戦姫絶唱シンフォギア -月華の旅人- (乾燥海藻類)
しおりを挟む

第01話 それは流れる水のような


勢いで書き始めました。よくある転生もので、ご都合主義満載の内容ですが、それでもいいという奇特な方はしばしおつきあいください。



全身から力が抜けていくのを感じる。最早ナースコールに手を伸ばすこともできない。

そんな中で意識だけは鮮明だった。見慣れたホスピス病棟の無機質な天井も、これで見納めだと思うと物悲しい。

次第に視界もぼやけてきた。静かに、ゆっくりと目蓋が落ちてくる。

明確な「死」を感じる。死神の鎌が首筋に触れている姿を幻視した。

覚悟はしていたはずだが、やはり最後に思うことはたったひとつだった。

 

『死にたくない』

 

願ったところでどうにもならないことは分かり切っていたが、そう願わずにはいられなかった。震えはもう止まっていた。いや、最初から身体は震えてなどいなかったのかもしれない。

ああ、これで終わりか。次に生まれ変わる時はなによりも健康な身体が欲しい。

ただそれだけを願いながら目蓋を閉じた。

意識が落ちていくの感じたその直後、耳をつんざく強烈な音が鳴り響き、心臓が跳ね上がった。

反射的に、両目を見開く。そこはいつもの病室ではなく、見慣れぬ部屋だった。そこが瓦礫で埋まっている。

「……は?」

思わず間の抜けた声が漏れた。先ほどの大音響は瓦礫が崩れた音だったのだろう。その瓦礫の部屋のただ中で、俺は上体を起こした。

特に何も考えず、立ち上がる。

そこで、またしてもぎょっとした。

終末医療の末、手足は枯れ枝のようにやせ細り、車イスの生活を余儀なくされた俺が、自分の足で立っていた。そのことに驚愕する。

思考の空隙を埋めるように、二度目の崩落が起こった。

状況はまるで不明だが、とりあえず避難するしかない。

出口を探すために辺りを見渡すと、視界の端に一人の少女が飛び込んできた。その姿に、身をこわばらせる。

その少女は両の目と口から血を流し、瓦礫の下敷きになっていた。素人目に見てもマズい状態だと分かる。

「――くそッ!」

見捨てることもできず、少女の元へと駆け寄る。自分が真面に走れたことは僥倖だった。持ち上げた瓦礫が酷く軽く感じたが、そんなことに構っている余裕はない。少女を抱きかかえると、穴の開いた天井に向かって飛び上がる。その行動に何の疑問も抱かなかった。

自分の中に何か得体の知れない超常的な力が宿っていたのが、直観的に理解できたからだ。

空を駆け、数キロ離れた場所に腰を下ろす。

どうやらここは日本ではないらしい。飛行中に確認できた看板はいずれも英語だった。だとすれば、イギリスかアメリカか、或いは他の英語圏の国か。

地面に下ろした少女の顔を確認する。蒼白だった顔色は、すでに血の気を取り戻していた。正直あと五分でも治療が遅れていたら絶命していただろう。

何故こんな『治療』ができたかは分からない。だが、できるという確信があった。

自身に宿っている力に改めて驚かされる。何故そんなものが自分の中にあるのかは不明だが、与えられた力はありがたく使わせてもらった。

一息ついたところで、改めて自身の能力について思考を巡らせた。

まずは内部展開。身体の内側に力場を内包させる。身体能力が強化され、一部の能力の行使が可能になる。あの場所から飛び立った時に使った力だ。見た目に変化はない。大抵のことはこの形態で片付きそうではある。

次に外部展開。鎧のようなものを装着するタイプ。中々にカッコイイがかなり目立つし、無邪気にはしゃげるほど若くもない。

更に先、言うならば最終形態のようなものもあるが、できるなら使う機会は訪れないでほしい。

「―――ん、ううん……」

どうやら少女が目覚めたようだ。

「おはよう。身体の調子はどうかな?」

「え? 貴方は? ……身体?」

目覚めた少女はよく分からないといった表情で身体を確かめている。どうやら痛みなどはないようだ。

「はじめまして、俺の名前は神宮寺紫音。君の名を教えてくれるかな? お嬢さん」

「わたし? わたしは、わたしは誰、なんでしょう?」

…………記憶喪失?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02話 名無しの少女

彼女は何も覚えていなかった。自分の名前すらも。

年の頃は十代の前半、柔和な目に愛嬌のある顔貌をしている。アジア系ではないだろう。どうするべきか迷ったが、本人に選択してもらうことにした。

 

① 保護した場所に戻る。

② 警察に頼る。

③ 俺と一緒に来る。

 

少女が選択したのは、まさかの③だった。

理由を尋ねると、元の場所には戻りたくない。記憶はないが、あまり良いところではなかった気がすると。警察も信用できないらしい。過去に何かあったのだろうか。つまりは消去法だ。とはいえ、初対面の男についていくのもどうかと思うが。

「勘です」

……なるほど。まあ、直観は大事だ。それが人生を左右することもある。とどのつまり、本人にも上手く説明できないらしい。まあ、子供に頼られたのなら無碍にはできないだろう。

こうして、俺は彼女と行動を共にすることとなった。

「とりあえず、宿を探そう」

「はい。あの、お金は……」

ロゼが不安気に聞いてくる。ロゼというのは彼女の名前だ。さすがに名前が無いのは不便なので、暫定的ではあるが、そう名付けた。本人も嫌がっていないから、案外このまま定着するかもしれない。

どうやら、言葉やお金のことは覚えてるようだ。俺は専門家ではないので詳しくはないが、意味記憶とかエピソード記憶とか、そういうのが関係しているのだろう。

「大丈夫だ。問題ない」

俺はポケットから小粒のダイヤモンドを取り出す。ロゼが目覚める前に、その辺りの樹木を使って力業で作り上げたものだ。我ながら人間業じゃあないな。こんなことを繰り返していたらダイヤの価値が下落してしまう。多用は止めておこう。

そのまま宿泊施設へと向かう予定だったが、あの施設からは離れたほうが良いと判断し、夜行列車に飛び乗ることになった。

 

 

 

さて、目下の問題は俺達に戸籍がないということだった。金の問題は、ところどころでマフィアの事務所から資金を失敬することで何とかなった。俺の能力で不可視化すれば防犯カメラにも映らないし、潜入にはうってつけだ。金庫を開けるのは力業でどうにかなる。麻薬の取引現場に乱入したこともあったな。そのため資金には余裕がある。

マフィアを荒らしている流れで情報屋の存在を知り、彼に戸籍を手に入れてもらった。流石に日本人のものは難しいようで、俺は日系二世のアメリカ人ということになった。

ロゼの分も無事入手できた13歳のアメリカ人だ。

その後、俺は日本へ渡るか、アメリカで生活するかロゼと話し合った。意外だったのはロゼが日本語に精通していたことだった。日常会話程度ならほぼ問題ないレベルだ。書くのは少し苦手で漢字がダメらしい。

本人は日本へ行くのも構わないと言ってくれたが、慣れない土地では苦労するだろう。幸い俺は英語には明るいので、アメリカでの生活にあまり不安はない。なので東海岸の田舎町に居を構えることにした。

ロゼは年齢通り学校へと通ってもらい、俺は探偵業を始めた。探偵といっても何でも屋のようなもので、近所の雑用が主な仕事だ。

たまに、件の情報屋から仕事を請け負うこともあった。要人警護や要人救出だ。何を思ったのか、一個大隊の殲滅なんてものを持ってきたこともあった。俺のことをなんだと思っているのか。

ロゼを保護した場所についても多少調べてみた。表向きは製薬会社の研究所らしい。詳しく調べようと情報屋に依頼を出すと、速攻でNoという返事が来た。どうやらあの研究所は触れてはいけない領域らしい。命を落としたやつもいるとか。

危険な場所なのは間違いないようだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03話 聖槍の導き

俺は一度死んで生まれ変わった。元いた時代の先、つまり未来にきたと思っていたが、どうもそうではないらしい。

この世界には「ノイズ」と呼ばれる化物がいる。人を襲う、人だけを襲う化物だ。特異災害と呼ばれている。当然ながら前の世界にはいなかった。

俺が死んだ後に発生したというわけではなく、このノイズと呼ばれる化物は太古の昔から存在しているようだ。

つまり時代が違うのではなく、世界が違うということだろう。別世界、或いは異世界。

何故、転生した?

何故、アメリカ?

何故、こんな能力が?

疑問は次々と湧き上がるが、答えをくれるものは誰もいない。特定の神を信仰していたわけでもない。俺は無神論者だ。

鏡へと目を向ける。そこには見慣れた男の顔が映っていた。間違いなく自分の顔だ。やせ細った骸骨のような、今にも死にそうな顔ではなく、ごく普通の顔。

思わず漏れそうになる溜め息を飲み込むように、思考を切り替える。

例の施設についてだが、情報屋は噂程度のことなら教えてくれた。

あそこは異端技術(ブラックアート)の研究所らしい。

いきなりのオカルトチックな話題に正気を疑いそうになったが、情報屋は至極真面目だった。その手の類は苦手だったのだが、今の俺がオカルトの塊みたいなものだから、一笑に付すわけにもいかない。

異端技術の結晶とも言える「聖遺物」なるものの研究を主としているらしい。どうやらこの世界は、そういったものが明確に存在する世界のようだ。

 

 

 

ロゼは最初の頃に比べれば、よく笑うようになった。今は地元のミドルスクールに通っている。ロゼの学力はそう高くはなかったが、教育を受けていないだけで地頭は悪くないらしく、徐々に成績は上向いてきている。

俺は地味な探偵業をしつつ、情報屋からの依頼で世界中を飛び回っていた。

東にテロリストがいれば打倒し、西に武装海賊がいれば鎮圧し、南に難民がいれば助勢し、北に拘束された人質がいれば救出する。

今回の依頼はとある遺跡を根拠地にしている武装盗賊の鎮圧だ。既に見張りの連中は武器と膝を破壊して無力化してある。

遺跡内部は薄暗く湿っていたが、人の出入りがあるせいか不快感はあまりない。それほど狭くもない回廊を進んでいくと、ふと違和感を感じた。その壁に触れると、ざわりとした感触が肌を刺激する。何の変哲もない石壁のように思えるが、そこをさらに押し込むと、壁がゆっくりと奥へと倒れた。

重い音が響き渡り、埃が舞う。奥の小部屋には石櫃があった。遺跡にはごくありふれたものだ。中には予想通り木乃伊が納まっていた。かぶりを振って蓋を閉める。こういうのは考古学者にでも任せておけばいい。

立ち去ろうときびすを返したところに、背後から意識を引っ張られた。いや、そんな気がしただけだが、こうした直観には従ったほうがいいと経験から学んでいる。

再度、石櫃を調べる。経年劣化が進んでいるが、しっかりと造られた棺だ。生前は大した人物だったのかもしれない。隠し扉の先に安置されているのは疑問だが。

それほど時間をかけたわけではないが、この棺が動きそうだというのは分かった。

ぎぎぃ――と耳障りな音をたてて、棺が動く。下から現れたのは地下へとつづく階段だった。

その先にあったのはまたしても石櫃だった。漆黒の闇にライトの灯りだけが辺りを照らしている。警戒しながら蓋を開けると、中には木乃伊ではなく、場違いなほどの煌びやかな槍が納まっていた。

それがただの槍ではないことは見た瞬間に理解できた。

「これでふたつめか……。よくよく縁があるみたいだな」

それは間違いなく聖遺物と呼ばれるものだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04話 赤い髪の乙女

彼女は小高い丘に倒れていた。決して明けることのない未明の大地に。

黄泉、冥府、極楽浄土。様々な呼び名があるが、要するに死んだ人間が行きつくところだ。ここはその入り口にあたる。

辺りには老若男女、悲しいかな子供の姿もある。皆一様に生気がなく、目の焦点もあっていない。夢遊病者のように、ただ一点を目指して歩いている。

その中で唯ひとり倒れている彼女は酷く目立った存在だった。この中で唯ひとりの生者ともいえる。放っておけば、すぐにでも彼らの仲間入りになるとしても。

身体を屈めて、彼女の顔を覗き込む。その光景を目にして、全身に緊張が走るのを感じた。

――あの時と同じだ。

両の目と口から鮮血が流れ出ている。

死んではいない。まだ死んではいないと思う。なら手遅れではない。正直、ここからの治療など例にないことだが。

治療というよりは再生、再生というよりは創造に近かったが、なんとか治療は完了した。

彼女を抱きかかえ、吹きつける涼風に逆らって進む。気付かぬうちに早足になっていた。

こんな陰鬱な場所からは一刻も早く立ち去りたかった。

 

 

 

ロゼと出会ってから4年が経っていた。ロゼは17歳になり、現在はハイスクールに通っている。

彼女も同じ年頃に見える。おそらく成人はしていないだろう。

「……んん。誰だ? あんた」

どうやら眠り姫が目覚めたようだ。

「俺の名前は神宮寺紫音。君を保護した者だ、一応な。自分の名前は言えるかい?」

「名前? あたしの、名前……?」

予想はしていたが、外れてほしかった。

これまで何人かの重篤者を治療したが、どうも俺の能力は外傷や内臓損傷は治せても、心や精神、脳の深い部分には影響を与えられないようだ。

「それは日本語だな。君は日本人か?」

「日本……。うん、たぶんそうだ。そうだと思う」

「なら大使館に行くのが、一番いいだろうな。だが、君にはビザやパスポートなどの身分を証明するものがない。名前も分からないし、身元確認には時間がかかるだろう。面倒な手続きも必要になると思う」

記憶喪失がどの程度かは分からないが、ロゼと同じパターンなら、こちらの言っていることは理解できるはずだ。

「……なあ」

彼女はしばし考え込んでから、口を開いた。

「アンタは、どんな仕事をしてるんだ?」

「仕事か……まあ、探偵だな」

「ならさ、アンタの仕事を手伝うから、ここに置いてくれないか?」

言葉に詰まる。まさかそんな答えが返ってくるとは予想もしていなかった。

「ダメか?」

「――いや」

この娘が普通ではないことは推測できる。ならば、こちらで保護しておいたほうがいいのかもしれない。

「なら名前を決めないとな」

「それじゃあっ!」

「紅子かルージュだな」

「……ルージュでいいよ」

「いや、日本人だし紅子のほうが」

「ルージュでいいって!」

彼女――ルージュが悲鳴じみた声を上げてこちらを睨みつける。

俺は小さく笑うと、右手を差し出した。ルージュは一瞬呆けたものの、にやりと笑って俺の手を握った。

「よろしくなっ!」

その笑顔はとても輝いていた。

 

 

 




一応、彼女が留まったのには理由があります。記憶の残滓にある人物と、主人公の印象が似ていたからです。
長身、しっかりとした体躯、頼りがいがありそうな雰囲気。
さて誰でしょうね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05話 聖槍アスカロン

ルージュがうちに来て一年ほどが経った。宣言通り俺の仕事を手伝っている。俺としては学校へ通ってほしかったのだが断られた。

「学費を出してもらうのは申し訳ないし、勉強はそんなに好きじゃない」

下手に学費を出すと言ったのがマズかったのかもしれない。だが学校なんて無理矢理通わせるものでもないし、本人の意思を尊重することにした。もちろんあの情報屋からの物騒な依頼には連れて行くことはない。真っ当な仕事だけだ。まあ、未成年を浮気調査の現場に連れて行くのは真面ではないかもしれないが。

この一年間は平穏無事だった。変化が訪れたのはある夜のことだ。

「戦う力が欲しい」

ルージュがいきなりこんなことを言い出した。

「隠しているみたいだけど、ボスが時々戦場へ行っているのは知ってる。分かるんだ、匂いで」

ちなみにボスってのは俺のことだ。一緒に仕事をするようになってから冗談交じりにそう呼ぶようになったのだが、いつの間にか定着してしまった。というか戦場の匂いが分かるってどういうことだ。

「ノイズに復讐したいってんならお門違いだ。戦場にノイズが現れることなんて滅多にない」

ルージュがノイズを憎悪しているのは簡単に察することができた。ノイズ被害の情報が入るたびに顔をしかめていたからな。普通の人間はノイズを嫌い恐れていても、憎むことはあまりない。直接の被害者でもなければ。

「……違う。ノイズは確かに憎いが、そんなんじゃないんだ。戦争で傷ついてる人を助けたい。それだけだ」

「本気か?」

「気付いちまったからには、知らんぷりはできねぇ。あたしも戦う。その為の力をあたしにくれ」

「俺がおまえに力を与えられると?」

「ああ。ボスにはできるんだろ? そんな気がする」

勘の鋭いヤツだな。突っぱねるのは簡単だが、このタイプは絶対無茶するだろうからな。目の届くところに置いておくほうが安全か。

「上手くいく保障はないし、危険だぞ」

「覚悟の上だ」

そんな覚悟はしてほしくなかった。

 

 

 

結局、ルージュの決意を止めることはできなかった。

まさか自分が亜空間まで作れるとは思わなかったが、そこまで広いものじゃない。精々が八十畳くらいだ。

俺の前には一本の槍が浮かんでいた。銘を【アスカロン】と言うらしい。聖ゲオルギウスが使ったとされるドラゴン殺しの聖槍だ。そいつが淡い光を放っている。

「これがお前の力となる」

「その槍が……」

「武器として振るうわけじゃない。こいつは聖遺物といってな、まあ超常の力だ。ノイズとも渡り合える」

聖遺物については俺も造詣が深いわけじゃない。先史文明の遺産で、身体能力の向上や厳環境への適応能力、ノイズに対して有効な攻撃手段を持っている、その程度の知識しかない。

「あーっと、つまり、あたしはどうすればいい?」

「こいつとお前を一体化させる。手順は俺がやるから、お前はこいつを受け入れることだけを考えろ。吸った空気が体内に入るように、飲んだ水が体内に入るように、こいつも自分の体内に納まるのが当然と考えるんだ」

「正直よく分からんが、なんとなくは分かった。やってくれ!」

「ああ、ではいくぞ」

俺は【アスカロン】を握り、穂先をルージュの腹部にゆっくりと突き刺していく。ルージュの緊張が伝わってくる。聖槍の姿が完全に消え去ったとき、ルージュの額には玉のような汗が浮かんでいた。

「どうだ?」

「身体が熱い! 腹の底が燃えてるみたいだ!」

「無理に抑えようとするな。解放するんだ。おまえの中にある熱を解き放て!」

「ぐぅ、ああああああっ!!!」

両手で肩を抱いて膝をつく。彼女がどの程度の苦痛を感じているのか、俺に推し量ることはできない。

相性はいいはずなんだ。勘のようなものだが、確信がある。

だが成算があるとはいえ、絶対ではない。

ルージュの衣服は、自身の汗を吸い取って湿り気を帯びていた。顎の先からも汗が滴り落ちている。

どれほどの時間が経ったか。ルージュは身体を抱え込み、赤子のように丸まっている。気付けば、彼女の震えは止まっていた。

ルージュの身体が光に包まれる。現れたのは赤を基調に黒をあしらった鎧を着込み、純白のマントを羽織ったルージュだった。

「上手く制御できたようだな」

「…………」

返事はなかった。ルージュは既に気を失っていた。

 

 

 




アスカロンって伝承によって剣だったり槍だったりするらしいです。ゲームなんかだと剣として描かれることが多いですね。
本作では槍ということで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06話 姉妹

突然に強大な力を得た人間は、えてして調子に乗りやすいものだ。例えばマフィアの事務所を荒らしまわるような。だが、ルージュはそれに当てはまらないようだった。

その槍捌きは素人のそれではない。思った以上に動けている。いや、戦いなれている。まるで戦闘訓練を受けていたような動きだ。

ルージュの獲物は槍、俺の手には刀が握られている。聖遺物は特殊なエネルギーを発するので、外で派手に動くわけにはいかない。万が一、その波形を探知されると色々とやりにくくなるからだ。ルージュは俺のように内部展開ができないからな。

亜空間の室内に剣戟の音だけが響く。ルージュは楽しそうだ。やはり身体を動かしているほうが性に合っているらしい。

「……今日はここまでにしよう」

「あたしはまだまだいけるぜ!」

「意気軒高なのは結構なことだが、疲労を溜め込むと厄介だからな」

「ん、それもそうか。了解」

一通りの訓練を終えて、ルージュを正式に俺の助手にすることになった。だがいきなり戦場の矢面に立たせるわけじゃない。そもそも最近の依頼はほとんどが要人救出だ。ドンパチなんてそうそうあるものじゃない。

必要な情報も事前に情報屋が抜け目なく仕入れているため、自然とルージュの仕事は地味なものになる。だが文句はでなかった。暇を見つけては戦災孤児たちに菓子を配ったり、一緒に遊んだりしている。言葉も通じないのによく仲良くなれるものだ。それがルージュの美徳なのかもしれないな。

その日常に変化の兆しが訪れたのはある夕食時に流れたニュースだった。

後に『ルナ・アタック』と呼ばれる事件である。

 

 

 

当初は隕石の衝突だの、異星人の攻撃などと様々な憶測が流れたが、最終的には以下のように発表された。

日本に出現した大量のノイズ。そのノイズの攻撃の余波で月が欠けた。ノイズは日本のシンフォギア装者によって駆逐されたが、月の欠片が地球の重力に引かれて落下を開始。その欠片を破壊したのもまたシンフォギア装者だった。

シンフォギアは『対ノイズ兵器』で装者はそれを操る者を指す。各国で極秘に研究されていて、日本も当然秘匿していた。だが今回の事件を切っ掛けに公開へと踏み切ったらしい。

とはいえ、公表したのはシンフォギアに関する情報が主で、装者に関する情報は少なかった。公式発表ではないが、少なくとも三人は装者がいるのではないかと考察されている。

まあ、日米関係や世界情勢など様々な思惑があるのだろうが、結果的には丸く治まったといったところだろう。

多少の混乱はあったものの、俺たちの生活に大きな変化はなかった。本格的な問題が起きたのはその事件から約三カ月後、日本で開催された音楽祭『QUEENS of MUSIC』の映像がテレビで流れた時だ。

「……マリア、姉さん」

ロゼが手にしたフォークを取り落とし、テレビ画面を凝視している。

画面には二人の女性が映っていた。日本のアイドル『風鳴翼』とアメリカの歌姫『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』。そのマリアがフィーネを名乗り、世界に宣戦布告した。そして、驚いたことにノイズを操っている。

召喚されたノイズは統制がとれており、観客に襲い掛かることもなくその場で整列していた。そこで映像が途切れる。スタジオはざわついて、コメンテーターが益体のないことをのたまっていた。

「ロゼ、アンタ今姉さんって……」

隣に座っていたルージュが声を掛けるが、ロゼは茫然自失だ。しばらく無言の時間が流れたが、ようやくロゼが口を開いた。

「わたしはセレナ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。全部、思い出しました」

マリアと同じファミリーネーム。では姉妹か。

「――マリア姉さんを止めないと!」

「ちょっ! 落ち着けロゼ!」

ロゼ、いやセレナは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。だが飛び出すより早くルージュに腕を捕まれる。

「でも姉さんが! わたしが、わたしが行かないと!」

「だから、ちょっとは落ち着けって!」

かなり取り乱してるな。まあ一気に記憶が戻って、更に姉がテロリストになっていたらこうもなるか。

こういうときは、相手に同調するよりも、ことさらに冷静になったほうがいい。

「セレナ、今日はもう休め。明日一番の飛行機で日本へ行く」

「……兄さん」

「大丈夫だ。俺たちは家族だろ」

「うん、分かった。今日はもう休むね」

少しは落ち着いたのか、セレナは自室へと戻っていた。

「なんかあたしの立場がないな」

「ああいう時は声を荒げないほうがいいんだよ。さて、チケットを予約しないとな」

「あたしも行くからな」

「なら三人分だな」

まさかこんな形で日本の土を踏むことになるとは思わなかったな。

 

 

 




セレナはアメリカで歌姫になったマリアに気付かなかったの? という疑問もあると思いますが、受験勉強で忙しかったということで。
今さらながら、かなりのサクサク展開です。
本編突入……からの無印をすっ飛ばしてG編開始。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07話 来日

あんな事件があった割には、日本行きのチケットはすんなりと取れた。だが流石に纏まった席は取れず、離れた一席にはセレナが座ることとなった。どうも一人で色々と考えたいそうだ。そんなわけで、俺たちは今機上の人である。

「で、おまえも何かあったのか?」

何故かルージュも今朝から思案顔だ。

「昨日のテレビでさ。風鳴翼って女が映ってただろ。あたし、あいつを知ってる気がするんだよな」

「日本のアイドルだからな。見たことくらいはあるんだろう」

「んー、そういうんじゃなくてさ」

ルージュは日本人だ。最初から日本語を喋ってたし。だからこそ大使館に連れて行こうとしたんだしな。断られたけど。

「そのうちに会えるだろう。その時話してみるといい」

「何でそう言えるんだ」

「勘だよ」

無論、嘘だ。日本へ行くにあたり、最低限の下調べはしてある。

昨夜のうちに出しておいた調査依頼は、今朝には報告が届いていた。マリアのこと、日本の情勢、その他いろいろと。一晩でよくここまで調べたものだと感心するほどの情報量だった。その中に風鳴翼についての情報も含まれていた。

日本の対ノイズ組織、特異災害対策機動部二課に所属するシンフォギア装者の一人。表向きはアイドルとして活動している。以前はツヴァイウィングというユニットを組んでいた。俺はその写真を見て息を呑んだ。それはどう見てもルージュだった。名前を天羽奏というらしい。彼女は病気療養の為に引退し、以後はソロで活動している。

「運命ってやつを信じるか? 出会うやつは出会うべくして出会う」

ルージュは一瞬呆けたあと、静かに笑い出した。

我ながら柄にもないことを言ったものだ。

 

 

 

数時間のフライトを終えて、俺たちは無事に来日を果たした。タクシーでホテルに向かい、チェックインして各々の部屋に荷物を置いた後、俺たちは一階のカフェに集まった。

「ではこれからの話をしよう」

相変わらずセレナの顔は険しい。

「マリア姉さんは、優しい人です。いつもわたしのことを気遣ってくれて、本心であんなことをしているとは思えません」

「なら、まずは俺が確かめよう。マリアが自分の意思で行動しているのか、或いは騙されて利用されているのか、それとも洗脳されているのか」

「じゃあ、わたしが――」

「ダメだ。もしマリアが洗脳されている場合、おまえに危害を加える可能性がある」

セレナの言葉を遮り、なんとか抑える。

「焦るな。マリアとは必ず会える。俺がその機会を作る」

「――はい。分かりました」

「俺とルージュは調査に行ってくる。おまえは部屋で休んでいろ。飛行機でも眠れなかったんだろ。少し顔色が悪い。帰りは遅くなると思うから、無理矢理にでも休んでおけ」

俺はコーヒーを飲み干すと伝票を持って出口へと向かった。

「こんな時間から動くのか? もうすぐ日も暮れるぜ」

「ああ、少し移動するぞ」

都心から少し外れた、小高い丘にある寂れた公園。人の姿はなく、すでに周囲は茜色に染まっている。

「ルージュ、アスカロンを展開してくれ」

「……ここでか?」

「ああ、ここでだ」

「ん、了解」

ルージュは怪訝そうに頷いた。まあ普段から余程のことがない限りアスカロンは使うなと厳命しているからな。不思議にも思うだろう。

ルージュの身体が閃光に包まれる。これで向こうから接触してくれるだろう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08話 再会

遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。音からして二台だな。車は俺たちの数メートル手前で停止した。中から飛び出してきたのは一人の少女『風鳴翼』だった。

