翔る空は蒼く (海 寿)
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第1話「アレシマGP その1」
俺が空に憧れ、追い求めるようになったのはいつだろうか━━━━━━━━━
プロローグ
「クソッ、こっちは子供がいるんだ!!落とされるわけにはいかないッ」
漆黒の隼二型が右へ左へと弾を避けながらふらふらと飛んでいる。
「これでもか…!!」
操縦桿を引き、バレルロールで敵機の背後につこうとするが先読みされていたらしく向こうも同じ機動を描きぴったりと背後についてくる。
20ミリがダダダッと機体をかすめていく。隼二型はもうボロボロだった。
後ろを取っているのはユーハング戦闘機、零式艦上戦闘機の五二型。20ミリを積んでいる分、零戦は火力が高いが旋回性能では負けてはいない。
「クッ、もはや起死回生のアレに頼るしかないのか…。しっかりついてこいよッ!!」
そう言うと操縦桿を引いて宙返りを始める。そしてその頂点で右ラダーを蹴り機体を失速させた。これで零戦の背後につける。
零戦のパイロットはこちらを見失った。こちらを見つけて回避に出ようとするが時すでに遅し、隼の12.7ミリが火を吹いた。
「てこずったがこれでひとまずだな」
遠くでは九七戦が連携を欠いて敵機に突っ込んでいく。状況に気づいた紫電改が慌てて援護に回る。
零戦との激しい戦闘でだいぶ高度が下がってきていた。高度と速度を回復するべく索敵しながら上昇を始める。その時だった。
ハ115が悲鳴を上げた。突如として真っ黒な煙を吐き、オイルが飛び散った。飛び散ったオイルは風防全体にベッタリとこびり付いた。
「クソッ、なんでこんな時に…!!」
これでは前がよく見えない。なんとか着陸できないか高度を下げようとした時、目に飛び込んできたのは迫りくる巨大な岩肌だった。
壱
「さぁ、今年最後の戦いがやって参りました!イジツで最速のパイロットを決める、イジツエアレース最終戦、アレシマGP!!」
「注目は、昨シーズンのチャンピオン、ヨシナガ!圧倒的なその速さから最終戦を前にチャンピオンを決めました!今シーズンもチャンピオンかと思いきや、意外な伏兵が現れたのです!」
「その名もリューヤ!これは誰も予想できなかったでしょう!!」
「なにせシーズン初めは無名の新人でしたからね〜!!それが今や、シリーズランキングのポイントリーダーですよ!?デビューシーズンにIARを制すれば史上初の快挙です!!」
遠くで熱の入った実況が聞こえてくる。俺は格納庫内のベンチからムクっと立ち上がった。奥では愛機の三式戦闘機「飛燕」を整備している従兄弟のノボルが一通り作業を終えたところだった。時刻は正午を過ぎたところか。
飛燕は元々母親が乗っていた機体だ。譲り受けて今はレース用に改造されている。一型丁に搭載されてたハ40を水エタノール噴射装置を付加し、高圧縮化・高回転化が図られたハ140に換装し、専用のチューニングを施したスペシャル仕様だ。
整備の終わったノボルに俺は声をかけた。
リ「飛燕の調子はどうだ?」
ノ「すこぶる好調だ。ヨシナガなんて目じゃないな」
リ「そうか。」
ノ「ただ、ヨシナガも何か対策はしてくるだろう。気を抜くなよ。」
リ「ったりめぇよ!」
先程実況でもあったように俺はヨシナガと呼ばれる万年チャンピオンの男とシリーズチャンピオンを争っている。
8つの都市を回り、年間8戦を戦う。各レースでの順位によってポイントが与えられ、その総合でシリーズチャンピオンを決める。
レースは予選と決勝に分けられ、予選のタイム順で決勝レースのスタートグリッドを決める。
決勝は街の滑走路から飛び立ち、隊列を組んだあと街をぐるっと一周し、それから街外れにある二本の狼煙が昇っている間を通過したらレーススタート。あとは指定された航路を飛び早く街に戻ってきたパイロットの勝利だ。
もちろんだだ速さを競うだけじゃ面白みのかけらもないからペイント弾で撃ち合うことができる。機体に命中すればその機体のパイロットにペナルティで5秒加算。風防に当てると危険行為とみなされ、当てたパイロットに10秒のペナルティが加算される。
たとえ1位でゴールしても被弾した回数によっては逆転される可能性もあるわけだ。
ノ「おめー誰と話してるんだ?」
リ「何でもない、それよりもう機体検査始まるよな?」
ノ「ああ、こっちはOKだから早く準備してくれ」
俺は飛行眼鏡を片手に飛燕に飛び乗った。手早くシートベルトを閉め、エンジンを始動させる。セルモーター式なのでノボルの手を借りずとも始動ができる。ブーンと燃圧が上がる音がした後、セルモーターがエンジンを回し始動させる。
今日もハ140は気持ちよく回っている。各種点検を済ませ、念入りに暖機運転した。
程なく、機体検査の人間がやってきた。プロペラやフラップ等の寸法がレギュレーションに違反してないかチェックするためだ。
検「機体はオッケーです。頑張ってくださいね!」
と声をかけられる。ああ、と適当に返事をして格納庫を出た。
決勝のグリッドまでタキシングで向かう。予選は4位とまずまずの位置だ。ヨシナガはというと8番手と後方に沈んだ。ひとまずチャンピオンシップは有利である。しかし油断はできない。奴はここぞという場面では最後尾から表彰台を狙えるほどの爆発力がある。
グリッドに着くと、ゼーハー言いながらノボルが走って追いついてきた。
ノ「言い忘れてたけど、今回のために許容回転数を上げておいた。いつもは2800rpmだけど2950rpmまで耐えれるようにした。十数馬力は上がるけど連続して使わないように。連続してt 」
リ「オーバーレブで壊れるんだろ」
ノ「その通りだ!ここぞという時に使ってくれ。」
リ「分かった。」
ああだこうだと会話をしているうちにレース開始5分前となった。5分前になるとパイロット以外は自チームの戦闘機から離れればならない。
レース開始までパイロットは孤独との戦いになる。レースが始まってしまえばゴールを目指すだけなので孤独なんて忘れてしまう。
リューヤは永遠にも感じられるこの開始時間までの5分がいつになっても慣れなかった。普段はクールな雰囲気を装っているが、この時ばかりは緊張で押し潰されそうになる。
リューヤは緊張で震える手で無線のチャンネルをノボルとIARのチャンネルに合わせた。接続の確認をしてノボルの声を聴くと一安心した。
レース開始まで3分を切った。3分前になると風防を完全に閉め、戦闘機レーサーは離陸の準備を始める。そして順に離陸していくのだ。
のんびりする間もなく、すぐに離陸する順番が回ってきた。スロットルを開けてぐんぐん速度を上げる。そして軽く操縦桿を前に倒し、機体を地面と水平にする。するとまもなく機体がふわっと浮き、地上を離れた。
上空では先に飛び立った3機が待機している。すぐに残りの12機が離陸して15機の編隊が組まれる。一糸乱れることなく15機で組まれた編隊はアレシマの上空をぐるっと一周パレードフライトを行った。
そしていよいよスタート地点となる街外れにある2本の弾幕に向かって進んでいく。ここから戦闘機レーサー同士の駆け引きが始まる。
前との間隔を詰めたり空けたりしながら他の戦闘機レーサーの様子を伺う。ポールポジション、いわゆる1番先頭になると自分のタイミングでスタートできるので駆け引きは有利に行える。
リューヤは敢えて駆け引きは行わず、そのままの間隔で飛び続ける。駆け引きに出ないのも作戦の一つである。
「荒野を照りつける太陽より熱い戦闘機レーサーたちの熱い眼差し。その視線の先、その戦いの先には何が見えるというのか。それを確かめるべく表彰台の真ん中を目指してレーサー達は英雄となる!」
「さぁ、いよいよ始まります!IAR最終戦アレシマGP!チャンピオンの座を手にするのは一体誰なのか!」
「今、レースが始まります!!」
先頭の零戦五二型が2本の狼煙を通り抜ける。続いて前を行く2機も通り抜け、リューヤも通り抜けた。リューヤは大きくスロットルを開け、愛機飛燕を加速させる。
レーススタート。戦いの幕は切って落とされた。
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第2話「追憶」
リューヤは操縦桿を軽く引き、機体を浮き上がらせた。その瞬間リューヤは戦闘モードに入る。さっきまでの不安げな表情は一変、まるで獲物を見据えた獣のようなキリリとした表情に変わる。
街をぐるりと一周すればレースは始まる。もしこのレースに勝てば史上初の栄光を手にすることができる。横で悔しがるヨシナガの姿も見れるだろうか。
ふと、両親はどう思うのか頭に浮かんだ。一緒になって喜んでくれるのか、たくさん褒めてくれるのか、はたまたご近所さんにうちの息子がねと自慢するのか。
いろいろ考えたがどうもしっくりこない。やはり両親といた時間が短すぎたのか。そんなことを考えつつ、昔のことを思い出した。
俺は昔から競走ごとが好きだった。かけっこ、早食い、計算の早解き等々。学友といろいろ競い、勝っては喜んで、負けては悔しがる負けず嫌いもそこで生まれた。
身近に戦闘機があったおかげか戦闘機レースに興味を持ったのは5歳の頃だった。忙しい両親にせがんではるばるラハマからインノまで戦闘機レースを観に行ったこともある。
しかし、それが不幸にも親子で出かけた最初で最後の旅行だった。
13年前、俺は8歳の頃に両親を失った。リノウチ大空戦で敵機に撃墜されたと聞かされている。5年前のイケスカ動乱よりも激しかったらしい。
父は自警団のエース、母は大手輸送会社の雇われ用心棒だった。どちらも優秀な戦闘機乗りだったらしい。そんな両親を持ったからか、航空機に触れるのは同世代の中で誰よりも早かった。
両親共によく稼いでいたからか、ラハマの一等地にある大きな家に住んでいた。そしてよく護衛の任務で家を空ける両親に代わって召使として爺やが雇われた。両親とは旧知の仲だったらしい。本名は知らない。というのも、いくら聞いても教えてくれなかったからだ。
両親を亡くして俺はすっかり元気を無くしてしまった。ポッカリと心に穴が空き、どこか上の空だった。
両親を亡くしてから2、3年経ったある日、俺は爺やに連れられてラハマの街外れにある格納庫に向かった。ギラギラと照りつける太陽が暑かったその日のことは、今でもよく覚えている。
あの日、俺は爺やに連れられ始めて戦闘機に乗った。それは敵機に撃墜されたはずの父親の愛機、漆黒の隼二型である。後から聞いた話だが、あの隼は爺やがおよそ2年の歳月をかけてフルレストアしたものだったらしい。
そしてその日から俺は爺やに点検、保守、整備、操縦など航空機について一から十まで全て叩き込まれた。おかげで学校の航空機の授業だけは常に良い成績だった。他の教科の成績は、まぁ聞かないでおいてくれ。そんなに悪かったわけではないが。
ともかく、爺やに英才教育を受けた俺は学校を卒業した後、父や母を追って戦闘機乗りとなった。しかし、両親を失ってできたポッカリと空いた心の穴は簡単には埋まらなかった。
輸送船護衛や郵便配達、用心棒と言った戦闘機乗りがするであろう仕事はなんでもやった。そしてある時、輸送船護衛でインノまで行った時あるものを観た。そう、戦闘機レースである。
十数年前に両親にせがんで観に行ったあの戦闘機レースである。実況アナウンサーの熱い実況を聴くとあの日両親と観戦しに行ったことが思い出され、自然と涙が出た。
ああ、あれが俺の立ちたい舞台じゃないのか。戦闘機レーサーになるのが夢だったんじゃないのか。ふいに短いながらも楽しかった両親との思い出が甦った。大粒の涙がこぼれ落ちると、もう止まらなかった。
涙が枯れる頃には決意が固まっていた。
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第3話「アレシマGP その2」
格納庫の端っこにあるベンチで男が寝てる横で飛燕の点検整備をしてる一人の男がいた。
彼の名はノボル。ベンチで寝てる男、リューヤの専属整備士だ。リューヤとは従兄弟同士の関係である。
リューヤが持つ飛燕と隼、それから自らが所有する零戦二二型を専門に点検から整備、修理までこなしている。
リューヤも整備の知識がないわけでないが、液冷エンジンは部品点数も多く液冷エンジンと比べると整備が難しく、知識だけでなく専門の技術も必要となってくる。
広いイジツの世界でも、液冷エンジンを完璧に整備できる人間は両手で数えられるほどしかいないらしい。ノボルはその中に入れるくらいの実力を持った整備士の1人である。
リューヤの愛機、飛燕は元々リューヤの母親が乗っていた機体だ。譲り受けたといえば聞こえはいいが、実際は撃墜された機体を引き上げ改修を行ったものである。もちろんそのままの機体を使っているわけではない。
そして今はレース用に改造されている。一型丁に搭載されてたハ40を水エタノール噴射装置を付加し、高圧縮化・高回転化が図られたハ140に換装し、専用のチューニングを施したスペシャル仕様だ。
リューヤがムクっと起き上がったその時、すべての点検及び整備が完了した。と、同時に声をかけられる。
リ「飛燕の調子はどうだ?」
ノ「すこぶる好調だ。ヨシナガなんて目じゃないな」
リ「そうか。」
ノ「ただ、ヨシナガも何か対策はしてくるだろう。気を抜くなよ。」
