現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 (五月時雨)
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番外編
白銀の戦乙女vs真白の鬼娘


 GWの間、ステイホームを心掛けた皆様に、特別ssをお贈りします。
 題して、
『コロナに負けるな!ステイホームの特別ss』

 敢えてGW最終日ギリッギリに投稿したぞ。
 『速度特化と女剣士』の後書きで次回は8日って言ったじゃんって?ははっ、『次回は』ですよ。つまり、『話の続きは』ですよ。だから問題ない!ちゃんと明日も投稿するからね!

 同じ原作で、複数の作品を投稿してる投稿者が一度はやりたいことをやってみた。

 この世界線は、『速度特化』でも『PS特化』でもない、第三、あるいは第四の世界線です。
 時間軸は第一回イベント。
 ハクヨウちゃんとツキヨちゃんの二人共いるやばいバトルロイヤルです。
 イベントでの二人の動き、結果等は、それぞれの作品には一切関係ありません。



 ――さぁ、一人クロスオーバーの始まりだ!
 
 


 

 白熱した第一回イベントの翌日、【比翼】として名を轟かせた純白の戦乙女ことツキヨは、ジロジロとした無数の目線に耐えながら町中を歩いていた。

 

「いやはや、昨日の今日で注目浴びまくってんな、ツキヨ様?」

「はぁ……本当に、鬱陶しいわね」

「嫌なの隠そうともしないのな」

 

 前日の気疲れでダウンするミィでは無く、直属の部下という立場が定着しつつある、ウォーレンと共に。

 

 丁度、【炎帝ノ国】への参加希望者との面会を終えた所だったのもある。普通に疲れた。

 そんな折。

 

 

「【ひ よ く(比翼)】さーんっ!」

「ひゃっ!?」

「うおっ……大丈夫か?」

 

 突然、後ろから強い衝撃を受け、ツキヨは前方に倒れそうになる。

 突然のことだったので抜群の反射速度も機能せず、隣を歩くウォーレンによって支えられた。

 

「ありがとう、ウォーレン。……それで、いきなり突撃とは、どういう要件かしら?」

 

 全速力で突撃し、今なおツキヨに抱きつくピーチブロンドの髪の少女に、不機嫌なのを隠しもせずに問いかける。

 

「やや。私ったら名高い【比翼】さんとちゃんとお話ができるチャンスと思ったら、ついテンションが上がっちゃって、とんだご無礼をば」

「いいから離れなさい」

 

 可愛らしく『ペロ』と下を出して詫びる眼鏡をかけた彼女に、『そう言うのいいから』とばっさり。

 『ペイッ』と彼女の首根っこを掴んで、無理くり引き剥がし、そのまま投げ捨てる。

 

「私、カガミっていいます。【比翼】さんのだーいファンですぅー!」

「ファン……?」

 

 雑な対応にもへこたれず自己紹介をするカガミに、さしものツキヨと言えど押され気味だった。

 前日の第一回イベントの注目度はかなり高かった。運営によってアップされた動画も手伝って、新規に始める初心者の増加も予想されている。

 そんな大イベントで一位になったツキヨにファンが付くのは当然かもしれない。

 

「くくっ、ツキヨ様にファンねぇ?良かったんじゃねぇの?冷徹サブリーダー様よ?」

「黙りなさいウォーレン。……それで?ファンだか知らないけれど、何のつもりかしら?」

 

 カガミに向ける視線を氷点下に下げつつ問いかければ、やはり堪えた様子もなく。むしろ感心するかのように笑った。

 

「おぉ……【白銀の戦凍鬼】と評された絶対零度の視線、いただきましたぁ!」

 

 調子が狂う。そうため息を付きたくなるが、カガミはマシンガンの如く止まらない。

 

「いやぁ私、このNWOで友達と【NWO新聞部】というグループをやってるんですが、是非その第一号の記事に、ツキヨさんに出ていただきたく!見出しは……そうですねー。『脅威の剣戟!最強と名高かったペインを一蹴!』ってな感じで」

 

 『もちろん完成したら、ゲーム内外に拡散しますよー!』と一人張り切るカガミ。

 どうやら、ファンというのは本当らしいが、それより取材が目的らしい。

 それに対し、ツキヨはと言えば。

 

「迷惑よ、帰りなさい」

 

 くるりと彼女から視線を切って、スタスタと歩き去ろうとする。

 ウォーレンはウォーレンでツキヨの考えに従うのか、何も言わずに付き従う。

 

「ままま、待ってくださいよ〜!イベント一位の人に第一号の記事を飾ってもらえば、注目間違いなしなんですぅ〜っ!!」

「私には関係ないわね。二位のドレッドでも当たりなさい」

「二位じゃ駄目なんです!一位じゃないと!」

 

 ツキヨの足首をガッチリ掴んで、『にがすかぁー!』という烈迫の気合を覗かせるカガミ。

 ツキヨは早く離してという願いを込めて、意地でも離さないカガミを引き摺って歩く。

 

 

 

 ズルズル……

 

 

 

 ズルズル……

 

 

 

 ズルズル……

 

 

 

「ああっもう!良いわよ!十分だけ取材受けてあげる!」

「わーいっ!」

 

 

 

 ………五分は引き摺った。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ではでは、よろしくお願いしまーす!」

「……よろしく」

 

 二人のテンションに天と地ほどの差があるが、それはさておき。

 取材を受けるまでにあまりにも注目を浴びてしまったので、ツキヨはコーヒーの美味しい隠れ喫茶にやって来た。

 カガミはウォーレンにも取材をしたそうだったが、彼は早々に逃げた。後で締める、とツキヨは固く誓う。

 

「いやはや、こういうお店もあるんですねぇ……これは街の中の記事も作ろう……グフフ」

「私の時間を無駄に浪費させないで。さっさと始めなさい」

「……はーい」

 

 本当ならこの喫茶店も教えたくなかったツキヨ。しかし、この際致し方ないと腹を括った。

 

「それでは、取材させてもらいますねー」

 

 インベントリからカメラを取り出し、青いパネルを空中に浮かべ、録音を開始する。

 

「カメラなんてあるのね」

「無しでもスクリーンショットは取れますけど。

 こっちの方が雰囲気出るじゃないですかぁ?」

 

 雰囲気だけで、できる事はスクリーンショットと同じらしい。あと、首にカメラの紐を下げるのが妙に様になっているのも憎たらしい。

 

「おぉ、やはりその冷たい表情は良いですねぇ……ぜひ一枚!」

「いや」

「……残念です。気を取り直して、まずは自己紹介をお願いします!」

「ツキヨ」

「もっと他に無いんですか〜?」

「…………はぁ。【炎帝ノ国】でサブリーダーをしているわ」

「確か噂では、イベント四位の【炎帝】ミィさんと現実でもお友達とか?」

「そうね」

 

 どこまでも淡々と答えていくツキヨ。

 元から不本意で取材を了承してくれたのは理解しているので、カガミもあまり強くは突っ込まない。

 

 それから少し、他愛もない質問が続く。

 何故、双剣を選んだか。何故、グループ名が【炎帝ノ国】なのか。サブリーダーとはどんな感じなのか。といった所だ。

 そして遂に本題に入った。

 

「では、ツキヨさん。第一回イベント、堂々の一位おめでとうございます!イベントで一番印象に残った戦いは!?ズバリ、ペインさんとの最終決戦でしょうか!?」

 

 その質問に、ツキヨは少しだけ考える。

 ペインもまた、高い実力を持っていた。

 確かに強かったし、自分が未だ使えない技術を使っているのは、印象深い。

 けれど。

 

「一番印象に残った、と言うのであれば、ペインでは無いわ」

「ほへ?」

 

 ペインとの戦いがあって尚、真白の鬼との戦いの方が、鮮烈に思い起こせるから。

 

「イベント五位……【白影】ハクヨウとの一戦」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 それは、第一回イベント開始から、一時間が経過した時。

 

 ツキヨが崩れかけた廃墟が建ち並ぶ大通りで、数十人のプレイヤーに囲まれた時だった。

 

『―――っ!』

「っ、……霧?」

 

 視界を奪う濃霧が突如発生し、ツキヨは自身を囲むプレイヤーの姿が見えなくなった。

 直前に、誰かの声が聞こえたので、恐らくこれもスキル。

 早くこの霧を払うか、作り出したプレイヤーを叩かなければ、圧倒的に不利。

 

 しかし。

 唐突に、『パンッ』という破裂音が響いた。

 

「ぎゃっ!」

「うわ!?」

「何が起こ……ぐあっ!」

 

 叫び声が、場を支配する。

 

「何が……っ」

 

 破裂音は何度も響き、その度にプレイヤーの叫び声が上がる。肌に触れる空気の振動が、何かが自身の周りを高速で通っていくのを感じる。

 けれど、察知した瞬間に剣を振るが、当たらない。

 

「AGI特化……っ!」

 

 常人を遥かに上回る反射速度を以ってしても、捉えきれない高速起動。

 視界が悪い濃霧。

 

 プレイヤーの断末魔は絶え間なく上がり続け、三十を越えた時。

 

「っ、はぁっ!」

「!?」

 

 目の前に、剣が現れた。

 そうとしか思えない速度。

 辛うじて【白翼の双刃】が間に合い、霧に紛れる純白の刀身を受け止めた。

 同時に、霧も晴れる。

 

「す、ごい……」

「あなたが……?」

 

 立っていたのは、真っ白い着物の少女。

 平頭巾で顔を隠しているためしっかりとは見えないが、肌も髪も着物も、装備すら白で統一された、小柄な少女だった。

 

「今、の。防がれたの、初め、て」

 

 少しだけ目を見開いている少女は、ポツリポツリと吃りながら話す。

 

「霧は、あなたが?」

「そ、う。人、固まってたから。全員倒した、よ」

「そう……」

 

 つまり、自分を囲んでいたプレイヤー全員倒し、自分が最後というわけか。

 

「つまり、私の獲物を横取りした、というわけね?」

 

 霧の影響もあっただろうが、視認すら難しい超高速機動を持つ少女。スキルかは分からないが、油断はできなかった。

 

「ふぇ……?逃げてたから、倒して良いと、思った、だけ」

「誘き出していたのよ」

 

 彼女は、ツキヨが逃げていると思ったのだろう。逃げてるなら、ポイントは貰おう。ついでに、この人(ツキヨ)も倒してしまおう。といったところか。

 

「舐めてくれるわね」

「え、と……ごめんなさ、い?」

「謝罪はいらない。いるのは……」

 

 即座に【跳躍】で距離を詰め、懐に飛び込む。

 

「あなたの命。【蛇咬】!」

 

 獲物を横取りされた腹いせに放った、瞬間二点同時攻撃は、狙い過たず少女の首を両側から噛みちぎる―――

 

 

 

 

 ―――はずだった。

 

「びっくり、した……速い、ね」

「……へぇ」

 

 最速の剣戟は空を切り、残像を残して少女が遙か後方に現れる。

 躱された。

 そう、内心でごちた。

 タイミングは完璧だった。狙いを読まれた?いや、読まれてなお、躱すなど不可能だったはず。

 なのに。

 

「横取りしたのは、ごめん、なさい。けど、そっちが、その気、なら」

 

 しかし、回避そのものは上手くないのか、大袈裟なまでの後退と、勢いで平頭巾が外れ、病的な白い肌と一対の角が露出する。

 

「鬼……そう、あなたが」

 

 最前線を駆け回る、最速の白鬼。その噂は聞いたことがある。

 けれど、戦場において言葉は不要。

 深呼吸一つ。

 視覚が頼りにならないのは分かっている。

 ツキヨの反射速度でも捉えられない、AGI。

 反則的な機動力。

 それを、目の前の相手は持っている。

 

「いく、よっ」

 

 瞬間、ツキヨの視界から再び少女が消失し。

 

(っ!)

 

 首筋に『ちりっ……』と違和感を感じ取った。同時に、やばい、とも。

 だから、その本能に従う。

 首を伝う金属の鋭利な冷たさに、自身の刃をぶつける。下手に飛び退くよりも、反射的にそうした。

 

 すると、手に硬質の感触が響き、軽い刃を弾き飛ばす。

 

「うそでしょ……」

 

 全く見えなかった。

 あとコンマ1秒遅れていれば、完全に首を斬られた。

 初めて、()()()()()()()()

 減ったのは微々たるもの。しかし、彼女のAGIが、ツキヨの反射速度を超えてきた。

 

「わ。これも、防い、だ」

「冗談キツイわね……」

 

 今のは防げたが、本当に一切見えなかった。

 

「ゲーム内最速の名は、伊達ではないみたいね。【白影】」

「う、ん?」

 

 最前線を駆け回る最強兄妹。

 その、妹。

 真っ白い小柄な少女で、AGI特化の最速プレイヤー。特徴的なことは、プレイヤーアバターが鬼であること。ツキヨやミィに劣らぬ有名人。

 身長もメイプルと同じくらいだろうと思う。

 

「凄、い。何、で?見えてる、の?」

「影も形も見えなかったわ。事実、こうして僅かにダメージを受けている」

「でも、途中で弾かれ、た」

 

 反則的なAGIに、反則的な反射速度で対応しただけである。

 だが、言うつもりもない。

 

「もう、少し。上げ、るっ【韋駄天】!」

「うっそぉ……」

 

 思わず素が出てしまうくらいには、彼女は馬鹿げていた。

 

 なにせ。

 

(本気で見えないわね……)

 

 音速を超えた音がツキヨの全周で無数に響き渡る。轟音が、衝撃がツキヨを断続的に全方位から襲い来る。

 それ自体にダメージが無いことだけが唯一の救いだが、下手に動くこともできない。

 時折飛んでくる苦無を叩き落とし、一体何本持っているのかと呆れてモノも言えない。

 

(やるなら、近づいたところをカウンターで仕留める……)

 

 それしかない。相手は空を飛んでいるのだ。しかも絶え間ない遠距離攻撃も備えていると来た。なんだこのオールラウンダー。

 幸い苦無は視認できたので、多少数が多い程度なら対応できる。時々、物凄い重い一撃だったりするが、それもどうにかなる。

 

「【聖水】……【聖命の水】」

 

 僅かにも死ぬ確率を下げるために、初めて自分に回復をかける。

 圧倒的な速度の理不尽さが分かった。

 無理だこれ。

 と、誰もいなければ叫んでいた愚痴を飲み込み、自らの【白翼の双刃】(つばさ)を大きく開く。

 

「来なさい。一撃で終わらせてあげる」

 

 散らばる苦無の量に呆れ返る。百近くあると思うそれらを叩き落とす自分も自分だ。

 

『――――――?』

 

 ツキヨの周囲全域を飛び回っているからか、全方位からその声が響き渡る。生憎と言葉の意味を理解することはできなかったが、不思議、といった感情はどうにか読み取れた。

 

「私はね……たった一人にしか、負けてやるつもりがないだけよ」

 

 思い描くのは、強くて弱い親友。

 いつまで経っても弱いけど、昔から変わらず強い親友。その子以外に、ツキヨは負けてられないから。

 

 

 

「最速の小鬼さん

 

 世界の広さを知りなさい」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「どうしたんですかー?ツキヨさん!早くどんな戦いだったのか教えてくださいよー!?」

 

 あの時、どちらが勝っても可笑しくなかった瞬間。自分が勝てたのは運が良かったからだと、心から思う。

 ペインには、実力で勝てた。

 けれど、彼女には。

 

 【白影】ハクヨウは。

 

 最後まで、彼女の走る姿を捉えることはできなかった。

 反応すらできず自分は片手を持っていかれ、当てずっぽうで振るった剣が、偶然にもハクヨウの首を捉えた。

 ただ、それだけ。

 

 次戦えば、どうなるか分からない。

 けれど、次こそは。

 

 

 

「10分だけの約束よ。ハクヨウの名を出した時点で、時間過ぎてるもの」

「へ……?あぁっ!?」

 

 

 

 詳細は、心の中に留めておくだけで良い。

 ぎりぎりの戦いだったのもそうだけど、次こそは私が完璧に勝利したいから。

 

 

「先に色々と質問しすぎね。こちらとしては助かったわ」

「そ、それはツキヨさんが話すのを渋ったせいじゃないですかぁー!」

「そうだったかしら?最近、物忘れが酷くて……ごめんなさい。貴女、だれ?」

「そのレベル!?それはもう病気ですよ!」

 

 話しにくい事は、煙に巻いてしまうに限る。

 ハクヨウも私も、あの時はイベント時間が半分以上あったせいで出し惜しみしていたから。

 だから、語る必要はない。

 

「ふふっ……今度は負けないわ」

「ななっ、何ですか一位で死亡回数0ですよね!?負けたんですか?ハクヨウって人に負けたんですか!?ねぇ!?」

「コーヒーご馳走さま。もう行くわ」

「ちょっ、ツキヨさぁーん!!」

 

 喫茶店の代金をカガミに押し付けて、店を出る。できるなら、もう二度と関わりたくない。

 

「無理だろうなぁ……」

 

 良くも悪くも、自分は目を引くから。

 ミィと一緒に、巨大グループを取り仕切ってて。今回は一位。二つ名なんていう恥ずかしいのも付けられた。

 

 

 

「次は、本気でやりましょうね」

 

 

 

 次こそは、必然の勝利を手繰り寄せてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高すぎる料金への叫び声をBGMに、この日はログアウトした。

 

 

「最高額はやりすぎだったかな……」




 
 クロスオーバーだから思い切って、こちらではツキヨちゃん側の三人称。
 ハクヨウちゃん側の三人称を見たいなら、もうわかるな?同時投稿したぞ?
 あと、前書きで言った通り、これは第三、あるいは第四の世界線です。なんで『あるいは』なのかって?それはもう片方を読んでよ。
 ついでに本編も読んで良いのよw

 これをやった狙いは3つ
 一つは、単に一人クロスがやりたかった。
 第二に、読んでるのが『PS特化』だけ。あるいは『速度特化』だけって人に、もう一方の主人公を知ってもらいたかった。
 最後に、GW中は草案を練ってたら完全にステイホームしてたから、削除は勿体なかった。
 スーパーに買い物行く以外、ずっとステイホームしてたし。

 どうせならどちらも気に入って貰いたいし。
 ステイホームを心掛けた皆様に贈るとか言って、多分私が誰よりもステイホームしてます。
 『ステイホームの特別ss』←ここ、多分表してるの私のことだw

 今回はツキヨちゃんが勝ちましたが、偶然の勝利です。お互いにまだイベント時間が残っているので手札も殆ど切らなかったし、どちらも余力を残したままの決着だからこそ、『次は全力で』ってコメントしていますね。

 あとは、PS特化を読んでる人なら分かるでしょうが、向こうの作中に【首狩り】【速度狂い】が出ましたよね。
 あれ、今回のssの準備というか、世界線が混ざるっていう分かりにくすぎる伏線でした。向こうの後書きで書いた理由が主ですけど、一人クロスはずっとやりたかったので。
 こっちでもやりたかったんですが、ツキヨちゃんが持ってるスキルは色物すぎですし、ハクヨウちゃんじゃ取れないのばっかりだし、仕方なく諦めました。

 GW中はずっと草案練ってて、半日どころか数時間で字起こししたので、誤字ありそうで怖い。
 流石に2話合計13000字を4〜5時間はキツかった。二度とやりたくない。(やるフラグ)


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アンケート企画第一弾 可愛がられるだけ

 はい、アンケート企画第一弾です!
 2弾は『PS特化のツキヨと姉妹』なんですが、これはPS特化でも『ハクヨウと姉妹』を書くので、書けたら同じ日に投稿予定ですね。内容は別のモノを予定していますが。

 今回はハクヨウちゃんがただただ皆に可愛がられて、可愛いだけです。
 特に時間軸は決めてませんが、圧倒的未来です。作中のシリアスも全部終わった後の、平和すぎる世界のお話を先取りしました。
 と、そんなssを書こうと思っていたんですが、なんか最終的な着地点がおかしくなりました。けどこれはこれで可愛いからありかなぁ、と。

 


 

 

 

「ふふ……うふふふふっ。あはははっ!」

 

 不気味な声が、薄暗い室内を支配する。

 様々な器具が煩雑に置かれたこの部屋は、彼女が彼女のために彼女自身で用意した作業部屋。

 鍛冶を専門とする彼女だが、その実【調合】や【裁縫】なども手掛けており、その腕はトップクラスだ。

 

「ついに…ついに、完成よ」

 

 そこには一人の女性と、瓶に入った橙の液体。

 見た目は、ポーションと色が違うだけ。

 その瓶を見て彼女は笑いが抑えられなかった。

 ずっと……ずっと作りたかったものだから。

 この世界がゲームだからこそ夢見た、ゲームだから可能だと思った薬。

 

「これをハクヨウちゃんに飲ませれば……あはっ。うふふふふふふ……っ」

 

 女性は、名をイズ。

 ハクヨウを妹の様に可愛がる大人枠の一人にして、生産の異常枠である。

 

 

 

 

 そんな不気味な笑い声を上げる彼女のもとへ、生贄(ハクヨウ)がやってきた。

 

「イズ。来た、よ?」

 

 ノックして入ってきたハクヨウは、この日、イズに火急の用があると言われ呼び出されていた。

 直接話したいからと言われて内容は聞いていないが、他ならぬイズの言葉だったので無条件に信じ、のこのことこの不穏な部屋にやってきた。

 

「あら、いらっしゃいハクヨウちゃん。時間には少し早いけど、よく来てくれたわね」

「わ。急ぎの用って、言ってた、から」

 

 開幕一番にハグハグなでなでスリスリくんかくんか。若干危ない行為が入ってないでもないが、いつもの事と遠い目になったハクヨウ。

 もう慣れた。

 

「ん〜、ハクヨウちゃんのこの抱きしめた時のすっぽり感が良いのよね〜」

「む。それ、遠回しに小さい、言ってる?」

「かわいいは大正義。ハクヨウちゃんはかわいい。つまりハクヨウちゃんが大正義」

「……何言ってる、の?」

 

 小柄なハクヨウは、イズの腕の中にすっぽりと収まってしまう。そのフィット感が好きらしい。

 

「それ、でっ!用事って、なに?」

「あ、逃げちゃった……もう少し堪能させて?」

「い や !」

 

 両手で目一杯押し、イズの捕縛から抜け出したハクヨウは、『私は小動物か!』と言いたげなジト目で問いかけた。

 ジリジリとイズから距離を取り、ある程度離れた所で気を抜いた。抜いちゃった。

 

「すきありっ!それじゃ仕方ないけど、本題に入りましょうか」

「離し、てっ!」

 

 『はぁ……』と溜め息一つと肩を落とし、気が抜けた一瞬の隙を付いて、再び抱きつくイズ。どうやらこのまま本題に入りたいらしい。

 藻掻くハクヨウを『あらあらうふふ』とにこやかに笑っている。まるで素直になれない妹と、妹が好きすぎるお姉ちゃん。

 

「ハクヨウちゃんにはね、一つアイテムを試してほしいのよ」

「このまま、進めるん、だ……で、アイテム?」

 

 抱きしめてほっぺとほっぺをす〜りすり。イズの愛情表現は過剰だと辟易。慣れた。

 

「うん。これなんだけどね?」

「ポーション?」

 

 腕の中にすっぽりと収まりつつ、目の前に翳されたのはポーション瓶に入った、橙色の液体だった。通常、ポーションは緑色なので、橙色というのはおかしい。

 

「効果、は?」

「普通のとは違うわ。でもちょっと説明が難しいのよね……兎に角危険なものではないから、取り敢えず使ってみてくれない?この場でも効果を発揮するはずだから」

「自分で、使わない、の?」

「自分じゃ意味な……じゃなくて、試験的なものだから、自分以外の使った感じも見たいのよ」

「………そ」

 

 この時、ハクヨウ唯一の失敗があるとするならば、意地でもイズの捕縛から抜け出すべきだった。

 そうすれば、絶対にこのポーションを飲まなかっただろう。

 

 なぜなら。

 

「―――っ!―――っっ!」

 

 ハクヨウに聞かれないよう声を出さずに我慢したその顔は、だらしない程ゆるっゆるに緩んでいたのだから。

 

「それじゃ。使う、よ」

「はーい」

 

 イズがハクヨウの腰に回した手からポーションを受け取って、そのまま使用。その瞬間にはイズは捕縛した両腕を離し、ハクヨウを開放するが。

 

 全て、遅かった。

 

「わわっ、何こ、れ―――」

 

 ポーション瓶を開けた瞬間、中身が弾ける。

 ボフンと、とてもコミカルな発破音と共に飛び散る橙の液体と桃色の煙に包まれて、ハクヨウは驚き尻もちをついた。

 

「けほ、けほ…イズ、危なくない、言った……」

「危険はないけど、試験的なもので爆発しちゃうのよね……ダメージが発生するものじゃないから、ちゃんと安全よ?」

 

 それ『死ななきゃ安い』と同レベルでは……と思うものの、煙で咳き込むし何も見えない。しかし数秒の後に自然と煙が晴れ、視界が戻る。

 

「もう……ホントに、もうだ、よっ!」

「うふふ、ごめんなさいね?もう収まったわ」

 

 尻もちをついたハクヨウは、ものすご―――くにっこりするイズの手に掴まって起き上がる。

 

「………ん?なん、か。目線低、い、し……手も短、い?」

 

 イズの顔を見上げると、首をかなり上に向ける必要があって、ちょっとキツイ。

 そんな気付きなくない事実に気が付き、頭からさっと血の気が引いた。

 

「ま、さか……っ!」

 

 そこで元凶のイズをきっ!と睨むと。

 

「うふふっ……うふふふ……そ〜いっ!」

「ぅ、わっ」

 

 キャラ崩壊っぷりのひどい緩んだ笑みで、ハクヨウに抱きついた。

 

 ()()()()()()()()

 

 

「ふふふっ!どう?どうかしら?

 私が作った【年齢偽称薬(ぎしょうやく)】はっ!?」

「なに、それ―――っ!?」

 

 自分の体や顔をペチペチと触ってみると、背伸びをしても十歳にも満たないだろう身長な上に、顔立ちもだいぶ幼くなっている気がする。

 また頭の角も小さく縮み、一センチほどの硬質の突起があるだけ。

 

「実験は成功!もうほんと!本当にかわいいわ!かわいいわよハクヨウちゃん!」

「や、め、てーっ!」

 

 正面からハクヨウを強く抱きしめてそのまま脇に手を差し込み、小さくなった体を軽々と持ち上げて抱きかかえる。藻掻けど藻掻けど、体格差は絶対だった。抜けられないし、そのままぬいぐるみみたいにぎゅーっ!と抱きしめられる。

 

 そして。

 

 更に追い打ちの如く。

 

 

 扉が、ノックされた。

 

「ひぅ!?」

「はーい!待ってたわよ〜」

 

 扉が開けられると、見慣れた装備のプレイヤーが五人。

 

「言われた通り全員で来ま、し……え!?」

 漆黒の全身鎧の大盾を筆頭に。

 

「火急の用事って一体……はぁ!?」

 蒼を基調とした前衛魔法使い。

 

「ミザリーとレベル上げしてたんだけどいきなり……て、えぇっ!?」

 赤で統一された烈火の魔法使い。

 

「ハクヨウちゃんがこっちにいるって聞いたのですが……はっ!これはっ!?」

 白の聖職者のような装備の女性。

 

「な、なんだ皆して?立ち止まって無いで早く入ってくれ……っ!」

 桜色の着物を身に着けた女剣士。

 

 ハクヨウの受難は、始まったばかりである。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はい、あーん」

「…………」(ツーン)

「ハクヨウハクヨウ!だっこさせて!」

「………いやっ」

「ハクヨウ、すっごい可愛いよ!」

「うぅ……恥ずか、しい」

「ハ、ハクヨウ……撫でても良いかな?」

「……それくらい、なら」

「ず、ずるいぞ!私にも撫でさせろ!」

「やー!」

「ハクヨウちゃん、ここに逃げても良いですよ」

「うぅ……ミザねぇ〜〜っ!」

 

 イズがお菓子を『あーん』するのを尽く無視し続け、メイプルのだっこ要求を拒否し、ミィのストレートな褒め言葉に羞恥し、サリーのなでなでを仕方なく受け入れ、カスミを全力拒否。そして最終的に恥ずかしさが限界突破して、ミザリーに抱きついた。

 

「「「「「ミザリーずるい!!」」」」」

 

 抱きつくハクヨウは眼尻に大粒の涙を浮かべており、“ひしっ!”という感じに抱きついて、『離してなるものか』とミザリーの装備の裾をぎゅっとしている。そんなハクヨウを優しく包み込み、頭を優しく撫で、『もう大丈夫ですよー』と慰めるミザリー。

 

 

 

 

 なんと言うか。もう……ミザリー優勝。

 

「いきなり小さくされたんですから、ハクヨウちゃんがイズを怒っても当然です」

「うっ……」

 

 ミザリーの胸元に顔を埋めるハクヨウ、ミザリーの窘める言葉に“うんうん”と高速首肯。

 

「皆さんも、もう少し小さくなってしまったハクヨウちゃんの気を遣ってくださいね?」

「「「「………はーい」」」」

 

 じんわりの涙を浮かべるハクヨウ、ミザリーの言葉に『ミザねぇだけが味方っ!』とより強く

“ぎゅっ!”する。

 ミザリーもミザリーでまんざらでも無いのか、座りやすいようにハクヨウの位置を調整して、そのまま抱きかかえて撫で擦る。

 もはや姉というよりお母さん。

 

 

 しばらくしてようやく落ち着いたハクヨウだったが、やはりミザリーから離れるつもりはないのか、あるいは他の人の餌食になりたくないのか、そのまま膝の上に座ってお菓子をポリポリ。なお、今日一日イズを無視することに決めたのか、イズにだけは無言を貫いていた。

 代わりにカスミへの対応が軟化しているのは、怪我の功名というべきか悩むところ。

 

「ハクヨウ、本当に可愛くなったね」

「む、ぅ……」

 

 頭をぐりぐりと撫で回すサリーから逃げようと体を捻るが、ミザリーもミザリーでハクヨウを離してくれない。お腹の前で抱き留められて、逃げられない。

 

「だめよ。もう本当に駄目駄目だわ!」

「……どうしたのイズ?」

 

 一人ハクヨウから無視されていたイズが小さく呟く。和やかムードの中でただ一人怒りで肩を震わせていた。

 

「イズが無視されるのは自業自得だと思うのだが……」

「違うの。違うのよカスミ!ハクヨウちゃんは本当にかわいいわ!可愛いし美人だったわ!だからこそ、その純白の着物が清楚さと神秘性を醸し出していた!だけど!だけど……っ!今のハクヨウちゃんはとってもとっても可愛い美幼女!それならもっともっと可愛い服にするべき!

 だからチェンジよ!」

「イズさん、なんか暴走してる……けど、確かに今のハクヨウならもっと可愛い装備が良いね……ワンピースでも着る?」

 

 メイプルも呆れ顔でツッコミを入れるが、さり気なく便乗して真っ白のワンピースを取り出す。

 

 瞬間。

 

キランッ と、全員の目が輝いた気がした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「うぅ……っ」

「可愛い!もうほんっと可愛い!」

「ねぇハクヨウ……このままお持ち帰りしていい?」

「想像以上だね……」

「やはり桜色の方が良いと思うんだが…」

「いいえ。ハクヨウちゃんはこの可愛さと清楚さのあるドレスが最高です!」

 

 ハクヨウはあの後、パッションの弾けたイズの手によって何着もの衣装を着せられて、軽いファッションショーをやらされた。

 そして全員が、自分のイメージカラーを薦めたのは言うまでもなく。

 メイプルは黒のゴスロリ衣装を。

 サリーは青のマーメイドドレスを。

 ミィは自分の装備そっくりに。

 カスミは桜色の振り袖を。

 

 全部似合ったのは言うまでもないが、最終的に、疲れたハクヨウがミザリーに泣きつき、ミザリーが選んだ白を基調として、ふんわりとしたワンピースドレスになった。

 所々に金糸で装飾されており、鮮やかな黄色のリボンがアクセントになっている。

 

 そして皆してハクヨウの奪い合い。

 もみくちゃにされるハクヨウは、体格差で振り回され、目が回る。何よりミザリーすら若干目が据わっていて、味方が居なくなってしまった。

 自分好みの衣装を着せて、彼女のリミッターも外れたらしい。

 

 交代で抱き上げられ、撫でられ、強く抱きしめられる。見た目がいくら可愛くなろうとも、中身はいつものハクヨウだ。

 恥ずかしさで可笑しくなりそうだった。けれど、それでも逃げないのは彼女たちが嫌いではないから。今回のイズみたいに怒ることはあれど、本気で嫌いになることなんてできないから。

 だから、拒否もしづらい。

 

 

 とはいえ、かれこれ一時間以上撫でられており、ハクヨウの恥ずかしさメーターはとっくに限界を迎えていた。

 誰でもいいから、兎に角この魔境から助けてほしい。取り敢えず抜け出して、落ち着いたら元にいつ戻るのかイズに問い詰めなければ。

 そう考え、ハクヨウは恥ずかしさを圧し殺すために思考の海に沈み込む。別のことを考えれば、気にならないよね!と安直な考えだ。

 

 

 

 

 そんなちょっぴり瞳からハイライトさんが職務放棄を始めた時、遂に救世主が現れる。

 

 

 

「おーいイズ、大盾と防具のメンテ頼みたいん、だ、が……」

 

 

『あ、……』

 

 ハクヨウの取り合いに夢中になっていた一同は、クロムが入ってきたことで我に返り。

 

「クロムっ!」

「うおっ!?」

 

 皆からの拘束が緩んだその瞬間、ハクヨウは小さな体を活かしてするりと抜け出し、風となってクロムの後ろに隠れた。

 

「あー……えっと。ハクヨウ、か?」

 

 “もうやだぁ……っ”と言った風にクロムの足にしがみつき、涙を浮かべた上目遣いのハクヨウが、小さく頷いた。

 

「何がどうして、小さくなってんだ?」

「イズに、騙され、た」

「ハクヨウちゃん!?」

「事実ですよね?」

 

 ミザリーの追撃でイズが項垂れる。自覚はあったらしい。

 

「……で、この状況は?」

「………おもちゃにされて、た」

「ミザリーは?」

「最初は、助けてくれた、けど、途中から……」

「はぁ……なるほど。取り敢えず、()()()()

 

 『全く……』という感じに溜め息を溢したクロムは、足元のハクヨウを優しく撫で、どのくらいで戻るのかと聞いた。

 

「え、と……わかんない」

「……それなら二時間くらいで効果が切れるはずよー……」

 

 物凄い残念そうに教えてくれたイズ。

 ミザリーも最終的に調子に乗ったので六人揃って正座させられている。非常にシュール。

 彼女らの頭の上に、『しょぼ〜ん……』とか書いてありそう。

 仁王立ちで睥睨するクロムは、部屋の片隅に散らばった衣服装備を見たあと、六人に向き直る。

 

「お前らなぁ……いや、確かに小さくなってるハクヨウは可愛いが、限度ってものを考えろよ」

『うっ……』

「……で、元凶のイズ」

「はい……」

「ハクヨウの許可は取ったか?」

「…………取ってません」

「大分着せ替え人形にしてたようだが……ハクヨウの意思は誰か確認したか?」

『………してません』

 

 その他にも沢山、クロムが問いかけて行く。そしてその度に、六人がどんどん小さく縮こまっていき、段々と見ていたハクヨウすら申し訳なくなってくる。

 空気が暗いもの。『しょぼ〜ん……』を超えて『どよ〜ん……』としている。

 

 

 

「最後に……ハクヨウに謝ったか?」

 

『私達が悪かったですごめんなさいハクヨウ様どうか許してくださいこの通りです……』

 

 完璧すぎる五体投地。

 それを前にクロムが満足そうに頷くと、ハクヨウに向き直った。

 

「で、この通り反省させたが、ハクヨウはどうする?」

「……あ、はい。もう良い、です」

「……だそうだ。立っていいぞ」

『………感謝の極み』

 

 これからはクロムを怒らせないようにしよう……その為にハクヨウに無茶振りは辞めよう……と、固く誓った六人だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「それじゃあ元に戻るまで、ハクヨウは俺が預かるからな」

『えぇっ!?』

「お前らだとまた暴走しかねんだろうが!!」

『…………はぁーい』

 

 とはいえ、元に戻るまであと三十分も無い。正確には分からないが、もういつ戻ってもおかしくない。まぁゲームならではで装備品のサイズはプレイヤーの体格に合わせてある程度変化するから、このままの衣服でも問題はないのだが。

 

「じゃ、行くか」

「………」

「ハクヨウ?」

 

 手を差し出したクロムに、無言で思案顔になるハクヨウ。どうしたのかと思いクロムが問いかければ、次の瞬間、ハクヨウが驚きの行動に出た。

 

「【跳躍】」

「うおっ!?」

 

 ぴょーんと飛び上がり、空中でくるりと一回転。そのまま綺麗なフォームでクロムの肩に肩車状態で着地した。

 

「お前な……」

「えへ、へ……やだ?」

「………はしたないことするんじゃありません」

「嫌じゃないん、だ?」

「…………………はぁ。好きにしろ」

 

 折角明言を避けたのに、笑顔で小首を傾げて問いかけるハクヨウに、ついぞクロムが折れた。

 

「クロム。背、高い、ね」

「そうか?」

「ん。遠くまで、見える」

「ハクヨウが小柄だってのもあるが…」

「む、ぅ……も、少し大きくなりた、い」

「元のハクヨウくらいの身長が可愛いと思うけどなぁ……」

「……今、は?」

「小さすぎて心配になるが……可愛いぞ?服も似合ってるし」

「……っ!―――えいっ」

「ちょ、おい暴れんな。バランス崩して落ちたらどうすんだよ」

「クロムなら落とさない、もんっ」

 

 ………なお、この二人の会話を、羨ましそうに歯咬みして見つめる瞳が十二個あるが……。それは、知らぬが花というものだろうか。

 

「さて、このまま居てもつまらんし、街の中散歩でもするか?」

「しゅっ、ぱーつ」

「俺は乗り物かっての」

「乗り者、は、【ばぁさぁかぁ】、だよ?」

「そういう意味じゃねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局この後、外に出てすぐにハクヨウは光に包まれて元の大きさに戻った。見た目も年相応であり、装備がワンピースドレスなだけで完全に元通りである。

 

「む、ぅ……残念」

 

 唇を尖らせて愚痴るハクヨウだった。もう少し肩車を楽しんでいたかったのだが、元に戻ったのでは仕方がないと、いそいそと背中から降りる。

 

「ま、俺は見慣れてるこっちの方が良いな。小さいのも可愛かったが、あれじゃ戦えないだろ」

「ん」

「それに、こっちも十分にちっこいしな」

「む、ぅ……」

 

 クロムとは身長差がイズ以上にある。ちょっと強めに撫でてくる手は、小さい時よりも撫でやすそうだった。最近ではこの手も慣れてしまい、無意識にもっと撫でろと頭を擦り付ける。

 

「ったく……ネコかよ。まぁハクヨウも元に戻ったし、俺はそろそろログアウトするわ。防具のメンテは明日にでも頼むかね……さっきの今でイズには渡しづれえし」

 

 頭を掻いて、仕方なさそうに苦笑するクロム。

 仕方なく今日はもうログアウトしようかと、ハクヨウから離れた。

 

「じゃーな。また今度、一緒に探索しようぜ」

「………あ。待って、クロム」

「ん?」

 

 クロムがログアウトボタンを押す直前に、ハクヨウが呼び止めた。

 そして少しだけ助走をつけ、さっきみたいな【跳躍】も必要なしに“ふわり”と。

 

 

 

「さっきは、ありがとっ」

 

 真正面から抱きついて、花が咲くような満面の笑みで、それだけ告げる。

 

「――――っ!」

「じゃ、ねっ」

 

 恥ずかしそうに、事実恥ずかしかったのだろう。ログアウトすると言ったクロムより先に、ハクヨウがログアウトしてしまった。

 

 

 

 残されたクロムは。

 

 

 

 

 

「………おまっ、それはズルいだろ………」

 

 

 

 赤い鎧よりなお赤い顔で、しばし立ち尽くした

 

 

 




 
 ロリ化しなきゃ(使命感
 原作でもカスミがロリになるけど、ハクヨウちゃんのロリも可愛いと思う。
 ハクヨウちゃん大好きなイズなら、いつか開発しそうなアイテムですねw
 若くなります。というか幼くなります。『いつまでも子どもでいたい!』『大人になりたくない!』そんな永遠の楽園(ネバーランド)の薬。
 元ネタはOnly Sense Online

 で、結果的にクロムの一人勝ちという不思議な着地点に行き着きました。なんだこれ?
 途中ミザリーが優勝したけど、やっぱり勘違いでロリハクヨウごとクロムが奪い去っていく。
 クロム羨ましいぞ、そこ代われ!
 
 もしもう暫くロリ化が解けなかったら、『クロムはロリコン』『ハクヨウに産ませた』的な噂が掲示板を埋め尽くしてた。
 個人的にはゴスロリハクヨウちゃんが見たいんですが、私のミジンコ画力ではハクヨウちゃんを表現できないので、絶対描かない。

 同時投稿でPS特化のアンケート企画第一弾。
 次話は来週の日曜か月曜日になります。ストックを貯めさせてください。


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白き鬼娘の禁忌疾走(嘘、嘘うそう〜そ

 本編が書いたり消したり消したり消したりしてて全く書けず……気晴らしに書いたやつ。
 こっちはこれ成分が多めだから、多少はね?
 アニメは残念だったけど、原作は設定とか作り込まれててサクサク読めるし面白いぞ。
 本編は土曜日に上げる予定
 


 

―――望月九曜は、不思議な夢を見ていた。

 

 独特な形状に改造された白い着物を身に纏い、平原を疾駆する。超スピードで駆け抜ける彼女の口中に吹き込む砂塵の乾いた味がする。

 聴覚、嗅覚、味覚、視覚、五感すべてが夢とは思えないほど克明な夢。

 

 そして触覚――右手には確かな刀の手触りと、左手に感じる小さな刃物。

 そう。刀だ。

 平和な現代日本において、まず触れる機会のないであろう、生物を殺す武器。それを手に、彼女は地を駆け巡る。

 手に馴染むその刀は恐ろしく手に馴染み、頼もしいほどに役に立ってくれる。

 鬼を宿し、所持者を鬼とする白亜の妖刀が幾度となく振るわれ、されど一点の穢れもない。

 

 夢の中で、九曜は戦っていた。

 敵は無数。さながら物語の冒険者の如く、力ある怪物を前に一歩も怯まない。

 

 いや。

 

 この地において怪物とは彼女一人を指し示す。

 一騎当千にして、疾風迅雷。

 他の誰もが到達できない神速で以って、彼女はあらゆる敵を外袖一触。

 そうして、どれほどの時が経っただろうか。

 

「むぅ……」

 

 全ての敵を撃滅した彼女は、平原に立ち尽くす。不意に九曜の口から不機嫌そうな、つまらなさを隠そうともしない、小さな溜め息が出た。

 

「クロム、め……っ」

 

 いつも隣にいる相棒が、今はいない。何やら用事があって来れないとの事だが、久しぶりに二人きりの冒険だったのに……と愚痴を口内で噛み殺す。

 その結果が、この惨状。

 大地は魔獣の血によって赤く染まり、その死体が数百メートルは続き、彼女の足跡だけが蛇行した道を示す。

 

 たった一人で、国を上げて防衛しなければならない悪夢を、死の海に変えた。

 本当は、こんな事するつもりも無かった。

 ただ、ストレス発散のためにいつもより遠い地に来て、魔獣を狩ろうと思っていただけ。九曜の速さなら、数十キロを散歩感覚で往復できるため、この程度苦でもない。

 そしたら、間違って魔獣の縄張りに足を踏み入れてしまっただけ。それも複数の種類の魔獣が混在していたから、念の為と滅ぼした。

 悪夢というのならそれは魔獣にとってであり、さながら青天の霹靂だったことだろう。

 

「かえ、ろっ」

 

 結局、ストレス発散にもならなかった。寧ろ全力で走ってなお、つまらなかった。

 魔獣は強い。けれど、限りなく魔獣に近い力を持ち、その力に極限まで振り切った彼女は、誰にも止められない。

 

 

―――唐突に、場面が切り替わる。

 

 

「…相変わらず、やる事が派手だな。ハクヨウ」

「クロム、が、来ないのが悪い、もん」

「悪かったって……んな怒んないでくれ」

「大遅刻、だよっ」

 

 街に戻った九曜(ハクヨウ)を出迎えた一人の男。

 九曜(ハクヨウ)が認める相棒。クロム。赤い鎧に身を包み、赤い大盾と鉈のような短刀を持つ大柄の彼は、申し訳なさそうに肩を竦めた。

 九曜(ハクヨウ)とて、どうしても外せない用事だと言われたし、理解もしている。

 

 けれど到底、納得できる事じゃなかった。

 

「ふん、だっ」

 

 ツーンとそっぽを向き『私、不機嫌です!』と態度で示す。先程まで冷酷に魔獣を撃滅していた姿とは掛け離れた、本来の少女らしい感情。

 

「どうすりゃ許してくれる?」

「………分かってる、くせにっ」

「ぐぬ……」

 

 そっぽを向きながら、ジトリと流し目で睨めば、クロムがたじろいだ。大きな身体を縮こませる姿が可笑しくて頬が緩みそうになるが、九曜(ハクヨウ)必死にこらえる。

 やがて諦めたようにクロムは彼女に近づくと、顔を背けつつも薄目で自らを伺う視線に苦笑して、優しくその頭を撫でた。

 

「悪かったよ。前から約束してたの、破っちまったな」

「ん……許さ、ない」

「次からはちゃんと守るから、な?」

 

 幼い子どもに言い聞かせるように。あるいは、我が侭な妹をあやすように。

 

「それは、どっちの意味、で?」

 

 この男が、自分をどう見ているかなんて分かっている。けれど、それでも。九曜(ハクヨウ)は強請る様に、願う様に、そう問いかけた。

 

()()()()だ」

「あぅ…」

 

 きっぱりと断言された言葉に思わず頬が熱くなる。けれどそれは、決して嫌な熱じゃなくて。むしろ心地よく包み込むような、そんな熱。

 

「第一、約束を持ち出すならお前だって悪いからな?」

「うにゅ……ごめ、ん」

 

 今回の冒険の約束についてだけでは、クロムの一方的な落ち度だ。それは、クロムが事前に謝ったし、九曜(ハクヨウ)も了承した。

 

 けれど。

 

「お前の隣で、お前を守り続ける。勝手にどっか行かれちゃ、守るもんも守れねぇじゃねえかよ」

「……うん」

 

 クロムの誓いを、一人で出かけて破ってしまったことは、九曜(ハクヨウ)も反省しないといけない。

 

(あ、れ……なん、か主旨、入れ替わって、る?)

 

 元々はただのストレス発散で……いやいや危険地帯に飛び込んでしまったのは失態で、クロムに心配かけたのは悪いことだ。けどけど発端はクロムで……あれぇ?

 

 ……と。そんな考えが頭の中でグルングルンする九曜(ハクヨウ)は、考えるのをやめた。

 喧嘩両成敗という素晴らしい言葉があるのだから、ここはそれに肖ろう――

 

「ま、まだ、許して、ないっ」

 

 ――と思ったけど、よく考えたら主旨を変えられた上にまだ許しもしてないと気付き、彼女はハッとして毅然とした態度で告げる。が、そんな彼女の頭をクロムがナデナデ……へにゃり。

 

「……ふわっ!?」

「ちっ……誤魔化せないか」

「むっ!むーっ!」

 

 誤魔化されないぞ!と抗議の視線を向けるも、両手をまだ撫でろとクロムの手をガッチリと押さえつけている。

 

「はや、くっ」

「……何のことだ」

「許さない、よっ?」

 

 喧嘩の内容は何もかもどうでも良くて。九曜(ハクヨウ)の不機嫌の原因はたった一つ。一緒に冒険に行かれなかったこと。

 そのお詫びは撫でる程度じゃ物足りない。視線でそう訴えると、今度こそクロムが折れた。

 深くため息を付き今一度、一際優しく、慈しむように、九曜(ハクヨウ)の透き通る白髪を梳く。

 

 

「俺は、ハクヨウを守り抜く盾。命尽きるまで、守り続けよう」

「私、は、クロムの剣。命有る、限り……貴方を守り、ますっ」

 

 

 九曜(ハクヨウ)の小さい身体を抱き寄せて、囁くように言祝ぐクロム。

 彼の言葉に応えるように、九曜(ハクヨウ)も嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 二人でいれば、絶対に負ける事はない。歩みは、止まらない。止める障害は、二人で乗り越える。

 

 それは絶対で、これからも証明し続ける誓い。

 互いの命が尽きるまで共に在り続ける呪い。

 

 今一度それを明確にするように、二人の影がゆっくりと重なって――

 

 

 

 

 そこで、望月九曜は目を覚ました。

 

 

 

 

「く、ぁ……」

 

 記憶が混濁する。

 明瞭でありながらも、やはり夢であるこれは場面展開が時々省略される。

 帰り道が見れなかった所は切り替わりに気付いたが、他は細かに飛び飛びだったので分からない。

 ハクヨウとしての感覚は本物で、睡魔から覚めていくと共に感覚は遠のいていく。

 さっきまでの光景も、良いところで途切れたキスも全て夢。

 

 現実の望月九曜は()()

 私立亜鐘学園高校の講堂にいる。

 九曜はピカピカの新入生。しかし初々しさなど微塵もなく、ここで習う特別な技能も、彼女にとっては習う必要性などない。ただ一般常識を身につける為だけに放り込まれた彼女は、特段としてやる気が無かった。

 だから、そう。入学式の最中に、パイプ椅子に座ったまま眠りこけちゃっても仕方ないのだと、寝ぼけた頭で言い訳を並べる。

 

「ぁふっ」

 

 あくびを噛み殺し、目元をこする。

 それからゆっくりと瞼を開いて……九曜は小さく綻んだ。

 全くの不意打ちながら―――

 眼前に最早見慣れた、長い付き合いの呆れ顔があったからだ。

 暗い茶色の短髪に、がっしりとした体格。小柄な九曜とは比べるべくもない、大柄の男性。しかし、呆れを浮かべる瞳には優しさと親しみやすさを感じさせる。

 その姿は、夢の中で見たクロムと瓜二つ。

 学校支給の男子制服を確認すれば、厚い胸板についた名札には「1−1(白)黒木場 歩」と書いてある。九曜も一年一組なので、クラスメイトだ。

 前世を含めれば数十年来の相棒の顔にふやけた笑みを浮べれば、その呆れ顔が深く皺を刻む。

 

「おは、よ……クロム。ふゎ……」

「目、覚めたみたいだな?ったく、初日から、それも入学式の真っ最中に居眠りすんな」

 

 びきびきと額に青筋を浮かべる歩に、九曜は気のない返事を返す。

 

「ん……もう、終わった、の?」

「とっくにな。他はもう各クラスに移動してる……まぁ、数人まだ残ってるみたいだが」

 

 まだ残ってる、という言葉に周囲の気配を探れば、目覚めてきた感覚が後方から喧騒を捉えた。

 

「コラ!起きなさいよ、泥棒猫っ!」

 

 泥棒猫とは……と首を傾げる九曜に、歩が補足する。

 

「なんか、あの男の方を取り合いしてるらしい」

「わ、ハーレム、だ?」

「二股の最低野郎なだけだと思うぞ?」

 

 一房だけ白髪の混じった渦中の少年が聞けば、「心外だっ!」と叫びそうな会話。

 

「………クロム、は?」

「その言葉にどれだけの意味があるかは敢えて問わんが……歩な、歩」

「クロム、だよ?」

 

 クロムは、二股の最低野郎なことしてない?と、気になって聞いてみたところ、別の指摘を受けた。が、九曜としては訂正するつもりもない。

 

()()きば、あゆ()、で、クロム、だもんっ」

「……変わらんな、お前は―――」

 

 歩としては、その言葉に籠められた信頼と親愛の情が分かるだけに、反応に困った。

 ()()()()九曜(ハクヨウ)はずっと自分を頼りにしてくれていると、その呼び名を通じて感じ取れるから。

 

「―――さて、そろそろ行くか」

「んっ」

 

 嬉しさで頬が緩むのを堪えながら、歩はそう切り出した。九曜も応じて、歩に手を伸ばす。

 

「はいよ、お姫様」

 

 歩は何の躊躇もなく、九曜を抱きかかえる。

 所謂、お姫様抱っこというやつで。

 

「ちょっと待ちなさいっ!」

 

 そこへ、棘のある声が飛んできた。

 視線を向ければ、サイドテールを揺らした少女が仁王立ち。隣には件の少年が困惑気味に少女を止めようとし、人形じみた美しさのもう一人の少女は我関せず。

 

「何でわざわざその子抱きかかえてんのよっ!普通に歩けばいいでしょ!?」

「……」

「いこ?クロム」

「……おう」

 

 あちゃー……と九曜は歩の腕の中で小さく唸った。少女――名札を見る限り「嵐城サツキ」という少女の言葉は、彼にとって地雷である。内心、絶対怒ってると歩の胸中を察しつつも、運んでくれるよう促せば、サツキを睨むだけで応じてくれた。

 わざわざ話す必要性も感じないし、どうでも良い。理由を考えることもせず、理不尽に突っかかって来ようが放置確定。それが九曜のスタンス。

 歩としては、何も考えずに叫んだサツキの言葉は完全な地雷。しかしそれは、九曜を想っての地雷であると知っているだけに、嬉しさを胸板に顔を押し付けてひた隠す。によによ。

 

「待ちなさいって言ってるでしょうが!」

「応じる義務は無い」

「アンタじゃなくて、アンタの腕の中にいる方に言ってるのよ!」

 

 メンドイのに絡まれた……とそろそろ鬱陶しくなってくるが、無視すればするほどにヒートアップする質だと判断した歩は、進路妨害してくるサツキを一睨みする。

 

「………なに?」

 

 歩に抱きつくように腕を絡める九曜がジト目でサツキに問えば、サツキはキャンキャンとやかましく吠える犬のように責め立ててくる。

 

「アンタその男を召使いみたいに使って恥ずかしくないわけ!?アンタも《救世主(セイヴァー)》なら、()()()()一廉の人間だったんでしょう?そのことに自覚を持って、人として正しい行いをしなさいよね!」

 

 と、如何にもお節介な発言をする。いや、ただの説教か。だから九曜も、誠実に。

 

「ん、無理」

「そう、分かれば良…ってはぁぁぁあああ!?」

 

 即答で拒絶した。堪らずサツキが叫ぶ。

 

「何なのアンタ恥ずかしくないわけ!?前世の自分にも申し訳なくとか思わないの!?」

 

 「良い加減降りろ〜っ!!」と力ずくで九曜を歩から引き摺り降ろそうとするサツキに、歩が抵抗する。第一として、前提条件が違うのだ。

 

 前世の自分に申し訳なく無い……わけ無いのだから。きっと今の自分を見れば、前世の自分は失望するだろう。けれど九曜も、なりたくて()()なった訳じゃない。

 

「私、歩けない、から」

「―――えっ……」

 

 九曜が不意に紡いだ言葉には、流石にサツキも動きを止めた。

 

「おい、九曜」

「どうせ、クラスに行けば、バレる」

 

 そう言った九曜は、講堂の最後列の隅を指差す。サツキと、後ろにいる少年の顔が、自然とそちらに誘導され。

 

「「あ―――」」

「小さい頃、事故で歩けなく、なった。それ以来、車椅子」

「ご、ごめ……っ」

「いい」

 

 そこにあった車椅子を見て漸く、サツキは歩が抱いていた意味を理解した。

 歩と並んで入学式で座りたいと願い、無理言って歩に運んでもらった。

 

「いい……気にして、ない」

「で、でも、何で――」

「それを、お前に言う必要があるのか?」

「っ……」

 

 何で、この学園に来たのか。学園の特殊性を考えれば、九曜のような人間は()()()()()()()。それを聞こうとすれば、怒気を孕んだ声音で、歩が遮る。

 

「相手の事情を考えることもせず、ただ自分の正しさを押し付ける。それで《救世主》を語るか」

「ごめん、なさい……」

「クロム」

「……悪い。頭に血が上ってたわ」

 

 それから、別に話すこともないと歩は九曜を車椅子まで運ぶ。サツキと少年は、申し訳なさそうにやや後ろをついてきた。どうせクラスは同じなので放置。

 車椅子に乗せてもらい、ゆっくりと進みだす。

 

「クロム、言い過ぎ、だよ?」

「そうか?」

「別に、先生、は、全部知ってる、し……ホームルームで、バレる」

「確かにそうだが……悪いな、意地んなった。ああいう自分の考えを押し付けるタイプは苦手なんだよ」

「『特に、思い込みの激しい人種』……とか?」

「……おう」

 

 考えたら考えがそれに固定され、他者の意見を取り入れられない人間。しかも御高説を垂れてそれこそが正しいのだと思い込む、面倒なタイプ。それが、サツキから受けた印象だ。歩も九曜も苦手とする質で、正直関わりたくない。

 けれど。

 

「あの、兄?の、方……」

「あぁ、灰村か。どうかしたか?」

「多分、二重輪廻転生者(デュアルリンカーネイター)

 

 ちゃっかり名札を見ていたらしい歩から名前を聞けば、灰村諸葉という白鉄らしい。その容姿が、九曜の()()()()()()()をチリチリと刺激していた。

 喧騒は耳に入っていたので、サツキが兄と呼んでいたことも、それが前世の話だと言うことも察している。そしてサツキが白鉄であり、九曜のもう一つの記憶と照らし合わせれば、答えは自然と出せた。

 

「……禁呪の方か」

「ん。シュウ・サウラ……《世界喰らいの蛇(ウロボロス)》、教えた、子」

「名札は(白)だったし、確定か」

()に、報告?」

「だろ……禁呪保持者(グリモアホルダー)である確率が高い以上、()()()()()ランクSになる可能性は十分にある」

「私が、教えた時、まだ小さかった、から……面影がある、程度だけど。あと、表向き、ランクはA、だよっ」

「分かったわかった。なら、確定するまでは保留だな」

「りょー、かいっ」

 

 

 こんな会話がなされていたとは、サツキと諸葉が知る由もない。

 




 
 本編が現実(妄想)で、前世だった的な
 あ、クロムと恋愛的な発展をするかは知らん。
 だから現実と書いて妄想。

 こっちでも九曜ちゃん歩けないけど、光技で強化したら走れもする。

 骨格から《金剛通》の独自派生で強化
 足周りの筋肉を《剛力通》の独自派生で強化
 速く走るために《神速通》で強化。

 以上3つで走ろうと思えば走れるし、なんなら白騎士機関で最速。原作主人公より速い。
 本編同様、大気を蹴りぬいて空も飛ぶバグ娘。

 ただ3つ同時強化だから通力(プラーナ)の消費がそれなりに多くて、普段は歩かない。
 だからクロムは役得。そこ変われっ!

 諸葉と同じく《最も古き英霊(エンシェントドラゴン)》。この名付け、原作者は絶対厨n…
 つまり二重輪廻転生者(デュアルリンカーネイター)で、黒魔としての前世では幼い前世の諸葉(シュウ・サウラ)に《世界喰らいの蛇(ウロボロス)》を教えてたりする。
 けど禁呪以外の闇術は一切使えないポンコツ。

前世の九曜ちゃん
 白鉄―前世は異世界化した本編(一部改変)
 黒魔―前世は妄想。

今の九曜ちゃんとクロムさん
 原作時空6年前に突如現れた《異端者(メタフィジカル)》の事件に巻き込まれて、2体いたうちの片方をクロムと二人で倒した。
 それを機に白騎士機関に関わり、後に九曜が禁呪を思い出すまで、『二人でならランクS』という評価を得ていた。
 九曜―ランクS(表向きA)
  クロム―ランクA
 で九曜ちゃんは前世含めて、なぜか禁呪以外の闇術が使えないので、基本ランクAで合ってる。
 クロムの名前は、キ○トさん的な形で付けた。
 白騎士機関日本支部に正規隊員として所属してるので、亜鐘学園で学ぶこととか無い。

 的な設定考えたけど、続きとかは無い。
 需要も無いだろうし


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この素晴らしい世界を駆け巡る素早さ極振りに祝福を!

 本編で行き詰まった時の対処法。
 短編ssを書く!
 だって思いついちゃったんだもん!
 
 今回は気晴らしだったからTwitterで告知しなかったけど……良いよねっ(白目
 時間軸は、原作3巻よりは後。クロムはユニークシリーズも手に入れてる。
 


 

 どこか遠くの違う世界。

 女神によって、魔王討伐のためにと送られた転生者がわんさか居る狂った世界。

 どこまでも平和で、どこかシリアスになりきれないギャグっぽい、昔のゲームっぽい世界。

 

 そんな所で、彼女達は生きていた。

 

 

 自らの境遇を呪い、されど表向き受け入れていると装っていた彼女は、()()()()()()()()で命を落とした。

 護りたい者を、支えたい存在を見つけた心優しい彼は、彼女と共に交通事故に見舞われた。

 

 彼女は望んでいた。

 

 彼は望んでいた。

 

 出会いは偶然。

 けれど、それからの全ては必然で。

 

 彼女は彼と出会い、救われた。

 

 彼は彼女と出会い、護りたいと思った。

 

 生死の狭間。一面白に埋め尽くされた世界に並べられた2つの椅子。そこに腰掛け、願うのは。

 怠惰に堕落した駄目そうなダ女神を見据え。

 

 

 彼女は願う。

  彼に届く、どこまでも駆ける脚を。

 

 彼は願う。

  彼女を…彼女のための守護の力を。

 

 

 足元に散らばる最強の異能(チート)のどれでもない。

 心から望む答えは、そこには無い。

 

 

 ―――けれど願いは、受理された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーん。ここが異世界、ねぇ」

「NWOに、似て、る?」

 

 水のように青い長髪をした、女神(多分)によって異世界に送られた彼と彼女は、目を開けると見知らぬ土地に立っていた。

 石造りの街中は二人が出会ったNWO―『New World Online』というVRMMOに雰囲気が似ている。ただ、景観はまるで違う。

 馬車が音を立てながら進んでいく光景は中世ヨーロッパを思わせ、車やバイク、電柱も電波塔もありはしない。

 その光景にしばし見惚れている彼女だったが。

 

「お、おい九曜……お前、足……」

「ふ、ぇ?―――あ、」

 

 ()()()()()

 紛れもなく、彼女は自らの足で立っていた。

 

「あ……ああ……あぁぁぁ…………」

 

 右足を軽く持ち上げて、下ろす。

 左足を軽く持ち上げて、下ろす。

 交互に、ゆっくりと、感覚を確かめるように。

 

 違和感は。

 

「歩ける、よ…っ。クロム、歩ける、よぉ……」

 

 ―――なかった。

 ほんのりと涙を浮かべながら、九曜が呟く。

 その姿を見てクロム―黒木場 歩―は嬉しそうに目を細めた。

 

「あぁ。良かった……本当に、良かった」

「うん……うん……っ」

 

 九曜は元々、歩けなかった。幼い頃に遭った交通事故で両足に後遺症を負い、永遠に歩く可能性を失った。しかし、NWOという仮想世界にて走ることができるようになった。

 その後は紆余曲折あって隣にいる大柄の男性と親しくなったり一緒に遊んだり現実で会ったり…としている最中の、事故だった。

 

 転生の際に九曜が願ったことは正しく叶った。彼女は容姿こそ現実のままだが、NWOにて使っていた白い着物を纏い、腰に二振りの刀と純白と苦無。

 歩が願ったことも正しく受理され、彼のは見慣れた赤黒い血色の大盾と大鉈を持ち、同じく赤黒い骸骨を模した全身鎧を纏っている。

 

 願ったのは、(クロム)と並び歩く足。

 願ったのは、九曜を守り、戦う力。

 

 望んだのは、慣れ親しんだNWOの装備。

 

 たった一つだけと言われて選んだのは、奇しくも二人とも同じだった。抜け道に近いが。

 『NWO装備』という一つの選択だから、これで良いのだろう。

 

 流石に二人が取得していたスキルまでは無理だったが、装備スキルは引き継がれた。

 例とすると【瞬光】はないし【手裏剣術】の無い九曜は、【九十九】による状態異常のバーゲンセールもできない。

 歩は【カバームーブ】が使えないし【フォートレス】で防御力が上がってないなど。

 しかし、装備スキルの中でも九曜は【韋駄天】がそのままなので、相変わらず空を跳べるし【鱗刃旋渦】も【忍法】も使える。しかし【捷疾鬼】関連はごっそり消えていた。常時アバターが常時発動状態だったので、これは仕方ないだろう。

 歩も歩で、敵を斬ればHPとMP……の代わりに損傷が治り魔力が回復していく。流石に【デッドオアアライブ】は怖くて試せないが。

 こちらはあくまでも[武器の性能]であり、魔剣や聖剣、聖鎧もあるため別に良いのだろう。詳しくは知らん。

 

 暫くして落ち着いた二人は、人気のない路地裏にやってくると、現状の確認から始めた。

 

 本来貰えるチートよりもチート性能なのだが、ゲームよりは弱体化しているため気付かない。むしろ別のところに驚いていた。

 なんと、確かめてみたらNWOでの所持金が引き継がれてたのだ。

 

「えっと……この『エリス』ってのが、通貨で良いんだよな?」

「だと、思う。私も、たくさんある、し」

 

 曲がりなりにもトッププレイヤーの二人は、小金持ちだった。二人合わせるとギリギリ8桁。感覚からして1エリス=1円っぽい。

 『まじか……』みたいな感じで目を丸くする。

 

「あの女神の話じゃ、ファンタジー世界らしいが」

「ん。魔王が、いて。魔王軍が、攻めて、来て。魔法も、モンスターも、いる」

「まんまゲームみたいな世界って訳だ。しかも『魔王を倒して』なんて一言も言われてねぇ」

 

 むしろ「ゲーオタ二人に期待なんてしないから、さっさと選んで」と言われた。

 物凄い面倒臭そうだった。ポテチ頬張ってた。

 

「つまり、自由?」

「おう。折角NWOの装備そのままに来れたんだ。世界中を旅するってのもありだぞ」

「おぉー」

 

 NWOの世界を全て走り、見て回るのが目標の一つだった九曜。世界こそ変わってしまったが、新しい世界を自由に見て回るのは面白いかもしれないと、ちょっぴりワクワクし始める。

 

「あの女神、見るからに適当そうだったしな…」

 

 確認しなかったのか、プレイヤーとしての機能まで一部残っており、青いパネルのユーザーインターフェイス―UI―は開けるし、そこで『エリス』も引き出せるようだった。便利すぎる。そこのメモ機能を活用しつつ、現状をまとめていった。

 

「取り敢えず、すぐに無くなるってわけでも無いが、金を稼ぐ手段はあった方が良いだろうな。……冒険者ギルド的なのがあると良いが」

「ギル、ド?それって、私達、の?」

「いや、NWOのギルドってのは、所謂仲良しグループ。今言ったのは……そうだな。ハンター組合に近い」

「なる、ほど?」

 

 モンスターの討伐を主とした依頼を斡旋し、冒険者がそれを達成するクエスト斡旋所という役割を担うのが、ここで言う[ギルド]であり、NWOにおけるギルドとは毛色が違う。NWOの方はクランと言い換えてもいいだろう。

 

「日本語はその辺適当で、あやふやになってるからな。いや日本人が適当なのか?……まぁ狩猟対象がモンスターの、討伐を主とした職業斡旋所だな」

「なんとなく、分かった」

「なら良い」

 

 全身鎧に大盾と短刀を持つ男と大量の刃物を持つ少女にはピッタリな仕事場である。(クロム)は、自分の想像するままのギルドであることを期待し、思いを巡らせていると、くいっと袖を引かれた。

 

「どうした?」

「クロム。これ」

 

 ちょいちょい、と九曜が指し示すのは、自らのプレイヤー[ハクヨウ]としての青いパネル。正確には、歩も自身のパネルを見ろと言っているらしい。

 

「ステータス……NWOの、まま」

「おう、そうなの―――はぁっ!?」

 

 急いで歩もパネルを開くと、九曜の方は一部のステータス表記がバグって消えているものの、【AGI】に関しては、NWOでの到達レベルでのステータスそのままであり、他のどの数値も若干ながら上乗せされている。これは現実の九曜自身のステータスが上乗せされているからだろうと考えられ、少なくとも0では無い。逆に言えば、AGI以外は素の身体能力のままだ。

 歩の方は、全て上がっていた。何でかと疑問に思ったものの、考えればNWOは現実の身体能力=【0】で表記される。しかし、ここは元からステータスのある世界。だとすれば、加算されたのは現実の身体能力なのだろう。

 他には装備品のみ表示され、名前とレベル、HPとMPに加え取得スキルも消えていた。

 もっともスキルによる上乗せは無いので、九曜の【AGI】は本来の六分の一以下なのだが。

 それでもレベル50を超えてなお、九曜は【AGI】にしかスキルポイントを振らなかった人外の敏捷性を有しているし、歩も大盾使いとして破格のステータスを持っている。

 

「あの女神何考えてんだ……」

「たぶ、ん…アバターをそのまま、上乗せした」

「だろうな。スキルやらレベルやらは、こっちの世界に適応して失って、ステータスだけ現実の俺たちに上書きされた感じか」

「人外、だぁー」

「本当にな……あの適当加減なら、『調整が面倒だ』とか言って放り投げたんだろうな」

 

 『NWOの装備』を頼んだら、二人ともプレイヤーとしての自分が付属してた。チートとかいう次元じゃない気がするが、女神の所業だから良いのだろう。責任転嫁万歳。

 

「まぁ……あれだな。武力って意味で困ることは無さそうだ」

「ん。貧弱なまま、放り出される、より…まし。むし、ろ、願ったり」

「マジで叶ったり」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そんなこんなあって人に道を聞きながらやって来た冒険者ギルド。

 マジでその名前のまんまあった事に苦笑いしたが、あるのならば問題ない。もっと別の名前でも良いと思うのだが。いや、こういう所は女神が言っていた【自動翻訳】の妙なのだろう。日本人に好まれるように自動的に翻訳されたそれは、だからこそ、好きモノな[冒険者ギルド]の訳があてはまるのかもしれない。

 

 などと適当な弁舌を頭の片隅で展開していた(クロム)だったが、隣で『おぉ〜』と感嘆して瞳を輝かせる九曜に苦笑い。めちゃくちゃ頭良いのに、こういう所でテンションが上がる程度には好奇心が残っているらしい。

 

「なんかこう言うの、ワクワクするな」

「ん。わか、るっ」

 

 現代日本での日常からかけ離れた雰囲気に呑まれそうになるが、もう戻れないのだという郷愁がチクリと胸を刺す。NWOのような仮想世界ではない、本当の異世界。ゲームの服装なので勘違いしそうになるがやはり、ここは現実だ。

 

「……いくか」

「……んっ」

 

 適当な思考ばかり先行していたが、意を決して中に入ると。

 

「あ、いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞー!」

 

 短髪赤毛のウェイトレスの女性が、愛想よく出迎えた。

 どことなく薄暗い店内は酒場が併設されているようで、そこかしこに鎧を着た冒険者らしき人たちが集まっている。

 先に入った歩が、一応特にガラの悪そうな人がいないのを確認していたりするのだが、そんな事は知らんと九曜はすたこら中に入る。

 

「まんま昔のゲームだな……」

「そ、なの?」

 

 赤い全身鎧と白い着物の組み合わせが注目を浴びているのか、好奇的な視線に晒される。居心地は良くない。が仕方ないと割り切って、さっさと奥のカウンターに向かっていく。

 

「九曜はNWOしかやってなかったんだっけ?こういう場所でクエスト……依頼を受けて、モンスターを倒すってのも、RPGには割とよくある」

「NWOとは、だいぶ違う、ね?」

「その手のも有るには有るけどな。NWOは圧倒的に、住民クエストが多い」

 

 所謂、住民から直接受けるタイプのクエストがNWOでのクエストの大半を占めるのだと話しつつ、空いているカウンターに向かった。

 

 ゲームなら美人な受付と話すとフラグが立ちそうだなぁ…隠し要素とか役立つ情報とか。

 と歩が、唯一混んでいる女性の受付の方を見て考えるが、それはそれ。ゲームと現実は切離そう。決して九曜のジト目が刺さるからな訳じゃない。

 

「はい、今日はどうされましたか?」

「冒険者登録をしたい」

 

 簡潔に答えた歩の後ろで、コクコクと九曜も頷いておく。明らかに装備が整っているのに、冒険者ではない事に訝しむ視線を受けるが、それは予想済み。

 

 筋書きはこうだ。

 

 趣味で世界中を見て回る気ままな二人旅。

 戦闘はなるべく避けてきたが、稀に戦うこともあるので装備は途中で手に入れた。

 そしたらいろんな人から冒険者と間違われた。

 いっそ次の街で本当に登録してしまおうと、二人で話した。

 

「ってわけだ」

「ん」

「な、なるほど」

 

 九曜がNWOでやりたかった事をそのまんま理由に引き継いで、いっそ本当に色々な地域を見て回ろうと画策していたりするが、腰を据えて休める場所もほしい二人である。 

 若干食い気味に話し、二の句を継がせず有無も言わせない。その雰囲気飲まれ、受付の女性は引き気味。

 

 

「では、登録手数料が掛かりますが、よろしいですか?」

「いく、ら?」

「はい。登録料はお一人千エリスになります」

 

 顔を見合わせる。

 登録料というだけなので、そこまで高くはないらしいと安堵するのだが、困ったことにお金は全てUIの中だ。そんなものを出せば怪しまれる。

 

「クロム」

「ん?ってちょっ、おい」

 

 つんつん、と歩の腕をつついて、九曜が歩の後ろに隠れた。まるで引っ込み思案な子が、視線に耐えられなくて隠れたような振る舞い、策士である。そこで九曜は、(クロム)越しにカウンターの下に青いパネルを浮かべ、手早く二千エリス(ゴールド)を取り出し歩の手に握らせる。

 ここでようやく九曜の意図を察した歩は、何食わぬ顔で受付の女性に手渡した。

 

「ふふっ、可愛らしい妹さんですね?」

「あぁそりゃどうも……って妹じゃないから」

「そ、それは失礼しました」

 

 振り返れば、『計画通り!!』とドヤ顔する九曜。憎たらしい。けどかわいい。これがどこぞの新世界の神になりたかった男なら、暗黒面に堕ちてる。

 

 それから、受付の女性によって簡単な説明が行われた。冒険者とは人に害を与える存在、所謂モンスターなどの討伐を請け負うが、基本は何でも屋。冒険者とはそれらの総称で、その中には様々な職業があるという。

 

 そんなわけで差し出されたカードは、身分証としての役割を持ち、同時に冒険者としてのレベルを表すらしい。ここに登録者のレベル、所有スキル、討伐モンスターのデータが自動で記録される。

 

「なるほど……確かにゲーム的だ」

「ん。レベルに、スキル、だし」

 

 カウンター越しだと聞こえない程度の小声で話した九曜達は、別に渡された用紙に身長、体重、年齢、身体的特徴を記入した。

 

「はい結構です。ではお二人とも、カードに触れてください。それであなた方のステータスが分かりますので、その数値に応じて、なりたい職業を選んでいただきます」

 

 と言われたので、取り敢えず触れてみる二人。UIに表示されたものとの違いがあるのかも確認しておこうと思った。カードが淡く発光し、ステータスを写し出す。

 

「……はい、ありがとうございます。クロキバ アユムさん、です、ね……?」

 

 それだけ言って、受付の女性が硬直した。

 なんか呆然として、口をパクパクさせている。そして数秒の後。

 

「はっ!?はぁぁああ!?何です、この数値!?魔力が平均より低い事以外、殆どのステータスが平均を大幅に上回っていますよ!?特に生命力と耐久力が尋常じゃないんですが、あなた何者なんですか……っ!?」

 

 なんか、凄いらしい。女性がカードを見て上げた大声に、施設内が途端にざわつく。

 

「おい、なんか俺凄いらしいぞ?……メイプルに防御力負けてんだけどなぁ」

「クロム、は、もっと自信持って、いいっ」

 

 流石はトッププレイヤーの一角と言うべきか、あり得ないステータスを持っているらしい。歩が確認してみると、やはり先程パネルで見たものと同じ値を示していた。幸運が追加されていたり、【STR】が筋力になったりしているが。恐らく生命力も【HP】だろう。見覚えがあった。

 レベルは1になっているので、確かに驚異的なステータスだろう。

 

「す、凄いなんてものじゃないですよ!?魔力が少ないので魔法使い職を選べば苦労されるでしょうが、知力が高いので、これもできなくはありません。他の職業は言わずもがな、なんだってなれますよ?それこそ、最初から上級職に…!」

 

 女性は興奮気味にまくし立てる。

 

「そうだな……攻撃よりも、防御寄りの職業がいい。俺の役目はこの大盾で、コイツを護ることだからな」

「んっ……くすぐった、いっ」

 

 九曜の頭をなでりなでりしつつ、歩は希望に沿う職業があるか問う。

 

「そんな……!確かに驚くべきことに、現時点で生命力、耐久力はそれこそ王都の有名冒険者すら上回る勢いですが、これだけの筋力があれば最高の攻撃力を誇る剣士《ソードマスター》だってなれるんですよ?」

「生憎だが攻撃は九曜の方が上だし、俺は大盾が合ってる」

「……そう、ですか。では、最高の防御力を誇る聖騎士《クルセイダー》はいかがでしょう?《ソードマスター》には及びませんが十分な攻撃力も備える優秀な前衛職ですよ!」

 

 一押しの《ソードマスター》を投げやりに断られて残念そうだったが、《クルセイダー》を食い気味に勧める受付嬢。

 対する歩は。

 

「あ、じゃあそれで」

「か、かるっ」

「良いんだよその辺は。分かんねえんだし、知ってる人に任せるに限る」

 

 めちゃくちゃ軽い態度で、《クルセイダー》でいいやである。思わず、九曜がずっこけた。

 

「では、クルセイダー……っと。冒険者ギルドへようこそ、クロキバ アユム様。スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」

 

 受付の女性はそう言って、にこやかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いや、あと九曜もやるから。そんな『やりきった感』出さないでくれ」

「あぁっ!ごめんなさいごめんなさい!」

 

 この人、ポンコツかもしれないと少し不安になったが、すぐに気を入れ直して九曜が触れたカードに目を向けた。

 

「えぇっと、モチヅキ クヨウさん、ですね。生命力、筋力、魔力……どれもふつ、う……?」

 

 ピシリ、と。

 歩の時同様に、女性が固まった。

 

 復活したかと思えば、視線は九曜とカードを行ったり来たり。

 

「お、おかしいな……?カード、故障してたのかな。人間にはあり得ない敏捷値が見える……」

「あぁそれ、正常だと思うぞ。こいつの速さは尋常じゃない。ぶっちゃけ人間辞めてるレベル」

「それ、は……褒め言葉」

 

 十回くらいカードと九曜を見直して、ようやく女性は声をあげた。

 

「おかしいですよねぇぇ!?ほ、本当に何者ですか!?こ、こんな数値……見たことないんですけどっ!?逆に他のステータスが普通すぎて、違和感しかないんですけど!?」

「ぶい、ぶいっ」

「あぁ、それが九曜だからなぁ……」

 

 歩としては『あ、この反応懐かしいわぁ』である。昔は九曜のやる事なす事に驚かされて、内心で彼女みたいになっていたのだ。

 

「九曜の速さがあれば、スト……筋力の低さなんて関係なく、あり得ない攻撃力を叩き出せる」

「そ、それは見れば分かりますが……あ、知力もすごい高い。魔法使いも行けますね…って魔力は平均より下でした」

「なんの職が、合う?」

「九曜の戦い方には、斥候職辺りが合いそうだよな。けど、ぶっちゃけ何でも大丈夫だろ」

 

 現実逃避気味に知力を取り上げた女性に、九曜が問いかける。歩としては素の攻撃力が頭のおかしい事になりそうなので、九曜の職業は何でもいいと思っていた。

 

「そ、そうですね……敏捷値が頭のおかしい事を除けば、ごく普通のステータスです。基本職である《冒険者》?……でもでも敏捷値を活かさない手はないので斥候として《盗賊》?いえあれだけの敏捷性なら身軽な《剣士》?」

 

 自分の中で考えが纏まらず、受付嬢として二人を待たせるわけにもいかず、話しながら考えを纏めようとする。

 そうして悩みに悩んだ末、突如として彼女は勢いよく立ち上がり、まるで天啓を得たとばかりに「そうだ!」と叫んだ。

 

「《暗殺者(アサシン)》です!《盗賊》と《剣士》の派生上級職で正面戦闘から奇襲まで熟し、高い攻撃力と機動力で一撃必殺を得意とする単独戦闘における万能職!これです!」

 

 バァァァァンッ!!と背後から出てきそうなほど、自信たっぷり興奮マシマシな女性。

 周囲からは『マジかよ……』『二人とも上級職……』『しかも女の子の方は派生職だ!』などとめちゃくちゃに視線を集める。視線が痛いとは、正にこの事。

 

「あ、じゃあそれ、でっ」

 

 そんな中でも、九曜は適当に返した。まるで歩の焼き増しである。

 

「そ、そんな投げやりな……」

「そっちが、勝手に興奮してる、だけ」

「そ、そうなんですが……こんな小さな子に窘められるなんて……。兎に角、分かりました。暗殺者(アサシン)……っと。冒険者ギルドへようこそ、モチヅキ クヨウ様。冒険者ギルド一同、今後の活躍を期待しています!」

 

 

終了

 

 

 

 

 

 地球で交通事故に遭って死亡し、異世界にやってきた九曜達は、半年がたった今日も今日とて依頼を受けて冒険していたりする。

 

「九曜ー、悪いそっちいったー」

 

「まかせ、てー」

 

 ほんわかまったりとした会話とは裏腹に、目の前では鷲とライオンの合成獣、グリフォンが九曜に翼を広げて滑空しながら突っ込んでくる。

 

「やっ!」

 

 掛け声一つ。地を蹴り、次の瞬間にはグリフォンの右側面に移動。そのまま翼を切り落とし飛行能力を奪うと、運動エネルギーそのままに地面に激突したグリフォンに飛び乗って、首を落とした。

 

「あゆむー、おわった、よー」

 

「おー、こっちももう終わるー」

 

 この半年で呼び方を変えた九曜が歩に顔を向けると、向こうではマンティコアが無数の針を歩に飛ばしていた。が、それも全て歩の大盾に跳ね返され、叩き落される。

 おまけに体当りしてくるマンティコア自身すら受け止めると、大鉈で斬りつけていた。

 

 マンティコアが悲鳴を上げ、夥しい血飛沫が舞う。既にマンティコアは全身を斬り刻まれ、大量の血を流している。足元も覚束ずフラフラとしており、どちらが優位かは言わずとも分かる。

 

「終わりだ」

 

 歩は、最後の一撃を首に入れ、マンティコアの活動は完全に停止した。

 

「おつか、れー」

 

「おう。悪かったな。2体とも抑えるつもりが、グリフォンそっちに送っちまって」

 

「問題、なしっ」

 

「ま、これでマンティコアとグリフォンの討伐は達成と。後処理して帰るか」

 

「おー」

 

 縄張り争いで暴れまわるグリフォンとマンティコアの討伐クエストを難なく片付けた二人は、アクセルの街に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街に戻ってきて、二人は出会う。

 

 

 

 

『マジで異世界なのか!ひゃっほう、こんにちは異世界!この世界なら、俺、ちゃんと外に出て働くよ!』

 

『ああああああああっ!!どうしてくれんのよこのヒキニートっ!!』

 

「………なんだあれ」

 

「………さ、あ?」

 

 路上でジャージ姿の日本人が歓喜したり、女神が泣き喚いてたり

 

 

 

「汝、アクシズ教徒ならば……お金を貸してくれると助かります……」

 

「……どうす、る?」

 

「俺ら仏教徒なので」

 

「あ、そうです、か……じゃないっ!あんた達もしかしなくても日本人ね!?ならアクシズ教徒とか関係なく、転生させてあげた私を崇め奉り、お金を渡しなさいよ!」

 

「………逃げるか」

 

「関わらない……が、吉」

 

 絡まれたり

 

 

 

「あああああっ!助けて!助けてくださいアユム様ぁぁぁあーーー!」

 

「おう、最弱モンス……とはいかんが、ジャイアントトートくらい頑張れ。頭をぶん殴れば……まぁ、気絶はするぞ」

 

「カズマ、がん、ばっ」

 

「くっそぉ!可愛い子に言われたら頑張るしかないんだよぉぉぉおおおお!!」

 

「たしゅけてー!たしゅけてよ、かじゅまさぁぁぁぁぁぁんっ!」

 

「お前はそのまま暫く食われてろっ!」

 

 指導してあげたり

 

 

 

 この騒がしい異世界生活は、始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

『この素晴らしい世界を駆け巡る素早さ極振りに祝福を!』

 

 つづかない。

 




 
 強すぎてニューゲーム。

ア「ゲームの装備をくれ?全くめんどくさいわねー。このままあの二人に上書きしちゃお。世界の修正力で何とかなるでしょ。装備だけなら然程強くもないでしょうし?チートをあげるんだから、このくらい良いわよね!私ってば天才!」


 本編は……も、もうちょっと待ってて!


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クリスマスss 前編

 メリークリスマス!

 シングルヘ〜ルシングルヘ〜ル
 か・れ・し〜いな〜い
 クロム〜みたいな相手欲し〜ヘイッ(吐血

 あ、やっぱりクロムさんいらない
 ハクヨウちゃんを妹に下さい!愛でる。

 というわけで、クリスマスssが異様に長くなって書ききれなかったので、前編。

 なお、後編がいつ投稿されるかは不明。多分来年とかじゃない?(白目



  

【てぇてぇ】はよくっつけ【愛でろ】

 

15名前:名無しのてぇてぇ民

 てぇてぇ(あいさつ

 

16名前:名無しのてぇてぇ民

 てぇてぇ

 

17名前:名無しのてぇてぇ民

 てぇてぇ

 

18名前:名無しのてぇてぇ民

 てぇてぇ

 

19名前:名無しのてぇてぇ民

 つ(クロムに突撃するハクヨウ)

 

20名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫19 守りたい この笑顔

 

21名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫19 はよくっつけ

 おら あくしろよ(懇願

 

22名前:名無しのてぇてぇ民

 知ってるか

 こいつらこれで付き合ってないんだぜ

 

 

 てぇてぇ

 

23名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫19

 てぇてぇの補給助かる

 

24名前:名無しのてぇてぇ民

 ここは平和だなぁ(過激派から目を逸らしつつ

 

25名前:名無しのてぇてぇ民

 てぇてぇ関係をてぇてぇと楽しめないてぇてぇ弱者

 

26名前:名無しのてぇてぇ民

 あーあれか

 第一回イベントからいたクロム赦さん派

 

27名前:名無しのてぇてぇ民

 ハクヨウちゃん独り占め反対運動もあったなぁ

 

28名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫27

 扇動したのカスミだししゃーない

 

29名前:名無しのてぇてぇ民

 カスミはなぁ…見た目は女剣士って感じでクールなのに

 

30名前:名無しのてぇてぇ民

 カスミはハクヨウの関係ない事にはめちゃくちゃクールだぞ

 

31名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫30

 毎日ハクヨウに突撃してる奴がクール…?

 

32名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫30

 1日ハクヨウに会えないだけでクロムにまる一日【決闘】申し込む奴がクール……?

 

33名前:名無しの生産姉

 カスミはね……どうしてあぁなのかしら。

 

34名前:名無しのてぇてぇ民

 !?

 

35名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫33

 お、お前はっ!?

 

36名前:名無しのてぇてぇ民

 自称姉が一人 生産のイズか!?

 

37名前:名無しのてぇてぇ民

 ハクヨウちゃんを着せ替え人形にして俺たちにてぇてぇ爆撃を仕掛けるイズか!?

 

38名前:名無しの生産姉

 ……自称姉なのは絶対的姉ミザリーがいるから認めるけれど

≫37 てめぇはダメだ

 もう服飾はやめようかしら

 

39名前:名無しのてぇてぇ民

 ゆるして

 

40名前:名無しのてぇてぇ民

 ゆるして

 

41名前:名無しのてぇてぇ民

 ゆるして

 

42名前:名無しのてぇてぇ民

 ゆるして

 

43名前:名無しの生産姉

 ……仕方ないわね

 一つ私に協力してくれたら許すし、ついでに良いモノも見せてあげる

 

44名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫43 一生ついてく

 

45名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫43 けど お高いんでしょう?

 

46名前:名無しのてぇてぇ民

 ≫43 

 37だけど『てぇてぇ爆撃助かる』って打つ前にミスって送っちゃったんです

 

 ……シテ……ユル、シテ………

 

47名前:名無しの生産姉

 率先して協力してくれたら許す

 

48名前:名無しのてぇてぇ民

 なんでもする

 

49名前:名無しのてぇてぇ民

 ん?

 

50名前:名無しのてぇてぇ民

 いま何でもって……

 

51名前:名無しの生産姉

 まぁあなた達にも利があるかもしれない提案だから、そう身構えないで?

 

 

 

 

 

 

 ………過激派、黙らせたくない?

 

52名前:名無しのてぇてぇ民

 kwsk

 

53名前:名無しのてぇてぇ民

 kwsk

 

54名前:名無しのてぇてぇ民

 kwsk

 

55名前:名無しのてぇてぇ民

 kwsk

 

 

 

 

 

 

 

「『聖なる夜に木の下で』?」

 

 この日ハクヨウは、メンテナンスをお願いしていた《白魔のフード》を受け取りに、ギルドにあるイズの生産部屋にやってきていた。

 待ち構えていたイズは、にんまりとした笑顔でハクヨウを出迎えたのだが、そういう時は大抵が禄なことが無いと流石に学習しているハクヨウ、即座に身構えた。

 しかし、予想に反してイズは、変なポーションを出すでも、唐突に抱きつくでもなく、運営からのお知らせ通知を見せてきただけだった。

 

 

―――

【クリスマスイベント】

 『聖なる夜に木の下で』

 第一層の街にある中央広場の噴水が、クリスマス期間限定でクリスマスツリー木に変わっている。

 第一層の街では、このクリスマスツリーを目印にサンタクロースがやって来るぞ。

―――

 

 

「これ……だけっ?」

「今までみたいな盛大なイベントってわけじゃなくて、あくまでも運営主催でクリスマスに盛り上がろうって企画らしいわ」

 

 特にこれと言ったイベントではない。

 ただ、噴水広場にでっかいクリスマスツリーを飾って、街並みもクリスマス仕様になり、クリスマス限定の屋台なども出る、一夜限りのクリスマスパーティだった。

 しかし、パーティである。街を上げての盛大なクリスマスパーティ。気にならない方がおかしいし、なんならメイプルがいれば目をキラキラさせて『行きたい!』と言うだろう。

 

「あれ。メイプルたち、は?」

 

 ふと、メイプル達のことを思い出したハクヨウは、なぜ自分一人だけにしかこの話をしないのかと首を傾げる。

 まさか、他の人には教えない気では…。

 

「あぁ、違う違う。ハクヨウちゃん、昨日ログインしなかったでしょ?メイプルちゃんたちには、昨日話したのよ。それと、あとの人は普段から運営通知を見てるもの」

「う……」

 

 クスクスと可笑しそうに笑うイズだが、その言い分ではまるで、ハクヨウやメイプルが『通知?そんなの知らんっ!』とガン無視をキメているように聞こえてしまう。

 

「……メイプル、言ってくれ、なかった……」

 

 1日早く知っていたのなら、現実の方で教えてほしかったハクヨウが小さく呻く。

 

「メイプルも、ハクヨウちゃんを誘いたそうにしてたんだけどね。私からハクヨウちゃんを()()()()ようにってお願いしたの」

「っ!?」

 

 いきなりのカミングアウトに愕然とするハクヨウ。え?何?クリスマスイベントの事を教えておいて、ハクヨウ(わたし)をハブるつもりだったの?なにそれ鬼畜。

 と涙目になる。

 そんな涙目攻撃(+ぷるぷる震え&身長差による上目遣い)に身悶えるイズは、深呼吸をしてなんとか、ギリッギリ平静を保ち、その理由(ワケ)を話した。

 

「仕方ないでしょ?メイプルちゃんたち以上に、ハクヨウと行きたそうにした人が居たんだから」

「………えっ?」

 

 瞬間、ぷるぷる震え(バイブレーション)が止まった。涙目も引っ込み、首を傾げる。

 

 メイプルたちとクリスマスを楽しめたら、それはそれで楽しそうだけど……さて。

 月は12月。日付は24日。

 クリスマスイヴ

 キリストの生誕祭という本来の意味は、この日本においてほぼ完全に消失している。

 にも関わらず、毎年この時期はある人たちは勝ち組として静かながらも盛り上がりを見せ、ある人は敗者として涙をのむ。

 

 そんな、今夜。

 

 にっこにこしたイズが、ハクヨウに近づく。

 

「あ、因みになんだけど―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハクヨウは、勝ち組となる理由を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

「―――うまく行ったわね」

 

 ふふふ……と愉快そうに笑うイズは、恥ずかしげに頬を赤らめながらもイズお手製の装備を抱きしめて、部屋をあとにしたハクヨウのことを思い浮かべる。

 

『良かったのー?クロムさんって、クリスマス自体忘れてる雰囲気だったけど』

「いーのいーの。あの二人は、この位のお膳立てしてもくっつきもしないんだから」

 

 イズ以外に誰もいないかに思われた部屋の中で、少女の声が響く。すると、突然クローゼットがひとりでに開き、中から炎の様な赤い髪が覗いた。

 

「ミィは、ミザリーと二人を見守るのよね?」

「うんっ。私は、いい加減早く二人くっつけ!って思ってるんだけど、でもあのじれったい感じも可愛いから、遠くから眺めてる」

『周りが囃したてても、ハクヨウちゃんには逆効果ですからね。お膳立てくらいが、丁度いいでしょう』

 

 今度はどこからともなく声が響く。それは、ハクヨウが姉の様に慕う女性の声で。

 

「とか言って、一番近くで二人を見てモヤモヤしてるのはミザリーのくせに」

「………クロムさんが今日もログインすることは確認済みです」

「モヤモヤしてるのは否定しないんだ?」

「そろそろじれったくて、クロムさんのお尻を蹴り上げそうです」

「あははっ!」

 

 空間から溶け出すように現れたミザリーは、得意の【光魔法】にある、少しの間だけ透明化する魔法を使い、隠れていた。

 

 今度は普通に部屋の扉が開きサリーと、めちゃくちゃキラキラした目のメイプルが入ってくる。

 

「二人とも、これはゲームだからって尻込みしちゃってるもんね」

「あ、サリー」

「やっほ、ミィ。……よく、クローゼットの中入れたね?」

「頑張った!」

「そ、そっか……」

 

 サリーとメイプルは、ハクヨウの予定を確認するために、敢えてギルドの中ではなく、外で待ち構えていた。そして偶然を装ってハクヨウに会い、行き先を確認したのである。

 

「ハクヨウがね、ハクヨウがね!」

「あーもー、分かったから。ハクヨウがすっごい可愛かったのは分かったから」

「そんなに可愛かったの?」

「うん!」

 

 なぜか目をキラッキラに輝かせていたメイプルは、大興奮しながら『ハクヨウが可愛かった』と連呼する。

 

「恥ずかしそうに、だけどとっても大事そうにイズから貰った装備を抱えてたの!すっごい可愛かったぁ!」

「ふふふっ、それなら製作者冥利に尽きるわね」

「あれならクロムさんもイチコロ!って感じだったよ」

「サリーもありがとう。けど、一番のスパイスはハクヨウちゃんの表情じゃない?」

「あははっ、たしかにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………さて。

 お察しの通りコヤツら。グルである。

 いい加減、ハクヨウとクロムの無自覚いちゃつき空間に耐えられなくなった女子5人が結託し、クリスマスイベントに乗じて二人を良い雰囲気にして、くっつけてしまえ!と画策していた。

 なお、カスミはお察しである。

 

 クリスマスイベント自体は本来、24日から25日に変わる深夜0時に、第一層のクリスマスツリーの上空にサンタクロースが現れ、運営によってクリスマスプレゼントが貰える()()である。

 

 だがしかし。それだけではつまらない!もっとクリスマスを……現実は無理でも仮想世界くらい楽しみたい!と奮起したクリボッチプレイヤー達が、『はぁ…はぁ、敗北者?取り消せよ、今の言葉ぁっ!』と独自に広場でのクリスマスパーティを企画したのだ。これにはイズも一枚噛んでいる。

 

「予定通りミザリーとミィ、メイプルとサリーのペアで、ハクヨウちゃん達を見守ってあげてね。でも、あくまでも自分たちが楽しむ方が優先。企画者の一人として、楽しんでくれると嬉しいわ」

 

 クリスマスパーティ企画運営の責任者として、イズはパーティ自体には参加できないが、だからこそ他の四人にも楽しんでほしかった。

 

 

 

 

 

 

「いや……めちゃくちゃ居心地悪いな、おい」

 

 そう呟き肩を落とすのは、血のように赤い鎧に身を包む大柄の男性プレイヤー。

 傍らには、この時期にはミスマッチすぎる骸骨の意匠が施された、大盾が立て掛けてある。

 

 というか、ぶっちゃけクロムだった。

 

 クリスマスイブだというのに仕事のあった彼は、完全にクリスマスとか言う日本中が盛り上がるイベントを完全に頭からポイッして、仕事終わりの息抜きにログインしたのだ。

 

「そーいや、今日が24日って忘れてた」

 

 ミィの読み通り、クリスマスイヴという存在を忘れていたクロムは、クリスマスカラー全開の街並みに気後れする。え、昨日まで何の予兆もなかったじゃん、と。

 噴水広場に聳え立つクリスマスツリーを眺めながら、そそくさとその場を離れようとするクロム。

 

 

「ま、クリスマスっつっても予定無いし、いつも通り狩りにでも―――」

 

 

 

 現実も敗北者だし……と落ち込み、“行くかな”と続けようとした所で、遠くに真っ白い人影を捉えた気がした。

 

「………ハクヨウ?」

 

 いや。気がしたのではない。バカげたAGIを持つハクヨウだが、今は何かを探しているのかキョロキョロと付近を見渡している。

 一見して迷子にも見えるその姿は、クロムじゃなくても声をかけずにはいられないだろう。クロムなら言わずもがな。

 

「おーい、ハクヨウ?なんか探しものでも――」

「見つけたっ!」

「はっ?ちょ、うおっ!?」

 

 グルンッ!ギュンッ!シュタッ!

 とか擬音が付きそうな動きだった。

 具体的に言えば、クロムの呼びかけに『グルンッ!』と勢いよく振り向き、『ギュンッ!』と勢いよく地を蹴って、『シュタッ!』という感じで目の前に立ち止まった。本当に一瞬の出来事である。

 

「え、えーと……ハクヨウ?俺になんか用事があった、のか?」

「―――いこ」

 

 瞬でクロムとの間合いを詰めた勢いは何だったのか。どこか恥ずかしそうにモジモジするハクヨウは、クロムも聞き取れない小声で囁いた。

 

「え?すまん。もう一回言ってくれ」

「一緒に、クリスマスパーティ、行こっ?」

 

 

 

「………はい?」

 

 

 

 

 

 

「ったく。そういう事なら、先に言ってくれ」

「今日知ったん、だもん」

「ならイズが悪いな、うん」

 

 『男女ペアでパーティを組んだ状態で、0時にクリスマスツリーの下にいると、特別なプレゼントが貰える』

 

 それが、イズから教えてもらった内容だった。

 あとイズは、知り合いの検証系ギルドに属するプレイヤーから、その特別なプレゼントについて調べることを依頼された、とも。

 それを代わりに調べてくれ、とイズからお願いされたのである。

 

 仕方ないなー友達からあんなにも頼まれちゃったら断れないなー

 

 と、羞恥に悶える自身の心を落ち着かせるための言い訳を内心で展開しながら、だけど隠しきれぬ嬉しさで、クロムの手を引いてうきうきしながら街を歩く。

 

 第一層に降りてくると、トッププレイヤーとして名を馳せる二人が、それもハクヨウが満面の笑みで闊歩していれば、当然目立つ。ハクヨウが自身のAGIを自覚し、クロムがついて行ける速度で歩いているのだから、当然のように人目につく。

 

「なぁ、ハクヨウ」

「ん?な、にっ?」

 

 嫉妬やら怨恨やらの居心地最悪な視線を感じるクロムは、『別に、まだカップルとかじゃねぇんだけど』と溜め息をつき、すぐに『まだ』と無意識に繋げたことに首を振る。

 そんなクロムに?マークを飛ばすハクヨウだが、中央広場が近づくとクリスマスツリーが見えて瞳をキラキラさせていた。

 分かりやすく興奮するハクヨウに、『可愛いところもあるなぁ』としみじみするクロム。自然と頬が緩む。

 

―――てぇてぇ

 

「……ん?」

「クロム?どうか、したっ?」

「……いや、気のせいだったわ」

「そっ?」

 

 立ち止まり、声がした気がする方向に視線を向けたクロムだったが、人気は無いし気配もない。

 気のせいだったと思い直して、クリスマスツリーの方向に足を向けた。

 

「この辺を歩くのも久々だな」

「ん。最近…は、上層に拠点、おいてた、し」

「一層でやるってのは、始めたばかりの初心者への配慮だろうなぁ…」

「ん。……あっ、あそこ、行こっ?」

「……あそこかよ」

「えへへ……。あえて、だよっ」

 

 元噴水広場(クリスマスツリー)を中心に、様々な事にレストランやカフェ、ショップの他、この日限定の出店や屋台が立ち並ぶ。

 その中で、かつてクロムを破産させようとしたカフェに行こうと提案するハクヨウ。苦い思い出が蘇り、クロムの表情は渋い。

 が、ハクヨウが入るというのだし、別に渋面こそしたが、嫌な思い出と言うわけではない。ハクヨウに続いて、店の中に入った。

 

「いらっしゃいませー!……おや、懐かしいお客様だ」

「覚えてる、の?」

「もちろんですよ、可愛らしい小鬼さん。そんな特徴的な見た目の方を、忘れろという方が無理というものです。それでは、お好きな席へどうぞ」

 

 ウェイトレスに促されるままに店内を見渡し、人の少ないエリアを見つけると、さっさと歩いて席を取ってしまうハクヨウ。『早くっ』と目でクロムに訴える。

 

「ハクヨウが早すぎるんだっての」

「むぅ」

 

 入り口から全く動けないままにトントン拍子に進んだ出来事に唖然としつつ、クロムは席に向かおうとして。

 

「―――今度は、破産されないことを祈っております」

「………それは忘れてくれ。てか前回も、破産まではいってない。ギリギリだけどな」

「ふふっ。それは失礼いたしました」

 

 ウェイトレスの恭しく下げられた頭は、クロムからすれば(からか)われているとしか思えなかった。

 

 

 

「遅い、よっ」

「ハクヨウが速いんだよ」

 

 ジト目で苦言を呈してくるハクヨウだが、言うほどに時間は掛かっていない。つまりはただ、言いたかっただけだろう。つんつんハクヨウモードである。名前は今、クロムが勝手に考えた。

 

「……へぇ。メニューもクリスマス仕様になってるのか」

 

 定番のチキンやクリスマスケーキに、ツリーのような形のカップケーキ、ネタとしか思えないが、クリスマスローズとか言う第一回イベントでメイプルに瞬殺された出落ち騎士みたいなスイーツもある。

 

「………これ、すごいっ」

 

 そんな中でハクヨウが指差したのは、クリスマス限定スイーツの中でも一際目立つもの。

 

「いや、そりゃ流石に……な?」

「うん、目に付いた、だけ」

 

 ハクヨウだって、何もそのスイーツを注文するつもりなどさらさら無い。ただ目について、すごいと思ったから指差しただけ。

 

 ただ、それだけだったのだが。

 

「【聖なる日を大切な人と】、注文承りましたー!」

「「えっ……」」

 

 近くにいた男性店員が、注文として受理してしまった。

 

 

 

 

 

 

 デンッとクロムとハクヨウが向かい合うテーブルの中央に置かれた、大きなパフェ。

 赤と緑の鮮やかなグラデーションが、如何にもクリスマスらしい雰囲気を演出するそれは、いわゆる【カップルメニュー】だった。

 アイスにマカロンにチョコレートにフルーツにと、彩りにも見た目にも計算された、映えというものをコンプリートした一品。

 

 ただ一つ。

 

 決められた回数以上、互いに『あ~ん』して食べさせ合わなければならないという、ある種の地獄ですらあるメニューは、見るだけならとっても美味しそうだ。やる事はやっぱり地獄すら生温いが。

 

「……どうする?」

 

 できる事なら、やりたくないと言うのがクロムの本音だった。

 というのも、別にハクヨウが嫌いと言うわけではない。しかし、ここは人目が多いのだ。店内では現実においてクリスマス敗北した悲しみを背負いし戦士達が二人を見つめてくる。しかも運悪く、ここ窓際の席。外から丸見えなオマケ付き。

 この際、キャンセル料金やら迷惑料やらが発生しても構わないから、出来ればこれだけはやりたくないクロム。

 

 しかし、意外にもハクヨウは大胆だった。

 

 

「………あ、あ~んっ」

 

 所在無さげに差し出されたスプーンの上には、慎ましやかながら苺味のアイスが乗っている。

 

「……」

「は、早く……っ!恥ずかしい、からっ」

 

 見れば、スプーンを差し出す手は震え、真っ白いのはずのハクヨウは首まで真っ赤になっている。

 目尻には薄っすらと涙が浮かんでいるのが見て取れる。相当恥ずかしいらしい。

 

「ぐっ、……うぅ」

「クロム、『あ~ん』」

 

 『きっと、今の俺もハクヨウと似たようなもんだろうな』と、めちゃくちゃに熱くなっている自身の顔を自覚して、クロムは意を決した。

 

「……………………あ――……んっ」

 

 

ドゴッ!

ズダンッ!

バタンッ!

ガタッ!

ズザザッ!

 

「「っ!?」ちょ、大丈夫か!?」

 

 突然、店内にいたプレイヤー数名と【聖なる日を大切な人と】の注文を勝手に取った男性店員が崩れ落ちる。

 心配して駆け寄るクロムだったが、何故か幸せそうな笑みを浮かべて鼻から熱いパッションを滾らせるのみで反応がない。

 

 そんな中。

 

「………あーー」

 

 ………なんかもう、色々と吹っ切れたらしいハクヨウが、パカリと小さく口を開けて、クロムから『あ~ん』されるのを待っていた。

 

「………俺にどうしろと?」

「クロム、『あ~ん』」

 

 さっきは、『早く口開けて』の意だったのが、明らかに今度は『早く“あ~ん”して』に置き換わっている。店内の視線を集め、なんかもう『いつまで彼女待たせてんだこのボケカスオラァ!』という雰囲気。殺気立ってると言ってもいい。

 

「ぐ……。あぁもう分かったよ。―――あ~ん」

「あ~………んっ」

 

 パクリとクロムが差し出したスプーンを咥えるハクヨウが、なんだか嬉しそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、クロムはめちゃくちゃ『あ~ん』させられた。




 
てぇてぇ

 結構駆け足で書いちゃったから、無理矢理な部分が多すぎて吐きそう。

 まぁ多分、時系列的には現状の原作よりも更に先の未来の話(2〜3年後くらい)かもしれないし、このくらいはね


その後の店内でのてぇてぇ民の様子
てぇてぇ民1「なんかもう、ハクヨウちゃんが幸せならそれで良いかなって」
2「我が生涯に一片の悔いもなし!」
3「ハ、ハクヨウちゃんがめちゃくちゃ積極的に『あ~ん』してる……くっ、ギリギリ致命傷で済んだか」
4「グフ…やめてくれクロム、ハクヨウのほっぺに付いたクリームを掬って、そのまま舐め取るなァッ!」(尊死
5「ハクヨウちゃんめ…『あ~ん』ついでにクリームを付けてやり返すだと!?逝きそう。逝った」


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二人きり(?)の大晦日

 
 もう今年も終わりですね。ビックリです。
 速度特化は投稿開始が3月なので、あと2ヶ月ちょっとで一年が経つと思うと、感慨深いです。
 PS特化の投稿を心待ちにしていた人たちはごめんなさい。
 悪いのは提出日ギリギリまで私の卒論を確認しなかった私のゼミ担なので、苦情はそちらに。

 では、今年最後の投稿です。
 


 

「これで、いいのっ」

「だめ!」

 

 ハクヨウが自分を抱きしめるようにして後退る。それに対して、断固拒否の姿勢を見せるイズは、なんかハァハァしながら両手に『それら』を持って距離を詰める。

 

「この装備だって、着物、だよっ!?」

「初詣は可愛くしなきゃ勿体ないわ!」

 

 初詣。

 大晦日の今日、NWOの第4層。和をモチーフとし、数々の鳥居で移動できる範囲に制限が掛けられているこの層では、各鳥居に併せて参拝できるように神社が建てられていた。こういう所はゲームならではであり、数日後には神社もキレイさっぱり無くなっているだろう。

 そして、第4層の一番奥に位置している【玖】の鳥居の奥には本来、めちゃくちゃに強い白鬼が待ち構えている。しかし、この日ばかりはその場所は大きな神社に様変わりをしていた。

 【玖】の通行証を持っている人は、それなりに多い。けれど、全プレイヤー人口から見れば一握りに等しい。そのため各通行証で行けるエリア各所に神社の分殿を設置し、最奥に到達していないプレイヤーにも優しくしていた。

 もちろん、到達している者は最奥にある主殿で参拝もできる。

 

 まぁそんな訳で、この日はゲーム内で大晦日を過ごそうとしているのだが、普段の装備で行こうとするハクヨウにイズが『待った』をかけた。

 

「例え普段から着物装備でも、折角の初詣なんだから振り袖を着ましょう?」

「………なら、その手に持ってるの、はっ?」

 

 ニマニマと頬を綻ばせて笑うイズ。口では振り袖とか言いながら、その手に抱きかかえているのは。

 

 

「何って……ただの【妖狐の巫女服】よ?」

「ぃや―――っ!!」

 

 

 ピンっと立った白い狐耳のカチューシャ。

 真っ白の上衣に鮮やかな緋袴。

 もこもこの白い狐しっぽ。

 

 見事に融合した巫女服ときつねさんの装備。

 

「モチーフはホッキョクギツネ!あのふわふわもこもこの姿とハクヨウちゃんと同じ白い毛並み!」

「毛並み…」

 

 毛色とか肌の色とか、別の言い方をしてほしかった。

 

「な、何がだめなの?これを着ると、一時的に【妖術】スキルが使えて、【妖狐】のステータス補正が乗って、何より巫女さんよ?」

「その変わり、他のスキルが…使えなく、てっ。【捷疾鬼】が、解除される。【AGI】、落ち、るっ。何より」

「……何より?」

 

 何より……

 

「な、何でも、ない……っ」

 

 『恥ずかしいの!』と言えれば良いのだが、ものすっごいニヤニヤしているイズには言いたくなかった。顔から火が出そうなほどに熱くなる。

 

「これでクロムもイチコロよ?」

「うぅ……っ」

 

 ハクヨウはクロムと二人で、二年参りに行くから。

 可愛いのは認めよう。めちゃくちゃ癪だけど。

 イズが自分に似合うだろうとデザインしたのも分かっている。

 

 けれど。だけど。

 

「や、なのは……いや、なのっ!」

 

 主に、恥ずか死ぬという意味で。

 

 

 

 

 

 

「ク……クロ、ムっ」

 

 第4層のギルドホームの外で立っていたクロムは、不意に声をかけられた。

 声の主は、もう聞き慣れた相棒たる少女のもの。しかし、その声音は普段よりも固く、緊張が垣間見える。

 

 時刻は23時。あと1時間もすれば年が明け、新しい年を迎える事になる頃合い。

 数日前に『一緒に初詣に行きたい』とお願いされたクロムは、なんなら二年参りしようと待ち合わせをした。

 

「よっ。ハクヨ、ウ………っ!?」

 

 小さな音を立ててギルドの扉が開き、そこからハクヨウが出てくる。

 イズによって『可愛いハクヨウちゃんが見たくないの!?』と鬼神の如き形相で詰め寄られ、お楽しみのためにと追い出されたのだ。

 待ち合わせだけならギルドホームの中でも良いのに、わざわざ外で待っていたのは、そういった理由である。

 

 そんなわけで、大人しくも寒さに耐えつつ待ちぼうけを食らったクロムだったが、ハクヨウの声に振り返り―――

 

 

「ど……どぉ?」

 

 

 ―――絶句した。

 

 

「………へ?はっ、あ。いや……ハクヨウ?」

「……う、うん」

 

 まず目に入ったのは、薄紫の振り袖だった。

 限りなく色味が薄く、ハクヨウの純白のイメージを崩さないながら、大人っぽさもあるそれ。

 袖や足元にかけて色味が薄紫からピンクに変わり、可愛らしさまである。なんだこれ。

 振り袖に描かれた模様は白羊。ハクヨウのネームの元となった存在の一つであり、一つひとつの表情が違って楽しい。

 普段は無造作に流している白の長い髪も、今日ばかりは横髪が一房だけ残されてアップで纏められ、簪が留めてある。

 そして、何より目を引いたのは、襟ぐりから見えた振り袖の内側に着ている上衣が、クロムを象徴する赤だったこと。透き通るような白い肌に、鮮やかな赤が非常に映える。

 しかもなんか色っぽい。クロムの語彙力では言葉にできない。その拙さが悔やまれるほどに、『なんか色っぽい』としか分からなかったクロムさんである。

 

 ……なお、その『なんか色っぽい』の正体は、イズ&ミザリー監修の『クロムを絶対堕とすメイク術』によるものだった。

 ハクヨウに施した場合のみ効果を発揮するこれは、ぶっちゃけハクヨウの良さを万全に活かしたナチュラルメイクに、ほんのり大人っぽさを滲ませただけである。

 それだけで『堕ちる』と断言される程度には、クロムの感情が女性陣には筒抜けだった。

 クロムは泣いて良い。

 

「その、なんだ。……似合ってるぞ」

「あ……あり、がと」

 

 会話、終了のお知らせである。

 互いに恥ずかしさで目を逸らし、会話が続かない。どうしようか迷って視線を泳がせるクロム。

 

 そして気付く。

 

(いや、こえぇよ)

 

 ハクヨウが出てきたギルドの扉。

 そこがほんのちょっぴりだけ開き、無数の視線がクロムを射抜いていることを。

 

 ミザリー、イズ、ミィ、メイプル、サリー。

 クリスマスの時も色々と画策した定番の5人組が、瞳孔の開いた、『イッちゃってる』眼差しでクロムに圧を掛けていた。

 クロムには、5人の奥に『ゴゴゴゴゴゴ…!』という擬音が見える。

 

 

ミザリー『もっと褒めなさいバカ!』

 

イズ『それしか言えないのかしら?あ"ぁん!?』

 

ミィ『クロムさんもっとハクヨウを褒めて!』

 

メイプル『クロムさん頑張れ!』

 

サリー『早くくっついて!おら、あくしろよ!』

 

 

 ………なんか、それぞれが胸の前にフリップを掲げてクロムに見せてきた。指示書、というか罵倒と応援だった。

 あとイズはキャラがぶっ壊れている。サリーもサリーで、なんか掲示板の【てぇてぇ民】と同じ空気がする。

 クロムさん、額の青筋がピクピク。

 

「……クロム?」

「いや、なんでも。ハクヨウが着物なのに、俺だけ普段の装備ってのも物悲しいと思っただけだ」

「クロムも、着る?」

「俺は和装なんて用意してねぇぞ」

「私に任せなさい!」

「「………」」

 

 バァァァァン!と勢い良く扉が開き、香ばしいポーズでイズが登場する。完全にこの機会を伺っていたらしい。

 

「仕方ないからクロムはこれを着て良いわよ!」

 

 持ち出したのは、狐耳の巫女服。

 さっきハクヨウが全力で拒否した結果、妥協案の振り袖になったのだが、悪戯っ子な笑みでクロムに手渡してきた。

 

「誰が着るかクソがっ」

「あぁっ!?渾身の作品なのに!」

 

 一瞬で地面に叩きつけるクロム。

 

「何するのよ!」

「女性ものだろうが!?てか絶対に悪ふざけのハクヨウ用だろ。挙げ句拒否されて、悪戯に使ったと」

「ギクッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪戯のお説教の末、薄紫と白が基調で、白羊がたくさん描かれた羽織り袴を貰いましたとさ。

 

 ついでに、ハクヨウに『お揃い』とニッコリされ、赤面しましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「けっこう、人いる、ね?」

「はぐれないようにな。ハクヨウ、小さいし」

「む、ぅ……」

 

 現実では有名な神社といえば、参拝客が大勢並びすし詰め状態になっていることだろう。それに比べれば、【玖】の通行許可証を持つプレイヤーで、しかも律儀に参拝に訪れるプレイヤーは、かなり少なかったし、混雑はしていないし結構余裕がある。

 それでも隣のクロムは、ハクヨウを子ども扱いするような事を言うのだから、ちょっとだけムッとした。

 

 ムッとしたから。

 

「なら……これで、いいっ?」

「ちょっ、ハクヨウ?」

 

 隣を歩くクロムの腕を取って、ギューっとする。身長差があるので、ほとんどクロムに寄りかかるような姿勢のハクヨウ。

 

「っ……」

 

 周囲から、無数の生暖かい視線を感じたクロムが、ババッ!と見渡すと、さっきの5人と同じ雰囲気でニマニマする人たち。

 時折、『てぇてぇ』とか『はよくっつけ』とか『くっつ〜け!くっつ〜け!!さっさとくっつ〜け!!!(合唱)』とか色々と聞こえてくる。

 

「はぁ……まぁ、良いか」

「ん〜?」

「……めちゃくちゃリラックスしてるなおい」

 

 ハクヨウがめちゃくちゃリラックスして蕩けているのに、思わず目を奪われ、精神に致命的な(萌え)を負う。

 

『くっ……かろうじて致命傷か』

『強く生きて』

『甘いな。俺はもう死んでた(過去形』

『成仏して』

『……おかしい。甘酒ってあんまり甘くないはずなのに、砂糖でも入ってたかな』

『俺が飲んでるの青汁なのに、甘く感じるとかいう狂気』

『なんで神社に青汁あるんだよ……』

 

(あぁ…アイツら掲示板の奴らだな、絶対)

 

 ハクヨウとクロムに生暖かい視線を向けて、なんか囁いてる奴らを遠い目で眺めながら、参拝目的のプレイヤーの列に向かっていく。

 

 

 その途中、甘酒とおしるこを売っているプレイヤーを見つけた。

 

「ハクヨウ、なんか飲むか?俺は甘酒買うけど」

「ん。……おしるこが、いい」

「了解。買ってくるわ」

「自分で出す、よ?」

「良いよ、これくらい」

 

 精々が数百ゴールド。モンスターを倒せば倒すだけ稼げるので、ハクヨウの分を奢るくらい痛くも痒くもない。

 

「まぁ流石に、破産するほどおしるこ飲まれれば、堪らないけどな」

「そんな事、しない、もんっ」

「ほぅ……?」

「な、なにっ?」

「第一層、噴水広場前のカフェ」

 

 ピクンッと、小さくハクヨウの肩が跳ねる。

 

「ユニークシリーズ」

 

 ピクピクッと、小さく痙攣するハクヨウ。

 

「あー、あれからめちゃくちゃ金策に走ったなー(棒」

「あれはっ、クロムがいけない、もんっ!」

 

 クロムの二の腕をムギュッとして抗議の視線を向けるハクヨウだが、次の瞬間には嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「……そこまで言う、なら、今度、こそ……破産まで、頑張るっ」

「頑張るな!」

 

 あの時と似た、続きのようなやり取りを繰り広げた二人は、何方からとも無く吹き出した。

 

 

 

「ほれ」

「んっ。ありがと」

 

 一頻り笑い合い、参拝の列に並んだ二人。

 その後クロムだけ一度列を外れ、おしること甘酒を買いに行っていた。

 クロムの言葉に甘えておしるこを買ってもらったハクヨウは、ほんのりと温かいコップを受け取って口をつけた。

 

「………甘い」

「そりゃ、おしるこだしな」

「そっち、は?」

 

 柔らかな小豆の香りが漂うおしるこは、現実のものと遜色ない再現力で、心に染み渡るような優しい甘さを感じた。

 

「ん?こっちも普通に甘酒だな。飲むか?」

「ん」

「なら、もう一つ買ってくるか」

「あっ……」

 

 隣からクロムの熱が消え、気付けば列を抜けたクロムがもう一度甘酒を求めて屋台に向かっていた。

 

「クロムので、良いのに……」

 

 むぅ、とほっぺを膨らませて、『気付け朴念仁!』とジト目になるハクヨウ。

 しかし、程なくして戻ってきたクロムが不思議そうに頭を掻く様子を見て、クロムが元々持っていた甘酒以外に、何も持っていない事に気付いた。

 

「どう、したの?」

「いや……なんか『貴方に売る甘酒はありません!』って拒否された」

「え……?」

 

 おかわり駄目だったのかな?と売っていた屋台に視線を向けたハクヨウ。すると。

 

「なる、ほど……」

 

 そこには、親指を立ててサムズアップしてるプレイヤー。声は出さずに、『が ん ば れ!』と唇の動きだけで伝えてくる。

 図らずもハクヨウは彼に手助けをしてもらったのだ。

 

 ハクヨウは屋台の男性プレイヤーに目礼して、クロムの手をとった。

 

「なら、仕方ない、ね」

「おう、悪いな」

「仕方ない、から……」

 

 背伸びをしたハクヨウが、クロムの耳元で小さく囁いた。

 

 

 ―――クロムの、一口ちょうだい?

