クレイジー・フード (炭焼き職人)
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第1話

 オレはモーレツに腹が減っている。

 どのくらい腹が減っているかというと『春一番でスカートのめくれ上がったオードリー・ヘップバーンがTバックだった』ぐらいモーレツだ。

 事の発端は昨日に遡る。高校生になってようやく自由に食戟ができるとあって、深夜まで食戟を行っていたからだ。そのこと自体に後悔はない。他の料理人が築き上げてきた物を吸収できて大満足だ。

 特に持っている技量をコピーされて涙目になっていたガチムチの先輩から得た物は大きかった。大きかったのだが・・・・・・今思えば一つぐらい黒髪ボインの先輩に食戟を申し込んでおけば良かった。

 

 それはさておき、そういう事情で昼間までずっと寝ていた。

 起きたときには腹と背中がくっつきそうだ。手早く身支度を整えたオレは、一直線に遠月学園の食材貯蔵庫へと向かった。

 ジャガイモ、玉葱・・・・・・遠月学園が購入しているだけあって、質も大きさも極上の物が揃っている。特に旬に成り立ての玉葱など、身がキュッと引き締まってて、手に心地よい重さが伝わってくる。

 茶色の()を纏う、白い肌のグラマー美人、最高だ。

 野菜の甘みを宿しながらも、ほんの少しピリッとした辛

 

「どうしてここに居るのかね?」

 

 全く、野菜達との逢引きを楽しんでいるというのに無粋な輩が居たものだ。渋々振り返ると、其処には初老の男性が立っていた。遠月グループ総帥、薙切仙左衛門である。魔王、とか何とか恐れられているらしいがオレにとっては無関係だ。とっとと消えろ、そしてオレに飯を!

 

「飯の材料調達に決まっているでしょ」

「そういうことではない。どうして()()()()()()()()()()ここにいるのかと聞いている」

 

 しまった。そう言えば今日は始業式だった。食戟をやっていたオレに忠告してきた同級生が居たが、そんなもんクソ喰らえと言って意に介さなかった筈。

 仕方ない。毒を食らわば皿まで。嘘をつくなら堂々と。

 

「始業式なんてダルいことやっている暇があったら飯作ってたほうがマシでしょう?」

「・・・・・・ふむ」

 

 総帥があごをさする。緊張の瞬間だ。

 

「高校生になって即座に食戟を挑むほど研鑽の志に溢れていた、ということだな」

 

 なにやら変な勘違いをしてくれたようだ。そもそもオレの作りたい食事は総帥の目指すような美食とは程遠いというのに。

 抗弁するのも面倒だ。適当に頷き、目線で『早く切り上げろ』というメッセージを送る。

 

「そうだな、儂も小腹が空いていたところだ。一品作ってくれないかね?」

 

 一人分作るのも二人分作るのも別に大差ない。ぐちぐち説教されるよりかはずっと良い。

 適当な籠に食材を放り込んで、オレ達は貯蔵庫を後にした。

 

 近くの調理場に入り、材料を並べる。ジャガイモ、玉葱、コンソメ、合い挽き肉、サラダ油、バターだ。

 ジャガイモを大きめに切って茹でる。竹串がすっと入るぐらいが目安だ。引き上げたジャガイモを荒く潰しておく。

 次は玉葱だ。甘みが強い新玉葱は微塵切りにした後、バターでさっと炒めるにとどめる。やり過ぎるとただ甘いだけの食材になってしまう。同時に合い挽き肉も塩こしょう、スパイス、コンソメで炒めておく。

 以上3つをあわせて形を作る。溶き卵をくぐらせてパン粉をつけ、油に投入だ。

 耳と目で揚げ具合を見極め、最適なタイミングで取り出す。

 良い香りだ。腹が一層減る。

 

「日野洋二特製、牛肉コロッケだ。冷めない内にガブッといってくれ」

 

 総帥とオレは同時にコロッケに食らいつく。火傷しそうな熱さと、口に広がる旨さ。ほくほくとしたジャガイモは、コンソメやスパイス、合い挽き肉の脂と相まって非常に美味しい。我ながら惚れ惚れするおいしさだ。たまらず2つ、3つと口の中に消えていった。

 気づいた時には、バットの上のコロッケは姿を消していた。

 総帥は何故か上着を脱いでやがる。むさいし暑苦しいのだから、脱ぐのは自宅でやって欲しい。

 