リ「ったりめぇよ!」
ヨシナガはイジツ・エアレースで5年連続チャンピオンの凄腕パイロットだ。今シーズンはリューヤとノボルのコンビがヨシナガの牙城を崩す勢いでシリーズを圧巻。最終戦に勝てば連勝記録を止めることができるのだ。
なにやらリューヤがぶつぶつ呟いてる。ノボルは疑問に思ってリューヤに声をかける。
ノ「おめぇ、誰と話してんだ?」
リ「何でもない、それよりもう機体検査が始まるよな?」
ノ「ああ、こっちはOKだから早く準備しろ」
そう言ってリューヤを飛燕に乗せる。程なくして飛燕のエンジンが始動した。セルモーターを搭載しているため、パイロット1人でエンジンの始動が可能となっている。
念入りに暖機運転をし、プロペラピッチやラダーにエルロン、エレベーターなど、隅から隅まで動作点検を行なっていく。一つでも不具合があればパイロットの命に関わる。
丁寧に点検していると機体検査をするスタッフがやってきた。プロペラやフラップなど機体ごとの規定の寸法に収まっているかチェックするためだ。もし仮に収まりきっていないとレギュレーション違反で失格になってしまう。
ノボルは自分で整備した戦闘機には自信を持っていたので堂々と振る舞っていた。一方リューヤはソワソワしながら機体検査を目で追っていた。
「機体はオッケーです。頑張ってくださいね」
ああ、とリューヤが答えた。ノボルは半開きの格納庫の扉を大急ぎで開け、リューヤにグリッドまで移動を促す。
格納庫を施錠し、無線電話機などをリュックに詰め込んでノボルはタキシングするリューヤの機体を走って追いかけた。幸いにも4番グリッドは格納庫からあまり離れていなかったのですぐに追いついた。
リューヤがグリッドに着くと、ゼーハー言いながらノボルが追いついてきた。
ノ「言い忘れてたけど、今回のために許容回転数を上げておいた。いつもは2800rpmだけど2950rpmまで耐えれるようにした。十数馬力は上がるけど連続して使わないように。連続してt 」
リ「オーバーレブで壊れるんだろ」
ノ「その通りだ!ここぞという時に使ってくれ。」
リ「分かった。」
ああだこうだと会話をしているうちにレース開始5分前となった。5分前になるとパイロット以外は自チームの戦闘機から離れればならない。
ノボルは信じてるぞと伝え、リューヤの機体から離れた。そして管制塔横にあるチームごとに用意されたスタンドに足早に向かった。
スタンドにはパイロットとやり取りできる通信機器やレースがリアルタイムでわかるモニターが設置されている。ノボルは無線機のチャンネルを素早くIAR運営とリューヤの期待のチャンネルに合わせた。
ノ<<こちらノボル、こちらノボル。聴こえるか?>>
リ<<こちらリューヤ、ばっちり聴こえるぞ>>
ノ<<良かった!改めて今回のレース頑張ろうな>>
リ<<もちろんだ>>
ノボルはドキドキしながらレース開始の時間を待っていた。リューヤとは対照的にこの数分間を楽しんでいた。誰かに話しかけられたらニヤついた顔を見せることになるだろう。
ゴウッとエンジン音が大きくなったと思うと一斉に戦闘機が離陸し始めた。15機が離陸を終えると急に当たりは静かになった。実況の熱い声が会場に響いている。
街を一周するパレードフライトから間も無くして15機の編隊は、街外れに向かって進路をずらした。そしてレーサー同士の駆け引きが始まった。レーダーによるとリューヤは特に駆け引きを行ってる様子はない。どっしりと構えてることが想像できた。
ノ「アイツ、少しは成長したかな」
ポツリとノボルは呟いた。
実況「荒野を照りつける太陽より熱い戦闘機レーサーたちの熱い眼差し。その視線の先、その戦いの先には何が見えるというのか。それを確かめるべく表彰台の真ん中を目指してレーサー達は英雄となる!」
実況「さぁ、いよいよ始まります!IAR最終戦アレシマGP!チャンピオンの座を手にするのは一体誰なのか!」
実況「今、レースが始まります!!」
先頭の零戦五二型が2本の狼煙を通り抜ける。続いて前を行く2機も通り抜け、リューヤも通り抜けた。リューヤは大きくスロットルを開け、愛機飛燕を加速させた。
レーススタート。戦いの幕は切って落とされた。
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第4話「アレシマ渓谷 往路」
実況「今、レースが始まります!!」
戦いの幕が切って落とされた。
ポールポジションの零戦五二型がぐんぐん高度を上げていく。同様にリューヤの前方2機も同じように高度を上げていく。
実況「先頭の零戦五二型から大きな混乱もなく予選順位と変わらずに各戦闘機は上昇していきます!先頭の零戦五二型はちょっと後続を引き離したか?あ、ここでヨシナガがスタートで一気に順位を2つ上げて6番手に浮上します!!」
ロケットスタートを決めたヨシナガが一気に8番手から6番手まで順位を上げた。観客席ではどよめきが起こっている。
リ「ノボルー!ヨシナガとの距離と順位、変わった瞬間教えてくれ!」
ノ「任せろ!今ヨシナガは6位。2つ後ろだ。油断はするな?」
リ「オーケー、オーケー。ここで油断したらレーサーの名が廃る。」
リューヤの愛機、飛燕は液冷エンジン故に全面投影面積を小さくすることができ機体の構造上、最高速度を出しやすくなっている。そのためジリジリと前をいく隼三型2機との距離を詰めていく。
ノ「前をいく隼三型だけど、2位争いで後方に意識が無いぞ!」
リ「んじゃ、これなら2機まとめてオーバーテイクできそうだな」
ノ「まぁ最初っからあんまり飛ばしすぎるなよ」
リ「わかってるさ」
リューヤは隼三型の下から死角に入り、スィーッと前に出る。呆気にとられた隼三型のパイロットは手元が狂い、2位争いをしていたもう1機の隼三型と接触してしまう。
実況「あーっ!!ここで隼三型2機の前にリューヤ選手の飛燕が躍り出ます!!」
実況「なんということでしょう!2位争いを演じていた隼が接触によりリタイア!!最終戦というだけあって序盤から波乱な幕開けです!!」
前に出たいという気持ちもわかるが焦って無理をする必要はない。この接触によりリューヤは2位、ヨシナガは4位まで上がってきた。相変わらずヨシナガの爆発的な追い上げには誰も太刀打ちできない。そして、すかさずノボルから無線が飛んでくる。
ノ「今の接触で2位浮上。ヨシナガも6位から順位が2つ繰り上がって4番手についた。2つ後ろだ。」
リ「わかった。また奴が順位を上げたら教えてくれ。」
ノ「もちろんだ。」
前をいく零戦五二型が右にバンクして下降を始めた。イジツエアレース名物、渓谷飛行の1つ目に差し掛かったのだ。渓谷飛行はレースによって何ヶ所通るか変わってくるが最終戦は難易度の高いルートが4ヶ所設定される。
通る渓谷の数で言えば少ない方だが操作を誤ればゴツゴツとした岩肌とお友達に、もしくは機体もろとも天に召される可能性もある。危険と隣り合わせのスリリングな展開となるため、渓谷飛行に入るとレースは大きな盛り上がりを見せる。
リューヤは前をいく零戦五二型に続いて渓谷飛行に入る。スロットルを頻繁に開け閉めし、速度の微調整を行う。
リ「やっときたぜ渓谷飛行!これが堪らないんだよ」
リ「あらよっと!おっそうくるか!よいしょっ、ハッ、どうだ!!」
機体を左右に傾け、まるでダンスを踊るかのようにリズミカルに切り返す。
リ「あぁ^〜、、よしよしいい子でちゅねぇ、飛燕ちゃーん!!」
リ「ンフ〜今日もいい子でボクは感激したよぉ〜」
アドレナリンが出始めるともうリューヤはノボルをもってしてでも止められない。このねっとりとしたちょっと気持ちの悪い喋りをノボルが毎回聞いてると彼の苦労にも同情できそうだ。
リューヤ劇場はまだまだ続く。
リ「てやぁっ!ソイッ!はあああああ」
リ「お〜よちよち、流石は僕の従兄弟であり専属整備士のノボル君が完璧に整備した飛燕ちゃんはやっぱり違いますねぇ」
いつになく素直に飛ぶ飛燕二型にさらに鞭を入れる。いや入れられてるのはリューヤの方か。
リ「あーもう最高ッ!このカンジ最高ッー!」
リ「とろけちゃいそッ☆」
そんなこんなで零戦五二型は遥か後方に消えていた。ノボルが無線で必死に呼びかける。
ノ「おい!リューヤ!返事しろ!あ?返事しねーなら晩ご飯抜きだぞ!!」
リ「ンヒィ!それはやべてくれ!頼む。ほんで何?」
急にいつものリューヤに戻る。
ノ「全く気持ち悪い声出すんじゃないよ。気付いてるか知らんが1位に躍り出てるからな。ちなみに2位には1分近く差がついてる。」
リ「まじかぁ。あ、1個めの渓谷飛行も終わりだ。」
リューヤは渓谷飛行の終わりの狼煙が上っているのが見えた。スピードを殺さずうまく機首を上の方に向け上昇を始める。ピュンっと飛燕が1番に渓谷から飛び出る。
実況「信じられません!!リューヤ選手が1番に抜けてきました!あの難易度の渓谷をいとも簡単に!!」
実況「しかもまだリューヤ選手は今シーズンが最初のまだルーキーですよ!?!?信じられません!!」
実況「なんだか変な夢でも見てるのでしょうか。おっとそして2位が現れた!3位も一緒だ!!なんと3位は8番手スタートのはずのヨシナガ選手だっ!信じられません!!速すぎます!!」
信じられません!!を連呼する実況を横目にノボルはリューヤに檄を飛ばす。
ノ「リューヤ、ペースはいいがヨシナガも速い。75秒後半だ。気を付けろ!」
リ「うっす。やっぱりレースはこうでなくっちゃ!!」
ノ「とはいえまだあとレースは4分の3残ってるからな、気を引き締めていけ。」
程なく飛ぶと、2つ目の渓谷が見えてきた。この渓谷を抜けると、中継地点の空の駅が見えてくる。空の駅では20分間ピットインの義務がある。ここで燃料補給や小休憩がとれる。早く休憩のしたいリューヤは操縦桿を握る手に力が入る。
180度機体をロールさせ降下しながら2つ目の渓谷に突入する。1つ目と違い、カーブこそ少ないが幅の狭い箇所がたくさんあり、少しでも判断に遅れると岩肌にディープキスするかもしれない非常にスリリングなセクションとなる。
またも難易度の高いコースに高まるリューヤはゾーンに入る。
リ「うりゃ!せーのっ!はっ!」
巧みな操縦桿さばきで飛燕を右に左にとパンクさせ狭い渓谷をスラロームしながら抜けていく。
一方そのころ・・・・
ヨシナガはリューヤの50秒後方を飛行していた。何もない区間で雷電のエンジンパワーを活かし、差を詰める事に成功していた。このままいけば8位からの大逆転勝利も見えてくる。ヨシナガはチームメイトの×××に聞いた
ヨシナガ「リューヤとの差はどんなもんだ?」
チームメイト「およそ50秒だ。ヤツはもう2つ目の渓谷に入っとる」
ヨ「そうか、なら追い上げは順調やな」
チ「ああ、ミスらんといてな」
そしてヨシナガも2つ目の渓谷に突入した。幅は狭いが、比較的旋回することが少ない2つ目の渓谷は雷電にとってはエンジンパワーを活かすことができる。リューヤが乗る飛燕とはだいぶ差が縮まり始めていた。
一方リューヤは・・・
リ「フヘヘヘッ、いい子でちゅねぇ飛燕ちゃーん!!」
やはりと言うべきなのか、リューヤはゾーンに入ってしまった。こうなってしまえばヨシナガがいくらフルスロットルで追いつこうとしても引き離してしまうような勢いがある。
リ「いよぉし!そうだ!ンフ〜、ほんといい子ねぇ〜」
なんて言いつつも正確無比なコントロールで狭い渓谷を縦横無尽に飛んでいく。外から見ていてもその飛びっぷりは目を見張るものがある。実況も興奮が収まらない。
実況「先頭を飛ぶリューヤ選手ですが見てください!!あの飛び方、ほんとに新米のレーサーなんでしょうか!!」
実況「んん!?!?おやっ、リューヤ選手の1キロクリール後方には昨年度チャンピオンのヨシナガが猛烈な追い上げを見せています!!」
実況「狭くなってるところも果敢に攻め、スロットルを緩めようとしません!!空の駅にピットインするまでにどれだけ差を縮められるでしょうか!!」
レースは早くもヨシナガとリューヤによるチャンピオン争いと化していた。ポイント差は僅かにリューヤがリードしているが、順位に関係なくこのレースで先にゴールした人がシリーズチャンピオンを獲得する。
ノボルがリューヤに無線を飛ばす。
ノ「リューヤ、ヨシナガの追い上げが半端ない。奴は1キロクリール後方、時間にして大体40秒ってところだ」
リ「マジで!?」
たまらず声が裏返る。
ノ「おそらく空の駅で給油を考えているんだろう、残りの燃料を無視してでも差を詰めるつもりだろうな」
リ「なら、差を縮められないよう引き離す勢いで飛べばいいってことか☆」
ノ「簡単に言うけど機体は大事にな。壊れたらチャンピオンはおろか、完走すら出来なくなるでな」
リ「おうよ、リューヤ君にぃ〜、お任せあれっ☆」
ノ「…。」
リ「…無視だけはやめてください。すみません」
レースは続きます。
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第5話「アレシマ渓谷 復路①」
実況「さぁレースはまもなく折り返し地点となりました!!トップを飛行しているのは飛燕を駆るリューヤ選手、そして雷電を駆るは
ヨシナガ選手が怒涛の追い上げを見せ、2番手に位置しています!!」
