亜種異聞帯『創世光年運河ゴエティア~ある少年と少女の敗北~』 (霖霧露)
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とある盲目の魔術師

※本作は結構勢いで書かれているため、設定の所々が非常に怪しいです。ご注意ください。
※本作は短編としてお送りするため、物語の序盤みたいなところで終わります。ご了承ください。


「やぁ、ドクターロマニ。また鴇崎(ときざき)(しょう)の検診という事だが。どうだい?この肉体(ハード)の様子は」

 

 鴇崎星と自称する少年が、ドクターロマニと呼ばれる青年に向き合い、医務室で大人しく検査を受けていた。だが、ロマニは眉根を歪め、不快感を示す。

 

「……ロマンとは呼んでくれないんだね。結構な頻度でそうお願いしてるんだけど」

 

「医師ロマニ・アーキマンを『ロマン』と呼称するには、あまりに悲観主義だよ。他人にそのあだ名をお勧めするなら、そう呼ばれるだけに足るステータスがないとね。それとも、ドクターロマニは悲観主義を脱却したいから、そのネームを掲げようとしているのかな?『形から入る』と、日本ではよく言うらしいし」

 

「……」

 

 ロマニは軽い気持ちで呼称の訂正を試みたのだが、冷静な意見が鴇崎より返され、心を抉られた。

 ロマニはこれ以上の冷静な意見を貰わないように、自身を探らせないように、口を噤んでカルテを睨む。

 

「……君の体は、君の目以外いたって正常だ」

 

「この肉体(ハード)の視覚センサーについては構造上の欠陥さ。この肉体(ハード)に魔術の才能(ソフト)を備え付ける段階で、視覚センサー回路と魔術回路が競合を起こしてしまっている」

 

 ロマニが鴇崎の盲目について指摘すれば、鴇崎は気に病む事もなく、平静に盲目の理由について解説しだした。

 鴇崎が述べる通り、その盲目は目に宿した魔術回路に由来する。

 鴇崎は、両目に『魔眼』を宿しているのだ。その『魔眼』が成す魔術回路が視神経に絡まり、全盲と分類できるくらいに支障を来たしている。痛みが伴っていないのは不幸中の幸いと言えるだろうか。

 

「しつこいかもしれないが、修理は考えなくて良い。鴇崎星を魔術師足らしめているのは、その『魔眼』だからね。ついでに、右の『魔眼』があるから盲目が短所(バッドステータス)になっていないし」

 

 右の『魔眼』は、『遍在の魔眼』。

 それは何処にでも視覚を置く事ができる、広義での千里眼である。過去や未来を見通せる訳でもなければ、グランドろくでなしなとある夢魔と張り合える程に使いこなせている訳でもないが。しかし、失った視覚の代行をさせるには充分だった。故に、鴇崎は盲目で苦しんでいない。

 

「それに、カルデアに所属できたのは左の『魔眼』があったおかげだ」

 

 左の『魔眼』は、『曖昧の魔眼』。

 『曖昧の魔眼』は見た物の存在を曖昧にさせる事ができ、虚数魔術に近い性能を持っている。

 その曖昧にさせるという性能は、レイシフトにおける肉体を疑似霊子に変換する作用にも類似していた。そのために、表向きはレイシフトの更なる安定稼働を測る研究者として、裏向きは実験動物(モルモット)として、鴇崎はカルデアに召喚されたのである。

 だが、裏向きの意味を察していた上で、鴇崎には召喚に応えるメリットがあった。

 鴇崎は、多くの魔術師から追われていたのだ。

 事の発端は、魔術の解析だけは超一流なとある時計塔講師にあった。その講師が鴇崎の『魔眼』を解析し、二つの『魔眼』を組み合わせれば、平行世界の観測が可能である事を提唱したのだ。

 

 平行世界の観測。それは第二魔法『平行世界の運営』の一部。魔術師が追い求める『根源』の足掛かりと成り得る代物だった。

 結果、鴇崎は存在自体が封印指定とされ、魔術師に追い回される事となったのである。

 そんな鴇崎にとって、カルデアへの召喚。つまり、国際連合がバックに居る魔術組織での保護は安息を得る必要条件だった。

 故に召喚に応じ、故に大人しくしている。

 

「鴇崎星の身の上話(プロフィール)はこの辺りで良いだろう?何度もしている話だ。寝物語にするにはドラマがないよ。それで、レイシフト適性の方は?鴇崎星にとってはそのステータスが重要なんだ。適正値が下がっていたら解剖台に上がるかもしれない。まだ序章も良いところなのに最終回じゃ、物語の体裁も繕えない」

 

「……レイシフトの適性値も、高水準で安定している。Aチームへの配属は確実だよ」

 

 鴇崎の追及に、ロマニはカルテを読み解いて素直に応えた。

 鴇崎が実験動物(モルモット)としてカルデアに居ながらまだ標本にされていないのは、その高いレイシフト適性値にある。鴇崎は人理が狂った際にそれを修正する人員として、かなり適しているのだ。そのため、人間としての機能を保っていてもらう方が、カルデアにとって都合が良い状態となっている。故に、その高水準のレイシフト適性値は鴇崎が安息を得るための十分条件なのである。

 

「それは良かった。ようやく、追っ手から身を守るための必要条件、肉体(ハード)を分解されないための十分条件がそろったよ。これで、鴇崎星を正常に維持するための必要十分条件が得られる」

 

「君の体は正常に保てたかもしれないけど、君の心は未だに異常なんじゃないかな」

 

「『シュミレーテッド・リアリティー症候群』だっけか、ドクターロマニが名付けた鴇崎星の精神疾患は」

 

 ロマニの精神疾患診断に、鴇崎は他人事のように素っ気なかった。

 

「そうさ。君は必死に生きようとするくせに、真剣さが全くない。まるでシュミレーションゲームでもやっているかのように、鴇崎星というキャラクターを動かしているだけだ。離人症は生きる気力をなくしてしまうから、生きようとしている君とは違う。だから、『シュミレーテッド・リアリティー症候群』。君だけの病気さ」