「奏っ! 奏ぇぇぇ――ッ!」

何の警戒もなくルージュに抱き着く。瞳は涙に濡れていた。

「奏っ! 生きて……本当に……」

「えーっと、だな」

流石のルージュも困惑しているようだ。少女に続いて二人の男が車から降りてきた。一人はスーツ姿の優男風。一人は赤いシャツを着た体格の良い男。

ルージュも二人に気付いたようだ。そして眉をひそめる。見たことがある、だけど思い出せない、そんなところか。だが、次第に強張った表情が柔らかくなっていく。

「ああ、翼。おまえはいつまで経っても、泣き虫だなぁ」

そのままルージュがくずおれる。

「――奏ッ! 奏ッ、大丈夫!?」

「大丈夫だ。一気に記憶が戻ったんで、脳が吃驚したんだろう。そのうち目覚める」

「記憶が……? それに貴方は?」

「記憶を失っていたんだよ。ルージュ、いや奏はな。俺は、こういうものだ」

懐から名刺を取り出し少女に渡す。

「あなた方もどうぞ」

「ああ、どうも」

「これはご丁寧に。痛み入ります」

互いに名刺を交換する。赤シャツの方が特異災害対策機動部二課の課長『風鳴弦十郎』、スーツ姿の方は風鳴翼のマネージャー『緒川慎次』か。

「私立探偵、神宮寺紫音さん。日本の方でしょうか?」

「いえ、日系二世のアメリカ人ですよ。国籍もアメリカです」

そう言うと弦十郎氏は僅かに眉根を寄せた。日本人なら抱き込めると思ったかな? 今、日米関係は微妙になってるからな。

「申し訳ないが、少々我々に付き合って貰いたい。構わないだろうか」

「もちろん。こちらも話したいことがありますからね。できれば良好な関係を築きたいものです」

「それはこちらも望むところです」

そうして俺たちは車に乗り込んだ。

宵闇を裂いて車は進む。到着したのは人気のない港だった。

「こちらへ、足元に気を付けてくださいね」

港の隅にぷかりと浮かんでいたのは、潜水艦の出入り口のように見える。

「いいんですか? こんなものを見せても」

「信頼の証だと思ってもらえればありがたい」

中々に強かな男のようだ。こちらが協力を断り辛いように仕向けている。いや、これがこの男の「素」かもしれんが。

「叔父様、奏を医務室まで運んできます」

「ああ、頼む」

「はい。では、しばし失礼します」

こちらにお辞儀すると、翼さんは奏を抱えていった。

「では神宮寺さん、こちらへ」

俺は応接室に通される。対面には弦十郎氏と緒川君。女性職員が淹れてくれたあったかいものを嚥下する。口火を切ったのは弦十郎氏だった。

「では聞かせて貰えますか? 死んだはずの奏が、貴方と一緒にいた理由を」

「ふむ、やはり奏は『死んだ』のですか? 失礼ながら、彼女の死因、死に様を聞かせて貰えますか?」

「むッ! それは……」

「質問を質問で返すのは無礼ですが、そこを抑えておいた方が、こちらの説明もし易いもので」

弦十郎氏はしばらく考えこんだ後、覚悟したように嘆息した。

「これから話すことは、多分に機密が含まれている。他言無用に願いたい」

「心得ました」

俺が了承すると、弦十郎氏は奏が死んだ日のことを語りだした。

 

 

 

彼は淡々と語りだした。あの日起こったことを。

ライブ会場の惨劇。ノイズの大量発生。完全聖遺物の暴走。シンフォギア。そして絶唱。奏は命を燃やして歌い、その身体は塵と消えた。

「なるほど、大筋は理解しました。ではこちらの番ですね」

最早熱さを失ったカップの中身を飲み干すと、俺は奏に出会った日のことを語った。

「私が奏と出会ったのは、時間的にはその直後でしょう。常世と幽世の狭間。日本人には三途の川とか黄泉平坂と言ったほうが分かりやすいかな。要するに『この世ならざる場所』です。普通に死んだ人間はそこを通って黄泉の国へと旅立つのですが、普通ではない死に方をした人間はそこで彷徨うことがあります。稀に現世へと迷い出るケースもありますが、いわゆる亡霊や悪霊といった類ですね。ともかく、そこで奏を見つけました。奏の肉体はすでになく、魂も消滅しかけていました。それを私が治療した。魂、肉体ともに再生しましたが、奏は記憶を失っていました。その後は私と共に暮らしていたましたが、あなた方と出会ったことで記憶が戻ったみたいですね」

俺が一息に語り終えると、二人は難しい顔をして考え込んだ。

「荒唐無稽に聞こえるが、治療とは?」

「それは私の能力に関係するので、今はまだ話せませんね」

「む、そうか。失礼した」

「では、その『この世ならざる場所』で貴方が奏さんと出会ったのは偶然ですか?」

「これは後から思い至ったのですが、アスカロンと惹かれあったのだと思います」

「アスカロン……ですか?」

「奏が纏っている聖遺物ですよ」

今にして思えば、あれは完全聖遺物だ。それをすんなりと受け入れることができたのは余程に相性が良かったのだろう。だとすれば、互いに惹かれあったとしてもおかしくはない。アスカロンが奏を『呼んだ』可能性もある。

「聖遺物だとッ! シンフォギアではなく、融合症例かッ!」

「それが本当だとすれば、響さんに続いて、ということになりますね。いえ、時系列でいうならば、ほぼ同時期……」

またしても、二人して考え込んでしまった。しかし融合症例か、言い得て妙だな。確かに融合だ。

「すまない、取り乱した。ところで奏の処遇についてだが」

「それは本人に聞いてみることにしましょう。丁度来たようですから」

「何?」

タイミングよくドアが開く。現れたのは奏と翼さんだった。

「奏」

「奏さん、大丈夫なんですか?」

「ああ、心配かけたな緒川さん、ダンナも。あとボスにもな」

「存外に元気そうじゃないか。まあ座れ、これからお前がどうするか。皆が聞きたいそうだ」

「あたしが?」

「簡単に言えば、これまで通り俺と行動を共にするか、それともここに残るかだな」

「ああ、そういうことか」

「……奏」

翼さんが泣きそうな顔で奏を見ている。この娘ってこんな感じだったっけ? 映像で見た時はもっとキリッとした感じだったんだが、あれはアイドルとしての顔で、こっちが本当の顔なのかもな。

「ボスはどう思う?」

「おまえの意思を尊重する」

「その言い方はズルいなぁ」

奏は困ったように頭をかいた。そう言われてもな、無理矢理連れ帰ったって誰も納得しないだろ。向こうの印象も悪くなるだろうし。

「ボスには感謝してるよ。今のあたしがいられるのはボスのおかげだし。でも、あたしはここに残るよ」

「――奏っ!」

「泣き虫を放っておくわけにもいかないしな」

「奏ったら! また私を子ども扱いして!」

「ははっ、悪い悪い」

やれやれ、仲のよろしいことで。

「まあ、今生の別れじゃあるまいし、会おうと思えばいつでも会えるさ。そんなわけで、弦十郎さん。奏のことよろしくお願いします」

「うむ、任されよう。それと、貴方にも協力して貰いたいが」

「共同戦線を張るのは吝かではありません。ですが、行動は別とさせていただきます」

「理由を伺っても?」

「単に組織行動が苦手なだけですよ。まあ、何かあれば連絡を下さい。私の連絡先は名刺に書いてありますので」

「了解した。では、これより俺たちは同士だ。遠慮は無用に願う」

そう言って弦十郎氏は右手を差し出した。随分と真っ直ぐな人だ。

「では、これからよろしく」

「……あの」

俺たちが固い握手を交わしていると、翼さんがおずおずと声を掛けてきた。

「きちんと自己紹介していないと思いまして。改めまして風鳴翼です。奏を救ってくれて、ありがとうございました」

そういえば本人から自己紹介はされてなかったな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第09話 接触

港からは緒川君の運転でホテルまで送ってもらった。ちなみに、奏にはロゼのことは話してもいいが、セレナのことは話すなと言い含めてある。

ホテルのエレベーターに乗ったところで俺は自分のミスに気付いた。

「マリアのこと話してねぇな」

向こうは奏のことしか頭になかったのだから、こちらが水を向けるしかない。そもそも俺たちの目的を知らないだろうし。

まあいいか。とりあえずセレナに報告だけはしておこう。時刻は深夜に差し掛かろうという時分、起きているかどうかは、微妙なところだ。

セレナの部屋をノックする。しばらくして、セレナの返事があった。

「……はい」

「入っていいか?」

「どうぞ」

表情は変わらず沈鬱なままだが、目のクマは若干マシにはなっている。少しは眠れたようだ。

俺は今日の出来事をセレナに説明した。奏の記憶が戻ったこと、日本の対ノイズ組織、二課と協力体制をとったこと。それらを話している時、懐の端末が震えた。この端末に連絡してくるのは一人しかいない。情報屋からのメールに目を通した後、俺はセレナに問いかけた。

「ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、月読調、暁切歌、聞き覚えのある名前はあるか?」

「――ッ!!」

明らかな動揺の色。どうやら知り合いのようだ。

「この四人に加えてマリア、計五人で動いているらしい。聞かせてくれるか?」

「……マム、ナスターシャ教授は私たちを統括する立場の人でした。とても厳しくて、怖がっている子も多かった。でもそれは私たちの中から『脱落者』を出さない為だったんです。本当は優しい人。ウェル博士は私たちに投与される薬の管理をしていた人です。正直、あまり良い印象はありません。仕事には熱心な人でしたが。月読さんと暁さんは年少組の二人で、少し話した程度です」

あくまでセレナの個人的な解釈だが、参考にはなった。情報屋の調査には主観的な意見が全くないからな。しかし、よくここまで詳細に調べられたものだ。あの研究所、米国連邦聖遺物研究機関(F.I.S.)はマリアたちにズタボロにされてデータのほとんどが抹消されたらしいが、同時にセキュリティレベルも大きく低下していた。入り込むのは余裕だったらしい。そして得た情報を再構築したそうだ。

「近いうちにマリアたちと接触する。そこでマリアの本心を確かめる。おまえの出番はその後だ。それまでは我慢してくれ。だが、籠ってばかりじゃ気が滅入る一方だ。明日は買い物にでも行こう」

俺がそう言うと、セレナは多少ぎこちないが笑顔を見せてくれた。

 

 

 

あれから一週間が経った。マリアたちに動きはない。国土の割譲などと大層なことを吐いた割には不気味なほどだんまりだ。

奏は向こうで上手くやっているらしい。翼さん以外の装者とも仲良くなり、一緒に戦闘訓練もやっているとか。

俺とセレナは一緒に買い物したり、ジムに行って身体を動かしたり、思い出話に付き合ったりしていた。いや、遊んでいたわけではない。セレナの気を紛らわすためだ。

動きがあったのは、ある日の夕方だった。

「今夜攻め込む?」

「ああ、あたしら装者四人でな」

「俺も行くか?」

「弦十郎のダンナからの要請はなかったんだろ? つまりはそういうことさ。何、装者が四人もいるんだ。問題ねぇよ」

そもそも彼は俺が『戦える人』とは認識してないと思う。奏がどこまで話したか次第だが。

「そうか、もしマリアが出てきたら様子を探っといてくれ」

「了解だ」

そう言って俺は通話を切った。

マリアたちは街はずれの廃病院を拠点としていたらしい。廃病院、廃工場、倉庫などは調べていたのだが、運悪く逆方向だった。やはり身体が一つでは限界があるな、派手な動きもできないし。かといってあまり二課に借りを作りたくはない。

まあ、今回は二課のお手並み拝見といこう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 偽槍vs撃槍

翌朝、奏から連絡が来た。曰く、マリアはフィーネだった。いやそれ最初に本人が言ってたよな。「私たちはフィーネ。終わりの名を持つ者だ」とかなんとか。そもそもフィーネってなんだよと思ったが、それについては弦十郎さんが説明してくれた。

先史文明の巫女で、転生を繰り返して疑似的に永遠を生き、ルナ・アタックを引き起こした張本人らしい。とんだとんでもだな。

「あー、つまりなんだ。マリアの魂は消滅して、今はフィーネになっていると?」

「現状では『可能性の一つとしてはあり得る』としか言えん」

今のところフィーネだと断言できる情報はないらしい。向こうが一方的に言っていることだと。ややこしい事になってきたな。もし本当にマリアが『死んでいた』場合、セレナにどう説明すべきか。

 

 

 

「米軍が動いている?」

翼さんから招待されていたリディアンの文化祭に行くか思案しているところに、情報屋から連絡が入った。どうやら米国政府もマリアたちを追っているらしい。正確にはナスターシャ教授が保有している異端技術のデータを狙っているようだ。だとすれば、ナスターシャ教授やマリアたちは『処理』される可能性が高い。ご丁寧に情報屋は米軍の動きを逐一報告してくれている。場所は、港の倉庫街か。

端末を懐にしまいこむと勢いよく地を蹴った。幸い距離はそこまで離れていない。タクシーを拾うよりは走ったほうが早く着く。

現場からふたつ離れた倉庫の屋上に身を伏せる。すでに戦闘は始まっているようだ。建物の中から派手に銃声が響いてくる。その音に釣られたのか、三人の野球少年たちが現場近くをうろついている。そこに不気味な笑みを浮かべた白衣の男が現れた。

男が腕を掲げる。

「あの男、本気か? 流石にそれは見逃せんな」

高みの見物をしている場合じゃなさそうだ。腕を振るい、斬撃を飛ばす。召喚されたノイズはなすすべもなく炭素へと還った。

男と少年たちの間に着地すると、後ろを向いて警句を発する。

「早く逃げろ。ここは危険だ」

警告すると野球少年たちは這う這うの体で逃げ出した。幸い腰が抜けたやつはいなかったようだ。

「何ですかぁ、アナタは?」

この男、錯乱しているわけでは無さそうだ。正常に狂っているのか。この手合いは厄介なんだよなぁ。

正直こいつに用はない。捕縛して二課に引き渡すか。

「通りすがりの探偵だよ。悪いが捕縛させてもらうぞ」

「ふはっ! できるものなら、やってみろよぉぉ!」

白衣の男、ドクター・ウェルは更に大量のノイズを呼び出した。

「はははははっ! いけぇ! そいつを殺せ!」

テンションの高い奴だな。だが、ドクター・ウェルの意思に反して、ノイズは一向に動き出さない。

「はぁ!? おい、おまえら何やってる! そいつを殺すんだよッ!」

それでもノイズは動かない。なぜならノイズたちは今、俺のこと認識できていないからだ。

「くそっ! なんでだっ! なんで動かないんだよぉ!」

「――退きなさい! ドクター!」

おっと真打登場か。

「ノイズも消しなさい。邪魔よッ!」

「くっ! ここは任せましたよ、マリア」

俺を睨み付けながらドクター・ウェルは建物の中に消えていった。ノイズも消滅している。

「貴方、何者?」

「神宮寺紫音。探偵だよ」

「……探偵?」

マリアは訝し気だ。なんでここに探偵が?ってところか。

「こちらは名乗ったんだ。君の名前も聞かせて欲しいな。君はフィーネ? それともマリア?」

「――貴様っ!」

おっと、一気に警戒度が上がったな。だが、マリアの名はもちろん、フィーネの名もテレビ放映されたのだから、一般人でも知っているはず。ああでも、フィーネが個人名だと知ってる人間は少ないのか。

だが、弦十郎さんから聞いたフィーネの印象とは違う気がする。

「そうだ! 私がフィーネだぁぁ!」くらいは言いそうなイメージだったが。

「迷っている?」

「な、なにを!?」

口を衝いて出た言葉だったが、こちらが驚くくらい動揺している。

これは……もう少し泳がせた方がいいのか? まあ、一度くらいは打ち合ってみるか。

「そ、それは!? ガングニールッ!?」

「ただのコピーだ。驚くほどのものじゃない」

俺は黒き槍を構えると、にやりと笑った。

「では始めようか」

 

 

 




コピー能力って一見強そうだけど、実はたいしたことないってパターンが多いような気がします。(一部の例外を除いて)
大抵はコピーする条件が厳しかったり、自分の能力を超えるものはコピーできないといった制限が付いたりしてますね。
主人公のコピーはガワだけです。そもそも自前の武器(能力)使ったほうが普通に強いので、相手の意表を突くときくらいしか使いません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 太陽の憂鬱

二課の会議室には俺を含めた七人がテーブルを囲っていた。シンフォギア装者も勢ぞろいしている。ちなみに、響ちゃんとクリスちゃんとはすでに面識がある。奏に誘われてお好み焼き屋に行ったら、ふたりもそこにいたわけだ。もうひとり、小日向未来という娘がいたが、ここにはいないようだ。

「まずは説明してもらいたい。何故貴方があの場所にいたのか」

「職業柄、独自の情報源は持っています。米軍の動きを追いかけていたら、あの場所に辿り着いたというわけで」

「では大量に残されたノイズ被災者の痕跡は……」

米軍の、という言葉は飲み込んだようだ。まあ、響ちゃんとかは敵味方問わず犠牲者が出ることを悲しむ性格だからねぇ。

「あ、あの! 紫音さんがマリアさんと戦ってる映像見ました。あれってガングニールですよね」

まあ、傍目にはそう見えるよな。見た目は全く同じだし。

「実は、俺もガングニールの適合者だったんだよ」

「えぇぇっ! そうだったんですか!?」

「……はぁ。ボス、堂々と嘘吐くのはやめてくれよ。それでなくともこいつは信じやすいたちなんだから」

「すまんな、響ちゃん。さっきのは嘘だ」

「……なんでそんな嘘吐いたんですか?」

あらま、むくれちゃったよ。

「アメリカンジョークだよ。俺はアメリカ人だからな」

「えっ、紫音さんってアメリカ人だったんですか?」

ああ、そういえばあのとき響ちゃんはいなかったか。

「そうなんだよ。日系二世のアメリカ人」

「へー、見えないですね」

……この娘はちゃんと意味が分かってるのかな?

「おほんっ! で、これから貴方はどうするんだ?」

「とりあえずは様子見ですね。連中の目的が分かるまでは大人しくしてますよ」

「ふむ。では……」

「共闘の提案ならまだ早いですよ。そっちには奏も加わって、戦力的には優位な状態でしょう。俺だっていつまでも日本に居るとは限らないんだ。経験を積ませるのは必要でしょう」

「確かにそうだが……」

「子供を戦わせたくないって気持ちは分かりますが、部下を信じるのも上司の務めですよ」

「へっ、そうだぜおっさん。今更引っ込んでろって言われても納得できるか!」

「そうですよ、師匠! 私もマリアさんたちと話し合いたいです」

「……また甘いことを。だが、防人として、私も引き下がるわけにはいかん」

なんだか皆に火を付けてしまったようだ。

 

 

 

それから数日後、俺は奏からの連絡を受けていた。

「ふむ、響ちゃんがねぇ」

「ああ、かなりマズい状況らしい。うちの医療班も言葉を濁してやがる。ダンナが言うには、これ以上戦わなければ浸食を抑えられるらしいが、あいつが大人しくしてるとは思えねぇ。で、ボスならなんとかできるんじゃねぇかと思ってさ」

「随分と気にかけているようだな」

「……あたしの責任でもあるからな」

「そうか。分かった、本人と話してみよう」

そんなわけで、俺は今、響ちゃんと喫茶店にいるわけだが。

「誘ったのは響ちゃんだけなんだけどねぇ」

「響の身体のことですよね。私が居ちゃいけませんか?」

「俺は別に構わないが……」

そう言って響ちゃんに目を向けると、響ちゃんと未来ちゃんは見つめ合って頷き合う。

「……お願いします」

「では、結論から言おう。君を元の身体に戻すことはできる」

「――本当ですかっ!?」

未来ちゃんが身を乗り出して詰め寄ってくる。本当に心配していたんだな。

「響ちゃんの身体からガングニールの欠片、及びその痕跡だけを除去することは可能だ。そうすれば君は普通の女の子に戻れる。装者は引退だ。普通の女子高生として青春を謳歌すればいい。戦いの事なんか忘れてさ」

「……そう、ですか」

響ちゃんは沈痛な表情で俯いてしまった。未来ちゃんが心配そうに覗き込んでいる。我ながらちょっと意地悪な言い方しちゃったかな。響ちゃんの性格上「やったー! じゃあ早速治療をお願いします!」とは言わないだろうと思ってはいたが。

しかしこれは重要なことだ。理解して納得しなければならない。奏の言った通り、この娘は無茶をするタイプだろうから。

「俺はね、大抵のケガや病気は治せるんだ。でも、死んだ人間を蘇らせる事はできない、当然ながらね。まあ、猶予が全くないというわけでもないし、少し考えてみるといい。俺は君の意思を尊重する」

俺は伝票を取って、店をあとにした。そして、ホテルに帰るまでの道すがら、奏から受けたもう一つの報告について考える。

あの男、ドクター・ウェルの言っていた「人類の救済」について。いわゆる月の落下だ。米国の発表に如何ほどの信憑性があるだろうか。発表されたのが真実とは限らないわけだが、あの男が人類の救済などという崇高な目的で動いているとは到底思えない。それが本意かどうかはまだ不明だが、月の落下軌道については調べる必要があるだろうな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 海上の激闘

事態が大きく動いた。二課の調査によって米国政府の発表した月の公転軌道のズレを鵜呑みには出来ない事が分かった。次いで起こったスカイタワーのノイズ襲撃。そして偶然訪れていた未来ちゃんが行方不明になった。すわ巻き込まれて死亡かと大騒ぎになったが、事後調査により、何者かに拉致された可能性が高いことが判明した。何者かって、間違いなくあいつだろう。未来ちゃんは響ちゃんの明確な弱点だし。まあ、あの男の独断かどうかは不明だが。

そんなわけで、俺は今森の中にいる。目の前では二人の少女が洗濯物を取り込んでいるところだ。

「こんにちは」

「……誰?」

「――デデッ!? し、調! こいつマリアの言ってたデタラメ男ですよッ! 映像で見た奴デスッ!」

「――ッ! 思い出した」

調が驚きながら飛び退った。俺はデタラメ男と呼ばれてるのか。

「あーあ、せっかく回収したのにぶちまけちゃって、もう一度洗濯しないとなぁ。ああ、そう警戒しなくてもいいぞ。今日は戦いに来たわけじゃないからな」

「じゃあ何しにきたデスかッ!」

「話し合いさ」

「……話すことなんて、ない」

「米国政府の発表した月の軌道計算がデタラメだってことが分かった。テロという行為は褒められたものではないが、君たちの行いにも三分の理くらいはあるんじゃないかと思ってな。こうして足を運んだというわけだ」

「そ、そうデスよッ! 私たちは正しい事をしてるんデスッ!」

「………」

調は無言だ。だが心なしか表情が緩んだようにも見える。

「ひとつ聞かせてほしい。マリアはフィーネなのか?」

「――ッ!」

「マリアはマリア。私たちの大切な仲間。そうでしょ、切ちゃん」

「そ、そうデス! マリアは大切な仲間デスよッ!」

ふむ、これは……。

「もう気付いてるかもしれんが、米軍が本気になってきた。気を付けたほうがいい」

そう言い残して、俺は二人に背を向けた。

 

 

 

それから数日後、哨戒に出た米軍の艦艇がノイズに襲われているという情報が入った。現場に着いてみれば、よく分からない状況だった。眼下では装者たちが入り乱れている。調はギアを纏っておらず、切歌は翼さんに抑えられている。奏とクリスちゃんが二人がかりで相手取っているのは、見たことのない装者だ。バイザーのようなもので顔が隠れているが、あれは未来ちゃんか? 二人の攻撃にいまいちキレがないのもそれが理由か。だが、さすがに二対一の不利は覆らなかった。これで終了かと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。

「あのエネルギー量はマズいな」

未来ちゃんのギアが変形し、エネルギーを充填していく。クリスちゃんの位置も悪い。背後にギアを解除した調がいる。

仕方なく俺はクリスちゃんの目の前に着艦した。

「――ア、アンタはッ!」

「伏せてろ」

未来ちゃんのギアから集束された高エネルギー砲が発射された。まずは前面に展開した大型ミラーでエネルギーを拡散させる。それを周囲にばらまいた小型ミラーで反射。それが未来ちゃんの足元に突き刺さる。足場を崩して自由を奪うつもりだったが、そう上手くはいかなかった。

「飛行機能か。中々優秀だな」

「――またアナタですかぁ! 僕の邪魔をするのはぁッ!」

何もない空間から突然ヘリが現れた。あれも異端技術か。

「よぉ、久しぶりだなドクター・ウェル。アンタはいつ見てもテンション高いな。悩みが無さそうで羨ましいかぎりだ」

「余裕ぶっこいていられるのも今のうちだッ! 僕にはこのぉ、ソロモンの杖があるぅぅ!」

ヘリから乗り出したドクター・ウェルは、ソロモンの杖を振りかざして次々とノイズを生み出ていく。本当にろくな事しねぇな。

展開ミラーを使い、拡散ビーム砲で撃ち落としていくが、それでも追いつかない。

「くそったれがっ!」

クリスちゃんがミサイルをばらまいていくが、それでもノイズは減る様子を見せない。かなりの数を呼び出したようだ。

気が付けば未来ちゃんが移動を始めていた。どこに行く気か知らんが、自由にさせるのはマズい。かといってこの場の指揮権は俺にはない。ノイズの殲滅と未来ちゃんの追跡。さて、どちらを優先するべきか。

逡巡しているうちに動きがあった。突然現れた緒川君が調を連れ去り、奏と翼さんのタッグが切歌と戦闘を始めた。既にヘリは消え去っており、ノイズの増加も止まっていた。なら、まずはノイズを片付けるか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 潜入

ノイズの殲滅を確認すると、すぐさま未来ちゃんの飛び去った方へと向かう。その先から戦闘の音が聞こえた。未来ちゃんと戦っているのは、響ちゃんだった。

「それが君の選択か。なら俺が割って入るのは無粋だな」

二人が激しくぶつかりあう。戦況は互角のようだが、響ちゃんには時間制限がある。このままだと押し切られるな。

一進一退が続く中、突如現れたヘリから何かが射出される。打ち出されたそれは円盤になり、未来ちゃんの放つエネルギー波を反射している。響ちゃんは器用にかわしているが、ついにその時がやってきた。

ガングニールの欠片が響ちゃんの皮膚を突き破る。それに限界を感じたのか、響ちゃんは未来ちゃんに向かって特攻をかけた。二人に向けてエネルギー波が向かっていく。

ここらで介入するか、と思ったが響ちゃんの動きがおかしい。攻撃に当りにいっているような挙動だ。

そういえば、未来ちゃんの攻撃を受けた時、妙な感覚があったな。鏡が溶かされていくような……分解? それがあのギアの特性? なら響ちゃんの狙いは、そういうことか。

両者の身体を閃光が貫く。それでも閃光の勢いは衰えず、最後の反射盤で方向を変え、海中へと突き刺さった。

光の渦の中から姿を現したのは、巨大な遺跡だった。

 

 

 

戦闘は一旦幕を引き、両者ともに引き上げとなった。俺は姿を隠し、尾行を続けているわけだが、彼女たちの会話から察するに、この遺跡はフロンティアという星間航行船らしい。しかし何だってクリスちゃんが一緒にいるんだ? 捕らわれたって感じでもないし。

「着きました。ここがジェネレータールームです」

動力部か。その割には、いや古代遺跡だからな。ドクター・ウェルが進み出て、遺跡に何かを貼りつける。すると室内が光に包まれ、遺跡が活動を始めた。

そこで一行は別れるようだった。ドクター・ウェルはブリッヂへ、ナスターシャ教授は制御室へ行くらしい。しばし迷った後、俺はナスターシャ教授の後を追うことにした。

そこからは怒涛の展開だった。フロンティアから飛び出した光の手は月を掴み。フロンティアを更に浮上させる。そして、米軍艦隊の蹂躙。随分と好き勝手やっているようだ。

ナスターシャ教授は真剣な表情で制御盤を操作している。どうもこの二人の関係も良好とは言い難いようだ。むしろ敵対していると言えるかもしれない。

もう少し様子を見るか。

 

 

 

ようやく二課が動き出した。先陣の奏と翼さんがノイズを蹴散らしていく。その後に調と響ちゃんが姿を現す。案の定、響ちゃんはギアを纏っていない。何やってんだか、あの娘は。調の立ち位置がよく分からんが、弦十郎さんが許可したのなら問題ないだろう。

問題はこっちなんだよな。モニターにはクリスちゃんと翼さんが戦っている姿が映っている。奏は内部に進み入ったようだ。そして、別のモニターには調と切歌が戦っている姿が映っている。一度に色々起こりすぎだろ。一体どういう状況だ?

