【完結】とある再起の四月馬鹿(メガロマニア) (家葉 テイク)
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序 章 冗談は寝てからに

というわけで、エイプリルフール小話です。(エイプリルフールに完結するとは言っていない)


   序章 冗談は寝てからに 

"Hell"o_from_Japari_Park.

 

 

「チーター! お客さんが来たと思いますよ!」

 

「お、この閑古鳥映画館に客とは珍しい。ヘラジカでも遊びに来たかな」

 

「フッフッフ! 聞いて驚くといいと思いますよ。初めて見るフレンズだと思いますよ!!」

 

「…………初めて? 神様のフレンズでも来たか?」

 

「なんか、牛の身体のフレンズだったと思いますよ」

 

「牛? オーロックスかなんかの友達かね」

 

「でも、頭に角はなかったと思いますよ。どことなくかばんっぽかったというか」

 

「は? かばん? ってことは、顔がヒト……? 人面牛の架空生物なんていたっけなあ……」

 

「チーターにちょっと不吉な予言がしたいとかなんとか言ってたと思いますよ。確か名前は『(くだん)』とか……」

 

「完全にヤバい系のフレンズじゃねーか!! 丁重にお帰り願え!! この映画館ぶっ飛ぶぞ!!!!」

 

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

畜生道からご

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある再起の四月馬鹿(メガロマニア)

 

 

 

 


 

 

 

 

《ねね。どうかな、レイシアちゃん。今借りてるのは三期なんだけど、これけっこうよくない?》

 

 

 夜、七時半。

 匿名レンタルサービスにて借りた深夜アニメをレイシアちゃんに見せてから、俺は感想を求めていた。俺も見たことはないんだけど、作品の評価については名誉回復を目指してた時期にちょろっと見てて、その時から落ち着いたら見ておきたいなーって思ってたんだよね。

 で、現に見てみたらなんかこの……ゆるーい感じが癖になるというか。長期シリーズだからか、ときたま変なシナリオが入るのも愛嬌として楽しめる。レイシアちゃんをオタクの道に引きずり込む作品としてはかなりよいのではないかと思うんだが……。

 

 

《……シレン。これ、大覇星祭の前日に見る作品ではないのではなくて?》

 

《ええっ!?》

 

 

 意外なことに、レイシアちゃんの反応はあまり芳しいものではなかった。

 馬鹿な……シチュエーションの問題だと!? なんかこう、血沸き肉躍る感じの深夜アニメを見繕うべきだったか!? それともニチアサ系の特撮作品とかの方がよかったかな……。でも俺、まだこの世界の特撮作品事情とか分かってないからな……。

 

 

《だ、ダメだった……? 面白くなかった……?》

 

《いや、面白いとか面白くないとか以前に、これめちゃくちゃ長編ではありませんの。早めに寝ないといけないのですから、ハンパなところまでしか見れませんわよ》

 

《あー。レイシアちゃん、アニメは一挙視聴したい派か~》

 

《何か都合のいいように納得されてる気がしますわ》

 

 

 分かるよ。続きが気になるんだよね。俺は時間になったらアニメが途中でも一旦切り上げられるタイプだけど、レイシアちゃんは気になっちゃうんだな。

 そこの配慮は確かに足りなかったかもしれない。ごめんね、レイシアちゃん。

 

 

《でも、そこは安心してくれ。さっき端末にDLしたアプリはこのプレーヤーと連動して保存したアニメを端末でも再生することが……、》

 

《だから明日から大覇星祭だと言っているでしょうが!!!!》

 

 

 お、怒られた……。

 

 

《はぁ……。もういいですわ。ちょうど区切りもいいことですし、今日は寝ますわよ。アニメは大覇星祭が終わるまで禁止》

 

《ええっ!? 大覇星祭って一週間続くんだよ!? 一週間禁止!? そんな殺生なぁ!》

 

《大覇星祭に集中しろっつってんですわ!!!!》

 

 

 お、怒られた……。口調が若干崩れるレベルで……。

 

 

《分かってるよ……。もちろんそっちにも本気は出すってば。せっかく色々と白井さんにレクチャーしてもらったんだし。アニメも……まぁ、落ち着くまで我慢するし》

 

《ホントに分かってるのかしら、このダメオタク……》

 

 

 ひどい言われようだ。俺だってやらなきゃいけないことはちゃんと分かってるからね! むしろその面で言えば、レイシアちゃんより俺の方がしっかり分かってるまであるからね! まぁそんなこといちいち言わないけどさ。俺が言うべきは、この一言のみ。

 

 

《明日は頑張ろうね、レイシアちゃん。おやすみ》

 

 

 あ、二言だった。

 

 

《……ええ。おやすみなさい、シレン》

 

 

 その言葉を最後に、俺は夢の世界へと旅立った。

 

 ────そしてそれは同時に、長い長い一日の始まりでもあったのだ。




ちなみに作品分けしたのは、作品の空気感を考えたのもありますが、一番デカイ理由は最初の畜生道(作者の別作品です)ネタをやるのにクロスオーバータグをつけなくちゃいけなかったからです。


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第一章 多分これは悪い夢

   第一章 多分これは悪い夢

April_Megalomania.

 

 

 

   1_??/?? 07:00

 

 

 

 翌日。

 何の変哲もないその日の朝は、()()()()()()

 明確な違和感があるわけではない。だが何か……ここ数か月でかなり見慣れたはずの部屋が、どこか見慣れなくなっていた。

 

 

「……なんだ……?」

 

 

 何か違和感をおぼえて、俺は上体を起こした。

 掌を見つめる。レイシアちゃんの身体は、ぱっと見どこも異常はないが……やはり、ここにも不思議な違和感がある。なんというか、全体的に身体のバランスがとりづらいような……?

 

 ……風邪かな? それなら認知能力が微妙におかしいのも納得だし……、……いやいやいやいや!! 風邪かな? じゃないだろ! 今日大覇星祭だぞ!? 大事な大一番だぞ!?

 風邪なんて引いてる場合じゃ──、……そうだよな。風邪なんて引いてる場合じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()。俺たち、一応この二週間体調管理にはちょっとびっくりするくらい気を遣ってたし。

 

 落ち着いた俺は、自分のおでこに手を当てる。寝起きでまだぽかぽかしている指先だったからか、おでこは微妙にぬるく感じた。……なんにせよ風邪がある感じではない。

 悪寒とかもない。寝汗も……ない。……胸の谷間はちょっと汗ばんでるけど。

 

 っていうか、おっぱい重いなあいつにも増して……。身体のバランスがとりづらいのとか、大体ここのせいなんじゃないの? まぁ、レイシアちゃんに悪いからあんまり触ったりはしないけども……。

 そう思いつつ、なんだかちょっといつもより重い胸を持ち上げた、ちょうどそのときだった。

 

 

《……シレン、何してますの? そういうことをするならわたくしが抜けてる間にやってくれないかしら……》

 

《どわっほほほわほわい!?!?!?!? いやいやいやいやいやいやややいやいや、れれれレイシアちゃんこれは違うんだただちょっとなななんか違和感があるから確認をっていうかそもそも部屋もおかしいし身体もおかしいしこれはきっと何かの魔術の仕業なんじゃないかなそうだよきっとそうだよ!!!!》

 

《……シレン。落ち着いて。ビークールですわ》

 

《………………はい、すみません》

 

 

 とりあえずの落ち着きを取り戻した俺は、精神的正座体勢に入って沙汰を待つ。

 どういう意図があったにしても、起き抜けにおっぱいを持ち上げてたことに変わりはないわけだからね。まずはそこだけ見たレイシアちゃんの感情は受け止めねばなるまい。

 

 

《……はぁ、シレン、どうしましたの? 今更副人格(わたしなんか)がどうのこうのとかそういう話ではないと思いますけど……、その慌てよう、流石に不気味ですわよ?》

 

《えっ》

 

 

 ……と思っていたのだが、レイシアちゃんの温度感は意外にもぬるま湯並だった。

 いやまあ、俺もそんなボコボコに叱られるとは思ってなかったが、それでもからかいの一つや二つや三つはあると思ってたんだけど……。

 

 

《いや、そこでなんでキョトンとするのかしら……。ちょっとシレン、しっかりしてくださいまし。寝ぼけてるんですの? 口調もおかしかったですし》

 

《? 口調???》

 

 

 態度が挙動不審すぎる、というならまだ分かるけど……口調? 口調は別におかしくなかったような。

 

 

《やっぱりおかしいですわね……。何かありましたの? まさかまたぞろ集団術式(パッケージ)でも……。……ありえますわね》

 

《パッケージ? レイシアちゃん、何言って、》

 

『よいしょっと』

 

 

 と。

 

 そこで俺は、度肝を抜かれる光景を目にする。

 俺の目の前に────レイシアちゃんの背中があった。

 

 いや、背中なんてなかなか見る機会もないが、仮にも自分の身体だ、後ろ姿だけでも分かる。これは間違いなく、レイシア=ブラックガードという少女の背中だ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「えっ、あっ! いや……」

 

 

 ──そこで、『レイシアちゃんの背中が目の前にあるということは、俺は?』ということに気付いて身体に触れてみるが、俺の身体はしっかりと生身だった。少なくとも、感覚はそうだった。

 とすると、目の前のレイシアちゃんは一体……?

