この世界はあべこべである。 (黒姫凛)
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特別編
千景の愛


………取り敢えず後悔はないとだけ。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───絶望と言うからには、それ相応の舞台がある。

 

 

ゲームの中のキャラクターがそう言っていた。

悪役としてはストーリー中盤、RPGでよくあるより主人公サイドの仲が深まった辺りに出てくる絆を試すボスキャラ立ち位置。

 

別に好きだとか嫌いだとかどうでもいい。ただ、この手のボスキャラは攻略は簡単だが倒すまでの道中が面倒くさいのでどちらかと言えば嫌いの部類。こう言うのは感情移入してほしいと制作側からの意図があるんだろうけど、基本的なストーリー構造は何処も一緒だからあまり感情移入出来ない。最も、何故他人に自分と照らし合わせ無ければならないのか理解出来ないから、終始この手の作品はついつい途中で辞めてしまう。

 

これも紹介されてやったのだが、成程。前置きで言われた通りあまり私には合わないらしい。

らしいというのは、さっきのように制作側からの意図を無視する私の感情だけじゃなく、友情愛情恋愛様々、愛と正義で戦う正義の味方の立場の主人公が好きじゃないのではと、自分で勝手に結論づけてるから。確信じゃなく多分。だから曖昧な答えでらしいと言い切るしかないの。

 

悪を悪として決めるのは簡単。だけど、何故それが悪なのか想像を膨らませないと分からないような悪が一番執着心が強くて作品的には深堀が出来て面白いと思う。

王道的RPG。主人公に負けて解釈するラスボス。またはそのまま倒されるラスボス。そんなの子供騙しだ。そんな覚悟で世界を、自分の人生を捧げていたなんて思うと反吐が出る。

綺麗事を並べる正義の味方もそうだけど、簡単に更生するラスボスもラスボスだ。誰が更生するのを分かっていて主人公達に挑む部下が居るのか。ラスボスが正しいと信じているから挑むのでしょう?むざむざ殺られた部下の気持ちが浮かばれない。そんな小石のように捨てられるモブなんて居なくてもいい。

 

結果、私は中途半端なモノが嫌いなだけ。やるならとことんやれ。中途半端に止めるな。殺すなら殺して、解釈するなりなんなりすればいい。

好き嫌いどうたらと言ったけど、やっぱり人が付ける優劣は好感度で決まるのね。反吐が出るわ。

 

 

カタンっと一画面の最新ゲーム機を机に置いた。私物では無いので優しく扱うのだが、偶にイラついて机に叩きつけてしまうが壊れてないだろうか。

持ち主に嫌われてしまったら私はきっと生きてられないので、いつも壊れないか終わってから我に返ってヒヤヒヤしている。

 

現在午前2時。丑三つ時とは言ったものね。夏のはずなのに肌寒いわ。

寒さが苦手な私は、そっと椅子に掛かった赤いカーディガンを羽織る。似合うからとプレゼントされたものだ。手編みだとか言ってたけど、私身体のサイズ教えてないのにどうしてこうもピッタリなのかしら。

なんだか不気味と思いながらも、私の事を思ってこれを編んでくれたのだと考えたら、ついつい嬉しくなってしまう。

 

ふと端末画面にSNSの通知が届いた。メッセージ数百件。一度の呟きでなんて数なのと思うかもしれないが、私のアカウントではこれが普通。

連動してパソコンにもインストールしているのでパソコンでSNSを開き、返信を閲覧する。

 

 

 

 

 

───ブスがしゃしゃるな。

 

 

 

 

 

 

───ゴミが死ね。

 

 

 

 

 

 

───殺すぞマジで。

 

 

 

 

 

 

───どうせそいつもクソみてぇな性格なんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

───死ねよクソブス。

 

 

 

 

 

 

───誰かコイツの家特定してよ。殺しに行くから。

 

 

 

 

 

───男に媚び売って楽しいですか?

 

 

 

 

 

───死ね。

 

 

 

 

 

───死ね。

 

 

 

 

───社会のゴミが。

 

 

 

 

 

 

───死ねよ。

 

 

 

 

 

───ぜってー殺しに行くわ。

 

 

 

 

 

───死ね。

 

 

 

───死ね。

───死ね。

 

 

 

 

 

 

死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。ゴミムシが。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。カス死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。自慢してんじゃねえよゴミ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。クソブス。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。殺すぞ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。社会のゴミが。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。カス死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。殺すぞマジで。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず立ち上がってしまう。ゲーム機がガタンと落ちそうになるが寸前のところで机の上に留まった。

込み上げてくる感覚。いつもそうだ。こいつらがこういう返信を送ってくる度にいつも込み上げてくる感覚。

 

私を蔑み、妬み、怒り狂って送られてくる憎悪の言葉。たった数文字。それだけでも相手を殺せる最低な言葉。ダイレクトメールでも来る殺害予告や死んで欲しいと願う訳の分からないメッセージ。

 

そんな事してる暇があるなら男でも見つけろなんて思うが、SNSはこういう暇な人間が集まる溜まり場。こういうところでネタを少しでもチラつかせれば暇人共が食いついて勝手に炎上勝手に叩いてボロ雑巾にする。

芸能人のアカウントでもちょっと男の話題をチラつかせれば面白いぐらいに炎上。最速リツイート最速バッシング誰も競ってる訳でもないのに勝手に叩いて自分の鬱憤ばらし。

 

ほら私のも誰かリツイートして叩いてる。不細工だから調子乗ってるクソ雌ですって?どれだけそのツイートでいいねを貰えるか試してるのかしら。それがお仕事なら何も言わないけど、暇人って本当に愚かね。

 

 

3件ダイレクトメールが届いた。考えること無く開いて閲覧する。

 

 

 

 

 

 

 

───貴女は勘違いしているクソです。早く死ねることを願っています。

 

 

 

 

 

 

 

───死ねよゴミクズ。お前が生きていい世界じゃねぇんだよ。その髪絶対切り刻んで燃やしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

───男に媚び売って楽しい?そんな顔で寄り付かれるなんて相当お金で物言わせてるだけ何でしょうね。はっきり言ってウザイです。親の金を使って人生楽しいんでしょうけど、貴女のように努力も何もしていないクソカスがこの世にいるだけで不快です。見たところ学生でしょうけど、学業にも力を入れてない穀潰しのように見えます。貴女がそうやって楽しんでる間、世の中には汗水垂らして生活する為にお金を稼いでいる人がいるんです。そういう人がいるのに何故あなたはそうやって平然と生きてられるんですか?まだ学生だからって、そのままだと社会不適合者になりますよ?まぁ貴女の場合顔面が既に社会不適合者なんですがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず声を出してしまった。もう抑えることは出来ない。

だってこんなにも苦しいんだもの。そうやって書くだけ書いて平然としてられる画面越しの送り主の顔を想像するだけでも身体が震える。

叫びたい。この胸の奥から込み上げてくる絶叫。

 

 

 

 

なんて、なんて───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───なんて気持ちいいのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

ふふっ。

 

 

 

 

ふふふっ。

 

 

ふふふっ、ふふふふはははっ。なんで?なんでこんなにも気持ちいいの?

最っ高よっ、涙が出てきちゃうわっ、ふふふふっ。

 

 

だってそうよね。羨ましいものね。男とツーショットでしかもラブラブ。男が少ない世界でそんなこと出来る人間なんて裕福かよっぽどの美人だけ。

なのにツーショットしてる女は世界で類を見ない程のブス。糞だらけのトイレと同じぐらい汚くて嘔吐物みたいに気持ちの悪い世界の汚点。存在価値のないゴミが自分たちには出来ないことをやってるのだからそれはもう嫉妬の嵐よね!!あははっ、最高っ、最高だわ!!

 

 

どれだけ私を楽しませてくれるの?どれだけ私を退屈させないでくれるの?貴方たちが反応してくれればその分私が楽しめるのにそれを知らないで暇人共は罵倒罵詈雑言と私を叩く言葉ばかり並べてきて。私を快楽で殺したいのかしらっ。あ、殺してやりたいって言ってるからそうなのよね。私を殺したくて殺したくて仕方ないのよねっ。あはははははっ。最高よっ。笑い死ぬわっ。良かったわね私を殺せるわよだからもっと私を笑わせてよっ。あはははははっ。

 

 

ねぇ今どんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち?負け組のはずのカースト最底辺である私に社会的に負けるってねぇどんな気持ち?頑張って罵倒してるのにそれが効かなくて嗜好品扱いされてるのねぇどんな気持ち?幸せ絶頂期な私の写真見てねぇどんな気持ち?もっと返信してよっ。私を罵倒しなさいよっ。全然私には届かないわよ?面白可笑しく笑わせてもらってるだけだからっ。ふふふふっ。

 

 

───ガタンッ。

 

 

隣の部屋から物音がした。思わず体を硬直させてしまう。起こしてしまったのだろうか。寝起きが悪い訳じゃないが、私のせいで起こしてしまったのならとても申し訳なく思う。

 

いつも優しくしてくれるからこそあまり迷惑をかけたくないと思うのが女としての認識だと思うの。

だっていつもはにかんだ笑顔を向けてくれて頭を撫でてくれるのよ?私が身体を蔑視すれば否定して褒めてくれるし、いつも手を繋いでくれる。こんな醜い手を繋いでくれる男性他に居ないわ。好きな時欲しいと思ったタイミングでして欲しいことしてくれるしいつも抱き締めてくれる。貴方の温もりがあれば私、何でも出来る気がするの。

だからごめんなさい。起こしてしまったのは謝るわ。だから私を嫌いにならないで。貴方に嫌われたら私、もう生きてられなくなる。

 

 

「───千景」

 

 

バッと後ろを振り返った。部屋の扉を開け、隙間から顔を覗かせるあの人。私と同じ黒髪で、私より頭一個身長が高くて男性なのに筋肉のついた身体でガッチリしていて私と同じぐらいの歳なのに他の男よりも凛々しくてカッコよくて素敵な私の大好きな貴方。

貴方に声をかけて貰えるだけで私、嬉しくて泣いてしまうわ。

 

 

「……ごめんなさい。少し、慌ててしまって」

 

「……いや、物音がしたから気になっただけだ」

 

 

そう言いながらも、貴方は私を心配そうな目で見てくる。私を見つめるその深いブラウンの瞳。思わず入り込んでしまいたくなるような心地良い瞳。そして酔いしれてしまう私を余すことなく見つめる優しい視線。思わず気が滅入って身体をふらつかせてしまう。

 

 

「───千景っ」

 

 

分かっていた。貴方は絶対私を抱き締めてくれるって。暖かい温もりを私に感じさせてくれるって。

でも試した訳じゃないの。本当にふらついてしまったのよ。でもいいの。貴方の愛を私は改めて確認出来たから。

 

心配そうに見つめるその瞳が私の顔を覗く。思わずその凛々しい尊顔に手を出してしまう。貴方に触れたい。触れ合いたいと無様な私の我儘から出る汚くて醜い手。でも貴方はそんな私の手も優しく握り返して頬に擦り寄せてくれる。

 

どうして貴方は私のして欲しいことをしてくれるの?

 

私の中にその幸せな疑問が浮かぶ。彼に聞いてもきっと分からないと言うに違いない。

 

 

「もう夜も遅い。体調も悪そうだから、早く布団に入れ」

 

 

私の膝裏に手を回すとゆっくりと持ち上げてくれた貴方。世間で言うお姫様抱っこだ。これを男性からしてもらえるなんて、私はなんて幸せものなんだろう。胸がドキドキする。カッコいい。ヤバい。幸せで胸がはち切れそうだ。

 

ゆっくりとベッドに寝かされた私だが、キュッと彼の寝巻きの袖を弱めに掴む。彼が何時もこうやってベッドに運んでくれるときには何時もする仕草だ。

こうすると、彼は間違いなく。

 

 

「……眠れない?仕方ないな……、寝れるまで一緒に居てやるよ」

 

 

彼はベッドの横で座っているつもりらしいが、私は強引に布団の中に引き込む。そしてギュッと正面から彼に抱き着き、温もりと彼の匂いを堪能する。

 

あぁっ、なんて至高っ。なんて贅沢っ。こんなの味わったらもう二度と戻れない。彼からもう離れられないっ。

 

きっと今の私の瞳にはハートのマークが浮かんでいるに違いない。それぐらい私は、彼に魅了され誘惑され虜になっているのだ。

彼も優しく私を包み込んでくれる。それが堪らなく嬉しくて顔を彼の胸元に擦り付けてしまう。きっと今、私の顔は誰にも見せちゃいけないような顔をしている。雌をさらけだしたこの世の終わりのような表情をしているに違いない。

そこに触れられたくない私は、自分から彼に話しかける。

 

 

「……ねぇ。私、……ずっと好きよ。貴方のこと……」

 

「……どうしたいきなり」

 

「いつも思う。私のような醜い女が、貴方のような素敵な男性に擦り寄るなんて、世間から見たら金で物言わせてる成金って見られてしまう。私や貴方が、どれだけ……、どれだけお互いに好きだって、あ、愛してるって言っても……、周りは誰も信じてくれないのが……堪らなく怖い……」

 

 

怖いのは嘘だが、そう思う時は多々ある。SNSの返信に限った話では無いが、街を歩いていると何時も思ってしまう。彼の隣は私でいいのかと。彼は女なんて選びたい放題な立場にいる。ルックスは文句のつけようがないし、一般的な家事というのも難なく出来る。あまり話すのは得意そうではないが、私としては一緒にいて心地良いし、基本的に女が男を引っ張る構図なので話すのが苦手でも大丈夫だろうし、背も高い。あっち方面の事も得意だし、彼のは大きいと思う。ネットで平均サイズを調べたが、明らかに大きい。これは、完全なる女ウケの雄としての理想。どんな女でも間違いなく彼に群がるのは目に見える。

 

そんな彼だからこそ、私は、私のような人間と一緒に居ていいのか不安になってしまう。怖い訳じゃない。不安なだけ。

でも彼にそんな事馬鹿正直に聞けない。もしそれで距離を置かれるような事があれば、私は間違いなく自殺する。

 

彼は優しく頭を撫でてくる。彼にいつも手入れしてもらっている髪の毛から伝わる心地良さ。冷たくなった心がゆっくりと温まってくる。

 

 

「……大丈夫。俺は千景が思っている以上に千景の事を愛してるし、千景は俺が思ってる以上に愛してるって思ってくれてるだろ?言葉にしなくても、それで十分だ。他人の評価だとか、周りからの声なんて笑い飛ばせばいい。こんな世界だ、自分には来ない春を僻んでそうやって言ってくる人間が大多数だけど、寧ろ注目してくれてるんだって笑い飛ばせばいい。勝手に騒がせとけばいいんだよ。お互いに好きだって、愛してるんだって分かり合えてれば、恐怖なんてすぐ消えるよ」

 

 

……あぁ。しゅきぃ……。もうしゅきっ、堪らなくしゅきっしゅきっしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきっ。

 

トリップしてしまった。思わず鼻奥から愛が溢れだしそうだった。

彼の足に私の足を絡め、より密着。彼の下半身の熱を感じつつ、彼に興奮して貰えるよう精一杯身体を使う。

 

 

「でもアレだ。あんまりSNSで炎上するのは止めなよ。直接言われないとはいえ、千景に向けられた言葉は千景も見るんだから、一生消えない傷になるよ」

 

「……大丈夫よ。なんだかそれが、嬉しくて楽しくて仕方ないの。……これは、止められないわ」

 

「あんまり刺激しないこったな。千景が悪口言われてるの、すっげー腹立つから」

 

「……心配しないで。何かあったらアカウントごと消すわ。顔バレしてるでしょうけど、今更リアルで馬鹿やってくる人なんて居ないわ」

 

「……まぁ、そうなんだけどさ」

 

 

それよりもと、私は言葉を紡ぐ。

 

 

「……私、本当に貴方に愛されてるのか知りたいの。言葉じゃなくて……身体で、ね?」

 

 

精一杯の誘い文句だ。既に私の股はぬるぬるにぬめっている。彼も十分やる気のようだ。後はグイグイ押すだけ。

少し顔を赤らめてるのが可愛い。私も何回やってもこういうのは恥ずかしい。けど、彼と愛し合えるんだから、恥ずかしがってちゃいけない。

 

 

「……俺も、千景がどれだけ俺の事愛してるか知りたいな」

 

 

ゆっくりと彼の顔が近付いてくる。これから行われる情熱的な交わり。更に股が濡れるのを感じる。

ぶっちゃけこれ目当てでこの時間まで起きていたという理由もある。明日学校はお休み。よって彼に予定は無い。朝まで、いえ、なんなら明日の夜までコースね。

 

重なる唇が熱くて、興奮で体温が上昇していく。体が火照る。でも駄目。まだ足りない。これから来る刺激に比べればまだまだ温い。

 

 

「……もっと、私を……っ、愛して?」

 

 

強引に抱き寄せられ、壁に映ったパソコンの画面に照らされてできた二人の影が激しく動き一つに重なる。

甘い声、激しい息遣い。甘ったるいフェロモン臭、そして交わる男女。

日を跨ぐ夜まで、二人は離れること無く激しく動き続けるのだった。

 

 

 

 

 

「……しゅきっ、だいしゅき……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に千景は抱き合う汗だくになった全裸の男女の写真を投稿し、過去に見ない大炎上を起こして愉悦するのだった。

彼は苦笑いしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








千景とデートしてエッチエチして幸せにしてあげてぇ。


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その一

アニメ特別編。

やりたいからやった悔いはないちーちゃんなんで死んじまったんだよ涙だよマジで画面がぼやけて何も見えなかったよごめんよちーちゃん俺はちーちゃんの為に何にもできない一般市民なんだちーちゃんを悪く言う奴はぶち殺ろやって地獄に突き落として置いたから安らかに眠ってくれちーちゃんあいしてるよどうか安らかにーーー。




あんちゃんとタマも忘れないぞ。



郡千景、伊予島杏、土居球子のご冥福をお祈り申し上げます。どうか来世では幸せを謳歌してください。












※注意!!このシリーズに限った話ではありませんが、捏造及び原作改変がとてつもないです。不快、不愉快、嫌悪感を抱かれた方はブラウザバックを即御検討下さい。

あくまでこれは作者の妄想の結果であります。そういうのもいいよなとか、あぁだったらさぞ良かったなと言う妄想が詰まっておりますので、ご了承ください。

設定は本編と変わんないぞ。あべこべだぁよぉ。


後それと、少し練習を兼ねております。



これからもこの作品をよろしくお願いします。










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───初めて赤ちゃんの手を握った時、最初に可愛らしい手だなと思った。

 

 

私の掌よりも二回り小さい手が私に向けられた時、私は自然と合わせる形で手を重ねた。丸っこくて、ぷにぷにした可愛らしい手。そしてはにかむ笑顔。目尻が熱くなり、涙を流した。

私はなんで泣いてしまったのか、よく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───初めてあの子が歩いた時、私は無意識に涙を流していた。

 

 

ほんの数ヶ月前まではハイハイしかできなかったあの子が、いつの間にか支え無しで歩けるようになった。言葉よりも感情が溢れ出した。こんなにも嬉しいものなのかと、こんなにも感謝するのかと。私はひたすら涙を流した。

あの子は嬉しそうにこちらに歩いて来たのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あの子が小学校に入学した時、私は言葉が出なかった。

 

 

いい思い出のなかった小学校時代。私のようにあの子も不登校になってしまうのではないかと、怖くて怖くて仕方が無かった。

それでも、成長していくあの子の姿に思わず涙が溢れ出した。

貴方に支えられているから今の私がある。だから私も、精一杯あの子をより支えてあげたいと思った。

笑顔で駆け寄るあの子の嬉しそうな表情が、今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あの子が学校で虐められてるのを知った。

 

 

 

やっぱりあそこに行かせるべきじゃなかった。心を閉ざしたあの子を見る度、私に罪悪感がのしかかる。

ごめんなさい。でも謝るだけじゃあの子の心の傷は消えない。貴方が必死に慰めてくれているけど、ごめんなさい。どうしても立ち直れる気がしないわ。

涙が止まらない。ごめんなさい、ごめんなさい。何度も謝った。

 

あの子の辛そうな表情が、私の頭の中から離れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あの子が私の知人から護身術を習い始めた。

 

 

弱い自分は嫌なんだと。あの子は前に自ら進んでいる。

とても強い子。何度も何度もあの子に謝った。ごめんなさい、ごめんなさいと。それでもあの子ははにかんでくれた。本当にあの子は、私の子供とは思えない程、強く生きている。

目尻が熱くなった。そんな姿がどうしようもなく輝いていて、成長していくあの子がとても嬉しかったからなのかもしれない。

 

あの子の涙を流しながら頑張る姿が、私の心に染み付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あの子が公立高校を卒業した。

 

 

情勢に逆らい、見事首席で卒業したあの子。親としてとても誇り高い。私の子供なのに、凄い立派に育った。

涙が止まらない。貴方に涙を拭いてもらっても止まらない。感動しているのか。喜んでいるのか。ぐちゃぐちゃになった感情が爆発して涙が止まらない。

 

あの子が近付いてきて私を抱き締めてきた。

 

 

───何時もお母さんは泣いてるね。

 

 

あの子も泣いている。お互い様だ。

当たり前だと抱き締め返した。産まれた時も、歩いた時も、小学校に入学した時も。今も昔も、私はあなたの成長していく姿を見られてとても嬉しいのよ。

 

こんな頼りない母親でごめんなさい。貴方みたいに満足させてあげられる事、一つもしてあげられなかった。

 

 

 

───だけど言わせて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───私達の子供に産まれてきてくれて、本当に………ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者となった今でも、私は変わらない生活を送る。

 

 

 

 

世界全土が地獄となり、四国だけが生き残ったこの世界。日本全土、ひいては世界中から避難してきた人達が四国に押し寄せ、大混乱の真っ只中。

昨日まで生きていた日常が一瞬で崩れ去った。誰もがそう思っただろう。

 

しかし現実は残酷だ。まるでSF作品に登場する世界観、物語ではなく現在進行形で起こる絶望の波。浮き足立った感覚が、まるで現実じゃないみたいに押し寄せてくる。

 

弱い人間は結果、弱い者同士で固まり順応していく。人間の順応能力はとても凄まじく、それを利用して人の上に立とうとする人間が後を絶たない。

残酷だとか、不条理だとか声を上げる人間がいるのだけど、それは貴方達の意見であってみんながみんな賛同しているわけじゃない。確かに世界が崩壊して、行き場の無い人達が多く生まれた。田舎である私の生まれ故郷にもその驚異は押し寄せてきたので相当だ。

 

 

特に、勇者として選ばれた私達を祭り上げるようにメディア露出させる大社の考えは分からないわ。

私達の人相からして、世間からどんな反応を受けるかなんて明白なのに、大社は何を考えているのかしらね。

因みに私は自分の置かれた状況を残酷だとも地獄だとも思わないわ。

私の生活は変わっていないもの。

 

 

職を失い、家族を失い、住む場所を失い、生きる未来を失い。混沌となった世界がより、先の見えない真っ黒な世界になった。誰も彼もが浮き足立った生活。社会情勢の崩壊。荒れる治安。何処を見たって非日常の真っ只中。

まずはこういった世界を整えていくのが初めだと考えないのかしら?

笑いが込み上げてくるわ。無能の集まりがいい気になって。誰かに媚び売って、嘘みたいなまやかしを口にして。貴方に一体何が出来るのと問いただしてやりたい。

 

でも駄目ね。こういう時、心が弱ってる人って絶対心の拠り所を欲する。足りない部分を何かで埋めるのなんて、結果的には簡単なんだもの。そうやって信者を増やして、自分の世界を増やしていく。周りには言うことの聞く駒ばかり集まってくる。無能の人達が集まってなんやかんややるなんて別に大した興味も湧かないわ。

 

肝心なのはそう、私のようなこういう役回りって特に、元々蔑視されてた人間がよく狙いの的にされるのが目に見えてる。

 

 

「……痛いっ、やめて……ください……っ。誰か……っ、助けて……」

 

 

ほら、商店街でも起こってるわ。弱者故の絶望が。強者故に出来る弱者への暴力が。あんなにも小さな子供に大学生ぐらいに見える大人が寄って集って、恥ずかしくないのかしら。人数は5、6人。一人鋭利な刃物を持ってる。

 

見た感じあの小さな子供の近くに親らしい感じの人は居ない。私は咄嗟に孤児だと理解する。

混乱する世の中で親とはぐれてしまったり、親が怪物に殺されてしまった子供達が多く居る。大社はそれを見越してか、私達勇者にそういった子供達を保護するよう命じてきた。流石に、こんな世の中に独りぼっちで居るなんて辛いものね。私だって独りぼっちだったから、その時の気持ちはよく分かる。私も助けて貰ったからこそ、そういった子供達を助けてあげたいと思うのは普通よね。

 

そして私達勇者には、特例で武器の所持が許されている。警察が機能してない為、争い事に武力介入で両者落ち着かせろというご命令。その間起きた法的措置は全て適応外とすると言われたので、やむを得ない時は殺してでも落ち着かせろという事らしい。

 

 

そんなの起こるわけないじゃないと思っていたのだけれど。どうやら、すぐにその効力を使う場面が出来てしまったみたいね。

刃物を振り回して危ないわ。許可されている私達ならいざ知らず、完全に銃刀法違反で罰則なのよ。それを人に向けているとなれば、殺人未遂は免れないわね。仕方ないわね、私が捌いてあげる。

 

 

手の中でくるくると袋の中に折り畳まれて入った武器を回す。私の武器は大葉刈、黒い刀身と波打つ赤い波紋。眩く光る銀色の刃をつけたいかにもって感じの武器。十拳剣のひとつなのだが、私のは大鎌になっている。

……ゲーマーとしては、こういう武器を一度くらい振り回して見たいと思うのが人間の性よね。

袋を遠心力で外し、大葉刈を元の形に戻す。勇者服を着ても着なくても、この大鎌の重さは何とかして欲しい。非力な私には重過ぎる。

が、そこは勇者である私。何度も練習して得た身体を中心に何処でもくるくると回せるようになった。伊達にゲームで動きのシミュレーションしてるだけあってすぐに上達したわ。

 

 

「っ、ゆ、勇者っ」

 

 

怯えた表情で私を見てくる。さっきまで女の子にさせてニタニタ笑ってたあなた達が、立場逆転するってどういう心境なのかしら。

 

 

「……あら、私が怖いの?」

 

 

後退りする女達。成程どうして。そこまで怯える事ないじゃないと思ったが、窓に反射した私の顔を見て納得した。この上なく、私は笑っているようだ。刃物振り回して歩く笑った人なんて、狂人しかいないものね。

でも分かって。私は別に笑いたくて笑っているわけじゃないのよ。何故か笑ってしまっているの。不可抗力よ。

 

 

「………まぁ、怖いならいいわ。そのままビクついて倒れてなさい。……自分達が虐められるなんて、考えなかったでしょう?今までは貴方達のような人間が頂点に立っていたかもしれないけど……」

 

 

大葉刈を一振り。女の握っていた包丁を刀身だけ切り落とした。

 

なんだか、何故自分が笑っているのか理解出来た気がする。

私は嬉しいんだ。力を持って、今まで見下してきた相手に対抗、それどころかねじ伏せる事ができる事に。

 

だから私は。

 

 

 

 

───今は、私の方が上なのよ。

 

 

 

 

きっと満面の笑みを浮かべていただろう。

この上なく、嘲笑うかのように、相手を見下しながら。

 

私は女の髪を掴んで耳元でそう呟いてやった。

 

 

 

 

生活は変わらないと言ったけど、勇者として特別になった今、私はすごく変わったのかもしれない。

 

 

 

 

幸せなのは、変わらないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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勇者となった私達は、一般人とは隔離された生活を送るのが基本だ。

 

前提として、私達勇者は俗に言う不細工な集まり。どうしてそうなったのかと言われると、私達には分からないとしか言えない。大社側は何か知っているようだけど、それを私達に話す気は無いらしい。

 

この世界では私達のような不細工は虐げられるのが運命。

よって、私達の精神的ストレス等を考えて丸亀城周辺に生活スペースが作られた。基本丸亀城の敷地内で生活している。用事以外では外出する事なんてなく、だいたいみんな敷地内に籠っている。

 

勇者は普通の学校に通えないので、大社が用意した勇者専用の学校に通っている。全校生徒1()0()人。うち勇者8人巫女2人。全員不細工な女子生徒である。

私もそのうちの1人なのだけれど、別に誰にも気を使うわけでもなく平和に過ごしているわ。

 

地元から逃げ延びた友達とも滅多に会えなくなるので、心苦しい人も居るかもしれないけど、勇者となった以上そういう生活にも慣れろと大社が口を酸っぱくして言ってくる。

私には関係無い話だが、友達が多そうな人は居る。笑顔が素敵な人だ。そういう人には辛いかもしれない。

 

けれど、みんな生活に関しては文句を言ってないみたいだし、あまり他人である私がとやかく言ってもどうしようもないわね。個室があるのだから、プライベートも守られている。一応は私達も女。そういう所はしっかりしてもらわないと困る。出来るものも出来ないし。

 

 

───まぁ私はそこに住んでいないのだけれど。

 

 

例外は何処にでもあるというのが常識である。

 

 

 

学校が終わり、鞄に教科書等を急いで仕舞った私は、そそくさと教室を後にしようとする。私は大体早く帰りたいと思っている人間なので、さっさと帰路に着く。

 

が、今日は出入口を塞がれ、回り込まれるようにして立ち塞がる壁があった。

 

 

「 ───ふふふっ、待ちたまえ千景。どうしてそんなに急ぐ?」

 

 

腕を組み、その低い身長を見るのに顔を下げなければならない労力を必要とさせる少女。活発な印象があるが、取り敢えず不細工な集まりである私達の中では男子ウケしないであろう土居球子さんがそこにいた。

何やら感慨深く頷く姿に、一抹の不安とため息が出る。

 

 

「……なに、土居さん。私は急いでいるのだけれど……」

 

 

土居さんが発言することは大体私にとって不幸の始まりでもある。アウトドア系で運動大好きで、そのせいか当たって砕けろ精神で突拍子の無いこともいきなり言うこの人に、私は少し苦手意識がある。

 

 

「千景の気持ちも分かるが、ちょちょちょっと待ってくれタマえ」

 

 

偉そうな表情と態度になんだか苛立ってくる。やっぱり、私と土居さんは相反する存在だったようね。これだからアウトドア派は。 

 

 

「……分かってるなら、どいて貰えないかしら」

 

「 ───まぁまぁ、そう仰らずに。もう少しお話して下さっても宜しいのに」

 

 

柔らかそうな音色に反して、冷たさがある透き通る美声。思わず体を硬直させた。取っ付き難いというかなんというか、後ろには巫女である上里ひなたさんが立っていた。勿論、彼女がいるということは当然隣には勇者のリーダーを務める乃木若葉さんが居るわけで。神妙な顔だが、なんだか心ここに在らずと言った感じの表情の乃木さん。それを微笑ましそうに見つめる保護者的立ち位置に立っているひなたさん。私は首を傾げるしかない。

 

 

「……あー、その。た、単刀直入に言うが、……きょっ、今日、お邪魔してもいいだろうか……?」

 

「……お邪魔?……あぁ、()()って事、ね」

 

 

成程察したわ。私達の()()用があるって事は一つしかないわね。ひなたさんがそんな表情を浮かべているのも分かる気がするわ。

 

 

「………私は、まぁ構わないのだけれど。私じゃなくて、もっと一番話を付けておくべき人が居るんじゃないのかしら?」

 

 

私は居候の身。今は住んでいないとはいえ、()()に大勢呼ぶのだから、当然()()の方の許可が必要よね。

 

 

「ええ。それはもう解決済みですよ。ねぇ、()()さん?」

 

 

教室の真ん中、白い中に混ざったブロンド色がきめ細かく煌めく長い髪を垂らした大人しい少女、伊予島杏さんと話していた背が低い首あたりで切られたショートボブの黒焦げ茶色のした少女。()()()()さんがこちらに振り向いた。

 

 

「家の件?私からすれば実家ですけど、あまり通ってないので千景さんにお任せします」

 

 

と、言ってくるので私も嫌だとは言い難い。まぁそこまで見せたくないものだとか、入らせたくない理由等無いし、構わないのだけれど。

私は二つ返事で了承した。

 

 

「っ、あ、ありがとう千景。恩に着る」

 

「良かったですね、若葉ちゃん。………頑張ってくださいね」

 

「……あ、あぁ。善処する」

 

 

何が、とは野暮なことは聞かないでおく。乃木さんがこうやってしどろもどろになるなんて、彼女の性格からしたら考えられないだろうけど、仕方がないと言えば仕方が無い。相手が相手なのだから、こうなってしまうのも無理はないと思う。

 

しかし、乃木さんが家に来ると言うことは当然他の皆も来るのだろう。乃木さんとひなたさんはセット。土居さんも来そうにしているし、伊予島さんも来るだろう。水都さんは今日は家に帰るのかしら。他の4人も気になるし。

 

 

私の考えも露に、ぞろぞろと私の周りに集まりだした。話に入っていた乃木さん達の輪に入るように、()()()から集められた()()()()さん。()()()出身の()()()()さん。そして()()()出身の()()()()さんがやって来た。

もう一人、勇者には欠かせない高嶋友奈さんが居るのだが、只今先生に怒られている最中。元気があるのはとても喜ばしいし、何より私も元気を貰えるから嬉しいのだけれど。……ちょっと場所を選んで欲しかったなと思うこの頃。

 

 

「へいへーい、何の話?」

 

「みーちゃんの家に行くのかしら?」

 

「……遊びか?」

 

「今日、皆さんと水都さんの自宅にお邪魔しようとお話していた所なんです。皆さんもどうですか?」

 

 

ひなたさんがそう3人に提案した。基本標準語で話すひなたさん。関東地方で多い丁寧語なのだが、ひなたさんが話すとなんだか凄い威圧感を感じるのは気のせいかしら。

提案された3人は、少し表情を曇らせる。

 

 

「……あー、行きたいのは山々なんだけどね。今日お母さんから家に帰ってこいって言われちゃったんだにゃ〜。だから私はパスで」

 

「私は畑仕事があるし、終わったら合流するわ」

 

「……ん。私は大丈夫だ」

 

 

雪花さんが両手を合わせてすりすり上下させながら謝ってくる。いえいいのよ。家族の用事は大切。このご時世だもの、家族との関わりは何よりも優先するべきだわ。

白鳥さんと棗さんが合流する事になって、少し大所帯になってしまった。高嶋さんはどうするのかしら。彼女の事だからきっと来てくれると思うのだけれど。

 

 

「私も一応日用品の確認を兼ねて帰ろうかな。()()()()()よく買い忘れるから」

 

 

ピクッと、乃木さんの肩が動いた気がする。彼女の表情が少し緊張しているのか、恥ずかしそうにしているのか、色々と混じったような表情になっている。

乃木さんだけじゃなく、周りに集まっている皆の表情も何処かさっきよりも乃木さんの表情に近いものになっている。水都さんは普通だけれど。

 

 

「………あー、今日は何してるんだろうな?」

 

「今日は学校だよ。そろそろ試験があるから勉強漬けだって言ってた」

 

 

話題を逸らすように土居さんがそう呟いた。誰が、とは言わない。水都もそれを分かってか、主語を抜いてそう返した。

 

土居さんは少し緊張気味に納得した声を出すと、伊予島さんに一目散に飛びついて行った。これにはオロオロと対応に困る伊予島さん。どうどうと動物を落ち着かせるように宥めている。

皆の動きもなんだかぎこちなくなっている。多分、今更ながら思い出して緊張しているのだろう。

 

これでは埒が明かない。私はそう思って教室を出る。

 

 

「……来るなら来るで構わないのだけれど。私は早く帰りたいから、勝手にいらっしゃい」

 

 

時間の遅れを取り戻すかのように、私は早足で家に歩いて行った。









若葉ちゃんが自分を責めるけど、中学生と言う立場の彼女らに一体どれ程の大人としての考えを持てていただろうか。
それを考えると夜も眠れず朝も起きれない。

中学生時代って基本何かとやれる範囲が広がって、より出来てる自分がかっこいいとか考える人が多いと思う。
注目されたいとかモテたいとか。厨二病患者がいい例だと思う。

他者から見た自分をカッコよくしたいがために色々とやっていたあの頃。懐かしくもあるし恥ずかしくて穴に入りたい気分でもある。

だからちーちゃんの考えは分かる。特に、虐められていた子がそうやって何かから逃げて何かを疎むのは理解出来る。作者も何度も経験していた。

だけど今作者がこうして生きてられるのも、誰かが今も支えてくれているから。アニメ中でひなた様が仰られていたように支え合う。人間1人では生きていけないのだと若葉ちゃん達は理解していく。
そういう成長して自我を強くしていくあの子達の戦いは、きっとその年頃の子供達が理解すべきことなんじゃないのかな。


……と、中学生妹達に話した所、頭をわしゃわしゃされました。


話聞いてた?










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その2

完全にやらかしたので初投稿です。

ラスト千文字辺り書いてたと思ってたんですけどすっぽかしたみたいで付け足しました。

数ヶ月経って知るなんてなんという無様。申し訳ないです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殴られた痛みを感じた時、ふとこれが何度目なのかと考えた事があった。

 

 

血眼になって私を殴る父親の姿。片手にはお酒が入っていたであろう一升瓶が握られ、いつその瓶を私に振りかざしてもおかしくは無かった。

 

父親が私を殴り始めたのは何時だったか。そんなことも忘れるくらい、私は毎日殴られた。

母親が不倫し、貯蓄を散財させて借金まみれで家に帰ってきた。泣きつく母親に、父親は馬乗りになって何度も何度も拳を振り下ろしていたのを覚えている。服を脱がし、父親が必死に腰を母親の股に押し付けていたのが鮮明に思い浮かぶ。

泣きじゃくる母親に容赦無く甚振(いたぶ)る父親。普通なら私は是が非でも止めさせなければならないのだろうが、私はあの時自分でも驚くくらい感情が冷め切っていた。辞めさせることもしないし、見たくないと顔を背けることもしない。ただじっと、2人の姿を黙って見ていた。不思議と何故か、ただ理由もなく見つめていたのだ。あの時は私自身もどうして見つめていたのか理解出来なかった。

ただまあ。何をやってるかとか、何しているのかとか、どうでもいいとさえ思ってしまっていたのだから。小学生だった時の私として考えても、なんて冷めた人間なんだろうって、今思えば笑ってしまうわ。

 

 

母親が家を飛び出した後、残ったのは母親が持ち込んだ借用書と借金、無心で立つ私と父親の込み上げる怒りだった。

そして父親の怒りが私に向けられる。元々そこまで仲が良かった訳でも無い親子の関係は一瞬にして消え去り、私は父親のサンドバッグとなってしまった。

 

村でも母親の不倫が広がり、村の人達からの視線は厳しくなる一方だった。道を歩けば腫れ物を見るかのような目で見られ、同級生や年上の子供達からはいじめを受け、父親の暴力を受けてボロボロになっていた私の身体は、もっと酷く、もっとボロボロになってしまった。

元々私の容姿は醜いし、母親のように美しいふくよかな身体をしていた訳ではなかったので、村ではずっと腫れ物扱いされていたが、不倫の事が広がってからもっと酷くなった。

 

 

 

髪を切られ、殴られ、耳を切られ、殴られ、服を燃やされ、殴られ、私物を壊され、殴られ、手を切られ、殴られ、殴られ、殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ燃やされ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ蹴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られっ、殴られっ、殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られっっ───

 

 

 

 

全身に青アザ、切り傷刺傷火傷跡様々な傷が身体に刻み込まれた。肉体的にも、精神的にも私は傷だらけになっていった。

知識が無い私が耳を切られた時ちゃんと対処出来る筈もなく、バイ菌が入って切られたところが膿んでしまったようで、それを面白がってか重点的に耳を狙うようになった。

 

え?今は別に耳はしっかりある?……まぁ、治療が何とか間に合ったって言うの?そういう感じよ。話の腰を折らないで貰えるかしら。

 

解放されたいあまり、死のうとしたけど死に方も分からなかったし、毎日お腹も空いていたから餓死で死んでやると考えたわ。血を止めようにも、傷が多過ぎて塞ぎ切れないから諦めたし、もう私の居場所は何処にもないって思ったわ。

 

 

そんな時、ある一家が私の家にやって来た。……覚えてる?水都さん。あの時かなり衝撃的だったでしょ?……え?思い出したくない?……まぁ、当たり前よね。何も知らなかった水都さん達からすれば思い出したくない光景だったでしょうし。……私はいつも、ふと思い返してしまうわ。あの時の優しさ、温もり。何よりも、私を助けたいって言う気持ちを。

 

 

父親が不在だったから、何度もインターフォンを鳴らしていたので出なきゃ不味いと思って私が玄関の扉を開けたの。

扉の前に居たのは一人の女性だったわ。見た目母親と近い年齢の女性で、母親と違ってどちらかと言うと私のような醜い容姿をしていた。そんな女性が私を見ては顔を青ざめたかと思えば、あれよこれよと車に連れられて市民病院に連れて行かれたわ。車の中に居た水都さんと彼が目をまん丸にして驚いていたのは今でも印象的ね。

 

病院に連れていかれた私は、すぐに手当され数時間後に緊急手術。体の治りきっていない傷を縫い合わせ、耳の切り傷の膿の摘出を行い、全治半年の診断の後入院となった。

 

後で分かったが、家に来た女性は母親の姉に当たる人物で、妹である母親の不倫の事や借金の事を母親の父親経由で耳に入れ、その謝罪とこれからについて話し合おうと家を訪れたようだ。

そして父親は不在だったが出てきたのはボロボロになった私。謝る気が失せたと腹を立てて父親を説得。借金を全て肩代わりする代わりに、私を引き取ると取引したのだ。

父親はうぬを言わさず頷き交渉成立。養子縁組として私は藤森家の一員となったわ。

 

そこからはもう天国のよう。水都さんと出会い、彼と出会い、お義母さんと出会い、私は毎日が今まで味わったことの無い幸せを感じていたわ。

退院後、精神的にも病んでいた私を気遣ってか、数年後もう一度改めて私の口から父親との縁を切ると言えるようにするためさっさと私は彼女らの家がある長野県に移住。学校という場所に嫌悪感を感じていた私は学校に転校するも全く学校に通わなかったけど、それを埋め合わせるかのように自宅で勉強に打ち込んだわ。

水都さんは学校では上位の成績だし、彼もとても優秀。かなり容姿も整っているし、女子人気も高いと言う。……ぶっちゃけ嫉妬してしまうけど、家で甘えられればそれでいいのだ。

 

 

そして私が中学2年生の年齢になった頃。私は約束した自分の口で父親との縁を切ると言う為に村に戻った。

そしてあの日の夜、星が宇宙から降り注いだ。

 

 

 

 

 

………と、言う感じよ。それからは貴方達が知っている通り、私は勇者をやって、彼とイチャイチャ過ごしているわ。

え?最後の言葉は余計?あのね、乃木さん。乃木さんが彼にどんな感情を抱いているか知らないけど、基本的にこの国は一夫一婦制なの。こんなご時世じゃ子供産ませ孕ませかもしれないし、私達勇者なら例外かもしれないけど、基本的には駄目なの。それを分かって?

 

……例外があるかもしれない?……まぁ、誰が決めた事じゃないから、私もはっきり言えないのだけれど……。乃木さんも彼の事、好ましく思っているのね。いえ、その気持ちを否定するつもりは無いわ。彼、優しいし。私達みたいな醜い人間にも優しいから、堅物で恋愛脳な乃木さんならイチコロよね。

 

……上里さん。何その目は。怖いのだけれど、瞳孔ガン開きのハイライトグッバイは怖いのだけれど……。え………?一夫多妻制に絶対出来る?……それ、職権乱用でしょ……。巫女の名前が呆れるわ。

 

…え、いえ、水都さんは彼と籍入れられないでしょ?兄妹なんだし。……愛の力には関係無い?精神論では無く倫理論で会話しなさい。だいたい、近親相姦って言うのはとっても危険なもので………。

 

……なに、土居さん。……チューしたことあるのか、ですって?勿論当たり前よ。なんなら、その先も超えてるから。

 

…その先って何……って言われてもね。口で説明するのは流石にまずいわ。伊予島さん、説明お願い出来るかしら?………え?無理?そんな恥ずかしい事言えない?……未だ未成年でありながら官能小説を読んでムフフしているむっつりちゃんが無理って言うの?あんまりだわ。だったら貴女が読んでいたお気に入りの内容を……あら、引き受けてくれるの?流石ね、伊予島さん。そういう知識でも役に立つわ。土居さん、向こうで説明受けてらっしゃい。

 

白鳥さんはよく畑仕事を手伝ってもらっているのよね。彼の友達と一緒に。これからも呼んでくれって言ってたわ。………少し嫉妬しちゃうけど、貴方の野菜で作る料理はスーパーで買った野菜で作ったのよりも美味しいから、見逃してあげるわ。

 

ただし秋原さん。貴方は有罪よ。街を案内と称してデートなんて頂けないわね。お互いに親しみのない丸亀市をよくもまあぬけぬけと案内できると言って誘ってくれたわね。……夜中、寝首を狩りに行くから首を洗って待ってなさい。……ラーメンで手をうて?お生憎、私はラーメンでは心は揺るがないの。……彼が私とデートに行くための下見を兼ねてて彼から話しかけてきた?……くっ、複雑だけどっ、私には……貴方を許すという選択肢しか……ないのね……。

 

古波蔵さんは……あまり彼と関わってない気がするのだけれど。彼に不満でもあるというのかしら?……不満などある訳ない?ならどうして会話しないの?恥ずかしい?……古波蔵さんって意外と初よね。可愛らしい所があるわ。彼に言って、もう少し古波蔵さんと会話してって伝えておくから。ん?恥ずかしくて死ぬ?大丈夫よ、ボロ雑巾みたいだった私がしぶとく生きてるんだから、彼にあったぐらいじゃ死なないわ。

 

 

兎も角、私はあんまりな状態だったけど、今はピンピン生きてるから問題無いし、今更あの父親や村に未練も無いわ。どうぞ勝手に潰れてくださいお笑い致しますってね?

 

 

……あの、高嶋さん?どうして無表情でジャブしているのかしら……?……え、た、高嶋さん、聞こえてるかしら?……っ!?たたたた高嶋さんがいぢめ絶対許さないウーマンになったわ!!不味いっ、このままじゃああの村に殴り込みに行ってしまうぅ!!

 

乃木さんっ、貴方の無駄に鍛えた身体を今ここで披露する時よ!!何呑気に見ているのかしら?!脳筋若葉ちゃんなんでしょ?!脳筋らしく身体でぶつかって!!

 

高嶋さん落ち着いてっ!!私はもう何ともないのよ!!今は幸せだし毎日が楽しいの!!だからもう気にしてないから落ち着いて高嶋さんっ!!

 

 

 

 

私は今っ、幸せなのぉーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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こくんこくんと船を漕ぐ。ただしそれは夢見心地の船の上。上の空で歩く私の足取りは、ゆっくりと川を進む船のよう。

しかして船に意思はなく、乗られる側の自由自在。しかして私は意思がある。待人来るその時までは、多分ずっとこうなのだろう。

 

時刻は夕刻。赤橙の太陽の日がこれみよがしに眩しく照らし、沈む最後の悪足掻きのようにも感じるその光を鬱陶しく思いながらも、着々と私は足を前に進める。

周りは帰宅する学生達の集団が流れており、社会人の帰宅ラッシュと被って歩道はかなりの大混雑。かくいう私も帰宅する学生達の一人なのだけれど、私の周りには人一人として寄り付かない。理由もなにも、考えてみればわかるでしょう。醜い人に誰が近付くものですか。

 

周りから響く足音。コンクリートを擦り、砂や石を蹴飛ばし、地面から生えた雑草を何食わぬ顔で踏みつける。命を大事にしろとは強く言わないけど、私達が今どうして生きる場所を追われてここに来ているのかもう少し考えて欲しいと思う。

SFチックな話だが、もし仮にこれが神様等という存在が無く、自分達だけで生き抜かなければならないとなった時、果たして私達は無事に生きていられるだろうか。映画でよくある侵略者から地球を守る話も、守っただけで後の事など知らんがなと割り切って話が終わることがよくあるけど、あれはどう言う事なのか今この現実と向かい合った時改めて感じる。

皆で力を合わせて生き抜こう。いや分かる。確かに分かるが、たったそれだけなのか。絶対また同じ事を繰り返すだけ。

 

後悔するが反省はしない。いくら争いはダメと言い張りながらも一向に争いを辞めない人間達なんて信用も信頼もゴミっかすみたいな存在なのによくもまあ神様は力を貸してくれるわねと、心底そう思ってしまう。

 

 

かくして、私の気持ちが一体誰に届くというのかと。私は吐き捨てるように息を吐いて苦笑い。

何処も彼処も人人人々、私と同じ感性の人間は居ないようね。

 

勇者として何故選ばれたのかは分からないけど、大切な人を守る為に力を授けてくれたという事に関しては有難く礼を言うわ。でもそれだけ。

それ以外に興味は無い。なんなら、よくもこんな力寄越してくれたなと、胸ぐら掴んで殴り飛ばしてあげたい。世界が崩壊した世紀末だからこそ今は殴り飛ばすことも無いのだから、反逆精神を押さえつけている私にも感謝して欲しいわね。

 

 

私が今どんな顔で歩いているのか、そんな事自分では分からないのだけれど、周りの有象無象は私の顔をはっきり見ている。

そして今、私は歩いている最中だった事を思い出した。

 

周りから奇怪で、嫌悪で、険悪で、ゴミを見るような目が私を見ている。プレッシャー、そんな言葉も弱々しい。もっと強い何かを感じる視線が、四方八方からやってくる。

 

まぁそこまで気にする訳でもないのだが。言うて有象無象の視線なのだから、一々気にしてられる程暇では無いし気にしてない。

勇者たる者堂々たれ、とは誰が言ったかしら。乃木さんが言っていたような気がするわね。いえ間違いないわ、乃木さんならそう言って太刀を振り回しているでしょう。

 

 

そんな時、ふと横断歩道を渡る男子学生達が目に入った。天災後、珍しくなってしまった()()()()。避難民も通えるよう増築した近隣の高校の制服を着た彼らは、少し周りから物珍しそうな視線を向けられながら歩いていた。

 

 

それと同時に、私は足を止める。視線はその男子生徒達に向けられたまま。

お目当てのものを見つけた様に、私は目をゆっくりと見開く。視界に入っただけで、私はいつも心を弾ませてしまう。

 

別段特徴がある訳では無い。かと言って普通でもない。私からすれば()の全てが特別なのだが、1個1個説明するとキリがないので渋々だが割愛させてもらいたい。

 

 

「━━━康輔」

 

 

どれくらいの声量だっただろうか。周囲の汚声によって掻き消されてしまっただろうか。

しかし彼は声が聞こえたのかこちらを振り返った。周りもそれに気づいたのか、楽しそうにじゃれあった後、彼は背中を押される形でこちらに向かってくる。

 

聞こえる靴音が心地いい。彼から発するものは全て純白のベールに包まれたような初々しさと美しさを孕んでいるのだが、何故そう思えるのだろうか。

胸が動悸する。心臓が次第に激しく鼓動する。近付くその距離が鬱陶しくもあり、近づき難い神聖さを持つ彼の存在は私にとって天使と呼べよう。

 

少し困り顔でやってきた彼は私の目の前で止まるや否、数メートル離れていた身体をゼロ距離まで近付けた。まあ私が飛びついたからであるが。

 

 

「……おかえり、康輔」

 

「おっす。ただいま、千景」

 

 

彼、()()()()の腕の中で私は幸せを胸いっぱいに感じながら、彼と目を合わせる。

頭1個分程高い彼の身長を見上げる形だが、それがまた私は好きなのだ。

 

今日も無事一日を終えたのだと私は安堵し、より彼に伸ばす腕の力を強くするのだった。

 

 

 




文章中だけじゃ何が何だか分からないかもしれないので重要なとこ板書してね。


ちーちゃんの境遇ーーー村八分を受けてから心身共に傷だらけ。後に救出幸せ満悦。

藤森家との関係ーーーちーちゃんのクソ母とみーちゃんのお母さんが姉妹。旦那置いて一目散に子供連れてやって来たけど、出てきたのはボロ雑巾みたいなちーちゃん。こりゃあびっくり慌てて動転、一目散に病院に転がり込んで入院させた。そこから養子としてちーちゃんと共に過ごす。ちーちゃんはしっかりお兄ちゃんに恋した。完全にオリ設定。

この世界の男性ーーー天災後何故か男性人口減ってるのは何でだろうねぇ〜。







ちーちゃんを幸せにし隊としてはハッピーエンドにしたいんだけどなぁ。……久しぶりに来る愉悦がヤバくて捻じ曲げたくてうずうずしてる。





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犬吠埼風の章
グーロロプ



ふと唐突に思い浮かんだあべこべ。


まぁ流し読みで読んでくださいな。


 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが人を嫌うのは唐突なんだって。

 

出会い頭で。日常生活で。何時何処でかは人それぞれらしいけど、人が誰かを生理的に受け付けないと判断するのは少しの予兆もなく、心の中で『あ、無理』と思ったらそれからどんどん大きくなって最終的に表情に出る。

理不尽かもしれないけど、人間の感情は時に自分でも押さえ付けられない時がある。

 

哀しきかな。一番辛いのは、それから誰もそれに抗おうとしない事。

無理と言ったら無理。キツいと思ったらキツい。善悪関係無く気持ちを持てば、そのままアクセル全開で突き進むのが人間の心情。

 

辛いな。苦しいな。成金にゴマスリする為に近付くとか、自分の利の為に誰かを嫌うのなら改善出来るけど、自分の心身が受け付けないのならどうしようもない。

 

今やどこにでも居るであろう衛生害虫の黒光りの虫を1度嫌い、次見た時『あ、可愛い』なんて言って捕まえてペットにしようとしてるやつを見た事ある?

 

いや誤解を招くかもしれないけど、人はそれぞれで感情を持っている。例えその黒光りしてる虫が嫌いだからってそれを触ったりしてるやつに対して偏見とか持ってないよ。1番身近な例えを捉えただけであって、別にこれからそいつらハブろうぜとか全然思ってないよ。

寧ろかっこいいとすら思うね。自分からしたら生理的に受け付けないものを自分が好きだから触れる。かっこいいね。尊敬しちゃうよ。

でも更に言うとだね、普段の家に潜んでいるであろう黒光りこくろーちは本当に汚いんだ。衛生3大害虫(命名)の無限蛋白質製造機、人間と同種の小さきもの、そして黒光りこくろーちは本当に汚い。

体に纏っているのはゴミと菌。これを誰が触りたいと思う?

そして人の手で飼育されている黒光りは衛生的にはダメかもしれないけど、全然汚くないんだ。だから誤解しないで。私が言ってるのはあくまでも害虫とされているあの虫達だからね。

 

 

……話を戻すけど、そんな衛生害虫とまで言われているのにもちゃんと理由があるからなんだよ。さっき挙げたみたいに、アイツらは衛生的に汚い。しかも見た目が駄目な人が多い。これだけでも人が衛生的に受け付けないと過剰反応する人が多い。それを駆除する仕事に携わっている人、マジ感謝です。絶対にこれからもやって欲しい仕事です。感謝してます。

 

 

だから言うとだね。生理的に無理だと判断するのは、大きくわけて2つの理由がある。

1つは見た目。もう1つは情報だ。

 

見た目が理由なのは分かるでしょ?虫の脚ついてる裏側とか、田舎にしか居ないとか言われてるオオゲジとかゲジゲジとか。あの足の本数見てキャーキャー叫んだりするでしょ。背筋がゾッとして身震いするでしょ。想像してみたらヤバいでしょ。

 

だけど情報とはなんぞやと言われた時、首を傾げるかもしれない。

例えばそう、友達との会話で相手からの言葉を聞いて『あ、こいつやっぱ合わねー』とか『まじイラつくんですけどブス』とか『なんで私がこんなことしなきゃならねぇんだよ』とかふと思って、いつの間にか表情に出て即亀裂とかね。絶対誰か思った事ある。なんかイラつく態度とか言葉を聞いたらカチンとくる時あるでしょ。

例えば1度も見た事のないムカデとかを誰かの口や本の文章に書かれていた文字を見て想像して『あ、無理』だと判断したりするでしょ。

だから情報なんだ。どこかしらかものについての情報を耳に、目にして今まで接してきたのにもう二度と一緒にいたくないとか思ったり、見ても無いのに『私この生き物無理〜』とかに発展するんだ。

 

まぁ、こんな長話してすまないんだけど、要は人って生理的に無理だと決めつけるのが早いんだよ。まぁ情報に関してはまだ改善の余地があるかもしれないけどね。

 

 

そして何が言いたいのかと言うとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の周りほぼ全員生理的に受け付けないんですがどうしたらこの状況抜け出せますか?(克服したいとは言ってない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、東郷美森の朝は早い。

日の出が山から覗くと同時に目を覚まし、日課である行水を行う。始めたのが何時の頃だったのかは忘れたけれど、もう何年にもなる行いである。冷水を浴びる事で体の穢れを洗い流すという意味を込めて浴びているが、春になったとはいえ朝方冷え込む中で冷水を浴びるのは少し酷だとは思う。だけど、これをしていないと落ち着かない自分もいる為、今では気にすること無く続けている。

 

私は2年前、交通事故に巻き込まれて両足の機能を失った。それによって、私は車椅子生活を余儀なくされている。

今では慣れたが、当初はとても辛く厳しい生活だった。()()()()でもある為、私は周りから冷ややかな目を向けられていた。今でも向けられているが、それは仕方の無いことだと自分でも割り切っている。両親には申し訳ないかもしれないけど、自分にとっての汚点とは()()()()()だ。今すぐにでもこの苦しみから抜け出したいと思う。

 

だけど、そんな私の()()()を否定しなかった人がいる。

あの人に私は救われた。こんな私でも生きていていいのだと、心からそう思えた。車椅子生活を見兼ねて助けてくれたり、お隣さんの友奈ちゃんと仲良くなる為に色々と親身になって考えてくれた。

 

私はあの人に感謝しか向けられない。私という存在では払うことのできない事を沢山してもらった。

あの人はそんな気持ちを持っている私にいつも言ってくれる。

気にしなくていい。当たり前。当然。困った時はお互い様、と。

 

私はそんなあの人に焦がれてしまった。あの人のことを考えると夜も火照って眠れなくなる。身体の疼きが抑えきれず、思わず発散してしまうが仕方の無い事だと理解して欲しい。私としてはとても不本意ではある。

 

だから私はあの人に感謝を伝える為、毎日あの人に尽くすのだ。例え()()()()に近いものかもしれないが、法律的には問題無い。親公認の案件なので私はどんどんアプローチしていく。

私の身近な人達もあの人に焦がれているようだが、問題無い。英雄色を好むとも言うし、()()()()()()()()()()()

 

今日もあの人の為に私はお世話するのだ。あの人の笑顔を拝む為に。あの人の声を聞く為に。

 

行水を終えた私は体を拭き、あの人の部屋に向かう。

今日は朝食を一緒に作るのだと約束していたので、朝早く起床する私は前日あの人から起こしてくれと頼まれていた。

 

正直言って大洪水不可避案件である。男性であるあの人の部屋に、しかも私のような人間が入れる事がどれほど世間から疎まれるのか理解しているからこそ、罪悪感がとてつもなく嬉しさが天元突破。

 

まずいまずいと沸騰する血流を何とか抑えようと鼻を押さえながら車椅子を動かし、あの人の部屋に向かう。

この家は私の車椅子に配慮して私用に作られている。よって扉も引き戸となっている。勿論鍵は備え付けてある。ナニが起きている時に入られないようにいらないというあの人の言葉を押し切ってつけてもらった。

 

両親が起きないようにゆっくりと引き戸を動かす。無音で部屋に入り、小声で朝の挨拶。シンプルに勉強机とそれに備え付けられた椅子。壁に一面にズラっと並んでいる難しい本の数々。そして白地のフカフカそうなお布団。確か体が包み込まれているような感じがしないと寝られないと言っていたので不本意だが脚立式お布団で就寝している。包み込むのであれば、私の体で包み込んであげるのに(ふんすっ)

 

私はゆっくりと頭があるであろう方に向かい、ピタッと動きを止める。掛け布団から覗く凛々しいお顔と寝息が私の五感全てで分析される。

今日の体調は良好平熱36.4度かしら今日は少しお腹が空いているようね少し多めに白ご飯を炊きましょう。

本日も健康。とてもいい日になりそう。

 

私はカーテンを開けて朝の陽射しを部屋中に入れ込み、そっとあの人の顔に手を添える。

私では到底触ることのできないであろうかっこいい男性。朝の陽射しでその素晴らしさが更に引きたっている。そして何よりも、私は触ることが出来る。本人からの了承を得ている。これはもう世間一般で言う所の勝ち組なのだ。

男性のゴツゴツした体つきを私は余すこと無く触ることが出来る。これはもう出血不可避。あの人がいれば私には何もいらない。

 

しかし時間が時間である。私はそっと問いかけるようにあの人を起こすのだ。

 

「………兄様、お兄様。朝です、起床なさってください」

 

本当に心苦しい。お兄様の幸せを奪ってしまう事が。とてつもなく心苦しい。しかし、ここは心を鬼にする。これから御一緒に朝食を作るのだ。まだ私の幸福は次にも待っている。ここで折れる訳には行かない。

 

「……んっ、………あぁ、もう朝か。早いなぁ……」

 

ゆっくりと目を開けるお兄様。目を擦り、大きな欠伸をすると窓の外を眺めそう呟いた。あぁ、私のお兄様はなんてかっこいいのだろう。男性であるはずなのに体は太く日々鍛えられていると分かるゴツゴツした体つき。その硬い二の腕を触りたいのですがいいでしょうか?

朝日に照らされるお兄様。あぁ、まるでそれは1枚の絵のよう。旧暦時代の有名な画家が描かれた1枚数億は下らないとされる絵よりも価値がある光景だ。素晴らしいですお兄様。感無量であります。

お兄様は眠たそうな瞳をこちらに向け、私に気付くとお布団から体を起こしました。思わず私の体に力が入ります。この後、かけられるであろう言葉に()()()()()()

 

 

 

 

「………おはよう美森。取り敢えず俺に抱き締めさせてくれ」

 

 

 

 

 

私はこの言葉には抗えず、素直にお兄様のお胸の中に飛び込むのだった。

あぁ、お兄様。こんな私でも私は幸せです♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せな家庭を築き、平穏に生きたいと思うのは人の性なのではないか。俺自身、誰かと恋に落ちて平穏に生きたいと思っていた。

実際そうなるのではと考えながらも日々を過ごしていたが、現実はそんなに甘くは無かった。仕事中に妻が浮気。そのまま逃げられいつの間にか借金抱えて両親と絶縁。元々親に迷惑はかけられないと俺から申し出た事なので罪悪感はあれど後悔はない。ただ、あの時の両親と兄妹の表情は忘れられなかった。正当に借りた資金ではなかったので、身体を文字通り金にして返していく日々。内臓全てを売り、俺は生命をそこで終えた。かなり汚い組織で、麻酔をしている間に臓器を全て抜き取って俺を燃やしたようだ。ようだと言うのは、一瞬だけ焼けるような熱さを感じたからで、確証はない。ただ、両目と脳が抜き取られていたので感じたのも一瞬だったから、確証は薄いが。

 

兎も角、そんなこんなで気付いたら子供になっていた。

いやなんでやねんとか思うかもしれないけど、何故か子供だった。俺の息子は縮んでしまっていた……。

兎も角よく分からない状態だったのだが、俺はどこかの施設にいるらしく、そこで生活しているようだった。

周りは全員男。世話をしてくれる人は歳がいっている女性方。時折野獣のような目で見てくるが、顔を見るのも嫌なので基本無視のような状態。周りの男は媚び売るみたいに懐いてるもんだから神経疑ってしまった。だってあの女性方、言い方悪いけど無茶苦茶不細工なんだ。

いや偏見とかないんだけどね?なんかこう、癪に障るんだよね。似合わない化粧して香水つけて、はっきり言ってキモイっす。なんでそんなので男の気が引けるのか理由が分からない。なんでお前ら男もしっぽ振ってる犬見たく息荒くして発情してんだよ。うさぎかよこら(圧倒的矛盾)

。自我に目覚めて数日ですが、凄くここから逃げ出したいと思う俺でした。

 

そして転機が訪れる。何かの組織に所属している家のお偉いさんがやって来て、神託?によって貴方を引き取りますとか言われて俺はすぐにこの施設から出る事になった。……色々と突っ込みたいんだけど、取り敢えずそのお面はなんですか?え?素顔を隠す為のもの?お面だからそれが用途なのでは?

 

なんかよく分からない神様のお話をされていたのでもう聞きたくないです。

 

 

取り敢えずなんで俺が引き取られたのか理由は聞かせてもらった。

どうやら、神様からの神託で俺を御役目?に選ばれた子供達のカウンセリングを任せよと指示があったそう。……また俺置いてけぼりなんですけどどうすればいいですか?あ、また後で詳しく説明する?……ならOKです。

 

俺は養子になる家に案内された。……なんて読むんだこれ、難しいなおい。え?あかみね?いや知らんがな。

 

一先ずはと、今日は休めと言われて爆睡し次の日。お面を被ってない美人の人がやってきた。そうそう。美人っていうのはこういう人なんだよ。しかも日本人なはずなのに赤毛の髪って凄いね。ハーフかクオーター?でも顔つきは日本人特有なのに。こうも髪色が似合ってる人、初めて見たよ。

俺が美人ですねって言うと何故か冷たい目で見られてしまった。……解せぬ。本心を言ったのに。

 

そんな空気が悪くなりながらも始まった説明。色々とめんどくさい説明だったのでまとめて。

まず1つ。俺は赤嶺の養子として引き取られることになりました。名前も元の名前から変わるそうです。俺自身の名前知らんけどな。

 

そして次に、俺は御役目というものに選ばれたらしい。

御役目というのは隠語のようで、一般的には知られてはまずいから情報を秘匿する為の言葉らしい。……隠蔽かよ。ホンマ組織って隠蔽平気でするよな。

そして俺の御役目とは、今から数年後に現れるであろう御役目に選ばれた子供達のカウンセリング。心身ともに癒してあげて欲しいと土下座気味に言われてしまった。

取り敢えず1つ突っ込みます。俺に犯罪を犯せと?

