三ツ星カラーズ転生もの(仮) (紅茶タルト)
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1話

時系列考えるのが面倒なのでほぼ無視。


「じぇめろにょんふりーありゅぃる」

 

 ぽろんぽろん。弾き語り。

 

「おぅぱっきゃまらーどおぱっきゃまらーどおぱおぱおぱ」

 

 玉ねぎは好きだ。

 レンジで温めてから切って、たっぷりの油とともにフライパンにぶち込んで、しっかり炒めると柔らかくて甘くて美味しくなる。

 切ってから温めるのでも構わない。たぶん、そっちの方が苦味成分が蒸発しやすい。私がそうしないのは、温める時間が短縮できるからだ。

 丸のままレンジで温めた玉ねぎは、いい感じになってくると先っぽから蒸気がぷしゅーと出る。

 更に加熱するとおしりからしゅぽんと芯が飛び出る。これが嫌なら、先にくり抜いておくか直前で止めよう。

 一般的には玉ねぎだけじゃ寂しいだろうから、だいたい肉や他の野菜なんかとご一緒することになると思う。

 野菜はなす、ピーマン、もやし、いも、かぼちゃ、きのこ系といろいろ組み合わせられるね。卵や木綿豆腐なんかもいい。

 というのがいつもの私のやり方だけれど、レンジのみ、玉ねぎのみでも良し。てきとーに切って、熱で割れない容器に入れて長いこと温める。あとはなんらかのタレで召し上がれ。

 もちろん私が今歌ってる通り、油で揚げるのも良し。なかなか安直な調理法だろう!

 こんなふうに、玉ねぎはとっても簡単に食べられるんだ。目にしみるのがイヤだって? それもレンジで抑えられる。いくらかは。

 それに玉ねぎは健康にとってもいい、なにかとメリットのある食べ物なんだ。みんな、玉ねぎを食べよう!

 あ、オーストリア人には秘密だよ。

 

 関係ないけど目にしみる成分は長らく硫化アリルと考えられていたがどうやら違うそうで、これ関連の研究で日本の研究者がイグノーベル賞を受賞しているんだよ。

 

 これだけ玉ねぎに対する愛を語っておけば、下手っぴなフランス語でもフランス軍に対してそう失礼にならないだろう。

 

 私はおぱおぱおぱなのにぱおぱおぱとか歌うやつを一人ずつ凄惨に殺していく者。

 そして今は噴水のふちに腰掛け、玉ねぎの歌を歌う者である。

 なお楽器はフィンランドの弦楽器、カンテレである。これでフランスの軍歌を歌うに至ったわけは、これといって複雑なこともなく、私がクリスマスにこの楽器をねだったのと、この曲を歌いたかったからである。上手くないけど、複雑なことをやろうとしなければ簡単な曲。なんとか弾ける。

 この演奏で楽器ケースに三百円入った。よしよし、このお金で帰りに玉ねぎを買おう。

 

 次にうろ覚えのIevan Polkkaを歌って、千五百円入った。これはフィンランド民謡なので、楽器的にも正しいね。ほんとは楽器要らない曲だけど。

 ただこの世界ではロイツマが歌ってないせいで知名度は低く、半分私のオリジナルとも言える。まあ転生者特典というやつだ。

 フィンランド語も難しいからこっちも負けず劣らず怪しい発音だけど、大丈夫。どーせ誰も聞き取れん。

 

 演奏も上手くはない。上手くないが、子供なので許される。しかも女の子だから更に許され度は高まる。

 得だよねー。ジョイスティック同梱版じゃないと気づいた時はショックだったけど、楽だよー。

 

 早くもネタが切れたので、練習中のゲーム曲なんかを演奏。こっちだとFFよりDQの方が勢いあったり差異が多く、その関係で私のオリジナル曲も増える。それにレトロゲーを漁ると知らない名作がいっぱいだ。幸せ……。

 と、この世界に来た幸せを満喫しているそんな折。

 

「なにニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い」

「おや、琴葉」

 

 お琴さんがやって来た。

 暖かそうな服装。うむ、今日もかわいいぞ。

 

「なにって、音楽は楽しまなきゃ。琴葉も歌うかい?」

「私はいい。それより、事件だぞ」

「おっ、そうかい?」

 

 じゃーんとギターのように鳴らして終わりの合図。

 聴いていてくれた数名も、それを理解して解散してくれる。お金をポッケに入れて、楽器をしまって準備よし。

 

「いざ出陣」

「ああ」

 

 

 急ぎらしくアジトスキップで案内されたのは銭湯の前だった。

 

「あ、琴葉、ななちゃん!」

「おーっすななしー!」

「連れて来たぞ」

「私が来た」

 

 かっこいいポーズ。

 

「じゃあ行こっか」

 

 

「おーっす! 来てやったぞー!」

「こんにちは! あの! カラーズです! おやじから聞いて……あれ?」

「居ないじゃないか」

「あれえー……?」

 

 番台には誰も居ない。

 

「こっちだよー」

「あっ」

 

 隅の方に座布団を敷き詰めて、その上でぐったりしてる女将さん。

 そのスタイルは見たところ……、

 

「腰ですか?」

「そーなのよぉ。いやー、休業日はみんな休ませて掃除は一人で、なんてやってたんだけど……やっちゃったわ!」

 

 あははは、と笑う女将さんだが、それが響くらしくいたたと苦痛に眉をしかめている。

 

「このままじゃ明日の営業が遅れちゃうから、なんとかしたいんだけど……私から休むように言ったのを引き戻すの、かっこ悪いじゃない」

「なるほど! それじゃあ、お掃除はカラーズに任せてください!」

「ありがとねー。助かるわー」

 

 

 

「よーし! やるよみんな!」

「別にいいが、街の平和とは関係ないな」

「あはは! ないなー!」

 

 各々掃除道具を持って作戦を開始する。

 私はなに一つ文句がないので、黙々と掃除します。

 

「あはははは!」

「さっちゃん危ないよぉ」

 

 全力ブラシですね。あれは危険です。

 全力ブラシとは、デッキブラシ系装備時に使える技で、プールの底などにブラシを当てて全力で走るというものです。

 たぶんそんなに磨けないあれ。

 私はごしごしやります。

 

「ななし、洗剤取ってくれ」

「うい」

 

 すいーっと滑らせる。私のストーンはプレイエリアまであとちょっとの所、いわゆるフリーガードゾーンで止まった。悪くない一投目だったが、琴葉はちょちょいと近づいて持っていってしまった。気のせいだといいが、ひょっとしたら琴葉は私とカーリングする気が無いのかもしれない。だとすれば、それは悲しいことだ。

 洗い場なんかもしっかり磨きます。ごっしごしです。

 

「こ、これは……こうしちゃいられない……!」

 

 さっちゃん、謎の離脱。まあ、気にしません。

 少し経って、

 

「タオル使っていいって!」

 

 戻って来たさっちゃんはマッパでした。

 すると、私の内(うち)でなにかがむくむくと起き上がるのを感じる。ああ、ここにあったのですね。私のジョイスティック……!

 私は鋼の意志で視線を下げず、目つきも変えないまま語りかけます。

 

「なんかするんかい?」

「見てろー!」

 

 見てます。

 見てますとも。

 

 私がまばたきもせずに見守っていると、さっちゃんは勢いをつけて床にダイブした。

 ずいーっとそれなりに滑って、止まった。

 

 動かない。

 

「さっちゃん。痛い?」

「うう……」

 

 無謀なダイブでした。

 

「そこはもう流したぞ」

「先に言って……」

「急に飛び込むな」

 

 ひっくり返して怪我がないか確認したいところだが、もだえてる時に無遠慮にいじられると私ならぶっ殺したくなるからそれはやめる。

 

「表側を見る前に確認しておきたい点がある。血は出てる?」

「んー、どうかな……これは……」

「ヒント。今の所滲み出してはいません」

「ん……出てない! 血は出てない! 出てません!」

「よろしいですね? では……答えをどうぞ!」

「えーい!」

 

 さあ表側。……、

 

「残念。絆創膏とか持ってくるから、水で洗っときなさいな」

「あはははは! はずれだ!」

 

 若干出てた。

 ただまあこのくらいなら止血して絆創膏でいいでしょう。そーいうのは常備しています。

 

「まず止血です。まあ直で絆創膏でもいいんだけど、意外と血が多かったりすると見た目が悪くなるので」

 

 なのでガーゼをテープでとめて、ちょっと置きます。

 血が止まるまでの数分ですが、戦力外が戦力外になりました。掃除は相変わらず大変です。私はこういうの好きなので、構いませんが。

 

「なー、ななしー」

「どっしー?(どうしたの?)」

「血ー止まったかな」

「あと一分待ちんさい」

 

 止血剤も持ってたけど、さすがにそれは大げさ。

 血が止まったら、絆創膏を貼ってあげます。

 ぺたぺた。

 

「かさぶた出来ないやつだから、初めてだったら驚かんように」

「おう! ありがとな、ななしぃ!」

 

 お礼はキスでいい。そんな言葉を飲み込む。してくれそうだから。してくれそうだけど、そっちの匂いを感じ取られると後に引くから。

 ただ愛しさをこめてそっと抱きます。ちょっとすりすり。

 よくやるので、そうリアクションもありません。計画通りです。

 

 さっちゃん以外も薄着です。まあ私の欲望は薄着くらいで満たされるほど根の浅いものではないのですが、琴葉の細い腕はとてもいいですね。

 さすがに帽子は外しています。レアですね。

 

「結構たいへんだねー」

「これだけ広いんだ。慣れてない私たちではな」

「ところで掃除ってどのくらいやればいいんだー?」

 

 さっちゃんが掃除に復帰しましたが、相変わらずマッパです。幸せ。

 

「まあそんな本気なのは期待してないだろうさ。とりあえず、お客さんに申し訳が立つくらいにって感じで」

 

 プロ意識的にどうなんだって思わなくもないけれど、まあ実際そんなもんだろう。誰も気にしない。

 それにたぶん、どうせ…………ま、私はしっかり掃除するけど。

 

「……でも、頼まれた以上はちゃんと綺麗にしたいよね。だってこれは任務なんだから!」

「うむ、私も同感だ。私たちはカラーズ。子供の使いとは違う」

「子供だけどなー!」

「……。」

 

 じと目琴葉。好き。

 

「よーし! ……えっと、みんな! 丁寧にやろう!」

「おー!」

「普通だな」

 

 まあそのくらいしか無いでしょう。うーむ、機械使っちゃだめっすかねえ。

 訊いてくるか。

 

「おばちゃん、機械使っていい?」

「うーん。危ないと思うよー?」

「いけるいける」

「いいけど、無理そうならやめといてね。こんなこと言っちゃ良くないんだろうけど、一日くらいほどほどでいいんだからさー」

「わかってる。わかってるが、その上でも全力を尽くすのがカラーズだ」

「しぶい」

 

 そして登場、

 

「新兵器」

「こ、これは……グルグルだ!」

 

 ブラシがグルグル回転するマシーン。正式名称不明ッ!

 業務用のでかいやつだ。

 

「あはははは! ぜーんぜん言うこと聞きませんがー!」

 

 さっちゃん、早速振り回される。

 私がやるから。

 

「よっ、と」

 

 力こそパワー。テクニックでなく、強引にねじ伏せる。乗りこなしてやるぜ、業務用床ポリッシャー!

 そうだポリッシャーだ。

 

 さすが機械。人力ではちょっと微妙な感じになっていたところも驚きの白さ。

 一日でこんな汚れるのか。そっちにびっくりだ。

 

「いける。こいつは私が面倒を見よう」

「じゃあ大まかなのはななちゃんに任せて、三人で細かいとこやろう!」

「作戦普通だなー」

「普通だ」

「もー」

 

 

 

「終わったー!」

「疲れたねー」

 

 男湯女湯、双方完了。

 ミッションコンプリートを祝い、コーヒー牛乳やフルーツ牛乳で打ち上げです。

 ミッションの出来具合は私的に文句なし。ほっといていいって言われたけど髪の毛まで取った。

 あの異界はゴム手袋が無けりゃ私でも手を出さなかった。

 ここまでやったのだから、子供の仕事とは思われないだろう。カラーズ完全勝利である。

 

 琴葉は腰に手を当てて飲むんだね。チョイスはフルーツ牛乳だけど。

 

「終わったよー」

「ありがとう。しっかりやってくれたのねー」

「おう! 大変だったぞー。ななしが居なきゃ無理だった!」

「えー? ほんとにあの機械使えたんだ。なんてったっけあの……ぼり?」

「ポリッシャー」

「ああそうそう! ボリッシャー。あれ難しいのに」

「ポだってば」

 

 居るよね。コンピューターをコンビューターとか言うおばちゃん。

 でもこの人上に見積もっても五十代くらいだと思うんだけどなあ。

 

 あ、ポリッシャーはどうやらハンドルの上げ下げで操るものらしく、後半はパワーも必要なくなった。

 

「お礼はちゃんと用意してるからねー。お風呂入り放題とかでも私はいいんだけど、うちって熱いからねー」

「私は熱いの好きだけど。ちなみに何度?」

「四十六度」

「江戸かっ」

 

 つい突っ込んじゃったけど、江戸の風呂の温度なんてデータはたぶん無い。熱いの好みそうってイメージで言っただけ。

 

「ね? だからほら、こないだ雑誌の懸賞で当たったやつなんだけど」

 

 そう言って、懐から取り出したものは。

 

 図書券と、クオカード。

 

「おー」

「おお」

「おおー」

「いやー、動けないからありもので悪いねー」

「いや、これで十分だ」

「そうだね。なに買おっか?」

「図書券じゃ新兵器は買えないなー」

「図書券は三千円。クオカードは千円分だからねー」

 

 当たるもんだなあ、懸賞。

 そして手回しいいなあ。

 

「じゃあな、お大事に」

「お大事に!」

「オタッシャでー!」

 

 私は無言で手で挨拶。

 こんな感じで、地味な任務が終わりました。

 

「琴葉のクリア無かったねー」

「なんか違う」

「そっかー」

 

 ところでこの報酬がどうなったかと言えば――――保留扱いとしてアジトの箱にしまわれました。

 そんなもんですよ。

 

 

 

「おっやじー!」

「おやじさん!」

「おお、戻ってきたなカラーズ」

「戻ってきたよカラーズ」

「きた」

「で、どうだった?」

「楽しかった!」

「そーかそーか! なっはっはっはっは!」

 

 ここだ! おやじの高笑いにチェーンして、速攻魔法カマかけを発動!

 

「あとでおやじさんも見に行くんだよね。きれいになってると思うけど、あとよろしくね」

「おう! なんだ、女将さん話しちまったのか! そーなのよ。ま、仕上げってやつだな。機械でこうガーッと」

「機械ならななしがやったぞ」

「……ん!?」

「ななちゃん凄いんだよ! あの、ぽり、ぽり……?」

「結衣。……ポリッシャー」

「ポリッシャー! それでがーって。ありがと琴葉!」

「うん」

「ほー。よく扱えたな」

「力こそパワーだ」

「よくわからねぇが、やるなっ」

 

 あれは回転するブラシで移動してしまうので暴れ、扱いづらいが、持ち上げてしまえば済む。体重の倍ほどの重量はあるが……私はカッコイイので大丈夫だ!

 

「あれ?」

「どーした結衣?」

「私達が掃除したあとに、おやじがやるつもりだったんだよね?」

「おう」

「ってことは……」

「ああっ! 私らの掃除には期待してなかったってことか!」

「おおっ!? い、いや。そんなことは……」

 

 三人にたかられ、ぶーぶーからまれるおやじ。そして彼は見た。三人の向こう側に立つ、私の顔を。

 大人であれば、わざわざ暴かない。彼は好意から、活躍の場を与えたのだから。それを暴いては……恩仇というもの。しかし! やる! やるのだ!

 

「ふふ……」

「!?」

 

 それが、愉悦というもの!



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2話

 私はななし。カラーズホワイトである。

 初期メンバーではないがキャラが立ってたのでスカウトされ、私はこう答えた。

 

「番外戦士枠なら」

 

 と。

 通常メンバーではなく、強敵戦の時とかに加わるキャラ。という設定は今回のように忘れ去られているがまあ前振りだ。あとあと、だって私正規メンバーじゃないから、と言い出せるように。

 きたないね。

 

 前世では怠けていましたが、今生はなにかと頑張っています。

 勉強、楽器の練習をしつつ、有用そうな前世情報の書き出し。そんなこんなしながらカラーズにも付き合う。

 まあまあ多忙な戦士生活である。

 

 とはいえ明確な目的もないし、マックスパワーでストイックに頑張ってるわけではないから遊びたい時はぶらぶら遊ぶ。なんせ女子小学生は生きているだけで楽しいのだから。

 

 

 

 皿。

 醤油。

 箸。

 炭。

 小型のバーベキューコンロ。

 

 さんま。

 

「さんまうめー!」

 

 ≧o≦

 こんな顔で喜んでくれるのだから、さんま会を開催した甲斐があったというものです。

 

「おいしいねー」

「炭火には独特の強度がある」

 

 わかる。

 

「お前ら……交番の前で堂々と……」

「斎藤さんが居るから大丈夫でしょ?」

「そういうことかよ」

 

 そして交番。

 交番の前でもさんまを焼いて食べれる。小学生の特権だよね。

 

「斎藤よ。お前も食うか?」

「……食う!」

「よしよし。二匹か? 三匹行けるか?」

「三匹。……ずいぶん用意したな」

「大根おろしもあるぞ。大根の外側と内側が混ざって時間がたつと辛くなるから、今からすりおろす」

「こまけぇな。よしそれもくれ」

 

 うむ。なかなかである。

 さんま。

 よく見るとほそなげえなお前。どうなってんだ。

 

「しかし、火使うんならバケツに水くらい」

「ほれ、ペットボトルと手投げ消火弾」

「……抜け目ねえな」

 

 焼き上がったよ。

 

「おっ、旨いな。炭火だからか?」

「熟成が大きい。新鮮なのは旨味が無いのさ。見分け方はほら、こう持つとけっこうしなるだろ? このくらいがいいんだそうだ。魚屋が言うにはこれで死後硬直してる状態らしい。よくわからん」

「俺もわからん」

 

 以上、自分で火を使う小学生でした。

 

 

 

 一発ネタも終わり帰宅し、庭いじり。

 今生の家はなかなか立派で、ちょっとした裏庭がある。そこ。

 ついでに家の前にもそれなりに庭がある。

 なんで一個にまとめなかったんだろうか。

 

 この裏庭は私が管理している。

 ハーブを育てたりしているが、まあぼっさぼさ。放任主義農法である。

 あとおっきい瓶にメダカのビオトープを作っている。ビオトープとは放任主義水槽である。ブクブクとか要らないやつ。

 メダカは最近絶滅危惧となってあまり見られず、よく似た外来魚のカダヤシをメダカだと思っている人が多いが、これはちゃんとしたメダカ。

 侵食具合は深刻で、なんかのアニメにメダカが出てきたけど特徴的にはカダヤシで、でも特にツッコミは入らない。そういうことがあるくらい。

 他にも環境保護を誤解した人が飼ってるメダカを川に放したりするそうで、遺伝子の多様性を破壊しているそうな。善意というのは恐ろしい。

 

 サンマの残骸をミミズコンポストにシュート。

 特にエキサイティングではない。

 こうしておくと、ミミズ様たちがなんとかしてくれる。

 カラスも食べるが、好きにしたらいい。ただミミズ様を食べるのはやめてほしい。そいつら買ってきたシマミミズなんだ。

 

 他にも、放置してる蜘蛛の巣にはでっかいのが一匹住んでいる。キュート。

 草をかきわけると虫ばかりかたまにカエルまで飛び出す。

 ムカデさんこんにちは! お前だけは好きになれない……。

 

 裏庭はこんな感じに命に溢れている。

 雑草減らそう。虫多い。

 

 雑草とそれ以外の見分けはあまり自信なし。だってなに植えたか覚えてないもん。まあ美味しく無さそうなの引っこ抜けばいいじゃろ。

 植えた覚えのないミニひまわりが枯れてるんだけどこれさっちゃんが来て植えたのかね? なんだろう。

 引っこ抜いて隅に置いとこう。種は……まあ、来年植えようか。

 

 雑草もコンポストにぶちこむ。ミミズ様も生の草は食べないと思うけど、私は気にしないのだ。どうかなんとかしておくれ。

 

 

「ただいまー」

 

 部屋に直行して、今度はペットの世話。

 アフリカオオコノハズクのアフリカオオコノハズクちゃん。大きめのカゴで飼っています。

 あとハツカネズミちゃんたち。衣装ケースで大量に飼ってる。kawaii!

 オスメスしっかりわけないとほんと増える。

 

 一通りお世話をしたら、今度は晩ごはんを作ります。

 朝のうちに今日は私が作ると言っておけばその日は私の漢料理です。

 今日は例の玉ねぎとかのやつ。エリンギ、まいたけ、ぶなしめじなんて入れちゃいます。ちょっと肉を入れて、焼き肉のたれで食べます。玉ねぎは常識的な量です。

 これだけじゃ寂しいので、焼いといたさんまをレンチンしたものも置いて、こうなるとセットにした方がいいので何のひねりもない豆腐の味噌汁を作った。でも母のより美味しい。

 私はさんまはいいや。

 

 きのこはヘルシー感ありますが、彼らは食物繊維です。食物繊維は摂取しすぎると屁がぶーぶーでることがあるので注意しましょう。あと膵臓弱ってる人とかも控えた方がいいらしい。

 

 私の野菜炒めは油まみれだから、実際はヘルシー度もそんなでもないぞ。

 

 私は食器洗浄機のパワーをそんな信じていないので、自分の食器や調理器具は自分で洗います。

 スマートフォンで落語なんか聴きながら。我ながらトリッキーな女子小学生。

 

 ご飯後は多少、勉強。

 小学生レベルならテスト毎回百点、なんてふうには意外といかない。

 国語なんかはいいとしても、理科とか社会とかは確認しとかないとミスるもの。まあ理科社会は学年的にまだなんだけど、用意したテストではちょっとミスった。予習しておかなければ。

 別に零点でもいいんだけど、八十点とかだと逆に恥ずかしいし。

 うろ覚えでいいならいくらか上までの知識はあるけれど、今は穴をなんとか埋めるためにあがいている。

 高校レベルまでできる小学生とか、かっこよすぎるもの。

 

 そんなわけで今日もドリルに向かうのだ。

 算数と数学のドリルが机の上に並んでいたりするのが楽しい。去年はここにさんすうもあった。あれはあんま意味なかったけど。

 難しいのに疲れたら一旦簡単な方に行くのだ。

 

「《覚醒増大(ハイトゥンド・アウェアネス)》」

 

 これはかなりずるいが、効率を上げるために魔法も使う。

 用意した一粒のコーヒービーンズチョコレートの中身が消え食べやすくなり、私は覚醒状態になる。

 この状態になると記憶したり思い出したりが容易になり、なにかと便利なので多用している。

 これにより私は、あの子はコーヒービーンズチョコレートが好きなのだなと思われることができたのだ。

 もちろん普通のコーヒー豆でできる。中身が無くなるのがおもしろくてそうしてるけど、不本意な誤解が生まれてしまった。

 

 コーヒー豆を食べられる人の存在が信じられない。

 

 途中でふと前世の曲を思い出したら、歌って録音。

 本格的なのは休日にやるとして、断片的な歌詞のパーツを揃える。

 この魔法が無けりゃ、今の五分の一も思い出せなかっただろう。

 

 私の一日はこんなふうになんだかんだやって、最後はアフリカオオコノハズクと戯れたりして就寝となる。

 平和で良い家で魔法もあって、まだなんの責任もない子供。こうして私はおおむね幸せな日々を送っている。

 

 

 

「さっちゃーん」

「あはは! ほんとにななしぃは私のことが大好きだなー」

「好きだとも」

 

 ぎゅーっと抱きついて、こっそり嗅ぎます。幸せ。

 結衣も琴葉も好きですが、さっちゃんは抱きつきやすいです。

 結衣は照れるし、琴葉もちょっと照れて長い時間は嫌がる。「んやーめろ」とか言ってくれるのは嬉しいけど。

 

「大変みんなっ!」

「うんこか!?」

「え、なんでうんちなの? さっちゃん」

「冗談だよー。それより結衣、アジトにこんなの落ちてたぞ。変なメガネ」

「なにそれ……。じゃ、なくて! 大変なの! パンダ、ううん。猫! パンダみたいな猫がいたの!」

「…………へー」

 

 ぼよよーん。変なメガネが作動する。

 

「もーまじめに聞いてよお」

「ななし、あんまりくっつくな」

「ななちゃん、琴葉もっ」

「んー」

「聞いてるよー」

「だあって全然大変じゃないじゃん。私たちはこの街の平和を守るカラーズ! もっと大きな事件はないのかよーリーダー!」

「猫! パンダみたいな猫がいました!」

「あーもうわかったさー。どんなのだったか描いてみそ」

「うんっ」

 

 結衣が絵を描いています。

 始まっていますねー。原作!

 

「そろそろ離れろ」

「もうちょいお願い」

「……。」

 

 忙しそうなさっちゃんと交代で、琴葉に構ってもらいます。

 ぎゅーっと抱きついているから、速まった鼓動が聞かれそうです。

 この感情は、どう言い表すべきなのでしょうか。

 嬉しい。悲しい。幸せであり、苦しくもある。

 彼女たちの物語を見られるのが嬉しい。いつか来る終わりの始まりのようで悲しい。

 彼女たちの物語に直接関われるのが幸せで、変わりゆくことが受け入れがたく苦しい。

 魂が燃えるよう。しかし、この情熱のぶつけどころが見当たらない。

 

「なな……!? な、なんで泣いてるんだななし」

「ええっ!? ななちゃんどうしたの!?」

「ななしぃが……泣いてる」

 

 別に苦難とか無いもの。

 ともあれ一纏めにするならまあ感動は感動。涙腺から溢れました。

 

「仲間が増えるな、と思うとね」

「仲間?」

「なんだ、目ぼしいやつでもいるのか。私は構わんぞ」

「んー、五人はちょっと狭くないか?」

「いや、それは大丈夫さ。それで結衣、絵は描けた?」

「あ、うん。ほら!」

 

 見ました。

 画伯でした。

 

「ば、化け物だ! 完全にこれ……」

「すごいでしょ?」

「すごいどころじゃないぞ!」

「結衣画伯。このクリーチャーのレベルはどの程度でしょうか?」

「クリーチャー!?」

「殺すの?」

「こ、殺すのはだめー!」

「でもこんな化け物ブッ殺すべき」

 

 上手さうんぬんの前にどうして二足歩行してるんですかねこれ。

 

「そうだ、じゃあ捕獲ならいいか? リーダー」

「うんそれ! それにしよう!」

「よーし化け猫捕獲大作戦開始だー!」

「おーっ!」

「おーっ!」

 

 そんなわけでセットしといたカメラを回収して、ついて行きます。ちなみに4kです。大きくて派手ですが、日和って2kにすると後悔しそうなので限界まで突っ走った。手に入る中でね。8kとかは、まだほぼ手に入らない。時代的に。

 子どもたちの中にでっかいカメラという異物がありますが、ちょっと前から慣らしておいたので特にツッコミは入りません。

 

「とりあえず斎藤でいいだろー」

「うむ。あいつはもっと私たちに協力すべきだ。仕事を減らしてやってるというのに、感謝が足りん」

 

 いざ斎藤の巣。交番へ。

 

「こんな化け物、知らん。つか、いくら情報が欲しくてもヒーローごっこで警察に頼るのはずりぃだろお前ら」

「ごっこじゃねぇよ斎藤」

「お前はなにも知らないな斎藤」

「難しい方の字の斎藤」

「お前はなんで字知ってんだ! ああもう、俺は仕事してんの。だからお前らの遊びに付き合ってる暇はない」

「難しい方の斎藤」

「あはは! 難しい方のさいとー!」

「うるせえ! はあ……こんな化け物は知らんが、お前らが探してるのはパンダみたいな猫だろ? その情報ならある」

「勿体ぶるな斎藤」

「黙ってろ。そいつは泥棒猫だな。最近パンダみたいな猫に物を盗られたって相談が増えてんだ。まあもし捕まえようもんなら、この街の平和は守られることになるんじゃないか?」

 

 ふむ。細部は覚えてないけどちょっと違和感あるから、私が口を出すと他のセリフにも影響があると見ていいだろう。

 私の存在による大きなずれはないが強力な復元力も無し。安心。

 

「おおー!」

「泥棒猫! これはほんとの大事件だー!」

「じゃあまずは商店街を捜索しよう」

 

 斎藤とさっちゃんの間に入ります。

 そんで斎藤にカメラを向けます。

 

「斎藤」

「あー?」

 

 さっちゃんが声をかけ、斎藤が振り返る。

 次、さっちゃんに向ける。

 

「ごくろう」

 

 また斎藤。

 

「……ああ」

 

 こうしてしっかりやりとりを撮影。ひと仕事終えました。

 

 

 

 アメ横。

 いろいろあって楽しい。私もよく散歩に来ますが、飽きないものです。

 

 さっちゃんが可愛い顔で伏せてカサりだします。フリーダム。

 基本彼女たちのこと全肯定な私ですが、ちょっとご一緒するほどの活力はありません。まったく無しってこともありませんが、ちょっとウォーミングアップが必要。

 

「なにしてる! ちゃんとついて来い!」

「えー、それなに?」

「へっへー。これはな、こうやって猫の目線になることで捜査、ぶぇ!」

「えー!」

「うぇえええ、琴ちゃん! 琴ちゃん踏んでるよ!」

「しってる」

「だろうなあ!」

「一度してみたかったの、これ」

「歪みすぎだよ! 琴ちゃんゲームばっかりやってるからそんな風に歪んじゃうんでしょ!」

「ゲームに害があるみたいに言わないで。私は元からこうな、の!」

 

 ごん。

 

「ぬおおい! 余計にダメじゃん……」

 

 楽しい。

 

「さっちゃん、私も踏んでいい?」

「お前もか! お前もゲーマーだろ!」

 

 そうだよ!

 ちなみにハーバード大での実験によると暴力的なゲームとかに長期的なそういう影響は無いんじゃねとのこと。

 ただ歪んでる人はそういうゲーム好むとは思う。こっちは自説。

 

「あ! みんな、あれ! 変なメガ……気持ち悪い」

「おう、カラーズ。どうだ、イケてるだろぉ? このメガネ」

「思い切ったねー。こんなにいっぱい」

「はっはっは! さっぱり売れなくて困ってるぜ!」

「男気だねえ、この仕入れ方」

「そうだろそうだろ! なっはっはっは!」

「アジトで見つけたのとおんなじだなーこれー」

「おー。確かにおんなじだな。ってことはどっかと仕入れかぶったか? 売れないわけだぜ!」

「じゃなくてー」

「おやじ。もしかしてそのメガネ、パンダみたいな猫に盗まれなかったか?」

「お、なんだ琴ちゃんよく知ってるなぁ。そうなんだよ。まったく困った猫だぜ。がっはっはっは!」

「そう……わかった」

「琴葉?」

 

 琴葉がさっちゃんの変なメガネを掴みます。

 即座にいい角度へ回り込み、撮影。

 

「ゲームクリヤー!」

 

 目メガネの目がびょーんと飛び出ました。

 

「アジトへ戻るぞ」

「あっ、琴葉なにかわかったの?」

「ふふん。わざわざ探さなくても、待ち構えればいい」

「さっすが琴ちゃん! じゃあアジト行けばいいんだな! ゴーゴー!」

「まっしぐらだねぇ。よし、私も走るか。ではな、おやじ」

「おう!」

 

 そんなわけで走ります。私の生身での全速力はふつーの中学生くらいですが、スタミナは回復速度がなんか速いのでまあまあ人外。

 そんな私と競り合ったさっちゃんは楽しそうにくたくたになってくれます。

 

「あはははは! ななし強いなー!」

「ふふ。若いもんには負けんよ」

 

 アジトのベンチではーはー言いながら合間に笑うさっちゃん。かわいい。

 私もカメラを置いて椅子に腰掛け、タブレットを取り出し、アジトに置いてあるBluetoothキーボードで作業を開始します。

 覚えている漫画やアニメ、映画などなどのあらすじの書き出し。もちろんコーヒー豆は常備している。覚醒の魔法は発声を必要とするタイプだが、ちょっと呟くくらいみんな気にしないので堂々と使う。

 歌詞なんかも思い出したらそれはそれで書いて、着実にネタを増やしていく。

 

「なんでダッシュした……」

「もー。二人ともいきなり走ってっちゃうんだから」

「おかえりー。遅かったねー」

「……まあいい。それより、猫だ。ここで待っていれば来るはず」

「へえ。猫って、今一緒に入ってきたそいつかな?」

「……ん!?」

 

 俺らファミリーですよってくらい自然について来た猫。四人も居るというのに、なんとも堂々としている。

 

「いつの間について来たんだ……」

「猫の足音はグレイプニル作る時使っちゃったし、気付かないのも仕方ない」

「なんだそれは」

「あ! みんな、この猫だよ! ほら、パンダみたい!」

「おー、確かに白黒だなー」

「……まあ、少し早いが予定通りだ。こいつが盗んだメガネがここにあったと言うことは、この猫はこのアジトを住み処にしているんじゃないかと推理したが、どうやらそのようだな」

「やるなー琴ちゃん」

「ふふん」

 

 もちろん、撮影は再開している。

 

「あれー? その猫、さっそくなんか咥えてないかー?」

「あ、ほんとだ。なんだろう?」

 

 3dsのソフトでした。

 

 

 

「ほんとに捕まえたか……。てか、絵下手だなお前」

「あのね! この子の盗んだ商品がアジトにあってね。それでこの子もアジトを住み処にしてるんじゃないかって琴葉が!」

「そしたらその通り」

「捕まえたってか……」

 

 今は結衣の手の中でゆったり。動じないねえ。

 

「……よし。じゃ、お前ら……その猫飼え」

「えー!?」×3

「俺に預けるとその猫はこの街にいられなくなるんだ。見たとこお前に懐いてるみたいだし、悪さしないようしつけてやれ。それに猫だってこの街の住人だろ。お前たちの活動内容はなんだった?」

「あー! このまちの平和を守ること!」

「動物もだ! そうだよー。私は最初からそう思ってたんだ」

「私もだよー!」

「私はブッ殺したかったんだが。……ん?」

 

 くるくる回る流れになったので、カメラをベルトで首にかけ混ざります。

 すると、琴葉が足を止めてこちらを見てきます。

 

「……増えたな」

「うん」

「あっ!」

「ん?」

「ななちゃんが言ったとおり!」

「……ああーっ!」

 

 全員がこちらを見てきますが、私はふふーんとなにも話す気はありませんよという雰囲気を全力で出します。

 

「むう……」

 

 みんな気にはなるようだけれど、一番むずむずしている琴葉が訊かないので二人は控えてる感じ。

 

「……まあ、いい。ふふ。その謎も、いずれ私が解き明かす」

 

 すてきな宣戦布告でした。

 

「……お前らなんの話してんだ?」

「ああ、エサ代は斎藤持ちな」

「ありがとう斎藤さん」

「ごくろう!」

「なにぃ!?」

「まあおやつは私が出すよ。それよりこれ」

「うん? ……なんだ、ゲームか?」

「こいつが咥えてた。まあ、君の管轄というわけさ」

「ふうん。お前らこういうのちゃんと届けるんだな」

「落とした子は泣いてるかもしれないだろう?」

「この街の笑顔も守る!」

「それがカラーズ!」

「それに普通の女の子向けのゲームだから誰も興味ない」

「ああ……お前ら普通じゃないからな」

「えー!?」

 

 結衣だけショックを受けました。



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3話

 今日のおゆはんはおさしみです。

 包丁をいい砥石でしゃーこしゃーこやっておきます。恐らく味に影響はありませんが、自己満足大事。

 あとわかめの味噌汁。

 おさしみの内容は、メインが白身でサブはそれぞれの好みに合わせています。今日は、普通の。

 

 昨日は油を使ったので、今日は抑えた感じ。さっぱり。

 

 

 PCゲームをします。

 配信しながら。

 

「《加速(ヘイスト)》」

 

 魔法チートでヘッドショットを繰り返すだけで投げ銭が入るという、大きな収入源。少し未来に仮想通貨の大きな動きがあるので、これで備えている。

 ただ前の世界との差異も大きいから怪しいけど。

 

 面倒事にならないようにグラサンとかで顔は隠すがカメラはたまに使うので、異様に上手いJSゲーマーとしてキャラが立っている。

 ただ私はけっこう無愛想。よってストイックにスーパープレイを楽しむ人と信者しか残らない配信となる。

 エイムはなんとかなっても立ち回りがいまいちだからふつーの人を構ってやれる余裕がないのだ。

 

「くらえ戦術核」

 

 加速と覚醒しつつ《予報(プレディクト)》で敵がどっちからどう来るか知って、飛び出してくる前に照準を合わせておくというウォールハック(壁透視チート)じみたやり方を多用し、二十五連キル。その報酬の核を使用して、戦闘強制終了。二十五連キルできる試合なんて既に終わったようなものだから、実用性のないロマン。それをちょくちょくやるもんだから、チートを疑われて仕方なく現状ハックされてないゲーム機で同じ様にやって払拭するという流れが出来上がっている。みなさんそういうのを楽しんでくれているようですね。

 

 全部金のためや。

 

 

 

「ななちゃん、眠そうだね?」

「んー。遅く寝たのさー。」

 

 学校でうとうと。うーむ、寝てしまおうか。

 それもなあ。私ってなまじキャラ立ってるから、他の子に悪影響を与えかねない。

 まあ、ちょっと我慢するか。

 

 堂々と中高の参考書やドリルを取り出すが、今年は担任がアタリだったので問題なし。前年それもあって不登校を貫いたのが効いて連絡が行ってるだけかも。

 勉強はどこでもできるけど、結衣には会いに来たかったので、ありがたいこと。

 

 一時間目が終わって、小休憩。この間にトイレに行って《多目的万能薬(ポリパーパス・パナシーア)》で二時間の間眠気を吹き飛ばす薬を作り出し、飲む。

 容器が無ければガラス瓶が同時に生み出されるが、飲んだからといって役目を終えて消えるということもなく、瓶は残り続ける。

 なおこの魔法にコストは必要ない。

 どこから生じたのか。

 

「あれ? さっぱりしてる」

「うむ。次の時間なんだっけ」

「体育だよー」

 

 ところで一時間目の他に一時限目という言い方があるが、印象としては中学くらいから時限と言い出す人が増えるイメージ。

 難しい言い方する俺かっこいー的な中二病だと思う。中二病って言葉こっちに無いけど。

 中二病。一般的な印象としては、昔流行ったレッテル系のネットスラングといったところ。いわゆる邪気眼的な。

 ただ原義は、やたらバスブーストして曲を聴いたり、歴史の授業程度の知識でその国を知った気になる、といったもの。

 それが独り歩きして面倒なことになったわけだが、どうやら元となったデブタレのラジオのコーナーが無かった様子。まあ言葉が独り歩きしてレッテル化してたし、無い方がいいんだろう。

 

 ただ前世の曲とかでアーティスト活動する気まんまんだからいずれ新しい言葉を生み出したという箔付けのために使うといいかもなーと企んでる。

 私こそが悪の化身。

 

 

「ほっ」

 

 ボールをブリッジで回避する。

 マトリックスだとのけぞって避けて結局当たって倒れてたけど、あれって当たんなかったら手をついて身を起こしてたのかねえ。

 

 ボールをバレエの開脚ジャンプっぽく軽やかに飛び越える。

 片足で跳んで、開脚しつつ逆の足で着地。

 

 いるよね、最後に残ったなんか当たんないやつ。

 てきとうな所でキャッチして加減しつつ当てていく攻撃モードに切り替える。

 本気でやると外さないし、直接当てるより外野にパスして支援する方が楽しい。

 

 適度に負けないと○○ちゃん絶対当たらないからつまんない的な感じになりかねないけど、自然にわざと当たれる器用さはない。

 なので必ず勝つが、まあドッジボールなんてたまにしかしないしいいじゃないか。

 

 

「算数かー。ななちゃんは算数好き?」

「算数より結衣が好き」

「そっかー」

「算数は普通。理科とか好きだなー」

「理科かー。私も楽しみ!」

 

 現在二年生(独自設定)なのでちょっと先の話だが、一緒に理科を学ぶイカれたメンバーを紹介するぜ!

 鏡、温度計、虫眼鏡。

 そこそこ楽しいけどだいたい多くて三回くらいしか使わないメンバーだ。大人の都合を感じるぜ!

 もう使わないよって言ってくれりゃ心置きなく捨てるんだけど、結局処分のし時を失って小学校卒業してもなお家にずっとあるやつだ。

 あと色付きセロファンなんかも使った気がする。これは捨てる以前にどっか行ったな。

 あれ、虫眼鏡は学校側がその都度用意してたっけ?

 

 わるかないけどもうちょっとこう、顕微鏡とか用意して自由に使わせてくれりゃ子どもたちも興味を持ちやすいんじゃないかなと私は思うよ。

 

 算数も一年生の時磁石付きのおはじきとかあったけど、あれ作るのって内職かな。刑務作業でもありそうだけど。

 モンペが怒りそうだからそれはないか?

 

「プリントを配ります」

 

 お。

 プリントは好き。ささっと書き終わって提出したら自習だから自由感ある。

 

「うぉっ」

 

 後ろに回しつつプリントを見て、驚く。特に伏せておけとかの指示が無いのもいいよね。

 

「デシリットルか」

 

 一リットルはわかる。千ミリリットルだ。

 デシリットルが一リットルの十分の一だということもわかる。

 知識としては知っている。だが、なじみが無さすぎて、一デシリットルが百ミリリットルだということにあまり自信が持てない。

 なにせ大体の人が小学校以降使わないであろう単位。

 

 まあ使う人は使うようで、まず化学系に進んだ人。分野によっては医者もそうらしい。

 けどどのくらいの人がその時まで覚えてるんだろう。今教えることか?

 

 そんなデシリットルさんとリットルとミリリットルの換算や一リットルと十五デシリットルどっちが多いかといった問題が並んでいる。

 

「開始していいですよ。見直しも終わったらこっちに持って来て、自習や休憩をしてください」

 

 まあ、解けるけどさー。

 

 

 ささっと終わらせると、この後の二十分休憩も含めなかなかの時間ができます。とりあえず、図書室で借りた本でも読みましょう。

 今借りてるのは動物図鑑と推理小説。気分的には図鑑の方かな。

 いいですね、動物。

 

 

 道徳の時間は資料があんまり無いのでカット。(教室のちっちゃいテレビでさわやか3組を見る授業だっけ?)

 

 

 給食。メニューが気に食わない日は自作の弁当を持参している。

 給食要りませんと言えば理由も訊かれず受け入れられる時代背景から私以外にも弁当派が数名いるが、給食費払いつつのハイブリッドは私くらいだろう。

 牛乳だけもらって、持って来たサンドイッチを食べる。

 遠足気分。

 

「赤松さん。更科さん。一緒に食べよう!」

「あ、平井さん。田所さん!」

「やあいらっしゃい」

「あ、更科さん今日はサンドイッチなんだね」

「しばらくは洋風ですわ……」

「やっぱきつかったんだ」

 

 

 回想。

 

「ななちゃん、ふ、不思議なお弁当だね」

「ふふ。これはね」

 

https://www.youtube.com/watch?v=fcA7-V_ZPwA

 

「実行した」

「うわあ……」

 

 回想終わり。

 

「作らなきゃ良かった、あんな弁当」

「あはは……」

「おもしろかったよねー」

「うん」

 

 ちなみにサンドイッチバージョンもあるようだが、たぶん単に替え歌。

 決まった歌詞は無いが一例としてからしバターとやらとマヨネーズを塗って、いちご、ハム、きゅうり、トマト、さくらんぼ、ベーコンというのがある。

 原曲では子供ががっかりするだけだけど、こっちは子供泣くんじゃないかな。

 まずからしバターの主張がおそらく強い。シンプルで、素材の味を楽しめるのがサンドイッチの良さだと私は思う。からし自体は悪くないが、トッピングとした方がバターの味も楽しめるだろう。

 いちご、さくらんぼ。これらをからしバターで殺そうとするのはやめろ。そのままの方が確実に美味しい。

 いろいろある中でハムとベーコンという似たものを並べたのは下手すぎるだろう。レタスとかあるだろうが。

 

「からしバターをぶっ放した後にいちごを持って来たあたり、おそらく複数の歌詞が混ざっているんでしょうが、そういったことを鑑みた上でも卵が無いのはありえない……!」

「ふふ。更科さん卵サンド好きなんだ?」

「まあ好きは好きですが、一番は手軽で栄養もあることですね。一般的にはゆで卵を用いますが、私はどうせ自分で食べるものなのでフライパンでさっとやっちゃいます。ほら、混ぜて焼いたものが入ってるでしょう?」

「なるほどー。あとはハムと……?」

「ハムレタスに、アボカド醤油、アンチョビトマトです」

「アンチョビって?」

「イワシの塩漬けをオリーブオイルに浸したものです。なんと手作り」

 

 ハムオンリー、ツナサンドなんかもレパートリー。

 魚系もいいね。

 あとスパム。スパムスパムスパムスパムスパム。スパムスパム卵スパムスパムベーコンスパム。

 

「更科さんって料理好きなんだね」

「ええ。田所さんと平井さんはあんまりしませんか?」

「うーん。まだあんまり包丁触らせてくれないかなー」

「私も。ピーラーくらいかなあ」

「そうですよね。私の親はなんとも理解のある出来た親ですが、さすがに揚げ物はいい顔しません」

「あはは。油はこわいよー」

「まあ包丁無しでもクッキー作りくらいは出来ますし、やってみるのもいいんじゃないですか? 簡単なのは小麦粉バター卵砂糖塩くらいでできますし。それにレシピを調べてその通りに作ることに慣れれば、もうなんだって作れますよ」

「おもしろそう!」

「そっかー。結構簡単なんだね」

「難しいのはオーブンくらいですね。予熱したり、天板がけっこう重い上にオーブンがちょっと高いところにあって自力じゃ難しかったり。まあそこはお母さんでいいでしょう」

 

 みんな料理くらいはできる子になってほしい。

 結衣はどうだろう?

 

「結衣はそんな感じのあれあります?」

「そんな感じのあれ!? ……ううん。クッキーならお母さんと一緒に作ったことあるけど、あんまり自分でやった感じじゃなかったなー」

「居るとつい頼っちゃって、身につかないそんな感じのあれですわそれ。楽しいだけのやつ」

「そんな感じのあれなんだ」

 

 校庭でちょっと遊んだりします。

 ところで築山ってどの学校にもあるんかな? 校庭の隅にあるちっちゃい山。

 

 

 図工。図工とは、図画工作の略である。

 ということを、私は小学生の時には知らなかった。

 教科書は教科用図書。

 知らなかった。

 これは……国ぐるみの隠蔽……!

 

 ハサミで紙を切る。

 好きなように、とのことだがどうすりゃいいのさ。

 箱作ってAmazon.comって書いといた。

 

 しかし、図工って同じこと二度とやんなかった気がする。

 しまったな。こんなもんでいいやって感じでやっちゃったけど、今いっときの精神で打ち込むべきだった。

 次からはそうしよう。

 

 

 国語。漢字です。

 さすがに低学年のは復習する必要もないので、授業スルーで漢字ドリルを進めます。

 

 

 きーんこーんかーんこーん。この辺りは資料不足によりカット。

 時代ごと、学校ごとに違うため。

 

 

「いまだに下駄箱と言うのが不思議」

「下駄入れないもんねー」

「ところがどっこい。私は下駄で登校したことがある」

「そんなことしてたんだ……」

 

 もちろん一本歯な。

 

 帰り道はそれなりに一緒。一旦帰って、ランドセル置いてアジトへ向かう。

 ちなみにランドセルも白。選べる時代だ。

 

「ただいま。行ってきます」

 

 ランドセルを置いてすぐ……というのはイメージで、ほんとはちょっと準備して出かける。

 

 家を飛び出したら走る。それなりに。

 途中での合流とかも狙いたいので、お散歩がてらな感じで気持ちゆっくり向かう。

 噴水にモノクロ大佐が居た。ぺろぺろと飲んでるねー。

 水皿は私が用意しよう。

 

「往こうか、大佐」

「なー」

 

 この時大佐、意外に素直。横並びでアジトに向かいます。

 言ってみただけだったんだけど。

 

 

「来たな!」

「来たよ」

 

 さっちゃんは早い。アホみたいに走るので、一番乗り率はトップ。

 測ってないけどね。

 

 通常授業のあとなんて五時までにそんな長い時間はないけれど、琴葉がずっとゲームやってるようにわざわざ集まった結果みんな各々で貴重な時間を過ごすという不思議な会合スタイルはけして珍しいパターンではない。話題があれば話すけれど、沈黙が気まずい関係ではないし、一緒にいるだけで十分楽しいのだ。

 自由だ。

 

 私もカメラを設置して、くつろぎます。

 

「あ、琴ちゃん」

「うむ」

「hi」

 

 3dsやりながらの登場です。

 なんか3ds持ってる二宮金次郎が頭に浮かんだ。こんなアート作品ありそう。

 機会があれば図工でやろう。

 

「あ、みんな来てる」

「遅いぞーリーダー」

「ごめーん」

 

 そして最後に結衣。

 大佐フードを用意しています。

 私もおやつを用意していたので、この辺りで渡しておこう。

 

「結衣。ちゅーる管理官に任命します」

「ちゅーる?」

 

 おやつだと説明します。

 

「へー。ありがと!」

 

 結衣は一通り食べさせ終えて、シメにちゅーるを差し出します。

 なかなかの食いつきっぷりに楽しくなっているよう。

 

 ちょっと機を見たところ、誰も企画の持ち込みは無いらしい。

 よし、私がやろう。

 

「諸君。私から提案がある」

「おっ、珍しいなーななしぃからかー」

「わあ。どんなのかなー」

 

 琴葉もゲームをポーズしてこちらを見てきます。

 

「ここに来る途中、蜂の巣を見かけたからみんなでつつきに行こう」

「行かない」

「おもしろそうだなー行こう!」

「ええー……」

 

 結衣はどうにでもなるとして、琴葉はどうするか。

 なんだかんだでリーダーに従うから、結衣を誤魔化せば済む話なんだけどなんとなく説得しておこうか。

 

「きっと楽しいよー。つついて急いで隠れると、蜂の群れがハテナマークになって、さっちゃんがくしゃみをしてビックリマークになるんだ。急いで逃げる私たちを一旦矢印になって指し示してから追いかけて、私たちは崖の方へ追い立てられる。気付かず空中へ三歩ほど進んでから地面がないのに気づいて、なんとか空中を泳ごうとしてから落ちて、崖下には四つの人型の穴ができる。で、ペラペラになった私たちが這い出してきて、額の汗を腕で拭っているところに蜂がやって来てショックでペラペラから元に戻りつつ目を飛び出させつつ驚くんだ。楽しいよー」

「なんだそれは」

 

 なんだそれって言われると答えにくい。なんだろう。

 

「そもそも崖が無いわ」

「この辺地質的につまんないからねえ。川が運ぶ土砂でできてるから、起伏に乏しく岩石の多様性も無いっていう」

「だが歩くには楽だ」

「けど、私はもっと山道を走り回りたい」

「山なんて無い方がいいだろ」

「ほーそうかそうか。よし山の魅力をみっちり語ってあげよう。まず種類。山といえば思い浮かぶのは火山性のものだろう。しかし、それだけじゃないんだ。プレートの動きにより生まれる山も多い。ほら、ここに紙がある。これを両サイドから押してやると、ほら盛り上がった。主に山脈がこれ。しかし他にも細かく多種多様なものがあって、おもしろいのでは武甲山。これは元は火山島だったようだがプレートによって海の中に引きずり込まれ、やがてその一部が再び陸に上がる頃には」

「……わかった行こう」

 

 よかったわかってくれた。

 

 

 

「あ、あれかー!」

「私は近づかないぞ」

「私もちょっと……」

 

 やって来たのは近所のお婆さんの家でした。このババアちょっとキてるのか、蜜蜂とはいえ軒下に巣を作って盛大にブンブンやってるのに平気ですぐ側の縁側でお茶飲んでる。

 或いは剛の者か。

 挨拶もなしに庭に上がり込んだ我々に対し何の反応も見せない辺りまあ前者だとは思う。後者だったらどんな人生送ったか聞かせてもらおう。

 

 この蜜蜂の巣は解放巣という外側が無い蜜蝋の板オンリーで数枚並びぶら下がっているというタイプだが、その板は蜂に包まれて見えない。木に作っていたら分蜂の蜂球と見間違えていたかも。

 

「婆さん脚立借りるよ」

「うん。でもその蜂の巣取っちゃうのかい?」

「今取りはしないけどさ。養蜂の人とかに引き取ってもらった方がいいと思うよ。こんな巣スズメバチが来たら終わりだし、そうなると婆さんもちょっと危ない。巣作りのベスポジを見つけられなかった蜂の末路なんて、儚いものだよ」

「そうだねえ。でもそういう人知らないからねえ」

「じゃあ連絡しとくよ」

「ああ、ありがとうね」

 

 脚立を登って、つんつん触ります。ちょっと強めにわしゃわしゃやります。

 うむ。刺しませんね。

 

「大丈夫ー?」

「大丈夫大丈夫。みんな触ってみるといい」

 

 とは言うものの。いくらニホンミツバチが大人しいとはいえ、怒る時は怒る。

 私は刺されてもいいや、という心構えだから大丈夫だけど、たぶんみんなはそうじゃないだろう。《感情沈静化(カーム・エモーションズ)》を唱えて大人しくさせておく。

 羽音での威嚇が止む。

 

「おー。ほんとに刺さないなー」

「まあ刺す時は刺すからよい子は真似しないように」

「刺すんかい」

 

 念の為みんなに《樹皮の肌(バークスキン)》かけて針が通らないようにする。なんとなく防御力が上がる魔法。使っても本人に気付かれないのが優秀。

 脚立を支えるために、カメラは結衣に預けた。重そうにしてる。私はここで、見えそうで見えないのを楽しむ。

 さっちゃんはなかなかの度胸で蜂をつまんだりと一通り楽しんで降りてきた。

 

「次は?」

「暖かくてふわふわだぞー!」

「私はいい」

「私も」

 

 お嫌いなようでした。

 可愛いんだけどなあ。

 

 

 養蜂家の佐々木さんに連絡して後日覗いてみると、庭に巣箱があった。

 剛の者か。




小1で揚げ物を許される者もいるらしい。現実で。
料理屋なら普通かもしれない。


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4話

 半ドンって言い方、たぶん今通じないよね。

 土曜日なのでなかなか時間があります。父のギターなんか取り出して、久しぶりに路上ライブ。

 当然無許可。

 

「おっ、やってるなカラーズホワイト」

「やってるよカラーズホワイト」

「へー新曲?」

「うむ。曲名はメヌエット。なかなかだったろう」

「ラストしか聴けなかったけど、すげーな」

 

 合間、例の四人組が訪れた。アニメ版のキャストでは"男性"と表記され、声優が三人しか居ないやつら。

 ほら。あのホストっぽいやつ。

 

 メヌエットは山崎まさよしの。ミンサガのOP。

 こっちに無い曲なのは確認している。

 

「お前たち楽器できそうだな。見た目」

「だろー? まあ俺はできないんだけどな」

「俺ドラムやってたぜ。ゲーセンで」

「小さい頃ピアノはやってたな。今もたまにキーボード触る」

「音符わかんねーわ」

 

 もうちょっとはできろよ。

 

「よしよし。ではこういうのはどうだろう」

 

 一人が、キーボード。

 

「俺だな」

 

 一人が、ボーカル。

 

「俺、カラオケ得意だぜ」

 

 一人が、キハーダ。

 

「なんだキハーダって」

 

 最後に、拍子木。

 

「で、タイトルは与作」

「演歌か!」

「近所に尺八できる爺さんいるから、これを合わせてお前らウィズ尺八ジジイのバンドが完成する」

「音楽性違うわーそれ」

 

 ちなみにキハーダは、ロバの下顎の骨で作られたカーッ!て鳴る楽器。

 ものがものなだけに高く、三万円くらいするので多くはヴィブラスラップという楽器で代用されるが、注意して聴いてみるとそれなりにいろんな曲で使われている。

 なおこっちの北島三郎は他の曲で成功している。

 

「ちゃんとバンドっぽい曲もあるけど、やってみる? バンド始めようぜ!」

「おー。んー、俺はいいけど、お前らはどう?」

「曲くれんだったらやれそう。興味あるわ」

「いいねー。ついに部屋の片隅で死んでるギターがついに息を吹き返すのか」

「燃えてきた!」

「乗り気でよかった。仮歌とか作っとくから、打ち合わせの日取りを決めておこう」

 

 ちゃんと弦張り替えろよ。

 曲はB'zとかポルノグラフィティでいいでしょう。

 なおこっちのB'zは――

 

 ある日。ラジオを聴いていたら。

 

『では次の曲。B'zで、姥捨山』

「ぶふぉっ」

 

 

 

 

 アジトの壁のカラーズフラッグを観察する。

 アニメでも原作でもガムテの貼り方がまちまちで、カドが見えてたり隠れてたりするけど、さすがに実際そんなことはなく、あれは単にいい加減なだけだったよう。

 このシンボルマークの意味を説明する必要は無いと思う。アニメを三回もループすれば、どんだけぼーっと見てたってわかるだろう。

 しかしまあ、なんとも美しいものだ。誰が考えたんだ。おやじか? おやじなのか?

 ののかかも。

 

「おっす」

「や」

 

 琴葉です。

 

「なんだそれは」

「大佐」

「ああ」

 

 テーブルの上にはシールのシートが置いてある。また拾ってきたんだろう。

 猫とか音符とか、そういう地味なやつで、三分の一ほどが使用済み。

 

 琴葉はそれを無言で箱に放り込むとゲームを再開しました。

 私は録画の準備を済ませます。

 

「おーっす!」

「や」

 

 さっちゃんは琴葉に後ろから抱きつきました。

 いいですね。見てるだけで幸せです。私にもちょくちょく抱きついてくれます。

 

「あー。また私が最後かー」

「や」

 

 結衣はおっすじゃなかった。

 

 結衣が本を読み始め、さっちゃんは私の膝枕ですーすー可愛く寝ています。

 片手で優しく撫でながら、かたかたとタイプします。プロット作りです。

 始めのうちは小説作品を全部書いたり、漫画を描くために頑張ったりしていたけれど、数が多くてちょーっと現実的じゃない。

 できる範囲でやって、あとは原作者になろうとちょっと路線変更した。

 

 結衣が読んでる本は、最近の児童書のよう。文字大きいやつ。

 なかなか読書家です。

 

「あー、モノクロ大佐ー。お帰りですねー」

「なーん」

 

 おや。

 結衣がキャットフードの準備をします。

 

「あ……」

「にゃぅ」

「なんだ大佐。また泥棒してきたのか。まったく」

 

 咥えてきた漫画の帯に注目しましたが、ふつーのでした。異次元からカラーズのを拾ってきてくれるのかなと期待していたのだけれど。

 

「……漫画についてる帯か。もっといい物を持って来い」

「な?」

「例えば……武器とか。わかったな」

「なあ」

「はい大佐ー。ごはんですよー」

 

 ざざーっとこぼしたキャットフードにがっつく大佐。

 しかしけっこう少量で満足する。

 

 結衣の手でごろごろうなうなしているところ、さっちゃんが起き上がりました。

 

「モノクロ大佐は人懐っこいなー」

「フーッ!」

「なんでだよ……」

 

 うーん。今までの触り方とか……? 急にわしゃわしゃやってたし。信頼関係が無い限り無遠慮に触られるの嫌うんだよ、犬猫って。

 触ってもいいですか、という心構えで、急に腕を伸ばさず、急に頭を触らず、長時間触り続けない。こんだけやればたぶん大丈夫。

 

「既に警戒されてる場合は……?」

「大佐は賢いから、ちょっと時間を置けば反省したと見て許してくれるんじゃないかなあ」

 

 それか、ふつーに謝ってみるのもありかもしれんね。雰囲気で察してくれるかも。

 

 関係ないけど通行人に吠えるバカ犬は尻を見せると黙るぞ。あいつら尻の匂いで挨拶するから。

 

 

 

 結衣閣下がおやじに用があるとのことなので、みんなでお出かけ。

 ホエールファクトリー。けっこういろんなのがあります。

 私はあんまり興味ありませんが。

 

「おう、カラーズ。なに探してんだ?」

「あ、おやじ。大佐のお皿無いかな」

「大佐? ああ、猫のことか」

「うん。モノクロ大佐」

「ううん……無いかもなあ」

「そっかー……」

 

 まだ猫缶を与える計画も無いし大佐的にはテーブル直置きで問題無さそうだけど、人間的にはやっぱ欲しいよね。不思議と。

 あった方が可愛いからかな。

 

「おやじ。あれはなんだ?」

「ん? 待ってな。……ああ、そいつか!」

「武器か?」

「そうだな。すっげえ武器だぞ? そいつなら斎藤も一撃だ」

「フフフ……」

「ククク……」

「フフフフ……」

「クククッ……」

「ふはははは……」

「クク、くふっ、……ぬあーっはっはっは!」

「はーっはっはっはっはっは!」

 

 そっとしといた。

 

 

 

「えっと……、私たちは、カラーズ! この街を守るもの……です!」

「これは平和のためだ。斎藤、お前は腐りすぎた。仕方がないことだと思え」

「テロリストか」

「さいとー! 爆発しろ。世界のために!」

「はいはい。ってか、ロケットランチャーなんてどこで手に入れた」

「いや、斎藤。これの分類には諸説あって、確かに弾頭にはロケットブースターが付いているがこれは発射してから点火されるんだ。一般的にはロケットランチャーと言われることが多いが、その辺りから厳密にロケットランチャーの定義に当てはまるかどうか」

「じゃあ、なんだ」

「ミリタリーマニアはだいたい無反動砲として扱っていると思う。これはその中でもクルップ式と言って、砲弾発射時の反作用を後方からガスを噴出することによって軽減するものなんだ。その勢いは後ろにいる奴が死ぬほどで、必ず後方の安全を確認してから撃つ。あと屋内で使っても大変なことになる」

「……じゃあその無反動砲は」

「いや。これはルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョートと言って、グラナタミョートはつまりグレネードランチャーのことなんだ」

「そのグレネードランチャーは」

「でもなあ。かと言って無反動砲である事実を無視はできないし。しかしグレネードランチャーという呼び方は少なくとも間違いにはならないから穏当とも言えるし。ところでルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョートって五七五っぽくて落ち着くよね」

「うるせえ!」

「撃てー!」

 

 カチ、カチ。

 

「どうしたの琴葉?」

「発射しない。どうやらニセモノ」

「ニセモノ!? なーんだニセモノかよー。ちぇー」

「おやじめ」

「でもよかったー」

 

 つかつかと歩み寄ってくる斎藤。安全装置のことを知っている私は行動すべきか迷うが、ここからの流れが好き。だから撮影に回る。

 

「やっぱりおやじさんの店から持って来たのか。あのおっさんなんでも持ってんな。……!」

 

 拳銃の扱いくらいわかってるから、見ればそりゃ気づくよね。……ん、リボルバーって安全装置無いか?