実況「リューヤ選手がヨシナガ選手に差を詰められてるようですが、これ抜いちゃうことってあるんでしょうか」
実況「あっ!リューヤ選手がトップで渓谷から飛び出してきました!ふたつ目の渓谷も難なくクリアしてきました!!本当に新人なのか疑いたくなりますね〜」
気づいたらトップで俺は2つ目の渓谷飛行を終えていた。あとは数キロクーリル先の空の駅に向かって折り返すだけだ。後方を見るとほんの小さくヨシナガの機影が見えた。
この調子だと空の駅を出て渓谷に入るあたりで追いつかれそうだ。だがそれは好都合である。リューヤはこれまでのレースでヨシナガの飛び方をリューヤなりに分析していた。
まもなく空の駅が見えた。小さく点のように見えたそれはだんだんハッキリと見えてくる。イジツでも有数の大きい空の駅だ。その大きさはちょっとした街と見間違うほどである。名前はイオと言う。
ちょうどいろんな街の中継地点にもなれるこの空の駅イオはイジツエアレースでも何度か使われる。全部で8戦ある内、3戦はこの空の駅が使われるほどだ。
空の駅では20分間の休憩が与えられる。主脚と尾輪の3点が接地した瞬間からカウントが始まり、主脚が地面を離れた時に20分を超えてはならないのがレギュレーションで定められている。
空の駅上空では空賊に襲われないよう、物流の大手「オウニ商会」のお抱え用心棒、コトブキ飛行隊が哨戒を行っている。女性だけで組まれた飛行隊らしいがその腕前は折り紙付きだ。
最終戦ということだけあって人も集まるためそれなりの警戒が必要となってくるからであろう。
リューヤはまず、左手のスロットルレバーを手前に引き、機体の速度を落としていく。それから上空で哨戒を行うコトブキ飛行隊にレース機ということをアピールしつつ着陸態勢に入る。
リ「こちらイジツエアレース参戦のゼッケン8番、リューヤだ。繰り返す、こちらイジツエアレース参戦のゼッケン8番リューヤだ。」
レオナ「こちら、コトブキ飛行隊隊長のレオナだ。ゼッケン8番了解した。今のところ空賊らしき機影は見えない。安心して着陸できる。」
レ「それから、念の為2機護衛を向かわせた。」
リ「了解。感謝する。」
リューヤは2機の隼に護衛されながら着陸する。垂直尾翼にはパーソナルマークなのか青い鎌に白薔薇の隼と何かのマスコットキャラが描かれている隼に護衛される。
ドスッと振動が全身に伝わり、地上に降りたことを実感する。そしてブレーキを目一杯かける。リューヤが着陸したことを確認すると護衛についていた隼は綺麗な2機編隊を組み、もといた持ち場に戻っていった。
リューヤはタキシングして駐機場に入りつつ護衛に対する感謝を伝えた。
リ「こちらゼッケン8番リューヤ、先程の護衛感謝する。」
エンマ「先程護衛したエンマと申します。礼には及びませんわ。レースは残りまだ半分あることですし頑張ってくださいまし?」
チカ「コトブキ飛行隊一番槍のチカだ!いいって事よ!それよりおっさん、1位になれよ?このチカ様が直々に応援してやるんだからさ!」
エ「チカ、はじめてお目にかかる方に失礼ではありません?」
リ「あー気にしないでくれ。」
チ「ほらエンマ、おっさんもそう言ってるし!」
リ「一応まだ20歳だからおっさんではないけどな、ハハハ…。」
苦笑いで答える。
エ「なんと!これだけの飛行技術をお持ちなのでわたくし達と同世代かと思いましたわ。」
そんな会話をしつつ飛燕の冷機運転をする。冷機運転を行うのは次にエンジンを始動する際、容易に始動できるようにしたりエンジンの寿命を縮めないためにしたりするためである。
冷機運転を終え、風防をガラッと開けるとヨシナガがこれまた2機の隼に護衛されながら着陸してきた。今度の護衛は赤い鳥のようなマークの隼と灰色の矢印のマークをつけた隼が護衛していた。なるほど、交代で護衛を行なっているのか。
リューヤは飛燕のエンジンを完全に止め、復路に向けて準備を始めた。まずは人間から。飛行機が良くてもそれに乗る人間の体調が良くなければレースはおろか飛び立つことも難しくなる。ストレッチをして異常がないか確かめる。
今まで飛んできたんだから大丈夫なんてツッコミはよしてくれよ?
幸いにも身体に異常はなさそうだ。そしてユーハング式ラジオ体操で全身をほぐして暖める。戦闘機の暖機も大事だが人間の暖機を忘れてはいけない。良い人間と良い飛行機、この2つが良くないと良いフライトは行えない。
ユーハング式ラジオ体操を終え水分補給していると不意に声をかけられた。
ヨシナガ「よう、調子はどうだ?」
リ「冷やかしにでもきたんですか?」
リューヤは少し身構える。
ヨ「いやぁそんなんじゃないさ。ちょっと相談があってだな。」
リ「まさかゆっくり飛べなんて言わないですよね?五連続チャンプのヒトが。」
図星なのか明らかにヨシナガの顔が引きつった。それでも隠すように喋り始める。
ヨ「(ぐ……)そんなまさか!!まぁただ、最終戦のこの局面、超接近戦を演じるのは良いと思わないかね?」
結局ゆっくり飛べってことじゃないか、と心の中で叫ぶ。
リ「確かに面白いかもしれませんが予定調和の決められたレースなんか観てて誰が興奮しますかね?ヨシナガさん、僕の答えは否ですよ」
リ「聞いてて呆れましたよ。それが五連覇してる人が言うセリフですかね。」
リューヤはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。ヨシナガはと言うと見る見るうちに顔が真っ赤になっていった。
ヨ「テメェ、黙って聞いてりゃしゃあしゃあと抜かしおって。タダで済むと思うなよ?」
リ「ふん、勝手にしろ。」
全く面倒なやつだ。貴重な休憩が失われたでないか。さぁエンジンをかけて準備しよう。
・
・
・
定刻まで3分を切った。リューヤはタキシングで駐機場から滑走路の端に移動し飛燕を停めて離陸許可を待つ。するとノボルから無線が飛んできた。
ノ「ヨシナガは40秒あとに離陸する。出来るだけ距離を稼ぎたいから高度はあまり上げないでいこう。」
リ「わかった。速度の伸びで突き放す作戦だな。」
ノ「そうだ。だから高度は最低限でいい。じゃあ頑張れよ。」
無線が切れるとちょうど離陸許可が出た。スロットルを開け、飛燕を加速させる。30キロクーリルを超えたあたりで操縦桿を押して尾輪を上げる。反トルクに気を付けながら更にスロットルを開け、50キロクーリルになったところでそっと操縦桿を引いた。
フワッという感覚が全身に伝わり、重力を振り切る。すぐにフラップと主脚をしまって猛然と加速する。
実況「さぁ20分間の休憩が終わりトップをいくリューヤ選手が飛び立ちました!!続くヨシナガ選手は40秒後方!!」
実況「リューヤ選手はこの40秒間という短い時間でどれだけ差を広げることができるのでしょうか!!見ものです!!」
ゴーッとハ140の心地よいエンジン音が身体全身に響く。雲ひとつ無い青空はいつもより青く見える。ちらりと後方を見ると針の穴のような大きさ(ようはすごく小さい)だったヨシナガの雷電が豆粒くらいになっていた。少しずつではあるが確実に差が縮まっている。この調子だとノボルから無線が飛んできてもおかしくない。案の定無線が飛んできた。
ノ「どうした?差が縮まってるぞ?なにか調子でも悪いんか?」
リ「いや、飛燕は絶好調だよ。ただまだレースは半分ある。やはりただの水平飛行だと機体の差がでる。」
ノ「ユーハングで雷電は迎撃機として作られた戦闘機だからやっぱ加速力とか上昇力は流石だ。まぁリューヤのことだから追いつかれたとしてもやり返してくれると信じてるからな。」
リ「おうよ、任せとけ!」
15分ほど飛ぶといよいよ3つ目の、正確には2つ目に通った渓谷の逆走飛行が始まる。後ろを見るとヨシナガの機影はハッキリしていた。
リ「(ふっ、流石は雷電だな。だが、こっちは突っ込み性能の良い飛燕だ。どこまでついて来れる?)」
雲ひとつ無い青空を背にリューヤは飛燕を180度バンクさせ渓谷に降りていった。そして2本の狼煙が上がる間を通過した。
②へ続く・・・
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第6話「アレシマ渓谷 復路②」
リューヤは2本の狼煙が上がる間を通過した。重力のおかげもあってか時速140キロクーリルは出ているだろうか。狼煙は一瞬で後方に消えた。そしてすぐに岩肌が迫ってくる。
操縦桿を倒し、90度左にバンクさせ狭い箇所を通り抜ける。ちらりと下を見ると何かの部品の破片らしき物が落ちていた。恐らく往路で誰か岩壁にぶつかったのだろう。レースは常に危険と隣り合わせである。
右へ左へ機体をバンクさせ旋回したり、時にはバレルロールのような機動をし、狭い渓谷を縫うように飛んでいく。よく見ると崖の上の方には危険を承知で見物している人もいるようだ。
一方リューヤの後方を飛ぶヨシナガはリューヤに遅れること15秒。雷電の機体性能のおかげもあり、更に差を縮めていた。しかしここからは渓谷飛行。もともと火力、上昇力、速力を重視して設計された局地戦闘機故に旋回は得意でない。
だが、それをカバーしてこそのチャンピオンではないのか。前をいく新人をぶち抜いてこそのチャンピオンではないのか。そう自らに言い聞かせ、ヨシナガは渓谷飛行へと突入していった。
実況「さぁ〜トップ2機が復路最初の渓谷に飛び込んでいきました!!手元の時計では両者の差はわずかに10秒!渓谷を抜けたタイム差が、どう変化しているのでしょうか!!」
実況「勝利の女神はどちらの微笑むのか、それは、神のみぞ知るーッ!!」
ハ140のエンジン音が渓谷をこだまする。気持ちよく回る液冷倒立V型12基筒の奏でる音がリューヤを刺激する。気持ちが昂り、どんどん自分の世界に入り込んでいく。自分の手足のように飛燕を自在に操り、渓谷を抜けていく。
リューヤ「ん〜、いいねぇ!!復路も問題なしってところだねぇ!!」
リ「ん?今一瞬雷電が見えた気がしたけど気のせいだよねー☆」
いや、気のせいではない。5秒後ろまでヨシナガの雷電が迫ってきているのだ。射程圏内に入るのも時間の問題である。ヨシナガは己を奮い立たせ、迫りくる岩壁とスピードの恐怖心と闘いながら差を縮めていた。
すかさず事態を把握したノボルがリューヤに無線を飛ばした。
ノボル「おい、リューヤ!雷電が迫ってるぞ!!」
リ「んフ〜、たまりまちぇんねぇ^〜」
ノ「馬鹿なこと言ってないで5秒後ろまで来てるぞ!!」
リ「!?!?!?!?…マジで?」
ノ「大真面目だ。どうすんだ?このまま追いつかれるのも時間の問題だぞ。」
しばらくの間、沈黙が続いた。聞こえてくるのはハ140のエンジン音が聞こえるくらいだ。数十秒の沈黙の後、リューヤはすぅっと息を吐きこう言った。
リ「…まぁ今のは全て演技というか、わざと追いつかれるように飛んでたんだけどね。」
リューヤは静かに話し出した。
リ「今まで黙ってて悪かった。あることを検証したくてな。」
ノ「焦るわ、そんでどんな事するんだ?」
リ「簡単に説明すると、このまま差をキープして次の渓谷に入る前にヨシナガを前に出す。そんで早めに抜き返してぶっちぎる。」
ノ「簡単に言うけど相手は5連続チャンプだぞ?まぁお前を信用してない訳じゃないがな。」
リ「俺の予想が外れたら検証は失敗だ。ま、失敗する気はさらさらないね。言ったからには必ず成功させる。有言実行ってな。」
話終わって暫くすると渓谷の終わりを告げる2本の狼煙が見えてきた。雲ひとつ無い青空に高く上がっていた。
実況「雲ひとつ無い青空に轟くはエンジンの咆哮!さあ間も無くリューヤ選手が3つ目の渓谷を、今ッ!抜けてきたーッ!!」
実況「そして5秒後ろまでヨシナガ選手が迫ってきている!!追いつけるか?追いつけないか?あーっとここで、ここでリューヤ選手の飛燕が凄まじい加速を見せます!!」
実況「一瞬ヨシナガ選手の雷電が遅れを見せましたが、流石は5連続チャンピオン!!その差を縮めようと必死に喰らい付いていきます!!」
リューヤは冷却効率を最大限引き出し、そしてスロットルを100%に引き上げる。そして水メタノールを噴射する。一時的に油温と冷却水温が適正温度から下がったが、2950回転という高回転で温度を取り戻す。
後方を目視で見ると迫りくる雷電の姿が見えた。完全に雷電の射程圏内に入っていた。絞りに絞って出す約1750馬力の飛燕と、元から1800馬力を発生させる火星エンジン搭載の雷電ではやはり速力の差が大きかった。
じりじりと差を詰められ、渓谷飛行に入る3キロクーリル手前で横並びとなった。ヨシナガの方を見ると、余裕そうな顔で無線のチャンネルを合わせろと手信号を送ってきた。チャンネルを合わせるとヨシナガの低い声が飛び込んできた。
ヨシナガ「よお、あれだけ言いたい放題言って追いつかれた気分はどうだい?さぞかし悔しいだろうねぇ。」
リ「…その余裕も今のうちだぞ?」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
ヨ「ほざけ。この5連続チャンピオンに輝くヨシナガ様が負けるなんてことは天地がひっくり返ってもありえない!君が追いつかれた以上、私の勝ちは決まったようなもんだ。」
リ「ほんじゃ、そのチャンピオンならボクみたいな新米なんか軽く捻るなんて朝飯前ですよね?その渓谷でボクをぶっちぎってみて下さいよ。」