 

 

『……確定ですわね。()()()()を知らないということは──アナタ、シレンではない? ……いえ、にしては対応がアレすぎますわね……。記憶が飛んだ、とか?』

 

 

 ……。…………狂った身体のバランス。どこか違和感のある自室。気持ち身長が伸びているレイシアちゃん。

 なんとなく、現状起こっていることが……分かりかけてきた。

 

 

「いや。レイシアちゃんの感覚で言えば────今話してる俺は、『過去のシレン』の意識だよ」

 

 

 どうやら俺は、未来に来てしまったらしい。

 

 

 

   2_??/?? 07:15

 

 

 

『なるほど。理解しましたわ』

 

 

 ふわふわと宙に浮かびながら、レイシアちゃんは腕を組んでそう頷いた。

 今までずっと一緒の身体にいたのに、こうして内面ではなく実際に対面して話せるというのは、どうにも奇妙な感覚だが……。

 

 

『要するに、原因は不明だが意識が未来に飛んでしまった、と。本来のシレンの意識がどこへ行ったか気になりますが……御使堕し(エンゼルフォール)みたいに世界中の魂がしっちゃかめっちゃかになったりはしてませんわよね? いやですわよわたくし。イギリス清教の連中に追い掛け回されるの』

 

「あ、あはは……」

 

 

 あながちあり得ない話じゃないだけに、なんともいえねぇ……。

 もしそうなったら、この時代のレイシアちゃんにも、俺にも、かなりの迷惑をかけてしまう。まぁ俺だったら別にいいけど、レイシアちゃんに迷惑をかけるのは絶対にマズイ。

 

 

「あ、そうだ! それなら──」

 

 

 テレビを確認してみれば一発だよ、と言いかけたところで、俺は寸でのところで口を噤む。

 あ、危ない。そうだ、この街には滞空回線(アンダーライン)があるんだった。迂闊なことを言えば、アレイスターに正史の知識がバレてとんでもないことになってしまう。

 ん? あれ、そういう意味だと、レイシアちゃんが今とんでもないことを口走っていたような……?

 

 …………っていうか俺、さっきからお嬢様口調忘れてたな!? いや、動揺していたとはいえ今までちゃんと貫き通してたのにそんなことあるか!?

 

 

滞空回線(アンダーライン)ならもうありませんわよ。あの最低野郎、一回理事長辞めましたし』

 

「んんん!?!? 辞めっ、いや最低野郎!?」

 

『あ。アレイスターのことですわ。またの名を歴史的ド変態』

 

「歴史的ド変態!?!?!?」

 

 

 な、なんでアレイスターがそこまでボロクソに言われてるんだ……。いったいアレイスターに何が起こったんだ……?

 ていうか一回理事長辞めてるって、何がどうなってそうなったんだ……? また理事長になったのか……?

 …………うーん、良く分かんないけど、バレる心配がないなら口調を取り繕わなくてもいいかぁ。

 

 

『ちなみに、今のシレンはもう口調取り繕ってませんわよ』

 

「えっマジで!? どういう経緯で!?」

 

『今とは口調も違いますけどね』

 

 

 ……ま、マジで何があったんだ……。

 

 

『もう大分前の話ですわ。世界の拡張子(ワールドタイプ)とか幽体離脱(アストラルフライト)とか……。でもそこも知らないということはシレン、だいたい三年前から来たんですのね……。一番忙しい時期ではありませんの』

 

「さんねんまえ!?」

 

 

 えっ……三年前。……三年後? ってことはレイシアちゃん今…………高校二年生!?!?

 こっ、高校……高校二年生。二年生。二年生、か……。

 

 

「そ、そうか。高二、高二かぁ……」

 

『今は四月一日ですから、まだギリギリ高校一年生ですけれどね。この間上条当麻と一方通行(アクセラレータ)の卒業式でしたわ』

 

「か、上条さんが……卒業……!?」

 

 

 なんていえばいいのか分からない。

 嬉しいような、寂しいような、誇らしいような、感慨深いような。目の前の大切な少女が、様々な体験をしてきた──その大切な思い出を共有できないことに、何か少し、置いて行かれたような感覚がする。

 

 

「なんていうか、時間が経つのって早いんだなぁ……」

 

 

 そこはかとなく感傷に浸りつつも、気を取り直して、俺はテレビのリモコンを探す。

 

 

「──さておき。状況把握をするなら、テレビを確認してみれば多分一発だよ。確か正史でも、テレビの人達が軒並み入れ替わってたし……」

 

 

 早めに安心を得たいということもあり、俺は備え付けのテレビをつけようとリモコンを探すが……場所が分からない。しまう場所変えたのかな……。

 

 

『此処ですわ。……そういえば去年、リモコンの置き場所決めてましたわねぇ』

 

 

 言いながら、レイシアちゃんがふわりとリモコンを掴んでテレビの電源を入れる。……あ、幽霊っぽいけど物理干渉可能なんだ、その身体。

 ……あれ、いったいなんなんだろうな? 薬味さんや……名前忘れたけど、上里勢力の幽霊の子みたいな流体思考体の亜種かと思ってたんだけど、そもそもどういう経緯でレイシアちゃんがアレをやれるようになったのかも分からないし、どういう原理かも分からないし……。全体的に謎だ。

 

 

『シレンもできますわよ?』

 

「えっ」

 

 

 そんな風にふわふわ漂うレイシアちゃんをぼうっと眺めていたからだろうか。

 不意に俺の方へそう言ったレイシアちゃんは、イタズラっぽい笑みを浮かべる。

 

 

『原理はシレンも薄々感づいていると思いますが、薬味久子が使っていたAIM思考体の理論そのままですわ。自分の放つAIM拡散力場を媒体にして、学園都市に充満するAIM拡散力場に自我を移しているのです。食事もできますわよ』

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 二乗人格どころか幽体離脱までマスターして、いよいよ人間という枠組みの限界に挑戦しているレイシアちゃんは、そのままピッとテレビの電源を入れる。

 そこに映っていたのは──

 

 

超能力者(レベル5)特集! 今回は第四位レイシア=ブラックガードさんに引き続き、第七位結標淡希さんにスポットを当て──』

 

「む、結標さんが超能力者(レベル5)になっとる……」

 

 

 ……はっ! 違う違う! きちんと結標さんの姿で結標さんが紹介されてるから、御使堕し(エンゼルフォール)の危険は消えたっていうところでしょ、今のところは! 情報のぶっ飛び度が予想以上だったからなんもかんも吹っ飛んじゃったけど!

 

 

「────っていうかレイシアちゃん、第四位だったの!?!?!?!?!?」

 

『うわっ、今日一番のリアクション。しかし、そこに食いつくとはさすがはシレンですわね』

 

 

 レイシアちゃんは肩を竦めて、

 

 

()()、第四位ですわ。オカルト系ではわたくしの方が伸び率が高いので、魔術込みで考えれば二位か一位はイケると思うんですけれどね。やはり超能力者(レベル5)の序列は工業的価値で決まりますから。今は、序列を上げる為に分子間力学分野自体を拡大しているところですわ』

 

「ああ……研究分野自体が大きくなれば、『工業的価値』も必然的に大きくなるもんね……」

 

 

 考えたなあ、レイシアちゃん。そして冷静だなあ。俺の時代のレイシアちゃんなら、こうあっさりと自分が四位であるという立ち位置に納得したりはしなかったろうに、それを受け止めるだけじゃなく、前向きに変えていこうとできるあたり、凄く立派だと思う。

 成長したんだなあ……。

 

 

『……ま、誰かさんの受け売りですけどね』

 

 

 レイシアちゃんは何事かをボソッと呟き、

 

 

『ひとまず、このテレビの様子を見る限り御使堕し(エンゼルフォール)は起きてないようですわ。最低限安全のようですし……せっかくですから、シレンに三年後の未来をお見せしますわよ』

 

 

 

   3_04/01 08:30

 

 

 

 朝の身支度を終えた俺達は、そのまま街へと繰り出した。

 春休み終盤だからか、街はけっこう賑やかだ。

 

 

「でも……レイシアちゃん、未来を見せるって言っても、何を見せてくれるの? いや、普通に三年後の学園都市がどうなっているかも気になるところだけど……」

 

『そりゃもう、一番オモシロ……もとい面白い変化をしてるのはあの女ですからね。お待ちあそばせ。今呼びつけますわ』

 

 

 言いながら、ふわふわ浮遊中のレイシアちゃんは何やら両手を広げてどこかに交信を始めた。

 どうでもいいんだけど、そのままの姿で往来に出ていいんだろうか、レイシアちゃん……。不思議存在らしく服装はネグリジェから白と黒のチェック模様のドレスになっているけれど……。

 あと、オモシロって言い直した後やっぱり面白いって言ったよねレイシアちゃん。よくわかんないけど心の底からその女の人のことナメくさってるよね。そういうのはよくないぞ。

 

 

『今連絡しましたわ。あの女、色々無茶して例のネットワークに窓口作ったから、総子経由で呼びつけやすくなりましたのよ』

 

「総子って誰さ……」

 

『ミサカネットワークの「総体」ですわ』

 

「なんでそんなビッグネームとめちゃくちゃフレンドリーになってんの!?」

 

 

 そしてミサカネットワークに窓口作っちゃったってことは多分『あの女』って美琴さんのことだよね!? 確かにいかにもできそうな人だけど……あの人はあの人でいったいこの先どんな無茶をやらかすのさ!?