 

いや俺の体がいくら縮んだからと言って、誰とも知らない幼女に手を出せと?犯罪の予感しか起きないんですがそれは。

え?貴方しか頼めない?………いいだろう。寧ろばっちこい(掌返し)

ここまで言われちゃ仕方ないでしょ。例えそれが犯罪になろうとも、こういうお指示を貰っているので俺はやるぜ?ヤル男だぜ?まぁ息子は縮んでんだけどね。

因みにこの話は他言無用だと聞かされた。いや当たり前じゃん。誰が好んで『俺これから犯罪起こしまーす』とか公言するかっつうの。

 

で最後なんだが、何故か勉強する流れになってしまった。

いやなんで今更勉強しなきゃならねぇんだよ。前世の記憶持ってるから俺は最強だぞ!!なんでも答えられるぞ!!ほら問題だしてみろ!!………えっ?神世紀に変わった時の旧暦何年?………待ってここ俺の知ってる日本じゃねぇ!!

 

それから俺は必死こいて勉強しました。何故か五教科と文理両科目、料理から茶道に至るまでのThe日本文化って感じのもの全てを叩き込まれた。

俺が1番驚いたのは、この世界は既に日本列島の四国しか残っておらず、神樹様という存在がこの四国を守っているそうだ。……何言っちゃってるんだよこの大人は。なんて思ってみたが、実際そうらしい。その為の大赦だと力強く言われてしまった。まぁありがたいのは、四国しかないから英語を覚えなくてもいいという事ぐらいかな。

 

そして何より1番驚いたのが、この世界はどうやら男女の扱いが逆のようで、男が少ない。そして何より女の美的感覚は俺の世界とは反対になっていた。つまり、不細工が美人で美人が不細工という事だ。いやなんでやねんとか思ったけど、神世紀になる旧暦からずっとこうなんだとか。だからあの施設の女性方は自分の顔と体に自信を持っていたのか。……あんな真っ平らでよくもまあ誘惑してくれたなあの不細工め!!

となると、俺が最初口走った褒め言葉に気に食わないと思ってしまうのも無理は無いのか。俺からしたらお世辞抜きだが、向こうからしたらお世辞を言われた。しかも自分の酷さを知っているからこそネガティブに捉えてしまう。なんて辛い世の中だ。どうやら、この世界の上位は俺の世界の不細工達が陣取っているらしく、美人の人達は苦い汁を啜らされているようだ。この話をしてくれた当主の人が涙を流していたのを覚えている。

 

まぁその後どうなったかはあまり深くは言わないが、お互い距離が近まったとだけ言っておこう。体的にも心的にもね。……俺そんなに尻軽い訳じゃないんだけどなぁ。目の前にお菓子あったら食うじゃん。俺甘いもの好きだし。それに向こうから望んできたら応じるのが男だろ。男冥利に尽きる。

 

取り敢えずはと一通り勉強して、体を強制的に鍛えさせられて数年後。立派なアスリートのような体に変わってしまった。

俺の年齢は7歳だったようなので、あれから3年経ったので10歳となった。神樹館という小学校に通いながら、御役目の日を待つ日々。既に御役目に選ばれた子達とは面会して友達になっている。3人の女の子だが、3人とも凄く可愛い。クラスメイト達からは疎まれるが、何とか生活出来ているようだ。可愛いのに、生きづらい世の中だなぁ。

 

そんなこんなで俺は学校を卒業してしまった。いやなんで御役目始まらんのや。俺卒業してまったやんけ。

中等部に通うこととなり校舎が離れてしまったが、放課後は絶対に一緒に帰ると約束しているので、中等部の校門の前にいつも3人が揃って待っていてくれる。歳上の目が怖いのもあるのか、ビクつきながら俺を待つ3人の姿にマジ萌え。……これは、俺がキツく周りに言っておかなきゃならないようだな。

 

そして始まった御役目。彼女達の御役目の内容は聞いてはいないけど、御役目があったと聞いて急いで3人と合流したが、なんとボロボロの姿で俺を待っていた。一体何があったのか聞くと、御役目の影響らしい。いやちょっと待って欲しい。なんで御役目で怪我をするんだ?3人とも傷だらけだ。

絶対に普段の生活をしていてはつかない傷。まるで誰かから受けたような傷。問いただそうにも頑なに口を割らない彼女達。

思わず心配してるからこそこんなに言うんだと怒鳴ってしまった。これは反省だ。相手の気持ちを知らないで怒りをぶつけてしまった。

咄嗟に謝ると彼女達も俺の気持ちを理解してくれて、俺も彼女達の気持ちを理解出来た。成程、だからここで俺が御役目を果たすのだと。

彼女達のカウンセリングをして、詳しくは分からないが彼女達の傷を癒せばいいのだなと、俺は理解した。

 

前世では騙されて絶望した俺だが、彼女達も別の理由から絶望して生きている。俺よりもその絶望は早い段階で受け、友達と笑い合いたい年頃の筈なのに、浮かべるのはいつも苦痛の表情。俺の世界とはあべこべだからこそ、俺はこの状況を可笑しいと思えてしまうが、誰も彼女達の、カーストに立たされている俺にとっての美人の人達の気持ちは無視されているのだと。これ俺の世界よりもキツくないか?当たり強すぎだろ。

 

兎も角俺はその日から彼女達のカウンセリングに身を粉にした。

彼女達の願いを出来るだけ聞き、何不自由ないよう彼女達の気持ちを配慮して半年近く過ごした。

そしてある時、大きな事態が巻き起こる。

 

彼女達の1人が、御役目中に大怪我をして病院に搬送されたのだ。

思わず動揺してしまうが、俺以上にその現場を見た彼女達の方が深刻だと気持ちを切り替え、彼女達の元に向かう。案の定心は折れており、立ち直るまでに相当な時間を有してしまった。

確かに、友達が瀕死の状態になるのは心にくる。俺の近しい子でもある為、その気持ちは痛いほど分かった。

 

そしてそれから数週間。入院していた子はそのまま大赦が預かるらしい。らしいというのは、俺の義理の母(肉体関係含む)から聞いた話である為詳しく分からなかった。預かるのはどういう事かと思ったが、母もよくわかっていないようで、なんでも秘密裏にそうなったそうだ。

なんだかきな臭い感じを嗅ぎとった俺はその子の病室に向かう。

 

すると、お面を被った宗教団体の話している言葉が俺の耳に入る。

 

 

 

───醜いものは、処分がしやすくて助かる。

 

 

 

その後の記憶は詳しくは覚えていない。気付いた時にはお面の人達を殴り倒していた。

……カッとなってやった。反省はしているが、後悔はない。

取り敢えず母にその事を伝え、大赦に掛け合って貰うことにした。殴り倒していたことに関しては雷が落とされ、今日は可愛がってと言われてしまった。……いいだろう!!

 

そしてそれから数週間後。あの子は大赦が文字通り処分する話になっていたそうだ。体の機能が回復しても、もう御役目を全うすることは出来ないからだと。……いや取り敢えず申したいのはだからって処分しようとするなよ。

 

大赦の一部がそんな話をしていたらしいので文字通りそいつらは相応の罰を受け、あの子は御役目から身を引いて俺のサポートとして残った2人のサポートをするらしい。

いや神樹様って凄いな。不細工として扱われている彼女達を救える程信仰されているなんて。大赦なんて言う組織が出来てるだけで名ばかりかと思ってたけど、信仰しすぎと違うか?

 

と、なんやかんや大きな事態も起こり、終息して歓喜が巻き起こっていた1ヶ月後。再び御役目を果たす時が来た。

そしていつも通り2人は御役目にいつの間にか向かっていた。どうやら新システムとかなんとかが追加されたようで、これがあれば百人力だと張り切っていた。まぁ俺には分からないが。

 

なんだか今更なんだが、御役目は起きると知らされたらすぐに終わるんだ。偶に4人でいる時唐突に2人が消える。それが御役目に行った証拠だと言われたが、気付いたら終わってるってホントに何?情報隠蔽し過ぎと違う?わけわかめなんだけど。

 

 

そして大変な事態も唐突にやってくるわけで。

 

どうやら新しいシステムは体の機能を代償に行う御役目らしく、1人は両足と記憶の一部を。1人は内臓や人体、神経を含む約20ヶ所の機能を代償にしたらしい。

 

これによって2人は重体となり、体の機能をほぼ代償にした女の子は病院生活を余儀なくされた。

それはいうなれば隔離。カウンセリングである俺ですら入ることのできない部屋に入れられ、御役目に向かう前を最後に、二度と会うことは出来ないと言われた。

 

そしてもう1人の女の子は、2年後に起こるであろう御役目に再び向かわされる事になるらしい。俺はそれに激怒した。それは余りにも可笑しいと。人間としてどうかしてると。しかし、大赦の人間はこう返した。

 

 

 

世界の汚点で世界が救えるのなら、その汚点となる存在達もさぞ嬉しい事でしょう。

 

 

思わず拳を叩き込みたくなったのを抑える。

こいつらは俺についてを深くは知らないみたいなので、俺が一般的な考えであの子達を使い捨ての道具だと思っているようだ。

何故ここまでこの世界は俺に怒りを与えてくるのか。今すぐ暴れたくて仕方ない。しかし、これ以上暴れてしまえば、家に迷惑がかかってしまう。

 

俺はサポートしてくれている女の子と話し合った。どうすればいいのかと。また傷付くであろう彼女にどうしたらいいのかと。

話し合った結果。俺達が彼女の近くに居ればいいという考えに至った。

 

善は急げと行動に移し、彼女が向かう讃州市という所に行きたいと母に頼んだ。勿論俺達の考えも伝え、大赦からもこれからも御役目に向かう子供達のためのカウンセリングを行う為にとお願いし、何とか移動出来ることに成功した。

母は悲しそうな表情をしていたが、俺はこの家の息子であり、いつでも帰ってくると伝えると寝室に連行された。

 

そして、俺達はどういう立場で彼女の力になればいいかと思った時、大赦側からコンタクトがあった。俺は彼女の義理の兄として共に生活しろと。

女の子の方は費用を出すから家族ごと引っ越せと。

 

流石に家族ごと引っ越すのは色々と反感を買うんじゃないかと思ったが、意外にも家族全員で了承。費用全額負担という事もあるのか、急ピッチで讃州市に新住居が立てられ即引越し開始。

俺も母に行ってきますと伝え、新しい家族にご挨拶した。

 

新しい家族は彼女の養子前の実家であり、実家に戻って御役目を行うらしい。

彼女と再会した時、彼女は俺の事を覚えてはいなかった。勿論、あの二人の事も。だけど、ここで動揺してしまったら彼女を不安がらせてしまう為、俺はもう一度挨拶をするのであった。

 

 

 

 

「───こんにちは、初めまして。今日から東郷家にお世話になる力哉(りきや)と言います。これからよろしく、妹よ」

 

 

 

 

これが簡単にまとめた俺の数年間。

分かりやすく言うと、この世界はあべこべで美少女が虐められててしかも大人がクズという事。

 

俺はそんな屑たちには屈しない!!( ๑•̀ω•́๑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2年が経ち、すっかり打ち解けた妹といつもの日課をするのであった。

 

 

「………おはよう、美森。取り敢えず俺に抱き締めさせてくれ」

 

 

ウチの妹が美少女で可愛くて美少女過ぎて辛いです。




本当は勇者部員達を不細工にしようかと思ったけど、それはゆゆゆ民にアンチされそうだし俺自身そんな考えを持った自分を殺したくなったから辞めました。


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胡蝶蘭は突然に

お腹がすいたので初投稿です。


 

 

讃州中学勇者部。それは校内に知らない者は居ない部活動一の有名部活動である。

部員数は5人と少なく、3年生が2人、2年生が2人、残り1年と聞いた感じ廃部してしまいそうな状況だが、他の部活と大差無い活動を行なっている。

 

有名な理由はいくつかあるのだが、一番を挙げるとするのならそれは部活の方針だろう。

勇者部は『皆のために成ることを勇んで実行する』を旨に、困っている事があれば助けてくれる活動をしている。地域のボランティア活動に積極的に参加し、日々校内の清掃を行い、迷子の猫を探す。

これだけやっていると手伝いのようなものだが、彼女達は見返りを求めない。

自分の行動で誰かが喜んでくれるならと、眩い善意の心で活動している。

 

それが良くも悪くも世間からの興味を引かれ、勇者部に様々な依頼を申し出る人達が増えていた。下手に手伝ってもらうよりも、注目を浴びている勇者部に話を持ち込んだ方が何かと都合がいい場合が多く、それでいて解決するとなれば、引く手数多になるのは当然の事だろう。

本人達自身、いつも笑顔で接してくれているところが良くも悪くも注目される点であり、地域の御老人会や保育園などではそういったところを踏まえてお呼ばれする事が多い。

 

 

そんな勇者部達は、今日も誰かの為に活動するのだった。

 

負けるな勇者部。頑張れ勇者部。

 

君達の助けを求める人がまた何処かに現れたぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平日ほど嫌だと思う時は無い。しかも平日は5日間も存在しているのが更に拍車をかける。

かと言ってずっと家に引きこもっていると言うのも出来ない。私は学生で、妹の為に朝ごはんを作らなければならない。学校に通うのもタダではない。たとえ義務教育だとしてもお金を何かしらに払った以上、休む事は無駄になってしまう。

 

憂鬱になりながらも、私はまだ眠たさがある中身体を寝床から起こして顔を洗いに洗面台に向かう。

春先だがまだ冷える朝の空気。冷える床を踏みしめ、洗面台に辿り着くと蛇口を捻って水を流す。手で2、3度水をすくって顔を洗うと、正面にある鏡が目に入った。

 

「……ほんと、汚ったない顔だこと……」

 

写る顔面。大きな瞳にシミ一つない健康的な肌。小さな鼻と生え揃ったクリンと丸々まつ毛。透き通るライトグリーンの瞳ときめ細やかな金色の長い髪。見れば見る程、憎たらしくなる程恨むべき顔立ち。

何故私の顔はここまで整っているのだろうと疑問視する。世の中的に、こんなに整った顔立ちの女は需要がない様なもの。その癖胸もこの歳なのに馬鹿にでかい事も本当に憎い。女の胸が大きい事など、誰が喜ぶのだろうか。

ルックスでは完全に終わっているようなものである私は、男にモテないのに女子力女子力と家事が出来る女にシフトチェンジして日々努力している。両親が居ないため、私が妹の為にご飯を作らなければならない事もあってか、家事においては急成長して誰にでも自慢出来るぐらいの実力は持っている気がする。

だが世間は甘くない。私のような見た目と体つきの女が私のように考えない訳がなく、私よりももっと先で家事をこなしものにしている人達がいる。そう思うと、私の努力はまだまだなんだと痛感してしまう。

 

しかし実際はそんな事をしたところで男からはモテない。元々少ない男との出逢いに何か好感を持てる部分があって、尚且つルックスが好み、金持ちじゃ無ければ女が男と結婚出来るはずもなく。

皆、無駄な努力をして人生を棒に振る。私もその1人だが、私は家族の為と言うこともあってタメになってるからいい。残された道と言えば、子供が欲しければ人工授精して子供を授かるか、子供を産むことなく余生を過ごすかの二択。多くは1人寂しさを紛らわす為に子供を作る人も多いが、将来私も子供を人工授精して作るつもりだ。

私みたいな女では、それが当たり前なんだ。

 

顔を拭き、朝ごはんの支度をするためにキッチンに向かう。

今日も平穏に過ごせますように。

 

私は今日珍しく、そんな願いを祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どうやら、今日は転校生が来るらしい。なんでも入学式までに引越しが間に合わず、1週間遅れて入学する事になったとか。

そりゃ、こんな4月上旬で転校してくるなんてそう言った理由が多いと思うのだが。クラスメイト達は色々と話を膨れ上がらせて話している。

入学そうそう可哀想だなと思い、私は机に突っ伏した。五十音順で私は窓際列の前から2番目。つまり出席番号は2番となる。目立つようで目立ちにくいなんとも言えない場所な為、私は気配を消す為に静かに昼休みを過ごすのだ。誰かに絡まれるのが1番嫌で──。

 

「───ちょっと犬吠埼。今からジュース買ってきて」

 

……来てしまった。静かに過ごしたかったがそれは無理のようだった。

私の元に来たのは3人の女子生徒。顔が浮腫みシミが多く、胸が小さくてお腹の肉付きがいい3人の姿はまさに私が憧れる姿。クラス上位を占める美女と持て囃されている女子生徒達だ。

取り敢えず断ろう。偶には罵倒を吐いて遠ざかってくれるはずと淡い気持ちを抱いて口を開いた。

 

「……あ、あはは。ごめん、今手持ちがそんなに無くて……」

 

「は?何言ってるの?私達にそんな見え透いた嘘通じるとでも?」

 

地雷を踏んだ。これは不味い。

私は直ぐに立ち上がって鞄から財布を取り出す。

 

「ご、ごめんっ。すぐ買ってくるからっ」

 

殴られる事だけは避けたい。例えブスだろうと顔に傷が付くのは嫌だ。

急いでジュースを買いに行く私の姿を見てか、クスクスと笑い出す3人。それに釣られて周りの生徒達も嘲笑うように私を笑いものにする。

 

嫌だ嫌だ。なんで私がこんな事をしなくてはならないのか。

ブスだからって、何時返されるかも分からないのに何故私が奢らなければならないのか。生活費を削ってお金をやり繰りしているのに……。あっちも私の事情ぐらい知っている筈なのに。

しかし、文句など言えない。私は早足で自販機に向かう。まだホームルームまで15分余裕がある。だが、あの場に居るだけで惨めな想いをするのに耐えきれない為、長く外に居ようと少しでも早く離れるのだ。

 

……ほんと、死にたくて仕方ない。

 

どうしようもない思いが、私の頭を駆け巡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

財布を握りしめ、自販機の前に立つ。学校中の人達が利用する自販機は、校内に2、3個程設置されているが、彼女達の好みのジュースがここにしかないため私はここにいる。しかも、この自販機は教室から1番遠い事もあり、そこまで行くのが面倒だと私に買ってこいと頼むのは至極当然。私は所詮パシリなのだ。

 

財布を開け、中身を確認する。使えるお金は小銭のみ。お札は1日の使い所が決まっているため私が使う分には小銭のみ。見ると、今週使える分がいつもより少ない事に気が付く。

最悪だと内心舌打ちをし、小銭を入れてまず1本何処にでもありそうなメーカーの炭酸飲料のボタンを押す。がちゃんっと飲料水の入ったボトルが取り出し口に落ちてくる音がして、続いて2本目のボタンを押す。

 

……ほんと、なんだかなぁ。

 

自分の今の姿が情けない。

私は自分で言うのもなんだが、ここまで内気なような性格では無い。この髪色の如く元気いっぱいに遊ぶ女の子だった筈なのだ。

私が変わったのは、女で1つで私達を養っていたお母さんが他界してから。妹が寂しがらないようになんでもやってあの子の不安を取り除こうとした。結果、いつの間にか私の元気は上辺だけのものになっていた。

後悔はしていない。妹が悲しがる事も寂しがる事も無いので私としては結果はどうであれ、やってよかったと思えるのでいい。

 

しかしこれもあってか、私の周りから人が居なくなった。親戚の人もそうだが、友達も居なくなった。学校の先生からは腫れ物を見るような冷たい目で見られ、誰も私に関わらなくなった。

私に話しかけてくるのは私をパシリに使う女子生徒達だけ。そこに友情など無く、あるのは一方的な利益のみ。だが反論はしない。もし反論して、もう二度と誰にも話しかけてくれなくなった時、私は絶対に耐えられない。

 

……1人は、嫌だ…。

 

少し気持ちが揺さぶられた。と同時に、3本目を買おうとして取り出した小銭が自販機の下転がり落ちてしまった。

不味いと思い急いで下を覗く。既にその小銭の姿は無く、諦める選択肢しか無かった。

 

百円玉は最悪に不味い………。

 

落としたのは大きな小銭だ。金額的にも大きさ的にも。自販機で買い物をする時には百円玉を入れればほぼ解決したようなものであるが故に、その紛失は大きい。

仕方なく私は他の小銭を探す。百円玉があればそれを入れればいいし、五十円玉しかなければ2枚取り出すか十円玉5枚と一緒に出せばいい。

しかし五十円玉は2枚なく、あろう事か十円玉も数枚しか入っていなかった。

何度探しても、あるのは少ない小銭、一円玉が小銭の大半を占めている。

自販機は一円玉が使えないのは当たり前だが、両替ですらこの一円玉は出来ない。今日ほど、この一円玉を恨んだことは無いだろう。

 

仕方ない。これは、1000円札を出すしかない。

そう思い、お札が入ったポケットを開けてみる。覗くお札は数枚。今月やりくりするための全額だ。これを使うというのは、即ち今月は少しずつ厳しくなる証明。

 

もしジュースを買っていかなければ殴られる。女子生徒達のサンドバッグにだけはなりたくない。だがこのお金は生活費の他に、妹が欲しいと言っていたCDを買う為のお金を含んでいる。もしここで使ったとして、もしCDが買えなくなってしまったとなると、妹に合わす顔がない。元々醜い顔なのでさらに見せたくなくなってしまう。

 

……なんで、朝からこんなにも悩まなきゃいけないのよ……っ。

 

毒ついても仕方ない。誰にも私の気持ちなど理解されないのだから。

だから決断しなくてはならない。使うか、使わないか。殴られるか、回避するか。後悔するか、苦しむのか。

 

………樹、ほんと………ごめんね……っ。

 

使おう。私が今月分を削れば妹は苦しまないからいいのだ。ここで使って後で私の分ここに当てればいい。

何度も妹に謝り、私はゆっくりとお札に手をかける。手が震える。罪悪感が心の底から混み上がってくる。頭が真っ白になりそうだ。思考が止まりそうだ。嫌な汗が吹き出してくる。ガチガチと歯が震える。

家族よりも、自分の事を優先してしまった私の罪悪感が私の身体を支配して───。

 

 

 

「───はい、これ。落としましたよ?」

 

 

ピタッと震えが止まり、何故か聞こえた声が鮮明に聞こえた。

誰かに話しかけられた事なんて久しぶりだ。しかし、私に話しかけてくる生徒なんていたのかと不思議に思う。

しかし何故だろうか。あの女子生徒達の声よりも色々と違う。声の質もそうだし、声に篭った何かが違う。なんて言うかそう、優しい声なのだ。

 

「?これ、さっき落としてたでしょ?さっき見てました」

 

また聞こえる優しい声。勘違いとかでは無かった。

私はゆっくりと声のする方に顔を向ける。

 

「……んー。ぼーっとしてるけど大丈夫か?まさか体調が悪いとか……っ」

 

短い黒髪と吸い込まれるようなブラウンの瞳が私を見ていた。若干つり目で生え揃ったまつ毛と眉毛。凛々しい顔立ちに私よりも広い肩幅と逞しい腕。制服姿である事からこの学校の生徒だと理解する。差し出されるゴツゴツとした手のひらに乗っかっている百円玉が目に入った時、私はハッと自分の意識を取り戻した。

 

「……お、おと、こ……っ」

 

「?はい。俺は男ですけど?」

 

生モンの男であった。この学校に男は在籍しているが登校はしていない男子生徒が殆どであり、私が入学して来て1年経つが男子生徒とは巡り会ったことなど1度も無かった。最も、私はブスなので男は私を見ると直ぐに離れていくので私は更にお目にかかる事など少なくなるが。

 

しかし、何故この男性は私にこの百円玉を差し出しているのだろうか。私は自販機の下に落としたのでこの男性が拾う事はまず出来ない。

となると、考えつくとするなら私に何か見返りを求めているのだろうか。取り敢えず、断るだけ断っておくとしようと口を開いた。

 

「……あ、あのっ。そ、それは……私の、じゃない……です」

 

「……やっぱ、素直に受け取ってはくれないか」

 

どうやら本当に見返りを求めて私に近付いたらしい。私のような女に話しかければなんでも思い通りになるとでも思ったのか。とても腹立たしい。

 

「……いやね、君がさっき自販機の下に百円玉を落としたのを見てて、しゃがんで探そうとしてたから俺も手伝おうと思ってさ。声かける前に、財布の中覗いてブルブル震えてるから買いたいのにお金足りないんじゃないかって思ったから、俺の百円玉あげようかと思って」

 

「……そ、そうなん……ですか」

 

明らかに何か狙っている。あげようかと思ってとはまさに私から何かお礼をしますと言う言葉を引き出す為の誘導だろうし、男が私にそんな善意を向けるなんて有り得ない。

私は何かあると思って眉にシワを寄せる。

 

「いやちょっと待って。その顔俺に何かあるって睨んでるだろ。そんな度胸俺には無いし、君にそんなこと絶対思わないから」

 

あくまでしらを切るこの男。手と首を振って誤解を解こうと否定している。

しかし、男がそう言って女を騙すのはよくある手口だ。難癖付けられる前に男が目の前に現れた時点で即落ちする女も悪いのだが、こう言う手口は昔からあるやり取りだ。私も昔、お母さんに気をつけろと言われたのを思い出す。

 

「でもほら、困ってると思ってやった俺も俺だけどさ、あんな辛そうな表情するもんだから心配になるだろ?取り敢えず何とかしようと思って百円玉をあげようと思ってやった事だから。ほら、なんかあるなら話してみてよ。こういうのって、誰かに聞いてもらったほうが気が楽になる事もあるよ」

 

ニッコリと私に笑顔を向ける男。男がそう簡単に笑顔を女に向けるわけない。ましてや私のような女に向ける事など有り得ない。

なんだか私は、無性に腹立たしく感じてきた。まるで馬鹿にしているかのように。いつも見慣れているけれど、その見た目だと辛い人生を歩んでいる人間の気持ちなんて分からないのだろう。

男と言うだけでチヤホヤされて甘い汁を啜る。そんな腐った人間になんで私が馬鹿にされなきゃならないんだ。

 

「……別に、私は何も困ってません。用が済んだならとっとと教室に戻ってください。そうやって私を馬鹿にしてる態度がムカつきますから」

 

「馬鹿に?そんな訳ないじゃん。ただ俺は、君が困ってるから何か力になろうと───」

 

 

 

「───だからっ、それがムカつくって言ってるでしょ!!」

 

 

「っ」

 

思わず叫んだ。だが、踏ん張りはもう聞かない。

口数が少なくなってしまった私の口から、爆発したように言葉が飛び交う。

 

「なんなのよっ、なんなのよなんなのよっ!!力になろうと?馬鹿も休み休み言いなさいっ!!男のあんたがっ、そんな事言うわけないでしょっ!!どうせ見返り目的で私に近付いたんでしょ!?そんな事私にだって分かるのよっ!!」

 

「だいたいなんなのよあんたはっ。私がこんな見た目の女だから嵌められると思ったわけ?巫山戯んなっ!!私は男が嫌いだっ!!そうやって誰かを騙してヘラヘラと楽しく生きてるお前達男が大っ嫌いだっ!!」

 

「男なんて死んじゃえっ!!そうやって私達みたいな女の気持ちを踏みにじって面白がる屑な男なんて死んじゃえば───っ」

 

 

「───ごめんっ。そんな事を思ってたなんて、知らなかった」

 

 

暖かい、熱を感じる。気付いた時には、目の前にいた男が私を抱き締めていた。

こんな事初めてだ。だが嬉しさはない。それどころか恐怖が込み上げてくる。思えば、あれだけ言ってしまったのだ。殴り蹴られる事ぐらいされてもおかしくは無い。

ギュッと目を瞑り、男の動きに耐えられるように身体に力を入れる。

 

「……そう言えば、こっちではそんな考えを持ってる人もいるって言ってたっけ。すっかり忘れてた。名も知らない君、心から謝罪する。本当にごめんなさい」

 

「……えっ?」

 

まさかの言葉に一瞬気が緩んだ。そして気付くこれの熱を。とても暖かくて優しい感じ。安らぐような心地良さがある。

 

「君のさっきの言葉。あれは心の叫び。そうだよな、いきなり男がそんな事するってのは下心丸出しで近付いてると言ってもいいもんな」

 

「……あの、何を」

 

「確かに俺は下心丸出して近づいた。これは認める。でも俺はそんじょそこらの男のような下心は持ってない。それだけは信じてくれないか?」

 

「……でも、下心っていうのは……」

 

「……あー、それはあれだ。君とお近付きになりたいって事さ。俺ってば今日ここに転校することになってさ。友達がいないスタートでは流石に嫌だからさ」

 

「………そんな理由が?転校生………?」

 

「取り敢えずお近付きの印に、この百円玉、使ってくれませんか?その代わりと言ってはなんですが、俺と、お友達になりましょう」

 

「……とも、だち……」

 

友達。友達と言う言葉。その言葉を口にする度、胸の奥がギュッと締め付けられる。それと同時に目尻が熱くなるのを感じる。

無意識に頬を何かが垂れ落ちる。それが涙だと気付くのは数秒後だった。拭いても拭いても止まることがない涙。顔を見られたくないと、思わずしゃがんでしまう。

 

「……な、なんでかな……っ。涙がっ、涙が止まんなくて……っ」

 

彼は何も言わない。でも、しゃがんだ私の肩に手を置いてあやしてくれている。ポンポンと落ち着けるように背中を撫で叩いてくれている。それがどうしても嬉しくて、だけど初めてだからどうしていいのか分からない。

 

「……っ、ごめん……っなさい……っ。疑って……っ、貴方のことっ、疑ってしまって………っ」

 

「……大丈夫。取り敢えず、落ち着くまでこうしておくから」

 

優しさが心に染み込んでくる。初めての体験。初めての気持ち。

今までに体験した事が無かった感情が込み上げて苦しい。でも嫌な気分ではない。嬉しさが昂って涙が流れている。

だが止められない。今まで私が築いていた壁が崩壊して、一気に感情が溢れ出た気持ちだ。

 

素直に言おう。私は彼の友達になれて嬉しい。それ以上の高望みはしないし、今言える事だが、私はきっと彼の為になんでも出来そうな気がする。

依存するとはまさにこの事だったようだ。だが今の私にそんな自覚などありはしない。

 

 

今はただ、友達だと言ってくれた事に私は嬉しくて涙するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 




控えめ風ちゃんも可愛いと思わんですか?


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ワレモコウをあなたに

なんかニコ動でゆゆゆの一挙放送があってからサイト内のゆゆゆ作品が増えたような気がします。

その調子でどんどんゆゆゆを布教していきましょう。
陰ながらわたくしめも布教致します。


 

 

 

 

 

 

あれから百円玉を渋々受け取ってジュースを購入。彼はそのまま別れを告げて職員室に向かってしまった。

私の我儘でずっと足を引き止めてしまった事に謝ろうとしたが、すぐ会えるよと彼は言って離れていった。その言葉に何故か安心感を感じ、彼を引き止められずそのまま立ち尽くすだけだった。

買ったジュースを運び、教室に戻る。足取りはさっきよりも軽い。だが、この後私にかけられるであろう言葉を考えた時、気分が落ち込んでしまう。教室に入ると買ってこいと頼んできた彼女達は、私を見るなり冷たい目をつけながら近づいてくる。再び私の心が冷えていく。さっきまで感じていた彼への想いが薄れていく。彼女達は案の定、私に罵倒を浴びせてくる。

 

 

「遅い」「たかがジュースにどれだけ時間がかかってる?」「私達を待たせたつけ払え」「ブスのくせに」「死ねブス」「使えねぇブスが」「ゴミ」「ブス」「見てるとイライラする」「ブス」「ゴミ虫」「ブス」「もっと早く動けよノロマ」「ブス」「ブス」ブスブスブスブス「早く目の前から消えて」ブスブスブスブス「死んじゃえよブス」ブスブスブスブスブスブスブスブス「生きてる価値ねぇんだよ」ブスブスブスブス「死んでくれたらみんな喜ぶよ」ブスブスブスブス「死ねブス」ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスゴミブスゴミ虫死ねブスゴミがブスブスブスゴミ虫死ねブスゴミブスゴミ虫死ねブスゴミがブス死ねブスゴミがブスブスゴミ虫死ねブスブス「死ねブス」ゴミがブス死ねブスゴミがブス死ねブスゴミがブスゴミ虫「ゴミ虫」死ねブスブスゴミ虫死ねブスゴミがブスゴミ虫死ねブスブスブスゴミ虫「死ねブス」ブスゴミ虫死ねブスゴミブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス───

 

 

嘲笑う声。私の心に突き立てられる言葉のナイフ。1本1本が鋭く尖った鋭利なナイフ。深深と突き立ててくるナイフは、まるで私を切り刻んでくるように痛みを感じさせてくる。

 

ジュースを渡して、私はゆっくりと自分の席に戻る。罵倒は止まなかったが、それでも私は我慢し続ける。認めたくはない。でも、受け止めたくもない。

彼とのやり取りだけが、今の私の動力源。それだけ考えていれば、どれだけ楽だろう。

再会出来ると彼は言ってくれた。それに絶対的な確信はない。可能性の話だ。だけど、私はまた会えると心の底から思えてくる。

 

だって、私がこんな気持ちになるのは初めてなんだ。今まで被ってきた不運が今幸運となって振り返してるみたいだ。幸運となって、私に幸せを運んできてくれている。

もう不幸なんじゃない。ブスだと、ゴミだと死ねだとなんだろうと私を言葉で、暴力で傷つけようとも、私はもう不幸じゃないんだ。

 

だってそうだ。こんな事普通じゃありえない私が不幸だったから幸運がやってきてくれたんだじゃないと私は本当に何のために生きているのか分からない本当に私が生きている価値がない死んでしまった方が寧ろ世間の為になるそうだなんで私はこうやって生きてるいつまで生きてるんだ私はどうして早く死のうとしないなんでまだ生きてる皆が私に死ねというのも私がいつまでも死なないから背中を押してくれてるに違いないだってそうじゃないと皆迷惑してるんだゴミがゴミを吐き出しているから皆迷惑してるんだゴミが歩いてるから皆気分が悪くなってるんだそうだそうに違いないじゃなきゃ私がここまで言われる理由がないそうだそうに決まってるだからこれは不幸じゃなくて幸運なんだここで死んだ方がいいって言うみんなからの優しさなんだそうだそうに違いない彼が友達だと言ってくれて幸せだと感じたけど元から私は幸せだったんだだって皆私や周りの為に言ってくれてたから強い口調になってるのは皆が本当に困っているからに違いないそうだそうに違いないごめんなさいみんな私が生きているせいで私がみんなの前に立っているせいでみんな迷惑してるんだみんな困ってるんだごめんなさいごめんなさいほんとうにごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい謝っても許されないけどごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してとは言わないけどみんなに言いたいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい───。

 

 

 

あははっ。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは───

 

 

 

 

───そうか、そうだったんだ。

 

 

 

 

───私は早く、死ねばよかったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───犬吠埼風。讃州中学2年、現在妹と2人で生活している……か」

 

 

転校初日男子生徒という事で揃いも揃って群がってくる女子生徒達を何とか振り切り、屋上に逃げ切った放課後。何故屋上に逃げたのかというのは、屋上にある祠の様子を見る為だ。決して間違って上に逃げてきたというわけではない。大赦から、場所だけでも確認しといてくれと言われていたからであって、無我夢中で逃げたらここにいたとか断じてない。

 

祠を確認し、制服のポケットにしまっていた大赦からの通達が記された紙を取り出した。

紙を開き、そこに貼り付けられた写真を見る。その写真に写っているのは、朝自販機で対面したあの女子生徒と同じ顔だ。写真の隣にある名前の欄には、犬吠埼風と表記されている。そしてその下の欄には、『勇者』と記されていた。

 

「……ほんと、神様含めてこの世界ってクズばっかだな。100を救うために1を捨てるか。寧ろ、1だと思って貰えてるだけマシとでも言うのか……?」

 

思わず紙を握る手に力が篭もり、紙がくしゃりと歪んでしまう。役割を担う彼にとって、その紙は何気に大切な資料なのだが。

 

「ままならんなぁ。あんな可愛い子が、この世界じゃブスって。うちの義妹も今日は病んでそうだなぁ」

 

居候の身である彼は、両親から娘を宜しくとお願いされている。勿論それは、事情故に彼も重々承知していて、尚且つここに彼がいる理由となっているが、彼は私生活において妹のメンタルケアをしている。この世界の流れで生み出されてしまった瘍。本来必要とされないはずの妹は、人柱として必要とされている。それが何のために必要なのか彼女は理解していない。彼自身も全て理解している訳では無い。だが、それでも彼にとっては守りたいと、何とかしてあげたいと思える存在だ。

命を懸けてでも何とかしてあげたい存在。この勇者という役割を担っていく犬吠埼風を含め、選ばれてしまった少女達の幸せを作り出す。それが、ここにいる彼の役割。見放された、勇者に祀り立てられる少女達への、これが出来る最大の感謝の表し。恨まれようがなんだろうが、彼は最後まで成し遂げると強く決意する。

 

「……取り敢えず、もう一度接触してみて何とか……っ?」

 

金属が軋む音が聞こえる。建付けの悪い屋上のドアの音だ。本来生徒はここに立ち入ってはならない決まりがある。勿論彼もそれは同じだ。いくら大赦の使いとしてここに居るとはいえ、無断は駄目だ。思わず祠の裏に隠れてしまう。

 

……まずいな。あのまま鍵を閉められたら俺はここから動けなく……あれはっ。

 

ドアから覗いたのは、自販機の前で出会った彼女。彼が接触しようとしていた、犬吠埼風本人であった。

朝のようなドヨンとした落ち込んだ雰囲気。それでいて、何か急かされているような、焦りを感じる彼女の表情。その表情を見た時、何故か嫌な気配を感じた。

 

ゆっくりと、焦燥があるにもかかわらずゆっくりとした足取り。ゆっくりと、彼女は端へと歩いていく。

その時彼女の瞳が目に入った。汚れきった彼女の瞳。全てを諦め、全てを委ねようとしている正気の感じない眼。嫌な気配の正体がなんなのか、彼の中ではっきりと理解出来た。

 

 

「───おいっ、犬吠埼風っ!!それ以上前に進むなっ!!」

 

 

思わず乗り出してそう叫ぶ。聞こえていないのか、彼女は足を止める気配はない。

 

 

「聞こえてるのかっ、犬吠埼風っ!!そんな事したって誰も喜ばないんだぞっ!!」

 

 

彼女がしようとしている事。それは、この屋上から()()()事。彼女の狙いは、()()

再び叫ぶも、彼女は止まることはなかった。これ以上、言葉でどうにか出来る状況では無い。彼は彼女の元に駆け出した。時間が無い。後僅か数メートル先には付ける床が無い。必要以上に鍛えている彼の脚でも、間に合うかどうか分からない距離。

それでも諦め切れない。此処で簡単に諦められたら、彼がするべき役割から反してしまう。何より、彼が自身に課した願いを裏切る事となる。

それだけは絶対にあってはならない。絶対にしてはいけない。強い決意と共に、彼は無我夢中で彼女の元へ走った。

 

彼女の足が屋上の堀を登りきった。これで、彼女が前に倒れれば全てが終わる。終わってしまう。

今程、彼女の環境を。この世界のゴミさを恨んだ時は無いだろう。彼女が自殺に及ぼうとした理由は分かる。分かってしまう。だからこそ、巫山戯るなと怒りが込み上げてくる。

 

どれだけ辛い想いをしたのか。どれだけ楽になりたいと思っただろうか。

男である彼にはそんな気持ちは理解出来ないと周りが言うだろう。偽善だと、同情を買っていると馬鹿を見るような目で見てくるだろう。

それでも彼は善意でも同情してでも、助けたいと思った。例え理解出来なくても、理解しようと彼は動いた。それが、彼が2()()()の人生を歩んでいる意味。自分は理解されなかった。だからこそ誰かを理解したいと。お互い理解し合い、誰も傷付く事がないようにしたいと。

 

だからそんな願いを抱く彼だからこそ、彼女が諦めている姿を見たくは無いと強く願う。

 

 

「───届けぇぇええええ!!!!!」

 

 

助けたい一心に、彼は無我夢中で彼女に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭に強い衝撃を受けて、私は目の前広がる赤く染った空をボーッと見つめる。

来るはずの浮遊感。遠ざかって行くはずの空。一向にそんな感じはせず、頭がヒリヒリと痛いだけ。地面に落ちたとは思えない。痛いのは頭だけだから。

一体何がと、私は顔を横に向けた。

 

「……っ、なん、で……」

 

隣には生徒がいた。男子生徒だ。しかもその男子生徒は、朝自販機で出会ったあの男子生徒だった。息を荒くし、息苦しく呼吸している。私の腰に腕を回して抱き抱えているのが分かる。

 

一体何故と疑問が浮かぶが、すぐに私は理解出来た。

飛び降りるはずだった私を、彼は止めたのだ。身を呈して、私が死ぬのを止めてくれたんだ。

そう結論付けた時、何が私の胸の奥から湧き出てくる感じがした。次第にそれは、涙として溢れてくる。

私は涙を拭くと、彼に裏返った声で話しかける。

 

「……あの、なんで………」

 

 

 

「お前っ。自分が何しようとしてたのかっ、分かってんのかっ!?」

 

 

「……ひっ」

 

思わずたじろいでしまった。突然の怒鳴り声。そして彼の表情。眉間にシワがより、腹が煮えくり返っているような表情で私を睨んでいた。

なんでと私は思ってしまう。なんで彼は怒っているのだろうか。

 

「なぁ、答えてくれよっ。答えてくれっ。なんで死のうと思った?なんで自殺しようと考えた?なんで自分で解決しようとしたっ?」

 

「……そ、それは」

 

「君の現状は分かってる。だからこそ俺は君に朝近付いた。心の拠り所を少しでも増やそうと、軽い気持ちで俺は君に近付いたっ。でも、それでもこうなってしまったっ。こんな状況を引き起こしてしまったっ!!」

 

声を張り上げる彼の姿に、私はまた涙を流してしまった。さっきの気持ちは無く、あるのは申し訳ないと言う罪悪感の涙。

自然と流すこの涙の理由が、私には分からない。

 

「まさか、ここまで君の心を蝕んでるとは思わなかった。ごめん、本当にごめんなさい。俺が、君の気持ちをもっと理解しようとしなかったから。あの時、君の気持ちをもっと聞いていれば……こんな事には……」

 

「どうして……、そんな……っ」

 

悲痛に満ちた彼の表情。肩を掴む手に力が入っているが、痛くはない。痛いのはもっと別の場所。胸の奥が物凄く痛かった。

涙を流す彼の事を見つめていると、痛みは更に強くなってくる。

 

「後悔してももう遅いのは分かってる。そんな気持ちにさせてしまった俺の責任だ。でも、それでも謝らせてくれっ。君の、犬吠埼さんの友達として、君の事をかんがえてなくて。助けてあげられなくて、本当にごめんなさい……」

 

彼は謝罪の言葉を口にする。ギュッと私を抱き締めて、何度も何度も私に謝ってくる。

理解が追い付かない。何故私は謝られているのか。何故彼はここまで苦しそうな表情をしているのか。何故彼は、()を流しているのか。

 

何よりも自分が抱く感情が分からない。嬉しさや悲しみがごちゃごちゃになっている。初めての気持ちだ。心が辛い。彼の事を思うと心が痛くて仕方がない。

 

「……謝らないで。貴方に謝られると、私の胸の奥が痛いの……っ」

 

「それでも言わせて欲しい。自己満足で終わらせたくはない。本当にごめんなさい」

 

「……やめてっ、本当にやめてっ。自分がなんでこんなに苦しんでるのか分からないのっ。貴方が泣いている理由も分からないし、こんなの……初めてでっ」

 

頭がこんがらがる。色々な感情が入り乱れて、私の気持ちが定まらない。苦しいから、自分の気持ちを落ち着けられない。

 

「……いいんだ。今はそれでいい。いつかきっと俺の理由も、君が苦しい理由も分かる。だけど今はその気持ちを大事にして欲しい。無下に扱わないで欲しい」

 

この想いは大切だと彼は言った。いつか彼の涙の意味も分かると言った。

だけど、彼が何故私を止めたのか分からない。

彼からしたら私は他人。男と女。決定的に違うはずなのに、何故彼は私を止めてくれた?何故私の気持ちを理解しようとした?

 

「……どうして私の気持ちを解りたいと思うの?私と貴方は何処までも他人……。私は貴方の気持ちが分からない。なのになんで、解りたかったと強く言えるの?」

 

「当たり前だろ。俺は君の事を大切だと思っているからだ。どんな事であれ、大切だと思う君の事を知りたいと思うからだ」

 

理解、出来ない。いや、理解出来ようとは思えない。

彼が言う、いつかの私なら、この理解出来ない気持ちも分かるのだろうか。

 

先程とは違う優しい瞳が私を見つめている。どこまでも透き通っていて、涙で潤っているが、綺麗な瞳が私を写している。

醜い私、ゴミな私、存在する理由がない私に、彼は大切だと言ってくれている。大切、大切とはなんだろうか。これの言う大切とは、どういうものなのだろうか。私が家族を大切だと思う気持ちと一緒なのだろうか。それ以外?他に何がある?

 

分からない。でも、分からないなりに何故か彼の事が心に刻み込まれていく。深く、そして優しく。罵倒によって切り裂かれた時とは違う暖かな想い。

私は今日、何度目かの涙を流す事になった。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 

「大丈夫。もう大丈夫。もう1人じゃない、俺がいる。俺が力になるから」

 

心に響く言葉だ。とても暖かくて、とても安心する言葉。

誰かがいるということは、ここまで安らぐものだとは思わなかった。

涙する私に、彼も涙を流して抱き締めてくれる。嬉しい。とても嬉しい。なんだか嬉しさが止まらない。涙を流しているのに、心がポカポカするのは初めてだ。

 

私は、彼の姿を見て彼を知りたいと思った。彼は私にとって大切だと言ってくれた。でも、どんな存在なのかは分からない。だからこそ、一緒に涙してくれる理由が分からない。

私は彼に、そう聞いた。

 

「……どうして、泣いてるの?」

 

 

私の口がそう動く。

 

 

 

「……当たり前だろ」

 

 

 

彼は私の言葉に続ける。

 

 

 

 

 

「俺が、お前の」

 

 

 

「お前の、友達だからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後の私はどうしたのかは分からない。気付いたら彼と学校を後にしていた。何処からか見つけた鞄を持って。

その後私は妹と一緒に彼の家に泊まることになった。今の私の精神状態は不安定だと彼は言う。彼は大赦のメンタルケアを生業とする立場の人間らしく、私の精神を落ち着くまで面倒を見てくれるとか。

 

 

結局私は自殺に失敗した。解放されるはずだったのに、彼が私を止めてくれた。

あの時彼を見て抱いていた気持ちがなんなのかよく分からない。彼に聞いても、彼自身よく分からないと言っていた。

 

 

それでも分かる事はあった。私は自殺しようとした事を、今無性に()()しているという事だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───改めて犬吠埼風さん。俺は東郷力哉。君と同じ、大赦から()()()に関して役割を担った人間だ。これからよろしく───」

 

 

 

 

 

 

 

 

───世界を守る為に戦う身として。

 

 

 

 

───友達として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えずキャラ別でこういうのを投稿していく予定です。


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カキツバタはやってくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1歩歩けばそこは白。透き通る程真っ白なシルクの衣が空を舞い、誰もがそれに魅了される。

 

 

 

 

 

2歩歩けばそこは黒。光すら吸い込む真っ黒な雫が滴り落ち、誰も彼もが嘲笑う。

 

 

 

 

 

3歩歩けばそこは穴。光すら届かない底見えぬ穴から、おいでおいでと誘われる。

 

 

 

 

進め進めよ永久に。戻る事など出来やしない。

 

 

戻る事が出来るなら、それはもう死と同然。

 

 

哀れ哀れな悲しいアナタ。

 

 

誰も理解はしてくれない。

 

 

君とアナタが進む道。私が先に進みます。

 

 

アナタは私を見てください。

 

 

見てくれないなら進みません。

 

 

進んで欲しけりゃ見て見ないで。

 

 

救いたければ止めないで。

 

 

放置するなら手放して。

 

 

私はアナタへの白。

 

 

私はアナタからの黒。

 

 

私はアナタとの穴。

 

 

それが誰にも知られなけれど。

 

 

私はアナタを愛します。

 

 

君はアナタをよく見ません。

 

 

だけど今は違います。

 

 

私はアナタ(キミ)をハナシマセン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。と言うのは違う。

ふとした時にナニカを見た、と言えばいいのか。

 

突然頭に入り込んできた思考(イメージ)

短刀が写った。あれは私がお兄様に買って頂いた漆塗りの短刀。それを誰かが握っている。細い指と真っ白な肌。まるで私の手のよう。

 

キラリと光った包丁に写る顔の見えない誰か。真っ黒な前髪が表情を隠し、その下は分からないが明らかに冷徹な表情を浮かべているのは分かる。

 

その刃先が向けられている誰か。左腕が真っ赤に染まり、誰かを庇うように蹲る誰か。間違いない、お兄様だ。腕の中に庇われている誰かが叫んでいる。卑屈に染まった悍ましい表情。何故?何故私はその表情を()()()()()()

 

可笑しい、私は何処?私は何をしている?私がいながら、何故お兄様が傷を負っているの?何故お兄様の腕の中に他の女が()()()

 

いや違う違う。私はそもそも何故包丁を握っている?何故お兄様が怪我をなさっている?()()()()()

 

その時キラリと光る包丁に、一筋の赤い液体が滴る。

 

()()()()()()()()()()()()()。どうしようもない気持ちが、否定したい気持ちが、私の中から溢れそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同時に、私は目を覚ます。

激しい動悸。全身びっしょりと汗をかき、今何をしていたのかと忘れてしまった。

何故こんなにも私は緊張している?

解らない。しかし解らない恐怖と何かに恐怖する私の気持ちから、何かがあったと察する。

 

 

今目の前にいるのはお兄様。現在早朝5時30分。

 

 

お兄様が寝ている───お兄様の部屋に入ったからだ。

 

 

お兄様が寝ている───お兄様は起きないからだ。

 

 

お兄様が寝ている───私が起こさないからだ。

 

 

 

 

 

ダッタラ、ハヤクスマセテシマオウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───えっ。

 

 

 

思わず私は動きを止める。

今私は、なにをしようとしていた?

 

思わず手に握っていたものを落とす。ガシャンと音を鳴らしたそれは朝の静けさを纏い、冷たい刃を更に冷たく冷やす。

落ちたのは、私の短刀。抜き身にされた短刀は、コロンと私に目印の紫陽花模様を見せるかのように転がった。

 

肝を冷やす。本当に私は何をしようとしたのか。

 

思わず震える右手。短刀を握っていたであろうその手は、冷たく血が通ってないように青白く目に写る。

そっと左手で握り締め、込み上げてくる何かを必死に抑え込む。これを吐き出したらお兄様にご迷惑がかかるのは目に見えている。

どうしようもない恐怖が湧き上がり、車椅子の上で蹲る。

 

思いつき、朝の寒さでは無い血の気の引くような冷たさを感じる体を温めようと、お兄様のお布団の中に器用に入り込む。

 

少しずつ温まる体。それだけでさっきの寒さが嘘のよう。

温かいお兄様。私を優しく包み込んでくれるお兄様。私だけのお兄様。

この温もりが私の癒しです。お兄様の表情が私の気力です。お兄様の鼓動が私をより深く愛に誘ってくれます。お兄様を思うだけで、私は落ち着いていられます。

 

お兄様にしがみつくように抱き着き、心の上辺りに耳を当てる。ドクドクと私よりも遅い心拍数を感じながら、私はお兄様に身を寄せるのだった。

 

自身が大量の汗をかいていた事を忘れて。

 

 

 

 

 

あぁ、お兄様。お兄様はどうしてそんなに、

 

 

 

 

 

 

素敵な(愛おしい)のですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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犬吠埼風は困惑していた。自分の現状が理解出来ていないからだ。

 

原因はそう、目の前に座る男───東郷力哉である。

彼との1件後、放課後頻繁に会う事になったのだが。犬吠埼風は正直まだ彼について知っている事が少ない。どんな人物像なのかは少し理解出来ているが、如何せん犬吠埼風は人を信じるという事が出来ない。普段の生活から考えて、彼女が容易に彼の見せる姿が偽りの無いものなのか信用する事は無い。信用に値するのだとすれば、もっと親密にならなければならないだろう。

 

それで放課後集まって何をするのかと犬吠埼風は身構えながら合流するのだが。

男性は基本的護衛要員として護衛を雇っている事が多い。彼も雇っているのだが、普通の護衛よりも彼の雇った人は小柄でしかも年下と来た。

 

 

「───三好夏凜です。どうぞよろしく」

 

「───三ノ輪銀っス。よろしくお願いします!」

 

 

初めて放課後集まった時、彼の隣に立つ2人の小柄な女の子がそう言った。

大赦から派遣された護衛だと言う。御役目の経験者と今回の御役目の為に調整を受けた子達らしい。

腕を組みツンとした空気を持つ少女と彼に密着する元気そうな少女。()()が無い事は敢えて聞かなかったが、2人の雰囲気は何か普通とは違うものを持っていると理解出来た。

 

 

「い、犬吠埼風、です。こちらこそ、よろしく」

 

 

笑顔を作れただろうかと不安になりながらも、風はペコッと頭を下げる。

特に変わったことをした訳でもない挨拶が済み、早速本題に入ろうと私が話を切り出す。

 

 

「……えっと、それで……話って?」

 

 

元より、風は早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。妹が帰宅している時間で、学校でまたいじめを受けたかもしれないと思うと早く慰めてあげたい気持ちでいっぱいだった。

力哉は少し考える素振りを見せると、一言。

 

 

「別にただ呼んだだけだけど?」

 

 

風の頭が真っ白になった。え?今なんて言った?

思わず思考がフリーズする。何か重大な事を切り出してくるのかと思えば、まさかの話題無し。しかも護衛の2人もそれは聞いていなかったようで、驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

「は、話があって呼んだんじゃなかったの……?」

 

「いやね、話をしようにも何を話そうかなって」

 

 

じゃあ話を纏めてから言って欲しかったと、風は内心舌打ちをしながらジト目を向ける。

 

 

「なによ、そんな為だけに(あたし)は呼ばれたわけ?」

 

「……まぁそうなるな」

 

 

思わず叫びそうになった。巫山戯るなと、おちょくるのも大概にしろと。

しかし力哉は男。男が機嫌を崩せば風は独房行きの可能性が出てくる。大赦から直属で護衛が回されているとなったら更に悪化。最悪一生陽の光を浴びることが出来ないかもしれない。

 

 

「……じゃあ、何も無いなら帰るわ。妹が待ってるし」

 

「おっと、待て待て。まだ帰らないでくれ!」

 

 

この期に及んで何をするというのか。毒を吐きそうになるがぐっと堪える。

力哉は何か考えようと唸り声を上げながら思考を回す。何故そこまで考えるのか、風には理解出来なかった。

 

 

「……あの、犬吠埼さん。あの人が思いつくまで話してましょ?」

 

「えっ、でも私、本当に帰りたくって……」

 

「大丈夫っす。長くなりそうならまた明日でも!」

 

「そ、そう言われても……」

 

 

いつの間にか横に現れた三ノ輪銀がうずうずしながら話しかけてきた。

最近ここまで近付いて話した事は無かったので緊張する風だが、彼女の素顔を改めて見て思う。

 

 

───私と、同じような顔立ち。

 

 

その時罪悪感を覚えてしまった。

三ノ輪銀は風と純粋に話をしたかっただけ。しかし風は彼女の雰囲気や顔立ちを見て苦手意識を抱いていた。特にグイグイ来るタイプを風は苦手としている。彼女の今までの環境のせいか彼女自身の性格からか分からないが、複雑な風にとっては三ノ輪銀は一番苦手とする相手であった。

 

 

「……そんなに怯えなくても大丈夫よ、先輩。この子は先輩のクラスのような屑みたいな人達とは違うわ」

 

 

助け舟を出したのは三好夏凜。未だに唸って考えている護衛対象を放ったらかし、風に話しかけてきた。

 

 

「っ……、なんで知って……」

 

「当たり前よ。私の顔、見てるでしょ?こんな顔してるからみんなして私に言ってくるのよ。2年生にいる化け物と同じ種ねって」

 

「……おんなじ、種って……」

 

「まぁ私は気にしてないわ。この顔に産まれてきたことにも恨んでもないもの」

 

「なんでそんな事言えるのよ………」

 

 

風の問いに夏凛はピシッと後ろを指した。後ろには唸りに唸ってボソボソと何か呟いている力哉が居る。

風は意味が分からず、首を傾げる。

 

 

「あの人がいるからよ。私はあの人が居てくれるから言えるのよ」

 

「あ、勿論あたしもっすよ」

 

 

何の恥ずかしげもなく、そう言い切る2人。

風は尚更意味解らない顔をする。

 

 

「色々人にはある。私も虐められたわ。でもその怒りを糧として私は剣を磨き、自分の自制心を鍛え上げた。人間、底辺だからこそ努力すれば這い上がれるものよ。あの時の私に何も出来ないアイツらの顔見たら、今までされてきた事が馬鹿みたいに感じるわ」

「苦しいのはわかるけど、逃げたら駄目よ。逃げたら更に居場所を無くす。今まで虐めてきた奴らを見返す為に、先輩が出来る事を見つけてぶつけてやりなさい!!」

 

「……自分のできる事。でも、そんなのどうすれば……」

 

「それを見つけるのも先輩よ。私や銀じゃない、勿論あの人でもない。それに自分の出来る事を見つけた時、きっと私や銀が言ってた事が分かるはずよ。その時は、負けないけどね」

 

「?勝ち負けが関わって来るものなの……?」

 

「なんかいつにも増して今日はベラベラよく喋るな夏凛は」

 

「い、今のは忘れなさい!!それと、どういう事よ銀。私はいつでもよく喋るわ」

 

「何言ってんだか。力哉さんのことになると───」

 

 

 

「───そうだ犬吠埼っ。次の休みは俺ん家に遊びに来いよ!!」

 

 

突然会話に割り込んできた力哉の言葉に驚いたのか、それともずっと考えてそれかと落胆しているのかは分からないが、風と銀は開いた口が塞がらない。夏凛は何故か顔を赤らめながら素敵と呟いている。

 

 

「それで犬吠埼、どうだ?」

 

「……ど、どうだって言われても」

 

「大丈夫、妹さんも呼んでいいから。というかむしろ呼んでくれ」

 

「と、唐突過ぎよ……」

 

「まだ日にちの余裕はある。唐突そうに思えるが唐突では無いさ」

 

「いやどう言うことよ……」

 

 

何を言っているのかこの男はと、本気で頭を抱えそうになるのを抑えながら、風は思考を巡らせる。夏凛は相も変わらず素敵と呟く。

 

次の休みと言うことはつまり土曜日。祝日はまだ先の為、今週の土曜日という事になる。思い出してみるが、特に用は無いと結論付ける。

 

 

「……まぁ予定は無いと思うけど」

 

「じゃあ決定だな。取り敢えず明日も集まるとして、一先ず今日は帰ろう。送ってくよ犬吠埼」

 

「普通は逆なんじゃないの?まぁ、別にいいんだけどね」

 

 

力哉の異様なテンションのおかげか、それとも夏凛や銀と会話したからか、その両方なのか分からないが、風の心境はさっきよりも軽くなっているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そして話を戻すが、何故犬吠埼風は困惑しているのか。

 

それは、犬吠埼風が東郷力哉に抱き締められているからである。

 

 

 

 

「いやどう言う状況なのよこれ!?!?」

 

 

ブラコン義妹暴走不可避案件勃発!!