 

 

 返事なんて知らない!とばかりに、反応の遅れたクロムの手から甘酒をスルリと抜き取って、そのまま一口。

 大胆な行動の恥ずかしさを、米の仄かな甘みを感じる液体と共に流し込む。

 

「はふ……。おい、しっ」

「お前なぁ……」

「クロムも、飲む?」

「……もらう」

 

 甘酒はクロムのなので、渡すのはおしるこ。ハクヨウは、努めて平静を装い、まるで『間接キスを気にするような年じゃない』と言うかのように演じる。

 クロムも最初は恥ずかしそうに呻いたが、そんなハクヨウを見て気にするだけ無駄だと思ったのか、普通に口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、くそ。……あめぇ」

 

 

 

 

 

 

 晴れ渡る夜空に除夜の鐘の音が吸い込まれる。

 あらゆるモノを優しく包み込む夜闇と、仄かに輝く星星を眺めながら、クロムがしみじみと口を開いた。

 

「今年は、もう終わりか」

「あっという間、だった、ね」

「本当にな。ハクヨウと出会ってから、もう暫くしたら1年が経つって言われたら、本当にあっという間だった」

 

 二人が出会ったのは、NWOのサービス開始3日目。クロムが一方的に知ったのを含めれば、サービス開始直後という事になるが、それでもあと一ヶ月程度で、出会ってから一年になる。

 

 この一年は……いや、正確には前半の半年は、本当に色々あった。

 

 23:45

 もうあと15分で新年を迎える頃、参拝の列の待ち時間に、この一年に起こったことをたくさん話す。けれどやっぱり、その多くはハクヨウのことで。クロムの事もあったけれど、それも殆どがハクヨウ絡みだった。

 

「お前、この一年波乱万丈すぎるだろ……」

「その度、に……クロムが、支えてくれたよ、ね?」

「うっせ。……俺だってお前が相棒じゃなきゃ、とっくにNWO引退してたよ」

「えへへ〜」

 

 ハクヨウがクロムに支えられたように、クロムだってハクヨウがいなければ、大盾使いを続ける事ができなかっただろう。きっと、メイプルという自分より優秀な大盾使いとの差や、敵をなかなか倒せないストレスから、別の武器に変えるか、NWOそのものを辞めていたかもしれない。

 続けられたのは、ハクヨウという相棒がいたから。そして、これからもNWOを続ける理由もまた。

 

 

「クロム、順番来た、よ」

 

 図ったように、23:59。丁度、一年が終わる直前に、二人の参拝の順番が来た。

 

 ………いや、図っていたのだろう。クロムでも、ハクヨウでもない、周りの人間が。

 ハクヨウの身長的に、列に並んだ状態では周りの様子が正確には見れなかった。

 けれど、クロムは分かっていた。不自然に人が列から抜けたり、こそこそと『急げ』『もうすぐだぞ』と声を掛け合っていたりする光景が。

 

 

 そしてその全てが、クロムに生暖かい視線を向けていることが。

 

(暇なのか、あいつらは……)

 

 クロムの脳裏に過るのは、クロムがハクヨウと一緒にいる時、いつもニマニマとイイ笑顔を浮かべている女子5人。あとその5人…主にイズに上手く使われている掲示板の【てぇてぇ民】。

 クリスマスを境に【過激派】の音沙汰が無くなり、同時期に無駄に巨大化した【てぇてぇ民】の掲示板だったり、ぐぬぬってるカスミがいたりしたが、それは意識から追いやる。

 

 

 賽銭箱の前に並んだ二人は、そこに5ゴールドを放り込み、神社の屋根から提げられた鈴を鳴らした。

 

 シャランと透き通る音が響き渡り、同時に、夜空に【Happy New Year】の文字と花火が打ち上がる。新年を祝う歓声がそこかしこで上がり、参拝の厳かな雰囲気は何処へやら消えてしまう。

 現実では無いし、厳かさなど皆無だからこそ、誰もが思い思いに騒ぎ、楽しみ、新年を祝った。

 

「ははっ。これが本当の二年参りってな」

「ふふっ。うんっ」

 

 そんな中でたった二人。静かに新年を迎えた二人。顔を見合わせて、その後、ちゃんとお参りをする。

 

(今年も、そしてこれからも、ハクヨウと一緒に、楽しく過ごせますように)

 

 ゲームの世界で願うなら、これしか無いのだと、クロムは思った。現実なら、仕事の成功や無病息災など、色々あるだろう。けれど、NWOの世界で願うなら、これ以上の願いは無い。

 そう、半目でチラリとハクヨウを見ながら、今一度祈った。

 

 

 

 やがて閉じていた瞳を開いたクロムだったが、ハクヨウがまだ目を瞑り、手を合わせていた。

 少しして目を開いたハクヨウは、クロムの視線に気づき、朗らかに笑う。

 

「随分と一生懸命に祈ってたな」

「そ?」

「あぁ。何をお祈りしてたんだ?」

「ふふっ。口に出す、と、叶わないらしい、よ」

 

 その言い伝えは、クロムも知っていた。誰かに話すと、その願いは叶わなくなるという迷信。

 

「クロム、は?」

「なら、俺も言わねぇよ。叶えたい願いだし、叶わなかったら地獄を見る」

「そ…そう、なんだ……。がんばっ、てね?」

「おう」

 

 願いが叶わないということは、ハクヨウと一緒に居られず、苦しい一年になるという事。

 あぁ。それは確かに地獄なのだろう。この……いや、もう去年あった様々な出来事は、あれっきりで十分だ。あれ以上、ハクヨウが苦しむ必要も、クロムが悩む必要もない。

 

「ま、この願いは、神様が叶えるものじゃないから、気にしないで良いさ」

「んっ」

 

 

 

 

 

 

 笑い合って、ハクヨウとクロムは次のプレイヤーのためにその場を退く。

 そして手をつなぎ、新年を祝う人々の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「明けましておめでとう。今年もよろしくな」

「明けまして、おめでとうございます。今年も、よろしくね、クロムっ」

 

 

 

 

 

 

 『―――これからもクロムと一緒に、たくさん、楽しめますように』




 
 読み終えた人は、時間的に明けましておめでとうございます。が正しいのでしょう。
 ハクヨウちゃん達もそうですからね。
 尤も、これはssなので本編はまだ春ですが。


 ……え?マジでまだ第一回イベント終わってないじゃん。すごっ(褒めてない


 さて。クリスマス(前編)から時系列は進み、新年の参拝がメインでした。
 もはやイズさんとの掛け合いからのスタートが、鉄板となりつつあります。
 クリスマス(後編)は12ヶ月待ってて。そしたらきっと、来年の元日はお正月ssが出るから。

 狐耳と巫女服の組み合わせは最高だと思います。ハクヨウちゃんは鬼なので、泣く泣く断念しました。イズは泣いて良い。

 ゆるゆるハクヨウちゃんは可愛い


 次回こそ本編の更新になるかな、と淡い期待を自分に寄せています。

 
 それでは、皆様の2021年が、素晴らしい1年になりますように。


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序章 九曜=or≠ハクヨウ
速度特化と準備


 
 PS極振りの筆休めに書いてたら、思いの外良い感じにできたので、お蔵入りは勿体無いな…と投稿しました。
 見切り発車、亀更新ですが、読んでもらえると嬉しいです。
 


 

 ―――私は、この世界に満足している。

 

 

 

 小さな段差が辛くて。

 

 何をするにも、人の手を借りて。

 

 両親には凄く迷惑をかけて。

 

 人の足枷にしかならない私。

 

 『普通の人』ではない、私。

 

 世界は『普通』であることが必要で。

 

 はみ出し者の私は、風当たりが当たり前で。

 

 道を進めば2度見され。

 

 人にぶつかれば悪態をつかれる。

 

 誰に、何に対しても気を遣う。

 

 そんな世界。

 

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 やはり、世界は優しくて。

 

 心からの愛情を注いでくれる両親。

 

 小学校から仲良くしてる友達。

 

 私の願いに協力してくれた学校。

 

 裏表なく助けてくれる人たち。

 

 私をサポートしてくれる医師や看護師(先生たち)

 

 私の世界は狭いけれど。

 

 その世界は優しさで溢れかえっている。

 

 

 

 

 

 

 たくさん、我が儘を言ってきた。

 

 たくさん、ごめんなさいって思った。

 

 たくさん、ありがとうって、伝えた。

 

 それでも、本当の願いはたった一つだった。

 

 それが、不可能だって分かっていた。

 

 

 

 

 

 願う心を忘れるために、別の願いを口にする。

 

 

 

 

 

 我が儘(ねがい)の度にいる、私の車椅子(あし)

 

 意思(ねがい)の度に各所に頭を下げる、両親。

 

 知らないのに、想い(ねがい)に応えてくれる親友。

 

 そんなたくさんの人に囲まれて。

 

 

 

 

 

 

 そんな、優しさしかない手のひら(せかい)で。

 

 

 

 

 

 

 たった一つ。

 

 あの事故から変えられない祈り(ねがい)だけは。

 

 叶わない夢がある(歩きたいと願う)ことだけは。

 

 周りの人に、悲しい思いをさせてしまうから。

 

 

 

 

 

 絶対に、誰にも言わないんだ。

 

 

 

 

 

 

 だから、代わりにいつも口ずさむ。

 

 

 

 

 

 私は、この世界に満足している―――と。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「そのはず、だったのに……」

 

 私の目の前にある、一つのゲームパッケージ。

 

 リリースを目前にして、全国で長蛇の列ができているという、VRMMORPG。

 

「『New World Online』……理沙が手に入らないって嘆いてたゲーム。まさか当たるなんて」

 

 本当に気まぐれ。

 偶然、懸賞の応募があって。

 この世界なら、思いっきり走れるのかな?なんて思って。

 口に出した事はないその願いを、懸賞に籠めて応募した。

 そしたら、VRハードとゲームソフトのセットが当たってしまった。

 ご丁寧に私の名前。

 『望月(もちづき) 九曜(くよう) 様』と書かれている。

 確か、当選は三名だったはず。

 日本中で三人と言われれば、ほぼ絶望的な確率だっただろう。

 それをこうして引き当てたのは、偏に日頃の行いだろうか。いや、神様からの慈悲とでも思った方がいいかな。

 

「あら九曜、それは?」

「あ、お母さん……気まぐれで応募した懸賞が当たった……VRMMORPGだってさ」

 

 夕ご飯の支度をしていたお母さんが顔を出して聞いてきた。ハードとソフトを見せながら、良くあるファンタジー世界のゲームだと伝える。

 

「あなた、ゲームなんてやった事ないでしょ?」

「うん……だけど当たったんだし、少しくらい使ってみたい、かな」

 

 五歳の頃、交通事故にあって以来、両膝から下の神経がズタズタになってしまい再起不能に近い私は、一日の殆どを車椅子で過ごしている。

 本当なら養護学校を勧められていたのを押して、普通の高校に通わせてもらっているのだ。成績では迷惑をかけない為に勉強しているし、リハビリのために週二日は放課後は病院に通っているけど、成果は出ていない。

 リハビリで動かそうとしないと絶対に動かなくなるから、殆ど惰性だ。

 でもVRなら夜、身体は寝ているし、現実への悪影響もない。

 勉強の息抜きとして、少しなら良いと思う。

 お母さんも、私に無理はしないでとよく言う。

 だから、そんな悲しそうな……申し訳なさそうな顔はしないでほしい。

 

「そう……そっちなら、九曜も歩けるのね」

「……本当に気まぐれだよ、お母さん。私は歩けなくても良いもん」

 

 お母さんが私のために、沢山の『自分』を削ってくれているのは分かってる。

 それに報いてあげられない私を恨めしく思う。

 

 だから、こうして少しでも強がって。

 お母さんの愛情を凄く感じてるから。

 いつからか外れなくなった、気丈な笑顔を貼り付けてでも。

 

「理沙がゲーム詳しいし。とりあえず、やるだけやってみるよ」

「えぇ。ゲームの中でくらい普通に楽しんでね」

「うん、ありがとう」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 VRハードの設定から全部やらなければならないため、物凄い時間がかかった。

 NWOのリリースそのものは明後日だけど、VRハードと初期設定は先に終わらせることができるため、理沙にVRハードの設定だけ教わる。

 流石に、『理沙(あなた)がまだ手に入れられていないゲーム、先にやってるね♪』なんて言ったら発狂ものだ。朝日を拝めないかもしれない。

 『ゲームなんてやらなかったのに突然どうしたの!?』とひどく驚かれたけど、適当に『仮想世界もリハビリの一環になるかもしれないらしいんだ』と誤魔化しておいた。

 事実、仮想世界で正常な身体を持つことは、四肢切断等による幻視痛を抑制したり、重篤患者の精神への負担を減らすのに貢献している。

 まぁ、それで症状が改善した例は、少なくとも私は知らないが。

 だから、キャラクタークリエイトだったり、パーソナルデータの設定だったりは、二日かけて自力で頑張った。

 ゲームって言うと、現実と違う自分になるものだけど、VRはアバターの肉体をリアル基準にしないと、操作が出来ない場合があるとか。

 

 それで、初期設定をなんとか終えた私は、リリース前にできる最後の仕上げ。

 ゲーム内で使うキャラクター設定のためにログインした。

 

 ベッドに横たわり、ハードをセットして目を瞑る。次に目を開けた時には、もうVR世界だ。

 電脳世界を浮遊する感覚は初めてで全くというほど慣れないが、最後の設定が終わるまでの辛抱だ。

 

「うぅ……身長なんて楓と同じだから、もうすこし大きくなりたかった」

 

 運動なんてできないから全くと言っていいほど筋肉はないし、運動しないから食事量も少なく中学から成長が止まって小柄なままだ。

 大きくなりたかったが、まぁ仕方ないだろう。むしろ『普通』なのに大きくなれない楓に合掌。

 学校か病院でしか外に出ないから私色白だし。

 

「リアルバレ防止に、目とか髪の色は変えられるんだ……少し、弄ったほうが良いよね」

 

 変に弄ってもおかしくなるだけだし、いっそ真っ白にしてしまおうか。

 そう思い、髪も目も色白な肌よりも更に真っ白にしていく。

 

「わ。目が全部真っ白って怖い……薄めのグレーにしよう」

 

 黒かった部分が全てを真っ白になり、白目の部分との境目がなくなった途端、急に怖くなったので流石にやめる。

 あれだ。常時白目を剥いている感じ。

 

 そうして出来上がった、毛髪も肌も真っ白、目も限りなく白に近いグレーに留めた、真っ白な私が出来上がる。

 次は、名前。

 

「名前かぁ……クヨウ?そのままは駄目だよね」

 

 うん、白い九曜。シロはハクで繋げてハクヨウにしよう。

 私は誕生日が三月の終わりで牡羊座。

 白羊(はくよう)宮の名を冠する星座なのも掛けて。

 

「後は武器かぁ……」

 

 大剣や弓、盾、短剣、杖なんかもある。パッケージには魔法使いの人もいたから、きっと杖は魔法使いの武器だと思う。

 走るということを知らない私の身体は、接近戦には向かないかもしれない。状況によって沢山走り回ることになると思うから。

 だけど、その不安も少しだけ楽しみなのだ。

 未知は怖いけど、期待も大きい。何より、私も普通に歩けるのだから。

 

 だから。

 

「一番扱いが簡単な片手剣にしよう」

 

 小さめの盾を持つことも、もう一つ片手剣を持つことも、サブに別の武器を持つこともできるバランスの良い片手剣。

 そう決めて、もう片手は空けておく。すぐに決める必要は無いと思うから。

 

「わ。まだあるんだ……ステータス?」

 

 次に出てきたのは、ゲームで使うアバターのステータスを振り分けること。

 これは、最初から決めていた。

 

「………私は、走りたい」

 

 ただ、それだけ。強さとか、防御力とか、魔法を使いたいとかじゃない。

 もっと根本的な。

 強くなりたいんじゃない。

 誰かを守る堅さも違う。

 ファンタジーの代名詞たる魔法もいらない。

 

 私以外に誰もいない仮想世界だから、その本音が溢れてしまう。

 けど、抑えない。抑える必要もない。

 仮想世界では、分身(わたし)も目一杯駆け抜けたい。

 

 だから、ステータスポイントを全部敏捷性に注ぎ込んだ。

 

 

「……よし。後は明日のリリースを待つだけ。

 ログアウトして、早めに寝よう」

 

 

 少しだけワクワクして、寝付けなかった。

 




 
 主人公さんはメイプルが始めるよりも更に前。
 サービス開始から始める古参組の一人となる。

 一つ言っておきます。

 この物語は、()()()()()()()()()()()
 多少シリアスな瞬間があるかもしれませんが、9割方は原作の防振りと同じ空気感です。

 それだけはご理解ください。
 防振りの登場人物にも、それを眺める私達にも優しく楽しい世界です。
 亀更新でゆっくりやってきます。

 明日は同じ時間にPS特化を更新するよ!


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速度特化と初ログイン

 お待たせしました(待ってない)
 第二話でございます。
 


 

 リリース当日。

 土曜日の今日は学校も休みで、サービス開始の九時からログインできる。

 

「じゃあ、行ってくるわね。やりすぎは注意、ね?ちゃんとお昼ご飯は食べること」

「うん、分かってる。行ってらっしゃい」

 

 仕事の両親を見送ってから、車椅子を漕いで自室に戻る。色々と片付けたり、ゆっくりしていたりしたのもあって、ログイン可能な時間はすぐに来た。

 

「それじゃあ……行ってみよう」

 

 目を瞑り、体の力を抜く。

 

 次に感じたのは、足の裏に感じる硬質の感触だった。

 

「え……?」

 

 ベッドで横たわっている感覚は消え失せ、確かに()()()()()という感覚。

 ゆっくりと、恐る恐る目を開ければ、そこは活気あふれる城下町の広場だった。

 

 

 

 

 

 

(う、わ……凄い、人がいっぱいいる)

 

 リリース初日の、開始早々でありながら町中は人で溢れかえっていた。

 尤も、全員が初期装備。ハクヨウと似た装備だったのだが、中には背中に大剣を背負った者、杖片手に歩く者、大盾を担ぐ者など様々いた。

 

 だが、それより何より。

 

 

(立って、る……私、ちゃんと立ててる――っ)

 

 

 そのことが、どんな情景よりも嬉しくて。

 恐る恐る、一歩前に踏み出す。

 

 右足を地面から離し、重心が傾く。

 それに合わせ、右足を少しだけ前の地面につき、重心を前へ。

 左足を浮かせ、右足一本で体重を支えると、右足に並ぶように、左足を置いた。

 

 たった、それだけ。

 一歩前に進んだという、ありふれた動作。

 けれど。

 

 記憶にある中で初めて、支えもなく、不自由さも無く、羽のように軽い身体を動かした。

 

 

(動、けた……ちゃんと、歩けた)

 

 

 現実のような思い通りに動かないことなんてありはしない。

 この世界なら、真に自分の身体を思い通りに、一切の不自由なく存分に動くことができる。

 その事実だけでも凄い嬉しいハクヨウだが、だからこそ、自らを諌める。

 

(……けど、これはダメだ。この『普通』に酔ったら、私が現実に理想を求め過ぎちゃう)

 

 けれど、広場から抜けて路地裏に入るまで。

 その僅かな距離でさえ、ハクヨウの気持ちは高揚していた。

 

(いいなぁ…普通に歩くって、こんなに身軽なんだ……初めて知った。これが、――これに、本当の意味で九曜(わたし)がなることは無い)

 

 そう言い聞かせ、自らの興奮を鎮める。

 そうだ。例え現実で歩くことができるようになったとしても、不自由さは背負ったままだ。ズタズタの神経を違和感を抱えながら動かして、走ることなんて一生できない。

 だから、『ここ』は本当に夢物語。

 望月九曜という少女の、理想の世界。

 

(理想と現実を間違えない。現実は非情で残酷で、辛いことばっかりで。だけど優しく、あったかい場所。ここは、ただ、夢を見れる場所。それだけ)

 

 そう割り切らなければ、本当に現実を絶望してしまうから。

 例え優しくあったかい場所だとしても、望月九曜の心は、残酷さに打ちのめされてしまうから。

 けれど、夢物語だから。

 理想の世界だからこそ。

 

(………理想、だとしても。夢物語、だとしても――だからこそ。この世界を精一杯楽しもう)

 

 願いは変わらない。

 残酷で優しい(げんじつ)世界では叶えられない夢を、理想の(仮想)世界で叶えよう。

 夢から覚めれば、また非情であったかい世界が待っている。けれど、だからこそ夢の間は楽しむと、望月九曜ではなくプレイヤー・ハクヨウになると、そう決めた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 重い考えは一旦放り投げると決め、ふと、ハクヨウは思い至った。

 

「そうだ、ステータス」

 

 今の自分がどんな状態か確認しなければ、始めるに始められない。

 そう思いたち、ハクヨウはステータス画面を開いた。

 

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv1 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0〈+8〉】 【VIT 0】

【AGI 100〈+22〉】【DEX 0】

【INT 0】

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の片手剣】左手【空欄】

 足 【空欄】     靴【初心者の加速靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 なし

 

―――

 

 

「わ。これが紙装甲?一撃でやられる防御力」

 

 ステータスの欄には0が並び、辛うじて武器によって攻撃力が確保されている。

 が、防御力0は不味いんじゃないだろうかと思った。HPも低いので一撃でやられそうである。

 

「……やっちゃった?」

 

 ハクヨウの願いが走ることその一点だとしても、この世界はファンタジーものの戦闘ありきのゲームの中。

 モンスターからダメージを受ければ、一撃でHPが吹き飛ぶことお察しである。

 

「……でも、これで行くって決めてたし。できる限り、やってみよう」

 

 最初にやることなんて分からないし、とりあえず人波が流れていく方向に付いていくハクヨウは、気が付いたら町の外に出ていた。

 

「わ。こっちも人がいっぱいいる」

 

 見渡す限りの人、人、人。

 モンスターが平原に出た瞬間、誰かが倒すという、圧倒的モンスター(リソース)不足。

 

 とは言え、だ。ハクヨウはまだ歩くことすら覚束ない状態だ。それをハクヨウ自身理解しているため、まずはモンスター討伐ではなく、歩いて、走って、剣を振るってみて、体を慣らすことにした。

 

 

 

 

 そうして、しっかりと一歩一歩。倒れるかもしれないという不安と、歩けているという歓喜が入り混じりつつゆっくりと歩いていたハクヨウは、ふと思った。

 

「みんな、遅いなぁ……」

 

 ハクヨウはゆっくりとまっすぐ歩いていたにも関わらず、他にモンスターを求めて進んでいた人たちを軒並み置き去りにしていた。

 

「あ、違う。私が速いんだ」

 

 ハクヨウの【AGI】は驚異の122。

 極振りの恩恵でゆっくり歩いたとしても移動速度が普通のプレイヤーより早かった。

 

 

 

 そうしてまだプレイヤーのいない森の奥まで来たハクヨウは、少しずつ少しずつ歩く速度を上げ、終いには全力疾走する。

 その初めての感覚に戸惑いつつも、圧倒的速度で地を駆け抜けることに。風を切って走る爽快感に、抑えつけていたハクヨウの感情が再び昂ぶる。

 

 

「あ、はは……凄い――凄い凄い!走るってこんな感じなんだ!こんなに気持ちいいんだ!」

 

 

 プレイヤーのいない森の中。モンスターは出るが、その全てがハクヨウのAGIに置いてきぼりにされて戦闘にはならない。

 モンスターもある程度追いかけるが、追跡距離よりも遠ざかったのか途中から追うのをやめる。

 

「あはは!私鬼ごっことか初めてだよ、ほらほら、私はまだまだ上がるよ!」

 

 全力疾走する中で見かけた猪や狼、兎、巨大ムカデに大きな蜂。そんな大量のモンスターに追いかけられながら、ハクヨウは全力で楽しみ逃げていた。

 その光景は端から見ればただのモンスタートレインで、初心者少女が逃げ惑っているようにしか見えないだろう。

 そんな戦闘とも呼べない鬼ごっこは一時間も続いた。楽しそうに笑うハクヨウは、初めて全力で走ったことの興奮である意味で脳が麻痺し、疲労というものを認識していなかったのである。

 

「ふふふっ!走るのってこんなに楽しいんだ……ホント、羨ましいなぁっ!」

 

 モンスターなんて気にも止めず笑顔で走り続けていたハクヨウだったが、そこで頭の中に音声が流れた。

 

『スキル【速度狂い】(スピードホリック)を取得しました』

 

「ふぇ?何それ?ってちょ、あぅっ!?」

 

 全力疾走中に通知音が響いたものだから、それに気を取られたハクヨウは足元が疎かになって勢いよく転倒した。

 

「いったた……あっ―――」

 

 転んだことによるダメージこそ無かったものの、後ろから追いかけてきていたモンスターはそうじゃない。

 『千載一遇のチャンスじゃわれぇぇええ!』とでも言うかのごとく飛びかかった無数のモンスターにより、呆気なくハクヨウは街に死に戻りするのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「捕まったぁー!」

 

 

 ここで『負けた』とか『やられた』と言わない辺り、ハクヨウの中ではやはり先程のやり取りは鬼ごっこだったらしい。

 

「あのタイミングって。なんだったんだろ?」

 

 捕まった要因となった通知音に悪態をつき、確認のためにステータス画面を開く。

 一応、まだ人がたくさんいる広場を抜けて誰もいないところに来てから、だが。

 

 

―――

 

【速度狂い】(スピードホリック)

 このスキルの所有者のAGIを二倍にする。【VIT】【DEX】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

取得条件

 一時間の間十体以上の敵から逃げ続け、かつ一定の距離を縮められずダメージを受けないこと。アイテム使用不可。

 また魔法、武器によるダメージを与えないこと。

 

―――

 

 

「つまり、【AGI 244】……?これ、かなり凄いスキル?鬼ごっこしてただけなんだけど」

 

 ハクヨウは簡単に言っているが、普通にステータスを振っているプレイヤーではAGI特化だとしても逃げ切れない。かと言って逃げるために攻撃はできないし極振りは詰む可能性が高くてやらないと言う事で、そう簡単に取れるスキルでは無かった。

 

「お昼までもう少し時間ある、し。もうちょっとだけ、フィールドで、やってみようかな?」

 

 今度は鬼ごっこではなく、戦闘をしてみよう。そう考えたハクヨウは、腰にぶら下がる剣に手を当てる。それが、この世界でのハクヨウの命を守る武器だから、自然と力が籠もった。

 

 

 

「とは、言ったものの……人、多いなぁ」

 

 先程鬼ごっこをしていた辺りはモンスターが多く、【VIT 0】のハクヨウでは危険すぎる。なので大人しく草原で戦いたいのだが、プレイヤーが多過ぎて狩場の奪い合いに発展している。

 

 森と草原の境目辺りまで行けば、モンスターも多くなくて少しはマシかな?と歩を進めようとしたハクヨウの十メートルほど手前で、一匹の角を持った白兎が出現した。

 

「いま!――っ!?やぁっ!」

 

 偶然にも誰かが兎に気付く前に剣を抜き、一歩目を踏み出せたハクヨウは、一瞬で角兎の目の前に来た自身の加速力に目を剥き、慌てて剣を振るう。

 

 兎はハクヨウの接近に気付くより前に斬られ、何をされたのか分からぬまま粒子へと変わってしまった。

 

『レベルが2に上がりました』

 

「は、はや……っ。何今の、ア、AGI上がりすぎてびっくりした……」

 

 もし剣を振るのが間に合わなければ、そのまま兎を通り過ぎて転倒していたかもしれない。

 トップスピードになるまでも非常に速く、ハクヨウの体感では十メートルという距離を()()()()()感覚であり、気付いたらそこにいたという印象が強い。

 

「何だ今の……」

「いつの間に来たんだよ……」

「速すぎて何も見えなかったんだけど…」

 

「あぅ……」

 

 本人すら驚く加速力に、初見のプレイヤーが見抜けるはずもなく。

 『いつの間にかそこにいた』ハクヨウに好奇の視線を向けていた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 流石に多過ぎる視線に耐えきれず、ハクヨウは逃走。その速度も異常そのもので、土煙を巻き上げながら走り去る少女の噂が掲示板で大いに取り上げられた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ……びっくりした……さっきまでの速度ですら速かったのに、二倍になるとこんなに速くなるんだ……」

 

 ハクヨウは草原を立ち去ると森の奥まで進み、なるべく人気がない辺りにやってきた。

 まだ初日。それもサービス開始から二時間ちょっとしか経っていないため、この辺りまで来れるプレイヤーはほぼいない。と言っても、単純に距離が遠く速度の関係で移動に時間が取られてしまうからであり、モンスターの強さはあまり変わらない。

 そんな森の中で、ハクヨウは木に隠れながらモンスターの様子を伺っていた。

 

「防御力が無いから正面戦闘は論外。そんな動けないし。私の速度なら一撃離脱で確実に当てていくのが理想……」

 

 ここに来るまでに考えていた戦い方。それは、簡単に言えばアサシンの様に正面からではなく奇襲。速度を活かしたヒット&アウェイ。

 一所に留まるよりも走り続け、撹乱し、当たる前に当てるやり方。

 そう頭の中で反芻しているハクヨウの目が、灰色の狼を捉えた。

 

「……まだ、向こうは気付いてない」

 

 すぅ……はぁ……と小さく深呼吸をして、緊張を解す。やり方は、さっきの角兎と変わらない。

 ただ速く接近して斬る、それだけ。

 

 音を立てず、音が後ろを向いた所で木の影から出たハクヨウは、飛ぶように地を駆ける。

 残り五メートル。まだ気付かれていない。

 

 三メートル……

 

 一メー……っ!

 

(このまま、振り切る!)

 

 音を立てないように接近していたが、狼ゆえの勘の良さで振り向かれる。しかし、もう斬撃が届く範囲に入っている。だから、ハクヨウは迷わず剣を振り抜いた。

 

 

 それが、運が良かった。

 

 ハクヨウに背を向けていた狼は振り返る途中であり、体はハクヨウに対して横向きになって隙だらけの胴体を晒していた。

 しかも元々は胴体を斬ろうとしていたハクヨウだが、狼が動いたことで狙いが変化。

 狼も避けようとするが間に合わず、ハクヨウの剣は正確に首を斬りつけたのだ。

 

 実のところ、狼はハクヨウの存在に直前まで気付けていなかった。背後から無音で迫るプレイヤー。狼の索敵範囲に入った瞬間には、高いAGIのせいで攻撃範囲に入られている。

 気付き、振り向いたのが最後。ハクヨウの一撃で吹き飛び、HPの半分近く削られた。

 

「まだまだぁ!」

 

 ハクヨウの攻撃力は、剣の攻撃力によって補われている。そのためダメージそのものは低く、クリーンヒットしてもまだ半分以上残っていた。

 故に。

 ハクヨウは手を止めない。

 吹き飛び、倒れた狼に追撃を仕掛け、狼が起き上がる前にその横を駆け抜けざまに一撃。軽く入った斬撃は一割しか削れない。

 ならば、もう一撃。もっと、もっと。

 

 

 そうして、狼を中心に何度も白い影が駆け抜け、その度にダメージエフェクトが発生。

 都合六回、白い影が狼の横を通り過ぎた時、ようやく狼は粒子になる事ができたのだった。

 

 

「ふぅ……やっぱり攻撃力低いなぁ。けど、AGIが高いと一方的に攻撃できる。これが分かったのは良かった!よし、ご飯食べるために落ちようかな」

 

 ハクヨウ初ログインの成果は、個人的には上々だった。




 
 ハクヨウちゃんは、普通に死にます(言い方)。
 サリーちゃんみたいな神プレイヤースキルを持ってるわけでもなく、ただただ速く走りたいがためにステータスをAGIに極振りしました。
 良い子ではあるんですよ?ただ、メイプルちゃんとサリーちゃんが友達だから、まぁこの子もこうなるよね
 まぁ、速度型メイプルちゃん……みたいな?流石に化物形態は手に入れないと……思いたい。
 同時投稿でPS極振りも投稿してます。


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速度特化とヤバさの始まり

 
 独自設定として、レベルが上がった時、HPが回復し、軽い状態異常なら治ります。
 こっちも書きたい話は沢山ある……というか第一回イベントを書きたいんですけど、なんで私リリース当初から書いてんだろ?三ヶ月先じゃんネタ尽きるわアホかよ……あほだよっ!
 ちょっと主人公を古参面させてトッププレイヤーの中でも一際ヤベー子に仕立て上げたかっただけなのに……。
 


 

「思いの外、面白かった……」

 

 もう走るとか、そういう次元じゃない。

 私自身は走ってるんだけど、走ってるっていう感覚はあるんだけど、車みたいに景色がどんどん後ろに流れていって、誰よりも、何よりも速く駆け飛んだ感覚が鮮明に脳裏に焼き付いた。

 

 まぁ、だからこそ。

 

「ほんの少し遊んだだけで、この身体が、こんなに重く感じるんだ……」

 

 羽のように軽かった理想(アバター)と、車椅子に体重を預ける現実(からだ)。僅かな距離の移動も一苦労で、理想と現実を足して2で割りたくなる。

 だけど、これが現実だから。

 

こっち(現実)で頑張る分、あっち(VR)で楽しむんだ」

 

 部屋から出て、小さい頃に私のために改築したバリアフリーな家の中を進む。

 段差はなく、二階に上がるにも小型のエレベーターがあり、どこを見ても車椅子が二台通れるくらい余裕のある間取り。

 キッチンも広々としていて、お母さんの料理を手伝うこともある。と言っても、むしろ邪魔にしかなってないかもしれないけど。

 上の方の道具は届かないし、昔お母さんのために一人でやろうとしたら、車椅子から落ちて一人の時はキッチンに入れさせてもらえなくなった。全てこの小柄な体型が悪い。

 だから、今日のお昼もお母さんが用意してくれたものを温めるだけで済ませる。

 

 

 それがいつもと変わらない状況。

 これが、いつもと同じ日常。

 

 だけど、私の頭の中だけは、いつもと違う。

 

「ふふっ。この後は、何をしようかな」

 

 もう、午後のログインのことを考えている。

 『歩く』と言う動作そのものが物心ついた頃からできなくなったので、殆ど初めての体験。

 あんなに軽やかに体を動かしたのも、素早く駆け抜けたのも初めてだった。

 二本の足で体を支えるということ。

 車椅子と違って、歩くとはあぁも不安定なものだったのかと衝撃を受けた。

 

「だって、瞬間的に一本足にあるんだもの。ふふっ、少しの衝撃で倒れちゃう」

 

 実際、鬼ごっこは躓いた時に転んで捕まってしまったのだし。

 車椅子は、多少衝撃が来るものの、思いっきりぶつけられない限り倒れない。倒れる時は止められないけど。

 

 あぁ……新鮮だ。ステータスによって補強された私の体は、あんなにも早く走っていたのか。

 車椅子では出せない速度を。越えられない段差を。少し踏み込んだだけで。足を上げただけで越えることができた。

 

「次は、何をしようかな」

 

 勿論、勉強だって疎かにはできないけれど。

 いつもなら本を読んで潰す詰まらない週末だった。それが、こうも変わった。

 毎日の、楽しみができた。

 

「ふふっ、本当に気紛れで応募して良かったぁ」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ログインしたハクヨウは、人波の流れが午前とは違うことに気付いた。

 

「さっきは町の外に向ってたのに……今度は、中?」

 

 どうせやることなんて分からないし、また人波に付いていくのも良いだろうと、呑まれないように気を付けながら歩を進める。

 そうして、プレイヤーが挙として町中にある数々のお店に入っていくのが見えた。

 

「あ……そっか。戦うにもスキル、だっけ?がいるもんね」

 

 ソフトが、届いた日から熟読した説明書には、この世界に数多くあるスキルと言うものが書かれていた。その中には、使うと武器でダメージが上がる、いわゆる武器スキルや、魔法で攻撃できる魔法スキル、生産スキルに補助系のスキルなども沢山あり、未発見のスキルも数多くあるという情報が書かれていた。

 

「多分、【速度狂い】も未発見の一つ、かなぁ」

 

 少なくとも、ステータスを二倍にするようなスキルは珍しいと思うハクヨウ。

 

「私も、片手剣のスキルを探そうかな」

 

 

 

 お店に入ると、思いの外あっさりとスキルを見つける事ができたハクヨウ。

 【剣術Ⅰ】の他【連撃剣Ⅰ】などの剣によるダメージ増加といくつかの攻撃スキルを内包した、いわば初期スキルを購入した。

 お陰でハクヨウの所持金は底をついたが。

 

「【INT 0】だし、魔法は今はいらないかな。……いや、さっき兎でレベル上がった時に貰ったステータスポイントを振る?……あ、ポイント三倍いるんだっけ」

 

 自問自答し、結果絶望した。

 【速度狂い】のせいで【INT】が上げにくくなったのだから当然だ。

 

「……もう良いや。AGIに振れば、実質ステータス10上がるし、しばらくはAGIに振り続けよ」

 

 『目指せゲーム内最速ぷれいやぁ』とちょっとした目標を掲げてみると、結構モチベーションになった。このままもう一度森に行こう、と意気揚々とフィールドに向かうハクヨウだった。

 

 

 

 

 

『スキル【跳躍Ⅰ】を取得しました』

 

「ん?」

 

 『森の中で午前のようにモンスターを奇襲しても良いけど、それだと足音で気付かれるかもなぁ……どうしようかな……そうだ!木の上から奇襲しよう!』

 

 と事も無げに思いついたハクヨウは、何度も木に登ろうと飛び跳ねている内に、そんなスキルを取得した。確認すると、跳躍力が上がるスキルで、スキルレベルと共に高くまで跳べるようになるらしい。

 

「取得条件は……一定回数連続でジャンプし続けること……なんか、誰でも取れそうであまり取れなそうなスキル来た」

 

 しかし、取れたなら好都合。

 早速使うハクヨウ。

 

「【跳躍】!……っとと。おぉ!一気に木の上に登れた。さっすがぁ」

 

 スキルによって三メートルは飛び上がり、適当な太い枝に着()したハクヨウは、高くなった視点からモンスターを探す。

 

「いた……けどまた狼だ。何回か攻撃しなきゃ……あ、武器スキル使ってみようかな?」

 

 武器攻撃スキルを使えば、ダメージは高くなる。どうせならそれも試そうと思ったハクヨウは、木の幹に足を添え、蹴るときにまたもスキルを発動する。

 

「【跳躍】!」

 

 それにより、ただ木を蹴った時よりも強い衝撃が生まれ、より遠くに自分の身を投げ飛ばす。

 高いAGIによる加速力に加えて、高所からの奇襲はモンスターにも想定されていないらしく。

 

「【パワーアタック】!」

 

 狼は、ハクヨウの存在に気付く前に斬撃をモロに浴び、一撃で粒子へと変わってしまった。

 体勢を整えて安全に着地したため、ダメージもない。

 

「おぉ、普通の攻撃よりもすっごくダメージ大きい。それにこのやり方楽しい!」

 

 特に、首に攻撃すると狼に与えるダメージが大きいのか、午前は一撃で半分、今はスキル有りだが一撃で倒すことができた。

 

 これに、ハクヨウは味を占めた。

 

 

 【跳躍】で木に登り、モンスターを発見次第【跳躍】で落下しながらの奇襲は、森にいるモンスターの何をおいても反応されることはなく、虫系は流石に一撃とはいかなかったが、狼や猪、角兎などはスキルを使えば確実に一撃で倒すことができた。

 

 三時間ほどそれを繰り返し、木に登ったハクヨウは、新しいモンスターを見つける。

 

「あれは……蜂?かなり体が大きいけど、上位種かな?」

 

 今まで倒したフォレストビーと比べて、二周りは大きい体格の蜂型モンスター。

 蜂は珍しく虫系にしては一撃で倒せていたので、上位種とは言え、なんとかなるかもしれないと思ったハクヨウは、【跳躍】でそのモンスターの背後の木まで飛び移り、隙を見計らい奇襲を狙う。

 

「……っ【跳躍】!」

 

 一直線に最高速で接近するハクヨウ。

 ここまで何度も行ってきた奇襲に無駄はなく、モンスターに察知される前に仕留め続けてきた。

 だからこそ、今回も行けると思った。

 

「うそ!?」

 

 が、それもここまで。索敵範囲が広いのか、自身に跳んでくるハクヨウのことをかなり手前で察知し、カウンターの針を向けてくる。

 空中における体捌きなど、人間が飛翔昆虫に勝ることはあり得ない。だが、ここまで何度も成功させてきた奇襲をここでやられるのも悔しい。

 だから、ハクヨウは賭けに出た。

 

「【ダブルスラッシュ】!」

 

 今までは極至近距離に迫ってから発動していたスキルを、即座に発動。あり得ないくらい大きな針に向けて一撃目を当てることで軌道を逸らす。

 二撃目。ハクヨウは自分の体勢が悪いことは自覚しつつも、蜂の首を狙ってすれ違いざまに斬撃を叩き込む。

 HPが多いのか、針への攻撃と合わせても七割程度しか削れなかった。

 

(でも、これで良い)

 

 最悪の自体。針によるカウンターを受け、死に戻りすることは避けられたのだから。

 針へ斬撃を放つことでカウンターを阻止し、すれ違いざまにに一撃。ハクヨウは正直思いつきで、失敗するリスクの方が大きかったと思う。

 実際、崩れた体勢で着地したために、ハクヨウのHPが半分削れた。

 

(これだけでダメージくるんだ……流石【VIT 0】脆い。蜂もなんか怒ってるし……撤退?いや、残り三割なら倒せるかもしれない)

 

 怒り狂い、うるさい羽音を響かせながら迫る蜂モンスター。そいつが、口から何やら紫の液体を吐き出した。ハクヨウは今までになかった攻撃に驚きつつもこれを回避。避けなきゃやられる。だから、高いAGIで余計過ぎるくらい大きく躱した。

 

(あ、そっか……蜂だもんね。毒くらいあるか。予想外の方法だけど)

 

 ならば、と。

 

「私のAGIなら、狙いなんて付けられない、よね?……【跳躍】!」

 

 木々を飛び移りながら、その木を障害物として蜂の毒を喰らわないように逃げ回る。

 ただし、少しづつ蜂を撹乱するように動き、的を絞らせない。

 

「木を飛び移るとか……私いつの間に忍者になったんだろ?」

 

 ただ地上を思いっきり走りたかっただけのハクヨウ。それを飛び越えて木の上を飛び回る。

 

(でも、逃げてるだけじゃ反撃できない。どこかで隙を作らないと――)

 

 そうして、一つだけ閃く。

 

「あっ……」

 

 ハクヨウがやったのは、木から滑り落ちる。

 ただそれだけ。

 しかし、蜂モンスターはこれを明確な隙と見たか急接近して毒液を発射しつつ針を向けて突進。

 

「だと思った」

 

 毒液によるダメージこそ受けてしまうが、ハクヨウは賭けに勝った。

 毒ダメージは5。2回までは耐えられるので、十分すぎる時間だと判断し、突進する蜂に落下しながらも現在使える中で最高の一撃を放つ。

 

「【パワースラッシュ】!」

 

 それを首へ。スキル動作によってむりやり体を捻り、狙いを定め、いくつもの危険な賭けをして。

 

 

 なんとか、ハクヨウは蜂を倒すことができた。

 

『スキル【大物喰らい(ジャイアントキリング)】を取得しました』

『レベルが11に上がりました』

『スキル【辻斬り】を取得しました』

『スキル【首狩り】を取得しました』

『スキル【軽業Ⅰ】を取得しました』

 

「いたっ!!

 ……けど名付けて毒を食らって(肉を切らせて)首を討つ(骨を断つ)作戦。上手く行ったね!」

 

 レベルが上がりHPと毒状態が回復したために大事なく済んだが、着地に失敗した時点でどうにも締まらない討伐だった。

 

 

―――

 

大物喰らい(ジャイアントキリング)

 HP、MP以外のステータスのうち四つ以上が戦闘相手よりも低い値の時にHP、MP以外のステータスが二倍になる。

取得条件

 HP、MP以外のステータスのうち、四つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること。

 

【辻斬り】

 モンスターからの敵対値(ヘイト)を半減する。

 【AGI】が高いほど、攻撃の威力が上がる。

取得条件

 一定回数敵に気付かれる前、または敵の視界外から攻撃を当てる。

 

【首狩り】

 敵の首に赤い線が見えるようになる。

 線を斬ることで即死。

 ボスモンスター、首のないモンスター、ダメージが通らない場合は無効。

取得条件

 一定時間内に一定回数首を攻撃する。また首への攻撃で一定数トドメを刺す。

 

【軽業Ⅰ】

 落下ダメージを5%軽減する。

 立体的な移動時に全ステータス+1%

取得条件

 地形を利用した立体機動を一定回数行う。

 

 

―――

 

 

 無事サービス初日を迎えられた運営陣は、初日から問題が出ないようにとゲーム内でプレイヤーの入れない特殊空間にて、観察を行っていた。

 

「うっそだろ!?この子初日でめちゃくちゃレアスキル取得しまくってんだけど!」

「どうした?」

「なになに……?は?【速度狂い】【辻斬り】【首狩り】……なんでこんな色物スキルばっかり取れるんだ!」

「……プレイヤー名『ハクヨウ』。AGI極振りで、森でモンスターと鬼ごっこしてたな」

「いや戦えよ!?」

「しかも【大物喰らい】も取れてるぞ……なぁ、これマズくないか?」

「このまま極振りしたら常時AGIが四倍……化物ですね」

「なぁ……さっき、【辻斬り】も取得スキルにあったよな?」

「あっ………」

「………やばくね?」

「やばいな……あれは【首狩り】とかの即死系スキルよりもやばい。他のプレイヤーならマシだが、AGI極振り(この子)だと本気でやばい」

『ははは……』

 

 もう誰もついて行けない速度にまで到達しているハクヨウを眺め、運営陣はから笑い。

 

「あぁぁぁぁあああぁぁあああ!?!?」

「ぎゃぁぁぁぁああああ!!」

「うわぁぁぁああうわぁぁああああ!?」

「もぉやだよぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 他そこら中から、絶叫が響き渡った。 

 

 

 

―――

 

 

 

 大きな蜂を倒したハクヨウは、取得したスキルを確認した後、地面に落ちた銀色の指輪が何なのか確認した。

 

―――

フォレストクインビーの指輪【レア】

 【VIT +6】

 自動回復:十分で最大HPの一割回復。

―――

 

「わ。女王蜂だったんだ。HP回復付いてる。レアってあるし、運が良かったのかな?」

 

 HPもMPも初期値なハクヨウにとって、貴重な回復手段である。急いで右手に付けようとし……左手の人差し指につける。

 武器を持つ右手に装備しては、戦闘中に邪魔になるかもしれないからだ。

 指輪を付ければ、心許なかった防御力が少しだがマシになるので、もっと上手くやれると思った。

 

「スキルも強力なのがどんどん増える……これ、絶対におかしいよ、ね?」

 

 大当たりである。

 

「まぁ、強くなれるなら良いけど。えっと……あ、指輪付けちゃうと【大物喰らい】が発動しない時がある……のかな?」

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv11 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0〈+8〉】 【VIT 0〈+6〉】

【AGI 100〈+22〉】【DEX 0】

【INT 0】

 

ステータスポイント︰30

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の片手剣】左手【空欄】

 足 【空欄】     靴【初心者の加速靴】

 装備品【フォレストクインビーの指輪】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 【剣術Ⅰ】【連撃剣Ⅰ】

 【速度狂い(スピードホリック)】【大物喰らい(ジャイアントキリング)】【辻斬り】

 【首狩り】【軽業】

 

―――

 

「今のステータスがこれ……スキルで合計四倍だから……488?あ、ステータスポイント振れる。全部【AGI】で良いかな」

 

 それから【大物喰らい】の説明をきちんと調べると、ハクヨウは説明における『ステータス』に二種類あることが分かった。

 一つは装備によって底上げされていない、プレイヤー自身の素のステータス。

 もう一つは装備によって底上げされた、最終的かつ総合的なステータス。

 前者は【大物喰らい】の発動条件に関係し、後者は発動後のステータスに関係する。

 

「つまり、発動の判断基準は純粋なステータス……私の場合は【STR】【VIT】【DEX】【INT】が0として、【AGI 130】として……ってほぼ確実にスキルは発動できるんだ……」

 

 更に発動後のステータスは、【AGI130】に装備の〈+22〉の合計値【AGI 152】で計算される。

 

「わ。AGIの実数値608になるんだ。凄い」

 

 これには、ゲームに疎いハクヨウでも流石に分かる。『やばい』と。

 明らかに異常な速さになっていると分かる。

 

「244でもびっくりしたのに、もっと速くなっちゃった……」

 

 そして、気が付いたらゲームに没頭していることも気付いてしまった。午後は二時にログインして、既に三時間以上やっている。

 

「うん……楽しかった」

 

 レベルも沢山上がり、初日からかなり楽しめたハクヨウは、満足気味にログアウトした。




 
 ま だ 初 日

 この言葉が運営にとってハクヨウちゃんを見た時の一番の恐怖でしょうね。これからどんな方向にヤバくなるのか考えたくない。
 だってさ。初日なのに、もう素で最新巻時点の【超加速】+【空蝉】使用した状態のサリー抜いてんだぜ?やばいよw

 【大物喰らい】のスキル発動の設定はオリジナルでございます。
【辻斬り】と【首狩り】。
 ヤベーのは【辻斬り】の方です。ただ、それはハクヨウちゃんだから。
 AGI極振りがこんなスキル取っちゃったので、えげつない方向に進みます。

 PS特化でも即死スキル出しましたけど、もう分かる通り私は即死スキルが大好きです!ただし、使用難易度はルナティックで!
 メイプルちゃんみたいな10%即死ガチャも好きですけど、プレイヤーの力量で最強にもゴミにもなるスキルって言うのが大好き。
 ただし、本作のハクヨウちゃんの即死スキルはメイプルちゃんには効きません。ダメージ入りそうにないから。
 あと、ボスや首のないモンスターにも。首のないモンスターはデュラハンとかがそうですが、他にもスライムとかの頭と体の区別がつかないモンスターも該当します。
 逆に、どんなに大きくて強いモンスターだろうが1でもダメージ通って、明確に『首』があって、ボスじゃないなら一撃で倒せるんですがね。


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速度特化と掲示板

 えと……未来の二つ名は、まだ未定です。
 


 

 NWO開始二日目。

 ハクヨウは初日に確立した戦い方で、今日も楽しく遊んでいた。

 

「【スラッシュ】!」

 

 モンスターとしては、真上という死角からくる突然の斬撃に成すすべなくやられる。

 木を【跳躍】で蹴ったが故の加速力、【AGI 608】という化物な速度、そして落下による重力加速が合わさることで、ハクヨウの姿は白い影としか認識できず。

 【辻斬り】の敵対値(ヘイト)減少に加え、今日のレベル上げ中に取れた【気配遮断Ⅰ】により、ハクヨウはモンスターに全く気付かれなかった。

 

「やった。これでレベル15。モンスターにも見つからないし、完全に暗殺者って感じ」

 

 辻斬りにより、【AGI】が高いほど攻撃の威力が上がるハクヨウは、前日は一撃とはいかなかった大きなムカデも一撃で倒せるようになった。

 

「けど、ダメージ上がり過ぎだよね……ちょっと調べよう」

 

 【辻斬り】は、どのように威力が計算されているのか気になったハクヨウは、木の上でステータス画面を開く。

 

「ふむふむ……?現実で威力って言うと、速さ×重さ。この世界だと、AGI×STR……って単純な話でも無いんだ」

 

 攻撃時の威力はSTRの比重が大きく、AGIは殆ど関係がないらしい。

 特に、システムで設計されたスキルに関しては、完全にSTR値によって計算されていた。

 そして更にちゃんと調べていくと、ついにハクヨウの求めていた解答が出た。

 

「【辻斬り】は攻撃時のダメージ計算のSTRをAGIに置き換える……え"っ」

 

 待って、ほしい。何とか絞り出せた感情がこれである。あれ?見間違いかな?

 STRとAGIの数値を入れ替えて攻撃力として計算するなんて、流石に――

 

「間違いじゃ、なかった………」

 

 だって今、木を登ってハクヨウを狙ってきた大ムカデを、スキル無しで一撃で倒せてしまったから。今日は、ログインしてからずっとスキルで倒していたために気付かなかったハクヨウだが、通常攻撃も基本的にSTRが攻撃力として計算されているため、それがAGIに置き換えられたら?

 

「【STR 608】相当?……しかも攻撃速度もやばい……うん。どうしよ」

 

 余談だが、流石の運営も、完全にAGIをSTRの代わりに計算するようなダメージ計算にしているわけでは無く。

 STRにAGIを五で割ったもの足し、攻撃力としている。

 そのためハクヨウの考えた【STR 608】とは全くの見当違いであり。正しくは、攻撃時の威力は現状【STR 129】相当で計算されている。

 ハクヨウが思ったそれとは、かなりの差が出ている訳なのだが。それでも、驚異的な攻撃力と言う他なかった。

 

 そんなことは知る由もないハクヨウは、けれど、強いことは良い事だと考え直し、10あるステータスポイントを全てAGIに振り切った。

 

 ちなみに、あくまでも計算上、そのような攻撃力を持っているというだけであり、ハクヨウのSTRは今も0のままで、力が強くなる、と言うことはありはしない。

 

「あとは……このずっと見えてる、『赤い線』だよね……【首狩り】の効果だっけ」

 

 森のフィールドに来るまでも全てのプレイヤー、ほぼ全てのモンスターの首に見えている、太さ一ミリほどの赤い線。ここを正確に斬れば、相手は必ず倒せる。頭と体の明確な区別ができないスライムなどのモンスターには見えなかったが、即死技とは強力なスキルだ。まぁそれも。

 

「一ミリしかない線なんて、激しく動きながら狙えるわけない……」

 

 というわけである。とりわけハクヨウ自身が速すぎるために、正確に狙おうにも困難を極めていた。そのためハクヨウの狙いは首周辺というだけであり、殆どが『通り抜けざまに敵に剣を置く』というだけで振っていない。

 移動速度で斬り裂けるから。

 何度も失敗して、首に剣を当てるだけでも成功率は三割。他は全部胴体だ。

 そこから更にミリ単位で精密に剣を置くなど。

 

「むりむり、むーりー……っ」

 

 敵だって動くのだ。動かれれば狙いはズレるし、速すぎる自身の挙動で修正もできない。

 

「どうしかして動きを止められたら別、だ、けど……あっ」

 

 思い出した。ハクヨウは、思い出してしまった。前日に訪れたお店に【状態異常攻撃Ⅰ】や【投擲】、【投剣】といったスキルがあることを。

 

「【投擲】は何でも投げて攻撃できる代わりに威力はあんまり高くない。【投剣】は剣に類するものしか投げられないけど、その分威力はそれなりにある……これに【状態異常攻撃】を合わせれば……うんっ、いけるかも?」

 

 この思いつきが、彼女が『白影』『首狩りアサシン』『アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?』と呼ばれる、その始まりであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 早速街に戻り、お店で【状態異常攻撃Ⅰ】と悩んだ結果【投剣】に加え、一番安い投擲用ピックを素材を売って得たゴールド全額使って大量購入したハクヨウは、速攻で森にリターン。

 木の上でモンスターを探していた。

 

「投擲用ピックだけど、一応武器種は短剣だから【投剣】使えるし……いた、猪」

 

 体も大きく、狙いやすい猪ならば、試すのにうってつけだろうという事で、早速ピックを構える。

 

「【投剣】」

 

 この時、ハクヨウは失念していた。

 自分の攻撃力を。

 例えそれが最安値のピックだとしても。

 例えピックのステータスが【STR +1】だとしても。

 ハクヨウが与えるダメージは、AGIが大半を占めるから。

 

「あっ……」

 

 猪は、知覚外から飛んできたピックが突き刺さると、その瞬間にその体を粒子に変えてしまう。

 

「【首狩り】、試せない……っ!」

 

 偏に、AGIに極振りした結果の高すぎる攻撃力が原因である。

 首狩りで即死を狙うまでもなく、この辺りのモンスターはハクヨウの敵ではないのだ。

 

 しかし、それでもまだ【投剣】に慣れていないのは事実なので、木々を飛び移りながらモンスターにピックを投げ、八つ当たり気味に倒していく。

 モンスターから得た素材の量を考えれば、最安値のピックを使い潰してもお釣りが来るので、使い捨てることを躊躇わない。

 と言っても、近くのモンスターを仕留めた時は回収するし、なるべく近いモンスターを倒すことを心掛けている。

 そのため八割方は使い回しているのだが、それでも最安値ピックは五回も使えば破損してしまう脆いもので、練習量が確保できるだけであり、この日ハクヨウは、全てのピックが破損するまで、【投剣】でモンスターを狩り続けた。

 

 

―――

 

【NWO】森を跳び交う白い影【二日目なのに】

 

1名前:名無しの大剣使い

 サービス二日目にして不思議現象を見た

 

2名前:名無しの槍使い

 kwsk

 

3名前:名無しの魔法使い

 どんな現象よ

 

4名前:名無しの大剣使い

 西の森で戦ってたらモンスタートレインしちゃって死にかけた

 そしたら森の木の上に白い影が通ってその瞬間にモンスターが軒並み倒された

 

5名前:名無しの弓使い

 は?

 

6名前:名無しの大盾使い

 は?

 てかもう森まで到達したのか早いな

 

7名前:名無しの槍使い

 草原もかなり広いからな

 森は死角からもモンスター出てくるから慣れがいるのに 早いな

 

8名前:名無しの大剣使い

 行けると思ったら死にかけたんだが……

 白い影に助けられたんだが 他にも森に入ったプレイヤーで色々噂になってる

 

9名前:名無しの魔法使い

 それ俺も聞いたな

 森のモンスターが空から降ってくる白い影に一撃でやられたとか

 

10名前:名無しの大剣使い

 ピンチになると必ずと言っていいほどモンスターがいきなり倒れるとかな

 それも白い影が近くに見えた気がしたとか言われてる

 

11名前:名無しの弓使い

 白い影……明らかにプレイヤーだよな?

 

12名前:名無しの槍使い

 誰もちゃんと姿が見えねぇってどういうことだよ?

 

13名前:名無しの大盾使い

 それだけAGIが高いのか……

 いやそれだと一撃で倒せる説明にならないよな

 

14名前:名無しの魔法使い

 AGIがやけに高い 白いって情報なら昨日もたしかあったよな?

 

15名前:名無しの大剣使い

 土煙を巻き上げて爆走する白いプレイヤーな

 確かに土煙上げるほどのAGIならいけるのか?いやしかし……

 

16名前:名無しの槍使い

 まず初日にそんだけ高いAGIなのが異常

 

17名前:名無しの魔法使い使い

 やっぱ極振りか?

 極振りなら土煙起こせるん?

 

18名前:名無しの弓使い

 βの検証だとモンスターから逃げ切れる程度で土煙なんて起こらないらしいぞ

 

19名前:名無しの大剣使い

 ならスキルか

 初日のしかも数時間でレアスキル見つけるとかやべーな

 

20名前:名無しの大盾使い

 森の方は知らんが俺そいつ見たわ

 

21名前:名無しの大剣使い

 教えてくれるとうれしい

 

22名前:名無しの大盾使い

 昨日 俺の後ろに出た兎を仕留めてたからな

 一瞬だったからちゃんとは見れなかったが身長150無いくらいの美少女

 白い影ってのが納得の真っ白の長い髪だったな

 で 兎倒した後は恥ずかしそうに顔を赤くして『ご、ごめんなさい!』って走り去った

 

23名前:名無しの槍使い

 なるほど女かそれも美少女か

 

24名前:名無しの弓使い

 恥ずかしそうに顔赤くして『ごめんなさい!』……可愛すぎか

 

25名前:名無しの魔法使い

 やばいそれは萌える

 

26名前:名無しの大剣使い

 んーまた追々情報集めるしかないか

 まだ二日目だしそのうちに自然と集まるだろ

 

27名前:名無しの大盾使い

 また何か見かけたら書き込むわ

 

28名前:名無しの魔法使い

 情報提供感謝します!(敬礼)

 

 

―――

 

 こうして、ハクヨウは少しだけ話題になった。




 
 もうね……前話でもハクヨウちゃん言ってたけど、マジで忍者になっていきそう。
 ニンジャスレイヤーネタ入れてるし、今回からタグにクロスオーバー入れました。
 まぁ、今回はまだ序の口よ。
 次回こそ本気でやばくなりそう。

補足
 【辻斬り】
 STR+AGI÷5
 を攻撃時のみ【STR】ステータスの相当値として計算する。
 あ、本作でも小数点以下は切り捨ててます。
 
 まあPS特化の【精密機械】のデメリットを無くして、威力を下げた感じですね。
 流石にこの計算式をそのまま説明欄に入れちゃうと、スキル名を別のに変えた方が良い気がして……まぁ、そういう設定なんだよってことで、ここは一つ。

 ただ、これをハクヨウちゃんがやるとな?

 例えば……例えばだけど、メイプルちゃんの防御力たる【VIT 10000】超えみたいに。
 【AGI 10000】超えちゃった日には……その時の威力は【STR 2000】相当として計算されちゃうわけで……。マイユイなんて目じゃないというね……ホント、どうしてこうなった。

 これが、極振りのハクヨウちゃんじゃヤバイって理由なわけでございます。

 まぁ、まだまだどんどん強くなるけど……それはまた次回以降にでも。


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速度特化と初心者大盾

 おかしいな
 ……息抜きで書いてるのに、いつの間にか中央付近とはいえ日間ランキングに入ってる。
 私の作品、一応全部、一度は日間ランキング入り、平均評価バー赤キープしてることに、我が事ながら驚いてます。
 拙い作品を高評価してくれて、本当にありがとうございます。
 
 それはそうと、今回マジでやばくなるよ!



 

「み、3日連続でログインしてしまった……」

 

 前日は午後からリハビリがあったため午前で切り上げたのだが、やはりNWOの世界を走り回るのが楽しかったハクヨウは、今日も今日とて放課後に早速ログインした。

 学校の課題は速攻で終わらせたため、夕ご飯までずっとログインできる。

 

「さてと……今日は、どうしようかな?」

 

 理沙というゲームに詳しい友人はまだNWOを始めていないので、ゲーム内に知り合いなど皆無。

 森には相手になるモンスターはおらず、見敵必殺していたのでレベルも既に16。

 装備は心許ないが、もっと強いモンスターのいるエリアに行っても良いと思っていた。

 

「ピックで【状態異常】もかけてみたいし、でもフィールドのモンスターは、だいたい一撃だし」

 

 森のモンスター程度なら、スキルを使うまでもなく一撃で倒すことができてしまうハクヨウだ。スキルを使えば、大抵のモンスターはどうとでもなる。

 けれど、まだハクヨウは西の森以外では戦ったことがなく、他にどんなモンスターがいるのかも知らない。

 

「……うん、レベル上げに、今日は別のフィールドに行こうかな?」

 

 そして昨日までのハクヨウならば、意気揚々と速攻でフィールドに向かっただろう。しかしこの二日で、そしてNWOの攻略掲示板を調べることで彼女は学んだのだ。

 HPポーションの存在を。

 使えばダメージを受けて減ったHPを回復する、非常に名の知れたアイテムだが、ハクヨウはドが付くほどのゲーム初心者。

 親友の理沙から偶に聞くゲームの話も右から左だったため、掲示板という存在そのものを忘れていたほどだ。

 だからこそ、思い出したハクヨウは昨日、リハビリを終えて家に帰った後、ログインもせずに攻略情報を集めまくった。

 既にダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟が二箇所発見されていること、店売りされている便利そうな様々なスキル一覧、戦闘時のおすすめスキルなどなど。

 まぁそんなわけで、NWOの進め方を理解したハクヨウさんは、HPポーションをピックと合わせて大量購入してここ二日とは違う北の森に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 北の森は、隣接しているだけあって西の森と出現するモンスターが一部同じだ。狼や角兎の他、一部昆虫モンスターが該当するが、もちろん、別のモンスターもいる。

 その代表格が、様々なゲームでお馴染みの、ゴブリンさんである。

 醜悪な見た目に粗悪な剣を持った小さな見た目は、正しくみんなの思い浮かべるゴブリン像。

 

「これで元々は妖精種とか信じられない……」

 

 悪魔種とか、下級の鬼とか、君たち絶対そっち系だよね……?と軽くゲンナリしつつ剣を振るう。

 いや、妖精としてはこれより上のホブ・ゴブリンだっけ?神話上だと。といったどうでもいい事を考えつつ、襲い来るゴブリンを次々対処。

 

「外見は兎も角、動物や昆虫モンスターよりは人型に近いから、首狙いやすいね」

 

 動きはトリッキーではあるが、決して早くはないゴブリン。

 攻撃も単調で、慣れたらハクヨウのAGIならば見てからでも躱すことができる。

 

「というか遅すぎる」

 

 いや、自分が速すぎるだけだけど、と思うものの、今も自らに剣を振り下ろそうとするゴブリンの視界から刹那で外れ、背後に回り込み一閃。

 一度に出てくる数も多くて三体ほどなので、一体を【投剣】で仕留め、刹那のうちに一体を斬り捨て、最後に一体を対処する。

 偶にハクヨウからして当たり所が悪く【投剣】で仕留め損なっても、【麻痺】の状態異常がかかれば身動きを鈍らせることができる。

 そんな、もはや作業と化した戦闘を行っていると、気持ち的にも余裕が生まれ、様々な状況を試したくなるものである。

 

 

 例えば、わざとゴブリンの体を掠めるように【投剣】し状態異常を入れたり。

 

 例えば、ゴブリンの攻撃を的確に弾い(パリィし)たり。

 

 例えば、わざと戦闘を長引かせ多対一の練習をしたり。

 

 例えば、倒さず状態異常を入れ、動けないところを【首狩り】で倒したり。

 

 

 そんな事を、しばらく続けていると。

 

 

『レベルが18に上がりました。』

『スキル【手裏剣術Ⅰ】を取得しました』

『スキル【長剣の心得Ⅰ】を取得しました』

『スキル【投剣の心得Ⅰ】を取得しました』

『スキル【大立ち回り】を取得しました』

『スキル【無慈悲な慈悲】を取得しました』

 

 

 こんな、ハチャメチャなことになった。

 

 

―――

 

【手裏剣術Ⅰ】

 短剣に限り複数の武器を同時に投げ、様々な状態異常を発生させる。

 攻撃の威力と状態異常の強さを操作できる。

取得条件

 武器を投げる事で一定回数敵を状態異常にする。また、投げた武器だけで倒した敵の数が一定数を超える。

 

【長剣の心得Ⅰ】

 長剣を装備している時に敵に与えるダメージを1%上昇させる。

取得条件

 長剣を使用していた時間が一定時間を超える。

 

【投剣の心得Ⅰ】

 剣を投げた時に敵に与えるダメージを1%上昇させる。

取得条件

 【投剣】を使った回数が一定数を超える。

 

【大立ち回り】

 敵の数が多いほど与えるダメージが上昇する。

 1〜5体 +0%

 6〜10体 +5%

 11体以上 +10%

取得条件

 10体を超えるモンスターを同時に相手取った時間が一定時間を超える。

 

【無慈悲な慈悲】

 状態異常にした敵へのダメージを10%上昇。

取得条件

 状態異常にした敵を一撃で倒した回数が一定数を超える。

 

―――

 

 

「いっぱいスキル取れたなぁ……というか、組み合わせ。この組み合わせはいかんでしょ……」

 

 囲まれても【手裏剣術】で状態異常を掛け、【大立ち回り】と【無慈悲な慈悲】のダメージで仕留めるコンボが容易に想像でき、えげつないの一言だった。

 【手裏剣術】は多対一から一対一まで幅広く対応できる。強い敵には状態異常で動きを止め、弱い敵にはそのまま仕留めればいい。

 強い複数体だったとしても、威力を最低限に状態異常でハメ殺すことだってできる。

 それを大量のダメージ上昇スキル込みで攻撃すれば……。

 

「やばいなぁ……。理沙が前に、ネット住民の嫉妬は面倒て言ってたし、なるべく隠し通そう」

 

 レベルも上がり、スキルも想像以上に手に入ってしまったし、ピックも残り少ないので、一度街に戻ることにしたハクヨウ。しかし、無事に終わることなど無かったのである。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ちっ。やっちまったな……結構調子良かったからって深い所まで潜るんじゃなかったぜ」

 

 街から北の森に入り、少し奥に進んだ場所。

 ハクヨウのいる地点からすれば、まだまだ浅い場所ではあるが、十分に深いフィールドで、一人の男性プレイヤーが大盾を構えていた。

 初期装備の防御とHPだけはある大盾使いは、慣れない盾を何とか使い攻撃を受け止め、少しずつモンスターを倒していく。

 しかし、大盾と短刀を装備とする男は、攻撃力は低かった。そのためなかなか敵が倒せず、少しずつ少しずつ増えるゴブリンの群れに撤退もできずに耐えるしかない。

 今は、何とかHPポーションと散々殺られた事で取れた【バトルヒーリング】で持ちこたえてはいるが、それでもHPは着実に減っている。

 

「ここじゃ噂の白い影の助けも望めねえし、どうするかね……っ!」

 

 こうしている間にも横や背後からダメージを受け、HPがガンガン減っていく。

 大盾で受け止めている正面は何とかなっても、まだ三日目。武器の扱いなんて全く慣れないし、なんでこれまでやって来たゲームと違って防御特化にしちまったのかと自らの選択を呪う。

 これでやられればまたデスペナルティーの経験値ロストでレベル上げのし直し。

 戦闘経験こそ積めるが、なかなか上がらないレベルのせいで無茶なレベリングが必要。でも無茶をすれば死に戻って全部チャラ。悪循環も悪循環。良い事なんて一つもなく、けれど、ここでキャラを作り直すのも男の意地が許さない。

 

「仕方ねえ……何とかレベル上がるまで頑張って、経験値ロストを最小限に抑えれば上出来か」

 

 経験値ロストによるレベルダウンはない。そのレベル中に取得した経験値からロストするので、レベルさえ上げれば、デスペナルティーは最小限に抑えられる。

 未来におけるバケモノ大盾ならば、そんなことは気にせずにいくらでも耐えられるが、男はそんな化物じみた防御力は持っていない。

 

「問題はレベルアップまでポーションが持ちそうにねぇことなんだが……ちっ、やっぱり防御特化ってのは、戦闘に向かねえのかよ!」

 

 斬っても斬ってもダメージは微々たるもので、一体ゴブリンを倒している間に三体は集まってくる。対処しきれないモンスターの群れ。

 ソロ戦闘には向かない防御特化。その役回りを選んだ自分。それら全てへの思いが悪態となって飛び出す。

 

 

 けれど。

 

 

「そんなこと、ないと思います」

 

 

 突如どこからか、それを否定する声が響いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 街に戻る途中、無数のゴブリンの集団に囲まれた、一人の大盾使いが見えた。

 私もそうだけど、まだゲームを始めたばかりで武器の扱いが慣れないのか、全ての攻撃を防ぐことはできていないし、反撃もほとんど出来ず着実にHPを削られている。

 このままじゃ、倒されるのは時間の問題。

 けど、男の人の目には諦めないという闘志が見えるし、きっとギリギリまで粘るつもりなんだと思う。……それで、どうにかなる物量差じゃないけど。今も一体倒してる間に三体追加された。

 倒しても倒しても減らない無限地獄。

 慣れない武器。

 私がAGI、攻撃特化だから、防御力のある人は羨ましいけど。

 でも、彼はその防御力のために攻撃を捨てていて、苦々しい顔をしてる。

 

 本当なら、助けた方がいいのかもしれない。だけど、ことゲームにおいて、彼の戦闘に参戦したら、それはモンスターの横取りだ。

 それは、ネットマナーに反する……らしい。

 だから私は手出し出来ない。

 これまでは明らかにモンスターに怯え、逃げ出した人のモンスターだけは対処させてもらった。

 それなら、そのプレイヤーは戦闘を放棄したと見なせるし、私には経験値が入って、その人は経験値をロストせずに済む。

 win-winの関係。

 けど、あの人はギリギリまで諦めない。

 どれだけ追い込まれても、あの人は戦い続けるのをやめはしない。

 だから、私も割り込めない。

 

 だけど。

 

「ちっ、やっぱり防御特化ってのは、戦闘に向かねえのかよ!」

 

 そんな言葉を聞いてしまったら。

 

 そんな、悔しそうな顔を見てしまったら。

 

 

「そんなこと、ないと思います」

 

 

 思わず、手助けをしてしまった。

 

 両手の指の間に、全八本のピックを挟む。

 威力は最低限。確実に、麻痺させる。

 

「【九重(ここのえ)刺電(しでん)】!」

 

 バチバチと帯電する短剣を両手の指の間に挟み、一気に八本投擲する。それは全て別々のゴブリンに突き刺さり、刺さった全てのゴブリンが()()()()()()()()()後、麻痺によって全く動けなくなった。

 

 【手裏剣術】は、言うなれば【状態異常攻撃】を更に特化させたもの。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今のは最高回数の九回。代わりに相手に与えるダメージは【STR】の10%相当とかなり低い。

 耐性の高いモンスターは、複数回【状態異常攻撃】を入れないといけないけど、その複数回を一度で行い、確実に状態異常にできるのが、この【手裏剣術】の強み。

 まぁこの辺のモンスターなら【状態異常攻撃Ⅰ】で一撃入れるだけで状態異常にできるんだけど。

 

 

「あんたは……っ」

「勝手ながら、手伝います」

「っ!……あぁ、助かる!」

「麻痺の効いてるゴブリンから対処してください。サポートしますので」

「コイツらどんどん増えやがるぞ!?」

「全部、麻痺させます。私のかける状態異常は、とっても『重い』ので、大丈夫、ですっ」

「お、おう……」

 

 だけど、あくまでも、戦闘の主体はこの人だ。

 手伝うと言った以上、私はサポートに徹するし、この人がどんなスキルを持ってるか分からない以上、迂闊にこの人と距離が近ければ、範囲攻撃を持ってた時に使いづらくなる。

 ならば、私はこの人が存分に戦えるよう、お膳立てをすれば良い。

 

「【跳躍】」

 

 木の上から一体ずつ、的確に【手裏剣術】の麻痺スキル【刺電】を入れていく。

 さっきと同じ、威力ではなく状態異常回数を最大にして、一度に九回分の麻痺を入れる。

 耐性のないモンスターには一回でも当てれば、状態異常にできる。けど敢えて九回分入れるのは、威力を落として倒さないためともう一つ。『効果を重複させる』ため。

 それが、【手裏剣術】ならできるらしい。

 このゴブリンなら一度で麻痺し、しばらく動けなくなる。けど、九回分の麻痺が重複したら。

 

「ふふっ……通常の九倍の時間、ゴブリンは絶対に、動けないんだよ……?」

 

 そして、男の人は大盾の使い方に慣れてない。だから、背後から迫るゴブリンへの注意が低くなる。そして、スキルの再使用可能時間(クールタイム)があって【刺電】は連発できない。攻撃されれば、HPが危険域に達していまう。

 

 それでも、それも防ぐ。

 

「【跳躍】…【スラッシュ】」

 

 ピックの在庫が少ないので、回収ついでに男の人の背後を取ったゴブリンを斬る。この一体だけにするから許してほしい。

 

「お、おう、助かった!」

「麻痺に使ったピックが尽きたので回収のついで、です。手伝うとは言いましたが、麻痺を入れるだけですので、どんどん倒してください」

「ああ、任せろ」

 

 ゴブリンはどんどん……と言うほど出てはいないけど、少しずつは増えてる。だから、使ったピックを回収して、八体ずつ確実に麻痺させる。

 

「【九重・刺電】」

「ラァ!【シールドアタック】!」

 

 大盾による突進でHPが減ったゴブリンを数体纏めて倒すのは、素直にすごいと思った。動()ないとはいえ、位置はバラバラだったのに。

 私が麻痺させて動きを封じたから、男の人は攻撃に集中でき、殲滅スピードが上がる。

 一体倒すと三体出る、なんてことになるはずも無く、新しく出たゴブリンも即座に麻痺させて、男の人に倒される順番待ちに加える。

 

 それで、ものの五分で十体以上いたゴブリンの集団を片付けることができた。

 

 

 

 

「助かった。ありがとうな」

「いえ。むしろ勝手に割り込んでごめんなさい」

 

 いつも、私の方が『ありがとう』と言う側なので、見知らぬ人に感謝されたのなんて殆ど初めてだ。これはこれで、恥ずかしいものがある。

 

「ははっ、初日も今も、君は謝ってばかりだな」

「?私、一昨日会いましたっけ?」

「会ってるぜ。と言っても、君は全力で逃げ出したんだが……俺はクロム。初日に背後に出た角兎から君に助けられた、ただの大盾使いだ」

「あ、あの時ですか……」

 

 私が【速度狂い】の飛躍的なAGIの上がり方にびっくりした時の……。あの時、周りにした人の中に、このクロムさんがいたんだ。

 ……恥ずかしい

 

「えっと……私はハクヨウです。初日のことは忘れてくださいクロムさんお願いします」

「お、おう……そんな頭下げなくたって良いから。分かった忘れる」

「助かります」

 

 あれは本当に恥ずかしかったから、忘れてくれるなら本当にありがたい。

 

「それにしても、ハクヨウちゃんはどうして北の森に?」

「昨日までいたフィールドでは物足りなくなったので、気分転換に。クロムさんこそなぜ?」

「あー……俺はレベル上げだな。西が一番戦いやすいのは事実だが、だからこそプレイヤーが多くてリソースの奪い合いだ。北はバクハツテントウっていう、名前の通り爆発するてんとう虫が厄介であまり人が来ないから、ここなら一人で集中できると思ってな」

「なるほど。でも、なぜ一人で?大盾は防御特化ですけど、パーティでは必須な役回り、でしょう?パーティで挑戦すれば今みたいには……」

 

 知らないけど。けど、パーティメンバーを守る役目の人がいるのは当然だと思うし、間違いじゃないと思う。

 

「ははっ……あーいや、なんて事は無いんだ。ゲームなんだから、攻撃力が高いプレイヤーの方が魅力的だからな。防御力が高くてもモンスターはなかなか倒せねーし、防御が必要なモンスターなんてダンジョンボスくらいだから、パーティが組めねえのさ」

 

 それはそれは……なんとも難儀な問題だ。

 と言うか、パーティが組めないとか可哀想すぎる。私は知り合いがいないからっていうのと、単純に今の戦い方が楽しいから、組むつもりがないだけだけど。

 というか、クロムさんみたいな大盾の防御特化プレイヤーなら組みたい。単純に早々大盾プレイヤーを見かけなかったし、いきなり声をかけるのも憚られるし。

 

「私はAGI特化で防御力0なので、クロムさんみたいな人とパーティ組みたいですけどね」

「え?は……?いや、防御特化と?」

「だって確か、大盾専用スキルに【カバームーブ】ってありましたよね?私AGI特化だけど避けるのは下手なので、それで守ってもらいたいな……と」

「なるほど……それで俺を助けたってか?」

 

 むむ、この人、まだ私を疑ってるのだろうか……いや、ほぼ初めて会ったんだし、疑うのも当然だけどさ。

 

「いえ?モンスターの横取りはマナー違反ですし、本当は助けないつもりでした。……ただ、」

「ただ?」

 

 ……モンスターに囲まれながらも諦めずに戦ってて凄いなぁとか、悔しそうに顔を歪める姿が、現実で歩くことを半ば諦めた私とダブった……なんて、言えるわけもなく。

 だから、今日もこうして誤魔化すんだ。

 

「いえ。単なる気紛れです。忘れてください」

「……ああ。分かった」

「それと、防御特化と組みたいのではなく、どうせならクロムさんと組みたいですね」

「……は?俺?」

「はい。どうせまだ始まったばかりで、誰も彼も初心者です。なら、偶然にも知り合えて、こうして年下の私にも対等に話してくれる良い人と組みたいのは、当然です」

 

 もちろん、クロムさんが無理なら諦めますが。と付け加えておく。正直、クロムさんの大盾の扱いは上手とは言えない。でもそんなの私だってそうだ。

 スキルに頼り、通常攻撃もステータス頼り。

 まだ動きに振り回されてる感はあるし、走るのだってまだ不安がある。それ以上に楽しいから、抑え込めているだけ。

 

「私も剣の使い方も避けるのも下手ですし。剣はステータスのゴリ押し。でも、避けるのはどうにもなりません……ね?ピッタリじゃないですか」

 

 ここまで言えば、もうクロムさんだってわかると思う。

 

「ははっ、確かにな。攻撃力が足りない俺と、防御力が足りないハクヨウちゃん。俺がハクヨウちゃんを助け、ハクヨウちゃんが敵を斬る、ね。確かに、バランスも良い」

「でしょう?」

 

 

 だから。

 

 

「だから今度、パーティ組みませんか?」

 

 

 

 返答は、私の望むものだった。

 




 
【手裏剣術】補足
 一度に大量の短剣を投げられるだけ。
 それによる一時的なステータス上昇も無い。
 利点はハクヨウちゃんがやったように、【状態異常攻撃】を重ねがけできること。
 簡単に言えば、ヒット数は1回なのに、状態異常攻撃は最大9回入れられる。
 回数が増える分、威力は落ちるけどね。

 クロム助ける時は、8本の短剣それぞれに、『9回分の麻痺』を積んでた。から、【麻痺耐性】のないゴブリンさんは、9回分の麻痺を一度に食らった。
 ってのが真相ですね。
 一度に複数体を無力化できるから、再使用可能時間(クールタイム)があってもそれなりになんとかなる。

 原作にも【暗殺者の目】っていう状態異常の敵へのダメージが上がるスキルがあるけど、あっちはアクティブ。【無慈悲な慈悲】はパッシブスキル。
 【暗殺者の目】の優位性である『状態異常の敵を認識、隠れてても視認』することは【無慈悲な慈悲】は出来ないので、ちゃんと差別化しています。


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速度特化と初パーティ

 短め
 今更だけどハクヨウちゃんの口調が定まらないんですよね……
 現実だと人見知り激しい、途切れ途切れに喋る(挙動不審)な感じの子なんですけど、ゲーム内でも今のところそんな感じだし……
 もちろん、それがPS特化みたいな演技ってわけでもないんですが、ホントの素のハクヨウちゃんを開放するきっかけが思い浮かばない……楽しいきっかけ(ハプニング)は起こらないものか……。


 

57名前:名無しの大盾使い

 西の森の白い少女とフレンド登録してパーティ組んだw

 

58名前:名無しの槍使い

 は?

 

59名前:名無しの魔法使い

 何をどうしたらそうなる

 

60名前:名無しの大盾使い

 北の森でレベル上げしてたらモンスターに囲まれてな 流石にやべえと思ったら助けてくれた

 んであとは……なりゆき?

 

61名前:名無しの大剣使い

 北の森?西の森が拠点のはずだろ?

 

62名前:名無しの弓使い

 別人じゃねーの?

 

63名前:名無しの大盾使い

 まぁ待てまとめる

 初日の白い子だってのは見てわかった 間近で顔は見てたからな

 んで助けてくれた時木の上をすげえ速さで跳び回ってた 残像しか見えなかったぞ

 そんなAGIの白い影っつったら該当者一人だろ

 あと軽く聞いたらいつもいる場所じゃ物足りなくなったとか

 

64名前:名無しの槍使い

 ひえ バクハツテントウを標的にでもしたんですかね?

 

65名前:名無しの大剣使い

 経験値美味しくないしそれは無いだろ

 

66名前:名無しの魔法使い

 んでその後は?

 

67名前:名無しの大盾使い

 足と攻撃には自信あるけど 防御力が低いから大盾とパーティ組みたいって言われて

 俺も防御力はあるが攻撃はからっきしだからバランスは良いなって同意して

 そしたら『組みませんか?』って言われた

 

68名前:名無しの弓使い

 超展開すぎるw

 コミュ力たけーなおい

 

69名前:名無しの大盾使い

 マジで良い子だぞ

 現状大盾がパーティ組めないって知ったらその風潮ぶった切ったし

 無表情だが超素直で戦い方からは信じられんくらい清楚少女

 

 総評

 なんだろう……和むわ

 

70名前:名無しの大剣使い

 べた褒めだなw

 

71名前:名無しの魔法使い

 てか白い少女に危機感は無いのか

 

72名前:名無しの槍使い

 それな

 会ったばかりの人に警戒心皆無かよ

 

73名前:名無しの大盾使い

 空気感がぽわぽわしててな……すげえ和むんだわ 庇護欲が湧くというか

 モンスターの横取りしてごめんなさいとまで言ってきたからな 浄化されかけた

 

74名前:名無しの大剣使い

 それは……まて パーティ組んだんだよな?

 まさか

 

75名前:名無しの槍使い

 あ……

 

76名前:名無しの魔法使い

 あ……

 

77名前:名無しの弓使い

 あ……

 

78名前:名無しの大盾使い

 おう 明日一緒にレベリング行ってくるわ!

 

79名前:名無しの槍使い

 くそがっ!

 

80名前:名無しの魔法使い

 くそがっ!

 だが情報は期待してやる!

 

 

―――

 

 

 ハクヨウとクロムが遭遇した翌日。

 この日はクロムが夜からログインするという事と、九曜が放課後にリハビリを入れていたので、二十一時にパーティを組んでレベリングに行く約束をしていた。

 

「よう。時間通りだな」

「こん、ばんは。クロムさん」

 

 ログインしたらもう既に噴水広場にいたクロムが、気安い感じで片手を上げていたので、ハクヨウも真似てみる。

 

 

 ……恥ずかしくなった。

 

「夜のレベリングは初めてだろ?昼間と違って視界は悪いし、安全は確保しながら行こうぜ」

「分かりました」

 

 見た目からして、大人の男性と小柄な少女。

 正直、端から見て事案発生である。

 そんな好奇の視線に耐えきれず、クロムはなるべく早く行こうと歩みを進める。

 後ろからハクヨウは普通の(物凄い)速さで追い付くと、ペースを落として隣に並んだ。

 

「夜のこんな時間に出歩くって、なんか、不思議な感じです」

「まぁ、ハクヨウちゃんみたいな子がこの時間に外でたら補導されるわな」

「それもありますけど、単純に、一人では外に出られないので」

「なんだそれ?」

 

 ハクヨウちゃんって、結構お嬢様なのか?と冗談混じりに笑うクロムに、ハクヨウはそんなこと無いですよと笑う。

 現実のことなので、ハクヨウが意図的に要の部分を外していたために、深く追求されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日も、思いましたけど。クロムさんって、普通に強い、ですよね?」

「いや、ハクヨウちゃんのサポートがあってこそだな。と言うか、なんでそんな状態異常できるんだよ?【状態異常攻撃】のスキルでも、効果時間は短いだろ?」

「【状態異常攻撃】の他に、もう一つ状態異常に特化したスキルがありまして。攻撃の威力が下がる代わりに、状態異常の効果を重複させられるんです。一回で、状態異常がとっても『重く』なるんです、よ?」

 

 夜の森は、昼とは違うモンスターも数多く出る。火の玉や特定の形がない亡霊(レイス)系はスキル以外での武器攻撃にダメージが入らなかったり、ゾンビやスケルトンといったアンデッドは防御系が低かったりと、本当に様々出現する。

 

「なるほど、そりゃ凄い。が、あんまり言いふらすなよ?レアスキルの類だろうし」

「分かって、ます。今のだって、核心は言ってません」

「まだあるのか……いや、ハクヨウちゃんが分かってるなら、それで良いか」

 

 そんな森の中で、ハクヨウとクロムは初めてとは思えないほど、かなり良い連携が行えていた。

 ハクヨウがメインで攻撃する時は、クロムがモンスターを引きつけて背後からハクヨウが倒す。

 【辻斬り】がハクヨウへの敵対値(ヘイト)を下げているのと、それによってクロムにモンスターが集まり、【挑発】が取れたことでより楽になった。

 クロムが攻撃する時は、ハクヨウは【手裏剣術】で状態異常を入れてサポートする。

 夜に出るモンスターは状態異常耐性を持つモンスターも偶にいて、一撃で複数回分の状態異常攻撃ができるハクヨウがいることで、とても簡単だった。

 二人で攻撃しなければならない時は、ハクヨウはクロムがここに来る前に店で買ったスキル【カバームーブ】の半径五メートル圏内から外れない程度に跳び回り、クロムが前線を支えている間に背後から状態異常を叩き込み、崩れた所を一気に叩く。

 

「初めてにしては上出来じゃねえか」

「ですね。【カバームーブ】も、助かります」

「おう、ハクヨウちゃんが速すぎて、呼んでくれなきゃ庇えねえけどな」

「私は、モンスターからの敵対値を下げてるので、あんまり狙われません。だから、前線を支えてくれるクロムさんがいて、戦いやすいです」

 

 

―――

 

【カバームーブⅠ】

 AGI値を無視して半径五メートル以内にいるパーティメンバーの元へ移動できる。

 使用後三十秒間被ダメージ二倍。

 使用可能回数十回。

 使用可能回数は一時間毎に回復する。

取得方法

 スキルショップで購入すること。

 

【カバー】

 隣にいるパーティメンバーを攻撃からかばう。

 発動時VIT値10%増加

取得方法

 スキルショップで購入すること。

 

―――

 

「ま、【カバー】掛けてもかなりダメージ受けちまう訳だが……」

「そこは横からポーション使ってるんで、頑張ってください」

「……おう、頑張るわ」

 

 周囲にいるモンスターを片付けたので、小休止とばかりに雑談する二人。

 胸の前で小さくガッツポーズをして、『頑張ってください』なんて言う美少女(ハクヨウ)に、クロムが絆されない訳がなかった。

 

「にしても、ハクヨウちゃんはオバケとか怖くないのか?」

「えっと、大丈夫、です」

 

 クロムの何気ない言葉に、ハクヨウは苦笑する。オバケが苦手な親友がいるなぁと。

 

「友達が物凄いオバケ苦手で……その様子を見てたら、逆に冷静に、なれたんですよね」

「そりゃ、友達も災難だな」

「あはは……」

「俺も今日やってかなりレベル上がったし、ハクヨウちゃんとならダンジョンも行けそうだな」

「ダンジョン……モンスターが沢山いて、奥にボスもいる所、ですね?」

「そうだ。なんなら行ってみるか?」

 

 時間があればだが……と冗談混じりに提案するクロムだったが、ハクヨウは苦笑を隠せない。

 

「クロムさん。それ現実だと、『一緒に人の少ない暗がりに行かないか?』ですよ?凄く危ない人の発言、です」

「ち、違う違う、そんなんじゃないっての!と言うかハクヨウちゃんからパーティに誘って、乗った俺も俺だけど危機感はちゃんと有るのな!」

「えへへ……人を見る目は、自信あります」

「褒めてないっての!あぁもうそうじゃなくてだなぁ……」

 

 一頻りクロムと問答を続けながら―ハクヨウだけ楽しんでいた気がするが―町に戻る。

 ダンジョンに行くにしろ行かないにしろ、クロムが使うポーションが無くなったので、一旦戦闘はやめたのだ。

 そして、ハクヨウは正直眠かったので、今日は落ちることにした。

 流石に二時間近くやっていたので、もう二十三時を回っている。

 

「残念です、けど。今日は、これで落ちます。ダンジョンは、また今度、行きましょう?」

「ん、流石にいきなりだし、都合悪いか」

「明日も、学校なので。それに、もう少しレベルも上げたい、です」

「だな。他にもメンバーいれば良いが、このまま行くなら俺も20は欲しい」

「都合が合わない日もある、ので。週末とか、時間がある時に、またやりましょう」

「おう、また会ったら声かけてくれ。メッセでも良いぞ」

「はい。それでは、おやすみなさい」

「またなー」

 

 それを最後に、ハクヨウはログアウトする。

 

 

 

 

 

 

「クロムさん、良い人だったな……」

 

 




 
 今回は次回への繋ぎ的な回なので、次回こそちゃんとやる……と思います。


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速度特化とソロ攻略

 えっと、ご報告。
 PS特化と並行でやってるので、全くストックが追いつきませんごめんなさい!
 いや、思いの外面白い設定が出来ちゃったから勢いで投稿した作品だけど、だいぶ愛着もできちゃいまして、このまま投稿は続けたいんですが、ストックが少ないとめちゃくちゃ不安になる性分で……。
 なんで、投稿と並行してストックもかなり貯めたい所存でございまして……
 何が言いたいかと言えば、投稿頻度を落とすということでございます。
 詳しく説明すると4月からは『PS特化』と合わせ、交互に隔日投稿したいな……と思います。
 4月2日に『PS特化』から始め、
 4日に本作。6日に『PS特化』、8日に本作といった具合です。
 それぞれの投稿は4日置きになります。
 とりあえず4月はその形で投稿するつもりでストックを貯め、5月はまた考えたいな……と
 今のところ、どちらも投げ出すつもりは無いので、気長に待っていただければと思います。
 


 

 ハクヨウとクロムが遭遇してから、二週間が経った。

 この間、お互いに時間が合えばパーティを組み、レベリングや装備を揃えたりと様々に過ごしていたためか、最近では他のプレイヤーから兄妹のように見られている二人。

 クロムは着々とレベルを上げ、今ではハクヨウに追い付き二人共レベル27。

 またクロムは装備を店売りの『鉄の大盾』や『鉄の鎧』に変え、防御力を更に高めている一方、ハクヨウは、装備の殆どを未だに初期装備だった。

 

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv27 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0〈+15〉】 【VIT 0】

【AGI 175〈+45〉】【DEX 0〈−3〉】

【INT 0】

 

ステータスポイント︰

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【鋭敏の直剣】 左手【アイアンピック】

 足 【空欄】     靴【初心者の加速靴】

 装備品【俊足の指輪】

    【拙速のアクセサリー】

    【空欄】

 

スキル

 【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】

 【疾風斬り】【パワーアタック】

 【ピンポイントアタック】

 【ダブルブレイド】【スイッチブレイド】

 【剣術Ⅳ】【連撃剣Ⅱ】【状態異常攻撃Ⅶ】

 【長剣の心得Ⅲ】【投剣の心得Ⅲ】【跳躍Ⅴ】

 【気配察知Ⅳ】【気配遮断Ⅱ】【しのび足Ⅱ】

 【速度狂い(スピードホリック)】【大物喰らい(ジャイアントキリング)】【辻斬り】

 【首狩り】【軽業】【手裏剣術Ⅴ】

 【大立ち回り】【無慈悲な慈悲】【水走り】

 

―――

 

 装備品と武器で【AGI】をかなり引き上げてはいるが、クロムは店売りとはいえ【鉄シリーズ】と呼ばれる初心者装備の一つ上の装備に全身変更している。しかし、これらで全身装備を揃えてしまえば、もう速度しか上げるつもりのなかったハクヨウの気持ちとは反してしまう。

 武器も少し良いものに変えたが【AGI】を上げるために買っただけで、【STR】も上がってしまうのは妥協に妥協を重ねた。

 そして、ハクヨウはレア装備だった【フォレストクインビーの指輪】をクロムにあげた。ハクヨウはクロムが守るため防御力はいらないと思ったのと、クロムにはHP回復の手段があったほうが良いだろうとの判断である。

 代わりに【鋭敏の直剣】はクロムが買った。

 また、【気配遮断】や【しのび足】があまり伸びないのが、ハクヨウの最近の悩みである。

 偏に【辻斬り】が敵からの敵対値(ヘイト)を常時下げてしまうためであり、普段からモンスターに気付かれにくいハクヨウは、これらのスキルの伸びが悪かった。

 逆に【気配察知】は木の上からモンスターを探す時に重宝するので、よく伸びる。

 

 そうしてステータスを確認しつつ、ハクヨウはクロムを待つ。

 今日は、なかなか都合が合わずに先送りしていた、クロムとのダンジョン探索の日なのだ。

 レベルは一週間前には20に到達していたのに、何かと都合が合わなかったり、装備耐久値が限界ギリギリだったり、ハクヨウが新しい装備で上がったステータス(速度)に合わせたり……など色々あって、今日まで伸びてしまった。

 特にハクヨウの速度は物凄く、現在は実数値【AGI 880】。『どこまで行く気だコイツ……』とは教えた後のクロムの談である。

 サービス開始時ですら白い影としか見えなかったその速さは、今ではハクヨウが全力で走れば、十メートル後方まで残像が伸びる。

 モンスターの群れと戦うと、瞬く間に敵の背後に走り抜けたかと思えば、直線上のモンスターが細切れになる。

 挙げ句の果てには南の地底湖で水上を走る。そのおかげ(せい)で【水走り】が取れたが。

 

 この時点でクロムは考えるのをやめ、全力で走って楽しそうに笑うハクヨウで癒やされることに決めた。もう『そういうもんだ』と諦めた。

 いつか走って空を跳んでも驚かないと、不動の意思を固めるまでに。

 

 そんなプレイングをしているために、いつしかハクヨウはプレイヤーの中で『白影(はくえい)』と呼ばれるようになった。

 

 

 

「遅いな……クロム」

 

 噴水広場のベンチに座り、適当に買った飲み物を飲む白い少女。

 ハクヨウなのだが、既に約束の時間を過ぎても来ないクロムに、ちょっと不機嫌だった。

 完全に余談だが、この二週間でだいぶ親しくなった二人は、互いに『クロム』『ハクヨウ』と呼び捨てに。口調も砕けた感じになり、敬語は完全になくなっていたりする。

 それはかなり長いことコンビを組んできて、連携の時にいちいち面倒だと思ったクロムからの提案であり、ハクヨウは最初かなり困惑していたのだが……それは割愛しよう。

 ハクヨウの頭の中に、フレンドメッセージ通知の音が響いたから。

 

「……クロム?」

 

―――

 

From クロム

 

 悪い。

 急な仕事でログイン出来なくなっちまった。

 今度埋め合わせる

 

―――

 

 

「むぅ……」

 

 表情こそ殆ど変わらないものの少しジト目になり、そんな不機嫌そうな声が漏れる。

 VRハードとネット環境さえあれば、仮想世界の外からでもメッセージは送れるので、本当のことなのだろう。

 となれば、クロムは本当に忙しいのだろうし、ハクヨウも仕方ないとは思う。

 思うが―――

 

「今度、スイーツショップで奢って貰う。うん、そうしよう」

 

 許しはしないので、クロムが言う通り埋め合わせは嫌というほどしてもらおう、そうメッセージを送った。

 とりあえず、クロムの所持金を使い切るくらい食べてやると心に決め、仕方ないので一人でダンジョンに行く。

 一人でもダンジョンを攻略して、クロムをぎゃふんと言わせる算段である。

 

「どっちに行こうかな……」

 

 現在確認されているダンジョンは二つ。

 【毒竜の迷宮】か【石造りの遺跡】か。

 名前を確認した時点で、ハクヨウがいく先は決まったも同然だった。

 

「【毒耐性】、無いし。【毒竜の迷宮】って言うくらいなら、モンスターは【毒無効】あるだろうし」

 

 ハクヨウの【手裏剣術】による状態異常の一つが無効化されてしまうだろうことは予想が付くので、迷わず【石造りの遺跡】だった。

 

「そうと決まれば、ポーションとか、色々買い揃えてこ……」

 

 ちなみに。

 こうして独白し、考え、方針を決めている最中。小さく頬を膨らませ、何処ともしれない場所にジト目を向けていたとか。

 現実でクロムが、何故か寒気を覚えたとか。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ん?」

 

 ポーションや予備の投擲用【アイアンピック】を大量購入したハクヨウは、クロムへの不機嫌を直すために、人通りの少ない路地裏の道を少し散歩していた。

 たった二週間。されど二週間。むしろ、リリースから二週間しか経っていないのに『白影』として名の広まったハクヨウに声をかけるプレイヤーはいない。だから、路地裏だろうとフラフラしていたのだが。だからこそ、ハクヨウはそんな路地裏で倒れている子どもNPCを見つけてしまった。

 

「どうか、したの?」

「おに、が……」

「?」

 

 おに?と、微かに聞き取れた少女の言葉を反芻する。

 

「おにがおかあさんをつれてっちゃったの!」

「わ。えと、鬼って、あの鬼?」

「すっごくはやくて、すっごく、つよくて、わたしじゃおいつけなくて……」

 

 泣きながらそう続ける少女に、『あ、これ問答無用で続くんだ……』と的外れなことを考えてしまう。けれど、ハクヨウは要点だけは逃さなかった。

 

(……足が速い鬼が敵、なら、AGIが一定以上無いと発生しないの、かな?)

 

 もしそうだとすれば、このクエストは自分しか不可能な可能性がある。第一に、この街の中のクエスト情報を見直してみるも、『足の速い鬼』に近い情報は無かった。

 

「分かっ、た。私が、捕まえる」

「ホント?」

 

 ハクヨウの目の前に青いパネルが浮き出てくる。ハクヨウがそれを確認すると、そこには文字が浮かんだいた。

 

 クエスト【捷疾の鬼殿】

 

 この表示の下にはYes、Noの二つの表示があった。

 ハクヨウはその文字を見て、最初の二文字がどちらも『はやさ』に関わりのある文字だと確信し、迷わずYesを押す。

 泣きそうな子どもを見捨てることはハクヨウの良心が痛むし、報酬がなくても構わなかった。

 

(どうせ、クロムいないし)

 

 内心で台無しだが。

 

「あ、ありがとう!えっとね、おには、おかあさんを返してほしかったら、にちぼつまでに【しょうしつのきでん】にこいって!」

 

 そう言った少女の頭の上にはHPバーが浮かんでいる。どことなく嫌な予感を感じつつも、新しく現れたクエストの詳しい説明に目を通す。

 その内容はやはり、少女とともに鬼殿に向かい、鬼を倒すこと。途中で少女が死んだ場合はお察しである。

 

「日没……【捷疾の鬼殿】の場所は分かる?」

「わかんない……けどおには、にしのもりのほうにはしってったよ」

 

 今は放課後で、ゲーム内の日没まで一時間もない。そんなに遠くないと良いが、もしかしたら間に合わない可能性だってあった。

 念の為、ハクヨウはマップを開く。この手のクエストは目的地にマーカーがされる事が多いらしいため、念の為。

 

「ない……ノーヒント、は流石に無いよね。西の森にそれらしい建物は無かった……それよりも向こう?時間も少ない……私のAGIでギリギリ」

 

 情報を集めている余裕はなく、西の森がハクヨウにとって庭同然とはいえ、ここから森を抜けるまでに二十分近くかかる。道中にはモンスターだっているのだ。

 

「もしかしたら、本当は午前に受けて、情報を集めて向かうのが正攻法かも……いや、そんな事考えてる場合じゃない。……他に鬼が何か言ってなかった?」

「うぅん」

 

 首を横に振られ、どうしようもなくなる。けれど、せめてもう少しだけでもヒントが欲しかったハクヨウは、もう一度だけ問う。

 

「お母さんから鬼について聞いた覚えはない?」

「………あ!わるいおにのはなし!」

 

 それが、当たりだった。

 

「悪い鬼?」

にしのもりをぬけたさき(西の森を抜けた先)ひろいこうや(広い荒野)のそのまたさき()の、たかいたかい(高い高い)やま()のうえに、わるいおにがす(悪い鬼が住)んでいた。おにはひと()さら()っては、その()をたべてこうさけ()ぶ。

 またおそ()い。われ()せま()もの()はいないのか」

 

「……うん、だいたい分かった」

 

 子どもになんて話を聞かせてるんだとも思うが、いいヒントというか、完全に答えなので我慢する。

 言っていることに疑問が残るが、場所さえわかれば関係ない。

 山の麓まで全力で走れば三十分程度。そこから登ればギリギリ間に合うと思いたいハクヨウ。

 一応マップや掲示板情報を見直したが、山には何も無かったらしい。つまり、このクエストを受けた人のみが入れる鬼の住処ということだろう。

 

「分かった。その山頂に、あるんだね」

「いっしょに、おかあさんをたすけて!」

 

 連れて行かなければ【捷疾の鬼殿】は現れないだろうことは予想が付くので、ハクヨウは仕方なく同意する。

 

「分かった。行くよ」

 

 五歳くらいの少女の速度では不安なので、取り敢えず背負うことにしたハクヨウ。武器によるSTRの補正があって良かったと心から思った。

 五歳の少女なのに物凄く重く感じたのだから、STRが0なら絶対に持てなかっただろう。そして、もし少女が少年だったり、もう少し年が上だった場合も。

 

「飛ばすよ。しっかり捕まってて」

 

 返事はない。このハクヨウの言葉への返答に関するデータは無いらしい。

 期待していなかったので、さっさと走り出す事にした。

 

「本当……ポーションとか、全部買い揃えてからで、よかった……っ!」

 

 言い終わる頃には、その場には白い残像しかなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「はぁ――っはぁ――っはぁ……っ!」

 

 約三十分、少女を背負い全力で走り抜けたハクヨウは、山の麓に到着した。

 したのだが

 

「ここ!ここだよ!ここにおにがすむって!」

 

 麓にある洞窟を指さして叫ぶ少女に困惑気味のハクヨウさんである。

 ちなみに、途中のモンスターは全て逃げた。

 

「えっと、まだ山の麓だよ。山頂じゃなくて?」

「このどうくつがおやまのてっぺんにつながってるの!」

「なるほど……」

 

 もちろん、攻略掲示板にこんなダンジョンの情報は無い。元々ハクヨウが行く予定だった【石造りの遺跡】は街から北。【毒竜の迷宮】もこんな感じの洞窟ということだが、毒らしいものはどこにもない。

 洞窟の中に一歩入りマップを見れば、予想通り【捷疾の鬼殿】と書かれたダンジョンマップに切り替わった。

 少女のHPバーは見えてるが、パーティにも入らずに戦闘は出来ない、特殊NPCの状態。

 図らずも、予定通りのソロでのダンジョン攻略となってしまった。

 

「上り坂……山頂だし当たり前、だよね。日没まであと十五分……全力で登らないと」

「まっててーおかあさーん!!」

「ちょっ!?」

 

 洞窟とは、得てして音が反響する。

 そして、モンスターはプレイヤーの姿以外にも、大きな音に反応し、集まってくる。

 

 ――まぁ、何が言いたいかといえば。

 

「モンスターどんどん来るんだけど――っ!!」

 

 背負った少女のせいで両手が塞がっているため、逃げるしかないハクヨウは、捷疾の名に恥じない小鬼モンスターからめちゃくちゃ逃げ回っていた。

 小鬼の速度も物凄い早く、ハクヨウよりは遅いが残像が尾を引く程度には速かった。残像の長さはハクヨウの半分にも及ばないが。

 しかし、そんな速度は明らかにプレイヤーで【AGI 200】近い。ハクヨウだから撒けるが、他のどんなプレイヤーをも勝る速度。

 そんなモンスター達が、お誂え向きに一直線の上り坂を登るハクヨウ達を追いかけ、横道にある小部屋からどんどん出てくるのだ。

 軽い恐怖である。

 

「前からも来た―――っ【跳躍】っ!!」

 

 前からも大量の子鬼が出てきたので、慌てて【跳躍】し、三角跳びの要領で壁を蹴って躱す。

 それを二度三度、何度も繰り返し、ひたすらに坂道を登り続ける。

 

「すごいすごぉぉい!」

 

『スキル【立体機動】を取得しました』

 

「うるさい―――っ!」

 

 どうせこういった地形で速く動けるようになるんでしょ!?と叫びつつも足を止めない。

 

『スキル【挑発】を取得しました』

 

「だまれ――――――っっ!!」

 

 思いっきり叫んだために【挑発】も取得し、もう自棄になっているハクヨウ。この状況で背中の少女が楽しそうなのが腹立たしい。

 

「こうなったら、絶対にクリアしてやる……っ」

 

 

 ハクヨウは、一段ギアを上げた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 登り始めて十分。

 疲労もあり、速度は落ちるが足は止めない。

 洞窟の中をを蛇行しながら常に上に登っているのだから、いずれは到着するはず。途中の部屋は全部無視して、兎に角上へ。

 

「外から見た感じ、山ってよりは丘だった……なら、もうすぐ……」

 

 山と言うには低く、丘と言うには高いこの山は、西の森を抜けた時点ですぐに見えるほど目立つ場所だった。にも関わらず、他のプレイヤーが初期に探索した時、なにも見つけられなかった。

 あれほど目立っていたのに。

 ただ、山を超えると、一気にモンスターのレベルが上がり、そこは初期では攻略不可能なエリアだったため、ただのエリアを隔てるためのオブジェクトだと思われていた。

 けれど、やはりここにもあった、新しいダンジョン。AGIが相当高くないと挑むことすらできない特殊ダンジョン。

 足を上げるほどに重くなる。

 疲労は大きくなる。

 

 ―――けれど。

 

 

「ふふ。あははははっ。洞窟とはいえ、自分の足で山登り。さいっこうじゃない!」

 

 ハクヨウは、全速力で登山を楽しんでいた。

 現実では歩くことすらできない体だ。

 この世界で、歩けることに感動した。

 AGIに極振りして、速く走れて涙が出た。

 木の上を跳び回れて歓喜した。

 その足の速さで、誰か(クロム)の役に立つ事ができた。

 

 

 ――ここまで来たら、足を使ってやれること、全部やろう――

 

 

 そう思った矢先の、登山だ。

 

「楽しくない……わけないもん!」

 

 少女を背負ってる?

 元より他人に迷惑という重荷を背負わせてきた人生だ。

 

 足が重い?

 現実なんて全く動かない。

 

 後ろの鬼たちが速い?

 文字通りの鬼ごっこがやれるって最高だよ。

 

「だから言えるよ……今が、この世界が、このゲームが、心の底から楽しいってね!」

 

 

 そう叫ぶハクヨウの目に、巨大な扉が見えた。

 今まで一度も見なかった扉。

 所々に装飾がなされ、非常に目立つ作りのその扉。だからこそ、ハクヨウは確信する。

 

 

「ゴールッ!」

 

 

 その扉を、勢いよく開いた。

 




 
 本当は、4層でやりたかった話。
 だけど、そこまで行くのに100話超えそうだし、まずメイプルちゃん出るまでも気が遠いので、ご都合主義で一層だけどねじ込みました。
 さて、ハクヨウちゃんはどこまで速くなるか。
 タグにご都合主義って付けたほうがいいかな?と思ったけど、モンスターが鬼って以外はご都合主義働かせてるつもりは無いので付けません。
 一応、今回だけはモンスターを鬼にする必要があったので仕方なくです。

 評価辛口な人もいるけど、ちゃんと基準があっての評価ってより作品を良くするためのキッカケになるから、私としてはすごい嬉しい。
 内容構成を見直したり、もっと工夫できる所を探したり。


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速度特化と鬼退治

 ハクヨウちゃん、私の手も離れて好き勝手しました。本当にこのまま投稿しようか悩んだ。
 


 

「はぁ……っはぁ……っはぁぁ……っ」

 

 ゲーム内の日没ぎりぎり。

 ダンジョン内部であるため実際に日が落ちたかは分からないが、日が沈む16時には間に合った。

 

 それに安堵しつつ、少女を背中からおろしたハクヨウは、ボス部屋全体を見渡す。

 中は広く、直径五十メートルは優に超えるドーム型。

 その中央には、全身が病的と思えるほど真っ白の鬼がいて、遠目から見ても体長はハクヨウの倍はあった。

 

「グハハハハハハッ!マサカ本当ニ間ニ合ウニンゲンガ現レルトハナ!」

 

 高らかに、鷹揚に笑う鬼の声が響く。

 

「我ハ待ッテイタノダ、我ニ敵ウ存在ヲ!我ニ並ビ、超エルホド疾キ者ヲ!

 ソノタメニワザワザ半刻トイウ試練ヲ課シタ!ヨクゾ我ガ試練ヲ超エタナ、疾キ者ヨ!」

 

 鬼の叫びに、ハクヨウは漸く合点がいった。

 

「なるほど。それが、アナタが『また遅い』と叫ぶ理由、ですか」

 

 少女が言っていた、『怖い鬼の話』そこで何故鬼は、人を食べてから『また遅い』と叫んでいたのかが疑問だった。

 逃げる人を追いかけ、『遅い』と叫び捕まえても良いだろう。なぜ、叫ぶのが最後なのか。

 待っていたのだ。叫びの矛先は、食べた人間ではなかったのだ。

 一時間の猶予を与え、その時間内に鬼の住処にたどり着けるだけのAGI(あし)を持つプレイヤーだった。

 ハクヨウが予想した『午前に受け、情報を集める』これは、()()()()()()()()()()()()()

 最初からハクヨウは正攻法で挑んでいたのだ。

 

「然リ。然リ!

