ。自分で自分のストライカーの整備をするとは、感心感心」

薄汚れた手袋を取って段差に腰掛け、パタパタと手で顔を扇いでいたフィーネの背後から声がかけられる。それに対し、フィーネは振り返らずに答える。

「ジャニス、何か用ですか?」

「ありゃ、ノッてくれないんだ」

「それは申し訳ありません、しかし一息ついていた所でして」

残念げに言うジャニスの方に振り返り、肩をすくめながらの苦笑いで答えるフィーネ。それなら仕方ないか、と呟き、ジャニスが歩み寄る。そして、汚れた手袋を拾い上げ、僅かな間じっと見つめる。

「……フィーネ。私、これからちょっと失礼なことしちゃうけど、許してね」

「程度によりますが。何をするんですか?」

その言葉に、返事代わりに満面の笑みを浮かべるジャニス。そして座っていたフィーネの横に、手袋を2枚揃えてほいっ、と投げる。投げられた手袋は重力に従って落下し、無事にフィーネの横の位置に落ち着いた。

「なるほど、確かにちょっと失礼ですね……ですが、これが何か?」

手袋を拾いつつ、まだ本意を理解できていないフィーネが言う。その一連の動作を確認し、ジャニスが頷いた。

「今、()()()()()

「はい、拾いましたが」

思わせぶりな発言に首を傾げるフィーネ。数秒間手袋を見つめてから、ジャニスに聞く。その言葉に待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、ジャニスが口を開く。

「私が手袋を投げて、フィーネがそれを拾ったってことはね……」

 

 

 

 

「それはまた、随分回りくどいやり方をしたんだね、ジャニス」

二対のストライカーのエンジンが奏でるヒィィィン……という高音が響く格納庫で、アナが言う。ジャニスがフィーネに決闘を申し込んだということで、特に急ぎの用が無かった部隊の面々は、2人の戦いの見物に格納庫に集まっていた。

「いやー、正面から『決闘しよう!』って言うのはなんか恥ずかしくて」

言われたジャニスが、横目で一瞬ある人物を見る。その人物はというと、5ヶ月ほど前にジャニスの言う「恥ずかしい」方法で決闘を申し込んだ人物だった。

「ちょっと、私のことを恥知らずみたいに言わないでよ!」

当の人物こと、フラムが顔を赤くして反論する。ジャニスがそれに「だってそうじゃーん」とからかうように笑って返した。

「そうだったのですか?フラム」

「……スリャーノフ大尉が言ってたように、回りくどいのが面倒だったからよ、フィーネ中尉。それに、交友を深めるためにやるのに、わざわざ形式ばったやり方でやる必要もないでしょ?」

一度咳払いをしてから、平静を装うように笑みを浮かべながらフラムが言う。それに納得したのか、フィーネが深く頷いた。

「いいから早く行きなさいよボイド!あんたなんか、さっさとやられちゃえばいいのよ!」

「はーいはい。ま、やられるつもりはないけどねーだ」

片目の下まぶたを指で下げつつ、舌をんべーと出すジャニス。フラムがまた何事か叫びそうになったため、正面に向き直り、格納庫から飛び立った。

「なんと言うか……幼稚な手ですね」

「でも、結構効いてるみたいですよ」

若干呆れが混じったような声で言うカニンガムに、声を低くしてフラムの方を見るレイ。確かに効果はあったようで、フラムは歯を食いしばってジャニスの背中を睨んでいた。

「ん〜〜!……フィーネ中尉!ボイドを倒してきなさい!これは隊長命令よ!」

「は、はい!」

地団駄を踏み、びしりとフィーネに人差し指を向けるフラム。その剣幕に、思わず背筋を正して返事をするフィーネ。そのままそそくさと飛び立ち、ジャニスの背を追っていく。

「……戦闘隊長ではあるけど、こういう時の指揮権はカニンガムにあるよね、多分」

「今は戦闘中じゃないですしね……」

「そこ!何か言った!」

こそこそと背後で話し合っていたアナとレイの方に勢いよく振り返り、フラムが怒声を張り上げる。

「いや?」

「何も言ってませんよ?」

顔を見合わせて頷き合い、口笛の一つでも吹きそうな顔ではぐらかす2人。それに、ふん、と一度鼻息を強く吹き、格納庫の中から雲一つない空を見上げるフラム。2人のウィッチは、すでに距離をとって向かい合っていた。

 

 

 

 

「聞こえていましたか、さっきのやり取り」

「聞こえてたよ。倒してこいってね」

やれやれ、と肩をすくめながら首を振るジャニス。

「ちょっとからかっただけなんだし、そんなに目の敵にしなくてもねぇ。前負けたのも気にしてるのかな」

フラムの心中を察したのか、苦笑いを浮かべながらフィーネが答える。

「その可能性はあるかもしれませんね」

「ま、いいや。とりあえず、始めようか。シールドとミサイルなしで、一発でも体かストライカーに命中したら負けね。わかった?」

「ええ」

手に持った訓練用のFM61をがしゃりと肩に担ぎ、フィーネが答える。それを見て、ジャニスが続ける。

「そんでさ、負けたら勝った方の言うことをなんでも一つ聞くっていうルールもアリにしたいんだけど、いい?」

ジャニスの提案に頷き、FM61を正面、つまりジャニスに向けて構えるフィーネ。口元に浮かべていた微笑みと視線が少しずつ鋭さを増し、臨戦態勢に入っていることを告げている。

「私は構いません……ですが、隊長命令もありますし、勝たせていただきますよ、ジャニス」

「強気だねぇ。ま、さっきも言った通り、こっちも負けてやるつもりは無いんだけどさ!」

ジャニスが言い終わるのと同時に訓練用のFM61を構え、2人はほぼ同時に動き始めた。

先に動き始めたフィーネが即座に数発のペイント弾を放ち、それを避けるためにジャニスが一度左にターンをする。体が半回転したところで急上昇を始め、フィーネに背を向けた姿勢のままで高度を上げていく。

行動の素早さに一瞬気を取られつつも、その背を追うようにフィーネも上昇を始める。が、ストライカーのエンジン性能の差から2人の距離が徐々に開いていく。

「早い……!」

「それだけじゃないよ!」

上昇しながらも体を前に倒し、追従していたフィーネに弾丸を掃射するジャニス。一箇所に狙いを集中させるのではなく、逃げ場を無くすようにあえて砲身をブレさせる。

「くっ!」

雨のように降り注ぐ弾丸を回避するために、大きな旋回をせざるを得ないフィーネ。なんとか体を捩って応射するが、無理な姿勢で放った弾丸は軽々と回避されてしまう。

「能力が強くても、効果を発揮できる距離まで近づけなきゃ意味ないんじゃないの!」

「わかってますよ……!」

あえて距離をとり、ジャニスと同じ高度まで上昇するフィーネ。それを待つように、ホバリング姿勢のままがしゃりと銃口を向けるジャニス。

「……もう、追いかけっこは終わりですか?」

「うん。あんまり時間をかけ過ぎるのも、信条に反するから」

「ありがたい話です」

ね、とフィーネが言い終わる前に、ジャニスが仕掛けた。

一気にトップスピードまで加速した上での、真正面からの突撃。今度は正確に狙いをつけた射撃で確実にフィーネに回避をさせ、応射のチャンスを無くしていく。

2人の距離が縮まり、右に左に回避をしていたフィーネが射撃の間隙をぬって正面のジャニスに銃口を向ける。トリガーが引かれるのとほぼ同時に、ジャニスが水平にしていた右足で空を蹴るような動作をする。瞬間、ジャニスの体は見えない手に弾かれたように跳ね、体全体に反時計回りの猛烈な回転がかかる。

独楽のように急激な動作にフィーネの銃口が追いつかず、ペイント弾の嵐はコンマ数秒前にジャニスがいた空間を飛び去っていく。その回転が収まらぬままジャニスが銃身を上側のフィーネに向け、回転の影響を極力減らしてトリガーを引いた。

「もらった!」

「……私もです」

吸い込まれるようにフィーネへと放たれた数発のペイント弾が当たる直前に、空中で花が咲くように弾ける。そして、お返しと言わんばかりに同じタイミングでフィーネが撃った弾は、意表を突かれたジャニスの胴体の真ん中に命中した。

「うはっ!ぼへっ!」

2発のペイント弾が命中したことで肺から空気が漏れ、妙な声を上げるジャニス。

『そこまで。フィーネ中尉の勝利です』

緑のジャケットをオレンジ色に染めたジャニスとフィーネの耳に、カニンガムの澄んだ声が響く。

「やっ、た……!」

「くそー!絶対当てれたし、絶対避けれたと思ったのにぃ!弾を撃ち落とすなんて反則じゃん!」

茫然と勝利を噛み締めるフィーネの前で、手足をぶんぶんと振って全身で悔しさを表すジャニス。

『油断したわねボイド!そういう所、直したほうがいいと思うわよ〜?』

「んぐぐぐ……!!待ってなよフラム……今行くからさぁ……!」

待ってましたと言わんばかりに嘲りを満面に込めたフラムの声に、ジャニスが顔を真っ赤にして答える。

「フィーネ!」

「は、はい?」

突然真っ赤な顔で振り返ったジャニスに指を差され、慌てて返事を返すフィーネ。

「次は、負けないから!」

 

 

 

 

「いやぁ、見事な負けっぷりだったわねボイド!見ててとってもいい気分だったわ!」

格納庫へと降り立ったジャニスにフラムが言い、ストライカーを脱ぎ捨てるようにしてジャニスが走り寄る。

「見事な負けっぷりって何さ!好き勝手に言ってくれちゃって!そんなこと言ったらフラムだって私に負けたじゃん!」

「だからいい気分だって言ってるのよ!最近の色々なことで調子に乗ってるみたいだったし、鼻っ柱を折られてせいせいしたわ!」

噛みつかんばかりの勢いで口論を繰り広げる2人。その様子を遠巻きに眺めていたアナが、ゆっくりと格納庫に降りてきたフィーネに近寄る。

「フィーネ、お疲れ」

「……あ、ありがとうございます、アナさん」

まだジャニスに勝ったことにあまり自覚がないのか、どこか惚けたように返事をするフィーネ。

「ふんだ!着替えてくる!」

2人の後ろで、オレンジ色のインクまみれのジャケットを脇に抱えたジャニスが格納庫から去っていく。それを振り返って眺め、曲がり角を曲がってジャニスの姿が確認できなくなったところで、アナが口を開いた。

「突然で悪いんだけど」

「なんでしょうか」

「明日は私と戦ってくれない」

 

 

 

 

翌日。

前日とはうってかわって曇り空の下、2人のウィッチが向かい合っていた。

「ルールはジャニスの時と変わらない。ストライカーか体に一発でも弾が当たれば負け。シールドとミサイルは無し」

「あのルールは無いんですか」

FM61を横に向けて両手で抱えていたアナが、滔々とルールを述べる。それを聞き、フィーネが不思議そうな表情で聞いた。

「あのルールって?」

「ほら、負けた方が勝った方の言うことをなんでも一つ聞くって」

その内容を聞いて、呆れたようにアナが言う。

「……それは、ジャニスだけ」

「ローカルルールでしたか。失礼しました」

ぺこりと頭を下げるフィーネ。顔を上げると、そこからはいつも浮かべている微笑みは消えていた。それを見て、アナも一度目を閉じて深呼吸をし、目を開けて言う。

「それじゃ、始めるよ」

「はい」

フィーネが頷く。互いに油断せず機関砲を向けあった状態で、一瞬空気が静まり返る。その静寂を、無線から届いた地上のカニンガムの吹いたホイッスルの音が切り裂いた。

音が届くのとほぼ同時に、アナが上昇。フィーネも負けじと全速で食らいつくが、F-35以上の加速に追いつけるはずもなく、あっさりと距離を離されてしまう。

「やはり追うのは厳しい……っ!」

離れていく青い光を眺めながら歯噛みしていたフィーネが、咄嗟に上昇を止め両足を前に突き出して静止する。追っていたアナが、視線の先でくるりと小さく宙返りをし、上昇以上の速度で降下してきたからだった。

バン、という破裂音が響き、フィーネの視界で数センチほどの大きさだったアナが猛烈な勢いで迫る。その接近の先の行動は誰であっても理解できただろう。

ペイント弾を、自ら追い抜かさんばかりの勢いで降下しながら放つアナ。あまりの速度故に攻撃に移れるのは一瞬だったため、一掃射でフィーネの横を通り過ぎていく。

「速すぎませんか……!」

間一髪、ばら撒かれたペイント弾の隙間をなんとか縫って回避するフィーネ。自分の足下を見渡し、猛烈な勢いで降下していったアナを探すと、今度は真っ直ぐに上昇して来る影が目に飛び込んできた。

「本気だから」

「くっ!」

ほぼ直下から迫ってくるアナが放った弾を、急噴射で回避するフィーネ。同時にアナへと狙いを向けるが捕捉すらもできず、目で追うのが精一杯だった。

フィーネが目で追うのに合わせて体勢を入れ替える頃には、視線の先でアナが鋭角な旋回でそちらへと向き直っており、間髪を入れずに攻撃を仕掛けてくる。

回避、回避、回避回避──果てしない回避の連続に気を取られてフィーネは気付いていなかったが、アナは様々な角度から円を描くように標的であるフィーネの周囲を飛び回り、一人だけで小さな包囲網を形成していた。

(「この状況を打開するには……」)

アナの猛攻をなんとか躱しつつ、フィーネがあるものに目をつける。斜め後ろ上方からの突進をターンでいなし、逆しまに上昇を始まる。

視線の先にあった厚い雲に、躊躇なく突入するフィーネ。水滴に包み込まれ、全身がしとどに濡れる。が、目論見通り視界はほぼ全て白に染まっており、1メートル先すらも視認できそうになかった。

「あとは、アナさんの位置をっ!?」

独り言のように呟いていたフィーネの声が上ずる。後方から、自分の左右の空間を切り裂くようにペイント弾が飛来した。

発射音と飛来のラグから、アナが接近していることをフィーネは理解できていた。大まかに位置がわかっているのか、先程のように周囲を飛び回るのではなく、じりじりと距離を詰める作戦に出ているのだろう、と。

「だったら……!」

飛行姿勢で体を半回転させ、後方に向けて横一文字に斉射するフィーネ。そのまま体を持ち上げて上昇すると、フィーネがそこにいた空間を寸分違わずペイント弾の奔流が突き抜けていった。

「見つけ……しまった!」

うっすらと雲の中に浮かび上がった魔法力の光を捉えた刹那、上昇を続けていたフィーネは雲から飛び出てしまう。泡を食って雲を探すフィーネの目下に、アナが同じように雲から飛び出した。

「くっ!」

「まだ!」

見つけるやいなや機関砲を乱射するアナ。が、運良くフィーネが太陽の影に入ったことで狙いがぶれ、その隙にフィーネが降下。再び雲の中へと入る。

「でも……もう逃さない」

破裂音を響かせ、雲を掻き分けてフィーネの後を追うアナ。その視線の先に浮かんだ黒い影を、アナが撃ち抜いた。ばしゃばしゃとペイント弾の破裂する音がし、影に命中したことを伝える。

「固有魔法は使ってこそだ、よ……?」

なおも向かってくる影に追突する直前でアナが静止して言うと、その影は給弾ベルトでFM61と繋がったバックパックだった。自然落下するオレンジ色に染まったバックパックを、思わず片手で持つアナ。

「ええ、本当ですね!」

そしてアナの後方から声が響き、ばしゃん、と何かが割れる音に続いて背中にいくつかの衝撃が走る。それに反応してアナが振り返ると、後上方、2メートル程の位置でフィーネが片手を振り下ろした姿勢から直るところだった。

『そこまで。フィーネ中尉の勝利です』 

「ルール上は、問題ないはずですよね?」

カニンガムの澄んだ声を聞き届け、振り返っていたアナの手からバックパックを受け取るフィーネ。荒い息を整えながら言い、アナが目を閉じる。

「……確かに、命中して負けになるのは『ストライカーか体』。問題はないね」

少ししてから目を開いて言い、どこか諦観ぎみな微笑を口の端に浮かべるアナ。それを聞き、ふぅ、と安心したように息を漏らすフィーネ。

「少しは認めてもらえましたか?」

アナからの意識に多少は気づいていたのか、真剣さを滲ませた表情でフィーネが問い、アナも正面からフィーネの顔を見つめる。そして不意にくるりと背中を向け、ぽつりと呟く。

「……まあまあ、かな」

その返答にフィーネが浮かべた笑みを、アナは見ないで降下していった。




当初の予定ではアナがジャニスへのクソデカ感情を暗に爆発させる回でしたが、雰囲気が悪くなりすぎてたのでやめました
でもアナはそういうところがある人です
追記:最後のフィーネの勝ち方がよくわからなかったと有識者に言われたため少し解説です
フィーネ・アナの追跡を読んでペイント弾を数発抜き、FM61ごとバックパックを投げ捨てて囮に→アナ・囮に引っかかり、バックパックを追う→フィーネ・雲の中を回り込み、アナの背後から時空流制御で加速してペイント弾を投げつける→命中
という感じです、我ながらわかりにくくて申し訳ありません


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第17話 暗雲

珍しく戦闘描写がいいと有識者から褒められました



『目標捕捉。方位030、高度30000フィート。距離、約25マイル』

「しかし、全長80mで、ついでにステルス持ち……全く、厄介そうな相手だこと」

カニンガムの報告を聞き終わってから、「へ」の字のような6人編隊の右側2番目に位置していたジャニスが言った。事前に伝えられていたネウロイの大まかな情報への嘆息まじりの言葉に、ジャニスの後ろに位置していた游隼と逆側に位置していたアナが反応する。

「久々の大物だし、気は抜かないでいかないとね」

「これから雨らしいし、早く終わらせたい。濡れるのは嫌」

「雲の上飛べばいいじゃん?」

「でも、ネウロイは雲の下にいるかもしれないっていう話ですよ」

その他愛もない会話に、アナの後ろにいたレイが参加したところで、先頭のフラムが二度手を叩いて全員の注目を集める。

「お喋りはそろそろ終わり。ツガイの言うとおり、向こうの空域には雲が多いみたいだから、カニンガムのサポートも十全とは言えなくなるわ……もし乱戦になったら、ボイドはフィーネ中尉、李大尉はツガイを守って。私とスリャーノフ大尉は攻撃。油断しないでいくわよ!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 

 

 

『目標の位置が把握できました。方位090、高度21000フィート。距離、約5マイル。現在、目標は雲の中を飛行中のようです。皆様、再三になりますが、くれぐれも油断なさらぬように』

発進から2度目のカニンガムの報告は、最初のそれが伝えられてから5分ほど後になってのことだった。合わせてフラムが手で制し、全員がホバリング姿勢に移る。

「まあ、これだけ曇ってればねぇ。あの中でやるんだったら、中型の相手だって苦戦しそうだよ」

6人の代弁をするように目下の景色を人差し指で指して言うジャニス。千歳基地を出発した頃はまばらに空に浮かんでいた雲が、今ではまさに海と形容するのがふさわしいように、6人の足元を埋め尽くしていた。

「最悪の事態は、すれ違って距離が離れてくことだよね。こんなに雲が厚いと、上からじゃ探しても見つかりそうにないだろうし……」

「まあ、カニンガムさんの魔導針もあるんですから、多少距離があっても問題ないでしょう。顔を出すまで待つくらいの余裕はあるかと」

「そこまで高速でもないみたいだし、よほど離されなければ大丈夫」

「そ、そうかな」

不安げな様子の游隼に、反対側にいたアナとフィーネが落ち着き払って言う。新たなストライカー(J-20)を手に入れ、戦果も以前より伸び始めていた游隼だったが、心配性な性格は変わっていなかった。

「さーて……モグラちゃんはどこかな〜っと」

ホバリング姿勢のままカニンガムの報告があった方に目を凝らし、ネウロイを探すジャニス。が、平坦な雲の平原に目新しい変化はない。

「……実は、もう私達の目の前にいたりして。ステルスだから気づいてないだけで」

「何言ってるの。これだけ雲から離れて飛んでるんだから、私達と同じ高度に居るんだったら影ができるでしょ。雲から出てくれば何かしらの痕跡は見つかるだろうし、まだ下よ」

編隊を崩して近寄ってきたレイの言葉に、首を振りながら呆れたように言うフラム。

やっぱりそうかー、とレイが納得してもとのポジションに戻るのとほぼ同時に、ジャニスが鋭く叫ぶ。

「……見つけた、1時方向!攻撃くるよ!」

全員がジャニスの声に反応し、示し合わせたように1時の方向に目をやる。その視線の先の雲では、うっすらと赤い光が瞬いていた。

「全機散開!さっき言ったペアで行くわよ!」

フラムが言い、6人が上下左右バラバラの方向に回避する。それまで6人がいた空間を、数十本の赤い閃光が通り過ぎた。

「くっ、また潜ったわね……」

「攻撃のタイミングはさっきのである程度わかったし、次に来た時に一気に行こう」

レーザーの飛んできた方角に前進し、破けたように形が崩れた雲に接近する2人。が、あまり迂闊に追うこともできず、HUD上に表示された大まかな位置の周囲を旋回するだけに留まっていた。

すると、2人の背後で風を切る音が連続して響く。咄嗟に振り返ると、待機していた4人と2人の中間ほどの位置で4つの影が雲を突き破り、猛烈な勢いで上昇していった。

「分離した?いや、子機ね!」

上昇を続け、6人の視線の先で太陽に重なる影。それを見て、游隼とレイが言った。

「さっさと本体をやっつけないと、延々と攻撃されるパターンだろうね……」

「こっちは私達に任せて、2人は本体を仕留めてください!」

「……わかった、でも無茶するんじゃないわよ!」

「そっちこそ!」

アナとアイコンタクトを交わして頷きあい、フラムが言う。ジャニスの返事を聞き届け、2人は雲の中へと突入した。

途端、全身を覆った水蒸気がゴーグルや髪をうっすらと白く染め、元からはっきりとしていなかった視界をより狭める。多少は覚悟していたとはいえ、環境があまりに捜索に向いていないことに、フラムが小さく舌打ちをする。

「図体は大きいくせに小心者ね……自分は顔を見せないで、遠くからちくちく攻撃してくるなんて」

「雲の下に出よう。このままじゃ埒が明かない」

白むフラムの視界内で、数少なくしっかりと映っていた存在のアナが振り返って言う。それに頷きを返し、2人は一気に降下した。白い世界に徐々に色が付き、濃さが増す。 

雲を抜けたタイミングで降下をやめ、暗い空の下で互いに逆の方向に回転して周囲を見渡す2人。すると、右側を見張っていたアナが、視線の先を指差して言った。

「いた、6時。消え始めてる」

そこでは、巨大なエイを想起させるシルエットのネウロイがゆっくりと回頭して2人に背を向け、左の翼の先から大気に溶けるように透明になっていた。

「無理に落としきる必要はないわ!今は、上の4人が来るまでの時間を稼ぐわよ!」

「わかってる」

片手に預けていた機関砲を両手で構え、ネウロイに接近するアナ。少し遅れてフラムも続き、向かって右側の翼の付け根に集中砲火を行う。

同じ箇所に命中した弾丸によってステルス能力が解け、上下に走った白い亀裂が翼全体の中程まで伸びる。それを、レーザーを回避しながら翼の下を通り抜けて確認する2人。

「装甲の回復速度はそこまで早くないみたいだし、このまま攻撃を続けましょう。気を引くわ」

どこか慌てたように十近い数の子機を周囲に展開するネウロイ。それを見据えたまま、楔形の分離体が一直線に向かってくる正面に、フラムがあえて突撃する。

「了解」

短い返答を返してその場から大きく旋回し、再び後ろに回り込むような軌道で接近するアナ。その背後では、狙い通りフラムが子機の攻撃を華麗に避けつつ、着実に数を減らしていた。

「確かに遅い……」

狙いをネウロイの右翼の付け根に定めたままストライカーのウェポンベイを両方とも開き、ミサイルの発射準備を整えるアナ。未だその部分は白い光を放っており、完全に修復はされていないようだった。

「片翼いただき」

ヴォオオオオオ……という重低音に続いてGsh-30-1から放たれた弾丸が白い穴を拡げ、止めを刺すように4発のK-77Mミサイルが命中。ぼろり、と崩れるように右翼が落ち、ネウロイが傾いて降下し始める。

「やった……あっ!」

楔形の子機を殲滅していたフラムが、ネウロイが落ちていく様子を見て歓喜の声を上げる。だが、それはすぐに驚きから出た声に掻き消された。

高度を下げるネウロイの背面から、2人が雲の上にいた時のものと同じであろう、5mほどの全長の子機が8発放たれたのだ。

「追う……くっ」

先ほどと同じように上昇していく子機を追おうとしたアナの正面から、最後の悪足掻きとでも言うようにネウロイの本体のレーザーが幾本も飛んでくる。距離の近さもあってか、アナはなんとか回避に専念しなければならず、なかなかその場を離れることができなかった。

『こっちはなんとか全部落としたよ、フラム!そっちは──』

「ボイド、同じのが行ったわ!数は8!」

わずかに息が上がったらしい様子のジャニスの声に、食い気味でフラムが返す。それを聞き、ジャニスがうげっ、と漏らした。

『嘘でしょー!倍の数は流石に厳しいよー!』

『そっちはまだかかりそうなの!?早く戻ってき──まずい、抜かれた!カニンガムの方に行ってる!』

游隼の声に、雲下の2人が息を呑む。

AWACS、つまり早期警戒管制機の役割を担うカニンガムは、他のメンバーのように武装を所持しておらず、ネウロイに接近された場合の対抗手段もシールド程度しかない。

その上、ストライカーも電子機器を満載した非戦闘用のため、小型ネウロイの追跡を振り切れるような速度を出すのは不可能である。

これらの理由から戦場から遠く離れた位置で管制を行っているのであり、接近されてしまえばネウロイにとってはただの的に過ぎないのだ。

「カニンガム!今すぐ撤退しなさい!早くっ!」

フラムのHUDの右下のレーダーでは光点が3つ、上空で戦っている4人から離れていた。レーダーの範囲を縮小して確認せずとも、カニンガムとの距離が縮まっているのは明らかだった。

『既に撤退は始めています。しかし、逃げ切れるかどうか……』

冷静さの中に焦りの混じった声。これまでにカニンガムがネウロイの接近を許したことは数度あったが、その全ては事前に(特にアナの手で)撃墜され、被害を受けたことは無かった。しかし、今のようにアナを含めた部隊全員が足止めを食らう状況は、これまでに無いケースだった。

『フィーネさん、間に合わないんですか!?』

『駄目です、空では時空流加速を使っても高速移動ができない!あそこまで離れられては、当たる前に避けられます!』

レイとフィーネの切迫したやり取りを聞き、フラムが言う。

「スリャーノフ大尉、ここは私が囮になるわ!あなたは早くカニンガムの所に!」

「了解……レイ、今すぐカニンガムのいる方向に行って。武装はどれくらい残ってる?」

『ミサイルは使い切りました。機関砲の弾はあと半分くらいです!』

「それなら……上々」

間一髪、頭の上を掠めるように飛んできたレーザーを躱しながらアナが答える。その横に、後方から接近してきたフラムが並び、言った。

「後は、任せたわ」

「無茶はしないで」

短い返答にサムズアップで答え、くるりと反転してネウロイに突撃していくフラム。アナはそのまま加速して雲に突っ込み、HUDに表示されたレイの場所に一直線に向かう。

雲を突き破り、目を痛めそうなほどの青い空に飛び出すアナ。背中を向けてカニンガムのいる方角へと飛んでいたレイを発見し、固有魔法を発動して近づく。

「レイ!」

「アナさん!って、大丈夫ですか!?」

レイの肩に手を置いた瞬間、アナのストライカーから異音が生じ、黒煙が排気に混ざる。明らかにアナの速度が落ちていき、完全にレイに引っ張られるような形になる。

「このままじゃ駄目……でも、それ(F-15)なら」

が、アナはそれも見越していたように言い、素早く機関砲をバックパックに引っ掛ける。そして空いた両手で自らのストライカーの後部、太ももの真ん中あたりに位置していたイジェクトボタンを叩く。ずるん、とSu-35ストライカーが足から外れ、重力に従って目下の雲へと落ちていった。

「借りるよ、少し乱暴になるけど」

推力を失ったことで、自然とぶら下がるような形になっていたレイに言うアナ。

「え?どういう意味で……わ、わ!わぁー!」

困惑したレイの疑問に答える前に、今度はレイのストライカーのイジェクトボタンを片方ずつ押すアナ。接続が解除されたことで魔法力の供給がカットされ、Su-35と同じようにずるりと落ちるF-15。そして、2人も落ちていく。

悲鳴を上げるレイを尻目に、落ちていくF-15を掴んでいたアナが人並外れた早業で履き、すぐに魔法力を込めた。静止したエンジンが再度動き出し、F-15ストライカーが一瞬で2人の体を持ち上げる。

「これでよし」

「はぁー、はぁー……こ、こんなことするんだったら先に言っててくださいよ!」

憔悴した表情を浮かべていたのも束の間、レイが抗議の声を上げる。だが、それもアナは気にしていなかった。

「しっかり掴まって、飛ばすよ」

「ちょ、ちょっと」

レイを背中におぶり、即座に固有魔法を発動して音の壁を破るアナ。空を漂っていた雲の欠片を消し飛ばし、ぐんぐんとカニンガムへの距離を詰めていく。

「カニンガム、あとどのくらいで来そう?」

『恐らく、1分もないかと』

カニンガムの冷静な報告に、アナが唇を噛む。

「……なんとか、30秒だけ耐えて」

『わかりました。もし私が耐えられていなければ、その時はよろしくお願いしますよ、栂井少尉」

「か、カニンガムさんが冗談を言うなんて珍しいですね、はは……」

レイの乾いた笑いの混じった言葉を打ち消すように、カニンガムが語気を少し強めて言う。

「冗談ではありません。私は、考えられる可能性を考慮した上で言っているだけです。いいですね?栂井少尉」

「っ……ま、任せてください」

カニンガムの言葉に、決心をしたようにレイが答える。

レーダー上の光点は互いに間隔を空け、3方向から攻撃を仕掛けようとしていた。

『来ました。出来るだけ早くお願いしますよ、大尉……さて、この機体(E-767)で戦闘機動をするのは初めてですね』

離れていた光点が動き出す。それに合わせるようにアナがより加速し、自分の背中のGsh-30-1と、レイの背中のFM61M3を両手で抱える。

2人にとって果てしなく長く感じられた時間が過ぎ、やっと青と白だけだった視界に赤い光が瞬いた。その方向に即座に針路を調整し、一切速度を緩めることなく突撃するアナ。分裂したのか、小さな楔形の子機に包囲されていたカニンガムを発見し、両手の機関砲のトリガーを引く。

拙い機動性でなんとか回避行動を取るカニンガムを包囲していた子機の群れが、すれ違いざまにアナが放った弾丸の雨によって、一瞬にして穴だらけになる。

ガラスを連続して踏み割るような破砕音に合わせ、包囲の穴をついて抜け出すカニンガム。怒りの声か、耳障りな金属音を鳴らしてカニンガムを追う子機だったが、全速で反転して戻ってきたアナが射撃を行い、大半の個体を撃ち砕いた。

残った個体が放ったレーザーを、鈍重なバレルロールで躱すカニンガム。だが、バレルロールの終わりを狙うように時間差で放たれた数本のレーザーが体へと伸びる。上方から放たれたレーザーを防ぐために、カニンガムが掌を向けた。

しかし、その手の先に青い光は瞬かなかった。

「カニンガム!」

アナが叫ぶ。たった今アナの行った銃撃によって、カニンガムにレーザーを放った個体は砕かれ、全ての子機は消滅した。

「カニンガムさん!」

レイが悲鳴を上げる。それでも、カニンガムへと伸びていった閃光は消えず。

「……不甲斐、ない……これでは、お嬢様に、叱られてしまいますね……」

苦しげにカニンガムが言い、体から力が抜けてふらりと墜落していく。

既に先の包囲中に細かい傷だらけになっていた体の2箇所──右肩と、胸の中心を穿った。




今回の敵ネウロイの元ネタは正直わかる人にはわかりやすすぎるかと書いてて自分で思いました
次回もお楽しみに


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第18話 セカンド・ケース

結構重要な話なので長めです


「おはよぉ、ございますぅ……」

朝の食堂に顔を出したレイが言う。未だに半分ほどまぶたが落ちた目に、やや蒼白気味の顔色、所々が乱れた髪と、そこまで体調が優れていないのは一目瞭然だった。

「ん、おはよー」

「おはよう」

「おはようございます、レイ」

既に食堂に集まって朝食を済ましていた他の面々の返答を受け、若干ふらつきながら椅子に腰掛けるレイ。

「はい、朝ごはん。食べられそう?」

厨房から、白米と味噌汁に副菜の付いた純和食をお盆に載せて運んできた游隼に聞かれ、レイが眠そうに目を擦りながら頷く。それを見て、游隼がお盆をテーブルに置く。

「いただきまーす……」

軽く手を打ち合わせ、箸を掴むレイ。米を頬張り、ずず、と味噌汁を啜って一息つく。それから十数分後、きれいに朝食を平らげ、レイの顔色が良くなったのを確認し、フィーネの淹れたチャイの入ったティーカップを置くフラム。

「ねぇ、ツガイ……カニンガムの調子は、どうだったの?」

神妙な面持ちのフラムの言葉に、レイの表情が強張る。周囲にいた面々も、レイの話に耳を傾けた。マチルダ・カニンガムを除いた、4人が。

カニンガムがネウロイの襲撃を受け、左胸と右上腕を撃ち抜かれた直後、その場にアナと一緒に居たレイは、すぐさまカニンガムの処置を始めた。

既に降り出していた雨に濡れぬように手頃な岩陰にカニンガムを寝かせ、深緑の制服を脱がせた時、レイは思わず息を呑んだ。

カニンガムの肉体の、胸骨の中心からわずかに左寄り、背面では肩甲骨の真ん中辺りの位置にぽっかりと穴が空き、そこから壊れた蛇口のように鮮紅色の血が凄まじい勢いで溢れ出していた。地面には寝かせてから5秒と経たずに血溜まりができ、じわじわと広がっていた。

その光景を想起してしまったのか、うつむき加減で机の上に置いていた手を無意識に強く握りしめるレイ。それにフラムがはっと気づき、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、食後にする話じゃなかったわね……」

フラムに手を振り、レイが静かに言った。

「……いや、大丈夫。もう、落ち着いたから」

すぐさま、レイはカニンガムに左手を向け、治癒を開始した。穴の内側から肉や骨が盛り上がり、あっという間にカニンガムの体に空いた穴は埋まった。

その直後に、胸の穴とは対象的に黒ぐろとした血が吹き出していた口が一度大きく咳き込み、血を吐き出した。それは、カニンガムが生命活動を再開させ、呼吸を始めた合図だった。

レイと、治療の様子を横で見ていたアナはその光景を見て、ほっと胸を撫で下ろした。そのままレイは、こちらも血がだらだらと流れ出していた右上腕を露出させ、左手をかざして治療した。

