Fate/kaleid liner advanced プリズマ☆サクラ (風早 海月)
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改訂版・無印
間桐桜


衛宮士郎。半人前の魔術師―魔術使いだが、彼には一つだけ秘密があった。

『固有結界』とそこから溢れ出る『投影』。それらは魔術協会に知られれば、封印指定に指定されるのは間違いない。

 

間桐の家の束縛から逃れ、稀有な魔術属性を持っている桜もまた、ホルマリン漬けにされかねない立場である。間桐の束縛から逃れたということはイコール庇護下からも離れたのだから。

 

だが、間桐・衛宮の各家の遺産によって2人の生活は今のところは順風である。間桐は特に数々の霊地の持ち主である上に間桐臓硯は堅実な資産運用をしていたため、桜曰く「アインツベルン城がいくつも建てられる」らしい。

逆を返せば、間桐の研究結果(衛宮はたかが知れてる)を求めてくる輩もいるかもしれない。

更に、桜は間桐の蟲と小聖杯としての後遺症が体調を不安定にさせていた。

 

 

そういうこともあり、士郎は凛の『遠坂の宿題』に乗っかってゼルリッチの下へ赴くことにした。

だが、弟子入りして数年。案の定、士郎は凛に遅れをとっていた。宝石剣は遠坂家のアゾット剣や儀式用のアゾット剣などと同じく本質は『剣』ではなく『杖』であるため、第二魔法には近づけていなかったのだ。

 

だが、士郎の適性を見抜いたゼルリッチが作った『穿刀(うがちがたな)』という時間と空間を斬るための剣を手本に第二魔法に近づき、とうとう自力で『宝石剣・突』を作り上げたのだ。

 

そんな時、安寧の時間は過ぎ去る。

 

『封印指定』

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

ゼルリッチや凛が口を割ることは無いはずだし、どこからバレたかなんて気にしている暇などなかった。

 

「世界を穿て…穿孔開始(トレース・オン)!」

 

迫り来る封印指定執行者を退けつつ、逃避行と洒落こんでいた。

 

『元』が時間と空間を斬るための刀であるため、同じ世界の中ならば簡単に空間に裂け目を作って移動出来た。ちなみに穿刀とは異なり、刀状ではなく短剣状なのは持ち運びを考えてだ。

 

 

 

 

そして、数年。世界中を回るうちにとうとう執行者も諦めた様に襲撃が減ってきた時だった。

 

「久しぶりね、衛宮君」

 

遠坂凛が目の前に来たのは。比喩でもなんでもない。『宝石剣』を中心に研究していた凛は空間の転移が苦手だったはずだった。

 

「遠坂…」

 

だが、士郎はそこまで驚いていなかった。なぜなら固有結界に関係せずに自分に出来て、凛が『王道で』出来ないわけが無いと思っていたからだ。

 

「いきなりで悪いけど、直ぐに帰ってきなさい」

 

その後に続いた言葉に、士郎は頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

「桜が危篤なの」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

遠坂の話もそのままに、宝石剣・突で空間を斬り開いて遠坂邸に行く。桜は衛宮邸よりも堅い護りだから、遠坂邸に住んでいるのだ。

 

遠坂邸の結界は士郎が入れるようになっているため直接玄関へ出た。1秒でも早く桜の下へ行くために。

 

桜は部屋にいた。呼吸も浅く、遠坂邸の霊脈から引いている魔力で動く生命維持魔術でなんとか生きている状態であった。

 

追いついた凛が士郎に説明する。

 

「どうやら、イリヤスフィールと同じみたいね。聖杯戦争に向けて身体を弄り回されてたみたいなのは知ってると思うけど、小聖杯の重みは人としての寿命を一気に削ったみたいなの。かなり大きい魂を取り込んでたみたいで、こんなに早く…」

「どうにかならないのか!?」

「出来るならもうやってるわよ!」

 

必死に凛に聞くが、凛もまた無力感に苛まれていた。

 

「…まだ分からないだろ…なにか…アインツベルンは…?」

「………あそこはもう…なにも」

 

アインツベルンは『最高傑作』たるイリヤとバーサーカーの組み合わせで勝ち抜けなかったことから、本家の方はアハト翁の本体たる管制機構はほぼ停止しておりホムンクルスの寿命を待っているだけ、イリヤの住んでいた城もメイドのセラ1人が短い余生を彼女の愛する自然の中で過ごしているだけだ。

 

「それに、私の伝で大師父にも診てもらったのよ。それで打つ手なしなんて、もうどうしようもないわ」

「…クソッ!」

 

士郎はやり場のない怒りと悲しみを抱え、凛もまた…

 

「桜とも話し合ったわ。たまに起きた時に…大師父も交えてね。結論だけ言うと、桜を素体に蒼崎橙子によって人形を作ることになったわ。あなたにはその人形に移ってもらう。あなたの体が蒼崎橙子への等価交換よ。そして、更に平行世界に飛んで貰うわ。この世界の執行者や代行者たちには、あなたの魔術や第二魔法の片鱗は理解されてしまっているもの」

「…どういう…ことだよッ」

「落ち着いて、衛宮君。あなたは封印指定。今は桜のために大師父に協会を押さえてもらってるだけよ。しかも、魔術協会を出た封印指定は聖堂教会からも狙われるわ。特にあなたの異端さを知ってしまったら。それこそ埋葬機関が出てきてしまうかもしれないくらいには。そこで、あなたの姿を変えることでとりあえず問題はクリアという訳よ。……そして、もうひとつ。あなたここ何年も桜の所に帰ってないでしょ?せめて死んでからは一緒にいたいっていう桜の思いもあるわ。…正直、私はあの時あなたと時計塔に行ったのは間違いだったと思ってる。確かに衛宮君はかなり力を得たわ。でも、その代わりに衛宮君は桜との時間を失ったのよ。それと同時に、桜の最愛の人との時間も奪ったのよ。それを自覚しなさい。それでもなおこの話を蹴るなら、私は衛宮君を殺さないといけなくなるわ」

 

士郎は自責の念と後悔が心に広がっていた。その時だった。

 

「…せ、せんぱ…い…?」

「桜!」

「よか…た。やっ…ぱり、死ぬまえ…に会いた…かった…」

「すまん、桜!桜のこと、ちゃんと考えれなくて…!」

 

士郎の涙ながらの謝罪に、微かに首を横に振る。長いことは言えないのだろう。

 

「……ありがとう………せん…ぱ…い…」

 

また眠りに着いた桜に、もういつ逝ってもおかしくないことを肌で感じ取った。

 

「遠坂、しばらくここに住まわせてくれないか?」

「ええ、もちろんよ」

 

士郎はせめて最期だけでも…と、桜の細い手を握る。

 

 

 

 

それから2週間後、間桐桜は息を引き取った。あれから最期まで、二度と目を覚ますことはなかった。だが、その顔は満足したように微笑みながら逝った。

 

「これから1年、人形の作成に入るわ。衛宮君はどうする?」

「…衛宮と間桐の家の()()()しとくよ」

「そう…」

 

もうこの世界から消えることが確定しているから、研究成果や持っているものを整理して、凛に譲渡する予定なのだ。

 

「弓を引けない弓兵なんて、弓兵(アーチャー)じゃないよな」

 

弓道は士郎にとって、桜との思い出の中のものだった。

士郎にはもう弓を引くことは出来なかった。唯一一流となれた弓は番えることすら叶わず。

 

桜を失ったやるせなさや悲しみや怒りをぶつける先はもうない。間桐臓硯は没しているし、アインツベルンは崩壊している。遠坂は凛しか残っていない。

 

それでも、桜の意志を無駄にしないように。いや、遺志とでも言うべきか。

 

間桐の土地を遠坂に移譲し、衛宮邸を掃除して出てきた切嗣の起源弾1つをお守り代わりに貰う。間桐も衛宮も大した研究結果など出てこなかった。

 

 

そして、1年が経った。

1年も経てば、気持ちもだいぶ整理が着くものだ。

 

 

「大師父…遠坂…ありがとう。新たな体の命が尽きるまで、俺は桜と共に生きる。最期まで」

「うむ、それが良い」

「さあ、桜を呼ぶわよ」

 

凛が襖を開ける。

 

「えーと?」

「その…桜の身体は間桐の魔術で汚染されてたのよ。だから素体の半分くらいしか使えなくて…」

 

2歳から3歳位の可愛らしい紫髪の女の子がそこにいた。まるでお人形さんのような…実際人形の女の子だ。

 

「女の子の成長期手前位までは成長出来るそうだから、安心してちょうだい。…さ、意識を移すわ」

「頼む」

 

この日、士郎は文字通り『桜と一つになった』のだった。



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衛宮サクラ

 

 

日本の一般家庭において、姓が違う者が住んでいる事から何を想像するだろうか。

恋人の同棲?母方の両親との二世帯住宅?はたまた内縁の夫婦?ルームシェア?

 

このアインツベルン邸は一味違う。

 

 

入籍していない夫婦の間に生まれた子供と、夫の養子。これがこの家の住人である。(他にメイド2人)

 

なかなか凄い家だと思う。まさにエロゲ。(byルビー)

 

つまり、この家に定住している人には、今のところ血の繋がりはないのだ。

 

1人目はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。現在10歳。小学五年生。

2人目は衛宮士郎。16歳。高校二年生。

3人目は()()()()()。現在10歳。小学五年生。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでよ…」

 

 

 

 

 

 

 

間桐桜。

身長156cm、体重46kgで、B85/W56/H87のEカップ。華奢な体躯にしては出るとこ出てる。逆説的にいえば、アンダーバストが65前後。この数値からも彼女が細身であることが分かる。(日本人20代の平均で約70cmとの事だ)

その紫髪のロングヘアと紫の瞳はその華奢な体躯と相まって、とても美しい。

 

 

 

そんな彼女の面影を残しつつ、幼くした(これでも成長した)のが今の士郎…こと、衛宮サクラだ。この世界の衛宮切嗣が士郎のように拾った子供だった。

 

カタカナでサクラとしたのは、アーチャーつまり衛宮士郎の成れの果てのひとつがエミヤと名乗っていたのに倣ったもので、桜の名前と士郎の成れの果てという意味として名乗っている。

 

 

ちなみに、幾度となく(この世界の)士郎から「サクラは桜の妹なのか?」と何度も聞かれた。口頭では何を言ってるか最初分からなかったが、よくよく考えれば分かった。

 

 

 

サクラにとって、この世界は平和だ。聖杯戦争は無く、姉のイリヤも、父切嗣も生きている。この世界の切嗣は『家族を守る正義の味方』なのだそう。

 

今日もまた、日常が積み重なる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思っていた。

 