 

 ロマニは真っすぐに鴇崎を見る。魔術という技術が広まってしまったがために生まれてしまった患者を診る。

 

「そんな悲しい目で見ないでくれ、ドクターロマニ。キャラクターを動かしているという入力(インプット)は、確かに世間一般から外れた少数派(マイノリティー)。だが、必死に生きているという出力(アウトプット)多数派(マジョリティー)と変わらない」

 

「でもそれは……。『生きている』と言えるのか……?」

 

 哀れむ機能を失っているような鴇崎星という男を、ロマニはつい憐れんでしまった。その憐みが鴇崎の失笑を誘う。

 

「何か可笑しかった?」

 

「可笑しいさ、可笑しいとも。ドクターロマニがその疑問を鴇崎星に投げかけるのはね」

 

「それは、どうして?」

 

「鴇崎星から言わせれば、それは貴方にも言える事だからさ。ドクターロマニ」

 

 鴇崎の瞳、何も捉えないはずの瞳がロマニを射抜く。

 

「ドクターロマニ。何かに怯え続け、他人を警戒し続ける貴方の人生こそ、『生きている』と言えるのかな?」



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運命の時、来たれり

 カルデアスが完成する前から人理継続保障機関フィニス・カルデアに所属し、形ながらレイシフトの調整に携わり、レイシフトの高い適性値を叩き出し、人理に歪が発生した際の備えとしてシュミレーターで訓練を熟し、そうして送ってきた鴇崎星の日々。その日々で培ってきたモノが、実を一旦結ぼうとしている。

 

(そろそろ前日譚が終わり、物語が動き出す頃合いかな?)

 

 ファーストミッション、レイシフト実験。

 鴇崎星は非公式に何度かレイシフトを体験しているが、今日は公式の実験となる。そのために、レイシフト適性が高い者たち、名称『マスター』である総勢48名が一挙にレイシフトを行う。ファーストミッションの説明会で一般枠の少年が居眠りをかまし、オルガマリー所長にお叱りをくらってファーストミッションから降ろされていたが。

 鴇崎を含めた選抜Aチームは皆落ち着いているが、それ以下のチームメンバーは緊張が見て取れる。無理もない。シュミレーターで疑似体験しているとはいえ、実際に自身を疑似霊子に分解する小さな箱、霊子筐体(コフィン)にその体を収めているのだ。精神に不調を来たしもするだろう。むしろ、Aチームメンバーの精神が図太いのだ。1人、目の下にクマを滲ませるような肉体に不調を来たしている者は居るが、克己心で無理矢理精神を整えているようだった。

 

 霊子筐体(コフィン)が並ぶ管制室に小さな駆動音が響く。マスターたちはレイシフト関連機器のそれと判断した、ただ1人を除いては。

 

(こんな駆動音、記憶(ログ)にないな。もしかして何かの機器が暴走している?……いや、これは、まさか!)

 

 『遍在の魔眼』を用いる事で人為的異常駆動を見つける事はできたが、その異常を解消するのには、時間が足らなかった。

 爆発が巻き起こり、管制室は火の海となる。

 

「拙いな……。『曖昧の魔眼』、失敗したらしい……」

 

 鴇崎は自身の存在を曖昧にする事で瓦礫や破片による損傷を回避できた。しかし、レイシフトの最中に自身を曖昧にするなんて初の試み。レイシフトの疑似霊子化と相性が悪かったのだろう。彼の体は疑似霊子の変換が不可逆な域にまで達してしまい、悉くが疑似霊子となって消えかかっている。

 

「選択肢を間違ってしまった、か……」

 

 鴇崎はその一生が終わろうとしているのに何の感慨もなく、冷静に過去の行いを反省しようとしていた。ただただ何処の選択肢で間違えたかを思考する。

 

「ん?あれは……」

 

 火の手が激しい管制室に、1つの影が飛び込んできた。

 

藤丸(ふじまる)立香(りっか)……」

 

 オルガマリー所長に追い出された少年。説明会で顔を見ただけ、所長に怒られる際に名前を怒鳴りあげられただけ。だが、鴇崎はしっかり記憶していた。

 被害拡大を防ぐためにもうすぐシャッターが閉まるだろう管制室で、その少年は生存者を探し、唯一まだ息があるだろう少女、マシュ・キリエライトに寄り添った。そうしてしまったが故にシャッターが下り、避難が遅れてしまったというのに、少年は少女を励まし続けている。

 

〈レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中・・・・発見しました。適応番号48 藤丸立香 を マスターとして 再設定 します〉

 

「ああ、そうか……。君が、主人公(ヒーロー)だったのか……。鴇崎星は、彼の引き立て役だった訳だ……」

 

 聞こえてくるアナウンスと状況で、鴇崎は全てを察し、確信した。

 一般枠の少年、魔術の知識もほとんどない凡人。それを際立たせるためだけの鴇崎星の特別性。2つの『魔眼』持ち、存在そのものが封印指定というステータスの意味だった。もっと言えば、カルデアに揃えられた47人のマスター、特にAチームはそういう存在理由だったのだ。

 

「言ってくれれば、引き立て役をしっかり役割演技(ロールプレイ)して見せたのに……。そうすれば、物語の一文に、鴇崎星を刻み込めたのに……」

 

 役割をしっかり果たせず、鴇崎星はがっかりした。ここで死ぬ事より役割を遂行できなかった事の方が、鴇崎にはショックだった。

 

 体が消える。肉体を構成している物質が霧散する。

 マスター設定から外れてしまったために、設定されたレイシフト座標で鴇崎の疑似霊子が再構成される事はない。彼を導く灯台はない。楔となる錨もない。細胞の1つ、血液の1滴、そんな微小な存在証明すら許されず、鴇崎星はこの世から消え去る。

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずだった。

 

 

 

―篝火に火を灯せ。祭壇に供物を捧げよ。()()()の名の下に、この星の新生を言祝ごう

 