こうして、本体には逃げられたものの子機を全て片付け、全速力でその場に向かっていた4人が到着した頃には、カニンガムの体から傷らしい傷は無くなっていた。

激しい戦闘に続いて瀕死の重傷を治療したことによって魔法力切れを起こしたレイと、ぐったりと地面に横たわっていたカニンガムはそれぞれ游隼とアナに抱えられ、なんとか無事に基地まで帰還した。

レイの治療を受けたとはいえ、念の為にカニンガムは基地の医務室で寝かされ、ついでにレイも一緒に寝かされたのが、昨日の午後のことだった。

そして今朝、カニンガムは朝一番に地元の病院に移送され、精密検査を受けることになっていた。一晩寝たことで多少回復したレイは、近くにいたために唯一カニンガムの様子を医師から聞くことが出来ていた。

「……体に問題はなさそうだって。心臓も。でも、ショックが大きかったからか、意識が戻るのにはもう少し時間がかかるかもしれない、って」

一言一言、しっかりと思い出すように、レイが言う。それを聞き、5人がそれぞれ安堵の表情を浮かべる。フラムは、話を聞いている間に涙を目に溜めており、零さないように必死に耐えていたようだった。

「ツガイ……いや、栂井、レイ少尉。今回の件は……心から、感謝しているわ。私の……いや、私達の大切な仲間の命を救ってくれて、本当に……本当に、ありがとう……」

耐えきれなくなったのか、フラムがそう言いながら大粒の涙を落とす。横に座っていたアナが無言でフラムを抱き寄せ、胸元に顔を埋めさせる。しばしの間、食堂にはフラムの押し殺した泣き声が響いていた。

 

 

 

 

その日の午後。昼食もどこか火が消えてしまったように静かに終え、それぞれが暗い面持ちで過ごしていた基地上空に、大型エンジンの轟音が響いた。

何事かとジャニスと游隼、そしてフィーネが格納庫に集まると、そこにはアナがおり、輸送機から降ろされたのであろう荷物を運んできた乗組員と何らかの手続きを行っている所だった。

「それは?35じゃないみたいだけど」

「新型機か何か?」

荷台に載せて運ばれてきた一対のストライカーを見て、ジャニスと游隼が聞く。

主翼の上と足を入れる部分の間の空間に、小さなカナード翼が付いた大型ストライカー。真っ黒な主翼の先端を除いて、全体に3種類の灰色を用いたフェリス迷彩が塗られており、これまでアナが使用していたSu-35の水色を基調にしたものとは明らかに異なっていた。

ターミネーター(Su-37)ですね。まさか、実機が残っていたとは。しかし、なぜ今その機を?」

「35より速いから。ハードポイントは多少減るけど、元々ミサイルはそう使わないし、特に問題はない」

2人に説明を行ったフィーネの問いに、駐機台にSu-37を据え付けながらアナが素っ気なく答える。

「……あと、『出来るだけ早く、速い機体を』って頼んだらこれが来た」

どこか複雑な面持ちでアナが付け足した説明に、ふっと笑みを浮かべるジャニス。

「いっつもすぐ届くねぇ。今回なんて、半日ぐらいじゃない?」

「期待の証ですね。少し見てみてもいいですか?」

「構わない」

アナからの快諾を得て、フィーネがSu-37を様々な方向からためつすがめつ眺める。へー、ほー、と時折嘆息を吐きつつ、ぶつぶつと独り言を呟く様子を見て、3人はフィーネが実験部隊の一員であることを思い出していた。

そんな、なんとなく平穏な雰囲気が漂っていた格納庫にけたたましいサイレンが鳴り響き、4人が身を固くしてお互いに顔を見合わせる。

「……まあ、こんな時でもネウロイは来るよね」

「こんな時だからこそ、って気もちょっとするけど。ネウロイって、結構そういうところあるよね」

「少し慣らしてくる。フラムが来たら教えて」

フィーネを除けさせ、素早くSu-37に足を通して起動させるアナ。そのまま開け放たれていた格納庫正面から飛び立ち、空へと消えていく。

「すいません、遅れました!」

背後の扉から、レイが勢いよく格納庫へと駆け込んでくる。普段なら飛んでくるフラムの怒声を覚悟していたように目を閉じていたが、それが無かったためにふう、と安心したように息を吐いた。

「フラムはまだですよ。多分、ネウロイのデータを貰いに行っているのでしょう」

「……いつもは、カニンガムさんがしてくれていましたからね。今では、フラムちゃんが本格的にこの部隊の隊長ですね」

フィーネに対してレイが無意識に言った言葉で、再び格納庫内に陰鬱な空気が漂う。それだけカニンガムが支えていた部分が大きかったということを感じ、游隼が灰色の床を見る。

「カニンガム……」

「全員集まってる?ブリーフィング、始めるわよ!」

そんな中、手に書類の束を持ったフラムが大声で叫びながら格納庫へと入ってくる。それを見て、ジャニスが急いで滑走路側へと飛び出し、上空で慣らし飛行をしていたアナを呼び戻した。

「簡潔に済ませるわね……目標は4体、2種類の形のが2体ずつ。全て小型で、現在美深町上空を南下中。恐らくは偵察型だと思うけど、妙に低空を飛んでるそうよ。速度は小型の並程度だから、民間人に被害が出る前に落とすわよ。質問は?」

走ってきたのだろう、息を整えながらフラムが早口でまくしたてる。それに対し、空から戻ってきたアナも含めてフラムの言葉を聞いていた5人が沈黙を返す。

「よろしい……カニンガムが居ないから、しっかりとHUDの表示に目を通すように。危ないときはお互いをカバーし合って、被弾は極力避けるわよ。じゃあ、総員、出撃!」

「「「「「了解!」」」」」

その時の5人の声には、普段以上に気迫が籠もっていた。

 

 

 

 

「どうさ、使い心地は。もう慣れたみたいだけど」

ただ飛んでいるだけの状態に飽きたのか、昨日と同じく「へ」の字のような編隊の右側で飛んでいたジャニスが、反対側のアナに聞く。

「まずまず。個人的には、こっちの方が35より使いやすく感じるかも」

くいくい、と細かく推力偏向ノズルを動かし、様々な方向に揺れながらアナが答える。基地に到着してから出撃前の数分間しか慣らし飛行をしなかったというのに、アナの飛び方には傍から見ても不安な要素は少しも無かった。

「スリャーノフ大尉、あまりはしゃぎすぎないで」

まるで何年も愛用しているストライカーであるかのように軽々とSu-37を扱うアナに、フラムが棘のある声で言う。それを受け、アナは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったが、すぐに編隊の元の位置に戻った。

「……まだネウロイとは距離がありますし、そう張り詰めていても良い結果は生まれませんよ、フラム。少しはリラックスして下さい」

アナへの態度に緊張を感じ取ったのか、フィーネが諭すような口調で言う。それを聞き、フラムが一度目を閉じて深呼吸をする。再度目を開いてアナの方向に振り向いて言ったフラムの声は、多少落ち着きを取り戻していたようだった。

「……確かにそうだわ。悪かったわ、スリャーノフ大尉。ごめんなさい」

「いい。それよりも、お互いにミスをしないように気をつける方が大事」

アナの返事に、深く頷くフラム。そして、視線を正面に戻したタイミングでHUD上の変化に気づき、声を上ずらせる。

「その通りね……っ、警戒態勢!ネウロイの反応を検知したわ!」

フラムの声で、編隊の間に緊張が走る。全員がレーダーを確認すると、間隔を空けた4つの光点が上端に映っていた。が、すぐに表示が乱れ、光点があった場所はぼやけてしまった。

「やっぱり、カニンガムが居なかったらジャミングの影響をもろに受けるね……」

「……いや、大丈夫。大まかな位置はわかったし、数も合ってた。4体ともそこまで離れてなかったから、一気に全部落とせばいいのよ。もし数が合わなかったら、全員で探し出しましょう」

深刻な表情で言うジャニスに、フラムが返す。カニンガムが居ないが故に、ある程度は強行的な手段に出なければいけない点は全員が理解していたため、その作戦に異を唱えられることはなかった。

「あっ、見えました!正面、かなり低い高度にいます!何かを攻撃しているっぽいです!」

レイが、正面の山の向こう側の空を指差す。そこでは、極めて小さな赤い光が明滅を繰り返していた。

「こっちも視認した。ツガイと李大尉は、攻撃の対象物があれば回収して。生き物や人だった場合は可能な限り助けるように」

フラムがそう言っている間にも、距離は互いに近づく。光は明るさを増し、放たれている位置や本数まで確認ができるようになった。

立方体型の2体と、鏃を半分に割ったような2体のネウロイが放つレーザーは木々が生い茂る森へと降り注ぎ、もうもうと土煙を巻き上げる。地上の何かを攻撃しているのは、ほぼ確実だった。

「私とスリャーノフ大尉、ボイドとフィーネ中尉で一気に攻撃を仕掛けるわ……それじゃ行くわよ、交戦開始(エンゲージ)!」

4人が加速し、一斉にネウロイへと攻撃を仕掛ける。突然の猛攻に、金切り声を上げてバラバラに散開するネウロイ。その隙に、攻撃を受けていた森の上空にレイと游隼が降下する。

「とりあえず最初は、上から探そっか」

「そうですね」

攻撃の対象物を確認するために、ゆっくりと森の上空を木に触れそうな高さで飛行する2人。しかし、木々の密度が高く、レーザーによって一部がなぎ倒されているとはいってもあまり見通しがきかない。

「……游隼さん、根本あたりまで降りませんか。葉っぱは上に集まってますし、開けているところから行けば大丈夫なはずです!」

しびれを切らしたレイが、力強い口調で游隼に言う。本来ならばここでレイの案をはねのけ、安全な策を取るべきだ、と游隼も理解してはいたものの、今更そう言ってもレイには効果が無いことも理解していたため、結局は渋々首を縦に振らざるをえなかった。

「……わかった、降りよう。でも、周囲にはしっかり警戒して。私はレイの反対側を見て、死角を無くすようにするから、何か異常があったら言ってね」

「はい、了解です!」

そう言い、ゴーグルを上げてレーザーで切り開かれた空間でもひときわ広い場所に降下する2人。木と草が焦げた強い臭いが漂う林の中で、ホバリングをしながら周囲をぐるりと見渡す。

「ここに攻撃が集中してたってことは、きっと近くに何かがあるはず……」

未だに熱気が漂う荒らされた大地を、根気強く眺め続けるレイ。いつまでそうしていただろうか、ふと、雑草や巻き上げられた土砂に混じったある物を発見した。

「游隼さん、これって」

「何かあったの?……これは」

自らの背中にくっつくようにして警戒していた游隼の肩を叩き、地面を指差すレイ。振り返った游隼が見たのは、指の先の比較的荒らされていない地面にあった、赤黒い染みのようなものだった。

奥の林へと一直線に続いているそれは一度笹の葉の茂みの前で途切れていたが、それらの笹の葉の先には同じような色彩の赤いものが付着しているものもあった。

「……もしかして、血の痕かな」

「そんな気がします。この先に行ってみましょう!」

「ちょ、ちょっと待って……」

ストライカーからランディングギアを出して着陸し、両足を抜いて装備も落とすレイ。その行動の速さに狼狽えながら、仕方なく游隼も同じようにする。

既にガサガサと笹の茂みを分け入って林へと入っていくレイの背中を、前後左右に気を配りながら追う游隼。一足踏み入れてしまえば、周囲に差し込む光は減り、足元も若干おぼつかないほどだった。

「游隼さん、あれ……」

ふと、レイが立ち止まって振り返り、声のトーンを落として游隼に語りかける。

「何かいた?」

レイの視線の方向に游隼が目を凝らすと、点々と続く赤い痕跡が地面に真っ直ぐに伸び、2人の正面5メートルほどの場所に生えている大木まで達したところで木の向こうに曲がっていた。

「多分、あっち側にいますよね……」

「しっ……何か聞こえない?」

ひそひそと話し合っていた2人が耳を凝らすと、自然音や4人が遠くで戦っている音に混じり、微かに呼吸音らしき規則的な音が聞こえていた。

「生き物なのは間違いなさそうだね……人かどうかまでは、まだわかんないけど」

「血が出てるってことは、怪我してますよね。出血量自体は多くないですけど、場所によっては……」

「レイ?」

じわじわと、なるべく音を立てないように木に接近するレイ。游隼が手を伸ばして制止しようとするも、レイは止まらずに木ににじり寄る。

仕方なく游隼も92式拳銃を抜き、すり足でレイの後に続く。木の左側から近づこうとするレイと反対に、何かがあっても挟み撃ちができるように右側へと歩く。

二歩ほどで木の正面に出られる位置に左右分かれて立ち、顔を見合わせる2人。アイコンタクトを交わして頷き合い、游隼が指を3本立てる。それを1本ずつ折り、人差し指を折ったタイミングで、勢いよく木の正面に飛び出る2人。

木の正面、椅子のように凹んだ木の洞の部分には、血に濡れた下腹部を抑えた少女が目を閉じて座り込んでいた。少女はプラチナブロンドの短髪と西洋系の顔立ちで、所々が破けたサイズの合っていない黒いパーカーを身に纏っており、森林の中でどこか異様な存在感を放っていた。

「わっ!……だ、大丈夫!?」

飛び出したレイが声をかけると少女は苦しげに顔を上げ、虚ろな瞳で2人を見上げて口を開く。が、そこから漏れるのは荒い吐息ばかりで、再び俯いて押し黙った。

「どこの人なんだろう……旭川の人じゃなさそうだけど、ネウロイに追われてたってことはこの辺に住んでるか来たってことだよね」

「わかりませんけど、とにかく治してあげないと!……ごめんね、少しずらさせてね」

少女の横にしゃがみ込み、落ち着かせるように話しかけながら腹を抑えていた腕を引くレイ。少女は若干の抵抗を見せたが力は弱々しく、すぐに諦めて手を置いた。

「ちょっと見せてもらうよ……」

言葉が通じたのか否かは不明だが、パーカーの裾に手をかけて持ち上げようとしたレイが聞くと、少女はゆっくりと頷いた。

乾いた血で貼り付いた服を中腹のあたりまで持ち上げ、特に大きく破けていた下腹部の肌を露わにするレイ。内臓がはみ出るほどの深さの傷ではないようだったが、かといって浅くもなく、絶え間なく流れる血が黒いズボンを染める。

「んっ……」

目を閉じて魔法力を発動し、左腕を下腹にかざすレイ。肉が音もなく盛り上がり、あっという間に腹の傷を埋めていく。その様子を眺めていた少女が、痛みに顔を歪めながらも驚愕の表情を浮かべる。

十数秒後、細かな生傷まで治し、破けたパーカーを元通りに着せるレイ。少女が恐る恐るという風に腹や他に傷を負っていた部位を触れて傷がなくなっていることを確認し、目を輝かせた。終いには立ち上がり、ぴょんぴょんとレイの周りを飛び跳ねる。

「元気になってくれたみたいですね……」

「よかった……こちら游隼、ネウロイに攻撃を受けていた対象を確認して接触。レイと同い年くらいの女の子で、負傷してたからレイが治療したよ」

『了解、こっちは次を落とせば終わり!その子は保護できそう?』

フラムからの無線にちらと横目で少女を見る游隼。現在は疲弊して木によりかかったレイの手を取って元気に飛び跳ねており、体調などに問題は無さそうだった。

「多分いけるかな」

『じゃあ、すぐ帰れるように準備しておいて……ネウロイがそっちに行ったわ、気をつけて!』

「任せて、ちゃんと守ってみせるから!」

フラムからの無線を聞き終えた游隼が、木々に遮られている空を睨んで両手を向ける。ストライカーの甲高いエンジン音と機関砲の発射音が鳴り響き、立方体型のネウロイを追う4つの影が林の上を通り過ぎていく。

再び戻ってくるような軌道ではないことを確認し、游隼は一息吐いて両手を下ろす。その片手に力がかかるのを感じて游隼が振り返ると、少女が不安げな表情で游隼の制服の袖を引いていた。

「大丈夫だよ、もう安全になるから……そうだ、これ、食べる?」

少女の頭を落ち着かせるように軽く撫で、制服の内ポケットに手を入れる游隼。その手に握られていたのは、個包装の橙色の飴玉だった。おずおずとそれを取り、飴を口に運ぶ少女。途端、ぱっと表情が明るくなる。

「レイも、ほら」

「ありがとうございます……すごく甘いですね、この飴。なんか、元気になるような感じもしますし」

投げ渡された飴を舐めたレイが、不思議そうに言う。それを見て游隼が自信ありげに胸を張り、自分も飴を口に運ぶ。

「清軍が作った特製キャンディだからね、疲労回復に魔法力回復、その他諸々と効果抜群だよ!高麗人参エキスにローヤルゼリーも配合で健康にいいし、味も……昔よりけっこう美味しくなってるし」

「エナジードリンクみたいですね」

「そんな感じだね」

すると、ネウロイの破砕音が遠雷のように響き、3人が口の中でころころと飴を転がしながら空を見上げる。

「落とせた?」

『ええ。今からそっちに行くから、件の女の子も連れてきて頂戴。早く合流して、帰りましょ』

「了解……レイ、歩ける?合流するってさ」

游隼が聞くと、レイはまだ少し怠そうに、寄りかかっていた木から離れる。それを、游隼がゆっくりと先導するように歩く。

「もう大丈夫です。ほら、行こう」

レイが手を差し伸べると少女はなんの躊躇いもなくそれを握り、楽しげにレイの後ろに着いて歩く。鼻歌でも歌いだしかねないような様子だったが、相変わらず言葉らしきものは一切口にしていなかった。

「あ、きたきた……お疲れ、みんな」

林を抜けた游隼の前に、4人が静かに降下してくる。舞い上がった草や土砂に目を細めながら、4人が游隼の背後にいる少女を見る。

「その子が例の?ヨーロッパ系か、オラーシャ系かしら」

「何か聞けた?」

フラムとジャニスの問いに、游隼が首を横に振る。

「いや。レイには懐いてるみたいなんだけど、何も喋らなくてさ。警戒されてるのかな……レイ、どう?レイ?」

游隼が振り返ると、2人はまだ林の中にいた。暗い林の中で少女がレイの手を握ったまま腰を引き、そこから出たがらないような動作をしていた。

「ど、どうしたの?あっちに行こうよ」

開けた土地を指して言うレイに、怯えたように首を降る少女。その様子に並々ならぬものを感じたのか、レイが少女に向き直る。

「どうかしましたか、レイ」

「何か問題?」

フィーネとアナが游隼の横を通り、2人がやりとりをしている笹の茂みに近づく。すると、少女は更に怯えた表情で後退し、林の奥へと行こうとする。まるで、フィーネ達を恐れ、逃げるかのように。

「ツガイ!早くその子を連れてきなさいよ!」

「ちょっと待って。あの子、なんか変だ」

急かすフラムをジャニスが止め、少女に起きた異変を指摘する。暗い林の中で、少女の瞳が怪しげに赤い光を放ち始めていた。それにはレイも気づいたようで、手を握ったままわずかに後ずさる。

「あなた、は……だ、大丈夫?痛っ!」

レイの様子に、少女の表情が怯えから悲しげなものに変わり、突然手を離して左胸を抑える。体を折り、苦しげに胸を抑える少女にレイが近寄って背中に手を置くが、少女はそれを払いのける。

「レイ!その子から離れて!その子、いや、()()()は……」

ジャニスが叫び、GAU-22 /Aを構える。少女の眼だけでなく、全身から漏れ出した赤い光が木々を照らし出す。心拍に合わせるように発光が強くなり、一際明るくなったところで、少女の体にはっきりとした変化が起きた。

頭部の中ほどの位置に、犬のものとも猫のものともつかない三角形の耳のような物体が。尾てい骨のあたりに、四角形の薄板が発生した。さながら、ウィッチが魔法力を発動させたときのように。

その上、苦しげに顔を上げた少女の足が突如としてふわりと浮き、空中を滑るように後退した。それを見て、ジャニスを除く3人と装備を整えていた游隼が、素早く機関砲を少女に構える。

「レイ!早くこちらに!」

「そこにいたら撃てない……!」

フィーネとアナの鬼気迫る声に、レイが振り返って5人の狙いを遮るように手を広げる。

「ま、待ってください!なんであの子に銃を向けるんですか!」

「そんなの決まってるでしょう!そいつが()()()()()()だからよ!さっさとこっちに来なさい!」

「なに言ってるのさ!嫌だよ!あの子は人間だよ!游隼さんだって、私が治療するところを見てたじゃないですか!ねえ!」

「…………」

フラムの怒号にレイが叫び返し、縋るような目つきで游隼に言う。しかし、游隼はそれに答えず、険しい表情のまま無言で銃口を少女に向け続ける。

(「ジャニス、このままじゃ埒が明かない。上から行こう」)

(「了解……タイミングは任せるよ」)

少女はレイと5人のやり取りを、先程後退した位置で停止して静観していた。が、ジャニスとアナが突如として上昇し、林を抜けたのを見て、再びレイに急接近し、半メートルほどの近さで止まる。

「危ない!」

フィーネが言うのとほぼ同時に、機関砲のグリップを握っていた右手を外し、正面のレイに向ける游隼。何時でもシールドを展開できるように、集中を切らさずに。

「戻ってきなさいって言ってるでしょ!死にたいの、このバカツガイ!」

「この子はそんなことしないよ!私はわかる!」

「レイ!」

フラム達に向かって手を広げていたレイの背中に少女が手を伸ばし、フィーネがそれを指差す。はっとしてレイが振り返ると、少女はレイに触れる前に手を引っ込めた。そして、口を開いた。

「ェ……イ……レ……イ……レ、イ……レイ……レイ?」

口をもごもごと動かし、正しい発音を探すように声を発する少女。これで合ってるか、と聞くように首を傾げる少女に、レイは呆然と頷く。

「レイ……レイ」

少女が名前を呼応しながら、悲しみの混じった笑みを投げかけ、レイと抱擁を交わす。レイから離れた一瞬、フラム達を突き刺すような鋭い視線で睨みつけてから、少女は再度林の奥へと後退する。

ウィッチの飛行時のそれと似た体勢になり、少女が猛烈な速度で木々の間を複雑な軌道で飛び抜けていく。いかに正確に狙いがつけられようと、フラム達の位置から少女に射撃を命中させるのは不可能だった。

「……ボイド、スリャーノフ大尉、ネウロイはまだ追跡できそう?」

『一瞬視認できたけど、今はもう見失った』

『カニンガムが居ないからねぇ。反応は微弱だし、森もかなり広いし、追い続けるのは正直厳しいかな』

「わかったわ……もう戻ってきて」

2人の報告を聞いて、フラムが目を閉じて言う。その正面の茂みから、レイがうつむき加減に出てきた。游隼とフィーネは何も言わず、機関砲を手持ち無沙汰に抱える。

「ツガイ……なんであなたがネウロイにあんなことをしたのか、今この場で説明して貰えるかしら」

先に口を開いたのはフラムだった。失望か怒りか、冷めた瞳でレイを見つめる。

「それは、あの子が人間だからだよ」

それを正面から受け止め、一歩も引かずに見つめ返すレイ。

「違うわ。あいつは人型ネウロイよ」

「人間だよ」

「ネウロイよ」

「違うよ」

「違わないわ」

レイとフラムによる、静かな言葉のやり取り。表面上は静かだが、その奥底にはお互いに激しい感情が秘められていることが明らかだった。

「殺されるかもしれなかったのよ、あなたは。私は、もう仲間が危険な目に合って欲しくなかった。2日続けてだもの。だから、あいつを撃とうとした」

「それでも。私が殺されてたとしても。あの子が、みんなに殺されるのは見たくなかった。だって、だって……」

レイが、自らの左手に視線を落とす。 

「この手で、治療したんだから……空を飛んでるとか、眼が赤くなったなんて関係ない。あの子は人間だよ。カニンガムさんと変わらない」

レイの言葉にフラムがぴくりと反応し、ゆっくりと口を開く。

「……それがあなたの結論なの」

「絶対に曲げないよ。たとえ、私があの子に殺されてもね」

力強く、真正面からフラムと対峙するレイ。

「そう……ツガイ、詳しい話は後でするわ。全員、帰還するわよ」

フラムが告げ、游隼とレイがストライカーを履く。全員が無言で上昇し、機械的に編隊を組む中で唯一、レイだけが広大な森林を振り返る。

所々から煙が上がる木々の間に、レイは赤い光が瞬いたような気がしていた。




お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、第8話のタイトルは「ファースト・コンタクト」、そして今回のタイトルは「セカンド・ケース」です。10話感覚で、こういった特殊なネウロイ関係の話と似たタイトルが続いていますよね?(ラッキー・デイは除く)
そういうわけで、(多分)28話かその付近でラストバトルになるかと思いますので、もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです


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第19話 一夜が過ぎて

寒さデバフは重ね着で耐えられても暑さデバフは薄着でも軽減できなくて辛いです
早急に道内の全高校にクーラー配備を願いたいですね


「……ん……」

寝息とも区別がつかないほどの小さな声を発し、カニンガムが目を開ける。ぼんやりと白に染まった視界や肌に伝わる衣服などの感触から寝起きの頭が混乱したものの、すぐさま自体を理解し、むくりとベッドから起き上がる。

(「そう……墜とされたのでしたね」)

何かに追突されたような衝撃に一瞬遅れて、左胸と右腕を襲った高熱。息が詰まり、体の先から無くなっていく、力、熱さ、感覚。

曖昧な記憶を辿って思い出すだけで、カニンガムの背筋には寒気が走った。無意識に、ぶるりと体を震わせる。傷口を確認しようと、薄緑の半袖の病衣の右袖をまくるカニンガム。が、腕には傷らしき跡は一切無く、胸元を広げてもそれらしき跡は無い。

「……やはり、栂井少尉のお陰のようですね……おや」

病衣を整えていたカニンガムの個室の扉が、静かに開く。目を細くし、睨むように扉の方向を見るカニンガムだが、来訪者の姿を明瞭に確認することはできなかった。

上下共に黒い衣服。赤いネクタイに、首元まで垂らした茶髪の三つ編み。手には、色とりどりの物が詰まった籠のような物を下げている。

「……どちら様でしょうか?回診に来たのではないようですし」

無表情で、戸口に立つ黒衣の人物に声をかけるカニンガム。その人物はカニンガムの質問に意表を突かれたのか、うぇ、と戸惑いの声を漏らした。

それに耐えきれなくなったように鉄面皮を崩し、ふっと微笑むカニンガム。

「……冗談ですよ、李大尉。来ていただいて早々申し訳ありませんが、眼鏡を探していただけませんか?」

「あ、うん。ちょっと待ってね」

カニンガムのベッドの前を横切り、脇の棚の上の眼鏡を取って籠を置く游隼。折られていたテンプルを伸ばし、カニンガムに渡そうとする。

「……」

差し伸べられていた手に眼鏡を置く前に、空中で動きを止める游隼。それを見て、カニンガムが首を傾げる。

「どうかしましたか」

「いや、髪下ろしたのもそうだけど、眼鏡かけてないカニンガムってなんか新鮮だから」

「外すと見えませんからね……ありがとうございます」

眼鏡をかけ、数度瞬きをするカニンガム。はっきりとした視界に、数種類の果物が乗った竹籠の横に並んだ游隼が入る。その表情は、どこか安心の色が浮かんでいた。

「何か剥こうか?もう何か食べてもいいって言われてたよ」

懐から小振りなナイフを取り出し、慣れた手付きでくるくると玩ぶ游隼。

「お気持ちは受け取っておきます。ですが、先に私が撃墜された後の事を話していただけませんか。まず、私はどのくらい眠っていたんですか?」

「一日半くらいかな。一昨日の午後に落とされて、昨日はぐっすりって感じ」

「そうですか。では、昨日起きた出来事を教えてください。できるだけ詳細に」

「あー……そうだね。気になるよね」

腑に落ちた顔で、傍に合った椅子に腰掛ける游隼。その様子に何かを察したのか、カニンガムが訝しげな表情を浮かべる。

「平穏な一日を過ごした、という風ではないようですね」

「よくおわかりで……昨日、出撃があってね。それ自体は単なる偵察型の掃討だったんだけど、行った先でひと悶着あってさ……そのネウロイが、地上の何かを狙ってたんだよね」

「ほう」

「それを私とレイが探しに行ったら、女の子が一人居たんだよね。その子、ネウロイにやられたっぽくて怪我しててさ、レイが治療したんだ。金髪の可愛い子でさ……それで、保護しようとしてみんなが集まったら、逃げようとするんだよ」

「妙な話ですね」

「そう……そしたら、急に胸を抑えて苦しそうにし始めて、赤い光が全身から出てき──むぐっ!?」

喋っているにも関わらずに突如口を抑えられ、游隼が驚きの表情を浮かべる。口を抑えているカニンガムは、真剣な面持ちで唇に空いた片手の人差し指を当て、游隼の耳元に顔を近づける。

「……大尉、1つお聞きします。その話は、一般の方にも伝えられる情報ですか?」

「んっ、んー……」

声を落とし、ぼそぼそと喋るカニンガム。游隼は少し考え、ふるふると首を横に振った。それを受け、カニンガムが固有魔法を発動する。

黒猫の耳と病衣の隙間から尾が生え、天使の輪のような赤い光輪が発生する。が、それらはすぐにカニンガムの体に引っ込み、カニンガム自身も游隼から離れる。

「声の届く範囲に人は居ないようですし、盗聴の心配も無いと見ていいでしょう」

「わ、わかるの?」

「声の届く範囲程度であれば、普段とは別の波を用いた擬似的な空間把握ができるんですよ。レーダーとFLIR(前方監視型赤外線)装置の違いのようなものですね……失礼、大尉。続きを」

説明を聞いてきょとんとした表情を浮かべていた游隼に、カニンガムが咳払いをして言う。

「う、うん……それで、耳と尻尾みたいなのが生えてきたんだ。今のカニンガムみたいに。そしたら体が急に浮き始めたから、その時点で私達は女の子に狙いを付けた。でも、レイがいたから撃てなかった……アナとジャニスが上から撃とうとしたんだけど、2人が上昇して少ししたら逃げたんだ。カニンガムも居なかったし、追うのは無理だと思ったから、そのまま帰ってきた……そんな感じだよ」

「なるほど……中々のひと悶着があったようですね」

カニンガムの発言に、游隼が苦笑いを浮かべる。

「詳しい話は基地に戻ってからにしましょう。来月はリベリオン空軍との軍事演習も控えていますし、それについての説明もしなければいけないので」

「え?」

そう言いながら、迷いなく枕元のナースコールを押すカニンガム。何の躊躇いもないその動きに、游隼が驚きの声を上げる。

「何かおかしいですか?」

「いや、おかしくはないけど……もう退院するつもりなの?まだ少しくらい休んでてもいいんじゃ……」

「さっきの話を聞かされてしまえば、いつまでもこんな所で休んでいるわけにもいきません。それに、もう体は動きます」

ほら、と言わんばかりに腕や首をぐるぐると回すカニンガム。思い切った行動に戸惑いを隠しきれない様子の游隼だったが、駆けつけた看護婦に退院の意向を伝えてさっさと準備を始めてしまったカニンガムに、声をかけることができなかった。

「そうだ、李大尉」

看護師に用意された新たな制服や衣服を受け取り、ベッドの周りのカーテン越しに着替えていたカニンガムが、突然カーテンの向こうにいた游隼に言う。

「どうしたの?何かあった」

片手で果物の入った籠を持ち、もう片手でナイフを革のケースに入れたまま手で回していた游隼が、その手を止めて聞く。

「いえ……その桃、後で剥いていただけますか。好きなんです」

髪をシニョンにまとめながら出てきたカニンガムが、籠に入った桃を指して言う。

「おー、お安い御用だよ。みんなで食べようか」

「そうさせてもらいましょう」

 

 

 

 

所変わって、千歳基地にて。食堂には、朝食を済ませたジャニスとフラムが2人残っていた。厨房のコンロにやかんを置いて湯を沸かしていたジャニスがテーブルに戻り、ぽつりと言った。

「それにしても、2ヶ月の減棒に、一週間の自室禁錮とはねぇ。ちょーっと命令違反しただけにしては重くない?」

ジャニスの問いかけにフン、と鼻を鳴らし、横に座るフラムが腕組みをして答える。

「まだ軽いくらいよ、一昔前なら独房にでも行かせてたわ。ここに無くて残念ね」

「そりゃあまあ。今時になっても独房がある軍の基地なんて、よっぽどヤバい人達の集まりでもないと無いよ。私でも入ったことないし」

「当たり前でしょうが。たとえ強くたって、わざわざそんな厄介者は呼ばないわよ……そう、ツガイのことだけど。接触するなとは言わないけど、多少は控えなさいよ。禁錮の意味がないでしょ」

「へーへー、わかってますとも……おっと、沸いた沸いた〜」

フラムの言に思案顔を浮かべていたジャニスが、やかんが甲高い音を立て始めたために厨房へと歩いていく。コンロの火を消し、戸棚から星条旗がプリントされたマグカップとインスタントコーヒーの瓶を取り出す。

「飲まない?インスタントだからまずくないよ」 

「いらないわ。苦いし」

「えー?お湯勿体ないし飲もうよー。カフェオレにしてあげるからさ」

ジャニスの妙な誘い方に、どこか不機嫌気味に返すフラム。しかし、ジャニスが食い下がらなかったため、それ以上断ることはしなかった。

「……じゃあ、飲む」

「はーい」

追加のマグカップと砂糖を戸棚から、冷蔵庫から牛乳を取り出すジャニス。そのまま瓶の蓋を外してさらさらとマグカップに入れ、お湯も(フラムのものには牛乳と少し多めの砂糖も)適量注ぐ。

「ほい、どーぞ」

「よくそんなの飲めるわね」

ジャニスのマグカップのブラックコーヒーを見て、かなり薄まった茶色のカフェオレを受け取りながらフラムが言う。

「美味しいよ?私は紅茶よりもこっちが好きだね」

「別に、人の趣味嗜好に口を出す気は無いからいいけど……それで、用は何」

カフェオレを一口飲んでから、フラムが切り出す。ジャニスは、一瞬とぼけた表情を浮かべたものの、それで誤魔化しがきくとも思わなかったのか、マグカッブを置いて口を開く。

「いやー……昨日、よくあんなに早く判断できたなって思ってね」

「血も涙も無い奴だって言いたいなら、はっきりそう言ったら」

ジャニスの言葉に、吐き捨てるようにフラムが言う。それを受け、ジャニスが手をひらひらと振って否定する。

「違う違う。レイじゃないけど、もう少し悩むと思ったのにって話さ。最初に判断したのは私だけど、あれは正直早計だったし」

「……職業柄って言うのかしら。赤い光と異常事態、その2つが重なれば、否が応でも警戒するわ。それが飛び始めれば、尚のことね」

「それが、小さな女の子でも?」

「ええ。前、あなたも一緒に見たでしょ。私達の目の前で、サイロの屋根がネウロイに変わるのを」

ジャニスがぴくりと眉を動かす。数ヶ月前、2人が目の当たりにした光景は、それがおよそ人智を超えた存在であるネウロイによる行動であっても驚くべきものだった。

「もしあの女の子が形を変えて、ツガイや私達がやられてたとしたら。その可能性を考えたら、私はあの子を撃つ覚悟はできてたわ」

きっぱりと言い張るフラムに、ジャニスがぱちぱちと小さく拍手を送る。

「なるほどねぇ。いやあ、立派だよフラム。まったく立派な隊長だ」

ジャニスの言葉に、胡散臭いものを見るような目を返すフラム。

「どうしたのよ、急に。あなたが褒めてくるなんてなんだか気持ち悪いけど、何か企んでるの?」

「ヒドい言いようだね……別に、何も企んじゃいないよ。ただ、リベリオンにいた頃の、知り合いの隊の指揮官を思い出してね。責任は負わないし、規律も厳しく取り締まるのに、部下の手柄は全部自分の物、っていうお年寄り……それに引き換え、フラムは私より年下だってのに、最前線で頑張ってる。だから、つい口に出ちゃった」