俺が頭を抱えていると、ナスターシャ教授がブリッヂのマリアへと通信を始めた。どうやら今ブリッヂにいるのはマリアひとりらしい。

そして言った。月の落下を止められるかもしれないと。

「最後に残された希望……それにはあなたの歌が必要です」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 ヤタノカガミ

マリアの全世界テレビ中継が始まった。一部の特権階級の非を告発し、月の落下を食い止める為に、皆の力を貸してほしいと。

セレナ、見ているか? おまえは正しかったよ。

マリアは今でも、おまえが言っていた通りの「優しいマリア姉さん」だった。

 

 

歌が、聞こえる。

 

 

マリアは歌い切った。だが、何も変わらなかった。

「月の遺跡は依然沈黙……」

何も変わらない。何も変えられない。そして、悪い事というのは重なるものだ。押し入ってきたドクター・ウェルがマリアを殴り飛ばす。しかも左腕でだ。

ナスターシャ教授はドクター・ウェルを説得しているが、聞く耳持たないといった感じだ。

「そんなに遺跡を動かしたいのなら! あんたが月に行ってくればいいだろっ!」

部屋全体が大きく揺れた。打ち出されたのか。宇宙に打ち出されたのなら強力なGがかかるはずだが、かなり軽減されている。それでも完全とはいかないらしく、部屋は揺れ、瓦礫が舞う。そろそろ潮時か。

俺は不可視化を解除した。ナスターシャ教授の車イスに手を添え、ミラーバリアを展開する。

「――あなたはっ!」

「喋ると舌を噛みますよ。落ち着くまでそのままに」

しばらくすると揺れは治まった。安定軌道に乗ったようだ。

「いつからいたのですか? 神宮寺紫音」

「名前を憶えてくれて光栄ですよ。マリアから聞いたんですね。ですが問答の時間はありません。貴方にはやるべきことがあるでしょう?」

俺の言葉にハッと我を取り戻し、ナスターシャ教授は動き出した。通信を繋いで、優しくマリアを諭している。

「フォニックゲインか。届くかな、ここまで」

「マリアを、そして人類を信じます」

ナスターシャ教授は忙しなくコンソールを叩いている。程なくして、高まったフォニックゲインが月へと向かって照射された。

「月遺跡、バラルの呪詛。管制装置の再起動を確認。月軌道、アジャスト開始」

そう言い終えると、ナスターシャ教授はコンソールへと倒れ伏した。口の端からは血が零れている。

「上手くいきましたか?」

「ええ、これで私の仕事も終わり」

「それは重畳。では、帰りますか」

「貴方を巻き込んで……えっ、かえ、る?」

ナスターシャ教授が呆けたようにこちらを見る。別におかしな事は言ってないだろうに。

「仕事が終わったら帰る。当然でしょう」

「ですが、帰る手段は……」

言い終える前に【八咫鏡】を装着した。薄暗い室内が、金色の鎧から発せられる光で満たされる。俺ひとりだけなら通常形態でも十分なのだが、今回は連れがいる。宇宙ということも勘案してフルアーマーで展開した。

「では行きましょう。なるべく快適にはするつもりですが、不手際があればご容赦を」

ナスターシャ教授を抱き上げると、金糸の繭で包んでいく。何か言っているようだが、後で聞くとしよう。

制御室の扉を開くと、眼前には星の海が広がっていた。中々に幻想的だが、浸っている時間はない。制御室を蹴飛ばし、推進力を得る。数分後には地球の重力に引かれ始めた。ここから本格的に繭の中の状態に気を配らなければならない。大気構造、温度、重力加速度を調整していく。

そろそろ成層圏に入るな。日本はこっちか。装者たちの気配が感じられない。ギアを纏ってないのか。ならばアスカロンを探る。こっちも装着はしてないようだが、ギリギリ探れる。こっちか、浜辺だな。よし、目視できた。全員いるようだな。

あまり近いと危険なので、ある程度の距離を取って着水する。そのまま滑空して近づいていくが、どうも警戒されているようだ。慌ててギアを纏った翼さんを、奏がちょっと躊躇いながら押しとどめている。ああ、顔が確認できないからか。

仕方なく、頭部の【八咫鏡】を解除する。するとようやく皆の警戒が解かれた。

「やっぱりボスかっ! 今までどこで何やってたんだよっ! こっちは大変だったんだぞっ!」

「ああ、ちょっと宇宙で、なっと」

金色の繭の中から現れた女性に全員が驚愕した。

「「「マムッ!?」」」

一際大きく反応したのは、やはり例の三人だった。

「マリア、調、切歌。心配をかけましたね」

感動の再会だな。でも俺を取り囲んで喜び合うのは勘弁してくれ。ナスターシャ教授を降ろせばいいのだが、流石にいきなり歩くのは厳しいだろう。などと思っていたら、緒川君が折り畳み式の車イスを持って走ってきた。

「何故、私を助けたのですか?」

「別に死ぬことはない、そう思っただけですよ。それに貴方が亡くなると、セレナが悲しみますからね」

「……どういうことですか?」

ナスターシャ教授は一瞬驚いたものの、すぐさま俺を睨みつけてきた。そこには小さな怒りが感じられる。マリアは怪訝顔だ。何言ってんだこいつ?ってところか。

だから俺は言ってやった。

「いつからセレナが死んでいると錯覚していた?」

 

 

 




ネフィリム・ノヴァ戦を丸々カットするという蛮行。主人公視点での進行なので仕方ないですね。
ようやく主人公の能力が開示されました。聖遺物との完全融合生体です。詳細は話が進むと明らかになります。
完全融合症例の奏と同じく、発動と行使に聖詠も歌も必要としません。
これにてG編完結。次回よりGX編開始。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 欧州の怪異

ホテルでの生活は金額に見合った快適さではあったが、当然というか自宅程の安らぎを得ることは叶わなかった。チェックアウトを済ませ、顔見知りとなったフロントのホテルマンに別れを告げる。

迎えの車は既に玄関前に停車していた。

「悪いね、緒川君」

「いえ、大したことはありませんよ」

そう言って緒川君は笑顔を見せた。今回、二課には少し借りを作ってしまった。二課にもメリットはあったとはいえ、弦十郎さんは面倒な手続きを行わざるを得なかっただろう。

「あの人はどうしてますか?」

「元気ですよ。既にいくつかの研究を任せています」

「随分と信用したものですね」

「司令の判断ですよ。了子さんがいなくなって、うちも人手不足ですから」

二課としては本意ではないだろうが、マリアたち三人を人質を取っている形だからな。それでなくとも否やはないだろうが。

幸い渋滞には捕まらず、程なくして港に到着した。緒川君の案内で潜水艦の中を進む。弦十郎さんは不在のようだ。やはり忙しいのだろう。

緒川君はとある部屋の前で立ち止まると、こちらに振り向いた。

「こちらです。では、三十分後に」

「ああ、ありがとう」

緒川君を見送り、入室する。中にはひとりの女性が静かに佇んでいた。

「調子はどうですか? ナスターシャ教授」

「もはや教授ではありませんが、貴方にはお礼を言うべきなのでしょうね。すこぶる好調ですよ」

「それは良かった。ケーキを持ってきたんです。お茶をいただけませんか?」

俺が気安くそう言うと、ナスターシャ教授は小さく笑って立ち上がった。部屋の隅にある水屋から手慣れた様子で準備を整える。ものの数分で湯気の立った紅茶が運ばれてきた。

「セレナは邪魔になっていませんか?」

「いえ、そんなことは。むしろ助かっています。助手のようなことをさせていますが」

弦十郎さんには無理を言って一部屋用意してもらった。セレナは住み込みでナスターシャ教授の世話をしている。とはいえ、既に介護も看護も必要なくなっているので、仕事の手伝いくらいしかすることがないのだろう。それに、ここにいればマリアたちの情報もいち早く手に入る。

「何故、私を助けたのですか?」

「……それは以前にお答えしたはずですが」

「ここでは誰も、私を裁いてはくれません」

なるほど、罪と罰か。インテリらしい悩みだ。

ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤという人間は既に死んでいる。宇宙で制御室から投げ出され、遺体は見つからなかった。そういうことになっている。

マリア、調、切歌は今も拘置されている。それを覆すために、弦十郎さんは今も奔走しているのだろう。ドクター・ウェルはどうなったのだろうか。捕縛したとは聞いているが、けだし罪は一番重いはずだ。

そして、彼女だけが何の罰も受けていない。死人にムチを打つ人間は、二課にはいないということだろう。

「では、こういうのはどうですか?」

紅茶を一口すすり、言葉を続ける。

「貴女が愛おしいから、貴女に生きていてほしいから、助けたんです」

俺がそう言うと、彼女は両目を見開いてこちらを見据えた。頬は赤く、染まってはいなかった。そして、大きく溜め息を落とす。

「聞いていた通り、ジョークは下手なようですね。そういうセリフは、セレナかマリアにでも言ってお上げなさい」

セレナはまあ分かるが、何故マリア?

「まあ、少し気はほぐれました。誰に裁かれなくとも、私は私のできることで罪を償いましょう」

「ええ、それでいいんですよ。ま、セレナのことはお任せします。私はしばらく日本を離れますので」

「……私たちの余波が、そちらにまでいきましたか?」

「まさか、仕事ですよ」

 

 

 

あの事件――フロンティア事変と呼ばれている騒動から十日ほどが経った。F.I.S.組の処遇については、日本政府と米国政府が派手にやりあっているらしい。その余波を避けるために、装者たちは現在行方不明ということになっている。俺にしてみても、弦十郎さんから「念のため、日本とアメリカからは離れておいたほうがいい」という助言をいただいた。

渡りに船、というわけではないが、情報屋から仕事の依頼が入ったので、それを請けることにした。

近年ヨーロッパ全域で頻発している不審死の調査。以前からこういった事件はあるにはあったらしいが、最近になって増加しているようだ。特にフランスに多く発生し、その足取りを追っている。フランスに滞在して四日目、ひとつの手がかりが目の前にあった。

時刻は深夜、場所は大通りから外れた裏路地。人は疎らで時折酔っ払いとすれ違う程度。そこに場違いな少女の姿があった。中学生くらいだろうか、スカートを翻しながら、まるで獲物を探している狩人のようにも見える。そして何より、彼女からはまるで生気が感じられないのだ。生き物の気配がしない。事件に関係あるかどうかは分からないが、とてつもなく怪しい。

「お嬢さん、こんな時間にうろついてると危ないよ。最近は物騒だからね」

「――ふぅん。ま、アンタでいっか」

少女はゆっくりとこちらに詰め寄り、いきなりキスをしてきた。かなりの身長差があるはずだが、いつの間にか少女の足元には氷の足場が出来ていた。そして、俺の中から何かが吸い取られていくのが分かる。これは生命力? これが不審死の原因か?

まずは【八咫鏡】からの供給をカットした。数秒後、少女が静かに唇を離す。俺は支えを失ったような感じで、その場に倒れ伏した。

少女は薄く笑うと、俺に背を向けて歩き出す。そして、懐から取り出した何かを地面に投げつけると、少女の身体が光に包まれた。

その瞬間を逃さず、俺は少女の背後に滑り寄った。

視界が一瞬で切り替わる。裏路地から一転、場所は西洋館のような場所に移った。整ってはいるが、洒落っ気がまるでない無骨な場所だ。

「たっだいまー」

「……ガリィ、後ろの男は誰だ?」

二人の女性。その片方、紫紺の髪の女性が問う。

「あ? 後ろ?」

問われた少女、ガリィが振り向く。と同時に俺も動く。ガリィの振り向いた逆方向、死角に回り込む。

「誰もいないじゃない。レイアちゃんの冗談?」

「……中々に素早いですわね」

もう一人の、鶯色の髪の女性が感心したように呟く。

「――ふんっ!」

再度、鋭い動きでガリィが振り向く。俺は再び死角に回り込んだ。ガリィは元の位置に戻ると、今度はブリッジをするように振り向いた。だが甘い。俺はガリィの足元を滑るように正面へと移動した。

「何よ、やっぱり誰も――ふあぁっ!?」

「改めましてこんばんは、お嬢さん」

「テ、テメェ、何でここに!? つか何で生きてやがるッ!?」

「酷い言い草だ。俺にだって生きる権利はある」

「そういう意味じゃねぇよッ! 思い出は吸い尽くしたはずなのにッ!」

ああ、吸い取られていたのは思い出か。まあ、俺の思い出じゃないんだけど。それと、この二人も人間じゃないな。向こうにいる赤髪の女の子も身動きひとつどころか、瞬きひとつしないし。そもそも、手からして人間のものじゃない。

「まあ落ち着けよ。口調が乱れてるぞ。そして話をしよう」

「お前が地味に只者ではないことは分かったが、私たちと何を話す?」

「まずは名前を知りたいね。俺の名前は神宮寺紫音。通りすがりの探偵だ」

「テメェに名乗る名前なんてねぇよッ! てかアンタたち何普通に対応してんのよッ!」

「おや、憚るような名前なのかな? だとするなら、君たちの名付け親の感性を疑わなければならないが」

「その言葉、流石に捨て置くわけにはいきませんわ。いいでしょう、私の名はファラ・スユーフ。どうぞお見知りおきを」

「ちょっとファラちゃんッ!?」

「マスターの名を貶めるわけには参りませんわ」

「それもそうだ。私の名はレイア・ダラーヒムという」

「ちっ、ガリィ・トゥーマーンよ」

彼女たちにマスターと呼ばれる存在。おそらくは彼女たちを作った者だろう。交渉は彼と行うことになるな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 亜空間の城塞

マスターと呼ばれる彼女たちの上位存在、創造主。それは彼ではなく彼女だった。見た目は就学前の幼女に見えるが、その身に纏う覇気と威風堂々たる態度は年相応とは言い難い。

「レイアから話は聞いた。思い出の採集を止めてほしいそうだな」

話し方も堂に入っている。外見通りの年齢ではなさそうだ。

「ええ、端的に言えばそうです」

「聞けぬ相談だな。思い出のエネルギーはオレにとって必要不可欠。要件はそれだけか?」

やはりだ。必要なのは思い出ではなくエネルギー。それならやりようはある。

「無論、代案なしに提案しているわけではありません。必要なエネルギーは私が用意します」

「ほぅ、面白い事を言う。具体的にはどうするつもりだ」

「そうですね、彼女をお借りしても?」

「――ミカか。いいだろう、だがおかしなマネをすれば殺す」

あの赤髪の少女はミカというらしい。彼女の了承を得て、俺はゆっくりとミカに近づいた。右手でミカの唇に触れる。あとはエネルギーを流していくだけだが、小柄な割に容量が大きい。充溢させるまでに、いささかばかりの時間がかかった。

俺が手を離すと、ミカがゆっくりと動き出す。

「あー。あぁー。この感じ、久しぶりだゾ」

動き出したミカが悦に入ったように笑っている。その目はとても煌びやかだった。

「――お腹いっぱいだゾ!」

余程に嬉しかったのだろう。ミカはその場で踊りだした。

「ガリィ、ありがとうだゾ」

「――チッ、アタシじゃないわ。そいつよ」

「ん? オマエだれだゾ?」

「神宮寺紫音だ。よろしくな、ミカ」

「おー。よろしくだゾ、シオン」

他の三人に比べると随分と素直だな。警戒心がないともいえるが。

「ミカ、具合はどうだ?」

「絶好調だゾ。これでマスターの役に立てるゾ」

「ふむ、一度の補給でミカが……な。いいだろう。おまえがオレに協力するというのなら、思い出の採集を止めてやってもいい」

「正確に言うのなら、人的被害を出さないでほしいんですよ」

「……殺すな、と言いたいのか?」

「ええ」

俺がそう告げると、彼女はしばし考え込んだ。

「……いいだろう。受けてやる」

「感謝します。では、これからよろしくお願いしますね、マスターさん」

「キャロルだ。キャロル・マールス・ディーンハイム。それとその気色の悪い喋り方も止めろ」

どうやら営業トークはお気に召さないようだ。

 

 

 

キャロルとの交渉に成功した後、俺に部屋が用意された。この場所はチフォージュ・シャトーというらしく、なんと亜空間にあるらしい。俺の持つ亜空間よりかなり広い。というか相手にならないってくらいに広大だ。

オートスコアラーの四人とも親睦を深めている。ミカにはかなり気に入られた。

「オマエ、強いヤツの匂いがするゾ」と言われて連日鬼ごっこをしている。ちなみに、カーボンロッドは使用禁止だ。施設が壊れるのでキャロルから厳命されている。そして、エネルギーが無くなれば俺が補充するという悪循環ができてしまった。断ればいいんだが、ミカのショボーンとした顔を見るとついつい付き合ってしまう。

ファラは外の文化に興味があるらしく、映画や小説、ファッションや音楽などの話をよくする。レイアと一緒に、俺が贈ったファッション誌などをよく見ているらしい。

レイアは絡みだけなら一番多い。彼女はキャロルの秘書的役割をすることが多いから必然的に接触の機会は多くなる。だが、基本的に真面目で無駄口を嫌うため、中々距離は縮まらないといった感じだ。

ガリィは最初の印象や、思い出の採集という仕事をとられたと思っているのか、会うたびに口をとがらせている。まあ、ガリィはキャロルの命令で外出することも多いので、接触自体が一番少なかったりするのだが。

慣れてしまえば、亜空間での生活もそう悪いものではなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 ホムンクルス

俺の仕事は大きく分けて三つある。

一つ目はもちろん思い出の補給だ。俺の、というか【八咫鏡】のエネルギーは無限にあるわけじゃない。弦十郎さんから聞いた【デュランダル】という完全聖遺物は、圧倒的なエネルギーを無尽に生み出すというとんでもないものだったらしいが、【八咫鏡】はそこまで突出したものではない。

【八咫鏡】のエネルギーの源は太陽にある。太陽がある限りエネルギーが枯渇することはない。つまり無限ではないが、事実上無限ということになる。

二つ目は情報収集。ガリィにも命じているようだが、俺も一翼を担っている。といっても、俺はキャロルから命じられたことを情報屋に伝えるだけだ。餅は餅屋に任せた方がいい。だから俺の仕事というには語弊があるかもしれない。

三つ目はチフォージュ・シャトーで働くホムンクルスたちの、食事の世話だ。キャロルと同じ顔をした彼女たちは、思い出ではなく、人間と同じように食事でエネルギーを得ている。しかも燃費が良く、一日一度の食事で十分だとか。理由を尋ねると「あいつらは成長しない。だから動く分だけのエネルギーで十分なんだ」とのこと。まあ、それはいい。問題は食事のメニューだ。栄養調整食品という、クッキーとかビスケットみたいなやつだけを毎日食べている。これを朝に食べて彼女たちは一日頑張ってるわけだ。更に問題なのは、キャロル自身もこれを食べているということだ。流石にこれは何とかしなければならないと思った。

今では一日二回、俺が彼女たちの食事を作っている。三回だとさすがに多すぎるらしい。余った栄養調整食品は紛争地帯の子供たちに配ってやった。おやつには丁度いいだろう。

そして、たまに余暇ができると錬金術の講義を受ける。世間話で錬金術の話題を振ったのがマズかった。

「興味があるのか? ならば教えてやろう。手慰みにな」と言われ、時折教えを受けている。

まあ、あれだ。オタクが自分の趣味の話になると饒舌になるようなものだろう。本人の前では決して口にできないが。

そんな感じでチフォージュ・シャトーの生活にも慣れ始めた頃だった。食堂で一斉に食事をしていたホムンクルスたちも立ち去り、俺は洗い物をしている。全ての片づけが終わり、手を拭いていると、ひとりのホムンクルスに声を掛けられた。

「あ、あの。紫音さん」

「ん、エルフナインか。どうした?」

この娘は他のホムンクルスと違って、明確な自我がある。その為か、結構話すことは多い。

「少しお話があって、いいですか」

「ああ、いいよ。丁度終わったところだ。お茶でも淹れよう」

「い、いえ。お構いなく」

二人分のお茶を用意すると、一つをエルフナインの前に置く。

「ありがとうございます」

「いえいえ。で、話って?」

俺が椅子に座ると、エルフナインがゆっくりと口を開いた。

「キャロルを止めてほしいんです」

エルフナインは真剣な表情でそう言った。

 

 

 

要点をまとめればこうだ。【万象黙示録】が完成すれば、世界は崩壊する。キャロルは「世界を識れ」という父の遺言を曲解している。だから止めてほしいと。

「……なるほどね」

危険だと思った。オートスコアラーの四人は、キャロルに意見することはあっても歯向かうことはない。良く言えば忠臣、悪く言えば妄信している。いや、それも少し違うが、まあ完全な上意下達だ。

だが、この娘は違う。キャロルに反旗を翻そうとしている。エルフナインもキャロルに作られたホムンクルスだ。キャロルはそんなに甘くない。この動きは察知されているはずだ。見られている、聞かれているという前提で会話したほうがいいだろう。

「俺もね、若いころに父親から似たようなことを言われたよ」

「紫音さんも、ですか?」

「ああ、そして俺はこう解釈した。人は同じではない。育った場所、付き合った人々、信じる宗教、様々な要因で人の心は変化していく。善人でも切っ掛け一つで悪人になるし、その逆もあり得る。つまり、「世界を知れ」とは「世界に暮らす人々を知れ」ってことなんじゃないかってね」

「…………」

エルフナインは黙して聞いている。

「俺は君の、君たちのパパがどんな人間か知らない。もしかしたら、死ぬ間際に世界を憎み、怨嗟の鬼となってそんな言葉を残したのかもしれない」

「――ッ!! パパはそんな人じゃありません! パパは、パパはとても優しい人です」

エルフナインが涙を溜めて抗議の声を上げる。俺は彼女の髪を優しく撫でながら続けた。

「なら、パパの言った「世界を識れ」という言葉は、もっと前向きな意味じゃないかな。少なくとも、人の不幸を願うようなことを愛娘に託するとは思えない」

「――はい。パパは、パパは……」

「だからこそ、俺の出番じゃない。俺は所詮、部外者だ。俺がキャロルにそんな事を言ったところで、「貴様にパパの何が分かるッ!」と一喝されて終わりだよ。だから君の出番なんだ」

「ボ、ボクの……」

「部外者の俺じゃない、キャロルと記憶を共有している君だからこそ届く言葉がある。分かり合えないなら、分かり合えるまでぶつかってみろ。そこから道が開けることもある」

「……分かりました。ボク、もっとキャロルと話してみます」

エルフナインは涙を拭いた。その眼には決意の火が灯っていた。

「ああ、頑張れ」

俺はエルフナインを優しく抱きしめ、その背を叩いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 脱走

あれからエルフナインとはよく会話するようになった。キャロルとこんな話をしたとか、キャロルがこんな反応をしたとか、そんなことも話す。俺も月並みとはいえ多少のアドバイスをする。そんな関係だ。だが、未だキャロルを改心させることは出来ていないようだ。

その日もエルフナインと会話をした。だがいつもの様子とは少し違っていた。何かを言いよどんでいるような、そんな感じだった。

今、俺の目の前を歩いている姿も妙だ。足音を立てないように歩き、キョロキョロと辺りを気にして、視線が定まっていない。実に分かりやすい。

「エルフナイン」

俺が声を掛けると、エルフナインは今にも飛び上がりそうな反応でこちらに振り向いた。

「し、紫音さん……」

「水臭いな。挨拶もなしに出て行くつもりか?」

「気づいて、たんですか?」

「そんな恰好で行くつもりか? ほら、シャツとズボン。靴脱いで、足上げる」

「あ、はい……」

まさか下着とフードマントだけとは思わなかった。もしかして警察に保護されるためかな。だとすれば悪いことしたか?