 

「お前らいいことを教えてやろう。こういうもんには、安全装置ってやつがついてんだよ」

「あんぜんそーち!?」

「これを解除しないことには弾は発射されねぇ」

「なるほどなー! だからか。よし、返せ!」

「バーカ! 誰が返すかこのクソガキがー!」

 

 カメラ回ってるのにやってくれるってすげえな。

 

「だっはっは! 形勢逆転だな! 木っ端微塵にしてくれるわ。ヒャッホーウ!」

「みっ、微塵? うぇ、う、うぅ……微塵、微塵はやだよお……」

「木っ端も言えよ」

「私は避けるの得意」

「自分、白刃取りの免許十段っす」

「私は魔法でエーテル界に逃げる」

「やだよー! みんなも一緒に、みじっ、みじん子になってよぉ」

「みじん子?」

「安心しろ。全員仲良く木っ端微塵にしてやる。ミジン子にな! だーっはっは!」

「待て! 作戦会議を開く」

「ほう。いいだろう」

 

 ス・ノーマン・パー。

 アニメではこれの余波か斎藤がカラーズに大佐を押し付けた時の口がしんのすけっぽくなってたね。

 

 今思えばどれだけ冷たかろうと尿をさかのぼるような凍結は無いと思う。

 

「って逃げとる! 止まらないと撃つぞー! ……止まれよ! ええい、クソガキども。この街の、ミジン子になれ! ……後方の安全、よし!」

 

 発射、そして。

 

「取ったー!」

 

 パシッとキャッチ。

 

「ま、マジで出た」

「取った! ほんとに取った! ほんとに取ったー!」

「すごーい!」

「さすが白刃取り十一段」

「増えたな」

 

 なお私はカメラマンとして安全なところに。

 

「すごくない!?」

「うん!」

「わたし、すごくかわいい?」

「かわいいよー」

「投げたら爆発するかも、その弾」

「爆発するわけないだろ。後方のガスっての、出てなかったみたいだしな。ニセモノだろ?」

「ふむ。……そうなのか?」

「うん。遅いし、本物は弾だけで二キロくらいあるはずだから」

「そうか」

 

 さっちゃんが弾を持っていますが、重さはその半分も無さそうです。

 しかしなんて出来がいいんだ。こんな勢いで射出までできるなんて。たぶんこんなん無かったぞ前世界。

 

「ま、いいやー。いちおう投げて見るか!」

「ってお、あっ……」

 

 かーん。金的……!

 

「おう、まい……がっ」

 

 崩れ落ちる斎藤。

 琴葉が駆け寄りますが、それは彼を心配するわけではありません。弾頭の確認です。

 

「うん、軽いな」

「残念だったなー。爆発見たかったのにー。おやじに違う武器もらい行こー」

「うん!」

 

 そして琴葉が斎藤を踏む。私はその表情をしっかりとフィルムに収めました。フィルムというか、SDに。

 多少ローアングラーになったことは否定しません。

 

 私は少しの間残り、あまりにもかわいそうな斎藤の背中を撫でてやると、おそらく数万するであろうRPG-7を回収しホエールファクトリーに向かったのでした。

 斎藤にはちょっと幸運になる魔法をかけてあげました。



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5話

 ざざー。

 ざざー。

 まるで箱などの中で小豆を転がすような音ですが、私の目的地はここではありません。あとちょっと向こう。

 

「こんちはー」

「こんにちは」

 

 先人に挨拶をし、ちょっと離れたところで準備を始めます。

 その完成形は、救命胴衣を装備し、釣り竿を構え、クーラーボックスに腰掛け、スナフキン帽を被ったかわいい私。

 私を見つけたようで、さっそく海鳥がやってきた。

 

 魚を引きつける魔法もないではないが、とりあえず普通にやる。幸い運が良く釣れてくれたので、その首を折って海鳥へ向かって投げる。釣っては折りそして投げ、そんなことを繰り返す。

 美味しそうなのだけクーラーボックスに入れるが、家族で消費するにしても限界があり、そんなに多くは持って帰らない。

 とりあえず、魚を殺す。時間が許す限り、電車で海まで来てなるべく殺す。

 必要な前振り。必要な、作業。

 

 別に苦ではない。ただ自由ではないだけで。

 

 満腹になった鳥が去って、交代のように猫がやって来て、釣果を持っていく。

 よいよい。私はかまわんよ。

 たぶん青魚を食べすぎると猫の身体にはよくないだろうが、私はかまわない。

 どうせここは上野じゃない。

 

「む、さらば」

 

 フグはリリース。

 解毒の魔法はあるけれど、確実ではないし、かわいいネズミを使って確認してまで食べるほどの熱意はない。

 

 タイとか釣れればいいんだけどなー。

 

 

 猫も鳥もいなくなってしまい、処分のあてがなくなった。

 そろそろいいかな。

 

 クーラーボックスの栓を開けると、血に染まった海水がどばどば流れ出る。便利なクーラーボックス。

 ちょちょいとナイフをエラのとこの血管にサクーっとやって海水の中に放り込むと血抜きができる。

 魚屋に教わった。

 

「おさきに」

「はいはい」

 

 まだ釣ってる人に挨拶して、その場を去ります。

 この前振りを始めた時、一人で釣りしている子供にツッコミを入れる正しい大人がいたら面倒だなあと憂いがあったけれど、いまんとこ大丈夫。

 

 

 

 物陰で《瞬間移動(テレポート)》を使う。

 あんまり知らない場所に転移しようとすると失敗して大ダメージを負う確率が発生するので、家に帰るだけの魔法。海までは電車で来た。

 低確率で多少場所がずれるので、《不可視化(インヴィジビリティ)》も併用。これがあるからこそ家の外に出てもなんとかなる。

 さすがに海釣りルックでただいまは家族が驚きすぎるから。

 

 包丁を魚の脳にぶっ刺して破壊し、神経にワイヤーを挿し込んで掻き回す。これをやると、血抜きは済んでるのに魚がびくんびくんする。不思議。

 こうすることにより神経がのちのち旨味に変わるエネルギーを消費せず、あとあと美味しくなるそうな。

 そうなるまで冷蔵庫で熟成させる必要がある。エラと内臓取って水気取って腹にクッキングペーパー詰めてビニール袋に詰めて冷蔵庫だ。

 

 というのが魚屋から聞いたやり方。その通りにやっている。

 自分でも調べてはみたけれど、こうするのがいい。いやこっちのがいい。と意見がバラバラで混乱したり、もっと美味さを目指すなら――

 

 一晩生かして休ませる。

 柔らかいマットの上で作業。

 魚種ごとに別の熟成期間。

 なんなら数日の熟成。

 

 際限なく面倒になっていったりするから魚屋を信じることにした。

 極まってくると熟成サバの刺し身とかできるようだけど、おっかないし魚屋になりたいわけじゃない。

 

「あら。今日はお魚?」

「いいや。あさって」

 

 今日はチーズin豆腐ハンバーグ。

 

 

 

 カラーズアジトに来てみたけど、みんなだらだらしてた。

 演奏の練習でもするかな。今日はポータブルの電子キーボードを持って来たので、これで練習。でかいやつだから、琴葉もちらっと見た。

 

 まずシュタゲのBelieve Meを。

 

「悲しい曲やめてよお」

 

 結衣は楽しそうな本を読んでいた。

 頷いて返し、ようこそジャパリパークへ。ゆっくり、ちょくちょくミスりながら。

 

 OKだった。次、情熱大陸。弾ける部分だけ。

 FFから、ビッグブリッヂの死闘。更に闘う者達。

 

 また悲しい曲を弾いたらどうなるかなあといたずら心が湧き上がるけれど、読んでる時に邪魔されたくないよね。

 

「ななしぃ、トレイターって弾けるか?」

「ああ、あれね。やってやれないことはない」

 

 ちょっと前のアニメのOPだ。前の世界には無い作品だね。

 ストーリーは、平行世界の地球から侵略者が。そうせざるを得ない理由があっての侵略で、同じ理由によりむこうの地球はかなり纏まりを持って侵攻してくる。纏まりのないこちら側の地球はかなり圧されたが、遠慮なく核を使う(作中で核だという明言はなし)。直接的な侵略の理由は食糧難だったので、その後交渉で終戦。次点の理由は食糧難の原因でもある地球の寒冷化であり、暖かい土地が欲しかったのだそうだ。寒さで家畜が死ぬし、そのうち蜂が絶滅しそうだしで切羽詰まっていた。

 しかし、世界を越えて侵略するくらいなのだからそれなりに技術はあるし、未知の物質もあり、これが核融合炉に使えそう。なんだかんだ協力して電気で寒さをごまかしつつあちらを温暖化させる研究を進めることにというエンド。

 

 再現したいと思っている作品と似たのがあったらパクりがバレるというのに備え、こちらの世界の作品もそれなりに目を通している。

 評判はそこそこと言ったところだが、OPが良かった。アニメよりも曲の方が有名かも。

 私も好きだからまあ、なんとかなるだろう。

 

「やるなー。どう弾くんだ?」

「よしよし。まずドはどれかわかる?」

「これだろー? わかるさー。授業でやったからな!」

「うん。まずこの曲のサビの部分は――」

 

 見といて良かった。

 …………さっちゃんあの作品わかるんか?

 

「でも平行世界ってほんとにあるのかなー?」

「理屈上あるんじゃないか、と言われてはいる」

「あるのか」

「うーん……」

 

 少し考え、説明することにする。

 ホワイトボードを用い、

 

「まず、二重スリット実験というのがあって……」

 

 

 

「というのが多世界解釈。けど、注意してほしいのはこれが解釈だってこと。そもそもコペンハーゲン解釈の他にも別の解釈はあるわけだから、あるんじゃないかなー? でもないかもよー、てな感じになる」

「なんだー、はっきりしないのかー。でもあるかもしれないんだな!」

「ただ、あったとしてもなんかできるわけじゃないみたいだよ。アニメだとダークマターを登場させて解決させてたけど」

「ダークマターってー?」

「それはね」

 

 シュレディンガーの猫は思考実験だとちゃんと結衣に説明した。死んだ猫はいないよ。

 説明すんのってけっこう面白い。

 今度は"様々な製塩"。"ピザの成り立ちから現在まで"。"恒星の死とその後"の三本をぶつけてみよう。

 どんくらい理解できるかはともかくとして、きっと楽しいぞ。




琴葉はゲーム。結衣は本。さっちゃんにやることがなくて困る。アジトでいつもだらーっとしてるんだろうか。


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6話

「当たりますように」

「《小さな幸運(リトルハピネス)》」

「? なあに? ななちゃん」

「当たるようにおまじない」

「そっか。ありがと!」

「なにを応募したの、結衣」

「モノクロ大佐のエサ皿だよー。エサ皿がないんですよねー、大佐ー」

「にゃあん」

 

 白状するとレベルが低くて大した魔法は使えない。

 今使った運を上げるのも、使いようによっては強いけどここ一戦で頼りになるほどの影響は無い微妙魔法。

 ただ、頑張ったけど運悪く、というのに対抗できる最強の気休め魔法。

 考えようによってはものすごくずるい。

 

「結衣! 琴ちゃん! ななしぃ! 大変だー!」

「さっちゃん、どうしたの?」

「うんこだー!!」

「またうんこか」

「元気だね」

「さっちゃんばっちいよ」

「あはははは! 間違えた。うんこじゃなくてきんこな。わざとだけど!」

 

 子供がうんこを好きな理由には諸説あるけど、排泄が快感だからというのと大人が否定的に扱うため興味を惹かれるというのはなるほどという感じがする。

 分析してしまうと印象変わってしまう。

 

「金庫があるんだよ。開かずの金庫!」

「開かずの金庫ー!? 中身はなんだろう。宝石かな? 財宝かな!」

「小指かも」

「こわいよ琴葉。事件だよそれ」

「琴葉ってたぶん河原に冷蔵庫とか落ちてたら死体が入ってないか確かめるよね。私もだけど」

「うん」

「開けるの!?」

「だって結衣。もし開けなかったらどうなる?」

「どうって……?」

「冷蔵庫があったけど、中は確認しなかった。久しぶりにその道を通ったらもう冷蔵庫は無かった。……そしてある日、こう思うんだ。あの冷蔵庫の中には、なにが入っていたんだろう? って。死体が入ってたんじゃないか。あるいはお金が入ってたんじゃないか。って気になってももう確認することはできないんだ」

「う……」

「やじゃない? 出そうで出ないうんこみたいで」

「もー。ななちゃんまでうんちなの?」

「まあ大抵は空っぽなんだけど」

「そう。あとちょっと生ゴミ」

「防虫剤もね」

 

 不法投棄冷蔵庫と言えば、悪名高きみなみけ二期を思い浮かべる人は多いだろう。

 なんとかこじ開けた冷蔵庫の中には石がびっしり。そしてその後に続く、冷蔵庫の中同様に誰かの悪意が充填されたハルカ姉さまが理不尽にキレるシーン。なお同じ監督の作品があの空鍋。

 

 関係ないけどね。*1

 

「死体だといいな、金庫!」

「いいのか」

 

 

 

「うーん。ちょっと小さいんじゃないかー? 死体は入らないだろーこれー」

「頭くらいなら入る」

「なに言ってんだお前ら……」

 

 小さい金庫。私が思うに、とても、硬い。

 わざわざ斎藤のところに用意したのって、総当たりを誘ってたのかな。

 

「おやじのお店の金庫なの?」

「ああ。商品として置いてた金庫なんだが、誰の仕業かこのとおり」

 

 ガチャガチャ。

 

「開かない」

「……わざわざ商店街からねえ」

「ということはおやじ! これは事件だなー!」

「待てクソガキ。てめぇらになにができるってんだ」

「私たちはカラーズ! この街の平和を守る!」

「はいはい……」

 

 ポーズなんて決めてないから、その場しのぎのポーズをとっておきます。

 ところで姑息ってその場しのぎって意味らしいけど、こういう場合に使うんで合ってるんだろうか。姑息なポーズ?

 おやじがポッケから暗号の紙を出します。小学生なので、ポケットのことをポッケと言います。

 

「じゃあ、これを渡しておく。犯人からの暗号だ。もし暗号を解くことができたら、そのお宝ってやつはやるぜ」

「お宝ー!?」

「ほんとかおやじー?」

「おう!」

「行くぞー! ん? ななしー?」

「ああ、先に行ってて」

「わかった! パン屋ー!」

 

 三人が走り出しました。

 

「うん? ななしは行かないのか?」

「ちょっとね。……《下位(レッサー)・真実の目(トゥルー・シーイング)》」

 

 金庫の番号までは思い出せず、事前にメモもできませんでしたが、ちょっと裏技を試してみる。

 視力が良くなるだけの魔法。

 

「ゼロ……ナナ……ロク……ニ」

「うおっ!?」

「……開かないか」

「おおい……なんでわかったんだ? かなり近いぞ」

「こういうタイプの金庫を使うなら、指紋は拭いといた方がいい」

「……盲点だったぜ」

 

 走って三人を追いかける。

 行き先はわかってるから、急げば大丈夫だろう。

 

 

 アンデルセン(パン屋)まで来ると、さっちゃんが入っていくところでした。

 

 真面目に怒られて出て来ました。

 そんでまた自動ドアを開けて、

 

「バーカ!」

 

 パン屋の平和はいいのかカラーズ。

 

 ちょっとでも心の平和を回復してあげようと、代わりにガラス越しに頭を下げておきます。このくらいが平和。もし中に入って「すみません。あの子アホなんです」なんて言って、「ほんとにねえ」なんて返されようものならこの店員は失踪することになる。マジカル失踪である。

 しかしそうして多少溜飲を下げたところでストレスは残る。結果誰も得しない。

 罪があれば殺すけど、その罪をわざわざ作りに行くのは違うだろう。枝が伸びて見えない標識に違反するのを隠れて待つパトカーとか。枝切れ。

 

 

 

 皆の思いがたくさんつまっているのに食べられないパンはな~んだ?

 ※ヒント 下から見ろ

 

「パンダはその気になれば食べれる」

 

 どうだろう。

 ワシントン条約という障害はでかい。

 ギリギリ不可能では無いかもしれないが、机上の空論とも言う。

 ただ私ならできるか。動物園はガードが固いからまず中国に行って……。

 

「下から見るパン……そうか、わかった!」

「うん?」

「結衣のパンツ」

「バカッ!」

「ごわっ!」

 

 仰向けに寝転がって堂々とパンツを覗いたさっちゃんでしたが、驚いた結衣に踏みつけられます。

 

「ひどいよ結衣……」

「あ、ごめんね。でもパンツは……」

「わたしもやりたい」

「えっダメ琴葉!」

「いいぞー琴ちゃん! やってやれー!」

 

 踏み。

 

「こっちか!」

 

 見たいな。

 

「どうしたの? ななちゃん」

「見たい」

「えっ!?」

 

 熱視線に気づかれてしまいました。

 ここは正直に答えましょう。

 

「結衣のパンツ、見たい」

「ええー……?」

「見たいな」

「うう……」

「あはは! いいじゃん見せてやれよーリーダー」

「でもー」

 

 このタイミングで、置いといたカメラを別の方向に向けハードルを一つ下げる。

 

「さっちゃんには見せたのになー」

「見せてはないってば」

「見たいなー」

「もー……」

 

 渋る結衣。

 だが、結衣は優しいからお願いすれば見せてくれると思う。

 

「……はいっ」

 

 ちらり。

 

 うむ。

 

「琴葉」

「なんだ?」

「結衣がパンツ見せてくれた」

「そうか。良かったな」

「うん。良かった」

「うー……」

 

 思うところはあるようですが、私の幸せそうな表情になにも言えないのでしょう。

 心が満たされました。恥ずかしいのに見せてくれる、という気持ちが嬉しい。性的なあれこれでなく、友情こそが嬉しいのです。

 よーするに愛です。

 

「もー。皆の思いがつまってるんだから、パンツは関係ないでしょ」

「それに素材によっては食べられるもんね。ただ化学繊維、あれは良くない。あれは手術になる」

「実体験みたいに言うな」

 

 結衣のだったらなんとか頑張れると思う。綿か絹なら。

 

「む、思いがつまって……? そうか」

「琴葉、もしかして」

 

 カメラ構え。

 

「ゲームクリヤー」

 

 

 

「なるほど。皆の思いってのは手紙のことで、それがつまってるのがパンダのポストか」

「暗証番号が貼ってあった」

 

 ゼロナナフタナナ。

 これはアニメと漫画、どっちの番号だっけ。連載開始の日なんだよね。原作は間違えちゃってるけど。

 

 ……む、ロク無かったな。

 

「そりゃ良かったな」

「一から入力した哀れな斎藤」

「バカな斎藤」

「うっせえ。それに、一からじゃねえよ」

「なんだ、おやじがヒントでも出したか」

「おやじさんじゃなくて、そいつな」

 

 視線をドヤ顔で受け止めます。

 

「ななしが?」

「金庫に残った指紋から、ある程度の番号を見抜いたんだとよ」

「えー!?」

「おー! ななしぃ目ーいいなー!」

「……ななし。気づいたなら言え」

「ネタバレかなって。そうだ、琴葉が今やってるゲームだけど、ボスの弱点は」

「言うなあ!」

「ほら」

 

 犯人は美樹本さん。

 ブルース・ウィリスは幽霊。

 真ん中で倒れてる死体が実は生きてて犯人。

 あとそこは地球。

 

 ネタバレ注意。

 

「でも見えないよ?」

「俺もよく見たが……さっぱりわからん」

「へー? じゃ、開けるね」

 

 結衣がポチポチやって開けます。

 

「あいた!」

「中身は?」

「あ、これって……」

「死体じゃないのか」

「琴葉的には宝って死体でいいのか」

「なんだこれー?」

「手紙も入ってる! ……カラーズへ。解錠おめでとう、おやじだよ」

「おやじぃ!?」

「結衣ちゃんご希望の、モノクロ大佐のエサ皿を届けます。なお、もし斎藤が先に解錠してしまった場合は黙って閉じておくように。はい!」

「ん、ああ」

 

 結衣に渡された手紙を、斎藤は苦い顔で見ています。

 金庫返却してくれって書いてるんだよね。なんてえ嫌がらせだ。

 

「うわーいエサ皿だー!」

「ああ、そういえばこの前、おやじの店で探してたなー」

「お宝おたからー!」

「いやちょっと待て。よく見ると、お宝と言うほどのものでもないぞ?」

「宝石ついてないね」

「おやじにやり直しさせよう」

「……お前ら、クズにも程があるな」

 

 さすがにちょっと混ざれないノリ。

 

 

 

 しばらくあと。

 

「みんなー!」

「なんだ!? うんこか!?」

「じゃなくて、ほらこれ!」

 

 結衣が持って来たのは、エサ皿でした。

 

「当たった!」

 

 かぶった。

*1
この主人公は知らないが、この監督はアウトブレイク・カンパニーで禊を済ませている。「監督がダメなんです!」



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7話

 深夜。なんでもかんでも年齢制限のあるこの国のシステムやせっかく魔法とかがあるのにあんま使えないことによるうっぷんを開放する儀式の時間。

 不定期開催。

 

 まず、Amazonで買ったガスマスクと軍用のポンチョを装備します。ポンチョはオリーブドラヴ(暗い緑)色の固い布の地味ーなやつです。

 超怪しくなった私は《飛行(フライ)》の魔法を使い、そう遠くない場所にある墓場へ飛びます。

 

 

 

 

『A県 TYさんからの投稿動画。

 

 これは、某墓地へ肝試しに訪れた若者二人が撮影したものである。

 深夜、丑三つ時を狙って足を踏み入れた二人は動画サイトへ投稿するために実況をしつつ墓地の探索を始めた』

 

「はーい。僕らは今〈ピー〉霊園に来てまーす」

「予告どおり、罰ゲーム企画始めます。どうですか抹茶さん。この雰囲気」

「まあ……まあまあまあ、思った通りといった感じですね」

「なんというか……怖く……ありませんね」

「そうですねえ。僕ら幽霊信じてませんもんね」

「来てみたら来てみたで怖いと思ってました」

「あー。まあ信じてなくてもホラー映画は怖いし、信心無くても初詣に行けばそれなりに祈るわけで。それからすると墓場も怖そうなもんですが」

「なんででしょうねえ」

 

『奥へ向かう二人……』

 

「こちら、僕の親戚の墓です。まーあとあとモザイク入れるんで、とりあえず中村家の墓ってことで」

「タルさん親戚居たんですね」

「僕にだって親戚くらいいますよ。木の股から生まれてきたんじゃないんですから」

「僕は木の股から生まれてきましたが。お供えは用意しときましたけど、水かけときます?」

「いやー、どうなんだろ。僕ら作法わかんないよね」

「夜中に水かけるのってどうなんだろ」

「水は……まあまあ、いいか」

 

 

「罰ゲームの内容はひと周りということなんで、とりあえず外周沿いに歩きます」

「抹茶さん植物だったんですね」

「それ今拾うんだ」

 

『和やかに談笑しながら墓地を歩いていた二人だったが……一人がなにかに気づいた様子で、もう一人を引き止めた』

 

「ちょ、ちょちょちょ。あそこなんか無い?」

「なになに。幽霊出た?」

「幽霊かどうかはわかんないけど、あそこなんかあるでしょ」

「んー? ……うおっ」

 

『足を止め、観察する二人……』

 

「あれ人かな?」

「いや……真っ暗だし。ライト当てても振り向かないよ?」

「でも形人間っぽい」

「人形かな?」

 

『いくつか墓を挟んだ奥に確かに確認できる、人影らしきもの。しかし、フラッシュライトの光が当たっても反応は見られない。照らされて見えたそれは背を向けているのか、頭部は黒い髪で覆われており、なにか帯のようなものが巻かれているように見える……』

 

「あー。人形だ。小さいもん」

「あ、ほんとだ小さい。人形だよ人形人形!」

 

『誰かの冗談だと納得し、緊張を解いて歩み寄る』

 

「あー人形だよ。変なの着てるし、頭なんだと思ってたらあれガスマスクじゃない?」

「うわ。ずいぶん凝ってる。ふふ。告知してたからリスナーが仕掛けたのかな」

「おもしろいことする人居るねえ。どれ、オウッ」

「わ! ちょ、やめてさすがに」

「いや……」

 

『投稿者の友人が人形らしきものの肩を触るが、なにかに驚いたように飛び退った……』

 

「ちょ、ちょっと離れよう。一旦、一旦……」

「あはい」

 

 

「で、どうしたんですか?」

「感触が……」

「感触?」

「人っぽかった」

「ええ……」

 

 

「どうする?」

「あれってとりあえず、人なんでしょう?」

「たぶんね。一瞬だったけど体温あったと思う」

「まあ人だとしたらびっくりですけど、だとしても見た感じ、子供でしょ」

「あ、ああー。まあ確かに」

「どうってことないんじゃ? 追ってきても走って逃げれば」

「あー」

 

 

 

 投稿者、TYさん。

 

「今思えばガスマスク被ってるような子供がナイフかなにか持ってないとは限らないんですよね」

 

 ――その時怪我などはされたんですか?

 

「ちょっと足首捻ったくらいで、朝になったらおさまってましたね」

 

 ――あれはなんだと思いますか?

 

「とりあえず生き物だとは思いますが、やっぱりよくわかりません」

 

 

 

「えーと。……こんばんは」

「…………動かない」

「この羽織ってるなにか、裾余ってるどころじゃないけど、大人用?」

「もしもーし」

「今度は俺が触ってみます。……あっ」

 

『再び下がる二人……』

 

「体温。体温っ」

「だよねっ」

「…………動かないねぇ」

「ずっと向こう向いてるね」

「……俺、ちょっと向こう回って見てみます」

 

 

「……あっ」

 

『前方に回る投稿者だったが……なにかに驚いた様子で友人の元へ引き返す……』

 

「なにがあった?」

「目が合った」

「…………あ、あれ」

「あ」

「こっち見てない?」

「見てるね……」

「ちょっと離れ……あ! 消え!?」

「うわあああ!」

 

 Replay...

 

「…………あ、あれ」

「あ」

「こっち見てない?」

「見てるね……」

「ちょっと離れ……あ! 消え!?」

「うわあああ!」

 

 

『おわかりいただけただろうか……』

 

 

「ちょっと離れ……」

 

『唐突に姿を消す何者か』

 

「あ! 消え!?」

「うわあああ!」

 

『それは次の瞬間、二人の直前に出現し……

 驚いた投稿者がカメラを落としたところで映像は終わっている』

 

 

 ――この後は?

 

「車で帰りました。映画のようにエンジンがかからないとかは無かったんですが、どうやら付いて来たようで、二人で朝まで震えてました」

 

 ――その時の映像は?

 

「さすがに余裕ありませんでしたね。あれが家の周りをうろうろしてるのが怖くて怖くて。朝にはなんとか人集めてカメラの回収に行けましたが」

 

 ――ではその後は特に?

 

「無いですね。あの時だけです」

 

 

『この映像を我々が信頼する霊能者に見せたところ

 "強い恨みと悲しみを感じる。この墓地に眠る死者たちの怨念の集合体なのではないか"とのコメントをいただいた』

 

 

 

 

「眠そうだね」

「フフ、そうだろうそうだろう」

「褒めてないよ……?」

 

 深追いしすぎた。

 カメラ持ってたから、期待しすぎたかな。落としちゃってたけど、大丈夫かねえ。うまく回収できたかな。

 

 なれるといいな、都市伝説。




twitterとかで肝試しの予定を調べ襲撃する遊び


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8話

この話はわけあって途中まで。でも話の時系列的に、この話もあったんだよというアレのために投稿。
可能そうなら加筆します。


「チューチューカブリラ、私もほしー!」

「その案には賛成。虐殺の限りを尽くしてやる」

「ぎゃくさつ?」

 

 チューチューカブリラ。

 チュパカブラが元らしいこれに熱中している三人だが、よそじゃこれといって人気はない。

 あるよね、内輪ブーム。意味もなくだみ声で喋ったり、架空の球団の戦績や各選手の経歴を作ったり。というのはまあ男版だけど、女でもなにかしらあるだろう。男はジョイスティックという玩具(がんぐ)がおもしろすぎるせいで下ネタに寄りがちだけど、女の子のってどんななんだろうか。

 毒作りって男オンリーだよね? ペットボトルや瓶にいろいろ入れて作るやつ。熟成の段階で忘れ去られたり、毒の威力が強くなりすぎてどうしたものか困るやつ。想像上の威力ね。こ、これは開放してしまえば街が滅ぶ……! みたいな。

 

 ソロ遊びだったら磁石in砂場で砂鉄集めてる子とかいるけど、複数名だとどんなかなあ。

 

「でさー、かーちゃんに……んぉ? かあちゃん。……あ! 大変だ!」

「ど、どうしたの!? さっちゃんのおばちゃん」

「身体がめくれた? ベロっと」

「めくれたって何!? こわい琴葉!」

「いや、かあちゃんは生まれつきめくれてる。ベロっと」

「めくれてないでしょ!」

「メールには大変としか書いてない。しかしこれは、この街の平和を守る私たちカラーズの出動要請だ、リーダー!」

「はい! すぐに向かいましょう!」

「向かいましょー!」

「セーブ」

 

 バナナか。ふふ、このための前振りは済んでいるぞ。

 

 道中。

 

「ところでさっちゃん。便秘の調子は?」

「えー? 私はいつも快便だよ?」

「なら良かった」

「じゃなくておばちゃんのことじゃない?」

「あ、かあちゃんか。なんか最近は平気そうだなー」

「そうかそうか。ふふ、それは良かった」

「もしかしてななしぃがかあちゃんに渡してたあれが効いたのかな?」

「だったら良いなと思ってる」

「なあに? あれって」

 

 さっちゃんママの便秘については知っていたので、多少の準備はしておいた。庭で便秘に効くハーブを育てて、お茶を作った。

 そこにAmazonで買った食物繊維を加えて、お茶の小袋に分けてプレゼントし、その後マッサージをしてあげると言ってもみほぐしつつたっぷり魔法をぶち込んだ。

 

「ハーブ茶だってさー」

「へー」

「ありがとなななしぃ。かあちゃん明るくなった。というか…………若くなった?」

 

 年齢も下げた。一つだけだけど。一度使うと次にレベルが上がるまで使えないのだ。

 あとは便秘に効くかどうか不明ながら基本的な病気を治す魔法や、能力値へのダメージを回復する魔法。これは、どっか痛めてたりしてるのが治るんじゃないかなーと。

 

「……かあちゃん、こないだ一人で踊ってた」

 

 その結果お肌が蘇ったのはまずかったかもしれない。

 

「ごめん、やりすぎた」

「いいっていいって。ちょっとこわかったけど!」

 

 ハーブに魔法。便秘ってストレスの影響もあるようだからそれも含めれば三重の治療。ママさんにとって、マッサージやプレゼントは嬉しいものだ。こんだけあればどれかしら効くだろう。

 

「なにを入れたらそうなる」

「いやー、お茶自体は庭で育ててる普通のだよ。便秘に効くというドクダミ、オオバコ、そんなの。それより一緒にやったマッサージが効いたんじゃないかな。ちょっと勉強してるから」

「そうなのか」

 

 こうしたごまかし用に覚えた余技、ではあるが、実際にもむだけの力もあるし周囲ではそれなりに好評を博している。魔法加減版でも。

 

 

 

 強めにやったのがこのママさん。

 

「さっちゃんお帰りー! みんなも来てくれたのねー。あっ、ななしちゃん! おかげで体調最高よー。ぶい!」

「なー?」

「これはおかしい」

「おばちゃん、変……」

「ええっ!?」

 

 いたたまれない。

 ブイサイン……。

 それは、ないじゃん……。

 

「ほんとはなに入れた」

「いや、怪しいのは味が悪くなるから入れてない」

「あるのか怪しいやつ」

「ある」

 

 Amazonで買える。

 

「ななしちゃんがマッサージしてくれたおかげで身体が軽くて軽くてねー。たぶんもうしばらくテンション高いけど……それはそれとして、ね」

「あっ、そうだ。メール」

「そう! 大変なのよー。ほら。仕入れ過ぎちゃった」

 

 バナナ。ダンボールにいっぱいで、なんとふた箱ある。

 どういうこった。

 

「そんなバナナ」

「ぶぐっ……ぐく……」

「!? 今の、おもしろくないよっ?」

「お、おもしろい……」

 

 結衣はなぜか笑いに厳しい。

 

「かあちゃんそんなことで呼んだのかよー」

「あー、そんなことって言ったね今ー。もしこのバナナが今日中に、少なくとも半分にならなかった場合は……」

「場合はー?」

「今日からしばらく、三食バナナよ」

 

 ガーン。

 いいガーン顔です。

 

「ということでバナナを売り歩いてくるのだ、カラーズ諸君」

「それはいいけどふた箱はテンション上がりすぎてない?」

「うーん、やっちゃったわー。まあご褒美ははずむから、できる限り頑張ってみてよ」

「おー」

「ごほーび!? がんばります!」

「うん、素直でよろしい!」

 

 敬礼。

 

 私は抜け目なく、袋をもらっていきます。




ここで啖呵売をやろうという予定だったけれど、バナナでやるものではないっぽい。
バナちゃん節というものがあるが、当時調べて出てきた歌詞が女の子に歌わせるのははばかられ、特に他に思いつきもしなかったのでこの話はここで終わってしまった。
スジを曲げて啖呵売にするかバナちゃん節の別の歌詞にするか決めたら書きます。その場合も面白くはならない。


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9話

「爆弾を作った」

 

 バナナの時作ってたやつな!

 

「解除しなければ、この街は……ドカーンだ! さあどうする? カラーズ」

「ばくだん」

「事件だ!」

「おやじ……それはおもしろそうだ! あははははは!」

「だろう? がっはっは!」

 

 大変だろうに。とても大きな愛を感じる。

 多幸感にあてられて、さっちゃんにすりすりします。さっちゃんもちょっとすりすりを返してくれる。カメラの手ブレなんて気にしません。

 

 アジトで会議が始まってもそれは続く。持て余した幸せを琴葉にぶつけ、すりすりくんかくんか。

 小さな体の許容量以上の幸せを受け取ってしまうと、こうして外に出して解消しなければちょい苦しいのです。

 

「爆弾を止めるには、赤か青、正解のコードを切ること……っとぉ」

 

 ところでこの気持ちがマックスまで行くとお裸すりすりぺろぺろがしたくなるんですが、これって健全なことですよね?

 

 結衣がホワイトボードに今回の事件についてまとめます。さすがしっかりものですね。

 

「真ん中のめと同じ色のコードを切れ。ヒント、そいつは商店街にいる」

 

 それにしても凝った工作だ。ちゃんとした画面表示と、赤と青のコード。ンー、ウキウキする。コナンくんの世界じゃん。ちょっと興味出てきたな、爆破に。その場から立ち去る背後で爆発とか、憧れるわ。

 いつかやろっと。

 

 ちなみに赤のコードが正解。運命の赤い糸は切れないとか言い出したら死ぬやつだ。

 えーと、確かこのあと地下街行くんだったな。あそこ好きだわ。好きだわあそこ。一人だとおさんぽコース。みんなで行くのを楽しみにしてた。

 

「おやじ今回はなかなか面白いこと考えたなー」

「真ん中の目が赤か青い人が商店街にいるってことかなぁ。でも目は右か左にしかついてないし」

「並んでる商品の真ん中にある物ってことじゃない」

 

 その時である。私は、うっかり琴葉のゲーム画面を視界に入れてしまった。

 彼女のプレイを目にするたび、私は思い知る。この世の中には到底人知のおよばぬ、まったくの非効率で異常そのものでしかない、名状しがたい窮極の暗黒の深淵そのもののゲームプレイが存在するのである。

 うっ……!

 

「商品って何屋さん?」

「目ん玉屋」

 

 拒絶反応でほんの少しだが震える。テンション上がってたところだから落差がきついな。

 

「こわいよそのお店! そんなお店ないよ!」

「いや、あそこなら売ってそう。地下街」

「……売ってそう」

 

 ところで私、今日なんも喋ってないな!

 

 

 

「ななちゃん、今日無口だねー」

 

 道中。

 

「ななしは答えしってる」

 

 !?

 

「そーなのかななしぃ!?」

「あー、だから喋らなかったんだ?」

 

 なんでわかるーの。

 

「んー、んふふ」

 

 わらってごまかします。かわいく!

 

「気持ち悪いぞ、ななし」

「あはははは!」

 

 ひどくね?

 

 

 地下街とは、アメ横センタービル地下食品街のこと。

 鮮魚や肉、中国やフィリピンの食品や各種アジアの食品を取り扱っている。本来はその辺の国のお客さんで溢れているのだが、この世界ではちょい少ない。私達は活動しやすいが、やっていけるのだろうか。

 

「うんこうんこー!」

 

 野澤屋では大量の各国のスパイスや調味料が売っている。あとパクチーとかの野菜、よくわからん果物? みたいなのとか。

 一からカレー作るのとかって憧れあるけど、実際やるとなるとスペース取るよね。でも収納に空きがあるのなら、ここは十分にその夢を叶えてくれるお店だ。

 

 野澤屋にもあるが、新井商店ではプランテンなんかが売ってる。バナナだ。

 

「このバナナ固いね?」

「調理用バナナだよ」

「調理用……焼いたりするの?」

「うん。あと揚げたり。まあ芋みたいなものだよ。けっこう美味しいよ? 私もモフォンゴ作りたくなった時とかはここに来るよ。チチャロンもあるし、アドボもパゾンもソフリートもあるし、作りたい時に作れる。近場でツンドクが手に入るのはありがたいね」

「うん。一個もわかんないや」

 

 甘くなくて、主食とかそんなジャンルだ。

 

 鮮魚は京和商事・コウキ物産・野田幸食品。野田幸食品はスッポン売ってる!

 

「スッポンは、一度くわえたものは絶対放さないらしい」

「えー! あぶないよー……」

 

 ふふん、という顔をして網に入ったスッポンを触ろうとする琴葉。すき。好奇心は美しい。

 でもシャーって感じに威嚇されて怯む琴葉。かわいい。

 

「あっ、……こいつはダメだ。行くぞ!」

「ああっ! 待って、琴葉!」

 

 うむ。

 

「二匹ください」

「はいよー」

 

 カメ系ってめっちゃうまいのよ。

 

 うんこ説法の旅に出ていたさっちゃんと合流。鮮魚とかの店主に対し、全てはうんこになるのですと説いている。入信します!

 そんで二人とも合流して、一通り探索を終えた。

 

「目ん玉売ってないねー」

「海羽ならたまに豚の頭とか売ってるけど、今日はないみたいだね」

 

 中国物産、海羽。肉! 肉! 肉! 説明の必要のないほどの肉の量。

 中国の調味料もあるが、主に精肉だ。中華料理屋の人をターゲットにしているのかすげーなおいって物量。たいりくってすごい。ぼくはそうおもった。アヒルとか食べたくなったらここに来ます。

 

「おー、久しぶり。今日は買い物?」

「ううん、探検……いや、デートだよ。みんな私の恋人なんだ」

「へえ。日本ってすごいねー」

 

 中国語です。

 海羽はこの地下であっちとあっちとここにわかれて出店しており、三角形を形成している。なんでだろう。場所によってカタコトなら通じる人と通じない人がいるので気をつけること。

 

「な……」

「ななちゃん中国語できるの!?」

「すごいなななしぃ!」

「エヘヘッ!」

 

 ……と、いう想像をしてた。

 実際の反応。

 

「へー、ななちゃん中国語も話せるんだー」

「ほう」

 

 はんのうよわいね!

 ふむむ、そういやこれまでもみんなの前でロシア語の歌とか歌ってたぞ。それかな。かーちゅうーしゃのーうーたー。

 なお、タネは《言語会話(タンズ)》。なんでも話せるぞ。事前に使っておいたんだ。

 めっちゃくちゃ強い魔法だな。引くわ。

 

「あれ? ののちゃん?」

 

 結衣が敵を発見した。ののかだ。

 

「……みーたーなー?」

 

 振り向くののか。今日もかわいい。

 ののかはののか。パン屋の娘だ。

 ののかはかわいい。めっちゃかわいい。そのかわいさは基本的に女子小学生派の私であってさえ、女子高生も悪くはないなと思わされるほどだ。ののかわ!

 まあもちろん女子小学生ほどではないが、よくがんばってると思う。もうちょっとがんばるといいと思う。

 

「なーにしてるの? ののちゃん!」

「ふふふ、なにしてるかって? ……今はまだ言えない! ゴクヒ任務だから」

「えー、ごくひー?」

「でもそのうち、カラーズちゃんたちにも協力してもらう日が来るかもしれない。その時には、ヨロシク!」

 

 パンですね。

 

「ののかはここの常連か!?」

「目ん玉屋はどこだ!?」

「目ん玉屋!?」

 

 そんなわけで、ののかが仲間になりました。ちゃらちゃちゃちゃちゃちゃんちゃらちゃちゃちゃちゃちゃんちゃんちゃららっちゃちゃんちゃららっちゃ……仲間の加入時に長いファンファーレが鳴る作品が昔あったけど、なんだったんだろうね、あれ。

 

 以上、地下街でした。地下街の定休日は第三水曜日なのでお買い物の際はお気をつけください。

 

 

 

「そっかー、それで目を探してるのかぁ」

 

 さっちゃんはさっきから指をすかっすかっとやっている。ぱちんってやりたいんだね。でもののかが今ぱちんってやりました。うまいですね。意外かもしれませんが、薬指の位置がけっこう重要なんですねこれ。私はできませんが。

 

「うーん。たまに頭は売ってるけど……真ん中なんて無いねー」

「あったら気持ち悪い」

 

 天さん……。

 

「他になにか知らないかののか」

「目かぁ……目……うーん。これは先生が言ってたことなんだけど……人は見たいものしか見ない。見えてるのに、見えてないものがある……って」

「ああ、ブルース・ウィリスね」

「映画じゃなくて」

「映画?」

 

 ホラーだから知らんよね。

 

「よくわかんない」

「なに言ってんだー? ののかー。映画の話か?」

「映画じゃなくって。だから、目にだまされちゃだめなんだよ」

 

 さて、ヒントは全て出揃った。ここから推理パートだ。必ず琴葉が謎を解いてみせる! じっちゃんの名にかけて!

 

「ななしちゃんもあれ見たんだね。あの映画怖いよねー」

「ねー」

 

 謎は、全て解けた。アメ横のゲートの真ん中で赤い目が開く時、不忍池に沈んでいくパンダの像がお前の完璧なアリバイを崩してくれたんだ。

 唐突にマルコムを無視し始めた妻、霊感があると言うコール君。この二つには、もう一つの意味があることになる。

 そうか、監督の仕込んだ巧妙な叙述トリック、奇妙な映像表現の本当の狙いはここにある。

 謎は全て解けた!

 三ツ星カラーズ「まんなかのめさがし」ファイル2

 君にこの謎が解けるか!

 

「そうか! ……これだ!」

 

 謎は全て解けた!

 

 

 

 大人には発想すらできないだろう。だが、今ならわかる。

 ――子供は、登りたい! "危ない"とかいうくだらない真っ当な理由で怒られて登らなくなるが、本来は登りたいんだ!

 

「ゲームクリヤー! 真ん中のメは、赤色! 解除コードは赤だー!」

 

 アメ横ゲートの上、すげー開放感! 私には今、なんの縛りも無い!

 うむ、生まれてきてよかった。まったく、安全と楽しさのどっちが大事だと思ってんだ大人は。

 

「あっははは! そーおいうことかー!」

「ほんとだー! 文字の真ん中が"め"だー!」

 

 謎は! 全て! 解けた!

 

「こらー! なにやってんだー!」

「はははははははは!」

 

 私は! 今! シアワセである!

 

 

 

「結衣、カメラありがとう」

「ううん!」

 

 下から撮影してもらってました。受け取って、活動記録に戻ります。

 暗号の解読も済んだので時限爆弾を解除しに、いざアジトへ凱旋です。

 …………時限?

 タイマー無かったような。

 

「ののか、トロ箱ありがとう」

「ううん。でもこれなに入ってんの?」

「すっぽん」

「すっぽん!?」

 

 道中。

 

「それでななし、本当に暗号の答えわかってたのか?」

「うん。だってアメ横も好きだし」

 

 上野公園とか、アメ横とか、ああ今私、体全部で上野してるなって感じになれるもの。上野を補給したい時はここに来るんだ私は。

 まあ本当はアニメと原作を見たからですが、そうでなくてもきっとわかったことでしょう。愛ゆえに。

 

「お前らほんと反省しねーな」

「ふふん」

「するわけない!」

 

 途中まで道が同じなので斎藤も一緒です。

 

「斎藤くん。自らした反省は人を成長させるけど、強いられた反省は鎖を加えるだけだよ」

「……お前今何歳だよ」

「七歳。それが相手のことを思ってだとしても、型にはめられるのがどれだけ息苦しいことか」

「お前今何歳だよ」

「七歳。大人であり、特に公務員を選んだ君ならばそれを知っているはずだ」

「お前今何歳だ」

「七歳。七歳だよ、斎藤くん!」

「うるせえ!」

「ははは!」

「あはははは!」

 

 アジト。

 

「さっそく切ろう!」

「なにで切るー?」

「ハコールになんかあるだろ」

 

 ハコールは隅に置いてある箱です。ガラクタ入れですね。私はその中にハサミを確認してますが、なんということでしょう。蓋の上に大佐が乗っています。困りましたね。

 でもご安心。こんなこともあろうかと、ポケットに忍ばせておいたニッパーを取り出します。

 

「はい」

「さっすがななしぃ!」

「なんでも持ってるな」

「ねー」

 

 というキャラ付けのためにいろいろ持っています。

 

「じゃー……結衣!」

「わ、私? ……うん!」

 

 やるぞ、って顔でニッパーを手にする結衣。お前の手で……終わらせてくれ!

 結衣が赤いコードをニッパーではさみ、いざ力を入れようというその時である。

 

「わっ!」

「わっ!」

「わっ!」

「わあっ!?」

 

 琴葉までも。

 

 

 

 コードを切ると爆弾の表示はCLEARに変わり「もー」とちょっとぷんすこな結衣をなだめおやじに連絡をすると、なんか斎藤んとこにいると言う。なんで? とは思うがまあ別にそこはいいです。私ら子供なんで。大人には大人のあれこれがあるのでしょう。さっそく公園へ急行。それはもうわけもなく走ります。子供なので。

 

「おやじ、クリヤーしたぞ」

「さすがカラーズ。またこの街を救ったな!」

「なかなかおもしろかったぞおやじぃ!」

 

 私が撮影用に三脚を立てる中、みなが仕掛け人のおやじに称賛の声を浴びせます。ブラボー。おおブラボー。

 

「でも持ち運びできる爆弾じゃ池に沈めるだけでなんとかなってしまう。次は美術館とかに仕掛けるといい」

「おお、そうだな」

「そうだなじゃねえよ!」

「それと時間制限とか、さっちゃんにくくりつけるとかするとハラハラして良いと思う」

「私か!」

「なるほどなあ」

「あんたら……はあ。迷惑な遊びはやめてくれます、おやじさん」

「子供のためだ。お前が迷惑被ろうと知ったことか」

「知れよ! あんたが被れ!」

 

 来るぞ……! 全端末録音準備完了!

 

「またピンチの時は呼ぶといい!」

 

 来たー! 来ましたよ! 生ピン! 生ピンチの時は呼ぶといい!

 これが出たなら! これが出たならー!?

 

「私たちはカラーズ! この街を守る!」

 

 声を合わせて、ポーズ!

 

「ポーズがバラバラだ……」

 

 私バータな!*1

 まんぞく! カメラをかたして*2、いざさらば!

 

「おーいカラーズ。この街は好きかー?」

 

 クールに去る私達の背中に、おやじが問いを投げます。

 その問いに、私達は……いや。私だけ、一瞬でとっても考えます。無駄に、街の風景とか頭に浮かべますが、子供は自分の"好き"を見失いません。

 

「ぜんぜんだなー! あはははは!」

「あはははっ」

 

 まあ言うか言わないかはそれぞれですが。

 もちろん、私は…………ん? お、おお。これは……意識するともう……ダメだ!

 普段はなんとか抑え付けているけれど……私のこの街への愛は、私の体より遥かに大きい。もしこの巨大な愛を止める弁を開き、全てを開放すれば……街が……街中のみんなが……!

 

 妊 娠 す る 。

 

 ちょっといいカモ、じゃないんだ私よ! 出産は負担がかかるし、子育ては大変なんだ!

 

「だいすきだああああああ!」

「わっ!? びっくりした!」

「急だな!?」

 

 なのでちょっとだけ爆発させる。

 

「でも私もだいすき!」

「私も!」

 

 ……にんしんしちゃいそう!

 自然と、三人で琴葉に目を向けます。強制するつもりはないのですが、流れです。言葉を絞り出す気分ですね。

 

「……わ、私も」

 

 なんだか嬉しくなって、がばっと抱きつきます。

 

「わっ!?」

「琴葉ー!」

「琴ちゃんー!」

「わー!」

 

 二人もなぜか続きます。

 やっべ子宮うずくわ。せーりまだなのに。私産みたい! 三人の子供を産みたいわ!

 おにんにんがどうこうとかじゃなくて、なんかそこらへんふわふわした感じでさ。四人で遺伝子まぜまぜしようぜ!

 

「……仲いいな、あいつら」

「なっはっは!」

「で、これ間違うとホントに爆発するんすか?」

「するわけねぇだろ。ただ、青を切ると……」

 

 さっちゃんにニッパーを渡します。

 なんの説明の必要もなく、受け取って走るさっちゃん。斎藤が持ってるボムへその手を伸ばし、ちょきっ!

 

「う、うわあああ! 臭い汁が出るぅ!!」

 

 なに入れたんだろう。

*1
青いデカいやつ。ポーズは両腕を横へ伸ばし、片足を上げる。

*2
かたす - 片付けること。東日本の方言




謎は全て解けた!
アニメだと琴ちゃんのひらめきシーンに謎演出があるけどどういう狙いなんだろう
金田一と三ツ星カラーズとシックス・センスを混ぜるのはごちゃごちゃしてよくないと思うよ
よく考えたらいつまでに解除しないととか無いなあの爆弾


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10話

「ハラハラハラセー」

 

 超かわいい。

 私の中の危ない面が目覚めそうです。

 でも泣き顔が見たくないから我慢してるのです。

 

「サッコラーチョイワヤッセー」

 

 メザメヨ……メザメヨ……。

 ぐぐぐ、呼び覚まされそうだ。もしやそういう呪文なのか……!?

 ダメダヨナナシチャン! タイセツナオトモダチダヨ!

 

「ハラハラハラセー!」

 

 や、やめてくれ……! 私は耐えると決めたんだ……とりあえず原作が終わるまで……!

 

『耐えろ相棒!』

 

 う、うん。もう一人のボク!

 ……いまの誰だ!

 

 内心だけでこっそりボケて劣情をごまかしているとなんか琴葉が私をじっと見ている。

 

「なんだ、その変な顔」

「結衣がかわいいな、って思って」

「ええっ!?」

「あー、結衣かわいいもんなー」

「……確かに、結衣はかわいい」

「うう……琴葉までー」

 

 ニヤリ。

 琴葉が悪ノリしました。

 琴葉もかわいい。

 

 ぴろぴろぴろぴろん。さっちゃんのメール音ですね。

 

「うん? ……ああ! みんなー、急いでののかの店に行くぞー!」

「えっ? どうしたの?」

「……事件だ!」

 

 

 

 ドアの前には招き猫。

 いずれ黄瀬フルーツから盗まれるやつだ。

 

「さっちゃん、優しい……」

「私、優しすぎる……!」

 

 ぶつかった自動ドアを心配するさっちゃん。琴葉はなんとも言えない顔で二人を見ます。

 どんな心境なんだろうか。

 

 自動ドアがガーっと開きます。

 

「何してんの」

「ののちゃん!」

「いらっしゃい」

 

 ののかだ。

 かわいいことで有名だ。

 

「ののかはかわいいね」

「そお? ありがとー」

「ののか! メール見たぞ!」

「うん。送った!」

「事件とは、ほんとの事件であるか?」

「ほんとの事件であるよ」

 

 みんなが嬉しそうで、私も嬉しい。カンテレをポロンと弾いて喜びを表現したいところだが、カメラと同時装備はちょっと……属性過多だから今は持っていない。

 

「事件だー!」

「事件だー!」

 

 結衣とさっちゃんが声を上げて喜んでいますが、琴葉も静かに嬉しそう。

 

「ふふ。とりあえず、中に入ってよ。ようこそ、ササキのパンへ」

「パンもうあんまりないねー」

「今日はもうだいたい売れちゃったから。お客さんももうあんまり来ないかな」

「そんなことはどうでもいい!」

「?」

「事件レベルはなんだ、ののかー」

「事件レベル?」

 

 説明。レベル一、殺人。レベル二、学校に犬乱入。

 

「じゃあレベル三は?」

「ななしぃがまた新しいこと始めてる事件!」

「あ、こないだ三角コーンを棒で回してたよね」

「正月は和服で傘回ししてたぞ」

 

 見られてたのか。お恥ずかしい。

 本来はさっちゃんママのおべんぴだけど、この世界線では私が魔法かけたりして解決してしまってるのでちょっと歴史が変わってた。

 

「……じゃあ、今回はレベル四かな」

「四!」

「すごーい!」

「初めての経験だ!」

「そう。これは大事件なんだよ」

 

 だいたいの流れは知っているので、白々しくリアクションを取れない。

 

「事件レベル四。この店が乗っ取られる事件」

「…………それは一だろうが」

「ののちゃんそれは一だと思う」

「ののかウソはよくないなー」

「事件レベルなんてわかんないよ!」

 

 ちょっと混ざりたいなーという気持ちはあるけど、まあそれはおいおい。

 

「私にとっては四なの。鬼にこの大事な店を乗っ取られるの」

「鬼!? 鬼が出るの!?」

「そう鬼! レベル上がった?」

「いや一だ」

「犬乱入強いな!」

「誰が鬼だって?」

「あっ」

 

 ももかがやって来た。

 大人のお姉さんといった感じの美人さんだ。

 通算では私も彼女をお姉さんと言うような年齢ではないのだけれど、五十代の人にとっても熟女もののAVの女優さんは熟女なんだそうだ。

 だからお姉さんだ。

 できればぎゅーってしてなでなでしてほしい。

 

「もか姉」

「もかねえ? なんだこいつは」

「私のお姉ちゃん」

「もしかしてカラーズちゃん? ののかがお世話になってます」

「してる」

「ののかの姉のももかっていうの。よろしくね。わ、君、すごいカメラ持ってるね。映画でも撮るの?」

「必要とあらば」

 

 ショートフィルムとかやってみるのも良さそう。

 

「もか姉は鬼なのか?」

「ひどいよね、ののったら」

「もか姉がお店に来るなんて、なんの用?」

「決まってるじゃん。ののの……」

 

 ぶー、ぶー。

 

「ケータイなってるぞ」

「あら。…………これどうやって出るの?」

 

 もか姉、声いいな。

 うーむ。歌手に仕立て上げようか。片霧烈火とかどうだろう。いや、それともKOTOKOとか。

 それともお姉さん感を利用してみんなのうた。

 いや、井上陽水の少年時代とか夢の中へとか、カバーっぽく。

 

 ふうむ。

 

「お前とはもう別れたはずだ。次連絡してきたら目ん玉にリコーダー突き刺してチューリップが咲いたを奏でるぞ」

「赤いチューリップ……」

「このブタやろう」

 

 でもなんか既にモデルとかやってそうな風格がある。

 いやおにぎり屋志望だけど。……意外だな!

 

「カネ……コネ……」

 

 おもしろくないよ、琴葉。

 

「パン屋続ける条件覚えてる?」

「覚えてるよ。ちょっと待ってて。今日カラーズちゃんに来てもらったのもこのためなの」

 

 ――気をつけろ、最低最悪のパンが来るぞ!

 

「おっまたせー」

「ん? ただのコッペパン?」

 

 持ち出してきた五つのコッペパン。その見た目からは、秘める攻撃力の片鱗も窺わせない。

 私はある理由から見(けん)に回り、琴葉とともに感想を待つ。

 

「レベル四……」

「事件レベル上げないで!」

「まずいよのの。生地になに入れた?」

「ふっふっふ。生地には地下街で手に入れた様々なスパイスを練りこませてみた。名付けて、ののかブレンド!」

「アホでしょあんた」

「あははは! アホでしょののかー」

「食べなくて良かった」

「琴ちゃん食べてすらいないの!? あっ、ななしちゃんも!」

「いや。私は今いただこう」

 

 結衣が置こうとしたのを受け取っておきました。間接ちゅー狙いでした。

 ぱく、もぐもぐ、ごくん。

 

「……なるほどなるほど」

「おいしいでしょ?」

「スパイスパン、というの自体は悪くない考えだとは思う。好きな人はいるだろう」

「でしょでしょ!?」

「ただ、コッペパンだと思って食べたら百パーまずいと感じる」

「うっ……そ、そう……?」

「かと言って覚悟して食べても、なんか足りない。まさかとは思うけど、塩を入れていないんじゃ」

「うぐっ」

「スパイス。無塩。挑戦しすぎだよ」

 

 スパイスパンと二百二十円を置き、コロッケパンを取って開けます。

 

「うん。良い」

「うう、まいど……。でも、ななしちゃんからもNGかあ。ショックだよ……」

「へえ。カメラちゃん、よく来るんだ?」

「ちょくちょく。私は個包装のパン屋が好きなんだ」

 

 その昔、パン屋は今のケーキ屋みたいな形式だったそうな。あるいはミスド。

 つまり、ショーケースの中のパンを選ぶというもの。買うまで、客は触れない。

 そんな中現れたトングとトレーを持って自分で選ぶという形式は当時革命的だったそうだ。

 しかし、それは衛生と引き換えにした革命だ。

 埃だとか細かいのを省いても、当たり前のようにハエが止まったり、パンに向かって咳をするおばはんとかわけのわからんのもいる。

 それでいいってんならケーキで同じことやってみろというんだ。

 

「そんなわけで、パンが食べたくなったらここに来てる」

「語るねえ」

 

 まあこの店は単に狭いからこうしてるんだろうけど。

 

 結衣が二度かじられたスパイスパンをちらりと見ましたが、なにも言いませんでした。

 

 さっちゃんとも間接キスしたかったけど不自然すぎるかな。

 

「しかし……そうか。このパン屋もなくなるのか。寂しくなるね」

「なくならないよ!」

「ごめんねー。お詫びに、カラーズちゃん。私が作ったおにぎり食べる?」

「食べる!」

 

 私だからいいけど昆布って小学生的にあれだよね。私は好きでも嫌いでもないけど、見栄を張っておいしそうに食う。

 

「ななしぃには悪いけど、おにぎり屋たのしみだなー!」

「ののかは一生スパイス練りこんでたらいい」

「裏切り者ー!」

 

 

 

 別の日。

 

「サッコラーチョイワヤッセー」

 

 学校。校庭で、間近に迫った祭りの練習です。

 割と楽しい。

 

 ポンポンパタポン。

 パタパタパタポン。

 チャカチャカパタポン。

 ポンパタポンパタ。

 

 楽しい。

 

 

 さて。さんさ踊り、というのは本来盛岡のものです。それをなぜ上野でやってるのか、原作・アニメを見て不思議な人も居たことでしょう。

 その答えが、うえの夏まつりパレード。東北の祭りを集めたパレードです。

 そこそこ以前からやっていて、もう三十回近いこのイベントは、ねぶたなんかも含めいろいろ一度に見れるおトクなものです。だからドラゴンが舞っていたり、ハゲが踊ってたりしたわけですね。

 その中に、この湯門小学校も湯門小さんさ連という団体名で参加しています。

 

 中にはやる気のない子や、ただ流されて踊ってる子も居ますが、ちゃんと真面目にやってる子もそこそこ居ます。私は超楽しく踊ってる子です。

 

「ハラハラハラセー!」

 

 さんさ踊りには三種類ありますが、このはらはらはらせはその中の七夕くずしとかいうのでの掛け声です。

 意味は、なんか祓うとかそんなです。

 さっこらは幸せを呼ぶ、ちょいわやっせーは単純に掛け声とのこと。神社でガラガラガラーって派手に鈴慣らしてゴッドにアピールするのと同じ感覚なんじゃないでしょうか。

 わかんないとこはわかんないですが、ちゃんと下調べしてます。

 

「ななちゃんまた上手くなってる!」

「ふふ、ガチ勢」

 

 実のところ、学校での練習が始まる前から練習してる。

 ネットでちゃんと動画があるから、それ見てカメラで撮りながら踊って確認して、とかなり真面目に。

 結衣の練習にもたまに付き合いますが、私の方が熱意で勝っているので成長速度はかなり上です。かなり止まりなのは、結衣はちゃんと家族に見てもらって練習してるからです。

 およよ。見てもらえない私、かわいそう!

 家族仲はべつに悪くありません。

 

「更科さん上手!」

「赤松さんも練習してるんだね」

「平井さんと田所さんも上手だよ! 練習してるの?」

「うん!」

「私もちょっと!」

「ふふ。これ、けっこう楽しいですよね」

 

 本気でやって、楽しむ。まだ年若いのに、それができてる二人に私は好感を覚えます。

 私もかつては大人だったもので。

 

「サッコラーチョイワヤッセー」

 

 楽しい。

 

 

 

 昼休み。

 

「砂漠の蜃気楼ってほんとなのかな。どうして水がないのにあるように見えるんだろう」

 

 と田所さん。彼女と平井さんと結衣の三人で話していて、私もオブザーバー的に参加しています。あんまり自分から喋らず、ただ聞く。

 普通の女子小学生がどんな会話をするのかがとても気になるから。私、なんでも気になるんですね。女の子は話すのが好きなので、いろんなことを話して私も飽きません。

 

「うーん……ななちゃんわかる?」

 

 訊かれたら答えます。

 …………ん、なんか燃えてきたぞ。

 

「はい。蜃気楼というものは三種類ほどありますが、そのケースは上位蜃気楼と下位蜃気楼のどちらも考えられますね。上位であれば、本当はもっと遠くにある水が近くに見えている。下位であれば、いわゆる逃げ水ということになります。見たことがあるでしょうか? 逃げ水は夏の暑い日に車に乗っているとよく――――」

 

「光は基本的に直進しますが、空気中を進んでいた光が水やガラスを通る場合、またはその逆の時は少し曲がります。その曲がった光が私たちの目に入り、ちょっと変な感じに見えるわけですね。お風呂でお湯の中を見るとわかりやすいですよ。飲み物の入ったコップの中のストローも曲がって見えますね」

 

「ここで水やガラスの代わりになるのが、温度差により密度の異なる大気、つまり空気で――――」

 

 あ、楽しい。

 ちゃんと中高のぶんも勉強しててよかった。

 

「はい先生! 密度ってなんですか!」

「空気中にはいろいろなものがあります。窒素が七十八パーセント。あ、百分率はまだ習ってませんよね。三人共、パーセントわかりますか?」

「うん」

「なんとなくは……」

「百のうちどのくらいか、だよね」

「はい。少し難しい言い方をすると、割合と言います。全体の中で、それがどのくらいあるか。比率とも言いますね。空気中には窒素が百のうちの七十八を占め、酸素が二十一、アルゴンという物質が意外にも○・九。残りは二酸化炭素とか細かいものです。実際には水も含まれますが――――」

 

 楽しい。説明楽しい。

 説明好きなキャラの気持ちがわかった。

 

「空気とはどういうものか、だいたいわかっていただけましたね? 見えないけど、ちゃんとあるんです。では密度ですが、例えばここに箱があるとして、箱の中に空気をぎゅうぎゅうに押し込めたら、密度が高いことになります。逆に空気を吸い取ったら密度は低くなります。つまり、ある場所に、どれだけあるか、ということです。この教室も、参観日には人口密度が上がりますね」

「おー」

「なるほどー」

 

 様子を見る。三人の顔に疑問の色が見えないので次。

 

「空気の密度は自然の中でも、気圧や温度の違いで変わります。気圧と言うのはとても簡単に言うと空気の重みです。水で考えるとわかりやすいですね。深いところまで潜ると、上に大量の水が乗ることになります。この場合は水圧と言います。ではここに、蓋を開けた箱を用意して、気圧を上げるとどうなるでしょうか? 空気が押しつぶされてそのぶんいっぱい入り、密度が上がりましたね。逆に気圧が下がると? ほら、自由になった空気は広がっていき密度は下がりました」

 

 うむ。次は熱膨張だ!