 

 

 

 

 




次の話はブラコン義妹の話になります


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スミレは何処

ご都合主義をぶち込みます。
きっとはぁ?なんだこりゃ?な気持ちになるかもしれませんが、私め時間と余裕が無いので駆け足で行かせていただきます。

それと前回次はヤンデレと言いましたが、メインではありませんので。勘違いされないようお願い致します。



誤字報告並びに感想下さりありがとうございます。



 

 

 

 

時は駆けて土曜日。あれから放課後東郷力哉とちょくちょく集まって少しずつ会話をした風は、

来いよ来いよと念を押されて渋々東郷宅にやってきた。

 

 

東郷宅は2度目だが、家の趣はやはり他の家よりも大きくセキュリティがしっかりとされた設計になっている。敷居の上に聳え立つ大きな白い壁。防犯カメラが設置された門。厳重に柵がされて他の侵入経路を許さない。

男がいるから当然かと思うが、凄いところだともっと凄い所があるそうだ。

見たことは無いが、赤外線センサーや高圧電線、庭に防犯トラップ等、侵入者を確実に殺す勢いで設置されたものがあるんだとか。

 

 

男が住む家なんて一生関わりなんて無いと思っていたが、まさかの事態に曖昧な感想しか思い浮かばない。心情なんて色々あるが、あり過ぎて言葉に出来ない。

なんとも言えない複雑な気持ちが入り乱れている。

 

 

「……あぁ、来ちゃったわね……」

 

 

ため息混じりの息を吐き、手に持ったお土産を見つめる。

手ぶらでは流石に失礼かと思った風は、前回お邪魔させてもらった時のお礼を兼ねて学生が買うにはまあまあなお値段のするお茶菓子を持参してきた。

今月は少し厳しくなったが仕方ないと割り切り、念入りに考えて選び出した品物。コレがどう活きるかで東郷宅の自分に対する評価が出るだろうと考える。

 

 

「……おねぇ、ちゃん?」

 

 

ふと、不安な表情を見せた姉の姿を見て妹の樹が不安げに見上げてくる。

樹も2度目だが、人とのコミュニケーションを得意としない樹にとっては、他者の家にお邪魔する事に抵抗がある。

東郷力哉の妹、美森の手品によって心は多少開いたようには見えたが、まだ風の後ろに隠れてしまう時もある。すぐに変わるものでは無いので気長に克服させて行くべきなのだが、この御時世樹のような女は色々と標的になる。姉としてはすぐにでも変えてあげたいと焦る気持ちもある。

 

 

樹を不安にさせないよう、風は大丈夫よと頭を撫でながらそう呟く。

色々と疲れているのかもしれない。あの日も、疲れたから解放されたいと彼女は願った。心体共に疲労しているのはお察しの通りだが、何故あの時あんなにも簡単に諦めようと思ったのかよく分からない。あの時東郷力哉が止めてくれなかったらどうなっていたかなんて考えたくも無いが、もし死にきれなかったら後悔していただろう。

あの時分からなかったが、今思えばモヤッとした黒い何かが溢れていた。時たま来るあの衝動は今考えると恐ろしく感じる。我慢してたはずのものが我慢できなくなった。一体、あの時何が起きていたのか。

 

 

 

「───こんにちは!!」

 

 

「「ひゃいっ(っ)!?」」

 

 

突然の声にビクッと身体を震わせた。

樹を守るようにして声のした方に振り向くと、目の前に赤色の髪の毛が一面に写った。

 

 

「なっ、何よ!?」

 

 

後ろに飛び退いて距離を作る。そこに居たのは、幼顔の風と同じような顔立ちをした少女だった。

少女は風と樹を驚かせてしまった事に謝罪する。

 

 

「わわっ、驚かせてごめんなさいっ。近かったですよね」

 

「……いえ、別にいいわ。普通に驚いたけど」

 

 

普通知らない人が目と鼻の先にいたらそれは驚くだろう。風と樹の驚きは当然のものである。

 

 

「私、讃州中学1年結城友奈です。東郷さんのお家に何か御用?」

 

「あ、えっと、讃州中学2年の犬吠埼風です。こっちは妹の樹。今日はこの家にお呼ばれしてて……」

 

「わわっ。先輩だったんですか、ごめんなさい。……えっと、東郷さんのお家にお呼ばれって事は、今日来る人って先輩達の事ですね」

 

「え?じゃあ貴方も?」

 

「はい。不肖結城友奈、本日お呼ばれさせて頂きました!」

 

 

ビシッと敬礼する少女、結城友奈にはあと思わず生返事。

正直風はこの手の相手が1番苦手だ。奥手な自分はグイグイ来るタイプに引っ張ってほしいとは思っているが、喋る事があまり好きじゃない風にとっては疲れる相手。あまり関わりたくないのが本音である。

 

 

「犬吠埼先輩達はどうして呼ばれたんですか?」

 

「……いや、それはなんか……分からないけど。来いって言われちゃって……」

 

「な、なんだか曖昧ですね。あ、因みに私はいつも土日はお邪魔してますよ!今日も暇なので来ました!」

 

「そ、そうなの…ね」

 

 

生返事しか返せない。早く中に入らせてくれと

このグイグイ来るタイプは本当に嫌だと風は嫌悪感を段々と蓄積している。

しかし中々行こうと言い出せない。初対面でチキってしまった。

 

 

「じゃあ行きましょう!」

 

「うぇっ?、あ、ああそうね。行きましょ………」

 

 

突然手を引かれてキョドる風。鼻歌を歌いながら門に歩いていく結城友奈という少女を見つめながら、今日ここに来たことを後悔した。気が重い一日になりそうだと思いながら、風は無抵抗に手を引かれて行かれ、樹もそれに急いで続くのであった。

 

 

 

 

 

その時の、結城友奈の表情に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重い空気が続く。冷え切った鋭い眼光の奥深くから覗く黒い眼は、相手を斬り殺すような鋭さを持った刃。嫉妬と殺意に満ちた風貌は相手に対する威圧。怒気が籠った拳が震え続ける。

 

 

「…………」

 

 

対してそんな威圧を諸共せず、腕を組み仁王立ちで一心に睨みつける。

 

 

「……何か、問題でもある?」

 

「……チッ」

 

 

嘲笑いながら、それでいて煽るように、鼻で笑いながら吐き捨てる。口から出た負の感情。自身の心情を代弁しているそれは、更に怒りを増幅させる。

 

 

「……問題がないならこのままよ。私は、変えるつもりはない」

 

「……いけしゃあしゃあと。貴女は本当に癇に障る。廃棄場出身者はそのまま暮らしていればいいものを……」

 

「そっくり貴方に返すわ。まぁ、書類上はあの人の妹になるから、私よりは綺麗な世界よね。羨ましいわ、本当に……」

 

「……三ノ輪さんならまだ許すわ。でも、三好さん。貴女は絶対に駄目よ」

 

「あらどうして?そう言う偏見は駄目じゃない?そんな見方しか出来ない貴女はあの屑共と同じ存在ね。貴女こそあの人から離れるべきよ」

 

「……殺すっ」

 

「……やってみなさいよ、ボンクラ」

 

 

1歩動けば切るか切られるかの領域。方や四肢五体、方や両足不全。結果は目に見えているが、どちらも動く事はない。 怒り充ちているが、冷静さは保てている。双方握る手の中には、相手を簡単に死に追いやる事が出来るものがある。

ここでそれを使うのはお互い不本意である。であるからして、お互い牽制しあって睨みを利かせるしか出来ない。

 

 

「……2人とも、そろそろ時間だから辞めた方が……」

 

「……そうね」

 

「………私はまだ認めていませんから」

 

 

割り込みずらそうにしながら横から銀が割って入る。夏凛はその声に落ち着きを取り戻すが、美森は未だに睨みを利かせている。

車椅子を反転させ、吐き捨てるように呟いた美森は車椅子を動かして部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめながら、彼女の気配が無くなると2人は息を吐く。

 

 

「……ホント、勘弁して欲しいわね」

 

「もうちょい仲良くなれないのか?」

 

「無理よ。私にも私なりのプライドってのがあるの」

 

「だからっていがみ合うのは違うだろ?もう少し言葉を選んでだなぁ」

 

「……分かった次からは気を付けるわ。でも、彼奴から喧嘩ふっかけてきたらどうなるか分からないから」

 

「そこははっきりして欲しいんだけどな……」

 

 

それから鍛錬してくるわと、木刀を握って庭に向かう夏凛。何も言えず、ただじっと夏凛の後ろ姿を銀は見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで私を今日呼んだの?」

 

「?なんだよ、いきなり」

 

 

家に上がるなり風はそう呟いた。樹は何かを悟った友奈に連れられ奥に入っていった為、玄関には力哉と風しかいない。

 

 

「呼ばれるような関係でも無いし、家に上げてもらう理由も分からない。はっきり言って理解出来ないの……」

 

「別に理解なんてして欲しいとか思ってない。けど、これは犬吠埼にとって大切な事と俺の仕事が関わっている。色々考えたんだぜ?……まぁ、家に上げる事はあの日唐突に思いついただけなんだがな……」

 

「……私の為ってどう言うことよ。例えあんたの仕事だろうとなんだろうと、勝手な事しないで」

 

「でも苦しいのは事実だろ?俺には犬吠埼が持つ悩みや気持ちなんて分からない。でも同情でもなんでも、その悩みを解決に導くのは俺の御役目だ。本人に気持ちが無くても、俺はやり通すぞ」

 

「……突き放してくれたら、こんな気持ちにもならないのに……。……もういいわ、好きにして」

 

「あぁ、好きにさせてもらう。じゃあ取り敢えず、始めようか?」

 

「……始める?」

 

 

 

「饂飩作りさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで饂飩なの?」

 

「知らないのか?饂飩ってのはグルテンっていうたんぱく質が刺激を受けて生地を強くする。これは人の精神力が見習うべきお手本だ。打たれれば打たれるほど強くなり、衝撃を吸収する。まさに打たれ強いとは饂飩の為にある言葉だとは思わないかい?」

 

「思わないわよそんなの。で何?私に饂飩を打たせて饂飩のような強い心を作れと?」

 

「いや、饂飩の生地ってなんか犬吠埼の肌に似てるなぁって思っただけなんだけど」

 

「っ、ばっ、バカにすんじゃないわよ!!」

 

 

思わず平手打ちを繰り出しそうになるのを必死に抑え、よく分からない気持ちのせいか火照る顔を必死に隠す。

そんな風の状態に気付かない力哉は、せっせとボウルに計量した小麦粉と塩水を合わせ始めていた。

 

 

「饂飩って苦労するよな」

 

「……突然何?」

 

「いやな。手で生地を練ると合わせた水分が手に付着して小麦粉が纏わりつくだろ?あれがなんか嫌でさぁ」

 

「……じゃあやんなきゃいいじゃない」

 

「それでも、苦労したら苦労した分だけ思わぬ幸福で返ってくる。饂飩も苦労して打てば美味しい饂飩が出来る。そう思うと、始める時の気持ちとやりきった時の気持ちって違って来ないか?」

 

「……何が言いたいの?」

 

「いいや、何も。ただの会話だよ。何も話さずにやってるだけってのはつまらないだろ?」

 

「……会話下手くそじゃない。カウンセラーが聞いて呆れるわ」

 

「資格とか持ってないんでチャラでーす。元々口下手なんだから期待されても困るよ」

 

「男だからってだけでチヤホヤされる気分はどう?私みたいなヤツといるよりも、媚び売って来る他の女の方がいいんじゃない?」

 

「俺は別にそういうの気にしてないから。どっちかって言うと迷惑って言った方がいいかな。それに俺は御役目もあるけど、好きで犬吠埼と一緒にいるから」

 

「……ホントに腹立つわね。どうせそうやって媚び売って突き落としにくるんでしょ……」

 

「そんな考え持ってるくせに、ちゃんと俺の横で饂飩練ってくれる犬吠埼、嫌いじゃないぜ?」

 

「っ!?」

 

 

いつの間にか力哉の横でボウルを片手で支えながら饂飩を練っている風の姿があった。思わず赤面するが、力哉は表情に気付いていない。

 

ふとボウルの中に入った饂飩生地が目に止まる。練りと水分が足りていないホロホロとした塊だらけの小麦粉。温度と湿度が大切な饂飩は、極端な加水量や乾燥させる事が失敗に繋がる。温度と湿度によって塩分量や水分量も変えなくてはならないシンプルでいて奥が深い料理である。

風は何故か、その生地から目を離せないでいた。力哉が言う饂飩と風の心情を照らし合わせたあの発言。本人は関係無いとは言うものの、何故か胸に突っかかるものがある。

 

 

「何してるんだ?早く練らなきゃ」

 

「っ、わ、分かってるわよ」

 

 

手が止まっていた風に、手が小麦粉で汚れていたので肘でつつく力哉。思わず風は急いで手を動かし始める。

 

 

「……ねぇ、聞いてもいい?」

 

「何?」

 

「……自分の出来る事って、どうすれば見つかるかな……」

 

「自分の出来る事?なんだよそれ」

 

「この前三好に言われたわ。虐められてても、悔しい思いをしても、それを糧にして力を手に入れたって。力を手に入れたから、アンタを守れるんだって………。私には難しいわ。生まれてこの方、親にすらあんまり褒められてなかったし、親が死んじゃった後なんか今のような現状よ。このままのうのうと生きて行くには我慢しかないと思ってたけど、三好の話を聞いて何か引っかかるの………」

 

「……成程、夏凛がそんな事を……」

 

「……教えて、私は、どうすればいいの?私だって変わりたいと思ってる。でも、変わるには何かが足りない。その足りないものを私はどうしても知りたいの………っ」

 

 

饂飩を打っていることも忘れ、2人とも腕の動きを止める。初めて風の方を振り向いた力哉は、風の苦しそうな、涙腺が緩んだ表情に目を見開いた。

 

 

「……あんだけ突き放そうとしてる癖に、変わりたい気持ちはあったんだな」

 

「……当たり前でしょ。あんな事起こそうと思った私だけど、アンタと会ってこんな気持ちになったわ。アンタなら、なんだか答えをくれそうなの………」

 

「……答えは出せないが、ヒントならあげられるかもしれない。答えを出しちゃうと、多分犬吠埼の為にならないから」

 

「……私の為?」

 

 

自然と首を傾げる風。ボウルにラップを被せ、手を洗いながら力哉は続ける。

 

 

「簡単に言ったらそう、犬吠埼はあの日屋上から飛び降りようとした。どうして?」

 

「………それは、辛かったから。もう耐えられなかったから」

 

「でも俺がそれを防いだ。あれはホントにギリギリだった……」

 

「……もう終わったのよ。やめてその話は」

 

 

台所にある椅子に座るよう催促し、向かい合うように座る2人。

風にとってあの日は後悔してもしきれない記憶となっている。蒸し返すだけであの日の自分を殴り倒したい程には今の風は怒りを感じている。

 

 

「でだ。あの時犬吠埼はなんで()()()?」

 

「……どう言う事よ」

 

「そのまんまの意味だよ。俺は犬吠埼じゃないからその時の気持ちは分からない。でもあの時犬吠埼が流してた涙は、俺に止められて怒っていたから流れたものじゃないのは分かった。あの時、どんな気持ちだった?」

 

 

思い出すのはあの日の光景。涙ぐみながら必死に訴えかけてくる力哉の姿。彼に言われ、何故自分がこんな事をしたのか後悔した。1歩行けばここに自分はなかったかもしれないと考えると、力哉に感謝しているかもしれない。

 

 

「……後悔と感謝、かしら。なんであんな事したのかなって事と、助けてくれたアンタに感謝してる」

 

「そういえば、犬吠埼の口から感謝してるなんて言葉聞いてなかったな。どういたしまして」

 

「……で、それが何?」

 

「今後悔してると言ったけどさ、なんで後悔してる?」

 

「……えっ?どういう事?」

 

「犬吠埼はことある事に後悔した後悔したって言ってるけどさ、何に後悔してるのかなって」

 

「……それと、何か関係あるの?」

 

 

話を蒸し返しといて今更と思うかもしれないが、風には関係性がないように思える。しかし曖昧に力哉は答える。

 

 

「関係があるとも言えるし、無いとも言える。ぶっちゃけた話、俺は犬吠埼の事をあんまり知らない。けど犬吠埼を知ろうと思ったら、何かから聞き出さないと分からないものだろ?きっかけって、意外とそこら辺にコロコロ転がってるものだからさ」

 

「……じゃあ何?私が話さなきゃヒントをあげられないって?」

 

「言っちゃえばそう。でもヒントを出したところで最後まで考え抜くのは犬吠埼だ。本当に俺は手助けしか出来ないんだよ。はい、取り敢えず後悔した理由を言ってみて」

 

「……そう言われても。……多分、1番は馬鹿な事をしでかしたな……みたいな事かしら。樹もいるのにそんな事………っ、樹っ」

 

 

ばっと、何か分かったのか椅子から勢いよく立ち上がる風。顔に手を当て、眉間に皺を寄せる。

 

 

「……なんで、どうして気づかなかったの……」

 

「……なんか分かったのか?」

 

「そうよ、そうよっ、樹よっ。樹だけ残してなんで死のうと思ったのかって後悔してたのよ!」

 

「じゃあ自ずと、自分の出来る事って見えてこない?」

 

「樹と一緒にいる事……、って、まさかっ」

 

「そういうこった。意外と直ぐに見つけちゃったな」

 

「……分かってたの?」

 

「そんな馬鹿な。犬吠埼の事なんだから俺は分からないさ。もうちょいかかるかと思ってたけど。なんだ、案外自分でも分かってたんじゃないのか?」

 

「……でも、自分の出来る事が分かったって妹と一緒にいたいなんてそんな……」

 

「自分が出来ること事の大きさなんて関係ないさ。樹ちゃんと一緒にいたい気持ちが小さいなんて俺は絶対思わないよ」

 

 

何故か知ってましたよと聞こえるような力哉の言葉を受けながらも、渋々そう納得する。本当の本当に釈然としないが。

立ち上がった力哉は、椅子を直して再び手を洗い始める。

 

 

「……そっか、だから私はこんな……」

 

「さ、取り敢えず饂飩作り再開しようぜ。皆饂飩好きだからよく食べるぞ」

 

「……この流れで誘う?」

 

「モチのロン。間に合わないからハリーアップ」

 

「……感謝しないからね」

 

「感謝なんて必要無い。それが俺の役目だ」

 

 

 

 

 

風の気持ちに少しだけ太陽が差し込んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───影に潜む黒い影と、キラリと光る刃に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後はそのっちだけなんやぁ………


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東郷美森の章
一輪のエリカ


ゆゆゆヤンデレ筆頭格、東郷病みさんの過去編。


 

 

 

 

病室の窓から流れる湿った空気が肌を撫でる。蒸暑いとは違う雨が降りそうなジメジメした空気。

どんよりとした灰色の空を見つめ、ふと自身の両足に目を向けた。それを見る度、言葉に言い表せない感情が脳裏を過ぎる。

 

 

交通事故。私には全くの記憶が無く、それどころか何故か一年間の記憶を失ってしまった。外傷は無いにも関わらず、原因が分からず動かなくなった両足。

気付いた時には病室のベッドの上と言う、何がなんなのかよく分からない状態だったのがつい二日前。梅雨でも無いはずなのにずっと曇り続ける空を背景に、私の心は荒んでいく。

 

 

どうしたらいいのかとか、分からない事が多過ぎる。誰に聞いても分からないと返答され、きっと良くなるよと有難くもない言葉をかけられる。

嫌気がさす。本当に嫌気がさす。じわじわと込み上げてくる怒りが抑えきれなくなりそうだ。

 

 

母親は私が目を覚ました時にいの一番で駆けつけてくれた。でも、それっきり来てはくれない。まだ二日だが、もう二日なのだ。病室に足を運んでくれる人は朝昼晩の食事を運んできてくれる時とお花摘みでナースコールをして来てくれるナースさん達だけ。騒がしいのはあまり好きでは無いが、心に来るものがある。寂しいとか、辛いとか。誰かと会話をしたいと思えてしまう程に、私の心は熱を欲していた。

 

 

そんな複雑な気持ちを抱きながら、私は今日も外を眺める。

面白くもない空。読みたい本も全て読んでしまった。足のリハビリもまだ精神が不安定だからとやらせて貰えない。不安定なのは仕方ないとは思わないのだろうか。誰かにそう言いたいが、誰も会話してくれる人はいない。

 

 

そして今日も、ただ無駄な一日が終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 

 

赤いナニカが霧のように舞っていた。

 

 

鋭い冷たさが身体を貫いた。

 

 

 

どうしても思い出せない記憶の中に、それだけは必ず見えていた。

一体これがなんなのか分からない。分からないが、これが自分と関係しているという事だけは理解出来た。

それを思い出すだけでも吐き気をもよおす。

 

寝苦しさに私は目を覚まし、酸素を求める肺を満たす為にひたすら呼吸を繰り返す。過呼吸が起きているような激しい息切れ。全身びっしょりとかいた寝汗。零れ落ちる涙。

苦しいの一言だ。苦しくて苦しくて堪らない。思い出したいはずなのに、記憶を見ようとすると拒否反応が起きる。しかし見たくないと思っていても、絶対悪夢として出てくる。結果的に気分が悪くなって寝付けなくなる。

 

何故こうなってしまうのか。不安で仕方ない。

今日もこのまま起きているのだと思うと、途方もない自分の境遇を恨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わらない時間が過ぎた。あのまま朝迄寝付けず、何をすることなくただじっと虚ろな目で窓の外を見ていた私。

 

ふと、窓際に1匹の鳥がとまった。青色の毛並みに光に照らされて輝く頭の上からぴょこんと生えた1本の長い毛。鳥にはそこまで詳しくないが、あの鳥は私の目で見ても珍しいと思える種の鳥だ。クリクリっとした目が愛らしい。

その鳥は嘴を使って毛づくろいをした後、誰かを待つように空を見上げて動かなくなった。

 

その鳥からは焦燥と誰かを思う悲しい感情が伝わる。待ち望み、恋焦がれているかのようだ。

私はその鳥を何故か自分の姿と照らし合わせた。深い気持ちは無かった。ただ、何故かあの鳥の後ろ姿から読み取れる感情は私の今の心情と一致している部分が多い。言うなれば同族を見つけたようなものだろうか。同じように誰かを待ち望み、誰が私の元に来てくれると淡い気持ちを抱いている所とか。

滑稽な様だが、今の私は誰かに頼らなければならないという現実がある。心が今すぐにでもポキンと折れそうなのにこれ以上の負荷等と、考えたくもない。

 

 

じっと微動だにしない青い鳥は、何分何十分とそこにいる。

いつの間にか私はその鳥をずっと眺めていた。ただの暇つぶしに、鳥がどうなるのか結末が見たかった。私のようにずっと待つのか、途中で挫折するのか。単なる興味本位だ。私はただじっと動かぬ鳥を眺める。

 

ふと、甲高い囀り音と共に一羽の灰色の毛並みをした鳥が窓際にとまる。ピクッと何時ぶりかの反応を見せた青い鳥は、ぴょんぴょんと跳ねながらその鳥に近づいて行き、毛繕いするように灰色の鳥の体毛を優しくつつく。

互いに身体を擦りつけ合いながら、やがて同時に飛び立って行く。

 

どうやら、待ち焦がれていた相手は見つかったらしい。

私はやるせない気持ちになる。鳥に嫉妬した所で仕方無いのかもしれないが、待ち焦がれていた相手がやってきた事に怒りを抱いてしまった。私ですらまだやって来ないのに。

グツグツと煮え滾る感情を抑えつつ、もう何度目か分からないため息を吐き、曇った瞳を窓の外に向けるのだった。

 

 

私の待ち人は、いつ現れるのだろう………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日初めて病室から出ていいと許可が降りた。内心嬉しんだが、すぐにその気は失せる事となる。

誰も、私を外に連れ出してくれないのだ。

 

母親は仕事だそうで途中抜け出せず、あまりこの部屋に近付かない看護婦さん達。母親は仕方が無いとして、看護婦さんが職務怠慢なのはどうなのかと思うかもしれないが、看護婦さん達側にも言い分は少なからずある。私のこの容姿は、会う人会う人を不快にさせてしまうという事だ。おわかりいただけただろうか。つまり、こんな醜い顔に近付こうとする人等居ないということだ。

 

だから今日も私は病室で1人。何をすることも無く、なんの面白みも無い空を眺めるだけだった。

 

だけだった、筈なのに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───コンコンコンッ

 

 

 

 

扉を叩く音が私の耳に届いた。

 

来客か看護婦か。扉越しでは分からないが、看護婦なら一言二言叩いた後に言ってくる筈だ。となると来客となるが、母親はノックせずに入ってくるから、初めての来客だろうか。

 

どうぞと一声了承の言葉をかける。

引き戸が動き、ゆっくりとした動きで1人の男性が入ってきた。

 

 

「………だ、男性の、方?」

 

 

思わず身体を硬直させてしまった。男性が少ないこの御時世、滅多に出会う事ない筈の男性が目の前にいるのだ。取り乱してしまうのは至極当然な反応である。

 

 

「………そんなに緊張しなくていい、と言っても無理な話か。話したい事があるから、少し落ち着いて貰える?」

 

「……は、はい」

 

 

流石に失礼かと思った私は、すぐに息を整え上がった心拍数を落ち着かせていく。

だが、目の前の男性を見て落ち着いていられる筈は無い。普通、男性は肥満体が多い。女性は男性の体型には拘らないとよく言われるが、目の前の男性を見てそれを言えるだろうか。高い身長、腕を見て分かる引き締まった身体。清潔感のある短い髪とシンプルな白いTシャツとズボン。男性として何処か抜きん出たモノを纏っている目の前の男性は、見ていて安心するような笑みを私に向けた。

 

 

「んじゃ、落ち着いた所で自己紹介といきましょうか。……初めまして()()()()ちゃん。君の兄となる、()()()()です。どうぞ宜しく」

 

「……あ、兄……っ!?ど、どういう───」

 

 

思わず身を乗り出してしまった。しかし足が完全に動かすことが出来ないため、踏ん張ることが出来ずベッドの上から落ちそうになる。

 

 

「───危ないっ」

 

 

一瞬の間に落ちそうになった私を受け止めてくれた男性───力哉と名乗った男性は、間に合った事に安堵すると私をゆっくりとベッドに寝かせてくれた。

彼の表情を見るに、本当に私の事を心配してくれていたようだ。なんだか胸の奥がむず痒い。

 

 

「……大丈夫か?何日も体を動かしてないんだ、すぐに動こうとするのは危険だぞ」

 

「……あ、ありがとう…ございます」

 

 

カッと熱を帯びた顔を隠し、表情を悟らせまいと毛布をかぶり込む。これが逆に恥ずかしがっている事を彼に伝えている様なものだということを、私はこの時気付かなかった。

 

 

「それでだ。美森ちゃんは明日から日常生活で少しでも苦労が減るようにリハビリを始める。期間は1週間と聞いてるけど、例え期間が過ぎてもこの病院から退院しなければならないからね」

 

「……何故、えっと、……お、お兄さん?がそれを私に伝えるのでしょうか?」

 

「…ん?……あ、あ〜、そういう事ね。うん、実は看護婦さん達に聞いたらそう言っててね。後で看護婦さん達からも言われると思うよ」

 

 

何やら少し引っかかる様な言い方だが、私はその返答に成程と相槌を打つ。

 

 

「と、伝えたい事は伝えたから、後は雑談でもしてようか。質問とか、あるんじゃない?」

 

 

質問。無い訳では無いが、何から聞いてみようかと選択に困る。とりあえず一番疑問に思っている事を聞いてみる事にした。

と、そんな事を考えていた私はいつもの鬱な気分から抜け出している事にこの時気付いていなかった。

 

 

「……えっと、お兄さん?は私の兄妹なのでしょうか?私が覚えている限りでは、私に兄は居ないと思ったのですが……」

 

「……まぁ、あんまり思い出して貰うのも辛いと思うけど。俺は一応養子っていう立ち位置だ。去年君の家にやって来た」

 

 

去年。私の記憶が無い時と同じだ。覚えてないのは仕方ない……仕方ないのだが。

 

 

「……心配しなくてもいい。例え忘れてしまっても、これから思い出して行けばいいんだ。いつでも俺を頼ってくれよ」

 

「……はい、ありがとうございます。ですが、私は───」

 

「大丈夫。大丈夫だから……」

 

 

ポロポロと涙が止まらなかった。

大切な何かを忘れてしまったとは思っていた。それを自覚した時、こんなにも辛いものだとは思わなかった。

 

忘れてしまってごめんなさいと罪悪感が。

なんで私がこんな目に合わなきゃ行けなかったのかと憎悪が。

 

震える両手を広げ、掌に落ちる涙が慰めも寂しく散っていく。傷付いた自身の体を抱き締め、漏れる声を必死に抑える。

 

私は限界だ。思えば意識を取り戻してからずっと、私は限界を迎えていたんだ。誰かに会う度積み上がってきた限界を超えた苦しみは、彼について尋ねた時崩落した。

きっと、私にとって彼の存在はとても大きかったのかもしれない。覚えてはいない。しかし、彼を見る度に胸が苦しくなっていく。理由は分からないが、彼の事を忘れてしまった事に心の底から絶望している。

 

彼は大丈夫だと言った。でも私にとってはきっと大きな事だ。

どうしようもない涙が、私の心を写すかのように流れ続ける。毛布を被っているから彼に表情は見えないだろうが、私の今の状態なのかは知られているだろう。そして彼がどんな表情をしているのかは、私には分からない。

 

 

だから、毛布を取られギュッと彼に包み込まれるとは思わなかった。

 

 

 

「……っ!?お、おにいさ………っ」

 

「大丈夫。忘れてしまった事に美森ちゃんが悲しんでいる事はよく分かった。母さんも仕事が忙しくてお見舞いに行けなくて悔やんでた。俺も少し遅れてしまって美森ちゃんに寂しい思いをさせてしまった事、凄く申し訳ないと思っている。ごめんな、本当にごめん。だから今は、思う存分吐き出してくれ……」

 

 

 

もう、抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

「……ごめん、なさい……っ。きっと……っ、きっと……私にとって、凄く大切なものだったのに……っ。忘れたくないってっ、大切だって思ってた筈なのに……っ。ごめんなさいっ、本当に……、ごめんなさい……」

 

 

 

 

思いの丈を吐き出す私に、彼はずっと背中を撫でて優しく抱き締めてくれていた。

何処までも安心する彼の温もり。全身を預けてしまう包容力。いつの間にかそれに安心し、私は泣き疲れて眠ってしまった。彼に抱き締めてもらいながらみた夢心地は何処までも安らぐものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私はリハビリを1週間行い、退院する事となった。未だ慣れない身体だが、()()()が私の身体を支えてくださっていると思うと、勇気が湧いてくる。

 

お兄様との間にあった思い出は無くなってしまったが、私はこれから少しずつ新しい思い出を増やして行こうと前向きに思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ん〜もっとイチャラブ(修羅場)させていきたい……


あと、なんだがあべこべ要素が薄いと作者的に思います。いきなりあべこべ要素を濃くしても多分感想で叩かれそうなのでゆっくり増やしていきます。


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一粒の苺

やっと少しずつ投稿します


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難しい話をするわけじゃないよと、一言断りを入れた彼はそう言った。

とは言っても、私自身の存在というのが所詮世界の忘れ物みたいな扱いなので、それをどう肯定否定してきても納得出来ないと確信しているので、その言葉は正直意味を成さないと心の隅でそう呟く。

 

 

彼は純粋に私の事を認めてくれているし、私以外のゴミみたいな人にも分け隔てなく接している。嬉しいような寂しいような。あの笑顔は私だけのものだと、そう思ってしまうのは、なんとも気持ち悪い事だ。

 

 

「……まず訂正するんだけど、俺は美森の事を大切に思っている。容姿がどうとか俺には関係ないよ」

 

「……嘘はいけません。仮に、大切に思っているというのなら、本心を話して頂けますか?」

 

 

そう、本当は殴りたい程ムカついていると。

ことの発端はそう、私が退院して自宅での生活に苦難しながら過ごして一週間。未だに難しい距離感である自身の義兄と二人きりになり、義兄が私に話しかけ始めたのが始まりだ。

 

義兄は私の事をもっと知りたいといい、記憶がある範囲内で様々な事を聞いてきた。これからずっと生活するのだから、相手のことを知るというのは当たり前のことなのだろうが、私が見るになにか裏があるようにも思える。

 

この一週間、よく母と二人きりで部屋にいた事を目撃したし、一緒に床についていた事も把握済み。母は義兄にベッタリのようで、自ら進んで体を寄せつけていた。母の容姿は醜いものの、義兄から言わせればそんなの眼中に無いと言いそうな勢いでボディタッチを許している。妹か弟が欲しい?と母から言われた時はどう反応すればいいか分からなかった。

 

お互いに愛のある行為であるから私は何も言えないが、そう思うと自然に義兄の事が不可思議に思えてくる。

男であるはずの義兄が何故あそこまで許しているのか。世間一般では男は女をこき使い、美人美女を侍らしたり、部屋にずっと引きこもってたりと。タイプ的には二種類に分けられる。

だが義兄はどれにも当てはまらない。侍らす、というフレーズには引っかかるがそこまで酷いわけじゃないと思えるし、何より義兄が暴力を上げた姿は見たことが無い。

内心どう思っているかはさておいて、表にその顔を出さないのは中々の策士である。

 

だから私はそれが気になった。その鬱憤を母にぶつけているのかもしれないが、私には分かりかねる。だからその疑問を義兄にぶつける事にしたのだ。

 

 

「……嘘って言われてもさ。ん〜……、どうすれば納得してくれる?」

 

「私の質問に一語一句本心を込めて話して頂ければ納得します」

 

「それをやってるんだけどさ〜……」

 

 

やれやれといった表情で首を振る。私だってそんな言葉に納得したくは無いのだ。

 

 

「では質問を変えます。義兄様はどうして私のような醜い存在にも優しくして頂けるのですか?」

 

「美森、あんまり自分を卑下しないでくれ。美森を大切に思っている人からすれば、それは悲しい事だよ」

 

「誤魔化さないでください。私はそんな薄っぺらい話を聞く為に質問している訳ではありません」

 

「……な、なんという独走。相変わらずだなぁおい……」

 

「?さぁ早く質問に答えてください」

 

 

プンプンですっと、頬を膨らめながら私は問い詰める。赤面しているのは怒っているからだ。義兄はそれを横目にうーんと唸りを上げて深く考え込む。

 

 

「……俺は正直、容姿だとかそんなもの二の次、いや四の次ぐらいに思ってる。だから、容姿なんてどうでもいいって考えてるんだ」

 

「……信用出来ません。なら、その三つは一体何なのですか?」

 

「一、人柄。二、俺の意思。三、将来像」

 

「しょ、将来像?」

 

「これから先この人と関わって楽しく過ごせるのかという俺の予想だ」

 

「意思とは違うのですか?」

 

「意思は俺が関わりたい、助けて上げたいと思うかどうかの現在進行形の体現だ。俺がその人を見た時どう感じるかでっていうのは糞みたいな話だが、そんな感じ」

 

 

馬鹿なんですかとしか言えなかった。どう考えても損する。人柄はまだわかる。だが、容姿を考えればその周囲のイメージから本人の評価なんて目に見えるようなもの。義兄は他人の意見は考えず、自身の考えのみで行動している。自分から壁を作って生活しているようなものだろう。馬鹿としか言いようがない。

 

 

「糞、なんて御下劣な言葉はさておき、義兄様がそんな考え無しだとは思いませんでした」

 

「考え無し?」

 

「義兄様の言葉は認めましょう。ですが、世間一般的には容姿が生活を左右すると言ってもいい。女である私達がそれを選択するのはまだ血迷ったと思えるでしょうが、義兄様は男性です。殿方です。殿方というのは言わば世界の財産。言ってしまえば替えのきかない存在です。義兄様、考えを改め下さい。人柄はまだ分かります。ですが、義兄様の感覚では必ず損をする立場にあります。義兄様のような方に想われる私達は幸運な事なのでしょうが、世間からすればそれは異常。兄を思う妹の差し出がましい気持ちです。考えを改め下さい」

 

「………」

 

 

男性は将来安定を願う。又は自分の世界に引きこもる。それが当たり前の事である。義兄は話を聞く限りでは家庭を持ちたいと考えてるように思える。ならば、将来の事も考えると私達では無く容姿の整った女に焦点を置いた方がいいと思う。今まで優しく接してくれたのだから、義兄には幸せになって欲しいと身の程知らずの考えを抱いてしまう。

 

何も言わない義兄。目を閉じてじっとしているだけ。義兄の中で何かが変わって欲しいと思いつつ、私は口を開く。

 

 

「義兄様は養子の身。お母様にお願いして許嫁でも───」

 

 

 

 

「───美森」

 

 

 

 

不意に、義兄は口を開いた。

今までに無いその真剣な表情に、私は思わず圧倒されてしまう。

 

 

 

「訂正しよう美森。俺は嘘をついていた」

 

 

 

なんて言葉が耳に届いた。何処でそんな嘘をついたのか。虚言を口にしたなんて思っても見なかった。

 

 

 

「俺は、世間一般で言う美人美女が大嫌いだ。いっつもいっつも彼奴らと会話してる度に、その顔面に拳を叩き込みたいとずっと思っているクズ野郎だ」

 

 

 

義兄は何を言っているのだろう?言葉が理解出来ない。

 

 

 

「俺はブスだのカスだの世界の忘れ物だのと言われてる世間で言う底辺の女性が好きだ。助けて上げたいと思うんだ」

 

 

 

義兄様は真っ直ぐな目で私を見つめている。頭の中が真っ白だ。

 

 

 

「俺が美森の事を、母さんを大切だと思っているのは世間一般的に俺は異常者だからだ。大切な人達に悲しい顔をして欲しくないっていう単純な考えで動くただの馬鹿だ」

 

 

 

 

 

「だから美森」

 

 

 

 

 

ここから先は私とお兄様の秘密。

 

 

 

 

「俺はお前を───」

 

 

 

 

なんとも簡単で、単純な考えで。

 

 

 

 

 

「───愛している」

 

 

 

 

馬鹿だ馬鹿だと言っている割に、私だってそんな言葉に騙されてしまう馬鹿なんだって、気付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母が帰宅した。げんなりとした表情を浮かべる母は、ぐてっとそふぁーの上に寝転がった。いつも凛としている母の姿は無く、完全に弱りきった小動物のよう。

耳を澄ませば聞こえてくる啜り泣く声。今日も心砕かれるような言葉を身に受けたのだろう。

今日は週末である為、明日明後日は休日となる。少しでも母の鬱憤を晴らせればどれだけいいと思ったことか。

 

しかし私では母の気持ちを晴らすことは出来ない。最も、この家には母の気持ちを晴らすことが出来るうってつけの人がいる。

 

 

「───母さん、おかえり」

 

 

そう、我が兄である。我らがお兄様である。私の車椅子を押しながら居間の扉をくぐると、お兄様はそふぁーに横たわる母の元に駆け寄った。

宛ら、母犬に甘えにいく子犬のよう。しかし実際は真逆で、母がお兄様に甘える構図となっている。

 

 

「……力、くん?」

 

「そうだよ。お仕事お疲れ様」

 

 

一度体を起こし、そふぁーに座ったお兄様は膝の上にお母様の頭を乗せる。俗に言う膝枕である。

体を鍛えているお兄様の体は、何処も筋肉がついてゴツゴツしている。しかし、私たちからすればとても嬉しい事で、世間からすれば金を払ってでも触りたいと言う人達が後絶えない。

心做しか少し表情に喜が見えたお母様を見て、お兄様はゆっくりとお母様の頭を撫で下ろす。

 

 

「明日明後日はしっかり休んで、来週も頑張ってね」

 

「……うん、うんうん。ありがとう、力くん」

 

 

私はそれを眺めながら、私が車椅子でも台所が使えるようにバリアフリー設計された台所に移動し、今日の夕餉が入ったお鍋を火にかける。

 

 

「美森がご飯温め直してるから、取り敢えず着替えに行こう」

 

「……力くん、連れてって」

 

 

お母様は役所勤めで、表に出ない事務系の仕事をしていると聞いた。最もお母様の境遇を考えると、とても辛い現場なのだと理解出来る。

お兄様はお母様を抱き上げると暗い廊下に消えていった。お兄様は体を鍛えていらっしゃるので、線の細いお母様を抱き上げて運ぶ事など造作もないことなのだろう。

 

 

私はそのままその場に居座ったまま、じっと鍋の中を覗き込む。ボゥボゥと燃えるガスコンロの火の音、鍋の中の水分が蒸発し始めパチパチと弾ける音。静かな台所に聞こえる心地良い音は、嫌にモヤモヤする私の心情をゆっくりと溶かしていく。

 

 

「───っ」

 

 

嫉妬している。お兄様がお母様にずっとかかりきりで、私の事は二の次でお母様を優先している事に嫉妬している。

炊いたお米を温め直し、お味噌汁の入った鍋にも火をかける。火をつけていた煮物の鍋の火を切り、お母様が食べれるであろう量をお皿に盛り付ける。

鶏肉の旨味を隠し味に使った、大根と人参の煮物。お兄様に美味しいと仰って欲しくて作った一品。お母様に食べて頂くことに何故か嫌悪感を抱く。抱いてしまう。

 

 

それから数分後、ご飯とお味噌汁を注いだ頃にお兄様とお母様が戻ってきた。ベッタリとお兄様の肩にもたれ掛かるお母様の姿に、思わず舌打ちしたくなってしまったが、私は表情に出さないよう取り繕う。

 

 

「あ、美森。俺が運ぶよ」

 

 

私が運べないのを見たお兄様はそう言って、お母様を居間に座らせた後早足で台所にやってきた。

お盆を取りだし、箸を一膳と湯呑みを乗せてから食器を乗せる。

私がお兄様にだけ作ったはずの料理が、他の女に食べられてしまう。そう思うと一層、嫌悪感は膨らんでいく。

 

自分の生みの親にすら嫉妬してしまう自分に嫌気がさすものの、この恨めしい感情は抑えきれない。

 

 

「───美森」

 

 

ふと、お盆を持ったお兄様が台所に戻ってきた。何か忘れ物をしたのか。

 

 

「美森、ありがとう。料理を温め直してくれて。母さんも喜んでるよ」

 

 

私の目線に合わせて下さったお兄様は、ニッコリと私にそう微笑んだ。キュンと、胸の奥が疼いた。心臓がバクバクと鼓動し、顔が熱くなっていくのを感じる。

 

 

「……お、お兄様……」

 

「居間に行こう。母さんも待ってるよ」

 

 

不意に抱き上げられた私は、思わずギュッとお兄様の首に腕を搦める。落ちないようにした処置は、お兄様との物理的な距離を縮める事となり仇となった。お兄様のご尊顔がすぐ近くに……。

 

居間に連れられた私は、お兄様の膝の上に座る形でお母様の隣に腰を下ろした。無論お兄様はお母様の隣。ゆっくりと箸を動かし咀嚼するお母様の姿を眺めつつ、湯のみにお茶を注いでくださったお兄様からお茶を頂く。

 

 

「今日は美森の自信作なんだって。今まで食べた中で一番美味しい出来だよ」

 

「……確かに、いつにも増して味が含んでる。美味しいわ、また上手くなったわね」

 

「……はい、お母様」

 

 

お母様は私にそう微笑んでくれた。私は正直、お母様からお褒めの言葉を頂くことに慣れていない。お母様にお料理を習ったが、それも過去の話。記憶が曖昧で、いつ褒めて頂いたのかなんて覚えていないので、私からしたらとても新鮮である。

 

 

「母さんも、煮物は得意なんだろ?今度食べて見たいよ」

 

「えぇ。明日か明後日はよりをかけて作るわね」

 

「偶には俺も手伝うよ。家事は分担してるとはいえ気が引ける」

 

「いいのよ、力くんは殿方なんだから。家事をやってくれるってだけでも有難いのにそこまでしてくれるのは女として恥ずかしいわ」

 

「それこそ俺だってそうだ。足の不自由な美森に無理はさせられないし、母さんだって仕事で疲れてるのに家の事もやらなきゃならなくなるのは家族として嫌なんだ。俺だって、養子とは言え母さんの子供なんだから。ちょっとでも甘えてくれよ」

 

「……力くん♡」

 

 

何ときめいてるのかこの人は。目にはーとを浮かべながら肩に頭を乗せるお母様にお兄様はまるで恋人のように肩に手を置く。私の事は既に眼中に無いと言いそうな雰囲気である。思わず歯ぎしりしてしまう。

 

 

「……美森、そんな顔しないで。お兄ちゃんは、いつでも妹を見守ってるぞ」

 

 

そっと頭に手を置いてくれた。その手からお兄様の温かさを感じる。

ゆっくりと私はお兄様に寄りかかる。

 

 

 

 

 

何処までも世の中の女という生き物は、単純なんだなと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お慕い申しております、お兄様───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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永遠にアイビーを飾ろう

美森編はラストです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日。普段と変わらない校内で、犬吠埼風は校内で一番会いたくない生徒と出会ってしまった。

 

 

「───おはようございます、犬吠埼先輩」

 

「……え、ええ。おはよう、東郷」

 

 

東郷美森。東郷力哉の妹で、何かと鋭い殺気を放ってくる女だ。

 

 

「挨拶ですらしっかり出来ないなんて、犬吠埼先輩が習うべき先輩であることに疑問を抱きます」

 

「……わ、悪かったわね」

 

 

アンタのせいだ。なんて、そんなこと言える訳もなく。無理矢理口元を釣り上げて笑ってみせる。

冷たい目を向ける美森は、興味をなくしたのか車椅子を転がして移動して行く。

 

 

「……?何処に行くの?」

 

「……それを貴方に教えて何の意味があるのでしょうか?」

 

「うぐっ、な、何よ。ちょっと会話してやろうって思ったのに」

 

「別に頼んでもいませんよ?……まぁ、丁度聞きたいこともあったし、この際」

 

「……?なによ、今日はなんか変ね」

 

「お兄様に媚びるしか能のない雌の分際でほざかないで頂けますか?……それより、犬吠埼先輩は今お暇でしょうか?」

 

 

前半部分ガンスルー!?無駄に私罵倒されてない!?というか、媚びるに関してはブーメランなのでは……。なんて、口が裂けても言えない。最近の後輩は口が悪い、と風は驚きつつ、頭の中で予定を思い浮かべる。……どうせ教室に戻った所で、やってくるのはパシリぐらいなので、予定は無い。

 

 

「暇と言われれば何も無いから暇よ。何?なんか用事?」

 

「犬吠埼先輩にお願いするのは不本意なのですが、お兄様の為。どうかお時間頂けますか?」

 

ぺこりと頭を下げてそういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………記念日?誕生日って事?て言うか力哉って7月産まれだったんだ」

 

「……誕生日では無いのですが、まぁそれでいいです。それで、お兄様に何か贈り物を差し上げたいのですが、私自身そのような事は初めてで」

 

「……贈り物、ねぇ」

 

 

意外とまともな話だった。いや、風が一方的にヤバいだの怖いだのと恐れおののいだからこそ、拍子抜けしてしまった。

贈り物、プレゼントか。言ってしまえば、本人らしからぬ行動なのでは?と勝手に風は想像してしまう。

 

極度のブラコンを拗らせたこの妹。普段なら尽くせるだけ尽くし後は時間を一緒に過ごすみたいな、ドラマのラブラブカップルがやるような全女性から憧れるシチュエーションを毎日のようにしていると聞いた(力哉談)。羨ましいことこの上ないと思いつつも、その時は適当な流れで済ませてしまったが、もう少し話を聞いておくべきだったとちょっぴり後悔。

 

 

「……あれだけ力哉にラブコールしてるんだから、プレゼントの一つや二つ兄妹なんだから渡し合いっことかしてるんでしょ?」

 

「………そういう事は一切。私の家の事情もある為省かせて頂きますが、お兄様への贈り物は未だにした事がありません」

 

「……成程、じゃあ難しいわね」

 

 

事情、なんて言葉で誤魔化すのは美森らしくない。そう言うのなら、何か複雑な事でもあるのだろうと理解する風。

しかし、初の贈り物となると絞るのは難しい。特に相手が異性である為、モラルの範囲内でしっかり役立つものを選ばなければならない。

 

 

「……まあ、力哉はそこら辺普通の男性じゃないし。貴女の選んだ物には絶対ケチなんてつけないでしょうけど……」

 

「……もし仮に、私が選んだものがお兄様の趣向に合わないものだった場合でも、お兄様は私にはにかんで喜んでくれるでしょう。そうさせてしまう自分に嫌気がさしてしまいます」

 

「……溺愛してるからこそ、無理して喜んでくれそうな雰囲気よね」

 

 

力哉は美森の事を大切に思っている。思っているからこそ、自分の感情を押し潰してでも、ありがとう、と笑顔で感謝してくれるのは想像がつく。

意外と面倒くさい事案である。力哉の性格を今初めて邪魔に感じてしまった。

 

 

「……犬吠埼先輩は、樹ちゃんにどういったものを贈られてるのですか?」

 

「私?私は……そうね。樹は歌が好きだから好きそうなジャンルの曲だったり、好きなアーティストのアルバムをプレゼントしてるわ」

 

「……成程。やはり定番は趣向に合ったもの、と。犬吠埼先輩から学ぶ事など無いと思っていましたが、少しは学べそうです」

 

「……素直に喜べないんだけど」

 

 

とは言え。本、雑誌等でもプレゼントの内容は相手が好き、興味を持っているものを用意するのが定番だと紹介されている。そういった系統の本を読まない美森には情報不足であった。

 

 

「じゃあ彼奴の趣味とかで絞ってみましょう。私まだ関係は薄いからよく知らないんだけど」

 

「まだ、ではありません。これからも、の間違いです」

 

 

まだ関係は薄いから───では無く、これからも関係は薄いまま───。

素直に泣けません。

 

 

「……お兄様は基本的自宅にいる際は私かお母様の隣に居ます。お兄様がお一人になられる時は、学校内かお部屋でお休みになられている時だけですので」

 

「……一人の時間少なくない?」

 

「それは私も少し疑問を抱きました。お話を聞いた所、一人よりも一緒に居た方がいいと仰ってくださって」

 

 

何となく分かった。明らかに誤魔化していると。このドッロドロハートのブラコンは兄の言葉に疑いなど抱く筈もない。それを逆手にとってかは分からないが、美森が納得するような言葉を述べて話を完全に逸らしている。理由は分からないが、力哉は何かを隠している。

 

 

「……成程、ね」

 

 

だが敢えてそれを指摘しない。したところでどうという訳でもないし、力哉のプライベートに触れてしまう可能性も否定出来ないのでそのまま鵜呑みにする。

 

 

「……という事は、服かアクセサリーか何かプレゼントするのはどう?」

 

「……お兄様が着飾ってしまっては余計に雌蚊が近づいて来てしまいます」

 

「じゃ、じゃあ本は?力哉の部屋にいっぱい本あったでしょ?」

 

「は?お兄様のお部屋に入られたのですか?」

 

「いいいいい今のなし今のなし!!」

 

 

美森の地雷を踏み抜いてしまった。溺愛する兄の部屋に他の女を入れるのはアウトなのか。

 

 

「………お兄様の所持されている書籍は、まだ私には難しいものばかり。歴史ならいざ知らず、科学や言語等幅広いものが置かれています。私ではどんな書籍が好まれるのか分かりません」

 

「………り、力哉って中々渋い趣味してるじゃない?掛け軸とか刀とか」

 

「私が払える金額ではありません」

 

「………プレゼントじゃなくて好きな料理を振る舞うのは?」

 

「週に一度決まった曜日にお兄様の好きなお料理をお出ししています」

 

「………な、なんでも言うこと聞くとか」

 

「お兄様は他者優先な志をお持ちですので、私が満足出来ません」

 

「……なんなのよ!!全部否定じゃない!!」

 

「在り来りな案を出すからです」

 

 

こんなのアイデア出したら無駄骨だ。美森が何かしら否定してくる。

あれだけお兄様好き好きな美森も、自分からそこまで積極的に行動出来る訳では無いのは、ここ数週間で分かったことだ。愛は重いが奥手過ぎる。

 

 

「じゃあ何?東郷は何かアイデアがある訳?」

 

「……そ、そう言われるとなんとも」

 

 

お互い様では無いか。いや、寧ろアイデアを沢山出した風の勝ちなのでは?内心ガッツポーズで喜びの舞を踊る。

が、今の問題を考えると喜びは一瞬で冷める。打開策が見当たらない。

 

 

「……こう思うと、お兄様に私は何も恩返しできないのですね……」

 

「ちょ、ちょっと。諦めるのは早いわよ。何かアイデアが……」

 

「……いいんです。犬吠埼先輩が足りない脳で出してくださった案は全て駄目。ならば私が考えるしかありません。どうもお時間頂き、ありがとうございました」

 

「ちょちょちょっ、待ちなさいって。そんな諦めなんて……」

 

「……ならばどうすれば宜しいのですか?お兄様に献上できて私が満足できる方法なんて……」

 

「落ち着きなさい」

 

 

ピシャリと風が言い放った。ピクリと美森の体が跳ねる。

風がそんな声を放つのは珍しい。

 

 

「アンタがどれだけ力哉の事を想ってるのか分からないけど、簡単にそう言いきれるってことはその程度の気持ちだったわけ?」

 

「……なんですか。私は、私はただ一人で考えを……」

 

「人に頼んでおいてよく言うわね。教えて上げるわっ、アンタがやってるのはただの自己中よ。いつも私に暴力振ってる奴らと同じよ」

 

「……あ、あんな人達と私は……」

 

「……私も力哉に感謝してるんだから、少しは一緒に考えさせてよ。大切な後輩なんだから」

 

「………犬吠埼先輩、ありがとうございます。………ですが、その言葉は想像以上に寒いです」

 

「いや失礼ね!?」

 

 

それからピンと何かが浮かんだ美森は、風に感謝しつつも罵倒を浴びせて解散するのだった。

終始風は涙目だったとか。

 

 

「んなぁぁあんでよぉおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日付がかわった深夜の月明かり。照らされるのは世界で数少ない男の寝顔。この世の女なら口を揃えて、神々しいだの、しゃぶりつきたいだのと言い放つに違いない。

一定のリズムで上下に動く胸部。微かに聞こえる呼吸音は、部屋の主が熟睡している事を表している。

 

カラカラカラと、ゆっくりと音を最小限に抑えて動く引き戸。廊下の闇から、背丈の低い人影が部屋の中に入ってくる。

人影が座る車椅子の車輪が床を引っ掻き、引き戸を閉めて部屋主の元に近づいて行く。

 

 

今宵は満月。雲一つ覆っていない漆黒の空から指す月の明かり。光は人影を照らし、その人物像を露出させる。

人影は部屋主の寝顔をじっと見つめる。

 

 

「………あぁ、お兄様」

 

 

光に照らされてみえたのは、とろんと表情を蕩けさせ、三日月のように開かれた口元から愛を零す。寝巻きの着物を羽織り、そのはち切れんばかりの双丘をキュッと締め付けて体のラインをより強調した格好。薄らと、蕩けた瞳から覗くハートのマーク。愛おしく見つめるその視線は、淫魔の如き魅力を放ち、惜しみなく兄に対する愛を溢れさせている。

 

世界の忘れものの一部である、部屋主の妹、美森である。

 

 

「……素敵ですわ、お兄様……。その寝顔、その姿、その存在感。まさに大和男児たる規範ですわ」

 

 

視界には兄、力哉の姿しか写っていない。最早狂った愛を形どってしまった彼女は、抜け出せない泥沼にどっぷりと足を取られてハマってしまっている。どうやった所で、彼女が正気に戻ることはもう無いだろう。

 

 

「………釈然としませんが、犬吠埼先輩には感謝しています。私がこの案を思いついたのは他でもないあの人のお陰。……まぁ、次会ったら少し優しくしてあげましょう」

 

 

身体にかけられた掛け布団を捲り、両腕を器用に使ってベッドの上に上がり込む。

 

昼間、風との会話で思いついた名案。最愛の兄が喜び、自身も満足する最高な案。思い出すだけで笑い転げてしまいそうな喜びを感じてしまう。喜びが昂って表情筋が蕩けきってしまっている。愛の液も零れ落ち、心と体全身でその喜びを表している。

 

 

「……ん?っ、うぉあっ!?美森っ、何やってんだ!?」

 

「こんな夜遅くに申し訳ございません、お兄様。実は、日頃の感謝を込めてお兄様に贈り物を差し上げたいのです」

 

「……お、贈り物?突然だな。起きてからじゃ駄目なのか?」

 

「はい。私の想いが強い時でないと駄目なのです。お兄様には普段から私事をやらせて頂いているというのに、再びご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

 

「気にするな。可愛い妹の為。迷惑だなんて思ってないよ」

 

「……お兄様」

 

 

最早美森には限界であった。勢いよく腰に巻かれた帯を解き、肩からゆっくりと着物を脱いでその裸体を露わにする。

絹ごし豆腐のような艶やかな白い肌。車椅子で運動制限がかかっているにもかかわらず、細いウエストにたわわに実った二つの果実。ピンクの突起が恥ずかしげに身を隠し、ギュムッと果実を寄せてより強調させる。

 

傍から見れば強姦の一部始終。クソブスで肉の無い華奢なゴミクズが男を襲っているという薄い本案件。

しかしこの場にそれを止める第三者は居ない。兄の腹部に座った美森は、若干息を荒らげながら身を寄せる。

 

 

「なななななななな何やってんの!?!?ばっ、早く着物着てくれ!!」

 

 

突然の事に顔を赤面させた力哉は、美森が脱いだ着物を羽織らせようと上半身を起こそうとするが、美森が胸部に手を置いてそれを阻止。ググッと顔を近づけて、蕩けきった表情で美森は甘い息を吐く。

 

 

「……だーめ、ですよお兄様。女性に夜這いかけられてるのにそんな反応しては………。了承、と捉えられますよ?」

 

「よ、夜這いってお前。自分が何しようとしてるのかわかってるのか!?」

 

「私は言いました、贈り物だと。贈り物の中身はわ・た・しですっ」

 

 

ギュッと首に手を回して体を押し付ける。柔らかい肌が接地面を刺激し、クラクラする甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「な、何を……」

 

「酷いですお兄様。私が脱衣した時点で突き飛ばすなり罵倒するなりしてくだされば、未練なく他の事で尽くそうと思いましたのに」

 

 

力哉は言うなれば特別な存在だ。美森もはっきりと理解出来ているわけでは無いが、力哉の概念と世間の概念はズレが生じている。いやはや、これをズレと表現していいのか分からないが、力哉は世間で言う不細工な女性を美人に見えてしまう変わり者なのである。

無論、それを大っぴらに発言している訳では無いが、関わった女性達からは顔の美しさ関係無く接してくれる本から出てきた理想の王子、といった憧れ、理想、恋心を抱かせてしまう。

 

勿論それは妹である美森も例外ではなく、可愛い可愛いともてはやして大切だと言い聞かせ、美森も力哉の愛にどっぷりハマり、力哉にならば甘えていいのだと認識するようになった。

 

 

美森は今回の件で一つ自分にかけていた。

力哉の今までの行動を疑っている訳では無い。が、それがまやかしだったとして、力哉に無理強いさせているのではと疑問に思った。

ので、その真意を確かめる+力哉に自身の愛を伝えるために体を差し出した。振り払うならそれまで。そうでなければ、と言った流れである。

 

この世界で男は貴重だ。そもそも男が女の数を上回った話など旧暦の時代にも無く、これが世界の普通である事が生きる人々の感覚だ。

何より、男というのは基本的に自身のプライベートスペースを作り、決まった異性しか入れない。そう、身体に肉を蓄え、ほくろやシミだらけの美しいボンボンボンといった体型の女のみである。

 

力哉は周りと価値観が違う為、内心そう言った女性とは絶対にNGだと心に刻み込んでおり、自分の身をこの世界で蔑まれている女達に囲わせて変人だと思わせようと考えついた。本音を言うとそう言う女の子達の好感度を上げてハーレムを作りたいと下心100%で接しているのだが、前者と後者では一応6:4の比率なのでまだ健全と言えよう。

 

だが、そんな考えを抱く力哉でも、美森の行動には心底驚かされた。

彼女との付き合いは小学生から。美森に記憶は今は無いが、当時はそんな事をする女の子では無かったはず。

 

 

「……何がそこまで美森を動かした?」

 

「……決まってるじゃないですか、お兄様」

 

 

 

「───お兄様への、愛、ですよ」

 

 

 

しっとりとした感覚が唇を支配した。目の前にあるのはグリーンライトの輝かしい瞳。その奥に浮かぶハートマークは、力哉を離さないと言わんばかりに映し出している。ぐにゅぐにゅと口の中に入り込むブニャブニャした何かが口内を蹂躙する。舌を吸われ、唾液を吸われてはそれと交換されたように唾液が入ってくる。

 

何秒何十秒。時間では測れなかった濃厚な一時は、美森が離れた事で終わりを告げる。透明な糸が口と口から伸び、ペロリと美森が上唇を舐めとった事でプツンと途切れてしまう。

熱を帯びたように赤くなった頬をした美森は、顎に手を置いて唇の感覚を味わっている。

 

 

「………美森、俺は」

 

「……はしたない哀れな雌だと罵り下さい。お兄様のためだと言いながら、私利私欲の為に身体を貪りつくそうとする薄汚い女です。……どうか、どうか今だけは、私にお慈悲を頂けませんか?」

 

 

さっきまでとは違う、黒く濁ったグリーンライトの瞳がよく分かる。全てに絶望しているような、光を寄せ付けない深い闇が力哉をギュッと締め付ける。心拍数が跳ね上がり、嫌な汗が流れ出す。キュッと心の臓を握られているような感覚。痛みではなく、背筋が凍るような直観的な恐怖が力哉を襲う。

 

美森はこの世界に絶望している。でもそれに抗っている。

なぜか。力哉がいるからだ。

 

美森は依存先を求めているだけなのかもしれない。だから自分の身体で繋ぎ止めようとしている。

昼間相談を受けた風が聞けばどういう事なのと仰天するに違いない。

 

力哉はそれを理解している。しかし、実の妹では無いとはいえ、妹と関係を持つ事は力哉の気持ち的にどうしても抵抗してしまう。

母親と関係を持っているのは置いといて、このままでは力哉は都合のいい依存先としか見られなくなるのではないか。ギョッと自分の考えに恐怖する。

 

 

だが、そんなこと否定できるわけが無い。自分の役割を果たす駒となり、妹の為に動く兄になる。

ゆっくりと上半身を起こすと、内股座りをしている美森をそっと抱き締め、唇を合わせる。

 

 

「……月並みかもしれないけど、美森は綺麗だ。俺にはそう写ってる。だから、その……。自分をあんまり卑下しないでくれ。美森だけじゃなくて、俺も痛いんだ」

 

「お兄様……、お兄様っ。私は……」

 

「お前は俺の妹だ。これからも、ずっと俺がそばに居るよ」

 

 

 

 

 

 

 

───お慕い申しております、お兄様。

 

 

───俺もだ、美森。

 

 

 

 

月明かりに照らされながら、二つの影は一つに合わさった。

 

 

 

夜はまだ空けることは無い。



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結城友奈の章
裏側にチューベロス


結城友奈編開幕


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

汚れて汚いゴミみたいな存在。そんな存在が自分だ。

 

 

泥まみれでカスまみれで哀れな憐れな存在。それが自身だ。

 

 

産まれた時からずっとそう。

お腹には切り傷打撲が綺麗に浮かんでいる。皆にあると思ってたけど、自分だけにしか無かった。なんだか自分だけ特別なんじゃないかって思ってた。

実際そう。自分は周りの誰よりも特別だった。毎日が毎日が毎日が毎日が毎日がっ、赤く染る素敵な日々だ。

 

皆笑って楽しそう。自分も笑うともっとやってくれる。

 

 

ヘラヘラキェラキェラアハハアハハ───ッ。

 

 

皆楽しそう。だったら私も楽しませなきゃ。

 

 

ヘラヘラキェラキェラアハハハハハハハハハ───ッ。

 

 

楽しいねっ。楽しいね。皆の笑顔が私に笑顔をくれる。

 

 

動けなくなってもみんな楽しそう。たのしいね、たのしいね。

 

 

うごけなくなってもたのしそう。たのしいね、たのしいネ。

 

 

うごけないのにたのしい……?アハハっ、タノシイネ!!

 

 

つぎはなにしてくれるの?つぎはどうやって楽しんでくれるの?

 

たのしみだなぁ。はやくこないかなぁ。

 

 

アハハハハッ、楽しみで死んじゃうよォ。

 

楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ、ハハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ、ハハハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───アハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───アハッ、アハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───アハハハハッ、あははははははははハハハハハハハハははははハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───ハハッ───ハハッ───────────────楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───アハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ───ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ───楽しみで───────────────────────────楽しみで────────────────────────アハハハハハハハハハ─────────楽しみで───────────────ハハッ───楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで楽しみで───アハハハハハハハハハ───楽しみで───アハハハハハハハハハ───楽しみで───アハハアハハアハハハハハハハハハ───アハハハハハハハハハ───楽しみで───楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで───楽しみで─────────楽しみで──────────────────楽しみで──────────────────楽しみで──────楽しみで────────────タノミシデ─────────────────────タノシミ?───アハハハハハハハハハ───タノシミデ───アハハハハハハハハハハハハハハハハ───アハハアハハハハハハハハハ───アハハアハハハハハハハハハハハハハハハハ───タノシミデ───タノシミデタノシミデタノシミデ─────────タノシミデ?──────楽しみで───アハハハハッ───楽しみでタノシミデ───タノシミデ─────────────────────タノシミデ─────────タノシミデ───楽しみで───────────────────────────────────────────────────タノシミデ?

 

 

 

 

 

タノシミッテナニ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東郷家のお隣は、美森と同級生の子が母親と住んでいる。俺も良くご挨拶をしているので、互いに良い近所付き合い出来ているだろう。

うちは母さんと美森があまり他人と会話するような余裕をもっていないため、俺が近所付き合いをこなすことになる訳だが。

 

とは言え、俺が男である事を認識されているにも関わらず、この近辺のご近所さんは慎みある行動を示してくれる。

ばったり会えば挨拶を交わし、多少世間話をしつつ解散する。

ガツガツ行くのはダメだという情報を握って、余裕+パーソナルスペースを維持して接してくれているのであろうと勝手に思い込んでいるのだが、最初から相手を信用できるわけではないのでご了承下さい。

 

 

現在俺は、回覧板をお隣さんに回す為に外出している。と言っても歩いて数秒なので外出と言える程でもないが。

向かうのは右隣の結城さん宅。美森と同級生の子が暮らす家である。今日は休日なので彼女も家に居るはずだ。

 

表札の下にあるインターホンを押し、「はーい」と元気のいい返事と共にドスドスと足音が近づいてくる。

ガラガラと引き戸が開き、くりんとした赤い瞳と目が合った。

 

 

「───はーい。あっ、力哉先輩!!」

 

「おはよう、友奈ちゃん。朝早くにごめんね」

 

 

日本人とは思えない赤い髪とルビーのような瞳。もちもちと柔らかそうな頬っぺ。眩しい笑顔を向けてくるのは、結城友奈ちゃんである。

Tシャツにパーカーとラフな格好で、若干恥ずかしそうに身を捩っている。

 

 

「お、おはようございます。力哉先輩が来るんだったらもうちょっとお洒落するんだった……」

 

「気にしてないから大丈夫。それより、これ。回覧板、お母さんに渡しておいてくれる?」

 

「はいっ。お任せ下さい!!」

 

 

ビシッと敬礼をする友奈ちゃんに思わずニッコリ。彼女が笑顔だと俺も笑顔になれる。とっても素敵な女の子だ。

 

 

「じゃあ、俺はこれで。また美森と仲良くしてくれると助かるな」

 

「はい!……えっ、もう帰っちゃうんですか!?」

 

「え、……そ、そう言われるとなんだかなぁ」

 

 

うんとは言えない。純粋な友奈ちゃんには悪気は無いかもしれないが、嫌な大人がする勘繰りをしてしまった。

寂しそうな表情を向けてくる友奈ちゃんに、やるせない気持ちになる。

友奈ちゃんの母親は休日も働いているので、友奈ちゃんは家でいつも一人だ。偶に家に遊びに来るが、今週は特にそれらしい話もしてなかったので、友奈ちゃんも寂しいのだろう。

 

 

「……今日は何も無いから、何かして遊ぶ?」

 

「え!?いいんですか!?やった〜!!」

 

 

飛び跳ねて喜ぶ友奈ちゃんに、思わず笑みがこぼれてしまう。こんなにも可愛い女の子が虐げられる世界って一体何なのだろうと深く深く考えてしまう。

 

グイグイと手を引っ張って家の中に入れていく友奈ちゃん。落ち着けつつ、戸を閉めて、靴を脱いだ。

 

 

───ゾッ

 

 

足を着いた瞬間、背筋に電流が走った。全身から嫌な汗が流れ、動悸が激しくなる。耳元で鼓動してるかのようにはっきり聞こえる心の音。何か、身の危険を本能で察知した。足元を見る。床に着いた足が小刻みに震えているのが見える。

 

 

「あれ?どうしたんですか?」

 

 

ゆっくりと声のする方に顔を向ける。首がガクガクと壊れたロボットのようにしかゆっくり動かせない。

視線に入り込むナニカ。紅いナニカが、赤黒く染った汚れた瞳が、俺を見つめている。

 

さっきとは打って変わって全然違う。結城友奈はにっこりと笑いながら近づいてくる。神話に登場するメデューサの目を見てしまったような、蛇を前に硬直する蛙のような。自分が捕食されるのを待つしかない木偶の坊と化してしまった身体を、結城友奈はゆっくりと撫で回す。

 

 

「……私の家、初めてですよね?実は、今日はやって欲しい事があるんです」

 

 

俺の目を覗き込みながら、頭一個分低い結城友奈は射殺すようなプレッシャーを放ちながら抱き着いてくる。

 

それに返事を出来る余裕はない。歯ぎしりする身体を押さえつけるので精一杯だ。

 

 

「………難しい事じゃないですよ。とってもタノシイ事です」

 

 

俺の右手を撫でながら、開いた手をゆっくりと閉じさせて拳を作らせる。何が楽しいのか、狂おうしく結城友奈は拳を撫でている。

こんな友奈ちゃんは初めてだ。

 

 

「……普段、先輩って男の人ってだけで周りから言い寄られてますよね。とっても可愛そうです」

 

 

「私みたいな女の子にも声をかけてくれて、本当に優しい先輩です」

 

 

「だから、今日は先輩の気分が晴れるようなタノシい事をしましょう」

 

 

 

結城友奈は、自分の拳を振り上げ、思いっきり自分の腹に叩き込んだ。

 

 

「───ぐげぇっ!?」

 

 

彼女らしからぬ、蛙が潰れたような声が飛び出た。口からダラダラとヨダレを垂らし始め、床に垂らしていく。

苦しそうな表情とは裏腹に、口元は先程よりも楽しそうな笑みを浮かべている。

 

何が起きたのか分からなかった。友奈ちゃんが拳を握って自分を腹パン?意味が分からない。

ゆっくりと膝をついた友奈ちゃんを見て、やっと体の硬直が解除された。慌てて彼女に近づく。

 

 

「ゆ、友奈ちゃん!?何やってるんだ!!」

 

「………さ、あ。先輩……。私を、思いっきり、殴り倒してください……」

 

「は?」

 

「ボッコボコの……めっためたにして、……鬱憤を晴らしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───タノシイデスヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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フクジュソウを散らせ

感想欄が荒れてますね。主に友奈ちゃん&勇者達が可哀想みたいな話題で。

分かります分かります。原作でもアニメでも辛い思いをしていた彼女達の幸せを見たい気持ち。分かります。


でもまだ駄目です。彼女達には、しっかりと苦しんでいただきます。勿論その親御さんもです。楽しい楽しい時間がはっじまりまーす!!


