「ご馳走様。非常に良い出来だった」

「はいはい、お粗末様」

 

 扱いがぞんざい?人の飯を邪魔した上ただ食いした奴に振りまく愛想など、生憎オレは持ち合わせていない。その点なら昨日の食戟の審査員なんかそうだ。人の作った飯をただ食いしたあげくあーだこーだと批評しやがって。

 そもそも料理の腕を比べるだけなら互いに食い合えばいいじゃないか。自分の作った方が旨いと相手に認めさせるだけの絶対的な美食。審査員なんぞちりとりで集めてゴミ箱に入れてしまえ。

 オレの興味は対戦相手の料理の技量だけなんだ。

 とまあ気焔を吐いてみたものの行き場が無くなって倦怠感となるだけなのだが。

 

 いつの間にか総帥は姿を消していた。

 さて、これよりはオレの、オレによる、オレの為だけの料理だ。残った材料に手を伸ばすと

 

『没収』

 

 とだけ書かれた達筆なメモが残っていた。

 



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第2話

(今回の料理描写は)ないです。


 そんなわけで食材を没☆収されたオレはがっくりと肩を落としながら授業へと向かった。一応断っておくがアレはちょろまかした物では無い。食戟で巻き上げた金で購入した物だ。

 

 授業は特筆すべき事など無く終わった。無論最高の出来で提出したとも。

 オレは今日教わった料理の中に使えそうな技法がないか、応用が利かないかどうか一人で考えながら寮へと帰還した。

 

 部屋へと一直線に向かい、横たわって思索の続きを行う。吸収した物はちゃんと手帳に書き込んでいる。メモし終わると天井の染みを数え始めた。天井の染みを数えていると不意に実家の事を思い出した。

 妹は上手くやっているだろうか。友達は出来ただろうか?いずれ友達と二人合わせて旨い飯を食わせてやりたい。これぞ親子丼ならぬ妹友(いもとも)丼。

 うん、語呂が悪い。というかそれではオレが妹たちを食すことになってしまうではないか。据え膳喰わぬはなんとやらと言ったけど、流石に妹の世界を壊すことはしたくない。

 まずい、最近【自家発電】していないせいで思考が変な方に走りがちだ。

 というよりなんなんだこの寮は。壁が薄くてロクに【自家発電】もできやしない。

 それに寮生の榊涼子。けしからん、あのおっぱい。

 なんてことを考えていると突然天井がずれ、中から褌一丁の青年が姿を現した。

 

「やあ、日野君。始業式はどうしたのかな?いつまで待っても写真が撮れず困ってたんだよ?」

「いや始業式なんて面倒くさいじゃん?」

「建前はわかった、本音は?」

「寝過ごしてました」

「そんなところだろうと思ったよ」

「すみませんねぇ問題児で」

 

 そう言って一色先輩は天井裏からぬるりと降りてきた。真っ昼間から裸になって、榊、田所の裸なら大歓迎だというのに。吉野?フッ、すまんが貧乳は問題外だ。

 と思っていると一色先輩は持ってきた着替えをオレの前で着始めた。じゃあ最初っから裸になるなっつーの。

 

「そう言えば編入生のこと、聞いているかい?」

「始業式出なかったオレへの当てつけですか、ソレ」

「ふふ、まさか。かわいい後輩をいじめるわけないじゃない」

 

 この人が虐めるって言うとどこからかガチホモが沸いてきそうで怖いんだよなぁ・・・虐められるなら高飛車チョロインお嬢様・・・あの理事長の娘とかどうだろう。パツキン巨乳でチョロそうなんだよなぁ・・・・・・そうだ、総帥のことを思い出したら腹立ってきた。オレのコロッケを勝手に食べやがって。

 機会があったら(んなもんねぇよ)あの娘に旨い物食わせてあひんあひん言わせてみようか。

 

「で、その編入生がどうしたんですか?」

「それがね、その編入生『てっぺん以外興味ない』って言い放ったようだよ」

「ほーん」

「あれ、興味なさげだけど」

「え、興味持つと思ってたんですか?」

「そう言えばそうだったね。『金持ち一人に料理作るより、普通の人10人に飯作る方が10倍マシだろ常考』だろ?」

 

 よくわかっていらっしゃる。まあそんなこんなで駄弁り、風呂に入って汗を流すと窓の外は大分暗くなっていた。

 

