戦姫絶唱シンフォギアIF 〜陰る陽だまり〜 (ボーイS)
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番外編
誕生日回 天羽奏&風鳴翼


本作で翼さんは眠っていたので奏さんと一緒に祝ってやろうかと!

時間軸的にフィーネ撃破〜G編開始前です。原作で考えたらビッキーリディアン入学が三.四月だとしてそこから色々あったから多分フィーネとの最終決戦が六月くらいと思う(穴だらけの考え)。そこから戦後のゴタゴタを考えたら丁度いいかな?と思いましてのでそんな時間軸です。

まだメインメンバーが足りずちょっと寂しいメンツですがそれでも派手目に祝いましょう!

続いている限り記念日系はやっていこうかと。まあ、たぶんマリアさんの誕生日回は今回と同じになりそうですがね。てかビッキーの誕生日回がどう考えても暗いものになってしまう件について……


 ──ニ課仮本部の休憩所にて

 

 周りに人はおらず、設置された机と椅子にまるで事情聴取しているかのように真面目で厳格な顔つきになった風鳴翼と、その対面に大分顔の色付きが良くなってきた小日向未来が座っている。

 何も知らない者が見れば何かしらの修羅場であると思ってしまうほど翼の顔は真剣で鬼気迫る顔つきだった。そのせいで自分が何をしたか分らない未来は緊張して身体を固くさせていた。

 

「……小日向」

「は、はい!」

 

 突然呼び出されて何か悪い事でもしたのだろうか、と身に覚えのない緊張で変な汗が垂れてくるのを我慢していると翼が口を開く。

 

 

「──奏に何をプレゼントすれば良いか一緒に考えてくれないか?」

 

 

 フィーネとの激戦を乗り越え、月の破片も破壊し、世界に平和が訪れた。

 弦十郎率いる二課の実動隊の者はリディアン並びに崩壊した二課本部跡地、そしてカ・ディンギルの調査と平和が訪れてもまだまだ休む事が出来ない者は多々いる。

 

 その中でも天羽奏は一際頑張りを見せていた。

 装者を止めた事で戦う事への責任感や重圧から解放され、まだリハビリの途中ではあるものの相棒である風鳴翼も徐々に体力を回復しており、そう長い時間を待たずにアーティストに復帰して戦いの事を気にせずに相棒と歌える事に奏自身が自分で思っている以上に楽しみにしていた。

 そんな奏の誕生日が間近に迫ってきているのだ。

 

「……えっと?」

「私だって考えたのだ。だが二年も眠っていたせいで世間の荒波に取り残されてしまった私では今の流行りをリサーチする事は困難だったのだ!緒川さんに聞こうにも奏の耳に入るかもしれない、雪音も最近までフィーネに騙されて世間から離れた場所にいたのだろう?そう考えたら同年代の女性で頼りになるのは小日向だけなのだ!」

 

 未来が質問する前に翼はまくし立てる。

 実際時期が悪かったのか、二年で翼が知っていた事よりも変わった事が多々あり、ファッションや流行りというものは早いものはすぐに変わってしまうため、目覚めたばかりのような翼ではリサーチする時間が少な過ぎた。慎次に頼ろうにも本人が言った通りツヴァイウィングのマネージャーという立ち位置からいつ奏の耳に入るか分からない現状、同年代で頼りはなる女性は未来だけとなった。ここであおいや了子という選択肢が無いのはどうかと思うが。

 

 翼の言いたい事がなんとなく分かった未来であったが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「その……すみません、なんと言いますか、私も最近まではまともではなかったもので……」

「ハッ(゚Д゚)!」

 

 未来も最近まで情緒不安定でまともな状況ではなかった。もっと言うなら翼と同じく、二年前のライブ事件から世間の事に興味を失い、天羽々斬のシンフォギアを手に入れてからはノイズの殲滅しか頭になかった。

 そのため、現在の世間の流行りといった情報は翼とほぼ同レベルであった。

 

「だ、だがそれでも共に考えてはくれないだろうか……?」

「んー……と言いましても、翼さんからなら奏さんはなんでも喜ぶとは思いますけど」

「だが私が眠っていたせいで二年も祝う事が出来なかった。その分もまとめて祝いたいのだ」

「でしたら余計に気持ちがこもっていればどんなものでも嬉しいと思いますよ。一番プレゼントを貰いたい人からのプレゼントはどんなものでも嬉しいですから」

 

 そう言って未来はそっと髪に括り付けられた白いリボンを触る。

 いつの時か忘れてしまったが、未来の親友であった今は亡き立花響がプレゼントにくれた思い出の詰まった白いリボン。今使っているのはそれとは別ではあるが、やはり自分で買う物と貰いたい人から貰う物ではその思い入れの違いは大きい。

 

 翼と奏は互いに生きている。これからもその思いの分け合いは出来る。だが、未来にはもうそれが出来ない。

 

「……すまん」

「あ、謝らないでください!私もちょっと意地悪でした。すみません……」

「……ふふ」

 

 互いに申し訳なさそうに頭を下げる。それが可笑しくて翼が笑みを漏らし、それに釣られて未来も笑みを見せた事により沈鬱になりかけた空気が霧散し、空気が軽くなった。

 

「さて。話は戻すのだが、やはり形になる物を贈りたいのだ」

「だとしたらやはり身につけてられるような物が良いのではないでしょうか?例えばペンダントとか」

「ペンダント……」

 

 未来の言葉に考え込む翼。そして何かを思い付いたかのように顔を上げた。

 

「そうだな。うん、そうしよう。ありがとう小日向。世話になった!」

「いえいえ。これくらいであればいつでも」

「私はこれから寄る所が出来た。すまんが先に失礼させてもらう。それじゃ」

 

 そう言い残して何かを思い付いた翼は急ぎ足でその場から立ち去っていた。そして取り残される未来。

 

「……私もクリスの誕生日、何をするか考えておこうかなぁ……うん?」

 

 まだ半年近く先ではあるが、クリスの誕生日に向けて何が出来るか早々と考え出した未来だったが、持っていた携帯端末にメールが届いた知らせが来る。連絡を取り合う相手がいたか思い出していた所、メール相手の名前を見て首を傾げた。

 

「奏さんから?」

 

 

 

 ──────────────────

 

 ──七月二十八日

 

「「「「誕生日おめでとう!!!」」」」

「いや〜、みんな、ありがとう!」

 

 クラッカーの破裂する音がニ課仮本番の食堂に響き、中身のテープが舞う。そしてテーブルには沢山の料理と大きめなケーキが置かれており、ケーキには奏の名前が書かれていた。

 

 みんなに祝られて奏も笑顔を見せる。

 ライブ事件から笑う事が少なかった奏もフィーネの戦いで翼が目覚めてから徐々に昔のような笑顔を見せていた。その中でも今日はとびっきりの笑顔であった。

 

「奏!」

「おお、翼!」

 

 弦十郎や未来たちからプレゼントを貰った後、最後に翼が綺麗なリボンが括られた小さな赤いケースを持って奏の前に立つ。

 

「これ、私からのプレゼント」

「サンキュー翼!開けてもいいか?」

「う、うん」

 

 恥ずかしそうにする顔を赤らめる翼に奏は楽しそうに笑みを浮かべ、ケースのリボンをそっと解いて中にあるものを見る。その中にあったのは右の片羽をイメージした青い翼の形をしたペンダントだった。

 

「えっと、それを見て私の事を思い出して欲しいなー、って思って……」

「……」

 

 翼が眠っていた二年もの間、奏が傷つきながらも一人で戦っていたのを叔父である弦十郎から、慎次から翼がいる時とは違い笑顔に陰りがあったと聞いていた。

 そして未来との相談の時に奏に自分の髪と同じ色の青色の片翼の形のペンダントをプレゼントを贈る事で、「いつでも一緒にいる」という事を忘れないで欲しいと思ったのだった。

 

 ペンダントを見た奏はジッと見つめたまま固まる。その表情は髪で隠れて見えない。

 

「く、くくく、あはははは!」

「か、奏?」

 

 突然ケースを持ったまま女性らしからぬ大声で笑う奏に翼はオロオロとし始める。笑っている事から気に入らなかったわけではないなさそうだが笑っている理由がいまいち理解出来ず困惑していた。

 

「ははは!あ〜あ。くそう、小日向のやつ、分かっていやがったな?」

「え?」

 

 涙を流すほど笑ったのにまだ可笑しいのか笑みを見せながら遠くのテーブルで口の周りをクリームだらけにしたクリスの口元を拭いていた未来の方に目を向ける。奏と翼の反応を見ていた未来は微笑みを向けていた。

 

「んじゃ、今度はあたしからだな。緒川さん!」

「準備は出来ていますよ」

「え?え?」

 

 奏の合図を待っていたかのように食堂のキッチンの方から慎次が大きな蓋付きの皿の乗ったワゴンを押しながら現れる。それと共に先程まで奏を祝っていた二課のメンバーたちがいつの間にか用意していたクラッカーを翼に向けて構えた。

 

「「「「誕生日おめでとう!!!」」」」

 

 再びクラッカーの破裂音と共に飛び出したテープが宙を舞い翼の頭に降り注ぐ。そして慎次が押して来たワゴンの上の皿の蓋を取る。そこには翼の名前が刻まれていた。

 

「え、でも今日は」

「確かに今日は翼の誕生日じゃない。でも二年も祝えてないんだ。だから今日一緒に祝おうっていうわけ。来年まで待ってられないしね」

 

 ウィンクしながら奏は隠し持っていた綺麗なリボンが括られた青色のケースを渡す。それを受け取った翼は目をパチクリしてそっとリボンを外す。中には翼が贈ったネックレスと似た赤色の左の片羽をイメージした翼の形をしたネックレスが入っていた。

 

「あたしも小日向に相談したんだよ。翼の誕生日に何を贈ればいいかってね。そしたら小日向が「ネックレスなんてどうですか?」なんて言うからそれに乗っちまったのさ。でも考える事まで同じとは思わなかったけどな!」

「奏……ふふ」

 

 恥ずかしそうに顔を背けながら奏は笑う。それに釣られて翼も顔が緩んだ。

 装者を辞めた奏はこれから隣で歌う事は出来ても戦う事は出来ない。それでも一緒にいる事を忘れないようにという願いを込めて自身と同じ赤い色の片翼のペンダントを贈ろうとしていたのだ。それがまさか互いに同じ気持ちで同じ物を贈ろうとした事に二人とも笑いが止まらないでいた。

 

「あの二人、仲良いな」

「うん。そうだね」

 

 再び口の周りをクリームだらけにしたクリスの口を拭きながら未来は楽しそうに笑い合う奏と翼をジッと見つめる。そしてその二人の姿が自分と親友の幸せだった日の光景と重なって見えた。

 

 奏と翼の境遇を考えれば今の二人の祝う気持ちは確かに未来の心の中にある。それは紛れもない事実であり、嘘ではない。だがそうと分かっていても二度と自分には訪れない幸福な時間の中にいる二人に嫉妬を感じているのもまた事実だった。

 

「大丈夫か?」

「えっ」

「なんかこう、辛そうな顔してっから……し、心配になってよ」

「クリス……」

 

 ぶっきらぼうでありながらもチラチラと未来の様子を横目で見るクリス。未来の受けた心の傷を一番よく知っているからこそ未来の心情の変化を敏感に感じていた。

 少し不安そうにするクリスの顔を見て未来も自分の心を落ち着けて、新しい「大切な人」を安心させるように笑みを見せる。

 

「ありがとう、クリス」

「う、礼なんて!いらねぇぞ?」

「ふふふ」

「わ、笑うな!」

 

 顔を赤くして声を上ずり顔を背ける。それが可笑しくて未来も笑い、それに釣られてクリスも怒りながらも笑みを見せた。

 

 親友が居なくなってから冷え切っていた心がクリスのおかげで再び暖かくなる。それがとてつもなく幸せであり、そして死んでしまった親友を裏切っているような罪悪感を感じていた。

 だがそれも、「辛くて痛くて悲しい思いをして、笑って楽しんで幸せに生きる」と言う親友の残した優しい罰の一つとして、未来はその罪悪感を受け入れてもおり、その罪悪感を持ったまま今の幸せを守っていこうと必死だったが、今日はそんな思いも奥底に閉まって楽しもうとしていた。それが亡き親友への願いだと信じて。

 

「おーい!小日向と雪音もこっちへ来たらどうだー!」

「あたしらの祝いだからって遠慮しなくていいぞー!」

「ちっ、うるせーなぁ」

「そんな事言ったらダメだよ?ほら、行こ!」

「あ、おい!」

 

 今回のパーティーの主役である翼と奏に呼ばれて未来は仏頂面のクリスの手を引いて早歩きで二人の元に行く。心の奥底でチクチクと針で刺されるような痛みを感じながら。

 

 こうして奏と翼の誕生日会は大変盛り上がり、夜が更けていくのだった。

 




奏「実は翼用に三段ケーキと長い包丁もあるんだけど」

翼「それウェディングケーキ!?」

慎次「用意は出来てますよ」

翼「本当に用意してた!?」

奏&慎次「「嘘だよ(ですよ)」」

弦十郎「む、あるぞ?奏くん用と二つ」

翼&奏&慎次「「「え」」」


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誕生日回 立花響

は(↑)ぁ(↓)い(↑)!皆様の予想通りビッキーの誕生日回は祝い事なのに祝えない状況の私の作品ですよ……何故だ!

ビッキーおめでとう!そしてビッキー推しの方々、すまねぇ_(:3」z)_



響「誕生日プレゼントは出番で♡」
作者「あ き ら め ろ」※後で393にアメノハバキリーされました。


 ──九月十二日 

 

「暇だな〜」

 

 ニ課仮本部となっている潜水艦の通路で奏は一人寂しく歩いていた。

 現在、翼とクリス二人はシンフォギアを使った訓練の最中であり、ギアを纏えない奏は参加不要だった。

 最初は観戦していた奏だったが観ているだけでは退屈で途中退席した。その結果、暇を持て余す事になったのだ。

 

「緒川さんはどっか行ってるし、了子さんは最近研究室に篭りっきりだし……ダンナにちょっと鍛えてもらうかねぇ」

 

 実際弦十郎は慣れない司令として一番大変な思いをしているため奏は弦十郎の元に行くのを迷ったが、外出するにせよトレーニングをするにせよ一度弦十郎に会って許可を貰わねばならないためその際に聞こうと直令場に足を運ぶ。

 奏は最初は慣れなかった潜水艦の中も今ではすっかり慣れていて最早海の中という普通では見れない外の景色にも飽き飽きしているほど慣れてしまっていた。多少娯楽室はあるもののそれにも既に飽きている。

 

 長い廊下を歩いてようやく直令場につき、開いた自動扉をくぐって中に入った奏が弦十郎を探していると予想外の人物がそこにいた。

 

「弦十郎さん。明日はお休みをいただいてもよろしいですか?」

「別に構わんぞ。F.I.Sの行動によっては緊急の呼び出しはあるかも知れんが」

「十分です。ありがとうございます」

 

 弦十郎との話が終わり、お辞儀をして未来は直令場から出て行く。その様子を何故か反射的に近くの機械の後ろに隠れた奏はその後ろ姿を見送ってゆっくりと機械の影から出て、弦十郎の元に早歩きで近づく。

 

「小日向はなんて言ってたんだ?」

「奏か。理由は聞いていないがただ休暇の許可を貰いに来た、といった感じだったな」

「ふ〜ん」

 

 特に何か悪さをする気配も感じなかった弦十郎は簡単に休暇を許可していたが、奏は「面白いものを見つけた」と言うように目をキランと光らせるのであった。

 

 ──────────────────

 

 ──翌日 九月十三日

 

 太陽が真上にある時間、未来は大手のショッピングモールを歩き回っていた。

 主にアクセサリー売り場を見て回っているが頭を捻らせながら中々買うものが決まらずに次の店に向かう。その後ろを三つの影が隠れながら追っていた。

 

「また違かったみたいだな」

「(じ────)」

「雪音、貴方は少し落ち着きなさい」

 

 立てかけの看板に変装して身を潜める奏と翼とクリスに周囲は怪しそうに目を向けるがそのまま通り過ぎていく。あまり絡みたく無いのだろう。何故なら黙ったままのクリスの目が瞬きを忘れて乾燥しているというのに目を見開き続けて血走っているからに違いない。

 

 昨日、未来が休みを取った事をトレーニングが終わった翼とクリスに話したところ、翼どころかクリスも知らされておらず、その日の夜にクリスが直接未来にその事を尋ねるとはぐらかしたのだ。

 全てでは無いにしろ今の未来とクリスは互いに寄り添う事で互いに支え合っている。そう思っているクリスだったが未来の意外な反応に昨晩は一睡も出来ず、気づいたら朝になっていた。目が血走っているのはそれも理由だろう。

 

 未来はしばらくはショッピングモール内を歩いてはアクセサリー売り場を発見すると店に入り、冷やかしのように何も買わずに出てくる。遠目でもがっかりしている姿が見えているので必要なものが見つかっていないのは分かる事だ。

 

「また店に入ったな」

「いったい小日向は何を買うつもりなのだろうか」

「さぁねぇ。でも、結構真剣に悩んでるのは確かだ」

「(じ────ー)」

「いや、アンタはそろそろなんか反応しろよ!?」

 

 クリスは最早恐ろしさを感じるほど未来の入って行った店を食い入るほど見つめ続けていた。

 

 それから数分後、店から出てきた未来はお目当のものが見つかったのか店の袋を手に持って出てくる。見つかって嬉しかったのか少しを頬を赤くして笑みを浮かべている。足取りも先程より軽くなっていた。

 

「何を買ったか分からないけどようやく買えたようね」

「だな。……ん?今度は花屋に入ってったぞ」

 

 未来がアクセサリーを買った後に花屋へと入っていくのを見て、未来が今日何をするつもりなのか余計に分からなくなる。

 花は何を買うのか事前に決めていたのかあまり時間をかけずに店から出てくる。手に持ってるのはあまり豪華では無いが誰かに贈るようなサイズの花だった。

 

「アクセサリーに花……小日向は何をする気だ?」

「まさか誰かにプロポーズ!?」

「なんでそんな発想が出てくるんだよ翼……お、また移動したな」

 

 少々ボケ気味の翼に奏がツッコミを入れていると再び未来は歩き出す。その後ろを追って二人は移動を開始した。

 

(……あの花の組み合わせって確か……)

 

 全部でなくとも未来の購入した一部の花の姿が見えたクリスはその組み合わせが自分の知る組み合わせに似ていた事に気付いたが、先に進む二人に催促され、頭に浮かんだ考えを端に置いて追跡を続行した。

 

 

 

 

 

 それからも未来はショッピングモール内を歩いたが既に買う予定のものは買い終えたのか、軽く昼食を済ませた後は特に何処かに寄ることもなく、真っ直ぐにモールを出て近くのバス停に足を運んだ。

 ちなみにクリス達もお店で昼食を取れば良いのに、奏が用意していたアンパンと牛乳で昼食を済ませた。勿論、そんなものだけで足りるはずもなく今でも油断した奏のお腹から「くぅ〜〜」と腹の虫が鳴く音が聞こえている。

 

 数分後、バス停にバスが止まると未来は迷わずバスに乗り込む。クリス達もバレないように他の客に紛れ込むようにしてバスに乗車した。

 人があまり乗っていないためバレる可能性があったのだが、幸い未来はバスの席に座るとすぐ外に目を向けたため三人がバレることはなかった。

 

「(次は何処に行く気だろうな)」

「(分からないわ。でも少し嬉しそう?)」

「(あたしには悲しんでるように見えるけどな)」

 

 ヒソヒソと未来に聞こえないように話す三人は窓の外を見る未来に目を向けた。

 未来は買った花とアクセサリーの入った袋を抱きしめながら時折少し微笑んでいた。だがたまに見える瞳はその表情とは裏腹に悲しみがあると見て取れる。

 未来はただ外を眺めるだけで何もせず、ただ静かな時間が流れる。そして十分ほど経ち、バスが町の郊外まで出た所で次のバス停で降りるために未来は立ち上がった。

 

(ここは……)

 

 奏と翼は慌てて降りる準備をしている中、クリスは外の景色に見覚えがあった。それもそのはずだ。未来の目的地はほんの二、三ヶ月前に二人で一緒にいたある場所であり、クリスが未来を守ろうと誓った場所。

 

「ついたみたいだな。でもここって……」

「墓地?」

 

 バス停が止まったのは奏達のいる町と海が一望出来る山道の道路の途中にある墓地。

 

 そして、未来の大切な人が眠る場所だった。

 

 

 ──────────────────

 

 誰もいない墓地を未来は一人で静かに歩く。

 この墓地にするのは何度目だろうか。いや、ルナアタック後とその後に何回か訪れただけで言うほどこの墓地に来たことはない。

 少し歩き、灰の入った小瓶が置かれた目的の墓の前に立つ。その墓は二年前にツヴァイウィングのライブ会場に現れたノイズによる事件の被害者がまとめて埋葬されている。とは言ってもその墓に埋められているのは全て()なのだが。

 

「──誕生日おめでとう、響」

 

 ゆっくりとしゃがんでまずは線香を焚いてから手を合わせ、その後墓標の前に先程ショッピングモールで買った花束を添える。本当はちゃんとした仏花を添えるべきなのだが、今日未来がここに来たのは墓参りではなく、大切な親友の誕生日を祝うためなので少し豪華になっていた。

 

「それで、こっちが誕生日プレゼント」

 

 次に取り出したのはアクセサリー売り場で買った未来の付けている白いリボンに似た大きめの白いリボン。その白いリボンを灰の入った小瓶に巻きつけて墓標の前に置いた。

 

「もう一六歳だね。でも響なら昔と変わらずに笑ってるかな?」

 

 ふふ、と笑みをこぼす。だが墓標を見つめるその瞳は悲しそうで今にでも涙が流れ出しそうなほどだった。

 

「……二年もお祝い出来なくてごめんね」

 

 ライブ事件で大切な親友を失ってから未来は精神が不安定になっており、シンフォギアという力を手に入れてからは仇であるノイズを抹殺するために狂っていたためそれも仕方のない事だが、それで納得出来るならここまで未来は傷ついていないだろう。

 頭の中では毎日でも通いたいと思っているが、それに比例して大切だった親友がこの世にいないのだと現実を突きつけられてこの場所に来る事を心が拒否しているのだ。それだけ未来にとっての大の親友、立花響は今でも未来の心の中に強く住みついていた。

 

「まだ自分の足で立つのは辛いし、響がいなくなったあの日を思い出すたびに苦しくて胸が凄く痛くなるけど、クリスが、奏さんが、翼さんが、弦十郎さんが、二課のみんながいるから頑張れてるよ」

 

 二課に保護されなければクリスや奏達に出会う事も無く、今この場に自分はおらずこうやって祝うために墓地に訪れる事も出来なかった。

 響と一緒の時間を過ごす事が出来ず、自分だけ幸せになって本当に良いのかまだ迷いはあった。

 それでもフィーネとの戦いで会えた響とした「辛くて痛くて悲しい思いをして、それでいっぱい笑って楽しんで幸せに生きる」という約束がある限り今感じている胸の痛みも受け入れ続けて生きて行こうと誓う。それが生き残った自分の罰と思いながら。

 

 それから嬉しい事や悲しい事も含めて最近の事やクリスや奏の事を楽しそうに話す。その横顔はかつての楽しかった頃の光景を思い出して暖かな笑みを浮かべていた。

 

「──さて、もう出てきてもいいですよ」

 

 話したい事を言い終えた未来が立ち上がり、近くにあった木に向けて言葉を投げかける。すると木の影から隠れていたクリス、奏、翼の三人が気まずそうに目を彷徨わせながら出てきた。

 

「あ〜気付いてたんだな」

「当たり前ですよ。別にやましい事をしているわけではなかったので反応しなかっただけです」

「わ、私は最初から分かっていたぞ!」

「嘘つけ。誰かにプロポーズするのか!って言ったのは翼だろうが」

「な、なんで言うのよ奏!?」

「私まだ高校生なんですが……」

 

 顔を赤くして慌てる翼と声に出して笑う奏を見て未来も笑みを浮かべている中、クリスだけは笑わずに未来がさっきまでいた墓標の前に立ち、手を合わせた。

 

「──アンタの代わり、なんて高望みはしねぇ。それでも、あたしはあたしのやり方で未来を幸せにしてみせるからな。だからこれからも未来を見守ってやってくれよ」

 

 あまり人には見せない、未来にも負けない優しい笑みをクリスが浮かべる。その胸に深く決意を刻みながら。

 

「……翼、プロポーズってのはあれの事を言うんだぞ」

「そうだね奏。私が間違えてた」

「ッッッ!?き、聞いてんじゃねぇ!!!」

「やべ、逃げるぞ翼!」

「承知!」

 

 口の中が甘くなりながらクリスに生暖かい目を向ける奏と翼の視線に気づいたクリスが顔を真っ赤にしながら二人に殴りかかり、二人はアスリート顔向けの速度で走って逃げていった。クリスも追いかけるが体力的に追いつくのは不可能だろう。

 

「もう、クリスったら……うう」

 

 思いがけないクリスの告白に顔を赤く染める。心臓の鼓動も早くなっていた。

 

 まだまだ未来の心の傷は深く、過去から完全に抜け出していない。

 それでもその傷は少しずつ癒えており、こうやって墓参りに来ても過去を思い出して涙を流す事は無くなっていた。それもクリスのおかげである。

 

「私、頑張るからね。響の分も沢山辛い思いをして幸せに生きていくから。私がそっちに行ったら沢山話そうね」

 

 もう一度墓標に笑みを向けてから未来は走り去ったクリスを追いかけて歩き出した。

 

 その日の太陽は眩しく輝いていた。




誕生日回でなんで墓参り書いてるんでしょうね?
本当はセレナさん達も参加させたかったんですがまだG編終わっていないので……チクセウ_(:3」z)_

未来(シンフォギア装着済み)「私の誕生日までに響に会えるようにしないと……どうなるか分かってますよね?」
作者(既にアメノハバキリー済み)「分かってますがまだGXとAXZ編があるから100%無理……待って何処へ連れて行くんですか嫌だやめてください許して……HA☆NA☆SHE!」※近くにいたバーローと防人とうたずきんの証言によると禍々しい獣のような雄叫びと悲鳴が聞こえたそうな

セレナ「私の誕生日までにG編終わります?」
作者「無理なんじゃないの〜?(某料理人カワサキ調)」※後でマリアさんにアガートラームされました。


ビッキー誕生日おめでとう!(瀕死)














響(ハイライトOFF)「なんで私の誕生日に未来とクリスちゃんをくっつけてようとしてるの?」
作者「ふ、不可抗力というやつでして……はっ!?この気配はまさか世界蛇のーー」※音信不通となりました。


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誕生日回 セレナ・カデンツァヴナ・イブ

作者の被害者三号さんです。二号は誰か?そりゃ誕生日どころかやっと出番のあったマリアさんですよ_(:3」z)_

本当はG編終わった後に奏さんと翼さん祝った回みたいにマリアさん共々祝う話を作っていたのですが、終わらなかったので諦めて新たに作りました!
ほのぼの回……のはず

時系列は……気にするな(゚∀゚)!


 ──十月十五日

 

 それはツヴァイウィングの奏と翼とのコラボが決定してセレナたちが日本に到着してからまだ日が経っていない、まだ太陽が高い位置にいる時間のある日の事だった。

 

「ちょっと調と買い物に行ってくるデス!」

 

 作戦決行の日が近づくにつれて緊張と若干の後悔によって中々眠る事が出来ず、眠る事が出来てもその眠りが浅いせいで寝不足であまり頭が働いていないセレナに向かって切歌は元気よく笑顔で話しかけてきた。

 もうすぐ自分たちが人類の命運を左右するような大事を行うというのに、その緊張感の欠片も無い切歌の眩しい笑顔が重過ぎる重圧を感じていたセレナの緊張を解きほぐしていく。

 

「ふふ。行ってらっしゃい。気をつけてくださいね?」

「はいデス!」

「お夕飯までには帰って来るね」

 

 そう言って二人はセレナに背を向けて部屋から出て行く。

 セレナたちは現在、コラボ予定地である会場がある町から少し離れた、町を一望出来る山の中のあまり人が来ない森の中で拠点としているヘリキャリアを待機させており、切歌と調は手を繋いでヘリキャリアから出て町の方へ向かって楽しそうに歩いていく。二人の後ろ姿が楽しかった昔の頃のままで、セレナは自然と微笑みを浮かべていた。

 

「体調はよろしいのですか、セレナ」

「マム……」

 

 二人を見送っていると後ろの扉から車椅子に乗ったナスターシャが現れる。最近のセレナの様子と与えてしまった重荷の重さを理解しているナスターシャだったが、セレナはナスターシャに見えないように深呼吸をして寝不足を悟られないように無理矢理笑みを作った。

 

「緊張でまだ少し疲れがありますが全然平気です。それに、こんな事で立ち止まっていては計画に支障が出ます。今のうちに少しの疲れくらいでは倒れないようにしないといけません」

「……その結果、貴女が倒れなければそれで良いでしょう。それで、切歌と調は何処に?」

「二人は丁度今買い物をしに町に向かいました。マムは聞いていなかったのですか?」

「そうですね。私は何も……ああ、そういう事ですか」

 

 何か心当たりがあるのかナスターシャは納得したかのように何度か頷き、車椅子を綺麗にUターンさせて部屋から出て行こうとした。

 自分には何の心当たりも無いセレナはナスターシャの行動に疑問を持ち、話しかけようとしたがその前にナスターシャが車椅子を止めて頭だけ動かしてセレナの方に向き直った。

 

「セレナ、貴女はまだ疲れが取り切れていないのでしょう?今日はもう少し睡眠を取りなさい」

「え、でもまだお昼を少し過ぎたところですが……」

「作戦の日に体調を崩すよりかははるかにマシです」

 

 それだけ言い残してナスターシャは部屋から出て行く。少々急ぎ気味に立ち去るその後ろ姿を見て疑問が増えたが、まだ疲れを取り切れていない上に強い眠気もあって頭が働いておらず、ナスターシャの言葉に甘えてもう少し眠ろうと思い自室に向かった。

 

「そういえば……今日は何かあったような……」

 

 何か頭に引っ掛かりを覚えたがその正体が分かるよりも先に眠気が勝ってきた頭では深く考える事が出来ず、自室に入ると着替えもせずにベットへダイブしてそのままセレナは深い眠りについた──

 

 

 ──────────────────

 

 それからセレナは予想以上に疲れが溜まっていてのか、目が覚めたのは既に陽が沈み辺りが暗くなり始めた時だった。

 

(少し眠り過ぎましたね)

 

 今日は特に何か予定があった訳ではなかったとはいえ一日を無駄にしたような気がしてあまり良い気分はしなかったが、久しぶりに長く眠れたためか完全ではなくとも身体の疲れはかなり取れていた。

 

「こういう何もしない日も、偶にはあって良いかもですね……と、お夕飯の支度をしないと」

 

 久々に軽くなった身体を起こして厨房に向かうと既に明かりがついており中も騒がしかった。

 少し遅れてしまったと思ったセレナは早歩きで近づき、扉に手をかけた。

 

「すみません。少し遅れ(パーン!)な、なんですか!?」

 

 最後まで言う前に部屋に入った瞬間、大きな音と頭に沢山の紙が降りかかり、まだ少しぼぅっとしてしていた頭が一気に覚めていった。

 

「「セレナ、誕生日おめでとう(デス)!」」

「おめでとう、セレナ」

 

 部屋は綺麗に飾られており、扉から対角の位置には大きく手書きで「セレナ 誕生日おめでとう!」と書かれた垂れ幕が張ってあった。

 切歌と調は笑顔でクラッカーをセレナに向けており、ナスターシャにいたっては真顔で鼻眼鏡と妙にカラフルな帽子を被っていた。

 

「あ、今日は私の……」

 

 壁に飾ってあったカレンダーには十月十五日に大きく丸が付けられており、それを見て今日が自分の誕生日だと初めて気がついた。これから始める世界を相手する大事の前に浮かれるほど神経が太くないセレナが自身の生まれた日を忘れてしまうのも仕方ない事だ。

 

「ささ、座ってくださいデス!」

「今日はセレナが主役」

 

 切歌がテーブルの椅子を引き、セレナは戸惑いながらもそこに触る。そして調はセレナの後ろに回って肩を揉み始めた。

 

「ん、凄く……んん、堅い、ね……」

「月読さん?もう少し言葉を選んでくださいね?」

 

 肩こりが酷くなっていたセレナの肩をマッサージする調の妙に艶かしい声に、セレナは焦ってやんわりと注意している間に切歌が冷蔵庫の中にあった苺のショートケーキ五切れを出して配り始める。

 セレナとナスターシャと調、そして自分の席の前にケーキを置いたが一つだけ誰も座っていない、余っている椅子の前に置かれていた。

 

「暁さん、一つ多いようですが」

「……マリアの分デスよ」

 

 少し俯きかげんで呟いた切歌の言葉を聞き、ハッとし顔を浮かべたセレナは誰も座っていない椅子に目を向けた。

 

「本当は大きなケーキを買いたかったのデスけど、私と調のお小遣いじゃ小さいのしか買えなかったデス……」

 

 セレナの誕生日のためにサプライズでパーティーグッズと垂れ幕用の布等によって本来予定していたワンホールのケーキを買う事が出来ずに急遽用意したのがセレナとナスターシャも合わせた四切れのショートケーキだったのだが、セレナが一番に愛し、そしてセレナを一番愛していた切歌と調にとっても本当の姉ような存在だったマリアを除け者にする訳にはいかないと残り少ない予算でもう一切れ買ったのだ。

 誕生日が大切な物だと思っている切歌は予定していたものよりも地味なものになってしまい、残念そうに俯いていたがセレナは自分の前に置かれたケーキを見て微笑んだ。

 

「暁さん……ふふ。ありがとう」

 

 俯いている切歌と後ろにいた調の頭をセレナは優しく撫でる。二人はまるで子犬のように気持ちよさそうになすがままに撫でられて幸せそうにしていた。

 

「さて、料理が冷めてしまう前に頂きましょうか」

「マムが作ったのですか?」

「ええ。料理をするのは久々でしたが腕は忘れていないものですよ」

 

 そう言ってテーブルに並べられた料理(主に肉)を見てセレナは今月の予算の事を考えると少し頭が痛くなったが、今日は三人が祝ってくれているのだから深く考えないようにしようとそんな邪推な考えを捨てた。

 というよりも、下手をすればモヤシ生活が始まるかもしれないという恐ろしい考えが頭に浮かんだため、それを振り払うように考えるのを辞めただけではあるのだが。

 

(姉さん。私、頑張るからね)

 

 セレナは誰も座っていない椅子の前に置かれたケーキに向かって微笑みかけていた。

 自分たちのやろうとしている事はこの幸せな光景を守る為だと思い、これから起こる大事件を考えればこんな浮かれた事をしている場合ではないと分かっていてももしかしたらこれが最後の祝いになるかもしれないと思う気持ちもある。そのためセレナたちは沢山笑い、今日の事を忘れないようにと心に強く刻む。

 そして、また来年も四人で祝う事が出来ると信じて騒ぎ明かすのだった。

 

 世界の命運を賭けた作戦決行までの日は近い──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マム……その鼻眼鏡気に入ったのデスか?」

「ええ。意外としっくり来るのですよ」

「「「ええ……」」」

「嘘に決まっているではないですか」

 

 そう言って少し残念そうに鼻眼鏡を外したナスターシャの横顔が三人の頭から離れなかった。

 後日切歌が別に鼻眼鏡とカラフルな帽子をナスターシャにプレゼントしたのだが、その時は余計な事に大切な資金を使った切歌を叱っていたものの自室で嬉しそうにつけていたナスターシャの姿を目撃した調とセレナがいた事は、また別のお話である。




……誕生日回、なのかこれ?

短いのは許してください。日付変わる一時間前に思いついた内容を整理する時間が無かったのデスよ……

時系列はG編プロローグの前日くらいですね。だから変顔眼鏡と合流前ですね。それくらいしか誕生日で当てはめられる事出来なかったのよ……現在絶賛修羅場中ですし。
物語の月感覚は気にしたら負けです(目逸らし)。てかヘリキャリアの中めっちゃ広いような……

さて、次は未来さんか。残機の確認しとくか……ビッキーが後ろで指ポキポキ鳴らして殺気放ってるような気がするけど気のせいだよね!ついでにクリスちゃんも射撃訓練用の人形の頭と心臓を的確に打ち抜いてるように見えるのも気のせいだよね!?
……あれ、未来さんがハイライトOFFでめっちゃにこやかに笑ってるんですけど……誰か助けて!

セレナさん。誕生日おめでとう!!!






マリア「私の誕生日は?」
作者「出番があるだけ感謝してください(ビッキーを見ながら)」


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ハロウィン回

仕事疲れで今日はゆっくり

ソシャゲログインすらしてない

諸々のハロウィンイベントに気付く

あれ、今日は何日……あ。←今ここ。

ハロウィンの存在完璧に忘れてたよ!
無理して書かなくても良いとは思いますが残しておきたいんですよね……
そしていつもの如く時間軸は……気にするな(゚∀゚)!


 ──十月三十一日

 

 ツヴァイウィングとセレナ・カデンツァヴナ・イヴのコラボライブ。そしてセレナの世界に向けての宣戦布告によって世界が混乱。

 しかしその後明確な行動は無く、当時ライブ会場にいた者でない限り徐々に忘れ去られていったある日。

 

「んーどうする。クリス?」

「どうするって言われてもなぁ」

 

 ニ課の一室、装者である未来とクリス用に用意された部屋で未来は苦笑いを浮かべてクリスは腕を組んで目の前に広がる物を見てため息を吐く。

 二人の目の前にある机の上には明らかに二人では消化しきれない量の大量の飴や和菓子、洋菓子といった様々な菓子が並んでいた。

 

 それは数分前の事だった。

 最初はいまだセレナが世界へ向けて宣戦布告をした〝フィーネ〟と名乗った組織への警戒を解いていないため、いつも通り学校が終わり二課の発令場で待機していた未来とクリスが一応の業務時間を終え、二人の暮らすマンションに帰宅するために待機室に向かって廊下を歩いていると二課オペレーターのである藤尭朔也と友里あおいに会ったのが始まりだった。

 

 二人は出会い頭に未来とクリスに何故か持っていた袋の中にあるお菓子のいくつかを二人に渡したのだ。

 

『はい、二人とも』

『えっと、なんでいきなりお菓子をくれるんですか?』

『今日はハロウィンでしょ?だから二人にね』

『俺の金だし、しかもあげたの後で俺が食べようと思ってたおやつだけどな』

『何か言った?』

『なんでもありませ〜ん。って足を踏むな!?』

 

 不貞腐れる朔也の足をヒールの踵で踏むあおい。その後の二人の喧嘩の様で、外から見れば仲の良い言い争いに近づく事が出来なかった未来は小さな声でお礼を言った後クリスと共に二人から離れた。

 

 

 

 朔也とあおいと別れた未来とクリスが廊下を歩いていると今度は弦十郎と了子が近くの扉からあらわれた。

 了子が二人に気づくと手に大きな袋を持った弦十郎と共にニコニコしながら近づいてくる。

 

『はぁ〜い。こんにちは未来ちゃんクリスちゃん。はい、ハッピーハロウィン』

『あまり食べすぎるんじゃないぞ?』

 

 そう言って弦十郎は袋に入った大量の菓子を二人に渡す。この時点で二人の胃袋には収まりきれない量の菓子になってしまった。

 

『えっと、ありがとうございます?』

『こりゃいくらなんでも多すぎねぇか……』

『俺たちが好きで渡すだけで別に今日中に食べきる必要はないぞ?友人に振る舞うなりしても構わんさ』

『女の子なんだからお菓子の食べ過ぎにも注意しないとダメよ?』

 

 じゃあね。と言い残して了子は弦十郎の手を引いて急ぎ二人から離れていく。

 のんびりしているように見えるが弦十郎は二課の司令であり、了子はまだフィーネの件に関して要注意人物となってはいるものの二課に欠かせない人物。まだまだセレナたちに予断を許さない状況だが、それでも今日のようなイベントを忘れずに用意して祝うだけの時間があれば何かを成すことが出来る二人に祝われて未来は離れていく二人に向かって頭を下げてお礼をした。

 

 

 

 持っていた鞄の中が大量の菓子でパンパンになった未来とクリスが再び廊下を歩いていると今度は奏と翼、その後ろについて歩く慎次が前から歩いて来た。

 

『よー二人とも!』

『こんにちは奏さん、翼さん、緒川さん』

『うむ。そうだ。これを渡しておこう』

 

 翼がおもむろに服のポケットに手を突っ込むと何故か入っていた酢昆布を取り出してクリスに渡した。

 

『んだよ、これ?』

『今日はハロウィンだ。だから菓子を二人に渡そうと思っただけだ』

『翼さん。普通はtrick or treatと言われたら渡すものですよ?』

『しまった(゚Д゚)!』

『翼……』

『てかハロウィンに酢昆布はねぇだろ……』

『ははは……』

 

 翼の失態に未来は苦笑いを浮かべ、クリスと奏は呆れたよう目を細めてにため息吐く。慎次もこれにはフォロー出来なかったのか笑みを浮かたまま肩を落としていた。

 あわあわと慌てる翼の頭を撫でながら奏はいきなり酢昆布を貰ってどうしようか迷っている未来とクリスの方を向くとニカッと白い歯が見えるくらい笑みを浮かべた。

 

『まぁ翼ならやるだろうなぁ。って思ったから『奏ぇ!?』あーはいはい。緒川さんに頼んで二人の待機室に菓子を運んでもらったから心配はしなくていいさ。んじゃあな!』

 

 手を振りながら奏は翼の手を引っ張っていく。翼が目に見えるくらいガックリとしているのだが、奏と慎次が何か話しながら翼の機嫌を治そうとしていた。すぐにでも機嫌は治りそうだ。

 二人は立ち去る奏たちに礼を言って貰った酢昆布を鞄に入れる。もう鞄の中が菓子のせいで重くなり、十分鈍器としての役割を果たせそうになってきていた。

 

 

 

 それからもニ課の職員に出会うたびに何かしらの菓子を貰い、そろそろ二人だけでは持つ事ができなくなり始めたところでやっと未来とクリスは二人専用の待機室に到着した。そして部屋の中に入って最初に見た光景が冒頭の机を埋め尽くすほどの大量の菓子の山だったのだ。

 

「奏さん……これはさすがに多すぎますよ……」

「生モンとかあるしよ……ホントにどうすんだ、これ?」

 

 まだキャンディーや煎餅のような菓子なら期限的な余裕はあるだろう。だが饅頭やカステラのような賞味期限に余裕が無いものも多々ある。だからと言ってこれを二人で処理するとなればいったいどれだけ時間がかかるだろうか。

 

「……取り敢えず、いくつか持って帰ろっか」

「……そうすっか」

 

 保存に気を付けねばならない物だけはきちんと保管し、それ以外の物は箱をいくつか貰ってきて部屋の端に置き、家で食す用にいくつか菓子を袋にまとめて未来は鞄の中に、クリスは乱雑に袋を持って仮設本部となっている潜水艦から出た。

 

 見慣れた街並みが見えてくると街は既にハロウィンムードに包まれていた。

 小さな子供は簡単な仮装衣装に身を包み親と共に街を歩き。

 今日という日を楽しみにしていた大人は様々で中にはクオリティの高い、最早仮装というよりも特殊メイク付きのコスプレをした者も多々見受けられた。

 出ている店もハロウィンに関連づけた商品やハロウィン用にパッケージや印刷された袋の菓子が店頭に並んでいた。

 

「賑やかだね」

「世界の危機かもしんねぇのに呑気なもんだ」

「それだけ平和って事だよ」

 

 あれだけのことを言っておいて動かないセレナたちを不気味に思っていたクリスには目の前でのほほんとしている一般人に危機感が無いと思ってイライラしていた。自分たちが平和な世界で生きているのが当たり前のように振る舞っているその姿に、クリスは多少の怒りを覚えるほどだったが、隣にいる未来の微笑みを見ればその怒りも鎮静化していく。

 

(未来が笑っていられるなら、こんな時間も悪くねぇかもな)

 

 そう思いながら未来見えないように笑みを浮かべクリスだったが、曲がり角で突然何かにぶつかり、大きくのけぞって尻餅をついた。

 

「いってぇ……おい!ちゃんと前を……あ」

「ご、ごめんなさいデス!……あ」

「切ちゃん、いきなり走ったら……あ」

 

 クリスがぶつかってきた人物を見ると目を大きく開けて絶句する。それはぶつかってきた相手もそうだった。

 それもそうだろう。今し方考えていた世界に宣戦布告をしたセレナと共にいたシンフォギア装者である暁切歌と月読調が目の前にいるのだから。

 

「お前ら!こんなところで何やってんだ!」

「な、何の事かさっぱりデェ〜ス」

「とぼけても無駄だ!この前のやられた借りを返してやるッ!」

「そう。なら容赦はしない……!」

「なんでそんな好戦的なんデスか調!?」

 

 今にでもシンフォギアを纏い戦闘を開始させようさせようとするクリスと調。そして調の後ろであわあわと慌てる切歌。

 その間に未来がスッと割り込み調に背を向けてクリスの方を向いた。

 

「今日は私たちは何も見なかった事にしよう?」

「はぁ!?」

 

 敵である切歌と調が目の前にいるというのに未来の突然の言葉にクリスは思わず大声を出してしまう。切歌と調も声こそ出さなかったがクリスと同じ驚愕を隠さずにいた。

 

「何をしていたのか知らないけど今日はハロウィンだし、それに街中で戦ったら周りに迷惑がかかるからね」

「でもよ!」

 

 クリスにとって二人は、特に調は未来に向かって偽善者だと無視出来ない言葉を言い傷付けた。それだけで未来を大切に想っているクリスが敵対する理由には十分だった。

 だが本人である未来が気にしていないようにクリスに微笑みを見せてその場から離れようとする。その後ろはあまりにも隙だらけで、調に殺す気があればその隙は致命的なのだが、未来がそれを分かって背中を見せているのが分からない調ではない。そしてそんな未来に後ろから襲うほど腐ってもいない。

 

「……何が目的?」

「言ったでしょ。今日はハロウィンで周りには人がいるから今回はお互い何も見なかった事にしたいだけ」

「そんな事信じられると!」

「し、調!悪目立ちしちゃうデスよ!」

 

 今にでもギアを纏おうペンダントを握ろうとした調の手を切歌が握り止める。少々興奮気味だった調も周りを見渡せば通行人が奇妙なものを見る目で調たちを見ている姿が見えた。

 

「戦うなら構わないよ。でも、無関係な人を巻き込むつもりなら──────容赦はしない」

 

 今まで優しそうな微笑みを見せていた未来の目つきが鋭くなる。

 もし親友がここにいれば自身が傷を負ってでも目の前にいる調を止めるようとするのは目に見えていた。それは容易に想像できた。

 だが大切なものが壊される痛みと辛さを知っている未来だからこそ、周りの幸せを奪おうとするのなら、例え親友が戦う事を望んでいなくとも相手に戦う意志があるのなら未来は容赦するつまりはなかった。

 

 未来の本気の眼差しを見て調は悔しそうに口元を歪めながらもペンダントから手を遠ざけて戦闘態勢を解く。その姿を見て切歌は安堵のため息を吐いた。

 

「……分かった。今日はお互いに何もなかったし会っていない。それでいい?」

「うん。ありがとう」

 

 鋭くなった目つきがいつものような優しい眼差しに戻り、笑みを見せて調と切歌から離れようとクリスの手を引いて歩き出そうとした未来だったが、何かを思い出したかのように振り返って調に近づいた。

 勿論調は未来の突然の行動に再び警戒をするが、未来は優しく笑みを浮かべたまま鞄の中の袋を取り出して調に見えるように差し出した。

 

「はい。どうぞ」

「これは……」

「お菓子デスか!!!」

 

 訝しむ調に対して切歌は袋の中を見た瞬間、切歌の背後で尻尾が左右に揺れている幻をクリスと調は見た。実際尻尾があれば千切れんばかりに振っていただろう。

 

「ハロウィンだからあげる。毒なんて入ってないし、いらないなら捨てても構わないからね」

「今日は会ったことにしないんじゃなかったの?」

「んー……それとこれとは話が別ということで、ね?」

「ありがとうデス!」

 

 悪戯っぽく口元に人差し指を当てて秘密にするようにジェスチャーする未来に調は更に訝しげな目を向けるが、切歌は眩しいくらいの笑顔で未来に頭を下げた。その姿に毒気を抜かれたクリスは脱力して肩を落とした。

 

「もういいから早く帰ろうぜ。なんかやる気なくなった」

「そうだね。それじゃ、またね」

「……今度は敵同士だから」

「手加減しないデスがお菓子に罪はないのでありがたく貰うデェス!」

 

 そう言って未来とクリスは切歌と調と別れた。お菓子をもらってウキウキしている切歌の姿がかつての親友の姿と重なって未来は少し悲しい気分になったが、それを敏感に察したクリスがゆっくりと未来の手を繋ぐことでその悲しい気持ちも少し和らいだ。

 

(ありがとう、クリス)

 

 小さく心の中でお礼を言って未来とクリスは手を繋いだまま家に向かって歩き出した。

 ちなみに、切歌と調は隠れ家にしている廃病院で未来にもらった大量のお菓子(奏の用意した高級な物を含む)をセレナに見せると、二人のためにこっそり用意していたお菓子があまりにも安い物で密かにメンタルにダメージを受け、悲しいくらい黄昏ていたのはお菓子を用意していたセレナを見ていたナスターシャのみが知ることだった。

 

 

 

 

 二人が手を繋いだまま自宅にしているマンションにたどり着き、クリスが玄関の鍵を開けようとするが片手が塞がっているために苦戦していたため未来がクリスの持っていた菓子の入った袋を持った。

 

「すまねぇな」

「いいよ。これくらいなんとも……あ」

 

 鍵を開けて扉を開けたクリスに菓子の入った袋を返そうとした未来は何かを閃いたかのように手を伸ばしたクリスに菓子の入った袋を渡さずに自分の背中に隠し、そしてニッコリと笑った。

 

「trick or treatだよ。クリス」

「ああ?菓子なら未来も持ってんだろ」

「私はクリスから貰いたいなぁ。年下だし?」

「はぁ……だったらその袋を早く」

 

 渡せよ。と言いいながら手を伸ばすクリスだったが、その前に未来はクリスから一歩後ろに下がった。

 

「……未来」

「なぁに。クリス?」

「その菓子の入った袋を渡せよ」

「それじゃお菓子と交換ね」

「だからその菓子がその袋に入ってんだよ!」

「なら交換にならないね?」

「なんでそうなんだよ!?」

 

 あまり見せない悪戯っぽい笑みを浮かべる未来に顔を赤くするクリス。そんなクリスを見て未来は更に悪戯っぽい笑みを浮かべて今度はクリスに向かって一歩前に近づいて顔を近づけた。

 

「お菓子をくれないなら悪戯しかないよね?」

「は、はぁ!?」

 

 ゆっくりと未来の顔が近づいてくる。

 クリスは思わず逃げようとするがその前に玄関の横の壁にぶつかり逃げ場がなくなる。実際は少し横に逃げれば家の中に入れるのだが、徐々に近づいてくる未来の顔、その唇に目がいって動けなくなっていた。

 僅かに濡れて艶やかさがある唇が自分に近づいて来て頭が沸騰しそうなくらい熱くなり、動揺して目をキツく閉じる。

 そうして訪れた唇の感触に頭の中が暴れ回り理性が吹き飛びそうになる中、クリスはゆっくりと目を開ける。そしてそこには。

 

「──本当にキスすると思った?」

 

 空いている右手で狐を作り、その指先をクリスの唇に当てた未来が少し顔を赤くして笑っていた。

 

「お、おおお、お前!?」

「ふふふ。それじゃ、おやすみ!」

 

 顔を赤くして固まっているクリスを置いて未来は自分の部屋に向かって急ぎ足で離れてき、玄関の扉を開けて中に入るが、その後もう一度顔だけ出してクリスの方に顔を向け、先ほどクリスの唇が当たった指に自分唇を軽く重ねた。

 

「!!!???」

 

 未来の突然の行動にクリスはそろそろ卵くらい焼けるのではないかというくらい顔を真っ赤かにして倒れそうになる。そんなクリスの姿を見て未来も恥ずかしそうに頬を赤く染めて玄関の扉を閉めた。

 残ったクリスの頭には今し方の光景が脳に刻まれてしまい、しばらくはその場で動くことが出来なかった。

 

 そしてその日は眠れぬ夜をクリスが過ごしたのは言うまでもないだろう。




なんだろうね、切ちゃんチョロすぎやしませんかねぇ……
正直最後の小悪魔未来さんを書きたかった。それだけの話さ。てかこれ本当に未来さんか……?

……この二人はまだデキてないからね!だから許してくれビッキぃぃぃぃああああぁぁぁぁ!!??(その後赤い血のようなよく出来たペイントがされた服を着た響が目撃されたそうな)

作者「ふぅ、なんとか乗り切ったぜ」
未来「遅刻組ですけどね」
作者「(゚∀゚)」
奏「今年はまだ小日向と雪音の誕生日とかクリスマスやお正月もあるけど?」
作者「(゚∀゚)」
翼「それにXDUでアナザーマリアとセレナが来たな」
作者「(゚∀゚)」
セレナ「本編の方も少し遅れ気味なんですよね?」
作者「(゚∀゚)」
切歌「しかも年末にお仕事が忙しくなる可能性も高いんデスよね?」
作者「(゚∀゚)」
調「楽しみにしている読者を待たせて……ちゃんと悪いと思ってる?」
作者「(゚∀゚)」
マリア「早くセレナと仲直りさせないとただじゃ済まさないわよ?」
作者「(゚∀゚)」
響「私の出番もあるよね?」
作者「あ。それは無いから心配なry」(ガングニール)

遅れましたがhappy Halloween!
……なるべく早く次話を投稿します_(:3」z)_


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誕生日回 小日向未来

出来てたのにXDU開いて今日が未来さんの誕生日だと思い出した!これはビッキーの断罪も仕方が(肩ポン)お仕事が早いようでえええぇぇぇ!!!(カミゴロシー)

G編終わらずに未来さんの誕生日!また時系列なんて無視だ!気にしたら(作者が)ハゲるぞ!

それでは、どうぞ!


 ──十一月六日

 

 ツヴァイウィングとセレナ・カデンツァヴナ・イヴのコラボライブ。そしてセレナの世界に向けての宣戦布告によって世界が混乱。

 しかしその後明確な行動は無く、当時ライブ会場にいた者でない限り徐々に忘れ去られて何も知らない人々の日常が徐々に戻ってきたある日。

 

「「「誕生日おめでとう!!!」」」

「ありがとうございます」

 

 ニ課が所有するマンションの一室、小日向未来の部屋にて盛大にクラッカーが鳴る音が響く。

 部屋には奏と翼、クリスの三人に囲まれるように未来が申し訳ない程度のカラフルな帽子(奏持参)を被って笑みを浮かべていた。

 

「いやぁ、ごめんな?誕生日は明日だってのに前日に祝うことになってよ」

「本当にすまない。こちらの配慮が足りなかった」

「あたしも完全にスケジュール間違えてた……」

「別に構わないですよ。祝って貰うだけでも嬉しいので」

 

 未来の本当の誕生日は明日の十一月七日なのだが、世界的人気のユニットである奏と翼はツヴァイウィングとしての仕事が入っており、クリスはいまだ何もアクションを起こさないセレナたちに対して装者を交代に休ませるためにニ課で待機する日となっていた。

 未来も二課で待機しようとしたが、警戒を解いていない状態で常に気を張っていると肝心な時に力が出せなくなる可能性を考えて弦十郎が無理矢理休みにさせている。実際、そうでもせねば未来は休みを取らないつもりだった。

 

「ダンナや了子さんも祝いたかったらしいが、あっちはあっちで大変だからなぁ」

「セレナたちの件もある故、これから何が起こるか分からないのだから休めるだけ休んでおきなさい。雪音も無理をしないように」

「わぁってるよ。子供扱いすんなよな!」

 

 三人が和気あいあいと楽しげに話す姿を未来は絶えず笑みを浮かべて聞いていた。

 

(──いつぶりかな。こんな時間)

 

 未来は三人が話に夢中になっている隙に目をそっと閉じる。

 二年前。大切な親友が目の前で灰に変わりこの世からいなくなった日から未来の世界は色褪せていた。

 世間的に何か大きなイベントが起きる度にかつて親友といた時との思い出が蘇り、その度に胸が張り裂けそうなほど痛んでいた。自分から親友を奪ったノイズと世界を恨み、憎しみに支配されていしまうほど。

 特に誕生日の日は酷いものだった。

 二人きりで祝い合い、共に笑った輝かしい思い出に頬を緩ませるほど幸せだった日々。そんな眩しい日々を思い出す自分の誕生日が未来は思い出す度に親友がこの世にいないという事を分からせる気がして心の奥底から拒んでいた。

 

(でも、今は……)

 

 今度は目をゆっくり開ける。

 多少の心の中で痛みを感じるが、二年で心底嫌いなったはずの自分の誕生日が祝われている。なのに嫌な気分にもならず、とても幸せな気分になっていた。

 

 フィーネとの戦いで会えた親友が自分が作った幻影だとしても、その時の言葉に救われてやっと恨みと殺意に囚われた心がやっと前進出来ている。そう実感して再び自然と笑みが浮かんだ。

 

 それから夜遅くなるまで四人で平和で楽しい時間を過ごし、親睦を深めていったが時間はあっという間にすぎてしまった。

 楽しく会話していた奏が部屋の時計を見ればもう一時間もすれば日付が変わってしまう時間になっていた。

 

「あーすまん。あたしらは明日仕事だからお先に失礼するよ」

「あたしもさっさと寝ねぇと……なんで土曜に朝早く起きなゃなんねぇんだよ」

「健康の為にも早寝早起きは心掛けなさい。大きくならないわよ?」

「だから子供扱いすんな!?」

「……一部は大きくなりすぎだけどな」

「──奏?」

「やべ!!??」

 

 最後まで漫才のような会話を繰り広げてクリスたちは未来の部屋から出て行く。特にクリスは玄関から出た後も名残惜しそうに何度も未来の方に振り向いていたが明日は待機とはいえ任務があるため残念そうに肩を落とした。

 

「終わったらまた遊びに来てもいいから。ね?」

「………………………………わかった」

(絶対納得してないな)

(絶対納得してないわね)

 

 そしてようやくクリスは自身の部屋に戻り、奏と翼はマンションの一階で待機していた慎次の元に向かった。

 そして残ったのは未来のみ。

 未来は部屋に戻った後、楽しかった余韻が冷めぬうちにテーブルの上を掃除するのをやめてシャワーだけ浴びて今日は眠りにつこうと寝巻きに着替える。なんだかんだでセレナの件や自分の身体の違和感によってまともに休めていなかったため体力的にも限界が来ていたのだ。

 

「──そういえば、誕生日の日は響と一緒に眠ってたっけ」

 

 まだ幼い時から親友か自分の誕生日の時は必ずと言っていいほど二人で一緒の布団に入り手を握って眠りについていた。そんな時間も未来の幸せな時間の一つだった。

 だが、今は未来一人。

 

「少し……寂しいな……」

 

 まだ日付が変わる前だが、布団を被ればその暖かさと疲れによって眠気が一気に遅くなっていく。その暖かさは奇しくも親友と一緒になって布団の中に入っていた時の暖かさに似ており、未来は眠気に逆らわずにそっと目を閉じた。

 

 ──────────────────

 

 

 

「お誕生日、おめでとう!!!」

「ッ!」

 

 大きめの声とクラッカーの音によって未来は瞑っていた目を開ける。すると先ほどまで布団の中にいたはずなのに何故か二年前、あのライブ時間が起こる前の自分の部屋に未来はいた。

 そして──

 

「?どうしたの、未来?」

「──────」

 

 未来は目の前にいる存在を見て声が出なくなっていた。

 それもそうだ、そこにはもうこの世にいないはずの、二年前自分を守る為にノイズに襲われて灰になってしまったはずの大切な親友が、立花響が当時と同じ姿でそこにいるのだから。

 

(──ああ、これは夢だ)

 

 呆気に取られて言葉が出なかったが、冷静に考えてみれば当たり前の事だ。この世にいないはずの人間が目の前にいるという非現実的を目の前にして動揺したがこれが夢であると思えば自然に受け入れてしまう自分がいて未来自身も驚いていた。

 

「大丈夫未来?無理しないで休んでたほうが……」

「ううん。大丈夫だよ。少しぼーっとしただけだから」

 

 夢だと分かった瞬間、未来は目が覚めれば後悔すると分かっていてももう二度と訪れるはずのない幸福な時間の誘惑に勝てず、微笑みながらテーブルを挟んだ響の向かい側に座った。

 小さなテーブルの上に置いてある菓子と未来の名前が書かれたチョコレートで出来たネームプレートが乗ったワンホールのケーキ、そしてケーキには未来の年齢の分の火を灯した蝋燭が刺さっていた。

 響は立ち上がって部屋の電気を消すと喉の調子を整えるように軽い咳払い一つをして自信満々に胸を張って口を開く。

 

「ハッピバースデー、トゥ〜ユ〜、へい!」

「(へいって自分で言うんだ……)」

「あ!今馬鹿にしたでしょ!?」

「してないよ」

「目を逸らしてたら説得力ないからね!?でもいいもん!私が歌いたいから歌うんだから!ハッピバースデートゥ〜ユ〜、へい!」

 

 頬を膨らませながら響は歌の続きを歌うが、頬を膨らませながら歌っている為に少し声がくぐもって未来の腹筋が崩壊しかけた。

 

「ハッピバ〜スデ〜ディア未〜〜来……ハッピバ〜スデ〜トゥ〜ユ〜……おめでとおおおお!!!」

「ふふ、ありがとう」

 

 未来が蝋燭の火を全て消すと機嫌が戻ったのか未来の記憶の中にある眩しい笑みを浮かべて響は大きな拍手を未来に贈る。その僅かな瞬間が未来にはとても嬉しくて涙が出そうになった。

 それからというもの、何故か会話の内容は未来の頭の中に入ってこなかったのだが、響が未来が過去の思い出を思い出す余裕が無いほど終始笑顔で未来に話しかけてきては未来は笑い、たまに泣き、たまに怒り、そさて再び楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 どれくらい話しただろうか。

 ほんの数分にも、何時間にも、()()()()()()()()()()()()()長い時間にも感じるほど未来と響は話していたが響が突然立ち上がった。

 

「そろそろ寝よっか!」

「ッ」

 

 満面の笑みで告げた響の言葉に未来は息を呑む。それが何を意味するのか、未来は誰よりも分かっていた。

 眠ってしまったらこの幸せな時間が終わってしまう。夢の中とはいえ、本当にこれで響とは二度と会えないかもしれない。そう考えるとまた胸が張り裂けそうになる程痛くなる。だが。

 

「──うん」

 

 未来は無理矢理にでも笑みを作って頷いた。それが目の前の親友の手向けになると信じて。

 

 響がいそいそと大きめの布団を敷いていく。その布団も記憶の中にあるよく二人で使っていたものだった。

 未来と響は並んで布団の中に入る。少し暑苦しいが、それでもどこか傷ついた心が少しずつ癒えていくような不可思議な暖かさがあった。

 隣で寝転んでいる自分よりも少し大きくて、人を助ける為に沢山の手を握って来た響の手を未来はギュッと握る。包まれるような優しさも記憶の中の響と同じで安心したのか少しずつ微睡が未来の意識を支配していく。

 

「ねぇ、未来」

「んん……なぁに、響?」

 

 意識の半分が眠りに落ち、気を緩めればすぐ眠りについてしまいそうな未来の顔を見て響が優しく微笑んみながら声をかけた。

 

「今……幸せ?」

 

 普通であればその言葉は今の時間の事を言っているのか、それとも()()()()()()()()()()()()()、考えてしまうだろう。そして意識のはっきりしている未来なら今の時間こそ自分の求めていた時間だと思うだろう。だが。

 

「……そうだね……私は、クリスや翼さんたちがいる()がとっても……とっても……」

「未来?」

 

 響は突然黙ってしまった未来の顔を覗き込む。見れば未来はとても安らかな笑みを浮かべながら響の手を掴んだまま寝息を立て始めていた。もうじきに未来にとってのこの幸せの時間は終わるだろう。

 仕方がないと笑みを浮かべながら響は未来の頭を撫でて未来を抱きしめた。

 

「──お誕生日おめでとう。これからもずっと、未来の事を見守るからね。だから……幸せになってね?」

 

 辛うじて意識のあった未来はその言葉を聞いて完全に意識を切り離した──

 

 ──────────────────

 

 

「ううん……」

 

 チュンチュンと小鳥の声が耳に入り未来は目を覚ます。寝惚けまなこで目を擦りながら時計を見ればもう十時を回っており、一瞬焦るが今日がリディアンもニ課と休みだったと思い出すと脱力して再び眠気が襲ってきたが耐えて起き上がった。

 今日は自分の誕生日だが、クリスも待機任務でいない為一人寂しくケーキでも食べようかと思いながら洗面所で顔を洗っていると玄関のインターホンが鳴る音が聞こえ、未来は急いで玄関に向かい扉を開けた。

 

「はーい。どちら様で……」

「おっす!」

「来たわよ、小日向」

「奏さんに翼さん!?」

 

 仕事で未来の誕生日を祝えないからと一日早めに未来を祝ったはずの奏と翼が高そうな箱に入った昨日とは違うケーキを持っていた。

 

「今日はお仕事があったんじゃ……」

「それがよ、向こうの都合で一日ズレたんだよ」

「少し大掛かりになるはずの仕事だから他はキャンセルしていたの。でもその仕事が無くなったから時間が空いたのよ」

 

 二人は海外のバラエティドラマの役のように困った顔を浮かべながらも笑いながら肩をすくめた。

 未来が呆然としていると今度は通路の階段から大きな袋を持った見覚えのある筋肉隆々の赤い髪の男と理想的な体型の女性が未来の方に向かって歩いてきた。

 

「あら〜。こんにちは未来ちゃん。それとお誕生日おめでとう!」

「めでたい事だけに鯛を持ってきたぞ!料理は任せておけ!」

「それ寒いわよ弦十郎くん……というより、料理出来たのね?」

「ああ。まぁそんな難しいのは無理だがな」

「そう……」

 

 研究ばかりで料理が苦手な了子は大声で笑う弦十郎がある程度の料理ができると知ってかなりショックを受けた。

 

「弦十郎さんに了子さんも……」

「いやなに。仮設本部のシステムが軽いトラブルを起こしてな。既に復旧済みだが専門家に見せるべきだと思ってついでに補給や他のメンテナンスをしてもらう為に一日休暇だ」

「中にあるデータを本部の外の研究室に持ち込むのも面倒だし、別に早急になんとかしないといけない案件も無いから私もお休みなのよん」

 

 仮設本部である潜水艦がシステムトラブルと中々重大な事をさらりとなんでもない風に弦十郎は言った。

 実際大事であるが弦十郎が自身で言ったように復旧出来るものであったし、専門的な部分になれば素人である弦十郎は逆に邪魔になってしまうためこれを理由に久々の休暇を取ったのだ。

 朔也とあおいたち一部の職員が別本部にてセレナたちの情報を集め続けているが、そこにも弦十郎と了子の出番はない。

 

 またまた唖然としていた未来だったが装者である奏と翼、そしてニ課でも重要な人間である弦十郎と了子がこの場にいるから未来を大事に思う最後の一人も必然的に集まるのは当然の事だろう。

 

「なんであんたら集まってんだよ?」

「あ、クリス!」

 

 玄関先で集まっていた弦十郎たちを見て最後に現れたクリス不機嫌そうな顔でそう言った。

 仮設本部が急遽メンテナンスを行うのであれば待機任務を請け負っていたクリスが暇になるのも突然だった。故に昨日祝ったクリスも誕生日当日にもう一度キチンと祝おうと思ったのだ。

 こうして、先程まで少し寂しから思っていたのに、気が休まる暇が無いほど人が集まった。それだけ未来の人望があるのだろう。

 

「ふふ、今日も楽しくなりそうだね……響」

 

 まだ親友の事を忘れたわけでも、完全に受け入れる事が出来たわけでも無い為未来の心の中の影はまだ居続けているが、僅かに残る手の中の温もりを感じながら皆に笑みを向けて未来は全員を部屋の中に招き入れて再び誕生日パーティーを開くのであった。

 




作者「よし、ビッキー出したからこれで断罪の数も」
響「それで、次の出番は?」
作者「……予定では()()()出番はXVまで無いですね」
響「ふーん。それじゃガングニールとエレクライト、どっちが好き?」
作者「え、そりゃどっちも好きだけど……」
響「そっか。それじゃエレクライトお願い」
グレ響「了解」
作者「何処から現れたグレビッキィィィィアアアアァァァァ!?」(ダブルビッキーによる最大火力断罪)

未来「響に会わせてくれたから今回は許してあげます(ヨシヨシ)」
作者「あ、ありがとうございます……」(背後でビッキーとクリスちゃんが眼力で人を殺せそうなほど睨んでいる)

はぁ(↑)い(↓)、以上ゲスト参戦の立花響さんでした!また出演できればいいですね!それでは、またry「出番をよこせえええ!」カ・ディンギルぅ!?」(ガングニール発勁)

未来さん誕生日おめでとう!(五体ボロボロ)


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クリスマス回

今回はクリスマス回……ですが毎度の如く時系列は気にするな(゚∀゚)!
原作G編は終わりまで一ヶ月も経っていない(と思う)のにセレナさんの誕生日である十月から今日までの二ヶ月間、まだG編終わってないのにF.i.S組は何してんの?と思うかもしれませんが……気にするな(゚∀゚)!!!

装者たちのクリスマスの一日を覗いてみましょう!

……リア充爆発しろい(゚∀゚)!!!


それでは、どうぞ!


 ──十二月二十五日

 

 

 ──風鳴翼&天羽奏

 

 

「いや〜。今日のライブも大成功だったな!」

「そうだね」

 

 本日はクリスマスという事でツヴァイウィングの特別クリスマスライブがあり、今はライブ終了後楽屋の椅子に座りながら奏は大きく伸びをし、翼は汗はまだ流れる汗を拭いていて二人とも疲労は見られるが、その顔は辛さなぞ欠片もない。

 

「こんな日にも私たちのライブを見に来てくれるなんて……」

「それだけみんなあたしらの事が好きって事さ」

 

 上機嫌な奏に釣られて翼も笑みを浮かべる。

 今からまだ会場に出なからばならないと言われても今の二人のテンションなら何事も無く、むしろもっとテンションを上げて歌い踊るだろう。それくらい気持ちの余裕は大きい。

 だが残念ながらライブの熱が冷め止まない内に今日の仕事は終了である。しかも今回は大きな仕事だったため弦十郎の計らいで明日は休みとなっている。

 

「んー翼は明日どうする?」

「私は家で鍛錬をしようと思ってるけど……」

「それじゃ明日は二人で久々にカラオケにでも行かないか?たまには仕事じゃなくてめいいっぱい歌いたいし」

「……そういう日もたまには良いかもね」

「だろう!なら明日予定空けとけよ!」

「うん。分かった」

 

 ニコニコしながら鼻歌まで漏れている奏に翼はやれやれと肩から力が抜ける。予想以上に身体に力が入っていた事に気づいて翼自身が驚いていた。

 実は奏がわざとおちゃらけたのでは?と思ったが当の本人は気分が良くなったのか小さな鼻歌で逆光のフリューゲルを歌い始めている。翼の考えは大きく的を外れていたようだ。

 

「あ、雪」

 

 会場から出て外に出れば雪が降り始めている。まだ積もっていないが、この調子で行けば朝にはそれなりに積もるだろう。

 

「そうだ。翼」

 

 何かを思い出して奏は後ろについてきていた翼の方に向き直り魅了するような綺麗な笑みを浮かべた。

 

「メリークリスマス!」

「奏……ふふ、メリークリスマス」

 

 二人は互いに笑みを浮かべながら慎次の用意した黒塗りの車まで雪が降る道を仲良く隣を歩いて行くのだった。

 

 

 ────────────────────

 

 ──F.I.S組

 

 ある山の山中。

 雪のせいで少し目立つようになってしまったが、現在テロリストと認定されてニ課に追われているセレナたちの乗るヘリキャリアが木々に隠れていた。

 

「セレナ!調!雪デスよ雪!!!」

「落ち着いて切ちゃん。雪は逃げないよ」

「そういう調だってソワソワしてるじゃないデスか!」

 

 ヘリキャリアの窓から見える雪に切歌と調は幼い子供のようにはしゃぐ。その姿を後ろで椅子に座っているセレナと車椅子に座ったままのナスターシャは呆れながらも微笑みながら見ていた。

 ツヴァイウィングとのコラボライブ以来目立った活動をしていないのでライブ事件に関してのニュースは少なくなり、今では興味の無い者の記憶からは消えてしまっている。そのため、現在セレナたちは束の間の休息を受けていた。

 

「セレナセレナ!ちょっと遊んできて良いデスか!?」

「切ちゃんの面倒はちゃんとみるから」

「調ぇ!?」

「ふふ、落ち着いてください。暁さん、月読さん。雪は逃げませんよ?」

「「は〜い」」

 

 いつになくハイテンションな二人にセレナは久方ぶりに笑みが漏れる。

 自分たちがやろうとしている事の重大さを考えれば、そして世界に向けてノイズを使って宣戦布告した事を考えればこんなに和やかな時間を過ごせるのはまさに奇跡とも言える事だ。

 それでも油断出来ない状況ではあるのだが。

 

「外に行くのならちゃんと暖かい格好で行くのですよ?」

「「は〜い」」

(……本当に分かっているのですかね?)

 

 セレナの言葉をまともに聞かずに外ばかり見ている切歌と調にセレナも苦笑いを浮かべた。

 

「ならば三人とも、これを」

「「「?」」」

 

 楽しそうに笑っていたセレナたち三人にナスターシャは何処から出してのか少し大きめの袋を渡す。それを受け取ったセレナたちは一度顔を合わせてから早速袋を開けて中身を確認する。そしてその中にあったのは。

 

「えっと……」

「マム、これは……」

「鼻眼鏡……デス?」

 

 袋の中にあったのは何故か最近ナスターシャが気に入っている宴会用の鼻眼鏡だった。しかも手の凝った事にセレナには白、切歌には緑、調にはピンクとなっていた。

 

「クリスマスプレゼントです。大事に使ってください」

「「「………………」」」

 

 思いもよらぬクリスマスプレゼントにセレナたちは何をいえば良いか分からず、気まずい沈黙がヘリキャリア内を支配した。

 長い沈黙が続き、三人様子をナスターシャがジッと見つめている。誰かが手の中に鼻眼鏡を付けなければならないような微妙な空気の中、セレナが意を決して鼻眼鏡を付けようと決心した直後だった。

 

「冗談ですよ。本当のプレゼントはこっちです」

 

 ナスターシャは再び何処から出したのか、先程鼻眼鏡が入っていた袋よりも大きい袋を取り出し、セレナたちに渡す。

 鼻眼鏡の件があるため迷った結果、今度は三人同時に袋を開けた。

 

「あっ」

「これって」

「マフラーデス!手袋も!」

 

 袋の中には三人のイメージカラーのマフラーと手袋が入っていた。

 予想外のプレゼントに三者三様の反応を見せるセレナたちを見てナスターシャが珍しく笑みを見せる。

 ナスターシャとて鬼では無い。セレナたちの歳を考えればクリスマスは友人と楽しく暮らしていてもおかしくない年齢だ。それなのに世界の為にそんな幸せな未来を捨てて追われる身となっている。そこに思う所が無いとは言えない。

 

「それじゃ早速使わせてもらうデスよ!」

「セレナも行こう?」

「え、私は……って待ってください切歌ちゃん、調ちゃん!?」

 

 スーパーハイテンションな切歌と調に手を引っ張られてセレナもヘリキャリアの外に連れ出されてしまい、結局三人で楽しく雪遊びをするのであった。

 

 ────────────────────

 

 ──小日向未来&雪音クリス

 

 

 冷たい雪が幻想的に降り続ける町の中を学校帰りの未来とクリスは冬用の厚手のコートを着て並んで歩いていた。

 

「今日も寒いね」

「まあ雪も降ってるしな」

 

 ザクザクと雪を踏みしめる音が二人の耳に入る。

 それに加えて明日はクリスマスを控えている為、商店街や店がクリスマス一色に変わっている。

 チラチラと隣を歩く未来に視線を送りながらソワソワしていたクリスは何もないような風を装いながら意を決して口を開く。

 

「未来はクリスマスになんか予定あんのか?」

「特に無いかな。……少し、響に会いに行こうかなって思うくらいだよ」

「……そうか」

 

 上を見上げて遠くを見つめるを未来を見てクリスは自分の浅はかさを呪った。未来が特別な日にやる事なぞわかっていたはずだ。なのに聞いてしまった自分の馬鹿さ加減に嫌になってしまう。

 未来に見えないように取り出そうと鞄の中に入れていた手をゆっくりと外に出すが未来はそれを見逃さなかった。

 

「鞄の中に何かあるの?」

「うっ、いや、その……」

 

 面白いくらい目を泳がせるクリスに未来は笑みを浮かべる。その笑みにクリスは顔を真っ赤にして顔を背けた。

 人集りが少なくなり、少し明るいが代わりに町にイルミネーションが目立ち始める。そんな中で街の広場に設置されたクリスマスツリーの前まで歩いて来たクリスはまるで決死の覚悟を決めた戦士のように真剣な顔で未来の方へ振り返り、勢いよく鞄に手を入れて中にある物を取り出した。

 

「く、クリスマスだからな!先輩であるあたしが後輩にプレゼントするのは当然だろ!!??」

 

 恥ずかしさで耳まで真っ赤にしたクリスが持っていたのは綺麗に包装された小さなケースだった。

 

「ふふ、ありがとう。開けても良い?」

「……好きにしろよ」

 

 ぶっきらぼうに言い放って未来に背を向ける。だが未来の反応が気になるのかチラチラと振り返っている為、未来も開けようにもそちらの方が気になり過ぎて苦笑いを浮かべてしまう。

 ケースの包装を丁寧に外し、蓋を開ける。ケースの中には未来のシンフォギアの基本色でもある紫色にちなんで小さなアメジストが嵌められたペンダントと赤いリボンが入っていた。

 

「クリス、これって」

「ペンダントは未来に似合うと思ってな。リボンは……」

 

 そこまで言ってクリスはハッとした様子を見せた後押し黙ってしまう。

 不思議に思う未来だったが、クリスが何も言わない為無理に聞かない方が良いのだろうと勝手に思ってそれ以上は聞かなかった。

 

(言えるわけねぇ……)

 

 ペンダントをまじまじと見つめる未来に見えないな位置でクリスは赤いリボンに込めた思いの重さに自分で少し引いてしまっていた。

 赤いリボンはクリスのシンフォギアの基本色でもある赤色に因んだ色でそこに込められた想いが「いつも未来の側にいるから」なぞ、クリスにとって本人に向けて言える内容では無い。

 

「ありがとう。こんなプレゼント、久しぶりだよ」

「ッ!」

 

 あまり見せない、心からの笑みにクリスは赤いペンキでも被ったかのように顔を真っ赤にさせて未来から逃げるように視線を外す。この時、医者であれば精密検査が必要になる程心拍数が上がっているのだが、それはクリスや未来の知るところでは無いだろう。

 

(早速つけたいけど……それはクリスの誕生日までお預けかな)

 

 ペンダントはその場で付けてもよかったのだが、三日後に控えたクリスの誕生日に付けた方が良いと思い、今は丁寧に鞄の中にしまった。

 

「お礼、にはならないけど今夜は私の家に来る?久しぶり晩御飯を豪勢にしようと思ってるんだけど」

「……まあ、今日はクリスマスだから。たまにはそれでも良いか」

「うん。沢山食べてね」

 

 恥ずかしさで今だに未来の顔を見れないクリスを見て隣まで来た未来は笑みを見せて歩みを再開した。

 

 未来と手を繋ごうと何度か手を伸ばすが、緊張と気恥ずかしさで何度も伸ばしては繋がずに宙を彷徨うクリスの手に我慢が出来なかったのか、未来から手を伸ばしてクリスの手を握った。

 気絶しそうな幸福感に包まれて思わず真顔になったクリスに未来は笑いを抑えきれずに笑い声が漏れる。

 

 手を繋いで歩く二人の後ろ姿は側からみればとても幸せそうな姿であった。

 




ビッキー「まだG編終わってないのにクリスマス回ですか?」(パイルバンカーセット)
翼「仕事が遅いのも考えものだな」(居合斬りの構え)
クリス「全くその通りだ」(全武装ロックオン)
マリア「早くセレナと話したいのに、何をやってるの?」(無数の短剣展開)
切歌「もっと私達を活躍させるデスよ!」(魂を刈り取る大鎌)
調「待ってる人のことも考えて」(荒ぶる大型鋸とヨーヨー)
奏「あたしの扱いも酷いし出番も無いとかどういう事だ」(大槍回転中)
セレナ「早く続きを出さいないとめっ!ですよ?」(巨大化した短剣が降下中)
未来「もう少し頑張りを見せてくださいね?」(7つの音階による最大出力)
作者「君達殺意高すぎイイイイイイヤアアアアア!!!」


Merry Christmas!※モザイク検問


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誕生日回 雪音クリス

クリスちゃんの誕生日回!

若かりし頃はあの胸に釘付けでry※無数のミサイル襲来
G編からは更にその胸を強調してry※鉛玉の嵐
てかその胸で未来さんを誘惑出来るのではry※ガングニール←!?

肌色成分多めな気がしますが大丈夫。まだ二人は友達同士です。そこまで深い関係にはなっておりません。R18の域に片足すら入っておりません。なのでその光輝く拳を下ろしてくださいビッキイイイイイヤアァァァァァ!!!


それでは、どうぞ!(前が見えねぇ……)


──十二月二十八日

 

 

 クリスマスが過ぎて町からクリスマスの雰囲気が無くなっていき、スーパーやコンビニで正月用品が並び始めてきたある日、ニ課仮設本部である潜水艦内部でパーティーが行われていた。

 

「「「「誕生日おめでとう!!!」」」」

「あ、ありがとう……」

 

 沢山のクラッカーの破裂音が響く中、クリスは頬を赤くして恥ずかしげに感謝を述べた。

 今日はクリスの誕生日。そのため、弦十郎たちニ課の職員と装者である未来、奏、翼の三人は盛大に祝っていた。

 今日の主役であるクリスの元に次々と誕生日プレゼントが届く。

 暑苦しそうな映画のDVDやらゴスロリな服やら渋い演歌のCDセットやらこれ見よがしにツヴァイウィングの今まで出されたCDセットなりさまざまな種類のプレゼントにクリスは苦笑いを浮かべながらも丁寧に受け取っていく。

 

「ふふ、大変だね」

「未来!」

 

 あらかたパーティーにいた人間からプレゼントを貰って一息ついた頃に疲れてソファーに座ったクリスの元へ未来が近づいていく。

 あからさまに嬉しそうな笑みを浮かべたクリスだったが、自分の声で周りに注目されて恥ずかしそうに目を逸らす。そんなクリスの姿に未来は再び笑みを浮かべてクリスの横に未来は座った。

 

「あ、あたしのクリスマスプレゼント、気に入ってくれたみたいだな!」

 

 隣に座ったため顔が近くなった未来から恥ずかしくて顔が赤くなっているのを隠すようにそっぽを向きながら先日、クリスマスの時に渡したプレゼントを未来が身につけている事に話を変える。未来の位置からクリスの顔が赤くなっているのはバレバレなのだが、当の本人は気づいていない。

 今の未来はいつも付けていた白いリボンからクリスマスの時にクリスから貰った赤いリボンに変えている。そして胸元には同じくクリスが渡したアメジストのペンダントが首から下げられていた。

 

「高校生にはちょっと背伸びしたペンダントに感じるけど……」

「い、いや(↑)?そ、そんな事ねぇ(↓)ぞ(↑)?その、似合ってる!」

「ふふ、ありがとう。でも落ち着いてね」

 

 緊張のあまりイントネーションがおかしくなるクリスに未来は落ち着かせるためにクリスの頭を優しく撫でる。そのせいでクリスの脳の処理能力が限界を超えそうだったのだが、残念ながら未来はそこまで気づく事ができず、頭を撫で続けた。

 

「(あれで付き合って無いとか絶対嘘だろ……)」

「(いや、あれはあれで健全……のはず)」

 

 何処となく付き合いたてのカップルのような初々しい雰囲気に遠くで見ていた奏と翼に加え、その場にいた何人もの人間が何故か口の中が甘くなったような気がして大量の珈琲を飲み、その日の本部内の珈琲が無くなったのは別の話だ。

 

 ────────────────────

 

 あれからもクリスはニ課の職員たちに祝われながら数時間、クリスにとって夢のような時間だったのだが、残念ながら時間というものは嫌でも進んでしまうものだ。

 まだセレナたちの件もあるためみんなに惜しまれながらもお開きになった。だが折角の誕生日という事で今日は奏と翼が本部に残ってクリスと未来は早めに帰宅が許された。未来も帰宅が許されたのはパーティーの途中で見た光景から考えてそれ以外の選択肢はないだろう。

 

「今日は楽しかったね」

「そう、だな」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる未来の隣で相変わらず顔を赤くしてクリスは頷く。寒さが原因で顔が赤くなっているのでは無い事は想像に難くない。

 

(今日くらい、我儘言っても良いよな?)

 

 ドキドキとうるさいくらい早く鼓動する心臓を落ち着かせながら、隣を歩く未来に勇気を出して近づいて話しかける。

 

「な、なぁ」

「ん?なぁにクリス?」

「きょ、今日(↑)は(↓)、あ、ああああたしの部屋に泊まっていかねぇか!?」

 

 マフラーで頬と耳を隠しながら言うクリスだが、声がうわずっていて緊張しているのが丸わかりだった。

 クリスの住んでいるマンションはニ課が保有しているマンションであり、その隣の部屋には未来が住んでいるためかなりの頻度でどちらかが遊びに行く事はあった。奏や翼と何かしらの集まりがある時も利用もしている。

 しかし何故か泊まりに行くことは無かった。隣同士という事もあるのだが、何故か未来があまり気乗りしていないためあまり話題になる事がなかったのだが、今日は自分の誕生日という事でクリスは提案したのだ。

 

 難しい顔をして長考する未来にクリスは「やってしまった」と思い、若干後悔していたが未来は少し困ったように眉を寄せながらも笑みを見せた。

 

「そうだね。たまにはそういうのも良いね」

 

 未来が一瞬見せた表情にクリスは疑問を持ったがそれ以上は言わせないというように未来が先に行ってしまったので疑問に思いながらもその後ろを追って行った。

 

 そして未来は一度宿泊の用意を取りに自分の部屋に戻り、その間クリスは急いで部屋を片付ける。と言っても、フィーネとの生活では屋敷の掃除をクリスがやっていたため、その癖なのか小まめに掃除をしているため言うほど汚れてはいない。

 数分後、簡単な荷物を持って部屋に来た未来を緊張しながら迎え入れたクリスは緊張のあまり手に汗を握り、未来の視界に変な物が映らないか何度も確認しながら部屋に案内し、そこから楽しくお喋りをして過ごした。

 リディアンであった事や最近の訓練の事、未来の身体の事など一般の女子高校生のような会話から少し物騒に思われるような会話も混ざりながら時間は過ぎて行き、そろそろ良い時間が近づいてきた。

 

「な、なぁ!い、いいい一緒にふ、風呂入るか!?」

(って何聞いてんだあたしはあああああぁぁぁぁぁ!!??)

 

 未来が泊まりにきた、というクリスにとって幸福な時間に思わず秘めていた欲望が優ってしまった結果、さすがに同性同士でも引かれるような事を口走ってしまったクリスの脳内では、もし過去に戻れるなら数秒前の自分に絶唱を食らわせるほどの後悔の嵐が巻き起こっていた。

 

 そんな自分の頭を掻きむしる程のクリスの苦悩を他所に未来は再び長考し、未来は笑みを見せた。

 

「うん。良いよ」

 

 

 

 

 

 

 数分後、クリスは先に風呂場に入って軽く身体を流してから湯船に入り、未来が来るのをドキドキしながら待っていた。

 何故か未来に「先に入ってて」と言われたのでクリスはこれ幸いと今にでも心臓が爆発してしまいそうな緊張感を必死に抑えようとしているが、心臓の鼓動がお湯を伝わって振動としてクリスの身体全体に伝わってくる。もし、この場に医者がいたら即入院を勧めただろう。

 

 そうやって未来が来るのを待っていると風呂場の扉が開く音がクリスの耳に入った。

 

「お待たせ」

「べ、別に待ってなんか──」

 

 心の何処かで楽しみにしていた瞬間に、入って来た未来の身体を凝視したクリスだったが、未来の身体を見て絶句してしまった。

 

「ふふ、あまり良いものじゃないでしょ?」

「そ、そんな事は……」

 

 未来は相変わらずの笑みを見せるが、クリスはまともに返す事が出来なかった。

 今まで服の合間から見えていた未来の四肢は綺麗な女性らしい身体だった。思わず未来の身体を凝視してしまうことがあったためそれは確かなはずだった。

 だが今の未来は身体は薄くなっているモノが多いが、切り傷や火傷のような皮が少し変色している部分、中には痛々しい古傷のようなモノがチラホラと見られ、健全な女性の身体とは程遠いものだった。

 

「……ほとんどは二年前のライブの後にちょっと、ね。私は構わなかったんだけど了子さんがね、「女の子なんだから綺麗にしていなさい」って特殊なジェルを貰ってるの。それを肌に塗れば一見傷のない肌に見えるんだって」

「そ、そうなのか……」

 

 頬を掻いて苦笑いを見せる未来だったが、クリスの頭はそれどころではなかった。

 真新しいものは無いが、未来の身体に刻まれた傷の中にはかつてネフシュタンを纏っていた頃の自分が付けた傷はあるのだろうか。いや、それよりも。

 

(あたしがソロモンの杖なんて覚醒させなけりゃ……)

 

 未来は確かに今二年前のライブの後、と言った。その後何があったのか分からないが、そんな傷を作るような何かがあったのは間違いなく、その傷は結局のところ自分のせいで付けた事に変わりがないためさっきまでワクワクしていた自分を殴りたくなる。

 

 自分のやった愚かな行動に涙が出そうになるクリスだったが、そんなクリスの頭を未来は優しく撫でた。

 

「別にクリスが気にする事じゃないよ」

「で、でもよ!あたしのせいで……」

「良いの。確かにこの傷の中には思い出したくないのもあるけど、でも中にはクリスや他のみんなを守れた証もあるの。だから一々気にしちゃダメ」

 

 笑みを見せる未来にクリスは何も言えなくなる。明白に謝罪を求められたなら喜んで土下座でもなんでもする気だが、本人が気にしていないのならクリスが気にしても意味がない。むしろ迷惑になるだけだ。

 

「……えい!」

「なっ!?」

 

 納得がいかないと申し訳なさそうに視線を逸らすクリスに未来はどうしようか迷った結果、未来は恥ずかしがりながらもクリスの無防備な巨大なメロンを鷲掴みした。

 

「お、おまおま、お前!?何しやがんだ!?」

「クリスがうじうじするから悪いんだよ?わ、私も恥ずかしいんだから……」

「だ、だからっていきなり胸を揉む事ねぇだろ!?」

「もッ!?揉んでないよ!?触っただけだよ!?」

 

 互いに顔を赤くしながら揉んだ揉んでないだの乙女としてどうなんだと言う会話が風呂場に響く。防音のため周囲の部屋に声が響く事は無いのだが、それでももう少し考えて言葉を選ぶべきだろう。

 そんな会話をしていると不意に会話が止まり、そして互いに声を合わせて笑いだした。

 

「もう、ふざけないでよクリスぅ」

「先にふざけたのは未来だろ!?」

 

 一度笑ったからか先程までの暗い雰囲気が消え、二人の笑い声が響く和やかな空気が漂い始める。

 クリスも未来も互いに優しい笑みを浮かべた。

 

「誕生日おめでとう。クリス」

「ありがとな、未来」

 

 それから、クリスはまだ完全に納得したわけでは無いが今の楽しい空気を壊したく無いためそこで話は切り上げ、互いに背中を流し合う。その際傷のせいで敏感になっていたのか、思わず背中の傷に触った際に未来が艶かしい嬌声を上げたためクリスの脳の処理能力が限界を迎えて気絶してしまった。

 翌朝いつの間にか着替えさせられた上にベットの隣では身体中に傷を負った身体のまま無防備に未来が眠っていたため、クリスは昨夜の話を思い出してこれからも絶対未来の味方でいようと決心する。が。

 

(待てよ。あたし未来に着替えさせられたんだよな?あたしの恥ずかしい身体を……)

 

 未来が眠っているため大声を出せず、幸福な時間を逃した事と恥ずかしさのあまり昨夜気絶してしまった自分を激しく呪ったのは別の話としよう。




クリスちゃんが初心すぎてなんか童◯みたいになった。後悔も反省もしてない。※(迫り来るミサイルにキメ顔でガイナ立ち)

ちなみに、クリスマス回の時は装者たちに滅Rィ苦死mすされたため書けませんでしたが、クリスちゃんが未来さんに送ったペンダントに嵌められたアメジストは「愛の守護石」と呼ばれており、石言葉は「真実の愛、誠実」を意味します。クリスちゃんはそんな意味が込められているって知ってるのでしょうかねぇ?(ニッコリ)
まぁ、未来さんは分かっていても……


クリスちゃん!誕生日おめでとう!!!












ビッキー「未来とお風呂……未来とお休み?未来と一夜を過ごした?……私の……私の未来があああああぁぁぁぁぁ!!!」

「作者とクリスは にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!」

ビッキー「ニ ガ サ ナ イ」
作者「い、命だけは!」
ビッキー「ダメ」
クリス「さ、作者だけで許してくれ!」
ビッキー「オッケー(見た事が無いくらい良い笑顔)」
作者「何故私だけギイイイイヤアアアア(゚∀゚)」


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正月回

今回結構雑ですが、本編と同時進行と年末の忙しさに中々思うように進めませんでした_(:3 」∠)_無理矢理作らなくても良いとは思いますがやっぱり残したいと……あれ、これ前にも言ったな?

そして相変わらず本編の進みと完全に乖離してる番外編……まぁクリスマスとクリスちゃんの誕生日もあったから許してください。メモリアカードのストーリーと思ってくれたなら幸いです。


 ── 十二月三十一日

 

 年越しが迫る中らクリスはコタツの上に置かれた煎餅をバリバリと食べる。コタツの上が食べカスばかりになっているのはご愛嬌か。

 いまだにセレナたちの行動が予測出来ずに居場所も発見出来ずに時間が経ち、年を越す寸前となってしまっていた。その結果、弦十郎や了子といった一部のニ課職員たちが年末年始になった今でも現在も必死になって捜索をしている。

 それに対してクリスは年越し前という事で同じマンションの隣に住んでいる未来の部屋に来ており、そのままに二人で年を越す話となっていた。

 勿論、セレナたちに何かしらの動きがあれば即連絡が来るのだが、それまでは弦十郎がまだ若い二人の為に無理矢理休暇の時間を作り、今の二人は仮の待機中のような状態で年を越そうとしていた。

 

「クリスー。お蕎麦出来たよー」

「おう!」

 

 お盆の上に二つの蕎麦を乗せた未来がリビングでTVを見ていたクリスに近く。

 今の未来は先日のクリスの誕生日に身体の傷を見られている為、今の未来の身体は了子から貰ったジェルを塗っていない傷のある身体のままだったのだが、既に受け入れているクリスは全く気にしていなかった。

 少し目がキラキラしている姿が餌を目の前にした子猫のようでホッコリして未来は笑みを浮かべる。その未来の表情にクリスは顔を赤くしてそっぽを向く姿に愛おしさが溢れて思わずお盆をコタツの上に置いたあと撫でてしまう。

 

「なッ!」

「ふふ。嫌なら辞めるけど?」

「……誰も嫌なんて言ってねぇだろ……」

 

 未来に見えないように顔を背けたままだが、耳まで赤くなってるので未来にはバレバレなのだがクリスはまだ気付いていないため未来も思わず笑いが漏れそうになるのも必死だった。

 

「あ。奏さんたちだ」

 

 チラリとTVを見るとツヴァイウィングとして奏と翼が丁度歌を歌っている姿が映し出されていた。世界的な有名人である為、年末年始でTVに映るのは無理もないのだが。

 

「やっぱり二人の歌は良いよね」

 

 そう言いながらも未来の表情はあまり優れない。

 何度もライブやTVでも歌われていながらもまだ人気のある『逆光のフリューゲル』。未来の一番好きな歌であり、そして忘れたくても忘れられない歌。

 

(響……)

 

 二年前、もうじき三年になる未来の運命を暗いものへと変え、地獄に叩き落としたツヴァイウィングのライブ事件。

 時間が経った事により未来自身は吹っ切れた胸がと思っていたが、ふとした瞬間にかつての楽しかった頃を思い出し、そしてあの日、するりとすり抜ける大切な親友の手を事を思い出して胸が痛くなってしまう。

 

 そんな未来の辛そうな顔を隣にいるクリスも同じように辛そうな顔で見ていた。

 クリスは未来の親友である立花響の事を知らない。だが未来にとっての大切な人だったという事は知っている。そして未来が辛そうな顔をする時は大抵響の事を考えている時だと知っていた。それくらい、クリスは未来の事を見てきたのだ。

 故に、その事には深く追及せずに無理矢理笑みを作って話を変える。

 

「朝になったらさ。初詣に行かねぇか?」

「え、でも一応私たち待機中だし……」

「構うこたぁねぇよ。あのオッサンなら、いつも身体張ってんのはあたしらなんだからたまにはこういうのも許すだろ」

「そう……かな?」

 

 強気なクリスに目をパチクリする未来だったが、すぐに笑みを作る。それを見てクリスは内心未来が笑顔になった事に安堵している事を未来は知らない。

 

「ほら、もうすぐ年が明けるぞ」

「本当だ。それじゃ……」

 

 ──5

 

 ──4

 

 ──3

 

 ──2

 

 ──1

 

 

「「Happy New Year!!!」」

 

 




そろそろF.I.S組も未来さんたちと祝い事を祝わせてあげたいですねぇ!

皆様、拙い文章と作者のボキャブラリーの少ない作品ですが、XV編までお付き合いくだせえ(いつになる事やら…)

Happy New Year!!!










ビッキー「本編進んでないのに三連続番外編……何やってるんです?」
作者「祝い事はやっぱり祝いたいじゃん?それにハロウィンやクリスマスやったのに正月やってないのは……ね?」
ビッキー「そうですか。でも早く私と未来を会わせないと貴方の学生時代に書いた痛い小説を公開しますよ?」
作者「おま、それ、ヤメロォ!!!」


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バレンタイン回

バレンタイン……親以外に貰った事は……貰った事は……義理を合わせても(というより義理しかない)両手はいらない……サビシイ……サビシイ……

は(↓)あ(↑)い(↓)!まぁたまぁた本編の流れ無視のイベント回じゃ!調ちゃんの誕生日回もある中まだ本編は納得出来ない内容……今年中にXV編に入るのかさえ怪しいぞ……




 ──二月十四日

 

 世間ではバレンタインデーと言われ、女性が男性に想いを伝える為や家族や友人に親愛や友愛を込めて送る愛の日と言われる特別な日。

 そんな大きなイベントに対して街はチョコ一色と言っていいほどチョコで溢れており、男性も女性もそわそわしたり楽しんだり、逆に絶望に飲まれたような者も存在していた。

 そして、バレンタインデーによって被害を受ける人間もいた。

 

「さて、今年もこの日が来たんだが」

「うん。来たね」

 

 そう言って、ニ課の保有している施設の物資を運搬する為の倉庫の一角で世界的に有名なツヴァイウィングである奏と翼の目の前には大型トラックが三台程並んでおり、中に積まれた積荷を見て二人は何かを諦めたかのような良い笑顔を浮かべていた。

 二人の前には首が痛くなるほど高く積み重ねられた段ボールの山。その中身はすべて多種多様なチョコという事で倉庫内が甘い匂いに包まれていた。

 更に二人に追い討ちをかけるのが、これが全てでは無いという事だ。

 

「えっと、この後何台来る予定なんだ?」

「緒川さんの話だと昼までに七台は来る予定らしい」

「昼までに、ねぇ……」

 

 十台が確定している時点で大事なのだが、その後更に何台かチョコを積んだ大型トラックが来るというわけだ。倉庫内に充満するチョコの甘い匂いも合わさり、二人揃って胸焼けを起こしている。

 

「ありがたいんだけどなぁ」

 

 ツヴァイウィングが世界的に有名になってから毎年少しずつ送られてくるチョコの数は増えていたのだが、二年もの間姿を見せていなかった翼が復活したというのも合わさり今年は今までのはるかに超えたものとなっていた。その結果、明らかに二人で食べられるレベルでは無いものとなってしまっている。

 

「ダンナや緒川さん以外にもニ課にいる人たちに配るか」

「で、でもファンからの大切な贈り物だし……」

「あたしもそう思うけどさ。この量二人で平らげるのにどんだけ時間がかかると思うよ?」

「うっ」

 

 奏の言葉に反論出来ずに目を逸らす翼。

 正味期限や保管場所の問題もあるが、その前に目の前のものだけでも何ヶ月かかるか分からない物があと最低七台来るのだ。来年のバレンタインデーまでに全て完食しないと更に追加されるという地獄のループ。それを二人で抜け出すのは不可能だろう。

 

「ま、それは別として……ほいよ」

「えっ?」

 

 目の前のチョコの山から現実逃避する様に奏が着ていた服のポケットから青いリボンがされた一つの箱を取り出して翼に渡す。渡された翼もキョトンとしながら奏の顔を見つめていた。

 

「去年と一昨年は渡せなかったからな。市販だけど結構有名な場所のチョコだから味は保証するよ」

「奏……ありがとう」

 

 嬉しそうにチョコを自分の胸に寄せて笑みを見せる翼に奏も笑みを見せる。

 もう渡せないと思っていた相手にチョコを渡す事が出来て奏は自分でも驚くくらい嬉しい気持ちになっている。特に最強のライバルであり最高の相棒である翼なためその気持ちは強い。

 二人は倉庫の扉が開いて大型トラックが入ってくる光景から現実逃避する様に幸せそうな笑みを浮かべるのだった。

 

 ────────────────────

 

 ──同時刻 ニ課仮設本部にて

 

 

 奏と翼が目の前にそびえ立つチョコの山に現実逃避している間、翼の叔父でありニ課の司令である風鳴弦十郎は司令室で現在行方をくらませているセレナ率いるノイズを操る術を持つテロリスト〝フィーネ〟を探索していた。

 

「ううむ……なかなか行方が分からんか」

 

 幾度か目撃衝撃や映像からそれらしき人物を追うが中々辿り着けずに時間が過ぎていく。今はまだ被害が出ていないだけでいつ本格的に動くか分からないため弦十郎は焦っていた。

 そんな弦十郎の前に湯気の立つカップがそっと置かれた。

 

「悩みすぎよ弦十郎くん」

「了子君か」

 

 いつもなら部屋に誰か入ってきた時点で気づくのだが、今は焦りと最近の疲れで了子がいることに今まで気付く事もできなかった。それだけ弦十郎も追い込まれているのだろう。

 

「すまんな。茶菓子も出せずに」

「別にいいわよぉ。最近の弦十郎くん、無理してるみたいだから様子を見に来ただけですぐに研究室に戻るわ」

「わざわざすまん」

「もう、また謝ってるわよ?」

「むっ」

 

 からかうような了子に弦十郎は一瞬分かりやすく顔に出る。それを見て了子は我慢出来ずに手で口を押さえていた。

 

「ふふ。私は研究者だから話し相手くらいにしかならないけど、弦十郎くんには他にも頼りになる沢山の仲間がいるんだから遠慮せずに頼ってもいいのよ?」

「そう、だな。少し根を詰め過ぎたようだな。ありがとう、了子君」

「いえいえ。それじゃ、私は戻るわね。無理ちゃダメよ?」

 

 そう言って了子は弦十郎に手を振りながら司令室から出て行き、再び部屋は弦十郎一人となって静かになる。

 了子と話したおかげなのか少し気分もよくなり、早速必要な資料を持って慎次や他の諜報員たちに相談しようと椅子から立ち上がり、部屋から出ようとするがその前に了子の入れてくれた飲み物を飲もうとカップを持って口に付けた。

 

「ん?ココアか?何故……そうか、今日は」

 

 カレンダーを見て今日が何の日か気づいた弦十郎は嬉しそうな笑みを浮かべてココアを飲み干し、気合を入れて司令室から出て行くのであった。

 

 ────────────────────

 

 ──同時刻 ヘリキャリアにて

 

「「ハッピーバレンタイン(デス)!!!」」

「ふふ。ありがとうございます。暁さん、月読さん。はい、私からもハッピーバレンタイン」

「わあ……!

「やったデス!」

 

 眩しいくらいの笑顔を浮かべながら少しヨレヨレながらも丁寧にラッピングされたチョコの入った箱を受け取り、セレナも笑みを見せる。お返しにと密かに用意していたチョコを切歌と調に渡すと二人とも嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 そしてそのままセレナの隣にいたナスターシャの方に駆け寄るとセレナと同じく二人一緒に笑顔を見せてセレナに渡した物とは少し違うラッピングのされたチョコを渡す。

 

「マムもハッピーバレンタイン」

「少しバターに作ったからマムでも美味しく食べられるデスよ!」

「ありがとう二人とも。それと切歌。バターではなくビターの間違いではありませんか?」

「ハッ(゚∀゚)!」

「まったく……ふふ」

 

 現在テロリストとして追われる身でありながらも楽しそうに笑みを浮かべて、次に笑えるのはいつになるか分からないため今のこの時間をしっかりと胸と記憶に刻み込もうと束の間の幸せな時間を刻み込む四人。

 そんな幸せな時間をぶち壊す男が現れる。

 

「おやおやぁ?皆さん楽しそうですねぇ?」

「……ウェル博士」

 

 区画を区切る扉から白衣を着たウェルが現れる。

 ウェルが現れた事によって幸せな時間を壊されたセレナも分かりやすく顔に出ていた。ナスターシャも顔にこそ出ていないがセレナと同じくあまり良い気分では無い。

 だが切歌と調は互いに目を合わせて頷くとウェルに近づき、貼り付けたような笑みのままセレナとナスターシャに渡したのと同じようなチョコを渡す。

 

「私にもくれるのですか?」

「はい」

「私たちの手作りデスから()()()()()()()()食べてくださいデス」

「ふーん?まぁ、ありがたく受け取りますよ。それでは」

 

 ニコニコと笑みを見せるが本当にさっきと同じ人間なのか疑うほど感情の乗っていない笑みで渡されたチョコに疑問を持ちながらも二人に貰ったチョコを持ってウェルは大人しく退散していく。

 

「えっと……二人とも、どうかしたの?」

 

 切歌と調がウェルを毛嫌いしていることを知っているセレナは二人の以外な行動に混乱して話しかける。それに対して切歌と調は先程セレナにチョコを渡したときに見せた笑みに負けないくらいの眩しい笑み浮かべた。

 

「あれは博士用に特別に作ったチョコデス!」

「マム用に少し付け足すために買って置いたカカオ()()()作ったの」

にっっっがあああぁぁぁ!!!

 

 直後扉の向こうから響き渡るウェルの絶叫に四人はお腹が痛くなる程笑うのだった。

 

 ────────────────────

 

 ──市内にて

 

 

 太陽が沈みかけ、街をオレンジ色に染める時間。

 街の皆が楽しそうに笑みを浮かべてチョコを配ったり、渡したりしている中を未来とクリスは並んで歩いていた。

 

「バレンタインだね」

「だなー」

 

 ゆっくりと歩く二人だが、目に入る店の売り物が全てと言って良いほどチョコに関連するものに変わっていて見ていて少し胸焼けを起こしていた。

 リディアンでも二人は友人やクラスメイトからチョコを貰っており、既に鞄の中はパンパンになっていた。

 

「ハロウィンの時もそうだったけどよぉ。もう少し量を考えて欲しいよなー」

「そうだね」

 

 実は二人の家にはいまだ消化し切れていないハロウィンの時にもらったお菓子が残っていた。期限が短い物は無いが、まだそれなりの量は残っており、それに加えて今日のチョコを考えればクリスは頭が痛くなる思いだった。

 だがそれ以上に──

 

「どうしたの、クリス?」

「っ!?い、いや(↑)何にもないぞ(↓↘︎→↗︎↑)!!!」

「そう?」

 

 明らかに動揺しているクリスに対して未来は頭を傾げるだけだ歩みを止めなかった。

 バレンタイン事態には興味はないクリスだったが、同性からもチョコを貰ったため未来からも貰えるのではないかと一日中期待しており、今日の授業の内容はまったく覚えていなかったが、まだ貰っていなかった。

 そんな何度もそわそわしながらチラチラと横目で見てくるクリスの視線に気づかないほど未来は鈍感ではない。

 

「ふふ。そんなクリスに……はいどうぞ」

「お、おう!ありがたく貰ってやってもいいぜ!」

 

 未来は鞄からクリスに渡す用に作っていたチョコを取り出して微笑みながらクリスに渡す。渡されたクリスは顔を赤くしながらもパァっと後ろに花が見えるくらい嬉しそうな笑顔を浮かべたため、もう少しで未来も笑いが漏れるところだったがギリギリで我慢する事が出来た。

 

 未来に貰ったチョコをニコニコしながら眺めているクリスを見て未来も嬉しくて笑みを浮かべるが、クリスがこう言ったイベント事にあまり興味がないと知っている未来は少し悪戯心も湧き上がって来る。

 

「クリスはくれないの?」

「え?…………あ」

 

 未来に言われてクリスは自分が何も用意出来ていない事に気付く。

 少なからず想っている未来からチョコを貰ったのに返す物が無いと焦るクリスに未来は少し意地悪な顔で少しずつクリスに近寄って行く。

 

「私はあげたのにクリスは何もくれないのかな?友チョコとかあるのに用意してない……私たち友達じゃないの?」

 

 悲しそうにうつむく演技をする未来。側から見れば演技なのはバレバレなのだが、クリスは突然だった事もあり混乱しているため未来の演技に気づかずわたわたしていた。

 

「そ、そんな事ねぇぞ!ちゃんとと、友達と思っている!」

「なのに何もないの?」

「う、それは……」

「……ふふ」

 

 表情がコロコロと変わるクリスに未来は耐え切れず笑いが漏れる。それに気づいたクリスは自分がからかわれていると初めて気付いて顔を更に赤くして未来を睨むが、耳まで赤くしているためあまり怖さはなく、むしろ愛おしさの方が優っていた。

 

「ふふ……ごめんね?」

「マジで勘弁してくれ。未来の悲しい顔は色々キツいから……」

 

 まだ未来が正気でなかった頃を思い出すため案外クリスのダメージは大きい。未来も少しやり過ぎたと反省していた。

 

「ごめんね。でも」

 

 数歩クリスより先に出て未来は振り返る。沈みかけの太陽の光が後光となり、とても絵になる神秘的な状態で未来はクリスにまた少し悪戯心が混じった微笑みを向けた。

 

「クリスからチョコを貰ってたら嬉しかったのは本当だからね?」

「ヒュッ」

 

 妖艶さと美しさが混じった未来の微笑みにクリスは顔を赤くしながらもその場で固まってしまう。心臓も一瞬止まってしまったような気がしたのは気のせいだろう。

 

 固まったクリスが動き出すのを待って、再び仲良く二人で談笑しながら帰路につく。二人の手はいつの間にか繋がれており、その後ろ姿は互いに想い合っているのは一目瞭然であった。

 ちなみに自分の部屋につくまでの間ずっと入院が必要なくらい心臓が大きく鼓動していたクリスは興奮しすぎてその日は眠れなかったのだった。




相変わらずクリスちゃんが思春期男子のような……そろそろ我慢出来ずに未来さんを襲っても誰も不思議には思うまい。

そろそろG編終わらせて装者全員を合流させねばイベント事に支障が出てきますねぇ。早くF.I.S組と未来さんを絡ませたい(深い意味はない……はず)。








ビッキー「私もクリスちゃんにチョコあげなきゃね♡」
作者「そうだね(鍋の中のチョコから「タスケテ……タスケテ……」と聞こえるのとチョコが入っているはずの箱から隠しきれなさすぎて「殺」の気配が感じるけど気のせいだよね!)」
ビッキー「貴方にも早くG編が終われるようにチョコあげるね♡」(↑と同じチョコ)
作者「え、いらな、ちょっと待って無理矢理口に詰め込むのは違、う、ヒデブ!?」※汚い花火DA☆


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誕生日回 月読調

作者「許して切ちゃry(イガリマー) (ε:) )) |」∠)_」

はい、というわけで無事にG編が……終わりませんでした!
本編はいつ終わるか_(:3 」∠)_

今回も陰陽ver.の調バースデーメモリア程度に思ってくだせえ。

……どんどん番外編が溜まっていくなぁ。


 ──二月十六日

 

 先日のバレンタインダーデーから翌々日の十六日。

 まだ陽が高いうちからセレナたちが拠点としているヘリキャリアでは小さなパーティーが開かれていた。

 

「月読さん」

「調!」

「「誕生日おめでとう!!!」」

「ありがとう。セレナ、切ちゃん」

 

 パァン!とクラッカーが鳴る音がヘリキャリア内に響く。

 普段あまり表情が動かない調だが、今日は自身の誕生日であるのとセレナと切歌に祝われて笑みが浮かんでいた。

 

「さあ、料理が出来ましたよ」

 

 遅れて部屋に電自動の車椅子になったナスターシャが料理の乗ったお盆を持って現れ、部屋に置かれていた机の上に乗せる。肉料理がメインで野菜の姿が見られなかったが、偶の祝い事のため少し高めの肉を入手出来たため豪勢だ。

 

「マム、もう少しお野菜を摂って下さいと言っているでしょう?」

「セレナは逆に食べなさすぎです。もっと血になる物を食べなければ強い身体になりませんよ?」

 

 セレナとナスターシャはニコニコと笑みをしながら目からバチバチと火花を散らしている。

 いくら強い身体のためにと言っても全くと言って良いほど野菜を摂らず、肉料理ばかり食べているナスターシャにセレナは何度も野菜を摂らせようとしているが失敗しているため切歌と調もセレナの気持ちは分からないでもない。のだが。

 

「もう!セレナもマムも今日は調の誕生日デスよ!仲良くしてくださいデス!」

 

 切歌は分かりやすく頬を膨らませていかにも怒っていますアピールでセレナとナスターシャに睨む。威圧の「い」の字もない可愛らしい睨みではあるが。

 

「ご、ごめんなさい……」

「少々言いすぎましたね。調。ごめんなさい」

「ううん。謝らなくていいよ。でも、今日は仲良くして。ね?」

 

 大の大人が揃って頭を下げる中で調は微笑んで二人を許す。その後ろでは切歌はあまり納得している様子ではなかったが、調が許したため特に何か言うことは無かった。

 

 それから四人はトランプやオセロといった数少ないボードゲームといった遊びに興じて時間が過ぎてゆく。それはいまだ追われる身でありながらも僅かばかりに出来た幸福な時間を調は噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が沈み、少しずつ外が暗くなっていく中で調は一人で星が浮かぶ空を眺めていた。

 

「どうしたんデスかこんな所で?」

「切ちゃん……」

 

 まだ外は寒かったため切歌は用意していたブランケットを地面に座る調と一緒に使えるような肩を並べるように切歌も座る。冷たい風も二人が揃えばあまり苦にならなかった。

 

「今日は楽しかったデスか?」

「うん。みんなでいれて、みんなで遊べて。マリアがいた時に戻ったみたいで楽しかった」

「よかったデス!」

 

 ニッコリと調の大好きな太陽のような明るい笑顔を切歌は浮かべる。

 F.I.Sの施設から抜け出してから追われる身であるため気を抜く機会があまり無く、多少なりともストレスが溜まっていた調ではあったが今日の一件で幾分か解消されていた。

 そしてそれは切歌も分かっていた。

 調の誕生日でもある今日に少しでも解消してあげればと思い少ない遊び道具でみんなで遊んだのだ。結果は大成功で調は珍しく笑みの絶えない日を送ったのだ。

 

「今日は楽しかったよ。ありがとう」

「ふふん!お礼なら次の私の誕生日は盛大にお願いするデスよ!」

「ふふ。分かったよ」

「はうっ!」

 

 幼さを残しながらも何処か色気がある微笑みを向けられて切歌は思わず顔を赤くして自分の鼻元を押さえる。鼻血が出ている気がしたが気のせいのようだった。

 

「調ちゃん、切歌ちゃん!もうすぐ夕飯ですよー!」

「あ、はーい!……セレナ、偶に私たちの呼び方隠し切れてないね。切ちゃん行こう?」

「は、はいデス!」

 

 立ち上がりヘリキャリアの方へ戻る調を追って顔を赤くしながらも切歌は後を追うのだった。

 




セレナ「私が全然出てきてないのですが?」
作者「一応調ちゃんが主人公なので仕方ないのです。なのでアガートラームの先端をぐりぐりするのはやめて!?」

切歌「……(ハイライトOFFでイガリマを振りかぶる)」
作者「調ちゃんの誕生日にG編終わらなかったのは悪かった。未来さんたちも張り切ってスタンばってたのに無駄になったのも悪かった。だからいつもの切ちゃんに戻ってry」キボウノハナー

調「私の誕生日なのに、私の影薄くない?」
作者「キノセイキノセイ」※後方から飛来する鎌と短剣に滅多刺しされるまで5…4…3…2…1……

調ちゃん。誕生日おめでとう!(止まるんじゃねぇぞ……)






ビッキー「……」(グレビッキーの如く見下ろすだけ)
作者「すぐに本編の続きを書きます少佐!」(作品違い)


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無印編
プロローグ


別名「暴れん坊393の冒険』はっじまるよぉ!

※シリアス大盛りですのでご用心。


 運命というのは僅かな差で大きく変わってしまうものだ。

 

 左右に分かれた道のどちらかに行くだけで世界は別れてしまう。

 

 勿論道を進んだ先は同じ道に繋がっている可能性もある。それにその道を進まないという手もある。

 

 だが覚えていなければならないのは、その差で世界が滅びる可能性を秘めているかもしれないという事だ。

 

 世界を救う英雄も、最初の戦いで判断を誤りその命を散らせば世界は救われずに滅んでしまう。逆に判断が正しければ生き残り、世界を救う事になるのだ。それだけで世界は既に二分割されている。

 

 それくらい運命というものは不確定で不明瞭なものだ。

 

 だが何も全ての運命に選択肢があるわけでは無い。

 

 本来用事で親友と行くはずだったライブ会場に行けなくなるはずの少女がそこにいる事も。

 

 本来民間人を守るためにその命を散らせるはずの少女が生き残り、代わりに世界を守るはずの()が傷付き眠りにつく事も。

 

 本来、数多の脅威から世界を救い、人々に手を伸ばすはずの少女(ヒーロー)の物語が始まる前にその命が散った事も。

 

 少女(ヒーロー)と共に笑い、傷付き、争う事になろうとも太陽のような少女(ヒーロー)の隣に寄り添う陽だまりが怒りと怨嗟と殺意に呑まれてしまった事も。

 

 それは選択肢の無い中で僅かな差で起きた小さな違いの結果生まれた運命なのかもしれない。

 

 そしてその先にある未来は、誰もが幸せになる世界なのか、それとも誰もが不幸になる未来なのか。

 

 それは誰も知る由がない。

 

 ──────────────────────

 

 日が沈み辺りを暗闇が支配した街並みの中、一人の白いリボンが特徴的な少女はふらふらとその足を止めず遠くに見える山に向かって歩いていた。

 こんな時間に少女が一人歩いてるのはあまりよろしくない事ではあるはずなのに周りの人間は少女が醸し出す近付き難い雰囲気に話しかける事すらできなかった。

 

 少女はゆっくりと歩を進める。暗闇と頭を下げているため前髪でその目元は見えない。

 

「…………!」

 

 突然、少女は下げていた頭を上げる。その綺麗な海の色を連想させる瞳は酷く濁っていた。

 

「来た……!」

 

 歓喜、とも呼べる声を上げると頬を歪めて猛獣を思い起こす笑みを作り走り出した。

 暗闇を走り抜ける少女を見た通行人はその少女が放つ威圧に後退りする者が続出する。

 それも無理はないだろう。今の少女の笑みを浮かべながらも身体から圧倒的な怒りと殺意を振りまいているのだから。

 

 怒りと怨嗟と殺意に呑まれた壊れた少女は走る。

 

 陽だまりの隣にいるはずの太陽の姿は、そこには無い────────




これは原作とは大きく外れた世界の話だ。という事が分かっていただければ良いかなーと

そして前半のあらすじを改良した文の最後の一文は作者もハッピーエンドかトゥルーとも取れるエンドか迷ってる事を示唆させてもらいました( 'ω')

基本的には原作に添いつつ変化させていくので「この話、いる?」という部分が出てくるのは仕方ない、生暖かい目で見ていてくだせぇ。

次回!荒れ狂う神剣と激槍!


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一話

初投稿です。仕事があるので長い期間開くと思いますので気長に。
後ギャグ要素は少なくシリアス大盛りと原作キャラ崩壊が著しい(特に一人)のでついてこれる奴だけついてこい!
※作者にはリョナ属性やビッキーが嫌いだとか393嫌いだとかは特にありません


 月明かりが照らす真夜中の森の中。

 本来であれば人は眠りにつく時間であり、音も人工的な光も極端に少なくなる時間。のはずだったが。

 

 鳴り響く銃撃音と爆発音と自衛隊の怒号。それだけでここが戦場だと分かる。だがその先にいる存在は明らかに普通ではなかった。

 

「撃て撃て撃て!手を休めるな!」「当たらねえ、当たらねえよぉ!」「死にやがれ化物がぁ!」「死にたくねぇっ死にたくねぇ!」」

 

 止むことが無い銃弾と砲撃の嵐。そんないつ死ぬか分からないほどの戦場の中で場違いなほどカラフルな存在は悠々と進み続けていた

 

 〝ノイズ〟

 

 視認する事が出来、そこに確かに存在しているはずの奴等は現代のあらゆる武装を無効化あるいは大幅に軽減し、逆にノイズに触れられた生命体は全身を分解され炭素化してしまう。

 

 遭遇すれば死は避けられないと思うほど絶望的で圧倒的な存在であるが、幸いな事に遭遇する確率は一生涯で通り魔事件に巻き込まれる可能性よりも低く、一定の時間が経てば自壊するため遭遇してもどこかに避難、あるいは逃げ切る事で生き残る可能性は高い。

 

 だが今その通り魔事件に巻き込まれる可能性より遭遇率が低いはずノイズが目の前にいる事は紛れもない事実だった。

 

 幸い、と言うべきかは定かではないがノイズが現れた場所が市街地から遠く離れた山の中というのが不幸中の幸いだった。山の中に住んでいたり、キャンプに来ている者がいない限りその周辺に人の存在はない。そのためこの後ノイズの増援が来ない限り悪くても()()()()()()()()()()()()()()()()。故に自衛隊も後先考えず銃弾の嵐を放っているのだ。

 

 そんな自衛隊の奮闘虚しく一人、また一人と接近されたノイズに組み付かれ身体を炭化させていく。それにつれて弾幕の嵐は弱くなりノイズ達の進行はどんどん進む。

 

 何人もの銃弾を放つ隊員達がここで自分達の命は尽きる。そう覚悟していたその時だった。周りの音を押し除けるようにはっきりした声で何処からともなく()()()()()()

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 目の前の地獄よりも歌が気になり見渡す隊員達。そして歌が聴こえて間も無くして木々の間から深い青の光が輝くと月の明かりに照らされてピッチリとした深い青色のインナーに手足には黒を基調とし、その黒と混ざるようにした深い青色のその華奢な身体とは似つかわしく無い機械的な装甲を纏うショートヘアーの()()()()()がノイズの群れの前に着地しながら現れた。

 

 隊員達は目の前の少女が絶望が広がる地獄を破壊する唯一の存在だと知っていた。

 まさに救世主と思っている隊員達。ある者は神に感謝し、ある者は勝利を確信し勝利の雄叫びを挙げ、ある者は少女の姿に見惚れていた。

 

 だがその中で目の前の少女の()()()を知っている者は顔を酷いほど青くして震えていた。

 

っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

 機械的な装甲を身に纏っているとはいえ抱きしめれば折れそうな華奢な身体の少女からは想像出来ないほどの怒りと怨嗟と殺意が籠った雄叫びが歓喜していた隊員達を一瞬にして恐怖に陥れる。先程のノイズが可愛く見えるほど目の前の少女の姿に反した気配がその場を支配していた。

 

「に、逃げろおおおお!」

 

 誰かがそう叫ぶと隊員の殆どが急いで撤退する。だがその中にいったい何人()()ではなく命令通り()退()しただろうか分からないほどのその場は混乱していた。

 

「殺す……ノイズは全部……コロス!」

 

 撤退を開始する隊員達を無視して黒髪の少女はノイズに向かって目にも止まらぬ速さで走り出す。その手にはいつの間にか黒々とした刀が握られていた。

 

 そこからは一方的な蹂躙だった。

 

 黒髪の少女は剣術における技と呼べるものは何も無く、ただただ剣を力任せに振り回すだけであった。だがノイズ相手にはそれで十分だった。

 たった一振りでいともたやすく木々を断ち切り風圧で根っこから飛んでいってしまう。それに加えて地面に当たれば大地を砕き、空に向かって振るえば衝撃波を生み出す。

 剣の修行をした者との単純な技のぶつかり合いであれば少女には勝ち目はないだろう。素人であってもそれが分かるほど少女には全くの()が無い。

 だがそれを大きく上回る程の圧倒的な()で技をねじ伏せていた。

 

 恐怖の対象であるノイズがまるで薄い紙を切り裂くように簡単に黒髪の少女の刀の錆びに、いや刀の灰になる。これがノイズのみに向けられた力であれば自衛隊隊員達にとって本当に勝利の女神とも言えたであろう。だが現実は非情であった。

 少女が刀を振る事で出来た衝撃波が逃走中の隊員にも直撃し吹き飛ばされる。少女が現れてからまだ五分も経っていないというのに生き残っていた半数もの隊員が重軽症を負っていた。

 

 それでも黒髪の少女の瞳には目の前にいるノイズしか映らない。怒り憎み復讐する敵にしか少女には興味がなかった。

 

「死ねええええぇぇぇぇ!」

 

天ノ堕トシ

 

 高く飛び上がり叫ぶと突如現れた無数の刀が少女を中心に四方八方に狙いも付けず飛び散る。その刀はノイズに、木々に、地面に、そして戦車や()()()に突き刺さる。ノイズを確実に殲滅していくがその被害は隊員達にも影響を大きく及ぼしていた。

 

「なんだよ、なんだよあいつは!?味方じゃねぇのかよ!これじゃノイズを相手してた方がマシだ!!!」

 

 離れた場所の木の影に隠れ飛んできた刀に左腕を切られた傷口を押さえる隊員の一人がそう叫ぶ。ノイズを倒す味方であるはずの黒髪の少女の暴走のせいですでに既に死者すら出ていた。その中には隊員の知り合いもいた。

 目の前の天使や女神ではなく、怒り狂った悪魔のような少女のせいで自分も死ぬかもしれない隊員がそう思ったその時だった。

 

 

 ──Croitzal ronzell gungnir zizzl──

 

 

 黒髪の少女が現れた時とは別の歌ではあるが同じく周りの音を押し除けるようにハッキリとした歌が響いた。その直後、空から飛び散る刀を破壊しながら黒髪の少女目掛けて大きな槍が飛来した。

 

「っ!?」

 

 黒髪の少女は驚き目を見開くがすぐさま飛来した槍を持っていた刀で弾き飛ばす。だが弾き飛ばした方向にはいつの間にか頭上を飛んでいたヘリから飛び降りた夜でも目立つ朱色の髪の橙色と黒のインナーに黒髪の少女と似たような機械的な装甲を体に纏った別の少女がいた。

 

「おりゃあああぁぁぁ!」

「くっ!」

 

 朱色の髪の少女は少女が弾き飛ばした大槍をキャッチすると空中で身体を回転させて黒髪の少女に向かって槍を叩きつける。しかし黒髪の少女は叩きつけられた大槍を持っていた刀で受け止めた。

 叩きつけた勢いと重力によって二人は地面に向かって普通の人間であれば即死する速さで激突し砂煙が宙を舞う。だが砂煙が晴れたそこにはいまだに刀と槍が火花を散らしてぶつかり合っていた。

 

「お前ぇ!そのギアを、天羽々斬を何処で手に入れたあ!」

 

 刀と槍が何度もぶつかり合う。互いに怒りと殺意が混じった感情が己を支配していると朱色の髪の少女は槍を振り回しながら理解していたが目の前にいる存在に疑問よりも怒りがこみ上げていた。

 

「それはお前みたいな、周りを傷つけるような奴が使っていい代物じゃないんだよ!」

 

 幾度とない刀と槍のぶつかり合う。その中でかつての相棒の少女との経験から黒髪の少女の技量が素人だと見抜いた朱色の髪の少女は自分の首を狙ってきた刀を弾き黒髪の少女がその勢いに負けて僅かに後退りするがその隙を朱色の髪の少女は見逃さない。

 構え直そうとした黒髪の少女の首元に槍の先端が突きつけられた。

 

「それを何処で手に入れたか正直に答えろ。拒否権はアンタには──」

 

 暗闇と髪で目元が隠れた黒髪の少女に向かって勝ちを確信し睨みつけながら口を開く朱色の髪の少女。だが僅かに隠れていた目が見えた瞬間、圧倒的な恐怖がその身を支配した。その瞳には狂ったような恐ろしいほどの怒りと殺意が埋め込まれていた。

 

「私の……私の邪魔をするなああああぁぁぁぁ!」

 

 首を槍で貫かれても構わないというように黒髪の少女は朱色の髪の少女に向かって刀を振る。その予想外の行動と怒りと殺意を向けられ、殺す気のなかった朱色の髪の少女は動揺し槍を一旦退げて振るわれた刀をギリギリで回避する。そして少し距離を取ってから反射的に思わず黒髪の少女の心臓に向けて槍を突き出してしまった。

 

「やばっ!?」

 

 一度突き出された槍は止まることが出来ず、前にのみ進もうとする黒髪の少女にも体勢的に回避するのは不可能だった。

 誰もが大槍が黒髪の少女の心臓を貫くだろう。そう思っていたが大槍を向けられている本人だけは違った。

 

 心臓に目掛けて突き出された大槍を左の掌で血飛沫を上げ貫かれながらも防ぎ無理矢理槍の軌道を変えたのだ。

 

「うそ、だろっ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 黒髪の少女の予想外の防ぎ方と焦りから反応が遅れそれを見逃さず残った刀を握る右腕で朱色の髪の少女を斬り殺そうと刀が振り下ろされる。その刀を朱色の髪の少女はとっさに左腕の機械的な装甲を盾にすることで装甲は破壊されるもののなんとか腕を斬り落とさずにすんだ。だが思った以上に黒髪の少女の振るった刀は強く衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまう。

 朱色の髪の少女は吹き飛ばされながらも大槍を地面に突き刺して減速する。二人が争った余波で周りの物が吹き飛び周囲には何も無かったため何かにぶつかる事なかった。だが安心よりもそれ以上に左腕に激痛が走った事に朱色の髪の少女は舌打ちをした。

 

「くそっ、今ので左腕をやられたか。うっ!?」

 

 左腕の激痛に耐えながら立ち上がろうと脚に力を入れた瞬間、身体から力が抜ける感覚に襲われた。

 

「嘘だろ、時限式にしても早すぎる……なっ!?」

 

 まだ戦えると踏んでいた朱色の髪の少女だったが予想していたよりも早い時間切れ(タイムアップ)に焦りながらも黒髪の少女の方に目を向ける。そしてその目に映ったのは黒い刀を両手で握り肩に担ぐ構えをとっている姿だった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!」

「くうっ!?」

 

蒼ノ断頭

 

 叫びと共に黒髪の少女は地面に叩きつけるように刀を全力で振り下ろす。その瞬間地面を抉るように巨大な衝撃波が朱色の髪の少女に向かって放たれる。それは奇しくも朱色の髪の少女のかつての相棒の放つ技と似ていたため急ぎ動きにくくなった身体を無理矢理動かしてギリギリ回避する。そして黒髪の少女の放った衝撃波は朱色の髪の少女の後方にあった乗り捨てられた戦車三台を真っ二つにし、さらに後方の木々すら破壊した。

 

「小さいけど威力も射程も翼以上かよ。余計にイラつくっ!」

 

 身体に鞭打って立ち上がろうとする。だが心は負けていなくとも身体は既に限界を迎えているに加えて負傷もしている。このままでは先ほどのノイズのように朱色の髪の少女も無惨に斬り殺されるだろう。今の黒髪の少女の状態を見ればそれが大袈裟な事ではない。

 月の光と戦車の爆発により燃え上がった炎でゆらりと幽鬼のようにゆっくりと刀を持ったまま歩く黒髪の少女は同じ人間なのか疑うほど恐ろしかった。

 

(これ以上はあたしが保たないか。一か八か賭けるか!)

 

 まだ戦おうとする黒髪の少女を前に朱色の髪の少女は額に冷や汗を流しながらも冷静に自身の状態を判断し考える。その結果援護を期待出来ない今は分の悪い賭けに賭けるしかこの状況を打破する方法が無かった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 朱色の髪の少女の覚悟を知ってか知らずか、黒髪の少女は刀を振りかぶってかなりの速度で走り出す。理性を失っているその瞳はそれが虚仮威(こけおど)しではなく本当に命を刈り取るつもりである事は明白だった。

 朱色の髪の少女の目の前まで速度を落とさず走った黒髪の少女はその首目掛けて刀を振り下ろそうとしたその時だった。

 

「くらいな、アーマーパージだ!」

「っ!?」

 

 朱色の髪の少女のオレンジと黒のインナーを残して機械的な装甲が勢いよく四方に飛び散る。当然目の前にいた黒髪の少女は飛び散る装甲を避ける事は不可能だった。

 腕を交差させる事で急所への直撃は防ぐ。だがそれは必然的に朱色の髪の少女からは目を離す事に繋がる。それが勝敗を分けた。

 

「もらった!」

 

 僅かな隙を見逃さず朱色の髪の少女は残りの力を全て使って大槍で刺すのではなく黒髪の少女のガラ空きになった腹部に向かって野球のバットを振るように振り抜く。

 負傷しているとはいえ普通の人間を超えた身体能力の朱色の髪の少女の一撃に黒髪の少女は防御する事は出来ず直撃を受け遥か後方の森まで吹き飛ばされその中の一本の木に背中を強く打ち付けた。

 

「やっとまともに一撃入れられたぜ。うぐっ!」

 

 一瞬の気の緩みで蓄積された疲労と痛みが既に限界を超えていた身体に襲いかかり膝をつく。あまりの消耗で口から血を流しながら纏っていた機械的な装甲とオレンジと黒のインナーが消滅し一般女性のような服装に戻った。

 目眩と吐き気も襲ってくる中朱色の髪の少女は顔を上げると信じられないものを見た。

 

「マジかよ……今のでまだ立ち上がれんのかよっ」

 

 立ち込める砂けむりの中から装甲の一部が破壊され青と黒のインナーもボロボロになっても立ち上がりふらふらと歩みを進めようとする黒髪の少女の姿がそこにあった。

 

「まだ……私はまだ戦え、る……」

 

 戦闘不能となった朱色の髪の少女に向かって再び刀を構えようとする黒髪の少女。だがやはり先の一撃が効いたのか足元は覚束なく、怒りと殺意が込められた瞳も焦点が合っていなかった。

 

「ひび……き……」

 

 そこで力尽きたのだろう。黒髪の少女は膝から崩れ落ちながら装甲と黒と青のインナーが消滅し服装が変わった。今まで気づかなかったがその頭には先ほどまでの阿修羅のように暴れ回っていた姿からは想像にあわない真っ白で綺麗なリボンが付けられていたのが朱色の髪の少女は印象的だった。

 

「助かった……のか?」

「奏君!」

 

 疲労からの安堵と殺し合いにも近い戦闘を繰り広げていたための警戒が混ざったため息を吐く。そこへそんな彼女の名前を呼ぶ筋骨隆々の赤い髪の大男が走りよってくる。

 

「弦十郎のダンナ……」

「後は我々に任せて君は早く治療を受けろ。それにLiNKERも既に切れている。もうギアを纏う事も出来まい。出来たとしてもこれ以上の戦闘は許可しない」

「……わかった」

 

 身体のあちこちが悲鳴を上げているがいつもなら「まだ戦える!」と声を上げ反論する朱色の髪の少女、天羽奏はいつも以上の疲労、そして同じ人間から初めて自分に向けられた怒りと殺意に思った以上の精神的な疲労が彼女の身体に大きなダメージを負わせていた。

 確信は持たずともそんな彼女の状態を察しふらふらと医療班の人間に連れられていくその後ろ姿に筋骨隆々の男、風鳴弦十郎は眉を潜める。

 

(あれほどボロボロになった奏君を見るのは二年前のあの事件の直後以来だな。しかもノイズ相手ではなく同じシンフォギアの装者相手に)

 

 天羽奏の戦闘能力を知っている弦十郎からしたら今回の相手の戦闘能力は恐ろしいものだった。

 連絡で聞いた限り戦闘は拮抗しているように見えてその実黒髪の少女の方が圧倒しているとも言っても過言では無かった。それが何故拮抗していたかといえば一重に技量の差だった。遠隔映像を見てもただ力任せで刀を振っているようにしか見えなかったからだ。

 もし天羽奏と同等の技量の持ち主だった場合確実に敗北しておりその命は既に無かっただろう。不幸中の幸いとはこの事だ。

 

「さて、彼女も連れて行かねばならないのだが」

 

 いまだ起き上がらない黒髪の少女を心配しながらも慎重に近づく。

 何度かモニター越しに少女の戦闘を見た事はある弦十郎だったが初めて見た時は少女の殺意の篭った瞳に超人と言われた彼でも僅かながら恐怖で身震いしてしまったほどだった。故にもし一瞬でもその瞳によって硬直すれば自分の命すら危ういと思っている。

 

「……聞こえてはいないだろうが一緒に来てもらうぞ。──────小日向未来君」

 

 力なく気絶している黒髪の少女、小日向未来を抱えた弦十郎はすぐさま医療班の元へ連れて行った。

 

 弦十郎達は知らなかった。悪鬼羅刹と化していた彼女の本当の姿を。

 そして知るだろう。彼女がどうしようもなく()()()()()という事実に。




タグとあらすじとこのプロローグでどんな話か分かってもらえたと思いますがまあ、うん、多分ハッピーエンドにはなりますよ(白目)
……何故タグに原作キャラ死亡が無いかって?なんででしょうなぁ(ニッコリ)

次回!激槍の僅かな休息!


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二話

今回は少々説明文的なのが多めです。シンフォギアを知っている人からしたらしつこいくらい何度も見た説明ですがやはり無いと……ね!

ハイブリッドさん、誤字報告有り難うございました。装者は完全に勘違いでした。ずっと奏者と思っていましたが違ってたんですね(汗)
その他の指摘は私のミスです_(:3」z)_用心せねば……


 深夜のノイズの来襲から既に一週間。その間世間はなんの影響もなく日常が流れていった。

 山に近い民家からは真夜中に響いた銃撃音からノイズの出現を危惧した者はいたが実際の被害はない事から気のせいという考えで噂が広がる事は無かった。

 

 だがこの一週間で一部の人間には大きな影響を与えているというのも事実だった。

 

「……んで、次の仕事までにはなんとかなんのか?」

「それは難しいですね。怪我や後遺症は無かったようですが……奏さん、相当無理していますよね?」

「あ〜……うん、さすが緒川さんだな」

「マネージャーですからね。貴方がベストを出せる状態か否か見極めるのも仕事の内ですよ」

「そりゃごもっともだな」

 

 包帯は解け病人服以外は健康そのものとなった天羽奏はマネージャーであり仲間でもある緒川慎次と共に気の抜けた会話が病室に木霊する。幸いにも左腕は骨にヒビが入っている程度で済んでいた。

 

 〝ツヴァイウィング〟

 

 二年前まで日本中で知らない者はいないと言われるほど大人気だったユニットだ。そして天羽奏はその内の片翼として活躍していた。

 だがある事件をきっかけにユニットは実質解散状態。世間では今でも復活を待ち望む声があるもののその復活は今のところ不可能。その理由とは。

 

「なぁ、翼。早く目覚めてくれよ」

「………」

 

 奏が手を伸ばした先には白いベットの上に沢山の管と人工呼吸器を付けられた一人の青い髪の少女が横たわっていた。

 

 〝風鳴翼〟

 

 ツヴァイウィングの片翼であり天羽奏の良きライバルであり友であり最高の相棒(パートナー)であった少女。

 二年前の事件により大きな怪我を負い今はアーティスト活動を停止している。それが世間での風鳴翼の現状だ。

 だが実際は二年前の事件から意識が回復せず沢山の管と人工呼吸器無しでは生きられない身体となっている。技術の発達により身体が痩せ細るような事は無く、健康な状態を維持する事が可能ではあるがそれも長く続かせられるものではない。

 そして天羽々斬の適合者であった少女だ。

 

「……奏さん。前から言っているように装者かアーティストかどちらか辞める事は出来ませんかね?」

 

 眠り続ける風鳴翼の手を握る天羽奏の姿に痛々しさを感じながらも緒川慎次は以前から相談していたアーティストを辞めてシンフォギアの装者として戦い続けるか、装者を辞めてアーティストとして活動するか、決めるよう遠回しに言ってくる。

 

 〝シンフォギア〟

 

 技術者の櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づき、聖遺物と呼ばれる過去や歴史に〝神器〟とも呼ばれた物の破片から作られたFG式回天特機装束の名称。現在、認定特異災害ノイズに対抗しうる唯一の装備であるが、その存在は現行憲法に抵触しかねないため、完全秘匿状態となっている。

 身に纏う者の戦意に共振・共鳴し、旋律を奏でる機構が内蔵されているのが最大の特徴。その旋律に合わせて装者が歌唱することにより、シンフォギアはバトルポテンシャルを相乗発揮していく。それに加えて聖遺物には装者によってそれぞれ相性が有り、フォニックゲインと呼ばれる歌によって生み出されるエネルギーが高ければ高いほど聖遺物本来の力を出せるようになる。今は眠る風鳴翼は天羽々斬の適合者として高い数値を出していた存在だった。

 

 だがそこで一つ問題となるのが〝どうやって適合者を見つけ出すか〟だ。

 これに関しては適合する可能性のある一人一人に試させるしか無い。特異災害対策機動部二課と呼ばれる慎次や奏、弦十郎が所属する対ノイズのための政府機関が長い間観察と計測を繰り返して二課発足から十年が経ち、今までで見つけられた装者は三名のみ。その内一人は現在行方不明だ。

 

 天羽奏は本来〝ガングニール〟と呼ばれるシンフォギアの装者になるには決定的に適合係数が足りず、装者になる事は不可能な存在であった。そんな彼女を装者として成したのが〝LiNKER〟と呼ばれる適合係数を無理矢理上げる薬の存在だった。

 

 彼女の両親はノイズに殺されている。その怒りと復讐心からLiNKERによる服用を試し激痛と幾度もの検査の結果ガングニールの装者として彼女は力を手に入れたのだ。

 しかし、そんな無茶なやり方で得た力に代償が無いわけない。

 

「貴方は十分に戦いました。ですがこれ以上は命に関わります。戦える時間も短くなって来ているようですし。装者がいなくなるのは二課としても痛手ではありますがそれでも貴方は生きています。アーティストとして生きるか装者として戦うか、もう決めても良い頃かと」

 

 幾度ものLiNKERの投与により見た目に反して彼女の身体はボロボロになっていた。相棒である風鳴翼が意識不明な事も加わり精神状態も不安定。それによりLiNKERを投与してもシンフォギアを纏って活動出来る時間が次第に短くなって来ている。それが先日の小日向未来との戦いに影響が出ていた。

 

「……確かに緒川さんの言う事は全く持って正論だ。戦える時間が少ないのもこうやって怪我して仕事が出来ないのもあたしが全部中途半端だからだ。でもな」

 

 もう一度眠る風鳴翼の手を握る。握り返しはして来ないもののその手は温かく今にでも目覚めて笑みを向けてくれるかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。

 

「あたしは、あたし達は二人でツヴァイウィングなんだ。片翼じゃその名前は名乗れない。片翼じゃ空を飛べない。翼の目が覚めた時、あたしはアーティストとしても装者としてもいつものように翼の隣にいてやりたい。その上で翼に託したいんだ。あたしの夢も想いも全部。それまではアーティストも装者も辞めないし死なない」

 

 それが傷つき血を流してボロボロになろうともアーティストと装者を辞めない天羽奏の願いだった。

 

「あたしを置いて勝手にこんなにも長く寝てるんだ。翼が起きて文句の一つでも言ってからあたしはどっちも引退するつもり。別のやり方で翼を支えるんだ。そんでもって翼にこれまであたしの背負って来たものを全部押し付けてやる。だからそれまであたしが翼の分も全部背負う。それがあたし達の二人で一つの翼(ツヴァイウィング)なんだ」

「奏さん……」

 

 あまり時間の無いはずなのになんとしてでも生きるという覚悟を決めているその赤い瞳に止めるべきであるはずの慎次の方が先に折れた。

 

「……ふぅ。分かりました。これ以上は何も言いません。ですが無理はしないでくださいね。それで何かあれば僕も司令も二課の皆さんも、そして翼さんも悲しむので」

「ありがと、緒川さん」

 

 笑みを浮かべる奏に慎次は手のかかる妹の我儘であり真剣な願いを聞いた兄のような心境で彼女の目を見返す。まだ疲労は完全に抜けていないものの幾分かリラックス出来ているように見えて心配は消えないがそれでも一安心した。

 

「……でさ、()()()()()の調子はどうなんだ?」

「あの娘……小日向未来さんの事ですか」

 

 その名前を聞いて慎次の苦い顔に奏は「やっぱり」と呟く。

 

 一ヶ月程前にノイズが市内に出現する事態が発生。だが突如市内にアウフヴァッヘン波形という聖遺物で造られたシンフォギアが起動する際に発生する特殊な波形から現在眠りについている風鳴翼しか所持していないはずの天羽々斬の反応が検知された。

 そこからの約一ヶ月、ノイズの反応があるたびに天羽々斬の反応が検知され、そしてとうとう黒い刀を振るいノイズを蹂躙する小日向未来が発見されたのだ。

 

 脳裏に蘇るのは小日向未来が目覚めたという報告を聞いて一週間前の御礼に一発殴ろうと彼女の病室に突撃した時に見たその姿だった。

 

「翼の天羽々斬をあんな風に使ったやつだったのに……()()()姿()を見たら何も言えるわけがねぇよ……」

「そう、ですね。櫻井女史も天羽々斬のせいなのか調べていましたがその可能性は皆無のようでした。残るは彼女自身の問題かと」

「あの娘に何かあったか分かったのか?」

「いえ、家族もご存命ですし過去に少々問題があるようですが今の彼女はその問題の延長線上のような状態のようです。詳しい事はまだ分かっていない、と言うのが現段階ですかね」

「そっか……」

 

 相対した時に感じたあの圧だけで人を殺せそうなほどの圧倒的な怒りと殺意。そんなものを持った少女が普通の人間では無いとは彼女を知る全ての人間が思っていたことだった。そしてその予想は当たっていたとも取れる。当たったと言っても誰も思いもしなかった方向にだが。

 怒り向ける矛先が無くなり、いたたまれ無くなって気分を変えようとそっと奏は窓の方に目をやり外の景色を見た。その先には今話していた人物が近くの森林の多い公園を一人歩く姿が目に入った。

 

「あの娘、外を歩かせてもいいのか?」

「ええ、むしろ変に刺激してはいつ暴れるか分かりませんので基本自由にしているみたいです。幸いながら自分が怪我人だという自覚は残っていたようですね」

「それが普通、なんだけどな」

 

 もう一度外をふらふらと歩く小日向未来に目を向ける。まるで後頭部の白いリボンが彼女の残された最後の理性だというように歩く度にひらひらと揺れていた。

 忘れようにも忘れられない。ベットで上半身だけ起き上がらせていた小日向未来が病室に入って来た奏を見た瞬間のその瞳。

 

(ノイズに家族を殺されたあたしでもあんな風にはならなかった。それがまるであたしの家族への想いが「()()()()」と言われたみたいだった)

 

 自分の行いが、想いが正しいものでは無いと奏は分かっていたがそれでも間違っているとも思っていなかった。家族を殺された怒りと憎しみが間違いであるはずが無いと誰に否定されてもそれだけは譲る気はなかった。今までは。

 自分の想いを肯定されながらもまるでレベルの違う想いの強さにただ見ただけで吐き気を催してしまったほどだ。

 それほど今の小日向未来は見るに耐えない、そして忘れられない姿であった。

 

「……ん?誰かあの娘に近づいて……なっ!?」

「あ、あれはまさか!?」

 

 ふらふらと歩く小日向未来を目で追っていた二人の目に映ったの銀の鎧のコスプレをしたような人物が彼女に近づいていく姿だった。

 それがただのコスプレなら誰も何も言わなかっただろう。少々子供には目に毒で身体のシルエットから女性と分かるほどのピッタリとしたインナーと肩には紫色の突起のような結晶がいくつも繋がった鞭のような物を担ぐその姿は悪くても公園で一人何をしているのか職務質問を受ける程度だ。

 だが問題はその銀の鎧が二人の知るある物に酷似していた事だった。

 

「あれは、まさか……ネフシュタンの鎧!?」

「くそっ!」

「奏さん何処へ!?」

 

 奏は慎次の言葉を無視して病院内の廊下を無我夢中に走り銀の鎧を着た人物の元へ向かう。

 

 忘れるはずがないだろう。二人の見た銀の鎧、ネフシュタンの鎧は風鳴翼が奏を守ろうとした結果眠りについてしまった二年前の事件の際に何者かに盗まれた完全聖遺物という世界に数えるほどしかない完璧な形を保った聖遺物だ。

 それを纏った者が現れた。それが意味する事、それは二年前の事件の関係者だという至極簡単なものだった。

 

「洗いざらい吐かせてやる……っ!」

 

 天羽奏は再燃した怒りと憎しみに逆らわず顔を歪ませながら走る速度を上げた。




早速現れましたネフシュタンを纏った謎の少女!
登場が早すぎる?それは早めに登場させないと遅らせて393を知った後のキネクリさんじゃ精神崩壊起こしかねないので早めに邂逅させようと思いましてね。(優しいクリスちゃんじゃ今でも耐えられないと思いますが)

防人さんが眠っている理由は原作で絶唱を使った時はライブから二年経っていますがここの防人さんはライブの事件の日に使用。つまり二年間の鍛錬が無い分身体的にも絶唱に耐えられる身体ではなかったためです。
原作の奏さんのように灰にならなかったのは奏さんと違い天羽々斬との適合率が高いため死ぬには至らなかったけど精神的には多大なダメージを受けた、という状態です。

プロローグ含めまだ二話なのに何故主人公の未来さんがまともに出て来ないのか。何故肝心な原作一話を詳しく話さないのか。その真相は後もう二話ほどお待ち下さい。

次回!393暴れる!