………これ作者暗殺される?(フラグ)





矛盾点があったので訂正します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一先ずリビングにお邪魔し、ソファーの上に寝かせてお腹を冷やす事にした。

服を捲った時、目に飛び込んでいた光景に歯を食いしばりながらも、厚手のタオルを敷いて保冷剤を乗せる。お腹が冷えてしまうが、内出血の可能性がある為我慢してもらうしかない。

 

 

未だに苦しみ悶える友奈ちゃんに、なんて声をかけていいのか分からなかった。一体何が彼女をそうさせるのか、彼女は俺に何を求めたのか。

考えると考えるだけ疑問が頭に思い浮かんでしまう。自傷を目の前で見るのは初めてだ。いくらカウンセリングを受け持つ俺だって、こんな初めてな事例だってある。

 

小学生の頃、先代勇者の一人が自傷と見られる行為をしていたが、それは俺や他の誰かが居ない時にしていたので、何とか止めさせることはできたものの、今回は目と鼻の先。なんなら、その加害者になる可能性もあった事例だ。

他者からの暴力を望む自傷。訳が分からない。男女の価値観や美醜が逆転している世界。納得はしてないが、それでも受け入れ始めていた。しかしこれは受け入れていい問題ではない。

 

 

ふと、己の左手をギュッと握られる感覚がした。握られる手は、か細く白い綺麗な手。他でもない、友奈ちゃんが握っている。

先の友奈ちゃんを見てから、彼女の瞳に浮かぶ感情が分からなくなった。

 

笑顔が素敵だった友奈ちゃん。元気が魅力的な友奈ちゃん。くりくりした目が可愛い友奈ちゃん。前世ならば確実に人気者であろう友奈ちゃん。

今は、それがまるで嘘だったかのように崩れ去る。彼女を格下だと認識した訳では無い。ただ、虚しさが俺の中の友奈ちゃんを崩し去ったのだ。

 

 

何も声をかけることも無く、ギュッと友奈ちゃんは手を握っている。焦り、不安、恐怖といった怯え。しかし、瞳に次第に浮かび始めているのは期待のみ。

瞳はココロを映す。鏡のような存在である瞳は、自身の内面を正確に映し出している。友奈ちゃんの心は、根っこから暴力を振るわれたいと思っている。

 

マゾヒスティック、マゾヒスト。前世ならばMだの受け狙いだのと小馬鹿にした話も出来たが、友奈ちゃんを見てしまうとそんな気分も消し飛ぶ。快感を得ているのかは定かでは無いが、見ていて友奈ちゃんが快楽を得ているようには思えない。

 

 

「……痛みは治まった?」

 

 

何とか出た言葉がこれだった。友奈ちゃんは口元を緩め、ゆっくりと首を縦に動かす。友奈ちゃんは強がりを平気で言う子だと言うのは分かっている。無理な事でも出来ると肯定し、それが空回りする事は今までもよくあった。しかし今の表情を見るに、だいぶ痛みは治まっているようだ。

 

 

「………その、ごめんなさい。気が昂っちゃった」

 

 

気が昂っただけでああなるのか。思わずそう聞き返したくなるが何とか堪える。

 

 

「……嫌いにならないでください」

 

「嫌いになんてならないよ。……流石に驚いたけどさ」

 

 

なんだろうか。先程までの緊迫感は感じない。薄れたとか、そう言う話ではなく。まるで別人のような。

 

 

「……だいぶ落ち着いたみたいで良かった」

 

 

落ち着いた、なんて言えば動きを見せるだろうか。私最初から落ち着いてますよと言ってくれさえすれば、納得出来るのだが。彼女は肯定してきた。違和感がより強くなる。

 

力無く頷く彼女は、まさに電池が切れた機械のよう。僅かな動きを見せる友奈ちゃんは、吹けば飛んでいくようなワタボコリに見えてしまう。

 

 

「………ごめん、なさい」

 

 

彼女の口から出た言葉は謝罪だった。謝罪される出来事は鮮明に覚えているが、なかなかどうして。声が震えており、目尻から水滴が溢れだそうとしている。

 

 

「なら教えてくれる?なんでさっきそんな事をしたのか」

 

「……私がちっちゃい時からそう。周りの皆は私を殴って楽しそうにしてたんです。私も、なんだか楽しくなっちゃって。いつも笑いあってました。だから、力哉先輩も私で遊んでくれたら、……きっと、モヤモヤしてるのも晴らせるかなって」

 

 

ぐうの音も出なかった。初めて呆気に取られたかもしれない。

 

ちっちゃい時、つまり幼少期からという事か。人が美醜に対しての判断をいつ頃持つようになるかは詳しくは分かっていないが、幼少期の頃からと言うと一番子供が常識というものを初めて理解していく期間ということになる。

 

親の影響か。いやこれが最も正しいだろう。子は親を見て育つ。親が友奈ちゃんに対して嫌気をむき出していたらそうなる。

 

暴力を振るわれていたと聞こえた。身体の傷を見ればそれは確証になる。

人は限界になると、痛みから身体を守るために防衛本能として別の認識に変えることがあるという。友奈ちゃんの身体は快楽へと痛みの認識を変えたのか。しかし、これは全くもって異常過ぎる。精神科医に直接見てもらった方が友奈ちゃんの今後の生活にも影響しそうだ。

 

 

「……ありがとう。そう思ってくれるのは嬉しいけど、俺は友奈ちゃんが傷付くところを見たくはないんだ。誰かに暴力を振るってスッキリするなんて、言語道断だ」

 

「……え」

 

「……友奈ちゃん。今、自分の状態を分かっている?」

 

「……ど、いうこと、ですか?」

 

 

包み隠さず言おう。俺はそう決めた。変に隠したり、遠回しに言うのは、疑問や不信感を抱かせてしまうかもしれない。

 

 

「……友奈ちゃんの心は凄い傷付いている。周りから暴力を振るわれて、友奈ちゃんの心は変わってしまっている。今から、病院に行こう」

 

「……え」

 

 

明らかに動揺してしまっている。だがどうにも引っかかる点が浮き彫りになってきた。それは、友奈ちゃんの今までの動きでは無く、俺が病院に行こうと言った瞬間からだ。

 

 

「……びょ、いん?」

 

「……え、?そうだよ、病院だよ」

 

「……なん、で、です……か」

 

「……っえ」

 

「………なんで、なん、で」

 

 

空気がより重くなった。肌寒さを感じたリビングは、ズキズキと鋭い刃で体を切られたような痛みを感じる程、冷たく鋭い空気に変貌している。

 

 

「……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでなんでびょういんなんでなんでびょういんなんでびょういんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで───」

 

 

 

「っ!?友奈ちゃん!!落ち着いてくれ!!」

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌───」

 

 

 

 

 

壊れたブリキのよう。嫌嫌と、淡々と口ずさむ友奈ちゃんに、底知れない恐怖を感じた。

 

早まった行動を取ってしまった。彼女に病院というワードは地雷以外の何物でもなかった。

罪悪感を感じつつ、俺はどうするべきかと思考をフル回転させる。

 

 

 

 

 

 

 

「───ただいま友奈〜。だれかいるの………っ、友奈!?」

 

 

ガチャリとリビングの扉が開き、友奈の母親がリビングに入ってきた。どさりと持っていた荷物を全て床に落とし、明らかに異常な行動を起こしている友奈を見て、急いで近くの小物入れを漁ったかと思うと、透明な液体が入った筒を取り出して友奈ちゃんの首元に突き刺した。

 

 

「───うぐっ!?」

 

 

先が細い針になっていたらしく、注射器のように液体を体内に注入。ブルりと痙攣した友奈ちゃんは、ゆっくりと力無くソファーに倒れ込んだ。

 

 

しんと静まり返ったリビングは、倒れ込んだ友奈をまるで哀れんでいるかのように、冷たく息苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───この度は、本当に申し訳ございませんでした。私の身勝手な言動で、友奈さんを傷つけてしまい、どうお詫びしたら良いか……」

 

 

土下座をする勢いで頭を下げる。一先ず椅子に座るよう案内され、紅茶と菓子を出された俺は、目の前に座るマスクとサングラスをつけた友奈ちゃんの母親、優花さんに謝罪する。

 

目を丸くして驚いているであろう優花さんは、慌てて俺に頭を上げるよう申し立ててくる。男が頭を下げるなんて絶対に有り得ないと思われている世界でも、俺は謝る時はそれ相応の行動で示す。

 

許しを頂き、俺は頭を下げて先の友奈ちゃんの行動について問うた。

 

 

「……先程打たれたのは」

 

「……鎮静剤です。友奈が取り乱しても気絶出来るよう調節して頂いてます」

 

 

調整されている。その言葉でも友奈ちゃんがどれ程危険な状態なのか理解した。

 

 

「……あの、話をする前に、貴方についてお聞きしても宜しいですか?」

 

「……私のですか?」

 

「……大赦の方から、話は聞いています。友奈が御役目に選ばれたと。御役目との相性がとても良く、必ずやり遂げてくれると……」

 

 

今回の御役目に選ばれた少女達には、予め大赦側がご両親にのみ話をしていると聞いた。ご両親が他界している犬吠埼姉妹には風が今回の御役目のリーダーとして大赦側が選択し、うちでは美森が居ないうちに母さんに俺から話した。夏凜は元々大赦の人間なので知っているが、結城家にも話はもう回ってきているのか。

 

 

「………その話をするということは、私がどういう立場なのか理解した上でのお話とお見受けします」

 

「はい。力哉くん、で良かったのよね?近所でも有名よ。私達みたいなブスにも優しく接してくれる男の子がいるって。まさか、その男の子が大赦から送り込まれた人だなんて思わなかったわ」

 

「……そういうのでしたら、指摘するのはあれですけど、マスクとサングラスをとっていただけませんか?」

 

「……えっ?あ、ごめんなさい。失礼だったわね……」

 

 

マスクとサングラスを外す優花さん。女性に年齢を聞くのはこの世界では特に問題ない事だが、俺はとっても失礼な事だと思っているので聞きたくても聞かない。しかし、例え実年齢を言われても、若いと言えてしまうほどの若々しい肌。友奈ちゃんが似たであろうくりくりした瞳。シュッとした顔立ちが、優花さんの美しさをより引き立てている。

 

控えめに言って、とても美人である。

 

 

「……そ、そんなにまじまじ見ないで。恥ずかしい……」

 

「……あ、すいません。つい、見蕩れてしまい」

 

「み、見惚れ……!?」

 

 

ドキッと肩を震わせる優花さん。未婚者とは言え後輩の母親である。流石に見境なく手を出しには行かないですよ。今の状況では尚更。

 

 

「……で、話を戻しますと。そこまで理解してらっしゃるなら、話が早い。今の友奈さんの状態を改善する事が、僕の仕事です」

 

「はい。……しかし、友奈の精神的異常は、もう二度と戻れないかもしれないんです……」

 

「…というと?」

 

「……私も仕事で家を出ますので、友奈一人で自宅に居させるのも危険だと思い、近くの幼稚園に通わせる事にしたんです。ですがそれが仇になりました……。友奈は、周りの子供からからかわれる対象となってしまい。何時しか、誰かの母親が友奈に対して暴力を振るい始めたのがきっかけで、周りから暴力を受けるようになってしまいました……」

 

「っ、……幼稚園側はやはり?」

 

「その事実を知った私は、すぐに幼稚園側に友奈の退園を申請しました。しかし、幼稚園側は全くその申請を受け取って貰えず……」

 

 

この世界は基本的大赦が裏から手を回して、公共機関及び公安機関を牛耳っている。それによって大赦の方針に準えて法律等が決まっている。無論、人権の有無もだ。

大赦は美醜意識に強く敏感で、醜い人は大赦が最も嫌悪感を抱く存在である。警察が介入し、法を扱う事案が起きる場合、大赦側の影響で被害者側が醜い場合警察は関与せずにそのまま流してしまう。これによって醜い人達は、被害者側として訴えることが出来ず、法による解決ができなくなっている。

 

初めてそれを聞いた時、は?ってなったが、流石大赦。可愛い女の子達を使い捨てで扱う組織は流石だと思った。

 

 

「……私が、友奈を家から出さないようにしていましたが、それが却って児童虐待だと近所から通報され、警察に指導を受けることになってしまい……。結局、友奈をそのまま幼稚園に通わせる事しか出来ませんでした」

 

 

思わず手に力が入ってしまう。大赦に対する憎悪がより深くよりどす黒く膨らんでいく。

 

友奈ちゃんは周りの子供にとって玩具として扱われていることになる。警察もそれを分かってて通報を操作し、優花さんを弾圧。グルなんじゃないかと思える程の一連の動き。目も当てられなかった。

 

 

「……そして小学四年生になって、友奈が暴れたと小学校から連絡を受けました。保健室に案内されると、ベッドの上に……、ボロボロに、なった……友奈が、いて……。それで………っ」

 

「もう結構です。お話して下さり、ありがとうございます」

 

 

その話はもう聞きたくはなかった。大体予想つく。発狂した友奈ちゃんを周りが止めるという名目で暴力を振るったのだろう。聞くに絶えない、反吐が出るような惨い状況ではないか。

 

 

「……、大赦の、病院に一度っ、診察を受けて、……調整された鎮静剤を、それから頂くようになったんです……。いまのところ、1ヶ月に一、二度ぐらいで症状が出てしまって……。今回の状況を見るに、なにかしらっ……、言葉を聞いただけでも、発作を起こしてしまう……なんて……」

 

「………友奈さんが、病院という言葉で発作を起こしたのは……」

 

「……病院でも、幼稚園のような暴行を受けた時があって……。多分、幼稚園、病院は、友奈にとって思い出したくない話なんだと……」

 

 

涙を流す優花さんの隣に歩み寄り、零れる涙をハンカチで拭き取る。

 

耐え難い。しかし俺が弱音を吐いてしまえば、親である優花さんはきっともう縋るものもなく、ボロボロに崩れ去るだろう。きっと、まだ何とか生きていられるのは、諦めかけていた時に話を聞いた俺がいるからだろう。俺が完全に無理だと、金輪際関わりを絶つと言えば、間違いなく優花さんは友奈ちゃんと心中する。

 

それ程までに、友奈ちゃん。そして優花さんは追い詰められているという事だ。

 

 

「……優花さん、辛いお話をありがとうございます。どうか、今だけは心に身を任せてください……」

 

「……ごめんねっ、友奈……っ。わたしがっ、わたしがっ、こんな醜いばっかりに……っ。うぅっ……、こんなっ、こんな苦しいこと……っ、気にせずにっ、生活できるのに……っ」

 

 

ごめんね、ごめんねと、震えた口からそう呟く優花さん。今までのタガが外れたのか、ボロボロと大粒の涙を流し、悲痛に満ちた表情を俺から隠すように顔を俺が渡したハンカチで覆っている。

 

子の悩みは親に伝えられない。しかし、親の頑張りは子には伝わらない。互いが互いに伝えられない、このむず痒いジレンマ。きっと二人は互いに分かっていた。しかし、それを解決するだけの力がなかった。

 

今だけは思う。俺にもっと権力があれば、財力があれば。何より、もっと俺がこの二人と早く出会えて居れば、こんな酷い事にはならなかった筈だ。

 

分かっている。俺がいくら男でも、出来ることは限りがあると。今更言った所で、所詮それは強がりになってしまう。

 

 

だから、俺は誓う。

 

友奈ちゃんを助ける為に。優花さんの苦痛を消し去る為に。

 

 

出来る出来ないじゃなく、やるかやらないか。

 

やってやる。絶対に、二人を幸せにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

───優花さん。僕が、必ずやり遂げて見せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には頼れる味方がいる。まずは、そこから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




んもぉおおおお!!!やだァァァァァ!!もう虐めたくないよぉおお!!!
友奈ちゃんごめんよぉおおおおお!!君の笑顔も君の澄んだ心も君の可愛い顔もお腹も腕も足も髪の毛も汚してしまってごめんよぉおおおおお!!

そしてそのお母さん!!名前分からなかったからなんとなくつけたけどごめなさいぃいいいいいい!!苦しませてしまってごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!もうしませんんんんんんんんん!!!!!うわぁあああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙んんんん!!!












………ふう。

次も友奈ちゃんは多少苦しみます。


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ピオニーはぶつかる。

最近感想欄が荒れててゾルダン様大量発生中です。(良い意味で)


今回のお話は少し、いえ物凄く納得出来ない事があるかもしれませんが、作者が新たな扉を開いた結果、こういう路線をやってみたいと思ったので、あんまり触れないで頂けると助かります。(主にメンタル的な意味で)


と言いつつも、ヒロインの殴り合いは中々考えさせられるんだよなァ、これがァ!!












 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───大赦本部某所。

 

 

大赦の本部がある場所は、高位の者でしか分からない場所にある。力哉はある人に助言を頂くため、煮えくり返る腹を落ち着かせながら大赦本部に足を運んだ。

 

大赦に顔を出す時は力哉は大赦の人間だと分かるよう、大赦の正装である白い袴を纏い、大赦の紋章が入った白い仮面を着けて周りと格好を同じにしている。

 

座室に案内され、予め用意されていた座布団に座り相手を待つ。

部屋の奥に掛けられた掛け軸は、昇り龍が血を流した少女の体を鷲掴みにして空高く登っている絵が飾られている。

()()()()()()()()()()と、悪趣味な絵から目を外し、その下に飾られた漆器の壺に飾られた花を見つめ、顔を顰める。

 

 

(体をクロユリ。その周りにアザミ、見えないがクローバー。……挙句の果てにスノードロップとは。よく見つけたとかいう前に、誰に対しての()()なのか……)

 

 

この部屋にいるだけでも虫唾が走る。目が腐る心が腐る。

見たくも無いものが目の前に飛び込んでくるのは、勘弁してもらいたい。今すぐにでもその掛け軸を破り捨てて花瓶を割りたい。

 

鬱憤が力哉の心に蓄積する。叫ぶことが出来れば、どれ程楽になれる事か。

 

大赦は大赦なりの心情を持っている。それが、結果的に世間に露見し、何時しか常識と化している。大赦は憎いが、心の中で諦めのような無関心の心がある為、完全に否定しきれない。無関心の時点で否定しているように思えるが、感覚的にそれは違うと言う意識がある。完全に否定出来たら、きっと力哉の行動も違うものになっていたのかもしれない。

 

 

(……大赦が設立されてから数百年。()()の話では、世界の歪みは大赦が生まれてからと聞くけど。ほんとの所はよく分かってないから何とも言えないな)

 

 

西暦の時代、大赦は大社という名前で運営されていた。しかし、ある時を境に名前を変更。憎き美醜差別化が完全に始まった瞬間でもある……らしい。

誰も確証なんて持てるはずもなく。何百年生きた人間なんているわけが無いのだから、執筆なり当時の映像なり残しておいてくれさえすれば真実も分かるというのに。

 

ため息混じりの息を吐く。誰も居ないとは言え、ここは大赦本部。何処に耳があるか分からない。もし余計な事を言ってしまい今後の活動に影響が出てしまったら手遅れなので、目立つ行動は極力避けている。

それにこんな事を言っていると、大体誰かが入ってくる事は定番中の定番だ。

 

 

「───失礼します」

 

 

ほら、誰か来た。

 

襖が動く音とほぼ同時に、畳を擦る音が聞こえる。仮面を被っているので、視野からの情報は正直当てにならないので、聴覚が頼りの綱となる。なんで見えない物を顔に着けているんだよとは思うが、それでも他の役員はしっかり動けているので初めはどういう原理なのか理解出来なかった。

 

もう一度襖が動く音と共に、畳を擦る音が目の前の位置にある座布団に移動していくのが分かる。布が擦れる音が聞こえる、誰かが座ったのだろう。

タイミングを考慮し、俺は口を開いた。

 

 

「───お久しぶりです。安芸先生」

 

「───ええ、お久しぶりです。()()くん」

 

 

恩師である安芸先生は、きっと頬を弛めた顔で笑っていらっしゃるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………事情は理解しました。しかし、はっきりと申し上げるならば、私達大赦側が関与する事はありません」

 

 

力哉は安芸先生に友奈について事細かく説明をした。そして、なにか助力出来るよう提案をもちかける。

が、安芸先生はキッパリと否定した。

 

 

「……やっぱりですか?」

 

「貴方も理解している筈です。()()彼女達は使い捨て。古き世から続く曲げられない方針。この方針を曲げてしまえば、今度こそこの世界も終わる。貴方には御役目御役目だと濁してきましたが、はっきり言いましょう」

 

 

 

 

───彼女達には、是非壊れて頂きたい。

 

 

 

 

立ち上がりそうになった自分を、何とか制御できた。

怒りだけが渦巻く。煮え冷えた腹が再び熱を上げる。仮面の下にある力哉の顔は、怒りによって赤く染っているだろう。

 

淡々と話す安芸先生は力哉の状態を察しているものの、言葉を止める事はない。

 

 

「赤嶺くん。貴方の御役目は彼女達のメンタルケア。より長く、より多くのバーテックスを倒させる事。貴方の感情は必要としていません」

 

「………あまりにも残酷だ。俺はただ、友奈ちゃんを助ける為に……」

 

「貴方に()()させればいいのです。貴方にとっては簡単でしょう。義理の母親と関係を持つ貴方なら」

 

 

最早、言葉等出るはずもない。仮面をつけた安芸先生は、基本的現実主義。大赦の駒としての役割をしっかりと果たす、言わば力哉の敵である。

敵である安芸先生に、普通なら結果の見える話し合い故に話など持ち込むなんて有り得ない。

 

しかし、力哉はそれを敢えて分かった上で話を持ち込んだのだ。理由はしっかりと存在している。

 

 

「……と、はいえ。流石に言い過ぎましたね。……本音を言いますと、とても難しいものだと理解してください」

 

 

先程までの緊迫した雰囲気は何処へやら。少し緩んだ雰囲気を見せる安芸先生は、少し甘い声でそう言った。

 

そう。力哉の狙いは、安芸先生の今の状態である。安芸先生は確かに大赦側であるので、力哉の敵という位置に存在する。しかしそれはあくまでも表の顔で、本当は子供に優しい綺麗なお姉さんなのである。

よもやよもやである。

 

 

「……はい。承知してます。流石に、そうそう心の傷を塞ぐなんて事出来るはず無いですもんね」

 

「……ならいいのです。それに、彼女のような障害を持つ方々を何人も見てきたつもりですので。多少の助言は致しましょう」

 

「ありがとうございます。安芸先生にお話してよかった」

 

 

力哉の感謝の言葉に、照れ臭そうな雰囲気を見せる安芸先生。先程の姿は、最早何処にも見えなくなっていた。

 

 

「……全く、大赦の目と耳がある所であまりそのような話をしないでくださいね。私だってまだ死にたくありません」

 

「……分かってます。一緒にこられた方々が耳を張っていたようで」

 

「仕方ないのですよ。彼女達は貴方達と関わった事はありませんし、何より彼女達は言うなれば()()()()に属する人達。今後の人生の為に、大赦に尻尾を振って存命しなければ生きていられないのを理解しているのです」

 

「……ままなりませんね」

 

「……全くです。転職でも考えようかしら……」

 

「先生なら、そのまま教鞭なさればすぐにでも上手くいきますよ」

 

「あらありがとう。……そうね、私にはもう教師しか今更無いし」

 

 

襖の奥から気配が消えたのを悟り、より脱力した会話を見せる力哉と安芸先生。付き添いとして傍に仕えていた二人の役員が報告の為に盗聴をしていたのは、最早慣れてしまった事なので何も言わないが、力哉は流石に毎回こうだと本気で安芸先生が本音を暴露しているのでは?と認識しそうになっている。

 

 

「……それで、結城友奈さん、についてだったわね。彼女、大赦上層でも話題の子よ。今回の御役目適正値が過去一番らしいの」

 

「……成程、だから今回は総戦力な訳ですね」

 

 

適正値過去最高記録一名、先代勇者一名と、対御役目用に訓練された勇者一名。他二人は御役目に関しては素人だが、今回は適正値の標準を高くした結果選ばれた人選である為、大赦側も今回に関しては力を入れているとか。

先代には無かったシステム導入等、今回の御役目で終わらせようと大赦側も本気らしい。

 

力哉にとっては、一体何を終わらせようとしているのかは分からないが。

 

 

「……まず状況を聞くに、結城さんは防衛本能によって体を守っている。これは赤嶺くんも理解していると思うの」

 

「はい。俺もそう判断しました」

 

「結論から言うと、これを治す方法はあるわ。自分の置かれている状況をまずは認識させる事よ」

 

「……認識?防衛本能が浮き彫りになっているから、自分がどうなっているのかは分かっているんじゃないですか?」

 

「認識してるように見えて認識はしていないの。本能というのは、自分の意識では覆せない、生物に存在する生命の柱よ。本能は生命の危機に瀕した瞬間、無意識下で作動する。結城さんも、暴行を振るわれている時に本能が守るように動き、結果的に痛みを快楽に変換されたのね」

 

 

成程、と不躾だが納得してしまった。

 

 

「だから認識しているとは違うの。だからこの状況打破する為に、彼女には───」

 

 

 

 

 

力哉の心の中で、着実にすべき事が形取られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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友奈はその日、敬愛する先輩である力哉から浜辺に来て欲しいと言われた。

 

学校が終わり放課後。周りから声をかけられても足を止める事をせず、全力で浜辺に駆け出していた。

力哉からのお呼び出しだ。何かあると分かっているとはいえ、何をしてくれるのかとてもワクワクしながら友奈は走る。

 

堤防をよじ登り、高い所から本人を探す。海辺に二つの人影を見つけた。一つは女の姿だが、もう一つは男性のもの。

 

 

───力哉先輩だ!!

 

 

それを分かった瞬間、友奈は駆けだす。

足場が悪い砂浜だろうが、一刻も早く力哉の元に向かいたい。思いの外前に進めない事に苛立ちを感じながらも力哉の元に無事に到着する。

 

 

「力哉先輩!!」

 

「来てくれてありがとう、友奈ちゃん」

 

 

少し口元を弛め、にこやかな表情を見せる力哉を見て、友奈は胸の高鳴りを感じる。ポカポカと暖かくなる胸の前でキュッと指を絡め、元気のいい返事をする。

 

が、ふと隣に立つ女が視線に入った。

友奈と同じ醜い顔。鋭い目つきに筋肉質な体。海風に靡くツインテールが、彼女の地味さをより引き出している。はっきり言って力哉の隣に相応しくない女であった。

その女の後ろにある二刀の木刀も少し気になる。

 

 

「……あの、そっちの人は」

 

「ああ、彼女は三好夏凜。俺のボディーガードだ。銀の相方だな」

 

 

銀、という名前にピクリと反応する。片腕を失っている少女だ。何があったかは知らないが、そんな欠陥品が力哉の傍に仕えているのは、友奈的には嫌悪感を向けざるを得ない事態である。

端的に言えば、友奈は銀という存在が嫌いなのである。

 

 

「……今日呼んだのは、友奈ちゃんの病気について解決させようと思ったからなんだ」

 

「………え?びょ、うき?私がですか?」

 

 

病気。こてんと首を傾げる。母親からもそんな話は聞いたことが無い。

友奈は力哉が何を話しているのか分からなかった。

 

 

「………友奈ちゃんは少しトラウマを持っていてね。優花さんからその相談を受けて、何とかしようと思ったんだ」

 

「……えっと、私そんな事───」

 

 

無いですよと、言おうとした時。友奈の前に木刀が放り投げられ、足元にサクッと突き刺さった。

 

木刀、誰が投げたのかはすぐに分かった。力哉の隣にいる、三好夏凜という女だ。

 

 

「力哉さん。それ以上の言葉はいらないです。後は私が」

 

「……だが、説明をちゃんとしないと」

 

「あっちも、どうやらその気のようですが」

 

 

あっちとは、言わずもがな。友奈の方である。

柄を握り、刺さった木刀を引っこ抜く。ぶらりと腕を下げてじっと夏凜を見つめる。

 

 

「それに、私もそろそろ我慢の限界なんです。何にもしないで身を縮めて殻にこもる甘ちゃんと、私は一緒だと思われたくないの!!」

 

 

ビシッと木刀を友奈に向ける。血走った目は少し怯えた友奈を映し、友奈も少し黒ずんだ赤い瞳を向け、夏凜をしっかりと見据えている。

 

 

「私はあんたにこれから打ち込むわ。あんたも反撃して来ていいわ。まぁ、私はあんたみたいなへっぽこなんかの攻撃なんて当たらないんだけどね」

 

「……なんですか、いきなり。私そんな事したくないです」

 

「言ったでしょ?これはあんたの治療よ。その弱い心と醜い顔。涙と鼻水でさらに醜くしてやるわ」

 

「……っ」

 

「あら?気に触ったかしら?でもダメね。力哉さんの隣に居られるのは、御身を守れる力があるものだけよ。力哉さんは、それ程の御方だと言うことを理解しなさい」

 

 

 

「ま、弱いあんたには関係無いわね」

 

 

その言葉が、友奈の堪忍袋の緒を切り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何をバカ正直にやっているのかと、自問自答する。

 

 

自身の手にあるのは木刀。何故こんなものを振っているのか、イマイチ分かっていない。

そもそも、自分に対しての興味が薄い。なんなのだ、この身体は。

 

 

───バチンッ!!

 

 

 

左肩に激痛が走った。顔を顰める。

 

 

───バチンッ!!

 

 

 

右脛に猛烈な痛みを感じた。思わず蹲る。

 

 

 

───バチンッ!!

 

 

 

背中に激痛が走った。思わず体を仰け反る。

 

 

言葉にならない叫びが、自身の口から込み上げる。

 

なんなんだ。なんなのだこの痛みは。どうして身体が痛い!?

 

 

前を見据える。そこにいるのは木刀を振りかぶった女だ。自身のように醜い顔を晒し、怒りに染まった表情が重圧となり自身に降り注ぐ。

間を開けて、右肩に痛みが走った。

 

 

嫌だ痛いなんでこんなことをするの!?辞めてよ辞めて痛いのは嫌怖いよもう傷つきたくない痛いの嫌怖くて仕方ないよ誰か助けて───

 

 

悲痛の表情から、ほろりと雫が溢れ出す。ポロポロと次第に大粒に変わる雫は、自身が抱く感情を最も端的に表している。

 

悲痛苦痛から来る涙。助けを求める涙。

数年来にして、少女は涙を流したのだった。

 

 

「………もう、いや…。やめて………」

 

 

小さく震えた声。海風に飛ばされそうな柔い弱い掠れた声。

少女が今出せる最大声量であった。

 

木刀を振りかぶった女は、ピタリと止まる。声が聞こえたのか、女は動きを止めて木刀を下ろす。

 

 

「……案外早かったわね。私は一度も反撃されてないんだけど?」

 

「……ごめん、なさい……。も、う……やめて……」

 

「……弱い。弱過ぎよあんた。格闘技を習ってるって聞いたからどうなのかと思ってたけど、飛んだ拍子抜けね。ウォーミングアップですらできなかったわ」

 

「……もう、力哉先輩には……近付きません。……だから、もう……」

 

「……そう。それがあんたの答えね」

 

 

そう言うと女は、力哉に近付くとお互いの身体を惜しみなく密着させた。そして、力哉の頬に口づける。チュッと湿った何かが弾む音が聞こえる。

やった本人は恥ずかしさのあまり赤面している。しかし、少女にはそんな光景は届かなかった。

 

 

少女ははっきりと、衝撃的なその光景を目に焼き付けた。焼き付けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え、何してるの私の力哉先輩に何してるのえ?え?何してるの私のだよ力哉先輩は私のなのになんで?なんで?そんなことするの?意味わかんないふざけないでよふざけないでふざけないでふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな力哉先輩は私のだお前みたいな女がそんなことしちゃダメなんだ私じゃないと私しかそんな事しちゃダメなんだえ?なのになんでそんなことできるの?いみわかんないいみわかんないいみわかんないいみわかんないいみわかんないいみわかんない!!なんで!?なんで!?は??はぁ!?はぁ??なんだよなんでよ力哉先輩の隣は私のはずなのにふざけんなふざけんなふざけんなクソブスクソアマがふざけんなふざけんな力哉先輩は私のだぶっ殺すぶっ殺してやるお前なんかに力哉先輩と釣り合うわけないだろクソアマ殺す殺す絶対殺すふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな力哉先輩にそんなことしやがって絶対許さない力哉先輩とそんなことできるのは私だけなのになんでなんでなんでなんで!!なんで!!なんでなんでなんで!!ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなクソブスクソアマがふざけんなふざけんなクソブスふざけんなクソブスふざけんなクソブスクソアマがふざけんな殺す絶対許さない力哉先輩によくもよくもよくもよくもやってくれたな絶対───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───少女は女に斬りかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恨むなら、いくらでも恨んでくれ。

 

 

荒療治だが、これしか解決方法が見つからないんだ。

 

 

君の本音を、さらけ出してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、結城友奈編ラスト(の予定)。

その後銀ちゃん&夏凜たその話にするか、御役目を進めるのか、迷いちゅーです。


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ユウガオが向ける先

テストには勝てんて








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城友奈が東郷力哉と出会ったのは、なんの前触れも無いお隣に引越しして来たから挨拶しに行った時に出会った関係から始まった。

 

 

思えばこれが、結城友奈にとっての分岐点だったのかもしれない。

 

治る病気も治らない。それが、すぐに治せる病気に変わっていった。年月は経つとはいえ結果的に、まだ見ぬ未来では治すことができるようになる。

 

 

気付けば結城友奈は、東郷力哉に想いを寄せていた。

理由は単純。一目惚れだ。それも、ブスの結城友奈に優しく接してくれている事が上乗せされ、その淡い想いはより強固なものに変貌する。

 

元々、誰かに尽くしたいと考える事が多い結城友奈にとって、東郷力哉は紛れも無く尽くしたい相手である。

日々の鬱憤が溜まるのは東郷力哉にとっては当たり前の事だと思い、どうしたらその鬱憤を、内なる感情を吐き出してくれるようになるのか。

 

 

考えに考えついたのが、自身の身体で発散してもらう事だった。

 

初めに言っておくが、結城友奈には異性交遊及びその他の知識に関するモノには無知である。故に考えついたのは、暴力による発散。自身の体をサンドバッグにして好きなだけ、好きな時に殴って蹴って力の限り体を使って欲しいと考えた。

 

世の中で男に暴行を振るわれる女は少なくない。が、大赦が管理する法において男が裁かれる罪は殺人のみに限られる。要は殺さなければ男は何をしてもいい事になる。貪らせた男達が、いくら外出しないからと言って放置し過ぎな気もするが、結城友奈はそれに肖って暴行を振ってもらおうと考えついた。

 

 

楽しいのだろうと考え、いつどのタイミングで誘えばいいのか機会を伺った。東郷力哉の隣には、妹の東郷美森が常に連れ添っている。家族を大切にしている東郷力哉が、車椅子生活を余儀なくされている東郷美森から離れる事は稀にしかない。

自宅内でも、外出等でも東郷力哉が東郷美森と離れる事は無い。

 

数日前から張り込みをし、動きを観察、実行する時を伺った。

 

 

 

そして、その時は訪れ、結城友奈は体を預けようとして───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───うがぁぁあああ!!」

 

 

凡そ少女が発するには強烈過ぎる唸りを上げ、結城友奈は木刀を振り下ろした。

 

振り下ろされる先、その軌道には木刀を握る三好夏凜が立っている。

この木刀が当たればどうなるのか。当たり前のように分かるが、結城友奈にはそんな考える余裕もなかった。

 

 

───憎い憎い憎い憎い憎い!!!!

 

 

頭を支配するのは圧倒的殺意。三好夏凜を殺したいという殺意のみである。

木刀は刃引きされているものでは無いので、殺傷能力は刃物よりは低い。しかし、全力で振り抜かれるスイングによる強烈な打撃は、相手を行動停止にさせる事など容易である。

体を切られる方か、強い打撃を体に受け続ける方か。どちらが人体が強く痛覚を感じるのかは分からないが、木刀から来る打撃のイメージは強力なものである。

 

 

「───ぁぁああぁああ!!!」

 

 

我武者羅に木刀を振るう。友奈は武術の教えを所持している。護身術として習っている友奈は、人が簡単に怪我をすることを身に染みて理解出来る。無論、何処に当てれば怯ませることが出来るかも身に染み込んで覚えている為、我武者羅に振るってもその流れに沿って急所を狙っていく。

 

 

「───………単純」

 

 

しかし、それを上回るのが三好夏凜という少女である。彼女は言うなれば努力の結晶。どん底の存在から、光を護る守護神に登り詰めた少女である。

どんな攻撃だろうと、夏凜には全てお見通しになってしまう。

 

 

「───……鈍い」

 

 

木刀が激しく接触し、鈍い音を響かせる。逸らし、流し、受け止める。まるで親とじゃれ合う子のよう。

鋭い眼光は友奈の目を、姿を、動きを全て捉え、ふつふつと込み上げる怒気が段々と表情に表れ、木刀を握る手に力が入り手の甲に血管を浮き立たせる。

 

 

「───…それでいて雑魚」

 

 

ガキンッと木刀の峰で下から振り上げるように友奈の握る木刀を吹き飛ばす。突然の反撃に驚き、一瞬気が緩んだ友奈は簡単に木刀を手放してしまった。

ビュンビュンと風を切って回転する木刀は、友奈の数メートル先に突き刺さった。

 

 

「───同じ女として、見てらんないわ」

 

 

吐き捨てるように、夏凜は口を動かす。より鋭くなった眼光は射殺すような鋭さを感じさせ、友奈の目と鼻の先に木刀を突き付ける。

 

 

「………あんた、恥ずかしくないの?そうやって、今まで通り逃げ腰のまま過ごすって言うの?」

 

「……何を、言ってるの?」

 

「力哉さんから話は聞いたわ。あんた、根っからの虐められたいドMってやつなんだってね」

 

 

思わず素では?と聞き返してしまった。こいつは何を言っているのかと。

 

しかし、夏凜の表情には軽蔑や哀れんだ色が見えない。あるのはただ、赤黒く染った怒りの表情。眉間に皺を寄せ、今にも飛びかかって来るような。猛獣の前に立つ餌のような立ち位置を、友奈は感じていた。

 

 

「私があんたを虐めてやるわ。喜びなさい。あんたの大好きな痛みを与えてあげる」

 

「……え、え………え?」

 

「木刀を早く拾いなさい。それぐらいの猶予は与えてあげる。流石に、丸腰を痛めつける様なサイテーな事はしないから」

 

「………あ、あぁ……あっ」

 

「───早く拾いに行きなさい!!」

 

 

友奈は急いで拾いに行く。夏凜の威圧に圧倒され、恐怖のあまり武器を持つ。プルプルと震える手が木刀を伝い、より大きく動く事で夏凜に怯えている事を伝えている。

 

 

───なんで、なんで力哉先輩はこんな事するの……?

 

───目の前の女はなんで怒ってるの…?

 

 

結城友奈の内面を支配しているのはまさに疑問の嵐だった。何故なんでどうしてと、誰も返答のない問のみがぐるぐると渦巻いている。

 

怯えた瞳で、夏凜の奥に立つ力哉を見る。腕を組み、顔を顰めてギュッと何かを我慢している。

そんな事をしているなら助けて欲しいと友奈は心の中で叫んだ。口が震えているので上手く声が出せない。自身の感情を赤裸々に表出すことは今は無理であった。

 

どうしようもない恐怖が全身を襲う。今まで味わったことの無い、純粋な殺意を向けられて、友奈は最早震えることしか出来ない。

今すぐにでも木刀を下ろして、今すぐにでも謝って、今すぐにでも力哉に抱き締めてもらいたい。

なんで自分がこんな事になっているのか、どうしたらこの場を終わらせられるのか。友奈は何とか思考だけでも動かして無理やり考える。

 

 

「……ねぇ、教えて欲しいんだけど」

 

 

スーッと夏凜から恐怖が感じられなくなった。身体からふと重りを除かれたように軽くなる。

 

 

「……あんた、何に怖がってるの?」

 

「……怖がってなんて、無い」

 

 

友奈の口から出たのは真実では無く、真っ赤な嘘であった。友奈はここで、あろう事か強がりを吐いてしまった。

しかし、夏凜にはそれは嘘であることは丸見えだ。

 

 

「嘘言わないで。私はあんたの本心が聞きたいの。私に殺されるんじゃないかって、怯えてたんじゃないの?」

 

 

否定、したかった。夏凜は先程、力哉に頬にだが唇をおとしていた。それができるという事は、少なからず夏凜は力哉との関係はとても良好。寧ろその上すら行っている可能性だってある。

 

 

「不思議よね。それだけ怯えてるのに、どうしてあの女達があんたで遊んでる時は笑顔になれるのよ?」

 

 

不思議よね、その言葉には違和感らしいものがあった。

結城友奈にはそんな自覚は無いため、何を言っているんだと首を傾げるしかない。夏凜がどういう腹積もりでそれを問うたのか、それはもしかしたら本人と後ろに控える力哉しか分からない問いだろう。

 

 

「なに?私じゃアイツらには及ばないって言いたいわけ?はっきり言いなさいよ」

 

 

段々と夏凜の怒りゲージが溜まっている。恐らくまた木刀を振りかざしてくるだろう。友奈は慌てて口を開く。

 

 

「……ち、違うよ。な、なんて言うか……仕方ない…?そう、仕方ないの!!よく分からないけど、私は仕方ないの!!」

 

「はぁ?何が仕方ないって言うのよ」

 

「……えっ。えっと、それは……」

 

 

それに答えるには、夏凜が言った意味を理解しなければ到底辿り着けない。

それを分かっていて、夏凜はそう発言したように見える。

 

 

「なら私も仕方なく、あんたをボコるわ。そろそろその巫山戯た顔も歪めたくなってきたから、顔面に来たら交わしなさいよ」

 

「えっ?そんなこと──」

 

 

───出来るわけない、と。寸前、木刀が目の前を掠った。間一髪、体勢を変えようとしなければこめかみに木刀が当たっていた。

思わず尻もちついて後ろに倒れ込む。追い込むように、夏凜が接近。木刀を友奈の顔を掠るように砂地に突き立てられた。

 

又もや、友奈の表情は恐怖に染まる。

 

 

「……本当にあんたを見てると吐き気がするわね」

 

 

夏凜の眼光が友奈を突き刺す。最早ゴミを見るような目で睨む夏凜に、何を言おうにも無駄だと友奈の中で定まってしまった。いや、恐怖に怯えているから声が出せないのかもしれない。

 

 

「……あんた、いっつもアイツらに遊ばれてる時。どんな気持ちよ?」

 

 

声は出ない。

夏凜は続ける。

 

 

「……なんでか、笑ってるんですってね。何が楽しいのかへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへら!!一体っ、何が楽しいって言うのよ!!」

 

 

声は出ない。

目尻が熱くなる。

 

 

「笑うってことは、楽しいから笑ってるのか。それとも、自分の境遇に対して諦めてるのか。大体はこの2つでしかならないわ」

 

 

声が出ない。

頬に雫が落ちる。

 

 

「楽しいって思えるわけ?アイツらが笑ってるから楽しいって感じるわけ?」

 

 

声が出せない。

目の前が霞んで見える。

 

 

「あんたは自覚してないだろうけど、心の中では苦しいはずよ。痛いはずよ。やめて欲しいって願ってるはずよ」

 

 

声がやっと。

 

 

「私が今までやってきたのは、アイツらと同じ事よ。どう?痛いって思えたでしょ?苦しいって思えたでしょ?力哉先輩に助けて欲しいって思ったでしょ?」

 

 

 

 

 

「───……でも、貴方は笑ってないよ」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

夏凜の口から、今までで一番の呆れた声が飛び出した。

友奈は、やっと出た声を振るえさせ、涙を落とす夏凜を見つめる。

 

 

「……みんな笑ってた。楽しいって思ってくれてた。彼処が私の居場所なんだって思えた。貴方が私を殴ってるのは、確かにみんなと同じ」

 

 

───でも違う。

 

 

「……貴方はとても辛そうにしてた。みんなは笑顔になってた。だから違う」

 

 

結城友奈は壊れていた。何を言っているのか、夏凜には理解出来ない。

 

 

「みんなが楽しければ私はそれでいいの。でも貴方は違う。そんな辛そうな表情でされても、きっと辛いだけだよ。私で遊ぶなら、笑顔にならなきゃ」

 

 

初めて夏凜、力哉は結城友奈の異常性を理解する。

完全な自己完結。それでいて異常な程の自己犠牲。皆が楽しければそれでいい。自分なんてどうなったっていい。

完全な偽善者だ。それはつまり、もうどうにでもなれと自身の意志を放棄しているにほかならない。

 

呆れた。呆れて何も考えが思いつかない。あれだけやって、あれだけ痛めつけられて。出てきた言葉がそれか。

手遅れといえてしまうほどの域に達している。当たり障りなくそう発言出来るその精神。手の施しようが無いとすら感じる。感じてしまう。

 

 

「……なによ、何よ何よ何よなによなによなによなによっ!!」

 

 

友奈の胸ぐらを掴む。馬乗りになり、砂地に背中を叩きつける。

 

 

「……アイツらが楽しければいいの?」

 

「うん。そうだよ」

 

 

迷いなくそう言った。

 

 

「……例え体が傷付いても?」

 

「もう傷だらけだよ?」

 

 

ニッコリと破綻した笑顔が顕になる。

 

 

「………そっか」

 

「うん」

 

「……そっかそっか」

 

「うん」

 

 

「………ならもう、私に言えることは何も無いわ」

 

 

夏凜は立ち上がると、よろよろと重たい足取りで力哉の元まで歩み寄る。あれほど勇ましかった夏凜の面影は最早見えず、窶れたその体を力哉に擦り寄せるしか力は残っていなかった。それ程までに、結城友奈に対する絶望感を味わったのだろう。

 

夏凜の性格からして、同じ境遇の人間を助けたかったのだろう。この行動は力哉が頼んだとはいえ、夏凜も結城友奈の為にしたいと強く思って望んだ今日。あの言葉を聞いた後では、夏凜の戦意も殺がれるのも無理は無い。

 

が、結城友奈からそんな言葉が出るとは力哉は思いもしなかった。

自覚は無い。しかし、それを教えても結城友奈はそれを良しとし、肯定している。

先生のアドバイスは逆に、結城友奈という攻略する壁を高く厚くしてしまった。先生を攻めるべきではないが、もう少し慎重な行動も取るべきであったと後悔する。

 

 

「……夏凜、ありがとう」

 

 

夏凜に労いの言葉をかける。何も反応は無い。いや、若干震えている。涙を堪えているのだろう。返答を待たず、結城友奈に意識を向ける。

 

バンバンとスカートを叩きながら立ち上がり、先程までの恐怖心や絶望感は何処へやら。吹っ切れたような表情を見せる結城友奈は、ゆっくりと力哉の元に歩いてくる。

 

 

「……その子、私の為にしてくれたんですか?」

 

「……あぁ、そうだよ」

 

「……先輩も、ですか?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 

結城友奈は完璧に自覚した。自分で結論づけて、伸ばした救いの手を払い除けた。

やり方が強引だったか?暴行が寧ろ結城友奈の精神に反応させてしまった?

思えば思う程後悔ばかりがやってくる。この世界では、暴行等女同士では日常茶飯事の為、それに則って自覚させようとした。結果的に自覚はしたが、それが却って結城友奈の中で自分という存在を再認識し、在るべき姿を形どってしまった。

 

最早手を伸ばしても取ってくれることは無い。結城友奈はそういう人間になってしまった。直接的な救済では、最早抜け出す事は出来ない。

 

 

「……じゃあ、俺も何も言うことは無いよ。友奈が自分で決めたんだったら、俺から言えることなんて何も無い」

 

「……はい。ありがとうございます。はぁ〜なんだかスッキリした〜」

 

 

力哉達の空気とは裏腹に、結城友奈はより一層の笑顔を向けてくる。

怖い。正直この世界の闇を見ている気分だ。

 

手が無い。思いつかない。口では言ったが、諦め切れない。

優花さんと約束した。必ず解決してみせると。そしてそれは優花さんも期待してくれている。諦めることなど、誰が出来ようか。

夏凜を見る。胸元に顔を埋めている夏凜。可愛い愛しいは置いといて、夏凜がここまでやってくれたんだ。無駄になんて出来るはずもない。

 

 

 

 

───瞬間。

 

 

 

ふと、夏凜のある行動が脳裏を過ぎった。

その瞬間だけ、結城友奈は夏凜に立ち向かっていた。

 

この世界の事。夏凜の行動。友奈の行動。

自信過剰とか自己過信レベルの、ある考えが一つだけ。

 

 

 

 

 

最後のチャンス。力哉はこれにかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───友奈ちゃんって、俺の事好き?」

 

 

 

「───え?」

 

 

 

爆弾を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結末があっさり過ぎで困っちゃう。自分の想像力の低さを呪うぜ。


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フジを眺める

結城友奈編ラスト。


いっつも誤字報告及び感想あざす!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───え?」

 

 

 

「俺の事、好き?」

 

 

力哉の問は、友奈を呆気させるには十分だった。

数秒、友奈の思考は回転し始め、力哉の言葉を脳内でリピートする。

 

好き?好き?……好き!?

 

アーユーライク?ノーノー。アーユーラブ?

 

ライクなのかラブなのか。きっと今の言葉は後者だろう。異性が好きかどうか聞いているのに、それを友達、友人として好きかどうか聞くなんて考えは、その言葉を受け取った側は考えもしない話である。

例に漏れず、友奈は後者だと自身で結論付ける。

 

 

「………どうして、そんな事を?」

 

 

友奈は足りない思考を回す。バレていたのか?そりゃバレるかと。自問自答を繰り返し、やがて仕方ないなとむしろ前向きに開き直った。

 

今の問いは、力哉がどういう意図で尋ねたのか聞く為に出た言葉だ。開き直ったからこそ、寧ろ聞いてみたいと思ったからそう尋ねる。

 

 

「……女って言うのは単純だろ?男が少しでも隙を見せたら体を寄せて発情してくる。俺は見ていて楽しいけど、他の男は嫌悪感を抱くのもまぁ理解出来るよ」

 

 

力哉の表情は真剣そのものだ。しかし、その凛々しい顔立ちに添えられた美しい口から出たのは、女を軽視するような発言。

言葉より、力哉がそんな事を発言したことに友奈は度肝を抜かれる。

 

 

「……うちの家族だってそうだ。母さんはちょっと優しく接したらデレデレになるし、美森は常に雌みたいな顔して生活してる。俺じゃなかったら引きこもってるよ」

 

 

うんざりとした顔で、力哉はため息を吐いた。今まで1度も見た事なかった力哉の裏顔。まるで女は俺の駒だとでも言っているような言い分。

そんな姿を見せられて、友奈は気分を高揚させていた。

 

 

「正直言うとさ、俺って女って生き物は嫌いなんだ。いくら多いからって、いくらこの社会を回してるからって、調子乗り過ぎだ」

 

 

ビクッと胸に埋まる夏凜の身体が跳ねた気がした。友奈は気付いていない。

 

 

「うちの家族も、学校の奴らも、皆嫌いだ。勿論、友奈ちゃんも嫌いだ」

 

 

知らなかった一面を、大好きな男の人の新しい姿を見れて友奈はとても感動している。嬉しいと、幸せだと。今まできっとそんな鬱憤を溜めながら生活していたのだと、友奈は理解する。それと同時に、その鬱憤をどうにか晴らしてあげたいと思ってしまった。

 

 

「媚び売る女なんて、雌みたいに盛る女なんて。死んでしまえばいい」

 

 

何を言っているか分からなかったが、力哉が女という存在に嫌気が差していることは理解出来た。

 

ならば、結城友奈としてすることは一つ。

 

 

「───じゃあ、私で鬱憤を晴らしませんか?」

 

 

この一言に尽きる。

 

待っていましたと言わんばかりに、力哉は表情を歪める。最高だ、そんな表情今まで見た事ない。男の人がそんな表情するなんて、それでいてそれを向けられている。お腹の奥がジンジンと暑くなる感じがする。

 

 

「私は他の女とは違います!!私は力哉先輩に媚びへつらったりしない!!私は力哉先輩の事を本気で好きになっています!!だから、私でよければ体をお貸しします!!」

 

 

早く使ってくれと。力哉の感情をぶつけてくれと。

貴方に恋する女はどんな姿でも受け止めると、力哉に盛大なアピールを繰り返す。

 

 

「どんな事をしても構いません!!力哉先輩が望むなら!!それを力哉先輩の愛だと感じて私は全て受け止めてみせます!!だから、だからっ、私を使ってください!!」

 

 

これ以上の言葉が見つからない。両手を広げ、力哉に腹の内側まで見せるような無防備な状態を晒す。

結城友奈は高揚に浸る。これが心地良いのだ。これから力哉と楽しい楽しい時間が始まると思うと、身体が疼いて疼いて仕方ない。

 

嫌いだと言うが、所詮は言葉でしかない。

ならば、その憎悪を向ける相手に発散出来ればどれほど気が楽になるのか。快感が全身を伝い、もっともっとと身体を促進していく。貪るように身体をぶつけ、止めてと懇願しても続けるであろう一方的な行為。きっと楽しいんだろうなと、素敵なのだろうなと。結城友奈はこれ以上ない感情の昂りを味わっていた。

 

 

「………いいの?」

 

「はい!!」

 

「……何でもしてくれる?」

 

「はい!!何でもします!!」

 

「……やめてと言ってもやめないけど?」

 

「はい!!」

 

 

その表情は悠々と。幸せをさらけ出した結城友奈には、最早肯定するという選択肢しか無かった。

 

 

「……じゃあ、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

 

疑う事もせず、結城友奈は従う。

 

夏凜を抱き締めているから、身動きが取れないのはわかっていた。この際、()()()()()()()()()()()()()()()()夏凜の事は置いておいて、結城友奈は疑いもせず力哉がいる目と鼻の先まで進んだ。

 

 

「じゃあ、早速使わせてもらうかな」

 

 

待ってましたと言わんばかりに、結城友奈は愉悦する。

 

 

「俺は、()()()()()()()()()()()()()()()女が嫌いだ!!」

 

 

くるくるくる───、と懇願したものは来ず。むしろ先の表情よりも苦痛に満ちた表情が結城友奈に向けられている。

あの虫を見るような表情は何処へやら。あるのは辛そうに、顔を顰める力哉がそこにいた。

 

 

「俺は結城友奈みたいに暴力振るわれてへらへら楽しそうに笑う女が大嫌いだ。一番嫌いだ。顔を見たくないぐらい嫌いだ」

 

 

何を言っているのか分からない。結城友奈は自分の名を引き合いに出され、まるで自分が嫌いだと言われているように受け止めてしまう。

 

否、結城友奈が嫌いだと。力哉はそう結城友奈に言ったのだ。

 

 

「……え?え??なんで?なんでなんでなんで?なんでなんでなんでなんでですか!?」

 

 

理解出来ない。分からない。

あれだけ期待させといてこれとは。結城友奈の心に赤い何かが込み上げてくる。

 

 

「嘘ついたよ。俺は女の子は大好きだ。嫌いになるはずなんてない。家族も、学校の子達も、優花さんも夏凜も。俺は皆大好きだ。」

 

 

その言葉の中に、結城友奈の名がないことに気付いた。

 

 

「特に俺は、友奈ちゃんや夏凜のような不細工って言われてる子の方が好きだ。なんだったら、俺が女だって認識してるのは彼女たちだけかもしれない。友奈ちゃんに暴力を振る女も、家族をブスだのゴミカスだの罵る女は女だと俺は思っていない」

 

 

力哉はそう高々に言った。愛おしそうに夏凜の頭を撫で、夏凜もそれに応え腰に腕を回して抱き着いている。

羨ましいとか、巫山戯るなとか思う前に。結城友奈は疑問を解消する為に思考を回す。

 

 

「…うそ?女が嫌いって嘘なんですか?」

 

「嘘だけどホントだ。俺が女だと認識してる女は好きだけど、女だけど女だと思えない奴は大嫌いだ。当然、友奈ちゃんも後者だよ」

 

「……なん、で?なんでですか!?私だって不細工です!!そこの女や東郷さんみたいに不細工なんです!!なのになんでっ!?」

 

 

さっきまでの愉悦感は完全に無くなった。あるのは焦りと絶望感。大好きだと思っていた異性に、嫌いだと突き放されてしまった。

焦る結城友奈は、それでもそれでもと。何かの間違いだと信じたかった。

 

 

「……1つ例を出そう。例えばここに居る夏凜。彼女は凄い努力家だ。友奈ちゃんみたいに暴力を振るわれてて、悔しさや苦しさをバネに努力した。結果、大赦の男性護衛任務に最年少で登り詰めた少女だ。俺は、彼女のそのひたむきなまでの精神に惚れた。俺の護衛を頼んだのも、そんな夏凜の姿を知っていたからだ」

 

 

満更でもないような。表情は見えないが、夏凜はピクピクと身体を震えさせている。

 

 

「この前呼んだ犬吠埼風だってそう。自分の境遇を乗り越えて、今自分のやるべき事を見つけようとしている。とても素敵だ。そんな女に惚れないわけないだろ」

 

 

何時ぞや東郷家にお邪魔した時に出会った犬吠埼風。妹の方はまだ物事を理解出来ていなかったが、犬吠埼風は何処と無く雰囲気が違った。それを感じていたものの、結城友奈はそこまで大事に捉えてはいなかった。

 

 

「うちの妹は……、まぁ。色々あったけど、やっぱり可愛いからかな」

 

 

───私は。私達は必ず、この世界を守ってみせます。

 

 

今は覚えていないであろう彼女の誓い。それを聞いたものだけが胸に刻み、その最後を見送った。帰ってきた時にはボロボロになった彼女だけ。どれ程、どれほど憎んだことか。憎かったことか。どれだけ自分と変われと言いたかった事か。

それを知るのも、最早当人だけである。

 

 

「俺は頑張ってる女の子が好きだ。助けてあげたいしなにかしてあげたい。男が女に惚れるなんてそんな単純な事だろうさ」

 

 

でも、と。冷たさを感じる身体に突き刺してくるように、その言葉が胸に刺さる。

 

 

「……友奈ちゃんは好きにはなれないよ。何を頑張ってる?何を応援したくなる?暴力を振るわれて楽しいんだか嬉しいんだか分からないけどへらへら笑ってそれを受け入れてる。それをどうして、俺の気持ちを揺るがせることが出来ると思う?」

 

 

今までに無く、力哉の目は冷たかった。冷えきった身体が、加速するように冷えていく。

 

 

「暴力振るわれても笑ってるところに惹かれた?心の中で我慢してる所を応援したくなった?反撃しないところが凄いと思えた?あるわけないだろそんなの。楽しいからやるんだって、そんな頑張ってもないのほほんとした気持ちで、俺が君に好意を抱くわけ無いだろ!!」

 

 

最早、名前ですら呼んでくれなくなっていた。結城友奈が望んでいたものとは違う、感情の捌け口。しかし、それは何処と無く結城友奈にとってはふつふつと煮え上がる何かを促進するには十分過ぎた。

 

 

「俺は何もしない女なんて嫌いだ!!自分から自分の事を本気で考えて、行動して、違う自分になろうとしないお前がっ、大っ嫌いだ!!」

 

「ならどうすればいいんですか!?」

 

 

結城友奈の口から出たのは、懇願ではなく、心の叫び。楽しいと感じていたものは、最早足枷にしかならなかった。

あれがあったから、あんな事されたから。責任転嫁のようにはなるが、あんな事があったせいで力哉に嫌われたんだと。

しかしそれは同時に、どうすればよかったのかと選択肢を間違えた結城友奈にとって、過ちの認識をしたかった。どうすればいいのか分からなかったから、自分自身が諦めてそうなってしまった。

 

不意に、ボロボロと涙が溢れてくる。

 

 

「男である先輩にはわかんないですよ!!小さい時からやめてって言ってもっ、ヤダって言っても暴力を振るわれてる私の気持ちをっ!!そうやって痛くて辛い気持ちを抱えてる女の子の気持ちをっ!!力哉先輩に分かるはずないじゃないですか!!」

 

 

言ってしまったと、後悔はない。あるのはただ、力哉を困らせてしまって申し訳ないと懇願する謝罪のみ。

しかし、もう結城友奈は止まることは出来ない。

 

 

「お母さんもっ、私だってそう!!私の為にいっぱい動いてくれてたのにっ、何にも解決しなかった!!寧ろ悪化しちゃったっ。……だったら、私が我慢すればっ、私が平気だよって我慢すればっ、お母さんも悩まなくて済むと思ったのに!!」

 

「それが却って優花さんの足枷にしかならないって理解出来なかったのか馬鹿!!家での発作は俺のせいだ。でもそれを抑えてくれたのは誰でもない優花さんだ!!あんな姿になって、親として何も出来ない自分をっ、優花さんは辛そうに話してくれた!!涙して話してくれたんだ!!お前がそうやって自分だけが我慢しようとした結果っ、こんな結末になっているってなぜ分からない!!」

 

「分かってますっ!!そんなのわかってますよ!!………でももう遅いんです。私が、私がもう我慢するしか……もう」

 

 

力無く結城友奈は座り込む。終わった、終わってしまったと。どうしようもない重たい気分が心を押し付ける。もう何も無い。赤裸々に語ってしまった。内情も、自分の姿も。全て力哉に言ってしまった。

 

結城友奈は、もう諦める事しか出来なかった。

 

 

「………なら、どうして助けてって言ってくれないのよ!!」

 

 

力哉の胸から顔を離した夏凜は、結城友奈にそうぶつける。

呆気に取られるのも仕方がない。あれ程怒りに染まっていた夏凜の表情が、今では苦痛に満ち、涙をボロボロとこぼすしかない脆い女の子でしかなかったからだ。

 

 

「で、出来るわけないじゃん!!誰が虐められてる人に近付くの!?自分が標的になるかもしれないのを分かって態々止めに来る人が居るとでも思ってるの!?」

 

 

卑屈なまでに顔を歪める。私の叫びを聞けと、私の思いを受け止めろと。赤裸々に語る結城友奈の声には、悲痛と苦痛が混ざりあったような荒々しさが込められている。

 

 

「努力した人が凄い!?そんなの分かってるよ!!私だってそうなりたかったのに!!私だってこんな事せずにもっと違うことしたかったのに!!なんでっ、なんでなんでなんでなんでっ!!なんで!!なんで!!なんで分かってくれないの!!??」

 

 

「今は違う!!アンタの前には誰が居るのよ!!」

 

 

「誰っ!!………って」

 

 

 

澱んだ瞳が目の前の、夏凜と力哉を視界に捉える。今の問いに、夏凜がそう言う誰という表現をした相手が誰なのか。結城友奈は理解する。

 

 

「努力するしないは人の勝手よ!!努力する人は結果的にそうなるだけで私は努力したいからした訳じゃない!!アイツらをっ、私を馬鹿にしたあの女を見返す為にここまで来たの!!」

 

 

誇り高く、自身の胸を叩く。どんな困難も、どんな苦痛も。全ては夏凜だけが知る今までの道。後悔などなく、唯ひたむきに前に進んだ結果が今の夏凜の姿である。

その背中にあるのは暖かい温もり。唯一自身に与えてくれた目標であり、今までを乗り越えることが出来た夏凜の癒し。どれだけ救われたか。言葉に行動にその全てに。

 

だから何もしない結城友奈はとても憎い。自分の口でやったと言える奴は、絶対にやり遂げる事なんて出来ない半端者しかいない。満足に自分で線を引き、自分の高みを勝手に決めた偽善者。

じゃあ今まで自分がしてきた事が同じなのかと、結城友奈の言葉と夏凜の歩んだ道を同じにされるのは、この上なく侮辱以外の何者でもない。

 

 

「今力哉さんの隣にいさせてもらってるのはただの結果よ!!私があの時からっ、あの瞬間から今に当たるまで進み続けた事で出来た私という姿よ!!あんたみたいな口だけの女とっ、一緒にしてんじゃねぇえ!!」

 

 

叫び。夏凜の胸に埋めいていた感情。

夏凜だからそう口に出来る特権。それを出し惜しみなく結城友奈にぶつけてやった。

ここまで来たらとことんぶつけてやると夏凜は更にさらけ出す。

 

 

「変わりたいなら変われ!!今の自分が嫌なら目を背けるな!!お前の前にはっ、それを手助けしてくれる人が居るんだよ!!」

「頼れよ!!今まで我慢してたんだったらその我慢を何処かに吐き出せ!!それが出来ないなら自分で頑張ったって言うんじゃねぇ!!諦めた奴がそんな言葉使うなんてっ、私が許さない!!」

 

 

しんと静まり返る。浜辺であるこの場所で、波の音も砂を巻き込む風の音も海カモメの声も聞こえない。

しかしそれとは別に、激しい二つの温度がぶつかり合う。夏凜の激しい熱量と、結城友奈の沈みきった氷冷。反発し合うその温度は、どちらも覆い尽くさんばかりにぶつかり合う。

 