 人理焼却による人理の不安定化、レイシフトと『曖昧の魔眼』による身体の不安定化。そして、『遍在の魔眼』。それらが重なった瞬間、鴇崎は、選定事象として切り捨てられる平行世界を観測する。

 

 その観測が、鴇崎星の灯台となり、錨となった。



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白紙の惑星に描かれたのは

 唐突な話だが、2016年に人類は一度滅びた。魔術王を語った魔神王に、人類史、人理は紀元前約千年前から3千年間焼かれ続けた事件。『人理焼却』である。

 しかし、これは藤丸立香の手によって解決され、人類の生きる未来は取り戻された―――

 

 

 

 

 

――とはならないのが、この世界が「Destiny」ではなく『Fate』と題される所以かもしれない。

 

 端的に言えば、人理はもう一度危機を迎えていた。

 

 『人理焼却』から世界を救った藤丸立香、ひいてはカルデアの生き残りは国連の許可なく違反を繰り返したとされ、査察団を送り込まれた。この査察団が、すでに人理の敵対者だった。

 

 この日、この時を以って、人理、敵対者曰く汎人類史はもう一度苦難にさらされる。最初の苦難であった『人理焼却』になぞるならば、『人理漂白』とでも呼ぶべき事件である。

 

 藤丸立香含むカルデアの生き残りは敵対者の襲撃でさらに数を少なくし、命からがら、虚数潜航艇シャドウ・ボーダーという大型特殊車両によってカルデアを脱出していた。

 そのすぐ後、カルデアの生き残りであるサーヴァント、シャーロック・ホームズがカルデア設備の全停止を開示した。

 

「車両を止めてください!カルデアに戻ります、戻らせてください!」

 

 カルデアで生を受け、苦しくも嬉しかった日々を生きた少女、マシュ・キリエライトが悲痛な叫びをあげる。

 

「あそこには、ドクターの部屋がまだ……!」

 

 ロマニ・アーキマンとの記憶が、もう会えない恩人と居た証明が奪われる。マシュには、それが耐え難かった。

 

「や、やめんか、今戻って何になる!」

 

「皆さんとの思い出は奪われてなんていません、奪わせなんてしません!」

 

 カルデアの新たな所長となるはずだった男、現状においてこのカルデアスの生き残りの最高責任者、ゴルドルフ・ムジークがマシュを必死に止めようとするが、マシュは構わず、まだ調整の済んでいない武装の霊体化を解こうとしていた。

 

「マシュ、駄目だ」

 

「先輩、どうし……て」

 

 平凡にして少し前まで一般人、しかして人類最後のマスター、藤丸立香がマシュを抑えた。自身の敬愛するマスターとはいえ、そのような日和見に非難の一つも口をつこうとしたが、立香の顔を見て、その非難は引っ込んだ。

 立香が、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。

 

「生きなきゃ、駄目だ……、マシュ。ロマンが救ってくれたこの世界で、生きなきゃ、駄目だ……!」

 

「先、輩……」

 

 死んではいけないと。どれ程辛くても生きなきゃ駄目だと。立香は涙がこぼれそうな程潤んだ瞳で訴えかけた。

 彼と共に7つもの特異点を越えてきたマシュには、彼の言わんとする事が伝わり、彼女の動きは押し留められる。同時に、カルデアを失った無力感、それと武装しようとした反動による疲労でその場にへたり込んだ。

 

 シャドウ・ボーダーの乗員全てにマシュの無力感が伝わったところで、外に変化が見え始める。

 

 隕石のように空から飛来する落下物。だが、地面に対してあまりにも真っすぐな落下軌道が隕石でない事を証明している。

 

〈我々は、全人類に通達する〉

 

 その異常事態を背景に、通信が響く。

 

〈この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる。人類の文明は正しくなかった。我々の成長は正解ではなかった。よって、私は決断した。これまでの人類史、汎人類史に反逆すると〉

 

 その通信は、全人類に対する宣戦布告。

 

〈これより、旧人類が行っていた全事業を凍結させる。君たちの罪科は、この処遇をもって清算するモノとする〉

 

 その布告は、全人類、いや、旧人類への死刑宣告。

 

〈私の名はヴォーダイム。キリシュタリア・ヴォーダイム。7人のクリプターを代表して通達する。この惑星の歴史は、我々が引き継ごう〉

 

 Aチームのリーダー、汎人類史への反逆者、キリシュタリア・ヴォーダイムの演説はその通達で終了した。

 カルデアの生き残りはその名に動揺する。彼の思惑を俄かに測ろうとする。だが、そんな時間と判断材料は与えられない。

 

「混乱の最中に失礼。また通信だ。……これは、カルデアから?」

 

 発信元がカルデアの座標と被るその通信を、ホームズは躊躇いなく受信した。

 

〈やぁ、カルデア。そしてクリプター。こちらは、鴇崎星だ〉

 

 その通信は、Aチームの一人、しかしクリプターではない男からのモノだった。

 

〈キリシュタリア・ヴォーダイム。悪いが、君のプロジェクトは乗っ取らせてもらう〉

 

 それは、クリプターにも送られている通信である。

 

〈汎人類史が正しくなかった事には同意見だ。でも、別の人類史が正解とも言えない。人間は、人間である時点で間違いだ。それは神代に戻そうが神秘で満たそうが変わらない。人間という製品自体が欠陥品なのさ〉

 

 鴇崎は人類の全てを否定した、汎人類史から異聞帯にも渡る人類の全てを。

 

〈だから、やり直す。この星を転生させる。あらゆる生命を過去にする〉

 

 鴇崎の宣言に、立香たちは聞き覚えがあった。

 そう、それは、『人理焼却』の犯人、ゲーティアの言葉に似ていたのだ。

 

「せ、先輩!あれは!」

 

「光帯……」

 

 マシュが指差した先の空には、光の帯が走っていた。

 その光の帯が何であるか。何故現在の空にあるかは抜きにして、立香もマシュも理解した。

 『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』、ゲーティアの宝具である。

 

〈さぁ。足掻いてくれ、藤丸立香。「希望に満ちた人間の戦いはここからだ」と〉

 