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三話

予告通り393暴れますよ!
戦闘表現を上手くできるか心配ですがそこは生暖かい目で見守ってください_(:3」z)_
戦闘表現含め「こうすれば伝わりやすい」的な言い回し等があれば遠慮なく教えてくだせぇ_(:3」z)_


 太陽が真上から少し傾いた時間。

 小さな子供も働き盛りの若者も仕事に明け暮れる大人もお昼の休憩を終えて動き出しているような時間に、暖かい太陽の光に誘われてふらふらと覚束ない足を動かして近くの公園を散歩していた黒の髪に白いリボンをした少女、小日向未来の目の前に一人の少女が立っていた。

 ピッチリしたインナーの上に大きく弧を描いた肩の突起に沿うように紫の水晶がいくつも繋がった鞭のような物を担ぐ銀の鎧を着た少女がその手に銀色で紫色の水晶が所々に嵌められた長い奇怪な形の棒というより杖に近いシルエットをした物を持ち立っていた。その顔は上半分を銀色の仮面と薄い青色のバイザーにより隠れていた。

 

「お前が小日向未来か?」

「……?」

 

 目の前に現れた変わった格好をした見知らぬ少女を前に小日向未来はその名前が自分の名前なのか、と問うように首を傾げる。そんな未来の姿に初めて会うはずの銀の鎧の少女は何か気味の悪いものを感じ眉を潜めた。

 

「ま、どーでもいい。黙ってついて来い。抵抗なんてめんどーなマネするなよ?」

「……」

 

 ついて来るよう強めの口調で話す銀の鎧の少女。だが未来はそんな姿を見ても不思議そうに反対側に首を傾げるだけでその場から一歩も動こうとしなかった。その姿に銀の鎧を着た少女はイライラを隠せないでいた。

 

「おい聞いてんのか!?ついて来いっつってんだよ!」

「……?」

 

 脅すつもりで更に口調を強める。それでも未来はその場からピクリとも動こうとしない。

 イラついた銀の鎧の少女は肩に担いでいた紫の水晶が連なるそれを握り鞭のように振るう。すると本当に鞭のように動き、そしてその見た目から反するほどの威力で未来の近くにあった木を破壊した。

 大きな音を立てた崩れ落ちる木。普通の人間が見ればそれだけでパニックを起こすだろうその光景を見ても未来はただじーっと倒れた木を見るだけでその場から動かなかった。

 

「……フィーネが言ってた通り頭がおかしいみたいだな。まぁ好都合だ、このまま連れて行けばなんの問題も──」

 

 ない、そう口にする前に銀の鎧の少女は後方に飛ぶ。その直後今立っていた場所の地面に大槍が深く突き刺さった。

 少し離れた場所に着地した銀の鎧の少女は地面に刺さった大槍を一瞥(いちべつ)すると面白くなさそうな顔をして舌打ちをした。

 

「ちっ。何しにきたんだ欠陥品!」

「そんな言い方つれないじゃないのさ」

 

 気の抜けた声の先には木々の間から橙色と黒のインナーに手足と背中に機械的な装甲を纏った天羽奏がゆっくりとした足取りで現れるところだった。その手にはLiNKERが入っていた拳銃型の注射器がありそれを近くの茂みに投げ捨てた。

 奏は銀の鎧の少女から目を離さず地面に刺さった大槍の隣まで歩き引き抜く。

 

「はっ!自分のギアも満足に扱えねぇ欠陥品を欠陥品つって何が悪い!?自分は特別だとでも思ってんのかよ、人気者が!」

「そう言われると言い返せないんだけどさ。でもそんな事はどうでもいい」

 

 苦笑いを浮かべながら奏は引き抜いた大槍を片手で持ち上げると銀の鎧の少女に向かってその矛先を向ける。その目は気の抜けた声とは裏腹に怒りを押し込めた炎がゆらゆらと揺らめいているように見えた。

 

「その鎧、ネフシュタンの鎧を何処で手に入れたか話してもらおうか」

「……へぇ。って事はアンタ、この鎧の出自を知ってんだ?」

「そりゃそうさ。二年前のライブ会場、あたしのせいで奪われたもんを忘れるわけないだろ?それに」

 

 片手で持っていた大槍を両手で掴み、自身の目元の高さまで持ち上げ身体を横にし顔の横まで引き絞り、大槍の先端を銀の鎧、ネフシュタンの少女に向けて構えた。

 

「あたしのせいで守れなかった奴を忘れるわけないだろ!」

 

 目蓋の裏に浮かぶのはいつも隣で共に歌い、競い合い、背中を任せてきた相棒の青い髪の少女の姿。

 自分よりも年下で恥ずかしがり屋で肝心な時に尻込みしてしまうような、まるで妹のような存在。

 そして自分が弱いせいで眠りについてしまった愛しき片翼。

 

(翼が傷ついて眠りについたあの事件の原因。そんで)

 

 チラリと後ろに目を向ければいまだボーッと一触即発の現状を見続け逃げる気配ない小日向未来の姿があった。

 

(翼が残した天羽々斬のシンフォギア)

「……二年も経って今ごろあたしの前に揃うたぁな。でも、だからって簡単に負ける訳にはいかねぇよな!」

「だったら仲良くじゃれ合うかい!?」

 

 ネフシュタンの少女は結晶の繋がった鎧の一部を再び鞭のように振るい奏に向かって薙ぎ払うように放った。

 風を切る音と風圧で地面が僅かに吹き飛ばす水晶の鞭を真上に飛んで回避する。

 

「うらあ!」

 

SAGITTARIUS∞ARROW

 

 上空で持っていた大槍を右腕で持ち引き絞り、ネフシュタンの鎧の少女に向かって投擲する。大槍は投擲された瞬間光り輝くと風を押し除けるように高速で回転しながら一直線に突き進む。

 だがそれをネフシュタンの少女は再び水晶の鞭を構えタイミングよく横に振り抜く事で放たれた槍の軌道を変えてあらぬ方向にはじき返した。

 鞭を引き戻し余裕を持った笑みを下降してくる奏に向ける。あからさまな挑発でありながらも目の前にいる忘れる事の出来ない事件を起こしたかもしれない人物の存在に奏は図らずとも怒りでその挑発に乗ってしまう。

 

「こんのぉ!」

 

 着地後勢いを衰えさせずネフシュタンの少女に向かい新たに大槍を創り出し振るう。だが相手はそれを易々と回避し、水晶の繋がった鞭で難なく受け止める。

 力一杯振るわれた槍を簡単に受け止められた奏は苛々を隠さず徐々に技の切れ味が落ちていき荒くなっていく。

 

「ぐうっ!?」

 

 そしてその荒くなった槍捌きの合間を掻い潜り振るわれた水晶の鞭をギリギリで回避した瞬間、がら空きとなった奏の腹部にネフシュタンの少女の強烈な蹴りが刺さった。

 

(っこれが、完全聖遺物のポテンシャルかよっ!?)

 

 口の中に血の味が広がる感覚と腹部の強烈な痛みに一瞬目の前が真っ暗になる。だが地面をえぐるほどの蹴りを受け後ろに吹き飛ばされながらもすぐ様唇を噛み意識を覚醒させた。

 

「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな。あたしの頂点(てっぺん)は、まだまだこんなもんじゃねぇぞ!!」

 

 ネフシュタンの少女は空に飛び上がりながら今度は水晶の鞭を両方の手で一本ずつ掴み時間差で振るう。その鞭は地面をえぐり木を簡単に破壊する威力を秘めており一撃でももらえばいくらシンフォギアを纏っていようとも今の奏では直撃すれば怪我ではすまないだろう。

 持ち前の運動神経と動体視力で振るわれる二本の水晶の鞭を紙一重で回避する。なんとか反撃しようと隙を探ろうとする奏だがネフシュタンの少女の猛攻から回避以外の手段が取れないでいた。

 

「ははは!ぴょんぴょん飛び回りやがって、遊んで欲しいなら他の公園にでも行ってな!」

「くっ、言わせておけば!」

 

 ネフシュタンの少女の馬鹿にするような笑いに回避するしかない現状に苛々を隠せない奏は普段の彼女なら確実に気付くであろう罠に自ら飛び込んでしまう。

 

「バーカ」

「なっ!?」

 

 奏が回避した先には先ほどネフシュタンの少女が水晶の鞭を振るい破壊した木が壁のように道を塞いでいた。それに気づいた時にはすでに遅い。

 

NIRVANA GEDON

 

 水晶の鞭の最先端の突起から黒い電撃を包み込むように白いエネルギー球を生成し、奏に向かって投げつける。鞭での攻撃より少し移動速度は遅いが空中で自由が利かない奏には致命的だった。

 

「くっ、うわあああぁぁぁ!?」

 

 少しでもダメージを減らそうと腕をクロスさせて防ごうとする。だがそんなちっぽけな希望を嘲笑うかのように両腕の機械的な装甲は弾け飛び、大槍も半壊され背中にあった木を破壊しながら後方に吹っ飛ばされる。今度は受け身も取れず地面に何度も身体を打ちつけて二十メートル程先まで引きづられた。

 

「よえぇなあ!そんな程度な力であたしの前に出てくるんじゃねぇよ。さて」

 

 力なく倒れる奏に興味を失い今まで激しい戦闘を目の前でやっていたというのにいまだボーッと眺める小日向未来に身体を向けた。

 

(……びびったのか?だけどあそこから微動だにしてねぇ……気味が悪いな)

 

 逃げるのでも泣き喚くでもない。ただそこに立ち続ける未来の姿に得体の知れないものを見ているような妙な感覚に襲われる。

 

「……関係ねぇ。あたしはフィーネの言う通りにしておけばいい。それだけで……」

 

 自分に言い聞かせるように頭を左右に振り迷いを消す。そして今度こそはと未来を捕獲する為に歩もうとした時、その足元にボロボロになり原型がほぼ無くなっている槍が突き刺さった。

 

「はぁ……はぁ……まだ、終わってねぇぞ……っ!」

 

 口から血を滴り落ち、纏っていた機械的な装甲はほぼ砕けオレンジと黒のインナーで守られていたその下の肌からも血が流れている。立つのさえやっとのはずの奏はそれでもそのまま倒れ伏すまいと立ち上がっていた。

 

「……はあ。いい加減しろよな。もう勝負ついてる。これ以上は時間の無駄だし弱い者いじめをする趣味は無いんだからよ」

 

 後頭部を掻きながらボロボロになった奏を見やるネフシュタンの少女。自分の勝利は確定しているというのに諦めず立ち上がりまだ戦う意思が失っていないその赤い瞳と姿に苛々を積もらせていた。

 

「……もういい。そんなに遊びたいならお前はこいつらの相手でもしてな」

 

 そう言ってネフシュタンの少女は背中の突起に引っ掛けていた銀色で紫の水晶が嵌められた長い奇怪な形の杖らしき物を取り出す。その杖を僅かに持ち上げると紫の水晶から緑色の光線がいくつも放たれた。

 いったい何をしているか分からない奏は血を失いすぎてふらふらする身体に鞭を打ち警戒する。しかし次の瞬間に起こった事に驚きを隠すことは出来なかった。

 

「ノイズ!?」

 

 光線が地面に着弾した瞬間、そこにはここにいないはずの何体ものカラフルで世界で最も恐ろしい存在、ノイズがいた。

 

「こいつはソロモンの杖ってやつでな。こいつがあればノイズを自由に召喚し使役する事が出来るんだよ」

「ネフシュタンの鎧以外にもそんな物が……!」

 

 自信満々に口を開くネフシュタンの少女の言葉に奏は驚愕した。

 この一ヶ月でノイズが出現する事態が二課の本部周辺で多発していた。もしネフシュタンの少女の言う言葉を信じるならネフシュタンの鎧の消失と最近のノイズ事件は関連しており、何かとても脅威的な事をしている可能性を示唆するものであった。

 

「さあ、良い子は地獄でねんねしてな」

「くっ!」

 

 杖のような物を奏に向けるネフシュタンの少女。それに呼応する様にノイズ達が奏に向かい走り出す。

 目の前に広がる地獄に奏はシンフォギアの最終奥義でもあり、風鳴翼が意識不明となり、下手をすれば適合係数の低い奏では命を失う可能性のある〝絶唱〟を使用するか迷った。その瞬間だった。

 

「「!!??」」

 

 まるで絶対に相対してはいけない地獄の使者である死神が真後ろに立ち、その鋭利な鎌の刃で今にでもその魂を切り裂こうとする感覚が奏とネフシュタンの少女の全身に駆け巡った。

 身体が震え動悸が早くなり息が出来なくなる程の恐怖に今まで燃え上がっていたはずの怒り炎があっさりと小さくなっていくのがはっきり分かる。そして奏にとってこれと似た感覚は()()()()()()

 

 震えて歯がガチガチと音を鳴らし脳が全力で拒否するがそれでもこの場を一瞬で支配した圧倒的な()()を感じる先に目をやる。そこには目を見開きネフシュタンの少女が持つ杖のような物と現れたノイズを交互に見る未来の姿があった。

 

「……二年前……ライブ会場……奪われた鎧……ノイズを操る杖……」

 

 ぶつぶつと呟き二人の会話から出たかワードを自分の頭の中で組み立てていく。その結果導き出された答えに頭の中でプツリと何か切れる感覚を未来は感じた。

 

 顔を下に向けて前髪で目元が見えなくなった小日向未来はゆらりと一歩だけ前に出る。ただそれだけで後ろにいる死神の鎌の刃が身体に食い込むような幻をネフシュタンの少女は視た。

 

「……()()()ノイズを呼んだのはお前か……お前だな?……お前が……」

 

 未来は少しずつ顔を上げる。髪の間から覗かれた瞳のその視線がネフシュタンの少女を捕まえた瞬間、ノイズが生易しく感じるほどの地獄の蓋が開いた。

 

お前があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

 

 叫ぶと同時に未来を中心に竜巻が起きたかのような衝撃波が辺りの木々を薙ぎ払う。そして不思議な事にその衝撃波は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 深い青の光が輝くと未来を包込み、そしてその光を引き裂くようにピッチリとした深い青色のインナーに手足には黒を基調としその黒と混ざるようにした深い青色の機械的な装甲を纏った未来が現れた。

 

「聖詠無しでシンフォギアを展開しただと!?それになんだ、この威圧感、いや殺気は!?」」

 

 本来シンフォギア起動の為に必要なはずの聖詠無しでシンフォギアを展開した事による驚愕と心の奥底から感じる全身が「逃げろ」と警告をするほどの恐怖にネフシュタンの少女の足は無意識に後ろに下がった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 シンフォギアを纏った未来は殺意を込めた理性を失った獣のような雄叫びを上げながら黒い刀を手に持つと目にも止まらない速さで駆け出す。狙う先はネフシュタンの少女の首だ。

 

「なっ!?くそっ!!」

 

 辛うじて未来の軌道を視認したネフシュタンの少女は水晶の鞭を縦に固定し剣のように持つ。

 固定した鞭と未来の技も何も無い力任せの一撃がぶつかり合い、強い衝撃が周りの木々を大きく揺らした。

 普通であれば完全聖遺物のネフシュタンの鎧と天羽々斬の破片から作られたギアの性能差では装者の実力を加味しても埋められない圧倒的な差がある。はずだった。

 

「ネフシュタンがパワー負けしてるだと!?」

 

 駆け出した時の速度のまま減速せず、鍔迫り合いをしたまま踏ん張るネフシュタンの少女ごと地面をえぐり木々を薙ぎ倒しながら未来は突き進む。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「ッ!耳元で叫ぶなぁ!」

 

 森林を抜け開けた広場まで出てくるとネフシュタンの少女は身体を捻らせて無理矢理刀の軌道を変える。力を加えていた部分が変わり僅かに刀の軌道線上がずれたのを見計らって固定化した鞭を再び鞭状にして未来の脇腹目掛けて振り抜いた。

 未来の脇腹にはシンフォギアの装甲しか遮る物はなく、防御もせずに振り抜かれた鞭が直撃し二人の距離は強制的に離れる。

 完全聖遺物の一撃。普通であれば昏倒するほどの一撃を未来は何事も無かったかのように空中で体勢を整えて地面に身体をかがめながら着地した。

 

「んだよ……なんだよなんなんだよ!こっちは完全聖遺物なんだぞ!?シンフォギア程度じゃ比較にならねぇくらい差があるんだぞ!?なのに……なのに!」

 

 ネフシュタンの少女も鎧の性能を完全に理解している訳ではない。だがその鎧を初めて纏った時、内から溢れるほど力に鎧の異常性を感じたのも事実。そしてそれを知った上で聖遺物の欠片から造られた並みのシンフォギアでは太刀打ち出来るはずが無いとも思っていた。

 だが現実は違った。今少女の前には欠片から造られたはずのシンフォギアで完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を完璧に圧倒する存在が自分に殺意を向けて放ちながらそこにいた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「なんなんだよお前はあああぁぁぁ!!!」

 

 未来とネフシュタンの少女は同時に大地を蹴り、互いに持った得物を力一杯にぶつけ合う。

 刀と鞭がぶつかり合うたびに激しい衝撃波が生まれ地面をえぐり、離れた場所にある木々を大きく揺らす。

 幾度ものぶつかり合いに自身の守りを捨てている未来は身体のあちこちにかすり傷やそれでは済まないほどの怪我を負う。だがそれでも止まらない。抜けた血の分更に力強く、そして動きが早くなっていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!」

「いちいちうるせぇんだよ!」

 

 右手に持って振り下ろされた刀をネフシュタンの少女は左手で掴んでいた水晶の鞭を下から上へ振るい弾く。刀をカチ上げられガラ空きになった未来の腹部にネフシュタンの鎧の全力の右ストレートを放つ。パワーで圧倒されている今近距離戦は不利と推測し距離を取るための一撃だ。

 これで距離が稼げるだろう。そう思ったがまたしてもその予想は外れた。

 

 僅かに吹き飛ばされるも未来はすぐさまはじき飛ばされた刀を持つ右腕を無理矢理動かして自分の背後の地面に刀を突き刺す。そして突き刺した刀の峰に壁に張り付くように両足を揃えると壁蹴りの要領でネフシュタンの少女に向かって全力の跳躍と共に地面に刺した刀を引き抜き身体を捻らせて遠心力も加えた刀を再び振り下ろした。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!

「なんつー身体能力してんだよ!?」

 

 ただ力だけで刀を振るっていた時よりも遠心力と全力の跳躍から生まれた速度の乗った一撃が距離を開ける事に成功したと油断していたネフシュタンの少女に襲いかかる。

 

「ッがあああぁぁぁ!?」

 

 左手に持っていた水晶の鞭で刀を受け止めようとしたが未来の重い一撃一撃にネフシュタンの鎧の能力である再生能力が追いついておらず、辛うじて身体を両断される事は防げたが受け止められず鎧に大きなヒビを走らせて大きく吹き飛ばされた。

 地面に身体を打ち付けながら数メートル離れた所で止まる。受け身を取りながらだったため思いの外ダメージは少ないが、それだけで済んだのはネフシュタンの力と少女自身の才能によるものだった。

 

 ネフシュタンの少女は少々ふらつきながら立ち上がろうとすると脇腹辺りに妙な痛みが走った。

 

(ちっ、思ったより浸食がはえぇっ!)

 

 もぞもぞと一部砕けた鎧が少女の身体に張り付くようにして自己修復していく。その際の激痛に思わず顔をしかめてしまった。

 

「くそっ!さっさと終わらせるぞ獣女!」

 

NIRVANA GEDON

 

 理性のない獣のように暴れ狂う未来にそう言い放ち、奏に向けて放った黒い電撃を包み込むように白いエネルギー球を放つ。だがそれで終わりではない。

 

「持ってけダブルだ!」

 

 一発目のエネルギー球を追うように二発目のエネルギー球を未来に向かって投げつけた。

 一発で致命傷、直撃すれば死んでもおかしくないネフシュタンの技。それを二発立て続けに放つのだ。戦闘中の未来を見ていたネフシュタンの少女は未来が回避せずに我武者羅に突撃することから此の技も回避しないだろうと踏んだ攻撃だ。

 

 この時すでにネフシュタンの少女は主人である〝フィーネ〟と名乗る者が小日向未来を生きて連れてくるように命令していたのだが少女は未来から発せられる殺意に自分が〝生きて帰る〟事しか考えられない程追い詰められていた。

 

 自分の使命すら忘れて未来を殺す気の技。殺せなくとも致命傷、あるいは手傷を合わせる事が出来れば自分が逃走する時間を稼げると思っていた。

 しかし、その期待は三度外れる事となる。

 

 未来はネフシュタンの少女が放った技を見て、右足を大きく後ろに下げ両手に持った黒い刀を肩に担ぐ格好をとる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

蒼ノ断頭

 

 全力で黒い刀を地面を()()勢いで振り下ろす。そして生まれた衝撃波は一週間前に奏に放った時と大きさも速さも本当に同じ技なのか疑問に思うほど何もかもが違っていた。

 

 地面をえぐりながら進む衝撃波により一つ目のエネルギー球は両断され爆散。二つ目は一つ目のエネルギー球により威力が減衰した衝撃波とぶつかると一つ目とは比較にならない大きな爆発を起こした。

 

「ちいっ!これでもダメなのかよ!っ!?」

 

 爆発による砂煙が舞う中、その砂煙から未来は傷だらけになりながらもネフシュタンの少女に向かって駆け抜けていた。

 

 予想外の連続とまともに自分に向けた怒りと怨嗟と殺意の瞳を見てしまい、恐怖から一瞬身体が硬直してしまった。その隙を見逃す程今の未来は甘くはない。

 

天ノ堕トシ

 

 ネフシュタンの少女から三メートル程離れた場所で一瞬止まり、未来を中心に全方位に向かって無数の黒々とした刀が周囲の被害を全く考えてない、殺意がこもって飛散する。

 

「っなめるなぁ!」

 

 至近距離で突然放たれ無数の刀をネフシュタンの少女は再生した結晶が連なった鞭を片手ずつ短く持ち自分に当たる刀だけ狙って弾く。だが距離が近すぎる上にまばたきをすればその瞬間視界に広がる無数の飛来する刀に少しずつ防ぎ切れなくなっていく。

 徐々にネフシュタンの鎧の回復速度を上回る速度で鎧が傷つき、それを追うように損傷を修復しようとする際の激痛で少女の負担もどんどん増えていきはじき返せなくなる。

 

「まだだ、まだあたしは、あたしはあああぁぁぁ!!!」

 

 それでもネフシュタンの少女は鞭を振るい続ける。ここで諦めたら荒れ狂う刀の嵐に飲み込まれ確実な()が待っている。

 

 まだ少女の夢は叶えられていない。今こうやって自身が傷ついてでも叶えたい願いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を少女なりのやり方で叶えようとしている願いがまだ叶えられていない。

 故にここで死ぬまいと今持てる力全て使って目の前の刀の嵐を耐える。

 

 不意に殺意を撒き散らしていた刀の嵐がピタリと止む。目の前に広がっていた筈の圧倒的な殺意が急に消え去り未来の放った技がやっと終わったかと思い、嵐を抜けた事で一瞬気が抜けたがすぐさま焦りを顔に出した。

 

「どこに行きやがった!?」

 

 目の前まで接近していたはずの未来の姿が視界から消えていた。

 急いで周囲を見渡すが辺りには先程未来が放った技によって巻き散らされた刀が所狭しと地面に刺さっている以外人が隠れる事ができる場所はない。となれば必然的に隠れられる場所は一つ。

 それに気づいた瞬間、頭上から身体を押しつぶすような強い威圧(プレッシャー)が押し寄せてきた。

 

「上か!?」

 

 確信を持って自分の頭上を見る。そこには予想した通り未来が飛び上がっていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

空ノ崩落

 

 黒々した刀を両手に持ち天を貫く勢いで高く振り上げた瞬間、刀の刃が巨大化する。その長さ未来自身の身長を超え最終的にはおよそ六メートル程の巨大な刀になった。

 未来は巨大化した刀をネフシュタンの鎧の少女に向けて全力の力を持って振り下ろす。その瞬間、刀の峰と纏っているシンフォギアの手足の装甲が僅かに開き、そこから未来の殺意がにじみ出るような禍々しい黒い炎のブースターが点火され加速した。

 

 重力と巨大化した刀の重量と黒い炎のブースターによる加速、それに加えて全力で振り下ろされた勢いによりまさに破壊出来ない物はないと体現するような全てを破壊する一撃が襲いかかる。

 

「っ!こんな所でえええぇぇぇ!!!」

 

 それをネフシュタンの少女は持っていた結晶が連なった鞭を横に構えて振り下ろされた巨大化な刀を受け止めた瞬間地面が大きく陥没した。

 

 巨大な刀と鞭がぶつかった瞬間、この戦いが始まって何回目だろうか、大きな衝撃波が発生し今度は近くの木々を根本から吹き飛ばした。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 だが無敵のはずの完全聖遺物のネフシュタンの鎧は想定を遥かに超える激戦と蓄積されたダメージにより少女が引き出せられる最大までの能力を発動しても目の前で振り下ろされた天羽々斬に押し負けていた。 

 

 衝撃によりネフシュタンの鎧に大きなヒビが入る。それを皮切りに少しずつヒビが広がっていき少女の顔を隠していた薄い青色のバイザーの半分が砕け散りアメジストのような瞳があらわになった。

 

「こんな……こんな……!」

 

 少女がどれだけ踏ん張ろうとネフシュタンの鎧のヒビは広がり巨大化した刀を受け止めている水晶が連なった鞭までも同じくヒビが入り始めた。

 逃れられない死神の鎌が自分の心臓目掛けて振り下ろされるを幻視しその瞳から恐怖の涙が流れた。その瞬間だった。

 

LAST∞METEOR

「っ!?」

 

 突如発生した横向きの竜巻が()()()()()()襲いかかった。

 

 さすがに直撃を嫌ったのか未来は巨大化した刀を足場にして空中に跳躍する事によって回避し、未来が離したことにより巨大化した刀は竜巻に押されて遠くに吹き飛ばされた。

 

「はぁ……はぁ……そいつにはまだ聞きたい事がある!だから殺すな!」

 

 そこには左腕をだらりと力無く振り下ろし右腕だけで持ったボロボロの大槍を構えた奏が血を流しながら立っていた。今の竜巻は奏の仕業であったのだ。

 

 跳躍した未来は着地後、首が折れそうな勢いで奏の方に目をやる。この場には自分と憎き敵であるネフシュタンの少女と奏しかいない事に気づくと消去法で今の竜巻は奏が作り出したものだと理解すると新たな刀を作り出した。

 

「邪魔をするなあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!」

 

 怒りで顔を歪めた未来が今度は奏に向かって襲いかかる。未来自身も戦闘で多少ダメージを受けているはずだというのにその勢いは減っておらず、むしろ増していた。

 

「ぐあっ!?」

 

 奏は身を守ろうとボロボロの槍で刀を防ごうとするが未来の振り下ろした刀が地面に当たると同時に発生した衝撃に吹き飛ばされた。

 LiNKERは既に切れている。更にネフシュタンの少女から受けたダメージから身を守るはずのシンフォギアも大槍と同様にボロボロ。普段の服装とあまり変わらない程度の防御力しか残っていなかった。

 それでも死なずに済んだのは限界の来ていた身体が偶然横にずれた為に奏を頭から真っ二つにするつもりで放たれた斬撃が当たらずに地面に当たったためだった。

 

「く、そ……」

 

 まともに目も見えなくなってくる程の消耗に耐え身体を起き上がらせる。そしてそこで見たのは一周間前と同じ、右足を大きく後ろに下げて両手に持った黒々とした刀を肩に担ぐ未来の姿だった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

蒼ノ断頭

 

 全力で振り下ろされる刀が地面にぶつかった瞬間、地面をえぐるような衝撃波が奏に向かって放たれる。

 砂煙を巻き起こしながら衝撃波は真っ直ぐに倒れる奏に向かって突き進み、奏を飲み込んだ。




393をアホみたいに強くしすぎました。だが反省はしない。

現在の393は暴走状態の破壊衝動をノイズに対する怒りと殺意で無理矢理全てノイズに向かうよう無意識に操作しているような状態です。GXのイグナイトによる暴走状態の制御に近いですが一つの感情に左右されるため今の未来さんではイグナイトのような制御は到底無理です。そして通常状態よりは遥かに強いがイグナイトの暴走を制御した状態よりも弱い、的なのが未来さんの現状態です。完全に暴走を制御したら抜剣状態より強いでしょうが完全制御する暴走は暴走なのか……
 ……あれ、393イグナイトモジュール使う意味が薄い……?

あと作者に腹パン属性も地面に叩きつける属性も女の子が吹っ飛ぶ事に興奮する事も無い……無いですからね!?

そして393……あなたプロローグ含めここまでの台詞の九割くらい「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」としか叫んで、うわやめてその刀をしまってry

じ、次回!OTONAとバトル!


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四話

しつこいくらい似たような言い回しが多いのは作者のボキャブラリー不足のためです。許してくだせぇ_(:3」z)_

作品名の検索で類似した名前の作品と混ざるという意見をもらったのでサブタイトル付けてみました。この作品の内容とシンフォギアと393を知っている方々であれば覚えやすいかな、と。

既にあったプロローグが読み返したら普通に一話だよね?と思い話数の表記変更と新しくプロローグを作りました!
あらすじをカッコよく(作者的に)書き直した程度なので正直ここまで読んでくれた人にはわざわざ戻って確認するものではありません。むしろ「いらねぇよ!」という声が来そうで少々怯えている作者です_(:3」z)_


 未来の放った地面をえぐる衝撃波はモーゼの奇跡の如く地面を両断して大きな割れ目ができていた。

 周辺にあった草花も飛び散り、ここが沢山の木々があった公園とは思えないほど荒れ果てている。

 奏がさっきまでいた場所は大きな大地の切れ目があり、まともに衝撃波をくらっていたとしたら跡形もなく消し飛んでいるだろう。それは誰が見ても同じ事を述べると確信するほどの暴虐の波の痕が大地に刻まれていた。

 

 だが一人、未来本人だけは違った。

 

 地面に刀を叩きつけた格好のまま顔だけ僅かにずらす。視界に入ったのは大地の裂け目から遠く離れた場所で赤い髪で赤いシャツの胸ポケットにネクタイの先を入れた筋骨隆々の男がボロボロになった奏を抱き抱えている姿だった。

 

「ダン、ナ……」

「喋るな。君は十分頑張った。後は」

 

 奏を近くの木にもたれかかせるように降ろすと筋骨隆々の男、風鳴翼の叔父であり、奏の所属するニ課の司令であり、そして諸外国からは「常軌を逸した戦闘能力」「生きとし生けるものの中で最強の男」「日本が核を保有しない理由」等の物騒な事を言われている超人、風鳴弦十郎は立ち上がり未だ殺意を振りまく未来に向かってその鍛え抜かれた身体を向けると腰を落とし戦闘態勢を取った。

 

「大人の……いや、俺の仕事だ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 戦闘態勢に入った事を認識した未来は生身の身体である弦十郎に向かって駆け出しその手に持つ黒い刀を弦十郎を本気で両断するつもりで全力で振り下ろす、が。

 

「ふんっ!」

「っ!?」

 

 振り下ろされた刀を弦十郎は左腕で刀の刃の側面を()()()()()無理矢理斬撃の軌道を変えた。

 軌道を変えられた刀はそのまま弦十郎のいる場所の右側の地面を大きく陥没させる。だが未来は弦十郎の予想外の防ぎ方により今日初めて驚愕した。

 

「はぁ!」

 

 隙が出来た未来に弦十郎は空いている右手で拳を握りかなりの勢いを持って突き出す。彼女の腹部に当たる寸前で止められた拳だったがそこから生まれた拳圧により未来は大きく吹き飛ばされるものの身体を捻り体勢を整えて地面に着地した。

 

「やっぱ……ダンナはすげぇや」

 

 奏はぼんやりとする意識の中で観た一瞬の攻防に改めて弦十郎の規格外の強さに驚きを隠せ無かったがそれ以上に感心する気持ちの方が大きい。多少は近づけたつもりでいたがまだまだ壁は高そうだと苦笑いを浮かべた。

 

 しかし、見た目に反して弦十郎は焦っていた。

 

(……今の斬撃、拳圧で押し返そうとしたら俺の腕が無かったかもな)

 

 未来の振り下ろした斬撃を拳圧で対抗しようと思っていた弦十郎だったが直前で左腕で刀の側面を殴る方法に変えていた。

 理由は単純、自身の放つ拳の拳圧が未来の殺意の乗った斬撃に負けて肩から先が切り落とされる光景が一瞬目に浮かんだからだった。

 

(俺が負ける光景が浮かぶ相手なんて親父以来だ。しかもこんな幼い少女に、だ)

 

 そしてそれ以上に悔しいという気持ちが弦十郎の中で強くなっていく。目の前でまだ年若い少女が持つにしては明らかに異常な程の怒りと殺意を持たせる事になった原因から守れなかった事に対して弦十郎は唇を噛んだ。

 

「君に何があってそこまでの感情を持ったか俺には分からない。だがその感情に振り回されるのは間違っている!このままでは君の家族や()()が巻き込まれるぞ!」

 

 その言葉に未来は初めて人間らしく眉をぴくりと動かせた。

 

 弦十郎自身は今の言葉で説得するつもりはなかった。自分の言っている事がただ綺麗事を並べた薄っぺらい言葉だと分かっていたから。

 だがそこに込められた気持ちは本物であり、心の底から未来の両親や友人が暴れる彼女の刀に襲われる可能性を心配しての事だった。

 

 だが弦十郎は知らなかった。今の未来には一番言ってはいけないキーワードを口にしてしまった事に。

 

「…………ない」

「なに?」

 

 前髪で目元が隠れた未来の呟きが弦十郎の耳に入る。何を言ったか聞き取れなかったが初めて会話が通じた事により和解のチャンスは有ると少しだけ喜びの感情が現れた。

 

 その直後、ネフシュタンの少女に向けていたのと同等の怒りと殺意が爆発した。

 

「私には!もう、守りたかった()()はいないんだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「ぬうっ!?」

 

 叫びと共に未来を中心に激しい衝撃波が生まれ弦十郎は咄嗟に腹に力を入れて吹き飛ばされないようにした。

 突然未来の雰囲気が変わる。それが何か理解する前に弦十郎に向かって未来は再び駆け出した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

刹羅ノ嵐刀

 

 弦十郎に向かって刀を振り下ろす。だがさっきまでの力任せの一撃よりも何処かゆっくりとしていた。それに訝しみながらも弦十郎は再び振り下ろされた刀の側面を殴ろうとした。

 

 その瞬間、何故か刀を殴ろうとした弦十郎の左腕が浅く斬られた。

 

「なっ!?くっ!」

 

 理解するよりも早く今いる場所から離れるために後ろに飛び十メートルほど離れた位置に着地した。生身の人間が何故十メートルも飛べるのだろうか……

 

(今のはなんだ。今俺は確実に見切って刀を殴ろうとしたはず。なのに何故逆に斬られて……)

 

 振り下ろされた未来の刀を見る。なんの変哲も無い黒い刀がただ地面に刺さっているだけで特に何の変わりようも無かった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

刹羅ノ嵐刀

 

 離れた弦十郎を追いかけて再び未来は刀を振る。今度は刀の軌道を変えるような事はせずに回避に専念した。

 先程と同じく弦十郎にしたら対応するのは容易い程度の速度の刀だったが用心しながら注視していた弦十郎はそれに気づいた。

 

「成る程、かまいたちか!」

 

 見た目は何も変化していない。だが弦十郎は未来の持つ刀の刃に纏わり付くように風が不規則に動いている不可思議な光景を看破した。

 

「不可視の風の刃、か。視えている刀身とあからさまに速度の落ちた斬撃はそれのカモフラージュだな。もう少しで手首から先がバラバラになっていたよ」

 

 額に汗を流しながら無事だった左の手を何度か開いたりして動く事を確認する。痛みはあるが握れないほどではなかった。

 間一髪で避けたため左腕はかすり傷程度の傷では済んだがもし刀が纏う風の刃に気づかずに未来の振るった刀を殴っていたら風の刃によって弦十郎の左腕の手首から先が文字通り治療不可なくらいバラバラになっていただろう。

 相手が普通の人間なら僅かな表情の変化で弦十郎は刀を殴る事自体しなかっただろう。風の刃を見抜くかはさておき距離を取っていたに違いない。だが、弦十郎はそれをせずに刀を殴って軌道を逸らす方法を取ろうとした。それは何故か。

 

(読めん。ただ俺を殺そうとしている事以外、全く読めん)

 

 未来の表情から読める事が全て、現在の標的である弦十郎を殺す事でしかないためであった。

 奇策も罠も、駆け引きも何も考えていない。ただただ本能と反射的に刀を振るって目標を殺そうという気配しか未来から感じられなかったのだ。

 

「何が君をそこまで突き動かす、何が君をそこまで堕としたんだっ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 三度未来は弦十郎に向かって駆け出す。今度はただの力任せの一撃と、風の刃を纏った一撃を織り交ぜながらの乱撃だった。

 ただの力任せの斬撃であれば刀を殴る事で回避できる。だが風の刃を纏った斬撃は素手な上に生身の弦十郎には対処が出来ず、それに加えて風の刃は自由に範囲を調整出来るのか安定していない為中々距離を測れないでいた。

 

 少しずつ、少しずつ人類最強の漢と言われた弦十郎の身体に筋肉の鎧のおかげで致命傷にはならないが、小さな傷が増えていく。

 

 それでも止まらない。むしろ長く戦闘を続ければ続けるほど未来の斬撃は自身の身体の限界を無視して速く鋭く力強くなっていく。あまり時間をかければ弦十郎自身の命も()()()()()()も危ないであろう。それに感づかない弦十郎ではない。

 

「くっ、少々痛いだろうが許してくれよっ!」

 

 距離を取らずにひたすら当たればシンフォギアを纏っていたとしても致命傷になるであろう斬撃を繰り返し放ち攻め続ける未来に謝罪をして弦十郎は大きく息吸った。

 

 未来が振るった斬撃を僅かに髪を切られながらも回避し、その隙を狙って右腕の拳を未来の胸の中心に添えるように当てた。

 

「はぁ!!!」

「っ!?」

 

 弦十郎の気合の入った短い叫びと共に足元の地面が隆起する。そして身体の中の運動エネルギーが肩、肘、手を伝わり未来の胸の中心に添えられた拳から未来の身体を貫くほどの衝撃が未来を襲う。

 

「ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 だが直感なのか偶然なのか、その衝撃が完全に未来の身体を貫く前に右足を地面に叩きつける事で身体を貫くはずの衝撃を足を伝わらせて地面に逃す。その証拠に未来が叩きつけた右足の後ろ辺りの地面が地雷でも爆発したかのように大きく斜めに隆起した。

 

「な、にっ」

 

 怪我は免れないだろうがそれでも気絶、悪くても戦闘続行不可能程度のダメージを与えるよう調整したはずの発勁を、思いも寄らぬやり方で回避された為一瞬惚けてしまった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 お返しとばかりに刀を持った右腕を大きく振りかぶる。それを見て弦十郎は急ぎ後退しようとした時、右足に違和感を感じた。

 目を向ければ未来の左足が弦十郎の右足を踏みつけていた。

 大人であってもシンフォギアを纏った人間の力であれば本来は足を砕くであろう。だが弦十郎にしてみれば決してダメージは無しでは無いだろうがそこまでの痛手ではなかった。

 

「この程度で俺を止められると──」

 

 逃げられないように踏みつけていると瞬時に理解した弦十郎はすぐに右足を引き抜こうと力を入れた。その瞬間だった。

 

 未来は空いていた左手に新たな刀を創り出すと、その刀を自分の足ごと弦十郎の右足を貫き地面に突き刺した。

 

 未来の普通ではあり得ない行動と痛みによって一瞬顔をしかめる。だがそれ以上に未来に目を離したのが最大の失敗だった。

 

 顔を戻せば未来の右腕は既に動き出している。やっと見つけた()を前に邪魔して来た弦十郎に向けて、怒りと殺意が混ざった視線が弦十郎を貫く。あまりの殺気により一瞬目の前の少女が悪魔に見え、超人と言われた弦十郎は身体を強張らせてしまった。

 

 未来はノイズでは無い、生身の人間である弦十郎の首を狙って慈悲も何もない黒々とした刀を振り下ろす。

 普段の弦十郎であれば右足を地面に縫い付けられた状態であろうとも風の刃を纏っていない未来の斬撃であれば防ぐ事は可能であったのだが一番警戒していたはずの未来の殺意のこもった瞳を直視してしまったのだ。

 

(くそったれ!)

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 自身の失態に叱責にするも身体は言うことを聞かず動かない。

 未来の叫びが弦十郎の耳に貫き瞳と同じく怒りと殺意のこもったその叫びに気圧される。だが弦十郎はその中にとても強い違和感を感じた。それが何か気になったが考える暇なく容赦なく首を切り落とす刀が接近する。

 

「っ!?」

 

 あと数センチで刀が弦十郎の首に接触し両断する。その直前、格好のチャンスのはずだというのに未来は刀を止めた。いや、止めたのでは無い。身体が動かなくなったのだ。

 

「間一髪、でしたね」

 

 どれだけ力を入れようと動かない身体にやきもきしていると背後から男の声がする。無理矢理顔を動かし後ろを確認すると黒いスーツを着た茶色の髪の男、緒川慎次が立っていた。そして未来の足元から伸びた影には慎次が投げたナイフが刺さっている。

 

「司令、今です!」

「おう!」

 

 弦十郎の頷きに未来は嫌な予感を感じ、身体を動かそうとするが、それに反して身体はぴくりとも動かない。

 それでも、彼女は諦めない。身体が引きちぎれようと目の前にいる()を排除しようと身体の中で聴こえてはいけないような音を聴きながら動かない右腕を動かそうとする。それにシンフォギアが答えるように身体に纏っている装甲の青の部分を侵食するように黒の部分が広がる。そして徐々に動かせなかった身体が動き始めた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「まさか、影縫いでも動きを止められない!?」

 

 そしてついに縛られていた縄が千切れたかのように動かなかった身体から自由が戻ってくる。そして動かそうとして腕に溜められていた力がそのまま弦十郎の首を切り落とそうと物凄い速度で振り抜かれる、が。

 

「かはっ!?」

 

 慎次の作った隙によって既に刀の軌道からずれていた弦十郎は未来の放った斬撃を余裕を持って躱す。そしてガラ空きになった未来の腹部に少し強めの拳を沈めさせた。

 反応外の腹部の強烈な痛みに、未来はそのまま力無く弦十郎の腕にもたれかかる。その直後、未来が纏っていたシンフォギアが強制的に解除され元の病人服に戻る。それに伴い未来と弦十郎の足を貫いていた刀も消失した。

 

「何とかなりましたね」

「ああ。助かったぞ緒川。お前のフォローが無ければ俺の首は無かっただろうな」

 

 慎次にお礼を言いながら傷付いた左腕で自分の首筋を撫でる。そうしなければ本当に自分の首筋が繋がっているのか不安になったからだ。

 

(……逃げたか)

 

 弦十郎は未来を気遣いながら周りを見回す。弦十郎と未来の戦闘に紛れてネフシュタンの少女は姿を消したあとだった。

 悔しがりながらも、今は傷付いた奏と気絶する未来の治療が先と思い頭を左右に振った。

 

「緒川。奏君は重傷だ。彼女を先に病院へ連れて行ってくれるか」

「分かりました。……無理をしないようにお願いしたばかりだったのですがね」

「……まぁ、今回は許してやれ」

「いえ、少し強めに言わないとやはり彼女は分かってくれないようですので厳し目にいきます」

「そ、そうか」

 

 そう言って慎次は音も無く弦十郎の前から姿を消した奏の戻へ向かう。良い笑顔で話していた慎次の言葉に苦笑いを浮かべていた弦十郎は、ボロボロになった奏が慎次の説教で精神的に追撃されないか心配であったが、まだ完治していない身体で戦闘した罰として仕方ないと無理矢理納得した。

 

「それにしても、あの言葉は……」

 

 気絶している未来を見る弦十郎。その脳裏には未来の放った言葉が何度も反芻していた。

 

『私には!もう、守りたかった()()はいないんだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』

 

 あれから元から荒々しかった未来の戦い方が更に荒くなり、殺意よりも何かに向けた怒りを弦十郎にぶつけるかのように刀を振るっていた。

 そしてネフシュタンの少女との戦闘やモニター越しから聞いた怒りと殺意のこもった叫びの中に、今回はそれらとはまた違う違和感を弦十郎は感じ取っていた。

 

「……君は何故、あんなにも()()()いたんだ」

 

 怒りと殺意の叫びの中に込められた僅かな『悲しみ』それは誰に対し、そして何に対しての悲しみか理解する事はできなかった。

 それでも今の未来を構成する何かなのだろうと予想は出来る。保護してからずっと同じ病院のベッドにいる彼女を見てきた弦十郎は確信を持っていた。

 

 弦十郎は未来を抱え上げると病院の方に向かって歩き出す。本来、未来は()()()()()()()()()()()()()()()()。それに加えていくらシンフォギアを纏っていようとも、自身の身体が傷付くのだ。うら若き少女に傷が残るのを弦十郎は良しとしなかった。

 

「ひび……き……」

 

 弦十郎の腕にもたれかかっている未来が一筋の涙を流して力無く口から漏れるように何かを囁く声が弦十郎の耳にはいる。それが人の名前なのかそれとも何か物の名前なのか、今の弦十郎は知る由もなかった。




未来さんの過去話まで二話ほど待ってくれた言ったな?あれは嘘だ。

予想より未来さんの暴れっぷりと作者のインスピレーションが止まらず、妄想が抑えられないのですよ( 'ω')

でもそろそろビッキーさん出さないと未来さんがただのバーサーカー認定されちゃう(手遅れ)。早くビッキーを出さないと、ね(ニッコリ)

OTONAとの戦闘に関してはOTONAが本気で393潰す気で行けば予想通り圧倒するくらいの戦闘能力の差はあります。ですがなんだかんだで優しいOTONAは393をボコボコになんて出来ませんので手加減してる分隙だらけです。そこをバーサーカー393はついていた感じですかね。
……ノイズ関連以外の事件でなんでこの人前線に出ないんですかね?
それと発勁ってこれであっているのだろうか。

最後に……393、あなたもう少し自然を大切にしましょうよ……いくら半暴走状態でもちょっと自然破壊し過ぎですよ。おや、どうしたんですか、何故右足を大きく後ろに引いて刀を担ぐみたいな格好なんかして……あ。

次回!サクリストD輸送作戦! 〜えっ、これ無印で出すの?〜の巻!


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五話

原作でいう六話です。

まぁお察しの通り大まかには同じでも原作とは違います。なんせビッキーがいませんからね!

そろそろ過去編書けや!と思う方々。この輸送作戦の終わった後に過去編入りますのでもう少しお待ちを。

そして毎回誤字報告ありがとうございますm(_ _)m


 誰も寄らぬ何処かの湖の辺に大きな古城が建っていた。

 周りは生茂る森に囲まれており、古城がある場所を知らない者からすれば地上からは見つけるのは困難であろう人気のない場所。

 その古城の中で一糸纏わぬ姿で髪と同じ金色の瞳をした豊満な身体の女が一人静かに椅子に座っていた。

 

「……フィーネ」

「……なぁに、クリス」

 

 フィーネと呼ばれた金髪の女に話しかけるのは女と共に古城で暮らす銀の髪にアメジストのような輝きを持つ背丈は劣るが女と同じくらい豊満な身体をしたクリスと言う名の少女だった。

 クリスは恐る恐る椅子に座るフィーネに近づく。それを見てフィーネは優しく()()()笑みを浮かべた。

 

「本当に、やるのか?」

「ええ、そうよ」

「でもそれじゃ街に被害がっ!」

「そうね。でも上手くいけば貴女の望む世界平和への道の第一歩となるわ。それに今被害が少なく済んで後から取り返しのつかない事になるのと、今被害を多くして後は零にするのと、どちらが賢い選択かしら?」

「それは……」

 

 被害が出る選択肢しかない時点でクリスの望む世界平和が訪れるのか疑問ではあるのだがそれにクリスは何も言い返せない。

 自分の両手の手の平を見る。綺麗な女性らしい手なのだがクリス自身にはその手が血で真っ赤になっているように見えた。

 泣きそうな顔になるクリスをフィーネは優しくその胸に引き寄せる。

 

「……大丈夫よ。貴女が成功させればこれ以上被害が出る事はないわ。貴女も私も、もう誰一人その手を汚す事が無くなる。だから今は頑張りなさい」

「……信じていいんだよな?」

「そうよ。私を、()()()()信じなさい」

「……分かった」

 

 そう言ってまだ不安が残るクリスだったがフィーネから離れて次の作戦の準備をする為踵を返した。

 とぼとぼと歩くクリスが部屋から出たのを確認すると造っていた笑みを外しため息を吐いた。

 

「もうあの娘は無理だな。一度の戦闘であそこまで使えなくなるとは……期待外れだ」

 

 自分を信頼してその手を汚して来た優秀な()であるはずのクリスが使い物にならなくなった事に少々イラつきを覚える。

 常軌を逸した戦闘能力を持つ天羽々斬のシンフォギア装者である小日向未来だとしても完全聖遺物であるネフシュタンであれば能力を十全に使えずとも多少苦戦を強いられようが簡単に捕らえる事が出来ると思っていたフィーネだったが、結果は惨敗。むしろネフシュタンが破壊される寸前まで追い込まれたのだ。

 

(まぁ、油断していたとはいえあの化物を相手にあそこまで戦い、そしてあと少しで葬るところまで行ったのだ。ネフシュタンを完全に使えないクリス程度ではあれに勝つ事は不可能だったか)

 

 フィーネの予想を大きく上回るほどの戦闘能力。更に予想外だったのが彼女自身本当に人間か疑う世界最強の漢、風鳴弦十郎を追い込んだ事であった。

 フィーネは自分の計画の最大の妨げになるのは弦十郎だと思っていたがそれとは別の脅威に頭が痛くなった。

 

「唯一の〝融合症例〟の娘がもしかすると最大の妨げになるかもしれぬとは……解剖して自分の物にしたかったがそう易々といかない、か」

 

 小日向未来を〝融合症例〟と呼び、()としか見ていなかったフィーネは自分の失態に眉を潜めた。

 

()()あの娘ならば容易に殺せる。だが今殺せば風鳴弦十郎に我の正体がバレる可能性がある。最後のピースさえ手に入れれば壊れた小娘なぞ不要。ならば無理に我が動く事もない、か」

 

 大幅な作戦の修正を考えながらフィーネは時計を見ると立ち上がりクローゼットの中にある服を取り出す。そろそろ行かねば怪しまれる時間であった。

 面倒がりながら服を着終わり、最後に白い白衣を上から着る。そして指をパチンッと鳴らすとその金色の髪と瞳の色が変わり茶色い髪と紫色の瞳に変わる。その瞬間を見ていなければ同一人物とは思えないだろう。

 

「奴等も動き出す時間だろう。アリバイを作る為に────さぁ〜て!お仕事お仕事♪」

 

 一瞬で別人格にでもなったかのように先程までの怪しい雰囲気から陽気にステップを踏みながらフィーネは意気揚々と古城を後にした。

 

 ──────────────────────

 

 二年前に消えたネフシュタンの鎧が現れた事。

 ネフシュタンの鎧を着た少女とまだ傷が癒えていない二課唯一のシンフォギア装者である天羽奏が戦闘し、奏が大怪我した事。

 そして完成聖遺物として並みのシンフォギアでは敵う相手ではないはずのネフシュタンの鎧を欠片である天羽々斬のシンフォギアが同格以上の戦闘をし、ネフシュタンは大破したものの取り逃した事。

 そして暴走した小日向未来が人類最強と言われた漢に手傷を与えた上にその命を後一歩、というところまで追い込んだ事。

 

 一般人であれば想像出来ず、これらの出て来た単語が何かを理解している者が聞けば恐怖を覚えるような悪夢の一日が過ぎ、早くも一週間。

 天羽奏が再び負った怪我の治療をしながら(治療の間緒川慎次の説教が毎日病院内で聞こえたそうだ)リハビリをしている間、事は大きく動いていた。

 

 二課の行いや思想を理解し裏で支援していた広木防衛大臣が何者かに殺害されたのだ。

 

 それが二課の最奥保管されているというサクリストD、名称血塗られた魔剣「ダインスレイフ」の強奪であると政府は結論付けた。

 ダインスレイフが奪われる事を忌避した政府はすぐさま二課に移送を要請。二課より安全な場所は無いと弦十郎を含む二課所属の者たちは思ったが上から命令は絶対。無理して拒否をした場合二課は解体される可能性がある。解体された後今のようにノイズ対策を主にした組織が造られるか怪しい現状、その命令を飲むしかなかった。

 

 とはいうものの、現在の二課での最も大きい戦力はシンフォギアの装者である奏一人。弦十郎は司令であるため前線に出る事は出来ない。そして慎次は病院にいる未来の見張りとして今回の作戦には参加していない。

 他にも銃や格闘術に覚えがある者は多々いるがいざとなった場合頼りになるのは奏だけだった。だがその奏もLiNKERの制限時間がある以上戦力として期待するのは難しい。計算された戦闘可能時間も十分前後という結果だった。

 不安が残るものの考えられた作戦が。

 

「名付けて!天下の往来独り占め作戦!」

 

 声高にそう告げた二課の研究員であり、弦十郎が心から気を許せる友人であり、シンフォギアの基礎となった〝櫻井理論〟を提唱し開発した天才〝櫻井了子〟が語った作戦は至極単純。輸送先までの全通路を封鎖しそこを堂々と通過するという作戦だ。

 一見何を考えているのか頭が痛くなるように見えるが、実際何処から襲われるのか分からないのなら周りの障害を排除していつでも迎え撃てるようにした陣形でもあった。

 

「……本当に大丈夫なのかねぇ。了子さん?」

「だぁいじょうぶよ!私のドラテク、舐めないでちょうだい!」

「いや、そこじゃなくて」

 

 心配そうに車の窓を外を見ていた奏にぐっと親指を立てて自信満々にそう言う了子に奏は苦笑いを浮かべた。

 

 今奏は了子が運転するピンクの車に乗っている。それというのもその車の中にダインスレイフがあるからだった。弦十郎を除いた二課の最大戦力である奏を近くに置くのは当たり前である。

 異彩を放つピンクの車を陰ながら護衛するように何台かの黒塗りの車が走っている。

 

「こんだけ仰々しい中でピンクの車ってどうなのさ。これじゃあ狙ってくださいって言ってるもんじゃないの?」

「でぇも、私この子じゃないと上手く運転する自信無いわよ?」

「いや、だから別に了子さんじゃなくても……もういっか」

 

 軽く談笑しながら作戦は順調に進む。特に何か大きな事はなく、このままいけばなんの苦もなく作戦は終了するだろう。そう思われていた。

 

 途中あった橋の真ん中を過ぎた頃、車列前方のアスファルトにヒビが入り地面が割れて、橋の一部が崩落したのだ。

 

「了子さん!」

「っ!」

 

 奏の声に了子は慌ててハンドルを切る。前方を走っていた車はそのまま落下。了子と奏が乗るピンクの車はギリギリで崩落した部分を避ける事に成功した。だがそこで終わりじゃなかった。

 

『敵襲だ!まだ目視で確認出来ていないがノイズだ!!!』

「この展開、想定してたより早いかも!」

 

 通信機から上空のヘリから周囲の様子を見ていた弦十郎の声に了子は思わず舌打ちをしてしまう。だが横にいる奏はそれを気にする余裕は無かった。

 了子と奏が乗る車が道の真ん中にあったマンホールを通過した瞬間、そのマンホールが大きく飛び跳ね後ろにいた護衛車をしたから吹き飛ばしたのだ。

 

『下水道だ!ノイズは下水道を使って攻撃を仕掛けてきている!!

「ちっ、お出ましかよ!」

 

 再びマンホールが飛び跳ね今度は前方の護衛車を吹き飛ばす。二人の乗る車目掛けて落下してきた車を了子は荒々しいドライビングテクニックで華麗に避けた。

 

「弦十郎君。ちょっとヤバイんじゃなぁい?この先の薬品工場で爆発でも起きたらいくら完全聖遺物のダインスレイフでも!」

『分かっている!さっきから護衛車を的確に狙っているのはノイズがダインスレイフを損壊させないように制御されているように見える!!』

 

 弦十郎の言葉に奏は舌打ちをする。

 確かに狙い撃つだけなら既に了子と奏の乗る車は破壊されているだろう。だがそうせずに周りの護衛車を先に排除しているのは二人の乗る車に置いてあるダインスレイフが目的だからだ。そしてノイズをそこまで的確に操れる方法を奏は知っていた。

 

『狙いがダインスレイフの確保ならあえて危険な地域に滑り込み攻め手を封じる!』

「勝算はあんのかよ!」

『思いつきを数字で測れるかよ!!!』

 

 奏の言葉に弦十郎はそう言い返した。

 

 二人の乗る車は薬品工場のある区域に進入。その直後最後の護衛車が何処からともなく現れたノイズに組み付かれ制御を失い、近くにあったタンクに正面衝突し車は爆発してしまう。幸い運転手は脱出出来たようだったがその音を聞いたかのように周りからどんどんノイズが現れ始める。

 

「ここいらが限界か。了子さん。止めてくれ」

「こんな所で!?」

 

 車に乗っていた奏が了子にそう告げる。勿論了子はその言葉に驚きを隠せなかったが既に完全包囲されている以上このまま走った方が危ない。

 

「いっそのこと渡しちゃう?」

「それはダメだろ……」

「そりゃそうよね」

 

 了子のふざけた言葉に苦笑して奏は車から降りる。

 周りには見渡す限りの目の痛くなるようなカラフルな存在が所狭しと奏の方に向かって歩き、中には身体をドリル状に変形させて飛びかかる個体もいた。

 目の前から迫る悪夢を前に奏は不敵な笑み浮かべ自身の首筋にLiNKERの入った拳銃型の注射器を押し当て引き金を引いた。

 身体の中で熱く燃え上がるような感覚と何か崩れていくような感覚に全身が悲鳴を上げるがそれでも奏は笑い、頭の中に浮かんだ歌を口ずさむ。

 

 

 ──Croitzal ronzell gungnir zizzl──

 

 

 歌と共に奏は橙色の光に包まれる。その光は一種のバリアーのような効果があったのだろう。飛びかかって来たノイズがその光に触れた瞬間、ノイズは灰となって消えた。

 そして光が収まり、中から現れたのは橙色と黒のインナーに手足に機械的な装甲を纏い、大槍を携えた奏であった。

 

「さぁ、始めようか!」

 

 戦場に一人の少女の歌が響く。

 その歌は少女の怒りであり、悲しみであり、そして今は眠るもう一人の片翼に向けた歌だった。

 奏が大槍を振るえば目の前のノイズはあっさりとその姿を灰に変えて消滅する。シンフォギアを纏った奏の前ではノイズ一体一体の戦闘能力では有象無象のような存在であった。だがいかんせん、数は多い。

 

「いけぇ!」

 

STARDUST∞FOTON

 

 空中で投げた槍が瞬時に分裂し、槍の雨が広範囲に降り注ぐ。その中にいたノイズは雨を避ける人間がいないように避ける事はできずその身体を灰に変えた。

 

 目の前から他のノイズとは明らかに大きさの違う巨大な四足歩行のノイズが現れる。下手に刺激すれば周りのタンクに当たり連鎖的に爆発を起こす可能性があるだろう。

 

「だったらっ!」

 

LAST∞METEOR

 

 大槍の穂先が回転し、そこから大きな竜巻が巻き起こる。その竜巻は巨大なノイズの腹元に潜り込み下から突き上げるようにしてその巨体を空中にまで持ち上げ、そのまま貫いた。

 

 その後も奏は順調にノイズを屠る。目の前に広がる地獄を前に一人戦う戦少女(ヴァルキリー)の如く、その大槍を手に嵐のように暴れまわっていた。

 

(二年前とは違う!これくらい、あたし一人でなんとか出来る!だから)

「さっさと出てこい!こんな雑魚を出すなんて、あたしが怖いのか!?」

 

 誰もいないはずの虚空に向かって奏は叫ぶ。ノイズに囲まれている状況でそんな事をするのは自殺行為に近いだろう。それに今この場には奏と少し離れた位置で隠れている了子以外人はいないはずだった。だが。

 

「へぇ。この前あたしにボコボコにされてのにまだそんな事言えんだ」

「っそこか!」

 

 奏は声の聞こえた方に向かって大槍を投擲する。投げた先の鉄塔の上に銀色の鎧、ネフシュタンの鎧を纏った件の少女が奏を見下ろすように立っていた。

 少女は飛来して来た大槍をその場でジャンプして容易く回避し、そのまま奏の近くの地面に着地した。

 

「いきなりたぁ随分な挨拶じゃねぇか」

「けっ!どうせ隙を見てダインスレイフを盗む気だったくせに!」

「欠陥品相手に時間かけるより、そっちの方がよっぽど楽だからなぁ」

 

 大槍を構える奏に対してネフシュタンの少女は余裕の笑みを浮かべる。だが奏はそんな相手に憤慨する事なく、静かに息を整えた。

 

(焦るな。落ち着け。相手の挙動を見ろ。周りに目を向けろ。油断するな。深追いするな。思い込むな。そして)

「無理をしろってね!」

 

 自己暗示の如く頭の中で繰り返した言葉に目の前の憎き敵を前に心を落ち着かせた奏は発せられる言葉とは裏腹に落ち着きと余裕を持って大槍の穂先をネフシュタンの少女に向けて突撃した。

 

「うおりゃあああぁぁぁ!!!」

「ちっ!」

 

 前回とは明らかに違う奏の突きにネフシュタンの少女は一瞬を舌打ちをして大きく退く。それを追うように奏もノイズを巻き込みながらまた大槍を振り回した。

 

「調子に乗るなよ!」

 

 ネフシュタンの少女は必殺の一撃とも言える紫色の水晶が連なった鞭を奏に向かって振り下ろす。

 遠距離の技があろうとも奏のベストレンジは近距離。中距離の鞭の攻撃ではいささか相性が悪い。それを理解してネフシュタンの少女は近距離戦闘せずに距離を置いたのだ。だがそれは奏も理解している事だ。

 

 何度も振り下ろされる鞭を奏はギリギリで躱す。前回のように鞭に振り回されるのではなく、ギリギリのようで余裕を持ちながら安全に、そして周りに何も無いのを確認しながら確実に鞭を回避していた。

 

「はっ!少しは戦えるようになったじゃねぇか!」

「そりゃどう、も!」

 

 挑発してくるネフシュタンの少女を無視して奏は回避し続ける。中々鞭が当たらない為その攻撃も荒々しいものになっていく。それが奏の狙いでもあった。

 

 奏を狙って振り抜かれた一撃。それを回避して地面をえぐった鞭を奏は空いていた左手で掴んだのだ。

 

「なにっ!?」

「振りまわせないんじゃ鞭は使えないだろ?ふん!」

 

 完全に衝撃が抜けていない鞭を掴んだ為左腕に痛みが走るがそれを無視して鞭を思い切り引っ張ると同時に自身もネフシュタンの少女に向かって走り出した。

 ネフシュタンの少女は視界には走ってくる奏が見えたが振るった鞭を引っ張られた為一瞬バランスを崩した。それから復帰する間に近づく事は今の奏でも容易であった。

 

「いけえええぇぇぇ!!!」

 

 奏の容赦無い一突きがネフシュタンの少女を襲う。奏自身これで倒せるとは欠片も思っていないが、それでもダメージを与えられるはずと計算した一突きだった。

 

「なっ!?」

 

 だがその思惑は外れ、奏の渾身の一突きをネフシュタンの少女は両手で大槍の穂先を掴む事で防いでいた。

 

「……いい線行ってたが、シンフォギアじゃパワー不足だったなあ!」

「ぐっ」

 

 そのまま押し込めようと力を入れる奏だったが大槍はピクリともしない。文字通り完全聖遺物のネフシュタンの鎧と奏のガングニールのシンフォギアではパワーの差が大きいのだ。

 焦りが顔に出た奏をネフシュタンの少女はニヤリと笑みを浮かべて大槍を持った奏ごと持ち上げて自分の後方に放り投げる。

 

「お返しだ!」

 

 空中に放り出されたら無防備の奏にネフシュタンの少女は両手に持った二つの鞭で狙い撃つ。アスファルトをえぐりながら接近する鞭はまさに必殺の一撃に相応しかった。

 奏はなんとか空中で体勢を整えるが既に時は遅く、一つは持っていた大槍で防ぐ事が出来たがもう一つは無防備になった身体に直撃してしまった。

 シンフォギアの装甲が砕け散りながら地面に何度も身体を打ち付ける。それに紛れて血も混じっていた。

 

「うっ、かはっ!」

 

 吐血しながら奏はふらふらと覚束ない足で急所は避ける事が出来たのか立てる事は出来る。だがそれでも骨にヒビ、最悪折れている可能性はある。それに肺もやられてのか息をするだけで苦しくもなる。

 口の中に鉄の味が広がり、目眩もして来たがそれでも立ち上がった奏は諦めず大槍を構えようとした瞬間、シンフォギアが僅かに色が薄れ身体から力が抜けた。

 

「なっ!?まだ五分も経ってねぇのに!」

 

 奏は知る由もないだろう。一週間前のネフシュタンの少女での戦闘の無理が彼女の身体に大きく負担をかけていたのと周囲の予想を超えて装者は自分しかいないという圧迫感と風鳴翼が眠りについたのは自分のせいという罪悪感で精神的に大きなダメージを負っており、それがシンフォギアとフォニックゲインに重大な不和を呼んでいたためLiNKERを持ってしても十全にその能力を発揮出来ていない事に。

 そして、それがガングニールの活動限界を大幅に縮めていた事に。

 

「おいおい。もうお終いか?やっと身体があったまって来たところなのによぉ!」

「く、そが!」

 

 ふらつく身体に鞭打ってネフシュタンの少女に向かって走り出す奏。だが先ほどよりも身体が重く、思ったように身体も動かせない。

 

「眠てぇ動きすんなよな!」

「がっ!?」

 

 なんとか突き出せた大槍の一撃をネフシュタンの少女は軽々と避けてガラ空きになった奏の腹部に強烈な蹴りが入る。先のダメージと合わさり踏ん張る事も出来なくなった奏は再び吹き飛ばされ近くのタンクに背中を強く打ち付けた。

 今度こそ限界に来たのか、シンフォギアが音を立てて砕け、装甲が消失して元の服装に変わる。度重なるダメージの蓄積により奏は意識を既に失っていた。

 

「……まぁ、あんたは頑張ったよ。ただ相手が悪かった。それだけさ」

 

 そう言ってネフシュタンの少女は身体の向きを変えてダインスレイフの入ったスーツケースを重そうに持つ、隠れていた櫻井了子の元に静かに歩く。

 

「……近寄らないでくれるかしら?」

「はいそうですか。ってなると思うのかよ」

「でしょうね……」

 

 静かに歩いてくるネフシュタンの少女に了子はそう言い返すも()()()()()()()()()()()()おり、焦りもしていなかった。

 

「さぁ、死にたくなきゃさっさとそれを渡せ」

「……仕方ないわよね」

 

 了子がその場にスーツケースを置き、その場から退く。それを確認したネフシュタンの少女はスーツケースを取ろうと近づいた。その時だった。

 再び身の毛がよだつような恐怖が全身を駆け巡った。

 

「うっ!?」

 

 認識するよりも先に身体が勝手にスーツケースから離れて後ろに大きく飛び退く。その直後ネフシュタンの少女が立っていた場所に地面を陥没させるような勢いで一本の黒々とした刀が突き刺さった。

 

「くそ!あいつが来る前に終わらせたかったのに!」

 

 刀が飛来して来た方角に震えながら忌々しく顔を向ける。その先にあった一つの建物の屋上には予想した通り、深い青と黒のインナーに前よりも黒い部分が多くなった青と黒の機械的な装甲を纏った黒髪の少女、小日向未来がネフシュタンの少女を見下ろすように立っていた。

 

「……見つけたぞ」

 

 その怒りと殺意を込めた声に、眠っている魔剣が反応した事は誰も気付いていなかった。




了子さんの扱いが雑?よくあるじゃないですか、「ちょっとメインメンバーと仲が良かったちょいキャラが実はラスボスだった」ってパターン。あれです。
決して出すタイミングミスったから雑になったわけではありません。決してありません(目そらし)

原作にそこまで合わせず省いてもいいシーンはわんさかあると思いますが、個人的には原作とIFを見比べて(ビッキーがいない時点で比べるも何も無い)見てほしいなーと思いまして。

何故ここでデュランダルではなくダインスレフ?と思いでしょうがそこは一応作者の考えがある所なので心配なさらずに!(上手く出来るかは置いといて)
……まぁデュランダルも出す気なのですが作者のシナリオだと当分先なのですがね!

そして奏ファンの皆様。奏さんをボロボロにしすぎてごめんなさい。ですが奏さんの現状の身体を考えるとやはり原作翼さんと戦闘能力の差はあると思うんですよ。時間制限もつけてしまいましたし(←自業自得)。なのでネフシュタンの鎧のヤバさとそれと同格の393を表現するには奏さんにちょっと痛い目に……おや、今度は槍の雨ですか(白目)

次回!ダインスレイフVS天羽々斬!

……この次回予告、タイトルにすればよくね?


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六話

うちの393がダインスレイフなんて持ったら世界終わるなー。なんて思いますがね、血を求めるダインスレイフがマイナス、狂った393を同じくマイナスとした時、これを足すのか掛けるのかによって何か変わってくると思いません?

まぁどちらもヤバイですがね!

それでは、どうぞ!


 一瞬にして空気が張り詰める。

 それをヘリに乗っていた弦十郎は思わず身を震わせるほど間近で感じた。

 急ぎヘリの扉を開けて周囲を確認するとここにいないはずの存在がいる事に驚きを隠さないでいた。

 

「何故ここに未来君が……緒川は何かあったのか?」

 

 一週間前のネフシュタンの少女との戦闘から、興奮が収まり落ち着いた小日向未来が()()()()()()()()に戻ってからはネフシュタンの少女か裏で糸を引く黒幕に命を狙われる可能性を考慮して緒川慎次を護衛兼見張りとして病院に付きっきりでいたはず。もし何かあれば直ぐ様弦十郎に連絡が行く予定となっていた。

 それが無い。それは慎次に何かあったという事に繋がる。

 奥歯ギリッと砕けそうになるほど噛み締めると同時に弦十郎の持ってある通信機に連絡が入る。その名前を見て急ぎ連絡を繋げた。噂をすればというものだ。

 

「緒川か! 無事なのか!?」

『し、司令……』

 

 通信機からは僅かな雑音と苦しそうな声を漏らす慎次の声が聴こえた。

 

『うっ、突然未来さんが暴れ出して……なんとか止めようとしたんですが不意を突かれました……』

「そうか……死傷者は?」

『怪我人はいますが幸い全員軽傷です。死者もいません。ただ病室は変える必要がありますね……』

「分かった。お前はそのまま現場の指示を頼む。……怪我をしているなら無理をするなよ」

『こちらは任せてください。では』

 

 慎次の生存確認と周囲の被害が少ない事に安堵する。だがそれ以上に未来がこの場にいる事が問題だった。

 

(今の未来君ではダインスレイフを破壊しかねん。いや、最悪敵に渡るよりかはマシだろうが今はその時ではない)

「……奏君も今は動け無いか。ヘリは降ろせるか?」

「無理です! ノイズが多すぎて近くに着地はっ!」

 

 ダインスレイフだけでも確保しようと弦十郎はヘリを降ろそうとするが操縦士が言ったように眼下にはまだノイズが残っている。そんな状態でヘリを降すどころかダインスレイフの回収と奏と了子の二人の回収を同時に行うのは難しい。それでも、相手がノイズでなければ弦十郎の人間離れした身体能力なら可能だったかもしれないが。

 

「取り敢えず今は人命救助優先だ。二人をなんとかして助けるぞ!」

「了解!」

 

 ダインスレイフよりも奏と了子の命を優先した弦十郎はヘリの操縦士になんとかして二人に近づくように命令する。

 

 弦十郎が動こうとしている間に鎧と神剣のリベンジマッチが始まろうとしていた。

 

 ──────────────────

 

 ネフシュタンの少女、クリスは視線の先にある建物の屋上で自分を見下ろす小日向未来に怯えながらもなんとか踏ん張って睨み返していた。

 元からの性能差があるはずの完全聖遺物のネフシュタンの鎧と天羽々斬の欠片から造られたシンフォギア、それを覆す程の戦闘能力を持った未来とは可能であれば戦う事は避けたかった。

 

(ちい! なんであたしをあそこまで目の敵にしてるか知らねぇがこのまま戦うのは命がいくつあっても足りねぇ!)

 

 前回、多少油断してはいたが最後は本気だった。フィーネの命令が頭から消え去る程命の危機を感じ、奏の思いもよらない援護によって助かったがそれがなければ確実に自分は死んでいた。

 そう考えれば何の対策も無しに再び戦うのは得策では無い。

 

「さっさとダインスレイフを手に入れてとんずらするのが得策か……っ!?」

 

 未来から目を離さないように方針を決めていたクリスは未来が動き出すのをこの目ではっきりと見ていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 獣のような怒りと殺意が込められた咆哮と共に乗っていた建物の壁を破壊する程力を溜めていた脚力で真っ直ぐクリスに向かい突撃する。

 一瞬身体が硬直するがなんとか抜け出し急ぎ横に回避する。その瞬間クリスが今いた場所に未来は新たに造り出した刀を叩きつけていた。

 地面が大きく陥没すると共に強い衝撃が近くにいたクリスを襲う。まだ空中にたため僅かにバランスを崩したクリスを未来は見逃さない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 叫びと共にクリスに斬りかかる。その刀は真っ直ぐクリスの首目掛けてなんの躊躇もなく振り下ろされた。

 

「くそっ!」

 

 クリスは負けじと紫の水晶が連なった鞭で振り下ろされた刀を止める。だがただ振り下ろされた技も何も無い未来の刀に自分が押し負けていた。

 徐々に未来の力に負けて身体が反り負けはじめる。それに加えて早くも水晶の鞭からガラスがヒビ割れていくような嫌な音が聞こえてきた。

 

「っなめんな!!!」

 

 クリスは前回の鍔迫り合いの時のように身体を捻らせて無理矢理刀の軌道を変える。力を加えていた部分が変わり僅かに刀の軌道線上がずれ、今度は蹴り飛ばそうと未来の腹部に蹴りを放とうとした。

 

 だが未来はクリスが蹴りを放つよりも早く、クリスの側頭部に目掛けて持っていた刀を片手で持ち、そのまま刀の柄頭(柄の一番下の部分)で思い切り殴ったのだ。

 

「うぐっ!?」

 

 ネフシュタンのヘッドギアが小さく砕け破片が舞う。

 未来は蹴りよりも早く刀で切り裂くつもりだったのだがクリスとの位置が近かったため幸いにも刀の柄頭が当たったのだ。だが衝撃が完全に吸収されずにクリスは軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしてしまう。それは致命的な隙であった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 ふらついたクリスに目掛けて直撃すればネフシュタンごとクリスを両断してしまう可能性がある程の斬撃が躊躇無く振り下ろされた。

 それをクリスはふらつき、まともに思考出来ない身体で反射的なのか、それともただ運が良かったのか、水晶の連なった鞭で防御しようと構えた。

 

 鞭は僅かに拮抗するがまだ脳が揺れているクリスは踏ん張れず、そのまま鞭は断ち切られネフシュタンの鎧に天羽々斬の刀が食い込む。

 

「うっああああぁぁ!?」

 

 幸いなのか、防御した事により僅かに振り下ろされた刀の勢いが衰え、軌道がズレたためネフシュタンの鎧の表面を薄く切り裂くだけで済む。だがネフシュタンの鎧ごとクリスを両断するつもりで放たれた斬撃にはかなりの勢いがあったためその風圧だけでクリスは吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされたクリスは近くのタンクに身体をめり込ませる。そのおかげでそれ以上吹き飛ばされないで済んだが決して小さく無いダメージを受けていた。

 

(ぐううっ! ネ、ネフシュタンの浸食が早過ぎるっ!)

 

 どれだけネフシュタンは傷つこうが自動的に修復する為一撃で粉々にならない限り鎧の損傷は気にしなくてもよい。だが纏っている者の身体を侵食している為見た目以上にクリスは限界が近かった。

 それに加えて未来は知らないが完全聖遺物のネフシュタンを破壊する寸前まで追い込んでいる。鎧の修復機能があったとしても安心出来るはずがない。

 

「なっめんなよ!」

 

 頭に登っていた血が抜けたからかクリスも負けじとふらつく足で立ち上がり鞭を構え未来に突撃する。逃げ回ってなんとかなる相手では無く、策や駆け引きも力で突破してくる相手に小細工せず、自分の技量で乗り越えるのが生き残る確率が高いと判断付けた。

 ちなみに、クリスが逃げても地の果てまで追いかけようと考えていた未来だった為どの道戦うことは避けられなかっただろう。

 

「凄い……ネフシュタンを圧倒してる……!」

 

 気絶している奏に肩を貸して避難していた了子はクリスと未来の戦闘を興奮を抑えきれずに見ていた。

 本来なら有り得ない筈の性能的な差があるはずの二つの聖遺物のぶつかり合いに文字通り()()()()()()()その戦闘を観察している。近くにいる奏の事なぞ忘れているほどに。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 未来の咆哮が二人の戦闘範囲から退避している了子まで届く。自分に向けられていないはずなのに思わず身体が(すく)むほどだ。

 

 未来の異常なほどの怒りと殺意を前に何故か()()()()()()()観察していた為すぐ後ろの異変に気づくのが遅れた。

 

「っ!? ダインスレイフが!」

 

 強固なスーツケースを内から食い破り、中から血で字を書いたような赤いラインの入った黒と銀の刀身が交差し、刃が二つに分かれた禍々しい剣が宙に浮かび上がったのだ。

 禍々しい剣、ダインスレイフは悪意を周りに振り向くように黒い霧のような煙を辺りに振り撒く。それに最初に被害を受けたのは近くにいて意識のある了子だった。

 

(なんだ!? 身体の奥底から何か黒いものが……これは怒り、いや憎しみ?)

 

 自分の中にある何か黒いものが精神を徐々に支配していく妙な感覚に了子は膝をつく。それと同時にその怒りと憎しみを誰かにぶつけたい。その血を浴びたい。飲み干したい。そうでなければ止まらない。そんな気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

 

「これがダインスレイフっ! 血を求める魔剣かっ!!!」

 

 禍々しくとも何処か神々しいその刀身に了子は()()()()()()()その誘惑的な姿のダインスレイフに手を伸ばす。だがその瞬間未来の攻撃により再び吹き飛ばされたクリスが地面に叩きつけられるよう了子の近くに落ちてきたのだ。

 

「うっ、かはっ!」

 

 かなりの勢いで背中から叩きつけられた為思わず口から血の混じった唾が飛び、意識も飛びかける。

 限界寸前の身体を無理矢理起こそうとするクリスだったが、鎧の砕けた箇所から修復していき、身体を蝕む激痛に悶え苦しむ。痛みが消える頃には鎧は元通りだがクリス自身、その痛みに耐える事はもう不可能に近かった。

 

 施設の爆発が周りに引火し大きな炎が舞い上がる。その炎を背にしてゆっくり歩いてくる未来はまるで修羅のように恐ろしく、そこにいるだけで恐怖を振り撒くほどだった。

 

(くそ、あたしはこんな所で死ねねぇ、死にたくねぇ! まだパパとママの願いも叶えてねぇのにこんな所で……!)

 

 涙目になりながら立ち上がるクリスの目の前に黒い霧を撒き散らす宙に浮かんだダインスレイフが目に入った。

 

(ダインスレイフ! ネフシュタンとあれがあればあの化物に勝てる!)

 

 恐怖と混乱でまともに思考できなくなっていたクリスは目の前の禍々しい剣が振るえば周りの人間の生き血を全て吸収しなければ止まらない魔剣の性質なぞ忘れ、むしろ生き残る道筋が見えたと歓喜を隠さずにダインスレイフに手を伸ばす。

 

「待て! その剣に触れるな!」

 

 クリスが落ちてきた事により吹き飛ばされて少し離れた場所にいた了子がダインスレイフに触れようとするクリスに静止の言葉を投げかける。だが少し遅かった。

 

 了子の静止を振り切り、クリスは宙に浮かぶダインスレイフにふれてしまったのだ。

 

「やった! これであたしはあいつに勝て、っ!!??」

 

 その瞬間、ダインスレイフは新たな持ち主を見つけた事に歓喜するかのようにその禍々しい刀身から黒い霧を更に撒き散らす。その瞬間、クリスは自分の身体の奥底から噴き上げてくる黒い感情に戦慄した。

 

「ああ、違う! あたしはパパとママの事を殺したいなんて、いや。あたしをおいて勝手に死んだから死んで当然……っそんなはず無い!」

 

 奇しくも忘れていた家族の楽しい思い出を思い出すが、その瞬間噴き上げられた黒い感情がその楽しかった思い出を忌々しいものに変えていく。

 優しい父親も自分に笑顔を向けてくれた母親も、三人で歌った事も、全て黒い炎に燃やされていき、自分を置いて勝手に死んだだけでなく生きるのも辛い生活を強いられた日々が掘り起こされ、その楽しかった日々を怒りと怨嗟の毎日に塗り替えられていく。

 

「違う、違う、ちが……うあああああぁぁぁぁ!!!」

 

 クリスの叫びと共に握られたダインスレイフが妖しく光り輝く。その瞬間クリスの瞳に光が無くなり、ダインスレイフを大きく持ち上げて未来に目掛けて突撃しその禍々しい刃を振り下ろした。

 未来はその刃を()()()()()()()()冷静に握っている黒々とした刀で受け止める。舞い上がっていた炎をかき消す程の強い衝撃がうまれた。

 了子はダインスレイフが妖しく光り輝いた時に自分の中にある黒いものが大きくなった事に気づいた。

 

「くっ、まさかダインスレイフが周囲の人間の精神も狂わせるとはっ!」

『了子君聞こえるか! いったい何が起こって』

「うるさい!」

 

 上空から着陸出来る場所を探しながら様子を観察していた弦十郎から入る連絡すら忌々しいと思った了子は思わず口調が荒いものとなったが、それに気づくのに僅かに時間がかかった。

 

「……ごめんなさい弦十郎君」

『いやいい。ただ事では無いのは見ていて明らかだ』

 

 少し落ち着いた了子は深呼吸してもう一度クリスの方を見る。大振りながら技術的な繊細のあった時と比べて今は未来のようにただ力任せにダインスレイフを振るい未来を殺そうと暴れ回っていた。

 

「多分ネフシュタンの娘はダインスレイフを持った事で呑まれたんだと思う。現状の私から推測するにダインスレイフは周囲の人間の負の感情を増幅させて暴れさせてる。正直この会話も何処かイライラしてる!」

『なるほど。血を求めると言われるのは所有者の怒りと怨嗟といった負の感情を表に出させそれを殺意に変えていたのか。血を求める、というのは〝相手を殺したい〟という負の感情から生まれた結果か』

 

 離れた場所にいる弦十郎はまだダインスレイフの〝呪い〟の影響は弱い。そのためまだ冷静に判断できるが近くにいる了子はそんな落ち着く弦十郎にダインスレイフのせいだと分かっていても腹を立ち始めていた。

 

『待てよ。周りの負の感情を増幅させるというのであれば未来君がっ!』

「あっ!?」

 

 そう、既に未来はノイズに対する怒りと殺意で〝狂っていた〟。もしそんな未来の負の感情が増幅されたのならばどうなるか。最悪ダインスレイフと同様の地獄が発生する可能性すらあった。

 そんな最悪な事が頭に浮かんだ了子は急いで暴れるクリスと未来の方を見る。だがそこには予想外の光景が広がっていた。

 

「うああああああぁぁぁ!!!」

「……」

 

 ダインスレイフが力任せに振るわれ、その風圧だけで近くのタンクが大きく凹む。地面に当たれば大きくアスファルトを砕き陥没させる。その気迫だけで凡人は近づく事は出来ないだろう。

 

 だが一人、未来だけは人が変わったかのように嵐のように振るわれるダインスレイフの斬撃を冷静に見切り、受け流していた。

 

「……遅い」

 

 脳天目掛けて振るわれた斬撃を未来は黒の刀でダインスレイフの側面を叩き無理矢理軌道を変えさせ、ダインスレイフはそのまま地面にめり込んだ。

 すぐさまクリスはダインスレイフを引き抜き今度は横薙ぎに振るう。それにより生まれた風圧は斬撃のようになり、近くの鉄塔の足を両断する。だがそれを未来は身体を地面にすれすれまで屈めて回避した。

 

「遅い、弱い、単調、無策、隙だらけ……」

 

 それに比べて未来は了子が見た事が無いほど冷淡に、そして速く的確にネフシュタンの鎧を傷付けていく。

 斬撃の一撃一撃には先程のような力任せの一撃よりも弱い。だが全ての一撃に殺意が込められており徐々に追い込まれる恐怖をダインスレイフの呪いにより気がおかしくなっているクリスでも感じていた。

 

 どんどん未来の動くスピードが速くなる。そしてより首や心臓といった急所への容赦ない斬撃や突きが多くなっていく。それに釣られるようにシンフォギアとインナーの深い青色の部分がより深くなり黒色に浸食されていく。

 

「がっ! うう、ああああぁぁぁ!!!」

 

 恐れを宿したその叫びはクリスのものか、それともダインスレイフのものなのか。

 ネフシュタンの再生能力を上回り始め、クリスでは未来の動きについて来れなくなる。それでも辛うじて急所への防御は成功させているがそれも時間の問題だろう。現に攻撃一辺倒だったクリスは防戦一方になってきている。

 

「……終わり」

「っ!?」

 

 未来は殺意を込めて黒い刀を左下から斜めに切り上げる。それをクリスは反射的にダインスレイフで間一髪で防御した。だがそれで終わりではなかった。

 

 未来はそのままダインスレイフとぶつかっている黒い刀の峰をシンフォギアの力が合わさった全力の蹴りをぶつけて衝撃を増幅させたのだ。

 

「があああ!?」

 

 右腕にボキリッと嫌な音が響くと共にクリスはその衝撃を消す事が出来ずそのまま横っ飛びに吹き飛ばされる。その際握っていたダインスレイフは右腕が折れた時の痛みで手放していた。

 

 アスファルトを大きく砕かせながら十メートル以上吹き飛ばされ、止まる頃にはネフシュタンも修復する限界が来たのかボロボロになっていた。クリスは気絶したのかピクリともしない。

 

「……」

 

 ゆっくりと動かないクリスを見下ろしながら未来は地面に刺さったダインスレイフに向かって歩く。

 

「やめろ未来君! それに触れてはいけない!」

 

 上空からヘリに乗った弦十郎が声を上げて未来に警告する。だが未来は一瞬ヘリの方を見ただけで歩みを止めようとしない。

 

 そして地面に刺さった妖しく光り輝くダインスレイフの目の前に立つと躊躇せずその柄を握った。するとクリスの時とは比較にならないほどの黒い霧が発生し、かなり距離の離れた所にいる弦十郎ですら言い得ない怒りと憎しみが湧き上がってくるのを感じた。

 

 ──殺セ

 

 未来の頭の中に自分と全く同じ声が響く。

 

 ──目ノ前ノ仇ヲ殺セ

 

 ──全テヲ殺セ

 

 ──響ヲ殺シタノハコイツダ

 

 怒りと怨嗟のと殺意が湧き上がってくる。目の前でクリスがソロモンの杖を使いノイズを召喚した光景を見た時以上の憎しみがその身を呑み込もうと大きくなるのが未来自身が分かった。

 故に。

 

「──黙れ」

 

 ただの一言。たったの一言で自分を呑み込もうとしていた負の感情が弱まるのを感じた。

 

「この感情は私のもの。ただの剣にいいように使われるほど弱くない。

ただの物に好き勝手言われていいほど私の怒りも憎しみも小さくない」

 

 それだけ言って黙ってゆっくりとダインスレイフを引き抜く。それだけだというのに勇者が聖剣を抜いたようにも魔王が魔剣を抜いたように見えた。そして同時にあれほどの周囲に放っていた威圧を放っていたダインスレイフからその威圧がどんどん下がっていき、黒い霧も少しずつ未来に吸収されるように収まって行く。

 

「まさか……ダインスレイフを制御しているのか!?」

 

 あり得ない光景に弦十郎は目を見開く。実際起動したところを見た事はないが伝承からダインスレイフの呪いを受けずに操る事は不可能とされていた。それが出来ていれば伝承の内容が少し変わっていただろうからだ。だが未来は負の感情に呑まれなかった。

 

 負の感情を増幅させて周りをその刃に沈め血を求める魔剣を未来は淡々とした目で見下ろしながら引き抜いた未来は今度は気絶しているクリスの元に向かう。その姿はいつの間にかネフシュタンの鎧は消えて元から着ていた赤いドレスのような服装になっていた。

 

「なっ!? あの少女は!」

 

 クリスの姿を見た弦十郎は絶句する。それも無理はないだろう。クリスはネフシュタンが奪取された事件の前、諸外国から捕虜とされたクリスの保護を命じられたメンバーの最後の生き残りの責任として行方不明になった彼女のことを気に掛けていたからだ。

 そんな少女が今までネフシュタンを使いノイズを使っていた。そんな事誰が想像出来ようか。

 

「待て未来君! その娘を殺してはいけない!」

 

 ノイズの姿がなく、やっとヘリを着陸させて急ぎ必死で呼び止めようと声を出す弦十郎だが未来はその言葉に耳を傾けずにクリスの目の前に立つとダインスレイフを高々と掲げるように持ち上げその首に狙いを定める。

 

「……さようなら」

 

 冷めた目で見下ろしながら気絶して動かないクリス目掛けて掲げたダインスレイフを振り下ろそうと力を込め振り下ろした。その瞬間だった。

 

「……パパ……ママ……」

 

 遠くにいる弦十郎や了子では聞き取れないほどの小さなクリスの呟き。それと共に閉じた瞼から流れた一筋の涙を間近で見た未来はクリスの首を両断する寸前だったダインスレイフをギリギリで止めた。

 

「なみ、だ……?」

 

 クリスの涙を見て未来の脳裏に昔の記憶が蘇る。

 それは大切な人と共に喜び、悲しみ、そして笑い合った時の記憶。

 嬉し涙もあれば悲しい涙もあった。

 そんな暖かくて優しい記憶。

 そんな記憶が呼び起こされた途端。目の前で倒れているクリスに向けていた怒りや殺意が弱まっていくのが分かった。

 

「未来君!」

 

 近くまで走ってきた弦十郎は未来を刺激しないようにゆっくりと近づく。更にその後ろから遅れて了子と黒服の男達も走ってくる。

 クリスの首筋ギリギリまで振り下ろされていたダインスレイフをゆっくりと遠ざけて未来は走ってきた弦十郎達の方へ振り向く。

 

 その瞳には失われた光が宿っており、クリスと同じく一筋の涙が頬を伝っていた。

 

 握っていたダインスレイフが未来の手からするりと地面に音を立てた落ちる。するとダインスレイフの呪いにより辺りを支配していた負の感情を増幅させる空間が消失するのを弦十郎は感じ取った。

 

「私は……私は……」

 

 未来はふらついてその場に倒れる。直後纏っていたシンフォギアも消失し妖しく光り輝いていたダインスレイフも未来が気を失う事で完全に機能停止したのか光を失った。

 

「ッ急ぎ未来君と奏君、そして容疑者の少女を病院へ運べ!」

 

 弦十郎は倒れた二人の装者とネフシュタンを纏っていた少女、クリスを病院へ運ぶように黒服の男達に命令した。

 張り詰められて緊張の糸が緩んだような空気が辺りに流れ始める。

 

 ────────────────────

 

 遅れて二課の息がかかった救急車が到着し急ぎ気絶した未来と怪我をしている奏とクリスを連れて病院へ連れて行く。

 ボロボロになった奏や腕の折れているクリスも重傷だが見た目に反して怪我一つ無い未来の精神状態を一番弦十郎は気にかけていた。

 

「大丈夫? 弦十郎君」

「ん、ああ、了子君か」

 

 いつの間にか後ろにいた了子に少し驚きながら未来がダインスレイフを持った時の事を思い出す。

 

「了子君はあの時の未来君とダインスレイフを見てどう思う?」

「……恐らくだけどダインスレイフによる感情汚染は未来ちゃんの、その……」

 

 了子は言い方を探すように目を彷徨わせる。あまりいい知らせではないと分かっていても司令としてこの事を把握しなくてはいけないと、そして未来が背負う重みを少しでも理解しようと覚悟を決める。

 

「いい。今は俺しか聞いていない」

「……ありがと。なら遠慮なく。

 未来ちゃんの異常な程のノイズに対する怒りや憎しみ。そのあまりの強さがダインスレイフの感情汚染だけを打ち消したんだと思う」

「それは可能なのか?」

「可能も何も実際に未来ちゃんがそれをやったじゃない。でも、弦十郎君や奏ちゃんみたいな〝真面目な〟精神の子じゃそのままダインスレイフに呑まれてたと思う」

「そう、なのか」

 

 はっきりと弦十郎でもダインスレイフの呪いに呑まれる言われダインスレイフを素手で回収しようとしていた自分を恥じる。間一髪聖遺物の回収班に止められた事が幸をなしていた。下手をすれば第二次災害が始まっていただろう。

 

「でも未来ちゃんはダインスレイフが増幅させる怒りや憎しみを既に持っていた。さっき言ったみたいに異常なほどね。それがダインスレイフの呪いとぶつかり合い対消滅。デメリットだけ消えてメリット、と言ってもダインスレイフに他にどんな秘密が眠ってるから分からないから残りが全部メリットとは限らないけど、それが残ったと思うの」

「完全聖遺物の呪いと同等の怒りと憎しみ、か」

 

 仮に了子が言った推測が正解であれば未来の中にある負の感情は相当なものになる。何せ同じ完全聖遺物に守られていたはずのクリスですらダインスレイフの呪いに負けて気がおかしくなったのだ。それほど強い呪いを打ち消すレベルの負の感情なぞ弦十郎が想像できるものではない。

 

「……データ上の彼女の過去は知っているが、やはり彼女から話を聞かねば分からないか」

 

 目を伏せて呟く弦十郎。

 未来が狂った理由自体は二課の情報収集能力により検討はついていた。だがそれであれほど狂う事が出来るのか、それは弦十郎でも分からない。それに未来がどう思っているのかは本人の話を聞かない限り分かるものではない。

 

「……未来君の事の過去も雪音夫妻の忘形見も、生半可な気持ちで背負えるものではないな」

 

 大人である以上子供の重りを肩代わりするのは義務だと思っている反面、二人の背負う重りを代わりに背負える自信はあまりない。

 クリスの事も勿論無視出来ないが今だに未来の背負う重りがどれほどのものか知らない弦十郎は計りかねていた。

 それでも背負わねばならない。それが戦いから守れなかった二人の少女に対する細やかな贖罪と思っている。了子の言ったように根が真っ直ぐで真面目な弦十郎にはそういったやり方しか出来なかった。

 

「今は休みましょ。輸送作戦も失敗してダインスレイフは二課に逆戻り。私達が出来ることはもう無いし、戻って頭を冷やさないと、ね?」

「……そうだな」

 

 了子の言葉に弦十郎は深みにハマりかけた思考を一時止めて後始末を他の隊員に任せて二課本部に戻るため車の方に歩き出す。

 その後ろをついて行く了子が自身の手を見て不気味な笑みを浮かべた事も知らずに。




この展開は皆さんが予想したものの斜め下なのか上なのか……不安な作者です。

精神を狂わせる魔剣を既に精神が狂った人に持たせたらまともになるんじゃね?って感じですねはい。足すんじゃなくて掛ける事でマイナス部分だけ打ち消した感じですね。
仮に原作でこの時点でビッキーがダインスレイフ持ったらキャパ的に思いっきり呑まれるでしょうね。マイナスの値が多いためプラスが負ける感じです。
だけどうちの393はダインスレイフと同じ負の感情に大きく傾いた状態。デメリットを打ち消してるんですよ。そのため容赦無さは消えてなくても少し冷静になっちゃってます。
ドラクエ4の隠し仲間のピサロが呪いの装備をデメリット無しで装備出来る感じです(分かるかな?)
逆に言えばそこまで393落ちてるんですがね。これ私の考えてるやり方で精神落ち着くレベルなのかな?壊れてるから立て直しやすいにも限度がありますよね……

ダインスレイフの性質や解釈は完全にオリジナルです(誰かと被ってる可能性は大いにある)なので「伝承のダインスレイフ(ダーインスレイヴ)と全然違うわ!」と思われても仕方ないです_(:3」z)_
あとクリスちゃんの腕折った技?はるろうに剣心の縁を知っている人なら想像つくかと。

ノイズ?そんなもん393がクリスちゃん狙って暴れてる時に全部粉々、いや灰々になりましたよHAHAHA☆

次は過去編に入る前に未来さんの現状を見せる為短いです。過去編と一緒に載せるべきとは思いますが過去と現在を分けるために……ね!

次回 壊れた陽だまり

かる〜くクリスちゃんの精神がピンチでっせ!


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七話

現未来さんの状況をクリスさんに見せて絶望ゲフンゲフン、ちょっと精神的ダメージを与える回です。

それと作者はどちらかと言えばクリスちゃん推しです。もう一言います。作者はクリスちゃん推しです!


 ──夢を見る。

 

 ──あたしの手を優しく握るパパとママ。

 

 ──二人の歌があたしは好きだった。

 

 ──小さかったあたしを優しく抱きしめてくれた。

 

 ──とても大切で幸せで、忘れるはずがない記憶。

 

 ──でも何故だろう。二人の顔が思い出せない。

 

 ──二人がどんな歌を聴かせてくれたのか思い出せない。

 

 ──なんで

 

「なんで、パパとママは……笑っていないんだ……?」

 

 ──────────────────

 

「いっつ」

 

 折れた腕の激痛でクリスは目が覚める。その目覚めは最悪で決して気分が良いものではなかった。

 目を開けて見れば視界に入るのは慣れない白い天井と自分が使っていた物とは違うベットの感触に訝しむ。周りを見ると質素な白い空間と何処となく鼻を刺激する薬の匂いにここが病院だと分かる。

 

「うっ……ここは、何処だ?あたしは……」

 

 動かない腕には包帯が巻かれ首から吊り下げられる形になっている。それを見て自分が目を覚ます前に何をしていたか徐々に思い出して行く。

 

「これは……そうだ、あたしは確かダインスレイフを奪う為に……そんで小日向未来と戦って……」

 

 ダインスレイフを奪取するためにピンク色の輸送車及び護衛車をノイズを使って襲撃。ダインスレイフと運転手を守るように車から現れた奏との戦闘。奏を打ち倒した後残るはダインスレイフの回収、そこまでは良かったが突然現れた未来との戦闘。

 

「それから確かダインスレイフを……ダメだ、記憶がねぇ」

 

 異常なほどの戦闘力を見せた未来に敗北、いや殺されると思い近くにたまたま起動状態のダインスレイフを見た瞬間、生き残る為にこれを使うしかない!というクリスにとっては希望が見え迷わずダインスレイフを握った。その後の記憶が全く無かった。

 

「くっそ!なんで何も覚えてねぇんだよっ!」

 

 左手の拳をベットに向けて振り下ろす。利き手じゃない為力無い衝撃をベットは腹ただしいくらい優しく吸収した。

 必死に何があったか思い出そうと頭をガリガリと掻くクリスの耳に通路に繋がる扉が開かれる音が聞こえた。

 

「おお、目覚めたか!これは差し入れだ」

 

 声に気づき顔を向ければ丁度赤い髪シャツの大男が果物が入ったバスケットを片手に部屋に入ってくるところだった。

 弦十郎は近くにあった机にバスケットを置くとクリスのあるベット近くにあった椅子に座る。

 

「……んだよお前は」

「おっとすまない。俺の名前は風鳴弦十郎。二課の司令をやっている。言わば君の敵だな、雪音クリス君」

 

 名前を教えていないのに自分の名前を言い当てられ訝しげな目を向けるクリスだったが、弦十郎が自分からその答えを言った事に気づく。

 

「はっ!もうあたしの事は調べてがついてんだな!」

「……ああ。八年前、難民救済のNGO活動中に戦火に巻き込まれて死亡した世界的な有名なバイオリニストの雪音雅律とその妻で声楽家のソネット・M・ユキネの一人娘であり、およそ六年の間捕虜だった事。そして二年前に救出され日本に移送される際行方不明になった事とか、な」

「……よく調べてるじゃねぇか。そういう詮索、反吐が出る」

 

 弦十郎の言葉にクリスは不機嫌な顔を隠しもせずに睨みつける。その瞳を弦十郎は目を逸らさずじっと見つめ返した。

 人を、大人を信じない。許さない。クリスはそのアメジストのような綺麗な瞳に映し出した思いを見た弦十郎は拳を強く握り締めながら頭を下げた。

 

「我々は君の両親を助ける事が出来なかった。六年間君に辛い思いをさせた。謝っても君の傷は癒えるほど軽々しいものではないのは分かっているが、それでも言わせてくれ。すまなかった」

 

 謝罪を述べた弦十郎は頭を上げて真っ直ぐクリスの瞳を見る。それをクリスは訝しみ、睨むように見返す。

 

「そしてあえて言わせてもらう。もう一度君を助けさせてくれ」

「っ!」

 

 弦十郎は嘘偽り無く、本気の想いを込めて言う。

 クリスには言わないが過去の二課は行方不明となったクリスが見つかった当時シンフォギアの適合する可能性が高い者として確保する意味もあって両親を失った彼女を受け入れようとする考えがあった。だが弦十郎はそのような事は二の次とし、本気でクリスを助け出すつもりでいた。大人の事情ではなく、大人として子どもを守る義務があるとして。

 

 弦十郎の言葉に嘘は無い。それが分かるからこそクリスは腹が立って仕方ない。

 

「助けさせろだぁ?パパとママが死んだ時も、捕虜になって辛かった時も!助けてくれなかったのに今更それを言うのか!?大人の勝手で不幸になったあたしを大人のあんたが助けるっつーのか!?」

 

 クリスは思わず弦十郎が置いた果物が入ったバスケットを地面に投げ付けた。

 怒りが込み上げてくる。自分を残して死んだ両親も、その両親を殺した奴等も、捕虜になった自分を見世物にした奴等達も全部等しく弦十郎と同じ〝大人〟であった。自分を不幸にしてきた奴等と同じ〝大人〟である弦十郎を信じる事がクリスには出来なかった。

 

「お前らもどーせあたしを物として使うんだろ!?あの娘みたいに!」

「……あの娘?」

 

 興奮して肩で息をするクリスの怒りを真っ向から受け止めようとした弦十郎だったがクリスの言葉に反応を示す。

 

「分からねーとか言うなよ。あんな風に狂わせて、あんなんじゃもう人間じゃねぇよ!」

「……未来君の事か」

 

 クリスの言う狂った人間に弦十郎はすぐさまそれが小日向未来を指す事が分かる。ネフシュタンの鎧を纏って現れた時から考えれば数少ない接触で当てはめるのは未来しかいない。

 だが弦十郎は答えが分かっても辛そうに目を伏せる事しか出来なかった。

 

「……キミは、あの時の未来君が狂ってると思うか?」

「ああそうだよ!それ以外にあんのかよ!?」

 

 イライラを隠せないクリスに弦十郎は迷ったがすぐさま決意する。

 言葉ではクリスに思いを告げる事も、彼女の間違いを正す事も出来ない。それが分かったからこそ、弦十郎は自分が一番やりたくないやり方でクリスの過ちを認識させる事を決めたのだ。

 

「分かった。もう動けるよな?」

「あん?まぁ歩けねぇ事はないけど」

「ならついてきてくれ」

 

 先程の正々堂々とした雰囲気は何処に行ったのか。迷いを含んだ声でそう言った弦十郎にクリスは戸惑いながらもベットから降りて病室を出た弦十郎を追いかける。まだふらつくが歩けない程でもなかった。

 

「今更だけどよ、いいのか?このまま逃げるかもしんねぇぞ」

「するならもうしている。それにこれが無いと逃げるに逃げれないだろ?」

 

 弦十郎はポケットから紐が通された赤いクリスタルのペンダントを取り出す。それを見てクリスはますます不機嫌になり舌打ちをした。これが外であれば唾の一つや二つ飛ばしていただろう。病院内でしないだけ彼女にもモラルはある。

 

 イライラしながら弦十郎についていくと病室の前に黒スーツを着た男、緒川慎次が一人立っている場所にたどり着く。そこのネームプレートには「小日向 未来」と書かれており、その名前を見た瞬間心臓が鷲掴みされるような感覚がクリスを襲った。

 

「司令。その人は」

「例の娘だ。未来君に合わせに来た」

「ですがその方を未来さんに合わせるのは」

「……()()未来君なら心配無い。俺もついていく」

「……分かりました」

 

 物々しい二人の会話にクリスは眉をひそめていると部屋の中からボソボソと話し声が聞こえる事にクリスは気づいく。暴れていた未来を知るクリスからは考えられないくらい、優しい声に戸惑いを隠さないでいた。

 クリスが戸惑っているのを知らない弦十郎は病室のドアを数回叩く。返事はなかったが弦十郎はそのままゆっくりと扉を開けて中に入った。

 

 そしてその目に入った光景にクリスは自分が何を見ているのか一瞬分からなかった。

 

 

「ねぇ響。今度は何処に行こうか?遊園地や水族館もいいね。でも響ならご飯が沢山食べられる場所の方がいいかな?二人で出掛けるならやっぱり楽しい思い出も欲しいよね!」

 

 

 楽しそうに、そして愛おしそうに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に向けて未来は笑みを浮かべて話していた。

 

 ほんの僅かな、しかもまともに会話をせず全てどちらが死ぬか分からない殺し合いの中で出会ったクリスでも信じられないくらい優しい声で灰が入った小瓶に向かって話す未来の姿に、戦闘中に味わったものとはまた別の恐怖が身体を支配した。

 

「どういう、コトだこいつは……」

「……彼女を保護してからというものノイズが現れなければ概ねこの調子だ。俺達二課の人間でさえ()()()()会話した者はいない」

 

 弦十郎の言葉にクリスは未来がこうなった理由を知らないはずなのに何故か動悸が速くなるのを感じた。

 

「さ、さっきからあいつは……誰と話してんだ……?」

 

 身体が恐怖で震えだす。自分が死ぬかもしれない恐怖でも、目の前でビンに話し続けている未来に対する恐怖でも無い。だが心の底から()()()()()()()()恐怖に身体の震えが止まらない。

 そんなクリスの姿を見て弦十郎は自分の事のように辛そうな顔を浮かべるがそれでもクリスが望む事を言おうと口を開く。

 

「……詳細までは不明だが、あの小瓶の中身は炭素の塊と見て間違いない。そして二年前、彼女の親友だった少女がノイズの犠牲になっている事も既に調べはついている。

 彼女が虚空に向かって呼びかけている名前とその親友の名前が同じ事から無関係とは……考えにくいだろう、な」

「っ!」

「クリス!」

 

 耐えられなくなったクリスは病室から走って外に出る。それを見て弦十郎はクリスを急いで追いかけた。

 

「?あ、ごめんね響。今度は二人でピクニックもいいね!それから──」

 

 音を立てて出て行くクリスと弦十郎に一瞬だけ顔を向けて不思議そうに顔を傾けるが再び何事もなかったかのように小瓶に向かって会話を再開した。その顔は幸せに満ち溢れていた。

 

 そしてその目に、光はない──

 

 ────────────────

 

「う、うぇぇ、うっ」

 

 吐き出してしまいそうなあまりの気持ち悪さにクリスは近くの壁に手を置きえずく。その背中を慎次が優しく撫でて少しでも気持ち悪さを無くそうとしていた。

 

(うう、なんだよ。なんだよあれは!)

 

 未来の姿はクリスの思っていたものよりも想像を絶するものだった。

 とても幸せそうに()()()()()。それが未来を見た最初の感想だった。

 

「……あれが今の彼女の現状だ」

 

 クリスを追いかけて来た弦十郎はクリスが落ち着くのを待って口を開く。もう見返す力はクリスには残っていない。

 それでもクリスな理解出来なかった。未来があそこまで狂う理由に。

 

「……キミは今、〝友人を一人失ったぐらいで〟あそこまで狂えるのか理解出来ていないだろう?」

「っ!?」

 

 今まさに思っていた事を弦十郎に言われてクリスは動揺を隠さず狼狽えてしまう。それを見て弦十郎は暴れる子に言い聞かすように優しい声で話す。

 

「両親を亡くしたキミにとって〝血が繋がらない友人を失った程度〟でも未来君にしたら狂うほど大切なものを失ったんだ。キミの中にある大切なモノを汚されて怒るように、彼女にとって親友がそれと同じものなんだよ」

 

 その言葉に思い出されるのは楽しかった頃の両親との記憶。自分を置いて勝手に死んで、そのせいで不幸になった原因でもあるのに、その思い出は誰にも汚されたくなかった。

 もしそれを汚されたら?もし目の前に両親を殺した奴が現れたら?その時、自分に復讐するだけの力があれば?

 そんなありもしない過程がいくつも浮かび上がる。未来と同じように狂うかは置いとくとしてもきっと復讐だけで頭がいっぱいになっていただろう。そして両親の仇と関係ある者は全て殺したいと思うだろう。

 

「彼女を正気に戻すためにあの小瓶を取り上げようとしたり、ヒビキという名前の人間がもういない事を伝えた者は全員殺されかけた。中にはシンフォギアを纏い暴れるケースもあった。故に下手に刺激せずに自由にさせている。その方が周りの被害も少ないからな」

「……ならシンフォギアを取り上げればいいだろ」

 

 なんとか動悸が収まり落ち着いたクリスは背中を撫でていた慎次の手を退けて弦十郎の方に身体を向ける。まだ顔は青いままで言葉にも力は無い。

 クリスの言葉はもっともな事なのだが、それが元から分かっていた事でも弦十郎は苦い顔をして頭を左右に振る。

 

「……彼女のシンフォギアは彼女の体内にあるんだ」

「体、内?」

「二年前の事故、いや事件で、な」

 

 もしあの事件がなければ未来は狂わなかっただろう。そして今も眠る風鳴翼も眠りにつく事はなかっただろう。既に起きてしまった事のためどうする事も出来ないがその考えは無くならない。

 

「もう一度キミに問う。今の未来君とキミを襲っていた未来君、キミから見てどちらが()()()だ?」

「それは……」

 

 クリスは答えられない。普通であればあれだけ殺意を振りまいていた時が狂ってると答えるだろうが、今の未来を見てあれがまともとは当然言えない。異常なほどではあるがむしろ人間らしい怒りと殺意を持っていた時の方がまともだと言える。

 それくらい未来はどうしようもないくらい()()()()()

 

「あたしは……あたしは!」

 

 あれだけ自分を邪魔して憎たらしかった未来の今の状態にクリスは分からなくなる。ノイズに対して向けるあの異常なほどの怒りと怨嗟と殺意、そして灰の入った小瓶に語りかける痛ましい姿。いったい何が彼女をそうさせたのか。

 

「教えてくれ。いったい二年前に何があったんだよ!」

 

 何処か「知りたくない」と叫んでいる自分がいる事を自覚しつつも聞かずにはいられなかった。聞かなければとても大切なモノを失う予感をクリスは感じていたのだ。

 

「……あれは二年前の事だ」

 

 弦十郎は目を瞑り二年前の忌々しく、そして光り輝く二人の少女の晴れ舞台を思い出したのだった──

 




正直あのイラストとこの話作ってる時点で殺意ありありで暴れまくる393とベットでビンに入った灰に話しかけてる393、どっちが狂ってるのか分からなくなりました。どっちも狂ってるっちゃ狂ってるんですが正気度を考えると……

他人にとって「その程度」の事でも人によっては「その程度」の事に周りの目なんて気にせず暴れてしまうものなんですよ(遠い目)。393にとってビッキーはそれくらい大きな存在でした。
……んーこの393、だいぶ前からクレイジーサイコレズが顔を見せてたよね?

ではでは、次回は待望(?)の過去編です!お楽しみに!

次回 太陽が消えた日

「陽だまりはね、太陽が無いと出来ないんだよ?」


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八話

さあ、ここでどれだけ393のビッキーへの想いと絶望を表現出来るか作者の腕の見せ所です!

……自信ねぇ_(:3」z)_



 ()──二年前、ライブ会場前にて

 

「遅いな〜」

 

 目が回るほどの人混みの中、その中で小日向未来は少し離れた場所で親友を待っていた。

 

 今日は超有名アーティストユニット〝ツヴァイウィング〟のライブの日。そして未来はツヴァイウィングのファンであった。

 

 未来が心から許せる親友はアーティストに興味が薄く、ツヴァイウイングも名前だけ知っているだけだったのでファンである未来は「勿体無い!」という理由で今日のライブを一緒に観る約束をしていた。

 当然親友は戸惑っていたが未来の頼みという事で今日一緒に観る事となった。しかし約束の時間は当に過ぎているというのにその親友はまだ現れない。

 

 目の前を通る人間をボーッと見ているが中々待ち人は来ない。時間的にもあまり余裕が無くなり、何か理由が出来て来れなくなったのかと思い始め連絡を取ろうと携帯端末を取り出そうとした。

 

「お〜い、未来ぅ!」

 

 離れて場所で聴き慣れた声が未来の耳に入る。顔を向ければつまずきながら走ってくる親友の姿があった。

 

「もう、遅いよ響!」

「ごめーん!来る途中道に迷ってた人がいて……」

「また人助け?もう……でも、間に合ったからいいよ」

「ありがとう!大好きだよ未来!」

 

 響と呼ばれた少女が未来に抱きつく。急に抱きつかれたせいで未来は顔を真っ赤にさせてあわてふためいたがそれを面白がるように響は離れようとしなかった。

 

「あう、も、もう!それより早く行かないとライブが始まっちゃうよ?」

「そそそ、そうだった!こんな所で喋ってる暇なんてないんだった!」

「ふふ。慌てないの」

 

 ころころと表情が変わる親友に未来は心が暖かくなる。

 よく響は未来に向かって「未来は私の陽だまりだよ」と言っているが、彼女自身は響の事を太陽だと思っている。みんなを明るく照らして不安な気持ちを暖かい光で穏やかにしてくれる。それに。

 

(陽だまりは、太陽が無いと出来ないんだよ?)

 

 そう楽しみで仕方ないという顔で落ち着かない親友に向けて心の中で呟く。きっとそれを言葉にしたら目の前の太陽は恥ずかしがりながらも笑って抱きついて嬉しい気持ちを爆発させるだろう。抱きつかれるのが恥ずかしい未来はそれが分かっているため口には出さない。いつか言いたいとは思ってはいるが。

 

「あ!ほら未来!列が進むよ!」

「分かったから引っ張らないで!」

 

 人がいなければ猛スピードでダッシュしているだろう親友に手を引かれ未来はライブ会場へ入っていった。

 

 ────────────────────

 

 ──ステージ裏にて

 

 ステージ機材の間に一人の青い髪の少女は膝を抱えて座っていた。

 これから始まる事への緊張と責任で気の小さい少女は不安でいっぱいだった。

 

「間がもたない、ていうかさ」

 

 そんな青い髪の少女に朱い髪の少女がゆっくりと歩いて近づいてくる。

 

「開演するまでのこの時間が苦手なんだよねぇ」

「……うん」

 

 朱い髪の少女の言葉に青い髪の少女頷く。だが不安を隠せない青い髪の少女とは違い、朱い髪の少女は興奮が抑え切れないというようにソワソワとしていた。

 

「こちとらさっさと大暴れしたいのに、そいつもままならねぇ!」

「……そうだね」

「うん?もしかして翼、緊張とかしちゃったり?」

「あ、当たり前でしょ!櫻井女史も今日は大事だって……」

 

 今日のライブは二課が担当するある完全聖遺物、サクリストN、別名〝ネフシュタン〟を起動する為の膨大なフォニックゲインを生み出す為の実験も兼ね備えていた。

 ライブを軍事目的に利用する事に青い髪の少女は忌避間はあったが、ネフシュタンが起動すれば人類の未来が決まるとなれば我慢しなくてはならない。その代わり失敗できないという緊張感が生まれそれに押しつぶされそうになっているのだ。

 

 朱い髪の少女、天羽奏は不安そうに顔をしかめる青い髪の少女、風鳴翼の額にデコピンを喰らわせる。驚いた翼とは対照的にニヤニヤとしている奏は大袈裟に腕を広げる。

 

「かぁ〜!真面目が過ぎるねぇ!……あんまりガチガチだと、その内ポッキリいきそうだ」

 

 ふざけていた雰囲気とは一転し翼の後ろに移動した奏は優しい声音で翼をその手で包み込む。それは気の小さい妹をなだめる姉のような暖かさがあった。

 

「あたしの相棒は翼だ。なのに翼が楽しめないとあたしも楽しめないよ」

「奏……」

 

 翼は自分を優しく包み込む奏の手に触れる。その優しさと暖かさが触れた先から伝わって先程まで感じていた不安や緊張が薄まっていき、何故そこまで縮こまっていたのか分からなくなるほど今は落ち着いていた。

 

「そうだね。私達が楽しまないとお客さんも楽しめないよね」

「わかってんじゃねぇか」

 

 もう緊張していない翼を見て微笑みを向ける奏に翼も同じく笑みを返した。奏の知る彼女に戻って安心のため息を吐く。

 もう本番まで時間はない。だが奏に釣られて翼も興奮が抑えられず、元気に立ち上がった。

 

「奏と一緒ならなんとかなりそうな気がする!行こう、奏!」

「ああ!私と翼、両翼揃ったツヴァイウイングなら何処まで飛んで行ける!」

「何処までも超えて行ける!」

 

 頷き合い、そして互いに手を繋いだ奏と翼はアーティストとしての戦場へと意気揚々と一歩を踏み出した。

 

 そしてライブが、運命の日の幕が開かれた。

 

 ────────────────────

 

 既に観客はほぼ満員。中には早く始まらないか落ち着かない者も多々いた。

 

「はい、響」

「えっと……これは?」

「ペンライトだよ。こうやって」

 

 そう言って未来は会場に入る前に買っておいたペンライトを響に渡す。

 両端を持って真ん中から折るように力を入れる。すると実際折れたかのような感触が手に伝わったと思うとペンライトは光だした。

 

「やっぱりライブはこれが無いとね♪」

「うわぁ、すっごい笑顔。私の知らない未来だぁ」

「ほら響!始まるよ!」

 

 そして始まるツヴァイウィングのライブ。

 

 天羽奏と風鳴翼が舞台に舞い降りた瞬間。歌が始まる前からすでに観客のテンションは高まっていた。

 

 ライブの始まりの歌は『逆光のフリューゲル』。この時点で観客のテンションは最高潮と言っても良いほどの盛り上がりがあった。

 二人の歌が会場に響き渡る。応援するように二人の歌に合わせる観客の声が一つになり、会場を揺らすほどの声量となるがそれでもツヴァイウイングの二人の歌はその声をかき分けて目立っていた。

 

「イェーイ!」

「い、イェーイ……」

 

 いつもと違う親友のテンションに響は戸惑う。いつもは物静かで落ち着いている未来がこんなにもはっちゃけている姿を見た事が無い為当たり前なのだが、それを差し引いても未来のテンションについていけなかった。

 

「響!もっと大声で!イェェイ!!」

「い、イェーイ!」

「もっと!」

「イェェェェイ!!!」

 

 未来に促されて大声を出す。普段であれば恥ずかしいのだが周りは響以上に声を張り上げている為そこまで気にならない。

 恥ずかしさが消え、何処か楽しくなってきた響は周りに釣られるように自身の興奮が抑え切れなくなっていく。

 

 会場の天井が割れ外の夕日に照らす。それにより更に神々しさが増したツヴァイウイングの二人の歌と観客が一つになった。そう感じられるほど観客達の心は二人の歌に魅了されていた。

 

「まだまだ行くぞおおお!!!」

 

 そして一曲目が終わり未来も響もそして観客も手を叩いて拍手喝采。それに囲まれながらも同じくテンションを上げている奏と翼は二曲目を歌おうとした。その時だった。

 

 会場の中心が大きく爆発したのだ。

 

 突然の爆発に近くにいた観客は戸惑う。中には爆発に巻き込まれて怪我をした者もいた。

 

「いったい何が!?」

「……うん?」

 

 予想だにしていない出来事に戸惑う翼だったが奏は目の前の光景に違和感を覚える。そして知っていた。それが奏の両親を殺した奴等の仕業だと。

 爆発で舞い上がったのは砂煙のはずなのにそれに混じる〝灰〟に気がついた瞬間、砂煙が晴れて見えてきた目の前に現れた〝地獄〟に、その場にいた観客全員が凍りついた。

 

「ノイズだああああぁぁぁ!!!」

 

 観客の誰かが大声で叫ぶ。それを合図に砂煙の中からその場を包んだ恐怖とは似合わないカラフルは生物が、世界で最も恐れられる存在が姿を現し、観客に向けて走り出した。

 一人、また一人と老若男女関係なくノイズに飛びかかられノイズと共にその身を灰と化していく。それは誰が見ても分かる〝死〟だった。

 

 

「逃げるんだ!」「おい、早く行け!」「せ、せめて子供だけでもっ!」「くそ、邪魔だ!退け!」「死にたくない、死にたくない!」

「助けてくれえぇ!!!」「も、もうそこまで来てるぞ!?」「た、助け、あああ!?」

 

 さっきまで一つになっていた観客が今バラバラに自分勝手に動き、怒号が飛び交う。中には前の人を押し倒して我先に出入り口のゲートへ行こうとするものまでいる。

 ゲートが詰まり、身動き出来なくなった観客にノイズは次々と襲い掛かりその身と共に炭素化していく。まさに地獄だった。

 

「くそ!行くぞ、翼!」

「でもまだ許可が」

「そんなの待ってたらみんな死んじまうよ!」

 

 壇上から奏はノイズに向かって飛ぶ。一瞬迷って奏を追うように翼も同じようにノイズに向かって飛び、二人は胸元に垂らしていた赤いペンダントを握る。そして頭の中に浮かんだ〝歌〟を口ずさんだ。

 

 

 ──Croitzal ronzell gungnir zizzl──

 

 ── Imyuteus amenohabakiri tron──

 

 

 二人を眩しい光が包み込む。それに触れた眼下のノイズ達はその身を灰に変える。そして光の中からオレンジと黒のインナーに機械的な装甲を纏い、その手に大槍を持った奏と青と黒のインナーに同じく機械的な装甲を纏い青いラインの入った白い刀を持った翼が颯爽と現れた。

 

「いけえええぇぇぇ!!!」

「はあああぁぁぁ!!!」

 

STARDUST∞FOTON

千ノ落涙

 

 広範囲に渡り無数の槍と刀がノイズ目掛けて飛来する。歌う事で高められるシンフォギアの能力も合わさり小型のノイズであればひとたまりもない。

 次々と現れるノイズに奏は槍を、翼は刀を持ち屠っていく。人間を灰にするという恐ろしい能力はあるものの戦闘能力自体は高くないノイズでは二人を止められる事が出来ない。数が少なければ。

 

「くっ、数が多い!」

 

 二人にとって有象無象のノイズも数を揃えられたら対処する事が出来なくなる。しかも観客を気にしながらとなるとどうしても隙が出来てしまう。

 シンフォギアを纏った瞬間はその圧倒的な力によりノイズをいともたやすく屠っていたが徐々に疲れが見え始める。それでも二人はその手に持った武器でノイズを倒し続けていた。

 

「……なに……これ?」

 

 アーティストであるツヴァイウイングの二人が武器を持って戦う様子を観客席から呆然と見ていた響は呟く。

 予想にしていない展開に一般人である彼女の頭はその処理能力を超えていたためまるで夢を見ているような気分だった。

 

 

 そして、ここで運命が分かれた。

 

 

「何やってるの響!?」

「み、未来?」

 

 喧騒の中でただ呆然と会場の中心で闘うツヴァイウイングの二人を眺めていた響の腕を未来は力強く掴む。それにより響は現実に戻された。

 

「ここは危ないから早く逃げないと!」

「う、うん」

 

 まだ呆然としている響を引っ張り未来は出入り口の方へ走り出した瞬間、今まで二人がいた場所の足元がノイズがまだ沢山いる一階席へ崩落した。もう少し遅ければ近くで戦っていた()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「あ、危なかった……」

「それより早く!」

 

 ホッとする響とは裏腹に焦る未来に引っ張られて響は近くの出入り口に向かうがそこはまだ逃げ遅れた人で混雑している。しかも気づいていないのかそれとも動けないのか、その集団にノイズが近づいていた。もうじきそこも地獄と化すだろう。

 

「そんな……」

「もう何処も人かノイズで……っ!?未来!!!」

 

 不安になる二人を嘲笑うかのように今いる足場が崩れ二人一緒に地面に落ちる。幸い小さく崩れただけでだったため瓦礫に挟まれるような事にはならなかった。

 

「いたたた……」

「大丈夫?未来、っ!」

「響!」

 

 未来は辛うじて少し身体を打った程度だったが響は足が瓦礫にかすったのか痛々しい怪我を負い血が流れていた。医療の知識が無い未来でも一人で歩くのは不可能だと分かるくらい深く怪我をしている。

 

「うう……み、未来だけでも早くっ!」

「嫌だよ!響を置いて行くなんて!」

 

 響を置いて行くという選択肢のない未来は肩を貸そうと手を伸ばしたその時だった。

 

「ッ未来ううぅぅ!!!」

 

 伸ばされた手を取ろうとした響が大声を上げると共に未来の伸ばされた手を拒否するかのように力いっぱい未来の身体を押して遠ざける。

 突然の事にバランスを崩した未来はそのまましりもちをつく。そしてその直後、真横にあった瓦礫に何かがぶつかり、爆発したかのような風圧が未来の身体を襲った。

 

「うう、いったい何……が……」

 

 風が収まり目を開ける。目の前にあった瓦礫は不自然に崩れているが、未来の目にはそれは些細な事だった。

 

 目の前にいたはずの親友の姿が、そこには無いのだ。

 

「ぇ……響?何処に……え?」

 

 未来は今まですぐそこにいた親友を身体が痛むのを我慢して探す。

 今の風圧で何処かに飛ばされたのかもしれない。足の怪我から下手をすればもっと出血しているかもしれない。

 そんな不安を感じながら辺りにいない事が分かると立ち上がって探そうと手をつくとそこにあった()()()の中に手を突っ込んでしまった。

 

 それを見た瞬間、未来は顔を青ざめさせて激しい動悸が身体を襲った。

 そんなはずは無いと自分に言い聞かせながらゆっくりと灰の塊から手を抜こうと動かすと何かが手に当たる。恐る恐るそれを掴んで灰の塊から手を出すと、それは見た事がある物だった。

 

 見間違える筈がない。それは未来が響の誕生日に送った赤い雷のような形をしたヘアピンだった。

 

「うそ……やだ、何処なの響っ!?」

 

 信じない、信じたくない。認めたくない。

 目の前の灰が何なのか頭で分かっていても心がその答えを全力で否定する。そうせねば修復出来ないくらい木っ端微塵に自分の中の何かが砕けてしまう予感がしたからだ。

 

 動悸が止まらず息も上手く出来ず苦しくなるがそれでも未来は赤い雷の形をした二つのヘアピンを離すものかと胸元で強く抱きしめる。そのため手についていた灰が風に乗ってふわりと流れて行った。

 

「ッ!ダメ、ダメ!」

 

 混乱している未来は必死になってかつて親友だった灰を手でかき集め持っていた鞄に入れる。何の意味も無い、すでに手遅れな行動なのだが未来にはそれすら分からないほどパニックに陥っていた。

 

 

 無我夢中で親友だった灰を鞄の中はかき集める未来の後ろでは奏と離れてしまった翼がノイズの大群相手に孤軍奮闘としていた。

 

「つうっ!まだまだ、ッ!?」

 

 ボロボロになりながらも刀を振り続けていた翼は自分の後ろにいる未来の姿が視界に入る。未来も落下の衝撃や風圧により服も所々破れていたが動いている事から何も知らない翼は〝生きている〟という認識だけあった。

 

「そこの貴方!逃げなさいッ!早くッ!!!」

 

 自分を守るだけで精一杯の翼も既に限界が近いその中で人一人守って戦うのは不可能と自身が分かっていた。そのため早く逃げるよう未来に声を掛けるが今の未来にそんな余裕はあるはずも無い。

 

「いったい何を」

 

 未来が動かない事が疑問に思い一瞬、時間にすれば一秒も無いくらいの思考の停滞。それが命取りになった。

 

「目を離すな翼ッ!!!」

「ッ!?」

 

 遠くでノイズをは屠っていた奏の声ですぐに前を向くが時は既に遅し。

 小型のノイズに目を引かれていた間に身体をドリル状に変形させた小型のノイズが突進してくるのと、大型のノイズ数体が翼に向けて口のような射出口から溶解液のような液体を放ったのだ。

 

「もういい!助けるのは諦めろ!逃げるんだッ!」

 

 既にLiNKERが切れて余裕が無くなっている奏の声が翼の耳に入るが市民を見捨てて自分が助かるという考えがない翼は対抗しようとするが突然の事に思考が追いつかず、ドリル状になったノイズは刀で切り払う事は出来ても溶解液のような液体は防ぐ事が出来ず直撃してしまう。

 幸いシンフォギアのおかげで身体が溶かされるような事は無く、身体に当たった瞬間に溶解液は変質して灰になったがそれでも巨体から繰り出されるその量に翼は踏ん張る事が出来ず、吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐ、あああぁぁ!?」

 

 あまりの勢いに地面に強く叩きつけられシンフォギアは大きくヒビが入り、脆い部分は大きく破損する。そして持っていた刀の半端から折れ砕けてしまう。

 

 

 そして折れた刀の先端は親友だった灰を集めていた未来の心臓を貫いた。

 

 

「ああ……」

 

 地に伏した翼は自分の刀が心臓を貫き、血を吐きながら血溜まりに沈み、誰かの名前をかすれた声で呼ぶ未来を見て自分の愚かな選択と未熟さ、そして悔しさに心が折れそうになる。

 

「私には、誰かを守ることも、出来ないのか……」

 

 まだ未来は辛うじて息はあるがそれも間も無くして潰えてしまうのは予測出来る。もう手当てでなんとかなるレベルは当に過ぎていた。

 残った力を使いここで逃げても誰も文句は言わない。むしろ最後まで戦った事を褒める者もいるだろう。それにここで死ねばこれから先に現れるノイズから人々を守る守護者が一人いなくなる事になる。それだけでどれだけ被害が拡大するか。

 

「でも……ここで逃げれば、私は二度と歌えなくなる……奏と一緒に飛べなくなる……」

 

 誰かが許しても自分が許さない。弱い自分に逃げては最大にして最高の相棒(パートナー)の隣で羽ばたく資格は無い。

 だから歌う。正真正銘全力をもって文字通り命を賭した破滅の歌を。身を滅ぼす絶唱を。

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal──

(今日、折れて死んでも、明日に人として歌うために)

 

 

 辺りを異様な空間が包み込む。心がないはずのノイズは何かを感じ取ったかのように翼から離れて逃げようとし始めた。

 

 

 ──Emustolronzen fine el baral zizzl──

(奏だってきっとそうする筈だから)

 

 

「やめろ!それを歌うな、翼ッ!!!」

 

 空間の色彩が変わるような異様な波動。それを感じた奏は翼がやろうしたある事を察すると顔を青ざめさせて叫ぶ。

 奏はこの歌を知っている。シンフォギアの最大の武器でありその命と引き換えに莫大なフォニックゲインを爆発させる禁忌の技。

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal──

(どうか……奏が、奏の道を間違えませんように)

 

 

「ダメだ……ダメだダメだダメだ!!!やめるんだ翼ッ!生きるのを諦めるなあああぁぁぁ!!!

 

 瞳に涙を溜め、大槍を投げ捨ててでも止めようと必至に翼の元へ走り出しその手を伸ばす。それを見て翼は悲しそうに、そして奏を安心させるように笑顔を浮かべる。

 

 

 ──Emustolronzen fine el zizzl──

(どうか……生きて……かな、で……────

 

 

「翼ああああぁぁぁぁ!!!」

 

 そして世界は青い光に包まれる。

 突然吹き荒れる大きな衝撃にノイズを跡形もなく消し炭にし、大きさ関係なく存在そのものを消滅させる。奏もダメージ自体は無くともその大きな衝撃に身体が耐えられず吹き飛ばされる。

 

 だがそんな中で一つの小さな奇跡が起きる。

 ノイズにとっては畏怖するであろう青い光は心臓を貫かれ命の灯火が消えかけの未来をそっと優しく包み込み、そして未来の身体を貫いていた青いラインの入った白い刀が少しずつ粒子化していき未来の身体に入り込む。刀が完全に消滅する頃には血溜まりの中で()()()未来が横たわっている光景に変わった。

 

 そして破滅の歌を歌いきった一人の青い髪の歌女は力無く膝をつき倒れた。

 

「翼ッ!」

 

 奏は足を引きずってあちこち砕け、自分の流した血で血だらけになったシンフォギアを纏ったまま倒れた翼の元に向かう。

 

「嘘だろ?お願いだ、目を開けろよ……開けてくれよ!」

 

 絶唱を歌ったバックファイアにより目や耳からも血を流しながら、そして何処か安らかな笑みを浮かべたままぴくりとも反応しない翼に奏は涙を流して名前呼び続ける。

 

「あたし達は二人でツヴァイウィングなんだろ?だからあたしを一人にするなよ……あたし一人じゃ飛べないんだよ!!!だから起きてくれよ、翼ッ!!!」

「……………………」

「〜〜〜〜〜!」

 

 しかし必死に翼の名前を呼んでも反応はしない。その姿に奏は涙を流し声にならない叫びを上げる。形容し難いその泣き声は誰もいない荒れ果てたライブ会場に響いたのだった────




クリスちゃんの精神がヤバイ?この未来さんと奏さんを見て同じ事が言えるか!(白目)

ここの響は既にある程度の正義感と明るさを持っています。多分原作でライブ後〜シンフォギアを纏う前くらいに。そのため未来さんの目を離せないという思いが早い段階で溜まっているので好感度も高いです。だから失った時の悲しみは……

勝手な設定で響のヘアピンは未来さんが送った物にしましたが、書いた後に「これ、予想以上に未来さんに酷い事してるよね?」と顔が引きつりました(汗)

原作含めもしライブ事件がなければきっと未来さんはもっと明るくて、そして美しい百合の花が咲いてたと思うんですよ。ちゃんと互いに分かり合った純粋な百合の話が、ね!

次回 陰る陽だまりと黒く染まりし神剣

まだ過去編は続く……


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九話

予想以上に長くなってしまった。

時間軸的には前半ライブ直後、後半原作一話終盤&二話冒頭辺りです。原作と比べ寄り添ってくれる太陽がいない陽だまり……グレビッキーとはまた違う絶望に染まった少女が復讐の力を手に入れたら?

それでは、どうぞ!



 日が沈み切り、辺りは街灯や家から漏れる光で照らされる街中をふらふらとさっきまでライブ会場にいた未来は重くなった鞄を抱きしめながら歩く。気付いた時には何故か見慣れた街を歩き、何処かへ向かっていたのだ。

 

 身体のあちこちが痛く、身体が酷く重い。怪我をしているのか、心身ともに疲れ果てたのか、それとも身体を支え切れないくらい精神がすり減ってしまったのか。それは未来自身も分からない。

 それでも歩は止めない。自分が何処へ向かっているか分からないが、それでも足を止めず歩き続ける。

 

 見知った人、見知った道、見知った店。それらを通り過ぎてたどり着いたのは一軒の家の前だった。そしてその家の表札には「立花」と書かれていた。

 

「あら未来ちゃん。どうしたのこんな遅くに……っ怪我してるじゃない!?」

 

 玄関から出てきた親友と何処か似ている女性は未来の姿を見るなりそのボロボロになり血がついた服を見るやいなや心配して未来には近づく。

 

「大丈夫なの!?痛くない?響は一緒じゃないの?」

「っ!」

 

 とても心配そうに未来を見る女性、親友の母親のその声に未来はとうとう耐えられなくなった。

 身体を震わせ涙を流し、力無くへたり込んでしまう。そんな未来に響の母親は怪我をしていると思い急いで救急車を呼ぼうと立ち上がろうとすると蚊の鳴くような声で未来が何かを言っている事に気づいた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっ」

 

 嗚咽を漏らして許しを乞う未来に響の母親は戸惑うがその時、未来の抱えていた鞄からはらりとひとつまみほどの灰がこぼれ落ちる。それを皮切り未来は声にならない嗚咽を漏らして涙を流した。

 いったい何故泣いているか分からない未来に響の母親は鞄からはらりと落ちた灰を見て嫌でも何かを悟ってしまい動けなくなった。

 

 太陽が沈み暗闇が支配した世界で陽だまりはただただ泣き続けた。

 

 ────────────────────

 

 時間というものはどれだけ進むのを止めようとしても、または時を戻そうとしても無情にも時を刻んで行く。

 

 親友を無くして心にポッカリと大きな穴が開いた未来はライブ事件から数日、まともに食事を取る事も出来ず、言葉も忘れたかのように家族と話すことも無く、自室で膝を抱えて丸くなっていた。

 

(私が響をライブに誘ったから……私がツヴァイウィングの事なんて話したから……私なんかと友達になったから……私が、私が……)

 

 親友の無情な死は自分のせいだと思い、心に大きなヒビが広がって行く。考えるのを辞めないと取り返しがつかない事になると分かっていても考える事を止める事が出来なかった。

 

(なんで……私が生き残ったんだろう……)

 

 傍らに未来が誕生日にプレゼントし、響がいつもつけていた赤い雷のような形のヘアピンに紐を通してかつて親友だった灰の入った小瓶の口に巻いたそれを拾い、胸元で抱きしめる。

 

「響……響……ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

 

 枯れ果てたと思った涙が身体に残った水分までも絞り出すかのように流れる。泣き続けたせいで目元は赤くなり痛みもある。喉も嗚咽を漏らし過ぎてかすれた声が痛々しく漏れるだけ。

 それでも涙は止まらなかった──

 

 両親の献身的な介護でまだ表情に陰りがあるものの食事や会話ができる程度には精神的に落ち着いた未来はまだ悲しみに明け暮れながらも少しずつ元の生活に戻ろうと努力をしていた。それがもうこの世にいない、自分をいつも照らしていた太陽を安心させる為と自分に言い聞かせて。

 

 そして未来は新たな地獄を見る。それは辛うじて砕けていなかった心のヒビを更に大きくする程だった。

 

 自分の努力を否定され、自分の想いを勝手に捻じ曲げられ、自分の命を弾劾され、その矛先を家族に向けられて、未来の心のヒビは大きくなる。

 落ち着いていた精神が悪化し、再び狂い始めた未来を守る為に未来の両親は引っ越しを決意する。自分達のせいで一人娘が心に大きな怪我を負ってしまった事も理解している。それでも救う為に町から離れるのを決心したのだ。

 

 そして未来は両親に連れられ親友との思い出が詰まり、そして自分の心に大きな傷痕を残した町を離れる。

 

 その目は既に酷く淀んでいた。

 

 ──────────────────

 

 ──ライブ事件から二年後

 

 

「今日の授業は終わりです。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」

 

 授業の終わりを知らせる鐘がなり、先生の一声で今日の授業は終わる。

 帰路に着く準備を始める生徒は全員女子であり、男の姿は一人もいない。

 

 〝私立リディアン音楽院〟

 

 まだ設立十年ほどの新しい学園ではあるが普通科の授業と共に音楽関連の多彩な授業を中心とした小・中・高一貫の女子校であり、十年という短い間に少なくない数のアーティストを産んできた実績もある有名な学園だ。そのアーティストの中にはかつてツヴァイウィングとして名を轟かせ、現在ソロ活動中の天羽奏と療養中と言われる風鳴翼の二人もいた。二人に憧れて学園の門を叩く人間は多い。

 

 流行りの店やファッション、または授業の内容等の話が華々しく広がる中、一人だけ全く違う雰囲気を出して帰る準備を進めていた。

 

「小日向さん」

 

 学校指定の鞄にノートや教科書を詰めていた白いリボンが特徴的で少し痩せ細った印象を受ける黒髪の少女、小日向未来に向かって三人の少女が近づく。

 

「……なに?」

「今日三人で行きたい所があるんだけど、ヒナもどう?」

 

 そう言ってショートカットの少女、安藤創世が切り出す。ヒナというのは創世が勝手につけた未来のあだ名だ。

 

「それに入学してから小日向さんはいつも一人でしたのでお話したいと思っていましたので」

「漫画やアニメの事知ってたら仲良くなれそうだしね!」

 

 創世の後から未来に最初に話しかけたおっとりしてそうな性格の長い金髪の少女、寺島詩織とやたら元気なツインテールの板場弓美も矢継ぎ早に声をかける。

 実際未来はリディアンに入学してから必要な時以外声を出していない。クラスが違う者は未来を知っていても声を聞いた事が無いというのも少なからずいた。それに加えて誰とも仲良くならず授業が終われば何処にも寄らずに寮に帰るとしたら心配せずにはいられないだろう。

 そんな未来に話しかけたのが仲良しの三人組であった。

 

「……私は、別に……」

「それじゃ行こ!」

「え、いや、そういう事じゃっ!」

 

 未来は遠回しに断ろうとしたが言い終わる前に意味を曲げて理解した弓美に手を引かれてしまう。振り解けないほどの力では無いが未来は突然の事に戸惑い近くにいた創世と詩織に目を向ける。だが二人は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「こうなった弓美はうるさいからね」

「今日は付き合ってあげて下さい」

「でも」

「ほ〜ら!早く早く!」

 

 未来は困りながらも強引な弓美に引っ張られ教室から出る。その後ろに創世と詩織も後をついてくる。弓美の強引さがかつての親友の姿と重なり胸に痛みが走ったのは本人以外知るよしがなかった。

 

 

 

 学園から出て町にを歩く。未来は寮生である為必要が無い限り町に出る事はない。だが今日は特に仲良くもないクラスメイトの三人組に連れられて町を歩く事になった。

 前を歩く三人は楽しく話し合い笑いる。その光景に自分の場違い感に居心地の悪さを感じていた。

 

「どうかしたの?ヒナ」

 

 創世に突然話しかけられ狼狽るが直ぐに頭を左右に振って何も無い事を示すがそれに納得がいかないかのように詩織と弓美も立ち止まり振り返る。

 

「何があったかは詳しくは聞きませんが、私達にできる事があれば遠慮なく話して下さいね」

「そうそう。無理に溜め込んで闇堕ちとかアニメの世界だけにしてよね!」

「……うん、ありがとう」

 

 未来は無理矢理作った笑みを浮かべる。その姿に三人は何か言いたそうにしたが本人が話さないなら聞かないほうがいいと理解して歩みを再開する。

 三人が前を見た事を確認すると未来は鞄を開けて中にある小瓶をジッと見つめた。

 

(……きっと、昔の事を話したら……また迷惑をかけちゃう)

 

 二年前のライブ事件直後の世間的な騒動。そのせいで家族に大きな迷惑をかけた未来はこれ以上昔の事で迷惑をかけるのを忌避していた。それ故に、三人にこの事を話してあの頃のようになればまた両親に迷惑をかける事になる。それだけはなんとか回避したかった。

 自分はどうなってもいい。そんな気持ちを心の隅に置きながら。

 

「あれ?」

 

 前方を歩いていた弓美の声に未来はハッとして鞄を閉める。鞄の中身を見られていない事を知ってすぐさまホッとするが創世と詩織の戸惑っている姿を見て何があったのかと思い三人に近づく。

 

「……どうしたの?」

「いえ、何故か人が少ないと申しますか」

「人の気配が全くないね」

 

 その言葉に未来は辺りを見回す。あまり外を歩き回る未来ではないがそれでも今いる場所は道路が広く、コンビニやレストランがあるような大通りなため人が少ない事はあっても人が一人もいないという事は無いはず。なのに視界の中には人の姿が映らない。

 

「避難……いや警報とか鳴ってないよね?」

「偶然人がいなかった……とか?」

「まさか別の世界に迷い込んだ!?」

 

 三者三様に不安がるが未来だけは少し違う。

 一人も人がいない光景は初めてだが、何故か心臓の鼓動が早くなり息が苦しくなるその感じは経験した事があった。

 

「あれ、あそこに子供がいるね。しかも泣いてる?」

「迷子でしょうか?」

「ちょっと話聞いてくるね!」

 

 弓美は未来達を置いて少し離れた所で蹲る女の子に向かって走り出す。その後ろ姿を見ている創世と詩織の影に隠れて未来は鞄を胸元で強く抱きしめて落ち着こうと深呼吸しようとした、その時だった。視界の端の地面に何か、そう、()()()()()()()()()が落ちているのが見えたのだ。

 

「あ、あぁ……」

 

 身体が震え出す。上手く呼吸も出来ず胸が苦しくなる。

 何故人の姿が無いか?何故灰の塊があるか?何故こんなにも自分の身体が震える?