 

まさか、こちらの世界でも『宝石剣・突』を使うことになろうとは…

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

イリヤとサクラは同じ歳の同じ女の子。何をするにも双子のように。それが当たり前だった。

 

だから、部屋も2人でひとつ。ベッドは大きさの問題から何故かキングサイズ一つ。絶対アイリスフィールと切嗣の部屋のと間違えたと思う。

 

だからこそ、ガサゴソとベッドを這い出るイリヤに気が付いた。

 

夜は魔術師の時間。イリヤに万が一があればアイリと爺さんに顔向けできないと考えて、一応投影がバレないように士郎の部屋から弓と練習用の矢を持ち出す。

 

同調開始(トレース・オン)

 

小声で呟き、体を強化。イリヤを追う。

 

 

 

 

イリヤを追うと、学校…それも高等部の校庭だった。しかも、イリヤの服装が変わっていた。

 

「あれは…ねえさ…じゃなくて遠坂…この世界でもツインテは変わらないんだ…」

 

ちなみに今のサクラは士郎と桜のイントネーションが混ざっていて、何故かそれがこのロリっ子サクラに似合っているらしく、話していると商店街の皆さんからお菓子やらなんやらを貰える。

 

「…この世界のイリヤは魔術とは関わってないし、小聖杯もホムンクルスとしての能力も封印されてるはず…なんで遠坂と…?」

 

そうこうしているうちに、イリヤを中心に魔法陣が広がり、2人が消えた。

 

「…!?空間転移?いや、違うかな…?」

 

急いで校庭に入る。

士郎の時より増えた(具体的には凛と同等の)魔術回路を起動して解析を行う。だが、不明。

 

「空間系なら…」

 

普段用の服の、ミディ丈の明るい茶色系ギャザースカートの中に仕込んだ一振りの短剣を取り出す。そう、『宝石剣・突』だ。第二魔法の英智の一端が使われているこの礼装は時空への干渉が出来る。

 

「…同調開始(トレース・オン)………見つけた。こんな空間見たことない。でも、突なら行けそうかな」

 

サクッと宝石剣・突で空間を切り開いて鏡界面へ。既に戦闘が始まっている。イリヤと戦闘しているのは…

 

「ライダー!?」

 

サクラが認知する前に分かる。分かってしまう。あのライダーは、《あの》ライダーだと。

 

でも、それだとしても…

 

「ごめんね、ライダー。わたしは《家族と仲間と友達と桜の味方》だから…今のあなたを撃つよ……同調開始(トレース・オン)―――構成材質、解明―――構成材質、補強―――全工程、完了(トレース・オフ)

 

昔はこれだけで失敗していた士郎。今では息をするように使える。弓に矢を番えながら、身体と弓矢に限界ギリギリの強化を施す。

 

息を整えて、無心に。

 

 

桜と士郎、2人の繋がりの一つを示す。2人なら、2人だから、引ける。悲しみに迷いはしない。二度と大切な人を失わないために…今一度、サクラは弓を射る!桜は今ここにいるのだから…!

 

 

対魔力のあるライダーに直接魔術は効かないが、強化した矢は、突き刺さる。二の矢三の矢と次々に。だが、それでも英霊はそんなにヤワではない。

 

「わかってるよ、桜。わたしは逃げない…っ―――投影開始(トレース・オン)

 

矢を射ち尽くし、弓を置く。そして、アーチャーの代名詞たるカーボン製の洋弓を投影する。

 

投影、重装(トレース・フラクタル)―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)―――偽・偽・螺旋剣(カラドボルグ)!」

 

番えた剣を射る。もう体感で数年使っていないこの技も、正確にライダーの胸に突き刺さる。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

胸に刺さった偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)を爆発させた。

 

 

途中から棒立ちになっていたイリヤと凛、そして途中から様子を伺っていた約2名の、計4名を放置してライダーの跡に出てきたカードを手にする。

 

「今度こそ、一緒にいてくれる?ライダー…」

 

考えるよりも、そうしないといけないと、サクラは動いていた…

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

途中から様子を伺っていた約2名、つまりルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと美遊・エーテルフェルトはそんな場合ではないと、凛と合流した。

 

「なんなんですの?あの子は。見たことも無い魔術ですし、冬木の魔術師ではないのではなくて?」

「…」

 

ルヴィアに問われる凛はそれに応える余裕はなかった。なぜなら、その後ろ姿は決して忘れることのない姿にそっくりであった。

 

「あ、サクラ!」

 

凛たちと少し離れたところにいたイリヤがサクラに駆け寄る。その名前に、さらにビクッと反応する凛。

 

「イリヤ…怪我ない?あなたに怪我されたらアイリに顔向けできないよ」

「大丈夫だよ。あの時サクラが守ってくれたから…」

 

ライダーに攻撃を始めた時、それは奇しくもルヴィアが美遊に攻撃指示を出す一瞬前だった。つまり、ライダーの宝具『騎英の手綱(ベルレフォーン)』の起動前だった。

 

「さ、とりあえずこの世界崩れそうだから元の世界に帰ろう?」

「うん!…あ、凛さんも連れて帰らないと!」

「そうだね」

 

イリヤが凛のことを思い出した時、不覚にも面倒という言葉がサクラの頭の中をよぎる。問い詰められるのは当たり前なので、頭を全速運転してカバーストーリーを構築していく。

 

「こんばんは、魔術師の御二方。話はこの世界から帰った後で」

「…ま、そうね。聞きたいことは山ほどあるけど、鏡面界の崩壊で怪我するかもしれないし…ルビー!」

《はいはーい!鏡界回廊一部反転!》

 

足もとの魔法陣はこれだったのか…と納得する。そして、魔法陣の内容が分かるということは恐らく…このステッキはゼルレッチ製。

 

「さて、通常界に戻ってきたことだし…あんた何者かしら?冬木の管理者(セカンドオーナー)の私に無断で侵入した魔術師なら容赦はしないわよ?」

「凛さんが何言ってるか分からないけど、サクラは私の妹だよ?」

「は?」「?」

 

イリヤの発言に魔術師2人が疑問符を付ける。凛はその容姿でイリヤの妹ということ…つまりイリヤの妹がとても自らの妹の幼い頃に似ていることに、ルヴィアは見た限り()()()()()であるイリヤの妹が()()()()()である違和感に。

 

「わたしの名前は衛宮サクラ。イリヤとは血は繋がってないんです。イリヤの両親は訳あって入籍してなくて、その父親の方に養子に取られたのがわたしです」

 

サクラからすれば、この辺は嘘をつかなくて良くて助かる。魔術方面は軽く触れるくらいなら誤魔化せる、はず。

 

「なるほど。で?」

「わたしは自らを守るすべとして魔術を使う魔術使いです。積極的に使っている訳でもないですし、管理者(セカンドオーナー)には話はしてありますよ。遠坂時臣さん…っていう人でしたよね?」

「遠坂時臣は私の父親よ。もう数年前に逝ったわ」

「そうですか…お悔やみ申し上げます」

 

時臣の名前を出せばなんとかなる。何故ならば、遠坂の血は自他ともに認める()()()()だからだ。

 

その時、イリヤがあくびをしたところで、それなりに信頼性はあるとして、一旦お開きにすることにした。子供が起きていていい時間ではないのだ。

 

眠くなってきて話に集中出来ていなかったイリヤの目には、もう1人の魔法少女の姿があった。

 

 

 

 

 




文字数3,000手前目指してるはずなのに、また超えてしまった…
寝不足テンションで書くのはやめましょう。


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美遊・エーデルフェルト

「美遊・エーデルフェルトです」

「はーい、みんな仲良くしてあげてねー」

 

藤村大河のいつも通りな高いテンションの隣に真顔の美遊。

 

(うん、やっぱこうなるよね…)

(なるほど、転校生展開ですかあ。なんともベタですねー)

(………昔…どこかで……)

 

おのおの、思うことはあるのだろうが、美遊のサクラを見る眼圧が凄まじい。怨念こもってるんちゃうか?というほどに。

だが、サクラはそんな彼女をどこかで見たような覚えがあった。別に彼女自身を知っているという訳では無いが、なんとなく知っているようなそんな感覚を持っていた。

 

朝の会…中学以降で言うところのSHRだが、それが終わった途端に美遊の周りに駆け寄る4人。いつものメンツ。

 

さすがにそんな状態では…

 

「いろいろ聞きたいことはあるけど…これじゃムリだね」

「神秘の秘匿は魔術師なら当然…まあ、魔術使いなんだけど」

 

イリヤとサクラはそれを少し離れながら見てボヤく。

 

《では、代わりにわたしがお話を伺います》

「わっ!?」

《あらあら、サファイアちゃんも来てたんですねー》

「イリヤ、静かに!バレるよ」

 

緊急避難的に窓の外にステッキ共を出す。

 

《紹介がまだでしたよね。こちらわたしの新しいマスターのイリヤさんです》

《サファイアと申します。姉がお世話になっております》

「はぁ、ども…」

 

イリヤを紹介するルビーと、ぺこりと頭を下げるように傾くサファイアになんとも言えないシュールさをイリヤは感じた。

 

「ステッキ、2本だったんだ…」

「私はそもそもあなたたちが何者か聞いてはないんだけど…?」

《わたしとサファイアちゃんは同時に造られた姉妹なんですよー》

《魔力を無制限に供給し、マスターの空想を元に現実に奇跡を具現化させる。それがわたしたち、カレイドステッキの機能です》

「つまり、魔術礼装なのね?」

《どちらかといえば…そうですねぇ》

《…わたしたちを制作した―――》

「宝石翁、第二魔法…であってる?」

《分かっていたのですかー。ルビーちゃん驚きです》

「第二魔法については造詣があるから…」

「サクラ、魔法少女だったの?」

「…遠坂…さんも言ってたと思うけど、魔術師…または魔術使いが正しいかな。魔法少女ではないね。…ま、第二魔法に造詣があるって言うところで魔法少女って言われても仕方ないんだけど…」

 

サクラは第二魔法を極めたという訳では無いものの、宝石剣を超える性能(多機能という意味で)の宝石剣・突を造ったことで、会得してはいる。ステッキから感じる感覚は第二魔法の感覚があった。

 

「ところで、サファイアの話に戻ると…?」

《あ、はい。先日までルヴィア様にお仕えしていたのですが、故あって…》

「乗り換えたのがあの子ってわけね」

 

イリヤとサクラは美遊の真顔を思い浮かべる。

 

「魔法少女らしくない…って思ってるでしょ、イリヤ」

「えっ!?なんで分かったの!?」

「だって、イリヤの魔法少女像ってムサシでしょ」

「う…」

 