 世界が漂白される速さを上回って、炎が世界を焼いていく。恐ろしい速度で、炎が星に広がっていく。

 

「ダ・ヴィンチ女史!」

 

〈分かっているとも!〉

 

 熱量も燃焼速度も()()()()も尋常じゃないそれにホームズはダ・ヴィンチを急かすが、彼女も伊達に天才ではなく、すでに準備を始めていた。

 世界そのものを焼こうと星を覆いつくす炎が届かない場所、虚数の海に潜る準備を。

 

 そうして、人類未踏の航海が始まる。



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白くではなく、青い青い惑星

「キリシュタリア、いったい何がどうなってるんだ!」

 

 『人理漂白』の犯人たち、クリプターであるカドック・ゼムルプスが、同じくクリプターであるキリシュタリア・ヴォーダイムに噛みついていた。

 

 場所は、キリシュタリアが担当している異聞帯の何処か。とかく、会議用に誂えられた一室である。そこにはクリプターの全員が揃っていた。キリシュタリア以外、魔術による通信だが。

 

「止めなさいって、カドック。今はいがみ合っている場合じゃないわ」

 

「これはいがみ合いじゃない、ペペ!説明の要求だ!この、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の説明を!」

 

 スカンジナビア・ペペロンチーノ、愛称「ペペ」が必死に宥めようとするが、カドックが取り乱しても仕方がない事態である事を再認識し、押し黙ってしまう。

 

 そう。現在、異聞帯と呼称される人類史の『if』がペーストされた領域、その外は全て真っ青な海なのである。クリプターの計画では、真っ白に、それも大陸を白紙化する予定だった。なのに、大陸自体が消失し、地球は海しかない惑星になっている。

 明確に言うと、1か所だけ浮遊した陸地があるのだが、彼らはそれを観測できていない。

 

「だからって、キリシュタリア様に要求する事ではないわ」

 

「そうだぜ、カドック。キリシュタリアも知らない事は説明しようがないさ」

 

 見かねたオフェリア・ファムルソローネとベリル・ガットが仲裁するが、それで収まるのならカドックはそもそも叫んでいない。

 

「じゃあ、誰に説明を要求すれば良い!?説明責任は誰に背負わせれば良いんだ!」

 

「この鴇崎星がその責任を背負うよ」

 

 カドックの言葉に応えるかの如く、その男は、鴇崎星は現れた。それも魔法による通信ではなく、生身でその一室に立っている。

 

「用件を訊こう、鴇崎星」

 

 キリシュタリアは、他の皆(芥ヒナコを含み、デイビット・ゼム・ヴォイドを除く)が唖然とする中、冷静に、しかし威圧的に、鴇崎が敵地であるこの場に現れた理由を問い質す。

 

「前文の通りさ、キリシュタリア・ヴォーダイム。鴇崎星は君たちのプロジェクトを横取りしたせめてもの償いに、外が海しかない事態の説明に来た。そのついでに、宣戦布告もかな」

 

 鴇崎はキリシュタリアの威圧に何処吹く風で、ただ平坦に言葉を紡ぐ。

 

「まず、事態の説明から。キリシュタリア・ヴォーダイムやデイビット・ゼム・ヴォイド辺りなら、推測できているかもしれないが。君たちの異聞帯の外は全て、()()()()()()()だ」

 

「なるほど」

「やはりか」

「そんな馬鹿な!」

 

 鴇崎の説明に対し、外を様々な方法で観測していたキリシュタリアと直感に基づく推理をしていたデイビットは納得したが、まるで納得できなかったカドックは声を荒げた。

 

「キリシュタリアですら1年かけて大西洋を覆えていないんだぞ!どうしてお前が僕たちの異聞帯以外を掌握できる!」

 

「鴇崎星には46億年あったからだよ」

 

「よんじゅう、ろく、おく……?」

 

 埒外な桁に、カドックの理解は追い付かなかった。

 

「『人理焼却』の実行犯、ゲーティアがその計画を達成させた異聞帯。そうだな、鴇崎」

 

正解(トゥルース)、キリシュタリア・ヴォーダイム。鴇崎星が担った異聞帯の王は()()()ゲーティアだ。ゲーティアが死のない惑星を作り、その余暇で君たちの『人理漂白』を模倣(コピー)し、ゲーティアが実行できるように仕様(フォーマット)を変更し、プロジェクトを改良(アップデート)し、そして実行した」

 

 異聞帯のゲーティアは異聞帯のカルデアに、『逆行運河/創世光年』を完遂させ、その上で、余念なく『異星の神』に対する対抗策を敷いた。それが、鴇崎星の異聞帯である。

 

「こいつは驚きだ!あのサーヴァントのケツ眺めてるだけだった凡人ちゃんが負けるのはともかく、死のない星を作るなんてバカな計画まで成功させたのか。それで?生命は何処にあるんだ?そもそも命自体がないから失わないってオチだと、すっごいがっかりなんだが?」

 

 魚1匹、プランクトン1つない海を見て、ベリルは嘲笑した。生命のない星が死のない星とは、確かに笑い種だ。しかし、もちろん、そんなオチではない。

 

「海だ」

 

「あ?海がどうしたよ、デイビット」

 

「海が生命だ」

 

 デイビットの直感に、ベリルやカドック、オフェリアは信じられないと言った面持ちだったが、鴇崎の拍手によってそれが真実である事を肯定される。

 

「そうだ。海が、海に満たされたこの星自体が、生命だ。「生命の星」とか「星も生きている」とか、そういう比喩表現でも哲学でもない。この海が思想を持ち、思考している」

 

「お前は、人類の歴史を何から何まで否定したと言うの?」

 

 『人間』という形すらない星に、ヒナコは静かな怒りを滲ませた。

 他人なんぞはどうでも良いが、自身の想い人である項羽の存在すら否定されている鴇崎の異聞帯を、ヒナコは許せない。鴇崎の異聞帯には、項羽が生まれる可能性も、生まれる意味もない。項羽どころか、全ての英霊や神霊も同様だ。本当に、人類も神々も人理も神秘も何もかも否定しているような異聞帯なのだ。