 気圧の説明は要らなかった気がするぞ!

 

 

 

「と、このようにして光の屈折がおこり、水平線の向こうの街や、地平線の向こうのオアシスの光景が届く。これがよく知られた種類の蜃気楼です」

「なるほどお!」

「全部わかったよ! 更科さんの説明、先生よりわかりやすいかも!」

 

 ……授業乗っ取れないかな。

 黒板に描いた図を消しつつ、私はちょっと悪いことを考えるのでした。

 

 

 

「サッコラーチョイワヤッセー!」

「手の動きを大きく、しなやかに」

「ハラハラハラセー!」

 

 跳ね方が弱いけれど、パレードするんだからこんなもんか。プロみたいに跳ねたら疲れるよね。私だけ元気よく跳ねよう。

 

「三回叩く時、手はちょっと低い位置に」

 

 こんな感じに練習して、結衣の動きが少しアップデートされた。

 

「どうかな、ななちゃん」

「だいぶよくなったよ。プロの動きに近づいてきた」

「ありがと、ななちゃん!」

 

 私の動きも見てもらうけれど、もうかなりちゃんとしています。もう二日後に迫っているので、なんとか仕上げました。

 真面目にやるとできるもんですね。

 

「もしかして、ななしぃも踊るのか?」

「同じ学校だからね。まあ、完全な強制参加ではないから断る人もいるんだけど」

「えー? 楽しそうなのになー」

「合う合わないはあるからね。個性が尊ばれるようになったってことだよ。ふふっ。きっと年々参加人数減るぞぉ」

「なんで楽しそうなんだ」

 

 なんでって? それはね……お前を食べるためだよ!

 

「かさ増しのために全教員が太鼓役でパレードに参加するの想像したら楽しくない?」

「…………確かに」

 

 ニヤニヤしてる。

 

「それで、いつやるんだ?」

「土曜日だってば!」

 

 

 

 そんなわけで土曜日。

 

「あ、ななちゃん早いね」

「おいおい結衣。なんか私がとても楽しみにして超急いで来た子みたいじゃないか」

「違うの?」

「いやその通り。一番乗り!」

 

 今日も楽しもう!

 

「赤松さん!」

「平井さん、田所さん」

「楽しみだねー」

「ちょっと緊張するけど……」

 

 最初に来た私は当然挨拶済み。テンションの高い私を見てか、二人の緊張もちょっとはほぐれてる感じ。

 これならこの二人も戦力と考えていいだろう。

 いくぜ女郎ども! 開戦だ!

 

 ところで「変なとこないかな?」のくだりかわいいよね。持っててよかったiPhone。そこそこの画質。

 持っててよかった裁縫技術。シャツの内側にiPhone用ポケット追加するくらいちょろいさ。そっからコードを伸ばして胸元からカメラ。どや!

 なお普通の子は貴重品を持ってこないように。置く所とかないぞ。

 

 

「サッコラーチョイワヤッセー!」

 

 ポンポンパタポン!

 パタパタパタポン!

 

「ハラハラハラセー!」

 

 フィーバー!

 

 ところでこの衣装、袖の防御力がいまいちに見えるけどちゃんとシャツなり下着なり着とくように指定があるので隙間から見えたりしないぞ。

 下は体操着、靴は上履き。

 靴下は白いスニーカーソックス、ということになってるけど私は足袋。特に突っ込まれなかった。

 

 入ってるねぇ、気合!

 

「結衣ー! ななしぃー!」

 

 すまんさっちゃん。ガチ勢だから隙間を縫って笑顔を向けるくらいしかできない。

 その一瞬で、さっちゃんに持たせたカメラがちゃんと撮影中なのを確認。よかったよかった。

 ちなみに私のちょっと長めの髪を指定通りおだんごにしてくれたのもさっちゃんだ。私、料理も裁縫もできるけど女子力はないから。

 

「サッコラーチョイワヤッセー!」

 

 いぇーい!

 

 

 

「……なにしてるの?」

 

 組体操?

 

「あっ、来たなダンサーズ!」

「ダンサーズ?」

「来たよダンサーズ」

「服着替えたのか」

「うん。みんな着替えるって言ってたから」

 

 私はもうちょい着てても良かったけど、結衣に合わせた。

 

「あ、そだ。ほいななしぃ、カメラ! よく撮れてるぞ!」

「ありがとうさっちゃん」

 

 組体操みたいなのの邪魔になってか下に置いといたカメラを拾って渡してくれる。本当によく撮れてるかは、たぶんさっちゃんも確認してないからわからない。

 

「じゃ、早く入ろう! 結衣の学校の祭りぃ!」

「うん!」

 

 

 話しながら駆け足。これも楽しい。

 

「ハゲドラゴンかぁ」

「混ぜるな」

「あはははは!」

 

 ちょっと合成にチャレンジしてみようかな。映像の素材次第だけど。

 

 

「祭りだー!」

「祭りだ祭りだー! まつ、……あれ?」

「どうした、ななし」

「盆踊りって……祭りなのかな?」

「……わからん」

 

 検索。

 

「なんか、違うっぽい」

「なにっ!? じゃあなんなんだ!」

「いろいろ説があってよくわかんないってさ」

「な、なんだとぉ! ってことはこいつらよくわかんないのに踊ってるのか! バカなのか!?」

 

 さんさ踊りは練習の最初ちょっと説明あったけど、盆踊りって誰からも説明ないよね。みんな"たぶん仏教の"って思ってるだろうけどそれすらもはっきりしないようだ。

 踊りもだいたい見よう見まねで踊ってる気がする。

 

 ちなみに、東京の盆はだいたい旧暦の方です。

 

「でも祭りっぽいな! 提灯! 太鼓!」

 

 どれどれ、バチないかな。何の根拠もないけど私ならやれる気がする。

 太鼓って見てるぶんには簡単そうだよね。

 

「おっさんがお酒飲んでる! 祭りっぽい!」

 

 わかるようなわからないような。

 おっさんは祭りの時に酒を飲むイメージがあるけど、おっさんは基本的にいつも酒を飲んでいる。なぜなら……、

 

「お酒しか楽しみはないのか」

 

 その通り。

 と言い切れるものでもないけど、大人はね、弱いんだよ。

 だから手軽に楽しめる酒に頼っちゃうのさ。ふふっ。ちょっとおハーブと似てるよね!

 

 祭り。そう決めた。祭りをいろいろ見ていきます。

 

 (^v^)

 チャンスチャンスボックス。名前に反し、ハズレはないけどアタリもなしだ!

 ちょっと寂しいけど、健全。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 ぱっと止まったさっちゃん。私は琴葉をすっと追い越し、結衣をひょいと抱きとめて衝突を防いであげる。

 

「あ、ありがとうななちゃん」

「うん」

「さっちゃんどうしたの?」

「なんかみんな、ピカピカしてないかー?」

 

 そう言われて見てみると、なんかみんな胸元がピカピカ光っている。……いったいここでどんなくじ引きが行われているというのか……!

 

「二人の学校の人って光るのか」

「気持ち悪いな」

「三分以上活動できないのかな」

「ウルトラマン!?」

「結衣とななしぃも光るかも! やってみて!」

「えー……うん。ななちゃん」

「うん?」

「そろそろ放して?」

「うん」

 

 結衣をリリース。

 

 で、パー! ってやった。

 すると、どうしたことだろう。こんなに愛した結衣なのに、まったく心が動かない。

 

「うん。じゃあ次は私だけど」

「楽しみだ!」

「本命」

「無視しないでー!」

 

 なにか小道具は……と愛用のポシェットを探ってみると、ソーイングセットがあった。みんなから見えないようにボタンを取り出して、手に握り込む。カメラを結衣に預け、三歩ほど離れて、片腕で口元を隠し小声で、

 

「《踊る灯(ダンシング・ライツ)》」

 

 すると、手の中に光が生まれる。もう一方の手も合わせ、両手で握り込むようにし、光が漏れる隙間を作る。

 

「おお! ほんとに光ってる!」

「凄い! どうやってるの!?」

「やれって言えばできるのか……!」

 

 まだまだ!

 

「かぁー……!」

「あ、あの構えは!」

「めぇー……!」

 

 何度か試したけど出なかったからでぇじょうぶだ! たぶん!

 

「はぁー! めぇー!」

 

 光を強める。この低レベル魔法の限界までだ!

 

「出るのか!?」

「波ぁー!」

 

 光と共に、例のものを射出する。光を弱め、消します。

 

「出た! なんか出た!」

「なんだ!」

「光は!?」

 

 追っていくみんな。屈んで取り囲み、さっちゃんが代表して拾う。

 

「……ボタン?」

 

 こっちを見てくるので手を見せて、仕掛けないよとアピール。

 戻ってきたので手を差し出すと、ボタンを返してくれました。

 

「手品? すごい!」

「まったくわからん」

 

 魔法ですから。

 でも、手品でもできそうだ。ボタンに目が行ってる間に仕掛けを隠せばいいだけのイージー技。光ってなくても、飛んできゃそっちを見るでしょう。

 なーなー、どうやってたんだ? と訊かれるけど、わりぃな! 亀仙人のじいさんに教えてもらってくれよ!

 それよりオラの如意棒で遊ばねぇか? あれー? どっかに落っことしたかな。

 ではなく普通にごまかした。

 

「あのピカピカ、あそこのくじ引きでもらえるみたいだな」

「あれか! よしいこー!」

 

 くじ引き。

 

「あ、結衣。それ電池すぐ切れるから替えてもらった方がいいよ」

「え、そうなの? ありが……なんでわかるの?」

「替えようかー? たまにハズレあるんだよ」

「あ、お願いしま」

「結衣」

「?」

「試そう。気になる」

「えー? うーん。わかった」

 

 琴葉ストップがかかりました。

 くじ引きやってる間に切れたら交換してあげるよーと親切なくじ引きお姉さんでした。親切さんは好きです。手を振って別れます。

 

 私はなんかピンクのボールペンが当たった。迷う。どうする? これの行方は。

 結衣か、さっちゃんか。結衣は無難。でもさっちゃんもピンクとか好きだ。琴葉は本当にそういうの興味ない。

 ははぁん。さてはここ間違うとトゥルーエンド行けなくなるな。ひゃあー! オラ、今すげぇセーブしてぇぞ!

 さっちゃんにあげると計画を思いとどまってくれる。通常ルートで散々苦しめられることになる例の計画だ。真ルートでも結局他のイベントが起こって大変なんだけど。

 まあどうせここまでの選択も重要だからここだけやってもダメなやつでしょう。

 

「はい琴葉」

「いらない」

 

 ハコール行きかな。

 

 当たった私もピカピカはもらえました。

 ところで、バタフライエフェクト的には結衣が引いたのがハズレである確証はない。けれど、私は自信を持った口調で断言した。

 それはなにか狙いがある、というわけでもなく、別に外れてもティヘッ! で流せばいいんですね。昔の預言者的なやつ。むしろ当たった方がめんどいけど、無用なスリルを避けるほど、なんかあの、あれじゃないのだ。

 

 あれだ。

 

 

 結衣がピカピなんとかとか言ってたけど、たぶんピカチュウのものまねだと思う。そういえばみんなとポケモンの話ししたことなかったな。きっとこれからもないと思う。

 みんなで祭りっぽいのを楽しみます。踊ったりも。みんなで踊るのも楽しいねぇ。それはもうノリノリで踊った。

 いろいろ挑戦しているせいか初めてでも器用に踊れるのも嬉しい。

 

 ところで提灯の一つに鯨岡工場ってあるんだけど。私、気になります! たぶんおやじとは関係ない。

 

「あっ、赤松さん! 更科さん!」

 

 呼ばれたので、さっちゃんの後ろに隠れます。

 

「あ、平井さん田所さん! わー、浴衣かわいいね!」

「へへ。そお? ありがとー」

「ねっ、それどうしたの?」

「これはねー」

 

 結衣に対応を任せ、影になります。

 

「なにやってるんだ?」

「実は人見知りなんだ」

「うそつけ」

 

 ばれちゃった。

 

「更科さんはなにしてるの?」

「え? ……うーん。わかんないけど……なんとなく隠れてみたんじゃないかなぁ」

「へー」

「更科さんって不思議だよね」

 

 へへっ。

 

「学校の友達か」

「結衣の友達」

「……お前は違うのか?」

「んー、何ていうか。私は曖昧だからなぁ。友達なのかも」

「わからないのか。自分のことなのに」

「わかんないねぇー、自分のこと!」

 

 琴葉の後ろに移ります。

 

「わかるのは、私には琴葉をかるーく持ち上げられる力があることくらいか、なっ」

「うわっ!」

 

 両手で腰を掴んで持ち上げる。ちょっと暴れるけど、そのくらいじゃ私は微動だにしません。琴葉はおとなしくなりました。

 

「結衣なのにー!」

「い、いいのー!」

 

 琴葉を引き寄せて、抱きしめます。

 

「わかんないけど、とりあえずそれなりに幸せだからいいと思う」

 

 すりすりする。

 私も小さいのに、琴葉の体はすごく細く感じる。

 肌のきめ細かな手触り。さらさらな髪。子供用シャンプーの香り。

 どうしてこう、胸がきゅんきゅんするんだろう。

 

「結衣ちゃん、そのカメラおっきいね?」

「お父さんの?」

「あ、ううん。ななちゃんのだよ」

「ななちゃん?」

「あ、そうだった! ええと、ななちゃんってのは……」

 

 名残惜しいけど、出番のようだ。出撃する。

 

「私のことです」

 

 すっとカメラを受け取る。

 

「あ、更科さん!」

「そっか。更科さんのことなんだ。……あれ、でも更科さんの名前って」

「あまり名を名乗らないので、ななし。そんなかんじですよ」

 

 細かいことは、言わない。

 彼女らのことはそこそこ好きだが、そこまでの仲とは思わないからだ。

 だけど、これだけ言っておこう。

 

「そして、名乗ってもいないのに勝手に下の名で呼ぶ無礼者は敵です」

「あ、じゃあ内藤君……」

「かわいそう……」

 

 ピンと来ないけど敵です。

 

 ところで信長とか家康は諱(いみな)と言ってもともと生きてるうちはあんま使わない名前で、普段は官位とかで呼ぶそうだよ。ドラマとかはわかりやすくしてるけど、呼ぶのは失礼だから家臣に信長様とか言われたらたぶんぶった切るぞ。

 というのは私とはまったく関係ないけど。

 

「お、いたいた。さっちゃーん」

「あ、かーちゃーん! たーっち!」

 

 終焉の刻は来たれり。我らの宴もここまでのようね。おっと熊本弁が。

 

「では」

「またね」

「バイバーイ」

「またねー!」

 

 闇に飲まれよ!

 

 帰り道。

 

「あ! ほんとに切れてる!」

「なにっ!?」

「マジか!」

 

 特にズレもなく、予定通り電池が切れました。

 どういう理由なんだろう。すぐ切れる電池というものは。

 

「なに? どうしたの?」

「ななちゃんね、私のは電池がすぐ切れるって言ってたの」

「替えてもらえと言ってたが」

「琴ちゃんが気になるみたいで、試したんだ!」

「そしたらほんとに切れてー」

「あらま。すごいじゃない」

「だろー!」

「ななしはそういうところがある」

 

 ……。

 

 どうやったの? なんでわかったの?

 そういうの、一切ありませんでした。

 

 そこスルー?

 

 まだ近かったのでピカピカは戻って替えてもらいました。




アニメではさっちゃんが「夏休みももうちょっとで終わりか」と言ってるけど、いろいろ計算が合わないのでミスだと思う。夏休みが始まる辺りのはず。この作品ではまだということにしている。狙ってのことではなく、この話書くのを後回しにした結果そうなってしまった。
ののちゃんが可愛いのでこの話を書きたかったが、アニメではこの前振りにののかが地下街でスパイスを仕入れている。
そのシーンはおやじの爆弾の回だが、その前振りとしておやじが爆弾を作っているシーンがバナナの回にあったので、バナナ回書く熱意がなかったけど無視はできなかった。
Google Earthで上野周辺の小学校を調べるとまっさきに目に映るのは「台東区立忍者小学校」だろう。Google Mapでも忍者小と略されてるが、本当は忍岡。報告しようかと思ったけどちょっと面白かったから……。※修正済み
台東区の小学校を見ると、だいたい屋上にバスケやサッカーのコートやプールがあったりする。下には決まって陸上コート。深刻な土地不足を感じる。
結衣の学校、湯門小学生は黒門小学生がモデルっぽいが、見た目はかなり違う。たぶん、見た目だけ他のところにしたんでしょうな。一般的な小学校のイメージと違いすぎるし。自分の通ってたとことずいぶん違うな、という印象は作品として完全に不要だから。土のある校庭くらい欲しい。
近くに湯島小学校を発見。黒門と湯島を合わせたのか。でもこっちも見た目は違う。
この学校はどんなかなーと思って覗いた台東区立松葉小学校公式HPはとても古い見た目のアクセスカウンターが2788。まじかよ、と思ったけど壊れててランダム。どうしたらこうなるんだ。地味な2000年問題かなんかか。"シュミレーション授業"という記載があるが、Simulationなのでシミュと書いてほしい。
アニメでのさんさ踊りのシーンは静止画が多い。手をぐにゃぐにゃする動きが多く、真面目にやろうとすると作画コストがヤバイことになるからだろうか。絶対崩壊して大変だったろうし、さすがプロ。
主人公はステータスに器用さの値を持つため、わりと踊れる。
わしの若い頃は盆踊りに行くと焼き鳥屋のおっちゃんがなんか一本くれたもんじゃ。昔ってすげぇ。その後もう一本くれた。主人公の前世がいつ生まれかは設定しない方がいいからこういう昔語りは作中に盛り込んでないつもりだけどちょっとうっかり書いてるような。
2018年の第35回うえの夏まつりパレードは7/21だから過去のもそのくらいにやるとして、作中では土曜日。2012年の旧暦お盆7/15は日曜日。2017年まで15が土曜になることはないが、盆踊りの日にちはけっこうアバウトだから関係なさそう。いちおう調べただけ。
東京の小学校の夏休み、おおむね7/21からの35-40日間。東京のお盆は一部を除き旧暦。パレードの時期的にも夏休み開始ごろ。時期は合う。
内藤君。主人公を意識していて、なにか間違えて名前で呼んでしまった男子。というのは説明しなくてもなんとなくわかると思うので作中では説明なしだけど、ここまでに内藤君出たっけ?という疑問が出そうなのでここで。


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11話

 紙飛行機を飛ばす。

 それは白い。それは私だ。

 なんの魔法も用いなければ、基本的には私は空を飛べない。

 基本的にというのは、厳密には魔法じゃない方法や、道具や乗り物を使う方法があるからだ。

 魔法も、その他も、紙飛行機に施してはいないので、それは当たり前に地面に落ちた。

 

「あはは! ななしぃ普通だなー!」

 

 さっちゃんの横か。まあ、一位は変わらず。

 

「よし、私が一番だ。選ばせろ」

 

 カメラはミニ三脚でセット済み。

 琴葉が迷いなくけん玉を手に取って、お次と私も箱をあさります。

 

「斎藤も知らんだろ、こういうの」

「知らん。ていうかお前も知らんだろ」

「そうかな? ほら、ポッピンアイ」

 

 色付き半透明の半球。裏返して地面に置くと、ぽんっと勢いよく飛び上がりました。

 

「うおっ」

「あはははは! うおっだってあははは!」

「うっせ」

「当時の謳い文句はアメリカで大人気、だったけどたぶん嘘なんだろうな」

 

 今だったらちょっとお叱りあるやり方だよね。いや、全米っていつも泣かされてるしいいのかな。

 

「私にもいいの残してね」

「いっぱいあるから大丈夫」

「うーん。なんだこれ?」

「カードゲームかなー?」

「メンコだろ?」

「めんこ?」

「地面に並べて上から一枚叩きつけて、たくさんひっくり返した奴が勝ちとか、確かそんな感じだ。ななし、お前これも知ってるのか?」

「おうとも」

 

 適当に置いて、試してみます。

 

「ていっ」

 

 べしっ! 見事にひっくり返りました。

 

「おー」

「ひっくり返したら自分のものになったから、強いやつはいっぱい持っていた。このベーゴマも。賭けるからこそ燃えて、みんな本気でやっていた。取られて手持ちがなくなった奴は買うわけだから、商品として上手いことできてたものだよ。みんないろいろ研究していたな。どうやれば勝てるかって」

 

 今そういうのないよね。まあ親御さんの印象悪いだろうからなあ。

 

「メンコは油染み込ませて重くしたりロウを塗ったり強化してさ。ベーゴマ、これはコマだけど、他のやつのを弾き飛ばせば勝ち。だから鉛を乗せて重くしたりしてた」

「ずるいなー昔のやつ」

「賭けごとの悪い部分だよ」

「なんで詳しいんだよお前は……」

 

 こち亀。

 

「どれどれ、貸してみそ。てーい! ……全然ひっくり返りませんがー!」

「じゃあ私の番」

「お前ら、これおやじさんのか?」

「おやじが子供の時遊んだやつだってー」

「レトロだなー」

 

 結衣が投げる。アドバイスするべきか。

 

「片足をこの位置に置いてやると良いらしい。理由は知らない」

「ふんふん。よーし。たあーっ!」

 

 やっぱりひっくり返らないか。

 

「なにがおもしろいんだろこれ」

「賭けてたから成立してたのかもねえ」

 

 ああ、つまり昔の課金ゲーか。

 

 斎藤が飛ばした紙飛行機を琴葉が撃墜。けん玉、強い。

 

「これはなかなかいいな」

「けん玉そういうんじゃねぇからな」

 

 カメラ操作に向かう。

 斎藤が紙飛行機を二つ飛ばし、

 

「とわ、たっ!」

 

 琴葉が二連で撃墜した。

 

DOUBLE KILL!(だぼーきーる)

「んー!」

 

 いい顔。

 

「気に入った」

「けん玉そういうんじゃねぇからな!」

 

 二人は平和に紙風船を膨らまし始める。私もふーってしてほしい。敏感なところを。敏感なところと言ってもあれだ。変な意味ではなくもちろん性的な意味でだよ。

 二人が遊んでいる間、琴葉はけん玉の練習。斎藤はスーパーカー消しゴムを発見していた。

 

「昔スーパーカーが流行って、当時の子はカメラ持ってよくスーパーカーが通るとこで待機したりしたそうだよ」

「ふーん……」

「そこまでのブームが過ぎ去った後、今度はボールペンを使ってスーパーカー消しゴムを弾いて遊ぶのが流行った。まあ、この頃の子はスーパーカー自体にはさほど興味なく、どれがなんて車かは重視しなかったんじゃないかなと私は思ってる。メーカーもあんま気にしてなかったようで、この消しゴムもなんの車かわかんないのもあったようだ。ちなみに消しゴムとしては使えない。まあ消しゴムって言い訳があれば学校に持って来やすいからね。あ、それはスーパーボール。駄菓子屋のくじの定番。でっかいのが当たると嬉しい!」

「昭和みたいなこと言いやがって。いくつだよ歳。世代じゃねぇだろ」

「お、スライム。これも流行ってね。工場はフル稼働でこれを作ってたようなんだけど、原料の水の使いすぎで水道局から苦情を入れられた。スライム製造用の水道管を増設するくらいだったから需要に生産が追いつかない時期があって、そこを狙って類似品がよく作られた。ひどいもんでは強欲なタイプの駄菓子屋のババアが作ったいいかげんなスライムは時間が経つとうんこみたいな臭いがしだしたとか」

「……世代じゃねぇだろ」

「ほら、ルービックキューブ。ハンガリー生まれ。これも類似品が大量に出た。あるニセルービックキューブ工場の社長の家は、二階建てが三階建てになったとか。でも息子の部屋の壁際には作りすぎて余ったニセルービックキューブが積み重ねられていたとか。押し入れにもパーツがぎっしりだ。リアルな話だよね。在庫の山はそうなるんだ。それと直接の関係はないと思うけどその後なんだかんだでその家族は一人首吊ったあと夜逃げした」

「世代じゃねぇだろ! つかなんて落ちだよ!」

「難しいよねルービックキューブ。私は頑張っても五面までしか揃えられない」

「やってみせろ」

「無理」

 

 私はカメラマンへ戻る。結衣とさっちゃんは平和に紙風船で遊んでる。いいよね、平和。平和じゃないのもいいけど、平和はいい。

 琴葉はけん玉。正しい使い方じゃないけど、まあ本人が楽しいならいいのです。それがおもちゃ。

 斎藤はコマの回し方を調べている。

 私は暇なのでちょっとヨーヨー。そんなに上手くはないが、不思議と前世よりできてる。

 

「器用だなお前は」

「私も驚いてる。斎藤、お前は上手くいくかな?」

「ふん。見てろ」

 

 その表情は自信に満ちています。現代の利器を使ったがゆえの自信です。

 まあけっこうそれでなんとかなっちゃうものですが。

 

 斎藤は上手いことやり、コマは回りました。

 

「おお、やるじゃないか」

「ふふん。だろ?」

「とあっ」

「けん玉ぁー!」

「ほっ」

 

 けん玉でコマを弾き飛ばす琴葉。私の記憶が確かなら、このあといい顔になります。

 見逃せるはずもなく、飛び込んで身体を捻り仰向けになって、背中で着地しつつ琴葉にカメラを向ける。

 

「けん玉そういうんじゃ、お前は大丈夫なのかそれ!」

「んー!」

「無論」

 

 ほらいい顔!

 あ、私は魔法系ビルドだけどHPはあるから大丈夫。

 

「とおっ」

 

 破壊に酔った琴葉は、近場を跳んでいた紙風船を見逃しはしなかった。

 ぱしんとやっちゃいました。

 

「破けちゃったー」

「あー」

「ごめん。つい……」

「いいよーこれー。よくわかんなかったしー」

「わかんないのばっかだねー」

「やっぱ昔のは今の子わかんないよねえ」

「ふふ。ななちゃん昔の人みたい」

 

 やべっ、バレた?

 

「私はだいたいわかるよ。この紙風船はさっきやってたので合ってるけど、今でも頭につけて丸めた新聞紙で叩きあったりすれば楽しい」

「おー」

「おお」

「後は……さすがおやじ、男の子だね。琴葉の好きなのあるよー。武器系」

「ほう……!」

 

 よしよし来なさい。

 

「まずはパチンコ。スリングショットだけど、本格的じゃないやつはパチンコって言う。よくパチンコ玉を使うからかな?」

 

 ほんとの由来……なんだろう。まあいいや。

 ベーゴマをとばしてみせます。

 

「なかなかだ」

「とりあえず練習用として十分。次にこれ。さっちゃん、地面に叩きつけるんだ」

「こうかっ!」

 

 ぱしーん!

 迷いなく叩きつけたかんしゃく玉はいい音をたてて弾けました。

 

「わあ!」

「おおー!」

 

 好評。まだ何個かあるので、袋ごと渡すとパンパンやりはじめました。

 

「ついでにこのリボルバー。順から言うと結衣だけど、結衣向けではない。でもやってみる?」

「うん。こうかな?」

 

 パン!

 

「わあ!?」

「まあこれは今も百均で売ってるけど」

 

 実用品として。鳥を散らすのに良いんだね。

 赤だか黒だかの火薬と青い火薬があった気がする。どっちも同じだったんだろうけど、青の方が強い気がした。普通の方だけで十分うっさいから試さなかったけど。

 

「最後にこれ。じゃあ斎藤にやってもらおうか」

「あ? 俺かよ、ってこれ」

 

 ライターも渡します。安物ですが、アンティークなやつ。

 

「小学生がライター持ちやがって……こうか?」

 

 火をつけて投げると、ぱんぱんぱんぱん弾けだしました。

 

「あはははははは!」

「花火か? これ」

「うん。爆竹といって、昭和の悪ガキがカエルのケツに入れたり、犬のフンや肥溜めにさして火をつけて何秒逃げずにいられるかというチキンレースを楽しむためのもの。あとロックバンドの人が大量に使って自宅を吹き飛ばしたりもしてる。……自宅テロ」

「ぷぷっ!」

 

 良かった通じた。

 結衣は学んだのか、あらかじめ遠くへ離れていました。

 

「これって分解すれば私でも手榴弾くらい作れるけど、普通に売ってるよね。大量に買えば足がつくからかな」

「お前が一番危ない。ほら」

「ん」

 

 ライターを受け取る。

 

「おやじさん、なんでこんなものまで……」

「斎藤の逆襲用かなあ。斎藤さんこれなあに? って訊かれたら説明もせず火をつけるだろ?」

「なるほどな……」

 

 そのあと股間にスーパーボールが当たる感じの落ちが待ってると思うけど。

 

「まあこんなもんかなー」

 

 モーラを操りながら締めを宣言。

 なんか、これもニョロニョロ動かせる。器用。

 

「これのCMの最後、へんなのー。でもおもしろーい! って言ってたけど、今にして思えばあれどういう宣伝文句だ」

「だから世代じゃねぇだろ……」

 

 これも類似品があって、いまそのへんで買おうとするとつちのこってのしかないんじゃないかな。

 CMでは類似品にご注意くださいってあったけど、客には関係ないから安い方手に入る方を買うよね。

 

「なんだー、もうパンってなるやつないのかー」

「銃は弾一箱あったよ」

「やった! 結衣ー貸してー」

「うん」

 

 こうしてさっちゃんは銃を。

 

「琴葉は中近距離に対応した武器を得たのでした」

「むふー!」

 

 結衣向けは無かった。

 女の子向け……おはじき、リリアン、なんかプラスチックの色付きリング。

 あったとしてイマイチ。あとはゴムとびとかやってたイメージしかない。

 女の子はコミュニケーションがメインだから、おままごととかで十分だったのかも。

 

 あ、リカちゃんとかもか。

 

「けん玉おもしろい?」

「これはなかなか。パチンコもいいな。極める」

「琴ちゃんけん玉貸してよ」

「いいぞ」

 

 ただしいやり方教えてやるべきか。

 パチンコは上達したら本格的なスリングショットを贈ろう。

 危ないけど。

 

「ななちゃんそれなあに?」

「ふふ、これはね」

 

 私も埋まっていた野球盤を持ってアジトへ。やるぞさっちゃん。




この主人公、別に昭和生まれという設定は無いのだけれど……たぶん必要以上に昔の人ぶってるんじゃないかな。そのうち「昔は卵屋というのがあったんじゃよ」とか言い出しそう。
アニメだと琴葉がけん玉取ったあとも箱の中にけん玉がある。円盤でも修正なし


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12話

 ランドセルを背負ってると私今小学生だなーとテンション上がる。

 そんな異様な小学生でーす。

 そんな変哲しかない私だけど、特にゴイスーなのはマジカルでリリカルなパゥワーを持ってることかな。

 ただ誰も説明してくれなかったから、自分でもどんな力があるのかよくわからない。

 今わかってるのは、かっこいい魔法と、ゲームっぽい魔法。よくわからない魔法。他に念力が使えるけど、ティッシュ箱から出てるティッシュを動かせる程度。サイキックパゥワー。

 最近見つけたよくわからない魔法その二は、いろいろあるけど魔法ごとに使用できる回数が決まっていて、その回数はどうやら回復しない。

 

 超能力は鍛えればパワーが上昇するかもしれないけど、別に必要ないしスプーン曲げを頑張ってる姿や透視カードを持っているのを誰かに見られたら私は死ぬ。

 あの波線とかのやつ。

 

 私としてはマジックアイテムとかあった方が楽しいんだけど、その辺なんとかならないもんだろうか。アプデ待ってます。

 

 

 さあて、その魔法たちであるが、かっこいい魔法とゲームっぽいのにはレベルが存在する。

 そのレベルを上げるには経験値が要る。

 経験値を上げるにはどうするかと言うと、生き物を殺さなくてはならない。

 

 東京で? しかも、台東区。たぶん、日本中で一番キツイ。森とかないもの。

 

 よく十三レベルにまで上げたものだ。

 システムについてはなんとなーく感触でわかるようになっているが、ソーサラーを十三レベルにすれば失敗のない、しかも距離制限もなく詳しく知らないところに行ける上位のテレポートを覚えられる。ただクレリックに三レベル浮気しちゃったからあと三レベル上げないといけない。

 そうすると釣りにも行きやすいし山で鹿や蛇くらい狩れるかもしれない。その後のレベル上げは楽になるだろう。

 害獣ハンターなんかも楽しそうだ。透明化してヌートリアに即死魔法とか。死体は白骨に変えてしまおう。

 法はどうあれドバトなんて殺し放題だ。まあ、ちょっと、騒ぎになりそうだけど。

 カミツキガメとか経験値高そうだけど、数こなせなそう。

 

 テンション上がってた頃はこの力を使って害獣や外来種を駆逐してみよう。みたいなことを考えもしたけれど、そういうのは魔法あっても一種どうにかするのに年単位でかかりそう。

 限度はある。それは当然だけど……この魔法はできることが多い。

 だから、逆になにができないのか、不得意としている面に気づきにくい。

 

 範囲攻撃は、できる。

 特定の種を選んで探知することも、できる。

 しかし探知した対象を引き寄せたり、それのみを選んで攻撃とかいうのはないわけだ。

 大望があればそのためにどうしたら、と考える過程でその辺に気づくんだろうけど、私そうじゃないから。

 

 そもそも魔法なくてもべつに困らないし……。

 

 ただ、レベルがあれば上げるよね、とりあえず。便利は便利だし。

 

 そんなわけで、今日のレベル上げ。

 東京にも林くらいはある。馬を召喚して、不可視化して、林を探して走り回った。

 結果、首尾よくスズメバチの巣を発見した。

 

「《上位不可視化(グレーター・インヴィジビリティ)》《死の雲(デスクラウド)》」

 

 黒い雲が出現して、周囲の木ごと巣を飲み込む。

 数秒して雲が霧散すると、そこには静かになった巣と転がるスズメバチたちの姿が。

 たぶん木も死んでる。

 

 弱い生物を即死させる範囲攻撃魔法。上位の不可視化では、攻撃しても不可視が解除されることはない。

 これならバレずに稼げるのではないか、と思ったのだけど……。

 

 経験値…………悪くは、ない。

 数が考慮されたのかそこそこだけど、しかしこのために走り回って、ってほどではない。

 見かけたら狩るけど、そんなに偶然見かけるもんでもない。

 

 帰るか。

 

 

 

「聞いたかみんなー!」

「どうしたの? さっちゃん」

「この辺りで、見えない馬が走り回っていたらしい!」

「えー? 見えないのになんでわかるの?」

「その話なら私も聞いた。馬の蹄の音だけが道路を走ってく。ののかが言ってた」

「なんだー。でもののか嘘つきだしなー」

「あーなんだののかの嘘かー」

 

 便乗、火消し。

 そういえばあれ、音は消えないんだった。

 

 

 

「見えない馬なんでしょ? どうやって探すのー?」

「範囲攻撃するべき」

「危ないよお」

 

 そして火も消えなかった。しっかり本人に確認を取った。説明してくれるののか。けど三度くらい本当か疑うみんな。ののかは自分の信用のなさにうなだれてた。

 

「うーん……ななしぃ、なんかないか?」

「おおっと私に振るか」

 

 不可視の対策かあ。でも、それ以前に。

 

「この事件のポイントは見えない馬がいたということ。見えないのにそれを確認できたのは、走る音があったから。ということはつまり、今の所走ってない馬は見つけてないわけだ」

「うん」

「大きな問題として、走っている馬は、危ない」

「えー、そうかー?」

「当たると弾き飛ばされるよ」

「踏まれると脳が出る」

「こわいよ琴葉……」

 

 だから、もし見つけるならまだ見つかっていない止まっている状態の馬を見つける必要があるのだけれど。

 

「というわけで琴葉、透明対策ってどんなのがあると思う?」

「いくつかあるな。まず、小麦粉を撒く。足跡がわかるし、馬に付けば見えるかもしれない」

 

 効果が期待できる量の小麦粉をどう入手するかということは考えない。

 

「同じように雨が降るとわかるかもしれないし、同じところを通るようなら待ち構えることもできるな」

「琴葉すごい!」

「ふふん」

「付け足すと、動物って臭いから、ひょっとしたら臭いでもわかるかも。ただこれは実体がある場合で……透明じゃなくて音だけの馬だったらつまんないよね」

「捕まえらんないなー」

 

 ただ、今回使ったのは《幻の乗馬(ファントム・スティード)》という魔法の馬。臭いがあるかどうか。

 

 さて。

 どうなんだろ。

 これは、

 ……サービスした方がいいのか?

 

「まあまあ、こんなの世界初だろうから、とてつもなくレアなことだ。もう出ないんじゃないかな」

 

 なんとかテンションを下げる。

 

「いーや! 世界初のそれがつい昨日現れたんだ! 捕まえるには今しかない! そうだろ、リーダー!」

「え!? ……う、うん! みんな! これより、緊急任務を発令します!」

 

 敬礼。内心はとほほ、ですが。

 

「これより、透明の馬捕獲作戦を開始します!」

「おー!」

「おー」

「おー……」

 

 

 

「いないなー」

 

 どこにいるんだろーな。

 公園にいるものだろうか。

 さーて。

 ううむ。

 どうしたものか。

 

 ずるい大人であれば、いなかったねーで済ませるだろう。まあ、三日もすれば忘れる。本人たちが実際に聞いたわけじゃないのだから。

 しかし、私にはそんなことはできない。彼女たちが求めていて、私はそれを用意できる。

 うぐぐ。うぐぐ。

 

 だが、だが。

 透明馬を召喚していられる時間は今の私では二十時間ほど。透明馬より効果時間の長い通常の馬を召喚していられる時間は、最大で四十時間。しかし……肝心の透明化が、二十分。

 限度は、ある。

 

 ふむ。

 

 ぱからっぱからっぱからっ。

 軽快な音をたて、走る透明馬。背中にはさっちゃんが乗っている。

 バカそのものの笑い声をあげ、とても楽しそうだ。しかし……ある時、ふと馬の透明化が切れる。

 なんだよーこれじゃ普通の馬じゃんかよー。

 残念だね。

 動物園に売ろう。

 

 ダメだな。馬も消えるし。他には……そうだ。本物の馬を用意して透明化。野生化した馬がどっかにいたはず。ちょっと旅行して連れてくることはできる。んで透明化が解除されちゃったあとは?

 

 かーちゃん、これ拾ったー! 飼えるか!

 馬のエサ代は月二万円とかそんくらい。ポニーでも一万五千円くらい。あと場所の問題。

 よし飼おうとはなかなか言えない。

 

 このプランはスカートがちらちらしてパンツが見れるくらいしかメリットがない。どうしようか……。

 珍しく琴葉のも見れる可能性はあるんだよな。うーん。

 でも落ちが弱いんだよな……。

 

「もうどっか行っちゃったのかなー?」

 

 いかん。リーダーが残念がってる。

 

「《幻の音(ゴーストサウンド)》ッ!!」

 

 小声で。

 あと念写に写った敵の親玉みたいなポーズで。

 

「あ! みんな、来たよ!」

 

 ぱからっぱからっぱからっ。

 音が目の前の池沿いの道を通る。

 さっちゃんがバカみたいに、というかバカなんだけど、突撃したが間に合うはずもない。過ぎ去ってしまった。

 

「逃げられたー!」

「どう!? さっちゃん」

「どうってなにがだー?」

「におい!」

「あ! ……ない!」

 

 さすがリーダー! さっちゃんとハサミは使いようだ!

 

「カメラにも映らない」

 

 琴葉は3DSで撮影を試みてたようだ。素早い判断。

 私は魔法の関係で撮影してなかった。撮影しているとあとで見直される可能性があって、小声とはいえそこで呪文は、さっきのポーズほどではないが怪しい。そのリスクを避けたわけだね。うーむ。なんて賢いんだ、私。

 

 それはさておき、四人で顔を見合わせます。

 

「いた……!」

「いたね……」

「いた」

「いたね」

 

 三人のボルテージが上がっていくのを感じる。私を置き去りに。

 そしてさっちゃんがぶるぶると震えて、弾けるように両拳を天に突き出しました。

 

「いたあああー!!」

「わああー!」

「おおおー!」

 

 琴葉まで吠えた。

 

 こまーる。

 

 

 その後。

 

「じゃあ私は小麦粉を用意しよう」

 

 と誤魔化して抜けてきたのはいいけれど、どう収拾つけるんだ?

 業務用の十キロの袋を担ぎながら、私は途方に暮れる。

 いや、一キロで十分だとわかってはいるけど、ウケが狙いたくて。

 

「多い! 多いよななちゃん!」

「これなら足りるなー!」

 

 合流しちゃった。

 

「よーし。撒くから指示しておくれ」

「う、うん。まずは、さっき通ったここに撒いて!」

「はーい」

 

 端をナイフで切って、どばーっとぶちまけます。

 普通の人はやめとこうね。迷惑だよ。

 

「よーし! じゃあ、次はののちゃんが聞いた場所に行くよ!」

「おー!」

 

 

 そしてアメ横付近。

 さすがに人通り多いけど、カラーズには関係ありません。

 リーダーの指示の下、無遠慮に小麦粉をぶちまけます。

 さて次は。

 

「ようカラーズ。馬を探してるな?」

「うん! なんでわかるの?」

「はっはっは! まあみんな探してるからよ。上野の外からもUMAハンターが来てたぜ」

「ゆーま?」

「探してるのはウマだぞー?」

「謎の未確認動物。チューチューカブリラみたいなやつのことだよ」

「へー」

「そういうこった。これほどはっきり目撃……まあ、見えないんだが、目撃情報が多数ってのは世界的に見てもなかなか無いんだそうだ。長年海外でビッグフットなんか探してた連中がやって来て、大捜索だ。みぃんな力入ってるぜ? これは先を越されるかもなあ」

「なんだとー! 私達が負けるって言うのかよー!」

「くっく。そうならないように、地図を用意した」

 

 先んじてさっと受け取る。

 こう言ってしまうと自慢に聞こえるかもしれないが、私は地図が読める。ふふん。

 わかってる。上が北で右が東だろ?

 まあ近場だから方角関係ないんだけども。

 

 ふむふむ、これは。

 

「おお! 目撃が耳撃かわからないけど、馬が通ったルートのマップだね」

「やるなーおやじ!」

「おやじ、ありがとう!」

「いいってことよ。だが、気をつけろよ? 轢かれたやつは居ないから、温厚だとは思うが……」

「わかってるってー! ほら、りんご!」

「なっはっは! なら大丈夫だな!」

 

 かなあ?

 

「しかし、ま。馬は足が速いからな……。もうどっか遠くへ行っちまっててもおかしくはないぜ?」

「それなら心配ない。さっき公園に居た」

 

 と琴葉。

 

「なに!?」

「池のとこに居たよ!」

「まじか……すげえな、カラーズ」

 

 おやじもびっくり。

 

「こりゃあひょっとするかもしれねえな。頑張れよ!」

「うん!」

「おやじもな!」

 

 さーて。地図をしまっても私には不思議と馬がどこを通ったかがわかってしまう。その道を行くと……。

 

「うわあ、こうなるのか……」

 

 わらわらと、いろんな人が集まっていた。

 仮に透明馬が居るとして、こんなとこ通らないだろってくらい。

 人参やリンゴを持ってる人も少なくはない。レポーターに、カメラマンも居るぞ。

 対抗心が湧き上がり、小麦粉と一緒に準備してきたカメラを構えようとしたが、やめといた。片手で立派なカメラを構えつつ片手で十キロの小麦粉を持ってる小学生(低学年)とか、それはまあまあUMAだ。

 

「あれ? もう撒かれてるね」

「あれは……石灰かな」

 

 わかんないけど、雰囲気的に。

 

「せっかい?」

「ほら、校庭に線ひくやつ」

「あー」

 

 どうする? 追加で撒く?

 目線で尋ねる。

 

「ここは、いいかな」

 

 そだね。

 

 

 林まで行かないとだめかなあと思ったけれど、幸い耳撃情報は途中で途切れてくれてた。

 そこまで、リーダーの思うままに小麦粉を撒いて、五時が近づいてその日は終わり。

 

 カラーズの活動的には、終わり。だけど……私はちょーっと、この事態……どげんかせんといかん。

 明日までにプランを練らねば……。



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13話

 日曜日。

 さんでー。

 今日はそんな日だ。

 

「足跡、ないねー」

 

 公園。

 風で散らばってうっすらとではあるがまだ残っていた小麦粉には、風のせいか紳士淑女のご協力あってか人の足跡はない。

 当然ながら、馬の足跡も。

 

「そうだなー」

 

 さっちゃんは今日もりんごを持っている。あ、かじった。

 

「うまい! で、ウマはどこだー!」

 

 闇雲に走り出すが、居るはずもない。

 私は今日は控えめに小麦粉を撒く係。

 そう、控えめに今日は五キロだ。

 

 例の地図のルートは人が多く、馬をどうするにも穴場を狙ったほうがいいなという判断から公園に一点集中。

 これは人が多くちゃ勝てないから競合を避けようという後ろ向きなものでは断じてなく、あいつらを出し抜いてやるぜというオフェンシブなものだ。勝つぜ。

 

 頃合いを見計らって、音を放つ。小声で唱える。

 

 ……ぱからっぱからっぱからっぱからっ!

 

「来たぞ! ほんとに来た!」

「どうする!? 結衣!」

「待って! 小麦粉のとこ通るよ!」

 

 冷静に、危険を避ける判断をするリーダー。抱いて!

 

 ここで撮影開始。

 普段どおり撮影してますよーというアピール。

 

 そして。私がそう仕向けたとおり、足音はしっかりと小麦粉の上を通っていった。

 

「……行った! どうだ!?」

「足跡は…………ない?」

「ええっ!?」

 

 全員で小麦粉の絨毯に駆け寄るが、そこに変化はない。

 と、いうことは……。

 

「なんだー音だけかー」

「捕まえられない」

「え……? 音だけ? えー……?」

 

 結衣的には"透明の馬"よりも"音だけの馬"の方が驚きだったようで、目を点にしている。

 そこはもうよくない?

 

 

 アジトで作戦会議。

 

「うーん。やっぱり動いてないよね」

 

 念の為、映像を確認しながら意見をすり合わせるが……やはり、実体はないものと結論が出た。

 強い風もなかったため、小麦粉はほぼ動いていない。ズームしてもそれは変わらずだ。

 音の位置的には、小麦粉をしっかり踏みしめていたにも関わらず。

 

「どうするー? 捕まえらんないだろーあれー」

「つまらん」

「ふふふ。まあ音じゃあお手上げだね。UMAハンターでも捕まえられないだろうし、これは放っておこう!」

「なんで嬉しそうなのー?」

 

 はっはっは。

 

「まあ、おやじにでも相談したら? さすがに音を捕まえる道具とかないだろうけどさ」

 

 終わりムードを育て、シメへと向かわせる。

 日曜日なのでまだ時間がたっぷりあるのがちと気になるが、まあ大丈夫だろう!

 

 

 

「す、すげえな……。マジで撮影しやがったか。いや、映像的にはなにも写っちゃいないが……こいつぁすげえぜ、カラーズ」

「だろー?」

「だが、この小麦粉……」

「あいつ、音だけみたいだ」

「な……」

 

 絶句。

 ……透明の馬、の後でそんなびっくりするもんなんだろうか。

 

「……ふう。なんなんだろうな、あいつは。お前らはまだ若いからそれほどでもないだろうが、俺はこの年まで不思議なことなんてなかったんだぜ? 透明の馬。最初聞いた時は驚いたもんだ」

 

 小さい頃は、なにがあって、なにがないのかわからない。

 だから不思議な事があっても、"そういうもの"と受け入れられるだろう。

 でも、大人になるうちにどーもそーいうのはなさそうだと気づくわけだ。

 

「斎藤のやつ、そんな冗談を言うタイプじゃねえからな。ワクワクしたぜ? だが、音だけか……」

 

 ながーい前振りあってこそ、驚きも大きくなるものさ。

 ……斎藤?

 

「斎藤さんも聞いたの?」

「あん? そうか、やつとは話してねえのか。まあ今さら話すこともねえだろうよ。それで、俺んとこに来たのは音を捕まえようってことか?」

「そうだよ。なにかあるかなー?」

「クックック……」

「おお! あるのか、おやじぃ!」

「あるわけねえだろ……」

 

 まあ、そうだよね。

 

「なんだー、ないのかー」

「ま、地面で足音をたててるってことは、重力には縛られてるんじゃねえか? 巨大な穴にでも落とせりゃなんとかなるかもな。そんなことができればだがよ」

「それだ!」

 

 それだ、って。穴? どこを? 公園?

 

「っておいおいおい! いくらなんでも穴を掘るのは……あぶねえぞ?」

「馬を捕まえるためだ」

「落とし穴はよ、人が死ぬこともあるんだぜ? 馬だってそうだろ」

「じゃあ落とし穴で手に入るのは死んだ馬か」

「死んだ馬じゃ意味ない!」

「じゃあやめとくかー」

 

 うん。よかった。

 他に案もなく、その後とりあえず会議をしたが方法は見つからずひとまず捕獲作戦は断念となりました。

 

 

 

 よかった。大丈夫だった。

 自室。私の机の上にあるのは、瓶。小麦粉。ダイアモンドパウダー。

 最終手段として用意していたものだ。

 まず、瓶の中に小麦粉を一粒入れる。その粒に馬の音の魔法をかける。で、その魔法を永続化させる。

 ダイアモンドパウダーはそのコスト。

 どうにもならなくなったらこれを使おうと思ってた。そのあとどうするんだって問題はあるけど。

 

 ほんと、これ使ったらどうなってたことか。

 

 さて。

 そろそろUMAハンターの始末をつけよう。

 

 

 透明になって空を飛び、やって来たのは墨田区上空。

 なんか飛んでたヘリに取り付いて、気が狂ったような笑い声をあげながらドアをガンガン叩くというおちゃめないたずらをしてから降り立った私は、人が通っているところを狙って馬の音を出した。

 

 ひひーん! ぶるるるるっ。ぱっかぱっかぱっか。

 

 いななきも加えて、より馬っぽくアピール。

 遠ざかるように数箇所で音を出して、テレポート帰還。

 

 

 これでどっか行くだろう。たとえ戦争が起ころうとも、上野だけは穏やかであれ。



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14話

A「俺、あんま夢見ないわー」

B「はーやれやれ。夢ってのは必ず見るもんなんだよ。ヤレヤレ。覚えてないだけなんだよやれやれ」

 

 みたいなやり取り、あるよね。三度は見た。

 夢は寝れば基本的に見る、という知識はある程度広まってるから、あんまり覚えていないという意味で夢を見ないと言うことは十分考えられるのだが、そこを確認せず全力で揚げ足取りに向かう……やめよう! な!

 そもそもちょくちょくひっくり返る医学の通説にすぎないのだから、そんな聞きかじりでなくちゃんと知識を持った人は断言しないものだ。

 でも、それを本人に言ったところで……。

 

 というのは前振りで。

 

 最近私は夢を見るために頑張っている。

 ちょっとした予感というか、なにやら夢の中になにかあるような気がして。

 早めに寝てみたり、夢ノートを書いてみたり、食事に気を使ってみたり。

 落語家が夢は五臓の疲れとか言ってたから身体を疲れさせてみたり。

 でも回復力が高いせいでそれは上手く行かず。

 

 とりあえず夢ノートは効いた。覚えてられる数が増え、夢が三本立てくらいになる。

 地道にそんなことを続けていると、ついに目当ての夢を引き当てた。

 

 赤い髪の老人が現れ、間違えて私の夢に現れたと言って、お詫びにと私に向けた指をくるりと回し……私は自分の中に魔法が足された感触を得た。"壁生成"を使える回数がいくらか増えたように思う。……この魔法系統、そのへんはっきりとわかんないけど。

 

 たまーに増えたような気がしても、それが気のせいかどうかわからなかった。それがとりあえず解決したのはいいのだけれど……夢ノート、続けるべきなんだろうか。

 こんだけだったら要らないぞ……。

 

 

 

 壁生成。

 幅、一メートル。

 長さ、一メートル。

 高さ、一メートル。

 壁、か? これ……。ドラえもんのスリーサイズみたいに揃ってるけど。

 

 素材は指定した場所の地面とだいたい同じもの。

 その質量をどこから用意したのかは不明である。

 

 実験はちょっと前に墨田区でやった。

 実験場所は壁まみれ、ついでに"扉生成"のテストで扉まみれになったけど、まあ墨田区のことだ。私には関係ない。

 多少騒ぎにはなったが、誰かの前衛アートだろうと片付けられた。

 

 扉生成は壁生成とセットのような魔法。

 組み合わせれば豆腐建築くらいはできそうだけど、好き勝手に使える土地ができるのは上位テレポを覚えた後だ。アメリカとかオーストラリアとか、どうやってもかまわないだろう。

 

 まあいずれは使い道もできないことはないけれど、今はこれと言って……な魔法でした。

 目立ちすぎる。

 

 

 今日は学校。

 

「ねえ、ななちゃん。テレビ見たー? あの馬もう行っちゃったみたい」

「そうだねえ。まあ捕まえられないとわかったし、もういいんじゃない?」

 

 当然ながら、流す気まんまんである。というかそれ以外ない。

 結衣はちょっと残念そうにしていたけれど、ひとまず決着らしきものはついていたし、なによりもう管轄外の話である。捕まえられないとわかった上で墨田区まで遠征する理由はなかった。残念そうだけれど、それなりに納得しているような感じ。

 ごめんね結衣。私、魔法少女ってことがバレたら腸炎ビブリオになるんだ。

 

 なんで隠してるんだが自分でもよくわかんないけど。

 

「今日は国語テストか。結衣は家で勉強とかしてる?」

「ううん、あんまり」

「そっかー。今度アジトで勉強会とかどう? きっとそれなりに楽しいよ」

 

 言ってから思ったけどすっごく楽しそう。みんなと一緒に勉強会。考えただけで幸せだ。

 

「わあ、それいいかも! あ、でも……さっちゃん大丈夫かな?」

「私がおやつでも用意するよ。ちょくちょくおやつタイムを挟めば集中力も上がるらしいよ」

 

 どの程度の信憑性か知らないけど、長すぎず短すぎずだいたい十五分ぐらいごとに報酬があった方が頑張れるとかこないだ立ち読みした本にあった。

 鵜呑みにするわけではないが、まあ特に他に指針もないし、そんなもんでいいだろう。

 

「プリンとか作っといて、手作りだって話から一緒にお菓子作りという話になるのを私は望む」

「ななちゃんお菓子作り好きなの?」

「うん、けっこう楽しいよ。結衣は雰囲気的にクッキー作り似合いそうだから一緒に作るの楽しみ」

「うん! 私もななちゃんと一緒に作りたいな。いろいろ教えてね?」

 

 幸せ。

 

 

 

 転生者だからって、常にテストで余裕の百点ってことはない。問題やルールが理不尽なことはあるからだ。

 

 絵を見てカタカナで名前を書きましょう。

 

 答え

 パプリカ

 ピーマン

 

 こういうの。

 一年、まだ通ってたころ、漢字のとめ、はね、はらいを理由に減点する教師がいたので、文化庁の指針では誤りとみなさないということになっているとみんなの前で教えてあげたら怒り出したので、もちろん用意していた隠しカメラの映像を持って校長に会いに行った。もちろんバックアップ済み。抜かりはない。

 最高に楽しかった。

 面白くなるならば事を荒立てる気まんまんの私と、理不尽に怒り出すのは問題ながらクビにできるほどかというとそうでもない微妙なラインという事実。困る校長。

 

 別に敵意や悪意があるわけじゃないので彼が職を失うほど追い込むつもりはなかったから、ちゃんと採点ミスについて詫びることと私と笑顔で握手をするという条件で和解。

 愉悦。

 

 たぶん卒業まで彼のクラスに行くことはないんじゃないかな。

 

 まあクラス分けとかは魔法でどうにでもなるんだけど。

 

 

 国語のテスト。今回は、かん字のよみ方。

 おもに、送り仮名で変化する読み方について。

 

 こうして見ると、上や下という字は働かされすぎているように思う。

 うえ、うわ、じょう、かみ、あ(げる)、あが(る)。

 か、げ、した、しも、さ(げる)、くだ(る)、お(ろす)。

 誰か制限しようって人はいなかったのだろうか。

 

 余裕余裕。

 結衣もそれなりに本を読んでるし、間違える要素はないね。

 でもミスったら恥ずかしいからよく確認して、おしまい。

 

 余った時間は裏を使って絵の練習。巌のようなごつごつ顔。つながりげじげじ眉毛。短足。警察官。こち亀の両津だ。この世界にこち亀はないが、作者がこっちでは別の作品を描いてくれていて、これの面白いこと面白いこと。

 

 勉強。いろんな練習。いろんな作品の再現。レベル上げ。ストリートミュージシャン。たまに料理したり、ゲームなどの動画配信したり。いろいろ。

 そしてなにより大きいのが、カラーズ活動。

 この合間を縫って漫画を読んだりする余裕が多少なりともあるというのは魔法がなければ不可能だっただろう。

 ありがとう、覚醒増大。

 できればなんだけど、もう一つくらい余裕を作れる魔法はないものだろうか。倒れそうだ。疲労回復の魔法で倒れないけど。

 

 

 テスト終了。

 

「簡単だったね」

「まあ、小学校のテストって授業でやったことを覚えていれば大丈夫だからね。結衣は本も読むし」

 

 よしよし、大丈夫そうだね。ミスってたら私が補習をプレゼントするよ。

 

 放課後。

 

「じゃ、またあとで」

「うん」

 

 急いで帰って急いでアジト。今日はどんな感じかな?

 

 

「さっちゃんとこもテストか。どうだった?」

「どーかなー。とりあえず全部埋めたけど……わからん!」

 

 興味ない感じかあ。ま、そんなもんだよね。学ぶ理由や意欲がある小学生はそう多くない。

 

「琴葉は?」

「まあまあだな。算数は得意だ」

 

 あっちは算数か。

 

「そうだよね。計算ってゲームにも重要だし」

「ぇっ?」

「ダメージ計算とかが複雑なゲームって、けっこうその辺がものを言うんだよね。まあライトゲーマーなら先達の計算結果を元に動けばいい話だけど、先駆者を目指すならそうもいかないじゃない。数値的には小さな補正が結果としてどう作用するのか理解して取捨選択してこそ効率よく動けるというものだよね」

 

 主にモンハン的なのとかネトゲとかの話だから、たぶんあんまり琴葉には関係ないけど。

 

「そ、そうだな! 計算は大事だ」

「というわけでリーダーから提案があります」

「え!?」

「ほら、さっきの」

「でもそれ、ななちゃんの……うう。こほん。ええと、みんな! 次の日曜日、勉強会をします!」

 

 おや、決定事項になった。

 

「えー? 日曜まで勉強かー?」

「私がおやつを用意するよ。なんでも作れるけど、なにがいいかな?」

「おお! ならいいかなー」

「私はプリンがいい」

「任せて。さっちゃんと結衣は?」

「うんこ!」

「かりんとう?」

「じゃなくてー、クレープとかできるか?」

「簡単簡単。結衣はマカロン?」

「え!? う、うん。そうだけど、なんで?」

「なんかマカロン好きそうだから」

「そうなの……?」

 

 プリン、クレープ、マカロン。こんなかで面倒なのはマカロンだな。

 クレープなんて生地作ってクリームとフルーツなんか乗せて巻けばいいだけだ。

 プリンは基本的なのは簡単だし。あんまりいっぱい作んなくていいし、水を引いたフライパンに型を並べて、て感じかな。

 マカロン……。マカロフ持ってくるんじゃダメかなあ?

 

「ところで琴葉。プリンはどんなのがいい? 普通の、チョコ、コーヒー、キャラメル、バニラ、チーズ、ミルク、きなこと黒蜜、抹茶」

「私はコーヒーだ」

 

 よろしくコーヒー。

 

「コーヒーなんだけど、本格的な豆、堅苦しくないコーヒー牛乳とあるけどどっちがいい?」

「断然豆だな」

「それで豆なんだけど、琴葉の好みはなにかな?」

「豆……おすすめでいい」

「じゃあ有名所でキリマンジャロ、ブルーマウンテン、コナ、モカ、グアテマラ辺りはどうかな。琴葉が好きならコピ・ルアクも用意するよ」

「……キリマンジャロだな」

「抽出方法なんだけど、ドリップ、エスプレッソ、ターキッシュ、サイフォン、水出しとあるけどどれがいいかな」

「……エスプレッソ」

「そうこなくっちゃ。じゃあ豆の粒度なんだけど、細かいのでいいかな?」

「ああ」

「コーヒーはこれでいいとして、次にプリンの固さなんだけど」

「いつまで続くんだ」

「あと……八個くらいかなあ」

「わかった。チョコプリンにする」

「チョコね。チョコの種類なんだけど、ビター、スイート、ミルク、ホワイト。あ、クーベルチュールあるよ」

「……ミルク」

「それでテンパリング方法なんだけど」

「いつまで続くんだ!」

「うーん。あと九個くらいかなあ」

「コーヒーに戻す!」

「そっか。豆とコーヒー牛乳どっちがいい?」

「最初からか!」

 

 ははは。

 

 お好みの固さ、甘さ、クリームを乗せるか、クリームの種類、量、固さ、甘さ、チェリーの有無を聞き出して、琴葉を倒した。

 さっちゃんと目を合わせる。

 

「いちごとバナナ! 生クリーム!」

「わかった」

 

 シンプルだ。

 次、結衣。

 

「中身、チョコ系バター系ジャム系とあるけどどれがいいかな」

「チョコがいいな」

「ガナッシュだね。外側はシンプルでいい? 甘さにこだわりがなければ控えめにするけど」

「うん」

 

 終了。

 

「私の時と違くないか……」

「マカロンってそんな手を加えられないし。あと、外側をいちご味にしたりはできるけど、どう?」

「あ、お願い」

「むう」

 

 琴葉とおしゃべりがしたかっただけ。




壁生成の下り、前回でちょっとも話が出なかったのは不自然だろうか?