 

 

「──ったく。面白いもの見せてやるって聞いたからとりあえず来てみたけど、春休みにいきなり呼びつけてくるヤツがある? ちなみにこの後用事があるから手短に済ませるよーに」

 

 

 と。

 

 そんなことをレイシアちゃんと言い合っていた俺の頭上から、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 見上げると──止まった風車のプロペラの上に立っていたのは、茶色いショートヘアの少女。

 白いシャツに、デニムパンツの活動的な出で立ちなので、見上げる体勢でも視線のやりどころに困らないのがありがたかった。

 

 

『知りませんわよ。それよりこっち来なさい。()()()()()()()()()()()

 

「はぁ? シレンさんに? 今さらすぎやしない? なに、今度はシレンさんが記憶喪失? 取り戻す方法とか見つけてんの? また例の大冒険は勘弁してほしいんだけど」

 

『そうじゃありませんわ、もっと愉快な方。……よし。さあシレン、紹介しますわよ』

 

 

 その容貌は──俺にとって見覚えのあるものだった。

 記憶にあるものより少しだけ大人びたその顔立ちも、背丈も、三年という月日を考えれば妥当だろう。

 だが一つだけ、俺の理解を阻む『とある違い』があった。

 

 その違いとは。

 

 

『こちら、わたくしと同じく、上条当麻と同じ高校に通う同級生。──御坂美琴ですわ』

 

「美琴さんが巨乳だ!?」

 

「誰が疑乳かッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

   4_04/01 08:35

 

 

 

「改めて、失礼しました……」

 

『おーっほっほっほ! それでこそ、この成り上がり乳と引き合わせた甲斐がありましたわ!』

 

「成り上がり乳って何よ!? なんで私はデカくなってまで乳でイジられてんの!?」

 

 

 それ、多分美琴さんのリアクションが良いからだと思うよ……。

 

 …………さておき。

 どうやら美琴さんはこの三年で劇的に成長したらしく、今となってはレイシアちゃんや食蜂さんにヒケをとらないバストサイズになったのだそうだ。

 いや、咄嗟とはいえとても失礼なことを口走ってしまった。申し訳ない。 

 

 

「──んで、シレンさんの意識だけが過去から飛んできたってことなのよね。確かに、言われてみれば今よりちょっとノリが若いかも」

 

「え、えぇ……。今からさらにノリが老けるの……?」

 

 

 今でさえちょっと若者のノリについていけてないなって思うことあるのに。いやだなあ、精神だけどんどんオッサン化してしまう。

 

 

「あーいや、老けるというか老成するというか、どっちかというと列聖されてるような……」

 

『はいはい美琴。ネタバレ厳禁ですわよ。まだ未来の話なんですから』

 

「気になるなぁそのノリ!」

 

 

 まぁ無理に聞き出すのもアレなのでほどほどに流すけどさ……。未来の俺は一体どうなってるのさ……?

 

 

『はー……面白かったですわ。あ、美琴はもう行っていいですわよ』

 

「最後まで私の扱いひでぇな!!」

 

「ウチの主人格がすみません……」

 

 

 用事があっただろうに、最後まで付き合ってくれた美琴さんを見送り、俺達は春休みの街を歩きだす。

 

 

『ウチの主人格、ねぇ……』

 

 

 アイスが惑星みたいにくるくる回っている『公転アイス』を食べながら、レイシアちゃんはふとそんなことを言った。

 

 

「あ、何かまずかった?」

 

『いえ。ただ、その言い回しも懐かしいな、と思ったまでですわ』

 

 

 ……含みのある言い方だなあ。

 

 

『ですが、これで分かったでしょう。三年後の学園都市も、なかなかに面白いと』

 

「レイシアちゃんは全体的に上から目線で楽しんでるよね」

 

『そりゃ当然ですわ。わたくしですもの』

 

 

 なんか、『向こう』のレイシアちゃんに比べると自信が揺るぎ無くなってるなぁ……。

 

 

「……しかしそのアイス、凄いね」

 

 

 公転アイスを食べながら俺の周りを公転しているレイシアちゃんを見て、俺はぽつりと呟いた。

 過去の時点で学園都市のトンデモグルメは相当なものだったが、未来の学園都市グルメはなんかこう……味だけでなく、見た目もトンデモになっている気がする。それだけ技術が発展したってことなんだと思うけど……そういう発展のさせ方ってあるか???

 

 

『こんなの珍しくありませんわよ。最近は能力開発も進みましてね。段階演算(ブラッドサイン)という研究のお陰で、素養格付(パラメータリスト)の超越なんて珍しくなくなりましたわ』

 

「え、そうなんだ! それはすごい」

 

『なんでも、わたくし達のケースを元にしてどっかの木原が編み出した科学の平和利用とか加群は言ってましたが……』

 

「加群さん!? そうだ、加群さん大丈夫なの!?」

 

『どの口が言ってるんですの……? ……ああ、そうでした。今のシレンは経験してないんですのね』

 

「え? 俺?」

 

 

 未来の俺、色々やってるなぁ……。

 でも、加群さんが無事なのはよかった。あのへんは本当に悲しいからね……。読んでても悲しいんだから、当事者になるんなら絶対回避したいよな。よくやったぞ、未来の俺。

 

 

「あとそうだ。能力ときたら魔術。朝もなんかパッケージとか言ってたけど、あれっていったい、」

 

『ああ、それはですね、』

 

 

 アイスを食べ終えたレイシアちゃんが俺の問いに応えようとしたところで、その手にあった端末から着信音が鳴る。

 

 

『……む。上条からですわ。美琴と話してるときに既に連絡は入れておいたんですのよ。オティヌス経由で』

 

 

 あ、美琴さんと連絡してるときから何かスマホいじってるなーと思ってたら、オティヌスだったのか。

 

 

 

「そういえばレイシアちゃん。こっちだと上条さん関連の恋模様ってどうなったの」

 

『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

 

 ……うっ、凄い沈黙。聞かなきゃよかった。

 

 

『……負けましたわ。完敗。普通にインデックスに取られました。記憶まで復活させられたらもう素直に祝福しないと女が廃るってもんですわよ』

 

「あ~……やっぱそこはそうなるのね……」

 

 

 ……そっか……。上条さん、インデックスと一緒になるんだ。そっか。そっか………………。……よかったなぁ。インデックスとなら、上条さんはきっと幸せだろう。色々と大変な人生を歩んでる人だから、幸せになってくれればそれだけで嬉しい。

 

 

『……シレン? 何ヘタレてますの? 確かに!! 確かに遺憾ながらわたくし達は負けヒロインとなりましたわ! 「こちら」のわたくしはシレンと一緒に生涯独身養子縁組ルート! ですが……「そちら」はまだ決着がついていないでしょう!? 所詮この世は本線から()()した断片(フラグメント)の集積体! 「こちら」と「そちら」の連続性になどいかほどの安定性がありましょうか! というかこうしてシレンが「こちら」に来た時点で十中八九この未来はありえませんわよ! 諦めるな!』

 

「えっ、あっうん」

 

 

 な、なんかめちゃくちゃ熱い激励を受けてしまった……。この世界の俺、やっぱそのうち乗り気になってたのかな。

 

 

「あ、いたいた。おーいレイシア、シレン!」

 

「!」

 

 

 振り返ると、そこには見知ったツンツン頭の少年と、金髪に魔女帽の少女がいた。

 

 

「事情は聞き及んでいる。──お前とは初対面、ということになるか。何か奇妙な感覚だが」

 

「あ、どうも初めまして……」

 

 

 一応、会釈をする。

 そんな当たり前の対応しかできないくらい、俺は驚愕に襲われていた。

 

 金髪に、魔女帽の少女。

 

 目の前の少女を、本当に素直に言い表した表現だ。

 ──そう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 目の前にいる神様、隻眼のオティヌスは────何故か、普通の少女の大きさとなっていた。

 

 

「……ああ、そうか。そういえば()()の私は魔神の干渉によって死ぬところを無理やり人形サイズにされて生存していたんだったな」

 

 

 オティヌスはふっと微笑み、

 

 