 

「最初の通信で記述したじゃないか、「人間という製品自体が欠陥品」だって。そこから生み出されたモノなんて全て欠陥品さ。始皇帝の手で製造された項羽だって、人々が掘った神の形(アバター)だって、ね」

 

「貴様ァ!」

 

 魔術による通信でなければ、今にも襲いかかりそうなヒナコ。アナスタシアを否定されたも同然のカドックも獰猛に牙を覗かせ、人類の可能性を捨てていないキリシュタリアも眉間にしわを寄せる。他も、不快感を各々表現していた。

 

「嘘だな」

 

 ただ、デイビットは違った。

 

(ファルシティー)?何がかな、デイビット・ゼム・ヴォイド」

 

「お前は人間を欠陥品だと思っていない。人類も、否定していない。今は悪役をロールプレイしているだけだ」

 

 デイビットは鴇崎を見透かしていく。

 

「確かにお前の性格は人間らしくないが、行動はとても人間らしかった。保身と善行。お前が進んで交友し、進んで人助けをしていたのはカルデアで見ている。ロールプレイだろう?人間のように振る舞うという。だから、お前は人間らしさ、人間の善性に従う。人類を否定し、見捨てたりはしない」

 

 そう、何を隠そう、鴇崎星という人間はとても善性に寄った人間だったのだ。何せ、個性際立つAチームの面々と頻繁に交流していた。高い箔と高い実力で近付きがたいキリシュタリアにも、基本は無視を決め込むヒナコにも、劣等感を拗らせて他を寄せ付けないカドックにも、何処か血の匂いがして危険そうなベリルにも。鴇崎は分け隔てなく接した。その口調、その動機、その思想が他人からずれていても、鴇崎星とは善性の人間なのである。

 

「そして、お前は最初の通信の時、カルデアにこう言った」

 

―さぁ。足掻いてくれ、藤丸立香。「希望に満ちた人間の戦いはここからだ」と

 

 わざわざデイビットは一言一句間違いなく復唱した。

 

「お前自身が藤丸立香に、人間に期待していなければ出てこない言葉だろう。察するに、お前は藤丸立香の成長を促そうとしているな?」

 

 どう察すればそこまでの答えに至れるのか、直感に直感を組み合わせて導き出されたデイビットの答え。それを聞いて、鴇崎は微笑む。

 

「宣戦布告を見直さなければいけなくなったけど。まぁ良いか。じゃあ、内容を更新しよう」

 

 鴇崎は一呼吸置いて言い放つ。

 

「正しい人類史を巡るこの戦いは、藤丸立香の勝利だ。この物語の主人公は、彼なんだから」



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ある少年と少女のif

「……い、……(せん)…」

 

「ん、あ?」

 

「起きてください、先輩!」

 

 藤丸立香は微睡の中、マシュ・キリエライトの揺さぶりによりその意識を覚醒させる。

 

「マシュ、おはよう」

 

「おはようございます。ですけど、時間は夕方に近く、悠長に挨拶をしている場合ではないかと」

 

「え?何かあったっけ?」

 

 マシュは慌てているようだが、まだ頭に靄がかかっている立香ではその訳を推測できなかった。

 

「ほう、この私の講義で居眠りとは。君の心臓にはさぞ太い毛が生えていそうだな」

 

「げっ、孔明!」

 

 眉間に堀の深いしわを刻んだ時計塔講師の顔を視界に入れ、立香は現状をようやく理解した。

 

 立香は人理修復後、その功績を称える褒賞と神秘を浴びに浴びた貴重なサンプルの意味を込めて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「孔明、か……。未だに信じられん。この私がかの軍師に憑依され、疑似的なサーヴァントになって人理修復に協力していたとは」

 

「あ、ごめん。つい癖で。ロード・エルメロイが普段の名前なんだっけ?」

 

「二世、ではもうなかったな。ロードは義妹に返した、元よりアレが成人するまでという約束だったからな。今はウェイバー、ウェイバー・ベルベット・アーチゾルテだ」

 

 時計塔講師のウェイバーは腹部を押さえながら自身のフルネームを述べた。

 ちなみに、ロードの称号は返せたが、借金の返済はまだである。その返済が終わるまで、彼はアーチゾルテだ。なお、アーチゾルテでなくなった後でも、義妹から逃れられる保証はない。その辺りが腹部を押さえた理由、胃痛の種である。

 

「先生、そろそろ特別講義は終わったかしら?」

 

「そろそろ夕飯の支度がしたいから、立香を迎えに来たんだが」

 

「ああ!イシュタ、じゃなくて、エレシュキ、でもない。凛さん。それと、エミヤ」

 

「できれば士郎で頼む。そっちの呼び方は、なんだかむず痒い」

 

 教室に現れた遠坂凛と衛宮士郎は、立香からのその呼び名に苦笑する。

 

「わたしが金星の女神と冥府の女神に憑依されて疑似サーヴァントになって、あのアーチャーも召喚されてたとか。人理が曖昧な状態って何が起こるか未知すぎるわね。ところで、あのアーチャーは立香に迷惑かけなかった?お小言を口うるさく何度も言ったりとか」

 

「止めてくれ、遠坂。不思議と俺が気まずくなる」

 

 凛がエミヤの事を言及すれば、士郎がそれを制そうとした。

 自分自身のようで自分自身ではない存在。未来の自分とも言えるその存在とかつて色々やったのもあって、士郎はその話題に触れたくないのだ。

 

「迷惑とかはなかったよ。すっごいオカンだったけど」

 

「ええ、エミヤさんは凄くお母さんでした」

 

「だって、衛宮君」

 

「なんでさ……」

 

 結局話題を制する事ができなかった士郎は得体のしれない羞恥に駆られた。

 

「はぁ……。講義をする雰囲気ではなくなってしまったな。仕方ない、今日はここまでとしよう」

 

「ヤッター!」

 

「ただし、課題を2倍にする」

 

「ソンナー!」

 

 舞い上がった立香はウェイバーの精神攻撃を受け、机に突っ伏す。

 