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15話

 金曜日。足りない材料を買い揃えて、土曜日。お菓子作りだ。

 と言っても基本的にはレシピ通り作るだけだけど。

 問題はせいぜい、保管をしっかりしないとマカロンが湿気ることくらい。マカロンと最中(もなか)は乾いていた方がいい。

 

 あと注文通りに作ったプリンがおいしいかどうか。

 

 

 

「できた……」

 

 コーヒーは風味がしっかり出る量。

 しかし苦すぎないように抑え、甘さも苦みを殺さないように、しかししっかりと甘みを感じるように。特に意味はないが、果糖を入れてみた。

 生クリームも混入しているレシピ。

 

 私は宗教上の理由からホイップクリームは使わない。妥協禁止教だ。

 まあホイップクリームが好きって人もいるかと思うが、やっぱりお菓子を作るなら生クリーム。美味しいものを作りたいのだから。

 

 こだわった成果は……かなりのもの。クリティカルが出た気がする。

 

 失敗一回でここまでいけるとは、私凄い。

 最初のは大人向けになっちゃった。あれはあれで良かったけどさ。

 

 あとは、マカロンか。

 クレープは明日でよし。

 

 

 

 日曜の朝。早く起きて、私はクレープを作る。

 生地は簡単。注意すべきは、油の量。ギトギトクレープはちょっとがっかり。

 一番はいいフライパン使って油なし。たぶんね。次はココナッツオイルを試してみようか?

 

 完成したクレープを、百均のワックスペーパーでくるむ。クッキングシートも案に上がったけど、紙の匂いがついたりしやしないか心配した。大丈夫だとは思うけど。

 雰囲気出したかったけど、ラップの方がよかったかなあ?

 

 

 荷物。

 

 保冷バッグ二つ。

 ウェットティシュー。

 ルイボスティー入り魔法瓶。

 オレンジジュース。

 食器類。

 勉強用あれこれ。

 とか。

 

 ちょっと量が多いから、愛用の登山用バックパックに入れて出発だ。

 

 

「おまたせ」

「来たぞ! お菓子だ!」

「ななちゃんでしょー」

「凄い荷物だな」

「お菓子は両手のバッグだけだよ。あとは食器とか」

 

 まあアジトでやるとこうなるよね。

 

「ドリルと教科書は用意した?」

「うん」

「持って来たぞー!」

「よしよし。じゃあ、準備するから勉強始めてて。わかんないとこあったら訊いてね」

 

 焦らすようにゆっくり並べます。

 オレンジジュースだけ先に、紙コップですが用意しておきます。

 

 準備しながら見ているけど、みんな素直に勉強している。私からしても意外だ。

 

「まずはクレープから。食べながら進めてね」

 

 ウェットティシューを出す。

 紙皿だけど、置く場所も用意。

 

「うめー!」

「おいしいねっ」

 

 お茶も用意。こちらはティーカップとお皿です。

 

「これ紅茶ー?」

「いや、みんながカフェイン大丈夫かわかんなかったからルイボスティー」

「ルイボス?」

「ルイボスっていう植物があって、それから作ったお茶。これはカフェインが入ってない。普通のお茶はカフェインが入ってて、人によっては飲むと心臓がバクバクしたりするからこっちにしといた」

「へー」

 

 お砂糖、ミルクもあるよ。

 

「ななしぃ、この問題わかるかー?」

「どれどれ」

 

 いくつか見ているうち、さっちゃんは漢字が苦手とわかった。

 ふふ。なるほどなるほど。ここはあれの出番だな!

 

 

 数ヶ月前。

 

「父よ。出版関係に知り合いはいるだろうか」

「いるよ」

 

 そんな感じでいろいろあって、完成したものがこちらだ。

 

 

「そんなさっちゃんのために。どうぞ、新しい漢字ドリル」

「うん? う、おおおおおおお!」

 

 吠えた。

 

「はい、二人にもどうぞ」

「え、ええー?」

「これはなんだ……」

「ふふふ……」

 

 なかったから作った。

 

「これぞ、私初の出版作品。その名も、うんこ漢字ドリル……!」

「ななし、実はバカだろ」

「はっはっは」

 

 本家ではけっこう強引にうんこを使うせいか漢字の意味が学べない例文もあったので、こちらでは長くしてでも自然にしたり、イラストを増やしたり解説したりして補っている。

 テスト編も制作予定。

 

「これななしぃが作ったのか? 凄いなー」

「他の学年のとかも作んないとだから実際に書店に並ぶのはまだ先だけど、これは売れるよー」

「だな!」

 

 二年生用だけは作るの急いだからこうしてサンプルを用意してもらえたけど、こーいうのって全学年同時に売んないとだからね。

 本当は専門家に任せた方がいいんだろうけど、最初だけは私が全部やる。次年度からは私は監修という位置になるけど、小学二年生のうちに全学年の漢字ドリルを作るという伝説を作りたかったのだ。

 

「なにか変なの書いてると思ったら、これだったのか」

 

 たまにアジトでも作業。さっちゃんに気付かれないように頑張った。

 

「なんだー。話してくれればよかったのに」

「びっくりさせたかったからさ」

 

 甲斐あって、喜んでもらえたようでよかった。

 

「これなら楽しく勉強できるな!」

 

 二年生のが終わったら三年生のをあげよう。どこまでいけるか挑戦だ。

 

 

 

「はい、プリン。いまクリームを絞るね」

 

 私が作ったかなりうまいコーヒープリンは耐熱の陶器の型に入っています。これをフライパンで蒸したわけですね。

 今から仕上げです。

 

「クリームよし。残り置いとくから、足りなかったら絞ってね」

 

 さくらんぼの缶詰も開封。これはセルフサービス。種はこのタッパーに、とその辺も困らないように言っておきます。

 みんなさくらんぼが好きなようで、ぱくぱく食べます。

 

「どう? 琴葉」

「う……」

「う?」

「うますぎる……」

 

 百点いただきました。

 あまりのうまさにうち震えている。……もうちょい上目指そうか。

 

 

「琴葉は苦手な教科ある?」

「体育」

「あー」

 

 苦手そうだ。

 

「体力が続かん」

「うーん。ちょくちょくみんなで走り回ってるのにねえ」

「琴葉よく休むよね」

 

 言われてみれば公園とかで遊ぶとき、一人だけゲームしてる気がする。

 それかあ……。

 

「体力は運動してつけるしかないけど」

「いい。体育は捨てた」

「まあそうだよね」

 

 ゲームの時間を削ってまで体育の成績を求めないだろう。私も体育はそんな重視しない。私ならオリンピック片手間で行けるし。そもそも、マラソン大会でも荒らしてやろうかなーとか思ったところで日本のマラソンは基本的に年齢制限がある。私に負けるのが怖いんだろうけど、自分らが勝てるようにルールを作るのはもはやスポーツでは無いと思うよ。

 まあまあ、ドリルの採点をして弱いところ見つけ出して、そっちを強化するとしようか。

 

 

「じゃあお待たせ結衣。結衣が欲しがってたやつ」

 

 結衣の顔がぱあーっと輝きます。

 私は笑顔で、テーブルの上にゴトリとお求めのブツを置きました。

 

「はい、マカロフ」

 

 結衣の顔がゆっくりと死にました。

 

「弾は九ミリだけど、パラベラムじゃなくてマカロフ弾だから、間違えちゃだめだよ」

「おお! 結衣、貸して」

 

 琴葉が興味を持ちました。

 かちゃかちゃいじって、スライドを引いたりしているうち、マガジンが取れました。

 

「――ん? なにか入ってるぞ」

「ガナッシュだよ」

 

 みっちり詰め込んだ。

 適当なところでおふざけはやめて、マカロンを取り出します。

 

「はい、結衣。仕上げを自分でやる形式にしてみたけどどうかな」

「わあ……!」

 

 生き返った。

 

 二枚にわかれたマカロンの片方に絞り袋で好きなだけガナッシュを入れて蓋をする。そんな感じ。パリッパリだぞ。

 

「なあ、ななし。この銃もらっていいか?」

「結衣がよければ」

「いいよー!」

 

 結衣はまるでトゥインキーにありつけたタラハシーのような喜びようで快諾。映画の話。

 それはいいんだけど、言っておかないとならないことがある。

 

「それ、銃口は塞いでるけど実銃にかなり近いから、斎藤に見せたり売ったりしないようにね。法的にちょっと問題があるから」

「それをどうやって手に入れたんだ」

「それは秘密です」

 

 魔法使って場所を調べて、魔法使って盗み出した。

 実銃の銃口をハンダで塞いで、ファイアリングピンを削った発射機能のない銃だが、日本の警察は拳銃に関して異様に厳しい。過去にはおもちゃの銃を撃てるように改造して"こうすりゃ撃てるだろ!"みたいな言いがかりを付けたり、一度許可の出た無可動実銃を簡単に修理できると捏造してまで逮捕して自殺者を出したくらい厳しい。厳しいというかまあ、得点稼ぎだけど。

 

 だから、捕まるなよ、琴葉!

 

「マカロンもマカロフもうんこドリルも気に入ってくれたようで良かった」

「ありがとね、ななちゃん。おいしーよ」

 

 うむうむ。

 

 私もドリルを進めます。

 

「ななしのは中学のか?」

「うん」

 

 歴史です。

 暗記ものは苦手。

 

 鎌倉幕府はまだ一一九二年のようだ。まあ私が中学にあがるころには一一八五年に変わることだろう。

 こっちじゃ変わんないかもしれないけど。

 

「ななちゃん、水の量の問題なんだけど」

「はいよー」

 

 デシリットルよ、今生こそ私はお前に勝つ。

 

 

「こんなのも用意してみました」

「これなーに?」

「飴かー?」

「生キャラメルです」

 

 こっちではあんまり有名じゃない。

 

「うんまい!」

「んー!」

「んふー!」

 

 けっこう簡単に作れるのにおいしいよね。

 

「これだけおいしくて牛乳、砂糖、バター。これだけでできるというのが凄い」

「マジか!」

「そうなのか」

「今度うちで一緒に作ってみる? かんったんだよ」

「いいねー」

「いいな!」

 

 みんながうちに来る。幸せ。

 

 みんなの集中が切れてきたのを見計らって、結衣にハンドシグナルでそろそろやめる? と問いかけます。

 

「?」

 

 可愛らしく首を傾げられました。まあそうだよね! 特に打ち合わせとかしてないもん。

 私から言おうか。

 

「みんな疲れたみたいだし、今日はこんなもんにしとく?」

「あっ、そうだね。みんな、もうやめにする?」

「そうだなー」

「うん」

 

 ガチの勉強会なら一旦休憩挟んでもう一回くらいするけど、そんなガチじゃないしこの辺にしとこう。

 次はでっかいケーキを切らずにみんなでつつく勉強会なんてどうだろうか。絶対楽しいぞ。

 

 そんなわけでお茶会みたいなのは終わり、私はみんなが食べたさくらんぼの種を手に入れることに成功したのだった。

 やったね!!

 

 

 

 荷物はアジトに置いて、公園で遊びます。

 私はブランコが好きなのだけど、今日はスターバッチョス裏のしょーもあるやつ*1公園。

 しょーもあるやつとぐるぐるチャージ*2とパンダくらいしかないけど、しょーもあるやつがそこそこ盛りだくさんなのでまあまあ悪くはない。

 

 他におすすめな公園は金竜公園。ブランコが四つ並んでいる。鉄棒の柱や滑り台のカラーは赤青黄色だ。

 ブランコもまあまあ、赤青黄と言えなくもない感じだった。このブランコは片側二つは通常のブランコで、残りは椅子状。この椅子状のが赤と黄で、通常のは青っぽいやつ。

 だからまあ、私がしっかり青と白に塗っといた。任せろ。

 

 

 さすがに誰もぐるぐるチャージしようとはしないので、琴葉がパンダに陣取って残りでしょーもあるやつに突撃です。

 私はまんぷくでぐるぐるしても全く問題ない生き物ですが、一緒に遊びたいので一緒に遊びます。

 一通り遊んで、今度は琴葉の後ろに座って、ぎゅーっと抱き着きながらプレイを見る。

 見るに耐えません。歯がゆすぎる。歯がゆさが歯どころか全身に来る。

 あー! あー! 声に出そう。

 

 バカな……! なぜそこで穴に落ちる……!

 い、今一本道で迷わなかったか!?

 そこは走れ! そこは走るな!

 さっきと同じミスじゃないか……!

 

 精神力を奪われるので、長くは見ていられない。

 適当なところで切り上げると、さっちゃんたちも満足した様子。

 

「よーしパトロール行こー!」

 

 さっちゃんは走り出します。

 慣れたもので、みんな慌てずついて行きます。

 

 商店街。

 いろんな店を冷やかしてまわって、おやじの店にたどり着きました。

 

「ようおやじー!」

「おやじ、いるー?」

「おう、カラーズ。なんだあ、今日はパトロールの日か?」

「違うぞ! 今日は勉強会の日だ!」

「なにい!?」

 

 声でかい。

 

「驚きすぎだぞおやじ!」

「すまん。けどよお、お前らそんなんじゃな……いやすまん」

「まあもう勉強会は終わったからパトロールに切り替えたんだけどね」

「ふうん。お前らもちゃんとやってるんだな……」

 

 むう、ちゃんとやってると思われるのは心外だ。だが偽装する理由があるわけでもない。

 

「俺がガキのころは宿題すらサボってよく怒られてたもんよ。……後半慌てて頑張ったけどな!」

「ふーん」

「う、まあ。そんなわけだから頑張れとまでは俺は言えねえが、落ちこぼれるなよ。あとあと辛いぜぇ」

「大丈夫。わかんなくなったらななちゃんに教えて貰うから」

「任せて」

「ほー。ななしは勉強できるのか?」

「大雑把になら高校の問題もいけるよー。ばけ学とか好き。実験できないけど」

「マジかよ!」

 

 ほんとに居るんだ、そういうの。という顔で見てきます。私一人ならここでいい加減なことを言って一旦評価を下げるのですが、みんながこうして一緒にいる以上はカラーズの一員。ボケられません。

 

「ほんとに居るんだな、そういうの」

 

 顔の通り言いました。

 

「ふっふー。実際会うまでは幽霊くらい胡乱な存在だろう」

「まあなあ」

「ななしぃ、胡乱って?」

「怪しい、不確かってことだよ」

 

 ちょっとした賢さアピール。

 どうだ賢いだろーは人間が小さく見えるかもしれないが、小二ということを考えると十分だと思う。

 

「あん? そういや化学って言ったら斎藤が苦手な科目じゃねえか。はっはっは!」

「ほほう」

 

 いじれそうだ。

 まあ、いずれ。メモしとこう。

 

 

 

 お昼。一旦解散。歯ぁ磨けよーと言っておく。甘い物食べたし。

 あ、使い捨ての歯ブラシ用意しておいて使ってもらえば今頃いいものが手に入ってたのか。ちくしょおおおおおおお!

 

 

 私も家へ。

 自主的に放任主義を願い出たので、昼食は用意されていない。適当になんとかして、ペットの世話をして、楽器を持って出かけます。

 今日はクラシックギター。父のだけど、特に気にせず持ち出している。

 

 噴水。その縁に腰掛け、演奏を開始。

 まずは最近練習している、Old Metal Gearから。メタルギアのテーマをエレキじゃないギターで弾くもの。

 こっちの世界にはメタルギアっぽいゲームはあるけど、曲とかは違う。

 わりと面白いゲームだけど、向こうじゃひどい終わり方したから好きになるのがこわい。

 

 なかなかいい感じに弾けた。

 次はなにがいいかな。井上陽水なんてどうかな。

 

「では、次の曲……夢の中へ」

 

 るーるるるるっるー。

 この曲は女性ボーカルのカバーがアニメのエンディングとして使われてたね。

 でもそっちに寄せず陽水っぽく歌う。ところで私、歌う時は立ちます。

 

 おひねりが多くとんできました。演奏の調子もよし。

 次は、Dirge for the planet。S.T.A.L.K.E.RというFPSゲームで使われていた曲だ。

 英語歌詞。魔法を駆使しても、思い出すのが大変だった。

 

 このくらいやってると撮影され始める。

 いいって言ってないぞ。天下一武道会の時のピッコロみたいに壊してしまおうか?

 まあいいです。

 

 次、メヌエット。

 

 異様に上手く弾けた。

 

 次、ぼのぼのEDの近道したい。

 

 最後、このすば二期EDのおうちに帰りたい。

 

 なんて曲だかすまーとふぉんで調べてる人がいるけど、残念こっちにないんだな。

 

 

 おとなしめので締めて、てきとーなポーズで終わりだよアピールをして、ギターケースから外れたおひねりをかき集めおしまいだ。

 さーて。

 予定はない。

 

 

「ななしか」

「来ちゃった」

 

 月曜日みたいなことを言って、アジトのベンチに腰掛ける。

 結衣さっちゃんはなんかいないみたい。

 

「歌っていい?」

「ああ」

 

 アイマス曲。

 あんまり素のギターって感じのジャンルじゃないけど、まあ練習だ。

 

「GO MAY WAY」

「その歌、その楽器で合ってるのか?」

「いや。ほんとはもっと電子っぽいの」

「そうか」

 

 琴葉はするどいところがあります。

 

 

 次、てきとーなアニソン。

 マイナーなやつ。

 この曲はまだ本格的に練習してないので、歌詞ノートを取り出して思い出しながら弾いてみます。

 拙いながらも出したい音はおおむね出せるので、なんとなーく曲になるのに時間はかかりません。

 

 最近気づいたこと。

 私の演奏の上達はちょっと早い。

 そして着実だ。

 久しぶりに触った楽器でも、そんなに忘れてない。

 これどう弾くんだっけな?とか思ってても触ってみるとなんとかなる。

 明確ってほどではないけれど、その辺に私はなんらかの補正の存在を感じてる。

 

 なんだろーなあ。

 

 まあ得だからいいさ。

 

 結衣がやって来た。静かに私の歌を聴いている。

 よしよし。とっとき、ぼくのフレンド。けもフレEDだ。平たい胸族の女神が歌う名曲だ。

 

 結衣の顔が輝きました。

 気に入ってくれたようです。

 

 今度は逆に沈ませたくなる。

 

 よしだたくろうで、今日までそして明日から。

 

 いい感じに寂しそうな顔にできました。

 

「これがフォークソングというものだよ」

「この曲なんか悲しいよ……」

「好評にお応えしてもう一曲。神田川」

 

 この後、今日の日はさようならで締めた。

*1
複合遊具。滑り台とか

*2
ドイツの回転遊具。正式名称かは不明だがクネプフェと呼ばれている。




うまく入れられなかったけれど、勉強中は三人の会話もあって、学校が違うと授業も違うんだなあとかそんな話が本来はあるはず。
主人公にみんなのドリルの採点もさせたかったけどそれはちょっとやりすぎかなと。そこはおのおののママさんがやってくれるでしょう。
マカロフが法的に問題あるブツだと言ったとき、結衣がビクッとしているけど技量不足か描写できなかった。
お菓子ありがとう、みたいなのは書きたくなかったのでなし。お礼が言えない子ではない。
金竜公園のブランコは二つが普通の、二つが椅子状。椅子は赤と黄で、普通のは青っぽいからギリギリカラーズカラーと言えなくもないが、画像によってはどちらも赤。塗り替えられたのだろう。
金竜公園で調べるとびっしり刺青な人の画像が出てくるけど、これは浅草の方にある金竜公園で刺青愛好会みたいな集まりがあるかららしい。


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16話

 手品を覚えました。

 

「箱の中にボールを入れます。次に呪文を、あぶらかったーぶら。はい、箱を開けると……ほーら消えました!」

「……それって魔法じゃないのか?」

「ななちゃんったら、それはずるいよー」

「あはは! ななしぃ、新しい魔法かー?」

「……ば、……ば、ば、ば、」

 

 

「バレテーラ!?」

 

 がばっ。

 幸い聡明な私は布団をはねのけた瞬間、だいたいのことを理解しました。

 まだ夢オチって法規制されてないよね。

 

 手品は覚えてない。

 

 

 アフリカオオコノハズク。

 こいつはネズミを経験値にする理由づくりのために飼っている。

 それはそれとしてフクロウは好きだけど、それはそれ。

 それなりに好きだから魔法で会話とかしたいけど、その時はドルイドとかレンジャーに浮気しないとならない。

 さすがにそれは厳しいから、失敗の可能性のない上位テレポを覚えた後だ。

 

「《気力消去(エナヴェイション)》《気力消去(エナヴェイション)》《気力消去(エナヴェイション)》」

 

 指先から黒い光線を発するとネズミはぐったりし、三発で事切れた。このレベル四の魔法は下位の魔法より威力が低いが、見た感じ苦しんでいる様子が無いのでとりあえず使っている。それに熱したり冷やしたりもせずに済むし、エサ用ならこれ。

 ハサミで腸を取り出して、あとはまるごとフクロウにあげる。まるごとでも食うけど、取らないとフクロウのうんこが臭くなるのだ。

 取り出した腸はコンポストの中に埋めます。ミミズ様、頑張っておくれ。

 

 

 ホストっぽいやつら(あんまり素性は知らない)とネットを介して連絡を取ると、ちゃんと楽器の練習はしているよう。

 DTMで作っといた名曲の仮歌を渡したから張り切っているようだ。

 よかったよかった。あの曲聴きたいなー、って思ってもないんだもん。男声出すには男に変身するくらいしか方法ないし、それはイヤ。

 上手くやってくれればいいけどねー。

 

 

 

「えー十人寄れば気は十色、なとと申しますが殊更好きなもの嫌いなものは人によって大きく分かれるようで。

 おうっ! みんな来たかい? ちょっと手伝ってもらいてえんだ。ほら、このいなり寿司。かしらから貰ったんだが、俺はちょいと苦手でね」

 

 和服着て、座布団敷いて、噴水前。

 

 今日は路上落語。

 

 ワイルドだろぉ? 落研の修行にありそう。

 かなり珍しいと思うが、昔は路上落語あったそうじゃよ。

 上方落語では小拍子をバンバンやるけど、あれは野外でやるといろんな声や音で客の気が散ってどっか行っちゃうから引きつけるために、みたいなことを落語家が言ってた。

 言ってたけど、落語家の言うことを鵜呑みにしてはいけない。あいつらほんとに嘘つくから。実際私も半信半疑だ。

 

 この落語というものは器用な私でも難しく、練習にかなり苦戦した。覚えたネタを声や身振りで演じる、というのは小学二年生には不可能だと思う。

 今やってるこれも、喋るのはできるけど演技の練習量は足りない。でも落語する小二女子というキャラの立て方がしたかっただけだから、とりあえずこれでいいのだ。

 

 終盤。

 

「あ、琴葉」

「事件だが、忙しいか?」

「大丈夫大丈夫。

 ああっ! あいつ怖がるどころか俺らが持って来た饅頭、食ってやがるぞ! 怖いだなんて嘘だったんだ! ちくしょう!

 だーいじょうぶだ。見てろ。

 うぅっ!?

 なんだ? 急に苦しみ始めたぞ。

 こんなとこじゃないかと思って、あんこに毒入れといた。

 お前それはあんさつだよ! 冗談いっちゃいけねえ。どうもありがとうございました」

 

 軽く頭を下げ、おしまい。

 

 これは冗談落ちというテクニック。時間が押してる時とかに強引に終わらせることができる。二千年代に出て来た、わりと新しい技らしい。

 この技がなくても、これから奉行所へ願い出ていざお白洲、というところでございますが残念ながらお時間のようです。というように終わらせられたのに、なぜこの技は生まれたのだろうか。

 

 ただ今回はもうすぐ落ちだったから三十秒くらいの短縮だ。

 

「じゃ、行こうか」

「うん」

 

 あんまり聴いてる人いなかったけど、それなりにウケた。そしてそれなりに楽しかった。町内会の寄り合いみたいなのないかな。次はそういうとこでやりたい。

 

「ところでななし」

「うん?」

「さっきのはなんだ?」

「落語だよ」

「落語……何人か並んでるのとは違うのか?」

「あれは……なんだろう。落語家が集まってなんかやってるだけで、ほんとの落語は一人何役もして話をすることだよ」

「そうだったのか。じゃああれはなんだ」

「なんなんだろう」

 

 たぶん、なんか悪いことしたらあれやらされるんじゃないかな。

 

 

 

「よく来てくれたカラーズ諸君」

「謎は全て解けたッ!」

「えっ! どうしたのななちゃん?」

 

 私の超感覚が全てを示す。

 

「ここにあったはずの招き猫。これらの符号が示すものは一つッ!」

「ヒント一個だよ!?」

「人類は滅亡する!」

「ええー!?」

 

 ふー。

 やりきった表情で、さっちゃんママの続きを待つ。

 

「するどい! まあだいたいそういうことね。さっちゃんがここに設置した招き猫がいつの間にか無くなってたのよ」

「ほんとだ!」

「てことは……」

 

「盗難事件!?」

 

 三人の声が揃う。

 私は背中のバックパックから取り出したカメラで、それを撮影していたので混ざりませんでしたが。

 

 

 そんなわけで、犯行声明を受け取り作戦開始です。

 

「今回の事件は事件レベル一だ。だから今回はハンデをつけようと思う」

「ハンデ?」

「この事件が解決するまで私は一度しか喋らない。重要な時一度だけ!」

「なにそれ! 面白そう」

「喋らなくてもさっちゃんはかわいいってこと証明してあげる」

「別にそれはいらないけど……」

「さっちゃんかわいいよー。私はある理由により、この事件の解決に参加しません」

「えっ! なんでー?」

「それは解決したら説明します」

 

 ネタバレはよくないよね。

 

「じゃあ今からスタートな」

「うん。よーい、スタート!」

「うんこー!」

 

 かわいい。

 

 

「ななちゃん、今日は和服なんだね。でもなんでおっきなリュックなの?」

「ななしは噴水前で落語をしてた。リュックの中はその時使ってた座布団だな」

 

 あと今は出してるけどカメラね。

 

「らくご?」

「一人何役もして話をする古典芸能だよ。らくごという字は落とし話と書いて、だからだいたいは落ちがある笑い話。でも中には怖い話とかもあるんだ」

「へー?」

 

 わかんないよね。今度披露しよう。

 技を持ってる落語家が小学校とかで営業する時はドラえもんとかを題材にすることでわかりやすくするそうだけど、そういうのやるべきかな。でも日和るのはなー。まず本格的なのをぶつけて様子を見て、無理そうならかな。それなら反応を見てレベルを下げる高度な技術って感じになるし。

 

 

 

 おやじ、斎藤を経て、ののももと会いました。片方は犯人です。

 一緒に新作パンのネタ探しだって。仲いいねぇ。

 どんな感じなんだろうね。パン屋でいいのか、おにぎり屋にしたいのか。わかんないや!

 大人のおねえさんの気持ちってふくざつよねー。

 

 私は参加を見送ったのでこれといって原作と変化もなく、事件は普通に解決しました。要するに、もともとパン屋のだったんですね。

 

「なんでななちゃんも黙ってたの?」

「やー。だって私、ここに招き猫あったの気づいてたから」

「あー。そっかー」

 

 そんだけの話ですよ。

 

 

 

 

「でーお前の怖いものは?

 めめぞ。

 めめぞぉ? なんだそりゃ。

 めめぞだよ。土ん中にいてニョロニョロしてて、なんか首元に色の違うとこがあるあいつ。

 ああミミズか。へえ。あんなもんが怖いかね。

 不気味じゃねえか。どこが口なんだかわかりゃしねえ」

 

 まんじゅうこわい。

 私もまんじゅうは怖い。むかし耳をかじられたから。それで身体が青くなったんだ。

 

「ななし」

「あ、琴葉」

 

 再び。今回も終盤だ。が、ショートカットで終わらせよう。

 

「なんだなんだ、妙に静かだぞ。びっくりして飛び出して来ると思ったんだが。ちょっと様子を見に行くか。おぉいみっつぁん! どうし…………し、死んでる」

 

 死んで終わるネタは古典落語の中にもあるからなんの問題もない。

 

 今の所他の持ちネタは時そばと黄金餅。寿限無もできるけどできるだけで面白くはない。

 練習中なのは佃祭。小間物屋の旦那が佃島の祭りへ行く。その帰りの船が沈むが、旦那は乗ろうとしているところを引き止められ死を免れる。

 その事を知らない家のものたちは死体ひとつあがらなかった大事故の話を聞き大パニック。そんな中帰ってくる旦那。最高だ。

 

 私はなにを目指しているんだ。



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17話

「ひまだー」

 

 さっちゃん、だらーっとしてます。せっかくなので私も一緒にだらーっと。一緒のベンチなので、私の脚にうつ伏せで乗っかってくれてます。幸せ。

 いつものことだけどさっちゃんあんまやることないよねー。なんか提供できる話題はないものか。

 うーん。

 

「あ」

「どうしたー? ななしぃ」

 

 ちょっと思いついた。

 

「私が魔法使いだってこと、もうみんなに話したっけ?」

 

 たぶんこの話題は初だと思うんだけど、どうだっけ。

 

「あはは! 何度目だよ!」

「もう耳にタコができたぞ」

「えっ? えっ? えっ?」

「そっか。じゃあ話変えるけど、今度一緒に釣りとか行かない? 不出来な兄が免許取ったから海釣り行こうと思うんだ。私好きなんだよねー釣り」

「いいなーそれー」

「いいな」

 

 実りがなさそうだから話題を切り替えたけど、なぜか結衣だけは混乱顔。

 

「あれ、結衣はまだ聞いてない?」

「聞いてないよ!? え、どういうこと!?」

「そっか。まだ話してなかったか」

 

 まあ、みんなその手の話しないもんね。

 

「私、年の離れた兄がいるんだ」

「そっちじゃなくて!」

「釣りが好きなんだ」

「そっちでもなくて!」

 

 じゃあなんの話なの。

 

「魔法ってどういうこと!」

「ああそれか」

 

 その話さっき終わったんだけど。

 

「結衣、結衣」

「琴葉?」

 

 琴葉が耳打ちします。

 

「……あ。な、なんでさー!」

 

 違う。

 

「まあ、スプーンくらいなら私の魔法でいくらでも曲げてみせるから、曲げたいスプーンがあったら私に任せて」

「曲げたいスプーンはないけど……」

「それ魔法なのか」

 

 魔法が不思議な術という意味だとするなら該当するんじゃないかな。

 

「他にもフライパンくらいならなんとかなるけど。魔法のような筋力で」

「もう超能力ですらないな」

 

 いや小二でそれは十分超能力だと思うけど。

 

 なんとなく雰囲気だが、みんな私が魔法使いだということを信じてない感じがする。まあ不本意と言えば不本意だが、私はそれを証明したいわけではないし、別にいいや。

 

 と、私は話が終わったものと思っていたが、それから少し間をおいて琴葉。

 

「スプーン曲げは別として、他にはなにかないのか?」

「ん? ……ああ、もしかして魔法の話?」

「うん」

 

 そうだなあ。

 

「ちょっと大佐どいて」

「なー」

 

 箱の中からトランプを取り出します。

 

「じゃあ、一枚引いて、私に見えないように確認して」

「……こうか」

 

 琴葉が引いたカードを確認します。このタイミングです。

 

「《下位(レッサー)真実の目(トゥルー・シーイング)》ッ!」

 

 大声にびくっとなる琴葉の目を穴が空くほど見つめます。

 

「スペードの六!」

「当たりだ」

「このマジックのタネはね」

「やっぱり手品じゃないか」

「魔法を使って視力を上げて、琴葉の目に映ったカードを見たんだけど、だめかな」

「地味だろ」

「それはそれですごいけどなー」

 

 そんなこと言っても派手な魔法って派手な攻撃になるし。

 

「では次は思考を読んでみせましょう。お客様の中で手伝ってくれる方はいらっしゃいますか?」

「はい!」

 

 結衣。ワクワク顔です。

 箱から道具を取り出します。えーと、ペンと……おや、なんかチラシだな。特に面白そうなこともない普通のやつ。なんでここに……。ま、これでいいか。

 

「では私が後ろを向いているのでこのチラシの裏になにか簡単な絵を描いて、裏返しにしたら呼んでください」

「うん!」

「もう完全にマジックショーだな」

 

 後ろを向いて待ちます。

 

「できたよななちゃん」

 

 よーし。

 

「では、今から思考を読んで描かれた絵の内容を当ててみせましょう」

 

 期待に応えマリックポーズで宣言します。

 

「ではまず、テーブルの上に十円玉を置きます。確認してもいいですが、これは普通の十円玉です。ではお客様。この十円玉の上に裏返しにしたままチラシをかぶせてください」

「こう?」

「ありがとうございます。では、この上に私の手を置き……呪文を唱えます。《思考の感知(ディテクト・ソウツ)》」

 

 ちょっと時間がかかる魔法なので、演出を加えます。

 

「見えます見えます。少しずつ思考が見えてきました」

 

 再びマリックムーブ。手を大きく広げて間を持たせます。

 関係ないけどマリック含めたマジシャンが使ってるギミックコインって裁判ではダメってことになってたよね。通貨変造。

 こっちでも同じ裁判があったか同じ判決が出たか知らないけど。

 

「さあ、私になにを描いたか念じてください」

 

 ――大佐だよー。

 

「……見えました。白と黒の動物。まず間違いなく牛かシマウマかパンダかバクかシャチかイロワケイルカかダルメシアンです」

「すごい惜しいのに!?」

 

 いっけね、ペンギン入れ忘れた。鳥類だからいいかな?

 手振りで要求すると、結衣が紙をめくります。

 

「あっ! 十円玉が消えてる!」

「おおー!」

「これは……!」

 

 それは魔法の発動に銅貨を消費しただけです。

 それで肝心の絵は?

 

「これは……パンダか?」

「大佐だよー」

「あー大佐かー」

 

 知ってたけどまさか大佐だったとは。

 いかに画伯とはいえ、さすがにお馴染みの大佐は二本足で立たないようだ。

 

「どう? これ当たった……のかな」

「うーん……どうかな……?」

「まあ……当たり、ってことでいいんじゃないか……?」

「まー大佐はちっちゃいパンダみたいなもんだしなー」

 

 とりあえず当たりの判定が出ました。

 

「これが魔法で作られた微妙な空気です。お楽しみいただけましたでしょうか」

「うん、微妙」

 

 よかった。



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18話

「今日のお昼は一緒にピザを食べない?」

 

 そんな私の誘いに乗ってホイホイついて来た三人は、理由も告げず住宅地へ誘う私に疑問を持ち始めたようです。結衣だけ。

 

「ななちゃん、なんでこっちなの?」

「まあまあ」

 

 友達なのでまあまあだけで長いこと抑えられます。しかし、そろそろ目的地なので説明してもいいでしょう。

 

「ピザを作るのにはなにが要ると思う? 小麦粉、水、オリーブオイル、チーズ、具材。あとは?」

「えっ……? オ、オーブン、かな?」

「それでもいいけど、やっぱピザ窯じゃない?」

「あ、うん」

 

 歩きながら説明する。

 おいしいピザを作るにはピザ窯を使いたいけど、場所取るよね。家に作るのは難しい。

 ではどうするか?

 

 ――見えてきた。あの家だ。

 そこそこ立派な門をくぐって、塀の中に入り、庭へ案内する。すると、そこにあったものは――――

 

「他人の家に作ればいい。これがソリューション(解決法)だ」

「ええー!?」

 

 やって来たのは蜂ばあの家。そしてその庭に鎮座する物体。

 そう、あれこそがピザ窯である。

 

「耐火レンガとかで、頑張って作った」

「あはははは! バカだー!」

「すごい」

 

 琴葉はこういうの好きか。

 場所さえあれば、ピザ窯は意外と手作り可能なものだ。今は作り方もネットで調べられるし、材料もホームセンターやネットで買えて、夜中に《加工(ファブリケイト)》を使えばばれずに一瞬で作れる。良い時代になったものだ。

 

「大丈夫なの……?」

「大丈夫大丈夫。庭使っていい?って訊いたらいいって言ってたよ」

「使いすぎだよ!」

 

 お、ちゃんと突っ込めてる。

 でもちょっとスルーします。

 

「やあ蜂ばあ。蜂は元気?」

「うんうん。お陰様でねえ」

 

 挨拶は大事だからね。

 蜂ばあは縁側に座っていた。この婆さんは庭にピザ窯を作ってもなんの突っ込みも入れなかった剛の者だ。私はそれなりに敬意を抱いている。

 巣箱を見ると蜂たちも元気ぶんぶんだ。住宅地で蜂を飼うってのもかっこいい。でもご近所トラブルどうなんだ。なんかあったらボケたふりでごまかすとかかな。剛の者だし。

 

「あの、おばあさん。本当に大丈夫ですか……?」

「いいんだよいいんだよ。楽しいじゃないか」

 

 なんてこった、結衣が常識人みたいなこと言い出すほどのことを私はしてしまったのか。私も捨てたもんじゃないな。

 

「余裕そうな顔をしてられるのも今のうちだ。いまに朝起きて庭を見たら目ん玉飛び出るようなことをしてやる」

「楽しみだねぇ」

 

 舐めてるようだが、私はばあさんが想像できるより遥かに上を行けるぞ。

 いつか究極技として、ここにシェルターを埋め込もうと思っている。

 

 バッグからピザケースに入れて持参したピザを出して窯に入れます。事前に火を入れておいたので、すぐ焼けます。

 焼き上がったらピザケースに戻して、冷めにくくします。

 

「二枚焼き上がったよー。私はアジトでゆっくりいただくつもりだけど、できたてがよかったらここで食べるのもよし」

「そだなー。一枚食べてくか」

「はいピザカッター」

 

 さっちゃんは蜂ばあに「よっ」と挨拶して縁側に座ります。

 膝の上にピザケースを乗せて、中のピザをピザカッターで切ります。ころころと丁寧に。

 さっちゃんは意外と雑ではありません。

 

「食うかー?」

「ありがとね。でも、医者に脂っこいものは止められててねぇ」

「そっかー。それじゃーしょーがないなー」

 

 さっちゃんが食べてるのはサラミピザ。今回焼くのはそれを含めて五枚である。ちょっと多いけどまあ小さめだし、いけるでしょう。

 どんどん焼き上げていきます。

 

「わあー、膨らむねー」

「ね? 薄くても大丈夫でしょ」

 

 生地はけっこうぺらっぺらにした。具材、ソース、チーズ。ピザのメインはそっちだと思うから。

 生地でお腹を満たすのも悪くはないけど、いろんな味でみんなを楽しませたい。

 と思って薄く作った私にとっても思ったより膨らんだけど。まあこのように、リハーサルをやんないとよくよく想定外のことが起こるけど、私はこのスタイルを改めるつもりはない。ぶっつけ本番。それが私の生き様。それが私のやり方だ。

 どんなに効率が悪くとも、どんなに筋が通らない設定でも、"それが奴らのやり方だ"って言っちゃえば押し通せるものだ。

 

 例文・SERNは任務を達成したラウンダーを処分する。非効率的なようだが、それが奴らのやり方だ。

 

 みたいな。

 

 まあまあ、膨らんじゃったけどいけるでしょう。

 

「焼き上がったよ」

 

 いい焼き加減。パーフェクトと言っていいでしょう。自分の才能が怖い。

 ……私の場合冗談抜きで補正がありうるからなあ。

 

 さーてアジト戻りますわよ。

 

 みんなでピザケースを持ってホイサッサ。

 

 道中。

 

「あのおばあさん、こないだの蜂飼ってるんだね」

「あれには痺れた。受け入れる度量と、蜂の毒で」

「刺されたんだ!?」

「あたぼうよ」

 

 彼らは温厚だけど刺す時は刺す。

 私は後で解毒すりゃいいから気にしないけどね。

 

 さてさて。ここは私が号令するんでいいのかな? よーし!

 

「ピザ祭り開催!」

「わー!」

「おー!」

「おー」

 

 それなりにみんなテンションが上がっています。よかったよかった。

 私の感覚だとピザの時はコーラなんだけど、三人中二人が炭酸苦手とのことでオレジュー。百パーセントのやつだ。

 

 肝心のピザはどうかな?

 

 サラミ。海鮮(エビイカ)。マルゲリータ。チーズ。テリヤキチキン。

 

 テリヤキチキン、子供は絶対好きだよねーという感じの無難なチョイスと見せかけて、このうちチーズだけはちょっと違う。お楽しみに。

 

「おいしー!」

「うまいなー!」

「うまい」

「そうだろうそうだろう」

「ななしぃはなんでも作れるなー」

「なんでもは、……いや。なんでも作れるよ。任せて」

 

 核兵器とか作れないから否定しかけたけど、ハードルを上げればなんらかの無茶振りをもらえるかもしれない。そうすれば、便利は便利だけど敵がいるとかじゃないから持て余してる魔法の使い道ができるかもしれない。

 それにお願いとかされたい。なんでも叶える。全力出す。

 

「じゃあ寿司とか握れるか?」

「もちろん」

 

 どんなの来るかと思ったら易しめ。

 寿司は家でたまに作る。私は寿司を作ろうと思ったら手巻きなんて日和ったことはせず、練習してでも握る。

 今日その経験が活きた。

 努力は報われるとは限らないが、完全に無駄になることは少ないものだ。たまたま活かせることもあるし、だいたいはなにかに応用できる。

 だから、今生は止まらぬ。

 

「じゃあ次は寿司祭りにする?」

「寿司!」

「お寿司!」

「……!」

 

 まあ今回は活かせたというか、努力以上に報われたけど。

 

「寿司ネタの話は今度するとして、紹介したいピザがいるんだ」

 

 紹介したい人がいるんだ、みたいな感じで言ってみたけど伝わった感じはしない。

 宣言したのち、閉じておいたピザケースを開ける。するとそこには。

 

「三種のチーズピザでございます」

「普通だね?」

「ただこれ、ゴルゴンゾーラが入ってる。つまりブルーチーズ」

「ブルーチーズ?」

 

 琴葉だけ、聞き覚えがあるような?という表情。説明しよう。

 

「ようするにカビさせたチーズ」

「えー!?」

「あ」

 

 びっくり。琴葉は思い出した、という顔。

 

「使うカビが青カビだからブルーチーズ、かと思いきや諸説ある」

「カビってあれだよなー? 食べ物ほうっておくとふわふわしたの生えてくるやつ」

「そうそう。いろいろ種類があるカビの中でも無害なのをチーズにつけて、繁殖させる。わざわざそうするには理由があって、単純な話これがうまい。だからこのスタイルのピザが生まれたんだけど、まあ好みが分かれる代物だから、こうして説明した上で食べるかどうか各自決めてもらう」

 

 言い終えて、取り出したのははちみつ。べつにあの巣箱から取ったわけじゃない。そういうことをすると巣箱から逃げ出しやすくなるから。

 国産というくらいしかこだわっていないが、まあまあおいしいはちみつ。

 

「なお、このピザははちみつをかけて食べる」

「なんと!」

 

 ピザカッターで切って、お皿に移し、はちみつをかけてお先にいただきます。

 ……うむ、自分の才能が怖い。

 次はピザソースも自作しよう。

 

 ちなみに白カビだとカマンベールだよと教えてあげると、琴葉はカマンベール好きだけど知らなかった様子。

 

「ゴルゴンゾーラに合うのはワイン……といきたいとこだけど、さすがにあれなのでぶどうジュースを用意しました」

 

 ぶどうジュースを飲みながらおいしそうに食べる私を見て、まずさっちゃんが特攻します。

 

「うまいぞ!」

「えっ、じゃ、じゃあ私も」

 

 切り込み隊長がOKを出して、リーダーも続きます。

 すると、リーダーが手を出したものなので琴葉も抵抗はなくなり、食べてみると気に入ったようです。

 

 そんな感じで、ピザ完売。

 次回の寿司ではカリフォルニアロールかなんか出そう。隙あらば、変わったもの。私なりの食育だ。

 

「ふー、食ったなー」

「おいしかったねー」

「うん、よかった」

 

 喜ばれると胸がいっぱいになります。幸せ。

 あ、みんなが礼を言わないのは親のしつけがなってないわけじゃなくて、私がそういうの苦手とわかっているからです。

 とっても友達。

 

 

 日常なので落ちはない。




ゴルゴンゾーラにはちみつのピザはアニメARIAでもちょっと話題が出てた気がする。
マシュマロとか乗ったピザもよさそうだ。
大佐にはちゅーるをあげた。


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19話

「あっ」

「ん?」

「どしたー、結衣ー?」

 

 なんでしょう。琴葉もゲームをしつつですが注目しています。

 

「んん」

 

 口に指を入れて、なにか出しました。あれは……!

 

「歯、取れたー」

「おお」

 

 小さくて白くてかわいい歯です。

 

「おめでとう」

「ありがとう、ななちゃん」

「ちょっと見せて」

「え? ……う、うん」

 

 そう言って手を出すと、ちょっと渋った感じでしたが渡してくれました。

 指でつまんで、観察します。これは前振りなので、間が大事。結衣が私にしっかり注目したところで、

 

「はむ」

「あー!?」

 

 口に含みます。

 

「あはははは!」

「なんで食べたのー!」

 

 琴葉は"うぇー"という表情。

 なんでだろう。ふしぎ。

 

 いま自分がいたずらっ子の顔をしている自覚があります。にまにましながら口の中で結衣の小さくて白くてかわいくておいしい歯を転がしていると、結衣は「もー」としかたないなあの顔をして許してくれました。

 

「うまいかー?」

「うん。結衣の味」

 

 本当に違法じゃないのこれ? ってくらい幸せ。

 

「汚いよー」

「えー? でもこれが汚かったらキスとかできないよ」

「あ、そっか。……じゃなくてー」

 

 誤魔化せなかったか。

 まあ、しかたない。引き際というものがある。口から取り出します。

 

「返したほうがいい?」

「うーん……」

 

 悩み中。

 

「要らないかな……」

 

 まあ、そうだよね。母親とかが集めそうだけど、瓶とかに入ってるの想像すると気持ち悪いよね。切った爪コレクションかよ。

 

「じゃあくれる?」

「うん」

 

 ヤッター。苦笑いだけど、OKでました。

 

「はむ」

「食べるんだ」

 

 

 

 帰って、部屋。宝石箱にしまって鍵をかけます。

 この箱には素敵な魔法がかけられていて、勝手に開けると直ちに死にます。

 魔法って便利だ。

 

 

 

 路上ライブ。今日のお供はギター。エレキの方だ。

 アンプだとか、電源だとか、そういうあれこれで使ってなかったけど、そういうのもちゃんとある。

 

 問題が解決したのは、父がバッテリー内蔵のアンプを仕入れたから。くれたわけでも、使っていいと言われたわけでもないが、私のために用意してくれたのだろう。

 重量十キロ以上あるけど特に気にしない。

 

 今日は弾き語りなし。演奏がとても上手いってわけではないので、そういうのはまだ誤魔化しのきく日本語じゃない曲と、特に頑張って練習した曲だけ。

 というわけで、声無しでできるゲーム音楽。

 

 クロノトリガーより、風の憧憬(しょうけい)

 

 エレキ、と言ってもエレアコだ。アンプに繋げるアコースティックギター。

 普通のもあるけど、こっちにした。

 なにせこの曲も、この世界にはない。

 この曲がないというのは、世界にとっての損失だと私は思う。そのくらいの名曲なので、初出は家にある中でそれっぽい楽器を選んだ。

 

 DTMではほぼ完成させてあるんだけど。

 

 次、FF9より、独りじゃない。

 

 上野をしんみりさせてやるぜ。

 

 曲自体がいいとテクがなくてもなんとか聴ける演奏にできるから弾いてて楽しい。

 

 次は、FF5より、遙かなる故郷。バッツの故郷、リックスの村の曲。

 村、街の曲って邪魔にならない感じ。調和、いい。

 

 アコギで弾けるしんみり系ストックがそんなになく、ついチョコボを弾いてしんみり縛りがなんとなく消える。だが、さーて次はなににしようかな、と思ったところでもう丁度いい曲がない。練習不足の曲ばっかり。

 別にしんみりに絞って練習してきたわけじゃなくだいたいどれも練習不足だけど、今はなんか満足しちゃったから。

 シメで蛍の光を歌って終わりにすることにしよう。

 

「しゅうどおーぅどあくいんてんす びーふぉごっと あぁんねーばぶろうとぅーまいん」

 

 原曲で。

 

 

 

 

「最近はギターなのか」

「そ。ピアノとギター。これさえできればだいたいの曲は弾けるから、重点的に練習中」

 

 ギターの練習を増やした。

 アジトでの作業も、今はこっちに集中している。

 なんとなーくで演奏していたけど、そろそろかっこよく弾きたいし。

 上手く弾かないと名曲に申し訳ない。そういう敬意はあるにはあるのだ。そういう想いを貫かないだけで。

 

「琴葉もなにか楽器弾けるようになったら私はとても嬉しい」

「……苦手だ」

「むう」

 

 一緒にバンドやりたい。

 琴葉はベース。さっちゃんがドラム。私がキーボードで、結衣がカスタネット。

 タンバリン、トライアングルとかもいいな。なんでさー!が飛び出すぞ。

 結衣もさっちゃんもいるし、いま飛び出させるか。

 

「琴葉はベースとか似合うと思うんだよ」

「ベース?」

「ギターっぽい楽器で、低音で曲を支える役。わかりにくいけど、ないとひどいことになる。パーティーにおける回復役くらい重要な役どころ」

「ふむ」

「わたしはわたしはー?」

「さっちゃんはドラム。体力勝負だから元気なさっちゃんに最適。パーティーの前衛だ」

「なるほど!」

「わたしはー?」

「結衣はカスタネット。これが無くちゃ始まらない。パーティーの遊び人だ」

「なんで!?」

 

 飛び出ませんでしたが、琴葉が「結衣、結衣」と合図します。

 

「あっ、そっか。……なんでさー!」

「うん。じゃあギターがいいんじゃないかな。私はキーボードでいいし」

「あ、うん」

 

 琴葉と力を合わせて飛び出させた。完全勝利だ。

 

 とりあえず楽器の振り分けは済んだけど、実際やるだろうか?

 訊いてみよう。

 

「とりあえず楽器の振り分けは済んだけど、実際やる? 練習用の楽器は用意できるけど。さっちゃん()にドラムセットはきついから、さっちゃんはうちで練習になるけど」

「ななしん家で! ……あ、よだれが」

「さっちゃん汚い……」

「どれだけもてなされたんだ」

 

 ついこないださっちゃんを家に招いた。本当はみんな呼びたかったんだけど、たまたま都合が合わなかったのです。

 そりゃあもう、来た日はケーキまみれよ。

 冷凍庫で保存し続けられるアイスケーキなんかも出してみたけど、さっちゃんはそんなには好きじゃないようだ。嫌いではないけど、どちらかというと普通のケーキの方が素直に喜んでくれた。

 私はアイスケーキはなんか特別なものって感じがして好きなんだけどなー。

 

 

「みんなもうちで練習の合間におやつ食べる? やるなら、だけど」

「む……」

 

 名付けて、宝恵駕籠亭待夢(ほえかごていたいむ)作戦。みんなでケーキを食べながら演奏の練習……いいなあいいなあ。

 幸い、琴葉はちょっと心惹かれている。結衣は顔が輝いていて、二人がやるならやる感じ。追従するリーダー。

 いけるかもしれない。

 

 私以外のみんなが小二でどれだけできるか、という問題はあるけど、まあまあ、とりあえずピアノから始めればいい。ねこふんじゃったくらいの簡単なの。

 

「みんなで練習、楽しそう!」

「本気でバンドやるかはさておき、ピアノの楽譜の読み方くらい今のうちに覚えておいた方が得だと思う。大人になってからだと難しいよ。まあとりあえずピアノだけでもどう?」

「ピアノ! ちょっと覚えてみたいな」

「任せてくれ」

「よかったー。いろいろ教えてね、ななちゃん!」

 

 膣がキュンとした。うーむ、私の処女もらってくれんかなあ。

 さておきさておき、全ては私の望み通りに進んだ。さっちゃんはいつだって呼べば来るし、今回のことがなくても、ドラムやってみない?とか言ってちょくちょく教えていけば合意抜きでも仕立て上げられるだろう。問題は結衣。琴葉は結衣を落とせばついて来るから、重要なのは結衣をどう攻略するかそのただ一つだったが、なんとかなった。

 計画通り……!

 

 例の顔はしない。

 

「よーし。では記念に一曲!」

 

 今日は普通のエレキギター。アンプを繋げ、演奏を開始します。曲は、『God knows...』。

 結局私が死ぬまで音沙汰なかったハルヒ。なんだかんだあったが、こちらに持ち込めばいい曲になることでしょう。

 それでは、聴いてください! まだイントロしか弾けないけど!

 

 ここまで、と言った時の結衣のがっかり顔が楽しかった。




一度思ったことを、そのまま言わせるという珍しい手法。実際にやってみるわかるけれど、珍しい理由はくどくなるから。


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20話

 君は…実りを生むん――…

 

 その声を聞いた瞬間、私は夢の中で覚醒した。目が覚めないまま、明瞭な思考を手にした。

 それほどの衝撃だったのだ。その気配は、あまりにも大きく。人がその存在をカテゴライズするなら、通常は"神"というワードを使うことを避けられないだろう。それほど圧倒的な存在の気配。

 そして、私は転生者である。説明もなくいろんな能力を付け足されてはいるが、そこに一切の不満はない。私をこうしたのが神のような存在だとすれば、私はその神に可能な限り尽くすだろう。あの三人と上野に危害が及ばない範囲であれば、どこどこまでも。だいたいは。

 この神様は口ぶり的に私とはお初な感じだけど、私は神という存在を事前の想定として受け入れており、いま確信したわけでそれなりに敬意もあるわけです。

 なので跪いて頭を垂れ、それを示します。

 

「はい。お望みであればもっとやります。お望みでなければ二度といたしません。御意に従います」

 

 実り。植物、豊穣などの神様と推定。心当たりはあるので、あのせいか。

 問題は、それを喜んでいるのか、領分を犯したなと怒っているのか。それともどっちでもないのか。

 

 君の思うように―――いいよ…

 

 存在が大きすぎて一部聴き取れないが、怒ってはいらっしゃらないようだ。

 

「はい、ありがとうございます。私はななしと呼ばれている人間であります。よろしければ、御神名お聞かせいただきたく」

 

 僕はクミ―ミ…僕の領域は大地の恵み…その収穫…加工…

 

「お答えいただきありがとうございます。御神名しかと承りました」

 

 クミミミ様、か。*1

 加工まで一通りとは。

 寛容で、手厚い。

 

 神様。

 神様だ。

 感じる。温かく、見守ってくれているのを。

 ああ……。

 本当に……本当にこんな神様がいてくれたなら、人類は……。

 

 私は確信している。

 私がこの世界の人類の歴史上、初めて神と接触した人間であると。

 

 神などいない。神などいなかったから、人は散々バカなことをやって来たんだ。

 それを今更、こんな優しく温かい神様がいましたよ、だなんてそんな話、無いだろ。

 

 神はいなかった。いたとしても、人を救う神はいなかった。

 いま、クミミミ様はこうして少なくとも私の認識上は確かに存在しているが、これは私というエラー由来の例外だろう。

 しかし……これからはどうなんだろうか? クミミミ様、私だけで満足して黙っているんだろうか。私だけにしか話しかけられないとかそういうストッパーがないなら、どえらいことになるぞ。

 クミミミ様だけとも思えないし。邪神とかもアリならバトル展開になってしまいそうだ。

 どうしよう。ヤハウェとか出てきたら。絶対戦争になるぞ。今の人類にとっては災害でしかない。敵ではないのは、神の敵になれるほど人類が神秘を抱えていないというだけだ。

 私が完全体になったとしても神って殺せるもんなのか。ステータスがあるんなら神様だって殺してみせると言いたいが、私は私の仕様を知らない。成長限界がどこにあるのかもだ。

 

 厄介事が頭の中を巡る。どうか杞憂であれ。しかし、備えないとまずい。かと言ってどう備えるんだ。

 

 こうなればもう、クミミミ様は情報源としても超重要な存在となる。

 そんなクミミミ様が、要件は済んだ感じで離れていく気配を感じた。

 

「クミミミ様! クミミミ様ー!」

 

 なんだい?

 

「もうちょっと、いえ。またクミミミ様とお話ししたいのですが、また会えますか?」

 

 そうだね…君がまた…多くの実りを生む――ら…――を合図にしよう…

 

「わかりました。ありがとうございました! お会いできて光栄でした!」

 

 

 

 そんで朝。

 起きても記憶はハッキリしている。やはり通常の夢ではないようだ。

 しかし念の為メモを取る。クミミミ様。恵み、収穫、加工の神様。実りを生めば、また会える。

 ……会いに来てくれる神様か。進んでるな。

 話したいことが決まったら呼んでみよう。

 

 

 

「みんな、さくらんぼは好き?」

「好き!」

「好きだよー」

「好きだな」

「よーし! じゃあみんなでさくらんぼ狩りに出発だー!」

「おー!」

 

 と元気よく応えたのはさっちゃんだけで、結衣と琴葉はなんか不安そうというか、警戒している。

 おかしいなあ。どうして信じてくれないんだろう。私がなにかそんな警戒させてしまうような突拍子もない事をした。

 こないだ公園で、みんな、牛は好き? 好きか嫌いかで言えばどっち? じゃあ好きなんだね? 好きって言って!

 こんな感じで好きって言わせて、アジトに行くとみんなが愛してやまない牛がいるというのをやったんだけど、それがちょっとハードだったのかもしれない。

 ナマの生きた牛。しかも野生種のオーロックス。一見して、引くほど強い生命力。まあ絶滅したんだけど、その生々しさに笑っていたのはさっちゃんだけだった。

 それが尾を引いて、また変なことをするんじゃないかと警戒されているんだろう。

 ……そうか、よかった。わかってもらえてる。友達っていいよね!

 

 

 そろそろ向かう先に既知感を覚えたころだろう。みんなにも見覚えがある塀。そしてその向こうに、見慣れないものがチラリズム。

 そう、やって来たのは、

 

「ようこそ、蜂ばあガーデンへ」

「なにあの木!」

 

 結衣がびっくりしてる。どうしたんだろう。

 昨晩のうちに用意して実らせたさくらんぼの木が立派だからかな。

 

「やっちゃった」

「やっちゃったじゃないよ! おかしいでしょ!? なんでさくらんぼの木があるの!」

「頑張った」

「やりすぎだよ!」

 

 蜂ばあもさすがにビビってた。

 あの顔を見れただけでも錬金術頑張った甲斐があったというもの。

 

 最近錬金術を覚えた。鍋にいろいろ入れて煮込むといろいろできるわけだ。

 楽しすぎてもう、困っちゃう!

 在庫の山が……。

 どうしよう。

 

 まあ、まあ。夢のかけらの処理はあとあと考えるとして、ご紹介したいのがこちら、栄養剤。植物はもちろん、人が飲んでもたぶん害はなく、量とか考えずぶっこんでオーケー。たぶん。

 これといって難しい材料もなく作れるチートアイテムだ。原液だと植物を急速に成長させ、薄めればどんな植物にも万能な栄養剤として働く。これさえあれば現代でも十二分に神になれるだろう。もちろん、他称としての。

 

 とは言ってもそれなりに苦労はした。あの時のさくらんぼの種(さっちゃん)をまず家で苗木まで育てて、こっちに植えて栄養剤で成長させて。しかし、途中で受粉の問題に気づいて調べてみるとなんとだいたいのさくらんぼは同じ品種だと結実しないらしい。あの時は焦った。このままでは実もつけてないさくらんぼの木なんてものを見られてしまう。昨日まで木などなかった庭にたわわに実るさくらんぼという驚きを生もうとしたのにその程度で終わっては恥ずかしすぎる。

 どうにかならないのであれば、()ってしまおう。証拠隠滅の時間を計算するとタイムリミットはそう残されていなかった。

 私は考え、閃いた。そうだ、近所に庭にさくらんぼの木を植えている人がいた。昨日雨が降っていたから、落ちているはず。種をもらって、てきとうなところに植えて、花を咲かせて、花粉を綿棒で採取して。

 戻って木を育てつつ剪定してそれっぽくして、花が咲いた段階で受粉させ、ちょっと成長させるとうまいこと実をつけた。

 あまりにも忙しく、ぐんぐん育つ植物を楽しむ暇もなかった。

 

 とまあ私が頑張ったのは確かなんだけど、私がやったという事実をそのまま受け入れてくれてるのが実に嬉しいね。逆の立場なら……ああ、この婆さんが業者に頼んだんだろ。って思っちゃいそう。

 やったと言われりゃ信じるけど、なにも言わないうちに確信してくれてるんだもん。これは……愛。

 

 抱いて!

 

「さあどうぞ。おいしいよ」

「あ、話聞かない気だ……」

 

 容器を用意しました。

 もちろん各自の色。落としても割れないようにプラで、端には種入れを備え付けました。

 容器自体は百均だけど、種入れはペットボトルを魔法で加工して作った。わかりやすいように蓋にみんなの色も塗っといたぞ。

 では各自好きに収穫して、好きに食べるがいい。洗いたきゃ各々勝手に洗え。

 そんなストロングスタイルで第一回さくらんぼ狩りの回は開催されたのでした。

 

「うまいな」

「うまいなー!」

 

 最初は口を開けて驚いていた琴葉とさっちゃんでしたが、さくらんぼは美味しいのですぐに状況を受け入れました。

 

「蜂ばあも食べるかー?」

「ありがとうねえ」

 

 さっちゃんは優しいので、収穫してあげます。

 というか収穫が楽しいらしく、元気に木に登って、必要以上に取りまくっている。

 おぱんつ。

 

 木が大きく育ちすぎてちょっと高いけど、まあ落ちても死にゃあしないでしょう。私もいるし。

 楽しそうでなにより。私も嬉しいです。

 ふふふ、次はどんなことしようか。アジトがつる植物に覆われている、なんてのはどうだろうか。安全性の問題さえなんとかなれば地下を追加したり二階建てにしたりするんだけど。こないだの魔法マジックはけっこう面白かったし、あれのリターンズしてもいいかもしれない。

 うーむ、やりたいことが多くて止まらないぞ! ふふ、ははは。

 

「あーっはっはっはっはっは!」

「あ、久しぶりに出たな。ななしぃの高笑い」

「なにがきっかけなんだ、わからん」

「なんだろー?」

 

 ところで今生の私は感情が高ぶると高笑いが出ます。

 理由は私にもよくわかりませんが。

 

 

 

 後日。

 

「結衣、ワニって好き?」

「うん、嫌いだよ!」

 

 笑顔で元気よく答えてくれました。

 

「そっかー。……じゃ、片付けてくる!」

「…………いるの!?」

 

 しばらくこの手はおやすみ。

*1
Elonaというゲームの神様。知らなくても読めるようなるべく気をつけます。




Elonaというゲームの神様。数種類の魔法のうち一つもこのゲームです。
あんまりはっきり要素を出すと多重クロスとなり、どちらの作品も知っている人か知らない作品でも読める人向けになってしまうので、"主人公も知らない"という形で解決させてる……つもり。

牛、どうやったの?とか問い詰められるイベントが話の間にあるはず。
蘇生という誤解を排除するために説明すると召喚魔法です。


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21話

 これといって、いつもカメラを持ってる子だなあという認識をされることを厭う気持ちはないけれど、いいカメラなので相応に大きく邪魔は邪魔。いくら力持ちであっても、常に持ち歩きたいものではない。

 けど、最近は花粉症が流行っているので手放せない。

 頑張ってスタンバってた結果、残念今年じゃありませんでしたってこともありうるけど、特にあれは撮影して何度も見返したいのだ。

 

「へくちっ」

 

 ……!

 これはそれほど一般的に理解されるか怪しい表現ですが、意識して押さえつけなければ私の鼻は期待と興奮にひくひくと広がっていたことでしょう。

 さあ、どうだ……!

 

「くしゃみ出た」

「花粉症だー。花粉症くしゃみだー」

「だー」

 

 き、ききききき、来たー!