 我ガ求メルハ早キ者。

 我ガ打倒スルハ速キ者。

 我ガ示スハ疾サノ頂キ。

 我ヲ超エントスル者ヲ打倒シタ時、我コソガ最強最速ノ鬼トナラン―――ッ!!」

「……【跳躍】っ!」

 

 無駄に長い口上を述べていたが、終わると同時にハクヨウに迫った速度は測りしれず。

 地面を割り砕くほどの脚力で瞬く間にハクヨウの眼前に()()した。

 ハクヨウは咄嗟に【跳躍】で横っ飛びに回避しながら距離を取る。

 

「ホウ、今ノヲ躱スカ小サキ者ヨ」

「……速い。少なくとも、下の子鬼達とは、比べ物にならない……けど」

 

()()()()()()

 

 それは、確信だった。

 来る時は少女を背負っていた。素のSTRが0のハクヨウは、少女を背負っただけで全速力の六割程度しか出せない。それだけ、負荷が大きかった。

 けれど、少女はボス部屋の隅に避難させてあり、鬼も完全にハクヨウだけを見ている。遅い者には興味がないのだろう。

 そして全力でハクヨウが走れば、その身を視界に捉えることすら困難となる。

 

 だから。

 

「今度は、こっちのばん……っ!」

 

 小さく踏み込み、最短距離を最速で。

 距離は十メートル。

 その距離を、ハクヨウは()()()()()()

 

「人を食べる悪鬼……なら、()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――シャク、と。

 

 小さく歯を立て、()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 堪らず鬼は咆哮を上げ、噛み付いたハクヨウを振り払おうとするもその時にはハクヨウは離脱。

 その口内に肉片を転がしながら、不敵に笑ってみせた。

 

「……私に勝つには、アナタでは足りないものがある」

 

 別に、ハクヨウはカニバリズム的な考えは持っていない。けれど、『お母さんを助けて』と泣く少女がNPCで、システムで決まった動作なのだとしても。

 思うことがない訳じゃない。そこまで、人としての感性を捨てちゃいない。

 だから、これはハクヨウなりの鬼への反撃。

 

 クエストのバックストーリーだとしても、この鬼が語り継がれるほどに人を食べているのなら。

 

「誰かに食べられる恐怖。その身に、刻みこめ」

 

 減ったHPは一ドット。1%程度だ。けれど、鬼は完全にハクヨウが見えていない。

 それは先程の攻防で確信した。

 ただ走って、噛み付いた。

 それだけの事なのに、鬼はハクヨウの動きを見きれず、動き出したのは噛み付いてからだ。

 

 なら、何も問題はない。

 何一つ、問題なんて有りはしない。

 

「盛大な舐めプレイで、武器もスキルも使わずに、アナタを食べきる――っ!」

 

 縦横無尽に床を、壁を、天井を蹴り抜いて高速で迫る鬼に。されどハクヨウはまた嗤う。

 

 

「足りないもの、一つ目」

 

 

―――シャク。

 

 

「謙虚な態度」

 

 

 驕り高ぶり、ハクヨウがわざと背後を取らせた事に気付かず突っ込んた鬼を半歩で避け、ついでに一口。また少し鬼のHPが減る。

 

 

 

 

 

「二つ目」

 

 

―――シャク、シャク

 

 

「戦闘経験」

 

 

 

 着地し姿勢を戻す僅かな隙に背後に回り込み、二口。いつもはクロムとコンビで戦うハクヨウ。

 けれど、元々はソロでやってきたし、敵の僅かな隙を見逃さない観察眼は、森の中で養われた。

 この鬼には、それがない。

 

 

 

「三つ目――四つ目――五つ目―――」

 

 

 

 わざわざそれら全てを口に出し、鬼の体には無数の噛みつき跡が刻まれる。

 鬼の攻撃はハクヨウに届かず、一方的に喰われる。けれどボスモンスターの鬼に恐怖はなく、尚も愚直に突っ込み、速さで翻弄し、疾さで攻める。

 

 

 その全てが、ハクヨウには無駄であっても。

 

 

 

 

 

 ―――時間は、実に三時間を要した。

 十を超えた辺りから言う事がなくなり、一方的に走り、食らいつくハクヨウは、他人が見れば悪夢でしかないだろう。あるいは、無限に食われる鬼に同情したかもしれない。

 ハクヨウもハクヨウで、食べ続けて三割ほどHPを削った辺りから目的も忘れていた。

 剣もピックもスキルも使わず、食べるだけで倒すという頭のおかしな縛りプレイを普通に楽しんでいた。何度もいうが、ハクヨウにカニバリズム的な思想は無い。

 

 鬼もまた、ヤラレっぱなしではなかった。

 HPが減るに連れ攻撃は苛烈になり、パターンも変わり、どんどん速くなっていく。

 最初はハクヨウの半分もなかった速度は、徐々に追い付き、残り一割を切った時には、全身から赤い燐光が漏れ、一気に上がった。

 それでもなおハクヨウは見切る。自分も物凄い速さで走れるがゆえに、その速度には慣れていた。例え、自分より鬼が速くなったとしても。

 どれだけ速かろうが、それは転じて急停止、急旋回ができないことも理解していた。

 鬼の動きは早い。速い。疾い。けれど、早くなるほどに精細さを欠き、動きは単調で読みやすくなった。

 それを逆手に取り、超高速で突っ込んでくる鬼を転がした。

 結果【体術Ⅰ】なんてスキルも取れた。

 

 そんな、ハクヨウの初めての縛りプレイ。

 鬼にとっての悪夢の時間は、残りわずか。

 

 鬼のHPはわずか1ドットを残し食べ尽くされ、ハクヨウも最後の一手だと鬼に手を合わせている。『いただきます』あるいは『御馳走様』だろうか。

 どちらにせよ、雄叫びのような咆哮を上げ、途中から人語を話さなくなった鬼が哀れである。

 

「さて。最後にもう一つ。アナタには、足りないものがある」

 

 途中から話すのをやめ、ひたすらに鬼に齧り付いていたハクヨウが、ここに来て三時間ぶりに口を開く。

 鬼はそんなことお構いなしに部屋中を駆け回り跳び回り、必殺の一撃を放つタイミングを見計らう。

 

 

「私がここに呼ばれた理由であり」

 

 

 鬼が残像すら残さない神速に至ってなお、ハクヨウは余裕を崩さない。

 

 

捷疾鬼(しょうしつき)、アナタをアナタ足らしめる根幹でもあるそれ」

 

 

 ボス部屋の中は捷疾鬼の大気を蹴りぬく破裂音が支配し、けれどハクヨウの独白は朗々と響く。

 

「そう。だんだんと上がり、今では私を上回ったそれ。けれどいくら高かろうが、見極められる程度の、それ」

 

 ボス部屋中央に立ち尽くすハクヨウの真上から、最後の破砕音が響き渡り、天井は蹴り砕かれ、獰猛な咆哮が降ってくる。

 

「――そう、何よりアナタには」

 

 だからこそ、ハクヨウは最後の言葉を贈る。

 鬼が至るは神の速さ。

 視認は不可能。回避も不可能。

 

 けれど。

 

 

 

 

「速さが足りない!!」

 

 

 

 

 それでも、なお。敗因があるとするならば。

 

 ハクヨウの方が(つよ)かった。

 

 この一点に尽きるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……御馳走様でした」

 

 

 鬼と交錯した瞬間に、最後の一口を噛みつき、食べきると同時に粒子へと変わった鬼を眺め、ハクヨウはそう口にした。

 

 

『レベルが28に上がりました。』

『スキル【鬼喰らい】(デビルイーター)を取得しました』

『スキル【捷疾鬼】を取得しました』

『スキル【瞬光】を取得しました』

『スキル【忍法】を取得しました』

 

 

 

 

 さて。ハクヨウがなぜ、わざわざ食べるだけで鬼を倒したのか。それには、当初の理由とは別にもう一つ理由……というか、逸話に肖ったという意味があった。

 

 それが、言わずと知れた足の速い神の代名詞。

 『韋駄天』。

 今回のクエスト及びダンジョンについて、掲示板での情報は皆無だった。

 けれど、ダンジョンの名前にもなっている『捷疾』の二文字と、鬼、繋げて捷疾鬼という名前の鬼が存在する。

 それが、韋駄天の逸話に繋がり、色々と省略し、面倒なことを全て語らず一言で纏めると

 

『悪いことをした足の速い鬼を韋駄天が瞬く間に捕まえた』というだけのことであり、その時の韋駄天の速度を計算すれば時速180億キロメートルだとか言われているが、それが韋駄天と捷疾鬼の関係性。

 そして、わざわざ食べた理由だが、それは韋駄天が『御馳走様』という言葉の由来とされているからである。

 正確には、『馳走』が韋駄天が食材を集めるために走り回った事を表現し、それへの感謝の意味が籠められて『御馳走様』となったらしい。

 そのことをダンジョンを調べる片手間で知ったハクヨウが、『なら鬼を食べて、御馳走様で締めようそうしよう』と馬鹿みたいなことを思いついてしまったのである。

 三度目になるが彼女はカニバリズムではない。

 相手が人型に近いとはいえ、あくまでも『鬼』だと割り切っているからこそできた芸当である。

 

 そんなハクヨウは、上がったレベルでのステータスポイントをAGIに振り、スキルを順番に確認していた。

 

―――

 

【鬼喰らい】(デビルイーター)

 鬼、悪魔へ与えるダメージ+50%

取得条件

 鬼にまつわるボスモンスターをHPドレインで倒すこと。

 

―――

 

 食べることは、HPドレイン扱いだったらしい。

 ただ、こんな事をする、できるプレイヤーが出てくるのはかなり怪しい所だ。

 

―――

 

【捷疾鬼】

 初使用後からプレイヤーアバターの外観に永続的デメリットが付く。

 初使用後、使用者の【AGI】を1.5倍する。

 首を攻撃された時以外、どんな攻撃にもHP1で耐える。

 MPを消費して一分間【捷疾鬼】を召喚する。

 召喚は三十分後再使用可能

取得条件

 【AGI】の実数値が600以上で【捷疾鬼】をHPドレインで倒すこと。

 また、クエストNPCが一定以下のダメージしか受けていないこと。

 

―――

 

「アバターの、見た目が変わるってこと?でっかくなったり、本当に鬼になったらやだなぁ……」

 

 しかし、その後に得られる恩恵もまた大きいのも事実である。

 確定でどんな攻撃も耐えるスキルは、防御力のないハクヨウには必須と言えた。

 また、MPが無い為に使えないが、【捷疾鬼】を呼べるのも良い。神速と呼ぶべきほどの速度は、ハクヨウは自信満々に『速さが足りない』と叫んだものの視認できなかった。

 最後の交錯なんて勘だったのである。

 そんな存在を一分とはいえ召喚すれば、戦場を蹂躙してくれるだろう。

 

―――

 

【瞬光】

 五分間、使用者の反応速度を十倍に引き上げる。

 一時間経過で再使用可能。

取得条件

 プレイヤーのAGIが150以上、またはAGIの実数値が400以上の状態で単独でボスモンスターを討伐すること。

 

―――

 

 反応速度。と言われ、ピンとこないハクヨウ。

 説明も分かりづらいし、これはまた今度使用して、実際に確認することにした。

 

―――

 

【忍法】

 MPを消費して【忍法】を使用できる。

 それぞれ一日に一回ずつ使用可能。

取得条件

 【手裏剣術Ⅴ】を取得し、単独でボスモンスターを討伐すること。

 

―――

 

「色んなスキルを複合してるんだ……えと、使えるのは五つ。全部補助的なスキルだよ、ね?これも後で使ってみよう」

 

 忍術というだけあり、直接戦闘というよりは、戦闘を有利に進めるための補助的なスキルだった。

 これも、今度確認しようと決め、ハクヨウは、それ以上に気になって仕方ない存在に目を向ける。

 

「宝、箱……?ダンジョンで道中に偶に手に入るってやつじゃない、よね?」

 

 鬼を倒したことで、鬼が最後にいた場所。つまりハクヨウの真横に出現した宝箱に目を向ける。

 かなり大きく、横は三メートル、縦は二メートル、高さは一メートルほどもある長方形。

 重厚そうな見た目だが、緊張気味に手を添えると、驚くほど簡単に押せた。

 ゆっくりと押し開き、全貌を顕にする。

 

 

「わ。……す、ごい。これ……」

 

 ハクヨウは、驚きのあまり言葉を失う。

 

 中に入っていたのは、真っ白の上衣。右の胸元と左の袖口、裾に真っ赤な彼岸花が描かれた以外は装飾がない純白のそれ。

 袖口は、右は肩から下がばっさりと切られたノースリーブに対し、左は指先まで覆う長袖。それも袖がかなり広く取られていて、腕を軽く振るだけで大きく靡いた。右腕の分の布を、そのまま左腕に足したような布面積だ。しかし、そのアンバランスさがまた良い。

 鍔はなく、刀身も柄も鞘さえも白で統一された、反りのない短めの日本刀。忍び刀、あるいは軍刀にも見えるそれは、一応片手剣のカテゴリーだった。鞘の鯉口の辺りに小さく彼岸花が添えられ、いいアクセントになっている。

 下袴が無い変わりに、膝下まである丈の長い純白の足袋(たび)は防御力は皆無で機動力だけを追求したデザイン。

 そして最後に、投げナイフ程の大きさの純白の苦無(クナイ)。中央に、こちらも小さな彼岸花が花を咲かせる。

 全てが白で統一された装備だった。

 

「良い、ね……。すっごく、きれい。脚を隠せないのが、ちょっと恥ずかしい、けど」

 

 ハクヨウとしても、それ以外は満点だった。

 幸い、上衣とはいえそれなりに丈が長く、ミニスカート程度に収まった。

 そして、確認したステータスを見た時点で、その程度の悩みは受け入れてもお釣りが来ると口元が綻んだ。

 

―――

 

【ユニークシリーズ】

 単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる、攻略者だけの為の唯一無二の装備。

 一ダンジョンにつき一つきり。取得した者はこの装備を譲渡できない。

 

【彼岸の白装束】

 【AGI +20】【破壊不可】

 

【鬼神の牙刀】

 【AGI +35】【破壊不可】

 スキルスロット空欄

 

九十九(つくも)

 【AGI +25】【破壊不可】

 スキル【九十九】

 

【天神の足袋】

 【AGI +20】【破壊不可】

 スキル【韋駄天】

 

―――

 

 全てが【AGI】を上げる装備。

 そして、その上昇値は合計で【+100】。

 ハクヨウのスキルによって単純計算で400もの上昇量だ。

 

「ユニーク、シリーズ……えへ。えへへ……」

 

 まだ知らないことでいっぱいだなぁ……と思わず笑みが溢れてしまうが、我慢する。だってまだ、明らかな楽しみが二つ……三つくらいあるから。

 

―――

 

【スキルスロット】

 自分の持っているスキルを捨てて武器に付与することができる。

 こうして付与したスキルは二度と取り戻すことができない。

 付与したスキルは一日に五回だけMP消費0で発動できる。

 それ以降は通常通りMPを必要とする。

 スロットは15レベル毎に一つ開放される。

 

九十九(つくも)

 【九十九】専用スキル。

 【壱】から【玖拾玖】まで分裂し、一本でも手元に残っていれば、スキルの解除と共に全て手中に戻る。

 全て同一のステータスを持つが、分裂による使用者のステータス上昇はしない。

 

【韋駄天】

 三分間、使用者のAGIに+100%。

 大気を蹴り飛ばし空を自在に駆けるが、使用中の減速、停止ができない。

 

―――

 

「このままいけば、スキルスロットはレベル30でもう一つ開放される?って事は、結構直ぐに二つは付与できるんだできるんだ……」

 

 MPは上げていないが、【忍法】は五種類一日一回ずつなので、最高でも五回しか使えない。ならばと、迷わず【鬼神の牙刀】に付与した。

 こうすれば、【忍法】を一切のMP消費なく使用できる。

 続いて【九十九】……真っ白の苦無を装備して、確かめる。

 

「【九十九】っ」

 

 発動した瞬間、手元の【九十九】に描かれていた彼岸花が【壱】の赤文字に変わり、腰に巻かれた帯に九本の全く同じ見た目の【九十九】が現れる。違いといえば、数字がそれぞれ【(2)】から【(10)】だと言うこと。

 試しに【(4)】まで引き抜き、そのまま投擲。

 すると、帯の空いた部分を埋めるように、続きの数字が入った【九十九】が現れる。

 と、不意に左の二の腕に硬質の感触がして、袖を捲って中を覗く。

 

「う、わ……。ここにも苦無ある。完全に、暗器だよ……」

 

 四本の【九十九】が広い袖口で隠れるように、且つ全く目立たずに存在した。

 恐らく、これをやるために左だけ袖口がかなり広く取られているのだろう。逆に右は【鬼神の牙刀】が振りやすいように、無駄を省いた結果だ。

 軽く腕を振れば、何の抵抗もなく指の間に四本の苦無が挟まる。

 握り込めば袖口からは【九十九】の切っ先しか見えず、それも彼岸花の下地の白と同化する。

 それも投げると、また袖の中に苦無が入った感覚がして、思わず苦笑した。

 

「……【解除】」

 

 そして、その言葉と共に投げた苦無が跡形もなく消え失せ、帯にも、左袖口にもあった重みが消える。ついでに【九十九】を見れば、数字ではなく彼岸花が。

 

「……ふふっ」

 

 これは良い。そう、思った。

 投げても壊れず、一つでありながら数は膨大。

 スキルを解除すれば全て戻ってくる。

 【AGI】が極限まで強化され、遂に実数値としては【AGI 1000】を越えた。

 

「こんな武器が、欲しかったんだぁ……」

 

 

 もし、今日【石造りの遺跡】に行っていたら。これとは別の装備だったかもしれない。

 クロムと二人で行けば、ソロ攻略が条件である以上無理だった。

 

「クロムに、悪いことしちゃったなぁー」

 

 そういう顔は、早く自慢したいという感情が溢れていた。

 

 そして、本日最後に【韋駄天】を確認したことで感情が爆発し、クエストの親子を完全に放置して暫く笑い続けていたのだが。

 

 思い出したように二人(NPC)と会話し、その場で報酬が受け取れた。

 ちなみに報酬は【AGI +20】するペンダントと、捷疾鬼の角から作ったらしい角笛。倒した直後に作ったのかと、少し訝しんだ。

 角笛は、吹くと巨体の鬼が三十分だけ戦闘以外で力を貸してくれるというもの。

 戦闘力は持たず、召喚者とそのパーティメンバーを背中に乗せてものすごい速さで走るらしい。一日の使用回数は十回。

 これはクロムとパーティを組んだ時、遠いフィールドに行くのに重宝しそうだった。

 

 

 

 が、それも束の間。

 今日が週末であり、休日でもあるから気にせず遊んでしまったが、すでに夕ご飯の時間になっているため、急いでログアウト。

 無駄な縛りプレイをした自業自得なので、母の雷は甘んじて受けた九曜だった。

 

 

―――

 

疾宝(しっぽう)のペンダント】

 【AGI +20】

 

【鬼神の角笛】

 30分間、戦闘力を持たない鬼を召喚する。

 鬼は使用者を含む味方プレイヤー一人を乗せることができる。【AGI】は使用者の半分。

 使用可能回数は十回。

 使用可能回数は一日毎に回復する。




 
 何なんだろうね……当初の予定では、捷疾鬼を捕まえて、普通に倒して、普通に【韋駄天】を取る予定だったのに……
 この子スク○イドのク○ガー兄貴の影響受けちゃってるよ……『速さが足りない』って言った最終局面では、ハクヨウちゃんAGI負けてるからね?
 モグモグして装備に【韋駄天】付いたし。
 なんかメイプルちゃんは必要に迫られてだけど、ハクヨウちゃん嬉々としてやったよね。
 【九十九】は【投剣】取った辺りから考えてて、弾切れなし、破損なしの大量武器を実現。
 八百万(やおよろず)と名前迷ったけど、一度の戦闘に100本も使いそうにないな……と思い九十九に。

 装備の彼岸花は、花言葉に『情熱』と『諦め』っていう相反する言葉があったのが、ハクヨウちゃんの仮想と現実にピッタリだったから。

【捷疾の鬼殿】
 【AGI 300】以上で挑戦可能なクエスト限定特殊ダンジョン。
 ボスはもちろん捷疾鬼。
 ボスの初期AGIは要求値と同じ300であり、HPが減るとAGIが上がっていく。
 最大で【AGI 900】にまで上がる。

 咀嚼音……ガブッだとスマートさに欠けて、『あむっ、もぐっ』系は可愛すぎかなと。
 結果、鬼の身体はリンゴみたいな食感になりましたとさ。シャクシャクしてやったぜ。

 AGIを上げるスキルが欲しいけど、【神速】はAGI上がらない、姿を消すだけの『神速(笑)』だからなぁ……と迷った結果、足の早い神様に因んだクエストやらせようってなった。
 韋駄天の逸話とか御馳走様の由来とか諸々分かったけど、全部注ぎ込むのは流石にめんどゲフンゲフン……執筆が期限に間に合わないと判断し、要点だけ抜き取って逸話とも違うように構成。

【韋駄天】
 某境界防衛組織の頭文字(イニシャル)K隊の一人が使うやつからのクロスオーバー。
 空間も蹴って高速移動を可能とします。ハクヨウちゃんのAGIで使ったら……。

【瞬光】
 ありふれた職業なのにムーブが魔王な白髪眼帯義手の主人公からのクロスオーバー。原作検索欄では防振りの少し上で見つかる。
 反応速度だけ上がるから、AGIは速くならないけど、逆に主観的AGIが落ちるってことは……。

【九十九】
 いっぱい増えるよ!以上!

【忍法】
 【手裏剣術】辺りから感じてたかもしれないけど、ウチのハクヨウちゃんはこの路線です。どっちかというとサリーよりもカスミに近くて、でもムーブは正面戦闘よりもこっち系。
 良い感じの技がまだ思いつかない。

【捷疾鬼】
 説明文の前半は、初回発動以降パッシブスキル。後半の鬼を召喚するのはアクティブスキル。
 【AGI 450】で召喚されて、大いに暴れます。
 首を斬られなきゃ即死しないって、どこぞ滅される方の鬼かな?
 呼吸使いでも出てくるのかな?(出ないよ)

【鬼神の角笛】
 ハクヨウちゃんは人一人担げないからね。荷物持ゲフンゲフン……代わりに担いでくれるアッシーくゲホゲホッ……移動用の召喚モンスターを得ました。戦闘力は皆無です。たったの5もありません。
 因みにハクヨウちゃんは素でこの召喚鬼より速い。つまり乗るのは……。


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速度特化と生産職

 緊急事態宣言が出て、非常に緊迫した状況の中、皆様は如何がお過ごしでしょうか。

 私は、緊急事態宣言が発令した7都府県に住んでいる訳ではありません。しかし、それでも近くの施設、大学等の学校では活動自粛しています。最大限の警戒態勢を取っています。
 皆さんも気をつけましょう。
 私達一人ひとりが気をつけ、第一に感染(うつ)らない最善の対策を尽くしましょう。
 自分の住む地域で感染者が出たら、伝染(うつ)さない対応を同時に心掛けましょう。
 暫くは自分が感染しているか分からないのですから、感染している可能性を考え、最初から人に伝染しない様な意識を持ちましょう。

 なるべく家から出ないで人との接触を避けましょう。
 家でずっと過ごすのは、辛いかもしれません。
 誰とも会わない日々はつまらないと思います。
 そんな時は、拙作(本作やPS特化)でも読んでのんびり過ごして下さい。
 一人でできる趣味でも開拓しましょう。
 ボッチ精神を携えた人たちが最強です。
2020/4/7 宵の月夜 


 ……あれ?いま変なこと言った?まぁ良いや。
 私は家から出ず、あらゆるモノづくりが好きなので、それに心血でも注いでます。
 もちろん執筆も物語創り(モノづくり)です。

 さて、そんな現実の大変な状況はここでは捨てます。この世界(拙作の中)は平和なのです。
 シリアスな現実は物語で紛らわせます。
 今回は、あの方です。
 私が女性キャラ四番目に好きなキャラです。
 いいキャラではあるんですが、どうにも上手く動かせない、私とは決定的に噛み合わないキャラだったりする……。
   


 

「あ、クロム」

「おう……おう、なんとなく分かったわ」

 

 週明け。漸く予定が空いたクロムから、今日こそはダンジョンに行こうとのお誘いがあったのでログインしたハクヨウ。

 噴水広場で会うなり、クロムはどこか達観したような目を向けてきた。

 

「……一応聞いとく。何した?」

「クロムが来なくてつまんなかった。適当にダンジョン潜った。その結果」

「俺が原因かよ……」

「うん。けど、お陰ですっごく、強くなれたよ」

 

 真っ白の着物に身を包み、()()()()()()()ハクヨウが、朗らかに笑った。

 

 

 

 

「えぇっと、何から聞けばいいのか分かんねえんだが……とりあえず、その(つの)は?」

 

 先日の埋め合わせという事で、スイーツショップにやってきた二人。

 ハクヨウの目の前に次々と並べられるケーキやらフルーツやらアイスやらを眺めつつ、クロムは諦めた視線で問いかけた。

 

「【捷疾鬼】ってスキルで、ね?外観に永続的デメリットがかかるんだって。その結果」

 

 今のハクヨウは、捷疾鬼と同じ、病的なほどに白い肌をして、目の瞳孔が爬虫類のように縦に裂けて金色に輝き、額から一対の角が生えている。

 どこからどう見ても、鬼娘だった。

 鬼にしては可愛すぎるし威圧感とか全然ない。

 ケーキで頬を緩める鬼とかなんなんだ。

 

「……メリットは?」

「えっと、AGIが1.5倍になって、即死耐性がついて、あと大っきい鬼が喚べるよ?」

 

 ただしMPが足りないので、最後のだけはまだできないが。けれどレベルを30まで上げれば、【鬼神の牙刀】に付与してしまえばいいので問題ない。

 

「装備は……着物か」

「忍者みたい、でしょ」

 

 むふーっ。と自慢げに胸を張るが、クロムは可愛らしい者を見る目だった。

 のだが、真っ白な着物で別の色と言えば彼岸花の赤だけであり、病的な肌の白さから、むしろ死に装束に見えた。

 

「良く一式揃ったな。まだ装備なんてみんなちぐはぐなのによ」

「それは……まぁ、クロムなら良いや。びっくりしないでね?」

 

 そんな前置きを残して、クロムに【ユニークシリーズ】の説明欄を見せる。

 それを読んだクロムは笑い、店内にいる他のプレイヤーに聞こえないように続けた。

 

「ははっ、なるほど。クリアしたのは【石造りの遺跡】か」

「うぅん。AGIがかなり高くないと挑めない、クエスト限定ダンジョン」

 

 ハクヨウもその意に応え、小声で続ける。

 

「そんなのもあるのか……いや、発見されたダンジョンが見つかりやすかったってだけかもな」

「だと思う、よ?あの二つ、もぐ、は見るからに、そうだと分かるダンジョン、はむ、だし。

 特定条件を、あむ、満たさないと、入れないダンジョン、ごくん、とかは、まだあると思う」

「………話すか食べるかどっちかにしような?」

「……………」(あむあむあむあむ……)

「コミュニケーション放棄しやがった……」

 

 

 目の前で甘いものが次々に消えていく光景に目を丸くするが、見るだけで口の中が甘くなるのでコーヒーを頼んだクロム。比較的近くにいたプレイヤーも、鬼の角が気になって見ていたため、この日はコーヒーがすごい売れた。

 

 

 しばらくして。

 

 

「めっちゃ食ったな……」

「クロムを、破産させるつもり、だった。反省も、後悔もしない」

「スイーツ奢るってのを了承はしたけどよ……マジで所持金がかなり減ったんだが」

「むぅ……破産しなかった。今度は、頑張る」

「頑張るな!」

 

 店員に良い笑顔を向けられながら店を出た二人は、クロム先導の元、街の中を歩いていた。

 

「……約束を守らなかった、クロムが悪い」

「それは悪かったよだからこうしてスイーツ奢ったろ?」

「……うん。だから、それは、もう良い。どこ向かってる、の?」

 

 店を出てから、『行きたい場所がある』と言うことで、迷い無く歩を進めるクロムに付いていく形で歩いているが、今向かっている方向には何もなかったはずである。

 

「それが、新しく生産職プレイヤーの店ができたらしくてな。装備を作れるんだとよ」

「……プレイヤー、メイド?」

「そういう事だな。NPCの店がある以上、それよりはステータスの高い装備を作れるだろうし、ハクヨウは一式装備が揃ったからな。俺も店売りじゃなく、せめてプレイヤーメイドで一式作りてぇ」

 

 クロムが言うように、ある程度のレベルの装備なら、店売りでも十分に揃えることができる。

 しかし、それでもなお、生産職プレイヤーが自前の店を出すということの意味。それは、NPCよりも良い装備が作れるということに他ならない。

 そう思い、クロムは店の情報を見て、早速向かおうと思ったのだ。

 

「……クロムは、ソロでダンジョン攻略は厳しい、もんね?」

「ま、大盾自体が防御特化で戦闘には向かねえからな。ハクヨウみてえなユニークシリーズは、もっとレベル上げてゆっくり頑張るわ」

「なるべく、手伝う」

「………おう、ありがとな」

 

 角が怖いのでそれを避けてだが、優しく頭を撫でるクロム。ハクヨウもそれを普通に受け入れている。

 

 だから兄妹だとか言われるんだ気付けアホ共。

 

 

 

 そんなこんな歩いて見えてきた、一軒のお店。

 

「情報じゃ、あれみたいだな」

「普通のお店、だね」

 

 外装は街の中の建物と同じで、代わり映えしないものだった。

 店に入ると、中央を隔てるカウンターと、壁面に大量に飾られた武器の数々。大盾や、片手剣なんかもある。

 中には女の人が一人カウンター越しに作業をしていて、来店した二人に気付き、声をかけた。

 

「あら、初めて見る人ね。はじめまして」

「ああ。はじめましてだな」

「こん、にちは」

 

 クロムの後ろからハクヨウも挨拶し、女性プレイヤーの事をこの時初めて見た。

 ハクヨウと同じように色を変えているのか、現実ではありえない水色の髪色をした大人の女性。

 

「あら?あらあらあら?その角はなぁに?可愛いし、着物にあってるし、良いわ、良いわぁ……」

「わ。えと……クロム……」

「あー……一先ず落ち着いてもらえるか?初めてだし、とりあえず自己紹介でもしようぜ」

 

 ハクヨウを見て、次に角を見て、着物を見て、キランッと瞳が輝いたかと思ったら、カウンターを飛び越えてハクヨウの周りを間近でグルグルしてトリップする女性。

 

「あ、ふふっ、ごめんなさいね?一式装備、それもそんなに統一感ばっちりのを揃えられるなんて、どうやったのか気になってね。許して?」

「えと、怒ってません。困りはしたけど」

「ありがとう。……自己紹介ね。私はイズ。見ての通り生産職で、その中でも鍛冶を専門にしているわ。調合とかもできるけどね」

「俺は、クロム。見ての通りの大盾使いだ」

「ハクヨウ、です。AGI特化の片手剣使いで、クロムとコンビ」

「あぁ、あなた達ね。噂の最前線を走る最硬最速兄妹って言うのは」

「「兄妹?」」

「違うの?」

 

 クロムは、そんな噂自体は知っていた。けれど、自分たちだとは思わなかった。

 ハクヨウは、噂そのものを知らなかった。

 

 だから。

 

「兄、さん?」

 

 ちょっとだけ、巫山戯てみた。

 小首を傾げ、身長差の関係で上目遣いになり、クロムを兄さんと呼んでみた。

 ちょっとした興味本位。だったのだけれど。

 

 

「………ブハッ!」

「わ。クロム、大丈夫?」

「ハクヨウちゃん、恐ろしい子」

 

 

 クロムは、その可愛さにノックアウトした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ごめんなさいね?本当に兄妹としか思えないくらい、仲が良さそうだったから」

「いや、噂になってたのは知ってたが、まさか俺らだとは思わなかったわ」

「噂に、なってるの?」

「掲示板とかでな。チラッとは知ってたが気にしてなかったわ」

 

 クロムが落ち着いたので、とりあえず座って兄妹じゃないと誤解を解いておく。

 ついでにイズが言っていたことが気になったので、ハクヨウはクロムに聞いてみた。

 

「クロム、私達がいるのって、最前線?」

「ん、そうだぞ?まだたったの二週間だから、おいそれとは言えねえし他にも同じレベル帯のプレイヤーは多くいるが……気付かなかったか?」

「気付かなかった、てより、気にしてなかった」

「『真っ白の髪の小柄な女の子と対照的な大盾の男性プレイヤー。どちらも初期装備とか【鉄シリーズ】で絶対無理なはずなのに、最前線で誰よりも早く敵を倒す』って、結構有名よ?」

「そうなんだ?」

「いや俺に聞くな。俺は最前線を突っ走る兄妹プレイヤーとしか知らねえって。

 イズって呼ばせてもらうぞ?

 ……まぁ、その噂合ってはいるな。大盾の扱いに慣れたってのもあるが、とにかくハクヨウが強いし速えから」

「えへへ……」

「鬼になるスキルなんて聞いたことないし、あるとしたら最前線だから納得だけど」

 

 そして、だからこそイズは、クロムがここに来た理由もわかった。

 

「さて、お喋りはこのくらいにして、本題に行きましょうか。新しい装備の依頼でいいのかしら?」

「あぁ。金は……さっきコイツのご機嫌取りに散々使ったからな。素材持ち込みで、いくら位かかる?」

「元々の原因はクロム。……けど、素材集めなら手伝う」

 

 クロムはこれまでにも様々なゲームをしてきている経験から、こう言った生産職の元で装備を作るための手順がある程度分かっている。

 

「そうねぇ……一式作るのに最低で百万Gくらいかしら?今の最前線なら、その最低価格の装備でも十分戦えるわよ?」

「いや、どうせハクヨウが突っ走るからな。俺も付いていくために、なるべく強い装備にしたい。金と素材集めの労力は、惜しまないぜ」

 

 この時ハクヨウはそれなら、と自分の提案もすることにした。鬼の姿になってから、気付いているのだ。他人の視線を。流石にずっと見られるのは気になるし、良い気がしない。だから、隠したかった。

 

「あの、私の装備も作って下さい」

「ハクヨウちゃんの?一式揃ってるでしょう?」

「装備にあったデザインのフードを……角、隠したい、です」

「あら、やっぱりそれ、完全にアバターの一部なのね?」

「スキルのデメリット。強いけど、永続的にこの姿、なので」

「そうだな。流石に目立つし、ここに来るまでもずっと見られてて、あまりいい気はしなかったからな」

「私も、良いものを作るための労力は、惜しみません」

「って事で、二人分頼めるか?」

 

 素材も、お金もいくらでも惜しまない。

 二人してそう言ったことで、イズの生産職の魂に火をつけた。

 

「鍛冶専門だから【裁縫】はあんまり高くないんだけど……面白そうね。必ず納得のいく装備を作るわ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「素材持ち込みで二百万か……ま、金はかなり貯まってたからな」

「問題は、素材」

「だな」

 

 詳しいデザインは後から決めるとして、装備のステータス方針や大まかな色合いから必要な素材を聞いた二人は、約束通りダンジョンに向かっていた。

 イズから言われた金額。クロムは一式二百万G。ハクヨウは四十万G。それ自体は、二人の合計金額で普通に賄えるのだが、素材が軽く十種類を超えるし【採掘】や【採取】と言ったスキルが必要なものがいくつもあった。

 

「運がいいことに、【石造りの遺跡】の中で取れる素材もかなりあるからな。この際だ、素材集めもやろうぜ」

「メインはボス戦だよ」

「二人だからユニークは出ねえけど、宝箱も探してみるか」

「うんっ」

 

 ダンジョンに向かう道すがら、モンスターを適当に排除しつつ話す二人。

 

「てか、マジですげえな。【九十九】だっけ?」

「うん。【手裏剣術】のピックを大量に買う必要も無くなったし、全部同一のものだからすごい扱いやすい」

 

 道中は、フィールドでは二人を襲うモンスターが数多く出てくる。

 けれど襲ってくる前にハクヨウの【気配察知】が見つけ、【手裏剣術】で対象を動けなくしているので、安全な道のりだ。

 

「【三重・毒蛾】」

「…………ほぅ。それが【手裏剣術】の別のスキルか」

 

 【九十九】の真っ白の剣先が薄紫に染まり、刺さった相手を毒状態にする。

 今のは毒の三重化。

 強さとしては、【毒耐性小】の上から毒状態にできる。が、敵が弱い、あるいはハクヨウが与えるダメージが大きすぎるので、当たっただけで半分削れる。

 

「【手裏剣術】は、【状態異常攻撃】と連動したスキル。【状態異常攻撃】で、できる攻撃が増えれば、【手裏剣術】のスキルも増えてくんだ、よ」

「おぉ怖」

「それで、助かってるクロムが言う、の?」

「悪かったって、まじで」

 

 今ハクヨウができるのは、五つ。

 麻痺の【刺電】。毒の【毒蛾】。

 火傷の【炎蛇】。睡眠の【睡閃】。

 氷結の【凍貫】。

 【二重】までは各耐性【小】で防ぐことができ、【五重】までは【中】で防がれてしまい、【八重】で【大】を持った相手も状態異常にできる。

 威力を求めるなら【多重化】を避け、確実に状態異常にするならば【八重】以上を叩き込む。中・遠距離での最近のハクヨウの戦い方だった。

 他にも、低い耐性の敵に【多重化】したモノを当てれば、効果がどんどん重くなる。

 麻痺と睡眠ならば効果時間が伸び、毒と火傷はダメージ増加、氷結は拘束時間、寒冷ダメージのどちらもが増える。

 その状態が、クロムと初遭遇時のゴブリンの末路である。

 【状態異常攻撃】としては、他にもできる攻撃はある。けれど、【手裏剣術】のスキルレベルが届いていないので使えないのだ。

 【手裏剣術】を使わなければ【投剣】で使えるが、やはり【手裏剣術】の方が使い勝手がいい。

 それは威力と状態異常の両方を求める時、最も真価を発揮する。

 

「【三重・毒蛾】」

 

 帯から引き抜いた二本の【九十九】を、HPの高い一体のモンスターに()()()()()()

 するとかなり重い毒状態になり、直撃の威力でHP残り二割。そして次の瞬間には毒によって粒子に変わった。

 

「うお、えげつねー」

「あんまり【多重化】しなくても、同時に当てれば、同じく効果が重複できる。それが、【手裏剣術】の、最大の優位性、だよ」

「【状態異常攻撃】は重複できないからな。今のは【六重】と同じ毒状態になったってことか」

「威力も、かなり望める。数さえ揃えれば、十重二十重の【多重化】もできる、よ」

 

 もし【九重】で最大数八本を全て当てれば、それだけで【七十二重】というとんでもないダメージがでるだろう。しかし、それでも【無効】は貫けないのが悲しいところであるし、なにより全くの同時に当てなければ重複せず、ただの状態異常として処理されてしまうのが厳しい所だった。

 今はまだ、二本同時に当てるので限界である。現状では利き手である右手でしかできないのも、剣が使えなくなるという点で使いにくかった。

 

「【六重・凍貫】」

「【シールドアタック】!」

 

 確実に動きを止めるために、今もモンスターの足に【九十九】が当たると、霜がビッシリとこびり付き、モンスターはその場に転倒。

 加えて徐々にダメージが入る。

 

「クロム、それじゃ霜散ってる。別の使って」

「あ、あぁ悪い……って、ハクヨウも【刺電】じゃ駄目だったのかよ?」

「【刺電】だと、スキルレベル上がりにくいんだもん……一番、最近使えるようになった攻撃が、一番、上がりやすい、の」

「なら、しゃーねえか。……【炎斬】なら?」

「氷溶ける。……【八重・炎蛇】。良い、よー」

「よっしゃ、【炎斬】!」

 

 【九十九】が刺さった所を起点にして一瞬火花が散ったかと思うと、モンスターの身体に火傷の状態異常によるエフェクトが散る。この状態で炎系の攻撃をすると、火傷ダメージが一気に重くなるので効果的だった。

 

「クロムも、各属性の攻撃を、使えれば良い」

「確かに、それならハクヨウのかけた状態異常を更に重くして、ダメージも稼げるか……今んとこ【炎斬】だけだし、少しずつ増やしていくわ」

「うん」

 

 

 かくしてどんなモンスターも状態異常で動きを止め、全くダメージを負わずにダンジョンまでやって来ることが出来た二人。

 

「なんか、大盾として最近働いてないな」

「フィールドは、広いから。私も自由に動ける。けど、ダンジョンはむり」

「おう。空間が限定されるからハクヨウの機動力が活かせない場所もあるだろうし、なるべく俺の後ろにいてくれ」

「守って、ね」

「……おう、任せろ!」

 

 

 二人での初めてのダンジョンが始まる。




 
 どうでも良い宣言。
 防振りで好きなキャラは、上からミィ、クロム、サリー、メイプル、イズ。
 メイプルとサリーはまだNWO初めてないから仕方ない。今後は、トッププレイヤーの人たちともハクヨウちゃん遭遇させたい。
 ドレッドと最速コンビを組ませたい。
 ミィと一緒にあわあわさせたい。
 ペインをハクヨウちゃんの雰囲気に巻き込ませたい。
 フレデリカと……やばい思いつかない。

 な感じで、まだ書いてないしどうなるか分かんないけど、トッププレイヤーと絡ませていきたいと思ってます。


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速度特化と素材集め

 基本読み専だからいろんな作品に目移りして執筆が進まない……
 なろうも並行して色々読んでるからなぁ……面白い作品が多すぎて困る。
 更にどんどん発掘する私も私だけど。
 今回は長くなりそうだったので分割しました。


 

 【石造りの遺跡】は、五人横並びで歩ける程度には広く、普通のプレイヤーならば、十分な広さがあった。

 

「……せまい」

 

 ハクヨウ、ただ一人を除いて。

 

「あー……ハクヨウ、この広さでも狭いのか?」

「AGIが高いってことは、それだけ曲がりにくい、の。最高速じゃ、走れないと思う」

 

 ハクヨウの機動力は、ダンジョンでは活かしづらい。故に、前衛はクロムに任せるのだった。

 

 クロムが大盾を構え、ハクヨウが後ろからついていく。平原では隣り合って、森ならハクヨウは木の上。

 戦う場所によって、位置取りは様々だった。

 

「ここって、どんなモンスター出るの?」

「実は情報は集めてねえ。初見攻略してみたかったからな」

「そっか。……あ、【気配察知】にかかった。なにか来る」

「噂をすれば、か」

 

 ハクヨウの【気配察知】圏内にモンスターが現れ、一気に近づいてくる。その速度はかなりのものがあり、確実にハクヨウたちを狙っているようだった。

 

「なるほど、猪か」

「動物系モンスター」

 

 口に二本の巨大な牙を生やし、高速で突進する様はまさに猪。

 突進はかなりの威力があると見て取れる。

 

「【カバー】!」

 

 クロムは猪の突進を受け、その瞬間に()()()()()()

 突進を受け止めるのではなく、受け流す。

 大盾の扱いが慣れていなければできない芸当で、ダメージを最小限に、猪の突進の威力を殺し、狙った方向を向けさせる。

 

「【一閃】」

 

 速度の落ちた猪の隙を見逃さず、向けられた方向にいたハクヨウは【鬼神の牙刀】を振るう。

 分類状は片手剣ではあるが、この剣ならば刀のスキルも一部使用可能だった。

 使用不可能なスキルもあるが、手札が増えるのは良いことである。

 

 

「【刀術】か……一応、片手剣なんだよな?」

「そう、だよ?【刀術】スキルの中でも、【一閃】や【居合い】とか、剣を片手で振るスキルは、使えるんだ。両手で使う【兜割り】とか、【一刀両断】とかは、使えない、けど」

 

 狭い通路では、ハクヨウの機動力が落ち、他のプレイヤーも散見しているため、【手裏剣術】を誤射したくないため使えない。

 気遣うことはそれなりに有ったが、そうして戦闘を繰り返すことしばし。

 

 

「あ、【刀の心得】取れた」

「お、ならダメージも上がるんじゃないか?」

「うん。【長剣の心得Ⅳ】も発動してるから、ダメージ5%上がる」

「どっちもⅩまで上げれば、ダメージが+10%だからな。最大で20%上がるなら、かなりの上昇率だ」

「うん」

 

 途中の枝分かれした通路を一つ一つ丁寧に調べ上げていく。

 急ぐ攻略でもないため、宝箱はないかなー?素材採取場所はどこかなー?と戦闘を除けば、散歩気分で攻略する。

 

 

「お、猪じゃないのが来たな」

「くまク○熊べアー」

「アニメ化するらしいな。っと、んなこと言ってる場合じゃないっての」

 

 ハクヨウの言う通り、現れたのは熊のモンスター。熊は通路を塞ぐように仁王立ちしているため、通るには倒すしかない。

 

「クロム、引き付けて」

「了解っと。【挑発】!」

 

 熊はクロムの【挑発】にかかり、ハクヨウには目もくれずその太い腕をブンッと振ると、爪の形をした白いエフェクトが飛んでくる。

 

「ベアー○ッターじゃねぇか!」

 

 まさかあれはキグルミ少女で、後から白と黒の熊も出るのか?とアホみたいな事を考えていても、防御は怠らない。

 きっちりと熊の攻撃を大盾で受け止め、次にクロムが見たのは、背後から熊の首を斬り飛ばすハクヨウの姿だった。

 

「ヘイトありがと」

「ああ。てか、お前どんだけ速いんだよ……最高速は出せないんじゃなかったのか?」

 

 防御に専念してあまり見てなかったとはいえ、残像もなく熊の背後をとったハクヨウに、クロムが問いかけた。

 

「出せない、よ?今のは、壁を三角跳びして、後ろに回ったの」

 

 『こんな感じ』と、“とんっ”と地を蹴ったハクヨウが、右の壁面に着()し、もう一度跳んでクロムの頭上を飛び越え、背後に降り立つ。

 速度を極力抑えていたため、クロムでもぎりぎり目で追えた。

 

「……いや、それでも速えだろ。よく操作できるな」

「一気に上がった時は、少し戸惑うよ?けど、少し走れば、慣れる……まぁ、今のは私も、少しビックリした」

「というと?」

「小走り?程度のつもりが、前の最高速、普通に超えてた」

「ありえねぇ……」

「ダンジョンの通路で、最高速出したら、多分壁にあたって、自爆する、よ」

「笑えねえし……それでもある程度は操れるとか普通、現実での自分の速さとのギャップで振り回されるだと思うんだがな……車はもちろん、戦闘機みたいな速度だしよ」

「……そう、なんだ」

 

 クロムの言葉に、ハクヨウは一瞬驚いたような顔で、次に悲しそうにそう言った。

 

「ん?どうかしたか?」

「なん、でもない。数分走ったら、なんか、できたんだもん」

「『なんかできた』ほど理不尽なモノってないのな」

 

 自分の速さ。

 つまり、自分が走る本当の速さを知っているがために、そのギャップに脳が追いつかず、速すぎるアバターに振り回される。

 

 けれど、ハクヨウは違う。

 

 元から、()()()()()()()()()()()()

 

 だから、上がった速度に慣れるだけで良い。

 慣れるのも、スキルによって一気に上がった時こそ大変だが、ステータスによる少しずつの上昇はもはや誤差だ。すぐに慣れる。

 あとは、慣れた速度に合わせて動けばいいだけ。だから、ハクヨウは【AGI 2000】近い高速を、自在に操ることができた。

 そんな芸当が『普通は無理』と言われてしまえば、ハクヨウに思うところが無い訳がなかった。

 

(やっぱり、私は普通にはなれないのかな…)

 

「さて。イズの話じゃ、この辺の分かれ道のいくつかに採掘ポイントがあるみたいだ。行ってみようぜ」

「……うん」

 

 せめて『NWO(ゲーム)の中では普通に』と。

 そう、思っていたが故に。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 【石造りの遺跡】は迷路のように入り組んでおり、正しい道を進めば、さほど難しくもなくボス部屋に到達できる。

 けれど一度脇道を進めば、モンスターハウスにトラップと言った、『ダンジョン攻略らしさ』が満載だった。

 もちろん、その脇道の奥には数々の宝箱があったり、素材の採掘ポイントがあったりと、探索のし甲斐も豊富である。

 ハクヨウとクロムは、イズに指定された鉱石を採掘するために、そんな採掘ポイントの一つにやって来ていた。

 

「にしても、【採掘】が取れてからはそれなりに楽になったが……【DEX】があんまり高くねえから採掘量は少ねえな」

「う……ごめんね」

「【採掘】や【採取】は、STRとDEXが絡むからな……本当にお前、その馬鹿げた攻撃力なのにSTRが0ってどういうことだよ?」

「AGIで攻撃するスキルがあるの……スキルはDEXが無いと取れないから、無理……」

 

 一応、二人は今、【DEX】を少し上げるツルハシを装備しているため、それなりに採掘できる。

 採掘は【STR】や【DEX】が高いほど沢山の鉱石を採掘できる。しかし、どちらもが0のハクヨウは、少量の鉱石を地道に集めるしかなかった。採掘自体は、攻撃認定されていないらしい。

 ハクヨウの足元には、九割の石ころと、一割の鉱石が転がっていた。

 

「まぁ、そんな急いでるわけでもねえし、ハクヨウが必要な量は少ないからな。

 まずは自分の分を集めればいい」

「うぅ……頑張る」

 

 クロムの装備に使う赤い鉱石と、ハクヨウの装備に使う白い鉱石。どちらが大量に必要かは言わずもがなだが、ハクヨウは白い鉱石をせっせと採掘する。

 

「生産職の人なら、いっぱい取れるんだろうな……」

「だろうな。素材がなきゃアイテムは作れねえし、作るのにもDEXはいる。当然、DEXに高く振ってるだろ」

 

 むしろ、極振りしたハクヨウが変わってるんだよと笑う。

 この採掘ポイントにモンスターが現れないからこそ、二人は喋りながらコツコツ鉱石を集める。

 

「……私は、強くなりたいとか、上手くなりたいとかじゃ、なくて。ただ、速く走りたいから、AGIに全部振っただけだもん」

 

 別に、やりたいことは違っても、変な考えじゃない。変わってなんかいないと頬を膨らませて猛抗議する。

 

「わ、悪かったって。……そんな走るのが好きなのか?」

「歩くのも、走るのも、どっちも好きだよ。今は、この世界全部駆け抜けるのが、私の夢」

 

 ポイントを次々に移動しながら話すハクヨウの表情を、クロムは見ることができない。

 ハクヨウの言葉の端々に、悲しみを覚えたのを気のせいにして、クロムもまた、ツルハシを振りかぶった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 採掘すること二時間。

 クロムは【採掘】が取れたため、ハクヨウは元より必要数が少ないために、それぞれここで取れる素材を必要数集めることができた。

 

「このダンジョンで集める素材は、これだけ?」

「そうだな。あとは、鉱山と平原、森、地底湖だな。ここで集める素材が少ないとはいえ、それなりに順調だ」

 

 各地周り、鉱石に金属、糸、毛皮と集める素材は大量にある。けれど、一日一箇所と考えても、二週間もかからず集め終わるような量であるため、順調だった。

 

「ボス戦がメイン、だよ。クロム」

「分かってるって。そう焦んなよ」

「焦ってない、もん。約束っ」

「はいはい」

 

 クロムから掛けた提案であるし、一度は約束を破ってしまったのもクロムだ。

 今日こそは一緒にダンジョン攻略すると約束した以上、もう一度破るつもりはクロムにもない。ハクヨウが気にし過ぎなだけである。

 

「てか、ソワソワしすぎだろ……」

「むぅ……」

 

 鉱石の採掘をしていた時も、外の通路を何度もチラチラしていたのは気付いていた。しかし素材集め。ひいては今後の装備を作るために我慢していたのである。

 

 二人は採掘ポイントから通路を抜け、二時間ぶりのモンスター戦闘で慣れない採掘で溜まったストレスを解消しつつ。

 

「あ、宝箱」

 

 入り組んだダンジョンを適当に散策していたことで入った部屋で、宝箱を見つけた。

 

「おぉ、こんな感じなのか」

「ユニークシリーズより、少し小さい、かな」

 

 赤く装飾され、金に縁取られた宝箱を見てそう呟く。小さいと言っても、横幅は確実に二メートルある。ユニークシリーズが大きいだけである。

 

「開けてみよクロムっ」

「ちょ、待て待て。安全確認が先だっての」

「?どういうこと?」

 

 小部屋にはモンスターなんていないし、手前の通路を塞いでいたモンスターの群れは片付けた。問題ある?と目で訴えたハクヨウに、クロムはため息を一つ。

 

「こういうのは、ミミックやトラップの可能性があるぞ」

「ミミック……擬態、だっけ?」

「そうだ。テンプレだが知らないか?宝箱に擬態して、開けようとした人に襲いかかるんだ」

「あぁ。シェイプシフター、だね。自分の姿を変えるっていう怪物」

「そこまでは知らんが……まぁ、安全確認は大事だぞ」

 

 某RPGの影響により、宝箱への擬態が一般的に取り上げられるが、元来は様々な姿に擬態し、敵に襲いかかる能力を持った存在である。

 

「なら、どうするの?」

「いや一つしかないだろ……」

「?」

 

 分からないらしい。いったいなんの為の防御役なのか。

 クロムは、にっ、と軽く笑い、ハクヨウの前に出た。

 

「こういう時の防御特化だぜ?偶には大人しく守られろ」

 

 『守られろ』と。そう言い切ったクロム。

 普段は気の良いお兄さんと思っていたのに、妙に格好よく言い放ったクロムに、ハクヨウは妙に恥ずかしくなった。

 だから。

 

「………クロムがイケメンオーラ出しても、格好良くない、よ」

「今言うこたぁねえだろ!?」

 

 クロムと視線を合わせないようにして、背中に回る。守られろというのだから、大人しく守ってもらうのだと。別に恥ずかしくて顔を見られたくないとかそんなんじゃないからっ、全然ないからっ。と誰に言うでもなく心の中で言い訳を並べた。

 

 

 

 

 

 

 さて。ここでこの宝箱が、本当にミミックだったならば、クロムが『守られろ』との宣言通り守り、格好よく決まるというもの。

 しかし、そうは問屋が降ろさない。

 

「はぁ……クロムには、がっかりだ、よ」

「俺のせいなのか!?」

「……『偶には大人しく守られろ』キラッ」

「やめ、やめろぉぉぉおお!?」

 

 宝箱は、ちゃんと宝箱だった。罠なんて一切無く、ミミックでもなく、中にはショボい回復ポーション。それも、二人共全く使わないMP回復ポーションが50個だった。

 せめてこれが武器なら。HP回復ポーションなら。便利そうなアイテムなら。使い道はあるし、ここまでの残念感は生まれない。

 使う予定もないアイテムで、無駄に数だけはある代物。魔法を使わないクロムと、魔法もとい【忍法】を使うが、【スキルスロット】に付与して必要ないハクヨウ。

 残念、ここに極まれり。

 

 ハクヨウがクロムを煽り、恥ずかしくなったクロムはハクヨウを追いかける。

 けれど、AGIの差で絶対に追いつけない。むしろ時々クロムの横に現れる。

 肩をポンポン……と叩いて慰める。

 飛び跳ねつつ頭を撫でて慰める。

 可愛そうな者を見る目を向けてくる。

 

「だぁぁぁああっくそ!お前はどこの殺せ○せーだよ!?」

 

 小部屋は地味に広く、ハクヨウがある程度は駆け回れるくらいの大きさがあったが故に。

 ハクヨウはワザと緩急を意識してステップを刻み、無数の残像を生み出す。

 これは最近できるようになったもので、急加速と急停止を繰り返すことで残像を無数に作り出し、素で影分身みたいなことができるようになった。

 これで学校の勉強机が並んでいたら、完璧だったのに。

 

「無駄にハイスペックなプレイヤースキル身につけやがって!速すぎんだろうが!」

『緩急を付けるだけだから、簡単、だよ?』

「一辺に喋んな!?てかもう良いから止まれ!」

『分かった。これ、楽しいね」

「俺は楽しくねぇよ……」

 

 部屋の隅々からハクヨウの声が響く光景はマジで怖かったと、クロムは後に語る。

 時折、瞬間移動を思わせる時があり、明らかに全く視認できなかったことを考えると、既に残像が伸びるなんてことは起きない程の速度に至っているのだろうと思い、そろそろマジモンの化け物だなと遠い目をした。

 

「もう殆ど視認できねぇな。今のは全力か?」

「全力の、一歩手前。【AGI 1800】超え」

「あぁ、やっぱりバケモンだな」

 

 むふーっと胸を張る。

 数々のスキルによって六倍になっているハクヨウのAGI。もう追いつけるプレイヤーなんて存在しないだろう。

 その内にマッハ20も出せるかもしれない。

 ハクヨウが地を蹴った時、なんか蹴ったモノ以外の破裂音が聞こえるのは、きっと気のせいだ。

 

「MPポーションは、どうする、の?」

「半分ずつで良いだろ。丁度分けられるし、使い時があるかもしれないしな」

「分かった」

 

 じゃれ合いつつ探索する。

 ボス戦こそしたいが、そう焦るものでもないというのが、二人の共通認識である。

 マッピングの為にマップこそ開いているが、ルートは適当。思うがままにダンジョンを彷徨う。

 それでも勝てるだけの戦力であるがゆえに。

 

 そうして彷徨うこと一時間。

 MP回復ポーションの時の他に宝箱は見つけたが、今度はミミックだったため、きちんと討伐した。

 一度、ハクヨウがトラップを踏み抜きモンスタートレインをしたが、クロムが【挑発】して他のプレイヤーのいない場所に誘導し【手裏剣術】した。

 それからは、ビクビクしながら自身の背中に隠れるハクヨウを見て、クロムがめっちゃ笑った。

 ハクヨウは鬼になった。

 

「お、あれじゃないか?」

「すっごい彷徨った、ね……」

 

 これまでに通ったルートを見返し、実はダンジョンのほぼ全域を回っていたことに気付いた二人は、唯一マップが埋まっていない中央付近にやってきた。

 すると案の定、これまで見なかった大きな扉が二人を待ち受けていたのである。

 

「ここからが、本番っ」

「ああ。いくぞ」

 

 正面を塞ぐ荘厳な扉を押し開き、ボス戦の一歩を踏み出した。




 
 本当はボス戦までやりたかったんですけど、平均文字数的にも、ボス戦直前って感じ的にもここが切りやすかった。
 次回は掲示板もやりたいなぁ……読みたい作品が文庫にもハーメルンにも『なろう』にも多すぎて困ってます。
 
 【採掘】は【釣り】と似たように、【DEX】【STR】が関係する。
 【DEX】が0だと取得できません。

 ハクヨウちゃんの【刀術】スキル。
 刀は一応、両手武器のカテゴリーなので、基本は両手で使うスキルばかり。これは使えない。
 だけど、その中でもいくつかある片手でも使えるスキルだけは、ハクヨウちゃんも使用可能。
 もしNWOに牙突とかあったら多分できます。


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速度特化とボス戦と掲示板

 詰め込んだ感……
 【石造りの遺跡】のボスをどうしようか本当に悩んだ。
 鹿は『2層に上がるためのボス』であって、
 『元々のダンジョンボスは違かった』って設定で別のボスを出すか、
 『2層に上がる時にはもう一度鹿を倒せばいいや』とするかで本当に悩んだ
 本当にこっちのストック貯まんない……
 


 

 ボス部屋の中は、天井の高い広い部屋で奥行きがあり、一番奥には大樹がそびえ立っている。

 

「ここなら、全速力で走れる」

「なら、期待してるぜ」

 

 二人が中に入ってから少しして、背後で扉の閉まる音がした。

 そして。

 

 大樹がメキメキと音を立てて変形し、巨大な鹿になっていく。

 樹木が変形してできた角には青々とした木の葉が茂り、赤く煌めく林檎が実っている。

 樹木でできた体を一度震わせると大地を踏みしめ、二人を睨みつけた。

 

「来るぞ!」

「がんば、るっ!」

 

 鹿の足元に緑色の魔法陣が現れ輝き出す。

 それが、戦闘開始の合図となった。

 

 

 鹿が大地を踏み鳴らすと魔法陣が輝き、巨大な蔓が次々に地面を突き破って現れ、ハクヨウたちに襲いかかる。

 

「ぐっ……おらっ!」

「っ、【刺電】!」

 

 クロムは大盾で多少ダメージを受けつつも、その大半を受け流す。

 ハクヨウは霞む速度で蔓が到達する前に攻撃範囲から離脱し、カウンターとばかりに四本の【九十九】を放つ。

 それは蔓の隙間を縫って高速飛翔し鹿に迫る。

 しかし次の瞬間、確実に当たると思われた苦無は鹿の目の前で緑に輝く障壁に阻まれ、地に落ちた。

 

「えっ、攻撃が通ってない……」

「あの魔法陣だ!何かしらのギミックを解除しなきゃいけねぇらしいな!」

 

 鹿は再度蔓を伸ばして攻撃してくる。

 それ自体は【捷疾の鬼殿】でもっと速いモンスターと戦っているハクヨウには遅すぎるので全く問題はない。残像すら残さずその場から捷疾(消失)し、全く別の地点に姿を表す。

 しかし、クロムはそうもいかなかった。

 確かに防御力は折り紙付きだが、基本はHPを高くし、数々のスキルによる回復力で壁役(タンク)を勤めるのがクロムの戦い方だ。当然、ダメージは相応に受ける。故に。

 

「ちっ……一発一発は大した事無いが、こうも大量だと回復が追いつかねぇ――っ!」

「クロムっ!」

「っ!【カバー】!……助かったぜハクヨウ」

 

 蔓の攻撃の隙を付き、ハクヨウはわざと自分から、蔓の攻撃範囲内に突入。

 ポーションを持ってクロムの後ろに隠れ、回復ポーションを使用し、クロムに【カバー】を使わせる。少しでも防御力を上げてダメージを減らし、回復を後押しするために。

 

「助かる……が、このままじゃジリ貧だ。うぉっ!?くっ、ハクヨウ、俺が引きつける。お前はギミックを解除してくれ!」

「で、でも……っ」

 

 今ここを離れれば、折角の【カバー】が解除され、またかなりのダメージを負うことになる。

 それでも良いのかと問えば、クロムは口角を吊り上げて不敵に笑った。

 

「はっ!偶には大盾使いらしい仕事をさせろってんだ。――【挑発】!」

「……ん。分かっ、た」

 

 クロムがこう言うのだから、ハクヨウがやる事はただ一つ。少しでもクロムの負担を減らすために、一刻でも早くギミックを解除する。

 けれど。

 それでもやはり。

 

「負けないで、ね?【忍法・影纏(まとい)】っ!」

 

 ハクヨウは、手持ちの回復ポーションを大量にインベントリから取り出し、()()()()()()()()()()()()()()()

 アイテムを地面に落とし、そのまま放置していると、二時間で破損し、無くなってしまう。

 だがそれは、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()ということ。

 故にハクヨウは、ポーションを広範囲にばら撒くことで即席の回復場所を作り出したのだ。

 そして【鬼神の牙刀】に付与した【忍法】の中で、発動時モンスターが自分に向ける敵対値(ヘイト)をゼロにし、三回五秒の計十五秒間、影の中に潜るスキルを発動し、蔓の範囲攻撃から離脱する。

 別に、ハクヨウのAGIであれば、【影纏】を使わなくても攻撃から逃れることはできた。クロムの【挑発】に【辻斬り】の効果も合わさって、ハクヨウに向けられる敵対値は限りなく低い。

 けれど、今は確実にギミックを解除するために、僅かな危険性も排除したかった。

 

 このスキルを、完璧に活かしきるために。

 

「―――【瞬光】」

 

 瞬間、ハクヨウの視界から色が消え、全てが色()せて見えた。

 クロムを襲う蔓ももはや止まって見え、鹿もクロムも、世界そのものがスローモーションにみえる。

 これが、【瞬光】。

 自身の認識。反応速度を十倍にまで引き上げるスキル。言うなれば、システムによって後押しされた《思考加速》。

 欠点は、これによるAGIの上昇が無いこと。

 【AGI 1800】を超えるハクヨウは現在、体感では【AGI 180】相当にまで落とされる。速度差は歴然。けれど、それはもう一つのスキルで上げられる。

 

「【韋駄天】っ!」

 

 体感【AGI 360】相当。

 三分だけAGIを2倍にするスキルにより、ハクヨウはログイン初日の感覚を思い出す。『あの時も、こんな感じだった』と。

 記憶と速度をすり合わせ、誤差を修正。

 

 

 ――完了。

 

「【跳躍】」

 

 高すぎるAGIと強化された脚力で、一足で鹿の遥か上空へ。

 高かった天井に手が届きそうなほど飛び上がり、そのまま()()()()

 ハクヨウは、ズパァ――ンッ!という間延びした破裂音を捉えながら、()()()()()()()()()

 

 【韋駄天】のもう一つの効果。空間を蹴り抜き、空を駆ける。原理としては空気を蹴った時の風圧で移動するのだが、これには一つ、非常に強力な追加効果がある。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 正確には、『減速せず、空気を蹴るたびに速度が累加される』ということ。

 【韋駄天】の効果に、発動中は減速や停止ができないというものがある。減速しない。

 つまり空気抵抗も、()を踏みしめた時の減速も、何も無いということ。

 走れば走るほど、蹴り抜けば蹴り抜くほど、その時の加速力はその度に蓄積され続け、毎秒加速していく。

 ハクヨウの体感十秒。世界の一秒の内に、()()()()()()()()()()()()()()にまで加速する。

 今ハクヨウが体感している速度とは、平常時の10倍はかくやという超高速の世界。

 

 雷撃の如き速度、鋭角かつ精密な軌道を以って、ハクヨウは鹿の全身を斬り刻み、苦無を投擲する。

 その全てで轟音のような破裂音が響き、後ろでは風圧によるソニックブームが発生する。

 しかし、ダメージは入らない。

 どこを攻撃しても緑の障壁に阻まれる。

 

「【刺電】っ!」

 

 状態異常の質よりも、量重視。威力を重視。

 全て【一重(ひとえ)】で麻痺の状態異常を入れるように、八本投擲。

 すると、角の先から爪先まで全身を狙ったハクヨウの攻撃は、一本だけダメージが入った。

 

「角、だね!」

 

 雄々しい角だけがダメージを通し、ハクヨウは同時に見た。

 障壁が展開された瞬間、モノクロームな林檎が全て、仄かに光を放ったことを。

 

「ギミックの鍵は、林檎っ!」

 

 狙いは決まった。

 クロムは遠距離攻撃を持っていないため、林檎の処理はハクヨウの仕事だ。

 

「季節外れの林檎は、収穫する、よっ!」

 

 鹿の上空を縦横無尽に飛び回り、確実に一つずつ林檎を斬り落とし、苦無で貫く。

 二本の角にあるだけだ。数がそれなりに多いとはいえ、速すぎるハクヨウの速度の前では、そう時間は掛からない。

 体感5分。30秒かけて確実に全て斬り落とし、穿ち、撃ち落としたハクヨウは、ダメージが通るようになった事を伝えるべく、大技を放つ。

 

「【居合斬り】っ!」

 

 天井に着天し、音速落下。更に【鬼神の牙刀】を抜き様に胴体に強烈な一撃を浴びせる。

 【居合い】と【居合斬り】。似ているようで、全く違うこれらのスキル。前者はその場に立ち止まって放つスキル。後者は走り抜けながら放つスキルだ。

 そして、【居合斬り】はAGIではなく、【STR】に加えて走り抜けた時の移動速度が速いほどダメージが上昇する。

 超音速にまで達した速度で与えられるダメージは並ではない。それが、【STR】の代わりに【AGI】を使うスキルを持つハクヨウから放たれたのだ。たった一撃で鹿のHPをほぼ全て持っていき、クロムが受け止めていた蔓の攻撃も効果を失った。

 

「――――――、―――っ!」

「……ごめん。認識速度が、上がってて何も、()()()()()()()、よ」

 

 正確には、聞こえるモノが言語にならないと言った方が的確だろう。

 全てが雑音のように聞こえてしまい、またこうして話すハクヨウの言葉も、クロムには早すぎて聞き取れていないはずだ。

 加えて今はずっと走り続けているため、風切り音で音として認識するのも難しい。

 スキル後の硬直中は、加速も減速もせずに、半自動で走り続けてしまう。クロムがこの光景を視認できたとしたら、かなりシュールな状態だ。上半身は微動だにせず、足だけが動いているのだから。

 五分だけだが、味方との意思疎通が取れなくなる。これは大きな欠点と言えた。

 

 一撃でほぼ全てのHPを削られた鹿は一度倒れ、しかしすぐに起き上がった。と、言っても、ハクヨウからは十秒近い時間ががかっていたが。どちらにせよ、スキルの硬直で何もできなかった。

 そして、【影纏】によって敵対値をゼロにしたものの、それはスキル発動前までのもの。あれだけのダメージを一人で与えれば、【挑発】も切れたクロムではなく、【辻斬り】持ちとはいえハクヨウを狙うのは必然と言えた。

 

 だから。

 

「トドメはクロムが、やって!【挑発】!」

 

 モノクロな世界で自らに注意を向けさせる。

 再びそびえ立った蔓は更に多く。

 何十もの軌跡が宙を裂き、ハクヨウに迫る。

 それでも、まだ足りない。

 蔓がハクヨウのいる場所に到達する頃には、既にハクヨウは部屋の正反対の位置を飛び回る。

 

 というか、その間にボス部屋を三周できた。

 全くの余裕で攻撃を避けられるが、クロムがただ攻撃を防ぐだけじゃ可愛そうなのでここは譲る。

 白黒の世界で、クロムの短刀に揺らめくエフェクトが見え、あれが【炎斬】だと判断する。

 

「―――【九重・炎蛇(えんだ)】」

 

 取り出すのは一本。

 それで十分。というか、駆け飛び回りながらギミックを探している間に八十本以上投擲してしまったので、節約である。

 ダメージはいらない。クロムが確実に決められるように、後押しをすればいい。

 

―――(【炎斬】)っ!!」

 

 ハクヨウには音にならずとも、その烈迫の気合は見て取れた。

 ハクヨウの苦無が突き立った場所へ。

 寸分違わず。

 鹿のHPをゼロにする―――

 

 

 

 ―――はずだった。

 

 クロムの攻撃を受けた瞬間、鹿の足元の魔法陣が光り、その傷を癒やす。HPバーを二割まで回復されると、火傷の状態異常も完全に治してしまった。

 

「ず、るいぃっ!」

 

 その光景を見て、ハクヨウは絶叫。そのまま突撃し武器を振るうが、今この時だけはダメージが絶対に通らないのか、林檎も無しに障壁が展開されていた。

 

 やがて、魔法陣はその役目を終えたのか、薄れて消えた。残るのは少しHPが回復し、やけに凶暴そうなオーラを放つ鹿のみ。

 

「第二、ラウンド……」

 

 鹿が力強く大地を踏みしめると、先程までよりも更に太く大量の蔓を伸ばし、全方位に風の刃を飛ばしてくる。

 

 蔓の大半は変わらずハクヨウを狙い、風の刃は狙いなんてめちゃくちゃに飛んでくるため避けるのが難しい。特にハクヨウは、減速できないため、移動先を正確に考えて避けなければならなかった。

 【瞬光】を発動していなければ、すぐにでも当たっていただろう。

 さらに、

 

「―――!?」

 

 地面が急に隆起し、足下からクロムを襲った。

 ハクヨウは既に空中を駆けていたため、それ自体は問題なかったが、クロムが空中に弾き上げられた。

 

「【潜影】!」

 

 【影纏】の、最大五秒間だけ影に潜る効果を使い、クロムの落下地点近くの影に移動する。

 速度が速すぎるほどに速いハクヨウだが、あれだけ濃い密度の攻撃を掻い潜って助けに行くのは困難だった。

 何とか落ちてくるクロムを受け止め……きれず倒れてしまったが、クロムはダメージこそ受けたが、問題なく立ち上がった。

 

「―――!――――――!」

 

 口の開きから、『すまん!助かった!』と言っているようだが、真偽は定かではない。丁度【韋駄天】の効果が切れ、立ち止まれたことだけが救いだった。

 

「来る、よっ!」

 

 太い蔓が幾重にもなって襲いかかる。これだけの物量はクロムでも回復が追いつかないだろう。

 なので、ハクヨウが。

 

「【挑発】――っ!」

 

 クロムに一本でも行かせないために、自らに攻撃を向けさせ、()()()()

 

「――――!」

「だいじょう、ぶっ」

 

 今のハクヨウは空を飛べず、周囲は風の刃が無数に飛び回る。ならば()()()()

 首回りだけ【九十九】と【鬼神の牙刀】でガードして体で蔓を受け、貫かれる感覚に嫌悪感が湧く。けれど、止まらない。止まる必要もない。

 ハクヨウのHPは、僅か1ドットを残して止まっているのだから。

 

 次の一撃で、すべて終わらせるから。

 

「【跳躍】っ!」

 

 無防備な鹿の真正面に姿を表し、敵のHPが少ない程ダメージが上がる片手剣スキルを発動した。

 

「【デスブリンガー】―――っ!!」

 

 刀身から闇色のエフェクトを大量に散らし、鹿の顔に縦の剣閃が刻まれると同時。

 鹿のHPは今度こそ、その全てを削り取られ、光となって爆散した。

 

 

 

 

 

「おわっ、たぁぁ……」

 

 そして、時を同じくして【瞬光】のスキル効果時間が終了し、世界が色づく。体感的には非常に長い時間モノクロームな世界にいたので、色づく世界が懐かしく感じる。

 

「よ、お疲れ。思いの外、すぐに倒せたな」

「……スキルのせいで、一時間くらい、戦ってた気分」

「なんだそりゃ?……ってか、スキルって言やぁなんだよあれ、空飛んでたろ!?」

「【韋駄天】。飛ぶっていうか、空気を蹴って跳んでたの」

「はぁ……まぁたおかしな方向に進化しやがったのかよ……いや、その位はやってくれるだろうと思っちゃいたんだが」

「?」

 

 素で頭を傾げているのだが、ハクヨウはあれで普通のプレイをしてるつもりなのだろうか。

 だとしたら、『普通』の定義を小一時間問い詰めたくなったクロムだった。

 

「なんでもねぇよ。……で、お前最後に蔓の攻撃受けてたけど、大丈夫なのか?」

「ん。どんな攻撃も、HP1で耐える即死耐性、持ってる」

「あぁそんな事言ってたな……ってお前HP1かよ!?早くポーション使え!」

 

 色々聞きたいことはあるし、かなり突飛な事をしてるハクヨウだが、どこか抜けている。クロムはそれを小さく笑い、ダンジョン攻略は無事に終了した。

 

 

 

 その帰り道、途中でクロムが話し始めた。

 

「俺、掲示板でハクヨウのこと話題にしてるんだが、止めた方が良いか?ほら、結構パーティー組んでるから、大っぴらに話したくないスキルだってあるだろ?」

「ふぇ?……変なことじゃない、なら。別に良い、よ?」

「いや、でもよお」

「どうせ、【捷疾鬼】は、見ただけで話題になる、し。【手裏剣術】は、少し困る、けど……()()()()()()()()()()()

 

 ハクヨウが化物じみた速度であることは、クロムが誰よりもよく分かっている。本人も気にした様子もなく、AGIステータスを話すのだし。

 それに例えステータスを知られた所で、視認すら困難なハクヨウに攻撃を当てるのはほぼ不可能と言えるし、遂には空まで飛んでみせた。

 クロムはスキルの取得方法は知らないため、肝心な部分は書けない。

 ハクヨウは大した問題とは思わなかった。

 

 

 

―――

 

126名前:名無しの大盾使い

 やぁ

 

127名前:名無しの大剣使い

 おう もうなんの事か分かるわ

 

128名前:名無しの槍使い

 いつの間にか兄妹とか呼ばれやがって!

 羨ましい! 憎い!

 

129名前:名無しの弓使い

 いいよなぁ

 ハクヨウちゃんにお兄ちゃんって呼ばれたい

 

130名前:名無しの大剣使い

 わかる

 

131名前:名無しの魔法使い

 わかる

 

132名前:名無しの槍使い

 わかる

 

133名前:名無しの大盾使い

 実際呼ばれた時の破壊力やばいぞ

 軽く吐血した

 

134名前:名無しの魔法使い

 呼ばれたのかお前!

 

135名前:名無しの槍使い

 ギルティ

 

136名前:名無しの弓使い

 ギルティ

 

137名前:名無しの大盾使い

 ……あの子がすげえ進化した話しようと思ったけどやっぱいらないよな

 

138名前:名無しの弓使い

 ごめんなさい

 

139名前:名無しの魔法使い

 ごめんなさい

 

140名前:名無しの槍使い

 ごめんなさい

 なんでもしますから

 

141名前:名無しの大剣使い

 ごめんなさい

 

142名前:名無しの大盾使い

 >140

 ん?今なんでもって言った?

 

143名前:名無しの槍使い

 ……言ってない

 

144名前:名無しの弓使い

 んで 情報はよ

 何日か前から真っ白い鬼娘プレイヤーがいることは知ってるんだぞ!

 

145名前:名無しの魔法使い

 大盾使いがパーティー組んだ情報も上がってるんだぞ!

 

146名前:名無しの大剣使い

 仲良くスイーツ食ってたの見たぞ!

 近くのカウンターで一人寂しく歯咬みした俺の気持ちを考えて!

 

147名前:名無しの大盾使い

 >146……お前いたのかよ

 まぁ知ってるみたいだし纏めるわ

 

 何日か前に一緒にダンジョン攻略しようって話してたんだが 急な仕事でログインできなかったんだ

 

 で 今日ようやく都合が合ってダンジョン攻略に行こうと待ち合わせしたら

 

148名前:名無しの大剣使い

 鬼娘になってたってことですね分かります

 

149名前:名無しの弓使い

 少し目を離しただけでどうしてそうなる

 

150名前:名無しの大盾使い

 まあそういうことだ

 >149 俺も知らん

 スイーツは埋め合わせな 満腹しないからって破産させられそうになった

 

 鬼になったスキルは【捷疾鬼】

 パッシブでAGIを×1.5するらしい

 ハクヨウちゃんがこれを使ってからな

 

 ハクヨウちゃんが殺○んせーになれる

 

151名前:名無しの魔法使い

 AGI特化なのは知ってたが遂にマッハ20か…

 ラスボスになればいいんじゃないかな?

 

152名前:名無しの槍使い

 当たらなければどうということはない!はやめてもらえませんかねぇ……

 

153名前:名無しの大盾使い

 殺せん○ーするのは緩急を付けるだけで簡単らしい

 ちなみに全力疾走は視認不可能でソニックブーム聞こえました

 

154名前:名無しの弓使い

 えぇ……もう意味わからん

 

 そのうちにあれだ

 空飛び始めるぞ

 

155名前:名無しの大剣使い

 もう誰も手出しできなくなるんですがそれは……やらないよな?

 

156名前:名無しの大盾使い

 ……もう飛んだんだよなぁそれが

 

157名前:名無しの槍使い

 まってしこうがおいつかない

 

158名前:名無しの弓使い

 既に第三進化まで遂げるとかやめてもらえませんかねぇ!?切に!切にっ!?

 

159名前:名無しの大盾使い

 空気を蹴った風圧で移動してるから『跳んでる』が正確らしいが

 ダンジョンボスの周りで秒間何十ものソニックブームが発生してボスが哀れだった

 

160名前:名無しの魔法使い

 ダンジョンボスぅ……合掌

 

 




 
 【韋駄天】はどこのナンバーワンヒーローなんだろう……いや、イメージとしてはハクヨウちゃん小柄だから、アニメの『無限100%』の回みたいな感じかな。
 壊理ちゃんかわいいです。

 【瞬光】は……ありふれた職業に就いてる白髪眼帯魔王様と、正義の味方になりたかった魔術師殺しを足して2で割って、少し劣化した感じ。
 体感じゃなくてちゃんと世界基準の五分だから、ハクヨウちゃんとしては、50分も思考加速してモノクロームな世界にいるんだよね……やば。

 空跳ぶし加速し続けるから、《速度中毒(ランナーズハイ)》のほぼ上位互換。それでも一輝君には捕まるだろうけど。

 折角即死耐性ついたんだから、とりあえず使わないとって思った。それだけ。
 【デスブリンガー】はOnlySenseOnlineより。原作手元に無いから、この名前で合ってるかうろ覚えです。

 防振り世界って結構、ボスがさっくりやられちゃう時多いけど、普通に苦戦するとこうなると思う……改めて、防御力極振りって異常やなって確認できたボス戦でした。いや、一撃でHPほぼ全損させるハクヨウちゃんもえげつないとは思うんだけどね?

 第一進化―森で白影してた時。残像が伸びるぜ
 第二進化―鬼っ娘になって帰ってきたよー!
 第三進化―空…飛んだの?誰かこの子止めて!

 第二進化と第三進化に期間ゼロなのヤバイね
 これで鬼召喚できるって広まったらどうなるんだろ……うん、思考停止かな!


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速度特化と親友

 原作主人公と友達のはずなのに、原作主人公が10話以上経ってようやく出る系小説。
 久々というか、一話目以降で初めての現実回。
 しかも今回短めというね。
 


 

 先程まで揺れていた車が止まった。

 

 いつも通りお母さんが運転席を降りて、車椅子を準備している。

 それを横目に見ながら、後部座席にいた私もまた、降りる準備をした。

 小学校から今まで、かれこれ十年以上もやってきた動作に淀みはなく、お母さんがドアを開けて車椅子を横に持って来た時には、準備は全て、完了。

 先に大きなバッグを、車椅子の座面下に設置してあるネットに放り込む。

 お母さんが抑えてるけど、重さで更に車椅子が安定する。

 次に腕の力で体を持ち上げ、ゆっくりと車から出て車椅子に体を預ける。

 やはり長年の相棒の安定感は段違いで、安心感が、全然違う。

 最後に、細々とした持ち物を膝の上に乗せれば、準備おっけー。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 

 ゆっくりと漕ぎ出し、車椅子を進める。砂利道のガタゴトとした振動が直に伝わるけど、それはいつもの事だ。もう、慣れた。

 後ろに遠ざかる車のエンジン音を聞きながら、小さく細く、肺の奥から息を吐いた。

 

 なんとなくやってしまう動作。

 

 演技というわけでも、嘘というわけでもない、けれど。でも、意識を切り替える時に無意識に出てしまうこの動作。

 NWOのハクヨウ(わたし)は、自信を持って素の私だって、言える。けれど、現実の九曜(わたし)もまた、自信を持って素の私だと言えるから。

 

 ただ、ゲームの中よりも口調を普通にして、少しだけ気丈に振る舞うよう心掛けているだけ。

 

 いや。もしかしたら……。

 

 うぅん。私のことで、みんなの気を煩わせたくないから。いつしか身に付いた処世術。親友と言える仲の二人は、これが身に付いた後に出会ったから、知らない。

 見栄を張ってる……いや、虚勢を張ってると言ってもいいかもしれない。けど、少し口調を変えてるだけで、考えてることは変わらない。やってる事も同様だから。演技とは言い辛いと、思う。

 

 毎日、学校の駐車場から校門に向かう間に、こうして意識を切り替える。

 

 NWO(あっち)が楽しくて、その分、現実(こっち)がナーバスになってるのは否めないけれど。

 それでもそれは、身体の不自由さを自覚しているからこそ。向こうでは枷から解き放たれたような、そんな感じがするから。

 けど、向こう(ゲーム)の私は速すぎる。

 こっち(現実)では、このゆっくりさが丁度良い。

 そう思えてしまうくらい、この長年連れ添った不自由さにも愛着がある。

 

 

 ……愛着という表現は、流石におかしいかな。

 

 

「おっはよう、九曜!」

「うん。おはよう楓」

 

 校門に着けば、いつも通り、親友の片割れが出迎えてくれる。

 本条楓。私と同じ小柄さを持つ、ちっちゃい者同盟の仲間。勝手にそう思ってるだけだけど。

 もう一人の親友たる理沙は平均くらいはあるから許さない。

 

「いつもありがとね」

「良いって良いって!」

 

 楓がここに居てくれるのは、車椅子のタイヤを拭くためだ。みんなが、外履きから上履きに履き替えるのと同じ。

 持参してるタオルを一つ渡して、楓に片方の車輪を任せる。中学の頃から、楓がこれをやってくれているので慣れたものだ。私ももう片方を拭き、タオルを受け取って校舎内に入る。

 楓が後ろからゆっくりと押してくれるから、私は荷物を抑えてるだけでいい。

 

「今日は珍しく、理沙がもう来てるんだよ」

「そう?珍しいね。いつもはもっと遅いのに」

「だよねー!なんか話があるからって早く来たらしいけど、また夜更かししたみたいで教室で爆睡してる!」

「ふふっ、理沙らしい。それで、どんな話?」

「まだ聞いてないんだー。九曜にも言いたいって待ってた」

「それで寝ちゃったら本末転倒だけどね」

「あははっ、たしかに!偶には九曜の手伝いに来ればいいのにねー」

 

 楓は朝。理沙には日中助けられてるから、別に良いんだけど……。

 教室は一階。あと1ヶ月と少しで二年生になるけど、先生方の特別の措置(全国模試一位の意地)で、二年生になっても教室は一階のまま。

 私の存在は学校側としても良い宣伝になるから、こういった生活面で細々とサポートしてくれるので助かっている。

 因みに、クラス替えしても楓と理沙とは離れない様に計らってくれたらしい。対外的には非公認なので内緒だと校長にウインクされた。おちゃめな人だと思う。それに乗る私も私だけど。

 

「あ、理沙起きてる」

「んっん……少し睡魔に襲われただけだよ……おはよう、九曜」

「おはよう理沙。夜更かしはだめだよ?ただでさえこの前の期末考査は危なかったでしょう?」

 

 教室につくと、爆睡していたらしい茶髪の友人が起きていた。尤も額が少し赤くなっているから、寝ていたことは確定のようだけど。

 

「うっ。その節は九曜に多大なるご迷惑を……」

「あの時は理沙の家でご飯ごちそうになったし。負担ってほどでも無かったから良いよ」

「九曜、理沙に教えながらしっかり全教科満点だったもんね」

 

 それが、私がここにいるために必要なことだからね。正確には学年上位の成績をキープする事、だけど。NWOを始めたことで精神的にリフレッシュできるようになり、かえって勉強の効率が上がったのは嬉しい誤算だ。

 

「それで、わざわざ九曜が来るの待って、人がいない時間を狙った話って何?」

「っと、そうだったそうだった。その為に早く登校したんだもんね。んっん……ふふふ……時にお二人さん。今日は重大な提案があるのだよ」

 

 理沙がこうも仰々しいというか、演技がかった口調の時は、大体テンションが高い。

 そして、それに乗っかるのが私達だ。

 

「むむっ……何だい理沙くん」

「ふふっ。理沙くん何やらテンションが高いね」

「ふふっ……何を隠そう来週から、『New World Online』第三陣の先行予約が始まるのだよっ!」

「ニューワールド、オンライン……?」

「っ……」

 

 ……知ってる。少し前に運営からお知らせ通知が来てたから。

 NWOの人気は右肩上がりのうなぎ登りで、当初の予想を超える大反響を巻き起こした。結果、サービス開始すぐに店頭販売は即日完売。これが、通称第一陣と呼ばれる、私達今のプレイヤー。

 ついで第二陣。来週の2月末。つまりサービス開始一ヶ月で店頭販売され、こちらは既に予約でいっぱいになったらしい。

 そして、第三陣。年度明けの4月初めに発売されるソフトの俗称で、二陣の販売日から予約が開始されるらしい。

 

「最近物凄い人気のVRMMOなんだけどね?二陣の予約は確認するのが遅くて間に合わなかったんだけど、三陣はなんとか予約できそうだからさっ、いっしょにやらない?やろう?そうしよう!?」

「ち、ちょっと理沙!」

 

 ごめんなさいもうやってます……とか言ったら理沙発狂しそう……三週間前も、そう思って言わなかったんだし。

 

「ねぇ理沙。私は理沙に振り回されてるから良いよ?でも、それに九曜は……」

 

 あ、そうだ。私がVRのハードを持ってること、楓は知らないっけ。それに、楓と理沙は私の身体のことを考えて、私に仮想世界を勧めなかった。

 

 歩けない現実に、私が絶望してしまうかもしれないと思ってるから。

 

 さっき楓が理沙を怒鳴ったのも、これが理由。

 それは全然的外れなんかじゃない。実際、あの世界の羽のように軽いハクヨウ(じぶん)に、何度嫉妬したかなんて分からない。

 けど、それ以上に楽しいから。

 どこまでも、誰よりも速く早く疾く。走って走って走り回れることが楽しいから。

 その分、現実にも身が入るようになったから。少しナーバスになることはあるけれど。

 決して、絶望なんかしないと今だから思える。

 

「……前に九曜言ってたよね?仮想世界が、リハビリの一つになるかも……って」

「え……そうなの、九曜?」

 

 ……そう言えば、そんな事言った気がする。口からでまかせだけど。

 

「うん。少し前にVRハード買って、理沙に設定の仕方を聞いた時だね。……あれから仮想世界で、何度も歩いてるよ」

 

 それどころか瞬間移動レベルの速度で疾駆して、空も跳んだよ。

 

「そうなの!?」

「やっぱり……リハビリの一環になるなら、どうせなら九曜が楽しくやれれば良いなって思ってね。NWOは絶対絶対、ぜーったいに面白いから、これを期に九曜も一緒にやれればと思って!」

「う、うーん……今まで九曜がゲームしなかったから二人だけで心苦しかったけど、九曜も一緒に三人でできるなら、やってみたいなぁ……」

 

 楓さんや。その、なんか期待を込めたチラ見は誘ってるの?確かに今まで全力で忌避してた感じがあるから、楓にも理沙にも悪いことしちゃってたけどさ。

 

「……どう、かな?」

 

 理沙さんや。その捨てられた子犬みたいな視線止めて。心が痛いよ。既に一人で仮想世界を楽しんでるなんて言ったら、絶対に発狂するでしょ?やめて?やめよう?そうしよう?

 

「予約は私が三人分一括でするからさ。ちょっとでも良いから、やってみない?」

「っ……」

 

 ……嘘、でしょ?

 三人分予約するってことは、既に持ってる私の分が無駄になる訳で。

 予約開始は来週。今言え、と?ちゃんと伝えて、二人を絶叫させろと?それ、なんて拷問?

 

 言葉に詰まる。どうやって言おうか。流石に『実はもうやってるのだよ、てへっ』とか言ったら、叩かれそうだし。

 

「あ……そう、だよね。やっぱり、やらないよ、ね。ごめん変なこと言って」

「ち、ちがっ……」

 

 言い淀んでいたら、それを理沙にやりたくないと思われた。違うんです。二人にいかに説明しようかと悩んでただけなんです。

 楓も目を逸らして、仕方なさそうに笑うし。

 

 うぅ……これ、やんわりとか諦めて、直球で説明しなきゃ伝わんない、よね?

 ……ストレートに、すっごく、やだ……。

 

「その。本当に、違く、て」

 

 思わず気丈な振る舞いも剥がれ落ちて。だけど、なんとか続ける。

 というか、もうあれ、だ。画像、見せちゃえば、全部伝わるよ、ね?

 

「これ見れば。分かる、から」

 

 ケータイを取り出して、懸賞が当たった記念に、何となく撮ったハードとNWOパッケージ(ソフト)の写真を出し、おずおずと差し出す。

 元から写真なんて撮らないし、手ブレでブレたりボヤけたりしてるけど、何とか、ちゃんと伝わる、はず。

 

 

 数秒後。理沙から校舎全体に響く絶叫が飛び出した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「なんで!?どうして九曜がもうNWO持ってるの!?」

「……偶々応募した懸賞が当たったから」

 

 案の定、発狂を止められなかった九曜は、理沙の質問攻めを受けていた。

 その全てに、仕方なく物凄く視線を逸しながら答えていく。

 

「じゃあもしかしてもう……」

「……やってるよ」

「うわぁああああ!うわぁぁああああ!!」

「り、理沙?落ち着いて……」

「これが落ち着いていられる楓!?あの懸賞は私も応募してたのにぃぃ!九曜だけずるいよっ!」

「……そう言われても、困るというか」

「……あっ、じゃあもしかしてハードも!」

「……NWOやるために設定したくて」

「うわぁぁぁぁんっ!九曜のバカぁぁぁああ!」

 

 ギャン泣きである。余程NWOが手に入らなかったのが悔しいのか、それとも散々誘っておいて『既にやってる』は恥ずかしすぎたのか。

 

「うぅぅっ!言ってくれればよかったのにぃ!」

「そしたら、絶対に理沙()()なるから」

「あ、たしかに」

「楓!?」

 

 目を逸らしつつも指で今の理沙を指し示した九曜に、楓も同意する始末。

 まだ人がいなくて良かったと心から思う。

 

 

 

 しばらくして落ち着いた理沙だが、それでも九曜を物凄いジト目で見ていた。

 

「……言わなかったのは悪かったけど、手に入らないって嘆いてたのは知ってたから、言いづらかったんだよ」

「あー……たしかに。ゲームのことになると理沙ものすごいもんね」

「「ねー?」」

 

 こう言われてしまえば、ぐうの音も出ない理沙。この際だからと九曜はぶっちゃけた。

 

「あ、リハビリの一環っていうのもでまかせ」

「ちょっ、なにそれ!?」

「人にも依るけどね。私の場合は神経系がやられてるから、仮想世界に入ったところでリハビリにはならないよ」

 

 精々が幻視痛の他、『痛み』というストレスを除去するため程度にしか使えない。

 九曜の場合、膝から下の神経系全てがやられているため、感覚そのものが無いから意味がない上、長年その状態であるために幻視痛のような症状も無い。

 

「まあまあ。九曜がもうやってるって事は、第三陣、だっけ?それを予約すれば一緒に遊べるって事じゃん!今回は私もやるよ、絶対!」

「え、ホント!?」

 

 ゲームの話をわたしの前であまりしない理沙だけど、楓もゲームに詳しくなく、いつも渋っていたのは知ってる。だからその楓が『絶対』なんて言うのに驚いたし、それで理沙が機嫌を直してくれたのは助かった。

 

「九曜がゲームって想像できないから、どんな風にやってるかも気になるしね!」

「あ、確かにそうだね」

 

 ……あれ?なんだ、ろ。なんか、まだ寒い日が続いてるけど、余計に寒い気が……。

 

「黙ってたのは許すからさぁー九曜?」

「どんな風にプレイしてるのか言ってみ?ほら言ってみ??」

「うっ……」

 

 こんなことだろう、って思った、よぉ……

 

「………分かった。話すよ」

 

 

 

 

 一言だけ、言うことがあるとすれ、ば。

 

 

 親友たちは、容赦なかっ、た……よ。




 
 一話から読み返したら、少しずつ、そしてある時を境に明らかに九曜ちゃんの口調変わってるんですよね。
 本当は、現実では物凄く大人しくて、ゲームですごいはっちゃける系主人公を予定してたのに。

 気付いたら、現実は真面目系しっかり少女。
 ゲームはゆるゆる天然コミュ障の妹系少女になってた。敢えて言おう。
 どうしてこうなった!と。
 属性詰め込みすぎだろうと!
 現実の方頭良すぎるだろうと!
 でも良いんです!初期構想段階で、現実の九曜ちゃんのイメージはノーゲーム・ノーライフの白だから!コミュ障ぽつぽつ口調がゲームの方に行っただけ!
 バカ(極振り)と天才を紙一重のバランスで両立したのが九曜ちゃんなんだよ!

 口調が変わる前は、まだ現実での意識した九曜(じぶん)が抜けてないけど、段々とその意識が薄れ、ただのハクヨウ(素の自分)になれてるんですよね。

 元々の予定とはキャラクター設定が違うけど、これはこれでありかなって。

 完全に余談だけど、独自解釈により作中は現在2月です。と言っても、ちゃんと原作の文中からの推測と逆算なので、それほど的外れではないと思ってますが。


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速度特化と烈火の魔法使い

 私の中の何かが、最初にこの子をやらないと抑えられなかった。
 


 

 ハクヨウとクロムが【石造りの遺跡】を攻略してから二週間。

 もっと言うと、九曜がNWOをやっていると理沙達にバレてから一週間。

 サービス開始から、丁度一ヶ月が経った。

 一ヶ月と言うことで、NWOのソフト第2陣が先日発売され、噴水広場を始め各地で新規ユーザーで溢れかえっている。と言っても、ハクヨウがレベル上げを行っている最前線には、流石にそんなプレイヤーはいない。

 現実の方では、理沙が三陣のNWOを2つ予約できたことに大はしゃぎしており、楓と共に既にわくわくしていたりする。

 この頃にはハクヨウはレベルが32まで上がり、スキル【捷疾鬼】を【鬼神の牙刀】に付与することができた。

 また、イズに依頼していた装備はクロム共々完成している。

 

―――

 

『白魔のフード』

 【AGI +35】

 

―――

 

 マフラーとフードが一体になったような真っ白の装備で、口元も隠せるようになっている。

 イズは最初、完全に忍者が身に着けるような頭巾を考えていたのだが、それでは角を隠したいというハクヨウの要望に応えることができない。

 話し合いの結果、ハクヨウの着物のデザインを損なわない様にデザインしたフードとなった。

 それでも忍者要素が欲しいとのことで、口元を覆い隠したり、デザインを平頭巾を装備した時の状態に若干近づけたりと、様々な工夫がなされている。

 またハクヨウはこれを装備するにあたり、装備枠の頭に付けていた【疾宝のペンダント】を装備品枠に変え、【AGI +5】の【俊敏の指輪】を外した。

 今のハクヨウのステータスは、この様になっている。

 

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv32 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0】 【VIT 0】

【AGI 2190】【DEX 0〈−3〉】

【INT 0】

 

装備

 頭 【白魔のフード】 体【彼岸の白装束】

 右手【鬼神の牙刀】 左手【九十九】

 足 【天神の足袋】  靴【天神の足袋】

 装備品【疾宝のペンダント】

    【拙速のアクセサリー】

    【鬼神の角笛】

 

スキル

 【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】

 【パワースラッシュ】【疾風斬り】

 【パワーアタック】【一閃】

 【ピンポイントアタック】【居合い】

 【居合い斬り】【デスブリンガー】

 【ダブルブレイド】【スイッチブレイド】

 【剣術Ⅳ】【刀術Ⅲ】【連撃剣Ⅳ】

 【体術Ⅱ】【投剣Ⅸ】【状態異常攻撃Ⅶ】

 【長剣の心得Ⅴ】【投剣の心得Ⅷ】

 【刀の心得Ⅱ】【気配察知Ⅱ】【気配遮断Ⅲ】

 【しのび足Ⅲ】【跳躍Ⅶ】

 【速度狂い(スピードホリック)】【大物喰らい(ジャイアントキリング)】【辻斬り】

 【首狩り】【軽業Ⅵ】【手裏剣術Ⅷ】

 【大立ち回り】【無慈悲な慈悲】【水走り】

 【鬼喰らい】(デビルイーター)【瞬光】

 

 

―――

 

 ステータス画面が気を利かせたのか、最早AGIはスキルで六倍されたステータスで表示されている。ここから更に【韋駄天】で2倍になるのだから頭がおかしい。

 クロムが言うには、既にハクヨウの戦闘は視認不可能。見えても、減速した時に一瞬だけ残像を捉えるのみ。

 緩急を付けて作り出す分身も十体を超え、最近では一つ一つにポーズまで付けられるようになった。ハクヨウはどこを目指しているのか。

 また、【跳躍】はスキルレベルによって跳躍力が上がるが、当然ながら高速で移動していれば、その分運動エネルギーは高くなり、跳躍による移動距離も長くなる。既にハクヨウの【跳躍】は最大で垂直十五メートルを超え、二十メートルに達しようとしていた。ビル六階である。怖い。

 度々そんな高さにまで【跳躍】するものだから、当然、落下の衝撃は大きい。それを【軽業】で軽減しているため、そちらもグングンと上がっている。

 

 そんなハクヨウは今日も今日とてログインし、クロムがログインできないので、一人で街の中をフラフラしていた。

 

「装備できてから、レベル上げしかして、ないし……やる事、ない……」

 

 装備を作るための素材を集めている時は、目的があった。

 レベル30までは、【捷疾鬼】を武器に付与するためにと頑張れた。

 けれど、そこからは特に語ることもない日常であり、暇を見てはレベル上げ。

 クロムと組んではレベル上げ。

 イズの採掘を護衛しても、奇襲は見てから対応できる。ただのレベル上げ。

 とまぁ、特に変わったこともない平々凡々だった。ようは、『楽しいけどつまんない』というよく分からない状態に陥っていた。

 

「ログインした瞬間は、楽しいんだけど、なぁ……」

 

 重い身体から開放され、羽が生えたかのような軽い身体で大地を駆け回る。

 『立っている』という、ただそれだけに毎日充実感を感じてこそいるが、ことゲームのプレイ状況に限って考えると、暇の一言だった。

 

「人、いっぱい……」

 

 街の中も、近くのフィールドも。

 大半がプレイヤーで埋め尽くされ、サービス初日を思い起こさせる。

 あまり人混みが得意ではないハクヨウは、この状況が好ましくなかったので、特に用事もないけれど最前線のフィールドに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 今の最前線は、街から西に向かい【捷疾の鬼殿】クエストがあった山を超えた先。

 太い川を中心に形成される沼地フィールドだ。

 この辺りは昼間は動物系のモンスター。夜は亡霊(レイス)やアンデット、ゾンビなどが徘徊する。

 動物系は獣類だけでなく爬虫類……大きなモノでは五メートルを超える鰐もいて、迂闊に川や沼に近づくと一瞬で殺られる。

 また、ゴブリン同様にファンタジーの定番と言えるオークやミノタウロスといったモンスターも数多く出現し、その素材は肉である。超美味しいと人気だとかでそれなりに高く売れる。

 

 装備を作るのに、それなりにゴールドを消費したので、お金稼ぎにフィールドに出たハクヨウは、それなりに街から離れ、人がいないのを確認すると、腰にぶら下がっている角笛を取り出した。

 空いている穴に空気()を送り込むと、アルトの澄んだ音色が響き渡り、目の前に漆黒の魔法陣が現れる。

 そこから姿を表すのは、ハクヨウとは対照的な黒い鬼。額に一対の角が生えた体長2.5メートルはある筋骨隆々とした鬼で、全身に無数の赤いラインが走っている。

 

「……いけ、【ばぁさぁかぁ】。山超えっ」

 

 自分で走るのも良いものだが、今日はそんな気分じゃなかったハクヨウ。

 【鬼神の角笛】で召喚したその鬼に肩車してもらい、そのまま山越えをする。

 ……三十分だけの移動手段だが、初召喚の時に命令の合言葉を決めることができたので、ハクヨウは迷わず【ばぁさぁかぁ】にした。色々と間違ってる気がしたのは、クロムだけではないはずだ。

 

 クエストが発生しない限り、この山……というかやや高いだけの丘は、比較的簡単に抜けることができる。モンスターが出るものの、それは全部【刺電】で動きを封じ、適当に撒いてきた。

 

「何度見ても、高い……面白、いっ」

 

 肩車だと視線の高さが三メートルになるのだ。建物二階程度の高さはあるので、見晴らしは良いし、モンスターは発見しやすいしで良い事尽くめである。ハクヨウは、なぜクロムがこの子に乗りたがらないのか、不思議でならなかった。

 

 

 

 

 

 山の中を黒い風が疾駆する。

 暴風の如き速度は霞むようでまともに姿を捉えることができない。

 

 

 あっという間に山を超え、最前線たる密林に突入すると、通りがけに見えるモンスターを端から【手裏剣術】し、苦無で串刺しにしていく。

 【ばぁさぁかぁ】……もとい黒鬼は戦闘力を持たない上、戦闘行為もできない。けれど、モンスターの近くまで走ることはできる。なので、ハクヨウは【ばぁさぁかぁ】に乗りつつ苦無の届く距離まで接近し、適当に倒して回っていた。

 

 

「あっ……時間、か。ありがと、ね」

 

 三十分が経ち、黒鬼の足元に召喚した時と同じ魔法陣が現れる。これで、今日一回目の協力時間が終了したのだ。

 協力というより、肩車してもらい、遊んでいただけのように見えなくもないが。

 

「―――【跳躍】っと」

 

 鬱蒼とした密林の中、見通しの悪い地表よりはモンスターと突然かち合うことが多い。特に、沼の近くにいた時は笑えない。

 なので、とりあえず木の上に飛び乗ってモンスターを探すハクヨウ。

 幸いにも、密林なのにこのフィールドに鳥モンスターはいないので、木の上で襲われることもない。ゲーム故の謎な生態系である。

 

「そう言え、ば。オークのコロニーが、あるんだっ、け?」

 

 ハクヨウはまだ見たことはないが、他にもこの最前線にいるプレイヤーからの情報をクロム伝いに聞いたのを思い出したハクヨウ。

 このフィールドでは、何体ものオークが群れをなし、コロニーを形成するらしい。それも、日替わりで場所も規模もランダムであり、以前には100体近いオークのコロニーもあったとか。

 そして、コロニーにはオークの中でも上位種のモンスターが存在し、そいつを倒すと低確率で結構豪華な素材やアイテムが出ることもあると。

 因みに、確率はコロニーの規模、そのコロニーで倒したオークの数で決まるらしい。

 

「コロニーは、毎日ある。けど、どこにあるか、分かんない……なら」

 

 

 ――跳び回ればいいじゃない。

 

 

 そう、ハクヨウは小さくほくそ笑んだ。

 自分のAGIなら、それができる。

 何せ最初の頃も、森の中を飛び回っていたのだから。少し……と言うには語弊があるが、速度が速くなっただけで、操れないわけじゃない。

 

「えへへ……素材、待ってろぉ……っ!」

 

 普通に換金しても、それなりに良いお値段のオークさんである。

 ハクヨウには金のなる木。もとい、実入りのある豚さんだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「もう……【フレアアクセル】ぅっ!どうしてこんなことに。ないないないない……っ」

 

 足の裏から炎をはためかせ、森の中を駆け回る少女がいた。

 後方からは轟音のような地響きが迫り、その音を立てる存在には、生理的嫌悪感を抱く。

 

「焼きたいっ、焼けないっ……数多すぎて倒しきれない――っ!!」

 

 魔法使いの少女は、率直に言って燃費が悪かった。一発一発の威力を重視するあまり、MPの消費が激しく、継戦能力を考えていなかった。

 強力なスキルを手に入れ、最前線に意気揚々と参入したらこのザマだ。

 倒すと手に入る食材アイテムや素材の実入りがいいと専らの評判だったオークを、その見た目から嫌悪感を抱きながらも何体も焼き尽くしていたら、いつの間にか無数のオークに囲まれていた。

 

 ―――情報としては、知っていた。

 毎日ランダムで発生するオークのコロニーに入ってしまったのだと、即座に察知した。

 けれど、その数が異常だったのだ。

 

 周りに他のプレイヤーは居らず、彼女一人。そこに、100体を優に超えるオークの群れ。

 レベルはギリギリこのフィールドで戦える程度。スキルにより、それよりはかなり優位に戦える。

 それでも。

 

「数の暴力とか卑怯だからぁぁぁ―――っ!!」

 

 まともに戦おうとすれば、すぐにでも物量差で押し潰される。それが分かっているからこそ、彼女は逃げるしかなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「【八重・疲燕(ひえん)】――【凍貫】【睡閃】【炎蛇】」

 

 【手裏剣術】を乱れ撃つ。

 木々を跳び回り、両の手に二本ずつ番え、次々にオークを串刺しにする。

 【手裏剣術】のスキル一つ一つのに設定されている再使用可能時間(リキャストタイム)をカバーする為に、状態異常に拘らず、速攻で倒すことを目的にして苦無を投げ続ける。

 ハクヨウの馬鹿げた攻撃力の前に、オークは次々に粒子へと変化する。

 二本でオーク一体を確実に倒せる。それは、『二本ともかすり傷だとしても』である。確実に当てれば一本で倒せるのだが、コロニーが近いのかオークがかなり居て、一発一発をしっかりと投げることができない。

 

「ま、ぁ……素材はたくさん、手に入る、し。良いけど」

 

 木々が邪魔をして、最高速度で飛び回ることができないため、ならば、と隠密を意識し、できるだけ音を立てずに移動するハクヨウ。

 そんなハクヨウに気付かず、次々にオークは訳もわからず串刺しになっていく。

 

 

「ん。【疲燕】も、いい感じっ」

 

 最近使えるようになった、新しい【手裏剣術】のスキル。【疲燕】。

 スキル名が『飛燕』から付いている事もあり、他のスキルよりも尚速いスキル。

 そして、これの状態異常は【虚脱】。

 正しく、疲労によって力が入らなくなるように、敵の防御力を下げるというもの。そして、これを多重化、重ねがけすると、防御力ダウンの割合がどんどん大きくなり、最大で90%ダウンさせることができる。尤も、そこまで防御力を下げる必要がある敵など、早々現れないだろうが。

 

 別に使わなくてもオーク程度ならば簡単に倒せるが、使った方が楽であることに変わりはないため、確認作業も兼ねて使っていた。

 

 そうして、木を飛び移りながら四十体ほどモンスターを倒して回っていると、遠くから悲鳴のような叫び声が聞こえた。

 

「なん、だろ?」

 

 フィールドでプレイヤーが殺られることは多々あるし、死に戻りなんて珍しくもない。

 けれど、聞こえた方角に目を向ければ、断続的に何度も火柱が上がっている。戦っているが、悲鳴を上げているという不可思議な光景。

 

「声的、に、女の人だよ、ね?」

 

 『うにゃぁぁぁぁあああ』やら『ひにゃぁぁぁっ!』やら『あぅぅぅううう!』やら色々と聞こえるが、これが男の人だとは思いたくなかったハクヨウ。

 

 次いで、眼下を彷徨うオークたちを目を向ける。

 

 ―――でっぷりと太った肥満体型。

 ―――遠目には愛嬌があるように見えて、やはり生理的嫌悪感が沸き立つ豚の顔。

 ―――身に纏うのは腰のボロ布一枚。

 

「う、ん。助け、ようっ」

 

 もし、コイツらと同じオークと戦って、あんな悲鳴を上げているのなら。

 自分のように苦戦せずに倒せるならまだしも、嫌悪感を抱きながら、苦戦しているなら。

 

「女の、敵―――っ!」

 

 こんなモンスターに蹂躙されるなんて、まっぴらゴメンなのはハクヨウも同じだから。

 

「【韋駄天】っ!」

 

 最高最速のスキルを使ってでも、駆け付けることに決めた。

 

 

 

 

 木々すら超えた空に上がったハクヨウは最初に、火柱が見えた方角を目指した。と言っても、距離自体は近い。悲鳴が聞こえるのだから、そう遠くはない。しかし、上空から見た限り、付近には大量のオークがいて地上を進むのは悪手だったと悟り、結果的に良かったと思った。

 

 そして5秒と経たず、火柱のあった上空に来れば、そこは気持ち悪いほどにいるオークの群れ。

 上から見る限り、もはや濁流のようであった。

 

「きもち、わる……っ」

 

 あるいは、主婦の天敵か。『一匹見れば三十匹いると思え』の台所の悪魔か。それが酷くなった感じである。これは悲鳴も上げたくなるというものだ。

 

 もしかしたら、自分が相手にしていたのは、このオーク達の一部なのかもしれない。となると、この辺りにオークのコロニーがあるのだろう。

 しかし、考えている暇はない。今は一刻も早く、今も聞こえる悲鳴の主を助けなくては。

 

「あそ、こっ!」

 

 オークの移動する方向を探り、その最中、見つめる先に再度火柱が上がる。そこに、きっと目当ての存在がいるのだと判断し、ハクヨウは大気を蹴った。

 超音速で移動するが故に、その場所には一息で到達したハクヨウは、真下に方向を変えながら剣を抜き、地面に投げつける。それは逃げ惑うプレイヤーの真後ろに突き刺さり、同時に真っ白の魔法陣が現れた。

 

「【捷疾鬼】!蹴散ら、してっ!」

「うぇっ!?なになになに!?」

 

 魔法陣から、かつてダンジョンで見た白い鬼のボスモンスター【捷疾鬼】が現れると、地の底から轟くような咆哮を上げてオークの集団を()()()()()

 

 地面に【鬼神の牙刀】を突き刺す動作をトリガーにした【捷疾鬼】。攻撃力や防御力なんかはボスだった時の半分もなく、AGIも450で固定されている。しかし、それでもフィールドにいる程度のモンスターであれば問題ない。女性プレイヤーを追いかけていたオークの群れを()()()()()()()()()、さながら人身事故の如く吹き飛ばす。

 

「だい、じょう……ぶ?」

「はぇ?オークが鬼に吹き飛ばされて、鬼がモンスターでモンスターが倒して……っ!?」

 

 目をぐるぐるさせて混乱する女性プレイヤーに『あ、これだめ、だ』。と諦め、とりあえずモンスターを片付けるのを優先したハクヨウ。因みに、声をかけている時も今も、地面から引き抜いた【鬼神の牙刀】を手に周りにいるオークを一刀のもと袖にしている。

 

「話は、あと、でっ。手伝って!」

「………あっ。わ、分かった!」

 

 ハクヨウの【韋駄天】もあと一分しか残されておらず、まだオークの大群が押し寄せてくる。

 

 と、ハクヨウは、女性プレイヤーの装備を見て、オークを蹴散らしつつ彼女がどんなプレイスタイルか問いかけた。

 

「魔法使い、なら、範囲攻撃、ある!?」

「あ、あるけど!そんなの使う隙が無いっ!」

「隙、は、私がっ。トドメ、まかせ、るっ!」

「あ、あぁ!」

 

 会話を終えた頃、【捷疾鬼】が役目を終えたとばかりに姿を消し、支えていた前線が崩壊する。

 

「――【瞬光】」

 

 小さく呟き、モノクロームの世界に没入する。

 世界の流れは遅くなり、オークの動きも止まって見える。

 【韋駄天】は時間切れで速度の加速は無い。けれど、もうこの速度差への対応は完了しているから。

 

「―――【八重・刺電】」

 

 使うのは、敵の動きを封じることのできる状態異常。その全て。引き抜く苦無は一度に八本。連続しての投擲だが、【瞬光】の間はなんとかなる。

 重くする必要はない。ただ、確実に動きを封じることができれば、あとは女性を信じるのみ。

 今の状態であれば、互いのスキル名を知ることもないから情報管理も徹底できる。

 

「【八重・凍貫】【八重・睡閃】【八重――】」

 

 何を使うか考えていては間に合わない。オークの額に次々と苦無を突き立て、倒れた隙間から見えたオークにも、その次のオークにも兎に角当て続ける。

 

「【―――】っ!!」

 

 そうすれば、ほら。

 巨大な、揺らめく白光が女性プレイヤーの正面から発生し、それがオークを跡形もなく吹き飛ばす。

 モノクロームで判断がつかないけれど、多分火の魔法だと思ったハクヨウは、自らも焼かれないように範囲外に逃れつつ、苦無を飛ばす。

 

 ハクヨウが動きを止めたオークが邪魔をして、奥のオークも一気に吹き飛ばした女性の魔法に驚きつつ、途切れることのないオークの群れに辟易する。

 

「っ……左右から、も……っ!」

 

 先の魔法でMPが切れたのか、女性プレイヤーはポーションの瓶を取り出して回復している。

 その間、無防備にオークを近づけてしまう。

 【九十九】を一度解除し、もう一度一から状態異常をかけるという方法もあるが、敵を拘束できるスキルは少なく、再使用可能時間(リキャストタイム)の関係で効率が落ちる。

 

 どうする。どうするどうするどうする。

 そう、回らない頭でなんとか考える。

 モンスターを確実に倒し、女性プレイヤーも一緒に助かる方法は。

 

 

 

 ――――――あっ、

 

 

「………今なら、でき、る………?」

 

 

 

 

 

 

 ハクヨウは、モノクロームな世界で唯一()()()()()()()()に、目を向けた。




 
 誰もいないと思ったから素でプレイしてたのに、ハクヨウちゃんいたから演技する間もなく戦闘に突入。ミィはやっぱりミィ(笑)

 ミィはPS特化の方とキャラクター性が混同しないように気を付けないと、気付いたらあっちのミィが私の中で顔を出してきました。

 あと5月からの投稿頻度について悩んでます。
 と、言うのも、それなりにストックは溜まったんですが、また3月と同じ隔日投稿に戻せば、5月はできますが6月にまたストックが尽きそうで。
 となると、6月に更新が遅くなるのは申し訳ない。それなら隔日投稿は辞めて、少しゆとりを持たせるべきか……などなど。

 今考えているのは、PS特化と抱き合わせで3日間でそれぞれ一話ずつ投稿すること。
 2日連続で投稿して、一日休み。を繰り返す感じですかね。
 今は4日間で両方一話ずつ投稿してるので、一日減らす形です。
 3月の隔日投稿は、言い換えれば2日で両方一日ずつ投稿してたことになるので、ちょうど間を取る感じですね。
 これなら6月以降も継続して投稿できそうなので。てかどっちも一話6000字前後、一日に一話と半分で精一杯だから隔日投稿はギリギリです。

 誰だよ二作同時執筆とかいう馬鹿やってるの……私だよっ!