サファイアの持ち主の話になったところで、ルビーはふと思い出したことがあった。

 

《そう言えば、美遊さんも大したものですねー。あの時クラスカードの宝具使いかけてましたよ》

 

攻撃中だったサクラと、敵と砲火を交えていたイリヤを除き、みんながサクラの攻撃に目を取られていた中で唯一美遊のことを観察していたルビー。サクラはその言葉に「ルビーの前でむやみに突は使わない方がいいかな」と思った。

 

「宝具…?」

《説明していないのですか、姉さん?》

《そういえばカード周りの詳しいことはまだでしたね!一度に説明しても混乱させるかと思いまして》

 

ここから始まるルビーの話を要約すると、以下の通りだ。

 

・約2週間ほど前突如として魔力(オド)の歪みを冬木で観測

・歪みの元はクラスカード

・既に2枚のカードを回収済み

・解析出来たのは英霊の力を引き出すという効果のみ

・ライダーの対魔力スキルの高さにカレイドステッキが参戦

・観測したカードの枚数は7枚

・残り4枚

 

(やっぱり聖杯戦争…でも、冬木の大聖杯は起動してないはず。小聖杯たるアイリスフィール…ママが冬木にいないし、イリヤは封印されてる。私のは私自身が使おうとしなければ使えない。そもそもカードなんてこの世界でも使われてない。なら…平行世界?…ううん。平行世界でも冬木の聖杯戦争は全てサーヴァント使役式なはず。なら…異世界?それとも…さらに外の世界?そもそも、もしもあのカードがただの礼装なら…7枚である保証は無い)

 

《わたしたちも全力でサポートしますので、美遊様(マスター)と協力してのカード回収にどうかご協力ください》

「うん…いまいち自信ないけど、頑張ってみるよ」

《大丈夫ですよ!わたしがついてます!…あ、そうそう、ちょっと聞きたいんですが美遊さんのあの苗字って…》

 

サクラの思考の横でイリヤたちが親交を深めていると、後ろから美遊が来た。だが、イリヤは気づかなかったので…

 

「サファイア、あまり外に出ないで」

「いっ!?」

 

ビクッとしたようだ。

 

《申し訳ありません、マスター。イリヤ様にご挨拶をと思いまして…》

「誰かに見つかると面倒。学校ではカバンの中にいて」

 

美遊はあの真顔でイリヤを見る。

 

「あ、あの…」

 

だが、イリヤが話しかける前に去っていく。

 

「なんか…話しかけづらい雰囲気?」

「うーん、なかなか気難しい人みたい」

「……みんな何してるの?」

 

例の4人が美遊を追っかけて来たらしく、教室の扉に張り付いていた。

 

「やー、美遊ちゃんにフラれちゃって…」

「観察よ、観察」

「美遊ちゃんとお話しようと思って、みんなでいろいろ質問とかしてたんだけどね……」

「なんかキョトンとした感じでなにも答えてくれなくてさー」

「そしてしばらくしたら急に立ち上がって……『少しうるさいね』……って」

「わぁ…」

 

いつもの4人組…栗原雀花・森山那奈亀・嶽間沢龍子・桂美々の4人。特に前者3人は悪ノリが大好き…に見える。

 

「ああいうクールキャラは今までクラスにいなかったよな!ちょっと新鮮だぜ!」

「苗字とか凄いし、お嬢様系?でも、それだとサクラと被るか…?」

「とりあえず美人さんだよねー」

「あれが噂のツンデレなのか!?実物初めて見たぜ!」

「そうね、ああいうのに限って1度落とせば尽くしてくれるのよ」

「頑張ってフラグ探そうかー」

 

この会話で3人の悪ノリ加減がわかると思う。コイツら本当に小学生か?

 

「うちのクラスは平和でいいねー…」

「ホントだね…」

「これは平和なの…?」

 

美々・イリヤ・サクラは基本的に彼女たちを見ながら乾いた笑いをこぼすのが普段のこの女子6人グループである。

 

「ま、ひとまずここはみんなに倣って…」

《美遊さんの観察といきましょうか》

 

コソッとルビーとイリヤがそう相談するのを横目に、サクラは一時間目の準備…算数の教科書とノート2冊と参考書を取り出す。サクラは基本的に、学校の授業を片手間に中高レベルの勉強も行う。と同時に魔術の勉強も行う。

 

だが、それはサクラが士郎として築き上げてきた知識と努力を見れば当然と言える。他の人がそれを出来るとするならば、本当の天才なのだ…

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

算数の時間

 

 

「この円錐の体積を求めてくださーい。そうねー、せっかくだから美遊ちゃんお願い出来る?」

「はい」

 

問題は半径1cm高さ3cmの円錐の体積を求めるというものだ。美遊のために少し前に戻っているらしいが…

美遊が黒板に書き始めた内容を理解出来ているのは恐らくサクラと担任の大河だけだろう。何を書いたかと言うと…

 

 

―――――

この円錐をy軸を中心とした三角形の回転体として考えた場合、円周率をπ、体積をVとすると

 

V=π∫[0→3]x^2 dy

 

xy平面上における直線式は

y=3-3x

よってx=1-1/3yなので

 

V=π∫[0→3](1-1/3y)^2 dy

これを解くと

V=π

―――――

 

えー、イリヤのクラスは小学5年生の5月でございます。大事なことなので、もう一度繰り返しますが、イリヤのクラスは小学5年生の5月でございます。

 

「…いや、そんな回転体とかじゃなくていいのよ……インテグラルなんて使わなくていいの!錐体の体積は体積=底面×高さ÷3よ!」

 

大河は少しこめかみを揉みつつ、次の問題も美遊にやらせるらしく…

 

「今度は頭の体操になるわ!みんなも一緒に考えましょー!」

 

ヤケになってるらしい大河の横で、スラスラと数式を書き連ねていく美遊。

問題は円に内接する三角形と外接する三角形の面積の比だ。

 

「まず、円の半径を1として考えると、円に内接する正三角形の頂点をA、B、C、また点Aから辺ABへの垂線との交点をHとして…」

 

 

―――――

三角形OBHの角度はそれぞれ30°、60°、90°

よって三角比を取って

 

OH=1/2

BH=√3/2

 

よって、円に内接する正三角形ABCの面接をSとすると

 

S=(1/2)×BC×AH=(1/2)×√3×(3/2)=(3√3)/4

 

 

また、円に外接する三角形の頂点をD、E、Fとして、点Dから辺EFへの垂線との交点をIとする

 

三角形OEIの角度もまたそれぞれ30°、60°、90°なので、

 

OE=2

EI=√3

 

また、正三角形なので、OE=OD

よって円に外接する正三角形DEFの面接をTとすると

 

T=(1/2)×EF×DI=(1/2)×2√3×(DO+OI)=√3×3=3√3

 

したがって、面積比はS:Tとなるので

 

S:T=(3√3)/4:3√3=1:4

―――――

 

 

「いや、そうなんだけどね、小学生的には内側の三角形を回して同じ三角形が4つできるよねーっていう話だったんだけど…いやそんな不思議そうな顔されても!」

 

大河の叫びの後ろで、イリヤの内心。

 

(なんだかよく分からないけど…学力はすごいらしい)

 

サクラの内心。

 

(今、算数の時間…だよね?)

 

 

 

 

 

図工の時間

 

「こっこれは…」

「自由に描けとの事でしたので、形態を解体して単一焦点による遠近法を放棄しました」

「自由すぎるわ!つーかキュピズムは小学校の範囲外よ!」

「?」

「いやだからそんな顔されてもー!」

 

そもそも積分も三角比も小学生のやることでは無いのだが。

 

(全然意味がわからないけど…美術力もすごいらしい)

 

 

その頃のサクラ。

 

(あれ?キュピズムダメならこれもダメかな?)

 

さらりと幾何学構成的絵画を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭科の時間

 

 

 

ふたつの班で、とてつもない料理が出来ていた。

 

ひとつはサクラ。もうひとつは美遊。

 

(いやいや、これでも洋食マスターするのに時計塔時代かなり苦心したんだけど…)

 

苦手だった洋食であるハンバーグが調理実習の課題だったのだが、サクラは洋食もマスターしていた。

 

だが、それに匹敵する料理を美遊…つまり10歳の少女が作ったことに、サクラは自分の才能のなさを嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

体育の時間

 

 

短距離走だったこの時間。

 

今度はイリヤの得意分野…のはずだった。

 

 

 

「……え?6秒9?あの子女の子だよね?男子でも6秒台って小学生で全国トップクラスだよね?え?」

 

美々が驚きのあまり情報垂れ流しにしているが、イリヤより速いということは間違いない。イリヤは7秒3ほどだから、間違いなく早くゴールしてると見えるならば6秒台でもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「8秒ジャストで3位…」

 

ちなみに、サクラは士郎の時に弓道部の走り込みで6.44sを記録したこともあるだけに若干落ち込むのであったが、小学五年生の女子の50mタイムは8秒ジャストでもトップクラスで速いのを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 




遅くなりましたが、3話目です!美遊きちのキチガイスペックの片鱗シーンなので、頑張っちゃって4,500文字超えてしまいました…

数式間違ってたら教えてください!数学嫌いなので間違えてるかも…

誤字報告1件、ありがとうございます。
また、お気に入りなど、励みになります!今後ともよろしくお願いします!


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キャスター、第1回戦

 

 

 

 

「午前0時1分前…油断しないようにね、イリヤにサクラ。敵はもちろんだけど、ルヴィアがどさくさ紛れに何をしてくるか分からないわ」

(なんでそんなにギスギスしてるのかなぁ…)

《お二人の喧嘩に巻き込まないでほしいものですねー》

 

と凛の陣営。

 

「速攻ですわ。開始と同時に距離を詰め一撃で仕留めなさい」

「はい」

「あと可能ならどさくさ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい」

「……それはちょっと」

《殺人の指示はご遠慮ください》

 

とルヴィアの陣営。

 

(この世界のエーデルフェルトが日本に嫌悪していないのは分かるけど…この2人っていわゆる凸凹コンビなのかな?)