黒ぐろとした水面に映った自分の顔を眺めながらジャニスが言い、そのままコーヒーを啜る。

「……悪かったわ、余計なこと言って」

「ま、私も唐突だったから。ぬるいのが好きなら別だけど、早く飲んじゃいなよ」

暗い顔だったフラムにジャニスが手で促し、カフェオレに口をつけさせる。乳白色の液体を静かに飲み、フラムがふぅ、と息を吐いた。

 

 

 

 

食堂で話していたフラムとジャニスが午前の哨戒で基地を出発し、基地は余計に静けさを増した。そんな静まり返った長い廊下に、軽く戸を叩く音が響く。

「レイ、今いいですか?」

ノックに続いて、恐らく暇つぶし用にでも持ってきたのであろう、文庫本を片手に持ったフィーネが扉に声をかける。しかし、返事はない。

(「寝てる?でも、レイは私と違ってそんなに居眠りはしないはずですし……」)

ふと、興味本位で扉に耳を当てるフィーネ。すると、部屋からは狭い間隔の呼吸音らしきくぐもった音がしていた。過呼吸か、はたまた何らかの理由で息を切らしているのかという判断はつかなかったが、フィーネは部屋に入ろうとドアノブを握る。

「レイ、開けますよ」

相変わらず返事は無かったが、施錠がされていなかったため、フィーネはゆっくりとドアを開けた。まず視界に入ったのは空のジャニスのベッドだったが、当然異常は見受けられず、フィーネはそのまま部屋の中に入る。

くぐもった音は、反対側のベッドの上が発生源だった。そこでは、レイが全身をタオルケットにくるんで歪な団子のようになっており、しきりに肩らしき場所が上下していた。

二度も声をかけたにも関わらず、なんの反応も示さないレイの姿を見て違和感を覚えたのか、文庫本を近くのテーブルに置き、再度呼びかけながらレイの肩を揺さぶるフィーネ。

「レイ!何かあったんですか?大丈夫ですか!」

そこでやっと気づいたのか、怯えた子犬のように恐る恐るタオルケットから顔を出すレイ。その顔面はどこか蒼ざめていて、昨日の朝よりも体調が悪そうに見えた。

「フィーネさん……」

レイが異様なほど汗をかいていることや、間断なく体をぶるぶると震わせていることに気づき、フィーネがタオルケットごとレイの体を抱く。

「……横になりましょう。多分、楽になります」

胸元で震えていたレイにそう言い、半分無理やりに横たわらせるフィーネ。緊張して強張った体をほぐすように、ゆっくりと頭を撫でる。

「どうしたんですか?……怖い夢でも見ましたか」

「……」

レイは答えず、半袖のワイシャツから伸びるフィーネの二の腕を軽く握る。

「今は話したくない、と。ふむ……では、一緒に寝ましょうか。私も眠くなってきましたし、私がいればきっと悪夢も見ずに済みますから」

レイの無言を肯定と取ったのか、フィーネは一度止めていた手を動かし、再び頭を撫で始める。

その日は8月にしては気温が低い一日で、レイが窓を閉め切っていたのにも関わらず、2人が添い寝をしていても寝苦しくならないほどの涼しさだった。

しばらくしてからレイの頭を撫でていた手が止まり、5分ほどそのまま時間が過ぎる。窓から差し込んでいた日光が雲に遮られ、部屋が日陰に包まれたようにうっすらと青暗くなり、静けさが一層部屋に満ちる。

ふと、レイが口を開いた。

「フィーネさん、起きてますか」

「はい。起きていますよ」

返事が返ってきたことでレイは僅かに驚いたようだったが、すぐに続ける。

「少し、相談したいことがあるんです」

「構いませんよ。ネウロイさえ来なければ、時間はたっぷりありますから」

フィーネの腕を離し、ぐるりと体を反転させて向かい合う姿勢になるレイ。

「……私があの子を助けたことは、間違いだったんでしょうか?」

「正しい行動ですよ。少なくとも、私はそうだと思っています。あなた自身が認めた『人間である』あの子を救うのは、間違ったことですか?」

「あの子がこれからネウロイになって、多くの人を傷つけたとしても?」

「そうなったとしても、誰もレイを責めることはできませんよ。結果的にその未来を迎えたとしても、レイは1人の人間の命を救っただけです」

「でも……」

伏せ目がちなレイに、フィーネが真っ向から言う。

「あなたが信じるんですよ、そうはならないと。彼女を心から信じてあげられるのは、他でもないあなただけなんですから」

信じる、という言葉に顔を上げたレイ。その表情は、先程までの陰鬱なものから、普段の元気を取り戻した精悍なものになっていた。

「……そうですね、私はあの子を信じます。あの子は、ネウロイになんかならないって」

それを見て、フィーネが微笑みを浮かべる。

「元気になったようですね……では、そろそろ添い寝もお終いにしましょうか。万が一フラムに知られると面倒そうですし」

そう言ってむくりと起き上がろうとするフィーネの手を、横になったままのレイが握る。

「あの、フィーネさん」

「ん、もう少し一緒に居ますか?」

「その……最後に一回だけ、ギュッてしてもいいですか」

今更ながら照れたように言うレイに、フィーネは頷きを返して横になり、手を広げる。

「構いませんよ。どうぞ」

「失礼します」

脇の下から手を通し、自分のものよりも幾分か立派な胸元に顔を埋めるレイ。その状態でしっかりとフィーネを抱きしめ、目を閉じて心音を聞くように耳を当てる。

「あったかい……」

(「うーん……流石に、少し恥ずかしいですね」)

レイに抱きしめられ、頬を掻くフィーネ。恥ずかしさに心臓が早鐘を打ち始めそうになったところで、レイは腕のホールドを解き、フィーネの胸を離れる。

「満足しましたか?」

「はい。ありがとうございました、フィーネさん」

「よかった。そうそう、ずっと部屋にいても暇だろうということで、アナさんから本を預かっています。感想は、直接伝えてあげた方が喜ばれるでしょうね」

ベッドから立ったフィーネが、テーブルに置いてあった文庫本をレイに渡す。何時ものようにブックカバーがかけられているために表紙は見えなかったが、さほど厚くもない本だった。

「了解です!」

「では、よき一日を。寂しくなればいつでも呼んでください、すぐに駆けつけますから」

「はい!本当にありがとうございました、フィーネさん!」

笑顔で手を振って部屋から出ていくフィーネに、レイがベッドに正座してお辞儀をする。

扉を閉じて廊下を歩き、レイの部屋のすぐ近くの十字路に差し掛かったあたりで、フィーネが正面を見たまま静かに言った。

「部屋に入らないにしても、部屋の前まで来るとは、思ったより心配性なんですね」

虚空に消えた言葉に反応するように、十字路の曲がり角にもたれかかっていた影が口を開く。

「……いつから気づいてたの」

「添い寝をして少ししてからでしょうか。静かにしていましたし、多少の物音なら気づきますよ」

フィーネが声の方向に振り返ると、そこではアナが腕を組んで立っていた。

「今から行って、声でもかけてあげればいいじゃないですか。レイならきっと喜びますよ」

「読書の邪魔はしない主義だから」

「素直じゃないですねぇ」

そう言い残し、フィーネの部屋とは違う方向へと歩いていくアナ。その背中にフィーネがぼそりと呟くが、アナは振り返らずに角を曲がっていった。

「さて、今日はどこで昼寝をしましょうか……おや」

フィーネが気ままに歩き出した所で、制服のポケットに入っていたスマートフォンが振動する。確認すると、カニンガムが退院したため、これから帰るという旨の游隼からのメールが届いていた。

「おっと、これは……出迎えた方がいいでしょうね。アナさーん!」

それを見て、名を呼びながらアナがつい先程曲がっていった角へと走り出すフィーネ。

過酷な大地の夏が、終わろうとしていた。




さて、次回は新キャラが4人も登場します
なかなかインパクトのある人たちですのでお楽しみに


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第20話 最強、来訪 

投稿が遅れに遅れて申し訳ありませんでした
今回は本当に言い訳のしようがない自分の責任のため再発防止につとめたいと思います
あと今回長めです


──マーズ大将って、どんな人なの?……怖くない?

「うーん……まあ、()()()気さくだから、話しかけたら取って食われる、なんて事にはならないと思うよ。急に変なことで怒ったりもしないし」

戦ったことはあるの?

「あるよ。去年、訓練部隊にいた時に一回ね。50秒ギリギリで優勢は取れたけど、撃墜判定までは無理だった。それが、初めて撃墜判定まで行けなかった模擬空戦かな。いや、そりゃ向こうは本気だったと思うけど……質問は一個まででしょフラム、次!」

ジャニスとはどういう関係なんですか?

「知人以上、友人未満って感じかな。さっき話した空戦の後、向こうに妙に気に入られてね。こっちのショックなんてお構いなしでグイグイ来るもんだから、それ以来苦手になったね……まあ、今は多少落ち着いてるだろうけど」

私達の中なら、誰だったら勝てそう?

「……フィーネがジョーカーかな。正直、他は全員で行っても無理だと思う。多分昔より強くなってるし、あいつには個人の戦闘能力が高くないと太刀打ちできないから。もう終わり?」

あの……おっぱい揉んでも怒られないくらい気さくな方ですか?

「っはは、いいねそれ!面白そうだから、ちょっとやってみてよ!何かあったら私が謝るからさ」

 

 

 

 

5人が会話をしている遥か彼方の、まばらな雲が浮かぶ朝焼け空。黒く波打つ海の上を、C-17が悠々と飛んでいた。

そのコクピットの中で、ヘッドホンを頭につけながら操縦桿を握っていた1人の少女が、会話の内容にくすりと笑いをこぼす。

「好き放題言われてますよ、隊長」

黒髪の少女が、上り始めた太陽の光と機器のランプにのみ照らされた薄暗いコクピットの中で、左を向いて座席に体を預けていた少女に言う。

隊長と呼ばれた少女は顔に被せていた帽子をゆっくりと除け、黒髪の1人の言葉に笑みを返す。

「へぇ?例えばどういうのかな、シノ」

「『おっぱい揉んでも怒られませんか』ってボイドさんに聞かれてます。原文そのままですよ」

くすくすと笑いながら、シノと呼ばれた少女が言う。銀髪の「隊長」は、思わぬ返事に困惑の表情を浮かべ、次いで自分の胸部に目をやる。装飾が施された群青の制服に包まれた膨らみは、その場には居ないジャニス以上のサイズだった。

「それは、まあ……別にいいけど。ジャニスはなんて答えてる?」

「笑いながら『面白そうだからちょっとやってみて』、って言ってます。なかなか愉快な方々のようですね」

「ジャニス……なんか、上官命令で無茶苦茶なこと言ってやろうかな。リベリオンで後方勤務しろとか」

頭の後ろで手を組みながら「隊長」がこぼす。すると、広いコクピットの中、2人の背後のベッドで寝ていた、さらに2人の少女の片割れが話し声に反応し、むくりと起き上がる。

「ふぁ〜……ん。何話してんだぁ、大将〜?」

「おっと、起こしちゃったか。悪いね、うるさくして。向こうの話を聞いてたんだ」

目を擦りながら起き上がった少女が、寝ぼけたようにあくび混じりの声で聞く。それに、大将と呼ばれた「隊長」が振り返り、謝罪の弁を述べる。

「あー、そうかぁ……」

「もうすぐ着くだろうし、まだ寝てていいよエレノア」

「わかった、大将……くかぁ……」

「隊長」の言葉で、Tシャツとズボンだけというラフな格好で起き上がった茶髪の少女が、気絶したようにベッドに倒れ込む。

「到着まであとどれくらいかな」

「えーっと、2時間くらいですね。このまま私が操縦しますし、隊長も寝て大丈夫ですよ」

「そっか。じゃあ、任せたよシノ」

そう言って、再び帽子を目深に被る「隊長」。コクピット内に響く少女らの寝息は、朝焼けで赤紫に染まった空を駆けるC-17のエンジン音にかき消された。

 

 

 

 

 

「へ、変なところは無いかしら……カニンガム、リボンは曲がってない?」

格納庫の前で緊張した面持ちで後頭部のリボンに触れるフラムに、右隣に並んでいたカニンガムが答える。

「問題ありません、お嬢様。堂々となさってください」

「そーそー。階級は高いけど、威厳なんてまるでないしね。そんなに構えなくても大丈夫だよ」

「そ、そう言われても仕方ないでしょ!少将までならあるけど、大将なんて、実際に会ったことも見たこともないんだから!」

左隣に並んだジャニスの言葉に、フラムが勢いよくまくし立てる。普段の高慢な態度もどこへやら、すっかり緊張しきった様子のフラムを見て、ジャニスはよくわからない愉快さのようなものを感じていた。

「少将かー……私は直接会ったことがあるのは大佐までだよ」

「私も」

「将官はあまり前線まで来ないし、仕方がないですよ。催しで姿を見るようなことはあっても、話を出来る機会なんてそうありませんから」

「レイが話したり見たりした中で一番偉い人は誰だった?」

ジャニスが、列の端にいたレイに聞く。こちらも緊張ゆえに話を聞いていなかったのか、ジャニスの問いかけに驚いたように反応する。

「あ、えーっと……前、この部隊が新設されて入隊することになった時に、こうくうばくりょうちょう……?って人とお話ししたことがありますけど、多分その人がすごく偉い人だと思います!制服の、胸のところがカラフルだったので!」

「「「「「「えっ?」」」」」」

左胸の徽章をジェスチャーで表現するレイの発言に全員が驚きの声を上げ、ジャニスの手招きで円陣を組んでひそひそ声で話し始める。

「航空幕僚長って、たしか大将ぐらい……?」

「そうだったはずだけど、さっきの話しぶりは確実にわかってないよね……存在自体も」

「ちょっと待ってよ、自分の所のトップの存在をわかってないって大丈夫なの!?」

「なんだか、心配になってきましたね……」

「……とりあえず、この話の続きは保留しておきましょう。あの方々の到着も近いですし」

カニンガムの言葉で5人が顔を見合わせて頷き、再び横一列に並び直す。

「どうしたんですか、皆さん」

「なんでもないですよ?……あっ、来ましたね」

首を傾げるレイの隣で、低いエンジン音と共に全員の頭上を通り過ぎていった影を指差すフィーネ。灰色の巨影はそのまま滑走路に進入し、ゆっくりと着陸する。

「あいつ元気にしてんのかなー……元気なんだろうなー……やだなー……」

「本当に嫌そうだね」

C-17が格納庫に近づいてくるにつれ、仏頂面が苦々しい表情に変わっていくジャニス。アナの好奇の視線も気にならないようで、搭乗口を恨めしそうに睨んでいた。

完全に静止したC-17の搭乗口から、群青の制服を身に纏った4人の少女が降りてきた。

先頭の銀髪の1人は悠々と、鋭い目つきの2人目は肩を怒らせながら、随一の長身の3人目は楽しげな笑顔を浮かべて、最後の4人目は前の1人に隠れるようにしながら7人の前に歩いてきた。

そして、目の前で立ち止まった先頭の1人に、カニンガムが敬礼をして言う。

「この度は、我々第201統合戦闘飛行隊との合同軍事演習にご協力いただき、誠に感謝致します。隊長の、マチルダ・カニンガム大尉です」

「こちらこそ。リベリオン空軍第1特殊作戦航空軍団第4特殊作戦飛行隊、第273飛行隊隊長……はぁ、言い切れた。全く、長くてしょうがないや……ごほん、クリスティーナ・マーズです。呼ぶ時はクリスタ、でいいよ。長いからね」

敬礼を返しながら長い部隊名を言い切り、深く呼吸するクリスタ。制服の肩章は確かに大将のそれではあるのだが、6人はその喋り口や表情には威厳らしきものは感じられなかった。

「は、初めまして、クリスタ大将。戦闘隊長を務めています、フラム・ローズキャリー大尉です。短い間ですが、よろしくお願いします!」

完全に動揺した様子のフラムが勢いよく差し出した右手を、人の良い笑顔を浮かべながら握手するクリスタ。

「これはこれは、ローズキャリー社の社長令嬢にお会いできるとは、光栄ですよ……でもまあ、そう緊張しないで。隣の人から私がどんな性格かは聞いてるでしょ?」

「……伝えてあるよ。下にいる時は気さくだって」

自分の方に目をやるクリスタをじっとりとした目で見返しながら、ジャニスが言う。

「その通り。大将っていう階級も、ほぼインパクトづけのためだけに与えられたような物だから、別に気にしなくていいし」

「そ、そうなんですか……」

あっさりと距離を縮めようとするクリスタに、どこか呆気にとられたようにフラムが相槌を打つ。

「まあ、ゆっくり慣れていってくれればいいさ……さて、握手する?」

「一応はしておこうかな、っと!」

フラムの前から離れ、ジャニスの正面に立って手のひらを振るクリスタ。その若干挑発じみた動きに、ジャニスは引き攣った笑顔と力一杯の握手を返し、クリスタも握り返す。

「「……!」」 

無言のままギリギリと互いの手を握り、すぐさま離す2人。不敵な笑みを浮かべたまましばしの間向かい合い、ジャニスはフンと鼻を鳴らして顔をそむけ、クリスタはアナの前へと移動する。

「初めまして。アナスタシア・スリャーノフ大尉……です」

「……へえ。2人目のご令嬢は、スリャーノフなんて名乗ってるんだ。不思議だね」

アナの顔を見たクリスタが、アナだけに聞こえるように顔を近づけ、声を低くして言う。

「っ!」

その言葉にアナの鉄面皮がほんの一瞬崩れるが、周囲がそれに気づく前に普段通りの表情に戻る。

「……お喋りは後にしましょう、大将様?」

「ふうん。ま、そうしようか。じゃ、後で」

普段よりも冷たく感じられそうなアナの声に、自然な笑みを返すクリスタ。2人のやりとりに傍から見ていた全員が疑問を覚えたものの、すぐさま游隼とにこやかに握手を始めたクリスタの方へと意識が向き、忘れ去っていた。

「ああ、君の事は知ってるよ!第2次扶桑海事変の時に活躍した」

「初めまして、クリスタ大将。李游隼大尉です。よ、よろしくお願いします」

「うんうん。李大尉、君、海軍出身だったよね?」

「は、はい。ご存知だったんですか?」

自分から言う前に言い当てられ、驚きながら聞く游隼。それに、クリスタは再び笑顔で頷く。

「来る前に、この部隊の皆のことは少し調べてね。青島防衛戦で、ネウロイの攻撃から多くの住民を守ったそうじゃないか」

クリスタの言葉に横に並んでいた6人が感嘆の声を漏らすが、当の游隼は、それにうっすらと影の差した苦笑いを浮かべる。

「……あの時は、同じ部隊の皆が活躍してくれたから防御に専念できたんです。私は、大したことはしてませんよ」

「謙遜するなぁ。でも、そういう辺りもアジア人らしいね……君もそうなんだよね?」

「はい。インド空軍から来たフィーネ・プラカーシュ中尉です。よろしくお願いします、マーズ大将」

視線を向けられたフィーネが微笑み、クリスタと握手を交わす。(ジャニスとカニンガムを除く)201の面々は少なからず緊張の面持ちを浮かべていたのだが、フィーネはまるで普段と変わりない様子でいた。

「堂々としてるねー。私より迫力あるんじゃない?」

「いえ、何も考えてないだけです」

クリスタのからかうような言葉に、フィーネは相変わらず普段通りの微笑みで返す。それに少しペースを乱されるも、咳払いをしてレイの前に行くクリスタ。

「あ、そう……んん。じゃ、最後は君かな。君のことも知ってるよ、栂井レイ少尉」

「本当ですか!なんというか、嬉しいような、恥ずかしいような……」

差し伸べられた手に握手を返しながら、えへへと笑って頭を掻くレイ。

「治癒魔法の使い手なんだって?うちの部隊にもいるんだけどさ、あの背の高い子」

「あの人も、リベリオンの方なんですか?」

クリスタが親指で指した後方の背の高い1人を見て、レイが聞く。視線が向けられているのに気づき、少女は軽く会釈した。

「いや、扶桑とリベリオンのハーフ。だよね、シノ」

クリスタが振り返って呼びかけたことで、長身の1人がレイに歩み寄って話す。

「そうです。母がリベリアンで、父が扶桑人ですね。私達は自己紹介しなくていいんですか?隊長」

「後でね。それよりも、先にしたいことがある」

「したいこと、ですか?」

クリスタの言葉にフラムが首を傾げる。格納庫内にあったストライカーを見て満足げに頷いたクリスタは、7人の正面に立ち、手を広げて言い放った。

「そう……まずは、君達の実力を見せて貰うよ!」

 

 

 

 

「まあ、こうなるとは思ったよ」

どこか空ろな目で足元のストライカーを眺めながら、ひとりごちるジャニス。その横から、訓練用のFM61を持ったフィーネが近づく。

「随分乗り気じゃないですね、ジャニス」

「私も向こうもお互いに強さを知ってるのに、なんで私まで参加しないといけないのかな……」

ジャニスの愚痴に、向かい合った離れた位置でホバリングをしていたクリスタが耳のインカムに手を当てて話す。

『別に、やりたくないならやらなくてもいいんだよ。皆はジャニスちゃんは負けるのが怖いんだ〜、って思うだろうけどね……あれ?おーい、ジャニス?まさかインカム外した?』

クリスタの嘲りが籠もった声は、ジャニスが手を耳に当てる動作を見てインカムを両耳から外したことによって空に消え、ジャニスの耳に届くことはなかった。

「どうせロクでもない答えだろうなと思って、『やらなくてもいいんだよ〜』ってとこから外したよ。なんか言ってた?アナ」

「煽ってた」

「だろうね」

アナの返答に、口元に笑みを浮かべながらジャニスが言う。それを受け、同じように笑みを浮かべていたクリスタが眉をぴくりと動かす。

『……まあいいさ。ルールはそっちに合わせよう。シールドの展開は無し、ストライカーもしくは体に少しでもインクが付けば撃墜判定、と。こっちはインカムの周波数を変えておくから、戦ってる最中でもバンバン指揮してていいよ〜。私に何か言いたかったら、周波数を調整してね。答えるかどうかは別だけど』

冗談めかした口調で話すクリスタが、最後に思い出したように付け足して言った。

『……そうだジャニス、一個だけちゃんとした質問するから聞いて』

「何さ」

ようやく真面目な声で聞いてきたクリスタに、まだどこか不満げな様子のジャニスが答える。

『アレは使っていいと思う?』

「いいんじゃない、私とやった時も使ったんだし。加減はしなよ」

『OK、わかってる。それじゃあ、始めようか……』

ジャニスの返事を受け、クリスタがそう言いながら目を閉じ、一度指を鳴らして目を開ける。その瞬間、地上にいたカニンガムも含めた第201統合戦闘飛行隊の7人は、クリスタから発せられる雰囲気が一変するのを感じた。

微笑みが消え、真一文字に固く閉ざされた口元。楽しげに開かれていたのが嘘のように細められ、獲物を見定める野生動物の如き鋭さに変わった両目。ただ浮遊しているだけだというのに、その全身からは途轍もない威圧感が漂っていた。

「作戦はさっき話した通り!スリャーノフ大尉と李大尉が肉薄して出来た隙を、ツガイと私で撃つ!フィーネ中尉はギリギリまで固有魔法は使わないで、自分のタイミングで行って!」

「「「「「了解!」」」」」

フラムの指示に、5人がFM61を構える。ゆっくりと散開し、それぞれのポジションに移行する中、1人引いた位置にいたジャニスに、フラムが言う。

「……ボイド、本当に参加しないのね?」

「最後の1人になったらやるかもね。ほら、行った行った」

ふらふらと手で追い払うようにするジャニスにフラムは無言で背を向け、クリスタへとFM61を構える。

「さあ、目にもの見せてあげようじゃない……ゴー!」

フラムの掛け声で、射撃しながら突進するアナと游隼。2人の射撃を加速しながら後方に上昇して回避したクリスタを、勢いそのままに追っていく。その針路を大まかに予測し、フラムとレイが少し遅れて3人の飛んでいった方向へと飛ぶ。

『さて、お手並み拝見と行こうか』

2人の追跡を受けているにも関わらず、クリスタが冷静な声で言う。直後、回避機動をしつつも直線的な動きだったクリスタが、猛烈な勢いで下降を始めた。

右上方を抑えていた游隼はその動きにわずかに呆気に取られていたようだが、逆側にいたアナはすぐさまその動きに対応して接近し、クリスタに狙いを付ける。

が、下降しながらアナが狙いをつけたタイミングで細かくターンやバレルロールをするクリスタは、照準の中心を横切るばかりだった。

しかしその動きは、クリスタを包囲するようにアナの後方から降り注いだ3重のペイント弾の嵐によって制限され、アナの照準の中心へと少しずつ近づいていく。

『うーん』

ペイント弾で逃げ道を塞がれたクリスタが、首を傾げながら小さな声で唸る。そして何を思ったか、体を反転させ、両脚のストライカーを今まさに降下していた地表方向へと向ける。途端にクリスタは空中で急減速し、追っていたアナ達の方向へと上昇を始めた。

「ここ……!」

クリスタの行動に困惑や驚きを覚えつつも、照準の中心に捉えたアナはFM61の引き金を引く。一瞬でペイント弾が怒涛の勢いで放たれ、アナの目の前に迫っていたクリスタをオレンジ色に染め────なかった。

引き金を引く直前に、照準から猛烈な勢いでクリスタが居なくなったと知覚した次の瞬間。射撃が来る、と感じて反射的に顔面を左腕で覆い隠したアナの背中が軽くつつかれ、小さな声が耳に届いた。

「バーン!」

アナの背中に一瞬指鉄砲を突きつけた後に横を抜け、上昇して游隼へと一気に接近するクリスタ。フラムとレイからの射線を切りつつも、アナを背後に置くことで游隼の射撃も封じる。

「くっ!」

『チャンスで迷っちゃだめだね』

手刀で機関砲を持つ游隼の手を叩き落とし、すぐさま顔面に指鉄砲を向けるクリスタ。

「バキューン!」

拳銃を撃つような動作と声に呆気にとられる游隼を尻目に、クリスタが大きく旋回する。やっと射線が通ったことでフラムとレイが射撃を行うが、クリスタは2人の射撃を難なく躱して距離を取る。

「わかっちゃいたけど……」

「……やはり強い」

「アナ、もう一回仕掛けてみよう。今度は私が先に行くから、フラムとレイも一緒に……」

レイとフラムが、離れた位置でホバリングをするクリスタを見て悔しげに言う。そこに合流した游隼が2人に声をかけるが、目下で俯いたままだったアナは答えない。

「……舐めてくれる……!」

絞り出すようにそう言い、両足を突き出してクリスタのもとへと突撃するアナ。その猛烈な加速は、固有魔法を使っているのが明白だった。

「アナさん!」

「くっ……追うわよ!」

レイの静止も聞かずに突撃するアナを見たフラムが焦りながら叫び、2人と共にアナを追う。

『噂通り、随分な加速だね』

余裕さを漂わせたクリスタが、ホバリング状態のままアナに狙いを定め、待ち受ける。

「はあっ!」

恐らく201部隊に来てから最速の速度で、クリスタへと猛進するアナ。あっという間に2人の距離は縮まり、激突する直前にアナがほんの少し軌道を上に向け、クリスタの右斜め上を通り抜ける。

「おー、凄い加速……うわっ」

衝撃波によって機関銃を持ったまま体をぐらつかせるクリスタの横を通過した辺りで、巡航体勢の足を思い切り前方に突き出し、体を襲うGに耐えながら減速するアナ。そのまま背泳ぎをするように上半身を後ろに倒し、天地が逆転した状態でクリスタに狙いを付ける。

(「今度こそ……!」)

「でも、読めてるんだ」

アナの射撃を振り向きすらせずに横にターンすることで回避し、脇の下にFM61を通すクリスタ。遂に引き金が引かれ、射撃を避けられたことで呆然と浮かんでいたアナの体にペイント弾が命中する。

「はい、撃墜。そこに居られても味方の邪魔になるだけだろうし、下に行ってたら?」

まばらにオレンジ色に染まった制服を着たアナの肩を叩き、クリスタが冷ややかに言う。

「……な……んで……」

「避けられたのかって?忙しいから私は言わないけど、多分そろそろ私の仲間が教えてくれるよ。ほら、降りた降りた」

愕然とした表情でこぼすアナに、クリスタがあっけらかんと言う。その視線は、会った時には含まれていたアナへの興味の色は完全に消え、既に追ってきた3人へと向けられていた。

 

 

 

 

 

(「なぜ背後からの射撃に、あそこまで完璧に対応できるのでしょうか……あの軌道からの動きを完璧に読んだ、というのも無理な話ですし」)

アナが落とされる瞬間を格納庫内から見ていたカニンガムが、難しげに眉を顰め、推理をするように口に手を当てる。その後方から、すっと横に並ぶ影があった。

「不可解、って感じの表情ですね」

楽しげな声でカニンガムに話しかけてきたのは、先程クリスタに「シノ」と呼ばれた少女だった。201部隊の中でアナと並んで最も長身なカニンガムよりも更に背が高く、だが威圧感は無かった。

「ご明察の通りです、東雲ミナ大尉」

「最初は皆そうなりますよ。あの能力は人間を……いや、もはやウィッチすらも超えている。あの人は、『最強』になるべくして生まれて来たと言っても過言じゃないかもしれません」

カニンガムは、そう話す東雲の横顔に含まれる自慢の裏に何か別のものを感じ取ったような気がしたが、それを口にはせず、静かに問うた。

「教えていただけませんか、大将の能力がどのようなものなのかを」

「構いませんよ。ね、隊長……うん、話しても良いそうですし、上の皆さんにも聞こえるようにしましょう。質問はご遠慮願いますが」

あっさりと応え、耳のインカムに手を当てて問い掛けるように東雲が言う。無線越しにクリスタの返事が来たのか頷き、一つ咳払いをして東雲が話し始める。

「……我々の隊長こと、クリスティーナ・マーズ大将閣下の固有魔法。それは『支配(ドミネーション)』です。自身を中心とする一定の範囲内に入った、隊長が『敵である』と認識した生物……ここにはネウロイも含まれますが。それらの動作を隅々まで把握し、瞬時に知ることができるんです」

無線を聞いていた201の面々の反応がカニンガムの耳に届くが、それらは凡そが驚きの声だった。

「更にその対象に威圧感を与えて『どうしても勝てない』と感じさせ、総合的なパフォーマンスを低下させることもできます。自らの周りにいる敵を『支配』する。それが、隊長の能力です。ボイド中尉にも言われたでしょう?個人の戦闘能力が必要だと」

東雲の言葉に、カニンガムは戦闘が始まった頃に感じた、得も言われぬ感覚を思い出していた。

『スリャーノフ大尉は悪くなかったけど、固有魔法に頼り過ぎだよ』

フラム、游隼、レイからの3方向の同時射撃を、舞うように避けながらクリスタが言う。弾道すらも見通しているのか、体にペイント弾が触れる寸前で避ける動きは、糸に操られた人形にも不可能であろうものだった。

『ふん、どの口が言ってんだか』

『私は別にいいんだよ、支配(ドミネーション)を使わなくても』

鼻で笑いながら言うジャニスに、未だ回避を続けるクリスタが答える。そして、その舞踊にも似た機動のまま射撃を行い、3人の包囲網を崩したところで、クリスタは急上昇する。

ふと、カニンガムの体にかかっていた重圧のような威圧感が消えた。それは上空の3人も同じだったらしく、ほんの少し姿勢を崩しているのが目に入った。

「……随分と余裕ですね」

「隊長も、伊達に『リベリオン最強』と呼ばれてませんから。たとえ支配を解除したところで、そうですね……2〜30人くらいのウィッチに襲われても、多分なんとかなりますよ」

『シノ、それは無理。10人くらい』

「……失礼、ちょっと話を盛りすぎましたね。でもまあ、そういうことです」

東雲の言葉に、ふむ、とカニンガムが声を漏らす。視線の先では、クリスタが散開した3人のうち、レイの方へと急降下をしているところだった。

『ま、たとえ動きが読めなくても』

『わぁー、は、早い!ふぎゃ!』

レイが回避もままならずにペイント弾の雨を浴び、子供のような悲鳴を上げる。それは軌道から予測していたのか、游隼とフラムがクリスタを後方から射撃するが、小刻みな回避機動を捉えることは出来ず、逆に接近の機会を与えてしまう。

『な、何この動き!当たらない!』

『大尉!落ち着いて、一旦離脱を……』

2人が揃って射撃をやめて後方へと上昇するが、全速のクリスタとの速度差は歴然で、2人とクリスタの距離はぐんぐんと縮まる。

『何もさせなければ良いだけだからね』 

射程圏内に入り、上昇している2人に機関砲を向けられたタイミングで、クリスタがほぼ直角に近い角度で縦方向に上昇する。

その突然の動きに翻弄され、狙いを上へと向ける2人の頭上を飛び越した所で降下するクリスタ。そのまま、照準を合わせられない2人のストライカーに(丁寧に4機全てに)ペイント弾を当てる。

『ほらね』

勢いを殺すためにくるりと前に一回転し、ホバリングをしながら、クリスタが言う。余裕綽々な口ぶりではあったが、声色は冷たく、当然の結果だと暗に言っているようだった。 

『……さて、残りは君とジャニスか。それは降参として認識して良いのかな。ん、違う?』

周囲を見渡し、何も持たずに両手を上げた状態で近づいてきたフィーネの姿を見たクリスタが言う。が、フィーネはそれに首を振り、ぱくぱくと口を開いて何かを言う。それなりの距離があるため、フィーネの声はクリスタへと届かなかった。

『あー……インカムの調整ができないのかな。ジャニス?』

『大丈夫、今やり方教えてるから……そうそう、うん、それでオッケー』

冷静さもどこへやら、なんとなく下の時に近いクリスタの声に、遠く離れたジャニスが反応する。それから数秒後、ようやく小さくノイズが響き、フィーネの声がクリスタの耳に届いた。