夏凜は息を切らしながらも、その強い瞳を結城友奈に向けている。これで結城友奈に響かないのだったら、結城友奈という人間はそこまでの存在だったという事だ。

夏凜は結城友奈が勇者適性を歴代に並ぶ値を示していると伝えられている。勇者は御役目でこの世界を守るために戦う。何のために戦うのか、それを大前提に勇者達は変身する。

夏凜は()()達の名誉挽回と、東郷力哉の永久護衛を種に勇者として戦うことを決意した。もう一人の護衛である三ノ輪銀もそうだ。元々彼女は力哉が側に置くという話で行動しているので夏凜よりも先に護衛として力哉を守っている。そこで三ノ輪銀は、実家への仕送りと勇者としてもう一度闘うことを決意した。

 

皆誰かの為に決意を固めている。だが目の前の女はどうだ?今の結城友奈にはその決意をする事は出来ない。いや、決意するべきものがないといってもいい。いわばお菓子の空っぽになった箱からお菓子を取り出そうとする様なもの。やっても無駄という事である。

今の夏凜の言葉が、どう結城友奈に伝わったのか。それは、結城友奈にしかきっと分からないだろう。

 

 

「………でよ」

 

 

消えそうな声が聞こえる。

 

 

「……んでよ」

 

 

次第に心がこもり始める。

 

 

「なんでよ!!」

 

 

涙を流しすぎたのか、目尻が赤く腫れている。しかしそれでも構うことなく結城友奈の瞳からは涙がこぼれ落ちている。

 

 

「今更過ぎるよ!!なんでもっとっ、何でもっと早く来てくれなかったの!!ずっとっ、ずっと………」

 

 

 

待ってたのに───。

 

 

 

その言葉は、夏凜の胸にそっと溶け込んでいく。

しっかりと抱き締められた友奈の体は、夏凜の熱で段々と温かくなっていく。

 

さっきはゴメンだとか、許すだとか。お互いに謝罪と許しを貰いながら、友奈と夏凜は夕日に照らされながら抱きしめ合う。

 

 

 

 

結城友奈は、ここできっと変わることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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結城友奈の件も後を引き。秋の肌寒さを感じ始めるこの頃。

力哉は自室で電話を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───はい。分かりました。では、ここを起点に。……はい、それでは」

 

 

 

プツンと一方的に通話を切られる。その態度にか、それとも電話の内容にか苛立ちを抱いた力哉はベッドの上に端末を叩きつける。

ぼふんとクッション性の高いベッドで弾んだ事で数回跳ねると壁に激突した。

 

 

「───お兄様!?どうかなさいましたか!?」

 

 

衝撃音を聞いてか、美森が力哉の部屋を覗き込んだ。

なんでもないよと、ここで言えればどれ程良かったことか。喉元まで上がっていた言葉は押し戻され、違う別の言葉が押しあがってくる。

 

 

「───母さんと、リビングに居てくれないか?大事な話がある」

 

 

意味傾げに了承した美森は、車椅子を動かしてリビングに向かっていく。母を呼ぶ声が遠ざかって行くのを耳で聴きながら、なし崩れるようにベッドに倒れ込む。

 

 

「………やっぱり、代わってあげたいなぁ」

 

 

力哉が口にするには珍しい弱音。表情や姿も何処と無く弱弱しく感じる。

 

 

「……腹をくくれ力哉。今回も、俺のやることは一つだけだ」

 

 

壁にぶつけた端末を拾い、集まっているであろうリビングに向かう。

 

その時、力哉は気付かなかった。己の端末に入った通知を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───犬吠埼風 たった今

 

───力哉。私、自分のしたい事が見つかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───部活。作るわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庭の土から、季節外れの新しい芽が、芽生え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

新しい何かが、始まろうとしている。

 

 

 

 




美森とイチャイチャさせてぇ〜。ママンたちと行けないイチャイチャさせてぇ〜。風ちゃんをもっと拗らせてメンヘラにしてぇ〜。






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東郷力哉は勇者でない
ハルジオンは咲く


さてさてやっと突入です………と言ったところで、まだバーテックス先輩はやってきません。





いや〜大赦って一体www


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦という組織を説明しよう。

 

 

一重に大赦とは、今は亡き旧暦の時代。八百万の神が集合体となって生まれた神樹の神の声を聞き、全ての公共機関のトップとして世界の存続を図る組織の事である。

 

やる事為すことは多種多様。今や公共機関の上層部は、大赦から派遣または染められた人間が仕切り、神を祀る神社や祠の管理まで。人々が生活している中で、大赦が関わっていない事は無いとも言える程、世間では大赦という組織は大きく、そして切り離すことの出来ないものであった。

 

大赦上層部の血筋。初代勇者が生まれた乃木家から連なる御家と、初代巫女として力が強い上里家から連なる御家。派閥は二つに分けられるが、どちらも関係性は悪いものでは無い。所詮区分されているものの、大赦組織内では序列の方が優位な立場である為、上下関係が激しいのだ。

 

 

しかし、そんな巨大な組織である大赦でも、引き剥がすことの出来ない大きな問題を抱えている。

今やこの世界での常識。大赦という組織から考えれば、この世界存続のためには何とかしたい事態である。

 

 

 

単純な話、()()()がいないのである。

この世界では人の交配は最早人工受精が主流となり、男と出会う事が叶わないと察した女は18歳から人工授精で子を成すことが義務付けられており、最大で30歳までに子供を一人以上産むようにされている。30歳までというのは、専ら進学して大学に通ったり仕事をして養育費を稼いだりと様々ある為設けられている。

しかし、その人工授精も着床率は低く、不安定。出産率は低い事が懸念されている。

 

この件に関しても大赦が指揮を取り、医学大学で優先的に研究されているものである。人工授精するには男性の精液が必要となる。その為、月一以上で男性から精子の提供を強制する形で採取し、冷凍、実験材料として使われている。しかし、精子の量は基本的に少ない。平均して2g。明らかに少な過ぎる。何とかここまで来れているのは、旧暦から。そして今は大赦が何とかしようと意欲的に動いている結果であるが、何とか精子の量を増やそうと研究が進んでいる。

 

 

 

 

 

まぁ余談となるのだが、その中でも一番量を出している男がいるという。

その男は風船のようなゴムで出来た小袋に入れていつも送ってきているが、その状態を見て、いつも職員全員が股を擦っては床を濡らしているのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「───今宵もまた、御集まり頂き、誠に有難うございます」

 

 

 

しんと、張り詰める空気の中、座敷に広がる無数の仮面。大赦の模様が刻まれた仮面、真っ白な神装束。微動だにしないその正された姿勢は、数人、数十人集まると奇妙なものに感じる。

 

 

下座に位置する場所で、手を畳につけ頭を深々と下げるのは大赦に所属する役員。それ以外の、左右対称に座布団に座る仮面達は大赦上層部に位置する由緒正しい御家の当主方。言わばここは、大赦の幹部が集まる部屋であった。

 

 

「本日。皆様に御報告する事があり、足を運んで頂いた次第であります」

 

 

張り詰めた空気は、より一層の鋭さと冷たさを増した。しかし、誰一人として言葉を発する事は無い。

 

 

「………()()()()()()の侵攻。我ら大赦の神託より、早まる事が今日神託で下されました」

 

 

()()()()()()。その言葉に、空気が揺れ動く。特に、上座に座る仮面、その列の中央に座る仮面がピクリッとはっきり動いた。

 

 

「……侵攻の開始は?」

 

「神託では一年。初春頃には始まると」

 

 

もの柔らかい声がそう問う。大赦の役員ははっきりとそう返した。

 

 

「現在讃州中学校に首尾を置き、バーテックスを迎え撃つ所存でございます」

 

 

讃州中学校、これにも反応する仮面があった。

 

 

()()は用意出来ているのですか?」

 

「……なんとも言い難い状況ではあります。現在、讃州中学校には大赦から()()()()とその守護衛として()()()()()()()()が送られております」

 

「……先代勇者と調整完了された勇者。そしてあの男か……。些か、戦力が偏りすぎでは無いか?」

 

 

勇者が戦うのは、飽くまでも神樹様が結界に穴を()()空けてバーテックスを誘導。バーテックスが完全に結界内に入り込んでからが役目である。

しかし、勇者適性があっても、今回のように選抜されなかったもの達も居る。別名防人と呼ばれる、勇者の下位互換とも呼べる少女達は自ら結界外に足を入れ、調査を主に行っている。

今指摘したのも、防人の方に戦力を回さなくてもいいのかと言う話なのだが、防人は調査だけが目的だが、当然結界外に出る為バーテックスからの攻撃があるのは当然である。防人も替えがきく。しかし一人失うのは士気にも関わるし何より育成面で痛手を被る。勇者ばかりに力を寄せては、防人が被る被害もより大きくなってしまうのではないかという疑問である。

 

 

「今回、防人の結界外調査の予定は今のところありません。端的に申しますと、今回の勇者の代用として早急に仕上げておりますので、調査よりも使()()()()()()()勇者の代わりとしてお役目を果たして頂きたいと我々は考えております」

 

 

言うなれば、他の勇者の育成が間に合ってないから、長い事やってる防人達を勇者になっても使えるようにします。勇者が使えなくなってもこれで大丈夫です、とも聞こえる。

仮面が無ければ、その下にあるであろう怒りの表情をペラペラ喋る大赦の人間に見せられるのに。仮面をつけている理由も、そんな表情を見せないようにする意味があるように思える。

 

 

「……引っかかるな。今回の配置、そして前回に比べて用意する駒の多さ。限った話でないにせよ、()()が言うように今回は戦力が多すぎる。……またなにか隠しているのか?」

 

「……()()を忘れたとは言わせないぞ、大赦の駒風情が。貴様らの腹の中(はらのうち)……答えられぬというのなら、それ相応のものがあると知れ」

 

 

()()、先代小学生勇者達が被った大赦の闇。自身の子がそれの被害にあったという事になれば、大赦に対して疑いの目を向けないはずは無い。

 

しかし、今回の御役目。それの概要はこの場にいる全ての仮面が疑問に思うことがある。先にも言われたが、勇者の配置、勇者達のケア要員合流。何よりも結界外調査を主とする防人達を起用した予備の戦力の配置。先代からのメンタルケアとして赤嶺力哉の起用はあったが、後者にある予備戦力は今回が初である。

人員不足はいつの世にも当たり前の事。今の大赦でもそれが懸念されている中、明らかな増強だと呼べる。合流出来る戦力を全て投入して、後方で戦力を増強していく。

明らかになにか企みが見え隠れしている。

 

 

「………五月蝿いですよ。たかが()()子が犠牲になった。大赦の掲げる条理の表れ。未だそれに歓喜出来ていないとは、流石は低級家系ですね」

 

「早くその考えを捨てよ。貴様らの()が役に立ったのだ。既に()()は捨てておる。低級とは言え、()()も大赦上級の家系。これ以上落ちぶれが過ぎるのなら、この場から居なくなるのも………最早直ぐになるのかもな」

 

「それを言うなら()()もでしょう?………()()のようにやらかさなければ、まだ上位階級に入れたものを」

 

「男を取ったのも当初はただ()()()だけだったのだろう?誠に遺憾だが、早く我々にも()()()頂けるかなぁ?」

 

 

仮面の下に潜む、澱み卑劣な表情。ギリギリと歯を食いしばりながらも、反論することは無い()()()()の仮面。特に、自身の息子に対して向けられた下衆な言霊。女である前に一人の母親である。そんな事を言われて、はらわた煮えくり返らない親など居ない。

 

 

「………言葉を慎みなさい。この場にいるのは何者ですか?大赦という組織を担う責任ある家系が集まる場所です。貶し見下す事は勝手ですが、時と場所を考えなさい」

 

「……()()の言う通りだ。それに我が家を引き合いに出すとは、随分と大きく出たな()()。上里傘下とは言え、巫女の家系がそれでは先の道も暗く閉ざされるぞ」

 

 

それを一喝したのは、最も上座に座る、乃木家と上里家。上座に座る者がどういう存在なのかは認知されているとは言え、基本的に大赦の家系は皆平等の位置にある。それが上級下級と別れているのは本人達が勝手にそうしただけであるので、この場で例え上座に座ろうとも、下座に座る家系と政治的位置は同じである。……少し可笑しいかもしれないが、大赦ではこれが普通である。

一喝された仮面達は、口を紡ぐ事しか出来なかった。

 

 

「………皆様方、高ぶる心情をどうかお治めください。皆様の仰りたい事、我々も十分に理解しております。しかし、我々大赦と皆様方が団結しなければこの世界は守り通すなど不可能なのです。どうか、今一度気持ちをお揃えして頂きたくよう存じます」

 

「……ならば、先の返答を。題に出た両家含め、乃木家も今回に関しては理由が知りたい。聞かせてもらおうか」

 

「……申し訳ございませんが今回の件、守秘義務に関わるものがございますので……何卒」

 

「気持ちを揃えろ、なんて言っておいて今更逃げるのか?貴様らのお陰で、我が家の()()が潰れた事、忘れたとは言わせないぞ」

 

 

怒気を含んだ乃木の声。恐縮する程の迫力を持った言霊に、思わず身がすくんでしまう。しかし、仮面がある故にそれは悟には難しい変化であった。

 

 

「……乃木家()()様に起きた不祥事。お悔やみ申し上げます。しかし、それは最早()()()()()。今更引き合いに出された所でどうしようもありません」

 

「……よくもまあぬけぬけと言えたものだな。……私は、後継を探させる事に些か不満を持っているだけだ。今更、あの()に何を思おうが関係無い」

 

「……左様で。しかし、御理解は頂きたい。我々としても、この事情は確信たるものである証拠がで次第、皆様にご報告させて頂きます」

 

 

今一度腰を下り、畳に手をついた役員は、深々と頭を下げる。

 

 

「皆様方、どうぞこれからも宜しくお願い致します。……特に()()様。今回の御役目。鍵となるのは防人達の活躍にあると、我々は踏んでおります。より一層の御力添え、宜しくお願い致します」

 

 

国土、と名指しで呼ばれた仮面は顔を向けるとゆっくり頷く。

 

その仮面が今何を思っているのかなんて、そこにいる大赦の人間には分からないのだろうと思いながら見つめる全ての仮面。口や声を出さぬとも、大赦に対するそのふつふつと煮え上がる感情を、全員理解しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタスタと廊下を歩く。大赦での用事も終わり、急いで帰る支度をする為に荷物と付き添いを探す仮面。

そんな仮面に後ろから声がかかる。

 

 

「───()()

 

 

不意に足を止め、くるりと後ろを振り向く。ゆっくりと歩いてくるのはこれまた同じ仮面、同じ神装束。見た目では分からないが、長年見てきた彼女にはそれが誰なのか直ぐにわかる。

 

 

「……あぁ、()()か」

 

 

先程名指しされていた国土家当主。実名は今は語れないが、赤嶺と国土はそれなりの長い関係を築いている仲である。

 

 

「珍しい。お前がそこまで急いでいるとは。何かあるのか?」

 

 

さて、と。なんと返答するべきか、赤嶺は考える。

正直に言ってしまえば、何とも面倒な事になるのは明白で、逆にはぐらかすのは赤嶺が最も不得意とする事である。

 

どちらに転ばせようか、なんて考えなくとも明白だが、それを言った後の事も考えなければならない。

国土家は代々巫女を排出している家系で、今代も幼いながら巫女として防人の元に席を置いている長女が居る。赤嶺の息子とも仲は良好で、もし今息子がいるからランデブーする為に早く帰ります、なんて言ってしまえば混ぜろと言ってくるに違いない。

 

が、そんな考えを他所に、国土は話を続ける。

 

 

「まぁ大方、力哉君が今帰ってきているのだろうな。赤嶺がそうやって急かすのは、力哉君が関わっている時だからな」

 

 

完全に国土は分かっていた様子。表情が見えないとはいえ、赤嶺の行動からして理解されてしまったようだ。

 

やってしまったと内心ため息を吐くと、赤嶺は諦めて白状する。

 

 

「……ご明察よ。だから、早く行かせてくれないかしら?」

 

「そう慌てるな。私も久々に顔を合わせたくなった」

 

 

ほらきた、ともう一つ溜息。こうなった国土は面倒くさい。大人しく連れていかなければ愚痴愚痴と面倒事を吐き散らしてくる。

 

 

「……ふぅ、分かったわ。と言うか、今日はあやちゃんは連れてきているの?」

 

「ああ。防人の子と連れてきている」

 

「……となると、あの子も一緒なのね」

 

「まぁそうだろうな。あやが探し出して遊んでいるのが目に浮かぶ」

 

 

国土亜耶。国土家長女にして、次期当主。しかし年齢が低いため、まだ襲名はしていない。

赤嶺はあーあーと内心毒づいた。亜耶は世間に疎い。男が少ないことは理解しているが自分の顔が()()事はどうやら自覚していないようで、赤嶺力哉に猛烈なアタックを繰り返している。

力哉が赤嶺を含め、醜い女性に対してしか好意を持てないことが幸いしてか、亜耶はそれを気付くこと無く好き好きアピールをしているので、赤嶺の内心はバクバクだ。

 

 

「……そろそろ決めないか?国土家に婿に来るのを」

 

「馬鹿言わないで。亜耶ちゃんが嫁入りするのよ」

 

「赤嶺はいいだろ?今日も力哉君と熱情の夜を過ごすんだから。孕めば次期当主として育てられる」

 

「……あの子に頼んで貴方に種を植え付けろと言いましょうか?多分やってくれると思うけど」

 

「こんなおばさんじゃ力哉君も嫌だろ」

 

「……貴方と私、年齢的な差があるとでも?」

 

「違いない」

 

 

国土と赤嶺は同じ神樹館を卒業した同級生である。当時からよく二人で一緒に居た仲だが、まさかこの年齢になっても未だに交流が深いとは思わなかった。

互いに競うという程でもなかったが、二人の容姿を気に食わない他生徒が悪事を仕掛けて来るのを互いに乗り越えて来た。周りよりも、それなりの心を許した相手である。

 

国土家は人工授精によって無事、世継ぎである亜耶を産むことが出来たが、赤嶺家は前例のない失敗により、中々世継ぎを産むことが出来なかった。

そこで目をつけたのが男性を赤嶺の人間として迎えるという事だった。これには赤嶺家に所属する全ての人から名案だと太鼓判を押され、施設育ちである少年一人を養子として赤嶺に迎えることになった。

 

この件に関して、赤嶺が狙うのは二つ。

まず一つは、世継ぎを産むこと。世継ぎが居なければ、赤嶺家の力は衰退し、やがて崩壊する。本家のものから出すのが習わしであるため、これに従わなければならない。

 

そしてもう一つは、赤嶺という血を他の家にも伸ばすことである。

人工授精をするには高額な金がかかる。普通の家庭と、大赦の上層部が買う精子は勿論鮮度や量など、あらゆる面でしっかりと差がある。差があるが、値段は互いに高い。

そこで男という存在を有効的に使い、精子の提供を他家に進める。それをする事で、子供が産まれても赤嶺家が優位に他家の事情にも首を突っ込む事が出来る様になる。

と言っても、これはあくまでも副産物であり、こんな事を狙って上手く出来るほど大赦での内情は緩いものでは無い。大前提は世継ぎを産む為に男を手に入れる事であった。

 

最も、神託によって見出された力哉をどの御家が引き取る事になるのかはまた別の話。赤嶺家にとっては最初、男を取るために便乗して力哉を引き取る算段を立てていたのはひみつである。

 

 

「……御役目が始まれば、お前が力哉君に触れ合えることが大幅に減る。早くこさえておく事だな」

 

「言われなくとも。なんの為にあの子を迎えたと思っているの。何人かの給仕にも手を出させているから、あの子がここにいる数日で決めてみせるわ」

 

「男の宿命とは言え、哀れに感じてしまうな……。力哉君にも無理はさせるなよ?」

 

「私、あの子に強制させた事は無いわ。……誰が楽しむ為に男を取ったものですか」

 

 

思い出すのは先の集会。表面上は平等の立場である家系だが、本人達で上下を分けている為、集会においての発言等で他の当主達の態度や関係性がガラッと変わる。

この非制度を行っているのは、元々居た上層家系の分家や大赦に金やコネで実質的な地位を確立した御家だけである。トップに君臨する乃木家や上里家でも、支持率は欲しい為表立ってかの当主達に言える事が出来ないのだ。

 

特に、大赦が()として扱う者達を庇う家は、上層家系の中でも底辺の位置に追いやられている。西暦の時代から大赦に尽くしていた、鷲尾家や赤嶺家がいい例である。

 

 

「……鷲尾家も可哀想だな。一人表立っているのは彼女だけだ。辞めさせることも、支持する事も我々には出来ないとは……」

 

「なにかしている訳でも無いでしょ。御役目を全うしたにも関わらず、待遇は変わらず……あろう事か使い潰すまで使い続ける。潰すのは間違っているって発言してあの対応よ?……巫山戯てるわ」

 

「久しく赤嶺も引き合いに出されたな。男の争奪戦に敗した三輪家の八つ当たりにも思える」

 

「……彼処最近世継ぎに恵まれてないから焦っているのでしょ。勇者も巫女も産まれない。博打打ちで男を取ろうとするも負ける。今やあるのは卑劣な野次だけ。大赦から切られるのも……時間の問題ね」

 

 

赤嶺家が男を取った時、三輪家もそれに賛同して男を傘下に入れようと奮闘していた。しかし、施設内から引き出せるのは一人だけであった為、男にどちらがいいのか選ばせる事になった。

結果は今の通りなのだが、三輪家の現当主は()()()顔と体型をしている世界での極上の女だ。赤嶺家の現当主のような()()女に負けるとは思ってもいなかっただろう。今の赤嶺力哉が醜い女に目が無いことを知らなかったとはいえ、三輪家の面子は潰れたも同然。赤嶺家にああも突っかかるのは当然とも言えよう。

 

 

「……とは言え、私達の立場もあの場に置いては下に近い。強制的に落とされる事も懸念しなければな」

 

「……とっくのとうに覚悟はしているわ。それに、落とされたら落とされたで力哉と隠遁生活を送るって決めてるの。今の()()()の家族も混ぜてね」

 

「……鷲尾家が黙って無さそうだな」

 

「そうなったら鷲尾家も巻き込むわ。世継ぎが欲しいって言うのなら、力哉に協力してもらう。……勿論、乃木家にも」

 

 

 

 

 

───コソコソしてないで、出てきたらどう?

 

 

 

くるりと後ろを向き、廊下の角に潜む影がピクリと動く。国土はそれに気付いては居なかったようで、少し驚愕の色が表情に現れる。

 

 

「───気付いていたか」

 

 

ゆっくりと影から現れる神装束。仮面を手に持ち現れたのは、乃木家現当主。無表情ながらも、その強い威圧は見るものに強い印象を与えている。

 

 

「……なんだぁ?乃木家とあろう者が盗み聞きとはな」

 

「……盗み聞きとは、語弊を招く。ふと耳にしただけだ。出ようにもタイミングがなかっただけさ」

 

 

そういう乃木だが表情は未だに無。()()の御役目から、表情が抜け落ちてしまった彼女に同情の目を向ける二人だが、我に返った赤嶺が咳払いをして国土の意識を戻す。

 

 

「……珍しいわね。上里家と一緒に居ないなんて」

 

「ひっつき虫と思ってはいないか?私とて時に一人で居たい時もある。上里は渋っていたがな」

 

「相変わらず熱々ですな。特に上里の愛が」

 

「……私も、異性に興味があるのだがな。しかし、上里の考え方も否定出来ない」

 

「……相変わらず生真面目ね。流石武人の家系と言ったところかしら」

 

 

乃木家と言えば、初代勇者の末裔。初代勇者乃木若葉が武芸に連なっていた事もあり、乃木家に生まれた者には全ての武芸を学ぶよう教育されている。

 

 

「……最早その言葉も、今の私にとっては重荷でしかないがな」

 

 

無表情の中に潜む悲痛の色。それが何に対してなのか、この場に分からない者は居なかった。

 

 

「……ここでその発言は不味いわ」

 

「……構わないさ。この場に耳を向けているのはこの場にいる三人しかいない。私とて……乃木家当主として、時と場所は弁えている。確認してから発言をしているさ」

 

「……治る見込み、あるのか?」

 

「無い、としか聞かされていないのが現状だ。……声も出ず、体を満足に動かせない。それでいて身体は神に近付いて居るという。分家共からも、乃木家から追放するよう何度も私に提案してくる輩ばかりだ……」

 

「………ごめんなさい。なんて言えばいいのか……」

 

「謝る事など無いさ。逆に私は感謝している。……あの子の、()()の為に尽くしてくれた力哉君を……素敵な殿方に育て上げた赤嶺家は、どれだけ報いようとも返せない恩人だ。本当に………ありがとう」

 

 

深々と頭を下げる乃木に、赤嶺はそこまでするなと頭を上げさせると、自然と乃木が流していた涙をそっと拭き上げる。

 

 

「……それで。乃木が接触してくるということは、なにか用があるのよね?」

 

「……分かっていたか。ああ、恩人に対して頼み事をするのは本当に気が引けるが……今やこうするしかないのでな。……恥を押しんで頼みがある」

 

「……恩人だとかそういうのはいいから。頼みって?」

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モゾモゾとシーツが動く。動かせる事が出来る()()の左手で、気に入らないのかシーツの位置を動かしている。

上手く動かすことがもどかしいのか、()()()()()()()()が段々と細くなり、わちゃわちゃと動きがごちゃごちゃしたものになっていく。

 

やがて諦めたのか、パタリと身を任せたベッドに左腕を下ろすと、効果音と共に何も無い所からぬいぐるみの大きさをした黒いずんぐりむっくりの鴉がシーツを掴んでそっと身体に被せる。

 

それに満足したのか、心地いい色の目に変わりゆっくりと瞳が閉じられていく。

 

 

傍から見れば、怪我人が介護されている風景。何処までも普通で、病院でなら見られる在り来りな姿。

 

 

 

()()()()()()。ベッドを囲む空間。病室と取れるそこは、()()とは明らかにかけ離れている風景が広がっている。

 

ベッドを囲うのは白濁した半透明の布一枚。何者も通さない結界のようにも捉える事が出来るその光景は、ベッドを守るかのように備えられている。

床、壁、天井、挙句にはベッドの裏。びっしりと貼られているのは、白い紙で出来た厄祓いの人型の札。何百何千と貼られたそれは異様の何物でもない。

入口の天井から伸びる大きな茅の輪。そして茅で作られた縦結びされた結び目。こんなものがここにあるのは、些か疑問に思える。

 

 

正に異常。()()の病人が過ごす病室では有り得ない光景。

全て用意されているのは神社や祠で見る、神を讃え厄を払う神聖なものばかり。

 

まるでここは一個の神社と言ってもいい。

 

ありえない事が重なり、ここではありえない事柄が無いように思えるこの空間で、包帯に巻かれた病人──、もとい少女は、深い深い睡眠に身を寄せる。

 

()()()()()()()()()も、()()()()()()も。

 

 

 

今は聞こえない(昔は口ずさんでいた)()()も聞こえないまま、少女は眠り続ける。

 

 

 

 

 

()()()()()()が、やって来るまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








少女って一体誰乃木園子ちゃんなんどぅぁあああ!!


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セラムの刻印

ヤバいですね!!(前回からの投稿期間)

正直原作通り進ませる事が難しいので、何とかひねってねじって絞り出してます。

………樹ちゃん。おみゃーは今日はお休みじゃて。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の過ちは時に、神の逆鱗に触れる。

 

 

 

 

時は遡る事数千年。八百万の神を讃える人間は、災害や疫病、生活に害ある事項は全て神の怒りによるものだと信じていた。

無論、何故逆鱗に触れてしまったのか考える。見えてくるのは数日迄に罪を犯した罪人達である。

 

これに人々は激怒する。罪人達のせいで神が怒ったのだと。罪を償えと。贖罪をしろと。

 

罪人達は贖罪のために処刑、重労働、女の場合男達の慰め者や便所扱い。人間として扱われる事のない非人道的な行為が行われていた。無論、当時は倫理や人道等人々の教えにあるはずもないので、罪人である男は酷使し、女は穴という穴や身体を使って快楽の為にコキ捨てるものだという認識しか持ち合わせていなかった。

 

 

 

害あるものが起きる度、人間はそれを繰り返すこととなる。

 

そんな人間の姿を見て、神はどう思うのだろうか。

 

 

一度目の神罰。世界をも飲み込んだその極刑は、人間の種としての調律の崩壊を引き起こした。数百年前の事である。

それから世界は混沌の渦に呑み込まれることとなり、もう二度と神の怒りを起こさないよう、禁忌有り得る事を引き起こさないよう境界線を張った。

 

 

しかしそれはあくまでも数百年の話である。人間は長い歴史、風習、文化を忘れ廃れさせていく。無論神の怒りに対しても、人間は忘れる事となり再び世界は神の逆鱗に触れる事となる。

 

 

 

二度目の神罰。全人類種の減縮。世界は再び混沌の渦に、いや渦に飲まれる事すらなかったかもしれない。しかし残された人類は絶望の縁に立たされ、世界は滅びのカウントダウンを刻み始めた。

 

 

 

 

一度目の神は言う。

 

 

 

───概念にとらわれる事なく、物事を見据えよ。

 

 

 

二度目の神は言う。

 

 

 

───操りとなりし憐れな生き物。自己の罪を憎みなさい。

 

 

 

 

 

 

神の考えなど分かるはずもなく、しかし何かしらの意図があったのだろうと考えられるが。

 

 

その言葉すら、今や誰の記憶にも残っている筈は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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部活動。即ちそれは、青春の結晶である。

 

 

 

なんて、寒い言い方は置いておくとして、讃州中学には他の学校と大差なく部活動が多く存在している。

 

特に秀でた部活は無いが、全校生徒の大半が各部活所属しているだけあって活気だって活動されている。大半に含まれない生徒がいるがこの世界の性質上あまり触れないで頂きたい。

 

 

さて、唐突に話題とした部活動だが、何故この話をしたのかちゃんとした理由がある。

 

まず初めに、讃州中学校にはプリンスと呼ばれる男子生徒がいる。名を東郷力哉。車椅子生活を送っている東郷美森の兄であり、現在2年生の男子生徒である。

 

東郷力哉は部活動に参加はしていなかった。2年に上がったと同時に転校生として讃州中学に入学。以降、男であるが故に部活動参加は控えていた。どの部活動も男という存在は欲しい人材であり、それを機に色々と発展したいが為に色々とアプローチをかけてくる。それが他部活との暴力沙汰等起こる可能性があると学校側との話し合いで決まっていた。

なので、東郷力哉は基本的に部活動に参加しない側として学校生活を送っていたのである。

 

そして何故、東郷力哉を持ち出したのか。上記の理由から察するとこうだ。

 

 

───東郷力哉、部活動に参加。

 

 

部活動に所属する全ての生徒達は、この事に戦慄する事になる。

いや大袈裟過ぎると言われるかもしれないが、生徒達の間での東郷力哉の評価は他の男と比べて天と地の差程の圧倒的な差がある。

 

誰にでも優しく、声をかければ返してくれる。家に引きこもっているだけの男達は、女という存在自体を嫌っている。()()()()()、人間の雄は人間の雌を嫌う事等遺伝子レベルで決まっている事なのである。()()()()に嫌悪感を抱かない雄は作られた存在としか言い様のない存在であるが、東郷力哉は大赦が囲っているだけあって、東郷力哉の体を解剖して調べよう等と考える人間はいない訳だ。

 

東郷力哉も、学校側の申し出は有難いものだと思っていた訳で、特に何も支障は無かった。しかし、学校生活を送る中で、東郷力哉と接触できないから女子生徒達の鬱憤は溜まる溜まる。

もしかしたら、その鬱憤を()()()らにぶつけていたのかもしれないと考えると、やってしまった感はあるがそれはもうどうしようもないことなので割愛。

 

 

そんな学校で大人気の東郷力哉が部活動に参加するということになれば、皆是非も無くその部活に興味を持つのは当然。一夜にしてその部活動は学校中、ひいては家庭を超えて周辺地域にもそれは広がることとなる。

 

そんな東郷力哉を部活動に参加させ、今や話題NO.1の部活動はどんな部活なのかと言うと───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───来ないわねぇ、依頼……」

 

 

机にぐてっと半溶けしたようなだらけさを晒すのは、()()()()()()()()()二年生の犬吠埼風だ。

 

家庭科準備室を間借りし、散らかっていたのを整理し直して早数日。1年の半年を過ぎた秋分、部活動を新たに立ち上げたはいいものの、中々めぼしい活動が出来ていない状態であった。と言っても本格的に活動を始めたのは今日が初なので分かりきっていたといえばそうだろうと言える。

 

この勇者部という部活。内容は困っている事、助けが欲しいとこ。雑用からありとあらゆる様々なお願いを聞き届けて、それを解消するという活動内容の部活動である。

ざっくり言うと奉仕する感じだ。依頼は無料だが、出来る出来ないの判断はしっかりと判断するし、露骨な嫌がらせ等は学校側が介入してくれると()()()()()()()。そんな用意周到な部活動がこの部活だ。

 

 

「……そんなに早く来るわけないだろ?」

 

 

早々に依頼が来るとは誰も思っていない。しかし、部室内では明らかに全員がだらける以外やることがないように見える。

 

 

「お兄様、今日の牡丹餅をご用意しました。お召し上がりくださいね」

「力哉先輩、たまたまアイビーを見つけたので押し花作ってみました。貰ってくれますか?」

 

 

だらけている部員の周囲は熱気が漂っているが、話題の男───東郷力哉の周りでは冷気が漂っていた。

力哉を真ん中に、右隣に力哉の妹である東郷美森。左隣には結城友奈が陣取っている。風呂敷に包んだ重箱から牡丹餅を、学校指定のカバンからファイルを取り出してその中に収納された押し花を、それぞれ力哉にグイグイと押し付けるように差し出している。これには力哉も苦笑い。……しかしアイビーとはまた重いものを。

 

 

「………おい雌豚、近い」

 

「……は?何か問題でも?」

 

「私の目が黒いうちは力哉さんに肉体接触はさせないわ。ほら、()()も」

 

「眼球を白く塗り潰せば万事解決ね。明日の朝は視界が真っ白かもしれないけど、そういう病もあるらしいから今のうちに周りの景色でもしっかりと目に焼き付けておいた方がいいわよ?」

 

「意気がるなクソ雌豚。その邪魔な乳削ぎ落とすぞ」

 

「何嫉妬?お兄様の好みである私の乳房に嫉妬しているの?滑稽ね、可哀想な三好さん」

 

「……表出ろぶっ殺してやる」

 

「おい、いい加減辞めろ。俺の胃がズキズキ痛くなる」

 

「……皆仲良くすればいいのにねぇ」

 

 

ピクピクと額に大量の青筋を浮かべた三好夏凜が、美森と力哉の間を引き剥がす。友奈の方は椅子を少しずらして終わり。その対応にプツンと来た美森は夏凜にガンを飛ばす。夏凜も夏凜で喧嘩腰に対応。その二人の姿を離れて観覧する友奈は遠い目を、力哉の胃がズキズキと痛めていく。

 

この二人の仲はハブとマングース。お互いがお互いを喰らうさまはまさに弱肉強食。実際食べることは無いが、この場で負ける即ち力哉の傍に近づけないと言う暗黙のルールが存在するため、二人は常に神経を尖らせている。

 

 

「……暴れるなら外でやれ。部屋の中が暑くなるだろ」

 

「先輩っ。先輩もそう思うでしょ?戸籍上妹だからってベタベタして。力哉さんの神様のような見姿が澱んでいくわ」

 

 

やれやれと言った感じで肩を下ろすのは()()()()()()で頭の後ろを掻きながら夏凜と美森の修羅場を見つめている。

 

 

「あたしに同意を求めんなよ……。大体、美森は力哉さんの妹だから保護対象。夏凜がなんでキレてるか分かんないけど、そこ……忘れんなよ?」

 

「うぐ……っ、……べ、別にキレてる訳じゃ……」

 

「東郷、学校は目があるからあんまりくっつき過ぎないようにしなさいよ。私達の立場的に、()()()はキツイわ」

 

「……先輩に言われる筋合いはありません」

 

「黙って先輩の忠告は聞きなさい。それがきっと、貴女に役立つ時があるんだから」

 

「いやオカンかよ」

 

 

喧嘩両成敗。それぞれ断ち切った銀に、思わず風は銀の背後に仁王立ちする逞しい母親の姿が見えた。

 

 

讃州中学勇者部、現在2年生二人と1年生四人で活動中。部長の犬吠埼風を始め、学校のプリンス東郷力哉。学校の埃東郷美森。学校一の不良三ノ輪銀とその舎弟三好夏凜。鬱憤の捌け口結城友奈と言った、学校内では有名な生徒達が集まるこの部活だが、メンバーがメンバーだけに忌み嫌われている。まあ当たり前なのだが、東郷力哉を部活動に参加させた事への嫉妬や、顔面偏差値が圧倒的に低いメンバーの集まりである為に生徒達からの不満の声は当然と言えば当然の事である。

 

 

「……ちょっと辞めてよ。今のは揚げ足取りしなくていいとこじゃない?」

 

「部長って言ったら部活のトップ、だからオカンは当てはまる」

 

「先輩は私達の中では弄りキャラとして定着してるので、どんどん弄って行こうかなと」

 

 

いや待って、と手を前に突き出して待てのポーズ。何を言っているのだと風は頭を抑えながら言葉を続ける。

 

 

「私先輩よ?威厳とかなんか色々とあるんだけど?え、何?私の威厳とか全部皆に響かないわけ?」

 

「威厳はなくとも、母親としてならやっていけますよ。讃州中学の母性(醜い方)」

 

「めちゃくちゃ嫌なんですけど!?普通にそれ私の事ディスってない?………もっとこう、なんかあるじゃない」

 

 

風の頭の中ではグルグルと自分に似合いそうな二つ名が過ぎっている。いやそもそもそんな二つ名いらない。そんな名前が通ってしまえば、これから先の学校生活は波乱万丈待ったなし。まさに悪口の境地と言えよう。

 

 

「そうか?讃州中学の母性(バブみ)。いいと思うぞ、母親なんて皆からすれば尊敬出来る相手だろ?」

 

 

が、ここで伏兵の力哉が肯定。力哉の事からしてニュアンスを履き違えているが、風からすればそんな事関係なく力哉に肯定された事に素直に喜んでしまった。

 

「え?ほんと?………私が母親なら、旦那さんは…………っっっ!?!?」

 

「先輩トリップしないで。そんな現実私が断ち切ってやります」

 

「皆妄想の中では激しいんだよなぁ。風さんといい、美森といい」

 

「ちょっと待って三ノ輪さん。まるで私が妄想でしか語れないメンヘラみたいじゃない」

 

「あ〜も〜五月蝿い。力哉先輩私とだけでお喋りしてましょう?」

 

「友奈私も混ぜなさい」

 

 

力哉から貰った短刀をチャキチャキと鞘に入れたり抜いたりを繰り返して威嚇する美森。そんな姿や風の身体をくねくね動かしている姿を見て銀は今日何度目かの溜息をひとつ。我関せずを貫く友奈は力哉と離れてお喋りに花咲かせようと離脱。夏凜もそれについて行く。

 

 

「……ちょっと、皆一回落ち着いてよ。思い出した、どうしても言いたいことがあるの」

 

 

カオスとなった教室内で、ふと突然何かを思い出した風はパチンと1拍手。全員からの注目を集める風は、教室の扉が閉まっているのを確認すると家庭科準備室にあったホワイトボードの前に立つ。

 

鍵が閉まっているのを確認する辺り、何か聞かれてはマズイはなしなのだろうかと、今から話すであろう風の心境が分からない部員達は頭の中でとんでもない事を連想する。

 

 

「……何故鍵を?………まさかっ、お兄様に強姦をっ!?」

 

「飛躍し過ぎ!!もっとこう、私達に口封じさせてなんかさせるみたいな!!」

 

「いやどっちみち結果が同じような気がするニュアンスだなおい」

 

「力哉先輩、牡丹餅食べましょう」

 

「……あ、いや、あれほっとくの……?」

 

 

上から順に、美森、夏凜、銀、友奈、力哉である。友奈は完全に我関せずの精神。力哉はその精神に戸惑いと驚きを感じる。

ギャーギャーと騒ぐ(主に美森と夏凜)を余所に、風はホワイトボードにキュッキュッキュッと少しむず痒い音を鳴らしながら板書していく。

 

 

「……アンタらホントは仲良いんじゃないの?てか、言葉に節度持ちなさい。慎ましい乙女程、男に信頼される確率が上がるってなにかの本で」

 

「確率でしょ?当たるわけないじゃない」

 

「……こんな顔面のあたし達じゃ無理でしょ。風先輩、そういう系の本読んでもいいですけど、期待しない方がいいっすよ?」

 

「私はお兄様一筋なので結構です。……って、友奈ちゃん?どうしてわ・た・し・がっ、作ってお兄様に食べてもらおうと思っていた私の愛純度無限大の牡丹餅をどうして友奈ちゃんが食べさせてるの????」

 

「東郷さん、顔近付けないでね。気分が悪くなっちゃう……」

 

「……お前らほんと落ち着け。風の話を聞いてやれって。……あと美森、お前の愛はいつも感じてるから心配するな」

 

「ズギューーーーンっ、お兄様っ!!」

 

「あんたも例外じゃないっての。早く現実に引き戻しなさい」

 

 

ここは世紀末なのか。風は思わず遠い目。確かに、情報雑誌やファッション雑誌等の掲載されてる話が本当かどうかなんて分からないから疑心暗鬼にもなる。しかしこの教室にいる女性陣の顔面偏差値は底辺と言ってもいい。そんな彼女達からすれば、巫山戯んなと破り捨てたくなるようなものである。最近そういう雑誌に興味を持ち始めた風からすれば、どうしても否定したい話であるが、銀の指摘に対して共感しかないので胸の奥がムカムカしている。

まるで夫婦漫才をする夫婦に野次を飛ばす観客のような立ち位置を見せる東郷兄妹と友奈。愛しい兄の言葉に完全にトリップ、美森は妄想の夢に誘われた。

 

未だに板書する風は、騒ぎ立てる部員達にイライラ度が溜まっていく。

 

 

「……だァーもー、いい加減にして。私の話が終わらない限り今日は帰れないのよ?帰りたいのなら話を聞いて」

 

「……よっしゃ、早く聞こうぜ。今日は力哉さんが夜ご飯を作ってくれるから早く終わらせよ」

 

「部長早く話しなさい。時間は有限よ?」

 

「部長?お兄様と私の時間を削るというのですか?……覚悟はお在りで?」

 

「はいはーい、風先輩お願いしまーす」

 

「………ねぇ、ホントなんなのこの子達。私に対して辛辣過ぎない?泣いていい?泣くわよ?これまでにない涙と叫び声上げるわよ?」

 

「……風、一回落ち着け。泣かなくていい」

 

 

風の扱いが雑過ぎる為、思わず涙の脅迫。風の背中をゆっくりと撫で下ろす力哉の行動は、今の風には神経逆撫で状態である事を知らない。

 

全員が静かになったところで、立ち直った風はこほんと咳払いすると若干緊張した趣で口を開く。

 

 

 

 

「………まず改めて。この部活を作るにあたっての協力、及び部活動参加をしてくれた事、感謝しています。今更だけど改めて、ありがとう」

 

「……なんか鳥肌立つわね。まさか、お礼を言う為だけってわけじゃないでしょうね?」

 

「……素直に受け取りなさいよ。勿論、これだけじゃないわ。まだ力哉にしか話してなかったけど、どうして私がこの部活を作ったのかを」

 

「お兄様に向かって呼び捨てですか?いいご身分ですね」

 

「……………力哉、さんっ、に話しただけだけど、どうして私がこの部活を作ったのかを話したいと思いますっ」

 

 

鋭い眼光が風を貫く。咄嗟に力哉が発信源である美森の目を手で隠したことですぐに立ち直った風は、プルプル若干震えながらホワイトボードに書かれた文字を指す。

 

 

「……まず、最初に。私の想いを聞いて欲しい。私は、自分の境遇や、皆の境遇。最早そうなるしか無い私達の立場を、どうにか変えて行きたいと考えてる」

 

 

「私の立場は最底辺と言ってもいい。毎日蔑まれて暴力振られて、誰にも気持の相談も出来ない私達は、居場所なんて何処にもないの。……私達は、運良く力哉、さんっ、が近くに居たし、悩みだったり相談事を解決してくれたからまだ何とかやっていけた。でも、それはもし私達が今の場所じゃない、私達じゃない他の人と場所が変わったらと思うと、怖くて怖くて仕方が無かった……」

 

 

「きっと他に苦しんでいる人達は、私達が思う以上に苦しい思いをしているかもしれない。胸の内に抱え込んでる鬱憤を吐き出したいと思っているはず」

 

 

「だから私、学生の身を使って部活動という枠組みに当て嵌めて活動しようと決めた。個人でやるより、誰かと解決した方がより多くの人を助けられるかもしれないと考えたから」

 

 

「私は、苦しんでいる人を助けたい。だからこの部活を作ったし今ここにいる皆を入部させた。言いたいこといっぱいあるだろうけど、取り敢えず私はこういう想いで作ったってのを理解して欲しい。皆で協力すれば、きっとなんとかなるって思えた。あれだけ酷い扱いを受けてた私達が今までやってこれたのを見越して、私は選んだ。だから、私に力を貸して欲しい!!」

 

 

先程までの騒ぎはしんと静まり返り、風の言葉が一語一句全員のみみに入り込んでいく。

ジンと、何か胸に来るものがあったのを、力哉は感じる。

 

最初の出会いは印象的だった。初エンカウントは自販機の前。お金を落とした風に力哉が話し掛けたことから始まった。当時は大赦が派遣した人員である事にお互い気付いていなかったが、何かの縁か屋上で再び出会う事になった。

 

『自殺未遂』。どれだけ重く、心を締め付けられたか。淡く今にも消えそうだったあの時の後ろ姿。もしあのまま重力に従って落ちていったらと思うと、未だに思い出すだけで身体が恐怖で震える。

 

しかし、今の風はあの時なかった強い意志をその目に宿している。しっかりと地に足がつき、それでいて心に秘めた重い想い。誰かの為に力を尽くそうとする風の姿に、変わる事が出来て良かったと嬉しさが込み上げてくる。

 

 

「……言っちゃ悪いけど、ほんとにできると思ってるの?」

 

「違うわ夏凜。出来る出来ないじゃなくて、()()()()()()()()よ」

 

「……へぇ、あんだけ弱々しかった筈なのに、随分と変わったじゃない。見直したわ」

 

 

ふふんっ、と鼻を鳴らす夏凜。夏凜はあまり人を信用することが無く、基本的に他人には無関心な面が多いことを力哉は知っている。夏凜が認めたと言うことは、風を少なからず認めているに他ならない。

 

 

「……風さんの想いは理解出来た。理解出来たけど、自己犠牲が過ぎない?あたし達の境遇は確かに力哉さんがちかくにいてくれるから断然良い。でも、だからってあたし達が率先してやる事じゃないでしょ?あたし達だって、()()さんから与えられている存在。与えられている人間よりも、力哉さんのように与える人間じゃなきゃ成功しないと思う」

 

 

銀の言葉には確かに一理ある。所詮風達も力哉が居たから今がある。力哉がいなければ今の想いにたどり着くことは無かったし、風に至ってはこの世界で生活出来ているのかも分からない。

自分達でどうにか出来る力が無い限り、それはただの自己満足だ。

 

 

「……ええ、これは言ってしまえば自己満足よ。私が勝手にやりきった感を求めたいだけの欲まみれの想い」

 

「……やけに素直に認めるんっすね」

 

「でも、私は変えてやりたいの。こんなクソッタレな環境を。私達だって同じ人間。平等に扱えだとか、そういう事じゃなくて。私達は、私達を変える為に動かなくちゃならないの」

 

「……助け合いって事ですか?」

 

「そうよ友奈。私達は群れることの無いひ弱な生き物。でもひ弱だからって、決して弱いわけじゃない。私達は、助け合って生きていくべきだって思うの」

 

 

一匹の草食動物が、大勢の肉食動物に勝てるはずがない。一匹の肉食動物が、大勢の草食動物に勝てるはずが無い。生物上、生存方法を高める為に力無い生き物は知恵を使って今まで生き延びていたモノが多い。

その中で集団行動もまた1つ。弱い生き物でも集まれば数で圧倒出来る。集まっていればすぐにより多くの子孫を残せる。

 

生きていく中での知恵は、人間が生きていく事にも役に立つ。だからこそ、自分達の立場を考えて、自ら動き出そうとしている。

 

 

「以上よ。……直ぐに答えを求める訳じゃないけど、何かあるなら率直に言って」

 

「………その前に。お兄様がいるということは、お兄様も表立って活動されるのでしょうか?」

 

「ああ。……一つ付け足すと、これは俺が提案した事でもある」

 

 

ゆっくりと立ち上がった力哉は、風の隣に移動するとキュッキュッと板書する。大きな字で『大赦』と書かれている。

全員の頭の上にはてなマークが浮かんだ。

 

 

「……知ってる人もいるだろうけど、俺は大赦にコネをいくつか持っている。大赦の一部で、ある取り組みが行われようとしているのを聞いて、俺が風に持ちかけた。一緒に変えないか?ってな」

 

「……お兄様。何か違和感を感じます。隠し事が多い様な?」

 

「それはごめんけど、守秘義務として理解してくれ。風にもあまり深くは伝えてないけど、やる価値は絶大だと思ってくれ」

 

「銀ちゃんと夏凜ちゃんは何かわからないの?」

 

「あたし達も何にも聞かされてなくてさ」

 

「力哉さんが信用されたんだから、私がそれを信じないなんて有り得ないわ」

 

 

力哉が口を開いたのは、風に助け舟をしたのが大きいと見える。確かに話を持ちかけたのが力哉からだろうから、風よりも力哉が伝えた方が信憑性も上がるだろう。だが、今は風の想いを伝える為でもあった為に力哉はそれを見越して説明をあえてしなかったと言うのもある。

 

 

「………まぁ、夏凜の言う事も分かる。あたし達の力哉さんが信じたんだったら、あたしらも信じないなんて理由にならないよな」

 

「ちょっと待って三ノ輪さん。あたし達って何?お兄様はわ・た・しのお兄様よ。……お兄様のお考えは神の思考。私の想いはお兄様の想い。お兄様が私を敬愛するように、私もお兄様を敬愛する。断るはずがありません」

 

 

銀と美森は肯定する。やってやろうと。………若干力哉への愛故に肯定したような気もするが、それも選択肢のひとつなので割愛。

夏凜も肯定しているし、全員やる気はあるようだ。

 

 

「……私も、力哉先輩がそういうのなら、信じますけど」

 

「……けど?」

 

「力哉先輩が直接関わるのはやめて欲しいなーって」

 

「分かる。分かるわ友奈」

 

「友奈ちゃん。激しく同意します」

 

「マジそれ」

 

「いやいやいやいやそれは駄目。この話は俺有りきで話が進んでるから、俺も活動するから」

 

 

友奈は首をこてんと傾けて力哉にお願いと目をウルウルさせながら訴える。その姿はまるで捨て子犬。風以外全員確かにと首を縦に振る。

ダメダメと力哉は首を振って拒否する。

 

 

「……俺だって皆を助けたいと思うんだから、俺も働くぞ」

 

「それとこれとは話は別なんです、お兄様」

 

「大丈夫です力哉さん。私達がサクッと解決しますので」

 

「いや別にいいと思うんだけど………あー、ハイハイ。あたし達に任せといて下さいな」

 

「銀ちゃんも素直にならなきゃね」

 

「友奈何銀に吹き込んだ?……皆がそこまで言うなら、俺が表立つのは控える。が、俺もちゃんとやるんだからな!!」

 

 

 

こうして、讃州中学勇者部の活動方針は全員の胸の奥に刻まれる事になった。色々とあやふやだが、彼女達が納得いっているので第三者目線からは何も言わないでおこう。

もっと疑えよとかもっと深ぼれだとか聴きたくなるのはご愛嬌。きっと力哉がいつの日にか全てを答えてくれる筈だろうと、丸投げをおすすめします。

 

 

こうして、讃州中学勇者部の初日は依頼件数0で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───え?私の立場無くない?え?マジ?………うぅ……っ、私部長なのに………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ん〜病ませるだけの話が描きたいいぃぃいいい!!!!!!!





ウマ娘どハマりちゅーの作者ですが、トウカイテイオーの糞可愛ロリボイスにお耳が妊娠させられてしまい、あの声が頭の中で常にリピートするようになってしまいました(末期)。

なんやあのクソロリがぁ!!可愛すぎんだろボケェ!!ボクっ娘ってっ、ボクっ娘ってそりゃもう反則じゃねぇかよぉぉおおお!?!?なんだよウマ娘なのに子犬みたいに駆け寄ってじゃれついてきやがってあんのロリガキがァ!!!ウマ娘じゃなくて子犬娘じゃねぇかよォ!!一人だけ種族違うじゃねぇかァァァ!!!あーーー困りますテイオーさんあぁあー!!困りますっ!!困りますテイオーさんっ!!これ以上作者を萌え死に尊死及び溺死させないでくれぇぇええ!!!お前のロリボイスは脳と耳と股間にきくぅぅ!!んがぁああんほぉおおおおおんん!!!!!!アニメもなんだよぉぉおおおかわいそすぎるだろぉぉおおお!!!俺はウマ娘達のイチャイチャを見てたいのにバリバリのスポーツ漫画でありそうな挫折感ぶち込んできやがって名前の無い感情がくちからとびでそうだぁぉい!!!!曇らせがそんなにいいのかァ!?心と体ポキンとおられて全てを悟って全てを諦めた時の表情がそそるのかぁぁあ!?!?絶望通り越して笑うしかないじゃないかって笑いながら涙流すのがそんなにいいのかよぉおおお!!!!!それがいいんじゃねぇかバカヤローー!!!!!なんでこんなにも鬱要素に萌えるのか意味わからんんンンン!!!!性癖の扉がまたガン開きしちゃって風通しがさらに良くなってるじゃねぇかぁあ!!!んおあああ!!!!



控えめに言って鬱要素が該当する作品、全て最高です!!!!!!!


………皆さんも、そう思いませんか?( ˆᴗˆ )ニチャ





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ユリは産れる

短いです。



最近引越し等社会人としての準備が押し寄せてきてかなり緊迫感が押し寄せてきてます。エグいっすね社会人。心持つかな………。
















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形振り構わず走る姿は、何処か焦燥を感じた。消えそうな影、薄れていく存在。燃えカスの様にひと吹きで散り散りに飛び散りそうな脆さが、その小さな背中にあった。

 

 

未だ小学生最高学年でありながら、伸びるはずの身長は伸びることは無く、華奢な身体が少しずつ肉がつくようになっていく体が憎らしい。せめて顔だけでもと、醜い顔をさらけ出して生活するのは嫌だったので、顔を被えるようマスクをして生活しているが、それが返って世間からのいい的となってしまった。

 

醜い顔で救いようのない華奢な身体。肉付きが良くなったは良くなったが、それはあくまでも成長許容範囲での話であり、この世界で最も美しい女性になる為には今の数十、数百倍は必要となる。そして内気な性格が相まって、家以外では一人でいる事が多かった。

 

 

お姉ちゃんはいる。お姉ちゃんはいるが、四六時中一緒にいれる訳では無いので、必ず半日以上は一人になる。

 

辛いとは思わない。もうそんな事どうでもいいから。

苦しいとは思わない。だってどうでもいい事だから。

 

でも、一人は寂しい、って思う。

 

 

親が居ない私達は親の愛なんて知らないから、お姉ちゃんが私のお母さんだ。本人に言ったら怒るけど、何から何までやってくれるのは世間一般的には母親である。

お父さんは普通は居ない。この世界で何時までも夫婦揃って生活している人なんて居ない。テレビで何度かそういう話を特集していたが、数ヶ月後には自然崩壊。ニュースで取り上げられることもしばしばあった。

 

 

だからお父さんなんていらない。お母さん、お姉ちゃんだけで十分だ。

 

だから、どう思ってたって………。

 

 

最近お姉ちゃんは部活動を立ち上げたって言ってた。部員は東郷力哉さんっていうカッコよくて優しい男の人とその護衛役二人、力哉さんの妹である美森さんと近所の人友奈さん。力哉さんを除いて、みんな醜い代表なんて呼ばれてる。学校でも他の人たちが噂してた。小学校まで噂が飛んでくるなんて、ただ事じゃないんだよお姉ちゃん。

 

評判は良くも悪くも無く、普通と言った感じ。奉仕を目的なんて言ってたけど、お姉ちゃん達の顔じゃよってこないと思うけど大丈夫なのかな。

力哉さんの名指し指名しか今のところないらしい。

 

 

流石力哉さんだって思う。あんなにカッコよくて、そして優しい男の人。この世界何処にも居ないであろう凄く稀な人。

 

でも私はどうしても信用出来ない。男の人は皆危ないってお姉ちゃんが言っていた。そのお姉ちゃんが頻繁に男の人と関わっているのは凄く不安なんだけど、もしかしたらお姉ちゃん、人に言えないような事をあの人に無理矢理させられているかと思うと、怖くて怖くて仕方ない。

 

優しい人だってわかってる。けど、男の人だから、よく分からない。きっと、お父さんが居てもこんな様な気持ちだったんだなって思う。

 

悪い人について行って、お姉ちゃんがもし酷いことされてるんだとしたら、私は……どうすればいいんだろう。

 

 

私は懐にしまってあるタロットカードを無造作に1枚だけ抜き取る。

 

 

 

───し、死神………。

 

 

 

こ、こういう時に限って、何か起こってしまう。

経験が語りかけてくる。いつもこのカードを引くと、必ず何か不吉な事が身の回りで起きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───お、樹ちゃん」

 

 

 

 

ビクンっと私は身体を震わせ、声が聞こえた後ろを見る。

 

 

 

 

 

「───今帰り?」

 

 

 

 

後ろに木刀を構えた二人の護衛を引き連れた、力哉さんが笑顔でそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………ほいっ、ココアでよかったかな?」

 

「うひゃあい!?ココココココアでよかったでででしゅしゅしゅ」

 

 

公園のベンチに座らせられた私は、自販機で買ってきた飲み物を差し出してくる力哉さんにドギマギして噛み噛みになってしまった。恥ずかしい……。

 

私の姿が面白いのか、力哉さんは少し微笑むとブランコに座ってキコキコ揺れている護衛の方二人にも飲み物を渡している。

 

 

「夏凜喜べ。煮干しジュースなんてあったから買ってきたぞ」

 

「うぇえい!?に、煮干しジュース……ですか?あ、あんまり聞かないな。い、頂きます、力哉さん」

 

「いや、誰得のドリンクよ。需要完璧にワンショットだろ。どこにも刺さんないとおもうけどぉぉおおっ、あっぶねぇな吐き出すんじゃねぇよ!!」

 

「ゲホッ、ゲホッ……うぇぇえええ、ま……まじゅいぃぃ………」

 

「当たり前だろそんなもの。力哉さん絶対分かってて買ってきたな」

 

「当たり前じゃん。煮干しをジュースにする頭の可笑しい企業もそうだが、この製品が煮干しマスター夏凜のハートを射抜くかどうか知りたいという冒険心が働いちゃってさ」

 

「さ、流石に私も煮干しは煮干し。ジュースはジュースで区別してます!!煮干しが飲み物では無いことぐらい分かりますよ!!」

 

「久しぶりに夏凜が力哉さんにからかわれてる。なんか懐いな」

 

「……ごめんごめん。これ、ミネラルウォーター飲んで口スッキリさせな。あ、銀はこっちな。しょうゆ豆ジュース」

 

「………うわぁ、あたし夏凜と同じ道たどるわコレぇ……」

 

 

水を受け取った夏凜さんは勢い良くペットボトルの口に口を当てて飲み干していく。銀さんは受け取ったしょうゆ豆ジュースを興味深く、それでいて飲みたくはないと言った表情を見せながら眺めていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

 

「……あれ?そういや力哉さんがあげたミネラルウォーター、最初から減ってる?」

 

「ん?……あぁ、そういや飲みかけだって言うの忘れてたな」

 

「んぐぅっ!?グゴゴッ、ゴボボッ、ごぼぼぼぼっ!?!?」

 

 

一瞬気が緩んだ夏凜さんは、力哉さんが言った事実に戸惑い慌てふためく。きっと気道に水が入ってしまったのだろう。ペットボトルを中々離せず四の五のしている夏凜さんがなんだか可愛く見える。

 

 

「こここここここここれれれれれれれれりりりりりりりきやささんんんんんののぉおっ!?!?!?」

 

「いやどんだけ初なんだよ。間接キッシュなんて何度もやってるだろ?今更何慌てふためいているんだよ」

 

「こここれとそれと話が別よ!!それにっ、私先輩程間接きききききしゅなんてしてないからっ!!」

 

「羨ましいか?あぁ〜羨ましいのかぁなぁ?」

 

「ううううるさい!!アンタも早くその不味そうなジュース飲んじゃいなさいよ!!」

 

「これは観賞用。あたし、自販機の飲み物は必ず使用保存観賞用の3つくらい用意する人だからさ。あと2本無いとあたしは飲まんいや飲めん」

 

「な、なんて言う屁理屈……」

 

「そう言うと思って、もう2本買っておいたぞ」

 

「さっすがー力哉さん。よくあたしをご存知で………、よう考えたらめちゃくちゃ貢がれてんなあたし達」

 

 

気のせいだよぉーとミネラルウォーターを銀さんに渡した力哉さんは、その場から離れて私の隣に腰を下ろした。背もたれに腕を置き、私を抱き寄せているような座り方だ。

 

 

「……あ、あのっ。ど、どうして声をかけてくれたんですか……?」

 

 

何を言えば分からなかったので、咄嗟に浮かんだ言葉を口に出す。一瞬キョトンとした力哉さんは、少し考える仕草を見せると訝しげな表情から優しい微笑みに変わる。

 

 

「たまたま樹ちゃんが居たからさ。最近は樹ちゃんと関わりが無かったから、少しお話出来たらなってさ」

 

 

成程、と相づちを打っておく。

 

しかし、私のお家と力哉さんのお家は凄く離れているし、中学校の場所から考えると、小学校からの帰り道を行く私と会うには力哉さんが帰宅しようとすると遠回りになってしまう。

何か、隠し事があるんだなと勘繰り深く考えてしまった。

 

 

「……そう、なんですね。私も、力哉さんと話せてう、嬉しい……です」

 

「おっ、そっかそっか。そう言ってくれると有り難いな」

 

 

より笑顔に輝きが増した。本心で喜んでいるように見える。

 

しかし、力哉さんと会話出来て嬉しくない女の人なんて居ないと思う。自分から関わってくれる異性に、肉食系である女の人達が興味深く関わろうとするのは当たり前の事。力哉さんは少し常識外れな所もあるから、偶に驚愕するような事もしばしば。………嬉しいのは、本当に本心である。

 

 

「最近は風が部活を始めたから、遅くまで樹ちゃんは一人だって聞いたけど、寂しくはない?」

 

「えっ。……えっと」

 

 

急にそう聞かれてしまったら、戸惑ってしまう。なんて答えればいいのだろう。聞き方からして、私の事を案じているのだと理解出来るが、返答に困ってしまう。

 

 

「だ、大丈夫……です。慣れてますから……」

 

 

咄嗟に言葉が出た。その後、私はこれ以上言えないと口を固く紡ぐ。

 

そっかそっかと、数回相づちを打つ力哉さんは、手に持ったお茶のペットボトルを口に運ぶ。

質問の意図といい、私に会いに来たという行動力といい、今日の力哉さんはよく分からない。

 

 

「風からいつも聞いてる。樹ちゃんは強い子だって。自分がいない間でも、家事をやってくれてるって。偉いな、樹ちゃんは」

 

 

ありがとうございます、と言おうと口を動かすが、上手く言葉が出なかった。もどかしさが、胸の奥をぐるぐると渦巻いている。

 

 

「でも、それ以上に………風は、寂しがっているんじゃないかって、辛いんじゃないかって、心配してたよ」

 

 

分からない。力哉さんがなぜその話をするのか、分からない。

 

 

「今日話をしようと思ったのは、樹ちゃんの寂しさを少しでも和らげてあげようかと思ってさ。たまには、辛い事や苦しい事、嬉しかった事とか楽しかった事。風が聞けない代わりに、俺が聞こうかと思ってさ」

 

「……分かりません。力哉さんが私にそこまでする理由が、私には分かりません……」

 

「強いて言うなら……樹ちゃんともっと仲良くなりたいから、じゃ駄目?俺はもっと樹ちゃんと仲良くなりたいって思ってる。だから、樹ちゃんの事をもっと聞きたいんだ」

 

 

真っ直ぐな目で私を見つめる力哉さん。キラキラと輝き吸い込まれるような瞳が私の視線を鷲掴みしている。目が離せない。男の人の目って、こんなにも輝いているんだ。

 

この時の私は、なんて子供なんだって感じる。言葉巧みに誘導されて首を縦に振ってしまった私は、単純過ぎて少し笑えてしまう。

でもどうしてか、力哉さんに話してみたいと思った。私の事、思い、気持ちを。

 

 

「………うん。私も、力哉さんと仲良くなりたい」

 

「ありがとう。風が嫉妬するぐらい、仲良しになろうな」

 

 

そっと、頭の上に手が置かれ、撫で下ろすように力哉さんの手が私の髪の毛を触る。撫でられているんだと思った時、同時に何かよく分からないモノが胸の奥から込み上げてきたのを感じる。

 

自然とそれは嫌なものでは無いと感じる。初めてだ。何かを心の底から満たしたいと、力哉さんが物凄く欲しくて堪らない。

これが所謂恋ってものなのかな。でも違う。もっと撫でて欲しくて、もっとそばにいて欲しくて。無意識にそう思った時、口から転げ落ちた。

 

 

 

 

「……うん。()()()()

 

 

 

 

 

私の言葉に、力哉さんと銀さんや夏凜さんが後ろに崩れ落ちたのは直ぐの話で。

私が何を口走ったのか理解するのにも、その後数秒かかった。

 

 

 

 

 

 

 

力哉さんはその後、私にその呼び方をしていいと許してくれた。

 

 

 

 

 

 

ありがとう、お父さん。私は、お父さんのお陰で寂しくないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死神の逆位置。意味は、新展開。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ力哉?ちょーーーーーーっと尋ねたいことがあるんだけど?」

 

「……え?何?え、何その木刀!?」

 

「……アンタ、うちの樹にお父さん呼びさせてるそうじゃない?」

 

「は?お兄様詳しく」

 

「ちょっと理解出来ないよ力哉先輩」

 

「待てまてまてまてまてっ!!語弊があるからやめろ!!」

 

「問答無用よっ!!あ、私はアンタを父親なんて認めないわ!!」

 

「お兄様お兄様っ!!言ってくだされば私と本当の夫婦になれますのに!!」

 

「力哉先輩私も先輩の娘にしてください!!」

 

「まてまてまてまて本当に落ち着けて!!そんなにいきなり来られてもわからん!!」

 

「うがァー!!あ、アンタはそそそそそうやって段階踏まずにっ!!私の気持ちも知らずに!!」

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様っ!!私今からお役所に行って婚姻届を受け取りに行ってまいります。お任せ下さいっ、お母様の説得はお任せを。なんならお母様事娶って下されば万事解決ですね!!」

 

「力哉先輩……ううん、お父さん!!今からお母さんに言ってお父さんと結婚してもらうようにするね!!そうすれば私のお父さんになれるよ!!」

 

 

 

 

 

 

「「「さぁ、力哉(旦那様)(お父さん)!!」」」

 

 

 

 

 

 

「語弊があるからやめろって言ってるだろうがァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中々考えが纏まらず申し訳ないです。
結構内心新生活でゆっらゆらに揺れ動いてて心ここに在らずみたいな感じです。


少し間が空くかもしれませんが、これからもよろしくお願いいたします。


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トリカブトの潜伏

読者様は優しさとユーモアとゆゆゆ愛に満ちた素晴らしい方々です。

あと少しで社会にほっぽり出される身ではありますが、そんな素晴らしい読者様の喜んでいただけるような作品を提供していきたいと思います。



次回の投稿期間は未定です。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎炎と燃え盛る炎の大地。世界が、その全てに覆い尽くされていた。

 

 

火柱が怒涛に湧き上がり、太陽の如き灼熱と原型をドロドロに溶かした大地を移動する。

生物など居るはずもなく、視界に入る全てが真っ赤に染まっていた。

 

 

地獄。まさにその言葉が当てはまる。生きとし生けるものが生息出来ず、入れば生を吸われ溶かされ消滅される。

 

 

 

()()()()()()、この世界には誰も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───なに、アイツ。

 

 

 

 

 

 

それは憎悪だった。

それは嫌悪だった。

 

 

 

 

───どうして?なんで?意味が分からない。

 

 

 

 

それは困惑だ。

それは戸惑いだ。

 

 

 

 

 

───は?は?概念が変わってる?