「テレポート・ジェムは持ってるか?」

「あ、いえ、これから探そうかと……」

「ほら、これで日本まで行けるから」

情報収集のために用立てて貰った俺のジェムをひとつ渡す。

「あ、ありがとうございます。あ、あの、紫音さんも……」

「エルフナイン。それ以上はいけない」

俺がエルフナインの言葉を遮ると、それを拒絶と受け取ったのか、彼女の顔が曇った。

「君は諦めたわけじゃないんだろ? 内から変えるのが難しいなら、外から変える。その判断は間違ってない。君には君の、俺には俺のやるべきことがある」

優しくエルフナインの髪を撫でる。

「迷わず進め。歩みを止めない者にのみ、未来は訪れる」

「――はいっ! 行ってきます!」

テレポート・ジェムの光に包まれて、エルフナインは姿を消した。それを見届けた直後、背後から声が掛かる。

「――派手な反逆だな。縛り上げてマスターに差し出すべきか」

「よく言う。全てキャロルの掌の上だろうに」

「否定はしない」

物陰からゆっくりとレイアが姿を見せる。

「レイアが追立役か。地味な仕事だな」

「命令とあれば否やはない」

「俺とキャロルの契約、覚えてるか?」

「問題ない。マスターから言い含められている」

「そうか、邪魔して悪かったな」

「構わない。時間的猶予はある。が、そろそろ追いかけたほうがよかろう」

レイアの身体が光とともにかき消えた。エルフナインを追ったのだろう。それを見送ると、俺はきびすを返した。

事態は動き始めた。俺もどう動くか、考えておかねばなるまい。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 夢のしるし

玉座の間にはキャロルと、四人のオートスコアラーが勢揃いだった。各々が報告を行い、キャロルがそれに頷いている。

天羽々斬【大破】、イチイバル【大破】、アスカロン【中破】。

驚いたのはミカが一対一で奏を押し切ったことだ。アスカロンはその特性上、炎にはかなりの耐性をもつ。その不利を覆した。戦闘特化の面目躍如といったところか。

「で、お前はどうするつもりだ?」

一通り報告が終わったところで、今度は俺に水が向けられた。

「もうしばらくはここで厄介になろうと思う。キャロルが許可してくれれば、だけどな」

ここで退けば、また被害者が出るだろうしな。

「奴らを裏切るというのか?」

「少し違うな。あいつらとは偶々同じ船に乗り合わせて、偶々目的地が一緒だから協力していただけだ」

「――いいだろう。滞在を許可する。精々オレの役に立つことだ」

「じゃあ、シオンはこれからも一緒ってことだナ。早速チューするゾ。もーお腹ペコペコだゾ」

そう言ってミカが飛びついてきた。結局、手で補給したのは最初だけだった。ミカの中では、思い出の補給=チューという図式が出来上がっているらしい。

「皆はどうする?」

「ではお願いしますわ。今回はいささか張り切ってしまったものでして」

「ワタシも頼む」

「じゃーアタシもお願いしようからねー」

結局、全員に補給することになった。やはり戦闘行動は思い出の消費が激しいらしい。でも報告を聞く限り、ガリィは戦闘してないよな。

「な、なによその目はっ! アタシも裏で人死にが出ないように色々頑張ってたのよっ!」

俺の視線を読み取ったのだろう。ガリィが声を荒げて抗議してきた。

「あぁ、ちゃんと約束覚えてたんだな。やっぱりガリィは優しいな」

「勘違いすんなっ! 誰がテメェのためにやるかっ! マスターの命令だからに決まってんだろっ!」

「そうだゾ。ガリィは優しいんだゾ」

「テメェも乗っかってくるんじゃねぇよ!」

矛先がミカに変わったようだ。ミカは何故ガリィが怒っているのか分かっていないらしく、しきりに首を傾げている。

「紫音、話がある。付き合え」

「ん、了解」

 

 

 

玉座の間から場所を移し、キャロルの執務室にやってきた。棚には錬金術関連の書籍や宝石が並んでいる。

「すでに察しているのだろう。お前とエルフナインの会話はオレに筒抜けだった」

「まあ、そうだとは思っていた」

ここで惚ける意味もないので頷いておく。

「お前もオレが間違っていると思うのか?」

エルフナインの説得も無駄ではなかったらしい。他人に意見を求めるということは、心が揺らいでいるということだろう。

「以前に、錬金術の基本原理を教えてもらったことがあったな。確か『分解・解析・再構築』だったか」

「……それがどうした」

「世界を分解するんだろ? じゃあ、その後解析して、再構築するのか?」

「……それ、は……」

キャロルがハッとして、言葉を濁す。

「事の本質は、君のパパが何を望み、何を託したかってことだ。それは俺には分からない。彼が何を望み、何を願い、何を夢見たか。それは君にしか分からないことなんだ」

「……パパの夢」

「きっと、それが『答え』だ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 アイアスの盾

俺は久しぶりに自宅にいる。アメリカではなく日本の自宅だ。アメリカの事務所兼自宅は酷い事になっている。米国政府の調査が入り、しっちゃかめっちゃかにされた挙句、盗聴器まで仕掛けられているらしい。

あの海上の戦いがマズかったかな。まず奏が引っ掛かり、そこから芋づる式に俺とセレナの存在がバレたようだ。当然だが、そこはもう引き払っている。

そしてここ、日本の自宅だが、正確に言うならセレナの自宅だ。更に正確に言うなら、セレナとマリアの自宅だ。俺は別に部屋を借りるつもりだったのだが、シャトーに入り浸ることになって、延び延びになっている。つまり現在日本に俺の拠点はない。そんなわけで、挨拶がてらここにきたわけだが、どうやら先にあげたふたり以外にも同居人がいるようだった。いや、同居犬か。

白い小犬がヒョコヒョコとこちらに近づいてくる。

「歩き方が妙だな。骨か?」

「はい、少し曲がっているみたいです」

俺が手を差し出すと、小犬は尻尾を振りながらペロペロと指を舐め始めた。

「人懐っこいやつだな。でもごめんな。おまえを治してやることはできないんだ」

「……ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんですけど」

俺の表情を察したのだろう。セレナは謝罪の言葉を口にした。

この優しい娘は、以前にも小犬を拾ってきたことがあった。おそらくは暴行を受けたのだろう。全身が血に塗れ、息も絶え絶えだった。セレナは瞳に涙を溜めて、その小犬を助けてほしいと懇願した。だが、俺にはできなかった。俺は人間しか治せないから。

けっきょく小犬は助からなかった。獣医の手に渡るまで、その命はもたなかった。

そのことを思い出したのだろう。

「S.O.N.G.の様子はどうだ?」

意図して話題を変える。

俺が不在の間に二課は解体され、超常災害対策機動部タスクフォースS.O.N.G.として再編成された。要するに活動規模が日本から世界になったわけだな。

「皆さん困惑してましたよ。兄さん、気づいたら敵になってるんですから。S.O.N.G.では大騒ぎでしたよ」

「エルフナインから聞いたのか?」

「はい。でも兄さんの評価が凄く高くて吃驚しました。エルフナインさん、べた褒めでしたし。兄さんのこと、敵なのか味方なのか、判断がつかなくて」

「まだ分からん。適当に言っといてくれ」

「またそういうこと……。あ、でも敵じゃないのなら、お願いがあるんです」

「何か欲しいものでもあるのか?」

「奏さんにアスカロンを用意したのって兄さんですよね。わたしにも何か下さい」

「お前……簡単にねだるようなものじゃないだろ」

「……今S.O.N.G.の雰囲気が暗いんですよ。真面に戦えるのが響さんだけですし、その響さんもなんだか調子が悪いみたいですし」

そういえば、セレナの適合係数はかなり高いんだったな。戦う力はあるのに、戦う手段がないってのがもどかしいんだろう。アガートラームはぶっ壊れてるし、そもそもそれを使うとマリアの戦う手段が無くなるし。

「上手くいく保障はないが、試してみるか?」

「――はいっ!」

そんなにこやかに即答するなよ。

「じゃあ、ほら」

俺は亜空間部屋から拳ほどの大きさの宝玉を取り出した。

「綺麗な光……」

それをゆっくりとセレナに近づける。

「いくぞ」

「お、おねがいします」

宝玉がセレナの体内に納まる。

「少しポカポカしますけど、これといって……」

「セレナ、ほら」

俺はテーブルの上のティッシュ箱を取ると、セレナの前に持っていった。

「鼻血出てるぞ」

「え、あ……」

ようやく気づいたのか、セレナはティッシュを受け取ると鼻血を拭った。

「気分はどうだ?」

「身体が熱くて、なんだか頭が重いです。風邪をひいた時みたいな感じで……」

奏と比べれば、随分と穏やかな様子だ。これも適合係数が関係しているのだろうか。

「そうか。お前とアイアスの親和性は高いはずだからな、しばらくすれば落ち着く」

「アイアス?」

「ああ、完全聖遺物【アイアスの盾】だよ」

 

 

 

セレナの容体が落ち着いて、シャトーに戻ると、いきなりミカが飛びついてきた。

「シオン、チューするゾ。チュー」

こちらの返事を待たずに無理矢理唇を奪われる。

「ミカ、このあいだ補給したばかりじゃないか。出撃したのか?」

「そうだゾ。ガン、えーっと、ガングニールをやっつけてきたゾ」

あー、響ちゃんやられちゃったのか。S.O.N.G.はますます厳しくなってきたな。

「シオンはどこに行ってたんダ?」

「ああ、テコ入れだよテコ入れ。ミカだってもっと強いやつと戦いたいだろ?」

「おおー、アタシ強いヤツと戦うの大好きだゾ」

「つまり、奴らに手を貸したということか? その理由、存分に聞かせてもらおうか」

上段から聞こえてきた声に、俺は無言で頷く。

玉座に座るキャロルは冷笑を浮かべてこちらを見ていた。

 

 

 




三話でチラリと出た伏線の回収。
アイアスの盾って昔は知る人ぞ知るってくらいの知名度だったと思います。
アイギスの盾(イージスの盾)は知ってるけどアイアスの盾は知らない、みたいな。
知名度が上がったのは某贋作者さんの影響ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 セキレイの羽ばたき

キャロルからはそれなりの信頼を得ていたらしく、俺は作戦前のブリーフィングへの参加を許されていた。また、キャロルから錬金術の講義を受けるかたわら、彼女が機嫌のよい時は計画の大筋を聞くこともあった。なので大まかな流れは理解している。

「次はその身に譜面を刻むつもりだろう?」

「ああ。まだ奴らはダインスレイフの実用化までこぎつけていないようだが、それが完成次第な」

「その役目、俺がやろう」

「……本気か?」

「ああ、ダインスレイフで強化されたシンフォギアの一撃を受ければいいんだろ? まあ、俺が受けても意味がないから、受ける媒体を貸してもらう必要があるけど」

「よかろう。その時までに用意しておく」

それなりに重要な役割だったはずだが、意外にもキャロルはすんなりと了承した。

 

 

 

あれから一週間が経ち、ようやく出撃命令が下った。その間に何度かキャロルと話をしたが、計画に変更はなかった。だが迷っているふしはある。まあ、長年構想してきた計画を、実行段階になって変更、或いは中止するには何か大きな切っ掛けが必要だろう。

眼下に広がるのは広大な発電施設。その各所からはすでに黒煙が上がっている。

アルカ・ノイズは使っていない。施設の破壊くらい大した労力ではないからな。

さて、姿を現してからそれなりに経つが、やっと動きだしたか。

「――兄さんっ!」

「セレナか。それに調と切歌、久しぶりだな」

「……紫音、さん」

「なんでそっちにいるデスかッ!」

改修されたギアは天羽々斬とイチイバル、ガングニールだったな。奏はまだ復帰できないか。シンフォギアと違って、融合した聖遺物は自力で修復するしかないからな。

「一応言っておくが、俺は俺の意思でこの場に立っている。遠慮は無用だ」

「兄さんから貰った力で兄さんと戦うのは気が引けますが、他に方法が無いのなら、私が兄さんを止めてみせます」

三人が戦闘態勢をとる。確か調と切歌は専用のLiNKERがなかったはずだ。身体に合わないものを使用しているのか? ならば早めに退場させたほうがいいな。

「まずは私がッ!」

調の放った二枚のノコギリ刃が迫る。一枚は俺の左腕を、もう一枚は俺の右脚を切断した。

「――調さんッ! 右ですッ!」

自身の攻撃の結果に呆けていた調がこちらに振り向く。だがもう遅い。調の腹部に膝蹴りを叩きこみ、あらわになった首筋に手刀を打ち込む。直後に反転、切歌へと距離を詰める。

「――ッ! なめるなデスッ!」

横薙ぎの鎌が俺の頭上を通り過ぎる。低い体勢から放ったアッパー、それはギリギリでかわされた。だが逆の手で放った死角からの手刀は、綺麗に首筋へと吸い込まれた。

シンフォギアのバリア機能を突き破り、致命傷を与えずに意識だけを刈り取る。中々に加減が難しい。

「鏡像……。奏さんの言ってた通りですね」

セレナが小さく独りごちる。奏は俺の手の内を一番身をもって知っているからな。セレナに助言していたのだろう。

セレナの頭上を飛び越え、元の位置に戻ろうと飛び上がった。あの場所じゃあ、二人が巻き込まれるからな。

空中で身体を捻っているとき、セレナの前に出現した光の盾から大口径のビームが照射された。だが、それはミラーバリアに拡散され、発電施設の各所に突き刺さる。

「この状況でそれは悪手だぞ」

「――なら、これでッ!」

セレナの腕部から三本ずつ、計六本の短剣が射出された。それぞれが意思をもっているように空中を舞い、その尖端から細いビームが射出される。それをセレナに反射しようとするが、セレナも動いている。

「まあいいさ、しばらくつきあってやる」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 呪いの譜面

短剣から射出されるビーム砲を回避しながら飛翔する。その背後にはセレナがついてきている。この短期間で飛行能力も自在に操るとはな。まあ、向こうには聖遺物のスペシャリストのナスターシャ教授やエルフナインもいるからな。

「だが、これでは埒が明かないな」

アイアスは防御特化のため攻撃性能はさほど高くない。反射しても普通に防がれる。こちらの攻撃も防御に専念されれば、崩すのには時間がかかる。しかもセレナからは攻める気配があまり感じられない。おそらくは本命が到着するまでの時間稼ぎが目的だろう。それはこちらも望むところだ。

その予想は正解だったらしい。飛来するミサイルは三つ。その上に人影が見える。

現れた三人、一見すると普通のギアに見えるが、さて。

「神宮寺さん。まさか貴方が我々の前に立ち塞がるとは……」

「アンタも世界を壊したいってのかよッ!」

「……紫音さん。なんでこんなことするんですか? こんな酷いことを……」

翼さんは困惑顔だ。クリスちゃんは怒ってるな。響ちゃんは悲しそうな顔をしている。

「俺は君の生き方を否定しない。むしろ憧れるよ。君の、太陽のような善性は多くの人々を幸せにするだろう。だが、人の心にはそれぞれの正義があり、譲れないものがある。ならば、戦うしかないときもある」

地面を踏み鳴らす。地割れが起こり、足場を揺らす。

「剣を抜け! 弓を番えろ! 拳を握れ! さあ、カーニバルの開幕だ!」

宣言とともに爆発が広がる。

「――ッ! 目眩ましか。だが――そこっ!」

甲高い音が響き、鍔迫り合いの火花が散る。

「剣で後れをとるわけにはいかないっ!」

俺の剣撃は全て防がれ、いなされる。やはり単純な剣技ではあちらに分があるようだ。

「――はあぁぁッ!」

白煙を切り裂いて、横合いから拳が飛んできた。それを柄頭で受けると、衝撃に従い後方へと飛ぶ。そこに無数のミサイルが飛んできた。

「受け取りなッ! ハンコは無用だッ!」

「ふっ、こんなばら撒きではなぁ!」

五つのミラーを召喚して受け止める。大気の震えが耳朶を打った。その隙間を縫うように、セレナの短剣が飛来する。それらを全て斬り落とし、ミラービームを撃ち放つ。

閃光と轟音が巻きあがる。煙が晴れると、そこにはいくつかのクレーターが出来ていた。

「単純にパワーが足りん。それでは俺の身体に傷一つつけることはできんぞ」

目の前ではセレナが三人を庇いながら、懸命に光の盾を維持していた。

「セレナさん……。翼さん、クリスちゃん、やりましょう。イグナイトモジュール」

「それしか、なさそーだな」

「ああ、口惜しいが、このままでは刃が届きそうにない」

三人の顔つきが変わる。どうやら覚悟を決めたようだ。

 

「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」

 

三人の身体を黒い霧が包んでいく。禍々しい気配だが、そういえば呪いを力に変えるとか言ってたか。

三人の呻き声だけが響き渡る。湧き上がる情動を抑え込むために、三人は互いに手を取り、必死にそれを抑え込んでいる。その猛りが静まると、漆黒のシンフォギアが姿を現した。

なるほど、呪いの旋律か。

黒き刀身が煌めく。切り込み役は翼さんか。上段からの一撃を刀身で受ける。黒き刃と白き刃、ひび割れたのは白き刃だった。一合打ち合うと、翼さんは大きく飛翔した。

次いで飛来するのは無数のミサイル。ミラーで受け止めるが、先ほどとは比べるべくもない威力。俺は思わずよろめいた。

止めとばかりに黒い拳が現れた。近い。ここまで接近していたのか。吸い込まれるように、拳は狙い通りに俺の胸へと突き立った。その勢いのままに吹き飛ばされ、辺りは黒煙に包まれる。

≪上出来だ。譜面は完成した≫

「了解。これより帰還する」

キャロルからの通信を受け、俺はテレポート・ジェムを起動する。懐に忍ばせていた人形は、不気味なほどに淡い光を放っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 海底での邂逅

最初は面食らったこのチフォージュ・シャトーも、今では見慣れたものとなっていた。生活空間として捉えるならば、いささかばかり不便とはいえなくもないが、それも慣れの問題だ。製作者の内面を映し出したように、華美よりも実用性を考えて造られている。それはあくまで、錬金術師としての思考の上で、だが。

この見慣れた部屋も、今では多少の愛着を持つくらいにはなっていた。

「譜面は完成した。レイラインマップも手中にある。あとは、あとは……」

部屋の主が、わずかに影のある声でつぶやく。しばらく待ったが、その後に続く言葉が紡がれることはなかった。キャロルは沈痛な面持ちで握った拳を眺めている。

「テセウスの船……か」

「……何が言いたい?」

「何か言ってほしいんだろ? 自分が今まで正しいと思ってきたことを、自ら否定するのは勇気がいることだ。犠牲にみあう成果があるのか、支払う代償に納得ができるのか、得たものに心から歓喜できるのか。まあ、俺から言えることはひとつだ。よく考えて、後悔の無い選択をするんだな」

俺が言葉を終えると、キャロルは座席に背を預けて天井を見上げた。

それから幾ばくかの時が経ち、彼女はこれからの行動を口にした。

「……深淵の竜宮へ行く」

 

 

 

深淵の竜宮。海底に建造された、異端技術に関連する危険物や未解析品を収める管理特区の通称。そこに四人で向かっている。俺とキャロル、そしてレイアとミカ。ファラとガリィは別任務らしい。

深海のダンジョンに四人の足音だけが響く。そこで俺は懐かしい気配を感じとった。

「キャロル、すまない。しばらく別行動をしても構わないか?」

「……理由を聞かせろ」

「知り合いが居るみたいでね。邪魔をされても面倒だ。少し釘をさしてくる」

「こんな場所にか? まあいい、行ってこい」

「ああ、行ってくる。レイア、ミカ、キャロルを頼む」

「フッ、言われるまでもない」

「任せるんだゾー」

「要らぬ心配をするな! さっさと行け!」

俺は軽く手を上げて返事をすると、その場を離れた。

気配を探り、歩を進める。ネフィリムだけが隔離されているのか。それともオマケ付きか。閉じた区画を四つ程ぶち破る。果たして邂逅したのは、オマケ付きのほうだった。

「よう。一別以来だな、ドクター」

「ああ、貴方ですか。妙なところで再会しましたねぇ」

随分と神妙だな。なんだか調子が狂う。

「何故こんな所に? アメリカに収監されたんじゃあないのか?」

「ふんっ! 我が身可愛さの連中がフロンティア事変も僕の活躍も、よってたかってなかったことにしてくれた! 人権も存在も失った僕は人ではなく物、回収されたネフィリムの一部としてこんなところに放り込まれていたのさ!」

お、エンジンかかってきたな。やっぱりドクターはこうじゃないと。

「まだ英雄に拘ってるのか?」

「当~然だろっ! 僕ほど英雄に相応しい人間はいないっ!」

「なあドクター、スポーツは好きかい?」

「スポーツゥ~? あんな脳筋どもに興味はないねぇ~」

まあ、そうだとは思ってたがな。

「昔な、ある金メダリストが言ってたんだよ。『僕は今日、国民にとっての英雄となった。だが、僕にとっての英雄は、今まで僕を支え続けてくれた人たちだ』ってな」

「……持って回った言い方は好きじゃないな」

「マリア、調、切歌。いずれも最初期の敵合係数は酷いものだったらしいな。だが、アンタはLiNKERを改良し、正規適合者とも渡り合えるほどにまで高めた。それは紛れもなくアンタの功績だ。アンタは英雄ってのを人々の導き手みたいに解釈しているようだが、英雄の形はひとつじゃない。アンタは形に拘りすぎなんだよ。もう少し柔軟に考えろ。アンタを必要としているやつらはいる。S.O.N.G.には俺が口を利いてやる。政府の連中よりはマシさ。アンタも知っての通り、お人好しの集まりだからな」

「ふんっ、良く回る口だな。だが、この腕じゃ緻密な作業も……んなっ、僕の腕がッ!」

「腕なら既に治しておいた。何の痛痒も感じなかっただろ?」

今のドクターは正真正銘の人間だ。切り取ったネフィリムは亜空間部屋に押し込んである。

「チッ、お前の思想を押しつけるなよっ! 僕はなぁっ――」

「ここに一生閉じ込められるよりはマシな道じゃないか? それに、S.O.N.G.の連中に協力してやる、或いは利用してやるとでも考えれば多少の留飲も下がるだろ?」

「本当に良く回る口だな。……まあ、いい。今回はその口車に乗ってやるよ」

ドクターは不承不承、了承した。

 

 

 




主人公の言ったテセウスの船について、一応補足しておきます。要するに自分の為に散っていったオートスコアラーたちと、予備躯体のオートスコアラーたちを同一の存在として扱えるのかという、心の問題ですね。主人公の影響で、キャロルは原作以上にオートスコアラーたちに愛着を持っています。それが判断を鈍らせたというお話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 最終決戦

ドクターはクリスちゃんに押し付けてきた。一緒にいた調と切歌は嫌そうな顔を隠そうともしていなかったな。だがドクターの有用性は理解しているらしく、最後には渋々ながら受け入れた。レイア、ミカと派手にやりあっていたようだが、結局は痛み分けで双方帰還することとなった。

「で、これが目的の聖遺物か」

「ああ、ヤントラ・サルヴァスパ。これでシャトーは完成する。譜面に旋律は刻まれていなくとも、世界を分解するだけなら十二分に事足りる。分解するだけなら……な」

キャロルが俺を見ていた。渋面を作り、いつもの尊大さは鳴りを潜めている。どこか哀切を感じさせるような瞳だった。

「聞かせてくれ、おまえの『答え』を」

優しく、意志を籠めて問いかける。

「薄々は気づいていたのだ。パパの遺言を汚し、曲解し、妄執に囚われていたのだと。エルフナインの言に激高したのも、それを認めたくないが故にだと。愚かだな、本当に愚かだ。こんな、土壇場になって、気づくとは……」

キャロルの瞳が涙に濡れる。俺は知らずのうちに、彼女を抱きしめていた。この娘はずっと独りだった。人形とホムンクルスに傅かれ、誰もこの娘を抱きしめてやらなかった。この娘は孤独に殺されたんだ。

「出会わなければよかった。お前になど。独りであれば、気づかずにすんだ。こんなに苦しいのなら、こんなに悲しいのなら、気づきたくなどなかった!」

キャロルは肩をふるわせてむせび泣いた。それは最後に残った彼女の矜持だったのだろう。慟哭ではなく、魂にまで響くような嗚咽だった。

夜明けは誰にとっての夜明けなのか。

報われる日は来るのか。いや、俺にできることはまだ残されている。

「キャロル、おまえが腹蔵なく本音を見せてくれたこと。俺はそれに応えたい」

涙に濡れた頬を拭う。彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、俺は言葉を継いでいく。

「まだ遅くはない。まだ土壇場ではない。俺に、任せておけ」

「……何を、するつもりだ?」

「実はな、学生時代は演劇部だったんだ。なに、ラスボスの代理くらいは演じ切ってやるさ」

 

 

 

 

 

日本近海に浮かぶ小さな孤島。その上空に巨大な建造物が浮遊していた。

「キャロル、S.O.N.G.の動きは?」

≪存外に早い。既に装者を集め、こちらへと向かっている。時はないぞ≫

こんなデカブツ、本土からでも確認できるからな。押っ取り刀で駆けつけてくるだろう。

時を待たずして、海中から四本の水柱が上がった。お出ましのようだ。ミサイルは空中分解し、中から二人の装者が現れる。それが四本、装者勢揃いのようだ。

「――兄さんっ!」

「黄金の鎧に金色の二刀。ボスのやつ、初っ端から本気だぜ」

「――紫音さんっ! 私、まだ聞いてません。紫音さんの正義、紫音さんの譲れないもの。エルフナインちゃんが言ってました。紫音さんは優しい人だって、人の心に寄り添える人だって。なら、私たちが戦う理由なんてないはずです!」

エルフナインの評価が高すぎる。まあ、俺の良いところしか見てないんだから、当然ともいえるが。

「では教えてやろう。俺の目的は、世界の矛盾を正すことだ」

「……矛盾を……正す?」

「一部の権力者たちに富が集中し、その陰で貧困にあえぐ人々がいる。平穏に暮らす人々の陰で、戦禍に怯える人々がいる。フロンティア事変で何かが変わると思ったが、何も変わらなかった。だから俺が変革しようというのだ。このいびつな世界を平らかに治めるには、絶対的な支配者が必要なのだ。国ではなく、星を管理する者が必要なのだ。キャロルを利用して、それを成すつもりだったが、あの女は土壇場で怖気づいた。だから切り捨てた。改めて宣言しよう。この世界は、俺が征服する。さあ、お前たちはどうする? 従うか、抗うか、どちらを選ぶ?」

一息に告げる。皆呆けてるな。響ちゃんなんか血の気が引いてる。とりあえず、ヘイトはこちらに向いただろう。

左手の太刀を振るう。その一振りで豪風が巻き起こり、地が裂けた。

「迷う時は無いぞ。選べ。戦うか、膝を折るか」

「――チッ! 上からもの言いやがってッ!」

「立花! 呆けている場合ではないぞッ!」

「……はい。やります! 紫音さんを、止めてみせますッ!」

 

「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」

 

黒き柱が三つ上がる。

「――調、切歌、いけそう?」

「認めたくないけど、ドクターのLiNKERは身体に馴染む」

「癪に障るデスけどねッ!」

「フッ、なら私たちもッ!」

 

「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」

 

更に三つの黒き柱。

「奏さん、あれ本心だと思います?」

「さぁな、ボスとは短くない付き合いだけど、時々クソつまんねぇジョークとか言うからな。ま、とりあえずぶん殴って、引きずって帰るしかなさそうだ」

「結局そうなりますか。まあ、私たちが全力を出しても、兄さんなら大丈夫でしょう」

あっちはあっちで物騒な事言ってるな。だが、クソつまんねぇジョークとはどういうことだ。さすがに斜めに聞き流すわけにはいかんぞ。

俺の憤慨はよそに、目の前に現れた光景は瞠目に値するものだった。

漆黒のシンフォギアが並ぶ。壮観だな。味方であれば、なおのことそう思っただろう。

「まずはアタシからだッ! 喰らいやがれッ!」

4門の3連ガトリングが一斉に火を噴く。それと同時に、別方向からの砲撃も加わる。セレナ、それにマリアのものか。

全方位からの射撃に抗するため、自身の身体を包むようにバリアを展開する。耳をつんざく轟音と衝撃。その白煙に隠れて近づく炎の気配を視界の端に捉えた。このバリアではもたない。そう判断すると、バリアを解除して右腕を振るった。

炎刃と光刃が交差し、閃光がほとばしる。

「君の歌は好きだったよ。だが世界は歌のように優しくはない!」

「――くッ! なんという金剛力ッ!」

炎刃を打ち払い、空いた腹部を蹴り飛ばす。飛来する巨大なミサイルを三枚に下ろし、その砲台へと向かう。

「戦争の悲惨さ、不条理。君はその身に味わったはずだろう。俺が人類を管理すれば、二度と戦争など起こさせはしない」

「確かに戦争は嫌いだ。パパもママも戦争の犠牲になった。でもなぁ、アンタが間違ってるってことくらいは分かんだよッ!」

腰部アーマーから小型ミサイルが現れる。だが、近すぎたな。一気に距離を詰め、発射前に斬り裂く。ミサイルは周囲を巻き込んで爆散した。

爆炎を切り裂いて横手から迫ってきたのは禁月輪だ。それを左の太刀で受け止める。同乗していた切歌が飛び降りて放った上段の一撃を、右の大太刀で弾き返す。

「世界は残酷だ。それ以上に、人間は残酷だ。君たちは味わったはずだ。人間の悪意を、あの研究所で」

「――確かに、あそこにはあまり良い思い出は無い」

「でも分かったんデスッ! 世の中悪い人ばかりじゃないってッ! 皆が教えてくれたんデスッ!」

「だが、力が無ければ何も守れない。何も変えられない。世の中を変えることができるのは、絶対的で圧倒的な力だ。力なき者が何を吠えようと、誰も耳を傾けたりはしない」

左右の太刀を振るい、禁月輪を切り裂き、大鎌を打ち砕く。

「ふたりを惑わすのは止めろッ!」

疾風を伴い黒き大剣が突進してきた。剣戟の音が響き渡る。

「優しい性分は君の美点だが、優しさだけで世界を救うことはできない」

「セレナのことは感謝しているわ。でも、この行いを看過することはできないッ!」

「そうだぜ、ボス。らしくねぇことやってんじゃねぇよ!」

紅い穂先が煌めく。大剣を捌きながら後ろにステップ。ミラーシールドを展開する。だが、聖槍の連撃を防ぎきれず、程なくして破砕音が響き渡った。

「見違えたな。もはや歴戦の戦士だ」

「鍛えられたからな。ボスやダンナ、皆にも」

大剣と聖槍を同時に弾き上げる。腰部ミラーから放たれた閃光が、ふたりの腹部に突き刺さった。

「「――ガハッ!!」」

至近距離からの砲火に二人の身体が吹き飛ぶ。更にミラーを反転させ、後方に向けて発砲。セレナと響ちゃんが吹き飛んだ。

戦闘開始から僅かに数分、既に戦況は圧倒的だった。だが、その場に諦めている者は一人もいなかった。

 

 

 

 

 

エクスドライブ。

シンフォギアシステムの最終決戦機能。それを使用しても俺を打倒するには届かなかった。元より一対多を得意とする兵装が多いからだ。だからこそ、最終局面には究極の一をぶつけるようだ。

七筋の光が集まっていく。そこから形成されるのは巨大な拳のアームドギア。

「当たると痛いこの拳。だけど未来は誰かを傷つけるだけじゃないって教えてくれた!」

「いいだろう。お互いの最大火力をもって終局としよう」

右手に集束されたエネルギーが黄金色の巨大な刀を形成する。

「「――ウオオオォォッ!!」」

気づけば雄叫びをあげていた。俺も興が乗っていたようだ。

二つの極大エネルギーがぶつかり合い、その余波が大気を揺らす。樹々が薙ぎ倒され、水面が泡立つ。

 

 

「ガァァァングニィィィーーールッッ!!!」

 

 

――押されるッ!