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九曜とハクヨウ 二つの《わたし》

 演技する二人は呼応し、やはり互いに影響を与え合う。
 願わくば、それが互いの重荷を外せる、良い友人関係とならんことを。
 
(いつもより気取ってますが、願いは一つ。ミィとハクヨウちゃんに仲良くなってほしいだけ)
 


 

 ハクヨウはこれまで、スキルに頼った戦い方をしてきた。

 それは、その方が効率的であること。

 状態異常を確実にかけられること。

 そして、それで十分すぎる成果を得られてきたことに起因する。

 

 ハクヨウの速すぎる移動速度は何者にも捉えられず、高すぎる攻撃力は一撃で敵を倒すことができた。

 多少数が多いだけならば、【手裏剣術】で動きを止め、一度の苦無で止められなかった数体程度なら、スキルでどうにでもなった。

 しかし。

 スキルを使わないハクヨウのダメージ量は、それほど高くないのである。

 正確にはハクヨウが武器の扱いに慣れていないため、きちんとダメージを与えられないのだ。

 【鬼神の牙刀】を振っても、最後まで振り切れず、苦無で確実に狙い撃つには、今回は数が多すぎた。

 それでも、かなりのものだろうとは思う。

 【大立ち回り】によってダメージ量が上がっているのも、勝機の一つだ。

 

 それでも、尚。

 

 今の状況は不利であった。

 

 【手裏剣術】では対応しきれずに押し切られることが確実で。

 

 スキルの僅かな硬直を狙われる可能性もあり。

 

 一撃で倒せるほど武器の扱いが得意でもない。

 

 

 

 けれど。

 

 ハクヨウには、今ならば使えるかもしれない、切り札があった。

 

 

「ふぅ……」

 

 息を吐き、色褪せた世界でオークを見る。

 そこにはやはり、白と黒の世界しかなくて。

 

 けど。だからこそ。

 

 唯一、オークの首に見える赤い線は、とてもとても、鮮やかだった。

 

「【跳躍】」

 

 女性プレイヤーのMPがゆっくりと回復しているのを横目に、まだ戦線復帰にはかかるだろうと判断。地を蹴り、オークに高速で接近する。

 

 その速度は、オークにとってはもはや亜音速。

 ハクヨウにとっては、小走り程度。十倍に加速された思考の中で、自分以外はものすごく遅い。止まって見える。

 自分もまた、かなり遅くなっているけれど。

 それでも、他のみんなよりは早く動ける。

 

 だから―――

 

 

「その首、貰い受け、るっ」

 

 ゆっくりと、正確に。

 

 しっかりと、確実に。

 

 

 オークの首に見える、死の因果を強引に引き寄せるその線に、刃を添わせた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 オークたちの首が飛んだ。

 

 それを理解したのは、数秒の後に周辺から粒子が立ち上ってからだった。

 

 流石に、もうだめだと思った。

 

 一度は白い女の子の協力もあってオークの群れを吹き飛ばしたけど。

 それでも、私のMPが切れ、女の子も敵を止める手段が無くなったのか立ち尽くす。

 MP回復ポーションを使っても遅々として戻らず、左右もオークに囲まれた。

 女の子には感謝してる。

 私一人では、もっと早くやられていたから。

 けれど、もう仕方ない。

 この物量には勝てない。

 だから、貴女だけでも逃げてほしい。

 

 そう思ってた。

 

 なのに。

 

「なに、それ……」

 

 一瞬、女の子の体がブレたと思ったら、次の瞬間には変わらずその場に立っていた。

 

 ただ視界の端の変化は劇的で。

 

 この時だけ世界がスローモーションに見えた。

 私達を取り囲んだオークたちの首が宙を舞い、その中央に静かに佇む白い女の子。

 通常、倒したらすぐに粒子に変わるのに、首が飛んだオークは、少し時間を置いてから粒子に変じた。

 

 訳がわからない。

 

 理解できない。

 

 この強さは何なんだ。

 

 何をどうしたら、一瞬で全方位にいた何十ものモンスターを斬り倒せる。

 

 次元が違う。

 

 私より年下に見える小柄な女の子。

 

 声の感じから、男の子って感じではなかったけど、フードのせいで顔は見えない。

 でも、私なんかよりも圧倒的に強い実力者。

 

 強いスキルを手に入れて、揚々と最前線に飛び込んだ鼻っ柱を思いっきりへし折られた気分。

 

 その後も何度も姿がブレ、次の瞬間には、遠くにいたオークの首が飛ぶ。

 何だその速度は。人間が出していい速度じゃないだろうが。

 まともに操れる速度じゃないだろうが。

 もはや視認なんてできない。

 動き出しが見えたと思ったら、次の瞬間にはもう終わってる。

 人智を超えた速度。

 人間の認識限界なんてとうの昔に過ぎ去り、聞こえるのは地を蹴った音と、もう一つ別の破裂音。

 それで分かる。彼女は、音速を飛び越えるほどにAGIのステータスが高いのだと。

 ゲームだからこそ、その身一つでソニックブームを発生させるまでになったのだと。

 

 

 わずか五分。

 私と共闘したのは、その内一分未満。ほとんど彼女一人で蹂躙し、私なんかよりもたくさんのオークを倒した女の子。

 コロニーからは大分離れたけど、それでも100近かったオークたちを、殆ど一人で殲滅せしめたその実力。

 

 

 あまりの実力に、これが最前線かと。

 これが、本当のトッププレイヤーなのかと憧憬する。魔法使いに憧れてこのビルドにしたけれど、彼女のような圧倒的な戦闘力が眩しかった。

 

 正直に言って、嫉妬した。

 だけど。助けてもらったのは、事実だから。

 

 刀を鞘に収め、小さく息を吐いてその場にへたり込むその背中に、ちゃんと感謝を伝えたかった。

 

 

「今回は助かった。礼を言う」

 

 

 

 

 

 は、恥ずかしくて、素で話せないけど……っ!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 なんとか、上手く行った。そう、安堵のため息を吐く。

 

 今までは戦闘中に使うことができなかった【首狩り】も、【瞬光】発動中であれば敵がゆっくりになるため、自らの剣をしっかりと添わせることができたハクヨウは、体感五十分もの長い時間をかけて、しっかりと一体一体に【首狩り】をして即死を与えた。

 最初は確実に倒すための手段だったが、時間が立つに連れて段々と趣旨が変わり、【首狩り】の練習をし始めたハクヨウは、【瞬光】状態であれば【首狩り】を確実に扱えるほどにまで精度を高めることができた。

 

 そんなハクヨウに、後ろから声がかかった。

 

「今回は助かった。礼を言う」

 

 ……誰だろう、この人。

 

 ハクヨウは、本気でそう思った。

 何せ、最初の『うにゃぁぁぁぁあああ』やら『なになになに!?』の印象が強いのだ。しかも涙目で。目をぐるぐるさせて。

 こんな凛々しい感じの人は知らない。

 こんなカリスマ溢れる大人の女性は知らない。

 

 赤い髪に赤い装備、赤いマントを靡かせるその姿は、王者の貫禄すらある。

 

 誰だこの人。

 

 パニック涙目の女性はどこ行った。と、ハクヨウは真面目に首を傾げた。

 

「あの……?えっ、と?」

「む?なんだ?生憎と礼をしたいが、今は持ち合わせがなくてな……」

 

 ホント、誰だろうこの人。そんな思いが頭の中をぐーるぐる。

 

 絞り出した返答は。

 

「え、と。それ、疲れません、か?」

 

 その一言だけだった。

 

「なっ……なんの事だ?」

「その、私、も。似たようなことする、ので。分かりま、す。さっきみたい、に。普通で、お願いしま、す」

 

 キリッとした雰囲気は、それはそれで格好良いのだが、学校で気丈に振る舞っているハクヨウには分かるのだ。それが、いかに疲れることなのか。

 

 

 

 いや。

 昔は意識したことなどなかった。

 

 それが普通だったから。ずっと昔から、行ってきたことだから。

 

 誰にも心配させまいと。

 

 自分は、大丈夫だと。

 

 取り繕って、抑え込んで。

 

 自分の気持ちに蓋をして。

 

 けれど。

 

「気づいた、から。それが、疲れるってこと。

 素直に、こうやって。

 普段通りがとっても、気楽ってこと。だから」

 

 それ、やめて、ください。

 

 

 小さく。けれど、ハッキリと。

 カリスマ性を発揮していた女性にそう伝える。

 

 自分は、やっぱり本当の願いに蓋なんてできなかったから。

 本当の願いを隠しているのに、理想(ゲーム)に願いを持ち込む矛盾から、目を逸らしていたから。

 本当の自分がこんなに弱くて。

 不安でいっぱいで。

 

 ぽつぽつと話すのも、本当は恥ずかしいからだ。慣れない人と話すのが。

 

 願いはある。思いもある。

 

 だけど、それを現実で言えなかったのは、たくさんたくさん取り繕ったけれど、気付いてしまったら隠せない。

 

 だけど。それでも。

 優しい人(クロム)だっているから。恥ずかしくても、それ以上に楽しめる。

 

 それを全部、知ってしまったから。

 

 この人だって、きっとそう。

 思いは違う。

 考えてることも、きっと違う。

 

 だけど。

 

「恥ずかしく、ても。

 弱くて、も。

 自信が、無くても。

 

 取り、繕って。

 格好つけ、て。

 演技で、疲れる、より。

 

 『本当の自分』で、いる方が。

 

 

 ずっとずっと……楽しい、よ?」

 

「―――っ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「行っ、ちゃった……」

 

 お互い自己紹介すらできず、用事を思い出したと急いでログアウトした女性の姿を思い出して、少し悲しくなる。

 

「名前くらい、聞いとけば、よかった……」

 

 自分と似ているようで、似ていない彼女。

 ゲームでは取り繕うのを辞めた自分と、ゲームで取り繕う彼女。

 

「そもそ、も。私が言うの、が、お門違い、だったよ、ね……」

 

 人に演技をやめろと言った自分が、親友に取り繕うのを辞められないのだ。ならば、彼女にそれを願う資格など、自分に有りはしないだろう。

 けれど、やはり怖いのだから仕方ない。

 本当の自分はこんなだから。

 

 本当の願いを、ゲームに託す臆病者だから。

 

 願いの叶うゲーム(幻想)に浸る弱虫だから。

 

 その願いを現実で誰かに言ってしまうことが。

 

 その人に、悲しい思いをさせてしまうから。

 

 なのに。

 

 隠し通していたいのに。

 

 この世界に、その願いを持ち込んだなんて、愚かとしか言いようがない。

 

「『本当の自分』でいる方が、ずっとずっと楽しい……」

 

 自分で言って、自分に嘲笑してしまう。

 

 こんな私に、それを言う資格など、有りはしないというのに。

 

 言い出せない。言うつもりもない。

 もし。

 理沙と楓がこの世界に来たら。

 私はどうなるだろう。

 

 この世界を本当に楽しむ私は、二人にどう映るのだろう。

 

 二人とも優しいから。

 

 だから、想像ができてしまう。

 

 『本当の私』なんて、そんなもの――。

 

 それを考えるだけで、手足が震えてくる。

 

 愚かしくも、『足が震える』ことにすら歓喜している自分に気付き、嫌気がする。

 

「まるで……」

 

 そう。まるで。

 

 

 

 ―――本当に、歩きたいみたい(もう隠せない)じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようハクヨウ。しばらくぶりだな」

 

 その明るい声が、私を掬い上げた。

 

「クロ、ム……?あれ、私……ここ、街?」

 

 気付いたら、最前線にいたはずが、噴水広場に戻ってきていた。

 どれだけの間、呆然としていたのかをありありと自覚させられ、恥ずかしくなる。

 

「ふらふら歩いてるのが見えたから声かけたんだが……どうかしたか?」

「なん、でもない」

 

 これは、私の問題だから。

 本当の願いを親友に知られるのが怖くて、親友の悲しい顔が見たくなくて、隠し通したいってだけのエゴだから。

 気付いてしまったら自らの愚かさに、自己嫌悪しているだけだから。

 だから、今は放って置いてほしかった。

 

 なのに。

 

「何でもないって風には見えないんだよなぁ……はぁ。ちょっと来い」

「え……?は、なしてっ。クロムっ」

「離さん。黙って付いてこい」

 

 手首を掴まれ、逃げ出すこともできずに連れて行かれる。

 これじゃ、子どもを誘拐する大人の図だ。クロムに悪い噂が立ってしまう。

 だけど、私のSTR(ちから)がゼロである以上、クロムの手を振り解くなんてできるはずもなく、否応が無しに大通りから脇道に連れて行かれる。

 けど、この先に何があるかは知ってる。

 時々、クロムと一緒に行った喫茶店。

 そこに行く道を一直線に進んでいるから。

 

 程なくして、喫茶店についた。

 中に入れば、場所が隠れているだけありプレイヤーの姿はなく、コーヒーの香りが店内に立ち込めている、はず。

 それすら今は感じ取るだけの余裕もなく、ただただ、クロムに捕まったがままにいつもの席についた。

 

「……なん、で」

「あ?なにが?」

「なんで。何でも、ない……言った」

「言われたな。けど、んな泣きそうな顔されてちゃ、曲がりなりにもパーティー組んでんだから放っておけないだろ」

 

 フードを被ってるから、身長差的にも顔は見えないはずなのに。

 

「クロムに、は。関係ない」

「だろうな。気にはなるが、問い詰めるつもりもない」

「なら……っ!」

「が。明日一緒に探索する奴が辛気臭い顔してると、こっちまで気が滅入る。問い詰めるつもりはないが、話したいことがあれば聞くぜ」

 

 話なんて無いと言っているのに、私の内面に踏み込んだとでも言うのだろうか、この男は。

 私の現実のことを知らないクロム。だからこそ、私も私を隠さずにいることができた。気遣う必要もなく、向こうも私を普通に見てくれた。

 それが、すっごく嬉しかった。

 

 だけど。

 

「……なら、尚の事放っておいて」

「おい……なんでそうなる?」

 

 もう、私の目はこの人を映さない。

 

 理沙と楓にゲームをしているとバレて、あの女の人に言ったことで、自覚してしまったから。

 自分の気持ちを、隠すなんてできないと。

 もし二人がNWOを始めれば、必ずバレてしまう。私の願いに。思いに。

 二人には、私がリハビリに通うのが惰性だと言っている。完全に筋肉が硬直し、絶対に動かなくなるということを避けるためだけに通っているのだと、そう思っていた(思い込んだ)し、そう説明(言い訳)した。

 

 

 けれど。

 

「自覚して、嫌悪して、叶わないと知っていても。それでも望んだ願いをこの世界(NWO)に持ち込んだ。

 ……ただ、それだけだから」

 

 隠して繕って覆い被せて、気丈な自分を作り上げて。それが自分なんだと言えるくらい、素の自分と同じくらいもうそれは望月九曜(わたし)だった。

 でもこの世界に来たことで、本当の私というものを、自覚してしまった。

 

 この世界なら、私はただのハクヨウ(わたし)でいられたから。だけど、やっぱりハクヨウ(わたし)九曜(わたし)だから。根底にある願いは消えなかった。

 

「その事に絶望なんてしてないし、とっくの昔に受け入れてる」

 

 だからこうして、嘘をつく。

 九曜(わたし)の望みは、遥か宇宙に浮かぶ月よりも遠くて。

 手を伸ばしただけじゃ、絶対に届かない。

 手を伸ば(宇宙を目指)しても、きっと届かない。

 それは、お医者さんにも回復は絶望的(あり得ない)と言われてしまっているから。

 

 夢を見て、思い描いて。

 それでも知られたくないとひた隠した。

 隠すそれを知られることに恐怖した。

 

 諦めず足掻いたって、届かないことはある。

 努力は無駄にならないと言うけれど。

 私の願いは。思いは届かない。

 

 それを持ち込んで、夢に浸って。

 楽しくて楽しくて。

 悲しくて悲しくて。

 

 叶わない現実で。

 

 叶う理想と……

 

 

 

 

 ……普通の皆に、嫉妬した。

 

 願いを知られるのが怖いくせに、夢を捨てきれずこんな場所に持ち込んだ。

 愚かしい自分に吐き気がする。

 知られた時、自分から人の同情を買おうとしてるのだから。

 今更気付いた己の馬鹿さ加減にイライラする。

 

 九曜(わたし)の願いは一つだけのはずなのに。

 何でもできるハクヨウ(わたし)九曜(わたし)が嫉妬した。

 

 

 それでも抜け出せない天国みたいな夢なんだ。

 

「だから、貴方にも知られたくない。

 この願いだけは。この夢だけは。

 誰にも相談、したくないんだよ。

 お願いだから。……放っておいて」

 

 

 

 歩くのを楽しむ私(本当の願い)を、あの二人が……

 そして本当の私をクロム(優しい人)が知ってしまったら。

 

 

 

 きっと痛ましいような……悲しい表情(かお)をさせてしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――大丈夫。

 

 明日には、ちゃんとハクヨウ(わたし)に戻るから。

 

 

 




 
 
 いつだって、願いは変わらなかった。
 けれど、この世界に来て、気付いてしまった。
 自分がこの世界に持ち込んだ願いの愚かさに。

 届かないと諦めた夢を見て、夢を抱いて溺死したくなる。
 けれど、ゲームという夢は必ず覚め、彼女に現実を突きつける。
 その繰り返しは、気付かぬ内に彼女に気付かせてしまった。

 気丈に振る舞う九曜(わたし)と、ゲームの気を抜いたハクヨウ(わたし)
 どっちも望月九曜。だけど、親友にはハクヨウが、クロムには九曜が知られたくない板挟み。
 自覚してしまったら、隠すなんてできない。どっちが良いかなんて選べない。
 なぜなら九曜を否定してしまったら、これまでの過去も、親友と過ごしてきた全ても否定する。
 ハクヨウを否定したら、この心からの楽しいと思う感情も、クロムとの探険も否定する。

 名は体を表すと言うけれど、
 彼女はその典型だ。

 ()を望み、されど届かない。
 七曜から外れた2つが『日食・月食』にまつわるように、一度は()に手が届く(を覆い隠す)
 されど、それは泡沫の幻想(ただのゲーム)で。
 夢から覚めて、現実を直視する。

 初めの頃に抱え、気付かなかった矛盾。
 気付いた、本当の自分。
 気付いた、仮面をつけた現実。
 それが演技だと、認めたくなかった。
 届かない願いの夢を見るのは。全てが叶う夢を見るのは、天国みたいだった。

 打ち明けるか、隠し通すか。

 その答えは、まだ出ない。

(4/30にPS特化。5/2に次話を投稿しますよ)


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速度特化と最高レベル

 唐突にシリアスを挟むと離れる人もいるけど、それ以上に読む人が増える。
 やっぱり急展開や転換点って注目を引くんですね。久方ぶりに日間ランキング入りました。

 ……へ?
 前回の謎語りした私はどうしたのかって?あれを毎回続けたら、私の精神が支障を来たします。具体的には、さして上手くもないシリアス過多な低評価林立待ったなしのクソザコ作品が出来上がります。

 一話の後書きでも書いた通り、シリアスな話は全体の中で極わずかです。
 多分一割シリアスで九割がノンストレス。

 ただし、その一割のシリアスがどの程度シリアスなのかは、前話から察して。

 


 

 頭につけていたVRのハードを外して、彼は冷静になって思い返す。

 

「ったく。無理してるのが丸分かりだっての」

 

 真っ白い少女が、今にも消え入りそうな雰囲気を纏っていたから。

 つい、心配になって声をかけた。

 その結果が、あれだ。

 前から、ハクヨウという少女のことは気にかかっていた。普段はとても明るい。

 口調はどもってこそいるが、はっきりと物は言うし、表情はコロコロ変わるし、基本的にとても良い子だ。

 ゲームを心から楽しんでいるのが、こちらにも伝わってくる。

 けれど。

 初めて会った頃から、どこかふとした時に何かを思い詰めるような。

 心の中に、何かを抱えているような表情をしていた。

 男は……NWOにてクロムと名乗る大盾使いの現在サラリーマンは、それを聞くつもりもなかったし、わざわざ踏み込む事はしなかった。

 現実のことを詮索するのはマナー違反である事と、単にこの男が優しいからである。

 

「現実じゃ叶わない、ねぇ……」

 

 長時間ログインしていたため、ずっと同じ体勢にいたことで凝った体を解しながら考える。

 自分の言い方が悪かったことに反省しながらも、やはり気にしてしまうのは、彼女が口走ったいくつもの思いだろう。

 本人は無意識だろうが、色々と気になる事を口走ったハクヨウ。

 その瞳は自分をしっかりと見つめているようで、もはや()()()()()()()()()()()()

 

 落胆?諦観?……いや。

 

「失望、か」

 

 それも、クロムへの失望……()()()()

 

「ありゃ、自分に失望してたなぁ……」

 

 『誰にも相談できない』と、ハクヨウは言っていた。クロムに失望したのだとすれば、『貴方には相談しない』となるはずなのに。

 他にも、言葉の端々から感じる自虐。劣等感。

 そういったモノがありありと感じ取ることができて、男は悩む。

 

「現実の事だから探りなんて入れたくねーけど……気にするなって方が、土台無理な話だっての」

 

 それでも、彼女は気にするなと言うだろうと、今日の感じから分かってしまう。

 

「現実で叶わない願い……それを、NWOに持ち込んだ、か……」

 

 ハクヨウのその言葉には諦めが含まれていたと、彼は思う。

 『努力すれば、何でもできる』なんて言わないし、言ったところで意味はない。

 夢は必ず叶うなんてありはせず、世の中は理不尽で満ち溢れていて、毎日その荒波を藻掻いてる途中だ。

 自分だってそうなのだ。

 そして彼女は、現実の何かを諦めている。

 以前学校に行っていると言っていたし、見た目的にも成人ではないのは明らか。

 学校に行っているのであれば、特に不登校などの深刻な問題があるわけではなさそうだ。

 ならば人間関係の問題か?と考えてみても、あの小柄で可愛らしい性格だ。庇護欲すら湧く彼女に、早々問題があるとは思えない。

 

「……分からん」

 

 結局、おいそれと踏み込んで良い内容ではないことだけは確かなので、男はハクヨウから言ってきた時には力になろうとだけ考えて、それ以上悩むことはしなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そのはずなのだが。

 

 

「悩まないなんて無理に決まってんだろうが…」

「ん?何か、言った?クロム?」

 

 翌日。仕事を終えてログインしたクロムは、そろそろ着慣れた、イズお手製の赤い鎧と大盾を引っ提げて神妙な面持ちで歩いていた。

 無理もない。

 昨日、あんな風に言われた相手とレベル上げに行くのだ。気にしない。悩まない。ハクヨウがどれだけ暗くても、普段通りでいよう。そう心がけていた。その方が、ハクヨウが気楽だろうから。

 そうやって自分がいつも通りに接していれば、ハクヨウの気も和らぐだろうと、そう思っていた。気を張っていたと言ってもいい。

 

 なのに。

 

「ハクヨウ、普通だな」

「う、ん?何、言ってるの?」

 

 昨日?え、何かあったっけ?と言わんばかりに、いつも通りすぎる相棒にため息をついた。

 コイツ……っ!と思わず頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。

 

「わっ。やめ、て、クロムっ」

「いてっ!おま、角で頭突きは辞めろ!」

 

 撫でていた手に角を突き立てられた。痛い。

 パーティーメンバー故にダメージは無いのだが、衝撃だけが伝わってくる。

 

「ったく……こちとら色々意識してたのによ…」

「意、識?」

 

 こてんっ、と首を傾げ、はてなマークを浮かべるのも相変わらずだった。イラッとする。もう一回、もっと強めにワシャワシャしてやろうか。

 

「はぁ……何でもない」

 

 顔に手を当てて溜め息を吐く。

 『昨日のこいつは幻覚だ』と思った方が、精神衛生上良さそうだった。

 

 なのに。

 

「……あれは現実のことだから。クロムは気にしないでいいよ」

 

 いつものぽつぽつ口調を引っ込めて。

 どこか毅然とした様子で、そう言うのだから始末に負えない。

 

「昨日のあれは、色々と気付かされて。悩んで、イライラして。八つ当たりしちゃったんだ。ごめんね、クロム?」

 

 八つ当たりにしても色々とぶっちゃけ過ぎだろうとか、現実のお前って闇抱えてんのかとかとか。取り敢えず言うことがあるとすれば。

 

「……構わねぇよ。昨日も言った通り、無理には聞かねえ。現実とゲームは別だからな」

「………う、ん。ありが、とっ」

 

 それだけで、花が咲くように笑うのだから、これで良いのだろう。

 そうクロムは、自分に言い聞かせた。

 

「時間、減った、から。速く行こ?【ばぁさぁかぁ】喚べば、すぐ、だよ?」

「ま、待てハクヨウ。それだけは辞めないか?」

「どうし、て?」

「あの筋肉マッチョの大鬼に乗るってのは、ちょっと精神的にキツイというかだな……」

 

「問、答無、用っ」

 

 街から出た瞬間に角笛を取り出し、アルトの音色を響かせて。

 

「【ばぁさぁかぁ】、クロムを担い、でっ!

 行く、よ!」

 

 

 その日の掲示板は、筋骨隆々なモンスターに担がれて死んだ目をする大盾使いの話題で、大いに盛り上がった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 最前線に着いたハクヨウとクロムは、クロムの士気がだいぶ低いものの、ちゃんとレベル上げをしていた。

 

「そう、言えば。クロム。【スラッシュ】!」

「はぁ…【炎斬】…あ、なんだハクヨウ?」

 

 ハクヨウの身の丈を超えるほどの巨大な斧を振り回すミノタウロスと戦いながら、会話を続ける。

 ミノタウロスは防御と攻撃力こそ高いが、動きは遅く、遠距離攻撃もないため見切りやすいし戦いやすいため、気楽に話せるのだ。

 

「今の最高、レベルプレイヤーって、どのくらい、なの?」

「あー……確か、34じゃなかったか?まぁ、一ヶ月ちょいでそれなら上々だろ」

「私、32、だよ?【八重・刺電】!決め、て」

「おう。【刺突】……ハクヨウは高い攻撃と速度で一体にかかる時間が極端に短いからなぁ……。まぁそのくらいはいけるだろ」

 

 ミノタウロスの周囲を飛び回りつつハクヨウが斬り刻み、正面で【挑発】して注意を引いていたクロムが、状態異常で止まったところを最速の突きでトドメを指す。

 粒子になって空間に溶けたミノタウロスを眺めながらも、クロムは呆れたように呟いた。

 

「だからこそ、そのハクヨウ以上のレベル上げをしてる奴は、相当な廃人ってことになるがな」

「クロム、は?」

「あ?俺はまだレベル29だな。ハクヨウと組んでない日は、だいたい囲まれれば負けるし、何回死んだかは百超えてから数えてねぇよ」

 

 死亡時のデスペナルティとして、経験値のロストと一部スキルのスキルレベル減少がある。それにより、クロムはレベルがなかなか上がらず、未だハクヨウに追いつかない。と言うか、追いつきそうにない。

 死亡回数は百を超えてから数えていないが、その数倍は死んでると確信しているクロム。あまり、自慢にはならない。

 

「だがその分、レベル上げに時間はかかってるが、戦闘経験は詰める。そう悪いことばっかって訳じゃねぇのさ」

「そ、か。なら、良いや」

 

 現在地の周囲のモンスターは狩り尽くしたので、しばらくモンスターは出てこない。

 モンスターを探して、密林の中を移動することにした。

 

「オークのコロニー、探、す?実入りは、良い、よ?」

「ありゃ探して見つかるもんでもないだろ。日毎にランダムだから、周期や出現予測は検証班に任せるとして、出会うのは時の運だ」

「ん。……でも、別のには、会えたみた、い」

「うん?そりゃ一体――」

 

 歩いていたら、いきなり周囲を見渡し、警戒しだすハクヨウに目を細め、耳を澄ませると、微かに戦闘音が聞こえてきた。

 

「おまっ、よく聞こえたな……」

「偶、然だけど、ね」

 

 魔法を派手に使っていれば、もっと戦闘音は派手になる。しかし、聞こえるのは武器を打ちつける硬質の戟音。

 近接系のプレイヤーだろうと判断した。

 

「……ん?もしかして、ソロか?」

「ここで、ソロ?命取り、だよ?」

「それ、ここを楽に走破できるお前が言うな」

 

 オークもミノタウロスも、しっかりと当てれば一撃で倒せる人が言っていい台詞ではない。

 大変なのは鰐だが、【水走り】で水上を走れるので地の利は効かない。というか【水走り】なのに、水の上に歩くこともできるハクヨウがおかしいのだ。水上で地上と同じように戦えるとか卑怯すぎる。

 

「ここでソロで戦えるなら、そりゃお前と同じ、トップの中のトッププレイヤーだけだろ。さっき話した、ゲーム内最高レベルのヤツかもな。……見てくか?」

「ん。気に、なる」

 

 近づくと、ハッキリと戦闘音が聞こえてくる。

 同時に、無数のモンスターの咆哮も。

 

「おいおい、どんだけのモンスター相手にしてんだ……?」

「わ。私が一度に、やるより……多、い?」

 

 二人が見たのは、二十体近いモンスターに囲まれながらもその全ての攻撃を見切り、躱し、逸らし、弾き。そして余裕を持って反撃する騎士の姿。

 

「す、ごい……」

「あぁ……お前とも違った凄さだな」

 

 

 剣と盾を持った、攻守ともにバランスの良い装備をした、金髪碧眼の男性プレイヤー。

 その戦い方は堅実でありながら、苛烈。

 敵の攻撃を防ぎ、自らの攻撃を確実に当てていくそのプレイヤースキルは非常に高く、烈火の如き怒涛の攻撃にモンスターはなす術なくやられていく。

 

「むっ……すまない!そちらにモンスターが行った!」

「気付いてたのか。やるぞハクヨウ」

「りょー、かいっ」

 

 それだけのモンスターに囲まれながら、ハクヨウとクロムを見つけるだけの広い視野まで備えていると来た。普通に人間業じゃない。

 が、それはハクヨウも同じだ。

 

「【五重・縛鎖】」

「まぁた種類増えやがって……助かるけどな。

 【炎斬】!」

 

 向かってきた四体に五重化した【縛鎖】を当てる。その状態異常は、分かりやすい【拘束】。

 苦無一つ一つが、刺さった瞬間にその姿を五本の白い鎖へと変化させ、向かってきたモンスターの体を絡め取る。

 動きが封じられた所をクロムが攻撃し、ハクヨウもまた、高速移動しながら刀で斬り刻んでいく。

 四体程度、一分とせず片付いた。

 ハクヨウとクロムは、もう少しだけ騎士から距離を取り、迷惑にならない程度に観察することに留めた。

 

 程なくして騎士プレイヤーの方もモンスターを片付け、二人の方に歩いてくる。

 

「さっきはすまなかったね。君たちに迷惑をかけた」

「いや、あれは俺らが近づきすぎたからな。結果的に横取りしちまって悪かった」

「ごめん、なさい」

「いや、あの量のモンスターと連戦は流石にキツかったからな。正直、助かった。……自己紹介がまだだったな。俺はペイン。よろしく」

「クロムだ。こちらこそ、だな」

「ハクヨウ、です。はじめまし、て」

 

 自己紹介をすませ、一度モンスターの湧きが比較的少ない辺りにまで移動する。このままここに居ては、話すに話せないという判断だ。

 

「お前の噂はかねがね。現最強殿」

「こちらも、君たち二人のことは知っているさ。最前線を駆ける最強兄妹、だろう?」

「クロム、まだ、その噂消えてない、の?」

「なんだ、兄妹じゃないのか?」

「周りが勝手に言ってるだけだな。そちらこそ、現最強ってのに謙遜も否定もしてねえし、自覚あるんだろ?」

「それなりに、努力しているからね」

 

 互いに有名プレイヤー。

 直接言葉を交わしたのはこれが初めてだが、噂はそれなりに知っている。

 

「まさか、本当にこのフィールドをソロで戦えるとはな。正直驚いたぜ」

「君たちはパーティーを組んでいるのか……だが、さっきも四体を相手に何もさせず倒していただろう?あれは俺にもできないさ」

「ハクヨウのお陰だがな」

「クロムが、守る、から。安全なだけ、だよ?」

「ありがとな」

「あ、う…ん」

 

 フードを目深に被って恥ずかしさを隠すハクヨウに、クロムが容赦なくその上から撫でくり回す。

 

「ははっ、なるほど。確かに、兄妹と言われても仕方ないな、これは」

「こいつがこんなだからな」

「こんな、って、何、クロムっ」

「いてっ、痛えってハクヨウ!」

「くっ、はははははっ!」

 

 クロムの手を振り払い、角を隠すこともせずクロムの腹筋に突撃する。

 鎧越しとはいえ、チクチクという感覚が伝わってきて、衝撃も合わさってそれなりに痛い。ダメージは入らないのに、衝撃だけが伝わるこの感じが不思議でならない。

 ペインはその光景を見て大爆笑。

 しばらくの間、クロムはハクヨウの頭突きを耐え忍ぶしかなかった。

 

 落ち着いた頃、やはりと言うべきか、ペインがハクヨウの容姿をまじまじと見て呟いた。

 

「……鬼、だな」

「鬼だろ?」

「あぁ、鬼だ」

「鬼、鬼。言わない、でっ」

 

 病的に白い肌と、縦に裂けた金瞳。額には小さいながら一対の角がある姿。普通のプレイヤーではまず見ない、人ならざる姿に目を丸くしている。

 

「コイツのスキルらしくてな。姿が鬼になるだけで、特に変わった効果は持っちゃいねぇ」

「へぇ……そういう変わったスキルもあるのか」

「その姿から、戻らない、けど」

 

 AGIが上がったり、即死耐性が付いたり、鬼が喚べたりなんかは言わない方が良いだろうと、クロムが敢えて全て伏せた。

 

「くくっ……確かに、その角で突撃されたら痛そうだ」

「思い出すな。……それなりに衝撃が来るぞ。試してみるか?」

「絶対、やらない、よっ」

「ははっ、残念だ」

 

 クロムの後ろに隠れ、フードを被り直して角を隠してしまう。明確な拒絶だった。

 

「……鬼なら人を食べたり、首を切らない限り死ななかったり、特殊な術を持ってたりすると思ったんだが……本当にないのか?」

「それは鬼滅○刃を読み過ぎだよ」

「残念だ……」

「そんなに、残念?」

 

 謎の憧れでもあったのか、項垂れて少し悲しそうなペイン。この数分でモンスターと戦っていた時のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

 何だこの、普通の気のいいお兄さんは。

 

「だって、鬼になるスキルがあるのなら、【呼吸】ってスキルがあるかもしれないだろ?」

「呼、吸?息する、だけのスキルって、必要な、の?」

「あぁ、ハクヨウは知らないのか」

「伝わらないとは、残念だ……」

「俺は伝わってるぞペイン。……まぁ、こいつは悪い鬼じゃねえってことさ」

「ならあの子に近いな!妹だし!」

「あぁ、あの子だな!妹じゃないが!」

「む、ぅ……二人で、盛り上がって、る」

 

 謎の以心伝心を見せて盛り上がる二人に、置いてけぼりを食らうハクヨウ。面白くない。

 

 その後ハクヨウは、着物を着てることもあり、ペインが持っていたスキルスクロールを咥えさせられそうになったり、何故かクロムが持ってた巨大な木の箱に入ってみてくれと言われたり、散々二人のおもちゃにされた。




 
 前話を読んだ後に今話を読むと、ほのぼのとしてるのにハクヨウちゃんへの印象が変わったのではありませんか?
 今回はノンストレスだった筈なのに、受け止め方が今までとは違ったのでは無いでしょうか?

 別にそれを感想に書いてとは言いませんが、そんな読者様各位を想像し、ほくそ笑んでいる最中にございます。(ゲス)
 もし、その変化した受け止め方を感想に書いていただけたら、私は夜神月の如く暗黒微笑を浮かべ『計画通り!!』と返させていただきます。

 気のせいか、ハクヨウちゃんの妹レベルが上がってる。というか、クロムさんがナデポ発動してる。なんだこれ?
 クロムさん、貴方だけは好き勝手に動かないと信じてたのに……っ!
 あとペインさんね。こっちも好き勝手に暴れました。なんだこれ?
 ハクヨウちゃんを鬼にしたのは、別にあの子を連想した訳でも無いのに。
 二人してハクヨウちゃんをおもちゃにしてるとか羨ま……けしから……羨ましいぞ!
 私も撫でたい!

 もうこれ、ハクヨウちゃんをヒロインにして、恋愛方面に発展しても良い気がしてきた。それならそれで、色々とバレた後にクロムさん√まっしぐらでしょ……。
 別の世界線で書きたくなるね。3作品同時投稿は死ねるし、絶対にエタるからやらない。

 あ、これまでで気付いてる方もいるでしょうが、私にとって後書きとは『遊び』です。ここで色々とぶっちゃけて制作秘話(笑)にしています。
 だから長くなるんだけどね。


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速度特化と女剣士

 もうタイトルから分かる通り、あの人です。
 流石にアニメ終わってから一ヶ月。少し前までの盛り上がりが無くなりつつあって悲しいですが、元気に投稿します!
 ハクヨウちゃんも元気に走り回り、ツキヨちゃんも向こうで暴れ回ります!

 ……防振り二次、もっと増えて良いのに。

 あと3、4人と顔合わせたら、メイプルちゃん合流させようと思ってます。
 原作だとリリースから三ヶ月で第一回イベント。その少し前にメイプルちゃん始めたけど、拙作だとリリースから二ヶ月で始めるから、原作より二週間程早く参入する予定なんですよね。
 やったぜ。
 


 

 そろそろ二陣の初心者プレイヤーたちの波も収まり、ある程度街に落ち着きが戻った頃。

 ハクヨウはふらふらと町中を散歩していた。

 

「ん。人も、だいぶ落ち着い、た」

 

 最近までは初心者で溢れかえり、人混みに慣れないためにオロオロしていたが、ようやくマシになったと安堵していた。

 そんな活気あふれる町並みを眺めて、ハクヨウは一人、噴水近くのベンチに腰掛けて、店売りのアイスを食べる。

 

 特にやることの無い昼下がり。

 休日の今日は特にログイン人数が多く狩場の取り合い。ハクヨウの行く最前線はそうでもないが、道中に多くて一目見て嫌になった。

 クロムはおらず、イズも作成依頼に大忙しらしい。この前遊ばれたペインには、あの日以来苦手意識がある。あれだ、近所の子どもを構ういじわるお兄さん。そんなペインに間を取り持てるクロムがいない状態で合う可能性は避けたかったハクヨウは、『今日はレベル上げは良いやー』と現実ではできない散歩を楽しむ。

 ベンチに……というか椅子に座ると、何故かやはり車椅子に乗っている時の感覚が蘇る。自然と車輪があるべき場所に手が伸びてしまい、空を切った両手を見て『そっか、歩けるんだ』と思い直して席を立つ。

 

「いつも行ってな、い、お店とか、行って、みようか、な?」

 

 NWOのフィールドを走り回ることを夢見ていながら、この街の中で知らない場所は沢山ある。だから、裏道とか路地裏とか、時間が許す限り探検してみようと思った。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 …………思って、いたら。

 

「迷っ、たぁ………」

 

 ここどこぉ……と項垂れる。

 どこを見渡しても似たような家が建っており、間違い探しかというほどに見分けがつかない。

 適当に彷徨った結果、同じような家が立ち並ぶよく分からない場所にいた。

 一度ログアウトして、もう一度ログインすれば、また噴水広場には戻れるのだが、それはなんか負けた気がした。

 何に、何が負けたのかは分からないが。

 

 適当にふらふら彷徨って、気の向くままに放浪したのが仇となった。方向音痴の典型例である。

 しかし、自分が方向音痴とは思わなかったハクヨウ、新たな発見で、それはそれで楽しかったりする。ポジティブだ。

 

 現実では、あまり家から出ない。町中を散策などしない。

 比較的短距離なら一人で行くこともあるが、それは全部知っている道だし、広い道しか通ってこなかった。

 けれど、ここでは。

 狭くて、入り組んだ路地裏だろうとすいすい入れる。車椅子では通れない道だって簡単だ。

 最初は本当に探検気分でワクワクした。

 『ここの道も行けるっ!』とはしゃいだ。

 結果が今なのだが。

 楽しかったから仕方ない。と気を取り直し、まぁこのまま探検しても面白そうと思い、また歩き出そうとすると。

 

「おや、先客がいたか」

「ふ、ぇ?」

 

 突然女の人の声が聞こえ、反応して振り向くと、黒髪を腰辺りまで伸ばした女性がいた。

 鉄装備の軽鎧で統一され、刀を一本装備しているのが、見てわかる特徴。

 二陣の人だろうか。

 

「あ。えっ、と……先客っ、て、どういうこと、ですか?」

「ん?この家のクエストを受けに来たわけではないのか?」

「クエス、ト?散歩してた、だけ、ですよ?」

「さ、散歩?」

「街の散歩、です。適当に、ふらふら……迷って、ここに」

「迷って、いるのか?」

「……………はい」

 

 気まずかったが小さく肯定すると、女性に思いっきり笑われた。どうしてか分からず首を傾げ、ついでに頬を膨らませて睨んでおく。

 

「ぷっ、はははっ……あぁいや、すまない。噴水広場に繋がる大通りの脇道で、堂々と迷っているというのが、どうにもおかしくてな」

「大通りの、脇道?」

「あぁ。そこの路地を抜ければ、すぐに大通りだ。まさかこんな場所で堂々とした迷子を見るとは……くくっ、はははっ!」

「っっ〜〜〜〜‼」

 

 なにそれ……っ!と、ハクヨウはフードを目深に被り、恥ずかしさで赤くなった顔を隠した。

 

「で、だ。君はクエストを受けに来たわけじゃないと言うことで良いのか?」

「……そう。ただの、散歩だか、ら。それ、でクエス、トってどういうの、ですか?」

 

 クエストと言われると、ハクヨウが思いつくのは【捷疾の鬼殿】クエストだけだ。他に受けたことがないから仕方ないし、少なくともあのクエストが発生する場所じゃないのは分かる。だから、どんなクエストなのか気になった。

 

「普通のお使い系クエストだ。素材を取って持ち帰るだけのな。一陣ならその辺は知ってるだろ?」

「そう、なんですか?」

「……待て、一陣じゃないのか?」

「一陣、だけど」

「なのに、知らないのか?というか、道に迷っていたのか?」

「それ、掘り返さないで、くださ、い」

「す、すまない……」

 

 ジト目で見れば、ちゃんと謝ってくれる。普通に良い人だと思ったハクヨウ。

 それから少し話を聞いてみると、装備を一式揃えるためには生産職プレイヤーに頼むか、ダンジョンの宝箱を狙うしかない。

 これはハクヨウでも知っていることだ。そして、生産職に頼むにはお金がかかる。なら稼ぐしかない。モンスターを倒し、素材を売って稼ぐのが普通だが、彼女が受けるつもりのようなお使い系クエストでは、同じ量を普通に売るよりも高い報酬が貰えるのだとか。

 だから攻略掲示板なんかではお使いクエストの情報なんて溢れるほどにあるし、ここはその中でも難易度が比較的高いけど報酬も相応に高いという、ハイリスクハイリターンなクエストなのだとか。

 

「君も装備一式揃っているし、こういうクエストをやってお金を貯めたと思ったんだが……」

「私、は、ダンジョンドロップで揃った、ので」

「なるほど。羨ましい限りだ」

 

 そう呟く女性の視線は、吸い寄せられるようにただ一点……【鬼神の牙刀】だけを見ていた。

 

「あ、の……?」

「え、あ、あぁ。すまない。不躾に見すぎていたな」

「それは、良いです、けど」

 

 装備一式が揃っていることに羨むのならば、武器だけを見ているのは考えづらい。

 

 というかハクヨウは、この人の視線に羨むとか嫉妬とかそういう感情を感じなかった。

 もっと素直で、もっと純粋な感情……これは。

 

「もしか、して。刀が、好き、とか。ですか?」

 

 いや、流石にそんな安直なわけ無いよね……と。変なこと言ってごめんなさいと言おうとした時。

 

「うっ……や、やはり分かるか?」

「え?」

「同じ刀使いとして、一生のお願いだ!その刀を見せてくれないか!?その柄頭から鞘の先まで純白に染められた刀がずっと気になっていてな……っ!」

 

 そこから始まる、見せてくれというお願いコール。目がものすごいキラキラしていて、その圧力にハクヨウは押されっぱなしになる。

 

「え、と……これ、一応、片手、剣です、よ?」

「何!刀じゃないのか!?」

「【刀術】も使え、る、けど。武器の種類として、は、片手剣」

「……なるほど。だから私が使うものよりも全長が短く、全体的に軽量化されているのか。本来両手武器である刀を、片手で振りやすくするために」

「あ、の……?」

「そして反りが少ないな。どちらかと言ったら軍刀……いや、君の見た目からして忍び刀か?それなら納得がいく片手を空けておくことで応用の幅が広がるし、正面から斬り合わないのであれば長物である必要もなく、小さくまとめているのは取り回しを重視するのであればむしろ必然。ますます興味深いぜひ見せてくれっ!」

「わか、った。見せる、からっ。離れて、くださ、いっ!」

 

 目がやばい。と、ハクヨウは本能的に分かった。この人に、刀の話はタブーだと。

 悪い意味ではなく、興奮でブレーキと言うものがぶっ壊れるのだと。

 今も【鬼神の牙刀】に目を向けつつもハクヨウの肩をがっしりと掴んで逃さないようにし、顔を突き合わせてぜひ見せてくれと迫っている。

 怖い。超怖い。

 最初の冷静沈着そうなイメージを返せ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……素晴らしい。白雪のような純白に染め上げられた、汚れを知らぬ刀身。美しい……綺麗だ。あぁ……私もこんな綺麗な刀がほしい……はあ〜……」

 

 【鬼神の牙刀】に頬ずりしながらうっとりとトリップする黒髪の女性。

 さっきマシンガントークの途中で、名をカスミと知ったハクヨウは、装備ステータスを絶対に見ないことを条件に、彼女に【鬼神の牙刀】を見せた。出会い方も、笑い方も、最初に話した時の雰囲気もサバサバとした大人の女性という感じだったのに、今は大好きなおもちゃを与えられた子どものようである。いや、トリップしてる辺り、子どもより(タチ)が悪いのだが。

 

「クエ、スト。受けなくて、良いんです、か?」

「うぅ……そうなんだがこんな美しい、芸術品のような刀を見てしまうと、どうにも離れ難くてな……この鞘に施された彼岸花も良いな。不吉の象徴ではあるが、それとは別に『情熱』の花言葉もある彼岸花だ。この刀に対する思い入れが伝わるようだよ……」

 

 ………刀身に頬ずりしながら、格好いい事を言っても全く格好良くない。とハクヨウは嘆息。

 情熱とか言われても、【九十九】の方が単純な使用頻度は多いのだが、それはさておき。

 

「自分の刀を作る時、に、存分に拘って、くださいっ!」

「……あぁ。確かにな。だが、それでもこれほどの刀を見てしまえば数日は忘れられそうにない」

 

 もうこの人どうにかして……と、ハクヨウに泣きが入り始める。

 第一、人の武器に頬ずりとかしないでほしい。潔癖と言うわけでは無いけれど、それ私の主武装なのに……あと、汚れは沢山知ってるよ。と思わなくもない。昨日だって大量のオークやミノタウロスを斬ったし。

 

「くっ……これほどの刀を見てしまっては、私も早く作成依頼をしたいな……」

「なら、早くクエスト、行けば、良いのでは?」

「うぅぅぅうぅ!」

 

 何その、刀はほしい!だけどこの刀も見ていたい!みたいな目は……と、もういい加減にしてほしかった。

 ハクヨウ自身に用事はないが、巻き込まれてるだけな上に、刀を渡してるから離れるわけにも行かない。ジレンマだった。

 だから、仕方なく。

 不肖不肖で、大負けに負けて。

 

「……武器、は、眺めるものではありま、せん」

「っ」

「使って、こそ、その真価を……輝き、を、発揮しま、す。だか、ら」

 

 クエスト行きたいんでしょ?

 新しい刀を欲しいんでしょ?

 この刀も見てたいんでしょ?

 

 なら。これ以上、この面倒な人に巻き込まれずに済むのなら。

 

「貴女のやりた、いクエスト、手伝い、ます。今日、だけ。この一回、だけ。好きなだけ、武器見て、いいから。資金貯めて、良いから」

 

 だから、これ以上……私の剣に頬ずりするのはやめろぉぉ――っ!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いやぁ付き合ってもらって悪いな!ハクヨウ」

「そうしなきゃ、折れなかった、くせに」

 

 鉱山地帯にやってきたハクヨウとカスミは、片やジト目で。片や物凄い笑顔で洞窟の中を歩いていた。

 

 ハクヨウがカスミに敬語を止めたのは、カスミに向ける年上への対応が面倒になったからである。もうこの人、ただの刀好きだ。面倒この上ない。

 クロムには普段から普通に話しているので、然程抵抗なく敬語はやめた。面倒だった。

 

 今日一回、このクエストを手伝ったら、もうハクヨウの【鬼神の牙刀】を頬ずりしない、ハクヨウの許可なく触らない、近寄らないで合意した。対象がハクヨウではなく、【鬼神の牙刀】だというのが、せめてもの優しさである。

 

「そう、言えば。クエストの内容聞いて、なかった。カスミ、説明、お願い」

「あぁ。そう言えば言ってなかったな」

 

 クエストNPCから借りたというランタンを手に、カスミが受注したクエストの内容を話し始める。

 

「クエストNPCは、この鉱山で働く鉱夫の頭領でな。なんでも、鉱山の中に凶悪な魔物が住み着き、採掘ができないらしい」

「ならそのモンスター、を倒すのが、クエスト?」

「そういう事になる」

「お使いクエストじゃ、なかった、の?」

 

 これじゃ討伐クエストではないかと、ハクヨウは白い目で見るが。

 

「正確には、モンスターは体内に鉱石を溜め込んでいるから、それを吐き出させるか、採掘して鉱石を持ってきてくれ、とのことだ。まぁ討伐とお使いの中間だな」

 

 報酬が良いのは、普通のモンスターではなく、相手がボス級に強いから……と。

 そして、単純に素材量が多いため、採掘するよりも戦った方が効率的なのだとか。

 

「そんなの、よく、やる気になった、ね?」

「実入りは良いし、鉱石を吐かせる方法は掲示板に上がっていたからな。倒したら追加報酬が付くんだが、それは諦めている」

「どう、して?」

「倒せないからさ」

「倒せない、の?」

「鉱石を吐かせると、その時点でボスが逃げて戦闘終了。吐かせず倒す方法がいくつか試されたらしいが、それも無理だった」

「?」

「鉱石を吐くのには、2つのパターンがある。一つは、腹部へ一定以上のダメージを与えること」

「もう、一つは?」

「HPを八割以上削ることだ」

「………は?」

 

 なに、それ……。と、思わず、そんな声が漏れてしまった。

 

「そう思うのも無理はないさ。倒すにはHPを削り切らななきゃいけないのに、その途中で鉱石を絶対に吐き出し、逃げてしまうんだからな」

 

 八割削れば確実に鉱石を吐くが、モンスターは逃げ出してしまう。

 最後まで削ろうとしても、途中で吐き出してしまうから意味がない。

 

「むり、ゲー……」

「一応攻撃特化プレイヤーが、一撃で残り二割になる前に削りきれば、討伐は可能だ。ボスのHP自体は低いらしいから、攻撃にほぼ極振りしたプレイヤーが成功した例もある」

 

 ――だが、お互い攻撃特化ではなさそうだし、それは無理だろう?

 

 と、カスミが朗らかに笑う。

 が。

 

 それはカスミが、ハクヨウというプレイヤーを知らなすぎである。

 攻撃極振り?それがどうしたと言わんばかりのAGIを持つハクヨウさんである。

 AGIの高さをダメージソースにしてしまう反則スキルを持つ、音速移動する化け物である。

 

 カスミもまさか、ここにいるのが【AGI】ステータスが2000を超え、与ダメージが【STR 400】に相当する化物だとは、夢にも思わないだろう。

 

「カスミ……その攻撃特化、の人のステータス、知って、る?」

「ん?確か……開示していたのは、STRが150だったと思うぞ。流石にそんな攻撃力は、ハクヨウもないだろう?」

「うん、そんなS()T()R()()()()()()

「だろうな。ハクヨウは見るからに身軽な装備だし、AGI特化型だろう?大人しく、鉱石を得てクエストを終えるとしよう」

 

 ランタンの光源だけで、薄暗い洞窟の中。

 カスミは、ハクヨウが嬉しそうに笑ったことに、遂に気付かなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 洞窟の中は、以前装備素材を取りに来た場所に雰囲気が似ており、出るモンスターも似た姿のものが多かった。

 と言うか体色を変えたり、一部分が違ったりというだけでほぼ同じだった。

 

「やはり、ハクヨウは戦闘慣れしているな」

「そ、う?」

「あぁ。恥ずかしながら洞窟探索は初めてでな。

 だからこそ、ハクヨウの場慣れは良く分かる」

 

 そう言われても、襲ってきたモンスターに驚きつつも、持ち前のAGIに物を言わせてカウンターしているだけである。

 

「わ、また……」

「良くそのタイミングからカウンターができると思うよ……」

 

 ツルハシのように尖った両翼を振り下ろしながら迫る蝙蝠に【鬼神の牙刀】を間一髪で当てて倒す。

 

「それに攻撃特化程ではないが、STRもかなり高いんだな。今の蝙蝠を一撃とは」

「あ、当たりどころが、良かった、だけ」

 

 スキルを言うつもりはないので、はぐらかしておくハクヨウ。

 

「さて。そろそろモンスターのいる辺りに着くはずなんだが……」

「……あ、あそこだと思う、よ。空間が、開けてる、から」

 

 ボス並みに強いというモンスターだろうと、それなりに動けるほどの広さが確保されている場所。近くにはバラバラに砕けたまま放置されたツルハシなどの採掘道具があり、ここがNPC達の仕事場だったのだろうと分かる。

 そして、その中央には。

 

「……トカゲ?」

 

 全身を鉱石のような光沢のある鱗に覆われた、巨大なトカゲ。トカゲと言うよりは、怪獣のようなフォルムをしている。

 

「あれが目当てのモンスター。10秒以上ヤツの視界に入るなよ。石化の能力を持っているからな」

「そ、れって……っ!」

 

 カスミに、どんなモンスターか聞かなかった自分が悪いのは分かっているのだが、カスミの方ももう少し早く言ってくれたって良かったじゃないかと。そう言いたかったけど。

 

 

「あぁ――バジリスクだよ」

 

 

 洞窟を崩壊させるのではないかという大音響の咆哮が、戦闘の幕開けだった。

 

 

 

 バジリスクに捕捉されないように、ハクヨウは最初から全力で駆け回っていた。

 まぁそんなことしなくても、【辻斬り】で敵対値(ヘイト)の比重はカスミに傾く。

 教えてくれなかった腹いせに、カスミには多くを背負ってもらおう。

 

「ハ、ハクヨウももう少し攻撃してくれっ!」

「はぁ……【投剣】、【投剣】、【投剣】」

「それで三割も持ってくとは本当にお前はどうなっているんだ!?」

 

 明らかに手を抜いて、遠くから適当にポイポイポーイと苦無を投げてるだけなのに、一投一割で削れていく。

 バジリスクと正面切って戦い、爪や牙による攻撃を辛くも避け、強烈なブレスも予備動作を見切って、絶対に一箇所には留まらず動き続けて。

 そうやって物凄い頑張ってる自分(カスミ)が馬鹿なのではと思えてくるアホみたいな火力。

 

「だが、やるならちゃんと腹を狙ってくれ!その方が早く済む!」

「カスミ、ファイ、トっ」

「あぁぁぁあああっ!黙っていたのは悪かったから!謝るからもう少しお前も手伝えぇ!」

 

 そんなこと言われても……と。

 ハクヨウは、()()()()()()()()()()()()()()を見つめながら、ため息をついた。

 

「ボスじゃ、ない、とか」

 

 正確には、ボスモンスターはダンジョンを除き、特殊な場合しか現れない。

 今回のバジリスクは、あくまでもクエスト対象のモンスター。討伐か一時的に追い払うのが目的の、()()()()()()()だ。ボスモンスターとは系統が違う。

 

「ちゃんと、戦って、る。カスミよりダメージ、稼いで、る。がん、ばっ、カスミ」

「それは、そうだがっ!その消えるスキルはなんだとか聞きたいことはあるんだがっ!」

「ひみ、つ……私が本、気出した、ら、バジリス、ク、倒せる、けど……良いの?」

 

 カスミのクエストなのに、私が完全にやっちゃうけど、それ、一プレイヤーとして納得できるの?と煽る。

 消える秘密も何も、スキルじゃなく、ただ全速力で走っているだけなのだが、それも言うつもりはない。【鬼神の牙刀】を頬ずりしていた仕返しである。あとついでにバジリスクのことを教えてくれなかったから。

 

「ただの手伝、いが、倒しちゃって、カスミは、納得す、る?」

「そんなの……」

 

 するというのであれば、【一重】で火力を重視した【手裏剣術】をばら撒く。

 最高速で駆け抜けて、【居合い斬り】する。

 【瞬光】から首の線を狙い、【首狩り】による即死を与えてもいい。

 そんな面倒な手をしなくても、自分の攻撃力であればこの程度のモンスターはどうとでもなる。

 だって、これはあくまでお使いクエスト。

 それは、実際に戦ってみて分かった。

 このバジリスクは最前線のオークよりは強いが、鰐程じゃないから。

 単純な力として。

 攻撃力、機動力、凶悪性、攻撃の密度。

 一つ一つを見れば、ミノタウロスにも、オークにも、それどころか最前線の動物モンスターにも遠く及ばない。

 初心者用のクエスト。

 それが手に取るように分かる程、バジリスクの動きは単調で分かりやすい。

 怖いのは石化の能力だけど、そんなの本来なら初撃で目潰ししてしまえばどうってことない。

 

 だからカスミが、ハクヨウ(じぶん)が殺っていいと言うのなら、すぐにでも倒す気でいる。

 このくらいで折れる人に、これ以上手伝う義理も無いから。

 

 だけど。

 

「納得するわけあるかっ!」

 

 やっぱり、良い。と、ハクヨウは笑う。

 簡単な近道を選ばず自分でやると決めて貫く。

 それができるカスミは、良いと。

 クロムも大盾の扱いにくさを嘆いていたけど、既に多くの人に知られる大盾のトッププレイヤーとなっている。

 やり直すという簡単な道ではなく、苦労してでも貫き通し、今の実力を得た。

 だから、ハクヨウはクロムに懐く。

 かつて自らが諦めた姿にダブった彼が、自分と違い諦めずに足掻く姿に魅了されたから。

 

 そして、今もそう。

 自分の力で勝つことを諦め、ハクヨウを頼る(夢に逃げる)

 その簡単な方を選ばず、自分の力で勝つことに貪欲な姿。カスミの意思。

 そんな諦めてしまう自分とは違う、彼女の格好良い姿が見れたから。

 

「なら、倒せる、ように」

 

 全力の後押しを。

 

「【九重・縛鎖】っ!」

 

 右手に二本。左手に一本。

 八本の最大数とは程遠く、火力もない。

 けれど、最大限の後押しができるそれは。

 

「なっ鎖!?ハクヨウか!」

「現最、大級……()()()()()

 

 知っている。【投剣】を三本入れても状態異常が入らなかったバジリスクの耐性の高さは。

 だから、威力は求めず多重化したのだ。

 だから、同時に当てて重複させたのだ。

 今できる最大限の多重拘束を入れて、動きを封じたのだ。麻痺などではすぐに回復されると思ったから。

 都合27本の鎖は、ガッチリとバジリスクを拘束し三分は離さない。

 三分は、その場から逃げ出せない。

 【拘束】の多重化は、拘束時間が伸びるのではなく、拘束力が強まるだけだから。

 

「三分……それで、仕留めて!カスミっ」

「承知!」

 

 残りHPは半分。けれど、その場からまともに動けず攻撃もできない相手は怖くない。

 多少自由の効く腕も、口も。攻撃は続く。

 けど、後ろ足は完全に縛り上げられ、その場で仁王立ちしているしかないバジリスク。首は動かせず、石化の邪眼も懐に入ったカスミを捉えない。

 振り向けないのだから、後ろから斬りつけられれば防御もできない。

 ハクヨウはカスミのその姿に大丈夫と判断し、バジリスクの視界外で腰を下ろした。

 

 

 スキルを連発し、本当に三分でカスミはバジリスクのHPを削りきった。

 

 

 




 
 バジリスクは蛇っていうのが通説ですが、時代とともにコカトリスと同一視されたり、トカゲという説もあったりと、それぞれ別物として扱いやすいですねw
 作中ではハクヨウちゃんは大きなトカゲと称しましたが、見た目は翼がないドラゴンです。
 地竜とも言いますね。
 ドラゴンというのは、神話において『蛇』に属する存在なので、巨大な蛇として語られるバジリスクもまた、ドラゴンとしての側面を持ち得る存在です。その為今回は、ドラゴンに落とし込みました。
 コカトリスとの同一視は、どちらも蛇としての側面、邪視、猛毒という共通点から、元々は別々の地域で別々の存在として伝わっていたものが広まる過程で混ざったとか。
 まぁ、日本の創世神話なんて世界各地の神話様式が混ざって混沌としたモノですし、バジリスクとコカトリスの同一視なんて可愛いものです。
 須佐之男命が高天原を追放された理由とか、須佐之男命の成り立ちと彼の立場から紐解くと、彼がやったのは正しい行為だったりします。

 まぁそんなことは置いといて。
 カスミは第二陣から参加です。本当は一陣で参加させたかったのですが、ミィ、ペインに続きフィールドで出会うというのも芸が無いなと。
 ハクヨウちゃんには迷子になってもらいました。久しぶりに言う通り動いてくれました。
 あと、原作知ってる人なら知ってる、大の刀好きーな側面を全面に押し出しました。
 いつもは格好良いのに良い刀、というか和の物を前にするとカスミ可愛いですよねw

 カスミがやったのは、掲示板ではお使いクエストとして扱われる物。
 結局の所は『バジリスクがいて危険な洞窟から、素材を取ってきてくれ』という内容のクエストですので。ぶっちゃければ、洞窟で普通に採掘して持ち帰っても達成します。
 ただ、量は半端じゃないくらい必要なので、バジリスクに吐き出させた方が遥かに楽。

 バジリスクは状態異常耐性が高く、身動きを封じるのが困難、討伐は不可能。身動きを封じずにHPを削れば、いつか絶対に逃げる。
 そんなモンスターです。
 だから危険度は高いけど、ちゃんと立ち回れば達成できるクエストという感じですね。
 バジリスクを倒すには『一撃で倒し切る』か『動きを封じて逃さない』などの策が必要。
 後者は普通の状態異常では不可能でしたが、ハクヨウちゃんは普通じゃないので封じることができました。

 【縛鎖】の現最大重複。
 失敗すると【九重】1本分しか拘束できませんが、現状3本なら全く同時に当てられるので、重い【拘束】が入りました。

 あ、あれ…おかしいな。
 後書きで1000字に到達しちゃいました。

 で、では今回はこの辺で。


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速度特化と速度特化

 昨日、特別ssを投稿したら中々に好評で嬉しかったです。まぁ、ハクヨウちゃんは本編でも使ってない【忍法】使っちゃったけど。
 【白夜結界】。落第騎士(お兄さま)大好きな珠雫(ドS妹)からクロスオーバー(拝借)。詳細はその内に本編中で使ったら載せます。
 今後も折を見て、一人クロスやりたい。
 


 

 カスミと出会い、一緒にクエストをした日から数日。あれからカスミとはたまに会い、クロムがいない時にはパーティーも組んでいる。

 そしたら、いつの間にかカスミがハクヨウに対し、クロムと同じような視線を向けてくるようになったのだが、別に気にしていない。

 

 時々刀よりもハクヨウの頭を撫でるのを優先したり、『あそこの甘味が美味しい』と誘ったりしてるのは、フレンドだし別に良い。

 ハクヨウもカスミの事はクロムの次くらいに気に入っており、見かければハクヨウから声をかける程度には懐いていた。

 

「と言うわけ、だから。カスミの刀、作って?」

「ハクヨウの紹介だから、腕は信用している。よろしく頼む」

「ふふっ。良いわよ。今は初心者の依頼も落ち着いて、ちょうど暇をしていたの」

 

 そんな訳で、今日はカスミに腕の良い生産職を紹介してほしいと言われたので、ハクヨウはしばらくぶりにイズの所にやってきた。

 

「相変わらず、ハクヨウちゃんは忍者やってるみたいで、お姉さん嬉しいわぁ」

「そんなつもり、ない」

「いや、ハクヨウのプレイスタイルは、完全に忍者のそれだろう?」

「む、ぅ……」

「ふふっ、かわいいわぁ…」

「撫でない、で」

 

 ソロの時もパーティーを組んだ時も、だいたい高所から【手裏剣術】したり、背後に回って奇襲したりと、速度を活かした暗殺を重視しているハクヨウは、見た目も相まって完全に忍者のそれである。

 だがハクヨウとすれば、正面戦闘をやる自信が無いから、一番効率がいい方法を選んでいるだけだ。忍者の意識なんて無かった。

 そう苦言を呈しても、(自称)大人のお姉さんなイズは気にも止めずにハクヨウの頭を撫でてくる。

 

「なんでみんな、私の頭撫でる、の?」

「「え……?可愛いから(だな)」」

「むぅ………」

 

 クロムもワシャワシャしてくるし、イズも最近になってこうして優しく撫でてくるし、カスミなんて挨拶代わりに撫でてくる。

 後者二人は優しい撫で方だから拒みにくいが、クロムには何度角で頭突きしたか分からない。

 それでも辞めないクロムはなんなんだ。

 

「それよ、り。今は、カスミの武器の、はず」

「ふふっ、そうだったわね。ごめんなさい」

「構わないさ。ハクヨウの頭は撫でやすい高さにあるからな。本人の反応もあって、思わず撫でたくなる」

「褒められてる気、しないんだけ、ど」

「そんなことないさ」

「だか、らぁ……っ」

 

 ジト目を向けても、笑って撫でてくる。

 ハクヨウは振り回されっぱなしだった。

 なので、本題に入ってもらう為にも高速で離脱した。

 

「む、逃げられたか……」

「それ以上撫でる、なら。私にも、考えがある、よ。カスミ」

「ほう……何を企んでいるんだ?」

「もうカスミとパーティー組まない」

「済まないこの通りだ許してくれ」

 

 撃沈した。轟沈した。陳謝した。

 そんなに撫でるのが楽しいのかと疑問に思ったものの、頻繁に撫でないのならと今回はこれで許したハクヨウは、店の扉に手をかけた。

 

「カスミに頼まれたの、は、イズの紹介と、仲介。だから、もう行く、よ。じゃあね、イズ」

「えぇ。良い顧客をありがとねハクヨウちゃん」

「ハ、ハクヨウ?私には無いのか?」

「イズ。カスミ、私とパーティー組んでからゴールド沢山、持ってる。着物とか、似合うと思う、よ」

「うふふ……っそうね。創作意欲が沸き立ってきたわ。ハクヨウちゃんの装備を作ったお陰で、【裁縫】スキルも上げてるし……カスミさん、ちょっと奥で話しましょう?」

「ま、待ってくれ。私はハクヨウにまだ挨拶を――」

 

 イズは言えば嫌なことはしないので、ハクヨウとしてもなんとも思っていない。けれど、カスミは時々度が過ぎることがあるので、これはちょっとした仕返しだ。

 

「カスミ……貴女のことは、忘れない、よ。三分くらい」

「ハクヨウ―――っ!?」

 

 キラキラした目のイズに引っ張られるカスミに手を振って、ハクヨウは本当に三分きっかりでここで起こったことを頭の片隅に追いやった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ログインして最前線に向かった(全て無かった事にした)ハクヨウは、カスミの顔を思い出して(なぜか分からないけれど)笑いを噛み殺し、レベル上げに勤しんでいた。

 

「【刺電】【毒蛾】【炎蛇】【睡閃】【凍貫】【疲燕】【縛鎖】」

 

 全七種四本……計、二十八の苦無を連続して投げつける。

 全て威力重視の【一重】で放ち、一体一体を確実に倒していく。

 取り囲むのは三十を超えるモンスター。

 けれど、【瞬光】を発動している今のハクヨウには止まって見え、確実に一体一投で倒していく。ハクヨウの攻撃力が【400】相当を超えているからこそできる芸当であり、確実性を取って両手に二本ずつ挟んで投げていく。

 【大立ち回り】の効果もあり、そう時間はかからずに強い十体を残してモンスターを殲滅すると、【九十九】を解除して【鬼神の牙刀】に手を添えた。

 

「―――ふっ」

 

 灰色の世界で一歩を踏み出し、地を駆ける。

 いつもより体感的には遅い速度だが、ミノタウロスはハクヨウ(ターゲット)を見失い辺りを見渡す。

 その時には、既にハクヨウはモンスターの背後を取っていた。

 

「ひとつ」

 

 首筋に見える赤い線に慎重に刃を添えて、一気に横に引くと、その首が宙を舞う。

 

「【跳躍】―――ふたつ」

 

 その瞬間だけはハクヨウを視認できた二体目のミノタウロスが、右手で巨大な戦斧を振り下ろす。

 しかしハクヨウは、驚異的な加速力でミノタウロスの左脇を通り過ぎながら【跳躍】し、こちらの首も飛ばす。

 

「……みっ、つ、よっつ、いつ、つ」

 

 オーク三体が連続して襲ってきたが、その間を駆け抜けながら三度、刃を添えて首を飛ばす。

 

「むっつ……ななつ」

 

 勢いあまり、池の上にまで来てしまった所を二体の鰐が襲いかかる。

 しかし、怖いのはその速度と噛みつかれた後のデスロールだけ。速度に関しては、灰色の世界ではあまりに遅すぎる。

 自身の小さな体を更に縮こませ、水面に頭を突き出した鰐の無防備な懐に飛び込み、胴体と頭の間に見える赤い線を刃がなぞる。

 

「――やっつ。ここのつ」

 

 来たのは蛇。

 水陸両方を活動場所に持つ、攻撃力は低いが素早く厄介で、毒を持つモンスター。

 全長二メートル、太さはハクヨウの胴ほどもある全身筋肉なこいつは、その筋肉を存分に使って襲いかかってくるが、スーパースロー映像でも見せられている気分のハクヨウは、動じずに片方のその背中に跨ると、頭を叩き割る。もう一体も、同様に。

 

 最後に来たのは、土竜(もぐら)。けれど、体長三メートルはある、このエリアでの陸の王者。

 ハクヨウが着地した地面を砕いて飛び出した土竜は、けれどその瞬間の手応えのなさに戸惑う。

 

「【スラッシュ】―――とう」

 

 それで、終。

 砕けそうな地面が見えた時点で、何が来るか察知したハクヨウは、その場を飛び退き、スキルの準備をしていたのだ。

 

 この間、五十()秒。

 ハクヨウ自身が攻撃、移動している時間は、()秒と無いだろう。時間の殆どが、モンスターの攻撃予備動作に使われている。

 

「ふ、ぅ……」

 

 五十分(五分)の戦闘を終えて、世界が色づくと共に力を抜く。最近始めた、わざとモンスタートレインをしての自力スパーリングは、なかなかに調子が良かった。レベルも出会った時のペインに追いつき34。ハクヨウとしては癪だが、ペインのようにモンスターに囲まれての戦闘はなかなか新鮮で楽しい。

 

 そして、反応速度が向上したハクヨウは、ちゃんと世界全体を見つめていた。だから、気付いている。

 

「そこの、人。ずっと、私を見てました、けど。何か用、ですか?」

 

 木の影に隠れている人に声をかけると、観念した様に姿を表した。

 腰に短剣を佩いだ、色黒の男性プレイヤー。

 装備は無駄なものを全て取り除いたような簡素なものだが、森の中でも目立たない迷彩柄をしている。

 

「気付いてたのか……つくづく、そういう所もペインと同格なのかね」

 

 ハクヨウからすれば、五十分以上もの時間見つめられていたのだ。戦ってる途中であろうと、見つける余裕はかなりあった。

 

「ペインさん、の、知り合い、ですか?」

「ま、顔見知り程度だがな。俺はドレッド。前から噂の【白影】がどんな奴か気になって観察させてもらった。悪かったな」

「【はくえ、い】?」

「真っ白くて、影しか残さないほどのAGIを持ったプレイヤー。お前のことだろ?」

「そう、なんですか、ね?」

 

 ハクヨウ自身がそう呼ばれた記憶はない。遠くでそんな呼び名を囁く人たちは見たことがあるが、自分のことだとは露とも知らなかった。

 それに、今では影()()残さないAGIだ。一緒にしないでほしかった。

 

「まぁ……良い、です。見られて、困るものじゃ、ないから」

「ありがとよ」

「けど。なんで観察、を?正直、ストーカーかと、思い、ました」

 

 自意識過剰なつもりはないが、隠れてじっと見つめてくる視線はストーカーに近いものがある。

 

「そりゃ悪かったな……だが、純粋な興味だ。俺より速いって評判の奴への、な」

「?……あ。そういう、人ですか」

 

 ハクヨウの中で、このドレッドというプレイヤーは【捷疾鬼】と同類にカテゴライズされた。

 つまり、速さを貪欲なまでに求め、自分が誰よりも速いのだと証明したい速度狂に。

 完全な思い違いである。

 

「なら、満足しました、か?」

「あぁ。ただ速いだけのお前は、別に怖くねえって分かったからな。満足だ」

 

 安い挑発だと、ハクヨウはそう思った。

 まるで、お前程度なら、見る価値も無かったと言うかのように。

 自分に自信があるのかは知らないが、なるほど。ソロでここに来れる程度の実力はあるのだろうと思う。けれど、ハクヨウには関係ない。

 

「別に、私は強くなくて、良いので」

「あ?」

「誰よりも、強くなりたい。……なんて、思ったこと、ないです、から」

 

 だって、走れれば良いから。

 この世界を歩いて、走って。

 ()()()()()、見て回りたいだけだから。

 それが愚かだと分かっていても。

 ここでの彼女はただのハクヨウだ(九曜ではない)から。

 

「この世界を、自分の足、で、満喫する。誰かと比べる強さ、っていうのは、必要ない、です」

 

 ただ、NWOを隅々まで楽しむために。

 たくさんの場所を見に行くために。

 その為に、レベルが必要なだけ。

 理沙と楓に教えるかの答えは、まだ出ていないけれど。

 今はまだ、願いの通りでいたいから。

 

 ハクヨウにとってレベル上げという行為どころか、レベルそのものも、モンスターとの戦闘も、装備も、全てそのための手段でしかない。

 

「なるほど。お前は、生粋のエンジョイ勢ってわけか」

「エンジョイ、勢?……楽しい、からって以外、このゲームをやる、理由、いります、か?」

 

 面白おかしそうに喉を鳴らして笑うドレッドに、ハクヨウは首を傾げる。

 

「くくっ……『誰より強くなりたい』『誰かに認められたい』『誰よりも目立ちたい』……そんな自己顕示欲、お前にゃ無さそうだ」

「ドレッドさん、は。強く、なりたいんです、か?」

「そりゃあ、圧倒的な強さってのには憧れるさ」

「それに、しては……」

 

 やり方が正道ではない。あるいは、誰もが憧れるような、騎士のような出で立ちには見えない。

 

「俺にはこのやり方が合ってるのさ」

 

 黒塗りの短剣をクルクルと手の中で弄びながらニヤリと笑うドレッド。

 ハクヨウはなるほど、この人も、この人なりに楽しんでいるのかと納得した。

 その方向性が、ハクヨウとは違うだけ。

 ならば、これ以上の会話に意味はない。

 

 

 時間ももうすぐ夕ご飯になる。

 ならば、話は終わりにし、ログアウトしても良いだろうと、ハクヨウはそのままステータス画面を開いた。

 

「私は、これでログアウトします。さようなら、ドレッドさん」

「おいおい、こっちだけ名乗ったのにそりゃねぇだろ?」

「ストーカーしてた人、が、勝手に名乗った、だけでは?」

「ぐっ……」

 

 無断で見られていたのだから、このくらいの仕返しはしても良いだろうと思って言い返せば、ドレッドは言葉に詰まっていた。

 

「……冗談、です。ハクヨウって、いいます」

 

 それだけ言って、ハクヨウはドレッドの返答を聞かずにログアウトした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 未だ震える左手をポケットから出し、ドレッドは肺の空気を全部吐き出した。

 

「……あれで強さはいらないって、どんなギャグだっての……」

 

 見かけたのは、本当に偶然だった。

 偶然、知り合った奴らにパーティーに入ってくれと声をかけられて。

 偶然、暇だからと応じ、最前線に来て。

 偶然、そいつら全員が死に戻りして、いつも通りソロになった。

 そして偶然、レベル上げ中にここを通りかかったというだけ。

 本当に、ただそれだけ。

 偶然に偶然が重なった奇跡的な確率で、ドレッドは真の神速を見たのだ。

 

 彼女の戦いは圧巻だった。

 ともすれば、ペインよりも圧倒的。

 自身の持つ【神速】を使っていないのに視認不可能という、ありえない敏捷性(AGI)

 高すぎるAGIは操作が追いつかず振り回されがちだというのに、俊敏かつ精緻な体捌き。

 目で追えたのは、最初の投擲中と、モンスターに斬りかかった一瞬だけ。それも『立ち止まった』と確実に分かった2、3体だけだ。

 見つかった時は、冷や汗が流れた。

 あれ程の馬鹿げた敏捷ならば、数十メートルの距離は一秒以下で詰めてくる。

 一撃は対応できる自信があったが、それが二撃三撃と重なれば分からない。

 

「まだ、隠してるだろうしなぁ……」

 

 ハクヨウは言っていた。

 『見られて困るものじゃない』と。

 あの、『一度で大量の剣を投げていたスキル』を見られてなお、そう言ってのけた。

 それに、今まで信じ続けたドレッドの直感が、()()()()()()()()()()()()()

 こんな経験は初めてだった。

 

「一投一殺って、どんなステータスしてるんだっての……」

 

 間違いなく、【AGI】と【STR】に二極した尖ったステータスをしているのだろう。自分も似たようなものだが、最低限の防御力や【DEX】は捨てられないので、あんな割り切ったやり方はできそうにない。

 それに、この地域はペインですら、一撃で倒すにはかなりの威力が必要としたはずだ。

 

「見失うほどの速度に、馬鹿げた火力。チート……は、ねぇか。()()()()()に気付く素振りも無かったし、そんな事ができるタマにも見えねぇ……()()()()()()()怖くもない」

 

 あんなぽわぽわした天然っぽい少女が、裏でどぎついチート行為をやってるとか考えたくない。

 チートは、強くなったと思い上がっただけの雑魚だと、ドレッドは断じる。

 それに頼る程度の輩ならば、三流どころか四流……己に立ち塞がるような障害ではないと。

 

 だからこそ、これほどの恐怖は初めてだった。

 

 一瞬でも気を抜いたら命取りの相手とは、彼女のことを言うのだろうと。

 

「……いや、そりゃむしろペインの方か」

 

 一手でも読み間違えれば、詰め将棋のように対応策を潰され、間違えずとも地力で押し負けてしまう相手がペインだ。

 けれど、ハクヨウは違う。

 ハクヨウがその敏捷性を全力で発揮した瞬間、ドレッドは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 必ず負ける。

 

 ペインとは違い、反応すら許さない速度で。

 スキル【神速】などと言う紛い物ではない本物の神速で斬って捨てられる。

 

 斬り合うことも、防御すら間に合わない理不尽な速度で。

 

 

 

 

 だからこそ。

 

「はっ……良いじゃねぇか」

 

 ドレッドは口角を釣り上げ、獰猛に笑うのだ。

 

「こういう相手こそ、滾るってもんじゃねえの」

 

 ならば俺にできることはと、貪欲に勝利を欲するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――震えは、とうに収まった。




 あ、後書きに書いてあった事全消ししたんですけど、気にしないでください。
 代わりにただ思ったこと書くんで、読みたい人だけ読んでください。

 皆さん、感想をいつもありがとうございます!
 拙い作品ですが、いつも読んでくれて本当に感謝してます。嬉しくて泣いちゃいます。
 後書きに対する感想とかも結構書いてくれて、『あ、最後まで読んでくれてる』って分かり、ひっじょ〜っに嬉しいです。

 け ど !
 『後書きのことしか』書かない人って、なんなんですかね?
 後書きは遊びなんで、遊びに対してコメントをくれるのは、それなりに嬉しいです。
 それに、私だって何でも知ってるわけじゃないから、にわか知識で書いちゃうことはあります。
 全能神じゃないんだから。それを訂正してくれる人には感謝してます。訂正したい気持ちもわかります。どうもどうも!

 でもさ。後書きのこと()()書かない人、理解してるんですかね?
 それが、『作品と投稿者』に対する最大限の侮辱だって。
 『()()()()()()()()()()()()()()』って言ってるだけだって。
 作品の感想を書いてくれて、その上で後書きにも訂正してくれる神様は本当にありがとうございます足向けて寝れません。

 作品への侮辱と理解して書いてる人は、まぁ良いです。私がその人を大嫌いになるだけなんで。でも、理解せず書いてる人なんなんですかぶっ○しますよ!

 作品に対する感想が無いなら書かないで結構なんですよ!感想があって書いていただけるなら、それが誹謗中傷だろうが喜び勇んで舞い踊りますよ!その人の基準に届かなかった私が未熟なのでね!

 でもね!
作中に関係ない部分を朗々と語るだけ語るとか舐め腐ってんですかふざけんじゃねーですよ!

……ふぅ、叫んだらスッキリしました。
 あ、書いてる時ホントに叫びました。
 今これを書いた理由は特にありません。でも、前々から。それこそ私が二次創作を書き始めた頃から持っていた思いが、唐突に爆発しました。許してください。
 『本音漏れすぎて草』とでも思ってて下さい。
 後書きで作中の雰囲気をぶち壊していくスタイル。そろそろ直さないとなぁ……


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九曜の現実

 速度特化は、どうしてもストーリーが進まない。というのも、色んなキャラクターに出会わせたいけど、皆未来のトッププレイヤーだから、出会い方もテンプレになりつつあって、バリエーションを考えるのが大変。
 まぁ、それも楽しんでますがね。
 今日は、この人!

 


 

 両手で手摺りを握り、全体重を腕で支える。

 

「ぅ……くっ」

 

 半ば宙ぶらりんとしか言えない脚を地につけ、少しだけ体重を乗せれば、まだ神経の繋がっている膝上に多大な負荷がかかった。

 長年、何度も味わってきた激痛は、けれど慣れることなどありはしない。

 それでも、前へ。

 九割方の体重は腕で支えているので、まだできる。まだ、やれるから。

 

「ん、ぅあ―――っ」

 

 何とか動かせる腿を持ち上げて、もう一歩。

 少しでも、前へ。

 手摺りの終わり口。

 僅か五メートルが呆れるほど遠い。

 向こうなら軽くジャンプすれば、(まばた)きの間に辿り着く距離なのに。

 私の身体は、こんなにも重い。

 

「は、ぁ……っ!」

 

 少しずつ、前へ。

 これがどれだけ苦痛でも。

 これがどれだけ辛くても。

 これがどれだけ無意味でも。

 

 歩けない体を必死に動かして、()()を止めたくないから。

 

 だから。

 

 

 

 

「はい。お疲れ様、九曜ちゃん」

「はぁ……はぁ……っ。は、い。美紗さん」

 

 

 二十分もの時間を要して、その距離を何とか渡りきった所で、声がかかった。

 昔から続けてきた事だから、ちょっとやそっとではこの人も動じないし、手助け無用だと理解してるから。

 

「いつも通りストレッチと、マッサージをしましょうか」

「ふぅ……んっ。うん。お願、い」

 

 この人には、気丈に振る舞う必要もない。

 初めて会ったその日から、こうして私にずっと付いてくれる美紗さんは、私にとって姉のような存在だし、プライベートでは美紗さんも私を妹のように扱う。

 ……リハビリ(仕事)の時は結構なスパルタだけど。

 

「リハビリの経過、聞きたいですか?」

「別に、いい。どうせ、変化なし、でしょ?」

「まぁそうなんですけど……それにしても、何時もサッパリしてますね」

「そ、う?……でも、無意味なこと、聞く方が、無意味」

「はぁ……」

 

 十年。

 本当はやる必要のないリハビリを十年やり続けて、回復の兆しは終ぞ見えなかった。だから、無意味で無価値で、無為な時間。

 筋肉が完全に固まるのを防ぐためと言い続け、前任のトレーナーさんの言葉を聞かずに過酷なリハビリを強いてきた。

 やっぱり心の片隅で歩きたいと願っているから、なんだろうと思う。

 その想いを、二代目私専属な美紗さんは分かってくれた。

 それだけで連れ添ってくれるのは。無茶のないギリギリのラインをやらせてくれるのは、感謝してもしきれない。

 敬語でおっとりした美紗さん(お姉さん)は、過酷なリハビリで心の拠り所だ。

 ……まぁ、心の拠り所(美紗さん)がスパルタなリハビリを組んでるんだけど。

 

 やり慣れたストレッチやマッサージを受けつつも思い出してしまうのは、やはりNWOのこと。

 やり慣れすぎて順番も何もかも覚えてるから。

 さっきは必死で、だからこそ今余裕が生まれているから、より深く考えてしまう。

 

 

 ―――私は、どうすべきなのか。

 

 私の願いを知り、無謀だと分かった上で。

 無茶で無意味で無価値で無駄だと知った上で。

 私の『歩み』をサポートしてくれる美紗さんは、私の事で一々悲しまない。悲しみを見せないだけなのかもしれないけど。

 願いを知った上で支えてくれるこの人は、最初のリハビリの日からずっと。

 プライベートでもずっと、私と普通に接してきたから。他の誰とも違い、余計な気遣いなんて一切なく極普通に……時に容赦なく接してくれた美紗さんには、仮面なんて必要ない。

 この人には、仮面を付ける理由が無いから。

 

 けれど。

 他の人は、違うと思う。

 私の叶わない願いを知れば、優しい二人なら言葉に詰まるだろう。

 正直な二人は、『悲しい表情(かお)を隠せない』だろう。

 願いを知れば、きっと支えてくれるけれど。

 『今までの普通』すら壊した、別の気持ちを抱かせてしまうから。

 だから、仮面が必要なのに。

 何とか、少しでも仮面を隠し通すために、詰問された時もいくつか情報を伏せた。容赦のない質問に、何とか方向性を逸らして。

 それが、無駄な足掻きでしか無いとは分かっているけれど、やらずにはいられなかった。

 本当に度し難い。

 こうなれば、もうNWOを辞めてしまった方が良いのだろう。所詮ゲームだ。人生と違って、辞めるのは容易。二人は私と遊ぶと信じて疑ってないけれど、あの時私は、()()()()()()()()()()()

 

 だから……

 

「九曜ちゃん。最近、何かありましたか?」

「―――え?何、が?」

 

 その声に意識を引き上げられれば、もうストレッチもマッサージも終わりかけだった。

 

「少し前から九曜ちゃん、元気が無いように見えましたから」

「そ、う……?」

「はい」

「即、答……」

「正確には、元気が無いというより、何かに悩んでいる様に見えます」

 

 隠せてないのは百も承知。

 美紗さんの勘の鋭さは妖怪並みだと思う。

 ついでに。

 

「ここ一ヶ月ほど九曜ちゃんが元気で、遂に彼氏ができたかぁ!と思っていたのですが、今は悩んでいますし……違いましたか?」

 

 あ、これプライベートの目だ……。

 確かにストレッチとかも全部終わって、今は休憩中だから、プライベートでも良いとは思う。

 けどそれにしてもこの人の勘違いっぷりもまた、相変わらずだ。勘の鋭さが斜め上に磨かれてるから、やっぱり的外れな事を聞いてきた。

 

「そう言う、の、興味、無いし」

「残念です……九曜ちゃんは可愛いですし、学校でも放っておかれないのでは?」

「私、こんなだ、よ」

「それでもです」

 

 気丈に振る舞う私に、可愛げがあるとは思えない。人と同じを取り繕った障害者。それが私だ。楓や理沙を除いて、積極的に関わろうとする人は絶無と言っていい。

 

「いない、よ」

「では、悩んでいたのは?」

「私が悩んでいたの、は……確定?」

「確定です」

「む、ぅ……」

 

 元気だったのは、NWOを始めて、向こうが楽しかったのでこっちも頑張ろうと思った。

 気落ちしていたのは、向こうに願いを持ち込んだ私が愚か過ぎて、自己嫌悪してた……最近の悩み、NWOに集約されてる……。

 ………まぁ、美紗さんなら話しても良いかな。言い触らす人でも無いし、あれで私の気持ちは的確に汲んでくれるし。

 

「最近、ちょっとした出来事、が、あって」

「何があったんですか?」

「偶然、VRゲームが、手に入った、の」

「珍しいですね。九曜ちゃんはゲームに興味なさそうでしたし。それで、どんなゲームを?」

「『New World Online』」

「はぇ……?」

「どうした、の?」

 

 ゲームの名前を告げると、美紗さんが何故か動かなくなった。なんで?

 

「えぇと、本当にNWOですか?」

「そう、だよ?それ、がどうか、した?」

「いえ……その、私も少し、やっていますので」

「そ、なんだ……」

 

 美紗さんがゲームって言うのも、絶望的にミスマッチな気がするけれど。

 でも、美紗さんもやっているのなら、話しやすいな。

 

「元気に動き回る九曜ちゃんですか……失礼ながら、想像もできませんね」

「うん……私、も。でも、色んな景色を見た、り。モンスターと、戦ったり。とっても、楽しい」

「ふふっ……そうですか。そう言えば九曜ちゃんが元気だったのも、NWOの発売時期と被りますね」

「応募した懸賞が、当たって」

「羨ましいです。私は前日の夜から店頭に並びました」

「美紗さん、そんなにゲーム好き、だっけ?」

「いいえ。VRゲームは、NWOが初めてです。けど、前評判から景色だけでも楽しめる世界だと聞いていたので、思い切って」

「相変わら、ず、思い切り、良いね」

 

 思い切って、で前夜から並ぶとは中々にできることじゃないと思うけど。

 

「ですが、それが何故、悩んでいる事に繋がるのですか?」

「……友達が、三陣から一緒にやりたい、って」

「あぁ……そういう……」

 

 これだけで伝わってくれるから、美紗さんは有り難い。私が、美紗さんを除くどんな人にも、気丈な仮面を付けていると知ってるから。私自身、美紗さんと話す時と、気丈に振る舞う時、つい最近まで差を感じなかったのに。

 美紗さんは、知ってて、誰にも言わないでいてくれた。

 

「友達に、気を遣わせたくないんですね」

「……うん」

 

 望月九曜(わたし)を知る二人に、願いのまま駆け回る私を見て、私の想いに触れて。

 それが現実では叶わないと知ってるが故に、私に悲しみの……いや、憐れみの感情を持ってほしくない。傷ついてほしくない。

 

「向こうで、やっとハクヨウ(わたし)になれた、のに。それ、が、二人を傷付けるのは……やだ」

「悲しませたくないから、気丈に振る舞っていたのに、それが裏目に出てしまいましたね……って、仮面のこと、自覚してたのですか?」

「最近に、なって、だけど、ね。NWOで色々、あって。気付かされ、た」

 

 クロムには、悪いことをしちゃった。

 自己嫌悪によるイライラを八つ当たり気味にぶつけてしまうなんて、遅くなった反抗期かと。

 

「向こうで、目一杯楽しむ……代わりに、こっちを頑張、る。そう思ってた、けど……どうすれば、良いかな?」

「九曜ちゃんが最近、今まで以上に熱心に取り組んでいたのは、そういう理由ですか」

「うん……理沙がゲーム好きで、いつか始めるの、分かってた、のに。走りたいって想い、だけで始めた、から」

「……そうですか」

 

 あぁ。本当にありがたい。美紗さんは、微塵も私に悲しみも、慈しみも、同情も向けない。

 ただただ、朗らかな笑みで撫でてくる。美紗さん以外に、私の頭を撫でる人がたくさん増えた。この人のが一番気持ちいいのだけど。

 

 と思ったら、私の頭から手を離し、さっさと立ち上がってしまった。あれ?

 

「さて。では休憩終わりです。もう一セット、いきますよ」

「えっ……相談、は?」

 

 ここまで話したのに、相談に乗ってくれないとか鬼畜がすぎる……。

 ひどい。これなら話さない方が良かった。

 

「ふふっ、確かに九曜ちゃんは妹みたいに可愛いですが、生憎とカウンセラーの資格は持っていないのです」

「ただ、聞いてくれるだけで、良いのに」

「一応まだ、仕事中ですから」

「なら今度、一緒にご飯、行こ?」

「良いですよ?ただ、NWOでの話に限定です。九曜ちゃんがどんなプレイをしているのか、気になります」

「む、ぅ……それじゃ、意味ない」

 

 相談できるのは。全部打ち明けられるのは、この人だけなのに。

 なのに、美紗さんに拒否されたら、どうしようもないじゃないか。

 

「答えることのできない質問を聞くのは、無意味ですから」

「うっ……」

 

 『さっき、自分で言いましたよね?』と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 無意味なことを聞くことこそが無意味ならば、美紗さんに取って無意味な質問を受けることに意味などない。

 

 この人はこういう人だから。

 優しいのに、突き放す。

 優しいから、とことん追い詰める。

 優しいが故に、救い上げない。

 

 けれど。

 

「まぁそれでは可哀そうなので、ヒントをあげましょう」

 

 蜘蛛の糸くらいなら、垂らしてくれる。

 

「九曜ちゃんは、()()()()()ですか?」

「どう、したい……?」

「どうすれば良いか分からなくなったのなら、自分がどうしたいのか、心のままに従うのも、一つの答えだと思いますよ」

 

 それ以上は言わず、手摺り近くに放置してた車椅子を取りに行く美紗さん。

 

 

 その速さは、いつもより気持ちゆっくりで。

 

 

 私が、自分で答えを出すことを促すように。

 

 

「思った、ままに……」

 

 考えたこともない……という訳ではない。

 考えた上で、すぐに却下した、私の答え。

 

 ハリボテの九曜(気丈なわたし)か。

 今ここにいる、小さく弱い九曜(ただのハクヨウ)か。

 

 前者が疲れてしまうことは、気付かされた。

 後者でいる方が楽しいと、一人の女の子を諭してしまった。

 だから、現実でもそうしたくて。

 本当の私でいながら、誰にも心配をかけないほどに、強くなりたくて。

 強くなる方法が分からなくて。

 

 どうしたいかなんて、答えは出てる。

 誰も悲しませたくないっていうのは、欲張りなのかと思っていても。

 それでも、私の事で誰かに悲しくなってほしく無いから、すぐに却下した。

 

 

 その想いを、答えだと言うのなら。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、美紗さん」

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、()()()()()()を、彼女に投げかけることから始めよう。

 

 

 

 

 

 

「美紗さんのプレイヤーネーム、教えて?」

 

 

 

 

 教えてもらった名前は、いつの日か。

 私の願いを受け止めてくれた優しい彼女に相応しい、《聖女》の二つ名と共に広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミザリーと名乗っています。

 向こうで会ったら、よろしくお願いしますね」




 

 どうすべきかじゃない!
 お前がどうしたいかだ!
 はいはいテンプレテンプレ

 という回でした。
 あっ、ごめんなさい殴らないで!数行で作中の雰囲気ぶち壊したの謝るから殴らないで!?

 ミザリーはアニメでエ○いだの何だの言われてるけど、性格はおっとり系のお姉さんって感じがして、それなりに好きなキャラ。
 ハクヨウちゃんと絡ませれば、多分今までに出てきたキャラの中で一番の包容力を発揮すると思いました。まぁ、おっとり系って度が過ぎれば苛立つし嫌われやすいけど、その辺拙作は上手くコントロールしたいです。

 ミザリーの現実は、九曜のリハビリ二代目トレーナーこと、美紗さんです。年は25。
 神官っぽい装備はコスプレみたいで少し恥ずかしいとのこと。
 一代目の人は、九曜ちゃんが度の過ぎたリハビリをやり続けたことに音を上げてしまいました。寧ろ5、6年続けたのは凄いと思う。
 で、作中時間から四年前に美紗さんが初めて受け持ったのが九曜ちゃん。丁度、九曜ちゃんは小学校を卒業した頃。
 美紗さんは九曜ちゃんの意思を尊重して、九曜ちゃんが無理をしないで満足できるギリギリのリハビリを毎回組んでいます。

 リハビリの関係ない所では、姉妹と言える仲。
 ご飯も食べに行くし、一緒に遊びに行くし、お泊りするし、九曜ちゃんも姉のように慕ってます。九曜ちゃんが妹属性なのはこの人のお陰(せい)



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速度特化と強制レイド

 久しぶりに、速度特化が日間ランキングに入りました。しかもそれなりに上位。
 PS特化のUAが、遂に10万を超えました。

 どっちも本当にありがとうございます!
 偉そうなこと言うつもりはありませんが、評価バーって大事よね。
 高評価得たいなら、相応に内容を練るべきだし。いや、私はノリと勢いで書いてるんだけどさ。でも低評価を受けたら、何が悪いのか、より良くするためにはどうするべきかって考えてます。
 そして、その最中で生まれた裏事情やら出来事、考えなんかを書いてるから、後書きが長くなるんですよね。マジごめんなさい。
 


 

 サービス開始から一ヶ月半が過ぎた。

 攻略済みのフィールドエリアはかなり広がり、つい先日、更に先のエリアにペインが踏み込んだと、クロムから聞いたハクヨウ。

 しかし、フィールド全域を走破する目標こそあるものの、最速攻略自体に拘りはないハクヨウは、この日は『別に良いや』と散歩ついでに東の森に来ていた。

 ペインがいるのは西に進んだ先のようなので、位置関係は真反対である。

 

「あんま、り強く無い、けど、毒あるんだ、ね」

 

 この先には【毒竜の迷宮】というダンジョンがある。それに呼応してか、進むに連れて草木は枯れ、紫に染まった池などが点在するのが見受けられた。

 そこの攻略目的と言うわけではないし、単にほとんど来たことのない方角だったため足を運んだだけだが、街に比較的近い辺りでは相手にもならない。

 途中に現れるモンスターを鎧袖一触しながら、気付けば目の前に地面が一部隆起し、ぽっかりと口を開けているのが見えた。

 

「【毒耐性】ない、し……ここは、スルー」

 

 まぁそんなこと関係なく、無視して先に進むのだが。この【毒竜の迷宮】に来るまで、緩い上り坂を登り続けたハクヨウは、まだエリアは続いてるからと更に登り続ける。

 この東エリアは、【毒竜の迷宮】を中心に、体内に毒を持ったモンスターが数多く存在する。ハクヨウのように一撃で倒せるだけの攻撃力を持たない普通のプレイヤーは、基本的にダンジョンまでの道中に【毒耐性】を上げて行くのが普通だ。

 ダンジョンに挑むにしても、【毒耐性中】を持っていることが、掲示板等で推奨されている。

 この東エリアの攻略は殆ど進んでいないのだ。他の方角の方が攻略が、【耐性】スキル等があまり必要無いなどの理由で楽な為、結果的に進んでいない。

 しかし、レベルだけはトップクラスのハクヨウさんには関係ない。

 AGIに物を言わせてモンスターを倒し、【毒竜の迷宮】をサラッと無視し、どんどんどんどん登っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして並外れたAGIによって、わずか数分で頂上が見えた。

 

「ん。着い、た………わぁ……っ」

 

 山頂から見た景色。

 毒に侵され、枯れ果てた片側とは打って変わって、緑生い茂る豊かな山の景色と、その先には雄大な渓谷。その景観は北欧で見られるフィヨルドを連想させ、幻想的な風景が広がっている。

 

 現実では見たことがない景色なのもあるが、何よりこの雄大さを今、ここで独り占めしている事に心躍る。東は【毒竜の迷宮】より先の探索は進んでいない。掲示板にも、この様なフィールドの情報は出ていない。

 つまり。そう。

 

「反対側の、最前線……っ!」

 

 攻略にはあまり興味は無かったけれど、しかし、こうも綺麗な景色ならば、隅々まで見て回りたいのが本音。この世界では、迷わず『どうしたいか』に従うハクヨウさん。出す答えなど、とうの昔に決まっている。

 

「しゅ、っぱーつっ【跳躍】!」

 

 山頂から、飛び跳ねるように一気に下る。途中のモンスターの見た目は、街に近い森と大差ない。ただ、一回り大きく、力強く見えるのは間違いではないだろう。

 

「【疲燕】!……一、撃なら。問題ない、ね」

 

 正面から襲ってきたモンスターに、偶に【手裏剣術】したり【居合斬り】したりして、全て一撃で倒していく。

 【投剣】が【Ⅹ】に達し、【速射Ⅰ】というスキルを新しく取得できたハクヨウは、【投剣】【手裏剣術】においてスキルのクールタイムが短くなり、『AGI×1%分のダメージ加算』が付いている。ハクヨウの今のAGIは【2220】という驚異のステータスを誇るため、いずれは無視できないダメージが出ることだろう。

 モンスターの強さは、どれも体感的には以前までの最前線だった湖沼エリアと同等であり、ハクヨウにとっては可もなく不可もなくといった具合である。ただ、ここに来るには毒の山を超える必要があるため、普通なら苦労しそうだ。

 

「私に、は、関係ないけど、ね」

 

 フィールドに出てから三十分と経っていない。それも歩きで、だ。走ればもっと早く着くし、面倒なら【ばぁさぁかぁ】に乗れば良い。

 

「ここ、がフィヨルドなら……海と、つながってるの、かな?」

 

 本物のフィヨルドは、氷河の浸食によってできた陸地に深く切り込んだ湾である。つまり、本物ならその先は海だ。だが、見渡す限りでは海らしきものは見えない。

 あるいは、もっと遠くまで探索に出る必要がありそうだ。

 

「現実じゃ、見れない景色を、見れる……ゲームの醍醐味だ、ねっ」

 

 出現するモンスターは、一回り大きなゴブリン……恐らくホブ・ゴブリンやクマ、鹿などの他に、空からは腕が翼になった小人、ハーピーなども襲ってきた。ハーピーは【手裏剣術】で手早く撃ち落とし、地上のモンスターは斬り刻んでいく。

 

 そうして山の中を高速で抜け、視界を覆う森の木々から抜け出した途端。

 透き通るほどに青い水面が、日の光に照らされてキラキラと輝いた。

 

「す、ごい……」

 

 一人で来たのが、残念でならない。

 いや、この風景を独り占めできたのは幸運だが、クロムやイズ、ついでに、渋々カスミにも見せて驚かせたい。

 そう思えるくらいには、絶景だった。

 

「魚も、いるんだ……モンスターなのか、な?」

 

 水面を覗き込めば、水中をゆったりと泳ぐ魚の群れを見ることができる。川のような流れもないのでやはり湾だと思うハクヨウは、浸食で削れた海岸線を歩きながら、目新しいものが無いかと探索に出る。

 

 するとやはりと言うべきか、ソロの時は働きにくい【辻斬り】は仕事をせず、フィヨルドからモンスターが飛び出してくる。

 

「……ウミヘ、ビ?」

 

 見た目は青い鱗のウミヘビだが、三メートルを超える体長はやはりモンスター。

 しかも頭のすぐ後ろ辺りには、翼のように見えるヒレが付いていて、水面から飛び出した勢いで空中を滑空して襲いかかる。

 

「遅い、けど。【跳躍】」

 

 大質量のウミヘビだが、所詮自由落下だと溜め息一つ溢し。自分から跳び上がり、空中でウミヘビと交錯する。

 紙一重の真横を通り過ぎ、されどハクヨウの持つ【鬼神の牙刀(ぶき)】だけは、ウミヘビの通過点に置かれていた。

 

「ふ、ぅ。おしまい」

 

 ウミヘビ自身の落下速度、ハクヨウの【跳躍】による驚異の移動速度。

 その二つが重なり合うことで、ウミヘビは一撃で頭から尾の先まで綺麗に二枚に下ろされ、粒子へと変わった。

 

「倒すの楽、だけど……歯応え、ない……」

 

 自分の持つ攻撃力の高さには非常に助かっているが、だからこそ、大抵の敵に苦戦することが無いため、少しだけつまらなかった。

 

 だからもう少し、楽しいことをする。

 

「地底湖でも、湖沼エリアでも、できた、し……大丈、夫っ」

 

 自らに言い聞かせ、不安と期待をない混ぜにしながら、眼下の水面を見つめる。

 陸地が削れ、わずか一メートルからは広く深い水面が顔を覗かせる。

 その雄大さに、俄に呑み込まれるような恐怖を抱くが、好奇心は止まらない。

 

「【文曲】っ」

 

 勢い良く、飛び降りる。さながら足から真っ直ぐに、水中に飛び込むように。

 されど、ハクヨウ自身の期待通り、彼女の足は沈まなかった。

 

 生まれたのは、幾重にも広がる二つの波紋。

 それだけを残し、水面に立っていた。

 

「ふふっ……うまく、できたぁ」

 

 更に一歩を踏み出せば、波紋が広がり水の上を滑るように進む。

 

 以前から【水走り】によって、水上を走る、歩くことはできていた。しかし、ただ立つのは、これが初めてだった。やれる確証は無かったが、ハクヨウは『やっぱりできた』と、とあるスキルを見ながら胸を撫で下ろす。

 

―――

文曲(もんぎょく)

 一時間、AGIが10%減少し、あらゆる地形を足場として踏破できる。

 一日の使用可能回数は五回。

―――

 

 つい先日、【軽業】のスキルレベルがマックスになった事で取得したもの。

 使用中は最高速が落ちる代わりに、あらゆる場所を踏破することができるスキル。

 走るだけでなく、歩くことも、ただ立つこともでき、壁や天井を走ることもできる。流石に天井は、重力に逆らうことになるので、短時間だが。

 もちろん、今ハクヨウがやっているように、水の上に立つことだってできる。

 【水走り】は、AGIに物を言わせて水上を走ることができるスキルだが、これはAGIを一時的に下げる事さえ目を瞑れば完全上位互換。

 しかも【水走り】には、水上でAGIが5%上昇する効果があるので、互いに打ち消し合い、速度の減少も誤差の範疇。

 

 そのまま、スイーッスイーッと水上を滑るように移動すれば、尾を引くように後ろには扇状の波紋が広がっていく。スケートの経験がないハクヨウも、氷の上はこんな感じだろうかと夢想する。

 普通の地面を走るのとは、少しだけ勝手が違うが、しっかりと踏みしめ、蹴る感覚はほとんど変わらない。

 

「やっぱり……水棲モンスターは、襲ってくる、ね」

 

 水上を滑っている間にも、先のウミヘビだけでなく、魚系のモンスターも多数襲ってくる。が、水面に上がった時点で良い的。【手裏剣術】をばら撒けば余裕で倒すことができる。

 

 そうして、十分ほど水面を気ままに滑っていると、反対側の陸地が見えてきた。

 本来なら、フィヨルドを迂回して大回りする必要のある対岸。それをハクヨウは、僅か十分で踏破してしまった。

 

「っ……あれ、は……」

 

 そして見えたのは、いないと思っていた二人のプレイヤーの姿。

 それも、一人は見覚えのある赤を基調とした、西の湖沼で出会い、言葉少なに去ってしまった魔法使いの女の子。

 

 あの時は【瞬光】の影響で見れなかったが、鮮やかな赤を迸らせてモンスターを焼き尽くす姿は圧巻だった。

 

 もう一人は、金髪の女性プレイヤー。白を基調とした神官のような装備に長杖を持った魔法使いのようだ。魔法使い二人で前衛はなく、バランスが悪いように見えるが、赤の魔法使いが前に出ていた。

 

「あ、れ……?」

 

 ハクヨウは、何故か神官の女性プレイヤーから目が離れなくなる。会ったことはないのに、何処かで見たような、そんな既視感。

 顔も見えていないのに、何故か感じた。

 

 幸い、二人はフィヨルドの方ではなく、奥に広がる草原のモンスターと戦っていたので、ハクヨウの存在には気付いていない。

 だからハクヨウはそっと岸に上がり、少しの間、様子を伺うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 【気配遮断】で岩陰に隠れてしばらく。

 金髪の神官への既視感を拭えぬまま、遠目から様子を伺っているのに我慢ならず、ハクヨウは声が聞こえる所まで近づくことにした。

 

 

『ミィ、もう少しですよ!』

『うん!……っとごめん、そっち行った!』

『問題ありません、【ホーリージャベリン】!』

 

 そんな話し声が、確かに聞こえた。

 爆炎の衝撃や、光の槍が降り注ぐ戦場で、はっきりと。

 

「……ん、聞こえ、た。けど、……」

 

 やはり、既視感だけでなく、声にも聞き覚えがある。つい最近、何処かで聞いたような。慣れ親しんだような……。

 

 

 

 けれど、それと同じくらい。

 

「良かっ、たぁ……」

 

 少しだけだが、確かに感じた。

 初めて会った二週間前とは違う、年相応の女の子らしい雰囲気。

 ミィ。と呼ばれていた赤の魔法使いは、演技なんてする必要のない相手を見つけられた。

 それは、共にいる女性がハクヨウにとってのクロムのように、気兼ねの無い相手だったからなのかもしれない。

 

 けれど、もし。

 

 自分の偽善に塗れた言葉が彼女を動かすことができたのなら。

 

「うん。帰、ろ」

 

 それに勝る喜びは、きっとない。

 

 ハクヨウに真相を聞くつもりは無いし、もしそうだとしても、感謝される筋合いはない。

 所詮、自分に嘘をつき続け、欺き続けた先の言葉だ。友人に本当の自分を見せるのが怖い、自分には言う資格の無かった言葉だ。

 そんなものに感謝たとしても、自分が困る。

 

 だから、見つかる前にログアウトしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そう、思っていた。

 

 

 突如大地が震え、フィヨルドが白波を立てる。

 

『へっ?何これっ!?』

 

 それは瞬く間に巨大な渦潮となり、大気を巻き上げ竜巻となり。

 

 

『ちょっ、嘘でしょ!?

 ないないないないっ!』

『逃げましょうミィ!あれは勝てません!』

 

(う、そ……()()()()()()()っ!?)

 

 上空にから、大地を砕くほどの獣の咆哮が轟いた。

 

 フィールドボス。

 ダンジョン等に出現するボスと違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、極低確率で出現するらしい、そのフィールドエリアのボスモンスター。

 存在を確認されているのは、今のところ前の最前線だった湖沼エリアのみ。そこでは、泥でできたゴーレムだったらしい。物理攻撃が殆ど効果を見せず、広範囲の地形を操作し、水と土の魔法にも耐性があったという、トッププレイヤーたちの即席レイドを殲滅したモンスター。

 それより街に近いフィールドでは、一度たりとも確認された事はない。

 そんなモンスターと、同格の相手。

 

(私が、いたから……っ!)

 

 サファイアのような蒼の鱗を持つ有翼の蛇竜。

 その首に、【首狩り】の赤い線が見えなかったから、ボスモンスターだと判断できた。

 たとえソロだとしても、パーティー単位でカウントされてしまうがために、その低確率を引いてしまった。そしてフィールドボスを最も厄介とされる所は。

 

『やはり、逃げられませんか……』

『強制戦闘でログアウト不可とか最悪だからぁ――っ!』

 

 そのフィールドにいる全パーティーが、戦闘終了までログアウト出来なくなること。

 ボスを討伐する。

 大人しく死に戻りする。

 ボスモンスターの治めるエリアから出る。

 この三つのうち、どれか一つを満たさない限り、ログアウトできない。

 

 そしてダンジョンボスのように情報が出回っているわけではなく、討伐方法が確立されていない。ましてや、ここは掲示板でも情報がない、完全な最前線。なぜ、魔法使いの二人がここにいるのかも気になるが、ボス情報なんて0。

 

(私が、何とかしない、と……っ)

 

 出現条件である『限りなく近い位置』とは、ハクヨウが近づき過ぎたことに原因があるから。

 

「【文曲】は……まだ、残ってる」

 

 スキルの残り時間は三十分。しかし、使用可能回数から鑑みれば、時間は十分にある。

 だからハクヨウは、少しでも自分が気を引いて、二人が逃げる時間を作ることにした。

 

 

「貴女たち、は、早く、逃げて」

 

 岩陰から出て、二人に声をかける。

 突然現れたハクヨウに驚いている様だが、今は気にしていられない。

 

「あれ、は、私がここにいたせい、で、呼んじゃったから。ごめんな、さい」

 

 やっていたことは、先日のドレッドと変わらない。無断で観察していた。その結果、あれを呼び寄せた。ならば、その責任は取るべきだ。

 

「勝手に見てて。迷惑、かけて。ごめんなさい。私が、時間つくる、から」

 

 

 

「早く逃げて!」

 

 叫び、フィヨルドの中央上空を飛ぶ竜と戦うために水上を駆ける。

 

「【挑発】!」

 

 【辻斬り】により、つい先程まで二人の方に意識が向いていた竜を、強制的に自分に向けさせる。

 

「【瞬光】、【韋駄天】っ!」

 

 出し惜しみなんてしていられない。

 少しでも長く竜の注意を自分に向けさせて、二人の時間を稼ぐ。

 

 だから、

 

 

 

 だから―――

 

 

 

 

「そ、か………」

 

 

 やっと、誰なのか分かった。

 

 髪色も違うし、自分を見た碧眼も違う。多分、自分と同じように始めた時に変えたんだろう。

 神官服なんて現実じゃ見たこともない。

 

 だけど、あの優しげな眼差しは、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せ、て。美紗ねぇ」

 

 口元を綻ばせ、プライベートの呼び名で。

 

 聞き取れなくとも、ミザリー(姉さん)に笑いかけた。




 
 諭し、己の愚かさを気付かされた少女は、しかし未だ一歩を踏み出せず。
 されど偽善の言葉に諭され、勇気をもらった少女は、その一歩を踏み出していた。
 そんな対比する白と赤は今一度戦場で出会う。
 


 ……もう崩しますねー!
 独自設定『フィールドボス』
 別名【俺たち(運営)の悪ふざけ・モードLunatic(ルナティック)
 私読み【対俺たちの悪ふざけ専用バランス破壊モンスター】
 【運営の悪ふざけ】の強力なスキルを持つ奴らに勝てるポテンシャルを持つ、悪意の塊。限りなく低確率で出現し、バランス調整をギリギリ無視した強さを持っている。

 ・極近い地点に2パーティー以上が存在する。
 ・その2パーティーのうち三人以上が【運営の悪ふざけ】を取得しているか、エリアにいる全プレイヤーの【運営の悪ふざけ】総取得数が5以上である。

 の二点を以って、1%の確率で出現する。
 たぶん、今後の出番がほぼ無い独自設定。

 今回は、三人とも【運営の悪ふざけ】を持ってること。そうで無くてもハクヨウちゃんが大量所持していること。を以って、確率の壁を超えて出現しました。
 【運営の悪ふざけ】を持っていなければ絶対に出現しないので、一般プレイヤーには優しい。
 が、出現した時にはやっぱり容赦ない。
 作中にもあるようにボスのいるエリア。今回ならフィヨルドの全域が一時的にログアウト不可になり、エリアにいる全プレイヤーが強制戦闘対象に入る。
 ぶっちゃけレイドボス。
 突然沸いて出るレイドボスほど迷惑なモノは無いと思います。メイプルみたいな!
 フィヨルドのフィールドレイドボスの見た目は、金色のガッシュベル!!の『シン・スオウ・ギアクル』そのまんま。知りたきゃググって。

 一般プレイヤーだけでは出現しないことと、出現率が限りなく低いことの二点こそが、バランス調整と言っても過言じゃない。

 まぁ一つ言うことがあるとすれば。

 ミィ好きを公言する私がミィの話をあんな適当に放り出すと思ったか読者諸君!?

 って事ですね!

 あぁ後、【文曲】分かる人いるのかな?
 一応クロスオーバーだけど、アニメやったのは五年以上前だし……。


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速度特化と海の竜

 思いの外、前回後書きで聞いたやつの元を知ってる人がいて驚いてます。
 てかマジでやばい。続きは書き途中なんですが、本作のストック尽きました。
 マジで忙しくて、執筆に着手できてない。


 

 予測不能な事態の連続に、ミザリーは混乱していた。

 偶然辿り着いた東の最前線を攻略し、遠くまで来ていたら、いきなりフィヨルドから飛沫が上がり、翼を持つ、蛇のように長い胴体をした竜が現れた。

 モンスターなんだろうが、今まで相手にしていたモンスターとは比べ物にならないほどの巨躯。

 身に纏う凶悪な威圧感。

 その全てが、『勝てない』と実感するには十分だった。

 

 だから、すぐ近くからいきなり現れた白いプレイヤーが戦い始めた時には、ミザリーはその正気を疑った。

 

「ミザリー……あの子。前にも私を助けてくれた子だ……っ!」

「前にも、ですか?」

 

 全てが真っ白で、だからこそ裾等に描かれた彼岸花(あか)が鮮烈な印象を与える、鬼の姿をした女の子。やけに既視感を感じたが、会ったことはない。

 空を飛ぶスキルも、水上を走るスキルも、視認不可能なほど早く走る人も、一人であんな大きなモンスターを相手取れる人も見たことがない。

 

「うん……あの子のお陰で、私は今、()()()()()()()()()から」

 

 ミザリーは何処か、九曜に似た雰囲気を感じるミィがほっとけなくて。ミィとフレンドになり、こうして一緒に遊んでいた。

 そんなミィが、あの子のお陰で自分のままでいられるとは、どういう事か気になる。

 

 

 

 気にはなるが。

 

 

「なら、恩返ししないといけませんね」

 

 『ほっとけない子』の一人を助けてくれたのなら、ミザリーがあの子を助ける理由になる。

 

「……良いの?」

「はい。……それにあの子には、確かめたいことがありますし」

「確かめたいこと?」

 

 この既視感は何なのか。

 戦う直前、明らかに自分に向けられた笑みと、聞き取れなかった言葉の意味。

 それらを確かめなければ、ミザリーの気がすまなかった。

 

「えぇ。ですが、今はあの子をサポートしましょう。【水泳】も無い私達では、ここから援護しかできませんが、無いよりはマシでしょう」

「あの子、水の上走ってたけどね」

「世の中には、何事も例外があるものですよ」

 

 大地も空も、果ては水上すらも駆け抜けるなんて、もう一人の『ほっとけない子』とは正反対だと苦笑した。

 

「それで、あの子の名前は何というのですか?」

「あっ……えっと、直接は聞いてない。けど、調べたらすぐ分かった」

「聞いてないのですか?」

「あ、あの時は色々あったの!それで、あの子は、【白影】のハクヨウだと思う」

「【白影】ですか。確か鬼の姿で白い装備が特徴の、NWO内で最速のプレイヤーでしたね」

 

 確かに、特徴は合致する。

 フードで角や顔立ちをちゃんと確認できていないが、他の特徴はそのままだ。

 名前はハクヨウかと、ミザリーはまた苦笑した。喋り方も、雰囲気も、名前すらあの子に似ているなんて、と。

 そして、九曜があの時、話してくれたことを思い出してしまえば。

 

「ふふっ……聞くことは無くなりましたが、話す理由はできました」

「ミザリー?」

 

 もう、確定だろう。

 正反対なのも頷ける。()()()()()()()()()()のは、あの子自身なのだから。

 自身に笑いかけたのも、何かを言ったのも、聞き取れはしなかったが、理由はわかった。

 

「ふふふっ。妹が戦ってるのに、任せて逃げるお姉ちゃんなんていないんですよ」

「姉?……妹!?ちょ、ミザリーどゆこと!?」

 

 ミィの問いかけを柳に風と聞き流し、ガックンガックン揺らされながら朗らかに笑う。

 

「話は後にしましょう。きっと、あの子も応じてくれますから」

「うっ……で、でもあの時は逃げちゃったし……今更は恥ずかしいというか…」

「大丈夫ですよ。ハクヨウちゃんは気にしません。むしろ、ミィに感謝される筋合いはないと言うでしょうね」

「なんで?」

「……そういう子だから、としか」

 

 ミザリーは、今のミィしか知らない。今のままでいられなかったミィ。今とは違った時の姿を知らない。だから、答えられない。

 それは、ミザリーの考えとしても、戦闘状況としても。

 

「これ以上、ハクヨウちゃんに任せきりではいられませんね。行きますよ、ミィ!」

「わ、わかった!……【炎帝】!」

「ハクヨウちゃん、避けてくださいね!

 【ホーリージャベリン】!」

 

 ハクヨウが音速を超えて竜の周囲を飛び駆けて攻撃しても、まだ二割程度しか削れていない。

 いやむしろ、僅かな時間に一人で二割削ったことこそが異常である。

 それも、硬そうな竜鱗に守られた、硬い防御力を持っているだろう相手に。

 

 それでも、あれだけの戦闘をすれば消耗はするだろうと。少しでもハクヨウの力になるために、ミザリーとミィは魔法を放った。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 戦い続けて、ハクヨウの主観では二十分が経った。実際の経過時間は僅か二分だと考えれば、時間の流れる遅さに慌ててしまう。

 けれど、少し前から始めた自力スパーリングがここで活きたと、ハクヨウは頬を吊り上げた。

 あれが無ければ、ハクヨウはとうの昔に集中力が途切れ、致命的なミスをしていただろう。

 

(やってて、良かった……これからも定期的に、やろ……)

 

 不測の長期戦に見舞われた今回のような時、必ず役に立つ気がした。

 

 竜の尾がうねり、周囲を音速で飛ぶハクヨウに叩きつけるように迫る。

 同時に、巨大な体に比べると細く小さな。けれど人間の身長を遥かに上回る両腕が、ハクヨウを挟むように迫りくる。

 

「遅いけど、ね」

 

 けれど、それは世界時間における高速の話。

 十倍の認識速度の世界に立つ今のハクヨウには、あくびが出るほどに遅い攻撃。

 空を蹴って直角に方向転換したハクヨウは、そのまま左袖に隠していた四本の苦無を番え。

 

「【八重・毒蛾】!」

 

 毒の状態異常を叩き込む。

 フィヨルドから出てきた、元は水棲モンスターなだけあってか、火と水への耐性が高かったため、【炎蛇】や【凍貫】を入れても大したダメージは与えられなかった。

 その為、少しでもダメージを上げるために毒を喰らわせる。

 

「【居合斬り】!」

 

 【韋駄天】を発動している時は、【居合い】よりこちらの方が与ダメージが遥かに上。移動速度がそのままダメージに影響するのだから当然だ。【韋駄天】無しの時は、若干だが【居合い】の方がマシである。

 

 それで、ようやく二割。

 一番ダメージの入る、腹側や尾の先端に攻撃を入れても、ハクヨウの攻撃力でこの有様。普通に反則級の強さを持っている。

 

「そろそろ、逃げれた、かな?」

 

 ミィという女の子については、ゴキ……オークから逃げ続けた実績もあるので問題ない。ミザリーは未知数だが、時間は稼いでるのだから大丈夫だろう。

 そう思い、チラリと二人のいた岸辺に目を向ければ。

 

「なん、で……っ!?」

 

 なんで、まだ逃げていないのか。

 なんで、竜に魔法を放とうとしているのか。

 逃げろと言ったのに、ミィは両手に火球を浮かべ、ミザリーは光の槍のようなものが浮いている。色の褪せた世界では、ちゃんと認識できないが。逃げるんじゃなかったのかと言いたいが、そうもいかない。【韋駄天】も残り時間は体感で十分を切った。正直に言えば、あと十分で削りきるのは不可能だったのでありがたい。

 だから、竜には二人の魔法を確実に喰らってもらう。

 

「【ダブルスラッシュ】!」

 

 背中側に回り込み、翼の付け根に向かって二撃。飛行能力を失わせるまでには届かなくとも、少しの間、動きを止めるくらいはできる。

 

「【三重・疲燕】!」

 

 竜の巨体を【縛鎖】で縛るには、最大重複させる他ない。だからこそ、一瞬動きを止め、防御力を下げる方にシフトした。

 世界基準で高速だろうと、竜は素で避けることが可能なために。

 

 そして、直撃。

 上手く竜の向きを誘導したのも手伝って、二人の攻撃一回で一割減った。

 【疲燕】で三十パーセント防御を下げていたのに、一割しか減っていない事に嘆きつつ、発動後に隙が出来るスキル攻撃を避け、竜の体表に斬撃を叩き込み続ける。

 

「まだ、まだぁ……っ!」

 

 頭の先から、尾まで。爪の先端から翼の皮膜まで。全身くまなく斬り刻み、赤いエフェクトを散らす。【疲燕】がまだ少し残っているため、ダメージはこれまでの比ではなく、【韋駄天】が切れるまでに、残り四割と少しにすることができた。

 

『――――――ッ!!』

「……っ、【文曲】残ってて、良かった……」

 

 十数メートル落下し、何とか水上に降り立ったハクヨウは、しかし、まだ戦闘開始から数分しか経っていない。順調、と言えば順調だろうが、ここからは【韋駄天】による高速機動も、空中移動も使えない。

 空を飛ぶ竜に対して攻撃力はガタ落ち。

 

「ふ、ぅ―――……」

 

 この際だ。と、ハクヨウは腹を括った。どうせ、ミザリーには見られても構わない。

 ミィは分からないが、ミザリーがいるなら大事にはならないし、他にプレイヤーはいない。

 

「なら、隠し玉は無しで、やろう」

 

 水面に【鬼神の牙刀】を立て、ハクヨウと同じ白さを持つ巨体の鬼を召喚する。

 

「【捷疾鬼】!」

 

 白い魔法陣が現れ、中から二メートルを超える身長の白鬼、捷疾鬼が出てくると、類稀なる跳躍力で跳び上がり、竜に攻撃を始めた。

 

 しかし、これもまた一分で消える。いや、【瞬光】を使っているハクヨウの主観では、十分は残ってくれる。なら、その間に策を弄する。

 

「捷疾鬼、攻撃を続けて!」

 

 そして自分は、全ての苦無を投げ切る覚悟で。

 

「【疲燕】、【刺電】、【毒蛾】、【睡閃】、【炎蛇】、【凍貫】、【縛鎖】ッ!!」

 

 七種類合計五十六の苦無が空を駆ける。

 威力にのみ注力した【一重】で、全て状態異常はレジストされた。しかし、威力は十分。

 当たらなかったモノもあるが、それでも大半を当てて兎に角ダメージを稼ぎまくる。

 

「【解除】」

 

 先に投げた分も考えて、心許ない【九十九】も一度解除し、苦無を回収する。と同時に【瞬光】が切れ、【捷疾鬼】が姿を消した。

 

「あと、は……」

 

 一度、ミザリー達と合流するべきだろうと、ハクヨウは判断した。

 さっきまでは【瞬光】のデメリットで話せなかったが、逃げないなら協力するべきだ。

 その為には、竜の動きを封じる必要がある。

 

「【跳躍】!」

 

 垂直最大跳躍距離が十メートルを超えた時から、全力での跳躍は控えていた。使う場面が無かったというのが主な理由だが、事ここに至り、それだけの跳躍力があったことに感謝する。

 一息で竜と同じ高さにまで、上がることができたのだから。

 

「ここなら、二人、巻き込まない!

