巡視船しきしま船長の死に戻り (スカツド)
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第1話 瀬戸船長の憂鬱

中央暦1642年6月30日 グラ・バルカス帝国 レイフォル地区

 

 海上保安庁巡視船しきしまの船長、瀬戸衛の生命は今や風前の灯火だった。

 壁際に立たされたうえ目隠しまでされるとこの先に何が起こるかは容易に想像が付いてしまう。戦争映画とかで良く見かける銃殺刑って奴だ。

 タバコでも咥えさせてくれたら絵になったのになあ。目隠しは断れば格好良かったかも知れんぞ。死ぬ前に何かコメントとか求められたらどうしよう? いろんな考えが次々と脳裏に浮かんでは消えて行く。

 

「捕虜たちよ。今からおまえたちの処刑を行うが最後のチャンスをやろう。先ほど聞かれた事柄について何か話す気があれば申し出るがよい」

 

 グラ・バルカスの外交官シエリアとかいう女の声が聞こえて来た。目隠しで顔は見えないが例に寄って酷い厚化粧をしているんだろうなあ。瀬戸は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。

 

「もういないのか? これから殺されちゃうんだぞ? いくつか簡単な質問に答えるだけの簡単なお仕事だ? こんなチャンスは二度とないぞ?」

 

 今になって急に話すっていったらあのケバいオバちゃんはどんな顔をするんだろうか。想像した瀬戸は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。

 

「そうですか…… ならしょ~がないですねぇ~」

「ふっ…… 今日は死ぬにはもってこいの日だ……」

 

 瀬戸は小さく呟くと不敵な笑みを浮かべる。

 

「構え~っ! 撃てぇ~っ!」

 

 シエリアの絶叫と同時に轟音が響いた瞬間、瀬戸の意識は唐突に途切れた。

 

 

 

 

 

「うわらば!?」

 

 瀬戸が目を開けると蛍光灯や火災報知器、パンカールーバー、エトセトラエトセトラ…… 雑多な物が目に飛び込んで来た。

 

「知らない天井だ…… って! いやいやいや、これって巡視船しきしまの船長室じゃんかよ。ここって死後の世界なのかしらん?」

 

 瀬戸はベッドから体を起こして周りを見やる。毎日使っているふかふかのベッドは普段と全く変わりない寝心地だ。

確かグレードアトラスターとかいう戦艦大和モドキに沈められたのが四月二十五日だったから二ヶ月ぶりの懐かしいベッドの感触に瀬戸は……

 

「って、いやいやいや! しきしまは沈んだんだよぉ~~~!」

 

瀬戸は自分で自分に激しい乗り突っ込みを入れた。

絶叫は部屋の外にまで聞こえていたらしい。ドアが四回ノックされ、ちょっと心配そうな声が聞こえて来る。

 

「船長、どうかされましたか? しきしまは沈んではおりませんが?」

「ああ、何でもない。ひとりごとだよ、ひとりごと。マジレス禁止」

 

 足音が去るのを確認した瀬戸はベッドサイドのデスクに置かれたカレンダー付き時計に目を向ける。

 

「三月一日ですと?! 確か日本を出港したのが四月十日だったっけ? んで、沈んだのが四月二十五日だったような。これってもしかするともしかして…… 死に戻り!」

 

 普通なら夢かと疑う場面だろう。だが瀬戸にとっては大和モドキに沈められてから二ヶ月間の記憶は余りにもリアル過ぎる。あれが夢だったと考えるくらいなら今の方がよっぽど夢っぽい。そもそも異世界転移の時点で常識なんて通じない世界に来ているんだし。

 

 とにもかくにも現状を把握せねばならん。これが死に戻りだとすると何もせずに手をこまぬいて…… こまねいて?

 どっちだ? どっちが正しいんだ。確か戦前の国語辞典で『こまねく』を載せているのは非常に少なかったんだそうな。だとすると伝統的な用法は『こまぬく』で決まりだな。

 

 それはそうと取り敢えず初回は様子見してみるか? おそらく死に戻りに回数制限はないだろう。だとするとランダムな要素がどれくらあるのかを見極める所から入って見るのが吉かも知れん。

 瀬戸船長は身だしなみを整えると船長室を後にした。

 

 

 

 石橋を叩いて渡る慎重派の瀬戸船長は詳細な記録を取りながら死に戻りを五回繰り返す。

 その結果、分かったことはランダム要素は発生しないということだった。こちらが積極的に流れを変えない限りイベントは決まって発生し、その時刻には秒単位のズレすらない。

 とは言え、捕虜になった後には楽しい事など何一つとして起こらない。なので二周目からはスルーを決め込む。船が沈んだらさっさと自決してループを強制終了させ、とっとと次の周回に進むのだ。なぜならば最終的な目標は撃沈を回避することなんだもん。撃沈された後のルートに進む気なんてこれっぽっちも無いんだからしょうがない。