リューヤはヨシナガを挑発する。そしてヨシナガも挑発に乗って見下してくる。
ヨ「ほんなら、ぶっちぎってやんよ。」
そう言うとヨシナガは無線を切り飛燕の前に出ると、雷電を180度バンクさせ最後の渓谷に突入した。リューヤもそれに倣い、突入していく。
実況「さぁ〜、面白いことになってきました!!なんと8位スタートのヨシナガ選手が1位を飛んでいたリューヤ選手を追い抜く展開となりました!!」
実況「もう目が離せませんね!!やはり、レースはこうでなくっちゃ!!」
実況も舌を噛み切る勢いのヒートアップ具合で観客たちを惹きつける。それに比例して観客たちの歓声も大きくなっていく。
その様子をチームスタンドから見ていたノボルは本当にやってくれたなと感心しつつ、少し落ち着けなかった。前に出したからには追い抜けないことには勝つことは愚か、チャンピオンを獲ることはできない。ノボル祈るように手を組んだ。
その頃リューヤはヨシナガを抜くタイミングを窺っていた。それらしきチャンスはあるものの決定的なチャンスはなかった。流石と言うべきなのか、単に運が良いだけなのか隙らしい隙を見せない。
しかしチャンスは唐突に訪れた。細長い岩が斜めに倒れかかってる場所でヨシナガは、上に抜けるか下に抜けるか迷いを見せた。その一瞬の隙をリューヤは見逃さなかった。頭で考えるよりも先に身体が反応した。
スロットルを全開にし、操縦桿を倒しバレルロールのような機動で岩を交わすと、勢いのままヨシナガの駆る雷電の前に躍り出た。その一瞬の出来事にヨシナガは唖然とするだけだった。すぐに気を取り直し、差を詰めようとした時には、飛燕の水平尾翼の影がうっすら見える程度だった。
これが決定打となり、勝負の女神はリューヤに微笑むこととなった。結局リューヤはヨシナガを2分以上引き離し圧勝。検証も無事に成功し、表彰台の真ん中でニカっと笑ってみせた。
表彰式を終え、リューヤは格納庫に向かおうとするとヨシナガに声をかけられた。振り向くとそこには、空の駅イオで見せた威圧的な態度は無く、穏やかな表情をしたヨシナガがいた。
ヨ「やあ、先の空の駅とレース中の暴言は済まなかった。」
リ「いや気にしないでくれ。こっちも挑発したしお互い様だ。」
ヨ「それからシリーズチャンピオンおめでとう!今までレーサーとして生きてきたが君みたいなのは初めてだ。驚いたよ。」
リ「それはどうも。あ、そうだ。」
ヨ「どうしたんだい?」
リューヤは思い出したように話題を切り替えた。
リ「あなたはもうIARで僕に勝てません。」
ヨ「唐突だな。それは何故だ?」
リ「非常に言いにくい話なんですが、あなたは雷電に乗せられています。今まで勝ってこられたのは、全て運が良かったからです。」
なっ、とヨシナガは言葉が詰まった。それは今まで培ってきたテクニックを否定されるのと同じことであるからだ。
リ「俺は10の時から操縦を教え込まれた。同じくらいの歳の連中とは経験の量が違うんです。」
ヨ「それはつまり、俺は下手っていうことか?」
リ「下手というよりかは機体の持つ性能を100パーセント引き出せていないだけだ。ようはこれができれば僕といい勝負ができるはずだ。」
ヨ「なるほどな、ありがとよ。でもそんなこと教えてよかったのか?」
リ「空の駅で言ったようにレースみたいな勝負事には予定調和なんて面白くないんだよ。さっき言ったように僕が勝ち続けたるとしたら、面白くないだろ?」
ヨ「ああそうだな。」
そう言い終わると同時にリューヤは自チームの格納庫へ歩き始めた。格納庫ではノボルがせっせと片付けをしている。遅いぞと言わんばかりにこちらを向いて手伝うようにとジェスチャーした。
こうしてイジツエアレース最終戦、アレシマGPは幕を下ろした。夕陽に染まる空は美しい宝石のように輝いていた。
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第7話「二人が行く」
まだ夜も明けない早朝4時半。外はまだ薄暗く、多くの人が寝ている時間である。ここはラハマと呼ばれる街。物流の最大手「オウニ商会」が本拠を置く街だ。
そんな街の少し外れにあるお屋敷のような家に隣接される格納庫で動く影が三つ。なにやら慌ただしく動いている。どこかに出かけるのだろうか。
??「おーい、これは奥の棚に持っていってくれ。それはあっちの棚だ。」
??「あいよー任せろ!」
指示を飛ばしているのはノボルという若い男。若干青みがかった黒髪を短く刈り上げツナギをビシッと着ている。いかにも整備士という格好。もちろん本職は戦闘機の整備士だ。イジツでは数少ない液冷エンジンを完璧に整備できる整備士の一人である。
そして指示を受け、荷物をあちこちに運んでいるのはリューヤというこれまた若い男。細身ではあるが鍛えられたその身体は重たい荷物を運んでいてもブレることはない。そう、この男は先日若くしてイジツエアレースを制したチャンピオンである。
もう一人。格納庫内で作業する男がいる。タキシードのような服を着こなし、その上からエプロンを着ている。右目にモノクルをかけているその男は朝ご飯の準備をしていた。二人の執事である。二人からは爺やと呼ばれているが本名は不詳である。
リューヤ「さっきのやつあの棚に運んだよ。」
ノボル「おっけ、そいじゃこれを零戦の胴体に積み込んで。」
リ「はいよー任せろ!」
ノボルの的確な指示とリューヤの手際の良さが相まって、積み込み作業は順調に進む。これなら予定してた出発時刻に間に合いそうだ。そうノボルが思ったとき、爺やから朝ごはんができたことを伝えられた。
爺や「さぁ朝ご飯できたぞ、二人とも。」
と、爺やが言い終わるや否や二人の腹が同時に鳴る。
グゥ〜、ギュルギュルギュルギュルゥ…
なんとも間抜けな音だ。互いの顔とお腹をを見比べ苦笑いする。爺やもその様子を微笑ましそうに見守っている。
・
・
・
お日様が姿を現し、辺りが明るくなり始めた。金色に輝く太陽はラハマの街を照らし、一日の始まりを告げる。時刻はおおよそ5時を過ぎたところ。
隼二型のハ115と零戦二二型の栄二一型のエンジン音が奏でる心地よいハーモニーが格納庫内に響き渡っていた。
格納庫の奥の方にはリューヤの所有する飛燕二型も置いてあるがレースやイベント以外では、ほとんど使わないので今回はお休み。というのもレース専用機で武装が無い。つまりこのイジツの世界を丸腰で飛ぶというのは自殺行為に等しいからだ。危険すぎる。
ノボルとリューヤとそれから爺やの三人で機体のチェックを始めた。まずはリューヤの隼二型から行う。ノボルと爺やはそれぞれ左右に分かれて点検を手伝う。エルロン、ラダーにフラップやプロペラピッチなど全て動作させて正常であるか点検。そして計器に表示される数値も基準値内に収まっているか忘れずに確認する。
あとは5分ほど暖機すればいつでも飛行可能となる。ノボルの零戦二二型も同様に期待各部の点検を行う。
二機の点検が終わると爺やが僅かに開いていた格納庫の扉を全開にする。全開になったところでブレーキを解除してタキシングで滑走路に向かう。向かう途中でいつもの無線チャンネルに合わせた。
ノ<<こちらノボル。聞こえるか?>>
リ<<こちらリューヤ。はっきり聞こえるぞ。>>
リ<<ところでなんでタネガシになんて行くんだ?>>
ノ<<お前に召集される前、整備の武者修行してただろ?そんとk >>
リ<<あー、もしかしてそれでお世話になって立派になった報告に行くんか>>
妙に鋭い発想力はさすがリューヤ。見透かされているようで少し気味が悪い。話し終えたところで滑走路の端に着いた。前にノボルの零戦、後ろにはリューヤの隼が並ぶ。早朝で飛んでる飛行機もいないので爺やからすぐに離陸許可が下りる。
少しずつスロットルを開け、反トルクに負けないようにラダーを踏んで50キロクーリルを超えたところで尾輪を上げる。そして更にスロットルを開け70キロクーリルを超えたところで軽く手前に操縦桿を引く。フワッと浮き上がる感覚が全身を包み、大空へ羽ばたく。
イジツエアレース、略してLARは一週間前のアレシマのレースで幕を閉じた。全8戦が行われ、各レースの順位に応じたポイントの合計でシリーズチャンピオンを争う。今シーズンは新人が連続チャンプのヨシナガを敗る、まさに波乱のシーズンとなった。
今はオフシーズンでレースは無く、暇とまではいかないが様々な事に時間を使えるようになるので、今日はノボルの恩人に会うためにタネガシへと向かう。
タネガシは昔からマフィアが統治していると言われているがどこにそんなアテがあるのかとリューヤは疑問に思う。
2000クーリル程昇ったところで水平飛行に移り、ノボルと二機編隊を組む。そして空燃比をリーンに変更。
まず目指すのは空の駅。空の駅で一度休憩しタネガシへ向かう。念のため増槽をぶら下げているのでガス欠は心配無用。
朝早くに出発したので空賊らしき機影も見つからない。大型の輸送機ならまだしも、戦闘機2機を襲うのもどうかしているが。
リ<<なんか久しぶりだね、こういうのって>>
ノ<<毎日渓谷で練習してたもんな。何も気にせず飛べるのって良いよなぁ>>
リ<<わかるわかる!いつも時間に追われてたから伸び伸び飛べるのって最っ高☆>>
ノ「(あかんコレまた変なスイッチ入りかけたな。やれやれ。)」
喋る話題も尽きることなくお喋りしていると、だんだん空の駅が見え始めた。大きな給油塔が目印の空の駅「マキ」だ。管制塔に着陸の許可、と言ってもごく簡単な左右にロールをして敵意がないことを伝える。そしてノボル、リューヤの順で滑走路に降りていく。
駐機場には酒場で使う食材等を卸しにくる一〇〇式輸送機二型が停まってる以外はガラガラであった。一〇〇式輸送機の邪魔にならない位置に隼と零戦を停め、冷機運転を行う。
冷機運転が終わるとダッシュでトイレに。空に上がるとどうもトイレが近くなるらしい。用を足すと酒場で軽食を頂く。ここのハンブルグサンドは超が三つ付くほど美味しいことで有名だそう。リューヤは二つハンブルグサンドを注文する。そしてすぐに頼んだハンブルグサンドが登場。お肉の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
リ「ほらよ、奢りだ」
ノ「珍しいな、気前よくて」
リ「そりゃあチャンピオン獲れたしそれなりの賞金も貰えたしな。」
チャンピオンという言葉を聞いてハッとした店主。強面な人相で圧がすごい。
店主「お客さんもしかしてリューヤ選手じゃないですか?うわぁ、お会いできて嬉しいです!握手してもらってもいいですか?こんなところですがどうぞゆっくりしていってください。」
大ファンなのかめちゃくちゃ早口。舌を噛みそうな勢いだ。
リ「お、おう。応援アリガトナ。」
店主のあまりの興奮具合にちょっと引き気味のリューヤ。思わずカタコトになる。このまま店主のマシンガントークが続くかと思いきや他の客に呼ばれた。お金はここに置いとくと店主に伝え店を後にする。
さぁて残すはタネガシに向かって飛ぶだけだ。何もなければ良いが。
やはり何もないと願う時ほど何かあるものだ。噂をすればなんとやら。タネガシまで残り15キロクーリルというところで何やら飛行船が空賊に襲われているのを発見した。隼6機が飛燕の迎撃にあたっているが空賊の数が圧倒的に多く、隼はなんとか持ち堪えてると言ったところか。状況はあまり良くない。
ノ<<リューヤ、あれ見えるか?>>
リ<<ああ、見えるぜ。どうするってんだ?俺らタネガシに向かうんだろ?>>
ノ<<旅は道連れ、世は情けってユーハングの言葉がある。人助けしてから向かうのも悪くないんじゃないか?>>
リ<<それもそうだな>>
二人は増槽を切り離し、空燃比はリッチに変更。すぐさま助太刀に入る。そして高度を取り状況確認をする。やはり空賊とはいえ連携はとれていない。数では有利だがバラバラに狙いたいように狙う。連携の取れていない証だ。そして後ろの警戒心がほとんど無かった。ノボルは目で合図し、リューヤがコクリと頷くと飛燕に向かっていった。高度を活かし速度をのせ、上から7.7ミリを浴びせそのまま下に抜ける。翼から火が出た。一機撃墜。一方リューヤも同じようにして一機撃墜。
??「隼二型と零戦二二型が我々に加勢している模様。」
??「加勢してくださるなら誰だろうと歓迎ですわ!」
??「エンマの言う通りだ、さぁ残りの敵機も片付けるぞ。」
リューヤとノボルの加勢により隼6機はたちまち勢いを取り戻す。水を得た魚のように、次々に敵機を墜としていく。逃げ出す機体も見受けられる。早くも残るは3機ほど。
わざと隙を見せたリューヤの隼の背後を飛燕が取った。すかさずブレイクするがしっかり喰らい付いてくる。空賊の中では手練れだ。シザーズで射線をかわしつつノボルが撃ちやすいように敵機を誘い込む。何度か射撃をかわした後、急旋回をやめ水平飛行に移る。飛燕が12.7ミリを撃とうとする瞬間、音も無く背後についていたノボルの20ミリの餌食となり飛燕は空に散った。どうやら敵の大将機だったらしく残りの2機は空戦をやめ、我先へと離脱していった。
戦闘も終わったので離脱しようとすると、緑のユーハングの文字をモチーフにしたようなマークをつけた隼が近づき無線のチャンネルを合わせるように手信号を送った。おや、どこかで見たことがあるような?