 このベンチに座った時点で、カメラのスイッチは入れてあります。慌てた様子を見せずに自然にミニ三脚を取り出して、セッティングします。

 

「花粉症くしゃみ違う。普通くしゃみ」

「普通くしゃみだってぇ」

「うんうん」

「さっちゃんとななちゃんは?」

「私は風邪すら引いたことないな」

「私は……くちっ。かわいいくしゃみ」

「そっかぁ」

 

 初期の頃は"若いのに結衣のスルースキル高いなー"とか思ったものだけど、さっちゃんはまともに相手すると疲れるから一緒にいれば自然とそうなる。

 

「私も花粉症じゃないんだー」

「みんな健康かぁ」

 

 おう。死んでも生き返らせるよ。

 

「へぐちっ」

 

 ののかだ。ののかもかわいい。

 ののかも怪我とか病気の心配はいらないぞ。私が治すから。

 

「ずず。……や」

「ののちゃん」

 

 鼻かんでる。

 

「ぶしっ!」

「花粉症くしゃみだ」

「あはははは! 本物だ!」

「ののちゃん花粉症でしょー」

「手の施しようがないね」

「ののか死ぬのかー?」

「花粉症違う。至って健康。……ぶしっ」

「ウソは良くないなあ」

 

 怪我は治す。

 病気も治す。

 花粉症は治さない。

 

「なんでみんな私を花粉症にしたがるかなー。ほら、病は気からって言うでしょ。認めたら負けなんだよ」

「病は木から? 花粉症じゃん」

「花粉症違う」

 

 わからなくはないけど、あんま効果ないと思うよ。

 

「くしゃみを止める裏技がある」

「え、ホント?」

「そんな裏技あるのかー!? すごい!」

「試してみるか?」

「試す試す。花粉症じゃないけど」

 

 ここだ――――

 持てる力の全てを賭して、私は撮影に回ります。

 いろいろ確認するが、万全だ。電池、容量問題なし。みんな撮影の邪魔をする子じゃない。

 

「くしゃみが出そうになったら手を上げろ」

「よしきた」

 

 そしてののかは、風を感じるようなポーズをとって、動きをとめました。

 

 

 

 

「まだ?」

「ふぇ」

 

 手が上がり――――

 

「せい!」

「ぐうっ」

 

 ずどん。ののかのみぞおちに"右"が突き刺さり、気持ちのいい音が鳴りました。

 その拳は小学生のものでしたが、琴葉に加減や迷いはありません。疑いもなく弛緩しきったお腹で受ければ、十分悶絶しうるでしょう。

 弱パンチのクリティカルを弱点に受けたののかは、その衝撃により一瞬で裏技の全容を理解し、一瞬あとに自らの口から飛び出る空気を感じ、このすぐ後に来る苦しみと、その代償を支払って得たものが何もなかったことを悟ったのである。

 

「ぶしっ」

 

 そして出来上がった、お腹を押さえて悶絶する女子高生。

 興奮する。

 

「ぅ、……あ、い……だめじゃん」

「失敗」

「ああー……」

「あはははは!」

「今のは手加減してしまった。次は本気でいく」

 

 してたか?

 

「私も手伝ってやる」

「わたしもっ」

 

 そして、ボコボコタイムが始まります。

 

「せい!」

「とおー!」

「たぁっ!」

「あー!」

 

 私は一人、興奮しながらそれを撮影しきりました。

 私がカメラを持っていたのはみんなの活動記録もそうですが、特にこれを撮りたかった……!

 大きな充実感。幸せだ!

 

「花粉症です。認めます。私は花粉症です。もう民間療法に頼ったりしません。すぐお医者さんに行きます。だから、もう許して下さい……」

「ののちゃん……」

「頑張ったな、ののかあ!」

「ののちゃん、かわいそう……」

「ののかにしてはよくやった」

「大丈夫。可愛かったよののか」

 

 みんなでぎゅっと抱きしめます。いい匂い。ずっとこのままでいたい。

 

「うぅー……わけわからん…………ぶしっ」

 

 

 去ってゆくののか。その目に浮かぶ雫は、きっとみんなで抱き合って満たされた心から溢れ出したものなのでしょう。

 それはすなわち、愛。

 こうしてののかの愛に心打たれた私達カラーズは、ののかのために動くことを決めたのです。

 

 

「この街の木、全部ひっこぬこう!」

「いくぞー! 私達は、この街を守る!」

 

 

 

「この木から倒すか」

「うんっ」

 

 手始めにとさっちゃんが選んだ木はかなり太かった。

 私の感覚だともうちょい細いのから様子を見つつやるのが常道なんだけど、まあどのみち全部倒すのだからどれでも同じなのだろう。

 自分がこのくらいの歳のころ、こんな木を自力で倒せると思えただろうか? 覚えていない。

 "やれるかやれないかで言えば、できるんじゃね? 時間さえかければ"くらいには思えたかもしれないが、いま目の前で手を押さえてうずくまるさっちゃんのように信じ切ることはできなかったような気がする。

 

「さっちゃん、もう使い物になりません!」

「しょうがない。わたし、カラーズブルーがやるしかないようだな」

 

 そう言って琴葉はクラウチングスタートの姿勢を取り、思い切りショルダータックルをお見舞いしました。

 

「ぐぅっ」

 

 べちんと倒れました。

 先に斃れたさっちゃんを目にしても全力でやれるとは。

 でもな、琴葉。体当たりってのは、近くに探偵がいない限りドアも破れないんだよ。

 

「カラーズブルーでもビクともしない……!」

「……私、ホワイトの出番か」

 

 だが、私もいまは彼女たちと同じだ。

 無理とは思わず、心を通すことができる。

 

 カメラを三脚に任せ、木に近づきます。

 

「《雄牛の筋力(ブルズ・ストレングス)》」

 

 小声で魔法を使うと、筋力が強化されたことを感じます。

 

 深く腰を落とし、半身に構え、右拳を軽く幹に当て、少し引く。握った左拳を強く引き――同時に、右拳を思い切り突き出した。

 

「そっち!?」

 

 寸勁である。

 

 "バキィ!"と、大きな破砕音。三人が緊張して見守っているのを感じます。

 期待に応えるようにゆっくりと拳を引くと、砕けた樹皮がぽろぽろと剥がれ落ちた。

 

「おお……! やったなななしぃ!」

「ななちゃんすごーい!」

「すごいぞホワイト!」

 

 …………………………。

 

「ちょっと、向こうで休憩してる」

「あ……」

 

 笑顔を作りましたが、うっすら脂汗が滲んでいた自覚はあります。

 それで全てを理解したのでしょう。みんなはあからさまに右手を隠している私に声をかけず、そう遠くにも行けず木の裏でうずくまる私を見送りました。

 

 もちろん指は折れた。

 

「ななしぃは脱落かー……」

「どうするー?」

 

 ――ななし、死す。あちらではその前提で話が進められているが……、

 まだだ! まだ終わっていない!

 

「《重傷治療(キュア・シリアス・ウーンズ)》」

 

 三人がいなければ鼻水が出ていたほどの怪我だったが、いるのなら私はいくらでも強がれる。

 魔法をかけるとささっと傷は癒えたが、じわじわ度合いを増していた出血の痕跡がえげつなく、仕方ないので水筒に入れといたお茶で洗う。

 樹皮の破片がぽろぽろと落ちて、元の通りの私のきれいなお肌が現れた。

 

 さて。

 魔法使いの本領は、補助である。

 攻撃力も無視はできないが、それは前衛だって持っているものだ。

 防ぎ、解除し、作り、遠ざけ、呼び、強め、癒やす。

 それこそが魔法使いの仕事。それこそが魔法使いの戦場。

 破壊などという単純なものは極論、この拳で行えばよい。周囲を確認し――

 

「英雄。聖なる盾」

 

 体が光る。

 この魔法はこれがあるので、こっそり使うしかない。

 さて、この二つの魔法はそれぞれ、力を上げる魔法。それと防御力を上げる魔法。

 ついでに器用さも上がって恐怖と混乱のバッドステータスを無効化するが、まあそれはいい。

 こうして、私のあんまり鍛え上げられていない各種筋肉に――神が宿った。

 

「待たせたな」

「あれ? もう大丈夫なの?」

「怪我してたろ」

「いや……もういいぞななしぃ!」

 

 さっちゃんストップである。常にいけいけゴーゴーなさっちゃんからのストップはカラーズ結成以来初のこと。たぶん。ちょっと初期メンバーじゃないから。

 しかし私、意外にもこれをスルー。ブレーキなど、人生をつまらなくするだけだ。

 

 ――――もう、これで終わってもいい。だから、ありったけを。

 

 ずっと、そんな本気のパンチがやりたかった。

 さっきのでも、そこそこ晴れ晴れした気分にはなった。魔法でブーストしたからこそ、イメージ通りの全力を出せた。

 身を守るための加減など無く、ただ殴る。そんな夢を今、私は叶えた。だから多少指が砕けようが構わない。そんな心持ちだった。

 だが、私にはまだ先があった。ならば。私に! ブレーキなど無い……!

 ありったけは、今これからだ。

 

「いくぞ」

 

 そして、振りかぶる。

 これから私は、まるで腕の先に鉄の塊があると信じる愚か者のように無策で、ただこれを全力で叩きつける。

 防御力は上げた。どの程度かの検証なんてしていないが、まあ問題ない。多少骨が砕け、肉が弾け、血を撒き散らそうとも私は――

 

 ぴたり、と。寸前で拳を止めた。

 ははあん。これは、あれだな。

 ……恐怖無効だな。

 

「あっ、とめた! よ、よかった……!」

「ちっ、血が出るかと思ったぞ!」

 

 冷静になると、私はこの子らにそんなショーゲキ映像をお見せしたくはない。

 なにが英雄だ、蛮勇ではないか。

 

「ふう……。よっしゃ、今日はこのくらいにしといたるわ」

「昔のコントか!」

 

 琴葉よくご存知で。

 ところでなぜだかさっちゃんがおとなしいぞ。

 

「どうしたの? さっちゃんなんかかわいいけど」

「ん、んー? ……私はいつでもかわいいぞっ」

 

 そういってポーズ。ポーズ自体のかわいさは私にはわからないが、なんとなくさっちゃんがかわいい。挙動不審な感じが良いのだろうか。性欲を持て余す。

 

「あー、さっちゃん……」

「……。」

 

 ……? なんだか二人はわかってる感じ。ずるい。

 みんなだけわかってる感じなのは置いてけぼりにされている感じで寂しいので、せめて距離だけでも近づけようと思います。というか、なぜだかおしとやかな感じのさっちゃんを抱きしめたい。ぎゅっ!

 

「おわっ!? なんだななしぃー? ちょっと急だぞー」

 

 驚きつつも、受け入れてくれるさっちゃん。ほっぺすりすりすりすりくんかくんか!

 ちょっと落ち着いてきたので、胸元に顔をうずめると優しくなでなでしてくれる。

 

「よーしよーしいい子だなーななしはー」

 

 ああ……さっちゃんから生まれたい。

 

 

 

「おーっすカラーズちゃん。今日はなにしてんだー?」

 

 あ、ももか。

 

「あ、もか姉だ」

「や。今日はどういう活動してるの?」

「この木を倒す」

「あー。修行?」

「修行じゃないよ。仇とるの」

「仇?」

「ののかの花粉症と、ななしの手の仇」

「ななしちゃん……って、カメラちゃんだよね。カメラちゃんの手って、なにかあったの?」

「見て、ここ」

「あら、ちょっと剥がれてる。どうしたの?」

「ななしが殴った」

「殴った!?」

 

 実はまだちょっと痛い。こーいうのもファントムペインなのかねえ? 単純に神経の問題かもしんないけど。

 ただ、とりあえず今はさっちゃんというモルヒネが効いてるのでもはやどうでも良い。……すーすー。良い香り。

 

「無茶するね……手大丈夫? 泣いちゃった?」

「大丈夫! ななちゃん強い子だから! でねっ、ななちゃんが今度は本気になって、バーン! ってこう、パンチしたの!」

「あれは速かった」

「へー。それはどうなったの?」

「シュッ! てなって、スッ!」

「……へー?」

 

 理解を諦めたか。

 

「それで、ののも……ってあれ、のの花粉症って認めたの? 絶対認めなかったのに」

「病は気からとか言ってたぞ」

「そうそう。ののいつもそれ。でもよく認めさせたね」

「ちょっと殴った」

「そっちもなの!? 暴力以外の解決手段を探そうよ……」

「裏技だからな、裏技!」

「力技でしょ」

 

 隙の無い私は近くにさっちゃんがいない時用にお薬も準備しています。今日は軽装でウエストポーチ一つだけど、みんなのためにもちゃんと普通のも常備している。

 自分用は魔法で作った薬で良いとして、みんなが急に頭痛になった時用に小児用バファリンとかね。魔法薬は多分凄い効果があるのだろうけど、友達が出したからってラベルもない薬を受け取って飲むという展開はほぼほぼ事件。逆にドラッグでない方がおかしい。

 

「別のとこの痛みでまぎらわす裏技だ」

「あー、それかゆい時とかにするやつじゃない?」

「……ん、そうだっけ?」

「それで花粉をなくすために木を倒すんだ? カメラちゃんもそれで手を痛めたと」

「そうだ」

「でもこの木、杉の木じゃないよ」

「え?」

 

 まあ私はみんなが出したら飲んじゃうけどね。おくすり。

 

「スギノキってなに?」

「ののを苦しめてる花粉はスギ花粉。杉の木からとんでくんの」

「す」

「ぎ」

「の」

「ふぃ」

 

 胸に埋めながらなので。

 

「……この木は悪くないってことー?」

「そ」

 

 ふー。

 満喫した。

 

「花粉症といえばヒノキ、ブタクサ、いろいろあるけど、やっぱ王道はスギ花粉だよね。スギは針葉樹で、この木は広葉樹で」

「あ、ななちゃん。もう大丈夫?」

「大丈夫もなにも、なんの問題もないさ」

 

 なにやら心配させてしまったらしい。

 

「木には詳しくないからこの木がなんなのかは知らないけど、ののかがスギ花粉症なんだったら関係はなさそうだ。悪いことをした」

「カメラちゃん、ほんとはスギが犯人って知ってたでしょ?」

 

 ももかはてごわい。

 

「第二次世界大戦以降、木材の需要が急速に高まり、日本はスギを植えまくった。真っすぐ伸びて建材としてよかったのだそうだが、植えたスギが育つまでの三十年の間に輸入木材でいいじゃんってことになってしまい、林業は死に絶えた。でも植えまくる! 木は育つのに時間がかかるから、あとあとのことを考えたんだろう。なんかあった時のため。でも、林業って危険だしそこまで儲からないし若い人がやりたがらないから人手不足で切って使うのがまったく追いつかない。そんな今でさえ年間約千五百万本ものスギを新たに植えているのだ」

 

 この話のためにそれなりには調べておいた。

 補助金の投入とかして木材自給率は回復傾向なようだが、はたして切る方が追いつく日は来るのだろうか。

 無花粉スギにシフトしてくれれば良いのだけれど、そっちに補助金が出ないと難しいだろう。

 

「せんごひゃくまんぼん!?」

「それだけ知ってて、この木殴ったんだ」

「うん。だって殴りたかったから!」

 

 ラオウのように拳をつきあげます。意味はない。

 

「思いのままに、心のままに。肉が裂けようと、骨が砕けようと!」

「女の子なのになあ」

 

 私は私が好むように生きるために、大抵の代償は支払える。

 例えば松戸市が焼け野原になってもかまわない。

 住民たちの人権が蹂躙され、反抗心を抱かないよう徹底的に拷問された上で尊厳のかけらもないみじめな死に様を迎え、死体が不潔な蟲のエサや苗床にされた末、その魂が永劫に苦しみ続けることになってもかまわない。悲しいことだが、仕方ない。けして小さくはない犠牲だが、例えばそれが銀のエンゼルを当てるために必要な犠牲だというのなら、私はためらいなくそれを差し出すだろう。かまわない。いっこうに。

 

「千五百万本かー。どうする? リーダー」

「うーん……」

「ちょっと多い」

「スギを植えるのってだいたい山だから、遠いよー」

「そっかー。……あ、でも、だったらこの街のスギの木だけならそんなにないんじゃないかな?」

「スギの林は東京にもあるけど、ののかを苦しめてる花粉はだいたい山から飛んで来てるんじゃないかなあ」

「山かー。それはめんどいなー」

 

 うん。だから諦めよう、というのが弱者の考え。

 

「おやじ、車持ってるかなー?」

「大人だろー? 持ってるさー」

「いや、レンタカーで間に合わせる大人もいる」

「君たちにはブレーキがないのかな?」

 

 さて、困ったぞ。このまま三人を山にいざなうか?

 ……ヤバイとしか思えない。なんてこった。遭難しない想像ができない。

 どうしよう。私はこの三人を煽って突き進ませるのは大好きだけど、止めるのは苦手だぞ。

 諦める、という言葉は使いたくないし。

 強引なのでよければ、スギによる二酸化炭素の吸収がどうの温暖化がどうのという力技もあるけれど、私は温暖化について詳しくない。そもそも二酸化炭素が影響するというのは証明されたことだっただろうか? 九割がたそうだろう、みたいな話だったような。他の理由だったら対処できないから考えても仕方ないとかなんとか。

 よく知りもしないのにさも明確なことのように言ってやめさせる理由にするという子供だましをみんなに仕掛けたくはない。

 

 ――そうだ、こんな時はジョースター卿だ。発想を逆転させるのよ、ナルホドくん!

 

「……よし。チェーンソーを四つ用意して一人一日百本頑張れば一年で十四万六千本はいける。そうすれば年間プラス千四百八十五万四千本程度に収まる」

 

 植えたばかりのをほじくり返したり山火事起こしたりのほうが楽そうだけど、そういう裏技は秘密だ。

 

「百年頑張れば植林が少ない年の一年分くらいは減らせるはず。みんな、頑張ろう!」

 

 引けないのなら、押せばいい。

 力強く押した私に、みんなは顔を見合わせて、

 

「やめよう」

 

 満場一致でブレーキを踏んでくれた。

 まあイヤだよね、そんな人生。たぶんいっぱい死ぬし。

 みんながやるってんならやるけどさ、私もそんななにかの修行みたいな一生はつらいよ。

 

「だいたいなんで私達がののかの花粉症のためにそこまでしないといけないんだ!」

「同感だ。ののかは医者に任せればいい」

「まあ医者に難しいようなら私がなんとかしましょう」

「うん。お願いななちゃん」

 

 薬くらい作れるし。




この話は変なルートに行った結果オチが見当たりませんでした。
アニメでは十一話なので時系列的に"前タイムカプセル埋めようとしてなかった?"という話があるけどとりあえずそこは無視。
さくらとかみのむしの下りはなんとなく漫画の方に合わせたのでカット。


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22話

この話は結衣の誕生日だったので琴葉といちゃいちゃする話を作ろうと思ったものです。


「や」

「ん」

 

 今日はまだ琴葉だけか。

 とりあえず、距離を詰めます。

 だからどうということもないが、琴葉はガードが甘い。

 だいたいいつもゲームに集中しているので、スカートの中とか覗き放題だ。

 まあ見ても嬉しいことは実はべつにないのだが。だって布だ。

 それに私のようなプロはもっと良いものを知っているのです。初級技、脇覗き――! 袖の短い服では、袖から胸を覗くことができます。

 ただこれは変態十二奥義の中でも初級なので知名度は高いと思う。夏の季語でもありますね。

 覗いたところで別に膨らんだりとかもない壁がそこにあるだけですが、なんとなくしあわせ。さっちゃんならちゅーちゅーなでなでも可能でしょうが、琴葉には母性を感じません。見るだけです。

 壁観察はほどほどにして、ちょっと抱きついて胸元に顔をうずめます。けして抱き返したり撫でたりはしてくれませんが、なるべくゲームの邪魔をしないように心がけるぶんには振りほどいたりはしません。

 あー。

 しあわせ。

 最上級奥義・昇竜とかやろうかと思ってたけど、もう満腹です。

 昇竜は実現性に難があり、実質的に封印されていた技。相手がワンピースの時だけ使えるのだが、スカートの下から胸を覗くという……。

 どうやってやるねんそれ。

 まあ立ってる時は簡単なんだけどなあ。

 

 邪魔しない程度にひっついて、大好きアピールをし続けます。後ろから抱きついたりします。髪くんかくんか。

 はむはむ。

 ふう。

 画面に焦点を合わせないよう気をつけながら、ノーマルのスキンシップを続けました。

 

「ごめーん遅れ……あれ? なにしてるの?」

「マリオ」

「お姫様だっこ」

 

 こんな感じになった。

 

 

 

「よーし、いくぞー!」

 

 さっちゃんの号令で、鬼ごっこがスタートした。

 鬼ごっことは、金棒を持って人里に下り、人々の頭をかち割る遊びです。

 

「はっ、速い! 速いよななちゃん!」

「わー!?」

 

 はっはっは。

 ところで、私は身体能力が妙に高い。

 理由とかは知らないが、高い。

 あと、なんか体力がすぐ回復する。これにより疲れ切ることがない。全力で動けば疲れるのかもしれないが、今んとこその経験はない。

 

 琴葉を抱えていてもあんまりハンデにはならなかったな。

 ただちょっと走りにくいのでスキップにはなるが。

 

「あははははっ! これでも勝負にならないかー」

「すごい楽しそうに追ってきたもんね……」

「揺れた」

 

 なんかそっちの方が楽だったからスキップにしたんだけど、まあ楽しそうに見えるよね。

 

「うーん、どうするかなー? そうだ、ののかを背負えば!」

 

 

 

「ええ……? ななしちゃんに乗るの? 私が? ……うーん」

 

 ほんとに呼ぶか。

 

「もー。たまたまもか姉がいたからよかったけど、私には仕事があるんだからね? ……帰ったらおにぎり屋になってたりして」

「楽しみだねー!」

「なー!」

「楽しみにしないでくれますー?」

 

 とか言いながら乗ってくれるののか。名残惜しいですが、琴葉には降りてもらいました。手で支えないと無理でしょう。

 

「おっ、……あ、あれ? 乗れてる!?」

「よし行くよ、みんな!」

「おー!」

「逃げるよー!」

「なっ、なに?」

 

 イメージ上のエンジンを動かします。温まるまで待つ感じで、みんなが離れるのを待つ。……! 頃合いだ!

 

「あー、鬼ごっこか。……ねえ、ななしちゃん。私は羽根のように軽いけど、さすがに無理じゃないかなあ。背負えたのはすごいけ、どおおぉ!?」

 

 これが私の、全っ力!(魔法なし)

 一切の加減をせずに、可能な限りの速度を出して鬼ごっこをスタートしました。

 

 

 

 さっちゃんはゲームメイキングに熱心です。私は普通の遊びをするには厄介なユニットですが、なにかと考えてくれます。

 私もカラーズなので、手加減なんていうくだらないまねはできません。私が本気でやってもOKという縛りがあります。難しいですね。

 そこで、これ。重いものを乗せる。天才以外には思いつかない方法でしょう。私はみんなにジェットエンジンを搭載するか、地面を私だけに厳しいベルトコンベア的なものにするしかないと思っていました。なのにまさかこんな方法があろうとは。よーしののか、運動会の徒競走とかの時もよろぴこ!

 

「あはははは! ほんとに追ってきた!」

「ええ!? わー! ののちゃん軽すぎー!」

「肉食え肉ー! あははははは!」

「う、嬉しいけど……ギャー! 揺れるー!」

「はははははっ」

 

 スキップスキップランランラン。

 楽しくなってきた。

 

「追いついた! 手ー伸ばして!」

「無理ぃー!」

「そんなにスピード出てないでしょ!」

「あがががが」

 

 むう、タッチができん!

 

「タッチしないと終わらないよ!」

「そんなこと言ったってー! せめて揺れないように……!」

「もー」

 

 仕方なく、競歩っぽいのに切り替える。競歩はルールが難しいので競歩っぽくだ。だってベント・ニーってなんだ! わけがわからん!

 片足を常に接地させ、脚に乗せた体を送り出すように歩く。これなら揺らさぬよう動ける。かわりに私の膝に負担がかかるが、まあ多少壊れても治せばいい。

 あとのこと考えないで良いってのは私の強みだ。

 

「これで良い?」

「あ、これなら……えーい! ターッチ!」

「あはははは! 捕まったー!」

「次結衣!」

「あははっ! 速い! ななちゃん速いよー!」

「ふふふふふっ!」

 

 ははははは。

 ……楽しい。大人は知らないことかもしれないが、鬼ごっこは楽しい。

 

「ねえ! これって私も参加してるの!?」

 

 知らない!

 

 結衣ゲットで試合が終わり、さっちゃん鬼で再スタート。鬼となった結衣とに挟まれてもしぶとく逃げ回る私だったが、伏兵琴葉が「フッ」と笑い、試合が終了した。

 回避は不可能ではないが、ののかを背負い自由のきかない私が無理に動けば怪我をさせてしまう可能性がある。その捨て得ぬ甘さを含めて私の実力であった。

 

「よーし次はケンケンパだー!」

 

 それは背負ったまま?

 

「よーし次は縄跳びだー!」

 

 さっちゃん! 私で遊んでいないか!

 あんま背負ってやる必要ないのも混ざってたけど、みんな(琴葉以外)がへとへとになるまで遊んで、おしまい!

 

「ありがとーののちゃん」

「ありがとなーののかー!」

「ありがとののか」

「う、うん。よくわかんないけど」

 

 乗ってただけのののかも疲れた様子。ふふ、付き合い良いんだから。

 

「じゃあなー!」

「また明日ー!」

 

 

 

「ふう」

 

 家に帰ってお風呂でやんす。

 今日は久しぶりに遊んだ気がした。普段も遊んでるけど、やっぱ多少でも疲れがないとね。

 まあもうほとんど回復しちゃってるけど。

 お風呂には当然アヒルちゃん。黄色いやつだ。これがないと風呂ではない。

 気ままにぷかぷか浮かぶと、自分のつるつるボディが目に入る。

 壁みたいな胸に、つるっとしたおまた。きめ細かな肌に、ふわさらな髪。美しい。芸術品だ。

 生まれてきてよかった。体を確認するたび、そう思う。できればこのままが良いんですが。来たれサザエさん現象。

 

「《水中呼吸(ウォーター・ブリージング)》」

 

 水中での呼吸を可能にして、頭までつかる。これが魔法使いの入浴だ。不思議とめっちゃ落ち着く。

 力を得た意味や理由はさっぱりわからないし、不安になることもあるが、こういうのはちょっと嬉しい。

 あがって、可愛いパジャマを着て、アイスを食べながらテレビなんか見る。

 面白いのはないので仕方なくニュース。食べ終わって、柔軟なんかしながらだらーっと見ます。体の柔らかさも可愛さのうちだ。こまめにほぐしてます。

 

『荒川区にある中華料理店で火災があり、現在も消火活動が行われています』

 

 荒川区か。

 すまーとぽんでマップを見てみるが、あんまり台東区と近い位置ではない。大丈夫そうだ。

 消防士さんがた、大変だろうけど頑張ってほしい。あなたたちは数ある職の中でもトップクラスにイケメンだ。

 

『台東区にあるアパートで火』

 

 

 

 まあまあの速度で飛行ができる《長距離飛行(オーヴァーランド・フライト)》とまあまあの時間透明化可能な《不可視化(インヴィジビリティ)》を組み合わせ、やって来たのはアパートの上。今風のだから低めのマンションって感じの建物だ。各階三部屋六階建てのようだ。空は暗いが、明るくなるほどの炎が特に三階真ん中の部屋から吹き出している。

 えーと……、

 

「《思考の感知(ディテクト・ソウツ)》」

 

 愛用のポシェット内の十円玉が消費され、アパートへ向け魔法が照射される。

 なかなか広い範囲・距離を対象にでき、これによりそこに思考する生物がいるかどうかを判別することが出来る。ぼんやりと、思考があるなあと感じる。それらの知性の度合いのようなものも同時に感じられるので、次にその中から任意で選びごく浅い部分の思考を読むことができる。これは、ハムスターかなにか。これは猫くらい? んー……あっ。

 

『おかあさん』

 

 人だ。子供だな。

 ……。この魔法の弱点は、場所とかはわからないことだ。

 

「《精霊の体III(エレメンタル・ボディIII)》」

 

 小型のファイアーエレメンタルを選択。私の体は浮遊する炎となり、熱への耐性を得る。ちょっと心配だったが透明なままだ。このまま四階のベランダから中へ飛び込み、中を探る。下は戦士たちに任せた。

 窓が閉まっていれば溶かして入り三部屋巡る。一体黒焦げがあったが、子供の姿はない。上に行こう。

 感覚的に呼吸の必要は無いと感じていたが、今こうして死んでいないということは正しかったのだろう。よかったよかった。ほれ、子供がいた。

 五階の片側にいた。

 

「《容態の安定(ステイブライズ・コンディション)》、《命の泡(ライフ・バブル)》」

 

 とりあえず、死なないように。この時点で生きているかは知らないが、息があるならとりあえず維持はされる。呼吸もできる。ちょっと半透明の膜には包まれるが。

 見たところ、一桁年齢。で、男。男かぁ。

 まあせっかく来た以上は。

 

 ……そういえば、おかあさ――

 

 あー。

 ……この部屋、玄関のドアが開いてるな。

 なんとかしようとしたんだろう。でも、廊下は煙まみれだった。外廊下じゃなかったのがよくなかった。残念無念、玄関でばたん。そばには青いバケツが転がっている。

 わかるけど、本当に怖いのは一酸化炭素なんだ。酸素を運ぶヘモグロビンと結合しちゃうから酸素不足になって、意識を失う。早い時にはほんとすぐ。

 だから戦士たちもなかなか上がってこれないんだ。

 ひょっとすると、ドアを開けたからこの子は倒れたのかもしれないな。

 

 ……さて。

 

 呼吸できるよう自分に《命の泡(ライフ・バブル)》をかけ、エレメンタルの変化を解く。火のまんまじゃ触れないからね。透明化は持続しているので、念の為かぶっているガイ・フォークスのマスクのお披露目もなさそうだ。あんまり存在を気づかれたくはないし。なんか気づかれたら他のとこでなんかやって注目を散らしたりするつもりだが、フィクションだとそのうち天才がそれに気づく。本拠はここだなと。で、おびき寄せ作戦。イマイチ最強無敵じゃない私は備えてないと化学薬品とかであっさり昏倒させられるのであった。こわい。

 こわこわよ。さて母は……死んでるっぽいな。一応安定はかけてベランダ付近まで引きずってきたけど、厳しそうだ。

 窓を開け、母をかつぐ。ベランダ手すりに乗せて、胸から上が顔を出すようにする。

 それを見て、はしご車がはしごを伸ばしてきた。それを見計らって泡を解除し、あとは任せて飛び立った。

 

 

 

「昨日凄かったみたいだねー」

「なー」

 

 会議には時事ネタも出ます。

 

「……なにかあったの」

「火事だよー。琴葉はサイレン聞かなかった?」

「寝てた」

 

 ……。

 

「あれ、ななちゃん寝不足?」

「あー、うん。眠れなくて」

 

 んー。火見ると興奮してどうも。

 しかし、大したことできなかったなあ。

 私の魔法、痒いところには手が届かないから。

 

「あそこうまかったんだけどなー」

「ねー」

 

 ……ああ! あったな中華料理屋。

 

「それもだけど、近くでもあったんだよ」

「そうだっけ?」

「うん。もう消えたみたいだけど」

「へー」

「すっごい燃えたみたいだけど、急に雨が降ったんだって!」

「おー、それはよかったなー」

「逃げ遅れて死んじゃった人もいたみたいだけど……」

「残念だなー……」

「でも、いなくなった猫が出てきたんだって! 部屋にいたはずなのに、外でにゃーって!」

「それは不思議だなー!」

 

 ああ。あの猫。

 すっかり焦げてたけど、運良く生き返ったラッキーキャット。見つけたと言って戦士Aに渡したけど、飼い主も生きてたようだ。

 雨も降らせた。発動までに十分、天候が整うまで十分かかるくらいの大魔法だ。

 これと戦士たちの活躍により、火は早いうちに消し止められた。まあまあ戦果はあったともいえるかもしれない。

 もう一匹くらいは蘇生したかったけど、みんな運が悪かったな。

 

「一晩で二件も火事か……」

「どうしたの琴葉? も、もしかして……」

「ああ。……これは事件の匂いがするな」

「ええっ!?」

 

 いや、でも片方料理店だし。

 

「あ……でも、どっちもキッチンから燃えたって……」

「いや、猫の方だ」

「猫?」

 

 !?

 や、やだなあ探偵さん。猫は猫でしょ? なにもおかしなことなんて――

 

「猫は人が見てないとき、異次元を移動できる……らしい」

「そうなの!?」

 

 って関係ない話か。どこで聞いたの?

 

「たぶん」

「大佐もそうなのかー?」

「シャー!」

 

 まあ液体だとか宇宙人のスパイだとか言われてるし、そういう説があってもおかしくはないが……私は初耳だ。

 

「どこで聞いたの?」

「ももかが言ってた」

 

 意外な。

 

「もか姉かー。じゃーほんとかもなー」

「うん。そうかも」

 

 信頼厚いなあももかちゃん。

 でも確実に冗談だぞ。

 

「そうだ! 試してみよう!」

「どうするの?」

「まっててー!」

 

 程なくして、さっちゃんはダンボールを持ってきた。

 

「これを、かぶせる!」

「あっ」

 

 乱暴にばさっとかぶせるさっちゃん。そーいうとこが。

 あ、あみじゃがだ*1。これ好き。

 大佐はなーとひと鳴きし、がさごそしたがすぐ静かになった。

 

「……?」

 

 さっちゃんに疑問の目を向ける結衣。私もわからんぞ。まあ見えなくなるけど。

 

「こうしておいて、大佐が消えてれば異次元!」

「消えるかなあ……?」

 

 異次元猫かあ。

 そんなファンタジー無いと思うけどなあ。

 

「あ、でも……」

「どーした結衣?」

「異次元ってなんだろー? 琴葉知ってる?」

「う……」

「ななちゃんは?」

「んー……」

 

 オーケー、なんとなくわかる。

 ホワイトボードへ向かい、ペンを取り。

 

「まずこれがゼロ次元」

「点?」

「んー?」

「……。」

「そう、点の世界。次に、一次元」

「それは次元大介だ」

 

 軽くボケた。

 

「これで一次元」

「線になった」

「次に、二次元」

「次元大介」

 

 さっき描いた隣に描きはじめるが、早めに突っ込まれる。

 

「またつまらぬものを斬ってしまった」

「それ五エ門でしょ!」

「うん。で、これが二次元」

「四角?」

「と言うより、平面かな。この中に絵も描ける」

「次元大介!」

「で、三次元」

「それルパンでしょ!」

 

 立方体の図を描いて、愛用のメッセンジャーバッグからサイコロを取り出して見せる。

 

「三次元は立体。私達も三次元だね」

「ほー」

 

 言っててなんかものすごい欺瞞を感じるが。

 

「じゃあ、二次元は絵なの?」

「というより絵が二次元かな。写真とか図面とかも二次元だから。厳密にはこのホワイトボードとインクも三次元だけど、概念、理屈の話だよ」

 

 厳密な話をしてしまうともうちょっと説明は増えてしまうが、わからなくなるだけなのでそれは省く。ブレーキをかけないとイデア論まで行きそうだ。

 

「一次元で長さや幅といえる軸が増えて、二次元で高さが増えた。三次元で奥行きが増えて、立体的になったね」

「うんうん」

「じゃあもう一つ軸が増えたらどうだろう?」

 

 二つの立体を繋げた図と、野原ひろしを描く。

 

「もう関係ないね」

「絵うまいな」

「ありがとう。がんばった」

 

 嬉しい。

 

「大佐は今三次元的に閉じ込められているわけだけど、別のところ通って箱の外に戻ってこられたら意味ないよね。たぶん、異次元を移動ってそういうことを言ってるんじゃないかなあ」

 

 それかそこまで深い意味はないか。そんなもんだ。説明はしたが、考えて使う言葉ではない。

 

「そーなのかー。猫ってすごいなー!」

 

 あははははと笑うさっちゃん。完璧に理解してくれたようでなによりだ。

 琴葉と結衣は?

 

「んー……」

「うーん……」

 

 まあそうだろう。

 

「一般的には時間軸を加えたものが四次元と言われることが多く、私達がいるここは四次元とも言われる。そこにこの絵のようにもう一つ加えたものは五次元と言われるんだけど……特に存在するという証拠も無いから、それほど難しく考える必要はないよ。そういう考え方があるってだけで」

 

 実際高次元なんて数学とかで使うくらいだ。超ひも理論とかそういうの。通常の知識として生きるのは三次元までくらいだろう。

 そういう説明をすると二人はなんとなく安心したような顔になり、

 

「……あれ? なんの話してたんだっけ?」

 

 通常空間に戻ってきた。こうなると話を見失わなかったさっちゃんがすごいように見えるかもしれないが、私にはわかる。そうじゃなくて早い段階で理解を諦めてたんだな!

 

「大佐消えたかなー?」

「消えないだろ」

 

 さっちゃんがワクワクしながら箱を持ち上げるが、そこには丸くなった大佐がいた。がっかりした様子で箱を戻し、そのうち私達は各自であれこれモードに移った。

 しばらくして、私がボードに石川五エ門を描いている後ろで、大佐が動く気配。器用に箱を出たのだろう。足音はグレイプニルを作るのに使ってしまったためか、ほとんど無音で出ていった。みんなが気づいた気配はない。

 またしばらくして、さっちゃんが目覚めた。

 

「はっ! そうだ大佐は!」

 

 ばっと起き上がり、箱に飛びつくさっちゃん。すっと持ち上げると――

 

「いない!」

「えっ!?」

「音しなかったぞ」

 

 箱の中身も確認する一同。やはり、いない! みんな顔を見合わせます。私も驚いたような顔をしておきます。

 

「異次元猫だー!」

「音しなかった」

 

 猫って凄い。私達はそれを知ったのでした。

*1
ダンボールの話。




設定を出しすぎると設定の羅列になり、出さなすぎるとわけがわからなくなる。
説明不足だろうか。


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23話

 ある日。朝食を食べながらニュースを見ていると、コンゴでオカピの保護施設が襲撃を受けたというニュースを見た。オカピ十四頭ほか人間数名が殺されたようだ。理由は、象の密猟や金の盗掘を邪魔された報復。

 そんなことで、あのシマウマのなり損ないみたいな気持ち悪い見た目をしているくせに実はキリンの仲間な絶滅危惧種を殺すとは。

 

 覚えたぞ。私は。

 

 

 

 放課後。

 

「いらっしゃーい」

 

 噴水前。今日は敷物を用意して、バザーっぽいことをやっています。

 錬金術の生産物のうち、問題なさそうなのをここで売りさばく。

 

 錬金術。鍋に材料を入れて、火にかけてかき混ぜる。だいたいそんな感じ。

 隠された能力探しとして裏庭で実験してたら見つけた。

 レベル制のようで、レベルが上がるとレシピの知識が開放される。レシピで定められた材料は特定の材料の他、カテゴリ制の場合があり、液体、金属、植物、などのアバウトな指定で済む。そのタイプだとだいたいアメ横で揃えられるが、難しいレシピはファンタジー素材を要求したりする。そういうのは無理。それによると、とりあえずドラゴンはいる世界観のようだ。

 でもまあ、問題ない。だってこの錬金術自体必要ないから。

 やらない理由もないので一応こなしてはいるが、生産物もいまのところけっこう戦闘に偏っている。なにと戦えと言うんだろうか。

 

 レベル上げが楽しいからもうちょい続けるけどね。

 

「へー、今日はお店なんだ?」

「そだよー。手作りのお茶に、壷に、ポプリに、カゴに、毛皮の手袋」

「暖かそう。もう夏なのに」

「ちなみに毛皮はハツカネズミのだよ」

「えー……」

 

 見覚えがある。演奏してるとよく立ち止まって聴いていくお姉さんだ。

 ののかと同じ制服を着ていることがある。

 

「これは?」

「それはね、風邪薬」

「薬まで作っちゃうんだ」

「たぶん効くよー。どれも五百円!」

「うーん」

 

 薬事法とか知らん。だって小学生だから!

 ちょっと悩んでいたようだけど、ポプリと風邪薬を手にとった。

 

「丁度お兄ちゃんが風邪引いてるから、飲ませちゃお」

「それがいい。二つで千円ね」

 

 よしよし、ポプリはターン毎に回復できるぞ。ちゃんと装備するんだよ。

 

 そんな感じでそこそこ売れましたが、壷が売れ残りました。

 途中斉藤が通りすがったので目で"買っていけー"と伝えてみたのだけれど、スルーされた。

 うーむ。まあ、壷は食べ物入れて売ればいいだろう。やろうと思えば魔法で処分もできるし。

 

 そろそろアジト行こう。

 

 

「ハーイ」

「あ、ななちゃん。今日はなにしてたの?」

「ちょっと露天商をねー」

「お店?」

「うん。ほら、売れ残り」

 

 愛用のバックパックからゴトゴトと壷を出して並べていく。

 

「わっ、いっぱい」

「壷? なんでこんなに壷がある」

「もしかしてこれ、ななしぃが作ったのか?」

「そだよー。ピザ窯でガーッって」

「へー」

「ほー」

 

 いい加減なことを言っただけなんだけど、信じられてしまった。

 まあまあ、耐火レンガだしいざとなればなんとか。なるかな?

 魔法もあるしいけるいける。

 

「でもまあ、売れ残るよ。だって日常生活に壷っていらないから」

「確かに、タッパーで十分だな」

「琴葉」

「うん?」

 

 目を合わせます。

 

「塩の入った、壷」

「…………ぶぶっ、くく」

「えっ!? えっ、なんで!?」

 

 ダジャレにもなっていないのに笑いだした琴葉を見て、結衣は困惑する。

 これぞ奥義、普通。ツボに入らなければ理解もできない種類の笑いだ。琴葉自身、なにが面白いのかよくわかってないだろう。

 数ある笑いのジャンルの中でもおそらく最も人を選ぶが、琴葉ならいけると私は信じた。

 

「ふふふ、わかるまい」

「なにが面白いのー」

 

 

 

「あー。なにか事件はないのかよー」

「じゃあ私が殺人事件でも起こそうか?」

「いいなーそれー!」

「だめだってばー」

「でもななしぃを捕まえるのはなー」

 

 少年法あっても、みんなとは会えなくなりそうだねえ。

 

「殺しはだめだよぉ」

「そうかな? 私はそうは思わない。殺しておくべき時に躊躇うような無様はごめんだ」

「わかる」

 

 琴葉と意見が合った。

 

「殺すべき敵を日和って殺さず、そのせいで案の定あとあと味方が殺されたりする。私はそーいう主人公が大っ嫌いだ」

「ああいうの見るとうぇってなるな」

 

 死因、主人公の不注意。主人公の不覚悟。

 脇見運転みたいなことで味方を殺す主人公。自分はああはなるまい。そう思わせてくれる。そうなると、もうそのキャラクターに感情移入はできないわけだ。人によってはそれでも問題なく読むなり見るなり続けられるのだろうけど、私達のような特質系にはそんな自分と無関係なストーリーなんてどうでもいいのだ。

 

「みんな。いざって時は死体処理手伝うから、呼んでね」

「呼ぶ」

「もー」

「あははははっ」

 

 平和だなあ。

 冗談抜きでマッチポンプでもしようか。馬の時みたいに。

 悪の大王降臨せよ。

 

 じゃない。本当に来ちゃいそうだ。

 

「斎藤でも倒すかー?」

「いや……事件がいい」

「事件かー。……じゃあ私が起こすかー」

「さっちゃんもなのー? だめだってばー」

「大丈夫! 私は人は殺さない。とりあえず今は!」

「じゃなくてー、犯人さっちゃんだってわかってるから……」

「あー」

 

 まあ多少なりとも推理パート欲しいよね。

 おやじがなんかしてくんないかなあ。

 

 

「それで俺んとこに来たわけか」

「うん。おやじ、なにか事件知らない?」

「そうだなあ……」

 

 おやじはちょっと考えて、ポケットからメモを出しました。

 

「瀬川さんちの犬が行方不明。川崎さんちの車の調子が悪い。内川さんちのネット回線のトラブル」

 

 ……なんだそのメモは!

 

「全部川か」

「あん? ああ、言われてみりゃあそうだな」

「おやじ、ありがとう。調べてくれてたんだね」

「まあな!」

 

 さっすが身体がでかい。じゃなくて顔が広い。ただ、内容がなあ。

 

「これ事件か?」

「うーん」

「……ま、まあ。一般的な事件はこんなもんだろ?」

「どうしよう? みんな」

「この中だと犬だが」

「でも根気いるよー犬猫探しは。地道に探したり保健所に連絡したり」

「うー、それは面倒だなー」

 

 けっこう見つかるものらしいけど。

 

「他にないの? おやじー」

「そうだな……」

 

 メモをめくる。

 

「変な牛の目撃情報も、音沙汰ねえしな」

 

 琴葉と結衣の目がこちらに向かいます。結衣の眼差しは琴葉のそれより三倍は強く感じます。口ほどにものを言うそれを言葉にするなら、"テメー、ワニは見られなかっただろうな……?"でしょうか。大丈夫。ワニの方はほんとは出してなかったから。

 牛を見られたのは、ある程度場所を考えて消さないと消えるとこ見られてみんなに私が魔法使いだとバレてしまうから移動が必要だった。魔法のことが知られたら私、大婆様にグレムリンにされちゃうの。

 魔法少女フィジカルななし。次回、ついにグレムリン! お楽しみに!

 

 さっちゃんがこっちを見ない理由は知らない。

 

「あのななしの牛なー」

 

 そういうことか。

 

「あん? 知ってるのか」

「ななしがアジトに連れて来てなー。あの牛、うんこ撒き散らして大変だったぞー!」

 

 まあ理屈じゃあ隠す理由はないんだろうけど。秘密って言えば黙っといてくれるだろうし。そう考えるとむしろ二人はなんで黙っているのか。私が隠していたのは私のプランだとおやじに私のそういう要素を匂わせるのはみんなにはっきりバレてからだったから。分けた方が、二度美味しい。でもさっちゃんは分けない。そういうことだ。

 

「な……ななし、お前が連れてきたのか? いったいどっから」

「A secret makes a woman woman. まあつまり、それはヒミツです」

「むう……」

 

 東京ってあんま牧場ないから不思議だろう。

 おやじは現実的な線として、異様に協力的な親とかを想像するだろう。まあ私の親はとても協力的だけど、この子は天才だ!という感じのアレとなかなかの裕福さから来るものだから、常識的な範囲だ。さすがにちょっとした遊びのために牛一頭用意する変態ではない。

 

「あれー? もしかしておやじにはひみつだった? ごめんなー」

「いやいや。おやじにはおやじで仕掛けようと思っていたから、黙ってただけだよ。おやじが朝起きると、部屋に牛がいるんだ。これでビビらないのは私ぐらいだろう」

「今言ってくれてよかったぜ……」

 

 別に知られたらやらないとは言ってないけど?

 

「それで、他にはないのか?」

「そうだな……できそうなのは、お、庭の草むしりなんてどうだ」

「うーん、普通だね」

「おやじ、そのメモ見せろ」

「お? ほらよ」

 

 琴葉の後ろから私も覗き込みます。

 

 引っ越した先に邪魔な庭木があって困ってます。

 大きな庭石が倒れてそれが処分できなくて困ってるけど、これ重機入れないと無理だよね。

 先立った夫が世話をしていた庭池が濁ってきてしまいました。

 

 ※意訳。

 

 ……庭系多いな!

 

「庭系多いな」

「まあよ、そういうのが街の住民にとっての事件なんじゃないか?」

 

 そりゃそうかもだけどね。

 でもまあ、子供向けの事件ではなさそうだ。現実的には草むしりが丁度いいだろう。

 

 ……しかしおやじ、どういう情報網なんだ。

 

「これだけあれば解決し放題だな! さっすがおやじー! 身体がでかい!」

「顔が広い、だろ」

 

 かぶった。

 

 

 

 そんなわけで我々がやって来たのは件のでっかい庭石のおたくである。

 

「どれだけ大きいか知らないが、四人集まったカラーズにできないことはない!」

 

 この根拠のない楽観が楽しみで、今日は久しぶりにカメラを用意しました。

 草むしりじゃないんだ。

 

「大石さん、だって」

「皮肉だな」

「ヒニクってなに? 琴葉ー?」

「う……」

 

 あるよね。訊かれなければ知ってるけど、訊かれたらわからない。そうそれは時間のような存在……じゃなくて使い方は知ってるけど説明できるほどには知らないこと。

 確かに、事情を知っていると悲しい表札だ。

 我らがリーダー結衣がぴんぽーんとチャイムを鳴らします。

 すると三十代半ばというくらいの女性が出て来ました。私が思うに、かなりの高確率で彼女は大石さんです。

 

「大石さんですか? 私達、カラーズです!」

「あらー。聞いてるわよー。庭石をなんとかしてくれるって。でもあれは手強いわよ」

「問題ない」

「そう? じゃあ案内するわね」

 

 当然というべきか、話が通っていた。できる男だ。脳裏に親指を立てる頼もしいおやじの姿が浮かぶ。今度新しいメガネでもやろう。

 

 庭。広いっちゃ広いけど、狭いっちゃ狭い。そんな普通の庭。

 そんな普通の庭には確かにあれは大きいかなと思う。

 

「うわー……おっきい」

「でしょう? なんとかなればいいんだけど、ここまで大きいと業者さんも無料引き取りはできないみたいでねー」

 

 やっぱり処分を考えてるのか。

 事前に調べてきたけど、邪魔な庭石は造園業者とかが引き取ってくれる……場合がある。費用をかけてでも引き取って保管して、それが売れるならいいが……現実問題需要も限られる。そういう判断から、これはナシなのだろう。

 倒れちゃいるが、文字を刻めば小さめの石碑になりそうなサイズだ。

 

「これを壊せばいいのか?」

「そうねー。半分くらいになれば処分もしやすくなるんだけど、壊せるかしら?」

「カラーズにできないことはない!」

 

 二度目。

 ひるまないなあ、この巨石を前に。

 

「一トン以上はありそう。種類は……」

 

 カメラは設置。金槌を取り出して、叩いてみるとこれが硬い。キン、キン、キンキンキン。

 

「チャートかな」

「ちゃあと?」

 

 さっちゃんかわいい。

 

「沖縄なんかにある星の砂が生き物の殻だってことは知ってる?」

「あ、聞いたことある!」

「あれは有孔虫って言って、それに似た感じの生き物で放散虫っていうのがいるんだけど、これは主に放散虫の死骸が長い時間をかけて海底で石になったものなんだ」

「それって化石か?」

「そういうこと。死骸の堆積物からできているから、分類上は堆積岩。叩くと分かる通り硬くて加工が難しいけど、やじりや火打ち石に使われてきたみたい」

 

 琴葉に金槌を渡し、試させる。キンキンキン。どうだ、楽しかろう。君もこっちへおいでよ。

 

「へえ……ずいぶん詳しい。低学年でしょう?」

「二年生ですわ」

 

 探偵さ。

 ちなみに彼は一年生。コナンはいいとして、光彦の方はどう説明するんだ。ずいぶん賢いぞ。

 

「しかし、いったい誰がいくらかけてここにこんなものを」

 

 これだけでかいの、安くなかっただろうに。それに、ここはこれを置くほど広い庭じゃない。

 惚れちゃったのかねえ。

 

 そういうの、嫌いじゃないよ。壊すけど。

 

「まあまあ、ここはカラーズにお任せを」

「ありがとね。疲れたらお茶菓子くらい用意しておくから、あんまり無理はしないで」

 

 首尾よく追い払えました。

 

「さーて。どうする?」

 

 これは硬いぞ。

 

「それはもちろん! 私のエクストラバージンオイルで!」

 

 そう言って拳を握るさっちゃん。

 止めはしないが、バフありの私でもこれを素手でどうにかしようとは思わないぞ。

 

「えーくすとらぁ! ばーじん! おいるー!」

 

 ぺちっ。

 

「大丈夫? 怪我した?」

「うー……」

 

 まあそのうち復活するでしょう。

 無謀すぎやしないか。さすがに心配です。

 

「さっちゃんのエクストラバージンオイルでも無理か。なにか道具が必要そうだな」

「だろうと思って、これを用意してきた」

 

 そう言って、金槌とタガネを取り出して配る。

 

「なんだこれは?」

「石割の道具」

 

 次に、なんとか矢(大きさで細かい種類があるけどこれがどれか不明)という、平べったい横長のクサビのようなものを取り出します。

 ……苦労した。一日だけ待ってくれ! とお願いしていろいろ調べて図書館にも行って、魔法で道具作って……とりあえずなんとかなった。

 後は実際にできるかどうかだ。

 

「タガネを金槌で打ち込んで、これを入れられる穴を作って、今度はこれを金槌で打ち込めばなんとか割れるはず」

「おお! そんなのがあるのか!」

「ただ……さっちゃんが身をもってわかってる通り、チャートは硬い」

 

 復活早いな。

 

 現代だとドリルで穴を開けて、そこにセリ矢という細いタイプのものを入れて、金槌で打ち込む。

 岩に使えるようなドリルが都合できなかったからこれを魔法で用意した。金属の形を変えただけだが、たぶん機能すると思う。

 ただ、チャートってこれで割れるの? それを調べに図書館に行ったのだが、わからなかった。ただ石英は割れるよう。そしてチャートは"主に石英"だ。

 

「大丈夫大丈夫ー! 頑張ればいけるさー!」

「よーし! みんな、ななちゃんの作戦でいくよ!」

「おー!」

「おー」

 

 

 おやじに借りた目を保護するゴーグルをみんな装備して、作業に当たります。そういえば石の破片危ないなーと思って訊いてみたけど、ほんとにあるとは思わなかった。

 おやじ、驚いてたな。草むしり程度を予想してたんだろうに、まさかの大穴。彼は私達がこの問題を解決できるとは思っていないでしょう。

 

 まあまあ、コツコツ削っていけば、たぶんできるはずです。

 こんな伝統的な方法で石割ができるとは思っていなかったので、一人興奮しています。

 

 カーン!

 

「かったっ!」

「硬いね……」

「彫れるか? これ……」

「あ、ななちゃん、すごい彫ってる」

 

 私一人だけ、あれー? みんなどうしたのー?って感じでかっつんかっつん彫り進めます。

 それはもう、ノリノリで手を動かします。

 

「楽しい!」

「よかったね」

「うん!」

 

 幸せ。

 

「よーし! ななしにできて私にできない理由はない! いっくぞー!」

 

 気合を入れて彫り始めました。

 さっちゃんはアホなので、そんな気の持ちようだけでわりと彫れてしまいます。

 まあ当然そのペースが長く続くということはないのですが。

 

「疲れたー!」

「さっちゃんおつかれー」

 

 そうねぎらう結衣は、既に琴葉と一緒に休憩モード。

 まあ無理はせんでくれ。

 

「ななちゃん疲れないの?」

「えっ? なにが?」

 

 私は"あっ、こいつはアホだから疲れとか感じないんだ"と思わせる感じの笑顔で答えました。

 

「ううん、なんでもない。頑張って」

「うん!」

 

 この捨て置かれる感じに、私の下腹部はキュンキュンします。

 結衣! 責任取らなくていいから孕ませて!

 

 ふー。なんとか二つ彫った。タガネにかけた《上位魔法武器(グレーター・マジック・ウェポン)》が仕事をしたのでしょう。みんなのにもかけてるんだけど、素のパワーが足りんかったか。さすがに本人に筋力強化かけたら気づかれるよね。

 それでもさっちゃんもなんとか一つ、琴葉と結衣がそれなりに彫っているので、もうすぐ五つの穴ができあがるわけです。

 私もやったことないから五つで足りるのかよくわかんないけど。

 

 休憩。

 みんなのためにスポーツドリンクを用意しておきました。私的なベストは水筒に入れておいて回し飲みなのですが、それなりに量が必要そうなので人数分の小さいペットボトルです。

 本当のベストは琴葉に口移しで飲ませてもらうというものですが、実現性の問題から今回の選考からは外しました。

 

「これが石割の動画ね」

 

 職人さんがやって、ぱかっと割れる岩。そんな動画を見せる。

 

「おー。ほんとにきれいに割れるんだな!」

「へー! こうなるんだ!」

「ほー」

 

 なるといいなあ。

 

「どう? カラーズちゃんたちー……うわ、穴開いてる」

「あ、大石さん」

「なんだか凄いことやってない?」

「もうちょいで真っ二つだよ」

「え!?」

 

 古の知恵の力だ。可能か不可能かで言えば、子供にだって可能。だが、現代人には驚きだろう。

 

「しかし、他の方法はなかったのか? これは地味だ。私は爆破がしたかった」

「私もそれは考えた。火薬くらいなら用意できるし。ただねえ、量次第では辺りのガラスが割れたり、破片が壁や塀を傷つけたり、私達の鼓膜が破れたり、そういう心配があってちょっと地味だけどこっちにした」

「物騒な話してるね……」

「大石さんがそのくらいの被害は気にしない人なら今からでも火薬を都合するけど」

「します。とっても気にします」

 

 不発なんかも怖いけど、そうなったら魔法で着火しちゃえばいい。

 だがどうにもならない問題として、とても派手というのがある。こんなとこでッパーンと鳴り響けば半々くらいで騒ぎになる。それはちょっと、面倒。

 火薬量をちまちま試していくと、確率は更に上るわけで、ちょっとそれはなあ。

 それに錬金術の火薬、まだ試してないし。

 

 こんな感じに、壊すだけならいくらでも方法はある。倒れた石を戻すんでなくてよかった。そっちだと魔法にものを言わせるくらいしかプランがないもの。

 

「頑張ってくれたお礼にケーキ買ってきたから、ちょっとお茶にしない?」

「おお!」

「ケーキ!」

 

 様子を見に来るのが遅いなと思ったら、なるほどその用意をしていたのか。

 しかし……、

 

「リーダー、カラーズ会議を提案します」

「え? う、うん。みんな! カラーズ会議をします!」

「お? おー!」

「うん」

 

 首をかしげる大石さんを置いて、隅の方でひそひそします。

 議題を投げるのは、もちろん私。

 

「私が思うに、大石さんは私達があの石を割れないと思っている」

「えっ!? なんで!?」

「そうなのかよななしぃ!」

「む……確かに、ありうる」

「琴葉もそう思うのか? ってことは……」

 

 さっちゃんがちらりと大石さんを見る。

 

「……わからん!」

「つまりだ。私達なら用意したケーキをいつ食べる?」

「祝勝会!」

「なのに、今か? 確実とまでは言えないが……確かにこれは怪しい」

「手伝いに来てくれたのだから、お礼にケーキを用意した。けど、残念だったねという時にケーキでもどう?とは言いにくいよね」

 

 まあそこまで考える人ばかりではないから、考え過ぎも十分あるんだけど……"頑張ってくれたお礼に"というのがどうにも解せない!

 なのでその後軽く意見のすり合わせをして、

 

「ケーキは石を割ってからにします!」

「そ、そう? 頑張ってね」

 

 続行……!

 

 ナメられたくない。その想いから、カラーズは本気を出しました。かっつんかっつんやって、すぐに穴は立派なのが六個出来上がりました。ついもう一個やっちゃった。

 あとはこの穴に矢(くさび)を入れて、それを金槌で叩いていく。

 

 カン、カン、カン、カン、カン。

 

 ところで私も石割初めてなんだけど、やり方これで大丈夫だよね?

 ちょっと心配。

 

 みんなで一通り叩いてから、私は持って来た大きなバッグから大きめの金槌を取り出してさっちゃんに渡します。みんなからそんなものまで用意していたのかという視線をいただいたあと、さっちゃんが代表して石の上に立ちガンガンやります。私は後ろでさっちゃんを支える役割です。危ないからね。

 そしてついに、心配で見に来た大石さんの眼の前で、庭石はパカン――――と、割れました。

 

「おおおおおおーお!」

「わ、割れたー!」

「おおおおお!」

 

 琴葉まで吠える。

 私は少し溜めて、

 

「うおおおっしゃあああああ!」

 

 拳を握り、もっとも強く叫びました。

 

 

 

「ありがとうね。まさかあんなに奇麗に割れるなんて……」

 

 祝勝会。

 しばらくぽかーんとしていた大石さんだったが、無邪気に喜んでハイタッチしたりする私達を見てハッとした感じで気を取り直し、準備をしてくれた。

 私はケーキ欲が溜まってないという理由で辞退。親に養われているのに自分の判断で使える収入があるこの状況だとケーキは食いたい時に食えるし、実際そうしている。だから出されても飛びつけないのだ。

 みんながあーんしてくれるなら食道が詰まるまで食うけど今回そういう流れはなかった。

 

 

「面白かったねー」

「大変だったけどなー」

 

 帰還。道具はもう要らないので大石さんのとこに置いてきた。自力で小さくすれば、可能な処分方法も増えるだろう。

 

 いやはや、今日は実に大掛かりなミッションだった。私いなかったらいったいどうなってたんだってくらいの。

 人に頼れる子たちならおやじにドリル用意してもらうなりしていただろうけど、そうしなかったら。……諦められるならいいんだけど、年単位でかよってどうにかしていたかも。

 なんて心配な子たちだ。

 

 アジトに戻る途中五時になったので、唐突だけどここで解散。乙カラーズ!



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24話

「聞いたぜ。……やったってな」

「当然だ!」

「だって私たち!」

「カラーズに!」

「できないことなど」

「アブラおにぎり」

「……ななし、いまそれじゃない」

 

 ん!? 間違ったかな……。

 

「驚いたぜ。話聞いて見に行ったら確かに真っ二つのでかい庭石があるじゃねえか。……どうやったんだよ! お前ら!」

「えっと、ななちゃんがねー」

 

 結衣が説明します。

 

「ほー。そーいうのがあるのか。……いやいや! どうやって用意した!」

「おやじおやじ」

「ななしよお、お前は事前にそういうものを用意してるのか? それとも調達が早いのか?」

「このメガネをあげよう」

「……唐突だな!」

 

 プラスチックのフォークなんかを魔法でぐにゃっとやって作ったメガネを手渡します。

 

「まあ前は見えないけど」

「こいつは……」

 

 あちらを向いて、メガネを付け替え、振り向きます。

 

「どうだ?」

「ぶふっ」

 

 琴葉だけ笑いました。

 おやじの目を、提供の文字が隠しています。

 

「提供メガネだ」

「ていきょう?」

「ってなんだー?」

 

 結衣も読めないか。本には提供なんて文字あんまり書いてなさそうだしそれもそうか。

 

「ドラマやアニメのラストで、この番組は、フロンティアワークスと、KADOKAWAの提供でお送りしました。って感じでスポンサー紹介する時に大きく提供という文字が表示されるけど、それがたまにキャラの目を隠してるよねっていうあるあるネタ」

「ありがとよ。ほとんど見えねえけどなっ! がっはっは!」

 

 誤魔化せたかな? 誤魔化せたね。

 

「それでおやじー、他に事件あるかー?」

「……ねぇなあ」

「えー。ないのかよー?」

「草むしりでいいんならいくらでもあるがよ、そういうんじゃないんだろ?」

「当然」

「カラーズは子供のお手伝いじゃない!」

「だろ? だからよ、本当に困っていて、それがたまたま俺の耳に入ってくる。そうじゃねえと街の事件の紹介はできねぇからな……」

 

 あと、大丈夫な人であることとかね。それに私がいたからなんとかなったけど、小学生は意外と岩を割れない。

 現実的に可能な範囲で……とフィルターを重ねると、おやじギルドの受注可能クエストはそれはもう減ることになる。

 くわえてカラーズ側も選り好みをするのだ。

 新たな路線を開拓しようと頑張ってくれてたおやじには悪いが、だめそうだな。

 

 

 

「無かったねー事件」

 

 結衣はちょい残念そうだけど、いつもあるものではないと理解しているのでそこまででもない。私は事件がないのは平和な証拠さ、みたいなありきたりなことを言いたいような言いたくないような気分。微妙なので飲み込んだ。

 

「よし! 今日は訓練日にしよう!」

 

 おっ。

 

「訓練日ー?」

「アジトで待っててー!」

 

 これは……!