 未来はそれが何故か知っている。二年前に親友の命を奪った忌々しい存在がそれらを可能としていたのをこの目で見たからだ。

 

「どうしたのヒナ!?」

「凄い汗……具合でも悪いのですか!?」

 

 震える身体を自分の手で抱き締めているとそれに気づいた創世が未来の肩に手を置き、詩織は持っていたハンカチで未来の汗を拭う。

 

「あ……うぁ……」

 

 逃げなければならない。それを伝えようにもその言葉が喉に引っかかって出てこない。

 心臓の鼓動が早くなり息苦しさが大きくなる。そしてそれに伴いとてつもない嫌な予感が全身を包み始めていた。

 

「みんな!」

「板場さん!小日向さんの様子が」

「それより早く逃げなきゃ!」

 

 弓美が血相を変えて女の子の手を引き戻ってくる。未来の状態を話そうとした詩織の言葉を遮り若干青くなった顔でここから避難する事を提案する。勿論何故そう言うのか分からない創世と詩織は混乱するが次の弓美が言った言葉に二人も顔を青くした。

 

「ノイズが、ノイズが現れたって!」

 

 その言葉を合図に、近くの民家の上から数匹のカラフルな色の絶望の化身、ノイズが姿を現した。

 

 

 

 

 

 あれからどれほど走っただろうか。

 未来と弓美が連れてきた小さな女の子含めた少女五人はひたすらノイズを回避しながら沢山の灰の塊が落ちている町中を走る。

 何処もかしこも人気は無く、逆に何処にでも落ちているかのようにある灰の塊が全てノイズの被害である事を物語っている。

 

「はぁ、はぁ、もう、無理です……」

「わ、私も……」

 

 全員息が上がる中、運動が苦手な詩織が先に膝をついてしまう。それに釣られるように弓美もその場にへたり込んでしまった。

 唯一創世はまだ立っていたが小さな女の子を背負っていたため話す事が出来ないほど疲労しているのは誰が見ても明らかだ。そしてそれは未来も同じだった。

 ノイズが現れたからというもの心臓が張り裂けそうなくらい痛く、呼吸も上手く出来ないまま走ったため目眩を起こしている。それなのにここまで走れてのは生存本能か、それとも別の要因か。

 

 その時だった。遠くで銃声が響いたのだ。

 

「銃声?もしかしたら救助かも!」

 

 疲れてヘトヘトになっている創世は銃声を聞いて僅かな希望を持つ。それは後ろで座り込んでいる弓美と詩織も同じだった。

 再び立ち上がった二人は限界に近い身体に鞭打って走りを再開しようとした時、未来がその場から動いていない事に気付いた。

 

「小日向さん!早く行きましょう!」

「う、うん」

 

 詩織の声に未来はまるで()()()()()()()()()()()()()ような痛みに耐えながら三人の後を追う。

 

 そして近くまで来た五人が見たのは希望では無く絶望的な光景だった。

 

 ────────────────

 

 ニ課のモニターに写るのは家の屋根や壁に張り付いたり、道路をこれでもかと所狭しに移動する見晴らす限りの絶望の化身。

 それをなぎ払うのは一本の大槍を振り回す一人の少女だった。

 

『うおらあああぁぁぁ!!!』

 

『LAST∞METEOR』

 

 大槍の穂先が回転し、そこから大きな竜巻が巻き起こる。その竜巻は地面をえぐりながら眼下のノイズを巻き込みなぎ払う。

 竜巻が止み、巻き上がった砂煙が晴れるがまだそこには大量のノイズがひしめき合っていた。

 

『くそ!数が多い!』

「無理をするな!君が動けなくなれば町の住民は」

『分かってる!』

 

 モニターを見て通信機越しに命令していた弦十郎言葉に奏はイライラを隠せずに怒鳴る。

 ライブ事件から二年。あれから奏は絶唱のバックファイアにより辛うじて命は助かったが精神に大きなダメージを負い眠りについた翼の代わりに一人で戦っていた。

 アーティストとしてもシンフォギア装者としても一人になり責任という重圧に押しつぶされそうになりながら鍛錬と歌の練習を繰り返していたが、孤独感は拭えなかった。それが奏の精神を徐々に追い込んでいる事に奏自身は気付いていなかった。

 

『来いよ。一匹残らず駆逐してやる!』

 

 家族を殺され、最高の相棒が眠りにつく原因となった目の前の憎き敵に怒りを抑えずに持っている大槍を振り回す。

 人を灰するという人に対して圧倒的な脅威のノイズもシンフォギア相手にはその能力が効かないため奏は何も恐れる事なくその大槍をノイズに叩きつける。

 

 だが翼と違いLiNKER頼りの純粋な装者ではない奏が安定しない精神のままで長く戦う事は不可能だ。

 

『これでも、くっ!?』

 

 急激に身体が重くなり、持っていた大槍を掴む手からも力が抜ける。それでもなんとか握り直し近くにいたノイズを貫こうとしたが大槍はノイズの身体を貫かずに通過してしまい、逆に奏がノイズの攻撃により吹き飛ばされた。

 

「何が起きた!」

「フォニックゲイン出力低下ッ!相違差障壁の無効化の維持が出来ません!」

 

 弦十郎の問いにすぐさま朔也は答える。

 元より身体的にも精神的にも無理をしている奏を戦場に出す事自体あまり得策ではない。辛うじて戦えるが何か一つ歯車が狂えばすぐに瓦解する程奏はシンフォギア装者としてのギリギリのラインを歩いていた。

 だがそれでも制限時間というものは嫌でも存在していた。

 弦十郎は悩み、そして決断する。

 

「……二課より一課へ。現段階にて作戦を中止。速やかに撤退せよ」

『……こちら一課。了解した。装者を回収し速やかに帰投する』

 

 それは誰もが、そして弦十郎自身が一番選択したくない選択だった。

 直令所にいる全員だけで無く現場にいる者も全員悔しさで歯を強く噛み締める。だが弦十郎がどれだけ身を切り裂く思いで決断したか分かっている為その命令を潔く聞き入れる。奏以外は。

 

『待てよダンナ!まだあたしは歌える!まだ要救助者は残ってるんだろ!?だったら!』

「お前を要救助者の一人にする気は無い」

『それでも、ッ!離せ!』

 

 話している途中に奏は更に声を荒げる。モニターを見れば武装した一課の隊員が奏の腕を掴んでいるところだった。

 シンフォギア本来の出力を出しているのならただの人間に腕を取られたところで簡単に振り解ける。だが奏の身体は等に限界が来ておりその腕を振り解けないくらいにシンフォギアの出力は落ちていた。一般人よりも力強くても鍛えた大人数人で動きを封じれる程に。

 

『離せ、離せよ!撤収?フザけるな!お前らも知ってるだろ!?奴等がシェルターなんかでどうにも出来ない事!見殺しにする気かよ!!!』

「……構わん、鎮静剤を投与しろ」

『よろしいので?』

「命令だ」

 

 暴れる奏を取り押さえる一課の隊員にそう告げる弦十郎は自分の手を骨が軋み血が出るほど強くに握る。

 出来るのであれば弦十郎自身が現場に行きノイズを殲滅したい。だがどれだけ世界最強と言われようとノイズの前では無力。であればノイズに有効な現最大の戦力である奏をなんとしてでも生かすのは当然の事。失う事があればこれからのノイズ被害が目も当てられないほど酷いものになる。例え今回の襲来で被害が大きくなってでも次に繋がなければならない。

 

「本当にいいの?」

「……ああ。全ての責任は……俺が取る」

 

 それが何も出来ない自分の役目だ。そうモニターから決して目を離さなず言外に言う弦十郎に隣にいた了子は目を伏せる。

 

『ダメ、なのか……?あたしじゃ何も守れないのか?翼が残したものを何も……何も……」

 

 鎮静剤を打たれて身体から力が抜け、シンフォギアが解除された奏はただの無力な一人の少女に成り下がる。そうなれば大人の力に敵うはずがない。

 身体や頭から血を流しながらも自分の無力さに涙を流す奏をモニターを見ている全員が目を逸らさずに見届ける。そしてこれから起こるであろう惨劇を忘れないようにその目に刻み込もうとしていた。

 

 モニターの端に映る五人の少女達の姿に気付かないまま。

 

 ──────────────────

 

 銃声を聞き急いでその方向に来た未来たち五人が目にしたものは丁度シンフォギアが解除された奏を連れて武装した一課の隊員たちが撤退している姿をだった。

 

「ね、ねぇ!なんであの人たち帰って行くの!?」

「まさか……見捨てられたの?私達……」

「まだこんなにノイズがいるのに……!」

 

 残された弓美たちは眼下に広がる目の痛くなるようなカラフルな存在を前にして希望が断たれた事に張り詰められていた糸がとうとう切れて身体から力が抜ける。

 それも仕方のない事だろう。なんせ唯一助かるかもしれなかった希望を目の前にしてまさか自分たちを置いて立ち去るとは誰が思おうか。

 町の中をひしめき合っていたノイズの一匹が動けない弓美たち五人に気づく。それを合図に周囲にいたノイズも弓美たちの方に身体を向けて動き出した。

 

「ひっ!」

「こ、こっちに来ますよ!」

「逃げないと……あっ!」

 

 いち早く立ち直った創世が早く逃げようと提案して走り出そうとしたが、その先には別のノイズの群れがいた。

 

「挟まれた!?」

「来た道からもノイズが!」

 

 元来た道に戻ろうとしたら弓美と詩織だったがその先からもノイズが迫る。

 後は民家で壁になっている上に中に入れたとしても身体の相違をずらしたノイズは目の前の無機物を簡単に通過してしまうため意味はない。袋の鼠とはこの事だろう。

 

(もう……無理、なんだね)

 

 絶望して身体を震わせる弓美たちと違い、未来だけはノイズを目の前にしても焦る事はなかった。

 

(諦めたくないけどもう無理だものね?私は十分頑張ったよね?)

 

 ライブの日から太陽がいない毎日を過ごした陽だまりはやっと死ぬ()()()が出来てホッとする。

 死にたい訳ではなかったが生きたい理由がなかった。一番大切なものが無い毎日を生きるのは何よりも苦痛だった。苦痛しかないこの町に帰って来たのも親友との思い出で身を守るためでもあった。

 

 それでも今日まで生きたのは親友を置いて自分だけ生き残ってしまった罰と思ったからだった。

 でも目の前の地獄を前にやっと死ねると、親友の元に逝けると歓喜する部分もあった。

 

『お〜い。大丈夫ですか〜?ノイズがきちゃいますよ〜?もしも〜し』

 

 生きることに諦めると目の前に親友の幻影が現れる。それが本物では無いのは鞄の中にあるはずの小瓶を首に下げている事ですぐに分かった。

 

『このままだと死んじゃいますよ〜?いいんですか〜?』

 

 煽るように言う未来にしか見えない親友をじっと見つめる。これがお迎えとは笑えるとヒビの入った心で乾いた苦笑を漏らす。

 

(もういい。もう疲れたの。生きる事に)

 

 これが二年前に親友を亡くしのうのうと生きた自分の最後の罰だと思うと何処か晴々した気持ちになりながら未来は身体をドリル状にし突撃するノイズが自分を襲いに来るのを目を閉じて待つ。

 そんな未来をじっと見つめる幻影の親友はため息を吐いてニッコリと笑った。

 

『じゃあ未来は()()()()()()()()()?』

「……え?」

 

 その言葉に閉じていた目を開く。とうとう頭がおかしくなったのか目の前が二年前のライブ会場に変わっていた。

 混乱する未来を他所に二年前と同じ姿の親友の周りにノイズが集まる。

 

『諦めちゃうんだからね。仕方ないよね』

 

 ノイズは数が増え親友に、響に徐々に近づいて行く。これが幻影だと分かっていても未来は思わず手を伸ばす。だがあまりにも遠すぎた。

 

『バイバイ、未来』

「ダメ……ダメええええぇぇぇ!!!」

 

 次々ノイズが響にのしかかって行く。普通の人間であれば生きてある可能性は無い。それほど酷く、過剰に、念入りに数え切れないほどノイズが一箇所に集中して襲いかかる。そして残ったのは山を作った灰と赤い雷の形をしたヘアピンだけ。

 

「ああ……ああ……っ!」

 

 二年前の光景が脳裏によぎる。

 無数のノイズと足を怪我した親友とかつて親友だった灰の山。

 ライブ直後、自分の心を踏みにじり壊されそうになった日々。

 言葉にすればそれだけだが、未来の心には決して治せない深い傷を負った日々の記憶が次々と思い返される。

 

「私が何をしたの……?なんで私はこんな目に合わないといけないの……?」

 

 枯れたと思っていた涙が溢れ出す。潰れたと思った喉から嗚咽が漏れる。止まったと思った心が痛みを伴いながら鼓動する。

 

「……違う……私じゃない……響を殺したのも、私の日常を奪ったのも……全部……全部……」

 

 ヒビの入った心の隙間から黒いものが吹き上げてくる。

 枯れた涙も潰れた喉も血を流し、吐血しながら()()()()()()()()()()が全身を襲う。

 

 悪寒が走り耳を塞ぎたくなるほどの大きく、そして怒りや殺意の篭った叫び()が聴こえる。だがそれが心地良くも感じた。

 

「アイツらのせいだ!」

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron(例え先に滅びが待っていようとも)──

 

 

 頭に浮かんだ禍々しい歌を未来は歌う。そして生まれるは聖なる剣が黒く染まりし漆黒の魔剣。

 

「あう、あああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 未来の心臓辺りから青い光が輝き出し、突撃して来たドリル状のノイズがその光を浴びると灰になり消えた。次の瞬間、胸元から大きな白い刀の刃が()()()

 刀の刃が未来の身体の中から無理矢理切り裂き細胞ごと変化させて行く。その際の痛みに何度も気絶しそうになるが未来は歯を食いしばり耐えた。

 身体の痛みが無くなると同時に胸元から出ていた刀が身体から飛び出し青い光に紛れて未来の身体を包む。そして分裂した刀の刃の破片は未来の手足に巻きついて行く。

 

 そして光が収まる頃には青と黒を基調としたインナーを着て同じく黒い部分が多めの青い機械的な装甲を纏った未来が腕をだらりと脱力したような状態で立っていた。その顔は髪で影になり表情は分からない。

 

「な、なに?ヒナ、いったい何を?」

「まるで変身ヒロインみたい……」

 

 未来に起こったまともじゃない変化を間近で見ていた創世と弓美は驚きで目を見開く。ノイズもそうだが普通に生きていては見る事はないであろう光景を見たのだからその反応は当然だった。

 呆然としながらも一縷(いちる)の望みが見えて笑みを見せようとした詩織の腕を一緒に逃げて来た小さな女の子は震える手で握った。

 

「あのお姉ちゃん……怖い」

「何を言って……ッ小日向さん!」

「……」

 

 女の子言葉に疑問を持った詩織だったがすぐさま未来に向かって別のノイズが身体をドリル状に変形させ突撃してくる光景が目に入り声を出して知らせるが未来は聞こえていないかのように微動だにしない。

 

 もう数秒で未来の身体に接触する死の弾丸が迫る。だが次の瞬間、未来の右腕が高速で動き、いつの間にか握られていた黒い刀が突撃して来たノイズを一刀両断した。

 

「嘘……」

「ノイズを切りましたの?」

「凄い、凄いよ!本当にアニメみたい!」

 

 目の前のあり得ないはずの光景にテンションが上がる弓美を尻目に創世と詩織は目をパチクリとさせる。だが目の前に起きている事が現実だと知ると互いに歓喜の声を上げて抱き合った。

 

 これで助かる。自分達は死なない。そう喜ぶ三人を尻目に未来は自分の手の平に目を向けて何度か握る。

 先程の全身に走った痛みが嘘のように消え、代わりに溢れるほどの力が漲っていた。力の使い方もなんとなく分かる。これが超常的な力でノイズを対抗出来ることも、そしてノイズを屠れる事も瞬時に理解した。

 

「ふふ、ふふふ、はははは、あはははは!!!」

 

 乾いた、しかし何処か底冷えするような笑い声が周囲をノイズに囲まれた未来から漏れる。

 心の底で望んでいた力に、親友を殺したヤツラを殺す力に、復讐を成す事が出来る力に、未来は狂ったような笑みを浮かべた。

 

「分かるっ!この力は、ヤツラを倒せる!あの子の、響の仇が打てる!!!」

 

 どれだけ憎み殺したいと思っても手を出す事が出来ない超常的な存在ノイズ。それを前に未来なぞ路傍の石のように取るに足らない存在だった。

 だが今は違う。その手にはノイズを殺せる刀が、殺意により漆黒となった刀が握られている。

 

「お前らを…………殺せる!!!」

 

 未来の心を、痛みによって押さえつけられていた怒りと怨嗟と殺意が僅かに残っていた未来の心を破壊した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 地面が揺れていると錯覚するほどの咆哮()。それによりノイズの虐殺が始まった。

 

 未来はただただ刀を力任せに振り回すだけであったがそれだけでノイズはそのまま姿を灰に変える。

 ここが住宅地だというのを忘れているかのように刀を振るう。クルマも信号機も家も何もかもがその際に起きる圧倒的な風圧にバラバラになるほどだった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 ただ目の前の敵を屠るキリングマシーンとなった未来は被害を考えずに暴れ回る。理性を無くしたその姿はまさに獣そのものだった。

 

 そしてノイズを殲滅する頃には、ここが住宅地だったとは思えないほど荒れ果てていた。一人の少女の手よりも爆撃にでもあったと言われた方が信じるだろう。それくらい酷い有様だった。

 

 倒壊した家屋の高い所で未来は怒りで歪んだ顔のまま殺すべき標的を探して眼下を見下ろす。既にニ課で確認したノイズ全滅しているのだが知らない上に復讐出来る力を手に入れ興奮状態の未来がそれを分かるはずもない。

 

「ひっ!?」

 

 ノイズを探していると視界にへたり込んでいる創世たち四人の姿が映り、その方向に顔を向けた未来と目が合い、誰かが短く悲鳴を上げる。全員生まれたての小鹿のように身体を震わせて身を縮こめていた。

 未来は四人を一瞥すると興味が失せたのか纏った鎧の出力に任せて大きくジャンプしその場から離れる。次の標的を探して。

 

 その場に残された四人が救出されるのはおよそ五分後の事だった。

 

 ────────────────

 

「……」

 

 モニター越しで今まで見ていた光景に何も言えず沈黙する弦十郎。

 いや、実際にはカメラに映った少女の画面越しでも伝わる殺意にその身が固まっていた。

 

「あれは……本当に翼と同じ天羽々斬なのか?」

「機械の故障で無ければアウフヴァッヘン波形は天羽々斬のものです」

「まさか奏ちゃんが撤退した後に新たなるシンフォギア適合者、しかもそれが天羽々斬とはねぇ。おかげで人的被害は抑えられたけど……」

 

 了子言う通り、弦十郎達が諦めた沢山の命は現在無事に生きている。それだけ見れば両手を上げて喜べる事態ではあるのだが。

 カメラに捉えた天羽々斬のシンフォギア纏う黒髪の少女は明らかに理性を失っている。だがただ暴れるのではなく明確にノイズだけを狙って。周辺の被害を考えずに。

 

「……被害の報告よりもすぐさま彼女を探せ!」

 

 先程の未来の戦いようにみんな恐れを抱いていたが弦十郎だけは違った。大人であり、長く血生臭い事をやっていたからか未来の叫びにとても悲しい何かが混ざっているのをその耳で聞いた。そのため弦十郎を構成する大人の、そして〝漢〟の部分が刺激されたのだ。

 

(助けねばならない。なんとしても!)

 

 この時、弦十郎の後ろにいた了子は()()()()()()()モニターをじっと見つめていた事は誰も知らない。

 

 

 そしてこの日から普通ならあり得ないほどの異常な頻度でノイズが出現し、その度に未来は現れてノイズを屠ってはその場を去っていった。その場の被害を考慮せずに。

 

 そして一ヶ月後、黒く染まった神剣と激槍がぶつかるのだった。




一応過去編はこれで終了です。次はクリスちゃんの精神がまた死にますよ(遠い目)
……なんでだろ、作者はクリスちゃん推しなのに過酷な試練を与え過ぎてる気がする。

バッシングを詳しく書かなかったのはやっぱりG編に回したいからでしてね!原作となるべく沿うようにしたいので(ビッキーが(以下略))

きりしらコンビ、この未来さんの過去知ったらどんな反応するだろうか。

あと無印のニ課のモニターのあった部屋を直令所としてますがこれであってるんですかね?誰か教えて(切実)

次回 雪の音と陰る陽だまり


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十話

誤字報告毎回ありがとうございます。見直してはいるんですが時間を開けるとなんでこんなところ間違えた?って部分があって焦ります。

当初の予定ではもう少しマイルドになるはずだったのに色んな意味で393壊れすぎてもはや無印の時点で着地点すら怪しくなって来ましたな(←自業自得)。F.I.S組……絡ませ方、どうしよ_(:3」z)_

それでは、どうぞ!


 この日、雪音クリスは薬の匂いが鼻につく病院の中を歩いていた。

 既に右腕のギプスは取れ、小さな傷は残っているが後遺症や目立つような怪我は完治している。監視はあるがある程度の自由も与えられている。

 それでも毎日クリスは病院に通い続けていた。

 

 初めて未来の現状を見て弦十郎の話を聞いたクリスは未来が狂ってしまった大元の原因の一つは自分にあると思った。

 大人を嫌い、他人を近づけさせなかったクリスもやはり人の温もりを求めていた。そこをフィーネに付け入れられ上手く騙された結果、ノイズを使役するソロモンの杖を起動してしまったのだ。

 ライブ事件の事もフィーネに聞かされていた。そしてそこで生まれる被害も。だが両親の願いでもあった世界平和のための尊い犠牲だと説得されてしまい、その作戦に加担してしまった。

 クリスは平和のためにどんな痛みでも受け入れるつもりでいた。フィーネの拷問紛いの実験や非道な作戦にも参加したのはそれが理由だった。

 痛みを受けるのは自分だけでいいと辛い思いをするのは自分で最後だと思っていたのだ。

 あの日、病院で未来と出会うまで。

 

 

 ある病室の前まで行くと一度掛けられたネームプレートには「小日向 未来」と書かれており、ここが目的の場所と確認すると深呼吸をして扉を軽く叩く。

 

「……入るぞ」

 

 返事は無い。それでもクリスはゆっくりと病室の扉を開ける。中のベッドには横になって上半身だけ起こした小日向未来が手に持った小瓶に楽しそうに話しかけているところだった。

 胸が苦しくなるのを必死に我慢し笑顔を見せて小瓶に話しかける未来に近づく。ベッドの前まで歩いてやっと未来はクリスの存在に気がついた。

 鼓動が早くなる心臓を落ち着かせるクリスの顔を見上げる未来はニコリと笑みを浮かべて口を開く。

 

()()()()()()、私は小日向未来です。()()()は立花響、私の親友です。何か私に御用ですか?」

「ッ!」

 

 誰もいない虚空を見つめてクリスに小瓶を見せる未来はまるで初対面のような反応を示す。その姿にクリスは涙が出そうになるのをグッと堪えた。

 

 クリスが未来の病室に通うようになって既に()()()()()()()()()。その間、時間は不規則でも毎日未来の部屋に来ている。なのに演技でも無く未来は初めて会う人間のようにクリスと話していた。

 

 壊れた未来を見たクリスは恨まれてでも罪を償いたいと思った。愚かな自分が起こしてしまった悲惨な事件。未来はその被害者なのだから。

 暴れる未来を見てその殺意を向けられたクリスは自分の正体を話すのは躊躇していた。それでも隠し事をしたく無いと弦十郎の話を聞いたクリスは少し話してから全て話して罰を受けようと思った。許されるとは思っていなかったが、それしか目の前で小瓶に話しかける未来への償いが思い浮かばなかった。

 

 その日は未来は何度も小瓶に話してはいたが無理に笑顔を作るクリスとも会話をして予想以上に二人は仲良くなった。笑顔を見せて話す未来を見てこれが本来の彼女の姿だと思うと取り返しのつかない事をしてしまった自分を殴りたくなる。

 未来から突然「友達になりましょう」と言われ時、クリスは戸惑いながらも長らく出来ていなかった友達という響きに思わず了承した。

 後からあまり仲良くなりすぎると真実を話すのが怖くなると思い、なるべく早く話そうと決心したクリスだったがその決意はあまりにも甘かった。

 

 

 次の日、今日は何を話そうかと両親が死んでから長い間忘れていた楽しい時間に気分は高揚していたのだ。

 久しぶりに出来た友達に会いに意気揚々と未来の部屋に入る。そして中にいた未来に本心から見せた笑顔を向けるクリスを見て笑顔を作り。

 

『はじめまして。私は小日向未来です。貴女は?』

 

 時間が凍りつくような感覚にクリスは自分の頭がおかしくなったのかと思った。

 昨日まで楽しく話し合い、友達になったはずの未来がまるで昨日は何も無かったかのようにクリスに話しかけるのだから無理もない。

 

 医者の話では一種の記憶障害らしく、その日の記憶が一定時間経つと消えてしまっているとの事だった。あまり見られる症状では無いが、それだけ未来の心が酷い有様なのだと見て取れてしまう。

 

 クリスは最初その話を弦十郎から聞くと心臓の鼓動が早くなるのを感じ、頬が引きつってしまった。楽観視していた事と見た目以上に未来の心に深過ぎる傷を負わせていた事に戦慄を隠せなかった。

 それでも、と思いクリスは毎日諦めずに未来に会いに病室へと足を運んだ。いつか治るものだとこりもせずに楽観視して。

 

 どれだけ仲良くなろうとも次の日には、酷い時にはほんの五分も経たないくらいの時間席を外しただけで記憶が無くなっていた。

 一か八かと弦十郎に頼み一日未来の病室に泊まった事もあったが、朝起きればいつの間にか部屋にいたクリスに未来は恐怖し、混乱して暴れてしまったのだ。未来の笑顔を知っているクリスはその時の未来が恐怖で身体を震わせる姿が脳裏に張り付いて取れない。

 

 頑張れば頑張るほど、自分と話し仲良くなった事を全て忘れてしまう未来に、クリスはどんどん精神を削られていっていた。

 

 

「──それでね、響はいっつも食べ過ぎちゃうの。もっとバランス良く食べなさいって言ってるのに!」 

「……そうだな」

(知ってる……口癖が「ごはん&ごはん」なんだろ)

 

 

「このリボンも響が選んでくれたの」

「……そうなのか」

(知ってる……サプライズで渡すつもりがへまして事前にバレたんだろ)

 

 

 楽しそうに笑顔で話す未来にクリスは力無く相槌を打つ。

 楽しそうに話す未来の話の内容は全てこの一ヶ月で何度も聞いた話だった。それ故に、見た事もあった事もない〝立花響〟という少女の事にクリスは詳しくなってしまっていた。

 

 何度も何度も何度も同じ話を聞いているクリスも未来と同じく心にヒビが入り始めていた。

 幼い時に両親を亡くし、長い間捕虜として非道な扱いを受け、助けられたと思えば両親の夢を餌に大量殺人の片棒を担がされ、そして自分のやってしまった事で取り返しのつかない事になってしまった目の前の少女。

 

 自分の手が真っ赤に染まっていると理解していたが、そこにかかる重圧のあまりの重さにまだ若いクリスの心も限界だった。

 

「それからね」

「……もう、いいだろ」

 

 小瓶に話しかけていた未来にクリスは割り込む。未来は不思議そうにクリスの顔を見ようとするがその顔は髪で隠れてどんな表情をしているか分からない。

 

 

「もう、ヒビキって奴は、何処にもいねぇんだよ」

 

 

 ただそれだけで病室に漂っていた何処か虚像めいた暖かさが霧散し、いるだけで身体が凍りつきそうな寒さがクリスの肌を貫いた。

 

「……冗談はやめてよ、クリス。響はちゃんとここに」

「冗談じゃねぇ。ヒビキはもういない。何処にもいない。お前の見ているのはただの幻だ」

「……それ以上は私でも怒るよ?」

「それでもあたしは言うぞ。お前はヒビキで自分を守ってるんじゃ無い。ヒビキを〝呪い〟に変えてんだ」

 

 表情が抜け落ちた顔で未来はクリスを睨む。シンフォギアを纏っていないのに下手な事を言えば刀で切り裂かれそうなプレッシャーを放つがそれでもクリスは辞めない。一度流れ出た思いは止める事は出来ない。

 

「お前の話を聞いてたらあたしでも分かる。本当のそいつはお前がそんな状態なら絶対にほっとけはしない。何としてでも助ける、そんな優しい人間なんだろ?」

「…………やめて」

 

 未来は怒気と殺気まで加えて話すのを辞めようとさせる。だがそれでもクリスはその殺意に真っ正面から受けても話し続ける。

 

「お前はそれを分かっていてもヒビキがいなくなった事に耐えられなくて、それを糧にするんじゃ無くて〝呪い〟として自分を縛ってんだ。ただの居心地の良い夢に流されるように!」

「ッやめて!」

 

 耐えられないというように未来は自分の耳を塞ぎ、駄々っ子のように頭を左右に振る。見ていて痛々しいがクリスは止まりそうになる口を無理矢理開く。

 

「いい加減に目を覚ませよ!ヒビキは二年前にノイズに襲われて──」

「やめてええええぇぇぇぇ!!!」

 

 クリスが言い切る前に未来はベッドからクリスに向かって飛びかかり地面に押し倒す。そして両手で力一杯その白く細い首を締め上げた。

 

「響は生きてる!響はここにいる!響は私の隣にずっといる!嘘を言うな、嘘を言うなあああああぁぁぁぁ!!!」

「ッぅあ」

 

 クリスの首を締め上げる未来の手に力が入る。クリスと違い身体の中に聖遺物がある未来はシンフォギアを纏わなくても一般的な女性以上の身体能力と力がある。そんな力で生身の人間の首を締め上げれば結果は言うまでも無い。

 

 馬乗りになったまま怒りと殺意で鬼のような形相になり、そして涙を流す未来を見たクリスは酸欠になりつつある頭で一ヶ月前に弦十郎が言っていた言葉を思い出す。

 

『キミは、あの時の未来君が狂ってると思うか?』

 

 問われた時は殺意に塗れ周囲を破壊する化物と化していた未来の方が狂ってると思った。

 だが虚空を見つめて小瓶に向かって楽しそうに笑顔で話しかけ、その日あった事を全て忘れてしまい何事もなかったかのように次の日には元に戻ってしまっている未来と過剰すぎるが人間らしい怒りと殺意と悲しみを見せている未来。

 どちらも狂っていると言えるが、この二人の未来を見たクリスはどちらがより狂っているか、そしてまともなのか一目瞭然だった。

 

(このまま……こいつに殺されるのがいいのかもしれねぇな)

 

 万力のような力で締め上げられるクリスはこのままでは窒息死ではなく首の骨を折られて死ぬだろう。だが自分のやった過ちがこの形になって自分に返ってきた。そう思えば当たり前の罰なのかもしれないと思った。

 

 苦しくて苦しくて涙が出てくるクリスだったが決して抵抗せず、このまま自分に暖かさをくれた陽だまりの手で死のうと思った。だが、それでも救いの手はやってくる。

 

「何をやっている!」

 

 偶然未来の様子を見に来た弦十郎がクリスの上に馬乗りになり首を絞めている未来の姿を見て待っていた果物の入っていたバスケットが地面に落ちるのに目もくれず、超人的な身体能力を持って未来を羽交い締めにしてクリスの上から引き剥がす。騒ぎを聞いて外にいた慎次も部屋に急いで入って来た。

 

「離せ!離せえええぇぇぇ!!!」

「くっ、慎次!早くクリス君を!」

「分かりました!さぁ、早く!」

 

 暴れる未来を弦十郎は何とかして取り押さえている中、慎次はクリスに肩を貸して急ぎ扉に向かう。クリスは酸欠により朦朧(もうろう)とすると意識の中、視界に入った涙を流す未来に心を痛めながら慎次に担がれて部屋を後にした。

 

 ──────────────────

 

 未来が暴れ出して十分程経った頃、弦十郎が病室から出てくる。騒ぎを聞いて来た医者たちにより既に未来は鎮静剤を打たれ今は落ち着いていたが、それでも精神の不安定さから予断を許さない状況は変わらない。

 

 病室の前の廊下には壁を背にしてもたれかかるクリスと、クリスを心配する慎次の姿があった。

 

「……あいつは大丈夫なのか?」

「今は鎮静剤が効いて落ち着いている。もう少しすれば……()()()()()()。」

 

 クリスの問いに弦十郎は最後間を開けてそう言った。すぐさま落ち着かせなければいけないだけで時間が経てば未来は自然と忘れてしまう。弦十郎はその光景を何度も見ていた。それでも気分が良いものでは無いだろう。

 

「何があったんだ?」

「……あいつに、ヒビキはもういないって言ったんだ」

 

 眉を潜める弦十郎を他所にクリスは力無く天井を見上げる。その姿はとても儚く、直ぐにでも砕けてしまいそうなほど脆いように見えた。

 

「前に言ったはずだ。今の彼女にその事を言った者はキミと同じく殺されかけたと」

「分かってんだよ!!!」

 

 弦十郎の言葉を聞いてクリスは近くの壁を強く殴る。壁は頑丈に作られているため殴ったクリスの方が手を痛めるが、その痛みすらクリスはどうでもいい事だった。

 

「分かってんだよ……あいつにとってヒビキって奴がどれだけ大切なのか、どれだけあいつの中に根付いてんのか!でもよ!」

 

 未来の見せた笑顔が脳裏によぎる。

 とても楽しそうで、嬉しそうで、見ている方も心が暖かくようなそんな笑顔。太陽のような眩しい笑顔ではなく、心地よい気分にさせる優しい陽だまりのような笑顔。

 それが本当の未来の姿であり、普通に生きていれば争い事に巻き込まれる事なく、その笑顔を絶やすことが無かったはずの笑顔。

 だが今その笑顔を向けているのはこの世にいない親友に向ける虚しい笑顔。そしてその裏にある異常すぎる怒りと怨嗟と殺意を知っている。

 

「全部あたしが悪いんだ!ソロモンの杖を起動しちまったあたしが、フィーネの事を何も疑わずに信じたあたしが!あの子の笑顔を奪った!」

 

 ソロモンの杖を起動させなければ。フィーネの命令に疑いを持ち、反対の意見を貫けばもしかしたら未来は狂わなかったかもしれない。

 今となっては手遅れな事ではあるが、それでもクリスは考えを止めることが出来なかった。

 

「教えてくれ……あたしは何をやったら許される?何をやったらあの子は正気に戻る?あたしの想いは……パパとママの願いは……叶えようとしちゃダメな事だったのか?」

「それは……」

 

 涙を流し懇願するクリスに弦十郎は何も言えなかった。どんな慰めの言葉も今のクリスには意味のないような事に感じられた。

 自分で考えろ。と言葉で言うのは容易い。不安を振り払わせるように強く抱きしめる事も出来る。だが目の前の少女の心の傷を癒す事は出来ない。良くてその場凌ぎに落ち着かせるだけ。下手をすれば壁一枚挟んだ向こう側の病室にいる未来のように心が壊れてしまうかもしれない。それほど今のクリスの心はボロボロになっていた。

 それこそ、未来に殺してもらう事でこの痛みから解放されたいと思うほどに。

 

「もう、嫌だ……誰か助けてくれよ……パパ、ママァ……」

 

 泣き崩れるクリスに弦十郎は手を伸ばすがその手がクリスに届く事はなかった。

 何を言えば目の前の少女を苦しみから解放出来るのか、何をすれば救われるのか。〝大人〟として生きている弦十郎や慎次でも、その答えは何も分からず、ただその痛ましい姿を見ることしかできなかった。

 

 病院に聞いてるだけで辛くて痛々しい泣き声が、心臓が締め付けられるほど悲しい泣き声が木霊する。だが少女の流す涙を拭う者は誰もいない。そう思われた。

 

 ガラガラと弦十郎の後ろの病室の扉が開かれる。突然の事に反応が遅れた弦十郎だったが振り返ると、そこには泣き崩れているクリスをジッと見つめる未来の姿があった。

 

「ま、待て!未来君!」

 

 驚く弦十郎と慎次を押し除けてクリスに近づく未来。鎮静剤が効いているとはいえ聖遺物を身体に秘めた身、もしかしたら鎮静剤の効果は薄くクリスの声を聞いて再び殺そうとしているのかもしれない、そう思い弦十郎は未来を静止させるため手を伸ばすが少し遠かった。

 

 未来は座り込むクリスの目の前に立ち見下ろしながらジッとクリスを見つめる。泣き崩れているクリスも未来が殺しに来たと思い、一瞬後に来るであろう()()を受け入れ懺悔する気持ちで目を瞑った。

 

 

 そんなクリスを見て未来はゆっくりとしゃがみ、クリスの頭を自分の胸元に近づけて抱きしめた。

 

 

「大丈夫。大丈夫だから悲しまないで」

「ッ!」

 

 まるで泣きじゃくる子供をあやす母親のように暖かい声で、荒れた心を落ち着かせる声を聞かせながらクリスの背中を優しく叩き、もう片方の手で頭を撫でる。

 未来の予想外の行動にクリスは一瞬身体が固まるがその暖かさにすぐに身体を委ねそうになる。すぐに押し除けないといけないと思いながらもその優しい抱擁と心地の良い心臓のリズムにクリスの身体は意識を無視して離れない。

 

「ッやめてくれ!あたしは、あたしはお前に優しくされる資格はない!だから!」

「そうだね。そうかもしれないね。でも私がしたいからやってるんだよ」

 

 駄々っ子のように涙を流すクリスを服が涙で濡れるのを気にせず未来は抱きしめ頭を撫で続ける。

 許される資格はない。許されるわけがない。そう理解しながらもクリスは一番許しが欲しい相手の言葉に安堵してしまう。

 何か言わなければと思いつつもその暖かさがクリスの荒んだ心を落ち着かせていく。

 

「今は沢山泣いていいから、沢山甘えていいからね。もう……我慢しなくていいんだよ」

「〜〜〜〜くうっ、くっ、ううっ」

「よしよし」

 

 未来の言葉にクリスはまた涙を流す。悲しい事を、嫌な事を全て洗い流すようなその涙を。そして未来はそれを優しく抱きしめていた。

 

 院内に、悲しい泣き声と優しくあやす声が響き渡った。

 

 ──────────────────

 

 小日向未来は病室のベッドに上半身だけ起き上がらせて横になり、外を眺めている。

 

 あれからクリスは未来に抱きしめられながら泣き続けた。そして泣き疲れたクリスは未来の膝に頭を横にさせて規則正しい寝息を立て始めたため弦十郎はクリスを起こさないように抱き上げて休める場所に連れていったのがおよそ十分ほど前のこと。

 

 ガラガラっと病室の扉が開かれる。ニ課司令の権限で空いていたベッドにクリスを寝かせて戻って来た弦十郎だった。

 

「クリスはどうでしたか?」

「ああ。最近あまり眠れていなかったからか今はぐっすりと眠っているよ」

「そうですか。ありがとうございます。風鳴さん」

 

 未来が弦十郎の姓名を口にした事により驚きを隠さず目を大きく見開いた。今までの未来なら弦十郎を知らない人として見るはずなのに前から知っているようだった。それに今日はまだ自己紹介をしていない。

 

「まさか、記憶が?」

「はい。ちゃんと覚えてますよ。私がやってきた事も、全部」

 

 自分の手の平を見て苦笑いを浮かべる。今までやってきた獣のような破壊衝動に身を任せた行動を未来はハッキリと覚えていた。

 

「参考まで何故か聞いても?」

「そうですね……多分、クリスが泣いていたからだと思います」

「クリス君が……?」

 

 クリスが泣く事によって何故記憶を忘れずにいたのか何も結びつかない弦十郎は思わず頭を傾げる。理由は未来しか分からないため弦十郎が考えても答えは絶対に出ては来ないだろう。

 

「あの子も、響もよく泣く子だったんですよ。嬉しい事でも、悲しい事でも。その度にああやって頭を撫でてあげてたんです」

 

 目を閉じれば昨日の事のように思い出す。

 思い出の響が嬉しくて笑い泣きした時も辛くて悲しい涙を流した時も、未来はクリスにやったように抱きしめて子供をあやすように背中を優しく叩きながら頭を撫でていた。その度に響は嬉しそうに言うのだ。「未来は私の陽だまりだよ!」と。

 

「私にとって響はとても大切な、もしかしたら家族よりも大切な人でした。ずっと隣に居たいって思うくらい私は響の事が大好きでした」

 

 未来の言う好きが「Like」なのか「Love」なのか弦十郎には分からない。だが響の話をする未来が笑顔を見せている事からどちらの意味でも大切な人だった事は明らかだった。

 

「響が悲しいなら私も悲しい、響が嬉しいなら私も嬉しい。幼馴染で親友の響が悩むなら私も一緒に悩んであげたい。ずっとそう思っていました。思っていたんです」

 

 それなのに自分のやって来た事はなんだ。

 ただただ親友を殺したノイズを殺す為に周りの被害を気にせず力の限り暴れた。その結果少なからず悲しみが広がってしまった。

 そしてそれよりも未来には重要な事があった。

 響なら今の未来を見たらどう思うだろうか。今の自分が響の好きな小日向未来なのか。

 そんな単純な事に未来は今まで気づかなかったのだ。

 

「……私はこれからもきっとノイズが現れたら一匹残らず殲滅しようと考えると思います。でも、それだけじゃきっと響は笑ってくれません。ただ倒すだけじゃ喜んでくれません。ですからノイズを倒すためじゃなく、ノイズに襲われる人を救っていきたいんです。危ないですけど響が笑ってくれるように生きたい、そう思ったんです」

 

 その言葉に弦十郎は未来がまだ立花響という少女に縛られている事を理解する。だがそれと同時にその鎖が未来を正気に戻している事も分かる。

 立花響をよく知るからこそ、亡くなって狂うほど強く想っていたからこそ、響が抱くであろう想いが未来には分かる。死人に引きずられているようであまり良いものではないのかもしれないが、それでも未来は前に進もうとしていた。

 

「……キミが立花響君を大切に想っている事は分かった。我々が安易に割り込んでよいものでない事もな」

 

 未来の言葉を一つ一つ思い出しながら弦十郎は呟くように口を開く。

 とても強い想いが込められていた言葉は今までシンフォギアを纏っていた時の怒りと殺意、そして悲しみを宿した叫びよりも深く弦十郎に刺さる。

 

「……本来ならノイズの相手は我々二課が受け持つ事だ。偶然聖遺物を手に入れたキミが戦場に出る事は決して許されることではない。だがそう言ってもキミは来るのだろう?」

「はい。ノイズが現れたら私は動きます。ノイズを倒すだけじゃなく、ノイズからみんなを守る為に」

 

 キッパリと真剣な目で弦十郎を見返す。その目を見た弦十郎はまだ強迫観念のようなものを見るが、それでも未来の言葉は虚勢や使命感というものではなく、亡き親友の想いを継ぐ覚悟もある事に気づく。

 

「なら我々と共に戦おう」

 

 男らしくただ一言言われただけの言葉。そこに親友の影が重なる。

 一直線で、真剣で、時に熱いほど熱血で、いじっぱりで、でも知らない他人の為に助け合おうとした今は亡き大切な親友の姿。

 

(きっと響なら「私に出来るなら」って躊躇う事なく傷を負ってでも戦うんだろうなぁ)

 

 響の事を思い出しキュッと胸が締め付けられる。理解していたからこそ戦う響の姿が頭に浮かぶ。自分が傷ついてもハッピーエンドを掴み取ってくれる太陽のような親友の姿が。

 

「……はい」

 

 未来の返事に弦十郎はニカッと笑みを見せたのだった




百合百合しいクリみくと思ったか?残念だったな!(死んだ魚のような目)

互いに歪に依存し合うのもある意味それらしいと言えばそれらしいと思うのですよ。互いに病みそうですが。
時間の進みがおかしいように感じると思いますが、そこは表現です。気にするな(゚∀゚)

一見正気に戻ったいるような393ですが人間そう簡単に強く根付いた想いを取り除く事は出来ないんですよ。

次回 背を託す槍と弓


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十一話

誤字報告毎回ほっっっとうにありがとうございますm(_ _)m

なんだかんだで思いついた事を文字にしたら予想以上に時間がかかってしまった。ですが無印もいよいよ後半戦です。
新しい支えのおかげで僅かに理性の戻った陽だまり。それが幸となるか仇となるか。
そして槍と弓は目の前に広がる地獄を前に戦えるのか。

それでは、どうぞ!


 未来が記憶を失わないようになってから三日後。その間にクリス以外にも時間の合間を縫って弦十郎や奏も様子を見に来る事が多くなった。

 まだ灰の入った小瓶に目を向ける事は多いが話しかける時間はほとんど無くなってきている。それだけでもかなり精神が安定している証拠だろう。

 

「────はい、しゅ〜りょ〜!お疲れ様、未来ちゃん」

「ありがとうございます。櫻井さん」

 

 精神が安定したとはいえまだ三日。経過を見る為に少し未来と問答をしていた櫻井了子はそれが終わると背伸びをする。ポキポキッと骨が鳴る音が病室に響き未来は苦笑をしながらお礼を言う。

 櫻井了子の専門は聖遺物の研究と探究のため未来のような精神的に不安が残る者のケアは専門外だったのだが、未来の中にある聖遺物の天羽々斬のシンフォギアが風鳴翼のものと違い黒の面積が多かったため装者の精神がシンフォギアにどのような影響を与えたのか、そう言った部分が知的好奇心を刺激された了子が未来のケアを買って出たのだった。

 

「私の事はお姉様か了子さんって呼んでくれていいって言ってるでしょ?」

「でもお世話になっているので……」

「もう、真面目ちゃんなんだから」

 

 つんつんと未来の肩を突く。了子の行動にどんな反応をすればいいか迷い、焦るがそんな未来を了子は「やっぱり真面目ねぇ」と声を漏らした。

 

「そ、それよりもクリスの方はどうですか?」

 

 困った未来は話を無理矢理切り、クリスの話題に変更させる。悲しい涙を流していたクリスを知っている未来としては自分よりもそっちの方が気になっていた。

 

「ん〜実は最近忙しくてクリスちゃんとまだ面識が無いのよね」

「そうなんですか?」

「そうよ?一応聖遺物研究員として天才と言われてるんだからあまり他の事に時間をかけれないのよ〜。未来ちゃんは聖遺物に関係してるからこうやって時間を取れてるだ〜け」

 

 戯ける了子に未来は貴重な時間を自分に使ってくれている事に少々罪悪感を覚えるが本人が生き生きとしているので謝るのは筋違いだと思い謝罪の言葉を呑む。

 

 それから気分を変えるために聖遺物やシンフォギアに関係ない雑談をしていると時間はあっという間に過ぎ去って行った。

 

「さ〜て次のお仕事もあるし、そろそろ行くわね」

「はい。次もお願いします」

「ま〜かせなさい!いい観察対象、もとい患者を見捨てる了子さんじゃないわよ!」

「本音が漏れてますよ……」

「あら、いけない」

 

 ペロッと舌を出して戯ける了子に未来は笑みを浮かべた。

 ささっと帰り支度をしている了子から視線を外し手元にあるかつて親友だった灰の入った小瓶を見る。まだ完全に振り切った訳では無いため小瓶を見る度に二年前のライブ事件を思い出し胸が痛くなる。それでもその痛みを忘れないように、そして親友との思い出を思い出す為にたびたび小瓶を眺めていた。

 

「……一つ聞いていいかしら」

 

 帰り支度をしていた了子がポツリと真面目な声で未来に話しかけてくる。いつも意気揚々としている了子しか知らない未来はその真面目な声に姿勢を正した。

 

「もし、貴女の親友が生き返る方法があったとしたら、貴女は今持っているものを全て捨てる覚悟はある?」

「……ぇ」

 

 予想外の質問に未来の心臓の鼓動が早くなる。

 人が生き返るなんてあり得ない。それを理解していてももし響が生き返る方法があるとしたら、それを知ったら自分はどうするか。

 

 未来は目を瞑り考える。時間がない了子に悪いと思いながらも質問に対して深く考える。その結果出た答えはあまりにも簡単なものだった。

 

「……響が生き返るのなら私は喜んで全て捨てます」

「……そう」

 

 予想していた通りの答えに了子は興味を失い、立ち上がって病室を出ようと踏み出そうとした。

 

「でも、もし誰か一人でも迷惑をかけるのなら、私は絶対にしません」

「なに?」

 

 未来の言葉に了子は少し言葉使いを変えてしまうほど反応する。喜んで全て捨てると発言した後にすぐさま絶対に行わないという矛盾に眉を潜めた。

 

「誰かに迷惑をかけて響が生き返っても響は喜びません。むしろ怒ると思うんです。場合によっては悲しむと思います。だから私は響を生き返らせる前でも後でも誰にも迷惑かけない方法でない限り絶対にしません」

「……そこにいるだけでは満足しないとでも?」

「はい」

 

 口調が少し刺々しくなる了子だが未来は気にせず即答する。何故か分からないが今は本当の気持ちを答えねばならないと思うと今の了子のいつもと違う雰囲気が何故か気にならなかった。

 

「……なら友がそう思わないようにすれば良いのではないか?」

「私の好きな響は私の言う事を聞かずに一直線に他人のために無茶が出来る子で、誰かの為に涙を流せる子です。誰かの犠牲に悲しまない響は、私の大好きでいつも隣にいてくれた響ではありません」

 

 姿形が同じでも中身が違えばそれはいつもの親友ではない。

 例え声や仕草が同じでも自分が好きになった人が決してしない事をするのなら、それは同一人物とは思えない。

 未来は記憶の中にあるいつも一緒にいた響という少女の中身も含めた全部が好きだった。だからこそ、その一つでも欠けたらそれは未来の好きだった響ではないのだ。

 

 了子は未来の真意を測るようにその瞳をじっと見つめる。その視線を未来は目を逸らさず、逆に了子を見つめた。

 ほんの数秒にも何十分もの間にも感じる時間、二人は互いを見続けて、そして了子が負けた。

 

「未来ちゃんは強いのね」

 

 いつもの雰囲気に戻った了子がため息を吐く。

 

「私は無理ね。もしそんな方法があれば……どんな方法でもそれを使うでしょうね」

 

 開けられた窓の外を悲しい表情で眺める。その瞳になにを思っているのか未来にはわからないが、それでも了子が悲しんでいるというのは分かる。

 何を言うのが正しいのか未来には分からないが、それでも了子の言葉がとても悲しいものだというのは分かった。

 

「……私は強くありません」

 

 少し悩んで未来は頭を横に振る。その言葉に了子は不思議そうに首を傾げる。先の言葉は死んだ友の為に思う強い意志のあるものだと思っていた為、未来の言葉少々意外だった。

 

「そう、ですね。私は……響に嫌われたくないんです。だから私は響が嫌がる事をしないんです。響が喜ぶならこの身体が傷つく事を惜しみません。あ、勿論響がそれも嫌がるならなるべく怪我しないようにしますけど」

 

 少しふざけて未来は喋るがその目に嘘はない。その為、了子は真剣に未来の話を聞く。

 

「響が大好きだからこそ嫌われない為に響の嫌がるなら事をしない。ただそれだけなんです。だから私はこの苦しくて辛い気持ちも我慢して〝私を好きでいてくれる響〟の為に頑張りたいだけなんです」

 

 我を忘れて暴れていた時の未来を響が見たらどう思うのか?

 なんとかして説得して正気に戻そうとするのが記憶の中の響らしいが、もし獣のように理性の無い未来を恐れたら?それによって離れていったら?それが本性だと勝手に思い込み嫌われたら?

 好きでやっていた事でないとはいえ、もし親友がそう思ったらと考えると胸が裂けるように痛くなる。

 

「私は、響がいない事よりも大好きな響に嫌われる方が何十倍も辛いんですよ」

 

 胸が痛くなり苦しくて辛いが了子に笑みを見せる。何故笑顔を作ろうとするのか不思議に思うほど辛そうな痛々しい笑みだった。

 それを見て了子は何故か動揺するが、未来はそれに気付いても何も言わなかった。

 

「……貴重な意見ありがとうね。それじゃ、私は行くわ」

 

 いつもの元気はどこに行ったのか。トボトボと重い足取りで病室から出て行く了子の背中を見て、未来は何か言うべきか迷ったがただただジッと見つめるだけだった。

 

 

 

 

 病室を出て少しふらつく足で歩く了子の視界に人影が写る。それは彼女のよく知る筋骨隆々で本当に人間なのか疑う規格外の超人、風鳴弦十郎だった。

 

「未来君の調子はどうだ?」

「まだ若干不安定なところもあるけど今のところ目立った問題はなし。クリスちゃんが上手く心の支えになってるみたい」

「……そうか」

 

 自身の異常的な強さを理解している弦十郎はその自分でさえ、一瞬硬直してしまうほどの異常な殺意を持った未来が少しずつ人の道に戻ってきている事を知って安堵のため息を吐く。まだ三日しか経っていないとはいえ、それまでと比べたら遥かに良い結果だ。

 

「……私は会った事ないけど、弦十郎君は今の未来ちゃんとクリスちゃんの関係は良いものと思う?」

「二人の関係、か」

 

 了子の質問に弦十郎は口元を手で押さえながら考える。

 三日、毎日互いに笑い合っていた今の二人を見れば関係は良好とも言えるだろう。だが。

 

「少し、危ういな」

「弦十郎君もそう思う?」

「ああ。二人ともそうだが特に未来君は、な」

 

 ただの友達なら今の関係のままで良い。だが二人の場合は特別だった。

 未来は二年前に自分が誘ったコンサートにより親友を失い、その結果、力を得てノイズを滅する為に周りの被害を気にしない破壊の獣になり。

 クリスは幼少期に両親を失い、その後長年捕虜として扱われた挙句フィーネという謎の存在に拉致され身体にも心にも傷を負った。

 二人の心はボロボロで、いつおかしくなってもおかしくない。実際未来は親友を失い心が一度壊れていた。

 今の二人は互いに支えあっているように見えて、その実互いに依存している。

 

「もしどちらかがいなくなれば残った方はどうなるか俺には分からん。暴走してしまうほど彼女たちの受けた心の痛みを、俺は理解してやる事は出来ん……」

 

 物理的に打ち払えるものなら自分の手で打ち払おう。

 危機から守らねばならないなら鍛えた身体で守ろう。

 そう思う弦十郎であるが、心の傷まで埋める事は弦十郎でも出来ない。ただの綺麗事を並べても二人の傷をより深くえぐると理解していた。

 

「時が解決してくれるのを待つしか、俺たちには出来ん」

「そう、よね」

 

 弦十郎の言葉に何を思ったのか了子は何も言わず悲しい顔で目を逸らす。

 

「……時に了子君。『カ・ディンギル』という物を知っているか?」

 

 重い雰囲気になるのを察した弦十郎は話題を変える為に最近手に入れた情報の事を了子に聞く。

 それを聞いて一瞬了子の目が鋭くなるが直様いつもの調子に戻る。

 

「カ・ディンギル……古代シュメールの言葉で「高みの存在」。転じて天を仰ぐような塔を意味してるわね。それがどうしたの?」

「いや、実はな──」

 

 事は二日ほど前。未来との和解の後、罪滅ぼしの為にフィーネと袂を分かったクリスからフィーネのアジトの場所を聞いた弦十郎は直様制圧部隊を編成。その日のうちに教えられたアジトへと向かった。

 クリスの言った通りの場所に古い城があり、弦十郎率いる制圧部隊で慎重に中を探索した結果、大広間と思われる場所で大人数の武装した人間が血を流して死んでいるのを確認。死後数日は経っていた。

 死体を確認しようとしたところ爆弾が仕掛けられており死体を動かした事により起動して爆発。かなりの死傷者を出した上に資料といった古城にある情報を抹消しようとしたのか、かなりの量の爆薬が詰められてあったらしく、ほとんどのデータや資料といった物が綺麗に瓦礫に埋れた。

 その中で復元出来た情報に『カ・ディンギル』という名前があったのだ。

 

「仮に名前通りの物だとして、今まで何故俺たちは見過ごしてきた?」

「確かに、そう言われると何も言えないわねぇ」

 

 首を傾げる了子を意味深く注視する弦十郎だが了子がその視線に気付くと視線を逸らした。

 

「……何にせよ、せっかく掴んだ敵の尻尾。このまま情報を集めれば勝利も同然。相手の隙にこちらの全力を叩き込む。ノイズが相手であれば奏君に任せる事になるが、相手が人間であるなら俺の出番だ」

 

 確実ではないが徐々に追い詰めている実感がある弦十郎は握り拳を強く握りながら言う。

 弦十郎からすればフィーネは死傷者を出している事以外にも二人の少女に大きな傷を与えた上に、ノイズを使役して戦わなくていい者を戦場に巻き込み殺した黒幕。根が真面目な弦十郎はその行いを許すことが出来なかった。

 

「それに、ネフシュタンが消えた事も問題だ」

 

 ダインスレイフ輸送事に襲ってきたクリスが纏っていたネフシュタンの鎧は戦闘後、医療班が到着する間に消えていた。最初はシンフォギアのように何か別物になっており、起動する際に見に纏うものだと思われていたがクリスの話によれば違うようだった。クリスが嘘をついた可能性は十分あるが、今のクリスがそんな嘘をつくとは弦十郎には思えなかった。

 となればフィーネという存在がどさくさに紛れてネフシュタンの鎧を回収した事になる。

 

「まだ安心は出来ないが事態は好転しつつある。ここが正念場だ」

「……そう。なら私も頑張らなくちゃね♪」

「ああ。……信じてるぞ」

「まぁっかせなさい!それじゃ、この後用事があるからこれで!」

 

 そう言って無理矢理作った笑みを浮かべて了子は歩いていく。その背中を弦十郎は眉をひそめて視線を外し、了子が歩いて行った通路の反対を歩いて行った。

 

 ──────────────────

 

 太陽が真上を通過した頃、すでに昼食を済ませた未来は時間を持て余しつつも何も出来ずに空を眺めていた。

 携帯端末は使えるのでニュースや最近の流行り等を知る事は出来るのだが、それを見る()()()()()と思っている未来は携帯端末に触れる事はあまり無い。

 それ故に空いた時間は空をぼんやり見ることが多かったが、最近はその時間は少なくなっていた。

 

「起きてるかー?」

 

 ノックも無しに遠慮無く銀髪の少女、雪音クリスが片手にコンビニの袋を持って病室に入ってくる。

 

「こんにちはクリス。今日は遅かったんだね」

「おう。ちょっと検査とか取調べとかで時間かかってな。おかげでまだ食べてねぇんだ」

 

 そう言いながらクリスはベットの隣にあった大きめの椅子に行儀悪く座りコンビニの袋を開ける。何を思ったのかその中身はアンパンと牛乳だった。

 

「もう、もっとちゃんとした物を食べないとダメだよ?」

「つってもよ、時間も時間だしこれしかなかったんだよ!それに好きなんだからほっとけ!」

 

 むっとした顔でそっぽ向きながらアンパンの袋を開け、ポロポロとパン屑を落としながら頬張る。

 食べ方が悪いのか何故か頬にアンコがついているのにも関わらず平気で食べるクリスだが、それに気付いた未来はその頬にあったアンコを指ですくい取り自分の口へ持っていく。

 

「うん、久しぶりに甘いもの食べたけど美味しいね」

 

 暴れていた自分が保護されてから今日まで味気ない病院食が続いた未来にとって久しぶりに口にする甘味はとても美味しく頬が緩まる。

 微かに笑みを浮かべる未来を見たクリスは一瞬何が起きたか分からず硬直し、そして顔がみるみる赤くなっていった。

 

「お、おま、おま、お前!?」

 

 口の周りにパン屑が付いているのも気にせずクリスは後ずさる。未来にとっては過去に響に幾度となくやった行為である為何も恥ずかしがるような行為では無いのだが、クリスにはそんな経験がある筈もなく、まるで恋人同士のような一瞬のやりとりにまだまだ初心なクリスには早かった。

 

「どうしたの、クリス?」

「ッ!」

 

 顔を真っ赤にして飛び退くクリスを不思議に思い僅かに首を傾げる未来。その際にクリスは何故か少し濡れた唇に目がいき、心臓が何故かドクンッと大きく脈打った。

 

(なんでときめいてんだよ!?あたしらは女同士だぞ!?あり得ねぇだろ!!??)

 

 頭では分かっていても大きく脈打った心臓が証拠である事はクリスが一番よく分かってある事なのだが、それを認めようとしなかった。両親を亡くし、フィーネに拷問紛いの実験を課せられてもそこはまだ一般人の常識範囲で収まっていた。

 

 一人悶々としているクリスを不思議そうに眺めていた未来。だが突然心の中の憎悪が湧き上がる感覚に襲われる。

 首が折れるかと思うほどの速度で窓の外を見る。その先にはビルに囲まれた赤い鉄塔、東京タワーの方面だった。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 さっきまで楽しそうにしていた未来の雰囲気がいきなり変わった事に戸惑うクリス。そして東京タワーを睨む未来のシーツを握る手に力が入っているのを見てクリスは察した。

 

「……ノイズか」

「……うん」

 

 天羽々斬のシンフォギアを纏った時から未来は何故かノイズが現れる時、自身の中にある怒りや殺意と言った憎悪が湧き上がって来る感覚に襲われる。未来のノイズを恨む心がシンフォギアに何かしらの影響を与えた結果会得した能力と未来を観察していた了子は推測している。

 そしてその感覚が外れた事はない。それは未来が一番よく知っていた。

 

 膨れ上がった憎悪に負けて未来はすぐさま東京タワーに向かおうと身を起こしたが、その肩にクリスは手を置いて止めた。

 未来は煩わしいと思い手を除けようと振り向く。そして真剣な眼差しのクリスと目が合った。

 

「あたしに任せてくんねぇか」

 

 そっと空いている手で落ち着かせるように未来の手を握る。その行為に未来はビクッとしながらも耳を傾けた。

 

「少しでいい、お前の……未来の重りを分けてくれ。大切な友達が一人で傷つくなんて、あたしは嫌だ」

 

 恥ずかしそうにしながらもクリスは未来の名前を呼ぶ。

 罪滅し。そういった面は必ずある。だがそれ以上に久しぶりに出来た友人であり、そして自分の心の支えである未来が自分の不始末のせいでこれ以上傷つく事をクリスは黙って見ていられなかった。

 

「クリス……」

「心配すんな!あたしだってシンフォギア装者だぜ?しかも未来よりも装者歴長いんだ。簡単にやられねぇよ!」

 

 腰に手をやりその豊満な胸を突き出しながらクリスは自信満々に言う。その突き出された胸を見た未来が別の憎悪が膨れ上がったのは本人でさえ気付かなかった。

 クリスがシンフォギア装者と聞いていた未来は膨れ上がった憎悪を無理矢理壺に押し込めるように少しずつ抑える。理性が戻ってきた事と新しい心の支えが出来た事で自身の憎悪する心もある程度操作出来る様になった結果だった。

 

「……うん。ごめんだけど、任せていい?」

「あたぼうよ!んじゃ、ちゃちゃっと片付けてくるから未来は寝てな」

「ありがとう……頑張ってね」

「任せとけ!」

 

 まだ暴れる憎悪を無理矢理落ち着かせて無理に笑顔を作る未来。辛そうな顔だったため無理をしているとクリスは分かったが未来を安心させるために気づいてない振りをする。

 

「クリス君はいるか!?」

 

 突然弦十郎が無線を持ったまま焦りながら病室に入ってくる。

 

「今連絡が入った!東京タワーの周辺に大型のノイズが現れた!奏君一人では対処する事は難しい。キミには」

「わぁってるよ」

 

 覚悟の決まっていたクリスは落ち着いて踵を返し弦十郎の方を見る。そのアメジストのような瞳の奥に強い決意を見た弦十郎は顔を引き締める。

 

「これを」

 

 弦十郎は胸ポケットの中をあさり、中から赤い結晶のペンダントを取り出しクリスに渡す。それは本来クリスの物であり、そして彼女の()だった。

 

「クリス!」

 

 戻ってきたペンダントを首に掛けて走り出そうとしたクリスをベットにいる未来は呼び止める。不安はあるがそれでも自分のために戦おうとするクリスにその不安を押し込めて笑みを造った。

 

「頑張ってね」

「おう!」

 

 未来を心配させないように笑顔を見せたクリスは弦十郎の後を追い病室から出て病院の屋上のヘリポート部屋向かった。

 

 

 

 クリスと弦十郎が病院の屋上へ到着すると丁度要請したヘリが着陸するところだった。

 

「俺はこのまま二課に向かう!キミは現場に到着後ノイズの殲滅を優先!何かあればすぐ連絡しろ!」」

「分かった!」

「任せたぞ!」

 

 クリスが乗り込んだのを確認しヘリは離陸。それを見送った弦十郎もすぐさま屋上の手すりの方に向かいそこから()()()()()地面に着地した後何事も無かったかのように二課本部に向かうのだった。

 

 

 ──────────────────

 

 それから数分後目的の場所付近に到着する。そこでクリスが見たのビルなぞ簡単に飲み込むほど巨大な飛行型のノイズが東京タワーを中心に人を襲わず止まっている姿だった。

 

「これ以上は近づけません!」

 

 ヘリを近づけようにもいつ襲ってくるか分からない大型ノイズにこれ以上は危険と判断しパイロットはクリスに言う。その時、大型ノイズの下腹部が両開きの扉のように何かを地面に向かって投下し始めた。

 クリスが視認しようと目を細めた。そしてその瞳に映ったのは人型や飛行型と言った多種多様の無数のノイズだった。

 

 ノイズは地面に着地後、そのまま市街地へと進撃し逃げ遅れた人々を襲い始め火の手も上がり始めた。

 クリスが焦りを隠せないでいると真下あたりにあるノイズが不自然に集まっているビルから突然横向きの竜巻が現れ、ノイズをなぎ払う光景が目に入る。そして竜巻が止んだ先にいたのは橙色と黒のインナーに機械的な装甲を纏った奏が大槍を構えて立っていた。

 

「ここまででいい!アンタはさっさと退避しな!」

 

 そう言い残しクリスはヘリから奏のいるビルに向かって飛び降りた。

 パラシュートも無しにそんな事をすれば自殺行為ではあるが、彼女はただの人間ではない。

 

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 

 クリスの全身を赤い光が包み込む。

 眩しい太陽のような光が辺りを照らしそして中から現れたクリスは所々に赤と黒を基調とし、所々に白の装甲が混ざったシンフォギアを纏っていた。

 

 降下しながらそのシンフォギア、イチイバルの基本の兵装であるボウガンを展開。そして見事な射撃で奏を囲んでいた周囲のノイズを打ち抜き、ビル屋上に着地した。

 

「お前……」

「助っ人だ!つべこべ言わずノイズをやるぞ!」

 

 一掃したはずのノイズがビルの下から続々と登ってくる。それに加えて空からも大型のノイズが小型ノイズをばら撒き続けていた。

 今は思うところがあってもそれを口にする暇はない。だが

 

「……あたしはまだお前を信じちゃいない」

 

 目の前にいるクリスに向かって怒気を隠さずに奏は言い放つ。

 それも無理はない。奏からしたら最高の相棒が眠りについた原因を造った一人でもある少女が目の前に、しかも協力者としているのだ。それに加えて二度も戦闘しそのどちらも完全に敗北し手痛い傷を負っている。いくら弦十郎が許したとしても奏本人は愉快であるはずがない。

 

「フィーネって奴が黒幕だったとしてもお前のやった事は変わらない。それに敵だったんだ。ダンナみたいに簡単に信じるほどあたしは人間出来てない。だから下手な動きをしたら後ろからでも背中を貫く」

 

 殺意にも似たその圧を受けてクリスは息を飲む。

 自分がやって来た事を考えれば信じられないのも当たり前の事であり、自身のやってきたこれまでの罪が重くのしかかってくる。それでもクリスは自分を睨む奏の瞳に真っ直ぐ答えた。

 

「それでいい。あたしだって自分がやった事の大きさは理解してる。オッサンみたいに簡単に許されても、自分か許せねぇ。だからアンタはあたしを見ててくれ。もしあたしが躊躇するような事があれば問答無用で殺せばいい」

 

 思いもよらない返答に奏は今度は訝し気に眉をひそめる。仕事で忙しく、最近のクリスの様子を口頭でしか聞いていない奏は自分が戦った時のクリスと比べて、あまりにも丸くなったその態度に不信感を強める。

 

「それでもチャンスをくれ!もう、誰も悲しませたくないんだ……」

 

 自分が都合の良い事を言ってると理解しているクリスは歯を食いしばり飛んでくるであろう奏の怒号に身を構える。だが返ってきた言葉は少し違っていた。

 

「……あたしはお前を信じない。だけど」

 

 思い出すのは二日前。クリスが弦十郎にフィーネのアジトを教えた後の事だ。

 未来の正気が戻ったと聞き様子を見に少し時間を作って来てみれば楽しそうに笑い合う未来とクリスの姿。

 一見楽しそうに見えても何処か歪さを感じ、しかしその歪さが二人を支えていると思った奏は気味の悪さを感じると共に二人が苦しんでいると理解した。

 

()()小日向は信じてもいいと思う。そんでその小日向が信じてるお前なら、信じてもいいとは思ってる」

 

 まだ完全に許していないとはいえ呪縛により苦しんでいたからこそ、その苦しみから解放されたクリスを信じても良いと少なからず思っていた。

 それに加えて初めて戦った時にあった怒りや殺意が無く、保護した後の魂が抜けているような感じもない、ただの少女の未来が信じているのならそれを信用するのもいいと思ってもいた。

 

「背中を見張ってはいるが見殺しもしない。それは約束する」

「……すまねぇ」

 

 それだけ言い、互いに背を向けて目の前に広がる地獄に目を向ける。

 戦いはこれからだ。

 

 

 

 空を飛んでいた無数の飛行型のノイズが身体をドリル状にしながら奏とクリスに向かって降下する。シンフォギアにより当たっても炭素化しないとはいえその勢いは驚異だ。

 奏は避けようと身体を傾けるが、クリスはその場で動かず待ち構えていた。

 

(パパ、ママ。もう一度、あたしに力をくれ)

 

 歌で世界を救うと言っていた親を紛争により失ってから世界は甘くないと思い嫌いになっていた〝歌〟。だがクリスは奇しくも未来に殺されかけて自分が歌が大好きだったのを思い出していた。悲しい歌も楽しい歌も、両親と歌えばどんな歌でも楽しかった。

 歌で世界を救う事は出来なくても、昔の楽しかった頃の自分のように誰かを守り、笑顔に歌は出来ると思い出したのだ。

 

BILLION MAIDEN

 

 心に浮かぶ暖かい思い乗せた歌を歌いながらボウガンが変形しその華奢な身体からは想像出来ない四門の三連ガトリング砲という物騒な物を両方の手で二丁持ちをし、向かってくるドリル状のノイズに向かって一斉掃射する。

 次々と空中から襲いかかるノイズをガトリング砲で対処していると今度はビルを登っていたノイズが屋上に顔を出している姿が目に入ってきた。

 

「ちょせぇ!」

 

MEGA DETH PARTY

 

 シンフォギアの腰部アーマーから小型ミサイルを掃射する。ミサイルは確実に一体一体のノイズに着弾し、その周囲のノイズも巻き込みながら一掃した。だがそれも一瞬の事。

 上空の大型ノイズが再び内蔵する小型ノイズを追加で降下させていた。

 

「ちっ、これじゃあキリがねぇ。ッ!」

 

 周囲のノイズを一掃し、意識を上空ばかりに集中させたクリスは背後から忍び寄るノイズに反応が遅れた。

 覆いかぶさろうとその身体を傾けるノイズ。シンフォギアを纏っているとはいえ突然の事にクリスは身を守ろうガトリング砲をクロスさせる。だがその前にノイズはクリスの後方から投擲された大槍に身体を貫かれ、更にその後ろにいた数体のノイズも巻き込んで全て灰になった。

 振り向くとクリスの視線の先には既に新しい槍を造った奏が自分の周りにいるノイズをなぎ払う後ろ姿があった。

 

「守ってやらない、とは言ってないからな」

 

 クリスの方を向かない奏だが、今の状況でクリスを援護出来るのは奏しかいないため答えは分かりきっていた。それでも正直に言わないのは奏なりの意地だろう。

 

「ところでさ、アンタは上空の敵なんとか出来る?」

「あ?まぁあたしのシンフォギアは遠距離メインの広域殲滅特化だからな。出来ねぇ事もねぇけど……」

 

 ガトリング砲を撃ちながら眼下に広がるノイズと空中を浮遊するノイズに目を向ける。見ているだけで目が痛くなりそうな色の嵐にクリスは眉を潜めた。

 イチイバルはクリスの言った通り超射程と広域攻撃に優れたシンフォギアである。一対多々でこそ本領を発揮すると言ってもいいほど攻撃範囲は広く、破壊力や突破力に長けたガングニールや天羽々斬よりも殲滅力は上だ。

 だが今回はあまりにも数が多すぎた。普通に戦っていれば時間がかかり被害が広がってしまうのは容易に想像出来る。

 

「方法があるんなら上はアンタに任せる。代わりに下はあたしがやる」

「……いいのか?」

「いいも何も適材適所ってやつだ。それにあたしはここで死ぬ気はないし、アンタもそうなんだろう?」

 

 首だけ動かしてクリスの方に目を向ける奏にクリスはまだ戸惑っていたがすぐに顔を引き締める。信じないと言っていた奏がこの場を任せる言われたのだ。奏の内情を考えれば簡単に認められるものではないが、それでもこの場をなんとかするにはクリスの力が必要と言外に言っている事を理解できないほどクリスも馬鹿ではない。

 

「分かった。アンタもヘマすんなよ!」

「任せとけ!」

 

 それだけ言い残し奏は一直線にビルの端に向かって走り、道中のノイズを貫きながらビルから飛び降りる。ビルの壁面にもびっしりとノイズが張り付いており、気持ち悪さがあるが奏は笑みを見せていた。

 

(誰かに背中を任せられるっていつぶりだろうか)

 

 大槍を持ちノイズ切り払いながら降下する中、奏は思う。

 風鳴翼が眠る前はボロボロになっても互いに背中を任せて戦い、背負う重荷を分かち合っていた。

 一人になってのしかかる重荷を一人で背負うようになってから、その思いもよらぬ重圧に奏の心も疲れ切っていた。それでも頑張って来たのは翼がいつか目を覚ますと信じているからだろう。

 しかしそう思いながら戦い続ければ心は疲弊する。アーティストとシンフォギア装者を両立させているため休む時間も無く、ただすり減る時間が増えているだった。

 

 だが今現在はこうやって戦場でクリスに背中を任せている。まだ信じきれてはいないと思いながらも、誰かに背中を任せる事がこんなにも気持ちが軽くなるものなのかと思い出していた。

 

「だからよぉ、あたしもアイツの背中を守らねぇとなあ!!!」

 

 久しぶりに出来た心の余裕と一人で戦う時には得られなかった安心感。それが奏に力をくれる。

 

「さぁ!あたしと歌おうじゃないか!」

 

 軽く感じる大槍を手に奏はノイズの群れに突撃した。

 

 

 

 奏を追いかけて大半のノイズはビルから消え、残されたクリスは頭上東京タワーを中心に飛行する大型ノイズを見上げる。

 

(任されたからな。失敗するわけにはいかねぇ!)

 

 そしてクリスは再びありのまま心をそのままに歌う。

 歌う事でシンフォギアのエネルギーがどんどん高まり今にでも溢れる出しそうになる。

 

 

 ギアの腰のアーマーからビルの床に向けて楔が打たれ身体を支える。そして固定砲台のようになったクリスはガトリング砲と小型ミサイルに加えて背中から何処に格納されていたのか分からない、クリスの身長を超える大型ミサイル四基が現れた。

 

 クリスは歌いながらガトリング砲と表面の装甲が外れて中から更に小型のミサイルを広範囲に放ち、上空を飛ぶ小型のノイズをなぎ払う。そして大型のノイズの周囲に敵はいなくなり、その隙間を狙って四基の大型ミサイルを撃った。

 

 障害物がないミサイルは真っ直ぐに四体の大型ノイズに向かい着弾。大きな爆発するを起こしながら四体とも灰と化した。

 そして残るは地上のノイズなのだが。

 

「結構やるじゃねぇか」

 

 大型ノイズを倒した事を確認したクリスはビルの下で戦っているはずの奏を援護しようと見渡せば殆どのノイズは奏の手によって灰になっていた。

 後で知る事だが、クリスという後ろを任せる相手がいる事で精神的に安定した分視野が広くなり、LiNKERの効果時間も伸びていた。その結果奏自身も驚くほど身体が軽く戦いやすくなっていたためクリスと戦った時以上の戦闘能力を発揮していたのだ。

 

「んじゃ、あたしはあたしでやらせてもらうか!」

 

 地上のノイズは奏に任せてクリスは上空に残った数がかなり減った飛行型ノイズの殲滅に移った。

 

 

 

 十分後、上空と地上のノイズはクリスと奏の手で綺麗に消え去った。

 町への被害は無視できるものではないが規模の割には死傷者と行方不明者の数は少ない。それだけ二人が死力を尽くしたとも言えるだろう。

 

「お疲れさん」

 

 シンフォギアを解き身体から力を抜いたクリスの背中に奏は話しかける。その声にクリスは一瞬心臓が跳ね上がり、恐る恐る振り向いた。

 

「あんがとよ。おかげで町への被害は抑えられたよ」

「いや、あたしは……」

「自分を卑下すんな!アンタは十分頑張った。誇ったっていいんだよ」

「あ、ああ……」

 

 戦闘前の険悪な雰囲気が嘘のようにフレンドリー話しかけてくる奏に戸惑いながらも頷く。

 奏もまだモヤっとする気持ちは抜けきれていないが、奏一人ではとうの昔にLiNKERが切れて戦えなくなっていたはずだ。クリスがいなければ町はもっと被害が、いや死傷者もこんな数では済まさなかっただろう。

 クリスの頑張りようから肩肘張っている自分が恥ずかしいと少なからず思ってもいた。

 

「……その、悪かった。欠陥品なんて言って」

 

 クリスの突然の謝罪に今度は奏が目を丸くする。クリスも、必死で大型ノイズを倒すために動けない自分の代わりに戦い、そして数多くのノイズを滅したのを見ているため、何も知らずに欠陥品扱いしてしまった事を謝らずにいて少し落ち着かないでいたのだ。

 

「んじゃ、おあいこって事で」

「すまねぇな」

 

 互いにぎこちない笑みを浮かべるがさほど悪い雰囲気ではない。二人の和解もそう遠くはないだろう。

 

 荒正しく一課の人間が後処理を開始し始めた時、奏の持っていた携帯端末が鳴る。誰からか確認すれば画面には弦十郎の名前があった。

 

「ダンナか?こっちは無事終了したよ。すぐそっちに帰投」

『今すぐリディアンに戻れ!』

 

 端末越しに聞こえた弦十郎のただならぬ声に、奏は気を抜いていた身体にもう一度力を入れる。それを見たクリスも何か嫌な予感を感じた。

 

「どうしたんだよダンナ!何があった!?」

『ノイズが現れた!すでに──しゃが出て──にもど──」

「なんて!?おいダンナ!!!」

『──────────』

 

 突然ノイズが走ると通話が切れる。最後は何を言っているか分からなかったがあまり良い状況でないのは今の僅かな会話で分かることだった。

 

「いったい何が起こったってんだよ!」

「ッ!リディアンにノイズが出やがった。こいつらは囮だったんだよ!」

 

 戦闘後に間髪入れず次のリディアンが襲われる。タイミングを考えればあれだけの数のノイズを囮だったのだろう。

 

 一般人は知らないが、奏が所属する二課本部はリディアンの地下にある。理由はシンフォギア起動の為のフォニックゲインを観察するために適合率が比較的に高い女学生を一か所に集めて観察する為のものだった。

 それがこのタイミングで狙われるとは偶然とは思えない。

 

 奏は自分の母校と二課にいるはずの弦十郎や了子の心配をするが、クリスはそれ以上に心臓が息苦しくなるほど早く鼓動するのを隠さないでいた。

 何故なら、リディアンの近くには未来が入院している病院があるからだ。

 

「未来っ!」

「あ、おい!待て!」

 

 クリスは静止しようとする奏を振り切り、未来のいる病院に向かって走り出した。




原作より一人足りない状況での戦闘。ですが防人とビッキーはクリスを〝守ろう〟としたが奏は〝背中を託す〟事になりました。それにより一人で戦ってきた二人の少女はその頼もしさを改めて知る。

……かなクリか、探そう。

思いもよらず了子(フィーネ)さんの生存フラグ建ててしまいましたが、出来ない事ないですがなかなか扱いに困りそうなんですよね(汗)。一応は原作に沿って(ビッキーry(以下略))やってるつもりなので同じ頭脳役のエルフナインの出番とかすげえ減りそう……

という訳で自分で決められないので生意気にもアンケートという事でお願いします!一応無印最終戦直前までが期限としておきますぅ。

……途中にあったなんか甘い空気はなんだって?ただ書きたくなっただけでさぁ。もしかしたら響の代わりにクリスがポンコツクリスになる日が……

次回! フィーネ


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十二話

毎回のことながら誤字報告ありがとうございます。

そして知らない間にお気に入り数が二百を突破!拙い作者の文章力で皆様に気に入られてほんと驚きました( 'ω')

今回は原作で言うと十一話に当たります。原作と比べて(ビ(略))最終対決に挑むメンバーが二人も違うし、一人は照らす太陽ではなく陰った陽だまり。はてさてどうなるのか!私の想像力が通じるのか!?

それでは、どうぞ!


 走って行こうとしたクリスを説得してヘリに乗せ、奏と共にリディアンに到着するとそこはまさに地獄だった。

 

 校舎は半壊、残った生徒も逃げ惑う。そしてそれを嘲笑うかのようにコミカルな見た目の地獄の使者、ノイズは現代兵器で応戦する一課の隊員や逃げ遅れた生徒や一般市民を問答無用で組付、共に炭化する。そして残るは無情にも風が吹けば飛ばされてしまう灰のみ。

 

「くそ!遅かったか!」

 

 奏はかつての自分も通った学舎が無惨にも破壊され、後輩に当たる学生達が逃げ惑う姿を見て歯が欠けるほど強く噛み締める。すぐにでも殲滅に移ろうとするが隣にいるクリスは可哀想になるほど必死に辺りを見回していた。

 

「あいつは、未来はどこだ!?」

 

 もし未来がノイズに襲われていたら。そう考えると心臓の鼓動が早くなり涙が出そうになる。

 まだ何も罪滅ぼしをしていない。まだ話したい事は山ほどある。やっと心の許せる存在が出来たのに、もう一人になりたくない。

 そんな焦りにも似た感情がクリスを支配しようとしたところを、奏はクリスの両肩を強く握り痛みで無理矢理正気に戻させた。

 

「しっかりしろ!あの子には緒川さんがついてるから大丈夫だ!今は自分の出来る事をしろ!」

「でも……でもよ!」

 

 ネフシュタンを纏って戦った時の強気のクリスとは違い、今はもし未来を失ったらと考えると身体が震えだしてしまいそうになるほど弱気になっていた。

 

「ッ焦ってんのはお前だけじゃないんだぞ!」

 

 駄々をこねるクリスに奏は苛つきを隠せないでいた。

 それも仕方ない事だ。何せ未来がいる病院には奏の大切な相棒である風鳴翼も眠っているのだ。未来が危ないという事はその近くの病室にいる翼も危険という事に他ならない。

 だが先の市街地戦よりも数は少ないとはいえ一般人がいる中をノイズを倒さずに未来や翼を探すのは不可能だ。

 奏の事をあまり知らないクリスだが、その焦りようから大切な人が病院の中にいると察し、悔しそうに唇を噛む。

 

「今はさっさとこいつらをぶっ飛ばす事だけ考えろ。あの子を探すのはその後だ」

「くっ、分かったよ!やればいいんだろ!」

 

 やけくそになりながら吠えるクリスと翼の事を案じる奏は首に下げたギアペンダントを握る。そして頭に浮かぶのはシンフォギアに選ばれた者にしか分からない二つの聖なる()

 

 

 ──Croitzal ronzell gungnir zizzl──

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 二人は再びシンフォギアを纏い、目の前のノイズの殲滅に移った。

 

 ──────────────────

 

 轟音と銃音、壁や床が破壊され崩落する音。そして人々の阿鼻叫喚の嵐。

 ほんの数分前までいつもの日常を謳歌していた人々は突然の地獄に思考が追いつかず、ただ助けを求める声を上げて逃げ惑うのみ。板場弓美たち仲良し三人組も同じだった。

 

「なんで、なんでノイズが出てくるのよ!」

「私に言われても分かりません!」

「二人とも喋らずに走るんだ!」

 

 窓が割れ、校舎の壁も崩れて外がよく見える。そして眼下には地を這うようにウヨウヨとノイズが跋扈(ばっこ)していた。

 何処から出てきたか分からない武装した男達が必死に応戦しているが、ノイズ相手に現代兵器は無意味。足止めも出来ず次々と組みつかれて灰化していく。

 辛うじてノイズはまだ一階付近に溜まっているので二階にいた三人は事なきを得ていた。だがそれも時間の問題だ。

 

「ここからシェルターってどうやって行くのよ!」

「板場さん!大声を出したらノイズに見つかってしまいます!」

「二人とも落ち着いて!」

 

 混乱する弓美と詩織を落ち着かせようとする創世も声が大きくなる。目の前の死にまともに対応出来る人間は少ないため仕方ないだろう。

 徐々に銃撃音が少なくなる。それにともない助けを求める声も聞こえなくなってくる。それが意味する事が分からない三人ではない。

 三ヶ月ほど前、軍に見捨てられた時の光景がフラッシュバックされる。あの時と違い見捨てられる状況ではないにしろ、ノイズという死の恐怖を前に冷静にいられるはずがなかった。

 

「貴女たち!ここで何をやっているんですか!」

 

 冷静を欠いていた三人の前方から背中に誰か人を背負った一人のスーツを着た細身の男が地面に散乱した瓦礫を華麗に避けながら駆け寄って来る。

 

「しぇ、シェルターに向かおうとしたんですが」

「一階はノイズだらけで外に出られなかったんだ!」

 

 おどおどする詩織と人に会えた事で若干落ち着きを取り戻した創世が目の前の男、緒川慎次に言う。二人の後ろでは弓美が恐怖でガタガタと身体を震わせて周囲を見回していた。

 

「……仕方ないですね。僕についてきてください」」

 

 一瞬考えた緒川は三人について来るよう言い、スピードを落として目的の場所に走り出す。その後ろを三人はついていく。

 

「あの、何処に向かっているのですか?」

「シェルターとは違いますが今は緊急事態なので別の避難出来る所に向かってるんですよ」

 

 詩織の問いに答える慎次が向かうのは勿論リディアンの地下にある二課の本部の事だ。本来なら一般人は立ち入る事はできない場所だが、今はそんな事を言っている場合ではないし、見捨てられるほど慎次は非情ではない。

 

 走るだけで自分たちは息が乱れるというのに、背中に人を背負って走っているというのに息乱さずに喋る慎次に不思議がりながらも背中に背負う人間が誰なのか三人は気になって来る。こんな異常事態になっても起きない存在が気にならないはずがない。

 

「後ろの人ずっと眠って……え」

 

 弓美と詩織とは違い、まだ体力の余裕がある創世が慎次の背中に背負われた人物が誰か覗こうとその横顔を確認した瞬間、あまりの意外さに絶句した。

 

「うそ、もしかして風鳴翼!?」

「「ええ!?」」

 

 予想だにしていない事に三人はノイズが近くにいる事を忘れ声を出してしまう。

 一般的に知られているツヴァイウィングの片翼である風鳴翼は二年前のノイズ事件で療養中となっている。それが目の前にいる事と騒がしい現状でも起きない事に三人は動揺を隠せない。

 

「質問には後で答えますので、今はついてきてくださいね?」

「「「は、はい」」」

 

 慎次の笑顔だが有無を言わせない雰囲気に三人は黙って頷く。こんな事をしている間にもノイズは迫って来るかもしれないため、余裕の顔を見せている慎次も少し焦っていた。

 

(早くこの方達をニ課に連れて行って小日向さんを探さないと)

 

 ノイズが現れる直前、未来は散歩だと言って病室を出ていた。

 精神が安定した未来なら大丈夫だろうと判断した慎次は影ながら見張っていたが、そこで隣接するリディアンにノイズが現れたのだ。

 未来の事は気がかりだったが、それでも急ぎ優先して翼の眠る病室に戻り、ベットで眠る翼を背中に背負って急ぎ地下のニ課に行こうとした時に弓美たち三人に出会ったのだ。

 だが後になって、未来がシンフォギアを纏えると考えて声をかけずに一人で来たのだが、精神が安定したとはいえまだ不安が残る未来を置いてきた事に慎次は後悔していた。

 

 そしてもう一つ、慎次は裏で調査して得られた結果からある人物を警戒していたが、この騒ぎのせいで慎次の能力では現状現在位置を特定出来ないでいた。

 

(通信機も使えない……やはりあの方が)

 

 嫌な予感を感じつつ、今は人命救助を優先しようと頭を切り替えて慎次は三人を連れてニ課へ向かった。

 

 ──────────────────

 

 クリスと奏が東京タワーに現れたノイズを倒した後、今度は近くにノイズが現れる気配を感じ、未来は慎次に散歩だと嘘をついて外に出ていた。だがノイズが現れるのを待ち構えていると、何かが自分を呼ぶ気配を感じた。

 

「誰?」

 

 未来はその気配が気になり、ノイズの事を気にかけながらもその気配が何かを探るため自分の直感に任せて歩いていた。

 すでに地上はノイズで溢れかえっていたが、今の未来はいつも感じていたノイズの気配よりも、今感じている謎の気配の方が気になった。

 

「いったい……なにが?」

 

 とても嫌な予感ではあるが、歪でも修復されていた心がそれを求めるように吸い寄せられる。それを拒む事が出来なかった。

 ふらふらと危ない足取りで、だが真っ直ぐにその謎の気配の方角に歩く。

 ここにクリスがいれば未来の様子を見て危ないと気づいただろう。何せ、その瞳がクリスと出会う前の、響の幻想を見ていた時と同じだったのだから。

 

 ──────────────────

 

 誰もいない掃除された通路をいつものお団子ヘアーに眼鏡と白い白衣を着た櫻井了子が歩いていた。

 カツンカツンとヒールが硬い床を叩く音と地上での戦闘による爆発の音が通路に響く。酷い時は大きな爆発により少し揺れるほどだ。

 

 何も無い通路をひたすら真っ直ぐ進むと突き当たりに厳重にロックされた扉があり、そしてその前には赤い髪の大柄の男が立っていた。

 

「あ〜ら弦十郎君!こんな所でどうしたの?」

 

 表情の険しい大柄の男、風鳴弦十郎に気がついた了子は一瞬目を鋭くしたがすぐさまいつもの明るい雰囲気に変わる。だが弦十郎はそんな了子を見てもその表情が明るくはならなかった。

 

「……了子君こそ、何故ここに?」

「私?私はダインスレイフが心配になったからよ。上の騒ぎもきっとダインスレイフを狙った何者かの策略。早めに対処しないと危ないからね」

「ここほど厳重な場所がないほどなのにか?」

 

 弦十郎の後ろの扉を指さした了子はにこやかに言い、その言葉に弦十郎は表情を変えずに答える。

 扉の先にはこの前の輸送作戦で輸送に失敗したサクリストD、魔剣ダインスレイフがその危険すぎる特性から厳重に保管されている。そして外からの侵入者対策のセキュリティも高いものとなっているため、弦十郎のような規格外の人間でない限り強行突破は不可能。付近にもここ以上に厳重さがある場所はない。

 

「外にノイズがいなければ別の場所に移動させるというのも有りだ。だが残念な事に地上はノイズだらけ。ノイズの力を使えば時間はかかるだろうが扉の破壊は出来るだろう。それでもこの場所から移すよりマシだ。それにセキュリティ強化はここから直接しなくてもいいだろう?」

 

 普段仲の良い弦十郎と了子の間にある空気が重くなる。

 了子は作った笑みやめて目を細め、弦十郎は真っ直ぐ了子の目を見ていた。

 

「今回の事や輸送作戦の時、敵はこちらの動きをあまりにも知りすぎている。そのため裏切り者がいる可能性が大きかった」

「……私がその裏切り者とでも?」

「信じたくはないがな」

 

 弦十郎も長年共にいた了子が裏切り者という予想が外れていたらと思っている。だが状況的な証拠や慎次が影で集めた情報から了子の動きがあまりにも怪しすぎていた。

 肝心な作戦の時にいないと思えば後から現れ、端末が壊れたと言えば、誰にも何処へ行くか知らせずに姿を消した事もある。ダインスレイフの輸送作戦もダインスレイフに何かあれば了子なら対応出来たであろうが、決して了子でなければならない理由もなかった。だがそれに了子は自分から参戦していた。

 他にも小さな違和感を感じるような出来事もあったがそれらを一ヶ所に集めれば、一番怪しいのは了子になってしまっていた。

 

「それに、塔なんて目立つもの誰にも気付かれぬよう建設するなど不可能。地下に伸ばす以外は、な」

 

 リディアンと地下の二課本部、そしてダインスレイフを保管する施設を繋ぐエレベーターシャフト。それはかなりの深さがあり、もしそれが地上に出れば高い塔と言っても過言ではない代物となる。

 カ・ディンギルが仮にエレベーターシャフトを利用した物だとすればそれを可能と出来るのはただ一人。

 

 僅かでも了子が裏切り者ではない、という希望めいた願望を持ちつつ弦十郎は何も言わない了子を見つめ続ける。

 本当に了子は裏切り者じゃなくてダインスレイフを心配して駆けつけた、そうであれば自分の早とちりだと笑い話で済ませられると弦十郎は思っていた。

 だが、現実は非情である。

 

「ふふふ。漏洩した情報を逆手に上手くいなせたと思ったが、まさか小さなミスからここまで辿り着くか」

 

 了子が不気味に笑うと指をパチンッと鳴らす。すると茶色の髪が金色に変わり、目の色も髪と同じ金色になる。そして周囲の存在を威圧するような強い圧力(プレッシャー)を放った。

 

「了子君!」

「まだその名前で私を呼ぶか!」

 

 了子が、フィーネが叫ぶと同時にその身体が光輝き、光が治る頃にはその身に金色の鎧を纏う。その形状は弦十郎が知っていた物と全く同じだった。

 

「ネフシュタンの鎧!やはりキミが持っていたか!」

 

 クリスの時は銀色だったネフシュタンの鎧をフィーネは纏う。だがネフシュタンから感じられる圧倒的な力はクリスが纏っていた時とは段違いだった。

 目的の達成を目の前にし、それを邪魔しようとする弦十郎にフィーネはありったけの殺意をぶつける。

 

「ただの人間の力で、私を止められると!」

 

 ネフシュタンの鎧の武器である紫の結晶が連なった鞭を振るう。遠距離が得意のイチイバルの装者であったクリスと違い、フィーネは鞭を自由自在に操り確実に弦十郎の心臓を狙った鞭の一撃が風を切り裂く音と共に飛来する。

 

「おうともさ!」

 

 弦十郎は素早い動きで鞭を回避し、身体のバネを利用した高速移動で一気にフィーネに接近し、拳を振り上げた。

 

「ちいっ!」

 

 間一髪弦十郎の廊下の床を大きく破壊するような一撃を回避する。その拳圧がかすっただけでネフシュタンの鎧に大きなヒビが入った。

 あり得ないと思いながらも目の前の規格外の男が計画の一番の障害だった事を遅まきながらも思い出し、怒りで顔を歪めながらも距離を取る。

 

「女を殴る趣味は無いが今回は許せ。そして話は全て終わってから聞かせてもらう!」

「くっ」

 

 女を殴る趣味は無いと言いながらも弦十郎はフィーネに容赦無く拳を振り上げる。完全聖遺物を纏っていても弦十郎の高すぎる戦闘能力に金色に輝くネフシュタンがボロボロなる。しまいには反撃に振るったシンフォギアを纏っていたとしても油断出来ない鞭の一撃すら弦十郎は素手で掴む始末。

 

「くそ!だが人間であるならば!」

「させん!」

 

 圧倒的な戦闘能力の差に、徐々に押されていったフィーネは隠し持っていたソロモンの杖でノイズを呼ぼうとしたが、それよりも早く弦十郎は足で地面を力強く踏みつける。そして砕けた床の破片が宙に浮かび、その破片をフィーネが持つソロモンの杖に当てるという、人間離れした技を見せた。

 

 ソロモンの杖が宙を舞い、天井に突き刺さる。ネフシュタンの力を使えば簡単に取れる場所ではあるが、弦十郎はそれを許さない。

 

「はぁあ!」

 

 僅かに出来たフィーネの隙を突き弦十郎が例え素早い動きが得意な慎次でも回避する事は不可能なほど速く接近し、フィーネを捉えた。後は拳を振り下ろすだけ。

 

「──弦十郎君!」

「ッ!」

 

 弦十郎は雰囲気がフィーネから了子に変わったため僅かに思考が乱れる。長年共にいた仲間のその声と表情に決して油断してはいけない場面で油断してしまった。

 

 ニヤリと口元を歪めたフィーネは持っていた鞭を剣のように固定し、弦十郎の腹部を狙って突き出した。

 

「ぐっは!?」

 

 弦十郎の口から鮮血が舞い散る。そして床に転げ落ちた弦十郎の腹からは大量の血が流れて始めた。

 

「はぁ、はぁ……やはり甘いな、風鳴弦十郎」

 

 既に弦十郎から受けたダメージはネフシュタンの鎧により回復したフィーネは思いもよらない激戦に肩で息をするが、一番の障害である弦十郎を打ち倒した事に思わず笑みを浮かべる。

 

「りょ、こ……くん」

「……まだ息があるか」

 

 腹を貫かれてもまだ息がある弦十郎に驚く。だがそのダメージから自分が手を下す必要は無いと判断し、弦十郎の服のポケットから端末を奪って目的の物がある扉の前まで歩くと弦十郎の端末を使って扉を開けた。

 

 中は広く、モニターや備え付けの端末などがあり、その中央には赤いラインの入った黒と銀の刀身が交差し、刃が二つに分かれた禍々しい剣、ダインスレイフが存在していた。

 

(やはり私では無理か。なら当初の作戦通り小日向未来を使うか)

 

 まだ()()()()のダインスレイフに舌打ちしながらも密かに建設していたカ・ディンギルを作動させる。それによりダインスレイフは僅かながらも禍々しい赤い光を放ち始めた。

 それを確認するとフィーネは踵を返してその場を後にした。

 

 ──────────────────

 

「これで!」

「終わりだ!」

 

 奏は槍を、クリスはボウガンを使って地上にいた最後のノイズを倒す。時間はかかったが自分達の周囲にはもうノイズは残っていなかった。

 

「はぁ、はぁ……今ので最後か?」

「だったら楽なんだがな」

 

 瓦礫にまみれの変わり果てたリディアンを肩で息をしながら眉を潜める奏にクリスは答える。かなりの被害は出たもののノイズの殲滅が出来たのだからこれ以上被害は増えないだろう。

 

「くっ、早く翼を探さねぇと!」

 

 クリスという背中を任せる存在に、精神的な余裕のおかげでLiNKERの効果時間が伸びていたとしてもそれでも存在する制限時間ギリギリまで戦った奏は既に限界が近い。それでも相棒である翼を探そうと足を動かそうとした。

 だが、いつの間にか半壊したリディアンの校舎の屋上にたたずむ知り合いの姿が目に入りその歩みを止める。

 

「了子さん!」

 

 奏の声にいつもの白衣を着た茶色の髪の了子はニッコリと微笑む。見た目は奏のよく知る櫻井了子であり、なんの変哲もない。

 だが隣にいるクリスだけは違った。

 

「フィーネッ!」

 

 その名前を口に出したとき、了子の笑みが醜悪なものへと変わる。

 

「ふふ、ははは、あははははは!!!」

「了子、さん?」

 

 奏の知る了子の笑い方とは違う、他人を嘲笑うかのような耳障りな笑い方。信じたくないと思いながらもそれが意味する事を奏が分からないはずがない。

 了子はおもむろにかけていたメガネを外し、団子状に纏めた髪を降ろして指をパチンッと鳴らす。その途端、奏とクリスがいるところまで強い威圧感が広がり、そして了子の身体が眩しく発光する。その光が収まりるそこにいたのは了子ではなく、ネフシュタンを纏った金色の髪と瞳の女性。

 

「うそ、だろ?了子さんがフィーネだなんて……」

「目の前の真実すら受け入れられないとはな。シンフォギアを纏おうともやはり貴様は出来損ないか」

「ッ!」

 

 普段の了子なら決して言わない辛辣な言葉。奏はそれが嘘や演技では無いという事はアーティストとしていろんな人間を見てきたため分かってしまう。あれはフィーネだ。

 

 奏は再びフィーネに問いかけようとしたが、フィーネはそれを無視し天を仰ぎ見る。その瞬間奏とクリスの足元の地面が大きく揺れ動き始める。

 廃墟と化したリディアンの瓦礫を押し除け、地面から螺旋のように回転しながら極彩色の巨大な〝何か〟が天に向かうように現れる。それはまさしく塔のような姿をしていた。

 

「これこそが!地より割裂し天をも穿つ一撃を放つ、荷電粒子砲『カ・ディンギル』!」

 

 恍惚した笑みを浮かべてそそり立つ異質で巨大な塔の形をした荷電粒子砲。これが弦十郎がフィーネのアジトであった古城で手に入れた情報のカ・ディンギルの正体だった。

 

「……こいつでバラバラになった世界が一つになるってのかよ」

「そうだ。今宵の月を穿つ事によってな」

「月を?」

 

 クリスの問いにフィーネは意味深く答える。

 月を穿つ、つまり破壊する事によって何故世界が一つになるのか。ノイズを使ってやる事だったのか。今までの犠牲はそのような意味が分からない事のためだったのか。

 そんな考えが理解の追いついていない奏の頭をぐるぐると同じところを回る。何を問い掛ければ良いか分からないはほど混乱していた。

 

「まあ、まだエネルギーは足りぬのだがな」

「足りない?なんで……」

「貴様らの知ることでは無い!」

 

 話を断ち切るようにフィーネはネフシュタンの紫の水晶が連なった当たればただでは済まない鞭を二人に向かって振るう。それはを見た奏とクリスは急ぎ後ろに跳んで回避した。

 

「なんで、なんでなんだよ、了子さん……!」

 

 雰囲気が変わり、敵となった了子を見て奏は理解出来ずに動きが鈍る。

 両親を失い、そしてシンフォギアを手にした時から世話になった恩人が実は敵だった。しかも相棒である翼が眠りについた原因の張本人となれば、今まで自分が積み上げてきたものを全て否定されるような気待ちになってしまう。

 

 地面を大きくえぐり、破砕した瓦礫の破片が凶器となり隙を見せた奏に向かい追い討ちをかける。鞭が振り下ろされた勢いを考えればLiNKERの効果時間がギリギリの奏では対処しきれない。

 奏に襲いかかる瓦礫の破片。しかし横から飛来した無数の矢がそのほとんどを破壊した。

 

「おい!何ちんたらしてんだよ!死にてぇのか!?」

 

 ボウガンを構えたクリスが動きの鈍くなった奏に怒声を浴びせる。クリスの援護がなければ奏は大きな怪我をしていただろうが、それでも今の奏の気の落ちようは見るに耐え無いものだった。

 

「だけど、あれは」

「ならさっさとフィーネをぶっ倒して後から話聞きゃぁいいだろうが!」

 

 クリスはリディアンに到着したときの意趣返しとして奏に言う。その言葉に奏はまだ迷いを振り切れていないが、それでもフィーネに向かって大槍を構えた。

 

「戦闘中に話し合いとは、私もみくびられたかものだ……な!」

 

 鞭による容赦の無い、殺す気の一撃が奏を襲う。今度は余裕を持って回避することが出来たが、そこに込められた殺意から目の前の存在が奏の知る了子ではなくフィーネだと思い知らされる。

 

「……そうだな。あいつはフィーネ。ノイズも、二年前の事件も全てあいつが黒幕だったんだな」

 

 自分に分からせるよう手に持つ大槍を強く握りしめる。

 奏の大切なものを奪っていった黒幕。そう言い聞かせて無理矢理頭のスイッチを切り替え戦闘態勢に入る。

 そんな奏の姿を見たクリスもまだわだかまりがあるものの守りたい人が出来た。それを奪われるものかと同じく戦闘態勢に入った。

 

「合わせろよ、雪音!」

「命令すんな!」

 

 再び振るわれた鞭を回避し、奏がフィーネに向かって駆け出す。その後ろからクリスは両手にボウガンを持ち、フィーネに向かって絶え間なく矢を放った。

 フィーネは鞭を自分の前方で扇風機のように高速で回転させ、何事もないように放たれた矢の全てを弾き落とす。その隙を狙って奏は大槍が届く位置までフィーネに近づけた。

 

「おぉりゃあああぁぁぁ!!!」

 

 身体を捻って勢いをつけた大槍がフィーネを狙う。クリスが同じように狙われたら反応出来るか怪しいほどのキレと速さの一突き。当たれば例えネフシュタンでも無傷でいられない。

 

 しかし、そんな一撃をフィーネは奏の方を見ずに空いている手で槍の先端を掴み止めた。

 

 全力とまで行かずとも、かなりの力を入れていたはずの一突きを難なく受け止められて奏は目を見開く。そんな奏を横目で見たフィーネは忌々しそうに舌打つ。

 

「雑魚が。お前では話にならない」

「う、わぁ!?」

 

 ネフシュタンの鎧によって向上した筋力により、槍を持ったままの奏ごと持ち上げるとボールを投げるようにクリスに向かって投げつける。

 軽く投げるフォームの割にはプロの投手並みの速さで投げられた奏は空中で姿勢を整える事が出来ず、真っ直ぐとクリスに向かう。

 

「うっそだろ!?」

 

 思いもよらぬ光景にクリスは一瞬目を見張るがすぐさま足を踏ん張り、飛ばされた奏を何メートルか引きずられながらも全身を使ってキャッチした。

 

「す、すまねぇ」

「謝るのは後だってぇの!」

 

 クリスは奏を降ろしながら地上に降りてきたフィーネを睨む。一瞬の猛攻の割に余裕の笑みを浮かべるフィーネに腹ただしいと思うが冷静を欠いた状態では勝てないと思い、静かに深呼吸して落ち着く。

 

「……やはり貴様らでは足しにもならんか」

 

 横目でカ・ディンギルを見たフィーネがポツリと忌々しげに呟く。何故苛々しているか分からないクリスと奏は疑問に思いながらもそれを質問する合間をフィーネは与えない。

 

 鞭を縦に振り下ろし、地面を砕く衝撃と共に蛇のように鞭が二人を襲う。それを回避しようと二人は別々に動くが、鞭は生きているかのような機動で二人を追いかける。

 

 奏はギリギリで回避しながら大槍で鞭を弾く。LiNKERが切れかかっているとはいえ近接型のシンフォギアの性能を活かす事でなんとか対応出来ていた。

 だがクリスは違う。遠距離戦ならば無類の強さを誇るイチイバルのシンフォギアとクリスの才能を持ってしても襲いかかる破壊の一撃を回避する事は困難だった。

 

 フィーネに向かってボウガンを放つが、それも自由自在に動く鞭に阻まれ、むしろその隙を狙って襲いかかる。奏と違い防御する術が無いクリスはまともに反撃も出来ずに焦燥感だけが溜まっていく。

 

 矢と槍と鞭が周囲を破壊しながら巻き起こる幾度も攻防。だがネフシュタンによる高い再生能力を得たフィーネ相手にシンフォギアを纏うクリスと奏ではその性能差により防戦一方となってしまう。

 そして小さなミスを犯した。

 

「うっくぅ!?」

 

 何も無いところでいきなり身体がガクッと重くなり、つまずきかける。

 東京タワーにおける大量のノイズ、リディアンに巣食ったノイズ、そして現在のフィーネとの戦闘と、短い間に激しい戦いの連続に体力に自信のないクリスの身体に限界が訪れたのだ。

 ふらつくが近くの瓦礫に手を置き、なんとか倒れないように耐える。だがそれを見逃すフィーネではない。

 

「避けろ、雪音!」

「ッ!」

 

 奏の声にクリスは直感的に前に飛ぶ。すると今クリスがいた場所に瓦礫を粉々にするほどの勢いがついた鞭が地面を砕いた。後数秒遅ければクリスは戦闘不能になっていただろう。

 

 砂埃まみれになりながらも、転がりながら回避したクリスはすぐさま反撃するために立ち上がろうとする。だが体力の限界が来ていた身体ではその言う事を聞かず、再び足がふらつきバランスを崩してしまった。

 

「死ね!」

 

 奏を無視してフィーネは動きの鈍ったクリスを先に始末しようと鞭を縦に大きく振るう。鞭は大きく波打ち、地面に当たるたびに衝撃で地面を砕きながら膝をつくクリスを捉えた。

 

 容赦無しの殺す気の一撃がクリスを襲う瞬間、地面を破壊する音を掻き分けて一つの歌が響いた。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 歌が響くと同時に青い閃光がクリスの後方で輝く。そして振り下ろされた鞭がクリスを襲う間際、その間に一つの人影が現れた。

 

「っやあ!」

 

 人影は持っていた黒い刀を横に振るい、振り下ろされた鞭の軌道を真横の地面に向かうように無理矢理変えた。

 

 地面を砕き砂煙が舞う中、そこに立っていたのは青と黒のインナーに黒の部分が少し少なくなり青の部分が広がった機械的な装甲を纏った黒髪の少女、小日向未来だった。

 

「未来!」

「小日向!?」

 

 予想外の存在に驚く奏と生きていた事に喜びを隠せず笑みを見せるクリス。そんな二人の違いを見て苦笑しながらも未来は優しく微笑んだ。

 

「どうして未来がここに?」

「それは……誰かに呼ばれた気がして、かな」

「呼ばれた?」

「うん。でも今は」

 

 未来は自分が感じていた謎の気配を一旦隅に置いて、目の前の脅威に目を向ける。その先いるのは金色に輝くネフシュタンの鎧を纏うフィーネ。

 

「この場をなんとかして切り抜けないとね!」

 

 口元は笑みを作ろうとも大切な友であるクリスを傷つけたであろう存在であるフィーネに向けてありったけの敵意と怒りの篭った目を向ける。

 その怒りの炎が見える瞳を見たフィーネは不敵な笑みを浮かべた。

 




まだアンケートは続けるつもりですが、これはフィーネ生存確定だなーと思いストーリー考えてたらまた別の展開を思いつき、大きく今後のストーリーを練り直す羽目になった作者です_(:3」z)_

こりゃもう……ラスボス達全員生存させたるか。
ただしGEDOU、貴様はゆ゛る゛さ゛ん゛

遅れたものの翼さんの誕生日回作ろうと思いましたが、ここの翼さんは眠ったままなのでどうにも出来ない事に気付いた……G編にも突入していない状況でいきなりきりしらコンビ等を出す事はできぬ_(:3」z)_

次回! 再び陽だまりは陰る


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十三話

始まる最終決戦。

シンフォギアに強く影響を与えてしまうほど不安定な393、ギアの色が黒くなるようなことがあれば……

誤字報告毎回ありがとうございます(様式美)

それでは、どうぞ!


 遠くで爆発の音が響く。それに釣られて部屋が揺れ天井の破片がパラパラと落ちる。

 

「うっ……」

 

 激しい爆発音と揺れに気を失っていた弦十郎は目を覚ます。

 朦朧とする意識と痛む身体の中、目だけで周囲を確認する。狭い部屋だが簡易ベッドや机が置かれており、避難してきたらしき一般市民が幾人かいたが、部屋の中央に置かれた机には見知った顔の者達が集まっていた。

 

「司令!」

 

 その中の一人、緒川慎次が弦十郎が目を開けた事に気づくと急いで近づいてくる。それを追うようにパソコンをいじっていた二課のオペレーターである友里あおいと藤尭朔也も顔を向けた。

 

「ぐっ、ここは?」

「二課の非常用シェルターの一区画です」

「そうか……お前が俺をここに運んだのか?」

「はい」

 

 起き上がろうとする弦十郎に慎次は支えながらゆっくり座らせる。応急処置は済んでるとはいえ腹部を貫かれたというのにもう動ける弦十郎の回復力は異常だろう。

 

 慎次は翼とリディアンの女生徒の三人を今いる部屋に避難させた後、すぐさま未来の捜索に出たが、ほどなくしてさらに下層から異様な揺れと音が聞こえたため予定を変更し急行。そして見つけたのがパスワードが変えられて入る事の出来ないダインスレイフが安置されていた部屋への扉と、扉の前で腹を貫かれて血溜まりの中に沈む弦十郎の姿だった。

 弦十郎を担いで移動していた途中、避難しようと移動していたあおいと朔也とも遭遇して共に現在いる部屋に避難したのだ。

 

「ッ了子君は!?」

 

 頭が動き出した弦十郎は殺されかけたというのにまだフィーネを了子と呼ぶ。

 いつからカ・ディンギルという恐ろしい兵器を製造していたか知らなくても、長い間共にいて笑い合った櫻井了子が全て偽物だったとは弦十郎は思えなかった。

 

 朔也が使っているノートパソコンを怪我で動けない弦十郎の元に近づける。そして映し出されたのは三人の装者と金色の鎧を纏った女の姿だった。

 

「先程小日向さんが奏さん達と合流したところです。まだ戦いの行く末は分かりません」

「そうか……」

 

 弦十郎はパソコンに映し出されたのは三人の装者、特に小日向未来を注視する。

 いくら緊急事態とはいえ、精神が少し安定したところでまだ不安材料ばかりの未来を戦わせる事に抵抗があるのはもちろんの事なのだが。

 

(何も起こらなければ良いのだが)

 

 感じる嫌な予感が外れてくれと思いながら弦十郎は三人の無事を祈る事しかできなかった。

 

 ──────────────────

 

 目の前にたたずむ金色に輝くネフシュタンの鎧を身に纏うフィーネ。それに対峙する三人のシンフォギア装者。

 未来が助けに来た事により若干装者組が有利に見える。だがそれを跳ね除けるほどの性能差を持つのが完全聖遺物ネフシュタンだ。

 そんなネフシュタン相手に未来は自ら一歩前に出る。

 

「クリスと天羽さんは休んでて」

「はぁ!?未来一人で戦うってのかよ!?」

「さすがの小日向でも、それは無茶だ」

 

 フィーネと戦った二人だからこそ分かる。ネフシュタンの性能も合わさって、半暴走状態ならともかく今の未来では太刀打ち出来ないと確信を持って言える。

 

「……大丈夫。二人が休める時間を稼ぐだけだから。なるべく早く戻ってきてくれたら嬉しいけど」

 

 心配するクリスに笑みを見せて未来は大人しく待っているフィーネに身体を向ける。クリスの視界には顔は映っていないが、今の未来はクリスを傷つけたフィーネに怒りが湧いていた。そしてその表情を見るフィーネは逆に不適な笑みを見せる。

 

「くくっ。お別れは済んだか?」

「お別れも何もないです」

「そうか。なら始めようか!」

 

 会話とも言えるか怪しいほどの短い会話。だがそれを合図に、未来とフィーネは同時に戦闘態勢に入り駆け出した。

 

 未来は刀を、フィーネは剣のように固定化させた紫の水晶が連なった鞭を振りかぶり互いに振り下ろす。二人の武器がぶつかりあった瞬間、周囲の小さな石を吹き飛ばす衝撃が走った。

 

「くっ」

 

 金属同士が擦れ合う音と小さな火花を散らせながら必至に対抗する未来にフィーネは笑みを浮かべる。

 

「やはり予想以上にパワーはあるようだな。だが」

 

 全力で押し返そうとする未来を嘲笑うかのようにフィーネが力を込める。そして徐々に踏ん張る足ごと押され始めた。今や未来専用に調整されたシンフォギアでも完全聖遺物のネフシュタンのパワーが上回っているのだ。

 

「今の貴様ではこの程度だ。それでは何も守れんぞ?」

「ッうるさい!」

 

 フィーネの言葉に苛っとした未来は叫びながら全力で押し返す。僅かに後退したフィーネだが、その顔はまだ余裕があった。

 

 刀と鞭の鍔迫り合いから互いに力を込めて反発するように後方に飛ぶ。距離が離れたとはいえネフシュタンの鞭であれば容易に届く位置に、未来は警戒を強めて刀を構え直す。

 先にフィーネが動き鞭を振るう。地面を砕き、えぐりながら飛来する鞭を未来は辛うじて回避し、直撃しそうであれば刀を使い切り払う。そして隙があれば一気に距離を詰めてフィーネを切り捨てようと刀を振るう。だがそれすら計算のうちなのか鞭を剣状に固定化して受け止め、何度も鍔迫り合いを繰り返した。

 

 一見拮抗しているように見えるが少しずつ対応出来なくなって来た未来は身体に傷を作り始める。まだかすり傷程度なため致命傷には程遠いが、体力的にいつミスをするか分からない。

 

「はぁ、はぁ」

「息が上がってきたじゃないか」

 

 回避を優先し動き回ったが故に余計な体力を使い肩で息をする。それを見てネフシュタンの加護なのか疲れている様子が無いフィーネはつまらなさそうに未来を見下ろす。

 

「ッはぁああぁぁぁ!!!」

 

蒼ノ断頭

 

 叫びと共に右足を大きく後ろに下げて両手に持った黒い刀を肩に担ぐ姿勢を取る。そして刀を地面を叩き割る勢いで全力で振り下ろし巨大な衝撃波を放つ。

 衝撃波は地面をえぐり、道中の瓦礫を破壊しながらフィーネに向かうが、当のフィーネはその場から動かず余裕の笑みを浮かべた。

 鞭を横薙ぎに振るい、鞭を衝撃波に当たることで軌道を変えるという離れ技を行う。そして衝撃波は大きくずれてフィーネの横を通過し後ろの瓦礫を粉々に破壊した。

 

 今持てる全力とも言っていいほど力を込めた一撃を難無くいなされた未来は悔しさで唇を噛む。クリスを傷つけられたというのに何も出来ない自分に怒りすら覚えていた。

 しかし、どれだけ悔しがろうとも目の前の敵にその手は届かず、ただ歯痒い思いをする事しか出来ない。

 

「────貴様に良い事を教えてやろう」

 

 圧倒的な戦闘能力の差を見せつけ、いつでも未来を打ち倒せるはずのフィーネは何を思ったのか鞭を下ろした。

 

「二年前のライブ事件、あれの黒幕は私だ」

「……えっ」

 

 その言葉に未来は金縛りにあったかのように身体が動かなくなる。

 フィーネは動揺する未来を見て笑みを作り語り出した。

 

「あの時はネフシュタンを手に入れたとしても風鳴弦十郎に邪魔される可能性が高かった。故に事前にクリスを使ってソロモンの杖を起動させ陽動に当てたのだ」

 

 当時のライブ会場でツヴァイウィングの歌と、それにより高められる観客のフォニックゲインを利用してネフシュタンの鎧を復活させる計画が同時進行されていた。

 司令である弦十郎はネフシュタンを観測するための部屋から少し離れた位置にはいたが、それでも何かあれば弦十郎ならすぐに駆け付けることが可能な場所であった。

 故に、ネフシュタンの鎧を手に入れるための一番障害である弦十郎を足止めさせるために、フィーネは前日にクリスが起動させたノイズを使役する杖『ソロモンの杖』を用いた。

 その結果世間に大きな衝撃を与え、ツヴァイウィングの片翼である風鳴翼が寝りにつき、未来は親友を失った。

 

「貴女が……あの事件を……」

 

 その言葉を聞いて未来の中で何かピキリッと鏡にヒビが入るような音が聞こえた。

 

「そうだ!私がやった!貴様の友を殺したのは……この私だ!」

 

 大きく手を広げて未来に聞こえるようにわざと大声でフィーネは言う。

 

 身体の中から聞こえるヒビが入るような音が大きくなる。それと同時に激しい怒りと殺意が湧き上がってくる衝動に、未来は逆らえなかった。

 

「貴女が響を……私の大切な人を……」

 

 黒い感情が未来を支配していく。目の前の敵を殺せと、親友の仇を取れと自身と同じ声が頭の中で何度も響く。

 未来の感情に触発されえ徐々にシンフォギアの青い部分が黒く染まっていき、怒りと殺意に呑まれかけたその顔は鬼のように歪む。

 

 今にでも飛びかかりそうなほど血が滲むくらい刀を強く握る未来を見て笑みを隠さないフィーネだったが、その頬を何かが掠め何本かの髪がハラリと落ちた。

 

「……なんのつもりだ」

 

 気分を害されたフィーネは今頬を掠った物、シンフォギアによって作られたボウガンの矢を放ったクリスを睨んだ。

 クリスはフィーネを無視して構えていたボウガンを降し、七割ほど黒く染まったシンフォギアを纏う未来にゆっくり近づき、そして抱きしめた。

 

「クリ、ス……?」

 

 戸惑う未来を他所にクリスは抱きしめる力を強める。力を入れすぎではあるが、クリスの心臓の音や暖かさが今にでも暴れ出しそうだった黒い感情を徐々に鎮めていく。

 

「お願いだ……もうそっちに行かないでくれ……」

 

 未来を抱きしめる腕が震える。

 大切な友達であり、頼れる唯一の人間である未来を救いたいという気持ちと、もし正気に戻る前のように狂って拒まれたらという一種の恐怖がクリスの震えながら抱きしめている腕から未来に伝わる。

 

「……ヒビキの代わりになんてならねぇってのは分かってる。でも、あたしじゃダメか?あたしじゃ、未来の傷を癒してやる事は出来ないか?」

 

 先程まで勇猛果敢にフィーネと戦っていた人物と同じとは思えないほど今にでも泣き出してしまいそうなクリスに、荒ぶっていた黒い感情が少しずつ大人しくなっていく。

 親友を失って悲しく、そして目の前に二年前のライブ事件の黒幕がある事でまだ怒りや殺意といった感情はまだ残っているが、瞳を潤ませるクリスと思い出の中の親友の泣き顔が重なる。その涙の原因が自分だと気づくと心の中の黒い感情よりも申し訳なさが強くなっていく。

 

「……ごめんね、クリス。もう大丈夫だよ」

 

 刀を持っていない手で抱きしめてくるクリスの背中を優しく叩く。

 完全ではないにしろ身体を支配しようとしていた怒りや殺意は収まり、今は思考がクリアになって周りがよく見えていた。

 

 未来がもう大丈夫だと分かるとクリスは惜しみながら抱きしめていた腕を解く。そして自分がかなり大胆な事をやったと理解し赤面するクリスに未来は優しい笑みを見せた。

 

「おいおい、二人ともまだ戦闘中だぞ?」

「天羽さん!」

 

 和やかな雰囲気が流れる未来とクリスの間にいくらか体力が回復した奏が近づく。傷は残っているが元気そうな奏を見た未来はホッとするが、横にいるクリスは良い雰囲気を邪魔されて少し奏を睨んでいる。

 

「奏でいいよ」

「え、でも…」

「あたしが許可するんだ。それに今は三人で協力しなくちゃいけないし。言いたい事とかそんな重いもんは後回しさ!な、クリス?」

「い、いきなり呼び捨てすんな!」

 

 圧倒的な劣勢な状態な上に負けられない戦闘中のはずなのに三人はまるでそんなもの関係ないというように笑い合う。

 知らぬうちに背負わされたこの戦いに勝たねばならないという重い責任を軽くし、心に余裕が出来る。そんな雰囲気に黙って見ていたフィーネは不快な気持ちになった。

 

「ちっ。余計な事をやってくれる、な!」

 

 笑い合う三人を邪魔するようにフィーネは鞭を振るう。風を切る音と共に地面を砕く一撃が三人を襲う。だが未来達は余裕を持ってそれを躱した。

 

 鞭を回避し着地した三人はそれぞれの武器を構えてフィーネに対峙する。だがそこには先程までの緊迫した雰囲気はなく、互いに背中を任せあえる戦友が出来たかのような余裕があった。

 

「今度は、私たちの番です!」

「やれるものならやってみろ!」

 

 三人を狙って何度目になるか分からないネフシュタンの双鞭が振るわれる。

 当たれば無傷では済まない、そんな襲ってきた一撃を未来は余裕を持って刀でいなし、奏は余裕のできた思考とネフシュタンの鎧を纏った時のクリスとの戦いで見せた集中力により紙一重で回避した。

 

「一気に行くぞ!」

「分かりました!」

「命令すん、な!」

 

BILLION MAIDEN

MEGA DETH PARTY

 

 両手のボウガンが四門の三連ガトリング砲に変形させ、腰周りの装甲が開きそこから大量のミサイルの頭を覗かせる。そして未来と奏に鞭を振るった事で隙の出来たフィーネに向かってガトリング砲とミサイルの雨を降らせた。

 

 フィーネはその場から飛ぶ事でガトリング砲を回避し、地面に着地後迫ってくるミサイルに向かって横薙ぎに鞭を振るい、全て撃墜して爆発により砂塵が舞った。

 そして砂塵の中で蠢く二つの人影。

 

「おぉりゃあああぁぁ!」

「はぁあ!」

 

 ミサイルを落とした事により出来た砂塵を抜けて奏と未来はフィーネに向かって駆け出す。そして奏は大槍を突き出し、未来は刀をフィーネに向かって振り下ろした。

 

 突き出された槍を片手で掴み、振り下ろされた刀を鞭を剣状に固定化させて受け止める。

 ネフシュタンの力があってこそ出来た事ではあるがシンフォギアを同時に受け止めるにはそれだけ力を分散させねばならない。であれば両手が塞がれれば身体がガラ空きになるのは明白である。

 

「隙だらけだぜ!」

 

 奏と未来を抑える事に力を割いたフィーネに向かってクリスはガトリング形態から戻したボウガンを連射させる。それに気づき対応しようとするフィーネだが既に両手は塞がっていたため、対応出来ずに放たれた矢の全てを受け、身体が大きくのけぞる。鎧にいくつものヒビが入り、それでも倒れないのはネフシュタンの鎧の性能故か。

 

「この程度で」

「まだです!」

 

 ネフシュタンを傷つけられて怒りの矛先がクリスに向いた瞬間、未来は空いている手にもう一本の黒い刀を創りだし振り下ろす。さすがのフィーネも危険を感じて振り下ろされた刀を回避して後方に退避する。だが逃げる事を奏は許さない。

 

「逃すかよ!」

「くっ」

 

 跳躍した事により空中で無防備になったフィーネに大槍を突き出しながら奏は地面を踏み砕くほど強く踏み込み、全力で突撃する。何もしなければ胸を貫く直撃コースだ。

 フィーネは焦りながらも鞭を剣状に固定化させ奏の突撃を受け止める。空中にいるため踏ん張る事が出来ずにそのまま近くの瓦礫まで奏と共に高速で移動し、大きな瓦礫にぶつかる事で動きが止まる。

 

 奏ごと巻き上がる砂煙を払うようにフィーネは鞭を横薙ぎに振るう。近くにあった小さな瓦礫は振るわれた風圧だけで粉々に砕け、鞭が当たった瓦礫も容赦なく砕け散る。

 砂煙が払われ、振るわれた鞭を後退しながら回避する奏を見つけたフィーネは串刺しにしようと鞭を奏に向けて真っ直ぐに飛ばそうとしたが、一瞬早く自分のいる辺りが妙に影になっている事に気づいた。

 

「やあああぁぁぁ!」

 

空ノ崩落

 

 未来がフィーネの頭上の死角で黒々した刀を両手に持ち、天を貫く勢いで高く振り上げた六メートル程の巨大な刀をフィーネに向けて全力の力を持って振り下ろす。以前の殺意が籠ったものとは違い、刀の峰と纏っているシンフォギアの手足の装甲の僅かな開きから点火されたブースターは今の未来を表すかのように青い炎だった。

 

「ッなめるな!」

 

NIRVANA GEDON

 

 鞭の最先端の突起から黒い電撃を包み込むように白いエネルギー球を生成する。だがそれはクリスがネフシュタンを纏っていた時とは違い、その大きさは倍近いものとなっていた。

 

 巨大な刀とエネルギー球がぶつかる。

 僅かに拮抗したが、空からブースターによる加速も加わった未来の巨刀による斬撃がエネルギー球を真っ二つにして大きな爆発が起きる。そして爆発に呑まれても止まらない未来の一撃がフィーネを襲う。

 

 地面を陥没させる程の一撃だが、エネルギー球により勢いの落ちたそれをフィーネは無理して受け止めるような事はせずに余裕を持って回避しようとした。だが未来ばかり見ていた視界の端に見覚えのある朱い髪が写る。

 

「いっけえええぇぇぇ!!!」

「クソッ、ぬっ!?」

 

 巻き上がる砂塵をカモフラージュに使い、突撃した奏は持っていた大槍を野球のバットを振るうように大きく振りかぶる。それにいち早く気づいたフィーネは鞭を使って反撃しようとしたが、鞭を持つ右腕を後方にいたクリスのボウガンにより撃ち抜かれた。

 

 無防備になったフィーネの腹部に振り抜かれた大槍が綺麗に直撃し、そのままはるか後方に吹き飛はされて勢いよく瓦礫に突っ込んでいく。

 フィーネが吹き飛ばされた方向に向かって、未来は右足を大きく後ろに下げて両手に持った黒い刀を肩に担ぐ姿勢を取った。

 

「これで!」

 

蒼ノ断頭

 

「ぐ、があああぁぁぁ!?」

 

 勢いよく振り下ろされた黒い刀は地面にぶつかった瞬間、大きな縦向き衝撃波を生み出し、その衝撃波は奏に吹き飛ばされた、瓦礫に縫い付けられたフィーネのいる場所に向かって一直線に進み、そしてさらに大きく砂塵を舞い上がらせた。

 

 刀を振り下ろした格好のままの未来の両隣にクリスと奏が近づき、フィーネのいるはずの方向に向かって再び武器を構える。

 巻き上がる砂煙のせいでフィーネの姿は見えないが、クリスの纏っていたネフシュタンの回復能力を考えれば十分戦闘続行は困難なダメージを与えているだろう。

 

「勝った、のか?」

 

 疑問符を浮かべながらポツリと呟く奏。まだ油断できる状況ではないがいくら待っても立ち上がって来ないフィーネに三人は安堵のため息を吐く。

 

「は〜〜〜。なんとかなった……ぐっ」

 

 奏が脱力した瞬間シンフォギアの装甲の色が薄くなる。ここまで保っていたLiNKERの効果が切れ、副作用と連続投与による痛みで身体がふらつき大槍を杖代わりにして膝をつく。

 

「奏さん!?」

「お、おい。大丈夫かよ?」

 

 いきなり膝をついた奏を心配する未来とクリスに、奏はまだ身体中に痛みが走るがそれでもシンフォギア装者の先輩としての意地なのか笑みを見せた。

 

「大丈夫さ。ただLiNKERが切れてふらついただけさ」

「んだよ、心配させんなよな……っとっと」

 

 心配して損した。という風に顔を背けようとしたクリスだったが突然身体から力が抜けて近くにあった瓦礫にもたれかかる。既に限界が来ていた身体を無理矢理動かした後に戦いに勝って脱力したために一気に身体から力が抜けたのだ。

 

 唯一後から来てフィーネとだけ戦ったためまだ体力のある未来だけが必然的に目立つように立つ事になった。

 

「ふふ。クリスもお疲れ様」

 

 バランスを崩しているクリスに未来は笑みを浮かべながら手を差し出す。その手を見てクリスは恥ずかしくて顔を赤く染めながら手を取ろうとしたその時だった。舞い上がる砂塵の合間からキラリと何かが光った。

 

「ッ未来うううぅぅぅ!!!」

 

 伸ばされた手を取ろうとしたクリスが大声を上げると未来の伸ばされた手を拒否するかのように力いっぱい未来の身体を押して遠ざける。

 突然の事にバランスを崩した未来はそのまましりもちをつく。そしてその直後、砂塵から高速で紫色の水晶が連なった鞭が飛び出して未来の目の前にいたクリスを切り裂いた。

 

「……え?」

 

 未来の目の前で鮮血が飛び散る。

 鞭に切り裂かれたクリスは血と共にシンフォギアの破片を辺りにばら撒きながら空高く吹き飛ばされ、まるで人形のように未来から少し離れた場所の地面にグシャリと嫌な音をたてて落下した。

 

「相手の生死を確認もせずに勝利したと思うとは……まだまだ甘いな」

「フィーネ!」

 

 晴れる砂煙からあれだけの連続攻撃を受けたのにも関わらず無傷のフィーネが余裕の足取りで現れた。

 奏達の唯一の誤算はフィーネが纏うネフシュタンの鎧の性能をクリスが纏っていた時のものと同じレベルだと思っていた事だった。

 シンフォギアでさえ奏のようにLiNKERを使う者と未来のような特例を除いてクリスのようなLiNKER無しでもシンフォギアの能力を十全に扱う者がいるように、ネフシュタンの鎧も使い手によってその性能は大きく変化する。

 それに加えてフィーネはその身に聖遺物を宿す未来を参考にし、自身の体内にネフシュタンの因子を埋め込み、自ら融合症例になる事で更にその性能を高めていた。

 仮にネフシュタンの鎧を纏ったクリスと対峙してもクリスはまともな一撃を入れる事なく敗れるだろう。それほどまでにネフシュタンを使いこなすフィーネは強力な存在だった。

 

「なかなか痛かったぞ。だがこれしきなら見た目通り無傷と言っても過言では無い」

「くそ!構えろ小日向!まだ終わってねぇぞ!……小日向?」

「……」

 

 フィーネの戦闘能力を見誤り、クリスがやられた事により圧倒的な不利な状況に奏は焦りながらも大槍を構える。だが未来の耳には奏の言葉が入って来ない。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 視界には未来を守る為に致命傷を受けて地面に横たわるクリスの姿。そして地面と身体の間から少しずつ血の池が広がっていく。その姿に動悸が速くなっていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 手を差し伸ばした未来をクリスが突き飛ばす瞬間、大切だった親友の姿と重なり、二年前の光景がフラッシュバックする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 親友は自分を守るためにその身を犠牲にした。そしてクリスも同じく自分を守るために傷つき、流れ出る血で血の池を作る。それが親友が灰になった時のように、クリスという存在が血の抜ける事で少しずつ消えていくようなその光景があまりにも似ていて、未来の心が大きくひび割れていく。

 

「いや……」

 

 せっかく出来た心を許せる友人が、壊れた心を治してくれた新しい大切な人が、自分のせいでその命を散らせてしまう。

 

「いや……いや……」

 

 そのあまりの絶望に、(いびつ)ながらも直されたはずの心はいとも容易く崩れていく。

 

「おい、大丈夫か小日向!?」

 

 様子がおかしくなった未来を心配して触れようとした奏だったが、その前に未来の心は砕けてしまった。

 

 

「ッいやああああアアアアアアァァァ!!!

 

 

 叫びを合図にしたかのように未来の身体から黒い煙のようなものがその身を突き破るように溢れ出し、天すら黒く染めようかというほど広く大きく広がる。

 奏は未来を中心に広がる黒い煙から嫌な予感を感じとり、逃れるようにその場から後退する。その間にも黒い煙は未来の身体を覆い尽くすように広がる。

 

「くくくく、はあはっはっはっはっ!!!」

 

 黒く染まる未来を見てフィーネは不敵に大声で笑った。

 

 そして、今まで微動だにしなかったカ・ディンギルが淡い光を帯び、動き出したのであった。




一度は治った黒い感情が奇しくもビッキーを失った光景とそっくりな状況に再び染まり、壊れる393。
怒りと殺意と怨嗟によるものだけではなく、悲しみと絶望も加わり黒く染まった暴走。そして不敵に笑うフィーネ。

刀が堕ち、矢が脱落し、残るはボロボロの槍のみ。

原作よりも若干絶望的な状況をどう打ち破るのか!

ラスボス全員生存は半分冗談でしたが、各編のクライマックス等で想像出来ても細部まで練り込めてないためその時の作者に判断を委ねるという事で深く考えないでいてくだせぇ。出来ればしたいですが(遠い目)。
どの道GEDOUはゆ゛る゛さ゛ん゛けど!

今後を考えててもこの393が心から笑顔になる日が遠すぎて困ってしまっているのは内緒。

次回! 君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ



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十四話

仕事のため遅れました。許してクレメンス_(:3」z)_

今回は奏さん頑張りますよ!そりゃもう命を燃やし尽くすくらいに……

皆さんの期待を良い意味で裏切りたいと思いながらもそう上手くいかないだろうなーと思う作者であります_(:3」z)_

それでは、どうぞ!


「────────!!!」

 

 辺りを黒く染め、近くにいるだけで身震いして身体が勝手に逃げ出そうとしまうほどの圧倒的な威圧。その中心で小日向未来はまるで獣の咆哮のような、声にならないほど泣き叫ぶ。

 

「はっはっはっはあ!!!最高だぞ!小日向未来!」

 

 自身もその威圧を全身で受けているはずのフィーネは、それでも歓喜していた。

 

「くそ!小日向に何をしやがった!?」

「くく、私は何もしていない」

「嘘をつくな!」

 

 未来に一番近い位置にいる奏は悲しみや殺意といった負の感情が混ざった威圧を受け後退りするがまだ意識を失っておらず、不敵に笑い続けるフィーネが何かをやったと思い睨みつける。だがそんな目を受けてもフィーネの表情は変わらない。

 泣き叫ぶ未来に目をやりながら睨みつけてくる奏に向かって口を開く。

 

「壊れた人の心なぞ、そう簡単に元に戻るものではない。クリスがやった事はせいぜい(いびつ)ながらも形だけ似せて応急処置をしたようなもの。少しの事で簡単に壊れてしまう程度の、な」

 

 未来の心は完全に修復されたわけではない。紆余曲折あったとはいえクリスという依存出来る相手がいたからこそ精神が安定していた。だが弦十郎が懸念していた通り、依存していたクリスが倒れた事により安定していた精神は簡単に崩れてしまったのだ。

 

「どうやって心を破壊しようか迷っていたが、クリスを始めから狙っていればよかったか。無駄に時間がかかってしまったが、まぁよい」

 

 血溜まりの中で倒れているクリスを笑みを浮かべたままの顔で眺めてポツリと呟く。

 クリスが倒れてから絶え間なく笑みを見せているフィーネに奏は苛々を抑える事が出来なかったが、今の言葉に疑問を抱いた。

 

「なんで小日向なんだ!小日向に何があるって言うんだよ!」

 

 三人の連携でもネフシュタンの鎧を纏ったフィーネは対応してみせていた。どれほど本気を出していたか奏には想像出来ないが、もしもっと力を秘めているのなら簡単に一人で奏たち三人を一蹴出来ていただろう。

 であれば未来に真実を言い、心を壊す必要性は皆無。勝ちを確信して慢心やただの趣味だったとしても暴走した時の未来の強さを知っているフィーネなら面倒な事は避けるはず。

 

「──ダインスレイフだ」

 

 奏の疑問に上機嫌のフィーネは叫び続ける未来、そして自分の後ろにそびえ立つカ・ディンギルに目をやりながら軽くなった口を開く。

 

「月を破壊するために必要なエネルギーがカ・ディンギルに溜まるのに、私の計算だと早くてもあと二十年は必要だった。だが輸送作戦の折、小日向未来がダインスレイフを一瞬とはいえ覚醒させた事によって発せられたエネルギーは想像を絶するほどだった。現に一割も溜まっていなかったエネルギーがこの僅かな間に三割を超えているほどに。私はそれに目をつけ、ダインスレイフを再覚醒させるために小日向未来の心をもう一度壊そうと思ったのだ」

 

 月を破壊するほどのエネルギーを溜める事は現科学力を持ってしても不可能。月の核を破壊する事も可能だが、その場合高い確率で邪魔が入る。風鳴弦十郎のような存在がいる以上失敗する可能性の方が高いだろう。

 それをフィーネは聖遺物を使う事で月を破壊するエネルギーを溜める事にした。その中で一番エネルギーの生成効率が良かったのがダインスレイフだったのだ。

 既に建設されていた二課本部をカ・ディンギルとして改造し、エネルギーを生成し始めても休眠状態のダインスレイフでは必要なエネルギーを溜めるのは長い時間を要していた。

 

 そんな時だった。ダインスレイフ輸送中に未来はネフシュタンを纏ったクリスと戦闘し、その異常なほどの怒りと殺意によりダインスレイフが覚醒。その時に生成されたエネルギーは現代に置いてあり得ないレベルの量だった。

 

 戦闘後、再び休眠状態に入ったダインスレイフをもう一度覚醒させようとしたフィーネだったが、この時既に二課はフィーネという存在を警戒していたため、櫻井了子であっても未来に一対一で近づく事は困難であった。そして一番の障害である風鳴弦十郎の存在が邪魔だったため更に難易度は向上していた。

 

 そこで現れたのがフィーネが子飼いしていたクリスの存在だった。

 

 予想外にもクリスは未来の壊れた心を癒し、問題はあるものの正気に戻す事に成功した。

 故に、フィーネは再びダインスレイフを覚醒させるチャンスを得たのだ。

 

「狂っている小日向未来とダインスレイフは恐ろしいほど相性が良い。離れていても互いに呼び合い、影響を及ぼすほどにな」

 

 未来が外を歩いていた時に感じていた何かに呼ばれる感覚。それはノイズが現れた事により負の感情が強くなった未来に呼応したダインスレイフを感じ取ったからだ。シンフォギアを纏う前の僅かな感情の動きにすらダインスレイフが反応してしまうほど、未来とダインスレイフの繋がりは深いものとなってしまっていた。

 

「役立たずと思ったが、まさかここまで最高の仕事をするとは思わなかった。お礼を言いたいくらいだ。くくく」

 

 倒れ伏すクリスに目を向けて隠しきれない笑いが漏れる。

 歪に修復された未来の心を破壊するには心を修復した本人であり、自分を保つために依存しているクリスを亡き者にする事。それがシンプルであり、なによりも今の未来に最も大きなダメージを与える方法だった。

 

「アンタは人間をなんだと、ぐうっ」

 

 ずっと笑っているフィーネに言いたい事は山ほどあるのに、既にボロボロの身体である奏は口を動かすのすら気怠さを感じるほど限界が来ていた。気を抜けば膝から崩れ落ちてしまうだろう。

 

「さて、私の最大の理解者が獣に変わる瞬間を共に見ようじゃないか」

「な、に?」

 

 フィーネの言葉に意味が分からない奏は眉を潜める。その直後だった。

 未来を覆っていた黒い煙のようなものが少しずつ晴れていく。そして完全に晴れると、そこには脱力したように手をだらりと下げて俯いた未来の姿があった。

 

「……小日向?」

 

 奏は明らかに雰囲気がおかしい未来に恐る恐る話しかける。

 俯いた未来が静かに、ゆっくりと空を見上げて、そして殺意に呑まれた獣は覚醒する。

 

「ッオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!

 

 鼓膜が破れるかと思うほどの大きな獣のような咆哮。

 心臓中心に纏っている天羽々斬のシンフォギアを侵食する様に全身を黒く染め上げ、手足や背中といった装甲のあった各所に青いラインが走る。

 そして血のように真っ赤な瞳がフィーネを捉える。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 言葉すら忘れてしまったかのような獣のような叫びを上げ、未来は四肢を地面につけて深く屈み、そして離れた場所にいるフィーネに向かって一直線に、地面を陥没させるほど強く踏み込み跳んだ。

 

 まるで弾丸のような速さで肉薄する未来にフィーネは目を見開くがすぐさま鞭を剣状に迎え撃とうと構え、そして獣の爪のように振り下ろされる刀を受け止めた。

 黒い刀と鞭がぶつかり合い、その際に生まれた風圧が強い衝撃へと変わり辺りの瓦礫を粉々に砕いた。

 

「なッ!?」

 

 衝撃だけでフィーネの纏うネフシュタンの鎧は弦十郎の拳の風圧を受けた時と同レベルの大きなヒビが入る。

 すぐさまネフシュタンは自己修復しようとするが、暴走した未来はそれを許さない。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 技も何もない、ただ力任せに振るわれる素早い連続の斬撃。

 空を切るだけでも鋭い斬撃がかまいたちのように瓦礫を切り裂き、地面に当たれば地雷が爆発したかのような大きな爆発と共に地面が陥没する。

 

 今までの半暴走状態の未来よりも動きは荒々しく、防御すらさせない、あるいはその上から破壊しようという比喩無く本物の獣のように未来はフィーネに襲いかかる。

 

「はっはっは!!!もっとだ、もっと私を憎め!貴様のその殺意が!私の夢を叶えてくれる!」

 

 ネフシュタンの治癒力を上回り始め、回復しきれず身体のあちこちに傷ができ始める。だが未来の怒りと殺意が高まれば高まるほどダインスレイフを通じてカ・ディンギルへのエネルギー供給量が増え、月を破壊するほどのエネルギーがどんどん溜まっていく。その事に身体が傷だらけになっても笑いが止められないでいた。

 

 反撃のために鞭を振るう。その鞭が防御を捨てた未来に直撃し大きく後ろに吹き飛ばすが、まるでダメージを受けていないかのように未来は地面に着地後すぐさまフィーネの元に駆け出す。

 ネフシュタンを取り込んだ事により向上した身体能力を持つフィーネでも、自身の身体の限界を無視して更に動きが速く、強くなっていく未来に追いつけなくなっていく。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 空高く飛び、降下しながら暴走した未来は握っている黒い刀を身体を捻らせながらフィーネに向かって力任せに振り下ろす。

 フィーネはすぐさま鞭をバリアのように何重にも交差させて未来の斬撃を防ごうとする。だが僅かに防ぐ事は出来ても完全には防ぐ事は出来なかった。

 黒い刀とバリア状の鞭がぶつかった場所から完全聖遺物であるネフシュタンの鎧の鞭は容易に断ち切られていく。そして。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 獣のような咆哮と共にバリアを突破。そしてそのまま勢いで剣状に固定化した鞭を横にして止めようとしたフィーネの左の肩から下の腕をネフシュタンと同等の硬さがあるはずの鞭ごと切り落とした。

 

 刀を振り下ろした体勢のまま着地した未来は着地後の勢いで悲鳴を上げる身体を無視して無理な体勢から身体を捻り、フィーネの背中に向かって持っている刀を突き刺した。

 

「ぐふっ」

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 吐血し、腹から食い破るように突き出る刀に目をやるフィーネ。

 未来は突き刺した刀をそのまま空すら切り裂く勢いで切り上げ、フィーネの腹から上の身体を真っ二つに切り裂く。

 普通であれば死ぬはずの容赦ない一撃にフィーネは空を見上げるような姿勢で膝をついた。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 再び大気を震わせるように吠える未来。そのあまりの禍々しく、そして三人がかりですら勝てなかったフィーネを圧倒したその力に、間近で見ていた奏は立ち尽くすしかなかった。

 

「これが……小日向の力だって言うのかよ……ッ!?」

 

 黒く染まった未来がゆっくりと首を動かしその真っ赤になった瞳が次の獲物を見つけたかのように奏を捉える。

 逃げなければいけない状況で、その真っ赤な瞳に見つめられた奏は身体の奥底から湧き上がる恐怖に身体が硬直してしまう。そしてそんな奏を見逃すほど、今の未来はまともじゃない。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

「くうっ!?」

 

 未来は奏に向かって跳躍し、黒い刀を振り下ろす。奏はそれを持っていた大槍で防ごうとするが刀が槍に当たる直前に嫌な予感がし、槍を手放して自分だけ回避する。その予感は当たり、残った大槍はまるで紙でも切ったかのようにあっさりと真っ二つにされ、更に振り下ろされた刀の衝撃が地面を大きくえぐった。

 

(一撃でも受けたら今のあたしじゃ耐えられない……だけど!)