『もしもし?聞こえていますか、マーズ大将』

『うん。なんでこの回線にしたの?』

『フラムとレイの応援や何かが聞こえてきて、あまり集中できそうにないので。撃墜されたんですし、2人とも、死人に口無しですよ』

最後の言葉は、降下を始め、フィーネの目下に居た2人に言うように下を向いて放った言葉だった。

『そう……で、君は一人でいいの?』

再び冷静さを取り戻したクリスタの問いに、フィーネは苦笑しながら答える。

『ジャニスが、最後に一対一の場面になった時でないと戦わないと言っていますから。ジャニスの方が大将との付き合いも長いのでしょうし、ここは言う通りにしようかと』

『なるほど。君、やっぱり度胸あるよね』

『そうでもありませんよ。もう一つ、理由がありますし』

『それは?』

フィーネが、神官に罪を告白するかの如く胸に手を当て、普段浮かべている、人を見透かしたような微笑を浮かべて言った。

『私、自然にこういう場面になることに憧れてたんですよ……扶桑で言う所の、タイ人間ですね』

『……どういう意味?』

『多分、タイマンのことかな』

『そうそう、それです』

ジャニスの注釈に頷くフィーネを見て、苦笑いのような複雑な表情を浮かべるクリスタ。一度俯いてから顔を上げ、顔の前に垂れた銀髪を左右に掻き分けて機関砲を構える。

『君と話してると力が抜けそうだ……早く始めよう』

『それでは、遠慮なく』

そう言い、フィーネが機関砲を両手で持つ。そして、クリスタに背を向け、後方へと飛んでいった。自分の方向へ向かってくるかと勝手に想像していたクリスタは、一瞬意表を突かれたものの、すぐさま追跡を始める。

『うわー、速いなぁ……この模擬戦が終わったら詳しく調べさせて頂けませんか、その機体』

全速力で離れているにも関わらず、あっという間に距離を縮めてくるクリスタを見て、フィーネが言う。

『残念、私専用のカスタム機だからそう簡単に見せられないんだ。もし私が負けたら見せてあげてもいいよ』

『それでは諦めた方が得策でしょうか、っと!』

巡航している状態から半ば無理矢理気味にホバリング姿勢になり、追ってくるクリスタに正対するフィーネ。ぐんぐんと大きくなるその姿に機関砲の照準を合わせ、一度斉射するが、あっさりと最低限の動きで回避される。

『悪いけど、ジャニスとやりたいから早く終わらせてもらうね』

『それは有り難い、私も長期戦は苦手なもので』

それからも数度射撃を行うが、どれもクリスタには予測されていたようで、一瞬の確認で全て避けられ、距離が縮まっていくばかり。

『うーん……やはり私では無理なようですね。ジャニス、後は任せました』

機関砲を下ろし、諦めたようにフィーネが言う。その様子を油断せずに眺めていたクリスタだったが、既に回避も不可能なほどの位置まで来ていたため、フィーネの胴体に狙いを付け、短くバースト射撃を行う。

『案外、つまらない終わり方だったね……っ?』

そう言いながらフィーネの右を通り過ぎていくクリスタ。だが、回頭するとそこにフィーネの姿は無く、クリスタが驚きで目を見開く。

『さっきのは、嘘です!……っ、今のを避けますか!』

背後からの声が聞こえるやいなや即座に降下し、前方にくるりと一回転するクリスタ。両足の間から覗く空に、ペイント弾の奔流が一筋の線を描く。

エンジンを全開にし、一気に位置を変えるクリスタ。首を僅かに振り返らせると、フィーネが射撃をしながら追ってきているのが目に入った。

『君、固有魔法使ってるよね?それなら、私もちょっと使わせてもらうよ!』

『それは、御免被りたいですね!』

クリスタが支配(ドミネーション)を発動させ、背後から飛んでくるフィーネの射撃を一切振り返らずに躱す。が、その回避機動にはアナ達4人に追われていた時のような余裕は無く、かなり複雑なものだった。

「隊長が押されてるなんて、そんな馬鹿な……」

クリスタが追われる光景を地上で見ていた東雲が、愕然とした表情で空を見つめていた。

「……今朝の会話を盗聴していたのなら、覚えているのではないですか?ボイド中尉がなんと言っていたか」

カニンガムが横を振り向いて東雲の顔を見ながら、普段通りの無表情で、しかしどこか勝ち誇ったように言う。

「彼女は切り札(ジョーカー)だと」

(「原理はよくわからないけど、あの子の固有魔法は恐らく高速で動く能力……それでさっきのを回避したんだ……だったら!」)

決心したように振り返り、アナに追われていた時のようにホバリング姿勢になるクリスタ。そして、手に持ったFM61をフィーネに向けて乱射する。

『さあ、今度はそっちが避ける番だよ!』

乱れる銃口から放たれた無数のペイント弾の嵐の中を、空中にステップを踏むダンサーのようにすり抜けるフィーネ。そのままじわじわとクリスタに接近していき、大きく左にターンする。

そこで遂にクリスタの狙いを振り切り、猛烈な速度で逆にクリスタへと銃口を向けるフィーネ。

『貰った……!?』

しかし、その視界に写っていたクリスタの速度は、既に通常の速度に戻っており、フィーネのターンに合わせてクリスタが振り回したFM61に銃口を弾かれる。

『そこに来るって、思ってた!』

そして、ガラ空きになった顔面に指鉄砲を突き付けられ。

『バーン!』

引き金を引かれた。それでもフィーネは食い下がらず、クリスタの手を払いのけて機関砲を構えようとする。

『……ですが、まだ!』

『おっと、待った』

しかし、今度はその顔の前に手のひらが向けられ、フィーネはぐっと動きを止める。

『……どうしました』

『もう終わりにしよう、当初の目的はもう果たせた……私も弾切れになっちゃったし、十分じゃない?』

クリスタの言葉に、フィーネがふうと息を吐く。そして体から力を抜き、構えかけていた機関砲をゆっくりと下ろす。

だが、未だにどこか不服そうな表情を浮かべているフィーネに、クリスタが言う。

『私の機体、見せてあげるからさ』

それがまるでマジックワードであるかのように、その言葉でフィーネの表情が明るくなる。

『ならいいです』

 

 

 

「いやはや、隊長があそこまで追い込まれるなんて思いもよりませんでしたよ」

「フィーネ中尉、正式にウチに来ない?私のストライカー以外も、色々見せてあげられるよ」

「い、今はもう私達の仲間ですから!」

格納庫内に集まった7人の前で、戦闘を始める前に戻ったかのように明るい笑顔を浮かべたクリスタと、東雲が言う。クリスタの豹変ぶりに若干戸惑いつつも、言葉を遮るようにフィーネの前に出るフラム。

「冗談冗談、本気じゃないよ……そうだ、そろそろ時間も時間だし、お昼をご馳走になりたいな。頼めるかい」

「待った、先にお風呂入らない?皆汗かいただろうし、塗料も落としたいでしょ」

ジャニスの提案に空戦を行った5人が賛同の声を上げ、自然にクリスタに視線が集まる。

「じゃ、そうしようか。いいよね、シノ?」

「いいですね。私はエレノアさんとアリシアちゃんを呼んできますから、皆さんは先に行っていて下さい」

「そうと決まれば、早速行きましょう!」

東雲が促し、レイが意気揚々と先陣を切ったので、その場にいた全員がぞろぞろと浴場へと向かい始める。

ふと、その一団の最後尾を歩いていたクリスタにジャニスが近寄り、話しかける。

「どうだった、戦ってみて」

「皆、十分に高水準に感じたかな。栂井少尉は正直微妙だったけど、彼女は治癒が役割なんだろう?だったら、あれくらいでも及第点さ。みんな仲が良いし、いい部隊じゃないか」

「……ふーん」

認めたような口ぶりのクリスタの言葉に、どこか適当さが漂う返事を返すジャニス。

「ま、難しい話は後にしようか。普段から風呂入ってる?」

「最近は忙しくて入ってないけど、シノに勧められたのがきっかけで去年くらいから入るようになったかな。ここの風呂は大きいといいんだけど」

「そこは問題ないよ。生半可な銭湯より広いから安心して。それに……」

「それに?」

ふふふ、と自分を見て不敵な笑みを浮かべるジャニスにクリスタが聞くが、ジャニスは「すぐにわかるよ」としか答えなかった。

それから数分後、クリスタはジャニスの笑みの意味を理解するのだが────それはまた、別の話。




最後にある通り、クリスタたちとの話は本編とは別に、外伝として投稿したいと思います
本編のように定期的な投稿にはならないため、また気長に待っていただけると嬉しいです


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EX-1 白頭鷲・烏・海鷲・鳩

前回の投稿から約4ヶ月以上も期間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした
私生活の方で起きたことが原因で小説を書くことへの意欲が薄れてしまった結果、非常にお待たせすることになってしまいました
今後も、一応それなりに安定していた以前の更新ペースほどではないでしょうが、可能な限りの速さで更新していくつもりですので、また読んでいただけると嬉しく思います
それと、今回からの3話は本編の続きではなく番外編的な話の連続となります
「前回であんなに引っ張っておいて番外編かよ!」と思われる方も多いでしょうが、ご理解のほどをよろしくお願いいたします


「さて、と」

201の面々が模擬戦で体に付着した塗料を流し終え、全員が湯船に集まったタイミングで、クリスタが手を叩いて言った。

「改めて自己紹介といこうか。そっち(201)のデータはもう把握してるから、今度はこっちの番。まずは私から……って、どうしたのジャニス」

「こっちも嫌ってほどわかったから、クリスタよりお仲間さんのことを教えてよ。私も初対面だし」

意気揚々と立ち上がったクリスタの手を掴み、呆れ半分に言うジャニス。周囲の面々も、概ねその意見に賛成しているような表情だった。

「そう……じゃあ、ご自由に……」

ジャニスへの否定の言葉が周囲から上がらなかったため、悲しげに呟き、横に並んでいた3人に場所を譲るクリスタ。

「そんなに落ち込まないでくださいよ隊長……私もボイド中尉の言う通りだと思いますし」

クリスタに手で促されて移動した3人の中で、初めに立ち上がった最も身長の高い1人が諭すように言う。

ポニーテールを解いた長い茶髪に、落ち着きを感じさせる垂れ目。ともすればアナとカニンガム以上の長身ながら細く引き締まった肉体は、まさにスレンダーと形容するのが合うスタイルだった。

「……ごほん。先程少しだけご紹介に預かりました、東雲(しののめ)ミナ大尉です。栂井少尉の前で言うのもおこがましいかと思いますが、簡易的な治癒魔法が使用できますので、軽傷程度ならお任せください」

「確か、お父さんがリベリアンで、お母さんが扶桑の人なんでしたよね?東雲さんって」

敬礼して言う東雲に、どこか嬉しそうに尋ねるレイ。

「はい。扶桑を訪れた父が、一目惚れしたんだとか」

「なるほど……()()宮藤芳佳さんも扶桑出身ですし、もしかして扶桑人の血統って、治癒魔法が使えるようになる血統なんじゃないですか?」

「そもそもが貴重な固有魔法で、しかも同じ種類のものを使える人がこうも揃ってるとなると、ただの偶然じゃないような気もしてくるね」

「ですよね!他には、加速なんかもリベリアンの方で使用できる方が多いとか……」

「ふむ……では私のことはこれくらいで。気になったことがあれば何でも聞いてください。どうぞ、エレノア少尉」

レイと游隼の会話に興味深げに耳を傾けていた東雲だったが、控えていた2人のことを気にしてか、そそくさと位置を入れ替えた。そして、東雲の後ろから、エレノアと呼ばれた1人が待ちきれないと言わんばかりに立ち上がる。

身長は東雲と比べれば低く、ジャニスや游隼と同程度ではあるものの、その分全身の筋肉がひと目でわかるほど鍛え上げられている。アスリートじみた肉体に加え、濡れてなお跳ね上がった髪は、野生児のような印象を7人に与えていた。

「っしゃ!……オレはエレノア。エレノア・ブキャナン・マクガイアだ!階級は中尉だ!」

7人の前に立ったエレノアが、親指で音が出そうなほど力強く自分を差し、同時に大声で名を名乗る。

「オレの固有魔法はライトニング!……最低出力ならまぁ、こんくらいだな!」

そう言って魔法力を発動し、ひょいと片足を上げて水面を踏みつけるエレノア。すると、7人の体表にぴりぴりとした感覚が走る。

「これは……電気風呂のようになりましたね」

「おぉ、凄いですね!」

「だろ?だろ!?」

楽しそうに顔を見合わせて言うフィーネとレイ。いい反応が返ってきたためか、自慢げに胸を張るエレノアに、落ち着いた声色でアナが聞く。

「凄いかな……最大出力は?ライトニングって言ってたけど、この程度なら拍子抜け」

ライトニング(雷撃)だぜ?マジの雷と同じくらいだ!ネウロイの装甲だって、簡単にぶち貫けるぜ!」

「なるほど、確かに強力ね」

「ええ。細かな調整もできるようですし、対人戦闘においても優秀な能力でしょう」

「へへッ!んじゃ次だな……おいノエル〜、いつまでビクビクしてんだよ!ほら、こっち来いって!」

自信満々に語られた能力を、冷静に評価するフラムとカニンガム。2人の分析を聞いて鼻高々といった様子のエレノアが、東雲の背後に隠れていた最後の1人を連れてくる。

「え、エレノア中尉、引っ張らないで下さい……きゃっ!……げほっ、ごほっ……うぅ……」

立ち上がる途中にエレノアに強引に手を引かれたことでバランスを崩し、水面に倒れ込む少女。湯を飲んでしまったのか、むせながら顔の水を拭うと、今にも泣きそうな表情を浮かべながら7人の前に立った。

「あ、あの……わた、私は、ノエル・カービィ中尉です!……も、もういいですか?……まだダメですか……わかりました……」

もつれ気味の口上に続いた勢いのあるお辞儀に合わせ、短い金髪が揺れる。顔を上げてクリスタの方を振り向いて聞くノエルだったが、返事はNOだったのか俯き気味に顔を正面に向け直す。

肉体は平均的な軍人らしくしっかりと鍛えられてはいるものの、平均から大きく外れた2人が既に先んじてしまったため、あくまで「それなり」の域を出ない程度に収まっていた。

また、7人の前での立ち姿もどこか余裕だった東雲や自信満々なエレノアとは違い、一刻も早く注目から外れたいという意思が節々から滲み出ているようだった。

「そ、それでは……な、何を紹介すればいいんでしょうか?」

「こっちに聞かれてもねぇ」

「いや、教えてあげればいいじゃん……もし固有魔法とか特技があるなら、今はとりあえずそれだけ教えてくれれば良いんじゃない?」

緊張のあまり逆に問いかけるノエルへ半笑いで返すジャニスに、游隼がフォローを入れる。すると、今気づいたと言わんばかりにあっ、と口を開け、ノエルが手を挙げる。

「あ、あります!固有魔法!魔眼です!ちょっと、発動してみます……」

「まあ、当然居るよね」

「治癒に攻撃に魔眼、それに本人も実質広域把握持ちと……予想はしてたけど、ここまで豪華とはね」

ノエルの返答を聞き、それも当然かと小さく肩をすくめるアナと、複雑な感情の混じったため息を漏らすフラム。

「私、実物の魔眼を見るのは初めてです」

「私も。固有魔法の中でもレアな部類なんじゃなかったっけ?」

「そ、そんなに凄いものじゃないですよ……じゃあ、いきます……」

ジャニスやフィーネ達の期待の眼差しから顔を背けつつ、目を閉じて魔法力を漲らせるノエル。青い光が頭へと集まり、鳩の羽が頭頂部から生える。

「……はい、こんな感じです」

ノエルが目を開くと、薄い青色だった両方の瞳が赤紫に発光し、漂う湯気の中で妖しく揺らめく。

「「「「おー!」」」」

「……凄い」

その光景を目の当たりにした7人から口々に歓声が上がり、ノエルは恥じらいと誇らしさの混じり合った泣き笑いのような表情を浮かべる。

「そういえば、魔導針って魔眼と組み合わせて発動できるんじゃなかった?」

「できますよ。通常よりかなり狭くなりますが、範囲内のネウロイのコアの位置を全て特定できます」

「それ、凄く強いですね!……そうだ、ノエルさんにずっと居てもらいましょうよ!いっそこの隊に入ってもらうとかして!」

「無理に決まってるでしょうが……」

「トレード式にすればいいのでは。2人ほど向こうの部隊に行く代わりに、といった形で」

「サラッととんでもないこと言い出したね、フィーネ」

「私は行くことになっても構いませんので」

「ほんと!?」

「冗談です」

「その冗談は笑いにくいよ……」

「……も、もういいですか……」

自分そっちのけで会話を弾ませていた7人に、魔眼を発動して立ち尽くしていたノエルが、か細い声で言う。

「あ、し、失礼したわね。もう大丈夫よ」

発言に気づいたフラムに言われ、ノエルがそそくさと背後の3人のもとへ移動し、クリスタに耳打ちする。そこで、ようやく7人に背中を向けていたクリスタが振り向いた。

「あー……自己紹介も終わったんだったら、もう出てもいいんじゃない?お腹も空いてきたし」

「そうだね。時間も時間だし、お昼にしようよ。なんか準備してたよね、游隼」

若干気だるげなクリスタにジャニスが賛同し、壁に備え付けられていた大きな時計を指す。時刻は12時を少し回ったところで、クリスタ達が千歳基地に来てから2時間ほどが経過していた。

「うん。量は多いからちょっと手伝ってもらうけど、すぐだよ」

「じゃあ上がろっか。ほら、クリスタ達も早く!」

「わっ、と……そんなに急かさないでよ、ジャニス」

困惑するクリスタの手を引き、ザバザバと湯をかき分けて出口の方向へと歩くジャニス。それに続いて、残った面子もぞろぞろと出口へと向かう。

「……ジャニスさん、ちゃんと体を拭いてから出ましょうね!外にマットはありますけど、濡れてしまうと掃除も大変ですし!」

「そうだね!」

突然、上がり湯をかけて手桶を置いたレイが大声で言う。それを聞いたジャニスも、妙に勢いよく首肯を返して手ぬぐいを固く絞り、体の水滴を拭う。

「背中拭いてあげるよ、クリスタ」

周囲の面々も2人に倣って体を拭き始めたのを見て、これ幸いと言わんばかりにジャニスが隣にいたクリスタに声をかける。

「ああ、ありがとう。悪いね」

体の前面を拭き終わったのか、一度絞ってから手ぬぐいをジャニスに渡し、楽な姿勢で背を向けるクリスタ。

「いやいや、気にしなくていいよ……でぇいっ!」

そう言ったジャニスは、受け取った手ぬぐいを首に掛け、そろそろとクリスタに近づく。そして、掛け声と共に素早い動作で両腕ごとホールドした。

「わっ、何?」

「取った!今だよレイ!」

予想外の行動に珍しく狼狽えるクリスタを尻目にジャニスが横にいたレイに向けて鋭く言い、レイは無言で頷きを返してクリスタの正面側へと急ぎ足で歩く。

「ちょっと、何してるのよボイド!」

「決まってるじゃん!ここの第2の通過儀礼だよ!」

手の中から抜け出そうとするクリスタをなんとか抑えつつ、慌てて止めようと近づいてくるフラムに悪どい笑顔を浮かべて言うジャニス。

「なるほど、大体やりたいことはわかったけど……そう好きにはさせない」

ジャニスに抱き着かれたクリスタが目を閉じると、薄青色の光がドーム状に足元から広がり、2mほど前に立つレイをすっぽりと包み込む。

クリスタの意図を察知し、両手を伸ばして一気に距離を詰めんとするレイ。しかし、次の瞬間、踏み出した足と上半身は見えない拳に叩きつけられたかのようにガクンと屈曲し、両手を床に付いていなければ上半身を支えることも出来ない。

「これ……が……」

「お察しの通り、割と本気の支配(ドミネーション)。近寄れば近寄るほど効果は増すけど、ジャニスの分も集中させてるし、その辺でも厳しいんじゃない?」

戦闘中に近い、冷徹と退屈の混じった表情でクリスタが言う。精神的な恐怖か、物理的な圧力からか、レイは両手をぶるぶると震えさせながら顔を下げる。

(「厳しいなんてレベルじゃない……細胞一つひとつが危険だって言ってきてるみたいに、動かせない……っ!」)

「ちょっと、こんな本気にならなくても良いじゃん!」

「卑怯な手を使えば揉めるほどリベリアン空軍大将の胸は安くないの……大人しく下がれば解除するよ、栂井少尉」

ジャニスからの抗議に口を尖らせて反論し、諭すような口調でクリスタが言う。それに対し、顔を上げたレイは苦しげながらも笑顔を浮かべ、吐き捨てた。

「お断り、です」

「……今、なんて?ちょっと!」

予想だにしなかった答えと、果てしない重圧に耐えながら確実に立ち上がろうとするレイの姿を見て、クリスタが驚きの声を上げる。

「お断りだって、言ったんですよ、クリスタ大将……!」

「……君、なかなか凄いね。そんな思いをしてまで、私の胸を触りたいのかい?」

「当たり前じゃないですか……おっぱいを揉むのは、遊びじゃないんですよっ!!」

若干引き気味に聞くクリスタに、鬼気迫る表情で叫び返すレイ。

「軽い気持ちで揉めるほど、甘くないことは覚悟してました……ですが、障壁が高ければ高いほど、その分制した時の喜びは大きくなる!」

「……支配(ドミネーション)のプレッシャーを喰らっても、あれだけ動けるなんてな。結構驚きだぜ」

「見かけによらず強靭な精神の持ち主のようですね、栂井少尉」

「治癒魔法が使えるとのことでしたので、精神的に鍛えられたのでは……」

「冷静に分析してるけど、動機は気にしないのかな君たち……」

じわりじわりとクリスタへと手を伸ばすレイを見て、驚嘆の声を漏らす東雲とエレノア。その横で、半笑いを浮かべながら游隼が言う。

「……はぁ……もういいや。ジャニス、離して」

「ん?わかった」

クリスタが呆れたようにため息をついて言い、ジャニスからのホールドを解かれた手指を鳴らすと、青い光のドームが音もなく消える。

「さぁ、もう少し……でぇっ?!……あ、ありがとうございます」

重圧が消えたことで前進の歯止めが効かず、胸元に飛び込んできたレイも受け止め、真っ直ぐに立たせるクリスタ。一連の流れを見て、背後にいたジャニスが尋ねる。

「こりゃまた、どういう心変わり?疲れちゃった?」

「ご明察……強いプレッシャーは今のくらいの時間でもさっきの模擬戦の分くらい疲れるし、解除しただけだよ。はあぁぁ……正直、こんなに耐えられるのは想定外だった」

「良かったねレイ、クリスタに一泡吹かせられたじゃん!イェーイ!」

力なくジャニスに肩を組ませてもたれかかり、ため息混じりにこぼすクリスタ。それを聞き、ジャニスが口笛を吹いて楽しげに言う。

「い、いぇーい……喜んでいいことなんですかね?」

「くっ、なんだかムカつく……けど、一泡吹かせられたのは事実だし、胸は今度揉ませてあげるよ。それより早く出よう!ホントにお腹空いたから!」

「は、はい!」

「では、我々も」

「そうね、急ぎましょう」

困惑しながらも喜ぶレイに歯噛みしつつ、背後の273飛行隊の3人に怒り気味に声をかけるクリスタ。その声で201の面々も上がる支度を始め、済んだ者から浴場を後にする。

「あーもー疲れた。シノ、髪よろしく〜」

「はい、只今……おや」

早々に肌着を着て鏡台の前の椅子に腰掛けたクリスタが、わがままな子供のような口調で言う。シャツ姿の東雲がそれに応答するが、別の人物が割り込むようにクリスタの背後に立った。

「私がやってあげる」

「……そう。じゃあ頼もうかな。シノ、いいよ」

「わかりました」

無言で気迫のようなものを漂わせるアナを鏡で確認し、振り返りもせずに言うクリスタ。東雲が指示通りに2人から離れていくのを見てから、クリスタが口を開く。

「それで、何か用かな。()()()()()()()()()()()()

「こっちも聞きたい。言っておくけど、強請(ゆす)られても何も出ないから」

「いやいや、そんなつもりじゃないさ。何かをする気もない」

鏡台に置いてあった手櫛で髪を梳かしつつ、低く抑えた声で釘を刺すアナ。それに対し、クリスタが指を振って答える。

「……色々と知ってるってことをわかりやすく伝えたかったのと、挨拶代わりにインパクトを与えようと思ってね」

予想外の返答を聞き、深く溜息をつくアナ。

「……くだらない理由」

「耳に痛いなぁ。ま、一応特殊部隊なんでね。実力だけの大将じゃないってことはわかってくれたかな」

「よくわかった。これ以上ひけらかす必要はないから」

クリスタの頬を掻きながらの言葉に、アナは冷ややかな声で答える。

「肝に銘じておくよ。ところで、なんで本当のことを明かしてないの?……あぁ、聞いたところで言いふらしたりはしないから安心してよ」

「特に明かす必要がないと思ったから。でも、稚内の巣を破壊できたら……改めて言うかな」

櫛を動かす手を止め、髪に目を落としてぽつりと呟くアナ。その言葉に含まれる様々な思いを読み取りつつ、クリスタはふぅん、とだけ短く返事を返した。

「社長令嬢ってのも大変そうだねぇ」

「そっちも似たような立場でしょ……そろそろ乾かすよ」

「やってくれるの?」

「一応、最後まではね」

「よっと……なぁアナ大尉、乾かし終わったら次はオレにやってくれよ!」

ドライヤーのスイッチを入れ、短い灰髪を丁寧にブローするアナ。満更でもない様子でそれを受け入れるクリスタの隣に、エレノアが勢いよく座り込んで言った。

「自分でやった方が早いと思うけど」

「なんなら梳かすどころか乾かす必要もねーんだけどな!でも見たところ上手そうだし、知り合ってすぐの奴にしてもらうってのがいいんだよ。なっ、この通り!」

エレノアが、ぱちんと両手を打ち合わせつつ頭を下げて言う。

「終わり」

「ご丁寧にどうも」

それを見たアナは、冷風を出していたドライヤーのスイッチを切って言い、クリスタが席を去ってからゆっくりとエレノアに振り向く。

「……手短にでもいいなら」

「構わねぇさ。んじゃ頼むぜ!乾かすだけでいいからよ」

「わかった」

笑みを浮かべるエレノアの背後に立ち、早速ドライヤーを持つアナ。その横にいたフラムが、自らの金髪を青いリボンで結んでいたカニンガムに小声で聞く。

「……スリャーノフ大尉、やっぱり積極的なタイプには弱いみたいね」

「はい。入隊して間もない頃、栂井少尉のスキンシップへの対応に手間取っていたのが懐かしいですね」

「そんな時期もあったねぇ。ほんと、懐かしいなぁ」

フラム達の横で、髪を器用に三編みにしながら感慨深げに相槌を打つ游隼。が、ドライヤーを使用していながらもアナの耳は3人の会話をしっかりと捉えていたらしく、白い頬をわずかに赤く染めながら言い放った。

「っ……游隼、無駄話より昼食の用意を優先して。2人も、着替えが終わったんだったら早く游隼を手伝って」

「おっと、怒られちゃったー」

「急ぎましょう。次は警告射撃が来ますよ」

「ちょっと、ふふ……じゃ、じゃあ私達は先に行くわね、スリャーノフ大尉」

アナの発言を受け、からかうように言い残して去っていくカニンガムと游隼の後を追って、口元に浮かんだ半笑いを隠してフラムが席を後にする。

「レイ、ちょっと」

そそくさと浴場を出ていく3人の背を若干恨めしげに眺めてから、振り返ってオレンジ色の制服の上着を着ていたレイを手招きで呼ぶアナ。

「なんですかー、アナさん」

何をするかと思えば、招かれるままに近づいてきたレイの額に、痛烈なデコピンを食らわせた。

「あぃだぁっ!な、何するんですかぁ!」

衝撃と痛みで頭が自然に後退するほどのデコピンを食らわされたレイが、涙目になりながら問う。すると、アナは思慮するように一度俯いてから、顔を上げて言った。

「腹いせ」

「……なんで?」




挿入投稿の場所と冒頭で多くの皆様がわかったと思いますが、これからの話はクリスタ達がメインで展開していくものです(4話目は別ですが)
実はこれらの話は20話投稿時に続けて投稿しようと思っていたのですが、当時はアイデアが固まっていなかったため、ぼんやりとした伏線だけ張って、細かい話は未来の自分に丸投げという適当にも程がある形で後の話を投稿していました
これからの2話の投稿が完了した際には、明かされた内容と投稿済みの話を併せて再度楽しんでいただければと思います


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第21話 極光が瞬く空

3週間近く投稿間隔が空いて申し訳ありません
ですが10月からは受験勉強も相まって更に投稿ペースが落ちます
可能な限り投稿は続けますが、最悪来年の2月ほどまで不定期かつ長ローペースになると思いますので、待っていただけると嬉しいです


夏も終わりが近づいたある日の深夜、場所は千歳基地の食堂。長机を挟み、2人のウィッチが座っていた。2人の前には、所々に泡のついたコップに、500mlの様々な酒の缶が十本に満たないほど置いてある。

「もう、寝る……」

胡乱な目つきでコップを眺めていたアナが唐突に呟いたかと思うと、腕を枕にして机に突っ伏した。その寝顔は薄く紅潮しており、少なからず酔いが回っているようだった。

「すぅ……かぁ……」

「ありゃ、もう寝ちゃったの」

厨房の奥から湯気が上がる中ぶりな皿を持ってきた游隼が、静かな寝息を立て始めたアナを見て言う。

「そのようですね」

「オラーシャの人はお酒に強いイメージあったけど、アナは意外とそうでもないよね。若いからかな?」

ジャーマンポテトの乗った皿と箸を一膳、カニンガムの前に置き、アナの隣に腰掛ける游隼。普段うたた寝をする時も難しい寝顔のアナが頬を緩ませ、口を開けて眠っている様子を、しばし見守っていた。

「そういう体質の方もいるということでしょう。私は、毎度のことながら李大尉がまるで平然としていることの方が意外です……」

「そんなに沢山呑んでないからね。ま、一番年長者でもあるし?」

「まだ20歳でしょう。まだ戦って貰わなければいけませんし、簡単に引退なんてさせられませんよ。本当に……」

ジャーマンポテトをつつきながら言うカニンガムの目は、眼鏡の奥で少しだけ眉尻が下がっていた。珍しくぼやくようなカニンガムの発言に、対面から顔を覗き込む游隼。

「……カニンガム、酔ってない?」

「だから言っらじゃないですか……同じくらいのんでるのに、なんでそんなに平然としてられるんですか?わかりません……」

俯き加減にそうぼやくカニンガムが、まだ半分ほど残っていたコップの中身を一気に飲み下した。そして、勢いよく空になったコップを机に置き、倒れ込むように体を前に倒す。

「おっとっと……今日はこれでお開きかな」

急いで反対側に回り込んでカニンガムの体を支え、優しく机にもたれかからせる游隼。2人が残した缶の酒を飲み干していると、食堂の扉が開き、ジャニスが現れた。

「やっ、游隼」

「……残念ながら、今日の飲み会はちょうど終わりましたよ」

游隼が指した2人が寝ているのを見て、ジャニスが声を出さずに楽しげに笑う。そのまま、流れるように游隼の席の前の箸を取り、まだ湯気が立ち上っている皿を指す。

「すっかり潰れちゃってるねぇ。あ、このジャーマンポテトもらっていい?起きてたらお腹空いちゃってさ」

「いいよー……そういえばジャニス、誰と当番だったっけ。あ、フィーネか。ちゃんとやってる?」

この週の夜間シフトはジャニスとフィーネの2人であり、フィーネが夜間シフトに入ったのは、最初に説明のためにアナと組んだ時以来だった。

「うん。ま、今は交代で寝起きしてるだけだからなんとも言えないけど、そこまで緊張もしてないみたいだし、いつも通り大丈夫だと思うよ……ん〜、やっぱり美味しいねぇ。お酒飲みたくなってきちゃった」

ゆっくりとチューハイの缶に伸びてきたジャニスの手を軽くはたき、缶をまとめて持っていく游隼。

「ダメダメ。法律により、18歳未満の方の飲酒は禁止されています。これ、全部空き缶だし」

「ちぇ〜。じゃあ水ちょうだい!」

「はいはい、了解っと……うわっ、停電?」

悔しげに手を振り上げるジャニスに、新たなコップに水を入れて持っていく游隼。と、次の瞬間、食堂の照明が消える。

「そうっぽいね。食べにくい……」

「何かあったのかな……まあ、とりあえず2人を部屋に移そう。手伝ってジャニス」

眠っているアナの手を取り、力が抜けた体を肩にかけて持ち上げる游隼。余った片手でスマートフォンを取り出してライトを起動し、出口までの道を照らす。

「ん。これだけベロベロだと、游隼のとこに寝かせた方がよくない?私は談話室で寝るから、游隼が私の部屋で寝なよ」

片手でおぶったカニンガムを支えつつ、食堂の扉を開くジャニス。游隼が出たタイミングで扉を閉じ、話す。

「そうさせてもらおうかな……2人いっぺんに飲んで潰れちゃったことは無かったから、こういうのは初めてだよ」

「フィーネが来て余裕が出来たからねぇ……それにしても真っ暗だ。基地だけじゃないのかな、停電」

「地震なんかは感じなかったし、発電所に何かあったとか?事故とか、ネウロイは……先に警報が鳴るか」 

窓の外の電灯が消えているのを見て、担いだ2人を部屋に連れていきながら話す游隼たち。周囲の明かりは、緑色に光る非常灯のみだった。

「よい……しょ」

「よっこいせ、っと」

部屋に着き、それぞれのベッドにアナとカニンガムを寝かせる2人。アナとカニンガムはベッドに力なく横たわると、もぞもぞと体を動かして枕に頭を置き、再びすぐに寝息を立て始める。

「ふぅ。いやー……それにしてもおっきいこと。制服越しだってのに、すごい感触だったわ。レイが夢中になるのもわかる気がする」

その柔らかさを思い出すためか、両手で虚空を掴むような動きをするジャニス。それを見ながら、游隼が苦笑いを浮かべる。

「……来たのがレイじゃなくて良かったよ」

 

 

 

 

「本日未明の午前1時24分頃、豊富町上空8500m地点にて、大規模な磁場の乱れが観測されました。発生地点から半径220kmの円範囲内の変電所あるいは発電所が故障し、その結果停電が多発しているようです。また、発生地点から50km以内の円範囲では、直接電子機器の故障が観測されています」

翌朝、ブリーフィングルームに集まった6人の前で、カニンガムが説明する。普段持っているタブレットはその手に無く、代わりに書類が挟まったクリップボードを持っていた。

「原因は不明ですが、乱れが発生する直前、発生地点付近に一体のネウロイが確認されています。今朝、我々に再度磁場の乱れを起こされる前にそのネウロイを撃破する任務が下されました」