「まぁまぁ、課題だったらわたしたちが手伝うから」

 

「ここはカウレスさんにも助力を請いましょう、先輩。彼ならきっと力を貸してくれます」

 

「カウレスさんか。そいえばフランの事で色々訊きたがってたし、丁度良いかな」

 

「フラットもジャック・ザ・リッパーの事を訊きたがってたな」

 

「なんか、フラットのジャックとジャックちゃんは違う気がするんだよなぁ」

 

 魔術師の巣窟に相応しくない、和気藹々とした空気が立香を中心に漂っている。奇人変人博覧会たる数多の英霊たちと心を通わせた、彼の冠位コミュ力が成せる技だろう。

 

「ふむ。では。カウレスとフラットも()()()()()()()

 

「大げさだよ、孔め、じゃなくてウェイバーさん」

 

「大げさなものか。君をホルマリン漬けにしようと、多くの魔術師が狙っているんだ。だから送迎を遠坂凛と衛宮士郎に頼んでいる」

 

 前述の通り、神秘を浴びに浴びた貴重なサンプル、魔術師たちが欲しがる魔術触媒なのだ。ウェイバーの警戒心は正当だった。

 

 立香は多くの幻想種と戦い、英霊たちが溢れる戦場を渡り歩き、神の残る神代すら踏破した。彼の中にそれらから流入した神秘の残滓が残っているかもしれない。また、彼は英霊の生き字引、英霊たちの伝説をその目にしてきたタイムトラベラーだ。彼の脳を洗ってその英霊たちの生映像を抜き出し、再現を試みようとする魔術師も居るかもしれない。さらに言えば、彼は多くの英霊の触媒となり得る。彼が英霊から贈られた物品も、亜種聖杯戦争が度々開かれている昨今、物次第では1つだけで一財産稼げてしまう。

 

「もしもの場合、最後の盾はマシュ嬢になる。気を引き締めるように」

 

「はい、覚悟しています。先輩、私は絶対先輩を守ります」

 

 ウェイバーが気を引き締めるよう注意を促すまでもなくマシュは気を引き締めており、全力で立香を守ろうとしていた。

 その思いは立香も疑いようがない。だが、立香は自身を見つめるマシュの瞳に、不穏な影を見た。

 

「マシュ……?」

 

「絶対に、守り抜いてみせます」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ああ、先輩……先輩!絶対です、絶対守ります」

 

 マシュは、いいや、()()()()()()()は水晶に閉じ込められた()()()()()()()()を見つめながら誓う。

 

「先輩を脅かす全てを殺してでも、私はそうしてみせます」

 

 この異聞帯は藤丸立香がゲーティアに負けた異聞帯。より正確に言えば、マシュが心折れてしまった平行世界。

 冠位時間神殿突入前。ゲーティアがマシュに死のない平穏な世界、ではなく、藤丸立香の、影で泣いていた過去と、これからの試練に苦しみ続ける未来を見せた。

 自身の苦しみなら、マシュは耐えられた。自身が立香を守れた末に死ぬなら、マシュは心折れなかった。

 だが、立香の苦しみは違う。彼の幸せを願って命を賭してきたのだ。彼の幸せを願って命を懸けようとしていたのだ。その前提が覆されてしまえば、マシュの心は根底から瓦解する。

 

 結果、マシュは藤丸立香を幸せな夢に閉じ込めるようゲーティアに交渉し、人類を見捨てた。

 

「例え汎人類史()の先輩を殺してでも、異聞帯()の先輩を守ります」

 

 彼女にとって人類よりも、他の何物よりも、異聞帯の藤丸立香(自身の先輩)が大切だったのである。



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そこに最早城はなく

「そろそろ、だと思うんだけど。困ったな。鴇崎星の『魔眼』では、別世界線の未来は観測できても、現世界線の未来は観測できない。鴇崎星が居ない世界線では、約3か月程で彼らが浮上してくるはずなんだが。変数が1つ追加されれば答えが変わる。当然と言えば当然か」

 

 南極のど真ん中。いや、座標は確かに南極だが、そこはただの氷の陸地。鴇崎星はそこで待ちぼうけていた。

 

「縁の結び方を失敗したかもしれないか。としても、他の異聞帯に出現した形跡はない。そも、そうできないようにしてあるはず。ロシアに出ようとすれば、強制的にこっちへ弾かれるようにも仕組んだが。ま、気長に―――……ん?」

 

 氷の陸地にシャドウ・ボーダーが浮上するように行った画策に不具合を疑いつつ、鴇崎が踵を返そうとしたその時だった。

 

 空気が震える。空間が、そこにあるはずのない物に押され、軋む。幾ばくかそうした後、空間が押し出されて開いた空白に、大きな人工物が徐々に色を得る。

 その大きな人工物こそが鴇崎の待っていた存在、シャドウ・ボーダーだった。

 

「出現の仕方は『曖昧の魔眼』に似ているかな?もしかして模倣(コピー)されたかもしれないね」

 

 シャドウ・ボーダー、つまりは敵対関係にあるカルデアが現れても、鴇崎は一切動じない。

 

「中は……。おやおや、てんやわんやだね。浮上した目の前に敵が居れば、そうもなるか」

 

 シャドウ・ボーダーの中を『遍在の魔眼』で覗けば、乗組員の慌て様が手に取るように分かる。そして、落ち着くには時間が必要である事も。

 

「対面にはまだ時間がかかりそ―――……ああ、君らは良い意味で期待を裏切ってくれるよ。藤丸立香、マシュ・キリエライト」

 

 のんびり構えていた鴇崎だったが、シャドウ・ボーダーのハッチから出てきた藤丸立香とマシュ・キリエライトがその身を露にする。

 

「鴇崎、星さん……」

 

「やぁ、マシュ・キリエライト。表情パターンが増えたね。前の君はそんな悲しそうな顔なんてしなかった」

 

 ファーストミッションが始まる前のマシュと今のマシュ。それには天と地程の差があった。敵対者として知人と再会する事に悲しむ彼女は、とても人間らしい。ファーストミッション以前、頻繁に接触していた鴇崎としては喜ばしい変化である。