 

 

 

 

 

憎悪が膨れ上がる。

怒りが人型の器から溢れ出す。

 

 

 

 

 

───あの神……。私に無断で連れて来たな。

 

 

 

 

 

───巫山戯んなよ、クソアマ……。負けた癖にまだ私に逆らうつもりか。

 

 

 

 

 

グツグツと炎が、憎悪、怒り、嫌悪に反応して激しく鼓動する。

 

 

 

 

 

───久しぶりに見えたのがこれか………巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな!!

 

 

 

 

より激しく、そして高く。マグマから炎が天高く火柱を上げる。

 

 

 

 

───私が一番なんだ!!負けたクソアマが出しゃばってくるな!!

 

 

 

 

 

───殺してやる!!あの異物はっ、絶対に殺してやる!!

 

 

 

 

 

 

 

手を突き出し写っていた光景を、まるで写真を横に半分切断したかのように上下にパッと切り離された。

 

 

そこに写っていたのは、不細工な女に笑顔を振りまく男の顔であった。鼻から上下に分かれ、男の笑顔は消し飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

世界を守る勇者。そして絶対悪である魔王。

 

終となる結末の過程にゆっくりと蔓延る根が近づいていくのを、まだ誰も気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───え、依頼?」

 

 

朝一番に驚愕したのが風からの電話の内容だった。電話が来たと頑張ってバイブレーションして教えてくれる端末に可愛いと思いつつ、朝ご飯の最中であったが電話に出た。母さんと妹の会話がピタリと止まり、嫉妬が籠った目でこっちを見てくるのが凄く怖いがなんですかね。

 

 

『そうなのよ。取り敢えず昼休みにみんなに詳しく話すから、東郷妹にも伝えておいて』

 

「分かった。じゃあまた後で」

 

 

手短に挨拶をして電話を切る。鋭い視線をピリピリ感じながら、ゆっくりと端末を机の上に置くと、視線の元凶である二人に顔を向ける。

恨めしそうな、それでいて怒りが籠った瞳の母さん。電話の相手は誰だったか問いただしたくてイライラしているであろう妹の美森。朝から修羅場が繰り広げられている。

 

 

「……りきくん?今の誰?」

 

「友達だよ母さん。ちょっと向こうも初めての事で慌ててたみたいで」

 

「……初めて?初めてが何とりきくんと関係するの?その友達、女の子よね?」

 

「う、うん。女の子だよ。ほら言ったでしょ。俺と美森が部活に入ったって。その部活の部長の子だよ。依頼が来たって驚いてたんだ」

 

「……そう。それはおめでたい事だけど」

 

 

りきくん、と続け様に俺の名前を呼ぶ。その声は、とてつもなく冷えきっていた。首元に鋭利な刃物を構えられているような緊迫感が背筋を凍らせる。

 

 

「……朝ご飯は、あまり揃うことが出来ない私達家族の憩いの場よ?愛の空間なのよ?私がりきくんの姿をしっかり見てられる数少ない時間なのよ?私がりきくんとお話出来る数少ない時間なのよ?私がりきくんに甘えられる数少ない時間なのよ?私がりきくんと美森ちゃんと楽しく話せる数少ない時間なのよ?私がりきくんの事を考えてられる数少ない時間なのよ?そんな時間に他の人とお電話?許さないわ。例え仕事だろうと友達からの遊びのお誘いだろうとなんだろうと許さないわ。この時間は私の、私達だけの時間なの。りきくんが思っている以上に、私達はりきくんを独占したいの。家族だから結婚とか貴方の子供を産むのは世間体じゃ色々と言われちゃうかもしれないけど、私は貴方の子供を産んで更に家族の絆を深めると思うの。少し話がそれちゃったけど、とにかく私は今のは許せません。相手が悪いとか貴方が悪いとかの話ではなく、私達の時間を壊した事に怒っているのよ。誰のせいでもないわ。でも、りきくんには私達の怒りをどうにかする義務があるわ。男の子に義務とか押し付けるのは気が引けるけど、りきくんはあんなクソみたいな他の男の子達とは違って私達の気持ちを理解出来るし、他の男みたいな扱いをしないで欲しいって言われたからりきくんには義務を課すわ。なんでもいいのよ。一つだけ言う事を聞くみたいな事でも、子作りでもいいのよ。ハグとかキスは薄すぎるから駄目。そんなの何時もやってるし、美森も最近ゴム有りで夜な夜な合体してるしそこは私含めて本気で孕ませてくれないと釣り合わないわ。大丈夫。お金の心配ならしないで。りきくんを養子として引き取った時に破格の資金を頂いたから生活には困らないわ。正直言うと孕ませてくれたら仕事辞められるから私を結果的に救えるからりきくん的には美味しい話だって思うんだけど違う?あの人達と一緒に居ると心が腐るわ。休憩なんて無いしお金も少ない。もしこのままだったら私美森ちゃんをここまで育てられなかった。だから、いえ。今回の断罪は、私達を孕ませるまで私達の怒りは収まらないという事になったわ。だから今日の夜、期待してるわね?」

 

「お兄様?お兄様?逢い引きですか?私の目の前で逢い引きですか?相手はあの雌と。むかっ腹が立ちます。何故あのクソアマを優先なさるのですか?お兄様にとって私達はその程度なのですか?あの女の方がいいのですか?はっきり言います辞めてください。お兄様にあの女は釣り合いません。もっと顔がふっくら膨らんで全身に魅力的な脂肪を纏った女性でないと私は納得しません。私達にも慈愛の目を向けてくださるのは感謝していますが、それでもお兄様の幸せを願うなら私達のような醜いゴミカスなど選ばず、美女たるあの女性方を選ぶべきです。ですから、あのクソアマにはしっかりと伝えなければなりません。お前のような存在は消えろと。そう言わなければあのアマは勘違いしたままお兄様に釣り合うわけも無い恋心を抱いてお兄様にベタベタベタベタと馴れ馴れしく近づくのですよ。しかしお兄様ご安心ください。お兄様が出来ないと言うようなら、不肖この美森。あの女の息の根を止めたく思います。どうせあのアマを殺した所で私達に人権尊厳権威法律は落書きのようなゴミカスなので罪に問われる事はないのでご安心ください。ですから今日のお昼に決行いたします。大丈夫です一瞬で終わらせます。だからお兄様も安心して今このひと時をお過ごしください。お兄様の幸せは私の幸せなのですから」

 

 

「分かった分かった分かったから!!二人とも戻って来い!!今のは俺が悪かったから!!」

 

 

 

我が東郷家において、朝ご飯の時間と夕食以降の時間は黄金期と呼ばれている。言ってしまえば家族の団欒の時間。更に言ってしまえば、母さんが俺に甘え、美森が俺の世話を甲斐甲斐しくやく時間でもある。

2人からすれば、慈愛する俺に自分の欲を発散させる大切な時間だ。俺も家族の団欒の時間は大切だと思っているので、俺もその時間は大切にしている。

 

しかし今みたいに邪魔が入ると、二人は鬼の形相で怒りを顕にしてくる。母さんは俺の子供を産みたいとか言うし、美森は邪魔だてした相手を完膚無きまでに叩き潰して殺そうとする。タイミングが悪いのか、二人の沸点が低過ぎるのか。分かってはいるが俺に依存し過ぎはこの先大変である為、どうにかして対策をしなければならない。

 

 

「まず母さん。俺はまだ中学生だ。この歳で父親になるのは気が引けるし、俺の決意も固まってない。俺は母さんが大切だから、こんな世界ではあんまり珍しい事じゃないと思うけど、いつも言ってるように一先ずそれは保留にして欲しい」

 

「……っ、そ、そうよね。まだりきくんには早いわよね。ごめんなさい、私なんだか焦っちゃって……」

 

「美森。いつも言うように、殺すとかクソアマとか。そういう汚い言葉を使うな。言ってる美森は気にしないだろうが、それを聞いている周りは不愉快な思いをする。確かに、言っちゃ悪いが美森達には法律が効かないかもしれない。けど、裏を返せば守って貰えるべき存在もないと言うのを忘れてはいけない。もし逆上した相手から傷付けられたとしたらどうなるか、賢い美森なら分かるはずだ。それをしっかり理解しなさい」

 

「……申し訳御座いません、お兄様。お兄様のお耳を、私の穢らわしい浅はかな思考から出た言葉で汚してしまい………、本当に……っ、申し訳御座いません………っ」

 

「な、泣くなよ。ほら、ギュッてしてあげるから」

 

 

うにゅっと、抱き締めた時に美森の口から可愛らしい声が漏れる。もにゅんもにゅんと俺にとっては御褒美な歳の割に発育が良すぎる身体が密着してとても心地良い。狙ってやった訳じゃないが、こうでもしないと美森は泣き止んでくれないのがネックなのだ。

 

 

「……りきくん、私も抱いて」

 

「……抱き締めるんだからね?同字異音だからね?」

 

 

背後から美森の発育の元となった巨大なメロンが背中に押し付けられ、か細い腕が顔や首、欲情を誘うかのように鼠径部や太ももを撫で回してくる。犬のマーキングのように体を押し付けて頬擦り。偶に唇を舐められ吸われるが、俺的には役得なので拒否はしない。未だゴム有りでしかした事ないが、いつゴムに穴を開けて渡されるかと考えると、最近の濃厚接触を控えようかと思うが、それをすれば多分二人はポッキリと折れてしまいそうだ。それぐらい、二人は俺を求めていると確信出来る。

 

 

「………今日学校休まない?私、今日は久しぶりの休みなの。家族三人で1日過ごしても、誰も文句言わないと思うわ」

 

 

Tシャツの上から人差し指で左胸辺りを撫で回してくる。甘い吐息が耳に届き、物欲しそうに懇願する母さんの姿は、まさに飢えた雌ライオン。俺と言う肉を目の前に生殺し状態である為、母さんの目はトロンと緩み切っているがその瞳は血走っている。

 

ギュッと前と後ろから抱き締められるこの立場。控えめに言って最高である。最高であるが故に、俺は思考を低下させている。いや理性はしっかり保っているが、如何せん心地よ過ぎて困る。母さんや美森のようなこの世界で一番美しい体である上からツルボヨンボテんと呼ばれる体型とは違い、ボンキュッボンの中途半端な体型であるため、世間からは冷たい目で見られることが多い。

俺は全然好きだと二人に伝えてある為、俺が嫌わないからと納得して体を押し付けているので、今の最高な空間が出来ているのであるのだが。

 

体を擦り付けてきて、まるで動物の求愛行動のようだ。自分の匂いを相手に付ける。どこかの動物がそんなような感じの求愛行動をしていたのを思い出す。

 

美森は俺の胸に顔を擦り付け、右腕を二つの大きな桃の間に挟んで若干上下に体を揺すっている。だんだん手が濡れてきたのだが、プライバシーなので何も言うまい。背中も何故か湿ってきたぞ。

 

 

「っ、いい……、考えだとっ、思いま……すっ。が、こうに……っ、い、い……イクっ、かなくても、お兄様の……成績なら、問題ありません」

 

「……ねぇ、りきくん?今日は、体調が良くないんでしょ?男の子なんだから、大事をとってお休みしましょうね?」

 

「いやっ、今日は用事があるんだって」

 

「明日にでもして貰いなさい。今日は家族サービス。一日中、りきくんの傍で幸せを感じて過ごすのよ」

 

「はい、お母様。私も今日は体調が優れないので、休息を取りたいと思います」

 

 

この強引さは何とかならんのか。結局母さんが学校に連絡し、俺と美森の欠席を通達。迎えに来た友奈ちゃんにも学校に行けないと俺から伝え、風に今日は学校を休むと連絡を入れた。

 

確かに役得なのは変わりないが、最近強引さに拍車がかかって来て上手くかわせなくなってきた。邪険に扱えないのも仕方ないとは言え、既に手遅れな所に差し掛かってしまっているのも甘く見れない状況になってきている。

 

正直言って、俺の中で矛盾が起きている。男としては、この状況は願ってもない最高なシチュエーションである。義母と義妹に親愛度MAXで攻められ向こうは孕む気満々。これを手放すなんて前世を生きた男では誰しも一度は想像した光景でもあろう。まさにその夢が叶った。その瞬間でもあったのだ。

 

しかし、二人の幸せを考えた時、何時までも俺ばっかに目を向けてちゃ二人の世界が狭まってしまう。それを回避する為に何とかし無ければならないと葛藤はするのだが、最適な答えが出てないままホイホイと流されてしまうのは俺の悪い癖だ。

 

欲望に従いたいが、それを抑制したがる自分がいる。何とも歯に衣着せぬ思いだが、果たしてそれを白黒はっきり出来る時が来るのだろうかと首を傾げるしか術がない。

 

 

 

 

結局休むことになった俺は、家族団欒幸せな時間を一日中感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

端末を見る。時間と日にちと共に表示されているのは1件の通知。

 

 

 

───すまん 今日休む事になった。明日また聞き直す。

 

 

 

端的な連絡だが、その通知を見るだけで私の胸がズキズキするのは何故だろう。そっと端末の電源を切ると、肩を落としてため息一つ。

 

自分らしくもない、女々しく弱々しい情けない顔が出てしまった。帰り道、普段なら気が楽なはずの足取りは、ずっと重々しく鉛を引きずっているようだ。

こんなにも情けなくなるものなのかと、自問自答。返答は無く、より自分の女々しさが際立つ。

 

 

───たった一日。たった一日よ……?会えなかったからってこうはならないでしょ……私。

 

 

心の縁にあった雫は、一瞬にして流れ出して波紋をつくる。寂しさが木霊し、冷たさが震え上がらせる。

 

夏凜や銀も寂しがっていた。友奈はよく分からない表情をしていたのは確かだ。記憶が飛んでいる。何を話したのか忘れてしまった。依頼の事を伝えたと思う。曖昧だ。でも仕方ない。忘れてしまったのだから。

 

ローファーのコツコツと歩く度になる音が焦燥感をたなびかせる。影が私を嘲笑うかのように伸び縮みしている。

なんだよバカにしているのか。こんな女々しい私を、自身を馬鹿にしているのか。

 

言葉を返しても、言葉を求めようとも。返ってくるはずは無い。

 

一人静かに歩くだけ。コツコツコツコツ歩くだけ。

 

 

 

ふと、足が止まった。何処からか、視線を感じたからだ。

視線の先を見る。暖かくも冷たくもない。ただただ、興味の無さげな視線。鋭くもなく柔らかくもない、無情の視線。

 

居た。間違い無い。大赦の仮面と白装束に身を纏った人間だ。不気味だ。まるで潜んでいたかのように影からでてきたのだから。

 

私は動かない。動けない。どんな目的であれ、大赦から接触をしてくる事は殆どなく、そして要件は全て私の内情を揺さぶりまくる最悪の話しかしてこないのだから。そのトラウマか、私は動くことが出来なかった。

 

ゆっくりと近付いてくる大赦の人間。足取りは軽やかだが、存在感が薄れ儚げな姿をしている。

 

 

「………なにか?」

 

 

大赦の人間は答えない。歩みを止めない。真っ直ぐこちらに近付いてくる。

恐怖が次第に混み上がってきた。なにか変な予感を察知する。

 

 

「……止まって。止まってください。何が目的なんですか?」

 

 

止まらない。止まらない。歩いてくる歩いてくる。

思わず後退りする。ジリジリと近付く距離。後退りした所で距離は変わらない。

 

 

「お願い止まって!!なにっ、何なのよ!?」

 

 

気付けば、目の前に仮面があった。無機質な真っ白な仮面。緊迫感だとか恐怖心だとか。そういう感情が一気に消し飛んだ。恐怖を凌駕する感情が胸の奥を締め付け、全身を硬直させた。

 

 

「………オマエ、カ?」

 

 

身体が飛び跳ねる。片言で、それでいて少しノイズの架かった声。その声を誰が発したのか、瞬時に理解出来なかった。

 

 

「………ニオイ、カンジョウ。チカシイ。イヤ、ガイトウ、ナシ。セイベツ、オンナ、カクニン」

 

 

ゆっくりと仮面が剥がれる。何故かそこがスローモーションで流れた。思考が低下されたからか、その瞬間だけ全ての物事の時がゆっくりになったようだった。

 

ゆっくりと剥がされた仮面。思わず私は目を見開いた。

それと同時に体の力が抜けて穴という穴から体液が吹き出した。

 

再び襲ってきた、込み上げてきた恐怖嫌悪緊迫感緊張感。手足が震え、カチカチと歯が震えて噛み合い、意識が朦朧としていく。恐怖のあまり気絶寸前だった。

 

 

目に映る光景。改めてそれを凝視、する寸前から、私の記憶はなくなった。気付けば家の玄関に立ち尽くしていただけだった。

何が起こったのか分からない。分からないが、もう二度とあの顔は見たくはないと深く決意した。いや、あれをもはや顔と呼べるのだろうか。まさに恐怖の対象。考えるだけでも全身が震える。もう考えたくもない。鮮明に記憶してしまった。

 

 

 

 

 

 

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マジモンのホラー。私の最も嫌いなジャンル。せめて夢であって欲しいと切に願いながら、私はローファーを脱いで部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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早く子作りしろよ!!孕ませろよ!!この世界に未練残させるような状況に持っていけよ主人公!!


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ロベリアの影

お久しぶりですm(*_ _)m


社会人になるとヤバいですね。

何がやばいって毎日が戦場な事がです。

少しでも早く色々と出来るよう先輩の仕事を覗き込んでみたり話聞いたり実践してみたりと、休む暇がねぇ!



次回も不定期ですので、長い間お待ちしてくださってる方々、誠に申し訳ございません。それでもいいよと申される器の広い方々、これからも何卒宜しくお願い致します。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重い一撃が空気を揺らす。

 

 

 

 

 

風圧に似た圧迫感がギュッと濃縮され、一気に周囲に拡散。膨大で有り余ったパワーはコンクリートに叩き付けられ、()()で握った双斧(ふそう)の片割れが深々と突き刺さる。

 

 

双斧を振り下ろしたのは小柄な少女だ。()()()()()を身に纏い、力強さを感じる鋭い眼光が少女の意志を表している。

 

 

 

激音の最中、捉えた獲物は逃がさない。躱される事は予測済み。初撃で倒せるなんて考えてもない。常に多を、全を、予を張り巡らす。

 

突き刺さった双斧を軸にして回し蹴り。後方に飛んだ標的の溝であろう場所に、まるで吸い込まれていくかのように命中。壁に叩き付け、反動ではね返った身体を地面に叩きつける。左手で引っこ抜いた双斧を振りかぶって胸辺りを足で押え付ける。

 

 

「───去ね」

 

 

狙いは喉元。振り下ろされた双斧が、頭と胴体を二つに切断。繋がりを無くした頭はあさっての方向に飛んでいき、遺された身体の切断面からはどくどくと液体が止めどなく流れ出す。転がった頭をサッカーボールを足で止めるように押え付ける。

ピクリとも動かなくなった身体を見つめ、ジッと足元に転がる頭を見る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

思わず思いっきり踏み抜いた。()()()()()()()()潰れた頭は、血に似た赤い何かが吹き溢れ辺りを真っ赤に染め上げた。

 

 

「……きっしょい顔向けやがって」

 

 

グリグリと足の裏に残った肉片を地面に擦り付ける。生々しい肉の感触が今はせいせいするほど気分がいい。

 

 

「……容赦ないわね先輩。()()と呼ばれるだけはあるかしら?」

 

 

べチャリと飛び散ったコンクリート。ふと我に返って足にまで飛んだ液体を見てやってしまったと少し後悔した最中、やれやれと言った感じでもう一人、()()()()()を着た少女───三好夏凜が歩いてきた。少女の身体も所々服の色以外の赤い汚れが見える。

 

 

「それ()()()()()だからな。双月の赤鬼とか呼ばれるの忘れんな。お前も相当だろ」

 

 

何言ってんだこいつと意を唱える。足についた汚れを払うように足を交互に震わせ、双斧を肩に担いだ少女───三ノ輪銀はポキポキと首を交互に動かして関節を鳴らした。

 

 

「私はほら、自重出来る系女子だから。コレは偶然とか必然レベルの結果なのよ。意図的にとか故意的にとか、そういった私情は挟んでないわ」

 

「初めて聞いたぞ自重出来る系女子。お前もあたしと同じで自重なんて言葉知らんだろ?」

 

「先輩と一緒にしないで。私は心の制御が出来るの。護衛として当然のスキルよね」

 

「るっさい煮干し。お前がこの前あの人の匂い嗅いで興奮してたの見てたからな」

 

 

言わせんなボケと、ジト目で睨みつける銀。護衛と称して隣を歩き、あまつさえ鼻をピクピク動かしながら匂いを嗅いでいたのを見ていたんだぞ。

 

ビクッと明らかな動揺を見せる夏凜だが、こほんと咳払いを1つ。

 

 

「……力哉さんの体調不良疑惑を晴らす為のやむを得ない行為よ。そういったことは体臭から感じられると本に書いてあった」

 

「それお前が臭いだけで判断出来るっていう性癖を態々あたしに見せてくる狂気の沙汰だぞ。興味ねぇよお前のフェチなんて」

 

「頭撫でられて嬉しがるだけのお子ちゃまじゃ理解出来ないでしょうね。力哉さんに包まれていると思うだけで煮干し十袋は食べられるわ」

 

「お子ちゃまじゃねぇし、煮干し煮干し煩いぞ煮干し厨」

 

「煮干しの偉大さを解らないなんて、もう一度布教した方がいいかしら?」

 

 

ガチんと双方握る武器をぶつけ合う。銀の双斧に対して夏凜は二刀の刀。細身ながらも、斬れ味は一級品の品。勇者服に変身すると同時に扱えるそれは、普段握る木刀の比ではない。

 

ギリギリといがみ合っていたが、何かを直感的に感じふぅっと少し脱力。だらりと下げた腕をプラプラ武器を持ちながら揺らす銀は、ぐさりとコンクリートに双斧を突き立てる。

 

 

「………はぁ〜、まぁ。とりあえずお疲れ様って感じで?突然の危機を乗り越えた勇者様方は休養に入りますよっと」

 

「まず出られたらの話でしょ。というか、これ、ちょっとまずくない?」

 

「これとははてさて」

 

「これよ」

 

 

ピシッと地面に転がる身体を指さした。首の切断面から流れていた液体は止まっているものの、何も知らない第三者から見れば殺人現場である。ふつうならどうにか隠すなり捨てるなりするのが犯罪者の行動なのだが。

 

 

「明らかにこれ人肉よ?体格からして30代女性。顔は見れないけど体からしてちょー美人。そんな人間が、どういう経緯でこうなるのか教えて欲しいわ」

 

「それあたしに聞く?発見事例は今日が初だぞ。にぼっしーの観察眼にはたいそう驚かれるけど、存在自体認識されてない奴だからわからんもんはわからん」

 

「顔面に張り付いているのかしら?ほらここ、髪の毛の境目から縫ったような跡がある」

 

「……まさか、剥がすとか言い出さないだろうな?」

 

 

銀の頭の中に、無理やり引きちぎろうと鬼の形相で力む夏凜の姿が浮かび上がった。おぉ恐ろしい。

 

 

「まさか。()()()()()()。持ち帰って()()()()()()

 

「……ひぇ〜、おっそろしいな」

 

「顔確認出来ないと、行方不明者の照合出来ないでしょ?でも私達の仕事はここまでだから、後は全部やってもらうの」

 

「最近増えたんだって?行方不明者。人口少ないのに更に減るとか……少子化不可避だなこりゃ」

 

「そうなったら、私が力哉さんの子供を孕むわ。野球、いえサッカー。或いはラグビー。更には対戦出来るぐらいの子供を育めばいいのよ!!」

 

「人工授精でもやってろ頭煮干し畑」

 

「煮干しは畑じゃなくて海でしょ!?」

 

 

行方不明者は一概に、何日も家に帰ってない隣人が心配だからとか、いつまで経っても帰ってこない自分の子供、将また親を思い捜索依頼を出しているだけではない。

例えばありもしない戸籍の人間の捜索だったり、死んでいるはずの人間の捜索だったりと多岐に渡る。前者はその内、件数割合的には物凄く多い。美醜差別が激しいこの世界で、醜いもの達には戸籍が存在しない者もいる。そういう事案がある訳で、戸籍上存在しない人間の捜索はとてつもなく難しく、根気が必要となる案件なのだ。

 

この誰かも分からない操られていた人間と呼称してもいい存在は、行方不明者なのか、はたまた存在しない人間なのか。この場ですぐに答えを出すことは不可能。持ち帰って検査が必要となる。

 

 

「けどさ、持って帰るにしても行けるのか?だってここ()()()()?」

 

 

樹海。主に樹海化と呼ばれる現象は、勇者である彼女達が神樹様によって作られた世界で戦う際の世界の事を指す。

本来ならば、樹海と言うのは大きな根っこが一面中に広がる世界なのだが。今彼女達がいるのは、現実世界と一致する世界にいる。なんなら、いつ世界が樹海に移り変わったすら分からないため、現実世界で戦っていたと考えるのが妥当。それですら考えつくだろうが、周りは住宅街。樹海と呼べる前提条件を考えると、樹海ではないと考えついてしまう。

 

 

()()()()でしょ?神樹様が樹海化出来ない状態で発動されるであろう限定下の樹海化」

 

「前例ないけど行けるのか?」

 

「分かんない」

 

 

緊急領域いうものがある。現実世界と樹海化の中間。樹海化は世界を塗りつぶすことで現実世界からの干渉を傍受するのだが、緊急領域は現実世界に樹海化の特性である干渉出来ない事情があわさった状態である。

詰まりは現実世界にいるのだが、樹海化のような選ばれたものしか入れない空間である。

 

何かしらの事態が起きた場合、樹海化が起こるのはほぼ確実。しかし、今上げたように緊急領域が発動したという事は、樹海化出来ない状態。端的に言えば緊急事態とも取れる事態である事が理解出来る。

 

 

「解除される気配も無いんだけど、私達このままなのかしら?」

 

「解除されないって事はまだなんかあるってこったな。……全く、時間外労働だっつーの」

 

「悪態つかないで。こっちだって今日は力哉さんとお食事だったのに。……邪魔しやがって糞が」

 

「だから()()()()()

 

 

毒吐く夏凜はブスッと頬を膨らませて明らかに不満顔。確かに、楽しみにしていたであろう行事を邪魔されるのは誰しも怒るのが妥当。血の気が多い夏凜は我慢ならないだろう。

 

最も、空間が解除されていないとなると帰るのも帰れない。夏凜のイライラ度は止まらない状態だ。

 

 

「頭使うとかあたし達の領分じゃないんだけどなぁ……」

 

「先輩使ってないでしょ。勉強でも使ってないし」

 

「……いいんだよあたしは。就職先はもう決まってるから」

 

「力哉さんを出しにするなんてさいてー。護衛の任外れてくんない?」

 

「誰も言ってねぇだろうがそんな事。うちが何やってるか分かってるだろうが」

 

 

銀の実家は代々大赦系列の家系だが、その実農家が本業である為長女である銀は家を継ぐ事になっている。片腕がこんな状態でどうかと思うだろうが、本人も大して気にしていない様なので誰も指摘する者はいない。

 

 

「分かってるっての。いつもお世話になってます」

 

 

一人暮らしの夏凜は、一人暮らし必須スキルである料理が出来ない。だいたいサプリメントか煮干しを齧っている猛者なので、野菜肉何それ美味しいの?状態である。それを当時聞いた銀が実家で栽培した野菜を保存が効く様調理して夏凜家の冷蔵庫にぶちこみ始めてから夏凜は銀に頭が上がらなくなってしまった。

 

ま、それはそれこれはこれよねと、発言や態度に対してはそこまで畏まっていない夏凜は、あっけらかんに手をフリフリ振って冗談であると流す。

 

 

「……全く、そんなんだから力哉さん………っ」

 

 

 

瞬間、空間がブレた。何処からか干渉を受けているようにも見える。

波打つ空間から、ぬるりぬるりと暗闇に浮かぶ能面の無数の顔がゆっくりと現れる。

 

 

新たな敵の襲来である。

 

 

うじゃうじゃと現れる顔面蒼白のナニカ。例に漏れず全てが今までの同一個体と姿が一致している。違いがあるとするのなら、服装が違うくらいか。まるで意志を持って服を着こなしているような姿が見られる。いや差別化か。どちらにしろ、それぞれに個体というものが存在しているという仮説付けが出来る。

 

 

「新手、か。全く、労働時間はとっくにすぎてるんですけどぉ?」

 

「先輩見て。アレも多分操られてるわ。助けるのは無理そうだけど」

 

 

夏凜の指す先。確かに、能面が張り付いてるような見た目。

境目を見るに、明らかに現実世界とは異なる気配がある。次元が違うというか、見えているはずなのに見えているものはそこに存在していないようなそんな感じ。

 

 

「……大体なんなんだよコイツら。()()()()()()みたいな感じだが、あたしが見た中じゃ、新種みたいな奴等だな」

 

「……顔面にへばりつくとか悪趣味ね。()()()()()人じゃ絶対殺られるわね。増援、呼ぶ?」

 

「馬鹿言え。増援呼ばなくてもそろそろ()()が動き出すだろうよ。なんだか雲行きが怪しくなってきた」

 

「神託の通りって訳?()()()()()()()だなんて」

 

「例え神託でそう言われたって、あたしは力哉さんを護るだけだからな。お前は違うのか?」

 

「冗談でしょ。会えない神より会える男子。神樹様がなんか言ってこようとも、私は力哉さんを御守りするだけよ」

 

 

ギュッと柄を握り締め、意識を切り替える。

只今をもって修羅と化す。自身の糧を外し、敵を殲滅するまで殺し続ける殺戮マシーン。銀と夏凜は訓練され呼び起こすことができるようになった下層(悪魔)を呼び覚ます。

 

 

敵は多。こちらは微。戦力差なんてたかが知れている。この戦力を合わせたところで、多の方が勝るのは揺るがない事実。その事実がネジ曲がるのは、強いものが強かった時だけとも言うべきだろう。

 

強い奴は強い。弱い奴は弱い。何かしらそこには明確な差がある訳で、それを一概にアレコレ有り無しと決め付けることは難しい。

しかし、多と少。今回で言うなら微少。決めつけるのは難しくても、やる前からだいたい見てる奴は分かる。圧倒的だと、絶対に前者だろうと。

 

それが果たして決めつけたようになるのか否かは、神様の気まぐれで決まるのかもしれないし、笑った奴が1番強いというように、そういうスピリチュアルなジンクスもあるのだろう。

 

 

「あたしら赤鬼コンビを前にするんだ。簡単に死ねると思うなよ」

 

「私鬼じゃなくて猫がいい」

 

「………どっちゃでもいいだろそんなのっ!!」

 

 

この2人が、どれだけこの多を速く片付けられるのかも、神様の気まぐれでスピリチュアルなジンクスが起きるかもしれない。

 

 

2人は勢い良く飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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季節は梅雨差し掛かり。気温は今年最高気温。水無月では珍しくここ一週間雨が降っていない。

 

 

炎天下最中の草むしり程、悪態をつきたくなるような作業は無いと今断言出来る。数日もすればまた別の事で同じような事を言うのだろうが、今はそんな気分。

そんな気分と言われても、テンションが上がっている訳ではなく、寧ろ時間が経つにつれ急降下の一方。依頼じゃなければこんな事したくもないと思うのは、至極真っ当な感情ではないだろうか。

 

 

現在勇者部は讃州中学の校庭の草むしりを行っている。校長先生から直々の依頼であり、部長である犬吠埼風は迷わず二つ返事で了承。何やってんのと言いたいところだが、数少ない依頼の1つ。風が引き受けない訳はなく、さぁやるわよ!!と1人テンション爆アゲで草むしりを始めていた。

 

1人だけやる気があるのは分かる。他はどうなのかと言われると、風程ではないがやる気は充分ある。友奈、美森、夏凜はやってやるかと意気込み、銀はえ〜やるの〜と鍬を持ち出して雑草ごと地面を耕している。後で雑草に効く薬をまくそうだ。他の植物にも影響は及ばないのだろうか心配ではあるが、生え続けるよりかはマシと正論づけている。

 

 

そして華である力哉はと言うと───。

 

 

 

 

「……いや〜、力哉君と話せるなんてこんな機会だけだからね。手伝いたい気持ちは分かるけど、少し私の話でも聞いてくれないだろうか」

 

 

たははと、扇子をパタパタ仰ぎながら高級な黒ソファーに腰かける女性。顔が浮腫み、目や鼻が少し真ん中によった黄金比。なだらかな胸から広がる三角形の体型。その風貌から裕福な生活を送っているのは明白な身体をピチッとしたスーツに身を包んだ校長先生は、ちらりちらりと大根のような太い脚を膝上10センチしかないであろうミニスカから覗かせ、見定めるかのように舌なめずりをする。完全に獲物を狙う肉食動物だ。

 

男である力哉は貴重な存在。しかし、露骨に手を出してしまえば間違いなく負けるのは校長先生だ。法においては、例え未遂だろうと擦り付けだろうと、男が訴えれば一発アウトで無期懲役。香川県の最北端に位置する人工島に強制送還となる。

今この場で力哉の口を塞ぐような事実があったとしても、罪はより重くなるだけで、完全にリスクが自身にしか無いこの状況。校長先生は一先ず力哉との会話に勤しむ選択をしたのだ。

 

 

「……こんな事言うのは失礼ですが、なるべく手短にお願いします。僕も早く参加したいので」

 

 

前世の記憶があろうと現在は中学生。まだ躾がなっていない少し生意気な男子生徒を装うため、わざとらしくそう言葉にする。

 

分かっているわと、校長先生はニッコリと。その笑みを見れば世の中の男性は間違いなくクラっとくるような笑みを力哉に向けた。力哉は顔を合わせていない。

 

 

「……初めはね、私不安だったのよ?大赦から男性生徒を転校させるなんて言われたらびっくりしちゃった。事情は詳しく聞いてないけど、通いたいって力哉君から願い出たんでしょ?その事について詳しく聞きたいのよ」

 

 

他の男子生徒達も学校に来れるようにする為にね、と後付け。確かに、中学校からすれば、力哉程参考になる存在はいないだろう。

男子生徒と言えば学校の華。讃州中学以外にも男子生徒の受け入れをしている学校は幾つもあるが、総じて基本的家に引きこもっている生徒が大半である。通っている生徒もいるが、基本別室で授業を受ける為滅多な事では接触は無い。

 

そんな中での力哉という存在。力哉の意見を取り入れれば、ほかの男子生徒にも快適な生活を送らせられる様になるし、何よりそれが売りになる。男性不足の現代で、少子高齢化と言うのは馬鹿にできない話である為、少しでも男性との出会いのきっかけを作るためにもこれは必要であると、独身娘2人を持つシングルマザーである校長先生はそう考えたのだ。

しかし、下心が大半である。娘2人のどちらかと上手く行けば、お情けで男の体を貪ることが出来る。学校はより入学者が増え、自身の性欲を満たせる。こんな美味しい話、校長先生に逃がさないなんて有り得ない。

 

 

「……んー、深くは言えないですけど、讃州中学郊内に住みたかったからですかね。静かでのどかですし、絶景スポットも結構あるんですよ。大赦預りの僕はあまりフラフラと行けなかったので衝動できちゃったって感じです」

 

 

我ながらつまんない回答だなと胸を張る。そうそうに話を切って作業を再開したいのだ。

 

 

「え?そうなんだ。やっぱり男の子は美しいものに引かれるのね」

 

 

目を輝かせ、しっとりと熱の篭った瞳を力哉に向ける。校長先生の頭の中には、様々な会話シュミレーションが繰り広げられており、実際計算、1年分ぐらいの会話がまるで枝分かれで次々と浮かび上がっている。力哉の返答に答える回答を増え続ける会話の枝を探し出す。

台本のような受け答え、そして分かりやすいお世辞に内心ため息を吐くと、少し馬鹿みたいに騒いでみる。

 

 

「ありがとうございます。僕も綺麗なものは大好きです」

 

 

我が妹然り、部長然り、後輩然り、母親然り。

感性が違うので、校長先生の想像する美しいとは真逆の意味があるのだが、校長先生は嬉しそうにはしゃぎ始めた。

 

 

「そうよね、そうよねっ。力哉君は()()()モノが好きよね」

 

「そうですね。()()()モノが好きです」

 

 

噛み合っているようで噛み合っていない。当の本人はそんな事も露知らず、高ぶる興奮を推し留めようと何度も深呼吸しながら距離を詰めてくる。

手が太ももに置かれた。これは犯罪ではないだろうか。というか、一瞬でマウント取れそうなぐらい近付いてきてるんですが。

 

 

「先生としてはね?これからの学校生活をもっと豊かに出来るように、協力したいんだけど。中々難しいじゃない?皆同じ気持ちじゃなかったら、絶対やろうと思っていたことが出来なくなっちゃう」

 

 

何が言いたいのだろうと首を傾げる。段々と近付くその顔が、じわりじわりと破錠した笑みに変わっていく。興奮状態である体が示す頬の紅さ、息遣い、汗の量からして理性を外して、いや理性なんてそもそもないようなものか。教師としての禁忌を犯そうとしているのだから。

 

来た、近い。顔が近い。息が、息が掛かる。止めてくれ、いやホントやめて。怖い怖い怖い怖い。近い近い近い近い。

 

目と鼻の先に顔がある。少し動けば口がくっつきそうだ。

 

 

「だからね。もっと仲良くなる為に、()()()()()()()()()しましょうか?」

 

 

ふうっと耳元に生暖かい息が流れる。ぞぞぞっと背筋を凍らせるその行為に、流石に我慢の限界を向かえる。

しかし鳴らすのは抵抗がある。鳴らしたとして、やってくるのはあの赤鬼2人。間違いなく校長先生は半殺しにされる。いやまぁそれは自業自得なのだから腹くくれるのだが。

 

 

「………そぉれよりもっ、僕みたいな男子生徒を増やすためにも、もう少し安全性を確立された方がいいかと」

 

 

無理やり距離を置くためにソファーの端まで移動した。そして誤魔化すように提案をしてみる。

 

 

「そうよね。やっぱりそれが一番なのよね。最近()()()も多い事だし」

 

「……?不審者、ですか?」

 

 

そんな話あっただろうかと首を傾げる。母親からもそんなような話は聞いていない。銀達からも()()()()()の事しか話題に無かった筈だ。

 

肌寒さが全身を覆い始めた。

 

 

「そうなのよ。どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだって」

 

 

なんだそれはとさらに首を傾げる。()()()()()()はまだ化粧かなんかだと理解できるが、()()()()()()()()()()()()とはどういうことなのだろうか。仮面でも被っているのだろうか。

 

確かに想像しにくいが、それはまごうことなき不審者である。何か実害などあった場合等完全に不審者改め犯罪者だ。

 

俯いて考えてみるが、どんな顔なのかイメージが湧かない。その顔の情報があるということは、目撃情報があるからだろうと推察する。

初見でそんな顔見たら訳分からんくなるんじゃないかと少し笑いが込み上げてくる。

 

 

「あまり想像出来ないので()()()()()()()()()()()

 

 

校長先生の方に改めて顔を向け、少し微笑しながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───アラ、じゃあミテミル?」

 

 

 

 

 

 

 

力哉が顔を上げた時、目の前にはまさに話にあったその顔が居た。

 

 

 

 

 

 

 

「───へ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

呆気に取られ、次いで驚愕。さらに次いで恐怖が一気に間を開けず押し寄せてきた。

 

 

 

 

力哉はこの時、初めて防犯ブザーを鳴らさなかったことを後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ミツけた、アノお、トコ」

 

 

 

 

 

 

 

「───コ、コココココ、ロス」

 

 

 

 

 

 

 

 

二チャリと口元が澱めいた。

 

 

 

 

 

ゆっくりと開かれる大きな口。

 

 

 

 

普通なら開けられないような、力哉の頭を覆うぐらいの大きさ。

 

 

 

 

唾液が糸を張り、口の奥、生々しく艶だった喉奥までしっかりと直視できた。

 

 

 

 

 

体が動かない。全身からどっと冷や汗が滝のように流れ出す。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、確実に。

 

 

 

 

 

走馬灯を2周出来るのではないかと思えるようなゆっくりの時間が、力哉の瞳に映り込んでいる。

 

 

 

 

 

そしてゆっくりと、()()は口を閉じた。

 

 

 

 







感想に送られてきたので追記しておくと、この世界はあべこべと言うのか前提なので、原作ファンの皆様には多少なりともうん?と首を傾げるようなことが多々あります。

例えばキャラの性格。作者が思うに、原作とは違う世界観だった場合絶対にそれ通りにならないと断言して言えます。ですので、この子はこんな子じゃないとか、この子のこういう性格もいいとか、幅広く善し悪しを感じられるもの人それぞれです。

それを理解した上で、私のこの愚作を読んで頂けると幸いかと存じます。



まぁ簡単に言うなら、二次創作なんだから作者によってキャラ設定及び作品の流れとか変わるのは当たり前だよねぇ〜って話です。


不快に思われるなら見なくてもいいですし、感想にそんな事書かなくてもいいです。ぶっちゃけ作者のメンタルが死にます。


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セラムの扉

人生疲れて初投稿です。

いやマジで執筆に力入れらんねぇ。辛たんヤバたん牛タンタンバリン。


感想ありがとうホントに感謝感激雨あられ金平糖です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端はそう、大赦所属の巫女総てに神託が降りた事だった。

 

 

 

 

巫女と言う存在はイメージとしては多岐に渡るが、大赦所属の巫女というのは大赦直結の御家から選ばれた者達で構成された組織である。そして巫女は、この世界で言う不細工からしか選抜されない。

理由は分からない。しかし、巫女と言うのは存外危険を伴う役職である為、世界の汚点とも呼べる不細工が巫女の役割を果たしてくれていることを当然だと認識しているため、誰も疑問に思わない。

残酷かと思われるだろうが、大赦の人間からすればこれは当たり前なのである。

 

 

そしてその巫女達は総勢30人。数年に1度20歳となった少女達が入れ替わる為人数は変動しないが所属する少女は入れ替わりする。

普通神託が下る際、巫女の中で特に高い素質を持った少女が長となるので、その巫女やランダムで数人の巫女が神託を受けるのだが、今回は異例の事態である。

 

数人ではなく全員。そしてその神託は強く、何人かは目眩を起こすような強いモノであった。

 

 

 

 

「───し、神託……?」

 

 

「───あやちゃん!!」

 

 

巫女の中で最年少。その歳で長となった巫女の少女は、激しい動悸と強い思念から来る脳へのダメージにより鼻から出血しながら倒れ込んだ。

 

咄嗟に飛び出した少女は、優しくその華奢な身体を抱き抱える。何人か、遅れて彼女らの周りに集まり出す。

 

苦悶に満ちた表情。年端もいかない少女にそこまでさせる強い思念。余程の神託が降りたのであろうと、息を飲むしか出来ない。

鼻を抑え、出血をなるべく抑えるよう手当していく。

 

 

フラッシュバックが起こる。

 

曰く──、曰く──、曰く──。

 

耳鳴りと共に不快感が込み上げ、グチュグチュに拡散された何かが口から零れ出しそうになる。

グッと抑え、息を整える。自由に動かない身体を、脳からの伝達をフル活用して鈍い身体にムチを打つ。

 

 

 

「……め、ぶきせん、ぱいっ。し、神託……です」

 

「喋ってはダメよあやちゃん!今は休んで……」

 

 

 

 

「───侵攻が、……始まります」

 

 

 

咄嗟に手を止めてしまった。少女の口から発せられた言葉が耳に引っかかったからだ。

 

自分の手元から、ゆっくりと少女の顔に視線を向ける。息を荒くした少女は、噛み締めるように口を動かす。

 

 

 

「───おにい、様がっ。力哉様が危険です……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

飾られた花が、静かに床に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グチュグチュと虫唾が走る耳障りな音が、鼓膜を通して全身に伝達する。ぞぞぞっと身震いの後、脱力に似た何かが全身を支配し、思うように力が入らなくなる。

 

脳が考えを辞めているのか。一瞬過ぎて動かないのか。理解しようとすることすら、ままならない思考で考えるしか出来ない。

 

 

喉奥までしっかりと直視出来る程、大きく口を開けている化け物はゆっくりと確実に頭を丸呑みしようとしている。

抵抗が、その一歩が踏み出せない。これが恐怖。これが絶望。これが蛇を前にしたカエルの気持ち。瞬時に何かが全身を駆け、おざなりになった思考でそれがなんだったのか理解する。

 

 

思えばそう、この世界に来てから現実離れしたことが多かった。

いや異世界と考えるのが妥当なのだが、元いた社会情勢等と似たり寄ったりな所もありつつ、圧倒的に環境がまるっと変わってしまっている所が妙に違和感を生んでいた。

 

俗に言う、異世界転生か。或いは憑依。一躍広まった異世界転生ムーブと言うオタク感涙の案件だなと、最初は思った。

サブカルチャーは詳しくない。何処ぞの情報なのかは分からないが、当時の世界から考えるにそこらじゅうに情報源があるから嫌という程聞いたであろう、異世界転生という単語。

何が楽しくて何が面白いのか、騒ぎ立てるものなのか理解できない事であったが、成程と。

 

なんやかんや言って楽しんだ自分が何処かに居た。初めは戸惑ったものの、なんやかんや色々ごちゃごちゃ一気に押し寄せてきていつの間にかこんな状態になっている。

 

前世に比べりゃ、全然いい。うん、凄くいい。

女の子にモテるなんて、男にとっては至高の高み。言っちゃ悪いが、少し優しくしただけでコロッと堕ちるチョロチョロ女子達の多さには脱帽する。

義妹から始まり、男護の2人や同級生とその妹、お隣さんや兄と慕う妹的存在。やった事ないが、ギャルゲーなるゲームのキャラ的には王道の面子なんではないかと思える。

 

状況が状況だけに、コロッと堕ちるのは仕方がないとは思うが、男としては嬉しい限りである。彼女らの境遇は心底同情するが、彼女らの傷口に塗りこまれた傷薬の如く、心の拠り所として存在している自分がクソ野郎以外の何者にも見えなくなっている。最悪最低だと自分で罵ってやりたり。

 

 

だいたいこの世界が可笑しいのだ。さも当然の如く差別があり、例外があり、闇が見える。

ここまではっきりとした社会情勢に疑問を思わなかった訳では無い。何度も調べ、そして何度も考えた。知識を蓄えた、知子に問うた、思考を動かした。出てくる結論は不能である。

 

人間が抱える倫理観と言うのは定まっているようで定まっていない。小学生の頃、道徳の授業で様々な感情思考を思い浮かべ、自分の言葉で心情を語るという事をしたが、主人公や登場人物の立場になってものを考えた時、その心情と言うのは人それぞれで多岐に渡る。それぞれがそれぞれの気持ちを抱き、それは一重に類似するようなものは存在しない。

人間的道徳。自我を持つ人間達の違い。それが感情というものである。

 

しかし、この世界ではこの感情というものが欠如している。

欠如しているというのは、端的に言えば他者に縛られない自分也の考えを指している。自分の考えを持っているからこそ感情あると言っても過言では無いし、感情があるからこそ自身の考えをもてる言う関係。

 

更に言えば、誰にも縛られないのが感情である。よって、この世界では欠如していると言えるのだ。

 

考えてもみてほしい。ゴキブリを見て全員が背筋を凍らせる中、昆虫好きな人は可愛いだのなんだのと捕まえて飼育箱にぶち込むのだ。感情と言うのは人それぞれで多岐に渡るというのがよくわかる。

 

しかしこの世界では全員が不細工を下として扱い、誰もそれを疑問に思うことは無い。

こういう感情を研究する人間は居るのだろうが、この世界では存在しない。

 

 

故に思う。この世界は何かが可笑しいと。

 

 

だから今目の前で起こっているであろう光景は、断言して言える。

 

 

()()()()()()()!!

 

 

 

 

 

 

 

───うぉぉおおおあっ!!

 

 

 

 

意識を取り戻し、体を思いっきり横に振った。勢いで体がソファーから乗り出して身体が落下していく。それを利用し、巨大な口を辿って顎であろう部位に思いっきり左足で蹴りこんだ。斜め左の角度から入った蹴りは相手の動きを止めるだけの威力があったため、そのまま机をびっくり返して顔面めがけて振り下ろす。

 

ばごんっ!!と木材が砕け散り、バラバラと散る木屑を掻い潜って距離をとる。

 

瞬時にブザーの呼鳴を響かせ、校内にいるであろう2人に知らせる。男としては情けない姿ではあるが、そんなプライド今は捨ててしまえと言わんばかりに迷わず叫ぶ。

 

 

「───助けてくれぇぇぇ!!!!」

 

 

負け犬の遠吠えにも見えるそれは、痴姦強漢が当たり前の世界では助けを求めなければ男は死ぬ。故に例に漏れず高らかに叫ぶのだ。

 

人と言うのは順応が大事であると学んだ。常識が、知識が通用しないこの世界で、学べば学ぶ程より深くより広く理解出来るようになった。知識と言うのは紐解いていくと様々な分類上に枝分かれしていく。それを理解出来るのは柔軟な思考を持った人間だけだろうが、知識を知るというのは誰でも出来る事。日々勉強と言うが、全くその通りであると、この世界での一番の教訓となっている。

 

故に、助けを求めるという事もソレに類似する。

 

あんなのに適うはずが無い。ないが、適う術はある。戦うことは出来ないが武器は手にしているのと同じだ。

こんな事言うのは彼女達にとても失礼なのだが、ここに来る彼女達は言わば武器である。戦う術である。武器取ってきてと誰かにお願いするようなものである。

 

 

グルンと首がこちらを向いた。おぞましい口がニヒルに笑う。動きは遅いように見える。瞬時に頭ごと丸呑み出来る隙はあったはずなのにしなかったのは、アレの動きが遅いからと考えられる。

 

ならばとより遠くに距離を取らなければならない。しかしなり続けているブザーの発信源であるここから動くのは得策では無い。勇者部メンバーは今はまだ外で草むしり中であろう。校長室は校舎奥にある為、勇者部達がいる場所からは距離があるし、この部屋から出た場合すぐ隣には教職員室。そこから窓をぶち破って入っては来れないので、この場に留まる他手段は無い。

 

動きが遅い分、考える時間も生まれるのでその隙を狙う。

だが同時に自分の首を絞める事にもなる。退路はない、あるのはちょこまか逃げる事だけ。凡そ助けが来るまでの時間稼ぎしか出来ない。捕まったらはいおしまいのデスゲーム。罰ゲームは文字通り死と言う罰則。やってらんねぇなそんなクソゲー。

 

 

「………人生でこんな経験したくないのにな」

 

 

通り魔に襲われるような感じだろうか。刃物を持った不審者が目の前に現れ、壁際まで追い込まれるというシチュエーション。

当然無防備な自分は為す術なし。ほぼ詰んだ状態が目に見えてわかる。

そんな通り魔なんて人生の中で1回あるかないかの確率。命懸けの逃亡劇なんぞ舞台の上空想上の与太話でしか聞いた事のない未知の体験。頭の中がパニックになるのは分かったし、自分じゃ咄嗟に何も出来ないと理解出来た。

 

よし反省した。解散したいんですけど駄目ですかね?はい、ダメですかそうですか。

 

 

 

動いた。しかし動きは遅い。

 

改めて見てわかったがこの怪物、校長先生の時よりも頭が一回りぐらい大きくなっている様な気がする。頭皮辺りを見れば何となくわかるが、モゾモゾとのたうち回るように何かが蠢いている。顎の位置も、前傾姿勢になっているからか何処と無く一般人の位置よりも低い。

 

頭が重くて動きが遅いのだろうか。

本で読んだ事があるが、人間が二足歩行出来るのは身体と姿勢の絶妙なバランスによって出来ることらしい。四足歩行する動物は、進化、または退化によってそれぞれ見合った体付きになるが、人間の場合二足歩行をする為に進化して行った為に今の姿がある。

全ては黄金比。二足歩行で立てているのは全てがバランス良く揃っているからだ。

 

従って、今目の前にいる怪物はバランスを崩している。何故だか分からないが頭が異常に肥大化している。下手に動けばバランスを崩して倒れ込む。怪物からすればそれを理解していてそうなっているのか怪しいところ。

 

これはチャンスでもある。距離を取って時間を稼ぐことが出来る。

一先ず校長先生が普段使っている机と椅子がある窓際まで待避だ。

 

 

───ズドンッ

 

 

その時何かが倒れた。恐る恐る音の方に顔を向ける。

怪物が倒れ込んでいた。破損した木屑に身体が串刺しとなり、止めどなく赤い鮮血が全身から溢れ出していた。

 

思わず目を背ける。血というのは自分のも含めあまりみたいものでは無い。アレを自分の身体から流れていると思うと血の気が引いてしまう。

しかしこれが、一瞬のスキを生んだ。

 

唐突に怪物は動きだした。地を這うように、身体を地面に擦り付けるように。

人体が出せる音ではない背筋が凍るような轟音と共に真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 

「───はやっ」

 

 

間一髪の所で避けられた。止まることなく直進した怪物は、そのまま壁に激突し、頑丈な壁に上半身を食い込ませる程めり込んだ。

凄まじい速さだった。ゴキブリが人間大になって動いたような速さだった。体が反応出来たのが奇跡と言ってもいい。這うようにした事で全身で頭を支えるのでは無く、押す事で動きに制限がでた分早く動けるようになっているのか。

 

怪物は思いの外直ぐに体勢を立て直してきた。無理やり頭を壁から抜いたからか、頭部部分が傷だらけになっている。だが頭部の傷からは血が流れていない。

 

 

「っ、糞がっ」

 

 

再び突進。しかし今度は避け切れない。右によれたことで左腕が捕まり、一瞬でマウントが取られた。

馬乗りになった化け物は、両肩を押し付けて押さえ付けてくる。身動きが取れない。力が強過ぎる。押さえられた両腕を掴み、全筋肉を総動員して押し返そうとするが、ピクリとも動かない。

 

 

「っ、っ!!」

 

 

脚をばたつかせて体勢を崩させようとするも思うように動かない。完全に詰みだ。逃げる事は不可能。

 

顔に血糊がこべりつく。制服は血で汚れ、怪物の血が滴り落ちて床に血の溜りを作っている。動く度ぴちゃぴちゃと水音が弾き、鉄の香りが鼻腔をさす。

 

ここまで力が強いとは思わなかった。普段鍛えているが中学生ができる範囲までのトレーニングしかしていないし、大人と子供の力差など目に見えて分かる。が、これは異常だ。肩が軋む。肩の骨をわしずかみにされて握り潰されそうな握力。そしてビクともしない腕力と微動だにしない体幹。これが馬乗りになれば、子供では到底抜け出す事は出来ない。

 

 

「……ぐっ、ぐぐぐぅっ………!!」

 

 

力んでいたせいか頭に血が上ってきた。呼吸が乱れ視点がぶれる。血液の巡りが悪くなってか、足が異常に震え出てきた。痛みと苦痛に全身が犯されていく。しかし喰われる恐怖はさっきよりは無い。まだ抜け出せる、切り抜けられると、それでも心の中で強く想っているからだ。

 

そして、俺は確実に()()()()()()()

 

 

「……残念だけどっ、これは……、俺のっ、勝ちだ……っ!!」

 

 

 

 

瞬間、窓ガラスをぶち破って人影が飛んできた。一瞬で距離を詰めた人影は、怪物の首元に回し蹴りを入れる。

 

その威力は凄まじく、大人の体を数十メートルある壁側まで吹っ飛ばした。

 

 

「……ノックしてもしも〜し。勝手にお邪魔しまーす」

 

「……ホントにギリギリセーフ。っ、力哉さん凄い血の量っ!?けがっ!?何処かお怪我をっ!?」

 

 

双斧の一斧を構え、表情は見えないだろうが明らかにブチギレているであろう勇者服を着込んだ三ノ輪銀と、あたふた俺の全身を触って血糊を拭っていく勇者服を着込んだ三好夏凜だ。

 

思わず安堵の息が漏れる

 

 

「……助かった。流石に、今回は命の危機を感じだよ……」

 

「遅くなってしまい申し訳ございません。力哉さんの危機に駆け付けられない雌犬をどうかお叱り下さい……っ」

 

「いや、今回は俺の落ち度だよ。銀も夏凜も悪く無い。ホントに助かった。ありがとう、夏凜」

 

 

申し訳無さそうに頭を下げる夏凜を、思わず抱きしめてしまった。アワアワしながら顔を真っ赤に染める夏凜。しまりがないように見えるが、緊張感が解けてかなんだか人肌を感じたくて仕方が無かった。

 

 

「……イチャイチャするのも結構ですけど、状況わかってます?」

 

 

額に血管を浮き立たせてこちらをチラッと見た銀。意識はこちらに向いているが、怪物への注意は怠っていない。

 

 

「もちろん。銀が来てくれたから、もう安心だって」

 

「……買い被りすぎっすよ。アタシはそんなに万能じゃないんでね」

 

「俺の護衛は最強なんだって知ってる。だから俺は、こんな状況下でも安心して君の後ろに居られるんだ」

 

 

口がペラペラ動く。安堵した事で身体の力が抜けてか思ってる事をついつい喋ってしまう。自分で言うのもなんだが、かなり恥ずかしい事を口にしてる気がする。

 

顔を真っ赤にした銀は、ゴニョニョ何かを話しながら顔を背けた。

 

 

「………夏凜、力哉さんの隣は譲ってやる。傷一つつけたらぶっ殺すからな」

 

「……は?誰に向かって言ってるわけ?私は力哉さん最強護衛の三好夏凜よ?そんなヘマする訳ないじゃない」

 

「さいきょーはアタシだ。そこは譲れない。悔しかったら汚名返上でもしてな」

 

「先輩こそ、負けてからの言い訳なんて考えないでよね」

 

 

銀が飛び出す。距離にして凡そ数十メートル。しかし銀の洗礼された縮地により一瞬で銀の間合いに入った。

 

銀は片腕というハンデがありながらも、その実力は大赦屈指の実力。防人のリーダー、夏凜を含め、彼女に勝てる者は皆無に等しい。元々愛用は双斧だが、片腕になった事で一斧しか使えないが、その小柄な体格からは比にならない戦闘力を見に宿している。

 

斧を横に構え、利き足である右足を踏み込んだと同時に横一線。首を狙った一撃は、音と衝撃を置き去りに全てを切り裂いた。轟くような轟音。身体にひしひしと伝わるその一撃の重さ。綺麗な断面が見えたと共に、軽々と繋がっていた頭部が宙に投げ出された。

 

 

「───去ね」

 

 

斧を持ち直し、峰で頭部を床に叩き付ける。激しい揺れと激音により、校長室に飾られていた肖像画やトロフィーが床に落ちていき、叩き潰された頭部を中心に床にクレーターが出来上がった。

 

 

「状況終了。……一先ずここを脱出しましょう。勇者部面々を回収しつつ、ゴールドタワーまで向かいます」

 

「……ああ。ありがとう、銀」

 

斧を引っこ抜き、勇者服を解いた銀は照れ臭そうに俺の手を握って窓から飛び出す。遅れて夏凜も後ろから続く。

 

外では少し騒ぎになっているようだが、気にしていられるほど今の俺たちに余裕は無い。

少し全身がだるいが、今は必死に逃げる事が優先される。

 

 

 

 

校庭を抜け、校門付近に車椅子姿の少女を含めた人影が見える。言わずもがな、勇者部メンバー達である。

走ってくる俺達に気付いてか全員の視線が向くが、一気に表情を歪ませた。

 

 

「おおおおおおおおおおお兄様!?!?!?なななっ!?一体何がァァっ!!お怪我をっ、お怪我をされたのですかぁあああっ!?!?!?」

 

「いや……っ、嫌だっ。力哉先輩死んじゃやだァあああ!!」

 

「あ、アンタそれ大丈夫なわけ?取り敢えず傷の手当を……」

 

 

一心不乱に乱れる3人の姿に苦笑いしつつ、大丈夫である事の旨を伝える。この血は全て返り血であるし、外傷はほとんど無い。ぺたぺた触り出す美森の手を握り返し、風と友奈を落ち着かせる。

 

 

「風さん。取り敢えず車を呼んで移動します。樹ちゃんも別働隊に迎えに行ってもらってますので、一先ずゴールドタワーまで」

 

「……ゴールドタワーって、大赦の研究所じゃない。あんた達の状況見て言うけど、大丈夫なわけ?」

 

「……あー、アソコには怖い怖いおねーさん達が多いから大丈夫っすよ。神樹様の力が強い唯一の場所でもあるんで。力哉さんにとっては世界一安心出来る場所です」

 

「……うぇー、アイツいるから私あんまり行きたくないんだけど」

 

「我慢しろ。それが、勝者が味わう敗者の怨念だ」

 

 

何やら不穏な空気だが、電話を掛け終えた銀は風にこれからについてを語る。

 

ゴールドタワーといえば普通は観光目的でしか利用されない場所だが、大赦の研究所がある場所でもある。そんな情報を知り得ない美森と友奈は、首を傾げている。

 

 

「ゴールドタワーに行って何をするの?」

 

「……詳しくは車ん中で話すけど、一先ず言える事は一つ」

 

 

目の前に車が駐車し、ドアを開けながら銀は言う。

 

 

 

 

 

 

 

「世界を救うんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的に勇者部が動き出したのは、今日この時からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




語彙力の低下を確認。

病んでれ及びおにゃの子の涙、歪み病み不足。



ゆゆゆ3期の一話目見て、いつそのっちが例の日記を出して若葉ちゃぁあああん!!歴伝が始まるかお腹キリキリ痛めながら見てました。
防人推しは弥勒さんです但し蓮華の方。


いや防人とちゃうやないかい!!


