Mr.6のお仕事 (rairaibou(風))
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1.彼は六枚目

「おれ達もとっとと逃げねえと、こりゃロクなことになんねえぞ」

 

 南の海(サウスブルー)で開発された高性能双眼鏡を手にしながら、その男は呟いた。地肌に直接着用された黒のレザージャケットが風に揺れる。

 双眼鏡を通してその向こう側では、数十もの海賊船が無作為に動き回ろうとしていた。両脇に砂時計の描かれたドクロマークは、かつては恐怖の対象だったのだろうが、今では厳かなその風貌が滑稽にしか見えない。

 

「また一隻沈められたね」

 

 その横に佇む長身の女が遥か彼方に目を凝らしながら言った。

 

「それは『第六感』だろう? まさか見えてるわけじゃあるまいし」

 

 男は双眼鏡を顔面に押し込めながらもっとよく見ようとしたが、船が何隻あってそのうち何隻が沈められたかなんて到底わからない。

 

「カーチャンにはわかるのさ」と、女は美貌を微笑ませながら答える。

 

 その女は色白の長身であったが、身につけている衣服が異常だった。

 ただでさえ長い足を更に長く見せるような短い丈のスパッツに膝当て、上半身には体操着、胸に縫い付けられた名札には大きくただ一文字『母』と書かれている。

 

「お前の『第六感』はよく当たるからなあ」

「カーチャンだからね。カーチャンは全てお見通しなのさ」

 

 その女は名札に『母』と書かれ、自分のことを『カーチャン』と呼ぶが、決して中年ではない。むしろ、どちらかといえば若者である男と同じ年代だった。

 

「お、もう何隻かいかれたな」

 

 双眼鏡の向こう側では、ドミノ倒しのように海賊船がなぎ倒されていた。東の海(イーストブルー)では名の売れた『海賊艦隊』であったはずだが、こうなると惨めなもの。

 

「こりゃあ、戦線維持は無理だな」

 

 その凄惨な光景を眺めながら、男は片手に持っていたクリップボードに挟まれている手配書をペラペラとめくった。

 

「1700万ベリー『海賊艦隊提督』だまし討ちのクリークに、1200万の『鬼人』ギン。東の海にしちゃあ破格の金額だし、50隻の海賊艦隊は大したもんだがなあ」

「カーチャンわかるよ、準備を怠ったんだ。だからカーチャン準備はしっかりしろと言ったのに」

「まあ、お前の言うとおりだろう。どう見てもこの海に慣れているようには見えないし、航路のあやふやさから見て、ログポースすら持っていないだろう」

 

 どうする? と、男は女に問うた。

 

「理由はわからんが相手は混乱している上に壊滅寸前だ。統率の取れた50隻なら怖いが、今なら有象無象。2000万ベリーの賞金首を捕らえたことのあるおれ達なら勝てない相手じゃないだろう」

 

 彼らはコンビで活動する賞金稼ぎ。主にグランドラインの入り口で1000万ベリー前後の賞金首を狙う。

 

「カーチャンは辞めたほうが良いとおもうね」

 

 女は苦い顔をしながらそう言った。

 それに「どうして?」と問うより先に「Mr.6、ミス・マザーズデイ様!」彼らの上空から声が投げかけられる。それは、メインマストの見張り台でその騒動を監視していた部下のものだった。

 

「『鷹の目』です!」

 

 その名に、Mr.6と呼ばれた男は慌ててその方を見る。

 

「確かか!?」

「間違いありません!」

 

 Mr.6は身震いした。そして次の瞬間には叫ぶ。

 

「撤収! 撤収!」

 

 優秀な部下達だ、彼がそう言った瞬間にはもうそれぞれが持ち場につき、彼らの船『どこでもライブ号』はその騒動から背を向ける準備を始めた。

 安価な懸賞金の海賊には強気に出ることができるが、相手が王下七武海、政府公認の大海賊となっては分が悪いどころの騒ぎではない、むしろ切り崩されている海賊艦隊の方に同情してくるというものだ。

 

「ね? カーチャン言ったでしょ?」

 

 ミス・マザーズデイはどこか他人事のようにそう言った。

 

「『鷹の目』がいるとはさすがのカーチャンも思わなかったけどね」

 

 コロコロと笑う彼女にため息を吐きながら、Mr.6は双眼鏡を握り直してかつて海賊艦隊があったところを眺める。

 

「命拾いしたぜ……『鷹の目』に突っ込んでいくことになりかねなかった。そりゃあロックだが、ロクでもねえことでもある」

 

 秘密犯罪結社バロックスワークス、フロンティアエージェントの『ロックンローラー』Mr.6は、悪運が強かった。

 

 

 

 

 秘密犯罪結社バロックワークス。

 その実態は謎に包まれ、海軍ですらその存在を未だ認知してはいない。

 グランドラインの実力者を賞金稼ぎとして囲い、組織として仕事を行いやすくする代わりに、社の任務を遂行することを条件とする。

 その本来の目的は理想国家の創立であるが、ほとんどの社員はそれを真面目には受け取っていない。食い扶持があればそれでいいというのが、ミリオンズと呼ばれるしたっぱ賞金稼ぎの本心だ。賞金稼ぎなどという安定から程遠いものに道を見出しながらも、その実では安定を求めているのが彼らの矛盾だった。

 

 

 

 

 グランドライン、サボテン島。

 住みやすい気候と天候に恵まれたその島には、『歓迎の街』ウイスキーピークが存在する。表向きは音楽と酒の街だが、その実態はバロックワークスに所属する賞金稼ぎが拠点とする『海賊狩り』の町だ。

 故に、港に停泊した『どこでもライブ号』は住民からの歓迎を受けてはいなかった。当然だ、Mr.6とミス・マザーズデイはその町が『海賊狩り』の町であることを知っているし、住民は著名なロックンローラーである彼が賞金稼ぎであることを知っている。

 彼ら二人を迎えたのはその町の町長だった。この町の町長ということは当然賞金稼ぎたちのリーダーでもある。巻き髪とすぐに喉を痛めることが特徴的な男だった。

 一年ほど前にこの地位についたその男をMr.6は悪くは思っていなかった。若くはないが人をまとめることに手慣れた男で、Mr.6は彼が元々どのような人間だったのか気になっていたが、本人にそれを問うても答えるはずもなく、そもそも社員への詮索を行わないことは『謎』を社訓とするバロックワークスの暗黙の了解であった。

 

「海賊がっ……」とやはり喉を痛めた後に「マーマーマー」と音程をとって続ける。

 

「『海賊艦隊』の航路はどうだった」

「言いたいことは山ほどあるが、とりあえずは安心だ」

 

 Mr.6はひとまずそう言った。

 Mr.8はそれに安心したように一つため息をつく。

 

「そうか、なら良かった。たとえ1000万代の雑魚どもでも、数で群れるとややこしいからな」

 

 ウイスキーピークは『海賊狩り』の町だ。かつては善良な市民が住む町だったらしいが、グランドラインの入口から近いその町は効率よく懸賞金を稼ぐのに有利だと占拠され、今では数百人の賞金稼ぎが住む。

 手練れの賞金稼ぎが数百人と聞けばとてつもない数に聞こえるかもしれないが、その実、海賊を受け入れる事を考えれば微妙な数だ、大規模な海賊となれば構成員が百人を超えることはザラで、そんなのが相手では数で潰される。

 そのようなときに重宝されるのがMr.6のような諜報員だ。有名ロックシンガーという強烈な表の顔を持つ彼は、ある意味でどこにいても不審ではない。ツアーを名目に島々を自由に行き来できるのも強みだった。

 今回の彼らの任務は、東の海からグランドラインに到着したと噂されていた『海賊艦隊』の規模を探ることだった。彼らが見てそれがウイスキーピークで十分なようだったら放置し、無理そうならばその旨を彼らに伝え『歓迎の町』以外の顔を見せないようにする。幸いにも次の航海へのログが半日で貯まるためその島で海賊が長居することはない。

 

「話すことはいくらでもある。とりあえずは飯でも食わせてはくれないか?」

「構わないよ、あまり大した歓迎は出来ないがね」

「まあ……仕方ないさ」

 

 海賊を歓迎することで油断を誘うその町の特性上、ウイスキーピークは常に食糧問題を抱えていると言っても良かった。

 当然社員達もなんとか食料を確保できないものかと画策していたが、そんな事を簡単に解決できるのならばそもそも賞金稼ぎになどならないだろう。

 

「ミス・ウェンズデーはいるのか?」

「ああ」

「そりゃあ良かった」

 

 Mr.6はとたんに笑顔になったが、Mr.8はそれにいい顔を見せなかった。

 

 

 

 

 バロックワークスのエージェントは、その実力によって数字と曜日に関連したコードネームを与えられる。

 数字が若ければ若いほど上級のエージェントとされ、特に1~5の数字を持つエージェントとそのペアは、最も重要な任務を任される幹部だ。

 対して6~12までのエージェント達はあまり大きな仕事を任されているとは言い難く、その役割上流動的だ。例えば先代Mr.7は東の海の賞金稼ぎの勧誘に失敗し替わったばかりであるし、ウイスキーピークを仕切るMr.8やミス・ウェンズデーも着任して日が浅い。

 Mr.6は彼らの中では最も若い数字を持つエージェントであったが、実力的に彼らと明確に差があるわけではない、彼らよりも実務経験が長かったことと、自身の実力を客観視することができること、活動するに便利な表の顔を持っていることをボスであるMr.0が高く評価しているだけだった。

 

 

 

 

「じゃあこれ、上半期分の会費ね」

 

 寂れた飲み屋に、ウイスキーピークを仕切るフロンティアエージェントたちが勢揃いしていた。

 王冠を被った男がMr.9、その隣にはパートナーのミス・ウェンズデー。

 市長のMr.8の隣には、色黒で長身の女であるミス・マンデーが座る。今は修道女の衣装をまとっているが、その下には信じられないほどの筋肉がまとわれていることを彼らは知っている。

 色白長身のミス・マザーズデイとミス・マンデーの身なりは対照的だった。ミス・マザーズデイも筋肉はついている方だが、とてもではないがミス・マンデーには敵わないだろうし、単純な力比べでもミス・マンデーの圧勝だろう。

 

「だから、こんなものは受け取れないと言っているでしょうが!」

 

 Mr.6から差し出された紙幣を脇に避けながらミス・ウェンズデーが叫んだ。

 その様子にうろたえることなくMr.6が言う。

 

「どうしてだい? この会社ではエージェントに対するファン活動は認められている。ミス・バレンタインのファンクラブがあるくらいなんだから、君のファンクラブは早急に設立されるべきだよミス・ウェンズデー」

 

 先程までの緊張感のある様子とうって変わって、Mr.6の腑抜けようと言ったらなかった。

 彼ら全員がそう察することができるように、彼はミス・ウェンズデーに完全に惚れ込んでいたのである。

 

「そういうのは若いうちだけなんだから。素直に受け取っておくべきだよ、火遊びは若いうちにやっておかなくちゃいけないとカーチャンは思うよ」

 

 たった一杯のワインで顔を真赤にしながらミス・マザーズデイが真剣な表情で語りかけ、Mr.6がそれに続ける。

 

「それは違うぞミス・マザーズデイ。おれは真剣だし、彼女の若さに惚れ込んでいるわけじゃない。おれはどんな彼女でも愛せる自信があるし、愛の名のもとにどんな困難だって乗り越えてみせるさ。おれはロックだが、君が望むのならばバラードだって歌えるぜ。それにおれは六枚目、なんてったって二枚目の三倍だ」

 

 よくわからない理屈に彼の自信が窺える。実際Mr.6は容姿が悪いわけではなかった。

 その言葉にミス・ウェンズデーは両手を前に出しながら「いやーないない」と顔を青ざめさせるが、今度はその様子を見ていたMr.9が言う。

 

「ミス・ウェンズデーのどこが良いんだか。暴力的だし変な鳥にーー」

 

 それが言い終わるより先に「よけいなお世話よ!」という声とともにミス・ウェンズデーの右ハイキックが彼に炸裂した。「がぺばば!」と声を漏らしながら彼は椅子から吹き飛んで床に激突、それでも王冠はズレ落ちないのだから大したものだ。

 

「いやぁ~はっは」と、Mr.6はその様子を見て大きく笑った。

 

「美人は好きだが強い女はもっと好きだぜ!」

 

 彼はもう一つ二つ言葉を続けようとしたが、Mr.8が咳払いでそれを制す。

 

「そろそろ、本題に入りたいんだが」

「ああ、悪い悪い」

「カーチャンいつも言ってるだろ、本題を終わらせてから遊びなさいって」

「君も乗ってただろミス・マザーズデイ」

 

 Mr.6はため息を吐きながらも、懐からクリップボードを取り出した。

 

「えー、結論から言うと『海賊艦隊』は壊滅。原因は王下七武海『鷹の目』のミホークによる襲撃」

 

「『鷹の目』だって!?」と、Mr.6ペアを除くエージェントたちが叫んだ。さすがのMr.9の王冠も、その驚きに床に落ちる。

 

「心配するこたぁ無いよ」

 

 ミス・マザーズデイがエージェントたちをなだめるように言う。

 

「『鷹の目』はこっちには来ないさ、カーチャンにはわかるんだよ」

「……ミス・マザーズデイの『第六感』はともかく。うちの見張りによると『鷹の目』は『海賊艦隊』を追ってカームベルトに入ったらしい。まあ『鷹の目』は賞金稼ぎを襲うようなチンケな真似はしないだろうしそこは大丈夫だろうよ。ただ問題なのは」

 

 ソファーに体重を預けながら続ける。

 

「こんなグランドラインの序盤に王下七武海が二人もいると、仕事がやりづらくなるったら無いってことよ」

 

 その言葉に、Mr.8とミス・ウェンズデーは表情を引きつらせた。流石理解が早いとMr.6は感心する。

 そして相変わらず間抜け面のMr.9のみが首を傾げた。

 

「この付近に王下七武海がもうひとりいるのか? それに仕事がやりづらくなるって?」

「何だ知らないのか。アラバスタ王国は今クロコダイルの拠点だぞ」

 

「クロコダイル……!」とMr.9が顔を青くさせる。元懸賞金8100万ベリー、若くして政府公認の海賊となったその大物は、多少は命知らずな賞金稼ぎでも身を震わせるに十分だった。

 

「気楽なもんさ」と、Mr.6が続ける。

「オアシスにカジノぶっ立てて悠々自適の経営者生活ってところだろうよ、多少知恵のある海賊ならもうアラバスタには近づかねえだろうし、なんとも平和なもんだ」

「余り適当なことを言うもんじゃないよ、カーチャン知ってるんだよ、あそこは今、国と反乱軍が対立していて大変なんだ」

 

 ミス・マザーズデイはその美貌を歪ませながら言った。勿論彼らはその対立にバロックワークスが一枚噛んでいることを知っている。

 

「それが平和な証拠ってもんさ」

 

 ワインを傾けながらMr.6が言い切った。

 Mr.8とミス・ウェンズデーはそれに何も言わないが、その次の言葉を待った。

 

「平和ってのは、内部分裂の始まりなのさ。外敵がいなきゃ国は腐り、民衆は不満を覚える。国ってのは頭の切れる強欲の集まりだが、民衆ってのはバカで愚かだ、どだい釣り合わせようってのが無理な話。そんな国を、おれは腐るほど見てきた」

 

「それによ」と続ける。

 

「この海域に七武海が二人もいりゃあ、バカほどの野心のある海賊以外は寄り付かねえ。そうなりゃおれ達は飯の種を失うってことさ。『鷹の目』の行動が暇つぶしの気まぐれであることを願うね」

 

 瓶を傾けたMr.6はその中身が無いことに気づいたが、Mr.8は咳払いして「そろそろ酒はしまいだ」とMr.6を睨みながら言った。

 

「あまり飲みすぎるのはカーチャン感心しないよ。言っただろう? 後の人のことを考えながら飲みなって」

「ああ、わかったわかった……」

 

「ん?」と、Mr.6はミス・ウェンズデーの方を見た。彼女は俯いていた。

 

「どうしたミス・ウェンズデー。調子でも悪いのか?」

「……少し悪酔いしてしまったみたい」

「そりゃあ良くねえ。さっさと寝た方が良い。何なら、六枚目のおれが一syーー」

 

 それが言い終わるより先に、ミス・マザーズデイが彼の頬をはたいた。Mr.6は「顔はやめろ!」と言って頬を押さえる。

 

「バカなこと言ってないでわたしらもさっさと寝るよ! ミス・ウェンズデー! お腹冷やすんじゃないよ!」

「わかった、わかったよ。そうムキになるなよ……」

 

 

 

 

『報告書:『海賊艦隊提督』クリーク『鬼人』ギンを含む『海賊艦隊』の動向について』

 

『海賊艦隊』に対するウイスキーピークの警戒については必要ありません。

 本日〇〇時、ウイスキーピーク近辺の海域にて『海賊艦隊』が『鷹の目』のミホークに襲撃されカームベルトに撤退する様子を目撃。艦隊の被害は甚大と予測され、元の勢力を立て直すにはかなりの時間を要すると考えられます。

『鷹の目』はそのまま『海賊艦隊』を追ったと考えられ、ウイスキーピークに対する被害はないと思われますが、まだこの近辺に拠点をおいている可能性が考えられるので今後の任務指示の際にご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 又、ウイスキーピークは慢性的な食糧不足が懸念事項となっておりますのでこれについてもご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




 評価、感想、批評、お気軽にどうぞ

 ワンピース二次は初めての試みなのでよろしければ評価とアドバイスをドンドンいただけると幸いです


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2.ロクなものがない島

 秘密犯罪結社バロックワークス所有の輸送船は、ログポースにおいてアラバスタ王国の存在するサンディ島の一つ手前、通称『なにもない島』へと到着しようとしていた。

 なにもない島、はその名の通り何もない島だ。山もなければ、森もなければ、川もない。ただただ波によって流れ着いた砂利と石ころ、そしてそのような環境でも生き抜くことができる強靭な生態を持った数種類の植物しか無い、そんな島だ。

 

「Mr.6様!」

 

 見張りの男が叫んだ。甲板に置かれたパイプ椅子に座っていたMr.6がそれに答える。

 

「どうした!?」

「島のハズレに正体不明の帆船が確認できます! 我社のものではありません!」

「なんだと?」

 

 Mr.6は首をひねった。『何もない島』にバロックワークス以外の船があることなんて、それまでは無かったことなのだ。

 何もない島、何の価値もない島。それは裏を返せば、誰も近寄りたがらない島となる。

『ある物資』を秘密裏にサンディ島に供給したいバロックワークスにとって、その『何の価値もない島』は絶好の隠れ蓑だった。故に彼ら輸送部隊は、『ある物資』を一定数その島に保管していた。そのために簡素ではあるが港すら作ったほどである。

 

「カーチャン知ってるよ」

 

 その声に反応するように甲板に出てきたミス・マザーズデイが、Mr.6に新聞をパスした。

 

「おそらくはそれのことだろうね」

 

 小さな記事だった、Mr.6がそれを指差してなぞりながら音読する。

 

「えー『アラバスタ王国に海賊現れるも、王下七武海クロコダイルが討伐』か……なるほどね」

 

 彼は目を凝らしてその記事をよく読む。

 

「船長は2200万ベリーか、悪くない額だがこっちはクロコダイルに取られちまってる……海賊団の損傷激しく、被害は甚大。か」

 

 彼は懐からクリップボードを取り出した。懸賞金の束をペラペラとめくり、ミス・マザーズデイに問う。

 

「今この船には何人いる?」

「五十人くらいだね」

 

『物資』を運ぶ船だ、人手はあればあるほど良い。

 

 うーん、とMr.6は悩んだ。

 

「どう思う」

「カーチャンはあんたのやりたいようにやるべきだと思うよ」

「そうか」

 

 彼はパイプ椅子から立ち上がって叫ぶ。

 

「この船はこのまま予定通り『何もない島』に上陸する! 全員戦闘態勢をとっておけ!」

 

 ミリオンズ達はそれに声を上げて応えた。

 

 

 

 

 意外にも、彼ら輸送船は特に妨害なく港に着港することが出来た。

 だが、その帆船が善良な市民が乗り込んだものではないことは、港の惨状が物語っている。

 性別に関係なく、数々の死体がそこに転がっていた。中には彼ら輸送船の乗組員にとって見知った顔もある。

 その惨状のど真ん中にパイプ椅子を置きながら、Mr.6は言った。

 

「こりゃまたロクでもねえことをやってくれたもんだ。うちの社員は全滅、ここを任せてたMr.12とミス・サタデーもこのとおりだ」

「カーチャン悲しいよ。いい子たちだったのにねえ」

 

 一瞬、彼らは目線を二つの死体に向けた。フロンティアエージェントにしてこの島の責任者である二人は、もはや生きてはいないだろう。彼らをスカウトした身であるMr.6は、少し胸にざわつくものを感じた。

 

 そして彼らは、自らと対立する相手に目を向ける。

 彼らの対面には、一人の大男を中心とした集団が集結していた。その数は三十ほどだが、様々な武器を手にする彼らがこの惨状の制作責任者達であることは明確だった。

 

「2200万ベリーの大海賊『火事場』のガリーシャのやることじゃねえな」

 

 彼の挑発的な物言いに、大男は余裕なく返した。

 

「船長は死んださ」

「だろうな、新聞に書いてあったよ。だが、副船長の『追い剥ぎ』のガモスはまだ捕まってないらしい」

「カーチャン知ってるよ、あいつこそが『追い剥ぎ』なんだ。懸賞金は1200万ベリーなんだろう? カーチャンは知ってるよ」

 

「いかにも」とガモスはサーベルを抜きながら答える。

 

「そしておれ様の本職は『殺戮』と『略奪』ってことよ……クロコダイルにやられちまったときにはどうなるかと思ったが、おれ達にもまだまだ運はあるらしい」

 

 ガモスは倉庫をチラリとみやりながら続ける。

 

「こんなところで『ダンスパウダー』の在庫と出会えるとはな、大方砂漠の王が使うもんなんだろうが。あれだけあれば当分食うには困らねえだろう。おあつらえ向きに、お前らが船と一緒にやってきやがった」

 

『ダンスパウダー』とは、空に打ち上げることで人工的に雨雲を作り出すことのできる化学物質である。あまりにも社会に及ぼす影響が大きいために世界政府によって製造が禁止されているものではあるが、その有用性から今でも密造が絶えない魔法の粉だ。原材料が銀であることもあり非常に高価に取引されており、バロックワークス社がこの『何もない島』に貯蓄しているモノそのものでもある。

 

 しかし、Mr.6はそれに鼻で笑うことで答えた。

 

「何がおかしい?」と、ガモスが不満げに言う。

 ガモスはMr.6を含めるこの集団にムカついていた。

 普通、自分たちのようなならず者が武器とともに出迎えれば、大抵の一般人というものは恐れおののくものだ。『ダンスパウダー』のような密造品を扱うようなものとて、仕事仲間が虐殺されているこの状況に心ひとつ乱すことのない彼らは不気味だった。

 

「いや、ロクでもねえなと思ってさ」

 

 背もたれに体重を預けてパイプ椅子をカタンカタンと揺らしながらMr.6が続ける。

 

「何もかもがその場その場の思いつきばかりでさ。あんたらバカ二人に振り回される部下の皆さんの事を思うと悲しくて仕方がないよ」

 

 その言葉に、ガモスの後ろについた何人かの構成員の表情が歪んだことを確認しながら更に続ける。

 

「そもそもよ、ちょっとばかし情報能力というものがあればアラバスタにクロコダイルがいることくらいすぐに分かるだろう。お前らの海賊団は事前に情報を探ることすらしなかったのか? まあ、しなかったんだろうな。その結果がこれだろ? 新聞すらとってねえのか?」

 

 更に続ける。

 

「挙げ句今度はいきあたりばったりの儲け話に目を輝かせてやがる。まあ我社の同僚たちを軒並み倒したのは評価しよう。そうそうできるもんじゃない。だが、アラバスタからここに逃げるのが精々な連中が、どうやってダンスパウダーを売りさばく気なんだ? 船長がいたときならばともかく、今のお前らなんて弱小海賊にも劣る組織力なんだぞ?」

 

 彼が更にその先を続けようとした時、ガモスは左手を振って「構えろ」と部下たちに指示した。

 ガモスのそばに立っていた男たちが銃とバズーカ砲を構えた、狙いは当然Mr.6だ。

 ガモスが言う。

 

「お前らが哀れなほどに命乞いをすれば、話し合いで終わらせてやっても良かったが、残念ながらそうはいかねえようだな。この稼業は舐められたら終わりなんだよ」

「そうとも、それはよく分かる。おれがお前を舐めているように、お前も我社を舐めたのさ。だからーー」

「撃て!」

 

 ガモスの号令が終わるよりも先に、Mr.6に向けて銃弾が放たれる。

 だが、それよりも先に動き、Mr.6の前に立った人間が一人。

 

『あの思い出のレシーブ!!!』

 

 次の瞬間、不思議なことが起こった。

 Mr.6に向けられたはずの銃弾の数々が、爆風の向こう側から『跳ね返ってきたように』進路を変え、ガモスの部下たちを襲ったのである。

 当然、悲鳴に倒れるのはガモスの部下たちだ。対照的に、Mr.6の陣営には傷一つなく、彼の前に立ってガモスたちを睨みつける美女が一人。

 

「次同じようなことしたらカーチャン許さないからね」

 

 その美女、ミス・マザーズデイは腰を低く落とした体勢を維持しながら言った。

 

「『悪魔の実』の能力者か……!」

 

 部下たちに一瞬目をやりながらガモスが絞り出したように言った。アラバスタで『スナスナの実』の能力者であるクロコダイルに襲われたばかりである。そのような発想を得ても不思議ではない。『悪魔の実』とは、海に嫌われるリスクと引き換えに超人的な能力を得ることのできる禁断の果実だ。

 

 だが、Mr.6は首を振ってそれを否定する。

 

「発想が貧相でいけないね。彼女こそが『東の海の魔女』、超人的な身体能力と天才的なバレーボールテクニックを鍛え上げたスーパーアスリートさ。彼女にかかればすべての攻撃は『レシーブ』される……鉛玉もな」

 

 スキを狙うように、部下の一人が再びバズーカ砲を発射した。

 だが、やはり結果は同じだった。ミス・マザーズデイの超人的スプリントと他の追随を許さないレシーブテクニックは、その砲弾をそのままお返しする。

 

「カーチャン許さないって言ったよね!?」

 

 そのままミス・マザーズデイは足元の石ころを真上に蹴り上げた。

 

『地獄特訓スパイク!』

 彼女は一つ飛び上がってからそれを『スパイク』した。正確無比にコントロールされたそれは銃を構えていたガモスの部下の顔面に直撃して気を失わせる。

 

「勿論『スパイク』も世界レベルさ」

 

「さて」と、彼は動きを止めたガモスの部下たちに向かって言う。

 

「大体戦力差はわかってもらったと思う。その上で取引をしたい、おれとしても君たちをこのまま死なせるのは心苦しい。君たちは愚鈍な長にそそのかされた被害者なのだからね。そこで提案なのだが、今ここで武器を捨ててくれたら、我社の社員になれるようボスに掛け合って見ようと思う。まあ、初めはしたっぱだが、食うには困らんさ。こんな風にならない限りはね」

 

「何を馬鹿なことを」と、ガモスはその提案に顔を真赤にする。

 

「てめえら! たかが女に何びびってやがる! ここで武器を捨てるような奴はおれが直々に八つ裂きにしてやる!」

 

「ああ、そうだ」と、Mr.6はガモスを指差して続ける。

 

「お前は駄目だ。賞金首だからな、ここが最後だ」

 

 Mr.6の挑発に、ガモスはついに怒り狂った。

 彼はサーベルを振りかざしながら言う。

 

「その女がいくら『レシーブ』できると言っても……刃物は無理だろう」

「へえ、意外と頭いいんだね」

 

 ガモスは地面を蹴った。

 

「下がってな」と、Mr.6はパイプ椅子を折りたたみながらミス・マザーズデイに言った。

 

 そして、そのパイプ椅子を迫りくるガモスに向かって『パス』した。

 当然それを振り回されると思っていた彼はそれを『受け取って』しまう。

 視界が塞がれていることに気づいた頃にはもう遅かった。

 

『ロック&ドロップキック!!!』

 Mr.6はガモスに飛び込み、折りたたまれたパイプ椅子ごと両足で蹴りぬく。

 

 不意な攻撃にうめき声を上げながらもなんとか倒れることはしなかったガモスは、視界も定まらぬまま闇雲にサーベルを突いたが、それは空を切る。

 そして、それが命取り。

 彼が視界を取り戻したときに見たのは、パイプ椅子の輪の中に差し込まれているサーベルと右手だった。

 Mr.6はパイプ椅子を捻って一瞬だけガモスの右手を封じた。

 

『ロック&ブラックマス!!!』

 ガモスの死角にして拘束によって防御の取れる右下方から、Mr.6の後ろ回し蹴りが顎を撃ち抜く。

 

 飛びそうになる意識をこらえながら、それでもガモスは右腕のサーベルを離すことはなく、素早くそれをパイプ椅子から引き抜くと、そのままMr.6に向かって薙ぎ払う。

 流石にその攻撃もこらえることは予想外だったのだろうか、彼はそれをかわしきらない。

 それはMr.6の首を捉えたように見えた。

 だが、ガモスの腕にその感触はない。

 

「やったと思ったか?」

 

 舞い上がるジャケットを片手で押さえながら、Mr.6が笑う。

 ガモスは、今目の前で起こった光景が信じられなかった。

 サーベルが彼の首を捉えようとしたその時、彼は目にも留まらぬ速さでコマのように回転し、その斬撃を受け流したのだ。

 

「最近のロックンローラーはな、踊りも出来なきゃ売れねーんだ」

 

 再び振り下ろされたサーベルを彼はやはり回転してかわす。

 焦点の定まらぬ目から放たれる斬撃に切れはない。

 彼はそのままガモスの右腕に絡みつく。

 

「関節もらうぜ」

 

『キムラロック!』

 そのまま関節を決め、力を込める。

 ガモスのような大男でも、効率よく関節を壊すために考えられたその技には逆らえない。

 木材が折れるような音が港に響き、彼はついにサーベルを離した。

 

 そのタイミングで、Mr.6の頬を衝撃が掠める。

 彼に銃を向けた構成員を、ミス・マザーズデイの『スパイク』が撃ち抜いたのだ。

 

「カーチャンに任せときな!」

「援護どうも!」

 

 彼はサーベルを放り投げ、同じく自分を攻撃しようとしていた構成員を倒す。

 更に彼は右肩を押さえるガモスに走り込む。

 ガモスもただでそれを見ているわけではない、まだ動く左腕でMr.6を迎撃するが、それを読んでいた彼はそれをかわして背後に回り込むと、その巨体を抱えあげる。

 

「ミス・マザーズデイ!」

「はいよ!」

 

 彼の掛け声にミス・マザーズデイは素早く反応した。すぐさま『レシーブ』の体勢をとってMr.6を迎える。

 そしてガモスを抱えたままジャンプした彼をはるか上空に『レシーブ』する。

 ちょうど打ち上げられるように、彼らは回転しながら舞う。

 

「お前ら、なんなんだ!」

 

 風を感じながら、ガモスが呟いた。もはや敗北は覚悟していたようだった。

 同じく風を感じながら、Mr.6が答える。

 

「おれはよ、ロックンローラーで、会社員で、賞金稼ぎだよ」

 

『スカイハイーー』

 重力に負けながら、彼らは落下を始める。

 来るであろう衝撃を恐れながら、ガモスは叫び声を上げていた。その様子を、武器を捨てた構成員達は眺めている。

『Deep6!』

 回転しながら、バックドロップのようにMr.6はガモスを地面に叩きつけた。

 

 地震のような衝撃と、鈍く大きい音。

 地面はひび割れ、その中心にガモスがいた。

 Mr.6はジャケットを払いながら起き上がった。回転によって落下の衝撃を軽減していた彼は無傷だった。

 

 彼はピクリとも動かないガモスをみやりながら言う。

 

「腐っても1200万ベリーの賞金首だ。この程度で死ぬってこたあねえだろう。ふん縛っときな」

 

 ミリオンズたちがそれに向かうのを確認してから今度はミス・マザーズデイを見やる。

 

「援護助かった。どうもタイマンしか出来ないのが良くないな」

「困ったときはお互い様だよ、カーチャンに任せときな」

 

 親指を立てる彼女に一つ笑いかけてから「さて」と、今度は武器を捨てた構成員達を見る。

 構成員達はその視線に体をビクつかせた。たった今、彼らの中で最も強い人間が手玉に取られたのを見たばかり、生殺与奪権は、明らかに向う側にあるのだ。

 しかし、Mr.6は彼らに笑顔を見せた。

 

「入社おめでとう。今日から君たちの同僚となるMr.6だ。詳しいことはこれから説明しよう」

 

 

 

 

 

 

『報告書:『追い剥ぎ』のガモスによる『何もない島』襲撃について』

 

 『本日〇〇時、ダンスパウダーの輸送任務の際に、海賊『追い剥ぎ』のガモスによって『何もない島』の保管庫が襲撃されている事を確認しました。ダンスパウダーに被害はありませんでしたが、Mr.12、ミス・サタデーを含める管理部隊が全員死亡、至急人材の派遣を願います。

 また、海賊『追い剥ぎ』のガモスとはその場で交戦し拘束に成功。1200万ベリーの賞金首であったのでそのままミリオンズとともに海軍に向かわせました。

 海賊『追い剥ぎ』の構成員を数名勧誘に成功しました。現状は襲撃によって不足している人材の補填に当てるつもりで考えております。』

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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今回はバトルを書いたんですが、この表現方法が良いのかどうかすごく気になってます


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3.前乗り

 ナノハナ。

 アラバスタ王国の玄関口である港町。

 アラバスタ王国に入国しようと思えば、後ろ暗いところのない、表の世界の住人はまず間違いなくそこを利用するだろう。質の良い香水の街であるナノハナは、来客を出迎えるのにこれ以上ない街だった。

 空は晴れていた。アラバスタの国民達がそれにどのような感情を持っているのかはわからないが、とにかく、その晴天は、航海者にとっては心強いものだった。

 そして、それはナノハナの住民たちも同じだろう。

 遠くまでよく見える晴天は、その町に来るものが朗報なのか、それとも悲報なのかを誰よりも先に知らせる。

 その日、ナノハナは朗報を知る。

 だが、それが終わりの始まりであることには、まだ誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国のある住民たちは、船を降りるその男に黄色い歓声を投げかけている。

 当然の光景だった。ニーサン・ガロックは世界的に著名なロックシンガーであるし、その甘いマスクとシャープに鍛え上げられた肉体は女性の視線を独り占めするだろう。ジャケット一枚だけが羽織られた上半身に、女性たちは目が離せない。

 

「やぁ、どうもどうも」

 

 ニーサンは手を振りながら港に降り立った。時折視線を振れば、ひしめく女性たちの誰かが、まるで自分と目を合わせてくれたかのように恍惚とすることを彼は知っていた。

 

「ニーサン・ガロック様、お会いできたことを光栄に思いますぞ」

 

 ニーサンを待ち構えていた男、ナノハナの町長は彼の右手を握った。ニーサンの来訪を歓迎することは、彼の最も重要な職務の一つだった。

 

「やぁどうも。おれもこの町に上陸できたことを嬉しく思う。まだここに来てほんの数分だが、この町がおれを歓迎してくれていることはよくわかったよ」

 

 シンガーらしく、よく通る声だった。

 だが、その言葉には嘘がある。

 彼はもう何度もこの町に来ている。

 秘密犯罪結社バロックワークスのフロンティアエージェント、Mr.6として。

 

 

 

 

 

 短い丈のスパッツから伸びる色白の足が、誰もいない裏路地にミスマッチに映えていた。

 

「大人気だねえ。カーチャン嬉しいよ」

 

 ニーサン・ガロックに対する黄色い歓声を遠くに聞きながら、ミス・マザーズデイはそう呟いた。

 彼女の知るMr.6と『ロックンローラー』ニーサン・ガロックがあまりにも違いすぎて、いつもおかしくなるのだ。

 基本的に、彼がニーサン・ガロックとして人前に出るときには、彼女は別行動を取る。彼のそばに自分がいると色々ややこしくなるというのだ。

 だから彼女はその路地裏で一人仕事だ。と言っても難しいものではない。

 

「おい」と、彼女に声をかけるものがあった。

 

「ネーチャン、暇なら付き合えよ」

 

 それは三人の男だった。

 一人はいかにも札付きと言った風貌の男。

 一人はナノハナの香水商人。

 そしてもうひとりは、国王軍の衣装に身を包んだ男だった。

 そして、それら三人に共通しているのは、右肩に入った『B.W』の入れ墨だった。

 

「いいよ」と、ミス・マザーズデイはそれに答え、今は無人の小屋、ナノハナにおけるバロック・ワークス社の集会所を指差して言った。

 

「入りな、カーチャンあんたらに言いたいことがあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 ナノハナの隣町、カトレア・オアシス。

 雨の降らぬアラバスタにおいても未だに枯れぬオアシスは、干ばつによって枯れたユバ・オアシスを捨てた反乱軍の新たな本拠地となっていた。

 

 反乱軍。

 アラバスタ王国への不信を持つ若者たちを中心として結成されたそれは、アラバスタ王国に雨が降らぬ期間と比例するようにその勢力を増し、もはや国王軍と遜色ない戦闘力を持つと言っても過言ではない。潜在的な反乱分子を含めれば、もしかしたらその数を遥かに超える可能性も存在する。

 

「コーザ」

 

 天幕をめくりながら反乱軍リーダーの名を呼んだのは、彼の側近であるファラフラだった。国王軍との戦いによって右手と右肩を失ったその男は、反乱軍を裏切ることなど決して無い忠義の男だった。

 

「何だ」

 

 呼ばれた男、反乱軍リーダーのコーザは、身を起こしながら答えた。

 顔の傷こそ目立つものの、その若者は例えばなんでもない町の若者だと言われてしまえばそうかと納得できてしまいそうな、戦闘組織の長とは考えられないような見た目だった。

 だが、その返答には強さがあった。何を言われても動じてはならぬという覚悟を感じることが出来た。

 

「会わせろという人間がいる」

「誰だ、国王からの使者なら追い返しておけ」

 

 どういうわけか、反乱軍の拠点が移り変わった情報はすでに王宮の理解するものだったらしい。

 ユバの頃からそうだったが、コーザのもとには対話を求める国王からの使者が度々訪れ、そして、それはすべて追い返されていた。

 反乱軍はもうすでに対話を必要とはしていなかった。雨の降らぬ王国、そして、ダンスパウダーに関わる国王の考えに対する不信は、すでにそのような段階に来ていた。

 雨が大地に降り注ぐこと以外、彼らが求めているものはなかった。

 

「いや、違う」

 

 ファラフラは一つ区切ってから続ける。

 

「ニーサン・ガロックだ」

 

 その名前に、コーザはわずかばかりに視線を泳がせた。

 心躍るわけではない、その名を知らぬ訳ではないが、熱狂的なほどなファンでもなければ、そんな事を考えることができる状況にはなかった。

 意味がわからなかったのだ。反乱軍、この王国に対する最大の反逆者である自分に、この王国とかけらも関係のないその男が興味を示すことの意味がわからなかった。

 

「待たせておけ」と、コーザは言った。

 

 

 

 

 

 

 パイプ椅子に座るその男を、コーザの側近たちはぐるりと取り囲んでいた。

 その手には武器はない、だが、その気になればいつでもそれを取り出すことのできる体勢をとっている。

 しかし、その男、ニーサン・ガロックは少しもそれに怯んではいなかった。彼は視線を泳がせることもなく真っ直ぐにコーザの目を見つめ、少しばかりの微笑みも見せている。それが動揺や怯えからくるものではないだろうことを、コーザは理解していた。

 

「何の用だ」

 

 開口一番にコーザが言った。ニーサン・ガロックほどの有名人がそのように不躾に物事を言われることはないだろうとわかってはいた。だが、今から国王に刃を向けようかという人間が、たとえどんな人間が相手だろうとその権威に媚びるようなことがあってはならないだろうし、それは正しいだろう。

 

「おれはレインベースでライブを行う」

 

 コーザの言葉に、ニーサンもまた不躾に返した。

 ニーサン・ガロックがアラバスタ王国でライブを行う。それはすでに王国内で周知のことだったし、そのためにニーサンが近くナノハナに現れることも知られていた。一目彼を見ようと国中から集まったファンたちの熱気は、隣町のカトレアにも届いていたのだ。

 

「知っているさ。だが、おれは興味がない」

 

 そのライブが王国主催のものだったら、コーザも何らかのアクションを起こしていたかもしれない。

 だが、そのライブのスポンサーはレインベースのカジノ『レインディナーズ』だ。この王国の騒動をまるで対岸の火事のように眺める『夢の町』は、見せる夢の一つに彼のライブを選んだのだろう。

 

「わかっている」

「じゃあ、なぜ来た?」

「正直に言うが、おれはこの国の置かれている状況を、表面的な部分でしか知らない」

 

 嘘だ。

 コーザ達が続きを沈黙で求めていることを確認してから続ける。

 

「雨が降らず、町が枯れ、人々が飢えている。国王は手を打てず、民衆は日々を生きるのに精一杯。そんな表面的なことしかおれは知らない。国王が何を考えているのか、そして、君たちがどのような思いでどのような行動に出るのか、どのような結果になるのか。知ることができるはずもない」

 

 それも嘘だ。

 Mr.6はこの国がどのような末路を行くことが自分たちの計画であるかを知っている。

 だが、反乱軍がその嘘を見抜けるはずもない。

 

「何が言いたい?」

「歌で世界を救えればよかったのにといつも考えていた」

 

 唐突な言葉だった。

 反乱軍は続きを求める。

 

「歌には力があると思っていた、世界を平和にする力がな。だが、歌にそんなもんはねえんだ。目の前で飢えている人間一人を救うことだって歌には出来ねえ。戦いを終わらせることもできるはずがねえ。あんたたちと違って、おれは無力だ」

 

「だが」と、続ける。

 

「どうやら、歌というのは、嫌なことを少しだけ忘れさせることだけはできるらしい。渇きを、飢えを、貧困を。おれが歌っている間だけは忘れさせることができる」

 

 反乱軍はまだ沈黙していた、ニーサンの主張の核心がまだ掴めないでいる。

 

「おれのライブはすべての人間を歓迎する。女だろうが子供だろうが年寄りだろうが構わねえ。チケットを買えなかったやつのために、スタッフがヘマをして抜け穴を作る事も考えている。それは、政治的な立場も同じだ」

 

「だから」と続ける。

 

「もし君たちの誰かがおれの歌を聞きたいと言っても、それを否定しないでほしい。レインベースに向かうことを快く許可して欲しい。それ以上は望まない」

 

 反乱軍の面々は、ようやく彼の言いたいことを理解した。

 そして、コーザはそれを鼻で笑う。

 

「いらねえ心配だったな。個人の趣味に口を出す権利はねえ、行きたいやつは行けばいいし、おれのように、興味がなければそれでもいい」

「そうか、それならよかった」

「ご苦労なことだったな」

 

 立ち上がろうとしたコーザを「待ってくれ」と、ニーサンが制した。

 

「理解ある君たちに、感謝を込めて贈り物をしたい」

「必要ねえさ」

「まあ、話だけでも聞いてくれ。贈り物にはいつも頭を悩ませる。今君たちが最も必要としているものは武器だろうが、あいにくそれはツテがない。金を贈るには君たちは高潔すぎるし、君たちもそれを望まないだろう」

 

 彼はパイプ椅子から立ち上がった。

 

「だからおれは歌を贈りたい。何も出来ないおれだが、これだけは人より優れている自信がある。なんでも良い、リクエストが有れば何でも歌う。元々そういう稼業から成り上がったんだ、抵抗はない」

 

 

 その提案に、コーザは動きを止めた。

 それすらも必要ないと断ることはできるだろう。

 だが、コーザはその男の歌声に興味が出てきた。

 反乱軍のもとに単身乗り込み、歌を聞く自由を願うと言う男が、果たしてどのような歌声を持つのか。

 

「国歌を」と、コーザは再びニーサンの対面に座りながら言う。

 

「アラバスタ王国の国歌を歌えるか?」

 

 ニーサンはそれに微笑みを見せる。

 

「地元ネタの研究は、歌手の必須スキルだよ」

 

 

 

 

 

 

 ナノハナのバロックワークス集会所では、三人の男が床に這いつくばっていた。

 彼らを見下ろすミス・マザーズデイは、額に青筋を立てるほどに怒り狂っている。

 

「カーチャン言ったよねえ!」

 

 そのうちの一人、国王軍の衣装を身にまとった男を引き起こしながら、更に続ける。

 

「うちの社員であることは一旦忘れろってねえ!」

 

 バレーのスパイクのように振り下ろされる張り手に、男はうめき声を上げながら崩れ落ちる。

 

「ひぃ」と、悲鳴を上げながら、男たちはジリジリと彼女から逃げるように後ずさりしたが、やがて壁に阻まれる。

 

「女にうつつを抜かす国王軍が、どこにいるってんだい!」

 

 彼らが立ち上がるのを拒否するように、彼女は壁を踏み抜いた。

 彼女は武術の達人ではないが、その超人的な身体能力で踏み抜かれた石壁はひび割れ、天井にまでそれが続く。

 男たちは震える他無かった。多少のことならば腕力でどうにかできると考えて人生を渡ってきた彼らにとって、彼女の強さは恐怖だった。

 

 彼らはビリオンズ、バロックワークスにおいてMr.1~Mr.5ペアまでで構成されるオフィサーエージェント直属の部下であり、Mr.6~Mr.12までのフロンティアエージェントの候補でもある。

 その立場からして、彼らはミス・マザーズデイを所詮はフロンティアエージェントと舐めていたきらいがあった。だが、二桁台のエージェントならばともかく、彼女はフロンティアエージェントのトップである、未だにナンバーをもらえぬビリオンズとは大きな差がある。

 

「いいかい。会社は社員を国王軍や反乱軍にしたいわけじゃない、国王軍や反乱軍を社員として扱いたいんだよ! あんたらはそんなこともわからないのかい! カーチャン悲しいよ!」

 

 彼らビリオンズの主な任務はスパイ活動。アラバスタ国民になりすまし、会社の指示を待つ。

 だが、彼らの行動は、ミス・マザーズデイには不満だったようだ。

 

「カーチャン一度しか言わないからよーくお聞きよ! 今度国王軍と反乱軍が仲よさげに歩いているところを見かけたら命はないと思うことだね! 市民も一緒だよ!」

 

 ビリオンズが口答えしないことを確認してから続ける。

 

「いいかい! 反乱軍は国王軍を誰よりも憎み、国王軍は反乱軍を誰よりも恐れ、市民はその二つの戦力に誰よりも不信を持つんだ! 必要以上に恐れ、必要以上に憎み、必要以上に不信を持つんだよ! それこそが有事の際の『過ぎた行動』を生むんだ」

 

 足をおろし、ミス・マザーズデイは舌打ちする。

 

「よくお聞き、これから『あの日』まで、市民、国王軍、反乱軍の連中が顔を合わせることを禁止するよ。破ったらそのときこそ命はないと思いな! カーチャンとの約束だよ! 嘘ついたら『スパイク』千本食らわすからね!」

 

 荒くれの男たちは、それにまるで子供がするように頷くことしか出来なかった。

 その約束は守られるだろう。

 

 

 

 

『報告書:アラバスタ王国における反乱軍との接触とスパイ活動任務中の社員について』

 

 本日〇〇時、アラバスタ王国、ナノハナに着港。市民はニーサン・ガロックに好意的。

 また、〇〇日〇〇時にカトレアにて反乱軍リーダー、コーザと面会。彼らもニーサン・ガロックに敵対する様子はなく『あの日』に対する妨害の心配はないと思われます。

 

 一点、スパイ活動中のビリオンズの生活に不備があることを感じました。普段からそれぞれの役割に応じた緊張感を持つ事を徹底する演技指導を強く求めます。

 又、独断ではありますが『あの日』までスパイ同士の交流を禁止させていただきました。必要とあらば解除していただいてかまいませんが『あの日』をより効果的に使うのならば必要な措置かと考えられますので、ご一考くださいますようよろしくお願い申し上げます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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この三連休はよく書けました


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4.仕込みは上々

 アラバスタ王国、首都アルバーナ。

 数百年の歴史を誇る王国の首都、その名に恥じぬほどの文明都市を思わせる町の作りに、訪れたものは圧倒されるだろう。

 成金趣味では無い。

 古ぼけて見える城壁も、淡い色使いに感じられる建物も、それらはこの国のはるか昔から文明を維持していたことの証明でもあれば、この国の住人たちが歴史に敬意を払っていることの証明でもある。戦争と紛争を繰り返し、支配する一族がコロコロと変わるような国ではこうはならないだろう。

 アラバスタが誇り高き国であることを、アルバーナは十分に表現していた。

 

 

 

 アルバーナの中心にそびえる宮殿、その謁見の間に、ニーサン・ガロックは片膝を突いて跪いていた。その傍らには、もうひとり中年の男。

 

「世界政府加盟国の偉大なる王族、ネフェルタリ・コブラ様とお話できる幸運を噛み締めております。私はニーサン・ガロック、そして隣の男はセカン、先祖をアラバスタに持つ我が船の航海士です。」

 

 彼は深く深く頭を下げた。それが王族に対する敬意だった。セカンも同じようにする。

 王の側近兵たちはその行動に驚いていた。彼らはニーサン・ガロックの『ロックンローラー』という職業上、もう少し不躾な、王に無礼な行動をとっても仕方がないと思っていたのだ。だから彼らは、もしものことがあればいつでもその男を取り締まることができるようにと気を引き締めていた。たとえ相手がこの国の英雄、王下七武海のクロコダイルの客人であったとしても、王への無礼は許されないことだった。

 だが、その心配はなさそうだった。

 

「堅苦しいのはよそう、ぜひとも、楽にしてくれ」と、彼の対面、王座に腰掛ける男が微笑んで言った。彼こそがこの国の王、ネフェルタリ・コブラ。代々善政を敷いてきたネフェルタリ家の例の通り、彼も国民のことを第一に考える善王だった。少なくとも本人は。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 ニーサンはすっくと立ち上がった。そして砂風から身を守るための外套をひらひらとさせて「失礼、上着を脱いでもよろしいでしょうか?」と問う。

 

「かまわないよ」

「ありがとうございます」

 

 彼は外套を脱いだ。その下から現れた衣装に、側近兵たちはどよめいた。黒のレザージャケットを地肌に羽織るその格好は、日差しの強いアラバスタ王国では考えられない服装だった。彼らは、改めてその男が外海から来た人間なのだということを理解する。

 

「クロコダイル氏からの手紙で君のことは聞いていたよ、アラバスタ王国は君たちを歓迎する。好きに歌い、そして、アラバスタ国民を楽しませてくれることを願っている」

「勿論です。わずかでもこの国の人々の心を癒やすことができるのならば、おれも生まれてきたかいがあるというもの」

 

 頭を下げたニーサンは、一つ息を吐いてから続ける。

 

「国王様、本日は叶えていただきたい願いがあり、ここに参上しました」

「何かね」

「このアラバスタの国王軍が、おれのライブを聞きに来ることを許していただきたいのです。勿論国王軍としてではありません、個人としてです。俺のライブには様々な人間が来ることでしょう。女も、子供も、商人も、貧民も、おれの歌の前では、すべての人間が平等であってほしいのです」

 

 一拍おいて続ける。

 

「おれは、同じ願いを反乱軍のコーザ氏にも伝えました」

 

 側近兵たちはその名前にどよめいた。反乱軍のコーザと言えば、いま国王と最も対立していると言っても過言ではない男だ。その名を出すなどありえない。

 

 しかし、コブラはその言葉に「ははは」と笑った。

 

「あの男はそれを許しただろうな」

 

 今度はニーサンが動揺する番だった。

 ある程度、コブラが動揺するように仕掛けたはずだった。コーザがそれを許可したことをちらつかせ、プライドと王が持つべき度量の広さを刺激させて望む答えを引きずり出そうとするようなもの。王というものは、得てして持つべき度量に締め上げられている、というのが彼の持論だった。

 だがコブラはどうだ。最も対立しているであろうと男の名を耳にしても機嫌を損ねるどころか笑ったのだ。そして、コーザの行動を予測すらしている。

 危険だ、と、彼は本能的にそれを察知した。アラバスタ王国当主ネフェルタリ・コブラは、優しすぎるかもしれないがただでは食えないだろう。

 

「そのとおりです」

 

 動揺をさとられぬよう細心の注意をはらいながら答える。

 コブラは微笑んだまま答えた。

 

「なに、構わないよ。歌を聞く自由を奪うことなど考えたこともない」

「ありがとうございます。その選択を必ず正しいものとするよう誠心誠意努めます」

「楽しんでくれ」

「最後に、もう一つ」

 

 ニーサンが一歩前に出る。

 

「親愛と尊敬の印に、頬と頬を合わせる我々の挨拶を贈らせていただきたい」

 

 側近兵たちは目配せした。コブラ王は国民に対して距離が近いことで有名だが、まだはっきりと素性の分からぬこの男たちにそれを許して良いものか。

 しかし、そのような心配をよそにコブラは玉座から立ち上がり「構わないよ」とそれを許可した。

 側近兵をみやりながら、ニーサンとセカンは一歩一歩コブラに近づく。

 間近になったコブラをみやりながら、その王が自分とそこまで変わらない背丈であることにニーサンは驚いた。距離があったことと玉座に高さがあったことを差し引いても、彼にはコブラがもっと大きく見えていたのだ。

 

 ニーサンはコブラ王の両頬に手を添えながら呟く。

 

「聡明なる王に出会えたことを感謝します」

 

 一度、二度、彼は頬をコブラのと合わせた。

 次はセカンだ。

 彼もまた「この光栄なる時を、我が先祖も喜ぶでしょう」と目に涙をためながらコブラ王の両頬に手を添え挨拶した。

 

 彼らがそれだけで王から離れたのを見て、側近兵達はほっと胸をなでおろした、いや、むしろセカンが見せた感激の涙に、彼らはニーサン達に一瞬でも疑念を抱いたことを恥じた。

 

 

 

 

 

 

 その薄暗い部屋で、ミス・マザーズデイとビリオンズ達は息を荒げていた。

 

「こうよ! こう!」

「はっ!」

「そして……こう!」

「はっ!」

「そして、腰を落としてこう!」

「はっ!」

 

 ビリオンズたちの一糸乱れぬ動きに満足したのか、ミス・マザーズデイは「ふぅ」と息を吐いた。

 

「完璧ね! これを一日四セット! 一月もすればカーチャンみたいに銃弾だろうが砲弾だろうが爆風だろうが衝撃だろうが何でも『レシーブ』できるようになるよ!」

「いやそうはならんだろ」

 

 ミス・マザーズデイ達の満足げな表情に水を差すように、現れたニーサン・ガロックーーMr.6が言った。更にその後ろからはセカンもついてくる。

 セカンはミス・マザーズデイを視野にいれるやいなやMr.6の前に出ていった。

 

「あ~ら、おカーチャンおーー久しぶりぃ~~、あ~いかわらずカーウィ~~わね~~食っちゃいたぁ~いん」

 

 何も知らぬ人間が見たら絶句するだろう。ひげの生えた小太りの中年であるセカンは、王宮で見せた姿は何だったのかという風に野太い声でそういったのだ。しかも悩ましく体をくねらせる仕草付きだ。

 だが、ビリオンズ達もミス・マザーズデイも今更そんな事で驚いたりはしない。

 むしろ彼女は小走りでセカンのもとに駆け寄ると、両手をお互いの指に絡ませながら機嫌よく答えた。

 

「あーらボンクレーちゃんお久しぶりー。その様子だとうまく行ったみたいねー。カーチャン心配だったんだからね」

 