 【忍法・白夜結界】!」

 

 【九十九】を投げるために納刀していた【鬼神の牙刀】を僅かに引き抜くと、瞬く間に、周囲一体を覆い尽くす濃霧が発生する。

 

【白夜結界】

 【忍法】の一つで、その場から半径三十メートルに濃霧を発生させる。

 濃霧の中はハクヨウだけがはっきりと物体を視認でき、濃霧に囚われたものは、方向感覚を失い、例え濃霧から出ようとしても、()()()()()()()()()()()。正しく、迷いの霧。

 パーティーメンバーすら捕らえてしまうため、クロムやカスミとパーティーを組んだ時に出番の無いスキルだったが、岸辺からも離れたフィヨルドの上空ならミィやミザリーも巻き込まない。

 解除方法は、スキルが終わるのを待つ。

 ハクヨウが解除する。

 濃霧の何処かにある大きな氷の結晶を砕く。

 のどれか。

 しかし、氷の結晶を探すにも歩き回れば同じ場所に戻ってしまう。知らなければ、誰をもハメ殺すことができる無間地獄。

 その世界に竜を捕らえたハクヨウは、【忍法・影纏】によって積み重なった敵対値(ヘイト)を解除し、フィヨルドの岸辺に降り立った。

 

「なんで、残ってる、の?」

「一緒に戦うためですよ、ハクヨウちゃん」

「う、うん……私達も、手伝う、から」

「ミィ?なんでそう余所余所しいのですか」

「だ、だってぇ!」

 

 現実と同じ優しい眼差しで笑いかけてくるミザリーに、これは気付かれてるかな?と心の中で笑う。やはり美紗の目は誤魔化せないらしい。

 でも、やっぱり少しだけ、恥ずかしいから。

 

「どう、かな?み、……ミザリー?」

 

 『美紗ねぇ』と呼びそうになって、何とか言い直す。それにも気付く、敏いミザリーは小さく笑った。

 

「ふふっ……この世界(ここ)で元気に走るあなたを見れて、とっても嬉しいですよ。ハクヨウちゃん」

「えへへ……やっぱり、貴女で良いんだ……」

「えぇ。改めて、よろしくお願いしますね」

 

 笑いかけてくるその微笑みが。

 頭を撫でる、その手付きが。

 彼女を、自分が知る美紗なのだと告げている。

 

「私の事は好きに呼んでください。呼び捨てでも、お姉ちゃんでもいいですよ」

「じゃ、ぁ……ミザねぇ、で」

「ふふっ、こっちでもお姉ちゃんですね」

「んっ……」

「私は『ハクヨウちゃん』で良いですか?」

「う、ん。白……(ハク)から繋げて、ハクヨウだから。好きに呼ん、で」

「なるほど。分かりました」

 

 ……因みに。

 ミザリーがハクヨウの頭を撫でた辺りから、ハクヨウはミザリーに抱きついていたりする。丁度、妹が姉に甘えるように。

 ミザリーも、愛おしいようにハクヨウの小さな体を包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてそんな中、当然もう一人が置いてけぼりを食らうわけで。

 

 

「ねぇ……良い話風になってるけど、私のこと忘れてるよね!?」

 

「「あっ……」」

 

 両手に火球を浮かべて濃霧の中を警戒するその瞳は、若干涙目だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ミザリーから離れたハクヨウは、【白夜結界】のことを二人に説明した。

 

「多分、そろそろ時間にな、る」

「ハクヨウちゃんは、最初の空を飛んだのはできないのですか?」

「できる、けど。あれは、もう一つのスキルを併用、しないと、振り回される、から……そっちが使えないから、無理」

「火も効きにくいんだよね?私攻撃手段、【火魔法】しか無いんだけど……」

「私は回復の方が得意ですからね……攻撃面ではミィに及びません」

 

 作戦は単純。ハクヨウが最初に麻痺を入れ、その間に二人が削る。元より、ハクヨウは二人とパーティーを組んだことがないため、連携もあったものでは無い。ならば、臨機応変に対応するしかないだろうと決まった。

 

「私も、削る、から。だい、じょう……ぶっ」

「本物のトッププレイヤーが言うなら、安心感があるね」

「ふふっ、ハクヨウちゃんがトッププレイヤーとは思いませんでしたが……確かに、心強いです」

「別、に。トッププレイヤーのつもり、ない」

「レベルは?」

「ん?……36」

「「トッププレイヤーだね(ですね)」」

「む、ぅ……」

 

 最高レベルをひた走るペインで37だったりするので、バリバリのトッププレイヤーである。因みに、クロムはつい最近30を超えたとか。

 

「では、ハクヨウちゃんに前衛を任せますね」

「わか、った。できるだけ、裏取る、から。お腹側、は、二人で叩い、て」

 

 うっすらと晴れていく霧を眺め、三人ともそれぞれの得物を構える。

 完全に標的を見失った竜は一時的に静かになっていて、それが、嵐の前の静けさを表しているようで不気味だった。

 

 その感覚は、極めて正しい。

 

 

 

 

 

 竜は飛ぶのをやめ、海に高い水柱を上げて落ち、程なくして身体の半分を海上に持ち上げる。

 そして。

 

「っ、海が!」

「海そのものを、操るなんて……っ!」

 

 竜の咆哮と共に海が唸りを上げ、水面の一ヶ所がグゥっと盛り上がり、水でできた蛇のように伸び上がった。

 さながら、海そのものが生きているかのように、更にもう一本、二本三本――次々に水面から触手が伸びて、フィヨルド全域を埋め尽くす。

 

「こんなの、無理ゲーじゃん……」

「ハクヨウちゃん、ここから苦無は……」

「届か、ない。それ、どころか」

 

 少しでも投擲する素振りを見せれば、触手が必ず数本、竜との射線上に入り攻撃を許さない。

 

 そして何も、触手は守るだけではない。

 

「っ!来ました!」

「【爆炎】!……散らすしかできない!」

 

 圧倒的すぎる、面での制圧力。岸辺より近づくことのできない三人に対し、容赦のない無数の触手が津波のように襲いかかる。

 この触手の海の中央に、竜が待ち構えている。

 となれば触手を突破する他なく、ミィが高ノックバック攻撃をするが、元はただの水でできた触手。撒き散らすことしかできず、特に数が減ったようにも見えない。

 

「海が枯れるなんてあり得ず、つまり触手が枯れることもない……どうしたら……」

「触手が伸びる距離、限界がある、よ。それに、触手が出た位置、から、動けない、みたい」

 

 前衛で、苦無も意味をなさない為、守られるしかなかったハクヨウは、だからこそ、しっかり観察した。そして、その特徴を見つけることができた。

 

「では、やれる事は」

「一点突破、しかないね……できるか分かんないけど」

「やるしか、ない」

 

 三人の内、全員が【水泳】も【潜水】も持っておらず、代わりに一人だけ水上を走ることができる。ならばもう、作戦など一つしかない。

 

「ハクヨウちゃん。行って」

「うん、私とミザリーで道を作る。ハ…ハクヨウは、一気にボスまで走って」

 

 まだ呼び方に迷いがあるのか、ミィはハクヨウを呼ぶ時に恥ずかしそうに頬を染める。けれど、それもまた、以前会った時の演技では、到底見られなかったものだ。

 

「わか、った。任せる、よ」

「「任せて!」」

 

 プランは決まった。

 他に策もないので、殆ど特攻。けれど、それで良い。ミザリー(あね)の言葉なら信頼できる。

 

「ミザねぇ、行ってくる、ね」

「はい。こっちも頑張りますね」

 

 ミザリーへの言葉は、すんなりと出た。そしてもう一人。ミィにも何か言うべきかと考えて、答えは、思いの外すぐに出た。

 

「ミィ、さん」

「ぅ……え、と。ミィで。呼び捨てで良い、よ?私もハクヨウって呼ぶし」

「なら、ミィ」

「は、はい」

 

 さっきまで。そして、今も。

 

「肩肘張らず、素のままで。

 やりたい事を、やりたい様に

 

 ―――楽しい、でしょ?」

 

 

 

 

 答えは、満面の笑みで返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ―――………」

 

 迷いは、ない。

 

 ここから真っ直ぐ進んで、竜まで突っ込む。

 途中の触手は、二人では限界があるだろうから、できるだけ自分でも斬る。

 触手という形を保っていることのデメリットか、その形を崩されると水に戻る。つまり、普通は斬れない水を、今だけは斬れる。

 

 【文曲】はまだ残っているが、もうすぐ時間切れ。そしたら一度【韋駄天】で空に上がり、クールタイムを待って再使用するしかない。

 つまり、【韋駄天】で空を飛んでいくことはできない。

 

「【挑発】!」

 

 触手の狙いが、ハクヨウのみになる。

 迫り来る触手の壁に、黙して構える。

 ハクヨウは鞘に左手を添え、腰を落とす。

 露骨なまでの【居合い】の体勢。

 

(一回じゃ、足りない)

 

 一度【居合い】をしたところで、範囲も僅かなものだ。絶対に、何度か斬る必要がある。

 

 それでも。

 

(できる、はず。私のAGI(速さ)なら)

 

 感覚は、ずっと前からできている。

 

 緩急を付ける。ただそれだけ。

 

 けれど、あの時よりもっと速く。

 

 一瞬だけ、速度を爆発させる。そんな感じ。

 

(あの時よりももっと、速くなった。今ならできる。私なら、きっとやれる!)

 

「【居合い】」

 

 瞬間、ハクヨウの背後から、ゆらり、と。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()




 
 まぁたハクヨウちゃん変な事し始めました。
 こっからどうなるのか私にも分かりません。てか展開としては決まってるけど、どうやってココから収集つけよう……。

 【白夜結界】ですが、アニメ落第騎士の英雄譚で、珠雫が『この中で自由に動けるのは私だけ』と言っていたのを元に、オリジナルでやばい感じにしました。
 霧の中に1つだけある氷の結晶を砕かないと、どんなに歩き回ろうがすぐに元の地点に戻されます。ハクヨウちゃんだけはこの空間で自由に動けて、視界も良好です。
 発動時間は10分くらいかな。それを過ぎれば霧が晴れてきます。



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速度特化と決着

 数々の伏線……とは言えないね。これまでに散りばめた布石を回収していきます。
 この回収にも手間取ったから、執筆に時間かかりました。
 布石とか今回のお話の解説は後書きにて。
 お気に入り1000人突破ありがとうございます!
 


 

 このNWO(世界)は、非常に自由度が高い。

 

 それはステータス、探索、クエスト、装備、スキルに至るまで。それら全てがまったく同じになるプレイヤーは、恐らくいないだろう。

 同じになるならば、それは狙ったとしか言えない。そして攻撃スキルもまた、ある程度の自由度を持っている。

 そうでなければ木を蹴ったまま空中姿勢からスキルを発動することも、『剣を地面に突き刺す』ことをトリガーとした【捷疾鬼】の召喚を、()()()()()()()()()事で条件を満たすなども、出来はしない。

 

 つまるところ、この世界における攻撃スキルのシステムアシストとは、『発動に必要な最低限の動作』に対してのみ行われている。

 

 極論、【スラッシュ】の発動中にボールをリフティングする。

 

 などと言う荒唐無稽な動作だって、できなくはないのである。勿論、そんな事をすれば視点が定まらないし、隙だって大きくなる。

 

 思いついても、誰もやろうとなど思わない。

 

 しかし、『ただ走るだけ』なら?

 近づくために、攻撃を当てるために、誰もが行っているだけの動きなら?

 

(できると、思ってた……っ)

 

 連撃系のスキルでは、間に合わずに押し流される。しかし、単発スキルでは手数が足りない。

 ならばどうするか。

 

 その答えは単純明快で、されどハクヨウにしかできないこと。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 AGI(速さ)を一瞬で爆発させ、あたかも分身したように多方向から【居合い】を叩き込み連続攻撃(コンビネーションブロー)とする。

 

 十を超える残像でクロムをおちょくっていたハクヨウにとって、『実体ある三体』を一瞬作り出す程度、造作も無かった。

 ここで【居合い斬り】を選ばなかったのは、直進方向に僅かにシステムアシストが働き、横方向の分身を作り出す動きが抑制されてしまうから。

 

 

 【居合い】は上半身のみ。更に言えば両腕に強くシステムアシストが働くが、足はほぼ自由に動かせる。その事を利用した瞬間分身による【居合い】の瞬間4連撃は、迫る触手の高波を楽々と斬り裂いた。

 

「うっそぉ……っ!?」

「これは……っ!」

 

 

『スキル【貪狼】を取得しました』

 

「……んっ」

 

 確認している暇はなく、触手もまた途切れることなく襲いかかってくる。だからこそ、この一瞬の猶予を逃すわけにはいかない。

 

「援護、お願、いっ」

 

 それだけ叫び、ハクヨウは水上へと飛び出した。周りは視界を埋め尽くすほどの水の触手。

 しかし伸長に限界があるため、その大半はハクヨウに届くことはない。迫ってくるのは、彼女にほど近い触手だけだ。

 

 もっとも――

 

「それすら、数えるの億劫だけど、ね……」

 

 優に百を超える触手の攻撃は縦横無尽。

 全方向から絶え間なく襲いかかるそれは、如何にハクヨウのAGIが驚異的であろうと、一人で捌き切ることは不可能。

 

 一人、ならば。

 

 

 

「【忍法・幻実世界】っ」

 

 スキル名を叫び、ハクヨウは躊躇いなく、迷いなく。

 

 【鬼神の牙刀】を自らの胸に突き立てた。

 

 ―――瞬間

 

「ふ、増えたぁ!?」

 

 ハクヨウの左右に二人、全く同じ姿をしたハクヨウが現れる。

 それが、この場で使えそうな、ハクヨウの最後の切り札【幻実世界】。

 自分にしか効果がないこれを、自傷ダメージが発生しないのをいい事に()()()()()()()()()ことをトリガーとしたスキル。

 幻の自分を作り出し、撹乱する。

 

「ダメですハクヨウちゃん!」

 

 しかし、ミザリーはこれを悪手と叫ぶ。これが対プレイヤー。あるいは一対一ならば有効になる。しかし、フィヨルド全域を支配する竜にとって、それは()()()()()だけ。

 

 かえって攻めやすくなってしまう。

 その証拠に、先行して前に出た一人のハクヨウは、水の壁の前に敢え無く叩き潰され。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――何事も無かったように、壁を突破した。

 

 

「ふふ……っ」

 

 最後尾を走るハクヨウが、不敵に笑った。

 

 これが、【幻実世界】の一つ目の特徴。

 生み出された分身は、()()()()()()()()()()()()()代わりに、()()()()()()()()()()()()()

 時間経過以外では解除不可能な、絶対に消えることのない幻影。

 

 ならば、と。

 竜は触手を操り、後ろを走る二人のハクヨウ目掛けて全方位から攻め立てる。

 その数は百を超え、ミザリーとミィの対処可能な数を楽に超える。

 【挑発】によって二人は狙われず、ハクヨウだけが集中砲火を浴びている現状、剣一本では対処しきれない高波に、二人は祈るしかできない。

 

 

「ハクヨウちゃん!」

「ハクヨウ!!」

 

 しかし、祈りも虚しく。

 本物もいたであろう二人のハクヨウは、巨大な飛沫を上げて界面に叩き潰され。

 

 

 ―――瞬間。

 

 

「【疾風斬り】!」

 

 

()()()()()()()

 

 

 

「さぁ……誰が夢幻(うそ)、で

 誰が、実物(ほんもの)か、な……?」

 

 

 これが、二つ目の【幻実世界】の特徴。

 ハクヨウ本人と二体の分身の()()()()()()()()()()()()()

 今回のように敵の攻撃に対する緊急回避や、先行して近づけさせた分身と入れ替わり攻撃するなど、応用の幅は計り知れない。

 しかも強制的に解除されるまでの時間は、他の【忍法】と比べ最も長い三十分。

 先に攻撃した分身は、その時点では本物(ハクヨウ)ではない。

 だからこそ、竜は分身の接近を許してしまった。それが、最大の牙だとも知らずに。

 

夢幻(にせもの)を、現実(ほんもの)、に。実体(ほんもの)を、分身(にせもの)に変える。

 それが、【幻実世界】」

 

 竜の咆哮は、しかし強引に恐怖を振り払うような必死さすら感じられる。その咆哮に応え、全ての触手が背後から迫り、白波が立ち、渦潮がハクヨウと竜の周りに無数に形成され、竜巻が襲いかかる。

 

 フィヨルド全域が竜に支配され、ハクヨウただ一人を殲滅するためだけに荒れ狂う。

 

 しかし、その嵐は。

 

「【爆炎】【噴火】【豪炎】【炎帝】!!」

 

 更に後ろから吹き散らされ、蒸発し、ただの一つとしてハクヨウを害することはできなかった。

 

「その巨体は、遠く離れていても狙いやすいですね。【ホーリージャベリン】【聖罰】【ホーリーレイ】!」

「【韋駄天】【九十九】!」

 

 岸辺から竜まで。ミィが貫通させた触手の壁をミザリーの槍と光線が貫き、竜を真上から十字の巨剣が串刺しにする。

 ハクヨウは流石に荒れ狂う海には【文曲】でも立っていられず、【韋駄天】で空に上がり苦無を三本抜いた。

 

 残り、三割。

 

「……【三重・殱血(せんけつ)】」

 

 三本を重複させることで九重と同等の状態異常をいれ、かつ威力もある【三重】は、ハクヨウの戦い方で最も使い勝手がいい。

 だからこそこの瞬間、最も効果の高い状態異常を叩き込めるスキルを選択した。

 

 苦無が刺さった場所から、噴水のように赤いエフェクトが吹き出す。

 その勢いは留まることを知らず。じわじわと竜のHPが減っていく。

 その瞬間を見逃さず、更に八本の苦無を抜いたハクヨウは、追撃を仕掛けた。

 

「【五重・炎蛇】!」

 

 なぜ、威力重視の【一重】でなく、まだ重複できない八本なのに【五重】なのか。それは、竜に全て当たった時、明らかになった。

 

「今だ、よ……ミィ!」

 

 【手裏剣術Ⅸ】で使用可能になった【殱血】の状態異常は【出血】。そして九重以上に重くすることで、もう一つ。()()()()()()()()()を引き起こす。

 九重では、一段階下げるので精一杯。【無効】に対しては効果を発揮しないなどの制約はあるが、火への耐性はさほど高くなく、ミィの攻撃でダメージも発生した。だから、これで十分だった。

 素で【耐性中】を貫ける、【五重】に、元の耐性を一段階下げることができれば。

 

 

 

 竜は全身から炎を上げ、海上でのたうち回る。

 けれど、水に触れていようが関係なく、それなりに重い【火傷】の状態異常は竜を焼き、【火魔法】への抵抗力すら低下させる。

 

「【炎帝】―――っ!!」

 

 

 ついでとばかりに【疲燕】も叩き込み、直後直撃した二つの火球。それにより三割だったHPはガクンと削れ、竜は今際の際の咆哮をあげる。

 それは、さながら死に際の足掻きのようで。

 

 されど、死んでなるものかという執念じみた怒りが籠もっていた。

 

「くっ……削りきれなかった!」

「あと一割……」

 

 岸辺では、ミィが悔しがり、ミザリーが不安げに竜を注視する。

 

 そして、ミザリーの言うとおりHPが残り一割で止まると、竜はフィヨルドの嵐を止め、ハクヨウが舞う空へと飛翔した。

 

「ハクヨウちゃんもこっちへ!様子が変です!」

「わか、った!」

 

 竜は、これまで辛苦させられたハクヨウに目もくれず、大空を遊々と飛翔する。

 

 ハクヨウの【韋駄天】が解除され、地上に降り立った時、晴天を我が物顔で飛ぶ竜は、そのサファイアのような透き通る蒼の鱗を漆黒に染めていった。

 同時に、暗雲が晴天を染め、雷鳴が轟く。

 

 その姿に、先程までの畏敬の念を抱く神々しさは既にない。

 

 あるのは、畏怖。

 禍々しい、怒れる魔竜の威容。

 

「来ます!」

「すっごい怒ってるんだけどぉ――っ!」

 

 緊迫したミザリーの超え。

 ミィの、恐怖を押し殺した叫び。

 

 魔竜は今にも三人に襲いかかってくる。防ぐか躱すかしなければ、全滅は必然。

 

 なのに。

 

(……あれ?)

 

 ハクヨウには、不思議と恐怖は無かった。

 何故かあれが、()()()()()()()()存在だと、感じ取っていた。

 

(うん……大丈夫)

 

 だから、一歩前へ。

 右手で【鬼神の牙刀】を真上に掲げ、その刀身を魔竜にも勝る漆黒が染め上げていく。

 敵のHPが少ない程に威力を上げる片手剣スキル【デスブリンガー】。これを、カウンター気味に叩き込み、終わらせる。

 

 漆黒の魔竜は翼を折りたたみ、突進する。

 それは音すらも置き去りにした、魔竜最速の一撃。普通のプレイヤーなら、これを防ぐ手立てはない。

 けれど、ここには普段からもっと速い、白い怪物がいる。

 

もう少し速くなって(貴方には、速さが、)出なおして(足りない、よ)

 

 それだけ小さく呟き、スキルを発動させた。

 

「【デスブリンガー】!」

 

 その刃は、魔竜の眉間に『するり』と刺さり。

 何の抵抗もなく、その巨体を爆散させた。

 

 

 

「あ……そ、か」

 

 何で、怖く無かったのか。その答えが、ハクヨウはようやく分かった。

 

「【鬼喰らい(デビルイーター)】のお陰、か……」

 

 フィヨルドを護る蒼き竜は、ハクヨウ達を倒すために魔に染まり、悪魔へとその身体を落としたのだ。文字通りの邪竜、魔竜。鬼や悪魔に対する特攻性能が、魔に染まった竜へも大きなダメージを与えることができる。それが、感覚的に分かっていたからこそ、ハクヨウは恐怖を感じなかった。

 ただ、それだけの事だったのだ。




 
布石その1 『速度特化と素材集め』より
・【石造りの遺跡】でハクヨウがクロムをおちょくった56せんせームーブ。
 これができるハクヨウちゃんなら、一瞬だけなら二、三体の実体を持った分身くらいできる。
 別に燕さん斬ろうとかは考えてなかった。

布石その2 『速度特化と烈火の魔法使い』より
・オークの群れからミィを助けた時にやった【捷疾鬼】の召喚方法。
 『剣を地面に刺す』のがトリガーなのに、【韋駄天】で空中を跳びながら()()()()()スキルを発動なんて、スキルに高い自由度がないとできない。

布石その3 『速度特化と鬼退治』より
・【捷疾の鬼殿】での『速さが足りない』とシャクシャク。
 詳しくは次回だけど、【鬼喰らい(デビルイーター)】無かったら勝てなかった。

独自解釈によるオリジナル設定。
・自傷ダメージなし。
 公式設定でパーティーメンバーには、スキルで攻撃したとしても、ダメージは発生しない。
 →なら自分自身に攻撃しても、ダメージが発生しないのは別におかしい事じゃない。
 これに関しては、原作見落としがあるかもしれない。その場合は『スキル発動に必要な自傷行動のみダメージが発生しない』オリジナル設定として修正します。

 今回は、今まで打ってきた布石を一気に回収した形になりました。めっちゃ疲れた。

 そうそう今後とも作中じゃ触れないと思うので、【貪狼】の解説でもやりますかね。

―――

【貪狼】
 瞬間的に速度を爆発させる事で、2〜4体に分身した見紛う歩法の()()()()()()()
 あらゆる攻撃スキルと併用可能。
取得条件
 純粋なAGIで残像を一定回数以上作り出す。また、特定時間内に二撃以上の攻撃を当てること。

―――

 と、これがハクヨウちゃんも見れるスキル説明欄。
 素でハクヨウちゃんやれたじゃんって?
 今回はかなり集中して、神経すり減らして成功した訳ですが、今後は確実かつ簡単にできるようになる訳です。
 『特定時間内』については、大雑把に言えば『瞬く間』ですね。
 条件の前半は、実はこれもクロムに56せんせーした時には既に満たしてました。
 そして後半部分を今回満たした形ですね。そういう意味では、最初の頃から『残像』という描写を多用していたのも、布石の一つと言えます。

 竜のフィヨルド全域を支配して触手攻撃するスキルですが、これも元ネタはあります。
 ちなみに【文曲】【貪狼】と同じ原作。
 本当にあの原作は便利な技が多くて好みです。


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速度特化と報酬 あるいは運営の絶望

 これでようやく、フィヨルド戦線終わりです。
 正直疲れました。ここまでやると想定してなかったんで、メイプル参入までもう少しかかる。
 おかしい……そろそろ参入させたかったのに。

 章の名前を変更しました。
 流石に第一巻終わりまであのままだと長いのと、次話が一つの区切りとなります。
 一巻よりも前の話ですし、『序章』とさせていただきます。
 


 

 それは、フィヨルドにフィールドボスが現れた時まで遡る。

 

「お、『ミド』が出やがった」

「マジか!『スワンプマン』に引き続き、こっちも出たか」

「暇な奴らで鑑賞しようぜ」

「いいぞ!!【湖沼の復活巨人(スワンプマン)】はペイン含め五十人殲滅したけど、こっちの方が強かったしな!」

 

 『ミド』とは運営達が呼んでいる、フィヨルドのフィールドボスの渾名である。

 正式名称はあるのだが、如何せん【モードLunatic その1】である『ミド』は、運営をして会心の出来であり、愛着があった。

 

「で、今回は何人だ?」

 

 その声に応え、最初に気付いた一人が、キーボードを操作する。

 

「今、映像出します……出ました」

 

 そして映ったのは、たった三人。けれど、運営にも覚えられている、トッププレイヤーの三人。

 そして、その一人は。

 

「うわ!ハクヨウちゃんいるじゃん!」

 

 サービス開始初日から運営を騒がせた、爆速少女の姿があった。

 

「でも三人だろ?『ミド』は空だし、問題ないだろ……多分」

「そうか……そう、だな。うん、勝てる勝てる」

「万が一落とされても、『ミド』にはあれがある!大丈夫だ!『ミド』に勝てるわけ無い!」

 

 その声は、少しだけ引き攣っていて。

 

 

 ハクヨウが【韋駄天】で竜を斬り刻み始めた辺りで、動揺が広がり始めた。

 

「『ミド』に何の恨みがあるんだよぉぉっ!」

「【瞬光】なのは分かるんだが……たった二分で俺たちの『ミド』のHPを二割持ってくとか……頭おかしいだろ……」

「AGI極振りに【辻斬り】【韋駄天】【瞬光】の組み合わせは絶対にやっちゃ駄目だったんだよぉぉぉっ!!」

 

 『微塵切りにしてやらぁぁぁ―――っ!!』とでも叫んでいそうな程に、今のハクヨウは容赦が無い。『ミド』の周囲を霞む速度で飛び回り、ソニックブームを生み出しながら、その身体を全身隈なく斬り刻み、ダメージエフェクトを散らしていく。

 

 そして直後、火炎と閃光が『ミド』を穿ち、運営は我に返った。

 

「ちょ、一緒にいるのミィとミザリー!?」

「前衛後衛、火力に回復と完璧じゃねーかっ!」

「あー、どうやらハクヨウちゃんがソロだったみたいだ。それで、二パーティー必要な条件が揃ったんだろ」

「ちょ、ハクヨウちゃん速すぎだから!おまっ、【疲燕】使ったな!?」

「あぁ……っ、最初の方の『ミド』だって弱くないのに……」

「【韋駄天】をしたハクヨウが速すぎるな……爪も尾も、突進もブレスも掠りもしてない」

 

 実は、竜ゆえに『ミド』はブレスだって攻撃手段として備えている。しかし、ハクヨウが絶対に『ミド』の正面には立たず、顔を向けられた段階で背後に回り込んでしまうため、ブレスは当たらず、むしろその後の硬直が【手裏剣術】をばら撒く良い機会として与えてしまっていた。

 

「ま、まだだ!【白夜結界】が切れれば、今度はあの形態になる!」

「だ、だな!大海の支配者なんだ!お前なら殺れるぞ『ミド』!」

 

 濃霧が晴れ、『ミド』は海面に落ちる。それが、第二段階の合図。

 

「よし!海全体を支配しての制圧力こそ『ミド』の真骨頂だ!やれ!」

「これならハクヨウだって近づけないだろ!」

 

 そんな淡い期待は。

 

 

『【文曲】忘れてたぁぁぁ!!』

 

 

 即座に裏切られた。

 

 しかも【幻実世界】によって『ミド』を撹乱し、容易にその懐に潜り込む始末。

 

「せ、せめてミィとミザリーだけでも落とせ!」

「駄目です!【挑発】で全ての触手がハクヨウを狙ってます!」

「クソがぁぁぁああああ!!」

 

 期待した直後に、ハクヨウの手によって希望が潰える。ねぇ?狙ってないよね?

 

「いやそれより問題なのがあるだろ!あの感じ、絶対に【貪狼】も取ってますよ!?」

「あ………」

「速度系応用スキル群か……」

「確か、あれらを二つ以上、【二層】実装した後に【超加速】クエストの派生で……」

『聞きたくない!聞きたくなぁぁぁいっ!!』

 

 全員が全員耳を塞ぎ、『いやいや』と首を振る。どんだけ嫌なんだ。

 

 しかしその間にも、ハクヨウは『ミド』に【殱血】を入れてじわじわと弱体化させていく。

 いつしかHPは三割を切り、そこで『ミド』は決死の咆哮をあげた。

 

「よし!これで勝てる!」

「ハクヨウちゃんさえ倒せばこっちのもんだ!」

 

 海が荒れ狂い、触手がハクヨウを背後から津波の如く襲いかかる。

 これは分身と入れ替わっても逃げ切れない。よし、よし!これなら大丈夫だ!

 

 そんな暗闇の中の希望は。

 

『ミィてめぇぇぇえええええ!!!』

 

 誇り高き【炎帝】の手によって、絶望の淵に叩き落とされた。

 

 実は、ミィはMP管理の一切をミザリーに任せたことで心置きなく連発したのだが。影の立役者たるミザリーは、あんまり注目されなかった。

 

 そして『ミド』はハクヨウとミィの連携でHPを一割まで落とされ、最終形態に移行する。

 

「こ、これなら流石に落とせるだろ……」

「あぁ……落としてくれなきゃ困る」

「頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む……っ」

「『ミド』が。【海底の守護竜(ミドガルズオルム)】が悪魔に魂を売ったんだぞ……っ!」

「ペインたちを吹き飛ばした『スワンプマン』のように、意地をみせろよ、『ミド』!」

 

 

 

 …………どちらが主人公だろうか。

 

 

 

 だがそんな願いも虚しく、ハクヨウの手によって、【海底の守護竜】ミドガルズオルムは、討伐された。

 

 

「……【鬼喰らい(デビルイーター)】か。そっか、そうだよな……ハクヨウちゃん、それ持ってたもんなぁ……っ!!」

「まずい……【俺たちの悪ふざけ モードLunatic】の討伐報酬持ってかれた……っ!」

「何がいけなかったんだ……」

「高いステータス、強力なスキル、フィールド制圧力、理不尽すぎるあれこれが、全部……」

 

 意気消沈、という言葉がこの瞬間、世界一似合う空気感の中で、一人が呟いた。

 

「……まぁ、あれだろ。たった一つを突き詰めた先の理不尽には、遠く及ばないんだろ」

 

 速度という、たった一つを突き詰めた白い理不尽の権化には、悪魔に魂を捧げても届かないらしい。そして、その事を実感したもう一人がポツリ、と。

 

 

「『ミド』……悪魔に魂を売らなかったら勝ってた説」

 

 

 たとえ【デスブリンガー】と言えど【鬼喰らい】で威力が上がっていなければ、削り切られる前にミドガルズオルムが押し切ったかもしれないから。

 

 

 

 

『言うんじゃねぇよッッ!?』

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 魔竜、もといミドガルズオルムを討伐したハクヨウは、その場にへたり込んでいた。

 

「疲れ、たぁ……」

「はい。お疲れ様、ハクヨウちゃん」

 

 そのミザリーの現実と変わらない声音に、無意識にミザリーの方を向き、手を伸ばしてしまう。

 いつもの、マッサージとストレッチに向かう時の『起こして』という仕草。丁度その場を座っていたのもあるが。

 

「ふふ、ここは現実じゃありませんよ?」

「っ……そう、だった。えへへ」

 

 その言葉で我に返り、恥ずかしくなって顔を逸らす。ここにはミィも居るのに迂闊だった。

 

「ミィもお疲れ様です。回復はいりますか?」

「んーん。MPはその内に回復するし、ダメージも受けてないから」

「ん、私も。ダメージは受けて、ない」

 

 フィールドボスとたった三人で相対して、ノーダメージで討伐できるとは思わなかった三人。

 

「ハクヨウちゃんは一番動いて、一番危険だったのに、ダメージ受けていないんですか?」

「う、ん。当たりそうなの、【幻実世界】で回避した、から」

「あの分身ですか……すごいスキルを持っていますね」

「そ、う?」

 

 ハクヨウとしては、気ままに自由に、普通にプレイしているだけなのだが。

 すごいスキルと言われても、あまり実感がない。便利だとは思っているが。

 

「それよ、り。討伐報酬の確認、しよ?」

 

 ずっと気になっていた物がすぐ近くにあるのに、疲れから確認していなかったので、それを一先ず確認したかった。

 

 目の前には、三つの宝箱が置かれている。

 全て蒼い装飾がされており、サイズだけ違う。

 ハクヨウが抱えられる、比較的小さなの宝箱。

 一人でぎりぎり持てる、少し大きめの宝箱。

 最後に、幅二メートル程もある、大きな宝箱。

 

「なぜ三つあるんでしょうか?」

「どれか一つしか開けられないとかかな?」

「順番、に、開けてみよ?」

「では、大きいのから開けてみましょうか」

 

 そう言って、まだ休んでいるハクヨウから離れ、大きな宝箱に手をかけたミザリー。

 

「あ、あれ?」

 

 しかし、開けようにも蓋はビクともせず、開く様子もない。

 

「私も試してみる!」

 

 ミィも手を出してみるが、やはり開かない。

 仕方なく、ミザリーは中くらいの宝箱を開けようとするが。

 

「んん……、こちらも開きませんね」

「一番小さいのも開かないんだけど……」

 

 『んぐぐぅ……っ!』と、女の子がしちゃいけない表情をして開けようとするミィ。

 

「全部、開かな、い……?」

「どういうことぉ……っ!?」

 

 ハクヨウも立ち上がり、二人が諦めた大きな宝箱に手を添える。

 すると。

 

「あ、開いた」

「「うそ!?」」

 

 何の抵抗もなく『カタン』と小さな音を立てて、蓋が開いた。

 

 入っていたのは透き通る蒼い刀身を持つ、【鬼神の牙刀】と同サイズの反りのない刀。

 竜鱗の模様が入った、青白い袴。

 竜の鱗と同じサファイアの色をした、雫型のイヤリング。

 それと、スキルの巻物だった。

 

「なんで開いたの!?」

「分かんな、い……けど、待って」

 

 ハクヨウは中に入っていたスキルに目を通し、その意味が分かった。

 

―――

世界喰らいの蛇(ウロボロス)

 スキル使用者から半径二十五メートルに、意のまま操れる魔海を創造する。

 触手の数と威力は使用者の【INT】依存。

 一日の使用可能回数は一回。

取得条件

 【海底の守護竜(ミドガルズオルム)】討伐レイドにおいて、最大の功労者であること。

―――

 

「あ、……貢献、度?」

 

 貢献度。つまり、今回の戦闘で最も働いた者が、このスキルを取得できる。

 そして、スキルの巻物は大きな宝箱に入っていた。つまり、それが指し示す答えは。

 

「貢献度、で、開けられる宝箱が、決まって、る……んだ、と、思う」

 

 ハクヨウの言葉に顔を見合わせたミィとミザリーは、それぞれの持っていた宝箱を交換し、手をかける。すると、今度はすんなり開いた。

 ハクヨウの言ったことは正しかったのだ。

 そしてミドガルズオルムはレイドボスであり、本来であれば貢献度上位五人に宝箱が贈られていた。

 そして、他のプレイヤーには。

 

「まぁ、ハクヨウちゃんは一番頑張っていましたからね……とはいえ、ちょっと悲しいですが」

「そ、そんなことないよ!ミザリーのMP回復、すごい助かったもん!そうじゃなきゃ触手の壁を突き破れなかったし!」

「う、ん。ミザねぇがいなきゃ、勝てなかった、よ」

「ありがとうございます、ミィ、ハクヨウちゃん。……と、私の報酬は、ハクヨウちゃんと同じイヤリングとローブのようですね。少し、今の装備とは意匠が合いませんが」

 

 白いのローブには、ハクヨウの袴と同じ竜鱗の模様が薄っすらと入っている。聖職者のような今の装備とは、雰囲気が少し違った。

 

「私は……あ、二人と同じデザインのイヤリングだ。と、こっちは杖かな?短剣みたいなデザインしてる……ってこれ、杖なのに短剣としても使える!凄い!まぁ、あとオーブ、かな?【水属性強化】かぁ……使わないなぁ」

 

 揺らめく炎のような刀身をした杖らしいが、短剣としても使えるため、戦闘の幅が広がるだろう。地味に【火属性強化】と【STR】を上げるスキルが付いているらしい。

 よく見れば、赤い刀身でありながら、蒼で竜鱗のような彫りが細く施されている。

 

 他のプレイヤーには、三人が統一して貰った装備。雫型のイヤリングが贈られることになっていた。

 

「どうやら、その人に合った装備をくれるようですね」

「そうみた、い」

 

 もう一度、今度は詳しく報酬に目を向ける。

 

―――

 

【竜神の濡れ袴】

 【AGI +40】【水竜の加護】【破壊不可】

 

【竜鱗の神刀】

 【AGI +35】【鱗刃旋渦(りんじんせんか)】【破壊不可】

 

【逆鱗のイヤリング】

 【AGI +20】【INT +20】【竜の逆鱗】

 【氷結耐性中】【炎熱耐性中】【破壊不可】

 

―――

 

 袴はそういう名前、というだけで本当に水濡れな訳ではなく、ハクヨウはホッと一息ついた。

 

「わ、すご、い」

「凄いね。全部【破壊不可】って入ってる」

「効果も総じて高いです。それに【水竜の加護】。これは……」

「二人、も。【水竜の加護】ある、の?」

「うん、あるよ。私のには、杖に」

「私の方はローブですね」

「私、は、袴に、付いてる」

「確認してみて。すごいから!」

 

 そう言われてしまえば、期待せずにはいられなかった。

 

 

―――

 

【水竜の加護】

 ボスモンスターを除く、水中モンスターが襲ってこなくなる。

 

【鱗刃旋渦】

 刀身を数千の竜鱗に分解し操ることができる。

 5秒で【MP 1】を消費。

 

―――

 

 ついでに確認した【竜鱗の神刀】もやばかった。

 ハクヨウのMPが少ないが、それでも九十秒は無数の鱗の刃を操ることができ、威力は【辻斬り】で確保できる。普通にやばい武器だった。

 

「水中モンスターだけですが、流石は水竜の加護と言ったところですね」

「だよね!ノンアクティブにするアイテムとか初めて見た!」

「それよ、り……この、イヤリング」

 

 雫型で、綺麗なイヤリングだと思っていたら。

 まさかのミドガルズオルムの逆鱗の形をしたイヤリングだったらしい。

 

―――

【竜の逆鱗】

 イヤリングに触れることで使用可能。

 三分間、全ステータスを25%上昇させるが、使用後に【気絶】の状態異常を受ける。

 一日の使用可能回数は五回。

―――

 

 因みに、【逆鱗のイヤリング】となるのは貢献度上位五人だけで、他のプレイヤーは名前が【水面のイヤリング】となり、【竜の逆鱗】を除いた、同じステータスが付く。

 

「強いですね……【気絶】は痛いですが、それを押してなお、破格のスキルだと思います」

「うん。全ステータスだからね」

 

 そんなことを話しながら、ハクヨウはいそいそと袴とイヤリングを装備する。上衣だけで恥ずかしかったので丁度いいと早速だ。

 とは言え、【鬼神の牙刀】と【竜鱗の神刀】の【AGI】上昇値は同じなので、これだけ装備していないが。それでもスキルも手伝って、ハクヨウの【AGI】最大値は【2610】にまで上がった。

 

「ふふふっ、似合ってますよ、ハクヨウちゃん。別々の装備なのに、一揃えみたいです」

 

 そう言うミザリーも、ローブを装備している。少し雰囲気は変わるが、それでもやはり似合っていた。

 

「ミザねぇとミィも、似合って、る」

「ありがとう、ハクヨウちゃん」

「う、うん。ありがとう」

 

 ミィに関してはイヤリングを付けて、短剣……杖を持っているだけでで大した変化はないのだが、仲間外れは駄目だろうと思った次第。

 

 

 そうして全員が自分の宝箱の中身を確認し終え、一息付いた頃、ようやく落ち着いて話すことができた。

 

「それにしても、今日は疲れましたね、ミィ」

「うん……まさか初めて入ったエリアで、フィールドボスと戦うとは思わなかったよ……」

「私、も。ここは初めてだった。本当に、ごめんなさい」

 

 二人に迂闊に近づかなければ、今回のような事は起こらなかったから。

 だから、もう一度頭を下げるハクヨウだったが、二人は笑って許した。

 

「いやぁ……むしろこれだけ強い装備も手に入ったし、万々歳なんだよね」

「そうですね。だから、ハクヨウちゃんも気にしないでください」

「でも……」

「ありがとうございます。ハクヨウちゃんがあそこで出てこなかったら、負けていましたから」

「流石に空飛ぶのも海の上走るのもできないし……ていうかできる方が凄いし!いてくれて凄い助かった!」

「そ、か……よかっ、た」

 

 安心したように、花がほころぶように、小さく笑う。その笑顔にミィは、戦いの最中で言われた言葉を思い出し。

 『今言わなきゃ』と、ハクヨウの手を取った。

 

「あの、さ……えっと……」

「?」

 

 緊張して、言葉が出てこないミィ。

 感謝を伝えようと思った。ミザリーが言っていた通り、気にしてないと言われても。

 それでも、気持ちを伝えることが大切だと思ったから。

 だから、上手く言葉が言えないから。ストレートに思ったこと。

 

「ありがとう!」

「っ……何、が?」

「さっきの事と、前にあった時のこと」

 

 恥ずかしくても。

 弱くても。

 自信が無くても。

 

 取り繕って。

 格好つけて。

 演技で疲れるより。

 

 『本当の自分』でいる方が。

 

 ずっとずっと……楽しい。

 

「そう言ってくれたから、私は一歩踏み出せた。ミザリーみたいな、心置きなく話せる人と友達になれた。まだ初めて会う人とか、怖そうな人には無理だし恥ずかしいけど」

 

 でも、とミィは心からの笑顔で、ハクヨウに伝える。

 

「演技なんかしてたら、きっといつか辛くなって、この世界からいなくなってたから。

 続けてたとしても、きっとそれは()()()()()()()と思うから。

 だから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

私に本当の楽しさを教えてくれて、ありがとう

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

ハクヨウ

 Lv37 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0】 【VIT 0】

【AGI 205〈+230〉(2610)】【DEX 0】

【INT 0〈+20〉】

 

装備

 頭 【白魔のフード】体【彼岸の白装束】

 右手【鬼神の牙刀】  左手【九十九】

 足 【竜神の濡れ袴】 靴【天神の足袋】

 装備品【疾宝のペンダント】

    【逆鱗のイヤリング】

    【鬼神の角笛】

 

スキル

 【剣術Ⅴ】【刀術Ⅳ】【連撃剣Ⅴ】

 【体術Ⅲ】【投剣Ⅹ】【速射Ⅰ】

 【状態異常攻撃Ⅹ】【長剣の心得Ⅵ】

 【投剣の心得Ⅹ】【投剣の極意Ⅰ】

 【刀の心得Ⅳ】【気配察知Ⅴ】【気配遮断Ⅵ】

 【しのび足Ⅴ】【跳躍Ⅸ】

 【速度狂い(スピードホリック)】【大物喰らい(ジャイアントキリング)】【辻斬り】

 【首狩り】【軽業Ⅹ】【手裏剣術Ⅹ】

 【大立ち回り】【無慈悲な慈悲】【水走り】

 【鬼喰らい】(デビルイーター)【瞬光】【文曲】【貪狼】

 【世界喰らいの蛇(ウロボロス)




 
 ぶっちゃけると、今回の為にハクヨウちゃんに上衣だけの恥ずかしい格好をさせてたって裏事情がある。ようやく一式揃った感じです実はw

ハクヨウちゃんのステータス
 【AGI】ですが、〈〉内は装備による加算値。
 ()内は最終的な実数値になります。【2610】……メイプルちゃんの1万超えを知ってると、まだ普通に見える不思議w
 余談ですが、PS特化のツキヨちゃんの瞬間最大火力は、現時点で【STR2400】相当だったり。
 こっちも馬鹿げてますね。

俺たち(運営)の悪ふざけ モードLunatic】特別報酬
 貢献度の高い上位5人に、その貢献度順に
 討伐モンスターに因んだレアスキル、主武装、防具、装備品 各1つ 計4つ
 主武装、レアアイテム、装備品 各1つ 計3つ
 防具、装備品 各1つ 計2つ
 レアアイテム、装備品 各1つ 計2つ
 装備品 各1つ 計1つ
その他
 レアスキル無しの装備品 1つ

 もちろん、他にも討伐報酬のミドガルズオルムの素材は全員にドッサリ入ってます。これは全員に自動で均等分配。

 ただメインの特別報酬としては、このようになってます。強制レイドだからアイテム分配とか事前に決める事はできないって事で、貢献度順にその人にしか開けられない宝箱を用意しました。

世界喰らいの蛇(ウロボロス)
 どこぞの禁呪詠唱者がロシアの地図を書き換えたヤツの規模縮小版。今回でハクヨウちゃんはアクセサリーで【INT】が伸びたので、それなりに強力になってます。
 暗殺特化なハクヨウちゃんに、正面戦闘でもまともに打ち合える手札が1つ欲しかった。
 正面戦闘が苦手なハクヨウちゃんの、切り札的一手になることでしょう。

【竜鱗の神刀】及び【鱗刃旋渦】
 どこぞの黄金色の鎧を纏う整合騎士様の『咲け、花たち!』の竜鱗バージョン。たっぷり日の光を浴びなくてもすごい強いし、敵を斬り刻める。

ミィの特別報酬の杖 ついでに宝玉(オーブ)
 アニメミィの杖。原作勢は知ってると思うけど、原作ミィは普通の短杖。アニメだと短剣っぽい形をした杖。どっちも使いたい欲張りな駄作者(わたし)は、こうして願いを叶えた。
 短剣としても使える魔法剣。近距離に詰められても、これである程度対処できるようになった。
 宝玉は、ミドガルズオルムが水竜だったから【水属性】。ただ、【INT上昇】もするから完全に使えないってわけじゃない。

ミザリーのローブ
 マントやローブは中二病患者必須アイテムだと思ってる。他に思いつかなかった。
 ミザリー専用だけあって、回復系統の魔法効果を高められる。


 とまぁミドガルズオルム戦線の結果はこんな所ですね。最近、ハクヨウちゃんの進化があんまり無かったので、ここらで一発やろうと思ったら、思いの外パッションが弾けました。
 【鱗刃旋渦】ですが、MP1/5秒ならある程度バランスは取れてるかなと。今後はMPポーションの使用も増えることでしょう。
 どこぞの世界で禁呪指定されたヤツの規模縮小版と、数千に散る鱗刃という切り札。どっちも強力なスキルです。やりすぎたと思ってますが、反省も後悔もしません。



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九曜とハクヨウ どっちも《わたし》

 【序章 九曜=or≠ハクヨウ】最終話。

 『速度特化と親友』
 『九曜とハクヨウ 二つの《わたし》』
 この二つの話を経た、望月九曜の答えです。


隠し通すか、打ち明けるか

答えは得た

ありがとね、みんな


私もようやく、前を向けた


 


 

 先程まで揺れていた車が止まった。

 

 いつも通りお母さんが運転席を降りて、車椅子を準備している。

 ―――いつもと同じなのに、少し緊張する。

 それを横目に見ながら、後部座席にいた私もまた、降りる準備をした。

 小学校から今まで、かれこれ十年以上もやってきた動作に淀みはなく、お母さんがドアを開けて車椅子を横に持って来た時には、準備は全て、完了。

 ―――淀みなく、いつも通りに。

 先に大きなバッグを、車椅子の座面下に設置してあるネットに放り込む。

 お母さんが抑えてるけど、重さで更に車椅子が安定する。

 次に腕の力で体を持ち上げ、ゆっくりと車から出て車椅子に体を預ける。

 やはり長年の相棒の安定感は段違いで、安心感が、全然違う。

 ―――それでも、少しだけ強張ってしまう。

 最後に、細々とした持ち物を膝の上に乗せれば、準備おっけー。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 

 ゆっくりと漕ぎ出し、車椅子を進める。砂利道のガタゴトとした振動が直に伝わるけど、それはいつもの事だ。もう、慣れた。

 後ろに遠ざかる車のエンジン音を聞きながら、小さく細く、肺の奥から息を吐いた。

 

 なんとなくやってしまう動作。

 

 

 ―――けど今日からは、違うんだ。

 

 ()()()()()()()()()、意識を本当の私(ハクヨウ)に戻す。

 

 ミィやミザねぇと一緒にミドガルズオルムを倒した週明け。第三陣のソフト発売まで一週間と少しになった月曜日。今日が、私の覚悟を示す日だから。

 

 私は、私が背中を押した人に、背中を押してもらって。その後、一番信頼するミザ(美紗)ねぇにも、勇気をもらった。

 

あなた(わたし)の信じる親友なら、きっと受け止めてくれると思います』

 

 

 私の言葉に勇気を得て、踏み出した人がいる。

 

 私を信じて、送り出してくれる人がいる。

 

 あぁ本当に、この世界は残酷だ。

 

 私の気持ちを知らず、好き勝手言ってくれる。

 

 言葉だけで手を貸さない人がいる。

 

 あぁ本当に、この世界は優しさに満ちている。

 

 

 だから、歩き出そう。

 

 優しい言葉で、私を送り出してくれたから。

 

 残酷なまでに、弱い私を信じてくれるから。

 

 

 カラカラコロコロと、車輪が回る。この音は、一生私の耳から離れることは無いけれど。

 

 それでも強がって、気丈で、明るい。

 そんな自信に満ちた(ニセモノの)私とはおさらばしよう。

 こんなうじうじした私とは、今日という今年最後の登校日で終わりにしよう。

 4月に二年生になり楓と理沙がNWOを始める。

 その前に、私はこの一歩を踏み出そう。

 

 そうじゃなきゃ、ミィを焚き付けた者として情けない。

 美紗ねぇにも、きっと呆れられる。

 

 

 ―――大丈夫。

 二人なら、きっと受け止めてくれる。

 

 ほら、見えてきた。

 

 校門に着けば、いつも通り、親友の片割れが出迎えてくれる。

 

「おっはよう、九曜!」

 

 その挨拶は毎日と同じ。明るくて、皆を笑顔にしてくれる天然さん。

 

 少しだけ、息を吸う。これから言う言葉は、いつもと同じ。なのに、いつもより緊張する。

 楓には、初めて見せるからかな?

 でも、勇気を出して。

 

 ―――ミィ、ありがとう。私に勇気をくれて。

 

「う、ん。おは、よ、楓」

「………」

 

 少しだけ、はにかんで。

 緊張から、ゲームの中よりも、更に吃ってしまったけれど。

 それでも、ちゃんとできた。

 これが、第一歩。

 

「どうした、の?」

「なな、何でもないよ!?なんか、いつもと雰囲気違うなぁ……って」

 

 挨拶したら固まった楓に声をかけると、やっぱり、気付かれるらしい。いつもはもっとハキハキしてるし、もう少し明るいもんね。

 こんな静かで、大人しい感じなのが、本当の私なんだ。

 

「そ、う?でも、いつも通り、だよ?」

「全然違うよ!?」

 

 『コテン』と首を傾げるのも、こっちじゃやらなかったから。でも、素の時は自然に出ちゃうんだ。無意識に、仕草から何から、抑え込んでいたから。

 

「それ、より。タイヤ、お願、い」

「わわ、わかった!」

 

 いつも通りタオルを渡せば、思い出したように慌ててタイヤを拭き始める。けど、やっぱり私が気になるのか、楓がチラチラとこっちを見ている。

 

「……ん。ありがとっ、楓」

「……やっぱり、何かあった?」

「んーん、何でもない、よっ」

 

 あぁ、うん、楽だ。

 下手に繕うのは、やっぱり疲れちゃってたんだって実感する。

 本当に、自然に笑える。

 前みたいな、少し無理した笑顔じゃない、本当に、心から出た自然な笑み。

 それが現実でも出たことが、とっても嬉しい。

 

「嘘だよ!九曜なんか可愛いもん!今までの何倍も可愛いんだけどっ!?」

「えへへ……何、それっ?」

「それだよ、も――っ!」

 

 あぁ、良かった。

 

 こっちの私(ハクヨウ)を、楓は受け入れてくれたんだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 朝あったら、親友の様子が違った。

 いつもは大人しいけど、明るくて。

 サバサバしてるのに、とっても優しい。私と理沙の親友。歩けない身体を気にした様子もなく、毎日普通に過ごしてる。

 頭が良くて、私や理沙よりもしっかり者で、テストなんて毎回満点を取ってくる。

 もしかしたら、私達より歳上なんじゃ……と思うほど、昔からしっかりしていた、親友。

 

 それが。

 

 

「さっきから変、だよ?楓?」

 

 『コテン』と小さく首を傾げ、見たことのない花が咲くような可愛らしい笑みを浮かべて。

 あるいは、『幼い』と言ってもいいかもしれない、そのあどけなさにドキリとする。

 

 年上なんてものじゃない。

 年下の幼い子を見てる気さえしてくる。

 

 同じ見た目。同じ人のはずなのに、こんな動作、こんな笑い方、こんな雰囲気。

 全てが見たことのない九曜で。

 だけど何故か、そんなあどけない九曜にホッとしてる自分がいて。

 何でか分からないけど、『良かった』なんて思っちゃう。

 

「かえ、で?」

 

 私のことを見上げてくる瞳が揺れていて。初めて見た九曜の不安げな瞳が、やっぱり幼くて。

 

「九曜!」

「わ。……どうした、の?楓?」

「急に抱きしめたくなった!」

「もう、……なにそ、れ?」

 

 儚く、今にも消えそうなのに、野に咲く小さな花のように、仄かに存在を主張してる。

 けどやっぱり九曜の、私を受け止める感覚は、昔からずっと変わらない九曜のままだった。

 

 しっかり者で私と理沙のお姉ちゃんだった九曜は、今まで通りお姉ちゃんみたいにしっかりしているのに。

 

 

 

 

 

 やっぱりどこか、妹みたいだった(幼かった)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 この日、授業らしい授業もなく、普段の生活よりも余程自由だったのも手伝ってか、九曜の変わり様が際立った。

 

 真面目でしっかり者。

 大人しい人ともよく話すが、とても明るい。

 先生からの信頼も厚く、何事も熱心に取り組む非の打ち所がない人。

 

 そんなイメージを学級内の全員が持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな九曜が。

 

 

 

「すぅ……すぅ………すぅ……」

 

「……寝てる、な」

「うん、寝てる」

「望月さんが居眠り……?」

「初めて見た……」

 

 終業式の体育館。

 クラス最後尾で、スヤスヤと眠っていた。

 しかも、校長が話している真っ最中である。

 

 え?何これ幻覚?望月さんが、嘘だよね?

 と、近くの人はみんなしてヒソヒソ。

 

 壁際に立っている先生方も、そんな九曜を見てギョッとしている。

 『あぁ、やっぱり寝てるんだな』と、生徒も幻覚じゃないと思い直す。

 

 九曜のちょうど前にいる女子生徒、もとい理沙が九曜の足をちょいちょい。起きてーみんなギョッとしてるよー。

 

 しかし悲しいかな。

 九曜の足は神経系からやられているため、触られている感覚そのものがない。

 だから、それで起きれる道理はない。

 

 仕方なく、理沙は少しだけ上体を上げ、目立ってしまうのを覚悟で九曜の体を揺する。

 

「ん……っ、ぁふっ……な、に?」

 

 欠伸を噛み殺し、目を擦りながら尋ねれば、ヒソヒソと声が聞こえてくる。

 

「あくびしたぞ」

「あれ本当に望月さんか?」

「なんか小動物みたい……」

「かわいぃ……」

 

 それにより今が何をしているか理解した九曜。

 

「え、あぅ。え、と……」

 

 シュゥゥ……と頭から湯気が出るんじゃないかと思うほどに顔を赤くして、九曜は恥ずかしさから顔を覆う。

 

 

 それが、一つ目。

 

 

 

 

 

 次は、理沙が二年生になった時、確認テストがあると先生から告知された時。

 

「九曜!勉強教えてください!」

 

 そう言って九曜に泣きつく理沙を見て、『あぁ、いつも通りだぁ……』と聞き流すクラスメイトは、理沙が毎回のテスト前に同じことをするので慣れたものだ。だから、いつもの九曜の返答まで、ばっちり覚えてしまっている。

 

『全く……次からは自分で頑張るんだよ?』

 

 そう言って、毎回毎回面倒を見るのだ。お母さんだろうかと呆れる人もいるが、それはさておき。今回、九曜の返答はちょっと違った。

 

 

「え、やだ」

 

 

 ………ごめん全然ちょっとじゃなかった。

 

 絶望に顔を染めた理沙を見て、九曜が可笑しそうに笑う。

 

「えへ、へ。冗談、だよ。理沙」

 

 ……誰だろう、この子。

 え?もしかして、貴女は望月九曜という名前の、車椅子の少女ですか?

 え、ウソ?私達こんな子知らない。

 こんな可憐にあどけなく、幼さの残る表情で笑う小悪魔(少女)は知らないっ!

 望月九曜さんはもっと真面目で、明るく笑うハキハキした女の子だった!

 ペロッと小さく舌を出しておどけてみせる、可愛らしい少女とかもはや別人じゃん!

 何そのいたずらっ子な可愛らしい笑み!?

 

 とは、全員の見解の一致である。

 

 

 これが、二つ目。

 

 

 

 そして、最後の三つ目。

 

 下校直前のこと。

 毎年一人はいる、荷物を全然持ち帰っていない生徒が、大荷物を持ってフラフラヨタヨタしながら歩いていた所に、偶然九曜が通り掛かり。

 案の定、ぶつかってしまった。

 

「いってぇなくそ!!」

 

 そして、計画的に持ち帰らない自業自得で、荷物を床にぶち撒けてしまった。

 今回のように人とぶつかる事は度々あり、いつも申し訳なさそうに九曜が謝って終わる。

 いろんな人が見ているから、知っている。

 

『ごめんなさい……もう少し端の方を進むね。私が悪いのに、手伝えなくてごめんなさい』

 

 と。悲しそうに頭を下げて。

 けれど、ここでも違った。

 

「あぅっ……え、と。大丈、夫?」

 

 偶然自分の膝に落ちた教科書を拾い上げて、心配そうにぶつかった人の脛を見つめる。

 

 九曜のその心配そうに揺れる瞳に毒気を抜かれ、ぶつかった男子生徒はいそいそと教科書を拾い集める。

 

「ごめん、ね。私も、不注意、で。声、かければ良かった、ね」

「え、あ、いや……俺こそ前からちゃんと持ち帰ればよかったんだし……」

 

 話しながらも『ん〜〜〜っ、ん〜〜〜っ!』と、車椅子から必死に手を伸ばして彼の荷物を拾おうとする姿は、今まで見たことがない。

 いつも、手伝えなくてごめんなさいと謝って、静かに立ち去ってしまうから。

 なのに、彼のことを心から心配して、床に散らばった荷物を拾う姿には、周囲の人が何もせずにはいられなかった。

 

 俺も手伝う、私もやる、私も、俺も、と。

 続々と人は集まり、むしろ男子生徒は恥ずかしそう感謝し、ものの数秒で全て拾い集まった。

 九曜が手に取ったのは、実は最初に膝に落ちてきた教科書だけ。

 

 それでも、そんな九曜の姿に、男子生徒は目を玉のように丸くしていた。

 

 

 これは、ほんの一部。

 特に変化が際立ったのはこの三つだが、話し方、雰囲気、動作。細かな出来事は沢山ある。

 『今までの望月九曜』を知る人のイメージを、この一日でぶち壊した九曜は、だが自信を持って今日一日が楽しかったと言える。

 

「九曜いきなり雰囲気変わったけど、やっぱり何かあったでしょ?」

「そうだよ!NWOで何かあったの?」

 

 九曜の変化といえば、NWOしかないと検討をつけている二人に、人のいなくなった放課後の教室で問い詰められる。

 少し遅くなるという母の迎えを待っている九曜に付き合うという言い訳のもと、誰に聞かれる心配もなくなった今、問い詰めるのだ。

 

「そんなに、変わった?………わ、分かった、う、ん。分かった、から」

 

 何度も高速で頷く楓と理沙に、押され気味にタジタジになる。

 けれど、変わったわけではないのだ。

 ただ、押し込んでいただけ。

 元の性格に、戻っただけ。

 

「これは、変わったんじゃ、なくて」

 

 だから、心配なんていらない。

 私は私のままだよ、と。

 

「少しだけ、元に、戻った、が、正しく、て」

 

 九曜とハクヨウの違いに、塞ぎ込むことは無くなった。だって、どっちも自分だって受け入れられたから。

 素の自分も、傷付けまいと作り上げた仮面も。

 

「でも、もう大丈、夫」

 

 仮面はいらないと。

 信じて良いんだよ、と。

 きっと、受け入れてくれるから、と。

 

「背中を押し、押された、から」

 

 ミィに伝えた言葉を、偽善になんてしないために。本当の本心で、笑って言ったんだって、自信が持てるように。

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまし、て。これが私、です」

 

 

 

 

 

 

 改めて、本物の私(望月九曜)と親友になって下さい。




……真剣な後書きです


 序章は、これで終わりです。
 これまで本当にありがとうございます。

 一話から一巻終わりまで第一章としていたのですが、ここが一つの区切りだと思いました。
 これが、九曜ちゃんの答えです。

 前書きの件。
 アーチャーは名言製造機。ハッキリ分かんだね

 昔からタイトルって最後に決めてるんですよ。
 だから章のタイトルも最後まで決まらなくて。
 結局、便宜的に『最速プレイヤーへ』なんて付けていたのは良いものの、ずっとしっくり来なかったと言いますか。
 今話の執筆に終わりが見えた時に、ようやくピタッと嵌りました。これしか無いなと。

 原作一巻前に九曜ちゃんが一つの答えを出し、それを示したここまでの道のりは、第一回イベントを含めての1章としては駄目だと思いました。

 だからこその序章です。正に始めからクライマックス!ですね。

 今回の導入は『速度特化と親友』とほぼ同じ。
 あの時から変わらない日常と、変わった心境。
 それが皆さんに伝わっていれば幸いです。

 またタイトルは、分かりますね。
 物語の序盤から【別々のモノ】として分けてしまった九曜とハクヨウ。それが如実に出た『九曜とハクヨウ 二つの《わたし》』に対する、最終的なこの子の答えを表しました。

 序章は九曜≠ハクヨウとしてしまったあの子が、悩んで、自己嫌悪して、励まし励まされ。
 そうやって九曜もハクヨウも、どっちも自分自身だと受け入れるまでの成長でした。

 今回でシリアスを全部消化しました!
 ……と言えれば、どれだけ良いか。
 皆さんは覚えてらっしゃいますか?ゲーム内で最初にハクヨウちゃんの苦悩を知ったのに何もできず、絶対に力になると誓った大盾を。
 他キャラと出会うために空気になった相棒を!
 彼の伏線を片付けないと、本当の意味でシリアスは終われません。
 1章の中で、この残されたシリアスを消化したいです。何話かかるか、なんて知らん。

 ただまあ。今後はメイプルちゃん達が参入したり、イベントがあったり。悩みが解決したハクヨウちゃんが暴れ回ります。ワクワクですね。
 もうシリアスなんて1滴の雫くらいです。ここからはほんわか進めていきたい。

次回より
 『1章 揃いました 狙いは一つ!(こっちは決まってます)』始動!


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1章 揃いました 狙いは1つ!
速度特化と二番煎じ


 どうも。
 最近、ハクヨウちゃんの色んな動きに萌えを見出して悶えることに定評のある(ない)宵の月夜です。
 『む、ぅ…』『あぅ…』辺りで悶死してます。

 1章からは、成長して悩みの消えたハクヨウちゃんの物語。序章の微シリアスの雰囲気が好きな方々はつまらないかもしれませんが、原作好きには楽しんで貰えるよう頑張ります。
 勿論、クロムのシリアスも忘れませんよ!

 


 

 この日。

 ハクヨウは久しぶりにクロムと探索するとあって、ちょっとだけウキウキしながら噴水広場で待っていた。

 早く来すぎたのもあり、クロムが来るまでしばらくある。とりあえず露店のアイスクリームをペロペロ。ん、甘い。

 

 もちろん、機嫌がいい理由はもう一つ。現実でも素の自分を隠さなくなった事、そんな自分を親友二人が受け入れてくれた事にも起因する。

 戸惑いはあった。けれど少しずつ慣れるとも。

 

 だから、機嫌が良い。新年度になるまでは春休みで、直接会う機会は減るだろうが、それでも今のハクヨウはご機嫌だった。

 

 だから。

 

 

「すす、すみません、すみません!」

 

 

 そんな、暗い言葉は聴きたくなかった。

 

 

 始まりは知らない。

 だが、すぐ近くで揉めていたので、嫌でも色々と耳に入ってくる。

 物腰弱そうな魔法使いの人がまともに魔法で援護もできずパーティーが半壊し、必死で謝っている、というところ。

 魔法使いの人は直接攻撃ではなく、設置型の魔法が得意と言ってるのに、パーティーリーダーがまともに取り合っていないのだ。

 

(気分が、台無、し……)

 

 こういう事は、稀にある。

 特にゲームに慣れ、強くなったと過信した中堅プレイヤーが起こしやすい揉め事。

 と、クロムがボヤいていた気がするハクヨウ。

 ハクヨウとしても、性格が合わない人なんているのは当然だし、向き不向きがあるのだって承知している。だから、彼は彼のやり方で楽しめばいい。自分だってそうしているのだから、と思う。

 

 やはり人と人。ゲーム内だからといって人間関係を構築する必要がないなんて言えないし、だからこそ、気の合う仲間を探すのがゲームというものだ。だからハクヨウは、クロムやイズ、ミィ、ミザリー、ついでに一応カスミともフレンドになっている。

 

 ゲームを、楽しく満喫している。

 

 だから、あの光景を見て思ってしまう。

 

 ―――楽しくなさそう、と。

 

 特に、何度も謝っている物腰低い魔法使い。

 あれでは楽しむはずのゲームで、かえってストレスが貯まるだろうに。

 ついでに、見てる人たちだって良い気はしない。揉め事なんて起こらず、それぞれがそれぞれで楽しむのが一番ではないのだろうか?

 

 

 

 結局、広場で大々的に揉めた末、魔法使いはパーティーを抜けた。

 最後まで謝り通し、パーティーのリーダーらしき男は、他の仲間を引き連れてフィールドの方へ向かった。

 対する魔法使いは、街の中をトボトボ。

 

 最初は、どうでも良かった。

 知らない人だったし助ける義理もなかったから、揉めてる最中も静観を努めた。

 観察してみれば、相手のパーティーリーダーは人の話をあまり取り合わない様子で、乱入した方がややこしくなるとも思った。

 

 だけど、もう大丈夫だろう。

 

 

 ハクヨウはすっくと立ち上がると、最後に残ったコーンの欠片を口に放り込み、魔法使いの後を追った。クロムが来る約束の時間まで、もう少しある。少し話すくらいなら多分できると考えて、ハクヨウは風になった。

 

 

 

 

 

 

 

「ね、え」

 

 俯き気味にトボトボと歩く、フードの魔法使いを見つけたハクヨウは、なんと声をかければいいか分からなかったので、取り敢えず目の前には現れてみた。

 何という無計画。

 

「え?君は……?」

「楽し、い?」

「は?」

 

 ハクヨウが気になっていたのは、それだけ。

 あんな風に扱き下ろされて、パーティーを捨てられて、全否定されて。

 

「それで、ゲーム楽、しい?」

「っ……」

 

 ゲームとは、即ち遊びだ。遊びで苦しんでいては、意味がない。楽しんでこそ、心から満喫してこそ、ゲームなのだから。

 

「私は、楽しい、よ。現実と違う、人との、繋がり。現実では、できないこと。この世界だか、ら、叶えられる、夢。自由、に、自分だけ、のやり方を模索できる、から。でも、」

 

 ―――貴方は、楽しくなさそう。

 

「っ!」

 

 答えを求めている訳じゃない。問いかけたのも、ミィを助けた時の自分が偽善じゃないと。好きに楽しんだらいいんだと、伝えるためだけ。

 ならば、かける言葉はたった一つ。

 

「これから、最前線に行くん、だ。魔法使いが、欲しかった。……一緒に遊ぼ?」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、連れてきたって訳か?」

「ん、勝手にごめん、ね。クロム?」

「いや、俺もそろそろ、魔法使いがパーティーに欲しいって思ってたからな」

「う、ん。だから、誘った」

 

 半分白、半分黒の特徴的なフーデットケープをすっぽりと被った魔法使いを引っ張ってきたハクヨウは、既に来ていたクロムに謝りつつ状況を説明した。

 粗方を理解したクロムは、ハクヨウが装備に今度は袴を追加していることはサラッと無視して、魔法使いへの確認に移る。

 

「んで、お前さんはどうすんだ?ハクヨウが無理やり連れてきちまったようだし、無理にとは言わないが……自己紹介もしとくか」

「あ、忘れて、た」

「お前な……はぁ。俺はクロム。見ての通り大盾使いだ。よろしくな」

「ハクヨウ、です。片手剣と投剣を使う」

「あ、えっと、僕はマルクス。魔法使いだけど、できるのは設置型の魔法だったり、罠だったり……正面戦闘は苦手、かな。迷惑かけちゃうだろうし、もし二人がやられちゃったら嫌だから、僕は遠慮したいんだけど……」

 

 できれば迷惑をかける前にこの場を離れたいマルクスだったが、クロムには通じなかった。

 

「あぁ。ウチのパーティーで俺とハクヨウが殺られるってことはまず無い。それに迷惑ってんなら、この破天荒娘に掛けられ続けてんだ。慣れてるぜ?」

「クロム、どういう、意味っ?」

「いてっ、いてぇっての!お前、また勢いが増して……あぁレベル上がりやがったな!?」

 

 最近、クロムと予定が合わず、久しぶりの角頭突き。街の中なのと、パーティーメンバーだからダメージは無いが、散々これを食らった経験のあるクロムは、その勢いが増していることを敏感に察知。レベルか装備か知らないが、またAGIを上げたらしいと呆れ返った。

 

「AGIなら、誰にも負けない、よっ」

「分かってるよ、最速の破天荒鬼娘」

 

 

 

 

 

 ………ゲシゲシゲシゲシッ!

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

(そして、流されるままに来ちゃったんだよなぁ……)

 

 マルクスは軽く鬱になりながら、今いるエリアを眺める。

 見渡す限りの熱帯雨林。手前の湖沼エリアから続くこの最前線は、マルクスは初めてだった。

 

「ここ、二人は来たことあるの……?」

「私、は、初めて」

「俺は二、三回来たな。てかハクヨウ、お前最前線に来ないでどこでレベル上げしてたんだ?」

「反対、の、最前線。【毒竜の迷宮】を超えた先、フィヨルドエリア。綺麗だ、よ?」

「……おい、そんなの掲示板にも載ってなかったが?」

「載せてない、から。他のフレンドと、三人でよく行って、る」

 

(この二人、仲が良いんだなぁ……)

 

 二人の掛け合いを見ているだけで飽きないマルクス。何せ社会人と子どもなのに、なんの気兼ねなく、兄妹のように話しているのだ。それも、大体がクロムがやり込められている。

 これを面白いと感じずどう感じれば良い。

 

「っと。この辺りなら、良いか?」

「ん、ここなら、誘き寄せても大丈、夫」

「え、えっと……?」

 

 まずい。そう思った。

 作戦とか戦い方とか、一切聞いていなかったマルクスは、怒られるのではとビクつく。

 しかし、それは杞憂だった。

 

「ん、あぁ。俺らは互いに何ができるか分かってるが、マルクスは知らないもんな。実力もここギリギリっぽいし。んー……そうだな。よし」

 

 そうして指示されたことは、今いる開けた場所の周囲に罠を仕掛けること。モンスターの方向を誘導するだけでも戦いやすくなると言って、残りはハクヨウが何とかする、と頭をワシャワシャしていた。

 頭突きしかえしていた。

 

(よし、不安だけど、何とかやってみよう)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「す、ごい……」

 

 予想以上だった結果に、クロムと一緒に舌を巻いてしまう。

 何これ、敵の方から飛び込んでくる。

 そう思えるほど、マルクスの誘導は完璧だった。

 

 願ったのは、周辺に罠を仕掛けること。

 できると言ったからには、それなりにできるのだろうと思っていたけど、とんでもなかった。

 それなり、なんてレベルを軽く超えている。

 

「えぇっと……ここ、かな?あぁでもこっちにも仕掛けておこう。うわぁ、ここも心配だ、あぁ、あぁぁぁ……」

 

 本人は、気付いてないだろうけど。

 ずっと不安そうに罠を仕掛けてて、見ているこっちがハラハラする。これでは確かに、あのパーティーリーダーもマルクスの罠が不安になると思う。

 

「ありゃ天性のモノだな。よくあれで次々トラップに掛けられると思うぜ」

「う、ん。掛かったモンスターが、哀、れ」

 

 現実では絶対に使い道のない罠仕掛けの才能。

 本人は自信も自覚もないようだけど、マルクスの仕掛けた罠、その全てにモンスターがかかり、マルクスの狙い通り、私達の注文通りに誘導し、動きを阻害してくれる。

 これほど楽なレベル上げは無いのではないかと思えるほどに、【挑発】で大量に呼び寄せても余裕を持って戦えた。

 

「すご、い、ね。マルクス。モンスター、罠にみんな掛かったっ」

「あぁ。大したもんだよ、実際。俺もかなり楽ができた。ありがとうな」

「そうかい?なら、良かったぁ……」

 

 心底ほっとしてるけど、罠設置の才能を伸ばしたら凄いプレイヤーになると思う。

 不思議と、そんな気がする。

 

「【トラッパー】、て、とこ、ろ?」

「お、良いなそれ。罠に特化した魔法使い。というか、罠設置に関しちゃ随一だろ」

「そ、そんなこと無いよ。僕より凄い人は沢山いるでしょ?二人みたいな」

「私、たち?」

「隠さなくたって良いよ。【白影】と【堅牢】でしょう?最強の兄妹プレイヤーって呼ばれてる」

「兄妹では無いけどな」

「うん。それも知ってる」

 

 【堅牢】……クロムが、【堅牢】。そう呼ばれていることに、ちょっとだけおかしくなった。

 

「け、【堅牢】のクロ、ム……っ!」

「おい!お前だって【白影】のハクヨウって呼ばれてんだぞ!」

「ん、知って、る。前、そう呼ばれた、から」

 

 ドレッドさん、元気にしているだろうか。ある意味ではドレッドさんのお陰で、私はこの世界でやりたいことを見直すことができた。だから、次あったらお礼を言いたいんだけど。

 

 

 

 

 

 それから暫く。

 マルクスを入れた三人でレベル上げを続けたけど、流石にやり過ぎたと思ってる。

 あまりに簡単に罠にかかり、簡単に倒せるので、三時間ぶっ続けで楽しんでしまった。お陰でレベルも二つ上がって、丁度40になった。

 クロムなんて四つ上がって、一番低いマルクスは、一番活躍してて六も上がっている。

 三時間でこの成果。凄い楽しかった。今までのレベル上げの中でも最大効率。

 

 けど、楽しい時間はすぐに過ぎてしまった。

 

「それじゃあ、僕はこれでログアウトするよ。今日はありがとうね、クロム、ハクヨウ」

「あぁ。マルクスの罠にはすげえ助けられたわ。フレンド登録もしたし、何かあれば声かけてくれ。タイミングが合えば、またパーティー組もうぜ」

「私も、よろしく、ね」

「うん。……ハクヨウ、()()()()()。ありがとね」

「っ……う、んっ」

 

 ふふっ、良かった。楽しいか楽しくないか。

 ゲームは、そのくらい単純な方が良い。だから、つい数時間前に聞くことをしなかった答えをこうして聞くことができて、満足。

 

「じゃあ俺も落ちるな。ハクヨウも夜ふかしすんなよー?」

「分かって、る。お休み、クロム」

「おう、またな」

 

 うん、満足。だから。

 

「……【九十九】」

 

 小さくスキルを発動して、袖から一本だけ苦無を引き抜く。

 握り込んで、出が見えないように。

 

 一本の木に向かって、思いっきり投げつけた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 出てきたのは、極ありふれた剣と盾を装備した男の人。

 防具も見た目には変わったところはなく、特にこれと言って特徴のない風貌をしていた。

 

「おいおい、まさか気付いてたのか?」

「それ、は、【気配遮断】が甘かった、だけで、は?」

 

 クロムもマルクスも、【気配察知】のスキルは持っていない。だから、彼が【気配遮断】を持っていて、ある程度スキルレベルを上げているのなら、二人が気付けないのも無理はない。

 これでもハクヨウは【気配察知Ⅴ】を持っているのだ。本気で隠業されたら敵わないが、この人は甘かった。

 だからドレッドの二番煎じをしていたこの人にも、気付くことができた。

 

「なるほど、降参だ。見てたのは謝るさ。悪かったな」

「それ、で、見ていた理由、は?」

「力試し」

 

 単純明快。実にわかり易い答えが帰ってきた。

 

「その、装備。殆どが鉄……いえ、鋼です、か」

「流石。店売りなら大体わかるのか」

 

 鋼装備は、NPC武具店では上から二番目。けれど、この辺りに来れる人は、大抵がプレイヤーメイドを持っている。

 

「二陣、です、か?」

「ご明察。今の自分がどこまで通用するか確かめたくて、湖沼エリアをすっ飛ばしてこっちに来たんだ。そしたらすぐ近くに君が目に入ったんでな。自分がどのくらい戦えるのか、確かめたくなった」

 

 相手してくれよ、トッププレイヤー。

 という言葉と共に、【決闘】申請が届いた。

 

「シン……?」

「そ、俺の名前。そちらは?【白影】さん」

「………ハクヨウ」

 

 プレイヤーの名前は、シン。

 ルールは別空間に転移して、HPがゼロになるまで戦うデスマッチ。

 

「私がこの決闘を、受けるメリット、あります、か?」

「無いな。少なくとも、俺からは提示できない」

「なら」

 

 受ける意味はない。誰彼構わず戦うと言うのなら、別に自分じゃなくたって良いはずだから。

 

「だが、トッププレイヤーが二陣の新参に尻尾巻いて逃げるか?」

「挑発には、乗りま、せん。【決闘】、なら、互いの利益を提示、してくださ、い」

 

 ハクヨウがそう告げると、シンは何やら熟考し始めた。正直な所、ハクヨウとしてはさっさとログアウトして寝たい。

 三時間連続レベル上げで疲れているから。

 というかもう夜の0時を回っているから。いい加減帰らせろ、と言おうとした、その時。

 

「あー、うん、俺のレアスキルの取得条件を教えるってんなら、どうだ?」

「話に、なりませ、ん。どんなレアスキルかも、分からず、なんて」

「どうせ【決闘】してくれるんなら見せるつもりだったし、まぁ良いか」

「話、聞いて―――」

 

 ましたか?と、続けようとした瞬間、シンの剣が一瞬眩く光り、スキル名を以って開放された。

 

「【崩剣】!」

「っ!……それ、は……」

 

 シンの声に合わせて、片手剣がボロボロと崩れて宙に浮かぶ。

 それらは元の剣を縮めた見た目の十本の剣となった。

 片手に盾。宙に十の剣。

 クルクルとシンの周囲を旋回し、乱れのない、統率の取れた動きで宙を舞う。

 見たことのない戦闘スタイル。なるほど確かにレアスキル。けれどスキルではなく、あれには()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「分かり、ました。【決闘】を受諾しま、す」

 

 受諾したからには、ハクヨウからも同程度の取引をするべきだから。

 

「私から、は、『一つのステータス実数値を倍にするスキル』を」

「へぇ……そういうのもあるんだな」

「私に、勝ったら、教えます。代わりに」

「あぁ。俺が負けたら、【崩剣】の取得条件を」

「いえ」

 

 嘘は言ってない。ただ、他のステータスを上げにくくなるというデメリットを伝えてないだけ。

 取得条件なんて教えて貰わなくていい。どうせ、あの剣に付いていたスキルか何かだろう。それを手に入れるより、大切なことがある。

 だからハクヨウは、インベントリから【竜鱗の神刀】を取り出し、そのスキルを発動した。

 

「【鱗刃旋渦(りんじんせんか)】」

 

 一瞬、蒼の光が刀身を包み込み、ザァァァ――ンという波の音と共にその刀身が崩れていく。

 

「な、ぁ――っ!?」

 

 その光景は、先のシンと似ているようで。

 象る形は、小さな小さな菱形。一つ一つは、指の先ほどに小さく、透き通るように薄い。

 ミドガルズオルムに接敵した時に見た、あの竜鱗と同じ形。

 そして数は、十なんかでは留まらない。

 ハクヨウにも把握できないほど大量の竜鱗の刃。その数―――数千。

 それがハクヨウの周囲で渦巻き、あらゆる物を斬り裂く破壊の盾となる。

 

 

「スキルの扱い方を、教えてもらい、ます」

 

 

 絶対に壊れない海竜の鱗刃を刀状に戻しつつ、小さく笑った。

 

 

 




 
 というわけで、マルクスとシンでした。原作【炎帝ノ国】主要メンバーとは、これで全員邂逅となります。この二人は特筆すべき事があんまり無くて、サラッと終わらせます。
 パーティー追い出されたのは、正直アニメの自信なさすぎな口調を聞いて“イラッ”とした作者の八つ当たりです。
 マルクスまじごめん。文章として読むだけなら我慢できたけど、君の性格(タイプ)は苦手なの……。
 タイトルは、シンがドレッドの二番煎じだったから。ぶっちゃけ出会わせるネタ切れました。
 ので、本当はフレデリカとも出会わせたかったんですが、次回シンの【決闘】が終わったら、すぐに親友参入の準備に入ります。

 原作主人公とオリ主の絡みは大事だし、クロムのシリアス消化したいし、『サリーはハクヨウの劣化になりそう』って言われてるしで、やる事が山積してます。
 ……そろそろ『原作崩壊』タグを付けるの検討するかぁ(白目)
 無論、原作崩壊させる場合は『良い方向に』壊すつもりですが。

 さて新章スタートですが、普段通りにゆるりと始めました。プロローグ、エピローグなんて、第一話と最終話だけで良いんです。
 ただ、『区切り』は必要です。さながら竹の節のように、連綿と続く物語だとしても『一つの事象の完結』もまた、作品がグタらない為に不可欠だと思います。
 丁度、拙作では前話がそうですね。
 逆に言えば、そういう『節目』が無いと、淡々としてて飽きますよねって訳で。
 物語なんだから、登場人物の状況や心境に変化、成長は必要だと思います。


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速度特化と一週間

 

 シンとハクヨウの【決闘】。結果はハクヨウの圧勝だった。と言うか瞬殺した。

 【崩剣】が十の剣群だろうと、それより速い存在、それより無数の触手を潜り抜けてきたのだ。今更、あの程度で動揺するハクヨウではない。

 ハクヨウがやったのは、ただ一直線に走り抜け、斬り裂いただけ。

 しかし、開始早々に【瞬光】と【韋駄天】を発動し、文字通り目にも止まらぬ速さで斬り抜いた。もちろん一撃だったのは、ハクヨウの高い攻撃力の賜物である。

 奇しくも以前ドレッドがハクヨウと相対し、実感した実力差をシンが体感した結果となった。

 

「それ、じゃ、約束、守ってもらい、ます」

「最速プレイヤーってのは伊達じゃなかったのか……てか、本当にどうなってんの?」

「それを教える、のは、【決闘】の賭け、にありませ、ん」

「へいへい……とは言え、俺も【崩剣】の操作は感覚的なんだよなぁ……。

 『何となくできた』が正しい」

 

 何となく『こう動けー』とか『こう……グワッと、ズバーっ!』みたいな?と物凄い感覚派なアドバイスを頂いた。何だこれ。

 ハクヨウ自身、感覚派な所はある。AGIへの適応なんかまさにそれだ。しかし、それはあくまでも体感覚。速度に目を慣らし、何となく『こんな感じ?』と操作している。しかし、手の届かない距離の物体を操るのは勝手が違う。それも無数にあるのだから。

 

「そ、ですか……【鱗刃旋渦】」

 

 刀身が崩れ、ハクヨウは、自身の周りに無数に浮かぶ鱗刃を見つめる。

 浮かべるだけならオートでなるらしく、イメージもいらない。試しにシンがやったように、柄だけになった剣を思い切り振り下ろせば、それに倣うように鱗刃()()が正面一帯を斬り刻んだ。

 

「うおっ!?やるならやるって言え!」

 

 丁度、シンがいる真横である。しかし、効果は絶大。正面に見える熱帯雨林の木々を軒並み薙ぎ倒し斬り刻み、一番近かった数本は粉微塵に吹き飛んだ。

 

「ごめ、ん。……シンみたい、に、バラバラには、動かせ、ない」

「俺のも全部同じ動きをさせるだけなら、今お前がやったように、柄を振ればできるさ」

「それ以上、は、感覚?」

「ああ」

 

 宙を漂う鱗刃を、ゆっくりと動かす。剣での操作ではなく、イメージだけで。最初は、イメージを固定するために手を使い、ゆっくりと自分の周りを回らせる。

 

「ん、難し、い」

 

 惑星と衛星。或いは、土星の輪の方が良い。そう言うイメージで、ゆっくりと回す。

 ハクヨウのスキルはシンの剣とは違い、刃性を持った小片だ。捉え方が根本的に違う。

 それがわかっているからこそ、シンはそれ以上に言えることが無いと思っているし、自分でも感覚的なことをうまく伝えられるとは思えない。

 

 両手を前に出し、その正面に小片を集める。

 イメージは、壁。

 菱形の刃を、整然と並べる。

 

「なるほど。扱いは難しそうだが、俺のより自由度は高そうだ」

 

 シンはハクヨウの前に作り上げられた、透き通る蒼い壁を見て感嘆した。

 

「戦闘に使う、には、まだむり」

「すぐ使えるわけじゃねえ。俺だってかなり使い続けてんだ。ま、それだけ使えるなら良いだろ。後は慣れだな」

「ん、ありが、とっ」

 

 MPの少ないハクヨウが【鱗刃旋渦】を使えるのは、連続90秒だけ。MPが切れて強制解除されたので、今日はここまでだ。

 

「それじゃ、俺が言えることは伝えたし、もういいか?」

「ん、ありがと、ね」

「【決闘】の条件だからな。

 こっちこそ、いきなり【決闘】挑んで、悪かったな。俺にはこのフィールドは早かったらしい。大人しく湖沼エリアでも潜ってるぜ」

 

 ハクヨウは春休み中とはいえ日付けも変わり、流石に寝たほうが良い。

 

 

 でも、折角扱い方を教えてもらったのに、何となく、この人も良い人そうだったから。

 いつか、今度は一緒に探索してみたいと、そう願った。

 

 

 

「フレンド登録、しよ?」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 シンと出会った日から一週間。

 明日をリリース二ヶ月に控えたこの日、ハクヨウはイズの店でうずうずしていた。

 

「へぇ……ハクヨウの友達もNWO始めるんだぁー!」

「それは……その、ハクヨウみたいな変なプレイヤーじゃないよな?」

「あら?ハクヨウちゃんは変じゃないわよ?ちょっとズレてるだけの可愛い子じゃない?」

「ふふっ、ハクヨウちゃんからどんな子か聞いていますが、会ったことはありませんからね。私も気になります」

 

 ……わざわざお店を休みにしてミィ、カスミ、イズ、ミザリーの四人と女子会しながら。

 会ってからずっと、そわそわうずうずするハクヨウの様子に、にやりとしたイズが無理やり店に抱き込み、一緒にからかおうとカスミを呼び、連行される途中でミィに遭遇し、ミザリー共々付いてきた。なんだこれ。

 お茶お菓子完備である。抜かりなし。

 

「そう言えば、ミザリーさんは現実でもハクヨウちゃんの知り合いなのよね?」

「違いますよイズさん。私はハクヨウちゃんのお姉ちゃんです!」

「ミザねぇ、『みたいな』抜けてる、よ?」

「細かい事は気にしちゃいけません」

 

 ハクヨウの頭をうりうりうりー。

 ハクヨウは慣れてるのでされるがまま。別に嫌ではないので、断りもしない。

 

「ハ、ハクヨウ。私も撫でてみた――」

「いや」

「なぜだ!?」

「ミザねぇは、良い、の」

 

 最近、ハクヨウとあまり遊べていないカスミは、桜色の着物に装備が変わっている。腰に提げた刀も満足げで、ハクヨウの【鬼神の牙刀】に目が行くこともない。……かわりに、ハクヨウそのモノに目が行くことが増えたが。

 ハクヨウの横を陣取って満喫するミザリーに恨みがましい視線を向けつつ、カスミは小さく溜め息をこぼした。

 

「諦めた方が良いよ、カスミ。会った時からこんな感じだから」

「あぁ、ミィもその時いたのか」

「うん、私とミザリーでパーティー組んでたからね。で、会った途端に抱きついてた」

「んなぁっ!?」

 

 私、してもらったことないのに!と、愕然とするカスミ。いやいや、関わりの年季が違うんだから……と内心で呆れつつ取り敢えず『あーん』

 

「ふふっ。どうぞ、ハクヨウちゃん」

「ん、ありが、とっ」

 

 流石ミザねぇ、分かってる……とマカロンもぐもぐ。美味しい。

 

「あー、ん」

 

 だからお返しに、ミザリーにもマカロン投入。

 お姉ちゃんは可愛いです。

 

 結果、ハクヨウにお菓子をあげる餌付け大会が始まったり、ミザリーとの話を根掘り葉掘りされたり、カスミが絶望したり、ハクヨウが頭を撫で回されたり、友達の事を聞かれたり、カスミが呆然としたりと色々あったが、探索も何もしなかったけど楽しめた一日だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『来た!ついに来た!ついにやっと漸くだよ九曜!』

『理沙はしゃぎ過ぎ、ちょっとは落ち着きなよ』

『だってだってでもでもでもぉ!』

 

 その日の晩。九曜はログアウトした後の宿題中、某緑色のSNSでグループ通話が掛かってきた。

 相手は、案の定理沙と楓。

 明日の昼過ぎに届くそうで、厳密にはまだ来てないのだが、その嬉しさは何となく伝わった。

 

「理沙、落ち着い、て?明日から、でしょ?」

『うん!設定とか色々あるから始めるのは夕方になると思う!ログインしたら、色々案内してね!』

『楓がこうもゲームに乗り気って言うのは、勧めた者として嬉しい限りだよー』

『だって全然ゲームしない九曜が嵌ったんだよ?やってみたくもなるって!』

「ふふ。確か、に、面白い、よ。景色も、凄いきれ、い」

 

 確かに、と、九曜は苦笑した。

 もう二ヶ月。NWOを始めてから、二ヶ月が経ってなお、飽きることなく続けている。

 願いから始まり、愚かさに気付き、それでも貫いて、今はどちらも受け入れた。

 NWOがあったから、今を見直せた。

 

「だから、知ってほし、い。見て、感じて、世界を満喫して、ほしい」

『おーおー、九曜さんはすっかりNWOの虜ですなぁ、楓さんや?』

『そうですなぁ、理沙さんや?』

「茶化さない、でっ」

『『あははっ!ごめんごめん』』

「む、ぅ……」

 

 苦言を呈しても、最近は微笑ましいものを見るような感じに流される事が多くなった九曜。

 視線にクロムやカスミ、イズと近いものを感じるのは気のせいか。

 

 そうジト目を画面の先にいる二人に向ければ、慌てたように理沙が切り出してきた。

 

『そうそう。今日は、九曜に謝らないといけなくて電話したんだよ』

「ん?なんの、こと?」

『いや……どうしても九曜と楓と一緒に、早くNWOをやりたくてさ。……ごめん九曜!お母さん説得するのに、九曜をダシに使わせてもらいました!』

 

 聞くに、理沙は理沙のお母さんに、『テスト明けまでゲーム禁止!赤点取ったら次のテストまで禁止!』と言い渡されていたらしい。

 だからいつも、九曜に泣きついている訳なのだが。だが、今回は理沙、真っ向から切り返したとのこと。

 

『全然ゲームとかしなかった九曜が、本気で楽しんでるゲームを、私もやりたい!今回は九曜の手を借りずにテストを頑張るのでお願い!……って、お母さんに頼み込んじゃった』

 

 らしい。

 

「じゃあ、今回は教えなくていい、の?」

『うん!いつも九曜の手を借りてるけど、九曜無しで高成績を目指す!って啖呵切ったら、特別に許してくれたよ』

 

 早く一緒にやりたかったからね。と快活に笑う理沙。九曜は無茶するなぁと思ったが、自分と早く遊びたかったと言われては何も言えなくなってしまう。

 

「なら、頑張って、ね」

『理沙が九曜の力を借りない……明日は槍でも降るのかな』

『楓ー?それはどういう意味かなぁ……?』

『あ、あはははは……』

『まぁいいや。そんな訳で、私も明日の夜からログインするから、案内よろしくね、九曜?』

 

 それくらいなら構わないので、素直に了承する。が、九曜はせめて集まる場所だけでも決めておくべきだと思った。

 

「分か、った。なら、ログインした、ら、すぐに噴水がある、から。そこに」

『うん分かった!』

『はーい、あ、私はサリーって名前でやる予定だから、間違えないでね』

『ああ、そっか!本名のままじゃまずいよね……むむむ、どうしよ……』

 

 理沙はサリー。

 ひっくり返しただけで安直だが、白九曜(ハクヨウ)と似たりよったりである。

 

「名前、は、後でもいい、よ。私は、『ハクヨウ』でやって、る」

『ハクヨウ……?』

『へー、分かった!間違えないようにするね!』

 

 理沙は『ハクヨウ』の名前を聞いて、何かを思い出そうとするように額を指でトントン。

 しかし結局は諦め、プレイの方向性に話が進んでいく。

 

『それより九曜、何かおすすめの武器とかある?初心者でも使いやすいの!』

「バランスが良いの、は、片手剣。私も、そう。他に、は、防御重視、なら大盾、かな?知り合いに大盾の人いる、し。魔法使い、も、いいと思う、よ」

『パーティー組むことになると思うし、バランスも考えた方がいいよね。少人数パーティーなのに、大盾が二人居ても困るし』

「それ、なんだけ、ど」

 

 以前、問い詰められた……もとい詰問された時、九曜が頑として喋らなかったことは、二つ。自分の名前とステータス。

 現実で歩けない自分がAGI極振りなんて、現実の分まで走りたいと言っているようなもの。

 だから、頑として話さなかった。そして今回は、別の理由で話すつもりがない。

 

「バランスとか考える、より。自分がやりた、い、やり方、でやった方が、きっと楽しめる、よ」

 

 パーティーは組むだろう。しかし、ハクヨウの周りにはたくさんの友達がいる。防御が得意なクロム、攻撃力と機動力のあるカスミ、高い殲滅力を持つミィ、ずば抜けた回復力のミザリー。他にも罠が得意なマルクスや、制圧力のあるシンも、フレンド登録してからの一週間で偶にパーティーを組んでいる。

 

 この二ヶ月で、()()()()()()()()()()()()

 

 だからもし三人で行き詰まっても、きっと大丈夫。誰かがきっと、手を貸してくれる。

 

「バランスを考え、たり…役割を、分担したり…大事だけ、ど、それで楽しくなかった、ら、意味がない、から」

 

 わざわざ、バランスを考えて苦手なことをやるより、好きな事を好きなようにやった方が、パーティーでもソロでも、きっと楽しめる。

 九曜は、そう思っていた。

 

『分かった。なら、装備やステータスは、会った時のお楽しみってことで』

『さんせー!』

「ん。ありが、とっ」

 

 

 

 その後も雑談に興じ、気付いたらかなり時間が経ってしまっていたので、通話を終えた九曜はもう寝ることにした。

 

「明日、か……ふふ、楽し、み」

 

 明日が楽しみで自然と口元が緩む。

 ベッドに入り電気を消しても、どこを見て回ろうか、どこに連れて行こうかと、遠足前の小学生のような心境だった。

 

「……あ、マッサージ、忘れて、た」

 

 それでついうっかり、就寝前の日課を忘れるところだった。動かない足はマッサージをしないと、筋肉が硬直するし血行も悪くなる。

 ベッドから起き上がり、再び電気をつける。眩しさに目を(しばたた)かせ、やっぱり耐えられず少し照明の明度を落とす。そして、慣れた動作で足をマッサージしていく。

 

「ふ、ふふっ……」

 

 日課を忘れるほどに楽しみにしていたのかと、少し前まで悩んでいた自分と比べて笑ってしまう。あれほど悩みに悩んでいたのに、解決した途端に、二人がNWOに来るのが楽しみになった。

 それもこれも、ミザリーとミィの。そして、向き合うきっかけをくれたクロムと、見つめ直す機会をくれたドレッドさんのお陰。

 “ドレッドさんに次あったらありがとうって言おう”と心に決めて、爪先までしっかりとマッサージしていく、と。

 

「………あれ?」

 

 いつも通り、足に触れている感覚はあっても、足が触れられている感覚のないマッサージ。

 いつもより照明が薄暗いからだろうか。

 

 日に当たらないため真っ白な足先が。

 

 

 ほんの少しだけ――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ハクヨウ……どっかで見た記憶があるような……どこだっけ?」

 

 親友二人との電話を切った理沙は、その名前にずっと引っ掛かりを覚えていた。

 勉強していたが、モヤモヤが抜けなくて手に付かない。

 

「……ちょっとだけちょっとだけ」

 

 タブレットを手に、NWOの掲示板を開く。あんまり根を詰めても効率が落ちるだけ。これは息抜きなのだ。ちょっと気になった名前が掲示板にあるか、少ーし確かめに行くだけ。

 それだけそれだけ……。

 

 と誰にとも知れず言い訳を二重三重に積み重ね、『ハクヨウ』という名前が無いか、ずらっと見ていけば。

 

「あ―――………」

 

 その名前は、割と早く見つかった。

 

「うっそぉ……」

 

 というか、スレタイにあった。

 

「【NWO】ハクヨウちゃんを愛でたい【爆速少女】って……何これ?」

 

 スレは他にも。

 『ハクヨウちゃんステータス考察』『ハクヨウちゃんを餌付けしたい』『トッププレイヤーを語るスレVer.ハクヨウ』『ハクヨウちゃんを妹にしたい』などなど。

 特に妹にしたいスレでは、女の人らしき名無しの魔法使いが『私がハクヨウちゃんのお姉ちゃんです!』と豪語してる。なんだこれ。

 あと大盾使いが『俺が兄貴分だ!』と書き込んでる。もう一度言う。なんだこれ。

 他にも『ハクヨウは私の妹だ 誰にも譲らん!』と刀使いが叫んでる。三度目だが……いや、もう言うまい。

 このスレはヤバイ、と本能的に感じ取り、理沙はステータス考察スレを見ることにした。

 

「ハクヨウ……真っ白い着物装備でフードを被ってるが、その下には角が隠れ……角!?」

 

 何がどうなったら、角なんてものが付いてくるのか。

 

「AGI特化で残像すら残さない、名実ともにNWO内で最速のプレイヤーだが、大抵のモンスターを一撃で倒す高いSTRも持ち合わせる……」

 

 更に見ていけば、出るわ出るわ。

 ゲーム内最高レベルのプレイヤーに次ぐレベルを持っているとか、鬼を使役して兄貴を担ぎ上げたとか、分身したとか、挙げ句空を飛ぶとか音速を超える少女とかとかとか。

 

「【白影】、ハクヨウ……」

 

 ないわー超ないわー。いや、流石にこれとあの九曜が同一人物とか思えないわー。

 と、理沙は遠い目をした。

 けどもし、これがあの九曜なら……

 

 

 

 

 

「……さっ、勉強勉強!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は、少しだけ上擦っていた。




 
 次回『から』メイプル登場準備と言いつつ、1話で終わらせました。一話の中で一週間を経過させるスタイル。
 ――キング・クリムゾンッッ!ですね。
 しかもサリーが物凄い早く参入決定!

 シンのやられ方は、いつぞやドレッドが予見した通り。反応もできずにズバッとやられた。
 【鱗刃旋渦】?(まだ)飾り!

 女子会については、ハクヨウちゃんを通して原作よりも関係性が広がってるよ!っていうのを強調したかったです。仲良しです。

 新たな伏線を堂々と張っていくスタイル。
 またシリアスの気配がします。
 ハクヨウちゃんの成長を綴った序章ですら、結構重かったのに。序章の比じゃねーぞ……(白目)

 『ハクヨウちゃんを餌付けしたい』スレには、ハクヨウちゃんがベンチでモグモグしてる画像が多数あがってます。このスレを作るためだけに、待ち合わせの度に色々と食べさせてました!
 小さくてどうでも良い…けど可愛い伏線です!

 『妹にしたい』スレ。
 いったいどこの【聖女】と【堅牢】と女侍なんだろーなー(目逸らし)

 明日はPS特化。4日に次話を投稿します!


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速度特化と揃いました

 章タイトルの半分をここで回収。
 サリーのステータスは結構迷ったけど、下位互換とか言うマイナスな考えよりも、相性を良くするプラス思考。

 最近思うのは、ハクヨウちゃんって防振り原作者の初期構想案そのものだよねってこと。
 AGI特化で走り回りながら状態異常(クナイ)入れ(投げ)続けるとか、そのまんまじゃんって……。
 『みたい』なんてレベルじゃなく、敵の攻撃全部逃げ切って一方的に状態異常を叩き込むとか、完全に一致してるじゃんね?
 


 

「あれ……これやっちゃった?」

 

 人で溢れかえる噴水の前で、大盾を持った小柄な少女が半透明な青いパネルを見て項垂れていた。

 

 

―――

メイプル

 Lv1 HP 40/40 MP12/12

 

【STR 0〈+6〉】 【VIT 100〈+28〉】

【AGI 0】【DEX 0】

【INT 0】

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の短刀】左手【初心者の大盾】

 足 【空欄】     靴【空欄】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 なし

 

―――

 

 少女……メイプルは、自分のステータスに並ぶ0の数字を見て、あまり良くないことだろうと察しがついた。

 人生において0が付くことに良い事の方が少ないと思うメイプルは、ステータスをよく見ると辛うじて攻撃力は武器で確保できていると分かった。

 しかし賢さはなく、速くもなく、器用でもないステータスは、流石にマズイと思った。

 

「どうしよう……理沙と九曜……っとと。サリーとハクヨウとも合流しなきゃいけないけど」

 

 メイプル……楓は、二人には悪いが少し待ってもらい、作り直した方が良いだろうかと悩む。

 

「でも痛いのは嫌だし……」

 

 【VIT】を上げるとダメージが無くなるという魅力に惹かれた彼女としては、痛いのは嫌なので防御力を下げたくはなかった。

 

 それからうーん、うーんと暫く悩み、やがてメイプルは、考えるのを辞めた。

 

「よし!取り敢えず二人と合流しよう!」

 

 ………問題の先送りとも言う。

 

「集合場所は、多分この噴水広場で良いんだよね……?」

 

 とは言うものの、今日は第三陣の発売日であり、初心者で溢れかえっている。単純にプレイヤーの数が増えたのもあるが、初心者はまず何をするべきかと迷い、立ち往生しているのだ。

 ハクヨウはここなら探しやすいと提案したのだが、第三陣による混雑を想定していなかったため、逆に探しにくくなってしまっている。

 

「この人混みから探すの、大変そうだなぁ」

 

 一先ず人の多い噴水から離れ、広場の隅まで行こうと歩みを進めて思ったことが一つあった。

 

「うーん……周り歩く人、速いなぁ」

 

 止まっている時にはわからなかった【AGI 0】の影響が身近な所に現れていた。

 しかし、そんなことにはめげずに広場の端に着くと、ようやく一息つく事ができた。

 そうして改めて町並みを見渡せば、活気あふれる城下町を落ち着いて眺められた。

 石畳の道をプレイヤーやNPCが行き交い、レンガ造りの家が両側に建ち並ぶ景色は目新しく、全然飽きが来ない。

 

「たしかに、景色だけでも楽しめるね!」

 

 ゲームをする目的は、モンスターと戦うだけじゃないのだとよく分かったメイプル。

 これは確かに、観光目的で色々な場所を巡るのも楽しそうだと思った。それだけなら、ステータスはさほど気にしなくても良いとも。

 

 そんな折。

 

「おー!町はこんな感じなんだー!」

 

 メイプルの耳に、聞き慣れた声が聞こえた。

 そちらに目を向ければ、予想通りの人物が周りを見渡して、嬉しそうにしている。

 

「おーい!サリー!」

 

 昨日のうちから名前は聞いていたので、もう間違えない。人は多かったが、二人の距離はさほど離れていなかったのもあり、サリーの方もメイプルに気づいた。

 

「やっほー。先に来てたんだね、楓……っと……危ない。こっちでの名前は?」

「メイプルだよ!」

「おっけーメイプル。覚えた」

 

 楓だからメイプル。理沙をひっくり返してサリー。実に安直な二人だが、白九曜(ハクヨウ)も似たようなものだ。

 

「すぐに会えて良かったよ。この人混みだし、最悪見つからないと思ってた」

「メイプルから声かけてくれなかったら、別の方向に行こうとしたからね。助かったよ」

「初期装備の人ばっかりだし……ハクヨウ、私達のこと見つけられるかな?」

 

 こうなると、心配なのはハクヨウのこと。

 第三陣の初期装備プレイヤーで溢れる噴水広場で、メイプルとサリーを見向けられるか。

 

「……まぁ多分、すぐ見つけられると思うよ」

「でもハクヨウ、現実と見た目が違うって言ってたし……」

「あー……まぁ、そうなんだけど、ね」

 

 前日の夜に調べた『ハクヨウ』が、九曜の言ったハクヨウなのだとしたら、全身真っ白の着物プレイヤーを見つければ、それで当たりだろうと目星をつけていたサリー。

 顔は隠れているそうだが、近づいて角が確認できれば、それで確定だろうと。

 

「最悪、初心者じゃないプレイヤーに知ってるか聞けばいいし、なんとかなるって」

「そうだね!」

 

 と話している間に、サリーの視界の端に白が映った。慌てて確認すれば、赤の刺繍が走った左右非対称の白い着物に刀を提げたプレイヤーがベンチに腰掛けてキョロキョロしている。

 お誂え向きにフードのような、平頭巾のようなもので頭を隠している。

 “あ、間違いなくあれだ”と当たりをつけたサリーは、声をかけることにした。

 

「丁度良いし、あの人に聞いてみようよ」

「あの真っ白い人?知ってるかなぁ……?」

「あはは……多分、確実に知ってると思うよ」

「???」

 

 苦笑いで返すサリーにクエスチョンマークを浮かべながら、メイプルはサリーを追いかけた。

 

「ま、待ってよーっ」

「メ、メイプル……?遅くない?」

「うっ……」

 

 スタスタと歩いていってしまうサリーに必死で追いつこうとするも、メイプルは【AGI 0】。

 現実の歩き程度の速さしか出ない。

 ぐんぐん置いていかれた。

 サリーはAGIにもちゃんと振り分けたんだ……と目を逸らす。

 

「く、詳しくはハクヨウに会ってから!早く行こう!」

「………分かった」

 

 ジト目を向けられて居心地が悪いメイプル。取り敢えず話題そらしには成功した。

 

 噴水のすぐ近くのベンチに腰掛けていた真っ白のプレイヤーに近づいていくと、その容姿が見えてきた。赤の刺繍だと思っていたそれは、彼岸花。鮮やかな赤の花びらが、鮮血を思わせる。

 肩口から露出した右腕やフードの影から除く肌は病的に白く、はみ出た髪の毛も色素の抜けた白。

 色と言えば、彼岸花の赤と袴の淡青色しかない。だが周囲を気にしているのか、しきりにキョロキョロと見渡している。

 

「どうしたんだろ?あの人」

「あー……私達と同じじゃないかなぁ……?」

「同じって?」

「人探し。……ほら、行くよ」

 

 遅れるメイプルを待って、残り十メートルほどの距離を更に縮めていく。

 そして、普通に声が届くほどの近さにまで近づいた時。

 

 

 ―――目があった。

 

 軽く目を見開いた白いプレイヤーは、小さく笑い。そして、両手がベンチより少し高い位置で空を切った。

 

「っ……」

 

 その動作が、その位置が。

 車椅子のそれに酷似していて。

 苦笑してしっかりと立ち上がった白いプレイヤーが誰なのか、サリーは理解した。

 

「ハクヨウ……で、良いんだよね?」

「う、ん。待ってた、よ。サリー、かえ、で」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?えぇ…?えぇぇぇえええええ!?!?」

 

 

 理解してないのは、ただ一人。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「改め、て。ハクヨウ、だよ。よろしくね、メイプル、サリー」

 

 人の多い広場では、満足に落ち着いて話せないので、取り敢えず近くの喫茶店に入った。

 

「私が出す、から。好きに頼んで良い、よ」

「いや、流石に悪いよ!」

「うん……結構高いし」

 

 メニュー表を二人に渡して奢ると言うハクヨウに、その値段を二人はすぐ見て断った。

 

「二人はまだ、初期値の3000、Gしか、持ってない、でしょ?」

「「うっ……確かに」」

「それ、は、ポーションとかに使う、べき」

 

 正論なので何とも言えず、ついでにハクヨウの所持金を見せてもらった事でありがたくて注文することにした。100万近かった。

 

「最近手に入った、臨時収入(フィールドボスドロップ)が、高く売れ、たから。余裕ある、よ」

 

 宝箱以外で手に入った、【海底の守護竜(ミドガルズオルム)】の素材を売り払ったら、かなりの額になったハクヨウ。

 それに比べればここでの出費は微々たるものなので、緑茶と期間限定の桜餅を頼む。それに肖って、メイプルはチョコケーキ、サリーも苺タルトを頼むことにした。

 注文を終えると、また話し始める。

 

「それにして、も。真っ直ぐに向かってきて、びっくりした」

「私もだよ!サリーが『あの人に聞いてみよう』とか言って歩いていくし……ってまさかサリー、知ってたの!?」

「んー……まぁ、『ハクヨウ』って名前に見覚えがあってね。まさか【白影】本人だとは思わなかったけど」

「【はくえい】?」

 

 メイプルはまたまたクエスチョンマークを。

 ハクヨウは、目を見開いて驚いている。

 

「わ……知ってたん、だ」

「NWOの情報は、それなりに集めてたしね。……だからハクヨウがどんなステータスかも、分かってるつもり」

「そ、う……」

「えっと……どういうことぉ!?」

 

 AGI(あし)も話も付いていけないメイプル。

 その心からの叫びに、二人して苦笑した。

 

「メイプルは、知らなかったんだ、ね」

「まぁ私も確証はなかったからね……」

 

 そう言ったサリーの目は、心配そうな。あるいは、何かを憂うような感情がこもっていて。

 それは、ハクヨウがずっと危惧していたもの。

 しかし、もう受け入れ、大丈夫になったもの。

 

「……サリー。大丈夫、だよ?確かに、前はそう、思っていたけど。でも、もう大丈、夫。

 どっちも受け入れて、今は、この世界を本当に楽しんでるん、だ。

 

 ………だから、大丈夫。

 心配してくれて、ありがとっ」

 

 歩けない現実が苦しいと思ったから、ハクヨウはこの世界でAGI特化になったのでは無いか。

 本当は、歩きたいと願っていたのではないか。

 だからこそ今、現実が辛くないか。

 

 サリーが抱いたその心配は、既に乗り越えた。

 

 だから、もう大丈夫。これはこれで。

 この世界を目一杯楽しむための、楽しい夢の世界。持ち込んだ夢はそのままに。

 

 隠した仮面は、もう捨てた。

 だから、心の底から楽しいと、笑って言えた。

 

「………そっか。なら、安心した」

「うん。ありがと、ね。心配、してくれて」

 

 憂いを帯びた眼差しが、優しく緩む。

 ハクヨウが小さく、だけど心の底笑っているのだと分かったから、サリーはもう心配しない。

 それは、受け入れて乗り越えたハクヨウに対して、失礼なものだから。

 だから流石に、置いてけぼりのメイプルのフォローをするべきだろう。

 もはやクエスチョンマークすら浮かべず、置いてけぼりで涙目になった親友に苦笑して。

 二人は話を戻した。

 

「……えっと、メイプル。白い影って書いて、【白影】。私の……なんだ、ろ?渾名?二つ名、みたいな、の」

「ちなみにハクヨウは、トッププレイヤーでもかなり上位の一人だよ」

「そうなの!?」

「そう、みたい」

 

 本人に一番自覚がないのだが、フィヨルドでミィとミザリーに言われた頃から、それなりに自覚していたりする。

 

「じゃあハクヨウって、レベルも高いんだ?」

「今、レベル40」

「「レベル40!?」」

「あ、れ……?サリーは、知ってたんじゃ?」

「いやいやレベルまでは噂程度しか知らないから!っていうかレベル40なの!?確か今の最高レベルって41だよね!?本当にほぼ同じじゃん!」

「そう、なんだ?まだ、ペインさんに、は、追いつけてないん、だ……」

 

 何となくガッカリした雰囲気のハクヨウに、最高レベルプレイヤーとも知り合いなんだ……とサリーは遠い目になった。

 

 中々にカオスの体を成した空間に、注文したケーキが届いた。少しだけ、場が落ち着く。

 桜餅は長命寺(関東風)道明寺(関西風)の両方があり、ハクヨウ自身の装備も相まって非常に似合う。緑茶と言い狙ったなお前。

 ほのかに甘酸っぱい匂いと鮮やかな色合いの苺タルトは、春らしく明るく華やかだ。

 チョコケーキは落ち着いたブラウンに少し濃い色のチョコレートがコーティングしてあった。

 三人はさっそくそれらを口に運んだ。

 

「美味しいよこれ!外で食べたら絶対に高いと思う!」

「ん……緑茶と、よく合う」

「ゲーム内ならカロリー気にしなくていいし、今度は自分で食べに来よう」

 

 現実と遜色ない。いや現実より美味しいかもしれないそれらに舌鼓を打つ。食べながらも、話は進んだ。

 

「それ、じゃあ。二人は、どんなステータスにした、の?」

 

 メイプルは今はインベントリに入れているが、大盾を持っていた。サリーは何故か()()()()()を持っていた。メイプルのステータスはある程度想像がつくが、サリーの方は見当もつかなかったのだ。

 

「私は防御特化の大盾使いだよ!」

「うわ……清々しいまでの極振り。流石メイプル。やると思った」

 

 そう言って二人に見せられたステータスは、【VIT】に極振りしたもの。

 これならあの移動速度も頷けると、サリーはまたも苦笑い。だが、次に出たハクヨウの言葉に絶句した。

 

「わ。私の防御版、だ」

「は……?え、と。ハクヨウ?今なんて?」

 

 ちょっと、理解に及ばなかったサリー。

 【白影】の所以は知っていたが、大抵のモンスターを一撃で倒すだけの【STR】も持っていて、【AGI】と【STR】の二極化したステータスなんじゃないの?と。

 

「へ?私の、防御版、だけど」

「………ハクヨウのステータスって?」

「AGI極、振り」

「AGI極振りぃ!?」

 

 それでどうやってモンスター倒すの!?と驚愕し、ハクヨウにステータスを見せてと頼む。

 

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv40 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0】 【VIT 0】

【AGI 2640】【DEX 0】

【INT 0〈+20〉】

 

装備

 頭 【白魔のフード】体【彼岸の白装束】

 右手【鬼神の牙刀】  左手【九十九】

 足 【竜神の濡れ袴】 靴【天神の足袋】

 装備品【疾宝のペンダント】

    【逆鱗のイヤリング】

    【鬼神の角笛】

 

―――

 

「ア、【AGI 2640】……?」

「装備とか、スキルとか。全部合わせた、実数値だけど、ね」

「ねえハクヨウ。これってどうやってモンスター倒すの?私みたいに武器で攻撃力を補完してるわけでもないし……」

「私のスキル、に、AGIをSTRの、代わりにするスキルがある、の。等倍じゃ、無いけど。でも、それで攻撃力は何とかなって、る」

 

 少し前までは【AGI 2640】が等倍で働いていると思っていたが、ミドガルズオルムと戦ってから考えが変わった。【STR 2640】相当にしては、流石にダメージ量が少なすぎたのだ。

 だから、かなり下降補正を受けているだろうことは見当がついていた。

 

 これだけのAGIを見せられてしまえば、掲示板で噂されていたのが全部真実だと思えてくるサリー。空飛んだとか俄には信じられないが、少しだけ真実味が出てきた。

 

「……それじゃあ、私のステータスも見せるね。ハクヨウの後だと、少し出しにくいけど」

 

 

―――

 

サリー

 Lv1 HP 32/32 MP125/125

 

【STR 10〈+8〉】 【VIT 0】

【AGI 55】 【DEX 20】

【INT 10〈+11〉】

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の短剣】左手【初心者の短杖】

 足 【空欄】     靴【空欄】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 なし

 

―――

 

「色んなステータスに振ってるんだね!」

「これが普通だから!……いや、短剣と杖使ってるのは普通じゃないんだけど……でも、極振りよりは普通だからね?」

 

 サリーが目指すのは、回避特化のオールラウンダーとのこと。だからAGIを高くし、前衛もこなせる短剣と、後衛もできる魔法を。

 

「メイプルが大盾の『あの一文』を見逃すはずがないと思ったからね……何となく大盾をやると思ったから、本当は魔法使いを専念しようと思ったんだけど……」

 

 それじゃあ普通すぎて面白くないじゃん?

 

 と、サリーはニヤリと笑った。

 

「大盾に守られて魔法を放つ固定砲台。高火力で敵を倒す魔法使い。普通だね。うん普通普通。

 そう……普通すぎてつまらない!

 だから私が目指すのは高速移動砲台!前衛として戦い、敵の攻撃を全部躱し、あらゆる位置(オールラウンド)であらゆるタイミングにあらゆる魔法を叩き込む!」

「おぉ!なんかかっこいい!」

「回避、特化……?」

「そう!難易度は最上級!だからこそ燃える!」

 

 一撃当たれば負けるというのは、ハクヨウに通ずるものがある。しかし、ハクヨウは正面戦闘は避ける傾向にあり、専ら奇襲か【手裏剣術】、高速機動による撹乱を得手としている。

 真正面から攻撃を躱しきる自信は無いハクヨウとしても、サリーのやり方は格好良かった。

 

 それに。

 

「私のスキル、とも、相性が良い、ね」

「そうなの?」

「う、ん」

 

 ハクヨウが後衛や敵の背後から【手裏剣術】で状態異常を叩き込み、それに合わせた魔法をサリーが使う。前衛でもあるサリーは魔法の威力が多少抑えめになるだろうから、それの補完としても非常に相性が良さそうだった。

 逆に、ハクヨウが積極的に戦う時も魔法による援護が期待できる。後衛としても魔法使いは優秀だ。それを余す所なく伝えていくと、一つ浮き彫りになることが。

 

「………あれ、私の役割は?」

 

「「………」」

 

 

 『ぷいっ』と、二人してメイプルから目を逸らした。気付いてしまった。

 回避して攻撃を受けない前衛魔法使いと、

 速すぎて攻撃が当たる気がしない速度特化。

 この二人の相性が良くて、二人共ダメージを受けないことが大前提。大盾の役目はなかった。

 

 

 

 

 

「ぅえぇぇぇぇえええええっ!?!?」

 

 




 
 原作は魔法も使う短剣使い。
 拙作は短剣も使う魔法使い。

 サリーの高いPS、原作サリー()()()、ハクヨウちゃんに合わせる
 などなどの要因が重なって、短剣も使う前衛魔法使いに決定。
 原作とのステータスの違いは3点
 ・【初心者の魔法靴】→【初心者の短杖】
 ・原作と比較して【DEX −5】
 ・原作と比較して【MP +100】
 【DEX】の減少分を【MP】に回した形です。
 1ポイントでHP、MPは20増えるからね。

 武器が二つになったのは、『大盾と短刀』で選べるなら武器二つでも良いでしょ?って思った。
 だって大盾は【シールドアタック】あるじゃん?攻撃できるって事は防具じゃなくて『武器』でしょ?なら『短剣と杖』で武器二つでも構わないという独自解釈。

 接近されたら何もできない魔法使いとか無能だと思ってるので、杖主体にサブ武器を選択できるようになってます。
 
 原作と同等レベルの近接戦闘力と原作以上の魔法攻撃力。
 合わされば大抵のことはできる。
 結果、メイプル涙目w もち、ユニークシリーズもちゃんと考えてますよっ!