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イチハツを構えて

時間が出来たのでぶっこ抜く。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

讃州市からゴールドタワーまで、電車で凡そ1時間弱。車だと1時間以内には着く。その間、車内では今回の件についての説明が行われていた。

 

 

「……まず初めに、自己紹介と参りましょう。本名を公言することは出来ませんので、乙とお呼びください」

 

 

車内は俗に言うリムジン使用。全席中央を向くような構造で、中央には真っ白な縦長の机が置かれている。

運転席に近い席、そこに大赦の人間、曰く乙と名乗る人物が座り、何席か開けて勇者部メンバーが座る。力哉の両隣は銀と夏凜が座り、銀は何やらイライラが止まらない様子。しかめっ面で必死に自身を押さえ込んでいる。

 

 

「……自己紹介って言った割に、分かること無かったわね」

 

「否定はしません。私も言葉をもう少し選ぶべきだと思いました」

 

「自分で完結しちゃった」

 

 

何故かボロボロの力哉を夏凜が手当し、それを嫉妬心剥き出しで睨む美森。それを何食わぬ顔で見ている友奈と、状況が上手く理解出来ていない樹。風は乙をじっと見つめている。

 

 

「……今回の件、力哉様も含め状況が飲み込めていないかと存じます。故にまずはお聞きください」

 

 

大まかに言えばこうだ。

 

・犬吠埼風は大赦が派遣した人間であり、勇者適性のある部員を集めた。

・東郷力哉も大赦の人間であるが、飽くまでも裏方。三ノ輪銀と三好夏凜はその護衛。

・東郷力哉が襲われたのは壁の外からの干渉による結果。

・勇者部員は御役目として勇者となって壁の外からやってくる敵を倒して欲しい。

 

 

風はいつ御役目が起こるか分からなかったが心積りはしていた。故にまだ状況を理解出来ている。しかし、友奈、美森、樹の3人はそんな事とは無縁の生活だった為理解出来ていない。

 

 

「……俺からいいですか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「あの怪物が壁の外からの干渉っていうのは分かったんですけど、それが実際に反映されていたのにどうして結界が発動しなかったのでしょうか?」

 

「それは分かりません」

 

「え……?」

 

 

あっけらかんと、自然にそう返答する乙。力哉も思わず首を傾げた。

 

 

「……お兄様、結界というのは?」

 

「結界とは、神樹様の力による別空間の事。干渉が有る場合、神樹様が察知して結界を貼るのです」

 

「……あたし等が見た敵モドキ、先代の時に見た敵には居なかったタイプだけど」

 

「あの怪物。我々はアレをバーテックスと呼んでいますが、今回遭遇されたバーテックスの小型。壁外調査の結果、それらと類似するものが世界を覆い尽くす程の数を確認しました。しかし結界内においての発見事例は先日異変を察知した三ノ輪銀並びに三好夏凜が初。我々にも未だに分からないことが多いのです」

 

 

そう言われるとこれ以上聞くのは無理だ。力哉は成程と頷くしかない。

大赦の言うバーテックス。2年前先代勇者達が戦っていたであろう敵の名前を前に、力哉はモヤモヤした気持ちを心に抱いた。

 

 

「今のところ分かっていることを説明します。まず、力哉様が遭遇されたバーテックスは、人間の身体を媒体に活動しているようです」

 

「媒体?」

 

「はい。この世界、壁の内側は神樹様が結界を張っているため外からの干渉を受ける場合、必ず樹海と言う神樹様が作り出す結界、言うなればこの壁内を覆う結界とは違う場所に干渉が起こります。勇者様方が戦われる際、バーテックスを樹海の中に誘い込ませ、樹海内で戦うのが2年前までの常識でした」

 

 

しかし、と言葉を繋ぐ。

 

 

「三ノ輪銀並びに三好夏凜が遭遇したバーテックス。あれは神樹様が樹海化をする暇もなく、この世界に干渉してきた。緊急領域で凌いだものの、一歩間違えれば干渉の力が実際に被害を出すところだった。そして今回の件」

 

「……神樹様が結界を作り出すことさえ、出来なかったと」

 

「そういうことになります」

 

 

重々しい空気が流れ出す。夏凜がギュッと力哉の右手を握る。護るべき相手を未然に守れなかったこと、事実を初めに伝え忠告しておくべきたったと。夏凜の瞳にはそう言った後悔の色が見える。銀も、先程からイライラしているのは、自分が無力だったからだろう。出来ることを慢心により不可能にした。大切な人を護れず何が護衛か。後悔よりも悔しさの方が余っ程大きい。

 

 

「……媒体と言いましたが、サンプルの解剖の結果、どうやら人間に寄生しているようで。顔を覆い鼻や口の中に触手を伸ばし中枢神経を弄って支配していると。脳組織は寄生された瞬間から死滅し、バーテックスが完全にその身体を支配する仕組みであると分かりました」

 

 

寄生、されたら死ぬ。その場にいる全員がその言葉を理解し身を震わせた。

 

 

「寄生される人間は今のところどういう関係性なのか分かりませんが、ひとつ言えることがあります。行方不明者のリストを参照に指紋鑑定をした結果、全員が女性で美人であると分かりました」

 

 

詰まり美しい女性が襲われると。その言葉に何処か力の抜けた息が聞こえる。

 

 

「……じゃあ、私達は大丈夫だよね?不細工だから」

 

「……あまりはっきり言われると辛いわ、友奈ちゃん」

 

「だ、大丈夫よ樹。怖くない怖くない」

 

「……うん。不細工だから、怖いの来ない……怖い」

 

「……2人ともそんなに抱き締めなくてもいいよ」

 

「……ごめんなさいもう少しこのまま」

 

「……ふん」

 

「っ、きぃいいい!!お兄様に抱き着いて羨ましいっ!!」

 

 

何やら美森がカンカンだが、又後でと力哉の言葉に大人しくなった。普段の茶番とは言え、犬かとツッコミを入れたくなった風はグッと口と喉を抑えた。

重々しかった空気が若干和らいだ。

 

 

「……ですが、安心出来ません。力哉様が襲われた理由も分からぬ現状、いつ何処の誰が寄生されるか分かりません。よって、勇者部の方々には勇者となっていただき、その異分子並びに迫り来るバーテックスの脅威を排除して頂きたい」

 

 

これはお願いではなく御役目であると、乙は頭を下げてそう言った。

風、美森、友奈、樹はボロボロになった力哉を見る。それぞれ怒りが込み上げ、特に美森は立ち上がる勢いで高らかに口を開いた。

 

 

「ばーてっくすなる異分子。お兄様のご尊顔に傷を付けた罪は海より深い。為れば、この私が粛清しなければならない。風先輩私は勇者として戦います。お兄様への報復を持って敵討ちに参ります!!」

 

「……私もやります。力哉先輩に傷付けた代償、しっかり払わせなきゃ」

 

「……東郷、友奈」

 

 

美森に続き、友奈も声を上げる。力哉に依存している2人だからこそ、耐え難い怒りが込み上げ、復讐を望んでいるのだと理解出来る。

そんな2人を、風は訝しげに見つめる。

 

 

「……2人とも、怒らないの?私が巻き込んだせいで危険な目に合うかもしれないのに」

 

 

確かに、部活を作りそれに参加させたのは誰でもない、部長である風自身だ。風が集めなければ、力哉も、誰も傷つくこと無く何気無い日常を送れたのは事実。後ろ袖引く思いで風はそう口にした。

 

 

「……確かに、風先輩がお兄様を部活に入部させた事で事態は起こったのかもしれません。でもそれは結果論です。それについては私からは何もありません。ただ、ひとつ言えるとするならば。報復出来る力が自分にはあった、それだけで私は十分納得出来ます」

 

「東郷さんの言う通りです、風先輩。それに言ってたじゃないですか。誰かの為に何かしたいって。勇者になる事も誰かの為になるって事ですよね?なら、勇者部として、私達がやらない訳ないじゃないですか」

 

 

元々大赦から勇者適性の高い者を集めて友好関係を築けと言われていた。部活を作ったのもその延長線。誰かの為に何かがしたい、勇者適性の高い者を集めなければならない。2つの意見が混じった時、初めて風の中でその考えが浮かんだ。誰も悪くないと、むしろありがとうと。感謝される事になった風は的外れだったのか呆気ない表情を見せる。

 

 

「……その、お父さ──力哉さんがこれからも襲われるって事、もしかしたら有り得るんですか?」

 

「可能性はなきにしもあらず。ですが、世界崩壊となれば力哉様も襲われる事は確実です」

 

「……私、……やるよ、お姉ちゃん。何も無い私だけど、お父さ──力哉さんを守れる力が欲しい。だから、私もやる」

 

「……樹、アンタまで……」

 

 

グッと拳を固め、姉である風に強い意志を目に宿した樹が決意した。樹も元々はゆっくり入部させようと思っていたし、勇者適性も周辺地域では高い方である。勇者となって力を振るうには充分過ぎる。

 

 

「……ま、あたし達は元々そのつもりでここに来てたんで、特に言うことは無いですよ」

 

「勇者としては私達が先輩なんだから、ビシビシ鍛えて上げるわ」

 

 

銀と夏凜は元より。大赦から派遣された時点で、讃州地域のメンバーが勇者となる事は目に見えていた。腕を組んで鋭い眼光を窓の外に向ける銀と拳を突き出してやる気満々な夏凜。間に挟まれた力哉は少し表情が暗い。

 

 

「……はぁ。なら、私が辞めますなんて言えないわね。……べ、別に力哉。アンタを守るだとかなんとか全然気にしてないんだからね!!」

 

「風先輩、そのキャラは古いです」

 

「ツンデレって奴ですか?」

 

「なっ、ち、違わい!!……でも、勇者部として、私達が出来ることならやってやるわ。それが、私が作った部活のモットー。なせば大抵なんとかなるの心情の元、バーテックスでもなんでも倒してみせるとも!!」

 

 

グッと拳を握る風。いつにも増して気合い、やる気、そして威勢がいい。おおーっとパチパチパチ手を叩いて讃える友奈。当然ですと言わんばかりに縦に首を振る美森。そんな事言っていいのかとアワアワ震える樹。

そんな姿を見て、力哉の表情は少しだけ和らいだ。

 

 

「……詳しい話はゴールドタワーに着き次第お話します。それまで、お寛ぎ下さい」

 

「じゃあもう普通に話していいってことっすか、せんせー?」

 

 

銀の問よりも早く、乙は大赦の仮面をとった。肩の力を抜いた乙──安芸先生は、懐にしまっていた眼鏡を取り出してかける。

 

 

「……全く、三ノ輪さん。一応ここは大赦の監視内ですよ。言葉を謹んで下さいね」

 

「せんせーが仮面とってる時点であたし達の気持ち的な何かも取れましたんで」

 

「……はぁ、1年余り顔を合わせなかっただけでひねくれ者になってしまった。先生は悲しいですよ、三ノ輪さん」

 

「そんな事微塵も思ってない癖に」

 

「赤嶺くん、三ノ輪さんの教育方針についてお話があります」

 

「俺は何もしてませんって!」

 

 

仮面をとった乙改めて、安芸先生は先程の機械的な受け答えではなく、人間じみた雰囲気を見せ始めた。それを分かってか、銀もおちょくるような発言をしている。

 

突然の流れに、風達は唖然となった。

 

 

「…え、どういう事?」

 

「……乙さんのさっきの姿は一体」

 

 

首を傾げる勇者部達に向かって銀が口を開いた。

 

 

「……まあなんて言うの?先生は大赦の関係者だけどちょっと違う人でね。小学生の頃からの関係なのさ」

 

「言ってしまえばパシリ、みたいな扱いを受けているのだけど。三好さん、この前の解体依頼、急過ぎて皆涙目でしたよ?春信君も戸惑っていました」

 

「うぇっ、なんかすいませんでした」

 

「なんかじゃないんですよ。具体的に分かっているんですから全く。赤嶺くん、再度言いますが教育方針についてお話があります」

 

「だから俺は何もしてませんって!」

 

 

歳上だかこそですよと、プンスカ怒っている安芸先生。力哉は否定する事しか出来ないでいた。そんな姿が、どういう訳か面白いようで、勇者部メンバーは声を上げて笑いあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいんすか?認めちゃって」

 

「……彼女がああ言ったのは俺のせいだ。結果として、そうなったのなら、今更後悔も否定も出来ない」

 

「……また、同じになるんですかね」

 

「……辛い思いをさせる。償いは何時でもさせてくれ」

 

「……将来あたしの事貰ってくれたら許しますよ」

 

 

人目に分からぬよう、そっと手を絡め合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「───総員、整列!!」

 

 

ビシッと乱れ無く縦四列横五列に並んだ、防具服のようなゴツゴツした格好をした少女達がゴールドタワー正門前に整列する。対象の車が目視出来た為、整列し直したのだ。

 

 

「───これより、()()()()は護衛任務に移行する。対象は専用車両に乗った青年乙と仮名。死にものぐるいで護り抜け!対象は世界の運命と言っても過言では無い存在だ!!傷一つつけたのなら、打首は免れんと心しておけ!!」

 

 

『了解!!』

 

 

「───第二、第三部隊は車の誘導並びに周囲の警戒。第四、第五部隊で証拠抹消並びに半径数キロ内の警戒任務。誘導が終わり次第、第二第三部隊もその任に向かえ!!警戒任務は只今の時刻をもって、三時間後までとす。全員、解散!!」

 

 

『了解!!』

 

 

一斉に少女達が飛び出していく。残されたのは五人のみ。全列三人と、指揮を執っていた一人、そして彼女の横に経つ巫女服を纏った幼い少女だ。

 

 

「……いよいよですわね芽吹さん」

 

「……ええ。やっと、責務を果たす事が出来るわ」

 

「ん」

 

「……なんだか嫌な予感がして怖いな〜。私、何か起こったら隠れるからね」

 

「……力哉お兄様」

 

 

 

待つこと数十分。目標がゴールドタワーの敷地内に入るまで、五人はそれまで待ち続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




複数作品書いてると設定がこんがらがるよね。主人公の名前間違えたり、性格こんがらがったり。まあ自業自得なんだけれども


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桃源渡るゼラニウム

なんだよアニメ6話エグすぎんだろぐんちゃん興奮するだろなんだよ俺の性癖くすぐんなよ同学年切りつける時のあの表情堪らねぇ興奮しゅりゅおっき収まらんてエグいてマジでマジでヤバいてあんなにも助けて上げたいキャラそう居ないぞ父親おい父親聞いとんのか
我いてこますぞマジで鼻から指突っ込んで脳みそ掻き出すぞクソカスが母親も母親だよぶち犯すぞクソカスぐんちゃんの前で土下座fuckして尊厳失わせてぐんちゃんと一緒にボコボコにしてやるゴミムシがなんだよクソカスがマジ許さん俺だけは認めるからなぐんちゃん俺は君の味方だよぐんちゃん例え蔑まれようと俺は味方になるよ困ってたら助けるし泣いてたら涙を吹いてやるし笑ってる時なんか俺も一緒に笑ってあげるよだから若葉ちゃんと喧嘩しないで後でゴミ掃除しとくからだから大丈夫泣かないで血が出てるよ治してあげなきゃ大丈夫大丈夫痛くない痛くない怖くないよ大丈夫俺に任せてーーー


















ぐんちゃん救済小説増えろ(念力)。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールドタワー正面門から入った車は、ゆっくりとゴールドタワーの正面玄関まで進んでいく。

晴れていた空も何時しか曇り空に変わり、いつ天気が崩れても可笑しくない様子だった。何か、嫌な予感が勇者部達の脳裏を掠める。

 

 

「………こんなにも厳重警備だなんてね」

 

 

窓から見える、戦闘服を来た数名の人影。警護していると言うのは分かるが、如何せん重警備過ぎると風は思う。周りにいるだけでも数からして10人。死角がほぼ0度の位置に立つ彼女らの洗礼された動きには目をはる。

 

 

「……まあ、力哉さんがいるから。当然だろ」

 

「毎度の事だから」

 

「……え?そうなの?」

 

 

銀と夏凜の返答に風は力哉に問いかける。力哉は苦笑いを浮かべながら首を縦に振った。

 

 

「しなくてもいいって言ってるんだけどな」

 

「……仕方ないです。襲われたとなればピリピリしますよ」

 

「お母様がぴーぴーだけだから、気にしなくてもいいのに」

 

「多分連鎖でこうなってるんですよ……」

 

 

力哉、銀、夏凜が遠い目を窓の外に向けている。聞くに聞けないような表情の為、ここは一度スルー。

さてとと、一息入れた安芸先生は仮面を被り直す。

 

 

「……それでは、ゴールドタワーに到着致しましたので、随時下車下さい」

 

 

安芸先生の言葉と共に、車がピタリと止まる。両サイドの扉が勢い良く開き、籠っていた空気と入れ替わりで潮が香る風が車内に入ってきた。

 

 

「───全員っ、敬礼!!」

 

 

戦闘服を来た少女達が、道を囲うように並び敬礼。統一された動きと表情ははまさに軍隊のそれ。力哉、銀、夏凜は平然と歩いているが、勇者部メンバーは少し肩身の狭い視線を受けていた。力哉に車椅子を押されている美森は特に、殺気に似た鋭い視線をヒシヒシと感じている。

 

 

「───お待ちしておりました、力哉様」

 

「……様は辞めてくれって言ってるだろ、芽吹」

 

 

隊列を組む少女達の統、玄関口に佇んでいた少女、芽吹は口元を緩ませて微笑む。おでこにかかる特徴的な髪型をした彼女は、顔を赤く染めながらゆっくりと力哉に近づいた。

 

 

「お怪我に響くと危ない。すぐに治療を致しましょう。弥勒さん、山伏さん」

 

 

後ろに目配せをした芽吹と入れ替わるように、胸を張り堂々と歩く少女とチマチマと小さく歩く少女が力哉に近付く。

 

 

「さあさあさあっ、この弥勒夕海子が力哉さんを看病して差し上げますわ。それはもうっ、ずっしりしっぽりとっ」

 

「……んっ、ばっちこい」

 

 

何やら手を厭らしく動かす弥勒夕海子という少女と、ふんすっと鼻息を立てて何かにやる気を出す山伏という少女。その姿を見た美森と友奈は鋭い目付きで2人を睨み付ける。

 

 

「……あまり、お兄様を下種で貧相な目で見ないで。穢れてしまう」

 

「あんまりそういうのはやっちゃ駄目なんだよ?」

 

 

力哉を庇うように立つ2人と、脅しに反応しない2人。交差する視線がぶつかり、火花を散らしている。

それを制すのは力哉の隣に控えていた銀だ。

 

 

「……いがみ合いは止めな。優先順位を考えろ」

 

 

威圧をかけて無理矢理黙らせる。銀のこういう所は素直に凄いと感じる。

力哉は2人に連れられて先にゴールドタワーに入館していく。それを見計らってか、芽吹は整列していた少女達を解散させる。

 

場に残された勇者部達と芽吹、そしてもう一人オドオドしている少女。何に対してキョドっているのか分からないが、目の前にいる芽吹の雰囲気からして、ただならぬ物を感じているのかと思う。

実際芽吹の内心は怒り状態。今すぐにでも武器を握って滅多刺しにしてやりたい気持ちが込み上げている。

 

そこまで怒っている理由。答えはすぐに分かった。

 

 

「………弁明はあるかしら、三ノ輪さん、三好夏凜」

 

「………言い逃れも言い訳もしない。今回は完全にアタシの落ち度だ」

 

「先輩が悪いわけじゃない。私だって慢心してた。次こそは守りきってみせる」

 

「……はぁ?何を言っているの、三好夏凜。次なんて無いのよ」

 

 

言葉は冷静だ。しかし、感情は怒涛。キッと鋭く尖らせる瞳の奥は、ドス黒い色に染っていた。今すぐにでも斬りかかってくるような佇まい。後ろの少女が脅えている原因はこれだった。

 

 

「今回は大事に至らなかったものを、それにカマかけて何もせず、慢心して腐っていくだけなのかしら?次なんてある訳ない。貴方はもう一度あの人を危険に晒すと言うの?」

 

「……そ、それは……っ」

 

「やり直しは効かないのよ。貴方一体何の訓練をこなして来たのかしら。そんな人が勇者に選ばれたなんて、相変わらず大赦はクソね」

 

「……償いはする。力哉さんの望むままに、だ」

 

「あの人は優し過ぎるから罰なんて与えないのは分かっているでしょ?今回の作戦、本気でやらなかったら勇者並び護衛任務から外れるよう大赦の方に言っておくから」

 

「……なんだ、そんで自分を推薦しようってことか?」

 

「……は?」

 

 

銀の言葉に芽吹は癇に障ったのか、鋭い目を更に細める。

緊張が迸った。そして重く伸し掛る重圧。まるで刃がぶつかり合っているような緊迫感。何方が手を出していても可笑しくはない程の空気感に、場にいる誰もが息を飲む。

 

 

「……言っとくけど、アタシだって自分に嫌気さしてんだ。それを愚痴愚痴愚痴愚痴と。分かってんだよそんな事は。大赦の汚点。勇者がそんな事じゃ格好つかない事ぐらい分かってるし、何より一番頭に来てるんだ。今更騒がれたとこで、アタシには何も響かんのよ」

 

「……何。うざいってわけ?」

 

「失敗の一つや二つでネチネチ言えて、余っ程良い気分だろうな。僻み嫉みは見苦しいね」

 

 

 

瞬間───。

 

太陽の光の反射が芽吹と銀の間に軌跡を描き、甲高い金属音が聞こえた。

芽吹が振り下ろしていたのは銃剣。隊長格に配備された強力な武器だ。それを受け止めた銀は、勇者服を左腕のみ部分展開。双斧の片割れを握り、振り下ろされた銃剣を受け止めていた。次第にゆっくりと、左腕から這うように勇者服が展開していく。

 

銀の表情は見えない。しかし、ギリギリと激しい歯軋りが聞こえる。

風達は、突然の攻防に驚きを隠せないでいた。

 

 

「………気に入らない。本当に気に入らないっ。たかがそばに居ただけで選ばれた貴女が本当に気に入らないっ!!……あの人がどれだけ尊い存在なのか本当に理解しているの?男のそばに居るってだけで舞い上がってるんじゃないでしょうね?」

 

「下心があるってか?当たり前だろ、力哉さんだぞ?アタシらにも優しいあの人をみすみす逃すわけねぇだろうが」

 

「その結果が今になっているのよ。慢心して無ければ怪我だってしなくて済んだはずなのに……っ」

 

「これ以上言ったってなんにも無いだろ。お前の愚痴の捌け口になるつもりは無いんだよ」

 

 

激突音。更に激突。

首を狙った一撃を弾き、腕を狙った一撃を弾く。空かさずカウンター。小回りの聞く銃剣よりも、双斧は重さもあるため扱うのが難しい。全ての攻撃を防ぐ事など並大抵では無理な話。しかし、片手というハンデが有る中で銀は全ての攻撃を受けきった。

そこから放つカウンターは、大振りながらも芽吹が扱っていた銃剣と大したかわりなどない速度。凄まじく早く、そして鋭い。接触の瞬間、弾いて懐に双斧を叩き込む。

 

 

「───っ」

 

 

反射的な回避。弾かれて後ろに倒れた身体を更に倒し、仰け反る形で一閃を躱す。数度空中バク転、数歩バックステップを踏み、銃剣を銀に突き付ける。

 

 

「……貴方はそうやって、何時も何時ものらりくらりと。実力はどうであれ、力哉様をお守り出来ないんじゃ本末転倒なの分かってるの?」

 

「……分かってるに決まってんだろ。お前に言われなくても、一番あの人のそばに居るんだから嫌でも分かるさ」

 

「………分かるならっ、分かってんなら守り切れよ!!」

 

 

再び衝突。しかし一瞬銀が早かった。

突き出された瞬間の銃剣の切っ先を捉え、狙いを定めて双斧を振り下ろした。力の応用で剣が砕けた。大きさ、力の入り具合といい双斧に圧倒的軍配が上がるであろう結果を踏まえても、銀の間合いに入った瞬間の一連の動きはまさに水流の如く。流れるように繰り出された双斧は、銃剣が砕けた事で怯んだ芽吹の一瞬の隙に首元に双斧を突きつける。

 

 

「……アタシに勝つなんて、100年はえぇんだよ」

 

「……っ」

 

「ま、100年経っても負ける気はねぇけどな」

 

 

くるくるっと双斧を手の中で回し、その後地面に突き刺す。同時に勇者服が解除され讃州中学指定の制服姿に戻った。ゆらゆらと何も無い右腕の袖が風で靡き、銀はフゥーと息を吐いて芽吹に一歩近付く。

 

銃剣を地面に落とし膝を着いた芽吹は、怨み嫉み怒り、様々な感情が籠った瞳を宿して銀を睨む。怖い怖いと言いながらも近付く銀は、芽吹に手を差し伸べる。

 

 

「……取り敢えず立て」

 

 

立たせようと手を差し伸べた銀だが、芽吹は手を取ること無く自分で立ち上がった。なんだよと表情を歪める銀。そんな2人の姿を後ろから眺める夏凜や勇者部達、怯えている少女は未だ険悪ムードな2人を心配そうに見ている。

 

 

「……お前に謝った所で変わらないのは分かるだろ。納得しろとも言わないけど、アタシ等にお前の愚痴をぶつけんな」

 

「……謝りはしないわ。私は、何時でもその立場を奪いに行けるから。寝首をかかれないことね」

 

 

取り敢えずは落ち着いたのだろうか。それから口を開かなくなった2人に痺れを切らした風が、申し訳なさそうに芽吹に声をかける。

 

 

「……あの、取り敢えず私達はどうすれば?」

 

「……あぁ、居たのね」

 

 

は?と首を傾げた。まるで今いる事に気付いたような口振り。思わず素っ頓狂な声が出てしまった風。

何やら考えていた芽吹は、思い出したように後ろに控えていた少女に声をかける。

 

 

「雀さん、取り敢えずどうすればいいんだったかしら」

 

「えぇーっ!?ここで私に振るのっ!?しっかりしてよメブーゥ!!」

 

 

ガビーンとオーバーリアクションで驚愕する雀と呼ばれた少女。ここで振られるとか死ぬっ、死んじゃうぅっと、何やら物騒な事を口走っている。更に困惑する羽目になった。

 

 

「……はぁ。茶番はそこまでに。楠さん、一先ず部屋に案内を」

 

 

今まで黙っていた大赦の仮面を被った安芸先生がやれやれと言った感じで歩いてきた。最初から止めろよなんて事は言わない。あの状況を作ったのは彼女達だが、元の発端は大赦側の勇者選抜式から来るものであるため、下手に口を出そうものなら飛び火してくる事は、芽吹の姿を見てわかっていた。

 

 

「……はい。じゃあ貴方たち。私に着いてきて」

 

「……なんか、力哉の前と居なくなった後じゃテンション違うわね……」

 

「……まぁ、忠犬的な存在だからな」

 

 

だれが、とは言わないが。

兎も角、スタスタと早足でゴールドタワーに進む芽吹に先ずはついて行かなければならない。

勇者部達は、いよいよゴールドタワーの内部に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゴールドタワー展望台。一般的に営業されていた当時、平坦な香川の大地を見渡せる絶景スポットとして名を馳せていた展望台。大赦管理となった今、防人部隊の作戦会議室となっている。

 

 

そんな場所に案内された勇者部達は、人数分用意された椅子を腰をかけると安芸先生の説明が始まるのを待つ。

力哉の姿はまだ無いが、護衛の銀と夏凜が動いていない以上、特に何の問題も無いようだ。護衛を外れているのは2人にとって心配事になってしまうが、流石に大赦管理の施設には、先のような事件は起きないだろう。

 

 

タワーを支える中心部に設置された巨大なスクリーン、突如として映像が映り一瞬驚いたが、その映像に映っていたモノに勇者部達は息を飲んだ。

 

 

「……これ、なんですか……?」

 

 

映っていたのは、正に地獄。炎炎と燃える炎。草木、建物のような姿も無く、全てが炎に包まれて、まるで太陽の表面を肉眼で見ているような光景だった。

騒々たる光景に、嫌な汗が風たちの身体をつたう。

 

 

「これが、世界の真相です」

 

 

未知のウイルスなどいなかった。あるのは世界を覆い尽くす炎と白い怪物。そして隠蔽された300年という偽りの歴史。

嘘の情報を認識させられていた戸惑いより、既に外の世界など無いという現実が何よりも恐ろしかった。

 

淡々と語る安芸先生だが、表面上仮面を被っているため内心が分からない。が、横に控える防人組の表情から察するに痛々しい思いを秘めているのでは無いかと予想がつく。

 

 

「……既に、外の世界は無い……と?」

 

「はい。残されたのはこの四国だけ」

 

「……なんという……っ。確かに、これを世間に公表しようものなら、暴動が起こっても可笑しくありません……が」

 

 

公表したとて、一市民に何が出来ようか。勇者システムや防人システムのある彼女達だから抗う事が出来るが、神樹様のアシストを持たない何処にでもある刃物を持っただけの人間だと確実に殺られるだけの存在だ。

拍車をかけるのは、そんな存在が既に現実世界に干渉し始めているという事。力哉が襲われたと言うが、もし無差別行為だとするなら対応するまでに時間がかかるのは明白。それだけでも被害への対応だけでどれだけ時間がかかるかなんて、四国領土を考えれば絶望的としか言いようがない。

 

 

「……先にも言いましたが、だからこその勇者様なのです」

 

 

勇者システムの使用。身体能力を数倍数百倍まで上げる、敵からの対抗策。

しかし、先までやる気であった彼女らはこの光景、そしてそこから来る責任の重さに少し心が待ったをかける。

 

当たり前だ。誰が好き好んで死ぬかもしれないようなことをするのか。例え人助けだろうと、自分の身を呈してまでやるお人好しはそうそう居ない。

 

 

「……恐怖はありましょう。責任の重さは言わずもがな。しかし、勇者様方がやらねば、この世界は……、力哉様までも命を落とす事になります。それを、無惨に指をくわえて見ているだけになれましょうか」

 

 

この場で、力哉の名前を出すのがどれ程彼女らの心を揺れ動かすのか分かってか、安芸先生は頭を下げる。

 

天秤に掛ける……なんて、選択肢等ありはしない。虐められ、蔑まれ、罵られ、罵倒された日々。絶望しか無かった日常を塗り潰してくれた優しい光。そんな光を、そんな大切な存在を、そう易々と壊される事などあってはならない。

 

名前を出されては、迷う心も引き締まるというもの。風たちの気持ちは皆同じだ。

 

 

「……やります。世界を守る……なんて、大層なことは言えません。けど、力哉を守る為、私は戦います」

 

「お兄様の命。今や人類史上最も重要な命。守るなんて生温い。命に替えても御守り致します」

 

「力哉先輩の為っ、そしてみんなの為、私もやります!!」

 

「わ、私は……、皆さんのような事言えませんけど……、や、やれる事はやってみます!!」

 

 

全員やる気充分である。誰しも恐怖はある。しかし、それに優る決意がある。震える心がある。しかし、それに優る温もりがある。

風たちの決意は絶対的。安芸先生はその返答にホッと肩を下ろすのだった。

 

 

「───素晴らしい心意気です。これで、力哉さんの身も大丈夫でしょう」

 

 

ふとコツコツと下駄の音がろうかのおくから響き、妙齢の女性の声が聞こえる。しかしそこらにいるような同年代らしい女性の声よりも透き通っており、スーッと心地よく耳に消えていく優しい声だ。

銀、夏凜、防人組が姿勢を正し、安芸先生も再度姿勢を正すと頭を下げる。

 

廊下の奥、現れたのは大赦の装飾服よりも特別感がある服を纏った赤髪の女性だった。表情は相変わらず仮面をしていて分からないが、()()()()()()()()()のが目を引く。肥満ではなく、不自然に。まるで()()しているような姿だった。

 

 

「……あまり無理をなされないよう」

 

「……はぁ、たまの運動をしなければ身体と()()()()に悪いとお医者様から言われたばかりなのに。私も無理するほど()()()の事を疎かにしてません」

 

 

安芸先生からの忠告に、やれやれと言った感じでため息を吐く女性。横に控えていた銀と夏凜がどこからか持ってきた少し立派な椅子を女性まで運ぶ。

 

 

「……どうぞこちらに」

 

「ありがとう、銀。夏凜も。……全く、人を病人扱いだなんてみんな酷いわね」

 

「それだけ貴女の事を心配なさってる事です。どうかご自愛ください」

 

「心配してるのは私じゃなくて()()()でしょ?」

 

「……はははっ、まさかそんな」

 

 

ゆっくりと仮面を取る女性。現れた素顔は何処か友奈に似た素顔をしており、思わず風たちは驚きを隠せない。

 

口ではあーだこーだ言う女性だが、椅子に座った途端重かった荷物を下ろしてリラックスするように椅子にもたれ掛かる。かなり限界を迎えていたようだ。確かに、エレベーターがあるとは言え、妊婦がこの階層まで来るのは中々の運動になろう。

 

 

「……私に気にせず話を続けなさい。私は終わるまで待ちます」

 

「いえ、粗方説明は終えたので、残りは勇者様方からの質問をと思っていたので」

 

「……そう、なら大丈夫そうね。……勇者様方、こんな格好で申し訳ないのですが初めまして。大赦当代赤嶺家、赤嶺友李と申します。以後、御見知り下さい」

 

 

ぺこりと、気の強そうな感じの人であると印象を受けるが、優しい笑みを浮かべながら風たちを見つめる彼女に一瞬見惚れてしまった。母親と接している時よりも、何故か母性を感じる不思議な感覚。これが、男と交わり子供を授かった女性だからこそ出る魅了だと後に知ることになる風たち。

 

しかし、ふと引っかかることがあった。

 

 

「……赤嶺?と言うとお兄様の」

 

「はい。直接お会いするのは初めてですね、東郷美森様。ご存知の通り、赤嶺力哉の母親でございます」

 

「お、お母様であらせられましたか。これは大変失礼を……」

 

 

粗茶ですがと形だけお茶を差し出す美森。その後やってしまったと恥ずかしそうに顔を赤く染める美森に、何処か可笑しそうな、そして楽しそうに笑う友李。

その場にいる全員から笑みが浮かぶ。

 

 

「……あの、所で。見たところ妊娠なさっているようですが……」

 

「……あぁ、コレね。妊娠4ヶ月だったかしら。早いわね、そんなに気にしなかったのにこんなにも大きくなっちゃって」

 

 

愛らしそうに、そして可愛がるようにお腹を撫でる友李。そんな姿に思わずキュンと胸の奥が動悸する。

 

 

「……気になるかしら?確かに、大赦の人間は娯楽の為に男性を()()人間が多いわ。そこは否定しません」

 

 

ムッと風たちの空気が鋭くなった。力哉が養子として赤嶺家に引き取られたのは知っている。だからこそ、力哉もそれ目的で養子に迎えられたのかと考えてしまう。

しかしそこで銀が間に入った。

 

 

「ちょいちょい落ち着きなさいって。確かにそういう目的も多いけど、この方は違うから。寧ろ力哉さんを守ったって言ってもいい」

 

「……どういう事?」

 

「……あー、まぁそこはまた今度。今はこの方は力哉さんの味方だと思ってくれればいいから」

 

 

煮え湯を飲まされたような、望んだ回答が返って来なかった事に少し不安になるが取り敢えず納得しておく。

 

 

「……私はあの子をそんな事の為に引き取った訳では無いわ。一人の女性として、これを愛しているの」

 

 

友李は愛くるしそうにお腹を撫で続ける。

しかしふと再び引っかかることがあった。

 

 

「……随分とお兄様をお慕われているようですが、あくまで息子として……というわけですよね?」

 

「……おかしな事を聞きますね。女が男を愛するなんて当たり前でしょう?息子だろうと旦那だろうと、例え血の繋がりが有ろうと無かろうと、生物学的に好意を抱けばそれはもう愛なのです」

 

 

再び引っかかる。そして次第にそれは確信に変わる。

 

 

「し、失礼ですが、そのお腹のお父様は……」

 

 

 

 

「………あの子、力哉ですが?」

 

 

 

 

 

 

風たちの絶叫がゴールドタワー内を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自分の母親妊娠させるとか正気の沙汰じゃねぇ。

まぁ血が繋がってないから大丈夫か。



それよりもぐんちゃんだよぐんちゃん俺は黒髪好きなんだけど髪長い方が特に好きでねぐんちゃんの髪型結構好きなんだよいや結構なんて枠組みに入れるのが可笑しいよねだってぐんちゃんは世界で一番可愛いんだからだってぐんちゃんだよ?そうやってオドオドしてるのがなんだか守ってあげたくなるし年下好きな俺からすれば好みどストレート保護欲そそられて俺の性癖どストレートとかこんなん三者連続三振ノーヒットノーラン達成案件だわあーもー最高ギュッと抱きしめてあげたい怖くない怖くないって背中なでなでしてあげたい優しく接して認めて上げたいどれだけ自尊心があろうと俺が何度でも肯定してあげるよぐんちゃん可愛いよぐんちゃん恥ずかしがらないでぐんちゃん可愛いんだから俺にもっと表情豊かなぐんちゃんを見せてよ恥ずかしがってる顔も嬉しそうに笑ってる顔もはにかんでる顔も苦笑いしてる顔も泣いてる顔も怒ってる顔も怒り狂って今にも人殺ししそうになってる顔も全部俺に見せてよ大丈夫怖くないよ俺は君の味方なんだから大丈夫大丈夫俺が全部肯定する否定なんて絶対しない否定するとしたらぐんちゃんの考えが分からない能無しの世界だけだよだからぐんちゃん安心して高嶋ちゃんと一緒にずっと居ようそれがいい若葉ちゃんもヒナタンもあんずンもたまっちも分かってくれるよだから一緒に居ようねきっと幸せーーー














ぐんちゃん救済小説増えろ(スリーパーの催眠術)。


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エゾギクの言葉

今年最後の休みを貰い、何もすることなく一日が終わる。なんと辛いことか。購入した書籍も消化出来ず、やる気無く布団の中で過ごした数時間前の自分を殺してやりたい……。



神樹様への信仰心凄いですな。特にあやたん。君どんだけ小ちゃい時から洗脳げほんげほん調教ごほごほっ教育されてたんだよォ。
なんかえっちいな。無垢な少女を染めるって。真っ白な紙を真っピンクに染め上げてとか、そこまで堕ちたかたかひろろろろろぉ。


ゆゆゆ外伝予約購入しました。
一言言うのなら、美佳ちゃん。君とはいい酒が飲めそうだ。

いや酔わせて美味しく頂くというわけじゃないですよ。ちーちゃんに関する熱々な答弁をですね。いや〜、語りたい。作者さんは語りたい。

最近実費で唐墨作りましてね。日本酒と合うんだなこれが。初めてにしちゃまあまあな出来だとお墨付き頂いたんで、美佳ちゃん是非ここは一つ。


高知に行けば美佳ちゃんに逢えるかね。













 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹様という存在が如何にして現界されたのか、大赦の見聞でもその始まりは記されていなかった。

過去、世界を救う為に勇者となった初代様を始め、多くの人々が神樹様を、人々を守る為に散って行った。私は初めてこの話を聞いた時、そんな馬鹿なと鼻で笑ったのを覚えている。

 

 

何故そう思えたのか。理由は単純で、ただ馬鹿らしいと思ったからだ。

世界を救う為に戦った?誰とも知らない赤の他人を?正直どうかしてると思った。

結果が今の生活であれ、そんな馬鹿げた事に身を投じるなんて私は絶対にしない。

 

 

私の御家もそうだ。初代様の巫女となった御先祖様が主導となって大赦という組織を創ったという。原動力はどうであれ、何故そんなことが出来たのか理解が出来ない。

 

 

世の中馬鹿げた話しかない。全ては嘘と偽りで作られている。この話の信憑性がどうであれ、そこに含まれているのはきっと理解し難いものに違いない。

別に今の生活がその結果出来た形だから、それを根に持って反発しているわけじゃない。

 

 

でも、何処と無く他人行儀なのだ。

自身の意志を感じない。話だからか、抽象的に伝えられているから仕方ないのだろうけど、()()()()()そんな価値があるのか到底思えない。

 

 

初代様方が何を思い、何を感じ、何を願って行動していたのか。

きっと、神樹様にもその心は分からないだろう。人の心が簡単に分かってたまるか。

 

 

 

埃を被った勇者御記を閉じた私は、仕舞ってあった重箱の中に綺麗に戻すと蔵の外に出ていく。

サンサンと照らす太陽が白い肌を熱射で焦がし、反射的に流れ出る汗が不愉快な気分にさせる。

 

 

元々気分が悪かったのに更に悪くさせるなんて、本当に()()って糞ね。

 

 

悪態をつきながら、私は本殿に足を向ける。

これから何かが起こるのだろうと何となく察し、それを考えだしながら思い足取りで歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

何処かで、風鈴の鳴る音が響いた───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

治療を施された俺は、一先ず皆と合流する為に元展望台フロアに足を運ぶことにした。

状況的に、多分今は勇者としての説明を受けているはずだ。俺も詳しくは知らないので一緒に聞いておいて損は無いだろう。止められるかもしれないが、俺にも聞く権利はある筈だ。

 

 

現在地は防人用に配備された医務室。正面玄関から入って右にある部屋だ。集められているのは多分5階。中央部にある階段かエレベーターを使わなければ行けない距離だ。

 

走るには問題無いのだが、如何せん隣の二人が過保護過ぎるので急いで行く事が出来ない。

気分的には介護されている高齢者。歩けますかだとかゆっくりですよとか、リハビリやってるならともかく、擦り傷程度の傷でそんな事をされては対応に困ってしまう。早く歩けるのに歩けず、そのジレンマによって体勢を何度も崩しそうになる。

それをまるで俺が怪我して歩けないからと判断した二人が手厚く手を差し伸べ出来ているので断るに断れない。

大事にされるのはいいが、少し俺の気持ちも感じ取って欲しいのだが。

 

 

「病み上がりなのですから、あまりご無理は為さらず。なんでしたら、もう少し医務室で御休憩でもいかがでしょうか?」

 

「……いや、本当に大丈夫。今なら片手腕立て伏せも出来るぐらいすこぶる調子がいい」

 

 

片手腕立て伏せなんて未だ出来ません。そんな見栄をはる俺にゲラゲラと自称お嬢様こと、弥勒夕海子は上品の欠けらも無い哀れもない姿を見せる。

 

 

「ご冗談が過ぎますわねっ。幾ら力哉様がお身体を鍛えてらっしゃっても、殿方の腕力では到底不可能ですわ」

 

「それは舐め過ぎだ。世間の男達は鍛えてないから判断材料が低いんだよ。怪我でこんな包帯ぐるぐる巻きにされてなけりゃ、二人を抱っこして展望台まで歩いてやるのに」

 

「っ、なんというシチュエーションっ。……しかし、それは女性が幼い少年を抱き抱えてこそ絵になるというもの。私の様な醜い女など、力哉様のお身体に触れることすら烏滸がましいですわ」

 

「………と、言いつつ俺の尻揉んで腕に抱きついてるのは何処のどなたかな?」

 

「これはあくまでも支えですわよ。そんな下品な行為などしておりませんわ」

 

「じゃあせめてお尻揉むなこねくり回すなっ揉みしだくなっズボンの中に手を入れるなァっ」

 

 

いや役得なんですがね?ちょっと状況を考えて欲しいというか。

 

今の俺の状態はまさにミイラ男と言っても過言ではない。何処もかしこも包帯でぐるぐる巻きだ。しかも二人は包帯を巻くのが慣れていないらしく、あーでもないこーでもないと思考し続けた結果このミイラ状態。

歩きにくさはある。確かに時間がかかる。だが今この状態でケツを揉みしだくのは間違っていると思うのだが。

 

言ってる側から動きにくい俺を見計らい、揉んで撫でて揉みしだき、挙句の果てに直揉みしようとしてきた夕海子。鼻の下が少し伸びて少し表情が卑猥だ。それも良きなのだか、生憎動きにくいので俺も楽しみずらい。せめてこれを解くか後でやるかにして欲しい。

 

そんな俺の気持ちを悟ったのか、もう一人の山伏しずくが俺のしりに伸びていた夕海子の手を掴んだ。

 

 

「……セクハラ行為禁止。芽吹に頼んで接触禁止にしてもらう」

 

「そんな脅しは効きませんわ。なんならしずくさんもこの際距離を縮めてみてはいかがでしょうか。まぁ、しずくさんが芽吹さんに頼まれるというのでしたら、加担していたと私が告げ口を」

 

「私がそんな事する人に見える……んのかコラァ!?」

 

 

突然の変異。思わず夕海子は目を見開いて驚愕した。

 

しずくの中にいるもう一人のシズクが表に出てきたのだ。

しずくは端的に言えば二重人格である。さっき夕海子のセクハラを止めたのは大人しいしずくの方。しかし今出てきたのは言動が荒いシズクの方。本人曰く感情が高まると防衛本能によって入れ替わるんだとか。

 

 

「と、突然入れ替わらないで頂けます?!心臓が止まる所でしたわ!!」

 

「オレに言うなしずくに言え」

 

「どちらもしずくさんでしょう!?」

 

「……全く、変なタイミングで呼び出しやがって。こういう役回りはいっつもオレだなおいこら」

 

 

物凄い形相で睨むシズクに気圧される俺達。シズクが睨んでいるのは夕海子だけなのだが、俺もその視界に入っているので恐縮してしまう。

 

 

「……まぁ出てきたのはしゃーねぇ。おいこら弥勒ぅ、この人に文字通り手ぇ出してみろ。てめぇのケツの穴から手ぇ突っ込んで臓物捻り出してやるからな」

 

「……そ、そこまで怒らなくても」

 

「アタシの目が黒いうちは、やましい気考え持ったやつを何人たりとこの人に近付けさせねぇ」

 

 

物凄い形相だ。眼力が凄い。

ともあれ、夕海子の手が尻から離れたので有難い。男としてはもう少し、なんならそのまま……みたいな事になって欲しかったが現状が現状だ。少しでも時間が惜しい。

 

 

「取り敢えず移動させてくれよ。こんなに包帯ぐるぐる巻きにされてるから動きにくいんだよ」

 

「こら弥勒。お前は手ぇ出すな。この人はオレが運ぶ」

 

「貴女だけでは心もとないですわ。私もしっかりサポートしますわ」

 

 

包帯はもう諦めたので、取り敢えず早歩きでエレベーターまで向かう。エレベーターまでの道中、落ち着いたシズクはしずくに戻っていった。最後に捨て台詞を吐きながらだが。

仲間思いでいい子なのだが、立ち位置的に忠犬のような感じだ。銀もじゃったそんなような感じが拭えない。しずくもシズクも、それぞれ別の精神。一人の体に二人いるイメージなのだが、よく二人を一緒くたにしてしまう時がある。仕方ないとはいえ、少し申し訳ないと思う。

言動に気をつけているとはいえ、些細な亀裂はより大きくなる。過去にあるトラウマ等から蒸し返す可能性がある為、過ごしている子達の中では一番気を使っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

介護されながら数分。目的地であるエレベーターまで辿り着いた。しかし、肝心のエレベーターは現在5階に止まっているので少し待つ時間が出来てしまった。

 

取り敢えず5階にエレベーターが止まっているから、皆は5階に居るのだろう。赤嶺主導のプロジェクトとは言え、ゴールドタワーには余り出入りしていないのでイマイチ場所な分かっていなかった。

 

今更ながら、2人に聞けばいいじゃないかと思っていたが、そういう集会はどのフロアかは不定期なんだとか。展望台フロアが3階からなので探さなければならない。

場所が分かっているだけ時間短縮できて助かる。

 

 

 

「───少し待ってくれないだろうか」

 

 

 

上昇ボタンを押そうとした時、ふと後ろから声がかかる。思わずビクッと背筋が伸び、ゆっくりと後ろを振り向く。

 

まず目に入ったのが体のラインがはっきり浮び上がる黒いスーツ姿のサングラスをかけた女性だ。決してその格好に目が引かれた訳では無い。断じて無い。

ポニーテール、ロングヘア、ショートカット、カールヘアとそれぞれ違う髪型をした4人の女性。口元から察するにかなり俺好みの美人さんと判断する。

そしてその4人の女性に囲まれながらこちらに歩みよってくる和服を着た妙齢の女性。キリッとした表情。顔立ちは凛々しく、前世のサブカルチャー系統でよく見かける女性武士の印象を受ける佇まい。腰にまるで日本刀を携えているような違和感のある歩き方をした女性が俺たちの近くまで歩いてくる。

俺は、いや俺達はこの女性を知っている。

 

 

「お久しぶりです、乃木様」

 

 

俺が頭を下げると夕海子としずくも姿勢を正して頭を下げる。

 

乃木様といえば大赦トップの御家の一党。初代様の代から続く大赦には欠かせない御家だ。お母様とは旧友の仲で俺も知らない仲では無い。

 

ゴールドタワーは防人部隊が主に活動する拠点である為、乃木様がここに来られるのは珍しい。誰か使いではなく御本人がいらっしゃったという事は何か重要な話があるのだろう。

 

 

「……ふふっ、君にまで畏まられると流石に困る。どうか、いつもの様に接してくれて構わない」

 

「……しかしここは大赦の敷居内。私達の立場という物が」

 

「分かっている。だが今は他の役員は居ない。君に用があって来たのだから、楽にしてくれ」

 

 

苦笑い気味に微笑んだ乃木様は、ゆったりと俺に近付いて懐から何かを取り出す。

手に握られていたのは、折り畳まれた真っ白な紙。それを俺に差し出してくる。

 

 

「……これは?」

 

「大赦からの令状だ。直接、君に手渡したくてね」

 

「……令状?一体なんの……」

 

「私は既に確認した。後は、君が判断してくれ」

 

 

何時にもなく真剣な表情。凛々しい顔立ちが更に際立っている。

拝見しますと一言口ずさみ、真っ白い紙を開いていく。

 

紙の中心部辺りに墨で綴られた一文。たったそれだけの文字。それだけかと普通なら思うかもしれないが、今の俺にそんな単純に捉える事など出来なかった。

 

 

「……これって」

 

「……この時期に来るとするなら、何かが起こる前兆と見て間違いないと思う。私達の望む形では無いにせよ、その紙に書かれているのは紛れもない事実だ」

 

 

 

記されていた内容はこうだ。

 

 

───勇者乃木園子様への接触を許す。

 

 

思わず目尻が熱くなった。もう会えないと思っていた彼女と会える。それだけで俺の心が暖かくなっていく。

 

彼女、乃木園子は約一年前、銀と共に御役目を果たした一人だ。御役目の結果、彼女は幽閉され面談、接触全て禁止された状態になってしまった。母親である乃木様も例外なく。何処にいるか、彼女自身どうなっているのか、大赦に問いかけても我関せずと無視し続けられてきた。

それが今になって。裏を読むつもりは無いが、あの怪物と何か関係があるような気がして仕方がない。

 

嬉しくもあり、それでいて凝りを残す違和感が息苦しい。それは俺だけでなく、乃木様も感じているのは同じ様に見える。

 

 

「……嬉しいですけど、釈然としませんね」

 

「君の気持ちも分かる。私も君と同じ気持ちだろうからね。赤嶺からここまで来る経緯は聞いた。どうやら、私達の知らないところで話がどんどん進んでいるようだ」

 

「そのちゃんの力を借りなければならないという判断なのでしょうか?」

 

「園子がどんな状態か分からない以上、再び力を振るう云々の話は確定して出来ることじゃない。だが、園子との接触が許された今、戦火の狼煙が上がっているとみて間違いないだろう」

 

 

戦火の狼煙。思いつくとすれば、御役目の事だろう。

また大切な人達が傷付いて行くのかと思うと、悔しくて思わず歯を食いしばってしまう。

 

俺は自分でカウンセラーだのなんだの言っているが、実際役に立った事など1度たりとも無かった。御役目についての概要も、一般的に公表されている情報しか教えて貰えず、お母様も頑なに俺に教えることは無かった。

毎日銀達は何処かに出掛けて傷だらけで帰ってくる。初めて見た時何事かと思ってしまった。勇者として御役目を果たしていると聞いていたが、これではまるで何かと戦っているような気がした。

だけどの片腕が失われた一件でそれが確信に変わった。何と戦っているかなんて分からないが、腕が無くなるほどとすれば相当大きな敵と戦っているに違いない。

そしてそのちゃんと須美ちゃん───今は美森だけど、銀が退いたあとも二人で何とか御役目を果たし、記憶喪失という美森の障害と接触禁止令が出されたそのちゃんの結末。

 

何が御役目だと、何が勇者だと、何がカウンセラーだと。自分が出来る事なんて無かったじゃないか。怪我をして、傷付いて、消えない怪我を負って、記憶まで失って。

何のために彼女達の隣にいたのか分からない。居たとしても、きっと俺には何も出来なかったんだろう。戦えないし、救えない。寧ろ今の状況じゃお荷物だ。銀や夏凜に護ってもらうしか出来ない情けない男だ。

 

あの怪物が現れたとなると、彼女達はその戦場に足を踏み入れる事になる。俺の為だとか、誰かの為だとか、友奈ちゃんや美森、樹ちゃんが。巻き込んだ自分を律する為に決意した風が。

傷ついて、ボロボロになって、御役目をこなし、最後には大事な何かを失う。それがたまらなく怖い。前例があったからこそ、どうしようもなく怖い。

恐怖が身体を這い回る。さっきまで話していた人が目の前から消えるなんて、マジックでも無い限り、驚愕するし恐怖する。

 

こんなにも、自分が無力だと思い知らされたのは久々だ。風が美森達を勇者部に誘った。その結果勇者となった。でもそれは違う。

 

俺がいたから勇者になったんだ。俺が全て悪いんだ。

俺が弱いから、皆勇者になったんだ。

 

 

彼女達がその戦火の中を戦っている姿を想像し、俺は思わず身を震わせる。

 

 

「……また、御役目が始まるんですね」

 

「神託で受けた期間よりもかなり早い。大赦は相当切羽詰まっているんだろう。園子の力を使うのも多分その為だと」

 

 

皮肉混じりの言葉がポロッと零れる。しかし乃木様はしにする様子もなく話を続ける。

 

乃木家を筆頭に、大赦にはいくつも階級別で古くから密接な関係を持っている家がある。言ってしまえば株式みたいなもので、御家が大赦の活動を支援する代わりに大赦の会談に参加する。

唯一違うとするならば、全ては神樹様の意向によって決まると言うことだけ。巫女が神託を受け、神託を会談の議題にする。御家が反対しようとも、神樹様のご意思だと貫く大赦には敵わない。

そんな出来レースに呼び出されているお母様や乃木様の気持ちもさぞ荒んでいるだろう。

 

 

「赤嶺にもこの件はまだ伝えていない。勿論、三ノ輪銀にもだ。内密、という訳では無いが、あまり公言するのも不味い。何処に()が空いているか分からないからな」

 

()、ですか」

 

 

何処か棘のある、何より乃木様の声が低くなった言葉に何か引っ掛かりを感じる。俺は思わず眉を顰める。

 

 

「防人部隊なら神官から何か話を聞いているのではないだろうか。度々動きはあるはずだが」

 

「何か知ってるのか、夕海子、しずく」

 

 

傍にいる2人に視線を向けた。彼女達の表情が少し歪んでいる。察するに何かあったのだろう。

 

 

「……一週間前、数十人単位で集まる不審な団体を東香川で確認されました。情報ははっきりとしていませんが、反赦(はんしゃ)或いは大赦の神官が手引きしたものかと」

 

「情報源は確かなのか?」

 

「防犯及び監視体制が完備されているこの場で申し上げますと、ほぼ間違いなく」

 

「……成程、私も何人か思い当たる節があるが……。発見からその後は何も?」

 

「防人部隊でのみ共有されている情報はここまでです。芽吹さんや神官ならもっと詳しい情報をお持ちかと」

 

「……天の神からの侵攻もこのタイミング。少々面倒な事になって来たな」

 

 

不穏な空気が流れる。後半の話は分からないが、あの怪物が襲って来たのも偶然ではないと言うことなのだろう。何より、もっと大きな事が起こりそうな感じもする。

 

 

「……一先ず私達も上に行こうとしていた所だ。赤嶺も上にいるそうだから、まずは合流を」

 

「……今回は、俺にもちゃんと説明されるんでしょうか?」

 

「………赤嶺は多分話したがらないだろうが、襲われたのが自分の息子なのだから、話さずにはいられないだろう。私も今回に関しては私も話をしなければならないと思っていた。……君自身についても、な」

 

 

ポンッと肩に手を置かれ、ゆっくり俺の横を通り過ぎていく。

 

その手が何故か震えて強く握られていた事に、その時はまだ気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




最近あべこべ要素がすくねぇなと思うこの頃。まあ今更どうしようもないんだけど。

多分今年最後の投稿なので、皆さんお先に良いお年をお迎えくださいませ。
あ、その前にWhite X’masですね。皆さんは楽しい楽しい時間お過ごしください。作者?作者はお仕事が恋人なので素敵な時間(血眼)を過ごしますよ(吐血)。


ではまた来年。もしかしたらもう一回ぐらい投稿するかもしれないけど、まあ余裕あんじゃねぇかって思って見守ってくだちい。




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朝顔を見上げて





だいぶ時間が経ちました。皆様いかがお過ごしでしょうか。


ゆゆゆが完結してから早数ヶ月。誕生日記念で友奈ちゃんとみもりんの本が出版されたのを知り急いで買いに行き、メモリアルブックを読んで『ちーちゃん萌えぇぇえええ!!!』と悶絶していたぐらいには私は元気です。


まあね。時間に折り合いつければ投稿するんで、更新されたのを見つけたら軽く読んでいただけると有難いです。


全然話進まないんですがね笑。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶叫の後、静寂。

 

驚きはある。しかしそれ以上に湧き出たのはどうしてという疑問の文字。

母子家庭が一般的なこの世界で自身の子供が男の場合、高確率で母子の間には子供が産まれる。単にそれは、近親相姦と呼ばれる生物学的には好ましくない行為なのだが、雄と雌、女と男が居れば行われてしまう自然の摂理。極々自然に発生する生物の営みに、否定はあれど全ての意見が肯定している訳では無い。そこに含まれているのが嫉妬か憎悪か。心身の内は到底理解出来る訳では無いが、この世界においては絶対に起こる現象の一つである近親相姦は、必ずと言っていいほど1つの疑問が浮かび上がる。

 

 

「──────どうして、子供を………?」

 

 

現状的に考えて、大赦に属する高位の人間が男に困る事などまず無いのが前提。何より、別に力哉がその相手に選ばれたのも偶然。先に、赤嶺はそういう目的で養子にした覚えは無いと述べていた。人工授精という考えもあるが、力哉が本当に父親になったのかは定かでは無いし、男をとっかえひっかえしているならば、確かに力哉をそう言う目的で使うわけでもない。

ここから先は多分、感情的な対比になる為、当の本人達にしか分からない領域なのだろう。愛故か、欲望故か。全てが理解出来る訳では無いが、自身を見てくれる異性に恋焦がれるのは感情を持つ人間だからこそ引かれる魅力の一つ。

風達もそれを力哉からひしひしと感じていたし、何よりだからこそ想いを寄せている。

 

今の風の疑問は単に、()()()()()()()()()()()()と聞いたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()と聞いたのだろう。

風達が思いを寄せる感情に愛する人との愛の結晶、即ち子供と言う形ある物を残したいと思うのはごく自然。それに踏み込んで行ったのが目の前に座る、新たな命を宿した赤嶺という女性。

聞きたくて仕方がない。確かに突発的に出た疑問なのかもしれないが、単にそれはなんで作ったの?と抜け駆けされたような気分になりながら言葉を発したのだろう。

 

一番でなくとも、子供が欲しいと思うのは構わない。

けど、先に子供を授かった人を見るのは嫌だ。

 

言うなれば嫉妬か。学生の身である彼女らが子供を作るのはかなり気苦労を要するし、何よりそれから先真っ当なレールを走れるとは限らないのだ。

未来が不安定な学生の身である風達と、この先安定した未来が約束される大赦の高位の人間。

土俵が違うからと言って嫉妬しないなんてありえない。貪欲に、傲慢に、強欲に。それが人間だ。それが人間だもの。

欲にまみれた存在こそが人間だ。その片鱗が、今ここで垣間見えている。

 

赤嶺もそれを分かってか、目を伏せて口を開いた。

 

 

「……どうして、なんて聞かれると……。本当に、どうしてなのでしょうね………」

 

 

困った顔でそう呟くものだから、風達の額に亀裂が走る。

 

 

「………先程貴女は仰いました。お兄様を()()()()で引き取った覚えは無いと。しかし今のその発言だと………些か矛盾しているのでは?」

 

「………矛盾、確かにそうかもしれません。矛盾している。そう、そうなのです。私はあの子を、この子を愛している。けれど、本当に子供を作る気はなかったのです」

 

 

困惑が風達を染める。矛盾していると自分でも気付いている様な口振りだが、何か心に引っかかる情緒があるようだ。何処か要領を得ない回答には、隠された真意があるのでは無いだろうか。

 

 

「………少し長話をさせていただきます。まず、先にも述べたように、私は力哉とこの子を愛しています。母として、女として。何より家族として」

 

 

しみじみと語るその姿は何処か焦燥し、風に流される砂の山を見ているような寂しさがあった。

 

 

「本当にこうなって良かったのかと、疑問に思う事はあります。義理とはいえ、母子の関係に亀裂を付けたこの行い。断じて許される事ではありません」

 

 

それは母としての尊厳。背徳を感じながら生きる命の鼓動。

待てど暮らせど不安は消える事はなかった。

 

 

「全てはそう、あの神託が下されてからの事です」

 

「……神託、と言うと神樹様から巫女の皆さんに伝わる予言?」

 

「その通りです。私は半年前、力哉と共に神託を受けました」

 

 

 

───────赤嶺力哉の子を孕め。未来、その子が終止符を打つ。

 

 

 

それが何を意味するのか。ここまで来た説明を混じり合わせた結果、この場にいる誰もが分からないはずはない。

 

 

「……未来、終止符って………」

 

「ご想像の通り。終止符とはつまり、世界の解放。バーテックスを倒し、天の神を退ける事。それが私のお腹にいるこの子が成し遂げると、そう予言が下ったのです」

 

 

有り得ないと、その時バッサリと切り捨てたかった。

そんな話あるわけないのだが、大赦に所属する人々にとっては否定を許さない事である。自身の身より神樹様を崇拝する彼らにとって、神託というのは神樹様からの言葉。そんな言葉を否定しようものなら、大赦に所属する人間ではないと、恩も情も湧かない枯れた人間だと切り捨てられる。

高位の位に立つ赤嶺にはまさにそれであり、神樹様からの言葉は絶対である。故に行動し、力哉との間に子を成した。有言実行。大赦の総意であるその行動は、賞賛にも等しいとされる。

 

だが。それはそれと、赤嶺が頭を悩ます事になったのは別の話。確かに神樹様の言葉を護るのが大赦の職員の役目。しかし終わってみれば何故か痼を残す事になった。

 

 

「……私は分からないのです。神託に従った時、私は疑う事はなかった。力哉さんにも了承を得、行為に及んだのを覚えてます。しかし、時間を共にする内に考えました。……私は、何故力哉さんと夜を共にしているのかと……」

 

 

理解出来ない。誰もがそう思った。

大赦の人間が神託を優先するのは分かる。だが、力哉と事を済ませている最中に何を悩むのか。

何も言えない、何も理解しえない。ぐるぐると回る思考が混乱を喚び、永遠に結論の出ない疑問のみが駆け巡る。

 

 

「……それってつまり、後悔……だと?」

 

 

辛うじて漏れた美森の声。

確かに赤嶺の話を聞いていれば、自身の行動に後悔しているのではと思える。いや、むしろそうとしか言えないのではないだろうか。

 

大赦の方針は分かる。だがそれは個人の倫理観と混じり合った時、必ず反発するものだ。

神樹様は絶対。しかしそれは神樹様だからと結論付けするだけで事が済む、言わば最短命令。信仰心はあれど、その効力は薄い。ふと我に返ってしまえば後の祭り。どうしてもっと考えなかったのかと悔やみいるのが常。

こくりと頷く赤嶺の姿に、行き場の無い感情から出た息が漏れる。

 

 

「……後悔。そう、なのかもしれません……。使命を全うしたにも関わらず、何故私は劣情を抱いているのか定かではありませんが。割り切るしかないと、私は思っております」

 

「………でも失礼ですが、本当にその子供が世界の解放が叶うと言う話。私達にはどう考えても……」

 

「……理解出来ない。その事についても理解しております。考え方の違いとは言え、確証のない話は信憑性に欠けるのが付き物。いくら我々の言葉で伝えたとしても、そう易々と信用されることは出来ないでしょう」

 

「……私からもよろしいでしょうか。お兄様と赤嶺様の御子息様が世界の解放を果たすというのなら、どうして神樹様は私達を勇者に選んだのでしょうか?」

 

「……と、仰いますと?」

 

「我々が勇者として戦うのは理解しました。それが世界を、お兄様を守るという事に繋がることも。しかし、推測するに今回は今までの御役目とは状況が違います。今までに無かったものが、今回私達にはある」

 

「……えーと、なんだろう……」

 

「……あ、赤ちゃんでしょうか」

 

 

おずおずと震えた腕を上げたのは樹だった。こくりと頷いた美森は赤嶺の大きくなった下腹部に視線を向ける。

 

 

「もし神託が本当なら、私達には切り札と呼べる赤ちゃんが存在します。しかし、神樹様はどうして私達に赤ちゃんを守れと言われないのでしょうか?」

 

「……それって、神樹様の結界にいるから大丈夫って事じゃないの?防人の方達だっているし、赤ちゃんを狙うのなら怖い怖い姑さんが飛んでやってくるし」

 

「オイ風さん。なんであたし達に視線向けてんだコラ」

 

「力哉さんの身内なんだから守るのは当たり前でしょ?」

 

 

風が首を傾げながら美森に言葉を返す。視線を銀と夏凜に向けながら。

しかし納得していない美森は否定し、言葉を続けた。

 

 

「確かに、結界の中にいるのなら安全と呼べるでしょう。しかし考えても見てください。先程結界を超えて樹海化が間に合わない状況になってきていると話題になりました。つまり、神樹様が気付かない内に結界内に侵入し、私達の今生きる世界にも入り込む可能性があるのでは無いでしょうか」

 

 

美森の口から出た言葉は、言うなれば根本的なものだった。

神樹様が勇者を選んだのなら、それは敵と戦うことになるのは必然。しかし今の話の限りだと、何故神樹様は勇者達に子供を守れと神託を下さないのか。背水の陣である事には変わりないが、それだと今回の御役目は勇者となって子供を守護するニュアンスになるはずだ。

 

 

「………確かに、そう考えるのも妥当かもしれませんが、少し解釈違いが御座います。と言いましても、これはあくまで私達が勝手にそう思っているだけの可能性もありますが」

 

「解釈違い、ですか……?」

 

「過去、勇者様に選ばれた方々にも、バーテックスでは無く人と争う為に選ばれた方々が存在しました。記録では()()と呼ばれる勇者様が、大赦への反抗を企てようとしていたテロ組織と対峙されていたと」

 

「……人と戦っていたって事?」

 

「はい。勇者様は神樹様によって選ばれますが、次代時代によって役割が変わることは多々あります。我々はそれを本令と異令と呼び区別します。バーテックスと戦うことが本令であり、バーテックスの襲撃が無ければ異令。数周忌で変わる御役目も、今回は本令である事には間違いないと思います」

 

「……つまり、私達はバーテックスと戦うだけだと……」

 

「だけ、というのは語弊があります。バーテックス襲来は頻繁に起こるわけではありません。襲来には長期間間が空く事が多いので、その間力哉さんの身を守って下さればいかがでしょうか?」

 

 

赤嶺の提案に、こくりと風達は頷いた。

そんなこと言われなくとも、風達は力哉の傍を離れないだろうが。

 

赤嶺は少し考える仕草をすると、美森が先に述べた神樹様の真意について口を開いた。

 

 

「……今の話、全てを否定出来る訳ではありませんが、肯定も出来ません。何せ私達も知らない事が多過ぎる。疑問を解消したいのは私達も同じ。直接神樹様にお話しを聞けさえすれば或いは……」

 

 

現状、神樹様に近いのは巫女達だ。神樹様からの一方通行であるとは言え、神樹様の言葉を聞けると聞けないとでは、言葉の捉え方も違ってくるだろう。

 

 

「しかし、今一番の心配事は今だ解消出来ていません。それを乗り切らなければ、この子は……」

 

 

心配事、と聞いて自然に赤嶺のお腹に視線が向いた。ゆっくりと優しく撫でるその姿は慈愛に充ち、これから起こるであろう波乱万丈な物語に気が気でない様子。

 

 

今回の行動は急ぎ過ぎたのだ。赤嶺はそう言葉を締めくくった。

誰もが新しい生命の誕生に興奮冷めやらぬ状況だったにも関わらず、蓋を開けてみれば失敗だの後悔だのと、まるで()()()()()()()()()()()()様な物言い。

愛しているなんてなんとでも言える。矛盾、嗚呼矛盾。愛しているが産みたくはなかった。まるで言い訳だ。大人のするようなことでは無い。それを理解しているからこそ更々タチが悪い。

 

力哉の護衛を務める銀や夏凜は無言のまま。その心情が如何なものかは定かでは無いものの、初めて聞く話では無いとはいえ少し虫の居所が悪いのでは無いだろうか。

 

 

「……今回は、異分子が多過ぎます。勇者様方にも周知して頂かなければならない事が多数ありますが、きっと間近で起きる事とすれば大赦では無い介入が入ることでしょう」

 

「……一般人のことでしょうか?」

 

「一市民ではありません。軍統治された第三者です」

 

 

神樹様と大赦。そこに割り込む形で現れた第三者。赤嶺の言葉によれば、第三者からの介入が不可能では無いという口振りである。

()()()()()という画一した中で、第三者が入る余地があるのだろうか。

 

 

「……その話の前に、少し今回の現状に触れます。現状、大赦は第三者との表面下の対立があります。仮に第三者を組織だと仮定し、目的や規模等は不明。しかしこの四国全土の何処かに必ず居ると考えられています」

 

 

終始口を紡いでいた安芸がモニターを操作した。

 

 

「初めて確認されたのは数年前。力哉さんが赤嶺の養子になった頃です。まるで見計らったかのように、第三者は動き出しました。………その時、第三者は力哉さんを誘拐しようとしました。何とか未遂に終わったものの、現状私の手の中だけでは力哉さんを護るには手幅が小さすぎる。よって早急に結成されたのが防人部隊という訳です」

 

 

前にも言ったが、防人部隊の主な役目は赤嶺力哉の警備部隊。護衛人である三ノ輪銀、三好夏凜不在の場合の警護を主とする彼女ら。最近は強襲部隊としても実力を磨いており、第三者からの急な攻撃にも対応出来るよう舞台を配備している。

 

 

「度々第三者は隙間から覗き込むようにして現れては消えを繰り返していました。しかし、つい最近になって行動が目立つようになったのです。そして、それに直近して今回の件が起きました。何か因果関係があるのではと睨んではいるのですが………」

 

「現状、力哉さんを襲った存在は詳しく分かってないのは話した通り。それ以上に厄介なのは、この裏に潜んでいる第三者の存在。手がかりらしいものはあるが、断言出来る程でもない。可能性として、大赦の内情に詳しい人間が情報を横流ししている状態としか仮定出来ないんだ」

 

 

少し体勢がキツくなったのか、少し体の位置を動かす赤嶺。その間に銀が説明の補足をした。

 

内部による犯行。確定では無いが、可能性としては的を得た仮定。どこかに潜んでいるのは前提として、情報を誰かが外に漏らしているというのはほぼ間違いなく。

となれば、内部告発者を特定出来ればそれでいいのだが、簡単にいかないのが大赦という組織である。

 

 

「内通者がいるであろう存在は大方把握しています。大赦の組織は2派閥に分けられますが、それとは別に過激派と温厚派に別れています。力が衰えた御家が所属する過激派は、大赦内では抑え込むことが難しい。何より、今の大赦の体制に不満を持つ人間が多い為内通者がそこに所属している可能性は高い。下手に手を突っ込めば、真正面からぶつかる事になってしまう」

 

 

故に、全てにおいて決めあぐねてる。と、赤嶺は言葉を吐き出す。

実際問題、何一つ解決する道を進んでおらずずっと立ち止まったままということか。勇者部を今回ここに招集したのも、単なる一歩に過ぎないように思える。しかもそれはたまたま偶然。力哉が襲われなければ招集することは無かったはず。

全てにおいて、中途半端になってしまっているのだろう。

 

 

「……戦力が欲しい事には変わりありません。過激派には無く、私達にあるもの。それは一重に、勇者様方が味方して下さる事が鍵となります。勇者様方が御力添えして頂ければ、過激派も対処可能となるのです」

 

 

大赦が勇者を崇め奉る様を見ればわかるが、勇者としての地位は非常に高い。勇者は言ってしまえば神樹の力を扱える存在。選ばれた少女しか扱うことの出来ない強大な力。故に大赦はその力を恐れ、崇め、敬意を払う。勇者に大赦の組織自体への発言力は無いが、何物にも代えがたい尊重される存在なのだ。

 

 

「……酷な話ではありますが、今の貴女方は一般人であり、私達が護るべき一市民。しかし勇者様へとなれば、忽ち一般人から逸脱した存在になられる。そうなってしまえば、勇者様方は過激派との争いに踏み込む形となります」

 

 

まるで引くのならば今だと、説得されているような。

しかして、赤嶺の気持ちも分かる。一般人だった人間がいざ強大な力を手に入れた時、果たしてそれは使いこなせるだろうか。

単純な話だが、何事にも経験である。1度やれば後は体が覚える。しかして、初めての事には躊躇するし遠慮してしまう。それが戦いの場で出てしまえば、なんて言わずもがな。

 

 

「強要なんてもっての外。皆様が力哉さんに御力を尽力したいという気持ちはとても有難い。しかし、それは覚悟とはまた別のもの。言ってしまえば、こちら側に踏み込まれるのなら、強い想いを。揺るがない覚悟を。必ず心に留めておくべき強い感情を抱いていない者を寄せ付けません」

 

 

だからこそ、引ける時に引く。赤嶺はその道を指しているのだ。後戻りは出来ない真っ直ぐな一本線。

戻るなら今だと、逃げるなら今だと。赤嶺はそう言っているようだった。赤嶺の心情は分からない。だが、生半可な気持ちで勇者部の前に座っている訳では無い。大赦の人間として、年長者として。赤嶺は悔いなき選択を、勇者部に問うている。

 

 

「私も含め、この場にいる全員の前で」

 

 

「……私達が勇者になった時、もしかしたらその過激派と争うことも…….、無きにしも非ずって事ですか?」

 

「御役目が今代で終わるとは我々自体も考えておりません。しかし今風様が仰られた様に、過激派と争うことになるのは避けられない事実。力哉さんがいる限り、またどこかで仕掛けてくるかも分かりません。………今度は私からお聞きします」

 

 

ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ。それが異様に耳に入ってくる。

だがそれだけ、この場の空気はしんと静まり返っているのだ。

 

 

 

 

━━━━━それでも尚、勇者になる覚悟はありますか?