「がっはっはっは~~、うーーまく行ったわよぉ~~」

 

 セカンは一旦ミス・マザーズデイから手を離すと、右手で自らの顔に触れた。

 するとどうだろう、先程までの髭面中年はどこへやら、今度は厚化粧の大男が現れた。

 

「ンモーーバーーチリッとってき~~たわよぉ~~」

 

 そう言いながら左手で顔に触れると、今度はアラバスタ王ネフェルタリ・コブラが現れたのだ。

 

「いかにも、私こそがアラバスタ国王だ」

 

 コブラ王の顔がニヤリと笑ってから先程の大男に切り替わる。左手で顔に触れたのだ。『悪魔の実』の中でもかなり特殊な能力である『マネマネの実』の能力は、国を堕とすという点においてとてつもない能力だった。

 

「が~~っはっはーー! あやふや!」

 

 そして、その能力を操るオカマがMr.2ボンクレー、バロックワークスのオフィサーエージェントの中でも上位の力を持つ男。

 

「し~~かし、あちし思うのよ~~、こんなまどろっこしいことしなくても、あそこで全員ぶっ殺しちまえばよーーかったんじゃないかしら~~」

 

 マネマネの実は、何も無条件にこの世のすべての人間に化けることができるわけではない。

 その発動には、化けたい人間の顔に右手で触れる必要がある。そして、Mr.2はこれまでコブラ王の顔に触れたことはない。

 Mr.6がコブラ王に謁見した最も大きな理由は、Mr.2にコブラ王の顔をコピーさせることだったのだ。

 

「王国というものは、王への畏怖をとこのとんまで、徹底的に叩き潰さなければいつか復活するのさ、あいつはロクでもないやつだったと代々伝えられるほどにまで落とさなければ、いつか王の一族が力を吹き返す。確かにあんたと俺だったら王宮を処刑場にすることは出来ただろうが、それでは外敵に不意をつかれた悲劇の王になってしまうだろう?」

「そ~んなもんかーーしらねぃ! でもロクちゃんがそう言うならきっとそ~~うなんでしょ~ね~~い。回るわ! あちし回るのよ!」

 

 いつの間にかトゥーシューズに履き替えたMr.2は、機嫌良さげにくるくるとその場で回ってみせた。

 Mr.2とMr.6ペアは、共に情報を扱う役割であることと、強さの根本が体術にあるところから、他のエージェントたちとの関係に比べて妙にウマの合うところがあった。

 

「Mr.6! あ~~んたも回るのよ!」

「いや、おれはいいよ」

「回りなさいな、オカマの誘いを断るもんじゃないよ。カーチャンはそう思うよ!」

 

 アラバスタ王国の標準時刻を知らせる時計台。

 その中で王国の滅亡を願う男とオカマがくるくると回っていることを知る国民は一人もいなかった。

 

 

 

 

『夢の町』レインベース。

 アラバスタ王国の首都アルバーナから大河サンドラを挟んで向こう側に存在する。水と緑と歓楽の町。

 王国を襲う干ばつなど感じさせないほどに豊かなその町には、グランドライン全体で見ても巨大規模のカジノ『レインディナーズ』が存在する。

 枯れぬオアシスと尽きぬ夢、今やレインベースはアラバスタ王国民の手の届く最後の希望だった。

 

 

 レインベースで最も格があるとされるレストランで、歌手ニーサン・ガロックは人を待っている。

 レストランの中央、最も目立つ席だった。レストランが自身の格を高める客をもてなす席。

 ふう、と一つ息を吐きながら、ニーサンは心を落ち着かせようと努めていた。

 このアラバスタで、最も乗り越えるべき難所がここなのだ。

 

 

 その男がレストランに現れた時、店内には緊張感と動揺が生まれた。客質の影響かそれは露骨ではなかったものの、ニーサンには容易にそれを感じることが出来た。

 大男だった。

 分厚い毛皮のロングコートを身にまとい、葉巻を咥えている。顔面を真一文字に走る傷跡と、左手につけられた義手代わりのフックがその男が凄惨な戦いのもとにある事を物語っている。

 ニーサンは、すぐさま立ち上がって彼を迎え入れた。

 政府公認海賊、王下七武海、クロコダイル。

 海賊狩りによるアラバスタの英雄、カジノ経営の成功者、海軍すらその男の持つ武力を信用し、アラバスタに海軍支部を置いてはいない。

 

「……待たせたな」

 

 クロコダイルはニーサンの対面の席についた。レストラン中がその席に注目する。

 

「おれも今ついたところです」

 

 そう言ってニーサンも席につく。

 不思議な関係ではない。

 ニーサン・ガロックはこの街でライブを行うし、クロコダイルはそのスポンサーだ。むしろ会わぬほうが不自然というもの。

 

「大事な客だ、存分にもてなしてやってくれ」

 

 緊張気味に酒を注ぎに来たウェイターに、クロコダイルはそう言った。

 

「正直な話、おれはお前の歌を聞いたことがねえ。だが、部下にどうしてもお前をと推薦するものがいたのでな……」

 

 その部下とは、おそらくはビリオンズだろう、とニーサンは推測する。

 

 ニーサンは一度つばを飲み込んだ。

 はっきり言って、恐ろしい。

 賞金稼ぎMr.6としてみれば、もう何枚も何枚もクロコダイルのほうが格上だ。同じ武人としてカテゴリすることすら躊躇される。

 だが、歌手ニーサン・ガロックとして、彼に怯えることは許されない、彼はロックンローラーだ、反逆者だ。

『ライブが国家転覆計画の一部』であることを、この男に悟られるわけにはいかないのだ。

 

「後悔はさせませんよ」

 

 注がれたワインを揺らしながらニーサンは言った。

 

「クハハ……それだけ吠えれりゃ十分だ」

 

 クロコダイルは葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「金は出すが、口は出さねえつもりだ。好きにやってくれ。お前も肌で感じただろうが、今この国は非常に厳しい状況にある……」

 

 ニーサンは沈黙することでクロコダイルの意見を尊重した。

 

「オアシスでもカジノでもなんでも良いから国民を癒せたらと思っていたところだ。おれにはこの国がどうしても必要なわけではないが、もう何年もここで暮らしてるからな、あまり湿っぽくされても困る」

 

 ニーサンはクロコダイルのその言葉に妙な違和感を覚えた。

 その台詞だけを切り取れば、突き放すような物言いの中にアラバスタ王国を思う感情のようなものを感じることができる。流石はアラバスタの英雄だと言われるところだろう。

 だが、そのような単純な動機をはらんでいるような雰囲気を感じることが出来なかったのだ。それにはなにか根拠があるわけではない、ニーサンの『第六感』だ。 

 

「……何か不満か?」

 

 彼の警戒を肌で感じとったのだろう。クロコダイルは少し目を細めながら問うた。

 だが、ニーサンもそれに返す。

 

「いやぁ、グランドラインで活動して長いですが、王下七武海の方を前にすることは初めてでしてね。やはり緊張してしまうものなのですよ」

 

 その説明に、クロコダイルはとりあえず納得したようだった。「クハハ」と、彼は微笑む。

 

「そう怯えるな。海賊だったのは昔の話だし、今やこの王国の用心棒みたいなもんさ」

「あなたのこの国での評判はよく聞いていますよ……一つ質問しても?」

「まあ、内容によるがな」

「今まで始末した海賊で最も大物だったのは誰です?」

「そんなのいちいち覚えてねえな……ただ、おれ以上の海賊はいなかった」

 

 そりゃ、そうだろうな、とニーサンは思う。

 

 もう少し話が続くかもしれないと思ったその時、ウェイターが料理を運んできた。

 

「ワニ肉のカチャトーラ風でございます」

「ああ、ご苦労」

 

 並べられた料理の香りを楽しみながらクロコダイルが言う。

 

「あまりいい育ちじゃないんでな、コースは性に合わん……俺の好物だ、食ってくれ」

「喜んでいただきます。ワニ肉を食べるのは久しぶりだ」

 

 クロコダイルがグラスを持った。ニーサンもそれに合わせる。

 

「成功を祈ろう」

「おれはプロです……成功させるんですよ。何があってもね」

「クハハ、頼もしいな」

 

 

 

 

 

『報告書:アラバスタでの任務とアラバスタにおける主要人物について』

 

 〇〇日、アルバーナ宮殿において国王ネフェルタリ・コブラと面会いたしました。こちらもニーサン・ガロックに対する不信はなく『あの日』に対する妨害の心配はないと思われます。

 また、Mr.2をネフェルタリ・コブラと接触させることに成功しました。

 

 アラバスタ国王、ネフェルタリ・コブラは警戒すべき人間であることを報告します。確かに優しすぎる傾向にありますが、同時に聡明な王であると感じました。

 また、レインベースを本拠地とする王下七武海クロコダイルは感情の読めない男でした。計画をすすめる上で最も警戒すべきであると報告します。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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5.制裁は島中にとどロク ①

 グランドライン前半には、フクザツナ海流というものが存在する。

 それまでの海の常識をすべて否定するように入り組んだ海流は、時には迷宮のようだとも例えられる。

 その先にあるとされる『ポツネン島』は、小規模な無人島だ。僅かな水脈があるのみで資源に乏しく、人が住む価値がない。かつては住民がいたという話もあるが、フクザツナ海流のせいで外部からの交流がなく滅んだとされている。

 海賊も海軍も興味を持たぬ島、ポツネン島。

 そのような島は、違法な物資を製造する隠れ蓑としてうってつけだった。

 

 

 

 

 

「いやーこれはこれはMr.6様にミス・マザーズデイ様! お待ちしておりましたよ!」

 

 手をもみながら彼らを出迎えたその背の低い中年の男は、バロックワークス、フロンティアエージェントのMr.10だった。

 脂ぎった禿頭に狭い肩幅、鍛えられていないのにぽっこりと出た腹がいかにも不健康な風を見せている。

 

「ご苦労さん」と、Mr.6は手短にそう言った

 

「あんた少しは体に気を使いなよ、カーチャン心配だよ」

 

 その後ろから続くミス・マザーズデイはMr.10の風貌をジロリと見やってそういった。

 しかし、そうなじられてもMr.10はニコニコと気色の悪い笑顔を浮かべたままだった。

 

「お前らはそこで待ってろ」

 

 Mr.6は『どこでもライブ号』の乗組員たちにそう言った。

 

「爆破に巻き込まれちゃロクなことにならねえぞ」

 

 彼は目の前にある工場を眺める。

 無人島にはとても似合わぬ巨大な工場。その最も目立つタンクには大きく『B.W』とペンキで書かれている。

 その工場で生産していたのは、世界政府によって製造・所持が禁じられている『ダンスパウダー』だ。

 アラバスタ王国の王政と国民を切り離すのに必要不可欠であるその粉を、まさか外部から購入するわけにはいかない。そんなことをすればふっかけられるに決まっている。原材料が銀であることも関係して『ダンスパウダー』は非常に高価で取引される。

 故にバロックワークスは、このポツネン島に『ダンスパウダー製造工場』を作り上げたのだ。海賊も海軍も興味がないその島は、それをするのにうってつけだった。

 

「しかし、本当にやるのですか?」

 

『工場長』Mr.10がハンカチで脂汗を拭いながら言った。

 

「やるさ、それがボスからの指令だ」

 

 一歩工場に踏み込みながらMr.6は続ける。

 

「この工場は役目を終えたんだ。爆破するほかないだろうよ」

 

 

 

 

 

 もう機能していない工場というのは、たとえそれがつい最近まで稼働していたとしても、とてつもない空虚感を生み出すものだ。工場というものは、稼働しているときこそが生きているのだから。

 

「ミリオンズはもう避難させてるのか?」

 

 工場の中心地に向かいながら、Mr.6はMr.10に問うた。

 完全自社生産の工場なのだ、当然その従業員もバロックワークス社員でなければ意味がない。故にポツネン島にはウイスキーピークのようにビリオンズによる町もあった。

 その工場を爆破するというのだ、ミリオンズを避難させるのは当然のことだろう。

 

「はい、すでに近隣の島に避難させていますし、希望者はウイスキーピークに向かいました」

「そうか」

「『何もない島』も人手不足だからね、そっちにも送ったほうが良いとカーチャン思うよ」

 

 もう少し歩いたのちに、今度はミス・マザーズデイが問う。

 

「ところで、ミス・チュースデイはどこにいるんだい?」

 

 ミス・チュースデイとは、この工場における『工場長秘書』の役割をしていたエージェントだ。

 

「ああ、彼女はすでにこの島を出ましたよ」

「……そうかい」

 

 今度はMr.10が言う。

 

「もったいないとは思いませんか」

「何がだ?」

「この工場ですよ」

 

 トタンづくりの天井を指差しながら続ける。

 

「『ダンスパウダー』を製造できるノウハウをこのまま失うのは惜しいと思うのですが……『ダンスパウダー』だけではなく、武器工場としても稼働させれば更に稼げますよ、ちょうど『ねじまき島』の工場が閉鎖して需要はあるはずなんです」

 

 それは一側面から見れば正しい意見だった。むしろ、金を生む粉である『ダンスパウダー』を生産する手段を自ら破壊するということのほうが理に適っていない。

 だが、Mr.6は強くそれを否定した。

 

「我社の目的は金儲けじゃねえんだ。それよりもこの危ない橋からうちの存在がバレることをボスは恐れている。正しい判断だろうな。それに、この工場を破壊しないといけない明確な理由もある」

 

 そして彼は振り返ってMr.10と向き合う。

 

「いくら儲けた?」

 

 Mr.10はキョトンとした表情を見せた。

 

「儲け? 儲けなどありませんよ」

 

 ミス・マザーズデイは腰を落とす。

 

「大したもんだな、その見た目で野心を隠した」

「カーチャン知ってるよ。ミス・チュースデイとはこの島で必ず落ち合う手はずだったんだ。あんたを確実に始末するためにね。それがいないということは……」

 

 Mr.6がパイプ椅子を振り上げる。

 

「ミス・チュースデイからの密告で、お前さんが『ダンスパウダー』を横流ししてたことはもうバレてんだ。始末するタイミングが悪かったようだな」

 

 Mr.10の怯えた表情を見ながら続ける。

 

「どうしてお前のようなロクに戦闘能力のない人間にナンバーを与えたと思っている? こういうときに手間取らないためだよ」

 

 それが振り下ろされようとした寸前、Mr.10はその脂ぎった顔で微笑みを作った。

 

「バカどもが」

 

 次の瞬間、腰を落としていたミス・マザーズデイが何者かに『殴られて』吹き飛んだ。

 さらに彼女を吹き飛ばした男がMr.6のパイプ椅子を受け止める。

 

 その様子を満足げに眺めながら、Mr.10が続ける。

 

「この私が、そうやすやすとやられるものかね」

 

 それは魚人だった。

 真っ青な顔に真っ赤な上半身。パッチリとした目に、額からは触覚らしきものが二本伸びている。

 目が痛くなるほどカラフルなマーブル模様のタンクトップが、鍛え上げられた二の腕に不自然にマッチしていた。

 両の拳をテーピングテープでガチガチに固めたその魚人の名はシャッパ、モンハナシャコの魚人にして、魚人ボクシングの四階級チャンピオンでもあった。

 

 Mr.6は考えるよりも先に動いた。

 受け止められたパイプ椅子を振り切り、今度はそれをシャッパに『パス』する。

 それを目くらましにしながら椅子ごと蹴りぬく算段だ。

 

『ロック&ドロッーー』

栄螺(さざえ)割りストレート』

 

 だが、その考えは痛みとともに不発に終わる。

 シャッパは自慢の右ストレートで、Mr.6をパイプ椅子ごと撃ち抜いたのだ。

 地面に強かに打ち付けられた彼は、まだどこも折れていないことを確認しながら体勢を整えた。

 だが、シャッパは追い打ちを狙うようなことはなく、トントンと小さくステップを見ながらMr.6を待つ。

 

「貴様らが私を抹殺しに来ることなど予想しているに決まっているじゃないか」

 

 Mr.10がニタリと笑っていた。

 

「横流しで得た金で遊び呆けていると思ったか? 君たちに対抗すべく用心棒を雇ったんだよ。この素晴らしい金のなる木を、みすみす手放すものか」

 

 立ち上がったMr.6に向かってシャッパが距離を詰めた。

 

『栄螺割りストレート』

 ストレートを狙う。

 

 だが、今度はMr.6も抵抗する。体を回転させることでその威力をうまく逃す。

 

『ロック&チック!』

 その回転の勢いのままハイキックを狙う。

 

 だがシャッパはスウェーバックでそれをかわした。

 その空振りによって、Mr.6は無防備な姿を晒す。

 

「しまっーー」

(はまぐり)割りジャブ』

 今度は左腕からの小さなパンチがMr.6の顔面を捉える、だがその威力は絶大で、彼は意識が飛ばぬように気を強く持つだけで精一杯だ。

 そして、連撃を防ぎきれない。

 

牡蠣(かき)割りアッパー』

 右下から振り上げられた拳は、やはりMr.6の顎を強かに撃ち抜いた。

 

 縦の回転では体を回転させて逃げることも出来ない。彼の体は浮き上がり、工場の瓦礫の山の中に音を立てながら消える。

 

 シャッパは突然振り返り、姿勢を低くした。

 一度殴ったミス・マザーズデイが立ち上がった気配を察知したのだ。

 

『地獄特訓スパイク!』

 飛び上がったミス・マザーズデイは拾った瓦礫をスパイクする。

 

 だがシャッパはそれも躱す。弾丸と同等のスピードを持つ彼女のスパイクをである。

 そのまま距離を詰めるシャッパに、彼女は抵抗する術がない。

 

『アンボイナレバー』

 がら空きの横腹にレバーショット。

 うめき声を上げながら体を折るミス・マザーズデイに、彼はもう一歩踏み込んだ。

 

『イモボディ』

 突き上げるような右アッパーがミス・マザーズデイの腹部に直撃した。

 とてもではないが耐えられるようなものではない、彼女は乾いたような声を上げながら、両手で腹部を押さえ前のめりに倒れた。恐らくその口の周りには粘ついた血の塊があることだろう。

 

「よし、もう良いだろう」

 

 Mr.10は今までとは打って変わったように強気な口調でそう言った。

 

「後は港に停泊してる雑魚どもを蹴散らせばこの工場は私のものだ」

 

 だが、がらがらと崩れ落ちる瓦礫がその言葉を遮る。

 

「おい、ミス・マザーズデイ」

 

 瓦礫の山から現れたMr.6は、口の中の血を吐き出しながら続ける。

 

「少し休んでていいぞ、そいつはおれがやる」

 

 体はボロボロだ。

 まだ視界が揺れているし、胸は痛い、恐らく肋骨にヒビでも入っているのだろう。

 だが、ここで倒れるわけにはいかぬ。

 この稼業、格下に舐められたら終わりなのだ。

 

「やれ」と、Mr.10はMr.6から距離を取るように後退りしながら言った。

 

 無防備に歩いて距離を詰めてきたシャッパに対してMr.6が呟く。

 

「随分と、目がいいんだな」

「シャコじゃけえのう」

 

 意外とバリトンなボイスでシャッパは答えた。

 

「そのパンチも、シャコだからか?」

「そうじゃ、こう見えてもワシは魚人ボクシング四階級王者『焼灼(しょうしゃく)のシャッパ』じゃ」

「心配すんな、そうにしか見えねえよ」

「ほうか……悪いのお、お前らに恨みはないんじゃが……こんな時代じゃけえ、金がいるんよ」

「まあ、それは良いよ、こっちもそれなりに理由ってもんがあるし。それに、今はロクな時代じゃねえ」

「すまんのう」

 

 ぴょんぴょんとステップを踏み、シャッパが構える。

 

「せめて楽に眠らせてやるけえのお」

「プロ意識の高いこって」

 

 シャッパが踏み込んだ。

 姿勢の低いボディーを狙ったストレート。間合いが長く、当然踏み込みも早い。

 だがMr.6は飛び上がるように跳ねて背後に回る。

 

『ロック&ソバット!』

 背中を狙ったその蹴りは、振り返ったシャッパが両腕でガードする。

 だが、その次もある。

 

『ロック&ドロップキック!』

 今度は全体重を載せたドロップキックをガードの上から浴びせる。

 

 さすがのボクシングチャンピオンも全体重を乗せた攻撃は防御しきれない。今度はシャッパが瓦礫の山に突っ込まれる番だった。

 

「あー、クソッ!」

 

 瓦礫を吹き飛ばしながらシャッパが起き上がる。

 

「敬意が足りんかったのう」

 

 二、三度目に見えぬシャドーパンチを繰り返す。

 すると、あたりには何やら焦げ臭い香りが僅かに香った。信じられないことだが、シャッパのパンチが、空気をわずかに焦がしたのだ。

 その男の二つ名『焼灼』の意味を知ったMr.6は表情を引きつらせる。

 

「やっぱり、本気でやらんとのう」

「あまり本気になられても困るんだが」

 

 一撃返したからと言って、まだまだ五分なわけではない。

 自分はやりたい放題にパンチを貰い、方や向こうは押し出されるように瓦礫に突っ込んだだけだ。

 

 再び踏み込んだシャッパのパンチをなんとかかわしながら、Mr.6はパイプ椅子を拾った。

 それを目にしたシャッパは一旦ラッシュを止め、見せつけるように右手を振った。先ほどパイプ椅子を殴ったのが意外と痛かったというアピールなのか、それとももう一度撃ち抜くというアピールなのかはわからない。

 

『節足ノアユミ!』

 体を左右に揺らしながら、見たこともないステップで距離を詰めてくる。体の振りが巧みすぎてパンチがどちらから飛んでくるのか全く読むことが出来ない。

 

『イモボディ!』

 死角からパンチが飛んでくる。

 Mr.6はパイプ椅子での防御を狙うが、それは空を切った。

 土手っ腹に激しく鈍い痛み。

 

 シャッパはそれに手応えを感じていた。

 顔面の打ち合いを嫌がってガードを上げた相手へのボディブロー。破壊的なパンチ力を持つ彼が徹底的にそれを警戒されてもKO勝利を積み上げることが出来た裏の必殺ルート。たとえ相手がフグの魚人であったとしても、一撃KOの記憶しか無い。

 

 だが、Mr.6はそれを堪えた。口端から血と胃液の混じった泡を吹きながらも歯を食いしばる。

 ロックンローラーと賞金稼ぎは、ハッタリと我慢と覚悟の稼業、来るとわかってる痛みに耐えられずに何がロックンローラーだ、何が賞金稼ぎだ。

 

 人間が自らのボディーに耐えた事実に驚きながらも、シャッパは次のパンチを打つために体勢を作ろうとした。

 しかしその時、ボディを打ち込んだ右腕に違和感。

 見るとそれは、パイプ椅子の足に挟まれていた。

 偶然か?

 いや、偶然なわけがない。そのような偶然が起きるわけがない。

 狙っていたんだ。

 この人間の防御をかいくぐっていたと思っていた。だが、それは違う。

 この人間は、自らの右腕をパイプ椅子の隙間に差し込ませるために、自らの土手っ腹を差し出したのだ。

 

 マズイ。

 

 来るであろうなにかに備えようとしたその時、今度はシャッパの土手っ腹に鈍い痛み。

 Mr.6のつま先が、みぞおちにめり込んでいた。彼は思いっきりシャッパの腹を蹴り上げたのだ。

 息が詰まる。自然と体がくの字に曲がる。

 Mr.6の背中が見える。

 自らの顎が肩にクラッチさせられたとしても、今のシャッパにはどうすることも出来ない。

 

 Mr.6が小さくジャンプする。

 

『ロック&スタナー!!!』

 尻餅をつくように地面に着地し、肩に乗せた顎に衝撃を与える。

 

 シャッパは蹲って痛みに耐えた。

 顎を撃ち抜かれるより先に相手の顎を、腹を撃ち抜いてきた。

 それは久しぶりの顎へのダメージだった。

 

 だが、いつまでも痛い痛いと泣き言を言っている場合ではない。

 体勢を取ろうとしたシャッパが見たのは、目の前に建てられたパイプ椅子と、それに駆け上がろうとしているMr.6の左足。

 

閃光魔術(シャイニング・ウィザード)!!!』

 

 シャッパの顔面にMr.6の右膝が叩き込まれる。

 

 動きを止めた工場機械にシャッパが叩きつけられ、勢いのままその向こう側に消えた。




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格闘戦は書いてて楽しいですね


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5.制裁は島中にとどロク ②

 血反吐を吐きながら、Mr.6はパイプ椅子に座り込んだ。その目線の先には、Mr.10。

 

「ようやく、二人きりだな。えぇ?」

 

 もう喋るだけで腹が痛い。

 一体何をどう鍛えたらあんなパンチが打てるというのか。

 もう二度と喰らいたくない。

 

 だが、その願いはMr.10がようやく絞り出した引きつり笑いに否定されることになる。

 

 がらがらと瓦礫が崩れる音。

 

 その音の主が誰かなんて、それこそ見なくてもわかる。

 

「まじかよ……」

 

 絶望しながら振り返ったMr.6は更に絶望することになる。

 バリバリと音を立てながら拳のテーピングを剥がし取ったシャッパは、懐から金属製のメリケンサックを取り出したのだ。

 

「それはよ、反則だろ」

 

 シャッパは一息で鼻から血の塊を吹き出すと、メリケンサックを拳にはめ込みながら答える。

 

「ボクシングなら反則じゃろうが、もうこれは喧嘩じゃ」

 

 息は荒く、鼻と口からは血が滴っていた。余裕がない。

 シャッパは二、三度それを握り締めながら更に続けた。

 

「久しぶりじゃのう、拳に気を使わんでええ喧嘩は」

 

 だが、そこに笑顔はない。

 

「おれはずっと喧嘩のつもりだったんだが……」

 

 シャッパはMr.6の軽口に付き合わない。

 

『節足ノアユミ!!!!』

 今度は両腕で顔面を完全にガードしながらステップを踏む。

 

 もうパンチを食らうわけにはいかない。

 たとえ見切れなくとも見切る。

 

『蛤割りジャブ!!!』

 モーションの小さい左からのジャブ。

 

 すんでのところで首をひねって躱す。

 拳をかすめた肌にしびれるような熱さと肉の焦げる不快な匂いが漂う。

 

反則(イリーガル)ーー』

 右からフックが飛んでくる。

 やはりすんでのところで躱したが、シャッパの狙いはそれではなかった。

 

『エルボー!!!』

 本命の肘攻撃がMr.6の顔面を襲う。

 フックを躱すために回転を始めていたMr.6の左目付近を肘が掠める。

 直撃は免れた。

 

『ロック&リバースナックル!!!』

 回転の勢いを利用してMr.6が裏拳を振るう。

 

 しかし、シャッパもそれをスウェーバックで躱した。

 頬に鋭い痛み。

 

「切れたか」と、シャッパが呟く。

 

 だが、Mr.6はそれを喜べない。

 先程の肘攻撃によって、左目の上部がぱっくりと切れている。

 そこからとめどなく流れる血が、左目をぼやけさせていた。

 

 そのスキをシャッパほどのボクサーが見逃すはずもなく。

 

『反則・ストンプ!』

 

 Mr.6の左足を思い切り踏みつける。

 

 左足なんて何回でも踏ませてやる。

 だが、その次のパンチを貰うわけにはいかない。

 

 Mr.6はシャッパの視線を追った。そして、それが下半身に向かっているのを確認する。

 まじかよ。

 彼は本能的に両手で股間を守りに行った。

 だが、それを嘲笑うように、右拳が腹に向かう。

 

「そこまでは堕ちとりゃせんわ」

 

新鮮(フレッシュ)・イモボディ!!!』

 モンハナシャコの魚人であるシャッパ全身全霊の右ボディが炸裂する。

 相手を浮き上がらせるような貧弱なものではない、殴った相手を浮き上がらせるのは威力を逃す素人のやり方。

 シャッパほどの手練になれば、その威力のすべてを相手の肉体に負わせることだってできる。

 

 Mr.6の体がくの字に曲がる。

 口からは血と胃液が噴水のように吹き出し地面を汚し、出してばかりの口と鼻は空気を取り込むことを忘れ、思い出したように息を吸おうとしたときには、胃液が逆流して器官を犯す。

 彼は陸で溺れていた。

 

 そして、溺れる彼は振りかぶるシャッパに気づかない。仮に気づいたとしても、何も出来ない。

 その後頭部に、鋼鉄付きの右拳が振り下ろされる。

 

『反則・ラビットパンチ!!!』

 全体重を乗せながら、シャッパはMr.6の後頭部に右拳を振り下ろした。

 ハンマーどころの騒ぎではない、それを食らうくらいならハンマーくらい何発でもうけていいとすら思わせる。

 地面に叩きつけられ、意識が飛びそうになる。

 

 大いに手応えがあったのだろう。シャッパは拳をおろしながら呟いた。

 

「せめて、喧嘩じゃないところで会いたかったのう」

 

 だが、Mr.6はまだ死んではいなかった。

 ようやく呼吸を思い出し、吐き出せるものをすべて吐き出した彼は、弱々しく伸びる右手でシャッパの足を掴んだ。

 

「やめろ」と、シャッパは頬から流れる血を拭いながら言った。

 

「殺したいほど憎んじゃおらん」

 

 それを振り払おうとした時、スネに鋭い痛み。

 Mr.6がそれに思い切り噛み付いたのだ。

 

 小さくうめきながら、シャッパはそれを振り払った。

 そして這いつくばるそれに向かって右手を振り下ろす。

 

 地面が揺れたと思うほどの衝撃。

 Mr.6はなんとかそれを躱した。コンクリートの貼られた工場の床がひび割れる。

 

 そしてMr.6は差し出された右腕に絡みついた。

 

 切れ切れにながらなんとか呟く。

 

「右腕……もらったぁ」

 

 それの意味するところを理解し、シャッパは青ざめる。

 神からもらったこの右腕、そう簡単にくれてやるものか。

 

 シャッパは絡みつかれたままの右腕を持ち上げた。当然それに絡みついたMr.6も持ち上げられる。

 そして、振り下ろすようにそれを床に叩きつけた。

 だが、それは空振り。

 Mr.6はそれが振り下ろされる寸前に着地。

 

「もういい……」

 

 彼は低い姿勢を取りながら言った。

 

「お前のパンチは見切れない……だがもう良い……我慢すればいい……その代わり、お前の腕を貰う」

 

 シャッパはMr.6の狙いを想像する。

 組み付くつもりだ。

 組み付いて倒し、関節を狙う。

 

 それは、あまり素晴らしい発想とは言えなかった。

 この稼業を始めてから、そうやって自分を倒そうとしてきた人間や魚人は腐るほどいる。

 だが、それは机上の空論である。

 すべての人間は、自分に組み付くより先に拳の餌食になってきた、パンチを貰ってでも組み付きに行くなどただの理想論、出来っこない。シャッパ自身だって、そんなことはしたくない。

 だが。

 額の傷を拭うMr.6をみやりながらシャッパは考える。

 この男ならやりかねん。

 パンチを何発もらってでも、組み付いてきかねない。

 

 Mr.6が動いた。

 低い姿勢。

 シャッパはそれを受け止めるために腰を落とした慣れぬ体勢をとった。

 

 だが、Mr.6は組み付かなかった。

 むしろ右足を振り上げ、シャッパの頭を狙ってきた。

 

「お前のパンチなんて二度と喰らいたくねえよ」

 

 この人間、ハッタリかましやがった! と、思う頃にはもう遅い。

 

『ロック&チック!!!』

 体重をかけたそれがシャッパの頭を捉えた。

 グラリ、と、シャッパの体が揺れる。

 

『ロック&ミドル!!!』

『新鮮・栄螺割りストレート!!!』

 追撃のミドルを狙ったMr.6の動きに、シャッパが的確なカウンターを合わせる。

 ミドルキックがシャッパの脇腹にめり込み、カウンターのストレートがMr.6の顎を捉える。

 だが、シャッパのそれは体勢が抜群ではなかった。勿論それでもとんでもない威力なのだろうが、すでに完璧なものを経験済みなMr.6には物足りない。

 しかし、Mr.6のミドルキックも勝負を決めるほどのものではない、気合で立ってはいるがすでに体はボロボロ、踏み込むだけできしむ痛みが彼を襲う。

 

 Mr.6はジャケットを脱いでシャッパに放り投げた。

 シャッパは全神経を集中することに努めながら冷静に判断する。

 パイプ椅子ごと振り抜いたあれがまだ脳裏にはあるはず、故に、ここは裏をかくだろう

 これは躱すべきだ。

 

 ステップで躱したその先にはパイプ椅子を振り上げたMr.6。

 判断は正しかった。

 

『栄螺割りーー』

 カウンターを合わせようと体勢を取るが。

 

 突然、視界が赤く染まる。

 顔面に吹きかけられた、口の中の血を。

 一瞬だが、視界を封じられた。シャッパ自身の強さを支える視覚を奪う。

 シャッパは顔を拭わない、それこそが相手の思うつぼ。

 わずかでも視界が晴れれば、自分の目ならば問題ない。

 

「ガァァァァァァァァ!!!」

 

 身の危機を感じた彼はなりふり構わぬ全力の右フックを放った。

 当たらなくともいい、かすりさえすれば時間は稼げる

 そのとんでもない速度のそれは空を切った。空気が焦げる。

 

 ぼやける視界の中にあったのは、Mr.6の背中だった。

 

『スイート・チン・ミュージック!!!』

 背中越し、シャッパの顎先にサイドキックが打ち込まれる。破裂のような打撃音が工場内に響き渡った。

 

 シャッパの意識が飛んだ。しかしまだ倒れない。

 

「まだ倒れねえのかよ」

 

 もううんざりといった風に吐き捨てた。

 それに反応するかのように、意識のないはずのシャッパが右ストレートを打ち込んだ。

 だが、Mr.6はそれを躱し、伸びた右腕を掴んでシャッパを担ぎ上げる。

 そして、シャッパを担ぎ上げたまま回転を始めた。

 風が巻き上がり、工場の屋根がきしむ。

 そしてMr.6はシャッパを放り投げた。

 

『F6!!!』

 遠心力によって体が伸び切ったシャッパは着地することが出来ない。

 彼はそのまま顔面から床に叩きつけられた。

 シャッパはゴムボールのように跳ね上がり、再び受け身を取れぬ形で落ちる。

 だらんと伸びた手足が、彼の体から力が抜けていることを表していた。

 

「頼む……」と、Mr.6はパイプ椅子に倒れるように座り込みながら祈るように言った。

 

 もう無理だ、もう動けない。




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5.制裁は島中にとどロク ③

「そんな馬鹿なことがあるか」

 

 工場の隅、Mr.10はガクガタと体を震わせていた。

 無理もないだろう。大枚はたいて呼び寄せた用心棒の魚人が、相手を追い詰めたとはいえやられてしまったのだ。

 だが、神はまだ自らを見捨てたわけではないのだと彼は自らに言い聞かせる。

 二人のエージェントは虫の息だ。港にいるミリオンズは立場的には自分よりも下。二人を片付けてさっさと帰れと彼らに言えば、まだ生き残る可能性はある。

 工場の隅に隠していたショットガンを取り出して構える。北の海(ノースブルー)製の最新式、一撃浴びせれば人間ならば仕留めることができるだろう。

 そもそも、人の手を借りてこの工場を守ろうと言うのが甘い話だったのだ。

 やらねばならぬ、自分を守るために戦わなければならぬ。

 やれる、自分ならばやれる。

 彼が立ち上がったその時だった。

 

『地獄特訓スパイク!!!』

 放たれた瓦礫が、ショットガンを彼の手から弾いた。

 

 Mr.10がその意味するところを理解するよりも先に、二つ、三つと続けて打ち込まれた瓦礫が彼に襲いかかる。

 潰されたカエルのような声を上げながら、うずくまる彼は、それでも最後に自分を守ってくれるショットガンに手を伸ばす。

 だが、現れた運動靴が、彼の手を踏んだ。

 

「カーチャンがなんで怒ってるかわかるかい?」

 

 その白く長い足の先にあったのは、冷たい目で彼を眺めるミス・マザーズデイだった。

 髪は乱れ、口からは血の流れた跡が見える。

『母』と書かれた名札が縫い付けられた真っ白な体操着は、血と胃液でまだら模様に染まっていた。

 

 終わった、と彼は思った。

 覚悟など出来ていない。

 だが、自分は負けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ズルズルと『かつてMr.10だったもの』を引きずってきたミス・マザーズデイは、ぐったりとパイプ椅子に身を預けるMr.6に言った。

 

「カーチャンがやっといたから」

 

 Mr.6はその方を見ることすらなく「ああ、ありがとう」と答えた。

 

「じゃあ……さっさと爆破して帰るか」

 

 彼は立ち上がり、パイプ椅子を折りたたもうとした。

 だが、そのパイプ椅子はガシャンと音を立てて『かつてパイプ椅子だったもの』になってしまった。

 

「あーあ、また買わねえと」

 

 それを瓦礫の山に放り投げ、彼は倒れているシャッパに近づく。

 軋む体にむち打ちながら彼を引き起こすと、それを担ぎ上げた。

 

「……なんのマネだ」

 

 自分が担ぎ上げられたことを感じたシャッパは弱々しくそう言った。

 

「知らねえのか? この工場は爆破すんだよ。もうお役御免だからな」

「そうか……じゃが、それとこの状況と何の関係がある?」

「そう粋がるなよ、おれもお前を殺したいほど憎んでねーんだ」

「そうか……」

 

 Mr.6はミス・マザーズデイを見やった、彼女は親指を立てて「カーチャンはいいと思うよ」と微笑む。脇腹と土手っ腹に食らった衝撃は、ビジネスだと割り切っているようだった。

 

 シャッパは目を瞑ろうとしたが、やがて何かを思い出したように呟く。

 

「それなら、この工場の事務所に行ってくれ」

 

 よくわからない提案だった。

 Mr.6は一瞬控えの仲間がいるのかと疑ったが、よく考えたらそんなことをする意味がないことに気づいてますますわからなくなる。

 

「そりゃまた、なんで?」

「行けばわかる」

 

 

 

 

 

 

 外側から鍵のかけられたその扉を蹴破ると、そこには手足を縛られ、口をガムテープで塞がれた少女がもぞもぞと床に這いつくばっていた。

 

「ミス・チューズデイじゃないかい!」

 

 ミス・マザーズデイはすぐさま彼女のもとに走り寄ってガムテープを剥がした。

 途端、その少女、ミス・チューズデイは大きく声を上げながら泣きわめいた。

 

「うわぁぁぁぁ!!! お母さーーーーん!!!」

 

 当然、ミス・マザーズデイとミス・チューズデイは親子ではない。確かにミス・チューズデイのほうが年下ではあるが、その年齢差は姉妹ほどでしか無かった。

 それでも、彼女はミス・マザーズデイを母と慕っていた。

 

「ワシが放り込んだんじゃ」

 

 まだ泣き止まぬミス・チューズデイの代わりに担がれたままのシャッパが言った。

 

「『黙らせろ』と言われたからのう」

 

 ミス・チューズデイを泣き止ませようと抱き寄せるミス・マザーズデイをみやりながら、Mr.6はそれに答える。

 

「あのハゲオヤジがいいたかったのは、そう言うことじゃねえだろう」

「わかっとるわい……じゃが、無抵抗の女を殺すほど堕ちちゃおらん……どう見ても害のあるようには見えんかったしの」

「まあ、たしかに」

 

 ミス・チューズデイは、元々戦闘力を考慮されたエージェントではなく、こまめな気配りと頭脳明晰な部分を評価され『工場長秘書』としての立場のためにエージェントを与えられた存在だった。

 勿論それはエージェント候補生のビリオンズたちからすれば面白くない人事だっただろうが、じゃあ自分が彼女の代わりに工場を切り盛りする責任を負えるのかと言えばそうでもなく、あのMr.10の直属の部下のような存在などまっぴらごめんだと、半ば聖域のように触れられなかったものなのである。

 

「何かひどいことはされなかったかい?」

 

 彼女の拘束を解きながら、ミス・マザーズデイが問うた。同時に担がれたシャッパを睨みつける。

 その返答次第では、今この場でその男を始末するつもりだった。

 ようやく泣き止んだミス・チューズデイは、下手人をMr.6が担いでいることに気づいた。

「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げたが、それがどう考えてもMr.6に倒された跡だということを理解してからは、落ち着きを取り戻したようだった。

 

「痛いことは何もされなかったです。でも、暗くて、怖くて、そのうちすごい音がし始めたから……もう爆破が始まったのかと思って……」

 

 そして彼女はようやく状況を飲み込んだのか、声を一つ大きくしながら問うた。

 

「Mr.10は!?」

「あー……始末した」

 

 Mr.6はどことなく気まずそうに答える。

 同じ秘密犯罪結社に勤めているというのに、どうもミス・チューズデイの前では血なまぐさい話をしづらかった。彼女のあまりにも無力なところがそうさせるのだろう。

 

「そうですか……」と、彼女は俯いた。Mr.10の『ダンスパウダー』横流しを会社に密告したのは彼女だ、彼女はMr.10に忠誠があるわけでも好意を抱いているわけでもなかったが、それでも、自分の行動で人が死んだということに多少のショックを受けているようだった。

 

「仕方ないさ」

 

 ミス・マザーズデイは彼女を抱きしめて言った。

 

「あいつはルールを破ったんだ。それもとびきり悪い方にね。あんたは立派だった、カーチャンは誇りに思うよ」

 

 ミス・チューズデイは最初その抱擁を受け入れていたが、やがてすえた匂いに気がついた。

 体を離して目を凝らせば、薄暗い事務所の中でも、ミス・マザーズデイの体操着が血と何かで濡れていることに気づく。

 

「怪我が……!」

 

 キッ、と、彼女はシャッパを睨みつけた。消去法的に彼しか犯人はいない。Mr.10にそんな事ができるものか。

 

「カーチャンは大丈夫さ、気にしちゃいない。こんな時代だ、良い悪いだけじゃないよ。あんたを殺さなかった男さ、根っからの悪じゃない」

 

 それは、戦うことのないミス・チューズデイにはわからない感覚だろう。

 だが、ミス・マザーズデイの言葉を一旦は飲み込んで、彼女はシャッパを憎む気持ちを薄めた。

 

「……一応、逃してやるつもりだったんだが」

 

 弁明するようにシャッパが呟く。

 

「俺達を潰した後にだろ?」

「まあ、そういうことになるがのう」

「まあいい、恨みっこなしだ」

 

 立てるか? と、Mr.6はミス・チューズデイに問うた。

 頷く彼女に続ける。

 

「とりあえず、船に戻ろう。ようやく爆破にとりかかれる」

 

 

 

 

 

 

 ポツネン島沿岸部。

 工場がよく見えるそこに位置をとった彼らの船は、穏やかな波の揺れを楽しんでいるようだった。

 天気は快晴、風は凪、何かを観察するのにこれ以上優れたロケーションはない。

 

「想像できるか?」

 

 双眼鏡で工場を眺めながら、Mr.6はミス・マザーズデイに言った。

 

「直径五キロを吹き飛ばす爆弾なんてよ」

「カーチャンそんなに見たこと無いよ、五キロだなんて直径に使う単位じゃないもの」

 

 ミス・マザーズデイは呆れたようにそう言ったが、その反応は正しい。

 今回『ダンスパウダー製造工場』を破壊するために使われる爆弾は、北の海(ノースブルー)で製造された最新型。戦争に忙しい北の海らしく、とにかく広範囲に被害を生むために生み出された悪魔のような代物だ。

 そして彼らは、その爆弾がどれほどの被害を生むのかを調査する任務も負っていた。

 

「ロクでもない話だよな」と、Mr.6はため息をつく。

 

「人が人を殺す時代は終わったんだ。アラバスタの連中には同情するね」

 

 何の意味もなく爆破被害の調査などを命じるボスではないことはこの数年でよくわかっていた。そもそも、この工場を跡形もなくするのにわざわざ爆弾を取り寄せる必要など無いのだ。Mr.5を呼んでくればそれで済む話。

 この会社の最終目的がアラバスタ王国の乗っ取りである以上、恐らくその爆弾は、アラバスタのどこかに使われるのだろう。どこかの町の機能停止を狙って。

 

「そろそろかな」

 

 Mr.6は懐中時計をみやりながら言った。船を降りる前に部下にそれを預けておいてよかった。もしそれを身に着けたままだったら今頃ボロボロのグシャグシャになっていただろう。

 

 その時だった。

 

 まずは、ポツネン島にある工場が激しく揺れたのが見えた。

 その次の瞬間には、耳をつんざくような重低音が届き、空気の振動が内臓に響いた。そして、島からは天に突き抜けるようなキノコ雲が生み出されようとしている。

 その次には風だ。爆風と言っていいだろう。焦げた匂いのする強烈なそれがMr.6を、ミス・マザーズデイを、彼らの船を襲った。

 

「帆をたたんでおいて正解だった」

「カーチャンの言うとおりだったろう?」

 

 胸をなでおろしながら言った。それはミス・マザーズデイの『第六感』による進言だった。

 

 やがて爆風も弱まり、ポツネン島から巨大なキノコ雲が生えたのを見届けた時。船室に引きこもっていたミス・チューズデイが飛び出してきて言う。

 

「波に備えてください!」

 

 その言葉に、Mr.6はハッとした。風と地響きだ、次は大波が時間差で襲ってくることは確実だろう。

 

「全員配置につけ! 波に備えろ! ミス・チューズデイに従うんだ!!!」

 

 彼はミス・チューズデイに目配せし、彼女もそれに小さいが頷いた。

 

 秀才ミス・チューズデイは、この難局を無事に乗り越えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ポツネン島。

 そこは、あまりにも見晴らしが良くなっていた。

 

 Mr.6とミス・マザーズデイは、口元にタオルをやりながら周囲を散策していた。まだ巻き上げられた土煙が完全に落ち着いてはいなかった。

 

「信じられるか?」と、Mr.6が言う。

 

「ここに『工場』があったなんてよ」

 

 目の当たりにした北の海の最新技術に、彼らは言葉を失っていた。

 

「『工場』だけじゃないよ」と、ミス・マザーズデイが呟く。

 

「ここには『町』もあったんだよ」

 

 つい最近まで、ここには工場に勤務するミリオンズ達の住居もあったはずなのだ。

 勿論それは簡素なものだった、だが、雨風をしのげ、寒さ熱さからも多少は逃れることが出来たそれらが、もう無い。まるで最初から何もなかったかのように、その殆どが吹き飛んでいた。

 

「もとに戻ったんだな」

 

 Mr.6は、初めてポツネン島に来たときのことを思い出していた。

 何もない、かつての住民たちの生活の僅かな跡が残っただけの島だった。

 そこに『ダンスパウダー』工場を作ったのだ。

 

「これを撃つんだね。アラバスタのどこかに」

 

 ミス・マザーズデイがポツリと呟いた。Mr.6はそれには何も返さない。

 それによる被害は当然予想することができる。だが、それは、理想国家の建設に近づくために必要な犠牲であるはずだ。

 彼らはそこを後にする。

 ボスへの報告書を書かねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

『報告書:Mr.10とポツネン島のダンスパウダー工場、北の海の爆弾に関して』

 

 本日〇〇日、ポツネン島にてダンスパウダー製造工場の破壊を完了しました。

 また、ダンスパウダー横流しを行っていたMr.10の抹殺を完了し、拘束されていたミス・チューズデイを保護しました。ですが我々も激しく負傷してしまったため、少しばかり休養をいただきたいと考えています。

 ダンスパウダー製造を行っていた社員の処遇についてはおまかせしたいと考えているのでご考慮くださいますようお願い申し上げます。

 

 爆破の被害範囲に関してですが、事前情報の通り直径にして五キロ弱を吹き飛ばす能力はあると考えていいと思われます。

 また、建築物に対する威力も申し分なく、中規模程度の町ならば壊滅的な被害を与えることが可能だと考えられます。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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6.ウイスキーピークにて

 Mr.6たちを乗せた船『どこでもライブ号』は、グランドライン序盤の海を『サボテン島』に向けて進んでいた。

 航海は順調だ、秀才ミス・チューズデイのおかげで特に困ることもない。なによりこの何もかも信用できない海において『エターナルポース』はただ唯一と言っていい、信頼できる指針だった。

 

「しっかし、世の中はあれてるねえ」

 

 穏やかな日差しを受ける甲板で、予備のパイプ椅子に体重を預けていたMr.6は、新聞を運ぶカモメ『ニュース・クー』から購入した『世界経済新聞』に目を通していた。

 最近の情勢の影響か値上がりが激しいが、それでも世界の情報を知ることができる。Mr.6はそれを読むことを日課としている。

 

「またヴィラでクーデターかよ」

 

 足を組み替える度に軋むような痛みが彼を襲う。『ポツネン島』を出港してまだ日は浅い。

 ざっと『世経』に目を通した彼は、それについてくる海軍発行の指名手配書を確認する。

 賞金首は増えるばかりだ、自分のような賞金稼ぎが時折狩っているにも関わらずドンドン膨らんでいく。基本的に『世経』に付属しているのは新規の賞金首ばかりだと言うのに、今日も何枚ものそれがついている。二つ折りにされたその束は、下手をすれば『世経』よりも分厚いかもしれなかった。

 

 まず目に入ったのは、手配書一面に気の抜けた笑顔が印刷された海賊だった。Mr.6は思わず鼻を鳴らして笑ってしまった。基本的に険しい表情ばかりが揃う手配書の中でそれは異質。海賊というものは常に険しい表情でいるものだ。

 

「大したタマだな」

 

 その海賊の詳細を確認しようと束を広げようとした時だった。

 

「旦那」と言う声と共に、モンハナシャコの魚人、シャッパが甲板に上がってきた。

 

「おう、体の調子はどうよ?」

「おかげさまで順調じゃ、今なら試合もできそうじゃのう」

「そうかい……」

 

 Mr.6は少し笑いながら呟いた。個人的には、再起不能になってしまうような攻撃をしたつもりだったのだが。数日寝込んだだけで回復されてしまっては言葉も失うというもの。魚人のフィジカルには恐れ入る。

 

「元気なのは良いことだよ。カーチャンはそう思うよ」

 

 同じく甲板に上がってきたミス・マザーズデイが笑いながら言った。彼女はMr.6に比べればシャッパの拳を喰らわなかった方ではあるが、それでもまだ腹部と脇腹には痛みが残り、いつものように大きく笑うと顔をしかめる事がある。

 

「姉御も元気そうで良かった。心配しとったんじゃ、渾身の一撃じゃったからのう」

「女は強いのよ」

 

 大きく笑った後に少し顔をしかめた。

 当然彼らがシャッパから受けた痛みを忘れたわけではない、だが、彼らはシャッパを強く憎んでいるわけではなかった。それは彼がMr.10に雇われた立場だと言うことが関係しているのだろうし、ミス・チューズデイへの対応から、少なくとも人でなしではないことが理解できたからだろう。

 Mr.6も、彼の存在を詳細にボスに伝えているわけではなかった。

 

「それでだ」と、Mr.6は新聞を脇にはさみながらシャッパに言う。

 

「申し訳ないが、このまま生まれ故郷に送り返すってわけにはいかないんだ。裏切り者に金で雇われた身であることはわかっているけど、あの工場のことや我々について知られたのだから、放っておくわけにはいかない。その点に関しては、運が悪かったと思って諦めてくれ。泣いても喚いても、もう俺達は運命共同体だ」

 

 それは、シャッパに対する気遣いだった。

 Mr.6はシャッパを殺したくはない、彼はひとでなしではないし、戦力としては十分だ。

 だが、それ故に、まだ表の世界に戻ることができる魚人でもある。成り行きとは言え、このような形で秘密犯罪結社に関わってしまったことは不運。

 Mr.6はそれに同情的だった。

 

 だが、シャッパはそれに首を振りながら答える。

 

「今更堅気の世界には戻れりゃせんわ。スポーツで生きていくには時代が悪すぎる。パンチが早いことが尊敬される時代じゃないんじゃ」

 

 彼は寂しそうにそう言った。彼の境遇というものが、時代というものが、容易に想像できる言葉だった。

 

「カーチャン、あんたの気持ちわかるよ」と、ミス・マザーズデイが彼の肩を叩く。

 

「大変だったんだねえ」

 

 ミス・マザーズデイもまた、時代に翻弄された人間の一人だったのだろう。

 

「旦那が許してくれるならついていく気じゃ、行くアテもないし、金も貰いそこねたからのう」

「そりゃ悪かったね」

 

 Mr.6は苦笑いしながらそれに答えた。貰いそこねた金とは、自分たちを倒すことで貰える報酬のことだろう。

 

「それじゃあ進路を変えるのはやめよう。このまま『サボテン島』に向かう」

 

 

 

 

 

 

 サボテン島、ウイスキーピークはやはり彼ら『どこでもライブ号』を歓迎はしなかった。

 降り立った彼等を出迎えたのは町長であるMr.8だった。

 

「すまねえな、タダ飯喰らいだ」

 

 Mr.6のペアは、休息の場所として度々ウイスキーピークを利用していた。それはグランドラインの入り口である程度穏やかな気候と海流を持つこともあったし、もしもの際に追加戦力として海賊討伐に尽力できるという利点もある。

 何より、愛しのミス・ウェンズデーがいることが彼にとっては最も大きな理由だった。

 

「がまわっ……マー、マー、マー。構わないさ、大した歓迎は出来ないが、しっかりと休んでいってくれ」

「今日は誰がいる?」

「私とミス・マンデーだ、Mr.9とミス・ウェンズデーは食料の買い出しに行っている」

「なんだそりゃ残念だなあ。勿論ミス・マンデーも心優しい女の子で僕は好きだけどね」

「部屋で休んでおけ、ミス・ウェンズデーが戻り次第向かわせよう」

「そりゃどうも。体を痛めてなきゃ最高にロックな提案だったんだがな」

 

 Mr.8は眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

「……あんたそれ、一体何をどうされたの?」

 

 ミス・マザーズデイが晒した上半身を目の当たりにして、筋骨隆々のシスター、ミス・マンデーは恐る恐る問うた。

 同じくそれを見たはずのミス・チューズデイは思わず目をそらしている。基本的に非戦闘員である彼女には刺激が強すぎた。

 脇腹に一つ、腹部に一つ、大きく青黒いアザがそれぞれあった。どす黒いそれは、彼女の白い肌に強烈に浮き上がっている。

 

「見りゃわかるだろう? こことここに一発づつパンチを貰ったんだよ」

「まだ痛みますか?」

 

 声を震わせながら問うミス・チューズデイに彼女は笑いながら答える。

 

「そりゃ痛いよ。だけど、喰らったときほどじゃない。我慢できるさ、まーほら、カーチャン強いから」

 

 コロコロと笑ったが、やがて毛布を羽織りながら続ける。

 

「でも、やっぱり痛いね、女はあまりお腹を冷やしちゃいけないんだけど、困ったもんだねえ」

 

 

 

 

 

 

 サボテン島、ウイスキーピークの入り江。何故か数多くの住民たちがそこに待機し、何かを待っている。その先頭には、彼らのリーダーであるMr.8とMr.6。

 その時、水面が少しだけ揺れたかと思うと、一本のロープを持った魚人が現れた。モンハナシャコの魚人、シャッパである。

 

「早いな」

 

 Mr.6は思わず感心してそう言った。彼が海に潜ってから一時間ほどしか経っていない。

 

「シャコじゃからの、人魚ほどじゃないが多少は泳げる」

 

 けろりとそう言ってのけた彼はロープを住民の一人に渡した。

 

「括り付けてある。悪いが引っ張る力は残っとらん、あとはそっちでやってくれ」

 

 彼のバロックワークス初めての仕事は、ウイスキーピークの食料調達だった。

 とはいっても与えられた任務ではない、食料がないと聞いた彼が「じゃあ海からとってくるわ」と勝手に飛び込んだのである。

 

「何が取れたんだ?」

 