「『こちら』の私は『どこかの誰か』のお節介のお陰で多少事態が好転してね。……結果的に例の在りし日の銀の星のような状態になったわけだが」

 

「…………???」

 

「『勝つ可能性』と『負ける可能性』の話ですわよ。『負けたオティヌス』と『勝ったオティヌス』、どちらかをモードチェンジして魔神として振舞うのがヤツの方式でしたが、シレンが横槍を入れてアレイスターよろしく『勝ったオティヌス』と『負けたオティヌス』を同時に内包させて、オティヌスの魔神性を破壊したのですわ」

 

「…………???????」

 

 

 ご、ごめん何を言ってるのかさっぱり分からない……。

 アレイスターよろしく? アレイスターもそんな色んな可能性を内包してるってこと? し、知らない……。そんな話まだ読んでない……。新刊ネタバレやめてください……。

 

 

「ま、お前のお陰で今の私があるということだ。神の感謝だ。素直に受け取れ人間」

 

「あ、はい」

 

 

 記憶にないところで感謝されてもなあ……。それは多分、『こちら』の俺が受けるべき感謝だし。

 まあ、オティヌスはオティヌスで元気にやってるみたいでよかった。スフィンクスに食べられる心配もないしね。

 

 

『しかし、よく来ましたわねオティヌス。わたくしは上条だけ呼んだのに』

 

「馬鹿野郎。お前のような雌狐のところに人間をひとりでやるわけがないだろうが」

 

『失礼ですわね! わたくし、もう上条は諦めたと言っているでしょう! 美琴と操祈とアナタとで一斉にフラれたんですから!』

 

「ええっちょっと待ってそんなことになってたの!?」

 

「…………えーと、上条さんもう帰ってもいいですか? その話は……未だにちょっと、トラウマなんで……」

 

「あ、上条さんはそこでちょっと待ってて」

 

「まぁ、半分は冗談だ。色々と聞きたい話もあるだろうが……どうやら、その話を続ける時間はもうないらしい」

 

「え?」

 

 

 話が呑み込めない俺を置いて、隻眼の神様はさらに続ける。

 俺にとっては、殆ど破滅の宣言のようなセリフを。

 

 

「『魔神』だよ。連中、お気に入りに面白イベントが起きたからっていきり立ちやがった」



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第二章 良き寝覚めの為に

   第二章 良き寝覚めの為に 

Morning_Call.

 

   1_04/01 9:20

 

 

 

「ま……魔神!?」

 

「ああそうだ。連中、お前の中身が三年前の過去のものだと既に気付いているぞ。色々あって老成したお前ではなく、何も知らないウブなお前を好き放題からかえるとあって、いつもの数割増し本気で()()()()()()()()()()。その警告の為に私も同行したというわけだ」

 

 

 ま、魔神か……! どうしよう!? あんなのが複数で来られたら、ただじゃれつくだけでも地球が何度か終わりかねないぞ!?

 っていうか魔神が理想送りにされてないのも疑問なんだけど、まぁ多分そこも俺がなんか関係してるんだろうし……。

 

 

「警告は有難いけど……どうするんだ!? なんか気に入られてるのは嬉しいけど……魔神にじゃれつかれたら、流石にただの人間の身じゃなんともならないでしょ!? レイシアちゃんの身体を傷つけるわけにもいかないし……」

 

『あ、わたくし達AIM思考体になれるから、究極的には肉体が滅んでも大丈夫ですわよ。肉の器は壊れても作り直せばいいんですし』

 

「なんか超越者みたいなメンタルになっちゃうのはダメぇ!! ヒトは身体が壊れたらおしまいなの!! 一つしかない身体は大切にしないといけないの!! そこを踏み越えたら色々とダメになってしまうものなの!!」

 

『だってぇー……上条にフラれた以上、普通の人生を送る意味もないですしぃー……それならいっそシレンとずっと一緒に不死の道を歩んでも……』

 

「くっ……このへんは実際にフラれてない身ではなんとも言えない……! 未来の自分に託す!」

 

 

 なんとかレイシアちゃんに人としての一生を全うさせてあげてくれ。いやまぁ、お前が『レイシアちゃんと一緒に人外になるならそれでもいいかな』って思うなら別にいいけど……。

 

 

「お前ら」

 

 

 と、懊悩している俺達へ、オティヌスが冷ややかに声をかけた。

 

 

「じゃれ合っているのは結構だが────そろそろ、来るぞ」

 

 

 その、次の瞬間だった。

 

 

 ひらり、と一枚の手紙が、俺のところに舞い降りてくる。手紙だと分かったのは、その一枚の紙の上に筆で書かれた字が幾何(いくばく)か踊っていたからだ。

 その字はあまりにも達筆すぎて普通の高校生には解読できないほど難しかったが、レイシアちゃんの解読能力を駆使して読解してみたところ、要約すると次のような内容だった。

 

 

『拝啓 真なる外より出でて過去より来たりし我らが「天敵」

 

 過去からこの時代へ来て、きっと困惑していることだろうと思います。我らの知恵が貴女の現況を打開する一助となるべく、今からそちらへ出向きましょう。

 限界まで力は弱めておくので、貴方の世界を壊すことはないと思います。たぶん。もし壊れてもあとで内緒で直しておくのでご容赦せらるべきの状、件の如し』

 

「…………これただの犯行予告だ!?!?」

 

 

 一通り音読してから、俺は我に返って手紙にツッコミを入れてしまった。

 

 ちくしょう、なんだこの丁寧なわりにフランクに世界をぶっ壊す可能性について仄めかした最悪な予告状は! いったいどうすればいいんだ!?

 

 

『……うわぁー、達筆ですわねぇ。これ、誰からかしら。日本文化圏の魔神っていうと……』

 

「なあ、レイシア。件の如しってなんだ?」

 

『件というのは妖怪のことですわ。件は正直な妖怪だから、この文書にも件のように嘘はありませんよという意味です』

 

「はぇー」

 

「おい令嬢。嘘を吐くんじゃない。そいつは民間語源だろう。件という妖怪の発生は江戸時代後期だが、『件の如し』という言い回しは平安時代まで遡っても残っているぞ。その理屈だと件という妖怪が平安時代からいたことになるじゃないか」

 

『チッ……無学なバカが恥ずかしい勘違いを一個増やすだけだから別にいいではありませんの』

 

「お前達がフラれたの、そういうとこだと思うぞ」

 

『うるッッッッせェェェええええええですわねッッ!!!! テメェだって一緒にフラれてボロッボロに泣いてたじゃありませんの!!!!』

 

「れ、レイシアちゃん。どうどう。落ち着いて。落ち着いて。上条さんが半泣きになってるから」

 

「そうそう。あと、いい加減に話題を儂の方に戻してくれんと、さしもの寛容さを持つ儂でもちと拗ねてしまうが」

 

「ほら僧正もこう言ってることだしって僧正!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 うわっ!? 本当にいつの間にか僧正がすぐ隣にいた!! 絶対なんかド派手に『──そして襲い掛かる魔神達!?』って感じに来ると思ってたのに、僧正が単品で来た!?

 

 

「私らもいるけどね」

 

「神そっちのけで無邪気に青春を満喫するなんて、いっそ天罰モノの不敬さよね」

 

 

 そ、そして娘々とネフテュスもいる……。

 ……でも、それくらいだな。魔神三人衆しか来てない。もっとオールスター大集合で魔神がドバッと来るのかと思ってたけど……。

 

 

「儂らとて、過去の戦いを経て何も学ばなかった訳ではおらんよ」

 

 

 僧正は、枯れ枝のような細さの指でこめかみのあたりを掻くようにしながら、

 

 

「儂らが重視する人間にも、同様に重視する環境があった。ならばその環境に対する負荷はできる限り軽減せねばなるまい。ちょうど、環境保護に精を出す人間のようにのう」

 

『相変わらず上から目線で反吐が出ますわね。今すぐにでも引きずり降ろしてさしあげましょうか』

 

 

 鷹揚そのものといった僧正に対し、レイシアちゃんは厳しい目つきでそう切り返した。

 ……うーむ? なんか魔神サイドは俺の知る正史のそれよりも大分人間側に歩み寄っているような気がするんだけど、レイシアちゃんの態度がこれなのは、元来の反骨心ゆえなのか、それとも別口でなんかあったのか……。

 ……両方っぽそうだな。

 

 

「ほっほ! ()()()()()()()()()人間から凄まれるというのは心地いい。それだけでも、厳しい選抜に勝ち残って此処に来た甲斐があったというものじゃな」

 

「実際にはただのジャンケン大会でしょー? あんまりドンパチやりすぎると世界中に不幸と幸福が撒き散らされちゃうからさ」

 

「やっぱり窮屈よね、この世界って。そういう意味では、あの理想郷が少し懐かしくもあるけれど」

 

 

 魔神のジャンケン大会か……。

 

 

「まぁよいではないか。せっかく久々にウブなシレンで遊べるというのじゃからのう。さて、此処は未来の知識を教えてやることから始めようかの。たとえばレイシアが初めて幽体離脱した時の醜態とか……」