 

 

 

赤嶺はそっと、今見た中で一番優しい微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






将来うどん屋経営したいので香川に修行しに行こうかなって考えてます。

そんときは現地民の方々、宜しくお願いしますね。


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マーガレットが香る頃に

いや説明会長いよね!!(迫真)


GWマジで辛たん。休み無いしそれの代休とかも無いし有給無いし会社として終わってんね(ニッコリ)

どっかから労基の人飛んでこないかな〜。






説明って作者結構苦手分野ですが、あんまりこれはどうとかあーだこーだ聞いてくる方居ないのでそのまま行かせてもらうぜ!!






 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの歩みを振り返った時、果たしてそれは堂々足る姿勢を持って見つめる事が出来るだろうか。

 

言ってしまえばそれは、後悔の帯流し。過去というほんのコンマゼロの数字が動き出した後の存在しているようで手探りで集められない星の砂クズ。

流れる帯は途切れること無く伸び続け、触ろうとすれば感覚すら掴めず消失する砂素材。

 

数多幾多と動き続ける時間の彼方。時間という概念の中に埋まる自我の個調。

個々を置き去りにする極大な理は、動かす駒の如く少し少しと動かし続ける。

 

 

犬吠埼風もまた、その流れに身を任せていた。

頭の中を駆け巡る思考よりも先に訪れるであろう虚無感。考えどころか、思考すらままならないこの状況。生まれて初めて、自分の過去を呪った。

 

 

赤嶺の問は、現実を叩きつけてくれた。それ故に興奮気味だった気持ちが抑えられ、冷静を通り越して思考力低下を招いたのは言うまでもなく。しかし風達にとって、それは今ここで決断しなくてはならない事である。

 

偽善か正義か喋ることしか脳の無いお間抜けか。介してみややまるのは今後においてとても重要な事になってくるのは言わずもがな。

勇気を示し覚悟を見せしめ正義を貫く。今まさに問われているのはそれだ。

 

一市民である少女達に、その心はあるか。否定は兎も角肯定もない。あくまでそれは気持ちの持ちよう。然りとて変わらない勇敢な心の持ち主ならば、これから起こるであろう嵐の真っ只中でさえ容易に超えられるだろう。

臆病だから悪では無い。自身を守る事は大切なのだから。

 

赤嶺の笑みの裏側。容易に想像出来るものでは無いが、母の気親の気大人の気と、気持ちを読み取れば多少はわかるのでは無いだろうか。

 

 

「……あ、えっと……な、なんと言いますか……」

 

 

忘れているかもしれないが、風は今突然の事に思考が低下している。故に何を思って何を感じ何を伝えればいいのか少し分からなくなっている。

しどろもどろに口を動かす風だが、しかし勇者部部長として最初に口を開いたのは流石と言えよう。

 

 

「……少し話を詰め込み過ぎましたね。今の話は確かに重要ですが、1番大切なのは貴女方々の決断です。少しお時間をお使いになられてお考え下さい」

 

 

猶予を与えると、赤嶺がそう言った。緊張感が少し抜け、胸を締め付けられていた様な雰囲気だった場の空気が変わり、友奈と樹が肩を撫で下ろす。

しかし、風と美森だけは表情を曇らせたまま。じっと、赤嶺の方を目を細めて見つめている。映る色は黒く、それでいて透き通った眼。赤嶺の言葉を見透かす様な瞳は、しかして行動に移せるまでの意識はなかった。

 

 

(……猶予を与えられてるってこれ、断れない事態じゃない……)

 

 

華から断る気はさらさらなかった。しかし、蓋を開けてみれば想像以上の真実。確かに力哉だけを護るならと意気込んでいた美森や、巻き込んだ事への贖罪として志願した風ですら少し足元が揺らいでいるのだから。

 

なぜ揺らいでいるのか、と聞かれれば、それは彼女達それぞれに理由がある。

風は勇者となった時の重みを感じたからだ。物事に置いて責任は付き物だが、世界の命運なんて言えるぐらいの大事となればどれだけの責任が問われるか。晒し者として苦い生き方をしてきた風には、自ら率先してなどやりたくない理由に他ならない。

 

そして美森は、少し大赦について訝しんでいる。何か腑に落ちない痼があるからだ。

赤嶺の言葉。確かに力哉への愛を感じ、力哉を守る為に尽力を尽くして欲しいと言うニュアンスで美森は受け止めた。

しかし、そこがおかしい。確かに力哉は大切だ。美森も力哉を男として、兄として、家族として愛している。そこは変わらない。否、譲れない。正直他の男は対して興味が無いのが率直な意見だ。

だがどうだろうか。考えてもみてほしい。赤嶺は1度たりとも()()()()()()()()()()()()()()()。赤嶺の言葉は()()としてなら100点に近い回答と言えるだろう。しかし彼女の立場は大赦の重役。言ってしまえば大赦の顔。そんな人間が、家族とは言え、力哉だけに執着して業務を怠る様な人間なのだろうか。

 

 

「……もう一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 

明らかに何かあると、美森はそう睨む。まだ明かしていない、赤嶺の心情を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味な部屋がそこにあった。吹き抜けの天井から吊るされた巨大なしめ縄にぶら下がる何枚もの札が目を引き、そこに記された()()()()()()()()()()()のようなものが一層恐怖を引き立てる。

部屋の奥、高台に設置された社に添えられた2本の蝋燭がユラユラ靡き、社の前に座る巫女装束を着た少女の影を床に映し出す。

雑音一つない静まり返った冷たい部屋で、少女はじっと正座している。不気味な雰囲気を出す少女だが、彼女の表情は仮面をつけているから分からない。表情を悟らせないようつけているのか定かではないが、この部屋と相まってただならぬ存在ではない事は確かである。

 

微動だにしない少女の身体が動いた。か細い指で握る扇子を懐にしまい、膝立ちの後後ろを向いて頭を垂れる。

部屋の入口、顔は見えないが大柄な女性がそこに佇んでいる。

 

 

「……首尾は?」

 

 

なんの、とは聞くに堪えず。頭をあげた後、仮面の下にあるであろう口を動かす。

 

 

「……私を疑っておいでで?」

 

「戯言を。神樹様のお声はよもやお前しか分からないのは知っている。本当に、()()()なんだろうな?」

 

 

軽口があしらわれ、鋭い目付きがより鋭くなった。

肩を落とした少女は、渋々と言った様子で言葉を続ける。

 

 

「私は巫女です。神樹様からのお言葉を貴女方に伝えるのが役目。それを疑おうとは、大赦への冒涜と捉えられてもおかしくは無いのですよ?」

 

「……イマイチ信用ならんのだ、お前は」

 

 

悪態をつく女性に、思わずクスクスと失笑する。

 

 

「……何がおかしい」

 

「おかしいも何も。貴女の息がかかっていない私の言葉が信用出来ないなんて、何を今更。と、思いまして」

 

「……虚仮にしてるのか貴様ぁ!!」

 

 

苛立ちがピークに達する。いつ飛びかかってもおかしくは無いほどの憎悪。しかし、ここで手を出してしまえば自分の負けであることは明白。女性は今までのことを考え、何とか気持ちを抑えて思い止まる。

 

 

「……貴様があの様な神託を授からなければこんなことには」

 

「ですが、結局()()()()の事を起こそうとしていた貴女に言えますか?大赦が内情断裂なんて知れれば、大赦の地位は落ちる一方ですよ?」

 

「……分かっている。だからこそ、一斉して差し押さえ出来るよう用意周到に進めているのだ。防人とかいう()()の寄せ集めなんかに負けるわけは無い」

 

「赤嶺様が勇者を引き込んでいるのもご存知で?」

 

「……そこが痛い所だ。鏑矢としてでは無いとは言え、勇者は脅威。あの容姿故、生贄程度しか価値の無い存在を勇者として扱うのは如何せん許し難いが、あれも赤嶺の作戦なんだろう」

 

「私も完全に把握はしていません。神託を()()()()()()てはいますが、行動自体を掌握なんてとてもとても」

 

 

やれやれと言った演技を見せる少女だが、それが嘘であることは明白だ。しかしそれを女性も分かってか、深く追求するつもりは無いようだ。

 

 

「……先祖返りかなんだか知らんが、巫女の力が僅か数人程度しか使えない以上、巫女の地位も危ぶまれるな」

 

「おやおや、私の心配ですか?それは嬉しい事ではありますが、貴女の方こそ……、その地位は……大丈夫でしょうか?」

 

 

まるで目を見開いて牽制しているかのように。小柄な少女からは出せない威圧感があった。百戦錬磨の大型猛獣を前にする子うさぎの様な気分を味わった女性は悪態をつく。

 

 

「……この狸が。話は終わりだ。事が済めば、約束は果たしてもらうぞ」

 

「ええご自由に。私としては魅力的ですが、報酬は報酬。好きに使()()()構いませんよ——、なんて、最後まで聞きませんよね」

 

 

少女が言い切る前に、女性はその場を後にした。既に空となった空間を名残惜しそうに見つめた後、少しだけ身体の力を抜いた。

カランと仮面が落ちるが、ここには誰もいないので気にする必要も無い。

 

 

「……全く、もう少し話を聞いていればいいものを。結局、目標の真意を最後まで知らないなんて、大赦ってやっぱりお馬鹿さんばかりなのですかね」

 

 

困りました困りました、と少し口元を緩ませて呟く少女は、懐にしまった扇子を取り出す。

 

 

「……終末の道筋は立てました。後は皆様次第ですよ」

 

 

独り言のように、少女はつぶやく。

 

 

「……皆さんの無念。私の代で終わりそうですよ。300年という長い歴史。必ず彼女達が終止符を打ってくださる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————若葉ちゃんの思い、必ず果たします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————千景さん、貴方の夢を永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほろりと頬を滑る雫が、蝋燭の炎でキラリと光った。

まるで思い出が映り込んでいるかのような、煌びやかな雫であった。

 

 

扇子を握る左手に、呆気なく落ちて飛び散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでしょうか?」

 

 

ピシッと手を挙げた美森に、赤嶺は問いかける。この後に何を質問するのか、全員予想がついていない。とは言え、この場で美森が下手な事は言わない筈だ。

 

 

「……私は、赤嶺さんがお兄様を愛し、護りたいと思う強い気持ちを感じました。私達に勇者となってお兄様を守る事は即ち、世界を守るという事を」

 

「ええ。勿論です。力哉さんを守るのは、文字通り世界を救う事。力哉さんの聞いていた通り、やはり美森さんは賢いのですね」

 

「……その言葉、とても有難いのでしょうが。少し今は気分が上がりません。今私の胸の中にあるモヤモヤしたものを吐き出さなければ解決しない」

 

「……と、東郷?アンタ何言ってるの……?」

 

 

何処か可笑しくなった美森を揺する風。友奈や樹、銀や夏凜ですら心配するその有り様が物語るように、普通の美森には似つかない貫禄があった。

 

 

「……単刀直入にお聞きします。何故()()()()()()()()()()()()()ことに繋がると言いきれるのですか?」

 

 

まるで冷水をかけられたような衝撃だった。動揺が走り、次いで数秒の間の内。真っ先に反応したのは赤嶺だった。

 

 

「……どういう、意味でしょうか?」

 

 

声が震えているのが分かる。明らかに動揺している。だが、美森の追求は終わらない。

 

 

「お兄様は確かに尊い存在です。ええ、この世界の何者にも度し難い貴きお方。私の兄であることを誇りに思うと同時に、心の底から親愛と敬愛愛による総ての想いを連ねてお兄様をお慕い申しております」

 

 

突然の兄語りに思わず息詰まるが、ここは美森のお馴染み姿。初めて目にする防人や赤嶺は唖然としている。

 

 

「赤嶺さんもそれは同じ。ええ、とても素晴らしい事です。同じ心情である貴女に尊敬と敬意を評します」

「……しかし、誠に勝手な事なのですが。私もこれはどうにも難しいと思うのですが」

 

 

 

 

————————お兄様に、世界を救う事など出来るはずがない。

 

 

 

 

 

「考えても見てください。例え尊いお兄様だとしても、世界を救う等という偉業。現実的に不可能だと思います。男女で差があるにも関わらず、出産率は年々低下。今や人類存続の危機であるこの世の中において、男であるお兄様が守られる存在なのはよく分かりました。しかし、それはお兄様以外の男性の方も対象となるのでは無いでしょうか」

 

 

男という存在自体年々減少傾向に陥り、出産率低下も目立つ今世。男である力哉が重宝されるのは確かに理解出来る。最も、醜い彼女達と共にする力哉だからこそ守りたいという主観的な視点もあるだろうが、兎に角男は貴重な存在だ。

 

赤嶺は力哉を守る事はと言葉を繋げていたが、何故()()だけを指しているのか。

考えてみるが、どう考えても赤嶺の主観が入っているとしか言い様がない。それが力哉を愛しているからこその言葉なのか、果たしてまだ教えてられていない何かがあるのか。もしそれがあったとして、何故教えられないのかも気になる。

赤嶺の反応を見るに、間違いなく何かがあるのは明白。ニュアンス的にどちらかと言えば後者の可能性が高い。ならば、美森達にも隠したい何かとは、大赦に関わる機密なのかもしれない。

 

 

「赤嶺さん。貴方は言ってしまえば大赦に属する方。お兄様を第一に考えるのは至極真っ当な事ですが、先の話を聞いた限り赤嶺さんの口から他の男性の話題が一度も出ていません。それは何故か。明確な何かがお兄様と他の男性の方にあるから。そして行き着く先は一つ。……お兄様に何か秘密がある、ということでは無いでしょうか」

 

 

頭のキレる少女だと思っていたがここまでとは。思わず赤嶺は肩を竦めた。周りの反応を察するに、美森の言う隠し事に心当たりがある人物は居ないようだ。全員が戸惑い、どういう事だと鋭い視線を赤嶺に送っている者もいる。銀や夏凜、芽吹がそれだ。大事な事を教えてられていないというのは、近くにいる人間にとって重要な事。護衛の任を任されている2人なら尚更。一瞬で赤嶺は視線の莚に晒された。

 

 

「……成程、つまり私が何か隠していると、そう言いたい訳ですね?」

 

「真意はわかりませんが。しかし、明らかに裏がある。お兄様を守るという話は誠心誠意全うする思いではありますが、この期に及んで隠し事をされると私達にとってはむず痒さを感じるところ。嘘か誠か、それがある限り赤嶺さんの想いを正当化出来ません」

 

 

よく口が回る。減らず口だが、確かに重要な事。あくまでこれはカマをかけただけだが、動揺ぶりから察するに既に美森の手中にある。後は赤嶺が認めるかどうかだが、認めるのは赤嶺にとってはやぶさかでないだろう。認めたくないからこそ、美森達には、ひいては全員に隠し通そうとしたのだから。

 

ばっと視線が集まる中、居心地が悪そうにする赤嶺は動揺を抑えつつ元の音調に戻し口を開く。

 

 

「……ふふふっ、頭の回る子です事。力哉さんの話以上でした。が、それはそれこれはこれ。もし私が隠し事をしていると仮定するのなら、美森様。貴女は私に何を望みで?」

 

「先にも言った通りです。私はその隠し事を知りたい。それが最終的な判断になるかどうかは分かりませんが、隠し事をされるのは先にも言ったようにむず痒さを感じます。信用、信頼という言葉が通じるのであれば、私はそれを持って総てを貴女に捧げる思いであります」

 

「……そこまで、突き動かす貴方の原動力。力哉さんは本当に愛されているのですね」

 

「お兄様を愛しているからこそ、私は悔いが残らないようにしたい。それは、お兄様を慕う赤嶺さんにも理解出来る筈です」

 

 

怒涛の展開に思わず固唾を呑んだ。最早、この場で口を開けるのは美森と赤嶺だけのような気がした。それ程までにこの2人には気迫と熱意がある。

1本取られたと、銀は内心悪態をつくが、その表情はさっきとは違い穏やかな雰囲気だ。

 

 

「……そこまで言うのなら、全部お話しましょう」

 

 

赤嶺が折れたのが早かった。思わず美森も表情を少しだけ崩す。

 

 

「しかし私にも話せない事があります。()()()()()()()()絶対に話せない事が。それ故に、今の美森様の返答の真意のみしかお答えしかねます」

 

 

だが赤嶺にも譲れないものがあった。これには美森も押黙る。あれだけ押していた後でも、頑なに口を開かない赤嶺のその度胸に脱帽しつつ、これが大赦の上位角に君臨する者の姿であると美森達は心に刻んだ。

 

 

「……ふぅ。率直に申し上げるなら、力哉さんには私たちとは違う大いなる力があります。それ故に私は彼を赤嶺の養子に招き、彼を守ろうと決意した。力哉さんにはその自覚がありませんが、あの子にも時が来れば話す心積りでした。この事は、あの子にも内緒でお願いします」

 

「……それが、どう言ったものなのかは分からないのでしょうか?」

 

「凡そのことは分かります。しかし今それを明らかにすることは出来ません。時が来れば必ず。力哉さんの力を使う時が来る。だからどうか、私を信用してくださいませんか。力哉さんを守る為に、お力を貸して頂けませんか?」

 

 

断言する赤嶺に、気圧される美森。言い切るという事は、確実にその事態が起こるという事なのだろう。

美森の心は、いや。元より、勇者部達の心はその言葉を聞いて強く固まった。

 

初めから美森には分かっていた。それが話せるような内容ではないことに。しかし、赤嶺の言う力哉にこだわる何かについて知りたかったのは変わらない。

赤嶺がそれに何処まで執着しているかによって、その重要度も変わってくる。守るべきか否か。赤嶺の反応を見れただけでも美森の中では上々であった。

 

 

「……風先輩、宜しいですね?」

 

「……はぁ、全く。何事かと思ったけど、アンタが満足したならいいわ。私達の気持ちは、多分変わらないから」

 

「勿論です。私は全然心揺らいでなんかいませんから!!」

 

「わ、私も決めてたことだから、が、頑張る!!」

 

「……樹、逞しくなって……」

 

 

風達面々の考えは変わらない。少しでも勇者として世界を守る闘いに身を投じる何たるかを聞いただけでも、美森同様満足らしい。

 

 

「……赤嶺さん。気持ちは固まりました。私達、勇者として戦います」

 

「……宜しいのですね?きっと、血生臭い争い事になるかもしれませんよ」

 

「構いません。それが、私達の()()です」

 

 

その言葉に、一番衝撃を受けたのは銀だった。赤嶺も責任という言葉が出るとは思ってもいなかったが、銀はそれ以上に驚いた事があった。

 

 

(………やっぱ、記憶失っても()()は変わんないな)

 

 

 

誰にも気づかれることなく静かに頬を伝う涙を堪えつつ、同時に銀は決意した。

 

 

(……今度こそ、私が守ってやるからな)

 

 

それは誓い。今度こそ果たそうとする意思。

無惨にやられた過去の自分は居ない。弱い自分はもう居ない。血の滲む努力を重ねた銀にとって、紛れもないこれはチャンス。

力哉を守る事は第一だ。しかし、銀にはもう一つ守りたいものがあった。

 

 

(()()が何処にいるか分からないからこそ、今度は2人で……彼奴を見つける番だ)

 

 

後に再会を果たす銀なのだが、それまでは銀の決意を尊重しておこう。これからどんな事が起きようとも、立ち向かうのは彼女達なのだから。

 

一先ず今は、新たな勇者達がここに誕生した事を、喜ぼうではないか。

 

 

 

それが後の悲劇になるという事も、今はそっと背中に隠して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近の悩みはお付き合いする相手が見つからない事です。
まあ休み無いから付き合っても遊んだり会えないから意味無いんけどね!!(迫真)


……親からなんか気にしてないよって顔されるのが1番つれぇたんんんん!!!



幸せにするからちーちゃんと一生添い遂げれねーかな〜(T_T)


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彼岸花は揺れる

お ま た せ た な ぁ ! !


どんくらいぶりに投稿?知らんけどほんと申し訳ない。
本当はGWに投稿したかったけど休み無かったので是非も無いよね!!






皆さん感謝祭行かれました?作者は仕事というクソみたいな理由で行けませんでした(言い訳)。
仕方ないじゃないですか!!有給なんてないんだから!!あーマジ行きたかった。ほんとに行きたかった。

参加された皆様方今更遅いですが楽しい一時を過ごせましたでしょうか。機会があれば一度行ってみたいものです。ええはい。


長々とお話申し訳ごさいません。閲覧されている方々には感謝しかないです。これからもどうぞ末永く宜しくお願い致します。











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力哉達がフロアに合流した最中、力哉の後ろに着いてきた乃木の姿を見てぎんと夏凜、防人達が硬直した。序列的に言えば赤嶺よりも高位の存在。管轄外の場所に現れるのは一重に緊急事態と解釈出来る故に、硬直した者達に緊張感が迸る。

 

乃木は巫女の総主、上里との対極にある御家。それは大赦全体の統治を主にするが、彼女の立ち位置は中立性が強い。過激派や温厚派と言った派閥がある事も陰ながら認知しているが、それをどうこうする考えは持ち合わせてない。

友好関係的にみれば、乃木は確かに温厚派と言えるだろう。しかし表立って温厚派の肩を持てば過激派の矛先が乃木に向けられるのも事実。自己防衛を兼ねて、乃木はあくまでも中立という立場で大赦を統括している。

 

そんな存在が現れるとなれば、何かあるというのは感が鈍いものでも分かるというもの。本人が顔を見せに来ただけと言っても、下の者からすれば一大事である。それ程までに影響力が凄いのだ。

 

 

「……あら、何しに来たのかしら?ここに来るなんて珍しいわね」

 

「……なに、かなり急ぎで力哉君に知らせがあってね。次いでに防人部隊に顔でも出しておこうかと思ったのだが………」

 

 

この場において、乃木と対等に会話出来るのは赤嶺と力哉ぐらいなものだろう。防人部隊を見てみれば予想通りの反応である為、乃木はやれやれと肩を竦めるしかない。

そしてこの場の中心。乃木は勇者部達の方に近付くと少し物腰低めに挨拶を交わす。

 

 

「お初にお目にかかります。私、大赦総括乃木家当主乃木紅葉と申します。世界の為、人類の為勇者として戦いに身を投じて頂けること、誠に感謝致します。我々大赦一同、勇者様方のサポートに徹底して参る所存。どうぞ宜しくお願い致します」

 

 

改まって頭を下げられる事に恥ずかしさを覚えた風はアワアワと手振りしながら頭を上げさせる。歳上、しかもお偉いさんにそうされるのは流石に申し訳ないと思うのが普通なのだが、乃木は少しそう言ったところが配慮にかけていると言えよう。

真面目な乃木だからこその姿なのだが、長年連む赤嶺曰く、そこが彼女の好いところであるが欠点でもあると述べている。初代勇者の末裔故、誠実な心は血筋から来るものなのだろう。

 

 

「……私達はあくまでも力哉を守りたいからであって、世界がどうたらとか別に深く考えていません」

 

「それでもだ。世界の危機が迫っているとはいえ、無理に強要させるなんて非人道的な行いを私は絶対にさせない。今はその力を何かに使おうとしてくれているので十分です。本当にありがとうございます」

 

「わ、私達にそんな畏まらないでください。さっきの赤嶺さんと会話していた時みたいに………で」

 

「……成程、確かにそちらの方が好ましいのか。では少し崩させて頂こう。貴方方のことは存じている。犬吠埼風と妹の樹、結城友奈…………そして」

 

 

乃木は美森の前で少し屈むと、ゆっくりと視線を動かし美森の体を視る。美森の顔から肩、腕、胸、胴、最後に脚。少し焦燥が混じった表情を浮かべた乃木は、視線を上げ美森の瞳を見つめる。

 

 

「……こんな身体になってでも、誰かの為に力を手にする。私には想像を絶する決意と意思なのだろう。本当にありがとう、………東郷美森」

 

 

美森のか細い指が乃木の手に握られた。何が起きているのかその場にいる殆どの者が分からない様子だったが、一部を除いて例外であった。特に、正面に見すえる美森は理解出来ないが乃木がどんな思いで見つめているのかは感じる事が出来た。

後悔、焦燥、悲しみ。少しだけ重く冷たい感情が乃木の瞳から覗いていた。まるでそれは心の奥底から見られているような。

恐怖では無く、なぜこの人はこんな瞳を向けてくるのかが、美森には全く理解出来なかった。美森の()()()()()()()の中で、乃木と出会った事など一度もない。もしかしたら()()()()()かもしれないと一瞬考えたが、相手は大赦のトップ。忘れられるほど薄い印象はしていない。

ならば何処で、と思考に浸ろうとしたと同時。乃木の握っていた手に手が重ねられ、ゆっくりと絡めていた指が解かれる。手を置いたのはすぐ後ろに立っていた力哉だった。

 

 

「……いや、すまない。これは私の()()だな。許して欲しい」

 

 

力哉を一瞥した乃木は、力哉の表情に少し口元を崩しゆっくりと上体を起こす。力哉がどんな表情を浮かべたのか、美森には死角となって見えなかったが、困惑する美森を気遣って止めてくれた事は理解出来た。

感謝を述べようとしたが、それに覆い被さるように乃木が言葉を述べる。

 

 

「さて赤嶺。これからの予定は?」

 

「一先ずは彼女達に住居の場所の案内を。今日は皆さんお疲れのようですから、明日から本格的に活動して頂きます」

 

「えっ!?じゅ、住居って……。私達家に帰れないってことですか!?」

 

 

聴き捨てならない言葉に、友奈が思わず反応した。

 

 

「……そういう事になります。御安心下さい。既に御家族の方には御説明済。御家族の方に頼んで必要最低限の品は送って頂ける手筈です」

 

「……そ、そこまで」

 

「これから先、急を要する事もある事を常に心に留めておいて下さい。学校の方も連絡済み。期間は未定ですが、何卒必要な事ですのでご了承を」

 

 

突然家に帰れないと言われれば思わず動揺してしまう。

しかし風は仕方ないと一人納得している様子。親のいない犬吠埼姉妹からすれば、姉妹が揃っていれば多少の事は問題ないと言った所だろうか。

 

 

「……皆、そこは納得しましょう。引き受けた以上、多少の事も受け止めなきゃ。それに、同じ所に居られるなんてまるで合宿みたいじゃない」

 

「……お、お姉ちゃん、流石にそれは……」

 

「そう聞くとなんだか楽しそうですね。私はそれで構いません!」

 

「えぇえっ!?ゆ、友奈さん!?」

 

「……お兄様がいらっしゃるのなら、私もそれで構いませんが……」

 

「と、東郷さんまで……。いや、これはいつも通り………」

 

「納得して頂けて幸いです。ではご案内しましょう」

 

 

よっこいしょと椅子から立ち上がる赤嶺。銀と夏凜が肩を支え、ゆっくりとした動きで歩き出す。若干介護されることに不満の表情を浮かべる赤嶺だが、そこを乃木が静止した。

 

 

「待ってくれ。ならば、力哉君を少し借りたい。それと、三ノ輪銀もだ」

 

「……どういう事です?力哉さんはともかく、どうして銀まで」

 

()()()が解除されたと言っておこうか」

 

「っ………、じゃあ今から」

 

「そういう事だ。ついては、力哉くんと縁のある銀を連れていくのだ」

 

「ならば防人からも連れて行きなさい。芽吹さん、リーダーである貴方が同行しなさい」

 

「……はっ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。一体なんの話をしているんですか?」

 

 

話が進んでいく事に不安感を覚えた風が声を上げる。しかしその返答にしっかりとしたものは無く、はぐらかされるだけで流される。

ポンッと美森の頭に手を乗せて一撫でした力哉は、何か物言いたげな表情を風に向け赤嶺が立つ側まで歩く。

ここまで来るのにかなり力哉は焦らされた思いだった。知らない事が多いし、自分に出来ないことも多い。力哉はいっその事ここで全て聞き出したいとすら思った。どんな事を切り口に、なんて言えばいいのか模索する。

 

力哉の四面楚歌する表情を感じた赤嶺は、力哉の悩みを紐解いていくようにゆっくりと力哉の手を握る。

 

 

「……言いたいことは分かります。ですが、今はやるべきことがあるのでしょう?その後、ゆっくりとお話しましょう。この子と一緒に」

 

「……ありがとう、お母様。まずは自分の責務を全うしてきます」

 

 

膨らんだ腹部を一瞥し、愛おしく上から下に撫で下ろす。力哉もそれに合わせて手を当てる。未だ実感の無い自身の血を分けた子供。当てる掌から現実味を帯びる熱が伝わってくる。感銘を受けながら思わず口元を緩める。

 

少し眩しい夫婦の光景。この時代には先ず珍しい姿である。

 

 

「……力哉さん、禁忌令って?着いてくのは構わないんですけど」

 

 

訝しげに銀が力哉に尋ねる。重みのある言葉に銀は胸の内のざわめきが気になるのか、表情は暗い。

別段別行動に関しては日常茶飯事なので特に気にする事は無いのだが、如何せん聞き問い質したい言葉が聞こえたので銀はそこに食いついたのだろう。

 

 

()()の拘束が外される。だから迎えに行く」

 

「……彼女?………ってまさかっ」

 

 

銀にしては珍しく目を見開いた。銀と力哉が言う彼女は確実に同じ相手を思い浮かべている。

銀の驚く様に、状況が分からない周りも驚いた。銀がそこまで取り乱すのなら、余程の事なのだろうと誰もがそう思った。

 

 

()()()()の解放。あの子に、言いたい事いっぱいあるだろ?」

 

 

気付けば銀は、ポロポロと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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道中、ツンと冷たい感覚を受けるようになったのはいつ頃か。

ひんやりとも違う鋭い冷たさ。張り詰めた空気を認知出来ない存在が宙を舞い、恐れ、緊迫、殺気を漂わせて道歩くものを震え上がらせる。

 

勝手な想像に過ぎないが、きっと、多分ここにはいてはいけないものが数多く存在するのだろう。実にオカルトチックだが、そう思わざるを得ない光景を目の当たりにすれば、自然と感受性も変わってくる。

 

例えばそう、床や天井壁に貼り付けられた御札の数々やしめ縄。立て続けに祀られた小さな祠。祀られた何かの木の幹など。

何が出るのではと、瞬間に思いついてしまうような酷い光景。祀り奉られる神秘的な物事は、道行く力哉達の足取りを重くさせるには十分過ぎた。

 

 

現在ここは大赦中枢、では無く。国内最大規模の病院である。全国の医療伝達網を握る重要な役割を持つこの()()()()()()の最上階。厄祓いや祈願を込めて1フロア丸々使った社を模様した内装の階層は、病院内でも極僅かな人間しか入れない場所である。

 

そのフロアを歩く力哉、銀、芽吹、乃木紅葉は、まじまじと周りを見渡しながら道を往く。病院の最上階にこんな場所があったのかと驚く事反面、何故ここに監禁されているのかという疑問が半々と思考を巡る。

神秘的な光景だが同時に、これではまるで神を奉っているような。

 

現実離れしているこの空間に、尻込みしながらも進む一同。その中でも、銀の表情は誰よりも重いものだった。

 

 

「……銀、大丈夫か?」

 

 

彼女の姿に異常を見出すのは容易いが、何故かと理由がわかっているのは力哉のみ。気分的にも()()()()過ぎている銀を心配するのは当然の姿であった。

 

 

「……そんな心配されるような状態っすか?別にアタシは平気っすよ……」

 

 

無理して笑みを作っているのは明白。明らかに銀は隠している。

痛々しく見えるその姿に、力哉も眉を顰めるしかない。

だが、銀がそういうのならそれ以上追求するのはイタチごっこだと察し、そうかと一言だけ慰めを込めて銀に声をかけると、しばらく力哉は口を開かなくなった。

 

暫しの無言。コツコツと響く靴音だけが木霊し、冷たい空気が頬を撫でる。

しかしその無言を突き破ったのは、鬱陶しそうに不機嫌な表情を浮かべる芽吹だった。

 

 

「……女々しいわね、貴女。そんなひき腰でどうするの?」

 

「……なんだよ。今、お前に喰いかかる程のヤル気無いから」

 

「それは好都合ね。溜め込んだ私の鬱憤を喜んでぶちまけられるわ」

 

 

ピタリと2人の足が停る。先を歩いていた乃木と力哉も足を停めざるを得ない。

ピリピリとした空気に様変わりし、同時に銀と芽吹が向かい合う。

 

 

「……2人とも。そんな場合では……」

 

「ごめんなさい乃木様。少しだけ、このままで」

 

「……力哉くん」

 

 

何かを察した力哉は乃木を思い留まらせる。傍から見ればこれから起こることは恐らく暴力による暴動。しかし、力哉はそれを敢えて見守る形を取った。勇者部内で度々起こるからかいを込めた言い合いとは訳が違うこの状況で、力哉は何を見出したのか、乃木には判断出来なかった。

 

 

「……私、言ったわよね。次不甲斐ない姿見せたらその場所代わってもらうって。今の貴女を見てると、さっきの反省がまるで見えない。貴女の立場、本当に分かってるの?」

 

「……はぁ、執拗いな。力哉さんはそういうお堅いのが嫌いなんだよ。立場って言っても、私は護衛。発言権も無ければお前みたいに部隊の指揮してる訳じゃない。力哉さんに降りかかる災悪を払うのが私の役目。ちゃんと理解してるし手を抜いてるつもりなんてサラサラねぇよ」

 

「私には、それは言い訳にしか聞こえない。自分はこういう存在だからって勝手に決めつけて、自分では動こうともしない。だから遅れる間に合わない。全部貴女の怠慢から来る結果だってなんで分からないの」

 

「分かってる。分かってるんだ。けど、これはどうしようも無い。アタシが今の()()()として存在する為に、私は今ここに居る。それを曲げようともねじ切ろうとも思わない。アタシはアタシの道を行くだけだ」

 

「……怠慢、傲慢。自信過剰とは恐れ入るわ。結局、自分なら何とかできるって裏返しよね。正直気持ち悪いわ。貴女、自分で何か解決出来た事なんてあったのかしら」

 

「……それは」

 

 

銀は自分の()()()()。何も無い、空を舞う袖のみ。痛々しい過去の傷。グッと眉を顰める銀は、()()()()()傷をさするように手を置いた。

 

結果。それは後にも先にも、未来永劫変えることのできない真実。曲げることも斬ることも壊すことも出来ない真実の点。

銀の腕はまさにそれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全ては結果。こうなってしまった。過去も、後悔も悔しさも帯のように連なる結果の副産物。銀は受け止めようにも受け止められない真実から逃げてきた。

過去の傷は()()()。後悔から来るのは()()()()いう少女。そして真実は焦燥していった()()()()という存在。

 

残った負の遺産を背負って歩んできた三ノ輪銀は、それから逃れる為に自分を変えた。

無邪気な少女から弄れた少女に。外向的な性格から内向的な性格に。

傷を負った後、目覚めた銀は自然とそうなってしまった。

 

 

()()さんの話は聞いてる。それを今更私はどうこう言わない。誰もが傷付いたし傷付けられた。貴女が傷ついたように私も()()()()()。貴女だけが無力だったなんて、絶対言わせないわよ」

 

「……芽吹」

 

「……それに、護衛である貴女が護衛対象に心配されてどうするの?正直見てられないわ。それこそ責任放棄して怠慢を貫いているとしか言い様がないわ」

 

 

銀がふと力哉に視線を送る。今の銀にかける言葉など決まっている、と言いたげな表情がそこにはあった。最近は事件が続き心休む暇がなかった為、お互いに心身共にボロボロのはずだ。

銀は勿論それを力哉が受けている事を良しとしないし、反対に力哉も銀が傷ついているのを良しとしない。

 

銀が明らかに態度を変えたのはここに向かうと伝えた後からだった。力哉はそれを負い目に感じているだろうし、銀が少しでも過去の挫折から立ち直って欲しいと思ってもいる。

 

力哉が銀に問い詰めてもきっとはぐらかしていただろう。それを分かっていた芽吹は敢えて好戦的に口を開き、力哉も察してそれを渋々受け入れた。

真実は当人達しか分からないが、きっと話の流れはこういう感じだったのでは無いだろうか。

 

 

「……銀。気付いてたけど、俺じゃ銀を説得なんて出来ないと思った。3()()とは関わりがあったけど、御役目としては何も知らなかったし当事者になれなかった。だから俺がどれだけ励ましたって、きっと銀には届かないんだろうなってずっと考えてたんだ」

 

「……そんな事」

 

「芽吹、ありがとう。正直、俺の言いたかった事何となく言ってくれてたから助かった」

 

「……いえ。冒頭のアレは私の本音です。力哉さんが命じられれば何時でも代わります」

 

「……その気持ちは嬉しいけど、それは()()()()()が戻ってきてから考えるよ。まだ、捨てきれないんでしょ」

 

「……私は防人部隊の長です。命令とあれば必ず遂行します」

 

 

先程までの怒りを顕にしていた表情とは違い、済ました笑みを浮かべる芽吹。相変わらず力哉に対して受け身だなと感じた銀は、話をこちらに戻す為にクイクイと力哉の右袖を遠慮気味に摘む。

 

 

「……力哉さん。アタシは……」

 

「……銀。頑張れとか、お前なら出来るとか在り来りな言葉しか言えないけど、これだけは絶対言える。気にしてるなら、気にしてること全部解決出来るようにするしかない。そのちゃんに負い目を感じてるなら、謝るなりなんなりすればいい。そのちゃんの事だ。笑って許してくれる!負った傷が気になるなら、俺にもっと身を任せろ。俺が君の腕の代わりになる。無理にとは言わないけど、銀の負担を軽くする事だって俺なら出来る。だから、銀ちゃんは負い目を感じながら生きなくていいんだ」

 

「……簡単に、言ってくれますね」

 

「誰しも言葉は簡単に言える。大切なのはその後。行動で示すことが出来るのが人間の理だ。ずっとそばに居た銀ちゃんなら、分かるだろ」

 

「……こんな、アタシらに優しくしてくれる人なんて、きっと未来永劫力哉さんだけですね」

 

 

少し荷が降りたのか、表情は先程よりも軽い。全てが丸く収まった訳じゃないが、それでも解決の方向に進路は取られたと考えていいだろう。

 

2人の様子を見る芽吹の目には少しだけ安堵の色が窺え、乃木の表情には自然と笑みが浮かべられていた。

それぞれが、これから会うであろう相手に対する覚悟が出来た瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして4人は廊下を再び進む。既に目と鼻の先に、恐らく彼女がいるであろう部屋の扉が存在していた。

しめ縄がかけられた扉を紐解き、ゆっくりと扉を開く。重々しい音と重量感のある扉の向こう側、最初に目に入ってきたのは目的の少女の姿。

 

 

左目を残しぐるぐるに包帯が巻かれた頭。リクライニングで背もたれのように起こされたベッドに体を預けた痛々しい姿。すぐそばに備え付けられた心拍を図るモニターや点滴、酸素呼吸器と言った医療器具の数々。入院着とは違う良質な素材で作られた丈の合わない服をベッドいっぱいに広げた彼女は、じっと入室してきた4人の姿を片目で写していた。

 

 

「……その、こ」

 

 

沈黙を破ったのは乃木だった。母親として、抑えきれなくなったのだろう。そのまま乃木は少女の側まで早足で歩み寄る。

大赦の人間だとか、統括だとかそう言った姿では無く、純粋に、1人の母親として子供に会いに向かった乃木の姿に、思わず目尻が熱くなった。

 

ボロボロと大きな雫を頬に伝わせる乃木は、身動きが取れないであろう少女を優しく抱き締める。

抱き締めた時、()()()()()()()()が今の乃木にそれを追求出来る余裕は無い。

 

 

「……園子っ、ごめんなさい……っ。ごめんなさい………本当にっ、ごめんなさい……」

 

 

嗚咽に混じった乃木の泣き声。しんみりとした空気に涙がそそられる。

少女は無言のまま、()()を動かして乃木の頭を手を置いた。パクパクと口を開く彼女だが、()は一切聞こえない。

しかし、乃木を思って何かを伝えようとしているのだけは理解出来た。

 

 

暫く、乃木の声が木霊し2人だけの空間が作られる。

力哉達はずっと、その光景を眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そのちゃん登場!!


エマージェンシーエマージェンシー!!そのちゃんの声が聞こえないぞ!!どうなってる!!



次回もお待たせしてしまいますが、首をキリンの如く長ーくしてお待ちください(土下座)。




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ラッパ水仙鳴り止まぬ





久しぶりです。エタってたというか時間が無かったと言うか……。
ともかく遅くなりました。

新作書いてて何やねんお前生きとるやないかって思われてる方申し訳ない。


これからも竿役共々よろしくお願いします。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外界から受ける精神的肉体的ストレスによって、現代社会における精神疾患や機能不全を起こす現代人は年々増加している。

 

特に近年、醜いからと差別する風潮が何処からか流行り、そこから発展して社内虐めや暴力的行動に出る者が数多く存在する。

これを擁護出来るかと言われれば、社会半数以上がこれは仕方の無い措置と認めるだろう。彼女らにとって、醜い人間は目に入れたくない存在だからだ。

醜い彼女らに()が適用されないケースが多いのは四国全土における周知の事実で、残虐的非情的な迫害が起こっていないのは()()()()()()()()()()()()()為特に追求することは無いが、お目汚しを受けるのはいつでも大多数の人間。民主主義という訳では無いが、大多数の人間が不愉快に思っているのならそれは真な決定案。大多数の人間の意見を取り上げるのは世間的には常識と言ってもいい。

 

 

故にその社会性事情からストレスを感じ、肉体的精神的に異常を患う人は多い。

 

この少女、乃木園子も例外では無い。

 

彼女は神樹館小等部3年生の時、周囲からのいじめによって精神疾患、病名をあげるならば()()()()()()。所謂、ストレスによって声を発せなくなったのだ。

日々リハビリを続けてきたが一向に回復には向かわず、そのまま月日が流れるままここまで来た。

 

小等部時代同じ学年であった銀や1個上の力哉ですら、園子の声を聞いたことは無い。銀は5年生、力哉は園子が4年生の時に出会った為、丁度リハビリ期間に入っていた時だった事もあり、この場にいる2()()を除いて声を聞いた事が無いのだ。

 

 

そんな重い精神疾患を患った彼女が、どうしてここまでボロボロになっているのか、力哉は理解出来なかった。

一年近く経った今でも回復しない園子の身体。明らかにおかしいと思うのは妥当だろう。怪我の治る経過速度が異常に遅い事は理解できるが、そこまでの難病ならもっと異常な状態に陥っている場合が多い。

 

詰まり、彼女の入院は普通では無いということだ。この隔離施設といい、容態といい可笑しいことが多過ぎる。

気にするなと言われても無理な話である。故に力哉は食い気味に乃木紅葉に問い質すのだった。

 

 

「……私も聞かされた立場なので詳しくは知らないが、彼女は勇者の能力を最大限引き出した結果、自身の身体の機能を神樹様に捧げたのだと言う。治る見込みは、今のところ………」

 

 

絶望的。

そんな言葉が力哉の頭を過った。彼女と別れたのは去年の10月。それまで勇者達3()()と毎日辛いながらも楽しそうに過ごしていたあの日々が思い返される。

治る見込みがない訳では無い。だがそれがいつかも分からない。故に絶望的。

 

思わず拳に力が篭もる。無力な自分にも腹が立つが、どうしてこんな状況にあるにもかかわらず何も知らせなかった大赦に怒りが込み上げる。

 

 

「……じゃあ、()()()もこのままじゃ……」

 

 

それが誰を指すのか、言うまでもなく。力哉が反射的に口から零してしまったのは仕方の無い事。

それを考慮した上で力哉の母親は風達に勇者になって欲しいと頼んだのかは分からない。力哉は知らないが、美森が根掘り葉掘り聞こうとも話さない事が幾つかあったため、もしかしたら。なんて事もあるかもしれない。

秘密にするのは組織運営、社会的立場にある人間からすればして当然の行為。それを下の者達は疑念し、嫌悪感を抱いていくので、今のところ勇者部と母親の信頼関係は絶望的と言ってもいいだろう。

 

力哉が仲介役となって仲を持つ事は出来るが、それでは意味が無い。本当の意味で信頼出来るというのなら、それこそ全ての疑問を取り除かなければ道は無い。

現状、それは間違いなく無理だろう。

 

 

「一先ずここを出よう。話はそこからだ」

 

 

園子の周りには心電図モニターや点滴。幾つもの医療用電子機器が備え付けられている。全て持って行くには時間がかかる。しかし、これらは園子にとって重要な命綱。素人の力哉達にはどれも欠かせないものと見える。

 

いきなり障害物に当たってしまったと思った矢先、園子が身体中に付いたコードをブチブチと無理矢理外し、力哉の方に近づくやいなギュッと身体を密着させてくる。

いや普通に歩けるのかよと驚く全員だが、平気そうに過ごす園子を見て一先ずそのまま連れて行くことにする。抱き上げる力哉の腕の中で、園子はわちゃわちゃ何かを伝えようとしているのだが、それが何を指しているのか見当がつかない。何か見たことあるような感じなのだが。

 

詳しくは分からない力哉達は、素直に園子に分からないと伝える。

すると園子はビシッとそばに備え付けられていた収納家具の引き出しを指さしていた。ベッドからは程々遠く、身動きの取れない園子には手が届かない位置にある。

一番近くにいた芽吹が指された引き出しを開ける。

 

 

「これは………」

 

 

そこにあったのは、一台の端末だった。

普通ならこれは携帯用端末だと納得するが、この場にいる誰もが固唾をのむ。本来ならば()()()()()()()()()()ものだからだ。

 

 

「な、んで端末が?受け取りはまだの筈なのに……」

 

「園子、これ誰がここに置いたんだ」

 

 

紅葉が信じられないといった表情で天を仰いでいる。銀は乗り出して園子に問い質す。しかし声が出せない園子には答えるすべが無い。と言うよりも、園子の表情を見るに()()()()()()()()ように感じる。

 

園子は解放されたとはいえ、それは勇者として御役目が終わったのかと言われればそれは否と言える。しかし、端末は大赦に保管されていると紅葉が聞き、それを()()()()()。園子の端末と()()()()()()()をだ。銀の端末は未だ使用中。手から離れたのは、夏凜の勇者システムの基盤をコピーするべくデータを複製する為に1度だけ離したっきり。

だから紅葉は銀の端末以外の端末を確認したのだ。その際、任はまだ解かれていないが手渡す際は赤嶺が渡すと言う話になっていたと。

 

紅葉には衝撃が大きい。紅葉の頭の中に浮かぶ存在はただ一つ。今最も驚異である第三者。そして園子がここに居ることを知っているのはほんのひと握りにも満たない大赦の人間の誰かが手引きしたということ。紛うことなき裏切り行為である。

誰かは分からないが、喋ることの出来ない園子に近付く目的はただ一つ。唯一無二の勇者としての力。身体を代償に勇者としての力を高めた園子は、憶測だけでも勇者内最強と呼べる存在。園子が裏切る事等考えつかないが、それを逆手に取られるのは痛い。どんな状況になっているかは不明だが、端末を餌に取り入った可能性もある。

 

こうなってしまえば、第三者からの介入がこれから起こる予兆とも言えよう。そうなれば事態は急変する。

この場には連絡用端末は銀と芽吹の勇者システム用端末にある連絡アプリしかない。その端末では大赦に直接連絡をする事は出来無いため、この場で紅葉が事態を知らせる手はどちらかの端末を通して、近くに居るであろう赤嶺に経由させて話すしかないのだが。

 

 

「……圏外」

 

「こっちもダメ。なんでか連絡が取れなくなってる」

 

 

既に遅かったとしか言い様がない。何者かが既に手を打っていた。そしてこれは、最悪の事態を引き起こす全長とも言える。

 

 

「……連絡は後だ。一先ず退室を……っ」

 

 

 

 

瞬間━━━━━、空気がガラリと変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「━━━━━始まったのですか?」

 

 

 

 

 

仮面を被った巫女装束の誰かが呟いた。声からして少女。幼さは残るが何処か芯のある声。

ピクリと後ろに立っていた女性の肩が震える。

 

 

 

「……まだ早いか?」

 

「貴方がいいのでしたらそれでも構いませんよ。まあ、私も勇者様方にはお目通りしたかったのですが」

 

「……戯言を」

 

「ホントの事ですよ」

 

 

すぅっと立ち上がった少女。次いで彼女の前に同じく巫女装束を着た少女達が現れる。唯一違うところは、彼女達は仮面を被っていない。その素顔はどれも涼しい表情をしており、まるで感情が抜けているような透明な色が見える。

 

 

「……まあいい。これで私も安泰だ。乃木家共々葬れば、私の地位は固くなる」

 

「私に矛先を向けないでくださいね?」

 

「貴様が邪魔をしなければな。これからも、それを貫くというのなら……」

 

「脅しなんて怖いですね。私と貴方はお互いの利益のために動くビジネスパートナーでしょう?力哉さんを欲しているというのはお互い様ですが、仕方ありません。要相談です」

 

「……ではもう行く。精々新時代の幕開けを待つがいい」

 

 

ギシギシと床の軋む音とともに遠ざかる女性。完全に見失った所で少女は息を吐く。

疲労から出たいきなのか、少し怠そうに身体をくねらせる。

 

 

「……面倒な相手ですね、全く。()()()()()()()()とも知らずに」

 

 

軽い足取りで歩みを勧め、陳列する巫女達の前を通る。

後から巫女達も少女の後ろに列を作り歩き始める。

 

 

「一先ず勇者様方にお会いしましょう。()()殿()に向かいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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冷たく、鋭い殺気。身の毛がよだつ緊迫感。ベッタリと張り付く嫌な風がどこからとも無く吹いてくる。

 

力哉と銀には覚えがあった。ベタつく緊張感が喉を乾かし、不穏な空気が肌を撫でる感覚。

ぐるりと病室を見渡す。一人入れるだけに色々と神聖なものを祀りその結果病院の最上階丸々病室にする他なら無くなったこの場所に、入院患者、所か見舞い人にも似つかない不穏な人影が姿を現す。

 

 

目の鼻がない真っ白な顔。でっぷりと肥大した赤い唇とそこから覗く真っ白な歯。顔以外は恐らく寄生した人間だった誰か。その姿に思わず嫌悪感を抱く。

ケタケタと笑うナニかは、次々と壁をすりぬけるように現れ始めた。その数は十、二十、三十、更に増え増加していく。

 

 

「……ガチか」

 

 

銀の口から零れた驚愕の色。ここで来るとは予想出来ていなかった。否、何となくだがその傾向があるのではと感じたのはつい先程。

どちらにしても対処出来るよう策を講じる時間は無かったが、心の準備だけはと意気込んでいたつもりだった。

 

明らかに多い。その以上な数の質量。身に余る、なんて思えてしまうほどの大軍が目の前に迫っていた。

四方囲まれているという訳では無いが、出口は完全に塞がれているし、この部屋には窓がない為外に出る事も出来ない。バーテックスがどこから現れているかは不明だが、察するにいくらでも補充出来るということを暗喩されているような。

 

 

「……敵対反応確認。これより防人部隊特別措置として隊長権限を使用。敵対勢力の排除を目標、戦闘態勢に移行します」

 

 

既に端末を構えている2人。勇者システムを起動して変身するまで凡そ0.1秒ほど。2人の間合いにはまだ入り切っていないが、銀と芽吹にはかなりのプレッシャーがかかっているだろう。後ろには非戦闘員が2人。戦う術を持ってはいるがこれ以上戦わせることは出来ない者が1人。多勢に無勢。守り切りながら戦うというのは1番難しい。無傷となればさらに難易度は増すし、余計に集中力を持っていかれる。

 

故に、それを紛らわす様に軽口を言い合うのはお互いに思い、お互いに緊張をほぐそうとしているに他ならない。

 

 

「足引っ張るなよ」

 

「……誰に向かって言ってるのかしら。私は防人部隊を率いる(おさ)であり、貴方の地位を狙う略奪者でもあるわ。そんなてんこ盛りな私が足引っ張るなんて無様な姿見せると思ってるなんて、貴方の目もまだまだね」

 

「……はっ、言ってろ。━━━━━行くぞ」

 

「━━━━━了解」

 

 

2人は同時に端末の画面を押した。そこから約0.1秒誤差有りの変身を遂げた2人。

 

銀は双斧の一振を、芽吹は双剣銃を構えた。

リーチは銀の方が長い。遠距離攻撃を主としない2人だが、中距離にも定評のある芽吹が後ろに下がるのは至極真っ当。完全近距離型の銀は、その場で腰を少し落とし双斧を横に構えた。普通ならば両手で持つことすら難易度のある一振を片手で持つ銀の腕力と握力、体幹の良さには驚かされるが、銀が床を蹴ったことで更に驚愕する事になる。

 

ゼロ距離加速からの瞬間移動と言ってもいい速さ。所謂いつの間にか後ろにいたと言うやつだ。

銀が恐らく通ったであろう進路にいた敵は銀が双斧に付いた血を払い落とすと同時に首から上をポロリと床に落とすことになった。

 

 

「増えようが関係無ぇが、暴れる事は理解しとけよブサメン野郎共……っ」

 

 

そして加速、さらに加速。壁、床、天井を蹴り飛び、四方八方囲まれた空間を自在に動き回る銀の身体能力には思わず紅葉も固唾をのむ。

バーテックスとの戦闘は主に対大型戦として考慮されていた。樹海という広大なエリアの中で戦うとなれば、周囲の環境を生かすよりもシステム発動時の身体強化バフを上げた方が効率がいい。下手に遮蔽物や隠れる場所を探すよりも、素早い動きと高い攻撃力で短時間で決着をつけさせる方が理想的だ。バーテックスの攻撃で現実世界にも影響が出るからだ。被害を最小限に、尚且つ迅速に敵を倒す。

 

それを小学生の身であった当時の彼女に求めるのは酷な話ではあったが、銀を含む世代の勇者達はそれをしっかりとこなした。こなす事が出来た。

当時大赦では特に気にするような人間はいなかった。戦い方はどうであれ、倒しているのだからいいのではという考えを持つ人間が大半だったからだ。

 

紅葉は無論大半の枠組みに入っていた人間では無い。自身の娘が戦場に駆り出され、毎日が気が気で無かったからだ。

だがそれは娘の事を心配していたからであって、倒せるのは当たり前という考えをもっていなかったからと言うよりも、そんな事出来るのかと疑問に思う事の方が大きかった。

 

それが今目の前で起きている光景を見れば、疑問は一瞬で解決する事になった。だが同時に、これ程までに()()()()をさせてしまった姿に身の毛のよだつナニカを味わった。

 

 

思わず歯を食いしばる。情けないと。どうしてこうも歯痒いのかと。

考えても考えても、思い浮かぶ結論はない。奇しくもあるのは思考に思いふけることしか出来ない情けない大人の姿のみ。

 

仕方ないと、そう豪語出来るならどれほど良かったか。

冷たくあしらえる程感情が冷めきっていたら、どれ程楽だったろうか。

 

たらればはあれど、決してその思いを理解する事は出来ない。紅葉は遠に、心の底から娘を愛しているから。未来ある子供達に罪悪感を抱きながら接してしまっているから。

 

 

ふとそばに居る愛娘が目に映る。痛々しいその姿はこの短時間の中で紅葉の心境を大きく揺るがすものだった。

これ以上、この子に背負わせる必要は無い。背負わせたく無い。

切に願う親の気持ちだ。本当なら大赦など気にせず静かに暮らして欲しかった。それが叶わぬから、せめてもの救いと思いどうするべきか考える。

 

逃げるという選択肢しか見えないが、その後どうするべきか。多分もう治ることの無い身体の事もある。抱き抱える力哉に今後の事を任せても構わないが、当の本人達の思いもある。親として力哉と添い遂げて欲しいが、力哉との関係を深めたい者は多い。

 

 

だが思考を廻らす紅葉を他所に、園子は一人動き出す。

端末を手に、そしてそっと力哉に画面を見せた。

 

 

「……園子?どうした?」

 

「そのっち……?」

 

 

ずいずいと、押してくれと頼んでいるかのようなジェスチャー。画面には大赦のロゴが映し出されており、これが何を意味するか力哉と紅葉には察しがつき始めていた。

 

 

「……園子、駄目だ。それは押せない。押す訳にはいかない」

 

「そうだぞそのっち。それに銀と芽吹が頑張ってくれてる。その体じゃまだ負担が……」

 

 

紅葉と力哉の説得も園子には届かず。しかし、園子の表情には何処か勝算が見えている様な明るい色が見えていた。

 

少し考えた。そもそも何故端末を力哉に押させるのか。自力で押せないわけは無いが、変身目的のはずである行為を、力哉が行う事に意味は無いはずなのだ。

 

疑問は不思議と興味へ。不謹慎と分かっていながらも、園子のこの謎の自信に力哉は次第次第に心を開いていく。

勝算はあると語りかけてくる園子の表情に、力哉は思わず飲み込まれてしまった。

 

 

「……勝てるの?」

 

 

こくりと頷く。

 

 

「また傷付くかも……」

 

 

首を振って否定する。

 

 

「……必ず、無事に帰ってきて欲しい。出来る?」

 

 

口元が緩み、こくりとゆっくり頷いた。

 

罪悪感はある。袖引く思いを抱く。だが、園子のやりたいと願う事に背中を押してやりたい。力哉は強くそう思った。

 

 

「……頑張れ、そのっち!!」

 

 

そして力哉は、覚悟を抱くと共に端末に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、視界を覆う紫の蓮の花が舞踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






多分次の更新来年だろうなと。


すんません休み無いんです申し訳ないです。



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