 住民たちがロープを引き始めるのをみやりながら、Mr.8がシャッパに問うた。新たに加入したMr.6の部下を、彼は物珍しくも思っていた。

 

「サメじゃ」と、彼は答える。

 

「大型じゃ、三百キロはあるじゃろう」

 

 その言葉が嘘や誇張ではないであろうことは、それを引くのに四苦八苦する住民たちの姿からよくわかった。

 

「よくもまあ、そんなのに向かっていけるな」

「サメは骨が少ないからの、ボディで一発じゃ。そのくせ向かってくるから狩りもやりやすいんじゃ、旦那ほどしつこくないしのお」

 

 戦ったのが陸でよかった。と、Mr.6は胸をなでおろす。

 

「おい! あんたらも手伝ってくれよ!」

「旦那は病み上がりじゃ! 自分らの食いもんぐらい自分らであげんか!」

 

 結局、住民の数がその倍にならなければサメは上がらなかった。

 

「助かった」

 

 Mr.8はシャッパに礼を言う。

 

「これで多少はマシになるんかの?」

「まあ、でもこの町の住民は数が多いから本当に多少マシになる程度だろうな」

「なんちゅう町じゃ……」

「そりゃ住民全員が賞金稼ぎだからな、食い詰めものに食い物作れというのが無理な話さ」

 

 Mr.8がシャッパをみやりながら言う。

 

「私達としては、君がこの町に残ってくれるとありがたいんだが……」

「そりゃ無理じゃ、ワシは旦那についていく」

「いい部下だろ?」

 

 シャッパが照れくさそうに笑うのを見ながら「そういえば」と、Mr.6が呟く。

 

「クジラなんて良いんじゃないか?」

「クジラ?」

「双子岬にバカでかいクジラがいただろう? あの肉を手に入れることができれば当分は持つぞ」

「ああ、なるほど」

 

 Mr.8はそれに頷いた。グランドラインの入り口、双子岬にレッドラインへの挑戦を続ける巨大なクジラがいることは、まるでそれが武勇伝のように語る賞金首から何度も聞いた話だった。

 

「直接見たことはないが、噂に聞く巨大さならばたしかに当分持つだろう」

「ボスには俺が伝えておくよ……それとも、あんたからのほうが良いか?」

「いや、君に任せよう。何から何まですまないな」

「まあ良いってことよ。仕事仲間だからな」

 

 その言葉に、Mr.8がほんの僅か一瞬だけ表情を歪ませたことにMr.6は気づいた。

 だがそれは、このビジネスに仲間意識を持ち込むことの幼稚さのようなものに対する戸惑いだろうと彼は思った。

 だが、それでいいと思う。

 そのような考えの持ち主でなければ、このゴロツキの町を治めることなんて出来ないだろう。

 

 

 

 

 

「入っていいかしら?」

「ああ、どうぞ」

 

 ミス・ウェンズデーがMr.6に貸し出された部屋を訪れたのは、日が落ちてだいぶ経ってからだった。

 あいも変わらず扇情的な衣装を身にまとう彼女に、Mr.6は笑いかけた。

 

「食料の買い出しはうまく行ったのかい?」

「あんまりね……最近は食料も値が上がってる」

 

 彼女は勧められるままに、椅子に座る。

 テーブルの上にあるのは、新聞と酒の瓶、そして、月明かりとともにこの部屋を照らすランタンのみだった。

 

「最近おもしろい海賊が現れたらしいんだが、興味あるかい?」

 

 彼がテーブルに放り投げた手配書は、ちょうど酒瓶の影になってミス・ウェンズデーからはよく見えなかった。ただ、3といくつかの0が確認できただけだ。

 彼女はそれに首を振る。

 

「いえ、それよりも、あなたもミス・マザーズデイもひどい怪我だと聞いているわ。一体何があったの?」

「なんてことはないさ、『ダンスパウダー工場』のMr.10が裏切っていた。それを始末するのに手こずっただけだよ」

「裏切っていた?」

「ああ、あの野郎『ダンスパウダー』の横流しで利益を得ていたのさ」

 

 ミス・ウェンズデーはそれに目を見開いて言葉を失った。

 Mr.6はその反応をMr.10の裏切り行動に対するものだと感じて続ける。

 

「そうだろう、ありえない話だ。しかもあいつは工場破棄の命令に背いてそのまま『ダンスパウダー』を作り続けようとしていたんだ。だが、幸いにもミス・チューズデイの告発で明るみになった。だからボスは俺達にMr.10の抹殺任務を出し、俺達はそれを全うした。ボスもおれも、裏切りは許さない。この稼業は舐められたら終わりだからな」

 

 飲むか? と、彼はミス・ウェンズデーにグラスを差し出したが、彼女は首を振ってそれを拒否。

 仕方なく自らのグラスを傾けた彼に彼女は問う。

 

「工場破棄の理由は?」

 

 質問攻めに戸惑いながら答える。

 

「根掘り葉掘りだな……単純な話で、もうアラバスタ煽動のためのダンスパウダーは十分に生産できたのさ。ボスは優秀な男だ、それを海軍に追われでもしたら一気に計画は破綻するからな」

 

 ミス・ウェンズデーはしばらく黙り込んだ。何が引っかかっているのかMr.6にはよくわからない。

 

 やがて、彼女はMr.6を見やって言った。

 

「ねえ、わたしあなたのことで聞きたいことがあるの」

「へえ、それはつまりおれに興味があるってことかな? ミス・ウェンズデー」

「まあ、そういうことになるわね」

「嬉しいね、ようやく思いが伝わってきたようだ。本来ならそれは『詮索』にあたる社則違反だが、その中身によっては答えてもいい」

 

 彼女はテーブルに肘をついて問う。

 

「あなたって、なんでこの会社に入ったの?」

 

 今度はMr.6が黙りこくる番だった。ランタンが浮かび上がらせる彼女の大きな瞳をじっと見つめる。

 ミス・ウェンズデーは更に続けた。

 

「ずっと不思議だった。私達と違って、あなたには生きていくのに十分な『表の顔』がある。そんな怪我までしてこの会社に忠誠を誓う意味が、私にはわからないの」

 

 それは少しでも彼の『表の顔』を知っていれば浮かぶ疑問だった。

 彼の場合『賞金稼ぎがロックンローラーに』なったわけではない、その逆で『ロックンローラーが賞金稼ぎに』なったのである。それも、ロックンローラーとして十分稼ぎ、名を売り、崇拝される存在であるにも関わらずだ。

 

「君はどうしてだい?」と、グラスに酒を注ぎながらMr.6が問う。

 彼女はすんなりとそれに答えた。

 

「特に理由なんてないわ。生きたいように生きてきたらこうなっただけ。この会社の人間って、全員そうでしょ?」

「君らしくないな、それは偏見だよミス・ウェンズデー、勿論君のような存在もいるにはいるだろうが、殆どの人間は生きたいように生きられないからここに来てるのだとおれは思うよ。君のようなタイプは幸せだよ」

 

 彼女がそれに反論をしてこないことをしっかりと確認し、グラスを傾けてから続ける。

 

「君は、完璧な国を見たことがあるかい?」

 

 それは、不意な質問だった。おおよそ賞金稼ぎの集団であるバロックワークスに所属する人間がするとは思えない質問。

 だが、ミス・ウェンズデーはそれを不思議には思わなかった。その突飛な質問こそが、Mr.6の本質なのだろう。

 

「あるわ」

 

 彼女は濁りなく言った

 笑みもなく、意地の悪い目線もなかった。きっと彼女は本心からそれを言っているのだろう。

 

「珍しいな」と、Mr.6は少し驚きながら言った。

 

「ぜひとも知りたい。どんな国だい?」

「それは……言えない」

「そうか、残念だが、それぞれだからな」

 

 目を離さないミス・ウェンズデーを見据えながら、彼は続ける。

 

「俺は無い」

 

 一拍置いて続ける。

 

「生まれた国も、育った国も、訪れた国も。どこもそうではなかった。支配者は強欲な馬鹿で、民衆は愚かなアホ、大抵の国はそんなもんさ」

 

 彼は今までのことを思い出していた。彼は行く先々でそのようなものを見続けてきた。民衆を笑う支配者も見た、支配者を憎み火炙りに上げる民衆も見た。そして、そのどちらもが、彼の歌を求めた。

 

「駆け出しの頃は、そんな国を救えると思ってた。俺の歌にはそんな力があると信じて疑っていなかった。だが、駄目なんだなこれが……歌じゃ国は救えない……いや、歌は人も救えないんだ。その一瞬だけ、まるで自分が幸せであるように思わせることはできるかもしれないが、そんなのは一日や二日……俺が島を出りゃまた不幸せな日常に逆戻りさ。歌は時代を変えられない、それに気づいたころにゃあもう、おれは歌しか無い男になっていたのさ」

 

「わかるだろう?」と、続ける。

 

「だからおれは『完璧な国』を作りたい。だからこの会社の理念に賛成してる」

 

 ミス・ウェンズデーは、彼の言葉に気の利いた相槌を打てなかった。

 その考え方がメチャクチャなものであることは理解できる。だが、それを否定する言葉が浮かばない。当然だ『完璧』を否定することなど出来ない。

 そもそも、否定などできるものか。

 ミス・ウェンズデーもまたバロックワークスであるのだから、それを否定することは、不自然なこととなる。

 

「もう夜も遅い」

 

 Mr.6は酒瓶に蓋をするようにグラスを重ねて言った。

 

「最後に、俺の願いを聞いてもらえるかな?」

「内容によるわ」

 

 彼はランタンの位置を調整しながら言った。

 

「一度でいいから、君が髪を下ろした姿を見てみたい」

 

 その目線は、長髪を後ろでまとめた彼女のポニーテールに向けられていた。

 

 ミス・ウェンズデーは一瞬それに怯んだように見えた。だが、一つ息を吐いてから答える。

 

「それくらいなら、いいわよ」

 

 彼女は立ち上がった。

 

 それに驚くMr.6をよそに、彼女は髪留めに手をかける。

 

 まとめられたそれが重力に落ち、ロングヘアとなって彼女を彩る。

 

「いいね」と、Mr.6が言った。

 

「髪を下ろすと品が出る。母親に感謝するんだな。俺はまとめていたほうが好きだけどね」

 

「もう、いいかしら?」

 

 Mr.6はミス・ウェンズデーに差し出していたグラスを伏せながら言った。

 

「ああ、いいとも。おやすみ、ミス・マザーズデイじゃないけど、暖かくして寝るんだよ」

 

「ありがとう」と、一つ呟いてから部屋をあとにする彼女の背中を見つめながら。彼は小さく言った。

 

「生きたいように生きている割には、まだまだ子供じゃないか」

 

 

 

 

 

 

『報告書:ウイスキーピークの食糧事情に対する提案について』

 

 ご配慮により、我々二人共体調を回復し、アラバスタでの任務に十分間に合わせることができると思われます。

 また、食糧不足が深刻なウイスキーピークですが、双子岬の巨大クジラを狩り当面の食料としてはどうかという提案が提出されましたので、ご一考の元、その許可をいただけると幸いです。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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7.最大の任務、そして最大の収穫 ①

 グランドライン前半。砂漠の国アラバスタ。

 

 その国で起きている騒動など欠片も感じさせることのない『夢の町』レインベース。そこでは全国から集った彼のファン達が、彼を中心とした熱狂を共有していることに酔いしれていた。

 

 その中心であるロックンローラー、ニーサン・ガロックは、ただでさえ暑いその国の、いくつものライトで照らされるステージ上で、汗を振り乱しながら歌っていた。

 しかし、その熱さに音を上げることはない。暑いのは観客も同じだ、そりゃ多少はステージのほうが暑いかもしれないが、そんなことでいちいち泣き言を漏らしていいはずが無い。その暑さを作り上げているのは自分自身だとすら思わなければならない、太陽が水を欲するか?

 

 ロックンローラーとは言うが、彼は何でも歌う。ロックは勿論、バラードだって、アカペラだって、民謡だって、歌う。歌詞だって何でも語る。反体制の歌も歌えば、王族の優雅な生活を称える歌も歌う。軍人の歌も歌えば、貴婦人の歌も歌う。貧民の歌だって歌える。

 一つのジャンルが、一つの思想が、必ずしも世界のすべての人間を満足させるわけではないことを、彼は知っていた。だから彼は、手の届くすべての歌を歌いたかった。

 

『オーケイ、ありがとう!』

 

 汗に濡れた髪をふりながら彼は叫んだ。それは電伝虫を通して広場全体に伝わり、彼の感謝に観客たちが酔いしれる。

 

『お前らが来てくれて嬉しいよ。お前ら周り見てみろ、見たこと無い奴らでいっぱいだろうが』

 

 彼が言ったとおり、様々な立場の人間がそこにいた。国王軍の人間もいれば、反乱軍の人間もいるだろう。高いチケットを買った富豪も、なぜかゆるゆるの警備の目を盗んで忍び込んだ貧民もいるだろう。

 

『この国に起きていること、おれはしってるぜ! だがな、今日は忘れろ! 今日だけは忘れろ!』

 

『お前ら、つまらないこと考えんなよ! お前ら全員仲間なんだ! お前ら全員国民なんだ! 王は誰かって? 俺に決まってんだろうが!!!』

 

 馬鹿みたいな台詞だ、いまどきそんな事、五歳の子供だって言わない。

 だが、観客たちはそれに歓声を送った。

 彼らは、崇拝しているガロックがそのような事を叫ぶことを期待していた。誰もが言いたくとも恥ずかしくて言えないことを代弁する誰かを彼らは求めていた。

 

『そうだ! ここでなら俺は誰よりも偉いんだ! 誰よりも強いんだ!』

 

 それは、自らにそう言い聞かせるような言葉だった。

 

『おい! クロコダイル!!!』

 

 彼はレインベースを縄張りにする英雄の名を呼んだ。

 

『その気があるならよ、ステージに上ってこいよ! 酒でもおごってやるぜ!』

 

 その呼びかけに、観客たちは大歓声を持って彼の名を呼んだ、クロコダイル、クロコダイル、クロコダイル。

 

 ギターの調整をしながら、ニーサンは時がすぎるのを持った。

 それは、彼のライブのお約束だった。彼自身のカリスマを引き上げるためのハッタリだ。

 こようがこまいがどうでもいい、そのどちらになっても、彼のカリスマは観客たちを喜ばせる。

 唯一、絶対にやってはならないことをしない限りは。

 

 その時。

 

 ライブ会場を風が吹き抜けた。

 集まった者たちはその涼しさに喜んだ。それは、ステージ上のニーサンも同じ。

 だが、その風に僅かながら砂が混じっていることに気づいた時、観客たちのボルテージは最高潮に達した。

 

 ニーサンもそれに気づいた。だが、それにすぐさま反応してはならない。

 彼はゆったりと、もったいぶりながら、振り返るように目線を向ける。

 顔面を横断する傷跡、左手の義手のフック、分厚いロングコート。その先にいたのは、王下七武海の一人、クロコダイルだった。

 

 ただただ幸せな観客は、彼ら二人に歓声を送っていた。そりゃそうだ、ロックンローラーと英雄が同じステージにいるのだ。食い合わせが悪いはずがない。

 

 黄金色のフックを撫でながら、彼はニーサンに対して含みある笑みを見せていた。

 何をしてくれるのだ、と言いたげだった。

 

 あー、来たか。と、ニーサンは思っていた。

 そりゃそうだ、来るだろう。だって自分が呼んだのだ。

 だが、本当に来るかね。

 

『よく来たな英雄さんよお!!!』

 

 本心とは真逆のことを、臆面もなく叫んだ。

 

『大した歓迎は出来ないけどよお! 一緒に酒でも飲もうや』

 

 ニーサンだって百戦錬磨のロックンローラーだ。このような状況に慣れていないわけではない。流石に呼んだ相手が王下七武海だったことはないが。

 ステージに上ってきた権力者相手に、ロックンローラーが最もやってはいけないことはなにか。

 

 それは、恐怖することだ。

 腕力に、権力に、財力に恐怖してはならない。それは、観客が求めているものではない。

 世界で一番の強者でなければならない、たとえ腕力がなくとも権力がなくとも財力がなくとも、ステージの上では世界一の強者でなければ、観客に、そして、自分に示しがつかない。

 

 彼はメンバーから手渡された二本の瓶の片方を彼に投げかけた。必要以上に固く蓋をされたそれは、美しい弧を描きながらクロコダイルの手に収まる。

 栓をされていることはクロコダイルにとって予想外のことだった。もし自分と酒を飲むことが目的ならば、それを締めておく必要がない。

 

「気が利いてねえなあ……」

 

 そう呟く彼のもとに、ニーサンはつかつかと歩み寄った、そして、彼は右腕を振り上げる。

 

 次の瞬間、ガラスがステージに飛び散る甲高い音。

 何が起きたのかと、観客たちは困惑した。

 

 クロコダイルの右腕が酒で濡れていた。

 割れた瓶から飛び散った酒が、彼の腕を濡らしていた。

 ニーサンは、クロコダイルの持つ瓶に自らが持つ瓶を激しくぶつけて、それを叩き割ったのだ。

 そして彼は、激しく割れたその瓶を高く掲げ、降りしきる酒を受け入れるように口を開いていた。

 そのパフォーマンスに、観客たちは再び大きく湧いた。

 

 酒を掲げるその手が僅かに震えていることに気づいているのは、ニーサン本人だけだろう。

 

 不敬だ。

 明らかな不敬。

 相手は王下七武海、このステージ上に置いて、生殺与奪権は明らかに向う側にある。その気になれば、自分を八つ裂きにすることなどわけもないことだろう、そして、王下七武海にはそれができる権利がある。

 

 当然、それは出来ないだろう。

 この場において、その不敬への怒りに身を任せれば、強さの代わりに尊厳を失うことになる。

 膨らみすぎた権力が、彼に人前で怒る自由を奪っている。それをニーサンは知っている。

 

 しかし、もしクロコダイルがその怒りに身を任せるような愚か者だったら?

 それでも、引いてはならない。

 媚びてはならない、命乞いしてはならない、反撃すらもしてはならない。

 ステージの上で、王のまま死ぬのだ。

 死ねば伝説だ、儲けものだ。そう思わなければやってられない。

 

 酒を降らし終わったニーサンは、それを投げ捨てながらクロコダイルを見る。

 彼はまだ酒の流れるそれを持ったままだった。

 

「クハハハハ」

 

 クロコダイルはそれを手のひらに乗せ、ニーサンに見せつけるように差し出した。

 観客たちは、今度は少し静かになってそれを眺めている、アラバスタの英雄がニーサンに対してどのような意表返しをするのだろうか。

 そして、それは起こった。

 

 酒が溢れ始めた。ドンドンと溢れる。見る限り、瓶にヒビなど入っていないのに。

 やがて、キラキラ輝くものがクロコダイルの周りを舞い始める。

 それが砂のように細かくなったガラスであることに皆が気づいた頃には、彼の手のひらにあるガラス瓶は崩れ去ろうとしていた。

 

 自然(ロギア)系悪魔の実『スナスナの実』の能力だ。彼の右手はすべての水分を吸収し、その気になれば触れるものすべてを砂に変えることができる。

 その能力を知っている観客たちすら、その光景に息を呑んだ。

 

「どこの酒かは知らねえが」

 

 我が物顔でステージを闊歩しながら、クロコダイルはニーサンに言う。

 

「悪くはなかったぜ」

 

 そしてニーサンの耳元でささやく。

 

「励め、震えているのが客にバレるぜ」

 

 その言葉に反応するかのように。ニーサンは勢いよく振り返った。

 

 そして、クロコダイルに右手を差し出す。

 差し出した、彼の右手に、身を。

 

「クハハハハ」

 

 笑いながら、クロコダイルはその手を取った。

 

 観客たちはそれに大歓声で答えた。二人の英雄が分かりあった瞬間だった。

 

 さすがは王下七武海だ。

 その歓声を浴びながらステージを降りるクロコダイルの背を眺めながら、ニーサンは思う。

 あれ程の力があれば、全てが手に入るだろう。

 

 

 

 

 

 太陽が落ち始めていた。

 少しだけ涼しくなった会場に、昼間とは違う涼しい風が吹く。

 砂漠の夜は寒い。

 

『お前ら最高だ、よくついてきたな』

 

 声を振り絞りながら、ニーサンが言った。

 観客はまだ熱気を持ってそれに答える。

 だが、もう時間だ。

 十分すぎるほどに時間を取った。

 この最大の任務は、確実に成功に終わるだろう。

 

『次が最後の曲だ』

 

 その言葉を悲鳴のように否定する歓声が上がった。

 だが、彼はそれを撤回しない。

 

『まさかこのおれが根負けするとは思わなかったよ。アラバスタってのはすげえ国だな! おれは驚いたよ! こんなに『完璧な国』おれは見たことがねえ!!!』

 

 心にもない言葉だったが、それでも観客は歓声を上げる。

 

『雨は降るよ!!!』

 

 ニーサンが続ける。

 

『雨は降るさ! 絶対に降る! おれが降らせてやるよ! お前ら楽しみにしとけ!』

 

 一体となっていた。

 ニーサンも、観客も一体となる。

 素晴らしい光景だ。

 立場も性別も貧富も関係ない。すべてが一体となったときだった。

 

 誰が疑うだろう。

 国王軍の男が、反乱軍の男が、商人の男が、ならず者の男が、笑い合い、語り合うことを誰が疑うだろう。

 このアラバスタで、そのような光景を見ることができるのは、今このときしか無い。

 これがすぎれば、彼らはまた散り散りになる、笑い合えば、語り合えば、疑われるだろう。

 ニーサンが生み出す熱狂は、この国を蝕む毒が交わることを巧妙に隠している。

 バロックワークスのビリオンズが、それぞれの立場を利用して得た情報を伝えあってるという事実に、誰がどうやって気づくことができるだろうか。

 バロックワークスは、混沌をさらなる混沌で覆い隠した。

 そのようなことができるのは、ニーサン・ガロックしかいないだろう。この会社のボスだって、このような状況は作れない。

 

『お前ら隣のやつと肩組め! 仲良くしろよ! 一緒に歌えよ!』

 

 この混沌が終わる時、さらなる混沌がアラバスタを襲うだろう。

 その始まりが彼だったと、誰が思うだろうか。

 ニーサン・ガロックが見せた笑みを、誰が疑うだろうか。

 

『ビンクスの酒ェ!!!』

 

 

 

 

 

 

「アラバスタに雨は降らねえ、絶対にだ」

 

 降りしきる雨を浴びながら、Mr.6は呟いた。

 雨に濡れるのは不快だ。だが、気分が悪いわけではない。歴史ある一つの大国が、喉から手が出るほどに欲しいそれを全身に浴びることなんて、そうは出来ない。

 

 サンディ(アイランド)北沿岸部。

 バロックワークス社所有の人工降雨船『フール号』は、岩陰に身を隠しながらも、バナナワニを象った船首はどこか誇らしげであった。

『ダンスパウダー』雨を降らせる魔法の粉、『本来降らないはずであった雨を降らせる』それは、逆を返せば『本来降るはずであった雨を降らせない』ことと同じ。

 バロックワークスはこの近辺で定期的に『ダンスパウダー』を放出することによって、アラバスタ王国から雨を奪っていた。

 

「何が不満なんだい?」

 

 彼の横で同じく雨を浴びていたミス・マザーズデイが言った。白の体操着が肌に張り付き、もはや意味をなしてはいない。

 

「不満?」

「不満なんでしょ?」

「どうしてそう思う? 『第六感』か?」

 

 はあ、と、彼女はため息を付いた。

 

「カーチャン、何年あんたと一緒にいると思うんだい? 分かるよ、そのくらい」

「そうか」

 

 顔を擦りながらMr.6は苦い表情を見せる。諜報員として、表情を読まれるのはあまり好ましいことではない。

 

「今この船にはカーチャン達以外いないんだ。何でも言ってみるがいいさ」

「馬鹿言え、不満なんか口にできるか」

「そうかい? じゃあカーチャンから言っちゃおうかねえ」

 

 その言葉にMr.6が驚くよりも先に、彼女が続ける。

 

「ビリオンズの奴ら、誰もあんたの歌を聞いちゃいなかったよ。せっかくいい歌だったのにねえ。センスがない奴らってカーチャン嫌いだよ」

「……まあ、仕方のないことだ。そういう任務だ、ビリオンズだって悪気があったわけじゃないだろう……多分な」

「それに、ナノハナに船を突っ込ませるのは勿体ないよ。あそこにはいい香水がいっぱいあるんだ。カーチャン今もつけてるんだよ」

「いや今は意味ないだろ」

「気持ちなんだよこういうもんは」

「そうか……」

 

 Mr.6はしばらく黙り込んだが、やがて自らもそれを口にする。

 

「いいライブだった」

 

 彼女が何も言わぬことを確認してから続ける。

 

「いい観客だった。久しぶりに、喉が枯れるかと思ったよ」

 

 彼は俯いた。雨粒が頬を伝うのを感じてから続ける。

 

「だが、国は救えない。明日になれば、また反乱軍と国王軍は対立し、民衆はそれに怯える。いや、おそらくは今日にもそうなっているだろう」

「しかたないさ、カーチャン達がそういう風に仕向けてる」

「そうだ……そして、おれの歌は俺達の策略を越えやしない」

「そうだろうね」

 

 なあ、と言って続ける。

 

「お前の不満は、この国を諦めるほどのものか?」

「そんなこと、あるわけ無いだろう。いくらカーチャンでもそのくらいは分かるよ」

「そうだ、おれもそうだ。おれの歌が国を救わないとしても、俺がこの国を諦める理由にはならない。むしろその逆だ、おれの歌に国を救える力があったら、おれはこの国なんていらない」

 

 更に一拍置いてから続けた。

 

「お前は、この国を手に入れたら何をしたい?」

 

 唐突な質問だった。実利主義現実主義であるはずのこの会社で理想を語る質問だ。

 だが、ミス・マザーズデイはすぐさまにそれに答えた。

 

「バレーボールチームを作りたいね」

「いいじゃないか」

「そうだね、チームを三つ作るんだ」

「二つじゃないのか?」

「そうだよ、そうすればバレーボールを観ることだって出来るだろ? カーチャン、バレーボールを観るのも好きなんだよ」

 

 彼女は更に続ける。

 

「そうしたら、代表チームを作って国ごとに試合をするんだ。最初のうちはどの国も敵わないだろうから、カーチャンがコーチになって教える。戦争なんて忘れるくらい、バレーボールを楽しませたいね」

「いいじゃないか」

「あんたはどうなんだい?」

 

 半ば礼儀であるように、彼女がMr.6に問う。

 

 彼はしばらく考えてからそれに答えた。

 

「町だな、町が欲しい」

「町?」

「そうだ、幸せな町を作りたい。幸せな国を作るのは諦めた」

 

 小さく笑いながら言う彼に、強くなってきた雨脚が襲いかかってきた。

 肌寒さを感じた。それを作ったのは自分であるのに。




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7.最大の任務、そして最大の収穫 ②

 アラバスタ王国、首都アルバーナ。

 その東ブロックに存在する王立図書館に、Mr.6とミス・チューズデイは訪れていた。

 

「ほぉ~」

 

 Mr.6は思わずそう漏らしてしまう。

 二階建てにして、相当の広さを持ったそれには、所狭しと、それでいて丁寧に本が並べられていた。

 壮観だ、まだそのどれにも手を付けていないというのに、それらが自分を拒絶しているような感覚すら覚える。

 

「ここまでのものは初めて見たな」

「図書館というものはその国の歴史を表します。この国の八百年の歴史を体現する素晴らしい図書館と言えるでしょうね」

 

 メガネを掛けながらミス・チューズデイが何故か誇らしげに言った。相変わらず血の匂いのないエージェントに、Mr.6はため息を付いた。

 

「そう言っていただけると我々も仕事をしている甲斐があるというものです」

 

 中年の男は満面の笑みを見せながらそう言った。彼はこの図書館の司書長、実質的なこの図書館の責任者だった。

 

「こんなときに悪いね」

 

 Mr.6が誰もいない内部をぐるりと見回しながら言った。国王軍と反乱軍がピリついている現状から考えて、図書館をゆっくりと使用などというものはないのだろう。

 

「いえいえ、我々としても一人でも多くの人にここを活用してもらえればと思っています。あのニーサン・ガロックがここを利用したいと聞いたときには心底驚きましたが、聡明なお嬢様ですなあ」

「姪な、姪」

 

 当然、Mr.6とミス・チューズデイに親戚関係はない。

 

「勉強熱心でな、文字を読むのが好きなんだ」

 

 それに関してはまじりっ気のない真実だ。

 秀才ミス・チューズデイは、新しい知識を受け入れることに抵抗を示さないタイプの女だった。

 そして彼女は、それを娯楽として捉えることが出来る。

 彼らの来館は、会社の任務とは全く関係のないものだった。ただただミス・チューズデイの趣味に、Mr.6が付き合っているのだった。

 

「何を調べますかな?」

 

 司書長の質問に、ミス・チューズデイはニッコリと笑いながら答えた。

 

「この国の歴史について知りたいです。難しい時代を、彼らがどのように乗り越えたのか知りたいんです」

 

 思わず吹き出してしまいそうになるのをMr.6はこらえた。

 馬鹿げている。これから亡くなる国の歴史を知ってどうなるというのか。

 だが、それを口には出さない、それを言って、ミス・チューズデイを現実に叩き落としたくはない、そういう不思議な魅力のある少女だった。

 

 Mr.6とは対象的に、司書長は再び満面の笑みを作りながら言った。

 

「それならここよりも素晴らしいところはないでしょう。時間が惜しい、早速案内します。普段は閲覧できない資料もありますが、私がそばにいるときに限りそれを見てもよろしいですよ」

 

 彼からすれば、自分たちが守っている歴史に興味を持たれることが嬉しくてたまらないのだろう。

 

「ありがとうございます!」と頭を下げながら、彼女は司書長の後に続いた。彼女は楽しげにMr.6に目配せする。恐らく彼がいなかったら、ここまでの特別扱いはされなかっただろう。

 Mr.6は渋々とそれの後に続いた。

 

 

 

 

 

 古く色あせ触れれば崩れそうなそのページを慎重に捲りながら、司書長はミス・チューズデイに言った。

 

「この書物は今より千年前に存在していた商人が編纂されたものと言われています」

 

 それにミス・チューズデイは目を輝かせ、Mr.6は「へぇ」とそれを覗き込む。意味はないとわかってはいるが、いざそれを目の前に出されれば興味も湧くというものだ。

 

「何が書いてあるんです?」

「主にアラバスタ、もしくはサンディ島に関する歴史と伝承ですね」

「歴史なら別にあるんじゃないのか?」

「ええそのとおり、ですがそれに対して当時の国民の動向や感情を書いたものはこれしかないのですよ、基本的にオアシス文化であるアラバスタでは首都以外では歴史を残す文化があまりなかったと考えられています」

「へえ」

「まだすべての解析作業が終了しているわけではありませんが。この書物によって、当時のサンディ島の状況と、マムディンが実在していた人物だということが証明されたのです」

「オルテアの英雄、マムディンですね!」

 

 小声ながらに叫ぶという器用な技術を披露するミス・チューズデイに軽く引きながら「誰?」とMr.6。

 

「アラバスタ王国滅亡の危機を救った英雄ですよ!」と、ミス・チューズデイが言った。

「アラバスタ王国最初で最後の外敵を撃退したんです!」

 

 この女ついうっかり口を滑らせねえだろうな、とMr.6は焦る。今まさにこの国は外敵に打ち負かされようとしているのに。

 

「そのとおり!」と、司書長も小声で叫んだ。

 

「この時期のアラバスタが外敵からの攻撃を受けていたことはわかっていたんですが。その詳細もわからず、劇的にそれを撃退したと言われるマムディンも後世の伝説なのではないかと言われていたのです。しかし、この書物で彼について言及されていること、その証言が伝説とほとんど合致することから。その伝説が史実だったことが明らかになったのです」

 

「それはどんな話なんだ?」と、Mr.6が問うた。

 すこし、心に引っかかるところがあった。自分が外敵だという自覚があったからかもしれない。彼はその伝説に恐怖する側の人間だった。

 

 ミス・チューズデイは身を乗り出して司書長の言葉を待つ。

 そして司書長も嬉しげにそれを語った。

 

「ある時『西からの民』と呼ばれる人間たちがアラバスタ王国を襲ったのです。彼らは見たことのない体術と兵器を使い国土を侵略していきました。そしてついに首都を包囲されたときに現れたのが、マムディン率いる精鋭部隊だったのです」

 

 大事そうにその書物を片付けてから続ける。

 

「彼らはとてつもない力で『西からの民』を蹴散らしました。この資料によればその戦力差は百倍ほどであったと言われています……まあこのような書物でも数字が誇張されることはよくあることなので実際のところはわかりませんが、少なくとも不利であったことは間違いないでしょう」

「しかし、それなら伝説にはならないだろう。少数精鋭が侵略者に勝利する展開はままある」

「そのとおり、ここからがすごいのです。圧倒的な力で侵略者に勝利した彼らは、民衆の喜びを受けるより先に全員死に絶えたと言われております」

「相打ちか?」

「いえ、そうではないのです。彼らは一時的に力を手にする代わりにその生命を差し出す『豪水』を口にしたと言われています」

「豪水?」

「ええ、アラバスタ王国にはそのようなものがあると言われてきました」

 

 少し待ってください、と、彼は席をたった。

 Mr.6がそれについての考えをまとめるよりも先に、彼は資料を持って戻ってくる。

 

「これを見てください」

 

 彼が差し出したのは抽象的な絵の書かれたページだった。

 

「これはアルバーナ近くの遺跡から見つかった壁画の写しですが……このように腕に特徴的なアザが現れている戦士たちが豪水を口にしていたのだと考えられています」

 

 彼らがそれを覗き込むと、たしかにその抽象的な絵でも、腕にアザがあることが確認できる。

 

「その『豪水』ってのは、今でもあるものなのか?」

 

 なるべく動揺を悟られぬように、Mr.6はそう問うた。

 

「いえ、それはわかりません」と、司書長が手をふる。

「たしかにこの時代にはあったと考えられますが、そもそもが秘術扱いですしね」

 

 目を輝かせ続けるミス・チューズデイを尻目に、ふーん、と、Mr.6は顎をさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉御、どうしたんじゃ?」

 

 アラバスタ王国、首都アルバーナ。王宮前広場でミス・マザーズデイの買い物に付き合っていたシャッパは、突然彼女が立ち止まったので驚いた。

 彼女の目線の先には、アルバーナでも最も高い時計台があった。そのふもとでは数人の男がたむろし、何やら険悪な雰囲気であった。

 

「先帰っときな」

 

 手持ちの荷持をシャッパに押し付け、ミス・マザーズデイは時計台に向かった。

 

「カーチャン、ちょっと用ができたから」

 

 

 

 

 

「あんなに目立つ場所で言い合いなんてするんじゃないよ!」

 

 時計台内部に続く階段を登りながら、ミス・マザーズデイはその後に続くビリオンズ達に言った。

 

「仕方ねえだろうが、どの階段登っても時計台の中に入れなかったんだからよ!」

 

 そのリーダー格であろう男がミス・マザーズデイの背に向かって悪態をついた。真っ赤なシャツには『完熟』の文字がかかれ、特徴的な緑の帽子をかぶっている。

 

「素人じゃあるまいし冷静に対処しな! 今はただでさえ国がピリ付いてるんだ、僅かでもボロを出せばすぐに見つかるんだよ!」

 

 彼女の言葉に、リーダー格の男は舌打ちで答えた。ビリオンズと言えば実力的にはフロンティアエージェントと同等と言われている、彼がMr.6とそのペアに一方的になじられることに不満を覚えるのは、身の程知らずではあるが理解できないものではなかった。

 彼女もその不服を理解はしているし、それを咎め実力の差を見せつけることは出来るだろう。だが、今ここで騒ぎを起こすわけにはいかない、ここはアルバーナ、会社の陰謀を探る国王軍の本拠地、下手な騒ぎを起こせば計画そのものがパーになってしまう。

 

 時計台内部屋上階、巨大な文字盤の裏側に到着した彼女が見たのは、ランタンに照らされる巨大な大砲だった。

 

「こりゃあなんだい」

 

 彼女はその巨大さに思わず圧倒された。普通の砲丸がまるで弾丸のようにすら見えてしまうであろう発射口は、彼女のこれまでの記憶にないほど巨大だ。

 砲身そのものは短い、いや、それでも一般的な大砲よりかは長く砲身を取っているのだろうが、発射口の巨大さとバランスが悪く、それが短いように見えてしまうのだ。

 

北の海(ノースブルー)製の最新型だ、何もかもがでけえ」

 

 何故かリーダー格の男が得意げに言った。

 だが、ミス・マザーズデイはむしろそれが好都合だと思った。

 

「照準は、どこに向けられているの?」

 

 彼女の意図を理解しないまま、やはり得意げに男が答えた。

 

「さあ、そこまでは知らねえな」

「この計画の責任者は?」

「Mr.7ペアだ、全く楽な仕事だよ、大砲ぶっ放すだけでいいんだからな」

 

 

 

 

 妙な違和感がある。

 

 時計台内部の階段を一人で下りながら、ミス・マザーズデイは考えていた。

 計画そのものに大した不満はない。Mr.7ペアは狙撃に関しては有能なペアでこの計画には向いている。少なくともペラペラと得意げに計画を喋りながら、それでいて砲撃を舐め腐るビリオンズに比べれば雲泥の差だ。

 

 恐らくはリーダー格の男だろう、背後から感じる不穏な空気にスキを見せぬように気を張りながら彼女は外に出る。

 

 彼らが知らぬ情報を、彼女は知っている。

 恐らくあの大砲が打ち出そうとしているモノは、ポツネン島の『ダンスパウダー工場』をなかった事にしたあの爆弾。

 

 Mr.7ペアほどではないが、一人で『砲撃』を行うことが出来る彼女は、それに関して多少は詳しい。

 発射するであろう砲弾の巨大さと、あの砲身の長さから考えれば、遠距離の砲撃は不可能だ。

 

 背後から感じる不穏な空気を感じなくなった彼女は、そのまま王宮前広場に向かって歩いた。

 

 恐らく狙いはそこだ。

 あの時計台から最も効果的に破壊を行うならば、王宮前広場を狙うのが最も効果的。

 首都アルバーナに向かってきた反乱軍を国王軍が迎え撃つ、多少の誤差はあるだろうが、その主戦場が王宮前広場となるであろうことは容易に想像できる。

 そこにあれ程の破壊能力を持つ砲弾を打ち込めば、そのどちらも無事ではすまないだろう。

 

 そして、持ち得る武力の殆どを失ったアラバスタ王国は、実質的な無政府状態に陥る。そうなれば、王下七武海の動向にさえ気をはっていれば乗っ取りは可能だろう。

 

 そこで、彼女の中にある違和感が首をもたげた。

 

「どう考えても、おかしいねえ……」

 

 王宮前広場を狙い撃つのに、あの爆弾は『威力が高すぎる』

 最も、徹底的な破壊を考えるならば威力は高ければ高いほどいいだろう。

 だが、あの威力の爆弾で王宮前広場を狙えば。

 

 行き交う人々が増えてきた。目的地が近い。

 彼女は振り返って時計台を眺めた。悠々と時刻を確認することが出来る。

 

「近い……」と、思わず彼女は呟いた。

 

 そう、近すぎる。

 ポツネン島で使った爆弾を使うのならば、王宮前広場から時計台までの距離は、明らかに近すぎる。

 

 その砲撃が成功したとしても、時計台は無事では済まない、確実にその爆発に巻き込まれ、狙撃手は死ぬ。

 否、砲撃が成功しなくてもいい、この距離ならば、時計台でその爆弾が爆発するだけで首都アルバーナは王宮を残して壊滅する。

 

 そして、恐らくMr.7ペアはそのことを知らない。

 

 いやいや、と、ミス・マザーズデイは頭を振った。

 そもそもこの砲撃にあの爆弾を使うというのがただの予測に過ぎない。

 あまり深く考えすぎてはいけない。

 

 だが、誰かもう一人にこの違和感について話すべきだ、と、彼女は思った。




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7.最大の任務、そして最大の収穫 ③

 アラバスタ王国、港町ナノハナ。

 そのメイン通りに店を構える国内一の写真屋にて、ロックンローラー、ニーサン・ガロックは求められるがままにポーズを決めていた。

 ギターにマイクにと小道具を手渡され、その度にそれらは彼を最もよく見せる道具にされていた。

 ナノハナで最も力を持つ香水商人は、男性向けの香水広告に彼の写真を使うことを希望していた。

 理由は簡単だ、そのほうが女性の目に多く止まるから。それはつまり、男の目にとまることも同義だ。

 聞いたところによると、海軍の手配書のようなレイアウトになるらしかった。何の因果かと、それを知った時彼は面白くてたまらなかった。

 

 

「お疲れさまでした」

 

 初老の写真屋がただでさえ低い頭を更に低くしながら言った。

 

「いや、こちらこそありがとう。大変だっただろうに」

 

 それは、ニーサンが写真屋に対して思っている本心だった。

 そりゃ自分も多少はつらいが、一番つらいのは事あるごとにピントを合わせるために黒布の中に身を隠して写真を取らねばならない写真屋の方だ。それもこのクソ暑いアラバスタで。

 それでも納得の行く構図が出来上がるまで申し訳無さそうに何度も写真を取るのだから大したプロだ。

 

「いいえいいんですよ。あなたのような有名人を撮ることが出来るなんて人生でそう何度もあることじゃない……いい経験をさせてもらいました」

「そんな大層なもんじゃないですよ」

「いえいえ……私の孫娘もあなたがアラバスタに来るとわかった日からずっと楽しみにしてました。それだけであなたの凄さは分かる……私があなたの写真を撮っているのだと知ったら。きっと私を殴ってでもここに来たでしょうね」

「呼べばよかったのに」

「仕事の邪魔になりますよ、お互いのね」

 

 少しほほえみながらそういった写真屋に、ニーサンはひどく感心した。

 そして彼は、小道具の一つであったギターを手に取る。それは本物のギターであったが、彼が普段から触っているものに比べればおもちゃのようなものだ。

 更に彼はジャケットの内ポケットから金属の装飾がきらびやかなペンを取り出した。彼は基本ポケットには何も入れない主義だったが、そのペンだけは別。

 彼はそのペン先をギターの上に走らせた。

 もう何千回と書いたそのサインをやはりきっちりと書いたそれを、彼はそのまま写真屋に差し出した。

 

「これ、よければお孫さんにどうぞ」

 

 写真屋は一瞬それに戸惑うように固まったが、やがてそれの意味するところを知って、一つ感嘆の声を漏らしながら答える。

 

「よろしいのですか……こんな、こんなに素晴らしいものを」

「大したものじゃない、おもちゃにおれの落書きが書いてあるだけです。祖父の威厳というものをお孫さんに見せてあげてくださいな」

 

 感激してそれを手に取ろうとした写真屋を制して続ける。

 

「そうだ。写真を撮っておきましょう。ただし、この特別扱いは秘密ですよ、ファン全員にこんなサービスをしていたら、インクが海のようにあっても足りないでしょうからね」

 

 彼は背景布の前でそのギターを持ったポーズを決める。

 写真屋は何度も礼の言葉を放ちながらそれをカメラに収めた。

 

 

 

 

「今まで撮ったモノで、いちばん有名なのは誰だったんです?」

 

 機材を片付ける写真屋に向かってニーサンが問うた。自分だけが早く片付けを終えてしまって暇を持て余していた。

 

「勿論、おれ抜きでね」

 

 写真屋は大事そうにカメラを片付けながら答える。

 

「そうですね……現国王のコブラ様でしょうな」

「へえ、国王を」

「ええ、毎年、民衆との友好祭を写真に収めるのが私の最も大きな仕事でした……三年ほど前から友好祭そのものが開かれなくなってしまいましたが」

 

 ニーサンはその言葉に少しだけ感情が反応しそうになった。だがエージェントとして心を律しながら続きを求めるように微笑みながら問う。

 

「まあ、仕方ない話だとは思うな」

「……若いバカどもにはあの方の偉大さがわからないんですよ。たとえ何年もの間雨がふらなかったとしても、それは王の責任ではない。それをわからぬばかりか、しまいには王がダンスパウダーを使っていたなどと……」

 

 ああ、失礼。と、写真屋はハッとしたように頭を下げた。外海の客人相手に自国の政治についての愚痴をこぼすなど、いい大人としてやってはならないことだった。

 

「いや、かまわねえよ」と、ニーサンは神妙な顔つきで答えた。やはりこの国におけるコブラ王の影響力は軽視しないほうがいいだろう。

「それであんたの気が晴れるなら、好きに言えばいい。幸か不幸か、おれはこの国の人間じゃねえしな」

 

 それの言葉に勇気づけられたのかどうかはわからないが、写真屋はもう一つ続けた。

 

「……昔は王と王妃の写真や肖像画がもっと町中にあったんですよ。今じゃ全部はがされちまった」

 

「そういえば」と、ニーサンは写真屋に問うた。

 

「王妃の姿を見たことがないな」

「ああ、知らないのも無理はないですよ。王妃のティティ様はもう随分前に亡くなられたんです」

「……そりゃあ悪いことを聞いちまったな」

「いえ……一番つらいのはコブラ様でしょう。最愛の人でしたからね」

 

 湿っぽい話だった。

 二人はしばらく沈黙を続けていたが。やがてニーサンが切り出す。

 

「子供はいるんだろう?」

「ええ、王女様が一人」

「そりゃいい。母親似か? 父親似か?」

「あの優しい笑顔はティティ様のもので間違いありません……ですがそれも随分見ていませんな」

「そりゃあ、どうして」

「二年ほど前から、ぱったりと我々の前に姿を見せなくなったのです」

 

 ん? とMr.6は首をひねった。

 この国に起こる大抵の不幸は、バロックワークスの手によるものだ。

 だが、王女の失踪は彼の知る限り、会社の任務であった記憶がない。勿論Mr.4ペアのようなスペシャリストが人知れず行った可能性は否定することが出来ないが、そもそもそんなことをする利点がこの会社にはなさそうだった。

 

「病気か?」

 

 会社による誘拐以外で考えられることと言えばそのくらいしか無かった。

 

「さあ、我々にはわからないことです……しかし医者にかかったという噂も聞きませんし、反乱軍などは国外に逃亡したといっております」

 

 ありえない話ではない。王族というものは尻に火がつかぬうちから国を捨てることもある。

 

「王女様の写真はないのか?」

 

 ニーサンは何気なくそう言った。特にそれになにかの目的があるわけではない。ただなんとなく、そうなんとなく気になったからそういった。いわゆる『第六感』というものだろう。

 

「おれは国を回るからさ、気が向いたら探してやるよ」

 

 それも何気ない提案だ。あまりにも現実的ではない。ニーサンがどれだけ国を回ろうと、亡命したたった一人の少女を見つけられるとは思えない。

 

「ええ、ありますよ」と、写真屋は言った。

 彼もまた、ニーサンが王女を見つけてくれるだなんて思ってはいないだろう。だが、それを頑なに拒否する必要もない。

 

 彼は少しだけ席を外し、一枚の写真を片手に戻ってきた。

 

「これです。二年ほど前の写真ですから、今ではもっとお綺麗になっていると思うのですが……」

 

 ふーん、と、彼は特に期待することもなくそれを手にとった。王族というものは、しかもそれが王権に好意的なものから見れば、大抵容姿に下駄を履かせられるものだ。

 ここまでいい関係を構築したのだ。最後まで笑顔で終わるには、その写真がどのようなものでもそれを褒めちぎらなければならない。

 

 彼はそれを手にとった、そして、何の気無しにそれを見る。

 

 ひと目見て、好みだなと思った。本当に美人じゃないか。そして、髪を後ろでまとめればもっといいのに、と思った。

 

 事の大きさを彼が理解したのは、その次の瞬間だった。

 

 こみ上げる悲鳴を堪えることが出来たのは、ひとえに彼が優秀で経験あるプロの工作員であったおかげだろう。普通の人間ならば、すぐさまに悲鳴と驚きで我を失う。

 

 その写真に映されているはずの『王女』は、ウイスキーピークにて賞金稼ぎを生業にしているフロンティアエージェント、ミス・ウェンズデーに瓜二つだったのだ。

 いや、瓜二つだというレベルではない。つい先日、髪を下ろした彼女を見たニーサンは確信できる。

 ここに映っているのは、ミス・ウェンズデーだ。ということは、ミス・ウェンズデーは、アラバスタ王国の王女だ。

 

「これ」と、一旦言って、彼は心の震えが落ち着くのを待った。

 まだ完全に冷静になることは出来ていない。これは夢なのかとすら思う。

 

「貰うことは出来ないかな?」

 

「ええ、構いませんよ」と、写真屋は微笑んで言った。かれはニーサンのその要求を、急に少なくなった言葉を、とてもポジティブに受け取っている。

 

「とても美しいでしょう?」

 

 期待のこもった写真屋の問いに、ニーサンは全身全霊を込めて作り上げた微笑みで返した。

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国の港町ナノハナに停泊中の『どこでもライブ』号。

 船員の中でも本当に限られた数人しか入ることの許されていないMr.6の寝室を、「カーチャンだよ」と、ミス・マザーズデイがノックした。

 

「入ってくれ」

 

 その返事を待ってから彼女は戸を開いた。

 きらびやかな表の顔を持っているとは到底思えないほど、彼の寝室は質素で物のない場所だった。

 

 丸テーブルに置かれたランタンのみが、彼の表情を照らしている。少なくとも笑顔ではないその表情で何を考えているのか、付き合いの長い彼女でもわからない。

 

「悪いな」と、椅子に座ったミス・マザーズデイに向かって彼はそう言った。

 

「一つ、相談したいことがあった」

 

 その相談は、ニーサン・ガロックとしてのものではないだろう。彼が彼女に音楽のことを質問することなどこれまで一度もなかった。大方任務かミス・ウェンズデーについてだろう。

 

「かまやしないよ」と、彼女は答えた。

「カーチャンも相談したいことがあったんだ」

「それなら、先に言ってくれ。俺の相談は後にしたい」

 

 いまいち真意の掴めないその提案に首をひねりながらも、彼女はその言葉どおりに言った。

 

「ビリオンズがね、アルバーナの時計台に大砲を設置していたんだ」

 

 そこで言葉を切った彼女に、Mr.6はへえ、と小さく返事をした。

 そして少しだけ考えてから答える。

 

「会社の指示か?」

「そう言ってたね」

「……狙いは何だ?」

「バカでかい大砲だったよ。カーチャンが思うに、王宮前広場を狙うことになる」

「ああ、それならいいじゃないか。あそこに撃ち込めば効率的にーー」

 

 そこまで言って、Mr.6は途端に背筋を凍らせた。

 ミス・マザーズデイが行き着いた『違和感』に、彼も気づいたのだ。

 直径五キロを吹き飛ばすことの出来る時限爆弾を会社が試用したこと、国王軍と反乱軍を王宮前広場に誘い込んでからそれを撃ち込めば、実質的な無政府状態を作り出すことが出来ること。

 

 そして、それをすれば、時計台も無事ではないこと。

 

 それだけではない、少し時間を置いてから、彼はあの爆弾の威力であるならば、たとえ爆心地が時計台であっても、王宮前広場には十分すぎるダメージを負わせる事ができることにも気がついた。

 

 顔を右手で擦りながらMr.6はしばらく考え、そして問うた。

 

「責任者は誰だ?」

「Mr.7ペアだと聞いている」

 

 Mr.7ペア。

 馬鹿みたいに前衛的なファッション感覚を持つペアではあるが、狙撃手としてはこれ以上ないほどに有能だ。狙撃の精密さに於いてはミス・マザーズデイを凌駕するだろう。

 

「会ったか?」

「いいや」

「……そうか」

 

 彼は頭を抱えた。

 いっそのこと、会って爆弾の威力を伝えたと言ってくれたほうが気が楽だったが。優秀なエージェントであるミス・マザーズデイがそんなことをするわけもない。

 

「どうするべきだと思う? カーチャンわからないよ」

 

 そんなの、Mr.6にだって分かるわけがない。

 彼らの想像がすべてあたっているならば、Mr.7ペアは死ぬ。

 だが、それを伝え彼らを安全にしてしまえば、国王軍と反乱軍が死なない。

 しばらく考え、Mr.6は顔を上げる。

 

「……その砲撃にあの爆弾が使われると言うのは、あくまでもおれ達の『第六感』に過ぎない」

 

 ミス・マザーズデイがそれに反論をしないことを確認してから続ける。

 

「Mr.7ペアならばそんな大雑把なことをしなくても王宮前広場を効率的に狙撃する術を持っている……ボスもそれは理解しているはずだ。だから、おれ達が妙な正義感から計画をかき回す必要は……無いだろう」

 

 ミス・マザーズデイはその言葉にも沈黙していた。肯定はないが、否定もない。自分たちが持っている不信感を共有しつつも、彼の言い分にも十分な理があることを理解していた。

 

 

 

「じゃあ」と、しばらく続いていた彼らの沈黙を遮るようにミス・マザーズデイが言った。

 

「あんたの相談ってのは、何だい?」

 

 彼女は微笑んですらいた。無理もないだろう、彼女はMr.6の相談事が自分の持っていた不信感を越えることはないだろうと確信していた。任務についてか、ミス・ウェンズデーについてか、そのどちらか。

 まさかそのどちらもであろうなどとは想像だにしていない。

 

 Mr.6は悪い考えを払拭するかのように頭を振ってから、ポケットからその写真を取り出した。

 

「これを見てくれ」

 

 テーブルに置かれたそれを、ミス・マザーズデイは引き寄せて目を凝らした。そして笑う。

 

「随分と可愛いじゃないか。髪を下ろしてるなんて珍しい。カーチャンはこっちのほうが好きかな、上品な感じがするねえ」

 

 まるで自分が知っている誰かがその写真に写っているかのように言った。

 

「それ、誰だと思う」

「誰って、ミス・ウェンズデーだろう?」

「そうだな、おれもそう思う」

「どこで手に入れたんだいこんな写真」

 

 彼女は声を跳ね上げていた、浮いた話に夢中になって嫌なことを忘れようとしていた。

 

「どこだと思う?」

「そんなのわかりゃしないよ。あるとすればウイスキーピークかねえ」

「外れだ。正解はアラバスタ」

「アラバスタ? あのペアがアラバスタに派遣されたことなんてあったかねえ? まあ、この写真があるということはそうなんだろう……だけど注意が足りないねえ、いい写真だけどもっとエージェントとしての緊張感を持ってもらわないと。カーチャンだって写真は全部断ってるんだよ」

 

 笑えるが、笑えない話だった。『ミス・ウェンズデーは』アラバスタには行っていないだろう、行っていないはずだ。行けるはずがない。

 

「その写真、誰だと思う? 誰だということで手渡された写真だと思う?」

「だから、ミス・ウェンズデーだろ?」

「そうだな、おれもそう思う。今でもそう思うよ」

 

 一拍置いてから続ける。

 

「それに映っているのは、アラバスタ王国王女、ネフェルタリ・ビビだそうだ」

 

 風もないのにランタンの火が揺れ、彼らの顔を歪めるように影が動く。

 

 ミス・マザーズデイは目を見開いて沈黙していた。彼女は顔への熱さを省みることなくランタンに顔を近づけ、その写真をもう一度よく、よおく、穴が空くほどに見つめる。

 

 そして、結論を出した。

 

「悪い冗談だよ」

 

 彼女は今度は写真から離れるように椅子に背もたれて続ける。

 

「もうすこし上手い嘘をつきなよ。カーチャンセンス無いやつは嫌いなんだよ」

 

 想像通りの反応に戸惑うことなくMr.6が答えた。

 

「年齢は合う」

「若い女なんかいくらでもいる」

「王女は二年前から不在だそうだ」

「亡命でもしたんだろうよ」

「そうだな、おれもそうであることを願っている」

 

 今度はMr.6が背もたれる。

 