 去っていったさっちゃんを見て、私の聡明な頭脳は全てを理解した!

 

「二人とも。私もちょっと準備してくる」

「? うん」

「うん」

 

 一旦家に帰って、持ってきたのはカメラ。ちょっと充電してた。

 

「あっ、ななしぃ。カメラか? そういえばさっき持ってなかったなー」

「はあ、はあ、はあ」

「すごい息だな」

 

 ちょっと子供らしくない速度出しちゃったかもしれない。

 しかし――

 

「はあ、はあ……間に合った」

「?」

 

 首をかしげる結衣は、ノーマルフォーム。やったぜ! 私は勝ったんだ!

 

「結衣、これに着替えてー!」

「なあに? これ」

「いいからいいからー」

「う、うん」

 

 押し切られる形で着替えようとする結衣だったが……ふと、私と目があった。

 レンズ越しに。

 

「もー! みんな出てて!」

 

 追い出された。

 

「どうして……どうして……」

 

 失意体前屈で、あまりにも唐突に訪れた不幸を嘆く私。かわいそすぎる。

 

「ななしぃ……残念だったな……」

 

 慰めてくれるさっちゃん。うれしい。

 

「そんなに見たかったのか」

「うう……そんなには……」

「そんなにか」

 

 いちゃいちゃしたいって気持ちはあるんだけど、あの恥じらいも好き……。

 

「いや! みんなとすごいことしたいって気持ちはあるんだよ? ただ……見るだけ、ってのは優先度高くないっていうか……」

 

 だって……お風呂の時とか、自分のを見てしまうから、どうしても慣れてしまう。

 もちろんしていいって言われたらするけど。

 

「すごいことってなんだ」

「おっと」

 

 うーむ。説明すると琴葉とさっちゃんの性癖がねじまがってしまう。それもいいか! いやよくない。

 いやいいのか? いや……。

 とりあえずソフトなやつでお茶を濁して……まあおしっこくらいはノーマルだよね?

 

「みんなおまたせ!」

「早いな!」

「うん、急いだ!」

 

 説明しかけた時、結衣が出てきた。琴葉の興味もそちらに移ったようだ。

 

「よしいこーう!」

「えっ!?」

 

 走り出したさっちゃんに付いていき、やって来たのは国立科学博物館の前。あと東京国立博物館の前。二つの博物館前がクロスする地、これこそが世にいうグランドクロスである。

 

「それで、このかっこうなあに? さっちゃん」

 

 リーダー鬼モード。虎柄のおへそ出しファッション。キュート! ツノもかわいいですね。

 ……なんでこんな服持ってたん? さっちゃん。いや似合いそうだけど。

 

「ヒーローはピンチの時だけ働くのではない! 今日は訓練日だ!」

 

 ――来た! ヒロピン!

 やはり原作回!

 これは熱が入ります。

 

「ヒーローは……何? かっこいい! 私も言いたい!」

「レベル上げが必要」

「それ!」

 

 うむうむ。

 ……上げたところで。

 

「どうしたのななちゃん?」

「あ、いや。……ふさわしい敵が欲しいなと思って」

「敵か」

「確かになー。このままでは、私のエクストラバージンオイルが錆びついてしまう……!」

 

 持て余すパワー!

 私の魔法は範囲内の複数の敵を即死させ、グリフォンとかに変身し、トリケラトプスを召喚できる。多少は地形もいじれるぞ。

 世界観が。

 

「けどそれはおやじに頼むとして! 第一回カラーズかくれんぼ訓練! あ、鬼だ! はいリーダー鬼ね」

「あ! それで……」

 

 というわけで、これで鬼っ子コスの理由がわかりましたね。伏線回収というやつです。

 

「なんでかくれんぼ?」

「かくれんぼしたいから! ……そうだ、ほらかくれんぼだって、かくれるのと見つけるの訓練になるじゃん」

「今思いついたでしょ、それ」

「じゃあ結衣、三十数えたらスタートね!」

「うん」

 

 そんなわけで、かくれんぼ。リーダーが木に顔を向け、数え始めた。

 私はわりとかくれんぼが好き。なのでちゃんとやりたいけど……さっちゃんに付き合って三人で木の裏にいます。

 

「さーんじゅ! ……よーし、すぐに見つけてやるんだから!」

 

 たったったと去っていく結衣。

 

「……行ったか」

「気づかないもんだね」

 

 集中してたんだろうな。

 

「なーっはっは! 東大デモクラシーとはこのことだー!」

 

 さっちゃんの脚をとんとんとやると、座り方を変えてくれます。するといい感じに枕ができたので、頭を預けます。

 

「よーしよーし」

 

 なでなでしてくれます。勝利。

 頭上で交わされる会話。琴葉は新しいゲームをやっているようだ。

 

「ふふー!」

 

 いい顔で笑ってる琴葉。三脚立てといたけど、顔写ってるだろうか不安。

 このへん魔法でなんとかならないものか。ないのか、タイムテレビとか。

 

「あらいい笑顔ですね」

「このゲームはちゃんと血が出る」

「3DSだと珍しいよね」

「任天堂はダメだな」

「お、おう。まあバイオレンス需要はあんま満たされないよね」

 

 3DSだとバイオリベくらいが限界か。WiiUにはアサクリとかあったけど、やはり任天堂はそういう路線なのだろう。

 やはりそっち方面はPCゲーが至上。Postal2はいいぞ。通行人の顔面に放尿してゲロを吐かせて首をはねると断面からゲロが飛び出すゲームだ。通行人にガソリンまいて火をつけたりするゲームだ。こんど一緒にやろうね!

 

「でも公園にいるとあんまりすれちがいできないんだよね」

「すれちがい?」

「同じゲームを持ってる人とすれちがうと有利になるの」

「ふーん」

 

 あんまり生かされなかったよね。

 Vitaの背面タッチパッドといい勝負してたんだけど。

 

「ななしぃは持ってなかったっけ?」

「私はPCゲーマーだから」

「あーパソコンなー」

「パソコン……それは、血が出るやつはあるのか?」

「あるある。すごいあるよ」

 

 手足が取れるのとかもあるよ。そのシステムがゲーム性に影響を与える作品はデッドスペースくらいだけど。

 

「今度うちで遊ばない?」

「行く」

 

 やったー。

 

「普段どんなのやってるんだ?」

「最近はアサクリかなあ」

「アサクリ?」

「アサシンクリード。暗殺するゲーム」

「……ほう」

 

 もしくは海戦ゲー。

 

「ヒットマンシリーズもいいんだけど……最新作は別ゲーになってしまってなあ」

 

 ファンは完全に裏切ってるけど楽しんでる人もいるし……評価が分かれるところです。

 

「最新のもやるけど、ちょっと昔めのが多いかな。琴葉は最新作の方が好き?」

「面白ければいい」

「だよね!」

「あっ! 見つけたー!」

 

 あ、あれ?

 

 

 

 ――こんなはずじゃなかった。

 本来……さっちゃんと琴葉はすれちがい通信のために駅に向かい、そこから悪い斎藤にそそのかされてそこそこ遠方にあるすれちがい広場へ……というシナリオだった。

 それでおいてけぼりにされる結衣がかわいそうなので私は残るつもりだったが、あっちの映像も欲しいからさっちゃんに装備させる用のGoProも用意していたのに。

 

「こんなはずじゃ……!」

「次ななちゃん鬼ね!」

「にっげろー!」

「しくしく。いーち、にーい……」

 

 うう。ま、楽しいからいっか!

 

 諸説あるが、世の中で一番楽しい遊びはかくれんぼである。

 

「さっちゃんみっけ!」

「おおー!? 早い! 早いぞななしぃ!」

「そこだああ結衣!」

「わっ!」

「琴葉! 琴葉琴葉琴葉!」

「うるさい」

「あはははははっ!」

 

 世の中で一番楽しい遊びはかくれんぼである。

 

「よーし待ってろー!」

 

 ……無心、無想。

 

「いない! いないぞななしぃ!」

「どこいった」

「いないねー……?」

 

 ここだっ!

 

「とぅっ!」

「うわっ!?」

「上!?」

「おおおっ!」

 

 すたっ。スーパーヒーロー着地。

 

「木の上か……!」

「ぜんぜん気づかなかった!」

「あはははっ! すっごいなーいつの間に登ったんだー?」

 

 理屈はまったくわからないが、経験上無意識でいると気配が消える。私の数え切れない技の一つである。

 

 公園遊びというくくりの中で私が一番やりたいことはといえばそれはシーソーであるが、残念ながらもう無い。近くには。

 想像する。ゆーったり、ぎっこんばっこん。平和な感じだから結衣が合うかな。幸せでしょう。

 乗る系だったら山伏公園にコーヒーカップはある。あれもゆったり楽しめそうだけど、確実にさっちゃんが襲撃してきてぐるんぐるん回すだろう。私も。

 それもいいかも。

 

 公園をかえたりなんやかんや遊んで、結衣と私はベンチで休憩。さっちゃんは琴葉とスプリング遊具に乗り、よくわからないルールのしりとりをしている。

 結衣も膝枕の時は撫でたりしてくれる。

 

「ふふー」

 

 結衣もなんか笑ってくれてる。なんかしらないけど。

 

「結衣ママ……!」

「よしよーし」

 

 なでなでしてくれる。

 リーダーはすでにお着替え済み。シャツのすそから手を突っ込んでお腹を触ると、

 

「めっ! めっだよ!」

 

 ってしてくれます。

 

「……ママ!」

「よしよし」

 

 でもそんなに怒ってないのでごまかされてくれます。

 めっ!も嬉しいのでまた今度やろうと思います。

 隙を見てお腹にちゅっ。

 

「わっ。もー」

 

 いやがってはないけど、ほどほどにしておく。

 体勢をかえて前から抱きつく。胸元にすりすりしてぎゅってしてもらう。なんとなく甘い感じの香りがして、頭の中がラブで溢れる。

 

「とー!」

 

 そうこうしていると後ろから抱きついてくるさっちゃん。暖かく柔らかいものでサンドされた私は……とろけた。

 

「はむっ!」

 

 ほっぺをはむはむする。

 すりすりして甘えると、前後からなでなでされる。

 伝わってくる体温が愛しい。幸せすぎて腰がくだけそうだ。なんとかこらえてはいるが、ちょっと気を抜けば今にも尿が漏れる。

 二人の子になりたい。

 

 私は思うのです。こんなに幸せなのだから、原作回の崩壊とか――どうでもいいことなんじゃないでしょうか。




あけそそそそそぺ
ぴょ
もぺそんそそそそそそそる
かきぇ

とちゃああああああ

https://twitter.com/katuwo___/status/1254713482299105280

にかけれおあ




あああああああああああさ


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25話

この話の前にみんなでお菓子作りをする回を書きましたが読み返すとまったく面白くなかったのでボツになりました。
「こんど一緒に作ろう」という会話があったので書いたのですが、有言実行だけを目的に書いても面白くはなりません。
魚釣りの話とかも同様に流れているので、作中で約束してても起こらないイベントがあります。


「あ」

「どうしたななし!?」

「どうしたのななちゃん!?」

「どうしたんだななしー!」

 

 みんなのテンションが高いのはそれまでそういう展開があったからだけど、それについては説明しない。

 

「私が魔法使いだってこと、もうみんなに話したっけ?」

 

 二戦目。

 

「なんだその話か」

「あはは! 何度目だよ!」

「二回目じゃないのー?」

 

 いろいろ仕入れてきたぞ。

 

「さーて、まずはさっき琴葉にプレゼントしたシルクハット、ちょっと貸して。ここからなにか好きなものを出して見せるよ」

「なにもないぞ」

 

 シルクハットを預かって、なにもないことをもう一度確認してもらってから手を入れます。

 

「さあ、なにがいい?」

「猫!」

「鳥!」

「ワニ」

「ワニはちょっと無理」

「猫と鳥はできるのか」

「ワニもできないことはないけど、収拾がつかないから。まず鳥ね。はい!」

 

 ばささ。さっき頑張って捕まえたドバトが飛び出ました。つまり白いのじゃないです。首元が角度によってグリーンとパープルなあいつです。

 

「おおー!」

「ほんとに出た!」

「す、すごい!」

 

 鳩はひとしきりばさばさやって、飛び出していきました。

 

「次は……猫か。ちょっと大佐、こっちへ」

「ナ?」

 

 抱えて、外に行きます。裏にまわって下ろすと、お願いします。

 

「さあ、このビーフジャーキーをここでゆっくり食べるのです。いいね? くれぐれも動かないように」

 

 ペット用だから安心です。

 久しぶりの肉や! という感じでがっついています。綺麗なお皿、なんて日和はなしで地面に置いてやります。ワイルドだろ。さあ牛を食いちぎれ。そうだお前は肉食獣! 虎だ、虎になるのだ!

 

「《動物転送(アポート・アニマル)》」

 

 魔法をかけて、戻ります。

 

「おまたせー」

 

 シルクハットに手を入れます。

 

「大佐だ」

「大佐が出るぞ」

「どうやってるんだろう。大佐ー?」

「お静かに」

 

 なぜかばれているけれど、まあいいでしょう。はい!

 

「ナー」

「おー!」

「……全然わからん」

 

 はーい中から大佐が出てきました。

 動物転送は動物を手元に出したりちょっと遠くへ送ることができる魔法。

 事前に対象に魔法をかける必要があり、転送可能距離はせいぜい三十メートルで、小さい生き物しか呼べない……ちょっと用途がわからない魔法だ。効果時間が十数時間だからとりあえずやっとくというのもできない。

 

「あ、ビーフジャーキー食べてる」

「なにー! 私にもくれー!」

「いいけど、ペット用だから味ついてないよ」

 

 単に干し肉。べつに嫌いじゃないが。

 袋を差し出すと、さっちゃんはためらいなく手を伸ばしてジャーキーを口に運びます。

 むぐむぐと口を動かして、なんだかほとんど無表情になりました。

 うまそうでもまずそうでもない。……どうなんでしょうか。袋を置いときます。

 

「じゃあ琴葉、ワニ以外だとなに?」

「ねじ」

「オーケーねじだね。《加工(ファブリケイト)》」

 

 要求物が用意した物の中にない場合は、数日前から付けて違和感を抱かせないように慣らしていた腕輪を素材に作り上げます。

 

「はいできた!」

「でたー!」

「なんで用意してた!?」

「すごすぎるぞななしー!」

「はっはっは」

「でもなんだか歪んでるねー?」

「はっはっは」

 

 イメージでの造形は難しい。だからぐにゃってるけど、ねじはねじだ。

 なんの規格でもないから、入る穴があるか怪しいが。

 

「はい琴葉」

「ん」

 

 シルクハットを返します。琴葉は興味深そうに確認しますが、当然なにもありません。

 

「次は……《奇術(プレスティディジテイション)》。ふつーのをやります。じゃあ結衣、このスプーンを確認して」

「あ、うん。……普通です!」

「ありがと。……はい!」

「う……浮いたー!?」

「お……おおっ!?」

「曲げるとかじゃないのか!」

 

 両手の間で浮き上がるスプーン。この魔法は複数の効果を持ち、その一つとして軽い物を浮き上がらせることができます。

 めちゃくちゃ便利。

 

「結衣が確認した通り、糸とかないよ」

 

 スプーンの周囲で手を回し、アピール。

 

「すごい! マジシャンみたい!」

「どっ、どうやってるんだななし!?」

 

 琴葉までテンションが上っています。

 

「今度は、《念動力(テレキネシス)》!」

 

 指先で柄を掴んで、ぐにゃっ。

 

「わー!」

「わー!」

「ナー」

 

 大ウケです。

 うーむ。これだけやって、実はただの魔法でしたって知られたらがっかりされるだろうな……。

 まあそうならないために、ちょっと別のも混ぜとこうか。

 

「それでは、ラストの大技です。このステッキをご覧ください」

 

 みんなの注目が集まります。わくわくが頂点に達しているのがわかります。ここだ!

 

「このステッキがなんと……ハイ! 花に変わりましたー!」

 

 なんと! ステッキが一瞬で花に!

 

「あははははは!」

 

 さっちゃんに大ウケ!

 あれ、……どうしてだろう。結衣ががっかり。琴葉は呆れてる。

 

「ななしはそういうところあるよな……」

 

 あれー?

 

「むう。じゃあもう一つ。ふんっ、ぬおぉぉぉ……!」

 

 片手を震わせてもったいぶって、ぽんっと花を出します。

 

「わ」

 

 結衣に手渡して、花の根元からするすると万国旗を取り出します。今はこれが精一杯。

 

「マジック速販、税込み二千七百円」

「それは言わなくていいよ……」

「これは結衣の持ちネタにするといい」

「う、うん。ありがと……」

 

 なんとも微妙な顔で受け取ってくれました。あとで説明書も渡そう。

 せっかくなのでさっちゃんにもなにか渡したいですが、なんかあるかな。

 あ、そうだ。最近アイテム制作に凝ってるのよねー。いいのはコストかかるからそんな作れないけど。

 

「さっちゃんにもなにかあげよう。防御力、攻撃力、どっちにする?」

「攻撃!」

「よーし。ちょっと琴葉手伝って」

「ん?」

 

 帽子を渡そうとする琴葉を制して、立ってもらいます。みんなから見える位置に連れてくると私はしゃがみ、琴葉のスカートの中に手を入れます。

 

「ちょ、ななし」

「こっから、はい! 四次元ポケット!」

 

 魔法空間から飛び出したのは金属の塊。子供サイズですが――――ガントレット。右腕用です。

 その、本物であるが故の物々しい迫力に満ちた鉄塊に、さっちゃんの目は輝きます。

 

「おおー……!」

「基本的には防具ではあるけれど、なんなら殴ってもいいのがガントレット。しかも力が少しだけ上がる特性が付いてるよ」

「それはいいな!」

 

 ウキウキと装着し始めるさっちゃん。なんとなく隣を見ると、琴葉がじとーっとこっちを見ています。

 なんとなく胸がきゅんとなって、吸い寄せられるように抱きつきました。

 琴葉はなにも文句を言わず、そっぽを向きます。私の胸の中にあるなにかはほとばしり、今にも喉から溢れ出しそうで、

 

「好き……」

 

 溢れました。

 すると、なんということでしょう。言ってみるものということでしょうか。気のせいでなければ、琴葉が少し頬を染めています。

 それは単純に、照れ。そうとわかってはいても、私の心はほんの少し、ほんの少しだけ、都合のいい妄想を抱きました。

 いつのことだったか、誰の言なのか、愛は狂気に似ているという話を聞いた覚えがあります。湧き上がるこれが愛であれば嬉しいのですが、だとしたら愛は思ったほど綺麗なものではないようです。

 もし思ったままを成すならば、固形の体があまりにも邪魔です。

 

「あれ? 付けたら軽くなった?」

「力が上がるからね」

 

 そっと離れます。離れたくありませんが、長々くっついてるとなにか誤解されてしまうかもしれません。

 

 いい香りでした。

 

「さっちゃんはなんだか、装備して学校に行きそうだなあ」

「まっさかー。いくら私だってそこまではしないぞー」

 

 疑わしい。

 結衣も私と同意見なのか、心配そうな顔をしています。

 

「ねえ琴葉ー。さっちゃん、最近もなにかしてるの? あれ、琴葉ー?」

「……あ、う。そうだな。……おとといは学校中の消火器をかき集めてサッカーボールでボウリングをしてた」

「一個も倒れなかったけどなー!」

「それは怒られそうだね……」

 

 うーむ。結衣がいるから今の学校に不満はないけど、それはそれとしてさっちゃんと一緒も魅力的だったなあ。

 

「私はそんな感じだなー。結衣の方はどうなんだ? 普段のななしぃ」

「私のことはいいのー?」

「だって結衣には謎ないもん!」

「えー?」

 

 ふうむ。私の方に矛先が向いたぞ。

 

「私か。それはもう品行方正で、勉強も体育も常にトップ。顔もかわいく、服のセンスもいい。まあパーフェクト小学生だよ」

「自分でそこまで言うか」

「で、実際どうなんだよ、結衣ー?」

「うーん……品行方正かどうかは……」

「じゃあ他はだいたい合ってるのかー?」

 

 おお、さっちゃんも私のことに興味津々だぞ。よーし結衣。思う存分私の魅力を説明してやってくれ!

 

「うん。わからないところはなんでも教えてくれるし、体育も凄いよ。跳び箱なんて八段跳べるし」

「なんだよー。なさそうだなーおもしろエピソード」

「うーん……あ、ちょっとだけなら。ななちゃん、フラフープがあんまり回せなかったんだ。それでも普通くらいだったんだけど、ななちゃんそれで満足しないから。次に体育でフラフープが出た時は同時に三つ回せるようになってて」

 

 ちょっと恥ずかしい。

 でもみんなに隠すことなどない。見て! 私を見て! 生まれたままの姿の私を見て!

 現に魔法使いであることもうちあけた。それもなぜか二度に渡って。

 まあその話は流れたけども。

 

「フラフープは、身体を左右ではなく前後に動かすのです」

「練習することか」

「まあ現実的な限界はあるとしても、可能な限りパーフェクトでありたい。……そんな気持ちを歌にしました。聴いてください。かわいいななしちゃんで、翼の折れたエンジェル」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「歌わないのかよ!」

 

 

 

 

「他にはないのか?」

 

 あ、続くんだ。落ちたのに。

 

「他ってー?」

「……ななしが普通にしている姿が思い浮かばん」

「そうかな? けっこう普通……あ、でも私以外の人には猫かぶってるかも」

「なに!?」

「ななしぃが……猫かぶってる!?」

 

 おおっ? なんだろう。なんか嬉しいぞ。

 

「だいたいいつも、丁寧な喋り方で」

「ほう」

「ほうほう」

「みんなさん付けで呼んで」

「さん付け!?」

「ななしがか!?」

 

 でもやっぱ恥ずかしいかも。

 

「でも自由な感じなのは変わらないかな」

「さっぱりわからん」

「でも猫かぶってるななしぃかー。ちょっと見てみたいなー」

 

 期待されてる? 琴葉にも目を向けると、こちらも興味ありげです。

 むむむ。……あいわかった。

 

「別に猫をかぶっているわけではありませんよ」

「おお!?」

「おお」

 

 この状態になると、表情に乏しくなります。その変化はぱっと見でわかるのでしょう。

 

「ただ、状況や相手によって露骨に態度を変えることに縛りを設けていないだけで」

「しばりをもうけ?」

「私は自由に生きる。自分の性格すら、自分の好きなように好きなだけ変える。縛りを設けるというのはその逆で、不自由を受け入れることです」

「……表情が違いすぎるぞ」

「省エネです」

 

 つまりは省エネモード。表情筋の働きも大きくカット。

 わりとどうでもいい相手を受け流す流法(モード)

 感情も省エネしてるから、感動も薄くなって普段使いには不向き。

 

「もう戻してもいいですか?」

「ダメだ」

「これはこれで面白いな」

「もうちょっと……」

「ふむ。私はかまいませんが……」

 

 あれ、意外と好評? でも、私はみんなとは子供らしく接して、子供らしい感性でみんなを感じたいのですが。

 まあ、それもまたよし。望んで縛られるのもまた自由でしょう。

 

「なんだか、ななちゃん……」

「ああ。いつもより……」

 

 三人が声を揃えて言います。

 

「かわいい!」

「えー……」

 

 想定していなかったことを言われてびっくりしましたが、私の明晰な頭脳はただちに答えを導き出しました。

 

 私、今キャラが立ってる。

 ギャップ。

 もともと黙っていればかわいい。

 

 そんな感じでしょう。

 確かに今の私は清楚系と言えなくもない。このモードだとなんとなく背筋も伸びるのでお嬢様感も漂うかもしれません。

 奇しくも今日の私は珍しくスカート。そのへんも加点対象でしょう。

 まあかわいいぶんにはいいんですが、それによるちやほやでの喜びもこのモードのせいで半減されてなんだかなという感じ。

 

「おしとやかな感じ!」

「なんだそのか弱そうな感じ!」

「まるで女の子だな」

 

 女の子ですが。

 そう褒められても複雑な思いです。このキャラ、好き好んで作り上げたわけではないですし。

 

 二度目の生。記憶を引き継いで。

 どう考えても、それは喜べるものではありません。最初は脳天気にヤッホイでしたが、まてよ?という感じのが頭を頭を過ると、その瞬間背筋を冷たいものが貫いて、私はちびるかと思いました。全身の毛穴が開き、小さな体の隅々までが恐怖で満たされ冷えていく。それからはもう悪い想像しか浮かびませんでした。こわくてこわくて、震えが止まらない日々。そんな中で、少しでも恐怖を感じないために生まれたのがこの私。おめでとう。そこから外面用にカスタマイズして今日(こんにち)に至る。

 そんな生まれの私を肯定されても、いろいろ割り切るのにあと三秒くらいかかります。

 

「照れますね」

 

 これからはたまに性格が変わるキャラになろう。




普段という字が元は不断だったと聞いて試しに「不断遣い」みたいに使ってみてたのを修正。


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26話

「かわいそすぎるじゃんかぁ……」

 

 かわいそうなぞうを取り出したので、カメラはセット済み。撮り逃しません。

 

「みんなこの絵本知ってた? このゾウってな、かわいそうなんだぞう……」

「ギャグだ……」

「ぷ、くふ……」

 

 大人が言うと終身刑になるギャグ。

 

「戦争があるから毒のエサで殺すことにしたんだけど、ゾウは鼻が長いから、鼻がいいゾウはそれに気づいてエサを食べず……餓死、したんだぞう……」

 

 国によっては鞭打ち刑。

 

「ぷふぅー!」

「もー、悲しい話にギャグはさむのやめてよぉ」

 

 でも琴葉には好評だ。

 

「よくわかんなかったから、自分で読む!」

「読み上げて」

「え? うん」

 

 結衣に絵本を読んでもらう。精神力が少し回復。

 今度他のも読んでもらおう。毎晩それを聴きながら寝るのだ。

 よーし、お返しに私からも。

 

「かわいそうな動物シリーズ。タスマニアデビルの一生」

 

 タスマニアデビルは絶滅危惧種です。タスマニア島の入植者に害獣扱いを受け、懸賞金までかけられたんだ。

 同じように扱っていたフクロオオカミが絶滅してようやく保護することになったんだけど、それまで百年以上虐げられたよ。

 タスマニアデビルは有袋類。つまりカンガルーとかコアラとかと同じなんだ。タスマニアデビルもカンガルーもコアラも、生まれたばかりの子供は自分で母親の体を登って袋の中にたどり着くんだ。

 タスマニアデビルは多産で、米粒みたいな大きさのタスマニアデビルを多い時は四十匹も産むんだよ。

 でもね、袋の中には乳首が四つしかないんだ。頑張ってたどり着いても、空きがなければ飢えて死ぬよ。

 運良く育ったタスマニアデビルを待っているのは伝染性の癌だよ。

 タスマニアデビルは気性が荒くて、餌の取り合いとかでたびたび争うんだ。オスはメスを噛んでおうちに連れ込んだりもするし、そのまま帰そうとしないから逃げるためにメスも反撃するよ。

 こんな感じで噛み傷から癌細胞が移植されちゃうんだ。

 こうなっちゃうと腫瘍が顔の周りに発生して、どんどん膨らんでやがてご飯が食べられなくなって死ぬんだ。

 顔がボコボコになるから、見た目もひどいよ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 あれ、引いてる?

 

「でもそれなりに健康な個体の繁殖やワクチンの開発が進んでるし、タスマニアデビル側でも適応しつつあるようだからたぶん大丈夫だよ。ちなみにオーストラリアにも居たみたいだけど、こっちは人間のせいか絶滅済みなんだ」

「かわいそすぎるだろ!」

「よーし。次、動物シリーズ、リョコウバト!」

「もういいよぉ……」

 

 その後なんだかんだで動物園に行くことになった。

 

 

 

「ななしに聞いてた通り無料だが……なんで小学生は無料なんだ?」

「大人でも六百円だぞ!」

「エサ代っていくらくらいなんだろう?」

「パンダだけでも一日一万と千円みたいだね」

「そんなに!?」

「ということは………………大人十八人か」

「そんなにか!」

「それと中学生一人ね」

「一日十八人ぶん……どうなんだろう?」

「ゾウもだいたい同じくらいだけど、ゾウは四頭います」

「ということは……一日五万五千円……」

「うーん……九十人くらいかな」

「ほんとに大丈夫なのかー? ななしぃ」

「だいじょぶだいじょぶ。人はけっこう来るし、都営だし。図書館だって無料でしょ。そんな感じの役割なんだよ」

 

 動物の研究とかあるし、動物園は赤字で普通らしいよ。

 でもいいんじゃね。パンダの経済効果大きいし。

 

「昔のゾウも戦争でエサに困ってというわけじゃなくて空襲で檻が壊れたら大変って名目だし。ほんとに困ったらこの入園料が二千円くらいになるから、その時戦えばいいんじゃないかな」

 

 なにかと。

 

「なんだ、エサは大丈夫なのか。じゃーどうするー? リーダー」

 

 少し考え込み。

 

「では、今日の作戦はパトロールに変更します。この辺まだ見回ったことないし、動物たちが平和に暮らしてるか確かめよう!」

「おー!」

「おー!」

「おー!」

 

 本来とだいぶ変わっちゃいましたが、まあ仕方ない仕方ない。

 近場の観光名所ってあんま来ないよね。

 

「ハァイ、お姉さん」

「あら、カメラちゃん。いらっしゃい」

「って知り合いかよななしぃ!」

「あら、お友達?」

「妻です」

「あらあら。ゆっくりしていってね」

 

 ただ私はよく来ます。

 

「こっちパンダだよ」

「おおー! 入ってすぐかよー!」

 

 ウェルカムパンダ。攻めた配置だ。

 そして完全に正しい判断。

 

「うおー……! パンダだ……生パンダ! 生パン! パンモロだー!」

「パンモロに大興奮のさっちゃん」

「ぶっ……!」

 

 撮影しつつ、ナレーションを入れときます。

 

「ああっ! あっちはパンチラー!」

「さっちゃん落ち着いてー!」

 

 こんなに言われると見たくなる。さっちゃんのを。でも残念ながらスカートじゃない。

 まあ短パンは最高にエロいのでいいです。むしろこっちの方が。

 

「笹食べてるー!」

「こらー! だらけすぎだぞー。さっさと食べろ、さっさとー。……笹だけに」

「ぶふっ……」

「面白い?」

 

 言う勇気。言わない勇気。あなたはオヤジギャグ、使ってますか?

 

「本気でだらける時は凄いよ。遠方からやって来た観光客が背中向けて寝てる姿しか見れないってことも」

「それは……かわいそうだね」

「フッ……」

 

 琴葉は悪い顔をしています。

 

「ななしぃ、そういう時は言ってやれよー、魔法で!」

「パンダに? もうちょっとレベル上げすればできるけど、今ソーサラーに絞ってるから」

「そっかー。それじゃしょーがないなー」

「もうちょいでレンジャーに浮気できるから、一ヶ月くらい待ってて」

 

 クレリックに回した三レベル……。いざと言う時のために回復はあった方がいいとは言え、それでも尚痛恨である。ここまで戦闘の無い世界とは知らなければ当然の、このウェルカムパンダくらい正しい判断だとわかっていて尚むむむと思う。無駄に終わったからと言って安全のために支払ったコストを惜しむ道理は無いはずだが、これが心の贅肉というやつか。

 

「その設定けっこう練ってるのか」

「設定? ああ、意外とバランス考えられてるよ。なんでか知らないけど」

 

 バランス、って言ったけど相手とか無いのにこの言葉で合ってるのか。

 敵がいないんだったらそんなバランス調整必要ないはずだから、備えはするけど……どうもなあ。

 調整するってことは何者かの意思が介在しているはずで、そいつが厄介さんなら敵を用意するはずで、頑張んなきゃなんだけど……。

 複数の能力を与えるあたり、あんまり考えられてない気がする。

 

「? そうか」

 

 私に相応しい敵が出るとしたらどんなだよっていうね。

 ところで琴葉、なんで首かしげてるの? かわいいよ。

 

 

「こちらがドール。アカオオカミとも言われます。でも、オオカミではないよ。あんまり大きくなくてかわいいけど、けっこう強いんだ。生息域は主に日本の西側の国に広く分布しているよ。西は、北が上の地図で言う左だね。南北にも広く伸びていて、北は寒い寒いロシアにもちょっと食い込んでいるよ。適応力が凄い動物ということだね。このドールは毛が短いけど、寒い地域にいるドールは毛がふわっふわになるんだ」

「解説するのか」

 

 みんな、動物を学ぼう。

 

「これと言った天敵もいなくて、トラやヒョウと対等に渡り合えるよ。もちろん、群れで暮らすからだけどね。ハイエナみたいに彼らが仕留めた獲物を奪ったりもできるよ。ハイエナがそうであるように、逆に自分でとった獲物を奪われたりもするけど。ということは肉食なのかな? と思いきや実は雑食で、木の実なんかも食べられるんだ。大きな巣穴も掘れるし、もちろん鼻もいい」

「おお! 無敵だな! こんなちっこいのに!」

「へー」

 

 よし食いついた!

 

「適応力があって、単純な強さもあって、鼻もきいて、穴も掘れて、食べ物もそんなに選ばない。主に昼に活動するけど、夜もいけないことはない。こんな強すぎる動物だけど、実は今絶滅の危機に瀕しているんだ」

「えっ」

「えっ!?」

「えー!?」

 

 フフフフフ!

 

「もちろん、その原因は人間。どうやらドールちゃん、獲物が死ぬ前に食べ始めるみたいで、生きたまま食べる姿が印象悪いらしく今も駆除され続けてるんだ。開発による生息域の破壊や、伝染病も彼らを苦しめる」

「ゾウよりかわいそうじゃないか!」

「生息範囲が広いから、保護も行き届かない。協力的じゃない国もあるし、教育のレベルの低い国だと国民の理解という障害がある。近い将来、少なくとも一部の国での絶滅は避けられないと私は思う。完全な絶滅はないまでもね。このカーン君とエリちゃんは寿命的にあと五年も生きられないし、飼育スペースの更新もたぶんされないから、上野でドールを見られるのはもう長くない。今のうちだよ」

 

 というのをこないだ飼育員さんに聞いた。

 

 意識して声を大きめに出していた甲斐あって、四人くらいがドールに注目し始めた。カラーズも「へー」と見ている。

 まあ注目して見たところで見た目は狐っぽい犬ですが。

 

 

「こちらがガイドツアー担当の西野さんだよ。結婚願望はあるけど、まだ独身なんだ。近いから、という理由で女子高を選んだことを今でも悔いるくらい出会いはないよ」

「カメラちゃん、私のガイドは要らないと思うな。それにね、私にだって気になる男の人くらい……」

「でも声はかけられないんだ。大人なのにね。女子高のせいだね」

「断定……!」

 

 手を振って別れます。

 

「ななちゃんってカメラちゃんって呼ばれてるんだね」

「ここ来る時はよく持って来るんだよ。だから、私のことはカメラと呼べが通じるのさ」

「ななしぃ名乗んないからなー」

「さっちゃんだってさっちゃんじゃない」

「そだなー! あははは!」

「ふふふ」

 

 似たとこがあって嬉しいやつ。

 

 

「はしびろ、こう? はしび、ろこう?」

「くちばしのはし、ひろいのびろ、こうのとりのこうだよ」

「じゃあはし、びろ、こうだね」

「コウノトリの仲間という説があったけど、今はペリカン目に分類されてるよ。それにしても……かわいいよねえ」

「えー……?」

「お前の趣味はわからん」

 

 なんかこう、不器用そうな感じが好き。

 

「あそこでじーっとしてるのはアサンテ。十一歳か十二歳くらいだよ」

「私たちより年上なんだね」

「そこそこ長生きできて、飼育下では五十年くらい生きられるよ。ちょっと絶滅心配な種類だからワシントン条約ってので保護されてる。これさえなければうちにお迎えするんだけど」

「そんなに好きなんだ?」

「なにー!? 私とどっちが好きなんだよー!」

「もちろんさっちゃんの方が好きだよ」

「ななしー!」

「さっちゃん!」

 

 がしっ、と。

 結衣の苦笑いも、琴葉の呆れ顔も大好きです。できうることなら、今を永遠にしたい。

 まあそれはちょっと無理なので、すりすりして離れます。

 ちなみにさっきの状況で一番好きなのは平らな胸どうしが当たる感触です。

 

「私たちはこうやって抱き合うけど、ハシビロコウはくちばしを鳴らしたり、お辞儀をしたりして親愛を伝えるよ」

 

 ところで私たちが抱き合うとお互いの背中に硬いものが当たりますね。カメラとガントレット。

 

「おわ」

「あ、近い」

 

 アサンテが近くに来てくれていました。

 

「よく来るから覚えてくれたのかな? だと嬉しい」

「きっとそうだよ!」

「ふふ。じゃあ、お辞儀してみよう。こう、軽く首を振りながら」

 

 結衣にカメラを預けて、頭を下げます。ちらりと視界の端で、アサンテが合わせてお辞儀してくれるのが見えます。

 

「おー」

「これは面白い」

「ちょっとかわいいかも……」

 

 動物園って、こっちの動きに反応してくれる動物少ないからね。

 カメラを受け取って、促します。アサンテは人懐っこいので、近くに来たからにはやってくれるでしょう。

 やってくれました。ありがとう。

 私とハシビロコウのまねをして、軽く首を振りながらお辞儀をする三人。私は撮影にまわります。

 人側は首を振らなくてもハシビロコウ側は応えてくれますが、それは秘密です。

 

 

「あ、ヒツジだ」

「ヤギだ」

「ジンギスカンだ!」

「ななちゃん、どうやって見分けるの?」

「それが意外と難しくって、例えばこの子はアゴヒゲがあるからヤギだけど、無いヤギもいる。鳴き声という手もあるけど、ヒツジが"メエエエ"って鳴くのに対してヤギが"ヴェエー"って感じで分けようにも、ヤギっぽく鳴くヒツジやヒツジっぽく鳴くヤギも居る。紙を食べれば確実にヤギだけど、普通の紙は体に悪い。一番確実な方法は、わかんなかったら飼育員さんに訊くことだよ」

「身も蓋もないな」

「あと、ジンギスカンは切ってある肉、もしくは野蛮人だからすぐわかるよ」

 

 

「今、こちらでハツカネズミ触れますよー」

 

 ハツカネズミタイムだ。これより一時間開かれる狂宴である。

 

「なにー!?」

「触れるのー?」

 

 もちろん私は超絶興味無いです。

 

「おおー!」

「ちっちゃーい。かわいー」

「むう……」

 

 意外と喜ぶね。

 

「ハツカネズミなら私も飼ってるよー」

「へー? ななちゃんペット飼ってたんだ」

「ハツカネズミは、生まれて二ヶ月くらいで大人になって、子供が産めるようになります。どんどん増えるんですよ」

「一回で五匹、多ければ八匹とか産むから、凄いよ。うちの子ももう百匹くらいになった」

「多い!?」

「オスとメス分けようぜー?」

「いや、フクロウも飼ってるから」

「エサか」

 

 首をキュっとして内蔵取る工程は聞きたくないだろうからやめておこう。

 

「……そんなに増えるのに、ここにはちょっとしか居ないな」

「琴葉。琴葉が考えてること、私にはわかるよ」

「む?」

「あの人が少し斎藤に似てるから怪しんで……ブフッ」

「……ぷふー!」

「に、似てる……!」

「怪しいかも……」

「ええっ!?」

 

 困惑ですね。

 

「だからこの子たちの運命もエサなのかな、って思ってるんだろうけど、自分で増やしても意外と得しないよ」

「そうなのか?」

「エサ代と業者から買った場合とを計算するとそんなに変わんないんだよね。それにネズミの健康や数の管理が大変だし、いっぱい居るとうるさいし。わざわざ自分で用意するメリットは無いと言っていい」

「なのにやってるのか」

「誤算だったねえ」

 

 まあ私のはレベル上げのためだけど。

 

「仮にエサ代をゼロにしても、動物園で働くプロフェッショナルを、買えば済むエサの繁殖には使うのは割に合わないんじゃないかな。バイトでも厳しいと思う」

「プロ……」

 

 全員の視線が偽斎藤に向かいます。

 

「プロ感無いぞ……」

「ないね……」

「ないな」

「んん……? じゃあ……、唐突ですが飼育員さん、問題です。ハダカデバネズミの特徴は?」

「え!? ええと……ああ。東アフリカの辺りの、穴を掘って地中で暮らすとても毛の短いネズミだね。君の言っている特徴はたぶん、ハダカデバネズミがほとんど老化しないことじゃないかな。歳をとってもおじいさんおばあさんにならなくて、長生きもするんだよね」

「正解」

「おー」

 

 周囲の子どもたちからぱちぱちと拍手が飛びます。照れくさそうにしてる。

 

「ほら、ちゃんと知識あるよ」

「ほう」

「やるなー。斎藤に似てるのに」

「ねー」

 

 当ててくれてよかった。だってプロだからってなんでも知ってるわけじゃないし、外したら気まずいだけだし……。*1

 ちなみにハダカデバネズミのぬいぐるみは売店で売ってるぞ! だから知ってて欲しいと思って問題にしました。

 

 

「あ、なんかかわいい!」

「カピバラ。世界最大のネズミだよ」

「へー」

 

「カバだー!」

「でっかいローストビーフみたいじゃない?」

「あ、似てるかも」

 

「キリンだ」

「ななしぃ、キリンってなんであんな首が長いんだ?」

「だって……仕方ないじゃない。あんな高いとこに頭があるんだから」

「ぶふっ」

 

 昔からよく言われるのは高いところの葉っぱを食べられるように、だけど最近は立ったまま水が飲めて隙が少ない、遠くの敵を見やすい、が加わってるね。というのもちゃんと説明しました。けっきょくなんなんだ。

 

 ベンチで休憩。

 

「ななし、動物が好きなのか?」

「うん。将来動物園を作ろうと思ってやめたことがある」

「やめたのか」

「だが、私にはまだ野望がある。動物のアニメを作るんだ。ここによく来るのは資料集め」

 

 野望。

 

 それは、けもフレ。

 

「アニメを……作るの?」

「ああ。そして私は、新世界の神となる」

「なんだそれは……」

 

 捨てられた作品を拾う神となる。

 

 

*1
この主人公は知らないようだが、こういうところにいるのはたぶんボランティアの人。




過去の話の修正箇所:
主人公設定と衝突する恐れがあるのでSANチェックの文言を削除しました。
割った岩がデカすぎて固定資産税かかりそうなレベルだったので小さくしました。
石割の動画を見せるシーンを入れました。

こういう修正がめんどうで気鬱になって更新がストップしてました。
今はぐらんぶる転生最強ものとか書いてるので溜まったら投稿します。

ヤギとかのなかよし広場はもう無いと思う。ドールももういません。
上野動物園のヤギはトカラヤギで、アゴヒゲがある。原作でもちゃんと描いてる。でもアニメには無い。しかも白いヤギ。
ヤギの見分け方 https://twitter.com/s1120411/status/684365902997946368
ハシビロコウ アニメでは ハシビロコウの見分け方 が47フレームくらい表示されますが、右上のシュシュ・ルタンガは死んじゃいました。この話が入ってるアニメ五話の時点では生きてましたが、まだアニメが終了しないうちに。
ハツカネズミの性成熟は偽斎藤の言う通りたぶん二ヶ月くらい。wikipediaのネズミのページにハツカネズミは3-4週間で、とあるせいかネット上にはそんな記載がちらほらあるけど、ハツカネズミのページでは2,3か月とある
ハダカデバネズミは他にもガンと無酸素に強いけれど、いつわかったことかわからなかったのでそこはスルー。主人公、前世においてはそんなに動物に詳しくない
偽斎藤はバイトなんだろうか。ボランティアなのだろうか。飼育員って書こうとしてバイトオーラが凄くて戸惑う
ハダデバぬいぐるみは2009年ごろのデータ。この時点であるかは不明。


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27話

 今日は楽器の練習。一日中やると決めた。

 今までも自分では頑張ってきたつもりだったけれど、ふと気になって練習時間を計算してみるとそうでもないことに気がついた。

 たとえば練習に最適な、カラーズ活動もオフなある日。なんとなくミシンを使えるようになっておこう、と雑巾を縫ってみたり、

 ミシンの構造ってどうなってるんだろうと思い足踏みミシンが無いか蜂ばあに訊きに行ったり、

 そこでタイガー計算機を見つけてしばらくいじったり、

 ふと焼き立てパンが食べたくなり自分でこねたり。

 出るわ出るわ、時間のロス。

 

 それが無くとも、そもそもが手広くやりすぎてて時間は足りてないのに。

 

 だから今日はギター一本槍。

 

「こう?」

「……こう」

 

 目の前の指さばきを、私の人並み外れぬ常人よりちょっと上くらいの動体視力はそれなりに見切れるが、指の動きという複雑な情報を記憶して模倣する特殊能力は残念ながら授からなかった。もしくはまだ覚醒していない。

 ギターだけはやるなあ、不出来な兄。

 

 ふーむ。もう少しうまくなれれば理解できる情報の量も増えるのであろうが、ちょいと今はスキル不足。

 まあできる範囲の見よう見まねで追いつこうとしてみる。

 

「……お」

 

 いい感じの音。

 いけたいけた。難しい部分だったけど、私にかかればちょろいもんだね。私が神だ。

 できるもんだね。うまくいかないの指がちっちゃいせいにしてたとこあったけど反省。

 

 今日は真面目にやって、経験値がぐんぐん上がった。

 

 

 次の日。

 

「あらあら、更科さん。ちゃんと復習してるみたいね」

「そう見えます?」

「ええ。上達もしてないみたいだけど、前のままよ」

「維持は得意なもんで」

 

 復習してない。楽器の習熟の維持特性。ありがたいね。

 この人は大村さん。ヴァイオリン教室のインストラクターをしている人。

 いや指南番? 違うな……。

 普通は先生と呼びますが、なんとなく反抗。

 たまにこういうレッスンにも来ています。

 

 

 またギター道場を挟み、今日はピアノのレッスン。こちらはふつーの民家。なんでも、昔なんかやっていたそうだ。

 もしもピアノが弾けたなら、俺ら東京さ行ぐだ。そんな思いでたまに来て頑張ってる。

 

「それじゃあ更科さん。この間の曲、聴かせてくれるかしら?」

「はい」

 

 清潔感のある部屋の中には立派なピアノがあって、壁にはいくつかのメダルや楯、トロフィーっぽいのが。ト音記号がちらほらあるのを見るに、それが何の賞であるか疑問の余地もない。具体的に何であるかでボケようかと思ったけどいいのは出ない。ボディビル辺りじゃだめか。

 

 曲はCLANNADから、渚。Key系も私の守備範囲。ただ旧作の記憶はどう頑張っても薄い。Airってプレイしたんだろうか、私。

 ゲーム曲ならUndertaleとかも良いのだけれど、そっちは難しい。なので自主練としてゆっくりめなのを選んだ。好きな曲で練習させてくれる柔軟な方でありがたい限りだ。

 とりあえずどうにか楽譜はこしらえたのだが、そう難しくないこの曲がうまく弾けないほど、年齢相応くらいに私はピアノが下手。ヴァイオリンの方がマシ。

 自分でも不思議だ。

 

「うーん。練習はしてなさそうね」

「最近チェロも始めちゃって」

 

 だから新しいことを始めるなと。

 でもスポーツにも興味あるのよねー。水泳とか。

 

 ピアノの師範、浅川さんはお若い四十代。もともと雰囲気が若かったが、お礼にマッサージをしている関係で、実年齢より実際一つだけ若い。通常より健康になったのも見た目や雰囲気に影響を与えた。四十代ともなれば、常にどっかしら悪いものだ。それが、ちょっとずつとかの調整ができない私の魔法によって一気に治った。

 不自然。

 

「けど、この間はトランペットって言ってたわ」

「あれもできる、これもできる、となったらもう、やらないのは損かなという貧乏性でして」

 

 止まると死ぬから。

 私の父親、どうやら楽器に関しては財布の紐ゆるいみたいね。

 でも通常の子育てにおいてはなんでもかんでもやらせると集中力がつかないよたぶん。

 

「うーん。もう少し絞ったほうがいいと思うけど……」

「大丈夫です。私、才能あるんで」

「ピアノ以外は?」

「まあ、はい」

 

 あるねえ、不向き。

 

 長めに特訓してもらった。

 

 

 

「あれ? ななちゃん、ピアノうまくなってる?」

「そうかい?」

 

 結衣よ。それはつまり、ななちゃんってピアノへただなーって、ずっと思ってたってことだよね。

 ……どうやらそうとう伸びる段階で停滞してたようだ。

 

「結衣。私ってもしかしてピアノの練習あんましてなかった?」

「え? うーん……練習しようとして、すぐさっちゃんと遊んでる感じかなあ」

「なるほどなるほど」

 

 確かに、思い出そうとするとさっちゃんの頭が膝の上に乗っている感触が蘇って、なでてるうちに楽しくなって来ちゃう自分が目に浮かぶよう。ははあん。さてはここ、練習に向かないな?

 でも、これはロスじゃないし……。どうしたものか。

 

「では、今日は頑張ります」

「うん」

 

 モードチェンジ、外面モード。このモードになれば、感情の起伏が半減。さっちゃんとかの誘惑にも負けないことでしょう。

 弾き始めてしばらくして、さっちゃんが私の膝に頭を預けました。

 

 

 

 なでなでなでなでなでなでなで。

 

「あははははは!」

「大人っぽくなってもそれは変わらないんだ……」

 

 

 なーで、なーで。

 ついに優しくなでるという技を習得。今までは顔に至るまでなで回していたからさっちゃんも笑っちゃってた。

 こうして優しくなでてあげれば、すやすやってくれました。寝顔かわいい。下腹部がきゅんきゅんしちゃいます。

 

 激しくない曲を選んで練習。

 

 竹取飛翔。

 

 ゲーム音楽と言えば東方は外せない。ただ、楽譜は簡単なのを。指が折れるから。

 

『らららーら ららららら らららーらら らららららー』

 

 おや、メールか。バイブにするの忘れてた。

 

「着信音、自分で歌ってるのか」

「島唄。沖縄の歌です」

 

 この世界には無いが。

 知っている曲がこちらに無くて、ラッキーこれでパクれると思う時と、聴けなくて残念と思うことがある。この曲は後者。

 ちゃんと再現したかったが渋い声でデイゴとかウージとかの方言を使う上野の小学生に説明がつかないので、今はらららでごまかしてる。

 

「ああ」

「どうしたの?」

「ホスト部が現段階のをYouTubeにアップしたから見てくれとのことですね」

「ほすとぶ?」

「たまにエンカウントする四人組です」

「あいつらホストなのか?」

「まだ本人たちには確認はしてません。かなりホストっぽいけど、確認してないから仮にそう呼んでるだけで」

 

 ようはバールのようなものだ。

 

「ちょっと前あいつらにバンドやらないかってけしかけたから、こうして経過報告が来たんだけど……さあてどんなかな」

 

 音量を小さくして、再生してみます。

 結衣と琴葉が私の両サイドに密着。……!

 

 いくつか渡した曲の中から彼らが選んだのは、ポルノグラフィティのメリッサだった。

 まるで閉店中のホストクラブのようなところで演奏する彼ら。うむ、最近始めたにしては悪くない。

 

「ヘタだな」

「ふふ、初心者だからね。けど、その下手さをうまくごまかしてる」

 

 多少やってたメンバーがカバーしてるよう。あとドラムうまい。

 できちゃうのかよお前。

 

「なにより、楽しそうなのがいい」

 

 ってのは好みの話だけどね。

 

「そういえば、私たちもバンドやるって話あったな」

「あれどうなったの?」

「準備はできてるんだよ。ただ、私から言い出すべきなのかリーダーに任せるべきなのか迷って」

「ななしぃはあれだなー。考えすぎだな」

「自覚はある」

 

 起こしちゃいましたか。

 

「じゃ、今度の日曜どう?」

 

 言われりゃ直す。かしこいので。

 今からどう? と言ってもよかったけれど、そうするとあんまり時間がないから日は改めた。

 

 そんな感じで日取りが確定しました。



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28話

 たまにゲーム配信してます。

 

『ガキにしてはなかなかやるじゃん。ガキにしてはだけどw よかったらボッコボコにしたげようか?wwwwww』

 

 というファンメを送ってきてくれた配信者がいたので、今日はこいつの公開処刑。炎上目的でなければただのバカ。

 まあ、そもそも……頭のいいゲーマーはいない!

 

「ハァイ諸君。今日は私と遊んでくれるっておじちゃんがいるんだ。きっと強いんだろうから、勉強させてもらおっと」

 

 《覚醒増大(ハイトゥンド・アウェアネス)

 《勇壮(ヒロイズム)

 

『アルテマさん。向こうの配信見てきたけど、六人チームだよ』

「お、ありがとう。気合入ってるねー」

 

 《加速(ヘイスト)

 《危機予測(アンティシペイト・ペリル)

 《猫の敏捷力(キャッツ・グレイス)

 

 これでよし。

 ゲームは撃ち合い最近勢いのあるFPS。ゲームモードはFFA(フリーフォーオール)。自分以外全部敵のゲームモード。こんなんでPTを組むとバランスは崩壊するのにそれを許してるせいで過疎モードだ! 八人対戦なので空き一枠に野良を呼び込んで、ゲーム開始。

 

 開始二分で確信したのは、ゴースティングされてるなということ。つまり、こちらの配信画面を見ている。

 こういうのを防ぐ方法としては、配信にディレイを入れる……というのがある。つまり今私が見ている画面を、視聴者は一分後とかに見る、そういうやつ。でもやんない。なあに、私だってずるをしてるんだ。やめろと言う筋合いは無いし、これで対等にやれるというものだ。

 

「フンッ!」

 

 角を曲がった瞬間にショットガンで殺す。ウォールハックが無いと普通は無理。

 

 《予報(プレディクト)

 

 あの角から敵が来そうだな、と思った時に使用する魔法。ほんとに来るか、どう来るかがなんとなくわかる使い勝手は悪い魔法。

 

「ハッ!」

 

 ナイフで殺す。一回だけ屈伸して煽りその場を離れ物陰へ。途中撃たれたのでその方向へグレネード。

 スコアは入らなかったが、この隙に一旦離れる。それほどキルストリークに固執しないので別に死んでもいいが、せっかくだから。

 

 《加速(ヘイスト)

 

 行動速度の限度を倍に引き上げると共に反応速度を僅かに上昇する魔法。

 

「遅い遅い!」

 

 その先に居た奴にまたショットガン。倒しはしたが、あいつら組んでるからもう一人居た。なんとか一発ぶちこんだけど……やられた。

 

「なるほどなるほど。……くたばれ」

 

 三人連続キルによりキルストリーク発動。爆撃で三名吹き飛ばす。

 景気づけして走り出す。

 

 構成は変更した。ショットガンではこれからの戦いには付いてこれない。第一村人をP90*1で蜂の巣にし、攻撃の隙を突かれないように一旦隠れて、グレ投げて、

 

 《危機予測(アンティシペイト・ペリル)

 

 敵に対する判断速度の上昇。

 

 《猫の敏捷力(キャッツ・グレイス)

 

 敏捷そのものを上げ、操作スピードと反応速度を上げる。

 

 効果時間の短いのをかけなおし、飛び込んでリボルバー二発。

 幸い、彼らは平均的にそんなに強くない。一人強いのが居る他は並程度。連携も全くダメ。

 そこが極まっていたら負けていただろうけど、このくらいなら地力としてそんなに強くない私でも立ち向かえる。

 

 が、せっかくなのでもっと強く押そう。

 

 《上級勇壮(グレーター・ヒロイズム)

 

 技術、及び士気向上。《勇壮(ヒロイズム)》より効果は高いが効果時間が短い。最終兵器として使うことで二重にテンションが上がる魔法。

 そして、パーフェクトな英語とかの発音を可能とする《言語会話(タンズ)》だ!

 待たせたな。これが今の私の百パーセントだ。

 その後は二人くらいなら、打ち負けずヘッドショットで的確に仕留め――――

 

「Time to die!」

 

 溜まったキルストリークを使用。核をお見舞いして、全員を殺すと同時に強制的にマッチを終了させる。発光、爆音、結果画面。結果は二位とダブルスコアで私の勝利だった。そりゃ私ばっか狙ってちゃね。

 

 必然激烈に盛り上がるコメント。私も楽しい。

 そうだ、通話で対戦のお礼を言おう。

 

「お疲れ様です。接待ありがとうございました!」

『まじかよ……』

「いやあ、ボッコボコにするだなんて挑まれた時はおじちゃんこわいなーと思ってたんですが、まさかここまで手加減してくれるなんて思いませんでした。まだ百時間くらいしかプレイしてないので試合中は必死で気づきませんでしたけど、まあまさか手加減もなしに六千時間もやってる人相手に核出せるわけないですもんね。すいません気付かなくって!」

 

 声には皮肉を乗せない。なるべく本気で言ってる声音になるよう意識する。だってその方がイメージいいから。

 投げ銭もバンバン飛んで、この日は気分良く眠ることができました。

 

 

 

 翌日。

 まどろみの中、まてよ? 全員強くて連携されたらたぶん負けてたな。

 そんな思考に至り、強化が欲しいなと思い悩む。あいにーどもあぱぅわー。

 魔法のレベル上げは現状で頑張ってるし。他のアプローチは……錬金術? でもあれ、よくわからんしな。

 

 ……そうだ。

 

 

 放課後。私は電車に乗り、ちょっと遠くを目指す。

 適当な広い空き地を見つけると、姿を消していくつかの桃の種を植え、栄養剤をどばーっと。

 

 にょっきにょきにょきにょきー!

 

 そして夜。

 

 また、君の手から多くの子が生まれ――

 

「あ、クミミミ様。来てくれましたか」

 

 ほんとに来てくれた。

 夢で会って以来ですね!

 

「それでご相談なんですが……」

 

 特にごまかしを入れることもなく、全部説明した。

 

 …僕を信仰すれば、器用にはなれる

 

「おお」

 

 でも、君が本当に求めるのはルル――なんだろうね

 

「ルル……様?」

 

 あれが与える恩恵は、速度。それは、きっと君を助ける

 

 なるほど。他にも神が。

 ……あ、

 

「あの、音楽の神様って居ませんか?」

 

 音楽……?

 

 前世の曲の再現について説明。

 

 君は、曲を思い出したいのかい…? それとも、演奏がうまくなりたいのかな…

 

 言われてみれば。相談してみるもんだね。

 ふうむ。それはもちろん、

 

「思い出したいです。演奏自体は自力で頑張れますが、思い出す方には限界を感じます」

 

 少しだけ、僕は―――力を貸すことができる…

 

「おお……!」

 

 ただ… 条件はあるよ

 

「あ、どうぞ」

 

 群馬辺りをジャングルにでもしましょうか? べつにどうでもいいですし。

 

 僕、神殿が欲しいんだ…

 

「あ、わっかりました」

 

 ただ立派なのはちょっと、年齢的に今は……と説明したらわかってくれた。生きてるうちにやればいいってさ。

 よっしどっかの国にすっげーの建てよう。

 

 最初に一つ、君に贈ろう。まずはそこから始めるといい…

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 

 

「おはようございましたッ!!」

 

 クリスマスぶりに布団を跳ね除けて起き上がると、部屋の中央にデカイ石の塊があった。見た感じ、どもっすオレ重量物っす。みたいな。

 ……丈夫な家でよかったよ。

 

 念動呪文と力ブーストでなんとか持ち上げて《浮遊盤(フローティング・ディスク)》っていう荷物を載せた状態で追従してくれる力場を出す魔法でとりあえず庭へ運んで、とりあえず雨除けにその辺の土を魔法で固めて屋根を作る。放課後、ホームセンターで木材買おう。それをシュワルツェネッガーみたいに肩に担いで帰ろう。店員さんに無理だと思いますよって言われよう。

 さて。

 

 この、年代物の家ならどうにかなってしまいそうな石の塊。横長で、真ん中に赤い布がかけられているこれは…………なんだろうか。

 クミミミ様からの贈り物らしいけれど、これってどうやって使うものなんだろうか?

 さあてどうしたものか。そう冷静に考えていたが……体がブルッとなって気がついた。

 これは、喜びだ。

 私は、喜んでいる。

 

 言うなれば、これはマジックアイテム。

 それも、一応は自分由来じゃない。マジックアイテムなのかどうか疑わしい錬金術とは全く違う、それも正真正銘の、神の作った品。

 それを理性より先になんか他の部分が感じ取っていたみたいだ。

 

 ドキドキしてきた。恋しているみたいだ。みたいというか、しているのかもしれない。

 この気持ち、高いグラボの箱を開封する時みたいだ。

 でも、でもだよ。……実際どうすればいいんだろう?

 

 ちょっと不安だったけれど、手を乗せたら自然に理解できた。

 これは神の祭壇。クミ……ロミ様の祭壇だ。ごめん間違えてて。言ってよ。

 

 神は姿勢など気にしない。ただ心で祈るだけで、クミロミ様の力が私を包み込んだ。

 

 そんなわけで信仰を始めました。

 

 

 世には様々な宗教があるが、どの神もなんだかんだ理由を付けて誰も助けない。

 信仰が足りない。まず本人の努力からだ。それは試練である。

 なんだかんだ時間を捨てさせ、金だって差し出させる。

 トネガワ曰く、金は命を削って得るもの。時間だって命だ。

 ソシャゲに課金するようなもんで、納得してやるんなら好きにすればいいけれど、そんな二重三重に命削られるようなコンテンツ少なくとも自分はごめんだ。宗教は心まで持っていこうとする。

 

 そんな感じに宗教に対し否定的だった自分が神を信仰する日が来るとは思わなかった。しかも新興宗教の開祖。教祖イコール神じゃない新興宗教。傾向とかのデータは無いけど珍しそう。

 

 そんじゃまあ、神様。これからは一緒に遊びましょう。

 私から裏切ることはありませんとも。

 

*1
サブマシンガンの一種。PDWとも




CODを元にした架空のFPS。対戦ゲームあんまりやらないから細かい描写はできない。
主人公は"神殿を作ったら思い出すのに力を貸してくれる"と思っているが、この作品上はクミロミ信仰の恩恵として記憶(想起)力が少しだけ上がるシステムがあり、クミロミ様はそれを言っている。なので神殿とか忘れても問題ない。元のゲームでは信仰により習得という能力値が上がり、習得には暗記スキルが関係していることから作った設定。
クリスマスぶりと言ってるけど手品回の最初の夢オチの時に飛び起きている。あとクリスマスに枕元のプレゼントを確認しようと飛び起きる子でもないと思う。


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29話

「あ、ごめん。その日は妹の世話しなきゃなんないから」

「へー、そうなんだ。……え!? ななちゃん妹居たの!?」

「うん。内緒にしてたけど居るよ」

「なんで内緒にしてたの!?」

「だって、普通に"妹が居るんだ"って言ったらへー、そうなんだ。って言われそうだからちょっと温めた方がいいかなって」

「……えっ! ごめん言っちゃった!」

 

 せっかく秘密にしといたのに、残念だなあ。

 

「何才くらいなんだ?」

「さあ……? 幼稚園に通ってるから、お年頃かな?」

「ななしぃに似てるのか?」

「んー、腹違いだからなあ。とりあえずあんまりホワイトではない」

「はらちがい?」

「お母さんが違うんだよ。妹ちゃんの名前は?」

「名前……あったかなあ。私は妹って呼んでるけど」

「どんな姉妹だ」

 

 そんなに興味無いからなあ。

 

「気になるなら連れてくるけど」

 

 

「連れてきたよ」

「はじめまして!」

 

 妹は私の背中に隠れながら、少しだけ顔を出して声を張り上げる。よしよし、挨拶は元気よくだ。

 

「さら――――」

「おっと」

 

 口を塞ぎます。このままでは琴葉に名字がばれてしまいます。結衣は同じ学校だから知ってるし、さっちゃんは家に招いた時に表札見てるけど、やるだけタダさ。ん? 祭りの時に聞かれてたかな?