 

それを見て若干達観して微笑むサクラ。

 

凛は電波式腕時計を覗き、時間を見る。

 

「行くわよ…3、2、1…」

 

《限定次元反射路形成!鏡界回廊一部反転!接界(ジャンプ)!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5分後―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通常空間に戻ってきた5人は死屍累々だった。

 

《いやー、ものの見事に完敗でしたねー。歴史的大敗です》

「なんだったのよあの敵は…」

 

ルヴィアがサファイアを捕まえて八つ当たりをする。

 

「ちょっとどういうことですの!?カレイドの魔法少女は無敵なのではなくて!?」

《わたしに当たるのはおやめください、ルヴィア様》

《ルビーサミング!》

「メガっ!?」

 

サファイアを横に引っ張っていたルヴィアの目にルビーがステッキの柄の尻で攻撃する技…ルビーサミングをお見舞する。

 

「れ、レディの眼球になんてことを…!」

《サファイアちゃんをいじめる人は許しませんよー》

 

目の痛みに地面をゴロゴロと転がるルヴィア。

 

「まあ、Aランクの魔術障壁を超えてきたってことはつまりは…それ以上の火力があちらにあったってことですね」

《そうですとも!魔法少女が無敵だなんて慢心もいいところです!もちろん大抵の相手なら圧倒できるだけの性能はありますが…それでも相性というものがあります》

 

サクラは魔術師2人に同意を求めたが、それより先にルビーの方が同意する。

 

「…で、その相性最悪なのが…アレだったわけ?」

 

上空にいる敵。それが作る大量の魔法陣。いわゆる陣地作成スキル…確実にキャスターだ。さらに、こちらの攻撃手段である魔力砲すらも魔力指向制御平面と呼ばれる魔術防壁で散らされ、サクラの遠距離での攻撃すらも物理防御障壁で無効化されていた。

 

「まるで要塞でしたわ…あんなの反則ですわよ!」

《あれはもう魔術の域を超えてましたねー。そりゃ障壁で相殺しきれないわけです》

「痛かったよ…」

 

イリヤはステッキの自動回復があるから治るけど、サクラは治るのに多少時間がかかるので少し羨ましかったりする。

 

《あれは現在のどの系統にも属さない呪文と魔法陣でした。恐らく失われた神代(かみよ)の魔術と思われます》

「あの魔力反射平面も問題だわ…あれがある限りこっちの攻撃が通らない」

《攻撃陣も反射平面も座標固定型のようですので、魔法陣の上まで飛んで行けば戦えると思いますが…》

 

ステッキ2本と凛が攻略法を考えていると…

 

「…と言ってもねぇ…練習もなしにいきなり飛ぶなんて…」

「あ、そっか…飛んじゃえばよかったんだね」

「……………」

「え、なに?」

 

凛の発言に、イリヤはさも普通と言わんばかりに浮遊していた。それを見た凛は一時的に思考停止。

 

「ちょっと!!なんでいきなり飛べるのよ!?」

《凄いですよ、イリヤさん!高度な飛行をこんなにサラッと!》

「そ、そんなにすごいことなの、これ?」

 

イリヤは知らない。魔術の世界で飛行というものがどれだけ難しいか。しかも、ルビーとサファイアを使った飛行は魔術とも違うため…

 

「わたしやルヴィアでも丸一日訓練してやっと飛べるようになったのよ!?」

「強固で具体的なイメージがないと浮くことすら難しいのに…いったいどうして…」

「どうしてと言われても…」

 

 

イリヤは魔術に囚われていない。なぜなら彼女は魔術と関わっていないから。だからこそ…

 

「魔法少女って飛ぶものでしょ?」

 

―――なっ…なんて頼もしい思い込み…ッ!

 

イリヤのちょっと偏った知識と価値観によってそれは成し得る。

 

 

 

しかしながら、美遊は昼間に判明した通り、頭も良く運動も出来るパーフェクトガール。だからこそ…

 

「負けてられませんわよ、ミユ!あなたも今すぐ飛んでみせなさい!」

 

だが、少しうつむき加減でピクリとも動かない美遊。

 

「ミユ!」

 

ルヴィアの呼び掛けに…

 

「人は…飛べません」

 

―――なっ…なんて夢のない子供…ッ!!

 

となる訳である。

 

 

ルヴィアは美遊をドナドナして捨て台詞を吐きつつ河原から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

翌日…

 

 

休日だったこともあり、イリヤは森へ練習に、サクラは凛に呼び出されていた。

 

「休みの日に悪いわね」

「いえ、遠坂さんも色々聞きたいんですよね」

「ええ、まあね」

 

そう、凛からの事情聴取だ。新都の小洒落たカフェの奥の個室に人払い結界を敷いている。凛がその燃費の悪い魔術のため経営しているカフェらしい。普段は一般人の店長に任せているらしいが。

 

「悪いけど、調べさせてもらったわ…確認するけど、遠坂の家系ではないのよね?」

「…ええ、私は孤児でしたから」

「孤児…ねぇ。あんたの魔術回路、明らかに魔術師の家系のものよ。初代でその魔力行使量はありえないわ」

 

魔術回路は内臓のようなもので、増やすことは普通は出来ない。それが魔術師の家系が代を重ねる理由の一つでもある。初代…つまりなんの魔術的操作もされずに生まれた人の魔術回路は平均して20本。27本の魔術回路を持つ衛宮士郎は比較的初代としては多い方だったのだ。

では、今のサクラの状態は…と言うと、魂は衛宮士郎であり、肉体は間桐桜だ。肉体と魂の齟齬で魔術回路が使えないはずだが、桜の100本もの魔術回路を士郎(サクラ)が使えるようになっている。そのため昔の衛宮士郎よりもかなりの魔力を保有している。だからこそ、かなり余裕を持った投影が可能なのだ。

 

「これ以上は今は話す気はありません」

「…そう。まあ魔術師だもの、等価交換は当たり前よね」

「…そういうことにしておいてください」

 

凛はグラスに入った冷えた烏龍茶をストローで啜る。

 

「さて、ならこちらからね独り言よ。私が調べた結果だけど、衛宮家の魔術は以前封印指定されていたらしいわ。時計塔の資料漁ったから確かな情報よ。それによると衛宮家の魔術は時間操作系。魔法に迫るものらしいわ」

「……」

「でも、あなたはそんな魔術使ってない…衛宮家の魔術師では無いわね。どこで魔術を…っていうのが当面の疑問ね」

 

サクラはティーポットのカバーを外して、カップに保温していたアッサムを注ぐ。シュガーポットの蓋をあけて、角砂糖を2つカップに落とす。それを口に運び、ソーサーに戻す。

 

「…等価交換といきますか?」

「あら、なにかしら?」

「あなたは私に飛行魔術を教える。私はあなたに私の情報を渡す。どうですか?」

「…あのキャスターとやり合うつもり?私とルヴィアも単体じゃあ成功率低い上に自由には動けないわよ?」

「大丈夫です…飛べますから」

 

そう、時計塔に留学する前の話。

遠坂家で見つけた黒魔術(ウィッチクラフト)の本にあった箒飛行を桜が楽しそうに見せてきたのを良く覚えている。

女性魔術師が箒に乗るのは魔術基盤・黒魔術の一種で全世界に神秘設定がされており、女性の魔術師が箒を使用すると「地に足がつかなくなる」「大地から追放される」等の魔術特性が発露しやすい。推進方法は最大瞬間風速的なジェット飛行法、低燃費でのんびり空を行くエーテルセイル帆船法、目的地に楔を打って魔術アンカーで引っ張ってもらう蒼崎橙子立案のアンカーアトラクションアセンション、通称トーコトラベルがある。戦闘に用いるならジェット飛行法が最適解だ。

 

「いいわ。ならまず行かないといけない場所があるわ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 






この後、2話~3話かけてキャスター戦とセイバー戦を描くつもりですが、その前に、サクラは飛行魔術のために……


なお、飛行魔術についての設定はなるべく原作準拠にしていますが、作者はプリヤ以外の型月作品をあまり知らないので独自設定も多分に含まれます。ご了承ください。


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サクラの魔法少女化計画

まずは半放置を謝罪します。
文量少ないことも謝罪します。
中途半端になりそうだったので、切りました。





 

 

 

突然だが、サクラの普段着は出かけ用の『桜』が着ていた様な服と学校の制服以外では、大してオンナノコな服は避けている。もちろん()が士郎なのだから、それは当然とも言える。だからこそ、何度も何度も試着している服たちには違和感を覚えてしまう。

桜が着ていた様な服ならまだ抵抗はないのだが…

 

「はい、次これね」

 

凛は何度も何度も少女趣味全開なキュートでメルヘンな服たちをサクラに試着させる。

 

「日本という土地で、空を飛ぶなら魔女っ子スタイルよ」

 

と凛はとんがり帽子を頭に載せる。

 

「うーん…やっぱりリボンの方がいいかしら?ジ〇リの魔女っ子は濃紺のワンピースに赤いリボンよね」

 

もはや仮装大会と化している。

 

「まだやるんですか…?」

「あら、女性の魔術師が空を飛ぶには黒魔術の箒が1番よ。そして、この日本という土地で最も根深い箒飛行のイメージはジブ〇よ」

「メタァイ!しかも偏ってるぅ!」

 

 

魔術基盤の話を少し。

 

魔術の各流派が世界に刻み付けた魔術理論のことで、既に世界に定められたルールであり、人々の信仰がカタチとなったものだ。より具体的には、人の意思、集合無意識、信仰心などによって「世界に刻み付けられている」と言える。

各門派毎に成立している基盤(システム)に各々の魔術師が魔術回路を通じて繋がることで命令(コマンド)を送り、基盤が受理、予め作られていた機能(プログラム)が実行される。この時必要とされる、電力に相当するものが魔力である。

 

「信仰心」と言っても宗教的な信徒であることを示すのではなく、「知名度」に言い換えられる。

例えば、「幽霊」という神秘の存在について、現代の人間の大半は否定的な意見を持っている。しかし、現代の科学では「ない」とも言い切れない。「ひょっとしたらあるかも」という考えは、無意識のどこかにある。そういった「疑念」的なものも、信仰心には含まれる。

つまり、広く大勢の人間に知られていればいるほど魔術基盤は強固なものになる。

魔女が箒で空を飛ぶ―それは創作や言い伝えや伝説などによるイメージが広く浸透している。つまり、「魔女が空を箒で飛ぶ」という魔術基盤を強く強固にしている。

 

物理事象から離れた魔術は魔力を爆食いするため、一般的な魔術師が飛行するならば霊脈などのフォローは必須。

その上、魔術師とて人の子である。つまり飛ぶ感覚を知らないため魔術であってもきちんと飛ぶことが難しいのだ。

 

さて話は戻るが、凛がサクラに魔女コスの着せ替え人形をしているのは「魔女」に近い格好の方が飛行しやすいからだ。…または凛がそう思い込んでいるからだ。

 

「…うん、これにしましょう」

 

ようやく凛が合格点をつけたのはパステルカラーで彩られたオーガンジーを多様しているかわいらしいドレス風のワンピースに同じ色合いのオーガンジーのリボンをいつもしている位置につけた姿だった。

 

「…まぁハイヒールじゃないだけマシかな」

 

黒の地に白のレースや黒のリボンでかわいらしいフォーマルシューズだ。

 

「最悪走ることも想定してるもの。それにしても…キツくないかしら?靴」

 

今履いている靴は20.0の靴。イリヤでさえ21.5なのだから、10歳で130cmの身長では一回りから二回り小さめと言える。

 

「大丈夫です」

 

サクラは再三言っているが、桜の身体を素体とした人形だ。成長の限界が近づいているのだろう。

 

「そ、ならいいわ。じゃあ森で飛行練習よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「それで?話を聞かせてもらおうかしら?」

 

凛はきっちりと約束を守り飛行魔術の練習後、カフェに戻っていた。

 

「…では頭を柔らかくして聞いてくださいね?」

 

サクラは目の前のカップにティーポットからアッサムの紅茶を注ぐ。そこに角砂糖2個を落とし、ミルクを加える。

 

「まず理解していただきたいことは、私は平行世界の住人(第二魔法の関係者)であるということです」

「平行世界…」

 

ミルクティーとなったカップを持ち上げて傾ける。舌を湿らせて話を続ける。

 

「魔術師にとって、魔法とはたどり着くべき終着点のひとつ。例えば遠坂家は第二魔法を目指して宝石魔術を研鑽してきている。他にも第一、第三、第五魔法があると言われており、現在知られているのは第二魔法の大師父と第五魔法の蒼崎青子だけ」

「トラブルメーカーね」

「…………… 遠坂さんが言う?