 

 

 

七周目 中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 そろそろ下調べは十分だろうか。ここに至って瀬戸船長は初めて積極的な行動に出た。先進十一ヵ国会議に紛れ込む事にしたのだ。

 

 会議が始まって暫くするとエモールの竜人が占いの結果を発表する。いつもに…… いつにも増してケバい化粧のシエリアおばちゃんがバカ笑いして会議が紛糾した。

 

「グラ・バルカス帝国、帝王グラルークス様の御名において宣言する。我らに従い我らと同化せよ。抵抗は無意味だ。従わぬ者には容赦せぬ。沈黙は反抗とみなす!」

 

 シエリアが絶叫するように金切り声を上げる。

 一瞬の沈黙を破って瀬戸が不規則発言をした。

 

「いま『従わぬ者には容赦せぬ』と言いましたね? 我が国は貴国に服従する気は毛頭ありません。すると貴国は我が国に容赦しないということになる。今の言葉は宣戦布告と受け取って宜しいか?」

「如何にも。そう受け取ってもらって結構だ」

 

 ドヤ顔のシエリアが顎をしゃくる。

 取り敢えず言質を取ったどぉ~! 瀬戸は心の中で絶叫した。

 

 外務省の近藤と部下の井上が呆れた顔で振り返る。

 

「瀬戸船長。いったい何でこんな所にいるんですか? それに勝手に発言しちゃいけませんよ」

「ですけど今、連中がはっきり言いましたよね? 日本に宣戦布告するって」

「そ、そうですね。大至急、本国に報告しなきゃなりませんよ。船長もすぐ船に戻って不測の事態に備えて下さいな」

「了解しました。グラ・バルカスからの宣戦布告の件、間違いなく伝えて下さいよ」

 

 

 

 巡視船しきしまに戻った瀬戸船長は丸二日間を掛けてフォーク海峡の出口付近を徹底的に調べさせた。

 港町カルトアルパスが位置するのはミリシアルの最南部だ。街の東と西からは南に向かって長さ六十キロもの半島が伸びている。その出口は幅十四キロといったところだろうか。

 しきしまには二機のヘリや二隻の警備艇が搭載されていた。これらを使って両岸の地形や水深を微に入り細にわたってとことんまで嗅ぎ回らせたのだ。

 

 グラ・バルカスが会議で全世界に宣戦布告したのが四月二十二日。

 ミリシアルの第零式魔導艦隊が一方的にボコられたのが四月二十三日。

 四月二十四日は特にこれといった事は無かった。

 

 

 

 そして運命の四月二十五日。例に寄って瀬戸船長は議場の隅っこに潜り込んで聞き耳を立てていた。

 先進十一ヶ国会議の冒頭でミリシアルは魔導艦隊がボコられた事を発表する。

 だが、会議の開催地をカン・ブラウンに移したいと言った途端に各国代表が猛反対を始めた。この場に留まって迎え撃とうと言うのだ。

 集団での意思決定は責任感が分散されるので危険性の高い選択肢を選びやすくなるらしい。この現象をリスキーシフトというそうな。

 

 

 

 瀬戸船長の持つ前回までのループ記憶によればこの後、船で四時間以上も無為な待機を強いられるはずだ。そして散々待たされた挙げ句に本国から届いた指示は退避命令だ。だが、ほぼ同時にグラ・バルカス艦隊がカルトアルパスの南百五十キロを北上中との報告が入って来る。

 海峡の奥行きは六十キロくらいだ。ってことは海峡入口から九十キロ南にいるんだろう。

 

 二十五ノットのしきしまが六十キロ南に進んで海峡を抜けるのに必要な時間は七十八分。その間に二十七ノットの大和モドキは六十五キロほど進める。ということは海峡の二十五キロ南までしか来れない。

 四十六センチ砲の射程は四十二キロもあるから射程内ではある。けれども煙幕を張りながら逃げに徹すれば逃げれんこともないかも知れん。

 まあ、今回は捨て回だ。適当にやってみよう。

 

「大使を船から放り出せ。緊急発進するぞ。急げ急げ急げ!」

「他国の艦隊とは行動を共にされないのですか?」

「そんなの知ったことか!」

 

 

 

「日本国、巡視船出港! 日本の船はなんであんなに急いでいるんだろうな?」

 

 港湾管理者ブロンズは唖然とした顔で見送る事しかできなかった。

 

 

 

 しきしまは海峡入口を目指して二十五ノットで南下する。暫く進んだ所で魔信から声が聞こえて来た。

 