「ロクでもない嘘だと信じたいのはおれの方だよ……だが、アラバスタの写真屋が『アラバスタ王女の写真』だと言って出したのがそれだ。疑う余地がない」

 

 ミス・マザーズデイが額に手を当てる。

 

「理屈に合わないよ……一体それに何の意味があるというんだい」

「それはおれにもわからん……わからんと言うより。そんな事があるわけがないという気持ちのほうが強い」

「あんた、これを報告するつもりかい?」

 

 Mr.6は再び黙り込んだ。しかし、ミス・マザーズデイはそれをフォローするようなことは言ってはくれない。

 やがてたっぷりと悩んでから彼が言う。

 

「言わないわけにはいかないだろうが……もしこの写真が真実で、ミス・ウェンズデーがアラバスタ王女だったとすれば、この会社はどうなる? すべてがひっくり返りかねん」

「……あんたそれで納得できるのかい?」

 

 ミス・マザーズデイはもう一度写真を覗き込みながら問う。

 

「確かに似てる、ああ似てるさ。だが、この世には同じような顔のやつが三人はいるというし、そもそも美人ってのはえてして似てくるもんさ。大体常識で考えてみなよ、天下の世界政府加盟国の王女様が、一体何の狙いがあってこの会社に入るんだい? スパイ活動かい? そんな馬鹿な話があるか、スパイをするならもっとマシな人材をよこすだろうよ。大体、ただの王女様がウイスキーピークで生き残れるかね」

 

 Mr.6が何も返さないのを確認してから続ける。

 

「こんなことが会社の耳に入れば、必ずミス・ウェンズデーを暗殺する話になる。もし自分達にその任務が回ってきたとして、あんた、そんな不確かな情報を根拠に、あの可愛いミス・ウェンズデーを殺せるのかい? 無理だよ、カーチャンには無理さ」

「わかっているさ! そんな事わかっている……だが、ここで動きを間違えれば、これまでの計画が全てパーだ。これまでくぐってきた死線が全てパーだ」

 

 頭をかいてからMr.6が続ける。

 

「おれだってどうすればいいかわからねェよ……だが、これを握りつぶすわけにもいかねェ」

 

 彼は棚から報告書を取り出しながら続ける。

 

「会社の判断を仰ごう、それとなくエージェントの素性を洗うように提案し、その結果会社がミス・ウェンズデーの……暗殺を決めたのならば、覚悟を決めよう」

 

 ミス・マザーズデイはペンを握るMr.6の右手をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

『報告書:アラバスタ王国での任務遂行の報告といくつかの提案について』

 

 アラバスタ王国、レインベースでの『ライブ』は無事成功に終える事ができました。各組織の潜入スパイの情報交換は成功し、計画決行の日にも問題なく行動することが出来ると考えられます。

 

 また、王下七武海のクロコダイルに関してですが、腕が酒に濡れた後には身体の砂化を見せませんでした。体が湿ることが能力発動に不利に働いている可能性を感じました。しかし、それでも右手による水分吸収能力は問題なく発動できると考えられ、やはりアラバスタ乗っ取りにおいて最も警戒すべき人物であることには変わりがないと考えられます。

 

 また、アラバスタの歴史上に『豪水』と呼ばれる『命と引換えに圧倒的な力を手にすることのできる水』が存在していることを確認しました。服用すると腕にアザが現れるということまでは文献により確認することが出来ましたが、まだそれが存在しているという確実な情報はありません。が、念の為に知識として持っていただきたく思い報告します。

 

 また、アルバーナで活動しているビリオンズに多少の粗さを確認したので指導の程よろしくおねがい申しあげます。

 

 最後に一点、計画も終盤に近づき、大事な時期を迎えようとしていることを感じています。故にもう一度フロンティアエージェントを含むエージェントたちの素性調査を行い安全を確認していただけると、社員皆安心して任務につくことが出来ると考えられます。本来ならば必要のないことではありますが、ご考慮いただけると幸いです。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




豪水の存在をクロコダイルが知ることで、ツメゲリ部隊が敗北した原因がチャカのせいではなくなったので、この作品でやりたかったことの8割は回収できました
彼らあまりにもかわいそすぎるので



感想、評価、批評お気軽にどうぞ

特にワンピース二次は初めての試みなので評価とアドバイスを頂けると幸いです


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8.裏切り

 穏やかな航路を、Mr.6ペアの乗る『どこでもライブ号』が進んでいた。

 目的地は、グランドライン前半のある島にある港町『ルネス』。

 その町はグランドラインでも有数の『武器商人街』。グランドラインを訪れたばかりの海賊たちに良質の武器を提供することを生業とする者たちが集まっていた。

 何も生み出さず、略奪と虐殺の限りを尽くすばかりの海賊を相手に利益を生む肝の据わった商人の町だったが、同時に『死の商人』とも呼ばれ、周りの国からの評判は芳しくない。だが、唸るほどの利益はそれを黙らせるほどの力を持ってもいた。

 

「……妙だな」

 

 甲板でパイプ椅子に座りながら双眼鏡を覗き込んでいたMr.6が首をひねりながら言った。

 

「海軍だ」

「なんだって」

 

 彼の横につけていたミス・マザーズデイが声を上げる。

 

「おかしいじゃないかい。あの町は海軍を締め出してるはずだろう? カーチャン知ってるよ」

「そのはずなんだがな……」

 

 ルネスはその業務形態上、海軍による治安維持介入に否定的な町だった。故に彼ら商人は近隣の海軍支部に賄賂を贈り、その介入を防いでいる。海軍の介入などなくとも、この町を生かしておくほうがいいと判断する海賊のほうが多く、治安は維持されていた。

 

「どうするんだい?」

「どうするんだいも何も、向かわないわけにはいかないだろう。支部が心配だし、どっちみち武器を購入する必要はある」

 

 ルネスの『自己治安』は、バロックワークスにとってもいい隠れ蓑だった。

 アラバスタで燻る火種を激しく燃え上がる火柱にするには、何よりも武器という着火剤が必要だった。いまアラバスタで流れている血は、そのほとんどすべてがこの町が原因であると言っても過言ではない。

 

「『第六感』ではどう思う?」

「カーチャンは大丈夫だと思うね」

 

 彼女の『第六感』はよく当たる。

 

「おれも同意見だ。なに心配するな、今からルネスに向かうのはニーサン・ガロックだからな。やましいことは何一つない。ただ、武器を買うのにめんどくさい手続きを取っ払いたいだけさ。海軍に拘束されるほどのことじゃない」

 

 航路を変えるなよ! と、Mr.6は叫んだ。

 それに帰ってくる返事は、少なく小さい。

 今この船に乗っているのは、付き合いの長いほんの僅かな乗組員と、シャッパ、ミス・チューズデー。そしてMr.6ペアのみ。

 人員を極限まで削減し、ミリオンズの殆どをアラバスタに移動させた。全ては作戦成功のためだった。

 

 

 

 

 

 

「待ってください!」

 

 港に降り立ったMr.6を呼び止めたのは、意外にも若い女海兵だった。好みの顔だったが、それなりに名がありそうな刀を差している。まあまあの立場らしく、その後ろには制服をかっちりと着込んだ海兵が続く。

 

「何かな?」と、Mr.6は何でもないようにそれに答えた。

 

「現在この町は海軍の取り調べ下にあります! 申し訳ありませんが身分を確認させていただきます!」

「ああ、いいよ。まずは君の名前から教えてもらおうかな」

 

 笑いながらそう言った彼に、彼女は不満そうだった。

 

「海軍本部曹長、たしぎです。失礼ですが、これは真面目な話なんです」

 

 曹長、という肩書にMr.6は心構えた。複数の部下を抱えていることからしたっぱということはないと思っていたが、女にしてこの若さで曹長という立場、肩書以上の強さがあると睨むべきだ。

 

「それはすまなかったね。おれの身分だが……ニーサン・ガロックだと言えばいいのかな?」

 

 その名に、彼女の部下らしき海兵達はどよめいた。彼を見たときからまさかとは思っていたが、まさか本当にそうであるとは思っていなかったのである。

 だが、たしぎはそれにかけらの動揺も見せなかった。

 流石にその若さで曹長を任されるだけのことはある、とMr.6が感心したのもつかの間。部下の一人が「有名なロックンローラーですよ、ローグタウンでもライブを行ったことがあります」と耳打ちすると、途端に驚きの表情となった。

 

「何なら歌おうか?」

「い、いえ。有名な方とは知らず、失礼なことを」

「いやいや、なんてことはないんだ。こういう事が起こる度に、デビュー当時のように謙虚な気持ちを思い出すことが出来る。それに、海軍が知名度で人を選別することなんてあってはならないからね」

 

 たしぎはMr.6の言葉に少しホッとした様子だった。

 だが、そこは腐っても海軍本部曹長、知名度で差別することなく職務をまっとうする。

 

「この島にはどのような要件で?」

「武器の買い付けにね、違法じゃないだろう?」

「はい……できれば海軍の承認を得た武器商人から買っていただきたいところなんですが……」

「それは悪かったね……だけどここで買うほうが諸々の手間を省けるのも事実なんだ……多少申し訳ないとは思ってるよ」

 

 複雑そうな表情をしたたしぎが言った。

 

「申し訳ありませんが。今この町の武器の中には盗品や違法な武器もあるので、出港の際には検品をさせていただきます」

「構わないよ……盗品を掴まされてもおれが捕まるわけじゃないだろう?」

「その点はご安心ください」

「ならよかった」

 

 手を振って彼らから離れようとするMr.6に、たしぎがもう一つ声をかける。

 

「あの、よろしければ護衛をおつけしましょうか?」

「いや、その必要はない」

 

 彼は船に向かって「シャッパ!」と叫んだ。

 するとカラフルなマーブル模様のタンクトップに身を包んだシャコの魚人が船から飛び降りる。

 海兵達はその魚人の鍛え上げられた二の腕を見てたじろぐ。

 

「見ての通り、ボディーガードを雇っているんでね」

「それならよかったです」

「お気遣いどうも」

 

 彼は再びたしぎに背を向けようとしたが、思い出したように振り返って問うた。

 ローグタウンという単語から、一つ引っかかることがあったのだ。

 

「ところで、君たちの責任者は?」

「はい、海軍本部大佐、スモーカーです!」

 

 なるほど、と、彼はたしぎらに背を向けた。額から流れ落ちる汗を気づかれぬように。

 

「そりゃ頼もしいね」

 

 白猟のスモーカー。

 東の海(イーストブルー)のローグタウンに置いて、着任以来ただ一人の海賊すら出港させなかった凄腕として有名だった。

 

 

 

 

 

 

「人が入ってきそうになったら……ボディに一撃でも入れとけ」

「わかった」

 

 シャッパを見張り番にたて、Mr.6は裏路地に足を踏み入れた。

 その中で手前から三番目、その裏路地で唯一使われているであろう小さな小さな飲み屋の扉を開く。

 そこは、ルネスにおけるバロックワークスの『支部』だった。

 

 その部屋の隅っこで小さくなっていた少女が声を上げるより先に両手を振り、その後に人差し指を口元に近づけたMr.6は、なるべく足音を立てぬように近づき、小声で言った。

 

「あまり大声を出すな、今この町は海兵まみれだ」

「そんなんあーしが一番良くわかってるし!」

 

 小声で叫ぶという器用なことをしながら、その少女はMr.6を睨みあげる。

 彼女はミス・サーズデー、Mr.11のペアであるフロンティアエージェントだった。

 Mr.6が来たことで安心したのか、やや短めの刀を抱えた彼女はすっくと立ち上がった。

 

「何があった?」

「あーしもよくわからないし。今朝急に海軍が来て『盗まれた武器を摘発する』つって好き放題やりだして超あせったし。この町海軍こないってみんな言ってたじゃん! マジ嘘だし!」

「Mr.11はどうした?」

「あいつはなんか勝手に海軍に向かっていって勝手に捕まったし……マジ使えないっしょ」

 

 それにはMr.6も首をひねった。Mr.11は新任であまり付き合いのあるエージェントではなかったが、海軍に向かっていくなどエージェントとしてはありえない愚行だ。

 

「『任務』はどうなった?」

「それは問題なし。今頃アラバスタに向かってるし」

 

 その報告に、Mr.6は一先ず胸をなでおろした。

 ルネスに拠点を置くMr.11ペアの任務は、アラバスタに武器を送ることだった。

 そして、その最後の任務は『巨大武器商船をアラバスタ付近に誘い込む』ことだった。Mr.6もその任務には一枚噛んでいたのでそれは知っている。

 

「でももう無理だし! あーしも海軍に捕まっちゃうし!」

「……まさかとは思うが。お前海軍に逆らっちゃいないよな」

「ありえないし! あーしはMr.11がやられてからずっとここに隠れてたし!」

「その刀も盗品じゃねえな?」

「これは生まれたときからあーしんだし!」

 

 ミス・サーズデーはその刀を引き寄せながら言った。

 よし、と頷いてからMr.6が言う。

 

「それならなんとかなる。いいか、おれの言うことをよく聞くんだぞ」

「ここから逃げられるなら何でもするし……でも大丈夫なん? なんか海軍の中にエグい強さのやついたんですけど」

「ああ、そのことを言おうとしていた。いいか、お前が喧嘩っ早いのは知っている。だが、これから何があっても海軍相手に刀は抜くなよ。相手は海軍本部大佐『白猟のスモーカー』だ、自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』の能力者だ。俺達が束になっても勝てる相手じゃねえ」

 

 

 

 

 

 港にてMr.6を出迎えたたしぎは、彼が少女の肩を抱いているのを見て困惑の表情を見せた。少女はセーラー服に短いスカート、肌を褐色に焼いていた。

 

「やあどうも」

 

 緊張からおどおどと何も言わぬ少女を肩に抱いたまま、彼は続ける。

 

「商品は先に送らせていたはずだけど、大丈夫だったかな?」

 

 彼は武器商人に指示して、買い付けた武器を港に運ばせていた。海軍への気遣いというやつである。

 

「はい、問題ありませんでした。すでに船員の方が船に積んでいます」

 

 たしぎは少しうつむきながら続けて問う。

 

「あの……その子は?」

「ん? ああ、彼女はおれのファンらしくてね。『何日かおれと話したい』と言うから船にのせてあげようと思っているんだ」

 

 抱き寄せられた少女は、やはりおどおどと顔をうつむかせる。

 たしぎは「そうですか」と、少し落胆したような声で言った。

 

「それじゃあ、行っていいかな?」

「はい……あの、その子は絶対にここに連れて帰ってあげてくださいね」

「そりゃあ勿論」

 

 Mr.6はホッとしながら船に戻ろうとする。

 

 だがその時、彼らの背後から怒鳴りつけるような声が響いた。

 

「たしぎ!!! テメェの目は節穴か!?」

 

 たしぎと少女はすぐさまその方に振り返り、Mr.6だけは「やれやれ」と言いたげにゆっくりと振り返った。

 

 大股で彼らのもとに歩み寄ってきたのは、大柄で白髪、葉巻を二本も咥えたその男が『白猟のスモーカー』であることは誰の目にも明らかだった。

 

「まずはその女の刀を調べねえか!!!」

 

 たしぎはその言葉に驚いて再び少女を見た。確かに、その腰には刀が差されている。

「あっ」と、たしぎは声を漏らした。

 

「刀がなにか問題なんで? こんな時代だ、可愛い女の子が帯刀してたって不思議じゃないでしょうに。この子だって持っている」

 

 自らにさされた指を無視してたしぎがそれに答える。

 

「刀は盗品である可能性があるんです! 現に海軍の取り調べに抵抗した男も、盗品である業物『花州』を保有していました」

 

 刀の名前に、肩を抱くミス・サーズデーが少し反応した事に気づいて、Mr.6はMr.11が彼らに反抗した理由を知り、あの馬鹿野郎。と、心のなかで毒づいた。たとえそれが盗品であったとしても、知らぬ存ぜぬをつらぬけば少なくとも拘束はされぬと言うのに。

 

「それなら調べればいい。な?」

 

 Mr.6の声に反応し、ミス・サーズデーはそれを抜いてたしぎに手渡した。

 

「そんなにすぐにわかるようなものでもないと思うけど」

「これは! 良業物『ニコニコ蝶羽華流』!」

「わかるの?」

 

 すぐさまに答えを出したたしぎにMr.6は驚いた。ちらりと見やったミス・サーズデーが頷いていた事からもそれが真実であることは間違いない。

 彼はその女曹長が病的な刀マニアであることを今知ったのだ。

 

「幅広で大切先、特徴的な澄肌。大脇差『ニコニコ蝶羽華流』で間違いありません! なんて素晴らしい……」

 

 目線がとろーんとし始めたたしぎに「それで、その刀は盗品なのか!?」と苛立ったようにスモーカー。

 たしぎはすぐさま早口にそれに答えた。

 

「いえ! この刀は特に被害届は出ていません! しかしいいものを見せてもらいました! ありがとうございます!」

 

 大事そうに手渡されたそれをミス・サーズデーが不慣れな動きで鞘に収めたのを確認してからMr.6が言う。

 

「じゃあ、そろそろ行きたいんだけど」

「まあ待てよ」

 

 まるでMr.6が焦っているかのようにたしなめながらスモーカーが彼に近づく。

 

「お前にはもう一つ聞きたいことがある」

「……葉巻はご遠慮いただけないですかね。こう見ても喉で稼いでるもんで」

「お前が潔白なら手間取らせねえよ」

 

 彼はMr.6を覗き込みながら続ける。

 

「随分と多くの武器を船に積んだが、一体何に使うんだ? 身を守るには多すぎるだろう」

 

 Mr.6はそれに間髪入れずに答えた。少なくともその動機に関しては後ろめたいものはない。

 

「今からドラム王国に行こうと思ってまして……ちょっとした手土産ですよ」

「ドラムに?」

「ええ、ご存知でないんですか? あそこは海賊『黒ひげ』の襲撃によって無政府状態に陥っている……あなたは多くの武器と言ったが、国を守るには少なすぎるぐらいだ」

 

 うまく抑え込んだ、とMr.6はほくそ笑んだ。

 運のいいことに、彼らがグランドラインの情勢に詳しくないことが、精神的に優位に作用している。

 ドラム王国が海賊の襲撃によって無政府状態に陥っていることの責任の一端は、当然海軍にもある。そして、ニーサン・ガロックはそれに心痛め救援物資をもたらす『英雄』でしかない。海軍がその行動にケチを付けることが出来るはずもない。

 

 事実、スモーカーを除く海兵達はその言葉にいたく感銘を受けているようだった。たしぎなどは女を連れていた彼に対して持っていた感情を反省するように申し訳無さそうな表情をしている。

 

 だが、スモーカーは表情を変えぬまま言った。

 

「……Mr.11がお前の名を言っていたが、それはどういうことだ?」

 

 Mr.6はミス・サーズデーの顔を肩に押し付けるようにしてその表情をさり気なく隠しながら答える。

 

「Mr.11ってなんです? サッカー関係?」

 

 

 

 

 

 

『どこでもライブ号』は、グランドラインの航路をドラム王国に向かって順調に進んでいた。

 冬島であるドラム島の影響だろうか、潮風が若干寒さを帯びているような気がする。

 

「寒いな、もっとこっちに寄りなよ」

 

 パイプ椅子に座りながら、Mr.6はミス・サーズデーに言った。

 彼の膝の上に腰掛けたミス・サーズデーはまだ喋らない。

 

「そう緊張するなよ、楽しもうじゃないか」

 

 彼がもう二、三言続けようとした時、甲板にミス・マザーズデイとミス・チューズデーが現れた。

 

 Mr.6は『どうだった?』と書かれたクリップボードを彼女らに見せる。

 両者とも手を交差させて首を横に振る。

 

 更に今度はシャッパも甲板に上がってきた。全身水浸しで海の中に潜っていたことは明らかだ。

 同じようにクリップボードを掲げた彼にシャッパは首を振る。

 

「よし」と、Mr.6が言った。

 

「もう喋っていいぞ」

「もうまじキモいし!!!!!!」

 

 跳ね上がるようにMr.6の膝から飛びのいたミス・サーズデーは、腕と太ももをさすりながら続ける。

 

「マジおっさんだし! マジキモいし! Mr.6じゃなかったらたたっ斬ってたし!」

「そう言うなよ、おかげでスモーカーから逃げられたんだぞ?」

「それに関してはマジ感謝だけど! 船に乗ってからもオッサンだったからマジ怖かったんですけど!」

「仕方ないだろ、ああなっちゃったんだから船の上でも『ファンに手を出すクソロックなロッカー』じゃないと余計に怪しまれる」

 

「まあ、許してあげなよ。カーチャンもちょっとどうかとは思ったけど仕方ないじゃないか」

 

 ミス・マザーズデイが笑いながら続ける。

 

「それに、用心には越したことがないよ。船に電伝虫でも取り付けられたら会社のことまで一気にバレちまうからね」

 

 Mr.6は用心に用心を重ねた。

 スモーカーが船に盗聴用の電伝虫でも取り付けたのではないかと、彼女らにそれを探させていたのである。

 

「隠せそうなところはすべて探しましたし、この船に備え付けてある電伝虫を使ってノイズを探りましたが反応はありませんでした」

 

 こういう時、ミス・チューズデーは頼もしかった。

 

「船の外側にもありゃせんかったわ。しかし、水が冷えてきたのう、そろそろ冬島が近いんじゃろうな」

 

「……それなら、恐らく黒電伝虫で盗聴していたんだろう」

「どうしてそう思うんだい?」

「いくらスモーカーが無茶苦茶やる海兵だとしても、何の証拠もなくルネスに突っ込むとは思えない。恐らくは盗聴で盗難武器の横流しかなんかの『取引』を聞いたんだろう」

 

 空席となった足を組み替えながら続ける。

 

「しばらくは電伝虫は使わないほうがいいだろう」

「しかし、おかしな話じゃのう。聞いた話によりゃあそのスモーカーってのは東の海(イーストブルー)が管轄だったんじゃろう? どうしてそれがグランドラインにおるんじゃ?」

 

 シャッパの疑問はもっともなものだった。

 

「おれもそれが不思議だった」

 

 Mr.6はクリップボードから一枚の手配書を取り出しながら続ける。

 

「恐らく原因はこれだ」

 

 シャッパ達がそれを覗き込むと、そこには手配書に満面の笑みで写り込む気の抜けた海賊があった。

 

「懸賞金三千万ベリーの『麦わらのルフィ』。東の海(イーストブルー)からローグタウンを経由してグランドラインに入った新顔」

 

「ありえないっしょ、この間抜け面で三千万って」

「これで三千万……」

 

 呆れたように言うミス・サーズデーとは対象的に、ミス・マザーズデイはつばを飲み込んだ。彼女もその男がとても三千万の男には見えない、だが、そうは見えないのに三千万の賞金首であることの恐ろしさを彼女はなんとなく理解できる。

 

「つまりスモーカーは、生まれてはじめて取り逃がした海賊を追ってわざわざグランドラインに来たってわけさ……仕事熱心なもんだよ、三千万なんてこの海じゃ強さの証明にはならない……確かに気になる存在ではあるがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『報告書:ルネスの近況と海軍本部大佐スモーカーについて』

 

 本日〇〇日、私用によりルネスに入港したところ、海軍本部大佐率いる海兵がルネスの一斉捜査を行っていました。恐らくは黒電伝虫による盗聴からルネスの盗難武器の売買を嗅ぎつけて独断で入港したものと思われます。我社も電伝虫による通信を制限することを進言いたします。

 また、Mr.11が海軍に歯向かったことと盗品を所有していたことから拘束されております。ですが何も言わなければすぐに釈放されることと思われますので気にするほどのことではないと考えられます。

 また、Mr.11のペアであるミス・サーズデーは我々とともにルネス脱出に成功いたしました。特に任務などがなければこのまま我々と行動をともにしたいと考えております。

 

 なお『大型の武器商船』はすでにアラバスタ近郊に向かっており、海軍の取り調べによる任務への影響はありません。

 

 海軍本部大佐のスモーカーは自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』を食した『煙人間』でありますので、もし万が一アラバスタに近づくことがあれば最大限の警戒を行うべきだと考えられます。また、スモーカーは東の海(イーストブルー)のある海賊を追ってグランドラインに入った可能性がありますので、この海賊が壊滅しない限りグランドラインに居続けるものだと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国『夢の街』レインベース。

 その中央に構えるグランドライン最大級のカジノクラブ『レインディナーズ』の地下には、殆ど存在を知られていないある空間が存在している。

 そこはバロックワーク社の社長室にして、王下七武海サー・クロコダイルの私室でもあった。

 

「この報告に間違いはないんだな……!」

 

 葉巻を灰皿に押し付けながら、その男、Mr.0にして王下七武海サー・クロコダイルは、傍に控える女に向かって言った。

 なるべく感情を押し殺そうとはしているが、低く響くその言葉に丸みはない、その女、ミス・オールサンデーが懸賞金七千九百万の大悪人ニコ・ロビンでなければ、たちまち腰を抜かしてしまっただろう。

 

「ええ、間違いないわ」

 

 ミス・オールサンデーはひどく落ち着き払いながら答える。

 

「この国の王女ネフェルタリ・ビビと、我が社のミス・ウェンズデーは同一人物。更にMr.8はこの国の護衛隊長イガラム」

 

 クロコダイルの手元には、精巧に描かれたミス・ウェンズデーの似顔絵と、どこからか入手されたネフェルタリ・ビビの写真があった。

 

「おれを探るネズミがいることには薄々気づいてはいたが……!」

 

 彼は手元の花瓶から一輪の花をつまんだ。そして、彼の『スナスナの実』の能力を使ってそれを干からびさせる。

 美しいものを自らの手で干上がらせる、彼が自らを落ち着かせたいときに行う癖だった。

 

「まさか王女とは……」

「マズイわね。スパイが何の力もない一兵卒ならば民衆はあなたに味方したでしょうけど、王女直接の告発となればあなたでも騙しきれないわ」

 

 恐れることなくミス・オールサンデーの指摘は正しかった。

 今この国でクロコダイルの持つカリスマ性は王族と同等かそれ以上になろうとしている。だから民衆程度ならば騙せるし、真実の告発も嫉妬による虚偽と握りつぶすことも出来る。

 だが、その相手が王女となると話は別だ。

 

 握りしめた右の拳から、かつて花だった砂がこぼれ漏れる。

 だが、やがて彼は落ち着きを取り戻していった。

 

「今すぐMr.5ペアをウイスキーピークに送り込め。ネフェルタリ・ビビとイガラムを抹殺しろ」

「ええ、わかったわ」

 

 ミス・オールサンデーは任務通告役であるアンラッキーズを呼び出そうとした。クロコダイルはバロックワークス社の誰ともまだ関係を持っていない、実質的な運営役はNo.2の彼女だった。

 

「まだだ」と、クロコダイルは彼女を引き止める。

 

 彼の手にはMr.6からの報告書があった。アラバスタでの『ライブ』の成功と、その他いくつもの有用な情報が書かれている。

 

「Mr.6ペアに、キューカ島への招待状を送れ」

 

 一拍置いてから続ける。

 

「そして、Mr.5ペアには『王女抹殺』後、キューカ島にてMr.6ペアを抹殺するように伝えろ」

 

 その大胆な意見にも、ミス・オールサンデーは落ち着いていた。否、むしろクロコダイルのその指令に微笑んですらいる。

 

「いいの? 彼らは有能なペアじゃない……今回の王女様の一件がわかったのも、彼らの進言のおかげでしょう?」

「ああ、たしかにあのペアは優秀だ。もし悪魔の実の能力者だったらオフィサーエージェントとして扱っていただろう」

 

 だが、とそれを否定して続ける。

 

「だからこそ今ここで消しておく。特にMr.6の表の顔は危険だ」

 

 クロコダイルはあの『ライブ』での一幕を思い返していた。

 ニーサンの行動の一つ一つが、弱気を観客に悟られぬためのハッタリであることはクロコダイルもよくわかっている。

 だが、あの男はそのハッタリの中の行動、こぼした酒から彼の弱点を見抜いた。勿論それは確信には至ってはいないが、それでも脅威であることには違いない。

 

「かわいそうに……きっと彼らはあなたを信頼していたでしょうに」

 

 はっ、と、クロコダイルはその言葉に笑みを見せる。

 

「あのペアの戦闘力を除いたただ一つの弱点は、人を信用しすぎていたことさ」

 

「悪い人ね」

 

 ミス・オールサンデーは彼に背を見せながら微笑んだ。その男が誰も信用しない男であることを、彼女だけは知っていた。




感想、評価、批評お気軽にどうぞ

特にワンピース二次は初めての試みなので評価とアドバイスを頂けると幸いです


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9.虚しい報告

 グランドライン前半、ドラム王国。

 グランドラインでも珍しい徹底的な冬島であるそこは、冷たい風に雪をまとって『どこでもライブ号』の甲板を白く染めようとしていた。

 ドラム王国の住民たちは、僅かな武器を手にして『どこでもライブ号』を待ち受けていた。

 それは当然の判断だろう。王と国王軍の不在によって実質的な無政府状態に陥っているその国にとって、正体不明の船を入港させることは、そのまま自分たちの死に繋がりかねない。

 その無政府状態が海賊の襲来によって作られたものだということも、彼らが入港者に対して敵意を持つ大きな理由の一つだろう。

 

「海賊ではない! 怪しいものでもない!」

 

 パイプ椅子から立ち上がり両手を上げたニーサンは、あらん限りの声を張り上げて叫んでいた。

 

「おれはニーサン・ガロック! ロックンローラーだ! 敵意はない! ドラム王国の現状を知り救援に来た!」

 

 その名に、彼に銃を向けていた住民たちがざわついた。彼らの中に、ニーサン・ガロックを知るものがいたのだろう。

 ファンというものは厄介だ。彼らは憧れの対象を一方的に善意の持ち主と決めつけるきらいがある。

 ダメ押しするようにニーサンは叫ぶ。

 

「ささやかだが、武器と医療品を持ってきた! 船を着けずに物資だけを置いて帰ってもいい!」

 

 住民たちは、銃を彼に向けたまましばらく話し合っていた。

 やがて、彼らの前に一人の大柄な男が歩み出てきた、住民たちが彼を見る視線から、彼がこの住民たちのリーダーであることは明確だった。

 

「村に案内しよう」

 

 その言葉に、ニーサンは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「旧型だが、仕組みがわかりやすく知識がなくても直感的に理解出来るものを選んだつもりだ」

 

 ドルトンと名乗ったその大男の家で、ニーサンは買い付けた銃を分解して見せていた。旧型だが随分と軽く作られているそのマスケットは、昨今の武器事情というものをその身を以って表している。

 

「あんたなら手入れの方法はわかるだろう。反動が少なく慣れれば女でも使える。引き金が少し軽く作られているのが欠点といえば欠点だが、心得のない民間人が使うのならこのくらいがいいだろうと思う」

 

 手早く組み立てられたそれを机の上に置くと、今度はドルトンが「失礼して」と断ってからそれを手に持った。その男が持つとまるでそれが小銃のように見えてしまうから、ニーサンは少しだけにやけた。

 

「我々の手荒な歓迎を改めて謝罪させていただきたい」

 

 ドルトンはマスケットを机に置いて頭を下げた。

 ニーサンはそれに手を振りながら答える。

 

「いや、全く気にしてない。状況が状況だ、住民がピリつくのも無理はないさ……むしろ何の抵抗もなくすんなりと入港出来る方が問題だ。リーダーがうまく統率しているんだろうね」

 

 彼は差し出されたお茶を一口飲んでから続ける。冬島のドラム王国に置いても彼はトレードマークである素肌にレザージャケットを貫いていたが、所詮はハッタリであるのでその温かいお茶は随分とありがたいものだった。

 

「差し付けがなければ、この国に何が起こったのか教えてほしい。多少は調べてきたつもりだが、おれは断片的なことしか知らない」

 

 ドルトンは少しだけ言葉をつまらせながらもその問いに答える。善意から武器と物資を支給した相手に対し、すでに懐疑心はないようだった。

 

「……数ヶ月ほど前に『黒ひげ』を名乗る海賊が現れた。彼らは圧倒的な力で僅か数日のうちにこの国のほぼ全てを破壊して去っていった……」

「数日……随分大規模な海賊だったんだな」

「いや、正確には把握できていないが、海賊団の規模としては小規模だった。我々が確認できたのは『黒ひげ』を含めて僅か五名」

「五人だって!?」

 

 ニーサンは背もたれから身を起き上がらせながら驚きとともに叫んだ。

 ドラム王国は軍事的に強みのある王国ではなかったが、それでも世界政府加盟国なだけあって多少の軍事力はあったはずだ。

 

「それほどに圧倒的な力だったのか?」

「ああ、我々にもよくわからなかったがとにかく絶望的な力だった」

「どんな戦いだったんだ? 大砲? それとも毒か?」

 

 たった五人で王国は落とせない。ましてや少なくともニーサンの知らぬ『黒ひげ』なる海賊がそれが出来るとは思えない。七武海や四皇ならば話は別だが、基本的には無理だ、そもそも刀にしろ肉体にしろ武器がそこまで持たないだろう。

 故に彼が疑ったのは大量破壊兵器や毒のような広範囲にダメージを与えることが出来る選択肢だった。

 しかし、ドルトンはそれに首を振る。

 

「そのどちらでもない……我々が確認したのは『黒ひげ』がすべてを飲み込んでいく光景だけだ」

「飲み込んでいく……それは物理的な話か? 実際に口の中に入れるのか?」

 

 その問いに、ドルトンは更に表情を歪めて答える。

 

「いや……そういうことではない。『黒ひげ』が声を上げれば、その周りにあるものが次々に『消えていく』んだ。家も、兵も」

「『悪魔の実』の能力者か?」

「確信はないが……私もそう思う」

 

 ニーサンは顎に手をやって考えた。

 物を飲み込む能力の想像がつかないのだ。そのような悪魔の実の能力を聞いたことがないし、当然見たこともない。

 何よりそれだけ強烈な能力を持っている海賊『黒ひげ』が、なぜ今になって現れるのかがよくわからない。

 

「目的は何だったんだ?」

「それも全くわからない……奴らはこの国を破壊するだけ破壊してすぐに去っていった。我々の村が致命的な被害をまぬがれているのもそれが理由だ」

 

 ますますわからない。その行動の理由が全くわからない謎の海賊だった。

 

「……その後の目的地もわからないよな」

「ああ、全くだ」

 

 ニーサンは頭を抱えた。もしその『黒ひげ』が不意にアラバスタに来ることを想像したら気が気でない。

 何もわからぬその海賊のことは一旦置いておき、彼はもう一つ気になっている問いを投げかけることにする。

 

「王はどうした?」

 

 ドルトンはその問いに表情を変えた。外に比べればまだマシとは言え、まだまだ寒いその部屋の中で不自然に汗を浮き上がらせ、歯を食いしばる。

 死んだのか? とニーサンは想像した。

 だが、返ってきた答えはその想像を超えるものだった。

 

「あの王は……逃げたのだ。『黒ひげ』が王国の手におえるものではないと判断するや否や、兵と側近を連れ海へと逃げた!」

 

 ニーサンはそれに言葉を失いながらも、どこか納得するものもあった。

 ドラム王国のバカ王子の噂はニーサンも知るところであったし、王が亡国の危機に国を捨てて逃げ出す光景も彼は知っている。

 だから、ドラム王国のバカ王が国を捨てた事自体に大きな衝撃はないのだが。その王国に暮らしていた人間のことを考えれば、自然と言葉も失うというもの。

 

「大変だったんだな……」

 

 そのような選択をする王が、普段の統治を優秀にこなしているはずがないことは容易に想像できる。ドラムのバカ王子の噂は正しかった。

 

 

 

 

 

 

「医者がいないだって!?」

 

 村の中央部に積まれた救援物資を前にして、ニーサンは思わず叫んでしまった。

 せっかく持ってきた医療品を使える人間がいないというのだ。

 

「この村に医者はいない」

 

 申し訳無さそうにドルトンが言った。

 

「しかし、ドラムは医療大国のはずでは?」

 

 徹底的に厚着をしていたミス・チューズデーが首をひねった。ニーサンもそれに小さく頷く。

 ドラム王国が医療大国であり、その点においてはグランドライン後半『新世界』でも引けを取らないことは、グランドライン前半を縄張りとするものの中では半ば常識であった。

 

「それはあくまで先代までの話だ」と、ドルトンは首を振る。

 

「今の王は優秀な二十名の医者のみを王直属にし、残りは国外追放にするという政策をとった」

「マジクソじゃん」

 

 直感的にミス・サーズデーが言った。上半身にはモコモコのダウンジャケットを羽織っているのに、下半身は生足むき出しだ。

 

「……病人を人質にとったのか」

 

 一拍置いてからニーサンが小さく呟く。彼はその政策の意味するところを即座に読み取っていた。

 それにミス・マザーズデイも続く。

 

「福祉を王権に紐付けしちゃえば誰も王に逆らわなくなるからね……しかし、短絡的すぎてカーチャンはどうかと思うよ」

「そんな……ひどい」

 

 純粋に失意から言葉を失うミス・チューズデーに、それらを噛み締めた上で「やっぱマジクソじゃん」と憤るミス・サーズデー。

 

「しかし、医者がいないとなるともし病人が出たときには一体どうするんだ? 民間療法じゃ限界があるだろう?」

 

 ニーサンの当然の問いにドルトンが答えようとしたその時。住民たちが少しざわめき始めた。

 ドルトンを含める彼らがその方を見ると、そこには一人の老婆がいた。

 

「ハッピーかい? ガキ共」

 

 老婆と言っても、彼女がそれにふさわしいのは肌に刻まれたシワと白髪くらいのもので、若者よりもシャンとした背筋に、こなれたファッションセンスは若々しさを彷彿とさせる。白髪すらストレートに伸びていた。

 

Dr.(ドクター)くれは……」

 

 ドルトンが複雑そうな表情で彼女の名を呼んだ。

 

「医者か?」

「ああ、この国では唯一のな、あとは……そうだな……梅干しが好きだ」

「ヒッヒッヒ……若さの秘訣かい?」

「いや、聞いてねえし」

「カーチャンはちょっと興味あるよ」

 

 ニーサンは、ズカズカとついてくる彼女の後ろからついてくる一匹のトナカイに目をやった。珍しい鼻が青いトナカイは、巨大なソリを一匹で引いている。

 そのトナカイは見られていることに気づくと、じっとニーサンを睨み返した。

 

「へぇ、北の海(ノースブルー)製かい。気が利いてるじゃないか、抗生物質は切れかけてたんだ……ケスチアの抗生剤もあるのかい、気前のいいこったねえ」

 

 積み上げられた医療品を手に取り、くれはは言った。

 

「チョッパー! 積み込みな!」

 

 当然のようにそういったくれはに、成り行きを見ていた住民の一人が「おい! それはお前のものじゃないぞ!」と叫んだ。

 周りの住民たちも、そうだそうだとそれに同調する。

 だが、くれはは彼らを一にらみして言い放つ。

 

「医者かい? あんたらは」

 

 住民たちは、それに押し黙ってしまった。それを言われてしまったらどうしようもない。もとより、それらの物資を最も有効に活用できるのが彼女しかいないことは悔しいながらも理解できている。

 

「あんたはどう思う?」

 

 くれははニーサンに問うた。

 

「言っておくが、こいつらの機嫌を取りたいならあたしを追い出すこった。そのほうがあんたには都合がいいだろう?」

 

 挑発的な物言いに、ドルトンが一歩前に出て言った。

 

Dr.(ドクター)くれは……この人は救援物資を持ってきた客人です。あまり失礼のないよう……」

「ヒーヒッヒ、相変わらずお人好しだねドルトン……今この国に来るような人間が善意であるもんかね。これだけの物資で一国の恩を買える……有名人の考えそうなことさね」

 

 その言葉に、シャッパは一歩前に、ミス・チューズデーはそれを否定しようと口を開こうとした。

 だが、ニーサンがそれを制す。そりを引いていたトナカイが前足を沈み込ませていた。

 

「静観する善意が最良だとお考えで? おれにどのような意図があろうと、この物資が無ければ救われるものも救われない」

「だが、この国すべてを救えるわけじゃない」

「そんなものは承知の上ですよ……手の届く範囲の幸せを願うことに問題でも? この世のすべてを救うことが出来ないことは、医者であるあんたのほうがよくわかってるはずだ」

「ヒーヒッヒッ……ご立派なことだ。で? どうすんだいドルトン? あんたが拒むなら、あたしは引くよ」

 

 ドルトンはニーサンを見やる。だが、彼はじっとくれはとチョッパーを見やるだけで、それには反応しない。

 やがて彼は言った。

 

「よろしくおねがいします。ただ、もう少し医療報酬を安くしていただけると助かるのですが……」

「良い判断だね……遠慮なくもらっておくよ。報酬に関しては……まあ考えといてやるよ」

 

 

 

「申し訳ない」

 

 チョッパーとくれはの背をみやりながら、ドルトンは言った。

 

「変わり者のバアさんなんだ。だが、頼らざるを得ない状況でもある」

「なに構わんさ。なかなか痛いところをついてくる。おれもこの行動に全く色気がないかと言われりゃ、はっきりと断言はできない。いつかこの国に余裕ができた時にはぜひともライブを開かせてもらいたいもんだ」

 

 ほほえみながら言ったニーサンに、ドルトンも表情を崩した。そのような冗談めいた雰囲気で返されて多少は救われたのだろう。

 

「それに、あれだけのことを言うんだ。腕は確かなんだろう」

 

 小さくなったくれはの背中を追うために彼は目を細めた。ドラムにしては珍しく、雪の勢いが弱まってきた。

 

 

 

 

 

 

 ドラム王国、歓楽街ロベール。

 

 ドルトンと別れ、酒場と歌える環境が存在するその町に訪れたニーサン達は、ある男と向かい合っていた。

 

 冬島であるはずなのに、その男は日差しに照らされていた。地面はぬかるみ、靴が少し泥で汚れている。特徴的な赤い帽子、頬にはそばかすが散りばめられていた。

 

「あっ、これはどうも始めまして」

 

 どう考えても堅気のものではないのに、その男は丁寧に腰を折って挨拶した。

 思わずニーサン達も腰を折ってそれに返す。なんなら挨拶することが頭になかった自分たちを恥じて少し顔を赤らめてもいた。

 

「あんたら、ここの人間じゃねえな」

 

 その男はニーサンを見やって言った。別に不思議なことではない、この島で素肌にレザージャケットを羽織った上半身をした男を生粋のドラム人とは思わないだろう。

 

「まあ、観光客みたいなものさ」と、ニーサンは少し頬を引きつらせながら答える。

「ここには長くいるのか?」

「いや、一晩騒いだらここを去るつもりだ……長居するつもりはない」

「そうか」

 

 男は舌を鳴らして爪楊枝を動かして続ける。

 

「『黒ひげ』って海賊に心当たりはないか? おれはその男を探してるんだが……」

「申し訳ないが知らないな。おれもここに来て初めて知った名だ」

「それなら、麦わら帽子をかぶった海賊に心当たりは?」

「『麦わらのルフィ』か?」

 

 男はニーサンの返答に満面の笑みを見せた。

 

「ああ! 知ってんのか!?」

「手配書を眺めるのは趣味みたいなもんでね……だが、あったことはねえ、悪いな」

「いやぁ良いんだ。この広い海だ、早々簡単に出会えるとは思ってねェさ」

 

 男は爪楊枝を小さな火で燃やした。ニーサンとミス・マザーズデイ以外の人間はそれに違和感を覚えた。

 

「じゃあ、もし出会ったら言っておいてくれ。おれは十日間だけアラバスタで待つとな」

 

 ニーサンはその言葉に背筋を伸ばした。それを悟られぬように気を張りながら問う。

 

「アラバスタで?」

「ああ、あそこは天気がいいからな」

「十日ってのは、アラバスタについてからか?」

「ああ……細かいんだな」

 

 ニーサンは「性格でな」と言ってから続ける。

 

「それは構わないんだが。おれからも質問いいか?」

「急いでるんだが、まあ、良いぜ」

「あんたが追ってる『黒ひげ』ってのは、一体どんな能力なんだ? 聞いた話『悪魔の実』の能力者だと睨んでるんだが」

 

 その問いに、男は少し目を細める。

 

「へェ、鋭いんだな」

「誤解はしないでくれ、詮索するつもりはない。ただ、自衛のために知っておきたいだけだ……海は広い、だが有限だ、いつかどこかで会うかもしれない」

「ああ、分かるぜ」

 

 男は少しだけ考えてから続ける。

 

「おれも詳しくはわからねェ。ただ『黒ひげ』が『悪魔の実』を食ってる可能性は高い。何の実かまではわからねェがな」

「そうか、すまねえな」

「ああ、そうだ。名前を言ってなかったな。おれはーー」

 

 男が続けようとしたところを、ニーサンが「いや、いいんだ」と止める。

 

「あんたの名前くらい分かるさ。これでもグランドラインでは長く生きてる」

 

 彼らがもう二、三続けようとした時「おーい!」と道の向こう側から声がする。

 

「その男を捕まえてくれ! 食い逃げだ!」

「やべっ!」

 

 男は「じゃっ! 伝言よろしくな!」と手短にいうと健脚でニーサン達の横を通り抜けていった。シャッパなどは一瞬その男を捕らえようとするような動きを見せたものの、男は軽い身のこなしでそれをかわして行った。

 

 向こう側から走ってきた料理人らしき男は、ニーサン達を恨めしげに見やって言う。

 

「あんたら! せめて足止めするくらいしてくれてもよかったろ!」

 

 ニーサンはそれに困った表情になって答えた。

 

「あんたそれ本気で言ってんのか? おれ達があの男を止められるわけないだろう」

「カーチャンまだ死にたくはないよ」

 

 それらの言葉に、ミス・チューズデー、ミス・サーズデー、シャッパはまだ合点が行ってはいないようで一様に首をひねっている。

 だが、それらを無視してニーサンは料理人に言った。

 

「まあ、そう落ち込むなよ。あいつの食い逃げ分はおれが払うさ。いくらだ?」

 

 料理人が憤り混じりに叫んだ金額に、ミス・チューズデーとミス・サーズデーは驚く。

 

「は? 高級料理店なん?」

「この国の物価から言って、それだけの金額を食費に費やそうと思うと……」

「あっはっは! よく食う男の子はカーチャン好きだよ!」

 

 それなりに痛い金額だった。だが、ニーサンは間髪入れずに答える。

 

「問題ない、払おう。とりあえずはあんたの店につれてってくれ。さぞかし美味いんだろう」

 

 狐につままれたような表情で「そういうことなら、まあ」と背を向けた料理人についていくニーサンに、シャッパが耳打ちする。

 

「旦那、ありゃ一体誰だったんじゃ? 只者じゃないのはわかったんじゃが……」

 

 ニーサンは何でもないことのようにそれに答える。

 

「ああ、ありゃ白ひげ海賊団の二番隊隊長『火拳のエース』で間違いない」

 

 その返答に、ようやくミス・マザーズデイを除く三人も事の大きさを理解したようだった。四皇『白ひげ』その二番隊隊長。

 止められぬわけだ、とシャッパは一人納得した。

 そしてニーサンは続ける。

 

「一生モンの話題になるぜ、おれはあの『火拳のエース』に飯をおごったんだ」

 

 ニーサン・ガロックは笑っていたが。Mr.6は決してそうではなかった。

 このドラム王国で手に入れた情報は、決して良いものばかりではなかった。

 

 

 

 

 

『報告書:ドラム王国の現状と海賊『黒ひげ』または『火拳のエース』の動向について』

 

 本日〇〇日、ドラム王国に入国。その現状を把握したので報告いたします。

 まず、現在ドラム王国は王と国王軍の不在により、実質的な無政府状態に陥っております。また、かつての医療大国の見る影はなく、現在は国に一人の高齢の医者を残すのみとなっており、復興にはかなりの時間を要すると考えられ、武力による征服も戦力次第では十分可能だと考えられます。

 また、海賊の脅威から海に逃げ出した王に関してはすでに国民への求心力は無に等しく、国民の人気は容易に握ることが出来ると思われます。

 

 また、ドラム王国を襲い無政府状態に追いやった海賊『黒ひげ』に関してですが、彼らは五人の少数海賊でありながら、一国を壊滅(国王軍が逃げ腰であったとはいえ)状態に追いやる武力を擁しており『悪魔の実』の能力者である可能性が高いと考えられます。その目的もわからず、行動原理も不明ですが、もしアラバスタに現れることがありましたら十分に警戒するか、もしくは両軍を疲弊させる方向で考えることを提案します。

 

 また、ドラム王国で四皇『白ひげ海賊団』の二番隊隊長『火拳のエース』に遭遇し、戦力差から討伐は選択しませんでしたが、その次の目的地がアラバスタであることを確認しました。滞在期間は長くてもアラバスタ到着から十日ということなので、アラバスタで確認次第十分に警戒しながら通りすぎるのを待つことを提案します。

 

 また、先程Mr.13、ミス・フライデーペアより我々とミス・チューズデーとミス・サーズデー名義のキューカ島招待状を受け取りました。信頼できる部下とともに英気を養い、次の任務に備えたいと思っております。

 

 Mr.6

 ミス・マザーズデイ




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10.悪運 ①

「Mr.5ペアがやられただと?」

 

『レインディナーズ』秘密の地下アジト。

 Mr.13ペアからの報告を受けたクロコダイルは、葉巻を燻らせながら呟いた。

 

 全くの予想外、というわけではないが、完全なる想定内というわけでもない。

 グランドライン前半では珍しい『悪魔の実』の能力者であり、それでいて攻撃性が高いはずの『ボムボムの実』の能力者であるMr.5。勿論王下七武海という地位と実力のあるクロコダイルからしてみれば強さに粗と緩みのある能力者だったが、それでもグランドライン前半しか知らないルーキーに負けるとは。

 

「知らねえ名だな……」

 

 彼はデスクの上に置かれた手配書を眺める。無神経に笑うその写真に、クロコダイルは不快に近い感覚を覚えた。

 海賊『麦わらのルフィ』。

 懸賞金は三千万ベリー。東の海(イーストブルー)出身であることを考えれば破格だが、驚くような金額でもない。

 

「それで、どうするの?」

 

 その傍らに立つ美女、ミス・オールサンデーが他人事のように問うた。

 

「王女ビビはその『麦わら』と一緒にリトルガーデンに向かっているわ」

 

 一つ微笑んでから続ける。

 

「当然、Mr.6ペアの抹殺も未完遂」

 

 クロコダイルは彼女の献身性のかけらも感じられない口調にも心乱さなかった。すべてを自分の思い通りに進めたい彼にとって、他人事、つまりすべての判断を自身に求めるミス・オールサンデーのスタンスは嫌いではない。

 彼は水槽を悠々と泳ぐバナナワニを眺めて言った。

 

「リトルガーデンにはMr.3ペアを向かわせろ……そして、Mr.4ペアをキューカ島に派遣してMr.6ペアを抹殺するように動け」

「Mr.4ペアは今遠方にいるわ……キューカ島に戻らせるとなると三日はかかるわよ。それに、今キューカ島にはMr.3がいるのではなくて?」

「俺に意見するなミス・オールサンデー……今おれにとって最も目障りなのは王女ビビだ、やつをリトルガーデンで確実に葬るにはMr.3こそが最適、それに、キューカ島で騒ぎになってMr.3がリトルガーデンに向かうのが遅れることは避けたい……Mr.6ペアには楽しんでもらおう、最初で、最後の長期休暇だ」

 

 ミス・オールサンデーは彼の反論に小さく声を出して笑った。自身の考えにムキになる様子が彼女には少し愉快に映ったのだ。

 

「何がおかしい」

「いえ、何も。それなら、早速手配を進めるわ」

 

 部屋から去ろうとするミス・オールサンデーの背に「おい」と、声がかけられる。

 

「イガラムの方は殺ったんだろうな?」

「少なくとも『麦わら』達の船には乗っていないわ」

「……ならいい」

 

 話題を終えようとしたクロコダイルに、今度はミス・オールサンデーが「ああ、そうだ」と続ける。

 

「Mr.6ペアからの報告書が届いているけど、目を通すかしら? ドラム王国について書かれているみたいだけど」

 

 クロコダイルはその言葉に意外にも首をひねって少し考えた。彼からの情報は有益だ、愚かなほどに。

 そして、彼は首を振る。

 

「処分しておけ、死人の文章に興味はねェ……」

 

 

 

 

 

 グランドライン、キューカ島。

 

 グランドラインでは珍しいリゾート地であるそこは、程よい海と程よい気候が有名だ。その開発の出資者の中にはあの王下七武海クロコダイルもいるというのがもっぱらの噂だが、あまり関係ないだろう。

 

 リゾート地となれば、当然海とプールがある、当然ビーチもあるし、そうなれば当然、ビーチバレーの概念も存在する。

 

 

 

『地獄特訓スパイク!』

 高く飛び上がったミス・マザーズデイが右腕を振り抜くと、薄皮の中に目いっぱいの空気を詰められたそのボールは気の毒な音を上げながら破裂した。

 

 ひらひらと宙を舞いながら砂浜に着地するかつてボールだった薄皮を眺めながら、水着姿ながら器用に帯刀しているミス・サーズデーが呆れて言う。

 

「だからさー、ちょっとは手加減とか出来ないわけ?」

「何いってんだい!? ただでさえ三対一なのにこれ以上手加減なんか出来ないよ!」

「あーしらにじゃねーわ、ビーチボールにだわ」

「姉御、ワシにもそのボール割りをやらせてくれんかのう?」

「そーゆー競技じゃねーわ」

「そうはいってもねえ……もうボールがないよ」

「お母さんことごとく割りましたからね……」

「やっぱ姉御はバレーボールが上手なんじゃのう!」

「だからそーゆー競技じゃねーし、バレーボール成立してねーし」

 

 キューカ島に入港してからすでに数日が経とうとしている。

 オフィサーエージェントならばともかく、フロンティアエージェントがこの島に呼ばれることは滅多に無い。

 そして、当然Mr.6にはバレーボールに付き合う趣味はないので、ミス・マザーズデイはビーチバレーを今日この日までしたことがなかったのだ。

 彼女はこの数日、このビーチバレーを堪能している。

 

「しかたない、普通のボール出すかー」

 

 諦めたようにため息を付きながらミス・サーズデーが言った。普通のボールを取り出してしまえばそれこそミス・マザーズデイのやりたい放題になってしまうのだが、ただただ風船を割るよりかはマシかも知れない。

 

「しっかり避けましょうね!」

 

 満面の笑みで言ったミス・チューズデーに「だから競技ちげーし」と再びため息を付いた。

 

 本当は逃げ出してしまっても良かったのだが。

 

「楽しいねえ! こんなに楽しいのカーチャン久しぶりだよ!」

 

 太陽のように笑うミス・マザーズデイには誰も逆らえないのだった。 

 

 

 

 

 

 

 キューカ島別ブロック。

 ビーチチェアに寝そべっていたニーサン・ガロックに気づくものは少なかった。いつものトレードマークであるレザージャケットを脱ぎ捨て、羽織った薄いシャツと水着というスタイルは、彼を形で覚えているタイプのファンにはピンとこない。サングラスでもしてしまえばもうわからない。

 それに気づくことの出来る僅かな人間も、彼のキューカを尊重して話しかけては来なかった。見るからにくつろいで本を読んでいる彼に対する遠慮は、キューカ島を訪れることが出来る人間の質の高さを表している。

 

「隣、いいカネ?」

 

 不意にかけられたその声に、ニーサンは本に釘付けのまま答えた。周りを見渡せばまだまだ空いているチェアーはあるだろうにとは思わない。

 

「ああ、どうぞ」

「失礼するガネ」

「よっこらしょっと……」

 

 二つの声が腰掛けたことを耳で確認してから、彼は本を机に伏せて体を起き上がらせた。

 目の前にあったのは『3』の形で結われた髷のようなヘアスタイルの男と、少女だった。

 