 

 LiNKERが切れて本来のシンフォギアの性能を引き出せない奏。それでも今戦えるのは自分しかいないと自身を奮い立たせて立ち上がり、新たな槍を造りだして構える。

 

「ガルルルルル……」

 

 未来は獣のような唸り声を出しながら黒く染まった身体から妖しく光る真っ赤な瞳が奏を捉える。同じ人間とは思えないほどの、禍々しさすら感じるその瞳に大槍を持つ手が震えだすが、それでも奏は真っ直ぐ未来を見つめる。

 

 始まるボロボロの激槍と壊れた神剣の戦いを、上半身を真っ二つにされたフィーネはその瞳を動かしてニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 ──────────────────

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

「くっ!?」

 

 耳を塞ぎたくなる咆哮と共に地面を砕くほど踏み込み、弾丸のような速さで真っ直ぐ奏に向かって走り出す未来。それを見て奏は焦りながらも全神経を集中させて未来の挙動を見逃さないように目に焼き付ける。

 

 地面を陥没させるほどの勢いが乗った刀を寸前で身体を傾けて回避する。その時に生まれた風圧で身体が吹き飛ばされそうになるがなんとか足を踏ん張り耐える。そして始まる未来の止まらない猛攻。

 

 ただひたすら力任せに振るう刀は振るうたびに風の刃が発生し、近くの瓦礫を破壊する。風の刃でなくとも生まれた衝撃で瓦礫がバラバラに破壊される。どの道身体の近くで振るわれれば命の保証がない。それほどの殺意を込めた斬撃がボロボロの奏を容赦無く襲う。

 

「こ、んのお!」

 

 LiNKERが切れて上手くシンフォギアを扱えない身体になろうとも持っている大槍で必至に応戦するが、防御を捨てた未来は奏の攻撃が当たろうがただの突きでは暴れる獣を止める事は出来ない。

 

 気を抜けばあっさりと死ぬ戦いに、未来の心配をする余裕のない奏は幾度と無く大槍を未来の身体に当てる。だがその全てがまるで効いていないかのように動きは止まらない。

 

「ッこれでえええぇぇぇ!」

 

 未来の斬撃を回避した奏は言うことを聞かなくなってきた身体を無理矢理動かして大槍を野球のバットのように構え、そして振り抜く。

 腹部に直撃した未来は真っ直ぐに近くの瓦礫に向かって飛ばされて砂煙を巻き上げる。それでも未来はまだ止まっていないだろう。

 

 肩で息をし、目眩まで襲ってきた奏は大槍を杖にして倒れないように耐える。少しでも気を緩めればそのまま気絶すると自分で分かっていた。

 

「くくく。どうした?その程度ではあの獣は止まらんぞ?」

「なっ!?」

 

 するはずの無い声に奏は声が聞こえた方に目をやる。そこには上半身から上を真っ二つに切り裂かれた身体がまるで時間が戻っているかのように元通りにくっついていくフィーネの姿があった。

 

「この身とネフシュタンが完全に融合した私を倒せると思っていたか?」

「とうとう人間を辞めちまったってかッ!」

 

 切り飛ばされた左腕も元通りになり、完全に回復したフィーネが瓦礫の上から奏を見下ろす。その回復速度も治癒力もクリスが使っていた時とは段違いの高さに奏は絶望しそうになる。

 

(フィーネは倒せねぇし、カ・ディンギルは発射直前。あたしの身体ももう限界、それに)

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 突然離れた場所の瓦礫が吹き飛ぶ。舞い散る砂煙から姿を現すのは刀を片手に黒い獣と化した未来だった。

 

 暴走状態の未来でもフィーネを完全に滅する事は困難。

 カ・ディンギルもその光方からしてエネルギーも相当量溜まっているだろう。

 奏の身体は限界を既に超えている。

 そして何より、フィーネを倒せる可能性がある未来は完全に暴走していた。

 

 完全に詰んでいた。

 全てを相手出来るほど奏は強くもなく、そして戦える状態では無い。

 味方である未来は暴走し、クリスは血溜まりに沈んでいる。そして最高の相棒はいまだ眠りの中。勝てる見込みなぞ全くない絶望的な状況。弦十郎並の者でない限りここで奏が諦めても誰も文句は言えないだろう。

 

「……それでも、あたしがやらなくちゃな」

 

 絶望的な状況を目の前にして奏は覚悟を決め、強い意志を込めた瞳で未来を真っ直ぐに見つめる。その気迫に未来はほんの僅かに気合い負けして後ずさった。

 

「グルルル……カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 自分より弱い者に気圧された事に暴走した未来は獣のように怒り狂い、なりふり構わず奏に向かって走り出す。そしてありったけの殺意を込めた黒い刀の突きが奏の身体を捉えた。

 

 愚直にも真っ直ぐにガラ空きの奏の胸元を狙った渾身であり必殺の突きを奏は回避せず、むしろ未来を迎え入れるように微笑みながら大きく腕を広げた。

 

 そして飛び散る鮮血とシンフォギアの装甲。その光景を見てフィーネはニヤリと笑みを浮かべる。だが。

 

「……信じてたよ。小日向」

「────」

 

 未来は奏の胸元に埋めるように身体を密着させ、その未来を奏は優しく抱きしめる。

 奏を狙った突きは直前まで確実に心臓を捉えていた。だが当たる寸前に未来は方向を変え、右の脇腹に決して浅くない傷をつける結果となった。楽観視出来る傷ではないが、それでも確実に殺す気であった事を考えれば良い方だろう。

 

「ガ、ア……ウ」

 

 真っ赤な瞳から一雫の涙が頬を伝う。その涙を見て奏は強く抱きしめる。

 負の感情に支配され、怒りと殺意に塗れても完全には人の心が消えてはいない。そして何より、クリスによって一度は癒され、今は亡き親友が好きでいた未来の残っていた良心の欠片が傷つく奏に手をかける事を拒んだ結果だった。

 

「アンタの事はあんまし知らないけどさ、凄く優しくて純粋だって事は分かる。たった一人の親友の為に狂っちまうほど、そいつが好きだったって事も」

 

 今は眠っている翼が、もし二年前の事件で死んでいたら今頃自分はどうなってるだろうか。

 腕の中の未来のように狂っているのか、ただノイズを葬るだけの鬼となっているのか。それとも何もかも諦めてその日を生きるだけの抜け殻になっているのだろうか。

 

「アンタとは比じゃないだろうけど、あたしも翼が死んだら狂ってた。それくらいあたしは翼の事が大切だ。あたしは翼が目覚めるまで翼に誇れるよう生きようと思ってたんだ。だからアンタにも分かるだろう?」

 

 

 ──今のアンタを見たら、アンタの親友はどう思うのか──

 

 

 小声で、しかし未来に聞こえるようはっきりとした声で言い、その言葉に未来は赤い瞳を大きく見開いた。

 

 風鳴翼が目覚めた時、隣にいたはずの片翼が知らない人になったかのように変貌していたらどう思うのか。

 恐怖か、それとも嫌悪かは人によって異なるだろうがそれを自分に置き変えたらその答えは明白である。

 そしてその答えは既に未来も出ていたはずの答えだった。

 

「緒川さんより拘束力弱いし時間も短いけど、見ててくれ」

 

 奏は動きの止まった未来の背後に伸びる影に持っていた大槍を突き刺す。

 二年の間に緒川慎次から教わった相手の影に武器を刺す事で動きを封じる、まだ未完成の『影縫い』。今の未来であればものの数秒で抜け出す事も出来るはずだが、未来はピクリとも動かなかった。

 そして未来が身体を動かせなくなった事を確認すると腕を解いて未来の頭を一撫でして、フィーネの方に向き直る。

 

「あたしの生き様を」

 

 ゆっくり傍観していたフィーネに悠然とした歩みで一歩ずつ近く。対するフィーネは奏と未来との戦闘を愉快そうに見ていたというのに今は歩いてくる奏を訝しげな目で見下ろしていた。

 

「そんなボロボロの身体でまだ私の前に立つか」

「当たり前さ。なんせお前を倒さなきゃみんな無事じゃなさそうだしな」

 

 月が破壊されれば重力崩壊が起こり、二年前のライブ事件すら霞むほどの大災害が起こるだろう。そうなれば翼の命は無い。詳しくなくともその程度は理解出来ていた。

 

 奏は背中に手を回し、シンフォギアの装甲の間からLiNKERの入った拳銃型の注射器を取り出すと首元に針を刺し引き金を引く。

 途端に身体を襲う激痛と激しい目眩に身体がふらつくが気合で倒れない。

 色が薄くなったシンフォギアの装甲の色が元の明るい色に戻る。未来との戦闘の時の身体の重さも軽くなり始めた。

 

「LiNKERを隠し持っていたか」

「ああ。さっきは打つひまなかったけどな」

「それで?LiNKERを打って戦闘可能になった程度でこの状況をなんとか出来るとでも?」

 

 未来を止める事は出来てもカ・ディンギルとフィーネが残っている。

 LiNKERを打って元の戦闘力に戻っただけであり、それに加えて既に限界を超えた身体の上に今は仲間がおらず奏一人。この選択はただ自分が苦しむ時間が長くなっただけだ。

 それでも奏はニヤリと笑みを浮かべてもう一度背中に手を回した。

 

「確かに、あたし一人じゃ全部はなんとか出来ないよ。だけど……一つくらいはなんとか出来るさ」

 

 そう言って隠し持っていたもう一つのLiNKERが入った拳銃型の注射器を首に当てて引き金を引いた。

 

「ッ!?ごふっ!」

 

 先程とは比にならない激痛。まるで身体中の血管に熱々に熱した鉄を流し込まれたかのような痛みと頭を殴られたかのような頭痛、目眩というレベルで済ませられないようなふらつき。息が出来ないほどの激しい動悸。そして身体の内側から自分を作り変えられるような違和感。

 思わず吐血してしまうほどの激痛に大槍を杖代わりにしても膝から崩れ落ちてしまう。

 

「馬鹿め。今日だけで既に二つも使用していたというのに間髪入れずに更に二つも投与するとは」

 

 長く戦闘が出来ない身体だというのに東京タワーでの戦いで一つ、リディアンに到着して一つと既に二つLiNKERを使用していた奏の身体は当に限界が来ていた。そんな身体での三つ目と間髪入れずの四つ目。

 奏の許容量を大幅に超えた過剰投与により、いつ心臓が止まってもおかしくない。

 だが、奏は決して倒れない。

 

「……カ・ディンギルはもう停止不可能。私はネフシュタンにより死ぬ事はない。勝利なぞあり得ない。なのに何故諦めない?」

 

 吐血しながら槍を杖代わりにして全身の骨が砕かれたような痛みが走る身体を立ち上がらせる奏にフィーネは眉をひそめる。

 既に絶望的で凡人なら諦めるような状況で、それでも立ち上がる奏にフィーネは何処か恐れを感じていた。

 

「かはッ!……あ、あたしだって、もう、眠りたいさ。身体はいてぇし、目眩まで、するんだから、な……でも」

 

 痛む身体に喝を入れて二本の足で堂々と立ち上がる。そしてまだ勝利を諦めていない真っ直ぐな瞳がフィーネを射抜いた。

 

「あたしが!死ぬ気で戦わなくちゃ!みんなを、翼を守れないなら!この命、全部燃やし尽くしてやらあああぁぁぁ!!!」

 

 奏を中心に周辺の瓦礫を吹き飛ばすほどの衝撃と目を覆いたくなるほどの橙色の光が辺りを照らす。そして奏の纏うガングニールのシンフォギアが炎のように橙色に染め上がり、装甲の合間からも橙色の光が眩しく漏れる。

 

「うらああああぁぁぁ!!!」

 

 炎のような橙色の光を纏いながら紅く輝く大槍を手にフィーネに向かって駆け出す。その速さは暴走した未来と差異はほとんどない。

 

「こけおどしを……ッ!?」

 

 奏を止めようと鞭を振るう。それを奏は持っていた大槍で弾き返すように払うと槍が当たった箇所から鞭が粉々に砕けた。

 絶え間なく襲ってくる鞭を大槍で次々と破壊する奏に、フィーネから余裕の笑みが消え、ネフシュタンにより死ぬ事は無いはずと分かっていても強い畏怖を感じた。

 

「小日向未来と同等のパワー、いや、火力だけなら超えているのか!?」

 

 あり得ない、と驚愕しながらもフィーネは必死に命を燃やしてる奏の攻撃を回避していく。

 未来のような止まらないでいて、そして何処か美しさを感じられる炎を纏った連続の突きとなぎ払い、見た目に反してその一撃一撃がネフシュタンの鎧の防御能力を超える威力を秘めており、フィーネが反撃として振るう鞭が大槍の攻撃に耐えられず次々と粉々になっていく。

 それだけでは収まらず、フィーネの防御を掻い潜った大槍の一つ突きがネフシュタンの鎧の一部を穿ち、その下の生身の肉体と中の骨を砕く。

 規格外の力を発揮するガングニールの圧倒的な火力と性能にものを言わせた猛攻に徐々にネフシュタンでは対処しきれなくなる。だがそれに伴い奏の身体は蝕まれていく。

 

 大槍を振るえば振るうほど、奏の身体は死に近づいていく。

 口からは絶えず血が流れ、纏う炎はその身を焼き、槍を振るえば骨が折れるような感覚に身体は悲鳴を上げ続けていた。

 それでも奏は止まらない。

 止まれば文字通り死ぬと理解して、()()()()()()()()大槍を振るい続ける。

 

「何故だ!何故貴様はそこまで戦える!?自分の死が怖く無いとでも言うのか!?」

「そんなわけないだろ!」

 

 炎を纏った大槍と鞭が鍔迫り合い合う中、フィーネの言葉に奏は吐血しながら叫ぶ。

 

「死ぬのは怖い!それは今でも変わらない。だけど!」

 

 奏の身に纏うシンフォギアから発せられる炎のような光が輝きを増す。まるで命を全て燃やそうとしているかのように。

 

「あたし一人の命でみんな救えるなら、小日向やクリスが笑える日を取り戻せるなら、翼が歌を歌える日を守れるのなら!あたしの死が無駄にならないなら!あたしは、全力で戦えるんだあああぁぁぁ!!!」

「ぐううぅっ!」

 

 苛烈さを増す奏の猛攻にフィーネは耐えきれずバランス崩して体勢が乱れる。その隙を感覚が鋭敏になっている奏は見逃さない。

 悪足掻きに放たれた鞭を払い退けて一気に踏み込み、至近距離でフィーネの腹部に向かって槍の先端を構えた。

 

LAST∞METEOR BURST

 

「ぐおおおおぉぉぉ!?」

 

 槍の先端から発せられる横向きの炎と竜巻が合わさった火炎の嵐にフィーネは耐えきれずに飲み込まれる。そして炎の竜巻は地面を大きくえぐり、溶かしながら離れた位置にある廃虚と化しているリディアンの壁面にフィーネを叩きつけ、壁にめり込ませた。だが、まだ終わらない。

 

 奏は空高く飛び上がり、壁にめり込むフィーネに向かって大槍を投擲する構えを取ると槍の先に光が集まっていく。

 

「いけええええぇぇぇ!!!」

 

PROMINENCE∞ARROW

 

 叫びと共に炎を纏った大槍を投擲する。

 投擲された大槍は高速で回転し、纏っている炎が渦を作りだしてまるで赤いドリルのようになりながらいまだ動かないフィーネに向かって真っ直ぐに直進する。

 フィーネは壁にめり込んだまま鞭を振るい迎撃しようとするが、槍が纏う炎の熱さと回転によって鞭は全て弾かれ無駄に終わる。そしてその剥き出しの腹部に炎を纏った大槍が突きさり壁に大きなヒビを作らせながらフィーネを壁面に縫い合わせた。

 

 圧倒され、腹部に大槍を刺されて身動きが取れなくなる。だがそんな状況でフィーネは笑みを作った。

 

「くっくっく。どうやってやったか知らんが、今の貴様は小日向未来に迫る強さはあるようだ。だが、その程度では私を倒せんと言っただろう?」

 

 その言葉の通り、傷ついたネフシュタンの鎧が再生していき、それと同時に今の戦闘で受けた肉体へのダメージも消えていく。あと数秒あれば傷は完治してしまうだろう。

 余裕の笑みを浮かべるフィーネに、奏も同じく笑みを作った。

 

「確かに、あたしじゃお前を倒せない。命を賭けてもあたしの命だけじゃネフシュタンを倒せない。そんなの分かってたさ。だからあたしの目的は最初から一つだけ」

「何を言って……まさか!?」

 

 動けない、いや()()()()()()()()()()状態の自身の現状を見てフィーネはある考えが過ぎる。そしてその考えが正解だと言うように奏はフィーネから目を離してある一点を見つめた。

 その先にあるのは……カ・ディンギル。

 

「お前を倒せるなら一番だけど、それが出来ないのはよく分かってる。だけど、お前の目的を潰す事は出来るさ」

 

 それだけ言うと奏は大槍を両手に持ち、その先端を照準を合わせるようにカ・ディンギルに狙いを定める。その瞬間、シンフォギアの装甲の合間から漏れ出していた炎のような光がすべて構えている槍に収束していく、そして大槍は真っ赤に燃えているような眩い光に辺りを昼のように照らした。

 

「やめろ……やめろおおおぉぉぉ!!!」

 

 全てを悟ったフィーネは急いで奏を止めようと腹部に刺さった槍を引き抜こうとするが、槍は奏の意思に応えるようにフィーネを貫いたまま壁面から抜けようとしない。

 その間にも光は強まっていき、まるで目の前に太陽があるかのような輝きと熱さを放つ。

 

「いっっけええええぇぇぇぇ!!!」

 

STRIKE∞NOVA

 

 地面を砕くほど強く踏み込む。各部のギアの装甲が開き、奏の意思に呼応したかのように炎がブースタとなってカ・ディンギルに向かって奏は自身も槍となって飛ぶ。

 

 離れているフィーネでさえ熱風を感じるほどの熱さを纏う奏は自身の身体も焼かれながらも一直線にカ・ディンギルに近づく。

 それを止めようとフィーネは腹部に大槍が刺さったまま鞭を振るう。だがその判断はあまりにも遅く、すでに手遅れだった。

 

 気を失いそうになりながらもカ・ディンギルから目を離さない奏の脳裏にはこれまで人生が映し出されていた。

 

 ノイズに両親を殺されて仇を打つために手に入れた力。

 当時の奏は出会う前の未来と同じノイズに強い怒りと殺意があった。ツヴァイウィングとして歌う事もノイズを殲滅させるために必要な手段として見ていた。そこに楽しいという気待ちはなかった。

 その中で、シンフォギアを纏ったまま救助活動をしていた時にかけられたお礼の言葉。その言葉が奏の見ている世界を変えた。

 恨みを込めていたはずの歌が、自分の心を躍らせる歌に変わっていき、いつしか相棒である翼と歌う事が奏にとって生きる証となっていった。

 

 楽しくて、嬉しくて、辛い事もあったが忘れられない大切な思い出。それを守るために、奏は命を燃やし続ける。

 

「翼あああああぁぁぁぁ!!!」

 

 自分の夢も全て眠り続けている風鳴翼に届けと血を吐きながら叫ぶ。その奏のすべての想いを乗せた叫びが暴走する未来の心を刺激し、静かに涙が溢れさせた。

 

 エネルギーが溜まり発射直前だったカ・ディンギルの砲塔に奏の命を賭けた捨て身の一撃が命中する。それにより巨大な塔であるカ・ディンギルはその衝撃で僅かに傾き、直後に発射された月を破壊するはずのエネルギー波は月の中心を大きく外れておよそ五分の一ほどと大きくではあるが一部を破壊するだけに留まった。

 

 そしてエネルギーの開放先が無くなったカ・ディンギルは奏が突撃した塔の頂上辺りを中心に周辺を巻き込むほどの大きな爆発がリディアンを呑み込むのだった。

 




よくよく考えたらずっと血流したままのクリスって絶対出血死しますよねー。まぁこれも思いつてしまった事への伏線なんですがね。今は気にしないでくだせぇ(ニッコリ)

奏さんのシンフォギアの変化のなんとなくのイメージはパズドラのエルダー・ヨトゥンのような、初期型のシンフォギアの装甲の合間から炎のような光が漏れてる感じですかね。あくまで私のイメージですが。
命を燃やしてる分、瞬間的な火力は暴走未来さん超えてるかも?まあエクスドライブより性能面では一段劣りはしますが。

オリジナルの技や形態等の説明とかもその内別枠で作ろうかな?作者の語彙力ではイメージしにくいのもあるでしょうし_(:3」z)_

ビッキーや393さん、個人的な好きなシンフォギアキャラのランキング上位なのに結構扱い酷いなー(誰のせいだ)。特にビッキー。原作主人公が既に死んでいるって……ねぇ?

それと奏さん、槍は突くものであって野球のバットみたいに振るもんじゃありまry(腹部に直撃)。

次回! 太陽はいつもそばに


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十五話

文章足したりして調整してたら存外長くなってしまった。

再三言ってきたように原作に沿って(略)るのでもう流れは分かり切っているとは思いますが最後までお付き合いお願いします!

それでは、どうぞ!


 ────数分前

 

 リディアン地下に建設された避難所にて、弦十郎たちニ課職員と避難してきた一般市民である安藤創世、寺島詩織、板場弓美の三名はノートパソコンに映し出されている光景に絶句していた。

 

 シンフォギアを纏った奏とクリスの二名によるまだまだ荒はあるが息の合ったコンビネーションでも金色のネフシュタンの鎧を纏ったフィーネには太刀打ち出来ず、遅れてやって来た未来も協力して辛くも撃破した。そう思った瞬間、クリスが立ち込める砂煙の中から放たれた鞭から未来を守り、代わりに切り裂かれ血を流して崩れた。

 

 そして始まる怒りと殺意に呑まれた黒い獣の覚醒。その荒々しくて禍々しい姿にその場にいた全員が息を呑んだ。

 

(やはりクリスが引き金となってしまったか!)

 

 映像越しからでも伝わる激しい怒りと殺意と悲しみに、見ていた弦十郎は拳を強く握りしめる。

 

 未来とクリスは互いに依存していた。だが目の前で親友を失って心が壊れた未来にとってクリスは新たに出来た友人だけでなく、壊れた心を治した恩人でもあり、心の拠り所となっていた。正気に戻った分、得られたものが失われる事への恐怖は人一倍強い。

 それ故にかつての親友のように自分を守って血を流すクリスに正気を保てなかった。

 

(彼女たちが戦う以上こうなる可能性は十分あった。それがまさかこんな形で現実になるとは!)

 

 前から危惧していた弦十郎にとって最悪な流れであった。

 クリスは倒れ、奏はLiNKERが切れて戦える状態ではない。そんな状況で誰が未来を止めることができるだろうか?

 十全の状態の弦十郎なら対応出来たであろうが、フィーネから受けた傷によりそれは難しい。暴走していない状態の未来に本気を出していなかったとはいえ敗北しかけた事を考えれば今出ても無駄に命を落とす可能性の方が高い。なんとか未来を正気に戻したとしても無傷ではいかないだろう。そうなればネフシュタンの鎧により無限の再生能力を得ているフィーネの勝利は確定だ。

 

 焦りを隠せずに眉を寄せる弦十郎を他所に戦況はどんどん変わる。

 

 正気を失った未来は獣のように縦横無尽に動き回り、嵐のように通った場所を破壊しながら三人がかりでも苦戦していたフィーネを追い詰めていく。

 一撃一撃がまさに必殺というように容赦が全く無い猛攻。弦十郎はそのあまりの獣のような荒々しさにもし自分が対峙した時、未来を無傷で止める自信を感じる事が出来なかった。

 

「もう……終わりだよ……」

 

 獣のように狂う未来を見ていた板場弓美が呟く。そしてその瞳を潤ませて涙を流して泣き崩れた。

 

「学園も滅茶苦茶になって、小日向もおかしくなって……」

「板場さん……」

 

 寺島詩織、安藤創世も泣き崩れる弓美を心配そうに見るが、今の未来を見れば弓美と同じ感想しか出てこず、かける言葉を部屋にいる全員が持っていなかった。

 

 沈鬱な空気に呑まれながらも戦況は変化していく。

 未来はフィーネが繰り出した鞭を何十にも重ねたバリアを易々と砕き、そしてフィーネの腹部から上を縦に切り裂いた。

 まともな人間なら絶対やらない倒し方に戦場を見慣れていない弓美たち三人は顔を背け、弦十郎は複雑な表情で映像を見続けていた。

 櫻井了子は偽者だったとしても弦十郎にとっては今まで共に成し遂げてきた日々は嘘では無い。裏切られてもそこには何かやらなければならない何かがあるとここまで来ても信じるのを辞めることは出来なかった。

 

 フィーネを切り裂いた未来は次の標的を二人の戦いを傍観するしか出来なかった奏に移し、そして雄叫びと共に襲う。

 LiNKERが切れている奏は生存本能によってなのか、未来の嵐のような猛攻をギリギリで回避し反撃する。だが本来のガングニールの性能を引き出せていない一撃は全く未来に通っていなかった。

 

 そして死んだかと思われたフィーネがネフシュタンの鎧により復活。それは弦十郎から見ても異様な光景だった。

 

(そこまで堕ちたのか、了子君!)

 

 ボロボロの奏と暴れ狂う未来の戦いを高みの見物をする完全に傷が癒えたフィーネ。戦況は最悪な形へと変わってしまっていた。

 

 まさに絶望的な状況。それを変えたのは、奏の命懸けの覚悟。

 

 暴走する未来を抱きしめる奏。何かを未来に伝えた後抱きしめていた腕を解きフィーネの元にゆっくりと歩む。その姿は戦いに挑む勇者のようであり、そして死を覚悟した戦士のようだった。

 

 笑みを浮かべながらおもむろに取り出したLiNKERを奏は自分の首に刺す。LiNKERを隠し持っていた事に驚く弦十郎ではあったが、絶望的な状況で戦う意思を失っていない事よりも、その笑みに嫌な予感を感じた。

 そして奏は間髪入れずに二本目のLiNKERを投与し、そしてあまりの反動の強さに吐血する。そしてフィーネと言葉を交わした後、シンフォギアごと身体が赤く燃え上がった。

 

「これは……ガングニールのフォニックゲインが急上昇しています!」

「何!?」

 

 LiNKERを投与した事を加味したとしてもあり得ないほどのフォニックゲインの高まりに、研究者や技術者でない弦十郎や友里あおいと藤尭朔也でもその異様さを感じ取っていた。

 

 暴走した未来と同等の強さを発揮する奏に勝利を確信していたフィーネが追い詰められていく。そして炎の竜巻がフィーネを飲み込み、壁にめり込んだ。ガラ空きになった腹部に空かさず槍を投げつけて拘束する姿に、弦十郎と二課職員以外の一般人は歓喜する。

 

 血を吐き、その身に纏う炎に己の身体を焼かれながらも戦う奏の姿に、大人である自分たちが何も出来ない事に腹が立ちながら弦十郎は悔しさで拳を握る。

 

 そしてカ・ディンギルに向けてガングニールと共に自分も槍となった決死の特攻。

 カ・ディンギルは大きな爆発に飲み込まれて目の痛くなるような色彩を放っていた塔はその半分が破壊され色彩を失った。それによりフィーネの野望は阻止されたのだ。多くの犠牲を払って。

 

「ガングニール……反応途絶……」

 

 助かったと歓喜する一般市民を他所に沈んだ顔で報告する朔夜とそこ隣に立っていたあおいは瞳に涙を浮かべて顔を背ける。勝利したとしても、失われたものはあまりにも多い。

 

「身命を賭してカ・ディンギルを止めたか奏……お前の歌、世界に届いたぞ……世界を、守ったぞ……ッ!」

 

 握りすぎて血が滲み、骨に響くがそれでも弦十郎は強く拳を握る。

 世界のために、明日のために、そしていまだ眠りについている翼のために命を燃やして奏はカ・ディンギルを止めた。それでも、自分より若い少女にそんな覚悟を決めさせてしまった自分に憤りを隠す事は出来るはずがない。

 

「分からないよ……なんでみんな痛い思いをして、怖い思いをして戦ってるの!?死ぬために戦ってるの!?」

 

 弓美は奏の命懸けの覚悟を理解することが出来ず、涙を流す。

 戦場を経験したことの無い弓美に戦場で戦う奏の覚悟を全て理解出来るはずが無いため仕方ない事だ。それは創世や詩織も同じようなもの。全てでなくとも理解出来るのは奏の戦いを、生き様を見てきた者達だけだろう。

 

 世界は救われたという空気は消え去り、再び部屋の中が沈鬱な空気に飲まれていく。だが、まだ戦いは終わってはいない。

 

 ──────────────────

 

 奏の命を賭して特攻。それにより月は一部欠ける事になったものの完全破壊は免れ、カ・ディンギルは半壊。

 次弾を撃つ事は不可能。というよりダインスレイフとのエネルギー補給ラインが完全に破壊されたためエネルギーを貯める事すら不可能。規模からして、修理にはフィーネ一人では何年かかるか分からない上にそこからまたエネルギーを溜めようとするなら発射可能まで溜まる前に肉体の限界が来るだろう。

 

 悲願であった月の破壊が完遂されると思っていた。

 月を破壊するための発射台とそれを放つためのエネルギー。その両方が揃い、射程や射角も十分に計算し、完璧に破壊する事が出来るはずだった。

 

「なのに!」

 

 悲願の達成を目の前にして止められた事にフィーネは怒りに任せて鞭を近くにあった瓦礫に叩きつけた。

 

「何処までも忌々しい!!!

 月の破壊はバラルの呪詛を解くのと同時に、重力崩壊を引き起こす。惑星規模の天変地異に人類は恐怖しうろたえ!そして聖遺物を振るう私の元に帰順するはずであった!

 痛みだけが!人と人をつなぐ絆!たった一つの真実なのに!それを、それをお前は、お前達は!!!」

 

 怒りに燃える瞳が半壊したカ・ディンギルに目を向けてシンフォギアが解除され力無く地面に座り込み、涙を流す小日向未来に向けられる。

 

 カ・ディンギルとダインスレイフを繋ぐラインが破壊された事により強制的に覚醒していたダインスレイフは再び眠りについた。それに伴いダインスレイフと未来を繋いでいたラインも切られた事によりダインスレイフからもたらされた怒りや殺意といった負の感情を増幅させる呪いは断ち切られ、未来は正気に戻っていた。

 それ故に、自分がしてしまった事への後悔が遅れてやってくる。

 

(私が……私がもっと気をつけていれば……私がもっと強かったら……クリスも奏さんも……)

 

 自分の不注意によってクリスが傷つき、それを見て自分が狂い、そして奏を追い詰めてしまった。自分が傷つけた傷がなければ奏はあんな事にならなかったかもしれない。

 そんな後悔の念が未来の心を押し潰し、寄り添う柱が無くなった心を無慈悲にも傷つけてひび割れさせていく。

 

 涙を流す未来の脇腹にネフシュタンを纏ったフィーネの強烈な蹴りが刺さる。生身の身体ではいくら天羽々斬と融合していたとしてもそのダメージは低いものではない。

 蹴り飛ばされて宙に浮いた身体が重力に従って地面に叩きつけられて倒れる未来にゆっくりと近づいたフィーネは未来の頭を掴み、地面に強く押さえつける。

 

「はぁ、はぁ……だがまぁそれでも貴様は役に立ったよ。生態と聖遺物の初の融合症例。お前という先例がいたからこそ、私は己が身をネフシュタンの鎧と同化させる事が出来たのだからな」

 

 クリスが弦十郎にアジトの場所を教えた前日に、フィーネは米国の兵士の襲撃により深傷を追っていた。

 いくら普通の人間よりも異質な力を持っていようとも身体はただの人間。銃弾一発で致命傷となってしまう。

 脇腹を撃たれて痛みに悶えていたフィーネは即座にネフシュタンの鎧と融合。それにより無限の治癒力を得る事によってその場を切り抜けたのだ。弦十郎が見た死体は、その時フィーネを襲った兵士のものだった。

 小日向未来という前例がいたからこそ、聖遺物との融合という一見頭のおかしい方法をとる事が出来、そして命が救われた。その部分だけはフィーネも感謝していた。

 

 未来の後頭部を握ったまま片手でそのまま持ち上げ、そして近くの地面に向けて叩きつけるように放り投げる。

 

「かはっ!」

 

 背中を強く地面に叩きつけられ血が混じった唾液が口から飛び散る。

 叩きつけられた痛みなのかそれとも別の要因なのか、死神がすぐそばまで寄ってきているというのに未来は立ち上がる事が出来ず、仰向けになったままただ空を呆然と死んだ魚のような生気が失われた目で見上げた。

 

 

 

 ……クリスも……奏さんも……もういない。

 

 

 大切だったものも……何も残ってない。

 

 

 守りたいものなんて……私には無い

 

 

 私が生きる意味も……ない。

 

 

 私は……なんのために……戦ってたんだっけ……

 

 

 

 ──────────────────

 

 力無く仰向けに倒れる未来にフィーネは容赦なく殴り、蹴る。

 そのあまりの一方的で、フェアではない状況に弦十郎はすぐにでも動こうとするが貫かれた腹の痛みはそう簡単に癒えるものではない。

 

 立ち上がろうとする弦十郎をあおいは止めようとするが、彼女は今の凄惨な光景に耐える事が出来ないため弦十郎を止めるという行為により逃げているだけだった。それを誰が非難しようものか。

 

 天羽々斬と融合した事による身体の変化でも完全聖遺物という格上の存在の容赦なき殴りに耐えられるものではない。いや、むしろ融合したからこそ、ネフシュタンにより増強された殴りや蹴りを受けて生きていると言えるのだろうか。

 それでも未来の身体は弦十郎のように鍛え上げた肉体ではない。そのためその幼い身体に見るに耐えない傷が増えていく。それをジッと眺める事が出来る者も助けにいける者も、ここにはいない。

 

 重くなる空気の中、シェルターの外の通路から沢山の足音が弦十郎達の耳に入ってくる。そして顔を出したのは他の生存者を探して部屋を出た緒川慎次とその他の生存者達だった。

 

「司令!周辺区画のシェルターにて、生存者を発見しました!」

「そうか!良かった!」

 

 人命が救われた事に弦十郎を笑みを見せる。だがすぐに今の絶望的な状況を思い出し、その笑みも陰る。

 弦十郎の反応を見て慎次あまりよろしく無い状況なのだと理解したが自分より強いはずの弦十郎が何もしない、または何も出来ないと分かると眉を潜めた。

 

「あー!怖いおねぇちゃんだ!」

 

 僅かな沈黙を破ったのは慎次が連れてきた一般人の中にいた幼い少女の声だった。

 少女は朔也が見ていたノートパソコンに近づき、そこに映し出されていた未来を見て悲しそうな顔をした。

 

「ねぇ、怖いおねえちゃんを助けられないの?」

 

 未来のボロボロの姿を見てまだ幼い少女も今が大変な状況だと分かったのだろう。瞳に涙を溜めて弦十郎に訴えかけていた。

 

「貴女は……確かあの時一緒にいた」

 

 詩織は少女の顔に見覚えがあった。

 名前までは知らないが、未来が天羽々斬のシンフォギア装者として目覚め、そして力を手に入れた事によりノイズに対する復讐心が溢れた日に一緒に逃げていた少女だとすぐに思い出す。

 

「……キミはヒナが、あのおねぇちゃんが怖くないの?」

 

 創世が抱いたほんの僅かな疑問。

 目の前の少女はあの時普通に生きていては感じる事のない恐怖を自分のたちと共に味わったはず。なのに何故涙を流してまで未来を助けられないのか聞くのが、創世にも詩織や弓美にも理解出来なった。

 

「ううん。怖いよ?でもね……泣いてたの」

「泣いてた?」

「うん。この前も怖かったけど、でも泣いてたの。今も泣いてるの」

 

 パソコンの映像に映る未来は力無く倒れているが涙の一つも流していない。それに少女と未来が初めて出会った時、未来は周りに恐怖を植え付けるような強い怒りと殺意に呑まれていた。

 近くで見ていた創世たちも目の前に悪魔が現れたと思うほど心の底から恐怖した。だというのに、目の前の少女は未来が泣いていたと言う。

 

「それに怖いおねえちゃん、私を助けてくれたの!だからね、ありがとうって言いたいの!」

 

 怖いおねえちゃん、と言いながらも仲の良い親戚の話をしているかのように嬉しそうに話している少女に、弦十郎は今までの未来の叫びを思い出した。

 

(ああ、そうか。未来君は最初から泣いていたのだったな)

 

 身震いするほどの怒りや殺意といった負の感情。弦十郎たちはそんな未来の()()()()()()しか見ていなかった。分かっていたはずの、その奥底にある狂うほどの大切だった親友を亡くした悲しみが見えなくなるほどの強い感情に、創世たち三人も未来の心を正しく汲む事が出来なかった。

 ネフシュタンを纏ったクリスとの初戦闘で弦十郎は未来の悲しい叫び()を聞いていたというのに、一番に気づいたはずだというのにあまりにも狂っていた未来に失念してしまっていた。

 

「……あの、ここから小日向さんに声を届ける事は出来ますか?」

「すまん。既にここのメインのコンピューターは恐らくカ・ディンギル、あの塔に全て持っていかれてしまっている。ここから出来る事は何も……」

 

 真剣な眼差しで話しかけてきた詩織に弦十郎は悔しそうに眉を寄せる。

 現在ニ課本部だった場所はカ・ディンギルとして改造され地表に出ている。そして弦十郎たちがいるのはそんなニ課から少し離れた場所にあるシェルター。施設のほとんどをフィーネが掌握している以上、この場所から出来る事は何も無い。電気や空調が生きているだけでも御の字だろう。

 

「……学校の施設が生きていれば、ここからリンクして外に声を届ける事が出来るかもしれません」

 

 パソコンをいじっていた朔也の言葉に詩織たちは顔色を変える。

 泣いていた弓美もまだ自分たちに出来る事があると、戦えな自分たちでも助ける事ができると分かり、すぐさま行動に移した。

 

 そして人知れず、奏の魂のこもった叫びに眠っていた歌姫の鼓動が動き出す。

 

 ──────────────────

 

 赤く染まりそして欠けた月が空に浮かび、朝日が顔を出し始める。

 ボロボロになり身体のあちこちに怪我を負っている未来を置いて、いまだ赤々と光る月をフィーネは地上から見上げていた。

 

「……もうずっと遠い昔、あのお方に仕える巫女だった私は、いつからかあのお方を、創造主を愛するようになっていた」

 

 未来からは顔の見えない位置でフィーネは一人黄昏ながら語り出す。

 

「だが、この胸の内を告げる事が出来なかった。その前に私から、人類から言葉が奪われたッ!月にあるバラルの呪詛によって!唯一創造主と語り合える統一言語が奪われたのだ!私は数千年に渡りたった一人、バラルの呪詛を解き放つため、抗ってきた……。

 いつの日か、統一言語にて、胸の内の想いを届けるために」

 

 フィーネは身体を震わせ噛みしめるように、そして数千年の間自分の中に溜まっていた悲しみを吐き出す。

 大切な人の為に再び会う為だけにたった一人で、沢山の命を犠牲にして今日まで戦ってきた。そんなフィーネに未来は自分の姿が重なって見えた。

 

「……その気持ち、分かりますよ」

「ッ僅か十数年しか生きていない小娘が!私の数千年の想いを「分かる」と()かすか!!!」

 

 未来の髪を掴み、力任せに近くの瓦礫に投げ飛ばす。普通の人間なら潰れてその命をあっさりと奪うほどの衝撃。それでも未来と融合している天羽々斬は気絶すらさせない。

 

「……研究者としてまだ貴様で実験したい事は山ほどあったがもういい。聖遺物を扱う者は私一人で十分だ」

 

 止めを刺すつもりで鞭を剣状に固定化させてゆっくりと倒れる未来に歩み寄る。その目には一切の躊躇も迷いもない。

 もうじき来る自分の死を前に、未来は身動きせずにただその時間を待った。

 

(ああ、やっと終われる)

 

 何度目の安堵、いや諦めだろうか。

 親友を亡くし、周りの人間が未来を何度も追い込んだが家族は自分を立ち上がらせた。

 ノイズが襲ってきた来た時、生きる事を諦めたというのに自分の中に眠っていた天羽々斬が未来に力を与え、復讐という形で己の心を殺し、復讐の鬼と化してノイズを屠るだけのために生きた。

 

 何度も苦しみ、泣き、死ぬ事を願った。だがそれは叶わなかった。

 しかし目の前の存在はそんな自分をやっと殺してくれるのだと思うといままで生きるために張り詰めていた何かがゆっくりと解かれていき、気が楽になっていく。

 

(私は頑張った。頑張って生きた。響が死んじゃってから痛くて辛くて悲しくて、それでも頑張った。でももう、疲れちゃった)

 

 振り上げた剣状の鞭を振り上げるフィーネを前に、未来は全てを諦め、重くなる目蓋に逆らわずにそっと目を閉じた。

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

「──く!未来!」

「!」

 

 懐かしい声に未来は目が覚める。

 そして周囲を見渡せば太陽は沈みかけて人はいないが、そこは天羽々斬を纏ってから行かなくなっていたリディアンの教室だった。

 

「どうしたの?未来が居眠りなんて珍しいね。それにうなされてたし……何か悪い夢でも見たの?」

「えっ」

 

 机に突っ伏していた未来の前にはいるはずのない存在が、死んだはずの親友が心配そうな目を向ける姿があった。

 何が起こったか分からない未来は混乱していると教室の扉をガラガラと開ける音がして音のした方向に目を向ける。そこには見覚えのある顔が並んでいた。

 

「おーい帰るぞ!未来、響!」

「あ、クリスちゃん!」

「ちゃん付けするなって言ってるだろうが!?」

「あ痛!?」

「まぁいいじゃないさ。親しくされるのは案外気分がいいものだぞ、クリス?」

「貴女も先輩なのだからもっと余裕を持ちなさい、雪音」

「あたしの味方はいねぇのかよ!?」

 

 教室に入ってきたリディアンの制服姿のクリスが飛びついてきた響を殴り、奏と翼が荒れるクリスととても楽しそうに親しげに話し合っていた。そして三人の首元には赤いペンダントの姿はない。

 

(ああ、これは夢だ)

 

 目の前のあまりにもあり得ない光景に、未来はこれが都合の良い夢なのだと理解する。だが夢と分かっていてもその心地良さが傷ついた心を癒しているの分かった。

 

(みんなが笑って、みんなが生きていて、ノイズとかシンフォギアとか関係無い、そんな未来(みらい)もあったのかな)

 

 自分が望んでいた光景が、どれだけ願っても手に入る事が出来なかった光景が目の前に広がっている。そして自分の中にあった黒くて醜い感情も無い、普通の女の子として生きている。天羽々斬を手に入れてから消えた幸せが目の前にある。

 

 クリスに殴られた頭を押さえて涙目になる響がゆっくりと椅子に座る未来の目の前に立ち、笑顔を作って手を差し出す。

 

「帰ろう、未来」

「……うん!」

 

 自分の中にある響と同じ笑顔に未来の心はあっさりとその夢を受け入れ伸ばされた手を掴もうと自分の手を動かす。

 もう苦しむ必要も戦う必要もない。そして大切な親友が生きている。夢だとしても、ここには未来が欲しかったものがある。それだけで辛い現実なぞに後悔はない。

 

「──本当に?」

「えっ?」

 

 背後から聞こえる()の声に思わず未来は振り返る。そして未来の背後から後ろが二年前のあの日、響が死んだあの荒れ果てた荒野のようなライブ会場が広がっており、そこには()()()()()()()

 

「本当に、そっちに行っちゃうの?」

「ッ!」

 

 願った世界の響の手を取ろうとした未来を、ライブ会場に立つ響は悲しそうに見ている。

 

「未来は全部諦めて、都合の良い夢に行っちゃうの?」

「ッだって仕方ないでしょ!」

 

 荒れ果てたライブ会場に一人寂しく立つ響に向けて未来は涙を流して悲痛な声を上げる。

 

「クリスのおかげでやっと、やっと前に進めると思ったのに全部が壊れちゃった!呪われてるのは響じゃなくて、私だった!私が生きてるから響は死んでクリスや奏さんもいなくなった!私がいなければみんな幸せになれたのに、私が生きてたからみんないなくなった!!!」

 

 ツヴァイウィングのライブで自分が会場に行かなければ響は死ななかったかもしれない。むしろ誘わなかったら死んでいなかった。

 クリスは自分と出会わなければ誰か別の人が助けて今でも元気だったかもしれない。

 奏と翼も大きな怪我をせずにアーティストとしてもっと高く羽ばたいていたかもしれない。

 想像でしかないのだが、今の未来はノイズが現れた事も含めて全て自分が生きていたから起こってしまった事なのだと頑なに信じてしまっていた。

 

「もういいでしょ?もう楽になってもいいよね?私頑張ったんだもん、それくらいのわがまま、言ってもいいよね?」

 

 楽になりたかった。

 辛い事も悲しい事も全て忘れて都合の良い夢に逃れて何もかも忘れたい。そんな想いのこもった叫びをライブ会場に立つ響は静かに聞いていた。

 

「……そっか。それが未来の本当に思ってる事なら、仕方ないよね」

 

 否定でも励ますのでもなく、響は辛そうな笑みを未来に向けた。その瞬間、突如無数のノイズが響を囲むように現れた。その光景は未来が何度も夢の中で見て、そして初めて天羽々斬を纏った時に見た悪夢に似ていた。

 

「ッ響!早く逃げて!」

「ダメ。未来がそっちに行くなら私は邪魔になっちゃう。未来が幸せになりたいなら、私は消えなきゃダメなの」

 

 はっきりとした口調で否定した響をノイズが徐々に距離を詰めていく。ノイズと響の距離はあまりにも近く、今走ったところで未来の脚でも間に合うものではない。

 一歩一歩確実に近づいてくる死の化身を目の前にして響は、それでも涙を流す未来に笑顔を向けた。

 

「バイバイ、未来」

 

 手を振って別れを言う響に未来はただ呆然と次の瞬間には来るであろう悲惨な光景を幻視する。だが助けにいかなければならないと思っていても、身体はピクリとも動かない。

 

(誰か、誰か響を助けて!お願いだから響を!)

 

 しかしこの場には弦十郎も慎次もいない。荒れ果てたライブ会場にいるのは未来と響と無数のノイズだけ。

 届かないと分かっていてもあの日のように響の手を取ろうと手を伸ばす。あの日握れなかった手を求めるように。

 

 今すぐにでも背後の教室でクリスたちもいる夢の響の手を取れば今感じている悲しさや絶望は綺麗に消えるだろう。逆に目の前の響がノイズに襲われる光景を目の当たりにしたらきっと戻ってこれない。どうしようもないくらい心がバラバラに砕けてしまう。そう分かっていても目が離せない。

 

「ダメ、ダメええぇぇぇぇ!!!」

 

 押さえつけていた鎖が千切れたかのように、思わず夢の響を置いて駆け出す。

 走ったところで絶対間に合わない。走るだけ無駄だと頭では分かっていても未来は走る。

 何をしても呪われている自分では不幸を呼んでしまう。そう思っていても目の前で響が死ぬ姿を心が砕けると分かっていても、ただ黙って見る事は出来なかった。

 

 届けと思いを込めて手を伸ばす。それでもまだ遠い。

 

 足がもつれながらも決して倒れず、最速で、最短で、まっすぐ一直線に走る。だがまだ届かない。

 

 痛いくらいに鼓動する心臓にここで止まっても構わないと言い聞かせ、身体の限界を超えて目の前の大切な人に向かって涙を流しながら、それでも走る。しかし後一歩足りない。

 

(届け届け届け!あと少し、あともう少しなの!もう少しで響を!)

 

 諦めていたはずなのに、もう辛い事は嫌だと逃げ出したはずなのに、それでも諦める事が出来ない。

 目の前に響がいるのなら、未来はどれだけ辛い現実でも諦める事は出来なかった。

 

「響いいいぃぃぃ!!!」

 

 未来の叫びに呼応するように身体が青く発光し、一瞬光に呑み込まれる。そして光から出てきた未来は青と黒のインナーに機械的な装甲を纏った天羽々斬のシンフォギアを身に纏い、右手には黒い刀を持っていた。

 

 今まで届かなかったあと一歩を力強く踏み込む。

 想いを乗せた研ぎ澄まされた一閃が響を囲む全てのノイズを切り裂く。灰化したノイズは風圧によって灰ごとこの世から消え去った。

 

 静かさを取り戻す夕暮れのライブ会場に未来と響が残った。

 

「ありがとう」

 

 肩で息をする未来を響は後から優しく抱きしめる。その暖かい抱擁が今まで未来を縛っていた何かがゆっくりと解き放たれ、未来の心と身体が軽くなっていく。

 

「やっと()()()()()()()()()、未来」

「……うん。今までごめんね、響」

 

 助けたいと思っていても足りなかったあと一歩。それはどれだけやっても響を助けられない、響を殺したのは自分だからという勝手な思い込みから生まれた諦めに踏み出せなかった一歩。それを未来はとうとう踏み出せたのだ。

 未来は決して後ろを振り向かずに響の言葉に耳を傾ける。

 今振り向けばきっとここから離れられなくなってしまう。そうなれば響が望まない自分になってしまう。そんな予感がして振り返りたい気持ちを必至に抑えつけた。

 

「私のために頑張ってくれてありがとう。私のために沢山傷ついてくれてありがとう。私のために生きてくれてありがとう。でも、もう好きに生きていいんだよ」

「うん……でも、やっぱり私は自分の事が許せない。クリスの言ってた通り大好きな響を呪いにして沢山の人に迷惑かけちゃった。響が許してくれても、きっと私が私を許さないと思う」

 

 抱きしめる響の手に自分の手を重ね茜色に染まった空を見上げる。

 

 今まで未来は沢山の人間に恐怖だけでなく、消えない傷を残してきた。それは響が好きな優しい未来だからこそ決して許す事が出来ない事。どれだけ響が許すと言っても、仮に怪我を負った本人に許されても未来本人は決して自分を許さない。

 だからこそ、響はそんな未来に笑顔を向けた。

 

「知ってる。だからこれからいっぱい辛くて痛くて悲しい思いをして、それでいっぱい笑って楽しんで幸せに生きて?それが私からの罰だよ」

 

 未来の好きだった太陽のような明るい笑顔。嫌な事を忘れさせ、周りも笑顔にしてくれそうな優しくて眩しい笑顔。

 顔を見ていないというのに響が自分に向かって大好きだった笑顔を見せていると未来は感じ暖かい涙を流す。

 

「もう、響は昔から無茶な事を言うね」

「えへへ。それが私でこざいますからね!」

 

 いつまでも続いて欲しいと思ういつぶりかの心が暖かくなる時間。これが最後になるかもしれない大好きな人との暖かい時間。

 その時間を未来は自分から手放した。

 

「それじゃ、もう行くね」

「うん!頑張ってね、未来!」

 

 振り返りたい気持ちを抑えて未来は決して振り向かず、名残惜しむようにゆっくりと腕を解いた響から離れて目の前に現れた目を覆いたくなるような()と未来を導くように聞こえてくる優しい歌に向かって歩き出す。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい!」

 

 もう聞く事がないと思っていた親友の声を背に、未来は生きる覚悟を持って光の中に入っていく。

 

 その手に白紫に輝く刀を携えて。

 

 ──────────────────────

 

 力無く倒れる未来に止めを刺そうと剣状の鞭を振り下ろすフィーネ。

 だが鞭が未来の心臓を貫く事はなく、直前で止めた。

 

『〜〜♪〜〜〜♪』

「……なんだ?この耳障りな音は?」

 

 何処からか聞こえてくる何かの〝音〟に眉を寄せ、気分が害されてイライラする。そして耳をすませばそれが〝歌〟だと気付いた。

 

「何処から聞こえてくるのだ、この不快な歌……歌!?」

 

 フィーネは気付かないだろう。この歌が創世たちが力を合わせてリディアンの施設機能を復活させ、生き残ったスピーカーを通じて発せられる未来への応援の気持ちを込めた歌である事を。

 

 そしてフィーネは知らないだろう。この優しい歌が生きる事を諦めた少女が生きる覚悟を決め、そして再び現実に向かって戻ってくるための道標になっている事を。

 

「────ありがとう、みんな。こんな私を信じてくれて」

「ッ!?」

 

 不意に感じる嫌な予感にフィーネはその方向に目を向ける。その視線の先には倒れる未来がいたがその姿を視認した瞬間、未来は眩しい光に包まれフィーネは弾き飛ばされた。

 そして未来はゆっくりと身体を起き上がらせて立ち上がる。

 

「まだ戦えるだと!?もうお前には支えるものが何もないはず!何を想って力に変える!?何故立ち上がれる!?」

 

 あり得ないはずの光景にフィーネは思わず後ずさる。その間にも未来を覆う光は強くなり天を貫くほどの眩しい紫色の光となる。そしてそれに呼応するように離れた場所にある瓦礫と半壊したカ・ディンギルの頂上からも同じような眩しい真紅と橙色の光が空に向かって伸びた。

 

「お前の纏っているそれはなんだ?心は完全に砕いたはず!なのに、何を纏っている!?それは私が作ったものか?お前が、お前たちが纏っているそれはなんだ!?なんなのだ!?」

 

 光は未来の身体に絡みついていき、そしてその中から現れるのは怒りと殺意に染まった黒ではなく、どれだけ苦しくても生きる覚悟を決めた純粋な白と、完全に装者と結びつき、その魂の色へと変化した紫による白と紫のインナーに同じく白と紫の機械的な装甲を身に纏い、首には薄い紫のマフラーをして片手には白い刀身に紫色のラインが入った白紫の刀を持った一人の少女。

 

 ゆっくり閉じた瞳を開ける。そして背中の装甲から紫色に光り輝く翼が生えて空高く飛び上がり、それを追うように真紅と橙色の光も宙を舞い、暗雲を消し飛ばす勢いで白紫の刀を空に掲げた。

 

「これが私の、私たちのシンフォギアだああああぁぁぁ!!!

 




元は翼さんの借り物であった天羽々斬が未来さん色に染まる事で完全に自分の物へと昇華させ新たなステージへ!紫色の天羽々斬とかカッコよくないですかね!?未来さん色のガングニールもあるんだし許されますよね!?
原作で言えばG編終盤で響がマリアさんからガングニールを奪って?自分のものにした時のシーンに近いですね。ここでこれをするという事は……神獣鏡未来さん……いいよね。

ふと思いましたが創世さんの人の呼び方ってビッキーとヒナとキネクリ先輩以外のキャラでありましたっけね?本編は時間があれば一から観れますがXDのメックヴァラヌス、仕事のゴタゴタでまともに出来て無いので分からぬ……ストーリーチケットをやってないイベ見るために最初の方から使ってるのが仇となったか_(:3」z)_

次回! 陰る陽だまりはそれでも前へ


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十六話

お待たせしました原作無印最終話!のAパート的な話!

細かい事かと思いますが、今ままでオレンジ色と表記していた奏さんのギアの色を橙色に変更しました。変更忘れがあったら気兼ねなく教えてくだせぇ。
何故か?その方がカッコいいかなーと(浅知恵)。実際朱と表現したらクリスちゃんのギアの色と被るかなーと思いましたので_(:3」z)_

……XD、チケ単発でキャロル来た事に変な声出たのは内緒。


 朝日に照らされて紫色の天羽々斬のシンフォギアを輝かせる未来。

 そしてその両隣には重傷を負い動けなかったクリスとカ・ディンギルに特攻をかけて死んだと思われた奏が未来の纏っているシンフォギアのように変化させていた。

 

 クリスと奏も未来のシンフォギア同様、インナーとギアの装甲の黒い部分が消えて白く染まり、二人のメインカラーである赤と橙色はより鮮明になり装甲の所々に入ったものに変わっていた。

 ただ色が黒から白に変わっただけ、それなのに感じられるエネルギーは元の状態よりも大きく、暴走した未来や命を燃やした奏と同レベルまで膨れ上がっていた。

 

「──みんなの応援が、歌が、迷っていた私の道標になってくれる。クリスや奏さんにもう一度立ち上がれる力をくれる。

 歌は戦う力じゃない。歌は明日(未来)へ導いてくれる光」

 

 フィーネが不快な歌と決めつけた歌は傷つき、力を使い果たしたクリスと奏を癒し、過去に縛られそうになった未来の帰り道を照らした。それはシンフォギアやフォニックゲインのせいではなく、未来たち三人と共に戦いたいと思ったみんなの想いがこもっていたからこそ起きた奇跡だった。

 

「高レベルのフォニックゲイン……これは二年前の意趣返しか」

 

 計器を使っていなくともその身に感じるエネルギーの高さにフィーネは舌打ちをする。今なら一人でも二年前のネフシュタンの鎧の可動実験も成功させる事が出来るであろう。それほどまでに三人のフォニックゲインは高まり続けている。それだけ今の三人の強さは計り知れないほど強い。

 

『(んなこたぁどうでもいいんだよ!)』

「念話までもか」

 

 普通ではあり得ない頭に響くクリスの声にフィーネは苛々を隠せない。

 

 現在のギアは、本来であれば歌う事でシンフォギア の能力を発揮する性質上口頭による会話は不可能。歌い続けなければ出力が落ちてしまう。そのことはシステム最大の問題点とされてきた。それがまさにその解決策が解放されるのだった。

 それに加えて飛行能力まで備わり、純粋にシンフォギアのパワーアップ以上の性能を引き出している。

 

「限定解除されたギアを纏って、すっかりその気か!」

 

 フィーネは所持していたソロモンの杖を使い大量のノイズを召喚させる。だが、今の未来たちの敵ではない。

 

『(いい加減芸が乏しいだよ!)』

『(二年前の、いや、世界中で起こってるノイズの被害は全部アンタの仕業なのか!?)』

 

 溢れ出る力に目の前のノイズが小物に見えるクリスは鼻で笑う。それに割いって奏が純粋に今までの疑問をフィーネに投げかける。

 ノイズは遥か昔からいるとされているが、それでも人生で通り魔事件に巻き込まれる程度の確率でノイズと遭遇されているというのにあまりにも三人のいる町でノイズの時間が多過ぎたための疑問だった。

 

『(……ノイズとは、バラルの呪詛にて相互理解を失った人類が、同じ人類がのみを殺戮するために創り上げた自律兵器。バビロニアの宝物庫の扉は開け開かれたままでな。そこから(まろ)()づる十年に一度の偶然を私は必然と変え、純粋に力として使役しているだけのこと)』

『(また訳のわかんねぇ事を!)』

 

 奏の疑問にあっさりとフィーネは答えるが、初めて知る情報と余裕を見せる気取った態度にクリスは憤慨する。

 奏も話を聞いたところで全て理解する事は出来なかったが、それでも最近のノイズ関連の事件はフィーネの仕業である事は少ない情報から分かった。

 

 まだ聞きたい事がある奏ではあったが、それを拒むようにフィーネが召喚したノイズが身体をドリル状に変形させて未来たちに襲いかかる。しかし限定解除されたギアによりノイズの突撃を余裕を持って回避する。それが大きな隙となった。

 

「堕ちろ!」

 

 天に向かってソロモンの杖を掲げたフィーネが叫ぶ。ソロモンの杖はその声に反応するように緑に光だし、その光を空高く撃ち放つ。そして光広く拡散して雨のように避難が済んでいる町に降り注いだ。

 そして現れるのは陸も空も埋め尽くし、町を覆い隠すほどの無数のノイズ。

 

「おいおい、多過ぎだろ……」

「ハッ!上等だ!全部まとめてぶちのめしてやる!」

 

 頭が痛くなり、目にも悪い程の数のノイズを前に奏は面倒くさそうに呆れたため息を吐き、クリスはそんな奏とは逆にやる気が満ち溢れていた。

 

「奏さん、クリス」

 

 今にでも飛び出そうとしていたクリスと奏は後ろで今まで静かだった未来に呼び止められる。神妙な顔つきの未来に二人も真面目な顔で未来に身体を向けた。

 

「今までごめんなさい。私のせいで二人には沢山迷惑を……」

 

 過去からやっと一歩進め、頭にかかっていたモヤのようなものが晴れたからこそ、今までの自分の行いは決して許されるものではない。脳が正常に働き出したからこそ、二人を傷つけておいて仲良くしようとしていた自分のおこがましさに未来は申し訳なさを感じていた。

 

 いきなり頭を下げる未来に二人は一瞬目を見合わせて、そして笑った。

 

「いいよ。小日向も大切な人の仇を打ちたかったんだろ?あたしにはその気持ち、わかるよ」

「というより、この場合フィーネに騙されてたあたしが一番悪いだろ?」

「確かに。クリスがしっかりしてたらこんな事になってねぇな!」

「そこはフォローするところだろ!?」

 

 奏のボケに漫才のように反応するクリス。いつの間にか仲良くなっている二人を見て今度は未来が目をまたたいた。

 

「……あたしは未来をこんな目を背けたくなる世界に連れ込んだ」

「あたしも、小日向のことよく知らずに襲った。ついでにクリスを信じてやらなかったし」

「ついでってなんだよ!……人の事言えねぇけど」

 

 奏はそっと未来に向かって右手を差し出す。左手は目を逸らし油断していたクリスの右手を取る。急に奏に手を握られ顔を赤くするが恥ずかしがりながらも握り返し、クリスも左手を未来に差し出した。

 

「みんな互いに迷惑をかけたんだ。だから全部帳消し。そんでみんな仲良く握手!」

 

 未来に向かって奏は笑顔を向ける。その笑顔はもうこの世におらず、それでいて自分の背を押してくれた親友と同じような明るい笑みに未来は涙が出そうになりながらも二人の手を取った。

 

「──ありがとう」

 

 耐えきれず一筋の涙を流しながら小さな声で、そして気持ちのこもった感謝。

 クリスも奏も照れながら掴んだ未来の手を強く握り返す。その温かい手に未来は二人に笑みを見せた。

 

「んじゃ、ちゃちゃっと終わらせますか!」

「ああ!あたしらの力、目にもの見せてやる!」

「行きましょう。奏さん、クリス!」

 

 気合十分の奏とクリス。それに負けじと未来も声を出して気合を入れてギアの翼を羽ばたかせる。

 そして向かう先には町を覆い隠すほどの大量のノイズ。今までなら苦戦を強いられる数だというのに三人の顔は絶望に染まっていない。

 

ぎゅっとほら、怖くはない

分かったの、これが命

後悔は、したくはない

 

 

 ノイズの放つ耳障りな異音と建物が崩壊する音をかき分けて未来とクリスと奏による地獄と化した町には不釣り合いな心が温かくなる優しい三人の歌が騒音の中に響き渡る。

 

止めどなく

溢れてく

この力!

 

 

 未来が目の前の大型のノイズを切り裂く。刀が振るわれた衝撃波は未来の予想を超えて強力で、刀が振るわれた際に起きた風圧が斬撃となり切り裂いた個体の背後にいた数体の大型ノイズも切り裂いた。ついでとばかりに風圧だけでも小型のノイズは耐えきれず灰となる。

 

闇を裂き

輝くよ

聖なるフレイム

 

 奏も別の大型ノイズに目掛けて大槍を投擲する。今までの奏なら大型ノイズ一体を相手するのにでも負担は大きはずなのに、投げられた槍はまるで薄紙を破るかのようにノイズの身体を貫通した。

 

全身全霊

いざ行かん

ありのまま

 

『(やっさいもっさい!)』

 

MEGA DETH PARTY

 

 空を覆うような数の空中ではクリスが腰部のアーマーを戦闘機のように変形させ、長年乗り慣れいる相棒のように空を自由自在に動き回る。そして戦闘機のようになったアーマーの前面の装甲が展開し、その隙間から何本ものレーザーが発射されて飛行型ノイズを一掃。それだけに止まらず、次はホーミング機能の付いたレーザーでレーザーの範囲外に流れようとするノイズを一匹たりとも逃しはしない。

 

 

『(凄いよクリス!あの数を一人でなんて!)』

『(あたし様を舐めんなよ!まだまだいくぜ!)』

『(ふふ、私も負けてられないね!)』

 

 念話により笑顔を見せる未来とクリス。今の二人は世界を守るため、目の前のノイズを殲滅する事を考えているのと同時に純粋に歌う事を楽しんでいる。それ故に、三人のフォニックゲインはまだ上がり続けている。

 

 LOVE SONG

 

天ノ堕トシ

 

 飛行型ノイズはクリスに任せて未来は地上にいるノイズに向かって飛ぶそして身体を一度縮め、そして身体を大きく開く。すると未来の周囲に幾つもの白紫の刀が現れて全方位に拡散する。だが今までのそれとは違い、拡散した白紫の刀は建物に当たる事なく、全て意思があるかようにノイズのみを狙って軌道を変えて飛来し、小型大型問わず広範囲に殲滅していった。

 

 

 

SAGITTARIUS∞ARROW

 

 奏も空を飛ぶ飛行型の大型ノイズより高い位置から地面に目掛けて大槍を投擲する。今までの奏なら大型ノイズ一体を相手するのにでも負担は大きはずなのに、投げられた槍はまるで薄紙を破るかのようにノイズの身体を貫通してそのまま地面まで勢いは衰えなかった。

 本来であればLiNKERがあってもそこまでに至ることは不可能なのだが、それほどまでに今の奏の纏うガングニールは彼女と共鳴し合っているのだろう。貫通力と威力が増大しているのが証拠とも言える。

 

幾度でも!

いくらでも!

何度でも!

永遠に

青空に奏で!

 

   

 

 今までが嘘だったかのように想いを力に変えたシンフォギアの圧倒的な力で目の前に広がる地獄を払い除けていく。今この場所を支配しているのはノイズではなく、三つの光のが重なり合った歌であるのは間違いない。

 

遥か今

創るんだ

勇気の火

みんなで

 

 

信じて……

 

 無数のノイズ相手に三人は何度も切り裂き、穿ち、撃ち抜く。今の未来と奏とクリスにとってノイズは有象無象にしか過ぎなかった。

 終わりの無い地獄に見えた世界に、三つの光が明るい照らしていく。

 

信じて!

 

      

 

 

 普通であれば完全に町は終わったであろう大量のノイズをものの数分でそのほとんどを殲滅する。まだ残っているはいるが今の未来たちであれば探す時間の方が長くなるだろう。

 フィーネが悪足掻きとして召喚したノイズを退かせ、勝機はこちらに傾きつつある。そう思った三人ではあるがフィーネはまだ諦めてはいなかった。

 

 カ・ディンギル跡地から三人の戦いを眺めていたフィーネはおもむろに自身の腹部にソロモンの杖を先端を深く突き刺した。

 

「なっ!」

 

 自決行為に見えるその行動をたまたま視線を向けた奏が驚きの声を上げる。だが驚くのはまだ早い。

 フィーネの腹を貫いたソロモンの杖に向かってネフシュタンの鎧が変形し絡みついていく。それはまるでネフシュタンがソロモンの杖を吸収しているように見えた。

 

 突然のフィーネの行動に呆気にとられた三人を他所に、残っていたノイズが動き出す。しかし狙いは未来たちではない。

 残った全てのノイズが体を変形させてフィーネの元に向かい、ネフシュタンの鎧を纏ったその身体に色の付いた粘土のように張り付いていく。

 粘土のような塊から空に向かってノイズを召喚した一筋の緑の光が飛ばされる。今度はノイズを生むよりも早くその光がフィーネだった物に向かって収束されていく。

 

「ノイズに取り込まれて……?」

「……いや、ありゃ違うな」

「アイツがノイズを取り込んでやがる!」

 

 粘土のような塊は制限なくノイズを取り込みどんどん大きくなっていく。さまざまな色が混ざり合い何処か血のような赤になっていく塊から幾つもの大きな触手のような槍が三人目掛けて放たれた。

 

「ちっ、無駄な足掻きを!」

「いい加減諦めやがれ!」

 

 振り払えないほどでもないが直撃すれば無傷ではいられないであろう槍にいまだ大きくなる赤い塊に中々近づけない。

 三人が襲い掛かる触手のような槍を回避している間に赤い塊はビル程の大きさとなり、今度はスライムのように不定形だったその身体を変形させていく。そして現れたのは……まさに赤い龍。

 

「なんだよ、あれ」

「馬鹿でけぇバケモンかよっ!」

「ッ危ない!」

 

 悪態をつく奏とクリス。その声が聞こえたかのように赤い龍は未来たちに向けて頭部らしき場所を動かし、口のような先端から一筋の光が放たれる。

 未来の声に間一髪回避に成功する。そして赤い龍から放たれた光は真っ直ぐ町の方に向かい、そして大きな爆発が起きた。

 爆風は爆心地から遠く離れているはずの未来たちにも届く。それほどまでに大きな爆発だった。

 

「町が!」

 

 爆発により大きな炎と煙が町を覆う。一撃で先程の大量のノイズよりも大きな被害が出ている事から目の前にいる赤い龍は見掛け倒しではない事は明らかだった。

 

『(──逆鱗(さかさうろこ)に触れたのだ。相応の覚悟は出来いるのだろうな?)』

 

 赤い龍の中、まるで玉座の様な場所でフィーネは赤いドレスと化したネフシュタンを纏い未来たちを嘲笑した。

 

『(こんのぉ!)』

 

 赤い龍の中にいるフィーネに向かってクリスはノイズを紙の様に貫いたレーザーを幾つも発射する。だがフィーネは笑みを見せると今まで外からでも見えていたフィーネのいる場所を隠す様にシェルターが展開されて全てのレーザを防いだ。

 

「んな!?」

 

 全てのレーザーを防がれた事に驚くクリスに今度は赤い龍が翼を広げる。その翼からお返しと言うようにクリスの放ったレーザーのような光線がクリスに襲い掛かる。

 回避しようにもその数はあまりにも多く、限定解除されたギアでも全て回避するのは困難だ。

 

「いけぇ!」

「やあ!」

 

SAGITTARIUS∞ARROW

蒼ノ断頭

 

 奏の大槍の投擲と空中でも出せる様になった未来の衝撃波が赤い龍を襲う。二人の攻撃が赤い龍の防御能力を上回って槍は貫き、衝撃波は大きな傷を作る。しかしその傷はネフシュタンの鎧の再生能力を使いすぐさま完治してしまう。

 

 諦めずに未来の斬撃と奏の槍、クリスのレーザーの雨と絶え間なく赤い龍を攻撃し続ける。攻撃が当たった場所が崩れたり爆発している事からダメージ自体はあるようだがそれすら嘲笑うかのようにすぐさま修復されていく。

 

『(いくら限定解除されたギアであっても、所詮は聖遺物の欠片から造られた玩具!完全聖遺物に対抗出来ると思うてくれるなよ?)』

 

 悠々と必死に赤い龍を止めようと奮闘する未来たちをフィーネは見下ろす。調子に乗っているように見えるがそれも仕方のない事だろう。今のフィーネはそれだけの力を手に入れている。未来たちの攻撃が効かないためそれも情調していた。

 

『(くそ、ぶっ壊したとこから再生しやがる!)』

『(このままじゃあたしらの方がもたねぇぞ!?)』

 

 僅かな希望に賭けて絶え間なく何度も限定解除されたギアで赤い龍を攻撃する。そして赤い龍は何度も受けた傷をすぐさま修復していく。

 

『(はっはっはぁ!無駄だ無駄だ!貴様らでは私には勝てぬ!)』

 

 フィーネの高笑いが三人の頭に響くがそれを否定出来ない。言葉を通す事が出来る程力は対応ではないのだ。

 

 攻撃の予備動作が大きく、回避不可能では無いため大きなダメージは受けていないが、それは攻撃がまともに通らないフィーネにも言える事であり、むしろ無限とも言える再生能力に未来たちは少しずつ押されていく。

 

『(ダメだ、攻撃が全然効いてねぇ!)』

『(こっちには決定打がない。何かアイツを倒せる一撃があれば……)』

 

 どれだけ攻撃を与えてもネフシュタンによって再生するフィーネ。限定解除によってパワーアップしたギアでもその再生能力を上回る一撃で倒せる程のパワーは無い。

 

 それでも、まだ挫けるのには早い。

 

「──私に任せてくれませんか」

「……何か作戦はあるのか?」

「作戦と呼べるものではありませんが、このままではジリ貧です。なら一か八かに賭けるしかありません」

 

 奏とクリスの後ろにいた未来の真剣な声と眼差し。そしてフィーネに聞かれないように念話を切って肉声に変えた事にその真剣さが伝わる。

 奏も未来と同じく念話を切り肉声で話をきく。まだ要領を得た答えでは無かったが、それでも何処か確信を持っていた。

 

「んじゃ、任せるわ」

「あたしらは時間でも稼げばいいか?」

「……いいんですか?」

「いいも何も、あたしらじゃあれをぶっ倒すのは無理だ。なら可能性に賭けるっきゃねぇだろ」

「未来ならやってくれるって信じてるから任せるんだぜ?」

 

 まだ未来が何をするか何も言っていないと言うのに奏とクリスは未来に任せる気でいた。自分たちでは火力不足と分かっているからだ。

 その中で未来は並みの攻撃では傷を負っても再生するネフシュタンの鎧を破壊寸前まで追い込んだ実績がある。何より戦った事のある二人は未来の一撃一撃の破壊力を身に染みて分かっていた。

 それにどの道ちまちま攻撃してもフィーネを倒すことは不可能。ならば僅かな可能性があるのならそれに賭けるのは仕方のない事であった。

 

「……少しだけ、時間稼ぎをお願いします」

「おう!」

「任せとけ!」

 

 二人の返事を聞き、未来は空を見上げてギアの翼を羽ばたかせ空高く高速で飛翔していった。それを黙って見ているフィーネではない。

 

『(何をするか知らんが、逃すと思うな!)』

 

 再び赤い龍の頭を動かす。そして空高く飛翔した未来に向かって先程の大口径レーザーの狙いを定めようとするフィーネ。そこに襲いかかるのはいく筋も重なり合った無数のレーザーだった。

 

「おいおい。あたしらを無視すんじゃねぇよ」

「てめぇの相手はこっちだぜ!」

『(ちっ、まだ諦めないか)』

 

 舌打ちをするフィーネを無視して奏は大槍を、クリスは戦闘機型のアーマーの銃口を構えた。

 

「「さあ、最終ラウンドと行こうか(行くぜ)!!!」」

 

 ギアの翼を一層強く輝かせて奏とクリスはフィーネに向かって突撃する。

 奏は槍を構えたまま真っ直ぐフィーネの元に向かい、クリスは奏より後方を飛び、ミサイルとレーザーの弾幕で奏を援護する。着弾した時の爆発により視界を遮った。

 

「うおらあああぁぁぁ!!!」

 

 フィーネの死角から速度を上げた奏の大槍を構えた突撃が赤い龍の皮膚に深々と突き刺さる。

 

『(無駄だと言っている!)』

「ちっ!」

 

 奏のいる場所に向かい自身が傷つく事を(いと)わずに無数のレーザーを降らせ遠ざけようとする。ネフシュタンの再生能力があればこそそのような自爆行為でも容赦無くできる。

 襲って来たレーザーをギリギリで回避した奏を追撃するため再度レーザーを発射しようとしたフィーネにミサイルの雨が降り注ぐ。

 

「フィーネエエエェェェ!!!」

 

MEGA DETH SYMPHONY

MEGA DETH PARTY

 

 絶え間なく赤い龍に全力のミサイルとレーザーの嵐が襲う。

 ネフシュタンの再生能力で完全に倒す事は出来ずとも足止めは十分出来る程のクリスの全力の攻撃。だがそれは相手が何もしなければの話。

 

『(小賢しい!)』

「くあっ!?」

 

 ミサイルとレーザーの嵐を物ともせずに赤い龍は飛び回るクリスの方に頭を動かし、そして大口径のレーザーを放つ。動作に気付いて回避行動を取ったため直撃は避けられたが衝撃は完全に回避する事が出来ず、大きくバランスを崩す。そこを狙ってフィーネはクリスに向かって追尾機能付きのレーザーを放った。ただのレーザーなら回避出来ただろうが追尾機能により何発か被弾してしまう。

 

 被弾するクリスを見て笑みを見せるフィーネだったがそこでいつのまにか奏の姿の無い事に気付いた。

 

「いっっっけえええぇぇぇ!!!」

 

SPEAR∞ORBIT

 

 クリスにばかり目が行っていたフィーネの隙をつき、上空まで待避していた奏が赤い龍目掛けて大槍を投擲する。大槍は奏の手から離れた直後巨大化し、赤い龍の頭部と同等の大きさになり、巨大化した取手に強化されたギアを全力で加速させ片足で蹴りを繰り出す。その際脚部のユニットと巨大化した槍の取手がドッキングされ更に加速する。

 

『(その程度でえええぇぇぇ!!!)』

 

 大槍に向けて赤い龍は大口径のレーザーを放つ。今度は先の二発よりも大きく、大槍すら飲み込もうとする勢いだった。

 

 大槍とレーザーがぶつかり合い、大きな火花が散る。槍の先端でぶつかったレーザーは拡散し遥か上空の雲を穿った。

 

「ッんのおおおぉぉぉ!」

『(無駄だ!このまま消えろ!)』

 

 奏は気合を入れて叫ぶがレーザーの勢いは強く、奏の全力の一撃でも徐々に押され始め、巨大化した槍の先端からヒビが入り始める。

 少しずつヒビは大きくなり最早槍全体に行き渡る。崩れ去るの時間の問題だろう。

 

(くそ!これがあたしの限界か?これがあたしの全力なのか!?あたしには自分の手で何も守れねぇって言うのかよ!)

 

 時間稼ぎもままならず、守りたいものを自分で守る力すらないのかと涙を流す。それに伴いシンフォギアの装甲の色が少しずつ薄くなっていく。

 実際は十分時間稼ぎは出来ているのだが、それ以上に自分の命を賭けたでも守ろうとした未来やクリスたちが再び戦い、そして誰よりも傷付いているはずの未来に全てを賭けさせた事に不甲斐なさを感じていた。

 

 結局のところ自分は何も出来ない。それをまざまざと見せつけられ身体から力が抜けて涙で前が見えなくなっていく。

 

「奏ええええぇぇぇぇ!!!」

 

 何処から響く自分の名前を呼ぶ声。それはただの声では無く、奏が聞きたかった大切な相棒の声。

 涙で濡れた瞳を動かして声にした方に目を向ける。視線の先にいたのはシェルターから出てきた弦十郎たち二課のメンバーと避難した一般市民たち。

 

 そして、慎次に肩を借りながらも奏を見上げる翼の姿。

 

「頑張れええええぇぇぇぇ!!!」

 

 限定解除される前の奏の命を賭けた歌。それが眠っていた翼を刺激し、奇跡的に目を覚ましたのだった。

 

『(ふん。大人しく眠っていれば楽に死ねたものを。ただ一人の声援が増えただけで何も変わるまいて)』

 

 翼がシンフォギアを纏えば事態は好転したかもしれない。だが実際は翼は二年間眠りにつき、いくら医療が発達していようともすぐさま戦闘が出来る程の体力を維持する事は不可能。フィーネにとって耳障りな声援が一つ増えただけで何の意味もない。フィーネにとっては。

 

「……違うね」

『(なに?)』

 

 静かな奏の呟き。その呟きにはフィーネですら違和感を感じるほどの力がこもっていた。

 

「確かにあんたにとってはただの応援なのかもしれない。でもな、あの声援はな、翼の声援はなぁ!あたしにとって!誰よりも、何よりも力をくれるんだよ!!!」

 

 レーザーとぶつかり合っていた大槍が砕け散る。そしてその中から現れたのは太陽のように輝く光の槍。

 

「貫けええええぇぇぇぇ!!!」

 

 奏の生きる意味が目を覚ました事により再び魂に熱い炎が灯る。それにギアは答え、先ほどよりも輝き始めギアの装甲が開きブースターのようになって光り輝く槍を押し込める。

 

『(バカな!?)』

 

 勢いの増した輝く槍に負けて大口径レーザーはどんどん押されていき、そして赤い竜の頭部を貫き大きく破壊した。

 

「クリィィィス!」

「任せろ!」

 

 奏の声に応じるように追尾機能のついたレーザーによりダメージを受けて傷を負ったクリスが破壊された頭部から赤い龍の内部に侵入し、そしてフィーネの目の前にたどり着いた。

 

「貴様!」

「これでもくらいやがれえええええぇぇぇ!!!」

 

MEGA DETH SYMPHONY

MEGA DETH PARTY

 

 ここは赤い龍の中、全方位が標的であり破壊する対象。狙いをつけなく良い事を逆手にとっていつものクリスとは思えないほどめちゃくちゃに限定解除されたイチイバルの全砲門を放つ。

 

 内部から赤い龍は破壊され、フィーネのいる場所辺りから大きな爆発が起きる。その爆煙からクリスは脱出して空を見上げた。

 

「いけ、未来ううううぅぅぅぅ!!!」

 

 遥か上空でキラリと何かが光る。その光は徐々にクリスたちのいる場所に向かって高速で降下してくる。その正体は先程空に飛翔した未来だった。

 

 高速で降下する中、未来は持っている白紫の刀を振り上げる。すると刀には光が集まり始め大きな紫色に光る大剣となった。

 

「やああああぁぁぁぁ!!!」

 

天斬(あまぎり)空離(そらわかち)

 

 紫色に光る大剣は赤い龍の頭部があった場所に接触し、紙を切るようにそのまま地上まで真っ二つに切り裂く。そして地上に着地した未来は着地した衝撃で陥没した地面から再び上空へ飛び上がるように大剣を空に向かって全力で振り上げた。

 

 赤い龍の身体に大きな白紫のVラインが入る。その傷はネフシュタンの再生能力を大きく超えており再生する事なく、大きな爆発となって赤い龍を飲み込むのであった。




ハーメルンで小説書いて、そして色付けする人なら三人の歌がハモる場所を色変えしてる苦労分かりますかね(遠い目)。結構めんどくさい……やってしまったからにはやりますが各部のラストバトルだけで挿入歌全部はゆるしてください_(:3」z)_

空中で出せる『蒼ノ断頭』は完全に『蒼ノ一閃』じゃないか……その前に奏さんとクリスちゃんの一人称がどっちも「あたし」な上に口調も何処か似てるところあるで中々区別をつかせにくい……。

それとなんか詰め込みすぎた感ありますね。上手い人がやればもう少し緊迫感とか出せるんだろうなぁ……私の文書力、呪われてるかも_(:3」z)_

次で無印編最終話!残る敵はあれのみ!

次回! 雪の音奏で、未来へ鳴り響き渡れ


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終話

Bパートゥ!

もう言う事はない。最後までとくと見よ!(何言ってんだこいつ……)


 夕焼けに染まる世界。

 町はボロボロになり、かつてリディアンがあった場所は見る影もなく半壊したカ・ディンギルが静かに鎮座するだけ。だが町を襲った災厄は無事に過ぎ去っていた。

 

 未来、奏、クリスの三人の装者と弦十郎たち二課のメンバーが夕日の見える見晴らしの良い切り立った場所に集まる。その視線の先にいるのは徐々に灰になっていく金色だったネフシュタンの鎧を纏ったままのフィーネが力無く呆然と夕日を眺める姿だった。

 

 未来は白紫の刀を創りだし、気配も消さずにゆっくりとフィーネの背後に近づいていく。何をするつもりか分からなかった弦十郎は未来を止めようと手を伸ばすが隣にいたクリスに止められ、それ以上前に出る事は出来なかった。

 

「──殺せ」

 

 真後ろに立った未来の気配を感じ、フィーネはポツリと疲弊しきった声音で呟いた。

 

「カ・ディンギルは半壊。修復に何年かかるか私にも分からん。ネフシュタンは過度の再生によって許容量を大きく超え自壊しつつある。これでは貴様らに勝つ事は不可能。完全に私の負けだ」

 

 先程まで若々しく生き生きしていたフィーネは何処に行ったのか。姿は同じだというのに今は何もかも諦めた老人のような雰囲気だった。

 

「──本当は今すぐにでも貴女を切り刻みたい。

 一撃で殺すんじゃなくて、少しずつ、生きているのが苦しいと思うくらいゆっくりと貴女に痛みを与えてやりたい。響だけじゃない、クリスや奏さん、今まで苦しんで来た人の分の痛みを全てぶつけたい」

 

 奥歯が折れそうになるほど強く噛みしめ、刀を握る手に力が入り手の隙間から血が滴り落ちる。未来の頭の中でフィーネの首を落とせと黒々しい自分の声が大声で響く。それを押し込めてゆっくりと口を開く。

 

「ですが、私は貴女を殺しません。例え貴女が世界に災厄をもたらした存在でも、そんな貴女でもきっと響は手を伸ばします。貴女を助けようと笑顔を見せます。あの子は、とっても優しいから」

 

 声のトーンを落とす未来にフィーネは僅かに顔を動かして後ろに立つ未来を見る。未来の瞳は今の憔悴したフィーネを哀みがこもった目で見ていた。

 

 大切な親友ならきっと目の前の仇すら助けようと手を伸ばす。それが分かっているからこそその想いを裏切るような事を未来は出来なかった。その優しさに幼い未来は何度も助けられ、そして未来が今正気に戻っているのも、今この場所に立っているのも親友の心を温かくするような優しさがあったからだ。

 

「でも、私はそこまで優しくなれない。知らない人まで助けようとは思えない。貴女みたいな人に手を伸ばそうとは思わない」

 

 目の前にいるのはその優しい親友を殺した黒幕であり、心の支えとなったクリスを苦しめた存在。それ以外にも命を奪っているであろう。殺意を向けるには十分すぎる相手。響なら助けるであろうと分かっていても許す道理は未来には無いし、そこまで善人でもない。

 

「私が貴女を殺さないのは……ただの同情ですよ」

 

 クリスに会う前に親友を生き返らせる方法を見つけていれば、例え万を超える人間の命が必要であっても未来は容赦なくその命を刈り取っていっただろう。後に悪魔と呼ばれたとしても親友を生き返らせ事が出来るのならどんな苦難にも立ち向かっただろう。

 クリスと出会い、その涙で正気を戻す前の未来であればそれはあり得ない未来(みらい)では無い。

 そんなもしもの自分の姿が未来にははっきりと見えていた。

 

 ただ一人のために周りを巻き込み、血塗られた道と分かっていても歩む。それはまさに今のフィーネのようだった。

 

「もし響が生き返る方法があって、もしクリスに出会わなかったら、私も貴女のようになっていました。自分の願いのために他人の命を踏みにじるような貴女に。貴女を殺したいと思うのと同じくらい、貴女の気持ちも分かります」

「なら何故だ!私の想いが分かるのなら何故私は貴様に負けた!?あのお方に会いたいという数千年のこの想いが、何故十数年しか生きていないお前に負けたのだ!?」

 

 フィーネには理解できなかった。

 想い人のために全てを捨て、全てを敵に回す事になってもたった一人で戦って来た。

 ネフシュタンと融合する事で人間も辞めた。残ったのは想い人に胸の中にある、数千年経っても衰えない純粋な想いを伝えたいという気持ちだけ。

 だが、そんな想いも目の前の十数年しか生きていない未来に打ち負けてしまった。

 

 認めたくない事実にフィーネは怒りを隠せずに鬼のような形相で未来を睨む。ただの人間であればその視線だけで射殺せそうなフィーネの金色の瞳を未来は真っ直ぐ見つめた。

 

「……その数千年もの間貴女が想っている人は、今の貴女を見て笑顔を見せてくれる人なんですか?」

「ッ!?」

 

 未来の言葉にフィーネは目を見開く。

 驚くフィーネの目の前に白紫の刀の腹を鏡のようにしてフィーネの顔が映るように横に向ける。刀の細さからしたら鏡の役割なぞほとんどしていないのだが、その僅かな刀身から映し出された自分の顔を見てフィーネは何も言えなくなる。自分でも醜いと思ってしまうほど怒りで歪んだ顔にフィーネは絶句するしかなかった。

 

「貴女のやって来た事は許せる事ではありませんし許す気もありません。ですが、その人に対しての愛情は嘘とは思いません。そんなに純粋な気持ちを向ける相手は、今の貴女の顔を見て貴女が望む笑顔を見せてくれるのですか?」

 

 未来の言葉にフィーネはハッとさせられる。

 今の醜い自分を見せたら想い人はどう思うのか、あの頃のように自分に優しくしてくれるのだろうか、あの時のように愛してくれるのだろうか。その答えは何も言わずとも分かるである。

 

「……さっきの質問の答えですけど、貴女は私以上のものを持っていたんですよ」

 

 未来はゆっくりと振り向き、後ろでことの成り行きを見守っている弦十郎達に目を向ける。

 

「私はクリスに助けられましたけど、貴女には沢山の味方がいた。貴女が一人で勝手にこんな事をせず、最初から弦十郎さん達に相談すれば良かったんです。そうしたら月の破壊じゃない、別の方法が見つけられたかもしれません。見つけられなくても、いつかその人に会える機会があったかもしれません」

 

 バラルの呪詛を破壊するには本当に月の破壊しかなかったのか?

 フィーネの想い人とはもう会う事が出来ない存在なのか?

 そもそも誰かに相談してはいけない事だったのだろうか?

 

 考え出せば他にも色々な選択肢があるだろう。その中でフィーネは差し伸ばされた手を払い除け、たった一人でカ・ディンギルを用いた月の破壊という愚行を取った。その結果が今だった。

 

 未来の単純な言葉に、ゴールとは全く違う方向に進んでいたフィーネは何も言い返せずに力無く項垂れる。

 

「私のこの想いは……間違っていたのか……」

「間違ってなんていませんよ。誰かを愛する事が間違いなんてあるはずがありません。貴女は方法を間違えただけです」

「…………」

 

 未来の厳しくも真実を射抜いた言葉にフィーネはただ黙る事しかできなくなる。

 生きる気力もなく、ただの抜け殻のようになるフィーネは哀れの一言しか言えない姿だった。

 

 何も言わずに項垂れるフィーネ。未来はそんな姿のフィーネを見て歩み寄る。

 

「貴女が間違い続ける限り私は、私じゃなくても誰かが貴女の野望を切り裂きます。どれだけ巧妙に、綿密に計画を練ろうと跡形も無く、完膚なきまでに絶対に。貴女が間違えれば私は全て否定し続けます。だから貴女は安心して正解を探し続けてください。貴女の想い人が笑顔になる方法を」

 

 未来の意外な言葉にフィーネは疲れ果てた顔で未来の顔を見る。まだ目は何処か淀んでいるものの、顔は了子として会っていた時とは見違えるほどスッキリしたものになっていた。

 

「お前は、私を許すのか?」

「いいえ。さっき言いましてよね、許す気は無いって。正直今でも殺したいと思っていますよ。

 でも前にも言ったじゃないですか。私は響がいない事よりも響に嫌われる方が何十倍も辛いって。私の中の響に嫌われたくないから私は響ならやるだろうな、って事をするだけですよ。貴女を殺さないのは響なら貴女を許すと思ったからです。私の意思は貴女を今すぐにでも殺したいと思っていますよ」

 

 未来がギリギリでフィーネを殺さないでいるのは一重に立花響という少女がお人好しだったからである。そうでなければ今頃問答無用で切り殺していただろう。

 今フィーネの目の前に立つ未来が人の形を保っているのも、心が壊れずにいるのも全て今は亡き親友の事を強く想っていたからであって未来にとって自分の意思というのは本人でも気づかないくらい小さいものとなっている。

 

「……それでも、それを貫こうとするのであれば、それは貴様の意思だよ」

 

 未来の中にある強い意思を感じたフィーネは何かを諦め、そして決意した目で立ち上がり右手に光を集め出した。

 突然のフィーネの行動に警戒して今まで黙って見ていた奏とクリスが臨戦態勢に入り、弦十郎も戦えない職員達を守ろうと構えるがフィーネは呆れるようにため息を吐いた。

 

「心配するな。今戦ったところで貴様らには勝てん。私は大人しく退場させてもらう」

 

 右手に集まった光がフィーネの全身を包み込む。光は五秒と保たずに消え始め、完全に消える頃にはネフシュタンの鎧が機能停止して癒える事の出来なかった傷が全て綺麗になくなっていた。

 直後徐々に金色の髪が先端から色が抜けて茶色くなっていき、夕焼けに照らされてキラキラと光る粒子が風に流されていく。

 

「……私は諦めんよ。あのお方に再び会えるまで」

「もう間違えないでください。次は容赦しません」

「ふっ。厳しくて、そして怖いな、お前は」

「こうなったのも貴女のせいなんですけどね」

 

 笑みなぞ不要と言ってるような真顔で話す未来とフィーネ。だが一歩違えば立場が逆転、もしくは協力し合っていたかもしれない二人。そのためなのか何処か通じ合うようなものを感じていた。故に、互いに慰めの言葉は必要なかった。

 

 ネフシュタンの鎧が完全に灰となって崩れ、一糸纏わぬ姿となったフィーネの髪もほとんどが茶色に変わっている。それと同時に『フィーネ』という存在がとても薄いものとなっていた。

 

「胸の中の(想い)を忘れないでください」

「ああ、肝に命じておく」

 

 未来の言葉を深く胸に刻みフィーネは目を閉じる。もうじき髪の色が全て茶色に変わるだろう。

 

「……櫻井了子にすまなかったと伝えておいてくれ」

 

 それだけ言い残してフィーネの髪の色が完全に茶色になると全身から力が抜けたかのようにふらりと身体を傾けて未来の方に倒れて来る。それを未来は優しく受け止めた。

 

「未来!」

 

 事が終わったタイミングでクリスを筆頭に今まで見守っていた奏たちが未来に近寄って来る。未来は弦十郎にフィーネ、いや櫻井了子を任せた。

 

「……息はあるな。良かった」

 

 慎次が着ていたスーツを静かに寝息を立てる了子に被せ、弦十郎は首に手を当てて脈があるか確認する。特に異常はなく一定のリズムで脈拍があったため無事だと思うと安堵のため息を吐いた。

 弦十郎にとっていつから櫻井了子がフィーネに変わったのか知る由がない。それでも、知り合いが苦難を超えて帰って来た事に喜びを隠さないでいた。

 

 

 

 弦十郎たちが了子の安否確認をしているのを少し離れた場所に移動した未来が静かに見守っているとクリスと奏が歩み寄って来た。

 

「終わった、んだよな?」

「はい。もうフィーネはいません」

「そっか」

 

 奏の問いに証拠は何もないが未来は確信を持って答える。その自信有り気な返事に奏は今まで張り詰めていた糸がゆるりと解けていくように身体から力が抜けていく。

 いったい何処からがフィーネの計画として奏のこれまでに介入したか奏自身は分からないが、それでもやっと大事が終わって解放されたような気分になる。

 

「奏!」

「おう、つばぐふっ!?」

 

 奏の後を追って来た翼が奏の胸元にダイブする。ギアを纏ったままとはいえ油断していたところで急な衝撃に脳が揺れた。

 

「大丈夫!?何処か怪我してない!?」

「今ので大丈夫じゃなくなったわ……」

「ご、ごめん……」

 

 しゅんとする翼に奏は苦笑いを浮かべ、大切な相棒の頭に手をやりそっと撫でる。奏の知っている昔の翼であれば顔を赤らめて恥ずかしそうに手を退かそうとしてくるのだろうが、今は素直に受け入れている。

 

「良かった、奏が生きててくれて」

「それはこっちのセリフさ。あの時は肝が冷えたぞ?」

「あ、あの時はああするしか助かる道がないと思って……」

「それでも、あたしは心配したんだからな」

「うっ、ごめんなさい……」

 

 真剣な目の奏に再び俯く翼。そんな翼の額に奏は強めのデコピンを食らわせた。ちなみに限定解除された不慣れなギアを纏ったままなので普通の人間であれば頭蓋骨が少し危ない事になっていた。

 

「痛っ!?」

「ははは!まー取り敢えず、二人とも生きてたんだからそれで良いじゃないさ」

 

 大声で笑う奏にデコピンをくらって額が少し赤くなった翼も釣られて笑みを見せる。二年もの間、奏が見たくても見れなかった笑顔だ。

 

「おかえり、翼」

「ただいま、奏」

 

 二年ぶりの再会を果たすツヴァイウィングの二人。その光景を未来は遠巻きで眺めていた。

 二年前のライブ事件で離れ離れになった二人が再会する。もう自分には訪れる事のないその光景に胸を痛くするも二人の再会を素直に祝福する気持ちはあった。

 

「よく知んねーけど、良かったな」

「うん。そうだね」

 

 未来の隣にいたクリスがぶっきらぼうながらも遠回しに二人の再会を祝う。翼の事は知らないが、ほんの僅かな間でも互いの命を預け合った奏が喜んでいる事にようやく自分のやって来た事が報われたような気がして上気分になっていた。

 両親を亡くし、捕虜になって、そしてフィーネの道具になって手を血で赤く染めた自分でも歌によって誰かを笑顔にする事が出来てやっと記憶の中の両親が笑ってくれたような気がした。

 

 フィーネによる月の破壊は阻止され世界に平和が訪れた。その事にその場にいた皆は程度はあれど喜んでいた。全て終わった、と。

 

「そんな、これはっ!?」

 

 そんな中、藤尭朔也の声でその喜びも霧散した。

 ただ事ではない雰囲気にまだ眠っている了子を慎次に任せて弦十郎は藤尭に近づく。

 

「何があった?」

「大変な事になりましたよっ!カ・ディンギルにより破壊された月の破片がこの場所に向かって落下しているようです!」

「なんだと!?」

 

 藤尭が持っていたパソコンを弦十郎に見えるように動かす。映し出された画面には月の破片と現在位置を歪曲した線が綺麗に繋がっていた。

 

「どうやら破壊された時の衝撃が偶然月内部で跳ね返り破片を押し出した模様です!」

「そんな事はいい!落下までの時間は!?」

「衛星回線とNASAからの情報によれば……およそ四時間!」

「なん、だと」

 

 導き出された残り時間を聞き弦十郎は歯噛みする。

 月の破片の大きさと落下速度からして町全体を巻き込むだけでは済まない。弦十郎が本気で走れば十分に安全圏まで逃げられるがそれでも助かるのはほんの数人程度。今から救助を要請してもとても予想される被害の範囲内の人間全員を助ける事は不可能だろう。

 

「やっと全部終わったっていうのに!」

「あたしらじゃどうにも出来ねぇのか……」

 

 奏は近くにあった瓦礫に拳を叩き込み、クリスは再び訪れた絶望に眉を寄せた。

 限定解除されたギアを使って落下中の月の破片を破壊しようにもフィーネとの激戦で未来も含めた三人は疲労困憊。無理をすれば装者の命の保証はないだろう。奏にいたっては既に限界を超え、自身の命を賭けた。それにより今は二本の足で立ってはいるものの本来であれば気絶しても不思議ではない。ギアのおかげでまだ意識があるだけであった。

 

 逃げる事も破壊する事も実質不可能。その現実にせっかく手に入れた勝利が全て水の泡になり、世界最強と言われる弦十郎ですらせめてここにいる人間だけでも退避させようと考え出していた。

 

「──まだ、出来ることはあります」

 

 それに待ったをかけたのは瓦礫により山のようになった場所のある一点を見つめる未来だった。

 未来の視線の先を奏たちも釣られて目を向けると()()()()()()

 

 そこにあったのはフィーネ、赤い龍との激しい戦いの末、その振動によりいつの間にか地表まで持ち上げられていた一本の禍々しく、取手から赤いラインの入った黒と銀の刀身が交差し、刃が二つに分かれた剣。それが瓦礫の頂上で妖しく輝いていた。

 

「あれはダインスレイフ?何故ここに……まさか!?」

 

 怪しく輝く剣、ダインスレイフを見た弦十郎はすぐさま未来がやろうとしている事を理解した。

 

 未来のやろうとしている事、それは月そのものを破壊する程のエネルギーを短時間で貯めたダインスレイフを使い、そのエネルギーを落下中の月の破片に当てる事で破壊するというものだった。

 

 ゆっくりとダインスレイフが刺さっている瓦礫の山を登る未来。その背中に弦十郎は痛む腹を抑えて声を上げた。

 

「やめるんだ未来君!ダインスレイフに触れれば暴走する危険性があるんだぞ!」

「でも、このままだとみんな死んで終わりです。暴走せずに月を壊せればそれで済みますし、仮に私が暴走しても月の落下で死にます。なら、僅かでも可能性に賭けてみてもいいんじゃないですか?」

「それは……」

 

 未来の言葉に弦十郎は言い返す事が出来なかった。

 辞めさせる事は簡単だがその場合月が落下してこの場にいる全員が確実に死ぬ。未来が言った通り暴走せずに月を破壊出来ればそれで良し。暴走したら月の落下でみんな仲良くあの世行き。

 弦十郎自身がダインスレイフを使うという手もあったが根っからの正義漢である弦十郎は自分がダインスレイフの呪いによる激しい破壊衝動に勝てるという自信は無かった。そう言った強い心に対して完全聖遺物のダインスレイフの強い呪いは致命的だからだ。

 

 黙ってしまう弦十郎に軽く笑みを見せて歩みを再開する。

 

「……呼んでるんだね」

 

 歩みを進めて頂上にたどり着いた未来は目の前に刺さるダインスレイフに向けて呟く。

 

 奏やクリスには聞こえないが、未来にははっきりとダインスレイフの呪詛のような《声》が聞こえていた。

 

 ──殺セ

 

 ──破壊セヨ

 

 ──敵ヲ葬レ

 

 ──殲滅ダ

 

 まだ握ってすらいないのに未来の中の心の闇をダインスレイフは無理矢理こじ開けようとしている。

 

 まだ消えていない怨嗟。まだ燃えている怒り。高まる殺意。

 クリスとの出会いから少しずつ収まっていた激しい破壊衝動をダインスレイフは的確に突いてくる。

 心が闇に飲まれそうになりながらもそれでも未来は歯を食いしばり、ダインスレイフを握り、瓦礫から引き抜いた。

 

 そしてダインスレイフは今までよりも強く、そして周囲を闇に変えるほどの黒く禍々しい光を放った。

 

 

「ッ!?う、あ、ぐっう、あア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

 

 黒い光はまるで取り込むように未来の身体にまとわりついてくる。黒い光が集まれば集まるほど未来の纏う白と紫のシンフォギアが急速に黒に染め上がっていき、未来は激しい破壊衝動と殺意に呑まれそうになる。

 

(だ、め……意識が……)

 

 目の前が血のように赤く染まってただ誰かを殺したいという衝動が抑えきれなくなっていく。あまりにも強すぎるダインスレイフの呪いによる精神汚染に未来は耐えきれず意識を失いそうになる。

 

 その時だった、未来の両肩に強い衝撃が走った。

 

「あきら、めんなっ!」

「あたしたちが、ついてるんだからな!」

「カナで、サん、くリス?」

 

 一人でダインスレイフに立ち向かう未来追って奏とクリスは未来だけに辛い仕事はさせられないとダインスレイフの呪いの一部でも肩代わりしようと無策にも禍々しい光の中に飛び込んでいた。

 黒い光は未来に触れた奏とクリスをも飲み込もうとその身体を蝕んでいく。

 

「こ、これがダインスレイフ!?」

「あたしらまで飲み込まれそうだッ!」

 

 先に未来を取り込もうとしているのか、奏とクリスへの影響は未来よりも弱い。それでも強いダインスレイフに必死になって飲み込まれないように歯を食いしばる。だがそれを嘲笑うかのように二人のシンフォギアも徐々に黒く染まっていく。

 

「二人、とモ、早く、逃げテっ!」

「「馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」」

 

 辛うじて残っている意識を総動員して逃げるように促す未来を二人は大声で叱る。その声にほんの僅かだけダインスレイフの呪いが弱まった。

 

「ここで逃げてもあたしらは終わりだ!だったら小日向と同じ賭けに出るっきゃねぇだろ!」

「あたしは逃げねぇぞ!未来を置いて、大切な人を置いて絶対逃げねぇ!もう何も失いたくねぇんだよ!」

「「だから!」」

 

「「生きるのを諦めるな!」」

 

 二人の叫びで僅かに怯んでいた黒い光が勢いを増して再び三人を飲み込もうと光が強くなる。しかし、それ以上進む事は無かった。

 

 黒い光は不思議と俯く未来の身体の中に導かれるように集まっていく。だがそれは黒い光が無理矢理未来の中に入るのではなく、未来が自らその光を吸収しているのだった。

 

「そう、そうだ。みんなを助けたいと思う気持ちも、この()()()()()も全部私のものだ。誰かのものじゃなくて、私自身が持っているものだ!」

 

 どれだけ綺麗事を並べようとも未来の中には親友が死んでから積もりに積もった簡単には消せないレベルの黒い感情がある。それをダインスレイフは増長している事は確かだが、増長するものが元からあったのも事実。

 

 未来が好きだった親友ならきっと時間がかかってもそんな自身を否定せずに全て受け入れるだろう。それは容易に想像出来る。であるなら、親友のために生きて行こうと決めた自分がそれをしない理由はない。

 

「私は太陽になれない。でも、良いものも悪いものも全部受け入れられる!それが私、それが響の好きだった()()()()なんだ!!!」

 

 黒い光に負けないほどの紫の光が未来のシンフォギアから放たれ黒に染まりかけたギアが再び白と紫に染まっていく。それに応じて奏とクリスのシンフォギアもそれぞれ色を取り戻し、そして橙色と赤の光が漏れ出した。

 

 太陽が無ければ陽だまりは出来ない。だがそれゆえに太陽と共に生き、受け入れられるのも陽だまりである。

 例え陰っていようとも、心の中に太陽がある(響がいる)のなら、陽だまりである自分がここで諦めたら辛くて痛くて悲しい思いをして、笑って楽しんで幸せに生きるという最後の約束を破る事になってしまう。

 それだけは、絶対に認めなかった。

 

 「正念場だ!!踏ん張りどころだろうがッ!!!」

 

 弦十郎の叫びが聞こえる。弦十郎の叫びに続くかの様に緒川、藤尭、友里が、そして創世や弓美や詩織といった三人の戦いを見ていた人たちの声援が三人の心の炎に火をつける。

 

「奏さん、クリス!」

 

 未来は自分の肩を掴む奏とクリスに目を向ける。それだけで未来がやろうとしている事を理解し、そしてその考えに面白そうな表情を作って頷いた。

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal─ー

 

 

 

 未来、奏、クリスの歌声が重なり静かに、そして全てを包み込むような温かい優しい光が広がっていく。

 

 

 ──Emustolronzen fine el baral zizzl──

 

 

 ダインスレイフのような強力な聖遺物に対抗出来る可能性があるもの、それは自身の命すら危険に晒される代わりに莫大なエネルギーを産む破滅の歌、『絶唱』。それが三人分集まればいくら完全聖遺物であるダインスレイフでもただではすまない

 

 

 ──Gatrandis babel zziggurat edenal──

 

 

 ダインスレイフも絶唱による急激なエネルギーの上昇に対抗するかのように黒い光を更に強める。だがそれ以上の速さで未来たちを包む温かい光は強くなってく。そして白と黒が螺旋状な混ざりながら三人を包み込んだ。

 

 

 ──Emustolronzen fine el zizzl──

 

 

 歌い終わると白と黒が混ざり合った強烈な光を放つエネルギーを秘めたダインスレイフは先程までの禍々しい気配がかき消され、その代わりに遠くにいる一般人である創世たち三人ですら感じ取れる程の強いエネルギーが未来たちの元に集まっていた。

 

 その強烈なエネルギーで狙うのは、落下中の月の破片。

 

「これで!」

「終わりだ!」

「いっけえええええぇぇぇぇ!!!」

 

Synchrogazer

 

 奏とクリスの声を合図に未来はその場で爆発してしまいそうなほどのエネルギーが一点に集まったダインスレイフを月に向かって振るう。そして剣先から放たれたのはフィーネが操っていた赤い龍の大口径レーザー、いやカ・ディンギルの主砲にも匹敵するほどの巨大な白と黒が混ざり合ったエネルギー波だった。

 

 エネルギー波は空を超えて宙まで伸び、今まさに未来たちの元へ向かって落下中の月の破片に直撃した。

 月の破片とエネルギー波は僅かに拮抗するがすぐさまは月は貫かれる。そして貫かれて箇所から大きくヒビ入っていき、最終的には粉々に砕け散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 ──三週間後

 

 

 ルナアタックと命名された月の破片の落下は一時的に世間に波紋を呼んでいたが、それも政府の情報操作により一週間もせずになりを潜めて行った。そのため最近、弦十郎があちこちに頭を下げに行った事は未来たちは知らない。

 

 生き残った二課の隊員たちの内、希望する者は新しく建設途中の本部に移る事になった。朔也やあおいもそのメンバーに入ってる。指令もそのまま弦十郎が行う予定だ。

 

 櫻井了子は二週間ほど前に目を覚ましていた。

 フィーネに身体を乗っ取られていた際に出来た傷が全て無くなっている上に融合していたはずのネフシュタンも身体から消えていた。

 研究者と了子本人の考察としてはネフシュタンはエネルギーを使い果たし自壊。傷に関してはフィーネが消滅する直前、身体に纏った光が治癒能力があったのだろうと結論付けた。

 まだ了子がフィーネじゃない、という証拠が無いため軟禁状態ではあるがフィーネを見送った未来は心配をしていない。長くても後二週間程で出てくるだろうと思っている。

 

 奏はあの戦いの後装者を止める事を弦十郎に告げた。

 実際、一日に四本のLiNKERの投与と命を燃やしたシンフォギアの暴走と同レベルの力を持った強化形態、限界突破(オーバードライブ)と名付けられたそれを行った事、極め付けにはそんなボロボロの状態でのシンフォギアの様々な制限の一部を解除した純粋な強化形態、限定解除(エクスドライブ)の行使によって装者としての寿命が無くなったのだ。

 それにより普通に生きていくには問題無いが、シンフォギアを纏った戦闘は不可能となった。

 というよりもLiNKERを投与してもガングニールが反応しなかったのだ。その原因は現在調査中であり、今は不明だが単純に身体の酷使によりガングニールを纏えないレベルまでダメージを受けたためだと推測されている。

 

 翼は順調にリハビリを行なっており、すでに補助が無くとも一人で歩ける程度には回復していた。二年間まともに使っていなかったアーティストの命である歌声も毎日の発声練習により問題無い。むしろ早くリハビリを終えて奏と歌いたいと奏や慎次に愚痴るほどだった。

 

 創世、弓美、詩織たちリディアンの学生は政府が廃校となっていた学校施設を買い取る事によって新生することとなり新しいリディアン音楽院に移る事になっている。生徒数は、春の新学期時と比較して六割程度にまで減少したものの、 混乱は徐々に治まっており、新生活を心待ちにしている者も多い。

 加えて以前のリディアン音楽院には、 シンフォギア装者の選出、 ならびに音楽と生体から得られる様々な実験データの計測といった、 人道的に褒められたものでない暗い研究を行っていたがそれらの機能は現在、一時的に凍結。弦十郎筆頭に二課の意向により廃止の方向に進んでいる。

 

 大きな戦いが終わり、皆がそれぞれの道を歩み出そうとしている中、太陽が眩しく輝く昼下がりに未来は花束を持ってクリスと共にある場所へ向かっていた。

 

「…….遅れてごめんね、響」

 

 そう言って立ち止まった未来の目の前にあるのは二年前の日付だけが彫られ、他は名前も何も彫られていない寂しい墓石だった。一つだけでは無い、未来の周りには同じように名前の彫られていない墓石が無数あり、ここが墓場だと分かる。

 

 ノイズの被害者は例外なく骨も残らずに灰と化してしまう。そのため本人確認も、その灰が本当に人間のものかも分からない。苦肉の策としてノイズ事件一つ一つに墓石が作られ、そしてその墓石の下に回収された灰を埋める事で供養としていたのだ。

 

「ここに来るまでに二年もかかっちゃったよ」

 

 未来は花束を墓石の前に供えて手を合わせる。後ろにいたクリスも未来と同じように墓石に向かって手を合わせた。

 

「……まだまだ一人では歩いて行けそうに無いけど、でも、私頑張るからね。だから見守っててよね、響」

 

 辛そうな笑みを浮かべながら未来は首に下げていた紐を巻いたかつて親友だった灰を入れた小瓶を外し、花束の横に置いた。

 

「本当に良いのか?」

「うん。だって、このままじゃいつまでも前に進めないから、ね」

 

 未来にとって身を引き裂かれるような想いだが、それでもそうしなければいつまでも幻想の親友に頼ってしまう。親友と交わした最後の約束を守るためにも未来は前へ進もうと小瓶を手放す決心をしたのであった。

 

 前に進む決心をした未来を見てクリスも墓石の前に立ち、真剣な眼差しでそこにはいないはずの立花響に向かって言葉を口にする。

 

「あたしはお前の事を未来の話からしか知らねぇ。それ以外の事はさっぱりだ。でもな、これからはあたしが未来を守る。気に食わねぇかもしんねぇが、それだけは約束する。だから、お前は何も心配すんなよな」

 

 クリスは代わりに、とは言わなかった。

 まだ未来とお互いに知らない事が多くとも未来の中の響という存在がどれだけ大きいのかクリスは身に染みて分かっていた。それほどの大きい存在の代わりになれるとはクリスと思っていない。

 だがクリスは「立花響」の代わりではなくて「雪音クリス」として未来の隣にいる事を決心していた。罪滅ぼしの気持ちも勿論あるが、それはクリス自身が心から思った事である。

 

「……ありがとう、クリス」

「れ、礼なんていらねぇよ!」

 

 未来の感謝の言葉にクリスは恥ずかしさで顔を赤くして背中を向ける。耳まで真っ赤になっているためあまり意味はなく、そんなクリスに未来は微笑みを向けた。

 

「また来るからね」

 

 もう一度墓石の方を向き手を合わせてクリスと共に墓場から出て帰路に着いた。

 

 未来たち装者は先日までルナアタックによる情報規制により軟禁状態が解けたばかりであったが、来週から未来とクリスは新しくなったリディアンに行く事になっている。そのために必要な物を買い足すために今日はまだ行かねばならない所があった。

 ちなみにクリスは弦十郎からマンションの大きめの部屋を用意されており、未来もその隣の部屋に引っ越しする事となっている。未来自身はクリスと同棲でも良かったがクリスがあまりの恥ずかしさで拒否したため二人別々の部屋になった。その時の真っ赤な顔で面白いくらいあたふたするクリスを影で奏が動画として残している事を知るのはまだ先の事である。

 

「あ、そうだ」

 

 霊園を出てすぐ未来は何かを思い出したかのような声を上げた。

 

「どうかしたのか?」

「うん、ちょっと待ってね」

 

 ゴソゴソと持ってきた鞄の中を漁る。そして中にあった物を見つけると一度強く握ってから鞄から出してクリスに小走りで近づいて目の前に立った。

 

「ちょっと目を瞑って頭を下げてくれるかな?」

「あん?まぁいいけど」

 

 未来の言う通りに目を閉じ、軽く頭を下げて頭を未来の方に向けて突き出す。そしてクリスの綺麗な銀髪の両サイドのこめかみ辺りの髪に触れて何かし始める。未来の突然の行動に一瞬硬直するクリスだったがくすぐったいのを我慢してそのままの体勢を維持した。

 

「はい、もういいよ」

 

 そう言って未来は少し離れる。クリスも未来が離れたのを感じて目を開ける。すると髪に何か付けられ感覚に不思議に思いそれに触れる。

 手探りでは何か分からないかったクリスに未来は持ってきていた手鏡を向ける。

 

 クリスの髪の両サイドには少し傷の入った赤い稲妻のような形をした髪留めが付けられていた。

 

「お、おい、これってッ!」

「似合ってるよ。クリス」

「あ、ありがとう……じゃなくて!いいのか!?これは未来の大切な」

「いいの」

 

 クリスに付けられた髪留め。それは二年前のライブ事件で響が残していった髪留めだった。

 それがどれだけ未来にとって大切なのか分からないクリスではない。クリスはそれを未来に言おうとしたが未来は微笑み浮かべてその先を言わせなかった。

 

「私の大切な宝物だからクリスに持ってて欲しいの。私に何かあってもいいように」

 

 自分の異常性は理解している。暴走した時は勿論として、ダインスレイフという伝説の魔剣を一度は暴走せずに御した事から心の中にある闇の大きさを未来は誰よりも分かっている。もし、それが制御出来なくなって人じゃなくなったとしてもきっとクリスならそんな自分を打ち倒してくれると信じているからこそ、いつ壊すか分からない自分よりも守ってくれるクリスに預けるのだ。大切な思い出と共に。

 

「……分かった、()()()()()()

「ふふ、ありがとう」

 

 クリスは最後まで未来に全てを背負わせてしまった自分の弱さのせいでなにも言えなかったが、それでも必死に笑顔を作る。クリスの思っている事が予想出来る未来は何も言い返してこないクリスにお礼を言った。

 

「さて、今日の夕飯は何がいい?」

「あーなん「なんでもいいは駄目だよ?」……じゃカレー」

「カレーね。甘口?辛口?」

「……甘いので」

「ふふ、それじゃ一緒に買い物行こっか」

「おうよ!荷物持ちは任せろ!」

「でもクリスって私より力が」

「そんな事ねぇ!……と思う」

「はっきりしてよね、クリス?」

 

 そんなたわいもない会話をしながら二人は並んで明日に向かって歩み始めるのだった。

 

 

               無印編 完




無印一話と最終回のあの墓のある場所の表現がわからぬ……

アンケート詐欺と思われた方。誰が無印でフィーネを生存させると言いましたかね(ニッコリ)

前回以上に詰め込みすぎた感が凄いですね。二つに分けたほうがスッキリしそうではあったんですが後日談の部分が別にするには短すぎてこんな形になってしまいました……もう少し文章力があれば……_(:3」z)_

これにて無印編完!一回小話を挟んでから待望(?)のG編です!
散々言ったように基本は原作に沿って(もう()は使わなくていいかな?)るので大まかな話の想像はしてもらえると思いますのでそこからの変化球を予想しながら楽しみにしていてくだせぇ。でも奏さんや了子さん生きてる時点でかなりカオスな事になりそうな……

既にいくつか伏線を残してきましたが、皆様はいくつ気づかれましたかね?まあそのほとんどがXV編で回収予定なんですけどね。しかもこの先作者の思いつきで増える可能性も……失踪しないことを願っていてください_(:3」z)_

ラストの響のヘアピンクリス、書いてる途中にpixivに描いてる人がいて先を越された感が……でも似合うからいっか!

……このまま終わらせた方が綺麗じゃね?なんて思ってないんだからね!


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閑話

エピローグであり、絶唱しないシンフォギアであり、そしてG編突入前話であります。少しギャグを入れながらもルナアタック後の装者たちの軽〜い休息を覗いてみましょう。


……自分の作品のせいでビッキー成分が枯渇してるぅ!





 それはルナアタックからおよそ一ヶ月が経過したある日の事だった。

 

「小日向、私と手合わせしてくれないか?」

 

 現在新たなニ課の本部は新設中のため仮本部にてシンフォギアの戦闘訓練のための準備運動が終わり、訓練に入ろうとした未来の背後から青のトレーニングウェアを着た翼が歩いてくる。

 

「えっと、私でいいんですか?」

「ええ。同じ天羽々斬の装者と戦う事なんてこの先無いでしょう?同じだからこそ見えてくる自分の欠点が見えてくる気がするのだ」

 

 進歩した医療により順調に体力が戻ってきているとはいえ二年ものブランクがある翼は同じ天羽々斬の装者である未来に興味を持っていた。それに、装者としての先輩でもあるが故に本気を出してないとはいえ叔父である風鳴弦十郎をあと一歩のところまで追い込んだ未来の実力に風鳴の血が騒いでいる事もある。

 

「奏から聞いたが、小日向はかなり強いそうじゃないか」

「い、いえいえ。私なんて」

 

 翼の言葉に謙遜する未来だったが、それを遠くでベンチで頬杖をついて見ていたクリスは半眼になりながらこれまでの未来の戦歴を思い出していた。

 

 ネフシュタンの鎧を纏ったクリスを圧倒していた。

 明らかに人間離れしていた弦十郎(本気は出していない)をあと少しで倒せていた。

 ネフシュタン+ダインスレイフを使ったクリスを圧倒していた。

 暴走していたがクリスよりネフシュタンの鎧を扱う事が上手いフィーネを圧倒していた。

 赤い龍となったフィーネを一刀両断。ネフシュタンの鎧ごと破壊。

 奏も合わせた三人だったとはいえダインスレイフによる負の感情の増幅を実質一人で受け止めていた。

 

「いや、うん。かなり強いとかいうレベルじゃねぇな?」

 

 二度戦い、そしてどちらも未来に殺されかけたクリスは未来の潜在的な強さをよく知っている。それはクリスの隣にいる装者を辞めた奏もそうだった。

 

「だよなー。私なんてダンナがいなかったら確実に一回死んでるしな」

「感情がストッパーになってるとはいえ、本気で殺しに来たら勝てる気がしねぇ」

「同じく」

 

 二人がかりでいけば抑えられるとは思うが一対一になれば勝機を感じられなかった。勿論コンディションや地形にもよるが。

 

(はてさて、どうなる事やら)

 

 クリスと奏が話し合っている内に未来は紫と白、翼は青と黒のシンフォギアを纏い、互いに少し離れた場所で向かい合いっていた。そして同じ武器である刀を構えて戦闘準備に入る。

 クリスは翼の強さを知らないため未来が勝つと思っているが、奏は未来の強さを理解しながらも翼が簡単に負けるとは微塵も思っていなかった。

 

「では行くぞ、小日向」

「はい」

 

 未来の返事を合図に二人は同時に駆け出した。

 

「はあ!」

「やあ!」

 

 翼の白に一本の青いラインが入った刀と未来の白紫に輝く刀がぶつかり火花を散らす。そして二人は何度もお互いの力量を測るかのように刀を振るった。

 

(強いっ!半端に受け止めては剣ごと真っ二つにされそうだ!)

(当たらない……全部受け流されてる?)

 

 未来の当たれば終わりと思わせる力強い一撃と翼の見惚れるような華麗な技により二人の実力は拮抗していた。いや、二年もまともに動いていなかった翼が今の未来について行けている事を考えればそれだけで済ませられる話ではないだろう。

 

「マジかよ、未来と良い勝負してやがる!」

「翼も結構やるとは知ってたけど予想以上だね、こりゃ」

 

 予想外の未来と翼の戦いによりギャラリーだったクリスと奏は開いた口が閉じなかった。特に未来の放った『蒼ノ断頭』と翼が放った『蒼ノ一閃』がぶつかった瞬間の衝撃の強さと打ち負けることなく同時に消滅した事からほぼ同威力と見られる。

 

 こうしてヒートアップしすぎて訓練場が破壊される寸前、弦十郎の介入により強制的に訓練を終了させられるまでの二時間ほどの間、未来と翼は互いに同じ武器を持ち、違う戦いをする相手と何度も刀をぶつけ合うのだった。その際の訓練場の被害額は言わない方が良いだろう。

 

 弦十郎の強烈な発勁をくらいダウンした未来と翼は訓練場の端に連れて行かれるが、弦十郎の絶妙な力加減によりすぐに目を覚まし、今はクリスと奏に介抱されていた。

 

「しかし、小日向は強いな」

「いえいえ。翼さんこそ、二年も戦っていないのに凄い強かったですよ」

「ありがとう。でもまだまだ奏の代わりをするには力不足だ」

「そんな事ないんだけどなぁ」

 

 翼の言葉に奏は少し遠くを見つめていた。半暴走状態と言ってもいい初めて未来と出会い戦った時手も足も出なかった自分よりも、正気がある故にただ暴れていた時とは違う冷静な未来を相手に互角の勝負をしていた時点で完全に超えられていると思っていた。

 

「そうだ、私が貴女を鍛え「「それはダメだ」」なっ何故なんだ奏、雪音!?」

 

 まだ技術的に甘い同じ天羽々斬のシンフォギア装者である未来を翼は自身が鍛える事で更に強くなると読んで鍛えようか提案しようとするが、翼の言葉に割り込むように真剣な顔で奏とクリスは否定した。

 

「確かに小日向が強くなるのはいいかもしれないけど、でもそれは今じゃないと思うね」

 

 奏もクリスも未来がまだ立花響に関して完全に吹っ切れていないと分かっている。何が原因で再び暴走するか分からない精神状態で下手に技術を学べば、その技術と暴走した時にネフシュタンの鎧すら破壊寸前まで追い込んだ力が合わさり今度こそ手の付けられるものではなくなる。弦十郎でも殺す気で行かねば止まらない可能性すらあった。

 それは未来自身も分かっている事でもある。

 

「お気持ちは受け取ります。でも今は自分なりのやり方で鍛えたいので今は」

「そうか……鍛えて欲しくなったらいつでも言ってくれ」

 

 やんわりと断る未来に少し残念そうな顔を見せる翼。その後ろにいた奏とクリスは鍛えた未来が暴走した姿を思い浮かべて自分たちが粉微塵になる想像しか出来なかった。

 それ以降の時間は訓練場がボロボロになってしまったため訓練が続けられる無くなり、時間も遅くなったのでお開きとなった。

 

「にしても、青髪のアンタも無茶すんだな。確か明後日にはアンタと赤髪の復活ライブ?ってやつがあるんだろ?」

「うむ。そのために少しでも体力を戻しておきたいのだ。二年もファンを任せてしまったからな。最後までライブを完遂させたいのだ」

「それなのに訓練で体力使ってもいいんですか?」

「そのためにあたしと翼は明日は休みなのさ。明後日は全力で歌うためにね」

 

 二年前のライブ事件で翼が眠りにつくまでは奏と翼のコンビによる世界的有名だったツヴァイウィング。今現在は奏がソロで活動しているが翼はようやく目覚めたためツヴァイウィングは完全復活。そのサプライズライブが明後日公開となっている。

 

 勿論翼はまだ目覚めて一ヶ月なので当初は弦十郎や慎次からもせめてあと三ヶ月はリハビリするようにと言われていたが翼はそれよりも早く奏と共に歌いたいという気持ちが勝っており、必死でリハビリを行った結果どういう訳か体力はみるみると回復していった。そのため一回分のライブくらいなら問題ないと医者も判断したため、弦十郎と慎次は渋々翼がライブに出る事を許可した。

 リハビリの際の翼の驚異的な回復速度はさすが風鳴の血を引いていると言えるだろう。

 

「んじゃ明日は丸々暇なのか?」

「そうだな。本当はもっと訓練か歌の練習をしたいところなのだが」

「緒川さんが大事を取って昼からでも休めだとさ。過保護にも程があると思わない?」

 

 慎次にとっては翼はまだ病み上がりのようなものなので出来るのであればライブもあと一ヶ月は先にしたかったのだが、奏と翼に詰め寄られスケジュールを調整した結果明後日の予定となっていた。そんな苦労を二人は知る事はないだろう。

 

「それじゃ、明日は息抜きに四人でデートにしませんか?」

「「「デート?」」」

 

 ──────────────────

 

 ──翌日 AM 一〇:二〇

 

 

 まだ人が少ない公園内にある池の橋の前で変装をした奏と翼は未来とクリスを待っていた。だが二人がこの場所に来て既に三〇分が過ぎようとしている。

 

「あの子たちは何をやっているのよ!」

「まぁまぁ落ち着きなよ。っとやっと来たみたいだ」

 

 貴重な時間を浪費して少しイライラしている翼をなだめる奏の視界に急いで走ってくる二つの人影が目に入った。

 

「すみません!奏さん、翼さん!」

「遅いわよ」

「何かあったのかい?」

「クリスが目覚ましをかけ忘れて寝坊してしまって……」

「ハァ…ハァ…あ、あたしのせいかよ!」

「いやこの場合は雪音が悪いだろ」

「くっ、それでもあたしは悪くねぇ!」

 

 苦しそうに息を切らすクリスに奏はバッサリと言い切る。

 実際、四人でのお出かけを楽しみにしていたクリスはなかなか寝付けずにいたのが原因なのだが恥ずかしくてそれを認めないのがクリスだった。

 

「時間が勿体ないわ。急ぎましょ」

 

 まだ息の整っていないクリスを置いて翼はクールな顔で踵を返し先に進もうと歩き出した。

 

「えっと……翼さん、怒ってます?」

「いやいやいや。ああ見えて楽しみすぎてなかなか眠れなかったみたいだよ。眠れたのも結構遅かったみたいで目の下のクマも化粧で必死に」

「遅れた分を取り戻したいだけ!奏も余計な事言わない!」

 

 怒鳴る翼であったが顔を真っ赤にしていては説得力が無かった。

 早足になる翼を追って未来と奏は急いで走り出すのだった。

 

「……アイツもあたしとおんなじだったのかよ」

 

 奏の言葉を聞いてかクリスはポツリと呟いて三人の後を追うのだった。

 ちなみに、既に体力的に限界が来ていたクリスがまだ体力のある三人に追いつけるはずもなく、結局目的の場所に着くのに時間がかかるのだった。

 

 

 そして未来たち四人は大きなショッピングモールで遊びまわった。

 

 衣服や雑貨だけでなく、小物店で変わった形のカップを購入したり。

 

 クリスが大量のぬいぐるみを未来たちに内緒で購入したり(結局手に持って移動するのですぐバレる。むしろ購入の瞬間を三人は影で見ていた)。

 

 ゲームセンターにてパンチングマシンで奏が高得点を出し、シューティングゲームではクリスの天才的銃捌きを見て周囲に沢山のギャラリーが群がり本人は真っ赤になったり。

 

 カラオケ屋にて『逆光のフリューゲル』等のツヴァイウィングの曲のほかに奏のソロ曲である『JUST COMMUNICATION』や『RHYTHM EMOTION』などを大盤振る舞いし、翼は恋の桶狭間という渋い曲を歌ったり。

 

 途中で奏と翼の事に気づいたファンから逃げるために某蛇の軍人のように隠れて進んだり。

 

 そうやって四人は普通に生きていけば友人と共にするであろう事を今日この一日に集約するかのように遊びまわるのであった。

 

 

 ──────────────────

 

 陽が沈み始め世界が茜色に染まる。

 そんな中、未来たち四人は山に取り付けられた長い階段を登っていた。

 

「はい、と〜ちゃ〜く!」

「翼さん、クリス!もう少しですよ!」

「ふ、二人とも元気だな……」

 

 未来と奏は既に目的の場所についており後は遅れている翼とクリスだけ。翼は病み上がりのため多少遅れるのは仕方がないだろう。

 

「ゼェ、ゼェ……ウップ」

「大丈夫、クリス?」

 

 現役装者であるはずのクリスだけは顔が真っ青になっていた。

 

「お、お前らは、ゼェ、なんでそんなに、ハァ、元気なんだよ!う、ウップ」

「クリス!?」

 

 結局限界に来たクリスを未来が背負う事になったのだった。その際に先に上まで上がっていた奏は未来の背中に押しつけられて大きく形を崩すクリスのたわわな果実を見た隣の翼が、まるで絶唱のバックファイアを受けて目や耳から血が出ている幻想を見たそうだ。

 

「綺麗……」

「絶景だねぇ。お、あそこはさっきのショッピングモールじゃん」

「カラオケ屋は……多分あの辺りだけどビルで見えないね」

 

 到着した場所は小さな公園になっており、そこの近くのベンチに降ろされたクリスと介抱する未来を置いて奏と翼は鉄柵に手をつき眼下に広がる景色に心奪われていた。

 そこは先程四人で遊んだショッピングモールだけでなく茜色に染まる町が一望できる場所であった。

 

「す、すげぇ……つーか高っ!」

「ふふ。落ちたらダメだよ?」

 

 多少体力が回復したクリスも鉄柵に近づき奏たちと同じように町を見渡す。鉄柵から身を乗り出すクリスを見た未来にはかつての親友の姿が重なり、胸の奥がちくりと小さな痛みが走った。

 

「いや〜こりゃいい場所だね」

「こんな良い場所を教えてくれてありがとう、小日向」

 

 明らかにテンションが上がっている二人を見て未来も嬉しくなり笑みを見せる。そして未来自身も鉄柵に近づき町を見渡した。

 

「……実はここ、よく響と来てたんですよ」

 

 目を瞑れば思い出す。

 最初に訪れたのはまだ幼稚園の時で両家族でピクニックに来た時だった。その時から元気の有り余る幼き響は自分の足で踏破したが当たり前ながら未来には出来ず、飾ってしまった。

 それから小学、中学と何度となく響と来てはここで色んな事を話した。その時の事だけでなく、二人の将来の夢を。

 

「私はただ、みんなにもここの事を知って欲しかったんですよ。過去の思い出の場所じゃなくて、これからの思い出の場所として」

 

 ここにある楽しい思い出は今の未来には重すぎだった。

 大切な、忘れることの出来ない場所であるはずなのにここに来れば嫌でも親友の事を思い出す。そしてその思い出で涙を流し、悲しいものに変えてしまう。楽しかった思い出もすべて。

 

 だから奏、翼、クリスの三人と共に新しい思い出を作りたかった。響との思い出を塗りつぶすのではなく、響との楽しかった思い出と三人とのこれから思い出を両方持つ事できっとこの場所もいつか受け入れられる日が来ると信じて。

 

「だから、これからもよろしくお願いします」

 

 夕焼けに照らされる未来の微笑みは何処かキラキラと輝いており、ツヴァイウィングとして数々の綺麗なものを見てきた奏と翼でも一瞬見惚れてしまった。

 

(これが小日向の笑顔か。中々絵になる)

(叫んでた時とのギャップありすぎてあたしでも惚れそうだね、こりゃ)

 

 きっと良いモデルになるだろうと予想する二人。その横でクリスは身体を固まらせていた。

 

(あああああ!心臓がうるせえ!顔が熱い!つーか絶対おかしいだろ!未来は大切な友達で……)

「どうしたの、クリス?」

「ッ!!!」

 

 まだ気分が悪いのかと未来はクリスの頬に手をやる。少しヒヤリとする手により頭の熱が覚めるが、それにより荒ぶる心臓をなんとか止めようとするクリスに未来は知らずに追撃する。

 夕焼けに照らされていつもよりヤケに綺麗に見えるその顔にクリスは耐えられなかった。

 

「あああ青髪のアンタ!」

「ん?私か?」

「そう!アンタまだリハビリし足りねぇだろ!?だったらあたしとちょっとここら辺走ろうぜ!それがいい!ああその方がいい!拒否させねぇぞ!?」

「ちょ、まってくれ雪音!?」

 

 リンゴのように顔を赤くしたクリスは翼の手を引き公園の周りを走って行った。走って行ったと言っても十分未来の視界に入る程度の広さなのだが。

 

「どうしたんだろ、クリス……?」

「アンタも罪な女だねぇ……頑張れよ、雪音」

 

 首を傾げる未来を見てクリスの内情を察した奏は苦笑いを浮かべる。

 その間もクリスと翼は走っていたのであるが、まだ余裕を残している翼に対して最初に言い出したクリスは既に周回遅れであった。

 

 こうして久方ぶりの平和な一時の休息を堪能した四人は帰路に着くのであった。

 ちなみ、クリスは無理な運動のせいで全身筋肉痛になり、心配した未来と部屋で二人きりになり看病される事で眠れぬ夜を過ごす事になったのは本人だけの秘密である。

 

 

 ──────────────────

 

 ──翌日

 

 

 一ヶ月ほど前の大量のノイズの出現した事なぞ忘れて人々がいつもの暮らしに戻り、平和に暮らしている。そんな中で今日は一大イベントが行われようとしていた。

 

『ツヴァイウィング『天羽奏』のソロライブ』

 

 そう名付けられたイベントが奏のファン、そしてツヴァイウィングのファンが殺到する。ライブ開始一時間前で既に席は満席となり、会場の外でも中の様子が映し出される場外モニターに人だかりができていた。

 

 所狭しと人が集まる中二階の関係者席にて未来とクリスはツヴァイウィングのライブが始まるのを待っていた。

 

「すっげぇ。あの二人ほんとに有名なんだな」

「うん。二年前も多かったけど、今回はあの時より多いみたい」

 

 奏の事はフィーネからデータとしてしか知らず、シンフォギア装者としての奏と翼しか知らないクリスからしたら今目の前で二人を求めて集まる人だかりはあまり現実的ではなかった。特にいつもふざけてばかりの奏(主にクリスの胸を揉む等のセクハラ)を知った後であれば尚更であろう。

 

 まだライブ開始前から集まった者はまだかまだかと落ち着きがなく待っている。そしてその時は訪れた。

 

 会場の真ん中にライトが集まる。そして大量のスモークと共に中から現れるのはいつも以上に気合の入った奏の姿だった。

 会場が割れんばかりの観客の声をかき分けて最初の一曲目は未来たちとカラオケで歌った『JUST COMMUNICATION』。だがカラオケの時とは迫力が違っていた。

 

「すげぇ……!」

 

 最早語彙力が乏しくなってしまうほどクリスは同じ言葉を繰り返していた。それほどまでにクリスの知る奏とアーティストの奏は違っていた。

 

 カラオケで歌った奏は未来たちへのファンサービスを込めてはいたが、それでもその時はただの女の子としての「天羽奏」。

 そして今沢山の観客の前で歌い、そして舞うのはツヴァイウィングの片翼として世界に名を轟かすアーティストととしての「天羽奏」であった。

 

 最初の一曲目から観客はテンションがマックスになっており、仕切られた部屋にいる未来たちにもその熱気が伝わってくる。それほどまでに今はこの場にいる人間は一つになっていた。

 

 一曲目の歌が終われば更に沢山の拍手と歓声が会場に響き渡る。既にラストスパートのような最高潮の盛り上がりだがまだ始まったばかりだ。

 

『みんな!今日は来てくれてありがとう!』

 

 奏はマイクを取って観客に声を投げかける。それだけでまた会場は盛り上がり始めた。

 

『あ〜、本当はリハーサルでもっと勿体ぶるような話をして時間を稼ぐ手順になってたんだけどさ、あ、いつもならそこら辺あたしも従うからな?でも今日はもうあたしが我慢出来ねぇ!だから早速行かせてもらうぜ!』

 

「……これって予定通りなのか?」

「どうなんだろうね」

 

 勝手に話を進める奏ならクリスはこれも予定の内なのか未来には問う。勿論未来は知るはずがないのだが、扉の外ではスタッフの焦った声と足音が絶え間なく耳に入って来たのでこれは奏の独断専行だろう。

 

(後で弦十郎さんに怒られなかったらいいけど)

 

 未来の心配は現実になり、ライブ終了後弦十郎の雷と慎次の静かな圧力が奏を襲うのだがそれは別の話としよう。

 

『今日来た奴等は幸運だ!理由があって来れなかった知人がいるなら存分に自慢しろ!なんせ今日は』

 

 突然全てのライトが消えて会場内を暗闇が支配する。

 そして一筋の青いライトが天井に向かって伸びる。そこにいたのは二年間活動していなかったツヴァイウィングの片翼の姿だった。

 

『ツヴァイウィングの復活だ!』

 

 空から舞い降りる翼と幻想的に舞う白い羽。

 会場は一瞬何が起こったか分からず静まり返り、そして一瞬後まるで近くで大きな爆発が起きたかのような人々の轟音が会場を支配した。

 

 そして二年ぶりに揃った両翼揃ったツヴァイウィングの最初の歌は『逆光のフリューゲル』。この時点で歌う二人の神々しさに涙を流すものをいれば、今日この日に来れた事を神に感謝する者。酷いものはあまりにも感動しすぎて気絶する者も多々いた。

 

(そうだ、あの日もこんな風に胸を高鳴らせてたんだ)

 

 親友を失った日もツヴァイウィングの歌に胸を高鳴らせ、いつもの自分ではないかのように心を熱くさせていた。

 あの日の思い出は悲しいものであるが、歌を聞いて感じた未来の思いは嘘ではない。そして当時ツヴァイウィングの歌を聞いていた立花響は隣にいた未来でさえ眩しいと思うくらい楽しそうに笑っていたのを思い出した。

 

「お、おい!泣いてんのか!?」

「え?」

 

 クリスの焦った声に未来はそっと自分の頬に手をやる。僅かに指が涙で濡れていた。

 

 未来の中の響は楽しそうに笑っている。

 それは、響を失った事で我を忘れて復讐に燃えていた時には見えなかった楽しい思い出。

 思い出しては未来の心を傷つけて来た笑顔ではなく、幼い時から未来の荒んだ心に光を照らして来た太陽のような笑顔。それを未来はやっと思い出せたのだった。

 

「ふふ。ありがとうクリス」

「無理はすんなよ?」

「うん。それよりもほら、まだまだライブは続くよ!」」

 

 まだまだ全てを乗り越えられた訳ではない未来も少しづつ前に進めている。胸の中の大切な親友に恥ずかしくないように未来は今日という日を楽しく過ごそうとクリスと共に最後までライブを心から楽しむのであった。

 その時の未来の笑顔にクリスの理性が危うく消し飛びかけたのは本人だけの秘密である……未来に関してのクリスの秘密が増える一方である。

 

 後に今日のサプライズのツヴァイウィング復活ライブはファンの中では新たなる伝説となり、それは既に外国まで広がっていた名を更に広めるものとなるのだった。




結構陰り無くなってね?と思う方々、原作響も前期で色々覚悟を決めたというのに次期でまた新しい悩みの種を植え付けられて、って感じでしたのでうちの未来さんも似たような感じです。なんだかんだで爆弾は抱えたままですし、むしろ増えてますしね。一時的に精神が安定してるだけでちょっと小突けば爆弾なんて簡単に……これが本当のガラスのハート。

ビッキー「あのー、私の出番無いんですけど」
作者「残念ながら君はこの世界の主人公ではないんだよ。諦めなさい」
ビッキー「」

393「響に会いたい……」
作者「そんな簡単に会わせたら面白くなry(アメノハバキリー)」

奏「あたしが生きてるのはいいけどボコボコにしすぎじゃない?」
作者「だって、393の異常さを際立たせるために生贄がry(ガングニール)」

クリス「あのバカのポジションにいるような気がするんだが」
作者「ビッキーのポジションというよりサイコレズの餌ry(イチイバルー)」

翼「これからは私の出番だな?」
作者「……」
翼「おい!?」

???「G編からは」
???「私たちの出番デェース!」
???「私たちの活躍、その目に焼きつけなさい!」
作者「残念ながら一人メインメンバーから外れます」
???×3「「「!!??」」」

???「私の出番、あるのでしょうか?」
作者「(ニッコリ)」


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G編
プロローグ


やってきましたG編。

今回はよくあるアニメ一話のOPの背景で主人公やメインキャラの悲惨な過去を映し出してるやつ的なあれです。新たな戦いの幕開け、というのを予感させるための結構短い話なので気楽にしてくだせぇ。




 ──炎が揺らめいている。

 

 少女の目の前には広かった研究用の実験室は瓦礫に埋まり、実験に使う機材は既に残骸となって落ちてきた瓦礫に潰されている。その中には人だった物が赤い血を流している姿も混ざっていた。

 

 燃え盛る炎が何もかも燃やす悲惨な光景が広がる中、広い部屋の中央には巨大で色白く、人型に近いが決して人ではない化物が前屈みのような状態で暴れ回っていた。

 

 そして、そんな巨大な化物の前には騎士をイメージしたドレスアーマーのような白い鎧を纏った一人の少女が立っている。化物と年端の行かない少女では体格差も何もかもが違い、化物が腕を一振りすれば少女は肉塊へと変わるだろう。それほどまでに生物としての差が大きい。それでもその白い鎧の少女は臆せずに化物の前に立っていた。

 

 化物と対峙する白い鎧の少女に向かって崩れた瓦礫を境にした反対側にいた少女は涙を流しながら白い鎧の少女の名前を呼んで止めようと瓦礫を登る。化物と対峙しているのは彼女のたった一人の家族だ。

 化物と対峙する白い鎧の少女はこの世界にたった一人だけの家族。いつも少女を優しく包んでくれた大切な家族。

 それがまさに今、自分たちの事しか考えない身勝手な大人のせいでその命を散らそうとしていた。

 

 例え今喉が潰れても良いと必死に白い鎧の少女の名前を叫び続ける。だが白い鎧の少女は振り向かず、帰ってきたのは禁忌の歌だった。

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal──

 

 

 何処か暖かさを感じる優しい歌声が瓦礫だらけの研究室に響き渡る。だがその優しい歌声とは裏腹に白い鎧の少女を中心として異様なほどフォニックゲインが上昇して行く。

 

 

 ──Emustolronzen fine el baral zizzl─

 

 

 怪物は何かを察して逃走を図ろうとするが、既に遅かった。

 白い鎧の少女の身体が輝くと同時に目を覆いたくなるほどの眩い光が辺りを照らし、その直後現在の化物をモニターしていた少し高い場所にあるガラス越しの部屋すら巻き込む程の強い衝撃が生まれた。

 一瞬あとには更に崩壊した研究室と機材に引火して更に広範囲に広がる炎の海。だがそこにはあの白い巨大な化物の姿はない。

 

 化物の前にいた白い鎧を纏っていた少女の身体から鎧が粒子となって消える。その手には無機物の何かが握られている。

 白い鎧を纏っていた少女の名前を呼んでいた少女は瓦礫を登り切り、そして瓦礫と炎の中で立つ片割れの名前を叫ぶ。そして鎧を纏っていたその片割れの少女はゆっくりと振り向いた。

 

 綺麗だったその顔は絶唱のバックファイアにより目や口から血を流し、正気を感じられないくらい青白くなっていた。

 

 片割れの少女のその顔を見た少女は、急いで救出するため瓦礫を降りようとする。が、その後ろから少女たちを育てて来た初老の女性が少女を抱きしめると共に床に倒れこむ。そしてその上から大きな瓦礫が落下してきた。

 初老の女性が動かなければ少女は瓦礫に潰されていただろう。それに運良く瓦礫と瓦礫の隙間に倒れる事が出来て身体が潰される事はなかった。しかし、片割れの少女を助けに行く事も出来なかった。

 

 天井から崩れた瓦礫が片割れの少女の周りに落下し、炎がゆっくりと逃げ場をなくして行く。絶唱を歌ったその身体では上手く動く事すら出来ずただ立ち尽くすだけ。

 

 少女は瓦礫の隙間から必死に片割れの少女に向かって手を伸ばす。だがその手はあまりにも小さく、そして遠かった。

 

 片割れの少女は血で濡れた顔のままで優しく少女に微笑みを見せる。そしてその直後、少女の目の前で爆炎が片割れの少女を飲み込むのだった。

 

「いや……いやあああああぁぁぁ!!!」

 

 

 ──────────────────

 

 

「──ッ!!!」

 

 古びた毛布を跳ね飛ばし、一人の女が勢いよく起き上がる。その身体は異常なほど汗で濡れていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……夢?」

 

 まだ動揺している女は震える自分の手を見る。片割れの少女伸ばしていた時よりも大きくなったそれを見て安堵のため息と共に強く奥歯を噛み締めた。

 

(今の私の力があればあの時だって……)

 

 そう思うがすぐに頭を振って否定する。

 かつて片割れの少女を助けられなかった少女は既に時を経て大人となっている。そして大切な家族の命を奪った白い巨大な化物を倒す事は出来ずとも対応出来るほど成長している。それほどまでに自分を鍛えていた。

 だがどれだけ力を手に入れようとも既に過去の事。もう片割れの少女は戻って来ない。

 

(なんで、今になってあの時の夢を見たのだろう?)