レオナ<<こちらコトブキ飛行隊、隊長のレオナだ。先程は援護感謝する。ん、お前は…!!>>
リ<<やあ、こりゃ偶然だね。>>
片手を挙げて軽く会釈する。声でわかったようだ。
エンマ<<あら、リューヤさんではないですの。ご機嫌よう。>>
チカ<<加勢してくれたのリューヤのおっさん達だったんだねー!ありがとー>>
ノ<<なんだなんだ知り合いか?>>
突然リューヤの名前が出て、ノボルは理解が追いつかなかった。レースを始めてからほとんどの時間をリューヤと一緒に過ごしてきた彼は彼女らと面識があるなら自分の名前が呼ばれてもおかしくない。しかしながら呼ばれなかった。ノボルの知らないところで彼女達に会うチャンスはあっただろうか。
一部コトブキのメンバーも状況が理解できていないようだ。
ザラ<<あらあら?レオナのお知り合い?>>
キリエ<<え?なに?どゆこと?>>
ケイト<<恐らくイジツエアレース、アレシマGPで空の駅を護衛した任務の時のレーサー十三人の内の一人とケイトは推測。>>
レ<<ケイトの言うとおりだ。まあ詳しい話は後だ。リューヤとお連れさんは飛行船に着艦したことはあるか?>>
自然な話の流れでどうやら第二羽衣丸にお邪魔することになりそうだ。リューヤは構わないといった感じだが、ノボルはどう反応するか。時間に余裕はあるが目的地もあるのであまり寄り道はしたくないだろう。
ノ<<何度かやったことあるから大丈夫だ。>>
リ<<えっ、寄り道しちゃって大丈夫なん?あ、俺らタネガシに向かう途中なんですよ。>>
レ<<実は我々もタネガシに向かうところなんだ。ここで会ったのも何かの縁だ。礼も兼ねて少し寄ってかないか?>>
リ<<そうだな、旅はナントカって言うしそうさせてもらうよ>>
そうして二人は第二羽衣丸にお邪魔することになった。
船内の駐機エリアに隼と零戦を止め、冷機運転を終えると小柄なツナギにタンクトップを着た少女(?)がイナーシャハンドルを片手に飛んでくる。
??「くらぁっ、私の許可無しに着艦してくるとはいい度胸じゃねぇか。ああん?ケツの穴にイナーシャ突っ込んでかきまわし…て、どっかで見た顔だと思ったらノボルじゃねぇか。」
ノ「あ、どうもですナツオ班長。その節はお世話になりました。」
ナツオ「おう、まぁ昔の誼だ。ゆっくりして行ってくれ。」
ノ・リ「ありがとうございます」
ナツオ班長と喋っている間に続々とコトブキ飛行隊のメンバーが飛行船に着艦してきた。流石はコトブキ飛行隊、皆きれいな三点着地で着艦させる。あまりに綺麗な着艦で思わずリューヤは見惚れる。隼から降りてきたのは可愛いらしい女性たち。先ほどまで空戦をしていたのが嘘のよう。なにやら先程の空戦を楽しげに話している。リューヤは腕を組み眉を1ミリも動かさず、戦闘機から降りた彼女たちをジッと見ていた。
リ「(うひょー!あんな子たちが戦闘機乗りなんて信じられない☆可愛くて空戦強くいなんて最強ですか?☆)」
横からノボルの痛い視線が向けられてるようだが気にも留めず彼女たちを眺める。後でノボルから何を言われるか。ふとこちらの視線に気づいたのか、高貴そうな金髪の女性が会釈をし微笑んだ。思わずリューヤの顔がポッと赤くなる。
レ「おーい、こっちに来てくれ。船内の酒場まで案内する」
我に帰ると聞き覚えのある声がが二人を呼んでいた。声の主は赤髪を高い位置で結んだ女性、レオナだった。コトブキの他のメンバーはすでに格納庫から出るところだ。ドタバタと我先へと出ていく女性二人に、それを微笑ましく見る三人が後に続く。リューヤとノボルの二人は、はーいと返事をしレオナの後ろをソロソロついて行く。
酒場では先に着いていた5人が出迎えてくれた。そして自己紹介。コトブキ飛行隊隊長のレオナさん、副隊長でお酒大好きなザラさん、レースの時護衛してくれた一番槍のチカさん、レースの時のもう一人の護衛で先程会釈して微笑んでくれた貴族出身のエンマさん、表情の変化が少ないが時折鋭いツッコミを入れるケイトさん、パンケーキが好きで好きでたまらないキリエさん。自己紹介ではじめて名前と顔が一致する。みんなとても個性的だ。
リューヤとノボルも自己紹介をする。
リ「リューヤと申します。戦闘機レーサーやってます♪以後お見知りおきを☆」
ノ「リューヤの機体の整備担当のノボルといいます。こう見えてリューヤとは従兄弟です。」
自己紹介を終えるとレオナさんの奢りで食事会が始まった。カレーやパンケーキ、ハンブルグサンドにアホウドリの唐揚げなどが注文され、次々にテーブルに並ぶ。リューヤはドライカレーにアールグレイの紅茶を、ノボルはハンブルグサンドとサイダーを注文する。
紅茶が運ばれてくると同時にエンマさんに話しかけられる。
エ「お目が高いですこと。」
リ「この香りがたまらないんですよ!」
エ「わかります!特にこの・・・」
エンマさん、丁寧な口調だがものすごい早口で紅茶について語り始めた。時折知らないような豆知識も飛び出てとても参考になる。本当に紅茶が好きで好きでたまらないのがよく伝わってくる。なんだろうこの気持ち、一生懸命喋るエンマさんが愛おしく感じる。いかんいかん。
・
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楽しく紅茶談議をしているとあっという間。第二羽衣丸はタネガシの飛行船用駐機場に到着した。駐機場のすぐ近くには滑走路に隣接された大きな整備工場がある。名残惜しいがエンマさんと別れ、零戦と隼を搬出する手伝いへ向かった。飛行船の格納庫では出迎えてくれたタネガシの住民が搬出の手伝いに来ていた。ノボルはその中に見覚えのある人影を見つけた。腕を組み、まじまじと自分の零戦を眺めてボソッと。
??「ええ整備されてる機体やなぁ。」
次回、某氏が書く某小説の某整備士が友情出演!?乞うご期待☆
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第8話「零戦・隼レース 前編」
雲ひとつ無い天気の良い昼下がり、第二羽衣丸内にある駐機場でノボルの愛機『零戦二二型無印』を見つめる一人の男がいた。他の戦闘機には目もくれず、この紅い零戦を見ていた。
パッと見ればその機体がどんな整備をされてきたか、だいたい見当はつく。この零戦二二型はかなり大事にされている。細かいところを見てもきちんと整備が行き届いているのがわかった。
???「ええ整備されとる機体やなぁ。」
ボソッと独り言を呟いくと、膝をパンッと叩いて搬出作業を始めようとしたその時・・
ノボルがヤマダ班長!と叫び走っていってしまった。滅多に無いことだが、ノボルが我を忘れて飛んでいってしまうともう何もできない。大人しくついていくのがこれまでの経験からの最善策。ゆっくりと後をついていく。
突然名前を大声で呼ばれたヤマダは目を丸くして驚いたが、すぐに優しく微笑みノボルを出迎えた。
ヤマダ「2年ぶりくらいか?どうした急に。」
ノボル「えっへへ〜、立派になって戻ってきましたよヤマダ班長!!」
ヤマダ「よせっ!抱きつくなっ!わかったから!」
ノボルの零戦に向かって歩いていると、なにやらノボルがツナギを着た男に抱きついてる。もしかしてあのツナギの男がヤマダ班長なのか。というかノボルのヤツそんな趣味してたのか。
リューヤ「ノーボールー?」
ノボル「ひゃいっ!」
満面の笑みがこちらを向いているが、目元は一切笑っていない。普段見せる事の無い表情が余計に迫力を増す。ヤマダ班長らしき人もちょっと引き気味。ノボルは何事もなかったかのように平静を装っているが明らかに不自然だ。数秒の沈黙の後、普段の表情で話し始める。
リューヤ「すみません、うちのノボルが失礼なことを致しました。なんとお詫び申してよいか。」
深々とお辞儀をし、相方ノボルの無礼を詫びる。
ヤマダ「いえいえ、そんな。失礼ですが貴方は?」
リューヤ「申し遅れました、私、戦闘機レーサーをしているリューヤと申します。」
ヤマダ「タネガシ整備班班長のヤマダです。いやぁ、突然訪問してくるとは思いませんでしたよ。」
ノボル「い、一応イサカ組長にはアポ取ってるのでご心配なく。。あ、イサカ組長こんにちは。」
なかなか戻ってこないヤマダに痺れを切らしたのか、イサカがやってきた。
イサカ「なかなか戻ってこないから心配したぞ、ヤマダ。それから久しぶりだな、ノボル。お前の噂はよく耳にするぞ。頑張っているそうじゃないか。」
ノボル「ええ、お陰様で。」
ヤマダ「すまなかった。それにしてもわざわざこんな所まで来たのはワケありだろう。」
ノボル「ええ、実はですね・・・」
と言うと、ノボルは一枚の紙を取り出した。その紙には零戦と隼の間に交差した白黒の旗の絵が描かれていた。
イサカ「コレは最近話題になってるインノで流行りのレースか…!!」
ノボル「そうです!これに参戦してもらいたいなぁと思いまして。」
通称『零戦・隼レース』。イジツでたくさん流通している零戦や隼を使ったレースで、ビギナーからプロまで幅広い層をターゲットにしたエアレースである。幅広い層をターゲットにすることでエアレースの振興に繋げる目的もある。レース形式はタイムトライアル方式をとっており、で誰もが分かりやすいように工夫がされている。また、参戦するのが比較的容易などいろんな街で話題になっていた。
ヤマダ「ふーむ。これに出て何なるんだ?」
ノボル「僕の整備した機体とヤマダ班長の整備した機体でレースをすれば、僕がどれだけ立派になったか一目瞭然かなぁと。宣伝とかにもなりますからね!」
ヤマダ「俺に勝とうっていうのか?いいぜ、受けて立とうじゃないか!」
イサカ「ヤマダ、私も出場していいか?」
ヤマダ「勿論だ。ついでにリューヤ君と言ったか?君も出ないか?」
今まで蚊帳の外だったリューヤに突然話を振られる。
リューヤ「い、いやっ、僕一応プロですよ?」
ヤマダ「なーに、心配いらないさ。イサカはこう見えても零戦のワンメイクレースじゃ何度も表彰台に登ってるからな?」
リューヤ「御見逸れいたしました。」
そんなわけでヤマダ、イサカ、ノボル、リューヤの4人の参戦が決まった。レースの話題で盛り上がっていると、一人の男がヤマダに話しかけた。
??「あの、ヤマダ班長。」
ヤマダ「リキヤか。どうしたんだい?」
リキヤ「あのーそろそろ運び出しませんか?残ってるの、この零戦と隼だけですよ」
一同「 ア″ッ…。」
副官のサダクニさんから大目玉を食らったのはいうまでもない。
翌朝
リューヤが目を覚まし時計を見ると9時を少し過ぎたところ。いつもは爺やに起こされていたので寝坊してしまう。ノボルに何か小言を言われるなぁと考えつつ朝食をとり、窓の外を見るとちょうど真っ赤な隼と金星発動機の轟音を轟かせながら零戦が離陸していくところだった。おそらく零戦・隼レースの書類を運んでもらうための特急便だろう。
レースは明後日。昼過ぎには出発して夕方ごろには着く予定である。
格納庫に下りると既にノボル達はインノへ向かう準備を進めていた。
ノボル「遅いぞー!さっさと準備したら出発するんだかんなー!」
リューヤ「すまねぇ!」
既に格納庫では出発の準備が始まっていた。機銃に弾を込めたり、機体に増槽を付けたり。各々が自分の作業をしている。それを横目に見つつリューヤも隼で出発する準備に取り掛かる。
ホ103に弾を補充し終えるとちょうどヤマダが来た。ガラガラと台車を押しこちらに向かってくる。台車にはなにやら丸みを帯びた円筒形のものがのっている。増槽だ。
ヤマダ「本来は零戦用の増槽なんだが、途中で切り離してこっちに向かってきてると思ってな。夜中に加工して用意したんだ。」
リューヤ「…ッ!ありがとうございます!」
早速隼の翼下に2つ、ヤマダからもらった増槽を取り付けた。
ヤマダ「さ、こいつをつけたら落下点検だ。ちゃんと切り離せないと大変だからな。」
増槽は切り離せないと空戦時に大きな的となり、弾が当たれば中の気化したガソリンに引火し一瞬で火達磨に。また、切り離すことにより増槽の分の軽量化も可能だ。故に切り離すことができないと危険である。
ヒョイと隼に乗り込んだリューヤは、切り離しのレバーを引き増槽を切り離してみる。
ガコッ!ボスッボスッ…
問題なく増槽は切り離せた。あとは燃料を入れて出発するだけだ。
時刻は11時を回り、いよいよ出発となる。タキシングで滑走路に向い、整列する。教えられた無線のチャンネルにあわせ、聞こえてるか確認をとる。
リューヤ「ゴホン、あーこちらリューヤ、こちらリューヤ。聞こえてますか?」
イサカ「問題ない。」
ヤマダ「バッチリ聞こえてるぞ」
ノボル「大丈夫だ!では、インノへ向かいましょうか」
そういうと、イサカの零戦二一型AI-1-129とヤマダの零戦五二型61-120が先行して空へ上がった。それに続いてリューヤとノボルも離陸する。