「何か言ったかしら?」

 

凛の笑顔は満面の笑みだったが、オーラは黒い。地獄耳極めたり。

 

「さて、魔法と1口に言っても、魔術師は大いなる流れに触れる以上、必ず魔法に類される代物があるはず。例えば衛宮の時間操作。時間操作は恐らく第五魔法に類される。だが、それは魔法の域であって魔法でない」

「それで?」

 

サクラはミルクティーを再び傾ける。頭を回転させるのに忙しく糖分を欲していた。

 

「端的に言えば、第二魔法の平行世界の運営によって作られる衛宮士郎の可能性存在が私、衛宮サクラです」

「は?」

「魂は変化しない。そう言いたいのでしょう?無論です。遠坂さんは第二魔法をよく知っているから分かると思ったのですが、第三魔法の系統もある程度知っているのですか…まぁ、それはいいとして……」

 

サクラは今はまだ言うべきでないと、聖杯戦争を伏せて話すのに気を使っていた。

 

「衛宮士郎はとある魔術的な秘密を抱えていました。それは魔法にも匹敵するもの。だが、彼はへっぽこ魔術師だった。強化や解析でさえ苦労するほど。彼の属性が()だったから」

「…あなたも剣を使ってたわね」

「ええ。慣れ親しんだスタイルを変えてまで勝てる相手でもないですから。…それを隠すために、そして、バレても降りかかる火の粉を払えるように…と大師父へ弟子入りした挙句、ここにいます」

 

その端折って順番を互い違いにした説明に凛は混乱していたが、それはサクラの思うツボだった。衛宮士郎時代ならばこんなずる賢い謀略などできはしなかっただろうが、今は衛宮サクラなのだ。………女って怖い。

 

「今言えるのはここまでです。ちなみに、この世界の衛宮士郎は過保護に魔術とは一切の関わりを持っていないので、その点は配慮してあげてください。あなたがお兄ちゃんに恋をしているとしても、何も手も口も出しませんから」

「はぁ!?ちょ、そんなことないわよ!」

「目は口ほどに物を言う、と言いますよ」

「―――――ッ〜〜〜!!!」

 

顔を赤くして固まる凛に、微笑んだサクラはティーカップを空けた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「ねぇ、サクラ。その服で行くの?」

「……うん」

 

昼間に練習したドレス風のワンピース姿のサクラ。少し透け感があるが、何層も重なったオーガンジーやその最下層のシルクっぽい布に阻まれて透けてはいない。(別に作者は見たかった訳では無い。ないったらない)

右手にはしなやかな雰囲気を纏うニスの綺麗な箒が握られて、左手には黒い洋弓を握っていた。

 

 

河原に着くと、そこには既に凛とルヴィアと美遊が待っていた。

 

「お待たせしました」

「時間ちょうどよ。さぁ、リターンマッチよ!」

 

 

 

 

 

 

 




途中のサクラのセリフが分かりづらいのはあえてです。凛がなるべく曲解するように仕向けています。皆様にえ?と思われてしまう文だと思いますが、その点ご了承ください。
次はキャスター戦、その次でセイバー戦をやります。もうしばしお待ちを。


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キャスター戦

お久しぶりです。他作品にうつつを抜かすダメ作者ですが、まだエタってません笑


 

上空で待ち構えるキャスターの攻撃をかいくぐり、イリヤが飛翔する。その隣には魔力による足場を作って跳躍する美遊と、箒に横座りして飛ぶサクラ。ちなみに、横座りなのは跨ぐと擦れて痛いようなむず痒いような変な感覚になるからだ。

 

作戦は至って単純。

柔軟な発想力を持ち、魔力砲の運用の上手いイリヤが撹乱。

空中機動力が低く、遠距離からの攻撃ができるサクラが援護。

突破力を持ち、ランサーの限定展開(インクルード)した槍を真名解放できる美遊が決め手。

という塩梅だ。

 

《このまま魔法陣の上まで飛んでください!そこならこの攻撃は届きません!》

 

キャスターの上空陣地の形は下層から、攻撃陣、魔術防御障壁、物理保護障壁、魔力反射平面の4層構造。攻撃陣からは物理干渉能力のある魔力砲が飛んでくるため、魔力反射平面より上に行けば攻撃陣からの攻撃は防げる。懐に潜り込むのと同じ考え方だ。

 

同調開始(トレース・オン)…」

 

サクラはその背中にある矢筒から矢を抜いては強化して攻撃を繰り返す。これはルヴィアの出資でこの地域の弓矢を扱う店から買い取ったもので、魔術的に拡張された矢筒でかなりの本数を残弾として残している。その数なんと初期値で807本。そんなになんに使うのやら。これだから成金は…

 

《さあさあ、この空がバトルフィールドですよー!敵勢力を排除して制空権を我が物にするのです!》

「な、なんかテンションたかいね!」

 

イリヤがルビーを振るって弾幕を作り出す。その弾幕は絶え間なくかなりの濃さがあった。

 

(うわ…イリヤってばやっぱり魔力量はすごいな…でもあっちの美遊ちゃん…彼女も一般人ではない…どころか無駄が多少多いだけで魔力の放出量はイリヤ以上?……ありえない。あのクラスの魔力出力はカレイドステッキでは説明つかない)

 

第二魔法を知っていること、桜(サクラ)の魔力感受性が高いこと、投影の関係上魔力運用に造詣が深くなったこと、その他色々な要素が集まった結果として美遊への疑心を募らせる。

だが、そんなことを考えている余裕はないと強化と射に集中する。弓だけは一流となれた士郎と、桜にとっての士郎との思い出であること、その2つの要素が合わさりサクラの射る矢は超高ランクの矢よけの加護を有さない限り必中である。全能力をつぎ込めば恐らくランクAの矢よけの加護も突破できる可能性がある程に。

もちろんこのキャスターにはそれは無い。貫通力や威力は凛やルヴィアの宝石魔術の火力と比較して低いので予め展開されている防壁に阻まれるが、それに処理を集中すればイリヤたちが楽に動けるようになる。

 

(この位置なら…!)

「いける…!」

「やっておしまいなさい、美遊!」

 

サクラ・凛・ルヴィアの魔術師組の意見が一致した。美遊は『ランサー』のクラスカードを限定展開(インクルード)しようとカードに手をかける。

 

「『ランサー』限定(インク)………」

 

だが、サクラもまた失念していた。キャスターが消えた。そして、突然消えたキャスターに、美遊は動きを止めてしまった。

 

背後にいきなり現れたキャスターに凪払われる。

 

腐っても英霊であり、身体強化もしているのだろう。かなりの威力を持ったそれは美遊を一撃で負傷に持ち込んだ。つまりそれはカレイドステッキの持つ防御を突破したということ。

 

地面に叩きつけられた美遊。それはあの砲撃の嵐の的となるのと同義だった。

 

「イリヤ!フォロー!」

 

それだけ叫ぶと、矢を番えるのを止め、宝石剣・突を構える。

 

穿孔開始(トレース・オン)……Es flustert(声は確かに)――― Entfesseln leistung(未来を切り開く力となりて)……」

 

宝石剣から汲み出された莫大な魔力を、桜の小聖杯の一部に注ぎ、()()()()()()()()()()()()…巨大な防壁となってイリヤと美遊の間に立ち塞がる。

桜の小聖杯は汚染されてしまったことから、今サクラの中にある小聖杯はあくまで欠片に過ぎない。だが、その機能は完全には失われていない。時間とともに切除した部分を回復するようにこの体自体が作られている。

これはサクラの身体は成長がどこまでできるか分からず、宝石剣による大魔力に耐えられない可能性があったからだ。かつての衛宮士郎の魔術回路はそれに耐えられるだけの、魔術回路の頑丈さがあったが、この身体にはそれがない。

 

「転移魔術…」

《ここまで来ると厄介ですねぇー》

「まぁアレでも世界の認める英雄の1人の写し身だから…」

 

腐っても英霊、である。まぁ反英霊もいるが。どちらにせよ力はそれなりにあるはずだ。

 

「サクラ、何か手はあるの?」

 

桜の身体を使っているからか固有結界の展開が出来ないサクラは、切り札を欠く。が、それに代わる火力を今は持っている。

 

「手はある…が、時間がかかる」

 

美遊とサクラとイリヤの視線が交わる。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

穿孔開始(トレース・オン)……Es flustert(声は輝き) Die Zeit ist voll(日は巡り月は照らす) Die Sterne funkeln hell am Nachthimmel(星は瞬き大地は震える) Die Würfel sind gefallen(事は彼方へ)  Füllung(満たし) Füllung(満たされ) Der Schatten wird nicht verschwinden(闇の鼓動は途切れず) Geh nicht gegen das Schicksal(定めは履行される) Bereit für einen Blitzschlag(砲火は保持せよ) Angriffstaktik durch Durchbrechen eines Punktes(ただ一点を流れ) Nachts mit einem einzigen Schlag abfangen(夜の帳に包まれた)―――」

 

小聖杯とは、サーヴァントの魂を抱えるための器だ。それは魔力の一時保持としても有用であり、それを活かしたサクラの切り札のひとつだ。

 