「おっと、そろそろ丸井君の部屋に行っててくれ。入寮生の歓迎会だよ」

「入寮生?」

「そ、さっき話した編入生」

「!?」

 

 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『先輩はオレと一緒にずっと喋っていると思ったらいつのまにか入寮生の情報を掴んでいた』な・・・何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった・・・。頭がどうにかなりそうだった・・・。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・。

 

「ん、どうしたのかな?」

「いや、何でもないです」

「そうかい?なら部屋に向かっててくれ。僕は入寮生を迎えに行くから」

 

 丸井の部屋には既に殆どが揃っていた。伊武崎、佐藤、青木、丸井。4人は丸井の部屋に散らばった本を整理している最中だった。オレも近くの本を拾って、ラベル順に本棚に突っ込んでいく。すると青木が話しかけてきた。

 

「おう日野。始業式すっぽかすなんて相変わらずだな」

「別に良いだろ?見所なんて首席殿のおっぱいぐらいだろ」

 

 顔を見合わせてゲラゲラと笑う。たぶん外から見たら悪魔の顔をしてるんだろう。伊武崎がどん引きしている。

 

「んで、今日出すメニューは考えているのか?」

「お、偵察か?」

「おう、メニューが被らないようにな・・・被ったらお前のは見向きもされなくなるだろうし」

「あ!?」

「お!?事実を言って何が悪い?」

「あん?事実と空想を取り違えてるのか?」

 

 オレと青木がにらみ合いに突入する。すると後頭部に衝撃が走った。

 

「こら、また通行人さらって食戟する気?ふみ緒さんに怒られたの忘れたの?」

「「げぇ、吉野!」」

「何が『げぇ』よ。迷惑被るのあたし達なんだからさ、もっと自重してよ」

「「チッ、うっせーなー・・・反省してまーす」」

「あんたら・・・・・・」

 

 こめかみをぴくぴくさせる吉野。そんなに怒ってばっかだと皺が増えるぞ。

 吉野は疲れたようにベッドに座る。榊は既にコップにジュースを注いでいた。

 ドアがノックされ、開く。一色先輩に連れられて赤髪の少年、田所が入ってきた。

 

「さて、幸平君。極星寮へようこそ」



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第3話

 月光が寮生達の寝顔を照らす。

 皆様夜に弱すぎでは無いでしょうかね。オレは勿論昼過ぎまで寝てたので全然ぴんぴんしております。世の自宅警備員達はこうやって夜型の生活になっていくのだろう。

 今夜の飯はふみ緒さんのぶり大根、伊武崎の燻製三種、青木のかき揚げだ。かき揚げは特にこれといって特筆すべき事はない。オレの得意料理は揚げ物だし、もっと上手く作れるだろう。

 燻製は中々と言ったところだ。榊の米ジュースがもっと辛口ならより良かっただろう。ぶり大根はその点きっちりとジュースに合う味付けだった。

 

 唐突に一色先輩が

 

「もう料理が尽きたね。鰆の切り身があるんだ。僕が何か作ろう」

 

 と言って裸エプロンのままキッチンへと向かう。オレと幸平だけが残された。

 こちとら初対面の同級生と話すネタなんか持ってないっつうのに。

 

「そう言えばさ」

「はい?」

「お前の得意な料理って何があるんだ?」

「揚げ物だが・・・・・・それが?」

「そんじゃさ、揚げ物のコツ教えてくれないか?揚げ具合を見極めるコツとか、温度の調整方法とかさ」

「わかったわかった。そんなにがっつくな、ステイ、ステイ」

 

 食い入るように色々と聞いてくる幸平に、多少うんざりしながら質問に答えていると、一色先輩が料理を持って帰ってきた。傍目から見たらオレが襲われているようにしか見えないこの光景を見て、

 

「早速親睦を深めてるね、良いことだ」

 

 とのたまった。どこに親睦を深めている要素があるのだろうか。もしかしたら一色先輩は真性のホモなんじゃなかろうかと思っていると、目の前に皿が差し出された。

 

「どうぞ、召し上がれ。『鰆の山椒焼き ピューレ添え』だ」

「「いただきます」」

 