 ハクヨウちゃんの苦無は威力もそれなりに高いですが、やっぱりサポート性能が段違いで高いです。【毒蛾】はメイプル。他はサリーとの相性が良いですね。
 イメージとしては性格はメイプル、プレイスタイルはサリーとそれぞれ物凄い相性が良い。

 戦い方としては、ハクヨウちゃんの魔法版でしょうかね。なにぶんハクヨウちゃんの攻撃手段は、物理に偏ってますから。
 魔法型でハクヨウちゃんと並んで戦えるプレイヤーになってもらいたい。

 物理主体のハクヨウと魔法主体のサリーなら、差別化できていると思います。
 サリーは相変わらず回避盾の予定。
 魔法を使うのに前衛で回避盾な混沌サリー。



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速度特化と類友

 類は友を呼ぶ。

 この三人を表すのに、これ以上の適切な表現は無いのでは……。

 


 

 今はハクヨウと二人のレベル差がありすぎるため、取り敢えずレベルあげのためにもフィールドに出ることにした三人。

 ハクヨウ自身が強すぎるため、実際に戦うのは基本的にメイプルとサリーで。ハクヨウはもしもに備えた護衛である。

 目指すは初討伐だ。

 

 

 

 

 町の外にも、町の中ほどでは無いが人がいた。ここで戦ってもいいのだが、ハクヨウ(トッププレイヤー)がここにいると狩場荒らしと間違われることがある。

 

「ごめん、ね。もう少し、遠くに行く、よ」

「いーよいーよ!……というか、私もかっこ悪いとこ見られたくないし……」

 

 そのことを申し訳なく謝れば、完全初心者なメイプルはこの反応である。

 そのままてくてくと歩いていき、AGIの差で時々ハクヨウが止まりながら、人のいなそうな森までやってきた。

 

「ん……懐かし、い」

「来たことあるの?」

「私が最初に、入った森。木の上から、奇襲すると簡単、だよ?」

「その頃から変なことしてたんだね……」

「?」

 

 わずか二日でエリアを変えてしまったが、ここで様々なスキルを取得し、戦い方を考え、今に繋がっている。そう思うと、感慨深いものがあるハクヨウだった。

 

「よーし!ここなら誰もいないし、モンスターさんどこからでもかかってきて良いよ!」

「私もレベル上げたいし、どこからでも来い!」

 

 意気込む二人の邪魔をしないように、ハクヨウは【跳躍】で木の上から眺めることにした。

 無論、【九十九】を一本抜いて、何時でも投げれるようにしている。

 そして二人の声に反応したかは分からないが、尖った角を持った白兎が草むらから飛び出してきた。位置はサリーよりもメイプルよりで、白兎もかなりのスピードで体当たりをしてくる。

 行動補正のかかっていないメイプルが、兎の突進を躱せるかという答えは、当然、否。

 

「メイプル!」

「ちょっ!?わっ、ごめんなさい!」

 

 何に対して謝ってるかもよく分からないまま、メイプルは慌てて構えていた大盾を変にずらしてしまい、尖った角を使った突進攻撃をお腹で受け止めることになった。

 

「痛っ!……く、ない?」

「うっそぉ……」

「わ。すごい」

 

 兎はクリティカルヒットした筈なのに、ダメージが与えられていないのを見て戸惑ったのか、少し距離をとった。

 

「おおおおっ!凄い!痛くないよサリー、ハクヨウ!流石は【VIT 128】!ふふふ……どうだ兎さん。私の腹筋は?」

「ぷにぷに」

「すべす、べ」

「ふふ、二人は黙っててよぉ!?」

 

 お腹に力を入れるメイプルを見て、見たままの感想を告げる二人。慌てて反論するメイプルだが、その様子を挑発と取ったのか、それとも単にそう行動が決められているだけなのか。ともかく兎は再度メイプルに突進する。

 メイプルはそれを、盾を使わずにお腹で受け止め続ける。

 

「ねぇ……これ、どうしよ?」

「楽しそ、う」

「私かハクヨウがやったら、確実に一撃死だけどね?」

 

 【VIT 0】か【VIT】極振りの両極端なパーティーだった。

 ハクヨウをして、この光景は遊んでいるようにしか見えない。兎はしつこく突進を繰り返し、メイプルはそれを楽しそうに受け止め、兎を撫でようとする。

 相手がモンスターでなければ楽しそうな微笑ましい光景。モンスターだから摩訶不思議で掲示板に書き込まれそうな光景。

 これには、サリーも兎を倒すべきか躊躇った。

 

「ほらほらー?もっと気合を入れてー?」

「完全に、じゃれて、る」

 

 完全に兎のと遊ぶ方向にシフトしたメイプルを見て、サリーは一度別行動しようと決めた。

 暇だった。

 

「だね……メイプル。私、別の所でレベル上げに行っても良い?一時間くらいで帰ってくるからさ」

「うん!良いよー!もう少し兎さんと遊びたいからー!」

「じゃ、遠慮なく!」

 

 これで遊んでる所に短剣ザクッ!はメイプルに申し訳ないので、別行動を取る。

 

「フォロー、いる?」

「んーん。大丈夫!ハクヨウはメイプルに付いててよ。こっちはこっちで、好きに楽しんでる」

「ん。わかっ、た」

 

 走り去るサリーを見送って、ハクヨウはメイプルの最初の動きを思い出す。

 慌てて大盾を変にずらし、お腹で受け止めた光景。あれは、信頼する大盾の相棒には絶対に無いもの。いくら今はダメージを受けていなくても、ボスモンスターなんかが相手ではそうも行かないと思った。

 

「大盾の、先生。……クロムに頼もうか、な」

 

 大盾をまともに使えるようになるだけで、生存確率は大幅に上がる。その点で言えば、クロムは生存能力の鬼である。誰より信頼する大盾使いと言えた。

 そうと決めれば話は早いと、ハクヨウは早速クロムにメッセージを送る。友人が大盾を選んだから、使い方を指導してあげてほしい。それだけ。

 しかし、クロムにだって予定があるのは承知の上なので、クロムの予定がいい日で良いとも。

 すると既にログインしていたのか返信は早く。

 

「明後日、か……」

 

 今日は別のパーティーと組む約束があり、明日はログインできない。明後日は空いてるとの事だった。しかし、それはそれで残念である。

 

「明後日、リハビリ……」

 

 多少の時間ならログインできる。が、本当に少しだけ。顔合わせをする時間程度しかいられないと思う。用事で自分はあまり居られないが、それでも良いかと送れば、『大盾のプレイヤーが増えるのは良いことだ。ハクヨウの頼みなら引き受けるぜ』と気前の良い返事が来た。ありがたく、メイプルの預かり知らぬ所で話を進めていく。

 

 そしてクロムから、今日組んでいるパーティーメンバーが揃ったとの報告で話しが終わった頃には、一時間近くが経過していた。

 

 すると。

 

「ん?ちょっと待っててね兎さん」

 

 

 メイプルが、異常枠の一歩を踏み出していた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 サリーは、メイプル達と別れてすぐ、森から出て草原にいた。

 

「ま、少しくらい一人で楽しんだっていいよね」

 

 短剣片手に無防備に歩く姿は、散歩と見紛うばかり。故に、モンスターも隙だらけのサリーを狙って襲い来る。

 

「ほいっ」

 

 メイプルがじゃれていたのと同じ、角を持った白兎が突進してくるが、愛嬌なんて目もくれず、サリーは短剣で突進の軌道をずらし、そのまま斬りつけて即座に倒してしまった。

 

『レベルが2に上がりました』

 

「へぇ。結構すぐに上がるんだ。兎は問題なさそうだし、やっぱり森かなぁ……」

 

 草原にもモンスターは出ているが、どうしても人が多いため、あまり実入りは良くないと悟ったサリー。森との境目付近にまで戻り、様々なモンスターと戦っていく。

 

「狼に猪、大ムカデなんかも居るんだ……うわぁ……うぞうぞしてる……」

 

 虫自体はそこまで苦手ではない。もっと苦手なものがあるので、相対的には、という文言こそ付くが、問題ない。

 しかし、巨大なら話は別だ。生理的嫌悪感は隠せない。早く倒そうと決めて、町でなけなしのお金を叩いて買った魔法を使う。

 

「【ウィンドカッター】【ファイアボール】!」

 

 買ったのは【火魔法Ⅰ】と【風魔法Ⅰ】。いずれは他の属性魔法も揃えたいと思っているが、今はこれでいいと思っていた。

 大ムカデを風の刃で切り裂き、炎で焼き尽くしたサリーは、その光景を見て、少しだけ試したいことができた。

 

「……できなかったら、それまで。出来たらラッキー、だよね」

 

 火を大きくするには、どうすれば良いか。そんな単純な問い。答えは単純で、燃料をくべ、より多くの酸素を送り込めばいい。

 

 燃料は魔法だから変えられない。しかし、酸素は?もし、風魔法で代用できるなら?

 そんな、ちょっとした思いつきだった。

 お誂え向きに、【ファイアボール】と【ウィンドカッター】では、【ウィンドカッター】の方が速い。なら、もしかしたらできるんじゃないか?

 

「試してみるか!」

 

 丁度良く見つけた猪モンスターに向けて杖を構える。猪はまだ自分に気付いていないので、絶好のチャンス。

 

「【ファイアボール】【ウィンドカッター】!」

 

 火球を放ち、即座に風の刃を()()()()()()()()()。それは猪に当たる直前で風が追いつき、全く同時に着弾した。

 

「あぁっ!ダメージ量とか確認したかったのに……でもま、これ楽しいからいっか!」

 

 二発分の魔法でHPを削りきられた猪は、最後までサリーに気付かずに倒され、粒子へと変わってしまった。

 

 

 

 

 サリーは楽しくなった魔法同時着弾を試しに試しまくり、気付けば一時間が経ち、レベルも7まで上がっていた。

 

「あっちゃー……そろそろ戻ろうかな……こいつだけ倒したら!【ファイアボール】【ウィンドカッター】!」

 

 自分に襲いかかる狼を、慣れた動作で魔法を二発撃って倒す。と同時にレベルも上がった。

 

『レベルが8に上がりました』

『スキル【魔法混合】を取得しました』

 

「………はい?」

 

 ……こっちもこっちで、おかしな方向に進み始めたらしい。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「兎さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「ハクヨウハクヨウハクヨウ―――っ!!」

「わ。な………なに?」

 

 戻ってくるなり、突撃木の上のハクヨウさんをかましたサリーは、なんだか物凄い興奮した様子だった。キャラぶれっぶれである。

 落ち着いてほしい。

 【跳躍】を持ってないから、ぴょんぴょんと木の下で飛び跳ね続けてるだけ幸いか。もし普通に下にいたら、押し倒されていたかもしれない。

 あとメイプルも。見れば兎だったのだろう粒子の残りがキラキラと輝き、空間に溶けていく。

 

「二人と、も。どうした、の?」

「凄いんだよ凄いんだよ聞いて聞いて聞いて聞いて!!」

「はぁ……何で死んじゃったの……もう倒す気なんて無かったのに……」

 

 カオスだった。

 この上ないカオスだった。

 取り敢えず、モンスター用に備えていた苦無を二人の額に投げつけておく。

 

「うわっ!」

「いたぁっ!?」

 

 パーティーメンバーだからダメージは無いが、衝撃は無くせないので、相応の威力があった。スキルを使わなかっただけマシである。

 何気にこれ、メイプル初の痛みだったりする。流石に残念すぎるだろう……。

 そしてサリー…躱したなオノレ。

 

「「何するのハクヨウ!?」」

「落ち、着かない、二人が悪、いっ」

「「うっ……」」

 

 地上に降りて、地面に刺さったのとメイプルの足元に転がった(刺すつもりで投げた)苦無を回収する。メイプルに関しては、少し悔しかった。

 

「それ、で?何があった、の?」

「「えっとね……あ……サリー(メイプル)から」」

 

 仲良しか、と。呆れ、明らかに興奮していたサリーから促す。

 

「うん、えっとレベル上げしてたら、凄いスキルが取れて、ちょっと興奮してた」

「ちょっ、と……?」

「うっ……結構興奮してた」

「へぇー!あ、スキルなら私も取れたよ!

 【絶対防御】ってやつ!」

 

 二人ともレアなスキルが取れたようで、二人して隠すつもりもないのかスキル詳細を見せた。

 

 

―――

 

【絶対防御】

 このスキルの所有者のVITを二倍にする。【STR】【AGI】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

取得条件

 一時間の間敵から攻撃を受け続け、かつダメージを受けないこと。また魔法、武器によるダメージを与えないこと。

 

 

【魔法混合】

 二つ以上の魔法で、相性が良い場合に新しい魔法として使用できる。

 相性が悪い時、殆どの場合で失敗する。

 混合させた魔法の消費MPが混合元の魔法の平均の三分の一になるが、通常魔法の消費が二倍になる。

取得条件

 二種類以上の属性魔法を同時に敵に当てることを一定回数以上繰り返す。

 

―――

 

 

「って、事は……メイプル、今【VIT 256】?わ、凄い……」

「ねぇハクヨウ?ハクヨウの十分の一って考えると、凄さを感じないんだけど……」

 

 自分も【速度狂い】で初日から【AGI 244】を出していたので、何も言えなくなった。いや正確には、【大物喰らい】も取得したため【AGI 488】か。この分ではメイプルも取得しそうだと苦笑い。

 

「……。サリーのスキル、は、扱いが難し、そう、だね」

「あ、話逸した。……けど、そうだね。幸い、【風魔法】と【火魔法】は相性が良いみたいで、ここに戻ってくるまでの相手で試したけど、かなりMP消費が減って楽だったよ」

 

 こんな感じ!と言って杖を木に向け、魔法を行使した。

 

「【風炎刃】!」

 

 【ウィンドカッター】と【ファイアボール】の混合は、炎の刃が高速で飛んでいき、【ウィンドカッター】の切断性で木を切り倒し、直後に【ファイアボール】のように爆発した。

 

「おおっ!すごい!強い!」

「威力も、十分……これ、何属、性?」

「そのまんま、『火・風属性』だよ!風の刃が炎を取り込んでるって寸法だから、どっちかに耐性を持ってても、もう片方でダメージを与えられるね!」

「凄い!凄いよサリー!他にはどんなのがあるの?」

「今はこれだけ。でも、他の魔法も習得したら、色んな混合魔法が作れるし、消費MPも減って威力も出る!……まぁ、混合してない魔法の消費は増えちゃったけど」

 

 それでもなお、威力と消費MPから見れば十分すぎる強いスキルである。

 

 

 その後。

 サリーは新しい混合魔法を作るために、町で属性魔法を買いに行き。

 ハクヨウは、この日はもうログアウトし。

 メイプルは、兎と遊んでいただけで終わるのも何なので、もう少し探索するという事で、全員バラバラになった。

 それがメイプルの異常を高める結果になるとは、誰も思わなかった。

 

 

 

―――

 

メイプル

 Lv8 HP 40/40 MP12/12

 

【STR 0〈+6〉】 【VIT 120〈+34〉】

【AGI 0】【DEX 0】

【INT 0】

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の短刀】左手【初心者の大盾】

 足 【空欄】     靴【空欄】

 装備品【フォレストクインビーの指輪】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 【毒耐性中】【大物喰らい(ジャイアントキリング)】【絶対防御】

 

 

サリー

Lv9 HP 32/32 MP125/125〈+10〉

 

【STR 10〈+8〉】 【VIT 0】

【AGI 55】 【DEX 20】

【INT 10〈+11〉】

 

ステータスポイント:20

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の短剣】左手【初心者の短杖】

 足 【空欄】     靴【空欄】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 【スラッシュ】【疾風斬り】

 【ファイアボール】【ウォーターボール】【ウィンドカッター】【サンドカッター】

 【ダークボール】【リフレッシュ】

 【風炎刃】【マッドショット】

 【筋力強化小】【知力強化小】

 【MP強化小】【MPカット】【MP回復速度強化小】

 【短剣の心得Ⅰ】【魔法の心得Ⅰ】

 【火魔法Ⅰ】【水魔法Ⅰ】【風魔法Ⅰ】

 【土魔法Ⅰ】【闇魔法Ⅰ】【光魔法Ⅰ】

 【魔法混合】




 
 皆『いきなり単独行動はしないだろ……』って感想くれたけど、忘れちゃいけない。
 こいつら、結構ソロ行動が多いことを。
 原作だとアニメ以上にソロ行動が目立ってることを。今回はその果て。
 きっとメイプルちゃんが楽しそうに兎と戯れてたら、サリー手を出せないと思うんだ……。

 基本、メイプルちゃんは原作通りにおかしくなると思う。だって下手に手を加えたら弱くなりそうなんだもん(白目)

 あと、色んなゲーム系小説にありがちな魔法の混合、融合が、珍しく防振りには無いな……と思ってたから作った。通常魔法が使いづらくなるけど、混合魔法はその分強力になってる。
 拙作サリーは、短剣は防御とかサブ程度に扱うと思います。



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速度特化と考察

 魔法の混合、融合に考察は基本w
 そして今回は短め。ぶっちゃけ気乗りしなかったと言うか、興が乗らなかった。

6/12追記
 後書きにアンケート突っ込みました。
 そろそろ物語がシリアスに突入しそうで、私の精神が滅入ったので、気晴らしです。

 


 

「ごめんねハクヨウ。私の手伝いしてもらっちゃって」

「ん。大丈、夫」

 

 メイプルとサリーがログインして二日目。

 この日、メイプルは『もっと色んなスキル取れるかも!』と言って一人、森の中へ散歩に出掛けた。また変なことにならないと良いけど……と祈るばかりである。

 何せ、ハクヨウは自分がそうなのだから。

 対して、今日はサリーの【魔法混合】の種類を増やす協力を頼まれて、二人で人気(ひとけ)のない地底湖まで来ていた。

 なんでも、『一人では思考が偏って似たような混合しかできない』『他の人の発想も欲しい』との事だった。

 ハクヨウとしても、地底湖はかつて防具の素材集めと【水走り】を取得した時くらいしか来なかったので、改めて来るのに丁度良かった。

 

「でも、何で、地底湖?」

「まず、【魔法混合】はレアスキルだから、人に見られたくないっていうのが一つ。次に、ここの魚から取れる鱗が、武器や防具に使えるらしいから、いつか作る装備の素材集め……まぁこれは、まだ方向性すら決まってないんだけどね。で、三つ目にここ、魚だけは多いから魔法試し放題。最後に……いや、これは後でも良いや」

 

 サリーの歯切れが悪いが、釣り竿を取り出したサリーは、もう釣りモードだった。

 これは聞ける雰囲気じゃない、と諦めて、ハクヨウもイズ謹製の【DEX +25】する『すごいつりざお』を取り出した。ネーミングが危ない。

 ちなみに、試作品には『ぼろのつりざお』と『いいつりざお』もあったりする。それぞれDEXを【+5】【+15】するアイテムだ。

 

「ハクヨウの釣り竿、店売りのじゃないんだ?」

「う、ん。生産職の友達、が、暇つぶしに作った、やつ。DEXを上げる、から、私でも結構釣れる、よ」

「へぇー……生産職って武器防具だけじゃなくて、そんなのも作ってるんだ」

 

 釣りにはAGIとDEXが関係してくるが、ハクヨウは【DEX 0】なので【釣り】スキルを取ることができない。それをイズの店でクロムが笑いながら話したら、イズが『これ使って!』とクロムをド突きながら渡してきた。勿論、代金は払ったが。

 そんなわけで、魔法の試し撃ちには困らないとじゃんじゃん釣っていく。

 

「今、サリーが使える混合魔法、どんなのがある、の?」

「ん?えーっと、昨日見せた【風炎刃】は分かるよね?『火・風属性』のやつ」

「うん」

「実はまだもう一つしか出来てないんだよね……【マッドショット】!」

 

 釣り上げた白い魚に泥の塊が当たり、そのまま粒子へと変わる。

 

「おぉ、『水・土属性』?」

「ご明察。水分を含んだ土はかなり重くなるからね。予想通り相性が良かったんだけど……でも、他の組み合わせがあんまり思いつかないんだよね……」

「火と水、で、水蒸気、とかは?」

「それも試したんだけどねー……威力が同じだと属性不利な火が押し負けて、失敗しちゃった」

 

 あはは……と笑うサリーに、ハクヨウは何かしらの規則性が無いかと思考を巡らせる。

 『新しい魔法として使用できる』とありながら、きちんと魔法名が設定されているという事は、【魔法混合】で作り出せる魔法は、全て運営によって設計されていると考えていい。だとしたら、何かしらの規則性の元、組み上げられているはず。それを紐解けば、使用できる魔法は格段に増えるはずだ。

 

「属性、魔法。火、風、水、土、闇、光……?」

「ん……?まぁ、他にも魔法の種類はあるけど、『属性魔法』って括りだと、その六つだよね」

 

 この内、明らかに別枠と考えられるのは闇と光。単体で対を成すこれらは、他の四つと違って概念的なものだから、属性魔法ではあるが別物だと思った。

 なら、あとの四つは?

 

「四大元素だよ、ね」

「ゲームで良く使われる属性っていったら、四大元素か五行説だからね」

 

 西洋のこの地上にあるものは、火、空気、水、土が干渉し合い、成り立つという四大元素。

 東洋のあらゆる物質を火、木、金、土、水の五つの性質で読み解こうとする五行説。

 

 どちらもゲームではお馴染みの考え方である。

 そしてNWOでは四大元素が使われているのだ。

 

 そうなれば、【魔法混合】の規則性もまた、この四大元素の考えに基づくのでは無いか。

 いやそもそも、ゲームにおいて魔法とは何か。

 MPはなぜ四つの属性を発揮し、それらを混ぜることができるのか。

 そう考えた時、ハクヨウの頭にふと、一つの考えが浮かんだ。

 

「……第一質料(プリマ・マテリア)の、一元論?」

 

「プリマテ……なに?」

「第一質料、『プリマ・マテリア』、を、究極の質料。材料、かな?として、四大元素はそれに、ある四つの性質か、ら二つを、組み合わせること、で成り立つってい、う、アリストテレスの考、え」

 

 四大元素によって世界が成り立つという考えの、更に根幹を提唱したアリストテレスの一元論。

 火、風、水、土の四元素は、更にその構成要素として「熱・冷」「湿・乾」の相反する四つの性質の組み合わせで成り立つものとされている。

 元々の四元素は、形相(エイドス)も性質も持たない単純な質料(ヒュレー)であり、そこに「熱・冷」「湿・乾」から二つが組み合わさることで、四元素それぞれとしての形相と性質を持つようになる、と言うものだ。

 そしてその単純な質料を第一質料(プリマ・マテリア)と呼んだ。

 第一質料に性質が加わることによって、全ての四大元素が成り立つことから、『四性質説』あるいは『一元論』と呼称される。

 

「分かっ、た?」

「いや分かんないよ!?」

「む、ぅ……な、ら」

 

 仕方なく、ハクヨウは第一質料をMP……魔力とし、地面に書きながら説明する。

 

「ゲームの中で言う、なら。

 MPは、どんな性質にもなれる(プリマ・マテリア)

 『熱・乾』の性質で、火。『熱・湿』で、風。『冷・湿』で、水。『冷、乾』で、土が、それぞ、れ、できる。で、これら、は、全部干渉しあい、性質が書き換わる、こと、で、転化も起き、る」

 

 地面にも同じように、

 

『何にでもなれる究極の材料=MP

 そこに二つずつ性質が加わることで、四大元素になっている。

 『熱・乾』→火

 『熱・湿』→風

 『冷・湿』→水

 『冷・乾』→土

 これらの性質は相互干渉し、また一つが反転することで別の姿に転化される』

 

 と書いていく。

 

「具体的に、は、同じ性質を持つ、なら、よく干渉、し。たとえ、ば、『熱・湿』が『冷・湿』に変われば、空気(かぜ)は水にな、る」

「風が……水?」

「湿度が同じ、なら、気温が低い方、が雨が、降りやすい、でしょ?」

「あぁ、なるほどね」

 

 だが、ここで注意しなければならないのは、構成される二つの性質が、一度に書き換わるわけではない、ということ。

 「冷・湿」の水はいきなり「熱・乾」の火には変わらない。

 必ず風か土の元素の過程を経ることになる。

 雨上がりに、いきなり火事が起こるだろうか。

 「熱・湿」から「熱・乾」に変わる。つまり、大気中の水分量が減り、空気が乾燥している時、火の手は上がりやすい。

 炎が草木を燃やせば、灰となって土壌に還る。

 つまりはそういう事だ。

 少なくとも昔はそう考えられてきたのだろうと、ハクヨウは語る。

 

「別の性質への転化ってのは分かったよ。じゃあ、干渉っていうのは?」

「火は、乾燥してると燃えやす、く、熱を発する。けど、その時、風も起こるよ、ね?」

「火が燃えるために、大気中の酸素を取り込むから?」

「そ、う」

 

 火が燃えるためには、風が必要だ。正確には酸素だが、当時は空気全般として考えられた。

 故に熱を持つ火と、熱を更に煽る風には、同じ「熱」という性質が見出されたのである。

 他にも、土は水分を地下へと浸透してしまう様子から「乾」を持つ。文字通りの「乾かす」火と事象は違うが、「乾」という性質は同じだと考えられていた。

 

「他も、同、じ」

「なるほどね……」

「加える、なら、反する性質をぶつけれ、ば、打ち消される」

 

 火に水をかけるで火の手が消えるように。

 「熱・乾」に同量の「冷・湿」を加えることで性質変化を無くし、第一質料(プリマ・マテリア)に戻すことができる。水もまた、火の手の勢いで蒸発し、目には見えなくなってしまうため、事実上そこに四元素は見出せなくなる。

 恐らく、それがサリーが失敗した原因だろう。

 他にも当時の人はこう考えたのだろう。『地中で風は吹くか?』と。『大気中に土はあるか?』と。

 

「一方に存在しないのも、また相反すること、ってことだね」

「そういう、こと。世界を構成するもの、は、今よりもっと、単純だって、考えられていた、から。ゲームと、同じ。世界には、【神秘】でしか語れないモノ、が、沢山あるって、思われていたか、ら」

 

 長くなったが、同じ「性質」を持つ属性は良く干渉し、反する「性質」では打ち消し合ってしまうということ。それが、ハクヨウが考えた事だった。

 

「だか、ら。多分、同じ強さの魔法、なら。『火と風』、『風と水』、『水と土』、『土と火』なら、相性良いと思う、よ」

「なるほど!」

 

 物は試し!と、サリーは早速【魔法混合】することにした。

 

「【魔法混合】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】!……あ、本当にできた!」

「消え、た?」

「うまく行くと、消えて、魔法名が新しく登録されるんだよ!【斬り雨(きりさめ)】ってこれ、ダジャレじゃないんだから……」

 

 右手に現れた【ウィンドカッター】と左手に現れた【ウォーターボール】を体の前で重ねると、何事も無かったかのように消えてしまったが、それで成功らしい。

 

「失敗、したら?」

「ボンッ!」

「っ!?」

「あははっ、冗談冗談。そのまま二つとも発射されて、それでおしまい」

 

 自爆は洒落にならないので、そうならないで良かったと思った。

 

「兎にも角にも、試してみよー。【斬り雨】!」

 

 放たれた魔法は、地底湖の真上から降ってきた。水蒸気で形作られた、高速の刃。

 大きさは二メートルはあるだろうそれが、サリーからではなく狙いの真上から放たれ、地底湖の水を二つに割った。

 飛沫が高く高く。瀑布の様に上がり。そして、周囲ごとハクヨウとサリーを水浸しにしながら元に戻った。

 

「おぉ……。上から降るん、だ」

 

 威力も高い。

 視覚外からの攻撃なので、奇襲にも有効。

 それをサリーに言おうとしたハクヨウだったのだが。

 

「……サリー?」

「今、見た?」

「?見た、けど?」

「そうじゃなくて!」

 

 魔法の余波で激しく波打つ湖面を見つめながら、サリーが呆然と呟いた。

 

「今一瞬、地底湖の中に洞窟が見えた」

「……それ、ホント?」

 

 地底湖の水中に、意味もなく洞窟があるなんてありえない。ならば考えられるのは。

 

「うん。あれは見間違いじゃない……確か見つかってたダンジョンって二つだよね?」

 

 興奮を隠しきれない様子のサリー。

 

「新しい、ダンジョン?」

「そうかもしれない……でも」

「私は、むり」

 

 ハクヨウは前提として、()()()()()()()()

 ゲームの中でいきなり泳ごうとしても、溺れて即死亡しかねない。

 水上に立つことも走ることもできるけど、水中となると何もできなくなるのが悲しい。

 むしろ、泳げないのに水上に飛び出した思い切りの良さを称賛したいくらいである。

 

「応援しかできない、けど」

「それで十分だよ」

 

 目的は変わってしまったが、今日一日、サリーの手伝いをしようと思っていたハクヨウ。

 手伝えないのは心苦しい。

 だからせめてもの応援に、凄いやる気の出そうな情報を上げることにした。

 すなわち。

 

「サリー。これ、見て」

 

 ハクヨウは、とある説明書がなされた青いパネルを浮かべながら。

 

 

「へ、何これ?」

 

 

 自分の唯一無二を手に入れるチャンスだと、笑いかけた。

 

 

 

 

「ユユ……ユニーク、シリーズぅぅっ!?」

「えへへ……頑張って、ね、サリー?」

 

 




 
 久しぶりに独自設定を盛り込んだ気がします。
 てか今回は独自設定しかないね。
 【毒魔法】とかもあるゲームですけど、普通に手に入る、普通の魔法と言ったらこれ。
 一元論自体は有名ですから、名前くらいは知ってる人もいるでしょうね。今回は、それを元に独自解釈して構築しました。
 こういう昔の説ってネットで調べるしか方法が無くて、多分に自己解釈が入り込んでます。けど、それほど的外れ訳ではないと思います。

 まぁハクヨウちゃんがチラッと迂遠に言ったように、今回の考察は基本大原則に過ぎません。
 スキル説明にも『相性が悪いと()()()()()()()で失敗する』とありますから、つまり例外も抜け道も存在します。
 それを見つけていくことが、サリーの今後の課題になりそうですね。

 そしてやっぱり自由行動するメイプル。
 原作でも三日目にクロムと邂逅して、イズに会って、ユニーク手に入れるでしょ?つまり、そういうことです。

 アンケートは読みたい奴に投票してください。どれになっても面白くなるよう頑張ります。



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大盾達の邂逅と真実への片道切符

 前話と今話の後書きに、アンケートを入れました。良ければ投票してください。
 どれになっても、面白くなるよう頑張ります。

6/14追記
 アンケートですが、複数気になるのがある場合、片方に投票の上で感想に『何番目と何番目が見たい』と書いといてください。
 一話の中に複数載せる方法が分かんないので、頑張ってカウントします。
 


 

 クロムとメイプルを引き合わせる日が来た。

 

 前日はメイプルが一人探索に出掛けたが、今日はサリーが一人、地底湖で【水泳】【潜水】スキルのレベル上げに行っている。この分では、上げ終わるのに一週間はかかるだろうとの事。

 因みにだがメイプルはまだ来てないし、それどころかクロムに会わせるとも言っていない。端的に、伝え忘れたとも言う。

 『今日一緒にやろう』とすら言い忘れたので、ログインした所を捕まえる算段である。

 あと一時間ほどしたら、リハビリに行く為にログアウトしなければならないため、早めに来てほしいハクヨウ。その願いが通じたのか、近くに初心者大盾の少女がログインして。

 

「メイ――」

「私……まだ初期装備のままだ!」

 

 声をかけに行こうとしたら、メイプルがそんな叫びを上げた。

 そして近づいていたハクヨウに目が合い。

 

「ハクヨウ!そういう格好良い装備はどこで手に入るの!?」

 

 開口一番、これである。

 挨拶すらない。

 

「メイプル、落ち着い、て?」

「うっ……ハクヨウの装備みたいに、格好良い大盾が欲しくて……つい」

 

 格好良いの、だろうか?と、ハクヨウは自身の装備をひらひら。綺麗ではあると思うし、白い着物で統一感もある。

 顔を隠しているため殆ど忍者だが、死に装束にも見えなくもない。彼岸花が血のように赤いし。

 

「それ、は、ありがと。でも、私が装備を手に入れた、のは、二週間、かな?そのくらい経って、から。メイプルは、まだ始めたばかり、でしょ?」

 

 焦る必要は無いと思うよ?と、笑いかける。

 だが、メイプルは不服のようで。

 

「でも……ハクヨウと差が激しくて辛い……」

「メイプル、は、そういうの気にしない、と思って、た」

「気にするよ!」

 

 一応、ユニークシリーズという裏道も、無いことはない。しかし、発見済みダンジョンは二つだけであり、そのどちらも既にユニークシリーズが取られている可能性は、否定できない。既にユニークシリーズの取られたダンジョンをクリアしても、ユニークシリーズは出ないのだから。

 サリーのような例外が無い限り、教える気にはなれなかった。

 下手な希望は、叶わなかった時の絶望が大きいのである。

 

 と、そんな風に逡巡していると。

 

「なら、生産職と顔合わせだけでもすれば良いんじゃないか?」

 

 そんな、聞き慣れた男の人の声が後ろから聞こえた。振り向けば、見慣れた赤い大盾に赤い鎧姿の相棒。クロムが立っていた。

 

「クロム……」

「よう。遅くなっちまったみたいで、悪かったな。ハクヨウ」

「また、撫でる……っ」

「はははっ!悪い悪い。だから頭突きはやめろ?

 あれ結構痛い」

「む、ぅ……」

 

 遅くなったことを謝りつつハクヨウの頭を撫でるクロムに、ハクヨウが頭突きを敢行しようとすると、その前に静止させられた。

 ワシャワシャ――ッとする乱暴な手付きから、ミザリーのような優しい撫で方に変わったので、驚いて動きを止めてしまった。

 

「えっと……ハクヨウ?その人は……?」

「相、棒」

「相棒!?」

 

 ものすっごい端的な説明に、メイプル驚愕。

 本気で何も知らなそうなメイプルの様子に、クロムはため息をついた。

 

「ハクヨウ。お前何も言ってなかったのか?」

「……これから、伝えるつもりだった、よ?」

「それを俗に、『言い忘れた』っつーんだよ」

 

 ハクヨウは目を逸らして小さく言い訳をしてみるものの、クロムには通用しない。

 仕方なくクロムから自己紹介することにした。

 

「はぁ……。俺は、クロム。見ての通り大盾使いで、ハクヨウとはかれこれ二ヶ月ほど、コンビを組んでる。まぁ、お互いソロか別のパーティーに入ることもあるから、『予定が合ったら』って前置きが付くけどな」

「あ、えっと、私はメイプルって言います!ハクヨウの友達です!」

「あぁ。ハクヨウから聞いてるし、何となく君だったのも納得した。と言っても、俺は大盾の扱い方を教えてやってくれって“こいつ”に言われたんだが……」

 

 ハクヨウは知らないが、前日のメイプルの奇行を目撃したクロムさん。速度極振り(ハクヨウ)をして防御特化(メイプル)ありだと、遠い目になっていた。

 

「離し、て。クロム……っ!」

「この子に何にも伝えなかった仕返しだ。甘んじて受けろこんにゃろ」

「うぅ……」

 

 借りてきた猫のように、首根っこを掴まれて“ぷらーんぷらーん”するハクヨウ。クロムの比較的高めの【STR】から、【STR 0】のハクヨウがいくら藻掻いた所で、抜け出せる道理は無かった。

 気持ちハクヨウの目がジト目になっている。

 

「二ヶ月……ってことは、結構最初から……?」

「おう。会ったのは三日目くらいか。その時から、よくコンビ組んでるぜ……っていてっ、いててっ!ハクヨウ、やめっ!ってかまた新しい装備増えやがっていててっ」

「町の、ど真ん中、で、やること、ないっ!」

 

 町の中はセーフティエリアになっているため、攻撃を受けてもダメージが発生しない。

 だからハクヨウは離してもらえた瞬間、【鬼神の牙刀】と【竜鱗の神刀】の切っ先でチクチク。

 多くのプレイヤーが行き交う噴水広場のど真ん中で“ぷらーんぷらーん”された恥ずかしさを、思いっきり発散する。

 スキルさえ使えれば、速攻で【九十九】を使って八本の苦無でチクチクしていたのを考えれば、まだマシである。その場合はもれなく【鱗刃旋渦】も使っていたはずだ。容赦などしない。

 しかしこれ、端から見てじゃれ合ってるようにしか見えない。

 

 それから十秒ほどでハクヨウはクロムへの私刑を辞め、本題に戻した。今日はあまりいられないので、我慢である。

 

「クロムには、メイプルの、大盾の先生を頼ん、だ。一昨日のあ、れ。もう少し、上手く扱えるようになる、べき」

「そうかなぁ……?」

 

 自覚無しなメイプルだが、扱いが上手くなるだけで生存率はグッと上がる。それは、最初の頃と今のクロムの技術を比べれば明らかだ。

 

「メイプル、は、ゲームそのものに、慣れてない、から。戦い方を、クロムから習う、べき」

「だがハクヨウ、俺だって最初から上手かったわけじゃないのは、お前が一番知ってるだろ?」

「ん。けど大盾で、攻撃を受けようと、して、変に動かしてお腹クリティカル……ど、う?」

「教えるべきだな、うん」

「ハ、ハクヨウ――っ!?」

 

 言わずとも分かる、兎さんの大失態である。

 メイプルさん、顔を赤くして涙目でプルプル。

 

「た、確かに少し失敗しちゃったけど、でもあの時はダメージ受けなかったもん!」

「メイプルの防御、力以上の攻撃、来た、ら?」

「うぅぅううううっっ!」

 

 言い返せなかった。

 

「ダメージ受けなかったって、どんな【VIT】だよ……やっぱりハクヨウの友達なだけあるな」

「……どういう、意味」

「ははっ、自分で考えろ。この音速鬼娘」

「む、ぅ……」

 

……やっぱり話題戻ってなかったかもしれない。

 

 そう思った軌道逸らしの戦犯(ハクヨウ)は、“んんっ”と軽く咳払いをして、無理矢理にでも軌道修正する。

 

「今日、すぐっ、て訳にも行かない、から。今日、は顔合わ、せ。また今度、よろしく、ね?」

「はいよ。まぁ俺の大盾としての役目も、その内メイプルちゃんに奪われそうだが……」

 

 クロムより明らかに防御力は高いだろうメイプル。だからこそ、そのメイプルが大盾の扱いに慣れれば、これまで自分が守ってきた『ハクヨウの相棒』はお役御免だろう、と空笑いするクロム。

 だが、そんな言葉は。

 

「それは、ない」

 

 ハクヨウが即断した。

 

「親友は、メイプル。だけ、ど、大盾で一番信頼する、相棒は、クロム」

「お、おう。ありがとな」

「んっ……さ、て。話戻す、よ」

 

 今日の所は急遽呼び出したクロムには悪いが、顔合わせだけ。また二人の都合の良い日にでも、大盾の扱い方をメイプルに指導してもらう。

 

「なら、今日はこれで終わり?」

「ん。私は、それでも」

「……いや、ハクヨウ。さっきもちょっと言ったが、どうせならイズの所に顔見せだけでもしようぜ」

「イズ、さん?」

「あぁ。俺やハクヨウが世話になってる生産職のプレイヤーで、俺の鎧や大盾も、イズにお金を払って作ってもらったんだ。いわゆる、プレイヤーメイドってヤツだな」

「おぉぉおっ!」

 

 目をキラッキラに輝かせてクロムの大盾を見つめるメイプル。次いで、自らの装飾の施されていない弱々しい大盾を見て、悲しそうな顔になった。

 

「格好良い……」

「はは、それはどうも。ハクヨウの友達なら、イズも歓迎するだろうし。どうだ、ハクヨウ?」

「良い、よ。じゃぁ、行こ、メイプル」

「分かった!」

 

 ハクヨウが信用しているなら問題ないだろうと思ったのか、メイプルは素直についていく。

 実は既に大盾のことしか考えていないのだが、二人共気付くことはなかった。

 

「マジか……まさかハクヨウの友達とは……後で掲示板に書こう」

 

 速度特化と防御特化が友達というのは、さぞ盛り上がることだろうと、とある掲示板の名無しの大盾使いは笑いを噛み殺したのだった。

 

 

 

 

 三人はしばらく歩き、イズの店に来た。

 イズは、相も変わらずカウンター越しに作業をしていたが、ハクヨウが来たと分かると“パァ…っ”と頬を綻ばせて声をかけた。

 

「あら、いらっしゃいハクヨウちゃん!……と、ついでにクロム。何か用事?」

「前言った、友達。連れてきた、よ」

「俺はついでか!」

「優先順位の問題よ。当然でしょう?」

 

 イズはクロムを適当にあしらうと、二人に続いて店内に入ったメイプルを見た。

 

「あら可愛い子ね。ハクヨウちゃんのお友達なら、私も仲良くしたいわ」

「えっと、メイプルって言います!」

「俺と同じ大盾使いだな。ハクヨウに、大盾の扱いを教えてくれって言われた」

「あらクロム、遂にお役御免?おめでとう」

「んなわけねーだろ!」

 

 お役御免(クビ)を『おめでとう』と笑うのは、イズくらいのものだろう。それなりに人為を知った相手だからこその軽口とも言うが。

 

「ふふっ。まぁお喋りはこのくらいにしましょうか。ハクヨウちゃん、本題は?」

「メイプルが、装備欲しいって、言うから。顔見せに連れてき、た」

「なるほどねぇ……。私はイズ。見ての通り生産職よ」

 

 イズとのファーストコンタクトは、ごく普通に終わった。ハクヨウへの信頼の賜物である。

 

 と、その時ハクヨウの頭にセットしておいたアラーム音が響いた。

 

「あ……ごめ、ん。そろそろ、落ちなきゃ」

「あら、何か用事?」

「そんなと、こっ」

 

 メイプルとサリー、ミザリーは仕方ないにしても、基本的に皆と同じ『普通に』接して欲しいハクヨウは、リハビリの事を言うつもりはない。第一、現実のことだから。

 

「そういや、あんまり居られないって言ってたか。悪かったな、ハクヨウ」

「ん、メイプルの指導、また今度お願い、ね?」

「おう。まぁ暇な時になっちまうが、それでも良いならな」

「十分……メイプルも、ごめんね?」

「大丈夫大丈夫!()()()()()!」

「っ……うん」

 

 ハクヨウが用事といえば、リハビリしかないと知っているメイプル。微妙に危ない発言に曖昧に返しつつ、ハクヨウはログアウトした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ん、ぅ……っ。()()……?」

 

 NWOからログアウトした九曜は、膝に違和感を感じた。ピリピリと痺れるような感覚。

 それは数日前から、数時間ゲームを遊んだ直後に感じるようになったもの。

 

「ん、ふぅ……」

 

 痺れを我慢して体を起こし、入念にマッサージをする。十分もやれば痺れは取れる。

 今まで以上に入念にマッサージを始めてから、黄色っぽく見えた肌も元に戻ったと思う。

 

 でも、今度は別の変化が。

 

「太った、かなぁ……」

 

 なんとなく、膝から下が‘むくんでいる’。

 マッサージをすればある程度は元に戻るし、違和感も少ない。……いや逆に言えば、マッサージ程度では完全には()()()()()()()()

 

 感覚がないはずなのに、違和感を感じてしまうこれは、一体どういうことなのか。

 

 嫌な予感がする。

 特に、美紗には隠せないだろう。リハビリのマッサージで気付かれるかもしれない。

 定期検診は二週間後で、詳しい結果なんかを教えてもらえるのは、更に二週間後。

 先月は、なんとも無かった。変化があったのは、四月に入ってからだ。季節の変わり目だからかな?と不安になる気持ちを押し留める。

 

 あるいは、最近はNWOをやる時間が長くなったせいで、運動不足かもしれない。いつもなら家ではもう少し動いているが、その時間もNWOで体は寝っぱなしだ。身体が動かないからなのは考えられる。

 

「よし、行こ……」

 

 取り敢えずマッサージをすれば痺れは取れるし、更に数分すれば違和感もほとんど感じなくなるのは、ここ数日で分かった九曜。だから違和感が無くなったの確認して、リハビリの準備を終える。

 

 

 

 

 

 

 両足の甲に出来た()()()()()を見ないようにしながら。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「しばらくオシャレはお預けだなぁ……」

 

 メイプルは、イズから聞いた装備作成にかかる費用に肩を落とした。

 

「百万くらいなら、気付いたら溜まっているものよ。地道にやっていれば、ね?」

「ダンジョンに潜るって手もあるぞ。ハクヨウの装備は、大半がダンジョン産だからな。案外、メイプルちゃんならソロでも行けるかもしれん」

「ダンジョン、ですか?」

「ダンジョンにはお宝が一杯あるから、一度行ってみるといいとは思うけど、ソロは厳しいんじゃないかしら?」

「ハクヨウがソロで攻略してるからな……メイプルちゃんには、ハクヨウと同じ空気を感じる」

 

 適当なことを言っているようで、クロムの言い方に、どこかソロ攻略に促すような雰囲気を感じたメイプル。

 

「うーん……一度ソロで行ってみようかな……サリーも今どこか行っちゃってるし、ハクヨウは強すぎるし……」

「無理なら無理で、今度ハクヨウにでも声をかければいい。あいつ、知らない所で交友を広げてくるからな。都合の合う奴を紹介してくれると思うぜ」

「分かりました!じゃあ後で行ってみます!」

「ほ、本当に行くの?止めるつもりは無いけど、無茶はしちゃだめよ?」

 

 その後、“応援してるぜ”と言いつつ自分のポーションを10個ほどあげたクロム。何だかんだ心配性である。そして、意気揚々とイズの店からそのまま向かうという行動力の塊を垣間見せたメイプル。

 

「あぁっと、そうだ。メイプルちゃん」

 

 イズの店を出てすぐ、思い出したようにクロムが声をかけた。

 

「はい?どうかしましたか?」

「いや、大したことじゃ無いんだ。答えられない事なら、答えなくても良い」

「はぁ?」

 

 もう、一ヶ月近くも前のこと。

 あの時、ハクヨウに吐露された胸のうち。力になれなかった答えを、現実の友達なら、知っているのではないか、と。

 

 

 

 

「ハクヨウの『叶えられない夢』が何か……知ってるか?」

 

 




 
 今話から、仮想と現実の両方でシリアスが少しずつ入ってきます。一話の中で二つのシリアスが同時に進行してるからツライ。
 気分が重くなりますダダ下がりです。片方は序章を超えそうで今から吐き気がします。
 序章の終わりで、シリアスはほぼ消化とか言った自分を張り倒したい。
 いや、九曜ちゃんの境遇的にシリアスになるのは仕方ない面があるんですが、ほのぼのと平和を享受するだけの物語とかつまんない……的な。
 九曜ちゃんは幸せにしたいけど、過程に苦悩や悲しみ、迷いや成長があってこそ、その『幸せ』が優しく照らすと思うんですよね。

 こう、なんと言うか……その方が『物語』じゃないですか。


 ので、気分転換にGW最終日に投稿したような、ssを投稿したいなって思ってます。
 内容は考え中なんですけどね。
 そのアンケートを下に貼っておくので、よければ読みたいヤツに投票してください。
 投票したいのが複数ある場合は、感想にチラッと書いといてください。

 投稿は6月下旬〜7月上旬のどこかを予定中。



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ハクヨウの現実

 『九曜の現実』というタイトルもありますけど、あれとは別物。
 彼にとって彼女は『ハクヨウ』でしか無く、そのハクヨウの現実に迫るため、タイトルはこれが正しいのです。

 


 

「ハクヨウの叶わない夢、ですか?」

 

 クロムから聞かれた時、メイプルには、そんなものがあるのかと分からなかった。

 

「うーん……勉強できるし、優しいし、大人っぽいし……えぇ、何かあるかな……?」

「あのハクヨウが、大人っぽい?」

「あ、はい。サリーの勉強とかよく教えてますし、しっかりしててお姉ちゃんみたいですよ!」

 

 “あの”ハクヨウがお姉ちゃん……と耳を疑ったし、まず頭が良いならなんであんな頭の悪いステータスしてるのかと問いたいクロム。

 

「そう言えば、ハクヨウの夢って聞いたことないなあ……」

「そうなのか……」

 

 知らないのなら、聞けそうにないと思ったクロム。第一、本人以外のところから聞き出しても、ハクヨウに悪いだろう。

 

「でもクロムさん、なんでそんな事を?」

「……前にポロッと、アイツが溢しててな。なんか抱えてんのかと気になっただけだ」

 

 ふざけたステータスで、思いっきりゲームを満喫してるハクヨウだが、何か悩みがあるのならと気になっていた。年長者として、力になりたいとも思っていたクロム。

 だから、ハクヨウと友達だというメイプルに、愚痴っぽく呟いた。

 

「ハクヨウ、この世界じゃ()()()()()()()()()()()からな。何か悩んでるなら、相談くらいなら乗ってやりたいと思ったんだよ」

 

 呟いて、しまった。

 

「え……、あ、あれ?」

 

 そう言えば、と。メイプルはいつの間にか極自然に受け入れていた、現実との決定的な違い。

 いや、受け入れていたのではない。ハクヨウの見た目が現実と違いすぎるから、無意識に()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから見逃していた、ハクヨウには普通にできて(叶って)九曜(現実)には絶対にできない(叶わない)こと。

 それがもし、ハクヨウが願う『叶わない夢』だとしたら。

 

「いやでも、気にしてないっていつも……」

 

 そう。

 いつも、気にしてないと笑っていた。

 リハビリだって、筋肉の硬直がなんたらかんたらだって、メイプルはよく覚えてないが愚痴っていた。そんな……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 代わりに見るようになったのは、小さく綻ぶ優しい笑顔。

 それが、それこそが九曜の本当の笑顔で。

 

「なら、前のは……」

 

 それこそ自分たちが出会った頃から見ていた、あの笑顔は?九曜は『戻っただけ』と言っていた。なら『戻る前』のあの笑顔は……。

 

「おーい、メイプルちゃん?どうかしたか?」

「っ!あ、いえ!何でも、ないです……」

「そうは見えないが……」

 

 九曜の現実。楽しそうに走り回るハクヨウ。見なくなった快活な笑顔。見せた本当の笑顔。それらがメイプルの中で繋がり、たった一つの事実だけが浮かび上がる。

 

 

 でも信じられなくて。信じたく無くて。

 

 

「っ、あ!えと、他に何か、夢のことでハクヨウ言ってませんでしたか!?」

「え?あ、あぁ。何かあったかな……」

 

 夢、夢、夢……?とクロムは十秒ほど考え込むと、ふと思い出した。

 

「あぁ、そう言えば二人でダンジョン攻略した時に言ってたな。『この世界全部駆け抜けるのが、私の夢』……だったか」

「そう、なんですか……」

 

 駆け抜けるのが、夢。このゲームの世界なら、叶えられる夢。果たしてハクヨウが言った『この世界』とは、()()()()()()()()()()()

 第一層?NWOのフィールド?VR世界全て?

 それとも。

 

 ―――現実を含めて、『この世界』?

 

「っ……!クロム、さん」

 

 なら。

 なら、ハクヨウがAGI特化でプレイしている理由は。それは、もう――

 

「ハクヨウが、AGI極振りしてる、理由って……知ってますか?」

「……あぁ。『ただ速く走りたいから』『歩くのも走るのも、全部好きだから』だってよ」

「っ〜〜〜〜!!」

 

 もう、確定だろうと、メイプルは分かった。

 そして、それはクロムも。

 これまでを思い返した点と点が、繋がった。

 

 

「メイプルちゃん……一つ、聞かせてくれ」

 

 

 当然と言えば、当然だ。寧ろ遅かったほど。

 “この世界全部駆け抜けるのが夢”ならば、それは叶えられる夢。()()()()()()()()()()だ。

 ならば。あの腹の中に色々と抱え込んでいるハクヨウが叶えられない夢は、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「―――現実のハクヨウは、歩けないのか?」

 

 

 

 

 

 小さく。けれど確かに、メイプルは頷いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 リハビリを終え、どうにか美紗にバレずに済んだことを安堵した。

 直前まで入念にマッサージをし、違和感をほとんど無くしたため、問題なく終えて帰路につく。

 今日は母が仕事なので、美紗ねぇが家の近くまで送ってくれた。

 

「明日から、新学期、かぁ……」

 

 二年に上がるだけだし、クラスの場所も配慮があって変わらない。楓と理沙もいるので、そう代わり映えのない一年になるだろう。

 

「は、ぁ……」

 

 家と病院は、そう離れていない。車椅子でも10分程度の距離。でも地味に段差が多くて辛いところだ。

 でも、もう慣れた。

 小さな重心移動とバランス保持で前輪を浮かせ、段差を越えるくらいはできる。美紗ねぇも、家が見えた時点で戻ってしまった。

 仕事の途中で抜けたらしいし、仕方ない。

 

「向こうなら、楽なのに……」

 

 向こう……NWOなら、軽く足を持ち上げると簡単に越えられる段差。小さな路面と凹凸なんて気にしなくて良くて、階段も上れる。

 あの世界では、こちらでは出来ない沢山のことが、いつでも出来る。

 

「勉強、は、終わってるし。明日学校終わったら、早くやろっ」

 

 どうせ始業式だけで半日で終わり、目一杯遊ぶことができる。

 

「そう言え、ば。運営から、告知来てたっけ」

 

 NWOに第三陣を迎え、来週からは通常販売に切り替えるらしい。つまり、店頭でそう困らずに手に入るようになる。また来月にはサービス開始3ヶ月となり、第三陣のプレイヤーもある程度強くなる。

 それに合わせ、第一回イベントが開催されるという告知がなされていた。

 内容はまだ告知されていないが、NWO初のイベントだと俄に話題になっている。

 

「スキル、練習しなきゃ」

 

 【鱗刃旋渦】の練習をメイプル達が参加したことで先送りにしていたが、イベントで必要になるかもしれない。

 理沙は地底湖だし、メイプルはクロムに任せても良いだろう。と言うかいつも一緒に行動しなくても良いわけだし。

 

「………あれ?」

 

 良く考えたら、むしろパーティープレイこそをしていないのでは?

 メイプル……自由気まま

 サリー……地底湖泳いでる

 ハクヨウ……現状でレベル差がありすぎる

 

 クロムとも都合の合う日しか組んでいないし、むしろ一週間くらい組まない時もある。

 だから苦にならないし、考え付きもしなかったが、今のところ一緒に遊んでいない。

 

「明日、は、どっちかと遊、ぼっ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ストン、と。

 心の何処かで納得する自分がいた。

 そうだ。何故、思いつかなかったのか。

 無意識のうちに、除外していた?

 あいつが、そんなことは無いと。

 

 あの天然で、最近はよく口より手が出て、どこか幼くて、元気に走り回る。

 

 速さに……いや。

 走るだけで、凄い楽しそうにしていたのに。

 ふとした時に悲しそうな瞳をしていたのに。

 

 この二ヶ月近く、何度も見ていたのに。

 

 

「本当は見てなかった?考えなかった?」

 

 

 いいや違う。あの時から本当は気付いていた。

 【石造りの遺跡】に二人で行った時、俺はハクヨウの悲しみ(ひとみ)から()()()()()()

 

「馬鹿かてめえ(オレ)は」

 

 

 

 思い出す。

 

『夜のこんな時間に出歩くって、なんか、不思議な感じです』

『まぁ、ハクヨウちゃんみたいな子がこの時間に外でたら補導されるわな』

『それもありますけど、単純に、一人では外に出られないので』

『なんだそれ?』

 

 そりゃそうだ……歩けないのに、一人で外に出れる訳がない。車椅子に乗ってても、一人じゃ倒れた時どうしようもない。

 

 思い出す。

 

『ダンジョンの通路で、最高速出したら、多分壁にあたって、自爆する、よ』

『笑えねえし……それでもある程度は操れるとか普通、現実での自分の速さとのギャップで振り回されるだと思うんだがな……車はもちろん、戦闘機みたいな速度だしよ』

『……そう、なんだ』

 

 あぁそうだ。なんであの時、ハクヨウは悲しそうな顔をしていた。ハクヨウは()()()()()()()()()()()()()んじゃねえか。

 

 思い出す。

 

『……私は、強くなりたいとか、上手くなりたいとかじゃ、なくて。ただ、速く走りたいから、AGIに全部振っただけだもん』

『わ、悪かったって。……そんな走るのが好きなのか?』

『歩くのも、走るのも、どっちも好きだよ。今は、この世界全部駆け抜けるのが、私の夢』

 

 あぁ。ハクヨウの本心だったんだろうよ。ただただ、走りたい。その願いだけを抱え続けて、NWOを始めたんだろうよ。

 

 

 そして、思い出した。

 

 

『自覚して、嫌悪して、叶わないと知っていても。それでも望んだ願いをこの世界(NWO)に持ち込んだ。

 ……ただ、それだけだから』

 

 

 そう言って消え入りそうな顔で笑う、あいつの顔を。

 

 

『その事に絶望なんてしてないし、とっくの昔に受け入れてる』

 

 

 受け入れたなんて全く見えないのに、そうやって強がる小さな身体を。

 

 

『だから、貴方にも知られたくない。

 この願いだけは。この夢だけは。

 誰にも相談、したくないんだよ。

 お願いだから。……放っておいて』

 

 

 目の前にいた俺を映さず、何もかもを映さず。

 自己嫌悪に塗れた、無機質な瞳を。

 

 

 

 けれど。

 

「分かった……お前の頼み通りにしてやるよ」

 

 どうにかしたいと思った。

 力になれればと、思った。

 

 でも根本的にどうにもならなくて。

 どうしようもないことだと突き付けられて。

 

 せめて。

 知ってしまった、せめてものお詫びに。

 

 ハクヨウが願った通りで、居ようと思う。

 

「なあ、そうだよな?」

 

 

『AGIなら、誰にも負けない、よっ』

 

 

 そう笑ったお前は、本当に楽しそうだったぞ。

 心から、この世界を楽しめてる証じゃねえか。

 走りたいと願って、誰よりも速いことに誇りを持ってる、証拠じゃねえか。

 

「なら年長者としてお前の思いも、願いも。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが、お前が望んだことだからな。

 

 な、そうだろ―――爆速鬼娘(ハクヨウ)

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

4月○日

 今日から、日記を付けていこうと思う。というのも、朝起きたら、膝がピリピリとして、痛みとも違う痺れがあったから。

 経験したことないけど、あれが正座をして『足が痺れた』という感覚なのかな?

 昨日の夜、足先が少し黄色っぽく見えたけど、見間違いじゃなかった。

 薄っすらとだけど、脛の辺りから下が黄色味がかっている。怖くなってマッサージを入念にやったら、一時間もしない内に戻った。

 何だったんだろう。なんだか嫌な気がする。

 

 

 

 

 

4月△日

 朝は、昨日と同じく痺れで目を覚ました。

 マッサージをしてしばらくすれば落ち着くし、痺れも無くなる。だけど、同じ痺れがNWOからログアウトした後にも起こった。

 幸い寝起きよりマシで、二、三分で収まる。

 でも良いことに、黄色味がかった肌が元に戻った。朝起きても痺れだけで、黄変していなかったのを考えると、寝相で足の血管を圧迫していただけだと思う。良かった。

 そう言えば、楓と理沙が参加してから2日。理沙の手伝いをしたけど、役に立てただろうか。

 

 

 

4月□日

 今日は、痺れもなかった。でも、NWOからログアウトした後に少しピリピリした。最近は寝起きやログアウト直後に痺れるのが増えている。

 あと、見慣れない黒子ができていた。こういうのって増えるのかな?

 美紗ねぇが変化に気づかなかった。それだけは、取り敢えず安心した。

 まぁ靴も履いてたし、長ズボンだし、気づかなかったのは当然かもしれない。

 明日から学校が始まるし、テストもしばらくしたらある。今回は手を借りないって言ってたけど、理沙大丈夫かな……。

 

 




 
 書いてて『これ、防振り二次だよね……?』と我が作品ながら不安になりました。
 が、これまでのハクヨウちゃんの意味深な言動を全部回収できたのも嬉しい限り。
 メイプルちゃんが言わなくても、ハクヨウの言動を思い出せば自然と気付いてしまう現実。
 要はハクヨウちゃんのやらかし。
 クロムさんが気付くのが今頃になった理由は、ハクヨウちゃんの言動一つひとつが出るのに期間があった、というのがあります。
 何日も前の言動全てを正確に思い出せる人なんて少ないですから。
 けど全部繋げて、そこから導かれるのは一つという。『真実はいつも1つ』なんやなって。

 さて。現実の方でも九曜ちゃんに新しいシリアスが始まった所で、アンケートの中間報告です。

 今話までアンケートを貼っていて、速度特化の投票期限は次話投稿までとします。
 現在、二つの題材が拮抗していて『片方に入れたがもう一方も読みたい』と言う人がそれなりにいると予想しています。これはPS特化にも当て嵌まりますね。
 結果発表も次話の後書きにて行いますが、恐らく拮抗している2話を書くことになるでしょう。
 実は既に執筆に着手してて、凄い楽しいです。
 そうそう。
 ssですが、私が書きたいから書くのであって、本編の投稿には影響を出しません。2作品とも投稿しない日に投稿する予定です。



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速度特化の本領(微)

 シリアスもあるけど、基本はゲームだからね。
 メイプルちゃんの装備が揃って、サリーも揃うのが約二週間後。
 それからの二週間の、NWOのやることの無さね。早いところ第一回イベントに入りたいけど、現実パートはここからが重要になってくるので、やっぱり時間がかかってます。

 


 

 翌日。

 春休みが開けて登校した九曜は、楓の様子がいつもと違うことに気付いた。

 

「楓。どうか、した?」

「う、うぅんっ!なんでもない!」

 

 首をブンブンと振って何でもないとは言うが、明らかに九曜を見て動揺している。

 これで隠すつもりという方が無理がある。

 基本的に能天気というかあまり深く考えない楓が、九曜に気まずげな視線を度々向けるのだ。気になって仕方がない。

 というか、楓の視線が明らかに九曜の足にいっている。九曜は一瞬、ここ数日の違和感を見抜かれたかと不安になったが

 

「そ、だ。今日、NWOで理沙の手伝い、行くんだけど。楓も、行く?」

「理沙の?そう言えば、全然一緒に遊んでなかったような……うん、分かった。行く!」

「ん。じゃあ、噴水広場で」

 

 なんて会話をしながらも、楓の視線は足にチラチラ。次いで九曜を見て、なにやら物憂げな表情になり。

 

(は、ぁ……そういう、こと)

 

 楓の視線が、その内心を克明に教えてくれた。楓は三日遅れで、理沙と同じ考えに行き着いたのだろう。

 自分に対して心配する何かがあるとすれば、この二人にとってはそれしかない、と。

 

「………初日に、言ったけど」

「へ?」

 

 だから、もう一度繰り返そう。

 やっぱり理解してなかったことに苦笑いして。

 まだ時間も早く、人がいないから。早いうちに、この天然さんを安心させてあげようと思った。

 

「楓の杞憂、だよ。前は悩んだ、けど。でも、今はどっちも、受け入れてるから」

「えと……何のこと……?」

 

 本気で分からない楓。理沙の様には伝わらなかったようで、急に話す九曜に楓の頭上でクエスチョンマークが踊る。

 他人の機微を感じ取る点では、理沙の方に軍配が上がる。………成績はお察しで。

 

「心配、してくれたんでしょ?」

「っ!」

「私が、NWOで走れるから。こっちで、歩けないから」

「……うん」

 

 誰もいない廊下をゆっくりと車椅子を押してくれる楓に、体をよじって下から覗き込む。

 

「現実で頑張る、九曜も。NWOで走り回る、ハクヨウも。どっちも『私』。どっちも、今は好き。だから、楓の心配は、解決済み。

 でも、心配してくれて、ありがとっ」

 

 車椅子から目一杯手を伸ばせば、小柄な楓の頭くらいなら届く。

 最近は色んな人から頭を撫でられている九曜は、感謝を込めて楓の頭を優しく撫でた。

 

「は、恥ずかしいよぉ……」

「私ばっかり、撫でられる、から。偶には、私が撫でるっ」

 

 体をかなり捻っているし、それなりに体勢はキツイのだが、それでも撫でる側の感覚を楽しむ九曜。“わ、さらさら……”とか呟いてる。

 それから、教室につくまで九曜は撫でるのを辞めず。楓も人が来る前にと足早に教室に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、理沙は知ってたの?」

「むしろ全っ然気付かなかった楓に、私がびっくりなんだけどね?」

「えぇーーっ」

 

 初日は半日で終わり、両親は流石にまだ仕事中なので、理沙に車椅子を押されての下校中。楓は学校方面に戻ることになるのだが、それも厭わず三人で話していた。ちなみに理沙と九曜の家は、それなりに近かったりする。

 

「だって九曜、見た目が現実と全然違うし……」

「あ、それは思った。大体、鬼って何鬼って」

「鬼になる、スキル。人に戻れない、だけで、大きなデメリット無し、だけど、効果高い、よ?」

「そういう事じゃなくて……」

 

 “人並外れたプレイしすぎ……”という意味が伝わらず、九曜は首を傾げてしまった。

 真っ白なのも踏まえて、明らかに現実離れした容姿のハクヨウと、現実の九曜を区別しても無理はないのである。

 

 それから暫く。NWOでこれから遊ぶので、それぞれの報告は後で良いと、雑談しながら帰る三人だったが、九曜が急に顔をしかめた。

 

「―――っ!」

 

 膝頭を押さえて小さく呻く。

 

(なん、で、今……?)

「九曜?どうかした?」

 

 急に来た痺れに、痛みは無い。けれど何もしていないのに痺れた事に一瞬反応してしまい、理沙に見抜かれた。

 

「う、うぅん。何でも、ない。小石に乗り上げて、びっくり、しただけ」

「あ……ご、ごめんね?」

(何もしてない、のに……痺れ、消えない)

「大丈、夫」

 

 それほど強い痺れではないが、長時間続けば痛みにもなる。いつもはすぐにマッサージするのだか、二人の前でやれば怪しまれる。

 できるだけ、耐えるしかないと腹を括った。

 

 

 

 

 幸い、痺れが出たのは家に近い位置。

 我慢できる程度の痺れだったのも幸いし、無事に家につくことができた。

 

「それじゃあ、二時に噴水広場ね」

「ん。分かっ、た」

「はーい!」

 

 どうせならと、三人で地底湖に行くことにした九曜達は、お昼を食べたらログインすることにした。

 

 九曜は家に入るとすぐに自室に行き、ベッドに倒れ込む。お昼を食べる余裕もなかった。

 

「ひっ、あ―――っ!」

 

 我慢した分だけ痺れは増し、耐え難い苦痛となる。感覚が無いはずなのに、足先が寒く感じる。

 

「く、ぅぅ………なん、でぇ……っ」

 

 マッサージをする余裕はなく、ただただ苦悶に喘ぐ。今回ばかりは、理由が分からない。

 ここ数日あった痺れは、寝起きやNWOからのログアウト後。つまり体が、ほとんど動かなかったから起こったものだ。

 その時に足の血管が圧迫され、正座をした後のような症状になっただけだと思っていた。

 

 

 否。思おうとした。

 

「あっ、ぅぁぁああ……っ!」

 

 けれど、今日はただ座っていただけ。無理な体勢もしていない。なのに、この痺れがきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから十分。いつまでも続くかと思われた痺れはゆっくりと引いていき、少しずつ九曜の呼吸も落ち着いた。

 

「はぁ……はぁ…は、ぁ……なんで、いきなり」

 

 もう痺れませんようにと思いながら、ゆっくり足をもみほぐす。

 暫く耐えていた分今回の痺れは強かったと、九曜は小さく身震いした。

 

 “もしこれが、寝てる時に来たら”

 

 それは、まともに眠れる状態では決して無いだろう。何より今回のことで、痺れが来る条件が未知になった。

 

 ―――睡眠そのものが、怖くなる。

 

「考えたく、ないよ……」

 

 今の状態は嫌でも最悪が想起される。

 それだけじゃない。NWOにログイン中は、VRハードによって伝達信号が全てシャットアウトされるため、ログアウトするまで体の異常に気付けない。それはつまり――。

 

「痺れに気づかず、ログインし続けた、ら……」

 

 今以上の、痛みが襲い来る。

 

 痛みには、慣れているつもりだった。

 毎回のリハビリで、体重を膝に乗せて歩くのだ。それに比べれば、今の痛みは非常に軽い。

 しかし、問題は突発性。いつ来るか分からない恐怖が、常に九曜の背後にある。

 

 仕方なく、九曜は連続ログイン時間を減らすことにした。マルクスと出会った時のように、最長で四、五時間連続でログインしていたのを、どんなに長くても三時間。

 それ以上は一度休憩を入れて、ログインし直した方が良いだろうと。

 少しでも恐怖を薄めるために、できる限り無理はしないと決めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 噴水広場で合流した三人はメイプルがユニークシリーズを手に入れたことに驚いたり、サリーが一層の気合を入れたりとあったが、早速地底湖に向かうことにし……ここで一つ問題があった。

 

「まぁ、メイプルとハクヨウのAGIは正反対だもんね……」

 

 片や【AGI 2600】を超え、片や【AGI 0】。

 速度差は圧倒的で、町中ではハクヨウが何度も立ち止まった。ハクヨウができる限りゆっくり歩いても、サリーすら置いていってしまうのだから、困りものだ。

 

「どうする?」

「メイプルを私がおんぶする……いや、それじゃあ速度が落ちるし……」

 

 うーんうーんと唸る二人に苦笑いして、ハクヨウは徐に角笛を取り出した。

 

「ハクヨウ、それは?」

「何してるの?」

「乗り()、喚ぶね」

 

 それは【鬼神の角笛】。

 ハクヨウの半分の【AGI】を持った鬼を三十分だけ召喚し、パーティーメンバーの一人を乗せられるというもの。

 鳴り響いたアルトの音色に反応し、足元に黒の魔法陣が描かれる。

 

「わわっ、わ!?」

「なにこれ!?」

 

 這いい出るは漆黒の巨漢。

 身長二メートルを超える筋骨隆々とした肉体に、一対の角を額から伸ばす大鬼。

 

「よろしくね、【ばぁさぁかぁ】」

 

 近くの初心者を軒並み怯えさす咆哮が、最初の平原を支配する。

 名を【ばぁさぁかぁ】。

 その名に()()()佇まいと、その名に()()()戦闘力0という、れっきとした乗り者である。

 

「メイプル、()()()

「えぇぇぇぇ!?こ、この鬼に乗るの!?」

「色々ツッコミどころしか無いんだけど……」

 

 最近はクロムと組んでいない上に、ハクヨウが自分で走った方が速いので、久しぶりに呼び出した【ばぁさぁかぁ】。地団駄を踏んでどことなく不機嫌さを醸し出している。

 

「最近、呼んでなくてごめん、ね。これからは、もう少し増えると思う、よ」

 

 そうハクヨウが声をかければ、ピタリと地団駄をやめてハクヨウに傅く。女王と家臣である。

 

「この子、は、【ばぁさぁかぁ】。戦闘力は0だけ、ど、足は速い。で、パーティーメンバーから一人だけ、重量を無視して、乗せられ、る」

 

 クロムすら簡単に乗せることができたのは、そういう事だ。どんな巨漢の大男だろうが、一人だけ絶対に乗せることができる。【ばぁさぁかぁ】はそういう乗り者なのだ。

 

 メイプルの前に背中を向けてしゃがみ、『乗れ』と視線で訴える【ばぁさぁかぁ】。しかしその厳つい顔と乱杭歯、天を突く角に圧倒されて、メイプルは近寄れない。

 後ろ手に向ける両腕も、丸太のように太い。爪は肉を容易く引き裂けそうだ。

 

「こ、これで戦闘力0……?」

「ん。角兎も倒せ、ない。メイプル以下」

「その言い方は私にも酷いよねぇ!?」

 

 事実、【ばぁさぁかぁ】のステータスは【AGI】以外設定されていない。

 三十分の間、戦闘には一切参加しないしダメージも与えられないが、一切のダメージを受け付けない完全無欠の安全な乗り者である。

 また【ばぁさぁかぁ】に乗っている間は、その特性が乗っているプレイヤーにも付与される。

 つまり、乗っている間のプレイヤーは役立たずだが、絶対に死ぬこともない。安全運転が標準装備されているのだ。

 まぁ尤も、メイプル自身が死にそうにないので、無駄な追加効果だが。

 

 そう懇切丁寧に説明されたメイプルは、恐る恐る【ばぁさぁかぁ】の背に乗る。

 

「おぉ、高い!すごい!」

 

 一瞬で気に入った。

 適応力の塊である。

 

「サリーのペースで行く、から。好きに走って」

「わ、分かった……」

 

 “この二人、もう駄目かも分かんないよ……”と内心で涙したサリーは、遂にはツッコミという大役を放棄して走り出す。

 

 ………無理もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「これの何処が安全運転!?」」

「事故が起きな、ければ、それ即ち、安全運転」

 

 疾走していた爆走していた暴走していた。

 平原を突っ切り、兎を跳ね飛ばし狼を引き倒し、猪から逃げ切り。

 

「「絶対に間違ってるからぁぁぁあああ!!」」

 

 その全てで、()()()()()()()0()

 前評判通り、【ばぁさぁかぁ】はモンスターと接触しても一切ダメージを与えず、自分も受けなかった。吹き飛んでもダメージを受けてない。つまり安全。だから安全運転。道路じゃないし乗り者だが、道路交通法違反で怒られてしまえと思うサリー。

 そんな左隣を走るサリーは、全てのタゲを【挑発】でハクヨウが受け付けているため、迷わず全力疾走している。

 そして【ばぁさぁかぁ】の右隣を()()ハクヨウはと言えば。

 

「【鱗刃旋渦】【毒蛾】【炎蛇】【刺電】!」

 

 森に入った途端、自分たち全員を守るように蒼く透き通る竜鱗のサークルを作り出し、左手で苦無を踊らせる。

 正面やサリーの方から迫るのモンスターは苦無で殆どが処理され、自分側と背後は放置。

 しかし近づいた瞬間。周囲を高速で飛び回る竜鱗の刃が、モンスターを塵芥と斬り刻んだ。

 

「「うわぁ……」」

「ん……なに?」

 

 いろんな意味で、ハクヨウ無双だった。

 まずサリーの全力疾走が、ハクヨウにとって早歩きだったこと。半ばスキップしている。

 刀を使ってるのに、遠距離と中距離でモンスターを圧倒していること。

 初心者フィールドとはいえ、全てのモンスターを一撃ということ。

 

「この辺じゃ、レベルアップは無理、か……」

「これがトッププレイヤー………」

「いやメイプル、他の人はもう普通だからね!?ハクヨウがおかしいだけだから!」

「む、ぅ……」

 

 余裕の溜め息でモンスターを蹂躙する姿に、トッププレイヤーの強さを見たメイプルだったが、そこはサリー。ちゃんと解っている。

 というか、こんなプレイヤーがたくさん居てたまるか、と。

 最高レベルのペインという人も、掲示板を見る限り普通の剣士らしいと。

 

 

 そんなこんなで十五分もすれば地底湖に到着した一行。サリーは早速準備運動を始めた。

 

「それじゃメイプル、ハクヨウ。計測お願いね」

「「はーい」」

 

 現実の方である程度話したので、何をするかはそれぞれ決めていた。

 潜るサリーを見送って、ハクヨウはメイプルに『すごいつりざお』を貸す。

 

「ありがとう!」

「ん。私は、向こうで遊んで、る」

 

 遊んでる、と言って、サリーが潜った大きな地底湖から離れたハクヨウは、メイプルからかなり距離をとった所で窪地を見つけた。

 

「ここなら、良いかな?」

 

 半径で三十メートルはあるだろう巨大な窪地は、中央に少しだけ水が溜まっているだけで、地底湖としては不完全なもの。そこが、試すには最適だと思った。

 ずっと試すに試せなかったスキル。

 範囲が広すぎること、下手にプレイヤーがいて、注目を集めたら困る事などがあって、中々試せなかった。しかし、今ここにはメイプルと、水中にサリーしかいない。

 範囲もメイプルを外したし、サリーは水中ダンジョンに潜った。今なら、問題も影響もなく練習できる。

 

 

 

 

 

 そう判断して、ハクヨウは左手を持ち上げた。

 

 

 

 

「―――【綴る】」

 

 

 禁忌のスキルを開放する(うた)が、(うた)われる。

 

 




 
 気紛れssアンケート、結果発表〜〜!
 どんどんパフパフどんどんパフパフ〜
 ベキベキポップーベキベキポップー!
 さて、皆さん多くの……多くの?投票をしていただき、ありがとうございました。

 ではでは書く題材をご紹介。
 ハクヨウちゃんがひたすら可愛がられる!
 PS特化のツキヨと姉妹だったら!

 あれですかね?最近本編がシリアスに入ってるから、皆ほのぼのを求めてるのかな?
 あと『クロムと付き合ったら(最終回風)』も思ったより票数がありました。

 ……やってやりますよ2話。
 私の表現の限界があるので、皆さんの期待に答えられないかもしれませんが、できる限り頑張りたいと思います。
 PS特化も2話書くことになりそうだし、4話かぁ……まぁ何とかなりますね!

 さて、発表おわり!
 少し、今話の事でも語りましょうか。
 今話では、九曜ちゃんの容態……は大げさかな?に異変がありましたね。まだ異変としては小さいのですが、ここから先どうなるか私にも分かりません(実はストック尽きました)
 そして、それでも楽しむNWO。
 久しぶりの【ばぁさぁかぁ】登場と、その元々予定していた使い道がようやくできました。
 他にもフィールドボスから得たスキルを次回、使います。練習だけど。
 などなど、ゲームはゲームで。現実は現実で動きが増えてくる速度特化。PS特化もあって私の頭はめちゃくちゃです!



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速度特化と世界を喰らい尽くす蛇

 最近、速度特化の執筆中に右手が疼く……もとい、右腕が痺れます。九曜ちゃんの異変が私にも来た!?と戦慄しつつ、まぁ大丈夫かと気にせず執筆しております。
 ふとした時に、ピリピリと弱い痛みが継続的に来てる。
 
 そしてつい先日、九曜ちゃん同様寝起きに凄いビリビリして、見てみたらミミズが這ったような痕が……っ!!

 まぁ、寝相で右腕を下敷きにしてたってオチなんですがね!
 ただふとした時に来るピリピリは、取り敢えず九曜ちゃん同様に放置決め込んでます。
 


 

 

全ては水より始まった

全ては水へと還るだろう

すなわち水とは生にして死

産み落とす母であり呑み込む蛇

 

 

 このスキルには、NWOでは珍しくスペリングと【詠唱】がある。スペリングに合わせてハクヨウが実際に詩を詠うのだ。

 空中に書く文字はNWOにて設定された魔法文字。システムアシストを受けて自動的に左手が動き高速で綴られる魔法文字は、膨大な数式のごとく宙に浮かび、広がっていく。

 詠唱もスペリングも、まだ終わらない。

 

 

万物は流転し 時すらもその流れには逆らえぬ

大河に翻弄される浮船の如く 最後は等しく呑み込まれるのみ

嗚呼 無情なる無常の摂理よ

だがその無情も、無常も、こよなく愛そう

母の顔などもう忘れた

この身は蛇となりて口を広げ 十億万土を平らげよう

 

 

 魔法文字の羅列は十行を超え、必死に覚えた【詠唱】を口ずさむのも疲れてくる。スペリングとタイミングを合わせなければならず、高速で綴られるので早口になる。

 随分と物騒な詠唱文だと辟易したもので、母の顔は覚えてるし蛇になんてなりたくはない。しかしハクヨウは、水が母であり蛇でもあるという表現は上手いと思った。

 神話において蛇に類される竜とは、以前戦った【海底の守護竜(ミドガルズオルム)】がそうであったように、水を司る存在とされている。

 また各地の神話では、地母神と竜の習合はよくある話。すなわち水を司る竜とは、母にして蛇である。

 そんな事を考えつつ、あと一息と気合を入れ直し、最後の三行を紡いでいく。

 

 

満たされることなき永劫の空虚

飽きることなき永劫の悦楽

万物よ、流転せよ 我が腹へと還るべし

 

 

 綴り終え、次いでその指先でトンッと十三行の中央を叩く。すると左手に文字列が凝集。高速で回転し始めた魔法文字は、膨大な数式にも見えた。

 これで、準備は整った。

 最後に、足元に叩きつけると共に、スキル名を口にする。

 

「―――【世界喰らいの蛇(ウロボロス)】っ!」

 

 瞬間、瀑布もかくやの、耳を聾する巨大な音が鳴り響く。足元から大地を割って水流が吹き出し、槍のごとく天を突く。

 

「【文曲】」

「なな、何事なのハクヨウ!?」

 

 メイプルのいる場所に影響はなく。あくまでも、ハクヨウの足元で起こっている。

 だからハクヨウは【文曲】で水柱の上に立ち、高い視点から様子を眺める。

 自身が立っていた窪地は一気に水没していく。

 同時に地盤が沈下しているのか、水が溢れることはない。

 同じようにいくつもの水の柱が吹き出し、中央のハクヨウが立つ逆瀑布から等距離に四つ。更に奥に八つ。それらが起点となって川を作り、繋がって円をなし、中央へ流れ込むことで幾何学的な方陣を作り出す。

 

 

 やがて逆瀑布がおさまる頃には、地底湖が一つ増えていた。

 

 これが、【世界喰らいの蛇】。

 魔海創造のスキル。

 効果範囲は五十メートルに達し、意のままに操る海を作り出す。

 

 ちょんちょん、とハクヨウがつま先で海面をつつくと、二十本の水でできた触手ようなものがぐうっと持ち上がり、鎌首をもたげる。触手というより、もはや大蛇のそれ。

 

「【海底の守護竜(ミドガルズオルム)】と同、じ……規模縮小、版?」

 

 規模とすれば、あのフィールドボスがフィヨルド一帯を操ったのに比べれば可愛いものだ。

 しかし、それでも範囲は非常に大きい。

 直径五十メートル。中央にいれば、弓や遠距離魔法が何とか届くという距離。ハクヨウの【AGI】も合わせれば、確実に当てることは不可能。

 メイプルがぎりぎりまで近づいているが、【世界喰らいの蛇】は()()()()()()

 少なくとも、深さがどれだけあるかなど分からない。メイプルが入れば、すぐにでも死に戻るだろう。呼吸困難によるダメージは、『パーティーメンバーのスキル』に関係がない。

 

「わわっ!?」

「使いどころ、難しい……」

 

 遠くに見えるメイプルに水の触手を一本動かしつつ考える。触手はメイプルを強かに打ち付け、捕まえ、振り回す。

 パーティーメンバーにダメージは発生しないので、絶対に大丈夫と安心して操作の実験台になってもらう。

 

 が、やはりこのスキルは実戦使用にはリスクが大きいと思った。

 というのも、詠唱中は完全に無防備になるので、誰かに守ってもらう必要がある。

 もっと練習すれば走りながらでも可能だろうが、ただでさえ今でもハクヨウは走るだけでも少し緊張するのだ。慣れるまでは時間がかかる。

 

「でも、操作は、いい感、じっ」

 

 【鱗刃旋渦】の練習の賜物だろうとムフフしている。感覚的な操作は慣れが大事だが、ハクヨウは例のスキルを練習していた事がかなり役だった。

 

「おぉーー!」

 

 ………ちょっと、メイプルが楽しそうなことにはショックだが。フィールドボスもメイプルがいれば大丈夫な気がしてくるハクヨウ。

 戦闘でも試したいが流石にそれはできないので、今回は操作の確認ができただけでも十分と、スキルを解除しようと―――

 

「あれ?」

 

 ―――スキルの解除方法が、無かった。

 

 いや正確に言えば、【世界喰らいの蛇】は()()()()()()()()

 けれど触手はハクヨウの意のままに動く。操作をやめればトプン、と海に消えていく。

 

「え、と……」

 

 メイプルの方に向かいながら考えると、やっぱり一つしか答えは出ない。

 いやいや、こんなスキルがあって良いのだろうか。地形をこんな大それた変更して大丈夫?

 

(これ)、残るん、だ……」

 

 地盤沈下までさせた深い海は、スキルとして一度発動すれば、強制的に()()()()()()()()

 念の為と窪地を選んだが、そんな事をせずとも地盤沈下してその場に生きた海を創り出す。

 

 岸に上がったハクヨウにメイプルが興奮した様子で話しかけているが、ハクヨウはそれすら耳に入らず。岸から海面に手を当てると、また水の触手が出現した。

 

「わ……」

 

 やはり、操作は可能。一日一回のスキルは、やはりぶっ壊れだった。

 如何ほどの威力が出るかまでは敵がいないので確認できないが、触手がえげつないと言う他ない。また消えないのに、ハクヨウが海面に触れれば操作は何度でもできる。事実上この上にいれば、ハクヨウが負ける可能性は限りなく低い。

 

 そんな風に考察していると。

 

「あのー、お二人さーん?」

 

 後ろの方から、呆れを滲ませた声が届いた。

 

「私、()()()()()()()()()()()()()けど……時間、測ってます?」

「「あっ………」」

 

 声の主は、サリー。

 夢中で練習していたハクヨウと、何やらハクヨウの様に海面に手を当て、『動けー動けー』とか言ってたメイプル。ハクヨウみたいに触手を操作したいらしい。

 

 サリーの事は完全に頭の隅に放り投げていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 それから、およそ二週間。

 ハクヨウたち三人は、今日も地底湖に来ていた。翌日になっても【世界喰らいの蛇】は残っており、予想通り操作もできた。時間さえかかるが、()()()()()()()()()()()()と分かったハクヨウは、その後は操作の練習に留めている。

 メイプルは二日目から流石に驚かなくなり、釣りをしたり、ふとした拍子に謎行動に出ていたりする。具体的には、外に出て寝転がり、【挑発】でモンスターに攻撃され続けるという謎行動だ。

 メイプル曰く、新しいスキルを探しているのだとか。うまくいっているとは言えないが、試すこと自体が楽しいらしい。

 そんなメイプルは今は釣りをしながら、サリーが上がるのを待っていた。

 その近くには、ハクヨウ。片脚は【世界喰らいの蛇】に触れ【文曲】で立ち、【竜鱗の神刀】を抜いている。

 練習しているのは、【鱗刃旋渦】と触手の並列処理。戦闘に使える程度にまで操作を習熟したので次のステップというわけだが、なかなか思うように進んでいなかった。

 地底湖に通うようになってから数日した頃、ハクヨウは触手の火力不足に頭を悩ませた。

 近くの大岩を攻撃しても、精々ヒビを入れる程度。決定打にはならないと踏んだハクヨウは、なら火力を【AGI】で出そうと考えた。その結果が、触手一つひとつが纏う竜鱗である。

 触手の表面を高速回転する【鱗刃旋渦】が、触手による攻撃を【INT】ではなく【AGI】に変えて対象を斬り刻む。そう考えての試みだったが、如何せん触手は流体で鱗を常に形状操作する必要があり、集中力を物凄く必要とする。

 結果、ハクヨウはその場から一歩も動けず、無防備を晒している。実戦使用には程遠かった。

 

 

 

「ぷはっ!はぁ……はぁっ……何分だった?」

 

 サリーが水面まで上昇してきたが【気配察知】で分かり、操作をやめて地底湖の方にハクヨウが向かうのと、サリーが顔を出すのは同時だった。

 

「す、凄いよ!四十分!」

「わ。凄い、ね、サリー」

「【水泳Ⅹ】と【潜水Ⅹ】になったってことは……これが今の私の最大ってことだから……片道二十分で探索しないと溺死か……」

 

 行ったり来たりを繰り返しているサリーは、若干だが疲労が見える。しかし集中力は未だ途切れておらず、むしろここからが本番だと気合を入れていた。

 

「二十分経ったら、フレンド機能でメッセージを送るっていうのは?頭に通知音が響くから分かると思うよ」

「メイプルナイス!じゃあ……お願いしていい?」

 

 とんとん拍子に話は進み、サリーがもう一度潜ろうとした時、ハクヨウはそろそろ時間だと気付いた。

 

「私は、そろそろ落ちる、ね」

 

 自分で設けた三時間というリミットをできれば破りたくないので、良い所で悪いがログアウトするハクヨウ。

 

「うん分かった!また明日ね!」

「頑張って、ね。サリー」

「うん!」

 

 

 

 ハクヨウは挨拶だけ済ませて、地底湖を出る。

 その場でログアウトしても、何ら問題ないにも関わらず。

 

「は、ぁ……」

 

 けれど、ログアウト後のことにを考えると不安が湧き上がり、どうしても表情が強張ってしまうから。おくびにも出さないように、その場から離れた。

 

「やだ、なぁ……」

 

 それは、最近は三時間のログインですら、痺れが強くなっているから。酷い時は激痛が襲い、マッサージなんてする余裕も無く、叫び声を上げそうになった。それからは、事前に準備をしてから、ゲームを始める。

 

 それでも、痛いものは痛い。

 

「でも、辞めたくないし、ね……」

 

 初めて、同じ楽しみを共有できるようになったのだ。今まではどうしても、自分にはできない事が多かった。けれど、漸く同じ目線で、同じモノを同じように楽しめる。それはハクヨウにとって掛け替えのないもので、この世界での経験も出会った人も、全て無くしたくない大切なものだから。

 痛み程度が、辞める理由になりはしない。

 

「………よし」

 

 気を持ち直して、ハクヨウはログアウトした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ぃ――ぁがっ!っ〜〜〜〜〜〜!!」

 

 そんな決意は、刹那で吹き飛んだ。

 嫌な予感ほど当たるもので、今日は最悪を引いたらしい……と考える余裕もなく、九曜はベッドサイドに準備していたタオルに噛みつき、無理矢理に叫びを噛み殺す。

 そう。九曜は別に、痛みを和らげる準備も、叫ばない準備もしちゃいない。

 

「んんっ!ん"ん"ん"〜〜〜〜〜っ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()しか、出来ていない。

 

 痛みにベッドの上でのたうち回り、けれど両膝の激痛からは逃れられない。灼熱の炎で内側から焼かれ続けるような激痛は、決して耐えられるものじゃない。

 九曜は脂汗を浮かべてのたうち回り、枕に顔を思いっきり押し当てて痛みが過ぎ去るのを待つ。

 痛みが九曜を支配し、気絶すら許さない。初めて激痛にあった日は気を失ったが、すぐに痛みで目を覚ました。気絶すら、九曜を痛みから解放しない。

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁ…………」

 

 痛みは、二十分程で引いた。

 その頃には汗でシャツがぐっしょりと湿り、髪はベタついて肌に張り付く。息も絶え絶えといった様子でベッドに身体を預けた。

 

「シャツ、変えなきゃ……枕カバー、も……」

 

 噛んでいたタオルで雑に汗を拭き取り、身体を起こす。汗でベタつくので、シャワーを浴びた方が早そうだと、軽く準備をする。今ほど自分に合わせて全体的に低く設計されたお風呂場に感謝したことはないと思う九曜。お陰で一人で入れる。ついでに入念にマッサージしようそうしよう。

 

「絶対、良くないモノだよ、ね……」

 

 先日定期検査を受けた九曜は、結果を知らされるまで毎日不安を募らせている。定期検査といっても事故から十年も経つと形骸化するもので、専門医と話し軽い検査をするだけ。

 これまでに一切異常が無かったからこその緩い検査だったのだが、それが油断を生んだのかもしれない。

 それでも痺れの事は話してあるので、学校などの都合上、二週間後に念の為精密検査を受けることになった。丁度、第一回イベントの前日だ。

 一応、その間リハビリは一切禁止され、美紗とも現実では会えていない。

 

「何もない、なんて、思えない、し……」

 

 ()()()()()()()()()()()黒い斑点は、もはや黒子などとは呼べない、もっと歪なもの。もっともっと、不吉なもの。

 それが悪いものだとは、もう察している。

 

 それでも精密検査の日まで希望は失わないと、九曜は目を背けた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ボス部屋、見つけた!」

「おぉっ!やったねサリー!」

 

 ハイタッチしたサリーは、早速ボスに挑むつもりだった。

 

「私はもうちょっと休憩したらボス部屋に突っ込む!明日ハクヨウにあった時、真っ先に驚かせたいからね!」

「私はそろそろログアウトするけど……頑張って勝ってね!」

「もちろん!」

 

 そう言い残して、メイプルは光に包まれてログアウトして消えた。

 静寂が、サリーの集中力を高め―――。

 

「あれ?何でハクヨウ、その場でログアウトしなかったんだろ?」

 

 一瞬そんな疑問が過ったが、今はボス戦だとステータス画面を開いた。

 

 

―――

 

サリー

 Lv12 HP 32/32 MP125/125〈+10〉

 

【STR 10〈+8〉】 【VIT 0】

【AGI 55】 【DEX 20】

【INT 10〈+11〉】

 

ステータスポイント:35

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の短剣】左手【初心者の短杖】

 足 【空欄】     靴【空欄】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 【スラッシュ】【ダブルスラッシュ】【疾風斬り】【ダウンアタック】【パワーアタック】【スイッチアタック】

 【ファイアボール】【ファイアウォール】【ウォーターボール】【ウォーターウォール】【ウィンドカッター】【ウィンドウォール】【サンドカッター】【サンドウォール】

 【ダークボール】【ダークウォール】【リフレッシュ】【ヒール】

 【風炎刃】【マッドショット】【斬り雨】【赫土の灼弾】【光輝】【火災旋盾】【濁流盾】【渦水壁】【マグマウォール】【ダークヒール】

 【状態異常攻撃Ⅱ】

 【筋力強化小】【知力強化小】【体術Ⅰ】

 【MP強化小】【MPカット小】【MP回復速度強化小】【毒耐性小】

 【採取速度強化小】

 【短剣の心得Ⅰ】【魔法の心得Ⅲ】

 【火魔法Ⅱ】【水魔法Ⅱ】【風魔法Ⅱ】

 【土魔法Ⅱ】【闇魔法Ⅱ】【光魔法Ⅱ】

 【気配遮断Ⅰ】【気配察知Ⅰ】【忍び足Ⅰ】

 【跳躍Ⅰ】【釣り】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】

 【料理Ⅰ】【魔法混合】

 

―――

 

「ステータスポイント35は、まだ振らないで良いか……回避して勝つ」

 

 メイプルやハクヨウに比べて圧倒的に多いスキル群は、サリーが寝る間も惜しんでかき集めたものである。

 それらを確認し、問題ないと判断したサリー。

 

「よし!行こう!」

 

 戦略を練ると、サリーはボス部屋の大きな扉へと舞い戻っていった。

 

 




 
 【世界喰らいの蛇】は、元ネタの規模を限りなく縮小した代わりに、底なし沼的な感じに。
 どっちかと言うと、超局所的な海溝ですね。
 それに規模縮小といいつつ、五十メートルプールくらいの規模はあります。普通に考えたらかなり広いですね。
 あとあと、具体的な描写というか、性能については、次回以降にちょっとずつ明らかにしていくので、今は適当に流しておいてください。

 九曜ちゃんは……もう、ね。書いてて心痛い。
 ゲーム(おもて)で明るいのに、現実(うら)で必死に我慢してる辺りもう……もうっ!

 次回ようやっと、サリーの装備やら何やらを出せそうで安堵してます。原作とは違う方向性に進んでるから流石にやりたいのです。

 明日はPS特化。25日に次話を投稿します!
 あ、気紛れssは来週になります!


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サリーのボス攻略と九曜の日記

 え、と……後半閲覧注意。
 警告はしましたよ。
 本作最後で最大のシリアス、ここから長々と本格的に始まります。前から大分やってたけど、そんなの前振り。今回からが本当の本番。

 ゲームの方は、相変わらずまったりだけどね!

 


 

 ゆっくりと扉を開いた先は、巨大な球体の部屋に半分水が溜まった造りになっていた。

 

「とりあえず、息はできるか……」

 

 これは嬉しい誤算だと、息を整えて集中力を高める。

 

「ぷはっ……さぁ……こい!」

 

 サリーの目が真剣な色に染まり、それに応えるように一点に収束した光が形を成す。

 現れたのは、真っ白な巨大魚だ。

 巨大魚はその巨体で突進攻撃を仕掛けた。しかしサリーはその動きを完全に見切り、体を捻りすれすれで回避すると、すれ違いざまに赤く輝く短剣で鱗と肉を僅かに斬り裂く。

 

「【スラッシュ】!【斬り雨】!」

 

 赤く輝く下の毒々しい色をした短剣は、【状態異常攻撃】が入っている証左。更に【スラッシュ】で斬り裂いた場所に【斬り雨】を正確に当ててより深く、大きく抉り取る。混合魔法なだけあり、そのダメージは非常に大きい。

 巨大魚のHPをガクンと削り取る。更に微々たるものだが、毒による継続ダメージに侵されてゆっくりと、だが着実にHPが減っていく巨大魚。

 

 巨大魚は切り返して、再び突進を仕掛ける。

 サリーはそれを同じようにあしらい相手の体を抉る。

 

「【マッドショット】!【斬り雨】!」

 

 赤いダメージエフェクトが水中に輝き、鱗を貫いて肉を抉る。【火魔法】を混合した魔法は、水中のため威力が減衰する。だからサリーは、水との混合系統でダメージを与えていたのだが、一番良いのは【斬り雨】らしかった。

 

 僅か二回の交錯で、巨大魚のHPは八割を切る。それは【魔法混合】による魔法の威力が段違いだからに他ならない。

 ここでサリーは集中力を高めて、巨大魚の行動に注視する。

 普通のプレイヤーなら先ほどと同じように見えるであろう突進は、サリーには全く違って見えた。それはほんの僅か、だが確かに、今の方が遅い。

 

 巨大魚は途中で突進を止めると、尾びれで薙ぎ払うように範囲攻撃を繰り出す。

 しかし、それもサリーには届かない。

 サリーは行動パターンの切り替わるタイミングを、敵のHPバーの減りから予測していたから。

 巨大魚の体長から範囲攻撃を正確に見切り、一歩分下がることで目の前を尾びれが通過していき、それを見逃すほどサリーは甘くない。

 

「【ダブルスラッシュ】【ウィンドカッター】」

 

 MP消費は大きいが、【斬り雨】よりもなお出の早い魔法は、【ダブルスラッシュ】と同じ場所を正確に斬り裂き、より深くダメージを蓄積していく。

 それと同時。【状態異常攻撃】によって麻痺毒が入り、巨大魚の動きが緩慢になった。

 

「【赫土の灼弾】!」

 

 動きの鈍った巨大魚の口内に、直接マグマの弾丸を叩き込む。内側から焼け爛れれば水中による威力減衰など関係ないという予想が的中した。

 巨大魚の残りHPは、今ので五割を切った。

 行動パターンの変わり時である。

 巨大魚の体の左右に白い魔法陣が浮かび上がり、そこから泡が溢れ出る。

 

「【風炎刃】!」

 

 サリーが泡に魔法を当てると、泡は激しい勢いで爆発した。あの泡には絶対に触れないと確信し、巨大魚から逃げつつ魔法で爆破して逃げ道を作っていく。

 巨大魚の行動パターンがこれまでと違い、サリーが通った道を追ってくる追尾式になったことに、逃げ回る最中に気付いたサリー。

 

 ―――それなら、と。

 

 サリーは逃げていた体を反転させる。

 

「【渦水壁(かすいへき)】」

 

 【風魔法】によって激流と変化した水が、全てを跳ね返す壁となって泡の爆発を無効化し、巨大魚の視界を塞ぐと共に、サリーは一瞬だけ開いた空間に体をねじ込みすり抜ける。

 

「【パワーアタック】!」

 

 赤いエフェクトが、巨大魚の背に赤い一本の線となって残る。

 頭から尾びれまで深く斬り裂かれた巨大魚のHPは二割吹き飛び、そのまま体を回転させて尾びれを数回斬る。

 サリーの後を追って振り返ったその瞬間。

 体の速度についていけなかった泡の弾幕が薄くなったのを、サリーは見逃さない。

 

「【斬り雨】!」

 

 上からの強襲に、巨大魚は対応できず、サリーの狙いすまされた正確な攻撃は、未だ残る背の長い傷跡をもう一度抉り、遂に残りHPが一割を切って赤く染まった。

 それと同時。巨大魚の左右から魔法陣が消え、部屋が水で満たされる。

 上下左右の壁に爆発する泡を発生させる魔法陣が現れた。しかし、危険はそれだけに留まらず。

 巨大魚がその大きな口をガバッと開けると、そこには泡の魔法陣よりも強い輝きを放つ魔法陣があった。

 直後、さっきまでサリーのいた位置に向かって真っ直ぐに高速の水のビームが放たれる。

 

 周囲には逃げ場のない泡の弾幕。正面にはビーム。あれを躱すのは、運も絡むだろうと焦るサリーは、だからこそ落ち着けと、自らに言い聞かせる。

 

 焦る心を落ち着かせ、集中する。

 まるで時が止まったように。

 泡も、ビームも、巨大魚の動きも。

 

 何もかもが緩慢になっていくのを、サリーは感じていた。

 安全圏はほぼなく、危険な場所はハッキリと手に取るようにわかる。

 

「【光輝(ライトブリング)】!」

 

 それは一瞬の発光で、敵の視界を奪うだけの魔法。【闇魔法】によって【光魔法】の効果が高められた混合魔法。

 その瞬間、巨大魚は一瞬だけサリーの位置を見失った。その瞬間を逃さず、これから来るビームを予測。

 泡の弾幕が次にどこへ広がるか。逃げ道は、活路は、勝機は。全てを予測し、先回りする。

 過去の経験から照らし合わせ、生き残りの……いや、勝率の高い道を先手先手で作り続ける。

 

 それはもはや予測ではない。

 チートにも似た圧倒的なプレイヤースキル。

 経験則と言う名の、未来予知。

 

 

 

「【疾風斬り】!」

 

 サリーの体は泡のカーテンをすり抜けて巨大魚を抉る。

 そして、遂に。

 

 

 巨大魚のHPバーは空になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 部屋の中に溜まっていた水が、全てどこかに抜けていき、中央に大きな宝箱が現れる。

 しかしサリーは喜ぶより先に、地面に仰向けに寝転がった。

 

「あー……やっぱ本気で集中すると疲れる……」

 

 レベルアップとスキル取得の通知が鳴り響くが、そんなものの確認は後だとサリーは寝転んで起き上がらない。

 

「あのモードは疲れるんだよ……あーキッツい。けど、【光輝】が思いの外役に立ったなぁ」

 

 あの弾幕とビームは手に余ったが、一瞬でも余裕ができたのが、サリーに考えるだけの時間を生み出した。

 しばらく寝転がっていたサリーは、テンションを元に戻して宝箱の方へと向かう。

 

「いざ、オープン!」

 

 両手で勢いよく宝箱の蓋を開ける。

 中に入っていたのは、海のような鮮やかな青を基調として、端には泡を思わせる白があしらわれたマフラー。

 膝下まである長い水色のコートとそれに合わせた上下の衣服。

 そして光の届かない深海のように暗い青のダガーが二本。柄頭に真珠色の小さな宝玉が付いている。

 そして、それらをしまうことができる鞘と水色のベルト。

 

「魔法使いなんだけど……杖無し?」

 

 とは思ったものの、サリーは全ての装備の能力を確認していく。

 

 

―――

 

『水面のマフラー』

 【AGI+10】【MP+20】【破壊不可】

 スキル【蜃気楼】

 

『大海のコート』

 【AGI+30】【DEX+20】【破壊不可】

 スキル【大海】

 

『大海の魔導衣』

 【AGI+15】【MP+15】

 【魔法再使用時間短縮中】【破壊不可】

 

『深海の魔杖剣(まじょうけん)

 【STR+10】【INT+15】【消費MP-15%】

 【破壊不可】

 

『水底の魔杖剣』

 【STR+10】【INT+15】【MP回復速度+15%】

 【破壊不可】

 

―――

 

「短剣であり、杖でもある、か……スキルの取り方も影響したっぽい? ふふふ……私好みの装備だなぁ。これなら純粋な前衛ってカモフラージュもできそう。ハクヨウみたいなスキルスロットは無いんだね」

 

 装備枠を弄って全て装備し、喜びからくるりとターン。ベルトは装備としてはショートパンツの一部なようで、新たに装備品のスロットを使うことは無かった。

 

 ハクヨウやメイプルとはまた違った、ステータスの伸びが大きいユニークシリーズを身に着けて、サリーは洞窟を後にした。

 スキルの確認は明日三人でやろうと考えながら。それ程に、今回は疲労していたのだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

4月α日

 ログイン時間を縮めて一日目。楓がユニークシリーズを揃えた。っていうか楓、私とハクヨウを区別していたらしい。変なの……とは言えないか。私だって、最初はハクヨウに『なる』なんて思ってたんだから。それにしても、ばぁさぁかぁはやっぱり怖いのかな?私は従順で可愛いと思うんだけど……

 

4月b日

 今朝は目が覚めても、痺れが無かった。やっぱり、ログイン時間を減らしたからかな?

 でも、油断はできない。

 【世界喰らいの蛇(ウロボロス)】は、永続設置型スキルだった。毎日別の場所で設置したら、いつかフィールドが海に沈みそう……なんて。ちょっと面白そうって思っちゃった。やらないけどね。

 どうやらあの触手は、大抵のものを呑み込めるらしい。メイプルが釣った魚を触手が食べちゃったら、メイプルが涙目になってた。ごめんね。

 

 

 

4月e日

 寝起きやログアウトの時以外にも、突発的な痺れが増えた。ログイン時間を減らしただけでは、効果は無いみたい。でも、痺れ自体は弱くなってる。これなら、大丈夫かな?

 ゲームの方では、触手の威力が低いことがわかった。また、モノを呑み込むのは私のMPを消費していて、大きいものほど呑み込むのに沢山MPを使う。けど、あれは呑み込むっていうより、内側に取り込んで圧殺する感じだった。破壊力は低いけど、時間をかけて圧殺すれば、使えるかな?

 

4月f日

 駄目だった……。

 魚くらいなら良いけど、迷い込んだ狼モンスターを取り込んだら、半分も削る前に私のMPが尽きた……破壊力を求めたほうが良い。けど【INT】を上げたくはないから、【鱗刃旋渦】を纏わせてみた。すっごく難しいけど、攻撃力は底上げというか、近くの岩を砂レベルに粉砕しちゃった。強すぎかな?

 

 

 

4月h日

 痺れが戻った。いや、散発的な弱いのはよくあったけど、今回は今までで一番痛かった。リハビリより、痛かった。というか気絶した。

 ゲームの方が順調だっただけに、ショックが大きい。何となく、黒子も大きくなって、形も歪さを増した気がする。

 

4月i日

 痛い。痛いよ……あんなの、耐えられっこない

 

4月j日

 眠れなかった。

 痛みで目が覚めて、朝までいつ来るか分からない痛みに怯えて、それから一睡もできなかった。

 ゲームの中は楽しい。辞めたくない。あの中だけが、全てを忘れて楽しめるんだから。でも、痛いのはやだ。もうやだ。あれはやだ。

 もうすぐ定期検査がある。その時相談しよう。

 

4月k日

 やだ。もうやだ。痛いのやだ。

 あんなの、もうやだよ……。

 眠るのが怖い。ログアウトが怖い。

 あと何回、あの痛みを耐えればいいの?あと何回、あの想像を絶する痛みを味わうの?

 痛みが、怖い

 怖い…怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……

 

 

 助けて クロム

 

4月l日

 やっと、定期検査をした。先生に相談して、なるべく早く精密検査をしてもらえることになったけど、それでも二週間後。

 丁度、第一回イベントの前日になった。

 けど、それまでリハビリ禁止された……明日リハビリだったのに。美紗ねぇに抱きつけない。

 メイプルもユニークシリーズを手に入れたし、サリーも明日か明後日にはスキルレベルが上がってダンジョンに挑めそう。これなら、三人一緒に楽しめそう。

 触手に【鱗刃旋渦】を纏わせるのにも慣れてきた。凄い集中力が必要だけど破壊力は申し分ない。

 そう言えば、最近は最前線にもあまり行ってないから、レベルが上がってない。戦闘もあまりやってないし、勘を鈍らせたくない。近い内に、最前線に行こう。クロム、誘えば来てくれるかな?

 

4月n日

 夜、眠れなかった。

 サリーがスキルレベルを上げきって、40分も潜ってた。本当に凄いけど、ダンジョンに挑む前に私は時間切れでログアウトした。

 ……もう、やだよ。辞めたくない。痛いのはやだ。もう無理。夜も凄い痛くて、今日のログアウト後にも痛かった。なんで?なんでこんなに痛みを感じなきゃいけないの?

 ここ最近、あまり眠れてない。

 寝ても起きても、痛みが怖い。眠るのが怖くて、眠りも浅い。夜中に目が覚める。

 ログアウトが怖い。また痛いんじゃないかって。ログインしたくない。でもゲームは辞めたくない。どうすれば良いの……。

 黒子も、もう流石にわかる。あれは悪いものだ。何かなんて考えたくない。

 やだ。やだよ。もうやだ。

 もうやだよ、痛いのやだ……やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだ、もう……やだ、よ。

 

 

 

 

 

 

 

 ………死んだ方が、何倍もマシだよ

 

 

 

 




 
 九曜ちゃんの日記、所々ボカし入れてるんですが、筆者たる九曜ちゃんは痛みの恐怖と戦いながら日記を書いてます。
 まぁ、うん………泣いてるよね。ポロポロと溢れる涙が、日記の文字を滲ませる。

 前書きに書いた通り、この『九曜ちゃん異変編』が拙作最後で最大のシリアスです。
 ハッキリいいます。めちゃんこ長いです。
 ゲームがまったりしてるからギャップが酷い上、自分でも構想を練ってみて変な声出ました。
 これ以上九曜ちゃん苦しめたくない。早く助けたい、でもゲームと時間軸の兼ね合いで進まない。このジレンマどうすれば良いの?

 でもね、私はまったり9割、シリアス1割を破るつもりなんてありません。コレは本当に。
 ただ、1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()までは私にしか分からないんですよねぇ。
 とどのつまり、『まったり9割』は1割のドシリアスが終わってから本格的に始まる訳で。

 実は今の所、シリアスとまったりは【4:6】くらいなんですよねぇ……。
 その内に【8:2】になって、九曜ちゃん異変編が終わったら、永遠に【0:10】になります。()()()()()()()()シリアス:まったりが【1:9】なんですよね。つまり超長編になる。
 だから今はシリアスが重いです。我慢してください。まったりになったら、全力で九曜ちゃんを可愛がるし平和なゲームしかしない。現実のシリアスは消滅させるから!

 明日はPS特化。28日に次話。
 そして30日に気紛れssの第1弾を投稿します!


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速度特化と久々のソロ

 ほのぼのです。
 誰がなんと言おうと、ほのぼのです。
 ……多分、きっと。ほのぼのだと思いたい。

 


 

 この日ログインしたハクヨウは、久しぶりにソロで探索に出かけた。

 最近はほぼ毎日メイプル達と地底湖に行っていたため、感覚が鈍っていないかの確認である。

 

「この辺で良い、かな」

 

 やってきたのは最前線の密林。レベル40から一向に上げていなかったが、ここなら一撃でやられるモンスターがいないので動作確認し放題。

 久しぶりなので、少しずつギアを上げていくことにした。………小さく、深呼吸。

 

「さ、て―――【挑発】」

 

 周囲にいるリザード型のモンスターを【挑発】で誘き寄せたハクヨウは、久しぶりの感覚を思い返しながら、動きをなぞる。

 

「まず、ひとつ。――【八重・刺電】」

 

 最前列の数体はそのままに、後方のリザードの一団を【麻痺】を入れて無力化し、正面から戦うモンスターの数を一気に減らす。

 

「に」

 

 トンッ、と地を蹴り、中央の一体に肉迫。あり得ない【AGI】を有するハクヨウの移動速度についてこれず、決定的な弱点を晒したリザードの首に、優しく刃を這わせる。

 それだけでリザードの首が落ち、【即死】が確定した。

 

「【瞬光】――さん」

 

 このリザードの攻撃方法は突進からの連続的な物理攻撃が主体である。しかし、ある程度距離のあるプレイヤーに対して、溶解液を飛ばして攻撃することが、報告されている。

 ハクヨウは四方を囲んだリザード全体が一斉にその溶解液を飛ばした瞬間、【瞬光】を発動して体感時間を十倍に引き伸ばす。

 そしてスローモーションに迫る溶解液の包囲網をするりと抜け出すと、目の前のリザードに一閃。同じく首に入れた一刀は、鱗を安安と斬り裂いて絶命させる。

 

「韋駄天は……いいや。【鱗刃旋渦】、し」

 

 【鬼神の牙刀】を外し、【竜鱗の神刀】を装備する。十倍に引き伸ばされ加速した思考は、このような急な装備変更にも有用に働いた。

 刀身を数千にもバラけた透き通る竜鱗に変化させたハクヨウは、溶解液を飛ばした時の口を開いたまま、いやゆっくりと閉じようとするリザードに苦笑し、その口に鱗を10枚ほど送り込む。リザードの殺意に濡れる瞳が驚愕に染まった時、全てが完了した。

 

「さよなら―――ご」

 

 体内に送り込まれた鱗が、内側からリザードを引き裂き、貫通し、ダメージエフェクトを散らしながらHPを全損させる。

 それと同時に、ハクヨウは視界の隅で【麻痺】から回復し、ゆったり起き上がる後続のリザードたちを捉えた。

 

「まだいた、ね。―――えへ……ろく」

 

 

 

 

 

 程なくして、リザードの群れが全滅した。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、少し鈍って、る……」

 

 リザードを討伐し尽くしたハクヨウは、以前よりも自分の動きが鈍いことに辟易としていた。

 手数が増え、手札も増え、やれることが沢山できた。しかし、それを十分に活かしきれない事が歯がゆいハクヨウ。

 

「……しばらく、リザードで練習、しよっ」

 

 リザードならば動きが単調で読みやすい。その上、遠距離攻撃もあるので対応の練習ができる。せめて【瞬光】を使わずに溶解液から逃げ切れるようになりたいと思った。また、【首狩り】の成功率も上げたい。無防備を晒した相手ならば確実に決めることができるハクヨウだが、動きの中で首狩りをするのはまだ成功率が低かった。

 

 そう考えたハクヨウは、取り敢えず苦無をインベントリに仕舞い、代わりに右手には【鬼神の牙刀】を。左手にも【竜鱗の神刀】を装備する。状態異常に頼って足止めすれば余裕なことに間違いはないのだが、それでは練習の意味がない。

 

「メイプルじゃ、ないけど。色々と、試したいし、ね……【挑発】、【跳躍】」

 

 今ではめっきりやらなくなった、樹上からの奇襲戦法を思い出し、記憶と動きをなぞりながら、ハクヨウは呼び寄せたモンスターの群れに飛び込んでいった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「これ、でっ!ラストっ」

 

 ザンっ!とリザードの鱗を刃で叩き割り、そのまま上半身と下半身をお別れさせる。

 

 ハクヨウは【挑発】でモンスタートレインし、【跳躍】で上空から奇襲し続けた。倒したモンスターの数は百で数えるのを辞め。早く、速く、疾く、モンスターを蹴散らした。

 以前の感覚を徐々に取り戻し、研ぎ澄まし、モンスターよりも一歩疾く踏み込む。

 残像すら残さず斬り捨てて両断すること、実に一時間が経過した。

 

 

 

 そうして潰した群れの数が二十を超えた頃。

 

 

『レベルが43に上がりました』

『スキル【鱗斬り】を取得しました』

『条件を達成したため、【鱗斬り】がスキル【鱗嫌い】に進化しました』

 

「わ。久しぶり、に、スキル取れ、た」

 

 久しぶりのスキル取得に歓喜するハクヨウは、足早に元いた木の上に戻って安全を確保し、スキル説明を開いた。

 

 

―――

 

【鱗斬り】

 鱗を持つモンスターに対する斬撃ダメージを二倍にする。

取得条件

 鱗を持つモンスターを連続して一定数、斬撃によってのみ倒すこと。

 他の攻撃を行った場合リセット。

 

【鱗嫌い】

 鱗を持つモンスターに対する全ての攻撃で、与ダメージを二倍にする。

 鱗系統の素材ドロップ率低下。

 鱗を持つモンスターからの取得経験値二倍。

取得条件

 鱗を持つ単一種類モンスターを、単独で一定範囲内から絶滅すること。

 

―――

 

「う、わ……」

 

 絶滅……と、小さく呟いて、ハクヨウは辺りを見渡した。リザードは一匹も湧かず、辺りは静寂に包まれる。

 

「絶滅、てこと、は……もう、湧かない?」

 

 ハクヨウは知らないことだが、この場合の絶滅とは、一時的にその種族モンスターが、そのエリアでは一切出現しなくなることを指す。絶滅とシステム的に認定されると、それからまる一日そのエリアでは出現しなくなる。

 この場合まる一日経過するまで、辺り一帯でリザード系は一切出現しなくなるのだ。

 ハクヨウの殲滅速度がリザードのポップする速度を上回ったことを示している。圧倒的な【AGI】と攻撃力を兼ね備えたハクヨウだからこそできた芸当だった。

 

「けど、もしかし、て……」

 

 取得したスキルを見て、ハクヨウは“もしや?”と一つ思いついた。もし実行できれば、モンスター戦ではかなりの力を発揮するだろう。また自分の殲滅力であれば、ドロップ率低下程度は数で補える、と。

 

 

 

 

 

 ――そんな思いつきから、一週間が経過した。

 

 

 

―――

 

【NWO】モンスター湧かねえ【怪奇】

 

1名前:名無しの片手剣使い

 最近、フィールドの至る所でモンスターが全く湧かない自体が発生してるが、バグか?

 

2名前:名無しの大剣使い

 kwsk

 

3名前:名無しの魔法使い

 どういうことだ?

 

4名前:名無しの片手剣使い

 毎日いろんな場所で色んなモンスターが出現しなくなってる

 最初は最前線 次は西の森 その次は北の山脈 って感じだ 場所はかなり不規則

 なお、翌日には普通に戻ってる

 

4名前:名無しの短剣使い

 点々としてるな

 

5名前:名無しの槍使い

 戻ってるなら運営が修正したってことだろ?

 

6名前:名無しの弓使い

 でもバグ修正の通知とかきてないよな?

 

7名前:名無しの片手剣使い

 そうなんだよ だからバグとは違うんじゃないかと思ってな

 

8名前:名無しの大剣使い

 色んな場所で似たようなバグが起きてんなら、運営から通知があるはずだよな

 

9名前:名無しの魔法使い

 つまり、何かの仕様か?

 

10名前:名無しの片手剣使い

 わからんから書き込んだ

 

11名前:名無しの槍使い

 まぁ戻ってるなら問題ないだろ

 

12名前:名無しの弓使い

 また起こったら問題だろ

 

13名前:名無しの片手剣使い

 もう一週間毎日起こってるぞ

 場所は必ず一箇所 規則性は検証班頼む

 

14名前:名無しの大剣使い

 頼んだ(`・ω・´)ゞ

 

15名前:名無しの魔法使い

 頼んだ(`・ω・´)ゞ

 

16名前:名無しの槍使い

 頼んだ(`・ω・´)ゞ

 

17名前:名無しの弓使い

 頼んだ(`・ω・´)ゞ

 

18名前:名無しの短剣使い

 頼んだ(`・ω・´)ゞ

 

19名前:名無しの検証班

 規則性はないぞ

 

20名前:名無しの槍使い

 うわほんとにでた!

 

21名前:名無しの検証班

 ただ出現しなくなるモンスターは毎回違う

 初日はリザード 翌日ゴブリン その次は鳥系 他にもミノタウロスやオークと言った亜人の日だったり昆虫種だったりだな

 毎回別のモンスターが出現しなくなり、同じエリアでも少数だが、別のモンスターなら確認されている

 また出現しなくなったエリアだが、前日には『突風が吹いた』『モンスターが一瞬でバラバラになった』『怖い怖い白い影怖い』など、実に様々な噂が飛び交っている

 

22名前:名無しの片手剣使い

 サンクスってかモンスターが一瞬でバラバラかよ もしかしてバラバラになったモンスターって?

 

23名前:名無しの検証班

 翌日にポップしなくなったモンスターということも、確認済みだ

 

24名前:名無しの槍使い

 つまり、バグじゃなくプレイヤーの仕業、か?

 

25名前:名無しの大剣使い

 プレイヤーがまる一日モンスター狩り続けて、モンスターが逃げ出したんか?

 

26名前:名無しの弓使い

 一瞬でバラバラ……白い影……まさか、な?

 

27名前:名無しの魔法使い

 まさか【白影】か?最前線も潜れるプレイヤーは限られるし考えられるが……幼女だぞ?

 

28名前:名無しの短剣使い

 ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

29名前:名無しの槍使い

 最速プレイヤーだしなぁ……

 

30名前:名無しの大剣使い

 鬼のように強いってかまじで鬼だしなぁ…

 

31名前:名無しの片手剣使い

 まぁこの事は要観察でいいだろ

 

32名前:名無しの魔法使い

 情報待ちなのに変わりないかー

 

 

―――

 

 

「むふーっ」

 

 ハクヨウは一人、誇らしげにステータス画面の一部を眺めていた。

 それはこの一週間、限られた時間の中でかき集め取得した、実験スキルの数々。

 

―――

 

スキル

 【鱗嫌い】【妖精嫌い】【鳥嫌い】【亜人嫌い】【獣嫌い】【昆虫嫌い】【悪魔嫌い】

 

―――

 

 全て、それぞれに該当する種族のモンスター全般に対して、与ダメージを二倍にし、経験値を二倍にし、素材ドロップ率が低下するスキルである。

 素材ドロップ率については、ハクヨウの体感で凡そ七割にまで低下しているが、殲滅するモンスターの数が膨大なので誤差と言えた。

 なおこれを集めている間、途中にいくつものスキルが統合、進化している。

 代表的なのは【獣嫌い】で、初心者フィールドの狼、角兎、猪、熊を順番に絶滅した所、それぞれの【○○嫌い】を取得、最後に統合進化した。

 【亜人嫌い】もまた、オークやミノタウロスを絶滅させたことで取得したスキルである。

 

 そんなハクヨウは今、【毒竜の迷宮】を周回していた。

 目的は、この一週間と同じである。

 毒沼や瘴気の薄い場所を最速で駆け抜け、迷宮を一分と掛からず踏破。さらにボスすら、ハクヨウの【鱗嫌い】によってブーストされた与ダメージに耐えきれず数合で粒子へと変わる。

 

 毒を一切受けずに、だ。

 

 故にハクヨウはここを周回。一時間という設定こそ自分で設けたが、もうすぐ三十周。

 またレベルはこの一週間で49まで上がり、実はゲーム内最高レベルな事にも気付いていない。

 

 

 そしてジャスト一時間、ボスアタックを30周した時。

 

『レベルが50に上がりました』

『スキル【殺戮兵器】を取得しました』

『スキル【ボス嫌い】を取得しました。これにより【嫌い】シリーズがスキル【怪物殺し(モンスターキラー)】に進化しました』

 

「……よしっ」

 

 念願というか、予想以上のものが来たことに、ハクヨウは小さくガッツポーズをした。

 

―――

 

【殺戮兵器】

 対ボスモンスター戦にて、このスキルの所有者の全ステータスを二倍にする。

取得条件

 一定時間内にボスを規定数倒すこと。

 

怪物殺し(モンスターキラー)

 対モンスター戦において、全ステータス二倍。

 モンスターに与える全てのダメージを二倍。

 素材ドロップ率低下。

 モンスターを倒した時に経験値二倍。

取得条件

 全ての【○○嫌い】スキルを取得すること。

 

―――

 

 これにより、ハクヨウのモンスター戦における実質【AGI】は5000を超え、攻撃力も跳ね上がった。

 また全ステータス二倍と与ダメージ二倍は重複するため、実質的な攻撃力はこれまでの四倍。

 素材のドロップ率こそ下がったものの、ハクヨウが身につけるものはユニーク装備で【破壊不可】である。損耗は考えなくて良い。

 殲滅力からドロップ率低下は誤差であり、純粋な強化と言えた。

 

 悲しきは来週に控えた第一回イベントが、プレイヤー同士のバトルロイヤルだということ。イベントでこのスキルは役に立たず、今まで通りの戦力で戦うしかない。

 

「ふふっ、……」

 

 それでも、嬉しくて笑わずにはいられなかった。この一週間は、ずっとこの【○○嫌い】を集め続けた。各地でモンスターが絶滅し、掲示板では専用板ができているのもお構いなしに。

 

「やっ、た……っ」

 

 けれど、取得したスキルは非常に満足の征くもの。そろそろ三時間という自分ルールに迫っているのログアウトせねばならないが、クロム達には明日自慢しよう。きっとみんな驚いてくれる。

 

 

 そう思い、明日を期待してログアウトし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から彼女は、NWOから姿を消した。

 

 




 
 急展開はお約束。
 この辺りから一気に現実、仮想共に加速していきます。さぁて、長くなると予告した前回、ここからどうなるかなぁ……っ!?