宝石剣・突から得られる莫大な魔力を小聖杯に溜め込み、一撃の火力を底上げするというもの。その魔力量は推定でサーヴァント2~3騎分にも相当し、その威力は単純に約束された勝利の剣(エクスカリバー)と同レベルかそれ以上。だが、その代わり、魔力のチャージは高濃度の魔力がある場所で1分、それ以外だと3分はかかる。

 

イリヤが全力で撹乱し、時間を稼ぐ。美遊は飛行魔術を止めたサクラの足場作りと固定砲台としての援護射撃だ。

 

サクラは美遊に頷きかける。美遊はそれを確認して、サクラを横抱きに抱えて跳ぶ。この切り札の弱点は行動デバフ的なものがかかることだ。

 

「極大の…散弾!」

 

キャスターの展開する魔力指向反射平面を利用して、イリヤは間接的にキャスターを攻撃するが、子弾が多く1発1発の威力は低いだが、それを受けた瞬間、一瞬だけ止まる。美遊の位置取りは悪くない。あとは決めるだけだ。

 

Es befiehlt(声は力に) Es last frei.(解放) Schießen(攻撃開始)

 

 

鏡面界を揺るがし、実世界にすら届きそうな火力が空間を切り裂く。

 

 

イリヤ(本物の小聖杯)に小聖杯の使い方を見せつけるかのような、圧倒的な力の流れだった。

 

 

 

土煙が晴れると、そこにはもう魔法陣は掻き消えていた…というか大威力砲撃に魔力指向反射平面が耐えられなかったのかもしれないが。

 

「魔法陣が消えた…ってことは」

《そうです!我々の勝利ですよー!》

 

美遊はホッとして気を緩めた。だが、その瞬間、直感と視界の端に違和感が走った。

 

「……ッ!?」

 

鏡界面ギリギリにどデカい魔法陣が3つ。全てのリソースで空間爆撃を仕掛けようとしていた。

 

美遊は一瞬の思考で攻撃を選択したが…それは判断ミスだ。間に合わないことは明白だった。だが…

 

砲撃(フォイヤ)ー!」

 

イリヤが砲撃を放ったのだ、()()()()()()()

 

()()()!」

 

イリヤの砲撃を足場に加速し、ランサーの限定展開(インクルード)を真名解放。その効果は… 「心臓に槍が命中した」という結果を作ってから「槍を放つ」という原因を作る―――つまり放ったから当たった、ではなく、当たったから放ったという、運命そのものに対する攻撃である。

 

美遊はキャスターをカードにしたのを今度こそ確認して、回収した。

 

 

 




次からはみんな大好きアレが出る予定です!
桜と言ったら…ね?


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セイバー戦前半

長すぎて、前後半に分けました。
分けてもなお、前半は6,000字オーバーとなっています。すみません。
今後は3,000前後に抑えるので、セイバー戦だけは許してください。


 

 

 

 

サクラはそっと髪のリボンに触れて、安心する。

このリボンは桜が着けていたものであり、桜がサクラに遺してくれたもののひとつだ。

 

「あんたたちはあの子を迎えに行ってあげて」

 

イリヤの頭をグリグリとしていたルヴィアを押さえつけた凛に感謝しつつ、行こうか、とイリヤに目線をやる。

 

「うん、行こう。…ところでサクラの箒は?」

「あの砲撃で消し炭にしちゃった…」

「うーん、じゃあさっきのミユさんみたいに…」

 

ふわっとした浮遊感の次に見えたのは、イリヤの顔だった。そう、イリヤはサクラをお姫様抱っこしたのだ。

 

(……あぁ、義姉と同じ顔の女の子にお姫様抱っこされてる…)

 

かつて、サクラ…いや、士郎にとってイリヤスフィールという存在は義姉であり義妹である存在だった。でも、最期は《お姉ちゃん》として士郎を守って死んだ。士郎にとってイリヤはそんな存在だった。

その()()と同一存在である彼女にまさかお姫様抱っこされる日が来ようとは…

 

「ミユさん!」

「お疲れ様」

「…うん」

 

美遊はサクラから親しげに話しかけられて戸惑うが、サクラからすると死線をくぐり抜けた戦友であり、それくらい普通の事だった。

 

「あれ?どうしたの?なんか空気が…」

「なんでもない……いこう」

 

美遊が立ち上がった、その時だった。

 

 

 

凛とルヴィアのいた方から変な重い音が聞こえてきたのは。

 

「そんな…ありえるの?」

《最悪の事態です!》

「こんなことって…!」

《完全に想定外…ですが、現実に起こってしまいました》

「……2人目のサー…敵」

 

その敵に、不意打ちを受けたのか、時計塔主席候補の2人の魔術師が倒れていた。

 

「凛さん!ルヴィアさん!」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

サクラはその黒化英霊を見た瞬間、セイバーだと分かった。だが、だからこそ自分の力では勝てないことを理解していた。

あの時でさえ、ライダーが命を賭して繋いでくれたから勝てたのだ。正規のサーヴァントでは無いから性能は下がってはいるだろうが…

 

「2人とも、私が気を引くから、2人を確保。その後すぐに離脱する。いい?」

 

だが、ここで引き下がるわけにはいかない。イリヤも美遊も、凛もルヴィアも、全員一緒に生きて帰るために。

 

仮に敵わない相手だとしても、抑えることはできるだろう。それに…いや、それは最後の切り札だ。

 

「あれは、基本性能が桁違い。今の私たちでは逆立ちしても勝てないよ」

「…分かった。イリヤスフィール、あなたは森側から、私は川側から」

「うん、サクラ…気をつけて」

 

 

 

―――投影開始(トレース・オン)

 

 

 

先程の小聖杯砲撃で悲鳴を上げていた魔術回路が軋む。サクラの魔術回路は衛宮士郎の時と比べ、それほど頑丈では無い。既に無理をしていた所へさらに無理を重ねる行為。全身に痛みが走る。

 

小聖杯砲撃でふとサクラは理解してしまった。これは自分の責任なのではないか?と。鏡面界に穴を開けて元々セイバーがいた鏡面界までトンネルを作ってしまったのではないかと。

 

尚更負けられない…と両手に握った干将莫耶と身体に強化をかける。現在の状況・条件に合わせて最適な戦い方を選ぶ。

 

「いざ…!」

 

黒い斬撃を飛ばしてくるが、当たらなければどうということはない。左右に避けつつ距離を詰める。エイム下手か。小柄な体躯を活かして避けに避ける。

 

「……ッ穿孔開始(トレース・オン)!」

 

痺れを切らしたかのように縦横無尽に黒い斬撃を連続して出してくるのをみて、スカートの中にしまっておいた宝石剣・突に魔力を通し、空間を斬る。

 

セイバーの後ろをとって、干将莫耶で斬りつける…が、それを防がれるのは予測済み。剣を受け流し、少しづつ後退。

 

穿孔開始(トレース・オン)!」

 

そして、再び背後を取り、斬りつける。干将莫耶が壊れたら再投影。これを繰り返す。

 

しかし、数度繰り返した時だった。

 

魔術回路の酷使からか、魔力の指向性が整わずに空間を切り裂くことに失敗。黒化していて自我はないとは言え、その機を逃すセイバーでは無い。きちんと踏み込み叩きつけられる剣を干将莫耶を交差して防ぐが、それは衝撃をサクラ自身へ与えた。

 

その体を易々と弾き飛ばし、木の間を抜けていたイリヤごと吹き飛んだ。

 

《イリヤさん、サクラさん!?》

 

その光景を見た美遊は時間を稼ぐ役割の変化と認識して、すぐさまセイバーへ砲撃を行う。

 

「ッ…!」

《ミユ様!?》

 

だが、セイバーは黒い霧で出力の高い魔力砲を寄せ付けない。

 

「サファイア、あの黒いのはいったい!?」

《まだ断定は出来ませんが、恐らく信じられないほどに高密度な魔力の霧…あの異常な領域に魔力砲が弾かれているようです》

「まさか飛ばしてきてる黒い斬撃も…」

《恐らく》

 

サクラが避けていたのは間違えではなかったのだろう。それを受けていれば干将莫耶の防御を超えてくるほどの攻撃力を保持している。

 

気を失ったサクラを抱えて、距離をとろうとするイリヤに、容赦なく黒い斬撃を放つ。

 

「イリヤスフィール!」

《イリヤさん、横です横!避けてください!》

「ひゃぁ!?」

 

イリヤは間一髪で避けるが、左腕を掠り切り傷…いや、刀傷を負う。その事実に、一般人で普通の女の子であるイリヤにこれが魔法少女ムサシと違う、殺し合いの場であることを認識してしまった。

 

「あ……ぁあ…………」

《追撃来ます!》

「何をしてるの!早く逃げて!」

《イリヤさん!》

 

 

―――投影…開始(トレース…オン)

―――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 

 

干将莫耶オーバーエッジを一対、持てる力最後の1滴を振り絞り、投影した。それを手にイリヤの前に立ち塞がり、黒い斬撃を受け流す。

 

「イリヤ…逃げて……」

 

あの時、衛宮切嗣に再び拾われた時、イリヤを見た時、必ずその笑顔を守ると誓った。ただその想いだけで今のサクラは気絶から立ち上がり、セイバーの斬撃を逸らした。

 

もう目もボヤけて、まともに戦える状態では無いのは明白。だがそれでも、大切な人を守れる正義の味方であるために、2度と桜から目を背けないために。

 

《魔力砲も魔術も無効、遠距離も近距離も対応可能…こちらのアドバンテージは全て真正面からことごとく覆されています!その状態のサクラさんでは次は持ちませんよ!》

「ッ!」

 

2人のところに降り立った美遊。そっとサクラの肩を後ろから引く。そのまま倒れたサクラを抱きとめる。

 

「み……ゅ……」

 

サクラは再び意識を失った。

 

状況は絶望的。離脱するにもその隙もない。

 

我に返ったイリヤと打開策を考える美遊は言い合いとなるが、それどころでは無いとルビーが止める。

 

1歩、また1歩と近づくセイバーに、万事休す…

 

 

 

という時だった。宝石がキラリと光ったのは。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

腹部にダメージを負いながらも、ルヴィアに小石を投げつつ立ち上がった凛。負けじとルヴィアも立ち上がる。

 

だが、セイバーの黒い霧が魔術を無効化している。

 

「無傷…か」

「全く…嫌になりますわね」

 

2人の時計塔主席候補は宝石を構える。

 

「行くわよ!」

「言われなくても!」

 

魔術師としての攻撃火力は高い方…というよりこの2人が争って出た時計塔での損害を聞けば、その優秀性は分かるだろう。だが、それでも意味の無いものとして寄せ付けない強さがセイバーにはある。対魔力Aは黒化していて劣化しているとはいえ、それ以前に魔力の霧を突破することさえ難しい。