 柔らかくしっとりとした鰆に箸を入れ、ピューレをつけて口に運ぶ。口の中に鰆の上品な脂と少しピリッとしたソースの味が広がった。柔らかな甘みが鰆の脂と合っていて、それに加えて山椒が豊満になりがちな味を締めている。

 一色先輩の料理を味わっていると、幸平も一品作り上げて持ってきた。どうやら一色先輩が幸平を焚きつけたらしい。

 

「完成だ!「ゆきひら」裏メニューその20改!『鰆おにぎり茶漬け』だ!」

 

 注いでいるのは出し汁の代わりに梅昆布茶。一口食べると、口の中で鰆が踊るようだった。淡泊な筈の鰆が非常にジューシーになっていて、噛めば噛むほど旨みが出る、というやつだ。

 

「幸平君。君、ポワレを使ったね?」

「「「ポワレ?」」」

 

 榊、吉野、幸平の声が重なる。幸平は自分でやっておいて驚いているのだから大したものだ。話を聞くところによると幸平は親から習ったらしい。

 ちなみにポワレとは素材の上からオリーブオイルなどを掛けて均一に焼き色を付ける技法で、魚はバリッと仕上がる。幸平曰く、ご飯と一緒にザクザク食うのもいいし昆布茶に浸して少ししんなりさせるとまた違う食感が楽しめる、らしい。

 まあ含蓄は置いといて、確かに旨い。

 一色先輩に至っては裸エプロンのくせに、そのエプロンが殆どずり落ちている。するとその一色先輩が思いついたようにこちらを振り返った。

 

「そうだ、折角だし日野君も何か一品作ってみないか?」

 

 起きてきた寮生共が期待に満ちた目でオレを見る。やめろ、やめてくれ。オレは自分の食べたい飯だけを作りたいんだ。

 うるんだ子犬の目もこいつらには通じない。オレは覚悟を決めて厨房に立った。

 

 さて厨房に立ったは良いが何を作ろうか。こんな深夜にカロリーたっぷりな飯はそぐわないだろう。

 とりあえず冷蔵庫を物色してみる。にんじん、大根が少々、筍、たらの芽、きゃべつ、菜の花。

 よし決まった。後先考えずにばくばく食ってた暴食共の面倒を見てやろう。

 まずはたらの芽と筍の灰汁を抜く。同時に菜の花をボイル、それと昆布、鰹の出し汁を用意しておく。

 次にカットしたにんじんを出し汁にぶち込んで圧力鍋。直ぐに煮込みができる優れものだ。

 灰汁を抜いたたらの芽と筍、ボイルした菜の花を出し汁に入れて一煮立ち。片栗粉を入れて少しとろみをつけておく。

 

 それとは別にソース(と言う呼称がふさわしいかは疑問だが)を作る。

 春キャベツに大葉少量を混ぜてフードプロセッサーにイン!

 

「ゲーハッハハ!!顕現せよ!和風ピューレ!」

 

 魔王のごとき哄笑をあげるオレを、寮生共は哀れな目つきをして眺めていた。ったく、お前らの為に作ってるんだぞ。ちっとは感謝してくれ。

 

「一色先輩、あいつ、いつもああいう感じなんすか?」

「ん?日野君の場合、アレがデフォルトだよ?」

 

 煮物の上に大根おろしをすり下ろし、和風ピューレをほんのすこしかけた後、柚皮を削る。

 

「できたぞ。料理名はそうだな・・・・・・『春山菜のみぞれ煮』ってところか」

 

 一口。幸平達の目がカッと見開く。そして一気に表情が和らいだ。

 

「「美味い・・・・・・」」

 

 オレが作ったのだから美味いのは当たり前だが、やはりこうストレートにほめられて悪い気はしない。

 

「山菜の甘みを引き出しながら苦みを抑え、とろみのついた出汁と絡まっている」

「そして柚皮、大根おろし、ピューレで色々な味を楽しめるのね」

「しかもそのどれもがお茶漬け、山椒焼きに合っている」

「良くも悪くも完結した品を膳へとまとめあげる料理の腕、さすがだね日野君」

「これでもうちょっと素行がしっかりしてると良いんだけど」

「ほっとけ」

 

 ったくちょっと見直したと思ったらこれだよ。素直に賞賛することが出来ないのかねこの寮生共は。

 一色先輩が両手をパンと叩く。

 

「それじゃ、そろそろ解散としようか」

 

 既に日付は一つ進んでいた。



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