離陸してからしばらく無言が続いたがノボルが話を切り出した。
ノボル「班長はてっきり五四型のような馬力がある発動機を積んだ零戦で行くかと思いましたよ。」
ヤマダ「バカ言え、命を乗せて飛ぶんだ。好きな機体で行くのは当然だろう?それにこの機体はイサカがプレゼントしてくれたんだ。」
イサカ「ふふふ、私とレミでプレゼントしたのさ。あの時のはしゃぎ様は昨日のことの様に覚えているぞ。」
ヤマダ「…やめてくれ」
リューヤ「お二人ともお熱いですなぁ☆」
そうこう話しているうちにインノへは何事もなく到着することができた。いつもであれば、空賊の1つや2つ見つけてもおかしくはないのだが、今日に限っては見かけなかった。
滑走路へ下りると割り当てられた格納庫に案内される。タキシングで移動してると見覚えのある雷電が飛行前の点検をしていた。ヨシナガである。改めてチラシを見直すとそこには、ヨシナガがデモンストレーションで飛行すると書いてあった。
本戦に参加しないとはいえ、イジツエアレースの二大レーサーがこの零戦・隼レースに関わるとなれば騒ぎになるのは間違いない。
格納庫は2機でひとつの格納庫を共有する。それぞれリューヤノボル、ヤマダイサカと分かれた。イジツエアレースでも使われるこの格納庫は、とても広々としている。
格納庫に隼を止めると同時に場内アナウンスが辺りに響いた。
実況「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます!」
実況「いよいよ本番が明日に迫りました、零戦・隼レース!!今日は前日祭ということでこの方がゲストで来てくれました〜!!拍手でお迎えください!!」
実況「イジツエアレースでお馴染み、ヨシナガ選手です!!」
ヨシナガ「どうも〜、ヨシナガですー!」
ステージの横からヨシナガが現れた。いつものフライトジャケットを着て、ゴーグルは首にかけている。
実況「えー、早速ですがヨシナガ選手にデモフライトを行ってもらいましょう!」
ヨシナガ「ふっ、イジツエアレース五連覇した男のフライト。篤と見るが良い!」
すると実況から鋭いツッコミが入る。
実況「あれー?でもヨシナガ選手、昨シーズンは新人のリューヤ選手に敗れましたよね?」
ヨシナガ「うっさいわ!それよかとっとと始めっぞー」
そう言い終わるが早いかステージを降り、愛機の雷電に乗り込んだ。雷電は既にエンジンは回っており、暖気も済んでいつでも離陸できる状態になっていた。タキシングで滑走路に出るとスタート合図のフラッグが大きく振られる。と同時にヨシナガは雷電のスロットルを開けぐんぐん加速していく。
今回のデモフライトは本番と同じコースを飛ぶことになっている。離陸し最初のエアゲートの間を通り抜け十数個あるターンを抜けた後、最初に通ったエアゲートを再び通り抜けるまでがコースとなる。
迎撃機故の直線番長の雷電だが、流石はイジツエアレースを5連覇しただけのことはある。ヨシナガはエアゲートすれすれのターンを決め、雷電の限界性能を引き出す。失速しそうな速度まで落ち込んでもチューンナップされた火星発動機はそれを許さない。観客の視線はヨシナガに奪われた。
あっという間にゴールのエアゲートをくぐり抜け、ヨシナガによるデモフライトが幕を閉じた。タキシングでステージ脇まで移動し、風防をガラッと開けると歓声に包まれた。
ノボル「なんか、イジツエアレースの本戦とは雰囲気が変わってたな」
リューヤ「俺に負けた後なんか吹っ切れたみたいでよ、オフシーズンなのにめちゃくちゃ練習してるって噂だぜ?」
ノボル「そうか」
リューヤ「なんでももう1機練習用のデチューンされた雷電を購入して練習してるみたいだ。」
ノボル「人は変わるんだねぇ」
・
・
・
次の日
早朝から降っていた雨は止み、空を覆っていた雲はどこかに行ってしまった。インノ上空はとても晴れた気持ちの良い空のようだが、雨上がりのためか風が強く吹きつけている。今日のレースにも少なからず影響してきそうだ。
今回行われる零戦・隼レースはイジツ・エアレースのレース形式とは違いタイムトライアル形式でレースが行われる。また、過去のレース結果や年齢などを考慮しプロクラス、ジェントルマンクラス、アマチュアクラスの3つに分けられる。
プロクラスは公式レースへの参戦や優勝したことがある選手がエントリーすることになっている。リューヤとイサカがこのクラスに当てはまる。
そして、ジェントルマンクラスは50歳以上のベテランレーサーが該当する。かつてイジツエアレースやヴァンキッシュレースで名を馳せたレジェンドパイロット達が多く参戦しているクラスだ。
最後にアマチュアクラスは過去レースに複数回の参加経験があり入賞圏内に入れなかったものや、レースに初めて参加するものが該当し、ノボルやヤマダがこれに当てはまる。
このクラス分けにより、4人の直接対決は実現しなかったがノボルとヤマダによる師弟バトルが現実となった。
ヤマダ「どんな組み合わせになるんかと思ったが、ノボルと一緒の組になるとはな」
ノボル「へへッ!これで僕がどんだけ成長したか証明できますねぇ!」
ヤマダ「おう、言ってくれるじゃねぇか!容赦はしないから覚悟しとけよ?」
ノボル「もちろんですよ!僕のこと見縊らないでくださいよ?だてに一番近くでリューヤのフライト見てたわけじゃないんですから」
イサカ「ふふ、ヤマダのやつ楽しそうにしてるな」
リューヤ「楽しみにしてたであろう師弟対決ですし。あ、今日はよろしくお願いしますよ」
イサカ「そうだな、お手柔らかに頼むよ。」
格納庫前に戦闘機を並べ、フリーフライト前の少しの時間でワイワイ話していた。
零戦・隼レースには予選が存在しない。その代わりに本番前に1時間のフリーフライト時間が設けられている。このフリーフライトの時間に機体のチェックやコースの確認が行われる。
フリーフライトの後は本番のレースが行われる。レースは単純に指定されたルートを一番速く飛んだパイロットの勝利となる。
ワイワイ喋っているとあっという間にフリーフライト時間の10分前になった。エンジンに火を入れ、フライト前の点検を手早く済ませるとフリーフライト開始の合図が出された。続々といろんな塗装が施された零戦や隼が空に舞い上がる。ヤマダとイサカは周りに倣って空へと上がる。
フリーフライトではクラス分けは行われない。一見スタート時にゴタゴタが起きると思われがちだが、レーススタッフの的確な誘導でレーサー同士が衝突することなく空へと上がれるのだ。
一方リューヤとノボルはまだ離陸していなかった。飛行機乗りとしては一人前だがレース初心者のノボルにリューヤがレクチャーしていたからだ。
リューヤ「基本はこんな感じだ。あとは次のターンへのアプローチを意識しながらターンできれば更にいい。まぁ、あとはお前さん次第だな。」
ノボル「頑張ってやってみるさ。」
リューヤ「根性に頼るのは良くないが、俺が先飛ぶから後ろから付いて来てみな。百聞は一見にしかず、ってユーハングのことわざもあるしな。」
ノボル「わかった。やれるだけやってみるさ。」
そう言うが早いか、リューヤとノボルは愛機に飛び乗ってタキシングで滑走路に出た。レーススタッフの合図を待ち、コースへと飛び立った。
スタートゲートをくぐるとリューヤはスロットルを全開にし一気に加速していった。プラクティスとは思えない速さで左右にロールさせ、綺麗にターンを決めていく。負けじとノボルもついていくがやはり離されていく。
ノボルの愛機、零戦二二型は横幅こそ二一型と同じ12mだが、エルロンバランスタブがついているので若干ではあるがロールが早くなっている。しかし、隼の11メートルにも満たない横幅によって生まれるロール性能にはさすがに敵わない。
ターンを4つ程抜けるといなくなっていたと思ったリューヤの隼が見えた。わずかにバンクしたのが見えたので慌てていつも使っている無線チャンネルに合わせる。
リューヤ「聞こえるか?零戦の強みってなんだと思う?」
ノボル「ああ、そりゃ旋回半径の短さだね。」
ノボルは即答した。
リューヤ「では逆に、苦手なことはなんだと思う?」
ノボル「ん?横幅が長いことに起因するロールの遅さかな。」
リューヤ「じゃあどうすればそのロールの遅さを解決できると思う?」
ノボル「うーん、なんだろ…。」
整備に関することならすぐにわかるのだが、いかんせん初めてのレースだ。すぐにわからないのも当然かもしれないが、ヒントを教えてくれるのは有難い。
リューヤ「それが分かればヤマダ班長に勝てる確率はグッと上がるぜ。」
そう言うとプツリと無線が切れた。リューヤの隼はあっという間に小さくなって気付くとタキシングで格納庫へ向かっていた。地上から見てるだけでは分からないことも多いが、実際に一緒に飛ぶとプロの凄さがよくわかる。ノボルは改めてリューヤというプロレーサーを再認識した。
フリーフライトは残り40分。
その後、何十周かコースを回り格納庫の前に戻ってきた。ノボルが零戦から降りるとリューヤは隼の機体を磨いていた。機体の表面を磨き上げることによって表面の凸凹が減り、空気抵抗を減少させることができるからだ。
リューヤ「よお、上手く飛べたか?」
ノボル「いやぁ、あのアドバイスがよく分かんなくて。ずっと考えながら飛んでたからタイムは微妙だよ。」
リューヤ「そいじゃ、コースインする前にもアドバイスしたと思うが内容は覚えているか?」
ノボル「速く飛ばす基本だっけ?」
リューヤ「いや、その後だ。」
ノボル「ええと、たしか『次のターンへのアプローチを意識する』だっけか」
ノボル「あっ!!そういうことかっ!!」
突如何か閃いたのか脱兎の如く、愛機の零戦二二型へ向かって走り出した。リューヤもやっと気付いたか、と言わんばかりに隼のエンジンを再始動させ滑走路へと向かった。
フリーフライトは残り15分。
その頃、ヤマダとイサカは支給された弁当を仲良く食べていた。フリーフライトの前半をフルで飛んでコースを覚え込み、コース攻略について話しながら食べている。
イサカ「ここの右に180度回るところ、左に振って大きく回り込むより、インメルマンターンで反転して降下すればいいと思うが。」
ヤマダ「早めにフラップを出して小さく回るのもアリだと思わないか?」
イサカ「それでは速度が落ちてしまわないか?」
ヤマダ「それもそうだな…。」
悩むヤマダを横目にイサカはアホウドリの唐揚げをつまむ。食べようとしてふとヤマダを見ると泣きそうな目でこちらを見ている。
イサカ「…どうした?」
ヤマダ「それ、美味しかったから最後に食べようと残しておいたのに…」
するとイサカはヤマダに口を開けるように促す。
イサカ「ほら、お前にやるよ。口を開けろ。」
ヤマダがあーんと口を開けると唐揚げが放り込まれた。イサカは美味しそうに食べるヤマダを微笑ましく見ていた。
ヤマダ「お、おいひいうぇス!!」
イサカ「ふふ、喋るなら飲み込んでからにしてくれ。」
いつまで経ってもアツアツな2人である。一方、ノボルはレーシング飛行に慣れてきたのか徐々にタイムが良くなっていった。時折前を飛ぶリューヤに肉薄する勢いでターンを回ってみせ観客をどよめかせた。
そしてフリーフライト終了の空砲が鳴った。
ドーン!ドーン!!ドーン!!!
最後の最後までタイムアタックをしていたノボルが格納庫に戻ってくるとフリーフライトのタイムが掲示された。クラス毎に分かれてタイムが書かれていた。
プロクラスは大方の予想通りリューヤが全体のベストをマーク。あわや大会記録更新する好タイムであった。対するイサカは、そのタイムからコンマ5秒遅れで2番手タイムをマークした。一方アマチュアクラスではノボルがクラス3番手タイム、ヤマダはクラストップのタイムを叩き出し、零戦の整備士としての意地を見せた。
ノボル「あー、フリーフライトだけどヤマダ班長には及ばなかったか」
ヤマダ「フリーフライトであっても簡単に負けるわけにはいかないぜ?」
師匠の壁はとても大きい。しかし本番はこれからである。フリーフライトではなく本番のが重要だ。
フリーフライトの結果を見て肩を落としたノボルにリューヤは元気つけるかのようにヤマダにこう言った。
リューヤ「ノボルはさっきコツを掴み始めていました。案外侮れませんよ?」
ヤマダ「おぉ、言ってくれるじゃねぇか!なぁイサカ!」
イサカ「ふふ、我々も負けるつもりでここに来たわけじゃないからな。」
タイムでは負けているイサカも気合は十分だ。ヤマダと練り練りした作戦でリューヤに勝負を挑む。
そしていよいよ零戦・隼レース本番の時間となった。まずはアマチュアクラスからタイムアタックが始まる。
師弟対決、ヤマダとノボルによる戦いの火蓋が切られた…!!