「バレーコートで知った顔がはしゃいでいたから、君もどこかにいると思ったんだガネ」

「あいつらも飽きないな」

「仕方ないガネ。君たちフロンティアエージェントはそう簡単に休める立場じゃないガネ」

 

 その男、Mr.3はニヤけながら続ける。

 

「おっと申し訳ない、別に立場の差を強調しようとしたわけじゃないガネ……」

「まあ、事実だ」

 

『造形芸術家』Mr.3は、非常に上昇志向の強い男だった。彼は常に上のナンバーを欲しがっていたし、その逆に自らよりも番号が下のエージェントには露骨に興味がないところがある。

 

「ただ、あまりはしゃぎすぎるのも良くない。我々が犯罪組織のエージェントだとバレては元も子もないからね」

 

「ああ、そうだな」と、ニーサンは彼の髪型に目をやりながら答えた。ロックンローラーとして、人のファッションに口出ししてはならないのだ。

 

 彼はそのままちらりとその奥に座る少女、ミス・ゴールデンウィークに目をやった。

 性格がわかりやすいMr.3と違って、その少女はどこか掴めないところがある。何を考えているかよくわからないのだ。

 今日もじっと一枚の紙切れを眺めているだけで、まるでこちらに興味を示さない。

 Mr.3がその紙切れが何なのかを知るのは、もう半刻ほど経ってからだった。

 

「ところで」と、Mr.3が目を細めて言う。

 

「今朝の新聞、見たカネ?」

 

 ニーサンはMr.3が求めている話題を瞬時に理解した。『ロックンローラー』と『造形芸術家』。似ているようで全く似ていない思想の二人が唯一共有できる話題だ。

 

「アラバスタの反乱軍だろ?」

「そうだガネ」

 

 彼がその先を続けようとした時、扇状的な水着をまとったウエイトレスが「おまたせしました」と、三つのカップとティーポットを持ってきた。

 

「ん、これ、とっておくガネ」

 

 彼女の盆に紙幣を置き、そそくさと彼女が離れるのをしっかりと確認してから言う。

 

「君も飲みたまえ……作戦成功のお祝いだ」

 

 返答を待つまでもなくニーサンの前にカップが置かれ、紅茶が注がれる。

 

 アラバスタの国王軍三十万人が、反乱軍に寝返った。

 あまりにも衝撃的なそのニュースは、新聞の一面を飾るのに十分だった。

 この寝返りにより国王軍六十万と反乱軍四十万であった対立構造は、一気に国王軍三十万人と反乱軍七十万の対立となり、単純な数だけで言えば反乱軍のほうが大きく上回ることになる。

 加えて、国王軍が持つ『情報』が反乱軍に流れたということは、単純な数以上に大きな影響を持つだろう。

 その国王軍の寝返りに、『ライブ』で情報交換を行ったビリオンズ達が関係していることは想像に難くない。もっと言えばMr.2も一枚噛んでいるであろうが、その名を出すとMr.3が露骨に不機嫌になるので黙っておいた。

 

「だが……気は抜けねえ」と、ニーサンはカップに口をつけてから続ける。

 

「反乱軍てのも一枚岩じゃねえだろう。食い詰め者やチンピラのようなロクでもない奴らもいる。元々の反乱軍四十万という数字も信用できるものじゃない。それに、民衆の戦闘力なんかたかが知れている、これでようやく五分かわずかに反乱軍が有利といったところだろう」

「悲観主義だネ、今はこの功績を喜ぶべきだと思うガネ。君の集客力による大規模な情報交換のおかげでこれは成ったのだ。同じ創作家としては嫉妬するが、エージェント仲間としては心強いガネ」

 

「君は惜しい」と、Mr.3が続ける。

 

「もし君に『殺しの能力』があったのなら、すぐにでもオフィサーエージェントになれたものを……私達の右腕として幾多もの作戦を成功させることだって出来たのだガネ」

 

 何も言わずカップを傾けるニーサンに、Mr.3はその傍らに伏せられた本を指差して問う。

 

「ところで、それは何の本なのかネ?」

「これかい?」

 

 ニーサンはその表紙をぐいと突き出しながら答える。

 

「『海の戦士ソラ』小説版だ」

 

 Mr.3はそれに意外そうに目を見開いて返す。

 

「意外だネ。それは君には子供っぽすぎるんじゃないか?」

 

『海の戦士ソラ』は、世界経済新聞でかつて連載されていた絵物語だ。海の上を歩くことが出来る正義のヒーロー『ソラ』が、悪の帝国『ジェルマ』と戦う。

 完成度が高いとマニアの間では評判だが、それでも子供向けであることには変わりない。Mr.3の指摘通り、ニーサンが読むには幼すぎるようにも見えるだろう。

 だがニーサンは「いや、そうでもない」と、首を振ってそれを否定した。

 

「小説版は、これでいて結構面白いんだ」

「ほう、例えばどんな?」

「小説版はな、ちゃんとソラの敵役にも背景がある」

 

 ピンとこないのか相槌を打たないMr.3に続ける。

 

「この小説の敵役はな、確かに『ジェルマ66』から武器の提供を受けてはいるが、それは領地侵略のプレッシャーをかけてくる他国を牽制するためでもある。ついでに言えば、この国は国民の半分が虐げられているが、逆を返せば国民の半分は虐げられてない。それに、物語中盤からソラを助けるキャラクターは、この国の人間ではないんだ」

「いやにリアルな設定だネ」

「そうとも。まあ、最終的にはソラがこの国をぶっ壊すが。まあ、それは仕方のないことだ。おれだってソラが負けたら不満に思う」

 

「嫌いなんだよ」と、呟いてから続ける。

 

「『世経版ソラ』は、ソラが民衆の言うことを聞きすぎるし、敵役の権力者が悪すぎる……味方の死はセンセーショナルで、敵役の死は痛快だ。とてもではないが、二つの正義に対して平等な観点ではない」

「二つの正義、とは何かネ?」

「そりゃあ勿論、ソラと、敵役さ」

 

 ひらひらと手を振って続ける。

 

「敵役だって純粋な悪ではない。彼らも国を治めてきたという『正義』がある。結局の所『ソラ』は、武力で国を平定しようとする『侵略者』に過ぎない……この『小説版』では、敵役に打ち勝ったことで周りの国々との戦争に巻き込まれるこの国をソラが憂いる場面があるんだ……マニアからの評判は悪いが、おれはこのシーンが大好きなんだよ」

 

 随分と長く語ったが、Mr.3は首を振って「分からないネ」と答える。

 

「考えすぎだガネ」

「まあ、そうかも知れねえな」

 

 ニーサンはパタンとそれを閉じて立ち上がる。

 

「それじゃ、ごちそうになった。今日はもう部屋でゆっくりすることにするよ」

「そうかネ。まあ、もうしばらくしたら忙しくなるだろうから、それが賢明な判断だガネ」

 

 ああ、そうだ、と、Mr.3がニヤけて問う。

 

「君の中では、我々は『正義』なのかね?」

 

 それが何を指しているのか、ニーサンにはすぐに理解できた。

 アラバスタにおける二つの正義、国王軍、反乱軍。

 だが、バロックワークスはそのどちらでもない。

 ニーサンはすぐに答えた。

 

「最後まで立っているのがおれ達なら、おれ達が『正義』だろうな。正義ってのは、要は勝者と同じ意味さ……だからこそソラはいつまでも『正義の味方』なんだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝苦しいわけではなかった。

 キューカ島の夜は暑すぎず寒すぎないことで有名であったし、ベッドに備え付けられたマットレスも、硬すぎず柔らかすぎない高級品であろう。

 だが、それでもニーサンは寝付くことが出来なかった。目が冴える、暗闇に目が慣れるほど天井を見つめている。

 だから、彼は誰かが音も無くベッドに座り込んだことに気づくことが出来た。なんなら、それが自らに敵意を持つはずのない人間、ミス・マザーズデイであることも分かっていた。

 当然、部屋は分けている。彼女はわざわざこの部屋に訪れたのだ。

 

「ねえ」と、ミス・マザーズデイが暗闇の中から言う。

 

「Mr.3ペアが、大急ぎで船を出したらしいね」

「ああ、それは知っている」

 

 Mr.3ペアの所有する船『智略天然丸』が全速力で島を後にしたのは、ニーサンもホテルの部屋から眺めていた。あのMr.3ペアがあれほど大急ぎで船を出すのだから、それほどまでに重要な任務なのだろう。

 

「Mr.6」と、僅かな震えを含んだ声が聞こえる。

 

「カーチャン、なんだか胸騒ぎがするよ。この会社に入って、ここまで気を抜けたことなんてないからさ」

 

 彼女の『第六感』はよく当たる。

 そして、その胸騒ぎは彼女だけのものではない。

 

「ああ、おれもだよ」と、ニーサンは答えた。

 

 このポジションについて以来、ここまでの余暇を過ごしたことは無かった。

 そして、同じ島で余暇を過ごしていたMr.3には重要な任務が任せられている。だが、自分にはまだだ。

 それは果たして、任務がないのか、それとも、自分たちが戦力と考えられていないのか。

 

「ミス・チューズデーとミス・サーズデーに任務はあったのか?」

「いいや、あの子達にも何もないよ」

「そうか」

 

 この会社は、些細な失敗も許されない。

 

 ニーサンは枕元のランプに手を伸ばした。

 

「待ちな」と、ミス・マザーズデイは立ち上がって、部屋のカーテンがしっかりと閉まっていることを確認する。

 

「シャッパ達を呼べ」と、ランプの明かりに目を細めながら言った。

 

 彼は考えていた、自分達がもう、いないものとして考えられている可能性を。




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10.悪運 ②

 早朝。

 キューカ島東ハズレに彼らの船『ホーリーホームラン号』を停めたMr.4ペア、というよりミス・メリークリスマスは、段々と角度をつけ始めている太陽に鬱陶しそうに手で遮りながら言った。

 

「アーアーアーアーアー! もう、眩しいったらありゃしないよ! “まぶしっ”! “まぶっ”! “まっ”! “まっ”! だよまったく!」

「そ~~~~~~~~~~う~~~~~~~~~」

 

 彼女の後を追うように船を降りたMr.4も、同じように眩しがりながら彼女に同意する。小柄なミス・メリークリスマスに比べてかなりの巨体である彼は、都合よく長い影を作っていた。

 

「だ~~~~~~~~~~」

「ちょっと影に入らせてもらうよMr.4! あんたはトロいが体がでかいことはいいことだね!」

「ね~~~~~~~~~~」

「あ痛! 眩しいのが終わったと思ったら腰痛めちまったよ! 全くやってられないよ! グランドラインのあっちに行ったりこっちに行ったりもうあたしの足は棒だよ! “足棒”! “足”! “あっ”! “あっ”! だよもう!」

「あ~~~~~~~~~~」

 

 彼らの目的はMr.6ペアの抹殺だった。殺しを稼業にしている彼らにとってそれは珍しいことではなかったが、それよりもアラバスタを通り越して再び戻らなければならない航路のほうが多少の不満だった。

 

「れ~~~~~~~~~~」

「さっさとMr.6ペアを殺してアラバスタに行くよ! 全くMr.6もこんな大事な時期にヘマしてるんじゃないよあの“ばっ”!」

「は~~~~~~~~~~」

「さっさと殺すよ! やれ殺す! それ殺す! 相手は無能力者だからあたしらにかかれば赤子の手をひねるようなもんさ!」

 

 Mr.4はポケットから双眼鏡を取り出した。

 

「この“ばっ”! 何やってるんだいMr.4! こちとらさっさとMr.6を探さなきゃならないんだよ!」

「い~~~~~~~~~~」

 

 彼は彼女の方にゆっくりと振り返る。

 

「まずは船を探してぶっ壊しとかなきゃならないよ! さっさと停留所に向かうんだ!」

「た~~~~~~~~~~」

 

 彼の頬を一筋の汗が流れる。

 

「だから何やってるんだいMr.4! 鳥なら後でいくらでも見せてあげるよこの“ばっ”!」

「ぞ~~~~~~~~~~」

 

 彼は海の向こうを指差した。

 小さくなり始めてはいるが、たしかにその先には帆船らしきものが見える。

 夜明け前の薄暗さと、明けてからの強烈な逆光により、彼らはそれを見逃していたのだ。

 ミス・メリークリスマスはそれにすぐさま反応する。

 

「“ばっ”! そういうことはもっとさっさと言いな! トロすぎるんだよMr.4!」

「ご~~~~~~~~~~」

 

 彼から双眼鏡を奪い去り、その巨体を押しのけるようにしながら彼の指した方向を見た。眩しさなど今は気にしている場合ではない。

 少しばかり視線を振ると、たしかにそれは『どこでもライブ号』であるように見える。

 

「め~~~~~~~~~~」

 

 更に彼女がよく目を凝らすと、その甲板にはMr.6とミス・マザーズデイがいた。二人共笑顔で笑い合っており、まるで自分たちが抹殺対象であることなどわからぬように思える。

 だが、それはイレギュラーな行動であるはずだった。ボスの命令は指令があるまでキューカ島で待機、つまり彼らの行動は社則違反だ。

 ミス・メリークリスマスも、Mr.6ペアがそのような考えの浅い社則違反をするとは思っていない、となると彼らがそれをしている理由は唯一つ。

 

「あいつら! 勘付きやがったのか! 確かに頭のいいコンビだったがここまでとは思わなかったよ!」

「ん~~~~~~~~~~」

「謝ってる場合じゃないんだよMr.4! さっさと『銃』を用意しな!」

 

 しくじれば殺されるのがこの世界、絶対に取り逃がすわけにはいかない。

 彼もそれなりに危機感を感じているのか、Mr.4もそれまでに比べれば多少早い動きで背負っていたそのバズーカとすら評して良さそうな巨大な銃を抜く。

 

「ラ~~~~~ッス~~~~~」

 

 彼がそう呼ぶと、その銃には短いが手足としっぽが生え、銃口であった部分には犬の顔が現れた。短いしっぽをこれでもかと言うほどに振り、幸せそうにMr.4に撫でられている。

 彼はラッスー。グランドラインの新技術で『イヌイヌの実』モデル『ダックスフンド』を食べた『銃』だ。細かいことは彼自身にもよくわかっていないだろうが、とにかく、物でも『悪魔の実』は食べることが出来るらしい。

 

「海へ出ればあたしらの技から逃げられるとでも思ったのかね。あの“ばっ”!」

 

 Mr.4は武器である金属バットを構えた。恐らく世界で彼しか振ることがないであろう4トンのバットは、当然とんでもない飛距離を記録する。

 

「ミス・マザーズデイの『レシーブ』に気をつけな!」

「フォ~~~~~~~~~~」

 

 風邪気味のラッスーが「ケホッ」と小さな咳をすると、彼の口から野球ボールが『トス』された。

 

『モグラ塚四番街名物!!!! 飛距離四百メートル弾丸ライナー!!!!!』

 Mr.4がその4トンのバットを振り抜くと、甲高い打撃音と共にボールが放たれる。

 基本に忠実なセンター返し、だが、それはセンター前にポトリとは落ちないだろう。

 まるで大砲の砲撃のようなその打撃は、それでいて砲撃よりも長く、そして正確だ。

 

「死んだね」

 

 そのボールは、引力に負けぬまま『どこでもライブ号』の土手っ腹に突き刺さる。

 そして、次の瞬間には巨大な爆音と黒黒とした煙が海に浮かんだ。

 銃犬ラッスーが撃ち出すボールは、強力な砲弾であるとともに、強力な時限爆弾でもあった。砲撃による破壊と爆弾による破壊、それを効率よく行うのが彼らペアの持ち味。

 

 たとえミス・マザーズデイがどれだけ『レシーブ』に優れていようと、ボールに手が届かなければそれは出来ない。

 船を直接狙うのは、彼女の能力の弱点をついた優秀な作戦だった。

 

 船は沈没するだろう。それは疑う余地もない。

 だが、それで安心しないのが、優れた殺し屋というもの。

 

「まだだ! 気を抜くんじゃないよMr.4!」

「う~~~~~ん~~~~~~」

 

 Mr.4が再びテイクバックを取ると、ラッスーが「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ケホッ」っと、いくつも続けて咳をする。当然そのたびに野球ボール風時限爆弾が『トス』されていた。

 

『モグラ塚四番街名物!!!! 四拍子ヘブン(リズム天国)!!!!』

 Mr.4はそれらをすべてを打ち抜く、あれ程のトロさはどこに行ったのかと思うほどに、打撃はシャープで無駄がない。

 ライナー、ホームラン、犠牲フライと打ち分けられたそれらの爆弾は、当然ながら捕球されること無く海に落ちていく。

 そして、その端から吹き上がる水柱。

 時限爆弾だ、水に落ちても多少は問題がない。

 時間差を把握しながら海の中で爆破させることで、海に逃げたターゲットをもれなく殺す。

 

「トドメだ!」

 

 ラッスーが更に咳を加速させる。風邪気味らしいが、ちょっと不安にもなる。

 

『若手イビリ四十本ノック!!!!』

 再びMr.4もバットを振り抜く。

 今度は打ち分けを考えず、数を稼ぐことを目的としているようで、美しいセンターライナーがいくつも標的に向かう。

 再び吹き上がる水柱は、今度は広範囲に渡っていた。

 

「……よし、もうそのへんでいいだろう」

 

 双眼鏡を覗き込みながらミス・メリークリスマスがMr.4とラッスーを制す。

 水柱のおかげで波が荒れていたが、それでも水面を確認するのに不便はない。

 先程まで『どこでもライブ号』があったと思われるそこには、もはやかけらの木片すらも残ってはいなかった。

 視線を振って周りを確認すれば、船首であったであろう部分や、帆であったであろうと思われる焦げた布切れなどは確認することが出来たが、とてもではないが人間がしがみつくことの出来るようなものはない。

 もうしばらく視線を振ると、海にぷかりと大型の海王類が浮き上がってきた。水中爆撃による衝撃で死んだか、気を失っているのだろう。

 とてもではないが、人間が生き残れるとは思えない。

 

「死んだね、間違いなく」

「う~~~~~ん~~~~~」

 

 Mr.4はラッスーを撫でると、それをホルスターに戻した。

 

「“ばっ”! な奴等だよ、しくじりゃ殺されるのがこの稼業、ことは慎重に運ばなくちゃならないのさ」

「そ~~~~~~~~~~」

「あれ程の爆撃じゃあ、まず助からない!」

「う~~~~~~~~~~」

「あいつらが『魚人』でもなけりゃね!」

「だ~~~~~~~~~~」

「じゃあ、さっさとずらかるよMr.4、あたしらはアラバスタに向かわなくちゃならないんだ!」

「ね~~~~~~~~~~」

 

 思っていたより早く簡単に終わった仕事だった。

 Mr.4の支える船に乗り込もうとしたミス・メリークリスマスは、先程まで『どこでもライブ号』があった箇所を眺めながら、一つだけ呟く。

 

「いい奴らだったんだがねえ……」

 

 Mr.4もその言葉に目を細めた。

 

「う~~~~~ん~~~~~」

 

 彼らはMr.6の抹殺完了をボスに報告するだろう。

 

 

 

 

 

 

 キューカ島西ハズレ。誰も知らぬプライベートビーチ。

 島の影になりまだ太陽の陽がさしていないそこに、一人の魚人が、波に紛れるようにして現れた。

 どぎついカラフルなマーブル柄のタンクトップを着たその男は、モンハナシャコの魚人であるシャッパ。

 彼は息も絶え絶えで、より多くの酸素を取り込むために大きく口を開けて呼吸していた。エラ呼吸も出来る種族ではあるが、そんな彼ですら憔悴してしまうほど、彼は水中で激しい運動をこなしていた。

 彼は両脇に、それぞれ人間を抱えている。

 左脇にはレザージャケットの男、ロックンローラー、ニーサン・ガロック。

 右脇には胸元に『母』と書かれた体操着の女、彼のバロックワークスでのパートナー、ミス・マザーズデイだ。

 

「旦那! 姉御! 大丈夫か!?」

 

 彼は二人をそっと砂浜に寝かせた。

 彼らが無事であるかどうか、彼にはわからなかったし、どうすれば彼らを無事にできるのかもわからなかった。

 彼は己の無知に激しく後悔を始めていた。

 だが、そんな彼の心配を否定するかのように、ニーサンが激しく咳き込んで上体を起き上がらせる。

 ニーサンはしばらく咳を続けた、何度かはそれによって海水も吐き出され、そのたびに息を吸うことを忘れたようにえずいた。

 シャッパは彼の背を擦ることしか出来ない。魚人である彼にはニーサンの苦しみがわからない。

 やがて、呼吸を落ち着かせたニーサンが、海水でゴワゴワと濡れた髪をかきあげながら呟く。

 

「……魚人の世界を垣間見たのは初めてだ」

「すまん……ワシも爆弾に巻き込まれないように必死じゃったんじゃ」

「構わん、死ぬよかいい」

「しかし、姉御が!」

 

 ニーサンはシャッパを挟んで向こう側にいたミス・マザーズデイに目をやった。彼女はまだ意識を取り戻しておらず、ピクリとも動いていない。

 

「おい、ミス・マザーズデイ」と、ニーサンが言う。

 

「おれとシャッパとどっちに口づけされたいんだ?」

 

 その言葉が投げかけられるや否や、ミス・マザーズデイは一つ咳き込んだ。

 そこから先はニーサンと同じ、海水と空気を吐き出し、さんざん苦しさを味わった後に大きく息を吸い込んだ。

 しばらく荒い呼吸を続けた後に、彼女が言う。

 

「カーチャンとキスしたきゃ、それなりの段階ってもんを踏みな!」

「おー、元気元気」

「姉御……よかった」

「水泳選手の友達がいたけど、あいつにもこんな世界が見えてたのかねえ」

「だとしたら、おれはもう二度と水泳やらねえわ」

 

 Mr.4の『打撃音』が聞こえた瞬間に、彼らは『どこでもライブ号』を捨て、海に飛び込んだ。

 尤も、それはMr.4ペアも想定の範囲内であっただろう。だからこそ彼らは、海の中まで『爆撃』したのだから。

 だが、ニーサン陣営に泳ぎの得意なシャコの魚人であるシャッパがいることは、彼らも把握していなかった。もし魚人がいることがわかっていれば、彼らもそれなりの対処をしただろう。

 シャッパは海に飛び込んだ彼らを保護すると、すぐさま魚人のスピードで海を潜った。そして、Mr.4ペアが爆撃することに気を取られているうちに、島を大きく回ってその反対側に出たのだ。

 当然、その間水面に顔を出すわけにはいかない、かなりの長時間彼らは海に潜っていたが、ニーサン達の強靭な肉体は、なんとかそれに耐えたようだった。

 

「あいつら」と、ニーサンが遠くを眺めながら言う。

 

「こういう詰めの悪さを修正すればもう一段階昇格できるのにな」

 

 自分たちを抹殺しに来たのがMr.4ペアであったことは、彼らにとっては不幸中の幸いだった。

 弱いわけではない、むしろ立場としては上であるはずのMr.3ペアと比べて、戦闘力だけならば上回るだろう。

 だが、ミス・メリークリスマスのせっかちな部分と、Mr.4の少しとぼけているところが、その実力を過小評価させていると彼は思っている。尤も、それはMr.3の戦闘力以外の部分での評価が高いということの証明でもあるが。

 

「なんでもいいさ、助かったんだから」

 

 そう言って笑おうとしたミス・マザーズデイが、突然に胸元を押さえる。

 

「大変! どうやら海の中で下着が脱げちまったようだよ!」

 

 その言葉に、シャッパは顔を赤くしてミス・マザーズデイから目をそらした。彼らの体にもしものことがないようにと気を張っていたつもりではあったが、そこまでは気が回らない。

 対象的に、ニーサンは呆れたように笑って言う。

 

「別にいいだろ、死ぬよか」

「高かったんだよ!」

「そんな事言っても、今からグランドライン総ざらいして下着探すわけにもいかないだろうよ」

 

 彼らがそんな馬鹿話をもう二、三言続けようとしたときだった。

 岩陰から、ふたりの女が姿を現した。

 ミス・チューズデーとミス・サーズデーである。

 

「お二人共! 無事で良かった!」

「いやー、しかしここまでうまくいくとは思わなかったし」

 

 さらにミス・サーズデーは懐から何かを取り出してひらひらと掲げる。

 それは女性モノの下着だった。

 

「しかもさっき磯でこんなのも拾ってマジラッキーだし! 結構高いやつだしコレ」

「返しな! それカーチャンのだよ!」

 

 電光石火でそれを奪い去ったミス・マザーズデイは、そのまま男性陣に背を向けてそれをつけ始める。

 

 もうシャッパなどは顔を両手で覆うより無かった。

 

「Mr.4ペアがキューカ島から出向したのは確認済みです!」と、ミス・チューズデーが嬉しげに報告する。

 

 とにかく、彼らは賭けに勝ったのだ。

 

 そのベットの内容は、昨夜に遡る。




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10.悪運 ③

 真夜中。

 突然ニーサンの部屋に呼び出されたシャッパ達は、ランプの光だけが照らす部屋に戸惑いながらも、それぞれが好きな場所に腰を下ろした。

 

「こんな夜中に何なん?」と、やはり思ったことをすぐに言い放つ主義であるミス・サーズデーが言った。多少不機嫌ながらも、まさかただのおしゃべりのために呼び出されたわけではないことくらいは理解できる。

 シャッパとミス・チューズデーも困惑の表情だった。

「実はね」と、何かを言い出そうとしたミス・マザーズデイを、ニーサンが「おれが言う」と、右手で制した。

 

「お前ら、会社から『指令状』は届いているか?」

「いえ、届いてないです」

「あーしも来てないわ」

「そうか。おれ達にも何も来ていない。おかしいと思わねえか? この会社に入ってこんなにも余暇があったことがあるか?」

 

 彼の問いに二人は一瞬首をひねったようだったが。やがて首をひねったまま答える。

 

「たしかに不思議ですが……『ダンスパウダー工場』が無くなってしまった以上、もう私にやることはありませんし」

「あーしもだわ、もうルネスじゃじゆーに動けないし、そもそも最大の任務は終わったし……確かに新しいMr.11就任の話がないのは不思議だけど」

「正直私達は今後もMr.6の補助としての任務が主なのかと」

「あーしもそう思ってた」

「だが……そのおれ達にも任務はねえ。同じくキューカ島にいたMr.3ペアには任務があったのにだ」

 

 ニーサンがそう呟くと、それまで黙っていたシャッパが口を開いた。

 

「旦那、一体何が言いたいんじゃ? 一体何を恐れとる?」

 

 武人らしく、彼は他人の情動に対しても理解が深いのか、ニーサンの本心をズバリとついてきた。

 ニーサンはそれに一つ沈黙を作ってから『本題』を言う。

 

「恐らくだが……会社はおれ達を抹殺しようとしている」

 

 その言葉に、三人は一様に驚きを見せた。

 ミス・サーズデーは「は?」と首をひねったし。ミス・チューズデーは「そんな!」と口元を押させる。シャッパは目を見開いたが、言葉は発しなかった。

 

「ありえなくね? Mr.6を殺す理由がねーじゃん」

「私もそう思います」

 

 それぞれがそれぞれの主張を行った後に、シャッパが口を開く。

 

「ワシが原因なら、今すぐにでも旦那から離れるぞ?」

 

 シャッパは、その原因が自分にあるのだと思っていた。何より会社に反旗を翻したMr.10の用心棒として彼らと戦った彼は、会社から見れば敵、それを匿うMr.6に不信が向くのも理解が出来る。

 だが、ニーサンは首を振ってそれを否定した。

 

「いや、多分お前のことじゃない、そもそもおれはお前のことも、そもそもMr.10が用心棒を雇っていたことすら報告してないんだからな」

「じゃあ、なんで旦那が抹殺されにゃならんのじゃ? ワシが言うのもなんじゃが、旦那はよう働いちょるじゃろ」

 

 その言葉にミス・チューズデーもミス・サーズデーもウンウンと頷いた。

 

「そうだな……だが、働きすぎた。ということも考えられる。根拠があるわけじゃないが、抹殺の理由に心当たりが無いわけじゃない」

 

 彼は報告書の中であえて言及を避けたあの話題を思い返していた。そして、それはミス・マザーズデイも同じ。

 もし、自分がその報告をあえて言わなかったことをボスに感づかれていたのならば、それは十分すぎる不信だ。

 さらに、彼とミス・マザーズデイの頭の中にはあの『アルバーナの時計台』がある。ボスが部下というものをどのように考えているのか、彼らは薄っすらと理解し始めていたのだ。

 

「心当たりって?」と、ミス・チューズデーが問う。

「それはまだ言えねえ」

 

 ニーサンは首を振った。

 

「もし理由がその情報だったときに、お前らも巻き込むことになる」

「もう関係ないんじゃないかのう。もしその会社がその程度で旦那を殺すような組織なら、旦那と行動をともにしたワシらも無事じゃすまん」

「……だが、念には念だ」

「じゃあ仮に抹殺されるとしてさあ、じゃあどうすんの? 逃げんの?」

 

 ミス・サーズデーの問いに、ニーサンは息を吐いてから答える。

 

「俺は逃げても無駄だろう、悪いことに顔が割れすぎている……だから、お前らだけでも逃げてもらいたい。俺が囮になって逃げ回るから、お前らはどこか適当な国にでも潜り込めばまずバレねえだろう」

 

 そう言った時、ミス・マザーズデイとシャッパが立ち上がった。

 ミス・マザーズデイはニーサンの頬を思い切りつねりあげながら言う。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! カーチャンはあんたのパートナーだよ! パートナー置いて逃げるだなんてこと出来るわけないよ!」

「ワシもそれは飲めん。ワシは元々あそこで死んでいた身じゃ、旦那を守って死ぬなら本望」

 

 痛い痛い、と涙目になりながらミス・マザーズデイの手から逃れたニーサンに、遅れてミス・チューズデーも声を震わせながら言う。

 

「私も、ついていきます。足手まといになるかもしれないけど……」

「あーしもついていくかな~、恩もあるし。つか常識的に考えて一人でいるよりみんなでいたほうが生存確率上がらね?」

 

 ニーサンは赤くなった頬を押さえながら顔を伏せる。

 彼らの選択に言葉を失っていた。当然それは一つだけの感情によるものではない、感じるべき責任もある、呆れもある、申し訳無さでいっぱいだ。

 だが、何よりも彼は嬉しかった。

 

「もう一度だけ聞くぞ? 本当にいいんだな?」

 

 頷く四人を見て、ニーサンは顔を上げる。

 にじみ出ていた涙が、きっとミス・マザーズデイにつねられたからだ。

 

「なら、それなりの作戦を考えてある」

 

 今ある戦力ならば、それなりの抵抗は出来ると彼は考えていた、だが、自分の命を守るために彼らに協力しろというのは、あまりにも傲慢だということもわかっていた、しかし、もう躊躇はない。

 ニーサンは続ける。

 

「恐らく、おれ達を殺しに来るのはMr.5ペアかMr.4ペアだ」

「なんでわかるし」

「Mr.3にその指令が出ていたなら今日おれは殺されていただろう……慌てて島を出たならば別の任務が告げられたんだ。Mr.2はいまアラバスタ煽動で忙しいから暗殺なんてやっつけ任務やってる場合じゃない。Mr.1は……Mr.1を俺の抹殺のようなしょっぱい任務に派遣するはずがねえ、そうなれば残るはMr.5かMr.4ペア」

 

 彼はマットに腰掛け直して続ける。

 

「そして、確率的にはMr.4ペアのほうが高いと睨んでる」

「どうしてだい?」

「順当に考えればMr.5であるとは思うんだが、それにしてはおれ達に与えられた余暇が長すぎる。ボスは即断即決の男だ、Mr.5ペアに何らかのトラブルがあったと考えている」

 

 一旦話を切って、四人がそれに何も反論しないことを確認してから続ける。

 

「Mr.5ペアであるにしろMr.4ペアであるにしろ、爆撃を行う能力者ならばチャンスは有る」

 

 いいか、と、彼は身を乗り出してその作戦を伝えた。

 

「まずおれとミス・マザーズデイが『バレるように出港』するから、その後お前らはーー」

 

 

 

 

 

 

 早朝。

 太陽に角度が付き、そろそろウエイトレスが着替えを始めようとしていた頃、その少女の泣き声がキューカ島に響いていた。

 

「うわああああああああああん!!!!!」

 

 ただ事でない雰囲気だった。

 少女は焼いた肌にミニスカート、それでいて帯刀しているというアンバランスさであったが、それを見る人は少女の年齢不相応な、振り回すような泣き声にばかりに気が行っていた。彼女が小脇に抱えている色紙にも、誰も気づかない。

 

「君、どうしたんだね? 泣いてばかりじゃわからないよ」

 

 見かねた警備員の一人が、彼女に歩み寄ってそう問うた。

 

「そうよ、せめて何があったのか言ってくれないと私達も何も出来ないじゃない」

 

 もう一人、親切な早出のウエイトレスも彼女の肩を抱きながらそう言っていた。彼女もすべて善意でそう言っているわけではない、そのスピーカーのような少女がいると、いつまで経っても仕事が始まらないのだ。

 だが、その少女を目立たぬ場所に移動させようとすると、何故か彼女はやんわりと抵抗するのだ。

 

 やがて、彼女の周りには人だかりが出来ていた。無理もないだろう、休暇があるが刺激のないその島で、うら若い少女の涙はとびきりのスパイスだった。

 泣き声の大きさと口コミによって、ドンドンと彼女を囲む野次馬達は増えていく。

 警備員とウエイトレスがいよいよ実力行使に出ねばならないのかと頭を悩ませたその時、少女は「ひっく」と、一つしゃくりあげてから大声で叫んだ。

 

 

 

「ニーサン・ガロック様が死んだあああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 それは、当然その声量による衝撃というものも大きかったが、何よりその内容でも聞くものを圧倒する衝撃であった。

 その証拠に、野次馬達の興味は少女よりも彼女が語った内容の方に大きく傾き始めている。

 有名ロックンローラー、ニーサン・ガロックがこのキューカ島に訪れていたのは彼らも知るところである。直接彼に声をかけることはなくとも、有名人がいるという噂はその狭い島ではすぐに広まるのだ。

 

「なんだって!」と、彼女のそばにいた警備員が驚いて叫んだ。無理もない、彼は抜群に音楽に詳しいわけではないが、ニーサン・ガロックはそんな彼でも知っているビッグネーム。そのような有名人を目にすることが出来るというのが、その仕事を真面目に行う彼の自慢の一つだった。

「嘘よ!」と、野次馬の中の一人の夫人が叫んだ。彼女は徹底的なニーサンのファンだ。彼女もまたニーサンがこのキューカ島にいることを知ってはいたが、崇拝すべき教祖の余暇を邪魔してはならぬと、ただ遠巻きから眺めて満足していたのだ。

 

「ホントだしいいいいいい!!!!! あーし見たんだしいいいい!!!」

 

 少女はブロンドを振りかざして続ける。

 

「夜明け前、あの人がホテルから出るのを見たんだ! 周りに誰もいなかったからこっそりサインを頼んで、その後出港するのをずーっと見てたんだ! そしたら……そしてら……あの人が乗ってた船が急に爆発したんだし! 本当だし! あーし見たんだし!!!」

 

 野次馬達はそれに顔を青くした。明け方に何らかの爆発音がしたのは彼らも知っている。だが彼らはそれは自分たちとは関係のないことだと思っていたのだ。七武海の絡むその島を襲撃する海賊は少なく、何よりこんな時代だ、近くを行く船が襲われることなどまれによくある。

 だから、それがニーサン・ガロックを襲ったとは誰も思っていなかった!

 

「それは確かなの!?」と、ウエイトレスが問うた。それが本当ならば、しばらくは営業どころの騒ぎではない。

 

「本当だし!」

 

 少女は更にしゃくりあげながら、小脇に抱えていた色紙を掲げた。

 

「これもらったんだし! 日付も書いてあるんだし! 本当だし! ニーサン・ガロック様が死んじゃったんだしいいいいいい!!!!」

 

 掲げられた色紙を見て、野次馬の婦人は悲鳴を上げた。ニーサンを教祖と崇める彼女は、当然彼のサインを理解できる。しっかりと今日の日付が書かれたそのサインは、ニーサン・ガロックがあの装飾付きのペンで書いたもので間違いないと彼女は判断した。

 そうなれば、今度は彼女の友人たちがそれに悲鳴を上げる。彼女がそれを本物だと判断したのならば、それは本物であるに違いない。

 そうなれば、野次馬達の思考がどっと動き始めた。

 ニーサン・ガロックが死んだ。爆発によって死んだ。

 なんで爆発した? 誰かにやられたのか? もしかしたらその誰かは、まだこの近くにいるのか?

 

 善良な彼らは知らない。いや、それが分かるはずもない。

 考えられるだろうか? まさかその少女が、ニーサン・ガロックが死んだと思われたほうが得である立場だと、どうして思えよう。

 善良な彼らは思うのだ、少女がニーサンからサインを得たということは、それは確かに彼女が彼と無関係なただのファンであるだろうと。

 まさか彼女とニーサン・ガロックがグルであるだなんて、一体誰が思うだろうか。

 まさかニーサン・ガロックが死んだと思われることを望んでいただなんて、誰が思うだろうか。

 

『真実』とは『煽動』とは、そうやって作り出す。彼らはその手段を知っている。善良であることの脆さを知っている。

 

 あれほど騒いでいたはずの少女は、いつの間にか消えていた。

 野次馬達の悲鳴と混乱の残るそこには、いくつもの靴跡がついたサイン入り色紙があった。

 

 

 

 

 

 

「マジバッチリだし!」

 

 右手でオーケーサインを作りながら、ミス・サーズデーは満面の笑みだった。

 

「今頃島は大騒ぎだし!」

 

 ニーサンは満足感のすごそうなミス・サーズデーに「よし」と言ってから、今度はミス・チューズデーの方を見る。

 

「こっちもバッチリです!」と、ミス・チューズデーは横目でミス・サーズデーを見ながら、彼女を真似るようにオーケーサインを作り出す。

 

「すでにニュース・クーに記事を発送済みです!」

 

 よし、よし、と、ニーサンは大きく頷いた。

 

 ミス・チューズデーの美しい文字と文体で書かれた『ニーサン・ガロック死亡』の記事草案は、すでにニュース・クーによって『世界経済新聞』の支部に運ばれるだろう。ニーサン・ガロックのセンセーショナルな死とともに、彼の出自や経歴などが、まるで本人へのインタビューがあったかのように正確に作られたそれは、すぐさま『世界経済新聞社』社長、モルガンズのもとに届くに違いない。

 

「しかし、本当にうまくいくでしょうか?」

「モルガンズだぞ? おれが目の前でタップダンス踏んでても『死亡記事』を出すわ」

 

 彼はまだ下着と格闘しているミス・マザーズデイを指差して続ける。

 

「おれとミス・マザーズデイを事実婚状態の夫婦にしかけた挙げ句不倫報道までした男だぞ」

 

 世界経済新聞社社長モルガンズにとって、ニーサンのような有名人は飯の種。ところがロックンローラーであるニーサンにとっても過激報道はどんとこいな部分もあるので、なにげに共生しているとも言える。

 

「あのときはひどかったんだから!」と、ようやくそれを装着し終えたミス・マザーズデイが振り返った。

 

「カーチャン子供産めない設定にされてさ、まったくひどいもんだよ! 子供はバレーボールチームが三つ作れるほどはほしいってのに!」

「……とにかく、裏が一ミリもなくても面白けりゃ記事にする男だ。今回の件は裏もしっかりあるし、こんな『ビッグニュース』そうそうねえだろうから確実に記事になる。明日をまたず今日の昼には号外が出るだろうよ」

「すごい自信だねえ」

「おれはニーサン・ガロックだぞ」

 

 彼は未だに顔を手で覆うシャッパに「もういいから」と促してから続ける。

 

「とにかく、おれは死んだ。これで少なくとも追手は来ない」

「どーすんのこれから」

「一先ず、輸送船をパクって海に出よう。ここにいることがバレたら本当に神になっちまうからな。エターナルポースはいくつか隠してある」

 

「目的地は?」とミス・チューズデーが問うた。

 

「ウイスキーピークだ」

 

 その地名に、ミス・サーズデーが激しく反応する。

 

「は、なんで? 危なくね?」

 

 せっかく会社から逃れることができそうであるのに、再びその渦中に飛び込むような行為だ。

 だが、ニーサンが答える。

 

「心配すんな、今は悪い予感が一つもしねえ」

「奇遇だね、カーチャンもだよ」

 

 彼らの『第六感』はよく当たる。

 

 それに、と、彼は続けた。

 

「確かめたいこともある」




ミス・サーズデーの戦闘シーンをかけそうにないのが心残りです

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11.真実 ①

 ウイスキーピークの住民たちは、その何の変哲もない小型の輸送船を最大限に警戒することにした。

 状況が状況であるし、自分たちが賞金稼ぎ集団であるという後ろめたさもあった。何より、小型の輸送船などが来るような町ではないのだウイスキーピークは。

 

 だから、その小型船から姿を表したのが顔なじみ達であることに彼らは安堵したし、そして大きく驚きもした。なぜならばその顔なじみの中にはMr.6、つまりニーサン・ガロックも含まれていたからだ。

 政治になどかけらも興味のない彼らでも、ニーサン・ガロックが死んだという『大号外』は届いていた。勿論彼らはそれに衝撃を受けたし、ある体験から、それに対して様々なことを邪推したりもした。

 だが、それらの邪推は、すべてニーサンが本当に死んだということ前提であった。彼らがどれだけ想像力を働かせようとも、今目の前に生きている彼を見てしまえば、その邪推は露と消える。

 

「あんた……生きてたの……?」

 

 降り立ったニーサンに、賞金稼ぎ達の先頭に立っていたミス・マンデーが言った。それは賞金稼ぎ達すべての思いであった。

 

「ああ、なんとかな」

「そうかい……それなら良かった」

 

 彼女は複雑そうな表情であったが、無理矢理に微笑んだ。その様子を見て、ニーサンとミス・マザーズデイは、この町に来た判断は間違ったものではなかったと確信する。

 

 ニーサンは彼らを待ち受けていた少数の賞金稼ぎ達を見やってから、特に表情を崩すこと無く言った。

 

「君たちこそどうした、何があった?」

 

 彼とともに降り立ったミス・チューズデーやミス・サーズデーなどは、彼らの姿をひと目見て不安げに目を見開いた。

 その驚きはもっともであった。彼らの中で最強格であるミス・マンデーは体中に包帯を巻き付け、髪の一部は焦げ付いているように見える。それ以外の賞金稼ぎ達も、皆満身創痍で、とてもではないが戦えるようには見えない。

 何が妙かと言えば、そんな彼らが不審な小型船と対峙しようとしていたという事実だ、つまりそれは、彼らがまだ戦える人材だということになる。怪我人ばかりを最前線に向かわせる馬鹿な指揮官はいないし、自主的にそれをする兵隊もいない。

 

「海賊にね」と、ミス・マンデーが手短に答える。

 

「こっぴどくやられちまったのさ」

「それは責任問題になるな……まあ、作戦は最終段階に入っているからそこまで大きな問題にはならんか」

「それよりもカーチャンはあんた達が心配だよ! 大丈夫なのかい!?」

「正直、大丈夫じゃないわ。住民の殆どがけが人になってるし」

 

 ニーサンは振り返って言う。

 

「ミス・チューズデーはけが人の手当てに行け」

「はい!」

 

 賞金稼ぎの案内で町に向かう彼女を見送りながら、彼は続ける。

 

「エージェントはどうなった? まさか君以外全員いなくなったわけじゃないだろう?」

 

 その瞬間、町全体に緊張感が走ったような気がした。

 ミス・マンデーを含む賞金稼ぎ達は、その問いに一様に表情を歪めたのだ。当然それは、怪我の痛みによるものではないだろう。

 下手だな、と、ニーサンは思った。彼らにもう少しずる賢さというものがあったら、ビリオンズの目もあっただろうに。

 

「……Mr.8とミス・ウェンズデーを失った。あんたには悪い話だろうけど」

 

 ミス・マンデーはニーサンから目をそらしながらそう言った。

 彼女は彼女なりに、その動揺を誤魔化そうとしているようだった。ミス・ウェンズデーを失ったことをニーサンに伝えることで、それ以上に巨大な何かを隠そうとしている。

 

「そうか……ミス・ウェンズデーが……」

 

 ニーサンは苦い顔をした。彼女が無事であること、彼女がアラバスタ王国と何の関係もないことは、彼が考えることの出来る最良のシナリオだったが、どうやらそうは行かないらしい。

 だから彼は、切り出すことにした。

 

「何者だった? あの女は? どうなった?」

 

 その言葉に目を見開き、ミス・マンデーは押し黙った。

 それに追い打ちをかけるように続ける。

 

「今更警戒するな、おれは大体のことを知っている。それによって……当然ながら会社が抹殺計画を立てるであろうことも予想できる。その上で聞く、あの女は、どうなった?」

 

 ミス・マンデーは戸惑っているようだった。どうしてそれを、Mr.6が知っているのか。

 だが、その沈黙を打ち破る声があった。

 

「マンデー姉さん。何もかも話す必要はねえ」

 

 彼女の背後にいた一人のミリオンズが、サーベルを構えながら言っていた。

 

「姉さんやナイン兄さんがやったことの重大性ならおれ達にも分かる。会社から刺客が送られるのも当然だ」

 

 どうやら彼は、彼らは、Mr.6ペアを会社から派遣された刺客だと判断しているらしい。

 

「だがおれ達は、会社の言いなりになるつもりはねえ。あんたがミス・ウェンズデーを守ったように、おれ達があんたを守る」

 

 彼以外のミリオンズ達も次々に武器を構える。

 それに同調するように、ニーサン陣営も構えた。

 シャッパはファイティングポーズを、ミス・マザーズデイは腰を落とし、ミス・サーズデーは良業物『ニコニコ蝶羽華流』を構えて抜刀の体勢をとった。

 だが、ニーサンだけは戦闘態勢を取らず、彼らの前に右手を差し出して「やめろ」と言った。

 それと同時にミス・マンデーも叫ぶ。

 

「やめな! 今のあんた達が敵う相手じゃないよ!」

 

 心意気には感激する。だが、その戦力差は明らか。

 オフィサーエージェントこそいないが、相手はフロンティアエージェントのトップとそれに準ずる者たち。手負いのミリオンズ達が敵うはずがない。自分たちを慕ってくれる可愛い部下だからこそ、闇雲に死地に赴くようなことはしてほしくないのだ。

 

 ミリオンズ達も、一瞬ニーサン達を一睨みはしたものの、素直に武器を下ろした。信頼する上司であるミス・マンデーがそういうのならば、自分たちにそれを振るう権利はない。Mr.6ペアを蹴散らせる力があったならまた話は違うだろうが。

 ニーサン陣営もそれを見て構えを解いた。

 

「それに」と、彼女は続ける。

 

「こいつらに敵意は無いよ。あたしらを潰しに来たやつが、真っ先に治療なんかするもんか」

 

 彼女は場が落ち着いたことを確認してからニーサンに言う。

 

「あんたの想像通り、ミス・ウェンズデーの正体はアラバスタ王女のネフェルタリ・ビビだったらしい……あたしらもまだ受け入れられて無いけどね」

「は? なにそれ? どーゆーこと?」

 

 彼女の言葉に、まだ何も知らぬミス・サーズデーが激しく反応した。当然だろう、顔なじみであるエージェントが突然王女だったなどと言われればそうなるのが普通の反応だ。

 そして、そもそもミス・ウェンズデーのことをそこまで知らぬシャッパなどは何だそれはと首をひねるのみだ。

 

「後でゆっくり説明してやる」と、ニーサンはミス・サーズデーを一旦黙らせてから問う。

 

「誰が来た?」

「Mr.5ペアだよ」

「なるほど……」

 

 そこまでは、ニーサンの想像通りであった。

 

「さっきミリオンズが『ウェンズデーを守った』と言ったが。それはどういうことだ?」

 

 ミス・マンデーはそれに一瞬沈黙を作った。そして、ミリオンズ達もしまった、という表情をする。

 だが、覚悟を決めて彼女は言った。

 

「あたしは、ミス・ウェンズデーを守るためにMr.5ペアに反抗したのさ……その結果がコレだけどね。あくまであたしの判断だ、Mr.9やミリオンズたちには関係ない話だよ」

 

 彼女はそれを咎められると思った。バロックワークスのエージェントとして、オフィサーエージェントに逆らうなど絶対あってはならないことだし、何より、アラバスタ王女という、絶対に取り逃がしてはならないはずの人材を守ったなど、今この場で抹殺されても文句は言えない。

 だからこそ彼女は、Mr.9とミリオンズをかばったのだ。なにかがあっても自分の首一つで穏便に済むように。

 だが、ニーサンはそれを咎めなかった。

 むしろ、彼はそれをフォローしたのである。

 

「無理もないことだ。長年付き合ってきたビジネスパートナーを、さあ突然殺せと言われて出来るはずがねえよな。会社としては良くないが、人間としてはよく分かる」

「女気見せたね、カーチャンはあんたを誇りに思うよミス・マンデー」

 

 そう、Mr.6ペアはそれを批判できる立場にない。そもそも一番最初にミス・ウェンズデーに対して仲間意識を持った判断をしたのは彼らだったのだから。

 

「……咎めないのかい?」

「ああ、それよりも気になるのは、その結果どうなったかだ。そのすべてを教えてほしい」

 

 ミス・マンデーはそれに答えた。すでに彼らに対する警戒はとけていた。

 

「わかった。長くなるから酒場で話そう」

 

 

 

 

 ミス・マンデーの話は、思っていたよりも長かった。その話の途中に出来る限りのことを終えたミス・チューズデーが合流できるくらいには。

 そして、それはニーサンの想定を遥かに超えた話でもあった。

 

「ちょっと、話を整理させてくれ」

 

 ソファーに座り直しながら、ニーサンが言った。それは同じくソファーに座る仲間たちのためでもあったし、自分の考えを整理するためでもあった。

 

「つまり、この町はMr.9とミス・ウェンズデーが引き込んできた海賊の、戦闘員一人に壊滅させられ、そこにMr.5とミス・バレンタインがミス・ウェンズデーとMr.8の抹殺に現れ、その戦闘員と船長が内紛やってる『ついで』にその二人を蹴散らし、ミス・ウェンズデーと共に出港、Mr.5ペアはそれを追って共に『リトルガーデン』に向かった……と言うことか?」

「ああ、そういうことだ」

 

 全身包帯まみれになりながら、最後におまけのように王冠をかぶった男、Mr.9が答える。

 

「無茶苦茶な説明で悪いけど、あたしだってまだ良く意味がわかってないの」

「まったくだ……ミス・ウェンズデーが王女であったことも、あの剣士のやたらめったらな強さも、まだ信じられてない」

 

 ソファーに背もたれるニーサンも同じことを思っていた。ミリオンズとは言え、ここに集まっているのは賞金稼ぎばかりだ。どれだけ優れた戦闘員であろうとも、相当な手練でない限りは数には敵わない。それをこうもあっさりと、百人斬りを達成するなど。

 

「『麦わらのルフィ』か」

 

 ミス・マンデーから手渡された手配書を眺めて、彼は一つ呟いた。知らぬ顔ではない『白猟のスモーカー』の手から逃れた実質的な東の海(イーストブルー)の覇者だ。

 

「あの」と、ミス・チューズデーが手を挙げる。聡明な彼女は、遅れてきたにもかかわらずその状況を把握しつつあるようだった。

 

「Mr.9さんは、ずっとミス・ウェンズデーさんと組んでいたんですよね? 何か違和感とかは……?」

 

 それは、受け取りようによっては彼を責めるような質問であるかもしれなかったが、ミス・チューズデーが持つ雰囲気が、それに棘のある印象を持たせない。

 

「いや、全く感じなかった」

 

 首を振るMr.9にミス・マンデーも同意する。

 

「あたしも全くそれは感じなかったね」

 

「大した演技力だよ」と、ニーサンは背伸びして言う。

 

「おれ達はまんまと騙されたんだ」

 

 彼の言葉に、酒場はしんと静まり返った。

 考えないようにしていたのか、それともまだそこまで考えが至っていなかったのか、Mr.6ペア以外は一様に息を呑んでいる。これまではミス・ウェンズデーが抹殺の対象になるような身であったことばかりに考えが行ってしまい、彼女が自分たちを裏切り続けていたことには気づいていなかったのだ。

 

「なるほどね」

 

 ミス・マンデーはため息を吐いた。悲しそうな表情で。

 Mr.9もそれは同じであった、特に彼はミス・ウェンズデーのパートナーでもある。

 

「確かに、状況だけを考えればそうなる」

「恨むか?」

 

 その質問に、Mr.9は首を振る。

 

「いいや……恨みなんか無いさ。ミス・ウェンズデーはおれ達を攻撃したわけじゃない」

 

 ミス・マンデーもそれに同調する。

 

「そうだね、どっちみちあたし達はこの騒動でペナルティをうけるはずだった……たとえ裏切り者だとしても、どうせなら友達を庇いたかった」

 

「悪いことじゃないさ」と、ミス・マザーズデイが言った。

 

 そして少しばかり酒場が沈黙した後に「ところで」と、彼女が唐突に切り出す。

 

「あんたら、なにかカーチャンに隠し事してないかい?」

 

 それは根拠のある質問ではなかった。彼女の『第六感』による、何気ない質問。

 だが、それは何らかの核心を突く質問であったようだ。

 

「い、いや! 何も隠してなんか無いぞ!」

 

 Mr.9はとたんに彼女から目をそらし、わかりやすく否定する。もう黙っていたほうがマシなレベルだ。

 ミス・マンデーはそれをよくわかっているのかじっと押し黙る。だが、もうMr.9のせいでそれすらもバレバレな演技の一つにしか見えない。

 

「何を隠してる?」

 

 ニーサンは少し身を乗り出しながら問うた。彼はMr.9達がまだ何かを隠しているとは思っていなかったので、その反応は意外だった。

 しかし、彼らは押し黙ったままだ。

 ニーサンとミス・マザーズデイは顔を見合わせて首をひねる。この期に及んで一体何を隠すことがあるのだろうか。

 

 やがて、ミス・マンデーが口を開く。

 

「一つだけ、約束して」

「内容によるがな」

「彼に、手を上げないで欲しい」

 

 ニーサン達はそれに再び首を傾げる。彼女の言う『彼』というのが誰なのか、さっぱりわからなかった。




Mr.6のもう一つの名前候補は『ジュニ・ワルーニー』でした。

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11.真実 ②

 ウイスキーピーク、その外れにある小屋。

 その男、Mr.8ことアラバスタ王国護衛隊長イガラムは、ベッドに身を横たえ、己の不覚を呪い続けていた。

 起き上がれば、まだ体には激痛が走る。だが、本来ならばたとえこの身が引き裂けるようなことがあろうとも、今すぐにでも船を出さなければならい。

 しかし、船を失い、ミリオンズ達に監視されている今、体の痛みもあって自由には動けない。

 彼はそれが自害にも値するほどの屈辱であった。アラバスタ王女、ネフェルタリ・ビビを守らなければならない立場であるのに。

 

 王女を『麦わらのルフィ』一味に任せた後、彼はアラバスタ王国への直線ルートを行くことで囮になり、彼女への脅威を少しでも減らそうとした。

 だが、ウイスキーピークを出港したすぐ後に、彼の船は爆破された。彼自身は『何者かの手によって』その直撃を逃れたものの、こうしてベッドに横になるしか無い状況だ。

 

 今こうしている間にも、王女は脅威にさらされ続けている。

 

 彼がその先に思考を進めようとしたその時、小屋の扉が開いた。

 入ってきたのはミス・マンデー、かつてのパートナーにして、イガラムを監視しながら看病するという選択肢をとったエージェントでもある。

 それは彼女らにとってもリスクのある選択肢だった。そして、イガラムもそれは理解している。それも含め、彼は今すぐにでも島を後にしたかった。

 そして、その後からついてきたのは、Mr.6とそのパートナーたちだった。

 表情にこそ表さないが、イラガラムはそれに驚いた。彼についての『大号外』は、当然イガラムの耳にも届いている。

 