「磁場の乱れねぇ……EMPみたいなもん?ま、ネウロイが通信の妨害をすることもあるんだし、そこまで珍しくもないような気がするけど」

「問題は規模ね。ここまで広範囲に影響を及ぼされちゃ、普通のネウロイの相手も面倒になるわよ」

「だから早々に倒せってことだよね。変電所を直すたびに壊されて、停電が続くのも困るし」

どこか気軽なジャニスに、フラムと游隼が重ねて言う。

「ネウロイを捕捉できているということは、レーダーシステムは無事なんですか?」

「50kmより離れていたものがまだ正常に稼働できているようです……目標は豊富町上空から25km南下し、現在は天塩町上空にいるとのことです」

フィーネの問いにカニンガムが頷きを返し、クリップボードの書類を捲って答える。そのフィーネの後ろで、腕を組んで首をひねるジャニス。

「うーん……しっかし、どういう原理でEMPを発生させてるんだろうね。そう簡単に出来ることじゃないと思うけど」

「……それ自体がよくわからない存在の能力に原理を求めるのは、野暮だとは思うけど」

2人ずつ縦に3列に並んでいた中、最後列の游隼の横にいたアナがしかめ面で言い、言い終わるのと同時に頭を伏せる。

「まぁ、戦うときに厄介じゃないんなら何でもいいけどさ。近寄っただけで、AEDみたいな効果が出て死んじゃったりしなければ」

「そんなネウロイだったら怖いですね……」

ジャニスの言葉に、隣で身震いするレイ。が、正面にいたカニンガムが手を振ってそれを否定する。

「密着しない限りは影響は無いでしょう。それに、恐らくAEDは磁場とは無関係かと」

「……それじゃ、さっさと行ってさっさと倒すわよ!総員、出撃準備!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

 

 

 

「カニンガム、目標の位置は変化してない?」

『いえ、低速ながらも移動をしています。現在地は海上、天塩町の南西20km地点です』

「海……」

カニンガムからの報告を聞き、数日前の出来事を思い出したのか表情を曇らせるレイ。

「……全く、嫌な仕事押し付けてきたもんだよね、あいつ(クリスタ)。わざわざ私達も一緒にやる必要も無いだろうにさぁ」

「あの4人だけでも不可能じゃなかったよね……でも、もし万が一ネウロイを逃がした時のこと考えると、私達も加えて盤石にしたい気持ちもわからなくないよ」

「けど、目の前で……」

レイに振り返って吐き捨てるように言うジャニスに、游隼が声をかける。それに反論しようとジャニスが口を開くが、更に何かを言いかけた所で言葉を飲み込み、憮然とした表情で正面に向き直る。

「……私は、あいつらの脅威度がちゃんと認識できたことは良かったと思ってる。やり方はどうあれ」

「私もよ。ネウロイの力、そしてそれを利用しようとする者の悪意がね……ツガイ、あれを見てもまだ、あなたはあの子を救おうと思うの?もう、人間として助からないことになっていたとしても」

冷徹なフラムの問いかけに、レイ共々全員が口をつぐむ。しばらくの間、晴れ渡った青空を飛ぶ6人の間に甲高いエンジン音だけが響いた。

「……うん。私は、あの子を助けるよ。もし手遅れだとしても、出来るだけのことはしたい。それが、私の、ウィッチとしての使命だから」

力強い宣言で、6人の間に広がっていた静寂を打ち破るレイ。それを聞いていた全員が、その言葉から、以前と変わらぬ決意を感じていた。

「……ま、そう言うとは思ってたけどね。あんた、時々すっごく頑固だし」

やれやれ、と肩をすくめる動作をしながら、幾分か穏やかな声で言うフラム。その返しを受け、レイが憤慨したように答える。

「そんなこと、フラムちゃんにだけは言われたくないよ!」

「なんですってぇ!」

レイのしっぺ返しに、わざわざ先頭で振り返り、怒りの表情を見せるフラム。それを見ていたフィーネがクスクスと笑い、前を飛んでいたアナに近づいて耳打ちをする。

「……レイ、なかなか言えてますね」

「うち一番の石頭に言われたら、ああ言い返したくもなるよ」

「ちょっとそこ!聞こえてるんだけど!」

喧々諤々と言い争いをしていたフラムが、首を勢いよくフィーネ達に向けて叫ぶ。「おっと、失言」と言ってフィーネは編隊の元のポジションに戻り、アナはそっぽを向いて口笛を吹くことで誤魔化すような素振りを見せる。

一連のやり取りを聞き、難しい顔で正面を眺めていたジャニスの頬も、いつの間にか緩んでいた。

『目標との距離、約3マイル。高度、27400フィート。周囲20km圏内に、他のネウロイの反応はありません』

それから数分後、カニンガムが静かに告げた。

「また電磁場を乱される前に速攻で片を付ける……と言いたい所だけど、最初は少し出方を見ましょう。どんな攻撃をしてくるかわからないし」

「……静止しているということは、侵攻してきて直接攻撃するようなタイプでも恐らくないでしょうからね。推測に過ぎませんが」

「……そういうこと」

フラムの言葉の途中でフィーネが口を開く。それはおおよそ思い浮かべていた通りの内容だったようで、頷くフラム。

「見えてきましたね」

雲を抜けた6人の視線の先で、空にあいた穴のように黒い球体が浮かんでいた。それは水平方向に回転しているようで、ジグソーパズルのように表面に走った規則的な亀裂が移動していた。

「いい?攻撃を仕掛けても構わないけど、向こうが攻撃して来るようなら、可能な限りよく見て防いで!……それじゃ、全機散開!」

「一番槍は貰ったよ!そらっ!」

游隼が左旋回で回り込みながら一気にネウロイへと接近し、攻撃を仕掛ける。ヴォォォ……という唸り声と共にFM61から放たれた弾丸は、回転を続けるネウロイへと伸びていき、着弾する。

「よっし……って、当たってない!?」

しかし、確かに弾丸が命中した筈のネウロイの黒い表皮には一切の変化が無い。それを見た游隼が唖然の表情を浮かべ、再び距離を取る。

「どうなってんのかな、あのネウロイ。完全に当たったと思ったけど、そうじゃないみたいだし」

游隼やネウロイをわずかに見下ろす高度にいたジャニスが、首を捻りながら言う。

「私も少し試してみる」

「ん。気をつけて」

ジャニスの声を背に受けながら、降下していくアナ。球体の近くで止まり、亀裂同士の隙間を狙って射撃を行う。が、その弾丸も再び届かなかったのか、ネウロイの表面にはなんの変化も起きない。

「変化は無し、か。なら、これは」

アナが空を蹴るように足を振り回し、ウェポンベイからミサイルを放つ。白い尾を引いて直進したミサイルがネウロイに直撃し、爆発。

「駄目か」

爆炎と煙が晴れるが、ネウロイは依然として真っ黒なままで、傷一つすら付いていないようだった。

「……皆、一旦私の所に集まって!」

アナの攻撃を見届けた上でフラムが呼びかけ、5人が集合する。

「さっきのでわかったけど、当たってすらいないね。ミサイルの破片の一つも」

「シールドみたいなのを張ってるとか?でも、それっぽい何かは見えなかったし、爆炎と煙はそのままだったしね……」

アナの報告を聞き、游隼が顎に手を当てて言う。

「フラム、全員で同時に攻撃を仕掛けてみない?もし游隼の言う通りにシールドがあるならその穴や隙間を突けるかもしれないし、このままバラバラに攻撃してても埒が明かないよ」

「……そうね、向こうもまだ動く気配は無いし。じゃあさっきと同じような位置で、全方位から攻撃を仕掛けるわよ!散開!」

フラムの支持通り、集まっていた5人が再び上下バラバラに散り、ネウロイを取り囲むような位置についた。

「じゃあ行くわよ……3、2、1、ゴー!」

フラムが手を振り下ろすのを合図にして、6人が一斉に射撃を開始する。上下左右、様々な角度から放たれた無数の機関砲弾とミサイルが空を舞い、悠然と漂っていたネウロイをすっぽりと爆発と黒煙が包み込んだ。すると、着弾とほぼ同時に6人のHUDに表示されていたネウロイの反応が消える。

「やった!」

『いえ、まだです』

歓声をカニンガムの冷静な声が否定されたことで、レイが首を傾げる。

「え?だって、HUD上からは消えてますよ」

『ネウロイはまだ皆さんの目の前に存在しています……警戒を、微弱ながら電磁場の乱れが観測されました』

「うわっ、とと」

フィーネがバランスを崩すほどの強風が6人の間に吹き、もうもうとネウロイを包んでいた煙を押し流す。するとそこには、全く損傷のない、攻撃前と変化していないネウロイが浮かんでいた。

「……うわーお」

更に、損傷が無かったこと以上に6人の目を引く出来事が起こる。規則的な亀裂が走っていたネウロイの表面が剥がれたように浮き上がったのだった。その下には一回り小さい球体があり、浮き上がった表面はさながらその球体を守る盾の役割を担っていた。

「な、なんか早くなってません!?」

『乱れが拡大しています』

それだけに留まらず、浮かび上がった外装ごとしていた回転の速度がぐんと上がる。約10秒で一回転していた攻撃以前と比べ、既に1秒間に数回転するほどまでにネウロイは加速しており、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。

「全員距離を取って……攻撃に備えて!」

高速回転を続けるネウロイが白光が放ち始めたところでフラムが鋭く叫び、全員が後退しつつ片手をネウロイへと向ける。展開されていた外装が呼吸をするように小球体の周りから分散し、そして、再度猛烈な勢いで球体へと合体した。

次の瞬間、音もなく白い光の膜がネウロイから放たれ、6人へと迫る。それぞれが、目を閉じる、片腕で目を覆うといった方法で光から目を守りながら、藁にもすがる思いでシールドを張った。

「…………みんな、何とも、ない?」

閃光が拡がった数秒後。恐る恐る腕を目元から除け、自身の体を見下ろして異常のないことを確認しながら、ジャニスが聞くが、ノイズ音だけがジャニスの耳に届いた。

ネウロイは視界に入っていたものの、回転速度や外見が攻撃以前に戻っていたことから、ジャニスは仲間の安全確認を優先していた。すぐさま自分の上方にいたアナを向こうと同じタイミングで発見し、互いに接近する。

「返事がないから一瞬焦ったけど、インカムが壊れただけみたいだね」

「こっちも。とりあえず、フラムのとこに集まろっか」

「うん」

ジャニスはそのままアナとフラムの下へと飛び、散開していた残りの3人も集まった。

「どうする?」

「撤退しましょう。インカムやHUDも壊れたし、恐らくさっきのが電磁場の乱れなんでしょうけど、もう一度喰らってストライカーに影響が出ないとも限らないわ」

ジャニスに聞かれ、当然であるかのようにフラムが答える。事実、インカムだけでなく、全員のHUDに映像が映っていなかった。

「私達の体にも、ね。心臓が止まらなくてよかったですねえ、レイ」

「本当ですよ!どうなることかと思いました……」

フィーネのからかいに、真面目な表情で安心したように溜息を吐くレイ。

「とにかく、今は基地に戻るわよ……対策を練らないと、あいつには勝てない」

口惜しげにそう言ってフラムが来た方向へと引き返し、5人もそれに続く。

 

 

 

 

「あのネウロイは強力な磁場を形成し、広範囲に放出する他、弾丸や金属の破片を受け止めることによって自身を守っている、と推測されました。攻撃が効かなかったのはその為でしょう」

帰還した6人の前で、カニンガムがクリップボードの書類を捲って言う。

「弾が直接当たっていないんだったら、魔法力もまともに届かないよね。傷がつかない訳だ」

「感心してる場合じゃないでしょ!私達の魔法じゃ、あの装甲を突き破ってコアを攻撃できないよ」

暢気な口調のアナに、游隼が慌てた様子で言う。が、同じく暢気な口ぶりのジャニスがカニンガムへと顔を向けて言った。

「カニンガムのことだし、対策の1つや2つ考えてるんじゃないの?」

「はい。現在、小牧基地に隣接されている工場のF-15Fの2機がFSI仕様へと改修作業中のようで、作業が完了し次第こちらに回して貰えることになりました。その機体にGBU-28を1発ずつ搭載し、ネウロイを攻撃します」

カニンガムの案を聞き、レイを除いた全員が感嘆の溜息を吐く。

「なるほど、バンカーバスターなら効果はあるかもしれません。ですがそれらの作業、少なからず時間を要するのでは」

「そう何日も待ってられないわよ。今までは運良く他のネウロイが来てないからいいけど、2、3日もそう幸運が続くとは限らないだろうし」

「小牧基地の見積もりによれば、約9時間後にはこちらに到着できる予定のようです。私からは、以上です」

フラムとフィーネへのカニンガムの返答に、アナがちらりと腕時計に目をやる。黒地に金の数字が入った文字盤は、10時になるほんの少し前の時刻を指し示していた。

「7時過ぎ。もう暗くなってるね」

「あれだけ光ってればすぐ見つかるよ。他のネウロイが来ても、私達がF-15を守ってればいいんだし」

「……じゃあ、1900時に全員格納庫に集合。それまでは自由時間だけど、各自で装備は万全にしておくように。あとは、一応身体検査も受けておいて。それでは、解散!」

「それにしても、FSI仕様機を2機も回してもらえるなんて運が良かったですね。確か、今はまだ東京のあたりにしか配備されてない筈でしたし」

ブリーフィングルームから出、どこへともなく歩き出したレイが、横を歩いていたフィーネに話す。

「珍しいですね、レイが軍事用語を理解をしてるなんて。バンカーバスターも何かよくわかっていないんでしょう?」

「F-15のことだけは例外なんです。武装まではわかりません!……あいたっ」

何故か得意げに胸を張るレイの後頭部に、フィーネと反対側を歩いていたジャニスがチョップする。

「自慢できることかい。わからない時は聞いてくれれば教えてあげるけど、もう少し自分でも覚えなよー」

「はーい。ジャニスさんとフィーネさんはこの後どうするんですか?」

「今日は天気が良いですし、お昼ご飯まで外で寝るつもりでした」

廊下の窓から燦々と降り注ぐ日光に目を細め、フィーネが言う。2人もそれを聞いて顔を見合わせ、頷いた。

「うーん……私もそうしようかな」

「私もご一緒します!」

にこりと笑顔を浮かべ、窓の外を握った手の親指で指すフィーネ。

「いい場所があるんですよ。案内しましょう」

 

 

 

 

「コンクリートでも6m、地中なら30m貫通……でも、上手くいくかなぁ……」

暗青色の空を飛ぶ2機のF-15に搭載されているGBU-28を見ながら、游隼が小声で呟く。

「もし上手くいかなかったら、本格的にエレノア中尉とかの攻撃型の固有魔法の使えるウィッチを連れてくるしかないのかな……」

「今回の作戦が通用しないレベルなら、その選択肢もあり得るかもしれないけど」

心配そうな表情の游隼に、正面を向いたままアナが返す。その会話を聞き、2人の目下、厚い雲の下を飛んでいたジャニスが話に加わる。

『攻撃型の魔法の替わりになるように、機関砲とかミサイルが発展していったのでしょうに』

「この対応方法は流石に予想外だと思う」

『バンカーバスターの設計者も、電磁場を無理矢理貫通する使い方は予想外じゃない?』

『言えてるわね』

ジャニスの面白がるような言葉にフラムがくすりと笑いながら返し、少し遅れて咳払いをする。

『ネウロイまでもうすぐよ。ボイド、しっかり誘導を頼むわね』

『はーいはい。ま、ちょこまか動き回るんじゃないんだから、こいつで捉えるのも楽だね』

ジャニスがストライカーをぽんぽんと叩いて言う。作戦の概要は、先遣隊としてジャニス・フラム・レイ・フィーネがネウロイに接近して気を引き、游隼・アナの護衛するF-15FSIの2機が、F-35ストライカーに搭載されている誘導システムを用いてGBU-28をネウロイへと命中させるというものだった。

『目標までの距離、2マイル。高度23000フィート。現在、周囲20km圏内にネウロイの反応はありません』

『では円山大尉、発射のタイミングは一任しますね』

カニンガムの報告を受け、フラムがF-15のパイロットへと声をかける。

小牧基地から運ばれてきたF-15FSIの片割れに搭乗していたのは、203部隊でも実力を認められている隊員の一人であり、対地攻撃の経験もある円山大尉だった。もう1機に搭乗する石井中尉も、対地攻撃に長けているベテランである。

《了解です、ローズキャリー大尉》

大尉の声は低く落ち着いており、不安や緊張感は一切漂っていなかった。返答を聞き、一つ頷くフラム。先遣隊の4人が厚い雲を突き破り、雲同士の隙間に出ると、そこには発光する球体が浮遊していた。

『来たわね……ボイト、誘導開始!ツガイは右、フィーネ中尉は左に着いて!私は後ろに回り込む!』

『『『了解!』』』

2人と一緒に散開し、自身もネウロイへと接近するフラムを尻目に、ジャニスがホバリング状態でヘッドセットの横のボタンを操作する。すると、ストライカーの主翼の付け根付近に付いていたレーザー誘導装置が稼働し、レンズがネウロイの上部中央を捉えた。

《ネウロイの捕捉を確認。投下準備を開始します》

大尉が冷静に言うと、ネウロイが外装を展開し始めた。回転速度が上がり、白い光の光度が少しずつ高まっていく。それを見て、4人が息を呑む。

『くっ、こっちの作戦もお見通してってことかしら!』

《3……2……1……投下》

短いカウントダウンが終わり、F-15FSIから小さな投下音と共にGBU-28が放たれる。ネウロイの上空約10000メートル、F-15の実用限界ギリギリの高度から放たれた鉄槌は、位置エネルギーによってぐんぐんと加速していく。

『F-15はアレを受けても飛べるんですか!?もう……』

『耐えられても一度が限界だった筈です。それ以上は飛行に支障が出ます!』

『大丈夫、間に合う!』

『3人とも後退!爆発に巻き込まれたらひとたまりもないわよ!』

フラムの叫びに、フィーネとレイが慌ててネウロイから距離を取る。高速で回転するネウロイはライトのように夜空で輝き、ウィッチだけでなく、上空から飛来するGBU-28すらも照らしていた。

装甲が大きく分散した後、合体するのとほぼ同じタイミングでネウロイにGBU-28が命中。大爆発が発生する。その光景を上空でギリギリまで眺めていた游隼は、爆発の直前、昼間と同じように白い光が放出されるのを見ていた。

「カニンガム、ネウロイは?ってダメだ、インカムが壊れてるんだった!アナ?」

白い光をやり過ごした游隼が叫ぶが、耳に流れ込むのは雑音ばかり。アナに目をやると、苦々しい表情で下を見ながら呟いた。

「……ネウロイは、まだ生きてるみたい」

游隼も目下の空を見ると、そこには確かに球状の白い光が浮かんでいた。途端に、游隼の背中に冷たい汗が生じる。

「ど、どうしよう?」

「そんなの決まってる。もう一発落とす」

多少なりとも焦っているのか早口で言い、機体を傾けて下を眺めていた石井中尉のF-15のキャノピーへと接近するアナ。機体が動かせていることに一瞬安堵する游隼だったが、すぐさまアナを追う。

「どうやって誘導するの?」

「目視で」

「そんな、無茶だよ!」

「百も承知。それに、游隼にも手伝って貰う」

「えぇ!?」

背中からかけられる游隼の声に答えつつ、コクピットの中尉にジェスチャーで何かを伝えようとするアナ。そして無事に何かが伝わったのか、2、3度頷き、主翼下部に搭載されていたもう一発のGBU-28の下につく。

「游隼、今からこれ(GBU-28)を落としてもらうから、そのタイミングを石井中尉に3カウントで指定して!そして、私にも声で伝えて!受け止める!」

「……わ、わかった!いくよ!」

アナのあまりに無茶苦茶な内容の叫びを受け、游隼の思考は僅かな間停止したが、すぐにその頼みを理解し、コクピットの横へと移動する。ヘルメットのゴーグルを上げていた石井中尉に指を3本立てて頷き合い、1本ずつ指を曲げる。

「3!2!1!今っ!」

そして、最後の1本が曲げられたタイミングで、F-15からGBU-28が投下される。それを、重量挙げの選手のように両の二の腕で受け止めるアナ。

「くぅっ……!」

しかし、GBU-28の重さは約2.2トン。いかに人並外れた膂力の持ち主であるウィッチであっても、その重量は軽いものではない。ぐらりと体が前に倒れ、そのまま落下していく。

「アナ!」

「いや、これでいい……!」

GBU-28をしっかりと両腕で抱きながら位置を調整し、一緒に直下の発光体へと落ちていくアナ。その落下速度は、つい先程投下された1発目よりも圧倒的に早かった。

(「位置エネルギーに、私のストライカーと『加速』で運動エネルギーを上乗せする……さっきは電磁場の乱れと同時だったから落とせなかったのかもしれないけど、これならいけるはず……!」)

狙い通りにぐんぐんと加速し、降下していくアナ。音の壁を突き破り、風に流されないように位置を調整しながら、ネウロイへと突撃する。

「喰らえ!」

音のない世界で、ほんの小さな光からあっという間に巨大化したネウロイに、槍投げの選手のようにGBU-28を真っ直ぐに投げつけるアナ。軽くなった体を捩り、ギリギリでネウロイの横を通り過ぎた瞬間、アナの背後で2度目の大爆発が起きた。

強烈な力の奔流からは逃げ切れず、アナの体がぐらぐらと揺れ、きりもみのような状態に陥る。「加速」を解除し、速度を落としながら、なんとか体勢を安定させるアナ。間髪入れず、今しがた横を通り過ぎたネウロイのいる空を見上げる。 

そこでは、バラバラにちぎれた球体の欠片が、高速回転していた時に劣らぬほどの白い光を放ちながら、虚空に消えていた。

「ふ、ぅ……」

それを見て、安心したように俯いて深く息を吐くアナ。そして、上空から飛びついてくるであろう仲間を迎え入れるために再び顔を上げると、遥かな高空にあるものを見つける。

宇宙の手前を優雅に漂う緑色のカーテンは、同時にどこか神秘的で、実物を初めて見たアナは思わず呟いた。

「オーロラだ」

────後日、その日北海道の様々な地域でオーロラが観測できたのは、ネウロイが電磁場を乱した影響であることが判明。大規模な停電で暗く沈んでいた人々の記憶に、確かに強く残ったのだった。




前書きにある通り投稿ペースが落ちますので、今回話題に上がったクリスタの外伝回もかなり投稿に時間がかかると思います
ご容赦下さい


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第22話 ノブレス・オブリージュ

お久しぶりです
暇を見つけては細々と進めていたら長くなってしまいました


爆発の轟音に続いて地面全体が揺れ、砂埃が背中に降りかかる。その衝撃に意識を取り戻したのか、水平に横たわった視界に薄汚れた壁が広がった。

「……!…………!…………」

ふと、水中のように不明瞭な聴覚に聞き覚えのない声が耳に届き、上半身が揺さぶられる。おかげで五感と意識に鮮明さが戻り始め、同時に体の節々の痛みも冴える。

「しっかりして、お姉ちゃん!」

ともすれば自分よりも年下かもしれない、あどけなさの残る少年の声。

「うっ……とりあえず、離して……大丈夫だから」

打撲による全身の痛みに耐えながら、背中側に振り向く。そこには、声の印象の通りまだ10歳にも満たないような風貌の少年がいた。

顔立ちや黒い髪から察するに扶桑人らしき少年は、うろたえた様子でこちらの顔を指差す。

「で、でも、血が出てる!」

「平気……そんなに、痛くないから」

血が入りかけた目を袖で拭うのと同時に再び爆音が響き渡り、足元がぐらぐらと揺れる。

背後の壁に空いた穴から覗く目下の道路では、ネウロイが触手をイソギンチャクのように蠢かせており、すかさず上空から雨のように機関砲が降り注いだ。

(「あの発射音はボイドの……無事みたいね」)

そこで、あるはずのものが無い違和感に耳に手を当てると、インカムが無い。頭をよぎった焦燥に駆られ周囲を見回すと、護身用のベレッタを含めた武装一式とストライカーもそこには無く、あちこちが凹んだゴーグルが転がっているだけだった。

「お姉ちゃん?」

「……君、私が持ってたものを持ってない?どこかに落ちて、ごほっ……っぐ!」

心配げな表情の少年に詰め寄ろうと立ち上がり、一つ咳き込んだ瞬間、左胸にひときわ激しい痛みが走った。しゃがみ込みながら思わず胸を抑えた手が、その感触を伝えてくる。

恐らく、肋骨が折れていた。痛みで感覚が鈍麻しているため正確な数はわからないが、1本以上なのは確実だろう。幸いにも呼吸は出来ているので、肺に突き刺さってはいないようだ。

「ほ、本当に大丈夫なの!?」

「ちょっと、痛いだけよ……君が目を覚ましたときに、拳銃がその近くに落ちていなかった?拾っていない?」

「落ちてたけど、怖くて……拾わないで、ここに逃げてきたよ……」

浅い呼吸で息を整えながら駆け寄ってきた少年に聞くと、少年は俯き加減に言う。責めているわけでは無いのだが、どうしてもそう聞こえてしまっているようだ。

「そう……まあ、今はひとまず、移動しましょう。あのネウロイが私を放っておくとは限らないし、ここに留まっているのは危険だわ」

「う、うん。でも、どこに行くの?」

「屋上……私の仲間がこのビルの周りを飛んでるから、助けてもらうのよ。いいわね?」

飛んでる、という言葉が腑に落ちないのか小声で復唱しつつも、おずおずと頷く少年。ゆっくりと立ち上がり、ヒビが入った非常階段の標識の矢印の方向へと向かう。

(「武装はなし、通信もできない、ついでに私は負傷、と……」)

朽ち果てたオフィスビルの内部を進みながら、状況を再確認する。

たとえストライカーや武装が使える状態でも取りに行くのには手間がかかるし、こんな状態では到底DEFA 791の反動に耐えられないのは自明の理だ。残っているのは、万が一の為に持っていたコンバットナイフのみ。

「……ほんと、ツイてない」

悲観的な現状を鑑み、ついひとりごちた。自分に向けての言葉かと横を歩く少年が顔をこちらに向けたので、手を小さく振り否定の意を表す。

胸の痛みがより意識を鮮明にしたので、なぜこんなことになったのか、記憶を辿る。

 

 

 

 

灰色の雲の下を、編隊を組んだ6人が北東方向へと飛んで行く。

「道東の方面に行く任務っていうのは、中々珍しくない?私、多分初めてだなぁ」

「基本的に、航空ネウロイが旭川辺りを通るようなルートで来ますからね。理由は、よくわかんないですけど」

前後を飛ぶ5人に向けて言うジャニスに、レイが答える。

「ジャニス以外の皆さんは、過去に道東に行く任務に就いた事はあるんですか?」

フィーネの質問に、フラムとアナが首を傾げる。

「……言われてみれば無いわね。私達の任務は迎撃が主体だし、今回みたいな偵察任務もいつも陸軍がやってたから」

「確かに。まあ、別の任務で時間がかかってるんだったら仕方がない」

返答を聞き、4人が呻る。6人の目的地は、旭川の北東に位置し、オホーツク海に面した都市である紋別市。2万人ほどいた住民は5年前のネウロイ侵攻時に退去しており、既にゴーストタウンと化していた。

「ま、ジャミングが発生したってことは、99%ネウロイがいると見て間違いないだろうね」

『ええ。扶桑陸軍の最新鋭レーダーシステムを妨害できるようなジャミングなど、人為的に行うのはほぼ不可能でしょう』

紋別市付近のレーダーサイトがジャミングされたのは、つい1日前の、扶桑陸軍の陸戦ウィッチ部隊が旭川から紋別市とは逆方向にある留萌市へと向かったその日だった。そのため、引き返す訳にもいかない陸軍から空軍へと協力要請があり、201に白羽の矢が立つことになった。

「見えてきましたね」

何本かの自動車道が通っていた山を越えた先の光景を見て、レイが呟く。オホーツク海沿岸部に集中した市街地は遠目に見ても寂れており、人の気配など感じられそうにも無かった。

『ジャミングの中心部は市の北西部にあり、既に市全体をカバーしています。おそらく市内の建物や地中にもネウロイは潜伏していると思われますので、それらしき痕跡が見つかった際には警戒するようにして下さい』

「勝手に土足で上がり込まれてちゃ、たまったもんじゃないねぇ」

「向こうにとってはただの障害物なんだから、そもそも遠慮もしないだろうし」

アナにそう返され、呆れ顔を浮かべたまま首を振るジャニス。

「……いつか北海道が完全に解放されたら、離れてしまった皆さんも昔住んでいた所に戻れるんでしょうか」

「家はともかく、その場所には戻りたいとは思うんじゃない?たとえ全然違う光景になってたとしても、それが故郷ってものでしょう」

先頭を飛ぶフラムが、上半身だけを向けて返す。その返答に納得できたのか、数度頷くレイ。その眼下には、紋別の街並みが広がっていた。

「……ジャミング源を叩く前に、軽く偵察するわよ。私とボイド、フィーネ中尉で中心部(ここ)を」

足元のビルが立ち並ぶ街を人差し指で差すフラムの言葉を、游隼が引き継ぐ。

「じゃあ、私達は南側だね」

「15分後に再集合しましょう。でも、もし目標が動いたら、戦闘中じゃなかったらそっちを優先的に狙って」

「「「了解!」」」

 

 

 

 

「それにしても穴だらけね。下はどんなことになってるのやら……」

道路に空いた直径5m前後の穴を見て、フラムが呟く。10や20ではきかないその数に、長い街道は蜂の巣のように変貌していた。

「道路が無事ですし、それなりの深さはありそうですね。地下に空洞を作って増殖していないといいのですが」

「それも考えられるね……そうでないことを祈りたいけど。もぐら叩きは勘弁だよ」

穴を見つめ続けたせいか引き込まれそうになる感覚に首を振りながら、ジャニスが言う。

「……あのビルの中を確認しましょう。ボイドはそのまま周囲の監視を。フィーネ中尉、着いてきて」

「了解です」

「はいはいっと」

元は商社だったらしき大きなビルの壁面に近づき、ゆっくりと内部に入り込む2人。オフィス内はレーザーによって無残に切り裂かれ、天井や机が真っ黒に焼け焦げていた。

「酷い有様ね。ただ、この頃にはもう人は居なかっただろうし、そこが救いかしら」

「ええ、本当に……今のところネウロイの痕跡は見つかりませんが、別の階も探してみますか?」

ストライカーの排気で舞った埃を吸い込まないように腕で口を覆いながら、フィーネが振り返る。確かに、オフィス内にネウロイの移動痕らしきものは無かったが、フラムは頷く。

「一応、下の階も見てみるわ。中尉は外側に何かないか探してみて」

「はい。わかっているとは思いますが、警戒は怠らないようにしてくださいね」

「もちろん」

壁の穴から外に出ながら言うフィーネに、振り返って言うフラム。ごく低く浮遊したまま、消えてしまった非常口の電灯の指す方向にあった扉を、ストライカーの主翼がぶつからないよう横向きになりながら開ける。

狙い通り、そこには階段があった。真っ暗な空間をゴーグルに備え付けのライトで照らし、壁や床を注視しながら下へと降りていく。

片手でDEFA791を保持しながら、降りた先にあった扉を静かに開け、その隙間から1階の様子を伺う。が、2階と変わらず荒れ果てていただけで、ネウロイが活動したような跡も移動物も無い。

「ふぅ……こちらフラム、1階も特に変わったことはなかったわ」

安堵のため息をしつつ、肩にDEFA791を乗せるフラム。

『骨折り損でしたね』

『根城になってなかっただけマシじゃない?余計な戦闘はしたくないし〜』

「まあ、そうとも言えなくはないわね。もう何軒か侵入されていそうなビルを当たってみて」

フラムが、無線に答えながらビルの外へと出た時だった。視界の右の片隅で何かが動き、更に砂利を踏みしめたような音まで立てたのだ。

「──っ、誰!」

鋭く右に目をやっても影はそこには無く、走っているのか、素早いテンポで地面を踏みしめる音が遠ざかっていくのがフラムの耳に届いた。

出力を制御し、右側の一番近くにあった路地裏をフラムが覗き込むと、音の主らしき──恐らくは人間に違いないであろう──何者かの翻った服の一部が、右の建物の影に消えて行った。

『何?誰か居た?』

「ええ!多分人だけど、何かがこのビルの裏路地を右に行ったのを見た!追うわ!」

『私は上から行きます』

即座にビルの屋上ほどの高さにいたフィーネが右斜め前方に飛び、先回りするように路地の上に出る。が、その姿を捉えかけた瞬間に、影は別の建物の壁にぶつかるようにし、視界から消える。

『フラム、5m先の曲がり角を左に行った先の建物の壁面に、人が通れそうな穴があるはずです。対象は、そこに逃げ込んだかと』

「ありがとう、探してみるわ」

すぐさまフィーネに言われた角を曲がると、確かにその建物の壁には2mほどの縦に細長い楕円形の穴が空いており、一般的な体型の人間なら苦もなく入れそうだった。

とはいえ、ストライカーを履いたままでは難しそうだったので、ランディングギアを展開してゆっくりと着地し、近くにあった瓦礫を足がかりに地面に降りるフラム。

周囲の静けさの中で軽い着地音が響くも、逃亡者の移動音は聞こえてこない。油断せずにDEFA 791を置き、腰のホルスターから出したグロック17を右手で構え、左手を無手にする。

「……何者かは知らないけど、そこにいるのはわかってるわ!痛い目に遭いたくなかったら、5秒以内に投降しなさい!……5!4!」

フラムの張り上げた声が穴の先や壁に反響し閑静な街に木霊するも、変化はない。

「3!2!……1!」

カウントダウンを終えたフラムが、グロックを握る手にぐっと力を込めたときだった。HUD上のレーダーを見ていたジャニスが、その変化にすぐさま叫ぶ。

『フラム!ジャミング源が動いた!』

「全く、嫌なタイミングで動き出すわね……周囲に警戒!私はこっちを先に済ませるわ!」

『『了解!』』

一瞬レーダーに目をやってからフラムが素早く告げ、2人が周囲を見渡す。すると、一際高い位置にいたジャニスが、街の北部の異常に気づいた。

『うっひゃ〜、立派だこと』

『あれではもぐら叩きには少し大きすぎますね』

北西部の住宅街の一角で土煙が上がり、その中から黒い塔が地面から生えるようにして現れた。ジャニスの現在高度から推測しても、40mは下らない高さだろう。

「……多少の怪我は覚悟してもらうわよ!」

フラムが意を決し、シールドを展開しながら光の漏れている壁の穴へと入る。転がっている複数の丸テーブルや椅子を見るに、元々はカフェだったらしき建物の中には、人影どころか動く物体すら無かった。

(「隠れた?でも、動く音はしなかったし……居たのは間違いない、と」)

差し込む光はあったがより詳しく痕跡を探すために、シールドを収束し、ライトを点灯するフラム。足元をよく観察すると、うっすらと積もった埃の上に自分のもの以外の足跡を発見した。

それは一定の距離まで伸びており、ふと唐突に消えていた。消えた地点の周りにもだが、バックトラックをしたと考えてもフラムより手前に隠れられそうな場所や物は無い。

静止したまま目まぐるしく思考と視線を巡らせるフラムの背後に、何かが落ちる物音が響く。それに、シールドを背面に展開しながら猫のそれのような反応速度で振り返り、銃を向けるフラム。

そこに落ちていたのは、数本の蛍光イエローの線が入った一足の運動靴だった。フラムのスニーカーと大差無いサイズや、マジックテープで足に固定する形式から、それが小学生程度の小児向けのものであることはすぐに判明し、更にフラムの視線は即座に上へと向けられる。