 

『大概にしないと承知しませんわよこの邪神ども!!』

 

 

 ズウ──と。

 俺の背後で漂っていたレイシアちゃんの存在感が、急速に増大していく。

 

 

「なんじゃ。どうせシレンの体質で()()()()のじゃ。大方、此処での記憶は薄ぼけて忘れられるとかで済むのだから、気にしなくてもよかろう?」

 

『やっぱ何も学んでませんわねこのおバカ! どうせ結果は同じだから大丈夫だろじゃありませんのよ! 最終的に全く同じ世界に戻ってきたけど途中で「しあわせな世界」を壊したんだって思い悩んでいた上条のことをもう忘れましたの!?』

 

「……、」

 

 

 ……あ、レイシアちゃん今、ツッコミのどさくさに紛れてオティヌスの方も殴ったな。

 やっぱり三年経ってもレイシアちゃんの根幹は変わってないというか、こういうときのレイシアちゃんは相当頭に血が上ってるからなあ。とりあえず、落ち着かせないと収拾がつかないぞ。

 

 

「あー、レイシアちゃん。そんな殺気立たなくてもさ。いい加減この未来にも慣れてきたし、テキトーに流すなりするから大丈夫、だ、よ……、」

 

 

 そうして収拾をつけようと、レイシアちゃんの方へ振り返って、俺は思わず言葉尻が弱ってしまった。

 何故か?

 

 それは、レイシアちゃんの碧眼が()()()()()に変色していったからだ。

 

 

「れ、レイシアちゃん……? 目、目……」

 

『ん? ああ……シレン、ちょっと臨神契約(ニアデスプロミス)をやりますわよ。このおバカどもには、やはり一度、完膚なきまでの敗北というのを味わわせてやらねばなりませんわ』

 

「ほっほ!! 動くか、我らが『天敵』! それもいい、『歴史の追放者』とかち合うのであれば、儂らも俗世を気にせず暴れられるからのう!!」

 

 

 ドボジャア!!!! と。

 僧正が両手を広げた瞬間に、目の前に『山』が出来たのを皮切りにして。

 

 

 

()()()()()()()()()?」

 

 

 

 ボッッ!! と、それまで展開されていた『山』が一瞬にして消滅した。

 だが、それはレイシアちゃんが何かしたわけじゃない。証拠に、レイシアちゃんは予想外の挙動に目を丸くしているし──僧正もまた、突然己の魔術が消し飛んだことに困惑しているようだった。

 そして、その消失劇の立役者が誰かは、すぐに分かった。

 

 魔神の『天敵』?

 

 レイシアちゃんがそう呼ばれる前に、もっと相応しい『天敵』はいたはずだ。魔神によって見いだされ、魔神の新たな希望として、特別な右手を与えられた少年──

 

 

「…………まーたきみらは軽率に世界を滅ぼしかけやがって……」

 

 

 ──上里翔流。

 

 どこにでもいる平凡な少年が、今日に限ってはいつも一緒にいる少女達を一人も伴わせずやって来ていた。

 

 

「特に僧正。きみ、ぼくの介入を回避するために世界を歪めたな? 此処に来るまで、エイプリルフールに輪をかけてのフェイクニュースの数々で街がしっちゃかめっちゃかだ。お陰で簡単にきみ達を見つけることができたけど」

 

「ほほ、さて、何のことやら」

 

「まぁいいんだけどさ。()()()()()()()()()

 

 

 バシュッ、と。

 

 上里くんがそう言って、肩の力を抜いて頭をかいた瞬間──僧正の姿が、一瞬にして掻き消えた。

 

 

「既に言ったろう。『新たな天地を望むか?』と。自分が入滅した地面を支配下に置くきみの術式を考えれば、支配下となった土を()()()きみを理想に送ることなんて難しくない。それと、」

 

「あ、待、」

 

「きみらも同罪だよ、魔神」

 

 

 ボボシュッッッと、いっそ唖然としてしまうくらいにあっさりと、魔神は綺麗に影も形もなく消え失せた。

 

 

「おま、上里……!? なんで魔神を消し飛ばした!! お前もう、魔神への復讐はやめて、理想送り(ワールドリジェクター)を消す旅に出たんじゃあ……!?」

 

「ん? それとこれとは話が別だろう。今まさに世界を滅ぼそうって馬鹿をこのままこの世界においておけるわけがないだろ」

 

 

 ────空気が。

 

 ゆっくりと、徐々に捻じ曲がっていく。

 これまでの、ドタバタながらもなんだかんだで『コメディ』の範疇で片付いていたものが、明確に、もはや拳の衝突なくして終結できない形へと。

 

 そう。まるで。

 

 

 楽しいおふざけの時間(エイプリルフール)はこれで終わりだ、とでも言うかのように。

 

 

「確かに、ぼくはもう魔神への復讐はやめた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それにこの力も捨てると決めた。だが──それと世界の危機に立ち上がることは矛盾しないだろう。ぼくの願望はブレていない。『ごく平凡な自分の世界を守っていく』。それだけさ」

 

「そんなくだらねぇお題目の話をしてるんじゃねぇ! その為に魔神を切り捨てちまったら、その時点で血に汚れたテメェの手で触った『平凡な世界』ってのは血みどろになっちまうんじゃねぇのかよ!? テメェもそれくらい分かるくらいには、救いようがあっただろ!?」

 

 

 上条さんと上里くんは何やら激昂しつつ話しているようだったが、俺としては何か気持ちの悪いものを感じていた。

 上里翔流という人物としては、およそ不自然な行動原理。俺も彼の顛末までを『読んだ』わけではないので詳しくは分からないが、それでも色々あって勝ち取った成長をふいにするような人物でないことくらいは分かる。

 であれば、何故彼がこんな──魔神を消し飛ばすなんて、取り返しがつかない暴挙に出たのか。

 

 

「…………()()()が歪んでいるな」

 

 

 若干どうしたものか考えあぐねていた俺の傍らにいつの間にか立っていたオティヌスが、そんなことを言った。

 

 

「ゴム紐?」

 

「歴史の考え方だ。並行世界というのは、実際に世界が複数あるわけじゃない。一本の『歴史』というゴム紐を想像してみてくれ。このゴム紐を、どう引っ張って形を歪めるか。その歪み方が、我々が『並行世界』と呼んでいるものだな」

 

 

 オティヌスは、依然として言い合っている上条さんと上里くんを眺めながら、

 

 

「魔神が位相を差し挟むのとは、また別種の形で世界を歪めているわけだ、が──なるほど、魔神のレーンではないから、上里も術中に陥っているようだ。どれ人間! 一発問答無用でぶん殴ってやれ! それで歪みが治るかもしれん」

 

「全体的に煽りが雑!!」

 

 

 ツッコミを入れる上条さんだったが、一応そっちの方もちょうど言葉のやりとりは決裂したらしかった。

 静かに拳を握る上里くんと上条さんから視線を外して、オティヌスは俺達に言う。

 

 

「それから、お前達は私と一緒に来い。ヤツを歪めた犯人がこの街のどこかにいるはずだ。そいつを追うぞ」

 

 

 

 

2_04/01 9:40

 

 

 

 で、上条さんを殿にして、この問題の元凶を突き止めるべく走り回っている俺達だが──上里くんがちょっと言っていたとおり、街はエイプリルフール企画でごった返していた。

 どこもかしこもわちゃわちゃと、普段やらないような馬鹿っぽい企画を打ち出してはみんなで笑っている。こんなことがなければ、俺も乗っかりたかったんだけどなー……。三年後の先端科学によるエイプリルフール。やりたい……。俺、前世の頃はソシャゲのエイプリルフール企画とか大好きだったからさあ。

 

 

『気になりますか?』

 

 

 そんな風に周囲に視線をやりながら走っていると、レイシアちゃんがそんなことを問いかけてきた。

 レイシアちゃん、俺に憑依しているから自分で動く必要がないんだよね……。だからか、俺の視線の先とかまでよく見ているのだろう。

 

 

「はぁっ……、まぁね。何もなければ存分に楽しみたいところなんだけど」

 

『まぁ、いいことばかりではありませんけどね。ほら、さっきからスマホで調べていたのですが、エイプリルフールの関係でフェイクニュースが大量に出回ったりとかで、ニュースの信頼性がどうのこうのといった問題も出ているそうですわよ』

 

 

 スマホをすいすいと操りながら、レイシアちゃんはいっそ他人事そうに言う。

 ……っていうかレイシアちゃん、朝からめっちゃスマホ使ってるね。未来のレイシアちゃんはスマホ大好きキャラなんだろうか。……なんか俺のせいな気もするけど……。

 

 

『「エイプリルフール企画専門のプロデュース会社があって、例年は各企業がそこを通しているから混乱も小さくて済んでいるが、今年はそこの会社を通さない企画が多いから統制が取れなくなっている」……らしいですわね』

 

「えぇ、エイプリルフールに元締めとかあるの? ああいうのって好き勝手やるからいいと思うんだけどな……」

 

 

 世知辛い……。っていうか、例年やってるなら今年もちゃんとやってほしいよね。なんか別事業に手を出したりしちゃったんだろうか……。

 

 あ、そんなこと言ってる場合じゃない。今は歴史を操っている黒幕を暴かなくては。

 そう思ったところで、おそらく同じことを思ったのだろう。レイシアちゃんが、先を迷いなく走るオティヌスへと問いかける。……地味にオティヌスも健脚だよなあ。

 

 

『で、手がかりはあるんですの?』

 

「ない」

 

 

 ないのかよ!?