「客だよ」と、ミス・マンデーは彼らを指差して続ける。

 

「約束は守ってもらうよ」

「ああ、そんなに心配すんな」

 

 彼は手にしていたパイプ椅子をベッド脇においてそれに座り込んだ。

 

「久しぶりだな、Mr.8」

 

 嫌味ったらしく言う彼に、イガラムは答えた。

 

「ひにぐが……マー、マー、マー、マ~。皮肉屋だな、私の正体など、すでにわかっているだろう」

「そうだな、アラバスタ王国護衛隊長、イガラム」

 

 ニーサンは冷静に、突き放すようにそう言った。彼がその立場であることは、ミス・マンデーからすでに聞いているし、それに納得もしていた。戦闘力もさることながら、人をまとめるのに秀でている男だという評価は、間違っていなかったのだ。

 

「何をしに来た……」

 

 彼はすでに死を覚悟していた。そして、何をされても王女のことは一言も漏らさぬと決意していた。

 だが、ニーサンの返答は彼の想定とは違うものだった。

 

「イガラム、一つ取引といこう」

 

 その提案に、彼は沈黙した。相手の意図が読めぬ以上、何も言うべきではない。

 ニーサンは更に続ける。

 

「簡単なことだ、今お前が持っている情報をおれ達に提示すればいい……」

「それで、一体私が何を得るというのかね?」

「お前を、アラバスタまで送ってやる」

 

 イガラムはそれに否定の言葉をつけず、ニーサンの次の言葉を待った。まだ信用に足るわけではないが、魅力的な提案ではあった。

 

「盗品だが、おれは船を持っているし、アラバスタへのエターナルポースもある。ここから直通でアラバスタに向かえば……お前の『遅れ』は取り戻せるだろう」

 

「迷うなよ」と、彼は続ける。

 

「お前には利益しか無い提案のはずだ。おれ達は王女の件を知っているし、その行動も知っている」

「それなら、一体何が知りたい?」

 

 ニーサンは一度息を呑み込んでから答える。

 

「この会社の、ボスは誰だ?」

 

 イガラムとミス・マンデーはその問いに背筋を凍りつかせた。

 謎こそが社訓であるこの会社、その実、その社訓はボスであるMr.0の素性を完全に覆い隠すためだけに存在する。

 Mr.1ペアですらその正体を知らないと言われており。彼の正体を知っているのは、ナンバー2のミス・オールサンデーのみ。

 それは、バロックワークス社の最大の闇だった。

 

「それを言えば、君たちも狙われることになる」

 

 イガラムは、駆け引きなどではなく本心からそう言った。その責任を負わせるほど、彼はフロンティアエージェント達を個人では憎んでいなかった。

 

「心配すんな、おれ達はもう会社から切られている。あの『大号外』は、おれ達が抹殺から逃れるためにうった芝居だ。会社はもうおれ達を殺したつもりになってる」

 

 パイプ椅子が軋むほどに背もたれて続ける。

 

「この町もそうさ、任務失敗以前に、お前とミス・ウェンズデーを長期間受け入れていた時点で、ボスはこの町を消すだろう。お前はそれを言わぬことがおれ達に対する最低限の情だと思っているのかもしれないが、こうなってしまった以上、抵抗すべき敵をはっきりさせることこそがおれ達に対する情だ」

「……しかし、敵は強大すぎる。君たちの敵う敵ではない…」

「勘違いするな。たしかにおれ達は会社に切られたが、だからといってお前らに味方したいわけでもない、あくまでも自衛のために、離れるべき対象を知りたいだけ」

 

 それでもまだ答えを渋るように唇をなめたイガラムに、しびれを切らしたミス・サーズデーが鯉口を切った。僅かな音であるがそれに気づいたニーサンが右手でそれを制す。

 だが、その代わりに彼は一層低いトーンで言った。

 

「お前、ちったあはっきりさせろよ……お前がおれ達に行った『裏切り』によって、この町すべてが命の危機にさらされているという現実をはっきりと理解しろ。その上で、まだこの組織に対して恨みが上回るのなら、そのまま黙っていればいい。だが、少しでもおれ達に情というものがあるなら、さっさとゲロってアラバスタに向かえばいい。お前が黙っていることで、この世界の誰もトクはしねえんだよ」

 

 裏切り、という言葉に、イガラムは目を見開いた。敵対する組織に対する恨みを自覚していながらも、エージェントたち個人に対する裏切りを考えたことはなかった。

 だが、状況的にはニーサンの言うとおりであった。犯罪組織であることは前提にしても、彼がエージェントたちを欺き、裏切り続けていたことは事実、そして、それでウイスキーピークの住民達が命を狙われる可能性があることも理屈が通る。

 イガラムは覚悟を決めるために息を吸った。彼らに対する情はある。

 

「わかった。言おう」

 

 エージェントたちは沈黙でそれを待った。

 

「この会社のボス、Mr.0は……王下七武海、クロコダイル」

 

 パイプ椅子の足がガタガタと軋む音がした。ニーサンがその名前に驚き、大きく身を乗り出したのだ。

 それは他のエージェントたちも同様だった。これだけの賞金稼ぎを秘密裏で束ねることの出来る武力を持つボスだ。多少は名のある男だとは思っていた、だが、それが王下七武海とまでは、当然思っていなかった。

 

「マジ? ヤバくない?」と、一言だけ漏らしたミス・サーズデーの反応こそが、彼らの思いを代弁していた。

 

「なるほど……」

 

 ニーサンは俯き、歯を食いしばりながら絞り出すように呟く。

 どうしてそれに気づけなかったのだろうか。たしかに、そうであれば、全ての辻褄があう。

 彼がアラバスタ攻略の上でも最もネックになると思っていた部分は、王下七武海のクロコダイルの懐柔、もしくは討伐であった。

 しかし、もしその大戦力がそのままこちら側だとしたら……。

 

「アラバスタ王国は陥落する……」

 

 直感的に、彼はそう思った。国王軍が寝返ったとかそういう次元の話ではない。クロコダイルさえいなければ確実に成功すると思われていた作戦である、クロコダイルが仲間だとあれば、もうすでに成功していると言ってもいい。

 

「そうはさせぬ……!」

 

 なんとか身を起こしながら絞り出したイガラムを、ニーサンはもはや憐れみに近い感情で眺めている。

 王女と護衛隊長、そして、三千万ベリー程度の少数海賊団でどうにかなる相手ではない。

 

「ヤバいね……」

 

 それまで沈黙を保っていたミス・マザーズデイも、珍しく深刻な表情をしながら言った。動揺からか普段注意しているはずのミス・サーズデーの口調がまじる。

 

「カーチャン達は、とんでもない敵を抱えちまった」

 

 ニーサンはアラバスタでの一幕を思い返していた。初めてクロコダイルと顔を合わせたあの時、なんとかやつを出し抜こうとしたあの時、そして『ライブ』会場でのあの時。

 あの男は、ハッタリを重ねる自分をどのような目で見ていたのか。

 完璧ではないにしろ、自分はこれまでうまく立ち回っていたつもりだった。だが、どうやらそれも、この会社の手のひらの上であったということになる。

 むしろ、クロコダイルがこの会社のボスだというのならば、自分はうまくおちょくられていたとすらとれる場面すらあった。

 悪人としての格が段違いだ。

 彼は頭を抱えた、あまりにもショックが大きい。賞金稼ぎ、そしてロックンローラー、そのハッタリが打ち砕かれている。

 

「あのさ~」と、あまり物事を深く考えないのか、それとも強烈に前向きなのか、あるいはそのどちらかであったり、そのどちらも同じような意味なのかはわからないが、ミス・サーズデーが素朴で重要な疑問をぶつけた。

 

「そもそもなんで王女サマがスパイやってるわけ? 意味わかんなくない?」

 

 一瞬、その言葉に誰もついていかなかった。だが、それは最大の疑問でもある。

 少しばかり沈黙があった後に、ニーサンが問うた。

 

「そうだな、おれもそれにはかなり興味がある。教えろ」

 

 イガラムは、やはり少し躊躇しながらもそれに答えた。

 

「元は、ビビ様がおっしゃられたこと。最初は私も危険なだけで意味のないことだとは思っていたが、敵の正体がクロコダイルだと分かると、その理由も出来た」

「理由?」

「……相手がクロコダイルとあっては、今の我々では民意で勝つことが出来ない……王女様ならばまだ若く、国民の人気もあり、何より反乱軍を説得できる」

「なるほど」

 

 ニーサンは背もたれて頷いた。それでもまだ王女が直接スパイになる理由がはっきりとするわけではないが、王女の意思が多少そこに入っているのならば、考えられないことではない。

 

「確かに、今の王と国王軍では民意を得られないだろう……バロックワークスはそのように工作したし、国王が安易な人気取りに走っていないのも事実。それに引き換えクロコダイルは、武力という、人気を得るために最もわかりやすい武器を持っている。王女様がどれほど国民に人気なのかは知らねェが、まあ、あれだけの美貌だ、しわくちゃババアよりかは人気があるかもな」

 

 彼はやはり憐れみの目でイガラムを見た。工作によって王の威厳が地に落ちつつあるのは彼が最もよく知っている、彼はそれを成すために最もよく働いたエージェントの一人なのだから。

 

「大したもんだ」と、ニーサンは続ける。

 

「痛みも血も知らねえであろう一国の王女様が、国を狙う敵のためにスパイとなって組織に潜り込み。こんな島で賞金稼ぎと寝食を共にし、時には痛み時には痛めつけ、二年もの間身分を誤魔化し続けていた」

 

 だが、その努力によって得たものが、国から雨を奪う『ダンスパウダー』の製造の資金に使われていたという事実を彼らはどう思っていたのだろうか。そして、王女ビビは、彼女を仲間だと笑い合うエージェントやミリオンズをどう見ていたのか。

 

「大したもんだ」と、彼はもう一度続ける。

 

「そこまでして守りたかったんだろう、富を、地位を。どうやらおれもその策略に見事引っ掛かり、ペラペラと調子よく喋っちまった……ここの連中は気が良くて嫌いじゃなかった……だが、そう思っていたのはおれ達だけだったらしい」

 

 彼はゆっくりと立ち上がった。パイプ椅子をたたみ、それを片手で持ち、それを突きつけるようにイガラムに向ける。

 

「とんだ間抜けだよおれ達は!」

「やめろMr.6!!!」

 

 明らかな攻撃の構えに、ミス・マンデーが一歩前に出てそれを止めようとした。

 だが、シャッパとミス・サーズデーが彼女の前に立ちふさがる。シャッパは拳を握り、ミス・サーズデーは鯉口を切っている。彼らはニーサンの意思を尊重した。

 ミス・マザーズデーは腕を組んだままじっとイガラムを睨みつけている。彼女はニーサンを止めない。

 一人、ミス・チューズデーのみが「やめてください!」と、ニーサンの腰に抱きついてそれを止めようとしている。

 だが、彼女の腕力はニーサンを止めるには非力すぎた。

 

「……お前らには国がある。帰るべき国が『まだ』ある。そこに帰りゃ、お前らはいい立場だ。こいつ達は違う、こいつ達には何もねェ、だから、だからこそ『理想の国』に憧れた。それを……てめェらの裏切りによって、こいつ達は国を失ったんだ!!! アラバスタが勝とうが! バロックワークスが勝とうが! こいつ達には帰る場所がねェ!!!」

 

 その叫びは、彼だけでなく、ミス・マザーズデーが、ミス・サーズデーが、ミス・マンデーすら心の奥底には持っていた感情だった。持っていたが、ぶつけることは出来ない感情だった。だってそれは、国家乗っ取りによってなされようとしていたものだったのだから。

 だが、ニーサンはその引け目を無視して思いをイガラムにぶつけていた。

 

 激高されながら武器を突き立てられても、イガラムは落ち着いていた。どこまで言っても彼にとってバロックワークス社員は敵対者、そのそれぞれに人生があることを理屈では理解しているが、それを亡国の危機と比べることは出来ない。彼らには『裏切った』という感覚がこれまでなかった。

 

 ニーサンは持っていたいパイプ椅子を大きく振りかぶって、床に叩きつけた。リベットが弾け飛び、それがばらばらになる。

 

「お前を殴るわけじゃねえ、反省しろというわけでもねえ。だがなテメェら……それでもテメェらを守った……テメェらのために悪魔の実の能力者に立ち向かった『仲間』を、その『仲間』をテメェらは『裏切った』ことを、一生忘れるなよ、一生背負っていけよ!!!」

 

 イガラムはそれに沈黙していた。まだそれにはっきりとした答えを出すことが出来ていなかったのだ。

 無理もない、彼は王国の護衛隊長。王家の敵を討ち滅ぼす立場であり、それが正義だ。だからこそ、相手にも正義があることを理解しない、理解してはならない。それが国を守るということなのだから。

 ニーサンも、それは無理のないことと頭の中では理解していた。なによりバロックワークスは犯罪組織であり、その狙いは無害な国家の乗っ取り。世界が、どちらが善で、どちらが悪と判断するのか。『海の戦士ソラ』がどちらの味方になるのか、誰にだって分かる。

 だからこそ彼は叫びたかったのだ、悪の中にも正義はあったと、悪の中にも救われるべき小さな存在はいたのだと、彼は叫びたかった。

 

 イガラムは厳しい視線でニーサンを睨んでいた。敵対ではない、恐れでもない、弱気になるべきではなく、かと言って彼らを憐れむべきでもなかった。

 

 シャッパとミス・サーズデーは戦闘態勢を解き、ミス・マンデーも瞳に涙をためてニーサンとイガラムを見やっていた。

 ミス・チューズデーも彼から離れ、複雑そうな表情を見せている、聡明な彼女のことだ、ニーサンの言うことを理解できないわけではない。

 

「よく言った」と、ミス・マザーズデーが微笑んで言う。

「カーチャン、胸がすく思いだよ」

 

 ミス・マザーズデーの言葉に、ニーサンは救われる。

 

「お前ら」と、ニーサンは仲間たちに向かって言った。

 

「さっきも言ったが、おれはこれから『アラバスタ王国に直行』する」

 

 仲間たちは沈黙をもって続きを求めた。

 

「馬鹿な行為だ、アホな行為だ。おれ達の敵であるクロコダイルに最も近づく行為でもある。だが、おれはこの王国がどのような道をたどるのかをしっかりと見届けたい。もうすでに、この国の結末はおれの手から離れている。おれは王国の手助けもしねえし、会社の手助けもしねえ」

 

 一拍置いて続ける。

 

「ついてきたくないやつはついてこなくていい。ここに残ることをおれは何一つ責めはしない」

 

 それは、もはや彼らにとってはいらぬ忠告であった。

 

「行くぞ、アラバスタに」

 

 仲間たちは、それぞれがそれぞれの同意の声を上げた。




作中で明言はしないと思いますがミス・チューズデーは19歳、ミス・サーズデーは17歳位で考えています

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12.タマリスク発アルバーナ行きヤサラクダシャトルバス

 アラバスタ王国、サンドラ河の下流に存在する町、エルマル。

 かつては緑あふれる町であったそこにすでにかつての面影はなく、今では無数の廃墟が残るのみ。サンドラ河が海からの侵略をうけることで真水の供給が難しくなり、奪われた雨によって人々はその町を捨てた。

 町を捨てた人々に代わって砂を掻き出す存在はなく、風に乗ってくるそれは廃墟しか残らぬその町を飲み込まんとしていた。かつてそこが『緑の町』と呼ばれていたことなど、その過去を知らぬものは誰も信じないだろう。町の誇りであったはずのタフ大聖堂すら、すでにその威厳の面影もない。

 

 ニーサン達が乗り込む輸送船は、彼の予定通りサンディ(アイランド)に直行していた。幸いなことに海賊や悪天候に出会うこともなく、恐らく最短の時間でそこにたどり着いていた。

 

「何だこりゃ」

 

 その港に停泊している船をひと目見て、ニーサンは呟いた。

 キャラヴェルだ、海賊旗があることからそれが海賊船であることには間違いないのだろうが、賊が乗り込んでいるにしては随分と小型だし、何より羊を模した船首はあまりにも平和的すぎる。とてもではないが三千万の海賊の本船とは考えられないだろう。

 

「田舎のお嬢様の船って感じだな……」

 

 甲板からそれを眺めるニーサンは、いまだに信じられないといった表情だった。

 

「とにがっ……マー、マー、マー、マ~……とにかく、ビビ様達が無事アラバスタについていることはわかった」

 

 ニーサンの横で腕を組んでいたイガラムは、複雑そうな表情のままにそう言った。

 

「しかし、なんでエルマルなんだ?」

 

 ニーサンはイガラムに問うた。サンディ島につくやいなやエルマルに立ち寄ることを要求したのはイガラムだったのである。しかも彼の思惑通りそこにはビビと行動を共にする海賊の本船があった。

 

「ビビ様は反乱軍の説得に向かわれるだろう」と、イガラムは答える。

 

 そして、その答えにいまだ首をひねったままのニーサンに続ける。

 

「恐らくは反乱軍の拠点であるユバに向かうはずだと思ったのだ」

 

 論理的な答えだったが、ニーサンはやはり腑に落ちないままに返した。

 

「ちょっとまて、今ユバに向かってどうする?」

 

 今度はイガラムが首を捻る番だった。

 お互いが勘違いを続けたまま彼は続ける。

 

「反乱軍の拠点はカトレアのはずだ」

 

 その言葉に、イガラムは反射的に否定の言葉を繰り出そうとした、立場上、彼が偽の情報で自分たちを撹乱しようとしているのではないかとすら思った。

 だが、次の瞬間に「まさか!」と、彼は事の真相を理解して青ざめた。

 

「枯れたのか……ユバが……」

「よくわからんが、その反乱軍はユバに本拠地を構えていたのか?」

「ああ、少なくとも我々が把握していた情報ではそうだった」

「ふーん」

 

 ニーサンはもう一度『麦わら』の船に目をやりながら鼻を鳴らした。

 ユバ、という町の名を全く知らないかと言われれば、必ずしもそうだと断言することは出来ない。アラバスタにいる間にどこかでその名を聞いたかもしれないし、何気なく開いたアラバスタ王国の地図の中にその名があったかもしれない。

 だが、彼の知る限り、そこは任務の中で重要な土地ではなかった。

 反乱軍の本拠地がカトレアであることは確実だ、本拠地ではないところにコーザとその取り巻きがいるとは考えられない。

 イガラムの言うことから考えるに、恐らく最初はその町に本拠地があったのだろう。だが、何らかの理由で、それがカトレアに移った、といったところだろうか。

 そうであるのなら。

 

「皮肉なもんだな」と、ニーサンはやはり鼻で笑った。

 

「会社の情報収集には熱心だったが、肝心の自国の情報はおざなりだったってわけか」

 

 イガラムはそれに何も返さない。ただ、ニーサンの挑発じみた物言いに、多少思うことはあっただろう。

 だが、それは無理もない。ウイスキーピークを本拠地とするフロンティアエージェントが根掘り葉掘りアラバスタ王国の動向を探れるはずがないし、アラバスタから情報供給を受ける選択は、あまりにもリスクが高すぎる、尤も、ミス・ウェンズデーがニーサンに言い寄っていれば、うっかり漏らしていたかもしれないが。

 

「ここで船を破壊すれば、王女たちはカトレアに向かう足を失うことになるな」

 

 もし、ユバから引き返しカトレアに向かおうと思えば、必ず大河サンドラを渡らなければならない。そうなれば、船の使用は必須。

 全くの無人で警戒のかけらもないその船を破壊するのは、無能力者の彼らでも容易だろう。

 

 イガラムは、その言葉にも表情を崩さなかった。今ここで戦っても多勢に無勢、仮に何人かを道連れに出来たとしても、とても敵わないのは明らかだ。

 しかし、ニーサンは退屈げにパイプ椅子の背に体重を預けて続ける。

 

「まあ心配すんな。まだおれが会社員だったら点数稼ぎのためにやってたかもしれねえが……敵に媚びるこたあねェ」

 

 イガラムたちと仲良くするつもりもないが、今更会社に奉仕することもない。

 複雑な視線を向けるイガラムに彼は続ける。

 

「で、どうするんだ? 王女様を追うならここで下ろすが?」

 

 イガラムは少し考えてからそれに答える。

 

「いや、私はナノハナで下ろしてほしい」

 

 ニーサンもイガラムの選択に頷いて「まあ、そうだろうな」と答える。

 

 今から王女の一団を追ったところで、挽回できる時間はたかが知れている。

 それなら、イガラム一人でもカトレアに向かい、反乱軍の説得を試みるほうが良い。

 

「賢明な判断だ」

 

 彼は大声で言った。

 

「錨を上げろ! ナノハナに向かう!!!」

 

 

 

 

 

 

 ナノハナ近辺のある沿岸。ニーサン達を乗せた輸送船は、シャッパとミス・チューズデーの技量のおかげで船体を傷つけること無く接岸していた。

 

「悪いが、おれ達が直接ナノハナに行くわけにはいかねえんだわ」

 

 会社の戦略上、ナノハナには多くのビリオンズ達が送り込まれている、そして、ニーサンとミス・マザーズデイは彼らの教育に一枚噛んでいた。すでに自分たちの抹殺の件が彼らに伝わっていてもおかしくはなく、そこで一騒ぎ起こすことは避けたい。

 

「じがだっ……マー、マー、マー、マ~、仕方のないこと、ここまで送ってくれたことに感謝している」

 

 彼は甲板から見送ろうとしているニーサン達を見やって続けた。

 

「許してくれ、と願うことがおこがましいことはわかっている」

 

 その言葉に、ニーサン達は沈黙をもって続きを求める。

 

「わかってくれとも言えないだろう……だが、結果として君たちを『裏切る』形になってしまったことに……私は……」

 

 彼はその先を告げることが出来なかった。

 無理もないだろう、その先を、彼らに『謝罪』してしまうことは、彼の立場では出来ない。

 それを理解しているのだろう。ニーサンは手を振りながら続ける。

 

「いいんだ。お前らにはお前らの正義があっただろうし、おれ達にはおれ達の正義があった……おれはお前を許せなかったし、お前はおれ達を許せない……そんなもんだろう、何も不思議なことじゃない。おれがあんたを怒鳴りつけたことも道理なら、あんたがおれ達を受け入れられないのも、道理だ」

 

 受け入れるようにも、突き放すようにも聞こえるその言葉を噛み締めながら、イガラムは彼らに背を向けようとした。

 その背中に、ニーサンは「おい」と、声をかける。

 

「無防備に背中を晒すな。敵だろう? おれ達は……」

 

 イガラムはそれに振り返った。パイプ椅子に座って彼を睨みつけるニーサンの目には、悲しみと憐れみがあるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国、首都アルバーナの東に存在する港町、タマリスク。

 多くの四角い塔が存在するその町は、同じ港町でもナノハナとは違った様相を持っていた。

 

「恐らく、反乱はもう始まっている」

 

 バレぬようにこっそりと入港したニーサンは、その町の慌ただしさを不気味に思いながら言った。

 

「どうしてです?」と、あとから付いてくるミス・チューズデーが問う。せめて戦力になればと、彼女はあの工場でニーサンが目ざとく拾っていた北の海(ノースブルー)製の最新式ショットガンを背負っていた。

 

「ナノハナ沿岸部に待機させてたはずの武器商船が見当たらなかった……恐らくあれはすでにナノハナにぶっ込まれている」

「武器商船をぶっこむってどーゆーこと? 意味なくない?」

「ナノハナには多くのビリオンズが潜り込まされている。手段はわからないが、恐らく何らかの『煽動』が行われるはずだ」

「『煽動』で武器商船ぶっこむってこと?」

「ああ、あそこで『煽動』が起これば、反乱軍が黙ってはいないだろう……そこにたんまり武器を積み込んだ武器商船が、まるでお告げのように打ち込まれたとしたら……」

「……人数は足りているから、それに伴う武器があれば、最後の反乱が起こるだろうね、カーチャン分かるよ」

「そういうことだ」

 

 街の中心部に向かおうとする彼らを「待ちな!!!」と、住民が引き止める。

 

「誰だか知らんが、あんたらも逃げたほうが良い!!!」

 

 大掛かりな荷物を背負っているその住民は、急いでいるであろうに彼らに言った。

 

「何が起こっているの?」と、ニーサンを影に隠しながらミス・マザーズデイが問うた。

 

「よくわからんが、どうやら国王軍がナノハナを襲ったらしいんだ!」

 

 そういう彼も、いまだに信じられないという表情をしている。

 

「国王軍が?」

「ああ、おれも噂でしか聞いてないんだが、どうやら国王が直接国王軍を引き連れて、ナノハナを焼き討ちしたんだ!」

「国王が? どうして?」

「おれにもわからん! わからんから逃げるんだ!!!」

 

「あんたらも逃げたほうが良い!!!」と、もう一度だけ言って、彼は足早にそこを後にした。

 

 残されたニーサン達の中で、やはりミス・サーズデーが首をひねりながら言う。

 

「国王がナノハナを焼き討ち?」

「……Mr.2だな」

 

 ニーサンは王宮で面会したあの聡明な王を思い浮かべながら言った。少なくとも、あの優しく切れ者の王が、そんなに短絡的なことをするとは思えなかった。

 

「なるほどねえ、確かにボン・クレーちゃんならピッタリの役割だ」

「ああ」

 

 Mr.2がネフェルタリ・コブラの顔をコピーしていることは、ニーサンが一番良く知っている。

 

「なるほど……完璧な計画だ」

 

 彼は噛みしめるように一つ考えてから言う。

 

「もう、反乱は止まらん。この国は、堕ちる」

「どうするんじゃ?」

「……アルバーナに向かう」

 

 ニーサンのその言葉に、仲間たちは一様に緊張感を持った。

 

「戦場だよ」

「ああ、間違いなく戦場になる……だが、この国の行く末を見守るには最も適している」

 

 彼は一歩踏み出しながら続ける。

 

「何度でも言うが……おれ一人でもアルバーナに向かう。お前らはこの町で待っていればいい……多分、この町は焼き討ちには遭わねえ、意味がねえからな」

 

 だが、仲間たちはすべて彼に続いて前に進んだ。それ以上、何も言うものはなかった。

 

 

 

 

 

 

 そのビリオンズ達は、天から降ってきたかのような幸運に感謝しながら。それぞれの武器を握っていた。

 損な役回りのはずだった。

 選ばれたビリオンズ達は、すでに反乱軍と合流するためにアルバーナに発っている。死傷するリスクは有るが、彼らはその働きによって昇格するチャンスもある、何より、反乱を止めようとしている王女とその一味を殺せば、大幅な昇格があるだろう。

 自分達はそれに選ばれもせず、田舎のハズレで社員たちが使う『タマリスク発アルバーナ行ヤサラクダシャトルバス』の管理だ。楽な仕事だが、昇格などあるはずもない。その上責任だけは一人前に存在し、先日一匹ヤサラクダが逃げ出したことで一人ミリオンズに降格されている。

 ふてくされながらアラバスタ王国が堕ちるのを待っていたその時、彼らの前に現れたのは、死んだはずのMr.6だった。

 

「ラクダを使わせてくれ、と言えるような状況じゃないようだな」

 

 ビリオンズ達はそのからくりすべてを理解できるわけではない。

 だが、死んだはずのMr.6がのこのこ現れたことは、彼らにとって幸運以外の何物でもない。

 Mr.7以外のフロンティアエージェント達はすでに壊滅状態だと聞く、近々大幅な昇格劇があることだろう。

 誰かが抹殺に失敗したMr.6の首を手にすれば、エージェントへの道は確定されたようなものだ。

 

「ラクダを使う必要はねぇぜェ」

 

 相手は五人、こちらは十数人。オフィサーエージェントならともかく、フロンティアエージェントなら十分に勝ち目がある。

 

「お前らはここで死ぬんだからなあ!!!」

 

 彼らは我先にとMr.6に飛びかかった。

 

「助かるよ」と、ニーサンが呟く。

 

「向かってきてくれれば、躊躇なく出来るからな」

 

 低い姿勢で彼らの前に立ちふさがったのは、ミス・サーズデーだった。

 

「どけ女ぁ!!!」

 

 彼女は良業物『ニコニコ蝶羽華流』を構える。

 

「『ウチ流抜刀術奥義』」

 

 鯉口を切った。

 

七天(しちてん)抜刀(ばっとう)!!!』

 次の瞬間、彼女もろとも襲いかかろうとしていたビリオンズ達が斬られていた。その数七人。

 目に見えぬ早業だ、ビリオンズ達は彼女が刀をぎこちなく抜いたようにしか見えてない。

 

 普通より短いその刀を重そうに構える彼女がそれをしたとはとても思えないが、結果としてはビリオンズが倒れている。

 彼女は東の海(イーストブルー)に存在するある抜刀術流派が生んだ天才であった。

 

 ビリオンズ達は一瞬それに戸惑い、足を止めていた。

 それを眺めながら「ふふん」と、ミス・サーズデーは悠々と刀を鞘に戻そうとする。

 

 だが、短絡さというものは恐ろしいものであって、ビリオンズの一人が恐怖を振り払うように大声を上げながらサーベルを振り上げた。

 狙いはミス・サーズデーだ。

 

「ちょ!!!」

 

 彼女は慌てて刀を頭上に構えてそれをガードする。だが、すぐさま力負けして膝を折り、姿勢を低くした。とてもではないが剣の達人には見えず、見た目相応の光景にしか見えない。

 

「ちょ、ちょっとまって!!! 刀納めさせて!!!」

 

 天才的な抜刀術を若くしてマスターした彼女の弱点、それは才能を抜刀術にのみ発揮しすぎたせいで『刀を抜いた後』がてんで話にならない素人以下なところだった。

 勿論ビリオンズ達がそこまで複雑な事情を理解できるはずがないが、とにかく何か力で押せてしまいそうだと思うと精神的にも優位になるというもの。

 ついにミス・サーズデーは地面に寝そべるような体勢になってしまった。

 その勢いに他のビリオンズ達も乗ろうとしていたとき、何者かが地面を蹴る音。

 

 見れば、魚人が空を飛んでいた。

 

「『海老追い』」

 

 狙いはミス・サーズデーを押し込んでいる剣士。

 

『スーパーマンパンチ!!!』

 ステップによって一気に距離を詰めながら放たれるパンチは、当然モンハナシャコの魚人であるシャッパのパンチ力を増加させるものであり。

 それをもろに顔面に喰らったビリオンズは、鼻から血を吹き出しながら気の毒なくらい吹き飛んだ。

 

 その威力にやはり戸惑うビリオンズ達から仲間を守るように立ちふさがりながら、シャッパはステップを踏む。

 

「多少足場が悪いが……お前らなら手打ちでも問題ないじゃろうのお」

 

 そのスキに、やたらときれいな音を立てながらミス・サーズデーが納刀する。

 

「サンキューエビちゃん!」

「シャコじゃ」

 

 腰の引けるビリオンズ達に追い打ちをかけるように、今度は遠距離からの攻撃。

 

『地獄特訓スパイク!!!』

 石が、瓦礫が、ミス・マザーズデイのスパイクによって砲弾となって彼らを襲った。

 

 もはや彼らに勝つすべはない、近距離では抜刀術と拳闘術、遠距離からは排球術。

 ビリオンズは一人、また一人と倒れていき、最後は無謀にもシャッパに喧嘩を挑んだものが『栄螺割りストレート』の前に沈んだ。

 

「よし」と、パイプ椅子を構えていたニーサンが言う。

 

「時間がねえ、さっさと乗り込むぞ」

 

 彼らがその直ぐ側にあったラクダ達に目をやると、すでにミス・チューズデーがラクダと車の連結を終え、ニコニコと笑いながら、彼らに手招きをしていた。

 

 

 

 

 

 戦いを嘆く者。

 戦う者。

 戦いを煽る者たち。

 その真実を知り、阻止する者たち。

 

 そして、全てを知りながら、その結末を見守る決意をした者たち。

 

 それぞれの想いは行き違い、首都『アルバーナ』で衝突する。




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13.ニーサン・ガロックvsネフェルタリ・ビビ

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 反乱は、始まってしまった。

 

 国王に扮したMr.2によるナノハナ襲撃、天のお告げのようにナノハナを襲った巨大武器商船。

 

 国王が消えた王宮は王の蛮行を否定することが出来ず、反乱軍を快く許す存在もいない。

 

 雨は降らず、町は枯れ、善良であるはずの国王軍と反乱軍には不穏分子が根付く。

 

 反乱を止めるために反乱軍の軍勢に立ち向かった王女は、『行き過ぎた正義』を持つ国王軍の一員によって砂煙の中に隠され、殺しのプロが彼女を狙う。

 

 もはや王下七武海のひと押しがなくともアラバスタ王国は堕ちる寸前であった。

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国、首都アルバーナは北ブロック。

 その通りを抜ければ、王宮へと入ることの出来るそこで、同国の王女、ネフェルタリ・ビビは立ちすくんでいた。

 

 足を止めている場合ではない。

 反乱軍の首都侵入を防げず、すでに首都攻防戦は始まっている。

 彼女の出来ることは、今すぐに王宮に向かって、反乱を食い止めること。

 一瞬、ただ一瞬でいい。

 ただ一瞬だけ国王軍と反乱軍の目を自分に向けさせることができれば、それは出来る。

 だが、それをするには乗り越えなければならぬ試練が用意されていた。

 

「久しぶりだな、ミス・ウェンズデー」

 

 パイプ椅子に座るその男は、素肌にレザージャケットがトレードマークだった。

 バロックワークス、フロンティアエージェントのトップ、Mr.6こと、ロックンローラー、ニーサン・ガロック。

 彼はビビを睨みつけていた、それまで彼がミス・ウェンズデーに見せていた友愛に満ちたものではない。

「そして」と、彼は続ける。

 

「始めまして、アラバスタ王国、王女、ネフェルタリ・ビビ。お目にかかれて光栄です」

 

 彼は仰々しい口調とは裏腹に軽く会釈した。

 

「なんで……死んだはずじゃ……!!!」

 

 彼女の脳裏をその言葉が支配していた。

 有名ロックンローラー、ニーサン・ガロックが何者かに襲撃され殺されたという『大号外』は、『麦わらのルフィ』の船にも当然届いていた。だが、東の海(イーストブルー)出身の彼らはニーサンを知らず。彼女も彼が会社から消されたものだと判断したのだ。だから、計算に含んでいなかった。

 まさか、それすらも彼の策略だったのか。

 

 声を震わせていた彼女に、ニーサンが鼻を鳴らして答える。

 

「喜んではくれないようだな」

 

 ビビはすぐさま振り返ってその場から逃げようとした、ここで時間を食っている場合ではない。反乱を止めることが出来なければ、仲間たちの、カルーの努力が水の泡になるのだ。

 だが、すでに彼女の少し背後には、刀を抜く体勢になっているミス・サーズデーと、一度だけニーサンが連れてきた魚人のシャッパが構えている。

 かと言って通りを強行突破しようと思えば、ニーサンの背後にはミス・マザーズデイと、ショットガンを背負ったミス・チューズデーが控えていた。非戦闘員で戦うことなど出来ないであろうミス・チューズデーはともかく、実力で上回るMr.6ペアを打ち倒すのは至難の業。

 だが、やるしか無い。ここで諦めるわけにはいかない。

 諦めの悪さを、彼女は『仲間たち』から学んだのだから。

 一歩踏み込もうとした彼女に、ニーサンは「まあ待て」と、両手を広げてそれを止める。

 

「何もそこまで絶望的に思うことはねェ」

 

 彼はビビが動きを止めたのを確認してから続ける。

 

「おれもお前の実力というものはわかっている。この人数でお前を襲えば多勢に無勢、お前は死に、反乱を止めるべき人物はこの世から消える。おれ達は目覚ましい昇格をするだろう」

 

「だが」と言って続ける。

 

「お前の想像通り、おれは会社から抹殺されかけ、なんとかそれから逃れた存在だ。今更会社に媚を売りたいわけじゃねェ……それに、個人的にはお前を尊敬している。俺達いい大人を二年間も出し抜くなんざそうそう出来ることじゃねえ……だから、ここでお前を徹底的に倒すことはしないでおいてやる」

 

 ビビは、未だに彼の真意が読めなかった。敵ではない、という風にも聞こえるが、味方であるような雰囲気でもない。

 

「勘違いするなよ。お前らの味方になりたいわけじゃねェ……確かにおれがお前らの傘下に入れば……武力はともかく情報を与えることは出来る。だがな、それだと今度は会社を『裏切る』事になっちまう。おれにはそんな事はできねえ……おれにはな」

 

「……それなら、何がしたいの?」

 

 震える声でビビが問うた。もはや一刻も無駄には出来ない。

 

「なに、一つお前に質問したいことがあったんだ」と、ニーサンは続けた。

 

「お前にとって、おれ達は『仲間』だったのか?」

 

 その問いに、ビビは衝撃を受け、そして、沈黙した。

 否定も、肯定もできない質問だった。

 個人個人がいい人間であったことは、彼女もよく理解している。だが、彼らの属する組織は、彼女からすれば親の敵である。もう少し彼女がずる賢い性格であれば取り繕えたかもしれないが。彼女にそれは難しかった。

 

「オーケイ、オーケイ」と、ニーサンは立ち上がった。

 

「そりゃ、そうだわな。分かるよ、おれ達を仲間だとは言えないだろうし、かと言って敵だと一方的に切り捨てることも出来ねえって顔だ。正直言って、ずるい質問だとも思う。ただ、どうやら王女様にとって仲間は海賊であって、おれ達ではないらしい」

 

 彼はパイプ椅子を畳んでそれを片手で持った。

 

「あいつ等は馬鹿で優しいからさ、それでもお前を許すだろうよ。パートナーだからとか、友達を護れたからとかさ、そういうことを、これからも血なまぐさい町にいながら言うんだろうよ」

 

 だがな、と続ける。

 

「おれはそうじゃねえ。おれはそんな理不尽許せねえし、裏切り者にはそれなりの制裁があるべきだと考えている。たとえそれが……惚れていた女だとしてもだ!!!」

 

 彼はパイプ椅子を手裏剣のようにぶん投げた。当然狙いはビビだ。

 

 彼女は身を翻してそれをかわした。彼のただならぬ雰囲気から攻撃があるとは思っていた。そして、二年間の賞金稼ぎ生活は彼女にそれなりの戦いを身に着けさせている。

 だが、かわした先にはジャケットが放り投げられている。

 

『ロック&ブート!!!』

 靴底を振り上げたフロント・ハイキックで、彼はジャケットごと高貴なる首を踏み抜く。

 

 しかし、それは手応え無く、空振り。

 

「くッ!」

 

 だが、ビビも無理に体を捻ってそれをかわしている。スキを突いて攻撃はできない。

 年季が違う、先に動いたのはニーサン。

 

 『西の海(ウエストブルー)・マフィアキック!!!』

 モーションの大きいフロントキック、先程より体重を乗せた勝負を決めることも出来る一撃。

 

 ビビはそれを食らうことを覚悟していた。片膝をついた状態で素早くは動けない。

 

 だが、それが自分を捉えきれていないことに彼女は気づく。

 ほんの僅か、彼女は体勢を落とす。

 風を感じる、地面を捻ろうとしているニーサンの左足がまだ見える。

 

「『孔雀一連(クジャッキーストリング)……』」

 

 かわした、と、頭が理解するよりも先に、彼女は武器を構えていた。

 胸にしまえてしまいそうなほどに小さなアクセサリーを、小指にセットする。

 

 スキの大きな攻撃、ニーサンは彼女を正面に捉えるだけで精一杯だった。

 

 ビビが右手を振り抜く。

 

『スラッシャー!!!』

 小さな刃物が連なった仕込み刃が、ニーサンに向かって放たれた。

 それはニーサンの肩から腹にかけてを切り裂き、血しぶきをあげさせる。

 

 うめき声が聞こえる。

 

 彼はビビを睨みつけながら、その攻撃の勢いのままに、仰向けに倒れた。

 

 

 

 

 

 荒い息遣いをなんとか整えようとしながら、ビビは立ち上がろうとしていた。

 目の前には、仰向けに倒れるニーサン・ガロック。

 その男が、国に憧れた男だということを、彼女は知っている。そのために彼がどれほど尽力していたか、命をかけていたかも知っている。

 だが、それが所詮は作られた幻想に向かっていたことも彼女は知っている。

 彼を、彼らを『仲間』と呼ぶことは出来ない。彼らは祖国に手をかけようとした組織の一部なのだから。命をかけて自分を守ってくれたMr.9やミス・マンデーも同じだ。

 謝罪を、と、彼女は思った。

 謝らなければならないと彼女は思った。それが正しいことなのか、何に謝るべきなのか、彼女にはわからない。

 ごめんなさい、と、彼女が言おうとしたときだった。

 

「待ちな」

 

 それを止めたのは、彼女の傍らに歩み寄ったミス・マザーズデイであった。

 

 ビビは一瞬それに身構えた、だが、自分を見るミス・マザーズデイの目線には、先程までのニーサンのような血走ったものがないように思えた。

 

「振り返っちゃ、駄目なんだよ」

 

 彼女は更に続ける。

 

「この男が思っていることは、当然カーチャンだって多少は思ってる。だが、それが到底受け入れられないものだってことも、カーチャン達わかってる。あんたは国を救いたい、カーチャン達は国を奪いたい。土台、同じ目線を持つことなんか出来やしなかったのさ」

 

「だから」と続ける。

 

「振り返っちゃ駄目なんだ。国を救いたいなら、カーチャン達のことなんて考えるな。真逆の正義にまで気を使っていたらきりがないよ」

 

 ミス・マザーズデイは道を譲るように立ち位置を変えた。ミス・チューズデーもそれに応えるように道を開ける。

 

「引き止めて悪かったね。行きな、まだ、国は救えるかもしれない。背筋を伸ばしな、前を向きな、振り返るな」

 

 その言葉に、ビビは立ち上がった、彼女はニーサンが生きているのかどうかが気になったが、それを確認することはしなかった。

 彼女は再び北ブロックに向かって駆け出した。

 

「全力を尽くしな!!! ミス・ウェンズデー!!!」

 

 その背中に向けて、ミス・マザーズデイが叫んだ。

 ビビにそれが届いていたかどうかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルい、ヌルすぎる王女様だ」

 

 パイプ椅子に背もたれ、地面を血で濡らしながら、ニーサンは呟いた。

 胸から腹にかけて走る大きな傷は、ミス・チューズデーやミス・サーズデーに言わせれば全然致命傷にはなりえない。その場を凌ぐためだけの、優しい裂傷。

 今は派手に血が流れているが、そのうち勝手に止まるだろうというのが、専門家であるミス・サーズデーの言い分だった。

 それは、ビビとニーサンの立場からすればあまりにも甘い。

 

「ヌルいのはあんたの方だよ」と、ミス・マザーズデイがニーサンの頭をはたきながら言う。

 

「カーチャンには分かるよ。あんたあの時手抜いたでしょ」

 

 ニーサンは、その言葉に気まずそうに俯いた。

 付き合いの長いミス・マザーズデイは、彼の『マフィアキック』の精度を知っている。

 どれだけビビが国を背負っていようと、どれだけ彼女が潜在的な力を発揮しようと、あの時あの体勢から、彼が『マフィアキック』を外すはずがない。

 彼はあの時、手心を加えた。

 かと言って、ビビがそれに全く反応しなければ、その攻撃は当たっていただろう。そうなれば、彼女は王宮に向かうことは出来なかった。

 ニーサンの心の迷いが、攻撃の精度を緩めたのである。

 

 尤も、彼が手を抜いたことはその場にいる全員がわかっていた。シャッパとミス・サーズデーは武人としての感覚から、ミス・チューズデーはニーサンがあの絶好の状況で攻撃を外すはずがないという信頼からだった。

 

「なにか言ったかい?」と、ミス・マザーズデイがミス・サーズデーに振り返って言ったが、「いやなんも言ってねーし」と否定される。

 

「すまねえ……」と、ニーサンは絞り出すように言った。

 

「どうしても……蹴れなかった」

 

 怒りを、伝えなければならなかったのに。

 自分たちの希望を、理想国家という希望を打ち砕かれた怒りを、ぶつけなければならなかったのに。どうしても、蹴ることが出来なかった。

 なぜならば、彼女は。

 

「まあ、しかたないさ」

 

 ミス・マザーズデイが両手を上げながら言う。

 

「あの子はカーチャン達には眩しすぎる」

 

 憎めない。

 彼女を憎むことが出来ない。

 

 国のために敵組織に潜り込み、全てに耐えながら王下七武海と対立しようとする若き王女。フロンティアエージェントとして笑い、語り、行動を共にした『仲間』だ。

 どうやったって、彼女を憎むことが出来ない。

 悪人として、正義を汚されたものとして、ハッタリをかまして彼女を憎んでいるように振る舞おうと、結局最後の最後には手を抜いてしまった。本質的に、彼もまた、Mr.9やミス・マンデーと同じだったのだ。

 仕方がない、彼女の存在に比べて、自分たちは矮小すぎるのだ。

 なにもないくせに、王下七武海を恐れて会社に反抗する気もない。

 彼女をためらいなく殺す『殺戮本能(キラーインスティンクト)』は、フロンティアエージェントである彼らには存在しなかった。

 

「まー、いいんじゃね?」と、ミス・サーズデーが呟く。

 

「あんたの心意気は充分に伝わったし。別にあーしらもう会社の人間じゃねーんだから、無理して王女止める必要もねーし」

 

 皆それに頷いた。

 

「反乱は、止まるんでしょうか?」

 

 不安げに呟くミス・チューズデーに、ニーサンは「いいや」と首を振る。

 

「元々の目的は反乱じゃねえ、恐らくもう少ししたら、王宮前広場に『ポツネン島』に使った爆弾が撃ち込まれるはずだ」

 

 「は?」と、「ええ!?」という戸惑いの言葉が放たれる。一人黙っていたシャッパも、それには驚いているようだった。

 

「すまん、言うタイミングがなかったんだ」と、彼が続ける。

 

「今、あの時計塔には王宮前広場に照準を合わせた大砲がある。『何か』を広場に撃ち込むつもりなんだ」

 

 現場を見たミス・マザーズデイが続ける。

 

「見たこともないくらい巨大だった……カーチャンあんなにでかい大砲見たこと無いよ」

「だけど……もしあの爆弾を王宮前広場に撃ち込めば、時計台も無事じゃ済まないはずです」

「だろうな……所詮それはおれとミス・マザーズデイの憶測でしか無い……だが、状況を考えれば十分に考えられる」

「それが、長のすることか!?」

「やりかねん……相手は王下七武海。悪人としての格が違う」

「あのさー、よくわかんないんだけど、それってつまり、あーしらもやばくね?」

 

「いや、大丈夫だ」と、彼は時計台を見やりながら言う。

 

「まだ喧騒が遠い。王宮前広場では戦いが始まってないだろう……あるとすれば今から30分ほど後になってからだろうな、そのほうが効率がいい」

「じゃー逃げたほうが良くね?」

「そうだな、逃げたほうがいい」

 

 彼は背もたれながら続ける。

 

「爆弾は直径5キロメートルを吹き飛ばす。アルバーナの端か、安全を期するなら首都から出たほうがいいだろう」

 

 まるで他人事のように言う彼に、ミス・マザーズデイが言った。

 

「……まさかとは思うけど、あんたロクでもないこと考えてるんじゃないでしょうね。カーチャンは許さないよ、そんな事」

 

 そう言われて何も返さぬ彼に、今度はシャッパが言った。

 

「旦那、バカなこと考えるのはよすんじゃ」

 

 だが、ニーサンはほほえみながら返す。

 

「そこまでバカなことじゃないだろう。ここを死に場所に選ぶのは」

 

 ミス・チューズデーとミス・サーズデーは驚いた。

 

「駄目です! そんなこと!!!」

「いやまじそーだし、何も死ぬことはねーし」

 

 だが、ニーサンの決意は変わらないようだった。

 

「どうせ生きてても何もない……それなら、おれはおれ達が作ったこの国の行く末を見守りながら、この国と共に死にたい。どうせ死んだ身だ、死ぬのにタイムラグが生まれるだけ」

「馬鹿なこと言うんじゃないよ!!! 生きてなんぼだよ!!! ほらシャッパ、手伝いな! この馬鹿を引きずってでも連れ帰るんだ!」

「旦那、ワシは今回ばっかりは譲れん……旦那の気持ちすべてを理解できんとは言わんが、それでも死ぬことはなかろう」

 

 彼女達がニーサンの腕をつかもうとした時、彼は「好きにさせろ!!!」と、激昂した。

 

「これまで……おれがどれだけお前らを助けてきたと思ってんだ。最後くらい自分で決めさせろ。それでも俺を連れ出そうって言うなら、おれは舌噛んで死んでやる……この国の行く末を見れねえのは心残りだが、まあ、いいさ」

 

 ビリビリと、彼の言葉がしびれるように脳裏に突き刺さるのを彼女らは感じた、本気だろう。

 彼らは一様に押し黙った。

 

 そして、最初にミス・マザーズデイが言う。

 

「なら、カーチャンも逃げないよ」

 

 ニーサンは驚いて彼女の方を見た。

 

「カーチャンも、この国と、あんたと一緒に死ぬ」

「馬鹿なことを――」

「そりゃええ、ワシもそうするとしよう」

「……私も、そうします」

 

 次々に名乗りを上げる仲間たちに、ニーサンは「死ぬんだぞ?」と叫ぶ。

 

「同じじゃ」と、シャッパが言った。

 

「ワシらにとって、旦那を見殺しにするのは死ぬのと同じなんじゃ。旦那が最後を自分で決めるのなら、ワシも最後はワシが決める」

 

「ちょー、ちょっとまちーな。あーしはまだ死にたくないし」

 

 彼らから一歩離れて、ミス・サーズデーが言った。

 彼らを否定するような物言いに、しかし意外にも彼らは冷静だった。恐らく彼らも、自分たちのほうが狂っているという感覚があったのだろう。

 

 しかし、ミス・サーズデーは一歩彼らに歩み寄って言った。

 

「あーしは賭けるし!!!」

「賭けるって、何にじゃ?」

「王女様が勝つ方に賭ける!!!」

 

 一瞬、彼らは彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 だが、一瞬間をおいてその意味に気づいた彼らは、一様に笑い出した。

 

「なるほどねえ、賢いじゃないか。カーチャン感心したよ」

「そりゃいい、たしかにそうなりゃ全部解決するのう」

「……ありえない話ではないと思います」

 

 戦場にて笑い合う彼らの中心にいながら、ニーサンは「好きにしろ」と、こみ上げるものをこらえながら言った。




 ミス・マザーズデイの武器候補にはイヌイヌの実、モデル:ポメラニアンを食ったバレボールとかも考えていたのですが。どうせならオリジナル悪魔の実は絡めずにやってみようと思って無能力者にしました
 あと最初期のキャラ設定では東洋の魔女らしく体操着にブルマで設定していたのですが、何かが怖くてやめました。

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14.『声』が聞こえる

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 王立図書館。

 ただ一人、そこに残ることを決意していた司書長は、現れるはずのない団体の利用者に驚き、そして、再び驚いた。

 

「あなたは……!」

 

 その男、ニーサン・ガロックの訃報の『大号外』は、当然アラバスタ王国にも轟いていた。それも、彼が最後にライブを行った土地として、彼らはその死に特別な感覚を抱いていたのである。

 彼に歴史を伝えた司書長も、それに心痛めた人間の一人だった。

 しかも、彼の胸には血の滲む包帯が巻かれていた。

 

「話は後だ」と、ニーサンは彼に言った。その後ろには彼の姪であるはずの少女と、見知らぬ人々がついている。

 

「他の職員は逃げたのか?」

 

 状況の整理ができず、戸惑いながら司書長は答えた。

 

「ええ、反乱軍がこちらに来るという知らせが届いてすぐに、私以外のものは逃しました」

「そうか、それならいい」

 

 彼はぐるりと無人の図書館を見渡してから言う。

 

「それで、どうしてあんたは逃げない? いずれはここも戦場になるかもしれない……いや、必ず戦場になるだろう。状況によっては、この図書館そのものが吹き飛ぶ可能性もある」

 

 砲撃の事を語るわけにはいかなかった。だから、仄めかすように言う。

 

「逃げたほうがいい」

 

 彼は、この図書館が気がかりであった。

 

「反乱軍は、あと五分もしないうちに王宮前広場にたどり着くよ!」

 

 長身で体操着の女がそういったその時、どこかで建物がガラガラと崩れ落ちる音と地響きが、図書館にまで響いてきた。彼女の言う通り、段々と戦場は近づいてきている。

 

「なんか言ったかい?」

「いや、何も言ってねーし」

「……彼女の『第六感』はよく当たるんだ……責任を感じているのなら、反乱の騒動に乗じた賊に襲われたことにでもすればいいだろう」

 

 ニーサンの言うことは、間違ってはいないのだろうと司書長は思っていた。戦場が段々と近づいてきていることは、ずっとここにいる彼のほうがよく理解していたし、それ故に、今自分が逃げ出しても、誰もそれを見つけず、そして責めないだろうことも知っている。彼自身、職員たちにしつこい程に一緒に逃げるように言われたのである。

 だが、彼は首を横に振ってそれを否定した。

 

「それは出来ません」

「……一応聞くが、どうしてだ?」

「私には、歴史を守る使命があるのです」

「そんなもん、一人じゃどうしようもないことだってあるだろう。もしこの図書館に火を放たれたとして、あんた一人でそれに対処できるとは思えん」

「確かに、私一人ではどうしようもないこともあるでしょう。しかし、もし今ここで私が逃げてしまえば、一体誰がこの国の歴史を尊重するのです?」

 

 司書長は震えていた。その言葉一つ一つが、自らの退路を断っていることをひしひしと感じながらも、それでも譲れぬ部分が彼を奮い立てていたのだ。

 

「……無くなる国の歴史を尊重して何になる? あんたがここにいることで、国王軍の戦力になるのか?」

 

 ニーサンのその言葉に、司書長は声を荒げた。

 

「この国の歴史は無くならない!!!」

「反乱軍が勝てば無くなるだろうが!!!」

「それでも無くならない!!!」

 

 彼は恐怖と怒りに、身を震わせ目に涙をためながら続ける。

 

「どちらが勝っても、この国の新たな歴史が始まるだけなのです!!! それを守るために、私はここに残る!!! 私がこの国の歴史から目を背けるわけにはいかない!!!」

 

 ニーサンは、その男の威圧に圧倒された。それは、彼の一歩後ろでそれを聞いていた仲間たちも同じだ。

 彼と、慎重にボロボロの日誌をめくっていた男が同一人物だとは、ニーサンとミス・チューズデーは思えなかった。

 だが、司書長もそれは譲れない。国王にその役職を任命されたその日から、何があってもこの国の歴史を守ると心に決めていた。今こそが、その決意の時なのだ。

 

「わかった、わかったよ」

 

 ニーサンは一歩引きながら彼に言った。

 

「好きにすればいい」

 

 彼は司書長に背を向けながら続ける。

 

「だがな……命が惜しくなったらすぐに逃げろよ。それは恥じゃねえんだから」

 

 

 

 

 

 

「民間人はいたか?」

「いや、もう粗方探したが残っとらんじゃろう」

「病院も確認しましたが、病気の人もひとり残らず避難しているようです!」

「大したもんだ」

 

 段々と近づく喧騒を感じながら、ニーサンは感心して言った。普通こういう時、老人や病人というのは真っ先に見捨てられるものだと言うのに。

 最後を看取ることに決めた彼らは、まだ首都に残っている民間人を探していた。せめて一人でも犠牲を減らすためである。

 それに大した意味がないことはわかっていた、どうせ今生き残っても、あとから残るのは新政府による不安定な治世だろう。革命後に安定した治世がなせるのならば、革命など起きないのだから。