力の均衡が崩れていく。大刀のひび割れる音に重なるように、巨大な爆発が巻き起こった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 黄金の残光

郊外に在る小さな喫茶店。そこを買い取り、既にリフォームも終えてある。開店して数日経つが、客は指折るほどに少ない。広告も打っていないので、好奇心に釣られた地元の客が何人か入る程度だ。一人の来客もない日もあるが、それはそれでいいと思っていた。

その日は珍しく来客があった。しかも開店直後に来て、俺の目の前のカウンター席に腰を下ろした。その女性客はモーニングセットを注文した後、一言も発さない。結局根負けしたのは俺の方だった。

「あの後どうなったんだ?」

「これといって問題はありませんでしたよ」

取り付く島もない。俺があの言葉を口にするまで譲るつもりはないようだ。

「――すまなかった。この通りだ」

カウンターに手をつき、頭を下げる。ややあって、セレナの嘆息する声が聞こえた。

「仕方ありませんねぇ。許してあげましょう」

ようやくセレナに微笑みが戻る。

「あの後、でしたっけ? まあ実際大きな問題はなかったですよ。キャロルさんも協力的で、査問には時間もかかりませんでしたし。むしろ上層部が納得しないというか、疑心暗鬼になって司令もうんざりしてましたね」

そりゃあ今まで散々振り回されたんだ。一応の筋は通っているとはいえ、素直に降伏したことが青天の霹靂だろう。

「軟禁状態が解かれて、制限付きとはいえ自由になったキャロルさんが兄さんに会わせろと要求してきました。その時点で二週間が経ってたんですけど、S.O.N.G.は兄さんの存在を確認できず死亡扱いにしていました。司令は独自に動いていたみたいですけど、とにかくキャロルさんは全然納得してくれなくて、『お前らには任せておけん!』ってシャトーに引き籠ったんです」

「それで見つかったってわけか」

「錬金術って凄いですね。シャトーに残っていた兄さんの毛髪から居場所を特定したみたいですよ」

錬金術ってそんなこともできるのか。犯罪捜査で重宝されそうだな。まあ、本気で隠遁しようなんて思ったわけでもないが。

「そこからまた一悶着あったんですけど、結局兄さんと一番付き合いの長い私が先遣隊として来ることになったんです」

「『隊』って割にはひとりだけどな」

「私が隊員で隊長なんですよ。フフッ」

苦笑して、コーヒーを一口すする。

「キャロルさんから聞きました。兄さんが泥をかぶろうとしてくれたこと」

キャロルのやつ話したのか。黙ってたほうが有利にことを運べただろうに。

「結局はキャロルも利用されていて、裏に真のラスボスがいるってのは、ベタとはいえ分かりやすいからな」

「兄さんは最初から負けるつもりだったんですね。でも本気でやれば勝てたんじゃないですか?」

「勝とうと思えば勝てたさ。例えば未来ちゃんを人質にとるとか」

セレナはトーストを持ったまま固まっている。こいつのことだから、普通に戦って勝てるとでも思ってたんだろう。だが、流石にエクスドライブ八人分に真っ向勝負で押し勝てると豪語できるほど、俺は自信家じゃあない。

「或いは響ちゃんの家族、或いは風鳴八紘、彼は重要度が高いわりに、警護はそこまで厚くないからな。分かるかセレナ。悪党が悪に徹すればそのくらいは普通にやる。あいつらは街のチンピラとは違う。やると言ったらやるし、殺すと言ったら断固殺す。二課の連中は今までノイズの相手ばかりしてたから、そこいらの認識が甘い。二課からS.O.N.G.に変わったことを正しく理解しているやつは何人いるだろうな」

小さく嘆息し、天井をぼんやりと見上げた。

「それでも敢えて敗因を上げるとすれば、目を見てしまったことかな」

「目? 響さんの?」

「怒りとか憎しみとか、そういった負の感情が全く無く、愚直に、一生懸命に、正しい事をしようという心、情念のようなものが流れ込んできた。見惚れてしまった。美しいと思ってしまった。戦場で、心奪われてしまった。気づけば押し負けていた」

そろそろ日も高くなってきた。コーヒーは温もりを失いつつある。

「えーっと、それって響さんを、す、好きになったってことですか?」

「似ていると思ったんだよ」

「……似ている?」

「どうにもならないことを、どうにかしようと必死に足掻いている」

俺は途中で諦めてしまったから。

俺は途中で受け入れてしまったから。

「それが少し、羨ましい」

店内に流れているクラシックが次曲へと移り変わる。重厚ではあるが暗すぎず、むしろ始まりを予感させる曲調だった。

朝の涼やかさは既に過ぎ去り、肌にはじわりとした熱を感じる。

今日も暑くなりそうだ。

 

 

 




主人公の思惑が分かり難かったと思うので、一応まとめておきます。
元々主人公は不審死の調査という仕事でフランスに来ました。
キャロルとの交渉を終えた後、主人公は「詳細は伏せるが事件は解決した」と報告を上げています。
なので途中離脱は職務上ありえないというわけです。
エルフナインとの会話を通して、キャロルの目的を知った時点から、主人公の行動指針は「妥協点を探ること」になります。
キャロル及びチフォージュ・シャトーを制圧するのは最後の手段ですね。(できるかどうかはともかく)
S.O.N.G.側の損害については考慮の外です。序盤はともかく、中盤以降は装者たちを死亡させる目的ではないことは察していたので。
セレナは戦闘に出ないので除外。奏はアスカロンが基底状態にまで陥ると察知することができます。
セレナが参戦した後も、奏と同じく危機的状況になれば(アイアスの状態から)察知することができます。
あと思い出の補給についても一応補足を。
キャロルが確立した「思い出」と称される脳内の電気信号をエネルギーに変換、錬成するシステム。この一連の流れを「焼却」といいますが、主人公はこの過程を無視して、エネルギーをエネルギーのまま直接送り込んでいるということです。簡単に言うと変換器を通すか通さないかということですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 破局へのカウントダウン

「―――。―――。―――」

音がする。何の音だ? いや、違う。これは声だ。話しかけている。誰に? 俺に?

「―――。―――。―――」

分からない。理解できない。何を……ぐぅっ!

強烈な頭痛。脳みそをかき回されているような不快感。声が、降りてくる。その言葉が断片的に理解できた。

知識、記憶、容量、制限。

痛みが強まる。吐き気を催すほどの異物感。

ブート、ロード、プロセス。

やめろ。やめろ。やめろッ!

「――やめろッ!!」

掛け布団をはねのけて身を起こす。いつもの自室だ。手汗が酷い。背中にも冷たい汗がにじみ出ている。

「兄さん。どうかしましたか? 起きてます? 開けますよ」

ノックの音とセレナの声。そうだ、ここは間違いなく自宅の、俺の部屋だ。

「ああ、大丈夫だ」

「どうかしたんですか? やめろって……」

「いや、少し夢見が悪くてな」

「凄い汗。すぐ着替えてください。洗っちゃいますから」

「ああ、着替えたら下りるよ」

カーテンを開けると、目を焼くような光が飛び込んできた。

手早く着替えて階下に下りる。カウンターの中を覗くと、粗方の仕込みは終わっていた。洗濯機に寝間着を放り込むと、顔を洗う。

「じゃあ、私はそろそろ出ますね」

洗濯機が音を立てて回りだす。セレナは外したエプロンを椅子に掛けると慌ただしく支度を始めた。

「あまり気を遣うな。客なんてそうそう来ない」

趣味でやっている店だ。再開したことを知らない住民も多いだろう。

「せっかく来てくれたお客さんを待たせるよりはいいじゃないですか。そんなに多くは作ってないですから、余ったって大したことないですよ」

「そうか。まあいい、行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

セレナを見送った後は、いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読む。10時が来れば、ドアの看板を「close」から「open」に変える。喫茶店にしては遅い時間だ。だが、それくらいが丁度いい。

新聞を読み終わると、今度は文庫本を手に取る。適当な時間になると昼食をとり、夕方が来れば店を閉める。それが一日の流れだ。だが、今日は珍しく客が来た。

おかしな組み合わせ、おかしな三人組だった。

一人は男装の麗人。一人は眼鏡をかけた少女。一人はやけに胸を強調した服装の女性。普通三人ならテーブル席に座りそうなものだが、彼女たちはカウンター席に陣取った。

「ブレンドを三つ」

男装の麗人が透き通るような声で注文を告げる。コーヒーはいつでも出せるようにしてある。主に自分用ではあったが。

三人は無言でコーヒーを飲んでいる。談笑するわけでもなく、こちらを観察しているようでもあったが、あまり客をジロジロと見るのも失礼だろう。俺は彼女たちから少し離れて腰を下ろそうと思ったが。

「神宮寺紫音殿。少し話がある」

何故か名前を知られていた。

 

 

 

とりあえず互いに自己紹介した後、彼女たちの上司に会うことになった。テレポート・ジェムで移動した先にはいたのは、白いスーツを着た美丈夫だった。端正な顔立ちの上に、微笑を浮かべている。

「やあ、僕の名はアダム。アダム・ヴァイスハウプト。パヴァリア光明結社の統制局長を務めている」

妙な気配の男だった。人間とは少し違う。かといってオートスコアラーやホムンクルスとも違う感じがする。

「まあ、掛けたまえよ。君は下がっていいよ、サンジェルマン」

「ハッ。では失礼します」

テーブルの上に錬成陣が光ると、そこから紅茶が浮かび上がってきた。敵意は感じない。少なくとも今のところは。

「興味があってね、君に」

優雅な所作で紅茶をすすり、言葉を続ける。

「協力していたそうだね、キャロルに。シンフォギア共とは敵対、というほどのこともなく、丸く収まっているね、最後には。だからこそ興味がある。君の行動原理が、君の目的が」

「俺の目的を話す前に、アンタの目的を聞かせて欲しいね」

嫌な感じだ。人を喰ったような、見下しているような視線だった。

「おや、聞いていないのかな、サンジェルマンから。僕らの目的は『神の力を以てヒトの相互理解を阻むバラルの呪詛を消し去り、完全へと至ること』だよ」

「所詮はおためごかしだろう。アンタの本当の目的はなんだ?」

「……どういうことかな?」

「自分を捨てた神に復讐することか?」

「――ッ!? 貴様ッ!」

アダムの双眸が驚愕に見開かれる。切れ長の目が妖しい輝きを放ち、こちらを睨み付けている。

「俺はアンタと同じだよ。アンタが『最初の人間』なら俺は『最後の人間』ってところか」

ぶっきらぼうに告げて、俺は紅茶を飲み干した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 完全と完成された男

目の前の男に座るように勧めると、俺は改めてこの男、アダム・ヴァイスハウプトについて考えた。知ったのは今朝のことだ。思い出したのはつい先ほどのことだ。

アダム・ヴァイスハウプト。アヌンナキと呼ばれる上位存在、いわゆる神とやらの造った『ヒトのプロトタイプ』。そして『完全と完成していたから』という理由で廃棄されている。本人の思考にも問題あったかもしれないが、別に廃棄することはないだろうに。

「どういうことだ。最後の人間とは」

アダムは多少の冷静さを取り戻したのか、先ほどまでの敵意を収めて対話の姿勢に入った。

「言葉通りの意味さ。俺が普通の人間ではないことは察しているだろう。聖遺物との融合体。造られたのは、おおよそ七年ほど前か」

その器に俺の魂が入り込んだ。時間と空間、世界を越えてそれが起こった。

「違うのは外殻くらいか、俺は人間体で、アンタは人形体だ」

「……そこまで知っているのか」

「復讐といってもどうやるつもりだ? 彼らはもういない。少なくともこの次元には存在しない」

「他次元には存在している、そんな口ぶりだな」

「俺を造った奴はこの星の一部になっているよ。自我はほとんどないはずだ。俺を造ったのも、一種の防衛本能が働いたようなものだろう」

「それは、僕に対してかい?」

違う、と言いかけて思い直した。

「まあそうだ。アンタがこの星や人類に対して脅威と成り得るなら、その意気を挫かせてもらう」

「できるのかい? 君に」

「アンタが完全ではないということを教えてやるよ」

俺がそう吐き捨てると、アダムは肩を揺らして笑った。

 

 

 

場所は移り、戦いは合図もなく始まった。

炎と氷の飛礫、竜巻に地割れ、果ては光熱波や閃光波まで。荒野は更に荒れ果て、大小のクレーターが出来上がっている。視認できない真空の刃を音と勘を頼りにかわしながら、稲妻を帯びた光球をミラーで逸らす。こちらが放った光の矢も、アダムは鼻歌交じりに相殺してみせた。

完全というのも法螺ではないらしい。錬金術師としても一級だ。

「もういいだろう、準備運動は。そろそろ見せてくれ、君の本気を」

「ああ、もったいぶるつもりはない。本気で行くぞ!」

ぐらりっと背後の空間が歪み、黄金の閃光がほとばしる。

「やはり違うね、ヤタノカガミとは。驚いたよ、僕の知識にない聖遺物とはね。――だがッ!」

アダムの掌から尋常ではない熱量の火球が放たれた。こちらも負けじとエネルギー球を打ち放つ。ふたつの圧縮された極大エネルギーの塊がぶつかり合い、空中で爆ぜた。強烈な熱波と爆音が大気を揺らす。聖遺物が無ければ黒焦げになって彼方へと吹き飛ばされていただろう。

白煙を切り裂いて腕が伸びてきた。狙いは頭部。さすがに掴まれるのはマズい。右の太刀を斬り上げる。完全に切断する勢いだったが、腕を弾くだけにとどまった。間髪入れずに左で胴斬りを繰り出すが、それも止められる。肘とももを使った変形の白刃取り。

「――やってくれたね。台無しだよ、一張羅が」

アダムの白スーツはきれいさっぱりと焼失していた。だが、肌には火傷ひとつなく、髪には焦げ跡ひとつない。

右手で突く。狙いは固定されている右肩。同時に金的を繰り出す。だが、どちらも身を引くことでかわされる。

それから幾度かの技の応酬をしたところで、お互いに決め手が欠けていることに気付いた。ならばこちらが先に札を切る。

二刀を重ね合わせ、上段の構えをとる。重なり合った二刀は一本の光の柱となって天へと噴き上がった。膨大な熱量が大気を乱し、破壊の力が一本の巨大な剣を形成する。鎧の背部から伸びた放熱索が、光を帯びて風にたなびいていた。

「これが最後の一撃だ。いいのか、その姿のままで」

暴風にかき消されたかと思ったが、俺の声はしっかりとアダムの耳に届いていた。

「――僕も同じさ。負けられないのは」

半眼でうめく。その声は乾いていた。瞳の奥が鈍く光る。

「負けるはずはない、完全であるこの僕がッ! 完成されたこの僕がッ! この醜い姿を曝そうとも、負けるよりは遥かにいい。負けるよりはァァッッ!!」

アダムの内に潜んでいたエネルギーが膨張する。ほとばしるエネルギーが赤雷となって大地を焼いた。

その姿を一言で表すならば『魔獣』だ。

――まずは、動きを止める。

巨体だからといって、鈍重だと決めつけることは浅はかだろう。相手は尋常の存在ではない。

「――行けッ!」

言葉を発する必要はなかったが、自然と漏れ出ていた。それに応えて、剣身から光の飛礫が雨のように降りそそぐ。だが魔獣の皮膚には傷ひとつ付けられず、硬い音をたてて弾かれた。

「感じないね、なんの痛痒も」

まあそうだろう。そんな期待は、はなからしていない。

「ならこいつだ。存分に喰らえッ!」

「その程度――なんだとッ!?」

影を縫い付けられたように、アダムの全身が動きを止めた。付け焼き刃とはいえ、効果は発揮したようだ。後で緒川君には礼を言っておかないとな。

「――ふざけるなァッ!」

アダムは影に突き刺さった光剣を力任せに引き抜いた。だが、もう遅い。

巨大な光の剣が魔獣の額を打つ。瞬間、大爆砕が起こった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 バラルの呪詛

大地は荒れに荒れ、クレーターや小高い丘のみならず、小ぶりな渓谷さえ生み出していた。その谷底で、全裸の男が大の字で空を見上げている。

「不思議な感覚だな。破壊と再生を同時に味わうというのは」

こちらに視線を向けずに、アダムはただ茫洋として天を仰ぎながら独りごちた。

「『物質変換』とはね。予想外だよ、さすがにね」

この一戦でこちらの特性を読み取ったのだろう。やはり錬金術師としても一流のようだ。キャロルですら見抜けなかったことを、この男はあっさりと看破した。

卑金属を貴金属に精錬することは、錬金術の到達点のひとつである。俺がやっていることは、ほぼそれに近いことだ。その身に喰らったとはいえ、よく気づけたものだと感心する。文字通り、キャロルとは年季の入り方が違うということか。

「何故助けた? 君にとっては天敵だろう、僕は」

「まずは、そこの勘違いから正さないといけないな」

送られてきた知識の中に、この男の設計図もあった。このタイミングで知らされたということは、つまりは『そういうこと』なんだろうと当たりとつけただけにすぎない。

「何故アンタは奴らの言う事を頭から信じたのかってことだ。他人から『お前には無理だ』と言われたら、そこで諦めるのかよ。奴らはアンタが思っているほど万能じゃない。奴らが真に全知全能だったというのなら、アンタが逃げ切れるはずがない。とっくに捕まって廃棄処分されてるよ。アンタは奴らに裏切られたと思っているようだが、アンタを裏切ったのはアンタ自身だ。勝手に限界を決め、勝手に可能性を見限り、勝手に未来を取りこぼした」

「――言ってくれるね、好き勝手に」

コイツもキャロルと同じだ。凝り固まった思考にとりつかれ、それが唯一無二のことだと信じて疑いもしない。コイツの場合は、自分が間違うはずがないという絶対の自信があったため、更にたちが悪い。

「そもそもアンタの計画は根幹から破綻している。バラルシステムを解放すれば、邪神が甦り人類が滅ぶぞ」

「フッ、それは……」

「――どういうことだ?」

アダムの言葉を継いだのは、鈴の音のような声だった。

「君たちか……。見られてしまったね、恥ずかしい姿を」

それがどちらの姿を指しているかは不明だが、サンジェルマンは自らのコートをアダムへと放り投げた。

「局長、貴方にも聞きたいことはありますが、まずはあちらからです」

そう言って、サンジェルマンは再びこちらへと視線を向けた。

彼女のそばにはプレラーティとカリオストロが控え、三人が三人とも、あの軽薄そうなカリオストロまでもが難しい顔でこちらの反応を窺っている。

「言った通りだ。バラルとはアヌンナキの一柱『シェム・ハ・メフォラシュ』を封印するシステムにすぎない。彼女は死の間際に、自らの一部を『言葉』へと潜り込ませた。統一言語が復活し、全人類の脳波ネットワークが繋がれば、彼女は甦る。強大な力を持つアヌンナキをもってしても殺しきることは叶わず、封印することで精一杯だった化物だ。彼女の目的は全ての知性体をひとつへと統合する事。すなわち」

そこで一度言葉を切ってから、サンジェルマンの目を正面から見据えた。彼女の額には小さく汗が浮き出ており、こちらの一言一句を聞き逃すまいとしているのが分かる。

「……人は滅ぶ」

その言葉を聞いて、サンジェルマンの身体が目眩を覚えたようにぐらりと揺れた。隣にいたカリオストロの肩を借りて絞り出すように言葉を紡ぐ。

「根拠は、あるのだろうな? それを、それでは私の、これまでの、犠牲は……」

思考と呂律が回らぬようだが、まあ言いたいことは分かった。要するに信じたくないんだろう。

「シェム・ハについては、感づいていたんじゃないのか?」

そう言ってアダムへと目を向けた。敗北したわりにはさっぱりとした表情で胡坐をかいている。

「まあね。降臨の予感はあったよ、カストディアンの。だから手にしなければならない。アヌンナキに対抗し、超えるだけの力を」

神の力を手に入れ、神に並び、神を超える。それが目的、それが復讐か。

「……ま、そのための俺だ。ああ、根拠のことだったな」

言いながら、サンジェルマンの目をじっと見つめる。

「南極に行こう」

その言葉に対する返事はなく、荒野はただ静謐に包まれていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 a material factor

南極大陸。

面積はオーストラリア大陸の約二倍。その98%が氷に覆われ、平均気温が最も低く、乾燥し、強風に晒され、また平均海抜も最も高い大陸である。控え目に言って、人間が定住する環境ではない。

サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティの三人はファウストローブを身に纏っている。当然俺も黄金の鎧を装着済みだ。アダムだけが定番の白いスーツで泰然としている。

「大方の寒気は遮断しているはずだが、それでも少々冷えるな」

「断熱フィールドの造りが甘いんじゃないのぉ。どうなのよ、プレラーティ?」

「試作段階のものを無理矢理使えるようしたワケダ。多少の不都合には目を瞑ってほしいワケダ」

姦しい三人娘を傍目に、アダムはいつもの調子を取り戻したのか、悠然と歩を進めている。

目の前に広がるのは広大な湖。南極には数多くの湖があるが、その内のひとつ、ボストーク湖である。最も広い場所で幅40キロメートル、長さ250キロメートル、水深は最も深い場所で800メートルとみられている。面積は実に琵琶湖の20倍以上。

「ねぇ、本当に本気で潜るつもり?」

「ああ、アダム頼むよ。あまりやりすぎないでくれよ」

「まあ、やってあげるよ、そのくらいはね」

アダムは掌から火球を放つ。それはこちらの要求通りの大きさの入り口を作った。

「では行こう」

「気をつけるといい、近づきすぎないようにね」

「局長は来られないのですか?」

「濡れてしまうからね、僕の大事な服が。それに、分かっているからね、アレがあることは」

アダムはやはり知っているらしい。まあ神を相手取るつもりならそれくらいはな。

「なら、わたしも遠慮しておくワケダ」

「あーずるい。なら、あーしもお留守番させてもらうわ。頑張ってね、サンジェルマン」

「お前たちは……。まあいい、ではここで待ってなさい」

身体をくねらせながら寒さを演出しているカリオストロを尻目に、サンジェルマンが軽くため息を吐く。結局潜るのは俺とサンジェルマンの二人となった。

アダムの開けた氷穴へと飛び込む。斜めに空いた空洞を滑り落ち、しばらくして水の感触を捉えた。

分厚い氷に蓋をされた湖は漆黒の世界だった。見下ろせば奈落へと繋がっているような錯覚を起こす。聖遺物がなければ一寸先さえ見通せないだろう。どうやらサンジェルマンも視界は大丈夫なようだ。

落ちるように水中を進んでいくと、しばらくして湖底に人工物が目に入った。

右手でサンジェルマンを制しながら、人差し指でそれを指し示す。それに気付いたサンジェルマンは、なおも近づこうとするが、俺が腕を掴んで抑え止める。

≪これ以上近づくと防衛機能が働く≫

聖遺物を介して声を届ける。サンジェルマンは一瞬ぎょっとしたものの、すぐに視線でこちらに問うてきた。

「あれは何だ?」そんなところだろう。

≪神の遺体が納まっている棺だ≫

まるで棺らしくない様相だが。

≪今回は確認だけだ。根拠のひとつにはなっただろ≫

親指を立てて浮上の合図を出す。そしてちらりと自分の背後を見やった。俺が腕を振るうと、指先から光の粒子が生まれ、沈むように棺へと降りていった。

「なにをした?」サンジェルマンの目がそう言った。

≪保険をかけた。まあ、念のためにな≫

 

 

 

南極探査を終え、俺たちはパヴァリア光明結社のアジトへと戻った。アジトと言うと、なんとなく悪の組織のようだが、本社とでも言い換えればよかったか。いや、聞いた話では悪の結社っぽいようなことをやっていると言っていた気がする。そんなどうでもいいことを考えながら天井を見上げた。

広い部屋だ。五十畳くらいはありそうな客間のソファに腰かけている。アダムとサンジェルマンたちはこれからのことについて話し合っているはずだ。一段落したら俺も呼ばれるだろう。

室内に点在している華美な調度品を眺めていると、懐の端末がふるえた。そういえば先ほど電源を入れたんだった。

『やっと繋がったか。ボス、今どこにいるんだよ。見たぞ、あの怪獣大決戦。どういう状況なんだ?』

挨拶もなしに、奏はいきなり捲し立ててきた。やはりあの戦闘は衛星から見られていたようだ。派手にやらかしたからな。

「今はパヴァリア光明結社にいる。とりあえず状況は落ち着いた。ひとまずは静観する」

『パヴァリア……。ボスが戦ってた男がトップのアダムなんとかだろ? 捕まったってわけでもなさそうだし、何してんだ?』

ああ、そういえばキャロルは一時期パヴァリア光明結社に在籍していたと言っていたな。ならアダムと顔見知りでもおかしくないか。

「そうだな……」

どう説明すべきか思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。

「また後で説明する。切るぞ」

何か言っていたようだが、構わず通話を切った。そして、来訪者に入室を促す。

「失礼する。こちらの話は落ち着いた。ここからは貴方にも加わっていただきたい」

「ああ、了解だ」

そう言って腰を上げる。部屋を出て、二人ともが無言で通路を歩く。到着した部屋では、アダムが優雅に紅茶を飲み、カリオストロとプレラーティが壁に背を預けていた。

「まあ、掛けたまえよ」

促され、アダムの正面に座る。その隣にサンジェルマンが立った。

「ひとまずは中止する。バラルの呪詛の解放はね」

抑揚のない口調でアダムが告げる。サンジェルマンは無言だ。怪訝そうな表情だが、とりあえずは受け入れるといったところだろう。

「神の力については……。君の意見を聞きたいと思ってね」

「神を倒すために、神の力を手に入れるというは、正道のようでいて、その実、酷く無駄なように思える。同種の力ではシェム・ハには敵わない」

部屋の中に静寂が訪れる。表情には見せないが、皆一様に不機嫌になったのが見てとれる。

「続けたまえ」

「前にも言ったが、シェム・ハは単独で同族を殺し尽くしたほどの化物だ。当時のアヌンナキとて強大な力を持っていたはずだが、それを圧倒した」

「だが、当時の力を持って復活するわけではない。弱体化しているはずだ、かなりね」

「もう察しはついてるんだろう? 俺はシェム・ハに対するカウンター装置だ。アヌンナキが造った、神造人間だよ」

「独りで相手をするということか、君が?」

「復活を阻止できなければ、そうなる」

ぎしっ――と耳障りな音が鼓膜を打った。サンジェルマンが握っていた木製机の端が悲鳴を上げた音だ。

「貴方は……何もかも自分が背負うつもりか。私たちはそんなにも頼りないのか」

彼女が何を言っているのか分からず、不覚にも呆けてしまう。言うまでもないことだが、俺と彼女は仲間ではない。先ほど会ったばかりの他人だ。

「多くの人間が勘違いをしていた。バラルの呪詛によって人類の相互理解は阻まれ、未来を奪われたと」

まるっきり答えになっていない答えだが、それを聞いたサンジェルマンの顔が歪む。

「真実は逆だった。言葉に潜んだシェム・ハを封印するための呪符、それがバラルシステム。人類の未来を守護する一種の結界」

いまさら口にするまでもない事だが、つまりはそういう事だ。サンジェルマンの苦鳴に対する上手い答えが浮かばなかったための、要する時間稼ぎにすぎない。

「期待していないわけではない。いざというときには、頼りにしている」

結局上手い答えが見つからず、俺は無難な常套句を口にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 拳の極致