 

 明後日は女の生涯を賭け、そして全てを捨てる覚悟を以て()()()()()()()()()()大切な日だった。

 それなのに、そんな覚悟が揺るぐほどの辛い過去をこんな前日に夢に見てしまった。その事に女は動揺を隠せなかった。

 

「──眠れないのですか」

「マム……」

 

 女の部屋に機械の車椅子に乗った片目に眼帯をした初老の女性が入ってくる。時計を見れるば時間は遅いもののまだ日付が変わる前であった。

 

「明後日には全てが動き出します。そのために少しでも長く眠りなさい」

「はい……」

 

 マムと言われた初老の女性に諭されて女は素直にもう一度古くて硬いベットに潜り込む。少し汗で気持ち悪いが贅沢は言ってられない。

 

 ちらりと近くの机に置かれた写真立ての中の一枚の写真を見る。そこには淡いピンクの髪の少女とオレンジ色の髪の少女が同じ花をイメージさせる髪飾りをして楽しそうに笑って並んでいた。

 

「……おやすみなさい」

 

 また悪夢を見ないか怯えながら女は楽しかった頃の思い出に逃げるように再び眠るのだった。

 

 

 

 そして、新たなる運命の日が幕を開ける。

 

 




なんとなくの違和感を感じてくれた人なら私の変化球の正体に気づいたかもしれませんね(前回で察してる人もいますが)。その正体は次回で!


次回! 新たな歌姫

作者はまた茨の道を進もうとしている……


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一話

いよいよ本編。そして始まるF.I.S vs 未来さん!

最初に言います。これは二次創作ですから。二次創作ですから!(大事な事なので二回言いました)

未来さんが少し正気に戻ったため軽いジャブレベルのギャグを入れていく予定です。デスソースの中に砂糖ひとさじ程度と思っててくれれば良いかと。

ついでに……マリア・カデンツァヴナ・イヴ推しの方々。申し訳ありません_|\○_


 欠けた月が夜を照らす時間。一台の堅牢な列車が周りには何もない夜の線路を走っている。これがただの列車でなんの変哲もなければそれだけで済んでいた。

 

 列車の上空で夜中でも認識出来るほど異彩を放つ物体がいくつも飛んでいる。人間サイズもいれば車や大型トラック並みの大きさも混ざるそれはふざけた見た目と違い、人々を死へ誘う地獄の使者である〝ノイズ〟であった。

 

 数体の飛行型ノイズが身体をドリル状に変形させて列車の最後尾の車両に向かって急降下する。ノイズがただの物体であれば外敵からの襲撃に耐えられるようになっている装甲列車の外壁で留められるのだが、そんな簡単にはいかない。

 ノイズは列車の外壁にぶつかる、事はなく、まるで壁も何も無いかのようにするりと通過し、中にいた武装した人間数人にまとわりつくと自身と共に無情にも灰に変えてしまった。

 

 装甲列車の外では列車に取り付けられた武装でノイズを迎撃しようとするが、相違差障壁と呼ばれる、本体は別の空間におりその相違によってエネルギーを減衰又は無力化させるノイズの特性によりほぼ意味はなく、ただ一方的に人間が灰に変わっていくのみだった。

 

「こちらです!ウェル博士!」

「は、はい!」

 

 列車内のランプが爆発の警告音と戦闘態勢に入ったため赤く染まる。その中を友里あおいと大きなスーツケームを持ったウェル博士と呼ばれた眼鏡をかけた白髪の研究者の男、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは装甲列車の中を走る。

 

「お早く、きゃ!?」

「あっ、と」

 

 大きな音と共に列車が大きく揺れる。恐らく後方の車両が爆発したのだろう。

 突然の揺れにバランスを崩したあおいが前のめりに倒れそうになる。だがその前に誰かに受け止められた。

 そっと目を開ければそこには少し小柄で黒髪に白いリボンをした一人の少女があおいを優しく受け止めていた。

 

「大丈夫ですか、あおいさん?」

「え、ええ。ありがとう、未来ちゃん」

「どういたしまして」

 

 倒れそうになったところを颯爽と現れたて受け止めた黒髪の少女、小日向未来に少々顔を赤く染めるあおい。その光景に未来の後ろにいた綺麗な銀色の髪に、未来より若干小柄な身体に対しては育ちすぎなたわわな果実を持った雪音クリスの顔が歪んだのをあおいが早々と気づき焦りながら離れた。

 

「そ、それで後方の方はどうですか!?」

「……ものすごい量のノイズが追ってきています。このまま目的地に向かうのは危険すぎます」

「ああ、連中明らかにこっちを獲物と定めていやがる。まるで何者かに操られてるみたいだ!」

 

 話しながらウェル博士と共に未来とクリスとあおいは車両を移動する。外は雨が降っており夜というのもあって視界は悪い。

 

 クリスの言葉に未来はそっとウェル博士が持つスーツケースに目をやる。その中身はかつて月を破壊しようとした今は亡き犯罪者フィーネが扱い、そして未来の大切な親友の命を奪った忌まわしき聖遺物、ノイズを使役する事が可能と言われる〝ソロモンの杖〟が入っている。

 

(ソロモンの杖以外にノイズを操る聖遺物があるなんて……)

 

 今回未来たちはソロモンの杖を破壊するのでなく、有効利用する為に日本とアメリカの共同研究所でもある米軍基地に搬送任務についていた。

 道中は特に何も無く、基地までもうすぐという地点と言うところで急にノイズが何者かに操られているかのように列車を襲い始めたのだ。

 これが偶然で無いとすれば考えられるのは可能性はソロモンの杖のみ。何者かがソロモンの杖を強奪を目論んでいるのはほぼ間違い無いだろう。

 

 未来は自分の人生を破壊したソロモンの杖を今すぐにでも破壊したい気持ちを抑えて今回の任務についていたが、やはり今からでも破壊した方が良いのではと考えるが頭を振って否定する。

 

「三ヶ月前、世界中に衝撃を与えたルナアタックを契機に日本政府より開示された櫻井理論、そのほとんどが謎に包まれていますが回収されたこのアークセプター、ソロモンの杖を解析し、認定特異災害〝ノイズ〟に対抗しうる新たな可能性を模索する事が出来れば!」

 

 軟禁状態から解放され、正式にニ課に戻ってきた櫻井了子の話によればソロモンの杖を上手く使えばノイズをこちら側の世界に現れなく出来る可能性があるらしく、今回の作戦は上手くいけば未来のような悲しい思いをする者がいなくなるかもしれないという希望があった。

 

 ここで曖昧にも「可能性」という言葉が出てくるのは、櫻井理論が実質櫻井了子による物ではなく、フィーネが作り上げたものだからである。だが不思議な事にフィーネが了子の中から居なくなった時、フィーネの中の聖遺物の記憶が綺麗さっぱり消えているらしい。

 幸いにも了子の精神を乗っ取ってから消えるまでの間の記憶はあるらしいが、肝心な聖遺物に関してのフィーネの記憶がない為ソロモンの杖の詳しい事は再びに謎に包まれている。

 

 未来には既に手遅れでどうでもいい事であっても、いまだにくすぶる心の中の闇を消し去る方法があると言うのであればそれに託そうと思ったから今回の作戦に参加しているのだ。

 であるなら、ここで破壊する事は早計という物だろう。例え既に早くに破壊しなかった事に後悔していても。

 

「……あたしがとやかく言う資格はねぇけど、そいつは、ソロモンの杖は簡単に扱っていいもんじゃねぇよ」

 

 ウェル博士の言葉を聞いてクリスは立ち止まり、強く拳を握る。

 クリスにとってもソロモンの杖は大切な友人を狂う程の不幸のどん底に落としてしまった物であり、下手をすればもっと沢山の人間が不幸になる物だった。

 誰かと手を繋ぐ優しさを知った今のクリスには、自分が起動させてしまった呪いの杖をいくらノイズから人類を守る為とはいえ簡単に受け入れる事は出来なかった。

 

 歯を食いしばり、かつての自分の過ちを思い出して苦しそうにするクリスに未来は近づき、そっとその手を優しく握り安心させるように微笑む。

 

「大丈夫だよ、クリス」

「未来……」

 

 たった一言だが、その言葉にクリスの心は幾分か軽くなる。

 完全には元に戻っていないとはいえ、許しを乞う対象である未来の言葉がまだ罪の意識が強く残っているクリスにとっても救いの言葉だった。

 

「はい、はい……多数のノイズに紛れて高速で移動する反応パターン?……了解しました。迎え撃ちます!」

「出番ですね?」

「ええ、ノイズは任せます」

「任せろ!」

 

 未来は自分の胸元に手をやり、クリスは首にかけた赤いクリスタルのペンダントを握る。そして頭に浮かぶ歌を二人は心のままに口ずさんだ。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron(例え先に滅びが待っていようとも)──

 

 ──Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)──

 

 聖詠という名の歌を歌うと共に未来は紫の光に、クリスは赤い光に包まれる。

 

 未来の身体に紫色と白色の帯が張り付き、その帯が紫と白のインナーに変化するとすぐさま同じ明るい紫と白の装甲が現れ自動的に身に纏う。そして首からは薄い紫色のマフラーが生えるように現れて巻かれた。

 未来が右手を空に向けて伸ばすと紫色のラインが入った白紫の刀が現れその手に収まり、刀は更に強い紫色の光を放つ。

 

 クリスも未来と同じく赤色と白色の帯が身体に張り付き、そして赤と白のインナーに変化すると未来とは形の違いドレスアーマーのような装甲を見に纏う。

 そして両手に現れたボウガン二丁を華麗にキャッチした。

 

 シンフォギア。櫻井理論により聖遺物の欠片を使った対ノイズ専用の装備にして人々の希望になりうる光。

 それを身に纏った二人はすぐさま列車の上部に上り、そして列車を囲むように上空を飛行する飛行型ノイズを前に恐れる事なく立った。

 

「群雀どもがうじゃうじゃと!」

「大丈夫。私とクリスなら負けないよ」

「へっ!んなの当たり前だ!」

 

 少し顔を赤くしながらクリスはボウガンを上空に向けて構え、未来はクリスとは反対の方向に身体を向けて刀を構えた。

 

「後ろは任せたぜ、未来!」

「うん、任せて!」

 

 そして真夜中の列車の上でノイズを観客に未来は歌を歌う。その歌に反応しシンフォギアが起動し、ノイズの相違差障壁が消え去った。

 

 上空のノイズに向けてクリスはボウガンを放つ。かつてのイチイバルよりも連射速度と威力の上がったボウガンはノイズをいとも容易く貫き次々に灰へ変えていく。

 

 クリスの背後から別のノイズの群れが身体をドリル状に変形させて飛来する。だがクリスは振り向く事も反撃する事もしない。それは必要がないからだ。

 

空ノ断閃

 

 クリスの背後を取ったノイズの前に未来は跳躍しながら近づき、そこから空中で刀を持ったまま横に一回転する。そこから未来を中心に円形の真空刃が生まれ近づいてきたノイズを切り裂いた。

 一瞬にして列車の周りにいるノイズを撃破する。だが上空にはまだまだノイズが頭が痛くなるほど飛行していた。

 だが広域殲滅特化型のイチイバルなら問題ない。

 

GIGA ZEPPELIN

 

 クリスの持っていたボウガンが変形し、大型クロスボウになる。そしてクリスタル状の巨大な矢を空中に向けて放ち、その矢が遥か上空で空を覆い尽くす程の無数の小さな矢に分裂後、それら全てがエネルギー状の矢に変化して一斉に雨のように降り注ぎ上空のノイズを殲滅させた。

 

「凄いね、クリス!」

「これくらい朝飯前よ!」

 

 自身満々に胸を張るクリス。そしてその強調されたたわわな果実を見て未来の目が一瞬濁ったのだがクリスは気付かなかった。

 

 まだ余裕を見せる二人の視界に、飛行型のノイズを掻き分けて一匹の異彩を放つステルス機のような形をしたノイズが高速で移動するのが見えた。それは他のノイズとは一線を画する程速く、そして今までのノイズのデータには無かった姿をしていた。

 

「あいつが取り巻きを率いてやがんのか。だったら!」

 

MEGA DETH PARTY

 

 ドレスアーマーの後部の装甲からミサイルが展開されその全てを新型ノイズに向けて放つ。だが今までのノイズとは違いまるで理性があるかのように高難易度マニューバーによってミサイル全てを回避する。

 

「だったらあああぁぁぁ!!!」

 

BILLION MAIDEN

 

 再びボウガンを変形させて今度は四門の三連ガトリング砲に変化させる。そして新型ノイズに向けてガトリング砲を放った。

 しかしそれすらも新型ノイズは回避し、ガトリング砲の弾幕の中で身体を変形させ、前面部を硬化させてクリスに向かって突撃してくる。するとシンフォギアによって作り出されたガトリング砲の弾が貫通せずに全て弾かれてしまった。

 

「クリスッ!」

 

 クリスに向かってくる新型ノイズに向かって未来は跳躍し、刀を振り下ろす。だが天羽々斬の刃ですらノイズの装甲を破壊する事はできず、大きな火花を散らして軌道をずらす事しか出来なかった。

 

「ッ大丈夫、クリス!?」

「ああ。すまねぇ。にしても硬すぎんだろ!」

「私でもあれの撃破は難しそうだね」

 

 決定打に欠ける今の状況で新型ノイズを相手にするのは厳しく、他の飛行型ノイズも共に列車を狙って襲いかかってくる。いくらクリスのイチイバルでもジリ貧だった。

 

「あん時みたく空を飛べる限定解除(エクスドライブモード)なら、こんな奴に一々おたつく事なんてねぇのに!」

 

 赤い龍と化したフィーネの強固な装甲にも傷を付ける程の威力と新型ノイズに引けを取らない速度で飛行出来た限定解除(エクスドライブモード)であれば簡単とはいかずとも今よりも楽に撃破出来るだろう。だが、フィーネとの戦いからシンフォギアの基礎的なパワーアップは果たせたが未来たちの意思で限定解除(エクスドライブモード)になる事は依然出来ずにいた。研究者からは何か発動条件があるとは予測されているがそれはまだ謎のまま。

 故に未来もクリスも今の状態で新型ノイズを撃破せねばならなかった。

 

「何か方法が……ックリス!」

「あん?……ってうおわっ!?」

 

 未来の焦る声にクリスは振り返る。そこには目の前まで迫るトンネルの入り口があった。このままでは二人はトンネルの入り口上部にぶつかってしまうだろう。

 

「クリス、ごめん!」

「ふぇ?」

 

 未来は驚くクリスの腰辺りに左手を回して自分に抱き寄せ、足元の列車の天井部を白紫の刀で切り裂く事で間一髪の所で二人は列車の中で待避する事が出来た。

 

「セーフ……大丈夫、クリス?」

「……」

「クリス?」

「ふえ!?あ、ああ!大丈夫だ!ありがとうな、未来!」

 

 顔を赤くして未来の腕から離れるクリス。離れた後にもう少しあのままでも良かったと後悔して肩を落とすクリスの背中を見て未来は首を傾げた。

 

「それにしても、厄介だね」

「そ、そうだな!攻めあぐねるたぁこの事だな」

 

 まだ顔が赤いクリスも今の状況が悪いものだとしてすぐさま頭を切り替え真面目な顔になる。未来もクリスに釣られて真面目に思考し始めた。

 

(軽い攻撃じゃあの装甲は貫けない。かと言って重い一撃を入れようにもあの速度だと当てる事自体が難しい。動きを制限出来れば……あれ?)

 

 ふと何か思いつき自分で切り裂いた列車の天井を見上げる。そこで勝つための作戦が閃いた。

 

「クリス、私に任せてくれる?」

「何かいい方法が浮かんだみたいだな」

 

 クリスは未来が何をするか分かっていない。それでも自分の信じる未来が自信有り気な顔で頷く姿を見ればその方法に賭けない選択肢はクリスにはない。

 

 すぐさま動き出す未来の後を追って今いる車両から次の車両に移る。もうそこが先頭であり、それ以上の被害は任務失敗を意味していた。

 

「車両連結部を壊してくれる?その後クリスは列車の護衛を続けて。もうすぐ目的地だから私もすぐ合流する。心配しなくても大丈夫だからね」

「ああ、未来の事信じてるから何の心配もしてねぇよ!」

「ふふ。ありがとう」

「れ、礼なんていらねぇよ!」

 

 再び顔を赤くするクリスに未来は微笑みを向ける。この時すでにクリスの心臓の鼓動が少し心配になるくらい速くなっているのだが未来が気付く事はない。

 

 クリスが列車の連結部を破壊し先頭の車両と切り離した後に未来も少し時間を置いて列車から飛び降りる。着地した地点は丁度トンネルの終わりだった。

 

 切り離した車両がどんどん近づいてくる。だが未来はそこから逃げる事はせず、その場で深く腰を落とし右手に持った白紫の刀の切っ先を前方に向け、その峰に軽く左手を添えて静かにその時を待つ。

 

 近づいてくる車両を目の前にして動かない未来だったが、突然車両の前面から異様な突起が生えるように現れ始めた。あの新型ノイズの突出した前面装甲だ。

 

「ここだ!」

 

 強く一歩を踏み出すと共に脚部の装甲が僅かに開かれそこから紫色の炎のブースターを吹き、さながら紫の流星というような速さでまだ身体の半分も外に出ていない新型ノイズに向かって突撃する。そして強固だった新型ノイズの前面装甲に刀の先端が深々と突き刺さり、突撃した衝撃波を刀に伝わらせ中から破壊する。衝撃は車両まで届き耐える暇なく爆発したその際列車を追いかけてきた別の飛行型ノイズはシンフォギアによって相違差障壁は消えているため全て爆炎の中に消えていった。

 

「閉鎖空間で相手の機動力を封じた上に、遮蔽物からの必中の重い一撃……どこまで強くなるんだか」

 

 先頭車両の後部から爆炎を前にする未来の後ろ姿を見ていたクリスはまだまだ強くなっていく未来に苦笑いしか浮かべる事が出来なかった。

 

 

 

 

「お疲れさん」

「ありがとう、クリス」

 

 ノイズを倒して遅れて基地に到着した未来をクリスは暖かく迎える。未来もクリスに笑みを向けて答える。

 既にソロモンの杖の譲渡は終わっており、帰投用のヘリも既に用意してある。未来の帰還を待ってからそのままニ課仮設本部に帰投となっていた。

 

「────確かめさせてもらいましたよ。皆さんがルナアタックの英雄と呼ばれる事が伊達ではないという事を」

「「ウェル博士!」」

 

 未来とクリスに柔和で優しそうな顔をしたウェルはソロモンの杖が入ったケースを持って近づく。護衛対象でもあったウェルに特に大きな怪我がなく、未来は安心した。

 

「世界がこんな状況だからこそ、僕たちは英雄を求めている。そう!誰からも信奉される英雄の姿を!」

「そんな大袈裟な」

「……」

 

 先程の柔和な顔はどこに行ったのか。何処か遠くを見ている目で未来たち向かって言う言葉にクリスは呆れたため息を吐く。その横で未来はただジッとウェルを見つめていた。

 

 

 

 その後任務を終えた未来とクリスとあおいはウェルと別れ、その場から離れた場所にあるヘリポートまでの道を並んで歩いている。

 

「これで任務も無事終了だ!青髪と赤髪の二人のライブも間に合いそうだな!」

「うん、そうだね」

 

 二ヶ月前のツヴァイウィング復活ライブにより翼と奏の歌が気に入ったクリスは若干テンションが高くなる。今日も任務で行けなくなったがライブ会場まで足を運ぶ予定ですらあった。

 だがツヴァイウィングのファンであった未来は反応が薄い。

 

「どうしたんだ、なんか心配事か?」

「ううん。そんな大きな事じゃなくてね……今回の襲撃、もしかしたら」

 

 真面目な顔になる未来が続きを言う前に後方で大きな爆発音が響く。振り向けば基地内のビルを破壊して大型のノイズが姿を現していた。そしてその足元には複数の小型ノイズの群れが軍人たちを襲い始めている。

 

「なんでノイズが!?」

「ッ今は救助に向かおう!」

「分かってらぁ!」

 

 そして二人は再びシンフォギアを纏い、急に現れたノイズに向かって走り出すのであった。

 

 ──────────────────

 

 ──ライブ会場 ステージ裏にて

 

 

「──はい、では翼さんをそちらに」

『無用だ。ノイズの襲撃と聞けば今回のステージを投げ出しかねない。それに未来君とクリス君でも十分対応出来ている。翼と奏君には目の前の自分たちの戦場に集中しろと伝えてくれ』

「分かりました」

 

 眼鏡型の通信機で弦十郎と会話していた慎次は通信機を切り眼鏡を外す。そして着ているスーツを整えて後ろで控えている翼と奏の元に戻って来た。

 

「ダンナはなんて?」

「向こうは未来さんとクリスさんで対応出来ているようです。お二人には目の前の自分たちの戦場に集中しろとの事です」

「伯父様らしいな」

 

 翼と奏は今日のソロモンの杖の輸送作戦の事は知っていたがライブの日と重なってしまったため、現場には未来とクリスの二人が行く事に決まっていた。

 翼もその事自体は反対していなかったが今はあまり顔が優れない。

 

「あの二人が心配かい?」

「ううん。小日向と雪音ならきっと大丈夫。でも、私だけここにいて良いのか迷ってる」

 

 仕事とノイズの殲滅。人類のためにどちらを優先すべきか、そして風鳴家で防人として育った翼は戦場に出ずに呑気に歌を歌っていいのかまだ悩んでいる。そのため翼にとって後輩二人に任せる事はあまりよろしく思っていない。

 

「ここで観客の皆さんを笑顔にする事も防人としての立派な仕事だと思いますよ」

「そうそう。緒川さんが言うようにみんなの笑顔を守るつーのは仕事であり戦場。ならあたしらはマイクと歌を武器に戦わなくちゃね!」

「意味が分からないけど、でもそうだね。今の私の戦いはライブで歌う事だものね」

「そーいうこった!」

 

 奏の少々意味の分からない理論に翼は何故か納得し、今は悩む事よりも目の前の事に集中しようと気合を入れる。若干力が入り過ぎていると慎次は思ったが、逆に奏が力を抜き過ぎているため丁度良い塩梅になっているためとくに口に出す事はなかった。

 

「それにしても人気だね、彼女」

 

 翼は近くにあった今日のライブの宣伝ポスターを見る。そこにはツヴァイウィングである奏と翼、そしてもう一人が写っていた。

 

「はい。僅か一ヶ月程で人気が急上昇中のようですね」

「あたしでも聞き惚れる歌だっていうのに今までなんで名前も出なかったのかねぇ?」

 

 ルナアタックの事件から一ヶ月経った時に行われたツヴァイウィング復活ライブ。その後一週間もせずに二人に負けないレベルの歌唱力を持った新たな歌姫が誕生した。

 勿論世界的に有名なツヴァイウィングよりかはまだまだ人気は下だが、それでもそう長く無いうちに隣に並ぶだろうと言われるほどの人気さだった。実際奏も、そして翼も彼女の歌が気に入っている。

 

「おや、噂をすれば」

 

 ステージ裏の出入り口を見ていた慎次の言葉に奏と翼が反応し、同時にその方向を見る。そこには今話していた件の新たな歌姫であり、少々童顔ではあるものの背筋を伸ばして出る所はきちんと出ており、理想的な大人の女性のような凛々しい女性が立っていた。

 

「すげぇ美人。あれであたしと同い年とかふざけてんだろ……」

「そうだね。奏よりも大人らしい」

「……それってあたしが子供っぽいって事か?」

「ハッ(゚Д゚)!ち、違うのよ、奏!今のは言葉の綾で」

「翼。後でお仕置きな?」

「か、奏ぇ……」

 

 翼に向かってニッコリと眩しい笑顔を見せる奏。しかしその目は笑っていなかった。

 いつもは件の女性に負けないくらい凛々しい翼も奏の前になると年相応の少女となり、今は可哀想なくらいオロオロしている。

 

「お二人とも、この機会にご挨拶でも」

「そ、そうですね!ね、奏も行こう!」

「ちょ、翼!?」

 

 さすがの慎次も助け船を出し、これ幸いとその話に乗った翼は有無を言わせず奏の手を取り女性の元に急ぎ足で歩く。奏は何か言いたそうにしていたがその前に目的の人物の前に立った。

 

「初めまして。ツヴァイウィングの風鳴翼だ。今日はよろしく」

後でお仕置き追加な。同じくあたしは天羽奏。今日は最高のステージにしような!」

 

 翼に向かって小声でお仕置きの追加を宣言されて翼の頬がピクピクと動く。慎次の助け船は効果を成していなかった。

 

 奏が握手を求めて右手を出す。それに気づいた目の前のオレンジ色の髪に大きめの花をイメージした髪飾りをした、優しそうに微笑む女性は出された右手を握り返した。

 

「今日はよろしくお願いします。風鳴さん、天羽さん。あ、申し遅れました。私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──セレナ・カデンツァヴナ・イヴと申します」




コメント返し等で作者がG編についてマリアさんの名前を一切出さなかった理由がこれだ。伏線は物語の中だけではないのだ!

基本的には未来さん同様マリアさんの立ち位置をセレナさんに変えただけです。それでも性格が違うので難航しそうですが。それにマリアさんでないからこそ救える命と救えない命があると思いますので。

めっちゃ迷いましたよ。過去のトラウマ的なのが原因で謎の成長障害からG編に出てきた幼い時のままのセレナさんか、マリアさんと同じ遺伝子という事でアダルトセレナか!アンケートしようと思いましたが分かる人は私のやろうとしている事をすぐ理解してしまうなと思ってできませんでした!もしロリセレナの方が良かったと思う方は誠に申し訳ない_(:3」z)_

何故こんな事をしたか?ただセレナさん好きなので活躍をあげたかったからさ!決してマリアさん嫌いではありません。それにマリアさんとセレナさんの二人揃っての姉妹愛を超えた愛を育むような関係とか想像して……セレナさんや、鼻血出しながらガングニール構えても説得力皆無でry((貫通)

原作のセレナさんは何故絶唱をあんな半端で終わらせたのでしょうかね?全部歌えばマリアさん達巻き込むからセーブしたのか、それとも実際は全部歌ったけど運営の事情で省かれたのか……

次回! 新たな敵 

名前は出した以上、セレナさんには働いてもらうぜ(゚∀゚)


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二話

G編の要所要所を忘れて「ここどんなのだっけ?」と思って見返してたらいつの間にかシェム・ハ倒してて遅れました……何故だ!(←答え)

未来・ハさん……いいよね。




 ソロモンの杖を護衛を完了した未来とクリスが基地を襲ったノイズを撃退し、半壊した基地にて生き残った軍人たちが地面に残された大量の()を片付けている中、事態に遭遇したあおいは二課仮本部にいる司令に連絡を入れていた。

 

『──そちらの状況はどうだ?」

「はい。既に事態は収拾。ですが行方不明者の中にウェル博士の名前があります。そして、ソロモンの杖もまた……」

『……そうか。分かった、急ぎこちらに帰投してくれ』

「分かりました」

 

 連絡を終えて未来とクリスの元に戻るあおい。その道端には何度見ても見慣れない、かつて人だった証すら残っていない灰が地面に落ちているのを見て眉を潜める。

 ノイズに組み付かれた者に待つのは無惨とも言えるほど無情に何も残らない〝死〟。それが家族であろうと、親友であろうと例外では無い。

 

 未来は半壊した基地と道端に落ちている灰をただジッと見つめる。未来の隣にいるクリスは未来の顔から表情が落ち、初めて会った時のように瞳が少し濁っているように見えていた。

 

「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ、クリス」

「えっ」

 

 心配しているというのが顔に出ていたクリスに未来は少し辛そうにしながら無理矢理笑顔を作る。離れた場所にいたあおいでも、それが無理をした作り笑顔だと分かるほどの微笑みとはいえクリスにもあおいにも心配する以外に手はなかった。

 

「無理はすんなよ」

「うん。あおいさん、すぐに戻りましょう」

「え、ええ。そうね。早くしないと二人のライブにも間に合わないかもしれないしね」

 

 早々とノイズを殲滅する事が出来たとはいえ今から戻ってもツヴァイウィングとセレナ・カデンツァヴナ・イヴのコラボライブは途中になってしまう可能性は高い。それでも見れないよりマシだが。

 隣にいるクリスも行方不明になったウェル博士とソロモンの杖、そしていまだ心の傷が完治していない未来を心配はしているものの、やはり今日のライブは楽しみにしていたため少し興奮気味に未来の言葉に同意するよう首を縦に振っていた。

 

「……それもあるんですが」

 

 クリスを見て少し心が軽くなった未来はゆっくりと空を睨むように見上げた。

 

「何か……嫌な予感がするんです」

 

 ──────────────────────

 

 日が傾き空を赤く染め上げる頃。

 

 二年前のツヴァイウィングのライブ中にノイズの襲来に遭い、世間に深い傷跡を残したライブから復活したツヴァイウィングと新たに生まれた生まれた歌姫、セレナ・カデンツァヴナ・イヴのコラボライブが今幕を開けようとしていた。

 

 地面が割れるかと思うほどの観客の声と目が痛くなるほどの大量のペンライトがライブ会場を埋め尽くす中、音楽と共に会場の中央の舞台装置が動き出して床が迫り上がってくる。

 

 舞台上のモニターに大きく『QUEENS of MUSIC』と映し出させれ、その後『Serena × Zwei Wing』と変わり、そしてモニターの前には三人の人影があった。

 

「見せてもらいます。戦場の才、そして抜身の刀と輝く槍の貴女方を!」

 

 映し出されたのは舞台衣装に身を包んだ翼と奏、そして二人と初顔合わせの時には見せなかった優しく、それでいて人々の心を鷲掴みにするような凛々しい顔つきのセレナだった。

 

 三人で歌う最初の曲は『不死鳥のフランメ』。

 レイピアのような形をしたマイクを持ち、舞台装置によりモニターも次々と画像が変わり、その中で翼と奏とセレナは観客の注目を全て浴び、そのなかでも堂々と三人の歌姫が舞い踊り、その美声が会場を支配する。

 スピーカーによって声が広がっているのを加味しても三人の歌声は観客の声援を掻き分けて夜のライブ会場の中で一際大きく光り輝いていた。

 

 そして一曲目が終わる頃には既に観客のテンションは止まる事を知らなかった。

 そんな中でツヴァイウィングの翼と奏が一歩前に出た。

 

「ありがとう、みんな!私はいつもみんなから沢山の勇気を分けてもらっている!だから今日は、私の歌を聴いてくれる人たちに!少しでも勇気を分けてあげられたらと思っている!」

「あたしらの事をずっと応援して来てくれてありがとう!ツヴァイウィングがこうやって歌い続けていられるのもみんなの応援のおかげだ!今日は目一杯楽しんで行ってくれ!」

 

 二人の言葉に観客の声援は更に大きくなる。それだけ二人の言葉はファンにとって大きな事なのだろう。

 そして次にセレナが前に出る。

 

「私の歌を全部、世界中の人たちにあげます!私は振り返りません。全力疾走です、ついて来れる人はついて来てください!」

 

 セレナの言葉にも観客は反応して声援は大きくなる。彼女の事を知っていた者は勿論、あまり知らなかった者もまだ一曲しか歌っていないセレナの言葉に感動し、中には涙を流す者いた。

 

「今日のライブに参加出来た事を感謝しています。そしてこの大舞台に日本のトップアーティスト、ツヴァイウィングと共に歌える事を」

「それはあたしたちも同じさ!」

「奏の言う通り、私たちも素晴らしいアーティストと出会えて光栄に思う」

 

 翼が代表としてマイクを持つセレナに近づき右手を出して握手を求める。奏はその後ろで眩しい笑顔を向けている。

 セレナも優しい微笑みを見せて翼の出した手を優しく握った。その光景に観客の声が大きくなる。

 

「私たちが世界に伝えていかないといけませんね。歌には力があるって事を」

「ああ。それは世界を変えていける力だ」

 

 アーティストとして、そしてシンフォギアの装者として歌が世界に与える力を理解している翼はセレナの言葉に強い共感を受ける。まるでその力が何なのかを理解しているようだった。

 

 踵を返して笑みを見せる翼と距離を取るセレナは自分の立ち位置に戻るとそっとマイクを自分の口元に近づけた。

 

「そして……もう一つ」

 

 台本に無かった台詞と先ほどまで楽しそうに歌っていたセレナから表情が変わり、目つきが鋭くなる。それを訝しんだ奏が何かを感じ翼よりも前に出てセレナに近づこうとしたのと同時に、セレナは右手を振り上げる。そして二年前と同じ悪夢が訪れた。

 

 セレナが右手を上げたのを合図にステージの周りに謎の緑の炎が立ち昇る。そしてそこに現れたのは死へと誘う地獄の使者、ノイズだった。

 

 いきなりの出来事に観客は一瞬固まり、そして目の前で起きた事実に混乱しながら泣き叫び、二年前の再現であるかのように皆我先にと会場の出入り口へと走り出した。

 

姉さん……

「……姉さん?」

 

 胸に手を当て震える唇から小さな、それこそ周りの喧騒でかき消えそうなほどの小さな声でセレナは呟く。それを翼よりも前に出ていたからこそ奏は気づいた。

 

ッうろたえるな!

 

 セレナの一喝が会場に響き渡る。その声が観客の耳に入ると同時に先程までの喧騒が少しずつ止んでいく。ノイズを操っていると豪語した以上、命令を聞かねばいつノイズをけしかけるか分からないため今は従うしかない。それをあまりの恐怖さで逆に冷静になった観客は察した。

 

 シンフォギアを起動していない現状、どんな兵器を持ってしてもノイズには相違差障壁があるため無意味。それをこの場で唯一シンフォギアを持っている翼は理解し、舞台衣装の下に隠し持っていたギアペンダントを握った。

 

「怖いですね。この状況でも私の隙を窺うなんて。でも早まらないでください。観客の皆様がノイズからの攻撃を防げると思いますか?」

「くっ」

「アンタはっ!」

 

 観客を人質に取り、余裕の笑みを作るセレナ。先程までの共に歌い舞っていた時とは違う笑みに翼と奏は戦闘の意思を示すように構えた。

 

「それに、ライブの状況は世界中に中継されています。日本政府はシンフォギアについての概要を公開してもその装者については秘匿したままでしたよね?ね、風鳴翼さん、天羽奏さん」

「甘く見ないでもらいたい!そうとでも言えば、私が鞘走る事を躊躇うとでも思ったか!」

 

 今にでも観客の前でシンフォギアを纏おうとする覚悟のある翼を見て、セレナは一瞬辛そうな笑みを見せて逃げるように視線を逸らした。

 

「……貴女のそういうところ、羨ましいと思います。貴女のように誰もが誰かを守る為に戦えたのなら世界は、姉さんは救われていたかもしれませんね」

「……セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。アンタはいったい何を?」

 

 やっている事と言っている事のチグハグさに奏は眉を潜める。

 脳裏に思い浮かぶのはライブ直前の顔合わせで見せた二人でも見惚れるような優しい笑み。これまでセレナが歌ってきた歌から感じられる人を愛しむような暖かい歌。そしてライブで見せた楽しそうに歌う姿。

 そのどれもが二人には本物に感じたと言うのに、今のセレナにはセレナ自身の何かが欠けているような違和感を感じずにはいられなかった。

 

 だが二人の想いとは裏腹に、セレナは優しい笑みを捨て覚悟を決めた戦士のように目つきを鋭くした。

 

「そうですね。そろそろ頃合いですね」

 

 レイピア型のマイクを手に取り、観客と中継が繋がっている世界に向けるような堂々と舞台の中央に立つ。

 

「私たちはノイズを操る力を持ってして、この星の全ての国家に要求します!」

 

「世界を敵に回しての口上!?」

「まるで宣戦布告しゃねぇか!」

 

 ノイズを操る力を持つと豪語した上で世界に向けての要求。それは奏が言った通り、世界に対して宣戦布告をしたようなもの。

 自分の逃げる道を自ら消したセレナはレイピア型のマイクを空高くに向けて投げ出し、観客や翼たちの視線を一点に集中させた。

 

 セレナは自身胸に手を置き、その口から歌われるのはノイズからの世界を守るための鎧を身に纏うための聖詠。

 

 

 ──Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)──

 

 

 セレナの全身を黒と橙色の光が包み込む。

 そして現れたのは黒と橙色のインナーの上に黒と僅か橙色の機械的な装甲を纏い、背中には黒いマントを羽織るその姿は、かつて奏が纏っていた時のそれとは形状が違い、橙色の分布が少なくほとんどが黒に染まっていた。

 

「黒い、ガングニール……?」

「嘘だろ!?だって()()は本部にあるはず!」

 

 形状は多少違っていても装甲の随所に奏が纏ったいた時のガングニールと酷似した場所が多々あり、それがガングニールのシンフォギアだと嫌でも理解させられる。

 奏が纏っていたガングニールは装者を辞めると弦十郎に告げた時に二課に返却され、その後は厳重に管理されている。二課には弦十郎がほぼ常に滞在しているためバレずに盗み出すことは不可能。そのため目の前にある光景が二人には信じられるものではなかった。

 

「……シンフォギアは聖遺物の欠片から造られた物。でしたら同じ聖遺物の他の欠片を使えば同じシンフォギアが造られるのは当たり前のことですよ」

 

 驚いている二人にセレナは余裕綽綽の顔で説明する。現に天羽々斬の装者である翼と同じシンフォギアを纏う未来がいるため、その可能性は大いにあったのだがこうやって目の前でそれを披露させられると言葉が出なかった。

 

 セレナは驚く二人を置いて再びマイクを取り、世界中に向けて宣言する。

 

私は、私たちは〝フィーネ〟。終わりの名を持つ者だ!

 

 それが偶然なのか、それとも意図したものなのか今は不明だが奏には大きな衝撃を与えていた。

 フィーネ。それはほんの数ヶ月前に奏と未来とクリスが世界をかけて戦い、辛うじて打ち倒したはずの存在であり、そして未来の言葉によって吹っ切れた顔で奏たちの前から消えたはずのかつての敵の名前だった。

 

「お前!その名前が何を意味するか分かってんのか!」

「そう怒らないでください。誤ってノイズに観客を襲わせてしまうかもしれませんよ?」

「っお前はぁ!」

 

 ただの冗談のようにセレナは怒りで顔を歪める奏に優しい微笑み向ける。この状況でのセレナの微笑みは悪魔の微笑みに見えてしかたなかった。

 

「……本当の目的が何かは知らんが、奏と同じガングニールのシンフォギアが貴様のような輩に纏える物ではないと覚えろ!

 

 ──Imyuteus ameno」

 

『待ってください翼さん!』

 

 観客を守るため、そしてこれまで傷つきながらも戦って来た片翼の努力を無駄にするセレナの行いに、翼はギアペンダントを握り天羽々斬のシンフォギアを纏おうと頭の中に浮かぶ聖詠を歌おうとした。だが耳につけた通信機から聴こえる慎次の声に翼は聖詠を途中で止めた。

 

『今動けば風鳴翼がシンフォギア装者だと全世界に知られてしまいます!』

「でも、この状況でそんな事」

『風鳴翼の歌は!戦いの歌ばかりではありません。傷ついた人を癒し、勇気づける歌でもあるんです』

「緒川さんの言う通りだ」

「奏?」

 

 慎次の言葉を聴き、奏は翼を守るように一歩セレナに近づき構える。シンフォギアを纏っていなくとも弦十郎との訓練で多少生身でも戦えるようになった奏からは、かつてガングニールの装者だった時と同等の戦意を身体から放っていた。

 

「あたしと翼、二人でツヴァイウィングだ。それはこの先も変わらない。こんなくだらない事で変えちゃいけないんだ」

「くだらないとは酷いものですね」

 

 少しムッとした顔で奏の言葉に反応するセレナ。ここに来てようやく少し素の顔が出たように奏は感じたがすぐさま表情を戻した。

 

「ならノイズを使って何をする気なんだよ」

「そうですね。差しあたっては国土を割譲を求めようかなと」

 

 また作ったような笑みを浮かべるセレナ。何処までが本気で何処までが嘘なのかもう奏も翼も分からなくなっていた。

 だがそれでも今の笑みが作ったものだとは見破れていた。だからと言って何か出来るわけでは無いのだが。

 

 ノイズがいるせいで観客が人質に取られ身動きできず、ただ時間だけが経過する。その中で先に動いたのはセレナの方だった。

 

「戦わない、というより戦えないのですね?それでは仕方ありません」

 

 困ったという風な芝居のかかった仕草をしてセレナは観客の方に向き直りマイクを取った。

 

「観客の皆様を解放しましょう。ノイズには手出しさせませんので安心して御退場してください」

 

「「……は?」」

 

 セレナは人質という有利な状況を自ら手放したのだった。

 観客たちは全員混乱してその場から動けない。というよりも何の確証も無しにただ「解放する」と言われただけではそれが嘘で、動いたら一斉にノイズが襲ってくるかもしれないという恐怖に一歩を踏み出せないでいた。

 それでも一人、また一人と目の前にいるノイズの前を恐怖で身体を震わせながら会場から出て行く。その様子をセレナは黙ってジッと見つめていた。

 

「……アンタの狙いは何だ!」

 

 いつ何時セレナが気分を変えてノイズを襲わせるか分からなかったためセレナの一挙一動に注視していた翼と奏。だがセレナは自身で言った通り観客全員が会場からいなくなるまでノイズをピクリともうごかそうとしていなかった。むしろどこか安心したような表情を見せていた。

 

『なにが狙いですか?』

「マム……」

 

 通信機から発せられた初老の女性の声にセレナは一瞬親に怒られる前の子供のような焦った顔を見せる。

 

『こちらの優位を放棄するなど、筋書きになかったはずです。説明してもらえますか?』

「……このステージの主役は私です。人質は私には似合いませんから」

『血に汚れる事を恐れないで!』

 

 マムと呼ばれた女性の言葉にセレナは眉を寄せ、かつて大切な家族を救う事が出来なかった出来損ないの自身の掌を見る。そして何かを握り潰すように強く握った。

 

「……別に恐れている訳ではありません。必要ならこの手が血で真っ赤になる事にも耐えてみせます。ですがここで無関係な観客を殺せば私を道具のように扱い、マリア姉さんを見殺しにした自分勝手な大人たちと同じになってしまいます。それだけは、誰がなんと言おうともそれだけは絶対にしません」

 

 初めてセレナの瞳に怒りの炎が宿り、わずかに顔を歪ませる。

 脳裏に蘇るのは大切な家族であった姉と自分や同い年かそれ以下の子供たちをある目的のために集めて様々な過酷な実験を繰り返しさせられ、そんな自分勝手な大人たちを守るためにその身を犠牲にした姉を見殺しにした大人たちの顔。

 自分の幸せを自分勝手な理由で奪う。今自分自身がそれと同じ事をやっていると分かっていても、他人の幸せを簡単に踏みにじるような事は絶対にしたくないと今でも思っていた。

 

『……調と切歌を向かわせています。作戦目的を履き違えない範囲でおやりなさい』

「はい。ありがとうございます、マム」

 

 マムと呼ばれた女性と通信を終えて再び会場のほうに目を向ける。いつの間に観客は全員退避しており、目の前には先程まで人がひしめき合っていたのが嘘だったかのように閑散とした光景だった。まるで残っているノイズが観客のようだ。

 

「……帰る場所があるというのは、とても羨ましいものですね」

「セレナ……貴様はいったい?」

 

 様々な矛盾を孕んだセレナの行動に翼は頭が痛くなる思いをしていた。

 共に楽しそうに歌っていたセレナが突然ノイズを呼び出したかと思えば観客を人質に取り、今は二課にあるはずのガングニールとは別のガングニールのシンフォギアを纏い、そして世界に宣戦布告。と思えば今度は自分の優位を捨てるかのように人質の解放。自分で大事にしておいてまるで「本当はやりたくなかった」と思わせるような安心した顔。

 どれが嘘でどれが本当か考えるだけで痛くなる程の突然の出来事に二人は混乱を隠せないでいた。

 

「……観客はみんな退避しました。もうこれで被害が出る心配はありません」

 

 そんな二人を置いてセレナは冷静な面持ちで向き直り、レイピア型のマイクを翼の方に向ける。

 

「これでもまだ私と戦えないのでしたらそれは貴女の保身のため。その程度の覚悟しかないのであればそのペンダントを置いてください」

「っく」

「挑発に乗るな、翼」

「でも、このままじゃ!」

 

 セレナの言葉にギアペンダントを握る翼。だが中継は繋がっておりここで歌えば翼がシンフォギア装者だと世界中にバレてしまう。その事は自分が装者ではないため冷静に判断出来る奏が分かっていた。だからと言って簡単に納得出来る状況でもないが。

 

 セレナの注告を聞いても戦闘の意思を見せる翼と奏にセレナは諦めてため息を吐き、そしてレイピア型のマイクを構えた。

 

「仕方ありません。いきます!」

 

 シンフォギアの力を使い、一気に二人に近づく。そしてレイピア型のマイクの刃が二人を襲う。

 

「くうっ!?」

「こんのお!」

 

 相手は一人だがこちらは二人。そんな戦局で翼はセレナと同じレイピア型のマイクを、奏は徒手空拳で応戦する。

 当たればただでは済まない容赦ない連撃だが反応出来ないレベルではないため二人は生身のままギリギリでセレナの突きを回避し、反撃のチャンスを狙う。

 

「ここだ!」

 

 セレナの身体が奏の方に傾いた瞬間を狙って翼が反撃しようと前に出る。だがそれが分かっていたかのようにセレナはすぐさま一歩後ろに下がると身体を黒いマントを広げながら自身も独楽のように回転させる。するとどうだろうか、まるではためいていたマントが硬化したかのような硬さになり翼の持っていたレイピア型のマイクをへし折ったのだった。

 

「っ翼!」

 

 あわや回転するマントに身体を引き裂かれる寸前で奏が翼の腕を掴んで後方に飛びながら自身の方に引き寄せて回避した。

 その際、若干奏の衣装が傷つき、あまり青少年にはよろしくない綺麗な脚が露出したが今は関係ない事だろう。

 

「くっそ!あたしのガングニールにはそんなのなかったぞ!?」

「そんなの知りません!」

 

 回避した二人を追いかけてセレナが再び襲いかかる。

 辛うじて怪我を負うような事態にはなっていないもののセレナがシンフォギアを纏っている以上生身の二人には限界がある。それに加えて硬化するマントによって防御も出来るとなればいよいよ体力の問題となってくる。

 

「翼!モニターの後ろに!」

(そうか!カメラの目の外に出てしまえば!)

 

 翼よりもセレナに近い位置にいた奏が自身の身体を盾にしてセレナの視界から隠し、翼を大型モニターの後ろへ行くよう誘導する。その理由を理解した翼は一瞬奏に視線を向けると大型モニターの裏に向かって走り出す。

 

「させません!」

「それはこっちのセリフ、わっ!?」

 

 翼の元に行かせないと立ち塞がる奏だったが、セレナがガングニールのマントを奏の視界を奪うようにはためかせてその視界を真っ黒に染らせて奏の視界を奪う。そしてレイピア型のマイクを走り出していた翼に向かって投擲した。

 当たれば怪我は免れないが、翼は投擲されたレイピア型のマイクをジャンプする事で回避する。あとは着地後すぐに大型モニターの後ろに退避してシンフォギアを纏えば形勢逆転。のはずだった。

 

「────んな!?」

 

 回避完璧だった。だが翼の履いていたのがヒールだったのが災いし、着地した瞬間ヒールのカカトが折れてしまい、大きくバランスを崩してしまう。

 

「貴女はまだ、ステージを降りる事は許されません!」

「ぐっ!?」

 

 いつの間にかすぐ後ろに迫っていたセレナは態勢を崩した翼の腹部を狙ってステージに戻すように蹴りを放ち、それを受けた翼は宙を舞う。

 シンフォギアを纏っているため常人であればそれだけで内臓が破壊されている可能性はあるのだが、翼は寸前で後方に体重を傾ける事でダメージを減らそうとする。だがそのせいでステージの上に落ちるように調整されたセレナの蹴りが予想以上に後方に飛んでしまう結果となってしまった。

 その結果、翼が落下するであろう場所はノイズの群れの真上だった。

 

「っしまった!」

「翼!?」

 

 無防備で、そして生身のままノイズの群れのど真ん中に落ちる。それが意味する事を何度もノイズと戦い、そしてその被害を目の当たりにした翼が分からないはずはない。

 

(……決別だ。歌女であった私。ツヴァイウィングは任せたわよ、奏)

 

 アーティストの風鳴翼としてここで灰となり死ぬか、シンフォギア装者の風鳴翼としてここで優しい歌を捨てて戦いの歌を歌うか、二つに一つ。

 この状況で迷えるはずもなく、そして世界を守る剣として育て上げられた防人である翼が取る道は迷う事なく一つしかない。

 

「聴け!防人の歌を!」

 

 

 ── Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)──

 

 

 歌と共に翼の身体が青い光に包まれ、その光に触れた真下にいたノイズがその身体を灰に変えた。

 そしてその身に纏う鎧はもう一つの天羽々斬の装者である未来とは形状が多少異なり、青と黒のインナーに強さを体現した未来よりも装甲が薄く、その代わり速さを重視した軽装の青と黒と白の混ざった装甲だった。

 

 シンフォギアを纏えばいくら世界に恐怖を与えるノイズであろうともその最も恐ろしい人体を灰化させる能力を失えば、その恐ろしさは半減される。ここからは翼の独壇場だった。

 

 空中に投げ出された状態から着地後、見事な刀捌きで周囲にいたノイズを切り刻む。力任せに振るう未来とは違う、洗礼されたその動きにノイズは次々に灰へと変わっていく。

 

蒼ノ一閃

 

 持っていた青のラインが入った白銀の刀を大剣に変形させ、空中に飛んだ翼が大剣を大きく振りかぶると青い光が集まり、そのまま振り下ろすと青い稲妻のような衝撃波がノイズの群れを切り裂き、当たらずともその衝撃が周囲のノイズを吹き飛ばす。

 

逆羅刹

 

 衝撃波を放ち着地した翼は即その場で逆立ち状態から脚を大きく開脚させ、脚部の装甲に付けられた刃が展開して翼の身長ほどの長さになると逆立ちの状態から回転し、脚部の刃が次々とノイズを襲う。

 

「やっぱりすげぇや、翼は」

 

 まだ後方には沢山いるもののほんの数秒で周囲にいたノイズのほとんどを殲滅する翼とその技に奏は感心を隠せずにいた。

 事故とはいえ同じ聖遺物の欠片から作られたシンフォギアを纏う未来とは全くと言ってもいいほどの違い、美しさを感じられる戦い方で戦うその姿はまさに気高さを失わない戦少女と言ったところだろう。

 

「なっ!中継が中断されている!?」

 

 翼の戦い方に見惚れてしまっていたセレナが遅まきながらも本来ならシンフォギアを纏う翼が映し出されるはずのモニターが全て消え、代わりに〝NO SIGNAL〟と映し出されていた。

 

『はぁ、はぁ……シンフォギア装者だと世界中に知らされて、アーティスト活動が出来なくなってしまうなんて、風鳴翼のマネージャーとして許せるはずがありません!』

「さっすが緒川さん!良い仕事してる!」

 

 間一髪のところで翼がシンフォギアを纏う直前にカメラを切る事に成功していた慎次。それにより翼がシンフォギア装者だと世界中にバレるという心配は無くなり、人質もセレナが自ら解放した今、翼が戦うのを止める者はいない。

 

 周囲のノイズを倒し終わり、なんの心配も無くなった翼は悠々と再びステージの上に戻りセレナに向かって刀を構える。

 

「──いざ、押して参る!」

「くっ!」

 

 刀を構えた状態から翼はセレナに襲いかかる。それをセレナは少し危なげながらも回避し、回避できないものはマントによって防ぎ、隙を見て反撃する。

 刀が当たる時は布のように柔いマントが攻撃の瞬間は硬化させて翼を襲う。変幻自在ともいえるマントの多様性に翼はなかなか攻められずにいた。その強さはまさに聖遺物から作られたシンフォギアだった。

 

「このガングニールは、本物!?」

「そうです!これが私のガングニール!私の夢を邪魔をする人を薙ぎ払う無双の一振り!」

「だからとはいえ、私が引き下がる通りなどありはしない!」

 

 翼の刀とセレナのマントが何度もぶつかり合い火花が散る。

 少しずつだがセレナの動きに翼も対応でき始め徐々にセレナを押し始める。それでもなんとかして食らいつこうとセレナも動きの激しさが増すがその分動きが荒くなってしまう。

 二年間眠り続けていたとはいえ、その隙を見逃すほど、翼は衰えていない。

 

「私を前に冷静さを欠くとは!」

 

 セレナが硬化させたマントを大きく振り下ろす事によって生じた隙を見逃さず、一度後ろに向かって飛ぶ事で回避して着地後体勢を崩しているセレナに向かって刀を構えたまま一気に駆け出す。

 

「話はベットで聞かせてもらう!」

「しまっ!?」

 

 ガングニールのシンフォギアを纏っているとはいえ翼の持つ刀は天羽々斬のシンフォギアで作られた特別な刀。それをまともに受ければいくらセレナでも耐えられるものではない。耐えたとしても二撃目を反応出来るか怪しいものだ。

 

 まともに行けば直撃コース。それを確信した翼だったがそれは不発に終わる。

 

「避けろ、翼!」

「ッ!?」

 

 後ろにいた奏の声に翼はセレナから視線を離し、別の方向を見る。その視線の先にあったのは翼を狙って飛来する無数の回転する丸鋸だった。

 間一髪それに気づいた翼は身体に急ブレーキをかけてその場から受け身を取りながら離れる。しかし止まった先で死角からブーメランのように回転しながら襲い来るのは三つの緑の鎌だった。

 

「ぐぁっ!?」

 

 先の無数の丸鋸を回避したせいで体勢を崩した翼は飛来した鎌を避ける事が出来ず直撃してしまう。幸いにもシンフォギアに守られて大ダメージを受ける事はなかったがそれでも痛手を受けてしまい、大きく後ろに吹き飛ばされて倒れてしまう。

 

「危機一髪……」

「まさに間一髪だったデスよ!」

 

 セレナと倒れる翼の間に黒とピンクのインナーとツインテール部分も含めて装着された装甲にブーツに内蔵された小型の車輪で地面を滑走する黒髪の少女と、黒と緑のインナーと装甲に魔法使いの帽子のようなヘッドギアを被り、大きくて鋭利な緑の刃がついた大鎌を担ぐ金髪の少女が現れた。

 

「装者が三人!?」

「あたしらの他にもいるなんて聞いてねぇぞ!?」

 

 いきなり現れた新たなるシンフォギア装者の出現。翼と奏はその存在を知るはずもなく、完全に不意をつかれた状態であった。

 

「ありがとう月読さん、暁さん。でも、あれくらいなら私一人でもなんとか出来てましたよ」

 

 月読と暁と呼ばれた二人の装者の間にセレナがゆっくりと近づき、まだ立ち上がる事のできていない翼を追い詰める。奏も助けに行こうとするが、一人ならなんとか出来ても三対二の状況では、シンフォギアを纏えない自分は足手まといと誰よりも自覚している。そのため助力する事が出来なかった。

 

「降参するのであれば今すぐシンフォギアを解除してギアをこちらに渡してください。心配しなくても命は取りませんしギアを失った貴女を敵視する必要はありません」

 

 勝ちを悟ったセレナが上から目線で倒れる翼に言う。

 実際いくら翼でも今の状況を覆すほどの力もない上に、新たに現れた二人がどれほどの実力でどんな能力のあるシンフォギアか知らない。数的不利と人質だった観客を退避させた事を考えれば降参すれば言葉通り命は取らないかもしれない。

 

 現状から見れば生き残るにはセレナの命令に従うのが得策ではある。が、事はそう簡単に運ぶものではない。

 

「貴様みたいなのはそうやって……」

「……ん?」

「見下ろしてばかりだからこそ……勝機を見逃す!」

「ッ上!?」

 

 翼の言葉に反応して急いで自分の上空を見上げるセレナ。そしていつの間にセレナ達の上まで来ていたヘリからセレナに向かって降下して来るのは、基地から帰投途中に会場にノイズが現れる瞬間をモニターで見て慌てて直接会場に向かっていた紫と白のインナーと装甲を身に纏った未来と赤と白のインナーと装甲を身に纏ったクリスだった。

 

「土砂降りの!十億連発!」

 

BILLION MAIDEN

 

 空中で二つのボウガンをガトリング砲に変えてセレナたち敵シンフォギア装者三人とその周囲にいたノイズに弾幕の雨を落とす。

 セレナはマントで弾幕の雨を防ぎ、二人の装者はその場から退避する事で回避した。だが、まだもう一人いる。

 

「はぁあ!」

「くう!?」

 

空ノ崩落

 

 動きを止めたセレナに向かって未来は白紫の刀を巨大化させ、刀の峰と纏っているシンフォギアの手足の装甲が僅かに開き、そこから紫色のブースターが点火され加速した一撃が容赦なく振り下ろされる。

 未来の一撃は完全聖遺物であったネフシュタンの鎧を破壊寸前まで追い込んだ一撃。当たればいくら防御性能が高いガングニールのマントでも無事では済まされない。

 

「セレナは!」

「やらせないデス!」

 

γ式 卍火車

切・呪リeッTぉ

 

 未来の大剣をツインテールから伸ばされたアームから投擲された巨大な丸鋸と先ほど翼を襲った三つの緑の刃が襲いかかる。未来の強力の一撃に巨大な丸鋸と三つの緑の刃はわずかに火花を散らせるだけだったが勢いを衰えさせる事には成功した。そのため、セレナは余裕を持ってその場から退避する。

 

 そして未来の持つ巨大な白紫の刃がステージを大きく陥没させて砂煙が中を舞う。

 砂煙から姿を現す未来とその横に着地するクリス。未来の反対側には起き上がった翼が並び刀を構えた。

 

「遅かったではないか、小日向、雪音」

「これでも急いで来た方だ!文句言うな!」

「ふふ、クリスも落ち着いて?今は目の前の敵に集中しよ?」

 

 そう言いながら未来の視線の先では同じく体勢を整えて敵意を見せて構えるセレナと二人の装者。そう簡単に話が聞ける状況ではないだろう。

 

 白紫の刀と赤い弓と青の剣。そしてもう一振りの撃槍と鋸と鎌がその場で対立するのであった。




セレナさん、図らずともマリアさん以上に無理をしている感が凄いなぁ。「うろたえるな!」とか命令口調でセレナさんが言っていると余計にその感じが強いですわ……やっぱり悪役似合いませんね!させますけど!

今の翼さんのシンフォギアは無印仕様です。原作G編よりも現状ギアの性能や技全般は弱体しています。風輪火斬とか撃たせたかってのですが無印仕様の状態で使えるものか悩んだ結果撃たせずにただの斬撃に……もうちょっと先でG編仕様に変わるのでお楽しみに(そう考えたらこの時点で正気の未来さんと同レベルの強さって異常じゃね?というツッコミは無しって事で)。
それと逆羅刹ってなんか……エロいよねry(エクスドライブ逆羅刹)

今更ですがタグ通り基本は原作に沿っているのでキャラ関係を見ればいないキャラが何処に入るか分かりやすいと思います。そのキャラがどうやってに現れてどういう風に暴れるのかお楽しみに!
……ビッキー早く出してぇ。富士山並みに遠すぎるけど。

ギャラルホルンで原作未来さんと会ったらどんな反応するだろうか。この時点だと原作ビッキー見たら絶対またぶっ壊れるだろうな……原作未来さん殺して成り代わろうとする陰り393、それを止めようとするうちのクリスちゃんと原作未来さんを守ろうとする原作クリスちゃん。そして二人の未来さんの間で揺れ動くビッキー……ふむ。

次回! 新たな敵はシンフォギア装者


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三話

まだ先とはいえ主人公である未来さんとセレナさんを出した以上イグナイト装着予定でしたがまさかXDUで奏さん共々実装とは……皆さんが想像しやすくなって助かりますねぇ!(拙い文章力で資料も無しに二人のイグナイトを表現とかキツいっす)

※奏さんのイグナイトは今のところ予定は無いです。今のとこは。

技名にも色をつけたら見やすいのでは?という意見を貰ったのでめんどくさry確かにと思ったのでこれまでの技名全部色つけしてみました!戻して欲しければコメントをよこせい!(何様だ)


 未来とクリスと翼がそれぞれの武器を構えるのを見て、目の前にいる見知らぬ二人のシンフォギア装者も同じく武器を構える。だがセレナだけはジッと未来を見つめていた。

 

「貴女が小日向未来さんですね」

「……私になんの御用でしょうか。セレナ・カデンツァヴナ・イヴさん」

 

 場に似合わない柔和な笑みを見せるセレナに未来は警戒心を強める。横にいたクリスと翼も未来と同様突然現れた二人の謎の装者に油断なく警戒し続けていた。

 

「──貴女とは仲良くなれると思うのですが」

「そう思うなら投降してください」

 

 セレナの言葉に耳を傾けず、未来は淡々と事務的降参を求める。それを見て続きを話そうとしたセレナだったが寄る島無しと判断してやれやれ、と芝居がかかった仕草を見せた。

 

「それは出来ない相談ですね。月読さん、暁さん!」

「分かった…!」

「行くデス!」

 

 セレナの合図に月読と呼ばれたツインテールの黒髪の少女はツインテールの装甲から大量の丸鋸を出しながら未来に、暁と呼ばれた金髪の少女は大きな緑の鎌を回転させながらクリスに飛びかかった。

 

「くう!?」

「近すぎんだよ!」

 

 未来は辛うじて襲いかかる丸鋸を刀で弾くがその量に反撃出来ず、クリスは自分の得意な距離で戦おうにも金髪の少女がそれをさせないよう距離を詰めて戦い、思い通りに動けない。

 

「小日向、雪音!」

「他人の心配をしている場合ではありませんよ!」

「くっ!?奏は隠れてて!」

「分かった!」

 

 ほんの一瞬翼が目を離した隙にセレナは近づき、凶器ともいえるガングニールの黒いマントを駆使して翼に襲いかかる。奏を逃した翼もギリギリで襲ってきたマントを弾くが反撃しようとすれば突然柔らかくなり、バランスを崩したところをセレナに攻撃の余地を与えてしまい上手く攻撃出来ずにいた。

 

 未来に向かってツインテールの少女はツインテールの装甲から折りたたみ式のアームを展開し、その先端には自身の身長すら超えるほどの大きな二つの丸鋸を使って未来を襲う。当たればシンフォギアの装甲でも容易に両断しそうだ。

 

「くっ、何故貴女たちは戦うの!?この力は誰かを傷つける力じゃ無い、誰かを守る力のはず!」

「そんな綺麗事を!」

 

 辛うじて防げているが、踊るように凶器のような大きな丸鋸を操るツインテールの少女が未来の言葉に反応し、怒りをあらわにする。それにより丸鋸の攻撃が激しくなる。

 

「痛みを知らない貴女に、誰かのためになんて言ってほしくない!」

 

 苛烈さを増す丸鋸の猛攻に少しづつ未来は押され始める。装甲も僅かにかすった丸鋸のせいでダメージを受けてしまい所々ひび割れが起き始めていた。

 

「それでも私は大切な人のためにこの力で誰かを守る!きっとあの子ならそうするから!」

 

 多少ダメージを受けながらも脳裏に浮かぶのは今は亡き親友の姿。きっと自身と同じ力を持っていれば持てる力を全て使って人助けをするであろう、おっちょこちょいで優しい親友の姿。

 それが今の未来を支える柱の一つだった。

 

「そう、ならその人は偽善者なんだね」

 

 そんな想いを踏みにじるようなツインテールの少女の言葉に、未来は身体がまるで石になったかのように動けなくなった。

 

「そんな偽善者を信じる貴女も偽善者。だから貴女の口から出る言葉は全部偽善!」

 

 淡々と、だが自信を持って告げるツインテールの少女の言葉に未来の中で何かが激しく暴れ回り始め、刀を握る手に力が入る。それに伴い、僅かながらも纏っている紫と白の天羽々斬のシンフォギアの白の部分が少しずつ黒く染まっていく。

 

 いつも隣で見ていた未来だからこそ分かる。親友は損得考えず、ただ困っている人を見ると身体が勝手に動くかのように人助けするような優しい人間だった。

 時には軽い怪我を負う事があっても、口癖のようにいつも「へいき、へっちゃら!」と言い、眩しい笑顔を未来に向けて笑っていた。

 

 亡くなってから二年が経っても忘れられない大切な親友を、今日初めて会う少女に〝偽善者〟呼ばわりされて、冷静にいられる未来ではない。

 

「ッ貴女に何が──」

 

 怒りが爆発しようとして瞬間、未来の背後から放たれた一筋の赤い閃光がツインテールの少女に向かって放たれた。

 

「うっ!?」

「調!」

 

 完全に未来にしか目が行っていなかったツインテールの少女は間一髪自分に遅いかかる赤い閃光を視認しツインテールのアームから出された丸鋸を盾のようにして防ぐ。もう少しタイミングが遅ければ急所に当たっていただろう。

 

「……今、なんつった?」

 

 未来の後ろで戦っていたクリスが目の前で鎌を構えている金髪の少女に背を向けてツインテールの少女に向かってボウガンを向けていた。

 

「偽善者?未来が?なんでお前に分かんだよ。お前に未来の何が分かるっつーんだよ!」

 

 クリスはボウガンを構えたままツインテールの少女を睨む。

 

 全てではなくとも未来が受けた心と精神の傷は知っている。自分がどれだけ未来から大切なものを奪ったのか、嫌というほど知っている。

 自分のせいで傷ついた未来がそれでも前に進もうとしているのはクリスが奪った未来の大切なものの中の一つの思い出のため。悔しいがそのおかげで未来が正気に戻っていることは事実。

 

 一度は狂い、壊れ、見るだけでも痛いほどの傷を負っても前に進む未来を〝偽善者〟とは、だれが思うだろうか。

 

何も知らないお前が!未来を貶すんじゃねぇ!!!

「くっ」

 

 ツインテールの少女に向かって二丁のボウガンにセットされた赤いクリスタルのような矢を次々と放つ。それをツインテールの少女は引き続き巨大な丸鋸を盾として扱い防ぐが、いつものクリスではしないような荒々しい矢の嵐に動けないでいた。

 

「お前の相手は私デェス!」

 

 怒りのあまりツインテールの少女の方に集中するクリスの背後を金髪の少女が緑の大鎌をクリスの背中に向けて振り下ろす。何もしなければ大鎌の刃がクリスを斬り裂くだろう。だが、クリスとてそこまで馬鹿ではない。

 

「邪魔すんじゃねぇよ!」

「うっ!?」

 

 クリスはその場で身体を捻り、振り向き様に金髪の少女が振り上げた大鎌の細い柄に向かって左手のボウガンの矢を放ち、ピンポイントで柄に命中させて大きくのけ反らせた。

 大鎌を弾かれてバランスを崩した金髪の少女に向かって今度は右手で持つボウガンを構える。今の体勢を整えようとしてもクリスの方が反応は早く、既にボウガンの引き金に指を添えていた。あとは引き金を引くのみ。

 

「切ちゃん!」

 

α式 百輪廻

 

 させじとツインテールの少女は今度は自分に背を向けたクリスの背中に向かってツインテール部の装甲を展開させ、そこから大量の小型丸鋸を勢いよく射出させた。

 

「ッしまっ!?」

 

 その攻撃範囲は広く、タイミングから見て全てを回避するのは不可能。ダメージ覚悟でいくつか撃ち落とすにしても数が多すぎた。

 

 降り注ぎ襲いかかる大量の小型の丸鋸の雨。

 耐えられるか予想は出来ないが腕を交差させて急所を守ろうとする。だがその直前、クリスの前に未来が立った。

 

「はぁあ!」

 

蒼ノ断頭

 

 白紫の刀を両手で握り肩に担ぐ構えをとると地面に叩きつけるように刀を全力で振り下ろす。その瞬間地面を抉るように巨大な衝撃波が小型丸鋸群に向かって真っ直ぐ進み、衝撃波はその全てを飲み込んだ。

 

「大丈夫、クリス!?」

「未来!」

 

 間一髪で割り込んだ未来はクリスを心配しながらもツインテールの少女に向かって油断なく白紫の刀を構える。クリスも未来と背中合わせになりながら体勢を整えた金髪の少女に向かって二丁のボウガンを構えた。

 

「……ありがとう、クリス。私のために怒ってくれて」

「んぐっ!べ、別にあたしは思った事を言っただけで……」

「それでも、私は嬉しかったよ」

「うう……」

「ふふふ」

 

 顔を見なくても赤くなっているだろうと予想できるクリスの反応に未来は思わず笑みを浮かべる。それにより先程まで僅かに黒く染まっていたシンフォギアの色が戻っていた。

 

「戦闘中に」

「お喋りするなデス!」

 

 二人を挟むようにツインテールの少女はツインテール部の装甲から伸ばされたアームの先端に繋がれた巨大な丸鋸を、金髪の少女は緑の大鎌を構えて突撃してくる。

 それを見て未来とクリスも互いにうなづき合い、未来はもう一本白紫の刀を創り出してツインテールの少女に、クリスは金髪の少女に向かって駆け出した。

 

 再びぶつかり合う白紫の刀と巨大な丸鋸、ボウガンの矢と緑の大鎌。

 先程と同じくツインテールの少女は巨大な丸鋸で中距離から攻撃する事によって未来を近づけないようにさせ、金髪の少女はクリスの得意な距離にならないように攻め続ける。だが今度の未来とクリスは本気だった。

 

「クリス!」

「おう!」

「「な!?」」

 

 火花を散らしてぶつかり合う鍔迫り合いから僅かに出来た隙をついて未来とクリスは同時に振り返り、未来は左手に持っていた白紫の刀を、クリスは同じく左手に持っていたボウガンを互いに向けて投げ渡した。

 宙を舞う互いの武器。

 戦闘中に武器を手放すという有り得ない行動にツインテールの少女と金髪の少女は目を見開いて身体の動きを止める。それがこの戦いの命運を分けた。

 

 未来はクリスから投げ渡されたボウガンを持ちツインテールの少女に牽制し、クリスは白紫の刀で金髪の少女の緑の大鎌と鍔迫り合った。

 

「アームドギアを交換した……?」

「そんな事出来るのデスか!?」

「出来る出来ないじゃなくて」

「出来てんだよ!」

 

 未来から距離を取ろうとするツインテールの少女。だが未来はボウガンを放って反撃されないようにしながら近づき、白紫の刀で斬りかかる。距離の違いのアドバンテージは完全に無くなっていた。

 クリスは白紫の刀で振り下ろされる緑の大鎌を防ぎながらボウガンを放ち徐々に金髪の少女を追い詰める。近距離攻撃を防ぐ手段を手に入れたクリスに負ける要素は無い。

 

「く、それでも私たちは!」

「負けられないデス!」

 

 形勢逆転されつつある二人の敵シンフォギア装者が未来とクリスに挟み撃ちに形で再び突撃する。しかし、未来とクリスは今度は真っ向から受けるのではなく違いに後ろに向かって何の打ち合わせもなく思いっきり跳んだ。下手をすればこのまま二人は背中を強くぶつけ合ってしまうほどの速さだ。

 

 少しづつ距離を詰められるが、未来とクリスは互いがすれ違う瞬間に未来はボウガンを手放し、クリスは白紫の刀を手放した。

 自然落下する互いの武器。それを二人は同時に身体に急ブレーキをかけながらその勢いを殺さずに身体を捻り、未来は落ちる白紫の刀をキャッチして間近まで迫っていた金髪の少女に向かって二刀の白紫の刀を振り下ろし、クリスは戻ってきたボウガンをガトリング形態に変形させてまだ距離のあるツインテールの少女に向かって連射した。

 

「「ああ!?」」

 

 金髪の少女は未来の力強い斬撃に耐えきれず吹き飛び、ツインテールの少女は辛うじて大型の丸鋸を盾にして銃弾の嵐を防ぐが長くは耐えきれず盾にした丸鋸が破壊された。

 

「暁さん、月読さん!」

「私を相手によそ見とは、舐められたものだ!」

 

 仲間の二人が押されている光景に焦ったセレナは翼から目を離す。だがいくら二年間のブランクがあったとしても戦闘の勘がある程度戻ってきている翼であれば一対一で簡単に倒せる相手では無い。

 研ぎ澄まされたキレのある一閃。その一閃がとうとう傷一つつけられなかったガングニールのマントを僅かにだが切り裂いた。

 

「くうっ、まだ!」

 

 有利だった状況を覆されたセレナは傷を負いながらも、それでも翼に対峙して戦う決意を弱めない。

 セレナの戦う意思に釣られてるように劣勢だったツインテールの少女と金髪の少女も立ち上がり再び未来とクリスに三度目の突撃をしようとした瞬間、ステージの真ん中で大きな緑の光が発光したかと思うとそこからイボのような緑の謎の物体が膨れ上がり始めたのだ。

 

「なんだよあのノイズは!?」

 

 初めて見るタイプのノイズにクリスは声を荒げる。未来と翼は声こそ上げなかったがクリスと同じ事を思い、油断なく構えた。

 

「増殖分裂タイプ……」

「こんなの使うなんて、聞いてないデスよ!」

 

 イボのような巨大化したノイズを目の前にしてツインテールの少女と金髪の少女は困惑したような声を上げる。それを見てセレナは急いで通信を繋げた。

 

「これはどういう事ですかマム!?」

『三人共引きなさい。それにフォニックゲインはいまだ二十四%付近。これ以上は以降の作戦に支障をきたします』

(な、まだ七十六%も足りてないのですか!?)

 

 マムと呼ばれる女性の言葉にセレナは動揺を隠さなかった。

 悔しさで強く歯を噛み締めたが「了解」とだけ言い残すと天に向かって真っ直ぐに両手を合わせるような格好をとる。すると両腕の装甲が外れて合わさったかと思うと変形し、大きな黒い槍へと変わった。

 

「アームドギアを温存していただと!?」

 

 今まで手加減されていたと知った翼だったが、セレナは翼を無視して黒い槍を現れた巨大ノイズに向けた。

 

HORIZON†SPEAR

 

 槍の先端が展開され、その先から大出力のエネルギー波が()()()()()()()()発射された。

 

「おいおい、自分らで出したノイズだろ!?」

 

 突然のセレナの行動に三人は困惑する。そしてエネルギー波に貫かれたノイズは身体を爆散させてイボのような部分を辺りに撒き散らす。それを見届けたセレナと二人の装者は未来たちに背を向けて走り出した。

 

「ここで撤退だと!?」

「せっかくあったまってきたところで尻尾を巻くのかよ!」

「……ッノイズが!」

 

 逃げるセレナたちを追おうとしたクリスと翼だったが、未来はいち早く周囲に散らばったノイズの破片が灰化せずに残っていることに気がついた。

 ぼこぼこと異様に蠢くノイズの破片。だがしばらくすると散らばった破片と先のセレナによって貫かれた本体と思われは巨大な緑のノイズが大きく膨らんでいく。急いで排除しようとしたクリスと翼だったが、攻撃すればするほどその破片は異常な速さで膨らんで行った。

 

「こいつの特性は増殖分裂」

「ほおっておいたら際限ないってわけか。その内ここから溢れ出すぞ!?」

 

 焦る二人だがその間にもノイズは分裂と増殖を続けてステージを残して床部分はノイズで敷き詰められていく。まだ観客席の方まで埋まってはいないがこのままいけば一〇分程で会場から溢れ出す危険性があった。

 かといって生半可な攻撃では悪戯にノイズの分裂と増殖を促進させるだけ。この場をなんとかくするには分裂も増殖も出来ないレベルの破壊力を持って一気に殲滅しなくてはいけなかった。

 

「……クリス、翼さん。()()をやりましょう」

 

 落ち着いていて、そして真剣な表情で焦る二人に話しかける未来。その言葉にクリスは未来のやろうとしている事を察して止めようと未来に近づく。

 

「あのコンビネーションはまだ未完成だ!それに未来の身体への負担が大きすぎる!」

「加えて今の私では出力が足りない。その分を補おうとすれば小日向の負担は更に大きくなるぞ」

「それでも、みんなを守るためにはこれしか方法がありません」

 

 二人の言葉を聞いても譲る気は無いとクリスと翼の目を見て説得する未来。それに先に折れたのは翼だった。

 

「分かった。一か八かそれに賭けよう」

「な、アンタはそれで良いのかよ!?」

「良いも悪いも無い。それしかここにいるノイズを倒せる手段が無いのだ」

「アンタはッ!」

 

 今にでも翼の胸ぐらを掴もうとした伸ばされたクリスの手を未来はそっと捕まえて止める。

 

「大丈夫だよ、クリス。私なら大丈夫」

「でも!」

「大丈夫だから。安心して?」

 

 未来はクリスの手を掴んだまま優しく微笑んでクリスを安心させようとする。いつものクリスならここで顔を赤くするところだろうが、今ばかりはそんな状況ではなかった。

 

「……無理すんなよ」

「心配しないで。これくらい、へいきへっちゃらだよ」

 

 未来は説得を諦めたクリスの手を離して再び白紫の刀を握る。そして未来の肩にクリスと翼は手を置いた。

 三人は自分たちを取り囲む不定形のノイズから一歩も引かず、その場で雄雄しく立った。

 

「S2CA『トライバースト』、行きます!」

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal──

 

 

 ──EmustoIronzen fine el baral zizzl──

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal──

 

 

 ──Emustolronzen fine el zizzl──

 

 

 絶唱を歌い切った瞬間強い光が放たれて三人を包み込み、周囲にいたノイズは光に触れた瞬間灰へと変わる。触れなくとも強い光が生まれた瞬間に発生した衝撃がノイズを吹き飛ばした。

 

「スパーブソング!」

「コンビネーションアーツ!」

「セット!ハーモニクス!」

 

 未来の胸元の傷を中心に三人を包み込む強い光が風船が膨らむように更に強く大きくなっていきノイズを薙ぎ払っていく。だがそれに伴い未来の身体に強い痛みが走り始めて顔を歪ませる。

 

「ぐううっ!」

「耐えろ、小日向!」

「もう少しだ、未来!」

 

 本来であれば天羽々斬への適合率が高い翼でさえ二年間も眠りについてしまうほどの強いバックファイアを発生させる絶唱。それを自身の身体と天羽々斬が融合する事によって生まれた、普通の人間ではあり得ない身体の変化を遂げている未来がクリスと翼からの絶唱による強力なフォニックゲインを天羽々斬の破片を通じて調律し、一つのハーモニーとする技。

 強力であり、切り札ともいえるがその負担は三人分の絶唱のエネルギーを一人で抱え込む未来に集中してしまう。

 

「ぐう、ああああああ!!!」

 

 身体の痛みに悶え苦しみながらも未来はその痛みに耐える。そして絶唱の強いエネルギーが緑の巨大なノイズの身体を顕にさせた瞬間を見逃さなかった。

 

「いまだ!」

「ぶちかませ!」

 

 クリスと翼の言葉を合図に未来は握っていた白紫の刀を天に掲げる。そして掲げた刀に会場を覆うほど広範囲に広がっていたフォニックゲインが集まり始め、白紫の刀の切っ先から延長するように空に向かって光りが伸びていった。

 

「これが私たちの!絶唱だあああああ!!!」

 

 光を纏ったままの白紫の刀を本体があらわになったノイズ目掛けて叩きつけるように振り下ろす。ノイズはまるで紙を切るように簡単にその身体を真っ二つにされて灰と化し、そしてそのまま振り下ろされた白紫の刀は地面に当たって瞬間、刀を中心に観客席まで届くほどの広範囲から天に向かって滝が流れるように七色に光る光の柱が建ったのだった。

 

 

 ──────────────────

 

 ライブ会場から離れたビルの屋上にて、未来たちと戦ったセレナたち三人の装者は会場から立ち昇る光の柱を見てただ呆然としていた。

 

「なんデスか、あのとんでもは……」

「でも、綺麗」

 

 人間では起こさない現象を目の当たりにした金髪の少女は恐れ慄き、ツインテールの少女はその破壊力と規模からは想像できない美しい七色の光の柱に心を奪われていた。

 

「覚悟はしていましたが……こんな化物が私たちの敵……」

 

 本来であれば人々に希望を与えるであろう光の柱をセレナだけは憎々しく睨んでいた。離れたところからでも感じられるその圧倒的なフォニックゲインが自分の望む未来(みらい)を邪魔するものにしか見えていなかった。

 

「……あれだけのフォニックゲインがあればきっと()()の起動にも成功したでしょう。暁さん、月読さん。マムの元に戻りましょう」

「うん」

「りょーかいデース!」

 

 湧き上がる怒りを胸に秘めて三人はマムと呼ばれた女性の元へ戻るのだった。

 

 ──────────────────

 

 S2CAにより荒れ果てたライブ会場の中央でギアを解除して私服に戻った未来はその場で空を見上げていた。

 

「小日向!」

「大丈夫か未来!?」

 

 空を見上げたまま動かない未来を心配してクリスと翼が走り寄ってくる。無事な二人を見て未来も身体に入っていた力が抜けて倒れそうになるが、すんでのところでクリスが滑り込んで未来を受け止めた。

 

「おい、大丈夫か!?」

「うん。ちょっと無理しちゃったけど、大丈夫だよ」

「まったく、小日向も無理をする」

「ふふ。すみません。うっ」

「未来!?」

 

 動こうとしたところ、S2CAにより三人分の絶唱の負担をその身に受けた未来の身体は限界が来ており、身体中に痛みが走った。それにより上げてしまった呻き声にクリスは反応して心配そうに未来を見つめた。

 

「大丈夫だって。それよりも早く弦十郎さんに今回の事を報告しないと」

「……無理はするのでは無いぞ、小日向」

「はい。ありがとうございます」

 

 手を貸そうとするクリスにお礼を言いながら断り、心配そう後ろを何回も振り向くクリスとクリスほどでは無いがチラチラと未来を見る翼を追って未来は痛みを我慢して歩き出そうとした時だった。

 

「──アンタら、あたしを完全に忘れてるだろ」

 

 未来の後方の瓦礫がガラガラと崩れ落ち、その中から煤と砂埃で汚れたステージ衣装を着た奏が姿を現した。

 

「か、奏さん!」

「アンタまだいたのかよ!?」

「まだとは失礼な。あんだけノイズに囲まれてたら動くに動けねぇだろ!」

「そ、それよりも無事で良かったわ、奏!」

 

 セレナの事とノイズの事により完全に奏の存在を忘れていた翼は「自分は覚えていた」という風に頬を引きつらせながら奏に話しかける。だが長年付き合っている相棒の考えなぞ奏にはお見通しだった。

 

「翼。あとでお仕置きな」

「なんで私だけ!?小日向と雪音も同罪だ!」

「あたしらを巻き込むなよ!?」

 

 ギャーギャーと喚く三人。奏の明るさによって沈んでいた空気が少しづつ軽くなっていくのを感じた未来は自然と笑みが浮かんだ。

 

「うッ」

 

 突然胸の真ん中で絶唱の負荷による身体の痛みとは違う別の痛みが走る。だがその痛みは一瞬でものの数秒で痛みは引いていった。

 胸をさするが特に違和感はなく、押さえても先程の痛みは無かった。

 

「おーい、どうしんたんだよ未来ー?」

「あ、ううん!大丈夫!すぐ行く!」

 

 謎の痛みに首を傾げながらも未来はクリスたちの元に戻っていった。

 

 その場には米粒よりも小さな紫色の結晶が落ちていた事は誰も知らない。

 




なんだこの息の良さというレベルのうちの未来さんとクリスちゃんのコンビネーション。でもこれAXZくらいでやるレベルですよね。G編序盤でやるもんじゃねぇや……

翼さんとはまだ共に戦った奏さん繋がりで信頼している程度ですね。原作のような信頼関係はまだ構築中。途中で原作レベルの信頼関係は築く予定です。

少しずつ未来さんの時限爆弾の残り時間は少なくなっていく……原作響よりも恐らくタチの悪い爆弾を持った未来さんははてさてどうなる事やら。そしていつそれが爆発するのやら……

ちなみS2CAの未来さんへの負担はおそらく原作ビッキー以上です。ビッキーと違い抑制効果は無いよりマシレベル程度と思っていただければ。
何故そんな設定か?なんででしょうね……腐☆腐

……未来さんボロボロにさせすぎな気がするのは何故だ。

次回 細やかな日常


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四話

マリアさんの誕生日回を投稿したいが今はセレナさんたち敵対してるしマリアさん出てないし……んー積み!

本当はもっと省いてサクサク進めたいんですがね、主人公が思いっきり変わって進んでいるので細かいところも書きたいなーなんて思っている始末なんですよ……セレナさんの誕生日までにG編終わるかな……

今回は一応日常回……のはず。


 ──ニ課仮設本部 研究室にて

 

 陽は沈み、すでに日付が変わった真夜中にカタカタとパソコンのキーを打つ音が沢山のコードやモニターのある研究室内に響く。そして巨大なガラスケースの前で厳重に隔離された〝ある物〟を前にして椅子に座り一人でパソコンを操作しているのは、長い茶色の髪の毛を後ろでお団子状に括り眼鏡をかけた一人の女性、櫻井了子であった。

 

 目の前のガラスケースの中にある物のデータを解析していると研究室と通路を繋ぐ電子扉が開く音が聞こえ、振り返ってみれば弦十郎が片手に袋を持って入ってくるところであった。

 

「こんな時間まで起きているとは……夜更かしは女の敵ではなかったのかな?」

「弦十郎君!」

 

 時間的に他の研究員がまだ寝ていない自分を注意しに来たと思っていた了子は意外な訪問者に驚きの声を上げる。それを見て弦十郎は軽く笑みを浮かべて了子の使っている机の横に袋を置く。中身は食堂で作って貰った軽い夜食だった。

 

「夜食も乙女の敵なのだけど?」

「心配するな!女性に優しいヘルシーな料理らしいぞ!」

「もう……ありがと」

 

 ニカッと白い歯を見せる弦十郎に了子はクスッと笑みをこぼしてお礼を言い、弦十郎から袋を貰う。実際そこまで空腹を感じてはいなかったがいざ食料を貰うと腹が空くのは人間として仕方のない事だろう。それに弦十郎が来なければエナジードリンク等で夜を明かす気であったためどの道女性の肌には優しくない。

 

「それにしても、精が出るじゃないか」

「そりゃそうよ!未来ちゃんに助けられたんだからお礼の意味も含めて頑張らないと!」

「無理はして欲しくないのだがな。特に〝これ〟に関してはな」

 

 弦十郎は目の前のガラスケースの中にある物、バラバラになって知らない物が見れば何なのか分からない、鉄のような素材で出来た何かの破片。その破片は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その欠片は数ヶ月前のルナアタックと呼ばれる事件の折、了子の中にいたフィーネとの戦闘で酷使し、降ってくる月の破片を破壊するために未来とクリスと奏の三人の絶唱のエネルギーを受けてバラバラに砕けたダインスレイフの欠片だった。

 

「確かに欠片とはいえ危険な物よ?研究員の一人が無闇に触って気が狂っちゃう程度にはまだ魔剣としての呪いは保持しているもの。完全聖遺物だった時のダインスレイフなんて触れたくないわ」

「だな。あれは俺でも触れるの躊躇する。まあ、その危険性の代わりに莫大なエネルギーを得られる可能性があるというわけだが」

 

 月の破片を破壊した後、バラバラに砕けたダインスレイフをニ課が回収し厳重に保管。欠片になったせいかか完全聖遺物だった時には覚醒した時にしか発生しなかった周囲の人間の精神を汚染する能力が制御を失い、かなり影響は小さくなっているが常に発動状態となっている。シンフォギア装者か弦十郎のような強い精神力の持ち主ではない限り近くにいる者、特に触れた者には強い影響を及ぼす物となっていた。

 

「個人的には聖遺物とはいえ消滅させるべきとは思うがな」

「そこをエネルギー問題の解決の糸口になると思って多少は目をつぶって欲しいのよん!」

「分かっているともさ」

 

 大きな危険性を持つダインスレイフだが、完全聖遺物の時に月を破壊するレベルのエネルギーをものの数分で溜めてしまうほど膨大なエネルギーを作り出していた。その事から上手くいけば欠片となったダインスレイフからでも大きなエネルギーを生み出す可能性があり、研究が上手くいけばそこから新エネルギーとして世に出せるかもしれない。そう考えた研究員たちは日夜ダインスレイフの研究を続けていた。

 そして了子もその一人だった。

 

 詰め寄る了子を宥める弦十郎だったが、急に顔を引き締めて真剣なものとなった。

 

「……それで、話は変わるがセレナ・カデンツァヴナ・イヴと二人の装者について分かった事はあるのか?」

 

 真夜中ではあるが弦十郎が了子に会いに来たのは前日に未来たちと戦ったセレナと二人の装者について相談する為であった。

 シンフォギアはフィーネが開発したもの。なればシンフォギア関連にフィーネが絡む可能性は高く、身体を乗っ取られていた了子なら何か情報を知っているかもしれないと思っていたのだ。

 

 弦十郎の言葉を聞き、了子も真剣な表情を作るがすぐさま頭を振って申し訳なさそうな顔をになる。

 

「ごめんなさい。前にも言った通り、フィーネに乗っ取られた時からの記憶はある程度あるけど、聖遺物やシンフォギアに関しての記憶がほぼ丸々消されてるの」

 

 フィーネに身体を乗っ取られてからのおよそ十二年間、自身の立ち位置やフィーネが行った事の一部、その他諸々の私生活に困らない程度には何故か記憶が残っていた。

 しかし、乗っ取られる以前のフィーネの記憶やシンフォギアの作成や機能についての記憶はほぼ消されていて分からないのだった。

 

「──でも、僅かに残ってる記憶からあの謎のシンフォギアについては少し分かったわ」

「本当か!?」

「ええ。あれは古代バビロニアのシュメールの戦女神ザババが振るったとされる二刃、「紅刃シュルシャガナ」と「碧刃イガリマ」を加工してシンフォギアにした物よ。残念ながら詳しい能力や装者二人の事は分からないけどね」

 

 フィーネの視点として記憶の奥底にあったのは何処かの研究室施設のような場所で、フィーネがその二つの名前を呟いてシンフォギアを製作していたものだった。そこから先の記憶は残念ながら無い。

 

「シュルシャガナとイガリマ、か。名前が分かっただけでも進歩と言えるか」

「調べたいは山々だけどまだ他にもやる事がたんまりあるのよね。だからそっちに任せて良いかしら?」

「ああ。その程度ならこちらがやろう。君も無理はするなよ」

「だ〜いじょうぶよう!私だって自分の身体の限界くらい分かってるから」

 

 戯けるように笑う了子に弦十郎は苦笑いを浮かべる。

 

 まだ完全に了子の中からフィーネが消えたという確証は無いものの、フィーネが最期に見せた笑みが嘘とは思えず、弦十郎は今の目の前の了子が本物だと信じている。故にニ課の職員や政府のお偉い方にも頭を下げて説得した結果、了子はここにいた。弦十郎の甘さがここでも現れたというわけだ。

 

「では、そろそろ俺ここで失礼する。頑張るのは良いが適度に休めよ」

「わぁかってるわよう。弦十郎君も無理しないでね」

「ああ。じゃ、また明日」

「──あー、ちょっと待ってくれるかしら」

 

 言いたい事だけ言って弦十郎は研究室から出ようと踵を返す。だが了子はわざとらしく間を開けて足を止めさせた。

 

「どうしたんだ?何かあったのか?」

「そうじゃなくてね、えっと……」

「?」

 

 頬を掻きながら言葉を探すように目を彷徨わせる了子。それを見て弦十郎は了子が何を言いたいか分からずただ黙って見守るしかなかったが、すぐさま了子は意を決したように弦十郎へ向き直った。

 

「今度の休暇にでも二人で何処か食事にでも行かない?」

「?どうしたんだね、そんな急に」

「いやね、他の研究員の子からたまには休むように言われたの。でも一人より二人の方が楽しいじゃない?それに()()二人で食事は久しぶりでしょ?」

 

 了子の言葉に弦十郎は何を言うべきか迷った。

 十二年もの間、弦十郎の隣にいた了子は彼の知る了子ではなかった。何度か付き合い程度に共に食事をした事もあったが、それは了子を演じるフィーネであり、二人で食事は最低でもそれよりも前だ。

 少し悩んだ結果、特に断る理由がないと判断した弦十郎は優しい笑みを見せながらうなずいた

 

「……そうだな。予定が合った時にそれも良いかもしれんな」

「そう!それじゃ時間が出来たら教えてちょうだいね!」

「あ、ああ。分かった」

 

 食い気味の了子に弦十郎は少し引きながらも了承し、今度こそ研究室から出て行く。手を振りながら弦十郎の退室を見守った後、了子はモニターの方に向き直り、そして眼鏡を外して天井を見上げながら背もたれに体重を預けるように脱力した。

 

「あー緊張した!」

 

 了子の大きな声が研究室内に響く。幸いにも研究室には了子一人しかおらず、その声が誰かに聞こえる事はなかった。

 

(あの声の通り勇気を出した見たけど……あの声はなんだったのかしら)

 

 フィーネが了子の中から消えて眠りから覚める直前。夢の中のような上も下も分からない浮遊感の中で了子は女性の声が聞こえた。

 まだ夢現のような状態で自分と似たような声が自分に語りかけてきた事ははっきりしていた。

 

「『後悔する事のない恋をおくれ』、か」

 

 女性の悲しそうな声と言葉。それがまるで自分の事のように心にスッと落ちた感覚はいつまでも忘れられない。その声に勇気づけられて了子は僅かながらでも想いを寄せている弦十郎を食事に誘う事ができた。

 

「……まぁ、言われなくても私は()()()()()()そんな恋なんてする気は無いけどね」

 

 無機物の天井を見上げたまま、了子は何かを決意した瞳を向ける。

 図らずとも先史文明の巫女の言葉は一人の女性の恋心に火をつけた事は誰も知る由は無かった。

 

 ──────────────────

 

 ──翌日 新リディアン音楽院にて。

 

 

 セレナが世界に向けて宣戦布告してからおよそ一週間。その間、日本含む各国にフィーネと名乗る組織からのコンタクトやアクシデントもなく平和な日常が過ぎ去っていた。

 そんな平和な時間を小日向未来は失った時間を埋めるように過ごしていた。

 

「ヒナ!一緒にお昼しよ!」

「安藤さん?」

「久しぶりにお話もしたいと思いましたので」

「私たち、小日向の事あんまり知らないしね!教えられる範囲で教えてほしいのよ!」

「寺島さん、板場さんも……」

 

 時間は丁度昼時。

 弁当箱を取り出していた未来に安藤創世が話しかけてくる。その後ろには寺島詩織と板場弓美がおり、いつもの三人が親しげに未来に話しかけてくる。

 

 かつては親友であった立花響の影を追うように、未来の心に深い傷を与えた町に戻ってきた時に気まぐれに入学したリディアン。ほんの二ヶ月程度しか通っていなかったため、未来はそのまま学院に通うのを辞めようとしていたが弦十郎含む二課の職員全員に加えて奏と翼からも却下された結果、未来は病気で休学していたという理由で再びリディアンで勉学に励んでいた。

 ノイズに襲われて天羽々斬のシンフォギアを纏う瞬間を目の前で見ていた創世たち三人や政府に秘密されているとはいえ未来が戦う姿を見た生徒や職員たちはそれでも未来を暖かく迎え入れた。

 未来にとって今やリディアンは二課以外で心休まる場所となっているのだ。

 

「そうだね。うん、みんなで一緒に」

「おーい、未来ー?いるかー?」

 

 創世の提案を受け入れて食堂に向かおうとした未来だったが、その前に教室の入り口からクリスが袋を片手に未来の名前を呼びながら頭を出した。

 教室をぐるりと見渡したクリスは未来を見つけると嬉しそうに手をふるが創世たちを見て一瞬動きが止まり目を彷徨わせてしまう。

 

「あ、キネクリ先輩だ」

「あらあら、今日もご一緒はダメみたいですね」

「むー、色々オススメのアニメあったのに!」

「あはは……ごめんね?」

 

 先日クリスと創世たち三人と昼食を共にした際、あまり互いを知らないため終始気遣い合うような微妙な空気が流れていた。その間にいた未来にとって耐えがたい時間であった。

 少しずつとはいえ仲は良くなってはいるがまだまだ一緒に昼食をするにはクリスにはハードルが高い。そのため、用事等でクリスが未来と昼食を取れない時に共に昼食を取るようにしている。未来もその内五人で一緒にお昼を出来たら、と思ってはいるがそれはまだ難しいだろう。

 

「いいよ。それじゃ、また今度」

「またお話しましょうね」

「じゃーねー!」

 

 未来とクリスを気遣って三人は離れていく。申し訳ないと思いながらも三人の気遣いを受け取って未来はクリスの元に急いで駆け寄って行った。

 

 

 

 

 青空が見えるリディアン屋上にて、未来とクリスは備え付けられたベンチで二人並んで食事を取っていた。食事と言ってもクリスは何故かまたパンと牛乳だが。

 

「んで、身体の調子は大丈夫なのか?」

「もう、大丈夫だって何回も言ってるでしょ?了子さんも無理しなければ問題ないって言ってたし」

「でもよ……」

 

 先日のツヴァイウィングとセレナとのコラボライブの際の事件、その時に使ったS2CAによる未来の身体のへの負荷は了子を含む研究員や医療班の想定していたものよりも低かったのだが、それでも無視できるものではなかったため当初は病院での安静を勧められていた。

 

 だが未来は現在リディアンに通っている。それと言うのも、未来の身体の中に埋め込まれた天羽々斬の欠片の仕業なのか、異様な回復速度により既に戦闘可能レベルまで回復していた。

 勿論ただ事ではないため精密検査は続けている状態ではあるが日常生活には問題無いと判断されたため今日も学園にいる。それでもクリスは毎日のように未来を案じていた。

 

「もうすぐ学園祭だね」

「あーそうだな」

 

 パン屑をポロポロと落とすクリスに困ったような笑みを浮かべながら未来は話す。

 

 リディアンが新しい校舎になって最初のイベントである学園祭が近づいていた。

 既に準備を進められている中で装者としての任務があるため参加は出来ないと思っていた未来だったが、弦十郎筆頭にした二課職員たちから参加できるならした方が良いと勧められて未来も準備に追われている。今日も何もなければ放課後残る予定であった。

 

「クリスの方はどう?」

「さーね。あたしは未来さえいりゃ関係ないさ」

「嬉しいけどクリスはクリスでちゃんと楽しんでね?」

「……まぁ、善処はするさ」

「本当かなー?」

 

 口元を隠して笑みを浮かべる未来にクリスは顔を赤くしながらそっぽを向く。その際クリスの頬にパン屑が付いていたのを未来はそっと手を伸ばして取ると今度は耳まで真っ赤にして慌てるクリスに未来は笑いを抑えきれず少し大きめの声で笑ってしまった。

 

 こうして二人の楽しい昼食の時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

「──ヒナとキネクリ先輩、またイチャついてるね」

「そうですね。見ているこっちが恥ずかしいですよ……」

「えっと、こういう場合キマシタワーって言えばいいのかな?」

 

 屋上に繋がる扉の影にトーテムポールのようにして隠れた創世たち三人娘は未来とクリスの楽しそうに話す光景を遠巻きで見ていた。

 実は先輩であり、いつも何処か機嫌が悪そうな雰囲気のあるクリスに中々近寄る事が出来なかった三人だが、未来と二人でいる時のクリスを偶然見かけた時のいつもと違うクリスを見て、三人同時にクリスを「主人にしか懐いていない猫」という答えに至り、その日からクリスを見る目が変わっていた。

 そしていつからか未来とクリスが二人きりになる時のクリスの反応を見るのが三人の趣味となっているのだ。

 そして、その趣味に目覚めたのはもう一人いる。

 

「ふむ。私ももう少し時間をかけて雪音と仲良くなるべきなのか」

 

 トーテムポールのように並んだ三人娘の一番上でクリスの更に先輩である風鳴翼が二人の様子を羨ましそうに眺めていた。

 

「そうですね、雪音先輩は警戒心が強いのであまりグイグイ行くと逃げられるかもしれません」

「ヒナはどうやってキネクリ先輩と仲良くなったんだろ?凄く仲良さそうだし」

「風鳴先輩の場合、ちょっと近寄り難い雰囲気があるからもっとゆっくり近付かないとダメですね!」

「む、威圧しているつもりは無いのだが……それにしても可愛い反応をするな、雪音は」

「「「ですよねー」」」

 

 いつもクールだった翼がクリスとの距離で悩んでいるのを見た三人娘はこのスポットを翼に紹介し、クリスと仲良くなるためのきっかけ探す手伝いを密かに行っていた。

 まだまだ信頼関係が築いけていないと分かっている翼にとってその誘いは行幸だったのだが、それにかこつけて今は可愛い反応をするクリスを愛でるのが主になりつつある事を翼本人も気付いていなかった。

 

 こうして、未来とクリスが知らないうちに翼と三人娘の謎の仲間意識は強くなるのであった。




話の進みがおっそいな!細かすぎなんだよ!もっと省けや!(←犯人)

本当はマリアさんの代わりとなったセレナさんと切ちゃん、調ちゃんのシャワーシーンの部分も書きたかったですがね。エロ目線ではなくて原作との差別化のために。

序盤の了子さんと弦十郎のダンナとのちょっと甘めというか軽い話はただ書きたかっただけだ。だってギャグキャラ(響)がいないからどうしてもお笑い要素入れられないんだもの!少ないギャグが更に少なく……早く切ちゃん来てくれえええ!
そしてフィーネがサムズアップしてるのが見えるのは気のせいかしら?

イガリマとシュルシャガナの事を調べたら元となってる現実の神話とは違ってるのですね。ザババ神が男神とは知らなかった。それに武器の名前じゃなくて息子の名前とも言われてますし、そもそも色に関するものも見つけられませんでした……うん、二次創作ですし深い事は考えないようにしましょうそうしましょう!

次回 ! 終焉を望む者、終焉に拒む者


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五話

さぁ、ここから少しずつ未来さんが……

またちょいやりすぎ回です。多分二話にわけれたなー。無理に一話にする事なかったデスの。

原作と別れた陰るG編が始まる。


それでは、どうぞ!


 ──夜半 廃病院付近にて。

 

 陽は沈み、暗闇が街を覆う時間。

 未来とクリスと翼は街からあまり離れていない場所にある廃病院を見張るように建物の影に潜んでいた。

 

『いいか、今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!』

『明日も学校があるのに夜半の出動を強いてしまい、すみません……』

「気にしないでください。これが私たち、防人の勤めです」

『ほんと、翼は真面目だねぇ。肩の力を抜きな』

「分かっているわ、奏」

 

 通信機から聞こえる弦十郎と慎次の声に翼は真剣な表情で返す。奏も緊張している翼を心配しているが、翼は年長者である自分が狼狽ではならないと叱咤して落ち着いていた。

 

 慎次が極秘にセレナたちの動向を調査した結果、未来たちの目の前にあるずっと昔に閉鎖された廃病院に二ヶ月ほど前からなんらかの物資が搬入されている事を掴んでいた。

 だがそれも確定した情報では無く、不確定な上にこれ以外の情報は慎次の力を持ってしてもまだ掴めていなかった。

 

「尻尾が出てないのなら、こちらから引きずり出すまでだ!」

「クリス、あんまり無茶しちゃダメだよ?」

「分かってるよ!未来も無理すんじゃねぇぞ!」

「二人とも、イチャつくのは後だ。行くぞ!」

「イチャついてねぇよ!?」

 

 顔を赤くして反応するクリスを置いて走る翼を追いかけるようにクリスも後を追う。その後ろを微笑を浮かべながら未来も追いかけて行った。

 

 

 

 病院内に入ると既に閉鎖しているというのもあって明かり一つ付いていない。その中を三人はひたすら走っていた。

 

「……何か、不気味だね」

「ああ。空気が重いつーか、変な感じだ」

「うむ。やはりここには何かあるようだな」

 

 先に進めば進むほど三人の身体に纏わり付くような異様な雰囲気が強くなっていく。クリスや翼その雰囲気に未来は嫌な予感を感じながらも歩みを止めず進む。

 どれくらい進んだのか、現在地が判断出来なくなりつつある中で廊下の曲がり角を曲がろうとした時、ヤツらは姿を現した。

 

「意外と早い出迎えだぞ!」

 

 通路の奥から耳障りな足音を響かせながら悪夢のような存在であるノイズが未来たち目掛けて迫ってくる。無作為に人を襲うはずのノイズが隊列を組むように前進している時点で何者かに操られており、以前セレナがノイズを操っていた事からフィーネを名乗る組織か、それに準ずる何かがあると確定した。

 

「行くぞ!小日向、雪音!」

「はい!」

「いっちょ暴れてやらぁ!」

 

 敵が目の前にいる事を確認したクリスと翼はギアペンダントを強く握り、未来は自分の胸に手を当てて頭に浮かぶ聖なる歌を口ずさむ。

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 ──Imyuteus amenohabakiri tron──

 

 

 ノイズを前にして聖詠が院内に木霊する。そしてその後に続くのはクリスの歌。それによりノイズの相違差障壁がなくなり、ノイズの目が痛くなるような元のカラフルな色が露出し始めた。

 未来たちはシンフォギアを纏い、目の前から襲ってくるノイズの群れと対峙してその手に持つアームドギアで次々と薙ぎ払ったいく

 

 クリスは持っていたボウガンをガドリング形態に替えてノイズを打ち抜く。そのクリスをカバーする様に未来はクリスに近づくノイズを切り払い、翼は遊撃としてノイズをその白銀の剣の灰に変えていく。

 

 ノイズが操られている事以外はいつもと同じで何も変わりないはずの戦闘。それこそ、装者三人は過剰戦力と言える程度のノイズしか確認出来ていない。ノイズ相手なら今回も一瞬で蹴りが付く戦闘のはずだった。だが。

 

「なんで、なんでこんなに手間取るんだよッ!」

 

 クリスが動揺を隠さずに声に出てしまう。

 本来であればクリスの銃弾一発、未来と翼の一閃でノイズは灰になるはずだった。

 しかし、目の前のノイズは銃弾を食らおうと、身体を両断されようとすぐさま再生して何度も何度も未来たちを襲おうと歩みを止めなかった。

 何度も攻撃すれば流石にノイズを撃破出来たが、いつもよりも一体を撃破するのに時間がかかり、徐々に押され始めてしまう。

 

「何故だ、何故ギアの出力が上がらない?」

「くそ!身体が重てぇ!」

 

 減らす速度よりも増える速度の方が早く、通路がノイズで埋め尽くされていく。そう遠くない未来(みらい)に、撃破する事が出来なくなり三人はノイズの群れに埋もれてやられてしまうかもしれない。

 

(そんな事、させない!)

 

 嫌な未来(みらい)を予想してしまった未来はクリスと翼を守るために深呼吸して気を落ち着かせながら目を瞑る。そして自身の心の中にある感情を呼び起こそうとしていた。

 

 脳裏に浮かぶのは忘れたくても忘れられない自身の中にある絶望。

 伸ばした手からスルリと抜けて、自身の命と同じくらい大切な親友が目の前で灰に変わっていく姿。

 そして自分の手の中にあるのは雷のような形をしたヘアピン。

 血溜まりに沈むもう一人の大切な人の姿。

 

 二人を囲むように立つのは未来にとって忌々しき存在であるノイズ。

 

「な、小日向のシンフォギアが黒く!?」

 

 白と紫のシンフォギアから白の部分が少なくなっていき、黒い部分が広がっていく。それに伴い、未来はまるで鬼のような形相を浮かべていた。

 

 ギアの出力が上がらないのであれば、かつての半暴走状態の時のような強大な腕力で無理矢理殲滅すれば良いと未来は思い、意図的に暴走するためにわざと辛い過去を思い起こしていた。

 その結果、幸か不幸か未来を黒い何かが蝕む代わりに望む力を手に入れた。

 

「ッあああああぁぁぁぁ!!!」

 

 喉が潰れそうになるほどの叫びと共に未来は駆け出して目の前にいるノイズを刀の一閃の元薙ぎ払う。今度は再生する事なく、呆気ないくらいあっさりと灰に変わった。

 絶え間なく現れるノイズを未来は技を忘れた力のみの斬撃で一刀両断にしていく。その剣圧だけで壁や床が次々と砕かれ、ただでさえ不気味だった病院の廊下が更に不気味に思ってしまうほどボロボロになっていた。

 遠くで見ていたクリスと翼ですら畏怖してしまうほどの濃厚な殺気を放つ未来。そしてものの数分で廊下を埋め尽くすほどの大量のノイズは未来の手によって全て排除されたのだった。

 

「うっ、はぁ、はぁ」

 

 刀を杖代わりにして身体を支える。それでも身体中に走る痛みに悶えながら気絶しそうになる。

 目の前からノイズがいなくなったためか、未来の中の激しい憎悪が少しずつ小さくなると同時にシンフォギアの黒く染まった部分が若干灰色のようになりながらも色を取り戻していく。

 

「未来!お前何やったんだよ!」

「うう……だい、じょうぶ、だよ。クリス……」

 

 瞳に涙を溜めながら心配そうに近づくクリスに未来は安心させようと必至に貼り付けたような笑みを浮かべる。それを見て今度はクリスが怒りをあらわにしながらも未来を強く抱きしめた。

 

「ッ無理すんなって言っただろ!あたしらを守ってくれるのはありがたいが、未来に何かあったらあたしは、あたしは!」

「クリス……ごめんね」

 

 嗚咽を漏らすクリスを落ち着かせようと背中を優しく叩く。

 身体の痛みも引いてきて落ち着いてきた頭が自分が何をしでかしたのか理解する。そのせいでクリスが涙を流している事も、下手をすればクリスと翼を手にかけてしまう可能性があった事も。

 

「はぁ。小日向、今回は貴方が悪いわよ。後で叔父様と奏に怒られなさい。特に叔父様のゲンコツくらいは覚悟した方がいいかもね」

「ははは……」

 

 訓練で弦十郎の強さを目の前で見た未来にとって弦十郎のゲンコツほど怖い物はない。

 泣きじゃくるクリスをなだめる未来に呆れたようなため息を吐く翼だったが、初めて目の前で半暴走状態とはいえ本気の殺意を見せた未来の姿に恐怖を覚えていた。

 

(聞いてはいたが小日向があれほどの殺気を放てるとは……)

 

 弦十郎から話として未来の事を聞いていた翼だったが、いざ目の前で暴れていた未来を見れば自分が甘く考えていた事を思い知らせられる。

 何度か未来と訓練をしていたが、平時の未来の一撃すらタイミングを逃せば受け流せないというのに、タイミングが合ってもその上から両断されそうな殺意の乗った圧倒的な一撃。もしさっきの未来と対峙した時、自分は無事でいられるかと問われればNoと返すだろう。

 

 クリスの横で暖かい笑顔を見せていた未来を知っている翼にとって、それほどまでの殺意を植え付け、力を与えた一つの原因がかつての弱かった自分にあると考えると後悔しかない。

 

 影で剣を握る手に力を込める翼を他所に未来はクリスに抱きつかれたまま立ち上がろうとする。だが案の定抱きつかれたままでは立ち上がる事は出来ない。

 

「っと。もう大丈夫だから泣かないで。ね、クリス?」

「いやだ」

「雪音。小日向も困っているのだからそろそろ離してやれ」

「……無茶すんなよ?」

「うん。ありが…ックリス!」

 

 未来に抱きついたまま駄々をこねるクリスだったが、翼の言葉で未来から離れた瞬間、通路の奥から高速で得体の知れない人型の()()が無防備になったクリスの背中に向かって飛びかかってきた。

 

 それをいち早く気づいた未来は痛む身体に喝をいれて白紫の刀でその()()受け止めて弾き返す。だが人型の()()は弾き返されながらも天井に張り付き、そのまま天井を蹴って再び襲いかかってくる。だが今度は翼でも反応できた。

 

「はあぁ!!!」

 

 ギアの出力が落ちていようと体重の乗った白銀の剣の一刀が()()の頭部を捉えて振り下ろす。だが()()はノイズと違い灰に変わる事なくそのまま通路の方へ吹き飛ばされていった。

 

「アームドギアで迎撃したんだぞ!?」

「なのに何故炭素と砕けない!」

 

 先程はギアの出力が低下していたため再生されたが、ノイズであれば例外なくシンフォギアの力によって炭素となり崩れる。だが目の前で地面に倒れ伏す頭部の後ろが異様に伸び、碗部や脚部が異様な形状をしている謎の人型は炭素化する事なくそのまま立ち上がろうとしていた。となれば、答えは一つ。

 

「ノイズじゃ、ない……?」

「じゃぁあの化物はなんだってんだ!」

 

 得体の知れない人型の化物を前に三人は臆せず手に持つ武器を構える。

 未来は身体を動かす事すら困難で合ったがそれを秘密にして油断なく敵を見据えていると化物の後ろからパチパチと拍手をする音が聞こえて来る。

 

「なかなか聡いではないですか。装者の皆さん」

「貴方は確か、ウェル博士か!」

「んな馬鹿な!博士は岩国基地が襲われて行方不明になったんだぞ!?」

 

 通路の影から現れたのは、先日岩国基地へソロモンの杖を輸送する際に同行し、その後のノイズの襲撃で行方不明なったはずの眼鏡をかけた白髪の研究者の男、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスだった。

 

「なるほど、つまりノイズの襲撃は全て貴方の仕業だったという事か!」

「その通りです。まぁ、僕の事に気づいていた人が一人いるようですが」

 

 謎の化物を大きめなゲージの中に誘導して中に入れながら翼の言葉に笑顔でウェル博士は肯定する。そして僅かに目を開いて刀を構えたままの未来をジッと見つめ、未来は油断する事なく口を開く。

 

「……仮にノイズを操る何か他の聖遺物があるのなら、わざわざソロモンの杖を奪う意味はありません。複数所持すれば色々と有利に事を運べるという考えもありますが、奪うならもっと別に方法があったはず」

 

 ソロモンの杖の輸送の際、未来が感じていたら疑問。

 シンフォギアがない限りノイズに対抗する手段は存在していない。となればノイズを操れるソロモンの杖かそれに準ずる別の何か聖遺物があれば世界征服すら難しい事ではない。

 有利になるとはいえ、それほどの物なら一つあれば十分。無理をしてソロモンの杖を狙う必要はない。

 

 では輸送の際に未来たちを襲ったノイズはなんだったのか?

 そもそも本当にソロモンの杖以外にノイズを操る聖遺物があるのか? 

 

「それなのにノイズを使って狙った。というより本当に他にノイズを操る聖遺物があるのかとを考えた場合、あの時ソロモンの杖を持っていた博士が一番怪しかったです。ソロモンの杖を使えば自分が助かるように襲わせる事も可能ですしね」

 

 偶然にしては明確な目的があるように列車を執拗に襲っていた事を考えれば何者かに操られているのは明白だった。

 

 そして、基地に着き博士とソロモンの杖を基地預けた途端、ノイズが現れてウェルとソロモンの杖が消えた。

 勿論、別の誰かの犯行が偶然重なった可能性は十分あったのだが、その答えは今目の前ある。

 

「くくく、ええそうですよ。あの時既にアタッシュケースの中にソロモンの杖は無く、コートの内側に隠し持っていたのです。あとは貴方が言ったように僕に被害が出ないように襲わせたわけだ」

 

 ウェルはそっと隠し持っていたソロモンの杖をとりだす。そしてソロモンの杖に付けられた宝玉を地面の方に向けると緑の光が放たれ、そこからノイズが次々と現れた。

 

「バビロニアの宝物庫よりノイズを呼び出し制御する事を可能にするなど、この杖を置いて他にありません。そしてこの杖の所有者は今や自分こそが相応しい!そう思わないですかねぇ!?」

「チッ思うかよ!」

 

 再び現れたノイズをウェルは未来たち向けて進行するように命令する。

 クリスはギアの腰部アーマーを展開してミサイルをウェルと向かってくるノイズに向けて放った。だがその瞬間、クリスの身体に鋭い痛みが駆け巡った。

 

「ぐ、ああああ!?」

「クリス!」

「雪音!?」

 

 突然走った痛みで叫ぶクリスを他所に放たれたミサイルはウェルに向かって飛来し、そのままノイズと周囲の壁を破壊した。

 普通であればノイズは当たり前だが生身の人間もただではすまない。だがそれをウェルはノイズを自身を守るように展開して盾とする事で爆風すら防いでしまった。

 

 ウェルを追いかけて瓦礫を切り裂いた未来と傷を負ったクリスに肩を貸す翼が廃病院から姿を表す。ボロボロの三人対してウェルはまだ余裕を持っていた。

 

「くっそ、なんでこっちがズタボロなんだよ……ッ」

(ギアの出力が低下したという事は適合係数も低下したという事。出力が大きい技を使えばバックファイアを受け止めきれず、最悪身に纏ったシンフォギアに殺されかねないか!)

 

 悔しさで顔が少し歪む翼だが、外に出た事によって徐々に身体が軽くなっていくのを感じる。本来の力を取り戻してはいないが、今更ウェルがノイズを召喚しても対応できる程度には力が戻っていた。

 未来も力が戻るのを感じてウェルに油断なく白紫の刀を向けるが、何を思ったのかウェルは余裕の笑みを持ったまま両手を上げて降参のポーズを取った。

 

 突然のウェルの行動に警戒する未来だったが視界の端で何かが空を飛んでいるのに気づいた。

 目を向ければ、それはウェルが新たに召喚した飛行型ノイズが大きなゲージを持って何処かに連れて行くところであった。

 

「あれは……さっきの!」

「く、小日向はその男の確保を!雪音を頼むぞ!」

 

 翼は悪いと分かっていても未来にウェルの確保と負傷したクリスを任せて飛行型ノイズに向かって走る。

 先程戦った感触からして、あの化物を放っておくのは得策ではないのは明らかだった。

 

(私の天羽々斬の機動性なら……いや、足りないか!)

『そのまま飛べ、翼!』

「叔父様!?」

 

 回復した通信機から弦十郎の声が響く。

 今翼は既に使用されなくなった海橋を走っている。だが今ノイズに向かって飛んだところで距離が足りない。

 徐々に端の先端が見えてくるがその先は海だけであり何も設置されていなかった。

 

『海に向かって飛べ!どんな時でも翼は!』

 

 弦十郎の言葉が理解出来なかったが、直後に入った奏の言葉に決心を決めて橋の先から現在のシンフォギアの出力を使って大きく飛ぶ。予想通りノイズの元にはまだ距離が足りない。

 

『今だ!仮設本部、急速浮上!』

 

 弦十郎の言葉を合図に翼の真下の海が大きく盛り上がり、そこから大型の潜水艦が現れた。

 未だ新しいニ課の本部が出来ていないため、新たな本部施設の完成までの期間、 新造された次世代型潜水艦内に仮設される事となった現在のニ課の本部。

 その潜水艦の先端に翼は着地、すぐさまノイズに向かってもう一度跳躍する。今度は剣の射程範囲でノイズを捉えた。

 翼の洗礼された斬撃により飛行型ノイズは灰に変わり、何処かへ運ぼうとしていた謎の化物が入ったゲージが海に向けて落下して行く。

 

(とどけ!)

 

 天羽々斬のシンフォギアには飛行能力も潜水能力もないが、今はウェルが何処かへ運ぼうとしていた化物の確保を優先して海へ落下するゲージに向かって手を伸ばす。

 あともう少しで手が届くという時、()()は空から無防備な翼を襲った。

 

「ッうあ!?」

「翼さん!」

 

 空から飛来した()()()()が手を伸ばしていた翼を斬り裂き吹き飛ばす。その光景を追いついたウェルを拘束した未来とクリスが悲鳴と共に見ていた。

 

 海に落ちる翼を他所に黒い大槍は海面を浮遊し、その上に黒いマントをはためかせて何者かが降り立って落ちてくる化物の入ったゲージをキャッチした。

 

「あいつは……」

 

 夜が明け始め朝日が顔を出す。その光に照らされて顔がはっきりと現れた黒い大槍の上に立つセレナを見てクリスは身体の痛みを堪えてボウガンを構えようとした。

 

「時間通りですよ。〝フィーネ〟」

「フィーネ、だと……!?」

 

 ウェルが漏らした言葉にクリスは動きが止まる。

 忘れもしない。それは自分を騙して世界をしようとしたかつての敵の名前であり、激戦の末この世からいなくなったはずの女の名前なのだから。

 

「ええ、終わりを意味する名は、我々の象徴であり彼女の二つ名でもある」

「んじゃ、あいつが!」

「そう!新たに目覚めし、再誕したフィーネですよ!」

 

 朝日を背にするセレナはただジッと未来たちを厳しい目付きで見つめている。それだけで威圧するほど、今のセレナは戦闘態勢に入っていた。

 

輪廻転生(リンカーネイション)。遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器として永遠の刹那を生き続ける輪廻転生システム。それに選ばれたのがセレナ・カデンツァヴナ・イヴ」

「なら歌っていたあの女は!」

 

 フィーネが数千年もの間生きてきたのは何度も魂のみを転生させていたためであった。その際に器となった身体の魂はフィーネによって消されて完全にフィーネとなる。前回使っていた櫻井了子はただただ運が良かっただけであり、本来であれば翼がシンフォギアを起動させた十二年前にその魂は消えている。

 そして今回選ばれたのはツヴァイウィングに並ぶほどの人気を見せていたアーティスト、セレナ・カデンツァヴナ・イヴだとウェルは言い放ったのだった。

 

「……まぁ、それは自分も気になるところですが」

「え?」

 

 ウェルが漏らした言葉を近くにいた未来は聞き取る。どういう意味か聞こうとするが事は待ってくれない。

 

「甘く見ないでもらおうか!」

 

 僅かな漂流物を台に、海にいた翼がセレナに向かって跳躍して白銀の剣を振るう。その剣をセレナは余裕を持って躱した。

 

「甘くなんて見ていません!」

 

 翼の攻撃を躱したセレナは変幻自在のマントを操って翼を捕まえ、そのまま浮上したニ課仮設本部に向けて叩きつけるように放り投げる。

 

「だからこそ、私は全力で戦っています!」

 

 セレナもゲージを持ったまま翼を追って跳躍し、同じく仮設本部に着地する。そして海の上で浮遊した黒い大槍を自分の元へ引き寄せ、その場にゲージを置いてそのまま翼に向かって振るう。

 

 黒い激槍と白銀の剣が火花を散らしてぶつかり合う。しかし、槍に加え攻防優れたマントとの同時攻撃により手数で足りない上に、未だギアの出力が完全に戻っておらず、それに加えて先の不意打ちによるダメージもあって今の翼では太刀打ち出来ずどんどん押されていく。

 

「チッ、なら白騎士様のお出ましだ!」

 

 状況が不利と分かるや否や翼や奏、弦十郎のような戦闘に対して潔癖では無いクリスは不意打ちに上等というように倒れ伏す翼を見下すセレナに向けてボウガンの照準を合わせる。

 

 距離はあるがクリスの射撃の腕なら不可能な距離ではなく、ギアのアシストにより完全にセレナを照準を合わせた。その時だった、クリスの背中目掛けて幾つもの小型の丸鋸が襲いかかって来たのだ。

 

「クリス!」

「ッ!?」

 

 ウェルを拘束していた未来は一早くそれに気づくとウェルを放っておいてクリスの元へ走る。そして白紫の刀で自身に当たるものは無視してクリスに当たる小型丸鋸を切り落としていく。

 

「なんと、イガリマぁ!」

 

 いつの間にか近くまで接近していた魔法使いの帽子のようなヘッドギアをかぶった緑色のシンフォギアを纏う切歌と呼ばれていた少女が緑の大鎌を振りかぶり、未来とクリスに向かって振り下ろす。

 二人は飛来する小型丸鋸の合間を見て振り下ろされた大鎌を回避する。コンクリートの地面は大きく砕かれたところを見れば直撃していれば怪我では済まなかっただろう。

 

「時間ぴったりの到着です。おかげで助かりました」

「……助けたのは、お前の為じゃないデス」

「これは手厳しい」

 

 地面を砕いた切歌はウィルの横に移動しウェルを守るように未来とクリスと対峙するが、その顔は煩わそうに嫌悪感を隠さない顔していた。

 

「ちぃ!何処から出てきやがった!」

 

 突然現れた切歌に警戒しながら向けてボウガンを構えるクリス。その後ろには背中合わせの状態で未来が後方から現れたツインテールの少女、月読調に向けて白紫の刀を向けた。

 

「大人しくするデス!」

「今の貴女たちじゃ私たちには勝てない」

 

 警戒する切歌と調は無傷に対して未来とクリスは廃病院内でシンフォギアが何故か不安定になり、不必要なダメージを負っている。クリスにいたってはバックファイアにより戦闘続行は困難レベルだ。

 それでも、二人の瞳には諦めの色はない。

 

「だからって!簡単に負けられっかよ!」

「ッはあ!」

 

 クリスが切歌に向けてボウガンを放つのを合図に調に向かって未来は走り出す。

 

 未来の斬撃を調はツインテール部のアームドギアの装甲から伸びたアームの先端に取り付けられた大型丸鋸で迎撃する。いつもの未来であれば容易とは言わずとも跳ね除けるはずの一撃もシンフォギアの出力が落ちた今では防ぐ事は難しい。反撃しようにも今技を撃てばクリスの二の舞になるのは明白だった。

 

 ギアはボロボロになり、大型丸鋸の猛攻を防いでいた白紫の刀に大きなヒビが入るのを確認した未来は後ろに跳躍して調と距離を取るが、調は未来を逃がさない。

 

非常Σ式 禁月輪

 

 未来と距離が離れた調は空中で一回転したのち、アームドギアから巨大な円状の刃を形成し、内側に乗り高速で移動しながら未来に向けて突進し追尾する。通過した場所のコンクリートが回転する刃によって綺麗な傷跡が出来ていた。

 

「ぐううッ!」

「無駄!」

 

 調の猛攻により橋の防護壁まで押しやられた未来は白紫の刀を横に構えて巨大な円形の刃を防ぐ。だが既に限界が来ていた白紫の刀は耐えることができず、大きな音を立てて刀身が折れてしまった。

 

「う、ああッ!」

 

 防ぐ手段を失った未来は調の突撃をまともにくらい、大きく吹き飛ばされて橋の反対側の防護壁まで吹き飛ばされて壁に叩きつけられてしまう。

 

「諦めて。偽善者の貴女じゃ私には勝てない」

「く、うう……」

 

 未来を見下ろすように立つ調。未来は立ち上がろうにも折れて元の半分ほどの長さになった白紫の刀を杖にして倒れないようにするのが精一杯だった。

 

「ぐあッ!?」

「クリス!」

 

 切歌と戦っていたクリスの方から鈍い音と共にクリスの短い呻き声が未来の耳に入る。振り返れば大鎌の柄の部分がクリスの腹部に深々とめり込んでいた。

 切歌はその場で大鎌を振るい、先の一撃で動きが鈍くなったクリスにもう一度強打を与えて吹き飛ばした。

 

「ずるい気はするデスが勝ちは勝ちデス!」

「諦めて帰るならこれ以上は……?」

 

 コンクリートの地面に倒れ伏すクリスとギアの端々が砕かれているボロボロの未来を見て切歌と勝ちを確信して余裕の笑みを作り、調も油断はしていないが切歌と同じく勝ちを確信していた。

 しかし、未来は二人を無視して倒れ伏したまま起き上がらないクリスを悲壮な顔で見つめていた。

 

「ああ……」

 

 起き上がらないクリスを見て、未来はかつて油断した自分を守るためにフィーネの一撃を受けたクリスが血溜まりに沈んだ姿が重なる。

 心臓が早鐘を打ち、息が荒くなる。そして胸の奥底で鋭い痛みと共に忘れていた黒い感情が浮かび上がってくるのを感じた。

 

「……さない……」

「「!?」」

 

 先程まで感じなかった強い殺気を受けて二人は焦ってアームドギアを構える。

 未来は片手に白紫の刀を持ったまま両手をだらりと脱力させた状態で二人の前に立ち、そして押さえつけられていた殺意が爆発する。

 

「絶対に……許さないいいいい!

 

 廃病院で使った時とは打って変わり、未来の纏うシンフォギアから白の部分が消えて二課に保護される前、ネフシュタンの鎧を纏ったクリスを圧倒していた頃と似た紫と黒のシンフォギアに変わる。そして白紫の刀もギアの変色に伴い黒紫の刀に変わった。

 

「ギアの色が変わったデス!?」

「でもそれくらいで──」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 調の声をかき消す大声をあげた未来は地面を砕くほど強く踏み込み、黒紫の刀を大きく振りかぶって二人に遅いかかる。

 嫌な予感を感じた切歌と調は防御する事を辞めてその場から離れる。そこに振り下ろされた未来の斬撃は二人のいた場所を大きく破壊し、その衝撃は遠くで二課仮設本部である潜水艦の甲板で戦闘をしていた翼とセレナの元まで届いた。

 

「なん、だ、あれは……」

 

 翼の知る未来からは想像出来ないほどおぞましい殺気を放ち、殺意のこもった目を二人の装者に向ける。その目を遠目で確認した翼は思わず一歩後ろに下がってしまった。

 先程感じた恐怖とは比較にならないほどの恐怖に翼は目の前にいるセレナと戦っていた事を忘れてしまう。それほど、目を離したくても離した瞬間に殺されるかもしれないという恐怖が勝っていた。

 

「ッ切歌ちゃん、調ちゃん!」

 

 セレナも未来の異常を感じとって恐怖したが、仲間の二人の危機を感じ翼を放っておいて二人の元に駆けて行った。

 その後ろを翼は追いかけることもせず、ただただその背中を見つめるしか出来なかった。

 

 

 

 セレナが異常に気付いて急ぎ切歌たちの元に向かう間、二人は未来の猛攻に回避する事しか出来ずにいた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「こいつ、気でも狂ったのデスか!?」

「ッ切ちゃん危ない!」

「およ!?」

 

 調の声に切歌は身体を無理矢理捻り、振り下ろされた斬撃を回避した。

 一閃により橋の鉄柱を両断し、地面を破壊して穴だらけにする。

 一撃でももらえばシンフォギアの防御能力を簡単に突破し、その下の生身すら無慈悲に切り刻んでしまうほどの重い斬撃。それをギリギリで回避するも反撃する隙はない。

 

 逃げる二人と殺意を持った未来だったが、その間に緑の光が割り込むとそこに無数のノイズが現れて二人を守るように壁になった。

 

「なぁにをやっているのです!早くここから、ひっ!?」

 

 ソロモンの杖を使って二人を援護したウェルだったが、その方法は火に油を注ぐようなものだった。

 

 現れたノイズを見た未来の脳裏には、未来から大切な親友を奪った悲しくて辛くて忌々しい過去が蘇る。

 

「ノイズ……?ノイズううううあ゛あ゛あ゛あ!!!」

「もっとヤバくなったデス!?」

「しまった、博士が!」

 

 二人を無視してノイズを召喚したウェルに向かって怒りに支配された未来は黒紫の刀を構え、進路にいるノイズを簡単に灰にしていく。

 

「ひ、ひいいいい!?」

 

 錯乱するようにノイズを次々と召喚するウェルだが、未来は片っ端からノイズを倒してどんどんウェルに近づく。そしてほんの僅かな時間で未来の黒紫の刀の射程範囲にウェルを捉えた。

 ウェルの身体を両断する刀の軌道。それを未来の後を追いかけて来た切歌と調はウェルの身体が真っ二つになる光景が目に浮かぶ。だがその光景は現実にならなかった。

 

 振り下ろされた斬撃を遮るように黒いマントがウェルと未来の間に割り込み、黒紫の刀を包む事で斬撃を受け止めたのだ。

 

「間に合った!」

「「セレナ!」」

 

 刀を封じたと見たセレナは未来に向かって黒い大槍の突きを放つ。

 未来が刀を離して回避するために距離を取るという計算で放たれた突きのため、それなりの威力と速度があり生身で受け止めたら戦闘続行は困難になるほどの突き。だったが、

 

「う、そッ」

 

 セレナは目の前のあり得ない光景に声を漏らす。

 当たれば幸と思って放たれた強力な突きを未来は空いていた左手で先端を掴むことで受け止めていたのだ。

 急いで大槍を引き戻そうとするが、今の未来の方が力が強いのか大槍はピクりともせず、逆に大きな隙を与えてしまうことになった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 叫びながらセレナに向かって殺意のこもった斬撃を放とうとマントの強力な拘束能力から黒紫の刀を無理矢理引き抜き、片手で大きく振りかぶる。防御は間に合わない。

 

「「させない(デス)!!」」

 

 振り下ろされる黒紫の刀を横からセレナを守るように大鎌と巨大な丸鋸が交差して止める。その瞬間、切歌と調は足元のコンクリートが砕けて足がめり込むほどの衝撃が走り二人の身体が悲鳴を上げた。

 未来は一人の腕力だけで切歌と調と拮抗する。いや、むしろ二人の方が押し負けつつあった。

 

「ッ重、すぎるデスッ!」

「これが天羽々斬の……ううん、この女の力ッ!?」

 

 ピキリ、と何かにヒビが入るような音が二人の耳に入る。

 見れば巨大丸鋸がついたアームと大鎌に小さな、だが目視出来るヒビが入り始めている。このままいけば二人のアームドギアは破壊されて未来の凶刃の元にどちらか、もしくは二人同時に命を奪われるかもしれない。仮に破壊された直後生き残っても追撃により確実な死が待っているそんな予感を感じた。

 

「二人はやらせない!」

 

 セレナはガングニールのマントを操って未来に向かって襲いかかり、ガラ空きだった腹部に強烈な一撃が入る。

 防御をせずにまともに入った一撃を受けて未来はゴムボールのように身体を何度も地面に打ち付けながら三人から遠く離れた場所まで吹き飛ばされ、橋の防護壁が砕けるほど強く背中を打ち付け、砂煙が未来の姿を隠した。

 

「はぁ、はぁ……なんなんデスかあれは!」

「これは、予想以上……」

「化物と思っていましたが、それでは生温いかもしれませんね」

 

 ほんの数回ぶつかり合っただけで感じてしまうほどの未来の異常なほどの戦闘力と異常性。

 コラボライブで見た未来もかなりの戦闘能力があると見ていたセレナは自分の観察力の甘さに奥歯を噛み締める。

 

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 突如大きな咆哮と共に防護壁の瓦礫を押し除けてボロボロになったシンフォギアを纏い、頭から血を流している未来が現れる。そんな状態でも、未来の瞳から戦闘の意思は消えていない。

 

「なッ!?」

「まだ立ち上がるデスか!?」

「なら立てなくなるまで……くうッ!?」

 

 立ち上がる未来に向けて黒い大槍を構えようとしたセレナだったが、先程まで軽々と振り回していた大槍が急激に重く感覚にバランスを崩しかけた。

 

(そんな、もうLiNKERが切れたの!?)

 

 どんどん重くなっていく大槍と目の前の敵を目の前に、セレナは目の前の怪物を相手に死を感じて絶望を隠せないでいた。

 

 油断なくアームドギアを構えるセレナたち三人ではあったが少しずつ力が抜けていき、先と同じ斬撃を放たれれば次は確実にアームドギアは破壊され、自身の身も血溜まりに沈むだろうと予感しながらもゆっくりと近づいてくる未来に対抗するしか生き残る術はなかった。

 

「殺す……敵は全部……ッ!?ごふっ!?」

 

 セレナの強烈な一撃を受けても戦闘の意思が消えていなかった未来が突然吐血し、大量の血が口からポタポタと流れ始め地面に膝をつく。

 痛みを我慢して立ち上がろうとする未来だったが、そう思えば思うほど身体がそれを阻止するかのように激痛が走り、更に吐血する。

 いまだ肌をチリチリと焦がすような殺気を感じながらも仕留めるなら今しかないと思った調が前に出ようとした瞬間、足下に赤いクリスタルのような矢が数本刺さり、それ以上進めなくなる。

 

「はぁ、はぁ、これ以上未来を痛めつけるってんなら、今度はあたしが相手になってやる!」

 

 切歌の一撃を受けて動けなくなっていたクリスが左腕を力無く垂らしながら無事な右手にボウガンを持ち、三人に向けて油断なく照準を合わせているた。

 

「ど、どうするんデスかセレナ!」

「さっきので私たちもかなりのダメージを負ってる。これ以上は今後に差し支えちゃう」

「分かっています。でも逃げる方法も……」

 

 未来たちもセレナたちも互いに戦闘続行が困難になるダメージを負い、このままでは死者が出るレベルに迫って来ていた。

 二課仮設本部である潜水艦の甲板にも人型の化物が入ったゲージを置いて来てしまっている。それを回収しに行こうにも動けばクリスに狙い撃ちにされる状況。

 

 どうにか撤退する方法を模索していたセレナだったが、突然空から聴き慣れたプロペラの駆動音が耳に入った。

 

「──大丈夫。どうやら間に合ったみたいです」

「な、あれは!?」

 

 セレナの言葉と同時に、突然クリスの上空からエアキャリアが姿を現したのだ。

 

『セレナ!ゲージの回収を!』

「分かっています!」

 

 通信機から聞こえたマムと呼ばれた女性の声に、セレナは再び橋の上から海に向かって飛び込み、漂流物を足場に急ぎ潜水艦の方に戻る。切歌と調はウェルとソロモンの杖を即座に回収してエアキャリアから伸ばされたロープに跳躍しながら掴んでいた。

 

「ぐっ、逃す、ッかはっ!?」

「未来!?」

 

 逃すまいと立ち上がろうとする未来だが、身体を動かした途端再び吐血し今度こそ地面に倒れ伏して気絶する。それを真横で見ていたクリスはロープに捕まる二人を撃ち落とすチャンスを捨てて未来の元へ近寄っていった。

 

 潜水艦の甲板に到着したセレナは化物の入ったゲージが無事な事にホッとし、すぐさま回収して頭の上まで来ていたエアキャリアから伸ばされたロープを掴かもうと手を伸ばした。

 

「ま、待て!」

 

 ロープを握る瞬間、後ろから呼び止められてセレナは振り向く。そこにはゲージを回収するチャンス、未来とクリスの援護をしに行くチャンス、潜水艦の甲板に到着してゲージを回収するまでの僅かな間無防備だったセレナを取り押さえるチャンス。その全てを未来の殺意に当てられて動けず、棒に振った翼が顔を青くしてそこにいた。

 

「……お前たちは、いったい何のために戦う?」

 

 前のライブでに戦った時に感じたちょっとした小さな疑問。その答えにセレナは。

 

「──正義では守れないものを守るために」

 

 それだけを残してセレナはエアキャリアに回収されてその場を離れていく。そしてセレナたちを乗せた謎のエアキャリアは突然視界から消え去りレーダーからも姿を消した。

 その後ろ姿を、翼はただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

「おい!誰か聞こえるか!?」

 

 橋の上でクリスが泣きながら通信機に向けて声を張り上げる声が翼の耳に入る。声の方に目を向ければクリスの腕の中でシンフォギアが解けた未来が口から血を流して倒れていた。

 

『どうした、クリス君!』

「未来が目を開けなくて、血が流れてて!それで、それで!」

『落ち着け!すぐに救護班を向かわせる!」

「早くしてくれ!じゃないと未来が死んじまう!」

 

 混乱したクリスを宥めるように話す弦十郎だったが、自分の手の中で目を開けない大切な人を見れば落ち着けるはずがない。

 自分を愛してくれた両親が突然目の前から消えてように、未来も離れていくような幻想が脳裏によぎり、クリス余計にまともに思考するとが出来なくなっていく。

 

「死ぬな、お願いだから!生きてくれ!未来ううう!」

 

 クリスは自分が血で濡れる事を気に止めず、救護班が来るまでただ未来を抱き抱える事しか出来なかった。

 

 その近くに、ビー玉程度の大きさの紫の結晶が落ちている事には気づいていない。




原作より切ちゃんたち強くね?と思う方々、それは全体的に現状のうちの装者たちの戦闘力は原作よりも低いためです。特に翼さんは眠っていたため二年分の経験値が丸々ない状態ですし。未来さんにいたっては現時点の響と戦闘能力は同じでも精神面で雲泥の差があります。事前に自傷技のようなもの使ってますしね。クリスちゃんだけが辛うじて同レベルかな?

潜水艦と橋の距離近すぎるように感じますが気のせいだ。気にしたらダメだ!

そして暴走を操るとか、イグナイト必要あるん?と思う方々。ある程度暴走を操れるからイグナイトなんて簡単に制御出来る……なんて甘い話は無いのですよ……GX編までまだ先ですがどんどん未来さんがいろんな意味でヤバァイ事になりますよ……

ちょいネタバレ?になりますがセレナさんの「切歌ちゃん」「調ちゃん」呼びは誤字ではないのであしからず。

……これでG編序盤てマ?

次回! 学園祭

明るい話題!になるはずもなく……


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六話

進む時は指が進む進む。この速さをキープしたい_(:3」z)_

生き残る人間が多い方が過酷なルート進むって、世の中理不尽ですねぇ(←犯人)。

取り敢えずまた日常回のようなもの。まぁ未来さんの状態を考えれば少々重い日常ですがね!

それでは、どうぞ!