 

 

「……が、現代の魔術師がこんな直近の歴史を操るのは、個人では不可能だ。やるなら複数。……十中八九、集団術式(パッケージ)だろうな」

 

 

 また出た。『パッケージ』。

 

 

「朝もレイシアちゃんが言ってたけど……パッケージって何さ? なんか魔術っぽくない響きだけど」

 

『基本的には、聖堂の修道女達が一斉にお祈りをするタイプと同じですわ。数十人から一〇〇人の集団で一つの術式を起動させるのです。違うのは……たいてい『何かしら』を降ろして利用しているところと、利用者の多くは魔術が使えるだけで専門家ではない素人というところと、その集団独自の『集団幻想』を後付けで追加しているところ、かしら』

 

 

 説明に集中するためか、一旦足を止めたオティヌスに倣って移動を止めたレイシアちゃんは、そのまま人差し指を立てて続ける。

 

 

『たとえば『神の力(ガブリエル)』を集団で召喚したとします。普通の魔術なら、その天使の偶像を使って何やらしますが、集団術式(パッケージ)の場合はさらに『神の力(ガブリエル)は真実を伝える存在だから、彼女が伝えた事実は悉く真実になる』という幻想(ルール)を後付けできるのですわ。多くが魔術の素人だからこそ、そういう無体なことができるんですのね』

 

「な、なにそれ黄金錬成(アルス=マグナ)!?」

 

「実際には、そのルールの後付けの分、術式としてはかなりピーキーになっているがな。今の例なら、『メッセージは必ず電子メールの形で行わなければならない』から受け取ったメールを削除すれば起こった事実すら元に戻る、といったように」

 

『ま、今言ったようなのは極端な例ですわ。神仏の類は扱いが難しいですから、たいてい妖怪だの英雄だのを使った集団術式(パッケージ)に留まるのですが』

 

 す、すごいなレイシアちゃん……。まぁ正史を読んだ知識があるのも大きいとは思うけど、完全にオカルトに関する知識を自分のものにしている……。

 と、レイシアちゃんはそう言っている間もいじっていたスマホをぽんとタップすると、そこで初めてスマホから顔を上げて、こう言った。

 

 

『さて、見つけましたわよ。黒幕』

 

「えっ、早っ!?」

 

 

 もう見つけたの!? 今オティヌスが手がかりゼロとか言ってたところだったよね!? それは流石に快刀乱麻がすぎない!?

 

 

『早いと言っても、朝起きてからずっとGMDWの伝手を使って調べてましたので。これでもけっこうかかった方ですわよ』

 

「は、え……?」

 

『あのですねぇ……』

 

 

 レイシアちゃんは、いっそ呆れた様子すら見せて続ける。

 

 

『わたくし、最初の最初に集団術式(パッケージ)を疑っていたじゃありませんの。集団術式(パッケージ)は数十人から一〇〇人単位で行う大規模術式。それだけに、個人で動かすよりも圧倒的に強力な術式が使うことができますが──反面、人が集まればそれだけお金もかかる。ゆえに、お金の流れを調べておかしなところを突けば簡単にボロが出るのですわ』

 

 

 あ、ああ……。単純な魔術師の集まりとは違って、そういう社会的な部分からも追い詰めることができるのね……。

 

 

「フム……。なるほど、言われて合点がいった。余人には気づかれないように、歴史を操作していたんだろうな。もっとも、術式の効かない人間やお前達と接触したからボロが出たようだが」

 

「……接触? でも、別に誰とも会っていないけど……まさか今までの登場人物に犯人がいるなんてミステリじみた話じゃないでしょ?」

 

「おいおい。お前は最初の最初から『その概念』に触れていたはずだぞ。今日がいったい何日か忘れたのか?」

 

 

 鼻で笑うオティヌスの言葉を引き継ぐように、レイシアちゃんが言う。

 

 

『「エイプリルフール」ですわ』

 

 

 

3_04/01 9:55

 

 

 

 結論が出てしまえば、あとは簡単だった。

 

 起点は、最初から明確だったのだから。

 上里翔流の襲来。明らかにそこから、全ての軸が狂っていった。そこで彼は、何と言っていた?

 

 

『特に僧正。きみ、ぼくの介入を回避するために世界を歪めたな? 此処に来るまで、エイプリルフールに輪をかけてのフェイクニュースの数々で街がしっちゃかめっちゃかだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 全ての歯車が狂った少年の襲来。それを手助けしたのが──エイプリルフールの混乱だった。

 そしてエイプリルフールの混乱は、もともとエイプリルフールの企画群を取りまとめていたプロデュース企業の手を離れたイベントが大量に出たことで起きたことらしい。

 これは一見すると、プロデュース会社が何らかの理由で弱体化したことによる弊害のように見えなくもないが──こうも解釈できないだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 であるならば。プロデュース会社は、そうやって間接的に上里くんを誘導し、俺達に干渉してきた。だから術式の効かない俺達や上条さんと接触し、術式の歴史干渉にボロが出た。

 何故わざわざそんなリスクを冒したのか、についても、ある程度想像がつく。

 

 

「……魔神は……俺達に、この術式のことを伝えるつもりだったんだろうね」

 

 

 レイシアちゃんと喧嘩していた僧正だったが、彼らとの交流はなんだかんだで『コメディ』の範疇だった。まぁ軽めに世界が滅びかねないスケールだったのはご愛敬だけど、彼らは俺達に悪意を持っていたわけではなかった。

 そして、魔神は存在しているだけで歴史を歪めるような規格外だ。もちろん自分達以外の存在が歴史を歪めるようなことをしたらすぐに分かるだろうし、あの時点でそれを認知していた可能性が高い。

 

 いくら俺が魔神と交流を持っていたからって、過去の意識がやって来ただけでああもハッスルするっていうのが、最初から疑問だったんだよな。

 そっちはオマケで、迫る脅威に対するメッセンジャー役をやっていたというのならそれも納得だ。

 

 

『いや、それはそれとしてシレンとわたくしをからかう気満々ではあったと思いますわよ』

 

「ああ。それは私もそう思う。あやつらはそういう輩だ」

 

「そ、そう……」

 

 

 う、うーん……。魔神のキャラがいまいちつかめない……。

 

 

『で。敵がエイプリルフールプロデュース企業で集団術式(パッケージ)を使っていると分かった以上、わざわざ敵の本丸に行かずとも集団術式(パッケージ)を瓦解させれば全部解決するわけなのですが……』

 

「向こうも流石に、そこまで暢気ではないようだな」

 

 

 ズ……と。

 

 まるで虚空から浮かび上がるように、スーツ姿の男たちが物陰からぞろぞろと現れてくる。全員、その手に拳銃を持っていた。

 

 

「ちょ……拳銃!? なんだよ敵は魔術師じゃないのか!?」

 

『イマドキ科学と魔術できっちり切り分かれてる敵の方が珍しいですわよ! 能力者だって自分の能力を使って術式を構築する時代ですわよ!』

 

 

 レイシアちゃんの言葉と同時に、俺の指先から白黒の『亀裂』が展開される。

 音より速く空中を駆け巡った亀裂は、正確に拳銃を切り刻み、敵の武装を無力化するが──

 

 

『……チィ! やはり駄目ですか!』

 

 

 その拳銃も、次の瞬間には()()()()()()()()()()()()

 俺達に干渉できなくても、拳銃の『壊れたという歴史』をなかったことにはできるってことね……。くそう、いよいよなんでもありじみてきたぞ。

 

 

「まずいな……! こっちの攻撃が無限に無効化されるってなると、いよいよ本格的に敵の術式を瓦解させないと勝ち目がないよ!」

 

『分かってますわ! オティヌス! 何か思いつくことはありませんの!?』

 

「悪いが、アテにはするな! 集団術式(パッケージ)には術者の集団幻想というノイズがあるから、正道の魔術知識では解析が難しい……!」

 

『使えませんわねこの駄女神!!』

 

「レイシアちゃん、辛辣すぎ!」

 

 

 レイシアちゃんを窘めつつ、俺は亀裂をスロープのように展開した。

 このままだと、無数の敵に囲まれてじり貧だ。それなら一旦空に逃げた方が良い。流石に向こうも空までは飛べないだろうしね。

 

 と、その時は思っていたのだが。

 

 

「……冗談でしょ」

 

 