「……!」

フラムの目に飛び込んだモノの第一印象は、「天井付近の闇の中に浮かんでいる少年」だった。落ちたものと同じ靴を履いていて、グレーのセーターと紺色のジャージといった、何の変哲もない格好。

そして、幼い顔面の口元が真っ黒なことと、浮いていること。その通常ありえない2点の現象がフラムの脳に、ひいては肉体に判断を下させた。

「ネウロイだ」と。

瞬時に、少年の周囲の闇に向けて発砲するフラム。放たれた9×19mmパラペラム弾が暗闇を裂いて着弾し、新たな白光を生み出した。

『ん?フラム、どうしたの!』

金属を擦り合わせるような声と共に、天井に張り付いたネウロイが少年をフラムが元々向いていた背後へと放り投げる。

「う……わぁぁあ!?」

「ちぃっ!」

自分の頭上を飛んでいく少年の落下に合わせ、後ろに倒れ込むように跳ぶフラム。首を前に屈めつつ自由落下する少年を腕で抱え、窓だった場所をすり抜ける。

「君!立って歩けそうなら、ここから離れなさい!」

「うぅん……うぅ……」

フラムが体を起き上がらせて檄を飛ばすも、少年は未だにグロッキーで、その言葉も半分ほどもわかっていない様子だった。

「やっぱりあれくらいじゃ効かないわよね……うわっ!」

少年の体を揺さぶるフラムを、件のネウロイの体から伸びた、タコの足のような無数の腕が襲った。咄嗟に左手でシールドを展開し、急襲を防ぐフラム。

「このっ……2人とも、この建物の中にネウロイがいるわ!牽制して!」

『了解!』

シールド越しに何度も叩きつけられる触腕に歯噛みしながら、フラムが2人に叫ぶ。それとほぼ同時に、ジャニスも叫んだ。

『っ、フラム!4時!』

ジャニスの叫びで、フラムの顔が斜め後方に向けられる。その直後、シールドで防いでいるものと同じ腕が、コンクリートの地面を突き破って勢いよく出現した。

「嘘っ!?」

間髪を入れずにぐるりと右にスイングし、2人を襲う腕。位置関係から見ても、先に少年へと当たるのは明白だった。

一瞬の逡巡を乗り越え、グロックを捨て、少年の襟を右手で掴んで後方の道路へと投げ飛ばすフラム。最早、上にも下にも回避することは不可能だった。

最低限の防御のために戻ってきた右手を俊敏に躱し、無防備になったフラムの胸元に、鞭のようにしなった触腕が叩きつけられる。

「っ、は……!」

肺が押されたことによって、フラムの口からは意思とは反して空気が漏れ出す。そして、その華奢な肉体は猛烈な速度で斜め後上方に打ち上げられ、向かいの朽ちたビルの壁を突き破った。

『フラムーっ!』

 

 

 

 

(「腕が当たる瞬間に、思い切り後ろに跳んでおいて正解だったわね……もしまともに食らってたら、今頃は死んでたかも……まあ、少しやりすぎたかもしれないけど」)

痛む胸の感覚にも慣れ、呼吸も安定したため、僅かなりともフラムの思考も落ち着き始めていた。非常階段も発見したことで、手すりを掴みながら横を並んで歩いていた少年に話し掛ける。

「キミ、名前はなんて言うの?」

フラムに話しかけられたことで、びくりと肩を震わせる少年。しばしの間階段で立ち止まって、口を開く。

「……ナナバン、って呼ばれてた、から、それでいい……」

最初は扶桑の珍しい名なのかとも思ったが、少年の「呼ばれていた」という発言から、そうでもないようだと意識を改めるフラム。その言葉に違和感を覚えつつ、会話が途切れないように続ける。

「じゃあ、ナナバン君は、どうしてこんな所にいたの?……もし良かったら、聞かせてくれない?」

「……お姉さんの仲間って、ウィッチ、だよね」

「ええ、そうよ。私もそう」

「お姉さんは、ぼくを殺すの?」

真っ直ぐに自分を見つめた少年の言葉に、フラムは眉をひそめた。確かに、既にゴーストタウンと化した街にいる時点で怪しい存在ではあるが、それだけで殺すほど軍も狭量ではない。

「いいえ。どうして?」

「だって、ぼくは……ぼくは、人じゃ、ない、から……」

泣きそうになりながら少年が話した言葉を聞き、フラムは目を見開いた。が、少年が俯いていたせいで、それは悟られずに済んだ。

「どういうこと?人じゃない、って」 

「ぼく……の、体の中には、ネウロイのコアがある。だから、もう人じゃないし、ウィッチにも殺されちゃう、って言われて……」

鼻水をすすって、少年が続ける。逸る気持ちを抑えながら、あくまで冷静に続きを促そうとするフラム。

「言われたって、誰にそんなことを」

「わかんない……知らない場所に、知らない大人の人に連れてかれて……その人たちに、コアを移されたんだ」

「連れて行かれた……キミの体にコアが移された時の……いや、その前から、思い出せる所まででいいから、教えてくれない?」

「うん……知らない人に病院みたいな所に連れてかれて……何をするのって聞いたら『君はこれからイダイナソンザイになる』、って言われて、寝ちゃったんだ。それで目が覚めたら、頭が痛くて、『君の体にネウロイのコアを埋め込んだ』って……」

「……それより前のことは?」

「よく覚えてない……あの日から、思い出せないんだ……お姉ちゃん?」

少年の訝しむような声でフラムが我に返ると、あまりにも力が入ってしまったのか、握っていた金属の手すりに指が食い込んでいた。慌てて手を振り、平然を装う。

「な、なんでもないわ……でも、見る限りナナバン君の体はネウロイみたいにはなってないみたいだけど?」

過去の恐怖を思い出しているのか、少年は顔を青ざめさせつつも、ぽつりぽつりと話す。

「うん……それから、ぼくと同じ……コアを埋め込まれた子たちが集まって、『ウィッチは敵で、君たちを殺す』とか、『君たちはもう人じゃないからだ』って教えられた……すごく怖かったけど、1人以外はネウロイみたいになれなくて、『シッパイサクだ』って怒られて……みんなでバラバラに逃げ出したんだ」

「だから、この街にいたのね……その、ネウロイみたいになれた子は、どんな子だったの?覚えてること、教えてくれないかな」

「で、でも……お姉ちゃんは、ウィッチなんでしょ?」

うっ、と言葉を詰まらせるフラム。確かに、少年が先程聞いたウィッチのイメージを抱いているならば、わざわざ似た境遇の者のことは喋ろうとはしないだろう。

「え、えぇっと……実は、私達は特別なウィッチなの。キミを見つけても殺さないのは、キミと、キミと一緒にその『病院みたいな所』から逃げてきた子を、助けるのが目的だからなの」

あえて笑顔を見せ、警戒心を解きほぐそうとするフラム。情報を引き出すためとはいえ、(フラムも似たりよったりだが)年端もいかない少年を騙すことに抵抗は覚えたが、少年の言葉にはそれほどに価値があった。

「覚えてる?キミがさっきネウロイに捕まってた時に、私が助けたの。キミの言うとおりの目的なら、わざわざ助けないでしょ?」

「そ、そうかも……」

「ね?だから、その子のことを教えてくれない?外見……どんな見た目だったか、だけでもいいから」

「うん……えっと、まず髪が……っ、うわぁぁ!」

「うわっ、と」

少年が話し始めようとしたその時、階段が揺れ、2人はしゃがみ込んだ。おそらく、ネウロイが自分(あるいは少年か?)を狙って、ビルそのものか柱に体当たりでも仕掛けたのだろう、と推測するフラム。

「……あともう少しだし、説明は屋上に行ってから聞くわね。私の仲間と合流できれば、もう安全よ」

「う、うん……」

頷き、少年は手すりを手がかりにして立ち上がる。が、その両足は小刻みに震えていた。彼の意識に刷り込まれたものの大きさに複雑な感情を覚えながら、安心させるように手を握り、ぐらつく階段を登っていくフラム。

「よ……いしょ、っと。ネウロイは、居ないみたいね。ほら、今のうちに出ましょう」

錆びついた鉄製の非常扉をフラムが押し開けると、2人の前に屋上が広がる。床の所々に穴が空いているのを見るに、航空ネウロイの攻撃でもあったのだろうか。

「わ、わかった」

「さっきはボイドが上にいたはずだけど……あ、いた!ボイド!うっ……」

フラムが周囲を見渡していると、ビルの前の空間に、レーザーの勢いに押されたジャニスが飛び上がった。声を張り上げて呼ぶが胸に痛みが走り、その場にうずくまる。

「くっ……あ、フラム!よかった、無事……じゃ、ないみたいだね。大丈夫?肋骨?」

「多分そう……ネウロイは?」

「フィーネがこのビルの前の道路に抑えつけてる。ジャミングで通信は取れてないけど、レイ達ももうすぐこっちに来ると思うから、呼んでくるよ……その隠れてる子が、さっき見たって子?」

ジャニスがそう言って背後を指したところで、フラムは背後の少年の存在を思い出した。振り返ると、少年は鉄扉の影に身を隠し、恐る恐るという風にジャニスを覗き見ていた。

「そう。ほら、何もしないでしょ?この人も私の仲間だから、こっちに来て大丈夫よ」

「……うん」

「フラム、ちょっと」

2人のやりとりを見ていたジャニスがホバリング状態で手招きし、フラムを少年から離れた場所に呼ぶ。

(「どしたのあの子、何か訳有りっぽいけど」)

フラムの耳元に顔を近づけ、声を落として話すジャニス。

(「大まかに説明するわ……おそらく、前に遭遇した人型ネウロイと同じ謎の施設で、人体実験を受けさせられていたらしいの。コアが体に埋め込まれたんだけど、ネウロイ化はしなかったって」)

同じくひそひそ声で話すフラムの言葉に、ジャニスが驚いたように短く口笛を吹く。

(「で、どうすんの?一緒にいたってことは、殺すつもりはないんでしょ。保護?」)

(「ええ。基地に連れて行って、その後は……」)

「お、お姉ちゃん!前に!」

少年の叫びに2人が振り返った瞬間、道路に面したビルの壁面から無数の黒い触腕が這い上がってきた。

3人が、亡者の手の如き触腕の先端が赤く光ったと認識した次の瞬間。幾本ものレーザーが屋上をうねり、穴だらけになっていた地面ごとフラム達を襲う。

「フラム!」

片手でシールドを展開し、レーザーから身を守りながらジャニスがフラム達へと手を伸ばす。が、フラムは立ちすくんでいた少年の手を取りに行っていたために、僅かに反応が遅れ、その手を掴むことは出来なかった。

足元が崩落したことで、2人の体は重力に引かれて落ちていく。目下の階は屋上の瓦礫によって床が抜けており、そのまま落ちれば無事では済まないことは確かだった。

「わ……ぁぁあ!」

舞い上がる土煙と埃の中へと落ちるも、フラムが崩れた壁から突き出ていた鉄筋を空いた片手で掴んだことで、2人の体は屋上から5mほどの高さにあった。

「っ、ぐぅ……!」

食い縛られたフラムの歯の間から、堪えきれずに嗚咽が漏れる。自重に加えて少年1人分の体重がかかることで、その肉体には激痛が走っていた。

「……ボイド」

フラムが呟きながら見た頭上の穴からは、継続して襲いかかるレーザーに耐えるジャニスの姿が見えた。

「……フィーネ中尉」

重低音のドラムロールのような、機関砲の独特の発射音が聞こえたことで、姿こそ見えずともフィーネの生存を確認するフラム。

「ぅあぁぁっ!」

間髪を入れずに炸裂音が響き、ビル全体が揺れる。フィーネのミサイルが、ビルに貼り付くようにしていたネウロイに命中したのだろう。体が揺れたことでフラムの体を再び痛みが襲い、悲鳴が上がる。

(「駄目、力が入らない……!」)

痛みによって意識が遠のき始めたことで、フラムの両手から力が抜ける。ただ支えることもままならなくなり、徐々に2人の体が下がっていく。

「……お姉ちゃん、手を離して……このままじゃ、ふたりとも死んじゃうよ!……ボクはもう人じゃないし、死んでもいいんだ!」

フラムの右手にぶら下がっていた少年が、涙ながらに叫ぶ。が、口の端から血を流し、痛みに顔をしかめても、俯いて精一杯の笑顔を少年に向けるフラム。

「……いいえ……私は、キミを守る……絶対に」

「なんで……」

「私、言ったわよね……キミを助けるのが、目的だって。あれ、嘘なの」

「え……」

少年が唖然とした表情を浮かべるが、フラムは続ける。

「この街に来たのも、キミと会ったのも偶然……多分、キミが言う、ネウロイになれたって子と同じ女の子とも、前に遭遇したわ。その時は、迷わず殺そうとした……人型であっても、ネウロイだから」

少年は声も上げずに、フラムの言葉を聞く。

「……ずっと、迷ってた。あの判断は、正しかったのかって……でも、キミのおかげで、本当のことを知ることが出来た……」

自然と、鉄筋と少年の手を握るフラムの手に力が入り、2人の体が持ち上がっていく。

(「私には……()()()やエレノア中尉みたいに電撃を放つことも、李大尉みたいにシールドを活用することも、フィーネ中尉やスリャーノフ大尉みたいに高速で移動することもできない……でも、だからって、諦められるもんですか……!」)

フラムの視線の先で、耳障りな金切り声を上げるネウロイが肉体をよじらせ、黒煙が上がる損傷部を反対に向ける。割れ砕けた窓枠から、ビルの中へとまばゆいばかりの赤い光が差し込んでいた。

「……私は、君が元の人間に戻ることができる可能性を諦めない……だから私は、キミに、今この瞬間を生きることを諦めさせないの!」

胸部の痛みに耐え、集中のために一度深呼吸をするフラム。その全身が青い光に包まれ、頭と尾てい骨の辺りから白いペルシャ猫の耳と尾が生える。

「……隊長命令よ、ボイドっ!しっかり、キャッチしなさいっ!せぇぇえ……のっ!」

「ええ……えぇぇぇぇっ!?」

左手で自分を持ち上げるのと連携させ、右手で少年を垂直方向へと放り投げるフラム。重力に真正面から逆らう動きを強制させられた少年は、抗議の声の代わりに困惑の悲鳴を上げた。

「ちょっ……ったく、無茶するね!」

唐突なフラムの叫びとその行動に困惑するジャニスだったが、シールドを収束したかと思うと、ネウロイからの猛攻を体捌きだけで避け、ふわりと空中を舞った少年の肩を確かに掴む。

「ほい、掴んだよ!……おひゃー!」

少年をキャッチして安堵するのも束の間、更に激しくなったレーザーの嵐によって、体を上空へと無理やり押し上げられるジャニス。

『全く、近づく隙もないですね……!』

ビルの向かいの道路上でネウロイを攻撃していたフィーネも、触腕を活かした多方向からのレーザーによって、接近すらままならない状況だった。

それほどに荒れ狂うネウロイを、フラムはただ1人、ビル内部の鉄筋の上に乗って見、呟いた。

「一般市民の安全を確保し、なおかつストライカーユニットが使えない状況でネウロイを撃破する……難題ね」

そして、制服のボタンを開き、脇にぶら下げていたホルスターからコンバットナイフを抜いた。数週間前に身につけた自分なりの投げ方を思い出し、刃先を右手でつまむ。

「力をお貸し下さい……ペリーヌ・クロステルマン様」

一言、目を閉じてそう言ったフラムは、まるで階段を一つ降りるかのような気軽さで、虚空へと足を踏み出す。

赤い光ーーネウロイのコアの光は、フラムがぶら下がっていた位置よりも下から差し込んでおり、直接視認はできていない。鉄筋の上からナイフを投げても、ほぼ確実に命中しないだろう、と踏んだ上の行動だった。

足を下にして落ちていく中で右腕と右肩を後方に引き、その時を待つフラム。赤い光は徐々に弱々しくなっており、コア周辺の装甲が修復されていることを表していた。

制服は音を立ててはためき、青いリボンにまとめられた金髪もあちらこちらに揺らめく。が、その精神は胸を刺す痛みも忘れ、思考は深海の底の如き静かさを保つ。

集中の源は、ネウロイや少年を襲った謎の組織への怒りか、それとも別の感情なのかフラムはわかっていなかった。心の中にあったのは唯一つ、右手のナイフを正確に投げることだけだった。

赤い光に近づき、フラムは腕の感覚のみに意識を集める。視界を上向きに流れていく景色がスローに見え、崩れた張り出した床を通り過ぎた時、血よりも鮮やかに光るコアが、フラムの目の前に現れる。

「ふっ!」

新たに形成された装甲の隙間から覗くコア目掛け、小さく息を吐き、右腕を全力で振り抜くフラム。

顔を通り過ぎて少しした辺りでリリースされたナイフは、全体に魔法力の青白い光を纏い、真っ直ぐにコアへと飛んでいく。

フラムは、少しでも抵抗が生まれるように両手足を広げ、仰向けの姿勢で落下する。重なり積もった瓦礫に全身を叩きつけられる前にシールドを展開し、軽くバウンド。幸運な事に、落下地点の瓦礫は平坦だった。

「いだっ!……んぐぅ……」

10cmほどの高さから落下し、平らな瓦礫の上で悶えるフラム。涙に滲む視界の端では、白い光がビルの外から差し込んでくるのが見えた。

呼吸が落ち着いた所で安堵の溜息を一つ吐き、横たわるフラム。いつの間に晴れていたのか、吹き抜けと化してしまった屋上から見える青空に小さな影を発見し、フラムの口元に笑みが浮かぶ。

「全く……遅かったじゃない」

甲高い双発型魔導ジェットエンジンの音に、柔らかな口調で呟くフラム。影はどんどん大きくなり、青い空を隠していく。

「ごめん!負傷箇所は肋骨と、後はどこかある?」

「背中もよ。先に肋骨をお願い」

「わかった、ちょっと待ってて……」

レイは即座に瓦礫のない平地に降下し、ストライカーと装備を置いて仰向けのフラムの横にしゃがみ込む。

「……はい、これでいいはず。深呼吸してみて」

両手をフラムの胸にかざし、数十秒ほど治癒魔法を発動させてレイが言う。その通りに何度か深呼吸しても胸の痛みが無いことを確認し、フラムはゆっくりと起き上がる。

「次は背中だね。どこかピンポイントで痛かったりしてる?」

「いや。全体をお願い」

「了解っと……そういえば、あの子のこと、ジャニスさんから聞いたよ……人型ネウロイになれたって子の特徴も、一緒に」

あちこちが破れた制服の背に手を当て、レイが静かに切り出した。その言葉にフラムはこれといった反応も見せず、黙って治療を受ける。

「髪は金髪で短くて、目の色は赤。別れた時に着てたのは、黒いパーカーだったって」

「……聞けば聞くほど、あの時の人型ネウロイと一致するわね」

「やっぱり、あの子は人間だったんだよ!私が治したときだって、肉体は完璧に人間のものだったし……わっ?」

「私に、話させて」

背中の治療を終え、正面に回り込んでまくしたてるレイの顔の前に人差し指を突きつけるフラム。驚きとその後の言葉を受け、レイは押し黙った。

「以前の一件の……あなたの判断は正しかった。あの時あの子を撃ってたら、私は軍人としてではなく、人として大切なものを失うところだった。改めて言うわ、止めてくれて、本当にありがとう」

正座の姿勢になり、深く頭を下げるフラムを、レイは神妙な顔つきで見ていた。

「……そして、ここに誓うわ。私は、あの子をあんな風にした組織を絶対に止める。これ以上、あの子たちと同じような存在を生み出さない為に。たとえ、この命に替えてもね……あなたはどう?少尉」

そう言って立ち上がり、座ったままのレイに勢いよく手を差し出すフラム。レイは、その手をなんの迷いもなく掴み、立ち上がる。

「聞くまでもないでしょ……隊長」

お互いに覚悟の籠もった視線をぶつけ合い、フラムとレイはぐっ、と握手を交わした。

 

 

 

 

2人はそれから部隊に合流し、多少の苦戦はしつつも(ストライカーが壊れていたフラムは除く)5人でジャミング源である塔型ネウロイを破壊。

聞いたこと、誓い合ったこと全てを部隊の全員に説明し、便宜的に同意を得たのだった。




長らくお待たせして申し訳ありません
やっと受験生の辛さが実感できるスケジュールになり、小説に手を付けられるような状況でもなくなってきているため、次話は少なくとも2月頃まで投稿できないかと思います 伏線張っといてなんですが
気長に待っていただけると嬉しいです


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第23話 幽谷を渡る幻影

お久しぶりです
共通テストも終わり、二次試験まで少し間ができたので前々から書いてた話を仕上げました



「ふわ……ぁ」

口元に手を当てながら、小さくあくびを一つする游隼。目尻に浮かんだ涙をゴーグルを上げて拭っていると、後ろを飛んでいたレイが横に並ぶ。

「陽も出てきましたし、行きの時と比べてかなり暖かくなりましたね」

「おかげで眠くなってくるよ……んっ、よし!」

眠気を振り払うように両頬を軽く叩いて頭を振り、腕時計に目をやる游隼。時刻は11時8分になったばかりで、2人が哨戒のために基地を出てから1時間と少しが経過していた。

「ちなみに、今日のお昼ご飯は何の予定ですか?」

空腹感が出てきたのか、腹全体をさすりながらレイが聞く。それに対し、ポケットからメモを取り出して答える游隼。

「今日の予定はー、ボロネーゼと、シーザーサラダ!前アナと買い出しに行った時に食べたのが美味しくてさ、自分でも作りたくて──」

游隼が嬉々として語っているさなか、無線の接続を表す軽い電子音が2人の耳に届く。

『お話中に申し訳ありません、李大尉。緊急連絡です』

「……何かあったの?」

カニンガムの報告で2人の顔が瞬時に緊張で引き締まり、低いトーンの声で游隼が聞く。

『現在大尉達が飛行している付近の山中に2人の遭難者がいる、と道警から連絡がありました。遭難した地点の特定は大まかに済んでいるので、できる限り痕跡を探し、可能であれば回収してほしい、と』

カニンガムの言葉で、HUD上の景色に緑色の光点が浮かび、そこまでの距離が表示される。雲と並ぶような高度を飛んでいた2人が見下ろす目標地点は、天辺にうっすらと雪が積もった峰々の間にあった。

「大雪山ですね。一番高いのは旭岳、だったかな?」

「うー、こんな時に山に登らないでよぉ……しかも遭難してるし!」

「恨み言は助けた後ですよ!早く行きましょう!」

げんなりとした表情でこぼす游隼に発破をかけ、先行するレイ。

「あ、待ってよ!」

 

 

 

 

「それにしても、急に濃くなりましたね、霧」

「おかげで見通しが全然きかないよ……」

2人が山々を見下ろしていた時からうっすらとかかっていた霧が、目標地点付近へと降下した頃には濃霧と呼んでいいほどに立ち込めていた。山肌に沿って飛ぶ2人が霧を通して見えたのは、高い木々の先端だけであり、そのままでは地形すらも判らない。

「もう少し降下して探した方がいいんだろうけど、ちょっと怪しいような気もするんだよね。もしネウロイがいたら、私達だって危ないよ」

「ここまで来たんですし、遭難した人達を見捨てる訳にもいきませんよ!ネウロイの反応は無いんですよね?カニンガムさん」

心配げに言う游隼に、不服そうに返すレイ。耳のインカムに手を当て、カニンガムに聞く。

『現状、お二人の周辺にネウロイの反応は確認していません。が、以前お嬢様とボイド中尉が遭遇した擬態タイプのネウロイは、動き出すまで反応がありませんでした。潜んでいないとも言い切れません』

「遭難した人達だってこんな状況なら尚更動かないだろうし、せめて霧が晴れるまで待とうよ」

「……はい」

2人からの説得を受けて渋々頷くレイだったが、それでも納得できかねたのか、落ち着かない様子で游隼の周りをふらふらと飛ぶ。そうしている間にも霧はより濃さを増し、目下の白い大地は顔を出していた木々も飲み込んでいった。

「やっぱりおかしい……さっきから全然薄くならないし、むしろ濃くなってる。朝よりだいぶ暖かくなってるっていうのに」

『霧を放出するネウロイも、二次大戦時のヨーロッパで出現が確認されています。広大な範囲に濃い霧を発生させ、一部の作戦遂行に大きな支障を来たしたと』

「キール奪還作戦の時のネウロイですよね?もし同じタイプだとしたら、遭難した人達も危ないですよ!」

「キャァァァッ!」

「うわあああっ!」

カニンガムの言葉を聞き、游隼にレイが食ってかかった次の瞬間。2人の正面方向(おそらく山肌)のかなり低い位置に赤い光がぼんやりと浮かび上がり、続いて男女の甲高い悲鳴が山全体に木霊する。

「今の!」

『ネウロイの反応を検知。座標を送信します』

HUD上に緑色の正方形型の枠が浮かび、距離が表示される。振り返ったレイの目元はゴーグルに隠れていたが、真一文字に食い縛られた口が、悠然とその表情を表していた。

「……行くよ、レイ!」

「はい!」

それに呼応するように頷き合い、移動する正方形の方へと前進しながら降下する游隼とレイ。再び霧が赤く発光し、若い男女の悲鳴が響き渡る。

「攻撃されてる?でもレーザーの音も着弾音も無いし、妙に高度も低い……」

「もう少し降りましょう!多分、この先は山と山の間で谷みたいになってるんだと思います」

『救助を待っている間に霧に飲まれ、そこに攻撃を受けた、ということでしょうか。追われて……だけ……悲鳴を……るのも……』

2人が高度を下げて霧に突入すると、インカムから流れ込む音に雑音が混じってカニンガムの声が不鮮明になり、ついに途絶えてしまった。

「カニンガム、カニンガム!……くっ、無線が……上まで戻って作戦を立てたいけど、そんな時間は多分ないし……」

HUDの表示が乱れ始めたのに加え、付着する水滴によって視界が狭まるため、ゴーグルを額の上にずらした游隼が苦々しげな表情で言う。

「幸いネウロイはこっちには気づいてないみたいだから、一気に接近してネウロイを倒すか、無理そうなら遭難した人達だけでも救出しよう!……危ない橋を渡ることになるけど、それしかない」

「危ないと言われても、今更って感じですけどね」

肩をすくめるレイに苦笑いを返しながら、游隼が答える。

「まあね……私が先行するから、レイは周囲の警戒をしておいて。何かあったら、すぐ教えて」

「了解!」

がしゃり、と音を立てて互いの得物を両手で構え、明滅する赤い光へと迫る2人。移動速度自体は遅いのか、絶叫に近づくにつれ赤い光も大きくはっきりとしたものになっていく。

(「まだ大丈夫そうだね……よし、先に仕留めよう」)

(「同時に行きましょう!」)

(「いくよ、せー……のっ!」)

霧の中にぼんやりと浮かぶ黒いシルエットに2人が肉薄すると、それに反応するかのように赤い光が強く瞬いた。そして、光源は間髪を入れずに複雑な軌道を描きながら高速で霧の奥へと消えていく。

「逃げた!?くっ……!」

それを受け、軌跡の離れた方向へと自らも行こうとするレイ。そのオレンジ色の制服の裾を、游隼がしっかりと掴み、制動させる。

「レイ、あの速さじゃ追いつくのは無理だよ!救助が先!」

「は、はい!」

游隼の一喝で我に返ったのか、すぐさま降下するレイ。下から生えるように現れる木々に苦戦しつつも、地表付近までゆっくりと降りたところで、游隼の体が細かく震え出した。

「んっ……さ、寒い」

「確かに。いくら霧が出るくらいの温度だとしても、寒すぎる気がしますね……昔、オラーシャに寒波を起こすネウロイが出現した話を本で読みましたけど、さっきのネウロイも霧じゃなくて空気を冷やしてるのかも」

「早く、さっきの人達を見つけ出さないと……あ、これ、足跡じゃない?」

両手で体をさすりながら木の間をぬって飛ぶ游隼が、白んだ視界に広がる地面を見て声を上げる。レイが游隼の指すぬかるんだ地面を確認すると、そこには確かに4つの足跡が伸びていた。

「そうみたいですね」

「よし、じゃあこの先に……」

顔を見合わせた2人が、足跡の伸びていく先へと目を向ける。変わらず漂う濃霧によって見通しがきかない空間へと、ゆっくりと進んだ時だった。

「……許してくれぇぇ!俺が悪かったぁぁっ!」

男性の絶叫が2人の耳に届き、見えないながらも聴覚が捉えた正面方向へと急行する。笹が生い茂る藪を突き破り、針葉樹の大木がそびえる開けた場所へと着いた2人は、声の主であろう男性を発見した。

「大丈夫ですか?!」

即座にストライカーを脱ぎ捨て、背を向けてうずくまっていた男性の後ろにすとんと着地するレイ。巨大なリュックを背負って青いジャケットを着た男性は、レイの声にひいっ、と悲鳴を上げ、両手で頭を抱える。

「あ、あんなに早くネウロイが来るなんて思ってなかったんだ!お前の言う通りだ、俺はお前達を置いて……」

「しっかりしてください!私達はあなた達を助けに来たんです!」

何かに怯えるように叫ぶ男性の横にしゃがみ、負けじと声を張り上げるレイ。そのあまりの声の大きさに、後ろでストライカーを脱ぎ、レイの分と一緒に木に立て掛けていた游隼も驚いていた。

「た、助けに来た……?」

「はい!おそらく、今ネウロイは近くにいません!安心してください!」

レイの言葉に、男性が恐る恐るという様子で顔を上げる。ところどころに泥が付いた顔は蒼白の表情で、カチカチと歯を鳴らしているのは寒さによるものだけではなさそうだとレイは感じていた。

「あいつは、ダイキはどこだ?あ、あいつが近くにいるはずだ!さっき、そこの木の横に立ってたんだ!俺を恨んで、追ってきた……」

「ダイキ?……游隼さん」

「見てくるよ」

上体をひねり、背後の薄れた景色の中の木を指差す男性。一連の動作と言動を訝しんだレイが振り返って名を呼ぶと、游隼はすぐさまその方向に歩き出した。

ナイフを抜いて右手に持ち、静かに木へと近づく游隼。あと数歩で裏側に回り込める位置に立つと、僅かに聞こえてきた異音に気づき、耳をすませる。

「……さい……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

游隼の耳に届いていたのは、繰り返しかすれた声で発せられた、謝罪の言葉だった。すぐさま木の裏側に回り込むと、男性と同じく登山用らしきジャケットを着、ハット型の帽子を被った女性がそこに横たわっていた。

「だ、大丈夫ですか?あの!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

游隼がレイと同じく女性の近くにしゃがんで声をかけるが、女性は謝罪を繰り返すばかりで、游隼に一切反応を示すことなく虚空を眺めていた。

「レイ、ダイキって男の人はいないけど、もう一人の遭難者らしい女の人がいた!……意識が朦朧としてるみたいだけど、そっちに連れていく?」

「頭を打っているのかもしれませんし、私がそっちに行きます!もう少し話しかけて、何か反応が無いか確かめてみてください!……ダイキという方はいなかったみたいですよ!」

游隼の報告にぼやけた景色の向こうにいたレイが答え、続いてまだうずくまっているらしい男性に話しかける。

「わかった!……安心して、もうネウロイはいなくなりましたよ!どこか痛みますか……っ」

そう言ったのがきっかけで、游隼の過去の記憶が呼び起こされた。同じような文言を、同じような状況で言った記憶。

人が倒れている。ネウロイはいない、安心しろと励ます。どこか痛むか聞く。あの時もそうだった。

言葉に詰まった游隼は、視界が濁るような感覚に襲われた。混乱から平衡感覚が失われ、体が水平を保てない。思わず上半身がぐらつき、湿った落ち葉の上に片手をつく。

「どうですか、游隼さん!」

背後からレイの声が聞こえるが、答えることができない。寒さも相まって、口だけでなく全身が凍りついてしまったかと思うほどに体が動かず、振り返ることもできない。しかし游隼は、名前を呼ばれることに漠然とした恐怖を感じていた。

「游隼さん?……游隼さん!」

游隼は、男性のしていたようにやめてくれと叫ぶこともできない。そして、3度目にレイが名を呼んだ時。目の前の女性がゆっくりと起き上がり、静かに言う。

『游隼』

「そ、んな、なんで……」

帽子の下の顔は、最初に見た時から変化していた。蔑むような半眼に、肩ほどまでの長さで、滑らかに揺れる茶髪。そこにいるはずのない少女が現実となって、游隼の目の前にいた。

「違う、違う!私は……わたしは……っぐぅ……!」

鈍痛に襲われた頭を抱え、地面に両肘をつく游隼。自然と跪く姿勢になった彼女の後頭部に、言葉が投げかけられる。

『游隼、覚えてる』

無感情に響く声は游隼にとって懐かしく感じられ、聞き慣れたものであった。だが同時に、2度と聞けない、聞きたくない声でもあった。

『忘れられるはずもないよね、私のこと』

──────────

────────

──────

────

──

鉄のニオイと、何かが焼け焦げるニオイがした。手に、足に、腹にべっとりと付いた血は、自分のものではない。腕に抱く、人間だったモノになりかけている人間の血だ。

「……痛みは……どこか、わかんないや……」

「しっかり、しっかりしてください!すぐに助けが来ますから!」

流れる血が、温かく感じる。触れている肌は、徐々に冷たく感じてきている。錯覚であって欲しかった。今、知覚している、全てが。

「……游隼は……良かった……無事そう……だね……」

「し、喋らないで!……いま、今、助けが来ますから、ヤマザキ大尉!」

上空を見回す。人々が避難し、もぬけの殻と化した青島の街には数人のウィッチが残っており、今もなおネウロイと交戦中だ。しかし、治癒魔法が使えるのは、目の前にいる彼女だけ。

意識を保たせる為に言いはしたが、既に彼女の命は()()()()()()と頭が認識する。体中に空いた穴から溢れる血が地面に赤黒い水たまりを作り、かろうじて感じ取れる呼吸も、今にも止まりそうなほど弱々しい。

「私の、わたしのせいです……!私が、もっと、しっかり周囲を警戒していれば……!」

「……ばか、だなぁ……全部、游隼に任せっきりの……ごふっ!……私が駄目だった……がはっ!」

蒼白な顔で、血を吹き出しながら、それでも彼女は笑って言う。

「大尉のせいじゃありません!私が油断してたから……どうして、大尉は私なんて庇ったんですか……!」

「……游隼は……必要だよ……これからの、未来に……」

ほんの少し持ち上がった手を、しっかりと握る。握り返す力はまるでなく、今にもほどけてしまいそうな抱合。

「しっかりしてください、大尉!私はここにいますから!」

彼女は私の手の感触を確かめ、顔を歪ませる。その目尻から透明な粒が落ち、血と煤に汚れた顔に流れていった。

「……ごめん……ね……」

それが最後の言葉だった。

全身から力が抜け、落ちる彼女の腕を支えることも出来なかった。落ちた手が血溜まりを叩くべちゃりという音も、近づいてきていた仲間たちの声も何もかも、遥か彼方に遠ざかっていく。

その日、私は初めて仲間を失った。

 