 ──エアキャリア内にて。

 

「あうっ!」

「あ。大丈夫、きりちゃん?」

「ちょっと痛いデスけど大丈夫デ〜ス!」

 

 エアキャリア内に配置された腰掛けに座る切歌に調は慣れた手つきで怪我をしている箇所を治療していた。

 

 暴走した未来との戦闘は切歌たちに予想外の大きなダメージを受けていた。

 不意打ちと廃病院に侵入した際にガスとして未来、クリス、翼の三人にアンチリンカーと呼ばれるLiNKERとは逆にシンフォギアの適合係数を低下させる薬を散布していたため、戦闘能力が低下した未来たちなら簡単に倒せると思っていた。

 しかし、結局は隠れ家にしていたアジトが見つかり、セレナ、切歌、調は無視出来ない程度のダメージを負うという敗北と言っても良い結果だった。

 辛うじて全員無事なのと重要な物の確保が出来ていたのが救いか。

 

「いやぁ、まさか二課の情報収集能力があれほどのものとは。少し甘く見ていましたね」

「ドクター……」

 

 ノックもせずに自動扉からウェルが無遠慮に部屋に入ってくる。アジトを失ったのは痛手だというのに危機感のないウェルの顔を見てセレナも眉を潜めた。

 

「お前!連中にアジトを抑えられたら計画実行まで何処に身を潜めればいいんデスか!」

 

 今回、セレナたち装者三人とマムと呼ばれた初老の女性、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤが別行動を取る際、アジトにはウェルが残っていた。

 そしてその間、完璧と言ってよかった隠蔽工作に()()()穴が出来、その穴から慎次は僅かな情報を抜き取った結果が未来たちにアジトが見つかったのだった。

 

 ウェルを見て切歌が立ち上がり身長差を物ともせずにウェルの白衣の胸ぐら掴もうとするがその手をセレナが掴んで止めさせる。

 

「やめなさい。こんな事しても何も変わらないのですから」

「でも!」

「私はやめなさいと言ってるの。暁さん」

「うっ……」

 

 まだウェルに掴みかかろうとする切歌をセレナは柔和な顔から目を鋭くして睨んで止める。その目を見て切歌は渋々といった顔で出していた腕を降す。それを見てセレナも無言で掴んでいた手を離した。

 

「驚きましたよ。謝罪の機会すらくれないのですから」

「言い訳は結構。貴方のミスでアジトを失った事には変わりませんから」

「嫌われたものですねぇ」

 

 反省の色が無いウェルに今度は調もウェルを睨みつける。切歌にいたっては今にでも殴りつけそうだった。

 

『三人ともおやめなさい』

 

 セレナたちのいる区画に取り付けられたモニターにナスターシャの姿が映し出される。それを見て切歌はウェルを殴ろうと振り上げようとした拳を解き、調はゴミを見るような目でウェルを一瞥した後モニターの方に向く。

 

『虎の子を守りきれたのが目下の幸い。とはいえアジトを抑えられた今〝ネフィリム〟に与える餌がないのが我々にとって大きな痛手です』

「……ネフィリム」

 

 ネフィリム。それは廃病院で未来たちを襲い、セレナが回収したゲージの中にいた人型の異様な化物の名前。

 そして、セレナから大切な人を奪った存在の名前。

 その名前を聞いてセレナはナスターシャから見えない位置で強く拳を握るが、顔までは制御しきれずいつもの柔和な顔を崩して怒りを隠しきれずに目つきが鋭くなった。

 

「今は大人しくしてても、いつまたお腹を空かせて暴れだすか分からない」

 

 壁一枚挟んでいて見えないが、格納庫にて隔離したネフィリムがいつ眠りから覚めるか気が気でない。目覚めた時に餌を欲すれば暴れるのは自然の道理。それが例え普通の生物でなくとも何かを得て生きる生きているならそれは避けられない道だった。

 

「持ち出した餌こそ失えど全ての策を失ったわけではありませんよ」

『それはどういう事ですか、ドクター』

「今言っても良いのですがね、取り敢えず今日は休みませんか?貴女方も疲労が見られるようですし。今後の作戦に支障をきたしては元も子もなくなりますから」

 

 モニターに映るナスターシャの疑問に人の良さそうな笑みを浮かべるウェルだがセレナたちを見てさも「良い人」を演じるようにセレナたちを心配するような仕草をする。そんなウェルを見て切歌と調は気味悪がり嫌悪感を丸出しにした表情が出ていた。

 

『……それもそうですね。後日詳しい内容を聞かせてください』

「分かりましたよ。ナスターシャ教授」

『貴女たちも十分な休息を取りなさい』

 

 ナスターシャは表情を変えずにウェルの提案を承諾する。そしてセレナたちの方を向いて僅かに笑みを見せた後モニターが切れた。

 

「では、僕はここで失礼させてもらいますよ」

「何処へ行く気ですか、ドクター?」

 

 モニターが消えた事を確認するとすぐさまエアキャリア内にある自分の研究室へ向かおうと身を翻すウェルをセレナは強めの口調で呼び止める。

 ウェルはセレナから見えない位置で舌打ちをして再び振り返る。その時には既に貼り付けたような笑みを浮かべていた。

 

「いやなに、()()()の調整をしなければならないのでね」

「切り札……例の〝神獣鏡〟の装者の事ですか?」

「ええ、調整が甘いようでまだ上手く起動しないのでね。とは言っても、ほとんど完成しているので後は微調整ぐらいですが」

 

 セレナたちの計画要となる聖遺物、〝神獣鏡〟。光の反射等、鏡に起因するいくつかの特性を備え、 更には機体を不可視とするばかりか、振動、その他シグナルの一切を低減・遮断し、 索敵機器の目をくらませる効果がある。今セレナたちが乗るエアキャリアがニ課の索敵範囲から消えたのはその聖遺物の性能によるものでもある。

 そして、その神獣鏡の装者こそセレナたちの計画で最も重要な存在であった。

 

「……まるで機械のように扱うのですね」

「では神獣鏡に適合する装者を連れてきてください。でしたらすぐにでも辞めますよ」

 

 ウェルの言葉に嫌悪を込めてセレナは言い返すが、ウェルは用意してあったかようにすぐさま返す。

 

 神獣鏡はその特殊性から適合する装者が見つからず、最後の手段として適合係数は低いものの可能性がある女性を調()()して作り上げると言う非人道的で非道な道を取ることになっていた。

 やり方もさる事ながら、それが可能な手段を持つウェルにセレナは今すぐにでも排除したい人間として嫌悪していた。それをしないのはセレナたちの目的の為に必要な事であるからであり、そうでなければウェルと協力はしなかったであろう。

 

「……顔も見た事の無い人に興味はありません。ですが作戦を確実にするものにしてください」

「ええ。絶対に、()()()、貴女方の目的のために完璧に仕上げてみせましょう」

 

 不敵な笑みを浮かべてそう言い残したウィルは今度こそ部屋から出て行く。そして部屋にはセレナ、切歌、調の三人が残った。

 

「──セレナ」

 

 ウェルの去った自動扉を睨みつけながら拳を握るセレナの服の裾を調が引っ張る。振り向けば調とその隣に切歌が並びセレナを見上げていた。

 

「どうかしましたか。暁さん、月読さん」

 

 見上げてくる二人の瞳から目を逸らしつつ、何か言いたげにしている切歌と調の方に身体を向けた。

 

「さっきセレナ、私たちの事、昔みたいに切歌ちゃん、調ちゃんって呼んでたデスから……」

「ッ」

 

 純粋な切歌の言葉にセレナは胸が強く締め付けられるような痛みに襲われる。

 

「マリアがいた時みたいにまた「気のせいです」セ、セレナ……?」

 

 切歌の後に続こうとした調だったが、すぐさまセレナは強い口調で否定し、二人から逃げるように身を翻して部屋から出て行こうとする。それを止めようと手を伸ばすがその手を振り払うようにセレナは振り返りもせずに何も言わず急いで部屋から出て行った。

 セレナが立ち去った扉を悲しそうに見つめる切歌の手を調は強く握りしめる。切歌だけは何処にも行かないでほしいと願いながら。

 

「……もう無理、なのかな……昔みたいに戻るのは」

「調……」

 

 ナスターシャも入れて五人で幸せだった昔を思い出して嗚咽混じりの涙を流す調を切歌は強く抱きしめて自分も密かに涙を流す。

 

 残された切歌と調の嗚咽が部屋に寂しく響き渡るのだった。

 

 ──────────────────

 

 ──病院にて

 

 朝でもなく、昼には早い時間。

 ニ課お抱えの病院の一室にて、小日向未来は目を覚ました。

 

「ん、んん……ここ、は?」

 

 目を開けてすぐに見たのは何度も見た事のある天井。そして嗅ぎ慣れた病院の独特の匂い。それにより、未来は自分が今病院にいるのだと気づく。

 自分の身体を見れば左腕は包帯とギプスをされていて、頭には包帯が巻かれていた。身体も筋肉痛のようにあちこち痛みが走っている。

 

(確かウェル博士を拘束して……翼さんを追いかけて……あの子たちとまた戦って……)

 

 最後に残ったいる記憶は調の巨大な円状の刃の突撃を防ごうとしたが刀が折れて橋の防護壁に向かって吹き飛ばされ、強く背中を打ち付けたところで、その後は頭に霧がかかったように思い出せない。

 

「……そうだ、あの後クリスの声が……うん?」

 

 頭にかかった霧が薄くなるのを感じたが、その前に自身の腹部が少し重い事に気付いた。

 痛みを我慢して上半身を起こすと、そこには椅子に座った状態でベットに上半身を預けた状態で眠っているクリスがいた。

 

「んん……あぁ?」

 

 未来が動いた振動を感じたのかモゾモゾと身動ぎすると寝ていたクリスが口に涎の跡を残したまま顔を上げる。そして起き上がった未来と目がバッチリ合った。

 

「おはようクリス。ゆっくり眠れた?」

 

 愛しい大切な人であるクリスの頭を優しく撫でる。優しく微笑むその姿は何処か神々しくもあり、母親のような穏やかさがあった。

 クリスは未来に頭を撫でられながらジッと十秒ほど見つめて、そして瞳に涙を溜めた後未来を強く抱きしめた。

 

「バカやろう!心配かけさせやがって!どんだけ心配したか!」

「うん、ごめんね」

「ほんとに、ほんとに……よかったッ」

「もう、クリス泣き虫なんだから」

 

 強く抱きしめられて身体に痛みを感じながらも震えながら嗚咽を漏らすクリスの背中を優しくあやすように叩く未来であった。

 

 

 

 数十分後、未来が目覚めた事を聞きつけて弦十郎と慎次と了子、そして少し遅れて奏と翼も病室に集まる。病院にはニ課の息がかかっていたため病室が大きな部屋であったのが幸運だった。

 

「まったく、あれほど無茶はするなと言っただろう」

「すみません。でもあの時はあれしか無事に切り抜ける方法はなかったもので」

「ここにいる時点で無事とは言えんがな」

 

 ベットで上半身を起き上がらせて横になっている未来を弦十郎頭を抱えながらため息を吐く。後ろにいた奏と翼は弦十郎の言葉に何度もうなづいていた。

 

「そうよぉ?特にクリスちゃんなんて貴女がここに運び込まれた時、いつもの強気な態度は何処に行ったのか探したくなっちゃうくらい泣きじゃくって」

「そ、そんな事ねぇ!適当なこと言うんじゃねぇよ!?」

 

 了子のおちゃらけた言葉にクリスは顔を赤くして否定する。だがクリスの頬についた涙の跡と目の下に付いた見ればそれが嘘か本当かすぐ分かることだった。

 

「えっと、私どれくらい眠っていたんですか?」

「ん?そうだな、丸々二日だな」

「そんなに……」

 

 二日間も眠っていたと聞いて未来は驚きを隠せないでいた。

 実際、散布されたアンチリンカーのせいでシンフォギアへの適合率が低下した状態での戦闘とわざと半暴走状態を作り出した事への身体の負担、そこから敵対する装者の戦闘でダメージを受け、止めに暴走直前ギリギリのかつて弦十郎でさえ怯んだ怒りと殺意に塗れて我に失った状態。

 どれをとっても未来の身体に大きな負担をかけているのは誰が見ても明らかだった。

 

「学園祭は明日よ。だから今日はゆっくり休みなさい」

「え、参加してもいいんですか?」

「おうよ!なんたって一年に一回のお祭りだからな!出れるなら出たほうがいいに決まってる!まぁあたしは一般参加だけど」

 

 自分の無理で怪我をしてしまい、参加出来ないと思っていた未来だったが、意外と参加出来るならしても良いと言われて反応に困ってしまう。

 どう反応するのが正解か迷っていると了子がニッコリとしながら近づいて手に持ったカルテを未来に見せる。見方は分からなかったが、複雑骨折やら内臓の検査等の項目が所狭しに書かれており、頬がヒクヒクしてしまった。

 

「でもぉ、その後は数日は入院してもらうけどね♡」

「うっ、でっでも私、四ヶ月くらい学校に通っていないので進級が危ういのですが」

 

 天羽々斬の装者に目覚めてから弦十郎に保護されるまでおよそ二ヶ月。その後の入院で一ヶ月以上。そして落ちてくる月を破壊後の隠蔽工作のための三週間の軟禁。

 元から勉学は嫌いじゃなかったため成績は悪くなく、今では精神が安定してリディアンに通っているものの、出席日数は秘密裏に二課が操作したとはいえギリギリ。これ以上は進級出来なくなってしまう。

 そう考えていた未来だったが、その肩に翼はゆっくりと優しく手を置いて「大丈夫だ」と言った。

 

「二年間眠っていた私が進級出来ているのだ。数日くらい問題ない」

「それもそうですが……そういえば翼さん、どうやって進級出来たんですか?」

 

 前々から思っていた疑問。

 当時一年生だった翼は二年前のライブ事件からずっと眠っていた。その間、世界に名を轟かせるツヴァイウィングの方でも活動せずに、なんの知らせもなく休止していた以上退学処分となっても不思議ではない。

 だが翼は問題なく進級して三年になっている。それが不思議でならなかった。

 

 未来の質問に翼は窓の方に顔を向けて何処か遠くを見つめていた。

 

「勉学は苦手ではなかったのだが……人間、頑張れば二年間の授業内容を一週間で頭に叩き込めるものなのだ」

 

 なんとなく目が死んでいる翼の言葉に未来は咄嗟に慎次を見ようとするが、当の本人はいつの間にか音もなくその場から消えていた。

 

「ま、まぁともかく!身体に無理をさせない程度に学園祭は楽しめ。我々とて、キミに普通の日常を送って欲しいと思っている。怪我の具合から心から楽しめるかは分からないがな」

「はい。お心遣い、感謝します」

 

 翼の状態を見て話題を変えようと弦十郎は無理矢理話題変換する。少し早口になりながらも密かに楽しみにしていた学園祭に参加出来る事に未来はお礼な言葉と共にお辞儀した。

 

「さぁて!怪我人に気を遣わせるのも身体に毒だし、私たちはそろそろ帰りましょっか!」

「そうだな。それでは俺たちは仮設本部に戻る」

「奏、私たちも次の仕事が」

「やっべ!忘れてた!んじゃな小日向!」

「無理せず今日は寝てなさい。それじゃ」

 

 病室から未来を気遣って次々と出て行く。奏と翼は次の仕事があるため早歩きで去っていった。

 そして病室には未来とクリスの二人が残ったのだった。

 静かになる病室で二人は気まずい空気の中ただ黙る事しか出来ず、静かに時間が過ぎる。

 長い沈黙に耐えかねて最初に口を開いたのは未来だった。

 

「……ごめんね、心配かけて」

「……」

 

 再びクリスに謝罪するが、クリスは黙ったまま俯いて何も答えない。

 自分が悪いと自覚しているため何もいえず困っているとクリスはそっぽを向いたまま迷いながら口を開く。

 

「……んさい…あたし…しょに……」

「?ごめん、聞こえなかった。もう一回「だから!」ク、クリス?」

 

 小声すぎて途切れ途切れにしか聞こえず、聞き返そうとしたらクリスが顔を赤くして立ち上がり、やけくそのように声を張り上げた。

 

「学園祭!あたしと一緒に周ってくれるんなら許してやるっつってんだよ!」

 

 未来は大声をあげたクリスに目を丸くして驚いたが、耳まで真っ赤にして目が泳ぐクリスを見て自然と笑みが浮かぶ。

 

「ふふ。うん、それくらいならお安い御用だよ」

「言ったな!?絶対だかんな!」

「はいはい」

 

 顔を赤くしながらもクリスの背中で猫の尻尾のようなものが左右に揺れているのを幻視する未来であった。

 

 その後、まだ完全に許していないクリスの頭を撫でたり抱きしめたりして機嫌を取ろうとするが、その度にクリスは顔を赤くして強引に離れようとするため中々上手くいかず全部徒労に終わってしまう(この時既にクリスの心臓は医者が心配するレベルの心拍数であった)。

 諦めて病院の面会時間が終わるまで二人は終始笑顔が絶えず楽しそうに話し合っているのだった。

 

 

 ──────────────────

 

 二課仮設本部である潜水艦に戻る道中、車の中では弦十郎と了子は二人だけであったが、その顔はあまりにも真剣すぎていた。

 

「それで、未来君の身体の具合はどうだ?」

「現代医療だと()()()()、って言ったところね」

「そうか……」

 

 了子の言葉に弦十郎は更に深刻そうに眉をひそめる。

 

 激しい怒りと殺意によってシンフォギアの色が変わる。これがシンフォギアの特性の一つであれば問題はない。だが、それならば翼が眠りについた後の奏でも未来と同レベルとは言わずともシンフォギアの色に何か変化があったはず。だが、奏のシンフォギアは特に()()()()()()()

 だが現実問題、未来の天羽々斬のシンフォギアは未来の激しい怒りと殺意により変色を繰り返している。シンフォギアに影響を与えるほどの強い感情とも取れるが、未来は普通の装者とは違っていた。

 

「LiNKERを投与していない以上、身体へのダメージの多さは疑問すぎる。それに」

 

 言葉を切る弦十郎に合わせて了子はチラリと弦十郎に目を向ける。その視線を感じた弦十郎は胸ポケットの中からあるものを取り出す。それはビー玉程度の大きさの小さな紫の結晶だった。

 

 先日の戦闘後意識不明となった未来の近くに落ちていた謎の結晶。これを了子が調べたところ聖遺物までには届かないが、僅かながらも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに未来はLiNKERを投与しなくともシンフォギアの能力を十全に発揮できる適合者。いくらアンチリンカーによる適合率の低下と暴走による負荷が加わった事を加味しても、身体へのダメージの多さはその身を滅ぼすシンフォギア最後の切り札である絶唱と並ぶダメージであった。それはあまりにも大きすぎだ。

 だが病院の設備で検査した結果未来の身体に問題はなしと判断された。明らかに異常なのに、だ。

 

「たんに無茶しすぎって取れるけど未来ちゃんは融合症例。翼ちゃんやクリスちゃんみたいな純粋な装者とは同じ目線で見ていいのか分からないわ」

 

 シンフォギアの変色と未来の身体へのダメージ。それが今のところ天羽々斬の欠片を心臓付近に埋め込まれ融合症例となった未来にしか見られていない現象であるため楽観視できない。

 そして未来の近くに落ちていた天羽々斬の反応がある謎の結晶。

 

「何も無ければそれで良い。俺たちの考えすぎならなお良い。だが」

 

 弦十郎の勘は言っていた。これは()()()()()()と。

 このままでは未来が危ないと囁いていた。

 

「やっぱり学園祭に行かせず検査した方がよかった?」

「……かもしれんな」

 

 通常の検査結果から違和感を覚えていた弦十郎はすぐさま未来を二課仮設本部にある医療器具と聖遺物に関する機器で未来を検査した方が良いと思っていたが、一度検査が始まれば数日は外に出歩く事が出来なくなる。そうなれば近々開かれる新しくなったリディアンの最初の学園祭に出られなくなってしまう。それを憂いた結果、学園祭が終わった後に検査するという段取りとなった。

 だが、改めて未来の身体の異常さを考えれば未来に嫌われるのを覚悟で無理矢理にでも検査させるべきだったかもしれないと若干後悔していた。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。シュルシャガナとイガリマの装者。フィーネ。行方不明と思われていたウェル博士。そして未来君。やらなければならない事が多すぎて頭が痛いよ」

「休暇は当分お預けね」

「ああ。今週は借りたいDVDがあったんだがな」

 

 笑いながら問題は何一つ解決していないが今は悲観してはいけないと喝を入れる弦十郎とそれを見て微笑む了子だった。




セレナさんがどんどん追い詰められていく……早く再会させてあげたいがそうは問屋が下さない。しかもこれからまだ追い詰めるとか……貴様さては鬼畜だな?(←お前だ)
変顔眼鏡野郎の言う切り札の神獣鏡の装者が誰かを知らないセレナさん……手が触れる距離にいても気づかないものは沢山あるんですよ…

次回予告が学園祭だったのに学園祭要素がない!やっちまったな!

響「未来が……未来がああぁぁ!」
作者「(やべえ、出番の無さと未来さんがNTRれ気味で狂い出して破壊神ヒビキの兆候が!?)」


次回! 学園祭と不穏な影


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七話

今度は無理矢理詰め込み回。上手く文章調節出来ねぇ。進みも遅せぇ_(:3」z)_

相変わらず、奏さんの私服姿は皆様のご想像にお任せします。ファッションセンス0の私には荷が重い_(:3」z)_

確認のためにG編観てましたが、いくら学園祭でも冷凍うどん堂々と売るかね普通……しかも500円……JKだから許される事なのか?それとも知らないだけで冷凍うどんという料理名があるのか?

歌詞の部分を斜体にしたらそっちの方が歌ってる感あったので過去の歌の部分(と言ってもFIRST LOVE SONGと絶唱くらいですが)も同じように斜体にしました!

※R2.10月05日。思いついた伏線の為少々文章を改変。誤字と思われる部分かもしれませんがお気になさらず(゚∀゚)


 ──学園祭当日。

 

 新設リディアン音楽院は建設されて初めての学園祭、〝秋桜祭〟が開催されていた。

 上級生下級生分け隔たりなく、一般参加した人間も多い。そしてそれに見合うような盛り上がりを見せていた。

 

「ほら、早く次行こうぜ!」

「そんなに焦らなくても学園祭は逃げないよ?」

 

 未来の手を引きながら片手にたこ焼きや焼きそばと言った食べ物が入った袋を持ってクリスは次の出店に急ぎ足で向かっていた。

 最初こそ気乗りしていなかったクリスだったが、未来と一緒に周れるのを良い事にいつもの彼女には見られないような眩しい笑顔を見せていた。それに釣られて未来も自然と笑みが浮かんでいた。

 

 沢山の出店を周りながら歩いていると、見知った顔の二人の姿が見えてくる。

 

「お、小日向と雪音じゃんか」

「二人とも、相変わらず仲が良いのね」

「奏さん、翼さん!」

 

 走り周っていた二人の前にツヴァイウィングとして忙しいはずの制服姿の翼と昨年リディアンを卒業した奏が私服にサングラスと変装しているようでしていない格好で親そうに話しかけてくる。

 

「どうだい、怪我の具合は?」

「はい。まだちょっと動くのが辛いですけど大丈夫です」

「無理はしてはダメよ?雪音も、あまり小日向に迷惑かけないように」

「あたしが迷惑かけるの前提かよ!?」

 

 その場でしばし談笑した後、四人で学園祭を周る事になった。

 奏はクリスに負けず劣らず食い意地が張っているのか次々と食べ物系の店を制覇していく。アーティストのため翼が止めようとするが、久々のお祭りに奏は止まることを知らない。それに負けじとクリスもかなりの量を食していた。

 かき氷の早食いで奏とクリスが同時に頭を痛くしたり、チョコバナナを食べようとした未来を何故かクリスが顔を真っ赤にして止めたり、クリスの頬についた食べ物のカスを未来がそっと取った事によりクリスが目を泳がせる光景を見た奏と翼が何故か口の中が甘くなった気がしたりと、多少ハプニングがありながらも学園祭を満喫していた。

 

 未来は四人で学園祭を周り、久しく忘れていた幸せを感じているとリディアンに建設されている音楽ホールで行われているステージで友人である板場弓美、安藤創世、寺島詩織の三人の出番が近づいていた。

 

「む、もうすぐ板場たちの出番だな」

 

 三人を知らない奏と翼とは残念に思いながらも未来はここで二人と別れようと思い、近くにいた翼の方へ近寄って話しかけようとしていたが翼が腕時計を見て呟いた。その中に、知っている人間の名前が出てきて未来は不思議に思った。

 

「あれ、翼さん板場さんたちのこと知ってるんですか?」

「ああ。共通の趣味の友人のようなものだ」

「共通の趣味?」

「あーいや、気にするな。小日向も知り合いだというのなら共に見に行こうではないか」

 

 翼はクリスの方を一瞬チラリと見ると少し言葉を濁しながら向き直る。

 接点がないと思っていた友人とどんな共通な趣味があるが気になったが聞く前に翼はそそくさと急いで音楽ホールのある方へ向かって行く。

 

「誰なんだい、そいつは?」

「えっと、私の友達なんですが……翼さんと繋がりなんてないと思ってたんですけどね」

「んな事より、見にいくなら早く行こうぜ」

「あ、待ってよクリス!」

 

 翼と弓美たち三人の関係に疑問を浮かべているとクリスが未来の手を優しく握り、翼を追いかけるように引っ張っていく。バランスを少し崩しながらもクリスの隣に立った未来は取り敢えずは今は楽しもうと頭を切り替えて音楽ホールの方へ向かうのだった。

 

「……なんか「付き合ってます」って言われても信じそうだな」

 

 知ってか知らずか、未来とクリスが恋人つなぎで歩いていく様子を後ろで見ていた奏は後日糖尿病の検査をしようと決めたのだった。

 

 

 

 

「行ったデスか?」

「みたい」

 

 未来たちが去った近くの物陰から伊達眼鏡をかけた切歌と調が顔を出す。

 

「あの人たち、あっちの建物に向かったね。私たちも……あれ?」

 

 未来たちを尾行しようと物陰から出てきた調だったが、今さっきまで隣にいた切歌がいない事に気づた。

 

「調!あそこのたこ焼き美味しそうデスよ!」

 

 焦って辺りを探そうとすると少し離れた後方で切歌が嬉しそうに満面の笑みで手を振っていた。

 調は呆れが混ざった瞳で切歌を「じ────」と見つめるとその瞳を向けられた切歌は何度か後ろを振り返りながら調の元に戻ってくる。

 

「私たちの任務は学祭を満喫する事じゃないよ、切ちゃん」

「わ、分かってるデス!これもまた、捜査の一環なのデス!」

「捜査の?」

「人間誰しも美味しい物に引き寄せられるものデス。学院内のうまいもんMAPを完成させる事が捜査対象の絞り込みには有効なのデス!」

 

 さも名案というように学園に入るときに配られた「うまいもんMAP」と書かれた地図を調に見えるように出す切歌。その地図にはその名の通り、学園祭で生徒たちが出している出店の場所が書かれた地図だ。

 

「でも、全員一緒に行動してたよ?」

「あう!そ、それは……」

 

 二人の捜査対象である未来と翼とクリスの三人の装者とかつて装者だった奏は共に行動している。であるならばわざわざ別の場所を捜索せずとも後を追って行動するのが理にかなっていた。

 焦って目が泳ぐ切歌に調は頬を膨らませて詰め寄る。追い詰められた切歌は地図を見て一瞬残念そうな顔を見せるがすぐに頭を切り替えて真剣な表情を作る。

 

「……心配しないでも大丈夫デス。この身に課せられた使命は一秒たりとも忘れてはいないデス」

 

 思い出すのは昨日ウェルが話したネフィリムに関しての事だった。

 未来たちがアジトを制圧した事により、ネフィリムの成長に必要な餌である聖遺物の欠片はニ課に押さえれていた。だがウェルが持ち出していた聖遺物の欠片は残り少なく、どの道遠からず補給が必要だった。

 

 そのための対策、それは未来たちが使うシンフォギアのペンダントを奪い、ネフィリムの餌にする事だった。

 

 その話を聞いたセレナは自分が未来たちを打ち倒して手に入れようとしていた。

 ニ課仮設本部に侵入して手に入れるという方法もあるが、潜水艦として水中にある仮設本部に侵入する事自体至難の技であり、その中には未来以上の化物がいるという情報がある以上、半信半疑であれ実行するのは躊躇われるため、戦闘によって打ち倒す事を画作した。

 だがそれを否定したのは他の誰でもない、切歌と調だった。

 

「セレナが力を使うたび、フィーネの魂がより強く目覚めてしまうデス。それはセレナの魂を塗りつぶしてしまうという事デス」

「そんな事、絶対にさせない……!」

 

 いまだ完全にフィーネに魂を乗っ取られていないセレナが一瞬だけ見せた悲しそうな顔が目に浮かぶ。二人はセレナがフィーネになる事を受け入れて悲しんでいると思い、少しでもセレナでいられる時間を伸ばそうと必死になっていた。

 故に、切歌と調が戦う理由は世界をのためではなく、セレナを守るのが二人の戦いと誓っていた。

 

「でも、どうやって手に入れるデスかねぇ……」

「取り敢えず今は追いかけよ?」

「そうデスね!」

 

 何処かの朝の番組の掛け声のような返事をして二人は未来たちが去っていた方を追いかけるのであった。

 ちなみに切歌が道中にあったたこ焼きを買い、調に怒られながらも二人はそのたこ焼きを美味しくいただいた。

 

 ──────────────────

 

 ──音楽ホール内にて

 

 中が暗くなった音楽ホールにて壇上にライトが当てられ、そこに次々と生徒たちが歌や漫才を披露していく。周りには生徒以外にも一般参加してきた地域住人が所狭しと用意された椅子に座っていた。

 未来たち四人は入ってすぐ、丁度四人分の席が空いているを見つけて座る。幸い一番後ろだったのと暗かったためツヴァイウィングの奏と翼が入ってきた事には誰も気付いていなかった。

 

「結構人入ってんだな」

「そうだなぁ。まあみんな女の子見たさで集まってるんだろうけどさ」

「奏。それは偏見よ?」

「へいへい」

「ふふ。あ、次板場さんたちの出番みたいですよ」

 

 小声で談笑しているとステージの端から他の生徒とは違い、何やら特撮物のコスプレをした弓美と創世と詩織が現れた。

 

「ふむ。あれは電光刑事バンか」

「知ってんのか翼?」

「ああ。あれは電光刑事バンというアニメで正義のために悪の改造犯罪者を捕まえる熱い漢の」

「ごめん、全然分かんない」

「何!?あれまさしく防人の本来あるべき姿の「カーン」な!?何故途中で止める!?「『二番が泣けるというのに(っていうのに)!!!』」

 

 歌の途中で無情にも鐘一つが鳴り響き、それを聞いた翼の悲壮な声が壇上で悔しがる弓美の声と奇跡的にハモる。

 世界的有名なツヴァイウィングの片翼である風鳴翼がアニメの曲を最後まで聴けなかった事で膝をつく姿なぞ、誰が想像出来ようか。

 

「……あんたらは何も見なかった。いいね?」

「「あ、はい」」

 

 翼の見たくなかった姿を見てしまったもう片翼である奏の死んだような目を見て断ることの出来なかった未来とクリス。珍しくもクリスでさえ敬語になりながら大人しく頷くのであった。

 

 その後も生徒たちの歌や劇といった様々な催しで場は盛り上がっていた。特に歌に関しては奏と翼がアーティスト目線となり厳しめの審査したりと少し目的が変わりつつも四人も楽しんでいた。

 

「あ、雪音さん!」

「ああん?げっ」

 

 ステージを未来と楽しく見ていたクリスの後ろから突然誰かが話しかけてくる。振り返れば三人の女生徒が立っており、未来は見た事がないがクリスはその顔を見て嫌そうな顔をしていた。

 

「お願い!登壇まで時間がないの!」

「嫌だっつってんだろ!」

 

 三人の女生徒の内一人がクリスに願い出るがクリスはそれを考える余地無しと乱雑に断った。

 

「おいおい。いったいどうしたんだい?」

「雪音さんに勝ち抜きステージで歌ってほしいんです!って天羽先輩!?」

 

 雪音ばかり見ていた三人は近くにいた奏を見て驚きいていた。

 三人はあたふたしていたが今はそれどころじゃないのだろう。少し残念そうな顔を見せたが再びクリスの方に顔を向けて懇願する。

 

「なんであたしが出ねぇといけないんだよ!」

 

 少し大きめの声で怒鳴ったせいで近くの人間が後ろを振り向く。ギリギリなところで未来が奏と翼を自分の身体で隠して騒ぎにはならなかったが、クリスは周りの事を気にせずに怒りをあらわにしていた。

 実はこの話は前からされており、その間もクリスは断り続けていた。未来と共に学園祭を周ろうと思っていたクリスからしたら余計な事で未来と共にいられる時間が減るのは度し難い案件だったからだ。

 楽しい気分を害されて苛々を隠さずに三人を睨む。フィーネに鍛えられたのと捕虜になって荒んだクリスの睨みは一般人であればすぐに逃げ出してしまうほどの凄み(一部可愛らしいという評価を得ている)を持っているが、その睨みを物ともせずに気の弱そうな女生徒が微笑みながら一歩前に出てくる。

 

「だって、雪音さんすごく楽しそうに歌ってたから」

「なっ」

 

 その言葉にクリスは動揺隠せずに目が泳いでしまう。

 今は亡き両親の「歌で世界を平和にする」という周りからしたら馬鹿らしい夢。その夢のせいで両親を失い自身も捕虜として凄惨な日々を過ごしたクリスからしたら歌は憎む対象だった。

 そんな自分が楽しそうに歌っていたと言われて信じられない気分になっていた。

 

 動揺するクリスの手を隣にいた未来は優しくそっと握る。それに気づいたクリスは振り向くと未来は安心させるような柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「クリスは嫌い?歌うのは」

「それは……」

「クリスが本当に嫌だって言うなら私からも言ってあげる。でも、少しでも歌いたいって思うなら歌ってみても良いんじゃないかな」

「未来……」

 

 暖かい手で握られながら優しい笑みを向けられ、クリスはまだ心の中に迷いを持ちながらも深呼吸をしてゆっくりと目を閉じる。そしてかつての自分と今の自分を思い浮かべ、迷う自身の心の声に耳を傾け、そして──

 

 

 

 

「さ〜て!次なる挑戦者は!」

 

 司会役の女生徒ステージの方に手を向ける。そこにライトが集まり次の挑戦者が出てくるのを今か今かと待ち続け、そして少し合間があってからゆっくりとステージに立つ決心をしたクリスが緊張しながら出てくる。

 壇上の真ん中に立つとクリスを中心にライトが集まりクリスがこの場の主人公になった。

 イントロが流れ始めるのと同時にクリスは暴れる心臓を落ち着かせ、そしてその雪の音のような声から歌が紡がれた。

 

 

まだ見ぬ本当の自分の事が 自分自身でもわからなくて

 

誰かに手を差し伸べて貰って 傷みとは違った傷みを知る

 

モノクロームの未来予想図 絵具を探して でも今は……

 

何故だろう 何故だろう 色付くよ ゆっくりと

 

花が 虹に 誇って咲くみたいに!

 

放課後のチャイムに 混じった風が吹き抜ける

 

感じた事無い居心地のよさに まだ戸惑ってるよ

 

ねぇ こんな空が高いと 笑顔がね……隠せない

 

 

 最初は小さかった声が少しずつ大きくなっていく。それに合わさるように歌に感情が入り、張りも響きもただの歌の上手い女生徒という枠組みから逸脱し始める。

 

「これは……」

「ああ。なんか心があったかくなるな」

 

 クリスの歌声を聴いてプロである翼と奏も思わず感嘆する。シンフォギアが纏えるだけのフォニックゲインを有した声だとかそんな不粋な考えは無く、むしろこの時ばかりは二人からシンフォギアの事は頭から消えていた。

 観客も似たような物なのだろう。クリスの歌を聴いて呆然としながらも皆優しい笑みを浮かべて聞き惚れていた。

 

 

なぜだろ?「大丈夫だよ」って言葉 教科書のどこにも載ってなくてさ

 

あのとき どうしたら良かったのか 夢を半分こした今ならわかるよ

 

「信じるってこと」「大切なもの」 やっと見つけられた ダカラ行ク……

 

陽だまりと 温もりと 厳しさも 繋がりも

 

ぜんぶ ぜんぶ くれた場所を守る為に!

 

憧れの制服 鞄には流行りのキーホルダー

 

普通の女の子みたいな時間をありがとう…みんな

 

ねぇあたし 似合ってたかな

 

友達を……出来たかな……?

 

 

「ふわぁ……」

「凄い……」

 

 未来たちから離れた位置に座る切歌と調も壇上で歌うクリスの歌に聴き惚れていた。

 セレナもプロのため歌は上手く、シンフォギアを纏う二人もそれなりに歌が好きだった。だがここまで心が躍り聞き惚れてしまう事は無く、最後に歌を心から楽しいと思ったのはまだ幼い時だった。

 倒すべき敵だと分かっていても壇上で歌うクリスから目が離せず、どんどんその歌にのめり込んでいく。

 

 

笑ってもいいかな……許してもらえるのかな……

 

あたしは あたしの せいいっぱい、せいいっぱい……

 

こころから、こころから… あるがままに うたってもいいのかな…!

 

 

(……楽しいなぁ。あたしは、こんなに楽しく歌を歌えるんだ……)

 

 クリスは歌っている間に、この学園への日々を思い出していた。

 ほとんどは未来と一緒にいる記憶だが、その中には未来以外との記憶もあった。

 両親が亡くなってからというもの、親しい友人なぞ出来るはずがなく他人を信用する事が出来なかったクリスが転校という形でリディアンに来た当初、周囲の空気に馴染む事は出来なかった。

 それでもクリスに話しかける生徒は多く仲良くなろうとしてくる生徒も多々いたが、人付き合いを学んで来れなかったため距離感を掴めず突き放すような言葉を投げかけた事もあった。

 

 そんなクリスでも、仲良くなろうと歩み寄る女生徒はいた。三人の女生徒もその一部だ。

 少しずつ雪が溶けるように、他人を受け入れて未来以外にも笑みを見せる事が多くなり、どんどんクリスの魅力が増していったのだった。

 

 

太陽が教室へとさす光が眩しかった

 

雪解けのように何故か涙が溢れて止まらないよ

 

こんな…こんな…暖かいんだ…

 

あたしの帰る場所

 

あたしの 帰る場所……

 

 

 歌いきり、何処かスッキリした顔でクリスは天井を見上げる。そして僅かな合間の後ホールを揺らすほどの拍手と喝采が響き渡る。

 

(……そっか。ここはきっと、あたしがいても……いいところなんだ。そうなんだろ、未来)

 

 ライトのせいで観客席は暗く未来のいる場所は分からなかったが、未来がいる方に向けて見た人を惚れさせるような眩しい笑顔を浮かべる。それに釣られるようにクリスの付けている赤い雷のような形のヘアピンもキラリと光っているのだった。

 

 

 

 

 クリスが歌い終わり、ホール内が拍手喝采の中。遠くの観客席でクリスの歌に聞き惚れていた奏と翼も心からの拍手を送っていた。

 

「いやぁ。まさか雪音がこんなに良い歌を歌うとはねぇ。なぁ、翼?」

「うん。この時間の間は私たち負けてたものね」

「だな。有名になって調子乗ってるつもりは無かったけど……はは、こりゃ負けらんねぇな!」

 

 予想以上のクリスの歌に二人は正直にこの時間の間はその歌唱力に負けていたと認めていた。それくらい、今のクリスの歌はみんなを虜にしていた。

 

 クリスの歌に触発されて奏と翼は謎の気合をいれる。だが拍手の嵐の中ただ一人だけ、二人からは顔が見えない位置で未来はクリスの立つ壇上を見つめるだけで拍手も何もしていなかった。

 

「?どうしたんだ小日向、ってっ!」

「おま、なんで泣いてんだよ!?」

「……ぇ」

 

 未来の顔を見て二人は驚く。未来は二人に言われて初めて気がついたというように自分の頬を触れると大粒の涙を流しているのに気づいた。

 未来は涙を何度も拭おうとするが涙は止めどなく溢れ、更に未来の頬を濡らしていく。そして耐えられなくなったのか、拍手喝采の中で顔を赤くしながらも笑顔を見せるクリスを放っておいて走ってホールの玄関に向かって走り出した。

 

「小日向!」

「ッ翼はここにいてくれ。あたしは小日向を追う!」

「でも……ううん。分かった任せる」

「おう!雪音にも戻って来たら伝えておいてくれ」

 

 そう翼に言い残して、奏は未来が走り去った後を追うのであった。

 

 ──────────────────

 

 まだ人通りが多く、学園祭を謳歌している生徒や一般人が楽しそうに笑いながら歩く中、未来はホールから近い、建物の影に隠れて今は人がいない広間を一望出来る場所で手すりに手をついて俯いていた。

 

 涙を止めようとしても脳裏に浮かぶクリスの歌う姿と声を思い出して再び涙が未来の頬を濡らす。何度も目元を拭いた事で少し赤くもなって来ていた。

 

「小日向!」

 

 遅れて未来を探して走っていた奏が未来を見つけて走りやってくる。若干汗で服が張り付き、少々艶やかな姿になっていたが汗を拭く事もせずにゆっくりと未来の方に歩く。

 

「どうしたんだよ。急に泣いて。何かあったのかい?」

「……なんでもありません」

「おいおい。何でもない事はないだろ?」

「…………大丈夫です」

「いや、でも」

「放っておいてよ!」

 

 心配した奏が未来の肩に触れようとした瞬間、未来は大声で叫んで奏の手を強く振り払う。直後、未来は自分が奏の手を叩いた事に気付いて一瞬涙を溜めたままの顔の目が見開いてた。自分でも驚いているようだ。だが未来は奏に謝ろうともせず、顔を見せないように気まずそうに背を向けた。

 

「……大丈夫ですから。今は……一人にしてください」

「…………分かった。取り敢えずあたしはホールに戻るよ。なんかあれば連絡くれよな」

 

 あまりにも普通でない未来を心配する奏だが、今は下手に刺激ない方が良いかもしれないと思い、未来を見つけた事を良い事にその場を去って行った。

 

 奏が去って行く気配を感じ、完全に消えた後、未来は制服というのを気にせずにその場に座り込んでしまう。そして再び流れた涙はコンクリートの地面に落ちる。

 

「ッ……響……響ぃ……」

 

 今はいない、かつて自分の命と同じくらい大切だった親友の名前が震える口から漏れる。そしてダムが決壊するように大声で泣き叫んだ。その声は幸か不幸か先程の音楽ホールから漏れる、クリスの次の生徒であろう歌がかき消している。

 

「ごめんね……私……やっぱり響がいないと……」

 

 クリスの歌を聴いて未来も最初はその歌声に聞き惚れていた。

 まるでクリス自身を歌っているような曲に暖かくなる心を感じ、心の底から感動していた。だが今は亡き親友の形見である赤い雷のような形のヘアピンをつけたクリスが楽しそうに歌っている姿を見て未来は思った。思ってしまった。

 

 

 ここに響がいればもっと楽しかったのに。

 

 

 そう思ってしまった事に気づいた未来は急いで落ち着こうとしたが、一度決壊したダムは簡単に止まる事は出来なかった。

 

 響がクリスの歌を聴いたら何を言うのだろうか。

 響がクリスと仲良くなったら二人はどんな感じになるのか。

 響がクリスと歌ったらどんな曲になるのだろうか。

 響が奏や翼と並んでいればどんな話をするのだろうか。

 響と一緒に学園祭を周ったらどうなるのだろうか。

 響が……

 響が……

 

 もう訪れる事のない()()()を考えて未来は何度も涙を流す。

 考えてはいけないと思っていても壊れた心の隙間からこぼれ落ちた感情が止めどなく流れ落ち、そして抑えきれない想いが涙となって未来の瞳から落ちる。

 目元は痛く、喉もカラカラで痛い。そんな身体になっても涙は流れて悲しい雄叫びが響いていたのだった。

 

 そして十分間か、あるいはそれ以上泣き叫んだ未来は泣き疲れて、まるで精魂尽き果てたかのように疲れ果てた瞳で空をボーッと見つめていた。

 

「…………もどろう」

 

 勝手にホールから去った事をクリスが怒っているかもしれない。

 咄嗟だったとはいえ奏の手を振り払った事を謝らねばならない。

 心配しているであろう翼にも会わないといけない。

 そんなネガティブな考えしか思い浮かんで来ないままホールに戻ろうと思い振り返った。

 

「あうっ!」

「ッ」

 

 突然、横から現れた少女とぶつかり、互いに尻餅をついてしまった。

 すぐ謝らなくてはと思い立ち上がろうとするが、足が言うことを聞かず立ち上がらない。

 

「いたたた……だ、大丈夫デスか、ってお前は!」

 

 横から現れた少女、暁切歌は自分の臀部(でんぶ)をさすりながら立ち上がりぶつかった人物が敵である未来だと気づくと数歩後ろに下がって警戒態勢に入り、いつでもシンフォギアを纏えるように赤いクリスタルのペンダントを握る。

 警戒する切歌に対して未来は座り込んだまま動こうとしなかった。

 訝しげに思って警戒しているとチラリと見えた未来の頬が濡れていたのに気づいた。

 

「?なんで泣いてるんデスか?」

 

 質問した直後、何故自分が敵対する未来にそんな質問をしたのか分からず切歌は混乱した。

 

「……私ね、大切な友達がいたの」

 

 混乱する切歌を置いて地面を見つめながら未来は正気が抜けたような顔でポツリと呟いた。

 

「幼稚園から一緒でね、人助けが趣味だったの。それで怪我したりして私も全然安心出来なくてあの子の周りのお世話をなんでか私がやってた」

 

 未来も何故そんな話をするのか自分で理解できていなかった。だがきっと、誰かに自分と立花響の話を聞いて欲しかったのだろう。誰かに話すだけで、それこそ敵である切歌に話すだけで心が少し軽くなって行くのだから。

 

「ずっと一緒だと思ってた。大人になって、結婚して、お婆ちゃんになっても、響とはずっと友達と思ってたの。でも……」

「……死んじゃったんデスか?」

「……」

 

 黙ってしまう未来を見て切歌は自分の言葉が合っているのだと確信する。そして悲しみに沈む未来の姿が、かつてのセレナと重なって見えた。

 ここで未来を捕まえる事も、倒す事も可能と分かっていても切歌はその手段を取らずにペンダントから手を離した。

 

「……大事な人がいなくなるのは、とても悲しい事です。私も調やセレナやマムがいなくなるなんて耐えられないと思うです。でも」

 

 警戒はしながらも未来に近づいた切歌は何を思ったのか未来の頭に手を置いて撫で始めた。

 急な事に未来は少し驚き顔を上げると、目の前の切歌は今は亡き親友と似た眩しい笑顔を作っていた。

 

「私だったら調やセレナには生きていて欲しいと思うです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って思うですよ」

「ッ!」

 

 その言葉を聞いて未来は目を大きく見開く。切歌の言葉はかつてフィーネとの戦いにおいて夢と現実の狭間で見た響と同じ言葉だったからだ。

 

「私がそう思うから、もし調やセレナに同じ事を言われても頑張ろうと思うです!私の大好きな二人が好きでいてくれる私でいられるなら、どんな苦難も乗り越えてやるです!」

 

 やる気に満ちている切歌の言葉にボロボロになっていた心が暖かくなるのを感じた。

 切歌がどんな人生を送って来たのか未来は知らない。だが、目の前にいる切歌の答えはかつて自分も出した答えと同じだった。その答えに至るだけの切歌にとっての苦難があったのは予想出来る。

 

「アナタにとっての大切な人がどう思ってるのかなんて知らないですが、アナタの知ってるその人は今のアナタを見てどう思うんですかね?」

 

 かつて未来が敵対していたフィーネに向けて言った最後の言葉を、何も知らないはずの切歌に言われて動揺するも、その言葉は今の心にスッと当てはまった。

 

 きっと響が生きていれば今の自分を抱きしめるだろう。励ましてくれるだろう。涙を拭ってくれるだろう。そして前に進もうと手を引いてくれるだろう。そうするのは容易に想像出来た。なんせ長い間共にいた大の親友だったのだから。

 そんな優しい親友が今の自分を見ればもう思うか。それも前から分かっていたはずの答えだった。

 自分でたどり着いていたはずの答えを自分で見失っていた事に羞恥を覚えて顔が赤くなる。だがいつの間にか先程まであった心を押しつぶすような悲しい気持ちは霧散していた。

 

「……ふふ、ありがとう。励ましてくれて」

「いえいえ。こんな事で……ってなんで私は敵を励ましてるんデスかね?」

 

 本気で分からなかったのか真面目な顔で考え込む切歌の頭に大きなハテナマークが浮かんでいるように見えて噴き出す直前で耐える未来であった。

 

「切ちゃん何をやって、って貴女はっ!」

 

 切歌が現れた通路から黒髪ツインテールで小柄な少女、月読調が現れる。そして未来を見るなりギアペンダントを握りシンフォギアを纏おうと口を開こうとしたが、その直前に切歌に口を押さえられて歌う事はできなかった。

 

「こんな所で悪目立ちしちゃダメデスよ!?」

「ん、でもあの偽ぜ「おい、待ちやがれ!」ッ切ちゃん!」

「わわわ、お喋りする時間なんてなかったの忘れてたデス!逃げるデスよ調!」

 

 切歌は調の手を引いてその場から走り去っていく。

 その後ろ姿を未来はただ呆然と眺めていると、通路から奏と翼が走って現れた。

 

「ちい!すばしっこい!」

「まだ遠くに行っていないはず!私は正門の方に周るから奏は追いかけて!」

「おうよ!小日向も手伝ってくれ!」

「あ、えっと、私」

 

 何やら急いでいる奏と翼の剣幕に未来は一瞬十中八九敵である切歌と調を追いかけていると分かっていてもどうしようか迷ってしまい、オロオロしてしまう。

 

「……なんで泣いていたかは話せるときに話したらいいさ。今は取り敢えず、アイツらを見つけないと!」

 

 そう言って奏は切歌たちが走って行った方に向かい、翼はリディアンの正門の方へ走っていく。未来はまだ混乱していたが取り敢えずは奏の言う通り二人を追うために軽くなった身体を立ち上がらせて走ろうとすると、前から肩で息をしているクリスが現れた。

 

「ゼェ、ハァ、未来!アイツらは何処へ行きやがった!?」

「向こうへ走って行ったけど奏さんが追いかけてるから私たちは他のルートで行こう」

「そうか!なら早速」

「その前にいいかな」

 

 少しふらつきながらも走り出そうとしていたクリスを未来は呼び止める。焦ってたため少し変なポーズになっているのはご愛嬌か。

 

「今日、話したいことがあるから時間作れる?」

「……なんの話か知らねぇが、未来の頼みならぜってぇ時間作る」

「ありがとう」

 

 未来は今自分が抱いている気持ちを、抱いてしまった気持ちをクリスに話そうと思った。

 未来にとっての一番今も響ではあるが、クリスも大切な友人の一人であり、響とはまた違った特別な人間でもあった。故に切歌の言葉で目が覚めたのもあり、クリスを悲しませてしまうような隠し事をしたくはなかった。もし、これで自分の事を嫌いになってしまうのであれば、それを受け入れる覚悟もしていた。

 

「んじゃさっさと追いかけるぞ!」

「うん!」

 

 明るさを取り戻した未来はクリスと並んで切歌と調を追いかけるために走り出すのであった。

 

 ちなみ、当然の如く途中でクリスの体力が尽き、未来にお姫様抱っこされて顔を赤くしたのは秘密、になる前に弓美たち三人娘に見つかっているのを知らないクリスであった。

 

 ──────────────────

 

 未来たちが切歌と調を追いかけてものの数分。完全にリディアンの地形を把握し切れていない二人は前方に翼、後方に奏、そして脇道の所から現れた未来と未来にお姫様抱っこされたままのクリスに囲まれて身動きできなくなる。

 

「追い詰めたぞ!観念しやがれ!」

「うう、囲まれたデス(なんであの人お姫様抱っこされてるデス?)」

「失敗(なんであの人、お姫様抱っこされてるんだろう?)」

「おっと、無駄な抵抗はすんなよ?(なんで雪音はお姫様抱っこされてんだ?)」

「お前たちには聞きたいことがある。素直に我々について来てもらうぞ(カメラを持っていればよかった!)」

 

 少々場の空気に合わない事をしている未来とクリスに目が行ってしまった四人だが、すぐさま頭を切り替えて真剣な表情を作る。

 

「……数の上では貴女たちに分がある。だけど、ここで戦う事で貴女たちが失うものの事を考えて」

 

 チラリと横を見る調の目を追えば、今未来たちがいる場所は正門近くの人の出入りする場所。もしここで戦闘にでもなれば装者の事が明るみに出る事以前に怪我人だけでは済まなくなる可能性が大いにある。

 

「てめぇ、そんな汚ねぇ事を言うのかよ!さっきあんなに楽しそうに歌ってたのに!」

 

 怒りを隠し切れていない奏が調に向かって言う。

 道中未来がクリスから聞いた話では、未来が音楽ホールから出た後クリスの次の挑戦者というのが切歌と調の二人であった。何か目的があったらしく勝負してその何かを成し遂げるつもりだったようだ。

 そして二人は奏と翼の前でツヴァイウィングの曲である『ORBITAL BEAT』を歌い会場を湧かす。そして結果発表の際、二人は突如急いでホールから走り去って行った。それをクリスたち三人も追いかけている途中、未来と切歌がぶつかりさっきの話の流れとなった。

 

 聞けば歌っていた二人も楽しそうに歌っていたらしく、それ故に会場の湧きもクリスに迫る勢いだったらしい。

 

「……私たちは戦わないといけないの?」

「うっ」

 

 未来は真っ直ぐ切歌の見る。その目を直視した切歌は先程の大切な人を失った悲しみで涙を流していた未来の姿を見て思い出し、簡単に「敵だ」と言えず口ごもってしまった。

 

「こ、ここで今戦いたくないだけ……そうデス決闘デス!然るべき決闘を申し込むのデス!」

 

 咄嗟に出た子供じみたこの場での戦闘の回避方法に調も含めて唖然としてしまう。だが人のいる前で戦う事が出来ない未来たちからしたら受け入れるしかなかった。

 

「決闘の時はこちらが告げる。だから」

 

 調は切歌の手を取ると翼の隣を通り抜けてい堂々と正門の方へ歩いていく。ここで二人を捕まえようとしても人目がある以上無用な混乱を呼ぶ事を考えれば今この場では二人を見逃すしかなった。

 何も出来ずに歯嚙みする思いで二人の背を見つめる奏の通信機が震える。取り敢えず繋げてみればよく知った声が通信機から聞こえた。

 

『四人とも揃っているな?』

「弦十郎のダンナか」

『ああ。先程ノイズ反応パターンを検知した。ほどなくして反応は消失したが念のために周囲の調査を行う。奏も本部で待機してくれ』

「あいよ。──って事で、今はあの二人は放っておいてあたしらは仕事をしに行きますかねぇ」

 

 奏は頭の後ろで手を組んで見た目では納得したような風を装い、正門の方へ歩く。あれほど楽しそうに歌っていた切歌と調が悪い奴らとは到底思えなかった。

 

「仕方ない。小日向と雪音もいいな?」

「はい」

「ま、仕事だし仕方ねぇな」

 

 奏と似たような事を思う未来たちも奏の後を負って正門の方へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んでさ、いつまで雪音はお姫様抱っこされたまんまなの?」

「ッ!!??」

 

 奏に言われて切歌と調と話していた時からずっと未来にお姫様抱っこされたままだったクリスは耳まで真っ赤にしながら急いで未来に降ろしてもらう。未来も未来でさも当然というようにクリスをお姫様抱っこしていたので何故か周囲に奇異の目で見られなかった。世の中不思議である。

 

「これが『尊い』というものなのか……」

「……」

 

 翼が変な方向に成長している気がしていたがあえて何も言わない奏であった。

 

 ちなみに後日、学園祭で未来にお姫様抱っこされているクリスを()()発見した仲良し三人娘のうちの一人である寺島詩織が()()持っていたカメラで二人を()()写した写真を翼が高値で買い取っている姿を見て、奏は何故か故人を見るような目で空を見上げていたという。

 そしてその憂いを感じる姿が評判となり、天羽奏個人の評価が爆上がりし、その理由を考えてまた死んだような目になる奏の姿が度々見られるようになったのだった。




実は行室モノクロームでクリスちゃん推しになった作者です。30分近くリピートして30分近く涙腺崩壊して脱水症状になりかけましたわ。

少しずつ弓美ちゃんに毒されていく翼さん…あれ、影で全く考えてない予定外の設定が出来たぞ?てか一番キャラ崩壊起こしそうな流れだ!?でもアニメくらいでキャラ崩壊なんて……あ、弦十郎のダンナと同じ風鳴の血を引いてるんだった……いや、これ以上翼さんをネタキャラにする訳には……。

翼「残念ではあったがなかなか良い歌だったぞ、板場」
弓美「ありがとうございます!風鳴先輩!」
翼「うむ。ところで他に何かオススメのアニメはあるか?」
弓美「風鳴先輩なら剣が似合いそうなのでーー」
作者「おま、それ以上はヤメロォ!」

その後、慎次すら見たこともない剣の型を練習していた翼がいたとか。


風鳴翼の趣味

修行
クリス観察
アニメ鑑賞←New!

次回! 神剣、再び黒に染まりて 

どれだけ精神が安定しようと悪魔(作者)の魔の手からは逃れられない……


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八話

さあ未来さんが暴れる……直前の話。原作で言えば五話Bパートくらいですかね。なので色々控えめ……のはず。まあ次回が、ね。クリスちゃん大丈夫かな……


それでは、どうぞ!


 弦十郎からの呼び出されて急ぎニ課仮設本部の直令所に集まる未来とクリスと翼と奏の四人。そして巨大モニター映し出された何処かの倉庫を弦十郎は了子と共に見つめていた。

 

(遺棄されたアジトと大量に残されていたノイズ被害者の痕跡。これまでと異なる状況は何を意味している……)

 

「なぁダンナ。結局あいつらはなんなんだよ?」

「ん、すまん」

 

 自分たちを集めるだけ集めて何も命令せずにただ知っとモニターを見つめている弦十郎に切歌と調の遭遇と突然の収集に楽しい気分を害されてイライラしていた奏が語尾を強めて話しかける。それに申し訳なさそうに弦十郎も振り返った。

 

「まだ不確定要素はあるが、フィーネと名乗った組織は米国政府に所属していた米国連邦聖遺物研究機関〝F.I.S.〟の一部職員が統率を離れて暴走した集団らしい。ソロモンの杖と共に行方知れずとなり、そして再び現れたウェル博士もF.I.S.の所属の研究者の一人」

「それに加えてまだ噂の段階だけど、F.I.S.は日本政府が情報開示以前よりも前に存在しているみたいなのよん」

「……つまり、米国と通じてたフィーネが由来した研究機関って事か」

 

 了子の言葉に一番最初に反応したのはクリスだった。

 今この場にいる中で〝櫻井了子〟として生きていたフィーネではなく、〝フィーネ〟を見ていたのはクリスただ一人だけだった。

 故に、フィーネが米国とどのような繋がりがあったかは分からなくとも米国と繋がっていたというのは知っていた。そして聖遺物に関して最も詳しかったのも間違いなくフィーネだ。そこから導き出された答えは今クリスが言った通りだ

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴの纏っていた黒いガングニールのシンフォギアは、かつて奏君が纏ってシンフォギアとは寸分違わぬものだった」

「米国と繋がっていたフィーネがガングニールの一部を持ち出して造られたのがあの黒いガングニールのシンフォギア。それが今のところの私たちの見解よ。おそらく、シュルシャガナとイガリマもフィーネが独自のルートで手に入れたのものをF.I.Sに流していたと推測されるわ」

 

 了子の身体を乗っ取っていたフィーネは陰で米国政府と繋がって研究や聖遺物の横流しをしていた。であるならシンフォギアに適する聖遺物を手に入れる事も難しく無いだろう。未確認なだけで他の国とも繋がっている可能性も大いにあった。

 探索する範囲が広がった事により聖遺物の発掘、研究を行っていたとしてもフィーネ一人で二課で確認されているシンフォギアに適した聖遺物を六つも探し出すのは至難の技だっただろう。それに加えてネフシュタンの鎧やダインスレイフ、カ・ディンギルも全てフィーネが関わっていたため、さすがに一人では依代が何度か寿命が尽きてしまうだろう。

 だがフィーネはセレナたちの纏うギアを除いても三つのシンフォギア とネフシュタンの鎧の覚醒、カ・ディンギルは完成させた。当然この中には米国政府の介入もあっただろう。

 結局は返り討ちにあったが聖遺物の情報を独占しようとした米国政府にフィーネは襲われたが。

 

「……だけど妙だな。米国政府の連中はフィーネの研究を狙っていた。F.I.Sなんて機関があって、シンフォギアまで作っているのなら、その必要は無いはず」

 

 クリスはフィーネと長くいたから、何を狙っていたか当時は分からなくとも米国政府に狙われていたことを知っている。だが弦十郎の話によればF.I.Sはそれよりももっと前から存在した事になる。フィーネの研究が大事なものであったとしても無理して手に入れる価値はあったのだろうか。

 

「……政府の管理から離れ、暴走している現状から察するに、F.I.Sは聖遺物に関する技術や情報を独自判断で動いているとみて間違い無いと思う。その中にはきっと政府でも把握していない聖遺物かそれに類する何かを有していて、米国政府はそれを狙っているのかもしれない」

「翼の言うことが合ってたとして、セレナたちは自分たちの国まで敵に回して何をしようとしてんだろうな」

「それが分かれば苦労はないのよぉ!情報が足りない上に断片的すぎてあの子たちの目的の全容はさーっぱり!」

 

 翼と奏がうんうんと頭を悩ませて考えるが了子は大袈裟目にお手上げと表現する。

 セレナたちの正体が分かっても目的が分からない以上動くに動けず、ソロモンの杖の件もあるためノイズに警戒しながら動きを見せるまで情報収集を続けるしか無い。完全に受け身の形になってしまっているが、残念ながら今はそれが最善の方法だった。

 

「──時に未来君。一つ聞いて良いかな?」

「はい、何でしょうか?」

 

 クリスも合わせた四人でセレナたちの事を話し合っているのは遠巻きで見ていた未来に弦十郎は声をかけた。

 弦十郎は少し考えるそぶりを見せたがすぐさま未来の方に身体を向けて口を開く。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴが本当にフィーネだったとして、キミはいったいどうする?」

「関係ありませんよ」

 

 弦十郎の言葉に、予想外にも未来は考える暇なく淡々と即答した。

 あまりの疑う余地の無いような真っ直ぐな未来の言葉に言葉を失った弦十郎だったが、未来はそれを気にせずに話を続ける。

 

「あの人がフィーネの生まれ変わりでもそうじゃなくても、私の大切なものを壊そうとするなら止める事には変わりません。まぁ、もし本当にフィーネだったら少し強めに分からせるつもりですけど」

「……何をどうやって分からせるつもりなのかは聞かないでおこう」

 

 ニッコリと笑みを見せる未来に自分が何故か分からないが冷や汗を流しているのに気づく弦十郎。ふざけていると思いたいが、フィーネとの最終対決での未来の心情を考えればおふざけで終わるものなのか怪しいものだった。

 

(どちらにしろ、セレナ・カデンツァヴナ・イヴが気の毒だな)

 

 苦笑いを浮かべながらも敵であり撃破または捕縛する対象であるセレナの命が少し心配になってくる弦十郎であった。

 

 ──────────────────

 

 ──ヘリキャリア内にて。

 

 セレナたちが乗るヘリキャリアは技術派生で機械的に加工され組み込まれている神獣鏡のシンフォギアの能力の一つで機体を透明化させて移動していた。

 

「セレナ!出てきてくださいデス!セレナ!」

 

 ヘリキャリア内にある部屋の一つの前で切歌は何度も扉を叩いて中にいるはずのセレナに呼びかけるが、いくら呼んでも返事は返ってこない。切歌の後ろにいる調も心配そうに扉を見つめていた。

 学園祭でナスターシャからのアジトが追ってに襲われたと連絡で聞き、未来たちのシンフォギアペンダントを手に入れるチャンスを捨ててまでキャリアに戻って来たと思えばすぐさま移動を開始。だが帰って来てから今までセレナとは一度も顔を合わせておらず、ナスターシャが心配無いと言っても二人が安心できる材料にはならない。

 

「お願いデス!顔だけでも」

「切ちゃん」

 

 今にでも泣き出しそうな顔になりながらも扉を叩いていた切歌の肩に手を置いて止めさせる。振り返れば調も泣くのを我慢しているのか唇を強く噛んでいた。

 

「フィーネのせいだとしても、セレナはここを守るために戦って疲れたんだよ。今は……そっとしておこう?」

「調……」

 

 明らかに無理をして笑みを作っている調に切歌は何も言えず、迷いながらも扉を叩いていた腕を下ろす。安心したくて声だけでも聞きたかったが、今は我慢するしか無いと切歌も判断したのだ。

 

「それじゃ、私たちは行くからね」

「早く顔を見せるデスよ、セレナ」

 

 二人はとぼとぼと扉から離れて待機室のあるキャリア後方に歩いて去って行った。

 

 

 

 切歌と調が去って行く足音を聞きながらセレナは部屋の電気を消し、毛布で身体を包んで座っていた。

 

(──ごめんね。切歌ちゃん、調ちゃん……)

 

 心の中で二人に謝るがセレナはまだ立ち上がる事すら出来なかった。

 

 二人に追手に襲われたと連絡する数分前、キャリアを隠していた港近くの格納庫にセレナたちを追って来た米国の軍隊が襲撃して来た。

 キャリア内にいたセレナにナスターシャは迎撃するように言わられたが、生身では武装した兵士に敵うはずもなく、必然的にシンフォギアを纏って迎撃する事になる。だがセレナはシンフォギアでは兵士に大きな怪我をさせてしまうと思ったため躊躇してしまい、出撃出来なかった。それが更なる被害を広げるとも知らずに。

 

 セレナが迎撃を躊躇しているとキャリアに近づく兵士たちの前にソロモンの杖を持ったウェル博士が立ち塞がった。そしてソロモンの杖を使い、現代兵器では撃破不能と呼ばれているノイズを召喚し兵士を襲わせたのだった。

 

 ──助けてくれぇ!

 

 ──こ、こっちにくるなぁ!

 

 ──逃げろぉ!

 

 ──死にたくない、死にたくな──

 

 

「ッ!」

 

 毛布を被ったままセレナは自身を強く抱きしめて震えを止めようとするが一向に止まる気配はない。

 どれだけ目をつぶろうと、どれだけ耳を塞ごうとセレナの脳裏に兵士たちが灰に変わっていく姿と断末魔が何度も蘇り、そして何度も後悔する。

 

(私がガングニールで迎撃していたら大きな怪我はしても死ぬ事はなかった。私が躊躇ったせいであの人たちは……)

 

 ノイズに組み付かれた人間はシンフォギアを纏っていない限り例外なくその身を灰へと変える。そこに()()()()()()()()()()()()()()()()()。何も残せず無情に変えられた人間はある意味最悪の死に方だろう。

 もし怪我をさせる事を躊躇わず戦っていればウェルはノイズを使わず、仮に死人が出たとしても原型が残っているならその骨を祖国に埋める事も出来た。だが元アジトに残ったのはもはや誰のものか分からなくなった大量の灰のみ。既に風に流されて殆どが知らない土地に流れて一生祖国の地を踏む事はないだろう。

 

 全て自分の中の甘さによって生まれた悲劇だった事にセレナは決めていた覚悟が揺らいでいた。いや、実際は人を殺める覚悟に欠けていたセレナにとってはその覚悟を壊すには十分すぎた。

 自分の手でなくとも今回で沢山の死人が出ている。もう後に戻る事は出来ない。

 

「……マリア姉さん」

 

 セレナは首から下げていたガングニールのギアペンダントとは違う、少し色が濁って大きなヒビが入った別のギアペンダントを握る。

 

 セレナの姉であるマリア・カデンツァヴナ・イヴはシンフォギアの適合者だった。

 六年前、F.I.Sの研究所にて研究途中だったネフィリムの覚醒により当時の研究員やナスターシャ、そして妹であったセレナを守るためにシンフォギアを纏い、たった一人でネフィリムと戦闘。しかし力の差は歴然であり、徐々に押されて行ったマリアはシンフォギアの切り札とも言える絶唱にて覚醒したネフィリムをもう一度休眠状態に戻す事に成功していた。

 たが幼いマリアに絶唱のバックファイアはあまりにも強力過ぎて身体の中をズタズタにしていた。そのせいで動くことが出来ず、落ちて来た瓦礫の間に挟まったセレナの目の前で爆煙に飲まれて行ったのだった。

 

 いつも優しく、厳しく、そして自分を愛してくれた姉が自分や研究員を守るために命をかけてネフィリムを停止させた。

 なのに自分が今やっている事は何だろうか。姉が守っていたものを破壊し、命を落とした原因であるネフィリムを自分の手で蘇らせて、自分は何を目指しているのだろか?

 

「私は……私の歌じゃ、姉さんみたいに誰かを守る事は……出来ないみたい……」

 

 扉の向こうへ漏れないように小声で涙を流した。

 

 ──────────────────ー

 

 時間は進み日は沈みかけ、空が赤く染まりかけた時間。セレナたちの乗せたヘリキャリアは空を飛んでいた。

 

「「セレナ!」」

 

 どれくらい泣いていたのか自分でも分からないセレナは少しふらつきながら部屋を出て待機室の方へ向かっていると丁度扉が開き、切歌と調がセレナの前に立つ形になり、彼女に気がつくやいなや二人はセレナに飛びついた。

 

「よかった……セレナの中のフィーネが覚醒したらもう会えなくなってしまうから……」

「何も言えずにお別れなんていやデスよ……ッ!」

「切歌ちゃん、調ちゃん……」

 

 しがみつく二人は涙を流す。セレナは二人の背中を優しくさすろうと手を伸ばすが、直前で手が止まりそのままさすらずに降ろした。

 

「……もう、大丈夫ですから。安心してください。暁さん、月読さん」

 

 弱い自分を見せてはいけないと言い聞かせて二人に心配かけないよう微笑みの仮面をかぶり、二人を少し強引めに引き離す。傍目から見れば人を魅了するような微笑みに見えるかもしれないが二人は違っていた。

 

「セレナ、無理はしないで」

「無理なんて──」

「でも顔が疲れてるデスよ。それに私たちの名前を……」

 

 切歌の言葉にハッとなるセレナ。

 何かを言おうとしても何を言えばいいか分からず、口をつぐんでしまった。

 

「──あまり時間もありません。早く次のアジトへ向かいますよ」

「ッ待ってほしいデス!」

 

 無理矢理話を終わらせて二人の顔を見ないように振り返って操縦室の方へ向かおうとするセレナの手を切歌が掴んだ。

 

「まだ私たちギアを手に入れてないデス!このまま引き下がれないデス!」

「決闘をする約束もした。だから!」

 

 二人の懇願にセレナはチラリと顔だけ振り返って二人を見る。あまりに真剣なその瞳に、セレナは耐えられなかった。

 

「……また、勝手な事をしたんですね」

「セ、セレナ?」

 

 再び顔を前に戻して切歌たちから顔が見えないようになる。だがその声音から怒っているのは二人にでも分かった。

 

「私たちがやっている事は遊びじゃありません。相手にあんな化物がいる以上私も貴女たちもいつ殺されるか分からない。それに米国政府から私たちは狙われているのですよ?捕まったら何をされるか分からない。なのに決闘に挑んで負けたら?あの人達が米国政府と繋がっていないという確証はあるのですか?決闘で死ぬ可能性がないと言い切れますか?」

 

 早口で二人を責めるような言葉が次々と出てくる。自分から始めた戦争だというのに何綺麗事を言っているのか自身で分かっていてもセレナは自分で口を止めることが出来なかった。

 二人には見えないが怒りで握る拳に力が入り爪が手のひらに深々と食い込んで血が滴り落ちる。だがその怒りは、誰に向けたものなのだろうか。

 

「まあ、そのくらいにしましょう」

 

 険悪な雰囲気を壊したのは意外にも別の扉から現れたウェルの声だった。

 

「……いったいいつからそこに?」

「最初からですよ。それほど大きくないキャリアの中で声を出せば誰でも気づきます。それより、別にいいではないですか。まだ致命的な状況ではないのですから」

「起きた後では遅いのですよ!」

「「セレナ!」」

 

 ウェルの軽い言葉にセレナは怒りで顔が歪む。そして感情を制御できなくなったセレナはウェルに掴みかかろうと大股で近づき手を伸ばそうとするが、その手を切歌と調がいち早く強く掴んで止めた。

 いつも冷静なセレナからは想像出来ない剣幕と怒りを向けられたウェルだったが、二人が抑えているからかあまり怖気ずく事なく堂々と立ったまま不敵な笑みを浮かべた。

 

「それにこの子たちが交わした約束、決闘とやらに乗ってみたいのですが」

 

 ──────────────────

 

 ──二課仮設本部にて

 

 

 それは突然の事だった。

 学園祭は終わり、今日はもう何もなく平和に終わるだろうという夕暮れ時にいきなり警報が鳴り響いた。

 

「ノイズの発生パターンを検知!」

「古風な真似を……」

「決闘の合図の狼煙のつもりかよッ!」

 

 ノイズはなんの前触れもなく現れるものだが、今のF.I.Sにはソロモンの杖がある。自然発生した可能性もあるがその可能性は低く、一番考えられるのはソロモンの杖を使い、自分たちの居場所を知らせているのだろうというのは容易に想像できる。

 

「位置特定!……ここは」

「どうした?」

「東京番外地、特別指定封鎖区域……!」

 

 朔也の報告されモニターに映し出された座標。それを見て未来たちは思わず目を見開いた。そこは、未来だけではなく、その場にいる全員に因果がある場所だった。

 

「カ・ディンギル跡地だと!?」

 

 ──────────────────

 

 日が沈み、月の光が世界を照らす時間。そんな時間に未来、クリス、翼の三人はかつてリディアン音楽院があった整地されていない荒れた大地を歩いていた。

 

「決着を求めるのにはおあつらえと舞台というわけか」

 

 未来と翼が通い、旧二課本部があり、そして了子の中にいたフィーネと戦った場所。封鎖区域であるため人はおらずらフィーネを名乗るセレナたちと戦うのには丁度良い場所だ。

 

「私がセレナを抑える。小日向と雪音はあの二人の装者を頼む」

「言われなくても分かってる。あんたこそ前みたいに負けんじゃねぇぞ?」

「ふっ、今回は万全だ。簡単に敗北なぞ……む?」

 

 半壊したカ・ディンギルに近づいた三人の前の岩の上で人影がある事にいち早く翼は気づく。ジッと目をこらせば予想外の人間がそこに立っていた。

 

「ウェル博士!?」

 

 そこに立っていたのはセレナやましてや決闘言い渡した切歌や調ではなく、未来たちを騙していたウェルがソロモンの杖を片手に悠々と立ち塞がっていた。

 ウェルがソロモンの杖を構えると結晶から緑の光線が放たれて地面に当たると数体のノイズがその場に現れた。

 

「行くぞ二人とも!」

「おう!」

「分かりました!」

 

 

 ──Imyuteus amenohabakiri tron

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 月明かりが照らす大地に青と赤と紫の光が輝く。そして光の中から未来たちはシンフォギアを纏い、それぞれのアームドギアを持って次々と現れるノイズに立ち向かった。

 

 翼の見惚れるような剣技で、クリスは鮮やかで繊細な射撃で、未来の力のある一撃をもって現れるノイズをいとも容易く灰に変えていく。

 前回はアンチリンカーにより適合率が下がった事でノイズを倒すのに苦戦はしたが、今回は万全の状態。今の三人にただのノイズがどれだけ現れようと倒せるはずがない。

 

「二人はどうしたんですか!」

「ああ。あの子たちは謹慎中です。だからこうして私が出張って来ているのですよ。お友達感覚で計画に支障を来されては困りますので」

「ッ何を企てる、F.I.S!」

 

 ウェルが止まらず召喚するノイズを蹴散らしながらの翼の問いにウェルは不敵な笑みを浮かべた。

 

「企てる?人聞きの悪い。我々が望むのは人類の救済!月の落下にて損なわれる無辜(むこ)の民を出来るだけ救い出す事だ!」

 

 はるか空の彼方で浮かぶ欠けた月を指差すウェルの言葉に未来たちはノイズが目の前にいる事を忘れて驚愕した。

 

「月の工程軌道は各国機関が三ヶ月前から計測中!落下になど結果が出たら黙ってなぞ──」

「黙っているに決まってるではないですか!」

 

 カ・ディンギルにて破損した月がどんな軌道をするか不明により日本以外の各国も月の軌道計算は常に続けている。結果の報告がないというのは特に問題のないという事だ。

 そう思っていた翼の言葉を、ウェルは真っ向から否定した。

 

「対処方法の見つからない極大災厄など更なる混乱を招くだけです。不都合な真実を隠蔽する理由など幾らでもあるのですよ!」

「まさか、この事実を知る連中は自分たちが助ける算段を始めてるわけじゃ」

「だとしたらどうします、貴女たちなら?」

 

 翼は何か言い返そうとするが言い返す言葉が見つからずウェルの言葉に何も言えずたじろぐ。そうしているとウェルの顔が勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

 

「対する私たちの答えが、〝ネフィリム〟!」

「なっ!?」

 

 突如ノイズを撃破していたクリスの足元を大きく揺らし、地割れが起こったと思うと地面からいきなり巨大な何が姿を現してクリスごと元いた岩場を吹き飛ばした。

 

「クリス!」

「こっちは大丈夫だ!心配すんな!」

 

 いきなりの奇襲にクリスが心配になった未来だったが、クリスが吹き飛ばされた方向には翼がおり、丁度よく吹き飛ばされたクリスを上手くキャッチしていた。そのおかげで余計なダメージを負う事なく、二本の足で立っていられる。

 

「この化物、もしやあの廃病院の?」

「にしてもデカすぎんだろ!何食ったらこんな短期間で成長するんだよ!」

 

 未来たちの前に立つのは数日前に廃病院で三人を襲った頭部の後ろが異様に伸び、碗部や脚部が異様な形状をして身体のあちこちから脈動する黄色い光を放つエイリアンのような容姿の化物ネフィリムだった。だがその時とは違い、単純に大きくなっていた。それに伴いそのいい知らぬ禍々しさのようなものも大きくなっていた。

 

「人を束ね、組織を編み、国を建てて命を守護する。ネフィリムはそのための力!ルナアタックの英雄たちよ!その力で何を守る!」

「耳を貸すな!今はこいつを片付けるぞ!」

「はい!」

「分かってらああぁぁぁ!!!」

 

 ウェルを無視して三人で一斉に巨大化しているネフィリムに突撃する。三人を見たネフィリムは腕を振り回して岩を削りながら襲いかかってくるが、いかんせん、動きが少々鈍すぎた。

 襲い来るネフィリムの一撃と地面をえぐった際の土や石の塊を華麗に避けながらクリスがボウガンで牽制し、未来が囮になって隙のできたネフィリムに翼が強力な一撃をお見舞いする。たが翼の一撃はネフィリムの体表にわずかに食い込んだが断ち切るには至らなかった。

 

「硬ッ!?」

「翼さん!」

 

 思いがけない硬さのネフィリムに手に痛みが走り顔をしかめてしまう。そして動きが止まった翼を逃すはずもなく、ネフィリムの巨大な腕が横にふるわれた。

 翼は未来の声でギリギリ防御が間に合うが、いくらシンフォギアを纏おうとも相手は化物。見た目通りの体躯から繰り出された強力な一撃は翼な防御を崩し、近くの岩場まで吹き飛ばされた。

 

「く、こんの野郎!」

 

MEGA DETH PARTY

 

 翼の方に駆け寄りながらクリスがミサイルの弾幕で動きを止めさせる。その隙にクリスが翼を回収して距離を取った。

 

 そしてその場に残ったのは未来とネフィリムのみ。

 

「はあぁ!」

 

 刀を構えたまま腰のブースターを噴かして突撃してネフィリムに斬りかかる。ネフィリムも未来を危険だと判断したのか巨体を動かして回避しようとするがあまり意味はなかった。

 

 未来は正面からぶつかるのではなく、地面や近くの岩場を蹴って無理矢理軌道を変更させてネフィリムの死角から斬りかかって少しずつダメージを負わせていく。だが未来の一撃をもってしてもネフィリムをなかなか断ち切る事が出来ない。しかし、ダメージを負っているということは倒せるということだ。

 何度もブースター噴かせてネフィリムに斬りかかり、そしてとうとうネフィリムが膝をついた。

 

「これで!」

 

 既にネフィリムの体表には未来の付けた無数傷跡があり、動きが更に鈍くなってきたネフィリムを見て勝機を見出した未来は真正面から全力の突撃をかけた。

 狙うは頭部。ネフィリムが生き物なのか定かではないが、頭を切られて無事でいられるものはいない。となれば判断は正しかった。相手が生き物であれば。

 

 ネフィリムの首を切り落とそうとブースターを噴かし、両手で握った白紫の刀による全力の横薙ぎの一閃。当たれば確実にネフィリムの口から上が飛ぶ光景が容易に想像出来てしまうような完璧な軌道。

 それをいきなり俊敏に動いたネフィリムが大きく口を上げ、そして口の中を通過しようとした未来の腕ごと……口を閉じた。

 

「──え?」

 

 突然ネフィリムの顔が目の前に来て一瞬呆然とした未来だったが、その直後鋭い痛みが走ったと同時にネフィリムが勢いよく顔を上げる。しかし、腕を噛まれていたはずの自分が一緒に吹き飛ばされない事に不思議に思った。

 目でネフィリムを追えばネフィリムは〝何か〟を咀嚼しており、口の端から赤い液体のようなものがたらりと流れて地面に落ちた。

 

「未来!」

 

 クリスの声に我に帰ると直後自分の腕の肘辺りに気を失いそうなほどの激痛が走り、膝をついてしまう。そして地面に手をつこうとした時、未来は気づいた。

 

 自分の両手の肘辺りから下がない事に。

 

「いったああああああああ!!!パクついた!シンフォギアをぉ!?これでええぇぇ!!!」

「う、あぁ……」

 

 ウェルが顔を大きく歪めて喜びに満ちた声を上げる。

 未来は自分の腕がネフィリムに噛みちぎられた事を理解した瞬間、気絶したくても出来ないほどの強列な痛みと喪失感に襲われ、身動きできなくなってしまった。

 

「完全聖遺物するネフィリムはいわば自立稼働する増殖炉!他のエネルギー体を暴食し、取り込む事で更なる出力を可能とするぅ!さあ始まるぞ!聞こえるか!?覚醒の鼓動、この力がフロンティアを浮上させるのだ!」

 

 ネフィリムの身体が心臓が鼓動するように大きく震え、そして脈動していた黄色い光が赤くなり、そして身体の形状も更に人型から化物のような形に変化してより禍々しさが増した。離れていたクリスでも、ネフィリムが純粋にパワーアップを遂げてしまった事に気付いてしまうほど。

 

「さあネフィリムゥ!まだ餌は目の前にあるぞ!全て食らい尽くせ!」

「させるかあああぁぁぁ!!!」

 

 ウェルの言葉に反応するかのようにネフィリムはのっそりと身体を動かして先ほどよりも大きくなった口を開いて未来を捕食しようと近寄る。その背中にクリスはネフィリムを止めようとボウガンを全力で撃ちながらイチイバルのシンフォギアの限界の速さで走る。だが、パワーアップしたせいで体表が更に硬化したのかクリスの攻撃に何の反応も示さず、ゆっくりと未来に向かって身体を傾けていく。

 

「クリ、ス……ッ」

 

 痛む身体に鞭打って走り寄ってくるクリスに向かって腕を動かす未来。だがそこにはあるはずの手がなく、真っ赤な血がボトボトと地面に流れ出し続けている肘から先が無い自分の腕。

 

「あ、ああ……」

 

 目の前でネフィリムの口が近づいているのにも関わらず、未来は絶望した顔で無くなった自分の手を見た。

 

 今はいない大切な太陽が「陽だまりのようなあったかい手」と言ってくれた手が無くなった。

 

 いつも気持ちよさそうにしてくれるクリスの頭を撫でていた手が無くなった。

 

 翼や奏と何度もぶつかり、そして助けられる人を助けようと誓った手が無くなった。

 

 いつも自分を勇気付けてくれていた太陽が握ってくれた手が無くなった。

 

 誰かの手を握る事も、誰かの頭を撫でる事も、誰かを守るために刀を振るう事も出来なくなってしまった。

 

 自分の心を支えていたものがすっぽりと消え、その出来た穴に絶望が流れ込んで未来を染め上げようとその身に纏わり付いていく。そして、眠りについたはずの怒りと殺意と怨嗟が再び未来を支配した。

 

 

「ああ、あああ……うわああああアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!

 

 

 身の毛のよだつような禍々しい雄叫びを上げ、封印された殺意の獣が再び神剣を黒く塗り潰した。




前話で切ちゃんが切ちゃんじゃないように見えたそこの貴方!貴方たちは既に私の術中にハマっているのだよ……まだだいぶん先だけど。

途中にあった兵士たちの断末魔的なのは英語で言っています。最初英語で書いたらなんかくっそ伝わりにくい感じがしたので(汗)

セレナさんも好きなキャラのはずなのに情緒不安定で支離滅裂な事を言い始めるくらい追い込まれていく……救いは無いのか!(あるけどその前に地獄がある)


破壊神ヒビキ「私ノ出番ハ!」※ネフィリムに対して殺意マシマシ
作者「当分無い!!!((((エ○ァ初号機に握り潰されるカ○ル君感)」

原作マリア「別の世界とはいえ私の妹に何してくれているのかしら?」
作者「趣味だ」※その後彼の姿を見た者はいない


次回! 白騎士は命を燃やし、(つるぎ)は青く輝く。

次回予告がほぼネタバレというね


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九話

原作六話の暴走響の暴れる回です。そしてまたまたやり過ぎ回ですね。しかも無理して一つにする必要はなかった……

未来さんが戦うと高確率でやり過ぎてる感あるの気のせいかな?まあうちの未来さんがただで済ませる訳がない。
取り敢えず未来さんの両腕ムシャったネフィリムくんはゆ゛る゛さ゛ん゛!


それでは、どうぞ!



 ヘリキャリアの中で謹慎を言い渡された切歌と調、事の成り行きを見守るセレナ、そしてモニターの前でナスターシャは目の前で起きている出来事のデータを取っていた。

 ウェルの策略により未来の両腕はネフィリムに食いちぎられ戦闘不能。目を背けたくなる光景だが、そうなるように指示したウェルに強い怒りを覚えた切歌だったが、直後に起こった現象にその怒りすら消し飛んでしまった。

 

「なん、デスか……あれは」

「切ちゃん……」

 

 距離があるはずだというのに身体の震えが抑え切れない。そんな切歌の手を握る調の手も震えていた。

 

 敵とはいえ僅かでも言葉を交わした未来がシンフォギアを吸収した事でパワーアップし、より凶悪化したネフィリムの前で身動きできない状態。そうなればその後に来るのは凄惨な光景のはずだった。

 だが今ヘリキャリアのフロントガラス越しに見える未来の姿は、一言で言えば〝化物〟だった。それも今までの未来が、橋の上で戦った時に見せた怒りで我を失った時の未来があまりにも可愛く見えてしまうほどの。

 

「生命力の低下で胸の聖遺物が機能不全を起こしましたか……いえ、それだけではあのような事には……」

 

 冷静に今の未来を観察しようとするナスターシャだが、その下では心臓が速く動いてしまうほど恐怖に襲われていた。

 

「これではネフィリムと生身で戦った方がまだマシじゃないですか……ッ」

 

 ナスターシャの後ろに立つセレナも未来から放たれる殺気に呑まれて何も言えずに顔を青くしている。気の弱い人間なら下手をしたら命に関わるような殺気を未来は構わず放出し続けていた。

 あまりの未来の変容にセレナはただただ立ち尽くして恐怖で震えることしかできなかった。それこそ、まだ何も力を持っていなかった昔、かつて姉と対峙していたネフィリムを見た時以上の死を感じ取っていた。

 

 月明かりに照らされて、黒き獣の蹂躙が始まる。

 

 ──────────────────

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

『!!!』

 

 禍々しい猛獣のような雄叫びがカ・ディンギル跡地である荒地に響く。

 

 未来の胸の傷を中心に黒い影のようなものが広がり、それが天羽々斬のシンフォギアごと侵食するように未来の全身を黒く染め上げていき、手足や装甲のあった各所に脈動する禍々しい紫色のラインが走った。そして最後に黒い影が未来の顔を飲み込むと目が血のような真っ赤な瞳に変化して怒りと殺意を込めてネフィリムを睨みつけていた。

 

 未来の両腕を捕食して聖遺物を得た事によりパワーアップしたはずのネフィリムまでもが先程まで餌でしかなかった未来相手に数歩後ろに下がる。それほど、今の未来は異常であった。

 

「ク゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

『!?』

 

 地面を踏み砕き、音を置いていくような速度でネフィリムに向けて水平に跳躍し、その勢いのままの強烈な蹴りがネフィリムに頭部に深々と突き刺さる。追撃にその場で縦に回転して回転力の加わったかかと落としが炸裂してネフィリムは地面を大きく陥没させながら倒れ込むように叩きつけられた。

 

「あれは、本当に小日向、なのか……?」

 

 今の未来の意識は完全にネフィリムに向いており、遠くで戦う様子を見ている翼やクリスは眼中にない。そのはずなのにあと数秒で死んでしまうかのような恐怖が身体にまとわりついていた。

 気づけば白銀の剣を握る手が大きく震えており、それに気がついた瞬間身体全体に伝染したかのように全身が震え出す。止めようと意識しても逆効果になり、余計に震えが大きくなった。

 

 甘く見ていた。そんな考えすら生温く感じてしまうほど目の前の未来から放たれる殺気は異常であり、戦いに慣れているはずの翼ですら慄いてしまう。

 

『!!!』

 

 地面に叩きつけられたネフィリムはよろよろと起き上がり、傍目から見たらただ暴れているかのように岩をも砕く豪腕の両腕を振り回す。だが実際は未来という格上の敵を前に近づけないように出鱈目に腕を振っているだけだった。

 ネフィリムの腕が地面を叩けば地面に穴が空き、近くの岩場に当たれば粉々に粉砕する。それを暴走した未来は回避するが理性が無くなっている今の未来には腕が振り下ろされる場所を予想するという頭すらなく、ただ動き回り隙のできたネフィリムに蹴りを食らわせていた。

 そして何度目かのネフィリムの振り下ろしが動き回っていた未来に偶然直撃した。

 

 まるでゴムボールのように何度も地面に叩きつけられながら吹き飛ばされ、そして大きな岩に激突して静止する。

 もしこれが翼やクリス、それか正常な状態の未来ならネフィリムの豪腕の一撃をまともに食らったら戦闘不能は必然。下手をすればギアを纏っている状態でも命の危険がある。だが。

 

「グウウ……カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!」

 

 雄々しい雄叫び共に瓦礫を吹き飛ばし、暴走した未来が現れる。そして肘から下がない両腕を上に挙げた瞬間、未来の身体に纏わりついていた黒い影のようなものが腕に集まり、そして失ったはずの両腕を作り出した。

 

「ギアのエネルギーを腕の形に固定!?まるでアームドギアを形成してるみてぇじゃねぇか!」

「それだけ今の小日向にはエネルギーが集まっているのだろう……ッ!」

 

 震える二人を置いて未来は再生した右腕を更に高く掲げるとその先に黒い影が集まる。影はどんどん凝縮されていき、そこに現れたのは柄も含めて全て真っ黒で妖しく明滅する紫色のラインが入った禍々しい刀だった。

 

「あれが……小日向の(天羽々斬)

 

 未来自体からも感じられた怒りと殺意が具現化したかのような刀。それが自身の使う白銀の(天羽々斬)と同じシンフォギアのアームドギアとは思えなかった。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 武器を手に入れた未来は本能の赴くまま、ネフィリムに向かって目にも止まらない速さで突撃し、黒い刀を振り下ろす。すると正常な状態の未来さえも傷を負わせることが出来なかったネフィリムの左腕をまるで紙でも切ったかのようにすんなりと切り落とした。

 

「ああ、うわああああああ!!!」

 

 無敵で敵はいないはずのネフィリムが傷を負うどころか腕を切り落とされるというあり得ないはずの光景を目の当たりにしたウェルは気が狂ったかのようにソロモンの杖を使ってノイズを呼び出す。

 周辺にばら撒かれたノイズは融合していき、最終的には大型のノイズへと変化した。だが、今の未来に障害物にもならない。

 巨大化したノイズが大きな口を開けて未来を丸呑みにする。しかし着後ノイズの全身に無数の()が入ったかと思うとノイズは粉々に切り刻まれた。その中心にいるのは禍々しい黒い刀を持つ未来。

 

 最早多少強化されただけのただのノイズでは未来を止める事は出来ず、かと言ってパワーアップしたネフィリムで止められるのかと問われれば否と答えよう。むしろ今の未来が止まる姿が想像出来なかった。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 暴走前の地面や近くの岩場を蹴って無理矢理軌道を変更させてネフィリムを襲った無差別の斬撃が再びネフィリムに襲いかかる。だが今度は先程のような〝人〟としての動きではなく、雄叫びをあげる姿から正に〝獣〟のようにだった。

 威力も速度も比べ物にならないくらい上がっており、目に見えてネフィリムの身体が切り刻まれていく。

 

 少しずつ黒光りする体表に斬り傷が増え、血のような体液を辺りに撒き散らし、硬化していた体表が削り落とされていく。そして、とうとうその時は訪れた。

 

 ネフィリムの残っていた右腕が暴走する未来の一撃により肘の辺りから切り落とされた。

 

『────────!!!』

 

 両腕を失い悲鳴のような叫びをあげて隙を見せるネフィリムの背中を未来は上空から降下しながら黒い刀で大きく切り裂き、更に辺りに血のような体液を撒き散らせる。そして着地して地点から身体ごと横に回転さた横薙ぎの一閃。それにより今度はネフィリムの両足を切り落とした。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 四肢を失ってた事で身体を支えるものが無くなり、地面に倒れ込むネフィリム。そんなまるで手足をちぎられた虫のように蠢くネフィリムの背中に向かって未来は高く跳躍し、落下の勢いを全て黒い刀に乗せてネフィリムの無防備な後頭部に突き立てた。

 

『────!!!』

 

 落下の勢いも相まって強力な衝撃に砂塵が舞い上がる。そしてネフィリムの声にならない悲鳴が荒地に木霊する。だがまだ終わらない。

 

「ク゛ル゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 暴走した未来がネフィリムの後頭部に突き立てた黒い刀を抜くと、今度は四肢を失って完全に無防備となったネフィリムの背中に向けて両腕を食いちぎられた恨みを晴らすかのように必要以上に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も切り刻んでいく。

 そして何を思ったのか、何度も切りつけて体表が粘土のように柔らかくなったネフィリムの身体に頭を突っ込むと石のような白い外骨格に覆われた〝何か〟を口に咥えて出てくる。それを引きちぎって何処か遠くに投げ飛ばした。

 

 未来が何かを引きちぎった箇所からネフィリムの体液が血飛沫のように周辺に撒き散らされる。それが岩場や地面に張り付き、そして月明かりに照らされた未来自身の身体にかかったその姿は、例えこうなった経緯を知っていても今の未来を見た誰もが〝化物〟と答えるだろう。

 

「う、あ……」

 

 怖い。

 

 単純に、だが本能的に感じたその恐怖に翼は何も出来ず身体を震わせるしか出来なかった。

 翼は戦士であるが故に鍛えられた相手の殺気を敏感に察知する自分をこの場では呪った。

 最早戦意なぞ失われ、瞳に涙を溜めて、心の中では助けをこう。

 逃げたいと思うが未来の殺気に当てられて身体は動かせず、気絶したいと思っても速く脈動する心臓がそれを許さない。

 

「ひ、ひいいいいいい!!??」

 

 戦士でも何でもないウェルは辛うじて未来の殺気に気絶する事なく、しかし恐怖に身を駆られ大声を出しながら逃げるように走って行く。だが大声を出したのがいけなかった。

 

「グルルル……」

 

 ネフィリムの背中の上でネフィリムの血のような体液を浴びて、真っ黒に染まった未来の身体に赤い液体が禍々しく垂れる。そして今し方声を上げたウェルの方向に顔をゆっくり動かし、そして逃げようとしているウェルの背中に狙いをつけた。

 逃げる獲物容赦なく狩る肉食獣、いや、動くものを無差別に殺傷する理性を失った獣のように未来は腰を低くし、今や死体となったネフィリムの背中を踏み抜いて逃げるウェルに向かって高速で跳躍する。

 

 一瞬すれば身体が真っ二つにされるであろうウェル。その光景が目に浮かんだ翼は未来を止めるために声をあげようとするが、声が喉に引っ掛かったかのように言葉にする事が出来なかった。

 動くだけでなく、声を出すことすらも恐怖で出来なくなった翼は無力な自分に絶望し、悲痛な顔で暴走する未来に目を向けた。

 

 五秒もかからずウェルと暴走する未来の距離が五メートルを切る。もうウェルは死んだも同然と思ったその時だった。

 

「カ゛ア゛!?」

 

 ウェルの真後ろまで接近していた未来の脇腹に数本の赤いクリスタルのような矢が直撃し、そのまま近くの岩場まで未来を吹き飛ばした。そして放たれたクリスタルのような矢は翼も見覚えのあるものだった。

 

「雪、音……?」

「……」

 

 震えて何も出来ない翼の横でクリスは髪で顔を隠しながら堂々と立って右手に持ったボウガンを構えていた。

 

「……あんたは今すぐ逃げろ」

「なッ」

 

 ポツリと、だが戦う意志を感じるクリスの呟きに翼は驚気を隠さず目を見開いた。

 今の未来の戦闘を見て戦おうと思う者はいない。例え弦十郎であっても正面から戦うことを避けて撤退するであろうと思っていた翼からしたらクリスの言葉はまさしく狂人のそれだった。

 

「ば、馬鹿を言うな!今の小日向を貴方も見たでしょ?私たちでは太刀打ち出来ない!死ぬのがオチだ!」

 

 珍しくも感情的になる翼にクリスは一瞬髪で顔を隠した頭を動かすが、直ぐにも正面に向き直った。

 

「……今のアンタには未来がバケモンに見えてるかもしんねぇ。きっとオッサンや赤髪のアイツもそうだ。だけどな、あたしにとって、未来はどんな姿になろうとも未来だ。あたしのせいで大切なもんがぶっ壊れたってのに、そんなあたしに優しく手を伸ばしてくれた未来だ」

 

 クリスにとって今の未来が放つ殺気は本来、未来から大切な人を奪った自分に向けられるはずだったもの。自分が受けるはずだった罰。

 それを未来は自分の中に押し込めてクリスの手を取り、優しく頭を撫でてくれた。そんな本当は優しい未来が苦しんでいて自分が逃げるなんて、誰が許してもクリス自身が許す事が出来なかった。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 吹き飛ばされて崩れた瓦礫に埋まっていた未来が怒りを抑え切れていない雄叫びをあげて今し方自分を攻撃した敵を探す。そして目に入ったのはボウガンを構えるクリス。

 

 殺意を向けられるが歯をギリリッと噛み締めて耐えると傷の入った赤い雷のようなヘアピンをした顔を上げたクリスは──泣いていた。

 

「だから……あたしは未来を助ける。例え、この身が傷ついても……地獄の業火に焼かれようとも!!!」

 

 空いていた左手を胸元のギアペンダントが変形した結晶に置き、目をつぶった。そのクリスの仕草に、翼は強い嫌な予感を感じて手を伸ばした。

 

「雪音、貴女いったいなにを、熱ッ!?」

 

 クリスの肩に触れようとした手に尋常じゃない熱さを感じて手を引っ込める。周囲を見ればクリスから発生する謎の熱さのせいなのか近くにあった草花が次々と燃え上がっていく。

 

『聞こえるか翼!』

 

 通信機にいつも冷静な弦十郎が焦りを隠せていない声が響いた。

 

『イチイバル、クリス君の周囲のフォニックゲインが異常なほど急上昇している!いったい何が起こっているんだ!?』

「わ、私にも分かりませんッ!ですが雪音の身体が触れられないくらい熱くなって」

『雪音の身体が熱く?……ッ翼!今すぐ雪音を止めろ!』

「奏?いったい何を」

『いいから早く!アイツは……』

 

 クリスの現状聞いた奏が直後今にでも通信機から直接出てきそうなほど真剣な声が翼の耳に入る。だが、翼がどういう意味か聞き返そうとした頃にはクリスは覚悟を決めていた。

 

『アイツは、自分の命を()()()()()()()!』

 

 ギアの結晶が赤々しく燃え始める。その熱さを感じながらクリスは真っ直ぐ暴走する未来を見据えた。

 

 

「超えろ!イチイバルうううぅぅぅ!!!」

 

 

 クリスを中心に周辺の瓦礫を吹き飛ばすほどの衝撃と目を覆いたくなるほどの真っ赤な光が辺りを夜の世界を照らす。美しい銀色の髪も炎に焼かれるように銀と赤の混じる色に変わった。

 そしてクリスの纏うイチイバルのシンフォギアが炎のように赤に染め上がり、ドレスアーマーや手足の装甲の合間からも赤い光が眩しく漏れる。持っていたボウガンも炎に包まれ、先端には真っ赤に燃え上がる炎の刃が追加される。

 

 かつて奏が圧倒的な戦闘能力の差のあったフィーネを一時的にも凌駕し、短時間ながらもフィーネを超えた暴走と同レベルの力を使う事ができるシンフォギアの強化形態、限界突破(オーバードライブ)

 まさに今の未来を止められる事の出来る最終手段だった。だが。

 

「う、ああああああああ!?」

 

「雪音!」

 

 突然悲鳴を上げるクリス。それも無理の無い事だ。

 暴走状態が理性を失って圧倒的な力を手に入れるのなら、限界突破(オーバードライブ)は使用者の命を削って圧倒的な力を手に入れる捨て身の技。

 身に纏う炎は常に使用者の身体を焼き、動くだけで全身の骨が砕かれるような感覚に襲われる、自分に向いている刃が鋭すぎる諸刃の剣。

 

「があ、くううぅ!……ぬるい!未来の痛みに比べたら!こんな程度おおおぉぉぉ!!!」

 

 口の端から血を流しながらも吠えるクリス。それだけでも全身がバラバラになるような感覚に襲われるというのにそんな顔は一切見せない。

 自身の身体を燃やすクリスに暴走する未来は圧倒され一歩後ろに下がる。それに気がついた未来は自分が気圧された事に気付いて怒りが燃え上がった。

 

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「かかって来い!未来うううぅぅぅ!!!」

 

 

 両者は同時に走り出し、そして構えたアームドギアがぶつかり合う。その時に生じた衝撃波は荒地が二人のいる場所を中心にある程度の遠さまで真っ平らにしてしまうほど、鋭利な衝撃波だった。

 

 未来の斬撃が地面を割り、瓦礫を破壊する強力な一撃をクリスは身体がボロボロになるのを感じながら回避し、距離を取ると反撃に移った。

 

BLAZE BILLION MAIDEN

 

 両手に持っていた二丁のボウガンが燃え上がり一つになる。そして現れたのはクリス自身よりも大きな一門の二十四連ガドリング砲に変形させ、銃口からショットガンを機関銃レベルの速度で撃つように乱射した。

 回避する事なぞ不可能なレベルの銃弾の嵐に未来は迷いなく突撃する。

 

「ク゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 銃弾の嵐をシンフォギアを纏っていても再現不可能なほど地面や瓦礫を踏み砕きながら縦横無尽に動き回り照準を合わせないようにする事で回避する。

 

 人間の動きをしていない未来がガドリング砲を撃つクリスに接近して黒い刀を振り下ろす。だがクリスは落ち着いてアームドギアをボウガン形態に戻しながらサーカスのピエロのように空高く飛び上がりながら宙返りをする。

 地面を砕くほどの一刀を飛び上がる事で回避したクリスは空中でドレスアーマーの腰部の装甲を展開した。

 

MEGA DETH EXPIOUD

 

 無数のミサイルがドレスアーマーから展開された装甲から未来に向けて放たれる。未来はミサイルを見て回避するが着弾したミサイルは小型爆弾でも爆発したかのような大きな爆発を残し、そしてその場に火の海を残していく。

 

 爆発で砂塵が舞う中、クリスは近くの岩場に着地するが着地した瞬間、ボウガンを落として膝から崩れ落ちた。

 

「がぁ!?うう、かはっ!?」

 

 無事とは言えない量の血を吐血する。その間もクリスは身体に纏う炎に身体をゆっくりと焼いていくような痛みに気絶しそうになる。だがそれすらも焼かれる痛みによって無理矢理覚醒させられ、そして熱さで再び気絶しそうになる。

 

 最早その熱さにクリスが耐えられる時間は当に過ぎており、このまま戦闘を続けてもピークが過ぎている今、あとは痛みに耐えきれずに戦闘能力が下がっていくだけ。それほどまでにクリスは追い込まれていた。

 しかし。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 咆哮で砂塵を吹き飛ばし、その中から暴走する未来が姿を見せる。

 限界突破(オーバードライブ)によって強化されたイチイバルの攻撃は暴走状態とほぼ同等。だが暴走した理性ではダメージを受けても簡単には止まる事はない。それはクリスにも分かっていた事。

 

「はぁ、はぁ……ぐうっ……いいぜ、やるっつーならとことんやってやる……未来が戻ってくるまで……戦ってやる!」

 

 未来が正気に戻ると信じて、クリスは口の中が血の味で不快になりながらも再びボウガンを手に取り構え、そして未来に向かって再び駆け出した。

 

 

 

 

 短時間で幾度となく刀とボウガンをぶつけ合い、そして血を吐きながらも戦うことをやめないクリスに翼はただ呆然と二人の戦闘を見る事しか出来なかった。

 

(何故雪音は戦える……近くにいるだけで身震いしてしまいそうなほどの殺気を自分に向けられてもなお、何故前に進める……?)

 

 今の未来はネフィリムを蹂躙した時以上の殺意を振りまいており、ネフィリムでもまだ序の口だったというように、今は本気で相手を殺すつもりの戦意が翼には見て取れた。

 自分がそんな目を向けられれば気を失うどころかあまりの恐怖で気が狂う自信があった。下手をすれば恐怖から逃げるために自ら命を絶っていたかもしれない。そう予感させるほど、未来は恐ろしかった。

 

 そんな未来を相手に、クリスは決して引かずに吐血するほど身体がボロボロになっても立ち上がり、そして立ち向かう。

 その姿はあまりにも今の翼にとっては理解し難いものだった。

 

『翼、聞こえるか!?』

「叔父様……?」

 

 呆然としていた翼の通信機から焦る弦十郎の声が聞こえて現実に引き戻された。

 

『……もうお前に出来ることはない。撤退しろ』

「なっ」

 

 未来とクリスが戦っているというのに自分だけ撤退の命令を出した弦十郎に翼は信じられないものを見た気がした。

 

「な、何故!」

『……震えて動けないお前がいて何になる?二人の戦闘の余波に巻き込まれて死ぬのがオチだ』

「ッ!」

 

 弦十郎の言葉は的を射ていた。

 未来が暴走してから恐怖で動けなくなった自分にはここにいる意味がない。弦十郎の言うように介入出来ないほど激しい二人の戦闘の余波で命を落とす可能性の方が高い。

 悔しいと思いながらも今だに恐怖で震える自身の身体を憎く思いながらも、やはり何もできない自分に悔しい思いが募っていく。

 

『翼はよくやった。ここで撤退しても誰も何も言えないさ。後はこっちでなんとかする。だから気にすんな』

 

 通信機から今度は相棒の奏の声が聞こえる。その声は悔しさが混ざっていても翼に言い聞かせるような優しい声だった。

 

 奏の声を聞いて、翼は血が出るほど唇を強く噛んだ。

 

(よくやった?何を?ただ見ているしか出来なかった私が、いったい何をやったと言うの?)

 

 ウェルが召喚したノイズは倒せた。だがネフィリムとの戦闘では剣の刃が通らず、未来が両腕を食いちぎられた時もただ見ている事しかできず、未来が暴走してからは恐怖で身体が震えて動けず、クリスが命を賭けて未来を救おうと立ち上がったのに今の自分はどうか?

 

(二年前のライブもそうだ。私が絶唱を使ってその場は切り抜けたけど、その後どうなった?私が眠っている間、奏は一人で戦っていた。フィーネとの戦いも私はただ奏を応援していただけ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴとの戦いも小日向と雪音が来なければ負けていたし、廃病院の時は私は敗北した。そして今度は仲間の殺気に当てられて動けない?私は……いったい何のために装者になったのだ!)

 

 何も役に立てていないどころかむしろ荷物になっている自分に怒りが湧いてくる。

 奏と共に空高く飛び上るはずのツヴァイウィングだというのに、何も出来ていない今の自分の羽はいったいなんなのか?

 

「……あ」

 

 悔しさで涙が溢れそうになった瞬間。ふと翼は思い出した。

 それは歌を歌う自分とその隣で同じ歌を歌う相棒の姿。

 眩しくて目を背けたくなるほど明るくて力溢れる強い歌。

 人付き合いが苦手だった自分を引っ張っていってくれた優しい手を持つ翼にとっての陽だまり。

 

(そうだ、忘れていた。私は何かを成したい訳ではない。歴史に名を刻みたい訳ではない。英雄になりたい訳ではない。私は──)

 

 気づけば身体の震えは治まっていた。

 未来とクリスの戦闘を見れば気圧されるが、先程まで感じていた死の恐怖が自分でも驚くほど無くなっている事に翼は不思議に思いながらも前を向いた。

 

「ありがとう奏。でも私は戦う」

『な、バカやろう!今翼が行ったところでッ!』

「そうだね。足手まといになるかもね。でも聞いて?ここで逃げたら、もう奏の隣で歌を歌う資格が無くなると思うの」

 

 それは二年前のライブでも思った事。

 奏は装者になる時も、歌を歌う時も、戦う時も、自分の身体が傷ついた時も必死に立ち上がり前を進んでいた。

 それに対して肝心な時に歌う事も戦う事も出来ず、今度は大切な仲間が戦っているのに自分だけ逃げようとしている。そんな片翼ではツヴァイウィングは高く飛べない。ただの足手まといだ。

 そんな事は弦十郎が、本人である奏が許そうとも翼自信が許せなかった。

 

「これは無謀じゃない。私が奏の横で羽ばたくために必要な、そして恐怖に打ち勝つための〝勇気〟!」

 

 身体から力が溢れてくる。

 恐怖は完全に霧散し、代わりに湧き上がってくる心が熱くなるような強い感情。それに答えるように胸のギアの結晶が青く光輝き、翼はギアの結晶を掴みながら強く深く願う。

 

 未来を助ける為の力を。

 

 クリスと共に戦う勇気を。

 

 そして奏と共に空を飛ぶための翼を。

 

 

「天羽々斬!私に二人を救う力を分けてくれ!」

 

 

 ──────────────────

 

 

 激しい殺意の熱波の嵐がカ・ディンギル跡地付近の地形をどんどん変えていく。それほどまでに、今の未来とクリスの戦闘は凄まじいものだった。しかし、それも終わりに近づいていた。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「くう!ッかは!?」

 

 残光すら残すほどの未来の一撃がクリスに襲いかかる。それを炎を纏ったボウガンを盾にして防ぐが既に限界を超えていた身体にはその衝撃を全て受け止める力はなく、無情にも吹き飛ばされてしまう。

 何度か地面に打ちつけられながらも大きな怪我を負う事なく、腰を低くした状態で止まる。だが立ち上がろうとしたが足に力が入らなかった。

 

「くっそ!まだ戦えんだろ!?まだ未来は正気に戻ってねぇんだぞ!ここで諦めたら、未来を助けられないだろうが!」

 

 地面に向けて拳を振り下ろす。拳にかかるはずの痛みが全身に走り、再び吐血しそうになったがギリギリのところで耐えた。

 クリスの戦う意思は一切揺らいでいない。むしろ長引けば長引くほど未来を正気に戻そうと闘志を燃やす。しかし身体はクリスの考えとは逆に力がどんどん抜けていく。

 限界突破(オーバードライブ)の弱点は使用者への負担が大きすぎる事。長時間戦えば命の保証が無いレベルで肉体を燃やすため、必然的に使用者の体力の消費は大きい。となれば元から長時間戦うのが苦手なクリスではいくら気合いを入れても身体への負担は誤魔化せるものではない。

 

「ウ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「しまっ!?」

 

 クリスが気がついた頃には未来は刀の届く範囲まで接近されていた。

 

 無慈悲に振り下ろされる黒い刀を見たクリスは回避しようとするが身体が言うことを聞かず、身動き出来なかった。

 確実にクリスを真っ二つにする軌道。後数秒すればそれは現実となってしまうだろう。

 

 黒い残光を残して振り下ろされる黒い刀と身動き出来ないクリス。だがその間に青い閃光が走り、振り下ろされた黒い刀が風に流されるように軌道を変えてクリスの横の地面を切り裂いた。

 

「ク゛ア゛!?」

「なっ」

 

 未来は警戒して跳躍しながら後方に下がり、クリスは自分を助けた存在を見て目を見開いた。

 

「──生きているわね、雪音」

 

 クリスの目の前には青いラインが入った白銀の剣を手に持ち、風に流されてたなびく青い髪。そして黒が消えて青と白色になった天羽々斬のシンフォギアを纏う翼が立っていた。

 

「アンタ、なんで逃げなかった!」

「……ここで逃げたら私はきっと二度と立ち上がれなくなる。そして隣にいたいと思う人と共に空を飛べなくなる。それがとてつもなく嫌なのだ。貴女もそうでしょ?」

 

 笑みを見せて倒れるクリスに手を伸ばす。多少クリスから発せられる熱が治まったとしても決して人が容易に触れられる熱量ではない。だが翼は気にしていないかのようだった。

 クリスは迷いながら恐る恐る手を伸ばし差し出された翼の手を握る。すると天羽々斬のシンフォギアが限界突破(オーバードライブ)による熱量に負けたのか握られた翼の手からジュゥッ!と煙が上がったが、急いで手を離そうとしたクリスの手を翼は逃さないと言うような強く握った。

 

「なっ!?」

「ッこれくらいで諦めるならここに立っていない!」

 

 顔に玉のような汗を流し痛みを我慢してふらつくクリスを立ち上がらせる。

 

「さあ、共に小日向を救い出そう!」

「ッ分かってるよ!」

 

 クリスも全身に痛みが入るがその目にまだ戦う意志は消えていない。

 全力で戦うのは未来を救う為ならなんでも利用するつもりでいた。

 だが今隣で白銀の剣を構える翼が先ほどまで未来の殺気に当てられて震えていた翼と本当に同一人物なのか疑うほど頼もしくなっていた。これなら未来を救えるかもしれない。そう思えるほど。

 

「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 自身を奮い立たせるような、それでいて周囲には恐怖を与えるような獣の咆哮が荒地に響き渡る。だが翼は今度はその咆哮を真正面から受けても震える事はなかった。

 

 未来が刀を振り上げて再び突撃する。それを見て二人は即時後方に跳躍して回避。しかし未来は二人を黒い刀を滅茶苦茶に振り回しながら追跡する。その際の衝撃は凄まじいもので、小さな竜巻でも起こったかのように瓦礫やら地面を粉砕していた。

 

「アンタ!一瞬でいい、隙を作ってくれ!」

「任された!」

 

 クリスの突然の言葉に翼は驚く事なく素直に聞き入れて、クリスが更に後方に下がる中その場に残り、未来に向けて白銀の剣を構えたまま動かなくなった。

 

「ク゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 追いついた未来が動かない翼に向かって殺意のこもった一刀を振り下ろす。

 正気の未来の時すら防御してもその上から翼の身体を切り裂くような強力な一撃だった。それが理性を失って暴走している今、更に一撃の威力が上がっている。防ぐのは不可能だ。防ぐのは。

 

「ふっ!」

 

 クリスを助けた時のように、まるで振り下ろされた斬撃が何かに操られているかのように軌道を変えて翼の隣の地面を切り裂いた。

 

「グルル……カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 怒りと殺意に任せて何度も翼を斬り殺そうと黒い刀を振るう。だがその全てが翼を避けるように軌道を変え、周囲の瓦礫と地面を切り裂いていく。

 翼のやっている事は単純。未来の斬撃を全て受け流しているだけだ。

 と言っても僅かでもタイミングがズレれば白銀の剣は破壊され、そのまま自身の身も切り裂かれるだろうギリギリのもの。それを翼は攻撃の手を一切捨てて受け流す事だけに集中する事で完璧に受け流していた。それは未来に腕力は負けていても剣術としては翼の方が何段も上のため出来た事であった。

 

 本当なら一撃で殺せるはずの目の前の敵を殺せずにいる事に我慢が出来ず、乱雑になっていく未来の斬撃。その中で生まれた余計な力が入って背中まで大きく振り上げた瞬間を狙って翼が動いた。

 

「ここ!」

「ガァ!?」

 

 岩を簡単に切り裂くほどの勢いがのる前の一瞬を狙って防御一辺倒だった翼は今回初めて反撃として自身の剣を振るってぶつける。それでも白銀の剣は折れる事はなくとも肉眼で見えるほど大きな刃こぼれを起こしたが、互いにとはいえ未来を大きくのけ反らせる事に成功した。

 

「今だ、雪音!」

 

 翼と未来がぶつかり合っている中で少し離れた場所の瓦礫の上でクリスは膝立ちになり、ボウガンをスナイパーライフルのような形態に変形させて未来に向かってスコープを覗いていた。

 

「目を覚ましてくれ、未来うううぅぅぅ!!!」

「!?」

 

RED HOT CANNON

 

 隙を見せた未来の胸元に狙いを定めて引き金を引く。直後銃口に炎が集まって轟々と燃え上がる塊となり、その中心から炎を纏った銃弾が発射された。

 銃弾は一直線に未来に向かい、狙い通りに未来の胸にヒットする。威力を調整している為貫通する事はなく、まるで巨大な砲弾でも受けたかのようにその身を引きずられながら未来は後方の大きな瓦礫にぶつかり、広範囲に砂煙が立ち上った。

 

 未来と刀をぶつかり合ったためバランスを崩していた翼も直ぐに立ち直って白銀の剣を構える。その横に限界突破(オーバードライブ)のままのクリスが口の端に血を流しながらボウガンを構えて着地した。

 

「油断するな」

「分かってる」

 

 ガラガラと瓦礫が崩れる音を聞き、汗が流れ落ちても拭う事なく砂煙から油断なく目を離さない二人だった。

 

 しばらくして砂煙が晴れてくると一つの人影がよろよろと歩いてくるのが見え、二人はアームドギアを構え直した。

 そして現れたのは、ネフィリムに食いちぎられたはずの両手が元どおりになっており、負傷した右手を押さえて足を引きずりながら、しかしシンフォギアが元の白と紫のものに戻った姿の未来だった。

 

「……ありがとう、翼、さん……クリ……」

「未来!ッかは!?」

「小日向、雪音!」

 

 意識を失い、シンフォギアが解除されてゆっくりと倒れる未来に駆け寄ろうとしたクリスだったが、未来が正気に戻ったのを確認して安心したため誤魔化していた限界突破(オーバードライブ)の強力なバックファイアが全身を襲い、大量の血を吐血してクリスもシンフォギアが解除されて倒れた。

 

「くっ、叔父様!すぐに救護班を!」

『分かった!すぐに向かわせる!』

 

 すぐに救護の要請を入れた翼は倒れる未来とクリスを守るように白銀の剣を構えて警戒しながら周囲を見渡す。

 そもそも今回はセレナ達F.I.Sが決闘と称して三人を呼んだのだ。ネフィリムの件が事故であれそうでないとはいえ、最悪今がチャンスとこの後にセレナと切歌、調が出てくる可能性はあった。

 

 しかしいくら待っても三人は現れることも無く、何かアクションを見せる事も無く無事に救護班が到着して二人を病院へ緊急搬送されたのだった。




んーG編でやる戦闘じゃないですね!後に続く暴走393のハードルが上がるぅ(゚∀゚)!しかも原作響の暴走と同レベルくらいの強さ設定のつもりなんですよ……嘘やろ……?

クリスちゃんの限界突破(オーバードライブ)……見た目はXVのバーニングエクスドライブに近いですかね。あれよりも炎!って感じで全身の装甲から火が燃え上がってる感じですね。あっちの方が性能は格段に上ですがね。
アームドギアの方も便利性、機動性無視して脳筋と言えるほど火力重視ですね。無印エクスドライブとかで使っていた戦闘機みたいなやつの武装を通常形態の姿で使ってるとイメージしていただければ近いかな?

ここで原作G編翼さんに追いつくうちの翼さん。まぁまだ技術的には劣っていますがね。その代わり奏さん生きてるのでこの時点でのメンタルはうちの翼さんの方が若干上くらいですね。でも登場の仕方がどう考えても最終回付近のそれなんだよな……


原作響「私の!」
グレ響「未来に!」
うちの響「酷い事!」
トリプルビッキーズ「「「するな!!!」」」
作者「なんで顔合わせた事ないのにそんな息ぴったりなんですかねぇ!?」※トリプルガングニールにより無事死亡。

393「こんな役ばっかりですね」
作者「そういう物語だから仕方ない……だからクリスちゃんお命だけは!」※限界突破(オーバードライブ)イチイバルの全力砲火により安心安全の死亡。

ネフィリムくん「俺は作者に命令されただけ「お黙り」ーー」※作者権限によりネフィリムくんの会話能力損失。


次回! 力の代償

もしかしてG編のギャグチャンスは学園祭で終わりだった……?


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十話

今回は少し短め。ですがその代わり未来さんが……今後のための擦り合わせで結構原作と流れが変わっていくかもしれない。そして思っている事を上手く字に表すのは難しい_(:3」z)_



それでは、どうぞ!


 ──夢を見た。

 

 ──隣には大切な太陽がいて、私の手を優しく握ってくれている。暖かい手が私を明るいお日様の元に連れて行ってくれる。

 

 ──おっちょこちょいで、目が離せないけど、放っておけない太陽みたいな幼馴染み。

 

 ──私をいつも応援してくれた優しくて、眩しい笑顔を見せてくれた大切な親友。

 

 ──困った時はいつも私の隣にいてくれた大切な人。

 

 ──でも、今は何処にもいない。

 

 ──あの子と繋がっていたはずの手の中にあるのは、一握りの灰だけ。

 

 ──雪の音が聞こえても、風が鳴る音が聞こえても、羽が(そら)で舞う姿を見ても。

 

 ──私が欲しいものは、会いたい人は……もういない。

 

 ──陽だまり()は、太陽()がいなければ…………生まれない(生きていけない)

 

 ────────────────────

 

「ん……?ここは……」

 

 暖かい()()を見ていた未来はゆっくりと目を開ける。目の前には知らない天井が広がっていた。

 身体が痛むのを我慢して首を動かして周りを見れば、周りには誰もいない代わりにかなり厳重な検査をしていたのか、知らない医療器具やモニターといったものが並んでいた。

 

(病院……とは少し違うのかな?)

 

 痛みが小さくなってベットから上体を起こす。服は患者衣に変わっており、多少身体の痛みや痺れは残っているものの動かせないものではない。

 

「……腕も元に戻ってる……」

 

 ネフィリムに食いちぎられたはずの両腕を見て手のひらを何度か開いて確認する。特に身体に違和感もなければ物に触れた感触もある。まるで元から食いちぎられてなぞいなかったかのように問題なく使えている。

 

(あの時、あのエイリアンみたいな……ネフィリム?に腕を食べられて……その後の記憶が無い……)

 

 直前でネフィリムと戦っていた記憶はある。

 切歌と調に決闘とノイズを使った合図によりカ・ディンギル跡地へ向かったがそこでウェルと再び遭遇。ソロモンの杖で召喚したノイズをクリスと翼と協力して撃破したが、その後いきなり現れたネフィリムと戦闘。クリスと翼と分断されるような形になり、自分とネフィリムとの一対一の対決。

 最初は優勢だった。体力の問題はあったがネフィリムは未来よりも鈍重な上に、体表は硬いと言ってもダメージも与えられていた事からネフィリムを倒せると過信した。

 結果、油断してネフィリムに両腕を食いちぎられてしまった。

 気絶しそうな程の激痛と両腕が無くなったという喪失感に気がおかしくなりそうになった。

 そして一瞬頭の中が()()()()()()()()と思ったその後の事はさっぱり記憶から消えており、何が起こったか分からない。

 うっすらとボロボロのクリスと翼が助けてくれた、というのは覚えている程度だった。

 

「……クリスなら何か知ってるかな……ん?」

 

 気づけば患者衣の胸元の隙間、二年前のライブ事件で折れた天羽々斬に貫かれた時の傷に何か紫の瘡蓋(かさぶた)のようなものがついており、不思議に思って触ろうとすると指先が触れた瞬間ポロリと落ちた。

 

「何だろう……石?」

 

 拾い上げてみると瘡蓋(かさぶた)というよりも石や宝石なような不思議な輝きがあった。

 

(何でこんなものが……?)

 

 見たこともない紫色の石のようなものに頭を捻らせていると部屋の扉が音を立てて開く。そこにいたのは花束を持って、見覚えのある傷ついた雷のような形のヘアピンをつけたクリスが沈鬱な表情で立っている姿だった。

 

「……あ」

 

 今にも泣きそうだった顔がベットの上で上半身を起こしている未来を見た瞬間。鳩が豆鉄砲でも食らったかのような惚けた顔を見せた。

 

「おはようクリス。怪我の方は、と!?」

 

 言い終わる前にクリスが持っていた花束を捨てて未来の胸に飛び込む。それを未来は病み上がりの身体で受け止めた。何処のとは言わないが、中々の質量を持ったクリスの飛び込みは未来に要らぬダメージを負わせていたが。

 

「もう、痛いよクリス……」

「……」

 

 少々涙目になって訴える未来だが、クリスは未来の腹部に顔を埋めたまま何も言わない。その代わり、隠しきれていない嗚咽が耳に入った。

 

「ごめんね、また心配かけちゃったね」

 

 顔を埋めたままのクリスの頭に手を置いて優しく撫でる。

 久しく訪れた静かな時間に、予想以上に身体の限界が来ていたらしい未来はその時間を堪能するのであった。

 

 ──────────────────

 

 あれから三〇分ほど過ぎた辺りで弦十郎と翼と奏がクリスと同様花束を持って未来を見舞いに病室に現れた。まだ未来に頭を撫でられたままだったクリスは三人が入って来たのを確認すると顔を真っ赤にして未来から急いで離れたが、未来の腹部に顔を埋めていた姿を三人はバッチリ見ていたので少々手遅れではあった。

 少々気まずい空気が流れる中、弦十郎は一つ咳払いをして未来に向き直った。

 

「一週間も経たずに再び入院か」

「すみません、弦十郎さん」

「いや、今回は不慮の事故のようなものだ。気にする事ではないさ」

「そう言っていただけると私も気が楽です」

 

 未来はベットの横で腕を組む弦十郎に申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。

 

 前回の半暴走状態とは違い、今回は完全に理性を失った暴走。そのバックファイアは凄まじかったのか未来はカ・ディンギル跡地の戦いから一週間も眠ったままだった。怪我自体はほぼ治っているため身体の痛みも運動を全くしていなかったための症状だ。

 その他の検査も一通り終わっており、今は結果待ちであるためまもなく日常生活に戻れるだろう。

 

「……腕の調子はどうだ、小日向?」

「特に問題はありません。全部夢だったみたいに違和感がないんですよ」

「そうか」

 

 話しかけられた翼に見えるように両腕を動かす。未来の言った通り何事もなく、元から食いちぎられてなぞいなかったかのように自由自在に動かせている両腕を見て翼は安堵のため息を吐くがあまり浮かない顔であった。

 

「そういえばクリスの怪我はどうなんですか?」

「あー雪音の方は特に問題なかったみたいだよ。限界突破(オーバードライブ)で身体にすげぇ負担がかかったみたいだけど、あたしの時よりはバックファイアが少なかったみたいだ」

「体力はあまりないのに、自己治癒能力は一般人よりもかなり高いそうよ」

「体力がねぇのは余計だろ!」

「あ、起きた」

 

 翼の言葉にクリスは赤くなった顔を上げて反論する。だがクリスは体力がないのは未来も知っているので擁護出来ず優しく微笑むだけだった。

 

 クリスの身体への負担はかなり大きく、かつて限界突破(オーバードライブ)を使用した奏と違い三日間は高熱にうなされるレベルだったが、多少傷が残ろうとも今ではすっかり元通りになっている。後遺症にシンフォギアが纏えなくなるという事もなく、今後の戦闘に影響を与える何かしらの要因も特に見つからなかった。

 とはいうものの、異常がないか調べようにも比較例は奏しか居らず、発見されたバックファイアの違いもLiNKER使用者の違いなのか現在調査中ではあるが、結果が分かる日が来るか分からない。

 

「それよりも未来だ!一週間だぞ!?死んじまったのかって、未来まであたしを置いて行くのかって心配で……」

 

 声を上げるクリスだったが徐々に涙声になっていく。それに気づいた未来もまたクリスの頭を優しく撫でて落ち着かせた。

 

「ありがとうクリス。心配してくれて」

「ッこ、こんな事で許すと思うなよな!」

(顔を赤くして言っても説得力ないなー)

(雪音可愛い……)

 

 まだ退院出来なくとも未来の元気な姿を見てほっとしたクリスたち三人はそのままわきあいあいと楽しく会話を楽しんでいた。

 

 その後ろで弦十郎が厳しい顔をしているのに気づかずに。

 

 ────────────────

 

「弦十郎くん」

 

 四人で楽しそうに話し合って数分後、病室にはクリスだけ残ってまだ仕事が残っている弦十郎と次の仕事が迫っている翼と奏は病室から退出し、未来の病室から少し離れた所まで移動すると前方から神妙な顔つきで了子が大きな茶封筒を持ったまま急ぎ足で近づいてきた。

 初めて見るただならぬ様子の了子に翼と奏は眉を寄せ、弦十郎もただ事では無いと察した。

 弦十郎の元まで近づいた了子は茶封筒を渡す前に紫の結晶がはいった皿と蓋が組みになった円筒状の浅い容器を仰々しく手渡した。

 

「これはなんですか、櫻井女史?」

「メディカルチェックの際に採取された未来ちゃんの体組織の一部よ。そしてこれが未来ちゃんの体内のレントゲン」

 

 紫の結晶を初めて見た翼と奏はこれが一体なんなのか分からず首を捻る。その間に茶封筒に入ったレントゲンを見て弦十郎は絶句した。

 

「……了子君、これは……」

「おそらく翼ちゃんたちと違い、体内に聖遺物を持つ未来ちゃんが身に纏うシンフォギアとしてエネルギー化と再構成を繰り返した事と暴走による結果、体内の浸食深度が進んのだと思うの」

 

 レントゲンに映し出されたのは心臓を中心に黒い〝根〟のようなものが全身の半分以上に行き渡っているものだった。特に心臓はほぼ真っ黒と言っていいほど暗く塗り潰されていた。誰がどう見ても普通ではない。

 

「小日向の身体と天羽々斬が一つに溶け合っていやがんのか!?」

「これが適合者を超越した未来くんの爆発的な力の源か」

 

 翼やクリスが纏っているのはシンフォギアを鎧に変えて纏っているが、未来は直接聖遺物から力を得ていた。そのため、翼たちと違い余計なエネルギーを使う事なく、効率も直接受けているため良い。その点だけを見ればシンフォギア装者としては完成されていると言って良いかもしれない、だが。

 

「こんなの、〝人〟って呼べんのかよッ!」

 

 天羽々斬の聖遺物が未来の身体の中を浸食し同化していく。それは浸食が進めばその分、未来は人では無くなっている証拠。今の時点でも、純粋に〝人〟と呼べるのかすら怪しい程だった。

 

「この融合が未来君の命に与える影響は?」

「……良くて一生治らない後遺症。最悪、命を落とすわ」

 

 場の空気が急に重くなる。了子の言葉はそれ程までに重い言葉だった。

 

「小日向が死ぬ……死ぬ?馬鹿な……」

「マジかよ……」

「シンフォギアを纏うからか、それとも暴走したからなのか、いったい何がトリガーになっていたのか分からないけど、これ以上融合状態が進行するとその時間ももっと短くなるわ」

 

 了子もこの結果が出た時、未来をこんな風にしたきっかけとなったフィーネに怒りが湧いたが、それ以上に聖遺物の研究をしている自分が融合症例というただでさえ例が少ないシンフォギア装者の中の、更に特殊な存在である未来に何も無いはずがないというのに、発見が遅れた事を後悔していた。だが、早かったからといって治療法が見つかっていたのかと問われれば首を横に振っただろう。

 

「……皮肉な事だ。先の暴走時に観測されたデータによって、我々では知りえなかった危険が明るみに出たというわけか……」

 

 空いている左腕に血管が浮き出てくる程強く握りしめる弦十郎。

 了子はフィーネに身体を乗っ取られていたため仕方ないが弦十郎は違う。未来の特殊性を知っていたのだから、身体に異常を来すはずと予想出来たのは弦十郎も同じはずだった。

 なのに心配はしたがそこまで目を向けていなかった。未来が「大丈夫」と言い続ける限り、その言葉を信じようとしていた結果がこの様だ。

 

「……F.I.Sは月の落下に伴う世界の救済などと立派お題目を掲げてはいるが、その実ノイズを操り、進んで人命を損なうような輩だこのまま放っておくわけにもいかん。だが、未来君をこれ以上戦わせる事は辞めた方が良さそうだな。二人には苦労をかけるが、これからも頼む」

「当たり前だ!小日向は頑張ってるってのにこの仕打ちはあんまりすぎる!」

「私と奏と雪音で小日向の分も戦います。かかる危難は、全て防人の剣で払ってみせます」

 

 自分よりも年下の翼と奏に申し訳なさそうに頭を下げる弦十郎。

 本来であれば大人である自分が先頭に立って降りかかる困難に立ち向かわなければならないのに、まだ育ち盛りの少女たちに戦いを強いらせる自分に腹を立てながらもそれしか出来ない現状に歯嚙みする。だが翼と奏は心配無用と自信に溢れた顔で返した。

 いまだ申し訳なさと悔しさが隠しきれない弦十郎だったが、今はこの戦いを早く終わらせて未来たちが戦わずに済む世界を目指そうと了子と共に決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ……」

 

 通路の曲がり角の影で弦十郎たちの話を聞いていたクリスは今、自分が夢の中にいるのだと思いたい気持ちになっていた。

 

 ここに来たのは病室で翼のと思われる青い羽の刺繍が入ったハンカチに気付いた未来が、まだ遠くまで行っていないだろうと思いクリスに返してきてほしいと頼まれたためだった。

 未来のお願いだったため断る事が出来ず探した結果、ここに来たことを後悔した。

 

「未来が……死ぬ……」

 

 動揺して頭の中が真っ白になる。

 まだ猶予はあるらしいがそれもいつまでか分からない。となれば次シンフォギアを纏えば未来は死んでしまう可能性があるかもしれないとクリスは思った。

 せっかく出来た自分の帰る暖かい場所が、手放したくない宝物がなくなるかもしれない。そう思うと呼吸が出来なくなるくらい苦しくなる。

 

 ふらふらと上の空でその場から逃げ出すように未来のいる部屋に戻ろうと足を動かす。その間もずっと先程の弦十郎たちの会話が頭の中で何度もリピートされた。

 

(あたしのせいだ……あたしが、ソロモンの杖を……)

 

 ソロモンの杖を起動させなければ二年前のライブでノイズは現れず、未来は今でも親友と笑顔でいられただろう。そんな未来(みらい)を壊した原因の一つは他でもない、ソロモンの杖を起動させた自分だと、今すぐにでも自身の首を絞めたいと思うほどの後悔が渦を巻く。

 

 心ここにあらずな状態で歩いているといつの間にか未来のいる病室にたどり着き、後悔の念に押しつぶされそうになりながらも助けを求めるように病室の扉を開けた。

 

 未来は上半身を起こしたまま外の景色を見ていた。その横顔は何処か寂しそうで、その場にいるのに違う場所を見ているような雰囲気があった。

 

「──あ。おかえり、クリス」

 

 クリスが入ってきた事に気づいた未来は暖かい笑みを浮かべる。いつものクリスなら顔を真っ赤にするような微笑みなのだが、今のクリスはその微笑みを見て胸が締め付けられる。

 

「翼さんに会えた?」

「あ。い、いやッ、丁度帰った後みたいでよ、すれ違いになっちまった」

「そっか」

「……後で本部の方に行くつもりだからその時にオッサンにでも渡しとく」

「うん。ありがとうクリス」

 

 ベットの近くの椅子に座ったクリスは絵になる笑みを浮かべる未来に涙が出そうになるのを舌を噛んで必死に我慢する。

 そんなクリスに何か我慢していると感じた未来はクリスの頭の上に自分の手を置いて優しく撫でた。

 

「何があったか知らないけど、私はここにいるから、ね?」

 

 母親のような優しい顔で未来は落ち着かせるように優しく撫で続ける。優しくされる資格が無いと思いながらも、クリスはその心地よさに身を委ねたくなっていく。

 未来が暴走した時、自分が傷ついても、地獄の業火に焼かれようとも未来を助けようと誓った。なら今度は未来が戦わなくて済むように、未来が心配しないくらい自分が強くなればいい。陽だまりのような胸が高鳴るこの笑顔を守るために、未来を傷つけた自分が犠牲になればいい。

 

(そうだ、あたしが悪いんだ。だから……〝ケジメ〟をつけなきゃなんねぇ)

 

 グッと拳を握り真剣な顔つきになるクリスに未来は首を傾ける。そして自分の頭を撫でていた未来の手をギュッと握った。

 

「あたしは、何があっても、どんな事があっても未来の味方だから!裏切ったりしない、絶対に一人しないからな!」

 

 ジッと未来の海を連想させるような瞳を見つめて言い切る。そこには目に見えなくとも命を賭ける覚悟があると未来でも感じ取れていた。

 クリスの覚悟を感じて未来は惚けた顔をする。そして、いつも見せていた優しい笑顔ではなく、今にでも泣き出しそうな弱々しい顔になった。

 

「……約束、だからね?」

 

 握られた手を震えながら握り返す。

 大切な人(立花響)を失ったからこそ、新たに大切になったクリスがいなくなる事に人一倍恐怖を覚えていた。

 心の中にポッカリと大きな穴が開いたような、自分の半身が消えてしまったかのような空虚感と喪失感に一度は壊れてしまったが故に、その時と同じ感覚を味わいたくなかった。

 クリスの言葉はそんな未来の失う事への恐怖心を少し和らげ、少しばかり素の未来が表に出ていた。

 

「私を……一人にしないでね」

 

 瞳に涙を溜め、頬を少し赤くした未来が上目遣いでクリスを見上げる。その表情にクリスの心臓が大きく高鳴ったが、それを顔に出さずに強くうなづいた。

 

「ああ。あたしは、雪音クリスは小日向未来を絶対に一人にしない。約束だ」

 

 未来に向かって小指を出す。それを見て未来も涙を溜めた瞳のまま自分の小指を出して指切りをした。クリスの小指が少し暖かく感じたのはきっと勘違いではないだろう。

 

 かつての太陽とは違うが、未来にとって自分を照らしてくれる新しい太陽に自然と微笑みを浮かべる。その微笑みはクリスが今まで見てきた微笑みよりも暖かく、嘘偽りない未来の本当の微笑みなんだと直感的に気づいた。

 

 再び暖かい笑顔を見せる未来に、クリスは決意を固めたのだった

 




未来さんの第一の爆弾が明らかに!

クリスちゃんの言うケジメとは!

ハッピーエンドになる結末が見えない展開が今後どうなるのか!

……これから何回未来さんは病院のお世話になるのかな……


次回! 道に迷いし翠鎌

調ちゃん……G編での扱い悪いけど許しry(シュルシャガナー)


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十一話

pixivを漁っていたら偶然にも私が考えてたうちのビッキーの最終形態を描いた人がいてビックリ(゚∀゚)。いやほんと私のイメージ通りでびっくり……まぁそこからちょーーーとパワーアップさせる予定なんですがね。ちょっとだけ(ニッコリ)。

今回は長いですが結構端折りますよ。そうでもしないとセレナさんの誕生日までにG編が終わらない(今でも終わらない可能性大)ですからね……


それでは、どうぞ!