 

「貴方は、何をしたんですか」

 

「初めましての挨拶もないとは、寂しいじゃないか。鴇崎星は藤丸立香との対面を楽しみにしていたというのに」

 

 立香が敵意、というにはあまりにも温いそれを向けられても、鴇崎は涼し気で、まるで応えていない。だからと言って、立香が緊張を解いたりもしないのだが。

 

「ま、仕方ない。とりあえず質問には答えようか。まず、鴇崎星のプロジェクトとクリプターのプロジェクトを区別しよう。鴇崎星のプロジェクトは、君たちが虚数潜航の瞬間に観測した炎と、星を満たす海だ。宇宙から飛来した7つの空想樹……、おっと失礼。あれが樹であると教えるのは拙いかな?いや、鴇崎星にとっては無問題(ノープロブレム)か……。話を修正すると、あの隕石のようなモノと、その着弾点に発生したスーパーセルはクリプターのプロジェクトだ。鴇崎星の管轄じゃない」

 

 鴇崎は饒舌なまでに情報をぶちまけた。された立香たちからしたら有り難いが、そこに謀略の影を窺ってしまう。鴇崎の真の目的からすれば、本当にただの善意である。

 

「そうして区別した上で、あの炎とこの海について説明しよう。あの炎は、クリプターたちの悠長な濾過異聞史現象を改良(アップデート)したモノ、彼らがやろうとした人類史の白紙化を急速に進めたモノだ。おかげで、人類は苦しまずに逝けた事だろう」

 

「あの炎は、人類を抹殺するためにやったって言うんですか!」

 

「クリプターのやり方よりは遥かに良かったはずさ。何せ、死んだ事を自覚する暇もない。ついでに、その後は燃料として有効利用される。彼ら程慈悲もない訳ではないし、浪費もしない」

 

 声を荒げたマシュに、それはさも慈悲深い行為だったように鴇崎は述べる。その言い回しは、何処となくゲーティアに似ていた。

 その点も踏まえ、傍観しているホームズは気付けただろう。鴇崎の背後に居るゲーティアの存在を。

 

「さて、君たちとの歓談に興じたいところだが、スケジュールが混んできた。それと、頭上注意だ、マシュ・キリエライト」

 

「え?」

 

〈上空から適性反応!〉

 

 鴇崎の注意、ダ・ヴィンチからの警告もあり、マシュと立香は上空を見上げる。

 

 そこには、禍々しい何かが立っていた。

 

「あれは数多の思い出、数多の意思が露と消えた己が未練――」

 

〈この魔力の高まりは……!マシュ!敵の宝具が来る!〉

 

 禍々しい何かが今、緩やかに宝具を放とうとしている。この窮状を対処できるのは、マシュの宝具だけだ。

 

「くっ、うっ……!お願い、ギャラハッドさん!もう一度だけ……。それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷───顕現せよ、『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

「――切除せよ、『いまは何こ追想の城(モールド・カルデアス)』」

 

 1つの盾に2振りの鋸、いや、同じく1つの盾だった物が激突する。

 

「きゃあ!」

 

「マシュ!」

 

 残念ながら、2つの盾は拮抗せず、マシュが弾き飛ばされた。しかし、攻撃してきた何かは追撃に走らず、鴇崎の下まで飛び退く。

 

「弱いし、柔いです。そんな盾でどうやって先輩を守るつもりですか、汎人類史の私」

 

「え……?マシュ……?」

 

 酷く冷淡に言い捨てた何かを、立香は抱え起こしたマシュと見比べる。

 その何かとマシュは、瓜二つだった。姿は一切変わらない。姿が変わらないからこそ、その冷淡さと禍々しい鎧、そして真ん中から割れた盾が際立っている。その盾は先程鋸として振るわれた得物だ。

 

「紹介しよう、彼女はマシュ・キリエライト。そちらのマシュとは別世界線の存在だが、冠位時間神殿直前までの経緯はほぼ一緒の同位体だ」

 

「捕捉します。私は、マシュ・キリエライト・フラウロスです。脆弱な肉体は捨て、新たな肉体も魔神柱の因子で補強しています。そこの恩知らずとは細胞レベルで別人です」

 

 鴇崎の紹介に異聞帯のマシュは嫌悪感を隠しもせず、同時にその嫌悪感を汎人類史のマシュへ向けた。

 

「別世界線のマシュ……?いや、そんな事より。マシュが恩知らずだなんて」

 

「恩知らずですよ、そんな女。たくさんのモノをくれた先輩を、未だに戦場へ送り出しているのが証拠です。恩を感じているなら、是が非でも安全圏に留めるべきでしょう」

 

「私は、そんな……」

 

「反論はせめて私の宝具を防いでからにしてください。盾にすらなれないのでは、結局貴女は先輩に負担を強いてるだけです。隣に居れば心の支えくらいにはなれる、なんて妄言も止してくださいね。本当に心の支えになれていたなら、先輩が影で泣く事なんてなかった」

 

 自己嫌悪に近い感情を以って、マシュ・フラウロスはマシュ・キリエライトを侮蔑した。大切な人が抱える負担も知らず、無垢な程純真なその少女を、汚れてしまった自覚のあるマシュ・フラウロスにとって見るに堪えない。

 

「マシュ・フラウロス。お楽しみ中のところすまないが、タイムリミットが来てしまった。我らが王のお越しだ」

 

 鴇崎がそう述べ終えるや否や、その場に途轍もない威圧感が紛れ込む。

 

 異形の姿を持ちながら、威厳を感じさせる王が、御身を晒す。

 

「ゲー、ティア……」

 

 本物である事を疑いたくも、本能が本物である事を訴えるかの王に、立香は息を呑んだ。

 

「ようこそ諸君。 早速だが死に給え。 無駄話はこれで終わりだ」

 

 『人理焼却』の実行犯、人理を覆した大罪人、魔神王ゲーティア。かの王は一切の容赦なく、立香たちへ光帯を放った。



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幕は切って落とされる

「ようこそ諸君。 早速だが死に給え。 無駄話はこれで終わりだ」

 