 

「だめっ!…下手に手を出すと…かえって!」

「どうしよう、ルビー!?どうすればいいの!?」

「落ち着いて、イリヤスフィール!私が敵に張り付いて足止めする!その隙に―――」

「だめっ!それじゃあさっきと…!」

「物理保護を全開にすれば10秒は持つ!」

「ダメだってば!それじゃあミユさんが危なすぎるし、サクラも動かせない!」

 

《必殺、ルビーちゃんチョップ!》

 

ルビーに(まあまあ強く)叩かれて、2人とも頭を抑える。

 

「いったぁい!こんな時に何するの!」

《お二人共こんな時に喧嘩してはいけません!まったくもう…そんなことでは立派な魔法少女にはなれませんよ〜?》

「だ、だって…」

《分かっています。このままじゃ勝機無し。ですから…いいですね、サファイアちゃん!》

《はい、姉さん》

《最後の手段です…》

 

 

 

 

魔力を込めた宝石は、複数同時に使うことでAランクの攻撃が可能だ。それを2人の同時に威力を高め合うような魔術ならば倍プッシュだ。

 

だが、それでもセイバーの黒い霧を越えられない。

 

「宝石も残りわずか…こんなところで…!」

「凛さん!ルヴィアさん!」

 

木の影から走り出したイリヤと美遊。

 

「バカ!引きなさい!あんたたちじゃコイツは倒せない!」

(倒せない…救出も出来ない…だから!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一対のカレイドステッキは投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《まったく…世話の焼ける人達です。見捨てるのも忍びないので、今回だけ特別ですよー?》

「よく言うわ。最初からこうしてれば良かったのよ」

 

凛は赤を基調としたケモ耳尻尾のついた服に。

 

《ゲスト登録による一時承認です…不本意ですが》

「何を偉そうに…これが本来の形でしょうに」

 

ルヴィアは青を基調とした、これまたケモ耳尻尾のミニスカ姿に。

 

「それじゃあ…本番を始めましょうか」

 

ニヤリと笑った凛ほど頼りに見えるものは、この戦況では、無かった。

 

今、2本のカレイドステッキが元のマスターの元へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

《いやー、しかし相変わらず、いい歳こいて恥ずかしい格好ですねぇー》

 

ピクリと凛の顔が動き、次の瞬間には両手で地面に何度も何度もルビーを叩きつける。

 

「お前が着させてるんだろーがー!」

 

それを見て、イリヤは何かを悟ったように呟く。

 

「傍から見ると、魔法少女ってやっぱり恥ずかしいなぁ」

「うふふふふ。この服を着こなすにも、品格というものが必要なのですわ…このわたくしのように!」

 

ルヴィアは見せつけるように胸を張る。

 

「うわぁー、馬鹿だー。馬鹿がいるー」

《流石、セレブはファッションセンスも斜め上ですか》

 

ルヴィアをいじる時だけは意気投合する凛&ルビー。

だが、戦場で和気あいあいしているだけの余裕はない。お約束の通り変身シーンとその後の多少のおしゃべりは待ってくれたが、痺れをきらしたようだ。

 

黒い斬撃が凛とルヴィアに飛ぶ…が、2人は易々と避ける。カレイドステッキの効果で傷も回復しているのと、身体強化を魔力に相談せず使えるからだ。

 

《ボケっとしてる暇はありませんよ〜!今は戦いの真っ最中です!》

「年中ボケ倒しのあんたに言われたくないわ!」

 

黒い斬撃を飛ばすが、避ける凛。

 

「気をつけてください!その攻撃は魔力と剣圧の複合攻撃です!魔術障壁だけでは無効化出来ません!」

「厄介ね…防御に魔力を割きすぎると、攻撃が貧弱になるわ」

「けれど、その貧弱な攻撃ではあの霧を突破出来ない」

 

サクラを含めた今までの戦闘で分かったことを美遊が報告すると、時計塔主席候補の2人は、分析を行う。いくら無限の魔力供給があるとはいえ、一度に使える魔力量は決まっている。それをどう振り分けるか…という問題なのだ。

 

「「ならば…!」」

 

そして、その2人は同族である。思考回路も魔術師というより…変人?だが、だからこそ天才なのである。

 

「行きますわよ…速射(シュート)!!」

 

基本的な魔力行使量は単純値ならイリヤたちの方が圧倒的だ。イリヤは本来身体の7割が魔術回路だと言われるほどの資質を持っているし、美遊はそれ以上の何かを持っている。だが、肝心の魔力行使の感覚を知らない上に、カレイドステッキの性能を最大に引き出す使い方をしていないために、この2人の性能はイリヤたちを上回るように見える。そして、何より()()()を知っているからこそ。

 

「なんて威力…!」

「で、でも全然当たってないよ!?」

 

ルヴィアが目隠しに盛大に土煙を上げた砲撃。そこに凛が不意打ちを仕掛ける。

 

「それでいいのよ」

 

高密度の魔力で編まれた刃をつけたルビーを振るう。

これならいちいち砲撃にチャージしないで済む上に、燃費が良いため防御や強化に魔力出力のリソースを分配できる。

 

「かったいわねコイツ…!筋力が足りてないわ!ルビー、身体強化7、物理保護3!」

《こき使ってくれますねー》

「砲撃だけが能じゃないのよ!」

 

凛の振るうルビーの魔力刃に弾かれたセイバー。

 

「こんな戦い方があったなんて…」

 

美遊は自分の知らない戦い方に魅入られていた。だが、ひとつ言うとこれは近接戦闘の才能が無ければ悲惨なことになる。かつてのサクラ…士郎のように。

 

《フー。わたしとしては泥臭い肉弾戦は主義に反するのですけどー。魔法少女はもっと派手でキラキラした攻撃をするべきです。絵的にもいまいちですし、コレ。》

「うっさい!刃を交えて見えるものもあるのよ」

《そんなもんですかねー》

 

凛が打ち合えるのは、カレイドステッキの性能と実の身体能力もそこそこで、かつ近接戦闘にある程度の才があるからだ。そうでなければ意志を奪われて黒化しているとはいえ、英霊たるセイバーと打ち合えるはずがない。

事実として、サクラは最初から勝ちを取りに行かない戦い方を強いられている。

 

だが、それを持ってしても、徐々に防戦に以降する。才があろうとも、経験の薄い近接戦闘に防戦もすぐに途切れる。上段に構えたルビーを腕ごと抑えられ、がら空きになった胴にセイバーの剣が振るわれる。

 

「リンさ…」

「物理保護全開!」

 

だが、そこは魔力を物理保護に全力を注ぐことで防御に成功する。そして、その剣の柄を今度は凛が抑える。

 

「ようやく捕まえたわ」

 

凛はセイバーの脇腹にルビーを構える。

 

砲射(フォイア)!」

 

高密度に編まれた刃を魔力に還元してそれを砲撃に利用することで、チャージの溜めを作らずに高威力砲撃をゼロ距離で叩き込む。

 

「ゼロ距離砲撃…!」

「うわっ、なんかすごいデジャブ!」

 

イリヤと凛の出会いでもゼロ距離での攻撃が行われていた、ということを踏まえると凛の必勝パターンのひとつなのだろう。

 

「いったー…剣士相手に接近戦なんてやるもんじゃないわね」

《両手持ちだったらやばかったですね》

 

その時、凛の隣にルヴィアが現れた。

 

「ま、ひとまず時間稼ぎご苦労様といったところですわね」

「準備出来てるんでしょうね、ルヴィア」

「フン…当然ですわ」

 

戦闘による土煙が晴れた時、凛とルヴィアの後ろには巨大な魔法陣が出来上がっていた。

 

「魔法…陣…!?」

「まさかはじめからこれを狙ってたの!?」

 

イリヤと美遊はその戦略眼に驚く。なんの相談もなしにこれだけのコンビネーションができるものなのかと。

 

「シュート6回分のチャージ完了…ちょうどさっきの敵とは立場が逆ですわね」

「魔力の霧だろうがなんだろうが―まとめて吹き飛ばしてあげるわ!」

 

斉射(シュート/フォイア)!」

 

 

 

 

 

6本の魔力砲はある意味でこの2人の全力攻撃。

 

「ホーーーッホッホッホ!楽勝!快勝!常勝ですわー!」

「よーやくスカッとしたわ」

 

岸壁を削り、水を押しのけ、川底を掘り返す。

到底ダイナマイト程度では出来ないだろう、大規模な破壊力だった。無くなった部分に川の水が流れ込み、滝のようになっていた。

 

カレイドの本当の力はイリヤと美遊の想像を遥かに超えていた…

 

 

 

 

しかし、最優と言われるセイバークラス。

 

「嘘っ…!?」

「あれを受けてまだ…」

 

黒化してない正規のセイバー…アルトリアならば、対魔力はA相当。現代の魔術師に魔術で彼女を傷つけることは不可能に等しい。

黒化や自我喪失などでかなり弱体化しているとしても、()()()()()()()()勝てるわけもない。

 

「……ッ!それはダメ!避けて!」

 

あまりの異常な魔力に当てられて、目を開けたサクラが叫ぶ。

 

それは、聖剣というカテゴリの最上位に属し、星の創り出した最後の幻想、神造兵装である。

 

 

 

―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

 

 

 

黒化している影響か、その聖剣の放った極光は黒かった。黒い光という矛盾した破壊力は鏡面界すらも切り裂いた。

 

 

その時、イリヤは死への絶望と畏怖で心を埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――カチリ

 

 

 

 

 

「だめ…イリヤ………それは……!」

 

 

 

 

 

 

イリヤを中心に、魔力の嵐が吹き荒れた。



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セイバー戦後半

 

 

美遊に肩を貸してもらいつつ、橋の下へ退避する。

 

 

その時、少し後ろでイリヤの方…いや、イリヤを中心に莫大な…それこそセイバーの黒い霧なんて目じゃない位の魔力がほとばしる。

 

「な…なに…?なにが起きてるの…」

 

「だめ…イリヤ………それは……!」

 

 

 

 

 

「もう、戻れなくなる…!」

 

 

 

 

サクラはそれを知っていた。サクラもまた、イリヤのそれを監視していた1人なのだから。イリヤのホムンクルスとしての調整を受けた部分…その封印が、解かれてしまった。

 

 

 

「うっ……あ…ぁ………」

 

 

()()()という器に10年間溜め込んだ魔力。それが今、水槽の栓を抜いたように一気に外に流れ始めた。サクラがやった砲撃とは違い、10年間コツコツと無意識であっても貯め続けたそれは到底1人の人間が許容できる魔力量では無い。だが、ホムンクルスたる彼女なら…サーヴァントの魂数騎分をため込める彼女なら……

 

それを扱いきることは可能だ。

 

小聖杯の機能の一部。理論を飛ばして結果を出す、それは彼女の魔力で可能な範囲内ならば、理屈を知らずとも実現することができる。

そして、今の彼女の魔力は、平凡な魔術師なら一生かけても蘇生一回分用意できるかどうか分からない程の魔力を要する「十二の試練(ゴッド・ハンド)」の回復も可能な規格外の魔力を、10年分溜め込んだ代物。大規模な奇跡すら、それは可能とする。

 

 

 

(タオ)さなきゃ…」

「えっ…」

「イリヤ……」

 

イリヤの口から零れた言葉。サクラは申し訳なさそうな顔を逸らす。魔術回路がオーバーヒート寸前のサクラはもはやただの小柄な小学生女子でしかない。

 

(タオ)さなきゃ…(タオ)さなきゃ…(タオ)さなきゃ…(タオ)さなきゃ………」

 

 

 

 

(タオ)さなきゃ…」

 

 

 

イリヤの瞳が力を帯びる。

 

 

 

―――どうやって?