 バラララララ……と。

 空からエイプリルフール企画用らしきヘリが近づいてきたのを見て、知らず口から乾いた笑いが漏れていた。

 あれじゃ、空に逃げてもハチの巣は免れないぞ……!? クソ、どうしたら、

 

 

()()()()()()()()()?」

 

 

 ぞっとする間もなかった。

 声に振り返ると、そこには上里くんの姿があった。頬には殴られた痕があるが、他に目立った負傷はない。思わず亀裂を出して戦闘態勢に入りかけた俺だったが──それは寸前で思いとどまった。

 

 その傍らに、同じく頬を腫らした上条さんがいたからだ。

 

 

「ぼくの理想送り(ワールドリジェクター)は、ゴム紐を引き延ばした『余剰領域』に対象を送り込む能力だ。実際に物質を消しているわけじゃないから、ゴム紐をどう引っ張ったところで『余剰領域』に入れたものは戻ってこないぞ」

 

 

 首に左手をやりながら、上里くんは続ける。

 

 

「すまないな、シレンちゃん、レイシア。どうやら、一杯食わされていたらしい。……まったく、こういう時はこの右手を恨むね。どうしてそっちの右手のように無法な術式を自動で無効化する機能がないのやら」

 

「お前またぶん殴るぞ!? それと引き換えに上条さんがどれだけ不幸に苦しめられているか……」

 

「やってみろ。素の殴り合いでならぼくは負けないからな。…………まぁ、それについては後だ」

 

 

 ゴキリ、と。

 上里くんの首が、大きな音を鳴らした。

 

 

「行けよ。無様を晒した詫びはしたい。此処はひとまず、ぼくが全部引き受けた」

 

「…………! ありがとう、上里くん!」

 

 

 無数の黒服に立ちはだかるように立つ上里くんに背を向けて、俺達は上条さんを一行に加えて走り出した。

 

 

 

 

4_04/01 10:25

 

 

 

 

「馬鹿な……! こんなはずでは……!」

 

 

 首謀者の男は、豪奢なソファに座って頭を抱えていた。

 

 『件の如し(メガロマニア)』は、完璧な術式のはずだった。

 破滅的な予言を齎す妖怪、『件』。

 フェイクニュースを扱うサーバにそれを宿すことによって『破滅的』の定義を歪め、自分達好みの予言を吐きださせる『自在予言パッケージ』。

 これを使えば、全てが思いのまま……のはずだったのに。

 

 何故か、術式始動早々、何者かに自分達の存在を嗅ぎ回られたのがケチのつけはじめ。

 自分達の企みを邪魔する連中を潰すよう『件』に予言を出させるも、なんとその予言が外れ。それを皮切りに、『件』を制御していたはずのパラメータがみるみる異常値を叩き出していき始めてしまっていた。

 今はまだ()()()()()()()辛うじて制御できているが、それもいつまで続く均衡か分からない。早く術式を乱す要因を潰さなくては、術式が瓦解し、自分たちが制御の外れた『件』の被害を受けるかもしれない。

 

 

「…………こうなれば、手段は選んでいられない」

 

 

 このまま敵を放置していれば、いずれ自分達は自滅してしまう。

 敵をこちらに呼び寄せるのも叶わないならば、あと首謀者の男に取れる手段は一つだけだ。

 

 

「安全装置を解除するのは、危険を伴う行為だが……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

5_04/01 10:25

 

 

 

 

 まるで、今までずっとそこにいたかのような自然さだった。

 気付けば、そこに黒服の男が新たに現れていた。服装や意匠こそ今までの黒服たちと同じだったが、なんとなく分かる。おそらく、この男こそ首謀者だ。だからこそ、他の手駒が全て出払ったこのタイミングで現れたのだろう。

 

 

「随分と」

 

 

 黒服の男は苛立ちを滲ませた声で、そう切り出した。

 

 

「好き勝手してくれたな。ええ? お陰で俺達の計画は台無しだ」

 

『こちらの台詞ですわ。せっかく懐かしのシレンと楽しく過ごす予定でしたのに。とんだドタバタストーリーですわよ』

 

「知るか。死ね」

 

 

 直後。俺達が気付いた時には、()()()()()()()()()後だった。

 

 ────っ!! くそっ、歴史を操作して『銃を撃った事実』を今に差し込んだのか!? なんてでたらめな──

 

 

 ゴイィン!!!! と。

 

 俺が亀裂を展開してガードしようとするより速く、それに対してオティヌスが身を翻していた。

 手に雷光のような輪郭の曖昧な槍を握った少女は、音速よりも速く飛来する弾丸を事も無げに叩き落としていたのだった。

 

 

「……忘れたか? 今の私はシレンの横槍によって『成功』と『失敗』、どちらの可能性も内包することによって永久に魔神性を失っている身だが……逆に言えば、『成功』でも『失敗』でもない『あいまいな力』は操れるのだぞ」

 

「~~ッ!! だったらどうした!!」

 

 

 ズガガガガン!!!! と、今度は明らかに一〇発以上の銃弾が上条に向かって一斉に放たれる。

 しかし上条はこれを、横へ思いきり跳躍するだけで回避してみせる。

 

 

「……お前の魔術。好きな『歴史』を現在に挿入することができるみたいだけど、例外はあるみたいだな。俺達に対して直接干渉するような歴史は、挿入できない。だから自分の行動は好きに変えられるけど、『俺達に命中する』という歴史を差し込んでこないんだ」

 

「……、ふ」

 

 

 図星。

 上条さんの指摘に、首謀者の男は俯いて笑うことしかできなかった。

 上条さんの前兆の感知なら、もはや男が何をしても動き出しでそれを阻止できるし、こっちには全開の白黒鋸刃(ジャギドエッジ)とオティヌスまでいるのだ。

 これは……勝負あったかな。

 

 

「だから言っているだろう! だったらどうした、と!!」

 

「う、ぐっ!?」

 

 

 そこで、俺は後ろから思いきり引っ張られて引き倒された。

 な、あ!? こ、この顔……首謀者の男がもう一人!?

 

 

「ま、さか……自分を、増やして……!?」

 

 

 馬鹿な……!? そんなの、歴史を改変するどころの話じゃないだろ!? 何をどう捻じ曲げたって、同一人物が増えるわけがな、……いや。そういえば、さっきは一度の発砲が一〇発以上に増えていたっけ。

 とすると……たとえばゴム紐を同じ地点で延々ループするようにすれば、そのループ分()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになるんじゃないか? クッソ、迂闊だった!

 

 

「あまりこうも歴史を捻じ曲げるのはこちらにとってもリスキーなのだがな……! おい、動くなお前ら! この女がどうなってもいいのか!」

 

『……………………』

 

 

 首謀者の男は俺のこみかみに拳銃をつきつけながら言うが──上条さんやオティヌスはもちろん、レイシアちゃんもそれを冷ややかな目で見ていた。

 ……あれ? 俺なんかピンチになったつもりでいたんだけど、この温度差はなんだろう?

 

 

『……知らないとはいえ、馬鹿ですわね、アナタ。一応、歴史を操る術式を持っているのでしょう? ならシレンの特異性には気づかなかったんですの? それ、歴史の特異点を自動的に均していく特異体質持ちですわよ? ……ああ、なるほど、だからですの』

 

「馬鹿にするな! お前らの考えていることは分かるぞ。この俺の『件の如し(メガロマニア)』の根幹を破壊しようっていうんだろう? だが甘いな! 件は『この時間軸』にはいない! 『件の如し』の民間語源説を知っているか? 件の如しとは、正直な妖怪である『件』のように、この文書は真実を伝えているという意味から来ている──だが、これは実際には間違いだ。これが正解なら、江戸末期に発生した『件』は平安時代からいたことに、」

 

「なる。そこでその逆行性を利用して集団術式(パッケージ)に『件』を過去に送る機能をつけていたというんだろう? だからこの時間軸で集団術式(パッケージ)をどうこうしようとしても意味はない、とな。それについては僧正の手紙を見た時点で分かっていた。あまりにもあからさまに『件の如し』というワードが使われていたからな」

 

 

 そこまで言われて、俺も分かりかけてきた。

 多分、俺が未来に来たのも、その機能が原因だ。奇しくも朝にレイシアちゃんが言っていた御使堕し(エンゼルフォール)のたとえが近い。未来からやってきた『件』という存在に突き飛ばされて、ビリヤードのボールのように俺が代わりに未来にやって来たということなのだろう。

 

 で、あれば。

 

 現状、俺はこの時間軸で唯一、『過去と繋がった存在』だ。

 

 その俺が、この件の如し(メガロマニア)という術式の根幹にある『民間語源』の矛盾を指摘すれば。

 

 

「知っているぞ。『件』っていうのは、確かに破滅を齎す予言をする。それは江戸末期、社会の不安の盛り上がりによって生み出された存在なんだ。…………人の幻想によって生み出された妖怪。アンタ達が作り出すにはうってつけの存在だったのかもしれないけど」

 

 

 ピシリ、と。

 