 

 

 

「私は……私が、大尉を……っ!」

心の底に閉じ込めたはずの記憶が蘇り、両目を見開く游隼。顔を上げると、正面に立つ少女の体が真っ赤に染まっていた。

『痛かった。苦しかった。辛かった……もっと、生きていたかった。あの日、游隼は多くの人を救ったよね。でも、私は助からなかった』

赤く染まった胸に手を当て、少女は目を伏せる。表情と声色は氷のごとく冷たいままだが、その目はどこか悲しげだった。

少女の言葉に、游隼は苦しげに立ちあがる。痛みに耐えられないのか、頭をがりがりと掻きむしりながら。

「助けられなかった……守れなかった……大尉を……大尉は……私の、私のせいで……いやぁぁぁぁあっ!!」

そして、游隼は虚ろな目で少女を見ると、一度ぐらりとよろけ、少女から逃げるように霧の奥へと駆け出した。

「……どうしたんですか、游隼さん!游隼さんっ!」

入れ違いになるように、レイが倒れた女性の近くに姿を表して叫ぶ。しかし、游隼は既に黒い影となって消えていた。少女の姿もそこには存在せず、血の跡などもない。

「一体、何があったの……?あっ、大丈夫ですか!ネウロイはいませんよ!」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

謝罪を繰り返す女性の横にしゃがみ込んだレイも、游隼と同じくことごとく無視される。続いて、顔の前で開いた手を何度か降るが、女性は無反応だった。

(「呼びかけに応答なし、眼は開いてるけど運動反応は無い……低体温症か低血糖?脳卒中……は、普通に喋れてるから無いか。意識障害っぽいけど、他の原因は何があったっけ……」)

女性の横に座り込んだまま、自分のこめかみをとんとんと叩きながら考えるレイ。女性の状態に合致する症状や原因を頭に思い浮かべようとするも、上手く考えがまとまらない。

「ダメだ、思いつかない……とりあえず、さっきの男の人のところに連れて行こう。失礼します……」

女性の体をゆっくりと持ち上げ、元きた方向へと歩くレイ。うずくまっていた男性は木にもたれかかっており、レイの姿に再度びくりと肩を震わせたが、意識は多少はっきりとしたようだった。

「この方が、一緒に遭難した方ですか?」

女性を静かに地面に降ろしてレイが聞くと、男性は震えながら何度か頷いた。

「あ、ああ!間違いない!さっき、ネウロイから逃げてた時……ダイキを見つけた時に、俺もだが、彼女も急に悲鳴を上げてぶっ倒れたんだ。情けないことに俺は一人で逃げちまったが、案外近くに居たんだな……」

「そうだ、ダイキさんは向こうには居ませんでしたよ!そもそも、私とこの方と……どこかに行ってしまいましたけど、もう1人、私の仲間しかこの場には居ない筈です」

「……そりゃあ、当然か。ダイキは……俺の親友は、5年前に死んでるんだから」

レイがそう告げると、男性の安堵の表情にそっと影がさし、呆れたように言った。男性は少しの間うなだれた後、話し始める。

「5年前、俺は名寄に住んでた。場所はわかるよな?……よし。俺は地元の大学で、登山が好きな奴を集めてサークルみたいなものを作った。俺と、彼女と、彼女の交際相手と、ダイキの4人でな。趣味も合ったし、俺達は全員すぐに仲良くなれた。でも、俺達が最後の登山に行った日に、ある事が起きた」

「……ネウロイの一斉侵攻ですか」

レイの言葉に、男性が「そうだ」と答える。

「大急ぎで下山して、なんとか陸軍の基地まで行こうとしたら、運良く通りがかった輸送バスに乗せてもらえることになった。だが、急なのもあったし、人もギリギリまで乗ってたんで、乗れても2人が限界だった……話し合って、結局俺と彼女が乗った」

「でも、残った人達は間に合わなかったんですね」

「……ああ。俺にはさっきまで、本当にダイキがいたように見えた。多分、彼女は交際相手を見たんだろう……君の仲間もどこかに行ってしまったみたいだが、思い当たる節は?」

男性の問いに、レイは首を振る。

「わかりません……でも、探しに行きます。今はこの場にいませんが、ネウロイが戻ってこないとも限りませんし、あなた達をここから連れ帰るのが私達の役目ですから」

きっぱりと言い放ったレイを見て、男性は一瞬呆気に取られたような顔をしてから、頭を下げた。

「君達の命を危険に晒すような真似をしておいて、自分でも全くおこがましいとは思うが……生き残ってくれよ」

「はい。では、この方をよろしくお願いします。ここで待っていてください……それと、もしネウロイが来たら、大声で叫んでください。攻撃性は低いようでしたし、最後まで諦めないで」

「わかった」

男性に一度サムズアップし、霧がかかった林へと走り出すレイ。ぬかるんだ地面には点々と靴の跡が残っており、林に入ってもある程度の追跡は可能だった。

(「……それにしても、全員に幻覚の症状が起きてるのはなんでだろ?あの2人は別として、游隼さんはネウロイを直接視認していないのに幻覚を見てたようだし、この霧も晴れないし……んー、こんがらがってきた」)

足跡を確認しながら、斜面を横切るレイ。2人が降下してからしばらく時間が経っているのに一向に薄まらず、むしろ濃くなっているかもしれない霧にも、レイは疑問を抱いていた。

『レイ』

ふと、鈴を転がすような声が林に木霊した。

声に反応して、真っ直ぐに走っていた足が斜めに踏み出され、地面をズルズルと滑りながらレイの体が止まる。

「その声……っ!」

立ち止まったレイが、声の主を探して首を振る。前方にそれらしき影はなく、振り返ると、ちょうど真後ろの木の間でその少女は微笑んでいた。

前は一直線に切り揃えられ、後ろは水色のリボンでポニーテールにしてある、腰まで伸びた艷やかな黒髪。落ち着いた雰囲気を漂わせる黒縁の眼鏡の下では、切れ長の目が細められている。

輝き出さんばかりに白いワンピースにスニーカー、そしてリボンと同じ水色のリストバンドという格好だったが、その立ち姿から寒そうな様子は一切見られない。

「お姉ちゃん、具合良くなったんだね!……でも、どうしてここに?それに、なんか私よりちっちゃくなってない?」

嬉しそうに声を上げ、なんの警戒もせずに駆け寄るレイ。が、微笑みを浮かべた少女は駆け寄ってきたレイに触れられる直前、くるりと身を翻してその手から逃れる。

『こっちよ』

「あ、待ってよ、お姉ちゃん!」

そう言って、ごつごつとした岩が顔を出す斜面を軽々と登る少女。レイも少女を追い、岩を飛び越えていく。

「なんで、そんな寒そうな服で、こんな場所にいるの?お姉ちゃん。それに、どこに、向かってるのっ?」

『…………』

走りながらの質問に少女が答えず、微笑んだまま真正面を見て山道を突き進むため、レイは黙ることにした。時に坂を下り、時に小川を飛び越え、2人は無言で霧の山を踏破していく。

「はっ……はっ……ここが、目的地?」

数分ほどそうしていただろうか、少女が窪地を見下ろすような場所に出たところで立ち止まる。流石に早足での登山は堪えたのか、少女の横に並ぶレイの息は多少上がっていた。

「あそこに、何かあるの?うーん……」

すると、少女が目下の窪地を指差す。その方向にレイが目を凝らすと、15mほど先の霧の上で寸詰まりの円柱形の物体がふわふわと浮かんでいるのを発見した。

「あっ!あれ、ネウロイだ!こんな所に居たんだ……もしかして、これを教えるためにここまで連れてきてくれたの?」

驚いて聞くレイに、微笑む少女は相も変わらず答えない。ひとまずそのことは置いておき、レイが脇のホルスターからSFP9拳銃を抜いてネウロイへと構える。

「……とにかく、あいつを倒さないと。ここから狙えるかな……ん?」

すると、少女が拳銃の前に手を出し、首を横に振る。いつの間にかその顔からは微笑みが消えており、今は完全に真剣な表情だった。

「使うなってこと?じゃあ、ナイフは。え、こっちもダメなの……素手でいくのは?……OKなんだ」

レイが拳銃を仕舞ってアーミーナイフを取り出すも、少女は再び首を横に振る。仕方なく握り拳を作ると、少女はようやく頷いた。

「素手かぁ……ま、お姉ちゃんがそうしてほしいなら、それでもいっか!」

最初は渋々といった感じだったが、笑顔でそう言って両手をほぐすレイ。ネウロイのいる位置の延長線上を後ろに下がり、助走のために5mほど距離をとる。

「じゃ、頑張ってくるよ!ちゃんと見ててね、お姉ちゃん!」

『……』

勇壮な表情で言うレイを応援するかのごとく、真剣な表情でガッツポーズのように拳を握る少女。それを見て、レイは両手を地面に付き、クラウチングスタートの姿勢で目を閉じる。魔法力が全身に漲り、頭と腰に赤く細い犬の耳と尾が生える。

「よーい……ドンッ!」

自ら掛け声を発し、乾燥していた地面を蹴るレイ。大きな歩幅で一気に加速し、窪地のギリギリの位置で大きくジャンプ。魔法力を集中させて青く発光した右手を、腕全体で弓に番えた矢のように後ろに引く。

「くらえぇぇっ!!」

美しい放物線を描いて落ちるレイの叫びに反応したネウロイが、赤く発光するのと同時に、金属的な破砕音を響かせて拳がネウロイに突き刺さる。その右腕を支えに、両足の先も勢いよくネウロイへとめり込ませ、レイの体が固定された。

「あった!」

手を引き抜くと、そこから一際明るい鮮紅色の光が漏れ出した。それがコアの光であることは間違いなく、これ幸いとばかりにもう一度右腕を大きく引くレイ。

「もう、いっ、ぱぁぁぁつっ!」

そして、ぽっかりと空いた穴へと突き通す。鮮紅に群青が混ざり、レイの拳がネウロイのコアを捉えた。

耳をつんざく悲鳴と共にネウロイの体がじわじわと白く染まり、無数の破片へと変わった。空中に投げ出されたレイは前にくるりと体を一回転させ、しっかりと着地。

「よし!これで……うん、霧も晴れてきた!……そうだ、お姉ちゃん!」

ネウロイを撃破したことで、周囲に漂っていた霧が薄れ、林に日光が差してくる。そこで少女のことを思い出したレイは、窪地から上がれる場所を探し、少女のもとへと走った。

「お姉ちゃん、今の見てた?凄かったでしょ!」

喜色満面でそう話しかけると、少女も満面の笑みをレイに返して口を開いた。

『……ちゃんと見てたよ。よく頑張ったね、レイ』

「うん!」

えへへと嬉しそうに頭を掻くレイに、少女はどこか挑発的な表情で言う。

『でも、アレを倒して終わり?まだ、レイにはやることがあるんじゃないの』

「そうだね。霧も晴れてってるみたいだし、遭難した人と游隼さんを見つけて一緒に帰らなきゃ!お姉ちゃんも!」

レイの返事を聞き、少女は満足げに目を閉じる。

『お仲間さんはあっちにいるから、行っておいで。私のことはいいから』

「……わかった!基地に戻ったらまた会いに行くからね、お姉ちゃん!」

自分の指す方向へと、ぶんぶんと手を振りながら走っていくレイの背中に、少女も手を振り返す。

『お姉ちゃんはいつも、レイと一緒だよ』

そして、レイの姿が見えなくなった頃。少女は微笑んだままそう言い、日光に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

「……しは……わたしは……わたし、は……」

木の根本のくぼみに体育座りで座っていた游隼は、虚ろな目でぶつぶつと呟いていた。その背後から、一つの人影が迫ることにも気づかずに。

『游隼』

「ひいっ!」

名を呼ばれ、悲鳴を上げて声の方向に振り向く游隼。そこには、茶髪の少女が立っていた。思わず座ったまま後ずさりをする游隼に、少女は掌を向ける。

『待って、游隼……話を聞いて。私は、游隼自身の罪悪感が作った幻。取り憑いて殺したりはしないから、安心して』

少女の言葉に、游隼が恐る恐る首を傾げる。

「罪悪感が作った幻……ですか?」

『そう、私はただの幻覚。さっき、游隼が私に抱いていた罪悪感を思い出したのが原因で、この霧……ネウロイが出すガスは私の幻を形成してしまった。あんなことを言ったのも、私ならこう言うだろう、って游隼が勝手に想像してるだけ』

「じゃ、じゃあ!大尉が今、私と話せているのはなぜ……」

游隼の疑問に、少女は肩をすくめる。

『さあ。でも、現状を説明できたってことは、游隼の深層心理では、私がただの幻覚だって認識できてるってことだ。それでも罪悪感が残ってるから、私はここにいる』

「……消えませんよ、多分、一生!だって、大尉は私なんかよりずっとずっと飛ぶのも上手かったし、戦闘の時も冷静に状況を観察していた!私があの時、代わりに……」

『バカ!』

「……ッ!」

少女の叱咤に、俯いていた游隼がはっと頭を上げる。

『私は、そんなことを言わせる為に游隼を庇ったんじゃない。ちゃんと認めてないだけで、游隼は未熟な過去()のことなんてとっくに乗り越えられてるよ……後は、こんな幻になってまでつきまとう影を振り切るだけさ』

腕を組んでそう言い、自分の顔を親指で差す少女。いつの間にか周囲の霧は薄れており、2人の間に陽光が落ちる。

『って、背負いこませた張本人が何様だって話だけど。だからあの時言ったんだ、ごめんねって……ただ、他のことも思い出してみなよ。本当に、君は現在という未来に必要のない存在だったかい?』

「それは……」

少女に聞かれて、游隼は自分の手を見、そして自身に問うた。この手が人々を、旅客機を、仲間を守った記憶に、本当に自分は必要なかったのか?

「……いいえ、違いました。私にしかできないことは、確かにあった」

游隼の、意志がこもった返答を聞き、少女はふっと口の端で笑った。

『ちゃんとわかったみたいだね……ん、君の新しい仲間もここに来るようだし、ここらでお別れかな』

金色の日差しに包まれ、少女の体は景色に溶け込むように徐々に透明度が増していく。

「大尉!あの時、私を助けてくれて……本当に、本当にっ!ありがとう、ございましたっ……」

游隼が、目元を拭いながら震えた声で言う。それを見た少女は、懐かしがるような表情を浮かべた。

『もう、すぐ泣いちゃって……じゃ、私が言うのも変だけど、元気でね。またどこかで会えるさ、きっとね』

「ヤマザキ大尉っ!」

笑顔で少女が振った手に触れようと、游隼が手を伸ばす。その手が掴めたのは、小さな光の粒だけだった。

「っ……今度は、絶対に仲間を守りますから。見ててくださいよ、大尉」

光の粒を掴んだまま握っていた拳を、木々の隙間に広がっていた空に突き上げる游隼。その耳に、レイが自分の名を叫ぶ声が届き、聞こえてきた方向へと叫び返した。

 

 

 

 

登山者を救出し、ガスの影響で多少惚けながら基地へと帰還した次の日の朝。2人は、部隊の全員と一緒に入浴を楽しんでいた。

「しっかし、幻を見せてくるネウロイとは、また随分と厄介なのが相手だったんだねぇ」

「厳密には、幻覚作用のあるガス……プロパンガスに近い成分のものを放出し、自滅を誘うようなタイプだったようです」

浴槽の縁にもたれかかったジャニスの言を、カニンガムが訂正する。

「なおさら危険じゃない。よく倒せたわね、李大尉」

「いや、私は何もできなかったんだ。遭難者の人達を発見したら、上手いように幻に翻弄されちゃって……だから、今回は完全にレイの手柄だよ」

「えっ、ツガイが?」

フラムの称賛に、申し訳なさげに首を振る游隼。名を呼ばれ、離れた位置でフィーネに取っ組み合いを仕掛けそうだったレイが4人に近寄る。

「どうしたのフラムちゃん。昨日の話?」

「そうよ。どうやってネウロイを倒したの?ガスに引火もしなかったって聞いたけど、まさか素手とか言い出さないでしょうね」

「うん、素手だよ。低いとこを飛んでたから、飛び乗ってパンチして倒したんだ!凄いでしょ?」

フラムが聞くと、レイは素直に頷き、自信満々の笑みを浮かべて起きた出来事を語った。その内容に、一同は首を傾げる。

「うーん……本当なら確かに凄いけど。そういえば、どうやって霧の中でネウロイを見つけたの?幻も見てたんでしょ?」

「その幻が案内してくれたんですよ!ネウロイを見つけた時は私も拳銃やナイフで倒そうとしたんですけど、幻に両方とも止められちゃって、結局素手でいきました!」

両腕を上向きに直角に曲げ、力こぶをジャニスに見せるレイ。続いて、カニンガムがレイに聞く。

「栂井少尉が見た幻覚とは、一体どのようなものだったのですか?資料では、遭難した方々は、既に死去された友人の幻覚を見たとのことでしたが……」

「そこなんですけどね……実は、助けてもらったことはちゃんと覚えてますけど、顔が思い出せないんですよね〜。確か、女の子だった気がします!」

「なんでそこは覚えてないのよ……」

レイがあっけらかんと言い、フラムがため息をつく。

「……游隼さんも、亡くなられた方の幻を見たんですか?話したくなければ構いませんが」

ふと、離れた位置で話を聞いていたフィーネが、背後から小声で游隼に尋ねる。浴場の様々な音に紛れ、かなり近づかなければ聞こえないほどの声量だった。

「えっと……うん。昔、私を庇って亡くなった先輩ウィッチだった。話したことも覚えてるよ」

「そうですか……ふむ」

何かを察したのか、声を落として游隼がそう言うと、フィーネは考え込むように目を閉じ、静かに話し始める。

「……游隼さんも遭難した方々も、亡くなった身近な存在が幻になって出てきたということでしたね。それは、ただ現実にないものを視る幻視とは明らかに違う症状です」

「そうだね……私が見た幻が説明してくれたんだけど、あのネウロイのガスは、それぞれが抱いていた罪悪感を元にして幻を作る。そして、自分が思う、言われて一番嫌なことを責めてくるんだって」

游隼の体験談を、いたって真剣な顔で聞くフィーネ。

「なるほど……レイが、特に誰かの命に関わることについてはそう簡単に忘れず、自分の意思も曲げない性格なのはお分かりですよね」

「うん。命令も聞かないし、銃を向けられても動じなかったね」

人型ネウロイの一件を游隼が例に挙げ、フィーネが続ける。

「そうです。ならば、ある程度身近な存在が亡くなっていれば、そのことを忘れるはずはないでしょう。自分と幻の行動はしっかりと覚えているのですから、尚の事ね」

「……つまり、何が言いたいの?これ以上頭使ってるとのぼせる気がする……」

「つまり……」

若干紅潮した顔で、游隼がフィーネに近づいて聞いた。それに対し、フィーネもその耳元で話す。

「レイは幻の正体を()()()()()()()のではなく、無意識下で()()()()()()()()()可能性が高いのでは?ということですよ。あくまで憶測の域を出ませんが」

「うーん……もし本当にそうだとしたら、件の幻の正体ってのは誰なんだろうね。あのレイに、無意識でもそう思わせるような存在って」

「わかりません。ただ、気軽に触れていい内容でないことは確かでしょう。それに、彼女は犯罪者ではありませんし、我々も警察官ではない。我々が役立つタイミングは、彼女が助けを求めた時、にっ!?」

滔々と持論を述べていた声が不意に上ずり、フィーネが立ち上がる。その胸には、下側から持ち上げる形で手が這っていた。

「うーん、私より大きいですねぇ……なんの話をしてたのか知りませんが、隙だらけでしたよフィーネさん!」

「くっ、話に集中し過ぎましたか……無念」

勝ち誇ったようにレイに背後で言われ、がっくりと芝居がかったポーズでうなだれるフィーネ。これで、201部隊に訪れたウィッチの双丘は(フラムを除いて)全てレイの手中に一度収められたことになった。

「ちょっとはまともになったかと思ったけど、勘違いだったのかしら」

「ま、あれが平常運転だから。むしろ、いつも通りで安心するよ……あ!アナが逃げる!」

呆れ顔でその所業を見ていたフラムの肩を叩いたジャニスが、サウナから出てきたアナが出口へと足音を殺して歩いているのを見て叫んだ。

「ジャニス、余計なこと……」

言わないで、と口にする間もなく、レイが目を輝かせながらザバザバと湯をかき分けて自分の方向に来ているのを見て、アナは手早く体を拭いて浴場から出て行った。

「……なるほど。これが、扶桑で言う『裸の付き合い』というものなのですね……」

「合ってるけど違うよ!?」

レイにひとしきり胸を揉まれたフィーネが妙に晴れやかな顔で言い、游隼がそれに反応する。

それをどこからか見ていた影が、くすりと笑った。




というわけで、今回はウィッチーズシリーズではある意味禁忌のようなものである「ウィッチの死」を明確に表現してみました
ヤマザキ大尉のシーンは、少ししか描写していませんでしたが20話でクリスタが触れていた「青島防衛戦」の一幕です。結果としては、大尉(幻)の言っていたように民間人の多くが游隼によって助けられたため、游隼は大尉の死を差し引いても大活躍をしたということで有名になりました
が、本人は間近で大尉の死を見届けてしまったために、その話を出されても手放しで喜ぶことは出来ないんですね。なので、クリスタの振りに微妙な反応を返してるわけです
結局何が言いたいのかというと、ウィッチーズシリーズでウィッチの死が描かれない理由は、「10代〜20代前半の女の子が仲間の死に触れてしまうと、よほど強靭な精神の持ち主でない限り耐えられないから」ではないかと思ったという話です 
ま、単純に女の子が死ぬとこを見たくないのもあると思いますけどね


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第24話 熱情

タイトルに深い意味はありません



「……んー…んん……?」

ある日の昼下がり。スマートフォンの発した着信音に反応し、むくりと起き上がるフィーネ。

「ふわぁ……なんだろ……」

<フィー、元気にしてる?>

<テジャスには慣れた〜>

「先輩たち?……怪しい」

寝ぼけ眼を擦りながら愛用しているメールアプリを開くと、それはインドの先輩ウィッチ達とのグループからのメールだった。

最後にスマートフォン越しに連絡を受けた日がいつかも思い出せないような相手なだけに、眠気の覚めてきたフィーネはその唐突かつ当たり障りのないメールの内容に、どこか裏を感じていた。

『どうしたんですか急に』

『まあ元気です、テジャスにも慣れました』

<それはよかった。こっちは毎日平和なままだ>

<相変わらず、実験ばっか>

と、全体が鈍い銀色のストライカーの周囲に、フィーネと同じ制服に白衣を羽織っているという、謎のスタイルの数人が笑顔で並んでいる写真が、すぐさま送られてきた。

「ふふ……おっと、いけない」

懐かしい面々のそれにつられて笑顔を浮かべたフィーネは、すぐに表情を戻してスマートフォンを指先で叩く。

『それで、何か用でもありましたか』

『帰還命令ならしばらくは受け付けませんからね』

<そんなのじゃないよ!全然、もっと楽〜なヤツ>

<そっちにちょっとした新装備を送ったから、実戦も含めた使い勝手を確かめてきて欲しいんだ〜>

やっぱりな、とフィーネは小さくため息を吐いた。

『今度は何ですか』

<これ!>

返事と共に、三枚の写真がスマートフォンに表示される。木箱の中に細長いシルエットのなにかが写っている写真をタップしてみると、それはどうやら刀剣の類いのものらしい。

『説明してほしいんですが、これ!ではなく』

<勘の鋭いフィーネなら、もう気づいているんじゃないのか>

<何に、見える>

薄々もう自分がその装備の正体に気づいているであろうことを見越した返信に、フィーネは先輩ウィッチ達の、ある種たちの悪さを改めて認識した。

『タルワール、ですか』

<その通り!>

<やはりな>

<さっすが〜>

<勘、鈍ってないね>

『早く本題に入ってください』

『先輩達に合わせてたら日が暮れます』

全く変わっていない自分以上のマイペースさ加減に辟易しつつ、説明を急かすフィーネ。

<わかってるとは思うけど、これは普通の刀じゃないの〜>

<過去に扶桑皇国軍で使用されていたものの製法を我が軍が再現し、改良したものの試作品だ>

<使いこなせれば、フィーネの固有魔法にも適してる、はず>

『そっちで一回でも使ってみました?』

<一応、仕様通りの効果を発揮することは確かめてあるから安心して!>

<そこは実証済み、あとは実戦で使えるかどうか>

「仕様通り?効果?」

不可解な文面に疑問符を浮かべていたフィーネの耳に、かすかに大型機のものらしきエンジン音が届いた。大型機は基地に降りるらしく、徐々に重低音が大きくなる。

「ん、そういえば」

『この装備、いつ届くんですか』

<もうすぐじゃないかな?>

<昨日輸送機に積んでもらったから〜>

「じゃあ、昨日教えてくれればいいのに……」

と呟くものの、相手がそんな性格の持ち主達ではないことがわかっていたフィーネは、黙ってスマートフォンをスリープさせる。脱いでいたベルトと制服を手早く着ながら、急ぎ足で格納庫へと向かった。

 

 

 

 

「こんにちは、フィーネ中尉」

「ん、起きたんだ。フィーネも暇つぶし?」

格納庫には、先客としてジャニスとカニンガムがいた。

「こんにちは、2人とも。いえ、少し気になる品が運ばれてくるようでして」

「気になる品?」

「ほう」

「これです……よい、しょ」

首を傾げる2人を尻目に、積まれていたパーツや弾薬の入った木箱のうち、長細い箱の蓋をベリベリとこじ開けるフィーネ。

「……なにこれ?刀みたいだけどなんか曲がってるし、引き金みたいなのも付いてるし」

箱の中には、ホチキス留めされた書類の束と奇妙な刀が収まっていた。その刀は鞘が反り返っている上に、柄の先のつばの下に、銃器のそれのようなトリガーが付いており、どこか異様な雰囲気を醸し出している。

「フォルムは、扶桑刀というよりサーベルに近いですね。これが『気になる品』なのですか?」

「はい。どうやら何らかの機能があるようで、私のいた実験部隊から試験用に送られてきました。この形は、インドに古来から伝わるタルワールという刀を模したものですね」

そう言いながら、なんの躊躇いもなく刀を持つフィーネ。鞘を掴んでゆっくりと刃を引き抜くと、その刀身にはぐにゃぐにゃと奇怪な模様が入っていた。

「変わった模様だねぇ」

「ダマスカス鋼という、特殊な製法の合金が使われているからでしょう」

「ふむ……では、残るはこの引き金だけですね」

3人が全体をしげしげと眺めるが、刃の模様と形状に説明がついた以上、カニンガムの言うように謎のトリガーの他に視覚的な特徴は見当たらない。

「確かにね。これが説明書かな……えー、『試作新型近接戦闘用装備について』と。ふむふむ……」

すると、ジャニスが木箱の書類を持ち、標題を読み上げる。1枚目の書類を早々に流し読みし、2枚目の半ばほどまで目を通したところで、おっと声を上げた。

「『柄のトリガーを引くと、魔法力を吸収して刀身に集束させる機能が作動する』『また、刀身は魔法力を増幅させる機能を有する』『魔法力を刀身に集束させた状態でトリガーを離し、高速で刀を振ると、魔法力の塊を同方向に発射することが可能』……だってさ!凄いじゃん!ちょっと使ってみて……んぁ?」

楽しげに話すジャニスの手から書類を取り上げたカニンガムが全体に目を走らせ、2枚目のある点を見て眉をひそめる。

「……『注。魔法力の塊は貫通性・速度が共に非常に高く、軌道上に物体がある場合(特に屋内)の使用は非推奨』とあります。試用は構いませんが、格納庫の外で行いましょう」

「そうしますか。では……行きましょう」

カニンガムに答えたフィーネの全身から青い光が滲み出し、黄と黒の混じった虎の耳と尾が生える。そのまま格納庫の前に行き、両手で柄を握って1秒ほど目を閉じると、刀も同じように光に包まれた。

「この状態でトリガーを引く、と。おお……?」

そして、カキンと柄の引き金を引くと、刀身に刀全体がまとっていた光が集まり、青白く発光した。ゆっくりとフィーネが動かすと、刀身が幾本にも増えたかのように残像が残る。

「こりゃーほんとに凄いね……SF映画みたいだ」

一つ口笛を吹き、呆気に取られたように言うジャニス。

「本当ですね……これほどはっきりと視覚化されていると、少なからず衝撃を受けてしまいます」

こちらも興味深げに、発光する刀を見ていたカニンガムが言う。

「では、振ってみましょうか。とりあえず空に向けて振りますけど、空は大丈夫ですよね?」

トリガーを離しても光り輝く刀を、ゆらりと上段に構えて聞くフィーネ。魔導針を展開したカニンガムが、フィーネの確認に答える。

「はい。どこまでも飛んでいくのなら確証は持てませんが、恐らくそこまでの射程ではないでしょう。少なくとも10km圏内にそれらしき飛行物体はありませんので、安心して放って下さい」

「わかりました。じゃあ、行きますよ……えいっ!」

フィーネの軽い気合いと共に、刀が振り下ろされる。その瞬間、刀身の辿った軌跡をかたどったような、大きく外にカーブした青い三日月が音もなく放たれた。三日月は猛烈な速度で飛び、空に溶けるようにして消えていく。

「ひゃー……あんな速さだったら、小型相手にも通用しそうだね」

「射程は200m前後といったところですが、直接斬りつける以外に攻撃方法があるのは便利ですね。近接武器としては十分な使い勝手では」

「そうですね。使った感じでは魔法力の消費もあまり多くないですし、飛行中にも連発できそうです」

手持ち無沙汰なのか、剣舞のように刀をゆっくりと振るいながら、フィーネが言う。

うち(201)には直接攻撃するタイプの固有魔法を持ってるウィッチはいないんだし、火力面は大幅に戦力アップできそうじゃない?」

「まだほんの少し使っただけなのですから、そう言い切るのは些か早計かと。何かしら重大な欠陥が見つかるかもしれませんよ」

ジャニスに聞かれ、冷静な回答をするカニンガム。

「長時間使うと魔法力を全部吸い取られちゃったり?」

「それは恐ろしい」

「何回も連続で使ったら爆発するとか?」

「それは危険ですね」

「ネウロイを切りすぎたら、いつの日か刀自体がネウロイを求めて空を飛ぶように!?」

「我々の仕事が減りそうですね」

「ごほん……後の2つはともかく、魔法力を吸収する機構が壊れたら、全て吸い取られる可能性もゼロではないでしょうね。刀を手放せばいいだけの話ですけど」

ジャニスとカニンガムのやり取りに、咳払いをして割り込むフィーネ。

「ええ……先程の言葉も裏を返せば、欠陥があってもその欠陥を克服できれば有用な装備になるということでもあります」

「ま、それは実戦で使って追々って感じかな。んで、これはそのままフィーネが使う流れ?」

ジャニスがどちらにともなく聞き、2人は顔を見合わせる。

「インド空軍からの任務ですし、フィーネ中尉のお好きなようにしていただいて構いませんよ」

「実験自体は他の方にしてもらっても構わないんですが……私が使いたいので、使わせていただきます。いいですよね?」

はっきりと、強い意志を感じさせる語調で言うフィーネ。それを見て、ジャニスはにこりと笑い、カニンガムも目を閉じて頷いた。

「んじゃ決まり!あ、ネウロイ倒した後とかでいいから時々貸してね〜」

「いいですよ。変な使い方をして壊さないと約束していただけるなら」

フィーネの言葉に、心外だというようにジャニスが言い返す。

「そ、そんな事するわけ無いでしょ!大体、変な使い方って例えばどんなのさ?」

ふうむ、と少し考え、フィーネが指を立てて言う。

「十数回連続で使用して爆発させたり」

「しないよ!そんな使い方も、爆発も!」

 

 

 

 

そして、その日の夜。夜間哨戒任務で夜空を飛ぶフィーネの腰には、タルワールが機械的なアタッチメントで固定されていた。

「……確か、腰に差してるのがサムライで、背中にかけてるのがニンジャだったわよね?」

腰のタルワールを指差し、フラムが聞く。事実、バックパックに懸架されている機関砲を除けば、タルワールの柄に手を置くフィーネの姿は武士のそれに見えなくもなかった。

「実際にどうだったのかは不明ですが、そのイメージが強いですね。レイの言う所では、昔の扶桑のウィッチの中には扶桑刀だけを手で持って戦場に向かう方も居たらしいですよ」

「ほんと?うーん……血気盛んな人たちばかりだったのかしら」

フィーネの伝え聞いた扶桑のウィッチの印象が意外だったのか、首を捻るフラム。

「達人揃いだったのでしょう。今ほど魔法力の研究も様々な技術も発展していなかった時代に、刀一本でネウロイと渡り合うというのは、並外れた実力とそれに裏打ちされた自信がなければ到底不可能な話です」

「なるほど……扶桑、流石サムライの国ね」

感嘆のため息をつき、得心したように頷くフラム。その耳に、軽い電子音が届く。

『お嬢様。フィーネ中尉。ネウロイの反応を検知しました。方位295、高度12000フィート。距離、97マイル。全長約22mの中型ですが、現在マッハ1.1で南南西に航行中です。予想会敵時間、7分後』

「サイズと速度から察するに、戦闘機タイプでしょうか。取り逃がすと面倒ですね」

「そうね。あのタイプは勝負を仕掛けてくるパターンが多いし、こっちから近づいて仕留めましょう!」

そう言って、HUD上のレーダーに表示された光点の方向に針路を取り、増速するフラム。

「了解」

フィーネもそれに効って増速し、フラムの後を追う。

「そろそろね……フィーネ中尉、わかってると思うけど実験は二の次、三の次よ。まずは自分が生き残って、次にネウロイを倒すことを優先して」

オホーツク海上に出たところで静止したフラムが言う。それに対し、フィーネは右手に持った機関砲を肩に預けて答えるが、すぐにそっぽを向く。

「もちろんわかっています……相手の脅威度にもよりますが。私自身、これ(タルワール)を使えそうだと判断すればすぐに使いますからね」

「……ま、中尉ならその辺りの判断は任せても大丈夫か。とりあえず、私が近づいて気を引くから、中尉は隙を見て攻撃を仕掛け……ってぇ!?」

フィーネに語りかけるフラムの語尾が、突如上ずる。その理由は、2人の正面方向から猛烈な速度で物体が飛来し、フラムが咄嗟にシールドを展開してそれを防いだからだった。

「これは……長距離砲ですね。それも、実体弾の」

衝撃でシールドに貼り付くように広がった黒い物質を見て、冷静に分析するフィーネ。それを聞き、フィーネの横でHUDと正面の空とを交互に見ていたフラムが苦々しげに言う。

「遠くから聴こえるほどの発射音もない、発射した時に発光もしない、その上弾速はかなり速い……厄介な相手ね」

「攻撃を仕掛けてきたということは、相手が我々をターゲットとして認識した証左です。もう逃げられはしないでしょうし、一先ず雲の上に出ましょう」

「そうね。月の光があれば、っ!?……この弾も、もう少し見やすくなるはず!」

少しの間隔を置いて再度放たれた弾がシールドに命中したのを確認し、2人は急上昇して雲の上に出る。部分的に千切れているものの、2人の目下の海は雲の絨毯に覆われていた。