 

 

「どうやって?」

 

手段(シュダン)…?」

 

方法(ホウホウ)…?」

 

(チカラ)…?」

 

 

―――ああ……そういえば

 

 

 

(チカラ)ならここにあった」

 

イリヤはスカートのポケットから『アーチャー』のカードを取り出す。そこに小聖杯で理論を飛ばして結果を得る機能が稼働する。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 

「嘘…どうして…?」

「……ここでも、アーチャーはアーチャーか。でも、エ…アーチャーではセイバーには…」

 

 

イリヤの姿は英霊エミヤとイリヤという存在が掛け合わされたような、そんな姿だった。

 

黒い洋弓に3本の矢…いや、細長い杭のようなもの…を投影してセイバーに放つ。

 

本来のエミヤなら、30秒かけないと体勢を崩せないセイバーであっても、黒化と自我喪失に加えて、イリヤの膨大な魔力と小聖杯というセットは簡単に防御の上から体勢を崩すことが出来た。

そこに、干将莫耶を投影したイリヤはセイバーを斬りつける。

 

(…今の動き……セイバーは自我を喪失してない…?)

 

だが、その動きをセイバーは見切っていたかのように左手の篭手で、いなすように流す。

その動きに、イリヤは一度距離を取り、弓で今度は剣を投影して打ち出す。

 

その威力だけで見れば、エミヤは目じゃないだろう。

だが、セイバーはそれをバイザーに掠るものの、紙一重で避けた。

 

(信じられない―――あの姿…あの戦闘能力…彼女は今、完全に英霊と化している…!そんな…まさか…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

美遊はイリヤの事情を知らないから、一部誤解がある。英霊と化している…が、現在のイリヤの戦闘能力は、本来の凛がマスターのエミヤより数段は高い。恐らく今の彼女なら、約束された勝利の剣(エクスカリバー)すらも投影可能どころか、真名解放可能だろう。

 

「―ッ!?」

《ご無事ですか、美遊様ー!!!》

「きゃーーッ!?」

 

地面を掘り返して美遊の元へ戻ってきたサファイア。その登場の仕方に悪意しか感じないが、いつもクールな美遊の本気で驚いた顔が見れたのはサクラにとって微笑ましい光景だった。

 

「サ…サファイア!無事だったの!?」

《はい、何とか地中に潜って緊急回避を。負傷はしましたが、ルヴィア様たちもご無事です》

 

こうしているうちにも、イリヤとセイバーは何合も斬り合う。

 

恐らく、かつての聖杯戦争でも、イリヤがアーチャーを召喚したならばこれだけの強さを誇ったのではないだろうか…という程に、セイバー…しかもライダーが命をかけてようやく倒したセイバーオルタだろうそれに、たった1人で互角に渡り合っている。

 

凛とて、一流の魔術師だ。いや、超一流と言っても過言ではあるまい。だが、その彼女が召喚したアーチャーよりも、恐らく今のイリヤの方が確実に強い。もちろん魔力量によるゴリ押しという面もあるが、()()()()()()()()()()()()()として調整を受けた部分が表面に出てきているのだろう。

 

その恵まれた魔力量に、遠慮なく壊れた幻想(ブロークンファンタズム)を使うイリヤ。劣勢になってもそれで1度仕切り直せるため、かなり有利だ。

 

だが、セイバーの方も()()()()()()()()と言えばいいものも感じ始めていた。ダジャレじゃないが。

本来、この黒化英霊はサーヴァントではなく、英霊の座から漏れ出た現象の一部。自我のない彼らは持てる技術を遺憾無く迎撃に用いてくるが、そこに気迫や感情といったものはない。

 

投影(トレース)強化(オーバー・エッジ)

 

干将莫耶オーバーエッジを投影したイリヤがセイバーに斬り掛かる。

 

それを見ていた美遊とサファイアは疑問を持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()…と。

美遊はチラリとサクラを見るが、固く握りしめた拳が今の彼女の想いを物語っており、話しかけるのを躊躇ってしまった。

 

イリヤは黒い斬撃を干将莫耶オーバーエッジを投げることで相殺。飛び上がって様々な宝具を投影・投射・壊れた幻想(ブロークンファンタズム)。今のイリヤならやろうと思えば冬木市を焼け野原にできるかもしれない。そう言える火力だが、セイバーは耐える。

 

業を煮やしたセイバーは宝具発動体勢に入る。

 

「不味い…宝具の2撃目…!逃げてイリヤスフィール!いくら英霊化してもあの聖剣には勝てない…ッ」

 

あの聖剣…約束された勝利の剣(エクスカリバー)を知る美遊は、声を上げるが、イリヤはちっとも動揺せずに1振りの剣を投影した。

 

投影開始(トレース・オン)

 

それは、相手と同じく約束された勝利の剣(エクスカリバー)。かつてアーチャーは投影できるが命をかけることになると言った剣を、膨大な魔力と小聖杯としての機能がそれを成し遂げる。

本来の色を持つ聖剣と、黒い聖剣。その2振りが相対する。

 

 

 

 

 

―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

 

 

 

2振りの剣からでた魔力の荒々しい光。それは、いくら現在のイリヤでも完全な投影ではなかったのか、徐々に押される。だが、小聖杯の機能と10年間溜め込んだ魔力量を侮ってはいけない。

全ての魔力出力を聖剣に割り振ったことで、聖剣同士の押し合いは互角に終わった。否、イリヤはその余波を受けて、吹き飛ばされ、英霊化が解ける。

 

「イリヤ!」

「イリヤスフィール!」

《イリヤ様!》

 

サクラと美遊とサファイアはイリヤの傍に駆け寄る。

 

「イリヤ!」

《大丈夫なようです。意識はありませんが、生命反応に異常はありません》

「良かった…」

 

セイバーはどうなったのか…と振り返ると、身体に傷をところどころ残しつつ片膝をついていた。

 

「…ッ!あれでもまだ…!」

 

サクラはふと、スカートの下の太腿にあったカード入れから熱が発せられていたことに気付く。

 

騎兵(ライダー)……若しかすると…」

 

ライダーのカードを地面に置き、その周りに魔法陣を描く。

 

「サクラ…何を…?」

 

美遊の疑問に答える余裕は無い。セイバーが立ち上がり、ジリジリとこちらに近づく。

 

穿孔開始(トレース・オン)…!」

 

激痛を走らせ、暴走1歩手前の魔術回路に鞭を打ち、膨大な魔力を小聖杯へ受け入れる。

 

 

 

 

素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。

 

――――Es flustert(声はきっと届く)

 

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

我が聖杯の下、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

 

 

 

たとえ小聖杯であっても、魔力量と理論を飛ばして結果を得る機能を使うことで、英霊の召喚に必要な条件は揃う。

丸っぽい3画の令呪がサクラの左手に宿る。丸っぽいが、その端は剣のように鋭い。

 

 

「サーヴァント、ライダー。馳せ参じました。……また会えたことに感謝します、士郎、桜」

 

 

そこには、長身の女性の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ライダー…あの…」

「みなまで言わなくても分かっています。聖杯からのバックアップのように、今はあなたとパスが繋がっています。今のあなたがどんな存在なのかも分かっていますから、安心してください。そんなことよりも、()()()()止めればいいのですね?」

 

サクラが口を開いた途端にそれを押しとどめて、ライダーはセイバーオルタを指し示す。

 

「うん。だから… 令呪を以て命ず。全力でセイバーを倒して、生きて帰ってきて、これからずっと一緒にいてください

 

令呪は3画共に消えた。ライダーはギュッとサクラの顔を自らの胸の下辺りに押し付ける。

 

「もちろん、今度こそ…」

 

 

かつて、セイバーオルタとの戦いで相打ちとなったライダー。あの時、士郎がもっと強ければ…と何度も後悔した戦いだった。

それに多分、サクラは桜の魂が死んでないような気がするのだ。凛の件しかり、ライダーの件しかり。

 

サラりと髪を留めていたリボンが崩れ去る。それと同時に、サクラの身体に走っていた激痛が消え去る。桜が遺してくれた使い捨ての蘇生魔術。それを使って魔術回路を十全に使えるようにする。

 

 

 

Es flustert(声は届いた)
 
 同調開始(トレース・オン)

 

 

2人の意志が魔力に乗ってライダーへ流れる。

 

 

ライダーが魔法陣を引き、天馬を召喚する。

そして、魔眼を封じる自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)を外し、魔眼「キュベレイ」を発動する。同時に騎英の手綱(ベルレフォーン)を真名解放する。

 

1度離脱して助走を取り、セイバーへ突撃する。

 

その攻撃力は城壁が高速で突っ込んでくるレベルであり、魔法クラスとも言われる。サクラから送られる膨大な魔力と想い、令呪によるブースト…その攻撃力と防御力はもはや手を付けられないレベルだ。

 

セイバーの黒い斬撃が当たってもビクともしない。それを見たセイバーは聖剣に魔力を貯める。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!」

 

 

一瞬の溜めで放たれたセイバーの聖剣は、まるでビームのようにライダーへ走るが、ライダーはスレスレを躱す。

 

 

「それはもう知っています…」

 

 

競り勝ったライダーの天馬がセイバーを轢き潰し、セイバーはカードと化した。

 

「ライダー…お疲れ様」

「ええ。これを集めているのでしたね」

 

セイバーのカードをサクラに渡す。

 

「これで5枚目…」

 

 

こうしてセイバー戦は幕を降ろした。

 

 

 





とりあえずセイバー戦だけでも書き切ろうと思って、約2年振りに投稿。
次話は未定です


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