いつもの部屋に、いつものS.O.N.G.メンバーが揃っていた。違うところといえば、サンジェルマンと、想像していたよりも馴染んでいる風なキャロルが同席していることくらいか。

まずはこれまでの経緯を説明した。シェム・ハのこと、南極のこと、バラルの呪詛のこと、そしてパヴァリア光明結社の改革。全てを語り終えた後、弦十郎さんが大きく溜め息を吐いた。

「なんというか……随分と大変だったようだな」

「オレは、あの男が人形だったことに驚いた」

さすがのキャロルも気づいていなかったらしい。まあ長年傍にいたサンジェルマンですら気づいていなかったから、仕方ないともいえるか。

「あのー、じゃあわたしたちは何をすればいいんですか?」

ゆっくりと手を上げて、響ちゃんが遠慮がちに聞いてくる。

「それについては、私から要望がある。先ほど彼が言った通り、パヴァリア光明結社は真っ当な活動をすべく舵を切った。今は組織改革に努めているが、反対意見も多い。説得を続けているが、離反する者も少なくない。いや、ただ袂を分かつだけならいいんだ。だが、我々の目を逃れて非人道的行為を続ける者もいる。そういった輩は見つけ次第しゅく、捕縛しているのだが、いかんせん手が足りていないのが現状だ」

今普通に粛清と言いそうになったな。十代の子供たちには過激な言葉だから言い直したようだが。

「彼らが問題行動を起こした場合、国連からそちらに要請がいくこともあると思う。そういった場合、可能な限りでかまわないので、こちらに引き渡してほしい」

彼らにとって国連に捕縛されるのと、パヴァリア光明結社に引き渡されるのと、どっちが悲惨だろうか。

「ふむ、よかろう。俺の権限が及ぶ限りなら協力しよう」

「……こいつらを信じるのか?」

キャロルは思案顔だ。まあ、過去に出奔したものだから、思うところもあるのだろう。

「彼が一緒にいるのなら、そう酷いことにはならんだろう」

そう言ってこちらを見る。俺は軽く肩をすくめた。

「感謝する。こちらも協力は惜しまない。特にプレラーティは、チフォージュ・シャトーの建造にも関わっているからな、役に立てるはずだ。お上から色々と言われているのだろう?」

サンジェルマンがキャロルへと視線を向ける。キャロルはばつの悪そう顔で、小さく舌打ちした。

「うむ、ではこれからよろしく頼む」

弦十郎さんとサンジェルマンが握手を交わす。

「さて、話もまとまったところで、ひとついいだろうか、神宮寺さん」

さあ帰るかと思いきびすを返したところで、背後から声がかかった。嫌な予感がする。

「トレーニングにつきあってくれ」

 

 

 

いつもの赤シャツ姿ではなく、それは戦闘服だった。トレーニングウェアなどでは断じてない。

「叔父様が戦闘服を着込むなど、何年振りでしょうか」

と言っていたので、あれは間違いなく戦闘服だろう。見方によれば、ただの黄色い衣装と言えなくもないが。防御力や敏捷性を高めるよりも、気分を高揚させるのが主目的なのだと察した。

彼我の距離は、近いとも言えるし、遠いとも言える。一足飛びに懐に飛び込めそうではある、微妙な距離。

空調は効いているはずだが、じわりとした汗を感じていた。とまれかくまれ、このままにらめっこをしているわけにもいかないだろう。

飛び出しは同時だった。拳の応酬、足も忙しなく動いている。まだ準備運動だ。どちらも本気ではない。だが、まともに喰らえば一撃で相手を昏倒せしめるくらいの威力は秘めていた。

蹴りはない。脚には腕の三倍の力があるというが、競技ではない実戦で蹴りを使う者は少ない。理由はいくつかあるが、まず体勢が不安定になるということ。二本で立っているのが、一本になるのだから、軸足を払われれば終わりだ。それは致命の隙となる。実力が伯仲しているのなら、まずやらない。結局のところ、使えるのはローキックか前蹴りくらいのものだろう。

拳を交わしながら、体を入れ替える。気づけば立ち位置も入れ替わっていた。その応酬のさなか、脇腹に拳をあてられているのを感じて、反射的に飛び退く。だが、拳は吸盤が張り付いているかのように、こちらを離そうとしない。普通なら、ゼロ距離からの拳打など頓着には値しない。だが、至近距離でこちらを睨みつけているこの男を、普通の範疇で高を括るのは愚策にすぎる。

着地までの一瞬で決断しなければならない。さらに飛び退くか、或いは踏み込むか。

伸るか、反るか。

着地した爪先に、いっそうの力を籠める。押し出された身体は、彼我の距離をさらに縮めた。

果たしてそれは予測の範疇だったのだろう。脇腹にあてられた拳は一切ブレなかった。

訪れる激痛を予感しながら、こちらも右腕を突き出す。それは狙い通りに左肩へと突き立った。同時に訪れる衝撃。両者の身体が弾かれたように投げ出された。

反撃に転じたことは正解だったのか、確かに勁の威力を減じることはできた。聞くところによれば、彼は映画を見ただけで寸勁を体得したらしいが、本当だとすればつくづく常識外な男だな。

向こうは外れた肩を力ずくではめ直したところのようだ。

「身体も暖まってきたな」

「ではギアを上げていきましょうか」

大きく深呼吸。酸素を全身へと送り込む。

痛みがないわけではないが、無視できる範囲ではある。

単純な戦闘能力を比べれば、目の前の相手よりも自分が一段劣ることは認めざるを得ない。聖遺物を使えば話は別だが、それは互いに望むところではないだろう。

そんな考えが頭をよぎり、苦笑する。これはただの訓練だ。殺し合いじゃあない。

まずは、跳ぶ。床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴る。用意された空間を十全に活用し、縦横無尽に跳ね回る。亜音速の動き、常人なら捉えることもできない速度。

相手は軽く膝を曲げ、両腕をだらりと下げている。脱力の構え、全方位に対応できる構えだ。常道なら、死角からの一撃を加えるだろう。つまりは背後から。だが、相手もそれは予測しているはずだ。だから、すこしずらす。

跳び出しは右後方から、狙いは下半身、すれ違いざまに膝を砕く。だが、それは横っ飛びでかわされた。一瞬目を剥くが、直ぐに二の矢を放つ。床を滑りながら反転。相手は既に構えていた。半身をわずかに引き、拳に力を蓄えている。

迎撃するつもりだ。俺は我知らず笑っていた。

両者の踏み込みが床を鳴らす。踏み込みの強さはそのまま拳の威力へとつながる。ふたつの拳が激突し、空気が爆ぜた。両者の袖口がその威力によって弾け飛ぶ。刹那、室内にけたたましくサイレンが鳴り響いた。

「――フッ、魚雷並みの衝撃か。ここでは、これ以上は無理のようだ」

改めて思う。やっぱこの人、人間じゃねぇわ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 氷雪の館

あの男について考えていた。いや、男か女かは分からないが、なんとなく男だろうと予想する。

シェム・ハに殺されたアヌンナキの一柱。正確には死の寸前に、自らの意識を星と一体化させることで死から逃れた。言葉に自分の意識を潜らせるシェム・ハの手法と似ているが、シェム・ハのように復活はできない。彼は星の一部となっても、シェム・ハのことを懸念していた。人類を愛していた彼らと、人類を生体端末としてしか見ていないシェム・ハとの対立はある種の必然だったのだろう。

人類には原罪が刻まれている。その身体にも魂魄にも。だから彼は悠久の時をかけて器を造った。そして魂魄は、原罪に犯されていない別の世界から引っ張ってきた。

何故俺だったのか、理由は説明されなかった。勝手に宝くじに当選したようなものだろうと当たりをつけた。宝くじを買った覚えはなかったが。

まあ、第二の生を貰えたのは僥倖だったと思えなくもない。酷く面倒な人生を受け入れられればだが。

神の事や使命の事など忘れて、どこかに逃げるというには踏み込みすぎている。シェム・ハが復活してもなお知らんぷりをするというのは、さすがに無責任にすぎるだろう。復活させないのが最上なのだが、全ては確率の問題でしかない。

確率を論ずるのは、意味のないことだろう。1%だろうと99%だろうと、突き詰めて考えればそこに大きな違いはない。いつだって信頼できる数字はふたつしかない。

たったふたつ。つまりは、0%と100%。

サンジェルマンは旅に出ようとした。贖罪と救済の旅だ。だが俺が引き止めた。自ら動くよりも、統率をとれと言った。実際彼女には人を束ねる才覚があるように思えた。あの自由気ままな統制局長よりはずっと。カリオストロとプレラーティも交えて話し合った結果、彼女はその案を受け入れた。役職も正式に『統制局長代理』となり、辣腕を振るっている。アダムは半隠居状態だ。まあ、これは元からかもしれんが。

新たにトップとなったサンジェルマンは、この機会に結社を一新すると宣言した。人体実験まがいのことをやっている非人道的な錬金術師たちを粛清しているようだ。今までは自分たちが人間狩りのようなことをやっていた負い目もあって、強く出られなかったらしい。

「黄昏ているところ悪いが、そろそろ手伝ってほしいワケダ」

「そう言われてもな。俺にできることは、精々荷物運びくらいだろ」

背後からトゲのある声が聞こえた。

皮肉りながらも、彼女の顔には喜色が見える。このチフォージュ・シャトーの建造には彼女も関わっていたようで、そこに手を入れるのはまんざらでもないのだろう。

そう、俺は今チフォージュ・シャトーに居る。キャロルの降伏後、各国政府からの要望で、ワールドデストラクターを始めとする武装解除を行っているところだ。トリガーパーツであるヤントラ・サルヴァスパは既にS.O.N.G.へと返却してある。錬金術の知識に乏しい俺に出来ることはほとんどないのだが、キャロルに引っ張られて連れてこられた。

「なら、レイアの指示に従って荷物運びをやってもらいたいワケダ」

「ん、了解」

ひらひらと手を振って玉座の間へと足を運ぶ。そこにはふたりのキャロルが大きな荷物を運んでいた。近づいて、ひょいっとそれを持ち上げる。

「フィア、ノイン、大きいものは俺が運ぶから、ふたりは小さいものを頼むよ」

「……うん」

「……分かった」

ふたりはトコトコと次の荷物を取りに行った。最初は返事すらしてくれなかったが、接点が増えるにつれて多少のコミュニケーションはとれるようになった。正直なところ、見分けがつかないのでナンバーの腕章を付けてもらっている。

いや、彼女たちの名誉のために言っておくが、全く同じというわけではない。俺も最初は同じ顔にしか見えなかったのだが、よくよく見れば細部に違いがあるのが分かる。性格にしてもそうだ。判を押されたように同じというわけではない。声にも若干の違いがある。

キャロルはチフォージュ・シャトーが完成したおりに、彼女たちを廃棄処理する腹積もりのようだったが、そうならなくて良かった。

『廃棄躯体』だの『出来損ない』などと言われているが、俺にしてみれば錬金術師の理屈など、納得できないものが多すぎる。

錬成陣の上に荷物を置くと、次の荷物を取りに行く為に、俺はふたりの背を追いかけた。

 

 

 

最近思うのだが、こいつら俺を働かせすぎじゃないか?

「シャトーの件はあーしらが頼んだわけじゃないし、サンジェルマンが寝る間も惜しんで働いてるのは、アナタにも責任があるんじゃないのぉ」

「大体シャトーでおまえは言うほど役に立ってないワケダ」

ちょっと愚痴ったら辛辣な答えが返ってきた。サンジェルマンが働きすぎなのはあいつの性格のせいだろ。これだから真面目にすぎるやつは。

「治療もやっただろ。たぶん100人以上はやったぞ」

「まさかほとんど頭部しか残ってない生体を完治させるとは思わなかったワケダ」

「たしかにあれは吃驚したわね」

首から下のほとんどがファウストローブに換装されてたんだっけか。まるっきりサイボーグだったな。重症度でいえば、奏に次いで歴代二位だろう。

犠牲となった被験者たちの姿を思い出す。どこにでもろくでなしはいるものだ。

俺は嘆息しながら、後ろを見やった。

俺たちの後ろには黒いローブを羽織った錬金術師たちが続いている。俺は【八咫鏡】を、カリオストロとプレラーティはファウストローブを纏っているので寒さは感じないが、彼らは普通の防寒具だ。いや、錬金術でなにがしかの保護はしているだろうが、それでも寒そうにしているのが見てとれる。

しかしなあ、この黒一色のローブはどうにかならんものかね。サンジェルマンにもうちょっとマシな制服でも作るように提言するか。

「で、この先に目的のものがあるのか?」

「そうよぉ。スレグ、スネグ……なんだっけ?」

「スネグーラチカのウシャンカ。分かりやすく言えば『雪女の帽子』ってワケダ」

「そうそう。たしか民間伝承が人々の信仰を受けて哲学兵装化したのよね」

「絶対零度を自在に操ると報告を受けているワケダ」

まあ、厄介なのは間違いないんだろうけど、絶対零度以下の負の温度を散々ぶつけられてきた身にすれば、さほどの脅威とも思えないんだよな。超々高温度の火球とかもばら撒かれたし。

しばらく歩みを進めていくと、白一色の景色の中に黒い建物が飛び込んできた。それなりに大きく、それなりに広い。崖下の館を見下ろしながら、プレラーティが何やら部下たちに指示を出している。

「じゃあプレラーティ、手筈通りによろしくね」

「了解なワケダ」

そう言って、プレラーティたちは俺とカリオストロから離れていった。事態を理解していないのは俺だけらしい。

「手筈通りってなんだ?」

「プレラーティたちがやつらを逃がさないように包囲する。あーしとアナタが突入する。オーケー?」

「オーケーオーケー。だが次からは事前に教えてほしいね」

半眼でぼやく。だが、カリオストロは全く気にしていない。

「男が細かいことに拘らないの。十分後に突入するわ」

きっかり十分後、俺は念のために確認する。

「突入方法は?」

「結界に踏み入れば、どこから入っても同じよ。正面玄関でも、裏口でも、上空からでもね」

そう言って、カリオストロは館に向かってダイブした。

 

 

 




キャロルのナンバーズホムンクルス。原作では詳しくは言及されていなかったように思います。
廃棄躯体11号という名称から、他に10体いることは推察できるのですが、本作ではエルフナインを含め12体ということにしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 果たされない約束

「――くそッ!」

悪態をつきながら男が殴りかかってくる。冷気弾も凍気弾も、自信満々に放射した絶対零度が何の意味もなさないと理解した男は、逃げることを選ばずに、こちらへと向かってきた。

黒いローブに真白い帽子。まあ、似合ってない。なんだってこいつらは意固地に黒いローブに拘るのだろうか。コーディネートとか考えないのかね。

そんなどうでもいいことを考えながら、カウンターで殴りつけ、そのまま腕を掴んで投げ飛ばす。受け身もとれず背中から叩きつけられた男の肺から苦悶の声と空気が漏れた。

転がり落ちた雪のような帽子を、同じく雪のような白い指が拾い上げる。

「なんだか拍子抜けねぇ」

言いながら、彼女は拾った帽子を人差し指でくるくると回す。

彼女、カリオストロが館の屋根をぶち抜いて突入した瞬間、錬金術師たちは忘我の状態に陥った。その一瞬後、辺りは騒然となる。向かってくるもの、逃げ出すもの、大別してその二種類に分けられた。向かってきたやつらは全員無力化して本部に送りつけた。逃げたやつらは、プレラーティたちが捕らえているだろう。

突入後、俺たちは館の中をぐるりと回るように、二手に分かれた。そして、俺が当たりを引いたというわけだ。

カリオストロが悶絶している男にテレポート・ジェムを投げつける。淡い光が男を包み、転移が完了した。

「これで終わりか?」

「プレラーティと合流して、館の中を調べるわ。一応ね」

カリオストロは周囲を見渡した。ここ、正面玄関は綺麗なものである。あちこちに氷が張っているが、破損箇所はほとんどない。大きく破壊されているのは食堂の屋根くらいだろう。そこから入り込んだ寒気の風が、ここまで届いている。

「あのダイナミックエントリーに意味はあったのか?」

「敵の意表を突くという意味はあったわ」

「無意味な破壊は禁じたワケダ」

声は正面扉から入ってきた少女のものだった。

「んもう、プレラーティったらいけずねぇ」

「……はぁ」

プレラーティがかぶりを振って、深々と嘆息した。

 

 

 

 

「ではこれより、第38回キャロル会議を開催する」

「だからッ! そのキャロル会議というのをやめろ。そもそも38回もやってないだろッ!」

キャロルが眉根を寄せて立ち上がり、指をさして睨み付けてくる。

「そう怒るなよ。ユーモアは大事だ。ユーモアは人生を豊かにしてくれる。キャロルも学ぶべきだ」

「……むぅ。減らず口を」

俺の言葉に一理はあると納得したのか、呻きながら席に着く。本当にユーモアを学んでほしいのはホムンクルスたちだけどな。徐々に人間味が出てきたが、やはりまだまだだ。

会議室には総勢で19人。俺、キャロル、プレラーティ、オートスコアラーが4人とホムンクルスが12人(エルフナイン含む)だ。

それぞれの前には紅茶と菓子の入った小皿が置かれている(オートスコアラーたちを除く)のだが、ゼクスの小皿はすでに半分になっている。あいつ意外と食いしん坊だからな。

「茶番も済んだところで、議題に入るワケダ」

「はい、前回の作業でシャトーの外部兵装は、派手に解除されました」

レイアが手元の書類を読み上げる。内部の兵装はセキュリティの意味でも多少残してある。米国はシャトーごと接収したがったようだが、さすがにはねのけた。日本政府もキャロルとの関係が拗れるのを嫌ったようで、かなり援護してくれた。米国のいいなりになるのも癪だったのだろう。

レイアが細かい報告を済ますと、エルフナインに視線を向ける。

「皆さんの協力のおかげでシャトーの武装解除は完了しました。賠償金の支払いも終了しましたし、キャロルの監視も解かれると思います」

「ようやくあの鬱陶しいやつらとおさらばできるか」

キャロルが辟易したようにぼやく。S.O.N.G.に居る間はずっと張り付かれていたらしい。

「なら、シャトーについての議論は終了だ。次の議題へと移るか」

そう言って、プレラーティへと視線を向ける。彼女は軽く頭を押さえてから閉口した。

「……おまえは錬金術師じゃないから、軽く言えるワケダ」

「錬金術の公開か。以前のオレなら激怒していただろうな」

俺がキャロルに、そしてサンジェルマンに提案したのは、まさしく錬金術の一般公開だった。人間は排他的な生き物だ。よく知らないものを恐怖する。理解できないものを排除したがる。キャロルの父親がそれだ。錬金術というものを理解できない民衆によって火刑にされた。キャロルの台詞にはそういった意味が込められているのだろう。

錬金術を公開し、なんなら学校を作る。それを聞いたサンジェルマンは、あまり良い顔はしなかったな。自分がどうこうというよりは、反発が目に見えていたのだろう。実際、パヴァリア所属の錬金術師のほとんどが反対したらしい。

理由は様々だ。異端技術は軽々に公開するべきではない、神秘は秘匿されるべきだ。あとは選民思想や特権意識といったものまで。

だが、錬金術や錬金術師が市民権を得るには必要な過程だと思っている。今まで錬金術師の犯罪は見逃されてきた。錬金術師が法の下で平等に生きるためには錬金術を学問として周知させるのは必須といえる。しかし、その代償として制約を負い、自由を失う。好き勝手に生きてきた錬金術師ほど躊躇するだろう。

だからサンジェルマンも頭を悩ませている。組織改革が万全ではない状態で、これ以上の敵を抱えるのは得策とは言えない。

「時期尚早……としか言えないワケダ」

「そうだな、オレも同意見だ。いつかは必要だと思うが」

「ボクも難しいと思います。異端を理解するのは時間がかかりますから。じっくり時間をかけてやるべきじゃないかと」

三人に反対されて、俺は肩をすくめた。まあ、問題は提起した。今はこれで十分と考えよう。

「了解だ。俺ひとりが急いても仕方がない。この話はここまでにしよう」

緩やかに腕を振って話を締める。

次の議題はなく、キャロルとプレラーティが二言三言交わして、会議は終了となった。終始つまらなそうにしていたミカがガリィとじゃれ合いながら退室していく。

少しばかり残っていた紅茶を飲み干し、小皿に残った菓子をゼクスに手渡したところで、エルフナインから声がかかった。

「紫音さん。響さんのお誕生日会なんですけど」

「ああ、確か13日だったな」

「はい、来られそうですか?」

エルフナインがにこやかに問うてくる。といわれてもな、参加者のほとんどが装者だろう。女の子だらけの誕生会に行くのは幾ばくかの躊躇を覚える。

どう返事をするかと思案していると――。

ふと、とてつもなく嫌な予感を知覚した。確信に近い予感。この身体の本能が警告を発している。

額に冷たい汗が流れる。肺を押さえつけられたような圧迫感。早いな。早すぎる。想定よりもかなり早い。良かれと思って施した封印が、逆に刺激を与えたのかもしれない。

「エルフナイン――」

言いかけて、思考がたたらを踏む。エルフナインが怪訝そうに小首を傾げて、こちらの言葉を待っていた。

「――行けたら行く」

我ながら馬鹿な答えを口にしたものだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 棺

空は暗雲に覆われていた。だが、雨は降っていない。南極に雨が降ることはほとんどない。

皆の表情は一様に硬い。アダムだけはいつもの余裕ぶった表情だが、胸中はどうだか知れたものではない。

「杞憂……ではないのか」

明確な答えを期待したものではないのだろう。サンジェルマンが独りごちる。無視してもよかったのだが、聞こえてしまっては答えを返さないわけにもいかない。

「棺がどの程度の戦闘力を有しているのかは未知数だが、仮にも先史文明の遺産だ。生半な性能ではないだろう」

それは望んだ答えではなかったのだろう。サンジェルマンは顔をしかめた。だが、こちらの言いたいことは伝わったのか、ゆっくりと視線を凍てついた湖面へと戻した。それが合図になったわけではないだろうが、静かに湖面が隆起を始めた。

赤い熱波が天へと上り、棺が現出する。

「なあに、あれぇ」

「これは……規格外というワケダ」

棺というよりは、人型のメカだな。

「――チッ!」

サンジェルマンが引き金を引く。銃口から錬金術の弾頭が射出される。その反動でサンジェルマンの身体がわずかにのけ反った。

棺の抵抗はなかった。着弾した瞬間に猛烈な爆砕を引き起こす。爆炎を裂いて、またしても光熱波が氷面を焼いた。

「――散開ッ!」

反射的に叫ぶ。

棺の表層には傷ひとつ見られない。

「堅いね、随分と」

「得意の火力でなんとかならないのですか?」

サンジェルマンの表情には焦りが見える。初撃で仕留める、或いは大ダメージを与える目算だったのだろう。確かにそのくらいの力は感じられた。

「無理だな。あの戦いで消費した魔力、大して回復してないんだろ?」

俺がそう指摘すると、アダムは小さく鼻を鳴らしただけで、否定の言葉を口にすることはなかった。あの時、アダムは現有するほとんど全ての魔力を消費したはずだ。この短期間で全快するとは思えない。

「回復する予定だったんだよ、僕の予定では」

「俺が余計なことをしたってのは認めるよ。判断が甘かったんだ」

今にもカリオストロとプレラーティが攻撃を加えているが、いずれも有効打には見えない。

それを嘲笑うかのように、棺に新たな動きがあった。本体から虫のような子機が無数に飛び立つ。それに気をとられたのか、棺からの砲撃に対する反応が遅れる。錬金術のシールドでガードしたようだが、それをぶち抜いて、ふたりは氷漬けになった。

「ファウストローブの防御が突破されただとッ!?」

「埒外の物理学か。やるものだよ、敵もね」

「本体は俺が仕留める。ふたりは子機の撃墜を」

返事を待たず、中空へと躍り出る。光の翼が俺の身体を一瞬にして棺の頭上へと押しやった。

眼下に佇む棺へと視線を向ける。所詮は神の作った道具にすぎない。そこに意思はなく意志もない。あるのはただ命令を遂行すること。そう思えば、やるべきことは実に単純で簡単なことだ。

アダムとサンジェルマンの手によって、周辺を舞う子機が次々と落とされていく。道は既にできている。翼を翻し自由落下からさらに加速。棺の天頂に剣を突き刺し、切先へと破壊の力を送り込む。爆発の予兆を感じて棺を蹴った。

棺の内部で爆砕が起こる。断末魔は聞こえなかった。巨体はうつ伏せに倒れ、それきり動かなくなった。頭部から背部に走った亀裂の隙間から、きらりと光るものが確認できる。

「あっけないものだね、終わってみれば」

アダムが鷹揚に頷きながら、中を覗き込む。

「これが聖骸、神の遺体か」

「それに大した意味はない。本命は……」

遺体の腕に目を向ける。そこには煌びやかな腕輪がはまっていた。

「まったく、酷い目にあったワケダ」

「あーしらあんまり役に立てなかったわねぇ、メンゴ」

おどけた様子でカリオストロが謝ってくる。サンジェルマンはふたりの氷結を解くのに、大した力を使ったようだった。もしくは子機を撃墜するときにか、少しばかり呼吸が乱れていた。

遺体から腕輪を外し、自らの腕にはめる。

「……やるつもりかい? 本当に」

アダムが半眼で問うてくる。こちらを気遣っているわけではないだろうが。

「またしても後手に回れば、今度は本当に取り返しがつかなくなるかもしれない。自分のホームでけりをつける」

「ホームか。まさしくこれ以上はないといった表現だが……」

「おそらくは、これが一番成算がある」

ちらりとアダムの顔を見やる。今さらこの男が裏切るとも思えないが、一抹の不安はある。味方になったわけでも、ましてや仲間になったわけでもない。お互いに利用価値があるから利用しているだけにすぎない。