 ──二課保有地 訓練場にて。

 

 特異災害対策機動部ニ課が保有する港近くの施設にて、現在仮本部となっている潜水艦の補給とメンテナンスを行なっている。その間暇のある職員たちはある程度の自由行動となり、思い思いに過ごしていた。

 二課の司令である弦十郎は本来、F.I.Sや装者である未来の件などにより暇があるのかすら怪しいほど忙しい……はずだった。

 

「うおりゃああああぁぁぁぁ!!!」

「ふん!」

 

 赤い髪をたなびかせ、橙色のトレーニングウェアを着た奏の腰が入り、サンドバックすら貫きそうな風を切るほどの鋭い正拳突きがいつもの赤い服を着ている弦十郎の胸に向かって放たれる。だがその突きを弦十郎は余裕を持って片手で受け止めた。

 

「く、おらあ!」

 

 渾身の正拳突きを軽々と受け止められた奏はすぐさま身体をひねり、今度は鞭のような蹴りを弦十郎の顔面に向けて放つ。

 弦十郎は当たれば頭蓋骨が陥没してしまいそうなほどの勢いの蹴りを空いていた片手で受け止めた。

 

「うむ、中々鋭い拳と蹴りだ。だがまだまだ精度も悪ければ予備動作で予想可能な域だ。もっと素早く、最小限の動きで己の最大の一撃を打て!」

「簡単に言ってくれる、な!」

 

 片足を弦十郎に受け止められた状態から、上半身を後ろに仰け反らせながら身体を支えていた足も蹴り上げ、弦十郎の顎に向けてバク転しながら蹴りを放つ。常人が当たれば顎が粉々になりそうな蹴りだがそれも弦十郎は身体を素早く引いて蹴りを回避した。

 着地した奏はすぐさま弦十郎に向かって全速力で走り、その途中で跳躍して弦十郎の胸元辺りを狙って飛び蹴りを放つ。

 

「甘い!」

「ッ!?」

 

 岩ですら砕くのではないかと思えるほどの鋭い飛び蹴りを弦十郎は難なく奏の足を掴んで止め、そのまま身体を回転させてジャイアントスイングの要領で奏を三十メートルほど離れた訓練場の壁に向かって放り投げる。訓練場の壁は特殊な金属で作られているため頑丈であり、弦十郎の膂力で投げられれば壁に赤くて汚い模様が出来るだろう。 

 

「ッまだ!」

 

 奏は壁にぶつかる前に空中で姿勢を変え、ぶつかった壁に両足をついて投げ飛ばされた際の勢いを吸収し、返ってきた衝撃と共に身体のバネを使って再び弦十郎に向かって跳躍した。

 

「当たれえええぇぇぇ!!!」

 

 拳を突き出した奏はまるで弦十郎に向かって投擲された一本の槍のように一直線に突き進む。

 当たれば重症は避けられない。そんな予感すら感じる奏の突撃だが、弦十郎は楽しそうに笑みを浮かべると腰を落として右手を腰の辺りでグッと引き絞った。

 

「はあっ!」

 

 奏の拳が当たる直前に気合の入った声と共に己の右腕の拳を突き出す。弦十郎の正拳突きと奏の拳がぶつかり合った瞬間、特殊な金属が使われたはずの床は大きくヒビ割れ、凄まじい衝撃が生まれた。

 僅かな拮抗。だが勢いは付けることが出来ても踏ん張る事の出来ない奏に弦十郎の拳を止める事は出来なかった。

 

「うわっ!?」

 

 奏は生まれた衝撃に吹き飛ばされ、床を転がっていく。受け身は取れていたのでダメージは少ないが、それでも少なくない打撲などの打ち身を受けながら壁にぶつかる前に止まる事が出来た。

 肩で息をしているが、奏はふらつきながら立ち上がりまだメラメラと戦う意思を燃やしているその赤い瞳を弦十郎に向けた。

 だが対する弦十郎は構えを解いてパンッと手を叩いた。

 

「ふむ。本当はもっとやりたいがこれ以上は明日に支障が出るな。よし、今日はこれで終いにするか!」

 

 それが合図だったかのように奏から闘志が薄れてそのまま床に座り込む。すると今の一瞬で溜まった疲れが一気に押し寄せてくる。

 

「か〜!まだダンナに一発入れられないか……」

「いや、最後のは中々良かったぞ。俺も大人気なく少し本気を出してしまった」

「あたしの全力に対して少し、ってのが壁を感じるよ……」

 

 シンフォギアを纏っていた頃よりも身体への負担は少なくなり、弦十郎に鍛えられたおかげで奏は現時点でも銃火器無しの大の男百人二百人くらいなら簡単に撃退出来る。それでも今の弦十郎が本気を少ししか出していなかった事に顔が引きつるのは仕方のない事だろう。

 

「さて、向かうもそろそろ終わる頃かね」

 

 奏は座り込んだままチラリと隣のフィールドでいまだ戦う二人の仲間の訓練に目を向けた。

 飛び交う赤い銃弾と青い閃光。その激しさだけなら弦十郎と奏よりも上だった。

 

「おぉらあああ!!!」

「くっ」

 

 ボウガンをガドリング形態にしたクリスが走りまわる翼に向けて銃弾を撃ち続ける。そんな銃弾の嵐を目の前にして一度も被弾していないという事実に驚愕を隠せないところだ。

 クリスは近づいてくる翼に警戒しながら移動し、近づけないようにミサイルも放ちながら距離を置く。だが天羽々斬の機動力はその距離すらもすぐさま埋めてしまうため攻撃の手を緩ませることが出来ない。

 

「チッ、動き回んな!」

「それは無理な相談だ!」

 

 白銀の剣が届く距離まで接近した翼だが、クリスもガドリング砲を交差させて盾のようにして斬撃を防ぐ。見た目よりも耐久力のないガドリング砲の装甲は粉々に砕けたが、その破片が翼には丁度目眩しにはなった。

 

「これで」

「遅い!」

 

 破片に紛れてガドリング砲形態からボウガンに変形させて牽制するが、翼の腕にかかればボウガンの連射なら切り落とす事は難しい事ではなく、すぐさま追い込まれて翼の白銀の剣の切っ先がクリスの喉元の直前に突きつけられた。

 

「──私の勝ちだな」

「チッ」

 

 自身の勝利を確認し、翼は白銀の剣を下ろすとシンフォギアを解除する。そのあとクリスも同じくシンフォギアを解除した。

 

「それにしても雪音の射撃能力は脅威だな」

「褒めても何もでねーよ」

 

 翼に負けたのが悔しいのかクリスはぶっきらぼうにそう言い残して近くのベンチにむかって歩き出す。その隣に翼は同じ速度で並んだ。

 

「んだよ、さっさとあっちに行けよ」

「まあそう言うな。今日は小日向もいないし、たまには親睦を深めようではないか」

 

 一週間前の暴走から目覚めたばかりの未来は安静のために訓練諸々は無しになり、今日は一人でリディアンに行っていた。

 クリスや翼も学校へ行くべきなのだが(特に二年間眠っていた防人)、F.I.Sの件の事を考えて二人は休みを取り、訓練を行なっていたのだ。

 

「……ふん、勝手にしろ」

「ああ。勝手にさせてもらう」

 

 ネフィリムとの戦闘の際、翼を認めたクリスは多少なりとも心を開いていた。それを感じ取った翼は少し微笑みながら少々顔を赤くするクリスの隣に並んで他愛もないは世間話を始めるのだった。

 

 ──────────────────

 

 ──リディアン音楽院にて

 

「今日の授業はここまでです。皆さん気をつけて帰って下さいね」

 

 授業の終わりを知らせる鐘がなり、先生の一声で今日の授業は終わる。

 大人しくリディアンに来ていた未来も帰路に着く準備を始めている中、いつもの三人が近寄って来た。

 

「ヒナー。今日何処かに遊びに行く?」

「お久しぶりの登校ですし、たまには三人で」

「雪音先輩、休みみたいだけどなんかあったの?」

 

 未来が戦っている事を知っている創世、詩織、弓美の三人は音沙汰無しで一週間ぶりに登校してきた未来を気遣っていつも通りを貫いていた。

 思い思いに喋りだす三人に平和を感じながら微笑み返す未来だったが、すぐに頭を横に振る。

 

「ごめんね。今日は寄る所があるから」

「そっかー」

「残念ですが仕方ありませんね」

「先輩によろしく言っといてね。それじゃ!」

「うん。また明日」

 

 手を振って三人の誘いを断って見送る。そして帰りの支度が終わった未来はその足である場所へ向かった。

 

 

 

 

 ゆっくりと久しぶりに歩く道と街並みを眺めながら、未来は少し荒れてしまっている商店街を一人歩いていた。

 店は何軒か開いているものの道を歩く人は少なく、かつての活気があった時とはかけ離れていた。

 

(仕方ないよね。この辺りもノイズの被害に遭ったんだもの)

 

 世間ではルナアタックと言われているフィーネが起こした事件。あの時にフィーネが広範囲に召喚したノイズは町にまで被害を出していた。今未来が歩いている商店街も被害は少なかったが例外ではない。

 かつての商店街の姿を知っている未来は寂しい思いをしながらただあてもなく歩いていた。すると、建物と建物の間から誰かが走り出てきた。

 

「あう」

「おっと!」

 

 突然現れた人影とぶつかりバランスを崩すが、未来はクリスで慣れているためすぐさま立て直し、クリスにする様にぶつかった人影の手を掴んで自分に引き寄せ、倒れないようにした。

 

「あ、ありがとうデス!」

「大丈夫?前を見ないと危な──」

 

 自分の胸元で密着するぶつかって来た人影の顔を見て未来は思わず目を丸くした。それは相手も同じで未来の顔を見ると固まっていた。

 

「「──あ」」

 

 ぶつかって来た人影は現在敵対中のF.I.Sのメンバーの一人の暁切歌であった。

 切歌は焦りながら未来から身体を離して距離を取り、急いでギアペンダントを取り出そうとした時だった。切歌の腹部から可愛らしく「くぅ〜〜」と音が辺りに響いた。周りが静かだったのでその音は可哀想なくらい未来の耳に入ってくる。

 いきなり敵対する同士が出会って一触即発な空気が流れたが、切歌のお腹の音でその空気も一気に霧散する。

 

「えっと……何か食べる?」

 

 困った顔で頬を掻きながら言う未来の言葉に、切歌は食欲に負けて再びお腹を鳴らし、迷いながらも顔を真っ赤にしながら小さくうなづいた。

 

 気まずい空気が流れながらも切歌と出会って数分後、未来は目的地であった、親友と昔よく通っていたお好み焼き屋「ふらわー」の前に到着する。

 店の明かりはついており、閉店の看板も出ていない。ガラス越しでも人が動く影が見えたので中に人がいるのは確実なのだが中々一歩が踏み出せないでいた。

 

「どうしたんデスか?」

「あ、なんでもないよ。入ろっか」

 

 少し心拍数の上がった心臓を落ち着かせながら未来はゆっくりと店の戸を開ける。中には他の客はいなかったが、昔から変わらない姿の一人の女性がカウンターに立っていた。

 

「いらっしゃい。って」

 

 元気よく声を出した女性は未来の顔を見て目を丸くする。その顔を見て未来は気まずさを感じたがなんとか笑みを使って頭を下げた。

 

「お久しぶりです。おばちゃん」

「貴女帰って来てたのね!懐かしいわぁ。ほら、早く座りなさい」

 

 ニコニコしながらおばちゃんと呼ばれ女性は未来と切歌をテーブルの席に案内する。カウンター席でいいと言った未来だったが女性が「客はいないから」と言ってほぼ強制的にテーブル席に座らされた。

 

「私は豚玉で。暁さんは?」

「ふえ!?えっとえっと……あう」

 

 未来に言われて急いでメニューを見る切歌だが初めてお好み焼きを食べるためどれがどの様なものか想像出来ずしかめっ面で悩んでいた。多少写真は載っているが腹が減っている切歌からしたらどれも美味しそうに見えるため選ぶのに余計に時間がかかっていた。

 

「ふふ。なら私の半分あげるから好きなの選ぶ?」

「いいんデスか!?なら……私はイカ焼きお願いするデス!」

「イカ焼きじゃなくてイカ玉ね」

「あいよ!」

 

 久しぶりのお客に女性は元気よく返事してささっとお好み焼きを焼いていく。

 店内に漂うお好み焼きのソースの匂いに切歌はさっきまでの緊張を忘れて目をキラキラさせながら女性がひっくり返すお好み焼きを楽しそうに見ていた。

 

(そういえば、響も初めてここに来た時同じように目を輝かせてたなぁ)

 

 声も姿も違うはずの切歌と今は亡き親友の姿が重なって胸が締め付けられるような痛みが走るが、それを顔に出さずに楽しそうにする切歌に笑顔を向けた。

 ものの数分で未来と切歌が頼んだお好み焼きは完成し、二人の前に出される。出来立てなのでまだジュウジュウと焼ける音が聞こえており、ソースの匂いも昼食を食べたはずの未来のお腹でさえも刺激した。そんな中、お腹を空かせていた切歌が耐えられるはずもない。

 

「あわわ、美味しそうデスよ……いただきますデス!」

 

 涎が隠し切れていない切歌まだ熱いはずのお好み焼きを早速切り分けて口に運ぶ。勿論熱々なのでハフハフと中々飲み込めずにいたが、飲み込んだ瞬間、更に目を輝かせた。

 

「美味しいデス!こんな美味しいもの、この世にあったんデスね!」

「あっはっは!嬉しい事を言ってくれるねぇ!」

 

 美味しそうに食べる切歌を見て女性も嬉しそうに笑う。そんな平和な光景を見て未来も自然と笑みが出た。

 未来もそっと自分が注文したお好み焼きを切り分けて口に運ぶ。少々熱かったが、その味は昔、親友と一緒に食べた頃と変わらず美味しかった。

 

「……なんで、泣いてるデスか?」

「え?」

 

 切歌なら言葉に未来はそっと自分の頬を触れると指が涙で濡れていた。

 最近涙脆くなって来たと思い、自分に呆れながらも切歌に向けて笑みを見せた。

 

「学園祭の時に話した事、覚えてる?」

「学園祭……アナタのお友達の事デスか?」

「うん。このお店にね、その子とよく来てたの」

 

 中学生の頃、自己紹介の時には必ずとも言っていいほど「好きな物はごはん&ごはん!」と言っていた親友と未来はよくここふらわーに通っていた。

 学生に優しい値段と量、そして味という事で未来もこの場所が好きだった。それこそ、先日ふと思い出して食べたくなってしまうほどに。

 

「向かいの八百屋さんやカラオケ屋もね、あの子と、響とよく行ってたの。あの頃はもっと活気があって、この時間には人が沢山いたんだよ?」

「そうなんデスか」

 

 切歌はチラリと店の扉に目をやる。勿論扉は閉まっているが、ここまでの道のりで未来が言ったような活気はなく、むしろ活気がある姿が想像出来ないくらい散々としているが未来には違う光景が写っているのだろうか、顔は笑みを作っているというのに目は何処か違う所を見ているようで、切歌は漠然と未来が悲しんでいるように見えた。

 悲しそうにする未来を見て少し空気が重くなって気まずくなるが、出されたお好み焼きを食べるとその美味しさに切歌はまた明るくなり気まずい空気が霧散する。美味しそうにお好み焼きを食べる切歌を見て未来も釣られて現実に戻ったかのように微笑んだ。

 それから数十分で切歌は自身の頼んだ物と未来のお好み焼き半分を平らげて満足げに笑顔になった。

 

「調やセレナたちにも食べさせてあげたいデスねぇ」

「ならお持ち帰りさせてもらう?」

「出来るんデスか!?」

 

 表情変化の激しい子だなー。と思いながらも未来はうなづき、切歌は遠慮せずに自分の気になるお好み焼きを何種類かお持ち帰りさせてもらうことになった。その金額は普通の学生には重い値段だったが、装者として戦っている未来は二課から支給される給料は学生どころか一般の会社員よりも多く、日常品くらいしか買っていない未来にしたら貯まる一方なため良い出費となった。それでも現在の貯金の一割もつかっていないが。

 スキップを踏む勢いでルンルン気分の切歌と共に未来はふらわーを後にする。店から出る際、女性から笑顔で「いつでも来ていい」と言われたら未来も笑みを返した。

 

「今日はありがとうデス!」

「ううん。私も久しぶりにふらわーのお好み焼き食べたかったから別にいいよ」

「それでも礼を言わないと気がすまないデス!」

 

 まるで敵対していると忘れているかのように、友達のように笑い合う未来と切歌。その姿は互いにとても楽しそうにしており、血を流して争っていたのが嘘のようだった。

 切歌にしても、敵とはいえ久しく感じた楽しい時間を心地よく感じていた。だが人気の無い所まで歩いた瞬間、残念ながらその時間と終わりを告げる。

 

「ッ!」

 

 切歌の横を歩いていた未来は不意に感じた嫌な予感にその場からバックステップで切歌から離れて後方に下がる。その直後無数の小さな丸鋸が今さっきまで未来が立っていた地面に突き刺さった。

 

「切ちゃん!」

「し、調!?」

 

 少し離れた場所から聞き慣れた声が切歌の耳に入る。その方向を向けばシンフォギアを纏った調と震えながらボロボロになった服を着て、何かを大切そうに抱いているウェルが一緒にいた。

 

 一週間前の未来の暴走から行方不明になっていたウェルの捜索、それが今自由に動ける切歌と調の任務だった。

 それというのも、あの日の後からナスターシャの具合が悪くなっていき、応急処置はしたものの本格的な治療は今やウェルしか頼める相手がいないため、気に入らない相手と思いながらも渋々と捜索していた。

 そして今日は二手に分かれて捜索中、切歌は未来と遭遇して今に至る。

 

「なんでそいつと……まさか」

「ち、違うデスよ調!」

 

 敵であるはずの未来と一緒にいる切歌を見て調の顔が険しくなる。そんな調を見て切歌は焦りながらもお好み焼きが入った袋を持って急いで駆け寄り、調の横で未来の前に立つ。だがその顔は先程まで仲良くしていた未来にどうすれば良いか分からないという表情だった。

 切歌が戻ってきて強気になった調はそのまま攻撃を続行しようと身をかがめる。だが未来はそれに「待って!」と大きな声で止めた。

 

「今回はお互い出会わなかった事にしてこのまま分かれてくれないかな」

 

 未来にしたらこの周辺の町は思い出の詰まった大切な場所。そんな場所を無闇に破壊したくもないし、一緒にお好み焼きを食べていた時に見せた切歌の笑顔を見て敵とは思えなくなり戦いもたくなかった。

 だがそんな事を知らない調からしたら関係ない話だ。

 

「戯言を!」

「な、待つデス調!」

 

α式・百輪廻

 

 切歌の静止を聞かずに調はツインテール部の装甲を展開し生身の身体に当たればバラバラに切り刻まれて命は無い無数の小さな丸鋸を容赦なく未来に向けて放つ。

 それを見て回避出来ないと察した未来は説得は不可能と思い、歯を噛みしめながらも胸に手を当てた。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 天羽々斬の聖詠を唱え、紫の光に包まれる。そして紫と白の装甲のシンフォギアを纏い、白紫の刀を手に取つまえ自身に命中する丸鋸だけを正確に切り落としていく。だがその間にも調は未来に近づき、次の攻撃に移っていた。

 

γ式 卍火車

 

 飛来する小型丸鋸に集中している未来の死角からツインテール部の装甲内のアームから巨大な丸鋸を二つ取り出して投擲する。

 空気を切り裂く音に気がついて未来はギリギリ身体をかがめて回避する。巨大な丸鋸は未来の髪を数本掠め、近くのコンクリートに切り裂いて止まった。

 

「やめるデスよ調!このままじゃ町に被害が」

「でもあの化物を倒さないと!」

 

 暴走した未来を間近で見た調はその脅威をよく知っている。

 現状F.I.Sの目的の妨げになるのは目の前にいる未来の他にいない。であれば再び暴走して肝心な時に邪魔されないようにするのは必然だった。

 その考えに基づいて調は絶え間なく追撃するが、未来はその猛攻を白紫の刀で全て弾き返す。それだけの戦闘能力の差が二人にはあった。だが。

 

「うっ!?」

 

 調が放った巨大な丸鋸を弾き返した瞬間、優勢だったはずの未来は全身が異様に熱くなっている事に気づく。その熱さを自覚した途端身体の体温か、それともシンフォギアの温度なのかが急上昇していき、息が出来ないくらい苦しくなって思わず膝をついた。

 

「チャンスッ!」

「調!」

 

 膝をついた未来に好機を見出して追撃しようとした調の前に、いつの間にかシンフォギアを纏った切歌が両手を広げて追撃を止めた。

 

「どいて、切ちゃん!」

「どかないデス!私たちの目的はあの人を倒す事じゃなくて博士を連れて帰る事デス!目的を間違えちゃダメデス!」

「でも今倒さないと!」

 

 切歌と調の口論が始まっている間にも未来は謎の発熱により身体が焼かれるような痛みに襲われている。コンクリートもその熱さに耐えきれなかったのか少しずつ変色していくほど、温度が上がっていく。それは奏やクリスが使ったシンフォギアの強化形態、限界突破(オーバードライブ)に近い現象だった。

 立ち上がろうにも身体はその熱に耐えきれないのか上手く動かすことができず、未来はそのまま倒れ込んでしまった。

 少しずつ意識が遠のいていく中、聞き覚えのある歌声が未来の耳に入ってきた。

 

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 

 空中から落下してくる赤い光。その中から現れたのはニ課仮設本部よりシュルシャガナの反応を感知して急ぎ急行したイチイバルのシンフォギアを纏うクリスだった。

 クリスは二人に警戒してボウガンを構えながらも倒れている未来を守る形で二人の前に降り立った。

 

「クリ、ス……」

「未来!大丈夫か、って熱!?」

 

 未来の肩に触れようと伸ばした手が未来の身体から発せられる謎の熱によって思わず手を遠ざけてしまう。それほど未来の身体は発熱していた。

 未来の身に起こった不可思議な現象に戸惑うクリス。その後ろでは突然のクリスの登場に調は舌打ちを漏らていた。

 

「……増援が来ちゃった。私たちの負担も大きくなっちゃう」

「そうデス!だから早く博士を連れて逃げるデスよ!」

 

 悔しそうな表情を浮かべる調にお好み焼きの袋を片手にウェルを小脇に抱えた切歌が言う。切歌も未来と同じで敵とは思えなくなっており、せめて今日だけでも戦闘は避けたかったため、無理にでも調を帰投させたいと思っていた。

 それを知らない調は異様に戦闘を避けたがる切歌に持ちたくない不信感を持ちながらも、クリスが来たことで状況は不利だと思い大人しくその場を撤退する。撤退する際、切歌が未来を心配そうに見ていたのを調は見逃さなかった。

 

「な、逃げんのかよ!」

「う、うう……」

「未来!?」

 

 撤退する二人を見てクリスも後を追おうとするが、後ろでまた未来が苦しそうな呻き声を上げる。いまだ未来の体温は上昇中だった。それに加えて胸元を中心に謎の紫の結晶が広がり、首の辺りまで広がり始めていた。

 既にシンフォギアを纏っていても火傷してしまいそうなほどの体温になる中、クリスは自分ではどうしようも出来ないとまともな思考で無くなっていく。

 未来を守るために強くなろうと決意しても肝心な時には何も出来ない自分に悔しくて涙が出そうになった。その時だった。一台の青いバイクが真っ直ぐにクリスの方に向かって走って来ていた。

 

 

 ──Imyuteus amenohabakiri tron──

 

 

 未来の聖詠とは異なる天羽々斬の聖詠が響く。

 バイク諸共青い光に包まれ、現れたのは青と白の装甲のシンフォギアを纏った翼は未来と調の戦闘で出来た瓦礫をバイクで滑り、未来の真後ろの建物の屋上目掛けて飛んだ。

 

騎馬ノ一閃

 

 シンフォギアの影響により乗機していたバイクの前方部分に巨大な刃を突出させる。その刃は建物の屋上に取り付けられた貯水タンクを大く切り裂いた。

 貯水タンクに溜まっていた水は体温を上げ続けている未来に向かって流れ落ちる。流れ落ちた水が未来の身体に接触すると蒸発する音が聞こえたがそのおかげで温度を下げる事に成功したのか、水が全てなくなる頃には周りにも熱さを感じるほどの異様なほどの熱は消え去っていた。

 

「未来!」

 

 近づけるようになったクリスはいの一番に倒れている未来に近寄り抱き寄せた。

 

「う、ん……大丈夫、だよ……ちゃんと意識はあるから、ね?」

「ッ大丈夫な訳ねぇだろ!」

 

 苦しそうに息をしながらもクリスに心配かけさせまいと必死に笑みを作る未来だが意識が朦朧としているのだろう。未来の意思とは裏腹にその身体は明らかに無事ではない。

 先程まで胸元を中心に首の辺りまで広がっていた紫の結晶がまだ小さいが手足のあちこちにも現れている。特に胸元の結晶はその姿を見て無事だと判断する者はいない。

 

「くっ、早く救護班を」

「んな悠長に待ってられっかよ!」

 

 バイクを止めてクリスの元へ来た翼は倒れる未来を見て急いで救護班を呼ぼうとしたか、それよりも先にクリスが未来を抱き抱えて立ち上がった。

 

「シンフォギアを纏っている今ならあたしが直接行った方が早え!あんたはオッサンに治療できる奴を病院に集まるよう言ってくれ!」

「な、待て雪音!」

 

 翼の静止を聞かずにクリスは未来を抱き抱えたまま跳躍して建物の屋上へ着地し、そのまま次々と建物を飛び移りながら二課の息がかかった病院に向かっていく。焦りも混ざってからか少々危なげだったが、移動速度は天羽々斬を纏った翼に勝るとも劣らないレベルだった。

 

「あの娘はっ!司令、聞こえていましたか?」

『聞こえていた。急いで人を向わせている。そちらは敵を追う事は可能か?』

「……いえ、既に影も形もありません」

『そうか……どのみち一人では危険だ。無理せず本部に帰投しろ』

「分かりました」

 

 通信機を切り、クリスの話を聞いて既に未来の治療の準備が出来ていると分かり取り敢えず安心した翼は弦十郎の指令通り本部へ戻るために再び青いバイクに跨る。その際、未来と調の戦いにより復興が進んでいたはずの街並みにまた新しい争いの傷がつけられた光景を見てハンドルを握る手に力が入った。

 思い出すのは十日ほど前、翼が初めて未来を恐ろしいと感じた海橋での戦いの際にセレナが言った言葉だ。

 

 

 ──正義では守れないものを守るために──

 

 

 その時翼が見たセレナの瞳には嘘は無かった。本気で翼たちでは守れない何かを必死になって守ろうとする気迫すらあった。未来に気圧されて気弱になっていたのもあるだろうが、その気迫に押されてしまったのは事実であった。

 だが、今目の前に広がる光景は本当にセレナが目指す目的のために必要なものなのか?

 

(セレナ・カデンツァヴナ・イヴ……もしこの光景が貴様らにとって必要であるものならば……私はその意思を真っ向から否定する)

 

 翼は胸元にあるギアペンダントを握りしめ、二課に帰投するために青いバイクを走らせるのだった。

 

 ──────────────────

 

 ──ヘリキャリアにて。

 

 一週間かけて探し出したウェル博士を抱えた切歌と調は上手く二課の追跡を振り切り、無事ヘリキャリアへとたどり着いていた。

 ウェルは白い外骨格に覆われた何かを大切に持ったままヘリキャリアの中に入るとやっと安全な場所についた事にホッとしたのか大きなため息を吐いた。

 

「助かりましたよ。なんせ必死になって戻ってみればヘリが無くなって」

「無駄話は後にして早くマムを診て」

「……わかりましたよ。それに()()の調整もしなくてはならないですしね」

 

 調が食い気味にウェルの言葉を遮る。突然言葉を遮られて少し顔をしかめるウェルだったが不気味な程素直に聞き入れた。しかも何処か不気味な笑みまで浮かべて。

 扉の向こうに消えていくウェルを見送った切歌と調は取り敢えずの任務は終了した事に力が抜けた。

 まだナスターシャの具合は悪いのだが、応急処置しか出来ない自分たちよりもウェルが診た方が断然良いと分かっているので釈然としない思いをしながらも託すしかなかった。

 

「これで取り敢えず大丈夫だね」

「デスね。マム、早く元気になってほしいデス」

「そうだね切ちゃん……ん?」

 

 未来との戦闘の高揚も消えて落ち着きを取り戻し始めた調が何気に切歌の方を向くと切歌が今日キャリアから出た時には持っていなかった袋を持っている事に気づく。

 

「切ちゃん、何か買ったの?」

「そうでした!忘れてたデス!」

 

 調に言われて先ほど未来に買ってもらったお好み焼きを思い出す。

 切歌は笑顔で袋からまだ暖かいお好み焼きを出すとソースの香ばしい匂いがヘリキャリア内に立ち込め始めた。

 

「ふらわーって所のお好み焼きデス!とっっっても美味しいデスよ!」

 

 いまだに口の中に残る店で食べたお好み焼きの味を思い出して涎が出そうになるのを我慢した。

 切歌たちが世界に宣戦布告した時から逃走の日々を送っており、緊張感が続く中ナスターシャ、セレナ、調、切歌の四人で食事をする事ができていなかった。故に、切歌は美味しいお好み焼きを昔みたいにみんなで食べようという純粋な気持ちしかなかった。

 

「……切ちゃん、今日お財布持って行かなかったよね。どうやって買ったの?

「ふえ?そ、それは……」

 

 調なら喜ぶだろうと期待した切歌だったが、その予想とは裏腹に調は訝しげな目を切歌に向ける。なんと答えれば良いか分からずしどろもどろする切歌に調の顔はどんどん険しくなっていく。

 

「もしかして……さっきのあの人?」

「…………はいデス……」

 

 結局正直白状する切歌。だが心の何処かで多少は怒られても一緒に食べてくれるという期待があった。小さい頃から仲良くしている、片割れとも言っても過言では無いと思っている調がこれくらいの事では怒るはずがない。そう信じていた。

 だが調は何も言わずに踵を返し、切歌を置いて部屋から出て行こうと歩き出した。

 

「し、調?」

「……敵からの施しはいらない」

「な、待ってくださいデス調!待って!」

 

 冷たさを感じる言葉を置いて出ていこうとする調を止めようと切歌は今にでも泣き出しそうな悲痛な声を上げるが、調はそれを無視して部屋から出て行ってしまう。調がいったい何が原因で怒っているか検討もつかず、伸ばされた手が虚しく空を切った。

 自分の悪戯や失敗で怒られる事は何回かあった。調に迷惑をかける時もあった。だがここまで拒絶された事は初めてで何が起こっているか理解する事も出来なかった。

 

 呆然と調が去っていた扉を眺めていると扉は再び開く。調が戻って来たのかと一瞬喜ぶ切歌だったがそこにいたのは久しぶりに姿を見る、前よりも少し痩せたように見えるセレナだった。

 セレナは扉の前で呆然とした切歌と目が合うと少し気怠げに口を開く。

 

「何かありましたか、暁さん」

「あ、や、なんでもないデス!それよりもセレナ!美味しいお好み焼きがあるのデスが……」

 

 一目見ればセレナが疲れているのは分かるのだが、切歌は調に突き放されたような感覚にショックを受けつつも隠し、セレナだけでも昔みたいに一緒に楽しく食事をしたいと願いを込めて、少々ぎこちない笑みを浮かべて袋の中のお好み焼きを見せる。

 セレナは一瞬袋の中のお好み焼きを見るがすぐにため息を吐いて興味が無くなったかのように向き直った。

 

「……ごめんなさい。今日は食欲が無いので遠慮します。月読さんと食べてください」

「あ……」

 

 足元を少しふらつかせながらセレナも寂しそうにしている切歌を放っておいて部屋から出て行く。そして部屋の中には切歌だけが残った。

 

 切歌はトボトボとキャリア内に取り付けられ腰掛けに一人座り、袋の中のお好み焼きを割り箸で一口サイズに切って口に運ぶ。作ってもらってから時間が経っているため多少冷えてしまっているがその味はふらわーで食べた時と遜色なく、お世辞抜きで温め直さなくても美味しいと言えるはずの味だった。

 

「……おかしいデスね、美味しく無いデス……」

 

 ほんの数分前に食べたお好み焼きと同じはずなのに、その時に食べたお好み焼きの方が何倍も美味しく感じた。

 冷えているからだろうか?それとも時間が経ってしまったからなのだろうか?そう悩んでいた切歌だったが、それは考える程のものではない事にすぐ気づいた。

 

(──ああ。誰かと食べてたから、美味しかったんデスね)

 

 敵や目的とか余計なことを考えずに、無理して場を和ませる必要もないただの楽しい食事。そんなもの、最後にしたのはいつだったか。

 どれだけ貧しい暮らしをして出てきた食事でも調やセレナと食べた時は切歌にとってどんなものでも御馳走だった。ただ誰かと楽しく食事をする。それが切歌にとっての幸せな一時の一つのはずだったのだ。

 

「みんなで食べないと……美味しくないデスよ……」

 

 もう一口お好み焼きを口に運ぶ。ソースの味がするはずのそのお好み焼きの味は、何故か少ししょっぱい味がした。

 

 




今の奏さんはOTONAでも大人でもなく、OTO人くらいかな?何故こんな魔改造を?これも伏線の一つなのですよ……XVまで遠いなぁ。

原作ではビッキーが切ちゃんと調ちゃんの絶唱を吸収してS2CA撃ちますが今の未来さんが撃ったら天羽々斬との同化が加速するため平和?的に終了。でもその代わりに切ちゃん大ダメージ……ちゃうねん調ちゃん、切ちゃんは純粋に良え娘やから許したって……

作者「切ちゃんも好きなキャラなのに何故こんな悲しい思いをさせてしまうのか……おのれシェム・ハめゆ゛る゛さ゛ん゛!」
シェム・ハ「何故そこで我!?」
調「でもこの展開は貴方が作ったから貴方も同罪(シュルシャガナシャキーン)」
作者「ハッ(゚∀゚)!」


???「おい、私の出番はどうした!?」
作者「アンタの出番はまだまだ先だから黙っとれ万年一途BBA……ごめんなさい謝りますからNIRVANA GEDONのグミ撃ちやめて!」


次回! それでも握り続ける刀

未来さんの決意表明!


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十二話

休日仕事キッチュイ_(:3」z)_

今回から結構省きますよ。全部合わせて書いてたらほんと終わらねぇ(゚∀゚)!
ここを過ぎれば後半……未来さんとセレナさんはどうなるのか!
セレナさんの誕生日までに……終わらないだろうなぁ(遠い目)


新グレ響カッコイイけどストーリー重ぃ……運営も中々酷い事しますねぇ!グレ響とIF未来さんになんの怨みがあるんや!(←)
これはあれか、IFセレナさん&マリアさん実装して最終的原作装者たちじゃなくてIF装者たちが結集してIF未来さんを助けに行くパターンか?……あれ、なんか意外と有りか?IF未来さんとの関係薄いけど。


 ──ヘリキャリア内にて。

 

 ウェルが帰還したことにより、セレナたちでは応急処置しかできなかったナスターシャの治療は順調に進み、ベットで横になるナスターシャの顔は目で見えるほど良くなっていった。

 そしてものの数分で心肺は安定し、呼吸も落ち着いていきゆっくりと目を開けた。

 

「「「マム!」」」

「貴女たち……」

 

 まだ病み上がりのナスターシャの手を切歌と調は握り、セレナは安心したのか少しふらついて近くの壁にもたれかかった。

 ウェルがいない間倒れたナスターシャの看病はセレナが行っており、自分では弱っていくナスターシャを見守る事しか出来ず気が気でなかった。そのため緊張の糸が切れて力が抜けてしまうのも仕方のない事だ。

 

「数値は安定。年齢の割には大した体力です。それとも振り絞った気力でしょうか」

 

 呆れながらもキチンと仕事をしたウェルでも下半身を麻痺し、病気を患っていたナスターシャが一週間もまともな治療をされずにいたというのに生きていた事に驚いていた。それこそ、今ウェル自信で言ったように気力を振り絞らねば取り返しのつかない事になっていた可能性もあるほどに。

 

「よかった」

「本当によかったデス!」

「無事で何よりです、マム」

 

 今まで無理な作戦を強いらせてきた自分に向けて僅かに瞳を潤ませて口々に安堵の言葉を出す三人を見て、ナスターシャは強い衝撃を受けた。

 

(私はこの優しい娘たちに、いったい何をさせようとしていたのか)

 

 世界を救うため、それはセレナたちも了承した事。多少の危険はあるのも承知の上のはずだった。だが結果は人々を不幸にし、結局セレナたち三人も不幸な目にあっている。この先作戦を進めたところで本当にセレナたちは幸せになれるのか疑問に思ってき始めていた。

 

(……所詮テロリストの真似事では、迫り来る災厄に対して何も抗えない事に、もっと早く気づくべきでした)

 

 自分が目覚めた事に嬉しそうに話しかけてくる三人を見てナスターシャは自分の浅はかさを悔い、そして前まで迷っていたある事に決意を固めた。

 

「さて、私は神獣鏡の調整に戻ります。ネフィリムの覚醒心臓と神獣鏡が揃いました。それにフロンティアが封印された座標も発見済み。私たちの計画もとうとう佳境!既に出鱈目なパーティーの開催準備は整っているのですよ!あとは私たちの奏でる協奏曲にて全人類が踊り狂うだけ……ふふ、あはははははははは!!!」

 

 誰も求めていない説明を独り言のように呟き、そして狂ったような笑いを浮かべながらウェルが部屋から出て行く。最後まで気持ち悪い男だった。

 

「気持ち悪いデスね……」

「うん。でも博士の言ってる事は事実」

「そうですね。あとは準備が整い次第、計画を最終段階に移すだけ」

 

 ギュッと強く手を握るセレナ。その目は喜んでいるようにも、もう引き返す事が出来ず後悔しているようにも見えた。

 そんなセレナを見てナスターシャは目を瞑り、ゆっくりと三人に視線を向けた。

 

「切歌、調。食料の調達をお願い出来ますか?」

「それくらいなら別にいいデスよマム!」

「うん」

「ならお願いします。動ける時に動かねば時間を無駄にするだけですよ」

 

 厳しめに、だが優しさを含んだナスターシャの声に切歌と調は一瞬互いに目を合わせたが二人はうなずき、部屋から出て買い出しに向かうのだった。

 そして、部屋の中にはセレナとナスターシャが残った。

 

「セレナ」

「?はい。なんでしょうか」

「……貴女に話があります」

 

 ──────────────────

 

 ──病院にて。

 

 

 未来が調と戦闘で異常な発熱と身体が紫の結晶に覆われていく現象により、ニ課の保有する病院に運び込まれた未来は到着してすぐさま手術室に運び込まれ、体表に浮き出ていた天羽々斬と思われる紫の結晶の除去が行われた。

 紫の結晶の脆く、除去自体は簡単だったが、人体に結晶が生えるというあり得ない現象に細心の注意を払いながらの作業が行われ、無事に手術が終わったのは日付が変わってかなり経った後だった。

 

「それで、身体の調子はどうかしら?」

「特に問題はありませんね」

「違和感とかは?」

「それも無いですね。いつも通りです」

「そう」

 

 病室にてベットの上に触る未来に了子がいくつか質問していく。

 今回は一日も経たずに目を覚ました事にクリスを含めた二課のメンバーは安堵していた。前回のように一週間も寝たきりになっていたら、特にクリスの精神が危なかっただろう。

 そして一日安静にした今日、軽い診断として了子一人が未来の様子を見にきていたのだ。

 

「んー脈拍も問題ないみたいだし、精神的な被害もないわね。()()()()()()()()なんの問題もなさそうよ」

「度々ありがとうございます。了子さん」

「いいのよぅ!これもお仕事の内だからね?そ・れ・に」

 

 少々語気を強めに言って了子はあざとくウィンクをしながら深々と頭を下げる未来の頭を撫でて立ち上がり病室の扉に向かった歩いていく。

 

「そろそろ交代してあげないと、この子たちが痺れを切らして突撃してきそうだしねん」

 

 そしておもむろにスライド式の扉の取ってを掴むとゆっくりと開ける。すると未来のを心配して聞き耳を立てていたクリス、翼、奏の三人は支えを失って病室に雪崩れ込んできた。

 

「クリス?それに翼さんと奏さんまで……」

 

 三人は気まずそうに未来から顔を背ける。盗み聞きしていた事に多少なりとも罪の意識はあったのだろう。

 

「えっと、身体の調子はどうなんだ?」

「さっき了子さんにも言いったけど問題ないよ。軽い怪我はあったみたいだけどね」

「まぁ前よりかは無事みたいだし?よかったじゃないさ」

「私は最初から小日向なら大丈夫だと思っていたぞ!……奏、雪音。何故そんな目を向けるのだ?」

 

 奏とクリスは胸を張る翼に何処か哀れみも篭ったジト目を向ける。

 何事もなく無事だった未来を見て安心した三人は和気藹々と会話を楽しんでいた。

 

 だがその裏では三人の心情は複雑なものだった。

 既に弦十郎から未来の天羽々斬の浸食の事を伝えられている奏と翼は未来が無事では無いと知っているため、今見せている笑顔も無理をしているのかと勘繰ってしまう。そう思ってしまうのも仕方ないほど、天羽々斬の浸食は甚大なものだった。

 そして影で話を聞いていたクリスもその事は知っており、未来の痛々しく見える笑顔を見て胸が痛くなるのを必死に抑えていた。

 

 少しでも未来が健やかな時間を過ごすために、今は無理矢理でも笑顔を作らねばならない。そう思って無理に笑みを浮かべる三人だった。

 

「弦十郎君、ちょっといい?」

「む?」

 

 扉の近くで楽しそうに話す四人を見守っていた弦十郎を了子は笑みを浮かべたまま、しかし真剣な目で外に連れ出す。了子の目を見た弦十郎も嫌な予感しか感じていない。

 

「……聖遺物の浸食が進んでいるわ」

「やはり、か」

 

 悲痛な顔の了子から渡された資料を見て弦十郎は予想通りの答えに落ち着いていた。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シンフォギアを身に纏えば聖遺物の浸食が進む。それは分かっていた事である。だが分かっているならばなんとしてでも止めなくてはいけなかった。

 

(今回は、いや今回も未来君がシンフォギアを纏ってのは不測の事態だ。だがそれでも良しとして良いものではない。なんせ彼女の身体は……)

 

 了子に渡された資料に書かれていたのは現在の未来の状態が細かく記載されたものであり、最後に記されたあまりにも非情で現実的な数字を見て弦十郎は自身の無力さに思わず手に力が入り資料がクシャリと歪んだ。

 

 

 小日向未来

 天羽々斬浸食率──六十五.八%

 

 

 夢であって欲しいと本気で思った。

 それは一五歳の少女が背負うにはあまりにも重い現実だった。

 

 狂うほど大切だった親友を失い、ノイズを倒すために傷ついてきた少女がやっと安らげる場所を見つけたというのに、過去の楔がそれを許さないとでも言うのか。安らぐ時間すら与えないとでも言っているのか。

 友人や仲間を守るために自身を犠牲にして守っているというのに、その仕打ちがこれなのか。と、ここが訓練場であれば弦十郎は力任せの一発を地面に叩き込んでいただろう。

 

「……未来君をこれ以上戦わせるわけにはいかん」

「でも、あの子のシンフォギアは翼ちゃんやクリスちゃんのとは違うわ」

 

 翼やクリスのシンフォギアは非戦闘時はペンダントとして収納されている。だが未来はペンダントではなく聖遺物の欠片を体内に宿らせた融合症例。しかも身体の半分以上が侵食された今、医学的に取り除く事は不可能。それは、未来から戦う力を取り上げる事が出来ないと言っているようなものだ。

 

「しばらくはF.I.Sに関して、いや我々二課も彼女に積極的に接触するのを避ける。シンフォギアが必要な場所に近寄らせなければ未来君もシンフォギアを纏う事は無いはずだ」

 

 クリスや翼が戦う以上、未来がそれを許容するとは思えなかったが、そんな淡い期待に賭けながらも、それしか未来を戦闘から遠ざける手段を考えつかない自分を殴りたい気分になる弦十郎であった。

 

 ──────────────────

 

 ──翌日。

 

 高層ビルのエレベーターがゆっくりと動き、とあるフロアで止まる。エレベーターの扉が開き、中からは半自動の車椅子に乗ったナスターシャとその後ろから車椅子を押すセレナが現れ、長い廊下を歩く。

 

「……マム、あれはどういう意味なのですか?」

「言葉通りです」

 

 セレナの疑問にナスターシャは即座に答えた。

 

 ウェルの治療に目を覚ましたナスターシャがわざと切歌と調を買い出しに行かせセレナと二人になった時、ナスターシャは知らない間に少し痩せ細ったように見えるセレナに言った。

 

『これ以上、新生フィーネを演じる必要はありません』

 

 その一言はセレナに大きな衝撃を与えていた。

 自分を傷つけながらもフィーネを演じる事で落ちてくる月から世界を救おうとその痛みすら耐えていた。自分の決意の甘さで被害が広がるというのなら、その甘さすら捨て去ってやろうと自分に言い聞かせていた。

 それを全て否定されたようなセレナは感じたのだ。

 

「私たちがやって来た事はテロリストの真似事でしかありません。真に為すべき事は月がもたらす災厄の被害をいかに抑えるか。違いますか?」

「……つまり今の私たちでは、()()()世界を救えない、と?」

 

 言外に言われた言葉に胸が痛くなるセレナ。

 その言葉が正しいのであれば、今まで自分がやってきた事はなんだったのだろうか?大切な姉が守った世界のために自身も戦おうと決めた決意はどうすればよいのか?

 自分がやりたかった事が分からなくなり、車椅子の取手に握る手に力が入った。

 

 そうこうしていうとナスターシャの案内でセレナは現在の階層の一番奥にあった大きな自動の両開きの扉があるところまでたどり着いた。

 電子音と共に扉は開かれ、導かれるようにセレナは入室する。すると目の前にはサングラスに黒いスーツを着た男たちが数人待ち構えていた。

 

「ッ!」

「およしなさい」

 

 ナスターシャを守ろうと前へ出ようとしたセレナを一言で止める。

 警戒した視線を送るセレナに対してナスターシャは車椅子を部屋にあった長いテーブルの元まで移動させた。

 

「米国政府のエージェントです。講和を求めるため私が招集しました。既にDr.ウェルには通達済みです」

「講和を?マリア姉さんを見捨てた人達に!?」

 

 セレナは信じられないものを見る目でナスターシャに目を向けた。

 自分の大切な家族が命をかけて守ったというのに、その姉すら見捨てた国の人間と講和を結ぶというナスターシャの言葉に裏切られたような、信じていたものに見放されたような感覚に陥るが、それと同時にいくら自分たちが頑張ろうとも月という巨大な敵相手に出来る事なぞたかが知れていた。

 仮に計画が完成しても救えるのは僅かだと考えればここで講和を持ち込めばもしかしたら月をなんとか出来るのかもしれない。そんな考えも頭によぎる。

 だが、頭で分かっていても心がそれを認めるかは別問題だ。

 

「さあ、これからの大切な話をしましょう」

 

 目の前の男たちしか見ていないナスターシャには、後ろで苦悩に苦しむセレナに気づく事はなかった。

 

 ──────────────────

 

 ──同時刻 同所にて。

 

 未来たちの住む町を一望出来るほどの高いビルその下層に設置された水族館に非番である未来とクリスは遊びに来ていた。

 

「ほら、クリスも早く!」

「ちょ、待ってくれよ未来!」

 

 クリスはあまり魚に興味は無いが未来とのデートとして楽しんでいた。これが本当にデートであればどれだけよかったか。

 

 非番とはなっているが実際は弦十郎が手配して二課から遠ざけるための詭弁であり、クリスは未来の監視の任務として付き添っていた。

 

 昨晩、クリスは弦十郎から未来の現状を聞かされたが勿論クリスは既に知っていたため、先に未来の天羽々斬の浸食の事を言われた弦十郎は面食らったものの話はスムーズに進み、F.I.Sについて進展があるまでは未来の監視の任務を受けたのだった。

 クリスはその任務を断るはずも無く承諾し、今こうやって未来と共に水族館へ来ている。これも未来を戦いから遠ざけるためだと自分に言い聞かせて。

 

(これ以上未来を戦わせるわけにはいかねぇ。あたしが降りかかる火の粉を振り払わねぇといけねぇ。これ以上、あたしの大切なもんを奪わせてたまるかッ!)

「──ッひゃ!?」

 

 グッと手に力が入るクリスだったが、その頬に突然冷たい何かが押し当てられて可愛い声を上げてしまった。

 振り返れば冷たい飲み物を持った未来がクリスの後ろに立って笑みを浮かべていた。

 

「ぼーっとして、何かあったの?」

「ふぇ!?い、いやなんでもないぞ!?」

 

 浸食の事を考えていたとは言えるはずも無く、未来から飲み物を引ったくって一気に飲み干そうと全部飲みきる勢いで喉に通していく。あまり行儀の良いことではない。

 

「……ふふ、クリスは分かりやすいね」

「?」

 

 突然の未来が優しく、そして何処か悲しそうな笑みを浮かべる。その笑みを見てクリスは訝しげな目を未来に向けた。

 未来はクリスに背を向けて次の場所へ移動しようと歩き始める。その背中を追いかけてクリスも未来に近寄ろうとした時、未来は首だけ動かして視界の端にクリスが入ると、今度は諦めたような乾いた笑みを見せた。

 

「自分の身体の事くらい、分かってるよ」

「なッ!?それ、どう言う」

「さ〜ね?」

 

 どういう意味か聞こうと未来に近寄るが未来はそれ以上の事は言わずに、既に答えは言っていると言うように質問をのらりくらりと全て受け流していく。それが意味する事を分からないクリスではない。

 

 きちんと話をしたいが未来が何も言わないため話が出来ず、心にモヤがかかったようないい知れない感覚にクリスは悩まされながらもビルの展望台へ向かう未来の後ろを歩くのだった。

 

 ──────────────────

 

「──異端技術に関する情報、確かに受けとりました」

「取り扱いに関しては別途私が教授します。つきましては」

 

 黒服の男たちにF.I.Sが所持する異端技術のデータの入ったチップを渡し、これでやっとセレナから重すぎた重荷を降ろせると安堵したナスターシャだったが、その考えはあまりにも軽率だった。

 チップを受け取った男は懐にしまうと代わりに拳銃を取り出してセレナとナスターシャなら向けて構えた。その後ろにいた数人の黒服たちも含めて。

 

「貴女の歌よりも銃弾は遥か早く、躊躇なく命を奪いますよ」

 

 セレナは急ぎシンフォギアを纏うため歌おうとするがそれを見越してなのか黒服の男は余裕の笑みでそれを制した。事実、銃弾であればセレナが歌を歌い切る前に何発の弾がその身体を貫くだろうか。

 

「必要な物は手に入れた。あとは不必要な物を始末するだけ」

「初めから、取引に応じるつもりはなかったのですかッ」

 

 歯軋りをするナスターシャに黒服の男は笑みを浮かべる。男たちにとって異端技術が手に入ればあとは本国で解析すればよいだけのもの。ナスターシャの教えが無くとも時間の問題なだけで他には何もない。であるなら邪魔なナスターシャとセレナを亡き者にしても不利益にはならない。

 

「やっぱり、貴方たちは信じられない!信じるべきではなかった!姉さんを見捨てた人たちなんて、信じられるはずがなかった!!!」

 

 今にでも飛びかかりそうになるセレナだったが、それよりも先に事は動き出していた。

 瞬間、窓の外に何かが通るのがその場にいた全員の視界の端に入る。男の一人がそっと横目で外を確認すると、そこには地獄の死者が空を飛んでいた。

 

「ノ、ノイズ!?」

 

 ノイズを確認した黒服の男が恐怖で顔を青くする。それを合図に外を飛んでいたノイズが空間をずらして窓ガラスを割らずに、まるで水の中から現れるかのように中は侵入して黒服の一人を襲う。それからは阿鼻叫喚だった。

 次々と男たちがノイズに捕まり、セレナの目の前で灰になっていく。その光景を見てセレナは──

 

「何をやっているのです!早くここから避難しますよ!」

「──え?あ、はい!」

 

 一瞬よぎってしまった自分でも恐ろしいと思うほど冷えた感情を否定する。自身の手を見れば何故か震えていた。

 

(私は今なんて思ったの?)

 

 男たちは自分の姉を見捨てた人間の部下であり、そして先程自分とナスターシャの命を奪おうとしていた。そんなどうしようもなく、救うに値しない男たちに向かってセレナは思ってしまった。

 

 ──いい気味ですね。

 

 と。

 

 

 ──────────────────

 

 それは未来とクリスの前に突如現れた。

 

 未来が心配でならないというクリスをなだめながら高層ビルの展望台から町を見下ろして二人は楽しんでいたが、未来は突然ノイズが現れる気配を感じてガラス窓の方に顔を向ければその予感が当たっていたと証明するように、展望台の周りを百を超える飛行型ノイズが空を飛んでいた。

 飛行型のノイズの中には百メートル近い巨大な飛行型が二体も存在していた。しかもその巨大飛行型の下腹部が開き、そこから大量のノイズをばら撒いていく。ビルの周りと真下の地面は一瞬でノイズが蔓延る地獄へと変わってしまった。

 

「ッ何でこんなところにノイズが現れやがんだよ!?」

「……まさかソロモンの杖が?」

 

 いきなりの出来事で困惑するクリスだが、未来は反対にノイズを目視した瞬間に焦らずに周りを確認していた。

 幸いな事に周りにいた人間はノイズが現れた事に混乱して急ぎエレベーターの元に走って行ったので未来とクリスの周りには人がいない。それを確認するとシンフォギアを纏うために頭の中に浮かんだ聖詠を唱えようと胸元に手を置いた。

 

「──待ってくれ」

「クリス?」

 

 歌う直前、クリスは未来の肩に後ろから手を置いて止める。何事かと振り返って見たクリスの表情はとても真剣なものだった。

 

「あたしが全部相手するから未来は戦うんじゃねぇ」

「何を言って」

 

 突然現れたノイズは遠距離特化のクリスでも相当な無茶が必要な数だ。それ加えて近くにソロモンの杖があるかもしれないと考えるとこれだけでは済まない可能性もある。そんな中で対空武装のあるクリスをここで使い切るのは得策ではが、それが分からないクリスでもない。

 

「お願いだから……未来は戦わないでくれ……頼む」

 

 真剣な表情のまま、辛そうに顔を歪めて懇願する。

 目の前の地獄なぞクリスにとっては二の次だ。それよりも目の前にいる大切な陽だまりがいなくなってしまうかもしれないと思うと身体が震えてくる。

 間違った自分に優しくしてくれた大切な人が目の前から消える方がクリスにとっては恐ろしく、耐え難いものであり、自身が傷ついてでもそれはそれだけはなんとかしなくてはならないと思うほど、クリスの中の未来は大きな存在となっている。

 ならばこの地獄を一人でなんとかしなくては、これから未来を守る事なぞ不可能。

 

「あたしが未来を守るから……未来の分までノイズをぶっ倒すから!だから未来はこれ以上戦わないでくれ……」

 

 今にでも泣き出してしまいそうなほど瞳にいっぱいの涙を溜めたクリスの顔を見て、未来は根負けした。

 

「分かった。クリスに任せるね」

「!ああ!絶対に未来に近づけさせねぇ!安心して待ってな!」

 

 嬉しい返答にクリスは喜びを隠さずに未来に笑顔を向ける。

 未来が戦わずに済む。それだけでクリスの戦意は向上していた。

 

 ノイズの一体がガラス窓をすり抜けて展望台内に侵入しようとしてくる。それを見て、クリスは一層やる気を出して首にかけていた赤いクリスタルを握った。

 

 

 ──Killter Ichaival tron──

 

 

 イチイバルの赤と白のシンフォギアを纏い歌を歌う。それによりノイズの相違差障壁は無くなってシンフォギアの前では有象無象の存在へと成り下がった。

 侵入してきたノイズに向かってボウガン型のアームドギアを形成し、窓ガラスごと一発で貫いて灰へと変えた。

 

「んじゃ行ってくるから、未来も避難してな!」

「うん。無茶はしないでね?」

「はっ!あたし様を舐めんなよ?」

 

 ニヤリと笑みを作り、今し方自分で開けた窓ガラスの穴に向かって跳躍。そのまま外へと飛び出て行った。建物で見えなくなってもボウガンのものと思われる赤い物体が次々とノイズを薙ぎ払っていくを見て未来は急ぎエレベーターの方へと駆け出した。

 

(……よかった、逃げ遅れた人はいないみたい)

 

 走りながら周囲で退避に遅れた人間がいないか探していたが、ルナアタック前からあったノイズの異常発生で住人の避難はまだ多少の混乱はあるものの統率が取れたものになってる。ノイズのおかげで無事に避難できているというのは皮肉だが。

 

「私も早く逃げないと……っ!?」

 

 少し走って誰も逃げ遅れていないのを確認した後未来も避難しようと近くにあった階段から下層に向かおうとした直後、足元の床が大きから軋み、ヒビ割れていくのを見て未来はその場から急ぎ飛び退く。すると今未来が立っていた場所からドリルのように回転しながら黒と黄色の配色がされた槍が床を突き破り、槍により開けられた穴から女性を抱えた一人の黒と橙色の鎧を纏い、黒いマントをたなびかせたオレンジ色の髪の女性が現れた。

 

「セレナさん!?」

「ッ貴女は!」

 

 未来は目の前に現れた女性、黒いガングニールのシンフォギアを纏ったセレナに警戒の目を向ける。その声で気付いたセレナも未来の存在に気づいて驚きの声を上げた。

 未来はゆっくりと距離を取りながらセレナを観察していると、セレナの纏うシンフォギアが不自然に赤く汚れているのに気づく。よく見たら持っている大槍やマントにも同じような赤い液体のようなものが付着しているのが見て取れた。それがファッションでは無い事は誰が見ても明らかだ。

 

「……貴女が、やったのですが?」

「ッ違」

 

 外のノイズを指差して言う未来の言葉にセレナは否定しようとするが、視界に入った自分の左腕に赤い付着物が付いているのを見て咄嗟に未来に見えないように身体の影に隠す。だが赤い付着物が付いているのは腕だけでは無いのであまり意味はない。

 

「……貴女は翼さんに言ったみたいですね「正義では守れないものを守るために」って。それだけなら私は何も言いません。私では救えない人がいるのは事実ですから」

 

 シンフォギアにより普通の人間以上の身体能力と力を手に入れて一度は世界を救っている。それ以外にもノイズという現代兵器では有効打を与えられない超常的存在を数えきれないほど屠ってきた。

 たが万能では無い。守れないものは多々あると未来はよく分かっていた。

 

「ですがこの光景はなんですか?私たちが守る事の出来ない人たちを守る為に、他の人の命を奪うのが貴女たちのやり方なんですか?」

「それは……」

 

 セレナが何かを言おうとするがビルの外の光景を見て何も言えなくなった。

 ビルが大きな音を揺れる。それと同時に壁や天井もヒビ割れて一部が崩れ落ちてくる。外ではクリスが頑張ってノイズを掃討しているがその数に圧倒されて押され気味だった。

 

「貴女たちが自分たちの大切な人のために他の人の命を奪う覚悟があるのなら……私は自分の命が無くなる覚悟を持って、私の大切な人を守ります。あの子ならきっとギリギリまで戦うだろうから」

 

 脳裏に映るのは今は亡き親友の姿。

 もしここに立っていたなら、もし自分と同じ立場なら親友はきっと一般人を守るためにシンフォギアを纏うだろう。例え聖遺物に侵食されてその命が尽きる事になっても。それは親友の事を一番理解していた未来だからこそ分かる事であった。

 真剣な目でセレナを睨み付ける。その目にはセレナにはない覚悟が宿っており、その圧に負けてセレナは目を逸らした。

 

「セレナ!今は退避を優先しなさい!」

「は、はい」

「待ちなさ、きゃ!?」

 

 抱えられた女性、ナスターシャの言葉に目を迷わせながら頷いて未来から逃げるように背を向けるセレナに追いかけるように駆け出そうとした未来だったが、外の戦闘に耐えられなくなった足元の床が音を立てて崩れだしてしまった。

 ガラガラと崩れていく足場に未来も巻き込まれて外に押し出されてしまう。下を見れば地面までかなりの距離があり、普通の人間では確実に命が無い距離だ。

 

「ッ手を!」

 

 未来が落ちていく姿を見てセレナは顔を青くして急ぎ手を伸ばす。距離はあるがシンフォギアの能力があれば十分未来を救出出来る。周りにノイズいなければ。

 数体の飛行型ノイズがビルの外に放り出された事を未来を認識すると身体をドリル状に変形させて襲いかかる。突撃の速さから考えればもうセレナの力では間に合わない。

 

「──ごめんね、クリス」

 

 戦わないと約束したというのにものの数分で破ってしまった事への罪悪感を胸に、伸ばされたセレナの手を握らずに頭に浮かんだ聖詠を口ずさむ。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 空中で未来は紫の光に包まれ、突撃してきたノイズがその光に触れた瞬間、全て灰になる。そして光の中から現れた紫と白の天羽々斬のシンフォギアを纏った未来はすぐさま行動を開始した。

 

「はぁ!」

 

 手始めに近くにいた飛行機ノイズに白紫の刀を突きつけて撃破。そのあと未来を敵と認識したノイズ数十体がまるで矢の雨のように未来に目掛けて急降下してきた。

 それを見た未来はすぐさま自分の身体を抱きしめるように身を縮こませた。

 

天ノ堕トシ

 

 縮こませた身体を思い切り開くと同時に未来を中心に無数の白紫の刀が出現し、その全てを自分に襲いかかってくるノイズに向けて射出した。

 以前の未来であれば無差別広範囲に攻撃する技だったが、今の未来であれば多少のコントロールする事が出来ていた。()()()()()()()()()()()()()

 上空からの数十体のノイズを撃破後、身体を動かして地面の方に向き直る。もう十数秒したら地面に叩きつけられるだろう。

 それを察した未来はすぐさま天羽々斬のシンフォギア脚部にあるブレード型の装甲を展開してブースターを起動させる。距離的にはギリギリだったが無事に減速して着地する事に成功した。だが、まだ終わらない。

 

 地上には上空の巨大飛行型ノイズにより投下された無数のノイズがひしめき合っており、その光景は一般人が見ればまさに地獄だった。

 それでも、未来は白紫の刀を両手で握り肩に担ぐ構えを取った。

 

「やあ!」

 

蒼ノ断頭

 

 地面に叩きつけるように振り下ろした白紫の刀が地面に接触した瞬間、強力な衝撃波が生まれノイズを次々と飲み込んでいく。そして放たれた衝撃波を追うように脚部のブースターを点火させて未来はノイズの群に突撃した。

 白紫の刀をもう一本創り出し、二刀によって向かってくるノイズを次々と屠っていく。その殲滅速度は凄まじく、頭はクリアなのにかつて理性を失っていた時のような一撃で木々を切り裂くような斬撃が意図せず放たれてノイズを切り裂いていく。

 

 最後のノイズを屠ると上空で大きな爆発音が耳に入る。咄嗟に上を見上げれば巨大飛行型ノイズが爆煙と共に灰に変わっていく姿が見える。よう見れば周りの飛行型ノイズの姿もない。

 

「ッしま!?」

 

 空を見上げていた未来の横から生き残っていた最後のノイズが身体ドリル状に変形させた未来に突撃してくる。油断していたため反応が遅れ、このままでは直撃してしまう。そう思った瞬間、上空からの赤い矢が未来を守るように降り注ぎ、襲ってきたノイズを貫いた。

 その直後未来の上空のノイズの殲滅が終わったクリスが綺麗に着地した。

 

「ありがとうクリス。助かったよ」

「……」

「クリス?」

 

 注意深く周りを警戒しながらクリスに礼を言うが、クリスはその言葉が聞こえていないかのように俯いたまま黙っていた。

 

「…………なんで」

 

 心配して振り返ろうと未来だったが、その前にクリスが口を開き、未来はノイズの気配も、ノイズが出現した時の嫌な予感も消えたため白紫の刀を下ろしてはクリスに向き直る。それでも、クリスは未来に顔を向けずに俯いたまま強く拳を握っていた。

 

「なんで……シンフォギアを纏ってんだよ……戦わないでくれって、言ったじゃねぇか……」

「ごめんね。でも仕方がなかったから」

 

 決して振り返ろうとしないクリスに未来は謝罪するが、それがクリスの抑えていた怒りに油を注いでしまった。

 

「なんで謝んだよ!未来が戦わないようにしようとしたのに、結局シンフォギアを纏わせちまう事になっちまった弱いあたしが悪いんだろ!?」

「そんな事ないよ。クリスは十分頑張って」

「それじゃ意味がねぇんだよ!!!」

 

 遮るように大声をあげて振り返ってクリスの瞳からは既に涙が溢れ出しており、頬を伝ってシンフォギアを濡らしていた。

 

「分かってんだろ!?自分の身体がヤバいって、シンフォギアを纏えばどうなるのかって!それなのになんで戦うんだよ!なんで無理すんだよ!なんで……あたしを一人にしようとすんだよ……」

 

 今にでも未来に殴りかかりそうだった語気が徐々に弱々しくなっていき、最後には地面に力無くへたり込んで嗚咽を漏らし始めてしまった。

 クリスの痛々しい涙を見て未来の胸にも痛みが走るが、それを顔に出さずにしゃがみ込み、泣きじゃくるクリスを赤子を抱くように優しく抱きしめて謝罪も何も言わずに頭を撫でる。

 

 ゆっくりビルの展望台だった場所を見上げれるが、さすがの未来でも視認する事は出来ずセレナがどこに行ったのか分からなかった。

 

(……本当に、セレナさんがやったのかな)

 

 自分が外に放り出された瞬間に見せたセレナの顔は今回のような事を好んでやる人間では決して見せないような、悲痛で見てる側の方が可哀想に思ってしまうほど顔を青くしていた。

 謎が深まるばかりのF.I.Sに未来は頭が痛くなりながらも、翼たちが来るまでクリスの頭を優しく撫で続けた。




決意表明、てほどのものじゃないね( 'ω')

え?原作の「切ちゃんもしかしてフィーネ!?」のあの部分はどうしたかって?いやだなぁ。他所は他所、内は内ですよ!あの万年初恋BBAの活躍はG編には無ぇ(゚∀゚)!※背後から紫の水晶の鞭に滅多打ちにされました。
セレナさんも性格が違う?でぇじょうぶだ。ただの情緒不安定なだけだ。その内元に戻る(無責任)。……来いよマリアさん。武器なんて捨ててかかってこい!※無事にアガートラームされました。


翼「原作では私も色々背負っていたはずなのだが。というより私の出番少なくないか?」
作者「奏さんが生きているため貴女は十分救済させれているので我慢してください。出番に関してまぁ……これからまだまだありますし、ね?」
響「なら私の救済は!?出番は!?」
作者「無い!……あ、まってゼロ距離の絶唱は洒落にならなーー」※防人諸共吹き飛びました。
翼「私も飛ぶんか〜い!」


次回! その手は 届く場所にあったのに

感動の再会!……になるはずもなく……ウェル博士、貴様の罪を数えろ。


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十三話

待っててくれた方々、遅れてすまない_(:3」z)_

原作九話はかーなーり改変する!!!何故か?主人公が響じゃないからだ!(ガングニールアッパー)

誤字報告ありがとうございます。その内一話から順に見直さねばならぬな……誰だよカエデさんって。オリキャラは出してないぞ……


 ──ヘリキャリアにて。

 

 

 米国のエージェントに殺されかけたところでいきなりノイズが現れ、なんとかビルから退避する事に成功したセレナはナスターシャを連れて既に拠点にしてあるヘリキャリアに帰還していた。

 セレナはヘリキャリアの中に入るとすぐさま悠々と研究室となっている部屋に無断で入り、篭っていたウェルに詰め寄って襟首を掴んだ。

 

「あれはいったいどういう事なのですかDr.!」

「はて、なんの事か分かりませんね」

「とぼけないでください!」

 

 襟首を掴まれたままのウェルの言葉にセレナは怒りで身体が震えて今にでも平手が飛びそうなほど怒りをあらわにしている。

 

「あの場所に行くのは私とマムと貴方しか知りません。そしてソロモンの杖を所持しているのも貴方。あのような都合の良いタイミングでノイズを召喚出来るのはDr.以外にいません!」

 

 米国側もセレナとナスターシャがビルに現れるのを知ってはいただろうが、それがエージェントたちがノイズに襲われた事とは関係ないだろう。

 ノイズがなんの予兆も無く現れた事とノイズを召喚出来るソロモンの杖の所持者であるウェルが二人の行き先を知っていた。となればノイズを召喚した犯人はウェルしかいない。

 

「どうしたんデスかセレナ!」

「いったい何が……」

 

 帰ってきてから怒りを隠しきれない形相でいきなりウェルの元へ向かったセレナを心配して切歌と調が急ぎ部屋に入り、ウェルの襟首に掴みかかっている姿を見て驚く。それも無理はない、今のセレナは二人が初めて見るくらい怒りで顔を歪ませているのだから。

 

「ノイズに沢山の人が襲われました!ノイズだけにでなく……っ!何故あのような事を!」

 

 脳裏に浮かび上がるのはノイズに組み付かれて助けを求める、自分になんの関係もないただの一般人。

 エージェントから逃げ出した時に追跡として送られた兵士の銃撃からシンフォギアを纏ってナスターシャを守る際、逃げ遅れた一般人が銃弾に倒れてその命が容易く尽きていく姿。

 銃弾に倒れた一般人を見て、頭に血が昇った自分がガングニールの大槍とマントを使駆し、追手を撃退するために払われた大槍に伝わった相手の肉がえぐれ、骨が折れるような異様な感触と飛び散る血飛沫。

 生存の確認はしていなかったが手加減はしていた。よほど当たりどころが悪くない限り死ぬ事はない。それでも自分が相手を傷つけてしまった事には変わりない。

 

 自分の手が血で汚れる覚悟はあった。だがそれは仕方のない場合であり、今回のような一般人の命がかかっている時のものでは無かった。故に、自分の手を汚させたウェルに憎悪にも似た感情が湧き上がってくる。

 

「ですがああせねば貴女もナスターシャもあの場で殺されていました。それに貴女たちも悪いのですよ?」

 

 セレナに襟首を掴まれたままでも余裕の笑みを崩さず、悠々とした態度でウェルは口を開く。

 

「十年も経たずに訪れる月の落下より、一つでも多くの命を救うという私たちの崇高な理念を、米国政府に売ろうとしたのですよ?」

「それは……」

 

 先程までの強気だったセレナがウェルの言葉に目を晒す。それがなによりも答えになったいた。

 

「マム……?」

「本当、なのデスか?」

「……」

 

 調と切歌もナスターシャに問うが当の本人は目を瞑り何も言わない。セレナの行動も合わせてウェルの言っていた事が真実だと決定付けているようなものであり、その反応を見て特に調がショックを受けた様子だった。

 

「……ごめんなさい……切歌ちゃん、調ちゃん……ごめんなさい……」

 

 今にでも殴りそうだった腕から力が抜け、セレナは二人の視線から逃げるように背中を見せる。そこにはもう先程の強気だった姿はない。

 

「それだけではありません。セレナを器に、フィーネの魂が宿ったというのもとんだデタラメ。ナスターシャとセレナが仕組んだ狂言芝居」

「セレナがフィーネじゃないとしたら、いったいフィーネは……?」

「それも含めて全部嘘だったのでしょう。僕を計画に加担させるためとはいえ、貴女たちまで巻き込んだこの裏切りはあんまりだと思いませんか?」

 

 カッコつけるようなポーズをとりながらウェルは背中向けているセレナに目を向ける。既にこの場の空気はウェルが支配していると言っても過言ではなかった。

 

 押し黙るセレナとナスターシャ、二人を心配そうに見る切歌と調を眺めていたウェルは不意に不気味な笑みを浮かべた。

 

 ──────────────────

 

 ──病院にて。

 

 何度目かになる同じ天井の病室で、未来は了子にこれまた何度目かになる検診を受けている。だが今回は最初から弦十郎と翼と奏も同じ病室にいた。

 

「──はい、これで終了っと」

「ありがとうございます。櫻井さん、じゃなくて了子さん」

「良いのよ。それに感謝なんてまだ早いし、ね」

 

 軽い検診が終わる。いつもならこれで終わりなのだが、そうは簡単に終わりそうではなかった。

 ビルでの戦闘後、シンフォギアを纏った未来はすぐさま様々な検査をされた。実際、シンフォギアを纏うと身体の中の聖遺物の侵食が促進されるため仕方のない事だ。

 

「未来君」

「分かってますよ。皆さんが言いたい事は」

 

 口を開こうとした弦十郎よりも先に未来は微笑みながら答える。

 既に未来は自身の身体があまりよろしくない状態だと感づいていた。どの程度まで天羽々斬が侵食しているかは分からなくとも、自分の身体の事が分からないはずがない。

 

「なら俺が言いたい事も分かるな?」

「はい。これ以上シンフォギアを纏うな。ですよね?」

「シンフォギアを、というよりも戦闘行為自体だな」

 

 身体の半分以上が聖遺物に侵食された今の未来の身体は、シンフォギアを纏った時ほどでは無いが、ベテランの兵士相手でも技術面はともかく、身体能力のみで数人くらいは十分相手出来る程度はあり、それは一般の女子高校生からは大きく逸脱している程だ。

 だがこれも天羽々斬の侵食によって生まれた副産物のようなものであり、下手に動いて刺激すればシンフォギアを纏わずとも侵食が進行する恐れがあった。

 シンフォギアを纏えば侵食が進み、纏わずとも激しい運動をすれば侵食が進むという、今の未来の身体はギリギリの場所を歩いていた。それを安易に許せるほど、弦十郎は馬鹿では無い。

 

「……私が、それを承諾すると思いますか?」

 

 優しく微笑む未来だがその目はハッキリとした意志があり、戦う事を辞めるつもりは無いと言外に語っていた。

 そんな未来の目を見て先に動いたのは奏だった。

 

「お前、分かってんだろ!?このままじゃ死ぬんだぞ!?いや死ぬなんてもんじゃねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 未来のような症例が無いためハッキリとした結果は無いが、既に半分以上人間ではない未来がこれ以上侵食が進み、完全に身体の中が天羽々斬に侵食された場合未来がどうなるか誰も分からない。

 小日向未来という人間ではなくなり、小日向未来という名前の聖遺物になるのか。

 身体が聖遺物になるだけで未来の意思は残るのか。

 それとも、完全に()と変わり果ててしまうのか。

 誰にも予想出来ないが、それが良い方向に向かう事は無いのは誰でも予想が出来る事であった。

 

「貴女は十分戦った。十分傷ついた。これ以上戦う必要も傷を負う必要もない。だから、戦うのを辞めてくれないか?」

「未来ちゃんは私を救っただけでなく世界を救ったのよ?もう誰も貴女に酷いこと言わないし言わせないわ」

 

 翼と了子も未来を説得しようと口を開く。だが未来は三人の言葉を聞いても首を縦に振らない。

 

「確かに私の命は残り僅かなのかもしれません。でも、戦う力がある限り、誰かを守る力がある限り、私は戦う事を辞めるつもりはありません。弦十郎さんもそうですよね?」

「………」

 

 未来の言葉を否定するべきなのだが、弦十郎は何も言えず押し黙ってしまう。

 仮に自分にノイズを倒せる力があれば命の危機に瀕しても諦めずに立ち向かうだろう。戦えば戦うほど死が近づいても最後まで戦うだろう。そんな自分の姿が想像出来てしまうが故に、未来の言葉を否定する事が出来なかった。

 

「…….そういえば、クリスは何処なんですか?」

 

 弦十郎が何も言わないためそこで話を打ち切り、未来は話を変えるためにいつもなら誰よりも先にいるはずのクリスが部屋にいない事を尋ねる。病院に運び込まれた時以来、その姿を見ていない。

 

「……雪音なら。小日向の検診が始まった後自分の家に帰ったわ」

「未来を守れなかったって暗い顔でぶつぶつ言ってたよ。あれは相当まいってるね」

「そう、ですか……」

 

 思い出すのは自分の腕の中で涙を流すクリスの姿。

 あのままでは落下死か、急降下してきたノイズに組み付かれて灰になっていたため仕方なくシンフォギアを纏った。そのため約束を破ったのは自分だと思っている未来だが、クリスはそうとは思っていなかったのだろう。奏と翼が見たクリスは未来を戦わせないと約束した直後だというのに戦わせてしまったことに対して責任を感じ、焦燥していた。その事に対して、翼は早まらないか心配していた。

 

「雪音の方は私たちが行くから、今日のところは家で休みなさい」

「今のアンタの身体は普通じゃないんだ。ゆっくりしときな」

「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 さすがに疲れているのか、翼と奏の提案に素直に頷いた未来は立ち上がって帰り支度をする。本当は安静にするべきなのだが、今のところシンフォギアを纏わない限り侵食率が上がる事は無いため今回は入院する事はなく、自宅療養する事になっている。まだ融合症例となっての未確認の事柄が多いのだが下手にストレスを与えるよりかは幾分かマシという判断だ。

 

「慎次に車の用意はさせてある。それで自宅まで送ってもらいなさい」

「何から何までありがとうございます」

 

 一度お辞儀をして未来は翼と奏の後ろについて病室から出て行く。そして残ったのは弦十郎と了子のみ。

 三人の足音が遠くなっていき、病室は静まり完全に静まり返る。その中で最初に口を開いたのは真剣な表情の弦十郎だった。

 

「──結果は分かっているが、一応聞いておこう」

「そうね。下手に隠すよりマシね」

 

 了子は病室の机に置いてあった茶封筒を弦十郎に渡す。その中には前回、弦十郎に見せた今回の未来の身体状況が書かれたカルテであり、そこには前回のように侵食状況も書かれていた。

 

「やはり進行している、か」

「ええ。シンフォギアを纏うかぎりそれは仕方ないわ」

 

 予想通り未来の聖遺物侵食具合は進んでいた。

 今回はまだ短時間な上にそれほどまで出力を出した戦闘ではなかったため進行率は微々たるものだったが、侵食が進んだ事実には変わりない。

 

(ニ課から離しても、未来君は戦いから逃れられないとでも言うのか!)

 

 非番を口実に未来を二課から離しても、結局戦闘に巻き込まれてしまった。結果的に未来とクリスがビルの近くにいたため迅速にノイズの処理は出来て被害は少なくなったが、未来の事を考えれば二課にいた方が弦十郎が止めることも、クリスと共に翼が現場に向かって未来が戦う自体を避けられたかもしれない。

 

「やっぱり手の届く場所にいてもらった方が良いんじゃない?」

「だがそれでは未来君から戦いを遠ざける事はできん……」

「今回みたいに知らないところでシンフォギアを纏われるよりはマシだと私は思うのだけどね」

 

 了子の意見は至極真っ当なものだ。

 どちらに行っても戦闘が避けられないのであれば、弦十郎がすぐさま止める事が出来る近くにいた方が何倍もマシだろう。あと何回シンフォギアを纏えるのか不明な未来を戦わせるわけにいかないのであれば尚更だ。

 

 未来を戦場から遠ざけたい気持ちと、シンフォギアを纏わせないようにするには自分の近くに置くべきと言う考えに挟まれながら、二人は仮設本部に戻るのであった。

 

 その裏で、事が動き出していることを知らずに。

 

 ──────────────────

 

 ──数日後。

 

 ビルの一件からF.I.Sが目立つ行動をする事は無くなり、鳴りを潜めていた。

 未来の体調も安定。クリスも翼と奏の説得により少々何かを覚悟したかのような顔つきだったが未来に会うようにもなり、積極的に翼と戦闘訓練をしながら再び日常が戻ってき始めたある日、海中を移動中だったニ課仮設本部である新型潜水艦が突然ノイズの発現パターンを感知。その直後、近くの海上を移動中だった米国の船から救援要請が入っていた。

 

「この場所から遠くない。急行するぞ!」

「応援の準備にあたります!行くぞ雪音!」

「分かってる!」

 

 弦十郎の決断は早く、それを予想した翼とクリスはすぐさま出撃の準備をしに直令所から走って出て行った。

 それを追いかけようと未来も駆け出そうとしたが、その前に奏に肩を掴まれて止められた。

 

「アンタは待機だ」

「でも!」

「いいかい小日向。アンタはもういつどうなるか分からない身体だ。今ここで何かあったら雪音がどれだけ悲しむか……大切な人を失ったアンタなら分かるだろ?」

 

 共にフィーネを撃ち倒した事により奏は未来に絆を感じていた。その後も装者として共に戦う事が無くともクリスも合わせて仲間だと思っている。そのためどうなるか分からない身体の未来を心配した判断は至極真っ当なものである。

 

「今は二人を信じて待とう。なぁに、あの二人が簡単に負けるわけないさ」

「そう、ですよね……」

 

 奏の言葉に未来はその場で頷くが胸の天羽々斬が何故か熱くなるような感覚に未来は違和感を覚えながらも、クリスと翼の無事を祈るしか出来なかった。

 

 ──────────────────

 

 クリスと翼が仮設本部の射出口で待機している間、米国の船は突如現れたノイズにより多大な被害受けていた。

 乗っていた兵士たちは持っていた重火器で必死に応戦するが相手はノイズ。その程度で撃退出来る相手ならシンフォギアなぞ存在しなかっただろう。

 悲鳴や命乞いをする者もいたが一人、また一人とノイズに無情にも組み付かれ、容赦なくその存在を灰に変えてこの世から消えて無くなっていく。まさに、ノイズの前では人類なぞ塵芥と言っても過言ではなかった。

 

「素晴らしいですね。僕たちの存在を知らしめるデモンストレーションには十分ですよ。貴女もそう思いますよね?」

「……」

 

 眼下で無情にも命を摘み取っていくノイズを見て笑うウェルにセレナはヘリキャリアの操縦桿を握りながら唇を強く噛み過ぎて血が口元を濡らす。その瞳はウェルに対する怒りの炎が見え隠れしていたが、何も言い返そうとしなかった。

 

「さて、そろそろ二課の英雄たちが現れると思いますが……」

 

 ウェルがゆっくりと後ろを振り返ればそこには能面のような表情を表に出さず、しかし睨むような視線をセレナに送る調が立っており、その横では切歌が俯いた状態で目を晒していた。

 

 セレナとナスターシャが二人を騙していた事を知った調は酷く困惑していた様子であった。

 世界に追われながらも四人で頑張って生きてきたというのに、身近で頼りになっていた存在に裏切られた事により大きなショックを受けるのは仕方が無いかもしれない。

 だが調を支えていた切歌は二人に騙された事を知ってショックは受けたが、心の何処かでもう誰かを傷つける事をしなくても良いのかもしれないという考えが頭によぎり、安堵のため息が漏れてしまった。

 

 切歌の安心したような顔とため息を見て調はふと、切歌が未来を庇っていた時の事を思い出す。そしてそのあと化物と思っていた敵対している未来から貰ったお好み焼きを嬉しそうに見せてくる姿を見て、実は切歌は二課側の人間で自分を裏切っているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまったのだ。

 それからはずるずると嫌な考えに支配されていき、今では家族と思っていたセレナも切歌もナスターシャも信じられない状態になっている。セレナや切歌の声すら無視してしまうほどに。

 

 それによってなのか、調はウェルの意見に賛同してしまった。

 勿論セレナと切歌は説得したが調はそれを受け入れる事はなく、セレナたちの中で完全に二分割されてしまったのだ。

 家族である調がウェルについている以上放って置く事は出来ず、セレナは仕方なくウェルに従う形を取っている。

 

「月読さ──」

「……」

 

 話しかけようとしたセレナを無視して顔を背ける。切歌も調の様子を見て酷く辛い表情を見せるが何も出来ず、伸ばされた手が調に届くことはない。

 寄り付く島が無い調の様子にセレナは涙が出そうなるのを、弱気な所をウェルに見せないために必死で我慢する。

 そんなセレナを無視してウェルは眼下で無情にも灰に変わっていく米国の兵士を見て歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 ヘリキャリアの上からでも見えるくらい米国の兵士たちが次々とノイズの餌食となっていく。その光景に誰よりも心を痛めているのはセレナであり、そんなセレナの姿を見て切歌が黙っているはずがなかった。

 

「……やっぱり、間違ってるデス!」

「ッ切ちゃん!?」

 

 今まで黙っていた切歌が突然声を出したかと思うとすぐさま操縦席の部屋から出て行き、後方の飛行中のヘリキャリアの扉の前に立つ。そして力強く開けると眼下には青い海が広がっていた。

 

「切ちゃん、いったい何を」

「こんなの間違ってるデス!今までみんなで協力して来たのにセレナが傷ついているデス!調も怒ってるデス!」

「それはセレナが私たちを騙してたから……」

「確かに私たちを騙してたかもしれないデス。でも、セレナはいつも私たちのために頑張ってくれた!私たちのために優しいセレナが傷ついた!世界がセレナを敵視しても私たちは味方になろうって決めたのは、そんな優しいセレナだったからじゃないデスか!?」

「ッ」

 

 瞳に涙を溜めながら切歌は調に語りかける。

 セレナの姉であるマリアがいなくなった後も健気に自分たちを励ましていた優しいセレナが一番傷ついていたのを知っている。

 誰かを傷つけるなんて事、本当は誰よりもやりたくないと思っていると知っている。

 そんなセレナだからこそ、切歌と調は世界を救うために世界に向けて宣戦布告をするという行為について来た。仮にシンフォギアが無くとも二人はセレナの後を追っただろう。

 騙されていたとはいえ、セレナに対しての信頼がそこで途切れてしまうほど、三人の関係は薄くないはずと、切歌は思っていたのだ。そこには調の存在も確かにある。

 

「……セレナが傷ついているのなら、私が助けるデス!」

「ッ切ちゃん!」

 

 調の静止に後ろ髪を引かれながらも切歌はヘリキャリアから飛び降りる。そして向かうのは米国の船の甲板。

 

 

 ──Zeios igalima raizen tron──

 

 

 落下中の切歌の身体が緑の光に包まれる。

 そして光の中から緑の大鎌を手にし、魔法使いの帽子のようなヘッドギアをつけた黒と緑のシンフォギア、〝イガリマ〟を纏った切歌は空中で大鎌を大きく振りかぶった。

 

切・呪リeッTお

 

 大鎌の刃が分裂しブーメランのように回転しながら兵士を避けて甲板にいるノイズのみを次々と灰に変えていく。

 着地後、大鎌を振り回して周囲のノイズを次々と斬り裂いていく。その殲滅速度は翼に勝らずとも劣らずだが、周りには逃げ遅れた兵士がちらほらといて、なかなか思い切り大技を放つ事が出来ず若干苦戦していた。

 

「ッ!?」

 

 僅かな隙をついて一体のノイズが切歌に向けて身体をドリル状にして突撃する。シンフォギアを纏っているため灰になる事はなくとも無視出来ないダメージを負うだろう。

 ノイズの突撃に気づいた切歌は大鎌で防ごうと身体に力を入れたが、その直前上空から飛来した無数の小型丸鋸の雨が突撃して来ていたノイズを中心に広範囲に降り注ぎ、残っていたほとんどのノイズを粉々にした。

 

「調!」

 

 切歌を追って船の甲板に着地したシュルシャガナのシンフォギアを纏った調に向かって切歌は走り出す。嬉しそうにしている切歌の顔を見て調は小さな笑みを浮かべた。

 

「切ちゃん、私……ッ!」

 

 何かを言おうとした調だったが、突如船の側面から船全体を揺らすほど海が大きく盛り上がり水飛沫を上がる。そしてその水飛沫に紛れて近くまで寄って来ていたニ課仮設本部の潜水艦の射出口から発射されたカプセルの中からシンフォギアを纏ったクリスと翼が宙を舞った。

 

 二人は調と切歌の間に向かって船の甲板に着地後クリスはボウガンで調を牽制し、翼は切歌に向かって剣を構えた。クリスにいたっては今にでも調に向かってボウガンを乱射しそうなほど敵意を向けている。

 

「投降しなさい。さもないと痛い目を見るわよ」

 

 翼も少々声のトーンを下げて、より本気を見せて剣先を切歌に向かって突き出す。それを見た切歌は慌てて顔を横に振った。

 

「ま、待つデスよ!」

「私たちに敵対する意思はない。だから話を聞いてほしい」

 

 両手を上げて敵意がないとアピールする調を追うように切歌も大鎌を持ったまま急いで両手を上げる。大鎌を持っているためアピールにはなっていないが。

 

「ハッ!今更何を言ってやがる!テメェらがやって来た事を、未来にやった事をあたしは忘れてねぇぞ……!」

「待て雪音。我々の目的は捕縛だ。倒す事ではない」

「だったらこいつらを許すっつーのかよ!?」

「そうではない。今は司令に指示を仰げと言っているのだ。だが、その前に」

 

 いまだに切歌に警戒しながらも翼は頭を動かして周囲に目をやる。切歌と調の先制強襲により数は減ってはいるが、まだまだ健在なノイズは山ほどいる上に、船の乗員の避難も済んでいない。このまま装者同士で戦えばその間にどれだけの人間が灰となってしまうか。

 

「ノイズの殲滅が最優先だ!」

「チッ、分かってるよ!」

「切ちゃん、私たちも」

「はいデス!いっちょやってやるデスよ!」

 

 その場限りの共闘として、敵対していた四人の装者は互いに背を任せあってノイズの殲滅に移ったのだった。

 

 

 

 

(切歌ちゃん、調ちゃん……)

 

 切歌と調がクリスと翼と共に甲板上のノイズの殲滅をしている姿をヘリキャリアから見ていたセレナは、ウェルに見えないような位置で笑みを作った。

 自分のせいで二人の仲に亀裂が入ってしまったと思っていたが、背中合わせで共に息の合ったコンビネーションでノイズを殲滅していく姿は前までの二人に戻っているようだった。

 

「ふむ。まさかあの二人が裏切るとは思いませんでした。いや、先に裏切ったのは貴女の方ですかね?」

「……ッ」

 

 セレナはウェルの言葉に腹を立てるが、見る限り調と切歌が和解した今ではウェルの命令を聞く必要も、共に行動する意味もない。ヘリキャリアの後方の区画にはナスターシャがいるのでそれだけが気がかりだったが、ガングニールを纏えば多少荒くなろうとも救出は可能な距離だった。

 腹が決まったセレナはウェルの隙をうかがい、いつでも操縦席から立ってナスターシャの元へ行けるようにする。ヘリは自動操縦にしているのですぐに墜落する心配もないだろう。ウェルが何かしない限り。

 

「では、傾いた天秤を元に戻すとしましょう」

 

 セレナの心情を知ってか知らずか、ウェルは自分の眼鏡をかけ直してから不気味な笑みを浮かべた。

 コックピットにあるパネルを操作しながら興奮して笑みを隠しきれないウェルの顔に、セレナは一抹の不安ととても嫌な予感を感じた。

 

「出来るだけドラマティックに、出来るだけロマンティックに!」

「Dr.、貴方はいったい何を……」

「貴女も喜んでください」

「えっ」

 

 操作し終えたウェルはその不気味な笑みのままセレナの瞳を覗き込む。

 ソロモンの杖という切り札を持っているウェルでも今の位置ではセレナが行動する方が早い。だがまるで蛇に睨まれた蛙のように身体が動かなくなるような身の震えが襲った。

 

「家族との再会を」

 

 そしてヘリキャリアの後方のハッチの開く音とも共に、ウェルの〝切り札〟が地上に向かって投下された。

 

 

 ──────────────────

 

 

 順調にノイズを殲滅していき、最後の一匹を倒したクリス、翼、切歌、調の四人の装者は切歌たちが乗っていたヘリキャリアから落下する〝それ〟を目視していた。

 遠くてよく見えないが辛うじて人型であるのが確認できる程度の〝何か〟は真っ直ぐに海に向かって落ちていく。

 

「まさか、あのネフィリムとかいうやつじゃねぇだろうな!?」

「それはない。ネフィリムはあの時倒されてコアになったまま」

「そんな簡単に復活するはずないデスよ!」

「なら、あれは……?」

 

 四人は一抹の不安を覚えながらも落下していく〝何か〟から目を離さずに各自自分のアームドギアを構えて警戒する。だが不意に、落下する〝何か〟から()()()()()()()()

 

 

 ──Rei shen shou jing rei zizzl──

 

 

 落下中だった〝何か〟が未来が自分の物にした天羽々斬の放つ光よりも濃く、禍々しさを感じる紫色の光に包まれる。それと同時に四人は背中が凍りつくような恐怖に近い予感を感じた。

 

 紫の光がゆっくりと降下していき、海面スレスレで光が弾ける。そこに立っていたのは口を開いた獣の顎のようなヘッドギアを被り、背中には二つの長いケーブルのようなもの付けた黒に近い深い紫と僅かに見える白のシンフォギアを纏い、手には先端に鏡のようなレンズが取り付けられた扇のようなアームドギアを持った()()()()()()()()()()()()()()()()が目蓋を閉じてたたずんでいた。

 

「誰だ、あいつ?」

「分からない。だが、あの気配は只者ではないぞ!」

 

 明らかに普通じゃない気配を放つ海面に浮かぶ少女に向かってクリスと翼は警戒を解かずにアームドギアを構える。敵意を向けられればそれがまともな反応だろう。だが、切歌と調は違った。

 

「嘘……」

「そんな、あれは!?」

 

 クリスと翼が感じた恐怖以上に二人は目の前のピンクの髪の少女の顔を見て驚愕の方が大きく上回った。ヘリキャリアで少女の姿を見たセレナも同じ反応をしている。

 

 それは切歌と調にとって本当の姉ように慕っていた一人の少女。

 いつも二人を優しく、暖かく抱きしめてくれていた二人にとっての将来の夢のような憧れの少女。

 

 セレナにとっては、誰よりも優しく、目の前に立ち塞がった巨大な化物と対峙しても引かずに、セレナを守るために立ち向かった勇敢な少女。

 そして世界に一人しかいない、最愛の姉。

 

 

「────マリア、姉さん……?」

 

 

 六年前、暴れるネフィリムからセレナやナスターシャを守るためにシンフォギアを纏い、命と引き換えに全力で歌った絶唱によって命を落としたと思われていたセレナの姉、マリア・カデンツァヴナ・イヴが閉じていた目をゆっくり開く。

 

 

 ──その瞳には、光はない。

 

 




さぁ!セレナファンの者どもよ!私はここだ!
マリアさんが生きていたんだ、喜べよおおおぉぉぉ_(:3」z)_

マリアさんの神獣鏡の聖詠の色が未来さんと同じなのはあれです、神獣鏡の原色(?)が紫のイメージが定着しているからです。
うちの未来さんが青の天羽々斬を纏っていたけど最終的に紫色に変わったので……気にするな(゚∀゚)

私の考えているG編残りの話の構成だとエピローグ含めて後六話くらいですかね。あくまで予定ですが。長いねぇ_(:3」z)_

作者「ということですまないセレナさん。誕生日までには無理だわ」
セレナ「(´・ω・`)ショボーン」
マリア「……」(アガートラームを研いでいる)
切歌「……」(イガリマの素振りをしている)
調「……」(シュルシャガナの手入れをしている)
作者「……ハハッ↑」(覚悟完了)


次回! 神獣鏡とフロンティア


出番ですよ。アイドル大統領ry(アガートラーム)
てか貴女、少女って表現するのはやっぱりきついry(エクスドライブアガートラーム)


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十四話

神獣鏡を纏ったマリアさん……原作未来さん以上に自我が無く、まさに操り人形といった具合を想像していただければ。
ちなみにウェル博士は研究の事のみ考えていたので同人誌のような展開にはならずにマリアさんはまだ処ry(この先は血で汚れて読めない)

今回は少し短め。次からがまた激戦で作者が死ぬのでその前の小休止だ_(:3」z)_

水棲さん。誤字報告ありがとうございます。漢字の変換ミスはともかく変なミスばかりで誠に申し訳ありません_(:3」z)_

それでは、どうぞ!


 突如ヘリキャリアから投下され現れた黒に近い紫と白のシンフォギアを纏ったまま海面に僅かに浮いているピンクの髪の少女、マリア・カデンツァヴナ・イヴを見て翼は動揺を隠せずにいた。

 

(敵意は感じるが……なんだ、この違和感は?)

 

 警戒しなければならないと思うほどの敵意は感じるが本当に生きているのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどマリアの目に光は宿っておらず、ただじっと船の甲板にいる四人を見つめるだけでピクリとも動こうとしなかった。

 

「生きてたんデスねマリア!」

「あ、おい!」

 

 クリスの隣にいた切歌が嬉しさを隠しきれずに笑顔で海上にいるマリアの方へ駆け出す。それをクリスが後を追った。

 

 何故生きていたのか理由は分からずとも本当の姉のように接してくれていた死んだと思っていた大切な家族が生きていた。それが切歌には嬉しく、瞳に涙を溜めながらもマリアとの再会を喜んでいた。

 

 そんな切歌の笑顔を見ても、マリアの表情は一ミリも変わらなかった。

 

『──やってしまいなさい。マリア』

「YES。Dr.」

 

 通信機から聞こえたウェルの命令を聞いたマリアはまるで機械のような返事を返すと先端に鏡のようなレンズが付いた扇と剣が合体したようなアームドギアを持ち上げ、先端を切歌に向ける。すると、先端の鏡から駆け寄ってくる切歌の心臓に向けて紫色のエネルギー弾が発射された。

 

「──えっ?」

「切ちゃん!!!」

 

 突然のマリアの行動に切歌は一瞬惚けた顔になる。

 敵意はあっても殺意は無いという不可思議なマリアの機械的な動きに遠目から見ても完全に虚を突いたエネルギー弾は真っ直ぐ切歌の心臓に向けて近づいてくる。シンフォギアを纏っていても危険を感じるほど、そのエネルギー弾は禍々しかった。

 だが、エネルギー弾が切歌に命中する寸前、前方にクリスが割り込んだ。

 

「ぐうううっ!」

 

 切歌を追ってきたクリスが切歌の前に躍り出て持っていたボウガンの一丁を盾にしてエネルギー弾を受け止める。身体が仰け反るほどの見た目に反した強い衝撃に顔をしかめたが身体にはダメージは無かった。身体には。

 

「んな、アームドギアが!?」

 

 身体の異常もなければアームドギアを格納しようとも思っていなかったはずだというのに、エネルギー弾が命中した持っていたボウガンの半分が消えかかっていた事に気づく。明らかにおかしな現象だった。

 

「マリア……なんで……?」

「…………」

 

 切歌の戸惑いを隠せない顔で信じられないというように震える身体を押さえてマリアに問いかける。だがそんな切歌の顔を見てもマリアは機械のように光の無い瞳で切歌を見返すだけ。

 

『ふむ、神獣鏡の性能自体は問題なさそうですね。では、戦闘能力を試しましょうか』

「YES。Dr.」

 

 再び通信機に入ったウェルの言葉を聞いてマリアは機械的な返答を返した後、その場からピクリとも動かなかったというのにいきなりクリスたち目掛けて海面を滑るように高速で移動を開始した。

 

 

 ──────────────────

 

 ──ヘリキャリアにて。

 

 

 死んだと思っていた姉が生きていた。

 

 まるで夢でも見ているのかと思ってしまうほどの現実離れした出来事にセレナは思わず自分の頬をつねるが夢では無いと痛みが教える。

 嬉しさで涙が流れそうだったが、隣にいたウェルは眼下にいるマリアを見てニヤリと笑い、通信機を手に取った。

 

「──やってしまいなさい。マリア」

『YES。Dr.』

 

 直後、マリアが切歌に向けて紫色のエネルギー弾を容赦なく撃ち込む。辛うじて敵であるはずのクリスが切歌を守ったが、その容赦なさは自分の知る姉とは違いすぎてやはり夢なのかと思ってしまう。それ程までに記憶の中の優しい姉の姿とはかけ離れていた。

 

「ふむ、神獣鏡の性能自体は問題なさそうですね。では、戦闘能力を試しましょうか」

『YES。Dr.』

 

 切歌を守ったクリスのアームドギアが不可思議な消失具合を確認したウェルはそのままマリアに戦闘続行の命令を出す。その命令にマリアは忠実に従い、かつて妹のように接していた切歌や調に向かって無表情のまま突撃していった。

 

「──これはいったいどういう事ですか、Dr.ウェル」

「マ、ム……」

 

 茫然としていたセレナの背後の操縦席の扉が開き、ナスターシャが入ってくる。既に別室のモニターで現状を見ていたナスターシャも今起きている現実を信じられていないのか、顔をしかめていた。

 

「……まぁ、ここまで来たなら種明かしをしても良いでしょう」

 

 ウェルは眼鏡をクイッと持ち上げて不気味な笑みを浮かべたまま語り出す。

 

「彼女、マリア・カデンツァヴナ・イヴは六年前の実験で目覚めたネフィリムと抗戦し、絶唱の力をもってネフィリムを再度封印。ですが絶唱を使用したバックファイアにより身動き出来ない状態で火災に飲み込まれた。それが貴女たちの知る彼女の最期ですね?」

「ええ。私もセレナもその瞬間をこの目で見ていましたので」

「では勿論死体の確認もしたのですね?」

「……」

 

 ウェルの言葉にナスターシャは言葉を詰まらせた。

 

 あの日の出来事は目に焼き付いて離れないほど鮮明に覚えている。

 ナスターシャは自分たちを守るために自分を犠牲にしたマリアの勇姿を、セレナは姉の最期の姿を忘れるはずがなかった。

 最愛の姉が居なくなったショックは大きく、数日はまともに食事をしなかったセレナを負傷したナスターシャが手厚く介護もしていた。

 だがウェルの言うようにマリアの死体の確認を二人はしていない事に今更気づいた。

 

「実はあの時、かなり危険な状態でしたが彼女は生きていたのですよ。しかしバックファイアによるダメージもあったのかその後彼女は目覚める事なく植物状態となっていましたが」

「そんなはずがありません。マリアが生きているのなら私が知らないはずが──」

「貴女だからですよ。ナスターシャ」

 

 話に割り込むようにウェルは少し興奮気味に声を上げる。不気味な笑みが更に歪み、ウェルの、狂人としての本性が少しずつ表に現れていく。

 

「貴重なシンフォギア装者候補であったセレナが姉が目覚めないと知るとどうなると思いますか?甲斐甲斐しく世話をするでしょうが、一生目覚めない姉の介護に精神を病むでしょうねぇ。そうなれば装者候補としては外れてしまう。これ以上補填が効かない貴重な装者の損失は避けるためにあえて彼女には話さずにマリアを忘れて自分で立ち上がる方に切り替えました。そしてその役目が貴女なのですよ、ナスターシャ」

 

 当時はまだシンフォギアを纏える装者は日本の風鳴翼しか存在しておらず、フィーネの魂を受け止められる器として集められた沢山の〝レセプターチルドレン〟の中で実際にシンフォギアを纏ったマリアのみ。セレナ、切歌、調は候補であったがまだ纏う事は出来なかった。

 そんな貴重な()()()()をこれ以上減らさないために、実の姉であるマリアが死亡した事にしてセレナが自力で前に進ませる事を決定。そして乱れた精神を安定させるためにセレナと仲の良かったナスターシャが選ばれたのだ。

 その際、ナスターシャからマリアの事がバレないように秘匿されたためナスターシャが知らなかったのは仕方のない事だ。

 

「本来ならマリアは()()される予定でしたが、貴重なシンフォギア装者という事でこの僕が実験の()()として貰い受けました。その後入手された神獣鏡のシンフォギアとの適性があったため今まで調()()して来たのですよ。その途中で意識が無いのも何かと面倒なので例のシステムで脳を活性化させたんですよ」

 

 ウェルの言うシステムとは〝ダイレクトフィードバックシステム〟という、かつてウェルを中心にした研究チームによって開発された、人間の脳に直接介入するシステムの事だ。

 あらかじめ用意されたプログラムをインストールさせる事によって実際に脳を動かす事をしなくても外部から動かす事が可能になるが、本来なら薬物や特殊な機械等でじっくり調整しなくてはならなかった。

 しかし、植物状態のマリアは常に休眠状態だったため調整は容易。そこからよりシステムの進歩の為の実験台としてセレナたちの知らないところでマリアはシステムの調整を受けていた。

 

「結果はご覧の通り。システムのアシストがあるとはいえ食事も運動も睡眠も思いのままに行わせる事が可能となりました。戦闘も予めインストールさせたプログラムによって合理的かつポテンシャルの底上げも実現したのですよ!」

「貴方は命をなんだと思っているのですか!」

「ですがこの処置をしなければ当の昔にマリアは処分されていましたよ?感謝はされても貶される理由は無いと思いますが」

「貴方は……!」

 

 何も言えなくなるナスターシャを見てウェルは気分が良くなり眼下でこれから始まる調整されたマリアの戦闘に興味を移す。貴重な実験の成果のお披露目であるためウェルも興奮を抑え切れていない。

 

「姉、さん……」

 

 昔の面影が無くなってしまったマリアを見たセレナは二人の会話が耳に入っておらず、目の前で起こっている奇跡と絶望に頭がついて行かずにただ茫然と眺めている事しか出来なかった。

 

 ──────────────────

 

 突如現れてから緩慢な動きしかしていなかったマリアが敵意を強め、クリスたちに向かって急に驚くほどの速さで海上を移動し始めるのを見て翼は白銀の剣を構え、クリスは一度半分以上が消失したボウガンを一度捨てて再度作り出し、向かってくるマリアに向かって構えた。

 

「んのやろう!」

 

 甲板からクリスの高い射撃能力でマリアを狙い撃つ。だがマリアはクリスの放つ矢の全てを余裕を持って回避し、先程切歌を狙ったエネルギー弾で反撃を開始した。

 走り回るクリスと海上を移動するマリアの撃ち合いは続くが、射撃能力はともかく身体能力に大きな差があったため距離はすぐ縮まってしまった。

 

「くそ!近づかれた!」

「下がれ、雪音!」

 

 翼の声と同時にマリアは甲板に向かって高く跳躍。そして着地後近くにいたクリスに向かって扇と剣が合体したようなアームドギアを振り下ろすが既の所で翼が受け止めた。

 

「雪音、援護を頼む!」

「分かってらぁ!」

 

 鍔迫り合う翼とマリアから距離を取ろうと離れるクリスだったが、それをマリアはそれを見逃さなかった。

 背中の黒い二つのケーブルが急に動き出し、鞭のような風切り音と共にぶつかり合っていた翼の死角から遅いかかり、シンフォギアの装甲を大きく砕いた。

 

「ぐう!?」

 

 突然の奇襲により大きくのけ反った翼を二つのケーブルで迎撃させ、マリアは距離を取ろうとしていたクリスに向かってアームドギアを構えてエネルギー弾を放つ。クリスのアームドギアが謎の消失を起こした事から直撃すれば戦闘続行は不可能になる可能性は高かった。

 

「しまった!?」

 

 放たれたエネルギー弾に気付いたクリスだったが僅かに気付くのが遅くれ直撃は免れず、防御しようにも間に合わない。

 そんなクリスの目の前に、突然黒とピンクの謎の物体が割り込んできた。

 

「盾?」

「なんと鋸」

「デェェス!!!」

「!」

 

 突如割り込んだ調がツインテール型のアームドギアの巨大鋸を盾にする事でクリスをエネルギー弾から防ぎ、更にその後ろから切歌が跳躍して大鎌をマリアに向かって振り下ろした。

 マリアの扇と剣が合体したようなアームドギアを横にして構えて切歌の大鎌型のアームドギアを防ぎ、大きな火花をが散った。

 

「マリア!目を覚ますデス!マリアがこんな事するなんて間違ってるデスよ!」

「……」

 

 切歌の必死の呼び掛けにもマリアは反応せず、淡々と隙だらけの切歌の腹部に強力な蹴りを放った。

 

「がっ!?」

「切ちゃん!」

 

 マリアの蹴りは切歌に深々と刺さり、勢いよく調の方に向かって飛んでいく。それを調は身体を張って受け止めたがそれが大きな隙となってしまい、マリアはすぐさま追撃しようと身を屈めたがそれを許すほど防人は甘く無い。

 

「私を無視するとは、舐められたものだ!」

「ッ!」

 

 二つのケーブルの合間を縫って翼はマリアに向かって白銀の剣を振り下ろす。それをマリアは僅かに髪を切られるほどギリギリで回避して翼から距離を取るが、すぐさま地面を蹴って身体を大きく捻りながら翼に向かって鋭いハイキック放つ。

 

「くっ、体術まで玄人の域か!」

 

 白銀の剣と神獣鏡のギアの脚部装甲がぶつかり火花を散らす。僅かにマリアのギアの脚部装甲が砕けるが、それよりも蹴りの威力が凄まじく翼は耐え切れずに大きくバランスを崩す程後ろに仰け反ってしまう。

 更に追撃と黒い二つのケーブルで襲い掛かろうとしたが、直前でマリアの目の前を赤い矢が通過した。

 

「油断してんじゃねぇよ!」

「そのようなつもりはないのだが、な!」

 

 クリスの援護を受けて今度は翼が攻勢に出る。

 赤い矢と共に白銀の剣と扇の剣のぶつかり合いが三度起こるが、それでもマリアの勢いは衰えず、むしろその苛烈さは増していくばかりで翼のギアの装甲もどんどんヒビ割れていく。

 

(このままでは……やられる!)

 

 まともに反撃できずに焦りが出てきた瞬間、マリアの扇の剣とぶつかった翼の白銀の剣が大きな音を立てて刀身の半ばから折れてしまった。

 

「なっ!?」

「……」

 

 思いもよらぬ出来事に隙を見せてしまった翼に、二つの黒いケーブルが鞭のようにしなって襲いかかり、無防備になった翼に強力な一撃が入った。

 

「かはっ!?」

 

 許容量を超えた一撃により翼のギアは大きく砕け、甲板に叩きつけられるようにクリスたちのいる方へ吹き飛ばされてしまう。

 

「マリア!」

「戦いをやめるデスよ!」

「……」

 

 レベルの違いすぎた翼とマリアの戦闘をただ見守ることしか出来なかった切歌と調がマリアを止めようと吹き飛ばされた翼と交代するように前に出て大鎌と鋸をマリアに向けて構える。クリスも二人を追ってゆっくり歩いて翼を庇うような位置に立った。

 翼レベルで無くともクリスの援護を受ければ切歌と調でも太刀打ちできるかもしれない。そう考えれば三対一となるのだが、それでもマリアから戦闘の意思は消えていない。

 

「くっ、すまない雪音。納得いかないかもしれないが、今はあの二人と連携して」

「その必要はねぇよ」

 

 肩を抑えて息の上がった翼の提案をクリスは冷淡に切り捨てる。翼からはクリスの顔は見えないが、その後ろ姿を見て嫌な予感を感じた。

 

 クリスはゆっくりとアームドギアをマリアに向かって構えている切歌と調の背中に向かって二丁のボウガンを構え、そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐっ!?」

「あうっ!」

 

 完全に油断していた場所からの一撃に切歌と調は一瞬で意識を刈り取られて力無く崩れ落ち、そしてシンフォギアが消失しまった。

 

「な、何をやっているのだ、雪音!」

「見て分かんねぇのか?あーでも、この二人は別に味方じゃねぇんだから仕方ないのか」

「何をやっているのか聞いている!」

 

 切歌と調と協力してもマリアに押し負けていたというのに、二人を気絶させた上に動けない自分がいる今、クリスだけでは太刀打ち出来ないはず。それなのに、クリスは躊躇なくそのような方法を取った事に翼は理解出来なかった。

 

 クリスは戸惑う翼を無視していまだ余裕を見せているマリアに向かって向き直り真っ直ぐ光の無い瞳を見つめた。

 

「どうせ聞こえてんだろ。ウェル博士」

『──ええ、勿論聞こえていますよ』

 

 クリスの言葉にマリア、ではなく神獣鏡に取り付けられた通信機からウェルの声が聞こえてくる。ウェルの声を確認したクリスは目を瞑りそして真剣な面持ちで目を開いた。

 

「あたしはアンタの側につきたい」

『──ほほう?つまり二課を裏切るというわけですか』

「ああそうだ。こいつらの甘っちょろい考えにはいい加減飽き飽きしてたんだ。それに力を叩き潰せるのは更に大きな力だけ。あたしの望みは、これ以上戦禍を広めない事。無駄に散る命は一つでも多くしたい。だが二課じゃそれは無理だ。あいつら力を叩き潰せるくらいの力があるのに、叩き潰さないんだからな。いつまで経っても争いは止めらねぇよ」

 

 今まで見てきたクリスからは考えられないほど淡々とした口調に翼は何を言えば良いのか分からず言葉が出ない。

 自分や奏、未来と共に笑っていたの嘘だったのか。不機嫌そうな顔でも楽しそうに笑みを浮かべていた毎日は偽りだったのか。そう思ってしまうほど、今のクリスは冷淡としている。

 

『なるほど。ですが簡単には信じられませんねぇ』

「だろうな」

「っ!?」

 

 一瞬背中に走った悪寒に従って翼は傷む身体に鞭を打ってその場から跳躍する。その直後、今まで翼がいた場所に赤い矢が突き刺さった。

 

「チッ。余計な手間かけさせんなよ」

「何をやっている!?貴女、本当に……」

「だからそうだって……言ってんだろ!」

 

 

BILLION MAIDEN

 

 負傷した翼に向かってクリスはボウガンを二門の四連ガトリング砲に変形させて容赦なく負傷している翼に向かって放つ。

 ふらふらになりながらも必死に走って襲いかかる銃弾の嵐から逃げるが、既にボロボロの身体で長く逃走することなぞ不可能だ。

 

「っかは!?」

 

 回避し切れずに銃弾を何発かくらい、とうとう限界に来たのだろう。切歌と調同様力無く倒れ、シンフォギアが消失してしまった。

 

「さて、これが証明書がわりでいいか?」

『──良いでしょう。貴女を歓迎しますよ、雪音クリス君』

「ああ」

『と、その前に……マリア』

「YES。Dr.」

 

 ウェルがなんらかの命令を下したのか、マリアは戦闘態勢を解いてクリスに背を向け、海の方に向く。そして大きく手を広げると脚部の装甲から鏡のようなパネルがいくつも連なっていき円形を作る。そして背中から伸びていた黒い二つのケーブルを接続した瞬間、全てのパネルが発光し始めた。

 

 海の方ではヘリキャリアから展開されたアンテナのような物をつけた大量のドローンが規則正しく整列していき、海面のある一点に照準を合わせていた。

 

『ドローンの展開完了。目標への座標を送信。外さないでくださいよ、マリア』

「YES。Dr.。行動に移ります」

 

流星

 

 発光していたパネルの光が目を覆いたくなるほどのものになると、円形に展開したパネルの中心にエネルギーが集まり人一人飲み込むほどの高出力のレーザーが空を飛ぶドローンに向けて放たれた。

 レーザーがドローンに取り付けられたアンテナのようなパネルに直撃するとレーザーが屈折して他のドローンのパネルに向かって反射していく。そして、最終的にレーザーは海のある一点に向かって真っ直ぐ下に放たれた。

 

 レーザーが海の中に消えて数秒後、その場所を中心に広範囲に青い光が空に向かって立ち昇った。

 

『作戦は成功です。封印は解除されました!さあ!〝フロンティア〟の浮上です!!!』

「あれが……」

 

 青く光る海面が急に大きく波打ち始める。すると米国の船が玩具に見えてしまうほど巨大で古い遺跡のような建造物が姿を表していく。その光景を見てクリスは驚きを隠さず茫然とその光景を眺めていた。

 

『では行きましょうか』

「……分かった」

 

 マリアの通信機から聞こえていたウェルの声が切れると同時に、いつの間にか船の側面まで近づいていたヘリキャリアが姿を表し、後部の扉が開いた。

 マリアが先に搭乗するとクリスも後を追うようにヘリキャリアに乗ろうと歩き出した。

 

「ま、まて……」

「……まだ意識があんのかよ」

 

 既にシンフォギアは消失して戦闘不能な上に負傷している右手を庇うように顔を上げた翼にクリスは不機嫌そうな顔を向けた。

 

「本当に、私たちを裏切るというのか……?」

「……はぁ、おんなじ事を何度も言わせんじゃねぇよ」

 

 ため息を吐きながら興味が失せたように翼に背を向けて再び歩き出す。その歩みに迷いは無く、自分の居場所を捨てるような覚悟があるように翼は見えた。

 

「なら小日向は!小日向はどうする気だ!貴女を支えてきたあの子さえも裏切るというのか!」

「……」

 

 翼の言葉に一瞬立ち止まるクリスだったが、強く拳を握るだけで振り返りも、言い返しもせずにすぐさま歩き出してヘリキャリアに乗り扉が閉じていく。その際に一瞬だけ見えたクリスの顔は何かを我慢するような顔で、悲しそうな目をしていた。

 

「待て、待ってくれ!雪音!」

 

 悲痛な翼の声を無視し、ヘリキャリアはマリアとクリスを回収するとすぐさま飛び立ち、浮上した謎の遺跡のような建造物に向かう。その姿を翼はただジッと見つめるしかできなかった。

 

 その場に残された負傷した翼と気絶している切歌と調が二課に回収されるまでのほんの数分間、翼は自分の無力さに涙を流すのだった。




この時点のうちのマリアさんと原作未来さんが戦った場合、原作未来さんを余裕で倒すくらいの強さはあると思っていただければ良いかと。その代わり未来さんと違って大技はポンポン出せない感じですね。
……マリアさん強すぎますね。なんなら単純な戦闘能力はGXでも通用するレベルっすよこれ(゚∀゚)

そして予想以上にウェルがクソ野郎に……まぁいっか!

セレナ「……」
作者「……ごめんなさry」(無言のアガートラーム)

マリア「やっと出番だというのに「YES。Dr.」しか台詞が無いのは何故かしら?」
作者「会話増やしたら理性ある感じがして絶望感が薄まったので同じ言葉を繰り返す事でより機械感を出そうと思ったんですよ。その結果がこれです」
マリア「ふぅん。そうなのね」
作者「そうなんですよ……なのでアガートラームをチラつかせないでもらえますかねぇ!?」

響「……」
作者「……出番はない。諦め……ちょっとまて。それはグレビッキーの方だろry」(エレクライト スイッチオン)

この先の展開への思いついた伏線の為、G編七話を少し改変しました。別に文章を増やしたわけでは無いので確認しなくても大丈夫です。何故こんな改変した?と思うかもしれませんがそれが伏線です。勘の良い人ならすぐ気づきますね……



次回! 届かぬ思い

「私は、クリスの事を信じていますから」


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十五話

未来「随分期間が空きましたね?」
作者「い、いやね。仕事の合間にやってたんだけど8割くらい出来た状態で間違えて消してしまってしばらくやる気が失せてて、なんとか復元してたけど途中で『あれ、これ二つに分けれるよな?』と思って次回に分ける分をコピペしたり、付け足したり色々してたら遅れたと申しますか……」
未来「そうですか。それは仕方ないですね」
作者「(あ、あれ?今回は断罪なしか?)」
未来「でも響たちが許してくれるかは別問題ですよ?」
作者「だろうと思ったよチクショー!!!」
※拳と槍と青剣と銃と鎌と鋸と白剣×2による一斉攻撃。
虹色でとても綺麗でした(遺言)


それでは、どうぞ!(満身創痍)



「ううん……はっ!」

 

 潜航中のニ課仮設本部である潜水艦の一室にてベットで寝かされていた切歌は目を覚ます。

 目の前には知らない天井、窓の方を見れば魚が泳いでおりその魚を見た瞬間、腹の虫が小さく鳴いてしまった事に少し赤面してしまった。

 

「切ちゃん、起きた?」

「あ、調!」

 

 突然話しかけられて反対側に頭を動かせばそこには切歌にとって大切な人である調が椅子に座っていた。

 

「無事だったんデスね!」

「うん。私も切ちゃんも怪我は無いし身体も異常はないみたい」

「そうデスか……ん?()()()()()?」

 

 調に怪我がなくて安心した切歌だったが、直後の調の言葉がまるで誰かに診察されたような言い方だったので疑問を持ち自身の身体を触る。僅からながらも怪我をして箇所に治療された後を見る限り自分が眠っている間に誰かが治療したのだろうと切歌でも分かる。

 もう一度部屋を見渡せばそこが自分のよく知る部屋ではなく、かと言って何処かのホテル等の建物の部屋には見えない。というよりも窓の外に魚が泳いでいる時点で普通では無いのだが。

 

「ここは何処デスか?」

「……あの人の所属している組織の潜水艦だって」

「あの人?……未来さんですか?」

「……なんで名前言ってないのに分かるのかな、切ちゃん?」

「あれ、なんで……って目が怖いデスよ調!?」

 

 少し頭を傾けてじ──っと見つめてくる調を見て切歌は慌てて頭を横に振りベットの端まで後ずさった。若干瞳孔が開いているように見えたのは切歌の気のせいだろう。

 

 目覚めて間もない切歌と調が少し慌ただしく、だが互いに生きていた事を喜んでしばし会話していると部屋の扉が開き、黒いスーツを着た茶髪の男、緒川慎次が微笑みながら部屋に入って来た。

 

「お二人とも、目を覚ましたようですね」

 

 突然部屋に入ってきた慎次に切歌は警戒してギアペンダントを探すが、いつも入れている衣服のポケットや首にもかかっている様子はなく近くにも置いていない。

 急ぎベットから立ち上がった切歌は調を守ろうと自分の後ろに下がらせて慎次の前に立って睨みつける。そんな切歌を見て慎次は頬を掻いて困ったように眉を寄せた。

 

「大丈夫だよ、切ちゃん」

「調?」

 

 警戒している切歌の肩に手を置いて調が切歌の手を下させる。

 切歌は呆気に取られながらも人一倍警戒心の強い調が大丈夫だと言っているので、完全には警戒を解いてはいないが話を聞こうとする意思を見せたため慎次は人の良い笑みを浮かべた。

 

「ツヴァイウィングのマネージャーをやっている緒川慎次と申します。暁切歌さん。お身体の方は?」

「大丈夫デス。それよりも私たちをどうするつもりデスか」

 

 大切な家族であるセレナとマム、そして死んだと思っていた姉のような存在であるマリアを助けるために一刻も早く動かないといけないと思っている切歌はさっさと話を切り上げようと催促するが、慎次は笑みを絶やさない。

 

「その事も含めて司令に会っていただきたいのです。僕についてきてください」

 

 敵である二人に背中を見せて歩き出す慎次。その背中を見て二人は顔を合わせた。

 普通の人間であれば隙だらけのよう見える慎次を襲う事も、足音を立てずに歩いて逃げる事も出来るだろう。だが後ろを見ていないというのに慎次の背中に目がついているような錯覚をした切歌と調は慎次の後ろを大人しくついていくのであった。

 

 

 ──────────────────

 

 ──フロンティア上空にて。

 

 

「姉さん!」

 

 浮上したフロンティアに向かう空の道中、セレナはヘリキャリアの飛行を自動操縦に切り替え、死んだと思っていた大切な家族で、実の姉であるマリアの元に急ぎ駆け寄る。マリアの隣にはシンフォギアを解除したとはいえ今まで敵対していたクリスがいたのだが今のセレナの眼中にはなかった。

 

「生きている……本当に、マリア姉さんが、生きてる……」

 

 その場で佇むマリアを見てセレナは涙を流した。

 今でも六年前の景色が悪夢として夢に出てくるほど当時のセレナには深い傷を負わせたネフィリムの事件。

 大切な家族の命が目の前で呆気ないほど儚く散り、そして命を賭けて守った者たちから感謝とされずに無情にも忘れ去られていったと思っていた最愛の姉。

 もう二度と会う事は出来ない思っていた存在が目の前にいる。その事がこれまで生きていた中でもこれ以上無いくらい嬉しくてセレナの頬に涙が伝う。

 

「姉さん……私、大きくなりましたよ。色々失敗して来ましたけど、姉さんみたいになろうと沢山努力しました。天国にいる姉さんに誇れるようにって」

 

 マリアが爆炎に呑まれた日を境にセレナの世界から色が消え去った。食べ物も味がしなくなり、これまで楽しいと思っていた事が全て虚しいものに変わり果て、無意識に毎日毎日死のうとするほど追い詰められて行った。

 そんなセレナにナスターシャを始め切歌や調が懸命に話しかけて少しずつ自分の足で前に進めるようになっていき、自分の世界を取り戻して行った。それに加えて今ではほんの一時的ではあったにしろ世界的に有名なツヴァイウィングと双璧を成すほどの有名になる程努力してきた。

 それも全て、亡き姉に誇れるよう自分になるためと心に決めて。

 

「でも姉さんは生きてた。だから、だからもう一度私の名前を呼んでください。もう一度、姉さんの歌を聴かせてください……」

 

 思い出すのは二人並んで知っている沢山の歌を歌い合った事。

 自分の名前を愛おしそうに呼びながら優しく何度も頭を撫でてくれた手の温もり。

 生きていただけで喜び、嬉し涙さえ流れていたのだがその涙が少しずつ別のものに変わっていく。

 

「もう一度……笑って、ください……」

「……」

 

 段々と顔が悲しみで歪み涙も悲しいものへと変わっていく。

 そんなセレナの涙を見てもマリアは無機質の、本当に機械であるかのように何も反応せずに微動たりせずに立っていた。

 

「感動的な姉妹の再会はそこまでにして、作戦を次の段階に移しましょうか」

 

 部屋の扉が開き、奥からウェル博士がソロモンの杖を持ったままゆっくりと姿を表す。ウェルの姿を見た途端クリスの目つきが鋭くなった事には誰も気付いてはいなかった。

 ウェルはゆっくりと歩いてクリスの前に立つと人の良い笑みを浮かべて軽いお辞儀をする。ウェルの中身を知らずにその姿だけ見れば紳士として見られたであろう。

 

「廃病院以来ですかね。こうやって話すのは」

「……ああ。そうだな」

 

 嘘臭い笑みを浮かべるウェルに対してクリスは特に感情を表に出す事なく淡々と答える。そんなクリスを見てウェルは笑みを崩さずにクリスの目を覗き込む。

 

「ですがまだ貴女を信じきれたわけではないので調子に乗らないでくださいね?」

「分かってる。信用ならないならいつでも背中から撃ちゃぁいい」

「勿論そうしますとも」

 

 感情が抜け落ちたかのようにただウェルをジッと見つめるクリスと眼鏡を光らせて不敵な笑みを浮かべるウェルの視線が交差する。二人が何を思っているのかこの場でわかる者はいなかった。

 

 見つめ合ってるようにも、殺意を持って睨み付けているようにも見える二人の間に突然、まだ涙で頬を濡らしたままのセレナが割って入りクリスと睨み合うウェルに詰め寄る。

 

「Dr.!今すぐ姉さんを元に戻してください!」

「嫌ですよ。彼女は僕を守ってもらうための盾なのですから。それに今の彼女はシステムのアシストによって動いているだけです。今システムを切れば再び植物状態に戻るだけ。貴女の望んだ結果にはなりません」

「っそれでも!」

 

 システムを切って再びマリアが意識のない植物状態になったとしても、セレナはマリアがこの世にいない事よりも何百倍もマシであり、生きているだけで良かった。

 失ったと思った大切な人が目の前で生きているのだ。それがウェルのせいで好きにされているのいうのがセレナには耐える事ができるものではないのだが、それを許容するほどウェルは善人ではない。

 

「話になりませんね。僕は作戦の準備を進めますので、説得できるものならやってみてください」

「な、待って……ッ!?」

 

 不気味な笑みを作っていたウェルがセレナのしつこさに面倒になったのかため息を吐いて部屋から出ようする。それを見て急ぎ止めようとセレナは手を伸ばしたが、それよりも早くいきなり身体が重くなるような感覚が襲ってきて視界が急降下し、次の瞬間には床に叩きつけられる強い痛みと腕を締め上げる痛みが同時に襲ってくる。

 痛みに耐えて首を動かし、何が起こったのか確認するとマリアが無表情のままセレナを組み押さえていた。

 

「言い忘れていましたが、彼女は僕に危害を加えようとした存在には迎撃するようにプログラムされています。お姉さんと戦いたくなければ僕に手荒な真似はしないでくださいね?それでは頑張ってください。健闘を祈りますよ。くくく」

 

 組み押さえられて苦しそうに顔を歪めるセレナを見てウェルはまた不敵な笑みを浮かべて部屋から出て行く。ウェルが退出したのを確認したマリアはウェルに危険が及ぶ事はなくなったと判断したのかすぐ様セレナの背中から降り、何事もなかったかのように機械のように部屋の隅へ移動していった。

 

「うぅ……姉さん……私です、セレナです。思い出してください。また切歌ちゃんや調ちゃんやマムと一緒にお話しましょう?話したい事、沢山あるんです」

「……」

 

 今し方無理矢理押さえつけられて肩を痛めたのか、右肩を押さえてフラフラとしながらもなんとか立ち上がり、部屋の端で直立不動のマリアに話しかける。

 対するマリアは、ただひたすら反対側の壁をジッと見つめているだけで何の反応もしなかった。

 

「沢山勉強して、沢山運動をして、姉さんに守られてばかりだった私も成長して大きくなりました。切歌ちゃんや調ちゃんも凄く美人さんになりましたよ。マムもまだまだ元気です」

「…………」

 

 必死に笑顔を作って一生懸命マリアに話しか続けるセレナの姿は痛々しく、見ている者の方が心を痛めてしまうような悲痛な光景だった。

 それでも、マリアは何も言わない。

 

「まだまだ沢山お話ししたい事はあります。だから……だから、私を見てください……声を聞かせてください……マリア姉さん……」

「………………」

 

 どれだけ語りかけてもピクリとも動かず、なんの反応も示さないマリアについに耐えきれなくなったセレナが膝から崩れ落ち、床に向けて大粒の涙を落として嗚咽を漏らす声が部屋に響く。

 そんな痛々しいセレナの姿に耐えきれなくなったクリスが手を伸ばすがその場で留まり、何かを振り払うかのようにかぶりを振って部屋から急ぎ出て行く。

 そして二人が残った部屋にはセレナの嗚咽だけが悲しく反響し続けるが、その中でもマリアが何か反応する事はなかった。

 

 ──────────────────

 

 ──ニ課仮設本部にて。

 

「あれがフロンティア、か」

 

 モニターに映っている映像を睨みながら弦十郎は呟いた。

 

 フロンティアと呼ばれた巨大な島のような形をした遺跡が浮上してから数時間経とうしていた。

 得体の知れない物体が突然現れた事によって日本政府や他国が対策を講じている間、弦十郎たちは勝手な行動が出来ずにただ見張る事しか出来ずにいた。そうでなくとも、突然二課を裏切ったクリスによって残ったシンフォギア装者は軽傷とはいえ負傷した翼のみ。奏はいまだガングニールを纏えず、未来はこれ以上ギアを纏う事を弦十郎は許すつもりはない。

 現場判断としてフロンティアに突入しようにも肝心な戦力が足りず、無茶をする事が出来ない状況だった。

 

「雪音のやつ、なんで裏切ったんだよッ!」

「……私たちでは雪音の望みを叶えられないかららしい」

「だから裏切ったってか!?あんなに楽しそうに笑ってたのが全部嘘だって言うのかよ!」

 

 クリスが裏切った事に憤る奏は発令場の壁を強く殴る。その後ろ頭に包帯を巻いた翼は視線を自分の足元に向けていた。

 装者の中ではクリスとの繋がりは薄いとはいえ何度も隣で戦い、暴走した未来を二人で協力して止めた仲だ。多少なりとも信頼関係は築けていたと思っていたのにクリスの思いに気付けなかった自分に怒りすら感じて拳を強く握った。

 

(クリス君の裏切りは二人に予想以上のダメージを与えているようだな……)

 

 二人の精神状態があまりよろしく無いことを察した弦十郎だが現在自分に出来ること励ます事しか出来ないと思うと歯噛みする事しかできない。

 

「……未来君はどう思っているのかね?」

「何がですか?」

「勿論クリス君の事なのだが……」

 

 奏と翼の様子を見てクリスと一番仲の良かった未来が何も無いとは思っていなかった弦十郎だったが、予想外にも未来は特に深刻に受けている様子はなく、むしろ本気で何の事か分かっていないかのように首を傾げる始末だ。

 奏や翼の様子に未来は何か気付いた表情を作ると小さく笑った。

 

「弦十郎さんもクリスが本当に裏切った、って思ってるんですね?」

 

 ふふふ、と小さく笑っている未来を見て弦十郎だけでなく奏や翼やその場にいたあおいと朔也も不思議そうに頭を傾けた。

 

「司令。二人を連れて来ました。って何かあったのですか?」

 

 丁度タイミングよく慎次が切歌と調を連れてくるが発令場にいる全員が頭を傾けている光景を見てさすがの慎次でも困惑してしまう。

 その場にいる全員が同じように分からないという顔をしているので今度は未来が困ったように頬をかいて口を開く。

 

「もしクリスが本当に裏切っているのなら翼さんはここにいません。それは暁さんと月読さんも同じだと思います」

「だ、だけどさ。こう、情があったとかそういうのもあるんじゃねぇのか?」

「もしそうだったとしてももっと大怪我をさせて当分戦闘が出来ないようにすると思いますよ。戦力を減らすチャンスでもあったんですから」

「……なら何故雪音はあのような事を?」

「さぁ。それは私でも分かりません。ですが」

 

 一度言葉を切って自身の手を見る。

 クリスとは最悪な出会いだったとしても、今では自分でもやりすぎてはいないかと思うほどには仲良くやっていた。

 何度も手を繋ぎ、何度もクリスの頭を撫でた思い出はとても暖かく、凍りついて荒れ狂った自身の心に光を照らしてくれた。

 フィーネとの戦いでクリスが自分を守るために傷ついた光景を思い出すたびにまた一人になってしまうと恐怖する自分にクリスは一人にしないと約束してくれた。

 そんな優しいクリスが、何の目的も無く誰かを傷つける事はしない。そう未来は確信していた。

 

「私は、クリスの事を信じていますから」

 

 暖かい笑みを作る未来の言葉の謎の説得力にその場にいた全員自然と頷いていた。

 

「(えっと、どういう雰囲気なんデスかね?)」

「(しー。今は黙っていた方が良いよ、切ちゃん)」

 

 場の空気についていけずに切歌と調はその場の雰囲気に流されたがいったい何があったのか分からず困惑していた。そんな二人に気づいた弦十郎は一度咳払いすると二人に向き直った。

 

「突然呼び出してすまない。だが君たちには色々聞きたい事がある」

「そんな簡単に話すと思うの?」

「話さないのであればそれでも構わない。君たちがそれでよければ、だがな」

「「……」」

 

 黙りこくる切歌と調だったが、弦十郎はモニター越しに二人が自分たちで召喚したはずのノイズを倒して米国の人間を助けているのを見ている。それに加えて戦闘中だというのに降伏の姿勢をとって「話を聞いてほしい」と言ったのだ。まだ子供である二人の話が有益か不益かの前に話を聞くべきだと思っている弦十郎は交換条件として二人から欲しい情報を聞き出そうと遠回しに言っているのだ。

 切歌と調は一瞬視線を合わせて頷くと調が一歩前に出る。

 

「貴方たちの欲しい情報は知っている限り話す。だからお願い。セレナとマム、そしてマリアを助けて……ッ」

「捨て駒でも良いデス!セレナたちを助けられるなら戦うデス!だから!」

 

 大切な家族を助けたいという純粋な気持ちを込めた言葉に弦十郎は笑みを浮かべると二人の頭を優しく、そして力強く撫でた。

 

「おうともさ!子供の願いを叶えてやるのも大人の仕事だ!それに勝手に出て行った娘っ子にも一言説教せねばならんしな」

「……手加減してあげなさいよ」

「分かっているさ。これも性分だ。クリス君にも何か事情が……ん?」

 

 何処か懐かしいような自然な会話の雰囲気に弦十郎は今し方話したと思われる切歌に目をやるが、今回がほぼ初対面なはずのなのでそんな事は無いはずだった。当の本人もあざとく首を傾げている。

 突然固まった弦十郎に不審がる未来たちの視線を感じて弦十郎は空耳だと決めつけて再度咳払いして話流れを変えようとした。

 

「ゴホン。ではまずだがあのフロンティアについてと七つ目のあの鏡を用いたシンフォギアについて教えてほしい」

「分かったデス」

「うん」

 

 交渉成立した切歌と調から浮上したフロンティアの事、そしてマリアの纏っていたニ課では把握していなかった神獣鏡のシンフォギアの特性や弱点を二人が知り得るだけの情報を共有し、今後の作戦を計画するのであった。

 

 ──────────────────

 

 ──フロンティア内部にて。

 

 

 暗く、長年手入れされていないフロンティア内部の山をくり抜いたような石の廊下を先頭をクリスが、その後ろをセレナとナスターシャ、最後尾にはウェルとウェルをいつでも守れるように後ろに立つマリアが歩いていた。

 セレナは何度も後方を歩くマリアに眼を向けるが、マリアは機械のようにウェルの近くを歩くだけで本当に人間なのか疑ってしまうほどなんのリアクションもしない。

 

 ヘリキャリア内で涙を流しながらも何度も何度もセレナはマリアに語りかけていた。

 施設にいた時の思い出話やマリアがいなくなってから自分たちがどんな生活をしていたかの話。最近のセレナにとっての笑い話といった様々な話をマリアに聞かせていたが、マリアがセレナに何かしらの反応を示す事は無かった。

 ギリギリまでマリアを正気に戻そうと話していたセレナだったが、現実は非常で結局マリアは正気に戻る事はなくフロンティア内部へ行く事になってしまったのだ。

 

 悲しそうに俯くセレナを心配するナスターシャは何か声をかけようとしたが何を言えば分からず、何かを言うその前に目的の場所へと到着してしまった。

 

「……ここがジェネレータールームです」

「ならあれがフロンティアのジェネレーター……」

 

 クリスは部屋に入った瞬間、その広さと異様さに目を見開いた。

 その部屋は大きな結晶が部屋の中央にある卵のような装置の周囲を取り囲むように生えており、現代でも見る事はできない異質な部屋だった。

 卵のような丸い装置に向かってウェルは急ぎ足で近づくと持って来ていたアタッシュケースを開き、その中にあった白い外骨格のようなものに覆われた赤く脈動する物体を手に持って目の前の謎の装置に当てると物体は装置に張り付き根を生やしていく。それにより、何の反応も示さなかった装置がいきなり輝き出した。

 

「心臓だけとなっても聖遺物を喰らい、取り込む性質はそのままなんて、卑しいですねぇ。ネフィリム」

「……エネルギーがフロンティアに行き渡ったようですね」

「そのようですね。さて、僕はブリッジに向かうとしましょうか。ナスターシャ先生も制御室にてフロンティアの面倒をお願いしますよ」

 

 大きな結晶も装置と同じように輝きだし、ネフィリムが取り込んでいたエネルギーによってフロンティアが起動した事を確認したウェルは踵を返してフロンティアのブリッジへ向かう。その後ろをマリアは付いていく。

 

「……貴女も行きなさい」

「え、でも……」

 

 ナスターシャを置いていく事に抵抗があったセレナは当然その言葉に難色を示したがナスターシャの目は有無を言わせない眼光があり、この時のナスターシャには何を言っても意味が無いと分かっているセレナは渋々とウェルとマリアの後を追っていった。

 実際は今のマリアと共にいる事はセレナにとって大変辛い事なのだが、ナスターシャはそれを分かっていてセレナを自分から離れさせていた。

 そして部屋に残ったのはナスターシャとクリスのみ。

 

「……んじゃ、あたしも行くわ」

「待ちなさい」

 

 ここにいてもやる事は無いと判断したクリスはセレナたちを追うためにナスターシャに背を向るが、ナスターシャはクリスを止めた。

 振り返って訝しげな目を向けたクリスにナスターシャは車椅子を移動させてクリスの前で止まり、クリスの手を取ると何かを握らせた。

 

「私は沢山の人を見てきました。感情を隠すのが上手な人でなければある程度察せる程度には観察眼もあると思っています」

「……何が言いてぇんだよ。っておい!」

 

 あからさまに目を逸らすクリスを置いてナスターシャはウェルに言われた制御室へ向かおうとする。その後ろにクリスは少し焦り気味に呼び止めた。

 

「私が言える事ではありませんが、貴女なら、貴女たちならセレナとマリアを救ってくれると信じています」

 

 ナスターシャは一度車椅子を止めると振り返らずに後ろにいるクリスに向かってそう言葉を残してウェルに言われた制御室へ向かうのだった。

 遠のいて行くナスターシャの後ろ姿と握らせた物を交互に見てクリスは涙を流すセレナと機械のように佇んでいたマリアの姿を思い出し、自分のやろうとした事よりもやるべき事を見いだしたクリスは決意を胸に歩き出したのだった。

 

 そして、のちにフロンティア事変と呼ばれる事件が動き出す。




おかしい。セレナさんを追い詰め過ぎてる気が……気のせいだよねry(背後からアガートラーム)

???「さて、原作ならそろそろ私の出番のはずだな?」
作者「だからG編には無いんだよ!と言いたいですがアンタ、少し出てただろうが」
???「……知らんなぁ」
作者「読者様にバレたらどうするんだよコノヤロウ!あ、ネフシュタンは卑怯だぞ!?」
※殴りかかったが返り討ちにあいました。


次回! これが私のケジメ

前回の次回予告と内容が違うから変更したのは内緒。


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十六話

でぇじょうぶだ。生きています。

遅れてすまねぇ_(:3 」∠)_
仕事しながらで一回は完成しましたが読み返すと「違うな」と思い最初から書き直してました。だってあのまま行ったら話の流れ上神獣鏡マリアさんが弦十郎のダンナと互角の勝負をした挙句ダンナを倒さないといけないハメになってたんすよ……未来さんたち絶対勝てないやん……


ビッキー「それで遅れた言い訳になってると思います?」
作者「ならない?」
393「ならないです」
作者「ならないかー」(諦め)
※拳と鏡のダブル絶唱。


 切歌と調からマリアの纏っていたシンフォギア〝神獣鏡〟とフロンティアの事を二人が知っている限りの情報を弦十郎に教え始めてから数十分が経とうとしていた。

 

「──なるほど。あの神獣鏡というシンフォギアは他のギアよりも性能的にはかなり劣っているのか」

「でもその代わりギアとノイズに対しては神獣鏡以上のものは無いと言えるくらい凶悪」

「あのおっぱいの人のアームドギアが消えたのも神獣鏡の能力のせいデス!」

 

 ちなみに、切歌の言う「おっぱいの人」とはクリスの事であるが、二人の後ろにいた未来が苦笑いを浮かべ、奏は吹き出し、翼は自身の胸を見た後何処か遠くを見つめる姿を弦十郎は見てしまい何度目かの咳払いをした。

 真面目な顔できちんと情報を提供する調に対し、切歌は度々要らぬ情報や聞いてもいない事を喋るので実際有用な情報はどれくらいあるのだろうか見当がつかない。

 

「……だが、マリアと言ったか。彼女が使っていた神獣鏡のギアは貴女達が言っているほど弱くなかったが?」

 

 一度ぶつかった翼なら分かる。まともに、真っ正面からぶつかっただけでは自分一人では倒す事が出来ない。

 装者によって多少性能が左右されるとはいえ翼の纏う天羽々斬が既存するシンフォギアの中で何処に位置するかは分からないが、もし調の言った通り神獣鏡がシンフォギアの中でも最弱なのであれば翼一人でもある程度太刀打ち出来たはず。

 だが結果は当時本気を出していたかは定かではないが、クリスの援護と切歌と調の助太刀があっても圧倒された。シンフォギアの性能差の件が本当であればマリアの身体能力は相当なものでなければ話にならない、のだが。

 

「確かにマリアは運動神経は良かった」

「でも、だからって神獣鏡で私たちを圧倒出来るとは思えないデスよ」

「だったらあの眼鏡になんかされたとか?明らかに正気じゃなかったし」

「その可能性も高いけど、それでも装者四人を相手して圧倒出来るほどの何かをされているならかなり負担になるはず。だけど一戦交えた手応えはそんな風には感じられなかった」

 

 切歌と調ですらマリアが生きていたのを知ったのは前回の海上の戦闘の時なため詳しくは知らない。明らかに何かされているとはいえ、その正体が分かる前に別れてしまったので二人が何も知らないのはしかない事だ。

 奏を合わせた四人でうんうんと頭を捻りながら思考するがマリアに関しての情報が少ないため分からず、神獣鏡に関しても二人が知ってる情報が神獣鏡の全てでは無いため憶測の域を出ない。

 

「マリア君と言ったな。彼女と神獣鏡も気になるところだが、今最優先するべき事はフロンティアを今後どうするかという……ッ!!??」

 

 弦十郎がフロンティアの対策に話を変えようとした瞬間、弦十郎でも意識しなければ倒れそうになるほどの衝撃に仮設本部全体が大きく揺れて立っていた者は全員倒れそうになった。

 

「フ、フロンティアから月の方角に向かって謎のエネルギーの射出を確認!それによりフロンティアが浮上し始めました!」

「なんだと!?」

 

 朔也の報告を受けて弦十郎が驚愕を隠さずに立ち上がった瞬間だった。

 今度はモニターに映っていた、フロンティアに向かって派遣されていた海軍の船全隻が突如として宙に浮いたと思えばまるで圧縮されていくように音を立てて潰れて行き、最終的には元の船の形が完全になくなると同時に無惨にも爆散した。乗組員の安否は、残念ながら確認出来ない。

 

「くっ、下から良いのを貰ったようだな!」

 

 気づけば仮設本部は何故か陸上に上がっていた。いや、それは違うだろうか。何故ならさっきまで海の中を潜航していたのに、目の前にはフロンティアと呼ばれる謎の遺跡が陸続きになっているのだから。

 朔夜とあおいの賢明な計測による結果、先程起こった謎の揺れは仮設本部直下からの謎の地殻上昇によるものだった。そしてそれと同じく観測された月に向かって放たれた謎のエネルギーは月にアンカーを打ち込むような事だったらしい。

 

「ならフロンティアは引き揚げられたって事か!?」

「あれはそんな事も出来るのか……」

 

 奏と翼は目の前で行われた現実離れした光景に驚愕していたが、自体はそれだけでは済まされず、より深刻な方に傾いていた。

 

「それだけではありません。月が──」

 

 ──────────────────

 

 ──フロンティア ブリッジ

 

 

「ああ、楽しすぎて眼鏡がずり落ちてしまいそうだ!」

 

 徐々に浮上し始めて揺れ動くフロンティアのブリッジの中央、そこに置かれた幾何学的な模様が施された何らかの装置に手をかざしたウェルが恍惚の笑みで空中に浮かんだモニターに映る、無惨にもガラクタになった海軍の船を凝視する。あまりの感情の昂りに装置にかざしてある()()()()()()()()()が大きく脈動した。

 

「Dr.……貴方はいったい何を……」

「見ての通り試運転ですよぉ!」

 

 あっさりと行われた虐殺と興奮して不気味な笑みを浮かべるウェルにセレナは思わず恐怖で身体が震えてしまった。

 ウェルはフロンティアを動かす手段として自身の左腕に聖遺物を取り込むネフィリムの細胞のサンプルから作られた特殊なLINKERを投与する事により、左腕が人間のものでなくなる事を代償に現在フロンティアのコアと融合しているネフィリムコアとリンクする事によってウェルの意思でフロンティアを動かす事が可能となっていた。

 まるで子供が新しい玩具を買ってもらったかのように、フロンティアという圧倒的な力を手に入れたウェルは間違いなく有頂天になっていた。

 

「なれる!これで僕も英雄になれるぅ!この星のラストアクションヒーローだ!やったあああああ!!!」

 

 大きく手を広げて喜びを身体で現すウェル。その姿だけ見れば喜ぶ大人の姿をした子供なのだが、やっている事は大量殺人と変わりは無い。これのいったい何処が英雄に慣れるのだろうか。

 

「ああでも。行きがけの駄賃に月を引き寄せてしまいましたよ」

「なっ!?」

 

 軽い口調でなんともなさげに、むしろ笑みを作りながら呟いたその言葉に、セレナは信じられないものを見る目でウェルを見返した。それもそのはずだ。何せセレナは月の落下から人類を守るためならと思って自身が傷ついても戦った。なのにウェルのやった事はそれを全て水の泡に変えるような事なのだから。

 

「何故そのような事を!?それでは人類が絶滅してしまいます!」

「人類は絶滅なんてしませんよ。僕が生きている限りはね!これが僕の提唱する一番確実な人類の救済方法です!」

「そんな事の為に、私は戦ってきたのでは……!?」

「……」

 

 ウェルの物言いにセレナは思わず怒りを覚えて詰め寄ろうとするが、ウェルを守るようにセレナの前に無表情で瞳に光がないマリアが立ち塞がった。

 

「姉さん!そこを退いてください!早く止めないと人類が、切歌ちゃんや調ちゃんやマムが!」

「……」

 

 一縷の望みを賭けて説得しようとするがその言葉は一切届かず、仕方なく無表情のままのマリアを置いて後ろのウェルに掴みかかろうたセレナだったが、その行動を敵対行動と認識したマリアが光の無い瞳をカッと見開いた。

 マリアは伸ばされたセレナの手を強めの力で払い、右足を叩きつけるように力強く前に出してガラ空きになったセレナの腹部に向かって突き出された拳が深々と刺さった。

 

「ッかは!?」

 

 突如腹部を強く殴られた痛みによって呼吸が上手く出来なくなり膝をついてしまう。そして苦しそうに浅い呼吸を繰り返すセレナをマリアは冷たい瞳で見下ろしていた。

 

「無駄ですよ。どの道月の落下は止められない!貴女はそこでフィーネを演じた頃を思い出して惨めに這いつくばっていればいい!ああそうでした。僅かに残った人類の増やし方は事が終わった後仲良く話し合いましょうよ。ひひひひ」

 

 笑いが抑えきれないウェルはマリアと共に痛みで(うずくま)るセレナを置いてブリッジから出て行く。

 ウェルはネフィリムの力によってフロンティアを完全に掌握しており、LINKERの効果が無くなるまで他の誰かの操作を受け付けない為セレナが何をやってもフロンティアを使う事は出来ない。それはつまり、仮にガングニールのシンフォギアを使おうともこの場でセレナが出来る事は何も無いというものだった。

 

「ねえ、さん……」

「……」

 

 痛みに耐えながらも遠ざかる姉に向かって手を伸ばす。だがマリアは振り返る事も、足を止める事もしないままウェルの後ろについてブリッジを後にした。

 ブリッジにはもうセレナしか残っておらず、宙に浮くモニターには無慈悲にも接近する月が大きく映し出されていた。

 

「私は‥…姉さん‥…姉さんッ」

 

 涙が頬を伝って冷たい床に落ちる。

 その涙を拭う者は誰もいない。

 

 ──────────────────

 

 ──ニ課仮設本部にて。

 

 月にアンカーを打ち込んだフロンティア全体が引っ張られ浮遊した事により、偶然にもフロンティア付近を航行していた二課仮設本部が上昇した大地に打ち上げられた。よって仮設本部となっている新型潜水艦は潜水艦としての機能は完全に死んだ事になるのだが、幸運にも翼達はすぐにでもフロンティア内部に突入出来る位置にいた。

 

「──頼むぞ、翼」

「無茶すんなよ」

「分かっています。奏も心配しないで」

 

 翼は気を引き締めながらも心配そうにしている奏を落ち着かせるために笑みを見せた。

 だが奏と未来はシンフォギアを纏える身体ではなく、クリスは裏切りにより不在。現状二課が保有する戦闘可能なシンフォギア装者は翼のみ。

 対して切歌と調は捕虜として二課で捕縛してはいるがF.I.S側にはセレナと裏切ったクリス、そして翼、クリス、切歌、調の四人がかりでも圧倒していたマリアがいる。戦力差を考えれば絶望的ではあるが、それでも今は翼に賭けるしか出来ないのが現状だった。

 

「クリスの事、頼みますね」

「ああ。少しはやり返すかもしれないが、それくらいは許してもらうぞ?」

「ふふ、お手柔らかにしてあげてください」

 

 不安そうにしている未来を安心させるために少し戯けて見せる翼に未来も笑みを見せたのを確認した後、翼は奏たちに見送られながらも急ぎ格納庫に向かって愛車であるバイクに跨ってハッチからフロンティア目掛けて出撃する。

 そして程なくして、予想通りの事態が起きた。

 

 前方から無数のノイズが統率もされずに一直線にバイクに乗る翼目掛けて突撃してくる。それはソロモンの杖を持つウェルが近くにいるという証明にもなっていた。

 

「お早い歓迎だな。では、こちらもいくぞ!」

 

 

 ──Imyuteus amenohabakiri tron──

 

 

 翼はバイクに乗ったまま聖詠を歌い、天羽々斬のシンフォギアを纏う。そして迫ってくるノイズに向かってアクセルを全開にした。

 

騎馬ノ一閃

 

 バイクの前方部分に巨大な刃を突出させてノイズを切り刻む。それに加えて自身も片手に剣を持ち、見事な操縦テクニックでドリフトしながら己の手でもノイズを切り裂いていく。その殲滅速度はバイクに乗りながらでも戦い慣れていた未来や殲滅特化でもあるクリスにも負けない速度だった。

 

 だが、それでもやはり一人では問題が発生するだろう。

 

「くそ!これじゃ翼の体力が保たねぇぞ!」

「ですがこちらの装者はただ一人。援護もなしにこれから先どう立ち回れば……」

 

 モニターで翼がノイズを薙ぎ払っていく姿を見ながら奏は自分が翼の隣で戦えない事に悔しい思いをしていた。

 弦十郎や慎次もすぐさま援護に行きたいと思っていたが、ノイズ相手では自分たちは逃げる事しかできないと理解しているため歯噛みする思いでモニターを見つめるしかできなかった。

 その中で未来だけは違っていた。

 

「──シンフォギア装者は翼さん一人ではありません」

「……分かっていると思うが、未来君を戦わせる訳にはいかないからな」

 

 クリスに関して未来が黙っているわけがないと思っていた弦十郎は未来の言葉に嫌な予感を感じていた。

 了子の話によれば天羽々斬の浸食は深刻で未来の身体は奏以上に危険な状態であり、無闇にシンフォギアを纏えば更に浸食が進んで戻れなくなると言われている。

 これまで酷使させていたのは自分たちだと分かっていても弦十郎はこれ以上未来に無理をさせるべきでは無いと思っての言葉だった。

 

「戦うのは私ではありませんよ」

 

 ニコリと笑って未来は切歌と調の方に向き直る。切歌は首をかしたげているが調は未来の言いたい事を理解していた。

 

「捕虜に出撃要請するつもり?……本気なの?」

「貴女たちはセレナさんとマムさんとあの人……マリアさんだっけ?を助けてほしいんだよね?でも今は見ての通り私たちだけじゃ二人のお願いを守れそうに無いの。だから手伝って、ね?」

「「は、はい」」

 

 少々威圧気味の笑顔に切歌と調は思わずうなずいた。

 クリスを信じてはいるが、自分が戦えないという理由とクリスが自分に何も言わずに二課を離れた事に未来は多少なりとも憤りを感じており、早く見つけて一言二言言ってやりたい気持ちになっていた。

 それ故に今回の事件を早く終わらせて二人でお話ししなくてはと思っているため、無理矢理にでも切歌と調を味方に引き入れようとしていた。側から見れば完全に脅しに見えてしまうのだが。

 

「たまーにアンタが怖いよ……」

「そうですか?私はお願いしただけのつもりなんですが」

「(ちょっと命の危険を感じたデスよ……)」

「(あの人は怒らせたらダメ)」

 

 奏は苦笑いを見せ、優しそうに見えて未来が一番の危険人物だと切歌と調は再確認した。特に切歌は心身的に弱っていた未来と言葉を交わした事があるため、今の未来との差が激しくてより困惑していた。

 顔を合わせて困惑している切歌と調に弦十郎は近づき、ズボンのポケットに入れていた二つの赤いクリスタルのギアペンダントを取り出すと二人の前に差し出した。

 

「未来君が言ったように、難しい状況だが協力してくれるのであれば出来る限りセレナ君たちの救出のサポートをする。こちらの手助けを必要としないのであればそれでも構わん」

 

 大人らしく優しい笑みを浮かべた弦十郎は二人に判断を委ねた。

 切歌と調は再び互いの顔を見合わせると迷いなくうなづき合い、決意を込めて弦十郎の方へ向き直った。

 

「こちらがお願いしたのだからそれで構わない」

「私達だけじゃ何も出来ないデスから感謝するデス!」

 

 絶対にセレナ、ナスターシャ、そしてマリアを救うと二人は心に決めてギアペンダントを受け取る。二人の真剣な眼差しに弦十郎は白い歯をニコッと見せて力強くうなづいた。

 

「それじゃ、ハッチまで案内するね」

 

 未来は二人の手を引いて直令場から出て行く。未来の後ろ姿に弦十郎は不安を覚えたが、その勘は残念ながら当たっていた。

 ハッチからアームドギアから巨大な円状の刃を形成し、内側に乗りこんで移動する調に掴まるように切歌と未来が出て行く姿がモニターに映ったのだ。

 

「何をやっている!未来君を戦わせる気は無いと言っただろう!」

『約束はしていませんし、理解はしても了承はしていませんよ?』

 

 未来の減らず口に弦十郎は思わず青筋が立ちそうになるが、その後ろで奏が隠しきれない笑いが耳に入り、振り向けば奏は腹を抱えて笑っていた。

 

「はぁ〜。ダンナの負けさ。小日向が簡単に言う事を聞くような奴じゃないって知ってるだろ?雪音の事もある中で目を離したのが悪いさ」

「だが未来君は」

「そんくらいは小日向も分かってるだろうさ。無理はしても死ぬほどの無茶はしないとあたしは思うよ…………多分」

 

 途中まで自信満々だった奏も最後は言葉を濁してそっぽを向いた。

 これまでの未来から考えれば確実に無茶をするだろう。下手をすればあれだけ注意したのにシンフォギアを纏う可能性すらある。だが、だからと言って未来が簡単に止まる事もないのだと弦十郎は十分分かっているはずだった。

 

「……そうだな。止める事ができなかったこちらの責任だな。未来君。わかっていると思うが極力戦闘行為は避けるんだぞ。回避不能であるなら二人に戦わせるか退避に専念する事。どうしてもシンフォギアを纏わなければならない場合はギリギリまで出力を落とすんだぞ!」

『ありがとうございます、弦十郎さん、奏さん』

「礼なら雪音を連れ戻して、この戦いが終わってからにしてくれよな」

 

 出来るだけ戦闘しないようにと釘を刺す弦十郎だが、未来は本当に分かったいるのか怪しい笑みを見せるながら返事をした。

 その場にいた全員が苦笑いを浮かべるが、実際はまた未来を戦場に出した事による罪悪感が積もっている。そのためあおいと朔夜は全力でサポートしようと動き出した。

 

「──さて、子供ばかりに良い格好させてたまるか」

 

 無茶をする未来に何か火がついたのか弦十郎も不敵な笑みを浮かべた。

 

 ────────────────────

 

 

「──小日向とあの装者が一緒に、ですか?」

 

 あおいからの連絡で協力する事になった切歌と調と共に未来も勝手ながら出撃した事を聞いて翼は呆れるが、翼も案外未来がクリスの事であっさり引いていたのが引っ掛かっていたので納得してしまった。無理に出撃しようとしたら弦十郎に止められるのは目に見えていたため芝居を打ったのだろうと予想した。

 

(まったくあの子は……自分の身体をもっと大事に扱うように説教が必要ね)

 

 苦笑いを浮かべてため息を吐く翼だが、僅かな間でも肩を並べて戦った未来が存外元気そうで肩透かしを食らったように力が抜けてしまう。

 

「了解しました。直ちに合流します…………ノイズを深追いしすぎたか。少し戻って、むっ!?」

 

 通信を切り、翼の元に向かっている未来達と合流しようと乗っていたバイクをUターンさせようとしたが翼は直感に任せてバイクを捨てた。その直後、今さっきまで翼が立っていた場所に無数の矢が刺さりバイクを破壊したが、幸い翼は爆風に飲まれることもなく無傷で着地する事ができた。

 

「そろそろだと思っていたぞ──雪音」

「…………」

 

 翼の視線の先には崖の上から翼を見下ろすようにボウガンを構えたクリスが立っていた。

 ただじっと翼を見つめるクリスの表情からは何を思っているのか翼は読み取る事が出来なかったが、自分と戦うつもりだというのは伝わってくる。

 

「貴女に何があったか知らないが、戦うつもりなら……私も本気で行かせてもらうぞ」

「はっ!敵をぶっ倒す気もねぇのに戦場に出るんじゃねぇ、よ!」

 

 クリスは崖から跳躍して降下しながら剣を構える翼に向かってボウガンをハンドガン型に変形させて正確無比な連射。

 襲いかかってくる銃弾を神経を研ぎ澄ませて翼が切り払っている隙にクリスは着地後、すぐさま翼の元に走って銃弾を放ちながら近接戦闘を試みた。

 

「これはっ!?」

「遠距離からしか攻撃出来ねぇと思うんじゃねぇぞ!」

 

 遠距離から攻撃を得意とするイチイバルであえて翼に近づき近距離戦を持ち込んだクリスの戦闘技能は幾度か訓練で戦った時には見せなかったものであり、初見で全てを見切る事は翼でも困難だった。

 ただ銃を撃つだけではなく、体術を組み込む事で翼の得意な距離での戦闘でもクリスは一歩も譲らず、むしろ僅かでも隙を見せれば銃弾が翼を貫く可能性すらあるほど(ひっ)迫していた。

 それに加えて、無理矢理でも一度距離を取ろうとすると今度はイチイバルの得意距離になりミサイルの雨が降ってくる。一撃一撃の火力はともかく、気を抜かない接戦が続く。

 

「おら!どうした!?本気を出すんじゃなかったのかよ!!!」

「くっ!」

 

 多少のダメージを覚悟で翼は突撃するがクリスはそれを読んでいたかのように跳躍して回避。空中で体勢を変えながら翼に向かって銃弾をお見舞いする。

 技術面では翼は負けてはいないがそれを差し引いてもクリスの戦闘能力は翼の想像の斜め上を行っていた、が。

 

(なんだ、この違和感は?)