 平行世界とはいえ、天文学的な確率だったとはいえ、ゲーティアは汎人類史の己が敗北した事実を軽視していない。

 故に、かの王は初撃に光帯を使い、しかも万が一にも逃げられぬよう、立香とマシュ、シャドウ・ボーダーを別けて半球状で丹念に囲った。

 だが、立香たちは万が一の勝利を収めた存在。確かに、彼らでは逃れられない。ならば、救いの手が伸びるのも、ある種運命だ。

 

 立香たちの足元に、魔術の陣が展開される。それは、転移の魔術。人理が曖昧になったとはいえ、とても高度な魔術だった。

 転移の魔術がギリギリ、しかし立香たちが光帯をかすめる前に、彼らを任意の場所へ転移させた。

 

「今のは……」

 

「死にぞこないの足掻きか」

 

「うんうん。彼らに手を貸す野良サーヴァントが居ないとなると、君が舞台に上がるしかないよね」

 

 マシュ・フラウロスには先程の魔術に理解が及ばなかったが、ゲーティアは予測していた可能性の1つとして、鴇崎は確定的な未来として、第三者の介入に驚かなかった。

 

()()ゲーティア。せいぜい足掻いてくれ、じゃないとこの舞台を整えた意味がない」

 

◇◆◇

 

「う……ここは……?」

 

 光帯と転移の魔術の副次的な発光で目が眩んでいた立香は、ようやく直ってきた目で周囲を窺う。

 光帯の熱を感じず、空気も変わった事から、立香は何処かに転移させられた事を察していた。では、誰が自身らを転移させたのか。究明が急務である。

 しかし、先程の眩い光に晒されたのとは打って変わり、洞窟のようなその場所は薄暗い。

 

 そこに、蝋燭の明かりが灯る。そうして灯った明かりで照らされたのは、汚れたカルデア医療部門の制服を着込む、見慣れた顔の青年だった。

 

「え……?」

 

「ドク、ター……?」

 

 そう、その顔はロマニに酷似している。だが、その顔にロマニを重ねた立香とマシュ・キリエライトも、違和感が拭えなかった。瞳の色が違い、表情は顔に似合わない程固いのである。

 

「……。『やぁ、カルデア。どうにか間に合ったようだね』」

 

 硬い表情に仮面を被るように、青年は笑顔を取り繕った。

 

「……貴方は、誰ですか」

 

「『ああ、うん。まず言わせてもらうと。お気づきの通り、僕はロマニ・アーキマンじゃない』」

 

 立香とマシュはその事実を理解していても、青年の証言で確定してしまい、寂寥感を抱く。

 

「『僕は、まぁ、使い魔だ。故合ってこの姿をしているけど……。「レメゲトン」と、とりあえずそう呼んでくれれば良い』」

 

「……。レメゲトンさんが俺たちを助けてくれたんですか?」

 

 青年が正体を明確にせずとも名を名乗ったところで、立香は寂寥感を忘れんがために現状把握へ動いた。

 

「『そうだ、君たちにこの世界をどうにかしてほしくてね。しっかりお仲間さんも転移させてるし、ここはゲーティアたちから隠蔽できてる。複数のサーヴァントに協力してもらってね。残念ながら、そのサーヴァントたちはもう残っていないけど』」

 

 異聞帯へのカウンターとして召喚された英霊は多く居た。しかし、それも過去の話。その悉くがゲーティアたちによって始末されているのだ。

 

「『色々と説明してあげたいんだが、その前に。君たちに会わせたい人が居る。付いてきてくれ』」

 

 レメゲトンは答えも聞かずに振り返り、さっさと歩き出す。言葉こそ柔和なものだったが、態度には棘があるように感じられた。

 立香はマシュ・キリエライトにアイコンタクトして頷き合い、レメゲトンの背を追う。

 

 薄暗い道中はレメゲトンが通るのに合わせて明かりが点く。それで洞窟の様子が多少見えるようになれば、ここが洞窟ではないと分かるだろう。天井も壁も床も、等しく透き通る材質、氷で形成されていた。

 実に簡素な氷の道。装飾はそれこそ明かりとして備えられた蝋燭しかない。

 それも当然だろう、ここは監獄の役割を担っていたのだから。この監獄は、ゲーティアたちにとって要注意でありながら、創世したこの完璧な星をゲーティアが見せ付けようとした人物を捕らえていた。

 

「『この先だ。一応の忠告だが、気を強く持ってくれ』」

 

 先の真っ暗な横穴を前にして止まるレメゲトン。忠告も相まって、立香たちは警戒心を高める。その様子を見届けてから、レメゲトンは横穴に入った。道中と同じように、しかし道中と違ってより確かな明かりが灯り、部屋全体を明るく照らす。

 

「……!ろ……ロマン!」

 

「ドクター!」

 

 氷の椅子に腰かける男。桃色という非常にユニークな髪色とエメラルドグリーンの瞳。くっきりと映し出されたその姿に、立香とマシュ・キリエライトが見紛う訳はない。

 そう、彼はロマニ・アーキマンその人だ。「異聞帯の」という枕詞が付くが。

 

「……。酷いじゃないか、レメゲトン……。僕が寄り添った彼らではないけど、立香とマシュにこんな僕は見せたくなかった……」

 

「ロマン……?」

 

「ドクター……?」

 

 そう。その人が、冠位時間神殿で指輪を神に返す事すらしなかった敗北者。異聞帯のロマニ・アーキマンである。

 マシュ・フラウロスの裏切りに深く心を抉られ、ゲーティアに見せつけられた完璧な世界に酷く心を削られた、最早人間の抜け殻である。

 

◇◇◇

 

「幕は上がった。さぁ、主人公(ヒーロー)。見せてくれ、愛と希望の物語とやらを。そして、刻ませてくれ、その物語に鴇崎星の名を」




 本作はこれにて終了とさせていただきます。短い間ですが、お付き合いいただきありがとうございました。


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