今回はヤマさん(5145/A6M5)よりヤマダとイサカをお借りし、三次創作という形で物語を進行させていただきました。ヤマさんありがとうございます^^
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第9話「零戦・隼レース 後編」
①
実況「さぁやって参りました!零戦・隼レースinインノ!今回もどんな激戦が繰り広げられるのでしょうか!」
解説「零戦・隼レースはイジツで最もメジャーな機体を使い、手軽さをコンセプトにしたレースですね。」
実況「シンプルながらも奥深く、現役のプロレーサーや往年のレジェンドレーサーたちも数多く参戦しております!!」
解説「それぞれのパイロットの年齢や練度に応じたクラス分けがなされています。」
実況「そしてぇ!アマチュアクラス注目は〜!初参戦のノボル選手とヤマダ選手!!」
実況「なんと!!とある整備工場で師弟関係だったそうです!!この師弟対決は見逃せません!!」
実況「さぁ間もなく、アマチュアクラスのレースが始まります!!」
今日もインノはよく晴れている。しかし上空の雲の流れはとても早い。雨上がりの影響か風がとても強い。時折砂埃が舞うのでエンジンに吸入されてしまわないか心配される。
砂埃はエンジンに吸われるとエンジンを壊す恐れがある。配管の内側やバルブ、シリンダーの壁面など様々な場所を傷付けてしまう。そうなると異常燃焼を起こしたり最悪エンジンブローしてしまう。レース中にそれが起これば完走はおろか、リタイヤは免れない。
それを嫌ってエアフィルターを入れたり対策を取ることもあるが、空気をうまく取り込めない、いわゆる吸入抵抗に起因する出力低下もある。エンジンが壊れるリスクはだいぶ減るが、速さの求められるレースで出力が出ないのは致命的である。
相反するこの二つを高次元でまとめる事ができるかが整備士の腕の見せ所だろう。ノボルもヤマダも気合十分だ。
タイムトライアルの順番はくじ引きによって決められた。アマチュアクラスのノボルは20人中16番目、ヤマダは1番最後、20番目にアタックする。そしてプロクラスのリューヤとイサカはそれぞれ、7番目と12番目にタイムトライアルを行う。
ヤマダ「それじゃ行ってくる」
イサカ「ふふ、期待しているぞ」
そう言ってイサカは自分の胸元に山田を抱き寄せた。ヤマダは一瞬驚くもイサカを抱き返した。肌を通じてイサカの温もりを感じる。
ノボル「アッツアツですねぇ!!」
ノボルがちゃちゃを入れる。
ヤマダ「うるせ!絶対負けないからな!」
ノボル「望むところです!!」
レーススタッフの合図でアマチュアクラスを飛ぶ戦闘機たちが出走順に滑走路へ並べられた。こうして戦闘機が並んでいるのを見ると圧巻である。いよいよレースが始まる。
実況「それでは、アマチュアクラスのタイムアタックが始まりまーす!!」
実況「Start Your Engine‼︎」
実況の合図により総勢20機による零戦と隼のハーモニーが奏でられた。その爆音はレーサーたちの闘志に火をつける。無論ノボルとヤマダも例外ではない。しかし同時に孤独が2人を襲った。滑走路に移動し一度エンジンをかけてしまうと3回のタイムアタックが終わるまでチームメイトとの通信は禁止されてしまう。自分の番が回ってくるまで孤独との戦いである。
リューヤはこんな孤独と戦っているのかとノボルは身をもって体感した。早く飛びたいという逸る気持ちとこの場所から逃げ出したいような感情が渦巻き、誰かに話してスッキリしたいと思った。まだかまだかと思うほど、時間はとてつもなくゆっくりに感じる。だんだんと焦りをも覚え始めたとき、ようやく出番が回ってきた。
実況「さぁ、18番目のレーサーが登場です!零戦二二型を駆るはノボル選手!」
タキシングで滑走路の端に移動中、実況に紹介され拍手やエールが送られる。しかしノボルは緊張しているのか拍手やエールには応えられない。
滑走路の端に着くとブレーキを目一杯踏み込み、スロットルを開けた。ゴーッとエンジンが唸りを上げスタートの瞬間を待つ。タイムは離陸後最初に通過するエアゲートを潜ってから計測が始まる。なので如何にスタートで速度を乗せるかがポイントとなってくる。
刹那、レース開始の合図、緑の旗が大きく振られた。素早くブレーキを解除し前へと飛び出した。カウンタートルクやプロペラ後流によって左に流されないよう、スロットルやラダーで暴れる機体を上手く抑え込む。
ノボル「さぁ行こうぜかわいい子ちゃん…」
そう言うが早いか、愛機零戦二二型を離陸させスタートのエアゲートまでフルスロットルで向かった。
・
・
・
気付くとアマチュアクラス全員の2回目のタイムアタックが終了した。一体どれほど集中していたのか。いや、もしくは緊張のしすぎで覚えていなかったのか。かくしてアマチュアクラスはラストのタイムアタックである。
順位はヤマダが3位、ノボルは5位に付ける形となった。そしていよいよ3回めのタイムトライアルが始まる。
実況「さぁ盛り上がってきました、アマチュアクラス!最後にどんなドラマが待ち受けているのでしょうか!!」
実況「続いては7番目のレーサーの登場です!」
7番目のレーサーは隼一型での参戦のようだ。エンジンの馬力では不利となるが果たしてどんな飛びっぷりを見せてくれるのか。
実況「さぁスタートゲートを抜けてアタック開始です!」
解説「まずはこのスラローム。綺麗に抜けていきたいところ。」
コースは大きく3つに分けることができる。コース序盤のセクター1にはエアゲートが一列に並んでおり、そこを左右に切り返して抜けていく。
実況「さぁセクター1のタイムはどうだ!?トップタイムより0.2秒速いぞ!!」
解説「このまま行けば8位から一気にトップへ躍り出ますね。」
セクター2はスラローム後に左のハイGターンが待ち受ける。そして、それを抜けると今度はコースを大きく回る緩い右のターンに差し掛かる。
実況「続くハイGターンもうまく決めてきた!これは期待できそうだーッ!!」
セクター3はインメルマンターンで針路を反転しセクター1で通ったスラローム区間を逆走してゴールゲートへ向かうコースだ。
実況も熱が入ってくる。観客も大盛り上がりだ。緩い右のターンもしっかりと決めて最終のセクター3へと突入する。みんな固唾を飲んで見守っている。
隼一型を駆るパイロットは落ち着いて最終ターンを回ってゴールゲートに飛び込んだ。
実況「さぁ戻ってきた!戻ってきた!タイムは〜?」
実況「やりました!コンマ7秒更新の58秒フラットだ!」
解説「最高速度で言えば不利な隼一型ですが、流石のロールレートと旋回性能です。パイロットの将来に期待です!」
とんでもないタイムが出た。これまでこのコースでアマチュアクラスのトップタイム平均は58秒5前後であるのだが、それを大きく上回るタイムが叩き出された。これにはジェントルマンクラスやプロクラスのレーサー達も驚きである。
ノボル「やってくれるなぁ…」
思わず思っていたことを口にしてまう。信じられるのは己と己が整備した愛機だけ。あとは勝利の女神が微笑むかどうか。ギュッと手を握りしめその手を見つめる。
精神統一をしているといよいよ3回目の順番が回ってきた。
実況「さぁ16番目の選手の登場です!」
実況に3度目の紹介をされる。3回となるといくらが余裕が出てくるが気は抜けない。滑走路の端にあるスタートラインに着くと、一呼吸おいてブレーキを踏み込みスロットルレバーを前に倒し込む。
グォーとエンジンの回転数が上がり振動が身体に伝わってくる。目線は真っ直ぐ、最初のエアゲートを見据える。刹那、視界の右奥で緑の旗が大きく振られた。
実況「スタートしました!まずはスラロームが待ち構えております!」
実況「さぁどうだ?スムーズだ!これはスムーズだ!!」
1本目よりも2本目、2本目よりも3本目の方がうまく飛べている。左右に切り返す単純な機動だが、このスラロームがバシッと決められるか否かでタイムに大きな差が出る。
エルロンバランスタブのおかげで二一型の零戦よりかは若干ロールレート高い二二型ではあるが、それでも隼にはどうしても劣ってしまう。しかし、リューヤの助言によってスラロームのコツを掴んだノボルは誰も見たこともない速さで駆け抜けていく。
実況「綺麗なスラロームだぁー!セクター1のタイムは18秒2とトップタイムのコンマ3秒縮めてきました!」
実況「お次は左のハイGターン。機体だけでなくパイロットにも負担がかかるぞ!さぁどうだ!」
次は左のハイGターン。早めにバンクさせて旋回の準備を行う。そしてグイッと手前に操縦桿を引き、旋回を始める。今日1番とも言える強烈なGがノボルを襲う。
軽量な機体に、12メートルもの長大な翼。そしてなによりも翼面荷重の低さは高い旋回率を生む。そんな零戦だからこそ、とても小さな旋回半径で回ってみせた。
ノボル「うおおおおおおおお!」
強烈な旋回Gで視界と意識を失いそうになるが、大声を上げてなんとか意識を保つ。そして緩い右のターンをエアゲートすれすれに飛んでみせる。
実況「綺麗なハイGターンを決めセクター2のタイムもトップよりやはりコンマ3秒速い!」
実況「これはまたタイムが更新されそうだー!」
そして運命のセクター3へと突入していった。ノボルは操縦桿を引き、インメルマンターンで針路を反転。高度を速度に変換させる。そしてスラロームへとアプローチしていく。が、機体をバンクさせるのが遅れ大回りでアプローチしてしまった。
実況「あーっとこれは大幅なタイムロスだー!立て直せるか!?」
解説「ここまでノーミスで来てただけにこれは痛いですね〜」
動揺したノボルはリューヤのアドバイスも忘れ、無我夢中でスラローム区間を駆け抜けた。我に帰ったノボルは既に着陸して自分の格納庫前に機体を止めていた。
エンジンを止め、愛機から降りるとへなへなと仰向けに倒れてしまった。機体は完璧だった。しかしあそこでミスをしなければ、なぜあそこで遅れたのか、ノボルは自分を責めた。ハッと声を出し体を起こした。するとリューヤが隣に座り込んだ。
リューヤ「お疲れさん。最後はやらかしたがそれ以外は良かったぞ。」
ノボル「ああ、自分でもよくわかってる。そうだ、タイム聞き逃したんだけど何秒だった?」
リューヤ「57秒8でトップだ。ヤマダ班長がこれから飛ぶみたいだけど、ヤマダ班長がお前のタイムを超えられなかったらお前の勝ちだな」
ノボル「そうか。」
セクター3でのミスは、セクター1、2で稼いだ貯金によって事なきを得た。しかしうまくいけば大幅なタイム更新となってトリのヤマダ班長へ大きなプレッシャーをかけることになっていたので少々悔やまれる。
実況「さぁアマチュアクラスのラストを飾るのはタネガシの整備班長、ヤマダ選手!」
実況「ノボル選手の師匠ということで今回、弟子のタイムに挑みます!!」
いよいよヤマダの順番が回ってきた。昂ぶる気持ちを抑え、堂々とスタートラインにつく。遠くに見えるイサカに海軍式の敬礼をしてからスタートの準備をする。
イサカ「馬鹿者、敬礼する余裕あったら少しでもレースに集中しろ」
イサカは小さく呟いた。そして遠くて小さかったエンジン音が大きくなって目の前を通過した。栄三一甲の音がインノの空に響く。ラストアタックの始まりだ。
実況「今、スタートゲートを抜けスラロームへと向かっていきます。なんと!エアゲートに超接近しています!!」
流石は零戦大好きのヤマダである。ヤマダは自分の手足のように零戦を操っている。まさに人馬一体、いや人機一体と言えるだろう。
レースではビギナーになるが長年色々な零戦に乗ってきたヤマダだ。ここで弟子のノボルに負けるわけにはいかない。
ヤマダ「(コッソリ機銃下ろしてきて正解だったな。ロールが軽い軽い。)」
ヤマダ「(やっぱり機銃の無い零戦は良いなぁ!!)」
スラロームのセクター1はヤマダの操縦技術とヤマダによって整備、軽量化された零戦五二型の組み合わせでノボルよりコンマ2秒速く突破した。
実況「エアゲートすれすれでなおかつ滑らかな切り返し!ノボル選手のセクター1タイムをコンマ2秒上回ってきました!」
実況「セクター2はどうだ!?」
左のハイGターンを抜け、右の大きな緩いターンをこれまたエアゲートすれすれで駆け抜ける。調子は良いがノボルの会心のアタックで出たセクター2のタイムにはコンマ2秒及ばなかった。
ヤマダ「(くっ、流石にキツいな。だが最後まで気は緩めない)」
ヤマダ「勝ってイサカに褒めてもらうんだからな!」
インメルマンターンで針路を変え、高度を速度に変換してスラローム区間へとアプローチする。数分前に見たノボルのミスを思い出し、綺麗なアプローチラインでスラロームへと入っていった。
実況「綺麗なアプローチでスラローム区間へと突入しました!このまま行けばヤマダ選手の優勝が決まります!!」
ヤマダ「うおおおお!死ぬ気で突っ込めーッ!!!」
最後のエアゲートをこれまでに無いスレスレの隙間で抜けたヤマダはゴールゲートへ飛び込んだ。ヤマダのタイムは、57秒5とノボルにコンマ3秒の差をつけて見せた。こうしてヤマダのスーパーラップでアマチュアクラスのレースが幕を閉じた。
格納庫に戻ってくるとイサカが飛び込んできた。ヤマダはそっと抱きしめる。
イサカ「セクター2で遅れたとき心配したんだからなぁ!」
ポカポカとヤマダの胸を叩いているが、ヤマダの応援ありがとな、という言葉でいつものイサカに戻った。
ヤマダ「次はキミの番だ。優勝してくれよな?」
イサカ「誰に向かって口を聞いているんだ?ふふふ。」
ヤマダ「そうこなくっちゃ」
②
この日、1番の突風が吹いた。びゅうびゅうと吹く風は、アタック中のジェントルマンクラスのパイロット達を襲った。風に流され、エアゲートと接触しそうになったりし、上手くタイムを残せなかった。また駐機してあったエアレーサーもその風によって動いてしまったものもある。そのためレース運営により一時中断となった。