 

「おい、ついてきているかミス・マザーズデイ」

 

 彼らの集団から、一人遅れていた。ミス・マザーズデイである。

 彼女は時折後ろを振り返り、何もない通りを眺めていた。そして、首をひねりながら前を向く。

 だが、今度ばかりは彼女はすぐには振り返らなかった。それどころか、少し体を震わせ、汗をかいているようだ。

 妙なものを感じたニーサン達は、すぐさま彼女の周りに集まった。

 

「おい、どうした?」

 

 心のどこかで、彼は彼女が命が惜しくなったのかと思っていた。そして、もしそうなったとしても、彼女を責めないだろう。

 だが、脂汗を流していた彼女が発したのは、彼らの全く想定外のことだった。

 

「今、何時だい?」

「何時って……時計台見りゃいいだろうが」

 

 彼は時計台を指差した。首都のどこからでも確認できるように作られているであろうそれは、この国の標準時刻を表している。

 

「……あんたら、聞こえるかい?」

 

 彼女の言葉が要領を得ない。

 

「聞こえるって、何のことだ? ドンパチやってる音なら、もうだいぶ近づいてきている」

「いや……そうじゃないんだ。声だよ、声が聞こえるかい?」

「ママさあ、さっきからずっとそれ言ってるよね、あーし何も聞こえてないって」

 

 ミス・マザーズデイは、耳をふさいでしばらく黙り込んだ。

 そして、ゆっくりとニーサンと目を合わせて言う。

 

「なあ、カーチャンの言うこと信じてくれるかい?」

 

 ニーサンは彼女のその弱気な様子に驚いた。彼女がそのような様子を見せるのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。

 

「どうした? お前の『第六感』をおれはいまさら疑わない」

「わかんないんだ……カーチャンもうわかんないんだよ。もしかしたら、カーチャン頭がおかしくなったのかも……情けないね、結構修羅場はくぐってきたと思ってたんだけど」

「何が起こってるかはわからんが、とにかく言ってみろ、お前がお前を信用できなくても、おれ達はお前を信用してる」

 

 その言葉に、仲間たちも頷いた。元々彼女の突発的な『第六感』には命も救われている。

 

 ミス・マザーズデイは、それに小さく頷いてから続けた。

 

「砲撃が……四時半に行われる」

 

 彼らは一斉に時計台を見上げた。四時半までは、後三十分もない。

 ニーサンはポケットから懐中時計を取り出し、それが時計台ときっちり合っているかを確認する。それは偶然か、秒針までピッタリきっちりと揃っている。

 

「お前の『第六感』を、俺達は信じる」

 

 その時刻は、理に適っているように思えた。たしかにその時刻になれば、戦場のラインは王宮前広場にまで押し切られていそうだし、反乱軍の援軍も到着するだろう。

 

「これまでとは違うんだよ!」と、ミス・マザーズデイが続ける。

 

「今までと違って、カーチャンの頭の中に直接『声』が響くんだ! 色んなことが、色んな情報が入ってくるんだよ!」

 

「それでもいい!!!」と、ニーサンは言う。

 

「すべて、おれに教えろ」

 

 彼の強い言葉に彼女は頷いてから返す。

 

「今、王宮にはクロコダイルがいる」

 

 その名前に、仲間たちは緊張感を持った。

 

「後は、ミス・ウェンズデーと、ミス・オールサンデーもいる……国王と……反乱軍のリーダーもいる」

「コーザが?」

「名前まではわからない……とにかく、反乱軍のリーダーがいるんだよ」

 

 ニーサンがそれにさらなる質問をしようとしたときだった。

 

 

 

『降伏の白旗を!!! 今すぐ降伏しなさい国王軍!!!』

 

 

 

 よく通る声だった。それがミス・ウェンズデー、ビビ王女の声であることは疑いようがない。

 

「おい」と、ニーサンが仲間たちに振り返って言う。

 

「今のは、聞こえたよな?」

「ああ、しっかりと聞こえたわ」

「降伏……と言いましたよね?」

「国王軍が降伏しちまったら……戦争終わらね?」

 

 しばらく考え、そして、ニーサンが叫ぶ。

 

「なるほど、そうか!!!」

 

 そして彼は王宮前広場に歩を向ける。

 

「とりあえず現場に向かおう、うまく言えばこの国が勝つかもしれん!!!」

 

 

 

 

 

 

 王宮前広場では、反乱軍を待ち構えていたはずの国王軍達が、大きな白旗をそれぞれ掲げていた。

 その白旗も、用意されていたものではないだろう、彼ら国王軍のマントを、それぞれがちぎり、掲げ、降伏を知らせている。

 その戦闘には、反乱軍のリーダーであるコーザ。彼もまた白旗を掲げている。

 その様子を、ニーサン達は物陰から眺めていた。

 少し落ち着いたのだろうか、ミス・マザーズデイもなんとかそれについてきている。

 

「負けるじゃん、国」

 

 見たままの感想を言うサーズデーに、ニーサンが答える。

 

「恐らく国王軍とコーザの間には話がついている」

「……反乱軍のリーダーと国王軍とがか?」

「ああ、恐らく彼らは、砲撃が行われることを知っているんだ。それがクロコダイルの言葉によるものか、スパイ活動によるものかはわからんが」

 

「は?」と、それにミス・サーズデーが首をひねる。

 

「だったら言うべきじゃね?」

 

 それにはミス・チューズデーが返した。

 

「……いまここで砲撃を国王軍に伝えれば、確実にパニックになる……そうなるなら、降伏してでも戦いを終わらせてから伝えたほうが懸命だと言うことでしょうか」

「そういうことだ……ミス・ウェンズデーが生きているのならば、目下の敵が誰なのかははっきりとしているだろう……後は砲撃をやり過ごしてから全員でクロコダイルを狙えば……一人くらいは一太刀入れられるだろう」

「じゃあ勝つじゃん、国」

 

 手を叩いたミス・サーズデーに「いや」と、ミス・マザーズデイが答える。

 

「そう簡単には、いかないよ」

 

 それは『第六感』では無かった。彼女らMr.6ペアの仕事ぶりによる結果が、あるいは、それを打ち砕くかもしれないという予測。

 

 その時、ついに反乱軍の軍勢が、王宮前広場にたどり着いた。

 暴力的な言葉とともに、彼らはそこに乗り込む。

 そして、彼らが見たのは、リーダーのコーザを先頭に、国王軍達が白旗を掲げている壮観な光景だった。

 

「戦いは終わった!!!」

 

 その旗を掲げながら、コーザが続ける。

 

「全隊、怒りを収め武器を捨てろ!!! 国王軍にはもう戦意はない!!!」

 

 若くして反乱軍何十万人を束ねるリーダーの言葉は強かった。

 反乱軍達はたじろぐように立ち止まり、信じられないようなものを見る目でそれを見ていた。無理もない、これから全力を尽くして戦おうとしていた相手が、全く戦意がなかったのだから。

 

 一瞬、彼らを取り巻く狂気が収まったように、ニーサンは感じていた。

 だが。

 

「駄目!」

 

 頭を抑えたミス・マザーズデイがそういうやいなや。いくつもの銃声、そして、倒れるコーザ。

 完全に戦意を喪失していたと思われていた国王軍が、背後から、コーザを狙い撃ちしたのだ。

 

「はあ!?」

 

 その光景に、ミス・サーズデーは思わず身を乗り出しながらそう言ってしまった。尤も、そんなことに気づくほど、国王軍と反乱軍は暇ではないが。

 

「ビリオンズ……!」と、ニーサンは天を見つめながら呟いた。

 

 国王軍には、すでに何人ものビリオンズが潜り込んでいる。彼らが計画のすべてを知っているわけではないだろうが、彼らに『行き過ぎた正義』を行うように指示したのは、彼らMr.6ペアであるのだ。

 

 恐ろしいほどの静寂が、王宮前広場に訪れていた。そして、次の瞬間。

 地響きとなって首都アルバーナを揺らすほどの狂気が、そこに訪れた。

 

 そして、それを煽るように、広場には砂塵が巻き起こった。

 強烈に吹き荒れるその塵旋風は、一瞬にして前後もわからなくなるほどに濃く、彼らを包み込む。

 そして、両軍に『行き過ぎた正義』による銃弾が撃ち込まれた。

 

 倒れる仲間たちに、彼らが思うことは一つだ。

 彼らは狂気に身を任せ、戦う。

 最後の戦い、首都攻防戦が始まってしまった。

 

「無理な話だったんだ」と、ニーサンは頭を抱える。

 

「会社のスパイは、すでに両軍に送り込まれている……それに、この塵旋風じゃあ、誰が異物なのかも分かりやしねえ」

 

 それだけではない、そもそも彼らはこの戦いに反乱軍と国王軍しか存在しないと思っている。まさかそこに、漁夫の利を狙う第三者が存在しているなどとは、微塵にも思っていない。

 国王軍にしろ、反乱軍にしろ、彼らは殺したくはないし、戦いたいわけでもない。

 だが、彼らの中に放り込まれた異物は、殺したい、戦いたい。彼らの思想が、戦局を大きく歪める。

 

「この塵旋風……まさか偶然じゃねえだろう」

 

 彼は王宮を眺めようとしながら呟いた。すでに塵旋風が目の前に迫り、それはできなくなりつつある。

 

「用意周到にも程というものがあるだろうよ、クロコダイル」

 

 徹底した戦略だ、もうこれで戦いは終わらない。後はゆっくりと、その時が来るのを待つのみ。

 さらに、ミス・マザーズデイが言う。

 

「……時計台なら、この塵旋風を気にせずに砲撃を行うことが出来るだろうね。さすがのカーチャンも、そこまでは考えが及ばなかったよ」

「戦いはもう終わらねえ……もし、王女陣営が砲撃を止めることができれば……いや、それは無理だろう……最後のチャンスだった……」

「どうする? あーしらが教える?」

「……いや、それは止めよう。あくまでも俺達はこの国の行く末を見守る。とにかく今はここから離れるんだ」

 

 彼らは狂気が覆い尽くすそこから逃げるように離れた。




無事伏線回収できてよかったです

ニーサンのキャラ造形にはロックンローラーでプロレスラーということでクリスジェリコとか棚橋弘至を参考にしたんですけど、ぶっちゃけ二人共かなりの大物なので本質が小市民であるニーサンとは似ても似つきませんでした

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特にワンピース二次は初めての試みなので評価とアドバイスを頂けると幸いです、楽しみにしてます


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15.鳥

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 塵旋風吹き荒れる王宮前広場で、民衆たちは無我夢中で戦っていた。

 目の前すら見えぬそこの中で、彼らは自分と、相手の安否しかわからない。

 守るはずの、乗り込むはずの王宮で、王下七武海と、一人の海賊が戦っていることなど、今の彼らが知るよしなど無いはずだった。

 

 

 

 

 

 

「なんだと?」

 

 戦場から少し離れた通りで、ニーサンはミス・マザーズデイにもう一度問うた。

 

「王宮で戦闘が?」

「ええ、多分そうだと思う」

 

 立ち尽くすミス・マザーズデイは、目を瞑って両手で耳をふさいでいた。頭の中に響き渡る慣れぬ『声』に集中するには、それ以外の情報を極力遮断する必要があったのだ。

 

 仲間たちが沈黙でその続きを求め、彼女もそれに答える。

 

「一人は……クロコダイル。もう一人は……分からない、だけど、とにかく戦闘が行われているんだ」

「クロコダイルと、戦っているだと?」

 

 ニーサンはその言葉に驚く。

 

「嬲られてる、の間違いじゃないのか?」

「いや……確かに戦っている、一方的じゃないよ」

「信じられん……」

 

 クロコダイルの強さを、ニーサンが直接知っているわけではない。だが、王下七武海にして、少なくともこの十数年、この砂漠の国で無敗だった男、自然(ロギア)系悪魔の実『スナスナの実』の能力者というカタログスペックは、多少頭が回れば、戦うことそのものを諦めるのに充分だろうし、恐らく戦ったとしても、思うままの結果になるだろうとしか考えられない。

 

「誰なん?」

 

 ミス・サーズデーの当然の疑問。しかし、ミス・マザーズデイはそれがわからないという。

 代わりにニーサンが推測する。

 

「状況から考えれば、海賊『麦わらのルフィ』であると考えられるだろうが……ありえるのか?」

 

 彼は麦わらのルフィのすべてを知っているわけではない、ただ懸賞金が東の海(イーストブルー)では破格の三千万ベリーの賞金首であること、彼の配下である剣士が、ウイスキーピーク百人斬りを成せる実力者であることは知っている、それだけを考えれば、ある程度の常識は通用しないレベルの海賊だと考えていいだろう。

 だが、だからといって、それがクロコダイルと『戦える』人材であるのかどうか。そこまでの確信は持てない。

 

「国王軍の誰かという可能性はないんか?」

「いや、それはないだろうな、そういう相手がいるなら先手を打つのがクロコダイルという男だろう」

 

 その答えに、シャッパは頷いて納得した。これまでの展開から、クロコダイルが徹底した悪だということは、彼も理解している。

 

「何時だ?」

 

 ニーサンは時計台を見上げた。

 だが、その時刻を確認するには、塵旋風が濃すぎる。首都のどこからでも眺めることが出来るであろう時計台は、塵旋風を通してでもその影を確認することは出来たが、文字盤までは見えない。

 

「徹底してやがる」

 

 彼は恨めしげにそう呟いてから、懐中時計を取り出した。時刻は四時二十分弱、砲撃まで後十分弱だ。

 

「仮にその戦闘が『長引いた』としても、あそこじゃあ砲撃の影響は受けないだろう」

 

 彼がもう二、三言ほど続けようとした時、ミス・サーズデーが「ねえ、あれ」と、通りの先を指差した。

 ニーサンがその方に目を向けると、一人の女が男を連れてこちらに向かってきていた。彼女は自分たちの集団にも戸惑うこと無く、堂々と通りの真ん中を歩いている。

 彼はそれに言葉無く目を見開いて驚いた。

 そのどちらにも見覚えがあった。

 男の方は、アラバスタ国王、ネフェルタリ・コブラ。

 そして女の方は、Mr.0、クロコダイルのパートナーエージェント、ミス・オールサンデーだった。

 

 

 

 

 

「あら、死んだと思っていたのに」

 

 ミス・オールサンデーは、ニーサン達の目の前に捉えるまで近づいてから、余裕を持って、勿体付けたように言った。

 

「メリークリスマスの姉さんに言っといてくれ」

 

 他のエージェントたちを守るように一歩前に出たニーサンは、まだ少し残っている胸の傷の痛みを何でも無いことのように押し殺しながら続ける。

 

「せっかちは良くないってな」

「ええ、伝えましょう」

 

 彼女の傍らにいる男、ネフェルタリ・コブラは「君は……」と、少し目を見開いて言った。矜持を持っているロックンローラーとして、彼の記憶は、まだ王の中では新しかった。

 痛ましい彼の姿を見て、ニーサンは思わず言葉を失う。血の滲む額と、まだ血の滴る二の腕からは、決して若いとは言えない彼が、何らかの拷問を受けたことは想像に難くない。今もなお、彼の両腕は拘束されているようだった。

 

「それで?」と、ミス・オールサンデーが首をひねりながら微笑んで言う。

 

「私の邪魔をするつもりかしら? 急いでいるのだけれど」

 

 ミス・オールサンデーは美女であった。

 だが、その微笑みを、今はそのままに受け取ることは到底出来ない。

 その微笑みは、彼女の余裕の表れであった、それでいて、もしその願いが叶えられなければ、何をするのかもわからないという圧もある。

 彼らは一様に背筋を凍らせた。魚人にして格闘技の達人であるシャッパですらも、彼女の力量と、一筋縄ではいかないという絶望感というものを、その微笑みから感じ取ったのである。

 

「いや」と、ニーサンは頬を引きつらせながら言った。

 

「『会社』に逆らう気はねえ」

 

 彼は彼女に道を明け渡しながら言った。今更彼女に反抗するつもりもなく、それが出来る武力も無い。

 仲間たちも、それに倣って道を開ける。それが屈辱であることは理解していたが、ニーサンに従うより無い。

 ネフェルタリ・コブラは、彼のその行動に驚いているようだった。まさか彼がこの会社との関係を持っているなど、かけらも考えてはいなかったのだ。

 

「ありがとう」と、その道を行こうとした彼女に、ニーサンが「一つだけ、教えてくれ」と言って続ける。

 

「今、クロコダイルと戦っているのは……『麦わらのルフィ』なのか?」

 

 ミス・オールサンデーは、その言葉に微笑みを消した。だが、すぐさまに新たな微笑みを作って答える。

 

「流石は我社の誇る諜報員。あなたの予想通り、ボスはその海賊と戦っている……だけど、もう時間の問題ね、彼はボスを怒らせた」

 

 それだけ言って、彼女は歩みを進めようとした。しかし、今度は頭を抱えたミス・マザーズデイが「ねえ」と声をかける。

 

「ミス・オールサンデー……あんた、まさか――」

 

 だが、それの続きが言われることはなかった。

 

 彼女がそういった次の瞬間には、ミス・マザーズデイの体から腕が『生え』、その一つが彼女の口を塞ぎ、その一つが首を極め、いくつも連なった腕達が、彼女の背骨を軋ませていた。

 くぐもった声、ミス・マザーズデイは長身を弓のようにそらしながら、苦しげに息を吐く。

 彼女が『悪魔の実』の能力者であることに気づいたときにはもう遅かった。

 

「私の詮索をしないで!!!」

 

 気づけば、すでにニーサン達もその能力の支配下にあった。彼の足から生えた腕が彼を動きを阻害し、腕は後ろに回されるように固められる。

 シャッパやミス・サーズデーも同様だった。ただ、シャッパは下半身を中心に固められ、ミス・サーズデーは腕によって刀が鞘から抜けぬようにガチガチに固められている。

 ニーサンがミス・チューズデーを見ると、彼女も同じく口を塞がれ腕を固まれ、また、背中から生えた腕が、器用にショットガンを構え、その銃口はニーサンに向かっている。

 

「わかった!!! 詮索はしねェ!!!」と、ニーサンは叫んだ。

 

「ミス・マザーズデイの言葉が気に食わなかったのなら、おれが代わりに謝る!!! すまなかった!!!!」

 

 その言葉を信じたのかどうかはわからない、だがミス・オールサンデーは彼らの拘束を解いた。

 膝をついて息を吸う彼らを見やりながら、彼女は「パートナーの教育は……しっかりと行うことね」と、余裕のない瞳で言った。

 

「ああ……わかった」

 

 ニーサンは小さくそう言った。

 

 コブラはその光景に混乱しているようだった。ニーサンとミス・オールサンデーの関係性が全く読めない。

 その後、彼らはミス・オールサンデー達が視界の外に消えるのを、黙って見ている他にすることがなかった。

 

「ごめんなさい」と、ミス・マザーズデイが呟く。

 

「カーチャン、つい思わず……」

「構わねえさ、結果、死んでねえ」

 

 ニーサンは立ち上がりながら続ける。

 どうせ死ぬのにと、妙な感覚ではあったが、仲間たちも皆その感覚は理解できる。

 死に方くらいは、自分たちで決めたいものだ。

 

「それより、ここから離れよう。クロコダイルの方に見つかったら、今度こそ命はないだろうからな」

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 ミス・オールサンデーから離れるように、彼らは王宮前広場をぐるりと旋回するようにそって歩いていた。

 目指しているのは王宮に繋がる階段付近だ。クロコダイルが絶対にあらわれないところを考えれば、そこが答えだった。

 目の前では反乱軍を押し返そうとする国王軍の声が痛いほどに聞こえてくる。だが、彼らは自らの背後にいるニーサン達には気づく余裕がないようだった。

 先頭を行くニーサンは、ミス・マザーズデイに振り返って言う。

 

「一体、何が見えたんだ?」

 

 先程、彼女が思わず言いかけたことの内容を彼は求める。

 ミス・マザーズデイは、少し口ごもりながらそれに答えた。

 

「カーチャン達と同じだったのさ……彼女、死ぬつもりだった」

「……死ぬつもり? ミス・オールサンデーはこの組織のナンバー2だぞ? どうして死ぬ必要がある……とは言っても、そこまではわからんか」

 

 ミス・マザーズデイは沈黙することでその言葉を肯定した。そもそも『声』が真実を言っているのかどうかもわからない上に、知りたいことすべてを理解できるわけでもない。

 ニーサンがもう二、三質問を重ねようとした時、彼は少し先に何かが落ちているのを見つけた。

 少しばかり大股に歩いて、それを手に取る。

 それは、随分と古ぼけた麦わら帽子だった。

 

「なんそれ?」と、ミス・サーズデーが首を捻った。それが何かを知らないわけではないだろうが、突然に現れたそれに、まだ理解が追いついていないようだった。

 

「『麦わら』か……たしかにこの国の気候にはあっているが、この国の文化のものではないな」

 

 なんとなくではあるが、ニーサンはそれが海賊『麦わらのルフィ』の持ち物であると確信していた。

 

「『麦わら』はどうなった?」と、彼はミス・マザーズデイに問う。

 

「死んだか? 流石に」

 

 彼女は首を横に振って答えた。

 

「死んではいない……と思う。だけど、もう王宮にはいないよ……クロコダイルもね」

「……よくわからんな。逃げたってわけでもないだろう」

 

 彼はその麦わら帽子を、そっと瓦礫の影に隠した。恐らくそこならば、目の前に必死な兵士たちに踏みつけられたりはしないだろう。

 尤も、その行動に何の意味があるのかを説明することは出来ない。どうせ後数分もすれば、もろとも吹き飛んでしまうというのに。

 だが、それを咎めるものはいなかった。

 この国の現状を知り、王女とともに王下七武海と戦う決意をした海賊に対する、憧れや、敬意のようなものがあったのかもしれない。

 

 その時だった。

 

「旦那! ありゃなんじゃ!?」

 

 突然声を上げたシャッパが指差す先にあったのは、天に登っていく赤黒い一筋の狼煙だった。ニーサン達は塵旋風のせいではっきりと確認することは出来ないが、シャコの魚人であり、人間に比べて優れた視力を持つ彼だから容易に気づけたのだろう。

 

「狼煙?」

「なにあれ? 知らんし」

「……私達の工場であんなものを作っていた記憶はありません」

「おれ達もあんな物を使う予定は聞いていない……反乱軍や国王軍があんな物を使うとも考えられないし。そうなると」

 

 ニーサンは『麦わら』を隠した瓦礫に目をやりながら続ける。

 

「『麦わらのルフィ』の一味か……? しかし、どうして今更」

 

 彼は懐から懐中時計を取り出した。四時半まで、残り五分を切っている。

 何かが起きているのは明白だった。

 

「あそこに向かうぞ」

 

 駆けるような早足を、仲間たちは咎めなかった。

 

 

 

 

 

 

 突然、空から落ちてきたその『鳥』は、鳥と言うにはあまりにも不自然すぎた。

 まず、その巨大さが不自然だった。勿論そのように巨大な鳥も、この広大な海のどこかにはいるかも知れないが、このアラバスタにそのような鳥がいるという情報は、ニーサン達は知らない。

 そして、その鳥は、鳥と言うにはあまりにも人間的すぎた。いや、落ちた当初は鳥だった、それが、段々と人間に近い形状となり、そして、ついに人間となった。

 動物(ゾオン)系の『悪魔の実』の能力者であることは明白だった。そして、その特徴的な衣服から、国王軍の人間だろう。

 彼らは知らないが、その男はアラバスタ王国護衛隊副官、ペル。『トリトリの実』モデル、ファルコンの能力を持つ男だった。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 ニーサンは思わず彼に駆け寄った。砲撃時刻はもうすぐ目前にまで迫っていたし、狼煙の上げられた地点もすぐ傍だった。

 だが、その男を見捨てることは出来なかった。理由はわからない、王宮前広場では、今まさに人々が倒れ、死んでいこうとしているというのに。

 

「ああ……あぁ……」

 

 ペルは、口から血を吐き出しながら呻いている。

 その背中に手を回そうとした時、ニーサンは彼の腹部からおびただしい量の血が流れていることにようやく気づいた。

 

「撃たれている……」

 

 治療のために彼に近寄ったミス・チューズデーは、思わず彼から目を背けた。ニーサンの胸についた傷とはレベルが違う。

 流れ弾で出来るような傷ではないように思えた。的確に、撃ち抜かれている。

 

「やられたね」と、ミス・マザーズデイがポツリと呟いた。恐らく彼女も、ニーサンと同じような事を考えている。

 

 彼が動物(ゾオン)系の『悪魔の実』の能力で空を飛んでいたことは明白だ。そして、この塵旋風の中、地上から彼を狙って撃ち落とすことは不可能に近いだろう。流れ弾にしても、この緊迫した状況の中で、空に向かって銃を撃つ馬鹿はいない。

 ならば、考えられることは一つ。

 

「狙撃手ペアにやられたんだな」

 

 時計台にて砲撃を任されているMr.7ペア、そのどちらかが、空を飛ぶ彼を撃ち抜いたのだ。

 彼らは会社の中でも最も腕のいい狙撃手だ、見晴らしのいい時計台から鳥を撃つなど容易だろう。

 

 ペルは、呻きながらも目を開き、ニーサンの顔を見た。

 彼が誰かなど男にはわからないだろうし、自分がどのような状況に置かれているのかもわかっていないかもしれない、落下の衝撃か、彼はうつろな目でニーサンを見ている。

 

「敵は……どこ……だ……」

 

 赤黒い泡を作りながら、彼はニーサンに問う。

 

「喋るな」と、ニーサンは憐れみながら言った。

 

 だが、化粧の特徴的なその男は続ける。

 

「砲撃を……止めなければ……」

 

 その言葉に、ニーサン達は目を見開く。

 彼の腹部から流れる血が、血溜まりになっている。

 

「砲撃手……は……どこ……」

「喋るな、手当てをしてやる」

 

 ニーサンがそう言った時、彼のジャケットの襟が力強く捕まれ、男の方にぐいと引き寄せられる。

 

「敵はどこかと聞いている!!!」

 

 口から流れる血をニーサンに撒き散らしながら、男は叫んだ。

 尤も、ペルはニーサンがそれを知っていることを知らないだろう。

 ただただもうろうとする世界の中で、目の前にいるらしい人間に、助けを求めているだけに過ぎない。

 だが、ニーサンはその姿に圧倒されていた。彼の背後からその男を見る仲間たちも、その姿に圧倒されている。

 腹部の傷は、素人目に見ても重傷だ。どんな立場であろうとも、今この瞬間は痛みに怯え、自らへの救いを求めてもおかしくはないはずだった。たとえ痛みが伴うことがなくとも、己の立場を失う恐怖から、無様な立ち回りをする人間を、彼らは知っている。

 それでもなおこの国の敵を探し、職務を全うしようとしているその男に、ニーサンは強い感銘を受けていた。その男はもう長くないだろう。

 ニーサンはゆっくりと時計台を指差しながら言う。

 

「時計台だ」

 

 それは、彼らの立場、王国の敵でもなければ味方でもない立場にいるという彼らの決意から逸脱した行動だった。

 だが、仲間たちの誰もそれを咎めず、また、それを不快に思うことすら無かった。それほどまでに、その男の視線から感じることが出来る決意は凄まじかったのである。

 

「そう……か……」

 

 男はニーサンの襟から手を離すと、ズルリと滑り落ちるように彼の手から離れる。

 

「感謝……する……」

 

 彼は血溜まりを深くしながらも、右手をついてよろめくように立ち上がり、おぼつかない足取りで、壁を這うようにその場をさろうとした。

 

「放っておけ」

 

 彼に近寄ろうとしたミス・チューズデーに、顔についた血を拭いながらニーサンが言った。

 

「どうせ、みんな死ぬんだ」

 

 彼は懐中時計を取り出した。

 四時半まで、もう一分も残されていなかった。

 Mr.7ペアのことだ、きっちりと仕事をこなすだろう。

 

「もしかしたら」と、彼は続ける。

 

「この国は、いい国だったのかもしれないな」

 

 その言葉を、仲間たちは否定も肯定もしなかった。




ニーサンのキャラ造形には歌舞伎の六枚目(実敵:憎めない善要素のある敵役)の要素を意識しましたが、だいぶ悪に触れているような気もします


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16.反乱を止めろ!!!

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「大したもんだ」

 

 打ち上げられた煙幕を追った彼らは、何故かその近辺にいた海軍をやり過ごしながらなんとかそこにたどり着いていた。

 そして、地面に彫られていた『時計台』という文字を確認したニーサンは『麦わらのルフィ』一味が、砲撃手の居場所を突き止めたであろうことを予測する。

 

「まさか一国の王女様と小規模海賊が、王下七武海率いる秘密犯罪組織とタメを張るとは、一体誰が考えるかね」

「これ王女様勝つんじゃね?」

「さぁ、どうだろうな」

 

 ニーサンは懐中時計を確認する。四時半まで、残り二十秒ほどしか無い。

 

「あの狼煙から皆がすぐに行動したとしても、時間は微妙だ……あの時計台は特殊な構造で、最上部にまで行くにはコツが居る」

「地理に詳しい王女様がいるのなら……対処できるのではないでしょうか?」

 

 祈るように言ったミス・チューズデーに、ニーサンは「そうかもな」と、答える。

 妙な気分だった。

 もうすぐ死ぬというのに、なんだか、その現実をまだ受け入れられていない。

 

「時計台には、ミス・ウェンズデーがいるよ」

 

 目をつむりながら、ミス・マザーズデイが言った。もはや誰もその言葉を疑うことはない。

 だが、それに反応するには、残された時間が少なすぎる。

 

「残り、五秒だな」

 

 懐中時計を見やる。そう言う間にも、秒針は動いている。

 四。

 シャッパは、時計台を睨みつけていた。砲撃が行われたら、たとえそれがニーサンの望みではなくとも、身を挺してでも彼らを守ろうと考えている。

 三。

 ミス・マザーズデイは、未だに頭の中を反響し続けているいくつもの『声』に悩まされながらも、傍らにいるミス・チューズデーとミス・サーズデーを両手でぐいと引き寄せた。

 二。

 ミス・チューズデーも、ミス・サーズデーも、ミス・マザーズデイの背中に手を回してそれを受け入れた。

 一。

 

 ニーサンは、広場で戦っている人々を眺めている。

 ああ、あいつらも死ぬんだろうなあ。

 ビリオンズも、あの鳥の男も、王女も、みいんな死ぬんだ。

 

「もったいねえなあ」

 

 

 ゼロ。

 

 

 響き渡るはずの轟音は、響かなかった。

 相変わらず戦いの喧騒はやかましいが、それ以上にも、それ以下にもならない。

 尤も、彼らはそれを当然と思っているだろう。この戦いが急に終わるなどと、一体誰が思うだろう。

 

 ニーサン達は、一斉に時計台の方を見た。塵旋風のせいではっきりと確認することは出来ないが、数字盤が開き、何かが出ているようにも見える。

 だが、やはり砲撃は行われていない。

 

「勝ったん……?」

 

 真っ先にそう言ったのはミス・サーズデーだった。

 ニーサンは見間違いではないかと再び懐中時計を確認する。

 しかし、やはり秒針はすでに頂点を過ぎている。

 ありえない。

 Mr.7ペアはそのようなヘマはおかさない。

 ならばやはり、何者かがその砲撃を止めたということ。

 

「勝ったんだろう」と、彼は呟くが、「だが」と続ける。

 

「どっち道変わらんさ。あの砲弾は時限爆弾でもある……」

 

 それは彼の予測でしか無い、たしかに『ポツネン島』で使われた爆弾は時限式だった。しかし、だからといってその砲弾がそれであるという証拠はない。

 だが、恐らくクロコダイルという男はそれをするだろうという確信が彼にはあった。念には念を、誰も信用せず、それ故に非情な采配。他人をあざ笑うような計画。

 

「なあ、旦那」

 

 時計台を見つめながら、シャッパが言った。

 

「もしその『麦わら』の一味が時計台からの砲撃を止めたんじゃったら……その時限爆弾は、奴らから吹き飛ばすということになるんかのう?」

「……ああ、そうだろうな」

 

 自らに逆らうもの、時計台からの砲撃を必死になりながら阻止した人間から、確実に殺すような計画。人を救いたいという考えを踏み潰すような考え方だ。

 

「なあ、旦那」と、シャッパが続ける。

 

「その男に……そんな事をする権利があるんかのう?」

 

 彼は拳を握りしめている。まだ若い彼は、ここまでの怒りを感じたことはない。

 

「しらん」と、ニーサンが答える。

 

「だが、それだけのことをする『力』はあったということだ」

「まーじムカつくんですけど」

 

 ミス・サーズデーは苛立ちを表すように刀を半分ほど抜いてから力強く納刀する。鈍い金属音が、喧騒の中に虚しく消えた。

 

 その時だった。

 不意に、ミス・マザーズデイが時計台の方に向かって「ああ!!!」と、叫んだのだ。

 

「馬鹿なことはやめるんだ!!!」

 

 彼女は頭を抱えていた。『声』が彼女の中で鳴り響いているのだろう。

 その様子に、ミス・チューズデーが彼女の体を抱えた。だが、それでも狼狽する彼女の力は抑えきれないようだった。

 

「姉御!!!」

「ちょ、ちょっと、何なんだし!!??」

 

 シャッパとミス・サーズデーも同じように彼女を抱きかかえることで、ようやく彼女を取り押さえることが出来た。

 だが、ミス・マザーズデイの叫びは止まらない。

 

「どうしてそんな事ができるんだい!!!???」

 

 ニーサンは彼女の変貌ぶりに驚いていた。長い付き合いであるが、彼女が我を忘れるほどに狼狽するところを、彼は見たことがなかった。

 更に彼女は空を見上げながら続ける。

 

「そんな事をして何になるっていうんだい!!!???」

 

 ニーサンは彼女の肩を揺さぶりながら負けぬほどに叫んだ。

 

「何が起きているミス・マザーズデイ! 何が聞こえている!? 何が見えている!?」

「死ぬよ!? あんた死んじまうよ!?」

 

 一つ息を吸い込んでから彼女が続けた。

 

「そうしてまで!!! この国を守りたいのかい!!!!????」

 

 その言葉に、ニーサン達が疑問を持つよりも先だった。

 

 

 

 天から、轟音が鳴り響いた。

 

 

 たちまち降り注ぐ、爆風、熱風。自分たちを地面に抑え込まんとする圧力。

 何が起きたのかと思うよりも先に、吹き飛ばんとする体を支えるよりも先に、ニーサンはシャッパと目を合わせて行動を開始する。

 彼らは女三人をなんとか庇うように、彼らは吹き飛ばされながら倒れた。

 だが、それも無駄な努力だと彼らは思っている。

 『ポツネン島』で試された爆弾の威力を、彼らは知っている。

 どうせその行動は自己満足だ。

 せめて死ぬ前に、女を守ることが出来たという、地獄へ持ち込む自尊心を満たすための行動に過ぎない。果たして地獄にも自分の居場所があるのかどうかはわからないが。

 倒れた自分たちを薄く伸ばすように、空からの爆風が髪を撫でる。

 そして爆弾らしい熱線と爆風が、来なかった。

 勿論背中に熱さはある、だが、ならそれが焼けるように熱いかとか、我慢ができないものかと言われれば、そんなことは無い。

 それを不思議に思っていたニーサンに、彼の下に敷かれていたミス・マザーズデイが小さく言う。

 

「爆弾を持って……空に飛び上がったんだ……」

「は?」

「だから、爆弾を持って、空に飛び上がったんだよ……だから、カーチャン達のところまで爆風が届いてこなかったんだ」

「誰がだ?」

「あの男さ」

 

 ニーサンは先程見送ったあの男を思い出した、恐らく鳥になれる悪魔の実の能力者。確かに彼の能力ならば、それが出来るだろう。

 だが、彼はそれが信じられない。

 起き上がり、皆の無事を確認しながらニーサンが言う。

 

「あの死にかけの男がか……?」

 

 同じように起き上がりながら、ミス・マザーズデイが返す。

 

「ええ、少なくともカーチャンが聞いた『声』が正しければね」

 

 彼女は他の二人を引き起こしながら続ける。

 

「国を守ったのさ。殆ど死んだような体でね」

 

 ニーサンはそれに無言を返した。とても信じられることではなかった。

 死をも越える忠誠を彼は知らないわけではない、だが、大抵そのような『死こそ忠義』であるという考え方は、大抵は不安定な、王権が極端な方向に振れている国で起こることだ。例えば忠義を死への恐怖で反故にしてしまえば、一族郎党に迷惑がかかるような、家族を人質に取るようなやり方をするような国で。

 だが、とてもではないがネフェルタリ・コブラがそのような強権を振るうような長であるようには思えない。

 だったら、なぜその男は自ら命を差し出したのか。

 愛しているのか、この国を。

 守るのか、国という不安定な、あまりにも広大すぎる『概念』を。

 

「反乱、終わったんじゃね?」

 

 ミス・サーズデーの素直なその言葉で、ニーサンは思考から現実へと帰還することが出来た。

 確かに、王宮前広場を静寂が支配していた、塵旋風が砂を巻き上げる音だけがそこに響いている。

 

「いや」と、ミス・マザーズデイが震えた声で言う。

 

「終わらないよ……」

 

 爆風の衝撃から立ち上がった民衆たちは、それでも武器を手放してはいなかった。

 ミス・マザーズデイが続ける。

 

「狂気は……終わらない……」

 

 彼らは武器を振るった。

 当然、振るわれた武器から身を守るために、彼らも遅れて武器を振るう。

 先程の爆風は何だったのかとか、誰と戦っているのかとか、戦い抜いた先に何が待っているのかとか、そのような些細な考えは、すでに彼らにはなかった。

 ただただ、武器を振るわなければ、振るわなければならないから、そうしなければ、この国は救われないから、ここまでのことが全て無駄になるから、死ぬから。

 振り上げた拳は、どこかに降ろさなければならないから。

 使命感と、責任感と、恐怖が。狂気が、彼らに武器を振らせる。

 終わらない、この狂気は。

 

「そんな……」

「マジ……ありえないし……」

 

 ニーサン達は、命が助かった喜びをすでに忘れていた。

 否、むしろ、死んでいたほうが良かったのではないかとすら思っている。

 こんなにも醜い光景を見るくらいならば。

 

 いや、本来ならば、これこそが、彼らの望んでいた光景だったはずなのだ。

 ならば、ならば。

 自分たちは、なんてものを作り出してしまったのか。

 

 もう、終わりなのだろうか。

 ニーサンは一歩後退りしながらそう思った。

 終わりだ、終わる。もう、アラバスタ王国は終わっている。

 

 その時だ。

 

『――いを――てく――さい!!!』

 

 声が聞こえた。

 だが、それはミス・マザーズデイが聞いた『声』ではないだろう。

 なぜならば、ニーサン達は全員、その声がした方向に目を向けていたから。

 その声は、時計台からだった。

 若い女の声だ。

 

『戦いを、やめてください!!!』

 

「ミス・ウェンズデー……」と、ミス・マザーズデイが呟いた。

 

『戦いを!!! やめてください!!!』

 

 塵旋風にかき消されるであろうその言葉が、王宮前広場に届くとは思えない。

 

『戦いを!!! やめてください!!!』

 

 だが、王女は叫び続けていた。

 

「届かねえよ」と、ニーサンは呟いた。

 

「この塵旋風だ、声が届くはずがねえ」

 

 事実、彼女の叫びが広場に届いている様子はなかった。

 

 彼らは言葉を失った。

 あまりにも虚しい事実だ。

 喧騒は、塵旋風は、この国を思う少女の声をかき消している。

 

 一瞬、彼は自分ならあるいは、と思った。

 王女よりかは、自分は広場の近くにいる。自分の歌ならば、声量ならば、彼らに届くのではないかと思った。アラバスタ王国の国家を歌えば、彼らは立ち止まってくれるだろうか。

 だが、何を馬鹿な、と、彼は自嘲気味に笑って首を振った。

 歌で国など救えるはずがない。それができれば、自分は国など奪おうとしなかった。

 

 彼はどこからか取り出したパイプ椅子を小脇に挟む。

 そして、喧騒の中に向かって歩いた。

 

 その行動に、シャッパが慌てて「旦那!!!」と叫んだ。

 

「何をするつもりじゃ!!!??」

 

 ニーサンは王女の声を聞きながら答える。

 

「反乱を止めに行くんだよ」

 

 その言葉に、ミス・マザーズデイがすぐさま反応した。

 

「あんた……この国の結末を見届けるって」

「死に損なって気分が変わった。おれは会社の敵に回る」

「いーの? 王下七武海を敵に回すよ?」

「構わん。最初に裏切ったのはあいつらのほうだ……死ぬときゃあいつの右目に中指突き立ててやるさ」

 

 急な変わり身に、しかし仲間たちはそれを拒否はしなかった。

 それが贖罪になるとは、当然思ってはいない。これからどれだけこの国に貢献しようが、この罪は償えないだろう。

 だが、それで良い。

 罪を償うとか、国を救うとか、そういう些細な問題はもうどうでもいい。

 ただただ、自分が思ったようにやりたかった。

 たとえそれが今まで積み重ねてきたものを裏切る行為であろうと、日和見に見えようと、ダサかろうと、そんなこともどうでもいい。

 ただただ、自分の感情に嘘を吐きたくない。

 この国を、もう少し見てみたい。

 この国を必死に守ろうとしている人間たちを、これ以上裏切りたくない。

 

「ビリオンズから狙え……民間人は気絶にとどめろ」

 

 自分たちは、見分けることが出来る。反乱を望むものを見分けることが出来る。

 もう、自らについてくるかどうかを聞くこともない。

 仲間たちがついてくることを確信しながら彼は続ける。

 

「反乱を止めるぞ!!」

 

 それぞれの声が、それに同調した。




ミス・マザーズデイは二十代前半~中盤で設定してます


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17.絶対に降らない

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 喧騒は、反乱は、まだ続いていた。

 否、当然続いていたと言うべきであろう。

 国を守りたいという思いと、国を守りたいという思いは、同じ思想であるはずなのにすでに引き返せぬところまでお互いに刃を突き立てている。

 彼らが自発的にそれを止めるには、犠牲になった仲間が多すぎた。

 

 

 

 

 

 

「うわああああん!!!! ごべんなさあああああああい!!!!!!」

 

 王宮前広場の端、二人抱き合いながら大声で泣きわめくその少女に、国王軍も、反乱軍も一様に首をひねっていた。

 この喧騒の中だ、彼女らの泣き声に構う大人など十人いれば良いほう。

 

「反乱軍は、こんな少女まで戦いに加えるのか!?」

「いやいや待ってくれ、おれたちゃこんなガキを戦力にするほど落ちぶれちゃいねえ!!! むしろお前らのほうが数は少ねえだろうが!」

「なんだと!? 我々が子供を戦場に送り込むはずがない!」

「わからねえぜ! お前らはコーザさんを不意打ちするような奴らだ!!!」

「なんだと!!!」

 

 その言い合いの中で、やはり彼らは武器を抜きそうになった。

 その様子を見て、少女の片方がため息をつく。

 

「やっぱあーしらの魅力じゃあ止まらないかあ」

 

 急に泣き止んだ少女を訝しげに覗き込む彼らは、ようやく彼女が刀に手をやったところを見たところだった。

 

「『ウチ流抜刀術奥義……不殺』」

 

 彼らが見たのは、刀が抜かれる一瞬の煌めきのみだった。

 

五分厘(ゴブリン)抜刀(ばっとう)!!!』

 

 次の瞬間、彼らは一様に悶えながら倒れる。腹部から胸にかけて激しい痛みが走った。だが、それが何なのかはわからない。

 

「サーズデーさん!」と、ミス・チューズデーが不安げに言ったが、ミス・サーズデーはプルプルと『ニコニコ蝶羽華流』の重みに両腕を震わせながら答えた。

 

「心配ねーし、峰だし……まあ、多少は痛いと思うけど」

 

 彼女がわざわざ鞘を目の前にまで持ってきて、その鯉口をしっかりと確認しながら、更に震える片手でなんとか納刀しようとしているときだった。

 塵旋風の向こう側から、一人の巨漢が、サーベルを振りかざして彼女らを襲ったのである。

 

「エージェントの座はもらったあ!!!」

「きゃあ!!!」

「ちょっ!!!」

 

 巨漢ながら、ずる賢いビリオンズだった。彼は彼女らがエージェントであることを知った上で、スキを晒すまで塵旋風の向こうに潜んでいたのである。

 巨漢はそのサーベルを振り下ろさんとした。

 だが、それは届かない。

 

『ダーツキラー!!!』

 

 同じく塵旋風の向こう側から現れたシャッパが、その巨漢の顎に強烈なクロスカウンターを打ち込んだのである。

 肉と骨が擦れるような鈍い音が響き、その巨漢はサーベルを見当違いの場所に突き立てながら膝をついて失神した。

 

「サンキューエビちゃん!」

「シャコじゃ」

 

 彼は二、三度ピョンピョンとその場で跳ぶと、塵旋風の向こう側を睨みつけながら構えた。

 

「武人とは言え、女子供相手に不意打ちに多勢とは……ワレ、知る恥すらも知らんようじゃのう」

 

 彼の類まれなる視力は、塵旋風の向こう側にいる集団をすでに見据えている。

 彼に睨まれたビリオンズ達は震え上がった、シャッパの言う通り、彼らは塵旋風の向こう側から、人海戦術でミス・サーズデー達に斬りかかろうとしていたのである。

 

『節足ノアユミ!!!』

 シャッパがガードを固めながら独特のステップで地を這うように迫ってくる。

 

 ビリオンズ達はそれを見切ることが出来ない。どちらにかわしても、ステップが間に合って攻撃が飛んでくるような恐怖に足がすくむ。

 

順路(コース)刈掘二亜(カルフォルニア)ロール!!!』

 体を左右に振りながら、その勢いを利用して右から左から拳を繰り出す。

 

 一人、二人と一撃でのされていく光景に恐怖を覚えながら、ビリオンズ達はそれぞれその魚人から身を守ろうと画策する。

 だが、両手で顎のガードを固めた者は脇腹に一撃を喰らい、かと言って脇腹を守ると顎を撃ち抜かれる、頭を抱え体を丸めた者は頭が良かったかもしれないが、シャッパはそのガードの上から拳を振り抜き、やはり一撃で相手をのす。シャコのパンチ力に、拳の壊れぬメリケンサック。凡人がガードを固めたところで意味など無い。

 

 ある者はデタラメにサーベルを振った。迷いなく放たれたそれは、意外にもシャッパを捉えているようにも見えた。

 だが、「ガァ!!!」という声と共に振り抜かれた左の拳が、なんとそのサーベルを叩き割った。鋼のメリケンサックを刃にぶつけることで、彼はそれを成したのである。

 

 右に体を振った勢いで相手の顔を殴りつけながら、シャッパは不思議に思った。

 振り下ろされた刃とぶつかったというのに、左の拳に痺れがなかった。否、それどころか、メリケンサックの鋼と刃がぶつかった感覚すらもなかったのである。

 まるで見えない鎧を身にまとっているかのような感覚だった。

 

「あーしらも行くよ!」

 

 ミス・サーズデーはようやく刀を鞘に納刀し、未だに体を振り続けるシャッパに向かって歩んだ。

 

「はい!」と、ミス・チューズデーもそれに続く。

 

 喧騒はまだまだ止まぬ、彼女らは反乱の何万分かの一を、ようやく鎮めたばかりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「おいおいMr.6さんよお!!!」

 

 やたらにガラの悪いその国王軍の男は、突如として目の前に現れたフロンティアエージェントに下卑た笑みを投げかけていた。

 その男は、喧騒に背を向けていた。戦っている風で、実は戦ってはいなかった。

 だが、その男たちは、広場にいる誰よりも、戦いを望んでいたのだ。

 

「お前さんがどうしてここにいるかは知らねえが……」

 

 男は、国王軍の武器である先端が扇状の刃である槍を振りかざす。

 彼の背後にいた男たち、ビリオンズも同じようにそれぞれの武器を構えた。

 集団心理というものは、時として不相応な自信を持つようになる。

 

「エージェントの席を空けてもらおうかぁ!!!!」

 

 エージェント候補生であるビリオンズたちにとって、彼らは手の届きやすい『商売敵』である。彼らの寝首をかこうとするのは、野心あるビリオンズならばいわば当然の行為。

 だから、ニーサンたちにとってはやりやすかった。

 自分達が目立てば目立つほど、向こうからやってくるのだから。

 

 振り下ろされた槍は、地面を叩いた。

 そして、その柄を、飛び上がっていたニーサンが踏みつける。

 その重みに、槍が手から弾き落とされたことにその男が気づいたときには、すでに目の前にはニーサンの拳があった。

 

『ロック&ナックル・パート!!!』

 顔面の真ん中に、弓をひくように思いきり振りかぶられた拳が無遠慮に叩きつけられた。

 

 血を吹き出しながら吹き飛んだその男に、ビリオンズ達は一瞬怯んだ。

 

「悪いとは思っている……こりゃあ、ロクでもない行為だ」と、ニーサンは呟いた。自分自身のその行動が、彼ら犯罪組織に対する『裏切り』であることを、彼は強く理解している。

 

「だが、おれはロックにやらせてもらう!!!」

 

 次の瞬間には、次のビリオンズに照準を定めている。姿勢は低く、スプリントは激しく。

 

『ロック&エルボー!!!』

 今度は肘を顎に打ち込む。拳に比べて力を伝える関節が少ない分、その威力は強烈。

 

 二人目が倒れたその時に、ビリオンズ達はようやく『商売敵』の実力を思い出す。

 その男はフロンティアエージェントのトップ。『悪魔の実』に関係の無い最高戦力、『ロックンローラー』Mr.6だ。

 

「どきな!」

 

 その声を聞くや否や、ニーサンはその場にしゃがみ込む、その上空を、一人の女が飛び越えた。

 

『世界獲り回転レシーブ!!!』

 猫を思わせるようなしなやかなひねりから着地したミス・マザーズデイは、すでに『レシーブ』を終えている。

 ニーサンに照準を合わせて発射されていたその銃弾は、すでにそれを撃ったはずのビリオンズの肩に『レシーブ』されている。

 

「次ィ!!!」と、ミス・マザーズデイはビリオンズ達を睨みつけて叫ぶ。

 

 ビリオンズ達はすでに腰が引けていた。信じられない技術と身体能力、彼らと自分達の格の差は火を見るより明らかだった。

 そのうち勘のいい一人は、すでに彼らに背を向けて逃げ出そうとしていた。悪くない判断だろう。

 だが、彼は左手首を掴まれていることに気づいた。

 

「もう、逃げられねえんだよ。おれも、お前らも」

 

 ニーサンのその言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 

 ぐいと、ものすごい力でそれを引かれる。

 ビリオンズはなされるがままであった。

 右腕が自らに向かって振り抜かれるのが見える。

 

『レインメーカー!!!』

 ショートレンジ式のラリアットに、それを喰らったビリオンズは首を中心に一回転して地面に激突した。

 

 

 

 

 

 

 その時は、突然だった。

 

 ニーサンが、もう何人目かもわからぬ民衆をパイプ椅子で殴って失神させたその時だ。

 不意に、地面が揺れたような気がした。

 

「なんだ!?」

 

 彼はすぐさまミス・マザーズデイの方を確認する。

 上から振り下ろす張り手で反乱軍の一人を失神させていた彼女は、同じく彼の方を見やっていたが、目が合った瞬間に首を横に振る。

 

 彼らは、この地震に心当たりがなかった。

 アラバスタでの作戦の殆どに絡んでいた自分達が、この揺れを知らない。ならばこの揺れは自然なものなのか、否、アラバスタは地震のある国ではないはずだ。

 彼らの脳裏に一つの予感が走る。

 ならばこれは、クロコダイルが用意していた最後の策なのか。

 ありえぬ話ではない。

 あの男ならやりかねない。あの悪辣な、それでいて誰も信用しない、あの男ならばやりかねない。

 

「旦那!」と、塵旋風の向こうがわからシャッパが現れた。その後ろからミス・チューズデーとミス・サーズデーもついてくる。

 

「こりゃなんじゃ!?」

「わからん……少なくともおれは知らん」

「まだなんかあるわけ!?」

「この国に地震はないはずです……」

 

 それぞれがそれぞれの意見を持ち合っていた時、不意に『何かが割れる音』鳴り響いた。

 それは『ポツネン島』を破壊した爆破のそれによく似ていた。なにか強大なエネルギーが、地面を割らんとするような、衝撃。

 経験したことのないものだった、あの爆破に比べても、更に大きいような気がする。

 ならば爆弾か、いや、違うだろう、これだけのエネルギーを生むことの出来る爆弾ならば、こんな事を思う暇もなく、そのエネルギーに飲まれているだろう。

 

「あれを!」と、ミス・マザーズデイがある方向を指差した。

 

 一斉にそれを見ると、そこには、その上空には、人がいた。

 ニーサンはその影に愕然とした。たとえ塵旋風が目くらましをしていようが、その影が纏う悪のドレスをごまかすことは出来ない。

 分厚い毛皮のロングコート、左手には義手のようななにか。

 それは、政府公認海賊、王下七武海、サー・クロコダイルであった。

 彼はすでに何かの力に操られるがままに上空を舞い、そして、すでにこの星の重力に操られるがままに、地面に激突しようとしている。

 

「……なんであんなところから飛び出してくるのか、カーチャンにはわからないけど……」

 

 ニーサンは握った拳を震わせていた。それは感動でもあったし、驚きでもあったし、恐怖でもあったし、それから逃げた自らに対する情けなさでもあった。

 

「……負けたのか、あいつが……」

 

 想像すらしていなかった、いや、想像すらできなかった。その男に、その悪の化身のような男相手に、真正面からぶつかって自らの我を通すなど、考えた事すら、最初の選択肢にすら無かった。 

 ミス・サーズデーは、すでに地に堕ちたクロコダイルが先程まで舞っていた空を眺めながら言う。

 

「あいつらが、勝ったんだ……」

 

 それは、思ったことを口に出す彼女だからこそ言えたのだろう。その偉業をたやすく信じるには、ニーサン達は毒されすぎている。

 

 更に続けて、それは起こった。

 

 ニーサンの頬を、ある水滴が撫でた。

 彼は最初、それは誰かの血であろうと思った。だから何気なくそれを拭ったし、それを確認もしなかった。

 だが、彼はそれが『冷たい』ことにすぐに気づいた。

 慌ててそれを確認する、だが、それを拭ったはずの手の甲には、何もなかった。

 二つ、三つと、それは更に彼の頬を、額を、髪を撫でる。

 

「嘘だろ……」と、彼は天を見上げる。

 

 ミス・マザーズデイ達も、それに気づいたようだ。

 それは『雨』だった。

 ニーサン達がこの国から奪ったはずの『雨』だった。

 

 そんな馬鹿なことがあるわけがない。

 雨を奪うはずのダンスパウダーは、きっちりと、きっちりと撒き続けていたはずだ。

 

「絶対に、降らないはずだろう……!!!」

 

 ニーサンはミス・チューズデーを見た。そこには、行き場所の無い憤りもあった。

 彼女も同じことを思っていたのだろう。顎に手をやって答える。

 

「絶対に降らない、はずです……しかし……現にこうやって降っている」

「ダンスパウダーか?」

「いや……そんなはずは……」

「奇跡じゃね!? やっほー!!!」

 

 ノーテンキに笑う彼女の言葉が、最も真実に近いように思えた。

 

「静かじゃ」

 

 それを浴びながら、シャッパがポツリと呟く。

 雨を感じた民衆は、一様に空を見上げていた。

 その言葉に、ミス・マザーズデイは思い出したように『声』を聞く。

 

「狂気が……止まっている」

 

 彼らは群衆を見た。彼らは不意に降り注ぐ『雨』に言葉を失い、

 

「武器に、迷いが」

 

 少しずつ強くなっていく雨が、いつの間にか塵旋風をかき消していた。

 