 耳打ちして、開放。

 

「……うん。りんね! さんさいです!」

「わあ、かわいい!」

「照れるね」

「結衣ー。ほんとのことだけど、急に言われると照れちゃうぞー」

「さっちゃんでもななちゃんでもなくて……」

「よしよし。元気に挨拶できたね」

 

 なでなで。ちょっと乱暴なくらいに。

 

「んー♪」

 

 ぎゅーっとくっついてきます。ちょっとうざったい。

 でも、いい姉のロールプレイをしているので振り払ったりはしません。

 

「私は結衣だよ」

「琴葉」

「さっちゃんでーす!」

「よろしくおねがいします!」

 

 結衣はかがんで目の高さを合わせる。お姉さんだねえ。

 

「妹は栗毛なんだな」

「言われてみればそうだね」

 

 かなーり明るいけど。まあ、栗毛と言っていいでしょう。

 

「言われてみればって……」

「ああほら、ずっと近くに居るのに、今更髪の色なんて気にしないでしょ? それそれ」

「なんかすごいごまかされてる感じがするぞ!」

 

 さあて。

 要望があったから連れてはきたけれど、これ面白くなりようがないぞ。

 

「じゃあそろそろ家に戻そうか」

「早いよ!」

「待て。……いろいろ訊いてみよう」

 

 にやり、と琴葉は笑います。が、抜かりはありません。

 

「りんね。ななしは普段私たちのことをなんと言ってる?」

「ななし?」

「……ん、そうか。お前の姉の……あだ名だ」

「ソウルネームと言ってもいい。妹。さっきも言ったけど、私の名前をうっかり言わないようにね?」

「はい! ううん……お姉さんたちのことは、さっきはじめてききました!」

 

 このように、プライベートなデータはインプットしてない。

 

「なんだ……話してないのか」

「仕事と家庭は分けることにしてるんだ」

「会社員か」

 

 ちなみに、ここが家庭。

 

「じゃあ…………訊くことないな」

「そうだろう」

「ないのかなあ……?」

「なあなありんね! 普段のななしぃってどんななんだ!?」

 

 おや、伏兵さっちゃん。

 尋ねられた妹は、目を輝かせてる。

 

「お姉ちゃんはすごいです! なんでもしってて! お料理もじょうずで! 楽器も!」

 

 そして私がどれだけ完璧かを熱く語るのだ。

 

「どうかね、私の妹は」

「す、すごい……」

 

 しっかり教育済み。他に遊ぶ余地が無かったからね。

 

「じゃ、帰ろっか」

「だから早いってば……」

「お姉さま! 私、お姉さまの話が聞きたいです!」

「一緒にスタバでキャラメルマキアートでも飲もう」

「…………うん!」

 

 余計なデータは入れたくない。インタラプトすると少しフリーズして、命令が書き換わる。ちょろいね。インテル入ってない。

 

「じゃ」

「みなさんさようなら!」

 

 なでて、手をつなぐ。問答無用で引っ張って行きます。

 

 

 

 お財布とスターバッチョスカードを預け、買う工程は任せる。おつかいです。

 ちょっと社交性のレベル上げ。私は席に座って待つ。

 

「おかえり」

「ただいま!」

 

 私はやっぱラテにした。

 妹がお姉ちゃんと同じのにするーと言ったら私は遠慮なくエスプレッソを頼む。そんな日頃の繰り返しにより、持って来た二人分はちゃんと別のもの。妹はやっぱりキャラメルマキアート。

 自分が本当に好きなものを自分で選ばせたい。そういう教育方針。

 早めにやめてくれてよかった。このボディ、ちゃんとしたコーヒーを飲むとちょっと心臓がバクバクするから。

 

「あまいです!」

「そうだろうね。どれどれ」

 

 レシートを見る。ほほう。バニラ、キャラメル、ヘーゼルナッツ。シロップ全部か。チョコソースにキャラメルソース。やるじゃないか。

 

「キャラメルマキアートにキャラメルシロップとキャラメルソースをかけるとは、なかなかやるね」

「はちみつとシロップもかけました!」

「うんうん。帰ったら歯を磨こうね」

 

 あと今度体重も量ろう。

 

 

 

「ただいま」

「ただいまー!」

 

 手を洗って、歯を磨いて、開放。母に返して、アジトに戻ろうかと思ったけれどもうあんまり時間無いな。解散でしょう。

 ……よしギターだ!

 

 そうと決まれば奇襲だ! 部屋のギターを取っ掴み、兄の部屋へ行き、ドアを!

 とんとんとん。

 しっかりノック。ノックをするかどうかが、人間とそれ以外とを分ける。

 

 中からコンコンと何かを叩いての返事が聞こえたので入る。

 

 オーバーアクションでドアを開け放ち、ギターを構え、演奏するのはトッカータとフーガ。冒頭辺りじゃなく、少し先のちょっと忙しくなってくるところ。

 しかし指が滑った。

 

 兄、ギターを掴み、同じ曲を演奏する。

 ……くっ、完璧だ!

 背中が遠いぜ!

 

 

 演奏の熟練度が下がらないというのは教える側からすると異様な才能として受け取られるらしく、たまにおや? という顔をするティーチャーなんかも居る。無口な兄も珍しく"才能があるのに努力しないのはもったいない"などという長台詞で残念がって見せた。

 なるほどそう見えるか。まあ、そうなのかもしれない。

 でも、これからは違う。最近、勉強は区切りついちゃったのよねー。だから時間はあるから……、

 

 ……でもレベル上げもしたいな。

 

 

 

「じゃあ、りんねのことお願いね」

「任せたまえ」

 

 ある日。任された。さあてどうしてくれようか。

 どう時間を潰すか……。

 

「よし、一緒に映画を見よう」

「はい!」

 

 リビングのソファーをずらして、プロジェクターやらなんやかんや準備して、スクリーンを貼っつけている壁に投映。

 映画が始まる。

 

 恋はデジャ・ブ。

 

「私はこの映画が好きでね。何度か見たから、分からないところがあったら言いなさい。その時は一旦とめるよ」

 

 三才児には明らかに早いが、まあ、いいじゃん。

 用意しといたキャラメルポップコーンをプラスチックの器に入れて渡す。

 

「ジュースはなにがいいかな?」

「オレンジジュースが飲みたいです!」

「よしよし」

 

 アンパンマン的な映画でも私はそれほど退屈せずに見れるけど、ノーストレスとはいかないのだ。だから今回は趣味に走らせてもらった。

 

 舞台はペンシルベニア州の田舎町。天気予報士であるフィル(ビル・マーレイ)は仕事仲間のリタとラリーとともにグラウンドホッグデーという毎年二月二日に行われる古い祭事を取材しに行く。

 グラウンドホッグとはウッドチャックのことで、ウッドチャックはマーモットの一種。この大きめのリス科の動物が冬眠から目覚めた時に自分の影を見ると、冬はまだ六週間続くと言う。

 フィルがそんな退屈な行事のためになにも無い田舎町に来るのは今年で四年目。当然気の乗らない仕事だ。もともと高慢なフィルは不機嫌さも手伝ってやっつけ仕事で撮影を終わらせて、仲間にもなんだかんだ嫌がられる始末。

 当然すぐに帰りたかったフィルだったが、天候の急変で帰ることができず、前日と同じ宿に泊まることに。

 目が覚めると、その日は二月二日だった。

 

 そんな話。

 

「お姉さま」

「なんだい?」

「繰り返すのは、つらいことですか?」

「そうだねえ……。妹よ。君が、この一日を繰り返すとしたらどうだろう?」

 

 ?が浮かんでいる。

 まあ、難しいか。

 

「まず、この映画を見るのがイヤになるはずだ。私だったら映画のディスクやプロジェクターを壊す。でも、そんなことをしても容赦なく時間は過ぎて、今日がやってくる。映画を見よう。君は私にそう言われるわけだ」

 

 まだ分かってない。いいとも。理解できるまで説明しよう。

 

「当然、別のことをしたりして飽きないように工夫する。けど限界がある。いずれはやり尽くすから。でも、もうやめたいと思ってもやめられない。自分で始めたわけじゃないから。それが終わりなくずーっと続けば、いつかはつらくなるね」

「お姉さまが居ます」

「うーん……。まあ君がそうなったら、まず私に説明するだろう。一度信じさせれば、私は同じ説明をせずに済むようにパスワードを教えるだろう。次の時にそれを言えば深いことを訊かずに、なにがしたいか、なにをしてほしいか、そういう話をするだろうね」

 

 好きなマイナーゲームの名前とか。あるいはもっとシンプルにマイフォーク*1とか。そういうのを言われれば、私は従うだろう。

 

「そうなればなるべく間をもたせるけど、やっぱ限界はあると思うな。いよいよになってくるとたぶん人は……」

 

 手段を選ばず、新しい反応を得ようと。

 

「まあ、よくないことをしようとする。それは、本当はやりたくないことだ。やりたいことはやり尽くしちゃうわけだからね。やりたくないことを自分でやってしまう。それはきっとつらいよー?」

 

 考えたくもない。そこまで来ると、脱出よりも死ぬ手段を探すようになるだろう。どちらが簡単ということもないだろうし難易度が変わるわけじゃないけど、きっとそっちを選ぶだろう。

 

 おや、ちょっと悲しそうな顔になってる。分かってきたかな。

 これ以上の説明となると五億年ボタンの絵本でも描くしか思いつかなかった。けどべつにトラウマを植え付けたいわけじゃない。

 

 モノがあるとはいえ、一日は短いよ。一週間は見てくれないと屋上のアンテナも組み上がらない。*2

 

「妹も、おもちゃが一つだと飽きるでしょ?」

「はい」

「私もつらいさ。とてもね」

「でも、この映画が好きですか?」

「ハッピーエンドだからね」

 

 なんであれ、彼は救われた。あるタイムトラベラーは納得がいってなかったようだけれど。*3

 

「……もう一度見たいです」

「よかった。でも、また今度にしようよ。一緒にお勉強しよう?」

「はい!」

「よしよし、元気がいいね」

 

 

「最初にアルファベットのおさらいだよ。これは?」

「エイチ! ティー! エル!」

「そうだね。しっかり憶えたね」

 

 なでなで。

 

 日頃の努力によって妹をお勉強好きの三才児というクレイジーに仕立て上げられたことは、我ながらなかなかの成果だと思ってる。

 目標は入学までに分数の割り算を教えること。そこまで私に暇があれば。

 

「よしよし。じゃあ、今日はどんなお勉強にする?」

「さんすう! さんすうがいいです!」

「ふふふ。たしざんの続きをしようね」

 

 二桁で、三つの数の足し算。百の位に達する繰り上がりを二度越えられるかな?

 クレヨンの黒で画用紙に計算を書き込む妹。小さな声で「はちたすろくは……」と呟いたり、丸をいくつか描いたり頑張ってる。

 はてさて、どうなるかな?

 

「たして……にひゃくごじゅうにです!」

 

 おお。

 まだ答えず、じーっと目を合わせます。

 セクハラ野郎のクイズ番組みたいに、たっぷり間を置いて……、

 

「せいかーい!」

「わぅっ!?」

 

 ぎゅっ! そしてなでなでわしゃわしゃ。

 

「あはっ、あははははは! お姉ちゃ、あはははは!」

「よーしよーしよーし!」

 

 これがよくできました度"弐"。適当なところで開放してあげます。

 "陸"まで行くとぐったりするまで褒め称えるぞ。

 

「よーし。ちょっとお菓子を食べたら歯を磨いて、お散歩に行こう」

「え? でも、まだ……少しです」

「お散歩はお外の勉強さ。幼稚園でも遠足はあっただろう?」

「あ! ありました!」

「小学校でも遠足はあるし、他にも川に行って魚や虫、植物を見たり、動物園で絵を描いたり、図書館に行ったりいろいろやるんだ。こういうのを校外学習って言ってね。校外は学校の外。学習は勉強という意味だよ」

「お勉強! 私お勉強したいです!」

「ふふふ」

 

 面白い妹ができた。

 

 

 

 じー。

 

「……なんだそいつは。どこからさらって来た?」

「庭の畑から収穫した」

「野菜かよ」

 

 ああいや、畑からとれるのはソ連兵か。

 

「妹よ。あれが斎藤。おまわりさん、あるいはおさわりまんだ」

「なにをだなにをっ」

「おまわりさんだよ」

「つうかあれって…………妹っ!?」

「おいおい。私は木の股から生まれて来たような気もするけど、たぶんそんなことは無いから家族くらい居るぞ」

「するのかよ」

 

 最初は斎藤。なんだかんだでポリスマンだし、憶えさせておいた方がいいでしょう。

 手をつないで並んでるんだから妹って分かりそうなもんだけど、隠してたのがここで利いたんだろうか。

 

「もういいよ」

「はい、お姉さま!」

「お姉さまぁ!?」

 

 しばらく黙って見つめてるようにと命じておいた。

 手をつないだ少女二人が、じーっと、なにも言わずに黙って見ている、そんな作戦。

 

「どうだ斎藤。いいだろう、敬語妹」

「りんねです! よろしくおねがいします!」

「……よくできた妹さんじゃねえか。斎藤です。よろしく」

「やらんぞ。妹、斎藤はおまわりさん、警察官、ポリスマン、そういうものだから、迷ったりしたら相談するといい」

「はい!」

 

 顔見せ終了。次行こう。

 

「ではな」

「さようなら!」

「おう」

 

 

「…………なんだそいつは!」

「妹だ!」

「妹か!」

 

 終了。

 なんとなく様式美的なやりとり。

 

「居たのかよ妹……言ってくれよな。よう、ななしの妹ちゃん。俺は鯨岡大吾郎。おやじでいいぜっ」

「りんねです! よろしくおねがいします、おやじさん!」

「妹。私をななしと呼ぶのは今の所みんな友だ。本当の下の名で呼ぶのはだいたい敵だから、気をつけるように」

「はい!」

「……多いな敵! いるだろ学校に!」

 

 ちょっとだけ店を見て、次。

 ののかの店は妹には遠いから、脇に抱える。ちょうど食パンを盗んで走る時の持ち方。アニメとかでの誘拐もこんな感じのイメージ。

 

 妹を持って、小学生ばなれしたスピードで突っ走る。

 現在の私の素の全速力は時速で二十四キロくらい。普通の小二女子は十八くらい。ちなみに魔法でドーピングを入れるとボルトを抜けるぞ。やらんけど。

 まあ三才児を抱えたくらいで速度はそう落ちない。今日は軽装だけど、カメラ系フル装備の時は数十キロ入ったバックパックを担いで三人と一緒に走り回ってるのだ。

 あと、ちょっとずつ重くしてる。

 

「こわいならおんぶにするけど」

「だいじょぶです」

 

 よしよし。

 そう言われるとこわがらせたくなるけど、チンさむロードまねて死亡事故なんて例もあるし、まあそれはおいおい。

 

「ここだよ」

「ササキ、のパン」

「そうだよ。よくできました」

 

 突入。

 

「たのもー!」

「はいはーい。あ、ななしちゃん。いらっしゃい」

「たのもー!」

「返事したじゃん!」

 

 打てば響くね。

 

「あれ? その子、妹さん?」

「さっそく見つけたか、食いしん坊め」

「戸棚のおやつなの!?」

「さてここで問題です。この子は、いったい誰でしょうか?」

「え!? …………親戚の子!」

「残念妹でした」

「うー! もー! 合ってたじゃん!」

 

 ののかはかわいい。

 

「妹。このかわいいのがののか」

「りんねです! ののかさん、よろしくおねがいします!」

「うんうん。りんねちゃんだね、よろしくー」

「妹。ここは何屋さんかな?」

「パン屋さん!」

「そう。でもね、もうすぐおにぎり屋さんになるんだ」

「ならないの! ずっとパン屋なの! ちょっと待ってて。新作持って来るから!」

 

 おおっと。このまま帰っちゃおうか?

 

「地雷を踏んだか。よおし、新作パンの味見、任せよう」

「? はい」

 

 だが残念だったな。私には弾除けがある。私のところまで弾が届くことはないだろう。

 程なくして、それは現れた。バットの上に乗ったクリーチャーは二体。まあそうだろうね。

 

「さあどうぞ。今度のはねー、オレンジピールを」

「ティッシュあるから、無理そうなら吐き出していいからね」

「あ、聞いてない」

 

 ポシェットから紙ナプキンを取り出し、紙ごしに掴んで妹に渡す。

 

「はい」

「なんか上品だね」

「ありがとうございます、お姉さま」

「りんねちゃんも? あれ、お嬢様だったんだ?」

「まーね」

 

 生贄がパンを口に運ぶ姿を、二人でじっと見る。ああ、ひょっとしたら生贄とはこれでお別れかもしれないな。そんな気分で見守る。

 ぱくり。……どうかな?

 

「……んく。おいしいです」

「えっ」

「でしょっ。やたっ!」

 

 しゃあない。覚悟を決めて、私も一口。

 ……ううむ。

 

「私は嫌いじゃない」

「おおっ!」

 

 オレンジピール。いいじゃないか。他にもなんなのかよくわからないスパイスが入ってるようだけど、オレンジピールという主体を損なわないよう抑えられている。むしろこのアクセントは好み。鼻に抜けるちょっとした風味は、けっして悪くない。

 

「私はアリだと思う。これは食べ物だ」

「ありがと! ちょっと引っかかるけど、よかったよー」

「ただ……残念なことに」

「うん?」

「私は変わり者だ」

「あー」

 

 私が出したオーケーに、店としてどの程度の価値があるか。

 

「妹の反応も悪くないけど、この年頃の味覚も、大人を相手に商売をする上での参考にはならないと思う」

「そっかー。手応えあったんだけどなー……」

「ダメってわけじゃないよ。ただももかの基準的にどうなのか」

「……?」

「ももかはののかの姉。美人さんだよ」

 

 ももかとも会わせたいけど、普段なにしてるんだろう。学生さんなのかな?

 

「そっかー。でも好感触はあったし、もか姉に見せてみるよ」

「それはいいけど、ももかが手強いならもう一つくらい手札を用意しないと仕留めきれないかもよ」

「そだね。でもどんなのがいいのかなー」

「じゃ、私たちはこれで」

「急だね!?」

 

 そろそろお昼ごはんにして、お昼寝させるから。

 

 

 パンはパンでよかったけど、もうちょいちゃんとしたお昼ご飯を食べさせなければ。

 

「お寿司でいいかな?」

「はい。お寿司、好きです」

 

 好きとか嫌いとかはいい。お寿司を食べるんだ。

 

 ちょっと歩かせて、店の前。

 

「ここだよ」

「お寿司屋さん、ですか?」

「うん。書いてないけどね」

 

 外に寿司屋とか書いてないタイプの寿司屋。生意気。

 でもこれ以外にしようにも回ってない寿司屋って少ないのだ。

 

 がらがらー。

 

「こんちは」

「いらっしゃいっ」

 

 でも入ったら愛想はいいんだ。

 小生カウンター席をキボンヌ。小さな妹を連れてきてるのだから座敷席が常人の選択だが、カウンター席には緊張感がある。そしてストレスを与えて育てた野菜は与えてない野菜と比べておいしい。つまりはそういうことだ。

 

「なんにしましょ?」

 

 ニカッ、と子供が好きそうな笑顔で板さん。緊張していた妹もちょっと笑顔。

 

「あの……まぐろを」

「まぐろだね。お姉ちゃんは?」

「任せます」

 

 いいのを出してくれるでしょう。

 

 この店は何も言わなくても子ども用にぬっるいお茶を出してくれる。私は熱くてもいいけど、心遣いはありがたいので素直に受ける。

 最初来た時はオートでさび抜きだったけど、今私の前のゲタに並んだ寿司はわさび入り。そういうやり取りが一回で済むのもよし。

 実にいい店だ。あと少し握り方覚えたらもうあんまり来ないけど。

 

 来るべき戦いのために、ここにはちょっと手際のレベルアップをしに来ました。

 

 

 食い入るように見ていたらゆっくりやって見せてくれた。

 心がイケメン。

 顔濃いのに。

 

 

 

「寝てなさい」

 

 転倒効果の付いた技を使う女キャラみたいなことを言うと、妹は私の背中で寝息をたて始めた。

 だが、寝たからって素直に家に帰る私ではありません。とはいえ、子連れでできることは……ううむ。いつもどおり、公園行こうかな。

 

 ベンチ。

 比較的木陰のを選んで膝枕。

 そこそこ歩かせたので、スタミナ回復待ち。自分なら魔法石*4を使ってもいいけれど、そういうインスタントな回復が健康面でどうなのかよくわからないし、三才児にはちょっとね。

 

 さて、暇だ。

 

 一般的にはこういう時は高機能携帯電話端末(スマートフォン)に頼るのだけれど、私はそういうステロタイプに特に意味のない対抗心がある。まあ、意味はないから、読みたい本が無い今日は普通に頼るのだけれど。

 イアフォンを装備して、今期のアニメを見る。いや、前期のだ。消化できてない。

 ほんとは映画も見たい。海外ドラマも見たい。ふつーのテレビ番組にも見たいのはある。

 こういう余裕の無さがつらいはつらい。でも、前世もそんなだった気がする。

 当然と言えば当然なんだろう。時間というものはおおむね平等で、誰にとっても一日は約八万六千四百秒。

 だが、私はいつかはこれに打ち勝つ。

 

「お姉さま……」

「うん?」

 

 アイマスク代わりに目を覆っていた手をどけてみるが……閉じてる。

 一旦動画を止めて、空いた手を喉に当てて暫く待つが、唾液を飲み込む動きはない。

 なんだ寝言か。

 

 日常系アニメを二話ほど見たところで、起きる気配。いろいろしまって、お目覚めを待つ。

 

「んう……」

「おはよう」

「あ、お姉さま……」

 

 妹がゆっくりと身を起こす。

 そんなもん持ってなかったじゃねーかって思われそうだけど、冷えるとよくないのでかけておいたブランケットを見て不思議そうにしている。

 ポシェットに入れてただけだよ。魔法で小さくして。

 

「おはようございます」

「ちょっとゆっくりしたら帰るよ」

「はい……」

 

 ブランケットを受け取って、「妹、ちょっとあっち向いてて。《アイテム縮小(シュリンク・アイテム)》」という強引極まる方法でもっかい小さくしてポシェットに収める。まあなんか訊かれたら手品だと言い張ればよし。

 妹はあくびをして伸びをして、そこそこ目が覚めた様子。んじゃ、帰りましょうか。帰って歯を磨こうね。

 

「ちょっと斎藤寄っていこうか」

「斎藤さん」

「特に用はないけど、退屈してるだろうからね」

 

 実際一日中たちんぼってことはないけどね。

 

 

 見に行ったら、斎藤はすごく困っていた。うろたえる姿がとても面白かったので笑顔でじっと見守っていたら気付かれた。でも人がいて、あんまりリアクションが取れない。にやにや。

 はーやれやれ、仕方ない。

 

「《タンズ(言語会話)》」

 

 駆け寄ります。

 

『こんにちは。なにかお困りですか?』

『ああ、よかった。充電が切れてしまって、ホテルの場所が調べられなくて困ってたんだ。場所を教えてもらうか、充電させてほしい』

『なるほど。ちょっと待っててくださいね』

 

 中国人に話しかけられて困ってる、という状況でした。

 

「斎藤。充電させてやるのが無難」

「……なんで話せんだよ!」

「えー? 話者数が英語より遥かに多いんだから、中国語は優先度高いでしょ。上野は観光客多いんだし覚えとこうよ」

「このやろ……ああ、まあ充電がダメって規則はないんだが……電気代も公費だからな」

「んじゃあホテルの場所頑張って教えるしか無いね。問題はそこだってさ」

 

 まだギリ、スタバで充電ができない時代。

 妹がいなければ中国語も話せないのぷぷー。と煽るつもりだったけど、ここはクールにやって尊敬度を稼ぐ。

 

 結局斎藤と二人で協力してホテルの場所を教えました。

 問題が解決して、チャイニーズは上機嫌で陽気に手を振って去っていった。

 

「また来たら連絡していいから」

「ああ。……まあ、助かった」

「いいさ」

 

 私も去る。

 ふふ、お姉ちゃんすごい……! という視線をビンビンに感じる。

 こうした地道なポイント稼ぎによって、妹を私の好きなように育てることを可能としているのだ。育成ゲー、いいね!

 

 ちなみに本当は広東語。

 

 

 帰還。

 ほどなく母が帰ってきたので、バトンタッチ。私は部屋でごろごろする。

 無駄な時間、だとは思うが、休息も必要なのではないかと最近思って試してみている。

 要はまた新しいことを始めたわけだ。

 

 やめらんないなー。新しいこと!

 

 

 

 深夜。私の目がぱっちり開き、殺戮のカーニバルの開始を告げる。

 《自活の指輪(リング・オヴ・サステナンス)》。必要な睡眠時間がぐんと減る効果を持つマジックアイテムだ。最近どうにか作ることができ、活動時間を多く取れるようになった。

 こいつは装備してから一週間でようやく効果が発動し、今日がその日。

 更に食事の必要もなくなる。食えるは食えるけど、体が"あ、別に今いいっすよ食わなくても"と、不足している栄養がないことを伝えてくる。こういう感覚なのか。

 

「《静寂(サイレンス)》」

 

 音をたてないようにする。

 

「《不可視化(インヴィジビリティ)》」

 

 姿を消す。

 

 着替えは済ませた。ポシェットを装備し、予備の靴をはき、身一つで窓から飛び出し、痛めた足を癒やし、物陰へ。

 

「《跳躍(ジャンプ)》」

 

 身軽になる。高く跳べ、着地で足を傷めなくなる。

 

「《加速(ヘイスト)》」

 

 ボルトを超える速度を得る。

 

「《迅速な退却(エクスペディシャス・リトリート)》」

 

 更に速度を得る。

 

「《滑空(グライド)》」

 

 ゆっくり落下するようになり、空中機動が軽やかになり、万一にも足を傷めなくなる。

 

 そして、高く跳んだ。

 私は姿を消し、夜の街をおよそ時速六十キロ以上で跳ね回る。屋根の上を走るの、興奮するね。夜景も好きだ。

 《静寂(サイレンス)》は長続きしないからまた新たな怪奇現象を生みそうだけど、もういいやちょっとくらい。

 行け、不忍池!

 

 やって来ました不忍池。ふふふ。ここにはなんと、カミツキガメが生息している可能性があるのだ。ククク、私の経験値になるがいい! 最後に確認されたのはずいぶん前だが、まずいるかいないか魔法で調べるぞ!

 

 

 その魔法レンジャーのだわ。覚えてない。

 ……虫殺そう! 虫!

 

 あんまりいないなあ。

 街灯に集まる蛾、とかが全くいないわけじゃない。しかし、対象以外に被害を与えない範囲攻撃をバンバン使えるってほど私の使える魔法は万能じゃない。

 次は殺虫剤を用意しよう。

 

 今買っちゃおうかなあ。

 

「……《自己変身(オルター・セルフ)》」

 

 姿を変える。こんな深夜じゃ、大人じゃないとね。

 変身用の姿は練ってあって、なかなか美人さん。ただ、なんとなく迫力がある。雰囲気は黒幕とか、連続殺人鬼とか、そういう属性。

 ぱっと見浮かぶ言葉が、ドS。おっかない美人だ。どうしてこうなった。

 お近づきになりたくないタイプだが、自分ならよし。

 服とかもかっこいいのに変身。

 

「いらっしゃいませー」

 

 そんな気合入った姿だけど、初使用は夜中にコンビニ入るため。

 深夜のコンビニで立ち読み。久しぶりで楽しい。

 ……違った。殺虫スプレーだった。

 

 ポシェットは魔法により生えてきたコートの中。可愛らしい猫ちゃんお財布を取り出して、お会計。

 

「ありがとうございましたー」

「どーもー」

 

 袋とレシートを捨てようかと思ったが、追われてるわけでもないのに指紋が気になる。

 もし指紋が変化せずサイズが変わっただけならバーローの映画みたいに黒の組織にバレちゃうし。

 いないもんかなあ、"ナントカ機関"。

 

 こうして、お外の虫を殺して回る変態女が爆誕した。

 

 この日レベルは上がらなかった。

*1
Steins;Gateの話。

*2
CROSS†CHANNELというループものの名作の話。

*3
Steins;Gateの阿万音鈴羽。彼女の指摘通りこの映画のループはきっかけなく始まりきっかけなく終わった。

*4
そういうシステムはないので、単純に疲労回復の魔法。




スターバッチョスのカスタマイズはスターバックスの2012年のを使用
カウンター席という名称を座敷席という和風な方に合わせたくてカウンター席って日本語でなんて言うのかな、と調べたらもともと日本にカウンター席は無かったから言葉も存在しないんだそうな。
寿司屋のくだり、延々書きそうだったけどやめた。日常ものと考えればそこを伸ばすのはべつに間違っちゃいないけれど、あれ? これ二次創作だったよなと素に戻ったために急に終わった。
本作の設定は2012年であるが、スタバで充電ができなかったかははっきりわからない。
現在は上野公園のスタバとかにシティチャージとかいう太陽光発電の充電設備が。来てるね、未来。
かなり緊急とかなら交番で充電させてくれることもあるようだけど、なるべくやめとこう。現在はなにか規則があるかも。
広東語は中国語とはかなり違って、話者も五千万人くらいなので知らなくて普通。


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30話

この話の前にみんなを家に招いて楽器の練習の回を書きたかったけれどうまく行きませんでした。


「おめでとう!」

「おめでと結衣ー!」

「おめでとう」

「みんなありがとう!」

 

 今日は結衣の誕生日。略して結衣生日だ。

 結衣ハウスでのパーティーは家族とやるだろうから、私たちはアジトで一足先にお祝いだ。

 大きなケーキは後で食べるだろうし、買ってきたショートケーキと手作りマカロンとかを並べます。

 みんなのケーキにろうそくをたて、結衣にふーって消してもらいます。結衣の息がかかったケーキを食べられるという小技です。

 

 さっちゃんと琴葉がプレゼントを渡し終わって、私の番。しっかりラッピングした箱をテーブルに出します。

 

「ありがとー。なんだろう?」

「開ける前に、見て欲しいものがあるんだ」

 

 iPadを出して、みんなを集めて動画を再生します。

 

「これは去年の動画なんだけど」

 

 競馬場の映像が流れます。

 

『お待たせいたしました。第二レースの、出走馬と騎手、および馬体重と、その増減をお伝えします』

「競馬か……?」

 

 まずはパドック情報から。

 

『八番、メグロサンマ。四百七十七キロ。マイナス十(ふた)キロ。柳川亮太、五十二キロ。以上八頭だてをもちまして、第二レース、ななし様協賛、赤松結衣、七才の誕生日特別。サラ系、D(デー)クラス。距離千三百メーターレースを行います』

「…………ええー!?」

「あははははは!」

「なんだこれ!」

 

 去年からの仕込み。

 

『第二競争です。このレースは、個人協賛競争になっております。サラブレッド系、ディー級の千三百メートル戦、ななし様協賛。赤松結衣、七才の誕生日特別。メンバーは八頭です。それでは、協賛メッセージをご紹介します。

 

 このレースを見る頃には結衣は八才だけど、こっそりお祝いします。おめでとう!

 

 ななし様からの協賛です。協賛、ありがとうございました。赤松結衣様、七才のお誕生日おめでとうございます』

「なんでこっそりなの……?」

 

 あとは普通のレースが続きました。

 

「で、次なんだけど」

「まだあるの!?」

「さっき動画にしてきたばかり!」

 

 ネット配信って便利だね! 再生!

 

『お待たせいたしました。第五レースの、出走馬、騎手、および、馬体重と、その増減をご紹介します』

 

 紹介が済んで。

 

『以上、十頭立てをもちまして、第二レース、ななし様協賛、赤松結衣、八才の誕生日記念。サラ系、Cクラス、選抜馬、距離、千四百メーターレースを行います』

「こ、今年もやったんだ……」

「毎年やるよ」

 

『第二競争です。このレースは、個人協賛競争になっています。サラブレッド系C級四組、千四百メートル戦。ななし様協賛、赤松結衣、八才の誕生日記念。馬齢重量の、十頭で争われます。それでは、協賛メッセージ、ご紹介します。

 

 誕生日おめでとう。

 結衣のことが大好きです。ちゅっ!

 

 ななし様からの協賛です。先年に引き続きましての協賛、ありがとうございました。赤松結衣様、八才のお誕生日おめでとうございます』

 

「あれ、どうしたの結衣。表情硬いし、なんか呆れてるみたいな感じだよ」

「呆れてるよ!? どういう祝い方なの!」

「喜んでくれて私も嬉しいよ」

 

 あ、結衣の表情が"なんじゃこいつわ"という感じの、なんだかよくわからないものを見るような感じに。そうだろうね。だって自分でもよくわかんないし!

 

 レース終了。

 

「もー、ななちゃん。変なことしてー」

「あれー? これ、まだ続いてるぞー」

「えっ?」

『皆様、ウィナーズサークルのご注目ください。ただ今より、冠協賛。赤松結衣、八才の誕生日記念競争の、表彰式を行います』

「表彰式……?」

 

 表彰式っぽい曲がなります。

 

『優勝馬、ゴリラゴリラゴリラの騎手に対し、協賛いただいたななし様のお兄様より賞品および賞金八万円が授与されます』

「あ、お兄さ……八万円!?」

「……どれだけこれに金をかけたんだ」

「それはヒミツです」

 

 送り込んだ兄の旅費も含めるとなかなかの額。

 最近錬金術と魔法での金策の方法がいくつか生まれたので、今年は賞金と表彰式を追加できた! 金のかかった悪ふざけがアンロックされたわけだ。

 

『騎手の芹沢道幸様へ、ななし様のお兄様より今、賞品と賞金が贈られました』

 

 映像の中で、兄が騎手に渡したものの中に、小さな箱がある。結衣にも見覚えがあるだろう、ラッピングが施された箱です。

 

「と、言うわけで優勝騎手とおそろいのプレゼントです」

「そういうことだったの!?」

「今の全部前振りか!?」

「長い! あはははは!」

 

 開けると、中には金色の大きなメダルが。

 

「手作りの幸運のお守りだよ」

「……うん、ありがとう!」

 

 金運とか上がるよ。マジで。

 マジで。

 

 

 

 

 幸運のメダル。錬金術で作ったアイテムは正式名称――が、あるかどうかも――不明。金運を上げるアイテムは複数作れて、これと暇そうな兄が組み合わさり最強に見える。なにせ公営ギャンブルでも普通に儲かるのだから。

 サイコロ転がすなりなんなりして、運に任せて券を買う。それだけだ。

 なお公営ギャンブルによる収入は通常一時所得に分類され、控除は五十万円です。外れ馬券は経費として認められません。脱税したいね!

 

 だが私は既に羽振りがよくなってきてしまっているぞ。

 

 ああ、もうすぐ夏休みだ。できうることなら、旅行に招待したい。遠慮されそうなのが悲しい。

 いろんなことをして一緒に遊びたいからこそ、今稼いでいるのに。

 

 あと将来は母子家庭なさっちゃんの高校からの学費とかできれば出したい。まあ、そっちは頭を下げてでも受け取ってもらうとして。

 

 もうちょっとこう、羽振りがよくなっても問題のない……、

 

 ……! あるじゃないか、宝くじ!

 割に合わないイメージがあって考慮から外していたけれど、非課税でまとまった額が手に入り、怪しまれない。

 ロトなら毎週で、売り場だって選ばない。これは……いける!

 ところで、海外の宝くじってどうなってるんだろうか。こち亀に書いてあるとおり日本国内から買うのは違法だけど、海外で買う場合は……、

 

「なに調べてるの?」

「海外の宝くじ。なん百億円とか当たることがあるんだってさ」

「へー! 本当にそんなに当たるの?」

「実際に三億六千五百万ドル当たってるね。んー……三百億円くらいかな」

 

 円高だから。仮想通貨もいいけど、ドルの手堅さにも揺れる時期。

 

「そんなに!?」

「そんなにあったらダム買えるぞー」

「買ってどうする」

 

 買ってどうする。

 えーと、どれどれ。……うーん、三百億じゃ足りなそうだね。残念。

 

「でも当たっても税金とかめんどそう。日本の宝くじは非課税だけど、これはしっかり税金で持ってかれる。持ち帰った後も課税対象だし、夢がないねえ」

「結局いくら残るんだ?」

「まず、三十年分割か一括で支払い方法を選ぶ。一括だと六十二パーセントしかもらえない。でもだいたいみんな一括を選ぶから百八十六億円。更にここに三十パーセントくらいの税金がかかって百三十億円。日本では……これだけ大金だと四十五パーセント引かれるのかな。七十億円」

「ずいぶん減るなー」

「その計算合ってるのか?」

「さあ?」

 

 わからん。

 税理士がどれだけ頑張っても桁が下がることは止められなさそうだ。

 

「よし、決めた。ちょっとロト買ってくる」

「急だね」

「でももうちょっと調べたり占ったりしとこう」

「あ、ななちゃん占いできるんだ?」

「魔法使いだからね」

 

 iPadをどかし、タロー*1カードをテーブルに並べる。

 これも金運の上がる錬金術アイテムの一つだ。

 

 たぶん上がってると思う。金運。わかんにゃい。

 

 まあ実際になんらかのパワーがあるわけであるし、ふつーに占いとして使っても効果あるんじゃないかな、と使い方だけは覚えてある。

 占いを信じているわけではないから優先度が低く、今までは試しもしなかったが、うまく行けば面白い。世にはびこる占い師の全てが詐欺師か勘違いアホだとしても、私だけは本物かもしれないのだ。

 ええっと、ロト7を占うには……頼んだSiri。ふむ、大アルカナに、小アルカナから十六枚加えるのか。で、小アルカナに数字を割り当てる。よしやっていこう。

 

 八、二十二、三、十一、十二、……愚者。

 

 ふむ。

 シャッフルしてもっかいやってみると、一枚目で愚者が出た。

 ううん……。これを解釈すると……ブーストした金運でも一等は無理ってことかな。

 思わせぶりな結果が出たけど、三等で十分だよ。一等教えてくれてるんならありがたいけど。

 念の為もっかいやってみると、愚者。もっかい。もっかい。愚者しかでない。

 

「ふうむ……」

「何度やってもそのカードだな」

「このカードはフール。愚者のカードで、数で言えばゼロ。だから、一から三十七を占う時に出ると困る」

「だったら抜いておけばいいじゃないか」

「でもたぶん重要なカードなんだよ」

 

 確率の偏り。

 これは……。

 

「ならば奥の手」

 

 ポケットから布の袋を取り出す。その中から出てくるのは別のカードの束。

 花の絵が描かれた、四十八枚の謎のカードだ。

 これも錬金術アイテム。タロットもだけど、鍋の中から絵の描かれたカードの束がポンと出てきた時はとても気持ちが悪かった。

 

「これも占い?」

「たぶん」

 

 詳細不明。

 せめてわかりやすいように、出てきた束の上から順に数を書いてみたけど……。

 まあいい、やってみよう。タローと同様な感じで扱ってみる。

 ただなんとなくレベルを下げてロト6にしてみる。使うのは四十三までと、なんかよくわからないが種子と枯れた花。勘で入れた。

 三等でいいですよ。

 

 五、九、十六、四十三、十五、枯れた花。

 

「うーん」

 

 三等、なのかな。

 もう一枚引いてみると、種子。

 

「ふむ。行ってくる」

「もーしょーがないなー付き合おう!」

「お、さっちゃんも来る?」

 

 で、なんだかんだで全員で走る。

 楽しい。

 

「なーななしぃ。宝くじ売り場ってどこにあるんだ?」

「丸井の辺り」

「二つくらいあったな」

 

 まあ近い方。もしくは遠い方。いっぱい走りたい気持ちもあるから気分で。

 

 二つの売り場の両方が高額当選が出たことがある。そう書いてある。

 

「あった! こっちにはロト売ってるよ!」

「これかー!」

 

 先に行った方にロトが無かったから、結局両方回った。そういうものなのか。

 

「よーし。魔法使いの技を見せよう。お姉さん、スクラッチ十枚!」

「はいどうぞー。袋は選ぶ?」

「かたじけない。……これだ! みんな、削るの手伝って!」

 

 ごしごし。

 

「……はい出た! 五千円!」

「えええええ!?」

「マジか!」

「なんと!」

「あら、おめでとう」

 

 《吉凶占断(オーギュリィ)》。ごく近い未来に予定している行動の結果の良し悪しを知る。

 これを途中で何度か使っといたのだけれど……私はみんなに走りながらぶつぶつ呟く子と見られてるかもしれない。不安。

 なお一回の使用のコストとして、私のポシェットから五百円程度の高いお香が消える。

 

「これが魔法です」

「いや運だろ」

 

 相乗効果だよ。

 

「……あ!」

「どうしたの? さっちゃん」

「私らも買おう!」

「でもお小遣いないよー?」

「クオカードをおやじに売ればいい!」

「……あ! さっちゃん天才!」

 

 …………おお!

 銭湯の時の。確か千円ぶん。おやじに千円と替えてもらえば、二百円の宝くじが五枚は買える。おやじにも負担ないし、いい手だ。

 共同資金で宝くじ。すごく仲間って感じがする。

 

「よーし! みんな。これより、カラーズ資金を増やす作戦を開始します!」

「おー!」

 

 

 てなわけで。

 

「おやじ! 千円と替えてくれ!」

「おお? いいけどよ、なにか買うのか?」

「宝くじだよ」

「ははあ。そりゃ夢があっていいな! だけどよ、あんなもんそうそう当たるもんじゃねえぜぇ?」

「大丈夫! ななちゃんが占いできるから!」

「ほお?」

 

 おやじが私に視線を向ける。へんてこメガネごしに。

 ふふふ、私は逃げも隠れもしないぞ!

 

「おやじよ。お前は私の力を信じていないな? よろしい。運とかを試せるものを持ってまいれ!」

 

 どんな無茶振りが来ようと、無為無策で受け止める!

 

「なんだその口調。別に疑っちゃいねえが……そうだ。いいのがあるぜ!」

 

 待ってろ、と言って店の中へ引っ込んだおやじ。このままこっそり帰ったらと考えるだけで胸が高鳴るけれど、今はその時ではない。

 そうだ、隠れるだけなら、と思ったけどおやじがそれを持って来た。

 

 ……そ、それは! その緑色の、プラスチックのボディは!

 

「どうだ。こないだ実家行ったら見つけてよぉ。お前ら知らねえだろ? こいつはなあ」

「スーパーイタイワニー! スーパーイタイワニーじゃないか!」

「……何才だ!」

 

 ワニ型のおもちゃ。口を開けると下顎に十三本の歯があり、それを押し込んでいく。運悪くハズレを押してしまうと、口が閉じて指を噛まれるというもの。歯茎に歯を押し込まれるのだから確かにそれはスーパー痛いだろうに、最大十二本まで許してくれるのだから、スーパー優しいワニだ。

 なお実際のワニは歯に触れただけで噛む。絶対に。

 

「なるほど。奥でやろう!」

「どんなのなんだ?」

「黒ひげみたいなやつ!」

 

 黒ひげは百均でも売ってるからみんな知ってますね。

 ところであれ、もともとは飛び出させた人が勝ちなんだそうですよ。

 

 店のカウンターにワニが置かれる。よおし。

 

「えいっ」

 

 ぽちぽちぽちぽちぽちぽち。六個ほど押してやった。勝算なしで。

 

「おお! ……って、占ってねえじゃねえか」

「こっからだよ」

 

 花カードを取り出し、その中から七までを抜いて並べます。

 

「残った歯のうち、左から何番目を引くか……これで決める」

「ほほう。よし、見せてくれよ、お前の力」

 

 ふふ。

 ぽち、ぽち、ぽち、ぽち、ぽち。

 

「残り二個」

「おお! こりゃすげえ……やるじゃねえか!」

「おー!」

「おおー!」

「やるな、ななし」

「ふふん」

 

 最後の一つ。……これが!

 

「あいたー!?」

 

 ばちーん。

 

「あはははは!」

「ななちゃん……」

「くぷぷ……」

 

 なんでだよお。

 

「ふっ。これが私の実力だ」

「……まあ、すげぇのはすげえよ」

 

 パーフェクトではないようだ。もうちょっと鍛えねば。

 

「この力があれば三等はいけるね」

「三等かよ。……けど、お前ならひょっとするかもな」

 

 そんなわけでおやじを倒した。

 特に意味はないが。

 

 

 

「五、九、十六、四十三、十五。……あとなんにする?」

「四だろ」

「四だね」

「四だな!」

「それもそーか」

 

 四、と。

 さて、次は。

 

「宝くじ四枚お願いします!」

「はーい。好きなの選んでね」

 

 こういう時かわいいと得だ。他の客の時こんなにやんないだろっていう量のくじを用意して選ばせてくれる。

 それぞれ一枚ずつ選びます。うーん、これだ!

 

「これ!」

「これだ!」

「これだー!」

 

 決定!

 

「袋いる?」

「いるいるー。ありがとお姉さん」

 

 とりあえずロト6と私のくじを入れて、結衣に渡します。結衣はみんなのを集めて袋に入れます。うむうむ。

 これで、当たっても外れても誰のか分からなくなった。

 そうしてくれるとありがたい。だって自分のだけ外れた琴葉がうがーと頭を抱える姿を見たいようで見たくないから。……見たくないから。

 

 さっちゃんのおかげでいい結果になりました。

 これなら、どの券が当たってもカラーズ資金。

 外れたらどうしたものかですが。

 

 木曜日が楽しみ。

 

 

 

*1
タロット




この話を書いた時点ではカラーズに誕生日の設定はなし。のちにTwitterでだいたいの時期を投票したりで決定。
ボツになった釣りの回で兄とは面識ある設定。
歳の字は中学で学ぶので、才表記。
参考にした協賛レースの競馬場は複数なので整合性はちょっとあれ。ある競馬場の協賛での副賞は現金だめ。ある競馬場では個人協賛は表彰式なし。なので混ぜた。ベースは高知。ただし高知の場合レース名に協賛や特別が必要。荒尾が使いやすそうだったけど、廃止済みなのでデータが足りない。
副賞(賞品)は馬主・調教師・騎手・厩務員の四人に用意しなければならないところや、協賛金の九割が四人に分けられる、みたいな制度があったりする。八万円は二万円ずつ分けられたかもしれない。
Tarotの発音はたろー とか たぁろー。その後にカードと付くのかは知らない。とりあえず日本においてはタロットカードでよし。タローとこだわるのも自由。
現在は上野公園にも宝くじ売り場があるけど、Google Earthのストリートビューの2014年の画像に見当たらなかった。
黒ひげはもともと飛び出させると勝ち。箱にそう書いてあった。でもなんか当時も逆の認識が多かったのか事前にどうしたら勝ちか決めてね、という感じになって、最近は飛び出させたら負けでだいたい統一されてると思う。
ナンバーズがいつからあるのかは調べてない。


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31話

 ぽち、ぽち、ぽち。

 さっちゃんと対戦。

 

「おや」

 

 残り一個。そして私のターン。

 運のブーストがある上、占いがある私はそうそう外れを引かない。しかし、たまたまさっちゃんも引かなければ最終的にはこうなる。

 

「……まさか、あなたが私をここまで追い詰めるとは」

「私の勝ちだ! 降参しろー!」

「それはできません」

 

 私は最後に残った歯に指を置きます。

 

「やめろぉ! もう勝負はついた。そいつを押してなんになる!」

「しめくくり、というやつですよ。私という悪が滅び、世は再び、平和というはかない幻を見る。……悪が勝利する幕切(まくぎり)なんて、私には描けそうもありませんから。……お別れです。さようなら、さっちゃん」

「ななしぃー!」

 

 ぽち。ぱちーん。

 

「ふむ」

「リアクション薄いな」

「なーんにも感じませんもの」

 

 あまりにパワー不足。省エネモードなので気にもならない。

 

「とりあえず、残り三つまでは安定してきました」

「不思議だねー」

 

 だねふしゃ。

 

「あ、抽選今日だね」

「あれーそうだっけー?」

「うん。でも夜だったな」

 

 一緒には見れないか。

 ふうむ。がらけーさっちゃんがすまーとふぉんさっちゃんに進化すればネット会議とかが可能になるけれど、どうかなあ。もしロトとかがカラーズ資金としては多すぎるくらいの当たりになってくれれば、余剰分を分け合うことができるんだけど。

 

「……あ、そうそう」

 

 私事だけど、

 

「最近レベルが上がりました」

「へー、おめでとう」

「ありがとうございます」

「それで、レベルが上がってどうなったんだ?」

「いえ。レベルが奇数になる時に新しい魔法を使えるようになるのですが、偶数になっただけなのでちょっと強くなっただけです」

「きすうってなんだー?」

「偶数は二で割り切れる数です。二、四、六、八、十、十二。こういうのですね。奇数は二で割り切れない数です。一、三、五、七、九、十一」

「へー」

「今のレベルは?」

「ソーサラーが十二。クレリックが三。もう一つソーサラーのレベルが上がれば上位のテレポートを覚えられるので、その時は奇跡の大脱出をお見せしましょう」

「急に規模がでかくなったな」

 

 クミロミ様のおかげでちょっとだけレベル上げがやりやすくなったし。

 

 

 

「たっだいまー」

 

 元気かね、愛しのネズミちゃんたち。

 衣装ケースの中にはネズミがいっぱい。でもオスは少ないんだ。

 オスとメスを頑張って分けて、つんつんつついても噛みつかない大人しい子だけを繁殖に回して、悪い子には転校してもらったよ。

 だいたいどのネズミもそうだけど、このハツカネズミちゃんたちは妊娠から二十日間で子供を産むんだ。私はそれに目をつけて経験値用に繁殖を始めたわけだけれど、フルスピードで繁殖させちゃうとコノハズクによる処理速度が追いつかないのがネックだったんだ。

 でも、最近それが解決した。

 

「《殺戮の雲(クラウドキル)》」

『ぢゅっ』

 

 転校したオスと、年とってそうなメスを計三匹ご招待。

 

 裏庭。

 小さなバケツから、まず二匹ネズミを取り出します。それはいつもどおり処理して戻して、残り一匹を取り出して祭壇に置きます。てきとーなポーズで祈ります。ネズミが消えます。

 このように、クミロミ様は動物の死骸を捧げ物として受け入れてくれるのです。

 

 クミロミ様、信じていいんですか。思ってたよりあれっすよ。供物。

 

 

 最近は庭をそこそこ真面目に管理している。主に錬金術の素材を栽培するためだ。プランターもある。こっちはドM植物用。海水をかけてある厳しい環境だ。

 よく使うヘイストに甘草の根が必要で、こいつがどうもきつい環境の方がよく育つようで。まあ、そんな高いもんじゃないから買っていいんだけど。ちなみに本来収穫まで四年かかる。

 

「ん?」

 

 ミミズコンポストから、芽が。

 

「ふうむ。どなた?」

 

 返事はない。そりゃそうだ。

 心当たりなし。

 

 ま、いいや。

 移植ゴテでちょちょいと拾い上げて、とりあえず使ってない鉢植えに移す。

 

「歓迎します」

 

 とりあえず――枯れるまで生きろ。

 

 

 萎れてきたトマト。

 野菜室の奥で干からびたにんにく。

 半分だけ使って放置した玉ねぎ。

 にんじんのヘタ。

 スイカ、カボチャ、ブドウ、ピーマンの種。

 

 クミロミ様は野菜や種ならなんでも喜んで受け取ってくれる。

 ただチョロさにも限度があるらしく、好感度にキャップがある感じ。それが日に日にちまちま上がっていく。

 上限の時は捧げ物をすると、ああ、今はこれ以上は上がらないんだな、と感覚的に理解できる。

 好感度が高まるにつれ多少自分が強化されてる感じがして、クミロミ様のお力はすばらしいものだと私は確信するものです。温厚すぎて、怒ったらと思うと信仰したのは早まったかなーと思うほどこわいけど。

 まあまあ、うまくやっていけるでしょう。ちょっと怒らせるようなことがあっても、砂漠を森にしてしまえばニッコリでしょ。どうせ。

 

 

「どーぞコノハちゃん」

 

 ちょきんと真っ二つにしたのを口元に運ぶと、勢いよく食べる。かわいいなあ。

 

「そのうちお話ししようね」

 

 ……ところで動物って、会話できる知能あるのかな。魔法あっても。

 

 

 今日はちょっと早めに帰ってきて、お料理。

 こねこね。牛と豚のデート*1肉と、玉ねぎとかそんなん。ハンバーグですね。私はここに豆腐をぶちこみます。かさ増しとしての活躍はもちろん、豆腐の栄養面での優秀さは強い。おからでもよし。

 ハンバーグをこねる時は使い捨てのビニール手袋がイケメン。素手でやって肉が手につくのも手作り感あっていいけれど、しっかり洗わないとだし、冷蔵庫から出したばかりの材料だと冷たいし。すりこぎで潰すという派閥もあるね。体温が移らなくていいのだとか。今度やってみよう。

 

「あら、こんなところに牛肉が」

 

 これも出そう。よーし、カットステーキにしよう。

 

 

 じゅー。冷めない鉄のお皿で出します。付け合せのにんじんは茹でてから炒めた。ソースも手作り。私特製ステーキソースVer1.21だ。

 更に、ハンバーグの下には飴色になるまで炒めた玉ねぎが。ンンー、パーフェクトじゃないか!

 ただここまでやるとみんな腹ペコ。皆様のご家庭のマザーが手を抜くのにはそれなりに理由があるわけである。

 

 手作りのパンも含め、当然の好評。うむうむ。

 でももうちょっとレベルアップしたいな。そうだ、次の機会までに溶岩を仕入れておこう。溶岩ステーキだ! もちろんロース。*2

 

 今度はオムライスとかもこだわってみたいな。

 あと粘土で包んで焼く料理とかも楽しそうだ。

 

 最近料理が楽しい。

 

 

 

 そんな楽しい料理はさておき、抽選発表。ベッドに可愛くごろんで公式サイトにアクセスすると、もう結果は出てた。生配信もあったようだけれど、そこまではね。

 さて、結果は?

 

 

 五、九、十六、四十三、十五……四十二。

 

 ボーナス数字も外れ。三等か。

 ま、予定通りだ。

 ふふ。

 

 左手が勝手に"やったぜ"と握りこぶしになってるけど、いやいや当然の戦果。騒ぐほどのことでも。

 

『らららーら ららららら らららーらら らららららー』

 

 おや。

 なになに?

 

 >あたたたったぞ

 

 ホワタァー! CC(一斉送信)ですね。結衣とさっちゃんはどう動くか。ひとまず私は(ケン)にまわる。

 

 >なにー!? 何等だー!

 >すごい! ほんとに三等!

 

 今回の三等は三十一万円か。お伝えしとこう。

 

 >当せん金がくは三十一万円です。五十万円以下なので本人かくにん等は必要ありませんが、五万円以上なのでみずほ銀行でのかん金になります。

 >おー! なんに使おう?

 >武器だな

 >非常食はー?

 

 ふーむ。まあなにがあってもカラーズだけは生き残らなければならないが、かと言ってプレッパーになるには心もとない金額。

 とりあえず食料は魔法でなんとかなるから、地下作りたいよね。

 

 >琴葉の強化にはスリングショットをおすすめします。パチンコのくんれんは続けてますか?

 >やってる

 

 ううむ。

 特に使い道考えてなかったぞ。

 なにせ目標が三等だったからな……。

 一千万、とかならどーしよなにしよ、ってなるけど約三十万。しかもカラーズとしての資金。個人的な夢は膨らみようもないし、現状のカラーズに不足も感じない。まあ一緒に旅行に行きたいな、とかはあるけどね。温泉とか。いろいろ見れるし。スキンシップしたいし。

 でもそれにも微妙に足りてない感がある。旅行資金としては十分だけど、みんなにとっては装備の充実が優先だろう。その後でどのくらい残るのかなあという心配がある額。

 

 うーむ。うーむ。

 まあ、会ぎで決めましょう。

 

 >会ぎまでに使い道を考えておきます。

 >そうだね。みんな、どう使うか考えておいて! それじゃ、おつカラーズ!

 >おつカラーズ

 >おつカラーズ!!!

 >おつカラーズ。

 

 

 さて、と。

 

 

 ……ふふ、ふふふ。

 

「ふはははは」

 

 ククク…!

 カカカ…!

 キキキ…!

 コォコォコォ…!

 ケケケ……!

 

 ……本当に効いた。

 効いたぞ……!

 確率への干渉を、この規模で。

 遠隔で。

 

「……ふう」

 

 なんとなく、一線を越えた気分。

 

 ……まあ、メインだと思ってた魔法じゃなく、主に錬金術によるものってのがちょっと引っかかるけど。魔法使いです! って思ってたのにそれはサポートジョブだった。

 それはそれでショックだったよ。

 ドラえもんがひみつ道具でのび太を助けるように。

 ハットリくんが忍術で困りごとを解決するように。

 レイプマンがレイプで揉め事を収めるように。

 この三つの藤子不二雄作品のように、私は魔法使いとして魔法を使ってなんやかんややってくんだろう。漠然とそう思っていた。

 でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。だってそう思ってただけだし。

 ただ。……ただ、なんだかこの一件で私は、レベルではないなにか……そう、一段階、なにかコマを進めたような手応えを感じていた。

 だからと言って記念に特殊能力を開放とかされても困るけれど、なんとなく充足感。

 今ようやく、この世界に立派な異物として根を張れた気がする。

 

 よーし、今晩はこの勢いでレベル上げに行こう。

 

 

 

 最近は、虫を虐殺しながらコンビニに行って、立ち読みして、ちょっと飲み物を買って全力ダッシュで海に行くのがトレンド。

 もちろん、目的は釣り。猫とかが許す限り、釣りまくる。

 もしクミロミ様が魚も受け取ってくれるんなら全部解決じゃね? と思ったけれど、魚はNGなようです。

 

「ギュッ」

「こんばんは」

 

 アオサギ。人間は暗いのが苦手、というのが分かるのかどうか、鳴いてアピールしてきた。控えめに。

 私は魔法で見えるから大丈夫だよ。視界白黒だけど。

 

「ほれ」

 

 パクッと咥えてひと呑み。サカナはのどごし! って感じ。いい呑みっぷりだ。

 満腹になるまで釣るからお友達も呼んでいただきたいが、たぶんソロ活動な鳥なんだろう。

 しばらくエサをやると、飛んでいった。

 

 交代でやって来たのは猫。のそのそと。

 

「召し上がれ」

 

 ポイポイ投げ渡す。

 今日の第一野良猫は深夜の釣り人が珍しいのかちょっと警戒していたが、素早く一匹咥えて離れていった。

 釣っているうちに少しずつ魚は消えていき、また私が足し、猫が夜行性ってのもあってかしばらく膠着状態が続いたが、結局は私の勝ちに終わった。どうだ食い切れまい。

 ふふふんと勝った気でいると、しばらく後に猫がどんどんやって来て、積み重ねた魚は消えた。

 

 

 猫一個師団くらい来てくんないもんかなあ。

 私の背後で引き取り先のあてのない魚が三匹ほど転がっている。当然だろう。寿限無でも海砂利水魚のあとに陸猫とは続かない。数で戦えば結果は見えている。

 大量の鳥とかが来てくれるんなら、一日中だって釣りをしていたいのになあ。

 

 さて。三匹残ったけれど、このくらいならもし腐ってもカラスが処理してくれるでしょう。

 釣り竿を上げ――

 

「《軍備の強化(リインフォース・アーマメンツ)》ッ!」

 

 重い感触。一瞬にしてこの特にこだわりもなく買った竿が折れる映像が思い浮かび、即強化魔法。

 ちょっとだけ格闘はするが、姿が見えたら《念動力(テレキネシス)》で上げちゃえばいいのでそう苦労はしない。

 ざばーっと上がったその大物。それは……、

 

「誰だお前」

 

 

 

「ななちゃん、今日はからあげなんだね」

「いえす。あいあむあからあげ。結衣、食べてみて。レタスもあるよ」

「うん、ありがと。……あ、おいしい。おいしいけど、これ……鳥じゃない?」

「サメだよ」

「サメ!?」

 

 テレポで帰って早速調べてみたらドチザメ。そんなに大きいのじゃないけれど、それでも三キロあった。

 釣りたてでまだ生きているが、死んだサメにはアンモニア臭が忍び寄る。ジャンジャンジャンジャンジョーズのテーマで。

 その時午前二時半。朝までの時間を考えると……。

 すぐ血抜きをして調理するべきか、とりあえず放置して帰ってきてから殺すべきか。ほっといても死なんだろ。たぶん。

 なにが正解かはわからないが、なんだかんだ考えた末こうしてからあげになっている。

 からあげ、かまぼこ、できる限りやったけれどまだ肉は残っていてどうしたものか。

 まあ、いざとなれば発酵食品にすればいいさ。アンモニアって菌に対しても毒だから、腐らず熟成させられるはず。臭いけど。ホンオフェが有名。

 

「このかまぼこもどうぞ。口の中でタイやヒラメにサメの舞い踊りですよ」

「龍宮城だね。あ、柔らかい」

 

 木製のキッチン用品などがあればそれを魔法一つでかまぼこ板にできるという辺りが、一番魔法の便利さを感じる瞬間です。

 

 

 

 昼休みの後の掃除が死ぬほど面倒。

 でもあんまりあからさまにサボると、

 

「ちょっと男子! 真面目にやりなさいよ!」

 

 こんなのが。ああ、男子が絡まれてる。ちゃんと掃除してるふりしようぜ。

 たぶん、ああいう子はクラス分けの時にどのクラスにも一人は行き渡るように振り分けてるのだと思う。なんでだか知らないが。

 魔法ありなら《見えざる従者(アンシーン・サーヴァント)》で従者を作ってそいつにさせればいいんだけど、こういう子ってケチ付けられればそれでいいから、ちゃんと自分でやりなさいよ! とか自分ルールを追加してくるに決まっているんだ。それで術に頼るかザコどもが! ってカウンター攻撃を入れてくるんだ。

 とりあえず、サボってるように見えないように工夫はする。私はべつに絡まれてもいいけど、一緒にいる結衣が楽しくないだろうから。

 あとカウンター攻撃がこわいから。パワーを活かして机の運搬とかに専念します。

 ……こうして見ると、この時点で掃除してるふりしてる子多いなあ。

 

 

 算数の時間。

 念の為教科書を確認するが、メインは中高の参考書(チャート式)とドリル。

 なんでもかんでも詰め込むにはランドセルは小さいから、追加のは教科二つ分くらい。

 

 高校の分が終わったら、どうしようか。

 

 

 

 あの小学生すげー速いな、という速度をキープして家に帰り、装備を替えてアジトへ。途中斎藤のところに行って、目の前でかっこいいポーズを七秒ほどとって、リアクションが来る前に脱出。

 アジトへ一番乗りして、動物型のリュックからタブレットを取り出し、作業を始めます。なんの動物かは、よくわからない。

 

 最近、少しだけ今まで思い出せなかった歌を思い出せることがある。

 気のせいかもしれないが、クミロミ様の御利益だろうか。

 基本的には農耕の神様だと思うんだけど、今の所むしろそっちの影響の実感がない。

 ……まあ、やろうと思えば栄養剤でぱぱっと成長させられちゃうんだから、手を加える暇もないかな。

 

 歌って録音。さっき思い出せた、好きだったアニソン。

 涙が出そう。

 

 中二病でも恋がしたい!