 明日はPS特化。30日は気紛れssを投稿します!


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狙いは一つ!……そのはずだった

 鬼娘ことハクヨウちゃんのイメージって結構大雑把にしか書いてない事に気付いた。から、ここで書いとく。
 身長145センチ
 つるぺたすとn(殴
 ごめんなさいちゃんとあります。少しだk(殴 

ハクヨウ『あ、あるも、んっ!少、し成長が遅いだけ、で、ちゃんとある、もんっ!』

 髪の毛は背中まで届くロングで白髪。肌はスキルで真っ白。額に生える一対の角が特徴的です。
 目は白に近い灰色で、装備も白基調の着物。
 右手は肩口から露出していて、左は袂が非常に広く長い。指先まで隠れます。胸元に一輪と左の袖に沢山の彼岸花が咲いている。
 袴は淡青色で竜鱗のようなデザインが施された細身のもの。足元は完全に隠れていて、足袋は見えません。
 イズ謹製の白いフーデットマフラーをしていて、サリーみたいに後ろに流している。フィールドでは目深に被り、角を隠している。

 ちなみにロリ化すると身長115センチ。ふわふわの白いワンピースで、慣れない体のせいでよく転び、涙目になります。

 って感じです!質問は随時受付中。

 あとハーメルン投稿用のTwitterアカウント作りました。(作者垢 @MoonNight425121 )
 私の名前から月と夜を取りました。
 ここでは事前に投稿日時を告知したり、定期的に拙作を宣伝したり、九曜ちゃんと月夜(つくよ)の可愛さを呟いたりする予定。
 


 

「第一回イベント?」

「そう!プレイヤー同士のバトルロイヤル」

 

 バァァァンッ!!と効果音が付きそうな決め顔をする理沙。来週に控えた第一回イベントについての告知は、一ヶ月前に一度。そしてつい先日、その詳細な情報が掲載された。理沙は暫く地底湖にかかりきりだったこともあり、気付いたのが昨日だったらしい。

 だが案の定楓は知らなかったらしく、ドヤ顔する理沙に首を傾げていた。

 

「発売三ヶ月を、記念して、のイベント、だよ」

「お、九曜は知ってたんだ!」

「結構前、から、告知自体はされてた、から」

「へぇ〜どういうイベントなの?」

「今言ったようにバトルロイヤルだよ。参加者全員が、他のプレイヤーを倒した数と死亡回数で争い合うんだって」

「楓、は、有利」

「だねぇ……」

「え、どうして?」

 

 死亡回数や被ダメージが多いほどポイントが減少する。だがその点、防御に極振りしているメイプルにダメージを与えられるプレイヤーはごく一握りしかいないと呆れていた。

 

「楓にダメージを与えること自体、至難の業だからねぇ……マイナスがないっていうだけで、かなり強いよ」

「なるほど!」

「でも、理沙もダメージ受けない、よね?」

「紙装甲だからね。全部躱せば、ダメージは受けないよ」

 

 軽く言うが、それを実行できるものは一握りだろう。

 

「でも、九曜だって当たらないじゃん。まぁ理沙みたいに全部躱すんじゃなくて、速すぎて追いつかないって感じだけど」

「それだけが、取り柄だか、らっ」

 

 えへへ…と自慢げに笑う九曜。最速プレイヤーとして名を馳せる彼女に追いつける者などいないだろう。この辺りは、極振り故の一点特化型の強みである。普通は扱いは難しいのだが、いろんな意味でそのやり方に『振り切っている』二人は、自らの形を作り出すことができた。

 

「つまり、三人とも相性のいいイベントってことだね!」

「楓は攻撃が効かなくて、私は全部避けて、九曜は捕まらないからね」

「上位入賞、ねらえる、よっ」

 

 ユニークシリーズというある種反則的な装備を持つ三人に真正面からぶつかって勝てるプレイヤーはいなかった。まずハクヨウに関しては、実質二種類のユニークシリーズを同時に使ってるようなものなのだから。

 そう三人で顔を突き合わせ、ふふふっと一頻り悪どく笑った後、理沙が『だからこそ』と続けた。それは非常に楽しそうで、三人だからこそ達成した時の嬉しさも一入(ひとしお)だろうこと。

 

 

 

 

 

「私たち三人でTOP3独占……狙ってみない?」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 理沙の提案に一も二もなく応じた楓と九曜。トップを狙うだけなら誰だって同じだが、三人で独占となれば話は変わる。特に足の遅いメイプル(かえで)は、相手に逃げられれば捕まえることはまず不可能。しかしこれには、理沙と九曜で共通の見解があった。

 

「「楓は……そのままで、いいよ」」

「えっどうして?」

「普段通りのメイプル(かえで)で、多分余裕だから」

「ん。大丈、夫」

「えぇ〜……」

 

 メイプルは一見して足が遅く、隙だらけの大盾使いだ。大盾は防御は高いが攻撃に乏しい故に狙われやすく、集団で囲まれればクロムでも厳しい時がある。

 つまり、メイプルとは格好の的であり、多くのプレイヤーが『ポイントいただきまーす!』くらいのつもりで襲ってくる。実際は地雷原に裸一貫で突撃したとも知らず。

 一度返り討ちにあったプレイヤーは二度と来ないだろうが、恐らく参加するプレイヤーは沢山いるため問題ない。

 

「多分、漁だから」

「ん。毒餌、漁」

「だ、大丈夫なのかなぁ……」

 

 なお、致死毒のもよう。フグよりヒドイ。

 『大丈夫大丈夫』と二人して苦笑する姿に、楓は不安を募らせていた。

 

「楓はこのままでも大丈夫だとして……私はちょっと不安かな……」

「そう、なの?」

「そりゃ、トップ独占を提案しておいてあれだけど、九曜みたいにレベル高くないし、楓みたいにぶっ飛んでないからね」

「理沙それどういう意味!?」

「?……そのまんまだけど」

 

 首を傾げ、『え?自分のプレイがぶっ飛んでないと?』と目で訴える理沙。“本気で言ってるのかこいつ……”とか言いたげだ。

 

「なら、レベル上げ、だね」

「んー……でもイベントのすぐ後にテストあるでしょ?お母さんとの約束もあるから、ちょっと厳しい……」

 

 言いつつ、九曜の方にチラッチラッ。目が何を言いたいのか雄弁に語る。

 

「………教えない、よ。そういう、約束っ」

「うぅ……っ、わかってるよー……。自分で言っといて反故にはしませーんっ」

「よろし、い」

 

 力無く項垂れて、いそいそと教科書を開く理沙。仕方無しに、なけなしのやる気でこうして休み時間にも教科書を開いて―――。

 

「あ、寝た」

「寝た、ね。……はぁ」

 

 ―――ものの数秒で力尽きた。

 これではテストも点数が奮わず、NWOを没収されかねない。

 

「あはは……理沙、テスト大丈夫かな?」

「多分、ダメ」

「だよねぇ……」

 

 二人で深くため息を付き理沙の寝顔を眺める。

 つんつん……ちょんちょん……こちょこちょ。

 

「ふぁ、あ……」

「あれ?九曜も眠そう」

「ん。なん、か、理沙の寝顔見てた、ら」

「気持ち良さそうに寝てるもんねぇ……まぁ、授業で怒られるだろうけど」

 

 しかし、起こす気はない二人。理沙が寝るのはいつもの事と諦めている。

 

「昨日……寝てない、し」

「うぇ!?どうして!?」

「あ、あー……え、と。本読んでた、ら、夢中になって」

「珍しいね。九曜その辺はしっかりしてるのに」

「………ん。そう、だね」

 

 嘘だ。と、九曜は内心で愚痴る。寝てないんじゃない。寝られなかっただけだから。ここ数日眠るのが怖く、眠りが浅い日が続いていたのだが、昨晩は一睡もできなかった。別の物(ほん)に意識を傾けていなければ、どうしても恐怖が勝ってしまう。

 

(は、ぁ……バレてない、よね?)

 

 珍しいものを見た……みたいな顔で覗き込んでくる楓を適当にあしらい、小さな欠伸をして口に手を当てるフリをし、目元をそっとなぞる。指先に、薄くファンデーションが付いた。

 

(いつまで、隠せるかな……)

 

「ちょっと、お手洗い行ってくる、ね」

「手伝おうか?早めに戻らないと授業始まっちゃうよ?」

「んーん、大丈、夫」

 

 心無しか、感覚のない足元が寒く感じ、次いで膝に僅かだが、ピリピリとした痺れが走る。それを楓に悟られたくなくて、咄嗟に車椅子を漕ぎ出した。

 

「すぐ、戻るから」

 

 それが予兆なのは、最初から分かっている。この小さな痺れが数分で終わってくれれば嬉しいが、我慢すればするほど痛みは激しくなる。

 それでも。

 できれば、いつ来るかも分からない最後の時まで絶対にバレませんようにと、そう願って。

 

 

 

 

「………ぁ。ぐ、ぅぅ―――っ!!」

 

 

 

 

 ―――願いは、通じなかった。

 

 

 

「九曜?どうした、の?

 

 ……ねぇ、九曜ってば!?」

 

 

 楓が必死に呼びかける声が聞こえた気がして。

 

 

「ひ、ぎぃ―――がぁぁぁあああ"あ"あ"あ"!!」

 

 九曜の意識は、暗転した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あ、れ……ここ」

「――目が覚めましたか?九曜ちゃん」

 

 ゆったりと目を開けた九曜の目が白い天井を映し、薬品の匂いが鼻腔を擽る。見覚えのない景色に目を白黒させていると、すぐ近くから聞き慣れた声が聞こえた。

 

「美紗ね、ぇ………?」

「はい。九曜ちゃんのお姉ちゃんこと、美紗さんですよ」

 

 窓から差し込む夕日が影を作り出し、美紗の表情は判然としない。しかしその柔らかな口調が、ふんわりと微笑んでいることを報せてくれた。

 

「ここ、は……」

「病院です。九曜ちゃん、学校でいきなり倒れたそうですね?最初は保健室に運ばれたそうですが、専門医に見てもらった方がいいと、緊急搬送です」

「そ、なんだ……」

 

 段々と意識が覚醒してきて、美紗の言葉を徐々に飲み込んでいく。

 

「美紗ねぇ、は……なんで?」

「私は九曜ちゃんのトレーナーですが、一応看護師ですからね」

「でも、私服……」

 

 美紗は見慣れた看護師の制服ではなく、ラフな私服姿だった。

 

「今日は非番です。ですから看護師としてじゃなく、純粋に九曜ちゃんのお見舞いに来ました」

 

 “同僚に、『来たなら働け』って言われました。”と、ペロリと舌を出して(おど)けてみせる美紗に、九曜は小さく笑った。そして、()()()()()()()()()()()()ことに気付いて。

 

「痛く、ならない……?」

 

 ボソリと、小さく呟いた。

 

「………今は鎮痛剤を打ってありますから、痛みは無いと思います」

「え?」

「九曜ちゃん。目が覚めてすぐで申し訳ありませんが、先生を呼びますね」

「美紗、ねえ?」

「………大事な話です」

 

 九曜の言葉に耳を貸さず、一方的に要件だけ伝えていく美紗の様子を不思議に思い。

 ベッドに横たわる九曜を覗き込む美紗の顔は、夕日に照らされてはっきりと映り込んだ。

 

「―――そんなに、悪い、の?」

「っ………詳しいことは、先生から。けど九曜ちゃん。決して……決して自棄になっては駄目よ」

 

 優しい表情が綺麗な美紗に似合わない悲痛さを滲ませていて。九曜をそっと抱き起こす美紗の手は、確かに震えていた。今まで一度も同情や悲観、沈痛な感情を九曜に向けてこなかった美紗が、今それを隠せずにいる。

 その声音が。震えが、目に浮かぶ涙が。今の美紗が見せる全てが、九曜の状態を九曜以上に知っていると物語り、九曜にとっての最悪を、教えてくれる。

 

「そ、か………もう、限界、か……」

 

 自らの足に目を向ける。掛けられたシーツの下の素足は、黒い斑点が肥大化して痛ましさが伺えるだろう。それは九曜の足が……()()()()()()()()()()()()()()()()()証拠。

 あぁ何故、こうも世界は厳しいのか。優しい人たちに囲まれているのに、九曜の境遇がそれを許さない。九曜が願ったたった1つの夢ですら、世界は奪おうと言うのだから。神がいたら、全力で呪ってやりたくなる。

 

「分かって、いたのですか?」

「嫌な予感は、結構前、から」

「………ごめんなさい。気付いてあげられなくて。それが、私の仕事なのに」

「心配、かけたくなか、った、から……必死で、隠してたん、だ」

 

 美紗は、いつからか九曜が足を完全に隠すようになったのを思い出す。しかし、元から制服などの服装をきっちりと着るため、見過ごしていた。

 

「………私が、お姉ちゃんとして接しすぎていたのかも、しれませんね」

「え?」

「私は看護師で、九曜ちゃんは患者です。もしそれだけの関係だったなら、九曜ちゃんはもっと早く、異常を教えてくれていたと思いますから」

 

 それは、定期検診で医者に相談したように。あの時のように、あくまでも美紗との関係が『看護師と患者』あるいは『トレーナーと患者』だけに収まっていたなら、こうはならなかったはずだと、美紗は後悔していた。

 

 

 けれど。

 

「それ、は……やだよ?」

「九曜ちゃん……?」

「美紗ねぇ、は、ちゃんと『美紗さん』、だった。けど、私は最初、『美紗さん』と、仲良くなりたかった、から」

 

 何も二人は、最初から姉、妹と仲良くなった訳じゃない。最初は完全に『トレーナーと患者』だった。なのに姉、妹と感じるまでに親しくなったのは、偏に九曜が、美紗の性格に惹かれたからだ。厳しいのに優しく、突き放すのに手を差し伸べる。そんな仕事の合間に見える優しい美紗の性格が気に入ったから、仲良くなりたかった。

 

「『美紗さん』が、お姉ちゃんじゃなくなるの、は、やだよ?」

「………ダメなお姉ちゃんですよ?」

「美紗ねぇ、優しいけど、厳しいよ、ね」

「妹の機微を見逃す無能お姉ちゃんですよ?」

「なら、もっと見てて、ね?」

「仕事だと割り切れない、優柔不断です」

「私も、お姉ちゃんに心配、かけたくなかった、から。一緒だ、ねっ」

 

 フシャーっ!と目を三角にして威嚇し、意地でも折れない九曜。その姿が、ゲームの中の純粋なハクヨウと重なって。

 

「やっぱり、そっちの方が良いですね」

「……ぅん?」

 

 早くに()()()()()()()()()()()()()九曜の、子どもらしい一面を見て。やっぱりこの子の姉でいたいと思ってしまう時点で、美紗の負けだった。

 

「………分かりました。もう少し、九曜ちゃんのお姉ちゃんでいても良いですか?」

「美紗ねぇじゃなきゃ、やだっ」

 

 ぽてん、と美紗にしなだれ掛かり、そのまま抱きつく九曜は、離してなるものか!とひっつき虫になる。そんな九曜を仕方ないなぁ……と優しく包み込んだ。

 

 だからこそ、直後に聞こえたのだ。

 それは直前の会話が発端ではなく。悟ってしまった自らの未来に向けた激情。

 

 鼻を鳴らし、言葉が言葉にならず、あらゆる感情を噛み殺すような、小さな小さな慟哭を。

 抑えられない悲しみの激流を必死に呑み下そうとして、それすらまともにできなくて力の籠もる腕と、悲痛な叫びが。

 

 九曜が流す、自らに迫る悲しい未来を受け止めるための涙を、美紗は絶対に見ない為に。

 

 より強く九曜の華奢な身体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前 望月 九曜

 

症状

 両下肢の神経損傷を発端とする壊死

 及び、両下肢の動脈に複数箇所の狭窄

 

 膝から下の運動機能低下に伴い、壊死の進行速度が急激に早まっている。進行速度が非常に早く、早急の処置が必要とされる。

 広範囲に進行している。また膝関節より下部の全神経損傷が原因であるため、部分的な処置での完治は不可能。再発の可能性がある。

 十年前の事故より現在に至るまで、過度なリハビリによって保たれていた筋力に著しい低下が見られる。これにより下肢の血液循環が低下し、狭窄に至った可能性が高い。複数箇所の狭窄を確認しており、何処かが流れても別の何処かが必ず詰まってしまう悪循環が起きている可能性があり、彼女いわく、一日の発生頻度が日に日に増えているとのこと。早急な対処が求められる。

 諮問の結果、仮想世界への長期間ログインが原因の一端と思われる。

 また、狭窄が壊死の進行速度を急激に早めている可能性があるが、両下肢に複数箇所の確認されており、患者の負担が大きく処置は困難。

 




 
 急展開は許して……今回の話、本当はイベント前日に起こる予定だったけど前倒しました。
 そしてようやく九曜ちゃんの容態が明らかに。

 九曜ちゃんを古参面させた本当の理由が、ここにあります。十年前の事故もゲーム開始時期も現実のリハビリパートも序章の成長も楓たちに打ち明けたのも、全部全部ここに運ぶための布石ですよ!
 この為に一話目の開始時期から布石としていました。頑張りました。もうね、何度『なんでこんな早くから始めたんだ……』と嘆いたか。

 このためですよっ!

 もうこの診断から行き着く先なんて、一つしか長いんや……(白目

 明日はPS特化を投稿します。
 Twitterの方でも告知しますけどね〜


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速度特化の入院

 シリアス……うん。シリアス?
 七夕は私の住んでる所は雨でしたが、それならそれで鵲が天の川に橋を作り、織姫と彦星がちゃんと出会えたことを祈るばかりです。
 30話以上書いてるのに、今頃になって新しいオリキャラが出ます。

 


 

『壊死』

 

 そう言われた時、思いの外あっさりと、事態を飲み込む事ができた。前々から嫌な予感はしていたし、考えないようにと目を逸らしてきたけれど、『最悪の状態』は常に思考の隅にこびり付き、離れなかった。

 

 一緒に説明を受けた時、両親は泣いていた。

 逆に、冷静すぎる自分が怖いとすら感じた。

 

 何より、進行が早いらしい。両足の膝関節下部と足首、それにいくつか小さな狭窄があって、それにより血流が滞り、結果、壊死の進行速度を早めている。

 

 ―――どうしようもない。

 

 それが、感想。

 壊死が奇跡的に治ったという事例は、数少ないがちゃんとある。けれど、私の場合は話が違う。進行速度の速さから、奇跡は望めない。第一、奇跡に縋って良いことなんて無い。

 十年前の事故による神経損傷。それが一番の原因らしい。たとえ壊死している周辺組織を切除したとしても、原因を絶たなければ、いつかまた、同じことになると言われた。

 この世界(げんじつ)で歩けるようになる可能性が無くなるのは、悲しい。けれど、生きることも何もかもを諦めて向こうの世界(かそうせかい)すら手放す気には、どうしてもなれない。

 

 あの世界は、私にとって夢そのものだから。

 だからせめて、と。お母さんと美紗ねぇに、せめてものお願いをした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「やっほー九曜!調子はどう!?」

「楓。病院じゃ静かに!」

「そう怒んないでよ理沙ぁ……理沙だって『早く早く!九曜が待ってる!』って走って――」

「わーわーわーわー!!ちょ、楓!?」

「ぷっ……ふふふっ。あはははっ」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を見て、九曜は楽しそうに笑った。検査と観察を兼ねて入院することになった九曜は、一人でいたら思考が暗い方へ暗い方へと突き進んでしまっていた。だから、そんな思考も空気も払拭してくれた二人に感謝している。もちろん、単純に可笑しかったから。

 

「聞いてよ九曜。理沙ね〜」

「なな、何でもないからね九曜!?別に早く来たすぎて鞄学校に忘れたりしてないからね!?」

「忘れたんだ、ね……ふふっ」

「〜〜〜〜〜っっ!!ちゃ、ちゃんと取りに戻ったもん!」

「そのせいでむしろ、来るの遅くなったけどね」

「楓っ!!」

 

 理沙が爆死からの赤面を決め、またわーわーぎゃーぎゃー。この後、三人揃って通りかかった看護師さんに怒られた。

 

 

 

「それで、具合はどうなの?いきなり倒れたって聞いて焦ったんだけど?」

「理沙、あの騒ぎの中でも寝てたもんね……で、大丈夫?何が起こったのか、聞いても良い?」

 

 九曜はそれどころじゃなかったが、理沙は九曜が痛みに悶ていた時も“すやぁ……”だったらしい。楓は楓で九曜共々小柄なので、九曜を運ぶ筋力など無く。近くの人の力を借りるなど、なかなかに大騒動になったらしい。

 九曜は『迷惑、かけちゃった、ね』と小さく苦笑いして、大丈夫だと続けた。

 

「大丈夫、だよ。ちょっと、足が弱くなってた、みたい」

「………それだけ?」

「ん。狭窄?っていうの、で。足の血管が詰まって、て、流れが悪い、みたい」

「今は大丈夫なの?」

「ん。今は、薬で抑えて、る。安定してる、よ」

 

 九曜が安心させるように優しく笑いながら告げると、二人はようやく力を抜いたようだった。心配してくれたことに感謝しながら、()()()()()()()()()()罪悪感を覚える。

 

「……ちゃんと治るの?」

「うん。取り敢え、ず、薬で進行は止まる、し。入院中、は、NWOできない、けど。退院したら、また遊べる、よ」

 

 悪化した原因の一端と考えられるモノをやっても良いなどという許可は当然降りず、今日も今日とて暇していたところだと嘆息。

 

「良かった〜っ!」

 

 第一回イベントは、出られないかもしれない。そんな不安が過ぎる九曜だが、おくびにも出さずに気丈に笑った。

 

「あんまり長くなった、ら、レベル抜かれちゃうかも、ね」

「あははっ、そっか!……でも楓には抜かれないと思うよ?遅いし」

「事実だけど酷いよ理沙ぁ!」

 

 サリーは初心者としてはかなり速い部類の【AGI】を持っているが、メイプルは安定の【AGI 0】なので、あまり遠くまで探索に行くことができない。だから、レベル上げもあまりできないのだ。

 

「イベントは出れそう?」

「……うん。検査入院、だし。しばらくは絶対安静、いわれた、けど。でも、大丈、夫っ」

「……そっか。なら、イベントの時は約束だよ」

「ん。三人、で、トップ独占、ねっ」

 

 『おーっ!』と高らかに声を上げたので、また怒られた三人だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 楓たちがお見舞いに来てから数日。

 私は今日も、安静にベッドに横たわっていた。

 

「は、ぁ。ひまだ、なぁ……」

「症状も落ち着いていますし、良いことですよ。九曜ちゃん」

「今が、良いこと、ね……」

「っ………すみません。失言でしたね」

 

 確かに今は、鎮痛剤と血管の狭窄を起こさないための薬を投与しているから、壊死の進行もこれまでより落ちた。けど、それは薬で進行を抑制しているだけ。狭窄は完全に治ったわけじゃないし、壊死も緩やかながら進行中。

 

「保って、二ヶ月、か……」

 

 それが、私の足のタイムリミットらしい。それ以上は、進行速度から推測して膝より上にも壊死が進行し、もはや()()()()()()()()()他に手が無くなる。それ以前に今ですら。

 

「膝より下、全切除、推奨……だっけ」

 

 それが、学校で倒れた日の夕方に知らされた、私の残された道。現実で、私の足で立つことを諦めろという、最悪の宣告。

 幼い頃の事故で神経損傷したことが、そもそもの原因らしい。これについては、先生もむしろ褒めていた。

 

 曰く。

 

「『九曜さん(わたし)の続けてきた過酷とも言えるリハビリがなければ、もっと早く同じ結果になっていた』……か」

 

 なん、なのそれ。その時は、本当に頭が真っ白になった。その言い方ではまるで……まるで。

 

「―――それ以上は、駄目ですよ。九曜ちゃん」

「っ!………ごめん、美紗ねぇ」

 

 そう。これ以上は、考えない方がいい。頭がおかしくなりそう。これ以上は私の十年が()()()()()()()()()()()()()

 そんな考えを払拭しようと、ベッドの横でりんごの皮を剥いている美紗ねぇに視線を向けた。

 

「ふふ……なんですか?」

「美紗ねぇ……仕事、良い、の?」

「九曜ちゃんがリハビリできない分、時間が余っていまして。同僚の中でも私が九曜ちゃん大好きなのは広まっていますし、九曜ちゃんも私といる方が安心するでしょうから、何かと融通してくれてたりします」

「それ、大丈夫じゃないん、じゃ……美紗ねぇと居るの、が安心は、合ってる、けど……」

「なら、問題ありません」

 

 『あーん』と差し出してくるりんごにパクつき、そのままポスンと倒れ込む。

 

「お行儀悪いですよ」

「たまには、ね」

 

 信頼できる人と、二人だけでいる時なら、気を抜きたい。それに、今は考えたくないことが沢山あって、少しでも気を紛らわせたい。そう思っていたら、美紗ねぇが『仕方ないですね』と笑って、続ける。

 

「そうそう。何も今日は、私用だけでここにいる訳じゃありませんからね?」

「どういう、事?」

「お仕事と、提案と、仲介……ですかね?」

 

 ……うん。余計に分かんなくなった。

 けど、仲介って言うことは、私が知らなくて、美紗ねぇの知り合いが来るってこと?

 

「だれか来る、の?」

「大変遺憾ですが、知り合いの研究者です。九曜ちゃんの狭窄の原因が長時間の仮想世界へのログインであるとは立証されていませんから、その確認ですね。あとは、その人との繋がりのある方も四人」

「遺憾、なの?」

「違いますよ?()()()()()遺憾です。彼とは学生時代に知り合いましたが、私がどれだけの迷惑を被ったか……っ!アイツはそういう所が馬鹿すぎて面倒なんですよ!あのやろーっ!」

 

 み、美紗ねぇが荒ぶってる……。ていうか口調も荒れに荒れてるし、呼び方が『彼』から最後は『あの野郎』になってる……相当嫌いなのは伝わったけど……。

 そろそろベッドをバンバン叩くのをやめてほしい。揺れる揺れる……。

 

「……っと、失礼しました。彼はトラブルメイカーですが、立派な研究者でもありますので、トラブルメイカーですがその点だけは信頼できます。トラブルメイカーですが。」

「………その人、ホントに大丈夫、なの?」

 

 トラブルメイカーで信頼できるのが研究者としてはちゃんとしてることのみって、普通に考えて大丈夫じゃない。そんな人と、会わなきゃいけないのだろうか。

 

「彼については置いておきましょう。嫌でも顔を合わせるので、できれば考えたくありません」

「そ、か」

 

 うん。ワード出すのもNGなんですね分かりました。美紗ねぇにこの話題振るのはやめよう。ふと窓の外を眺めてたら、駐車場から五人の人が歩いてきてるけど無視しよう。人数しか一致してない。

 それならば、先に美紗ねぇが言っていた3つのうちの一つ、美紗ねぇがここに仕事で来たという話を聞いたほうがいいかもしれない。

 

「美紗ねぇ。仕事、は?」

「え?ですから……あ、いや、そういう事ですか。ここにいる目的の方ですね?」

「ん」

「詳しくは、彼らが来てからになりますから、来てから話しましょうか」

 

 それも、後なんだ。

 

「―――ですが」

 

 あれ、まだあるんだ。

 

「なに?」

「今回の『仕事』ですが、重要な事が一つ」

「重要な、事?」

 

 柔らかに微笑んだ美紗ねぇが、何を思っているのかは分からなかった。けど、その笑みは私に対する深い慈愛からくるものだと感じる。

 

「それは、九曜ちゃんの選択です」

「選、択?」

「えぇ。全部を知って、受け止めて、九曜ちゃんが自分で選ぶ道で、私の仕事が変わります」

「そう、なの?」

 

 何を言っているのか、私にはさっぱりだった。

 首を傾げれば、美紗ねぇも合わせて微笑んでくる。どんな選択を迫られるのか分からないけれど、美紗ねぇのことだ。きっと、私にとって悪いものじゃない。

 

「まぁ昔ならどうなったか分かりませんが、今の九曜ちゃんなら、選ぶ道は一つだと信じていますから」

「?……どういう――」

 

 その答えを求める前に、扉がノックされた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 まず入ってきたのは、どこか見覚えのある顔立ちをした、黒髪の男性だった。九曜は首を傾げ“どこかで見たような……?”と考えるものの、一向に答えが出ない。

 

「来ましたね、板見(いたみ)くん」

「あぁ。連絡が来た時は驚いたよ、(ひじり)さん」

 

 そんな端的な挨拶を交わした板見と呼ばれた男性は、九曜に向き直り、改めて挨拶をした。ついでに、久しぶりに美紗の名字を聞いた気がした九曜。

 

「始めまして。俺は板見。板見知人(ともひと)という。聖さんの友達です」

「望月九曜、です。美紗ねぇの妹」

「彼の妄言ですよ九曜ちゃん。彼の名前の通り、ただの知人(ちじん)です。名字の読みも合わせて、『人の痛みを知る』って覚えればいいですよ?そして大好きです九曜ちゃん。私は九曜ちゃんの永遠のお姉ちゃんですからねっ!」

「ちょ、酷いな一緒に研究した仲だろ?友情を感じていたのは俺だけかよ……それにその覚え方は物語の主人公みたいで止めてくれ」

「知人は知人です!私が何度貴方と付き合っていると勘違いされ被害を被ったか……っ!!」

 

 わーわーぎゃーぎゃー。

 

 だがそんな二人の言い争いそっちのけで、九曜は覚えのある名前に呆然としていた。

 

「板見、知人……?

 何年か前、に、『仮想現実の医学転用と患者のストレス軽減への一考察』、で、VR技術を医療に、積極的に取り込むきっかけ、を作った、人……?」

「ほう、こんな小さな子にまで知っていただけているとは、嬉しい限りだありがとう!」

「あーっ!!」

 

 がっ!と九曜の手を握って感謝を伝える板見に、美紗が声を荒らげる。そして一瞬で板見の手を九曜と振りほどくと、そのまま胸元に抱き寄せて自分のものアピール。

 

「九曜ちゃんは貴方如きが触れていい子じゃありません!あっちに行きなさい!しっしっ!塩、塩撒かなきゃ……っ!九曜ちゃん、すぐ追い払いますからね!」

 

 そのままナースコールに手を伸ばし、今にも押しそうな美紗を押さえつける九曜。

 

「離してください。すぐに九曜ちゃんを浄化しないと!『あれ』の『あれ』な感じの『あれ』な部分が九曜ちゃんにもくっついちゃいます!」

「俺は菌か何かか……」

「似たようなものでしょう!?」

「流石に酷すぎるだろう!?」

 

 ………なるほど、と、九曜。

 

「仲良い、ね」

「「良くない!」」

「よく見て九曜ちゃんこいつと私のどこが仲が良いと言うのですかこんな女誑しで顔だけ良い癖に性格最悪なマッドサイエンティストの良いところなんて顔しかありませんよ取り柄も研究得意も研究苦手は研究以外全部のダメ人間です確かに研究については天才的ですし結構気が利きますし運動神経も無駄に良いですが研究に没頭するこいつにいつもいつも振り回されて挙げ句彼女とか不本意極まりない勘違いをされ続けてこんなのと仲良いなどと間違っても言わないでくださいねっ!」

「よく考えるんだ望月ちゃんこんながさつ女と俺の何処か仲がいいと言うんだ顔は確かに良いし可愛い物好きなのも女性らしいとは思うがこんなマッドも怯えるドS看護師とか頼まれても願い下げだ取り柄はドSなのに偶に優しくて料理が上手で無駄に気が利いて困ってる人が放っておけないとかそのくらいしかない暴走女だぞ癒やし系とか言われてるがこんなの癒やし系(笑)も良いところなんだ仲が良いとか不本意極まりない勘違いはやめてくれ!」

「「はぁ……はぁ……はぁ……あ"ぁ"ん!?」」

 

 それぞれ一息に言い切って、息を整えつつも頭突きしながらメンチを切り合う。やっぱり仲良しだ。何よりこんなに感情豊かな美紗を初めて見た九曜。純粋な怒りを他人にぶつける美紗の姿は、結構新鮮だった。

 というか、二人の言っている内容がかなり詳しいことを言っていたような。それに嫌い合っているように見えて、半分くらい褒め言葉だった気がするのは気のせいだろうか。

 

「ふ……ふふふっ、あははっ!」

 

 だから自然と、笑いが溢れた。

 そんな九曜を見て、息も絶え絶えな二人は言い争っていた事が阿呆らしくなる。

 

「はぁ……これ以上は不毛ですね」

「だな……なんかアホらしくなった」

「ですね……」

「もう、終わり?」

 

 さっきの掛け合いが面白かったから、思わず笑ってしまったのだが……もう終わりで残念。

 

 メンチを切り合っていた二人も肩の力を抜いて、ベッドの脇の椅子に座り込んだ。

 

「さて。俺のことは知っているようだし、自己紹介はいらないかな?」

「非常に……ひっじょ―――っに不本意ですが、貴方はその道では有名ですからね。賢く可愛い九曜ちゃんなら知ってても不思議ではありません」

「前まで、も、VR技術の、医学転用は考えられてきたけ、ど、それを積極的に推進した人、でしょ?仮想世界で、正常な体を持つこと、は、患者のストレス軽減、や、カウンセリングに、応用できる……って。あと手術とかの、麻酔の代わりになる、て。ほかにも……」

「――他にも、あまり言いたくはないが、終末期医療患者や重篤症状の患者に対し、辛く苦しい治療を少しでも緩和するために、普段から肉体との伝達信号を全て遮断し、VR空間で痛みや苦しみを感じずに過ごしてもらう。……うん。よく知っているね」

 

 九曜が一瞬言うのを躊躇った様子を見て、板見が続きを補完した。

 

「美紗ねぇ、知り合いだったん、だ」

「望月ちゃん。知り合いじゃなくて友達だ」

「顔見知りです」

「知人よりも下がってないか!?」

 

 仮想技術と医療の目覚ましい発展のきっかけを作った板見は、その道では名の知れた有名人だったりするのだが、そんな人と友だ……知り合いの美紗に驚かされっぱなしの九曜。

 

「全く。こんな雑談をするために呼んだわけではありません。本題に入りましょう。それ以外貴方とはもう話しませんすぐ帰って。さあ、さあっ」

「いい加減辛辣すぎないか?」

「当然の結果です」

 

 『ふんっ』と腕を組みそっぽをむいて、如何にも“私、あなた嫌いです!”と言いたげの美紗に、板見ががっくりと肩を落とした。

 

「聖さんは昔から変わらないな……仕方ない。早速だけど本題に入ろうか」

「は、い」

 

 居住まいを正した板見が九曜に向き直り、本題に入る。

 

「さて。望月ちゃんは、今の俺の研究テーマを知ってるかな?」

「いい、え」

「まぁ当然だな。発表もまだだし、まだデータ取りもまともに進んでないし」

 

 なら何故聞いた……とジト目になる九曜。後ろで美紗がメンチを切り、二人の様子に板見あわあわ。『なんかごめんなさい』と頭を下げた。

 

 それから何とか持ち直した板見。

 

「俺が今行っているのは――」

 

 

 まだジト目に晒されている彼だが、不意に“にやり”と口角を歪め、『望月ちゃんにとっても、きっと良い話だ』と笑う。

 

 それから告げられた言葉が、九曜のこれからを変えていくこととなる。

 

 




 
板見知人
 工学系大学と医学系大学の両方を卒業し、その両方に沢山の太いパイプを持つ研究者。VRの技術を医療に積極的に取り入れるきっかけを作った人で、界隈で知らない人はいない。なお、作中で九曜ちゃんが言った【〜〜(長い…)の一考察】は、実は大学の卒論。その時点で有名になり過ぎた人。まぢもんの天才。
 この人の事を『ちゃんと知ってる』ために、九曜ちゃんを賢くしたって裏事情もある。
 黒髪長身のイケメンで、美紗さんとは数年来の付き合い。というか悪友。顔を合わせる度に言い争いをしていて、喧嘩するほど何とやらの典型例みたいな間柄を築いている。
 SA○で茅場さんが医療にVRシステムを取り入れたように、この世界ではその道の第一人者……とは周囲の思い込みで、会話からわかる通り結構軽い人。この人の台詞で絶剣を思い出した人は間違いじゃない。そういう考察だから。

聖 美紗
 九曜ちゃん大好き。これに尽きる。ミザリーと言ったら聖女。という安直な理由で名字決定。今回もシリアスを書こうとしたけど、この人の存在がそれを許さなかった。
 大学時代に、板見さんと付き合ってるという不本意極まりない噂が立ったけど『彼も私同様に否定してますし、このままでも良いですよね』と放置した。実は板見が有名になった卒論の共同研究者だが『私は情報提供者なだけですー!』と言い張って名前は頑なに載せなかった。


 明日はPS特化ですー


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母 在りし日の悲劇

 助けてください。防振り二次なのに、最近は防振り要素が欠片もありません……。

 この世すべての理不尽が無くなりますように。

 


 

 その日は、暖かな春の日だった。

 

「おかーさん……きょうも、おしごと、なの?」

 

 寂しげに瞳を潤ませた女の子が、私の足にしがみつく。その愛らしい行動に、何度抱きしめてあげたい衝動に駆られたか、もはや覚えてはいない。

 

「今日のお仕事はお昼までだから、お昼ご飯はお外に食べに行きましょうか」

「ほん、とっ?」

「えぇ。だから、いい子にして待ってるのよ?」

「うんっ」

「お義母さん、いつもすみません」

 

 保育園は何処もいっぱいで、我が子を義母に任せて仕事に行く我が身が恨めしい。子どもの数が減ってるのに、待機児童が無くならないことに愚痴を溢したくなるが、むしろ我が子の愛らしい姿を存分に見ることができる私は勝ち組なのでは……?

 

「良いんですよ、(ひかり)さん。気をつけて行ってらっしゃい。()()()()()、ばぁばとお留守番しましょうね」

「はー、い!ばぁば、あとでこーえん、いこ?」

「はいはい。ばぁばは早く走れないから、ばぁばに合わせてくれると嬉しいねぇ」

「わか、った!おかーさん、はやく、かえってきて、ねっ?」

 

 きゃっきゃっとはしゃぎ、ピョンピョン飛び跳ねる九曜は、絵を描いたりお人形遊びをしたりするよりも、外で走り回ることが好きだった。その次が本を読むこと。好奇心旺盛で、外で見つけたものを図鑑で調べたり、本で見たものを外で探したり。泥だらけになって戻ってきた時は慌てたけれど。

 

「えぇ。九曜の為にすぐに帰ってくるからね」

 

 活発で、明るくて、何でも自分で調べようとする好奇心旺盛な九曜が可愛くて、義母もとても可愛がってくれている。けど、九曜の一番は私のはずだ。異論は認めない。認めたら母として危機である。絶対に認めない。認めないったら認めないっ!

 

「うぅ……九曜が可愛すぎて、仕事に行きたくありません……」

「馬鹿なこと言ってないで、早く行きなさい。遅刻しますよ」

「え……あぁっ!?じゃ、じゃあ九曜、お母さん行ってくるね!」

「いって、らっしゃ、いっ」

 

 九曜が可愛すぎて辛いです。可愛すぎて抱きしめてたら、家を出る時間ギリギリになっていた。それもこれも九曜が可愛すぎるのが悪い。いや、九曜はとっても良い子。天使。九曜は悪くない。つまり悪いのは私ですはいごめんなさい……。

 お見送りの『にぱーっ!』も可愛かったよ九曜愛してるぅーっ。

 

 

 いつも通りの朝の一幕。

 いつも通りの、変わらない風景。

 

 それが変わったのも、こんな何気ない普通の日だったんだ……。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「え?お義母さん、九曜と近くまで来てるんですか?」

『そうなのよ。(ひかり)さんのお迎えに行くって言ってね?一度戻るのも手間ですし、外食をするなら、そのまま合流しちゃいましょ?(ひかり)さんとしても、家に戻るのは二度手間でしょうし』

 

 九曜ニウムでやる気全開になったので、速攻で半日の仕事を片付け帰り支度をしていると、義母から電話がかかってきた。

 なんでも公園に遊びに行ったは良いものの、元気すぎる九曜に義母が付いていかれず、家に帰ってまた外食に出るのが大変らしい。それを九曜に相談すると、『ならおかーさん、おむかえいく、のー!』となったらしい。気遣いもできる我が子。偉い。確かに公園からなら家と私の仕事場で、仕事場の方が近いものね。流石九曜。合流したらナデナデしてあげよう。

 

「分かりました。これから出るので、九曜にも伝えてあげて下さい」

『分かったわ。『おかーさん!』あらあら、九曜ちゃん?』

「九曜?」

 

 電話口から愛娘の声が響く。どんなに耳がキーンッてなっても、九曜の声ならば可愛いものだ。いくらでも聞くよ、お母さんだからっ!!

 

『くよーが、おむかえいく、ねーっ!』

「ふふっ……えぇ、お母さんもすぐに行くわね」

『う、んっ!』

 

 きっと満面の笑みを浮かんべてるんだろうなぁ……と、自然と頬が緩んでしまうけど、九曜が可愛いからいけないのだ。

 いや、九曜は良い(以下略)。

 

 愛娘から元気を貰い、仕事場をあとにする。口元を緩ませていたら、後輩の女の子に気持ち悪がられた。ふんっ、九曜の可愛さを知らない可哀想な人なんて知ったこっちゃありませんとも。

 あぁ、早く九曜に会いたい。

 半日でこれなのだ。できれば我が子を一日中抱きしめてナデナデしてすりすりしてぐずぐずにふやけさせたいのだけど、それは次のお休みの日に取っておこう。ほっぺをふにゃふにゃに緩ませて眠る九曜と言ったらもう……もうっ!である。

 

「はっ!九曜がお迎えしてくれるなら、抱っこしてぎゅってして甘々にしなければっ!」

「先輩……」

 

 休日も楽しみだが、今は目先の天使を逸早く堪能するために急ごう。九曜、お母さん今行くよ!なんか後輩の呆れの視線が痛いけど、そんなの気にせず全力で走るよ!

 

「それじゃあ、お先に上がるわねっ!」

「はーい。娘さんと精々いちゃいちゃしてくださいね」

「えぇ、是非ともそうさせてもらうわ!」

「皮肉が通じない……」

 

 いざ行かん、我が愛し子の下へ(ヴァルハラ)

 

 

 

 

 

 

 

 職場を出ると、頂点に達した陽光と軽やかな風が気持ち良い。これは帰ったら、縁側で九曜とお昼寝も良いかもしれない。程よく暖かくて、きっと寝心地も良いだろう。何より九曜と一緒なら、安眠が約束されたも同然。

 お迎えに来てくれるなら、天にも昇る気持ちである。いや、まだだ。天に昇ったら九曜を抱きしめられない。なにそれ天国という名の地獄だ。九曜こそが私の天国っ!

 

『あ!おかーさん!』

 

 おや?お母さん早く九曜に会いたいよー!と思ってたら、幻聴が聞こえた。我が子の可愛い声が離れた所から聞こえた気がする。

 

「おーい!おかーさーんっ!」

「………はっ!九曜?」

 

 うんやっぱり幻聴じゃなかったらしい。横断歩道の反対側で、体を目一杯使って笑顔で手を振る天使が見えた。何あれかわいい。後ろには義母が見え、やっぱりあれは九曜だと分かった。

 付近の人も九曜を微笑ましそうに見ている。どうだ。我が子は可愛いだろうそうだろう。自慢の子ですありがとう!

 

 “にへら〜”と自分の頬が顔が緩むのを感じながら、胸の前で小さく手を振り返す。私の返事に気付き、ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる。やめて、可愛すぎて私のライフはもうゼロよ。

 

 やがて車の信号が青から黄色、赤に変わり、少しして目の前の横断歩道の信号が、赤から青に切り替わった。

 『すてててーっ!』という効果音が付きそうな軽やかな足取りで九曜が先頭に躍り出て、そのまま一直線に私の下に走ってくる。全く、右左をちゃんと確認しなさいと何度言ったら分かるのだろう。いや、普段はちゃんと確認してるや。つまり何よりも優先された私。どうも勝ち組です。けど、抱きついてきたらちゃんと注意しよう。

 

 そう。母たる私が、ちゃんと手本を見せ――

 

 

 

 

「っ!―――九曜、だめ!!」

「―――えっ?」

 

 その時あらゆるものが、やけにスローモーションに見えた。九曜に注意するために、きちんと左右を確認した時に視界に入った、猛スピードで突っ込んでくる大型トラック。うつらうつらと船を漕ぐ運転手。信号が青になったばかりで、ただ一人中央付近に飛び出している九曜。

 気付いた時には何もかもが遅くて、九曜を守るために足を動かそうにも、スローモーションな世界では遅々として進まなくて。

 

 

 ―――間に合わない……っ!

 

 

 そんな絶望が、脳裏を過った。

 九曜は今になってようやく気付き、恐怖から蹲ってしまった。無理もない。けれど、それこそがいけない。心は『早く早く』と急かすのに、反比例して全く付いてこない足。これじゃあ九曜を助けられない。もう間近に迫った大型トラックに多くの人が気付き、誰もが動きを止めてしまった。

 

 

 せめて、せめて誰か。九曜を助けて!

 

 

 そうして必死に手を伸ばす私は、娘を失う恐怖に視界が歪み、涙でボヤける。それでも足を動かして、一歩でも前へ。少しでも、九曜に手を伸ばす。

 

 すると。

 

「九曜ちゃん―――っ!!」

 

 九曜の後ろから、足腰が悪いはずのお義母さんが物凄い速さで走っていた。スローモーションに流れる世界で、私なんかより断然早く、鬼気迫る表情で九曜を助けんと走っていた。

 お義母さんは信じられない速度で走ると、ギリギリのタイミングで九曜と車体の間に割り込み、次の瞬間、九曜を突き飛ばした。

 突っ込んでくる大型トラックの速度から、抱きかかえても守りきれないと判断したのだろう。自分の走る速度の全部を突き飛ばすエネルギーに変えて、入れ替わるように九曜が外、お義母さんが正面に残された。

 自分がどうなるか、分かっていただろうに。不思議そうに目を丸くする九曜にお義母さんは微笑み、次いで私に顔を向けると。

 

 

 

 

 ―――良かった…

 

 

 

 

 辛うじて読み取れた口の動きは、そう呟いていて。安心しきったように、笑っていた。

 

 

 ドンッ!というお義母さんが弾き飛ばされる鈍い音と同時。

 

グシャ……

 という、()()()()()()()()()()が、聞こえた気がして。

 

 

 

「いやぁぁああああああっ!!」

 

 

 全身から血を流して倒れる義母と、タイヤに足をグチャグチャに轢き潰された九曜を見て、私は目を覚ました。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁ……っ、夢……?」

 

 九曜の母。望月曜は、冷や汗でシャツをぐっしょりと濡らして目を覚ました。かつての……十年前の事故の光景をこうして夢で見たのは、九曜の異変があったからだろうか。それとも今日が事故のあった日……義母の命日だからだろうか。

 あの事故で義母は亡くなり、娘は一生歩けない身体になった。案の定、運転手は居眠り運転。春の暖かな陽気など言い訳にならない。ふざけるな、理不尽だ、不合理だと、この世の運命すら呪った。けれど時間が巻き戻ることはない。

 

「九曜……」

 

 先日学校で倒れ緊急搬送された九曜を想い、涙が頬を伝う。告げられた症状は、壊死。

 それを聞いた曜は、『ついに来てしまった』と涙した。なぜなら曜は、十年も前からいつかこの日が来ることを聞かされていたのだ。

 膝関節下部より全神経損傷、筋繊維の断裂、複雑骨折。確か血管も複数箇所損傷しており、本当に膝から下が()()()()()()()()()()()()だった。それでも曜は走り回るのが好きだった九曜が、また自分の足で走れるようになる奇跡を信じ、切除だけはやめてくれと懇願した。

 大量の積載物も積んでいた車両総重量二十トンにもなった大型トラックの前輪と後輪に、()()()()()()のだ。繋がっているだけでも、本当に奇跡だった。

 

「九曜……っ!」

 

 事故を起こしたのは運転手だ。しかし今回の壊死は、かつての曜が招いた結果(エゴ)だった。『いつかきっと』などという奇跡に縋り、決断に踏み切れなかった末路。それが、九曜を苦しめた。

 

「どうして……どうしてなのよ……っ!」

 

 壊死だけじゃない。九曜は、別の苦しみとずっと戦っていたのに。身を切る程の激痛に、ずっと耐え忍んでいたのに。どうして九曜は言ってくれなかったのか。そんなものは()()()()()()()()()()()()()()九曜を何年も見続けていれば明白で。その強がりに気づかない振りをして、ずっと曜が自分と九曜を誤魔化し続けてきたツケが回ってきたのだ。

 

「折角、昔のあの子に戻ってきたのに……っ」

 

 明るくて、純真無垢だった天真爛漫な九曜。

 あの事故の後、九曜を助けられなかった自らを嘆き、九曜が大好きだった義母すら喪ったことに何度も何度も、何日も謝り泣いていた時期があった。精神科病院に罹り、うつ症状だと診断された。

 

 曜は今でも思い出せる。

 

 そのすぐ後だ。九曜が変わったのは。

 

『―――()()()()()()()()はだいじょうぶだよ。だから、なかないで?』

 

 心配の表情と()()()宿()()()()()()()()()()の九曜が、それまでのつっかえつっかえな喋り方も『おかーさん』も『くよー(九曜)』も辞めて、優しく囁いてきた。

 それが九曜が大事なモノを奥底に秘めた瞬間で、曜の目が覚めた瞬間だった。何よりも、娘にこんな辛い思いをさせてしまっている自分に恥じ、悲しみに嘆くのをやめた。少しずつ現実と向き合い、九曜と向き合い、うつ症状を改善していった。

 

 

 

 ………けれど、完全に大丈夫だと言える頃には、九曜から天真爛漫さが失われていた。

 

「やっと。やっとなのに……」

 

 NWOを始めてからだ。十年経ってやっと、九曜が変わり始めた。いや、正確には戻り始めた。

 元の明るさと今の落ち着きが混ざり合い、()()()()()()()()()()九曜がやっと年相応になれた。

 

 ゲームの世界で走り回れるようになった九曜は、少しずつ明るさを取り戻した。その様子を見て、曜はやっぱり変わっていないと悲しくなった。九曜は昔のまま、外で走るのが大好きで、本が大好きで、思ったままに動き回る好奇心旺盛な、幼い九曜のままだということに。

 

 

 悲しいはずなのに、やっぱり嬉しかった。

 九曜の中にまだかつての幼いあの頃が、ちゃんと残っていることが。自分のせいで無くしてしまった心が、ちゃんと戻ってきていたから。

 

「どうして、今なのよ……どうして、『あれ』が原因なのよ……っ!!」

 

 折角、娘が走り回れる世界だったのに。

 折角、心が戻ってきていたのに。

 その世界が原因で今度は現実の九曜が苦しんでいる。その事が、自分の事のように痛かった。

 今の九曜を見ていれば分かるのだ。九曜がVR世界を捨てないことが。宝物を眺めるように瞳をキラキラさせてあの世界に行く姿を見ているから。ゲームの事は詳しくなくても、九曜の表情が何よりも『大切』だと物語っているから。

 

「取り上げられるわけ、無いじゃない……っ」

 

 主治医から義足の準備を勧められ、同時に告げられたのは、たとえ退院しても、九曜をVRゲームにログインさせない事。長時間のログインは血流を停滞させ、狭窄が悪化する。薬で痛みと狭窄を和らげることはできるが、完全ではないからだ。数日後に一時退院する予定の九曜がVRゲームに触れないよう、家でも気を付けてほしいと言われていた。今できるのは、()()()()()()()()()()()()壊死の進行を少しでも抑えること。

 手術自体はそう難しくない。だから、事前に義足を用意し、術後なるべく早くリハビリに入れるよう、義足を準備するために、進行を遅らせなければならない。

 

 けれど。

 

「あの子からこれ以上私が何かを奪うなんて、できないわよ……」

 

 それが、九曜にとって宝物であればあるほどに、尚更のことだった。

 曜は九曜が心を抑えていることを知っていながら、これまでそれに縋ってきた。だからこそ、もうしたくないのだ。娘の悲しむ姿も、諦めた瞳も見たくないのだ。

 

 だから。

 

「………私にできることは、九曜にとっての幸せな選択を、信じてあげること」

 

 かつてのエゴによる選択じゃない。

 九曜にとっての幸せとなる選択を求めて。

 

 




 
 お祖母ちゃん……(泣
 九曜と公園に行く前には早く歩けないなんて言ってたのに、九曜がピンチになると(ひかり)さんがビックリするほど速く走る。
 最初で最後の、火事場の馬鹿力でした。
 しかしそれも報われず、突き飛ばされた九曜ちゃんは、運悪く足がタイヤの下敷きになりました。目の前で見ているしかできなかった曜さんは、どれほどの絶望だったのでしょうか。

 ちなみに九曜のお父さんの名前は九重(くのう)といいます。九重と苦悩を掛けてたりはしません。
 一度もまともな登場シーンありませんが、ちゃんと九曜ちゃんのこと愛してますし、お家改築したり車椅子用意したりできるくらいには、バリバリ稼いでます。勿論十年前の運転手からもめちゃくちゃふんだくったけど。
 てか九重さんの出番、全く無さそうなのよね……お母さんの愛情が海より深いし。
 『九』重と『曜』の娘だから『九曜』
 全員キラキラネームっぽい。



 嗚呼あと補足ですが、地の文で義足を作ることに触れていましたが、これは医者の判断。

まとめると、
『切除しかありません。しかし、まだ猶予があります。その間に、娘さんが少しでも早く社会復帰できるよう義足の準備を考えてください』

 って感じですね。板見さんとは関係ない所で進んだお話で、あくまでも医者から曜さんへの助言です。九曜ちゃんも関与してません。
 今話は九曜と板見さん邂逅の裏でのお話。次回以降で九曜の方で起こった事と、曜さんの出来事が交差し全てが決まり、動き出します。
 超長かった……っ!

 明日はPS特化ですー


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速度特化の身バレ

 『空想科学』のタグ追加。
 所詮、物語の中だけの空想だからっ!てか感想で半ば答えに行き着いてる人もいて、わりかし困ってる。九曜ちゃんにとっての救いがよく分からなくなってきたこの頃です。
 今回は時間軸が行ったり来たりしますよ。頑張って付いてきて!

 


 

 

 ―――それは、九曜の入院二日目に遡る。

 

 九曜の入院期間は、およそ一週間。

 健康状態自体は問題ないものの、当然ながら彼女の症状は非常に重いと判断され、ある程度狭窄の症状緩和、及び壊死の進行が緩やかになるまで、退院は認められていなかった。

 

「……どうしても、いけませんか?」

「患者の容態を悪化させかねない物を、なぜ医者が許容できる」

「ですが彼女は今、それこそが必要なんです!」

 

 美紗は、九曜が非常に不安定に見えていた。

 いや、或いは落ち着いている。落ち着き()()()程に。そんな九曜のことを病室で人一倍見ている美紗は、今の九曜の心が分からなかった。

 

 状況を、受け止めている。

 症状を、受け入れている。

 楽しそうに、笑っている。

 

 ()()()()()()()()()

 美紗は、九曜の本質をちゃんと知っている。天然で。明るくて。努力家で。ぽわぽわしていて。みんなを和ませる天才で。

 

「……優しいんです、あの子」

 

 自分よりも、誰かを慮る優しい心の持ち主。

 

「九曜ちゃんは知ってるんです。自分が悲しんだり、苦しんだりすることで、()()()()()()()()()()()()ことを」

 

 例えば、九曜の母。九曜を助けられなかったことを深く後悔し、心を擦り減らした母を見て、九曜は自分の想いに蓋をした。

 

「自分が、誰かを悲しませてしまう事に耐えられないんです」

 

 例えば、楓や理沙。小学校からの親友の二人が、自分の事で悲しむ姿を見たくない。

 

 例えば、美紗。九曜が姉と慕う彼女には、いつも笑顔でいてほしい。その想いがあるからこそ、九曜は美紗に何も言わなかった。

 

「でもそれだと、いつか心を壊してしまう」

 

 夢を持ってゲームに飛び込んだ事を愚かだと言い、自己嫌悪したように。今回はそれ以上に、危うい状態だと思ったから。

 

「あの世界には、九曜ちゃんが築いた繋がりがあるんです」

 

 ハクヨウが紡いだ繋がりは、決して他の誰かが紡いだモノじゃない。九曜だったからだ。クロムの悪態を否定し隣に並んだのも。イズが絆されたのも。カスミに半眼を向けながら協力したのも。正反対なのにそっくりなミィを励ましたのも。シンやドレッドに気に入られたのも。マルクスに『楽しい』と言わせたのも。全部全部、九曜なのだ。

 

 その繋がりが絶たれている今の九曜は、絶望の暗闇で覆われている。人の優しさを感じていても、心は泣いているように美紗は感じていた。

 

両足(ゆめ)仮想世界(きぼう)も失ったら、あの子は壊れてしまう」

「ご両親には義足の準備を勧めている。それに何も、永遠にゲームができなくなる訳ではない」

「けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、ご存知のはずです」

 

 四肢の喪失とは、それだけ精神に掛かる負担が大きいのだ。『ある』のに『ない』。『動かない』けれど『動く』。仮想世界と現実世界とのギャップに翻弄され、まともにアバターの操作ができなくなる症例が非常に多い。

 ましてや、九曜は【AGI】特化。足の速さでは折り紙つきの彼女だが、その速さこそが仇となりかねない。最悪の場合、仮想世界でも歩けなくなる。こんな形で、九曜から仮想世界を失わせてはいけない。

 

「だからせめて……少しの間だけでも、あの子を不安から開放したいんです」

「―――それこそ、一時凌ぎに過ぎない」

 

 そんな事をすれば、むしろ現実を直視し、立ち直れないかもしれない事は分かっている。今は良いだろう。苦しみを忘れられるだろう。だが、その後は?術後両足を失った彼女が、幸せな過去を思い出し、また傷つくことになる。叶わない夢を見て、現実を受け入れられないかもしれない。

 

仮想(ゆめ)から覚めて、現実での最善を考えろ。義足で歩けるようにリハビリし、社会復帰することが、我々にできる最善だ」

 

 それだけ言って部屋を出ていく主治医。

 ()()()()()分かりきっている。

 言葉にするには難しすぎて。『目の前の九曜』しか見えてないことも自覚していて。未来において九曜が苦しむ可能性なんて考えないで。

 

()()()()。今あの子の涙を掬ってあげたい」

 

 美紗の思いは、それだけだった。

 九曜が美紗のことを姉のようだと言った日から。美紗は九曜の姉で、九曜は美紗の妹だから。

 

「今掬ってあげないと未来なんて無いんです。()()()()()()は、私達の次善未満なんですよ……」

 

 優しくて、我慢強いから、九曜は叫び声をあげない。助けを求めるより、涙をこらえてしまう。その上で、気丈に笑うのだ。つい最近ようやく出せた、本当の笑みを永遠に失って。

 

 

 

 現実も、仮想も救う。荒唐無稽な夢物語だとしても、それだけが九曜にとっての最善だから。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はぁ……ままならないものですね」

 

 帰宅した美紗は結局、主治医の説得は失敗に終わったことに、肩を落とした。『病院内からのVRゲームへのログイン』であれば、九曜のメンタルケアと同時に、常に状態を確認でき狭窄などの症状にも逸早く対応できる。だからこそ毎日とは言わずとも週一回くらいは認めてほしかったと、抱きしめていた羊のぬいぐるみをギュウギュウ抱きしめて顔を埋める。

 

「……いいえ。分かってるんですよ。私の訴えが特別扱いだってことも、九曜ちゃんの症状を考えれば到底不可能だということも」

 

 何しろ、原因の存在を容認しろと言ったのだ。そんな事を医者が、病院が許すはずが無いし、許すという前例も、作ってはいけない。

 

「メイプルとサリー……いえ、こちらでは楓さんと理沙さんでしたか。二人といる時も、私には泣いてるようにしか見えなかったのに……」

 

 夕方に来た二人の少女が九曜のお見舞いに来ていたので、こっそり覗いた時だった。仕事中だったので婦長に怒られたし、自分が部屋の外から覗いていたから、三人が騒いでるのが婦長にバレてしまったのだが、話している時の九曜は、美紗には泣いているように見えた。

 

「或いは……罪悪感に、押し潰されそうな」

 

 九曜からは、例え楓や理沙に会って容態を聞かれても、壊死のことだけは言わないで、とお願いされている。九曜はその時一緒にいた九曜の母にもお願いしていてあの二人を絶対に悲しませたくない。悲しむ顔を見たくないという、九曜の切なる願いが込められていた。

 

「義足、か……」

 

 九曜のリハビリに付き合ってきたからこそ分かる、九曜の願い。その全容は、義足を付けた瞬間から叶わなくなるもの。

 

 ()()()()で、歩きたい。

 

 義足(にせもの)では、駄目なのだ。十年という九曜の一生の半分以上を懸けて願い続けた夢は、生易しいものじゃない。

 

 ―――例え現実で歩くことができるようになったとしても、不自由さは背負ったままだ。ズタズタの神経を違和感を抱えながら動かして、走ることなんて一生できない。

 

 そう理解していながら、諦めきれずに足掻き続けた十年。地獄のような辛さの中で、(ゆめ)を求め続けた九曜の努力が、壊死なんか(こんなこと)で無に帰すなんて許せるものか。今までの努力全てを、無駄だったなんて思うものか。

 

「せめて、九曜ちゃんの『意思』で歩けるようにしてあげたいですね……」

 

 現実世界でも、仮想世界でも。

 現実世界は、義足によって半分叶う。自分の足では不可能だが、せめて、九曜の意思で立ってほしい。けれど、仮想世界は?

 

 このままいけば、現実に希望はない。手術はほぼ確定的で、九曜は絶対に両足を失う。これはもう、逃れられない必然だった。だから、義足が必要。それが、現実の分の九曜にとっての次善。勿論最善は、奇跡を信じ壊死が完治することだが、そんな症例は世界でも数少ない。或いは、片手で収まるかもしれない。

 そして普通の義足では仮想の分の最悪だ。仮想世界を諦めて、現実を受け入れろと言っているようなもの。あの世界は今や九曜の宝物なのに。

 

 自分の足で歩くことを願う九曜にとって、義足で歩くことは救いではない。受け入れはするだろうが、認めはしないだろう。

 それによって、更に仮想世界すらも失えば絶望しか残らない。

 

 全てをひっくり返すには、自分の足で立つしかなく。けれど、それは不可能。

 

「………普通のやり方では、無理ですね」

 

 諦めたように、美紗はスマートフォンに手を伸ばし、ある人に電話を掛けた。

 

 

「………お久しぶりです、板見くん。……えぇ、折り入って相談がありまして。あなた今VR技術を――正確にはVRハードに搭載されている技術を応用した研究をしていますよね?力を貸してください」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 板見は、九曜にとって良い話だと話し出す前に、病室の外に声をかけた。

 

「四人とも、そろそろ入ってきてくれ」

 

 ガラリと扉が開かれ、四人の男女がぞろぞろと入ってくる。その誰一人として九曜は見覚えがなかったが、なかなかに特徴的な人たちだった。

 

 一人は、金髪をサイドテールにした小柄な少女。年は九曜と同じか年下に見える。

 一人は、サングラスをかけた色黒の男性。彼らの中では平均的な身長だが、剣呑とした雰囲気を漂わせている。

 この二人は、妙に襟の高い薄手のコートを羽織っていた。

 一人は、大柄の居丈夫。百八十センチを超える身長と勝ち気そうな顔立ちをしている。

 最後に、眼鏡にスーツといった出で立ちの柔和な顔立ちの女性。

 

「へー、この子がそうなのー?板見さん」

「あぁ。聖さんからもカルテを一部拝見させてもらったからね」

「ん?……いや、まさかな?」

「くははっ!また小さい子だな!」

 

 ベッドの上に座る九曜をまじまじと眺める少女は、板見に確認を取ると、おもむろに左手を差し出してきた。

 

「はじめましてー、板見梨花だよー。ま、よろしくねー」

「望月、九曜。よろし、く。……板、見?」

「そそー、板見さんの……養子?ま、色々あるんだよねー」

「なる、ほど?」

 

 差し出された手を反射的に握った九曜は、その名前に戸惑ったものの、訳ありらしかった。

 

「やー、九曜ちゃん可愛いねー。年はいくつ?」

「十六」

「あや、年上ー?九曜さん?」

「好きに、呼んで」

「じゃあ九曜ちゃん、いっこ質問ー」

 

 こういうタイプと出会ったことの無かった九曜は、梨花のペースに呑まれて混乱真っ只中。他の人たちも呆れたように笑っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「?っ………え?」

 

 反射的に握った手を見つめても、見た目に何かあるようでも無く。触った感触も、限りなく人のそれ。動きも自然で、違和感なんてほとんどない。それなのに。

 

「なん、か……固、い?いや……厚い?重い?」

 

 試しに右手も触らせてもらうと、ほんの少しだけ、梨花の左手は重厚感があるように感じた。

 

「あははー、正解ー。にしても聞かれるまで気付かないとは、板見さんの研究の成果かなー?」

「再現度はかなり高くなっているけど、やはりまだ誤差があるようだね。もう少し、材質の配合率を弄ってみようか」

「私はこれで満足だけどねー?」

 

 明らかに不穏な言葉が聞こえた気がする九曜。材質だとか配合率だとか。少なくとも、人体に対して言う言葉ではない。

 

「いやー、びっくりさせてごめんねー?」

 

 九曜に向き直り、両手を前で合わせてウインクする梨花。その手の動きに違和感はなく、完全に普通に見えるのに。

 

「実は私もー、九曜ちゃんと同じなんだー」

 

 なのに。

 袖を捲り肩を露出させた梨花は、右手で左肘をむんずと掴むと、()()()()()()()()()()

 

「ぅ、わ……」

「あはー、びっくりしたー?私、左手が義手なんだー」

「はははっ!あんまり驚かせてやるなよ梨花!」

 

 一回転させてから、キュポンと小気味いい音を立てて外れた左腕。見れば、梨花の左腕は肩から先がほとんど残っておらず、本当にあれが義手なのだと告げている。後ろで巨漢の男性が笑っている。

 

「因みにー、こんな事もできるよー」

「へっ……わ、わわっ」

 

 右手で掴んでいた義手がひとりでに動き出し、指がグーチョキパーと順番に動く。その後手首をリズミカルに動かして手を振るものだから、ちょっとした恐怖映像だった。

 

「凄いですね……。研究途中と聞いていましたが、それほどの完成度とは」

「まだまださ。協力者が梨花と烈しかいないから、データ取りも進まないし、通常の人のサンプルデータも少ない。というかそっちは俺一人だ。実用段階にはもうすぐ届きそうだが、如何せん論文としても特許取得にしても、まだ足りないものだらけだ」

「つまり、あとは『周囲を納得させる材料』を集めるだけで、実物は完成しているのですか……相変わらずですね」

「協力者もいるからね」

 

 本物と見紛うほどに精巧すぎる義手で頭を撫でられ、軽くパニックな九曜は、美紗と板見の会話が頭に入ってこない。だから板見の視線がスーツの女性に向けられていたことにも、ついぞ気付かなかった。

 

「うんうんー、ちゃんと()()()()()()()()よー板見さん」

「あぁ、こちらでも観測している。これで少しデータも増えたな」

「え、と……?」

 

 状況が急転しすぎていて、何がなんだか分からなくなっている九曜は、うまく言葉が出てこない。

 

「驚かせてすまないね、望月ちゃん」

「面白い反応ありがとねー」

 

 いつの間にか左腕を嵌め直した梨花が、その手をフリフリして笑っている。こうして見ると、本当に本物にしか見えない。

 

「見てもらった通り、梨花は義手なんだ。君とは違って、先天的なものでね」

「ま、そーいうわけさー」

 

 梨花は生まれつき、左手が無かったと言う。

 梨花は物凄い軽く言うが、その苦労は計り知れない。目を白黒させる九曜は、撫でられた頭に手を翳し、その感覚を思い出していた。

 

「本物、みたい……」

「あぁ、限りなく本物に近づけている。見た目も重さも性能も……動作もね」

「どう、やって……」

 

 見た目や重さは、材質と造形でどうとでもなる。性能も技師の腕でいくらでも上がる。けれど、あの動きは完全に梨花が自分の意思で動かしていた。他の人が何かしているようにも見えなかった。なら、それはどうやって。

 

「九曜ちゃんも、よく知っているものですよ」

「ふ、ぇ……どういう、こと?」

 

 自分も知る身近なもので、こんな事ができるとは露ほども思わなかった九曜は首を傾げた。

 

 その動作に、サングラスの奥で目を見開いた男性。他のあらゆるものを無視して、一直線に九曜に近づく。

 

「ん?どうした烈?」

「ちょっとーナンパかなー?」

「ちげえよ。望月だったか?顔見せてくれ」

「え……?」

 

 九曜の前まで来るとしゃがみ込み視線を合わせ、間近でその顔を『じーっ』と見つめる。

 

見つめる

 

まだ見つめる

 

まだまだ見つめる

 

一分ほど見つめて。

 

「だぁ――っもう!いつまで見つめる気ですかこのグラサン!いい加減九曜ちゃんから離れなさいっ!このーっ!」

 

 美紗がキレた。

 サングラスの男を引っ張り動かそうとするのだが、何が彼をそうさせるのか梃子でも動かない。

 

「……サングラス、取ったらどうです、か?」

「いやー九曜ちゃん。烈さんはあれでいいんよー。てか、あれじゃないと駄目なんだー」

「どういう、意味?」

 

 こてん、と首を傾げるも、やっぱり分からない九曜。じーっと見つめるサングラスの烈。烈を意地でも引っ張る美紗。全く持ってカオスの様相を呈してきた空間に、やがて烈の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっぱりお前、【白影】のハクヨウか?」

 

「………えっ?」

 

 




 
 最近、近所に義肢を作ってる店鋪?が出来て、執筆の情報集めに行ってみたいけど、興味本位で行っちゃいけない気がして行けない。

 両足を切除→絶望
 義足にチェンジ→夢の喪失
 仮想世界を捨てる→希望の喪失

 とまぁ救いのない九曜ちゃん。
 限りなく本物に近い偽物ならどうかと美紗ねぇ、嫌いな板見も頼りました。

 さって、ようやくNWOが絡んできましたね!てか身バレしましたね!色黒のサングラスさん、一体誰なんだろーなー(白目
 金髪サイドテールちゃんとか豪快な高笑いしてる巨漢とか誰なんだろーなー(棒
 そして謎のスーツの女性は何者だろーなー。

 義肢のあれこれは『空想科学』なので、聞かれても何も答えません。妄想だからねっ!でも妄想なりに理論立ててるから許して!九曜ちゃんの状態がややこしすぎて面倒くさい……誰よこのキャラ考えたの……私か。
 もうね、今書いてる辺りはややこしすぎて、二、三日じゃ時間足りない。一時的にでも、週一更新も考えるべきかなー?
 てか今話は後々に修正するかも。自分でも頭こんがらかってくる。


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九曜の選択

 お久しぶりです
 二週間ほど投稿休んでごめんなさい。リアル事情とスランプが同時に襲ってきて、書き方を忘れました。今週自作を読み返して書き方を思い出すのに費やしたからね……。
 まだスランプ抜けてないので、しばらくはゆっくり投稿していきます。Twitterの方で投稿日には告知しますよ〜

 


 

「―――そう。それが、九曜の望みなのね」

「………ん」

 

 板見達と面会した日の夕方、九曜は、自身の母を病室に迎え入れていた。

 夕日が九曜を赤く照らし、色濃い影がベッドに浮かぶ。

 

「大丈夫?」

「―――本当は、少し怖、い。後悔も、ある」

 

 母の言葉に、九曜は視線を落として本音を溢した。わずか数時間の中、母にも一切相談せずその場で決めてしまった決断を思い返せば、やはり恐怖も後悔もあった。

 

「でも私、は……捨てたく、無いから」

 

 現実で歩く夢も。

 NWOという宝石のような希望も。

 そのどちらも九曜にとってかけがえ無いもの。

 

「今までの、十年……全部無駄になる、けど」

 

 自分の足で歩きたいと想い、奇跡を願い、想いながらも仮面を貼り付け、願いながらも諦めと共に享受した十年。その十年を、この決断で無駄にしてしまうのだとしても。

 

「私は、私の『()()』で、歩きたい」

 

 全てを叶えることなんてできない。なら夢をほんの少しだけ捻じ曲げたとしても、九曜は一番多くを得る道を選んだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「――やっぱりお前、【白影】のハクヨウか?」

 

 問い掛けられた九曜は一瞬言葉に詰まり、質問の意味が理解できなかった。

 

「仕草も口調もそっくりなんだよなぁ……」

 

 特に、首を傾げる姿は瓜二つだと、サングラス越しの二つの瞳に射抜かれる。けれど、その焦点は九曜から僅かにズレている気がした。

 

「あなた、は……誰です、か?クロムじゃないと思う、けど……」

 

 体格は、クロムより細い。それに、身長ももう少し高いはずだ。いつも隣にいるため、クロムの体格については凡そ把握している。

 

「……あぁ、なるほど。道理でお前は『自分の足で』ってのに拘ったわけか」

「質問に、答えて」

 

 勝手に得心がいき、ウンウンと頷く男の言葉に引っ掛かりを覚える九曜。現実でもほとんど話したことの無い話題だ。ましてやNWOの中で口走ったことなど、クロムへの失言の他にあっただろうか。いや、あったかもしれないが、そんな一言を気に留めるような人がいるだろうか。

 

「そりゃ現実で歩けないんだから、向こうの世界を自分の足で満喫したくなるわな。誰かと比べる強さがいらねえってのも頷ける。ギャグだと思ったら本音(マジ)だったのか」

「だか、らっ、なんの話を―――」

 

 冷静で温厚な九曜さんだってイライラしちゃうんだぞ。と言うように、ほんの少しだけ怒気を滲ませて再度問いかけた九曜に、男は呆れたように肩をすくめた。

 

「どぎついチートしてなかったのを安堵すべきか、本当に天然少女だったのに驚くべきか……なぁ、板見はどう思うよ?いや……ここは敢えてこう呼ぶべきか?―――()()()?」

「―――はっ?」

 

 九曜さん、またもフリーズ。えっ、ちょいちょい、思考が追いつかないよん?と、九曜は目を点にして呆けていた。

 

「妹属性が凄いと思ったら、本当に妹だったのか。……いやそうじゃなくて。あの時この子の異常性を見落としたのは、俺の落ち度か」

「え、えっと……板見くん?貴方NWOをプレイしているんですか?それも最強プレイヤーと呼ばれるペイン?」

 

 九曜の後ろでは美紗もまた、目を点にして驚きを隠せておらず、思わずと言った様子で板見に問いかけた。

 

「はぁ……君が昔言ったからだろう?板見知人なら、『人の痛みを知る方なのですね』、と」

「板見……?いたみ……痛、み?……Pain(ペイン)!?どれだけ安直なんですか!」

「設定中にそのフレーズが浮かんだんだ。仕方ないだろう!」

「馬鹿なんですか!?」

「日本で今、ノー○ル医学生理学賞に一番近いと言われてますが何か!?」

「貴方は生まれついてのイ○ノーベルです!」

「酷すぎないか!?」

 

 まさか楓だからメイプルにした防御特化の天然少女と同レベルなネーミングに九曜、絶句。額を突き合わせて取っ組み合い寸前なのだが、本当に同一人物なのか。

 ぐぎぎ…うぎぎ……っ!と四ツ足でせめぎ合う二人は、やがて疲れたようにどちらからともなく手を離した。

 

「はぁ…はぁ…。けど、聖さんもNWOを知っているなんてね。ゲームはほとんど知らなかったろう?」

「ふぅ………えぇ、まぁ」

「美紗ねぇも、――むぐぅ…」

「九曜ちゃんストーップ!それは駄目です!」

 

 目を逸らして誤魔化そうとする美紗を見て、九曜がNWOやってるよ、と言おうとしたら神速で口元を塞がれた。だがそんなこんなで騒いだおかげで、少し冷静になれた九曜は、ペインと知り合いで、剣呑とした雰囲気が似ていて、足のことを仄めかす人物がいた事を、ようやく思い出した。

 

「ぁ―――、ドレッド、さん?」

「本名、藤堂烈だ。ようやく分かったか。こんな形で会うとは思わなかったが、久しぶりだな?」

 

 九曜が自分のやりたい事を改めて見直すきっかけとなり、様々な事を受け入れる気持ちを持つことができた相手。それがドレッドだ。いつかお礼を言いたかった相手だが、九曜もこんな形で会うとは思わなかった。しかし、条件反射で頭を下げてしまう。

 

「?なんだ?どうした?」

「前から、お礼言いたく、て」

「は?お礼?」

「ドレッドさんと会った、時、色々悩んで、て。見つめ直す、きっかけになった、から。だから、ありがとうございました」

「…………あ、あぁ」

 

 ぎこち無く返事をして目を逸らすドレッドこと烈に首を傾げた首を九曜。そんな二人を見てちょっかいをかける人が一人。

 

「あれー烈さん、もしかして照れてるー?」

「……そんなんじゃねぇっての」

「顔真っ赤だしー、九曜ちゃんの方見ていったらー?あ、九曜ちゃん。私も『フレデリカ』でやってるから、向こうで会ったらよろしくねー?ちなみにー、そこの筋肉ダルマもー」

「おいおい梨花、その言い方は傷付くぞ。洛陽(らくよう)だ。向こうじゃ『ドラグ』を名乗ってる!よろしくな!」

「雑……豪快なドラグが傷つくのー?」

「そんなこと言うなら、もう義手の調整してやらんが?」

「ごめんなさーい」

 

 ケラケラと可笑しそうに笑い、ベッドに乗り込んで九曜の後ろに隠れる梨花。それには流石の洛陽も諦めたのか、大きな溜息を付いたあと笑った。

 

「……ミィに並ぶ魔法の使い手のフレデリカに、【神速】のドレッド、脳き……失礼。パワーファイターな斧使いのドラグが揃い踏み……なるほど、こういう繋がりだったのですね。……あ、ペインはいりません」

「おい……むしろ俺が中心なんだが?なんだが……っ?」

「中二病は黙ってなさい」

「中二病!?」

「『人の痛みを知る』のが主人公っぽくて恥ずかしいと宣いながら、ゲームでそれを使うとか中二病以外にありません!『主人公してる俺かっけぇ!』とか思ってたんでしょうばぁぁぁか!」

「そ、そんな事思ってないからな!?」

「ダウトですダウト!こっち見て言いなさい中二病!」

 

 取っ組み合い第二ラウンドが開幕したのを尻目に諦めてスルーした九曜は、唯一正体が明らかになっていないスーツの女性に目を向けた。

 

「あ、私だけ自己紹介がまだでしたね。私はVR技術の開発会社に務めるだけの、板見さんの技術提供者で、新世(あらせ)と申します。残念ながらNWOはプレイしていませんが、皆さんのことはよく知っていますよ。もちろん、そちらで取っ組み合いをしている()()()()()()()()()()

「ちょっ、秘密にしていたのですが!?」

「一人だけ言わないのはフェアじゃないかと…」

「この人には不正しても良いんです!」

「ぐぇっ!?」

 

 ズビシッ!と新世に反論しつつ板見を指差す美紗だったが、運悪くその指が板見の喉を直撃。潰れた蛙のような声を上げて悶絶した。

 

「あぁっ!板見くん!?」

「ぐっ……ゲホッ、ゲホッ!だ、大丈夫……」

「す、すみません。つい勢い余って……」

「あぁ、問題無い。凄い痛いけど……」

 

 そこで一度区切り、板見はニヤリと笑った。

 

「是非とも【聖女】様の類稀なる【光魔法】で【ヒール】してもらいたい。きっと一瞬で回復できるし、痛みも無くなる。だって【聖女】だ。NWO最高の治癒師(ヒーラー)だからなっ!」

 

 美紗が【聖女】ミザリーと分かり、ここぞとばかりにニヤニヤ笑いながらからかう。

 

「なるほど、一回死にますか」

 

 対する美紗さん。顔はこの上なく可愛らしく笑っているのに、声が笑ってない。というか怖い。

 

「私。回復力に周りの目が行きがちですが、範囲攻撃も得意なのですよー?」

「えっ……?」

「破壊と再生、どっちも私の思いのままなのですがー?」

 

 『向こうで会ったら【決闘】しましょうね?』と有無を言わさぬ覇王の如き威圧感を放つ柔らかい笑みに、板見さんガクブル。美紗さんって覇王色の覇気でも使えるのかしらん?

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……九曜?本題はまだ?」

「あ……っ、もうちょっと、先」

 

 母の曜に昼間あったことを話していたのだが、ここまでの長過ぎる前振りにいい加減本題に入らないかとツッコミが入る。どうしてこう、沢山人がいると本題に入るのが遅いのか。いや、犬猿の仲とか言いつつ実はかなり仲の良い美紗と板見がじゃれ合ってるだけだった。

 

「この後、もう少し、二人が(じゃ)れてる、から」

「随分と仲がいいのねぇ……」

「それ、二人に言ったら怒る、よ?」

 

 九曜も同じ意見だけど。

 

「それ、じゃ…少し話飛ばし、て、本題に入る」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……つ、疲れました……」

 

 互いに疲労して、どことなくボロボロな雰囲気のある二人が、椅子に体を預けていた。

 

「全く……聖さんがいると本題になかなか入れないじゃないか」

「こっちの台詞です」

 

 “どっちもどっちだ……”とは、ほか全員の共通認識。『売り言葉に買い言葉』の意味を聞かれたら、きっとこの二人を指し示せば正解する。

 流石にもう取っ組み合いをする気力が無いのか、それともそろそろ本題に入りたいのか、どちらもそれ以上の挑発はしなかった。

 

「……さて、誰かさんのせいで大分本筋からズレたけど、本題に入ろう」

「誰かさんが突っかかってくるからですー」

 

 なんてことは無く、ちょくちょく挑発を挟んで睨み合う。ガスッガスッと脚をぶつけ合う。

 『くっ!』『むむっ!』とやっぱり横道にフェードアウト。

 

「大人げないっていうかー、喧嘩するほど仲がいいの典型例だねー」

「あぁ」

「はっはっはっ、確かにな!」

「う、ん」

「「仲良くない!」」

「いや息ぴったりでしょうに……」

「「それは彼女()がっ!……ぐぬぬっ」」

 

 梨花、烈、洛陽、九曜の四人に仲良し認定を受け、息ぴったりに否定したら新世に指摘され、一緒に“ぐぬぬ”ってる二人。一応、二つの大学を出ている板見の方が歳上なのだが、年齢的な隔たりを感じさせない息の合いようは最早気持ち悪い。

 やがて諦めたように肩を落とした板見と美紗は、不承不承といった様子で挑発をやめた。隣り合うとどうせまた挑発するので、美紗は九曜のベッドを挟んで反対側を位置取る。精神安定剤として九曜の手を握るのも忘れない。最初からそうすれば良いのに。

 

 

 

 

「―――さて。長くなったが、本題だ」

 

 姿勢を正した板見に、かつてゲーム内でクロムと意気投合した軽い雰囲気は感じない。

 

「俺が今やっている研究テーマ。それは梨花と烈に関係がある」

「さっきの、義手……?でも烈さん、は?」

「さっき九曜ちゃんがサングラス取ったらーって言った時ー、私こう言ったよー?“あれじゃないと駄目なんだー”って」

「ふ、ぇ……?」

 

 サングラス越しに見たのは理由がある。さっきは考える余裕もなかったが、梨花と烈が板見の研究では同等に関係があり、梨花は義手だった。

 ならば、烈は?

 

 

 

「サングラス、越しじゃない、と…見えない?」

「あぁ。梨花の義手のように、このサングラス……正確にフレームについた超小型カメラが、俺の目だ。病気による全盲だが、カメラの映像を仮想データとして送り、それを脳が見ている」

 

 それは……大丈夫なのだろうか?と九曜が首を傾げるが、烈が苦笑して返した。

 

「仮想世界の景色だって、所詮は1と0で作られたデータだろ?それを見ているのと一緒だよ。現実の景色をデータに変換し、脳が理解できるよう落とし込んで、それを見ている。ま、俺にも詳しい技術はサッパリだがな?目で見ているのと感覚的には大差ねぇよ」

「なる、ほど……?」

 

 つまりは、烈にとって現実と仮想が一緒くたになっているのだろうか?と頭を悩ませるが、板見の声で思考を中断した。

 

「さて、正解発表と行こう。今取り組んでいる研究は……」

 

 

 

 正確な研究のタイトルは、九曜をして専門用語が多く、きちんと理解できるものでは無かった。しかし、続いて板見により、より噛み砕いた説明が行われる。

 

 曰く。

 

 VRハードの脳波を読み取る技術を利用した義肢……否。義体の作成と、それによる身体障害者の完全な社会復帰。

 

 この研究における『義体』とは、感覚神経端末とも言える視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚組織を、仮想技術で肩代わりするもの。特に脳機能に異常が見られず、あくまでも感覚端末に異常が見られる場合に限定されるが、これにより四肢欠損者には新しい四肢を。新しい『目』を。『耳』を。『鼻』を。『舌』を。

 

「鼻と舌に関しては、まだ実用段階に無いけどね。極論として俺たち生物は、外部と接触を受けているという認定をするのは脳だ。五感はあくまでも、その感覚端末に過ぎず、脳が端末情報を理解している。だから感覚端末に異常を来したのであれば、代わりに外部端末とリンクさせてあげることで、肩代わりができる」

 

 そしてその場合の外部端末こそが。

 

「完全な、仮想世界……」

「理解が早くて助かるよ」

 

 完全な仮想世界。仮想世界内部に五感と意識をまるごと全部完全潜行(フルダイブ)することで実現する仮想世界。

 その技術を利用し、意識と対応する部分以外を現実に残したまま、部分的に仮想化する。仮想現実を利用した変則的な拡張現実。それが、板見のやろうとしている事だった。

 

「近年になって実現した技術だが、それでもまだ再現度は低く、この研究に耐えうるだけの感度と再現度を誇る技術はなかった」

 

 ―――そう、過去形で告げた。

 

 

 

「三ヶ月前。NWOが発売されるまではね」

「っ!」

大枠(ハード)となる脳波スキャン技術は年々進歩し、既に高い水準にあった。そしてようやく、感度と再現度(ソフト)が追い付いた」

 

 改めて紹介しよう。そう言った板見は、スーツの女性に目を向ける。

 

「新世さんは、『New World Online』技術開発最高責任者兼運営プロデューサーとかいう異色すぎる肩書を持っている」

「医学会と工学研究の双方に顔が効く貴方に言われたくありませんが……こちらも貴方を宣伝に利用していますので、これ以上は言わないでおきましょう」

「NWOのソフト面での技術提供を受け、実際にゲームをプレイする中でデータを取ったら、データは開発促進のためにそちらにも渡してるはずですが?」

「だから、Win-Winだと言っているのです」

 

 板見達はNWOの運営と提携をする事で技術提供を受け、それを基に研究開発しVR世界内でデータを取り、NWO運営にも提供する。データ取りはあらゆる面において必要であり、五感の他にVR空間内でプレイする上での動作確認は、脳波スキャンとのラグや感度調整、身体操作上の誤差の検証等多岐に渡り、戦闘も膨大な時間を必要とする。

 

「だから俺達は一部、仕事としてログインしてるっていうのが実状だ」

「データは非常に精密且つ膨大ですので、次のアップデートには細かな再現度も跳ね上がるでしょう。我々でもできない精密な測定データは、非常に助かりますよ」

「NWO運営母体からかなり優遇を受けているのは否定しないが、代わりに公認プレイヤーとして宣伝活動にも協力している」

 

 なるほど確かに、仕事としてゲームをするのであれば、最強に上り詰めたのも頷ける話だ。

 

「実際、楽しいしねー」

「俺たちは、専用筐体でのデータ取りが仕事の半分を占めるからね。遊びと仕事が両立できるのは良いことだ」

「ず、ずるい……っ」

「聖さんもデータ取りに協力してくれるなら、専用の筐体を贈らせてもらうが?」

「ぐぬぬ……」

 

 家庭用として一般に販売されているVRハードよりも性能は段違いに高く、主に医療用として使用される全身を覆うタイプである。スキャニング性能が非常に高いので、NWOの高い再現度と感度も相まって一切の動作に不備を感じないほど。

 

「話を戻そう……梨花」

「はいはーい」

 

 おもむろに梨花は、羽織っていた襟の高いコートを脱ぎ、九曜に背を向けた。

 

「これ、何かわかるー?」

 

 髪を上げて項が見えるようにした梨花。そこには、何やらチョーカーのようなものがあり、中央が断続的に発光している。

 

「首……?もしか、して、今の話、と」

「おぉーだいせーかいー!」

 

 わざわざハードの技術を話した後に見せられたのだ。予想もする。あれこそが、梨花の義手を動かしていた正体だろう。

 

「脳からの伝達信号と脳波を受け取って、これが義手を動かしてるんだー。私の場合生まれつき左手が無いから、これに慣れるのも苦労したよー」

「そこは仮想世界…NWOでの生活が、いいトレーニングになっただろう?」

「そうなんだけどさー」

 

 ようやく話の全容が見えた九曜。話が行ったり来たりして、美紗と板見がじゃれていて苦労したが、頭の中で整理する。

 

 

 板見の研究は、仮想技術のハード面とソフト面を利用した新しい体…外部端末を作ること。

 その研究にNWOの運営が協力している。

 例え生まれつき四肢欠損がある人でも、VR内でリハビリをすれば極自然に動かせるようになる。

 そしてその為の技術も何もかも、板見達の中では殆ど体系化されている。

 

 纏めれば、本当にこれだけの事だった。

 

「その点、望月ちゃんは運が良い。これからNWOを始めてもらう必要も、VR世界に慣れる必要も無い上に、速度に特化した【白影】ハクヨウという物凄く扱いづらいアバターを一般筐体で十全に操作するだけのVR適正。すぐにでも研究データの収集ができる」

 

 そして切り出された提案が、九曜のこれからを決める。

 

 

「さて望月ちゃん。研究の被験者にならないか?

 もし協力してくれるなら、()()()()()()()()()()()()()()を、必ず用意しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作るのは洛陽さん(ドラグ)だけどねー」

「それは言わないお約束だ、梨花……」

 

 




 
へぇい。と言うことで九曜ちゃん。
 【楓の木】【炎帝ノ国】【集う聖剣】のどれに入っても可笑しくない状況が出来上がりました。もうこの娘の人脈計り知れん。遂には運営とも接触しちゃったぜっ!PS特化より先に!

 板見さんの名前は安直だったから、誰かしら気付くと思ってましたが……まぁ別の字を当てるだけで気付かれないものですねw
 ペインさんって見た目的に確実に社会人で、仕事もあるのになんで常に最強でいられるんだろう?とか、見た目的に明らかに接点の無さそうな【集う聖剣】の四人は、どんな繋がりなんだろう?とか。そんな疑問の答えを拙作に合わせた形で構築してみました。
 板見(ペイン)中心なのは勿論のこと、フレデ梨花(リカ)烈さん(ドレッド)は研究被験者。洛陽(ドラグ)義肢技師(ギシギシ)ですね(笑)

 んで新世(あらせ)さんね。この人はもう名前を考えるの疲れたので、単純にNew World―新世界―から取りました。因みに下の名前は(さかえ)で、本当に新世界ですよ(笑)
 NWOの開発責任者で、みんな大好き運営たちのトップです。仕事は真面目にこなすんだけど、その分だけプレイヤー観察ではっちゃける人。
 アニメで見たNWOが現実よりもリアルな世界だったので、今回のような形で利用……もとい絡めてみました。

 一応ドレッドを全盲にした理由と、ドラグが技師な理由もあります。
 ドレッドは『勘』で危機回避するほどに第六感が鋭敏。烈さんは目が見えなくなった事で他の五感じゃなく、第六感が研ぎ澄まされました。外界を捉える中で凡そ情報の八割を占める視覚を失った結果、サリーの恐怖心に勝るとも劣らぬ『勘』を手に入れたのです。

 ドラグが技師なのは……うん、余り(笑)
 けど、ゲームでパワーファイターしてるのは、義肢の制作が精密作業ばかりでストレスが溜まり、発散したいからです。けど筋肉質な大男が太い指でちまちま作業してるの見ると……萌えません?


 あ、私は萌えない。爆笑する。


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速度特化のいない彼女たち

 超ごめんなさい!(土下座)

 そ、その……私元々は読み専でして。行き詰まっていたのも本当なんですが、色んな作品を読んでたら毎日が終わってました……
 防振り新刊が一日早く店頭に並んでいたので、衝動買いした私です。
 ウェブ版の防振りが更新再開して、雷使いが出た時にテンションが上がって、ようやくモチベが少し回復しました。
 やったね【雷皇】だせるよ!……ってこれ、PS特化の話か。あ、PS特化は完全に暗礁に乗り上げちゃってて、まだ全然書けてません。けど、投稿をやめるつもりもないので待っててください。
 


 

【NWO】癒やしがいない【消えた白鬼】

 

1名前:名無しの槍使い

 癒やしがいない……

 

2名前:名無しの弓使い

 おう どうした?

 

3名前:名無しの大剣使い

 白鬼?

 

4名前:名無しの弓使い

 あぁ、【白影】のことか

 

5名前:名無しの大剣使い

 愛でるスレとか餌付けスレで賑わってる、あの【白影】か

 

6名前:名無しの槍使い

 癒やしが居ないんだよぉぉぉぉぉ!!

 

7名前:名無しの大剣使い

 必死すぎて草

 

8名前:名無しの弓使い

 で いないってどういうことだ?

 

9名前:名無しの槍使い

 もう一週間もハクヨウたんが目撃されてないんだよぉぉぉぉぉ!!

 

10名前:名無しの大剣使い

 あの……そんだけ?

 

11名前:名無しの魔法使い

 愛でるスレで盗さ……画像更新がストップしてる理由それか!

 

12名前:名無しの双剣使い

 餌付けスレで一日一枚上がるはずのもぐもぐはむはむ画像が止まってる理由それか!

 

13名前:名無しの弓使い

 >11、12

 お前らも同類かよ

 

14名前:名無しの槍使い

 >10

 そんだけとはなんだそんだけとは!癒やしが無いとか死活問題なんだよ!

 ほぼ毎日ログインして癒やしを提供してくれたハクヨウたんが一週間目撃されてないんだよ

 

15名前:名無しの魔法使い

 そうだそうだ!ハクヨウちゃんの妹力は明日の生命力とイコールだぞ!

 今は過去の画像で生き長らえてるがそろそろ限界なんだ……

 

16名前:名無しの双剣使い

 毎日何かしら頬張ってるんだぞ可愛いだろうが!あーんしてあげたくなるんだよ!

 

17名前:名無しの弓使い

 >14、15、16

 取り敢えずお前らが変態なのは分かったわ

 

18名前:名無しの大剣使い

 >14

 ストーカーか 通報しますた

 

19名前:名無しの弓使い

 で 目撃されてないんだっけ?

 リアル事情とかあるしログインしないことくらいあるだろ

 

20名前:名無しの魔法使い

 見た目的にまだ学生だろうし時期的にテストとかそんな所か?

 

21名前:名無しの双剣使い

 ハクヨウちゃん勤勉か……

 

22名前:名無しの

 >20、21

 お前ら14、15だろ急に冷静になるな

 

23名前:名無しの弓使い

 ログインしてないならしてない理由があるだろうし気長に待ってやろうぜ?

 

24名前:名無しの槍使い

 癒やし欠乏症のわいはどーすれば良い?

 

25名前:名無しの大剣使い

 耐えろ

 

26名前:名無しの弓使い

 耐えろ

 

27名前:名無しの双剣使い

 耐えろ

 俺も耐える

 

28名前:名無しの魔法使い

 耐えろ

 過去画像で耐える

 

29名前:名無しの槍使い

 >27、28

 同士よ!!

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 掲示板でもハクヨウ失踪が取り沙汰されている頃。賑わう一層の町並みから少し外れた場所に位置する一軒の店でもまた、似たような話がされていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ…………ハクヨウ〜〜……」

 

 ながぁぁぁい溜め息を吐いてカウンターに突っ伏す女剣士。彼女はつい最近、毎日のようにここに通っていた。

 

「寂しいからって、ここで愚痴を溢さないで欲しいんだけど……ウチって一応武器屋なのよ?」

 

 カウンターの向こう側で忙しなく作業していた手を止めて、店の店主イズが苦言を呈する。

 

「……イズなら同じ気持ちだと思ってたんだが」

「まぁたしかに?ハクヨウちゃんが居ないのはつまらないけど。でもその辛気臭い顔で何時までも居座られたら、流石に迷惑なのよ?客足が遠のくもの」

 

 桜色の着物に身を包み刀をぶら下げる女剣士ことカスミは、ハクヨウがいない事にはっきり言って寂しかった。

 

「だ、だってだな……こう何日もハクヨウに会えないと、その……減るだろ?」

「減るって、何が?」

「?ハクヨウニウム的な成分が」

「そんな成分ないわよ!」

「いやいやイズ。食事と同じくらい大切だろう?ハクヨウニウム」

「何!?生命活動の危機なのかしらカスミ!?」

 

 カウンターをバンバン叩き、理解の範疇を超えた話をするハクヨウ大好き剣士(カスミ)に戦慄する。

 最早カスミにとってハクヨウとの接触は食事と同等であり、生命活動に欠かせないものになってるらしい。何処ぞの掲示板の三人と仲良くできそう。現実でも事故前は九曜ニウムとか言ってた九曜の母を考えると、実はあるかもしれない。

 

「実際に今、私はハクヨウ欠乏症なんだ……多分このままハクヨウに逢えないとやばい」

「………具体的には?」

「―――ピチュンってなる」

「ピチュン……」

 

 なんだその、具体的には何も分からないのに不安に駆られる擬音は……と頭を抱えたイズ。

 無駄に無駄を重ね合わせてミルフィーユみたいになった無駄すぎる真剣な表情(かお)のカスミをぶん殴りたくなる。

 

「でも、実際心配なのよね……今までこんなに長い間、ログインしてないなんて無かったし。メイプルちゃんは、普通にログインしているみたいだし……」

 

 現実でも友達のメイプルなら、何か知ってるかしら?と小さく呟くイズ。ハクヨウの事情も何か知ってるかもしれないと思ったイズだが、現実の事に踏み込んで良いものかとも足踏みする。

 

「なるほど!その手があったか!」

 

 が、自称ハクヨウ欠乏症のカスミさんは躊躇しない。だってハクヨウに関してのみ、ブレーキって言う物が取り払われてるから。

 ガバッ!と俯いた顔を上げたカスミは、ステータスというゲームの絶対法則すら飛び越えた速度で両手を操作し、残像でブレる手でメッセージを書き上げると即座に送信した。ブレーキどころじゃない。アクセルをベタ踏みしてた。

 

「………な、何をしたの?」

「情報共有だ!ハクヨウと仲の良いミザリーやミィを呼んだ!」

「………ここに?」

「ここに!あ、クロムは色々と悔しいから呼ばなかったがな!イズもほら早く、ハクヨウの友達らしい子を呼んでくれ!」

 

 ハクヨウ独占法違反だ。と無駄のミルフィーユなカスミを引っ叩いて、イズは仕方なく今日は店仕舞いだと、表の扉に掛けられた『OPEN』の札を『CLOSE』に変えた。

 

 

 

―――

 

 

 

「今日ここに集まってもらったのは他でもない」

 

 神妙な表情のカスミは、集まった全員にそう切り出した。誰かがゴクリと喉を震わせ、一体何だと耳を峙てる。静寂が空間を支配し、緊張が張り詰める。

 

 

 

 ――そして緊張の糸が限界まで張り詰め。

 

 

「ハクヨウがいないんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 直後、バンバンとカウンターを叩いて濁流の如き涙を流すカスミ。心からの叫びだった。イズの目が死んでいく。

 メイプルとサリーはびくりと一瞬体を震わせ、ミィは呆れ、ミザリーはやはりそうかと得心のいった様子で頷く。

 

「こんな感じでここ何日か、ずぅっと鬱陶しくてね……」

「なるほど……ハクヨウちゃんは差し詰め、カスミの精神安定剤ですか……」

「いやミザリー、なに納得してるのさ……」

 

 定期的に摂取(ハグ)しないと精神が不安定になり、今がその最高潮のようなカスミの状態に、ミザリーは今までに見たことがないくらい高速頷きを披露。ミィが横合いから呆れた視線を向けていた。

 

「それでイズの提案で皆を集めたんだ」

「ちょっと。私は“メイプルちゃんなら何か知らないかな”って呟いただけで、提案したつもりも集めるつもりも無かったわよ?」

 

 ほんの少し疑問が口から溢れただけで、本当に集めるかは尻込みしていたイズが反論。カスミの圧に押され、仕方なくメイプルに声をかけ、一緒にいたらしいサリーと言う子も連れてきてもらったが、それ以上の思惑なんて微塵もない。

 

「それで、えっと……その子達が、ハクヨウの友達?会ったことないけど……」

 

 あまりに自然にいるものだから聞くのを忘れていたミィが、メイプルとサリーに目を向ける。店の中にいるメンツで、メイプルと面識のあるのはイズのみ。サリーに至っては初見である。自己紹介も必要だろう。

 

「メイプルって言います。こっちは親友のサリー!」

「サリーです。現実の方でハクヨウと友達で、つい最近、NWOを始めたんだ」

「つい最近、ねぇ……」

 

 それにしては、装備揃ってるなぁ〜?と、ミィはさり気なくイズに視線を送るも、イズは首を横に振るのみ。

 

「メイプルちゃんとは、ハクヨウちゃんを通じて紹介されたけど、サリーちゃんとは初めてね。まぁあれよ、類は友を呼ぶ」

「「「あぁ……」」」

 

 イズの言葉に納得といった表情を見せるカスミ、ミィ、ミザリー。ハクヨウの友人なら、この子達も規格外なのだろうと遠い目になった。

 

「それで話を戻すけど、いい加減カスミがハクヨウに会えない会えないって煩くてね。メイプルちゃん、何か知らないかしら?」

「っ、あ、えっと……そのぉ……」

「差し支えなければ教えてくれ!そろそろ禁断症状が出そうなんだ」

「「禁断症状!?」」

 

 何それハクヨウに会うのは一種の麻薬か何かなのだろうか?と、驚愕するメイプルとサリーだが、ここ数日カスミの相手をしていたイズは辟易。

 

「ずぅ〜っとカウンターで項垂れて『ハクヨウ……ハクヨウ……』って唸っててね……客足が遠のいて困るわ」

「「「「うわ……」」」」

「し、仕方ないだろう!?一週間もハクヨウに会えないとか拷問にも等しいんだ!それに明日には第一回イベントもある!そこにも現れなかったら私は死ぬぞ!」

「「っ…」」

「本当にカスミったらハクヨウちゃん好きよねぇ……」

「ハクヨウもよく()()の相手してるね……」

「ハクヨウちゃんも結構キツめに拒否する時もありますけどね?」

 

 カスミの慟哭に息を詰まらせるメイプルとサリー。イズとミィは呆れた様子で気付かなかったが、ミザリーだけは相槌を打ちながらもその様子を見守っていた。

 

(さて、九曜ちゃんの詳細を言うわけにもいきませんが、連絡事項もあるのですよね……)

 

 現実で板見たちと邂逅したのが3日前。それからまる一日で全ての準備を整え、イベント前日の今日、ようやく全ての用意が整った。どれもこれも、板見知人というネームバリューが医学界に広く知られている事と、彼の実績、そしてNWOプロデューサーである新世(あらせ) (さかえ)の尽力によるものであり、ミザリー(美紗)は頭が上がらない。

 

(まぁ、私の現実がバレる程度なら、このメンバー内で収まれば問題ありませんが……)

 

 その時は、『九曜のお姉ちゃん』を全面に出そうと考えるミザリーは、“すすすっ”とメイプルとサリーの近くに音もなく移動する。取り敢えずこの二人にだけは伝えなければならないことがあるので、打ち明けることにした。カスミが騒いでも、今の状態ならマウント取り放題だし。

 現実ならヤケ酒でもしそうな雰囲気のカスミをイズとミィに任せ、九曜の事を言おうかと詰まる二人に、小声で話しかけた。

 

「――あちらはもう少し落ち着くのを待ちましょうか。()()()()()()()

「あ、えっと………え?今、なんて……」

 

 九曜からのお願いを果たすべく、お姉ちゃんは身バレも辞さない。

 

 

 

 

 

()()()()()()()、二人のことは伺っていますよ。小さい頃からの親友だ、と」

「………貴女は?」

 

 三人とやや距離をとって、話を聞かれないように小声で話すミザリーに、サリーが困惑気味に問いかけた。

 

「私はミザリー。現実では九曜ちゃんのリハビリのトレーナーをしています」

「えええっ!?」

 

「な、なんだっ、どうした?」

「ふふん、自己紹介ついでに私が如何にハクヨウちゃんのお姉ちゃんか自慢してるだけです。引っ込んでなさい自称姉!」

「自称、姉……うわぁぁぁぁぁん!!」

「ミ、ミザリー……?」

 

 傷心のカスミにミザリーの言葉がクリーンヒットし、またも突っ伏した。よしよしもう少し時間が稼げるな、しめしめ。ミィがミザリーの事に驚愕の眼差しを向けているが、そんなの知ったこっちゃ無いとメイプルたちに向き直る。

 

「えっと……本当に?」

「嘘を言う必要がありません。私があなた達の名前と、ハクヨウちゃんの本名を知っていることが証明にはなりませんか?」

「じゃ、じゃあハクヨウが今どんな状態かも…」

「少なくとも、あなた達よりは理解していますよ。二人のお見舞いは、あの子も喜んでいました」

「入院も知ってるんだ……」

「今あの子の看護に当たっているのは、基本的に私ですから。九曜ちゃん……いえ、一応ハクヨウちゃんで統一しますが、ハクヨウちゃんは明後日には退院します。詳しくは言えませんが、元々検査入院だったのが長引いてしまいました」

 

 明日のイベント当日まではベッドの上であり、九曜もそろそろ飽き飽きしていた。が、今日に限っては明日を思い、ワクワク気味にミザリーをNWOに送り出していたりする。

 

「呼び出したのがカスミというのは癪ですが、運が良かったです。何とかして、お二人と接触したかったものですから」

「どういうことですか?」

 

 あのお見舞い以降、テストも控えていたこともあってお見舞いに行けなかった二人。尤も、今の九曜の状態では楓と理沙の存在はNWOを想起してしまい、ミザリーも面会を渋ったのだが。

 

「ハクヨウちゃんから伝言を預かっています。詳しい意味は知りませんが、お二人にそのまま伝えれば、伝わる、と」

「「はぁ……?」」

 

 その時の九曜の顔を思い出し、ミザリーはつい頬が緩むのを感じた。自分のことを姉と慕ってくれる事は嬉しい。ものすごく嬉しい。だけど同じくらい、親友のこの二人のことも大好きだと、伝わってきて。二人以上に踏み込んだ位置に自分はいると自覚していても、この三人の関係にだけは、入れない。そのことに一抹の寂しさを感じないでもないが、それ以上にこんな大切な友情を九曜が持っていることが、何よりも嬉しくて。

 

 

 

「『約束は、守る』―――それだけです」

 

 その言葉にどれほどの想いが込められているのか、ミザリーにも完全には分からない。

 けれど。

 

「―――あぁ……そっか」

「あはは……そっか。そう、だよね」

 

 一拍置いて、万感の思いで伝言を受け止めた二人の様子に、嘘はない。

 

「私や、持ち得る繋がりを全部使って、全部巻き込んで、その理由が『それ』でした。きちんと、伝わったようですね?」

 

 NWOにログインする前に、九曜から伝言を頼まれた。それは、自分のやったことが無駄じゃなかったのだと言われているようで嬉しかったし、大嫌いだがこの上なく頼りになる板見というツテを頼って良かったとも思う。彼がいなければミザリーは今も主治医に直談判していた事だろう。なんの根拠もなく、自らの衝動にのみ従って。

 一週間前の九曜が倒れた日。交わした約束は、九曜にとっての拠り所だった。またNWOに戻るという強い意思の中心であり、支えだった。その後に起こったことが衝撃的すぎて二人が忘れていないかと危惧していたが、問題なく、伝わったようである。

 

 その証拠は。

 

「「―――はいっ」」

 

 こんなにも、晴れやかな笑顔なのだから。




 
 今回は、ハクヨウが居なくなってからのゲーム内の様子を書かせて頂きました。
 カスミが完全に残念キャラを確立したり、ミザリーがお姉ちゃんとしてマウント取ったりと、原作からのキャラ崩壊が著しいですね。他にも掲示板でハクヨウがいなくなったと囁かれたり、ミザリーが自分から身バレしたり。
 とにかく現実パートが重かったので、第一回イベントに入る前に休憩です。

 原作で新しく出たギルド名、結構そのまんまだなってのが感想。
【thunder storm】
 直訳すれば、雷の嵐。わーい、PS特化で【雷使い】が原作にいないかと探したけど、これで見つかったー(白目
【ラピッド ファイア】
 これはファイアが悩むところですけど、多分意味は『速射』ですよね。【撃て(ファイア)!】で発射って意味合いを込めていそう。これまた登場したうちの一人が、手練れの弓使い。でもこっちはギルドマスターがメイド服……はっ!PS特化のニールとキャラ被り!?

 特に【thunder storm】なんて、ギルド対抗イベントの前に勢力を増したギルドだとか。
 ははっ、PS特化の妄想が捗るなー……要修正だよコンチクショーッ!
 何さこれまでの層の観光って!原作者様ネタ提供ありがとうございます!お陰でやりたい事が増えててんやわんやしてます!やりたいこと増えても書けなきゃ進まないんだよーっ!

 ともあれ。実は今月も色々と立て込んでて忙しいのですが、気長にお待ちください。

 次回、三人での約束を果たすべく、ハクヨウちゃんがNWOに舞い戻ります!