パヴァリアを離反した者たちがクーデターを起こさないのはこの男の存在が大きい。俺は抑止力としてアダムを利用し、この男は神への対抗策として俺を利用している。

「奴の情報である『言葉』は、全人類の遺伝子に刻まれている。復活するんだ、何度でも、人類がいる限りね。だが『そこ』ならその心配はない。上等だよ、策としては」

「だといいがな」

これが最善手かどうかは分からない。だが、最善手と信じて進むしかない。

俺は仰向けに倒れ、深淵へと意識を沈み込ませた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 女神降臨

透き通るような白い肌と、同じく白亜のような長い髪。その瞳は爬虫類のような鋭さだった。だが、その瞳の奥にはどこか……。

「不遜である」

思考を遮って、女の声が響く。奏の声に似ているな、と埒もない考えが浮かんだ。そして奏はこんな口調ではなかったと苦笑する。

「まがいもの風情が」

声の主へと、改めて視線を向ける。知識の通りの姿、それは正しくシェム・ハだった。仁王立ちになってこちらを見下ろしている。

「エンキ――ではないな。誰の差し金ぞ」

口にした名をすぐさま訂正し、こちらに問う。しかし、知らないことは答えられない。

「いや、詮無き事ぞ。疾く去れ」

掲げた右手から閃光がはしった。ぎりぎりでシールドが間に合う。我ながらよくできたと快哉を叫びたい気分だったが、今からこれと戦わなければならないと思うと、その気分も霧散した。光を抑え込んだシールドが、役目は果たしたとばかりに崩れ去る。

「神は、必要ない」

神が実在しない世界でも、人は生きていける。俺はそれを知っている。

「愚鈍にすぎる」

再び光がほとばしった。今度は余裕をもってシールドを展開したが、予想以上の衝撃に身体が吹き飛ぶ。

天も地もなく、重力も引力もなく、光も闇もない精神の世界。物質世界ではありえない法則を頭に叩き込みながら、なんとか体勢を整えた。

精神世界では些少の傷はまさしく問題にならない。如何にして致命の傷を与えるか、致命の傷を避けられるかという戦いになる。

シェム・ハの対抗装置として造られたからなのか、かつてない力の高まりを感じる。かつてなく意識が先鋭化されているのを感じる。或いはこれが、世界の影響を受けないということなのか。

『彼』の記憶にあるシェム・ハは圧倒的な力を有していた。今のシェム・ハは、確かに弱体化している。それでも強敵には違いないが、覆せないほどの差ではない。

「絶望に沈め」

戦闘の始まりはゆっくりとしたものだったが、次第に高速戦闘へと移り変わる。攻防が絶えず入れ替わり、しかしどちらも致命の傷を与えることができない。

時間の感覚も曖昧だ。現実から隔絶されたこの世界では彼我の距離すらが曖昧に感じられる。

洋々と放った光の弾丸も、シェム・ハが腕を振るうだけで霧散した。いつの間にか手にしていた、剣とも槍ともつかぬ白銀の武器と剣戟を交わす。

薄闇の中で、互いの生み出す白銀と黄金の残光が彗星のように煌めく。

打ち合う甲高い音だけが響き、光の交差だけがいや増していく

どのくらい戦っていただろう。数分のようであり、数時間のようでもある。先に苛立ちを感じ始めたのはシェム・ハのようだった。

「不浄の地にしがみつく毒虫がッ!」

見下した感情の吐露。シェム・ハは声を震わせながら、剣を持つ右手を高々と掲げた。刀身から放たれた流星雨に続いて、シェム・ハが身体ごと突進してくる。

飛翔しつつそれをかわす。だがシェム・ハは悠然と追ってくる。上段から振り下ろされた剣を弾こうと、こちらも剣を構えるが、それは失策だった。

その軌道が大きく変化する。狙いは俺じゃない。気付いた時には遅かった。光の翼の片翼が斬り落とされた。自身の身体が傷ついたわけではないので痛みはないが、突然片翼を失ったのだ。当然、体は崩れる。

「終焉だ」

突き出された剣の切先が飛び込んできた。剣で弾くには体勢が悪い。時間的な猶予もない。俺は身体を捻りながら、最短の軌道でシェム・ハの手首を掴んだ。

「――ッ!?」

シェム・ハの双眸が驚愕に見開く。そして、にやりと笑った。

胸を突き刺された激痛を覚えて、しくじったと自覚する。刀身の形状など、どうとでもなる。だがこれは好機でもある。

逃げられぬように、手首を握り潰すほどに力を込める。光刃が袈裟斬りの軌道で煌めき、返す一閃が胴を裂いた。シェム・ハの身体から光の粒子が飛散する。

「――ありえぬッ!! 我が滅するなどッ!!」

視界がぶれる。まだだ、まだ終わっていない。必死に意識を繋ぎ止める。だがそう長くは持ちそうにない。

「理解できぬッ! なぜひとつに溶け合うことを拒むッ! 愚昧なる個は集約し、完全なる一へと昇華する。それが何故分からぬッ!」

「……それはただの無への回帰だ。独り善がりのデストルドーだ。人の心はそんなに単純じゃない。簡単には分かり合えないかもしれない。だが、だからこそ、人と人は繋がれる。繋がれることを……俺は信じる」

「それが原因で未来にまた傷付き苦しむことになってもか?」

「……確かに人は、未熟で、未発達で、今なお争いを続けている。だが、神のいない世界であっても、人の意志は未来に向かって伸び続ける。どんな障害があっても、遅々とした進みであっても、人は神の手を借りず、自分の足で歩いて行ける。人の歴史は、人が作る」

猛烈な目眩。全身の血が温もりを失ったかのような冷たさを感じる。ぞわりとした悪寒を感じて、身体から力の喪失を知覚した。

この感覚は二度目だ。もう二度と味わいたくないと思った、あの感覚。

意識が遠のいていく。

「……かつて、人が神を必要とした時代は、確かにあった。神々は人々を愛し、人々も神々を崇拝した。だが、誰もが子供のままではいられないように、誰もが巣立つときがくる。神の手を、離れるときが、きっと……」

あの時代の『彼』は確かに笑っていた。

シェム・ハが何事かを言っているが、もはや聞き取る余力は残されていなかった。

「――互いに時間は残されていない……か。だが、いいだろう。貴様の心底、得心がゆくとは言い難いが…………今少し、信じてやろう」

かろうじて聞き取れた最期の言葉は、酷く悲しく、そして僅かの慈愛を感じさせる声音だった。

この女神の深層を理解できていれば、結果はまた違ったものだったのかもしれない。

そんな小さな悔恨を抱きながら、俺の意識は奈落の底へと落ちていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 深遠の中で

最初に思ったことは、この『力』の制御法を会得することだった。例えるなら、ペーパードライバーにフォーミュラカーが与えられたようなものだ。しかもそのフォーミュラカーはフルチューンされている。なんとか運転は出来ても、その性能を十全に発揮することは不可能だろう。実際、『力』に引きずられることはままあった。つまり俺がやるべきことは、その車の性能と仕組みを理解し、運転技術を向上させることだ。

まずは手当たり次第に武術や格闘技を学んだ。実際に道場やジムに通ったり、指南書を読んだり、ネットで調べたりもした。身体を自由に動かせることが嬉しくてたまらなかった。

時間を作っては、この名称不明で正体不明の『力』と向き合った。後に聖遺物だと判明するが、とりあえず【八咫鏡】と名付けたこの聖遺物には『人間の設計図』が記録されており、傷病を治療しているのはでなく、正常な肉体を上書きしているのだと理解した。微細な身体的特徴は、脳の量子群と遺伝子からダウンロードしている。なので個々人によって大きく違う、脳の深奥部分には手を加えることができない。セレナや奏が記憶障害を患ったのは、それが原因だった。

多くの日本人がそうであるように、俺は銃はおろか、包丁以外の刃物も握ったことはなかった。

戦争も、戦場も、言葉でしか理解していなかった。力に溺れていたわけではない。力の使い方に方向性を持たせたかっただけだ。

そこには死が溢れていた。意味のある死ではなく、理不尽な死が。

俺が歪まなかったのは、ひとえに帰る場所と、待っていてくれる人がいたからだ。

そう考えるならば、救われたのは彼女ではなく俺の方だったのかもしれない。それが自分の依るべきところだと気づいたのはいつ頃だったか。その出会いは俺にとっての好運だった。

俺は知りたかった。

何故、こんな力が与えられたのか。

何故、こんな世界に放り出されたのか。

意味を求めていた。

戦場に身を置けば、それが分かると思った。分かると思っていた。

独善的で、偽善的な人助けだった。

そんな、最初の頃の記憶が明滅する。ぼんやりと、これは走馬灯だと思い至る。

なにかをしゃべろうとするが、口がうまく動かない。

視界がうっすらと開けてきた。天井が見える。これはホスピスの天井だ。

それに気づいて、ぎょっとする。どうして今頃になって。

今までのことは夢だった? だとすれば、随分と長い夢だ。いや、むしろこちらのほうこそが、夢ではないのか? 分からない、夢と現実の境界線にいるような錯覚を覚える。これは現実なのか、夢なのか。

「君には申し訳ないと思っている」

唐突にそんな声が聞こえてきた。一瞬、誰の声か分からなかったが、これは『彼』の声だ。ベッドの傍らに佇む白い影が見える。

「君にとっては、交通事故に遭ったようなものだろう」

そこは宝くじに例えてほしかったが。

そこで疑問が湧き上がってきた。今まではテレパスのような、曖昧模糊とした意思の伝達だったが、今回は『彼』の声がはっきりと聞こえた。

「君の友人がバラルシステムを解除したようだ」

「……統一言語」

だが人間には遺跡のアクセス権はなかったはずだが……。そうか、あの腕か。脳裏に確かな意志を灯した、柔らかな笑顔が浮かんだ。しかし、シェム・ハの消滅をどうやって知ったんだ?

「あの最古の人形が教えていたな。月への道程にも色々と手を回していたようだった」

俺の表情から察したのだろう。ゆったりと告げてくる。

アダムが協力したというのは、正直意外ではあった。

「まもなく私の自我は、完全に星へと還るだろう。その前に、君と話がしたかった」

そこに悲壮感はなく、むしろ充足感すらあった。

「君には私の記憶をおおよそ伝えたが、何か質問があれば答えよう。おそらくは、これが最期になるだろうからね」

最初に聞きたいことは決まっていた。

「俺が選ばれた理由は?」

「理由はみっつある。ひとつめは君が生を渇望していたこと。ふたつめはタイミングがあったこと。みっつめは相性」

「……相性?」

「魂と肉体は本来同一のものだ。それが乖離するときは死ぬとき以外にない。だからこそ相性が重要になってくる。相性が悪いと、魂は肉体に定着せず、弾き出される」

そういえば、フィーネも自身の末裔にしか転生出来ないという縛りがあったな。

「始まりの場所があそこだった理由は?」

「私たちの、先史文明の匂いが強かったからだ」

先史文明の匂い……聖遺物? いや、フィーネか。フィーネの匂い、或いはあのときフィーネ自身が居たのかもしれない。

「そろそろ時間がない。もういいかな?」

「じゃあ最後に。俺はこのまま死ぬのか?」

「今の私に、君を帰還させる余力はない。君自身にもないだろう。それでも、君の死が確定したわけではない」

「それはつまり、第三者の力が必要というわけか?」

こんなところにわざわざ来るやつがいるとも思えないが。

「そして、それはもう来ている」

「……なに?」

疑問を口にしたとき、すでに白い影は消えていた。

はたと気づく。歌声が響いていることに。聞き覚えのある曲。聞き覚えのある声。記憶を失っても、自分の名前すら忘れても、何故かその歌だけは覚えていた。

「……Apple」

「えらく殺風景な部屋だな」

彼女の眼差しは笑っていなかった。むしろ鋭く、ともすれば怒っているようにも見える。

「――キャロル」

「いつまでこんなところに居るつもりだ? さっさと帰るぞ」

「迎えに来てくれたのか?」

「本意ではないがな。おまえがいつまでも眠りこけているから、痺れをきらしたやつらに頼まれたのだ。いい迷惑だ」

キャロルが憂い顔とも仏頂面ともとれる表情を浮かべ、プイッと顔を逸らした。

「そうか。手を煩わせてすまない」

「――フッ。本当にな。存外に、世話がやける」

ようやくキャロルは生来の花顔を見せた。つられて俺も破顔する。

「では帰るぞ。速やかにな」

キャロルのたおやかな手が、俺の額へと触れた。キャロルの身体が淡い光に包まれ、その光が俺の身体にも伝播する。

刹那、視界が暗転した。

何も見えない。視界は暗闇に覆われていた。そして気づく、自分が目蓋を閉じていることに。何も見えないのも当然だ。

ゆっくりと目蓋を上げる。ふと、自分の両手が暖かいものに触れていることを感じた。右手にはエルフナインが、左手にはセレナが、それぞれ手を添えていた。

「無事戻ってきたようだな」

キャロルが額に手をのせたまま、俺の目を覗き込んできた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 神去りし後

統一言語が解放されたからといって、何かが変わったという実感はなかった。世界は相変わらず多数の言語に溢れているし、第六感が発達したわけでもない。ましてや人類が念話に目覚めたわけでもなかった。

それでも人々の思いは晴れやかだった。心の奥底にある澱のようなものが消え去ったように見える。

向かってくる装者たちを適当に捌きながら、俺はそんなことを考えていた。

サンジェルマンたちの助力を得て、キャロルが手ずから仕上げを施したシンフォギアは、確かに性能が格段に上がっていた。

飛んでくるガトリング弾の射線上にマリアを蹴飛ばす。小さい悲鳴が聞こえてきた。

アダムは意外なほどおとなしくなっていた。飄々とした態度はいつも通りだが、覇気が薄れている。燃え尽き症候群かもしれない。

突進してくる奏をいなして、同じく別方向から突進してくる響ちゃんをこかして踏みつける。蛙が踏み潰されたような声が足の下から聞こえてくる。

日本と米国の共同で月遺跡を調査する計画が持ち上がっているらしい。サンジェルマンも一枚噛んでいるようだ。これまで裏社会との繋がりはあったが、表とのパイプは細いものだった。この機会に恩を売りつける腹積もりだろう。

セレナの操作する短剣をハッキングして、そこら中にビームをまき散らす。装者たちがタップダンスを踊るように慌てふためいている。

錬金術の学び舎計画は、やはり難航しているようだ。意識改革が難しいらしい。錬金術の必要性や存在意義を問うような壮大な議論に発展しているとか。

飛翔音をたてて接近する鋸刃をライナーで切歌の方へと打ち返す。負けじと切歌も打ち返そうとするが、それは叶わず後方へと吹っ飛ばされた。

切歌が目を回したところで訓練は終了となった。

 

 

 

「また勝ってしまった。敗北を知りたい」

「――クッ! その余裕が鼻につくッ!」

マリアが眉根をよせて憤慨した。冗談が通じないなぁ。

「まあ実際のところ、俺と君たちのギアにそこまでの性能差はないんだよ」

「紫音さんの言ってること、全然分かりませんッ!」

「今回ばかりはそのバカの言う通りだぜ。ここまでボコボコにされた後に言われてもな。説得力がねぇよ」

「そうデスッ! 敵に塩を塗るとはこのことデスよッ!」

「……切ちゃん。それを言うなら傷口に塩だよ」

調がツッコミながら嘆息する。

「要するに、『合気』と『踏み込み』ですか?」

「流石は翼さん。目の付け所が違うね」

小さい頃から武術の指南を受けているだけはある。

「あー、どういうことだ翼。あたしにも分かるように説明してくれ」

「うん。つまりね……」

翼さんは、そこで一度言葉を切った。俺を含めた全員の視線が自分に向いていることに気づいたのだろう。一瞬たじろいだものの、咳払いをひとつしてから続きを口にした。

「つまり、呼吸を合わせるということよ。普通は味方同士で使う言葉だけど、神宮寺さんは私たちの呼吸を読んで、そこからさらに踏み込んできた。それは常に後の先を取られている形になる……ということよ」

「な、なるほど……」

「おいバカ。おまえ、ちゃんと分かったのか?」

「酷いよクリスちゃん。あれでしょ、後出しジャンケンみたいなことでしょ」

かくん、とクリスちゃんの肩がこけた。

ニュアンス的には間違ってないのだが、言い方がな。

「間違ってはいない。いないのだが……」

翼さんが唸る。責任感の強い彼女のことだ、もっと上手く説明できなかったのかと自分を責めているのだろう。

感想戦もそこそこに、話題は次第に女子会のノリに転じてきた。世界的な難事が解決したせいか、彼女たちの心も軽いようだ。

サンジェルマンから連絡が入ったのは、そろそろ解散となった頃合いだった。

例の遺跡が見つかった、と。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 天鳥船

サンジェルマンからの報告通り、遺跡内部の造りはフロンティアに酷似していた。規模はフロンティアよりも小さそうだが、それでも星間航行船というだけあって、それなりに大きい。

フロンティアが複数あるのではないかという考えは当初からあった。あれはアヌンナキたちが用いるには大きすぎる。だとすればあれは人類のために用意されたものではないかと考えた。となれば、自分たち用のものがあると考えるのが普通だ。これがそうとは断言できないが、フロンティアが複数あるという考察は当たっていた。

『彼』から送られた知識や記憶には偏りがあり、必要だと思われることしか送られなかった。また『彼』が消失したことが影響しているのか、それらがゆっくりと忘却していくのを感じている。

フロンティアの構造を思い浮かべながら、遺跡の中を進む。懸念していたガーディアンの類はいなかった。絶対的な力をもつアヌンナキには不要だったのかしれない。ほどなくして、制御室に辿り着いた。ここもフロンティアのものと似通っている。

「これが神の船……興味深いワケダ」

無理矢理ついてきたプレラーティは喜色満面の様子だ。周辺の機器類を無警戒にペタペタと触り始めた。

それを横目で見ながら、亜空間部屋から取り出したネフィリムを制御盤の上に乗せる。

「それを媒体にするワケダ」

「ヤントラ・サルヴァスパは日本政府に抑えられているからな。使用許可をとるのは面倒だ。借りを作ることにもなるからな」

借用だけで済むとも思えない。場合によっては譲渡か買取になる可能性もある。聖遺物の値段などいくらになるか想像もつかない。

「力ずくで奪えばいいワケダ」

「そうしたら本格的に敵対することになるだろ」

S.O.N.G.は政府や鎌倉の要請は断れないだろう。弦十郎さんは抵抗するだろうが、面倒事になるのは目に見えている。

「どうせ二度と会わないワケダ」

そう言ってプレラーティはククッと笑う。俺がやるわけがないと分かった上でからかっているだけだろう。

「立つ鳥跡を濁さず、だよ」

ネフィリムからのエネルギーに刺激され、相互作用によって遺跡が息を吹き返した。プレラーティとともに各種異常がないかをチェックしていく。

「流石の一言だな。これだけの年月を経ても、異常らしき異常はほとんどないワケダ」

諸々の政治的な手続きや積み込む荷物などは、すでにサンジェルマンに託してある。今では頭が上がらない存在になったな。

「最終チェックまで任せてもいいか」

「任せるワケダ」

プレラーティは自信満々にそう言った。

 

 

 

遺跡の前には満載の荷物を積み込んだトラックが複数台停車していた。大きい荷物はキャロルが作ったゴーレムが運び、小さい荷物はオートスコアラーと響ちゃんが運んでいる。

「S.O.N.G.に要請した覚えはないが……」

「水臭いですよ、紫音さん。それにこれは個人的な協力です。こう見えてもわたし力持ちなんですよ」

おそらくはキャロルに引っ付いてきたであろう響ちゃんが胸を張って答える。そりゃあ、ギアを装着すれば大抵の荷物は持てるだろう。それにしても個人的な協力でギアを使用してもいいのだろうか。

「まさかテスト勉強が嫌で避難してきたわけじゃあ、ないよな?」

「――ッ!! そ、そんなわけないじゃないですか。いやだなぁ紫音さんってば。あ、あははは」

どうやら急所を突いたらしい。今頃未来ちゃんは頭をかかえているだろうな。

「そんなことより紫音さんっ! 宇宙船の名前を募集してるんですよね!」

「何か案があるのかい?」

誰から聞いたのか、響ちゃんは鼻息を荒くしてこちらに詰め寄ってきた。別に募集をかけていたわけではないのだが、案があると言うのなら一応聞いておこう。

「『ジャスティス』ってどうですか?」

なるほど、実に響ちゃんらしいネーミングだ。まあ、プレラーティが候補に挙げた舌を噛みそうな名前よりは、幾分かはマシかもしれない。

なにより、あんなキラキラした目で提案されては無下にすることもできない。

「いい名前だな。ではそれを採用させてもらおう」

改めて彼女の提案を反芻する。星間航行船『ジャスティス』。

少々大仰ではあるが、ま、悪くはない。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 玉響にしぐる

「最終チェックOK。いつでも飛び立てるワケダ」

「ああ、お疲れ様、プレラーティ」

荷物の搬入も問題なく終了した。後は本当に、飛び立つだけだ。

「パヴァリアのほうはどうなってる?」

「大きな問題はほとんど落ち着いたワケダ」

「後はこまごまとしたものだけというわけか」

「学び舎計画は、一時凍結となったワケダ」

「そりゃ残念だ」

とはいえ、それほど落胆はしていない。倫理ある錬金術師たちの中でも、意見は割れている。法で裁けぬ悪を裁くとか、弱者を影ながら支援するとか、そういった場合、錬金術は影の存在であった方がいいということだ。結局、錬金術師の問題は錬金術師が解決するしかないということだろう。

「乗員はどうなっているワケダ?」

「俺とキャロルと、オートスコアラーたち四人にホムンクルスたちが六人、それとセレナだな」

「セレナ……ああ、おまえの妹なワケダ」

そういえば、プレラーティやカリオストロは装者たちとほとんど接点がなかったな。

「随分と盛り上がっているようだな」

聞こえてきた声に振り返る。

「最終チェックが終わる頃だと思ってな。その上でオレ手ずからチェックしてやろう。ダブルチェックは基本だからな」

「まるで遠足前の子供のようなワケダ」

プレラーティが含み笑いをしながらつぶやいた。

「貴様こそ随分と饒舌じゃないか。まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようだ」

「――ッ!」

「――ッ!!」

相変わらず、仲が良いのか悪いのか。

「今日はレイアじゃないんだな。シャトーのほうはどうなった?」

「シャトーはどこにも属さない独立勢力として活動する予定ですわ。一応S.O.N.G.とは協力関係を結んでいるので、攻められるということはないでしょう。そんな愚か者はいないと思いますが、予備躯体とはいえ、もうひとりの私たちもいますからね」

そう言ってファラは優雅にほほ笑んだ。

「そういえば、予備躯体の動力源はどうなってるんだ? まさかとは思うが……」

「案ずるには及びません。思い出式から反物質電池に換装してあります。多少出力は落ちますが、稼働時間は延びています。いざという時のために外部バッテリーも用意してありますから、後顧の憂いはありませんわ」

どうやら俺程度が考えることは、既に対策済みのようだ。

微苦笑を浮かべ、未だにプレラーティと口論を続けている少女へと目をやった。

 

 

 

女三人寄れば姦しいというが、十人以上もいればそれは賑やかなものだった。テーブルの上には溢れんばかりの菓子や料理が並んでいた。いつもは厳しい顔をしている弦十郎さんも、今日ばかりはにこやかだ。

日頃仕事に忙殺されているサンジェルマンもなんとか時間を作ってくれたようだ。

カラオケマシンも用意されていて、今は調と切歌が不死鳥のフランメを歌っている。

「ボス、一緒に行けなくて悪い。最後まで迷ったんだが……」

奏が申し訳なさそうに声をかけてくる。

「気にするな。俺のわがままに付き合う必要はない。それに焼き鳥の串を持ったまま言ってもしまらないぞ」

「こういうほうが、あたしらしいだろ?」

そう言って奏は笑う。つられて俺も笑った。

「あっちにも挨拶しておいたほうがいいんじゃねえか?」

奏の視線の先にはマリアの姿があった。

「……そうだな」

そう言って奏に背を向ける。マリアの顔は薄紅色に染まっていた。少し飲んでいるようだ。

「マリア、少しいいか?」

「……ええ、どうぞ」

「俺が言うべきことではないのかもしれないが、セレナのことは――」

すまない、と言いかけて、これは違うのではないかと思い至った。ここで口にすべきことは謝罪ではない。

「任せてくれ」

一瞬、面食らったようにマリアの目が見開いた。その後、ぼんやりと床の一点を見つめたまま、つぶやく。

「……別に、恨んでいるわけではないのよ。セレナももう、子供ではないのだし」

マリアは手にしたワインを一口嚥下すると、昔を思い出すように言葉を続けた。

「あの事故の後、セレナの遺体は見つからなかった。絶唱を使った上、瓦礫の下敷きになっていたのだから、酷い状態になっていることは予想できた。だからマムは私にそう言ったのだと思っていたの。でもセレナはしっかりと生きていて、再会できたときは本当に嬉しかった。貴方には感謝しているわ。本当に、感謝してもしきれないくらいに」

マリアの瞳は潤んでいた。本当にセレナのことを大切に思っているのだろう。

「要するに、未練なのよ。でも、私はセレナの足かせにはなりたくない」

再度ワインをあおり、マリアは涙を拭ってこちらに視線を向けてきた。

「心配しないで。当日は笑顔で見送るわ。セレナには笑顔の私を覚えていてほしいから」

カラオケマシンから逆光のフリューゲルが流れ始めた。次に歌うのは、響ちゃんと未来ちゃんのようだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 未来へのプレリュード

「久しいな、人間もどき」

常闇から漏れ出てきたのは、聞き覚えのある声だった。顔を上げ、声の主を確認する。そこには二度と見ることはないと思っていた女神の姿があった。

「驚愕には値せぬ。精神の世界とは隔離された世界であり、ひとつの結界でもある。消滅したところで行き場などどこにもあるまい。もっとも、貴様があのまま絶命していれば、諸共に消滅していたであろうがな」

「普通に死んだと思っていたが……」

つくづく神様ってのは、常識では測れない存在だな。

「力の大半を失ったのは事実であり、遺憾ではある。対話する意識を確立させるまで、それなりの時を有した。本来ならば、貴様の内から人類の行く末を見届ける予定であったが、まさかこの星から旅立つとは、さすがに思量の埒外であったぞ」

彼女の言葉を反芻して、本当なら出てくる予定はなかったのだなと思い至る。そしてこの女神が、ただ雑談をするためだけに夢にまで出てきたとは思えなかった。

「ひとつの提案がある」

ここで願いとか頼みとか言わないあたりが、彼女らしいと思った。

 

 

 

女神との逢瀬は、さして楽しいものでもなかったが、彼女が世界に影響を与えることはないと悟るには十分だった。

冷や水を浴びせられたように眠気は霧散していた。しかたなく、夜風を求めて外に出る。幸いにして寒気は感じなかった。

この世界に来て、色々なことがあった。わけもわからず放り出されて、楽観して生きれば良いものを、性分なのだろう、殊更にうがった見方をしてしまった。ようやく落ち着いたと思ったところに、使命とやらを叩きこまれた。不思議と反抗する気持ちはなかった。もしかしたら、あれは洗脳だったのだろうかと邪推してしまう。