 キャラソン含め全部ZAQが面倒見てた。手厚い。

 作品に合ったいい曲ばかりだった。こっちでこの曲を自分で使うとなるとこっちのZAQがどんな曲出してるか確認しなきゃだけど、ただ今は普通に歌う。

 

 うろ覚えで歌う、というのは慣れないと照れが勝ってしまうが、そもそも仲間にならちょっと恥ずかしい姿を見られても構わない。元気に楽しく声を上げて行こう。

 

「ふう、名曲」

「自画自賛か」

「ご静聴ありがとう」

 

 琴葉が最初とは珍しい。

 いや、私の次だけど。さてさて、歌詞で検索しよう。

 

「似た曲は……なさそうだ。よかったよかった。こうしてこの世界にまた一つ名曲が生まれた」

「よく作るな」

「ビビッと来るんだよ。生まれたいと願っている曲たちが私に電波を送るんだ」

 

 私は、前世の曲をこっちに持ち込むつもりだし、それによって利益も得るつもりだ。

 けど、それは"私の曲だぜー凄いだろー"ってやりたいわけじゃあ……それほどない。

 

「ただ、私の声じゃ満足しない曲も山程あるんだ。だから、琴葉にもそのうち手伝ってもらうね」

 

 私が聴きたいからだ。できるだけ、相応しい声で。

 

「……練習しとく」

 

 カラオケとかも行きたいな。一緒にふつーに遊びたい。好きな曲知りたい。

 カラーズ活動も楽しいけど、もっと公園で遊ぼうよ。

 

「おーっす!」

「あ、さっちゃん」

「あとは結衣だけか」

 

 結衣はたまに遅い。なんでだろうなーとは思うが、突き止めるつもりはない。

 

「ごめんお待たせっ!」

「遅いぞリーダー!」

「うー、ごめんね」

「結衣」

 

 くいくいと結衣の袖を引く琴葉。

 

「なあに、琴葉ー?」

「さっちゃんも今来た」

「えー」

「あはははは!」

「もー」

 

 結衣が手に持っていた例の袋をテーブルに置きます。

 みんなの視線が一点に集まります。

 

 ……。

 

「実感無いね」

「そうだな」

 

 いまいちピンとこないらしい。

 

「じゃあ銀行で替えてもらおうか」

 

 現金にしてから考えよう。

 

 

 

 そんなわけで、三十一万円。と、少し。袋に入れてくれた。

 今は銀行の前で、それを眺めているところです。

 

「ちょっと重いよ!」

「分厚い!」

「ななしぃ、その背中のってラッコかー?」

「たぶん」

「今する話か」

 

 ラッコかカワウソ。

 

「どうする?」

「斎藤に見せに行こう!」

「お、それは面白そうだ」

「しかし斎藤は汚いぞ。なにか言いがかりを付けて奪おうとしてくるかもしれん」

「大丈夫。小型カメラあるから」

 

 胸ポケットのペンを見せます。

 

「おおー!」

「わあ、かっこいい!」

「やるな!」

 

 あ、ウケがいい。

 そうか、スパイっぽいガジェットがいいのか。

 

「これなら斎藤が悪人って証拠を掴めるな! よし行こう!」

 

 

 

「お前ら……今日はなんだ」

「これを見ろー! ……ななしぃ」

「うん」

 

 琴葉の頭から帽子を拝借。今日はハンチングです。

 裏表をしっかり見せて、私の両手も裏表見せてなにもないことを確認させます。今日の私の服装は袖も短く、これでトリックを仕込めるのは凄腕のマジシャンだけでしょう。

 帽子に手を入れて、ちょっともったいぶってから魔法、四次元ポケットを使って紙幣袋を取り出します。これは魔法の空間にものを出し入れする魔法。夢の中でチャージされるしかないタイプなので乱用はしないけれど、こういうのもある。使うとちょっと疲れる。

 

「おおっ……」

「さあ、さっちゃん」

「おう!」

 

 帽子を返しつつパスすると、さっちゃんは紙幣袋から勢いよくお札を取り出します。

 

「これを見ろー!」

「なん、うおっ!? お前らどっからかっぱらって来た!」

「銀行だ!」

「お前らとうとう……」

「ロトだよ」

 

 袋からこぼれた小銭を三人で拾って、私と琴葉は確認中なので結衣が説明します。

 

「みんなでロト買ったの!」

「それが当たったのか……」

「斎藤。お前の給料と勝負だ」

「イヤだ」

「ふふん。なんだ、負けるのがこわいのか」

「お前らに自分の給与額は言わん」

 

 検索。

 

「えーと、巡査の基本給は約二十二万で」

「おい」

「ということは……」

 

 目を合わせ。

 

「カラーズの勝利だー!」

 

 声を揃えて勝どきを上げました。

 

 

 アジト。

 

「それで……どうする?」

「どうしよっかー?」

 

 みんな考えますが、とても小学生の手に負える額ではありません。あれでもないこれでもないとお困りの様子。

 ふふふ。ならば、ここで元大人な私がパーフェクトな名案を出せたらいいなあ。いいのになあ。

 みんなが悩んでるのを見るのが楽しいから、あんまり案を考える気になれなくって。

 

「ななちゃんはどう思う?」

「ななし、なんで黙ってみてる」

「楽しそうだから」

「ななしぃは見てるの好きだよなー」

「うん」

 

 でも、ちょっと思いついた。

 

「CD作る費用にするってのはどう?」

「CD?」

「いいなー!」

「分かってないだろさっちゃん。ななし、なんのCDなんだ?」

「決まってるじゃないか」

 

 私の目的その一つ。

 

「もちろん、私がプロデュースするアイドルグループ、三ツ星カラーズのデビュー作さ」

 

 なに言ってんだこいつ。

 !?

 あはははは!

 

 そんな感じの顔。

 顔って言うか、さっちゃんは実際に笑ってるけど。

 

「ななちゃん。なんなの? それー」

「私が曲を作り、みんなが歌って踊る。まあ、演奏の練習もしてるわけだし、バンドと言ってもいいかな」

「うーん……」

 

 さーてどこから突っ込めばいいのかな、という表情。

 ななちゃんって時々面倒くさいからなー、みたいな。

 そんな、困った子を見るような目で……ああ、もっと! やめないで!

 

「琴葉ー、任せていい?」

「……分かった」

 

 あれ、そのバトンタッチはなにかな?

 

「よし、ななし。なにがしたい?」

「プロデュース」

 

 そう言って、私はラッコ(仮)から取り出したカンテレをぽろろんと鳴らします。パンパンだったラッコが萎れてますね。

 

 おや、結衣と琴葉は目を見合わせている。どうしたんだろう。

 

「……結衣。ななしは作った曲を自分以外にも歌わせたいみたいだ」

「そうなの?」

「うん」

 

 要約するとそういうことかも。

 

「へー。……アイドルかぁ」

 

 完全無欠の説明不足でぶつけたけれど、やはりと言うかその反応は悪いものじゃない。表情はキラキラ。

 さっちゃんは、

 

「しょーがないなーやってやるかー」

 

 とか言ってるけど明らかに乗り気。

 ふつーの女の子ってアイドル好きだよね。

 そして琴葉は結衣とさっちゃんがやると言えばやります。

 

 まあまだ本当にアイドル路線にするか方針は決まってないけど、いずれCDは出したい。カラーズパワーにおまかせろ!

 

「でも最初は千枚くらいでいいだろうし、業者に頼んでも四万円くらいかな」

「そっかあ。だいぶ余るね」

「なんに使おうかねー。あ、ガントレット人数分揃える?」

「いらないよぉ……」

 

 さっちゃん辺り、アイデア出せそうなもんだけど。

 

「あー、でもこれ母ちゃんにもあげたいなー」

「む? まあ、材料はあるから一個くらい作れるけど、なぜでwhy?」

「だって母ちゃんいっつも重いもの持ってるもん」

 

 ……。

 ガントレットを装備した腕で、果物のつまった箱を持ち上げる果物屋さん。

 そこにさっちゃんが帰ってきて、ガントレットな母子が揃う。

 

 やっべ面白そう。

 名物。Ingressのポータルができそうだ。まだないけど。*3

 

「腰はもう大丈夫そうなんだけどなー」

「メンテしてるからね。グキッと行ったら医者より先に私を呼びなよ」

「おう!」

 

 気分は博士とサイボーグ。

 

「それ、本当にななしが作ってたのか」

「む? そだよ」

 

 そういやあんま説明してなかった気がする。

 ただ錬金術はなあ……。

 材料をぶち込んでかき混ぜていると、鍋の中からコンニチハしてくるガントレット。

 ちょっと、説明しにくい。

 

「でも琴葉には似合わなそう」

「いらない」

 

 琴葉にもアドオン付けたいなあ。

 ただ、さっちゃんはあれだからいいとして、装備効果で自分の能力が上がったら琴葉は普通に驚きそう。な、ななし。お前……ほんとに錬金術師だったのか!

 避けたい展開。同じ理由でさっちゃんママも、どうかなあ。

 案として考えてるのはある。たとえば占いとかは、実際に当たろうとも占いというジャンルは真偽はさておき存在自体はすでに受け入れられている。多くの人は半信半疑――――といっても七割がた興味ないだろうが、残りの三割を分け合うくらいの信はある。それだけの下地があるなら、実際に目の当たりにしたところで本当だったのかーと思う程度で済む。

 だけどこれは結衣の方が似合う。

 

 琴葉にはもっと技巧的なのが似合うと思うんだ。たとえば、メカニック。普通のバンを即席の装甲車に仕立て上げたり。ベッドの部品からクロスボウを作ったり。ボイラーとガスボンベで火炎放射器を作ったり。でも、飛行機だけは勘弁な!

 今んとこ据え置き機の配線も父君に任せてそうだけど。

 あとは、スーパーハカー。ピッと操作するだけで近くの信号なんかを操作できたりする海外ドラマみたいな端末を錬金術で、作れたらいいなあ……。

 私の力、たぶんSFはカバーしていない。

 

「琴葉はなにか身につけたいスキルとかない?」

「スキル?」

「例えば、プログラミングができるとか、ボルダリングができるとか。…………プログラミングはパソコンで、ソフトを作ることで、ボルダリングは岩や、掴める部分をつけた壁を登るやつ。こういう習い事はカラーズの強化に繋がるから、カラーズ資金を使える。よね?」

「あ、うん」

 

 ……おっ?

 思いつきをそのまま口に出しただけだったけど……、わるくない。

 むしろいい。最高だ。

 三十一万のあぶく銭。この対処に悩んでいたが、このルートはパーフェクト。私はかわいい。

 なにが問題って、親御さん。急に大金を手に入れた子どもを心配しないはずがない。一人のお金じゃないし、四人で割れば七万五千円にスケールダウンするけれど、そこまで冷静に考えられるほど大人は賢いものじゃないんだ。

 急に大金を得たことによる影響。金遣いが荒い子になったら……。子供を信じられる親は私の偏見によると少ないもの。すっからかんになって学ぶものもあるさ、と思える人はかっこよくて偉大だけどそんな人はたぶん結婚には不向きだろうし。

 翻って、宝くじで得た大金を習い事のために使う……これは感涙ですわ。

 

「あれ、ななちゃん。またテンション上がってる?」

「あはは。ななしぃはときどき一人でにやにやしてるよなー」

 

 そんなふうに思われてたのか。

 

「おっ?」

 

 ぎゅっと、さっちゃんが後ろからひっついて来ました。幸せ度七十五。

 

「今度はなに考えてたんだー? 教えろー!」

 

 そう言って、さっちゃんは私のわきをくすぐり始めました。

 

「く、ふふ。どーしよっかなー。ふふ」

 

 幸せ度九十五。

 気持ちいい。

 しばらく続けてほしかったが、そう長くは続かず攻勢がゆるむ。や、やめろ! やめないでくれ!

 まあサービスタイムは限られているもの。観念して吐くことにした。

 

「いやー。たださっちゃんとちゅーしたいなってねー」

「んー?」

 

 いつも思ってるから、嘘は言ってない。

 さっちゃんはそれを聞いていつもどおりのかわいい顔でちょっと考えていた様子だったが、程なくして、その、かわいい顔が、わた、しの、かおにちか、づき。

 

 ちゅ。

 

 

 

 

 

 

 

 "天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず"と言えり(言われている)。つまり、天は人を生み出すにあたり、人を位で分けず、生まれに貴賎を設けず、この世の様々なものを利用できるようにし、それによって衣食住の用を満たし、互いに他者を妨げる必要もなく、自由に、そして安楽に過ごせるようにデザインしてくれているということだ。

 しかし今、実際のこの世界には賢いもの、愚かなもの、貧するものに富めるもの、地位の高いもの低いもの、さっちゃんとちゅーできるものとできないものがいる。

 

 学問のすすめによれば、賢さも懐具合も社会的地位も、天が定めたわけではなくだいたいは勉強したかどうか。そう一万円札は書いている。

 だが世の中の不平等は目を見開けば見開くだけ際限なく広がってゆく。そりゃ、学べる者はいい。しかし学校のない場所に生まれたもの。親が貧しくて学べないものは今も世に溢れ、世界的にも富める国であるはずの日本においてすら、貧富の差により勉強の質や打ち込める時間の差が現実としてある。べつに万札がそれを見落としただとかいう痛々しいことは思わない。単純に、その本の趣旨として関係ない上に、そこまで拾っていけば本が書き上がらないからだろう。

 ただ世の中には大勢いるんだ。その手で自分の未来を掴み取ることすら許されていない人たちが。仮に学んだところで活かせる環境でない人たちが。さっちゃんとちゅーができない人たちが。

 

 ……悲しすぎるだろ。そんなの……なんのために生まれて来たんだ?

 

 私は思う。私は恵まれたものとして、この力を使い……多くのものが、せめて学べるようにしよう。

 それは富めるものの責務だとかいうくだらないものではなく、あんまりにも憐れで憐れで、せめてそれくらいできるようにしてやりたいんだ。本質的にはなんら変わらないまでも、せめて……せめて価値のある人生であると、錯覚することができるように。

 

「答えは得た。道の果てにどのようなオチが待っていようと、私は頑張れる」

 

 さっちゃんに抱きついてすりすり。体育があったのか、ほんのり汗の匂い。最高だね。

 わけわかんないことを言っている自覚はありますが、まあ流してくれるでしょう。

 

「みんなも習い事をしてみたらどうだろう?」

 

 しばらく抱きついて、さっちゃんになでなでしてもらってから顔をあげると、なんとなく狙い通り流れていた感じだったので、話題を戻してみた。

 

「プログラミングに、ボルダリングか」

「他にはどんなのがあるのさー?」

「定番のだと手芸とかそろばん、踊りだけど、カラーズの強化だと……武術とか?」

 

 あんまり詳しくはないので、タブレットで調べてみる。

 

「手話、心理学、水泳、楽器習うのもいいね」

 

 参考、ケイコとマナブ。

 

「あっ、お菓子講座」

 

 カラーズの強化、というテーマを用意してはいたが、実際そこは別にいいので特に突っ込まない。二人から物言いがあっても口八丁でOKにする。いや、先手を打とう。

 

「やっぱその辺りが人気みたいだね。習い事に慣れるのにいいんじゃないかな」

 

 年齢の縛りもないだろうし、お手頃。

 ところでお菓子講座ってなにを教えるんだろう。クックパッド見てその通りに作ればいいだけじゃないんだろうか。

 謎。

 

「槍とかないのか」

「そういうのは道場かな。……あ、槍術道場はあるみたい」

 

 板橋区。斧術も込みか。

 ……あるのか斧術。

 

「でも、槍術覚えてもあんまり槍使う機会ないんじゃない? ほら、刃物ってあんまり持ち歩けないし」

「む、そうだな。刃物以外か……」

 

 気違いに刃物、という言葉とはまったく関係ないけれど、琴葉に武術ってこわい。特に意外性もなく順当に事件起こしそうだ。

 でもま、元気ならいいさ! 警察は任せろ!

 

「さっちゃんは?」

「んー」

 

 さっちゃん、タブレットの操作は覚えてるので、自分で探してる。

 小さい指が画面上で踊って程なく、さっちゃんはなにかを見つけたようで目と手が止まる。

 

「……。」

 

 おや。

*1
あいびき

*2
気泡の少ない溶岩をロースと言うそう。これ書いた時の記憶が薄いが、肉もロースでダブルミーニングだったのだろうと思う。

*3
これを書いてる時点では流行ってたアプリ。




実際のロトの高額当選、銀行に直行でいいのかよくわからない。youtubeではまず売り場に行ってる。明細みたいなのもらって、それを銀行へ。「これ持ってくと早く済みます」的なこと言ってるので必須ではなさそう。
琴葉の口調、もうちょい見直したい。
ちゅーの瞬間の幸せ度はわqljmfかj
「……。」のように「」の中が……だけの時は例外的に。を付けるが、特に意味のないこだわり。


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32話

「更科! 次の体育、勝負だ!」

「いいですよ。さんを付けろ」

 

 教室にて。後ろの方の席の男子が急にイベントを発生させてきた。とくに断る理由もない。応じる理由もないが、今の私はアグレッシブなななしちゃん。売られた勝負は安けりゃ買うぜ!

 

「今日は五十メートル走の計測をします。まだだいぶ先だけど、秋の運動会の前にも計測してリレーの選手を決めるので、その練習だと思ってください」

 

 訳:ルール無用のデスマッチ。金的目潰し上等! 勝敗はバカでもわかるほどシンプル! 生きてた方の勝ちだ!

 

「では出席番号順で、最初は赤松さん、お願いね」

「は、はい!」

 

 だいたいの学校では出席番号順=あいうえお順。相沢の存在しないこのクラスにおいて、赤松結衣は最速の女だ。

 足自体も、普段みんなと走り回っているだけあって平均より速い。ただ必然的に短距離のビルドではなく主に持久力に経験値が振られているため、超速いということはない。

 

「十秒二。速いですね。では戻ってください。次は――」

 

 近くに平井さんと田所さんもいるが、最初なので速かったね的な話題はない。

 去年どのくらいだっけとかそんな感じ。で、わかんないねーと返す。会話ってこんなもんだよね。

 

「更科さん」

「はーい」

「ななちゃん、頑張って!」

 

 たらたら立ち上がっていると、結衣がそんなことを。……ふむ。

 

「それは、つまり……本気を出せと……?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 ジョジョの音が出るような迫力を醸し出している……つもり。結衣に伝わったかしら?

 

「う、ううん。ほどほどで」

「そうする。じゃ、ちょっと行ってくるね」

 

 この学校では、電子式のスターターピストルを使用している。高いけど火薬を使わなくていい分長期的にはお得、というパターンでしょう。

 それほど違和感はないながら、やはり本物ではないその音にも慣れ、申し分ないスタートを切って走り出すことができた。

 しかし全力だとなんらかのスカウトが来ちゃうので、いくらか抑えて走ってゴール。

 

「八秒八五!?」

 

 だがもちろん、丁度いい加減なんてできない。

 

「ななちゃん速い!」

「更科さんすごい!」

「フ……。やりすぎた」

 

 薄々自覚していたことではあるが、私は加減が甘い。

 私の身体能力は小二女子としてはありえないものの、高学年男子も含めた一つ一つはギリ、まったくナシではないくらい。だからセーブの練習まではしてなかった。必要になる状況も少ないと見てたし。

 高校に通うサイヤ人くらいの差があれば頑張ってどうにかするけど……。

 

 幸い気を使ってか教師は大きな反応もせず、次の生徒を指名した。

 

 

 

「琴葉って学校でもゲームするん?」

「……ん?」

 

 私の質問に、画面から顔を上げる琴葉。

 質問する前はなにかそれなりに理由があって訊こうとしていたはずなのだが、なんだかもう思い出せない。こういうことって、あるよね!

 小学生でも、あるよね? 大丈夫だよね。

 

「さすがに私も学校ではそんなにしない」

「やっぱするんだ」

「フッ」

 

 ニヤリ。くぅー、この顔のために生きてるね。

 

「昼休み、体育用具倉庫裏が狙い目だ」

「おお!」

「電子音は響くから音は出さない。イヤホンも耳が塞がるからだめだ」

「やはりプロか」

「しかも、あの辺りは砂利で足音が響く。好都合……!」

 

 琴葉、期待に応える女。

 学校だから、と日和るような無様な生き様はしていないと信じていた。

 リスキーだからやめといたらとも思うけどさ。

 

「よーし。バレてトラブったら私に言ってくれ。そういうの得意だから」

「うん」

 

 丁度いい暗示魔法があるから。

 クラス替え対策魔法《催眠術(ヒプノティズム)》。対象を大きく友好的にした状態で命令、お願いを一つ植え付ける。

 この魔法のいいところは、魔法の効果が終了した後も指示に関してだけは変化した友好度の影響を与え続けることと、対象に魔法にかけられた自覚を与えないこと。

 なにより最高なのは、この魔法なら指示以外に関しては普段どおりだし、強制力が弱いぶん対象の周囲の人間が違和感を抱きにくいこと。

 ものっすごく使い勝手がいい。間違いなく、この魔法さえあれば社会というゲームはクリアできる。

 

 この魔法が今ならなんとレベル一から使えます。

 

「パチンコは上達した?」

「練習はしてる」

「よかった」

 

 琴葉に関しては二つばかりプランがあるのだ。でも、それをどんどんぶつけるのはよろしくないと思う。一つ一つコツコツだ。普通の子は。

 

「なにかあるのか?」

「む、うん。んー……まあ」

 

 歯切れ悪く答えるのは、自分から言うつもりはなかったがそう訊かれてみると言うか言わないかが五分五分だったから。

 ふむ、……まあいいか。

 

「こんなのがあるんだけど」

「……?」

 

 服のポケットから出したように偽装しつつ四次元ポケットの魔法から取り出して、テーブルの上へ。

 琴葉はその、複数の金属の棒を手にとってしばらく観察して、驚いたことに答えに至る。

 

「鍵開けか!」

「そう!」

 

 手の中に隠していた中身が見える南京錠を追加でテーブルへ。

 これぞ鍵開け練習セット。これもAmazon。

 

「おおおぉぉ!」

 

 こ、これは。テンション上がってる。遅れたけどカメラスイッチオン!

 

「にしても、それだけでよくわかったね」

「やりたかったからな! これが……!」

 

 琴葉に一通り説明します。

 

「これがテンションレンチで、こう、力を加えつつピックでこう」

「なるほど……」

「ほら、透明だから簡単。これで感覚がつかめれば普通の鍵は開けられるようになる……んじゃないかな」

 

 説明できるようにちょっと試したけど、私は鍵くらい魔法で開けられるからそこはほどほど。

 

「琴葉に似合うかなと思って。喜んでもらえてよかった」

「ありがとう、ななし」

 

 あら、イケメンスマイル。キュンとくる。交尾したい。

 そうか、これが貢ぐ女が存在する理由か。

 

「あ、今日もさっちゃんが最後?」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「え、うん。ごきげんよう。……お嬢様?」

「最近さっちゃん遅いよね。まったくどこでなにをしてるのやら」

「ドラムだろ」

 

 というわけで、さっちゃんはドラム教室に通い始めました。

 結衣も鍵開けをちょっとやってみます。結衣にも簡単な鍵なら開けられるようになって欲しいですね。リーダーだし、オールマイティ路線がいいと思います。

 そこにあとなにか一つ、リーダーっぽい能力があるのが理想。

 

「おーっす!」

「あ、さっちゃん」

「ごきげんよう」

「おっす」

 

 ドラムスティックを両手に掲げ、舞うように入場して来たさっちゃん。相変わらず、その片腕にはガントレットが装着されている。

 装備したまま練習してるんだろうか? いやどっちでもいいか。

 

「たったったー」

 

 ちゃんちゃかちゃんちゃか、テーブルを叩くさっちゃん。ハマってる。

 

「うるさい」

「琴ちゃんはどうさー? 練習してる?」

「ベースか。あれはまだわからん」

「CD聴いてる?」

「うん。……あの、ビートルズとかいうのは、確かにちょっと、いいな」

「おお」

 

 かっこつけじゃなく本当に洋楽がわかる小学生。かっこいい。

 残念ながら私も世代じゃなく、それほどビートルズを知らなかったが、どーにもこちらのは私が辛うじて知っている曲がなかったり、見覚えのないアルバムがあったり前との差異が大きい。

 どっちかと言うと体感、前の世界よりもビッグな感じ。それにまだ四人存命。一人か二人死んでた気がするんだけど。

 世代的に実感を持って知っているわけではないが、彼らは向こうでも巨頭だった。それがさらにとなると、でっかいバタフライ効果が……たぶんあるんだろうけど、私には計りきれない。もともと音楽詳しくなかったし。

 

「ロックな曲なら私にも用意があるから、いつかみんなで演奏できるといいな」

 

 特に、Smoke on the Waterがないからその再現。

 ……ロックって、(イコール)この曲じゃないのか。

 

 ショパンの名曲の一つに、幻想即興曲というものがある。しかしこの曲は生前に公開されたものではなく、彼が友人のフォンタナに死後に処分するよう託した楽譜であった。諸説あるが、フォンタナにとってもこの名曲は葬るに惜しかったのだろう。わかる。

 しかし彼、なんか出版時にこっそり自分のアレンジを加えたようなのだ。なんでかなー、って思ってたけど、なるほど。ちょっとやりたいな! それ!

 

 ドラムのさっちゃんはやる気。琴葉もこのまま行けばベーシストになってくれそう。

 さあて、問題は結衣だ。他のメンバーだったら、みんながやってりゃそれに倣う。さっちゃんは楽しそうだから。琴葉は寂しがりやだから。

 でも、結衣はちょっと芯が強いとこがある。

 横にならえ、じゃないからそのうち他のメンバーと差が開いて、その時から慌ててやる感じになるかもしれん。

 きっと見てるぶんには楽しいけど、それだと結衣が楽しくない。ふうむ……。

 

 どうにかする策はあるけれど、問題もある。

 OP曲を出せば確実にそれが目標となってブーストできるけど……私は、歌詞をいじってヨツボシにする気はない。

 だからその点は確実に突っ込まれる。自発的に自分を仲間外れにする私に、そっかーと納得するようなみんなではない。特に結衣。

 その場しのぎでごまかすのは得意だけど、それでもいけるかどうか半々くらいと思う。タイミングを見計らいたい。

 

「結衣はどう? ギター」

「うーん……」

 

 ピンと来てない、と。

 ううむ、他の手は……。

 

 

 

「聴いてくれ! Red Fraction!」

 

 準備をして後日、結衣を家に呼んだ。

 部屋にはいい感じのスピーカー。私はギターを持ち、PCを操作する。すると、聴こえてくるのはギター無しの曲だ!

 この準備が大変だった。

 

 アニソン。英語歌詞。そんな曲。ギリ、魔法で記憶を引っ張り出せた。

 私の素の英語力は低いので魔法で喋れるようにするという、ちょっと避けてた裏技を使ってまでかっこよく弾き語った。

 

「……こういうのをやりたい」

「無理!」

 

 全力で拒絶された。

 

 

「じゃあキーボードで、ドレミファロンド」

 

 ボカロの名曲。

 演奏の難度が低く、歌詞のアレンジもしやすい。

 まだ演奏技術が未熟な私にとっては救荒作物のような頼れる存在。

 

「わあ……!」

 

 しかも子供向けと来た。完璧かよ。

 フフフ。私ならこの曲の力を万全に使いこなせない。

 

「これならどう?」

「うん。これなら……できるかも!」

 

 

 ――と、いうわけで。

 いま、私は結衣の後ろから、抱きつくような感じでピアノ(エレクトーン)を教えています。

 多少強く密着しても、女の子どうしなのでなんの問題もありません。多少よこしまな気持ちがあったとしても、女の子どうしだから問題ないのです。でも、できれば問題を起こしたい。

 気持ち的にはそんなですが、実際にはソフトタッチ。適度なスキンシップで結衣も笑顔です。

 

「ドレミの場所はわかる?」

「うん。ここがドだよね」

「そうそう。ほら、かーえーるーのーうーたーがー」

「おおー」

 

 あーしあわせ。

 

 この日はかるーくレッスンしました。

 

 

 

「お菓子が減ってきたな」

 

 と、琴葉様がおっしゃいました。アジトに備蓄していたお菓子が――あ、備蓄というのはビーチクとは別のものです。みんなで食べる用に用意していたお菓子が、もうすぐ底をつきそうなのです。

 さて。このお菓子ですが、出所はどこでしょうか? カラーズがまとまった量のお菓子を入手するルートはいくつかありますが、大きく分けて一つ。誰かからもらう。それが基本です。

 そこから更に分けると、お菓子屋さんから期限間近のを譲り受けるのと、たまーにカラーズ活動の報酬としてもらえるのの二つになります。

 ただ、私達の活動の大半はあんまり感謝される感じのものではないので、本当にまれなパターンです。

 他にも親戚のお土産が流れてくる、というのもありますが、臨時的なものなのでなんとなくはぶくとその二つなわけであります。

 

 しかし。

 このお菓子はそのいずれでもない。

 

 単純に、買った。ロトマネーで。

 

 習い事に使うことで親からは文句が出ませんが、親はそれで黙っても黙らない三人がいますね。

 当然多かれ少なかれお菓子を買うことにはなるのですが、なんとかかんとか、私が珍しくブレーキを踏んで少なかれの方に着陸させた。

 ちょちょいと時計の針を戻しまして……ハイッ!

 

 

 

 駄菓子屋。

 まあ、なんと言うか。

 そうだよね、とりあえず。

 そんな選択。

 

「買うぞー!」

「大人買いだな!」

「大人じゃないけどね!」

 

 そう。子供の夢、大人買いである。

 通常、子供が駄菓子屋に行こうと思っても、その予算は多くてせいぜいゲイツの資産の二兆分の一程度。たいていは、それ以下。

 だが、我々には金がある!

 今日は買おう。だって誰かも言ってたじゃないか。贅沢ってやつはさ、小出しはダメなんだ。やる時はきっちりやった方がいい。

 そしてその言葉を受けた彼はなんだかんだで二日続けて豪遊。その後も節制できず、借金地獄へ。

 

 ――ちょっとみんな、集合。

 

 

 ……そう。子供の夢、大人買いである。

 今回の予算は四千円と少しある。ちょっと端数が出てたから、それをお菓子に充てようと……いう感じに、頑張った。

 自分のお金を好きに使う、というのは自立心とかを養うためにとても大事なことだけど、限度がないのはよくない。

 虫歯になるよ。太ったら可愛くないよ。自制できる人ってかっこいいよね。

 ほどほどでお願いします!

 そうして私は四千円ちょいという制限を勝ち取った。

 

 

 私たちは今、二木の菓子に来ております。今風の駄菓子屋ですね。

 クラシックスタイルの駄菓子屋は少し薄暗いものですが、こちらは店内が煌々と照らされ、駄菓子屋と言うより駄菓子が置いてある店という感じ。

 まあ暗いとねえ。万引きとかねえ。

 

「イカだろー!」

「えー? ちっちゃいチョコじゃない? プリン味の」

「ラムネ」

 

 議題、駄菓子屋と言えば。

 三人は他の駄菓子屋知らないから、二木の菓子と言えば。

 

「私はくじだと思う」

「あっ、チョコのくじだ!」

 

 ちっちゃいチョコの、金券付きのやつ。定番だね。麺系の方が一般的かな。

 まあそれもいいんだけど、ほらそこのスーパーボールとかさ。

 今の私なら、でっかいの当てられるんじゃないかってワクワクなんだよね。

 

「じゃあくじで勝負だ!」

「あっ」

 

 

 

「うがー!」

 

 こうなるか。

 

「琴ちゃんくじ運ないからなー」

「そうなんだ……」

「やっぱなあ」

 

 何の根拠もなく確信してた。だってなさそうだもん。

 なおイタイワニは一回噛まれて以来不参加。

 

「大きいねー」

「小さな夢が叶いました」

 

 いっちばーん。おっきいのゲットだ。結衣は中くらいの。さっちゃんは小さいけどキラキラしたやつ。琴葉は素のやつ。素ーパーボール。

 一日一回だけ使える運を上げる特殊能力(詳細不明)を使って、強引に当たりくじを引き寄せた。その代償のように琴葉が死んだけど、頭を抱える姿がかわいかったからいいじゃない。

 

 二木の菓子って、普通のお菓子も売ってるんだよね。駄菓子だけ売るには広すぎるし。

 でも、三人ともどれがいわゆる駄菓子かなんとなくわかってるようで不思議。ほぼここにしかないのが駄菓子、という感じだろうか? でも酢だこさん三郎とかって駄菓子だけどスーパーで売ってるよね。駄菓子の具体的な定義なんてないだろうけど、現代っ子はどう認識してるんだろうか。

 

 各々、小さなかごに好き放題駄菓子を放り込みます。チョコ、麺、パチパチする飴、キャベツ次郎、粉ジュース、ゼリー。

 やはりと言うか、どのかごの中にもあんず棒やさくら大根、すもも漬けの姿はありません。以前もその時代の人じゃなかったので、私も好きじゃありません。

 以前試しに食べたらビミョーな味。昔はこれらが駄菓子の定番だったというのだから、不思議なもの。

 

「あっ、ラムネビンだ。ななちゃん好きなの?」

「うん」

 

 ラムネビン。ビンの形のモナカの中に、粉ラムネ。それを付属のストローを使って吸うやつ。本来はビンラムネって名前だったかな?

 初めてこれを食べる人の多くはビンのトップをかじるなどして開け、そのにストローを差し込むのではないだろうか。しかし、パッケージのうさぎを見ればわかるように、底に突き刺すのがオフィシャルスタイル。細いトップに粉ラムネが集まって吸いやすく、確かに理にかなっている。

 

「でも、それむせちゃわない?」

「そう? そうでもないけどなあ」

 

 あー、そういうのもあるのね。琴葉とか苦手そう。さっちゃんはどうだろう。

 何個も買うし、あとでちょっと試してみよう。

 

 注目のお会計!

 

「あれ!?」

「なんでだ!?」

「おかしい……」

 

 驚きの声をあげる三人。店の人は多すぎたのかな? 減らす? と慣れた様子で気を使っていますが、そういうわけじゃありません。

 

「欲しいもの全部買ったのに、四百四十円!?」

「私は六百二十円」

「五百六十円!」

 

 ここへはみんな、全力で欲しいものを買う。そんな意気込みで来ました。

 

「千円行かない!」

 

 しかしその気持ちは、予想外の駄菓子のリーズナブルさに打ち負かされました。別に勝ち負けじゃないですが、自分の全力がこの程度、というのはなんとなく負けた気分なのでしょう。

 

 お前の欲望はそんなものだ。

 

 そう突きつけられた。その程度で満足してしまう安いやつらなのかと。

 ……我慢ならん! カラーズは無駄にプライドが高いのだ!

 

 とがりコーン。ポテチ。アポロ。チョコベビー! 明らかに反則だが、みんななんとなく設けていた駄菓子の縛りを解いた。キットカットなどのみんなで食べる用のラインナップも加え――――ついにたどり着いた。

 

「合計三千二百円だけど……大丈夫?」

「はい!」

 

 結衣がお金を払います。

 

「そんだけでいいのかよ、ななしぃ?」

「食に関心が薄いもので」

 

 四百円。

 《自活の指輪(リング・オヴ・サステナンス)》のおかげでブドウ糖が常に過不足なく供給されるいま、生き急ぐ私が店で買ったお菓子を食べる理由はない。

 ただ、なくても食べる時は食べる。それが人間性(四百円)

 

 

 

「このポテトフライというのは実にうまい。けど、駄菓子としてはけっこう高いんだよ。原材料が高騰したようでね、類似商品であるポテトスナックは販売を終了してしまったようだ。だからたぶんもとはもう少し安かったんだろうね。実際駄菓子の値上がりは近年よくあることで」

「うーん、ななちゃん駄菓子好きなんだね」

「おうとも! ……なんでだろ」

 

 特にきっかけとかないけど、まあ好きに理由なんてないか。

 

「ほらさっちゃん」

「あ! うんこだ!」

「もーさっちゃん……あ! うんちだ!?」

 

 うんちくんグミ。いや、名前は違うけど。うんちっちグミと書いてある。

 

「こんなのがあったとは……不覚だ!」

「金券くじ付きだ。二つ買っといた。さっちゃん、勝負だ」

「ふふ。……受けて立つ!」

 

 二つのグミをテーブルに置く。さあ、ドローしたまえ。

 

「……こっちだ!」

「よろしい。では私はこっちをいただこう」

 

 では……オープン!

 

「五十円」

「はずれだー!」

 

 勝った。

 

「結衣はいちごショートチョコ、琴葉はモンブランチョコが多いね」

「だってかわいいよー」

「……。」

 

 静かに味わってる。

 

 ちなみに私はさっきのうんちくんグミやおとくでっせなどの金券付きや当たりが出たらもう一個系を狙った。錬金アイテムでの運の上昇がどういうものなのか、まだよくわかってないから検証を。

 結果。全体的になんとなく、当たりやすい感じ。

 

「ほら銀のエンゼル」

「うわー」

「わー!」

「おおー!?」

 

 

 

 というわけで、そんなお菓子。

 

「だいぶ寂しくなったなー。祭りも終わりか」

「だねー」

 

 なくなったからおかわり、というのを警戒していたけど、幸いみんなしっかりしてる。

 なんと言いましょうか。……意外。

 

 ちょっと失礼かなと思わなくもないが、三人ともちゃんと子供だから欲望には正直なはずなんだけど。

 んー。まだちょっと、ズレがあるんだよね。せっかく子供なんだから、私も子供として生きたいという気持ちはあるんだけど、天然モノじゃないからなー。

 仕方ないから理屈で考えてみよう。基本的に高プライオリティに位置するはずの甘味。それを我慢する……ということは、……どういうことだろう。

 習い事がさっちゃん以外も楽しいんだろうか。……うーん。

 

 まあいいや。

 

「でも、みんなで食べるの楽しかったねー」

「そうだなー。ポッキーとか!」

 

 この場所にポッキーが登場した時、どうにか琴葉と結衣がポッキーゲームをするように仕向けられないかな、と思ったけどそれはちょっとガチすぎるかなあとそこは引いた。この後あるであろうビンラムネによる間接キスは勝ち取ったからおとなしく引けた。プチ回想!

 

「結衣はこれむせるんだっけ?」

「うん。前試したんだけどね」

「琴葉は?」

「なんだそれは?」

「モナカの中に粉ラムネが入ってて、ストローで吸うの。むせる人もいる」

「フ。私はそういうの平気だ」

「さすが琴葉!」

「じゃあ、はい」

 

 すー。

 

「ガホッ! ガハッ!」

「むせてる……」

「あはははは!」

「じゃあ次は結衣ね」

「えー」

「いいからいいから」

「うーん」

 

 ……す。

 

「えほっ。やっぱ無理!」

「よーしさっちゃんパス!」

「よしきたー!」

 

 ずぞぞぞぞぞぞ!

 

「すごい! さっちゃんすごい!」

 

 

 ――――と、ほとんど残ってなかったけど、ストローは手に入った。

 よかったです。

 

 

「琴葉は習い事どんな感じ?」

「……ん」

 

 とりあえず習い事で攻める。

 

「まだ、だな」

「ふーん」

 

 結局なにを始めたのか、琴葉はまだ秘密にしている。

 まあ、そのうちわかるでしょう。いまの所本当に予想できない。

 序盤に話した武術系は好感触だったけどあれからだらだらとスイミングスクールや体操、絵画教室にまで話を広げたからもう読めない。

 超気になるけど、ちょっと上手くなってから披露したいって気持ちはわかるから我慢我慢。

 

「私はねー、うーん。もうちょっとかな!」

「へえ。結衣はなんの教室に通ってるのかな」

「えへへー。内緒!」

 

 と、結衣も隠してはいるが、

 

 パンだろうな。

 パンだな。

 パンダ。

 にゃー。

 

 てな感じに、みんな気づいているのが表情でわかる。だって、最近明らかにパン臭してるもの。パン教室だわ。

 結衣がこねたパン、早く食べたいなー。

 

 

「ななちゃんは?」

「え、私? 私は前からピアノにヴァイオリン、ボイストレーニング行ってるから新規はないよ」

「じゃなくてー」

「新兵器はどうなったんだよー!?」

「……あっ」

 

 カラーズ新兵器。予算下りてるんだった。

 担当しました。流れで。

 

「……忘れてたな」

「んー。現実的な範囲ではいろいろ制限があって、ねえ」

 

 まず、法的な問題がないこと。おおっぴらに使えないとあんまり意味がない。

 予算内であること。基本的には。

 威力がありすぎないこと。でもそこそこにはあること。

 

 となれば銃。

 いろいろ考えたその中でいけそうなのはガウスガン、コイルガン、パイルバンカー。

 ガウスガン、と言うとかっこいいが、簡易なものなので強い磁石でパチンコ玉を飛ばすだけ。

 コイルガンはレールガンの子分みたいなもの。できるかできないかで言えばギリ可能。ただ難しいし、電気が必要となるため持ち運びとかは厳しい。その分ガウスガンよりも威力が上がるはずなので、軽犯罪法とかでちょいあれ。なにも遵法精神的な話ではなく、おそらくそんなに隠しては使わないであろうカラーズのおもちゃとしてはそういう隙を作りたくない。

 パイルバンカーは杭を打ち出す架空兵器。杭打機などが元なので杭が本体から離れないのが本来の姿。すなわち、近接の、一撃必殺技。

 ――――実用性皆無!

 当たりにくく、重くてでかくて扱いにくい、ロマン以外のメリットが特に見当たらない代物。平たく言うとでっかい銛だ。

 ガスガンなどの方式でなんとか作れそうだけど、毎回コストかかるのに肝心要のロマンが理解されなければ産廃。

 

 てなわけでガウスガンを作ることにとりあえず決めた。

 なにもバカ正直に自分で開発することはなく、探せばふつーにちょっとした武器くらい買えそうなもんだけど、なんというか。工作にも興味あるのよね、私。

 

「まあ材料は取り寄せてるから、届いたら着手するよ」

「じゃあなに作るか決めたんだ」

「まあねー」

「あ、言わない顔だ」

 

 まーね!

 

 

 

 若くなった時あるある。可能性が多すぎて絞れない。

 工作について調べているうちに、戦車とか作れないかなーとか思ったくらい。

 車長、結衣。砲手、さっちゃん。操縦手、琴葉。そして装填手はもちろん高橋大僧正。これは唐突に新キャラを出すというボケです。

 ちっちゃいのとかを自作してる人はちょっといるから、魔法の助けのある私なら原寸大いけると思う。金属の形を変えたり、重いものでも浮かせたりとなにかと楽ができる。

 そう魔法。魔法だ! 若さは可能性を与えてくれたが、それを本当に手の届くものにしてくれたのは魔法だ。

 だから私にとって魔法というものはとても特別なものなんだ。私は魔法が好きだ。恋している。みんなの次くらいに!

 

「なのにこのっ、錬金術めっ!」

 

 裏庭。怒りをぶつけるように、木べらで大きめの鍋の中をかき回す。

 もうちょっとこう、専用の混ぜる道具や鍋があるとは思うのだけれど、まだそのへんは不明。錬金術の情報はじわじわ開放されるのだ。

 あ、こないだかまど作りました。魔法で。

 

 できあがり。

 しゅぽん、と音が鳴って、鍋の中を満たしていた液体がなんの理屈もなさそうな唐突さで消え失せる。するとそこにはなんと、例のガントレット(大人サイズ)が!

 さっちゃんママのぶん、用意するだけしておこうかと。

 

 ところでこのガントレット、メインの効果は力の強化みたいだけど、これで重いものを持った時の腰の負担ってどうなんだろうか。そういうのは耐久力みたいなのの担当なんだろうか。

 わからん。

 このゲーム一人で攻略しなきゃならないの、なんとかならんか。

 

 

 

「ふふふーふ、ふふーふふー」

 

 キテレツガイジン。今日はコロッケ。いっぱい作るよ!

 コロッケって美味しいよね。でも、多く作るには大量の芋が必要となる。皮……。単純作業に時間を使うの、私には苦痛だ。

 

 そこでこの魔法、《見えざる従者(アンシーン・サーヴァント)》ッ!!

 

 圧力鍋で蒸した芋が一つずつ空中に浮き上がり、どんどん剥かれてゆく。これが見えざる従者、アンシーン・サーヴァントの力!

 戦闘はできないが、炊事洗濯掃除裁縫とたいていのお手伝いはやってくれる。私が料理してる間に調理器具を洗ってくれたりするから、お菓子作りの時とかに大活躍する魔法。

 三回使ったからいまは三体もいるぞ!

 

「次は……そうそう」

 

 熱さをものともしない彼らの活躍により芋はスピーディーに剥き終わり、静かにテンションを上げた私が指示する前に彼らは勝手に芋を潰す工程へ移る。コロッケ、と言っておけばあんまり細かい指示の必要ない有能な従者。これがレベル一の魔法だ!

 小麦粉、たまごに、パン粉をまぶして、アゲアゲです。えい! えい! キャベツはスライサーで細かくして、できあがり。

 

 

「おねえちゃんのコロッケだいすき!」

「ふふ。こっちが普通の。これが野菜入れたの。こっちがカボチャ。これがクリームだよ」

「……多いね!」

 

 よしやりすぎたぞ。

 

 コロッケはフランス料理のcroquetteが元で、それがいろんな国に広まったものなんだ。小洒落たお店じゃメニューにクロケットって書いてあることもあるんだよ。

 

 てな感じに、妹に豆知識を仕込むのが私の数多い趣味の一つ。上記は前回使用したもの。

 今回は別のがある。

 

「コロッケがフランス料理というのは前に話したね。クロケットは日本以外にもいろんな国に広まっていて、国や地方で少し形が変わるんだ。一般的な日本の家庭で作られるコロッケは多くが小判型のようだよ。今日のは、クリームだけ小さい俵型だね。中身が柔らかいのはこうした方が割れにくいんだよ」

 

 復習も加えつつ、新しいのも追加。これが有能なやりかたよ。

 アマゾン川で、まででポロロッカと答えられる、そんな子に育て。

 

 三種が十個。小さいクリームのが二十個。多いけど、まあ兄とかコロッケ好きだし置いときゃなくなるでしょう。

 

 次はなに作ろっかなー。

 

 

 

 

「みんなはどんな食べ物が好き? 私はね! 特にない」

「私はね」

「ないのかよ!」

 

 将来舌を鍛えるかもしんないけど、いまは重きを置かない。

 

「やっぱりケーキかな」

「肉!」

「……チョコ」

 

 カラーズのみんなに好きなものを訊くことで、次のメニューの参考にする。

 料理はクックパッドとか見ればできるけど、なにを作るかという発想、すなわち私自身のレパートリーはそう多くない。したがって外から新しい風を入れないと、我が家の食卓ではずっとコロッケやカレーがヘビーローテーションで舞い踊ることになる。私は別にいいけど、思うに常人にはいまいちだろう。

 それに料理上手くなりたいしー。

 

「そっか。じゃあ今度みんなのために肉ケーキを作るからチョコレートフォンデュで食べよう」

「足すな」

 

 やっぱ甘い物に寄るねえ。

 

「肉ってどんな感じ? ローストビーフ? それとも生ハムをオリーブオイルをかけたベビーリーフと一緒に食べる感じ?」

「さっちゃんがそんなおしゃれなわけないでしょ!」

「おいリーダー」

 

 ツッコミが炸裂! 破片がさっちゃんに突き刺さる。

 

「そだなー。……やっぱ…………肉だな!」

「心でわかった」

 

 そこそこ美味しいのをいっぱい食べたい感じね。

 

「二人は……晩ごはんとかではどんなの?」

「うーん。コロッケとか……」

「それ以外で」

「なんで?」

「昨日作ったから」

 

 結衣の顔に疑問符が浮かびます。かわいい。

 

「うちでは私の気分次第で私が晩ごはんを作るんだけど、次はなにを作ろうかなーって」

「へー。……うーん、オムライスとかは?」

「んー……、おお。いいかも。こう、外側が軽く固まっていて、中がトロっとした卵をチキンライスの上にのせて、ナイフでひっかく。すると、皮が破れて中身がぺろんと出て、表面を半熟な卵が覆うんだ」

 

 ゴクリ。結衣の喉がなる。

 

「全体を卵で覆うのもいいね」

 

 言ってて気づいたけど、家庭料理では普通やんないな。一人前に卵二つ三つ使う主婦はそういない。

 私が変なデータを入れたせいでみんなのママ上を困らせないといいんだけど……。

 

「琴葉は?」

「エビフライ」

「あ、私も! エビおいしいよね」

「タルタルソース!」

 

 元気な声でタルタル派を宣言するさっちゃんを、琴葉が無言で見つめます。それに気づいたさっちゃんが同じく無言で見つめ返します。

 わかりあったような表情。そうか琴葉もか。タルタルおいしいからなあ。ただエビフライに勝ってしまうくらい存在感があるのが難。良いタルタルソースの前ではエビフライなんてタルタルソースを食べるための棒だ。

 結衣はAny(なんらかの)ソースかな? 醤油派の可能性もある。

 

「ところでみんな、エビフライの尻尾っていると思う?」

「あれは邪魔だ」

 

 即答した琴葉の他、結衣もさっちゃんも同じ意見。まあ実を取る子らだからなあ。

 

「尻尾の先っておおまかに三つにわかれてるけど、このサイドの二つを取ると中身をスポっと抜けるんよ。背わた取るときについでにやればそんなに手間ってほどじゃないんだけど、まあ飾りなんでしょうな」

 

 それがまさにこの子らにはいらないもの。料理には見た目も重要ではあるけど。

 なおたまになんか抜けないこともある。

 

「――もちろん私は尻尾のないエビフライを作る」

「いいなーそれ」

「こんどみんなで作ってみる? 簡単だよ」

「料理かー。いいな!」

「で、動画にしてさー、YouTubeにアップするの。カラーズお料理教室」

「おー?」

「カラーズキッチンの方がいいかな? これからはYouTubeの時代だよ!」

「うーん……?」

 

 ――おっと。飛ばしすぎたか。

 

「んーとね……」

 

 いろいろと考える。んー……よし。

 

「カラーズを有名にしよう」

「しよう!」

「しよう!」

「する」

 

 考えた結果、小細工なし。

 

「カラーズの活動とかを動画にするんだ。それが有名になって動画の再生回数が増えればお金が入ってきて、それを資金にまた面白いことをやって動画にして、ってやっていけばずーっと楽しいことをし続けられる」

 

 わりとずっと考えていた。

 私一人なら、全ては思いのままだ。宇宙規模とかは難しいにしても、地球規模のことなら……まあ、たぶんまあまあなんとかなるはず。

 とりあえず多くの人が求める金地位名誉異性同性なんかはどうにでもなる。特に金なんかはちょっとレベルを上げて連邦準備銀行をダイ・ハード3してしまえばいいのだから。金塊をどう換金するかとか知らんが。

 換金の手間を省きたいなら現金輸送車でもいい。ただ、マネーロンダリングとか考えると実行しようとは思えないが。

 まあ金は遵法で稼ぐとして。カジノとか。そうすれば、好き放題生きることに何の支障も無いだろう。とりあえずカジノが潰れるまで。

 たっかい服着てたっかい物食ってたっかい家に住んで、やりたいことをやりまくるそんな日々。飽きそう。

 できるできないで言えばそれはできる。だが私はそんなものに魅力は感じない。そこにみんながいなければ。

 私は十年後も二十年後もみんなと一緒に遊んで過ごしたいが、現実というものはクソなのでなにかと理由を求める。お金はあるからみんな一緒に遊んで暮らそうぜ! なんて言ってもみんなは私のヒモにはなってくれないだろう。まあ一人くらいはこんなダメな私を哀れんで一緒になってくれる子もいるかもしれないし、それはそれでいいけどやっぱりみんな一緒がいい。そのために……YouTuberになろうぜ!

 各々やりたい職業とかもあるかもしれないが、副業としてでもやれば一緒にあれこれする理由ができる。わちゃわちゃするのが仕事になれば、天国じゃないか。

 そうなるとさらなる広告収入のためにいちゃいちゃするのも致し方ないこと。百合営業だから! これは百合営業だから!

 避妊するから!

 

 夢が広がる。

 

「そんなので稼げるのか」

「これからの時代はね。数年後には"あこがれの職業"って感じになると思うよ」

 

 前の世界と変化がなければこれは事実だ。現在の様子を見る限り、こちらでもそうなるだろう。

 

「あー。コーコクシューニューってやつかー」

「こうこくしゅうにゅう?」

「さっちゃん難しいこと知ってるね」

「おう! クラスの男子が話してた!」

「へー」

 

 小学生が……? ハッ! さては他の転生者!

 なるほどな。だとしたら…………スルーで。

 

「お料理教室は例えばの話だけど、教育番組以外ではたぶんないから珍しいんじゃないかな? いけると思うよー」

 

 さーて。未来ではちょっとやってみようかなでは入りにくい程度の実績が必要になって弱小YouTuberが悲鳴をあげてたYouTube広告収入ですが、現在はどんなもんでしょうか? これがですね、総再生数一万必要なんですね。

 この世界での未来がどうなるかはわからないけど、今んとここうなってます。

 

「一万かー。すごいなー」

「ねー」

 

 まだ広告報酬がYouTubeからのスカウトオンリーから一般開放に変更して一年ちょいだから、広くは知られてないシステムだけどよくその子知ってたねぇ。

 

「広告ビジネス自体はどでかい市場だから、将来性は大きい。興味あるならいまからやれば数年後あたり大儲けの可能性もあるよ」

「おお! どんくらいだよ!」

「憧れの職業、って感じになるくらいには」

 

 泣いてないよ、と言いそうになったけど通じる可能性が見当たらなかった。*1

 

 実際いまからならビッグネームになれる可能性は高くあるけど、企画を考え続け実行し続けるというのは……私オンリーじゃ厳しい。

 そんなわけで人生プランに入れてなかったが、どういう意味かは知らないが三人寄ればもんじゃ焼きとか言うし、とりあえずルートは開ける。

 私としては自分で選ぶほどではないけどやるんなら特に不満もないし紹介してみた。みんなでワイワイ動画投稿、ってのをずっと続けるのは楽しそうだ。

 

「動画を作るだけでお金になるの?」

「そういう時代がね、もうすぐ来るのさ」

「ほう……!」

 

 興味あるかい? 琴葉は……なんかコンスタントに炎上してる未来が見える。ソロはやめとこうね。

 

「まあそういうこともできるよ、てだけだよ。実際本気でやろうとしたら大変だし」

 

 今動かなければ数年後あたりに盛り上がり始めたYouTuberを見て、出遅れた! やるぞー! という感じになるだろう。そういう想定があるから、その時には遅いかもしれないけどとりあえずちまちまと動画を作って温めておこうかと。

 

「ただ、大きなモノになるということだけは言っておくよ。数年後、私の先見の明に震えるがいい」

 

 琴葉は半信半疑くらいの表情で私を見ている。結衣は六信四疑くらいかな。まあ私のゴイスーなトコはこれまでになんども見せてるけど、さすがに数年後の話はピンと来ないんだろう。そも、年齢が数年。

 私も実際七信三疑と言ったところ。私だって、こちらでは数年モノの新参だ。これまでの感じだと特に向こうの世界の因果を持ち込んだりはしてないようだし、未確定ではある。

 ただ同時に確実でもあるから、自信はある。誰かが試みるのは確実なのだから。

 三疑は、それがいつになるのか、ウケ具合とか、規模はどうかとか、そちら。

 

「よし、やるぞ!」

「うん?」

 

 ……あれ?

 

「あれ、やるの?」

「おうともさ! 面白そうなことは全部やる。それがカラーズだ! ななしぃ! それに必要なものはなんだ!」

 

 おおっとお。

 ……十信ゼロ疑がおったか!

 

「……フ。まあ意思があるなら止める理由はないな。必要なものはいろいろあるが、なによりも欠かしてならないものは行動力、そして度胸。言うまでもなく、カラーズが持ち合わせているそれそのものだ」

「よーし! ……で、なにするんだ?」

「どうしようか」

 

 あんまり具体性のある話してなかったもんね。なのにさっちゃんはやると決めたんだね。そっかぁ。

 

「もー。さっちゃん、なにやるかも聞いてないのに……」

「なにを言うリーダー! いまやれば、カラーズが一番最初だぞ! カラーズが歴史に名を残すんだ!」

「残るかな……?」

 

 そう言って目を向けてくる結衣。うーん……。

 

「wikipediaでよかったら、残るだろうねぇ」

 

 歴史に名を残す、の定義がいまいちわからないけど、落とし所じゃないでしょうか。戦争でもあってそこで活躍しない限り本当に歴史に登場するのは難しい感じがするし。

 ところで琴葉のゲームの手が止まったんだけど。もしかしてwikipediaに載る、ってのに興味あるんだろうか。

 

「ウィキペディアかぁ……」

 

 結衣はあんまりネットやんないとのことなので、やはりピンと来てない。存在は知っているようですが。

 あと、なんだ? どういうのがステータスなんだろうか。ううむ。自分と、カラーズと、関係者。興味ある対象が限られる私にとって、世間的な評価は重要なものではなく……。

 

「若い人はみんな知ってる、というくらいなら確実にできるよ」

 

 なにがウケるか、というデータのアドバンテージがある私がやれば二つの意味でチーターになれる。スタミナ(ネタ)が切れると終わりの魔法だ。

 キャラクター性もJS四人組なら完璧。あとは私が企画して、撮影して、編集して、アップロードして。おや? 私の負担重くね?

 

「そんなにうまくいくかなぁ?」

「例えば……バーナーで千度に熱した鉄の玉を氷の上に乗せたらどうなるか、という実験の動画をアップロードしたとする。その人がどんな人かは関係なく、その実験は見てみたいでしょ?」

「……み、みたい!」

「そんな感じで興味を引き続ければ、この人は面白いことをする人だと有名になっていく。頑張れば頑張っただけどんどんね。カラーズの名を広めたいなら、もっともスマートな方法かも」

 

 カラーズの活動目的はフワッフワだから有名にしたいという思いがあったのかどうか私は知らず、その路線で考えたこともなかったけど、そうしたいんならこれが正解と言ってもいいと思う。既にある枠組みはたいてい狭き門で、そこを攻略していくというのはできなくないが……準備段階で年をとってしまう。

 たとえば媒体にテレビを選んだりしたら、養成所とか行く流れになるだろうし。

 

「そういう動画を作るのか?」

「うん」

「バーナー……」

「危ないのはおやじに任せればいい」

「ああ、それならいけるな」

 

 そう言って、ゲームに戻る琴葉。ちょっと開いて、ポーズしたのかまた顔を上げて、

 

「他には?」

「他人の家にピザ窯を作ってみた」

「あれも企画だったのか!?」

「いや、あれはただの日常の一コマだけど」

 

 完璧な前フリみたいになってるけど、特になんの狙いもなかった。

 

「まあ既にやったことでも動画にして紹介すれば私が最高にクレイジーな小学生って証明になるだろうし、十分面白いんじゃないかな」

「クレイジーでいいんだ」

 

 あれなら軽いジャブ、名刺代わりとして丁度いい。あれをかましておけば正気だと思われずに済む。

 

「それに、難しく考えなくても大丈夫だよ。釣りに行く、とか動物園に行く、とかそういう普通のでも需要あるし」

 

 琴葉は企画力の心配をしてるんだろうけど、四人いるんだから四色で攻めればいい。それに、いまだって私の脳裏にはあれをやろうこれをやろうという発想が湯水の如く湧いて出てるのだから――――

 ああ……これって、変わったことをしたい私がみんなを巻き込む最高の口実じゃないか。

 待っていろ、カラーズ。お前たちを待ち受けているものは果てしない混沌だ。

 

「じゃあ、やるってことでいい? 私は特に否やはないし」

「うーん。面白そうだけど……まだよくわかんない。琴葉はどう?」

「私もわからん。だが、釣りをして稼げるというのは……いいな!」

 

 そう言うとなんだか、新しい時代が来た感があるよね。まあ、来てるんだけど。

 ネット、スマートフォン。どっちもかなり最近生まれたものだ。どちらももたらした影響は果てしない。若い子は知らないだろうけど、江戸時代はwi-fiなかったんだぞ。

 車が空を飛んでないだけで、もう未来。だからいまの子は、新しい生き方をしてもいいのさ。

 そんなわけで私は挑戦を推奨する。その選択を称賛し、全力でサポートしよう。

 とは思うのだけど……。

 

 まあ、この子たちが飽きるまでかな。

 

*1
どんくらい=Don't cry




ストロー、どうしたのだろうか。間接キス? それとも下半身で使ったのだろうか。
なんの習い事してるか、とかはメモしてなかったので私にも不明。
小学校に関する足りないデータは黒門小学生をモデルに埋めようとするが、制服があるタイプの小学校。子供は私服の方がかわいいと思うので都合の悪い部分はスルー。この小学校の運動会は秋。この作品では春にしようと思っていたがもうだいたい六月くらいになっていて夏休みも待ち構えていて過密。その辺りはふわっとしていていいんだけど。
主人公の全速力だと7.5秒。小六男子の平均が8.8くらいで、7.5だとたぶん上位5%くらいの速さ。女子としてはほとんどありえない。小二女子の8.85も十分ありえない。しかも加減した上で。小二男子が平均10.5くらいで、9.4でかなり速い。小二女子平均は11くらい。
カラーズはアウトローなとこがあるので、お菓子のゴミは平気でコンビニのゴミ箱にぶちこむと思う。
むかーし月姫(Fateシリーズの前の作品、エロゲ)やった時、シエル先輩の武器としてパイルバンカーが出てきたけど特にどんな武器か説明がなくて困った。
エビの尻尾を食べる人は三割か四割か、けっこういるっぽい。食べて大丈夫かどうかは説がわかれるようだが、少なくともそんなに栄養があるわけでもない。
話が逸れた結果たどり着いたYouTuberの話。やるとどうなるかという細かい話をしないことによって、みんながこのルートをスルー。という想定だったけど話の終わらせ方が難しく困っていたらさっちゃんが勝手に動いた。なんか、することになった。カメラとかでフラグは立ってたけど、偶然。
釣り好き、ということになったのは結衣の"どう?"に対する返事を考える段階。釣り回で琴葉を燃え上がらせて帳尻を合わせなければならなくなった。常にギリギリの話作り。


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