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速度特化の復活前

 九曜ちゃんの立ち位置は、SAOで言うところの絶剣ことユウキ……の更に前段階。

 少し前に支援絵を頂いたのですが、挿絵として載せるやり方に四苦八苦しててまだ載せれてません。紹介するタイミングを逸したので、その内にあらすじの所に載せておきます。
 遅ればせながらサク&いずみーる様、本当にありがとうございました。
 


 

「それじゃあ望月ちゃん、用意はいいかい?」

「は、いっ」

 

 無菌室の中央に座する“それ”を見つめながら、九曜は緊張した面持ちで返事をした。

 そんな九曜の様子に苦笑して、板見が続ける。

 

「硬くならなくて良い。昨日も動作テストをしただろう?」

「そうです、けど」

 

 成人男性でもすっぽりと入れてしまう程の大きさがあるタマゴ型の機械に九曜が触れると、無駄にSFチックに前面が持ち上がる。中はゆったりと腰掛けられるようになっており、内側の壁面は不規則に明滅している。内部デザインも、物凄くSFチック。

 

「それでは九曜ちゃん、お手伝いしますね」

「んっ」

 

 九曜の車椅子を押していた美紗が、九曜を抱き上げてタマゴ型の中に入れると、体の位置を調整した。もちろん九曜もされるがままではなく、長時間寝てても苦にならないよう体勢を整えていたりする。

 

「よし、いい感じだね」

「昨日、散々やらされた、から」

「はははっ。でも、ぶっつけ本番よりはマシだろう?」

「………ん」

 

 医療用フルダイブ型VRハード完成形試作第四号機。

 それが、板見の研究に協力すると決めた九曜に()()された機材である。試作機と言っても、既に臨床試験段階にまで届いており、五号機まで製造されたこれらのデータを基に、製品段階に持っていくらしい。

 

「元々は洛さん用と思っていたヤツだから、望月ちゃんには少し大きいけど、大きい分には問題ないね」

「は、い」

 

 洛陽(ドラグ)用に調整されたサイズのものだが、動作自体は全く問題ない。これを運び込んだ日の内に九曜の生体データに書き換え、NWOではないものの、仮想空間での動作確認も行っている。

 

「それにしてもこの造形。完全に貴方の趣味ですよね?」

 

 SF映画でありそうな造形と、無駄にロマン溢れる開き方をした試作機をコンコンと軽く叩きながら、美紗がポツリと呟く。それに板見は、“さっ”と目を逸らして知らんぷり。隠せてない。

 

「んんっ!そんな事より、時間もないことだし最終確認といこう」

「図星ですか」

「ん。ずぼ、し(図 星)

「君まで言うのか……」

 

 ガックリと項垂れる板見。味方はいない。

 

「はぁ……説明に移ろうか」

 

 諦めた板見は、恥ずかしさにほんのりと頬を赤らめながらも説明を始めた。

 

「昨日も説明したが、改めて。望月ちゃんが乗るそれは、医療用フルダイブ型VRハードの試作四号機。製造目的については、望月ちゃんも分かっているから省かせてもらおう。一号機は梨花、二号機は烈さんが使っていて、三号機は俺だな」

「因みに、私も正式に協力することになったので、近いうちに五号機を貸してもらえることになりましたよ、九曜ちゃん」

「……貸して?」

 

 先も述べたように九曜に対して四号機は、()()されている。ストレートに言えば、板見が無料でプレゼントした。それに対し、美紗には貸与。そのことに九曜が首を傾げると。

 

「君は正式な俺の被検者であり、()()()()()()()医療用ハードはあった方が良い。だからこれは、研究協力に対する報酬のようなものだよ」

「私は彼に無理言って捩じ込んだに等しいので、流石に貰うつもりはありません。なので、私の方から断りました」

 

 なお、これを製造するのに数億円かかっていたりする。もちろん、この完成形に行くまでの試作機と、他の試作機も込みでの総開発費なのだが、九曜の乗る四号機単体で見ても、高級外車が二、三台ポンと買えてしまう値段だったりするのだ。

 

「―――」

 

 それを聞いて、九曜さんぷるぷる。え、ちょ、そんな凄いもの簡単に貰っちゃって良いの?やだ、九曜さんこれ使うのが怖いよ……。

 

「ま、それの開発責任者も俺だし、今回のプロジェクトが成功して完成品の製造も決まれば、何倍にもなって返ってくるからね。気にしなくていいさ」

 

 目をグルグルさせてあわあわする九曜に苦笑して、板見からフォローが入るが、気にしないなんて無理だとやっぱりぷるぷる。

 

「……一応言っておくが、君に提供するのはこの試作機だぞ?もちろんスペックは想定している完成品と()()()()だが、完成品は医療施設に流れるからなぁ。流石にあげられない」

「い、や……その、十分すぎ、ます」

 

 というかその値段聞いたら、今すぐ返品したくなりましたと、九曜の目からハイライトさんが即行で退社。

 “そうか”と頷いて視線を手元の書類に移した板見に、ジト目攻撃。

 

 こうか は ないようだ

 

「今日の所はこの無菌室に運び込ませてもらったが、望月ちゃんが退院後、一週間程度で君の家に届かせる。設置と仕様に関しては、その時に正式な形で渡そう」

 

 九曜は今日まで、入院中の身の上である。

 

()()()()()。今回は義肢の作成と、俺の被検者としてのデータ集めが目的だ。その第一回目として、医療従事者の監視の下、病院内でこの臨床試験が認可された」

 

 全ての手続きを数日で終わらせた板見の手腕には感服するばかりで、九曜としても頭の下がる思いである。というかこういうの、普通は相当な時間がかかるのでは……。

 

「そういう事は、気にしなくていいんだよ?」

 

 ニッコリと微笑んでいるはずなのにどこか凄みを感じさせる板見に、九曜は思わずといった体で頷いた。

 

「今日NWOで行われる、第一回イベント。これは三時間動きっぱなし、ログアウト不可の“お誂え向け”なイベントだ。是非ともこの機会にVR世界を走り回って、新鮮かつ貴重なデータをたくさん取らせてくれ」

 

 無菌室の外では、その三時間を医療従事者が観察する。その人に向けた言い分でもある板見の発言に、よく回る口だと半眼な九曜。

 

「隣の部屋からですが、私と板見くんもログインします。目的はVR空間内での九曜ちゃんの監視。

 何か異常があれば、即座に九曜ちゃんを強制ログアウトさせます」

 

 無菌室の外にも直接、あるいはスピーカーを通して聞こえるよう大きな声で話した美紗は、一歩九曜に近づいて、小声で呟いた。

 

「ま、全部建前なんですけどね?」

 

 パチリとウィンクする美紗。ログインと同時に身体との信号を全てシャットアウトするので、仮想世界で異常が現れる事はない。ましてや、今は薬の投与で症状を抑えている。尤も、それで三時間の連続ログインが可能かは机上のものでしかない。今回のログイン試験はその確認も含めている。担当医は苦い顔で許可していた。これには美紗さんもにっこり。

 

「今回はNWOのプロデューサーである新世氏にも協力を仰ぎ、望月ちゃんのアカウントはログインと同時に、イベントエリアへと転送される。だから君は、イベント開始と同時にログインしてくれ」

「分かり、ましたっ」

「またこの試作機は動作中、君の健康状態を常にスキャンし続ける。血圧の低下や狭窄の悪化、心拍の異常上昇等が見込まれた際は、まずは君の頭の中にアラームが鳴る。それでもログインし続けると、場合によっては、強制ログアウトされるから、注意してほしい」

 

 ……ここでの話だが、九曜は全て事前に聞いている。その上で、三時間程度のログインでは今の安定した症状と薬の効果により、ほとんど問題ない事は板見から言われていた。きちんと確認する必要性があるとも言われたが。

 それでもなお、こうして繰り返すのは、九曜に対してではなく、無菌室の外にいる医師看護師に対する説明を目的としているからだ。要約すれば、十文字で収まる。

 

 そう、つまり。

 安全対策は万全です。

 

 その為だけに言葉を重ね、面倒な手順を今一度説明しているのだった。

 仮想世界内では板見と美紗が監視し、医療用ハード内では常に健康状態がスキャンされ、更には常に医療従事者の目がある。しかも九曜の健康状態に異常が起きた際は強制ログアウト機能もある。最大限の警戒をしながら事に当っています、というパフォーマンスである。

 

「一応、新世氏よりイベントの具体的内容に関する音声データを受け取っている。四号機の中にロードしてあるから、ログインまでに聞いておくといい」

「音声、データ……?」

「イベント開始直前に、運営からイベントの説明があるらしい。その説明さ。君はその時はまだ、ログインしていないからね」

「ん。分かりまし、た」

 

 イベント開始まで三十分を切っており、イベントエリアに直接ログインするのは九曜のアカウントだけだ。そのため、板見と美紗の二人は、先にログインする必要がある。

 

「説明は以上だが、質問はあるかな?」

 

 ふるふると首を横に振った九曜に板見は一つ頷くと、イベント開始の時間も迫っているので、ログインのために美紗と共に部屋を出ていく。

 そんな後ろ姿を見送る九曜だったが、直後、『あっ』と思い出したように小さく呟いて、二人を呼び止めた。

 

「どうかしましたか?」

「質問じゃ、ない、けど……言い忘れ、あった」

 

 詳しい機能なんかは、前日の内にある程度把握し、自分が入っているモノの操作についても問題ない。むしろ家庭用VRハードよりも高性能な分、操作感が良すぎて気持ち悪いくらいだ。普通の筐体を使っている人には悪いが、何となくズルをしている気分になる。

 しかしズルによる僅かな罪悪感があるものの、それ以上にまたNWOに戻れるという歓喜が強い。

 

「ありがとう、ございまし、たっ」

 

 だから、すんなりとお礼の言葉が出た。自分の為に何ができないかと足掻いてくれた美紗も、打算があるものの惜しまずに協力してくれた板見も。

 二人が居なければ、九曜は今もベッドの上でただ運命を待つばかりだった。

 

「ははっ。こちらこそ、研究協力にお礼を言いたいくらいなんだ。お礼の必要はないさ」

「板見くんと同じ意見は癪ですが、九曜ちゃんが元気になってくれることが、私は何より嬉しいんです。だから気にしないでください。ね?」

「で、も……」

 

 気にしないでと言われても無理だし、せめて言葉で伝えたかったのだからどうしようもない。

 そう目を伏せる九曜だったが。

 

「もしこれだけ言っても気にするんだったら

 

 イベントで大暴れして、俺を楽しませてくれ」

「っ!」

 

 ニヤリと笑う板見が、九曜を挑発する。

 その表情(かお)は研究者 板見知人ではなく。

 かつてハクヨウとして出会った頃の、気の良いお兄さん然とした彼でもなく。

 最強プレイヤー ペインとしての、挑戦者を待ち受ける不敵な笑み。

 

「――ふふっ」

 

 最強、最強か……と、九曜は小さく反芻した。少し前までは、そんなものに興味はなかった。

 ただ仮想世界を走り回れれば、それで良くて。

 たくさんの出会いと楽しい日々が続けば、それで満足だった。

 

「いつから、だろ……」

 

 ()()()()()。そう思ったのは。

 あるいは、この1週間がそうさせたのか。

 二人との約束が、そうさせたのか。

 

「負けない、よっ」

 

 今の自分には、譲れない約束があるから。

 今一度心の中で思い返した九曜の双眸の奥に、爛々と燃える強い意思を感じ取った板見(ペイン)は、その不敵な笑みをより深めた。

 

「………いいね。仮想世界(むこう)では現実(こっち)の事情なんて関係ない。今からハクヨウと戦うのが、俄然楽しみになった」

「私と、理沙、楓で上位を独占、する。

 ………貴方は、邪魔だよ」

 

 間違いなくゲーム内最高レベルの実力者二人。

 最速プレイヤーと名高いハクヨウと、最強プレイヤーと名を馳せるペイン。並々ならぬプレッシャーを放つ板見に、九曜は今までとは桁違いに高まったモチベーションで応えた。

 

 

「………どぉせ私は置いてけぼりですよ〜だ」

 

 互いにライバル認定した二人の後ろで、寂しそうな美紗の声が木霊したことを、誰も気付かなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 仄暗い球体の中で不規則に明滅する無数で色とりどりの光を眺めながら、九曜はゆっくりとその時を待っていた。

 明滅する光の内、三割が九曜の健康状態スキャニング用、三割がVRハードとして役割がある。

 イベント開始まで十分を切った現在。蓋の閉じた試作四号機の中は近未来的な機械のコックピットの様であり、板見の趣味というか、遊び心を忘れない性格に感嘆する。何せ明滅する光の残りの四割が、『内装に面白みが足りないな』とか言って板見が付けた、全く役割のないモノだから。

 

「そ、だ。そろそろ、聴こ」

 

 時間も迫っている事だし、と。九曜は板見がインストールしておいたらしい音声データを聞くために、ポチポチと機械を軽く操作する。

 一応、イベント概要は既にかなりの情報が告知されており、プレイヤー同士のバトルロイヤルで、ポイント制なのも分かっている。兎に角たくさんの他プレイヤーを倒し、自らが倒されなければ上位に行ける至極分かりやすいルール。

 だから聞く必要はあまり感じないのだが、良い暇つぶしになるだろうと聴こうとした九曜だったが、一向に動かない。

 操作を間違えた?いや、ボタンを二つ三つ選択するだけのお手軽操作である。間違えるはずも無い。どうしようかと首をひねる九曜だった。

 

 その瞬間、パッと内部を光が包み込む。

 薄暗い空間に目が慣れていた九曜には眩しすぎて思わず目を細めてしまったが、ちゃんと動いたことに安堵したのも束の間。九曜の正面に新世の姿が映し出された。

 九曜から見て正面。機内の蓋の内側部分は、実は全体がスクリーンになっていた。

 

「っ!?」

『ふむ。時間通りですね。……あぁ、九曜さん。ちゃんと居てくれて何よりです』

「ふ、ぇ……?」

『ふふっ……板見さんは貴女に音声データと言ったそうですが、実はリアルタイムのオンライン通話だったりします。これからイベントの説明が()()()()ので、九曜さんも見てください』

 

 実はイベント開始五分前になると、自動で繋がるようになっていたらしい。ジト目で板見が寝ている隣の部屋の方向を見ると、新世にくすくすと小さく笑われる。

 場所は何かの中のようで、新世の後ろは真っ黒だった。

 

『九曜さんを驚かせたかったそうですよ。……さて、九曜さんは現場には居られませんが、そのままじっとしていてください』

「何がある、んです、か?」

『ふふふ……すぐに分かります』

 

 それだけ言って、新世との通信が途切れ再び薄暗い空間に戻る。

 

「っ!こ、れ……」

 

 のも一瞬のこと。すぐに再び明るくなり、見覚えのある景色が映し出された。

 

 沢山の人々の喧騒が聞こえてくる。

 青空と優しく照らす陽光が暖かさすら感じさせ、近くからは噴水の音も聞こえた。

 たくさんの人が武装して、武器を携えてワクワクとした気持ちで佇んでいる。

 

「第、一層……」

 

 それは紛れもなく、第一層の噴水広場。イベント開始時に、多くのプレイヤーが集まる場所。

 

『驚いていただけて何よりです』

「っ!?」

 

 響いてくる新世の声にまたもびっくりし、九曜は次々にくる急展開について行けない。

 

『あぁ、もう音声だけですので悪しからず。音声データではつまらないでしょうし、せめて映像という形で、皆さんと一緒に説明しようと思ったので』

「……ん。わかりまし、た」

 

 取り敢えず、状況は飲み込めた。というか、時間もないので飲み込む他なかった。

 

『ありがとうございます。説明が終わると同時に、九曜さんのアカウントも自動でログインされますので、そのまま楽な姿勢で聞いていてくださいね』

「は、いっ」

『……まぁ、その。わ、笑わないでいただけると助かります』

「?……分かりまし、た……?」

 

 視界は一方向から動かせないが、それでも十分だった。たった一週間しかログインしていなかったのに、久しぶりに感じる雰囲気が、やっぱりNWOが大好きなのだと再確認させてくれる。

 

『がおーっ!』

「っ!?」

 

 そう思っていると、声が響いた。

 近くに見えるプレイヤーが軒並み上を見上げていたので、九曜もスクリーンの上の方に目を向けると、そこにはデフォルメされた赤い小龍。

 

『それでは、[New World Online]第一回イベントを始めるよ!』

「………」

 

 アニメらしさを感じさせる口調と声音。しかし、妙に聞き覚えがあるような……というか、つい今さっき話したような……

 

新世(あらせ)さん……」

 

 声音が少し違うようにも思うが、それはイメージが違いすぎるからなのと、彼女自身が意識しているのだろう。あの真面目然とした彼女が、こんなアニメ口調の可愛らしいキャラクターに声を当てていた。その事に愕然としている九曜だったが、説明は勝手に進んでいく。

 

『制限時間は三時間。参加者は、イベント専用マップに転送されるよ!あ、ボクはこのゲームのマスコットの‘どらぞう’!以後よろしくドラぁ!』

「ぷっ……あははっ」

 

 前に話した時も、キャリアウーマンらしい雰囲気をかもし出していた新世。その彼女が、このどらぞうというキャラクターに声を当てている。

 そのギャップが面白すぎて、思わず吹き出してしまう九曜。『笑わないで』とはこういう事かと納得し心の中で謝るが、笑いは抑えられない。どことなく、どらぞうの声音にやけっぱち感を感じるのは気のせいだろうか。

 

『それじゃあカウントを始めるよー!』

 

 カウントが始まる直前、九曜は映像(視界)の中に、見覚えのある赤い鎧の後ろ姿を見つけた。

 

「クロムっ!」

 

 思わず声を上げるが、こちらには気付かない。それも当然で、ハクヨウというアバターはその場にはいないからだ。あくまでも、プレイヤーと同じ視点で映像を見ているだけ。その事に少しだけ残念に思いながら、九曜は今一度、クロムを見つめる。

 

『3……2……1……ゼローっ!』

 

「今から、そっちに行く、ね。クロムっ」

 

 楓と理沙との約束を、忘れたわけじゃない。むしろ、今一番のモチベーションの理由だ。

 しかし、それと同じくらい、クロムにも会いたくなった九曜は、優しく微笑んだ。

 そして。

 

『みんなー、頑張ってー!がおーっ!』

 

 どらぞうのその言葉を最後に、九曜の意識は仮想世界に沈んでいった。

 

 




 
 今回は解説パートが多めだったので、少しでもフランクになるよう頑張りました。
 出来てるかは知らん。

 タマゴ型のVRハード……某絶剣が使っていたメディキュボイドに類する物。全身すっぽり入るタイプで、それ単体で簡易ながら様々な検査も行える優れもの。板見の趣味全開な近未来的デザインをしている。
 SAOのユウキは臨床試験被験者。
 九曜は医療用VRハードの開発被験者。九曜達のデータを基に完成品が作られ、その後に病院での臨床試験が正式に始まる。

 九曜ちゃん、板見には感謝してるけど、それとこれとは別!と言わんばかりに楓と理沙との約束のために『ぶっ○』宣言。
 ペインとハクヨウが睨み合ってたら、美紗さんは置いてけぼりを喰らいましたとさ。

 新世さん……敏腕キャリアウーマンっぽい雰囲気でありながら、『どらぞう』の中の人も兼任。プレイヤー観察で楽しむ運営たちのトップなので、この人も何かと面白い人。どうせ運営を出すのなら、意外性も追求してみた。
 ドラグが義肢技師だったり、カスミがポンコツになったりと、私はギャップ萌えでも狙ってるのだろうか……自覚は無いんだけどさ。


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白き災害と炎帝 1

 ようやく第一回イベントがスタートしました!
 けど聞いてください。今回、全っ然話が進みませんでした……なんだこれ?

 以前戴いた支援絵ですが、あらすじの所に掲載いたしました。
 個人的にお気に入りは、【ばぁさぁかぁ】に『めっ!』してるハクヨウちゃん。後ろ姿なのに可愛すぎない?
 あとハクヨウちゃんですが、前書きや後書き、あと感想返信でもチラっと書いたことあるけど、外見イメージはノーゲーム・ノーライフの白で、支援絵も忠実になってる……ただの神。
 私、こんな娘の足を切除しなきゃいけないの?
 心がギシギシ言うんですけど……。
 


 

 ハクヨウが最初に感じたのは、やはり二本の足で地面に立っている感覚だった。

 次いで、吹き付ける柔らかな風。

 陽光の暖かさと、車椅子では感じない『立っている』が故の不安定さ。

 その全てが懐かしく思えて、小さく綻んだ。

 

「んっ……」

 

 目を開けると、どうやらハクヨウは緑広がる丘の頂上にいるようだった。一先ず現状を確認しようと、両手をグーパーグーパー。軽くぴょんぴょん跳び、感覚を調整。長くログインしていなかった反動か、はたまた性能の良すぎるハードによる影響か。動きは非常にスムーズで、思い通りに動く楽しさを鮮明に感じさせる。

 

「武器、は……」

 

 右手の【鬼神の牙刀】。左手の【九十九】。

 純白に彼岸花の上衣は健在で、淡青白色の袴も身に着けている。インベントリには【竜鱗の神刀】もあった。

 他のプレイヤーと違い、ログインと同時にイベントエリアに入ったハクヨウは、事前準備なんて一切できていない。故にこうして確認しているわけだが、今回は戦闘における手札を多く所持していた方がいいと思ったハクヨウは、アクセサリーの枠から【疾宝のペンダント】を外し、そこに【九十九】を装備し変えると、左手の枠に【竜鱗の神刀】を装備した。

 この状態でも【逆鱗のイヤリング】につくスキル【竜の逆鱗】と同様に問題なく【九十九】を使用できるし、【鬼神の牙刀】のスキルも十全に、【竜鱗の神刀】の【鱗刃旋渦】も完全に。

 正しくちょっとした全身武装となったハクヨウは、いつもとは違って二刀流。更には離れれば苦無が飛んでくる遠近両刀。状態異常によるハメ殺しに【首狩り】での即死、強い相手には【竜の逆鱗】でステータスを上げたり【韋駄天】で空を飛んだりと何でもござれ。二体の鬼を呼んだらどうなるだろう。

 

「だいじょぶ、かな……」

 

 本人は不安げに眉根を下げるが、間違いなく過剰戦力だった。ただでさえ、今のハクヨウはレベル50。ペインですら現在48だと言うのに、最速の最高レベルとして君臨しているのだ。

 そんなハクヨウだったが、遮蔽物も無く見渡しがいい場所にいつまでも居るのは危険だと判断し、丘を下って移動しようと思った。

 

 が、それもすでに遅く。

 自らに近づいてくるプレイヤーに気付いた。

 あまりに見つかるのも、接敵するのも早いように思えるハクヨウだったが、これだけ見晴らしのいい場所なのだから仕方ないと割り切る。

 

「三人、か……」

 

 正面から一人、左右から一人ずつ。見事に三方向から迫ってくるプレイヤーだが、運の良いことに全員前衛装備。しかし、サリーの様な例外も存在するため油断はしない。

 

「久しぶり、だし……三人は多いか、な?」

 

 一週間のブランクは、それだけに重い。それに加え、これまでよりも高性能なハードによるログインは、さながら初めて仮想世界に立った時のように覚束ない。

 そのため、『新生ハクヨウ』としての試運転を兼ねて、まずは一人ずつ倒すことにしたハクヨウは、スキル【九十九】を使用して純白の苦無を九十九本に分裂させた。どうやらアクセサリーなどの装備枠に装備すると、【九十九】は左手の袖内には入らないようで、帯から両手に三本ずつ引き抜き、指の間に挟み込む。

 

「っ」

 

 その感覚も、非常にリアルだった。これまで気が付かなかった苦無一つ一つの形が、どう握っているかが、明瞭に感じ取れる。

 

「再現度の、差。す、ごっ」

 

 現実の肉体との電気的信号を全て、完全にシャットアウトし、体感覚の全てを完璧な形で没入させる医療用VRハードの、一般用とのスペック差を小さな所から発見したハクヨウ。

 しかし、敵は待ってくれない。丘のてっぺんで動かないハクヨウを好機と見たか、全速力で三方向から迫ってくる。

 

「やれ!」

「おう!」

「もらった!」

 

 どうやら連携していたらしい三人。正面の盾持ち片手剣の男性がリーダーのようで、左右の二人が同時に仕掛けてくる。

 それに対しハクヨウは極めて冷静に。

 

「―――【五重・刺電】っ!」

 

 番えた六本の苦無を、高速で打ち込んだ。

 

「がっ!?」

「ぐぁっ!?」

「―――あれ?」

 

 一本や二本では、得物を使って防がれてしまうかもしれないと判断したからこそ、ハクヨウは三本ずつ二人に投げた。

 動きを封じるだけなら【縛鎖】でも良かったが、見たところNPC店売りで、それ程質の高くない装備の中堅プレイヤーのようだったので、【麻痺耐性】を持っていないとの判断だ。尤も、持っていたとしても【麻痺耐性中】程度なら貫通で麻痺を入れられる【五重】にした辺り、容赦は感じられない。

 しかも防がれる前提で投げた三本が、全部クリーンヒット。HPゲージを二人共吹き飛ばして倒してしまった。これにはハクヨウ自身も唖然。

 

 しかし、これもある意味では当然の帰結。ハクヨウの極振りした【AGI】が【STR】に変換された結果の投擲は、尋常ならざる速度で飛翔する。ハクヨウ自身が残像すら残さない速度で地を駆ける様に、彼女の攻撃もまた、並のプレイヤーでは回避困難なのだ。

 ―――なお、サリーの様なバグは除く。

 

「あー……まぁ、良い、や」

 

 それだけ呟いてハクヨウは全力で地を蹴った。

 

「っ!?消え――」

 

 瞬間、リーダーだったのだろう二人より僅かに質の良い装備で揃えたプレイヤーの首が飛ぶ。

 消えたわけではない。瞬きの間に距離を一歩で潰したハクヨウが、男性の背後に回り込み、首に見える赤い線に刃を奔らせたのだ。これにより【首狩り】が発動し、男性プレイヤーの即死が確定した。

 

「……んっ、動きもスムーズ、で、【首狩り】も少し、やりやす、いっ」

 

 ハクヨウさん、ニッコニコである。

 思った通りに完璧に動く身体は、僅か一ミリしかない細い赤い線を正確に捉え、その首を撥ね飛ばした。一般販売のVRハードでも度重なる練習の末、成功率四割を保っていたハクヨウとしては、完璧に狙った通りの結果になったことにご満悦。

 

 『ブランク?何それ知らない』とでも言うかのように、極めて軽やかに三人を倒したハクヨウは、男を斬った【鬼神の牙刀】を鞘に納め、トコトコと苦無を拾う。再び緑の丘に静寂が戻った。

 

「問題なさ、そう」

 

 初めてのイベント。初めてのVRハード。初めてのバトルロイヤル。初めてだらけのハクヨウだったが、問題なく戦えそうだと感じた。

 そうと決まれば話は早い。プレイヤーを見つけて暴れ、ランキング三位以内を目指さなければ。

 

「………ん、よしっ。【瞬光】」

 

 目的が決まるが早いか、ハクヨウは自分の内在時間を十倍に引き伸ばし、色味が褪せた白黒の世界に身をやつすと、【気配察知】で周囲を警戒。誰もいない事を確認した上で、【瞬光】とのシナジーが最も高いスキルを使用した。

 

「―――【韋駄天】っ!」

 

 ハクヨウが、空に上がる。一時的に【AGI】を二倍に。実数値は【AGI 5000】を超え、大気を蹴り抜いて大空を駆け巡る。

 これがプレイヤー同士のバトルロイヤルで良かった……そう思う人物は、恐らく運営だけだろう。しかし【怪物殺し(モンスターキラー)】と【殺戮兵器】を持つハクヨウは、モンスター相手にはステータス二倍。ボスモンスターに対してはその更に二倍であり、現状ですら【韋駄天】使用時は実質的に【AGI 20000】を超える。

 僅か三分。されど三分。【瞬光】で引き伸ばされたハクヨウの体感実質三十分と言う時間は、モンスターにとって絶望の時間なのである。

 

 そして、更に絶望をお届けするならば。

 ハクヨウは【AGI】✕0.2が攻撃力として変換されている。………さて。今のハクヨウのステータスと当てはめてみよう。

 

 三分だけとはいえ、【STR 1000】相当。

 

 とどのつまり―――ただのバケモノだ。

 

 

 二十分―実質二分―ほど空を跳んだハクヨウは、緑の丘から遠く離れて砂漠の上空を走っていた。

 先程まで周辺半径数キロもの範囲を上空から探索し終え、プレイヤーを見つけ次第急降下からの奇襲をかけていた。 

 普通なら『空から美少女が!?』と歓喜したかもしれないが、この時ハクヨウは【鱗刃旋渦】を自身を中心に高速回転させており、落雷の如き速度で突っ込むことで、近づくだけで敵を『ミンチよりひでぇや……』状態にしている。

 直ぐにポリゴンの粒子に変わるのだけが唯一の救い。ハクヨウは集団で戦闘になっている所に嬉々として突っ込み最初に百人くらい倒した後は数えるのをやめた。

 一つの群集を潰すのに十秒―1秒―と掛からないほどの圧倒的機動力と攻撃力を誇るハクヨウは、次の瞬間には空に飛び上がるため捕まりもしない。もはや落雷よりも酷い()()()

 

「えへへ……みぃつけ、たっ」

 

 そうして実は五百人以上潰していたりするハクヨウは、残り少なくなった【韋駄天】と【瞬光】で探索を進め、地面に降りてからの方向を決めた。

 それが今いる砂漠である。何故なら初めて出会った日の焼き増しの様に上がる、高い高い火柱を見つけたから。

 ハクヨウは【韋駄天】が終了する際を見極めて、真っ逆さまに大気を蹴りぬいた!

 あれ程の火力を生み出せる魔法使いを、ハクヨウは一人しか知らない。

 すなわち。

 

「手伝い、に……突貫――――――んッ!!」

「うぇ!なになになに!?!?」

 

 炎魔法の帝位を冠する友達。ミィだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 時間は、少し遡る。

 

「開始位置は砂漠、か。思ったより暑くない?ゲームだからかな?」

 

 自問自答して首を捻るのは、【炎帝】ことミィだった。砂漠にしては全く暑くなく、ミィとしては大助かり。暑い……もはや熱いのは嫌いだ。辛いのもめっちゃ苦手なので、炎使い(笑)である。

 ハクヨウのススメで演技を止めたミィは、それからミザリーと仲良くなったりフィールドボスとエンカウントしてハクヨウと再会したり、その後も紆余曲折あってハクヨウと友達になった。

 

「ハクヨウ、本当に来てるのかな……」

 

 前日のことだ。カスミに急遽呼び出しを喰らい、イズの店で邂逅した時、ハクヨウの現実での友人だという人物たちから、今日のイベントには絶対来ると言われた。

 

「しばらく会えてないし、辞めちゃったかと思ったけど……」

 

 イベント開始直前まで、ミィは噴水広場をキョロキョロと見渡してハクヨウを探したが、結局見つからなかった。だから本当にいるのかと不安にもなったし、イベント中に会えるのであれば会いたい。

 で、軽く頭を引っ叩かせてもらおうと思った。

 心配させた罰である。

 

 しかし、そんなミィの心情とは裏腹に、敵は待ってくれないらしい。

 敵を探しに砂漠を彷徨うことしばらく。

 

「っ……来た」

 

 敵は五人。前衛三人の後衛二人。比較的バランスの良い組み合わせだった。

 

「別に協力しちゃいけない、なんてルールは無いもんね」

 

 複数人で協力して他のプレイヤーを倒し、メンバーの一人を上位に上げるというのは、割と多くのプレイヤーが考えている事だ。事実、パーティーという括りこそ組めないものの、こうして協力してミィを狙っている。

 

「その点じゃ、私は駄目なんだよねー……」

 

 俯き気味に呟くのは、今回のようなイベントではミィは味方がいないということだった。それは偏に、ミィの魔法が強すぎるから。

 魔法の発動範囲が広すぎるあまり、パーティーメンバーも攻撃範囲にいる事が多々あるのだ。通常であれば、パーティーメンバーはダメージを受けない。しかし、今回のルールではパーティーが組めないため、味方でも攻撃に巻き込んでしまう。

 結果的に、ミィはソロでやるしかなかった。

 

「……ま、丁度いいハンデだよね!【爆炎】!」

 

 ある程度敵前衛が近づいてきた所で、低威力高ノックバック攻撃で前衛を吹き飛ばし、守られるべき後衛を顕にする。

 

「【フレアアクセル】」

「くっ!【ウィンド――」

「【ウォーターボ――」

「遅い、【炎帝】っ!!」

 

 足裏から炎を立ち昇らせることで爆発的加速力を生み出して急接近したミィは、相手が魔法を発動するまでに魔法を完成させる。それは発動間近だった相手の魔法ごと全てを飲み込み焼き尽くす劫火。

 一撃で後衛の二人を処理したミィは、そのまま吹き飛ばされ、ようやく起き上がった所の前衛三人を睥睨し。

 

「―――この程度じゃ、準備運動にもならないんだけど?」

 

 心底呆れたような口調で、挑発した。

 

「ちっ……!」

「くそ……っ!」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めたのは、二人。あとの一人は、俯いてよく分からない。

 

「くっそ……うおぉぉぉおおお!」

「らぁっ!【疾風斬り!】」

 

 その二人はもはやカミカゼ特攻。敗北覚悟で突っ込んでくる様は、開始早々だからマイナスはすぐに取り返せるのを見込んでか。

 

「……遅いね?」

 

 剣士と槍使いの二人の攻撃を、ミィは槍の刺突を半身になって躱し、剣士の攻撃スキルを再びの【爆炎】で吹き飛ばし無力化する。

 友達になってからは何度もハクヨウとパーティーを組み、フィヨルドエリアを一緒に探索したミィは、普段からその尋常ならざる速度を目に焼き付けていた。だからこそ、余りにも遅すぎる彼らの特攻も余裕を持って対処できる。

 

「……ハクヨウの半分の半分でも【AGI】があれば、もう少し戦えたかもね?【豪炎】」

 

 二人まとめて、一撃で焼き払った。

 しかして残った、最後の一人は。

 

「いやはや流石はトッププレイヤーの一人。この程度じゃ歯牙にも掛けねぇか」

 

 愉快そうに、嗤った。黒いフードで顔が隠れているが、何となく笑っているように感じたミィ。その異様な雰囲気を不気味に思いつつ、ミィは問いかけた。

 

「……随分と余裕そうに見えるけど?」

 

 胡乱気に目を細めつつ杖を向けるミィに対して、フードの男は心外だとばかりに否定した。

 

「くくっ……それこそまさかだ。あの四人を一蹴した相手に、俺一人で敵う道理が無い」

 

 言葉を重ねるほどに深まる異質な笑み。自分では勝てないという言葉とは裏腹に崩れない余裕。

 その全てがミィの警戒心を跳ね上げ――直後。

 

「―――()()()、な?」

「?……っ!まさか」

 

 途端、ミィは【気配察知】で背後に大勢のプレイヤーの気配を感じ取った。

 振り返れば、その数何と五十人という大所帯。

 パーティーとして動く者たちは数多くいるが、これでは最早レイドだ。

 

「トッププレイヤーと言えど、この人数は無理じゃね?」

 

 フードの男が、心底おかしそうに嘲笑う。

 

「……あの四人は、最初から」

「あぁ、この為の囮だ。大して時間稼ぎにもならなかったし、居なくても変わらなかったな。――役立たずめ」

 

 軽蔑の瞳で悪態をつく男だが、ミィとしてはあの四人に気を取られ、弓や魔法が届く距離にまで接近を許した時点で、してやられたと舌打ちした。

 相手の殆どが魔法使いの様で、ミィを囲むようにジリジリと陣形を取り始める。その動きに淀みはなく、それなりに慣れを感じる。恐らくイベント前からこの戦い方を計画していたのだろう。

 

 ―――しかし。

 

「あはっ」

 

 果たして、狩られる側なのはどちらだろうか。

 

「舐められたものだよね……私もさ?」

「………は?」

 

 魔法使いによる包囲網?数的有利?物量差?

 あぁ厄介だ。全周を警戒する必要があって、弾幕を張られれば逃げ場は無い。

 

 ()()()()()()()

 

 一人ひとりの実力は大したことは無く、それを量で補っただけの物量戦。

 確かに動きはスムーズで、それなりに連携が取れるのだろう。だが、それでも彼らは遊び人(プレイヤー)で、所詮掻き集めの烏合の衆。僅かでも戦端を崩壊させれば簡単に倒れる。

 その程度で、【炎帝】が負けるはずがない。

 これが出来るだけの『量』(人数)に勝る『質』(火力)を、ミィは持っている。

 

「私を見誤った代償は……高くつくよ?」

「〜〜〜〜っ!!やれ!」

 

 ニィィィィッと口角を吊り上げたミィの威圧に気圧されたフードの男が、慌てて指示を出す。まるで、恐怖を振り払うかのように。

 それに合わせて行使される魔法の数々。全方位から迫るそれらに対し、ミィは。

 

「―――まぁまぁかな?【爆炎】!」

 

 ()()()()()()、【爆炎】を放った。

 本来は低威力ながらノックバックを発生させ、相手を吹き飛ばすための攻撃魔法。しかし、それを地面に向けて放つことで、前方に放たれるはずの衝撃波が周囲に拡散。発生する爆風と高ノックバック効果によって、迫る魔法を吹き散らした。

 

「な、ぁ――っ!?」

「【フレアアクセル】!私を倒したいなら、この倍は持ってきな。【噴火】【豪炎】【蒼炎】!」

 

 ミィは巻き起こした砂煙に紛れて指示を出したフードの男に接近すると、通り抜けざまに囁く。

 そして隊列の外側から魔法を行使した。火柱が吹き上がり、極大の業火が隊列を崩し、蒼い炎が追い打ちをかける。

 

 砂煙が晴れた頃には、集団は当初の半分に。何とか攻撃範囲を逃れたフードの男だったが、見るからに満身創痍。

 物量をモノともしない、圧倒的質の高い魔法で相手の計画を真正面から叩き潰したミィは、これ以上時間をかけては順位に影響すると思い、トドメの【炎帝】を放とうとする。

 

「―――え?」

 

 瞬間。ミィの頭上に、小さな影が差した。雲にしては小さすぎ、けれど確かに眩しい陽光が遮られる。

 

「手伝い、に……突貫――――――んッ!!」

「うぇ!なになになに!?!?」

 

 上空から、一週間聞いていなかっただけなのに、妙に懐かしい声が響く。

 思わず叫んだミィは、何となく。

 

 そう。本当に何となく、こう思った。

 

 

 

 

 

 あ、なんかデジャヴ―――と。

 

 




 はい。実質的な進行時間、10分程度です。
 てか10分も進んでない。
 なのにハクヨウちゃん、500人以上潰してます。【鱗刃旋渦】で突っ込んで、軒並みミンチにしてるからね。仕方ないね。
 チタタプ!チタタプ!
 この調子で3時間暴れたら……いや、【韋駄天】と【瞬光】あっての500人斬りだし、多分もう少し控えめになるかな。
 ハクヨウちゃん視点だと、20分以上戦ってる訳だし。基本近づくだけで倒せるから、走り抜けるだけで良いし。【鱗刃旋渦】を纏うハクヨウちゃんは、言うなれば全身凶器。近づくだけで念入りに摺りおろされるぞ!逃げても追ってくるけどね!

 ミィ。
 日中の砂漠とか地獄だと思う。行ったことないけど。辛いの苦手って設定は、防振りアンソロジーの激辛カレー食べる話で言ってた。
 地面に【爆炎】して魔法を無力化。
 からのハクヨウちゃんが空からこんにちは。

最前線でオークの群れに追われた時。
  『なんか空から降ってきたぁぁぁぁ!?』
今回沢山のプレイヤーに囲まれた時。
  『なんかハクヨウ降ってきたぁぁぁ!?』

 うん、デジャヴだこれ。

 前書きの続き。書きたいから書く。
 ハクヨウちゃんのイメージですが、ノゲノラの白の他にもう一人います。
 ……まぁ、うん。12回くらい復活しそうな名前の鬼を従えてる時点でお察しですね。聖杯を巡って争う世界のイリヤです。
 けどこっちは成分少なめ。ハクヨウの色素や『仮面の九曜』の初期設定として結構盛り込んでいたんですよ、()()()()()()
 ですがご存知の通り、九曜ちゃんの性格は初期設定からかけ離れており、私にも『どうしてこうなった』状態なわけです。
 つまり、『イリヤ』イメージってのは裏設定……ほとんど死に設定ですね。

 書き足りないけど、書けば後書きでエッセイ的なのを作れそうなレベルで長くなるので、割愛。

 次回はハクヨウちゃんとミィが合流した所から始まります。こんな感じで、イベント中に他の人ともバトったり共闘したりしたい。


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白き災害と炎帝 2

 ネタ読んだ人は久しぶり、読んでない人も久しぶり。エタるギリギリを突き進む投稿者の恥です。はいそこPS特化エタってるとか言わない!凍結する意志はないのでエタってない。いいね?
 


 

 白雷の如き速度で空から降ってきた『それ』は、しかし僅か程の砂煙も立てず。まるで重力を感じさせない軽やかさで着地した。

 

「やっほ、ミィ」

 

 片手を軽く上げて挨拶をする、降ってきた存在ことハクヨウは、“ちょっと通りかかりました”と言わんばかり。

 

「………ハクヨウ?」

「ん。そう、だよ?」

 

 “他に誰がいるの?”とコテンッと首を傾げるハクヨウの姿に、ミィは今更かとため息をついた。

 

「……うん。自力で空を飛んでくるなんて、ハクヨウ以外に居ないよね」

「飛んでない、よ?空を……走ってる、だけ」

「似たようなものじゃん」

 

 話しつつも、ハクヨウは視線を敵プレイヤーから逸らさない。いつ仕掛けてきても可笑しくないバトルロイヤルで、会話にうつつを抜かす愚は犯さない。そんなハクヨウを見て、ミィも気を入れなおした。

 

「割り込んできたんだし、手伝ってくれる?」

「その前、に……一つ確認しても、いい?」

「え?」

「手伝うの、は、良いけど……」

 

 けど、と一瞬言い淀んだハクヨウは、ミィに顔だけ向けて楽しそうな、あるいは挑発するような笑みを浮かべた。

 

「別、に…私が、全員倒して、しまって、も…構わないよ、ね?」

「――――――へぇ?」

 

 『連戦で消耗してるなら、全部倒して()()()』そう言いたいわけだ?この鬼っ()は、と。ミィの表情筋が不自然に歪む。ピキピキと青筋が浮かぶ。フフフ…アハハと乾いた笑い声が漏れる。

 

 けれど、その顔は笑ってない。

 

「やってやろうじゃん?」

「ん、勝負っ」

 

 背中合わせになった二人は、周囲を取り囲む30人を置いてけぼりにして勝負を始めた。

 

「【炎帝】!!」

「【跳躍】っ」

 

 どっちが多く目の前の敵を倒せるか、と。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ず、ずるぅーっ!ハクヨウの速度チートだよチートっ!!」

「そんなこと、ない」

 

 砂漠のど真ん中で、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く粒子に囲まれながら、ミィが心の丈をぶちまけていた。

 というのも、勝負は一瞬で終わってしまったのである。【炎帝】で包囲網の一部に風穴を開け、ドヤ顔で振り返ろうとしたミィは驚愕に目を見開いた。

 

「何あれ反則じゃん!どんなAGIしてんのさっ!」

「ブイ、ブイっ」

「くっそかわいい腹立つっ!」

 

 勝負を始めた次の瞬間、ミィは取り囲むプレイヤーの()()()()()()()()()()()()()のを、確かに見た。誰もが何が起こったのか分からないという不思議そうな表情で、ゆっくりと重力に従って落ちていく光景は、ホラーとしか言いようが無い。

 それを引き起こしたのが、今ドヤ顔ダブルピースを決めるハクヨウだと思うと腹が立った。

 

 かわいいけども。

 

「で?結局どうやったの?」

「普通に、近づいて、斬った、だけ」

「………にんげん?」

「ひど、いっ」

 

 「本当に、斬っただけ」と頬を膨らませて不機嫌そうに告げるハクヨウ。

 

「これだけの人数を、一度に【首狩り】は無理だ、し…【跳躍】で近づい、て、剣宛てて、グルッと一周した、だけ」

 

 即死効果を持つ【首狩り】だが、スキルによって見える首の線は非道く細い。身長の違う大勢のプレイヤー全員に対して、一瞬の内に修正しながら成功させるのは不可能と判断し、持ち前の高火力をそのまま活かして攻撃したハクヨウに、ミィは呆れるしかない。

 

(本気で、全く見えなかった……)

 

 ミィも初めて出会った時や、フィヨルドで共闘した時は、ハクヨウの走る姿を捉えることは出来なかった。しかし、その後時折パーティを組んで遊ぶようになってからは、初動や方向転換、減速の瞬間だけ辛うじてだが目で追えるようになった。慣れたとも言う。

 攻撃を当てられるかは、別問題として。だが今のハクヨウの動きは、全く見えなかった。

 

(い、いや、久しぶり過ぎてハクヨウの速度を忘れちゃってただけ。うん、きっとそう…多分)

 

 ちょっと力量の差に頭を抱えたくなったミィの考えなど露知らず、ハクヨウは首を傾げている。その姿もイラッとして、けどそんな姿すらしばらく見れなかったと思い出して、問答無用で手刀を振り下ろした。

 深〜いため息を落としながら。

 

「ふぇ……っ?」

「……一週間、心配させた罰、だからね」

 

 ポコンッと言うような軽いものだが。

 久しぶりに会えたと思えば、ハクヨウは軽い調子で“やっほ”な上、まるで一週間のブランクを感じさせない。実力的にも、精神的にも。

 

(心配して損した……じゃ無いけど、このくらい許してよね)

 

 ついでに二、三回チョップチョップチョップ。

 その度にハクヨウから「あぅ」「ふみゅ」「うにぃ」なんて変な声が漏れて、流石にミィも笑いを抑えられなかった。

 ヤバいクセになる……と楽しくなってきたミィだったが、イベント中なのでそろそろ自制。

 

「………」

「ご、ごめんごめん。ちょっと歯止めが利かなかった」

 

 笑いが収まった頃、ハクヨウがジトーっとした視線を向けていることに気付いて平謝り。やり過ぎたかな。

 

「もう、しない?」

「……善処します」

「確約、して」

「………」

 

 サッと目を逸らす。楽しかったんだもの。

 もうこの際、話が変わってる事なんて放置。ハクヨウの視線が痛いけど、そんなの知ったことかと言わんばかり。

 

「はぁ……」

「う……」

 

 拗ねた、或いは叱られるのが嫌な子どものようなミィに、ハクヨウは諦めの溜め息を一つ。

 本当はハクヨウだって分かっている。追加三回は許さないが、何も言わずにゲームにログインしなくなり、心配させた自分が悪いのだと。あとの三回は許さないが。ちょっとダメージ入った。

 イベント初ダメージ――お仕置き。

 

「心配させ、て、ごめんね?もう、大丈夫」

「こっちこそごめん……けど、急に居なくなるとか、寂しかったからね?」

「んっ。もうしませんっ」

 

 仲直りのような何かを果たした二人は、漸く落ち着いて、腰を据えて話すことができる。

 

 

 

 

 

 とか思った時期が彼女たちにもありました。

 

――――ォォォォォォオオオ………

 

「な、なに!?」

「何か、さ、寒気、が……」

 

 遥か遠くから聞こえてくる、何者かの雄叫び。理性の箍が外れたとも感じさせるその叫び声に、ハクヨウは超自然的な恐怖を感じた。

 

 ハ―――ォォォォォォオオオ!!

 

「な、何か近づいてくる……っ!?」

「ひ……っ」

 

 声が少しずつ鮮明になると共に、土煙を上げて猛然と接近する『何者か』を捉えたミィと、思わず小さな悲鳴を上げたハクヨウ。寒気は怖気に変わり、ハクヨウの顔に恐怖が滲む。

 

「ハクヨウ―ォォォォオオ!!」

 

「ひぅ……っ!?」

「カ、カスミっ!?うわ怖っ、こわぁっ!?」

 

 『何者か』は、カスミだった。比較的高いAGIを発揮した全速力で砂漠を猛然と突っ切る姿と鬼気迫る表情に、ハクヨウは死の危険を感じた。

 

「み、みみ、みミミミィ、た、たたすけ…」

「むむむむり……こわ……こわぁ……」

 

 まだ距離こそあるが、高いステータスを持つカスミのAGIでは間もなく襲われる。怖くなり、訳もわからずミィの背後に隠れるも、ミィも怖さでパニックになる。

 

「に、ににに、逃げよ?早く、速く疾くっ」

「そ、そそそそうだね逃げよう!」

 

ふたり は にげだした。

 

「い、韋駄天、韋駄天んんんっ!!」

「【フレアアクセル】【フレアアクセル】っ!」

 

 パニックになって【韋駄天】を使おうとするが、再使用可能時間(リキャストタイム)の関係で暫くは使えないハクヨウと、【フレアアクセル】で何とかハクヨウを追うミィ。

 

「な、なんで逃げるんだ!?待ってくれハクヨウ!!」

「や―――っ!!」

「怖い!怖いってカスミぃいいっ!?」

 

 幸運だったのは、ハクヨウのAGIが素でプレイヤー内最速だったことだろう。グングンとカスミを引き離し、距離を取る。ミィも必死にハクヨウを追うが、やがて距離が開いていく。

 

「ハクヨウ、先に行って!」

「で、でも……っ」

「ハクヨウのAGIなら逃げ切れる!けど私もいたら追いつかれる!」

 

 それに、とミィはハクヨウを安心させるように笑うと。

 

「カスミの狙いは、ハクヨウだけみたいだしね。時間稼ぎするから、早く逃げてよ。さっき手伝ってもらったお礼」

「っ……」

 

 そう言われてしまえば、断ることはできない。焦ってはいるが、それを隠してハクヨウを逃がそうとするミィの思いに、否やは言えなかった。

 

「わ、かった……むり、しないで」

「私を誰だと思ってるのさ―――私は」

 

 一人立ち止まり、猪突猛進するカスミに相対するミィ。その背中を逃げながら見つめるハクヨウ。

 

「【炎帝】の―――

 

「邪魔するなぁっ!【一ノ太刀・陽炎】っ!!」

 

 カスミの姿が、揺らいで消える。

 

「へっ?」

 

 そして次の瞬間、ミィの目の前に現れたのを、ハクヨウは見た。

 横薙ぎに振るわれる刀がミィの胴体を深々と斬り裂く。

 

「ミィ―――――っ!!」

 

 決着は一瞬。カスミの攻撃に対応できなかったミィが破れ、カスミはスキルの硬直で動けない。負けて決まったが、時間稼ぎの目的だけは果たした形になった。数秒あれば、ハクヨウならば遥か遠くまで逃げることができる。

 

()()()

 

「ありがとっ、ミィ」

 

 ハクヨウは振り返らず、恐怖の根源(カスミ)から逃げるために走り続けた。

 

 こうして鬼が追われるという、長い長い奇妙な鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「あー、くっそ。【白影】まで来るとかふざけんなよ!」

 

 その男は、砂漠からほど近い森の中で復活(リスポーン)した。ここが男の初期地点であり、引き連れていた多くのプレイヤーの中には元々仲間だった者も居たが、多くはここで上手く丸め込み、引き連れてきた。それが。

 

「【白影】、マジで強すぎんだろうが……何されたか分かんなかったぞ……チートか?」

 

 一瞬で、自分含め全滅した。数多くのゲームをやってきたベテランプレイヤーとして、それは己のプライドが傷付けられたと同義。このゲームでも中堅以上の実力があると自負していただけに、《最強》の座は遠いのだと自信が打ち砕かれた。

 

「何にせよ、早くここから離れねえと」

 

 ここには、先程まで協力していたプレイヤーが多くいる。あれほど理不尽な力に蹂躙されたのだ。もう一度協力を頼むのは不可能だろう。だからこそ、今度は率いた自らが標的になる可能性が高い。そう判断した男は、すぐにでも森を抜けるために行動を開始して。

 

「はっ………?」

 

 瞬間、一瞬の浮遊感を感じ、白い残像が目に入った。

 

「じゃまっ」

 

 違和感。

 視界が落ちていく/フラッシュバック

 逆さまの空/数分前の出来事

 立ち尽くす己の下半身/あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないっ!

 

「あ、あぁ……あぁぁぁぁあぁああああっ!!」

 

 その日から、男は『白』が大嫌いになった。




 
ハ ク ヨ ウ た ん 欠 乏 の 末 路

 皆様はこの様なバーサーカーに変貌してはいませんでしょうか。もししていたら一発ネタをお読みください。きっと白黒、もといハククロを楽しんでいただけると……良いなぁ(白目
 そろそろ本気でキャラ崩壊のタグ付けを検討してます。もう原型ないでしょカスミェ……。
 展開に悩んでいたのですが、鬼ごっこで慌ただしく進めば色んな所に逃げ、色んな人と共闘(そうぐう)し、また鬼ごっこし…という感じでスピーディーにできるのでは?という一周回って安直な考えです。ネタ切れとか言わない。ネタはあるの。文才皆無で文章化できないだけ。……本末転倒?

死亡フラグ(偽)
 別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?と某弓兵みたいな事言ってるのに強者ムーブかますハクヨウちゃん。死亡フラグとしてじゃなく、ミィへの挑発として使ったからセーフでした。

名乗らせてもらえない【炎帝(笑)】
 自信満々で「お前は先に行け!」したのに名乗る前にやられちゃうクソザコミィさん。
 NDK(ねぇねぇどんな気持ち)
「う、うるさいっ!【炎帝】【炎帝】っ!!」

砂漠で二人を囲んだプレイヤーの首領
 【炎帝】相手にイキってたら空から【白影】降ってきた。
 何かどっちがいっぱい倒すかとかいう理不尽な勝負始めた。
 一瞬で負けた…お、俺はもっと強いはずだ!
 【白影】にリスキルされた。
 なっ!何をするだァーッ!許さんッ!

 だいたいこんな感じ。


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雪山の多刀使いたち

 スピーディーに進むとか幻想だった……。
 


 

「ぐぁっ!」

「―――ふぅ。ようやく五百」

 

 二振りの短剣を鞘に納めたサリーは、全滅させた一団の残りが居ないか警戒しつつ、茂みに飛び込んだ。【気配遮断】も忘れない。

 イベントが開始してから丁度一時間が経過し、今のところ順調にスコアを伸ばしているサリーだが、現在の順位が分からないことがやや不安だった。

 

「団体でソロを潰す人たちが多いし、そんなに下位じゃあ無いと思うけど」

 

 相手が団体で襲ってくるならば、逆に返り討ちにできればキル数が一気に稼げるので、実力があるならば嬉しい襲撃だった。

 

「二人は大丈夫かなぁ……」

 

 二人、と言うのは、言うまでもなくメイプルとハクヨウの事だった。ハクヨウが本当に来ているか、直前まで広場を見渡していたが、ついぞ見つからなかった。

 けれど、ハクヨウはミザリー伝手で伝えてきたのだ、必ず来ると。だから、いる。絶対に、イベントに来ている。

 そう信じ、自分もだが二人の順位がどうなっているかも、心配だった。

 

「けど、こうも連続で来られると、休む暇が無いよねぇ……」

 

 茂みからひっそりと顔を覗かせれば、近づいてくる団体が一つ二つ。互いに遠距離から魔法で牽制し合っていて、茂みのサリーに気付いた様子はない。

 

「と、なれば。漁夫りましょう、そうしましょ」

 

 連戦になるが、まだ()()()使()()()()()()サリーはMPにも余裕があり、本職としての手札をすべて残したままで精神的にも余裕がある。

 とは言え本格的に茂みから飛び出せば、すぐに気付かれるだろう。今のサリーは()()()()()

 

「ほんっと、イベント前にこのスキル取れて良かったような、見つかりやすくて困るような……」

 

 徐々に団体同士の距離が縮まり、乱戦が始まるのを今か今かと待ちながら、サリーはイベント前に取得したスキルに目をやった。

 

 

―――

 

【剣ノ舞】

 攻撃を躱す度にSTR1%上昇。

 最大100%

 ダメージを受けると上昇値は消える。

取得条件

 レベル25到達までノーダメージでいること。

 

―――

 

 

 

「お蔭でより前衛らしくなって、本職を誤魔化せるし、良いこととしますか」

 

 サリーの体から溢れ出る青白いオーラが、スキル発動の証左である。勿論、この一時間で強化倍率は最高の100%まで上げており、上げるためにこれまでの戦いを長引かせてしまった。

 

「ここからは……全開でやろうかな」

 

 ニィィ…と、サリーの口角が僅かに吊り上がる。丁度、目の前で団体同士の乱戦が始まった。

 

「狙うは後方…片方の別働隊を装って魔法職を瓦解させる」

 

 作戦を決めたサリーは、音もなく移動する。

 

 ――数分後。

 二つの団体を壊滅させ、実に100のキルを稼いだサリーは、ホクホク顔で去っていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

時間は少しだけ戻り、その頃ハクヨウは。

 

「ほん、と、フィールドのバリエーション、多い、なぁ…」

 

 出会うプレイヤー全員を斬って捨てて、森の中を縦横無尽に走り抜けたハクヨウは、何とかカスミを撒くことができた。

 カスミがなぜああも遠くからハクヨウを察知し、執拗に追いかけてくるのかは依然として分からないが、取り敢えず安心と息を吐く。

 

「雪、なのに、寒くない、ね……」

 

 そんなハクヨウは今、雪山の中を歩いていた。

 森を抜けた直後に雪山に変わった景色はゲームならではで、なかなかにぶっ飛んでいる。

 イベント最初に空を跳んで確認したことではあるが、それ程広くないイベントフィールドの中に、随分とバリエーションに富んだエリアを用意したものだと感嘆。

 

「草原に、砂漠、荒野、森…雪山、火山、廃墟、遺跡……ホントいっぱい、ある」

 

 最早、思いつく限りのあらゆる土地を突っ込んだとしか思えないバリエーションの多さである。イベントエリアは広大だが、第一層のフィールド程に広いわけでもない。それこそ、数分ほど歩けばプレイヤーに出会う程度には小さく作られている。

 数千人を入れても戦闘に支障がないように作られているのか、大きめの街くらいの大きさだ。だからこそ、そんな中にバリエーションを詰め込みすぎなのだが。

 

「………気付かれて、ない?」

 

 今もハクヨウは、時折プレイヤーを倒しつつ雪山登山に興じている訳だが、十メートルほど遠くから近づいてくるプレイヤー達に、首を傾げた。

 実は雪山に入ってから、ハクヨウは何人ものプレイヤーに奇襲を成功させていた。しかし、【気配遮断】を使っているとは言え気付かれなさすぎであり、ほんの五メートル前を横切っても気付かれなかった。勿論、歩いていたので、肉眼で見える。

 

「服と、髪……あと肌、も?溶け込んでるのか、な?」

 

 キャラクリエイトで作り上げた、純白の長髪。

 ユニーク装備。

 【捷疾鬼】のスキルで変化した病的な白い肌。

 

 その全てが、ハクヨウを雪山の景色と同化させていて、さながら雪道を往く白ウサギのように、発見を困難にさせていた。

 

「それなら、それで……僥倖、だけど」

 

 バレないならそれで良いと、ハクヨウは苦無を番えた。

 正面から歩いてくる数人のプレイヤーに対して迂回するように回り込み、【刺電】を発動――

 

「っ!」

 

 瞬間。

 ハクヨウの視界の隅から『何か』が飛来した。

 それは狙い(あやま)たずハクヨウが狙っていたプレイヤー達を突き穿ち、HPを全損させる。

 

「あれ、は……っ」

 

 その攻撃を、ハクヨウは知っていた。

 数人のプレイヤーを仕留めた十の小剣はひとりでに浮かび上がり、飛んで来た方向にフヨフヨと戻っていく。

 

 虚空に浮遊する十本の小剣は特徴的に過ぎた。

 

「―――シン」

「おわっ!その声……ハクヨウか?どこだ」

 

 呼びかければ、やはり見知った声とその主が姿を見せた。けれど、雪と同化するハクヨウにはそう気付かない。

 

「【九重・縛鎖】っ」

 

 そんなシンに、ハクヨウは横取りの抗議とばかりに“ぷくーっ”と頬をリスみたいに膨らませながらシンを拘束した。ダメージの少ない【九重】でやったのは温情か。はたまた拘束を強めるためか。

 

「ちょっ!?これ、外れなっ!」

「むぅ……」

 

 藻掻けど足掻けど、鎖はきつくシンを縛り上げ、決して拘束を解かせない。

 そんなシンに、ぷっくりほっぺのまま近づくハクヨウ。

 

「おまっ、ハクヨウ!いきなり何しやがる!」

「……これ、バトルロイヤル。シン、敵」

「間違っちゃいないが、ならなんでそんな不機嫌なんだよっ!」

「それ、をっ!シンが言う、のっ?」

 

 その内に絡まる鎖に足を取られ、バランスを崩して立っていられなくなったシン。

 雪の上でびたーんびたーん。

 最終的に、ハクヨウからの白んだ目に臆した。

 

「私が、狙っていた、のに……シンが、横取りした」

「あー……今の奴らか。けど、それこそ早いもの勝ちだろ?バトルロイヤルじゃねーか」

「そう、だけど……そうなん、だけど…っ!」

 

 理解はできるけど、納得できない!とますますほっぺが膨らむ。大丈夫?爆発しない?

 “ほっぺつんつんしてぇ……”とTPOを完全に履き違えた考えが脳裏を過ぎったシンだが、両手は鎖に封じられている。

 陸に打ち上げられた魚みたいにビクンビクン。

 鎖がジャラジャラと喧しく鳴り響く。

 

 

 

 

 ―――その音が、良くなかった。

 

「………ハクヨウ、鎖を解いてくれ」

「……仕方、ない」

 

 ハクヨウは辟易とシンに巻き付いた【縛鎖】を解除しつつ、【気配察知】で様子を探る。

 ハクヨウが【気配察知】で探れば、凡そ20人。

 三パーティ程だろうか。別々の方向から近づいてくるのを感じた。

 

「作戦……って感じじゃねぇな。偶然俺たちを見つけたパーティが三つあって、偶然タイミングも重なったって所か」

 

 シンが確信を持って告げるその口調に迷いは無く、ハクヨウが確認しでも、パーティ単位ではこちらに向かってきているが、他の二パーティと連携している様子はない。

 というか。

 

「シン。【気配察知】使えたんだ、ね」

「ハクヨウに負けてから【気配遮断】と一緒に重点的に上げた。」

 

 ハクヨウと初めて遭遇した時に【気配遮断】せずに隠れていたら、簡単に見つかってしまった経験から、【気配遮断】を思いっきり上げているシン。同時に【気配察知】も使っていたために、同じくらい高くなっていた。

 

「そ、か……なら、私も」

「あん?」

 

 自分と出会ってから、シンは自分の足りなかったスキルを上げてきた。ならば、そんな()()に自分の特訓の成果を見せた方がいいのだろうか。

 逡巡は一瞬。ハクヨウは【九十九】を解除すると、【竜鱗の神刀】に手を掛けた。

 

「――前より、操作うまく、なったよ?」

「ははっ、良いね。一緒にやるか」

「んっ!」

 

 三方向から来るパーティが、ハクヨウ達に気付く。正確には、立ち尽くすシンに気付いたのだろう。「相手は一人だ!」なんて叫び声が聞こえてきた。

 

「【崩剣】!」

「【鱗刃旋渦】!」

 

 シンとハクヨウの声に合わせて、それぞれの武器がボロボロと崩れていく。

 シンのそれは宙に浮かび、元の剣を縮めた見た目の十本の剣となった。

 ハクヨウのそれは一度雪原に舞うダイヤモンドダストのように散ったが、すぐに収束し、苦無にも似た半透明の剣となった。その数は、シンと同じ十本。

 

「おいおい、いきなり不可視ってアドバンテージ消しちまって良いのかよ?」

「これで、いい」

 

 あと、と付け加えて、ハクヨウはシンに耳打ちをする。その内容にシンは怪訝な表情(かお)を見せたが、集団が猛然と近づく限られた時間で、了承するしかなかった。

 

「厄介な!」

 

 最初に到達したパーティのプレイヤーが、シンの周りに浮かぶ二十の小剣に蹈鞴を踏む。

 

「リーダー!他にも近づいてるし急ぐぞ!」

 

 パーティメンバーが別のパーティに気付いたようで、漁夫の利をされないように急ごうと、隙だらけのシンに突撃してくる。

 

「くらえ!」

 

 真っ直ぐな突進は、雪道に足を取られ通常よりも速度が落ちている。故に、シンは冷静に小剣を操って迎撃する()()()()()()()()

 

 それに合わせ、()()()()ハクヨウが【鱗刃旋渦】を操って半透明の小剣を飛ばす。数を減らし、視認可能となった事で操作性が格段に増した今の状態は、シンの【崩剣】とほぼ同じ操作が可能であり、自由度の代わりに安定性を獲得していた。

 

 だが。

 

「はっはー!なんだよ、半透明の剣は簡単に砕けるぜ!」

 

 迎撃に当てたハクヨウの小剣は、スキルもないただの攻撃で砕け散った。

 

「くっ…【崩剣】!」

 

 すかさず、シンが【崩剣】を重ねるように迎撃するが、これはパーティメンバーに受け止められてしまう。

 ここで、別の二パーティも合流した。

 

 乱戦が、始まる。

 

「よし、半透明の剣を優先的に砕け!数が半分になりゃあ対処の面倒さも半減だ!」

 

 パーティ同士の乱戦が始まるかに見えたが、まずは最も戦力の少ないプレイヤーから狙うという趣旨で合致しているのか、三方向からシンが囲まれた。あとから来た二パーティにも最初に来たパーティリーダーの声が聞こえたのか、半透明の剣を狙って攻撃を始める。

 シンは最低限ダメージを負わない為か、ハクヨウの小剣を操る()()をしつつ、盾と小剣で防衛に徹し始めた。

 

「なんだなんだぁ…半透明の剣は脆いなぁ?」

 

 下卑た笑いが上がり半透明の小剣が砕かれる。

 やがてシンを守るように取り囲む【崩剣】の十本を残し、半透明の小剣が最後の一本となる。

 

「攻撃用の剣は、随分脆かったようだなぁっ!」

 

 裂帛の気合いと共に敵の武器が振るわれ、最後の半透明の小剣が砕け散る。その光景を眺めながら、シンは的はずれなことを考えていた。

 

(『攻撃用』……?あぁ。確かにそう言われれば、そう見えるか)

 

 半透明の小剣が敵を攻撃している間、シンの【崩剣】はシンを守ることに徹していた。それがハクヨウから言われた事でもあるし、さっき横取りした償いとしても指示に従った。その光景はたしかに、攻撃用の剣と防御用の剣の二種類に見えたことだろう。

 

「じゃぁああオラァアアア!!」

「っ」

 

 疑問に納得していると、仕掛けてくる敵への反応が出遅れた。全方位から仕掛けてくる攻撃に対して、防衛の手段は心許ない盾一つ。

 

 

 やらかした。そうシンが覚悟した時。

 

「―――()()、【鱗刃旋渦】」

 

 空から凪いだ声が降った刹那。それは起きた。

 突然、シンを囲む二十人弱のプレイヤー全員の体からダメージエフェクトが散り。

 

「う、うわぁぁあああああ!?」

「何が……なんでなんでなんでぇぇえええ!?」

「あぁぁああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 絶叫が雪山を包み込み、内側から砕け散る。

 四肢は崩れ、腹を裂き、頭が割れる。今まで誰も見たことの無い倒され方で、三パーティが全滅した。

 

「うわぁ……。えげつねぇ……」

「ふ、ぅ……」

 

 今はもう粒子へと変わった周囲と、着地したハクヨウを見比べて、シンは思わず後退った。

 

「むぅ……シンには、しない、よ?」

「だとしても怖えって。なんだよ、『私は上にいるけど、()()()()()()()()()()()()』って」

 

 それが、ハクヨウから耳打ちされた言葉だった。上にいる、についてはシンはピンときた。

 

「空中に立ってたのも【鱗刃旋渦】だろ?鱗刃を集めて盾にした様に、今回は足場にしたわけだ」

「ん。薄く作れ、ば……視認も、難し、いっ」

 

 半透明の剣を作ったのと合わせて、ハクヨウは頭上にも小さな足場を作っていた。そこにずっと立っていたのである。

 

「で、そろそろ種明かししてくれねぇか?なんでアイツら、いきなり砕けた?ホラーじみてて夢に出そうなんだが……」

 

 突然大勢のプレイヤーの全身に赤いダメージエフェクトが走り、次の瞬間、崩れるように砕けたのだ。怖すぎる。

 そう聞けば、ハクヨウは『人の手の内を聞くのか』とジト目を向けてきたが、やがて、“別にいっか”と小さく息を吐いた。

 

「そもそ、も。【鱗刃旋渦】、は…壊れない」

 

 【破壊不可】というスキルが付いている為に、絶対に壊れることのない専用武器だ。だが、それが今回は簡単に砕けた。

 

「砕け、た?……()()。砕かせ、た。思い、出して。【鱗刃旋渦】は、剣じゃ、ない」

「あ――」

 

 そうだ、と。シンは最初の光景を思い出した。雪原にダイヤモンドダストが舞い、それが収束して、小剣の形をとった。つまり。

 

「空間に、砕けた小片をばら撒いたのか……?いや、でも内側から砕けた理由にはならねぇ」

 

 半透明の小剣を砕かせ、取り囲む敵プレイヤーの周辺に散布する。それも有効だろう。だが、それでは光の反射でダイヤモンドダストのようにキラキラと輝き、小片の存在が露見してしまう。と頭を抱えたくなるシン。

 そんな頭を悩ませるシンに対して、ハクヨウはいたずらっ子な笑みを浮かべた。

 

「制作陣、の気合の入れように、は……ほんと、脱帽す、る」

「はぁ?」

 

 なんでいきなり、ゲーム制作の話になってんだ、とシンは訝しむが。

 

「だって……プレイヤーの体、も、()()()()()()()()()()()()、から」

「っ……おい、まさかとは思うが、お前」

 

 ハクヨウの言ってることが理解でき、シンは背筋が寒くなった。確かにNWOは、プレイヤーの胃等の臓器も全てではないが作り込んでいる。

 流石に、本人の本物というわけではなく、設定的に組み込まれているのだとか。

 心臓や肺等は人体にとっても急所であり、ここに攻撃を当てればダメージ判定が大きくなるというのは、有名な話だ。だからこそ、そこまで細かく作り込んだのだろう。

 また消化機能等は無いが、ちゃんと胃も再現している。何かを食べても満腹になることはないが、食べたという結果だけはちゃんとそこにあるわけだ。無論、食べたものは胃でポリゴンの粒子となって消えてしまう。

 恐らくは、食べたものが口に入れてすぐ粒子となって消えてしまっては味気ないからと、胃までは作ったのだろうというのが、現在の見解である。

 

「だからお前。あいつらを調子付かせるように、簡単に砕かせたのか」

「ん。その方が、口を開きやすい」

 

 二週間程前、【鱗嫌い】を取得した時のことは、ハクヨウは良く覚えている。だからこそ。

 

「鱗刃、を体内に、送り込ん、で、攻撃する。リザードで、できたし…できると、思った」

「……俺の中にも入ってないだろうな?」

「ん。入らない、よう、操作した」

「なら良いけど……」

 

 簡単に砕ける小剣を砕くのは、随分と楽しかっただろう。調子に乗って大声でシンを挑発しながら、体内に砕けた小片が送り込まれているとも知らずに。

 砕けた時の衝撃も、体内に送り込むのを容易にしていた。何もかも、ハクヨウの掌の上だったというわけだ。

 

「……俺、お前だけは相手にしたくない」

「む、ぅ……酷い、言われ、よう」

「馬鹿げたAGIだけでも巫山戯散らかしてるのに、なに巫山戯た手札の数してんだっての」

「むぅぅぅ……ふざけて、ないっ」

 

 身長差のせいで胸あたりをポコポコと叩く。ダメージが入るほどじゃないらしい。剣での攻撃では無いからかは知らないが、こういう時に仕事をしない【辻斬り】である。

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

「貴様、ハクヨウとなにをしているぅぅぅううううう!?」

 

「ひぅぅっ!?」

「な、なんだっ!?」

 

 なんか、出た。

 遠くの方から雄叫びと共に上がる雪煙が、ハクヨウにデジャヴュと恐怖心を植え付ける。

 

「ひぅ…なん、でっ。撒いたはず、なのにっ」

 

 ミィまで、犠牲になったのに……と涙目でシンの後ろに隠れようとするハクヨウ。

 

「し、知ってるのかハクヨウ?てかめちゃくちゃ怖いんだけど、誰なんだあれ!?」

「カ、カスミ……の、はず」

「はぁっ!?ウッソだろおい!俺の知ってるカスミはもっと武人っぽかった!あれどう見てもバーサーカーだろ!」

「その、はずなんだけ、ど……」

 

 血走った目と鬼気迫る表情は、完全にバーサーカー。或いは狂人。ハクヨウを執拗に追い続ける殺人鬼。その辺りが妥当だろうか。

 

「……まぁいい。ハクヨウを追ってるみたいだし、お前は逃げとけ」

「で、でも……っ」

 

 ミィが同じことをしてピチュンッされたのを思い出し、足が竦む。

 

「あれ怖えし、一回冷静になってもらった方が良いしな…だとしたら、狙われてるハクヨウ自身がいたほうが難しいだろ」

「う……」

 

 気を狂わせてる元凶がいたら、落ち着けるモノも落ち着けない。いや、ハクヨウが悪いわけじゃないけど、と言葉を重ねて、シンはハクヨウの背中を押す。

 

「ほれ、早く行かねえと追いつかれるぞ。ハクヨウのAGIなら早々追いつかれねえし、とっとと走れ。それだけが取り柄だろ?」

「………んっ!あり、がとっ!」

 

 完全に撒いたのに追いかけてくるカスミに恐怖しながら、ハクヨウは走る。

 イベントも丁度一時間を過ぎ、残りに時間となった今。鬼ごっこは、まだ続く。

 

 

 どうしてこうなったかなぁ……。

 




 
その1
 サリーは原作より一ヶ月早く始めてるからね仕方ないね。

その2
 ハクヨウちゃんと雪山でかくれんぼしたら、絶対に見つけられない説、あると思います。

その3
 シンはね。カスミと並んで、残念枠に取り込まれつつある。なんだろう…異常枠、普通枠、残念枠の3つになってきたよ。
 多刀使いって言うと、SA○ロストソングのレインちゃんを思い出す。あの子はストレージから剣飛ばしてたから、どっちかというとAUOだけど。
 AUO参戦はゲームそのものがエヌマ・エリシュするけど、レインちゃん追加は考えてる。多刀流トリオ組めるねっ!

その4 【鱗刃旋渦】の使い方
 OSRな一人「○れ 千○桜」とか
 整合騎士の「舞○、花たち」
 でも良いんですけど、これ普通すぎるし。なのでここは奇をてらって、《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》の方をお呼びしました。一番使い方がエグい人。
 まぁね。どっちも白が基調だしありかなって。

その5 カスミェ……
 カスミはもうどうしようもない。作中でバーサーカーだの狂人だの殺人鬼だのいってるけど、全然違うからね。
 ただハクヨウたん欠乏症なだけ。たぶんハクヨウを捕まえたら、そのまましばらく離さない。

 今回、本当はもう一人と出会したかったんですけど、長くなったからやめた。カスミが色々持っていったのもあるけど、シンとの会話が弾んだよね。


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イベント掲示板 その1

 お待たせしました
 次書くのは決まってるんだけど、趣向を変えようとして行き詰まった……から今回は掲示板。
 


 

―イベント開始直後―

 

 

【NWO】第一回イベント観戦席1

 

1名前:名無しの観戦者

 はじまったな

 

2名前:名無しの観戦者

 ああ

 

3名前:名無しの観戦者

 とはいえ3時間だし暫くはそんな動きないだろ

 

4名前:名無しの観戦者

 ばっかお前!このゲームのトッププレイヤーが軒並みバグってんのは周知だろ

 

5名前:名無しの観戦者

 バグってるのは運営の頭です

 間違えないでくだしい

 

6名前:名無しの観戦者

 変なクエとか馬鹿強いフィールドボスとか

 

7名前:名無しの観戦者

 湖沼エリア…ゴーレム…うっ、頭が!

 

8名前:名無しの観戦者

 うっ…

 

9名前:名無しの観戦者

 うっ…

 

10名前:名無しの観戦者

 うっ…

 

11名前:名無しの観戦者

 なんで!魔法無効なんでっ!?

 

12名前:名無しの観戦者

 ほら当時最前線に出てた奴らが被弾したじゃん

 

13名前:名無しの観戦者

 正直すまんかった

 めんご

 

14名前:名無しの観戦者

 めんごwww

 

15名前:名無しの観戦者

 ここイベント掲示板だよな?

 なんで初っ端から違う話題なん?

 

16名前:名無しの観戦者

 みんなのトラウマだからね仕方ないね

 

17名前:名無しの観戦者

 イベントに動きがあれば自然と盛り上がる

 逆説的につまらない戦闘は見向きもしない

 

18名前:名無しの観戦者

 てか>8、9、10、11はイベントでなかったのな

 前の最前線行けるくらいには強いのに

 

19名前:名無しの観戦者

 ゴーレムを前にPKし始める世紀末な奴らと戦っていられるか!俺は家に帰らせてもらう!

 

20名前:名無しの観戦者

 ゴーレムの攻撃を必死に耐えてたら胸から剣ががが……

 それからはモンスターよりも人が怖いです

 

21名前:名無しの観戦者

 トッププレイヤーってな…違うんだよ

 実力もスキルも格も何もかもが

 

22名前:名無しの観戦者

 トッププレイヤーを見て心が折れました

 今は生粋の生産職です

 農業たっのし〜♪

 

23名前:名無しの観戦者

 お、おう

 

24名前:名無しの観戦者

 >22で台無しすぎて草

 

25名前:名無しの観戦者

 なおここまでイベントの様子には一度も触れていない模様

 

26名前:名無しの観戦者

 そんなヴァカな

 

27名前:名無しの観戦者

 ………ガチじゃん

 誰か触れて差し上げろ可哀想だろ

 

28名前:運営

 ぴえん

 

29名前:名無しの観戦者

 いやぁああ!出たぁぁあああ!?

 

30名前:名無しの観戦者

 急げ!誰かイベントについて触れるんだ!

 

31名前:名無しの観戦者

 第一回イベント バトルロイヤル

 New World Online第一回イベント[バトルロイヤル]を開催いたします。

 参加者はイベント専用マップに転送され、制限時間3時間で行います。

 順位の算出は以下の四項目により行われます。

1,倒したプレイヤーの数

2,自身が倒された数

3,自身が他プレイヤーに与えた総ダメージ量

4,自身が他プレイヤーから受けた総ダメージ量

※項目2、4に掛かり、プレイヤーはイベント中は倒されても数分のインターバルの後、何度でも復活します。復活地点はイベントマップに転送された初期位置となります。デスペナルティーはありません。

 

 なお上位入賞者には特別な景品がございます。

 

32名前:名無しの観戦者

 おうサンクス…ってこれイベント告知のコピペじゃねーか!

 

33名前:運営

 ぴえん超えてぱおん

 

34名前:名無しの観戦者

 もうダメだ、おしまいだぁ……!

 

35名前:名無しの観戦者

 ……はっ?いや、何だこれ?あり得なくね?

 

36名前:名無しの観戦者

 ん?なんかあったのか!

 何でもいい!イベントについて語れ!

 

37名前:名無しの観戦者

 元からそういう使い道なんだよなぁ…

 

38名前:名無しの観戦者

 あ いやまだイベント開始10分くらいだろ?

 戦闘も激化してないし暇だからイベントランキング眺めてたんだよ

 

39名前:運営

 (´;ω;`)

 

40名前:名無しの観戦者

 やめっ、やめろぉぉっ!それ以上イベントをディスるんじゃあないぜ!

 

41名前:名無しの観戦者

 ついに運営が何も言わなくなったw

 

42名前:名無しの観戦者

 待て待て続きがある

 イベントランキング見てたら一位だけありえないくらいポイント稼いでてさ

 ハクヨウって名前なんだけどチートかなって

 

43名前:名無しの観戦者

 ガタッ

 

44名前:名無しの観戦者

 ガタッ

 

45名前:名無しの観戦者

 ガタタッ

 

46名前:名無しの観戦者

 ガタタッ…ドタっ…

 

47名前:名無しの観戦者

 今…何と言った?

 ハクヨウ、と…そう言ったのか?

 

48名前:名無しの観戦者

 ハクヨウ?どっかで聞いた名前だな

 

49名前:名無しの観戦者

 誰それ?最近始めたんだけど有名なプレイヤーなのか?

 

50名前:名無しの観戦者

 待て!待たれい同士諸君!

 まだ本当に、本物のハクヨウたんと確認が取れたわけではない!気を急くな!

 

51名前:名無しの観戦者

 そ、そうだな

 文字の間に少しでもスペースを開ければ別名として登録できる世の中だ

 一週間も行方不明だったハクヨウたんがイベントでいきなり復帰するわけ

 

52名前:名無しの観戦者

 ふむ……ランキング確認したら武器は片手剣の二刀流らしい

 10分で568人倒して被ダメなし…化け物かな?

 

53名前:名無しの観戦者

 はっ!紛らわしい!偽物じゃねーか!ぺっ!

 

54名前:名無しの観戦者

 本物は刀と苦無だ間違えんな!

 

55名前:名無しの観戦者

 何この過激派……そんな有名人なの?本物のハクヨウってやつ

 

56名前:名無しの観戦者

 ハクヨウ……ハクヨウ?

 あっ!もしかして【白影】か?

 

57名前:名無しの観戦者

 知っているのか雷電!

 

58名前:名無しの観戦者

 だれが雷電だ

 ……説明しよう ハクヨウ、いや【白影】とはこのNWOにおいて最も有名なプレイヤーの一人であり、最強の一角だ

 

59名前:名無しの観戦者

 >58 最かわ最速幼女を付けろマヌケ!

 

60名前:名無しの観戦者

 >58

 最かわ最もきゅプレイヤーを加えろマヌケ!

 

61名前:名無しの観戦者

 >58 最高最かわ最古参少女を入れろマヌケ!

 

62名前:名無しの観戦者

 >58 最巧最速の最強最かわ鬼娘に決まってるだろマヌケェ!

 

63名前:名無しの観戦者

 わけわからん

 

64名前:名無しの観戦者

 取り敢えず最高に最速で最古参な最強かわいい幼女ってことでオーケー?

 

65名前:名無しの観戦者

 あと俺の妹だ

 

66名前:名無しの観戦者

 は?俺のだが

 

67名前:名無しの観戦者

 は?私のよ

 

68名前:名無しの観戦者

 は?俺の妹ですが

 

69名前:名無しの観戦者

 お前ら全員が変態なのはわかった

 

70名前:名無しの観戦者

 通報しました

 

71名前:名無しの観戦者

 で そのハクヨウたんを語る不届き者はどこだ

 

72名前:名無しの観戦者

 誅殺してくれる

 

73名前:名無しの観戦者

 過激派いくない

 

74名前:名無しの観戦者

 通報にも動じないメンタルよ…

 

75名前:名無しの観戦者

 過激派は置いといて

 一位ならその内に映りそうなもんだけど…

 

76名前:名無しの観戦者

 映らんな

 

77名前:名無しの観戦者

 今映ってる【炎帝】はクッソ派手にやってるけどな

 

78名前:名無しの観戦者

 集団相手に無双モード

 やっぱりトッププレイヤーなんやなって

 

79名前:名無しの観戦者

 ………はっ?

 

80名前:名無しの観戦者

 ひ?

 

81名前:名無しの観戦者

 ふ?

 

82名前:名無しの観戦者

 へ?

 

83名前:名無しの観戦者

 ハクヨウたんっ、だぁぁぁぁぁっ!!!!

 

84名前:名無しの観戦者

 あ、あっ、あああぁぁぁあああっ!?

 

85名前:名無しの観戦者

 はぁぁぁっほぁぁああああ!?

 

86名前:名無しの観戦者

 うわぁぁあああっあ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!

 

87名前:名無しの観戦者

 ……狂喜乱舞は分かるけど取り敢えず空から来たことに突っ込めよ……

 

88名前:名無しの観戦者

 うるっさ……

 何これ観戦席全体が揺れてんだけど

 

 

 

 

―ハクヨウ逃亡劇―

 

101名前:名無しの観戦者

 カスミェ……

 

102名前:名無しの観戦者

 カスミェ……

 

103名前:名無しの観戦者

 カスミェ……

 

104名前:名無しの観戦者

 カスミェ……

 

105名前:名無しの観戦者

 カスミェ……

 

106名前:名無しの観戦者

 カスミェ……いや気持ちは分かるけどw

 

107名前:名無しの観戦者

 ミィよくやった!瞬殺されたけど

 

108名前:名無しの観戦者

 瞬殺されたけど親友を逃して自ら盾になるとは

 

109名前:名無しの観戦者

 瞬殺されたけどな

 

110名前:名無しの観戦者

 集団への無双なんてなかった

 

111名前:名無しの観戦者

 そういや【白影】ファンが静かだな?

 

112名前:名無しの観戦者

 奴らなら【白影】復帰が嬉しすぎて失神してるぞっ

 

113名前:名無しの観戦者

 いや草

 

114名前:名無しの観戦者

 あ マジだ気持ち悪い笑顔でぶっ倒れてる

 集団で

 

115名前:名無しの観戦者

 ……マジじゃねぇか

 少なくとも数十人いるだろあれ

 

116名前:名無しの観戦者

 ホラーすぎひん?

 

117名前:名無しの観戦者

 さっきまで発狂に次ぐ発狂してお祭り騒ぎしてたからな

 糸が切れたみたいに静かw

 

118名前:名無しの観戦者

 いや待って?なんで誰も【白影】に突っ込まないの?ヤバすぎでしょ

 

119名前:名無しの観戦者

 純粋な【AGI】で分身の術を使う奴に何言ってんだ

 

120名前:名無しの観戦者

 水の上走れる子に何言ってんだ

 

121名前:名無しの観戦者

 音速少女に何言ってんだ

 

122名前:名無しの観戦者

 空を走るとかパワーワード使うやつに何言ってんだ

 

123名前:名無しの観戦者

 【AGI】だけでトッププレイヤー入りしてる幼女なんだぞ?何でもありに決まってるだろ

 

124名前:名無しの観戦者

 ……なぁ【白影】って本当に人間か?

 自分たちと同じ生命体と思えないんだが

 

125名前:名無しの観戦者

 最近はそれも怪しいよな

 

126名前:名無しの観戦者

 もうあれだろ

 【白影】って種族なんだろ

 

127名前:名無しの観戦者

 『空を跳ぶ』『波乗り』『高速移動』『影分身』……ポケ○ンかな?

 

128名前:名無しの観戦者

 どっちかと言うと萌○モン

 

129名前:名無しの観戦者

 素早さ種族値200超えてそう

 

130名前:名無しの観戦者

 レジエ○キさん速攻で抜かれてて草

 

131名前:名無しの観戦者

 防御低いからアニポケで最強格だけどゲームだとクソザコ説

 

132名前:名無しの観戦者

 影分身で回避率上がるんだよなぁ……

 

133名前:名無しの観戦者

 種族値200越えてるのに高速移動でまだ速さを求める素早さの鬼

 

134名前:名無しの観戦者

 鬼娘だしなw




 
ハクヨウちゃんがポケモンだったら

名前 ハクヨウ
分類 捷疾(しょうしつ)ポケモン
身長 1.43m
体重 ■■.■kg(乙女の秘密)
タイプ ノーマル
特性 かそく てんねん (隠れ)メロメロボディ

図鑑説明
 とにかく走るのが大好きなポケモンで、常に速さを求めている。
 世界中を走り回り、発見は非常に困難だ。

図鑑説明(別バージョン)
 好奇心旺盛で様々な地域に現れる。しかし寂しがりでもあり、仲間をとても大切にしている。

 どうせ守りを捨てた超高速物理アタッカーだろうから、種族値は書かない。
 S250くらいでしょ多分。
 性格は『さみしがり』か『むじゃき』。
 アニポケなら速すぎて攻撃が当たらない&『影分身』『高速移動』で余計に…な最強格。
 ゲームなら一撃死不可避の紙耐久でそんなに強くないのを予想。

 これ考えるのが一番楽しかった。


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速度特化と罠祭り

 お、お久しぶりです…(震え声
前回投稿からめちゃくちゃ期間空けちゃって申し訳ないです(なおPS特化
少し前に、このすば×ハクヨウの短編ss上げたんで、まだ見てない人はぜひ見てってください。
 


 

「ふみゅ!?」

 

 殺伐としたイベントエリア一角の草原で、間の抜けた悲鳴が上がった。声の主はハクヨウ。シンにカスミ(バーサーカー)から逃げるための殿を任せ、『特性:ゆきがくれ』を捨てて雪山から下山したハクヨウだった。

 そんなハクヨウを待ち受けていたのは、背の高い草が生い茂る草原。草は優に1メートルを超えて、ハクヨウの胸元近くまで隠してしまう。大人でも屈めば簡単に身を隠れてしまうような、同時に、鬱蒼として動きを阻害されてしまうような、そんな草原が広がっていた。

 

「うぅ……」

 

 だからこそ、ハクヨウは慎重に進んだ。【気配察知】全開。目視でも常に周囲を観察し、草を掻き分けながら。

 正直なところ、そんな動作も、ハクヨウは楽しんでいた。車椅子では、こんな草原には入ってこれない。そもそも、現実世界でこれ程の草原は早々お目にかかれない。あるいは色味こそ違うが、収穫目前の麦畑の中にいるかのよう。

 

「取れな、い……」

 

 そうして結構楽しく探索していたら、これである。周囲に目を光らせつつも進んでいたら、不意に足が(もつ)れ、地面にすっ転んだ。顔面から突っ込んだ。擬音では“ビターンッッ”とでも付きそうな、そんな倒れ方だった。これがさっきの悲鳴である。

 幸いなことに、生い茂る草がクッションとなって、ダメージは無い。しかし、なぜ突然足が縺れたのか。ゆっくりと慎重に進んでいたので、そんなことはあり得ないのに。

 そう思ったハクヨウが起き上がって足元を見れば、そこには自らの足に複雑に絡みついた草が。痛み無く助かった要因が草ならば、転んだ要因も草だった。

 進んでいる間に、絡まってしまったのだろう。何せハクヨウの装備は袴で、こういった場所での進行には邪魔になる。

 『これは仕方ない』と割り切って、ハクヨウは絡みついた草を解いた―――否。解こうとした。

 が、結果は先の通り。殊の外頑丈な草なのか、引っ張っても一向に取れる気がしない。いっそ立ち上がり、根っこごと引き抜いてしまおうと考えるも、深く根を張っているのか引き抜けない。

 

「むぅ……斬る」

 

 こんな所で時間をかけてはいられない。既にイベントの残り時間は半分に迫っている。もっともっとプレイヤーを倒して、上位入賞を狙わないといけないと、ハクヨウは解くのを諦め、右手の【鬼神の牙刀】にて草を切断した。すると、頑固に絡んだ草が嘘のように解け、パサリと地に落ちた。

 

「よ、しっ」

 

 次からは足元にも気を付けよう……と、周囲に人がいないことを確認して歩き出す。

 

 しかし、十歩も歩かない内に。

 

「あう……っ」

 

 “カコーン……”という、どこか馴染み深い音と共に、ハクヨウの頭に衝撃が走る。

 頭を振り、あわや『敵かっ!?』と刀を構えるも、誰も襲ってこない。首を傾げつつ衝撃の走った頭を擦る。ダメージは無かったが、一体何が……と足元を見る。

 

「………桶?」

 

 目が死んだ、といえば語弊があるが、訝しむような物凄いジト目になった。そこにあったのは、昔ながらの木でできた古めかしい風呂桶。あの無駄に響く軽快な音はこれか……と分かるが、なぜこんな所で降ってきた。

 

「タライじゃ、ないの……?」

 

 こういう時のお約束では、頭に降って来るのはタライではなかろうか。昔のテレビではそんなコントがあったとか無かったとか。首がむち打ちになって酷いらしいが。いや、それだと絶対にダメージが来るだろうし、望む望まないで問われれば、来ないでほしい(のぞまない)のだが。

 

「でも…絶対だれか、いるっ」

 

 それだけは確かだと、ハクヨウは警戒心をMAXにした。何もない草原でいきなり桶が降ってくるとか、相当敵を小馬鹿にし、挑発するのが大好きな相手なのだろう。楽しみ方は人それぞれだと大抵のことは肯定するハクヨウだが、ほんの少しだけぷんすこする。

 これからは前後上下左右と全方位に気をつけなければならないと憂鬱になりつつも、ハクヨウは元凶をたたっ斬るべく進んでいく。

 

 

 

 

 ―――それからと言うもの。

 

 

 

 

「わわ、わ!?」

 突如地面が消え、落とし穴に嵌り。

 

 

「ひゃっ!【文曲】ぅ!」

 泥沼に嵌りそうになり、慌てて抜け出し。

 

 

「にゃっ!?ちょ、【跳躍】跳躍っ!」

 両側で土がせり上がり潰されそうになり。

 

 

「ひぅ!?」

 いきなり出てきた植物の蔓に絡め取られ。

 

 

「はうっ!?」

 また草に足が絡まって。

 

「ひゃわぁっ!?」

 なんか爆発して。

 

「ぴぃ!?」

 雷が落ちてきて。

 

「い、やぁぁっ!」

 竜巻が発生して。

 

「あぅ……ぅにぃぃぃっ!?」

 また草で転び、そこが落とし穴で。

 

 

 ……などなど。他にも沢山。

 それこそ進めば進むほど罠を起動してしまい、そのたびに悲鳴を上げるハクヨウ。

 そうしてトラップに掛かりまくること十分。

 

 

「……もぅ、()ぁぁぁ……」

 

 土や泥で汚れた半泣きのハクヨウがいた。

 だいぶ疲弊したのか、四つん這いで項垂れている。声にも力が無い。

 いっそ敵は近くでハクヨウを見ていて、進む方向に随時トラップを仕掛けているのではないかと錯覚するほどに、ハクヨウの行く所行く所にトラップが仕掛けてある。

 

「マルクスだ……絶対ぜったい、マルクス、だ」

 

 その悪辣さに、ハクヨウは見覚えがあった。

 モンスターだろうと手玉に取り、罠を仕掛けることで容易に誘導する天才【トラッパー】。かつては共にパーティーを組み、レベル上げをした仲であり、その反則じみた罠仕掛けの才能に助けられた。

 

 その才能が今、ハクヨウに牙を剥いている。

 

 落とし穴コンボがあった時に、明らかに草が意思を持って動いた瞬間を見て、『あ、これも罠の一つなんだ』と遠い目になった。

 直後の落とし穴で慌てたが。底が槍衾(やりぶすま)になってた。死ぬかと思った。

 むしろここまで、ダメージを受けていないのは奇跡と言っていい気さえする。

 マルクスの()る気が強すぎて、ここから一歩も歩きたくなくなった。だって歩いたらトラップ踏むもん、といじける。

 

 けれどイベントでワン・ツー・スリーフィニッシュはメイプルとサリーとの約束だ。破るわけにもいかないし、ハクヨウ自身が破りたくない。

 

 

 だから。

 

 

「―――もう、いい……」

 

 フラフラと立ち上がったハクヨウは、草原をトラップの海にしたマルクスに仕返しするべく。

 そして明言は控えるが、某狂化女侍によって溜まった鬱憤を晴らすべく。

 

 ――()()()()を作ることにした。

 

 

「―――綴る」

 

 

 

――――

 

243名前:名無しの観戦者

 イベントそろそろ半分すぎるけど上位も大分固まってきたな

 

244名前:名無しの観戦者

 2位のペインすら倒したの1500人なのに1位ダブルスコアってマ?

 

245名前:名無しの観戦者

 ハクヨウちゃんだしなぁ

 

246名前:名無しの観戦者

 狂化したカスミから逃げてるしなぁ

 

247名前:名無しの観戦者

 あの二人だけリアル鬼ごっこしてて草

 

248名前:名無しの観戦者

 なお鬼が逃げる側

 

249名前:名無しの観戦者

 鬼ごっこに巻き込まれた奴らの哀れなこと哀れなこと

 

250名前:名無しの観戦者

 お

 今度は草原でかくれんぼみたいだぞ

 

251名前:名無しの観戦者

 ………今回のイベントってなんだっけ?

 

252名前:名無しの観戦者

 鬼ごっこだぞなにいってんだ?(洗脳済み

 

253名前:名無しの観戦者

 鬼ごっこに決まってるんだよなぁ(洗脳済み

 

254名前:名無しの観戦者

 は?今はかくれんぼだろ(J)識的に(K)えて

 

255名前:名無しの観戦者

 バトルロイヤルとは…

 

256名前:名無しの観戦者

 明らかに別ゲー始めてる奴らいるからね

 城(黒い全身鎧の大盾少女)落としとか

 

257名前:名無しの観戦者

 攻城戦かよww

 ………待ってノーダメとか要塞すぎない?

 

258名前:名無しの観戦者

 さっきは避けゲーやってる娘もいたな

 なんかオーラ纏ってた

 

259名前:名無しの観戦者

 あの弾幕避けまくってる娘か…

 なんであんな避けれんの?背中に目でも付いてるの?

 

260名前:名無しの観戦者

 普通に無双するペイン

 普通に暗殺するドレッド

 頭のおかしい防御でノーダメの少女(要塞)

 頭のおかしい回避でノーダメ少女(オーラ)

 普通に煉獄を作り出すミィ

 鬼ごっこしてるハクヨウ(かわいい)

 

261名前:名無しの観戦者

 全員頭のおかしい実力してるのに3人だけ飛び抜けておかしい

 

262名前:名無しの観戦者

 鬼ごっこしてるのが1位とか言うイベント崩壊

 

263名前:名無しの観戦者

 それよか今ハクヨウちゃんどんな感じ?

 

264名前:名無しの観戦者

 >260

 紹介がひでえww

 

265名前:名無しの観戦者

 >263

 どんな感じが順位なのか様子なのか分からんが……

 今は草原を徘徊中

 

 あ 転んだ(かわいい)

 

265名前:名無しの観戦者

 草絡まったのか

 

266名前:名無しの観戦者

 必死だけど引き抜けない(かわいい)

 あ 斬った

 

267名前:名無しの観戦者

 足元に気を付けるんやで

 

268名前:名無しの観戦者

 草の高さ的にハクヨウちゃんの視界悪そうだしな

 奇襲にも気を付けなきゃ

 

269名前:名無しの観戦者

 そう考えるとハクヨウちゃん大変だな

 

270名前:名無しの観戦者

 今度は桶かよww

 

271名前:名無しの観戦者

 ちょっ相手ふざけすぎww

 せめてタライにしてあげろ

 

272名前:名無しの観戦者

 タライの方が非道いだろ

 

273名前:名無しの観戦者

 これで全方位気を付けなきゃねぇ?

 

 

〜〜〜

 

 

288名前:名無しの観戦者

  

289名前:名無しの観戦者

 

290名前:名無しの観戦者

 

291名前:名無しの観戦者

 

292名前:名無しの観戦者

 ……お前ら何か喋ろよ

 

293名前:名無しの観戦者

 だって……ねぇ?

 

294名前:名無しの観戦者

 トラップに掛かりまくるハクヨウちゃん可愛すぎか?

 

295名前:名無しの観戦者

 (・ω・)つ(ハクヨウちゃん悲鳴集)

 

296名前:名無しの観戦者

 有能っ!!

 

297名前:名無しの観戦者

 速すぎww

 有能

 

298名前:名無しの観戦者

 有能ぉ!

 涙目ハクヨウちゃんかわいい

 

299名前:名無しの観戦者

 いじけたハクヨウちゃんかわいい

 

300名前:名無しの観戦者

 お 立ち上がった

 頑張れハクヨウちゃん傷は浅いぞ

 

301名前:名無しの観戦者

 傷は浅い(悲鳴集作られてる)

 

302名前:名無しの観戦者

 >301

 致命傷ではw

 

303名前:名無しの観戦者

 ぴぃっ!?←お気に入り

 

304名前:名無しの観戦者

 んん?

 

305名前:名無しの観戦者

 ちょっハクヨウちゃん何そのスキル

 

306名前:名無しの観戦者

 空中に文字書いてる?

 ……読めん 解読班を呼んでくれ

 

307名前:名無しの観戦者

 あとなんか呟いてるな……詠唱っぽい?

 

308名前:名無しの観戦者

 NWOに詠唱が必要なスキルなんてあった?

 

309名前:名無しの観戦者

 なんかやらかしてくれる予感

 

 

 

――――

 

 

 

 一切合財を水底に沈めると決めた。

 

全ては水より始まった

全ては水へと還るだろう

すなわち水とは生にして死

産み落とす母であり呑み込む蛇

万物は流転し 時すらもその流れには逆らえぬ

 

 力技だがトラップに掛かり続けるよりは、無理矢理にでも解除した方が合理的だと。

 

大河に翻弄される浮船の如く 最後は等しく呑み込まれるのみ

嗚呼 無情なる無常の摂理よ

だがその無情も、無常も、こよなく愛そう

 

 いつまでも追いかけられるより、一度完全に倒した方が安全だと。

 

母の顔などもう忘れた

この身は蛇となりて口を広げ 十億万土を平らげよう

満たされることなき永劫の空虚

飽きることなき永劫の悦楽

 

 ―――だから

 

万物よ、流転せよ 我が腹へと還るべし

 

 

 

 宙に浮く都合十三行にもなる大詠唱。

 その全文を完成させたハクヨウは、そのスキルを現界させる最後の鍵言(トリガー)を叫んだ。

 

「―――【世界喰らいの蛇(ウロボロス)】っ!」

 

 

 スキルの開放と共に右手に凝集した魔法文字を地に叩きつけた瞬間。

 

 ズズン…ッという地響きが鳴り、ハクヨウを起点に大地がヒビ割れる。

 そこから大質量の水が間欠泉の如く吹き出し、その頂点でハクヨウは、小さく微笑んだ。

 

 遠くからどよめきの様な、困惑の声が聞こえてくる。『逃げろぉぉ!』と叫ぶ誰かが、水圧の壁に呑み込まれる。『何なんだよっ!』と誰かが立ち尽くす。『チートだ!』と叫ぶ誰かも水に呑まれたが、最後まで叫び続けた。

 

 吹き出す水は増え続け、ハクヨウを起点として同心円状に四つ、更に遠くに八つ吹き出し、それらが川を作り繋がり、円上にその範囲を広げていく。

 その過程で草原は陥没し、底無しの海に消えていく。仕掛けてあった罠も、視界を遮る長草も。一切合切を呑み込み平らげ。

 

 海と言う名の世界を飲み込む蛇が、そこにあった。

 

「さぁ………っ!」

 

 【文曲】を用いて水面の中心に直立するハクヨウは、さながら大海を統べる王者のようで。

 

「――【鱗刃旋渦】」

 

 それは、嘗ての暴虐の再現だった。

 ハクヨウを中心に海の水よりなお蒼い竜鱗が竜巻の如く回転し、それに呼応するように直径50メートルはある真円の海岸から、等間隔に水でできた20体の蛇が鎌首をもたげる。

 【鱗刃旋渦】については、ただ見た目のインパクトを大事にしただけである。特に意味は無い。1ミリたりとも、意味なんて無い。ただの演出である。

 

 この蛇……水の鞭の様にも見えるこいつらは、全長数十メートルにも達する馬鹿げた大きさであり、それを知っている上でハクヨウがすることと言えば……一つしかない。

 

「全、方位。……草原一帯、を…」

 

 ―――破壊、するっ!

 

 遠大な水蛇を鞭の様に(しな)らせ、その運動エネルギーの全てを大地に叩きつける。

 轟音がイベントエリア全域に轟き、周囲では局所的な地震が発生し、草原は見るも無残な荒れ地へと成り果てた。

 

 ―――そう。

 ハクヨウが考えたのは、至極単純であり、力技で、強引に。すべての罠を、圧倒的に。

 【世界喰らいの蛇】による環境破壊で、()()()()()()()()()。ただ、それだけ。

 

 作戦も戦略も戦術も、罠も搦手も小細工も。

 

 ありとあらゆる技能の総て。

 

 圧倒的な力でねじ伏せる。

 それができる力が、ハクヨウにはあった。

 

 なんか『あり得ないぃぃぃいいっ!?』と叫ぶ馴染みのあるモノクロフードの【トラッパー】が見えた気がしたハクヨウだが、ここまでの恨みでサラッと無視し、水面をスイスイ滑っていく。

 大地は割れ、長草は拉げ、草原だった場所は静まり返る。先程までいたプレイヤーが、軒並み【世界喰らいの蛇】に呑み込まれて死に戻ったからだ。

 なおも縦横無尽に草原を破壊し続ける水蛇は、ハクヨウが残った僅かな罠も、水蛇で触れることで意図的に発動させ、力技で解除する。

 

 ……賢いやり方では、あるのだろう。地雷原を丸腰で歩く人間が、手荷物を地面に投げて意図的に爆発させるように。ハクヨウは今、意図的にマルクスの罠を発動させているのだ。

 地雷原でタップダンスを踊れるか?危険を回避し、最善を征くのが人間だろう?だから、ハクヨウのやり方は正しい。正しいはず、なのだ。

 ……ただ。そう、ただ見た目だけが。ハクヨウの力技で強引に解除するやり方だけが、どうしても。

 

 脳筋に見えてしまったとしても、それは仕方のないことなのだっ!

 観戦席でポンコツ頭脳派脳筋という属性過多な呼ばれ方をしちゃっても致し方ないことなのだ!

 性格はポンコツ、頭は切れる、けれど行動は脳筋が過ぎる。そう判断されちゃっても、多分、きっと《ハクヨウちゃんを妹にし隊》が熱狂するだけで、問題ないのだっ!ないったらない!

 

 

 

――――

 

321名前:名無しの観戦者

 ………

 

322名前:名無しの観戦者

 ………

 

323名前:名無しの観戦者

 ………

 

324名前:名無しの観戦者

 ……なに、あれ?

 

325名前:名無しの観戦者

 バケモンすぎるだろ……

 え?トッププレイヤーって皆あぁなの?

 

326名前:名無しの観戦者

 草原一帯を湖にするとか何?

 は?そんな大規模なスキルあるの?

 

327名前:名無しの観戦者

>325 絶対違う

 ペインよりドレッドよりメイプルよりサリーよりミィより誰よりも頭おかしい

 あんなん対処のしようが無いだろ……ボスモンスターが最後の最後、切り札に使ってくるようなスキルじゃん

 

328名前:名無しの観戦者

 知ってるか?あんな大規模殲滅スキルやらかして近接系のプレイヤーなんだぜ?

 

329名前:名無しの観戦者

 近距離 視認不可能な移動速度で斬り刻まれる

 中距離 視認不可能な無数の刃に擦り下ろされる

 遠距離 視認不可能な速度で苦無(クナイ)が飛んでくる

 全方位 対処不可能な大規模殲滅スキル使ってくる

 

330名前:名無しの観戦者

>329

 すみません どこのラスボスですか?

 

331名前:名無しの観戦者

 なお苦無は大量かつ超重度の状態異常付き

 

332名前:名無しの観戦者

 なお高高度超高速移動によって死角なし

 

333名前:名無しの観戦者

 なお鬼を配下として召喚する

 

334名前:名無しの観戦者

 なお明らかに即死系のスキルを持ってる

 

335名前:名無しの観戦者

 なお他にも未確認のスキルを多数所持してる

 

336名前:名無しの観戦者

 ……ラスボスよりひでぇや

 

 

―――

 

 

 

 

『ハクヨウォォォワァァァアア!?えっ、はぁ!?ハクヨウおまっ、なんっどうやって水の上に立ってるんだぁぁああ!?』

「―――カスミ……」

 

 草原を破壊し尽くし、移動しようと考えていた矢先。背後の海岸から、この短時間で何度も聞いた声が聞こえた。

 

「………えぃっ」

「えっ?ちょまっ!あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"っ!?」

 

 パチン、と小さく指を鳴らし(特に意味はない)、カスミの目の前で水でできた蛇が水面から“ぐうぅっ”と持ち上がり、鎌首をもたげる。そして間髪入れず、先程草原にしたように水の身体をしならせ、運動エネルギーの全てをカスミに叩きつけた。こればっかりは情け容赦なく、発動中だった【鱗刃旋渦】を表面に纏わせて、さながらおろし金ですりおろすように、カスミを粉微塵にして倒す。

 

「最初、から……こうすれ、ば、良かった……」

 

 誰かに助けてもらうでも、逃げるでもない。倒す。それだけが、カスミから逃げる唯一の方法なのだと悟って。マルクスの罠を解除する時に、丁度いいからカスミも倒しちゃおうと考えた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「なんでだ……なんで逃げるんだハクヨウ……っ!」

 

 水でできた蛇にピチュンッされ、あえなく死に戻りしたカスミの第一声が、これだった。

 

 私はただ、ずっとログインしなかったハクヨウが心配だっただけなのに!

 ただ抱きしめて、ハクヨウを感じたかっただけなのにっ!

 完全に枯渇してるハクヨウニウムを補充したかっただけなのにっ!!

 

 そんな邪念が漏れ出るが、しかし自分のことなんて気付かないっ!

 

「……いや、まだだっ。まだ()()()()()()()()()()()()()()()っ!」

 

 空間ハクヨウニウムってなんだ。と、この場にいつものメンツが居たら白い目を向けた事だろう。だが悲しいかな。ここにはカスミ一人だ。

 虚空に向かってスンスンと鼻を鳴らし、ふらふら〜ふらふら〜とゆっくり歩いていく。その方向は、紛れも無く、先程湖に変化した草原エリア。僅かばかりも方向を間違えず、確実に進んでいた。怖い。

 

「は、ははは……っ。イベントエリアに来た途端にハクヨウニウムを感知したのにはビックリしたが、私からそう簡単に逃げられると思うなよ」

 

 それは正しく、ドレッドや未来のサリーが手にするだろう超直感。第六感の類いだった。

 ハクヨウ捜索に於いてのみ超高精度に発揮するそれは、『空間ハクヨウニウム』なる謎物質を匂いとして感じ取り、確実にハクヨウの居場所を探し出すらしい。対ハクヨウ限定の警察犬だろうか。

 

「絶対絶対、ハクヨウを捕まえるのは私だからな―――っ!」

 

 ………未だ、ハクヨウは逃げ切れそうにない。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 イベントも残り時間が一時間に迫りつつある頃、クロムは一人、荒野行動していた。

 

「ちっ……なんだってアイツら、俺ばっかり執拗に狙うんだ……?」

 

 岩陰に隠れて息を潜めれば、聞こえてくるのは無数の足音。パーティ単位で言えば軽く10パーティはあるだろう多所帯で、どこのレイドボスと戦うのかと言いたい所だが、彼らに狙われているのはクロムだった。

 

『くそ、どこにいる……っ!』

『隠れる場所はそう無いはずだ!岩陰や物陰を徹底的に探せ!』

『フシュー……フシュー……ッ』

『クロム、コロス……コロスゥ……!』

 

「………いや怖ぇよ。俺なんかしたか?」

 

 殺気立っていると言うか、明らかにヤバいやつも混ざっている気しかしないクロムは、隠れる場所の少ない荒野エリアを呪った。建物の多い廃墟エリアを目指してもいいが、逆に自分も視野を狭めてしまうため挟み撃ちでもされたら目も当てられない。

 

「確かに大盾は攻撃力低いし動き遅いしで、こういうイベントじゃカモだけどよ。……それにしてもしつこ過ぎる」

 

 他のプレイヤーには目もくれず、徹頭徹尾クロムだけを狙い続けるそのしつこさは、もはや狂気すら感じさせた。

 

「………うし。全員倒すか」

 

 このまま逃げ回っていても意味は無いし、何より彼ら全員を倒せば、相応にポイントも入るだろうと前向きに考える。

 ……既に半分は倒しているのに、まだあれだけ居るという事実からは、目を背けて。

 

「よぉ」

「っ!そこか!」

 

 残り一時間と少し。覚悟を決めたクロムは、玉砕覚悟で姿を現した。

 

「おーおー。これだけ雁首揃えられると、ある意味で壮観だな、これは」

「クロム……お前だけは絶対に倒す。絶対にだ!」

「斬る斬る斬るきる伐る切るKILLKILLKILL……」

「妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい」

「羨ま…恨めしい恨めしい恨めしい……」

 

 怨嗟の声が荒野を染め上げ、さしものクロムも冷や汗を流す。超怖い。

 

「……なぁ、お前らはずっと俺だけを執拗に狙うが、理由はなんだ?イベント上位を狙ってるようなやり方じゃねぇよな?」

 

 クロムを見る彼らの瞳は、恨みつらみ嫉み妬み憎しみ怒り。様々な感情の集合体。

 その感情の濁流の中央にいる一人の男が、この集団のリーダーらしい。クロムを唾棄するかのような侮蔑の視線で見つめている。

 

「……?」

 

 だが何故か、クロムにはその視線の中に、クロムに対する羨望にも似た別の感情が見えた。

 

「なぜ、だと?……そんなの、決まっている」

 

 その男は怨嗟を吐き出すような声と小さく呟くと、次の瞬間、堰を切ったような怒声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様がハクヨウたんを独り占めするからだろうが!羨ましいんじゃボケェェエエエッ!!」

 

 

 

「…………は?」




 
 つい先日、『防振りオリジナル集』ってのを作りました。
内容としては、
・防振り関係での投稿作品の試し読み
・唐突に思いついた設定の走り書き

の2点になります。
『PS極振りが友達と最強ギルドを作りたいと思います。』
『現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。』
『さとり妖怪は仮想世界にのめり込む』
の3作品の始め数話。並びに、気晴らしに書き上げた色々な設定の作品を載せています。ただこちらは本当に思いつきなので、その作品(章)が完結せずに新しいのを書くのでご了承ください。

 書く予定の設定にも、いくつか構想があって。
・防振りキャラたちが他作品の世界に行く
・防振りキャラを全員性転換する
・防振りキャラの性格をシャッフルする など

 性格シャッフルは、例えば
メイプル(in:怖がり out:天然)
サリー(in:天然 out:怖がり)
 みたいな感じ。絶対楽しい。


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ハクヨウの口撃!こうか は ばつぐんだ!

 お待たせしました(なおPS特化
 PS特化は、いま読み直して作品の雰囲気を思い出し中。未だに治らない駄文に読みながら吐血してる。1話の半分くらいまでは書けてるから、年内には上げたい。
 


 

「はぁ……」

 

 はっきり言おう。

 馬鹿馬鹿しい。

 『ハクヨウを独り占めして羨ましい』とか言うのなら、ハクヨウが一人でいる所にナンパでも何でもすれば良い。どうせゲームの中で、街中なら攻撃しても、されてもダメージは無い。掲示板で盗撮した写真でハァハァしてる変態共の話なんて聞くに値しない。

 ついでに言えば、あれでハクヨウはガードが堅い。というか勘が良い、か。ハクヨウから話しかけるのは、大概気の良い奴らで性格は穏やか。………カスミも、最初は良かったんだがな。どうして()()なっちまったのか。

 女子会もどきでの話を小耳に挟んだ事があるが、他人が自分のアバターに触れる範囲に制限を設ける【セクシャルガード】もしっかりしているらしいし、そう問題も起こらな―――あれ。なんで俺、普通にハクヨウに触れられるんだ?

 んんっ!いや、今は良いか。

 だから、話したいなら好きに声を掛ければいいし、友達にでもなれば良い。なのに。

 

「ハクヨウに声も掛けられないのに『羨ましい』とは、虫が良すぎねぇか?腰抜け共」

「「「「「ぐはっ!?」」」」」

 

 あ、最前列の五人が倒れた。どうやらクリティカルヒットしたらしい。自業自得だな。

 

「ハクヨウの事を噂したりファンになるなら良いけどよ。お前らがやってる事、悪質ストーカーのそれじゃねぇか」

『うぐぅぅぅっ!?!?』

 

 あ、めっちゃ倒れた。

 でもこれも自業自得だよな?ハクヨウを掲示板で話題にして可愛がるだけならまだ良いが、『羨ましい』ってんでハクヨウの周囲の人間を襲うとか、現実なら司法の下で裁けるぞ。

 

「ぶっちゃけお前らアレだろ?ハクヨウのこと盗撮する変態集団だろ?」

「「「「「ギクゥッ!?」」」」」

「ハクヨウに教えれば、即刻『通報→運対』なんだが?」

「ごめんなさいそれだけはっ!」

「………あっ、俺今日ちょっと調子悪いんだった!」

「あ!あー、俺もなんだか具合悪いなー!」

「き、今日のところはこの辺で勘弁してやるかー、なぁ!?」

「そ、そうだな!俺だってもっと上位狙いたいし!?」

 

 ………おっと。明らかに心当たりのある様な奴らが慌てて走り去ってったな。つまりあいつ等が主に盗撮している犯人共、と。顔覚えた。今度見つけたらしばき回してやる。

 

「う、うう狼狽えるにゃあ!」

 

 うん、まずお前が落ち着け?男の野太い声で『にゃあ』は無いわ。どっちかっつーとハクヨウに言ってほしい。

 卒倒した奴らや逃げた奴ら以外にも、俺の言葉が胸を抉っていたようで、一部蹲っている。やだ、俺なんかの能力にでも目覚めた?

 

「ここ、これは俺らの戦意を削ぐ、わにゃ()だぁっ!?」

 

 お前が一番狼狽えてるし、一番戦意喪失が近いだろ。膝ついて蹲っているし、めちゃくちゃ震えてんぞ。むしろ大丈夫?俺の言葉って物理的なダメージも与えたの?

 

「こ、こんな言葉程度で負ける俺たちではにゃい!立て!立つんだ!」

「いや、まずお前が立てよ。大丈夫か?」

「うるしゃいっ!敵の温情などいりゃん!」

 

 ガクガクぷるぷる…とまるで産まれたての子鹿じゃねえか。え?そんなダメージあったの?

 

 

 

 

 

 ………ふむ。

 

 

 

 

 

「おーい、ハクヨウ!」

『うげぇぇっ!?』

 

 うわ。効果覿面すぎる。ここに本人がいたらダメージはどれくらいだろ?とか思っただけなのに、望外のダメージが見込めた。イベントに【精神的ダメージ】の項目も作ってくんねぇかな。

 

「落ち着け。うそ――」

 

 ‘だから’と続けて、奴らに僅かばかりの温情を掛けようとした時、俺の背後で、風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――呼ん、だっ?」

 

 ………うそん

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 突然現れたハクヨウの存在に目を丸くしたクロムだったが、辛うじて復活し、声をかけた。

 

「えっ、と……ハクヨウ?」

「んっ」

「何でいんの?」

「呼ばれた、から?」

 

 こてんっ、と首を傾げるハクヨウ。

 

(くっそ。可愛いなおい……じゃねえっ。何?何なの俺。一週間ぶりに会ったら、なんかハクヨウが可愛いんだけど!)

 

 なーんて。なーんてっ!

 思っていても大人なクロムさん。頑張って表情筋を維持して(出来てるかは不明)続ける。

 

「久しぶり、だな?」

「クロム、顔、へん」

「ぐっ……」

 

(出来てなかった。死にたい)

 

 そもそもゲーム内では感情がそのままアバターに反映されてしまうので、表情なんて取り繕うことの方が難しい。出来ないと断言すらする。

 

「けど。……うん。久しぶ、りっ」

「………おぅ」

 

 小さく、けれど嬉しそうに笑うハクヨウを見て、『あ、もう何でも良いや』と開き直ったクロムさん。未だクロムの口撃やら驚愕から立ち直れていない集団に目を向ける。

 

「それ、で。どういう、状況?」

「あー……お前のファン?だ。悪質な」

『ひぎぃ――っ!?』

「ふぁん……」

 

 事細かに説明している余裕もないので、それだけ伝えると、なんかまたダメージ受けてた。

 知ったこっちゃない。

 

 実のところハクヨウも、本当に今しがたここに来たので状況を把握していなかった。

 (湖を中心に完全に破壊した)草原を走り抜けた先が荒野だったので、そのまま疾走爆走暴走(ジョギング)していた。当然の様にめちゃくちゃ土煙が出て、多くのプレイヤーが来たが、全て斬り捨てていたのだが、そんな折に遠くから『おーい、ハクヨウ!』という聞き馴染んだ■■■■の声。

 『まさかっ!』と思って走ってくれば、本当にクロムが居たというわけだ。

 ハクヨウからすれば『どうして私が居るって気付いたの?』状態。まさかハッタリかましただけとは思わなかった。

 

「自分らはハクヨウと仲良くなれないのに、男だと俺だけハクヨウと親しいのが憎い……らしい」

「え、ぇ……」

 

 大抵のことは肯定するだけの気概があるハクヨウをして、その考えにはドン引きだった。そもそも、ハクヨウが誰かと親しくなることはハクヨウの自由なわけで、それで逆恨みするような人たちなんて願い下げである。

 それに。

 

「はぁ…はぁ……ハクヨウたん、本物のハクヨウたん!」

「お姉ちゃんと!お姉ちゃんと呼んで!」

「お前だけずるいぞ!俺もお兄ちゃんと呼ばれたい!」

「い、一緒にスクショ撮ってください!」

「ハクヨウちゃんのポイントになりたい!」

「「「お前、天才かっ!?」」」

 

 ………繰り返すが、大抵の事は肯定する気概を持つのがハクヨウだ。ゲームは楽しむものだし、楽しみ方は人それぞれだと理解もしている。

 けれど。これは流石に……

 

「あー……はっきり言っていいぞ?その方が、こいつらには効く」

「………気持ち悪い」

『―――ガハッ!?』

 

 キッパリと、言い切った。『キモい』ですら瀕死の重体になりそうなモノなのに、更に直接的で暴力的な言葉と、共に向けられた恐怖の眼差しは、正に致命傷。ダメージは無くとも、そこに居たハクヨウファンは全員が全員、昏倒した。

 

「容赦ねえな」

「クロムが、言っていい、言った」

 

 ダメージの半分は、ハクヨウが所在無さげにクロムの袖を掴んでいる事も原因かもしれない。

 

「『気持ち悪い』までは想定してなかったわ。けど、ハクヨウみたいな可愛い子に言われりゃ、例えファンでなくてもこうなるか」

「っ!………」

「…ん?どうした?」

 

 ぶっ倒れたプレイヤー達を警戒しつつ軽口を叩いていたら、なんかハクヨウが押し黙ったので、訝しげに尋ねるクロム。

 そんなクロムを、ハクヨウはじーっと。じーーっと。それはもう、じーーーーーっと見ていた。

 

「な、なんだ?」

「……クロム、は」

「おう?」

 

 なんだか恥ずかしそうに、けれど喜色を滲ませた期待の眼差しで、ハクヨウが口を開いた。

 

「私のこと、『可愛い』って、思ってる、の?」

「え?………あっ――」

 

 確かに、無意識にそう言ってしまったと気付き、失言だったと慌てるクロム。

 ピンポイントに『可愛い』という部分を抜き出して尋ねるハクヨウ。そうやってもなんの意味が無いとは知りつつも、火が出るほどに熱くなった顔を隠したくて、無意識に手で顔を覆う。

 

「あ、えっと…だな」

「『可愛い』って、()()()()()()()、の?」

 

 ずい、と顔を寄せ、一歩クロムに近づくハクヨウ。何となくその言い分のニュアンスが、『クロムが自身(ハクヨウ)を可愛いと思っている』ことを期待しているように感じて、クロムは訳も分からなかった。

 だから

 

「そ、その……客観的に!客観的に見て、ハクヨウは可愛いと思うぞ!」

 

 咄嗟に。すぐにでも話題を終わらせたくて、ハクヨウが何もしなくても、多くのファンがいる事実を突きつけて、『客観的事実として、お前は可愛い』のだと言い訳をする。

 

「主観的に、はっ?」

(通じねぇ、だと……っ!?)

 

 『意地でもクロムの思いを聞く』と目が語る。普段のハクヨウからは、信じられないほどの()。何がハクヨウをそうさせるのか分からず、けれどどう答えて良いのかも分からず、クロムさんはしどろもどろ。

 ずずいっ、と更に近づくハクヨウの顔を、クロムは直視できなかった。

 

(可愛いに決まってんだろこんちくしょーっ!)

 

 と、そう叫ぶ事ができたら、どんなに良いかと頭を悩ませる。身長差で『触れ合うほど』というような印象は受けないが、身体はほとんど密着し、“逃さない”という不動の意志を感じる。

 

「……言い訳とか、させてくんね?」

「やっ」

「……えっと、見逃したり――」

「だめっ」

 

 じーーーーーっと!じーーーーーーーっと!

 “ふんすっ”と気合い十分に、答えるまで逃さない構えのハクヨウ。顔をハクヨウから背けていても、視線の圧力がクロムを離さない。

 今までに無い強引さと圧力に、数秒の後、クロムが折れた。

 

「その、だな……まぁ、なんだ。好ましいとは、思う……ます」

 

 圧力が凄すぎて、思わず語尾に『ます』を付けちゃうくらい、今のハクヨウは強引だった。

 

(めちゃくちゃ恥ずい……)

 

 顔から火が出るとは正にこの事、とでも言うかの様に、クロムはハクヨウを直視できない。

 

 の、だが。いつまで経ってもハクヨウから返事が来ない。だからクロムはそーっと。それはもう、母親に叱られた幼子が母のご機嫌を伺い見るように、そーーーっとハクヨウに視線を動かし。

 

「っ!」

「むぅ………」

 

 リスがいた。

 

 ぷっくりと頬を膨らませて、『私、不満です!』という感情を隠さない。横に逸らした流し目も、心なしかジト目になっている。

 

(なんかマズかったか!?)

 

 年頃の女の子の扱いがまるで分かってないクロムさんである。

 程なくして、まん丸ほっぺを引っ込ませたハクヨウは、小さくため息をついた。

 

「はぁ……」

「ハクヨウ?」

 

 そしてクロムを真っ直ぐに見つめ、まるで『仕方ないなぁ』と言わんばかりに表情(かお)を綻ばせる。

 それは、いつもハクヨウが浮かべる笑みとは違い、何処か大人びた、艶のある笑顔だった。

 

()()……それで、良い」

「え……。は、そりゃどういう――」

 

 “意味だよ?”と、続けようとしたクロムだったが、イベントエリア全域に響くアナウンスによって掻き消された。

 

「どらぁ――っ!第一回イベントは、残り一時間になったよ!今の一位はハクヨウさん、二位はペインさん、三位はサリーさんどら!残り一時間で上位三人を倒すと、得点の三割がそのプレイヤーに譲渡されるよ!三人の位置はマップに表示されているどら!それじゃあ最後まで、みんな頑張るどらぁ!」

 

 それは、遂にイベントが最終局面に移行する合図。マップでは、今いる場所を赤いマーカーが示している。間違いなく、ハクヨウが現在一位を独走していた。

 

「流石、サリー。けど……」

 

 二位に座するペインを引きずり下ろさなければ、約束は果たせないと思い、こうしちゃいられないとハクヨウは次の行き先を決めた。

 マップを開き、自分を除く二つのマーカーを見る。一つは、その場からずっと動かす『待ち』の姿勢。一つは、常に忙しなく動き回っているマーカー。

 

「こっち、かな」

 

 三人で上位独占を狙うならば、“殺られない”ことが大前提である。そのためハクヨウは、まずサリーと合流し、次にメイプルを見つけ、三人がかりでペインを確実に倒す方針にした。

 

「はぁ……一位とは。流石だな、ハクヨウ」

「んっ。ここにいる、と、人が集まってくる、から。私は行く、ね?」

「協力するぞ?」

「んーん。今回、は、メイプルと、サリーの三人で、約束がある、から」

 

 三人で、ワンツースリーフィニッシュする約束は、今回のイベントで約束した三人の目標。今回だけはクロムの手を借りないで、三人でやるとハクヨウは考えていた。

 

「そうか。分かった」

「じゃ、ね」

「おう。一週間ぶりに会えて良かったぜ」

「私、もっ」

 

 『えへへー』と、今度はいつもの笑みを浮かべるハクヨウ。

 クロムの好きな、野に咲く花のような、可憐で優しい笑み。

 

「次ログインした時は、またパーティ組もうぜ」

「んっ。約束っ」

「おう、約束だ」

 

 

 ちゃっかり指切りして、約束を取り付けたハクヨウは、そのまま小さく手を振って走り出した。

 自分の【AGI】なら、十分に動き回るマーカー、サリーにも追いつけると判断して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。いい加減、コイツらを処理するか」

 

 ハクヨウの『気持ち悪い』がショックすぎて気絶したプレイヤー集団に向き直り、クロムは深いため息を溢した。

 

 

 

 

 そしてハクヨウのポイントになりたいとか言う変態と、それに同調した変態は、クロムが特に入念に斬り刻みましたとさ。

 




 
観客『俺たちは、何を見せられてるんだ…』
真っ当なファン(おまいら♡)『てぇてぇ』
駄目な方のファン『クロムぶっ○すっ!』

 ハクヨウちゃん優位。いつも頭撫でられて愛でられてるハクヨウちゃんですが、偶にはマウント取ってみた!てぇてぇ。

 しれっとドレッド超えしてるサリーさん。
 サリーならある程度早くゲーム始めてれば、ドレッドより確実に強いと思う。原作第4回イベントとか、ドレッドのが確実にレベル上の筈なのに拮抗してるし。

 クロムを襲った集団、ハクヨウの口撃で気絶。
 状態異常としてじゃなくて、マジで精神ダメージを受けた模様。あれだね。前話の観戦席で狂喜乱舞→気絶した人たちみたいな感じだね。


アコシュ様から戴いたハクヨウちゃん!
 もうね、可愛いの。
 可愛いが過ぎて語彙力ないなった(致命
 これは暴徒化する奴も出ますわ。私もこの子を妹に欲しい。あと現実パートで心が凄い痛い。


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