「ああ……終わってしまう」

 

 その様子から、ニーサンは自分達の作り上げたものが終演を迎えつつあることを覚悟した。

 時計台を見る。彼はシャッパほどの視力はないが、それでも、そこに一人の少女が立っているのが見える。

 

『もうこれ以上……!!! 戦わないでください!!!』

 

 群衆は、時計台から叫ぶ王女に釘付けになっていた。

 口々に、彼らは彼女の名を呼んだ。

 

 王女の声は、ついに届いた。

 

「終わったんだ」

 

 ニーサンがその声に背を向けながら言った。それと向き合うには、自らの存在はあまりにも矮小に思えた。

 

「『雨』が、この国を正気に戻したんだ」

 

 彼は奇跡を信じない。救いを信じない。人の愚かさを、国の愚かさこそを信じている。

 だからこそ、この光景は、彼には直視できぬほどに眩しすぎた。




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18.最後の報告

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 その巨大な男は、その国のすべてを手に入れようとしていたその男は、大の字になって気を失っていた。

 かつての英雄が叩きつけられた地面はひび割れ、彼が落ちた高さを、受けた衝撃を如実に物語っている。

 王下七武海、サー・クロコダイルは、もし彼に意識があれば自害を考えてしまうほどに屈辱的な姿を、彼を慕っていた民衆の前にさらしていた。

 

 一人の男が、彼の傍にいた。彼はパイプ椅子に腰掛け、白日の下に晒された彼の顔を覗き込んでいる。

 民衆の殆どは、彼に背を向けていた。遅れてこの戦場に現れたアラバスタ王国護衛隊長、イガラムがこの国に起きたすべてを説明するのを、怯え、恐怖しながらも心待ちにしている。彼の言葉は、この悪夢を葬るレクイエムとなるだろう。

 だが、その中でも、イガラムの言葉よりも、気絶した王下七武海に近づくその男の方に興味があった人々は、その男の風貌をみて首をひねった。誰もが、その男をどこかで見たことがあるような気がした、だが、その情報が共有されることがないから、彼らはその男が誰なのか確信を持てないでいる。

 その男の様子をもっとよく確認しようとも、その男を囲むように立つ女と魚人が、それを邪魔していた。

 

 

「社長……」

 

 

 その男に対する恐怖が、完全になくなっているわけではなかった。 

 だが、しとどに雨に濡れながら意識を失っているその男は、気の毒なほどに無力だろう。

 なるほど、と、彼は思った。

 だからこの男は、この国から雨を奪おうとしていたのかと。

 

 ニーサンは、秘密犯罪結社バロックワークス社長、Mr.0ことサー・クロコダイルに向かって言った。

 

「おれ達は、負けました」

 

 それは、厳密に言えば彼が言うべき言葉ではなかった。彼はすでにその会社の人間ではなかったのだから。

 だが、だからといって彼の『罪』が『思想』が無かったことになるわけではない。最後の最後、僅かなすれ違いから違う道を歩んだだけで、彼らは基本的には『同志』であった。尤も、そう称されることは、クロコダイルからすれば不本意であろうが。

 だからこそ、彼はその報告を行わなければならなかった。一つの『罪』と『思想』が敗北し、一つの『正義』が勝利したことを、たとえクロコダイルに届くことはなくとも、自分自身に届けなければならなかった。

 

「いい夢、見させてもらいました」

 

 彼は立ち上がり、パイプ椅子を折りたたむ。

 そして、彼は仲間たちを見やってから、その場を後にする。

 最後に、背中越しに彼は言った。

 

「また、地獄で会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 割れた岩盤。

 崩壊した建築物。

 気絶している男。

 それを背負う国王。

 

 それだけの情報があれば、一体クロコダイルに何が起きたのかということはだいたい予測ができる。尤も、それは常識の範囲内ではとても予測できる結果ではなかったが、すでにニーサンは、自らの常識というものをだいぶ疑い始めていた。

 

「その男が」

 

 ニーサンはコブラに背負われている若者を指差して続ける。

 

「クロコダイルを倒したんだな?」

 

 コブラは「いかにも」と、ニーサン達を警戒しながら答える。

 彼らが少なくともバロックワークスの副社長、ミス・オールサンデーと顔見知りであるという情報は、警戒するのに十分すぎるほどのものだった。

 だが、コブラは腹も決めている、相手は五人、今更自分に抵抗できるような体力は残っていない。

 一人娘が健在であったことをせめてもの救いだと思う覚悟はできていた。

 

「そうか……とんでもないことを、やっちまったもんだな」

 

 ニーサンは雨に濡れた髪をかきあげてもう一つ問う。

 

「この国は、どうなる?」

 

 枯れたオアシス、失った命、破壊された建造物。

 失ったものはあまりにも大きく、すぐさま変わるものではない。

 その問いは、ある意味で、それに関わったニーサンだからこそ真っ先に頭に浮かぶものだっただろう。

 だが、それは同時に、物事を起こした人間としては無責任極まりない、侮蔑に値するような質問でもあった。

 しかし、コブラはその質問に激昂すること無く答える。

 

「国民に希望がある限り……この国は枯れぬ……そして、その希望を潰えないようにするのが、我々の役割なのだ」

 

 その言葉は、国というものに懐疑的なニーサンに大きな衝撃を与えるものだった。

 深い、深い感動があった。もし自分が、もっと前にこの男と出会うことができていれば、この男のような王と出会うことができていれば、もっと違う『思想』を持っていたかもしれぬとすら思った。

 

「なるほどね」と、ニーサンはその感動を悟られぬように言った。

 

「だから王女様は諦めなかったわけか」

 

 どうも、と、簡単な礼を言って、彼はコブラ王から離れようとした。

 だがコブラは彼に問うた。

 

「君は一体……何者なのかね?」

 

 状況だけを考えれば、彼が自分達の敵側、バロックワークスの人間であることは疑いようがない。

 だが、それにしては彼には毒気があまりにも無いように思えた。

 

 ニーサンは振り返って答える。

 

「負け犬ですよ、それも、かなり無様なね」

 

 

 

 

 

 

 ミス・オールサンデーこと、ニコ・ロビンは、クロコダイルに貫かれた腹を押さえながら、なんとか壁伝いに歩こうとしていた。

 彼女には、強い怒りがあった。

 生かされた、という怒りが。

 彼女は死のうとしていた。否、厳密に言えば、死んでもいいと思っていた。自死を選ぶには彼女の本当の立場は重すぎたし、生きることを選ぶにも、彼女の本当の立場は重すぎた。

 

 降り続く雨が、彼女の髪を濡らしている。それが腹の傷に届き、痛みもある。

 その時だ、ニーサン達が彼女の前に現れたのは。

 

「……何のようかしら」

 

 口端から血をにじませながら、彼女は表面上彼らに凄んでみせた。

 だが、その威嚇がすべて真実というわけでもない。

 心のどこかには、ついに死ねるのではないかという希望もあった、恨みは売っているはずだ。格下に殺されるのはしゃくではあるが、仕方がないとも考えられる。

 

「そう凄むな」と、ニーサンは彼女の腹部から目をそらしながら言った。

 

「邪魔はしない約束だろう?」

 

 彼は更に続ける。

 

「手当してやれ」

 

 近づいてくるミス・チューズデーに、彼女は「近寄らないで!」と凄んだ。

 彼女は一瞬それにビクリと反応して足を止めるも、再び歩んで彼女の傷を確認する。

 もはやニコ・ロビンに、それに抗う体力は残ってはいなかった。彼女はなされるがままに、その手当てを受けるほかない。

 

「医者じゃないから治療ができるわけじゃないが……簡単な手当てなら出来る」

「……何のつもり?」

「おれの仲間が気になることを言っていたからな……まあ、確認しに来ただけだ」

 

 ミス・チューズデーは手早く消毒すると、すぐに適切な処置を開始する。

 それは多少痛むはずではあったが、すでにロビンはその感覚が麻痺していた。

 

「どうして……私を生かすの!? このままなら、私は死ぬことが出来たのに!」

「……どうしてと言われりゃあ……おれのエゴ以外の何物でもない」

「カーチャンのエゴでもあるよ」

 

 彼は睨みつけるロビンと目を合わせながら続ける。

 

「おれ達も死ぬつもりでいた……だが、王女様が諦めなかったせいで死に損なった……道連れというわけじゃないが、知った人間が目の前で死なれるのは……気分が良くない。まあ、運が悪かったと思って諦めてくれ」

「それで……どうするつもり?」

「そんな事は考えてない。ただ、逃げることを求めるなら、付き合ってやってもいいと思ってる」

 

 はん、と、ロビンはその提案を鼻で笑った。

 

「あなた達じゃあ、心もとなすぎるわね」

 

 ある事情から八歳の頃から世界から逃げ続けてきた女である、頼るべき木への嗅覚は鋭い。

 だが、ニーサンはそれに同意した。

 

「そうだな、おれもそう思うよ。だが……すでにアラバスタには海軍が入り込んでる。逃げるのはそう簡単なことじゃない」

 

 更に彼は続ける。

 

「海軍が間抜けなら『麦わらのルフィ』の船がまだエルマルの港にあるはずだ……頼るなら丁度いいだろう」

 

 ロビンはそれには反応を返さなかった、否定しないところを見ると、あながち悪い選択ではないと考えているのかもしれない。

 

「貴方は、どうするつもりなのかしら?」

「さあな……それより自分の心配をすることだ。手当てはするが、治せるわけじゃない」

「別にこのまま死んでも良いのだけれど」

「まあ、そう言うな……アルバーナを東から抜けりゃあ、何頭かのヤサラクダがいる。後は運次第だろう……おれ達に運が向いているとは思えんがな」

 

 

 

 

 

 

 オカマの頬に乾いて跡をつけていた血を、雨は他の人間にもそうするように、地面に滴らせていた。

 Mr.2、ボン・クレーは、痛む体にむち打ちながら、なんとか首都アルバーナを後にしようと、壁を這うようにゆっくりと移動していた。

 逃げる理由しか無かった。

 そもそも反乱は終わり、国が手に入る様子は微塵も見えない。ユートピア作戦は失敗した可能性が濃厚だ。

 もし仮に、今から何らかの逆転が起きて作戦が成功したとしても、新たに作られた理想国家に、自らの席はないだろう。

 Mr.2は抹殺対象であった王女ビビを取り逃がし、さらに抹殺対象であった『麦わら』の一味の一人に、言い訳の出来ない敗北を喫したのだから。

 この組織は失敗を許さない。まだ組織が存在しているのならば、必ずや追手がペナルティを与えに来るだろう。

 自分だって、そうしてきたのだから。

 

 だから彼は、「ボン・クレーちゃん!」と心配そうに歩み寄ってくるミス・マザーズデイに戦闘態勢を取った。

 彼女だけではない、その背後にいるフロンティアエージェント、Mr.6ことニーサン・ガロックも、その背後にいるエージェントたちにも同様だった。

 彼が死んだことも知っているし、それがこの組織の指示によるものだろうということも、Mr.4ペアから聞いている。だからこそ、彼らを『仲間』とみなすことが出来ないのだ。

 

「あちしに何のよゥーなのよーーーーう!!!」

 

 体勢こそは彼の十八番である『オカマ拳法』であったが、それがただの虚勢であることは、ハッタリ屋であるニーサンには痛いほどによくわかっていた。おそらく今の彼を殺すのに大した苦労はしないだろう。

 だが、ニーサン達の目的はそうではない。

 

「Mr.2、どこまで把握しているかはわからんが、とにかく、おれ達は負けた。すでにクロコダイルは海軍に拘束され、国民はこの国に何が起きていたのかを概ね理解している」

 

 Mr.2はそれに頭を垂れた。だいたいそんなところであろうとは思っていたが、いざそれが確定的な真実とわかれば、ショックは大きい。

 

「恐らく数時間後には海軍の後続がアルバーナにたどり着く……そうなれば首都は封鎖され、恐らくアラバスタそのものも同様になるだろう」

 

 更に彼は続ける。

 

「おれには善良な表の顔がある。少なくともあんたが一人で行動するよりかは、この国を抜けることが出来る可能性は高い」

「……あちしを助けてくれるってとゥ?」

「そういう事だ」

「……どうして?」

 

 ニーサン達に敵意がないと分かり、彼は痛みに身を任せて地面に手をついた。

 

「大丈夫かい?」

「ちょっと……大丈夫じゃナイわねィ」

 

 彼は心配そうに肩を抱くミス・マザーズデイの手を受け入れながら続けて問う。

 

「あちしは賞金首……それに、あんたらを抹殺しようとしていた『オフィサーエージェント』側の人間なのよゥ? あんたらからすればあちし達は『敵』のはずじゃナイ……」

 

 その理屈は正しいように思える。ここでニーサン達が賞金首であるMr.2を抱え込むことはリスクでしか無いし、そもそも、状況的にニーサンがオフィサーエージェントを匿う理由もないように見えた。

 だが、ニーサンは首を振って答える。

 

「いいや……確かにおれ達は会社から命を狙われた……だが、それはあくまでも社長の都合。おれは、少なくともあんたはおれ達と同じ目線で、同じ夢を見ていた『仲間』だと思っている」

 

 Mr.2にとって、その『仲間』という単語は衝撃的であった。生き馬の目を抜くようなこの世界、そのような感覚を持ってどうする。

 確かに、彼らとは『理想国家』を語り合った仲でもある、だが、だからといって、簡単に心を許して良いわけじゃない。

 この男が会社から狙われるわけだ、ニーサンは本質的な部分が優しすぎる。

 

「馬鹿ねィ」と、Mr.2は立ち上がりながら言った。

 

「そんなに甘っちょろいこと言ってると……この世界じゃ生き残れないわよゥ……」

「あんたから見ても悪い話じゃないと思ったんだが……」

「確かにそうねィ、だけど、あちしには今もあちしの帰りを待つ部下たちがいるのよゥ……一人で逃げるわけにはいかないわ」

「そうか……それなら、引き止めて悪かった」

 

 自分がニーサン陣営に加われば、確実に彼らは危険な身になる。 

 そして、彼らにその火の粉を振り払えるだけの武力は、今のところは贔屓目に見てもないだろう。

 

 立ち去ろうとするMr.2に、ニーサンが「待て」と声をかける。

 

「これを、持っていってくれ」

 

 差し出されたのは、服だった。

 

「再三言ってきたことだが……あんたのその服は目立ちすぎる。サイズまで気にする余裕はなかったが、それはそっちでなんとかしてくれ」

 

 差し出された服を、Mr.2は無言で受け取る。

 

「ボン・クレーちゃん……」

 

 通り過ぎようとするMr.2に、ニーサンは更に言った。

 

「……エルマルに『麦わら』の船がある。海軍と正面からやり合うつもりなら取り込んだほうが良い……思わぬ『伏兵』もいるかも知れないしな」

 

「わかったわ」と、Mr.2は彼らに背を向け、渡された服を胸に抱きながら呟いた。

 

 頬を流れる温かいものは、雨であるのだと自らに言い聞かせていた。

 

 

 

 

 Mr.2の姿が見えなくなってから、ニーサンは仲間たちに言った。

 

「さあ、それじゃあ最後の大仕事だ。ついてきてくれるな?」

 

 もはや彼は返答を待たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリオンズ達にとって、その状況は、地獄に叩き落された自分達への蜘蛛の糸のようであった。

 目の前には、地面に倒れている『麦わら』の一味。雨に濡れても目覚めることのない彼らは、つい先程まで自分達相手に暴れまわっていた人間だとは思えない。

 まだ海軍はこれに気づいてはいなかった。ならば、三千万ベリーが目の前に転がっているのと同義だ。

 ただ一つ厄介なことは、自分達と彼らの間に、なぜかMr.6ペアを含むフロンティアエージェントと、魚人が一匹いることだった。

 

「お前ら」

 

 ニーサンはビリオンズ達に向かって言った。

 

「おれ達は負けた……もうすぐ海軍がこの町を包囲するだろうから……さっさと逃げろ」

 

 それは衝撃的な情報だが、事実であった。

 だが、ビリオンズ達はそれを信じられない。確かに反乱自体は止まったが、あの厄介な『英雄』クロコダイルはどうやら誰かにやられたらしい、戦力は大きく削れ、会社のひと押しがあればまだこの国を乗っ取ることが出来ると信じている。

 それに、彼らにはMr.6ペアを信じられない理由もある。

 

「今更そんな事信用できるはずがねえだろうMr.6さんよお……あんたらが会社から『抹殺』され、しかも俺たちを狙い打ちしてたことはもう知られ回ってるんだ」

 

 確かに、ニーサンの行動を表面的に捉えればそう見えても仕方がない。

 だが、彼らにとってMr.6を信じぬ理由など何でも良いのだ、今の彼らを突き動かしているものは『麦わら』というわかりやすい首なのだから。自分達のその欲望を邪魔するのであれば、相手が誰であれ理由づけて反抗するだろう、しかも相手は『無能力者』だ。

 

 ビリオンズ達はそれぞれの武器を構えた。相手は五人で、こちらは五十を越える。先の反乱で生き残ったビリオンズの殆どがそれに集中していた。

 

「おれ達の邪魔をするなら、死んでもらおうか『無能力者』!!!」

 

 ニーサン陣営もそれに身構える。ハナからその説得が成功するとは誰も思ってはいなかった。

 彼らに『麦わら』を守る義理はない。

 しかし、ニーサンは『麦わら』を守らなければならないという使命感を感じていた。

 彼らは『勝利者』。

 王下七武海、サー・クロコダイルと、自分達工作員の徹底的な策略から、この国を救った『英雄』だ。

 自分達は彼らに感謝すべきなのだ。

 彼らのおかげで自分達はこの国を奪わずに済んだのだから。

 後に引けなくなった自分の目の前から、血に濡れた目標を奪い去ってくれたのが彼らなのだから。

 それに、彼らのような『英雄』が、こんな下っ端共の手にかかって良いはずがない。

 

 数の差は歴然だ、必ず勝てるとは断言が出来ない。

 だが、ここで引いたら一生の後悔が残る。

『ロックンローラー』ニーサン・ガロックは、全力でハッタリをかました。

 

「『格』の違いもわからねえかカス共!!!」

 

 向かい来る愚か者達に向かって、彼はパイプ椅子を構える。

 

 その時、不思議なことが起こった。

 

 自分達に向かってきていたはずのビリオン達が、急に力の抜けたように膝から崩れ落ちたのである。

 彼らは泡を吹き、白目を剥き、気絶していた。

 それには、ニーサン達も驚いた。全く予定にはなかったことで、彼らは全力の肉弾戦を展開するつもりだったからだ。

 彼らにわからぬことを、ビリオンズ達が理解できるはずもない。後方にいることでその謎の攻撃から逃れることが出来た数人のビリオンズは、その意味のわからぬ光景に怯え、次が飛んでくるよりも先に我先にと逃げ出したのだ。

 

 同じくその光景に驚いていたニーサンは後ろを振り返って問う。

 

「なんかしたか?」

「いいや、カーチャン何もしてないよ」

「ワシもじゃ」

「あーしも」

「私も……です」

 

 ニーサンは首をひねって再びその光景を見る。やはりそれは夢のような何かではなく、今たしかに起こった現実であるようだった。

 彼は複雑な心境でパイプ椅子で空を切った。命をかけた戦いになると思っていたものが、こうも呆気なく、実感なく終わるとは思っていなかった。

 だが、一つだけ言えるのは。

 

「よくわからんが。まだおれ達にも運はあるらしい」

 

 ということだった。




キャラには色々暗い背景を考えたりはしているんですが、ミス・サーズデーだけはどうやっても過去が暗くなりません

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19.その後

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 アラバスタ王国に、夜が訪れようとしていた。 

 砂漠は静かで、先程までアルバーナで起きていた喧騒など意にも介さぬという風に、笑いもしなければ泣きもしない、ただただこの星の赴くままに表情を変えようとしている。

 その砂漠の真ん中で、アラバスタ王国護衛隊副官、ペルはすでに朦朧としている意識を、今にも手放さんとしていた。

 否、すでに彼に『生きている』という意識はないだろう。

 敵対する組織のNo.2に関節を痛めつけられ、狙撃手に腹部を撃ち抜かれ、さらには直径五キロを優に吹き飛ばす事のできる爆風を、至近距離から浴びた。普通の感覚で考えればとても生き延びることなど出来ない、むしろそれでもまだ生き延びていることのほうが異常だと思っても仕方がないだろう。それでもまだ生きながらえているそのタフネスさは『悪魔の実』によるものなのか、それとも彼が元々持ち合わせていたものなのかはわからない。

 彼は今もまだ薄っすらとある意識を生によるものだとは感じてはいなかった、痛みはなく、頭は回らない。彼は夢の中にいるようであった。

 

 

 

 

「驚いたな……」

 

 砂漠のど真ん中で、ニーサンは砂に埋もれかけているペルを見て言った。

 

「まだ息があるのか」

「ですが、意識ははっきりとはしていません」

 

 彼の耳元に頬をやりながら、ミス・チューズデーが答える。

 シャッパは背負っていたドアを地面に置いた。当然それは彼の所有物ではない、ニーサン達が首都を後にする際に良く言えば借りた、悪く言えば盗んだものだった。

 

「カーチャンの言ったとおりだったろう?」

 

 ミス・マザーズデイがペルを複雑そうな表情で眺めながら言った。

 

 あの爆発を見た時、ニーサン達は間違いなくその男は死んだのだと確信していた。ミス・マザーズデイも、最初はそれで間違いないと思っていた。

 だが、その後彼女は『声』を聞いた。それは首都を、国を、王女を案じる男の声だった。

 故に、彼女はその男がどこかで生きている事を確信したのだ。

 

「今でも『声』が聞こえるのか?」

「いいや、反乱が止まってからはさっぱりだよ……何だったのかねえ」

「まあ良いさ。とにかく、なんとかこいつを移動させないと」

 

 ニーサンはペルをなんとかそのドアの上に移動させようと目論んでいたのだが、一体彼のどこが傷口で、どこが無事なのかというところが何一つ分かりやしない。

 とりあえず足を掴み、シャッパに腕を掴むように指示しながら呟く。

 

「千切れやしないだろうな……」

 

 とにかくあれほどの爆撃に巻き込まれたのだ、ミス・マザーズデイの『声』を信じてはいるが、まだ頭のどこかで常識というものがそれを邪魔している。

 

「せーの」と、お互いに息を合わせてペルを移動させる。最も恐れていた上半身と下半身の分離は起こらず、なんとか目的通りドアに乗せることが出来た。

 一先ず安心しながら、ニーサンが続ける。

 

「それじゃあ、行くか」

 

 彼らは再び息を合わせてそのドアを持ち上げた、ちょうど担架のようになったそれは、足場の悪さに時折小さく揺れながらも、それなりに役割を果たす。

 

「地図の上では、少し歩けば病院があるはずなんだが……」

 

 その傍らで地図を開いていたミス・チューズデーが、それをミス・サーズデーの持つランタンに近づけながら頷いた。

 

「確かに、三キロほど歩けば病院があると書いてはあります。あの星に背を向けて歩けば大丈夫でしょう」

 

 彼女の指差す先にあったのは、まだほんのりと明るい夜空の中で強烈に光る星だった。

 その光に背を向けながら、彼らは歩く。

 

「大丈夫さ」と、ミス・マザーズデイが言った。

 

「なんとかなるよ」

「それは『声』か? それとも『第六感』か?」

「どちらでもないさ、だけど」

 

 彼女のはペルの顔を覗き込みながら続ける。

 

「あれだけのことをやってまだ生きてる男だ。どう転んだって死ぬことはないとカーチャン思うね」

「はは、惚れたか?」

「こういう立場じゃなきゃゾッコンだっただろうね……ただ、彼に惚れるにゃ、カーチャンは汚れすぎてるさ」

 

 自虐的な言葉に、ニーサンはそれを鼻で笑いながらも、それを否定もしなかった。

 同感だった。例えば彼を褒め称えたり、尊敬をするには、この国を乗っ取ろうとしていた自分たちの立場は、あまりにも後ろ暗い。本来ならば、憎しみを感じるべき相手なのだ。

 

「うぅ……」

 

 揺れる地面に意識が少しだけ戻ったのだろうか、ペルはこれまでに比べればまともなうめき声を上げる。

 

「アラバスタは……」

 

 ニーサン達は、ペルのその言葉に言葉を失うほどの感銘を受けた。

 その言葉自体に大して意味はなかっただろう。所詮それは、意識すらも半端な男が不意に繰り出した寝言のような言葉に過ぎない。

 だが、だからこそ、その言葉には、とてつもない重みがあった。

 

「心配すんな」と、ニーサンがそれに答える。

 

「国は救われた。脅威はもういない」

 

 その言葉にニーサンが込めた意味までは、今のペルには届かないだろう。

 だが、彼はニーサンの言葉に少しだけ表情を緩やかにし「そうか」と、小さく答えた。

 

「死ぬなよ」

 

 まるでそれが、死者が最後に見せる微笑みのように見えたものだから、ニーサンは慌てて言った。

 

「命をかけてこの国を守ったんだ。この国の未来に生きる権利と責任は、お前にこそあるんだからな」

 

 ペルはそれに何も答えなかったが、どうやら死んではないようだった。

 最後の懸念が晴れ、再び朦朧とした世界に旅立ったに違いない。

 そう思いたい。

 ふと、彼を乗せたドアが揺れていることに気づく。

 ニーサンが原因ではない、彼に背を向けて後ろ手でドアを持っているシャッパの肩が揺れていたのだ。

 

「揺れてるぞ」

「ああ……すまん」

 

 まだほんのり明るいとは言え、砂漠の夜である。先頭を行くシャッパの表情を、誰も確認することは出来ない。

 ふと、彼は言った。

 

「ワシも……こんな男になりたかった……」

「お前はもうなってるよ。おれ達の為に命を張ってくれた……ただ」

 

 ニーサンはそこで言葉を詰まらせた、自らの頭に浮かんでいる言葉が、あまりにもこれまでの自らを全否定するようなものだったから、それを絞り出すのが苦しかった。

 だが、どうせ暗闇に消えるのだからと、それを絞り出す。

 

「すまない……おれの『正義』が……あまりにも……あまりにも汚れすぎていたんだ……」

「そうじゃないんじゃ……元々ワシが旦那と出会ったのも、自分の力を自分のためだけにつこうてたからじゃろう……とてもではないが、この男の高潔さとは比べ物にならん」

 

 彼はしゃくりあげて続けた。

 

「生きてほしい……この男には、生きてほしいんじゃ……」

 

 それは、今この場に立っている人間の総意であった。

 

 

 

 

 

 

 Dr.ポツーンは、砂漠のど真ん中に病院を構える医師であった。

 だが、特別変人であると言うわけでもない。カトレア・オアシスと首都アルバーナのほぼ中間地点に存在するそこは、商人や国王軍達の緊急避難所として一定の需要があった。故に常に患者で一杯であるわけではないが、それでも彼が食べていけるだけの収入はある。医者であるのにギリギリの生活を送っているという点では変人であるかもしれないが。

 

 彼もまた、反乱軍と国王軍の衝突を強く懸念していた。

 反乱軍がカトレア・オアシスに拠点を移して以来、その懸念が段々と現実のものになりつつあるのも感じていた。故に、彼は今日この日まで出来る限りの準備を進め、数十万の反乱軍がアルバーナに向かうのを確認してからは、一人でも多くの人間を救う心の準備もしていた。

 単純な計算では、アルバーナでの戦闘は百万人規模、普通に考えれば、すぐさま首都とその周りの医療機関はパンクし、ここまで救助要請が来るに違いないと読んでいた。

 彼もまた、国のために身を粉にして貢献していた人間の一人なのである。

 

 彼の予測はある意味で当たっていた。その夜、一人の患者がアルバーナより運ばれてきたのだ。

 

 

 

 

「何ということだ……」

 

 ポツーンは、運び込まれた患者を見て愕然としていた。

 その男の立場は彼でも知っている。だがそれ以上に、彼が受けている傷とその状況が、医者であるポツーンには衝撃的すぎた。

 

「話が長くなるから説明は省く」

 

 彼を運び込んできた男、ニーサンは手短に言った。

 

「とにかく、その男を治してやってくれ……命の重みに差異があると考えているわけじゃねえが、今この国で最も生きるべき男の一人だ」

 

 その男、ペルが救うべき人間である事は、時計台での出来事を知らぬポツーンでも理解できる。

 そして、説明を省くと言われたからには、すでに彼のやることは一つ。

 

「手伝ってくれ」と、ポツーンは言った。

 

 その言葉に、一人の少女、ミス・チューズデーが反応して一歩前に出る。

 

「白衣はあそこにある」

「はい!」

 

 ペルの服を剥ぎ取り始めたポツーンに、ニーサンが言った。

 

「すまねえが、金はねえんだ。だが、いつか作って払う」

 

 その言葉に、ミス・サーズデーが刀を差し出した。

 

「信用できないなら……この刀担保にしてもいいから、あーしよくわかんないけど、多分これ良い刀だから」

 

 ニーサン達はそれに驚いた。その刀『ニコニコ蝶羽華流』はミス・サーズデーが命の次に、否、命よりも大事にしているものだということを彼らは知っている。

 

「金はいらん」

 

 ポツーンは首を振って続ける。

 

「だが、血が必要だ」

 

 その患者が血を流しすぎているであろうことは、素人目にもはっきりと分かる。

 

「型は?」

 

 ポツーンはペルの手首につけられているタグを確認した。

 

「Xだ」

「それなら、おれの血を使ってくれ」

 

 ニーサンがジャケットを脱ぎながら続ける。

 

「汚れてるかもしれねえが、同じ血には違いない」

「ワシもX型じゃ」

 

 シャッパも同じく右腕を差し出しながら言った。

 

「魚人の血じゃが……背に腹は代えられんじゃろう」

 

「関係ないわ」と、ポツーンはそれぞれの手を取って続ける。

 

「それでもわからんが、やれるだけのことはやる」

 

 

 

 

 

 ベッドの上に横たわるペルを見て、まるで死んでいるようだなとニーサンは思った。

 すでに出来る限りの治療を終えた彼は、全身を包帯に包み、点滴の管が繋げられている。

 血と汚れは丁寧に拭われ、顔を覆っていた化粧も無い。

 随分と整った素顔をしているのだなと彼は思った。最も、彼の『無事』な表情を見たのはこれが初めてであるので、それが関係しているのかもしれない。

 

「かわいいじゃないか」

 

 ペルの顔を覗き込んだミス・マザーズデイは、少し微笑んで言った。

 

「まいったな」と、ニーサンは頬をかく。

 

「何一つ、勝ってるところがない」

 

 呆れた様子でそれを眺めながら、ポツーンが言う。

 

「出来る限りのことはやった。後は彼次第だ」

「そりゃ良かった」

「マジ良かったし」

「先生、ありがとう……」

 

 すでにシャッパは感極まっているようだった。

 

「しかし、ギリギリの状態だった。君たちが彼を連れてきてくれなかったら、彼は砂漠の真ん中で死体すら見つからぬ状態になっていただろう」

 

 治療の間、彼はペルが砂漠の真ん中にいたことをミス・チューズデーから聞いていた。もちろんアラバスタで起こったことのすべてを知っているわけではないが、ペルを連れてきたニーサン達に対する不信感はだいぶ無くなっている。

 

「それじゃあ、そろそろ失礼するかな」

 

 ニーサンは立ち上がった、仲間たちもそれに追随する。

 ポツーンはそれに驚いて問うた。

 

「目覚めるのを待たないのか?」

「ああ、元々知った仲でもないんだ。目覚めたときにおれ達の顔見ても混乱するだけさ」

 

 仲間たちもそれに頷く。

 

「目覚めて何かを思われても困るからね」

「……ならば、名前だけでも残していきたまえ、それが礼儀というものだろう」

 

 ニーサンは医者の提案が少しおかしかった、どうやら彼は音楽には興味がないようだ。

 そして、彼はそれに首を振る。

 

「いや、止めたほうが良い。この男の記憶に残すには、おれ達の名は穢れすぎてる」

 

「もし、良かったら」と続ける。

 

「おれ達のことも、彼には黙っておいて欲しい……砂漠で倒れているこの男を、あんたが見つけて治療した……出来すぎではないストーリーだろう?」

「覚えているかもしれないだろう」

「記憶違いさ……死ぬ寸前だったんだ、そんな事よくある」

「何のために……君たちは一体何者なんだ……?」

「言えないね、言えないさ。それを知れば、あんたも、この男も、今以上の違和感を心に留めることになる……」

 

 彼らと自分達が相容れぬ存在であることを、ニーサン達は理解していた。

 片や国を思い、片や国を奪わんとしていた。本来ならば、出会ってすらならない関係性なのだ。

 

「失礼する」と、ニーサンはポツーンに背を向けた。

 

「今更何をと思われるかもしれないが……この国には尊敬と、畏怖の念を感じるよ」

 

 

 

 

 

 

 首都アルバーナの外れにある遺跡の跡。

『麦わらのルフィ』の一味であり、『海賊狩り』の名でも知られる剣豪、ロロノア・ゾロは、不意に現れたその五人組に「へェ」と、修行の手を止めていた。

 どう見ても堅気の連中ではなかった。特に一人の少女などは、その華奢さに不釣り合いな良い刀を下げている。

 ミス・サーズデーはゾロの目線に思わずそれに手をやった。だが、その相手にはスキが見えず、まだ刀を持ってすらいないというのに、斬りつけることの出来るイメージが沸かない。蛇に睨まれた蛙のように、彼女は動くことが出来なかった。

 

「どうか、手荒なことは止めてもらえないだろうか」

 

 ニーサンは両手を上げながらゾロにそう懇願した。

 

「少なくとも、こちら側には敵対する意思はない」

 

 ニーサンの額には汗が滲んでいた。アラバスタ王国が雨の後にいつもどおりの陽の光を浴びせているからではない。自分達五人の生殺与奪権が、明らかに相手にある事を、彼は理解していたのである。

 あまりにも圧倒的な実力差があった。シャッパならば食い下がることは出来るかもしれないが、それ以外の連中では相手にすらならないだろう。

 先代のMr.7がその男にやられたと聞いたときには東の海(イーストブルー)を舐めて痛い目を見たロクデナシだと思っていたが、こりゃあ無理だ。

 だが、彼は先代のMr.7に比べれば些かクレバーであるので、抵抗しない、という選択肢を取ることが出来た。

 

「まァ……そう言うならこっちも何もしねえが」

 

 ゾロは彼らから目を切りながら言った。すでに欠片ほどの警戒心も持ち合わせてはないようだった。

 

「それで? お前らのような連中が、一体おれに何のようだ?」

 

 彼は、ニーサン達がこのアラバスタ王国における『第三勢力』であることを薄っすらと理解しているようだった。国王軍のような忠誠を感じることもなく、反乱軍のような気概も感じられない。

 

「船長『麦わらのルフィ』に伝えて欲しいことがある」

「ガキの使いか……良い気はしねえが、まァ、言うだけ言ってみろ」

 

 ニーサンはやはり額に汗しながら言う。

 

「ただ一言でいい『ありがとう』と伝えてくれないか?」

 

 ゾロはそれに少し驚いた表情を見せる。

 

「なんだそりゃァ。お前らに礼を言われる筋合いなんてこっちにはねえ」

「たしかにな……だが、こっちにはあるんだ。別に嫌ならばそれでもいい。結局は自分達の自己満足であることも、理解はしている」

 

 ニーサンは頭を下げた。

 

「どうか、よろしく」

 

 彼らは、そのままゾロに背を向けてその場から去っていった。




次回最終話です

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20.彼らは六枚目

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 奇跡の雨から数日が経ち。

 アラバスタ王国、首都アルバーナから見て東に位置する寂れた田舎町。

 田舎であろうと、王女の演説を聞く権利がないはずはない、首都アルバーナに繋がる電伝虫は、手際の良い国王軍によって街の中心部に設置されている。

 その中でもひときわ目立たぬある小屋の中に、彼らは潜んでいた。

 

「妙だな」

 

 まだ朝日が顔を出し切るより先に、ニーサンは朝刊をチェックしていた。

 背後からそれを覗き込むミス・サーズデーがそれに首をひねる。

 

「みょーって何がさ?」

「おれ達のことが全く記事になってねえ」

 

 彼は今日も一面を飾っているアラバスタ紛争の記事を指差しながら続ける。

 

「王女様にしろ、イガラムにしろ、おれがまだ生きていることは知っているというのに、その情報が触れられてすらいねえ」

「泳がされているんじゃないのかねえ。だけどカーチャンも全く嫌な予感がしないんだよねえ」

「しかし……オフィサーエージェントが拘束されているという記事はしっかり出ている」

 

 彼はその中の知った顔を眺めながら続ける。

 

「しかしまあ……Mr.1がダズ・ボーネスだとはねえ。とんでもねー会社だよ、アラバスタが無事に終わったのは、奇跡と言っちゃあ失礼だが、必然と言うにゃあ、都合が良すぎるな」

 

 ダズ・ボーネスといえば、西の海(ウエストブルー)でそれなりにあくどく生きていれば必ず耳にする名だ。西の海を支配する五大マフィアのボスたちが何よりも恐れ、そして何よりもその力を欲した『殺し屋』。

 裏の顔も真っ黒ならば、表の顔も真っ黒だったというのだから恐れ入る。

 

「海軍もすでにこの島を後にしとるんじゃろう?」

 

 コーヒーに砂糖をドバドバ入れながらシャッパが問うた。

 

「話ではそう聞いているな。まあどういう形であれ『クロコダイル』がいなくなったんだ。これまでのように海軍が全くノータッチというわけにはいかないだろう。いずれ支部も作られるかもしれないし、今日の立志式が終わり次第、この島を後にするのがベストだろうな」

「そうだねえ、カーチャンもそれが良いと思うよ。嫌な予感もしないしね」

「つーかその王女様のスピーチって聞く必要ある?」

 

 今日の昼十時、王女ビビの成長を祝う立志式が行われる。彼女の年齢からして本来ならば二年前に済ませておかなければならなかった行事ではあるが、彼女の謎の失踪によって行うことが出来ていなかったのである。尤も、ニーサン達はその失踪の真相を痛いほどよく知っているが。

 

「いるだろ、スピーチはいる」と、ニーサンは強い口調で言った。

 

「国を救った王女様の勝利宣言だぞ、敵であるおれ達が聞かなくてどうする」

「物は言いようだね。カーチャンわかってるよ、本当は最後にミス・ウェンズデーの声が聞きたいだけだろう?」

 

 ニヤニヤと笑いながら言うミス・マザーズデイにニーサンは何返そうとしたが、ちょうどその時、同じく新聞を読んでいたミス・チューズデーが「ひえぇぇぇぇぇ……」と、素っ頓狂な声を上げた。彼女はベッドの上に新聞を広げて読んでいたのだが、それに振り返ったニーサン達は、わかりやすく腰を抜かしている彼女を目の当たりにする。

 

「こ……こ……これを見てくださいィ……」

 

 彼女の震える手で差し出したそれには、満面の笑みがある。死ぬほど記憶された名『麦わらのルフィ』だ。

 今更何をそんなに驚くことがあるのかと、彼らはそれを受け取りながら思った。

 だが、そこに書かれている懸賞金を見て、ニーサン以外は一様に驚きの表情を見せる。

『麦わらのルフィ』は、懸賞金一億の賞金首となっていた。

 

「やっば……」

「一億とは……ワシの何試合分じゃ?」

「カーチャンこんな金額初めてみたよ」

 

 だが、ニーサンはやけに冷静にそれを眺めていた。更に彼はそれにもう一枚手配書が重なっていることにも気づいた。

 

「少なすぎるくらいだ。うちの会社の懸賞金合計(トータルバウンティ)がいくらだと思ってる。僅か八千百万の懸賞金で王下七武海入りした天才が率いる組織がほとんど手にしていた国を奪い返したんだ」

 

 彼はもう一枚の手配書を仲間たちに提示しながら続ける。

 

「その海賊団が合わせて一億六千万なはずがないだろう」

 

 もう一つの手配書『海賊狩りのゾロ』懸賞金六千万ベリー。

 

「六千万かあ」

 

 ミス・サーズデーはそれを見てため息を付いた。同じ剣士である、目の当たりにした格の差に思うところがあったのだろう。

 

「あまり急激に懸賞金を上げても妙な勘ぐりをされるだけだ、一応『クロコダイル』は海軍が仕留めた事になっているからな」

 

 海軍本部大佐『白猟のスモーカー』がクロコダイルを討ち取ったという報道がなされた時、ニーサン達は随分と驚いたものだが、よくよく考えれば海軍がまんまと王下七武海に出し抜かれ、しかもその危機を海賊に救われた等、天地がひっくり返ってもバレるわけにはいかないだろう。やはりこの世界は後ろ暗いのだと、ニーサンは安心したものだ。

 

「しかし、これはラッキーだな」と、ニーサンは続けた。

 

「ここまでの大物海賊団となれば、海軍も全力を出すより無い。おれ達にかまっている暇など無いだろう」

 

 ははは、と笑おうとした時、彼はミス・マザーズデイが目を瞑り、耳を塞いでいることに気づいた。

 彼は仲間たちに合図してそれを静かに見守る。それが彼女が『声』を聞いた時の姿だということを、彼らはすでに知っていた。

 結局、彼女の聞く『声』が何なのか彼らにはわからなかった。だが、これまでも彼女の『第六感』を信じて行動してきた。その出現が少し変わっただけだと彼らは思っている。

 少しばかり、小屋の中には沈黙があった。

 やがて、彼女は目を開いて言う。

 

「……とても、信じられないねえ」

「何が『聞こえた』?」

「王女様にまつわることさ」

 

 彼女はその『声』をニーサン達に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定より二時間も遅れた『立志式』では、王女が素晴らしいスピーチを披露した。それは彼女が消息不明であった二年間での成長を物語るものであり、彼女がいずれこの国を背負う人材であることの証明でもあった、アラバスタ国民は、彼女が王権を持つことを何一つ不服には思わないだろう。

 一つ、国民達が気がかりであったことは、本来ならば王宮で国民の前に姿を見せるはずであった王女がその姿を見せず、代わりに護衛隊長であるイガラムが変装してあらわれていたことだった。

 その理由が全くわからないわけではない、王女はつい先日まで秘密組織に命を狙われていた身である。もしものことを考えて影武者を用意するのも十分理解できる。その影武者が影武者として機能しているかどうかは別としてだ。

 それに、民衆たちはたしかに王女がこの国にいることが確認できればそれだけで良かった。これまでの二年間を考えれば、彼女の声が聞けるだけでも、彼らは満足だった。

 

 

 

 アラバスタ王国、東の港町タマリスクの外れ。

 相棒であるカルーに乗った王女ビビは、その男たちを前に険しい視線を飛ばしていた。

 

「よう。やっぱり、髪は後ろでまとめたほうが似合ってる」

 

 その男、Mr.6ことニーサン・ガロックとその仲間たちであるフロンティアエージェント達は、砂漠のど真ん中で彼女を待ち受けていた。

 彼はいつもどおりパイプ椅子に腰を下ろしていたが、地盤の緩い砂の上はその足をドンドンと飲み込んでいったようで、ほとんど座布団の上に体育座りをしているような形になってしまっているが、本人はいたって真剣そうだった。

 

 障害物もなくだだっ広い砂漠の真ん中にいた彼らである。ビビはその気になれば彼らを避けて行くことも可能だった。事実、カルーは彼らが豆粒のようにしか見えないときからその違和感を感じ、再三彼女に注意を促していた。アラバスタ最速の生物であるカルーに頼れば、彼女は瞬く間にニーサン達をぶっちぎり、自らの城であるアルバーナに逃げ込めただろう。

 だが、彼女はそれを知っていながらも彼らの前に立った。もちろんそれは、彼女の立場からすれば軽率な行動だったかもしれない。しかし、彼女はあえてそれを受けて立った。それは彼女もまた、彼らが何を語るのか、興味と、僅かばかりの恐怖があった。

 

「素晴らしいスピーチだった」と、ニーサンは立ち上がりながら言った。

 

「君や、君の父のような君主を持てるこの国の国民は幸せだ。皮肉でもなんでもなく」

 

 ビビは黙ってそれを聞いていた。すでに彼らからは闘争心が消え、もはやただの人間であるように感じていた。

 

「『この国を愛している』と、口で言うのは簡単さ。だが、今やおれ達やあの海賊たち以上に、その言葉を心の底から信用できる人間はいないだろうよ」

 

 アラバスタ王国の国民は、王女ビビがスピーチの途中に突然誰かに何かを言い始めたことの意味を全く理解していないだろう。

 当然だ、彼女のそれを理解するには彼女のがこの二年間、どこで何をしていたのか、何が敵で何が味方だったのかを詳細に知る必要があった、当然、それは知られることのない情報だ、バロックワークスを壊滅させたのは、海軍であるのだから。

 ニーサン達と海賊『麦わら』は、対極の目的を持ちながら、彼女のスピーチの意味を知ることの出来る存在だった。

 

「どんな国を作りたいんだ?」と、ニーサンが問うた。

 

「愛しているこの国を、君はどんな国にしたい?」

 

 それは、答えることに何の意味もない質問だった。

 単純に、敵であったニーサンにそんな事を言う必要もなければ、それに対して真摯な答えを返す必要もない。『税金を搾り取って国民を生かさず殺さず恐怖で支配する』という思想を持つ王であろうと、『みんなが仲良く出来る国にする』と答えることに対する罰則なんてありはしないのだ。王は王らしく、当たり障りのない、本心を隠すような返答をすればよく、質問者もそれを深く追求することはない、何の意味もない質問。

 だが、ビビ王女はその質問に真摯に答えた。それは、彼女がこの二年間、考え続けてきたものでもあった。

 

「国を作るのは、王ではなく、国民です。王というものは、国民の模範になることしか出来ません」

 

 他人行儀な口調だった。だが、それも仕方のないこと。彼らは『仲間』ではないのだから。

 真っ直ぐな瞳から放たれたその答えに、ニーサンは「そうか……」と、彼女から視線を外しながら言った。

 

 人間としての格が違う。

 その言葉が真実であるかと言われれば、必ずしもそうではないと答えることが出来るだろう。国とは、国民とは、王とは、そんな漠然とした問に対する答えなど無く、もしそんな物があるとするならば、人間は人間ではない。

 だが、彼女のその思想はその若々しい表情とは裏腹に、権力者だという自我が抜けきったものだった。

 この世界のどれだけの王が、この言葉に行き着くことが出来るだろうか、彼女の三倍、四倍の年齢の王が、果たしてこの答えを導き出すことが出来るだろうか。民衆を支配するという基本的な価値観からの脱却を、目の前の王族はすでに成し得ている。

 彼女の存在は、アラバスタ王国の善政の歴史を物語っていた。

 

「おれ達には『許してくれ』と言う権利すら無い。この二年は、この国と君にとっては大きな損失だった」

 

 彼はジャケットの襟を正し、そして。

 

「すまなかった!!!」

 

 ひざまずき、額を砂にめり込ませるほどに深く、深く頭を下げた。

 仲間たちは、それを必ずしも一つの感情のみでは受け入れてはいないだろう。

 

 身勝手な謝罪だった。

 ビビがそれを許すはずがない。それを許す義務は彼女にはなく、王族として、それを許さぬ義務だけが存在する。そして、彼女個人も彼を許しはしないだろう。

 

 気がつけば、ニーサンの仲間たちも同様に跪いて頭を砂につけていた。

 到底受け入れられぬはずのない謝罪は、彼女と、アラバスタ王国への敬意から行われたものだった。

 彼らにとってアラバスタ王国は『敵』であり『獲物』だった。本来ならば謝意も、敬意も持つはずがない相手だ。

 だが、この国が見せたもの、ビビ王女が見せたものは、彼らに敬意を抱かせるのに充分なものだった。

 

 王女ビビは、彼らを許しはしなかった。当然だ。

 だが、彼女は言った。

 

「この二年は、確かに取り返しのつかないものです、失ったものは大きく、得たものはありません。ですが、この二年もまた、この国の一部であるのです」

 

 去り際に、彼女は言った。

 

「あなたの歌は、好きでした」

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国から遠く、遠く離れるように、その輸送船は大海原を走っていた。

 風は強く、帆はよく張っている。

 それがアラバスタから彼らを追い出そうとする神の意志なのか、彼らの新たな船出を歓迎しているのかは分からない。

 

 甲板から海を眺めるニーサンは、その手にネフェルタリ・ビビの写真を持っていた。彼らの運命を決定づけたそれを、彼はどうしても手放すことが出来ないでいた。

 だが、ニーサンは一つ息を吐いた後に、それを潮風に任せるように手を離した。それは潮風の機嫌次第では再び甲板に戻ることも十分にありえたが、それはあっという間に潮風に巻き上げられ、ニーサンの視界から消えていった。

 相手が悪かった。ニーサンは物件としては悪くはないが、国が相手じゃ分が悪い。

 

「旦那、これからどうするんじゃ?」

 

 仕事を終え甲板に上がってきたシャッパがニーサンに問う。

 

「どうしたもんかな、おれは死んでるし。会社は無くなった……ああそうだ、お前は晴れて自由の身だから、望むならこの船を降りていいぞ」

 

 シャッパは少しムッとした表情でそれに答える。

 

「旦那はワシのことがそんなに嫌いなんか?」

「まさか……そうだな、また歌でも歌うかな」

 

 彼がもう二、三彼をからかおうとした時、ミス・マザーズデイ達も同じく彼らの横についた。

 

「何を話してたんだい?」

「これからどうするかって話だよ。何か希望は?」

「カーチャンには特に無いねェ、まあ、あんたについてくよ」

「あーしもそうすっかなー、もう今更解散ってことはないっしょ」

「私も、みなさんと一緒にいたいかなって思っています」

 

「なんだ」と、ニーサンは呆れた風に言う。

 

「会社がなくなった途端に、無計画な連中ばかりだな」

「しゃーないし」

「よし、それならミス・マザーズデイ、好きな方角を一つ言ってくれ」

「南だね、カーチャン暖かいほうが好きだよ」

 

 もちろん、グランドラインが方角と気温の相関性がないことくらいは彼女も知っている。

 

「よし、それじゃあ南に舵を取ってくれ」

 

 ニーサンの言葉に合わせて、シャッパ達は返事と共にそれを達成するための位置についた。

 

 甲板に残されたのは、ニーサンとミス・マザーズデイ。

 

「そうだ」と、ニーサンがミス・マザーズデイに言った。

 

「もう、コードネームで呼び合うのはよそう」

「確かに、そのとおりだねえ」

「名前は?」

 

 彼女はそれに一瞬言葉をつまらせた。相手の詮索はそれまではご法度であったし、この会社の相手に本名を晒すなんてありえないことだった。

 だが、すでに会社は無く、ニーサン・ガロックは信用に値する相棒である。よく考えてみれば、それを戸惑う必要などありはしない。

 

「ダメータ。ダメータ・チネット」

 

 その名を言う彼女は、少し恥ずかしげであった。

 

「よろしく」と差し出された右手を、彼女は握る。

 

 彼らの目論見は失敗に終わり、彼らが手に入れたかった『理想』は手からこぼれ落ちた。

 だが、彼らは絶望などはしていなかった。

 むしろ、彼らからこぼれ落ちた『理想』は、彼らに『希望』を見せている。

『理想』のために戦うことは簡単だ。死ねば『理想』のない世界から脱却することが出来、勝てば『理想』を手に入れる。

 だが、その国は『現実』を守るために戦い、そして勝利した。

 アラバスタ王国という国を、彼らは忘れないだろう。

 遠く遠く離れながらも、その国は彼らの『希望』であった。




『Mr.6のお仕事』は以上で完結となります。皆様お疲れさまでした。そして、最後まで読んでくださりありがとうございます。
 また、下読みをしてくれたワンピース好きの友人と、多くの感想や評価を入れてくださった方。そして、どうかしてるほどの誤字脱字を修正してくださった方、ありがとうございました。おかげでなんとか完結させることが出来ました。

 ワンピースは今でも読んでいますが、やはり世代なのかバロックワークス編が最も楽しかったエピソードの一つかなと思っています。
 今回Mr.6というキャラクターを使ってアラバスタ編の裏であったかもしれない出来事を書けてとても楽しかったです。

 一つ失敗しちゃったかなと思ったのは、今回Mr.6は『悪人側』のキャラクターでしたし、そのキャラクター性から、ビビやイガラムを敵対視する展開がありました。個人的にはMr.6のキャラクターの立場上絶対必要なシーンだとは思っているのですが、思っていたよりも受け入れられない設定だったのかと今では思っています。そのくらい原作でのビビやアラバスタ王国側に感情移入している方々が多いということでもあるので、やっぱりワンピースはすごいなと思っています。

 最後に、ここまで見てくださった読者の皆様には、ぜひとも評価をつけていただけたらなと思います。今の所ワンピースで書きたいことは全部書いた感じだと思っているのですぐにということはないと思いますが、別原作などでも参考にしたいと思っています。

 最後にもう一度『Mr.6のお仕事』を読んで頂き、本当にありがとうございました。明日千字程度のおまけを投稿します。


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短期集中連載第○弾『もう一つのミーツバロック』

もう一つのミーツバロックVol.1『たどり着いたのは廃墟島』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.2『ここに町を作ろう!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.3『大体のことはミス・チューズデーが知っている』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.4『偵察も兼ねて丘にピクニック』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.5『丘が動いた!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.6『丘に見えたのは流れ着いた巨人族の老婆』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.7『老婆ことオーバアは足が悪い』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.8『町民第一号』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.9『町民を飢えさせぬためには長期的な農業計画が必要』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.10『オーバアがくれた『デカブ』の種を植えてみる』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.11『新世界帰りの人攫い海賊団上陸!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.12『ロックに撃退!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.13『海賊、奴隷を捨てて逃げる!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.14『ミンク族と魚人と人魚』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.15『手長族と足長族』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.16『蛇首族もいた』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.17『人間もいる』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.18『全員で町を作ろう!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.19『手長族達と足長族達は仲が悪い』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.20『ミス・マザーズデイ曰く「バレーで決着をつけな!!!」』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.21『素人達の激戦』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.22『感動の試合終了! 勝敗なんてどうでもいい!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.23『バレーボールチーム発足』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.24『チームA、基本に忠実ミス・マザーズデイチーム』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.25『チームB、戦略で攻めるミス・チューズデーチーム』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.26『チームC、歴史を知るオーバアチーム』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.27『禁断の遭遇!? ソト流納刀術の使い手の少年』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.28『ミス・チューズデーは最近射撃にハマってる』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.29『シャッパのライバル!? キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの使い手テナガダコの魚人』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.30『シャッパ、目指せセントラル格闘大会優勝!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.31『オーバアからもらった『デカブ』やたらでかく育つ』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.32『抜けない』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.33『人を増やしても抜けない』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.34『町のみんなが集まった』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.35『でっかいカブが抜けました!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.36『食糧問題解決』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.37『悩むな! 書け! 街の真ん中に投書箱設置』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.38『みんなの投書箱に誰かの投書『お祭りがしたいんじゃ』』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.39『祭りの準備だ!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.40『歌を歌いたい』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.41『歌を歌わせたい』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.42『バンド結成! 毎夜集まって楽器の練習』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.43『久しぶりにマイクを握った』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.44『才能枯れず、衰えぬ美声』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.45『祭りだ!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.46『最も小さいが最も熱いライブ』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.47『人攫い海賊が同盟を組んで復讐に来た』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.48『仲間たちとこの町を守る!!!』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.49『多勢に無勢』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.50『助太刀に現れた一隻の船』

 

 

もう一つのミーツバロックVol.最終話『革命軍参謀総長』




結局最後の最後までミス・チューズデーの本名ネタは浮かびませんでした『S・グレタ・ヒッショ』しか浮かびませんでした、流石にボツです
ミス・サーズデーも名前は固まりませんでした『ウチ・〇〇』までは頑張りました

皆様、感想、評価、誤字脱字報告本当にありがとうございました


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