「グラ・バルカスと思しき飛行機械が南西よりカルトアルパスに接近中。距離七十海里、数およそ二百!」

「二、二百だと!」

 

 ここまでは瀬戸船長の記憶と寸分違わぬほど一致している。問題は一隻だけで先行した影響がどれくらい出るのか出ないのか。そこが問題だ。

 とは言え、所詮は捨て回。データさえ取れればどうでも良いんだけれど。

 

「西方向、低空より敵機接近。数…… 二十四!』

 

 しきしまに搭載されたOPS-14レーダーもグラ・バルカス機の姿を捉える。

 海峡の西に伸びる半島の尾根を掠める様に越えて現れたのは…… 全て雷撃機らしい。

 まあ、こっちには直援機なんて一機もいない。だから護衛戦闘機なんて全く持って必要ないんだからしょうがない。

 

「って言うか、しきしまだけに二十四機も向かってくるですと? 今までと違うパターンやないかい!」

「船長、餅付いて下さいな。慌てたって何にもならないですよ」

「そ、それもそうだな。捨て回、捨て回。気楽に行こうや。それにしても奴らの雷撃機は九七式艦上攻撃機にくりそつ(死語)だよな。だとすると搭載している魚雷も九一式航空魚雷にくりそつ(死語)なんだろう。だとすれば射程は二千メートルしかない。もしかすると千五百メートルに減らされた改良型かも知れんしな。なんでそんなに短いかっていうと旧日本海軍では千メートルくらいまで近付いてから魚雷を投下していたんだとさ」

 

 ドヤ顔を浮かべた瀬戸船長は顎をしゃくる。だが、副長は人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮べると鼻を鳴らした。

 

「ふ、ふぅ~ん。船長って顔に似合わず意外と物知りなんですねえ。ちなみに三十五ミリ機関砲の有効射程は三千五百メートルでしたっけ。雷撃機が時速三百六十キロだと仮定すれば秒速百メートルだから…… 二十五秒も射撃時間がとれますよ。二基四門で九百発は撃てますね」

「って言うか、即応弾が一門当たり二百八十発しかないんだもん。どのみちそれ以上は無理だな。あとはJM61二十ミリ機関砲の有効射程が千五百メートルくらいあったっけ。もし肉薄されたら五秒くらい射撃時間が取れるので四十発くらいは撃てるな。一機か二機くらいなら落とせるかもしれんぞ」

「敵が雷撃コースに入ったら艦首を四十五度くらいに向けましょう。そうすればJM61が二門とも使えるからちょっとだけお得ですよ」

 

 雷撃機は高度数十メートルまで緩降下するとまっすぐに向かって来る。あいつらは対空砲火とか怖くないんだろうか。まあ、怖くても我慢するしかないんだろうけれど。

 ちなみに雷撃隊の損耗率は非常に高い。とてつもなく高い。第二次大戦初期で三~五割。末期の昼間攻撃だと九~十割にも達したそうな。

 搭乗員だって死にたくはないわけで機体を左右に横滑りさせて回避行動を取ったらしい。弾が三千五百メートル先まで届くのに三秒くらいは掛かる。だからこれはかなり有効な作戦だ。とは言え、重さ八百五十キロもある航空魚雷を抱えているのでそれほど機敏には動けない。それに上下方向に動くのは非常に難しい。なので迎撃する側としては左右に適当に弾をバラ巻くだけで済むだけの事だ。

 

「敵は十二機ずつの二波に分けて攻撃する気らしいですね。間もなく三千五百メートルに入ります。うちぃ~かた…… 始め!」

 

 第二次大戦中にドイツが使用していた三十ミリMK108機関砲は一発で戦闘機を撃墜できたそうな。日本陸軍のホ二〇三という三十七ミリ機関砲に至っては一撃で四発重爆撃機を撃墜できたらしい。

 三十五ミリ弾の破壊力もそれらに負けないくらい強烈だ。四門あわせて毎秒三十七発ほど発射される弾丸は両端から雷撃機をバタバタと落として行く。事が終わるまで五秒と掛からなかった。

 

「ぜ、全滅? 十二機の雷撃機が全滅? 五秒もたたずにか?」

「余裕でしたね。もしかして二十四機が一度に来てても何とかなったんじゃないですかね」

「それくらいなら何とかなったかも知れんな。ただ、敵の航空戦力はトータルで二百六十機くらいだったはずだ。そんな数の雷撃機と急降下爆撃機が一遍に来たらアウトだぞ」

「三分の一くらいは戦闘機なんじゃないですか? まあ、雷撃機と急降下爆撃機が八十機ずつやって来たら詰みますけどね。アッ~! 残った連中も来ましたよ…… はい、終了」