いずれにせよ、神という信仰の対象と言葉を交わし、戟を交わすとは、さすがに予想だにしていなかった。

星が落ちてきそうな空を見上げ、吐息を漏らす。

どのくらいそうしていたのか、気づけば東の空は白んでいた。

そこに、足音が聞こえてくる。最初は獣かと思ったが、そんな気配ではない。ゆっくりと視線を移す。視界に飛び込んできたのは、見知った顔と見知らぬ顔だった。

「見送りというわけでは、なさそうだな」

「退屈なだけだからね。この星に残っていても。ならば行くさ。面白いほうへね」

最古の人形はあっさりとそう言い放った。

「あれから全く姿を見せないから、サンジェルマンたちも心配してたぞ」

「心配? ありえないね。そんな間柄じゃないんだ、僕たちは。しているとすれば、それは心配じゃなくて憤懣だろう」

意外と自分がどう思われてるかは理解してるんだな。

「アダムを邪険にするなんて、やっぱりあいつらは三級だねっ!」

アダムの腕に絡みついていた少女ががなり立てる。何気に初めて見る顔だな。

「彼女はティキ。僕が作った自動人形さ。惑星の運行や天体図といった、いわば宇宙のスペシャリストだよ。わざわざ連れてきたんだ、役に立つだろうと思ってね」

ティキが腰に両手をあて、どうだとばかりに胸を張っている。

「俺は神宮寺紫音。一応この船の船長だ。よろしくな」

「アダムのお願いだからね。仲良くしてあげるわ。ヨロシクね、シオン」

ティキは笑いながら、俺の右手を握った。

「そろそろ案内してもらおうか、僕の部屋に」

「違うよアダム。あたしたちの部屋、だよ」

「フッ、そうだったね」

気ままな性格は相変わらずのようだ。仕方なくやや広めの部屋へと案内する。広さは十分のはずだが、家具らしい家具はほとんどない。

「追加の家具を運び込むくらいの時間はあるが……」

「君だけの特権ではないのさ、空間操作は」

そう言ってアダムが指を鳴らす。床一面に錬成陣が浮かび上がると、最初にあった家具が消え去り、豪奢なテーブルや鏡面台、ソファーやベッドが出現した。ティキが歓声を上げてキングサイズのベッドへとダイブする。

こういうところは如才ないな。いや、自分本位なだけか。ともあれ手間は省けた。

ちなみに、俺は指パッチンで狙った場所に狙った物を出すなんて器用なことはできない。

朝日が昇る。

旅立ちの時は近い。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 それは流れる星のような

宇宙に対する憧れが最初からあったわけではない。あの時分、身体の不自由さを嘆き、本を開くことにすら苦痛と疲労を覚えるようになってから、出来ることといえば夜空を眺めることくらいだった。

春の時節に大三角や大曲線を探した。西に輝くオリオン座に去り行く冬を想い、東のさそり座に夏を懸想した。結局、その希う思いが届くことはなかったが。

世界が変わっても星の瞬きは華麗で、環を持つ月影を初めて見たときは、不謹慎ではあるが見惚れるほどに美しいと思った。

この世界は宇宙が近い。なにせ神様が宇宙からやってきたんだ。宇宙人の実在が証明されている。

風が吹いたと感じたのは、錯覚だったのだろう。船内は変わらず心地良さを保っている。

今までかかえていた疑問は全て氷解した。この身体が使命のもとに創造されたことも、魂を釣り上げられたことも、今となっては許容の範囲内だ。

神という威光が消え去り、ノイズという災害が消え去り、錬金術師という人災も消え去りつつある。

そのためか、S.O.N.G.は力を持ち過ぎるということで、各国からしばしば嫌味を言われているらしい。

S.O.N.G.という国連直轄下の組織でさえ、時として非難される。一個人が強大すぎる力を持つことは、間違いなく軋轢を生む。それは潜在的な脅威であり、時間とともに潜在的な恐怖となる。制御下に置けない大きな力、それを排除しようと考える輩が出てきても不思議ではない。人類はまだ、そこまで悟りきれてはいないだろう。

俺は神にも悪魔にもなるつもりはない。

外部モニターに映る青雲を眺めて思慮にふける。

後ろから小さな足音が近づいてきた。

「……疲れたか?」

「それは、こっちの台詞だな。随分と無理をさせた」

気を遣われるということには、もはや馴染みを覚えていた。愛嬌のある笑顔に安堵してしまう。

「何ほどのことはない。この船も興味深かったからな」

「随分と丸くなった」

「あの頃は余裕がなかったからな。お人好しどもにあてられたということもあるが」

キャロルは小さく笑って肩をすくめた。装者たちからは随分と良くされたらしい。特に響ちゃんは鬱陶しいくらいだったとか。それが安易に想像できてしまい、苦笑する。

「今さらだが、本当に良かったのか?」

「本当に今さらだな。まあ、問題はない。シャトーの全権はエルフナインに委譲したし、予備躯体のレイアたちもつけてある。補佐としてホムンクルスの半分を残しておいたし、なにより借りを作ったまま逃げられるというのは座りが悪い」

その気遣いがありがたくもあり、若干の申し訳なさもある。

「それに錬金術と宇宙は無関係というわけではない。マクロコスモスとミクロコスモス、ふたつのコスモスの照応は古来よりある思想であり、ヘルメス文書にも記された……」

ああ、ダメだ。変なスイッチが入ってしまった。こうなってしまっては無理に制止すれば、最悪の場合癇癪を起こす。

陰鬱な気持ちを面に出さないように斟酌しながら、キャロルの言葉に耳を傾ける。

「……つまり外宇宙探査は錬金術における完全なる完全、真理たる真理に到達するための新たな一歩となりうるわけだ」

「なるほど」

当たり前のように言ってくる彼女の言葉の、半分どころか八割以上理解できなかったが、とりあえず相槌を打っておく。

「――どうやら、レイアたちが着いたようだぞ」

モニターからテレポート・ジェムの光が漏れる。オートスコアラーとホムンクルス、それにセレナを加えた総勢十一人が乗船してきた。

「マスター、お待たせ致しました。全ての作業工程が完了致しました」

「ごくろう、レイア。では、出立の時だ」

キャロルはメンバーを見渡した後、こちらへと視線を向けた。

直接の見送りはない。既に言葉は語り尽くした。今頃は、潜水艦から見送っていることだろう。

 

『……さよならって、ちょっと照れくさいですよね。だから、またいつか!』

 

ふと、ある少女の言葉が脳裏をかすめた。離別の言葉ではなく、再会の約束。

「八千八声、啼いて血を吐く、不如帰。人類は神の手を離れ、独立独歩の道を選んだ。俺たちもまた、誰も見たことのない外宇宙へと飛び立つ」

誰に言うでもなく、自然と言葉が漏れた。

制御盤に触れる。俺の意思を汲み取るように、制御盤が光を放った。

打ち上げの時間はそう長いものではなかったが、快適ではあった。完璧に重力制御された船内は加重を感じることもなく、宇宙に飛び出した今でも適正重力を保っている。

「感激に浸る時間もなかったですね」

セレナがモニターに映る蒼い星を眺めながらつぶやいた。快適すぎるのも問題のようだ。宇宙に飛び出したという実感がない。

「星の海を行く。ロマンティックだ、実にね」

「うっちゅうー、うっちゅうー」

僅かな揺れで出発を感じ取ったのだろう。上機嫌な様子のふたりが姿を現した。キャロルの目が一瞬見開き、すぐに不機嫌なものへと変わる。

「何故、貴様がいる!?」

「久しぶりだね、キャロル。久しぶりだ、本当にね」

「――チッ!」

「では、そろそろ聞かせてほしいな、目的地を。悪くないけどね、当てのない気ままな旅というのも」

アダムが俺のほうへと向き直り、尋ねてくる。それは皆の意見の代弁だったのだろう。この場にあるすべての目がこちらへと向いた。

その視線に応えて、俺は皆に目的地を告げた。あの女神が厳かに紡いだ言葉を、その座標を。それは思いのほかよく響いた。

最初の反応は哄笑に近い笑い声だった。

「フフ……フハハハッ、面白い。実に面白いよ、君は。いつも越えてくるね、僕の予想を」

「アダムったらご機嫌ねっ!」

「しかし、あるのか?」

キャロルが怪訝顔で聞いてくる。既に蒼き故郷は彼方へと過ぎ去っていた。

「あるかもしれないし、何もないかもしれない。それは行ってみないと分からない。そして、行けば分かる」

「――フッ、なるほど。真理だな」

それはあてこすりなどではなく、彼女本来の笑顔だと感じた。

目的地は決まった。だが、急ぐ旅でもない。

最短でなくてもいい。

真っ直ぐでなくてもいい。

一直線でなくてもいい。

旅は楽しむものだ。その座標に、何もないのならそれでもいい。

どこでも行ける。どこまでも行ける。ならば、一番遠くを目指すのも悪くない。

叶うならば、銀河の果てまで。

 

 

 

 

 




というわけで、『俺たちの冒険はこれからだッ!』エンドで終了です。
このような拙作に最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
皆さまの暇が多少でも潰れたのなら幸いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンフォギア交響曲:野球変

番外編。
かなりメチャクチャでかなりテキトーです。



「野球をやろう」

会議も終わり、解散となった頃合いに待ったを掛けた議長は声高にそう言った。それを聞いた皆は一様にこう思っただろう。

 

(なに言ってんだこいつ)

 

だが議長でもあり、この組織の長でもある彼に対して真っ向から異議を唱える勇者はいなかった。

「なに素っ頓狂なこと言ってんだよ、おっさん。またぞろ変な映画でも見たのか?」

訂正しよう。勇者はいた。銀髪の女勇者は目を細くして、仁王立ちしている赤シャツの魔王に正面切って問責した。

しかして魔王は一切動じることなく、テーブルの下から一枚のDVDを見せつけるように取り出した。DVDである。それだけで古い作品だということが推察できる。

そこから始まる鑑賞会は予定調和と言えるだろう。有無を言わさぬ強引さで、室内の照明が落とされた。

映画の内容は、一言でいえばまさしくB級映画と呼べる物語だった。

宇宙から来た人型の侵略者たちが野球で勝負しろと言い放つ。我らが勝てば地球を爆破する。負ければおとなしく帰ると。

この時点で白衣の生化学者がトイレに行くと中座した。おそらく二時間くらいは帰ってこないだろう。

勝負は三試合。一勝でも出来ればそちらの勝ちでいいという、いわゆる舐めプだ。

一試合目はメジャーリーガーたちを集めたオールスター。早々に試合を決めるつもりだったが、結果は惨敗。一回の裏で10点を取られた時点で敗北を認めた。

何故なら侵略者たちは、見た目こそ人間と酷似していたが身体能力は全く別物だったからだ。投げる球はスピードガンでは計測できず、打球は場外ホームランどころか彼方へと消えていった。

ここで人類側は方針を転換。ヒーローたちに未来を託した。彼らは侵略者が襲来したときに集結していたのだが、野球で勝負となったので静観していたのだ。だが、事ここに至ってはそんな場合ではなくなった。

そうして始まった二試合目。結果は惜敗。

力量自体は拮抗していたのだが、戦略が勝負を決めた。つまりは監督の存在。ヒーロー側には監督がいなかった。もとより個人で圧倒的な力を持つヒーローたちは、組んで戦うという経験が圧倒的に不足していた。そもそもヒーローとしての力を使って野球をプレイすることも初めてだったのだ。

そうして始まる三戦目。人類側は野球IQ320と言われる伝説の超監督を起用した。超監督のもとで一致団結したヒーローと侵略者たちの戦い。それは熾烈を極めた。

熱戦、烈戦、超激戦。野球を超えた野球、いわば超次元野球。人類は辛くも勝利した。勝敗が決した後はお互いに健闘をたたえ合い、夕日をバックにエースのふたりが友情の握手を交わす。そして流れるエンドロール。ザ・エンドってね。

室内に明るさが戻る。まず目に入った少女の反応に、俺は困惑した。

「うう~、スポーツを通じて友情が生まれる。さすがです師匠~。こんな素晴らしい映画があったなんてぇ~」

泣いていた。淡い栗色の髪の少女が、拳を震わせ瞳に涙を溜めて賞賛の言葉を吐いていた。

「友情、努力、そして勝利。基本であり、王道だな。皆で団結し、強大な敵へと立ち向かう。あの英雄たちはまさしく防人だった」

青き長髪を華麗に揺らしながら、納得するように唸る。友情と勝利は分かるが、努力のシーンなんてあったかな? ヒーローたちが超監督の指示のもと練習するところくらいしかなかったような気がするのだが。

「前半は結構地味だったけど、後半は盛り上がったね」

「わたしは黒マスクのヒーローがかっこよかったと思うデスッ! 超新星デストロイスマッシュインパクトが決まったときは鳥肌たったデスよッ!」

あー、あの満塁ホームランね。CGはかなり気合はいってたな。名前の通り超新星爆発がモチーフなんだろう。

「コミックヒーローも侮れないわね。取り入れるべきところはあるかしら……」

桃色髪の歌姫が間違った考察をしていた。それを同じく桃色髪の妹が暖かい目で見守っている。あんなもんはノリと勢いなんだから学ぶべきところはないだろ。

「バッティングってのは、手首の返しが重要だって言ってたな」

銀髪の女勇者は既に素振りを始めていた。確かに超監督がそんなことを言っていたが、真偽のほどは怪しいものだ。なんたってB級映画だし。

「いえ、ちょっと待ってください。むしろ手首は使わないほうがいいと思います。そうしたほうが慣性の力でヘッドが返るので……」

おっと幼女まで参戦してきたぞ。君まで染まってしまうと歯止め役が……ってもうひとりの幼女は……なにしてんだ? なにか書いているようだが。

……こいつッ! 既にオーダー表を書き始めてやがる。隣でいびきをかいている赤髪の女を気にする風でもなく、その目はとても真剣だった。

 

 

超監督 キャロル・マールス・ディーンハイム

 

1番 ⑧  ガリィ・トゥーマーン

2番 ⑥  レイア・ダラーヒム

3番 ③  ファラ・スユーフ

4番 ①  神宮寺紫音

5番 ②  ミカ・ジャウカーン

6番

 

 

ペンはそこで止まっていた。しかしポジションを番号で書くとは。知っていたのか、それとも映画で覚えたのか。おそらく対戦相手は装者を想定してるんだろうな。つか自分は監督なのか。途中で「代打、オレッ!」とか言いそうだな。

あと、俺を勝手にチーム入りさせるな。せめて許可を取れ。

この喧噪の中で、唯ひとり優雅にたたずむ紫紺色の髪の女性は、少女たちを慈しむように柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、やってきましたチフォージュ・シャトー(の一部を改装した野球場)。

舞台が亜空間ということで、お察しの通りシンフォギア、聖遺物、錬金術、その他異端技術アリアリの超次元野球の開幕です。

まずはオーダー表の交換から。

 

 

監督 風鳴弦十郎   マネージャー エルフナイン、小日向未来

 

1番 中堅手 雪音クリス

2番 投手  立花響

3番 一塁手 風鳴翼

4番 捕手  風鳴弦十郎

5番 遊撃手 マリア・カデンツァヴナ・イヴ

6番 三塁手 天羽奏

7番 二塁手 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ

8番 左翼手 暁切歌

9番 右翼手 月読調

 

 

――達筆ッ! しかも筆書きッ! 部屋は汚い(らしい)のに、絵心もない(らしい)のに、何故に字は綺麗なのか。

「神宮寺さん、何か不埒な事を考えませんでしたか?」

「いやいや、達筆な文字に感心していただけですよ」

平静を装い返答する。選手にひとり装者じゃない人がいるようだが、気にしてはいけない。

続いてキャロルからオーダー表を受け取る。

 

 

超監督 キャロル・マールス・ディーンハイム

 

1番 2B ガリィ・トゥーマーン

2番 SS レイア・ダラーヒム

3番 CF ファラ・スユーフ

4番 P  キャロル・マールス・ディーンハイム

5番 C  ミカ・ジャウカーン

6番 3B サンジェルマン

7番 LF カリオストロ

8番 RF プレラーティ

9番 1B レイア(妹)

 

 

守備番号は一見して分かり難いので遠慮してもらった。レイアの妹は本来ならかなりの巨体らしいのだが、武装解除の折に小型ボディに換装したらしい。今ではガリィと同じくらいの背丈しかない。

しかしサンジェルマンたちが付き合ってくれるとはな。誘いをかけた俺が言うのもなんだが、よく了承してくれたものだ。

オーダー表を確認し、交換は終了した。コイン投げの結果、先攻はシンフォギアチームとなった。

 

「プレイボーーールッ!」

 

主審の俺は高らかに試合開始を宣言した。塁審は緒川君だ。友里さんと藤尭くんは置いてきた。修業はしたが、はっきり言ってこの戦いにはついてこれそうもない。

鼻息荒く登場したクリスちゃんが意気揚々とバッターボックスに入る。

マウンドに立つアダルトボディのキャロルの腕が振り下ろされた一瞬後、まさしく刹那にも満たない時間で、白球はミットへとその身を移していた。

「……は? いや、ちょ、おま、まてまてッ! なんだよこれッ!」

クリスちゃんが抗議? の声を口にする。それは例えるなら、バナナで武装した敵に襲われた場合の護身術を教えてやると言われたときのような間抜け面だった。

「不正はなかった。ただのストレートボールだ。というわけでストライクッ!」

まずは様子見ってところかな。何しろ、まだ音速にも届いていない。

「ストライク!」

「ストライク! バッターアウトッ!」

なすすべもなく三球三振。クリスちゃんは肩を落としてベンチへと戻っていった。

「お願いしますッ!」

響ちゃんが一礼してバッターボックスに入る。一球目は、ファール。

「ほぅ。当ててきたか」

キャロルが感心したように呟く。心なしか嬉しそうだ。続く二球目。ボールがミットに収まってから、捕球音と衝撃波が耳朶を打った。音速を超えたか。

結局は二者連続三振。響ちゃんは悔しそうにベンチへと帰っていった。

「お願いします」

響ちゃんと同じように一礼して、翼さんがバッターボックスに入る。そしてすぐさまマウンドの方へと向き直ると、腰を落とし、大刀を水平に構えた。

キャロルは緊張した面持ちで、第一球を投じた。

「――見えたッ! 蒼ノ一閃ッ!」

抜き放たれた一刀は白球の半ばまで斬り進み、そこで刃が返される。天高く舞い上がったボールは分断されて場外へと消えていった。

「ホームラン! ツーホームランッ!」

俺の声に応えて、スコアボードに『2』という数字が燦然と輝いた。

「ちょっとまてッ! ボールが破損した場合はノープレイではないのか!? オレの読んだルールブックにはそう書いてあったぞッ!」

「いや、それを言うなら刀持ってバッターボックスに入った時点で反則だろ。キャロル、これは野球であって野球ではない。細かい物言いは却下だ」

にべもなく言い放つ。だがキャロルが腹を立てた様子はなかった。これは、言質を取られたか?

「そうだな。これはアリアリルールだったな。失念していた」

キャロルはおとなしくマウンドへと戻っていった。その口元は薄く笑っている。

ついに四番。人類最強の男がバッターボックスに入った。

音速を超えた剛速球は、その揺らめきすら捉えることはできない。だが聞こえてきたのは捕球音ではなく、豪快な打撃音だった。

「――甘いッ!」

「――甘いのは貴様だッ! 風鳴弦十郎ォォッ!」

真芯で捉えた打球は一直線にレフト方向へと飛んで行った。それを遮ったのはキャロルが手にしたグラブだ。その反応速度は驚嘆に値するものだった。投球直後、既にキャロルは跳んでいた。

「スリーアウト! チェンジッ!」

 

 

 

 

 

攻守交替。

バッターボックスにはメイド服のような青い衣を身に纏った少女が、漆黒のバットを握って立っている。実にシュールな絵面である。

「ガリィ、いっきまーす」

「――全力で来いッ! 響くんッ!」

「はいッ! いくよ、ガリィちゃんッ!」

響ちゃんのしなやかな足が天へと伸びる。その投球動作から投げ出されたボールは十分なエネルギーと運動の方向性を生み出した。

対してガリィはいささかの動揺も見せずにバットを振った。バットがボールに触れた瞬間、急激に周辺の温度が引き下げられる。氷結によって一体化したバットとボールがサードを強襲する。

「――クッ、なめンなぁッ!」

サードの奏はグラブを投げ捨て、槍を振るった。それは狙った通りにバットとボールの接着面を切断する。返す刀で、いや返す槍で一閃。打ち出されたボールは一直線にファーストへと向かっていく。

「これは……間に合うかッ!?」

足場を凍らせて滑走してくるガリィを斜めに見ながら、翼さんが呻く。

ギリギリのタイミングだ。塁審の緒川君は目を見開いて、その一瞬を見逃すまいとしている。

「――南無三ッ!」

翼さんは全力で開脚すると、目一杯に左腕を突き出した。捕球を確認すると、翼さんが塁審へと視線を向ける。

「アウトですッ!」

緒川君が拳を振るってそう宣言した。

続いて二人目、レイアがバッターボックスに入る。

「来い、派手に打ち返してやろう」

挑発にのることなく、響ちゃんは振りかぶった。と同時に、レイアの左手が鈍く光る。投球と同時に射出されたコインが軌道上でぶつかり合う。速度を落としたボールはふわりと軌道を変えた。そこにレイアの振るうバットが急襲する。

打球は響ちゃんの頭上を越え、センター方向へと舞い上がった。そこへ狙いすましたように二種類の短剣が、左右より突き刺さる。運動エネルギーをゼロにされたボールはそのまま落下を始めた。ほどなくしてボールはセレナのグラブへと収まる。これでツーアウト。

三人目の打者、ファラが優雅に一礼してバットを構える。

「さあ、お相手いたしますわ」

風が、吹いた。逆風によって球威の落ちたボールはもはや的でしかなく、打ち出されたボールは、上昇気流に捕らわれたように高々と天へと昇っていき、ボールはそれきり落ちてはこなかった。なので、俺はこう宣言するよりほかなかった。

「ホームランッ!」

これで一点差。そしてついに真打登場。

四番ピッチャー、キャロル・マールス・ディーンハイムが、碧眼を輝かせながら打席に立つ。

「何するものぞッ! シンフォギアアアアァァーーッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場内は異様ともいえる空気が流れていた。緊張とともに高まったフォニックゲインが響ちゃんに翼を授ける。得も言われぬオーラというべきものが、響ちゃんに更なる力を与えていた。

キャロルはダウルダブラのファウストローブを身に纏い、王者のような風格を漂わせながら、来るべき瞬間に向けて気を整えている。

「いくよッ! キャロルちゃんッ!」

「――来いッ! 立花響ッ!」

ふたりの視線が稲妻を帯びたように交錯する。響ちゃんは翼をはためかせて、大きく振りかぶった。全力を傾けた一球は一筋の光明を放つ。

衝撃は重さとなって表れた。捕球した弦十郎さんの身体は数メートル後退し、俺は彼の両肩を押さえて助勢した。

「ストライク!」

キャロルは無言で構えなおすと、再びマウンドへと視線を戻した。

再度、光の翼が翻る。放たれた一条の光。それがミットに収まることはなかった。

皆がそれに注視していた。ホームベースの真上、丁度打ちごろの位置に停止している白球に。

ダウルダブラのファウストローブより紡ぎ出た光子の糸が、ボールを空中に縫いとめていたのだ。キャロルは口角を上げてバットを振るった。

「ヘルメス・トリスメギストスッ!」

四属性の錬金術が火花を散らす。過剰のエネルギーを内包しきれずにボールは無残に爆発四散。塵となって彼方へと消え去った。

「――ククッ、見たか? 見えたか? シオンよ」

「ああ、無数に散った欠片の内、スタンドインしたのは184個だ。つまり、184点ホームランだ」

その言葉は死の宣告だったのか。マウンドの響ちゃんはくずおれるように膝をついた。

「――諦めるなッ!」

そこに、叱咤の声が届く。

「たとえ万策尽きたとしても、一万と一つ目の手立てが、きっとあるッ!」

「……マリアさん」

「そうだ、立花。膝を折るにはまだ早い」

声が届く。皆の声が。その激励を力に変えて、響ちゃんは立ち上がった。

「キャロルちゃん、わたし諦めないよ。だってわたしは、諦めの悪い女だから」

「――フッ、いいだろう。ならば完膚なきまでに叩き潰してやろう」

覚醒した響ちゃんの腕より放たれたボールは光弾と化し、速さだけではなく、その重さからも打つことは至難だった。ましてや初打席のミカは当然のように三振の憂き目に遭った。

「弦十郎さん、手を見せてください」

「ムッ、この程度、何ほどのこともない」

「ケガ人が出た場合、その都度治療することは最初に決めてあったでしょう」

「……まさか俺が最初の一人になるとはな」

グラブを外した左手は真っ赤に腫れ上がり、血に塗れていた。見るからに痛々しい惨状を呈している。

俺が手を翳すと、一瞬にして元の逞しい掌が現れた。

「……凄まじいな。まるで違和感がない」

拳の開閉を繰り返し、感嘆の声を漏らす。おそらくは、回が終わるごとにやることになるだろうな。

点差は183点。生半な攻勢では覆せないだろう。だが方法はある。キャロルがやったように、細切れにしてスタンドに放り込むことだ。

しかしながら、言うは易く行うは難し。ファラの操る豪風が、欠片を阻んで通さない。

波乱は起きず回は進み、ついに最終回、九回表。

ファラは錬金術を使いすぎたのだろう。既にエネルギーは底をつきかけていた。疲労面を公正に保つため、試合中の思い出補給は禁止だ。キャロルにしても、試合前に補給して使用できるエネルギーには制限を設けてある。際限なく使用しては、最悪廃人になってしまうからな。

二死、走者なし、カウントはツースリー。点差は162点。

「次の一球で、全てが終わる。終わらせる」

キャロルは息を荒げてそう言った。消費できるエネルギーを上回った場合、即座に失格とする。そういう取り決めになっている。キャロルは最後の一球と宣言した。つまりは、そういうことだ。

 

キャロルが唄う。その唇を震わせて、その心を震わせて。まろびいずる歌声は掛け値なしに麗しく、染み入るように心を打った。

70億の絶唱を凌駕するフォニックゲインが、渦紋を描いて昇華する。

 

響ちゃんが唄う。その唇を震わせて、その魂を震わせて。まろびいずる歌声は掛け値なしに美しく、染み入るように魂へ届いた。

70億の絶唱を凌駕するフォニックゲインと、同調しながら昇華する。

 

キャロルの手より放たれた白球は、碧の獅子となって牙を剥いた。それはひどく緩慢な動作だった。スピードを犠牲にした投球。技を砕く、圧倒的なパワー。その力の放射に亜空間でさえもが軋み始めた。

「わたしは歌で、ぶん殴るッ!!」

それに臆することなく、巨大な拳のアームドギアが唸りを上げた。ふたつのエネルギーがぶつかり合い、その動きを止める。キャロルはマウンドで膝をつき、訪れる結果を待つだけの状態だ。

押されているのは、響ちゃんだった。じりじりと後退を余儀なくされ、額に汗が浮いている。

「がんばれッ! がんばってッ! 響ぃぃぃッ!!」

輝く未来を予感させるようなその声援は、轟音の中でもよく響いた。

 

 

『……撃……槍……ガングニールだぁぁぁぁッッ!!』

 

 

光が生まれた。

目を焼くような閃光。

閃耀は一瞬だった。一瞬で弾けて、一瞬ですべてが終わった。

「……どうなったのだ? シオン」

なんとなくは察しているのだろう。キャロルが沈んでいた声で尋ねてくる。

「すべてを確認できたわけではないが、少なくとも300以上の欠片が場外に消えていったよ。どうする、続けるか?」

「……いや、これ以上恥を上塗るつもりはない。認めよう、オレの負けだ」

気づけば、キャロルは小さな体躯に戻っていた。そんなキャロルに響ちゃんが右手を差し出す。キャロルは小さく笑ってその手を取った。

最初の拍手は誰のものだったか定かではない。それは次々と伝播し、拍手は喝采となった。

響ちゃんが笑い、キャロルが笑い、俺も笑い、皆も笑った。

球技を通じて生まれる友情、強まる絆、そういったものは確かにあった。

幻想でもなく夢想でもなく。

「こういうのも、悪くはない……か」

その呟きは亜空間の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか綺麗にまとまってるみたいだけどよ。あたしが想像してた野球ってのは、こんなんじゃねぇ!」

「言うな雪音。それはきっと、言わぬが花というやつだ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。