 

 多少押されて気味ではあるが、クリスとほぼ互角でギリギリの勝負を繰り広げる中で翼は何か違和感を感じていた。

 どちらも油断ならない戦況で感じる違和感のせいで集中力が切れかけるが、その前に予想外方向から声が響いた。

 

「まったく、何ちんたらしているのですか?」

「貴様、ウェル博士!」

「……」

 

 違和感の正体を探っていた翼とクリスから少し離れた場所の大きな岩の上から既に神獣鏡のシンフォギアを纏ったマリアを横に控えさせ、ネフィリムの細胞の投与による浸食が起こっているのか顔に血管が浮かび上がったウェルがソロモンの杖を持って立っていた。

 

「早くしないと、素っ首のギアスが爆ぜてしまいますよ?」

「なっ!?」

 

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるウェルの言葉を聞いて翼はクリスの首元を見る。クリスの細い首にはギアを纏った時には無いはずの機械的な黒いチャーカーのような装置が取り付けられており、赤く点滅していた。

 仲間を裏切って味方になりに来たクリスをウェルは信じるはずもなく、首に爆弾をつけさせる事によって自分を裏切らないように首輪を付けたのだ。爆弾の威力は弱くとも、例えギアを纏っていても首元をゼロ距離で爆発されればシンフォギア装者でも命は無い。

 仮に対抗しようとしてもウェルの近くには翼たち四人がかりでも止める事が出来なかったマリアが常に付き添っており、ウェルの命令が無くては近寄ることすら出来ない。

 

 クリスが本気で戦わないのは首元の爆弾のせいだと翼はすぐさま理解したが、それでもまだ違和感は拭いきれない。

 

「仕方がありませんねぇ。僕に感謝してくださいよ?いけ、マリア」

「YES。Dr.」

 

 マリアは少し身体を屈めると跳躍してクリスの真横に静かに着地する。

 現在ウェルは一人ではあるが、近くに別の装者もいなければクリスは命令を聞かないと首輪が爆発するため脅威では無い。今のウェルにとって一番の脅威は目の前にいる翼だけ。

 

「マリアを貸してあげます。なのでちゃちゃっと終わらせてください」

「……」

 

 無言のままクリスが翼に向かって銃を構えるのと同時にクリスの横に着地したマリアが地面強く蹴って翼に向かって一直線に突撃する。

 マリアはアームドギアを召喚して手に持ち、翼に向かって力任せに振り下ろす。それを剣を横に構えて翼は防ぐがやはり切歌と調が言っていたような「シンフォギアとしては最弱」とは思えない力で翼を押し潰すほどの力で鍔迫り合う。

 

「だが、力任せだけで私に敵うと思うな!」

 

 鍔迫り合いの状況から剣を僅かに傾けさせて軌道を逸らす。それによりただ上から押さえつけるように力を入れていたマリアのバランスは崩れる。そのほんの僅かな間があれば翼の腕前ならマリアに手傷を与えると算段をつけての行動は一対一であれば正しかっただろう。

 

「あたしを忘れんな!」

「っ!」

 

 完全に意識外からマリアの隙を潰すようにクリスが後方からミサイルによる援護射撃で翼を襲う。幸いダメージは無かったが翼は後ろに退がる事を余儀なくされるが、そこで翼は再び違和感を感じた。

 体勢を整えたマリアが飛び退く翼を神獣鏡の能力の一つである浮遊する鏡をいくつか自身の周りに作り出し、その鏡から細いレーザーのような光線で翼を攻撃しながら自身も追撃する。更にクリスが再びミサイルを撃って着弾時に砂煙を巻き上げて目眩しと、クリスの援護の浮遊する鏡の支援もあって翼はどんどん窮地に追いやられていく。

 その中で、翼は先程までの違和感の正体に気がついた。

 

(──わざと外している?)

 

 少しずつ追い詰められ、短時間で無数の斬撃と銃弾と光線が飛び交う中、翼は一対二とはいえ自身も僅かな隙間を縫って反撃転じていた。それにより互いにかなりのダメージを負っていても仕方がないはずなのだが、体力的な疲弊はあってもギアの損傷は少なく、特にクリスからのものは微々たるものだと気づいた。

 それに加えて、幾度もの交戦の中で翼の邪魔をしていたクリスの援護射撃は、見方を変えれば翼を援護しているように見えた。

 

「……」

「しまった!?」

 

 余計な考えが翼の頭によぎった瞬間、対峙するマリアの下からの全力の切り上げが襲いかかり、急いで剣で防ぐが完全には防ぐ事ができずに身体を浮かせながら後方に吹き飛ばされてしまい、身体を強く地面に叩きつけられてしまった。

 急いで起きあがろうとする翼だったが立ち上がるよりも一歩早く、追撃する為に追いかけて来たマリアの持つアームドギアが翼の眼前に突きつけられる。さすがの翼でもマリアが隙を見せない限り回避する事は出来ない。

 

「待ちな」

 

 今にでも翼の首を刎ねようと構えたマリアを後方でアームドギアを構えていたクリスが呼び止めた。

 

「なんのつもりですかねぇ?」

「あたしが止めを刺す」

「……妙な真似はしないでくださいね?」

 

 訝しむウェルを無視してクリスはアームドギアを構えたマリアの右横に立ち、片膝をついた攻撃しようにも不安定な状態の翼の前で見下ろすやつに立つ。

 

「……あたしはさ、ソロモンの杖を手に入れるためにあいつの側に立ったんだ」

 

 じっと翼を見つめたままクリスは淡々と口を開く。

 突然のクリスの行動に身構えていた翼は先程まで戦闘をしていたクリスと様子が違うため耳を傾けた。

 

「あれは争いの種になる。人だけを殺せる兵器なんて、人が持っちゃいけねぇんだ。例え……未来に嫌われる事になっても、未来の幸せを奪って、こんな世界に引き込むきっかけになったあれだけはあたしが破壊しないといけねぇ。それが、ソロモンの杖を起動させたあたしの責任でケジメだと思ってた」

 

 どれだけクリスが未来の事を想っていても、その根幹には二年前のライブ事件の時に使われたクリスが覚醒させたソロモンの杖の存在があった。

 二年前の事件が無ければクリスと未来が出会う事は無く、未来の親友は生存していて幸せに生きていたかもしれない。今のようなノイズや世界の為に戦うような殺伐とした世界に未来が来ることもなかった可能性もある。だがそうならずに未来が苦しい想いをしているのは、やはり自分がソロモンの杖を目覚めさせた事にあるクリスは思っていた。

 故に、二課を裏切る形でウェルに近づきソロモンの杖を奪取して破壊する。それがクリスが考えていた作戦だった。

 

 クリスの言葉を聞いて翼が何かを言おうと口を開くが、それよりも先に「でも」とクリスが割り込む。

 

「未来やあの赤髪やおっさんたちといたからかな。あたしもお人好しになっちまったみたいだ。やらなきゃいけねぇ事があっても、誰かが泣いていたら何とかしてやりたくなっちまったんだよ」

「貴女、何を言って」

 

 翼が言い切る前にクリスは一瞬だけ翼に笑みを見せた後すぐさま真剣な表情に戻り行動に移った。

 左手に持っていたアームドギアを即座に消し、スカート型の装甲の間に隠しておいた拳銃型の注射器を手に持つと真横にいたマリアの首元に突き刺し引き金を引いた。

 

「ッア!?」

 

 マリアの短い悲鳴が翼の耳に入ると同時にマリアは拳銃型の注射器を持つクリスに向かってアームドギアを横に薙ぎ払うようにして振るうが、それを予期していたクリスはすぐさまマリアから距離を取って翼の真横に並んだ。

 

「立てるか、()()

「雪音、マリアに何をやった?」

「それは……ッあぶねぇ!」

 

 クリスが喋ろうとする前にマリアが浮遊する鏡を用いて二人に光線を放つが先程までと違い狙いが甘く、殆どが全くの別の方向に向かって放たれる。

 

「が、あう、ぐうううああああ!」

 

 呻き声を上げながら狙いも定めずに避ける必要が無いくらい無茶苦茶に鏡の光線を乱射して周囲の岩を破壊していく。中には後方にいるウェルのすぐそばを通過するほどだ。

 

「ひいいいい!お、お前ぇ!いったい何をしたんだ!」

「Anti LiNKERだったか。LiNKERとは反対にシンフォギアの適合係数を下げる薬さ。アンタの方が知ってるだろ?」

「な、何故それをお前が!?」

「あのばぁさんに渡されたんだよ」

「あのばぁさん?……あのクソババァかああああ!!!」

 

 クリスの脳裏に思い出されるのはフロンティアのジェネレータールームで去り際にナスターシャに渡された瞬間だった。

 その時のナスターシャが何を思ったのかクリスには分からないが、ナスターシャ自身が感情を上手く隠せる人間でない限り、見ただけで相手が何をしようかある程度分かる観察眼はあると言っていた。となれば、マリアを助けられずに涙を流すセレナを見てクリスの考えが変わったのも察したのだろう。そしてマリアを助ける僅かなチャンスをものにする為に前から密かに手に入れたAnti LiNKERをクリスに託したのだ。

 

「だぁが!そんな事をしてタダで済むと思うんじゃぁないですよぉ!?」

 

 不気味に顔を歪ませてウェルは白衣の下に隠した何かのボタンを取り出してクリスの前にヒラヒラと見せつけるように突き出す。

 

「これがなんだが分からないわけないですよねぇ!?貴女の首に付けた爆弾を爆発させる為のスイッチ!!!こんな裏切り、許されるはずがありませんよねええええ!!??」

「ッ雪音!」

「もお遅いんですよおおお!!!」

 

 勝ち誇ったかのように狂った笑みを浮かべるウェルに翼は急いでクリスに駆け寄るが、それよりも早くウェルはニヤリと笑みを浮かべてボタンを押す。そしてクリスの首に付いた爆弾は容赦無く爆発──しなかった。

 

「……は?」

 

 最低でも人間の首を軽く吹き飛ばせる事が出来るはずの爆弾は全く微動だにせず、ウェルは急いでボタンを何度も繰り返し押すが何の反応もない。

 クリスは焦るウェルを放っておいて自身の首についた首輪型の爆弾に指を掛けると、無理に外そうとすると爆発する仕掛けもつけていたはずの爆弾をあっさりと引きちぎった。

 

「な、なんで爆発しない!?」

「あのばぁさんがそこまで読めねぇわけないだろ」

 

 実はナスターシャがクリスにAnti LiNKERを渡す際、もう一つクリスに渡したものがある。それがウェルの所有していた首輪型の爆弾の解除コードだ。

 ウェルは隠すのが苦手なのだろう。ナスターシャはクリスに何かしらの仕掛けを施す事をウェルの顔から読み取り、先んじてウェルの所有物から首輪型の爆弾を見つけ出してその解除コードを入手していたのだ。

 そしてナスターシャの読み通りクリスの首には手に入れていた解除コードで外せる首輪型の爆弾を付けらてしまうが、クリスはすぐさまナスターシャから貰った解除コードを使って爆弾を解除していたのだ。

 今まで取らずに付けていたのはマリアにAnti LiNKERを投与する為の隙を作る為の演技だったのだ。

 

「馬鹿な、お前にマリアを助ける意味なんて無いはず!?」

「言ったろ。お人好しになっちまったみたいだ、て」

「雪音、貴女は……」

 

 クリスの思いがけない行動に一瞬思考が停止していた翼だったが、クリスが戻ってきてくれたと言う事は理解して立ち上がり、そして呻き声を出して苦しそうにしているマリアに警戒してハンドガン型のアームドギアを向けていたクリスの後頭部を強めの力で殴った。

 

「ッてぇな!何しやがる!?」

「これは私からの罰だ。心配かけたのだからそれくらいは当たり前だろう?」

「っああもう!分かったよ!あたしが悪ぅございました!」

「ちなみに叔父様と奏からは別だから」

「なんでだよ!?」

 

 目の前に敵がいる状態で漫才を始める翼とクリスだが、さっきまでのギスギス感が霧散して完全に背中を任せる仲間に戻っていた。緊張をほぐす為の翼の演技が功を成したのだろう。

 

「こ、こんなところで捕まる訳にはいかない!マリア!僕を連れて逃げるんだ!」

「い、YES、Dr.……」

 

 予想外の出来事に旗色が悪くなったと察したウェルはすぐさまマリアを呼び戻してその場から撤退する選択をする。完全なマリアならクリスと翼相手でもどうにか出来たのだが、Anti LiNKERを投与された事によって神獣鏡のシンフォギアの適合係数が落ちた事に比例して戦闘力が落ちたマリアでは部が悪い。

 

「まてウェル博士!」

「逃がすわけが……ッ!」

 

 飛び退いてウェルの元に戻ろうとするマリアを追おうとする翼とクリスだったが、その前に二人の眼前に緑の光線が走ったかと思うとその場所から無数のノイズが姿を表した。ウェルがソロモンの杖を使ってノイズを召喚したのだ。

 

「貴女たちはノイズと遊んでいればいいんですよ!」

 

 それだけ言い残してウェルはフラフラのマリアに担がれた状態でその場から立ち去った。

 ノイズを無視すれば十分追いつく事はできたのだが、最悪残ったノイズが弦十郎たちの元に向かう可能性がある。それに、ノイズを無視すると言う選択肢は二人にはない。

 見渡す限りのノイズに囲まれた二人は背中合わせになってアームドギアを構える。何かきっかけがあればノイズは一斉に襲いかかってくるだろう。

 

「まだ戦えるな?」

「当たり前だ!先輩の時は本気を出してなかったからな!」

「ふ、減らず口を……そうだ、雪音」

 

 油断出来ない状態だというのに、ある事を思い出した翼は笑みを浮かべて後ろで真剣な表情で目の前のノイズを睨むクリスに声をかけた。

 

「貴女さっき「小日向に嫌われても」、と言ったな?」

「……ああ」

 

 翼の言葉にクリスは自分で言った言葉に深く傷つく。言葉ではああ言っても未来の事を大切に想うクリスが自分が未来に嫌われたらと考えると思わず瞳が潤んでしまうが、背中でクリスの心情を察した翼がますます笑みを浮かべているのを本人は知らない。

 

「その心配はない」

「……え?」

「雪音が本当に裏切ったと私たちが思っていた中、小日向だけは貴女を最後まで信じていたぞ」

「未来が……」

 

 何か理由があってニ課を抜けたと思ってもその理由を知らないはずの未来だけはクリスが本当に裏切ったとは思っていないと近くにいた翼は見えた。二人には自分と奏との間にあるような確かな絆があるのだと翼ははっきりと目で見えた気がしていた。

 

「愛されているのだな」

「はあ!?あ、愛とかそんなんじゃ!」

 

 顔を真っ赤にするクリスだが、嬉しさの方が優ってニヤケが止まらず少しだらしない顔になっている。今この場でカメラが無い事を翼は割と本気で後悔していたが、今はそんな場合じゃない。

 二人の話が終わるのをお行儀よく待っていたノイズが会話が終わるのを合図に一斉に敵意を持って二人向かって動き出す。

 

「お客だ。背中は任せるぞ、雪音!」

「あんたこそ、しくじんじゃねぇぞ!」

 

 悪態をクリスだがその顔は笑みを作っており、命令されるのもそんなに嫌がってはいない。

 大量のノイズに囲まれるという一般人であれば絶望的な状況だが翼とクリスは抜群のコンビネーションで路傍の石の如く薙ぎ払っていくのだった。




んー未来さん主人公のはずなのにクリスちゃんもなかなかやりますなぁ!マムもちょっと優秀にしすぎた……

クリスちゃんの言う『赤髪』は奏さんの事です。翼さんの事も『青髪』って感じの呼び方ですね。他に良い呼び方無かったのかクリスちゃry「う、うるせぇ!」ダインスレイフ!?(右ストレート)」



次回! ぶつかり合う姉妹

原作で言えばビッキーVS未来さん、かな?まだ一悶着ありますが。


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十七話

ガメラ……実はまともに観た事一回もないんだよなー。でも面白そうだなー。Amazon prime……有料かー。どうしよう……

さてさてぇ!始まるセレナさんVSマリアさん!
そんな簡単に正気に戻っちゃあ面白くなry(セレナアガートラーム)
というわけでセレナさんにはボコボコになってもらry(マリアアガートラーム)
未来さん?今回特に出番は無ry(アメノハバキリー)



ビッキー「私の出番は?」
作者「毎回言っててワンパターンだけど無いって何回言ったら分かって……こ、これは!破壊神ヒビキの力を宿したままシンフォギアを纏っているだとぉ!?どこの超サ○ヤ人4だry」(十倍カミゴロシーにより無事死亡)


それでは、どうぞ!


 ──フロンティア内部 ブリッジ

 

 

 ウェルとマリアが立ち去り、悲しいほど静かになったフロンティア内部のブリッジの中央にある機械の前にセレナは一人立っていた。

 

「お願い……動いて……お願い……!」

 

 必死に目の前にある機械やブリッジにある動かせそうな物の前に立ち、フロンティアを動かそうとするがなんの反応もしない。

 既にフロンティアはジェネレーターと融合したネフィリムのコアとリンクしたウェルに掌握され、ウェルからフロンティアの制御を奪うか、ジェネレーターと融合しているネフィリムのコアを剥がすしかない。

 だがウェルの隣には自分よりも強く、そして愛する姉であるマリアが常時付き添っており、ネフィリムのコアはフロンティアと融合しているため下手に手を出せばそのままフロンティアは使い物にならなくなる。

 現在、セレナはブリッジからフロンティアを操作できないか探っているが、残念ながらセレナだけではどうすることも出来ない。

 

「私は……私はこんな事をしたかったんじゃない……姉さんが救ってくれたこの命で世界を守りたかったのに……なんで、なんでこんな事に……」

 

 視界が溢れ出す涙で歪む。

 

 六年前、覚醒したネフィリムを鎮めるためにマリアは命を賭けてセレナたち当時のF.I.Sの職員や幼い切歌や調たちレセプターチルドレンの命を救った。

 その命を使って、セレナはいつか姉の代わりに世界を見て周りたいと、例えルナアタック事件で起きた月の急接近が無くとも思っていた。

 今回のテロ紛いの行いもフロンティアで月の落下による被害を最小限に留められると信じての行動だった。例え、自分に信じてついてきてくれた切歌と調を裏切り、自分の心を痛める事になっても、世界を救えるのならと信じて。

 しかし、結果はどうだろうか?

 

「私には……世界も、姉さんも……誰も救えないの?」

 

 涙が頬を伝い冷たい床に落ちて弾ける。そしてセレナは力無く目の前の機械に体重を預けるようにもたれ掛かりズルズルと床までへたり込んでしまった。

 

『セレナ、そこにいますか?』

「……マム?」

 

 誰も涙を拭う者がいないブリッジで涙を流していたセレナの耳にナスターシャの声が入ってくる。周囲を見回してもナスターシャの姿が無いため少し混乱したがナスターシャはそのまま言葉を続ける。

 

『フロンティアの情報を解析して、月の落下を止められるかもしれない手立てを見つけました。最後に残された希望、それには貴女の歌が必要です』

 

 ナスターシャが話す内容を聞いてセレナは希望が見えるのと同時に不安を覚え、ポケットの中にある傷ついた赤いクリスタルのペンダントを強く握った。

 

 ────────────────────

 

 ──ニ課仮設本部 格納庫

 

 

 未来、切歌、調の三人が出撃してから数分後、仮設本部の格納庫のトラックの前にいた弦十郎の前に奏が立っていた。

 

「どうしてもついて来ると言うのか、奏」

「当たり前さ。翼たちが頑張ってるってのにあたしだけ見てるだけなんて出来ないってーの」

「しかし……」

 

 渋る弦十郎だが、何を言っても奏は引く気を見せなかった。

 弦十郎は未来たちがノイズと戦っている間に自分たちも加勢としてフロンティアに侵入するつもりだった。

 勿論、ノイズと戦闘になれば弦十郎の勝ち目は全く無いのだが、自分一人であるなら壁を壊すなり天井を破壊するなり地面を砕くなりする事で逃走出来る自信があるためにやろうとしたのだ。だがそこに守る対象が出来てしまえば逃走する事も難しくなってしまう。

 

「奏さんは僕が守りますのでお気になさらないでください」

「慎次?」

 

 奏をどうやって納得させようか悩んでいた弦十郎の前にいつの間いたのか、気配もなく慎次が歩いてやって来る。

 

「今のままでは僕たちが行った後に走ってでも追いかけてきますよ?それなら、僕か司令が近くにいた方が安全だと思います」

「緒川さん……」

 

 弦十郎に多少鍛えられ、慎次から身を守る程度の忍術を習った奏でもシンフォギア無しにノイズが現れる可能性が高い場所に行く事のはニ課の職員全員が止めるだろう。奏自身、そうなると予想していたが意外にも慎次が味方をした事に関して強く感動した。

 過去の奏が自分の身体の限界すら無視して戦い続けていた事を考えれば、慎次自身が言ったように弦十郎と慎次が出た後走ってでも追いかける可能性が高いため事前に守れる所にいた方が良いという合理的判断だった。

 実際、奏も置いていかれたら走って追いかける覚悟だったため慎次考えは当たっていたのだが。

 

「……よぉし!なら到着後、奏は慎次と共に行動しろ。何かあれば慎次に従うんだぞ?」

「司令はどうするのでしょうか」

「俺は一人で内部を探る」

「一人でって……ダンナ一人で大丈夫かよ?」

「なぁに、一人ならノイズに会っても壁を破壊して逃げるさ」

「あー……だろうな」

 

 自信満々に胸を張る弦十郎に奏は苦笑いしながら納得する。普通なら壁を破壊するなぞ簡単な事では無いのだが、弦十郎がそれが可能である事を奏は嫌になる程その身で体験しているため不安はない。

 

 奏がついていく事に決まり、急いで三人はトラックに乗ってフロンティアに向かおうとエンジンをかけたその時だった。慎次が自身の端末になんらかの情報が入って来たのに気づいた。

 

「──司令、これを」

「……これは」

 

 慎次の端末に映し出された映像には弦十郎たちが観た事の無い、古い遺跡のような背景と見知らぬ機械のような物を背にしたセレナがフロンティアの機能を使って全世界に向けて映像を流していた。

 

 ────────────────────

 

「……私は、セレナ・カデンツァヴナ・イヴと申します。ルナアタックによって生じた月の落下の被害を最小限に抑えるためにフィーネの名前を騙った者です──」

 

 全世界に向けて語りかけながらセレナは先程聞いたナスターシャの言葉を思い出す。

 

 

 

『月は、地球人類より相互理解を剥奪するためカストディアンが設置した監視装置。ルナアタックで一部不全となった月機能を再起動出来れば公転軌道上に修正可能です……ウッ、ゴホ!』

『マム!?』

『……貴方の歌で、世界を救うのです』

 

 

 

 いつもと違う咳き込みのナスターシャの声に慌てるセレナ。それでもナスターシャのは気丈に、力強くセレナに言い聞かせていた。

 ナスターシャが命を賭けて見つけ出した世界を救う活路。それを手に入れるためにセレナは自分の中にある不安を押し殺す。

 

「全てを偽ってきた私の言葉がどれだけ届くか自信はありません。ですが歌が力になるというこの事実だけは信じてください!」

 

 

 ──Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)──

 

 

 世界が見ている前で聖詠を唱え、奏の纏っていたものとは異なる黒いガングニールのシンフォギアを纏うセレナ。だが、これはあくまで前段階でありこれで終わりではない。

 

「私だけの歌では、月の落下を防ぎきれません!だから貸してください!皆の歌を、届けてください!」

 

 喉が痛くなるほど気持ちを込めて歌う。かつてルナ•アタックによる落下する月の破片を未来たちが歌を力にして破壊したように、歌には世界を救う力があると信じて。

 

 だが……足りない。

 

 どれだけ力強く、どれだけ想いを込め、どれだけ自分の身を犠牲にしてもセレナ一人の歌では遥か上空にある月の遺跡の再起動に必要なフォニックゲインまでには全く及ばない。

 

 歌を歌い終えたセレナは肩で息をし、玉の汗を流すが無情にも月は無反応だった。

 

『反応無し……セレナ、もう一度月遺跡の再起動を……』

「……」

『セレナ?』

 

 反応のないセレナを心配したナスターシャが声をかけるが、今のセレナにはその声に反応する気力が無かった。

 

(……歌には、きっと力がある。小日向さんたちが月の破片を破壊したような力が、姉さんが一人でネフィリムを打ち倒したような力が)

 

 歌によって力を増幅させるシンフォギアであれど、月の破片を破壊出来るほどの出力を無理に出そうとすれば装者の命は無い。だが未来たちはシンフォギアを歌だけでなく、想いものせる事で限界を超えた。

 姉であるマリアも覚醒したネフィリムと戦うという、本来なら絶体絶命どころか確実に己が死ぬであろう時でもセレナを助けるために絶唱を歌い、見事ネフィリムを未覚醒の状態まで戻した。

 人では超えられない壁を超えたのはシンフォギアを進化と言っても良いほど昇華させた強い想いもがこもった歌にある。それをセレナは深く理解していた。

 

(でも……私は、姉さんたちのように歌えない)

 

 自分がそれほどの歌を歌えているのであればフロンティアをウェルに掌握されていないだろう。

 月自体が地球に向けて落下しているような状態にならなかっただろう。

 自分のせいで命を落とす者はいなかっただろう。

 姉を……救えていただろう。

 

 自分には世界を救う事が出来ない。そう思ってしまっている今のセレナは歌を歌う事が出来なくなっていた。

 

「──バカチンがぁ!」

「っう!?」

 

 力無く項垂れていたセレナの頬をふらつくマリアに抱えられてブリッジに現れたウェルがネフィリムの腕をつかって強く殴りつけ、セレナは倒れ伏してしまう。

 

「月が落ちてこなければ、好き勝手出来ないだろうが!」

『セレナ!』

「ああ? やっぱりオバハンか……」

 

 倒れるセレナを見下ろしながらウェルは部屋の中央にある機械にネフィリムの腕で触れる。するとセレナでは全く反応がなかった機械はあっさりと起動した。

 

『待ちなさいDr.ウェル!フロンティアの機能を使い、収束したフォニックゲインを月へと放ちバラルの呪詛を司る遺跡を再起動できれば月を元の軌道に戻せるのです!』

 

 最後までナスターシャは世界を救うために動いていた。

 自分たちがテロリストのような真似事をしていても、その根幹には世界を救うという強い使命感があり、ウェルにも少しはその心があると信じていた。

 だが。

 

「月が戻っちゃったら僕が英雄になれないでしょうがああ! そんなに遺跡を動かしたいなら、アンタが月に行ってくればいいだろ!」

 

 ナスターシャの説得を無視してウェルは触れていた機械に命令を出す。するとナスターシャのいるフロンティアの区画の一つが多く振動すると区画の下部になんらかの噴射装置があったのだろう。大きな炎をあげて月に向かって飛んで行ってしまった。

 

「有史以来数多の英雄が人類支配をなし得なかったのは、人の数がその手に余るからだ! だったら支配可能な数にまで減らせば良い! 僕だからこそ気づいた必勝法! 英雄に憧れる僕が、英雄を超える! うへははははは!」

「そんな、マム!!!」

 

 ブリッジから見える景色からは発射された区画は既にかなりの高度まで到達しており、今から行っても絶対に間に合う事はない。そして発射された区画はここに戻ってくる事もないだろう。それが意味する事を理解出来ないセレナではない。

 

「さぁて。余計な事をしてくれたようですが全部無駄になってしまいましたねぇ?次はどんな悪足掻きを見せてくれるんでしょうかぁ?」

 

 勝ち誇ったかのような不気味な笑みをセレナに向ける。

 まだ未来たちニ課の装者たちがいるがフロンティアの機能を使えば十分対抗可能。まだ掌握していない部分を使えば確実に殲滅出来る。そう思っているウェルは自分の勝利を信じていた。

 対するセレナは遥か上空の宙に向かうフロンティアの区画を見つめ、涙を流していた。

 

「……お願い、します……マリア姉さんを返して……これ以上、私の大切なものを取らないでください……」

 

 少しずつ自分の大切なものが失われていく。その事にセレナは耐えきれず、ウェルに懇願するように涙を流した。

 

 セレナにはもう限界が来ていた。

 大切な姉がいなくなり、自分を信じていた切歌と調を裏切り、世界を救うために動いたら世界の危機を招き、死んだと思っていた姉が生きていたがかつての優しい姉ではなくなっており、そしていつも頼りにしていたナスターシャがウェルの手によって打ち上げられてしまった。

 自分の行いの何もかもが裏目に出てしまい、自分だけが傷つくのならともかく大切な人たちまで傷つけてしまった。それは、根が優しいセレナでは耐える事が出来ない事だった。

 

「はぁ〜〜〜〜〜。まったく、貴女はずぅぅぅっと姉さん、姉さん、姉さんと馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して、本当にバァカですねぇ。諦めたらどうです?そんな事よりも、今は人類を救うために動きましょうよ。ま、救う人間は僕が決めますが」

 

 マリアと会わせてからというもの、セレナはウェルに会うたびに隣にいるマリアに話しかけていた。話しかけ続ければ正気に戻ってくれると信じて何度も呼んでいた。だが、今になってもマリアは正気に戻っていない。

 結局セレナの無駄な努力だったと思っているウェルは呆れながらもさっさと次の行動に移すよう促すが、セレナは座り込んだままの状態で動かない。

 

 苛々が溜まって来たウェルはネフィリムの腕でもう一度セレナを殴りつけようとしたが、その前にある事を思いつき不気味な笑みを浮かべた。

 

「──そうですねぇ。フロンティアを手に入れた今?僕が離れない限りフロンティアは自由に動かせますし?もう近くで僕を護衛する存在も逆に目障りかもしれませんねぇ?」

「っそれじゃ!」

 

 ウェルの言葉にセレナは姉が帰ってくると希望が見えた気がして思わず笑みを浮かべて顔を上げる。だが、セレナの目映ったのはウェルの人の良さそうな、そして嘘くさい笑みを浮かべている姿だった。

 

「ええ。マリアを解放してあげましょう。ですので──頑張ってくださいね」

 

 顔を大きく歪めて笑い、いつの間にか持っていた何かのボタンを押した。

 

 

「っ!?うぐ、あ、あああああああぁぁぁぁぁ!!??

 

 

 突然マリアが両手で自分の頭を掴んで苦しみ悶え、耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げた。

 

「ね、姉さん!?」

 

 雄叫びと共にシンフォギアを纏ったセレナすら耐えられないような衝撃波がマリアを中心に放たれる。そして中心にいたマリアはセレナから顔が見えないように深く頭を下げて脱力したような姿で立っていた。

 バチバチと紫色のスパークが全身に走るマリアの姿は、明らかに普通ではない。

 呆然と何が起きたかわからず、マリアをじっと見つめていたセレナだったが直後身の毛のよだつような悪寒が走ると同時にマリアが少しずつ顔を上げていく。

 

「ふひひひ、ダイレクトフィードバックシステム。確かにあれは完成していましたよ。ですがシステムの性能を十全に、完璧に!活用する事は理論上()()()。なんせ人間の脳の領域には限りがありますからねぇ?無理に使おうとすれば使用者の脳領域を超過してパァン!と爆発するケースもありましたねぇ。故に使用者を守る為に嫌々ながら制限(リミッター)を付けていたんですよ。ですが、今それを外しました」

 

 ウェルはネフィリムの腕で口元を隠すが変形した手の隙間から隠せない程不気味笑みを見せていた。

 

「まぁ?制限(リミッター)状態で長く過ごしていたので多少はシステムの耐性が上がっているかもしれませんねぇ。それがどれくらい保つのか僕には分かりませんが知ったこっちゃないですがねぇ!」

 

 セレナの視界に映るのは、マリアの身に纏う神獣鏡のシンフォギアの獣の顎のようなヘッドギアの隙間から見える顔には血管が浮き上がったように痛々しく肌が隆起し、目も血走っていた。

 

「さぁ、早くしないとお姉さん…………死んでしまいますよ?」

「が、っう、ぐああ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!

「っ!?」

 

 ウェルの言葉を合図にマリアが気の狂った獣のような雄叫びをあげて右手に持ったアームドギアを振り上げ、座り込んだままのセレナに向かって最大速度で突撃する。

 セレナはギリギリで黒い大槍を横にして振り下ろされた神獣鏡のアームドギアを防ぐが、突撃の勢いを殺す事が出来ずにブリッジの壁を勢いよく破壊して二人は外に放り出され、廃れた岩場に二人は着地した。

 

「姉さん!正気に戻って!」

「ハアアアアァァァァ!!!」

 

 セレナはまだマリアが戻ってくると信じて声をあげるが、その声をマリアの雄叫びが無情にも隠してしまう。

 再びセレナに向かってマリアは走りだし、身体の捻りを加えてアームドギアを振り下ろす。それをまた黒い大槍で防ぐが、先ほどよりも威力が倍増しており、足元の地面を大きく陥没させるだけでなくセレナを守る黒い大槍にも大きなヒビが走った。

 

「し、しま、っかは!?」

 

 黒い大槍にヒビが入り思わず驚いた事により生じた隙をマリアは鍔迫り合った状態からセレナの腹部に向かって膝蹴りを食らわせる。

 腹部に生じた痛みによってセレナは前のめりによろけたが、セレナが体勢を整えるよりも先にマリアは身体を一回転させて勢いをつけ、セレナにハイキックを放つ。

 まともにマリアのハイキックを食らったセレナは地面に何度か身体を打ち付けながら大きく吹き飛ばされる。だがマリアの攻撃はそれだけでは終わらない。

 吹き飛ばされたセレナを追うように数枚の鏡を召喚し、痛みに耐えて立ち上がろうとしたセレナに向かって無数の光線を放つ。

 

「ううっ!?」

 

 痛む身体に鞭打ってその場から駆け出し、その直後先程までセレナがいた場所が穴だらけになってしまった。まともに受ければいくらシンフォギアでもタダでは済まない。

 

「姉さん!お願い!マリア姉さん!!!」

「アアアアァァァァ!!!」

 

 セレナは諦めずに何度もマリアの猛攻と鏡による援護射撃を防ぎ、回避し、時折死角から鞭のように襲い来る黒いケーブルに耐えながらアームドギア同士の鍔迫り合いを繰り返す。だが残り時間を示すかのようにマリアの顔に広がる血管のように浮き出た肌が広がっていき、その都度マリアは理性を失ったいく。

 

「もうやめてください!このままじゃ……!」

「オオオオオォォォォォ!!!」

「くうっ!?」

 

 殺気を込めたマリアの一撃がセレナを襲う。さすがのセレナも危機を感じて黒い大槍で受け止めながら後ろに飛ぶ事で衝撃を逃しながらマリアと距離を取るが、その判断は些か甘かった。

 

「なっ!?」

 

 着地後セレナの目に映ったのは、マリアが大きく手を広げて脚部の装甲から鏡のようなパネルがいくつも連なって円形を作り、背中から伸びていた黒い二つのケーブルを接続している姿だった。

 実際の火力を見たわけでは無いが、フロンティアを覚醒させるほどのエネルギーとシンフォギアに対して圧倒的有利な神獣鏡の一撃となれば、まともに受ければ命はない。

 だが今の自分の体勢と既に放つ準備が出来ているマリアを考えれば回避する事は不可能だった。

 

「オオオオアアアアァァァァ!!!」

「ッ間に合って!」

 

 

流星

HORIZON†SPEAR

 

 

 マリアが円形に展開したパネルの中心に集まったエネルギーが人一人飲み込むほどの高出力のレーザーとなりセレナに向かって放たれ、セレナは黒い大槍をマリアに向けると先端が展開され、その先から大出力のエネルギー波が放たれる。

 どちらのエネルギー波も地面を抉りながら突き進み、そして二人の間の丁度中央でぶつかった。

 

 紫色のレーザーと黄色のエネルギー波がぶつかり合う事で生まれた衝撃が周囲の岩を破壊し、二人の周囲の地形を変えていく。

 何も知らない者が見れば二人の力は拮抗しているだろう。それ程までに現実離れした強力なエネルギー波が放たれている。

 しかし、現実は違った。

 

「だめ、押し切られる!」

 

 徐々に、だがハッキリと目に見える速さでセレナが押し負け始める。

 元の戦闘能力もさることながら、セレナはLiNKERを投与しなくてはシンフォギアを纏えない。となれば投与しても時間が経てばLiNKERの効果は薄れていき、比例してシンフォギアの出力も低くなっていく。

 対してマリアは神獣鏡をウェルの作ったシステムによって無理矢理とはいえLiNKERを投与しなくとも戦い続ける事が出来る。セレナとは違いLiNKERの時間制限を気にする必要はない。

 そしてLiNKERは使用者の精神状態によって効果時間が変わっていく。かつての眠りについていた翼の代わりに一人で戦い続けていた奏がLiNKERを投与しても五分も戦えなかったのが良い例だろう。

 愛する姉がウェルの作ったシステムにより死ぬかもしれない、だが自分では助ける事が出来ない。そう思っているセレナの精神状態はまともとは言えないだろう。

 

「オオオオォォォォ!!!」

「くっ、きゃああああ!?」

 

 マリアの放つレーザーがセレナのエネルギー波を押し除けていき、そしてとうとう突破してしまう。

 辛うじて押し負けると先に予想できたセレナはギリギリでマリアの放ったレーザーを回避するが完璧には回避する事が出来ず、余波によってシンフォギアの装甲が大きく砕けた。 

 

「ねえ……さん……」

 

 神獣鏡の一撃を受けて耐えられなかったセレナは膝をつく。そして纏っていたガングニールも限界が来たのだろう。ボロボロだったシンフォギアが音を立てて消えた。

 

 身体のダメージはさほど大きくはない。多少打ち身はしてもギアの防御能力のおかげで動けないほどの痛手を負ってはいない。ギアが砕けてもいつものセレナであれば我慢できる程度の負傷だった。

 だが、セレナは動けなかった。

 

「お願い……もうやめてください!あの頃の、優しかった頃の姉さんに戻って!」

 

 何度目かの涙を流しながらのセレナの叫び。

 アーティストとして、そしてシンフォギア装者として大切な歌を歌うための喉が痛くなるほど何度も何度もマリアの名前を呼ぶセレナ。だが。

 

「ウォォォオオオオ!!!」

 

 そんなセレナの言葉を無視してマリアは自分の道を邪魔する瓦礫を砕きながらセレナに向かって一直線に突撃する。その瞳には殺意しか込められておらず、セレナを倒すべき敵としか認識していないのは明らかだった。

 

「姉、さん……」

 

 大切な姉を助ける事も出来ず、ただ世界に災厄をもたらしてしまった何も出来ない自分に絶望したセレナは立ち上がる事すら出来ず、一瞬後には襲ってくるであろうマリアの一撃を躱す気力も出なかった。

 

「ハアアアァァァ!!!」

 

 マリアがシンフォギアを纏っていない生身の身体のセレナに向かってアームドギアを大きく振りかぶり、そして残像すら残す程の速さと勢いをつけて振り下ろそうとした。

 その時だった。対峙する二人の真横の影から歌が響いた。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

「ッ!?」

 

 歌を、聖詠を聞いたマリアが聞こえた方に顔を向けた瞬間、すぐ近くにあった岩が砕けて砂塵が舞い視界を隠す。

 咄嗟に顔を隠したマリアの隙を狙うように紫の強力な一閃がマリアの横腹を襲った。

 

「ガッ!?」

 

 短く呻いた後マリアは突然の横からの一撃に耐えきれず、遠くの岩場まで吹き飛ばされてセレナから大きく離れ、近くにあった大岩を砕きながらぶつかった。

 セレナの目の前の砂塵が徐々に晴れていき、今し方マリアを吹き飛ばした存在を見てセレナは目を見開いた。

 

「あ、貴女はッ!」

 

 そこに立っていたのはネフィリム以上の恐怖を感じる程の殺意を秘め、自分の敵であるため助ける筋合いは無いはずの一人の少女が、紫と黒の機械的な鎧を身に纏い、右手に黒紫の刀を持っている姿だった。

 

「──間に合ったみたいですね」

 

 驚愕で目をパチクリするセレナに向かって未来は笑みを見せた。




G編も佳境。そして次回が作者的にG編で描きたかった場面、というか未来さんとセレナさんのやり取りです。うちの未来さんはビッキーのようには優しくないのよ……
ちなみにセレナさんが必死に歌を歌っている時には弦十郎さんたちは既にフロンティアに到着しております。
マリアさんの現在の戦闘力?そうですね……暴走未来さんより若干弱いくらいですかね?

さぁ!マリアさんを正気に戻すのは未来さんか!それとも……
打ち上げられたマムの運命は!
神獣鏡はどうなるのか!
奏さんが一緒に突入する事によって何が変わったのか!
セレナさんはどんな決断をするのか!
ウェルの好感度の行方は!
セレナさん、ちょっとボコボコにしすぎてごめんね!全部変態眼鏡の仕業だかry(眼鏡共々アガートラーム)


作者「てかセレナさん。貴女泣き過ぎでは?」
セレナ「誰が泣かせているのでしょうね?(満面の笑み)」
作者「私ですね、はい。謝罪するので後ろで今にも絶唱しそうな貴女の姉を止めてくれませんかねぇ!?」
セレナ「無理です(百点満点の笑み)」
作者「何故!?」
セレナ「私も歌いますので(後光が照らすほどの笑み)」
作者「なーるほどね!納得しましたわ!」※絶唱により消し飛びました。


次回! 貴女と私の違い

「姉さんはもう……手を、握ってくれない……声も、届かない……歌を、聴いてくれない……」


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十八話

XDUで☆3未来さんの知と力を☆6まで育てたのは何処のどいつだ〜い?…………私だよ!自分の作品の影響でクリスちゃん派から未来さん派に傾きつつあるよ☆

今回はネフィリム戦前の山場です。オリジナル展開ですが実際は原作ビッキーVS393シーンのようなものですから軽ーい、ギャグ展開を見る気持ちで見ていてあげてください(ニッコリ)。


それでは、どうぞ!


 ──数分前

 

 未来、切歌、調の三人が二課仮設本部を出てから少し時間が経っており、ひたすらフロンティアの建造物向かっていた。

 

「それで、月読さんはセレナさんがどこにいるのか分かってるの?」

 

 未来の疑問はもっともな事だった。

 セレナたちを助ける、と豪語したが弦十郎や了子でも存在すら知らなかったフロンティアの事を未来が知るはずがない。セレナがいる場所なぞ皆目見当がつかない。

 

「ううん。私たちも本物のフロンティアを見るのは初めて」

「情報なんて全くないデス!」

「ええ……」

 

 予想はしていたが少しは期待していたため未来は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

(さっきのもあるし、油断は出来ない……はずなんだけどなぁ)

 

 未来たちが移動している丁度先程、フロンティアの一画が何故か宙に向かって飛んで行っていた。それが何を意味するものなのか未来たち三人は何もわからなかったが、現在フロンティアを掌握しているウェルが何かしたのは間違いない。

 時間にはあまり余裕が無いが、虱潰しにフロンティア内を探索するしか無いと考えた未来だったがその前に切歌が得意げに胸を張った。

 

「でも、あの眼鏡がいる場所なら分かるデスよ!」

「そうなの、切ちゃん?」

「デスデス!それは……あそこデェス!」

 

 調に掴まった状態で少し周りを見回した後フロンティア内の一番高い塔のような場所を指さした。

 

「悪い奴といえば高い所にいるのがお約束デス!」

「暁さん、さすがにそんな適当は……」

 

 予想の斜め上を行った切歌の発言に未来は呆れてしまっていたが、その直後切歌が指さした場所の頂上の一画の壁が砕け、砂煙の中からガングニールのシンフォギアを纏ったセレナを押し出すように神獣鏡のシンフォギアを纏ったマリアが現れた。

 

「「「えっ」」」

 

 思わず三人の声が重なる。切歌もまさか自分の言った場所が正解だったと思ってすらいなかったのか唖然としていた。

 急な事に三人は空いた口が閉じなかったがセレナとマリアの姿が岩陰に隠れて見えなくなると徐々に冷静になっていく。

 

「調!」

「分かってるよ切ちゃん。すぐに」

「ッ!月読さん、上!」

「なッ!?」

 

 すぐさまセレナとマリアの姿が見えなくなった場所に急行しようとした調だったが、未来の声を聞いて上を向く。すると調の視界に入ったのは無数の飛行型ノイズが身体を螺旋状に変形させて自分たちに向かって急降下してくる光景だった。

 調は見事なドリフトで雨のように降ってくるノイズを紙一重で回避していく。イガリマのシンフォギアを纏っている切歌も回避出来ないノイズをアームドギアで切り払うが、ノイズは上空からだけでは無かった。

 移動中だった三人の両サイドからどこに隠れていたと思えるほどのノイズが走り寄ってくる。このままいけば目的の場所に着く頃には背後は目を背けたくなるほどの数になってしまうだろう。

 

「……調」

「うん。分かってるよ」

 

 切歌と何か通じ合った調は移動するのを辞める。切歌が調から手を離して地面に降りるのに合わせて未来も降り、調も移動用に展開していた巨大鋸型のアームドギアを一度収納して同じく地面に降り立つ。その間にもノイズはどんどん近づいてきていた。

 

「私たちがノイズを抑えてるから、貴女はセレナを助けに行って」

「なっ、二人であの数は」

「大丈夫デス!私と調が力を合わせればノイズなんてイチコロデェス!」

「それに貴女は何かシンフォギアを使えない理由があるんでしょ?ならここで私たちでやる」

 

 大鎌型のアームドギアを展開して肩に担ぎながら自信満々に胸を張る切歌に調は油断なく襲ってくるノイズの群れから目を離さないが振り返らずに安心させるように右手でVサインを未来に送った。

 

「……無理はしちゃダメだよ?」

 

 二人の手助けをしたい未来だったが、今は一刻も争う事態なため提案に乗ることを決めて二人に背を向けて先程セレナとマリアが落下したと思われる地点に向かって走り去っていく。

 未来が離れていくのを確認した切歌はゆっくりとアームドギアを持ち上げてノイズの群れに向けた。

 

「行くデスよ調!」

「後ろは任せて、切ちゃん!」

 

 切歌は大鎌を振りかぶり、調はツインテール部のアームドギアから大鋸を展開してノイズの群れに突撃するのであった。

 

 ────────────────────

 

 切歌と調から離れた未来はひたすらセレナとマリアが落下したと思われる場所に向かって走っていた。

 気をつけねば落下してしまいそうな高さの岩場を登ったり迂回したりと少し時間をかけながらも着実に目的の場所には近づいている。だが。

 

「ッまた」

 

 再び爆音が未来の耳に入ってくる。

 近づくにつれて金属と金属がぶつかり合う音と何が爆発するような爆音、そして時折空に向かって数本のレーザーが放たれていた。その場所にセレナはいるのだろうと未来は直感的に感じており、急ぐ。

 一つの岩場の上でチラリと後ろを見る。さすがに切歌と調の姿は見えないが開けた場所でノイズの群れが集まっているのは見える。そこの何処かにいる二人は未来のいる方へ行かせないように今でも戦っていた。だが、数的にも二人で抑えるのには限度があるだろう。

 

「早くセレナさんを見つけなきゃ……!あれは!」

 

 前方を見回した瞬間だった。少し離れてはいたが、離れた場所からでも分かるほどの巨大な紫色のレーザーと黄色のエネルギー波がぶつかっている光景が未来の視界に入った。

 二つのエネルギー波は最初こそ拮抗していたが、黄色のエネルギー波が少しずつではあるものの紫色のレーザーに押し負けているのを見て未来は焦りを隠せなかった。

 

(神獣鏡の技が直撃したらセレナさんが危ない!)

 

 急いで急斜面になっている岩場を降っていく。少々危険だが、天羽々斬の融合症例になった際に手に入れた身体能力を使って危なげなく下まで降りることが出来たが、走った先には今度は大岩が未来の行き先を塞いでいる。

 既に二つのエネルギー波のぶつかり合いによって生まれた衝撃や破砕音が聞こえなくなっている。それはどんな結果になろうと勝負はついていることに他ならない。

 先程確認した場所的には目の前の大岩の向こうにセレナがいるはずだが、迂回している時間は無いかもしれない。

 

「……私に力を貸して。天羽々斬」

 

 弦十郎に厳重に注意されていたが今は非常事態。なので未来は躊躇なく自身の胸に手を当てて頭の中に浮かぶ聖詠を口ずさむ。

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron──

 

 

 走る未来の身体が紫色の光に包まれる。そして未来は()と紫色の機械的な装甲を身に纏う。

 未来は目の前にまで迫っていた大岩に向けて天羽々斬のアームドギアである黒紫の刀を大きく振りかぶり、そして力一杯振り抜いた。

 

「やぁ!」

 

 翼の天羽々斬よりも「斬る」ではなく「破壊」する事に特化した未来の一撃は大岩を糸も容易く粉砕し大量の砂塵が舞う。その中で未来は一瞬とはいえマリアがシンフォギアを纏っていないセレナに向かってますアームドギアを振り下ろそうとしている光景を見逃さなかった。

 

(間に合って!)

「──ガッ!?」

 

 砂塵で視界が悪くなる中、未来は真っ直ぐマリアがいた場所に向かって走り、そして視界が悪くなる事で油断していたマリアの横っ腹に向けて刀の峰を強く打ちつけた。

 多少セーブしていたとはいえセレナの危機を救うために急いだためそこまで勢いを殺すことはできなかったが、それでもマリアをセレナから離すことには成功した。

 未来の一撃を受けてマリアは遠くの岩場まで吹き飛ばされる事によって多少の余裕は出来たが、未来の顔は冴えなかった。

 

(やっぱり、身体が重い)

 

 刀を握っていない左手を何度か開く。いつも感じる身体の痛みは無いが、その代わりに身体全体が重くなっているような感覚に眉を寄せる。

 今の未来はシンフォギアの出力をあえて下げる事によって自身の身体に掛かる天羽々斬の浸食を抑えている状態であり、正確な数値は分からずとも浸食がとてもゆっくりなものだと未来は感じ取れるほどだ。これなら長時間戦えるため、ノイズ相手なら未来は十分戦力になるだろう。

 だが浸食を抑えた代償にシンフォギアの出力を活動出来る限界まで下げたため通常の形態と比べて戦闘能力は半分もあれば良いといったところか。

 

「あ、貴女はッ!」

 

 背後からセレナの驚いた声が聞こえて未来は振り返る。かなり無理をしたのだろう。既にシンフォギアは解けており、服の合間から見える肌には目に見える怪我が見えていた。それほどの激戦をしていたのは今来たばかりの未来でもわかる。

 

「間に合ったみたいですね」

 

 座り込むセレナに笑みを見せて未来は今だ砂塵の舞う岩場の方に目をやる。まだマリアの姿は見えないが、見えなくとも殺気のような濃厚な気配は衰えていない。

 

「何故貴女が私を……?」

「暁さんと月読さんから頼まれたんですよ。助けてくださいって」

「切歌ちゃんと調ちゃんが……無事だったんだ」

 

 安心したのかセレナの肩から少し力が抜ける。海上での戦闘の後二人の行方を知る事なくフロンティアに来たため、心配する事しかできなかったのだから仕方がないだろう。

 

「……今の私ではあの人を止める事は出来ません。ですが時間は稼ぎますのでセレナさんは少しでも体力を回復してください。二人で戦えば抑えられるかもしれません」

 

 出来るのであれば今すぐセレナと共に戦ってマリアを止めるのがベストではあるが、今のセレナのダメージの受け具合からしてすぐに戦闘させても未来の邪魔になる可能性が高い。未来自身も想定以上の身体の重さに慣れるまで、仮に慣れたとしても今のマリアには到底及ばないだろう。であるなら、今は無闇に攻勢に出ずに防御に周って時間を稼ぐのが正解だ。

 未来はマリアの事をセレナの実の姉であり、切歌と調にとっても姉ような存在である事以外全く知らないが、二人のお願いでもあり、一瞬とはいえ様子のおかしいマリアを見た未来は、マリアを正気に戻すためにセレナも力を貸すだろうと少し()()()思いをしたが予想していた。

 

「……セレナさん?」

「…………」

 

 だが帰ってきたのは沈黙。

 警戒しながら視線をセレナの方に向ける。座り込んだままのセレナは驚いて呆然としているのでも、何か作戦を考えるのでもなく、ただただ力無く地面に視線を向けていた。

 

「オオオオオオォォォォォ!!!」

 

 明らかに様子が変なセレナに話しかけようと未来が近寄ろうとするが、直後前から大きな雄叫びと共に先程マリアが未来に吹き飛ばされて崩れた岩場から幾つもの紫のレーザーが発射され、そしてマリアの気迫と共に瓦礫を吹き飛ばして姿を表す。かなりシステムの負荷を受けているのか、浮き出た肌の範囲が先程よりも広がり、どんどん広がっていく。あまり時間は無い。

 マリアは地面を砕くほど力強く一歩を踏み出し、そして未来に目掛けて全力で跳躍するように真っ直ぐ突撃する。

 

「ッ隠れていてください!」

 

 セレナを巻き込まないように未来も突撃してくるマリアに向かって黒紫の刀を構えながら走り出した。

 

「オオオオォォォォ!!!」

「はあぁぁぁ!!!」

 

 マリアの扇型のアームドギアと未来の黒紫の刀がぶつかり、遠くの岩場を破壊するほどの衝撃が起こり、二人を中心に周囲の地面が僅かに陥没し、そのまま止まれば死を感じるほどのマリアの乱撃が未来に襲いかかるが、未来はそれをなんとか防ぐ。しかし、一撃の重さから油断する事は許されず反撃が出来ない。

 未来の初撃はマリアを止める事が出来ないと言っていながらも、マリアを本気で戦闘不能にするつもりの全力の一撃だった。これが通常形態のシンフォギアであればマリアも少なからずダメージを負っていただろう。

 その後防戦一方な状況になりながらもいつもの未来であれば耐えられないほどのものではなかった。だが未来の纏うシンフォギアは現在出力を抑えている状態。なれば結果は分かりきった事だった。

 

(ダメ、アームドギアが保たない!?)

 

 そう思った頃には遅く、マリアのアームドギアと僅かに拮抗していた未来の握っていた黒紫の刀が音を立てて砕けた。

 黒紫の刀を砕いたマリアのアームドギアの刃が未来を両断せんと迫り来る。だが未来は鼻先を掠めるくらいギリギリで踏ん張る事で難を逃れる事に成功した。

 振り抜いたマリアのアームドギアが地面を砕き、地面から散弾銃のように襲いくる小石を未来は腕を交差させて防御する事によって辛うじて急所に当たる事は防ぐが、それ以外は防ぎきれずに戦闘不能にはならなくとも無視出来ないダメージを負ってしまう。

 

「ハアアアァァァ!!!」

「ッ!」

 

 下からの攻撃に身体が少し宙に浮いた未来を狙ってマリアは身体を一回転させて勢いをつけながら未来にアームドギアを再び振り下ろそうと振りかぶる。しかし、未来も何度もそう簡単に一方的な戦況に持って行かせる気はない。

 

「ッまだ!」

 

 腕を交差した状態のまま黒紫の刀を二刀作り出して両手に持ち、そのままXを描くように襲いくるマリアのアームドギアに向けて振る。

 金属同士がぶつかり合う音が響くと同時に、強力な一撃同士がぶつかり合った事により生じた衝撃が再び砂塵を巻き上がらせる。刀一本が粉々に砕けてしまったが、未来自身は一度距離を取るため衝撃波に逆らわずに後方までわざと吹き飛ばされ、砂塵から離れた場所に着地した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 玉のような汗を流しながら未来は肩で息をする。思いの外衝撃が強かったのか、それともまだ出力が低下したギアに慣れていないのか、着地後に疲れも一気に未来に押し寄せてくる。

 

 今の未来は完全に全力だった。先程のマリアの追撃の一撃を相殺するために放った一撃も未来は()()()()()()()()()()()()()。そうでもしなければ今頃未来は身体を両断されるか骨があらぬ方向に向いて絶命していただろう。

 そんな未来の全力の一撃とぶつかり合ったマリアだったが、未来とは違いほとんどダメージを負っていない様子だった。システムのせいで疲れを感じさせないようになっているのかもしれないが。

 

(出力を上げれば……ダメ。中途半端にギアの出力を上げても届かない。全力で行かないと。でも……ん?)

 

 今の自分ではマリアを倒せるビジョンが見えずに焦る未来だったが、ほんの数メートル後ろでセレナが先程の場所から全く動かずにただボーッと恐らくマリアがいるであろう砂塵が舞う場所を眺めている姿が未来の目に写った。

 

「何をやっているのですか!戦えるのなら手を貸してください!」

「……」

 

 何度か死を覚悟する程の戦闘に未来も余裕がないため少し語気が強くなってしまうが、それでもセレナはその場から動こうとしなかった。

 未来に気づいたセレナは一瞬未来に目を向けるがすぐさま目を逸らしてマリアの方に向き直り、そして口を開いた。

 

「姉さんはもう……手を、握ってくれない……声も、届かない……歌を、聴いてくれない……」

 

 セレナの瞳から涙溢れ出す。

 もう既に何十回もマリアを救い出そうと想いを込めて全力で手を伸ばし、名前を呼び、歌を歌った。

 だがその全てがマリアに届かず、セレナの希望は見事と言えるほど綺麗に打ち砕かれてしまった。それに加えて洗脳されていたとはいえ大好きな姉から向けられた殺意はセレナには耐えられるようなものではない。

 まだセレナにはマリアを「助けたい」という気持ちは残ってはいる。だがそれよりも「もう手遅れ」という気持ちが上回ってしまっていた。

 

「姉さんは……帰って……こない……」

 

 心が壊れてしまったかのように、生きるのを諦めてしまった瞳から大粒の涙が地面に落ちていく。

 

 そんな涙を流すセレナを見て未来はゆっくりと近づき、セレナの前に立つ。その顔は前髪と逆光のせいでよく見えない。

 

「………………いで」

「え?」

「ッふざけないで!

 

 蚊の鳴くような小さな声が未来の口から漏れ、聞き取れなかったセレナは顔を上げるが、未来の顔を確認するよりも先に未来は大声を上げると同時にセレナに服の襟首を掴み、自分の方へ勢いよく引き寄せた。

 

「手を握ってくれない?声が届かない?歌を聴いてくれない?それだけで、たったそれだけで!貴女は大切な人を諦めるのですか!?」

 

 殺意に近い怒りを込めた瞳でセレナを射抜く。刀を握っているもう片方の手からは怒りで握りしめすぎて血が滴り落ちていた。

 

「その程度なんですか?あの人に対する貴女の想いはその程度なんですか!?」

「そ、そんなわけが……」

 

 反論しようと口を開こうとするが、未来は今にでも歯が砕けてしまいそうなほど強く噛み締めセレナを睨む。

 今の未来は、初めてシンフォギアを纏った時に得た強い怒りに支配されそうになっており、気を抜けばセレナを殴りつけそうな憎しみが渦巻いている。それを爆発させないようにギリギリを押さえつけながら口を開く。

 

「手を握ってくれないなら貴女が握ればいい!声が届かないなら届くまで声を出せばいい!歌を聴いてくれないなら聴いてくれるまで歌えばいい!貴女にはそれが出来る!だって、目の前に相手が生きてるんだから!」

「ッなんで、泣いて……」

 

 瞳に怒りを、その身体に憎しみを纏わせる未来だが、何も知らない一般人が見れば気絶さそうな程の圧を放っているのに未来自身は今にでも崩れてしまいそうなか弱い少女のように涙を流していた。

 戸惑うセレナだが、未来はそれを無視して捲し立てる。

 

「なんで諦めるんですか!?私がどれだけ、死んでも手に入れたいくらい欲しいチャンスが、戻ってくるはずの無いモノが戻ってくるチャンスが目の前にあるのに!なんでそんな簡単に諦めるんですか!?なんで簡単に諦める貴女のところにそんなチャンスが来るんですか!?こんなに響に会いたいと思ってるのに、なんで私よりも恵まれている貴女が!諦めるんですか!!!」

「…………」

 

 セレナは何か言わなくてはと思いながらも何も言い返す事が出来ず、ただ呆然と涙を流す未来を見つめ返すだけ。

 黙り続けるセレナに興味を失ったかのように未来は突き飛ばすように乱雑に襟首を掴んでいた手を離し、地面に座り込んだセレナを未来はゴミを見るような見下す目を一瞬だけ向けて晴れ始めた砂塵の中から現れたマリアに身体を向けた。

 

「もういいです。暁さんと月読さんには申し訳ないですが、私は私の大切なモノを守る為にあの人を……殺します。貴女は邪魔なので死にたくないのなら何処かに消えてください。死にたいのなら勝手にどうぞ」

 

 そう言い残して未来はマリアの方に向かって歩き出す。対するマリアも獲物が見つかった獣のように未来を発見すると何度目かの雄叫びを上げて突進してくる。血管が隆起したような浮き出た肌の範囲もさらに広がっており、目も血走り始めていた。そしてそれに比例する様に動きも益々獣じみて来ている。

 そんなマリアを見て、未来は目を閉じてゆっくりと深呼吸してセレナに向けていた怒りを少しずつ無理矢理抑えていく。

 

(……私の身体、お願いだから耐えてね)

「オオオオォォォォ!!!」

 

 かなり近くまでマリアが接近してもまだ目を瞑っている無防備な未来をアームドギアに攻撃範囲に捉えたマリアは押し潰すつもりで全力振り下ろす。まともに直撃すれば未来は見るも無惨な姿に変わるであろう事は簡単に予想が出来るほどの勢いが乗った一撃が未来に襲いかかった、が。

 

「ッ!!??」

 

 耳鳴りがするほどの金属同士が強くぶつかる音が荒地に響く。

 今までと違う手応えに警戒したマリアはその場から一度後退し未来から離れた場所でアームドギアを構え直した。

 

 対峙する未来はシンフォギアの形状こそ変わってはいなかったが黒かった部分が白く変色し、握っていた黒紫の刀も白紫の刀に変わっていた。

 未来は今のままではマリアに勝てないと踏んで天羽々斬の浸食があるのにも関わらず、シンフォギアの出力を上げていた。それにより今の未来の全力が出せる状態だった。代償は無視できないモノだが。

 

(一度出力を下げて戦ったからかな。自分の身体がどんどん変化していくのがよく分かる)

 

 身体が軽くなり、力も溢れ出すものの未来自身は自分の身体の中に強い違和感を感じており、少しずつ自分の身体が自分のモノでは無くなっていくような感覚に襲われる。

 

(……でも、あの人を倒す為に、クリスたちを守る為にこの力必要なら私は)

 

 もう一度深呼吸してからマリアに向けて白紫の刀を向けて構える。マリアに向けている瞳には既に躊躇は無く、ただの敵としか写っていない。そう思わなければ倒す事が出来ない。

 

「……行きます!」

「ッ!?」

 

 強く一歩を踏み出してマリアに向かって突進する。出力を通常まで上げたため先程よりも早く、一撃もマリアの放つものと同レベルまで向上していた。

 時間制限があり、攻撃力も同等。機動力も大きな差異は無く、互いに相手を殺すつもりでいる。後はどちらが勝利するか見守るだけ。

 

「ッアアアアァァァァ!!!」

「はあああぁぁぁ!!!」

 

 大きな金属同士がぶつかり合う音が響き、衝撃が辺りの岩場を破壊して更地にしていく程の破壊力を秘めた一撃が絶え間なく放たれる。直撃しなくともアームドギアが近くを通過した風圧だけで未来もマリアも少なからず身体が引っ張られてしまい動きが鈍くなってしまう。その隙を互いに突こうとするが、どちらもそれを許さない。この間に入ろうと者は自殺志願くらいだろう。

 

 そんな二人の殺し合いを、セレナは少し離れた場所で見つめていた。

 

 ────────────────────

 

「姉さん……小日向さん……」

 

 どちらかが死ぬまで続くと簡単に予想ができる程の激しい戦闘を前にして、セレナは先の未来の言葉に動揺を隠せないでいた。

 

(私と同じで大切な人を失って、辛い日々を送って、でも支えてくれる人がいるのに、なんで私とあの子でこんなにも違うの……?)

 

 自分は全てを諦めて絶望し、動けなくなっているのに対して未来は生きる事を諦めずに戦っている。同じ境遇のはずなのに何故ここまで差が出てしまったのかセレナには理解できなかった。

 未来の事は翼と奏とのコラボライブ前に資料として簡単に知っている程度だった。

 大切な人を失って心の真ん中に大きな穴がポッカリ空いてしまったような感覚はマリアを失ったと思っていたセレナにもよく理解できる事だ。今もまさにその絶望を味わっているのだから。

 

 

『なんでそんな簡単に諦めるんですか!?』

 

 

 未来の先の言葉がセレナの胸の奥に深く突き刺さる。

 

(諦めたいわけじゃない。諦めたくない!でも……)

 

 もう一度顔を上げてマリアを見る。暴走する獣と化してる今のマリアに昔の優しかった面影は全く無い。

 

 助け出せるはずがない。

 

 助け出せるとしても、それは自分の手ではないだろう。今の自分はあまりにも脆弱でひ弱で惰弱すぎる。こんな状況を作り出してしまった一因でもある自分が助ける事なんて出来るはずがない。

 

「痛ッ」

 

 何も出来ない無力な自分に絶望して身体から力が抜けていく途中、胸元のポケットから何が刺さったような痛みに顔をしかめる。

 自然とセレナは胸元のポケットに入っている物を取り出すと、それは今にでも壊れてしまいそうな大きな傷の入った赤いクリスタルのペンダントだった。

 

「これは、姉さんの……」

 

 それはセレナがいつもお守りとして持っていた、六年前覚醒したネフィリムを鎮めるためにマリアが纏ったシンフォギア「アガートラーム」のシンフォギアペンダントだった。

 セレナの知るマリアは少し厳しいところもあったが、年下の施設の子供たちには母親のように思われていたほど優しかった。それはセレナにとっても同じだ。

 嘘が下手で、叱る時も優しさが滲み出て怖くなく、それで無償の優しさを与えてくれた最愛の姉。

 そして自分よりも何倍も大きい巨大のネフィリムに恐怖するもセレナを助ける為に死ぬ覚悟を持って対峙するほど大きな勇気を持った、自分の憧れであり将来自分も隣で胸を張って歩けるような人間になりたいと思う尊敬するの姉。

 それほど愛していた姉が今の自分を見たら何を思うのだろうか。

 

(きっと姉さんなら許してくれる。よく頑張ったって頭を撫でてくれる。姉さんは優しいから)

「でも……それじゃ私は姉さんにとってずっと妹でしかない。守られる存在じゃなくて姉さんと同じ守る存在に私はなりたかった。妹としてではなく、マリア姉さんの隣にいたかったんだ……」

 

 なら、今ここで座り込むしか出来ない自分はなんだ。

 今の自分は姉の隣を歩くのにふさわしいと自信を持って言えるのか。

 

「言えるはず……ありませんよね」

 

 苦笑いを浮かべてからギアペンダントを強く握り、力が抜けて立ち上がれなかった自分の足に力を入れ、まるで産まれたての子鹿のように震えるながら立ち上がる。

 

「小日向さんが言った通り、マリア姉さんは生きてる。手を握ってくれなくても、声が届かなくても、歌を聴いてくれなくても……そこに確かにいて息をして生きてる。なら手を握ってくれるまで、声が届くまで、歌を聴いてくれるまで!諦めるわけにはいかない!」

 

 熱くなり白い光を放つギアペンダントに目もくれずセレナは殺意が振り撒く未来とマリアの元に決意を抱いて踏み出した。

 

 ────────────────────

 

 幾度もの殺意を込められた未来とマリアの二人のぶつかり合いにフロンティアの大地が大きく削られてき、元から岩だらけだった荒地も更地どころか戦争でもあったかのようにいくつもの小さなクレーターや未来の斬撃によって大地が割れ、マリアの神獣鏡の技によって地面が抉られていた。

 それでも二人の決着はまだついていない。

 

「ハアアアアァァァァ!!!」

「くうッ!?」

 

 マリアの大振りな一撃を未来はギリギリで白紫の刀で防ぐが衝撃に耐えられず折れてしまう。全力を出し始めてこれで六回目だ。

 地面に着地して七本目の刀を作り出して構えようとした時、身体に鋭い痛みが走り顔を顰めてしまう。だがそれも仕方のない事だろう。

 ただでさえ未来はシンフォギアを纏えば天羽々斬の浸食が進んでしまう身体だというのに今は全力な上に何度もアームドギアを折られてその度に創り出している。その際にシンフォギアの力を使う為余計に未来の身体を浸食しているのだ。

 それでもマリアを倒す事が出来ず、むしろマリアは身体が限界に近づけば近づくほどシンフォギアの出力が上がっていき未来の全力ですら敵わないレベルになっている。

 

「アアアアァァァァ!!!」

「くっ!」

 

 マリアがアームドギアの先端を未来に向けるように構えた瞬間、先端に深い紫色の球体が生まれた急速に巨大化していく。それを見て未来も白紫の刀を肩に担ぐような格好を取った。

 

暗恐

蒼ノ断頭

 

 マリアの放った紫色の球体は通った地面をそこには何もなかったかのように消滅させながら未来に接近し、対する未来は今の未来が使える一番強い技を使って迎撃した。

 蒼の斬撃と紫の球体が衝突した瞬間、僅かな拮抗の後大型爆弾でも爆発したかのような大きな爆発と衝撃が未来とマリアを襲った。

 マリアは受け身を取る事はできずに近くの岩場まで吹き飛ばされ、未来は空中に浮かんだ身体を無理矢理捻って体勢を整えて、刀を地面に刺して勢いを殺して遠くに吹き飛ばされることを防ぐが、それでもダメージは多い。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……う、かはっ!?」

 

 再び襲ってきた身体の痛み未来は耐えられず少し吐血してしまう。

 未来自身の戦う意思は消えなくとも身体は既に危険なレベルにまで消耗していた。このままでは未来も完全に天羽々斬に浸食されてしまう。だが。

 

「ウオオオオォォォォ!!!」

 

 それでもマリアは倒れていない。

 

(何があったか分からないけど、なんであそこまで戦えるの?)

 

 戦闘が始まって未来が不思議に思っていた事。

 今のマリアは暴走した自分のように我を失っているような状況だと未来は思っていたが、戦い続ける間に何か違和感を感じ始めていた。

 ただ目の前の敵を排除しようとしているはずなのにそこには何かしらの強い意志がある。殺意が込められた一撃も、かつて自分がノイズに負けていた殺意とは違う何かが混ざっていたが未来はそれが何か答えを見つけられないでいた。

 

 ボロボロになり、シンフォギアも所々砕けていても戦い続けようとするマリアに、未来は違和感を感じながらも痛みが走る身体を無理矢理動かして立ちあがろうした瞬間、目の前に人影が立ち塞がった。

 人影が誰かを確認しようと顔を上げて視界に入ったのは、さっきまでマリアを助ける事が出来ないと諦めていたセレナの姿があった。

 

「……今更何をしようと言うのですか?」

 

 セレナの表情が見えず、未来は少し自分にないチャンスがあるにも関わらずそのチャンスをドブに捨てようとしたセレナに苛々を隠さずに強めの口調で話しかけるがセレナは微動だにしなかった。

 

 

「姉さんを助けます」

 

 

 何も言わなかったセレナだったがポツリと、しかし絶対に譲らないというという強い意思を込めてそう言った。そこに先程までの絶望して悲観していた弱々しさはない。

 

「何か良い案があるのですか?」

「ありません。そもそも本当に助けられるかも分かりません。ですが」

 

 セレナはゆっくりと膝をつく未来に振り返り、優しい笑みを向けた。

 

「マリア姉さんは……生きていますから」

 

 たったそれだけの言葉。

 だがその言葉が何を示しているのか、未来には分かった。

 特に何かを言ったわけではなく、だがそれでも互いに何を言いたいのか理解した未来は安心した笑みを返したあとシンフォギアを解いて私服に戻ると力尽きたように地面に座り込んだ。

 

「でしたら、あとは任せても良いですよね?」

「はい。貴女は休んでいてください。ここからは私の出番(ステージ)です」

 

 そう言い残してセレナは白い光を放ち続けるギアペンダントを握り締めながらマリアのいる方に向き直り歩み始める。

 

「ッアアアアァァァァ!!!」

 

 マリアはセレナを視界に入れると大きな砂煙をあげながらセレナに向かって突進する。

 生身でシンフォギアの一撃を受ければ常人では命はない。

 それでもセレナは歩みを止めない。

 もう数メートルまでマリアが近づいた瞬間、セレナの握るギアペンダントの放つ白い光が一際強く輝いた。

 

「私が!マリア姉さんを、助けるんだ!」

 

 

 ──Seilien coffin airget-lamh tron(望まぬ力と寂しい笑顔)──

 

 

 頭の中に浮かんだ聖詠を口ずさんだ瞬間、辺りを白く包み込むほどの強い光がセレナを中心に放たれる。

 そして光が収まる頃には白を基調として、かつてマリアが使った時の騎士のような外見とは一転し、各部装甲に花びらのような意匠を持ち、妖精を彷彿とさせる姿となったセレナが立っていた。

 

「──行きます!」

 

 セレナはマリアを救い出す為、白銀の短剣の形をしたアームドギアを手に待ち、マリアに向かって走り出した。

 




天羽々斬は技量というか機動力が売り、神獣鏡はどちらかと言うと後方支援的な役割なのになんで未来さんも現在のマリアさんも脳筋のようにパワー全開なんry「「貴方のせいでしょ?」」あ、はい。すみません。

これまでセレナさん酷い目に合わせましたが、実際マリアさんが生きている時点で未来さんよりだいぶん幸運なんですよ。狂うほど大切な親友を亡くして心が一度壊れた未来さんを前にして、生きているマリアさんの救出を諦めようとするセレナさんにキレるのも仕方ない。

アガートラームを纏ったセレナさんはそのままXDUの大人セレナさんをイメージしてもらえれば幸いです。やっぱり資料があるのはいいですねぇ!でも私の考えだと未来さんとビッキーとクリスちゃんは……おっとネタバレだな。

え?なんで未来さんはシンフォギアの出力を簡単に変えられるのかって?……自由自在とまでは行かなくとも簡単に出来ちゃうくらい浸食が……ね。

奏さんもガングニールの出力落としたら身体に掛かる負担が減って戦えるのではないかって?出力落とした代わりに戦闘能力が半分以下になるため、比べたら今はまだLiNKER使ってた頃の方がぶっちゃけ強いです。


393「私の本音が出てきましたが、どう思います?(ニッコリ)」
作者「すまねえ……本当にすまねえ……(五体投地土下座)」
ビッキー「でも私の出番は?」
作者「無いねぇ……本当に無いねぇ……」
393&ビッキー「「言い残す事は?」」
作者「助けくだry」※月の形がドーナツ型になりました。



次回!  姉妹

ようやく姉妹は再会を果たす!※土星を通過中


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十九話

またせたな(某蛇感)
さぁ、セレナさんVSマリアさんの決戦じゃい!
でもネフィリムも残ってるんじゃい_(:3 」∠)_

神獣鏡のアームドギアを毎回扇型のアームドギアと書くと凄くしつこい感が増したので私の作品では扇刀(おうとう)と表記します。これから神獣鏡が遠距離武器としてアームドギアを使う事はほぼ無くなる予定なので大丈夫だ。問題ない。何か他にカッコいい呼び方を知っていれば気兼ねなく教えてくだせえ_(:3 」∠)_

というわけで今更ですが
ガングニール→大槍
天羽々斬(翼さん)→剣
天羽々斬(未来さん)→刀
イチイバル→銃、ガトリング、クロスボウ等
シュルシャガナ→鋸
イガリマ→大鎌
アガートラーム→短剣
神獣鏡→扇刀

と、基本的に表記します。読み返すと何度か呼び方がごっちゃになっていましたし、四行くらい「〇のアームドギア」が並んでいたりしてややこしくなっていましてので_(:3 」∠)_
これまでのは探すのが面倒ry、時間がかかるので放置になってしまいますが、ちょくちょく修正していきます_(:3 」∠)_


それでは、どうぞ!


 マリアとセレナ、未来の激しい戦闘によりフロンティアの荒地部分だった地形が戦争でもあったかのように大きく変化した岩場。

 そこでセレナとマリア、血の繋がった姉妹の闘いが再び始まる。

 

「ハアアアァァァ!!!」

 

 砂煙を巻き上げながらセレナに向かって突撃していたマリアが扇刀を振り上げ、人の身体なぞ簡単に叩き潰す勢いで全力で振り下ろす。

 それでも、実の姉から飛ばされる殺気を前にしてもセレナは真正面からその瞳を受け歌を紡ぐ

 

命が燃やされ尽きて 

 

灰になるまで 諦めたくない

 

 セレナはガングニールを纏っていた時にマリアの一撃一撃の重さを嫌という程知っていたため、振り下ろされた扇刀を真正面から受け止めるのではなく、自身の持つ短剣を使って受け流し続けてマリアの隙を確実に狙っていた。

 何度もアームドギア同士がぶつかり合って火花が散り、セレナに受け流されたマリアの扇刀が地面を砕くき、既に荒地だった大地に更に傷をつけていく。

 マリアの扇刀が地面に叩きつけられた状態からセレナの首を狙って切り上げる。

 

絶えず唱えた 願いを込めて

 

運命の枝道に 彷徨った魂

 

 

SUAVE†SABER

 

 セレナの持っていた短剣が淡い白銀のエネルギーを纏って輝き、一メートル程の長さに変わり、迫り来る扇刀を白銀の短剣で防ぐ。

 ガングニールであれば腕に相当なダメージを受ける衝撃が走るはずがアガートラームがセレナに力を貸すように受ける衝撃を霧散させ、マリアと真向からぶつかり合える程の力が溢れてくる。

 

血が通わずも 分けた心は

 

優しさと 温もりの

 

守りの光と変わる

 

 至近距離で鍔迫り合うマリアの周囲に突然いくつもの宙に浮く鏡が展開され鏡の中からレーザーが放たれる。

 マリアの目の前にいるセレナに降り注ぐが、セレナはすんでのところで鏡の存在に気づきマリアから距離を取ることによって回避する。

 マリアと距離を取った後も宙を浮く鏡はセレナをしつこく追跡してレーザーの雨を降らせる。それに加えてマリアも扇刀の先端をセレナに向けて光弾を放って追い詰めていく。

 

(君の傘に) Ah…愛の盾に

 

(捧げ祈る)Ah…ずっと

 

(ずっと) そばにいたい!

 

 何を思ったのかセレナは走りながら持っていた短剣をマリアの頭上を狙うように斜め上に投げる。

 マリアは血走った目で投げられた短剣を一瞬追うがすぐさまセレナに視線を戻す。その判断が戦局を変える。

 

「今ッ!」

「ッ!?」

 

XANA†TEARS

 

 先程セレナが斜め上に投げた短剣がマリアの頭上に到達した瞬間、急に直角に曲がってマリアに向かって押し潰さんとばかりに急降下する。

 不意をつかれて気付くのが遅かったマリアはセレナの追撃をやめて急降下してくる短剣を扇刀を横にして防ぐが、予想以上の威力だったため地面が大きく陥没する。

 

「グウウ……アアアァァァ!!!」

 

 叫びと共に顔に浮かんだ血管のように隆起する肌が更に広がり、その代わり力が増したのか頭上の短剣を押し返し始め、そして大きく弾く。だがその間、セレナを追いかけていた鏡の動きは緩慢なものとなっており、今のセレナであればその隙があれば十分接近する事が出来る。

 

諦めない強さに ミライは宿る

 

絶望の闇でも 絆の陽は煌めく

 

 一直線に扇刀を頭上に掲げたままのマリアに向かって姿勢を低くした状態で接近し攻撃に移行しようとするが、それを阻止すべくマリアは新たにいくつかの鏡を召喚した。

 

「邪魔しないで!」

「グウッ!?」

 

FIERCE†SCAR

 

 セレナは短剣を空中でX字に斬ると、それはX型の衝撃波としてマリアに向かって放たれてセレナとマリアの間にある十数枚もの鏡を切り裂き、道が開けた。

 再び二人の短剣と扇刀がぶつかって火花が散り、二人を中心に周囲の瓦礫が衝撃によって吹き飛んでいく。

 

「アアアァァァ!!!」

「姉さあああぁぁぁん!!!」

 

 激しく二人のアームドギアがぶつかり合う音が響くが、マリアはそれに混ざってギアによって強化された身体能力を使って蹴りを放つ。元の身体能力差からセレナではマリアの動きについていけないが、身体を貫く程の痛みを受けてもなお両足で踏ん張り、奥歯を強く噛み締めて耐える。

 扇刀による斬撃に加えて身体能力に任せた鋭い蹴りがセレナを襲うが、それでもセレナは一歩も引かずに、むしろ前進しながらマリアに追従し始める。

 

(絶対に助ける……マリア姉さんが生きている限り、私が生きている限り!希望がある限り!私は諦めない!!!)

 

 決して無傷とは言えないダメージを負ってなおセレナの瞳は先程の絶望が嘘のように消え去り、目の前の姉を救い出そうという決意を漲らせて立ち続ける。

 幾度もぶつかり合いを超えて、セレナの集中力はセレナ自身の予想を超えていき、とうとうマリアの動きが緩慢になっていくように見えてくる。一瞬のゾーン状態に突入したのだ。

 一見セレナが押されているように見えるが、一撃一撃に殺気を込めたマリアの猛攻をセレナはギリギリでありながらも確実に回避又は受け流す。

 少しずつ、少しずつマリアの動きに対応し始め反撃の数も多くなり、受け切れなかった強烈な一撃も受け流されるようになっていく。

 

此の「今」を 生き尽くしたい

 

「オオオオォォォォ!!!」

 

残響

 

 神獣鏡の背部の黒いケーブルが鞭のようにしなり、マリアの扇刀だけでもギリギリだったセレナの両サイドから襲いかかる。

 短剣で弾く事で致命傷は避けて大きなダメージは負ってはいないが、全て捌く事は出来ず、僅かでもシンフォギアの装甲に亀裂が走る。それでもセレナは止まらない。

 片手で捌き切れないのなら両手でだと言うように、空いていた片手に新たに短剣を作り出して二刀流で応戦する。

 最初こそ慣れない手つきの二刀流だったが極限の集中力下でのセレナは恐ろしい程の速度で自分のものにしていき、いつしかマリアの扇刀と二つのケーブルによる連撃を二つの短剣で防ぐレベルまで昇華し、セレナの急激な成長に徐々にマリアが押され始める。

 

儚き一瞬だから

 

命は可憐に燃えて

 

聖なる力 番う歌へと

 

 悪足搔きのように一度距離を取ったマリアは再び十枚程の鏡を召喚する。だが鏡が召喚された事にいち早く気づいたセレナは鏡が攻撃を開始するよりも前に行動を開始する。

 

INFINITE†CRIME

 

 セレナの周囲に数本の短剣が召喚され、マリアが召喚した鏡に向かって全て投擲される。

 短剣は攻撃寸前だった鏡を粉砕していき、余った短剣は立ち止まっていたマリアに襲いかかる。だがその短剣をマリアは恐ろしい程の反射神経で自分に命中する全ての短剣を扇刀で弾き落とす。

 

(このまま行けば……!)

「オオオオォォォォ!!!」

「なッ!?」

 

 段々と不利だった状況が逆転しつつある状況でセレナはもう少しでマリアを救い出せる所まで来たことに一層の気合を入れようとしたが、その前にマリア突然の雄叫びを上げたことに一瞬動きを止めてしまう。

 神獣鏡のシンフォギアから紫のオーラのようなもの浮かび上がるのと同時に跳躍し、空中で停止するとギアの脚部の装甲から鏡のようなパネルがいくつも連なって円形を作り、背中から伸びていた黒い二つのケーブルを接続する。更に先程セレナに破壊された倍の数の鏡もマリアを囲むように円形に展開される。そして中央にいるマリアは扇刀の先端をセレナに向けた。

 

凶星

 

 接続されたパネルから得たギアすら分解する膨大なエネルギーを巨大なレーザーとして放ち、そのレーザーに合流するように展開された鏡から照射されたレーザーが合わさり、セレナがガングニールを纏っていた時に受けたレーザーよりも出力が跳ね上がった禍々しい黒色に近い紫色のレーザーがセレナに襲い来る。

 例え何かしらの防御手段があってもそれすら破壊する程の出力であり、シンフォギアを纏っていても神獣鏡の能力からその防御性能は当てにならない。まともに受ければ肉体ごとの消滅するのは想像出来ない事じゃない。

 そんな絶対絶命を目の前にしても、セレナの瞳に絶望の色は無い。

 マリアのようにセレナのシンフォギアも白いオーラが浮かび上がり両手に持っていた短剣の一刀を消して残った短剣を迫り来るレーザーに向けた。

 

ASTRAL†GARBER

 

 セレナの背後に花のような紋章が浮かび、目を覆いたくなるほど眩しく光り輝くとその光を背部の花弁をモチーフにしたパーツが吸収し、シンフォギアを通じて構えた短剣の先端に収束していき、そしてマリアの放ったレーザーと対極に暖かさを感じる限りなく白に近い淡い桃色のレーザーが放たれた。

 

 空中で二つの超高出力のレーザーのぶつかり、生じた力場によって周囲の瓦礫が吹き飛ぶだけでなく、残っていた岩場も粉々に砕けていく。

 僅かに拮抗するが命の灯火が消えていく代わりに力を得続けているマリアの黒いレーザーが押し勝っていく。

 セレナの足元も大きく陥没していき踏ん張る事すら難しくなっていく。

 

 それでも、セレナはまだ諦めない。

 

諦めない 強さに アシタは宿る

 

 セレナの脳裏に浮かぶのはマリアや切歌、調と共に笑った幼き日々。

 無理矢理F.I.Sの研究所に連れて来られて辛い日々を送る毎日に涙を流していたセレナに優しく微笑みながら伸ばされる暖かいマリアの手。

 一人で立てない時でも隣にいてくれた優しい姉。

 気高く、自身よりも巨大に立ち向かう勇気を持った幼いながらも大きく見えたその背中はセレナにとって目指すべき到着点の一つ。

 

(まだ私は姉さんに追いついてない。姉さんの隣に並び立てるまで、こんな所で姉さんを失うわけにはいかない!!!)

「姉さんを……助けるんだからああああぁぁぁぁ!!!」

 

肩を寄せ合い 完全じゃないからこそ!

 

 マリアを助けたいという純粋な想いがセレナの背後の花のような紋章に反応し光の強さが増す。それに伴いシンフォギアを通じて得られていたエネルギーの量が増えてセレナの放っていたレーザーの出力が増大する。それにより少しずつ押し勝っていく。

 

此の今を生き尽くしたい!

 

「ッウオオオオォォォォ!!!」

 

 負けじとマリアも神獣鏡の出力を無理矢理上げるがセレナのアガートラームのエネルギーの上昇率に追いつけずに徐々に押し返す事が出来なくなる。

 

儚き一瞬だから

 

命は可憐に燃えて

 

聖なる力 番う歌へと

 

輝く夢に

 

「ウウ、グ、アアアアァァァァ!!??」

 

 セレナの白い光がマリアの黒い光を打ち破り、光のレーザーがマリアを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っく、はぁ、はぁ、はぁ」

「セレナさん!」

 

 セレナとマリアの激しい戦いの余波によって荒地だった大地が多少の陥没はあるが綺麗に整地された中で、フラつき倒れそうになるセレナを岩陰に隠れて成り行きを見守っていた未来が駆け寄って支えた。

 気を失わないだけで相当な体力と短時間で何時間もの戦闘をしたと思えるほどの錯覚を感じるほどの集中力に精神が限界に来たのだ。

 

「ありがとう、ございます……それより、姉さんは……?」

「──あそこで倒れています」

 

 未来の指差す方向に目を向ければ、そこには遠目に見ても戦闘続行が不可能と判断できるほど装甲のあちこちが砕け、インナーもボロボロになったシンフォギアを纏ったマリアが倒れていた。胸の辺りが上下しているところから死んではいないし、血が流れている事もないので心配しなくても良いだろう。

 

「セレナ!」

「大丈夫デスか!?」

 

 マリアが生きている事に安堵して胸を撫で下ろすセレナの背後から聞き慣れた声が耳に入り、未来に手を貸してもらいながら振り返ればそこにはシンフォギアを纏った切歌と調が走り寄ってくる姿が目に入った。

 

「二人とも無事だったんだね」

「はいデス!少し危なかったデスけど」

「あの人達が助けてくれた」

 

 二人が振り返り、視線の先を追えば翼とクリスが周囲を警戒しながらゆっくりと歩いてくる姿があった。

 

 切歌と調が未来と別れたあと、大量のノイズ相手に二人は善戦したが時間制限がある中で百を有に超える数を休みなく相手にする事は難しく、苦戦していたが途中でクリスと翼がノイズと戦う二人を発見して加勢する形で共闘に持ち込んだ。

 シンフォギアの適合者であるクリスと翼が加わった事により二人で戦っていた時とは嘘ようにあっさりと全てのノイズを駆逐する事に成功してのはほんの数分前のことだ。

 

 クリスが視線を彷徨わせながら未来に近づく。未来も自分で立てるくらいには落ち着いたセレナを切歌と調に任せてクリスの前に堂々と立った。

 

「──やりたい事はすんだ?」

「いいやまだだ。でも、一人でやらなくても良いって気づいた」

「そっか」

 

 怒りも貶すこともせずにクリスの言葉を聞いた未来は優しく微笑みギアを纏ったままのクリスの頭に手を伸ばして撫でる。

 

「ちょ、先輩が見てッ!」

「ん?私は別に構わない。既に見慣れた光景であるからな」

「あたしが気になるんだよ!?」

(いつから翼さんの事先輩って言うようになったんだろう?」

 

 ひと段落して緩い雰囲気を醸し出す未来たちの空気に当てられて、先程まで自分が死ぬかもしれない程の激戦をやっていたセレナも久方ぶりに作った笑みではなく、本当の笑みが漏れた。その瞬間を見逃す切歌と調ではない。

 

「セレナ、今笑ったデス!」

「え?」

「うん。笑ったよ。久しぶりに」

「そう、ですか」

 

 自分でもそんな笑みを作っているでは思っていなかったセレナは本気で驚いたが、すぐさま失ったものが戻って来たという事実に気づかずに今までの重圧によって抑えられた感情が戻って来たのだと悟ったセレナはもう一度二人に笑みを見せた。

 

(そうだ。私の罪の贖罪はあるけど、姉さんを助ける事が出来たんだ。姉さんが……帰って来たんだ)

 

 まだ身体の節々に痛みはあるが、それよりも得られた成果に躍り出したい気分のセレナは笑みを浮かべたまま急いでマリアを治療できる場所に運ぼうと振り返る。だが、そこには驚くべき光景があった。

 

「そ、んな……」

 

 ありえないと思いながらも目の前の光景が嘘ではないとハッキリわかってしまう。

 セレナの視線の先には、立っているのもやっとだと言うように息も絶え絶えながら扇刀を杖代わりにして立ち上がり、ボロボロになったシンフォギアを纏ったたま額から少量の血を流したマリアが血走らせながらもまだ戦闘の意思が消えていない瞳でセレナたちを睨んでいた。

 

「あんなボロボロなのにまだ立ち上がれんのかよ!」

「これ以上は彼女の命に関わるか。だがそう簡単には止まりそうにないな」

「そんな……」

「マリア!目を覚ますデスよ!!!」

 

 セレナに遅れてマリアに気づいたクリスと翼は迷いながらもアームドギアを構え、切歌と調は悲痛な表情でボロボロのマリアに目を向ける。

 

「お願いです!もうやめて!姉さん!!!」

 

 明らかに限界を超えて身体だけではなくシステムの制限を切られたせいで精神も危ういはずのマリアにセレナも止めようと近づくが、セレナが動いた瞬間、吐血して今にでも倒れそうになりながらもマリアは扇刀を持ち上げてセレナに向けた。

 

「──しが、──を、きり──」

「え?」

 

 視点が合っているかも怪しいほど瞳が揺れるマリアの口からポツリと、だが何処か理性のある声が漏れた事にセレナは気付き、耳をすませた。

 

 

「私が、……マムを、……きり、かを……調を、……セレナ、を……守る、んだ……」

 

 

「ッ!」

 

 戦意を失っていないマリアから漏れた言葉にセレナは動揺を隠さずに瞳を大きく見開く。隣にいた切歌と調もセレナ同様驚いていた。

 セレナに扇刀を向けるマリアの瞳には敵を殲滅すると言う強い意志以外にも、かつてネフィリムに立ち向かう時に見せた大切な者を守ろうとする意志、そしてセレナを安心させるために見せた優しい瞳をしていて事に、昔からマリアをよく見ていたセレナだけが気がついた。

 

「……暁、月読。どう言う事だ?」

「わ、分からないデスよ!」

「んなわけあるかよ!今確かにあいつはお前らの名前を呼んだんだぞ!?」

「でも本当に知らない。それに今の言葉が本当なら私たちを攻撃してくる意味が分からない……」

 

 その場にいた全員がマリアの口からはセレナたちを守るという言葉が出た。であるなら切歌と調に敵意を向けるどころか、セレナと戦う理由が無い。それにクリスだけだがマリアがセレナを殴りつける瞬間も見ている。守るのであれば今までの行為に疑問しか残らない。

 

「──もしかしてあの人の、マリアさんの中では六年前から時が止まっているのかもしれません」

「えっ?」

 

 ポツリとつぶやいた未来の言葉にセレナは振り返る。

 未来は切歌たちと移動中、簡単にだが六年前の事故とマリアの事、セレナが戦う理由を聞いていた。

 

「暁さんと月読さんから六年前の事は聞きました。今のマリアさんには自分の後ろにセレナさんたちがいて、私たちは敵に見えているのかもしれません」

 

 マリアがどんな人物だったのかは短い話の中でしか組み立てられなかったが、それでも今は亡き親友のように優しい人物だったという事は容易に想像出来る。それほど、マリアの話をしている時の切歌と調が嬉しそうだったのだ。

 

 ウェルの作ったダイレクトフィードバックシステムにそのような機能は存在していない。ただ戦闘プログラムを脳内にインストールさせて電気信号として人間の身体を動かすためのシステムなため、人の記憶に干渉する事はない。だが、なんらかの偶然で記憶や意識を変化させた事はあり得ない話では無い。

 なんの根拠も証拠も無い、マリアという人物を切歌と調からしか聞いていない未来のただの推測でしかない。的の当たるどころか全く違う方へ射抜いたかもしれない希望的な可能性を考え。

 だが、それならばマリアが立ち上がる説明はつく。

 

「大切な者を守るために、巨悪を前にしても立ち上がる……」

「フィーネん時にあたしらが勝つ事を諦めなかったのと同じだってのかよ!」

 

 ただ大切な人を守るために己がどれだけ傷つこうとも諦めずに立ち上がる。

 翼はその攻撃を目の前で見ていて、クリスは一度自分で経験しているため、その時に発せられた自分たちの諦めない心の強さを十二分に分かっている。それ故に、今のマリアがどれだけ厄介なのかも。

 

「う、ああアアァぁァぁぁ!!!」

 

 普通の人間では耐えられない程の肉体と精神に多大な苦痛が走っているはずだというのに、マリアは倒れる事なく未来たちに向かってシンフォギアのブースターを全開にし、吐血して通った道に己の血を撒き散らしながら扇刀を振り上げて突撃する。セレナや未来と戦った時ほどの勢いは無いが、退く様子は全くない。

 

「来るぞ!」

「ちいっ!やるっきゃねぇのかよ!」

「待ってくださいデス!」

「これ以上はマリアが……!」

 

 突撃してくるマリアを前に迎撃しようとアームドギアを構える翼とクリス。そんな二人止めようとする切歌と調。

 いくらダメージを受けて弱体化していても神獣鏡の恐ろしさを知っている四人は気を抜くことが出来ないはずだが今のマリアを攻撃する事を躊躇してしまう。

 マリアとの距離が十メートルを切った時、マリアを止めるために銃の引き金を引こうとしたクリスだったが真横を横切る影に驚いて動きが中断された。

 

「セレナさん!?」

 

 未来の声を無視して痛む身体に鞭打って、短剣を持たずに突撃してくるマリアに向かってセレナゆっくりと歩を進める。このままマリアの一撃を受ければ、マリア程でなくともかなりのダメージを負っているセレナの身体では当たりどころが悪ければ命に関わるだろう。

 それでもセレナは恐れずに歩みを進め、そしてもう数秒後にはマリアの扇刀の射程範囲に入る直前で手を祈るように胸の前で組んで目を瞑る。

 既にマリアは扇刀を振り下ろそうと腕を動かしており、その狙う場所は勿論セレナの首。シンフォギアを纏っていても下手をすれば十分首から下とおさらばしてしまう程の一撃を込めてマリアは扇刀を──

 

 

リンゴは浮かんだ お空に……

 

 

「ッ!?」

 

 風斬り音すら聞こえる程の速さで振り下ろされていた扇刀はセレナの首に到達する数センチ前で止まる。

 

リンゴは落っこちた 地べたに……

 

「あ、ぐうう……そのう、たは……?」

 

 セレナの歌う歌を聴いてマリアは急に頭が割れてしまいそうな程の痛み出した自分の頭に手をやって強く押さえる。しかしそんな事で痛みが消えるはずもなく、セレナが歌えば歌うほど頭の痛みは大きくなっていく。

 

星が生まれて 歌が生まれて

 

 ルルアメルは笑った 常しえと

 

 星がキスして 歌が眠って

 

「ああ……くう、ああああぁぁぁぁ!!!」

 

 自分の頭を掻きむしり、扇刀を考え無しに滅茶苦茶に振り回しながら、だが何故か涙を流しながら一歩ずつ後退ってセレナから距離を取る。

 セレナは歌いながらゆっくりと、離れていくマリアを追うように振り回される扇刀に恐れを見せずに一歩ずつ前に出る。

 

かえるとこはどこでしょう…?

 

 かえるとこはどこでしょう…?

 

「わた、しは……私はああああぁぁぁぁ!!!」

 

 何かに抗うように苦しみながらマリアは大声で叫ぶ。

 今にでもマリアの扇刀が近づくセレナの身体を傷つけようと何度も襲い掛かるが何故か掠りもしない。むしろ近づけば近づくほどマリアの動きは鈍くなり、まるで棒切れを振り回す小さな子供のようだった。

 

リンゴは落っこちた 地べたに……

 

 リンゴは浮かんだ お空に……

 

「私は!マムを!切歌を!調を!セレナを──」

 

 頭を掻きむしりすぎて少し血が流れ、出鱈目に振り回したアームドギアが付近の地面を砕く。だが、そこにはもう先程のような苛烈さもなければ戦う意思も何故かなくなっていた。

 今にでも命の炎が燃え上がり、尽きてしまいそうな程の叫び続けて暴れていたマリアだったが、そんなマリアに近くまで来ていたセレナは優しくマリアの背中に手を回して、もう離さないというように力いっぱい強く抱きしめた。

 

 

「もういいんです。全部終わりましたよ」

 

 

 子供をあやしつけるように落ち着いた暖かい声でマリアに語りかける。その途端、今まで叫び暴れていたマリアの動きがぴたりと止まった。

 セレナの優しい声に、ゆっくりとマリアは顔を動かして自分に抱きつくセレナに目を向けるその光の無かった瞳には若干ながらも光が戻っていた。

 

 ほんの数秒の沈黙。

 事を成り行きを見守る未来たちはその場で何も言わず、辺りは風の音しか聞こえない。その中で先に口を開いたのはもう叫んでいないマリアだった。

 

「……ほん、とう……に?」

「はい。マムも切歌ちゃんも調ちゃんも私も、マリア姉さんのおかげでみんな無事です。ネフィリムもいません。姉さんが戦う理由は……もう無いんですよ」

「そう……なのね……」

「ッ姉さん!」

 

 セレナの言葉を聞いた途端神獣鏡の扇刀が消失し、マリアの身体から少しずつ力が抜けていく。そしてセレナに体重を預けるように倒れこんだ。完全に力が抜ける頃にはシンフォギアが解除されて一糸纏わぬ姿になった。

 倒れるマリアを抱き止めたセレナの元に遠くで見ていた未来たちが駆け寄ってくる。特に切歌と調はつまづて倒れそうになりながらもいち早くセレナとマリアの元にたどり着いて心配そうに泣きながらマリアの名前を呼んでいると目を瞑っていたマリアの目が少しだけ開いた。

 

「……どうしたの、セレナ、切歌、調?」

「姉さん!」

「「マリア!」」

 

 記憶が混乱しているのか視点が合っていないが、先程までの正気では無かった時のような虚無な瞳ではなく、その瞳には確かに光がありセレナのように優しい輝きがあった。

 セレナに支えられたままのマリアはゆっくりと片腕を上げて切歌と調の頭をまるで妹のように撫でる。

 

「二人とも……大きくなったわね。セレナも、とっても美人さんよ」

「姉さん、私……私……!」

「もう、泣き虫なのは変わらないん、だ、か……」

「姉さん!!!」

「──大丈夫だ。脈は安定している」

 

 少し話をしたあとマリアは再び眠りにつくように力が抜けて項垂れる。それに焦ったセレナだったが近くまで来ていた翼が倒れているマリアの首筋に手を当てて脈を見たところ安定はしていおり、若干衰弱している様子ではあったがすぐに命に関わる何かがあるわけでは無いと慌てふためくセレナと切歌と調を宥める。

 

「セレナ……マリアが、マリアが生きてたデスよ!」

「私たちの所に帰って来てくれた……!」

「はい……はい……!」

 

 大切で、もう会う事が出来ないと思っていた最愛の家族が生きて戻って来てくれた事に三人は笑顔を見せながらも大粒の涙を流す。

 嬉しさでポロポロと涙を流して抱きしめ合う三人を未来たちは気を利かせて少し離れて見ていた。

 

「良かったですね。セレナさん」

「まったく、これじゃ捕まえたくても捕まえられねぇじゃねぇか」

「まぁ良いではないか。今の彼女たちなら抵抗もしないだろう。あとはこのフロンティアを……むっ!」

 

 全ては終わり一件落着したと思って気が抜けていた未来たちだったが、突然地面が大きく揺れ動きだす。

 いきなりの事に狼狽えていた未来たちはだったが、すぐそばの地面が異様に隆起して動き出した事に、シンフォギアを纏う翼とクリスは未来を庇うように前に出てアームドギアを構えた。

 

「どうやら、まだ終わっていないようだな」

 

 ポツリと翼がつぶやいたのと同時に隆起していた地面がどんどん盛り上がってき三人の身長を遥かに超えて巨大化していき、やがてただの土塊だったはずの地面が変質していく。

 そして現れたのは巨大な黒い魔物。

 

『──────!!!』

 

 魔物の咆哮がフロンティアに響く。その巨大から発せられる威圧感は、かつてルナアタックと呼ばれた事件にて首謀者だったフィーネの最終形態であった赤い龍の時と似ていた。

 

 

 戦いは、まだ終わらない。




んー……ますますあの畜生英雄(笑)眼鏡を生かしておくの難しくなったなぁ(遠い目)。F.I.S組から全力絶唱受けても仕方ないね!
……ん?なんでブーメランが飛んでry


え?セレナさん強すぎだって?それはあれです。
愛です!以上!

原作orXDのマリアさんの技が使えるのは何故だって?
この世界のアガートラームの装者はセレナさんであるためという事と、愛です!!!

どうやってマリアさんはシステムから抜け出せたかって?
鬼畜英雄(笑)眼鏡が制限解除した事によって脳に壊れてしまう程の強い刺激を与え、なおかつセレナさんの歌を聴いた事により記憶も刺激した事と強い愛!によってですね!!!



マリア「やっと解放される……」
作者「でももう少しとはいえ本格的に出てくるのはGXですし、原作と違いアガートラームはセレナさんの物なのでかなり脇役になりますよ」
マリア「それでも役があるだけマシよ」
作者「そうですね。(やっべ、魔改造&結構なキャラ崩壊するなんて言えねぇ)……ん?誰だこんな時間にry」
ビッキー「(ニッコリ)」←役が無い人
作者「……へへ、良いぜビッキー。武器(ガングニール)なんて置いてかかって来い!てめぇなんか、てめぇなんか怖かねぇ!ヤロウブッコロシャアアアア!」
※その後大きなパイプが腹部を貫通しました。


次回!  神獣鏡と陽だまり

やっぱり未来さんは神獣鏡だよね!


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二十話

ちょっとモチベーションさんが家出してたので探し出すのに時間かかりました_(:3 」∠)_

XDU……いやぁまさか本当に並行世界のAnother装者たちが集う展開になるとは。最終章、楽しみですねぇ。グレビッキーはIF未来さんと再会はできるのかな?

作者「ビッキーはどう思う?ねぇねぇ?今どんな気持ち?……あれ?なんで弓なんて持って……」
ビッキー「……未来には内緒だよ?()
作者「それ声優ネタギイイイヤアアァァ!!!」※円環の理に強制的に導かれました。

今回は原作で言えばG編最終話のマリアさんがアガートラーム纏う前あたりになりますかね。言わばAパートです。次回がネフィリムとの最終決戦です。

それで、どうぞ!


 マリアを救いだした未来たちが涙を流して安堵しているセレナを見て安心したのも束の間、付近の地面が不規則に動き出して巨大な魔物の形となって未来たちの前に立ちはだかる。

 そんな光景を、マリアを洗脳していたシステムを切ったウェルが現場から遠く離れたフロンティアのジェネレータールームからモニターを通じて見ていた。

 

「人ん家の庭を走り回る野良猫め……フロンティアを食らって同化したネフィリムの力を!思い知るがいい!!!」

 

 ウェルがネフィリムと一体化した左腕を真後ろにあるフロンティアの巨大ジェネレーターに触れる。するとジェネレーターに寄生したネフィリムのコアが強く反応してフロンティアのエネルギーを未来たちの前に立つネフィリムに送る。

 

「食らい尽くせ!僕の邪魔をする何もかもを!暴食の二つ名で呼ばれた力を……示すんだ!ネフィリイイイィィィム!!!」

 

 ウェルの狂ったような雄叫びと共にネフィリムのコアが大きく脈動した。

 

 ────────────────────

 

 

『──────!!!』

 

 シンフォギアを纏っていても気を抜けば飛ばされていきそうな獣のような咆哮が衝撃波となって未来たちの肌を叩く。

 

「あれは、あの時の自立型完全聖異物なのか!?」

「にしては張り切りすぎだ!」

 

 目の前の巨大な魔物、フロンティアから得られた莫大なエネルギーによって巨大化したネフィリムを前にクリスと翼は痛む身体に鞭打ってアームドギアを構える。だがフロンティアに突入してからの連戦によって疲労し、加えてシンフォギアにも見逃せないレベルの傷が目立っていた。

 それを見て未来は二人と共に戦うためにフラつく身体を無理矢理立ち上がらせて胸に手を当て、聖詠を唱えようとしたが未来の目の前に見覚えのある手が遮った。

 

「未来は逃げてくれ。出来ないならせめて安全な場所で隠れてろ」

「なっ、それじゃクリスと翼さんが!」

「なぁに心配すんな!あたしも先輩もまだまだ戦える!」

「それに小日向は既に一度ギアを纏っている。今の貴女ではシンフォギアの連続使用と出力の上げた戦闘は命に関わる」

 

 クリスと翼の言っている事は正しい。

 未来の身体の中に埋め込まれた天羽々斬の破片による浸食はかなり前から深刻なものとなっていた。それこそ、纏うだけで全身に謎の痛みが走る程に。

 それなのに先程シンフォギアを纏い、あまつさえマリアを打ち倒すためにギアの出力も限界近くまで上げようとしていた。この時点で、未来が気が付いていないだけで天羽々斬の浸食率は大変なことになっているだろう。

 

「で、でも!二人で戦うのは!」

「ッ危ない!」

 

 それでも、と声を上げようとした未来だったが、それを遮るように翼の焦る声が響く。

 何事かと確認すると目の前の巨大化したネフィリムが口と思われる箇所を大きく開けると巨大な火の玉が生まれる。その火の玉はまだかなり距離があるはずの未来ですら熱く感じるほどの高熱を持っていた。当たればシンフォギアを纏っていない未来の命は無い。

 

「すまねぇ未来!」

「クリス?きゃっ!?」

 

 未来を抱き抱えたクリスは翼と共にその場から飛び退く。セレナたちもマリアを抱えて既に退避していた。

 直後、今まで未来たちのいた場所にネフィリムの放った巨大な火球が襲い掛かる。そして着弾した岩場は大きな爆発の後地面がまるで氷が溶けるようにドロドロに溶けてなくなってしまった。

 

 火球を回避したクリスたちはネフィリムの死角になる岩場の影に着地し、未来を降ろしてネフィリムの様子をうかがう。爆煙によりネフィリムも未来たちを見失っているようだがフロンティアと一体化している以上見つかるのも時間の問題だ。

 

「直撃すればシンフォギアを纏っていても危険か」

「ああ。そうだな」

「……やっぱり私も」

「その必要はありません」

 

 二人の意見を無視してシンフォギアを纏って戦おうとした未来だったが、その後ろから聞き慣れた声が聞こえて来る。

 声のした方に振り向けば丁度セレナがマリアを岩陰に寝かし終え、切歌と調と共に未来たちの元に近寄って来る姿が目に入った。

 

「マリアとセレナを助けてくれたのに、私たちは何も出来てないデス」

「だから今度は私たちもネフィリムと戦う」

 

 やる気を漲らせてアームドギアを力強く握る調と切歌。

 その後ろでセレナも優しい笑みを浮かべながらも確かな闘志が宿った目でネフィリムを見つめていた。

 

「ネフィリムは帰って来たマリア姉さんと私たちをまた引き裂こうとしています。もうあんな思いはしたくありません。だから、ここで私たちとネフィリムの因縁に決着をつけなければなりません」

 

 マリアは自分のために命を賭して戦い、そして散ったとセレナは思っていたが、そのマリアが紆余曲折あったとはいえ生きて再び自分の元に帰って来た。

 死んだと思っていた大切な人と再び会えたという起こり得ない奇跡と思っていたものが今まさに手の中にある。それをみすみす捨てる者はいるはずがない。

 

「私たちもお二人と共にネフィリムと戦います。ですから小日向さんは姉さんを守ってください。お願いします」

「「お願いします(デス!)」」

 

 セレナと切歌、調の三人が揃って未来に頭を下げる。

 マリアの事も相まって、その姿を見てはさすがの未来も無理をして戦闘に参加する事を躊躇してしまう。

 

「……分かりました。でも、三人も気をつけてくださいね」

「任せてください」

 

 渋々了承した未来を安心させるようにセレナは笑みを浮かべるのを見てからマリアのいる場所まで走る。

 未来とすれ違った後のセレナは切歌と調と共に翼とクリスのいる所まで歩き、そして五人が横並びになってネフィリムの方に身体を向けてアームドギアを構えた。

 

「まさか共闘する事になるとはな」

「はい。私もこうなるとは思ってもみませんでした」

「あたしはお前らが未来にやった事を忘れてねぇからな」

「うん。だから行動で示す」

「私たちの未来(みらい)の為に、まずはネフィリムをやっつけるデス!」

 

 五人とも満身創痍とはいかずともそれなりのダメージを負っているのにも関わらず戦闘の意思は弱まっていない。むしろ守りたい者のために負けられないため増している方だ。

 そんな五人のやる気を感じ取ったのか、砂塵の中でクリスと翼を探していたネフィリムがいきなり五人のいる方に身体を向けて再び咆哮を上げて戦闘態勢に入った。

 

「行くぞ!!!」

「「「「おう(デス)!!!」」」

 

 翼を筆頭に五人はアームドギアを構えたままネフィリムに向かって走り出す。それに合わせてネフィリムも両腕を大きく持ち上げてクリスたちを叩き潰そうと勢いよく振り下ろすが、巨大化した分小型の時にあったすばしっこさが無くなって動きが緩慢なため、ギアを纏ったクリスたちならば回避は難しいものではない。

 

『──────!』

 

 攻撃に移ろうとしたクリスたちだったが、その直前にネフィリムが咆哮を上げるとネフィリムの背中からフロンティアのエネルギーを利用して作られた無数のミサイルが放たれる。隙間は大きいがその数はとても容易に避けられるものではない。

 

「チィッ!おい!合わせるぞ!」

「!分かった……!」

 

『BILLION MAIDEN』

『α式・百輪廻』

 

 回避が難しいのなら全部落とせば良いというように、クリスは両手に大型のガトリング砲で、隣にいた調は小型の丸鋸の連射によって降ってくるミサイルの雨を迎撃していく。

 

「切歌ちゃん!」

「がってんデェス!」

 

 クリスと調が作った隙を見逃さずに、ミサイルを破壊した時の砂塵に紛れてセレナと切歌がネフィリムに向かって跳躍して短剣と大鎌をネフィリムに向かって勢いよく振り下ろした。だが振り下ろされた二つのアームドギアは金属同士がぶつかり合うような甲高い音をたてて弾かれてしまった。

 

「ッこれは!?」

「すっごく硬いデス!?」

 

 ネフィリムの体表に叩きつけたアームドギアから腕が痺れる程の衝撃が走る。アームドギアもあまりの硬さに刃こぼれを起こしてしまうほどだ。

 

「ならば!」

 

『蒼ノ一閃』

 

 セレナと切歌の一撃では傷一つ付けられないと悟った翼はネフィリムよりも高く跳躍し、手に持つ剣を巨大な剣へと変形させ、その刃にエネルギーを纏わせた翼は、剣を振るい一擲に任せて大きな蒼色の斬撃をネフィリムにぶつける。

 暴走した未来が圧倒した以前のネフィリムであれば今のセレナと切歌の一撃で傷をつけ、翼の一撃で致命傷を与えられていたかもしれない。いや、アガートラームを纏った今のセレナと以前よりも一段と強くなった翼であれば今ので十分撃破していただろう。

 だが現在のネフィリムはフロンティアと融合した事により超強化されており、その体表の硬度は以前と比べる必要が無いほどのものとなっていた。

 

「カスリ傷一つ無いだと!?」

 

 翼の渾身の一撃でも僅かにネフィリムをぐらつかせる事には成功したもののその程度。少しでもダメージを与えていれば希望はあったがその気配はない。むしろダメージは無くとも自分をふらつかせた事にネフィリムは怒り、攻撃の密度を増してしまうほどだった。

 

「翼さん危ない!」

「くっ!」

 

 全力とも言える一撃ですらネフィリムにダメージを与えられなかった事に一瞬惚けてしまった翼の元にネフィリムの巨腕が翼を押し潰そうと襲いかかるが、寸前でセレナの声に正気を取り戻してギリギリのところで回避に成功する。それでもあともう数秒正気に戻るのが遅れていれば翼の命はなかったかもしれない。

 

「すまない」

「お礼なら後です。今は」

「ああ。あれをなんとかしなくてはな!」

 

 再び並び立った二人のアーティストの前にネフィリムは巨大な壁として立ち塞がる。

 翼たち五人の瞳にはまだ諦めている様子はない。勝つまで戦おうという強い意思が映し出されていた。

 だがそんな気持ちを踏み躙るように、ネフィリムはその巨体を動かすのであった。

 

 ────────────────────

 

 ──同時刻 フロンティアジェネレータールームにて。

 

 

 クリスたちが必死になってネフィリムと戦っている様子をウェルはジェネレータールームに映し出されたモニターから笑みを堪えきれずに見ていた。

 

「出来損ない共が集まったところでこちらの優位は揺るがない!やれ!叩き潰せ!!ぶっ殺せ!!!ネフィリイイイィィィム!!!」

 

 狂ったような笑みを浮かべながら叫ぶウェルの姿はまさに狂人という名前が相応しい姿だった。

 

「見つけたぞ。この変態野郎!」

「誰が変態だ!?っと貴女は……」」

 

 せっかくの良い気分に水を差すような言葉にウェルは思わず声のした方に顔を向けながらツッコミを入れる。そして視界に入った声の主を見て意外そうに声をあげた。

 

「天羽奏さん、でしたか。それと確かツヴァイウィングのマネージャーさんでしたっけねぇ?」

「緒川慎次と申します。以後お見知り置きを」

「いや緒川さん、今は別に挨拶はいいから」

 

 かなり重大に場面だというのにいつものスマイルを浮かべたままの慎次が深々と少し芝居のかかった動作でお辞儀をする姿を見て気合十分でここまできた奏が思わずツッコミを入れてしまった。

 仕切り直しとばかり咳払いを一つしてから奏はウェルなら向かって指を突きつけた。

 

「もうお前に逃げ場は無ぇ。さっさと投降しな!」

「はっ!装者もいないというのによく強気でいられますねぇ!」

 

 強気な奏を嘲笑うかのようにウェル博士右手に持っていたソロモンの杖を掲げた。

 今の奏はシンフォギアを纏う事は出来ず、ノイズを召喚されれば打つ手がない。辛うじて慎次がいるため逃走は出来るだろうが、それは目の前にいる今回の事件の黒幕とも言えるウェルをみすみす逃す事になる。

 

「やらせるか、よ!」

 

 ウェルがノイズを召喚するよりも早く、奏は自身の足に力を入れて()()()()()()、飛び上がった床の破片を身体を捻りながら力の限り蹴る。その破片は弾丸並みのスピードとなり、今まさにソロモンの杖を起動させようとしたウェルの腕に直撃して無事ではない嫌な音がジェネレータールームに響いた。

 ソロモンの杖も大きく宙を舞い、コアの周りにある深い穴に落ちていく。これで単純な生身の戦闘のみでウェルが奏と慎次に勝つ手立ては無くなった。

 

「あああああ!!!僕の、僕の腕があああぁぁぁ!!!こぉんのクソアマがああああぁぁぁぁ!!!」

「ッ緒川さん!」

「お任せを!」

 

 普通の人間ならしばらく動けないような痛みが襲っているはずだというのに、ウェルは極度の興奮と想像を遥かに超えた痛みに一周回って痛覚が麻痺しており、血走った目を奏に向けながら近くにあった腰くらいまである石碑のようなものにネフィリムと融合した腕を伸ばす。だがウェルが石碑に触れるよりも先に慎次は携帯していた拳銃を取り出して引き金を引く。弾丸は法則を無視したような曲線を描いてウェルの腕の真下の地面に落ちた。

 

「はん!何処を狙って……っ!?」

 

 余裕の笑みを見せたウェルだがすぐに自分の異変に気づく。なんせ石碑の形をしたジェネレーターの操作板に触れようとしていた腕が宙に浮いたままピクリと動かなくなるのだから。

 

「貴方の好きにはさせません!」

「観念しやがれ!」

 

 慎次の影縫いに加えて頼みの綱であったソロモンの杖は奏の起点によりウェルの手から離れている。まだウェルの方が距離は近いが身動きが出来ない今取りに行く事は不可能。ウェルの持つ手持ちではこの場を乗り切る術はない。

 

「ッ奇跡が一生懸命の報酬なら、僕にこそおおおぉぉぉ!!!」

 

 目や口の端から血を流し、融合したネフィリムの腕からもパンパンに水を入れた風船に穴を開けたかの如く幾つもの場所から血が飛び散らせながらもウェルは翼や奏よりも練度が高い慎次の影縫いから脱っし、パネルに触れてしまった。

 直後部屋の中央にあるフロンティアのコアとなっている巨大なクリスタルが強い光を放ち始めた。

 

「お前ぇ!なにしやがった!」

「ふん。ただ一言、ネフィリムの心臓を切り離せと命じただけ……もう僕では止められない!フロンティアを落とすまでネフィリムは止められない!ふふふ、あひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

 ウェルの高笑いが響く。それに呼応するようにコアの輝きが増した。と思えばコアに集められたエネルギーが何処かへ送られていく。その先は当たり前ながら奏と慎次には分からない。

 

「こいつは……あたしらの手に負えそうにないな」

「悔しいですが今はここから脱出するのが先決かと」

「そうだな。でもその前に」

「アビャ!?」

 

 コアの前で笑い続けていたウェルの顔に奏は腰の捻りが乗った良い拳をめり込ませて気絶させる。その際人間の首からはしてはいけない音が聞こえた気がした慎次だったが、あえて何も言わなかった。

 

 気絶したウェルを慎次が軽々と担ぎ、いまだに輝きが収まるどころかむしろ増しているコアを置いて急いでその場から退避するのであった。

 

 ────────────────────

 

 クリスたちとネフィリムの戦闘はまさに激戦であった。

 シンフォギアによるクリスたちの猛攻は五人であっても十分国の保有する兵器と称して良い程の火力や戦略性があった。これがただのノイズの群れであるのならば体力が保つ限り負けることは無いだろう。

 だが、目の前にいるのはノイズですら無い。

 ネフィリムの剛腕から繰り出される拳は例えシンフォギアによって防御力が跳ね上がっていても直撃すればただでは済まない。下手をすれば命を落とすだろう。それに加えてミサイルや火球のような遠距離攻撃も有しており、それすらも直撃すると命に関わるものもあった。

 

「ッ雪音!ミサイルが来るぞ!」

「分かってらぁ!!!」

 

 直後、ネフィリムの背後から先程の無数のミサイルが翼たちに向かって襲いかかるが、クリスがガトリング砲とミサイルで迎撃する。ミサイルの数には圧倒的な差はあったが、無差別に撒き散らすネフィリムと違い、クリスは一瞬で最適な場所へ銃弾やミサイルを撃っているのでギリギリのところで迎撃に間に合っていた。

 

「切歌ちゃん、調ちゃん!」

「はいデス!」

「うん!」

 

『SUAVE†SABER』

『対鎌・螺Pぅn痛ェる』

『裏γ式・滅多卍切』

 

 ミサイルを撃つネフィリムの隙をついてセレナは高エネルギーを纏わせた短剣を、切歌は既に持っていた大鎌を更にもう一つ作り出して、その二つを合わせて一つとなった大鎌を、調はツインテール部の装甲から四本の長いアームを伸ばして巨大な回転する丸鋸を展開させて三人同時にネフィリムに斬りかかる。だが、それでもネフィリムの体表を僅かに傷つけただけで致命傷どころか痛手には程遠い。

 

「まだ終わらん!」

 

『天ノ逆鱗』

 

 翼は空高く跳躍し、セレナたち三人の同時攻撃に一瞬怯んだネフィリムの腹部を狙って蹴りを放つのと同時に巨大化した持っていた剣を片足にセットし、急降下していく。

 巨大化した剣はネフィリムの体表に突き当たり、大きくのけ反らせるが貫通するには至らない。

 

「だったらこれも持っていきやがれ!!!」

 

『MEGA DETH FUGA』

 

 ダメ押しとばかりにミサイルの雨が止んで手の空いたクリスがネフィリム目掛けて二本の巨大なミサイルを展開して放つ。

 ミサイルは翼の攻撃によって大きな隙が出来たネフィリムに向かって飛来し、そして巨大化したネフィリムの身体全体を隠してしまうほどの大きな爆発と爆煙を散らせた。

 絶唱と限定解除以外で今持てる全力の一撃を放ったクリスたち五人。これでネフィリムを倒していなければ勝利する確率は絶望的だった。

 ミサイルによる爆煙が徐々に晴れていく。クリスも翼も皆警戒を解かずにアームドギアを構えていると中から黒い大きな影が見え始めた。

 

「……やっぱり無理か」

 

 奥歯を強く噛んで歯軋りをするクリスの目の前には無傷とは言わないが、クリスたちの全力の一斉攻撃でやっと目に見える程度のダメージを負ったネフィリムが立っていた。

 

『──────!』

 

 咆哮と共に傷を負っていることを感じさせないほどネフィリムは両腕を振り上げて近くにいたセレナたちに向かって拳を振り下ろそうとした。

 

「やらせるかってんだよ!!!」

 

 元々翼や未来よりも体力が劣るクリスだが、身体に鞭打って両腕を上げた状態で静止していたネフィリムの顔面に向かってガトリングと小型ミサイルを集中砲火させる。さすがのネフィリムも目を狙われるのを嫌ったのか振り上げた両腕で顔を守る。その間にセレナたち三人は安全圏まで退避する。

 

「ありがとう」

「助かったデスよおっぱいの人!」

「だ、誰がおっぱいの人だ!?」

「雪音!そんな事は今は後回しだ!」

「そんな事ってなんだよ!?」

「切歌ちゃんも調ちゃんも真面目にやりなさい!」

「あう、ごめんなさいデス……」

「(え、なんで私も怒られたの?)」

 

 ほんの僅かな気の抜けるような話。その裏では、下手に黙ろうものなら目の前の巨悪に対して絶望に押し潰されそうになった心を落ち着かせるために無理矢理話しかけただけの事。仲間がいるだけでも精神は安定するものだ。

 それほどまでに追い込まれている五人だが、休む暇なぞ与えないと言うようなネフィリムの剛腕や火球による猛攻は続く。致命傷はなんとか避けられているがネフィリムにまともなダメージを与えられていないため五人の体力が尽きるのが先だろう。

 

 いつ誰が先に脱落するか分からない状況の中、未来はネフィリムの攻撃が及ばない場所の岩陰からクリスたちの戦いを見守ることしか出来なかった。

 

「(みんな押されてる……やっぱり私も)」

 

 今の自分が助太刀をしても何も変わらないかもしれない。

 例え多少の攻勢を見せたとしても浸食が限界を超え、シンフォギアが自分の命を奪うかもしれない。

 それでもただ見ている事だけなぞ、大切な仲間が傷つきながらも戦っているのに自分だけ安全な場所で見ているだけなぞ出来るわけがなかった。

 ギアを纏えば死ぬかもしれないという恐怖は勿論あるが、それ以上に誰かが死ぬ事の方が未来には耐えられなかった。

 

 意を決してシンフォギアを纏おうと眠るマリアをそっと地面に寝かせて未来たち上がり自分の胸に手を置き、聖詠を唱えようとしたが、その直前に何処からかエンジン音が響き渡った。

 

「なに?この音は──!?」

 

 周りを見渡そうと後ろを向いた瞬間、岩影が勢い余って僅かに宙に飛び上がった軍用車両が未来の眼前に現れた。

 急に現れた車両は荒々しい運転で砂煙を巻き上げながらも危なげなく未来を避けて綺麗にすぐ隣で停車する。

 マリアを守るように自身が前に出ながら未来は恐る恐る車両を覗き込もうと近づくと運転席から見覚えのある茶髪の髪をお団子状に結った女性の頭が見えた。

 

「はぁ〜い。怪我はなぁい?」

「了子さん!?」

 

 運転席からニッコリと笑顔を浮かべながらひらひらと手を振るニ課専属の研究者である櫻井了子の姿を見て未来は驚く。

 それも無理もない。本来了子は研究者のため何か必要なことがなければ戦場に出る事はまず無い。しかも今はネフィリムという巨大な化物がある中、弦十郎や慎次のような戦闘能力がない了子がここにいる時点でおかしい事だ。

 

「なんで了子さんが……」

「いやね。弦十郎君たちが乗っていった車の反応が消えちゃったの。多分あのネフィリムが暴れてるせいで何処かに止めてあったのが流れ弾で偶然壊れちゃったんだと思うけどね。それでぇ、急遽私がみんなを回収する為にここまで運転して来ちゃった」

「運転して来ちゃったって……」

 

 テヘペロッと舌を出す了子に未来は少々頭が痛くなったが、直後了子の目つきが真剣なものとなった。

 

「未来ちゃん……貴女、シンフォギアを纏ったでしょ」

「……はい」

「ならもう馬鹿な事を考えちゃダメよ。貴女の身体は貴女の思っている以上に深刻なの。例え検査で浸食が進んでいなくても本当はシンフォギアを纏ってはいけない身体なの。なのに検査もせずにまた戦おうなんて……自殺行為だわ」

「…………」

 

 了子の言葉に未来は押し黙ることしかできなかった。

 まだ人間としての意識がある時点でおかしいと思うほど浸食が進んでいる今、それでも戦おうとするのは自殺志願者以外の何者でもない。

 だが、一度決めた決心を覆すのは不可能だった。

 

「それでも……ッ危ない!」

「え?って嘘ぉ!?」

 

 誰になんと言われようとネフィリムと戦うクリスたちを救う為にもう一度刀を振るうことを譲らない未来だったが、その事を了子に伝えようとした直後、自分たちのいる場所が少し暗くなったことに気づいた。

 上を向けば近くで行われているネフィリムの戦闘の余波で吹き飛ばされた巨岩が今まさに未来と了子を押し潰そうと落下して来るではないか。

 

 クリスたちがネフィリムと相対している以上目の前の巨岩を破壊する手立ては未来のシンフォギアのみ。でなければこのままマリアを含めた三人は巨岩に潰される運命だろう。

 故に未来は今度こそはと聖詠を唱えようとしたが、それは三度阻止される。

 

「おおおぉぉぉりゃあああぁぁぁ!!!」

 

 未来と了子を飛び越えるように近くの岩場から朱い色の髪をたなびかせた人影が飛び出すと、人影は巨岩に向かって拳を突き出す。

 拳と巨岩がぶつかり普通ではあり得ないほどの轟音が響く。そして僅かな時間の静止の後、拳がぶつかった箇所から巨岩に大きなヒビが走り、そして砕け散った。

 砕けた岩の破片が落ちて来る中、未来と了子は後ろ姿が弦十郎のような頼りになる背中が重なった朱い色の髪の人影に目を向ける。それは二人のよく知る人物だった。

 

「奏ちゃん!?」

「どうしてここに──」

「いっっっったぁ!?」

 

 二人の声をかき消すほどの大声を上げて岩を砕いた本人、天羽奏は自身の右手を押さえてうずくまる。そこには先程の頼りになる姿は消え、なんなら涙目でもあった。

 

「おおおぉぉぉ……だ、ダンナみたいにいけると思ったけどあたしにゃ無理だった……」

「いえ、生身で岩を砕いただけでも十分すごいと思いますよ」

「緒川さん!」

 

 未来の背後からいつの間にか近くまで接近していた慎次が現れる。その肩には手枷をつけられ気絶しているウェルが担がれていた。

 

「ご無事で何よりです。しかし櫻井女史は何故ここに?」

「え?ああ……慎次君たちが乗った車の反応が消えたから私がみんなを迎えに来たのよ」

「なるほど。では僕たちの乗ってきた車両は使い物にならない可能性が高いですね。無駄足にならずに済みました。ありがとうございます」

 

 後ろで激戦を繰り広げ、なんなら先程のような巨岩が時たま降って来る中慎次は大変落ち着いた様子で了子の話に頷いていた。たまに小さな岩が落ちて来るが、未来たちに命中する前に慎次が目にも止まらぬ速さで振り向き、クナイや手裏剣で砕いて行くのだがあまりの速さで未来も了子も気づいていなかった。気づいているのは弦十郎に鍛え上げられた奏が辛うじて認識出来ている程度だ。

 

 再び岩が降って来る。今度は少し大きく、慎次の持つ忍具では砕くのは難しい為未来と了子を連れて離れようとしたが、その前に奏が岩に近づき、今度は蹴りで岩を粉砕した。

 

「……ここは危険だ。あんな怪物相手じゃあたしらは足手まといになる。悔しいけどさっさとここから退散するぞ!」

「あっ。あの岩陰にマリアさんが!」

「分かってるよ。あたしが連れて来るから緒川さんはその屑をさっさと車に連れて行って見張ってて。小日向も乗ってな!」

「は、はい!」

 

 それだけ言い残して奏は急ぎマリアがあると思われる岩場に近づいて少し見渡せばすぐそばの岩陰にマリアが眠っていた。

 マリアの詳しい事は奏も知らないが、今は救出する人物の一人として丁寧に抱き抱えようと身体を触ると、マリアの手からするりと何かが落ちた。

 

「これは……」

「急いで奏ちゃん!さっきから向こうの戦闘が激しくなってる!」

「すぐ行く!」

 

 車両で待っている了子の焦った声に奏も落ちた物を拾ってポケットにしまって急いで車の方へ走る。岩影から出れば了子の焦りが納得して出来てしまった。

 クリスたちが未来の元に了子や奏が来た事に気づいて、了子たちがネフィリムの視界に入らないようにわざと方向転換させるために少し大規模な技を放って注意を引いていたのだ。余波でネフィリムの近くの岩場が崩れているほどの威力の技を放っているのにダメージが入った様子は全く無いが。

 

「お待たせ!早く出して!」

「りょーかい!私のドラテク、見てなさい!……って未来ちゃん?」

 

 アクセルを踏もうとした了子だったが、いまだネフィリムと戦うクリスたちの方に身体を向けたままの未来がまだ乗車していない事に気づく。そして了子たちを置いて戦場の方へ歩き出そうとしていた。

 

「未来さん。何処へ行く気ですか?」

「勿論、クリスたちの加勢です」

「何を言ってるの!貴女の身体は既に異常なのよ!?下手をすれば死んじゃうかもしれない。そんな事になればクリスちゃんが悲しむわ!」

 

 未来を止める為に了子から普段出さないような怒号が出てくる。

 了子にしてみればフィーネに身体と意識を乗っ取られた自分を救い出してくれた人間だ。恩返しも何も出来ていない状態で未来が死に急ぐような選択をするなぞ認められるわけがない。

 それでも未来は自分の意思を曲げるつもり無く、例えこの場で死ぬ事になろうともフィーネから救った世界を、クリスを守る為の方法だと思ってネフィリムを道連れにするつもりであった。

 

「────待ちな」

 

 そんな未来を呼び止めたのは奏だった。

 

「止めようとしても無駄ですよ」

「目を見てれば分かるよ。……受け取りな」

 

 奏は先程拾ってポケットの中に仕舞っていた物を未来に投げ渡す。それは華麗な放物線を描き、未来の手元に落ちて来る。

 受け取った物を見ればそれは赤いクリスタルに紐が通されたペンダント、シンフォギアのペンダントだった。

 

「ガングニール?いえ、あれは別の場所で保管中のはず……まさか!?」

 

 奏がかつて纏っていたガングニールは現在仮設本部にて了子が担当として厳重に保管中のはずだった。例え奏が無断に持ち出そうとも警報を鳴らさずに取り出す事は不可能な程に。

 ならば今奏が未来に投げ渡したギアペンダントは何か。

 

「そうさ。マリアって奴が纏ってたシンフォギア……『神獣鏡』さ」

「無茶よ!第一未来ちゃんが神獣鏡を纏えるのか分からないのよ!?仮に纏えたとしても未来ちゃんの中にある天羽々斬の破片と何かしらの反応があれば命を落とすリスクがある!」

 

 神獣鏡がガングニールや天羽々斬のようにフィーネが作り出したシンフォギアであっても纏える人間を自由に選ぶ事が出来ない。クリスや翼の二人の完全適合者を発見出来ただけでも奇跡に近い。

 そんな低確率の中で、更に天羽々斬を体内に保有するという特殊な例である未来が神獣鏡を纏える可能性は低く、仮に纏えたとしても体内にある天羽々斬に何かしらの干渉すれば浸食が進み、最悪命を落とすだろう。

 

「でも了子さん。このままじゃどっちみち小日向はシンフォギアを纏うよ?生き残る可能性はあるけどそれは神獣鏡も同じ。ならもしかしたら天羽々斬に干渉せずに纏える可能性のある神獣鏡に賭けるしかないとあたしは思うけど」

「それは……」

 

 言い淀む了子であったが、部の悪い賭けだと言った奏自身分かっていた。

 天羽々斬を纏えば確実に浸食が進み命を落とす可能性があり。

 神獣鏡を纏えば適合せずに身体を甚大なダメージ又は未来の体内にある天羽々斬と干渉し合い、未来の命に危険を及ぼす可能性がある。

 未来が戦う意思を見せる以上どちらを纏おうとも命の危険があるのなら、神獣鏡が未来の身体に適合し、天羽々斬との干渉は全くの皆無である可能性に賭けるしかなかった。

 

「ありがとうございます。奏さん」

「礼なんて言わないでくれ。あんたが死地に行く事を止められないんだから」

 

 深く頭を下げる未来に対して奏は悔しそうに眉を顰める。

 本来なら力尽くででも未来を止めなれければならないのだが、奏もこの場にガングニールがあればすぐに翼の加勢に行くだろう。大切な人を失う気持ちは奏もよく分かっているためだ。

 だがフィーネとの戦いの後からガングニールは全く奏に反応する事はなく、LiNKERも拒絶反応が出ている。そのため奏が神獣鏡を使おうにも纏える確率は未来よりも格段に低い。

 それに未来に神獣鏡を渡すのは戦えない自分の代わり遠回りにネフィリム相手にボロボロになっても戦っている翼を助けるさせるためでもあった。そんな下心もある中で未来からの礼の言葉は素直に受け取ることが出来なかった。

 そして、未来もそんな奏の心情を理解していた。

 

「もう一度戦える可能性を示してくれただけでもありがたいです。後は私に任せてください」

「小日向……すまん」

 

 最後まで申し訳なさそうに目を伏せる奏に背を向けて未来はネフィリムの方に身体を向ける。その後ろ姿を了子も慎次もただじっと見つめていた。

 

(神獣鏡……クリスを、翼さんを、セレナさんを、暁さんを、月読さんを助ける力を)

 

 祈るように神獣鏡のギアペンダントを握る。だが頭に浮かぶはずの神獣鏡の聖詠は浮かばない。

 

(あの子が……響が生きていた世界を守る力を!)

 

 ペンダントを握る手に力が入る。少しだけ手の中で感じる熱さが力が入ってるからなのか、それとも神獣鏡が反応しているのか分からない。

 

(私に大切な人を守る力を!)

「!神獣鏡が!」

 

 慎次が未来の祈りに応えるように未来の手の中にあるギアペンダントが淡い紫色の光を放ち始める光景にいち早く気付く。

 紫色の光は徐々に強くなっていき、未来の身体を包んでいく。

 

「答えて……神獣鏡!」

 

 暖かくなるペンダントの眩く光る紫色の光が目を覆いたくなると程になるのと同時に頭の中に天羽々斬のものとは違う歌が未来の頭に浮かぶ。

 未来はその歌を心の思うがまま口ずさんだ。

 

 

 ──Reiz shen shou jing rei tron(鏡に映るのは 嘘か 真実か)──

 

 

 ────────────────────

 

 ネフィリムの猛攻を掻い潜り、クリスたちの攻撃は着実にダメージを蓄積させていたが、フロンティアから得られるエネルギーで自己再生を繰り返しているため決定打に欠けていた。

 

「くっ、まだ倒れないか!」

「頑丈すぎんだろ!」

「もう疲れたデスよ……」

「私も、身体が言う事を……」

「切歌ちゃん、調ちゃん!?あ、LiNKERの効果時間が!」

 

 フロンティアに上陸してからというもの、クリスたちはまともに休息を取っていない。そのため目に見えて動きが鈍くなっていく。特に切歌と調は仮設本部で投与したLiNKERを最後にずっと戦闘をしているため身体的な疲労と精神的な疲労も合わさりLiNKERの効果時間が切れる寸前となっている。もし今の状態で効果が切れればネフィリムの攻撃に身体が反応出来ずに致命傷は免れない。

 

「あッ!」

「切ちゃん!」

 

 ネフィリムの放ったミサイルから逃げていた切歌が疲労から足をつまづいてしまう。それを見たネフィリムはニタリと笑ったように調は見えた。

 倒れた切歌に向かってネフィリムは大量のミサイルを一点に集中させる。確実に切歌を殺す気だったが、それをクリスが許すはずがない。

 

「やらせるかよおおおぉぉぉ!!!」

 

『BILLION MAIDEN』

 

 切歌に降り注ごうとしていたミサイル群に向かってクリスの二丁のガトリング砲で誘爆を起こしながら破壊し、爆発はネフィリムの姿を隠すほどのものとなった。そのおかげで切歌の命は救われたのだが、そこでクリスの体力が尽きてしまう。

 

「うっ、く……」

 

 いつもなら楽々と持っていたイチイバルのアームドギアや纏っているギアもまるで鉄の塊でも持っているかのように重い。

 今すぐにでも眠りたいと思うほどの極度の疲労にクリスは一瞬だけ意識を失ってしまった。それが致命的であった。

 

「雪音!」

「ッ!」

 

 翼の声に意識が戻ったクリスは急いで頭を上げてネフィリムの様子を確認してすると爆煙の中から大きく口を広げて巨大な火球を生み出しているネフィリムの姿があった。

 逃げなくてはならないと頭では分かっても、一度疲労によって力が抜けてしまったためすぐに力を入れる事が出来ない。

 ネフィリムから火球が放たれる。位置的にも誰かがクリスを回収する事も出来ず、肝心のクリスは自分で動けない。

 死ぬつもりはないが迫ってくる火球を対処できず、このままでは高確率でクリスの命は高熱で溶かされてしまうだろう。なんとかして回避しようとするが身体はまだ言う事を聞かない。

 

「くっそ……ッ!?」

 

 一瞬後に訪れるであろう衝撃に目を瞑りながら待ち構えるクリスだったが、火球がクリスの元に到着する寸前に岩陰から人影が現れてクリスを抱き抱えると慣れた動きでその場からすぐさま離脱した。

 

 着弾した火球は周囲の岩を溶かし砂煙を巻き上げる。そんな光景をクリスを抱き上げた人影は近くの岩場の上で見下ろしていた。

 

「間に合ったみたいだね。クリス」

「なっ!?」

 

 クリスは自分を抱き上げる人物の姿を見て先ほどまでの疲労が何処へ飛んでいったのかと思うほど吹き飛んでいた。

 

「おま、未来!?」

 

 驚きで目を見開くクリスの目の前には、口を開いた獣の顎のようなヘッドギアを被り、背中には二つの長いケーブルのようなものを付けた黒に近い深い紫と僅かに見える白のシンフォギアを纏った未来の姿があった。




 とうとう神獣鏡を纏う未来さん。見た目はまだ原作G編仕様です。聖詠が少し違うのは原作未来さんと違い、色々な要因が混ざった結果ですので深く考えないでくだせぇ。
 戦い方が変わるため若干戦闘能力が低下する代わりに、天羽々斬とは違いギアペンダントからの変身のため侵食を気にせず、LiNKERも必要ない為長時間の戦闘可能に!これで未来さんはなんの気兼ねもなくクリスちゃんたちを守るために戦い続けられる!
……………だと良いね!!!


天羽々斬(刀)「オレの出番、もうないのか?」
ガングニール「良いじゃない。私は肝心な装者の内一人は原作主人公のはずなのに全く出番が無く、一人は纏えない。もう一人は私どころかアガートラームまで纏わせるつもりないみたいだし……」
天羽々斬(刀)「オレたち結構重要な役割のはずだよな?無機物だけど」
ガングニール「まだあの防人娘がいるじゃない」
天羽々斬(刀)「それオレじゃないし」
天羽々斬(剣)「(GXからは拙者の出番が増えるでござるな)」
ガングニール「原作では重大な役割のはずなのに何故こんなモブキャラのような扱いなのでしょうかね」
天羽々斬(刀)「だよなぁ……」
作者「(刀の方はまだ未来さんの体内にいるし、ガングニールは色々重大な役割残ってるんだよなぁ)」
※以上、出番が無さすぎて両手に天羽々斬(刀&剣)を持ち、ガングニールを纏った暴走するビッキーから必死に逃げる作者と道具なので何も出来ない聖遺物さんたちとのほのぼの会話でした。



次回  遥か彼方、星が音楽となった……かの日

やっとG編が終わる……かもしれない。










切歌「調の誕生日……間に合うデス?」
作者「……正直忘れてた(モチベさんが行方不明だったから許ちて)」
切歌「本音と建前逆Deathよ?」
作者「ハッ(゚∀゚)!」※絶唱したイガリマの一撃により無事魂消滅。


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