 空間に、亀裂が走る。

 

 

 それは、いつもの亀裂とは違う。時間そのものの亀裂だ。矛盾を指摘され、歴史の歪曲が元通りになろうとすることによってできた、世界の歪み。

 そこに迷いなく腕を突っ込んで、俺は言う。

 その奥にあった手を、掴む。

 

 

「そんなのはアンタ達に都合のいい後付けだ。そんなくだらない嘘は、ここらで終わりにしよう」

 

 

 ずるり、と。

 

 亀裂から、一体の妖怪が顔を出し、

 

 

 そして、俺の長い一日は、ようやく終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

6_04/01 11:00

 

 

 

 世界が。

 

 ボロボロと、崩れていた。

 いや、違う。俺と世界の接続が、徐々に途切れているんだ。『未来』から『現代』へと戻っているから。

 

 

『いやあ、久々にウブなシレンと会えて、楽しかったですわ~』

 

 

 相変わらず浮遊霊をやっているレイシアちゃんは、頬に片手をあてて、ほくほく笑顔でそんなことを言っていた。

 

 

『最近のシレンときたら、色々慣れてしまって……まぁそこも好きなんですけど、たまにはあたふたするシレンも見たかったですから』

 

「こっちの俺には同情するよ……」

 

『シレン。幽体離脱(アストラルフライト)を習得してもどこまで遠くに行けるかとか試してはダメですわよ。一度迷子になって探すのめちゃくちゃ大変でしたので』

 

「何やってんのこっちの俺!?」

 

 

 なんか伝え聞く話の断片を聞く限りでも、はちゃめちゃなことやってんな、未来の俺……。

 俺はもうちょっと常識的に生きていくことを心がけよう。多分こっちのことは忘れちゃうんだろうけども。

 

 

『ああ、そうそう。最後に一つだけ。……アナタが正しいと信じることを、自信を持ってやってくださいな。きっとそれが、一番の正解ですもの。アナタの半身が保証いたしますわ』

 

「……、」

 

『今回のことは殆ど忘れてしまっても、きっとそれさえ覚えていてくれれば、なんとかなります。……特にこの後なんかは。ちょっとネタバレですけど』

 

「ネタバレて……」

 

 

 なんかこういう言い回しを覚えちゃったのは、俺の責任な気がするなあ……。戻ったら気を付けよう。多分忘れちゃうけど。

 でも、なんだかそれが面白くなって、俺は笑いながらレイシアちゃんに問いかけてしまう。

 

 

「第一、忘れちゃうんならどこに記憶していればいいっていうのさ?」

 

『そりゃあ!』

 

 

 言われて、レイシアちゃんはいいことを思いついたとばかりの笑みを浮かべる。

 ……ああ、何言うか分かった。

 でも、そうか。

 こっちのレイシアちゃんがそんな笑顔でこの言葉を言えるくらい、こっちの俺も、過去を乗り越えられたんだなあ。

 

 なら、ちょうどいい。

 別れの言葉は、これを置いて他にはあるまい。

 

 

 

「『心に』」

 

 

「だね」『ですわ!』

 

 

 ──そして────世界が――――。




エイプリルフールの間に投稿が間に合わなかったのは、途中の演出をやりたかったからです。(嘘です)


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終 章 未来は常に不確定

   終章 未来は常に不確定

To_the_Tomorrow.

 

   1_??/?? 5:00

 

 

「はぅぁっ!?」

 

 

 ────目が覚めた。

 

 勢いよく上体を起こして、周囲を見渡してみるとそこはやはり、よく見慣れたレイシアちゃんと俺の部屋だった。……んん? ()()()? 何言ってるんだ俺。昨日そこで寝たんだから、レイシアちゃんと俺の部屋で起きるのは当然じゃないか。

 うーん、何か寝惚けてたかな……。

 

 時計を確認して見ると、朝五時。

 開会式は八時に入場開始なのでまだまだ時間はあるが、女の子の身支度には時間がかかるものだし、開会式の前にはGMDWの打ち合わせもある。もう起きておいた方がよさそうだな。

 

 

《レイシアちゃん。レイシアちゃーん》

 

《……む、朝ですの?》

 

《うん。もう起きて準備しちゃおっか》

 

《ですわねー……》

 

 

 レイシアちゃんはまだ眠そうなので、代わりに俺が身体を動かして、ベッドから立ち上がる。

 

 

《あ、そうだ。シレン、おはようございます》

 

《おはよう、レイシアちゃん》

 

 

 これは、役割分担の話だが。

 俺達の一日の分担は、朝の身支度やお風呂などはレイシアちゃんが、日中の雑務は俺が担当することになっている。

 

 理由は単純で、俺はまだレイシアちゃんの身支度を整えるのに十分な経験値がないのである。一応、手続記憶はあるからやろうと思えばできなくはないのだが、それでもレイシアちゃんの目から見たらけっこうおっかなびっくりらしいのだ。

 一応、暇を見てお化粧の勉強はしてるんだけどね。まだまだレイシアちゃんのお許しが出るレベルではない。レイシアちゃん曰く、大覇星祭が終わったくらいになれば大丈夫そうらしいけど。

 

 日中の雑務が俺担当なのは、俺でもできるようなのはそういう方面になるということ。レイシアちゃんは面倒くさいのをやらなくて済むし、俺もちゃんと仕事ができるしでWin-Winなのだった。

 

 で、お互い相手が主導権を握っている時は意識を休ませたり、別のことを考えたり、その様子を見ていたりしている。

 俺は、基本的にお化粧とかはちゃんと見て、お風呂の時は意識を休ませることにしてる。やっぱデリカシーとかそういうのが、ね。こないだレイシアちゃんに『お風呂のやり方もちゃんと見て勉強なさい』って怒られたけど。

 

 

《さあ姐さん、今日も勉強させてもらいやす》

 

《そうやってじっくり見られると恥ずかしいんですが》

 

《あっごめん》

 

《……シレン、そのボケるときも綱渡りでやってる感じ辛くありません? べつに謝らなくていいんですのよ??》

 

 

 いやいや。デリカシーは大事ですのよ。なんだかんだで中身は男と女だからね。

 

 適当に話しつつ、身に纏っていたモノトーンのネグリジェを脱いで脱衣籠に入れ、常盤台指定の体操服を着ていく。

 いつもは常盤台指定のサマーセーターとかなんだけど、今日は朝からずっと大覇星祭だからね。

 ちなみに、能力者がぶつかり合う競技ということで体操服の替えはたくさん用意していて、レイシアちゃんなんかは今回の為になんと二〇着も購入したんだとか。

 『そんなに要らなくない?』と最初は俺も思ったのだが、レイシアちゃん曰く『自分の替えとしてもそうですが、色々な事情で体操服がない人に貸してあげる為のものでもあるんですわよ』とのことらしい。

 

 

《だいたい、シレンはデリカシーとか気にするんならもうちょっとオタク文化の享受に対して慎重に──》

 

 

 そこからお小言を始めたレイシアちゃんは、そのまま洗面台の前に立ち、

 

 

《レイシアちゃん。待った》

 

 

 そこで、俺はその先を遮った。

 

 

《……なんですのシレン。こっちは切実なんですのよ》

 

《そうじゃなくて。鏡》

 

 

 洗面台の前に立つレイシアちゃん。洗面台には大きな鏡があり、そこには当然レイシアちゃんが映っている。

 それはいい。俺が目を惹いたのは、その鏡に映ったレイシアちゃんの──右目。

 

 

《目が…………()()?》

 

 

 その右目が、目が覚めるほど鮮やかなエメラルドグリーンに染まっていた。

 

 

 何か。

 何か大切なことを、忘れている気がする。俺は一度、答えを見たはずだ。この眼を、どこかで──。

 

 

《……目? 何言ってますのシレン。いつも通り綺麗なアクアマリンではありませんの》

 

 

 呆れたようなレイシアちゃんの声に我に返ると、鏡の中に映るレイシアちゃんの瞳は、確かに両目とも碧眼になっていた。

 綺麗に潤んだ蒼い瞳は、胡散臭いモノを見たように細められている。

 

 ……あれ、ホントだな。

 

 

《シレン。大丈夫ですの? 色覚異常は二重人格でも人格ごとに発生するとかって研究をどっかで見たことがありますわ。一度先生にかかります?》

 

《いや、大丈夫。今はもうしっかり蒼く見えるもの。多分見間違いだね……》

 

 

 うーん、光の反射か何かで見間違えたかな……。やっぱりまだ少し寝惚けてるのかもしれない。まぁ、顔洗ったら目も覚めるだろう。

 

 今日は大覇星祭なんだ。

 レイシアちゃんと俺のこれからの為にも、しっかり頑張らないと。

 

 

 ────この時の俺は、まだ知る由もなかった。

 

 これから始まる一連の戦いが、あの日の『四月馬鹿(メガロマニア)』で見た未来、()()()()へと繋がる、始まりになることを。




エイプリルフールはとっくに終わりました。


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