「さあ……撃ってきなさい」

フィーネと互いに距離を取り、HUDに四角く表示されたネウロイの大まかな位置を睨むフラム。すると、四角の上にあった雲に穴が空き、高速で飛来した弾が2人の間の空間を切り裂いていった。

「フィーネ中尉、今の見えた?」

「辛うじて。固有魔法無しで、至近距離で発射されて防げる確率は……良くても3割くらいでしょうか」

フラムが無線で聞きながら目をやると、フィーネは肩をすくめる動作をしながらそう返す。

「こっちも多分そのくらいね……でも、もしかしたら、避けるのはそう難しくないかもしれないわ。少し試してみたいことがあるから、中尉は下がってて。必要なタイミングで呼ぶから」

「無理は禁物ですよ」

指示に従ってバックしながら、フィーネが言う。それに、背中越しに返すフラム。

「わかってるわ」

HUD上の四角が上昇し、それに連なって2人の正面下方の雲が突き破られる。正体を表したネウロイは、フィーネの予想通り戦闘機のような容貌をしていた。それも、かなり独特な。

機首にあたる部分はフランカー系列と似た細長い形ではあるが、デルタ翼に近い奇異な主翼や斜めの垂直尾翼とエアインテークなど、機首以外の造形はむしろF-22やF-35などのステルス機のそれを感じさせる。

東西の技術や設計思想を適度なバランスで纏めあげたような漆黒の機体は、接近しつつ左に旋回する小さなシルエット──フラムを、エンジンから紫炎を吐き出して追い始めた。

(「武装、じゃなくて攻撃方法は……」)

フラムがちらりと背後に目をやった直後、両カナード翼の付け根が赤く光り、フラムの左右に二条のレーザーが伸びる。

「まあ、あるわよね……くっ!」

交互に襲い来るレーザーを紙一重で避け、急降下するフラム。旋回を織り交ぜながら雲の切れ目から切れ目に移るように動き、月光の下でネウロイの姿を補足し続ける。

(「正面にいるのに、レーザーばかりでさっきの高速弾を撃ってこない……条件は何?」)

フラムが、レーザーを回避しつつネウロイの姿を確認して考える。高速戦闘の中、フラムがそこまで思考を巡らせられることには、一つの理由があった。その理由とは、背後に迫るネウロイの機動だった。

これまでフラムが対峙してきたネウロイ達は、多くがまともな生物では到底真似できないような滅茶苦茶な機動をしていた。しかし、中には例外もあった。

存在すら不確かなネウロイの意思が働いているのか、はたまた模倣したものの残留思念でも読み取ったのか……世に実在する物の姿をコピーしたネウロイは、その模倣元の動きから大きく外れた行動をしないことが多かったのだ。

事実、フラムを追っているネウロイも高速ではあるものの、実際の戦闘機の機動に似た動きをしていた。エンジンのような部分が生んだ推力を使い、あくまで機首方向にのみ攻撃をする、という機動を。

フラムはその習性を早々に見破っていたため、ネウロイに追われながらも多少の余裕を持つことができていた。

(「一か八か……ここっ!」)

それまで降下の動きだけをしてきたフラムがエンジンの出力を全開にし、弾かれるように垂直方向に上昇。直進していたネウロイはその動きに対応できず、フラムと前後が入れ替わろうとする。

刹那。漆黒の機体の主翼上部が二箇所、六角形に盛り上がり、雷轟の如き破裂音が短く響く。次の瞬間、上昇していたフラムの背中に、2つの針のような弾丸が突き刺さる──直前で、既に展開されていた円形の壁(シールド)に阻まれた。

「……やっぱりね。今まで撃ってこなかったのは、発射口が機体の上にあって、私がずっと降下して射線に重ならなかったから……中尉!」

「ドンピシャ、って感じですね!」

オーバーシュートしたネウロイに、フラムと入れ替わるように接近していたフィーネが、後方上部から機関砲を斉射する。主翼の盛り上がった部分には命中しなかったものの、機関砲弾がエンジン部に無数の穴を空け、確実に機動性を削ぐ。

「あの実体弾射撃、チャージに時間がかかるみたい!一気に攻め立てるわよ!」

「……いえ、待って!何か撃ちました!」

機体の下部から追っていた2人のいる後方へと無数の円筒が勢いよく放出され、自分たちへと向かってきているのを見て、フィーネが鋭く言う。

「あれは……子機!?もう!次から次へと、しつこいのよ!」

「私が本体を追います!フラムは援護射撃を!」

「ちょ、ちょっと待って……中尉!後ろ!」

遠ざかる機体を全速力で猛追するフィーネの背後から十数個の円筒が迫り、フラムが叫ぶ。が、フィーネは正面を向いたまま振り返らない。

「フラム、離れて!」

円筒が近づく中、そう言ってミサイルを2発放つフィーネ。小型エンジンが点灯する前のそれを手で掴み、背後にぽいぽいと投げる。ミサイルは直進する円筒の一つに命中し、発生した火球で円筒を呑み込んでいった。

そうこうしている間にも、片肺の修復を済ませたネウロイとフィーネの距離は縮まり、先程と一転してフィーネがネウロイに攻撃を仕掛ける。

バレルロールやポストストール機動を駆使して逃げるネウロイだったが、追われる立場になっては分が悪い。なんとか距離を取ろうとするのを細かく移動方向を牽制して速度を活かさせず、直接機関砲でのダメージを狙えるほどの距離まで接近するフィーネ。

そこで、何を思ったか腰のタルワールを抜刀した。左手で後方に向けつつトリガーを引き、魔法力を刀身に纏わせる。

「なっ!フィーネ中尉、なんで今そのタイミングでそれを使うのよ!?」

時折機体下部から放たれる円筒型の子機を撃墜していたフラムが、刀を抜いたフィーネを見て言う。

「私の勘が言っているからです!今に、これ(タルワール)が必要な時が来ると!」

不規則に回避行動を取るネウロイを追いながら、フィーネが答える。その手に握られたタルワールの刀身は青を超えて白く輝いており、多大な魔法力が集約していることを表していた。

「でも、これで……」

右手だけで機関砲を制御し、ネウロイの主翼中央からエンジンにかけて撃ち抜くフィーネ。推力が生まれなくなったことで残っていた運動エネルギーが消費され、速度が急激に落ちたネウロイに、フィーネが刀を左脇の下に通す。

「チェックメイト!」

ぐるん、と水平に体を回転させ、左薙ぎに刀を振り払おうとするフィーネ。人体の構造上、一度背後に向けられた眼が再度正面に戻った時、ネウロイはそこにいなかった。

「中尉!う……」

しろ、と言うフラムの声は圧縮された時間の中で引き伸ばされ、低く濁った音としてフィーネの耳に届いた。

「残念、お見通しなんです……よっ!」

そう言って体にもう半回転を加え、トリガーを離して背後に目をやるフィーネ。背後には、ネウロイと、ネウロイが今まさに放った2本の実体弾が十分に加速した乗用車ほどの速度で、フィーネへと向かっていた。

回転の勢いそのままに刀を横に振って、2本の針ごとネウロイを切り裂くために魔法力の塊を放ち、ダメ押しと言わんばかりに縦にもう一度タルワールを振り下ろすフィーネ。刀身から滲み出した魔法力が刃へと変わり、白光する十字架のようにネウロイへと向かっていく。

(「……全く、最後の最後で『戦闘機』を捨てるとは。ネウロイらしくはありますが、潔いとは言えませんね。どうせするなら、もっと早くやれば良かったろうに」)

自分の背後に回り込んでいたネウロイに、シールドを展開しながら心の内で語るフィーネ。彼女の言う通り、ネウロイはフィーネに横一文字に両断される直前、それまで一切用いていなかったエンジン以外の推力、ネウロイ特有の現代科学では説明のつかない力によって機体を動かし、フィーネの背後に位置どっていた。

そうして、無防備な背中へと必殺の実体弾を放つ直前。時空流制御によって最後の足掻きすらも無効化され、ネウロイは斜めに十字に切り裂かれる運命を辿ることになったのだった。

訪れた制限時間によって平常の速度の世界に戻ったフィーネは、バラバラになったネウロイをシールドで受け流し、落ちていった破片にしっかりと目を凝らした。

「にネウロイが……って、うわぁ!?えっ!?……まさか、フィーネ中尉、抜刀した時からこうなるって読んでたの?」

天へと飛翔していく青い十字架と、海へと落下していく光の欠片にそれぞれ驚きつつ、フラムが聞く。それに対し、真剣な顔つきで納刀していたフィーネはけろりとした表情で答える。

「いえ?言ったじゃないですか、勘ですって」

「えっ」

「回転の最中から、時空流制御は使っていました。だって、ネウロイが背後に回り込んできていても、そうでなくても、確実に倒せるでしょう?……方法は予想が付きませんでしたが、どうにかして切り札に相当するあの実体弾射撃を最後にやってくるだろうと思っていたんです。結果から見ると、的中してましたね」

フィーネの長広舌を聞き、納得したようなしていないような微妙な顔で頷くフラム。

「な、なるほど……まあ、撃墜できたから良しとしましょうか。その刀、使い心地はどうだった?」

タルワールを指差して聞くフラムに、柄に手を置きながらフィーネが答える。

「悪くないですね。最後に切ったのは実体弾でしたが、過去の事例では魔法力でレーザーも切ることができるそうですし……これ一本で戦うのは流石に厳しいでしょうが、副兵装には向いていると思います」

「魔法力の消費とかは?」

「その点もまずまずといったところですね。私の固有魔法と併用しても大丈夫でしたし、少しチャージした位ならあと何度か使っても戦闘を続けられそうです」

そう言って、タルワールを抜くフィーネ。全体に魔法力を纏わせてから指でトリガーを引き、魔法力を刀身に集めようとした。

「ん?……うわっ」

すると、バチバチと放電するような音が鳴り、刀身で青い光が明滅する。そして、ふっと光が消えたと同時に破裂音がし、柄頭から白煙が上がった。

「……壊れた?」

「まさか、私が壊してしまうとは……ジャニスにどう顔向けしたものか……」

2人は茫然とした顔で、細い煙を吐き出すタルワールを眺めていた。




ネウロイの元ネタがCFA-44であること以外本当に言うことがないです


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第25話 静かな嵐

誕生日になった瞬間に投稿したいという欲望にかられて頑張りました


10月21日 午前12時16分 名寄市上空

「ボイド!カバー!」 

追従する3体のネウロイのレーザーを急旋回で躱しながら、フラムが鋭く言い放つ。

「わかってるよ!」

ピッタリとフラムに追い縋るネウロイに銃撃を浴びせ、2体を白い破片に変えるジャニス。残りの1体を、身体の上下を反転させた姿勢でフラムが撃ち、追手を砕く。

「ふーう……ったく、面倒くさい動きばっかりしてくるねぇ」

「本当よ。出現しても陸軍の部隊が掃討してくれていたから体感できなかったけど、こうもやりにくいとは思ってなかったわ……」

一度大きく息を吐いて言うジャニスに、フラムが額に浮かんだ汗を袖で拭いながら返す。今2人が破壊したものは、地上の陸戦型ネウロイから射出された子機だった。

すると、2人の無線のチャンネルに気怠げな声が割り込んできた。

『そこは持ちつ持たれつってもんだ。こっちだって、空のネウロイの相手なんて何人でもやってらんねーよ』

「わお、聞かれてた。群長さんって案外暇なの?」

「ひっ……バカ!何言ってるのよ!申し訳ありません後藤(ごとう)二佐、ボイドはその……疲労でちょっと混乱しているようでして!」

今まさに陸軍の指揮を行っている群長のウィッチの吐き捨てるような言葉に、ジャニスが茶々を入れる。フラムが慌てて言うが、群長は茶々に対してフン、と鼻を鳴らす。

『街中のネウロイの掃討があらかた終わったのを伝えようとしたら、そっちがちょうどお喋り中だったんだ。実際に暇ってのもあるけどよ。ま、そういうわけで、残りは頼むぜフラム大尉』

「はい!みんな、状況は?」

『こちら游隼、A方面はもう少しで殲滅でぉわっ!』

『油断大敵ですよ游隼……フラム、あと3分でそちらに合流します』

『レイです!C方面は確保しましたが、現在アナさんの治療中で……』

『ストライカーの調子が良くない。少し遅れると思う』

「わかった。ボイド、先に私達だけで街の外に出たネウロイを追い立てるわよ!」

それぞれの返答を聞いて口に手を当てた後、振り返って言うフラム。それに、ジャニスはGAU-22/Aを持ち上げて答える。

「りょーかいっ!」

曇天が重苦しく垂れ込める空の下で、名寄市街から離れた山へと向かって飛ぶ2人。ある低い山の山肌に木々が薙ぎ倒された道ができており、その先で黒い塊が蠢いていた。

個体と液体の中間のようなそれは、奇しくもこの2人が過去に遭遇したものと変わらない性質を持っており、ぐにゃぐにゃと形を変えながら山肌を這い上っていく。

「40メートルくらいはあるかな?私とフラムだけで倒すんだったらちょっとキツそうだね」

「今は倒すのが目的じゃないし、街に近寄らせなければいいの。とにかく行くわよ!」

「はーい……よっとぉ!」

進行方向側に回り込み、銃撃を仕掛ける2人。表皮を砕かれたことでネウロイが重く低い声で唸り、上面から無数の触腕で包囲するように2人へと伸ばしていく。

「くっ、鬱陶しいのよ!」

「任せて!」

触腕の先から放たれるレーザーを、複雑な回避機動をとって避けるフラム。その横にいたジャニスが、包囲の隙間を掻い潜り、本体に一気に肉迫する。

「まとめて、吹っ飛べぇっ!」

両ストライカーのウェポンベイを展開し、無数の腕の根本へと残っていた3発ずつのミサイルを全て放つジャニス。連続して破裂音と破砕音が鳴り響き、根本が断ち切られた触腕が空中に消えていく。

「ナイス!今のうちに……!」

ジャニスの攻撃によって包囲が解けたのを見て、フラムも本体へと接近する。が、ネウロイは怒りの叫びを上げ、修復されている表面から全方位にレーザーを撒き散らした。2人もこれには手を出せず、レーザーの合間を縫って距離を取る。

「往生際が悪い奴ぅ」

「むしろ、潔く倒されたネウロイなんて見た覚えがないわよ」

「あー、確かに……って、こんな話してる場合じゃなさそうだ」

フラムの返答に納得したのか、ウンウンと数度頷くジャニス。その目下では、表面の白点がほぼ消えたネウロイが山の頂上に上りきっており、再び2人に触腕を伸ばそうとしていた。

「今度はどうやって攻撃しようか」

「残弾はどれくらいある?」

「あと4〜5秒掃射できるかできないかってとこ」

「微妙ね……コアの位置もまだ掴めてないし、歯痒いけど今はみんなを待つのが得策かしら……ん?」

「もしかして!」

フラムがそう言い、連絡をとるためにインカムに当てた手に、水滴が付いた。自分の手にも水滴が付き、空を見上げて言うジャニス。

初めは少し間隔をおいてフラムとジャニスに付いていた水滴は、音もなく、絶え間なく降り注ぐようになる。2人は、雨に打たれ始めた。

「やっぱり、雨だ!ってことは……」

これ幸いと言わんばかりにジャニスが見下ろすと、ネウロイの肉体には雨によって白い斑点がいくつもできており、次第に蜂の巣のように穴だらけになっていった。

「全弾撃ち尽くしてもいいから、逃げられる前に仕留めるわよ!」

「ラジャー!」

修復が追いつかないのか、全体が白くなりながらもネウロイが撃ってくるレーザーを躱し、別々の方向から接近する2人。朽ちた木のように崩れた表面を先行するジャニスが容赦なく削り、大きな断裂を作る。

すると、中心部から白に混じって赤い光が漏れ、コアである正十二面体が顔を出した。ジャニスと交差する針路で飛んでいたフラムはそれを見逃さず、残弾を使い切る勢いでコアに機関砲を掃射する。

DEFA791から放たれた音速の弾丸にコアを貫通され、弾性を一気に失ったネウロイの残滓が、山肌にだらしなく広がって消える。

上がった息を整えていたフラムは、完全に消滅したネウロイのいた山と名寄の街並みを交互に見て、近づいてきたジャニスと無言でハイタッチを交わす。そして、大きく息を吸い込み、オープンチャンネルで言った。

「こちら、フラム・ローズキャリー大尉……敵大型ウロイの撃破に、成功しました……!」

噛みしめるようなフラムの言葉で、無線越しに歓声が沸き上がる。10月21日午前12時42分、北海道名寄市は、実に5年ぶりにネウロイの支配下から解放された。

 

 

 

 

同日 午後1時48分 千歳基地第2食堂

お茶の入った紙コップを持ったフラムが咳払いを一つし、6人の前で話し始める。

「……みんな、今日はお疲れ様。みんなの奮闘の甲斐もあって、今日、無事に名寄市を奪還できたわ!」

フラムがコップを持つのとは反対の手を高々と掲げながら言い、正面の面々もそれに応じて歓声や指笛で喜びを表現する。レスポンスに満足気に笑みを浮かべてから手を前に出して一度制し、静かになったところで再び口を開くフラム。

「……さて。今日の作戦が成功したことで、予定通り稚内奪還作戦の開始日は10月31日に決まったわ」

「ちょうど10日後ですね」

腕時計に表示されていた日数を確認して言うフィーネに、フラムが首肯する。

「そう。陸軍は名寄の駐屯地から、私達は旭川の基地から出撃して、一気に巣を叩く……きっと厳しい戦いになるでしょうけど、私達なら成功させられる。絶対にね」

「言い切るね」

「自信満々って感じだね」

決意の籠もった表情で言うフラムを見て、ジャニスとアナが茶化すように話す。少し頬を赤くしつつ、コップを高々と持ち上げるフラム。

「そこ!静かにしなさい!……それじゃ、今日の作戦成功を祝して!乾杯っ!」

「「「「かんぱーい!」」」」

「「乾杯」」

フラムの音頭に合わせ、コップを突き合わせる6人。食堂の長テーブルの周りに行き、全体に置かれたオードブルを食べ始める。

「美味しい〜!これ、游隼さんが作ったんですか?」

「そんなわけないでしょ。帰ってきてすぐお風呂に入って、まだ上がってから1時間も経ってないんだから、いくら李大尉でもこんな量を作るのは不可能よ……でも、確かに美味しいわね」

ザンギをつまんで頬を緩めるレイにフラムが突っ込み、区切りのあるプレートに料理を取っていた游隼が答える。

「食堂の人達が作ってくれたんだ。フラムの言う通り、帰ってきてから作る時間は無さそうだったから困ってたら、『自分達にお任せ下さい!』『広報の日の恩を返させて下さい!』ってね」

「そういえば、李大尉は体験喫食の手伝いをされていましたね」

懐かしげに語る5人を、フライトポテトをつまみながらきょとんとした表情で見ていたフィーネに、アナが近寄って話す。

「……フィーネが来る前に、ここの基地の広報イベントがあったんだ。そこで、装備品展示や展示飛行をしたり、整備作業を公開したりした」

「なんと!参加された方々が羨ましいですね」

「で、游隼は一般向けに開放した食堂の手伝いをしてた。メニューの考案とか、調理も」

「游隼さんの料理が食べられたとは……そこも羨ましい限りです」

「いや、毎日食べてるじゃん」

アナの話で肩を落とすフィーネを見て、ジャニスが呆れたように返す。その言葉に「それもそうですね」と納得し、空になった皿にペンネグラタンを取りながらフィーネが何気なく聞いた。

「他の皆さんはなんの催しの担当だったんですか?」

途端、自然にジャニスとアナに視線が集まり、2人は互いに誰もいない方向に目をやる。いかにも答える気がなさそうに口笛を吹くジャニスを見て、フラムが切り出した。

「あー……私は、展示飛行の担当だったわね」

「私は案内役でした」

「私もフラムちゃんと同じで、展示飛行でした!やる直前にネウロイが来ちゃって、結局そのまま応戦に行ったので、実際はやらず終いでしたけど」

残念そうに語るレイの話を聞き、ふんふんと頷くフィーネ。次に、まだ答えていない2人の方へと顔を向ける。

「なるほど……では、ジ──」

「いやー!あの時のネウロイは大変だったね!小型のくせにステルスで、やたらすばしっこくてさー!だいぶ時間かかっちゃったよー!」

「そうでしたか。ア──」

「だったよね!アナ?」

フィーネの言葉に重ね、勢いよくまくしたてるジャニス。続く言葉にも重ねるようにキビキビとした動きで振り返りながら言うと、アナも相槌を打つ。

「大変だった。母機を倒さない限りいつまでも分裂してきたし、分裂した個体もステルスになるのとならないのがいて数と位置の把握も難しかった。幸い、カニンガムの魔導針で捉えられたから時間をかけて倒せたけど、なかなか脅威的なネウロイだったね」

アナにしては非常に珍しい長広舌に、神妙な面持ちを浮かべるフィーネ。

「アナさんがそこまで評価するとは、かなり面倒な敵だったのでしょう……しかし、聞けば聞くほど楽しそうなイベントだったようですね。次の機会には、私も参加したいものです」

「ふぃーふぇふぁんふぁふぃふぇふふぇふぁ……」

「せめて口の中のものを食べ終わってから話しなさいよバカツガイ!行儀も悪いし、何言ってるか全然わかんないわよ!」

パンを口いっぱいに頬張ってモゴモゴと話すレイを、フラムが怒鳴りつける。

「……フィーネさんが来てくれた分できることの幅も広がりましたし、来年はきっと、更にボリュームアップしたお祭りができますね!」

叱責を受け、慌ててコップのお茶でパンを流し込んで再び話すレイ。明るい笑顔を浮かべた彼女の言に、5人は表情を固くして言葉を詰まらせるが、フィーネはそれに笑顔で賛同した。

「そうですね、私は何を任されても大丈夫ですよ。整備と飛行は勿論ですし、お料理も手伝える程度には出来ると思いますので」

「生憎だけど、昼寝してるような暇は無いよ」

自信満々な発言に小さく笑いながらアナが言い、隣のカニンガムもそれにつられて微笑む。

「いえ、スケジュールを調整すれば時間を確保するのは可能ですよ。もし本当にするのであれば、『担当者仮眠中につき現在休止』といった立て札でも設置しておきましょうか」

「そんな、動物園じゃないんだから……フィーネもそれは嫌でしょ?」

「ふむ」

微笑み混じりに冗談を言うカニンガムに少し驚きつつ、游隼が2人を諌めてフィーネに問う。当の本人は大真面目な思案顔を浮かべ、閃いたように游隼に返す。

「……悪くないかもしれません」

「悪くないの!?」

「ふっ……くく……あっはっは!」

予想外の答えにずっこける游隼を見て、一連の流れに参加せず見守っていたジャニスが吹き出し、その笑いが全員に伝播する。

外では大雨と共にゴロゴロと雷が鳴り響く中、それ以降の祝賀会は楽しげなムードで執り行われた。

 

 

 

 

同日 1時3分 名寄市市街地

『こちらシバ。何も無かった』

岡島(おかじま)、同じくっス』

与座(よざ)もです』

ヘルメットのライトを点灯させ、埃が積もった家屋の中を捜索していた少女の耳に、三者三様の報告が返ってきた。インカムに手を当てて短く返信しつつ、チャンネルを切り替える。

「こっちも……えー、こちら真木(まき)第3小隊(サンマル)、西1条南の住居の確認終了」

『ご苦労。捜索を継続せよ』

「了解、みんな集合して……お邪魔しました〜」

リビングを抜けて家の中へと軽く会釈をし、玄関の扉を閉める少女。家の前の通りには、既に3人のウィッチが集まっていた。

「大通りの方は2小隊が行ってるし、次は向こうの西2条南ね。ちゃっちゃと終わらせて、とっとと基地に戻るよ」

「ういーっス」

「了解です」

指示を出し、ストライカーの履帯を展開して道路の真ん中を進んでいく真木の後ろを、3人が追う。

「はぁ……戻っても基地の設営作業が待ってる……めんどくさい……」

真木の右隣にいた小柄な1人が、合羽の下でげんなりとした表情でこぼす。その声は殆ど履帯と雨の音に掻き消され、後ろの2人の耳に直接は届かなかったものの、真木はしっかりと聞いていた。

「そう言いなさんな、シバ。この雨だし、ずっと濡れっぱでいるより良いじゃん?」

右に顔を向けて返す真木。彼女の言う通り、フラム達がネウロイを撃破する活路を開いた、言わば恵みの雨は、今は激しく4人を濡らしていた。

「それはそうだけど……マキシ、ちょっと休んでもよくない?」

「戦闘終わってすぐ始まったしね。うーん……じゃあ、こうしよう。みんな、次の捜索の時にちょっとサボろうよ」

後方へと振り返り、真木はなんの戸惑いもなく大声で言った。腰を軽く曲げ、両手で各々の得物を保持していた2人が、えっと声を上げる。

「……それって、大丈夫なんスか?もしバレたら全員大目玉っスよ」

「私も同感です。やめておきましょうよ真木准尉」

「平気平気。これだけ広い上に雨も降ってるんだし、少しくらい休んでても不審に思われないって」

心配そうな与座と岡島の忠告も気にせず、謎の自信に満ちた様子の真木が平然と言う。こうなっては簡単に止まらないことを理解していた2人は、顔を見合わせ、諦めたように苦笑いを浮かべた。

「はーあっ、と。一応止めたっスからね」

「もし怒られたら、焼肉奢ってもらいますよ」

2人の返事を聞き、真木が微妙な表情でシバの顔を見る。

「……割り勘ね、シバ」

「マリーは別にいいけど……ザキは考えて食べてね」

「嫌です」

与座にそっぽを向かれ、歯噛みするシバ。それを見て笑いつつ、交差点に差し掛かった所で止まる真木。

「あはは……ま、バレなきゃいいの。それじゃ、分かれようか」

「2軒くらい見たら……サボる」

「早いっスね〜」

「ちゃんと調べ終わらないとバレますよ」

「はいはい、お喋りは合間にだけ」

四方に分かれつつ、片足ずつ上げて歩行用の足を展開し、家屋へと入っていく4人。真木は、豪邸と呼んでも差し支えないであろう洋風の一軒家の敷地へと歩いた。

「お邪魔しますね〜っと。ひょ〜、こりゃ凄いや」

真木が、89式小銃のライトを点灯し、洒落た扉を開いて呟く。萎れた花の入った花瓶や額に収められた洋画など、玄関の時点で既に漂っていたある種の風格に若干圧倒されながら、ストライカーを履いたまま家の中に上がった。

「こう広いと、誰もいないのを探すのすら大変だ」

雨合羽を脱いでバックパックに掛け、水滴の付着したゴーグルも首元までずり下げる。ようやく鮮明になった視界で、埃の積もった床を慎重に眺める真木。埃の凹凸や砂利などの痕跡が無いかライトで照らしながら確認し、ゆっくりと歩く。

立派な家具や大型テレビの並ぶ居間を抜け、台所の奥へ。階段の一段目から三段目ほどまでに異変がないことを確認し、2階より先にトイレや洗面所のある方向へと進んでいく。

冷蔵庫や戸棚から漂う強烈な腐臭で空気は淀んでいたが、真木は平然と歩を進める。軍の方針により、幾度となくこうして棄てられた家屋の捜索をしてきた北海道の陸戦ウィッチ部隊の隊員にとって、それは最早障害とすら認識されていなかった。

「!」

ある物を見つけた真木の驚きが、声になる直前に本能的に一瞬息を呑む段階で留まった。洗面所のさらに奥、風呂の入口らしき半透明のガラス戸にライトを当てると、そこに黒いシルエットが浮かんで見えたのだ。

光を当てても動く気配はなく、上端が真木の腰程度の高さしかないため、縦横1mもあるかといったところ。ネウロイだとしても厄介な相手ではない。インカムに手を当て、通常の会話より抑えた声で話す。

「……真木より各員へ、不審物を発見。活動を停止しているようだが、今の所正体は不明。これより接触を試みる。シバ、一応来て。場所はわかるよね」

『当然。行く』

シバのごく短い返答を聞き、真木は極力音を立てないように埃を踏みつけ、一歩ずつ風呂へと近づく。光が強くなってもシルエットは微動だにせず、一層得体の知れなさを感じさせた。

合羽とバックパックを一緒くたにして置いてから、一度ドアの前を横切って壁にぴったりと体を付け、手前にあった白いノブに右手を軽く掛ける真木。家を打つ雨音のみが静かに響くなか、音を立てずに深呼吸をし、ぐっと手に力を入れる。

その時、窓から白光が差し込んだ。しめたと心中で叫び、真木は待つ。案の定、一瞬遅れて空気を震わせる雷音に合わせ、ゆっくりとノブを回してドアを押し開ける。

わずかにドアが開いたのを見て、89式小銃を両手で保持する真木。そのまま10秒ほどドアの下半分に狙いを定めるも、隣から何かが動いた気配は伝わってこない。

ドアへと構えた銃を軸にして回転するように、真木はゆっくりと元きた洗面所の方へと移動。ドアの隙間から黒い物体を照らすと、光は物体の表面でネウロイの金属質なそれとは異なる反射をし、不規則な模様を真木の目に映し出す。

(「服?」)

黒い物体の表面を見て真木が第一に想起したのは、衣服だった。ひだともシワともつかない模様は、一定の硬度を有す多くのネウロイには真似のできず、衣服によく見かけるものだ。

事実、彼女は今日までの捜索活動で、逃げ遅れたかあえて選んだのか、服を着たまま亡くなり白骨化した遺体を幾多と見てきた。それらの前例を思い出したことで、真木の全身の緊張が少しだけ解れる。

意を決して足でドアを押す真木が、徐々に明らかになった黒い物体の全貌に息を呑む。予想は、半分だけ的中していた。それはネウロイではなく、スウェット生地のパーカーだった。

しかし、だぼっとしたパーカーの裾から伸びていたのは、マネキンと見紛うほど白く、傷や腐敗などが一切ない生きた人間の足。真木はその足を見てある事を思い出し、途端に心臓が早鐘を打ち始めた。

真木の脳内に浮かんでいたのは、数ヶ月前に空軍のウィッチ部隊が遭遇し、取り逃がしたという人型ネウロイの実験体の少女の特徴だった。

少々体のサイズより大きい黒いパーカーに、白い肌。細い足も年端も行かぬ少女のものと考えれば、一致している。ウィッチでもないのに、寒い北海道で下半身にズボン以外の防寒着がないことも、所在不明の実験施設から逃げ出したという話を聞いていれば頷ける。

目まぐるしく回転していた真木の思考は、直面した謎の人物の体が小さく跳ねたことによって堰き止められた。浴室の床に座り込んで浴槽の縁に突っ伏すような姿勢から、謎の人物は頭を持ち上げ始める。

話によれば、ネウロイのコアが埋め込まれたために自由飛行(ともしかするとレーザー放射の)能力を有しており、覚醒状態に陥ると全身から赤い光を発して能力を使用するという。

目の前の少女は発光などしていないが、真木は漠然とした危機感を感じ、ドアから数歩離れて89式のライトで全身を照らした。安全装置を解除し、じっと待つ。

眠っていたのか、眠たげに顔を上げた少女は、ライトの光を見てヒッと悲鳴を上げた。そして、光から逃げるように踵で床をずりずりと擦り、壁を背にしているために立ち上がりかける。だが、足がすくんでしまったのか尻餅をつき、俊敏な動作で光へと背を向けて全身を丸めて縮こまった。

「わっ……て、驚いてる場合じゃないんだ。君、大丈夫?」

真木は行動の速さに呆気にとられていたが、ぶるぶると震える少女に慌てて駆け寄る。浴室全体を明るくするために89式のライトを取り外して窓枠に置き、少女の肩にそっと触れる。

「うぉう、抵抗するね。でも、元気は無さげと」

肩に触れてきた真木を、腕をぶんぶんと振り回して拒絶する少女。しかしその動作に限らず少女の行動は一つ一つに力があまり入っておらず、手もすぐに床に落ちる。

「ちょっとごめんよ……うーん」

一応断ってから少女のフードを上げ、顔色を確認する真木。少女はフードを抑えて精一杯の抵抗を見せたが、それもすぐにやめ、真木のされるがままに受け入れる。

(「唇が乾燥してないのは残り湯を口にしてたから?でも血色は悪いし、目も虚ろだ」)

「えーっと、ちょっと待ってね。この辺に……あった。これ、飲みなよ」

離れた場所に置いたバックパックの中を漁り、ゼリー飲料の入ったパウチを取り出す真木。飲み口のキャップを回し開けて勧めると、少女は嬉しそうに手を伸ばしたが、取る直前で疑うように目を細め、ぐいと押しのける。

「警戒心が強いなぁ。毒や薬なんか入ってないのに……ほらね」

逆さにしたパウチからゼリーを絞り出し、少量口内に注ぐ真木。すぐにごくんと飲み下し、危険がないことを少女に証明する。再度勧められたパウチを渋々受け取り、少女は疑いの目を真木に向けつつ猛烈な勢いでゼリー飲料を吸う。

「……さーてと。どうしようか、これから」

「どうもこうもない。連れて行くしかない」

独り言のように真木が呟くと、シバが背後の暗闇からぬるりと顔を出し、少女がぎょっと目を剥いた。

「あ、このお姉ちゃんも私の仲間だから大丈夫。安心して……じゃ、報告しますか」

「ん」

シバに怯える少女に手を振って言い、害意がないことを伝えてから、インカムを叩く真木。

「こちら、第3小隊真木。西2条南、H4地点の住居にて"対象A"と思しき生存者を発見しました。健康状態は不安定ですが、見た所ネウロイ化はしていません」

『……よくやった。大切な客だ、なんとしても無事に連れ帰ってこい。ただし、その区画の捜索は終わらせてからな』 

無線越しの低い声が、どこか安心したような声色で告げる。短く返答を残して無線を切り、シバと向かい合う真木。

「了解……シバ、あの子のお目付け役頼める?私達が捜索してる間、一緒にいてくれるだけでいいから。サボる大義名分にもなるでしょ」

「任せて。しっかり見ておく」

サボるという単語を聞き、力強く首肯するシバ。少女はというと、空腹が満たされたからか、体育座りの姿勢でこっくりこっくりと舟を漕いでいた。

「……逃げ出すことも無さそうだし」

「みたいだね。ま、そういう訳で」

89式とライトを回収してバックパックを背負い、合羽を羽織る真木。洗面所を抜け、玄関先に立て掛けてあったストライカーに脚を通す。扉を開け、なるべく静かに家から出て扉を閉じた。

草の生い茂る道を通って道路へと出たところで家に振り返り、真木がひとりごちる。

「あんな子がネウロイになるなんて、にわかには信じがたい話だけど……もしもその時が来るんだったら、せめて私達から離れた所で頼むよ」

悲しさを感じさせる声は、灰色の空から降り注ぐ雨の音によって掻き消され、誰の耳にも届くことはない。

北海道に、嵐が訪れていた。




25日に公立の試験があるんですけど僕は大丈夫なんでしょうか
多分大丈夫ですね(白目)


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