ノボル「いつになったらこの風止むのかな」
と、ノボルは不安げに呟いた。朝から吹いていたこの風は、アマチュアクラスのタイムアタックには影響してこなかったがどんどん強くなっていた。
どうだろうな、と小さく呟いたのはノボルの相棒リューヤだ。弱冠20歳にしてプロのエアレーサーの彼は小さい頃から風を読むのが得意だった。
リューヤ「恐らく、30分もすれば収まるだろう。」
先程の台詞に付け加える形で言った。リューヤの風読みの的中率はかなり高い。それは一番良くノボルが知っていた。
ノボル「30分ねぇ。」
その言葉を信じ、30分待つことにした。待つと言ってもただぼうっと過ごすのではない。レースが終われば一度タネガシに寄ってラハマへと戻らなければならない。そのためにも簡易であっても機体のチェックをやっておいて損ではない。
エンジン以外の粗方の点検を済ませると25分ほど経過していた。気付くと風はほぼ止んでいた。
それまで吹き荒れていた風は嘘のように静かになっていた。レース運営が安全を確認したのち、レースは再開された。
ジェントルマンクラスのレースもスルスルと回り、無事に勝者が確定した。次はいよいよプロクラスのアタックが始まる。
プロクラス1回目のアタックが始まった。プロクラスのトップバッターはミキという零戦六四型を駆る女性だ。
やはり女性とはいえプロのレーサーだ。果敢にターンを攻める。その滑らかな飛ばし方は目を見張るものがある。タイムもかなり良い。
ヤマダはミキという名前と零戦六四型という組み合わせに妙な胸騒ぎが起きていた。
ヤマダ「もしかしてあの零戦のパイロット…」
あの正確無比で綺麗な飛ばし方。飛ばし方だけ見るならコトブキ飛行隊のキリエと同等かそれ以上。裏を返せば隙が多くなってしまう飛ばし方。どこかで見た覚えがある。
1番近くで飛んだ、共に闘い、そして負けたあのレースの記憶が甦る。
ヤマダ「いや、もしかしてじゃない。間違いない、アイツだ!」
そう、数年前にヤマダが零戦のみで行われたレースで出会った女性だ。彼女は自分の母親の病気を治すべく、治療費を稼ぎにエアレースに参加していた。レース開始前に大勢のエアレーサーに取り囲まれていたところ、ヤマダと出会った。
彼女は夢を叶え、エアレーサーになっていた。あの頃から正確で綺麗な操縦は変わっていない。しかし外から見ても分かるようにかなり隙がなくなっていた。つまりタイムを出すための速い飛び方になっていた。
ヤマダ「どれだけ成長したか一緒のクラスで見たかったなぁ・・・」
あの日約束した約束はまだ果たされていなかった。とはいえ、こうしてレースで活躍しているならばきっとまたいつか会えるであろう。
そしてミキはあっさり大会レコードの56秒を上回る55秒7をマークしてみせた。これはヨシナガがデモンストレーションで記録したタイムよりもコンマ4秒速いタイムとなる。序盤から大番狂わせだ。
ヤマダ「ミキも成長したなぁ。一緒に飛んでレースしたかった・・・」
何人か間に挟んでリューヤの番が回ってきた。1番最初にあんなのを見せつけられたら黙っているわけにはいかない。リューヤとしてもイジツエアレースのチャンピオンとしてのプライドがある。しかし、いきなり安全マージン無しの全開モードで行くのは慣らしきっていない1回目でいくのはリスクが高い。
リューヤは2本目に向けてポイントを確認しつつアタックを開始する。
最初のスラロームを素早く抜けた。高いロールレートを持つ隼の切り返しはさすがと言ったところだ。
アマチュアクラスとタイム差が出るのはやはりエアゲートへのアプローチの仕方である。ターンへの侵入速度や旋回中の速度、そしてターンの脱出速度もアプローチ一つでかなり変わってくる。
ハイGターンも綺麗に抜けた。そして右の長く緩いターンもスピードを殺さずうまく抜けていった。
セクター3も難なくクリアしゴールゲートをくぐった。
1本目を完熟と称して飛んだが、さすがはイジツエアレースを制したレーサーである。ミキには及ばないものの、3位のタイムを記録した。タイムは56秒フラットである。
そしてイサカの番が回ってきた。ヤマダが造り上げ、そして壊れたA1-1-129をイサカの手よって蘇らせた。それをまたヤマダの完璧な整備によって、すこぶる調子が良く不具合を何一つださない、ツインワスプR-1830エンジンを搭載する零戦二一型が出来上がった。ヤマダとイサカの2人が手塩にかけ、愛情をたっぷり注ぎ込んだ零戦二一型をヤマダは送り出す。
ヤマダ「期待してるぜ!」
イサカ「ああ、任せておけ。」
スロットルをいっぱいに開き、スタートゲートを抜けた。
イサカもなんとか1位のタイムに付いていこうと奮戦した。A1-1-129を手足のように操りタイムを稼いでいく。A1-1-129もイサカに応え、前へ前へと風を切って進んでいく。そして零戦の苦手なロールもものともせず、スラロームやハイGターンを抜けていった。
無駄の無い一つ一つの丁寧な動きはまるで可憐なダンスを踊っているようである。それでいてタイムは決して遅くない、むしろ速いくらいである。
イサカは現役のプロレーサーを相手に全体の4番目となるタイムでゴールゲートをくぐり抜けた。
1位ミキ、3位リューヤ、4位イサカ、という順位で1回目のタイムアタックが終了した。
続く2回目のタイムアタックが始まった。ミキはセクターごとにベストを更新してみせた。その美しい操縦は見るもの全員を魅了した。目を見開く者、口を開けて見る者など千差万別だ。
終わってみればなんと1秒もタイムを縮め、54秒7という圧倒的タイムで2位を大きく引き離した。
流石にまずいと思ったリューヤは、安全マージンほぼゼロの全開アタックを敢行。その甲斐あってか、ミキのタイムをコンマ5秒上回る54秒2というとてつもないタイムを出してみせた。
そしてイサカもミキのタイムに挑戦するがコンマ2秒届かず、54秒9で2回目のタイムアタックを終えた。
いよいよ最終3回目のタイムアタックへと突入する。ミキはセクター1のベストを更新するとセクター2で遅れ、セクター3では遅れを取り戻そうとするもタイムは伸びず、自己ベストを更新することはできなかった。ここで、リューヤの勝利が確定した。
続くリューヤは更にタイムを更新しようと果敢に攻め、危険な領域へと踏み込んでいく。2回目のアタックに比べ、更に内側へと左のハイGターンをエアゲートスレスレを狙って攻める。
鈍い音と激しい振動がリューヤの全身を襲った。翼端がエアゲートと接触したのだ。主翼が半分ほど吹き飛び、バランスを崩し錐揉みして落ちていく。立て直そうとするが、コントロールを失ったリューヤの隼二型は、地面へとみるみるうちに吸い込まれていく。考えるよりも先に体が動いた。
座席と操縦桿の間にある輪っか状のものを勢いよく引っ張った。緊急脱出装置である。いざと言う時のためにノボルに無理を言ってつけてもらったのだ。
輪っかを引っ張った直後、隼の風防が吹き飛んだ。そして遅れること約0.2秒後、座席ごと機体の外へ放り出された。
その放り出された勢いでリューヤは気を失ってしまった。
実況や運営をはじめとする人や観客、その会場にいた人全員が絶叫した。イジツエアレースを制した若きチャンピオンがあっけなくエアゲートに接触して墜落したからである。
実況「あぁー!!何ということでしょう!!リューヤ選手が翼端をぶつけたのか?バランスを崩して隼がくるくる回って落ちていきます!」
実況「あっ!パラシュートが開いているのが見えます!」
実況「はっきりと見えませんが無事なんでしょうか!?」
すぐに救護班が向かった。また上空を哨戒していた部隊も数機を残して降りてきて救助に当たった。
選手専用の展望エリアからレースを見ていたノボルはリューヤを助けに行こうとしたが、身体は言うことを聞かなかった。
ノボル「(動け動け動け動け動け動け!)」
動けという思いも虚しく、足はまるで地面に太い根を生やしたようにびくともしなかった。次第に視界の奥の方がぼんやりと黒くなり、ノボルはその場に倒れてしまった。
ヤマダ「…ッ!おい、しっかりしろ!!」
横で観戦していたヤマダは倒れたノボルの身体を揺さぶって起こそうとした。しかしノボルはピクリとも動かない。首に手を当てると脈はある。
ヤマダ「誰かっ!誰か、医者はいないか?」
必死に呼びかけるがなかなか見つからない。流石にレースを観にくる医者はいないか。諦めかけたその時、見覚えのある人影を見つけた。紫がかった銀髪に白衣の背中である。
ヤマダ「久しぶりだな、カラン」
カラン「あら、ヤマダじゃない。どうしたの?」
ヤマダ「連れがいきなりぶっ倒れてな、揺すっても起きないから起こしてくれないか?」
カラン「クフフ、ちょうど試したい薬があったわ。」
ヤマダ「こっちだ。」
ヤマダとカランがノボルの元へ向かうと人だかりができていた。ノボルに声をかけ、意識を確認する者もいるようだ。
ヤマダ「どいたどいた、医者が来たぞ。」
ささっと診察をして薬を取り出す。
カラン「ふぅん、見た感じ気絶しただけね。とりあえず、身体をおさえてもらえる?暴れ出すかもしれないから。」
ヤマダ「お、おう。」
ヤマダは言われた通りにノボルの身体をおさえた。
カラン「それじゃ、ぷすっとな。」
ノボルの右腕に注射器が刺さる。すっと薬が注入され、すぐに効果が現れた。
ノボル「うっ……!う……うぅ……。」
ノボル「ん、ここはどこだ?」
ヤマダ「気が付いたか!」
ノボル「なんだかよく分からないけど戦闘機をオーバーホールしたくてたまらない!どっか戦闘機はないか?」
カラン「なるほどね、この薬はこんな効果が出るのね。
ヤマダ「一体どんな薬を打ったんだ・・・。」
カラン「さ、約束は果たしたし私はこれで。」
ヤマダ「ちなみにアレはいつ頃治るんだ?」
遠くでノボルが俺にオーバーホールさせろーい!と叫んでいる。
カラン「さぁ?一晩寝かせれば治るんじゃない?」
ヤマダ「そ、そうか・・・。」
そうしてるうちにリューヤの隼二型は回収が完了した。無事にリューヤも救出され、救急車よろしく救急飛行船に乗せられラハマの病院に運ばれた。幸いにも命に別状はなく無事である。
そしてレースが再開された。イサカの最後のアタックが始まる。
実況「いよいよ、プロクラスも最後のタイムアタックとなります!ハプニングもありましたが泣いても笑ってもこれが最後です!」
実況「イサカ選手は最後にどんなフライトを見せてくれるのでしょうか!」
実況「いよいよスタートです!!」
ヤマダはユーハングの海軍式の敬礼でイサカを送り出した。それに気づいたイサカもそれに倣って敬礼する。
スロットルを開け滑走路から飛び立った。エアゲートを抜け、計測が始まる。すぐにスロラームに突入する。バンクさせるタイミングも完璧だ。
実況「さぁスタートしましたイサカ選手ですがとても綺麗に飛んでいます!」
実況「ハイGターンに飛び込んでいく!ここは選手にも機体にもキツいターンだ。さぁどうだ!?」
滑らかにハイGターンをクリアしてタイムはリューヤの全体ベストには及ばないものの、ミキのタイムを上回ってみせた。続く右の緩いターンもスピードを殺さず綺麗に抜けていく。
しかしパワー区間では主翼の短い零戦六四型にはいくらエンジンを改装したA1-1-129でも僅かに及ばない。
セクター2ではミキのタイムに遅れた。それでもセクター1で稼いだ貯金があるため、総合タイムではほとんど変わらない。バトルはセクター3に突入する。
実況「さぁイサカ選手タイムは悪くない!ラストのセクター3で決まります!!」
インメルマンターンで針路を変え2回目のスラロームへと向かう。速度を上手に乗せスラロームに突入した。見事な操縦桿さばきで素早い切り返しを見せつける。夫婦で優勝を飾るんだと己に言い聞かせ、幾度となくかかる強烈なGで飛びそうな意識を保った。
実況「最後のスラロームも綺麗に抜けてきた!速いぞこれは速い!さぁ何秒だ?」
実況「54秒5だー!ミキ選手のタイムをコンマ2秒上回りました!」
イサカの強い信念がプロクラス2位のタイムを叩き出した。
そして、ささやかながら各クラスの表彰式が行われた。シャンパンファイトも行われ、ヤマダとノボルは互いにシャンパンをかけ合い喜びを爆発させた。
プロクラスは優勝者不在の異例な表彰式となったがアマチュアクラスやジェントルマンクラスと同じように行われた。
一方リューヤは・・・
気がつくと見たことのない天井が視界に入った。俺は身体を起こそうと手をつこうとしたが、腕に全く力が入らない。足もそうだ。
左腕を見るとなにやら細い管が刺さっている。その管を辿ると将棋の駒を大きくしたような形の袋がぶら下がっていた。そしてその袋の中に入っている液体が一定のリズムで一滴ずつ垂れている。
足の方を見ると、左足が包帯でぐるぐる巻きにされていた。固定されてるようで動かそうとしても動かなかった。
リューヤはやっと病院にいることがわかった。しかしなぜ病院にいるのか見当もつかなかった。目を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せる。
俺は零戦と隼だけのレースに参加していた。そして2回目のタイムアタックで1位になった。3回目のタイムアタックはハイGターンでミスして機体から脱出して…、そこから分からない。
思い出そうとしてもそこから先はなにも覚えていない。なぜ左足が包帯でぐるぐる巻きになっているのか、なぜ左腕に細い管が刺さっているのか。
あれこれ考えていると見回りにやってきた看護師がやってきた。
看護師「お気付きになられたんですね、おはようございます。」
リューヤ「ああ、おはよう。俺はどのくらい寝ていたんだ?」
看護師「ええと、運び込まれたのが夜の7時頃だったので丸2日と一晩ですかね」
リューヤ「ふ、2日だと!?」
続く・・・
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