 

 低速で雷撃コースを直進する九七式艦攻モドキは動く標的以外の何物でも無い。敵とは言え、ちょっと憐れみすら感じてしまうほどだ。

 

 雷撃機を片付けた巡視船しきしまはフォーク海峡出口の東側に移動すると隠れて待機する。

 待つこと暫し、こっそり先行させていた警備艇から無線で報告が入って来た。大和モドキが海峡に近付いて来るのが見えたんだそうな。大慌てで警備艇を回収すると大和モドキに向かって二十五ノットで突撃する。距離は約七キロだ。

 大和モドキは正面のミリシアルやムーの艦隊と盛んに砲撃戦を行っている。当然と言えば当然だが圧倒的に優勢らしい。だが、そちらに気を取られていたせいだろうか。しきしまの接近に気付くのが少しだけ遅れたようだ。

 距離は約六キロ。向こうも慌てているのだろう。盛んに副砲や高角砲を撃って来るが照準が甘い。

 

「撃ち返せ! 敵の進行方向に頭を向けろ。艦尾の三十五ミリも使える様にするんだ」

「了解!」

 

 流石に六キロも離れていると三十五ミリの散布界はかなり広がっている。だが、三千五百メートル離れた戦闘機を狙える代物だ。六キロ離れても大和モドキの何処かしらには確実に当たっているらしい。毎秒三十七発ものペースで三十五ミリ弾が当たると流石の巨大戦艦にも地味に被害が蓄積しているはずだ。

 厚さ二十五ミリの装甲しか施されていない副砲、爆風を避けるための薄っぺらい装甲しかない高角砲、レーダー、測距儀、エトセトラエトセトラ……

 だが、千百二十発しかない即応弾は僅か三十秒で撃ち尽くされる。大和モドキは後方の第三主砲をこちらに指向して来た。

 

「面舵!」

「おも~か~じ!」

「戻せ!」

「もど~せ~!」

 

 直後に大和モドキの主砲が火を吹いた。

 

「取り舵!」

「とり~か~じ!」

「当舵!」

「取舵に当て」

 

 四十六センチ砲の初速は七百八十メートル。弾着までは七秒ほどだろうか。飛んで来る砲弾が肉眼で視認出来るほど大きい。

 だが、しきしまの幅は真正面から見ればたったの十七メートルしかない。しかも大和モドキは秒速十四メートルで疾走しているのだ。

 この距離での四十六センチ砲の散布界はどれくらいなんだろうか。正確な数値は知らないが照準が正確ならば正確なほど回避運動を行っている目標にそうそう当たるはずがない。直後に船の真横を重さ一トン半の金属塊が音速の二倍以上で飛んで行った。

 

「撃って撃って撃ちまくれぇ~っ!」

 

 まるで絶叫するかの様に瀬戸船長は指示を出す。給弾を終えた三十五ミリ砲が猛然と射撃を再開した。二基四門合わせて毎秒三十七発のペースで砲弾を撃ち放つ。この距離での散布界はどれくらいなんだろう。運良く四十六センチ砲の砲口にでも飛び込んでくれれば目っけ物だ。

 

 瀬戸は双眼鏡で大和モドキの第三砲塔を注視する。砲身が僅かに動いた。

 

「取り舵!」

「とり~か~じ!」

「戻せ!」

「もど~せ~!」

 

 直後に大和モドキの主砲が火を吹く。

 

「面舵!」

「おも~か~じ!」

「当舵!」

「面舵に当て」

 

 すでに大和モドキまでの距離は四キロを切っている。弾着まで五秒と掛からない。さっきよりも飛んで来る砲弾が大きく見えるのは気のせいではないだろう。

 激しい振動と同時に鼓膜が破れるかと思うほどの金属音が狭いブリッジに響いた。

 

「今のは危なかったですね。一発掠りましたよ」

「せ、正確な射撃だ。それゆえコンピューターには予想しやすい」

「そうなんですか?」

「マジレス禁止! とにもかくにももうちょいの辛抱だぞ。懐にさえ飛び込んじまえばこっちのものだからな。みんな頑張れ!」

 

 飛び込んだからといってどうなるわけでもない。どうせ今回は捨て回だし。そんな本音を瀬戸はおくびにも出さない。

 第三射を紙一重で躱すと距離は三キロを切っていた。流石に大和モドキも本気でこっちに気を取られているらしい。そのせいでミリシアル艦隊に対する警戒が疎かになってしまう。

 その時、歴史が動いた!

 

 神聖ミリシアル帝国の巡洋魔導艦隊、旗艦アルミスの放った魔導砲弾は十キロほどの距離を飛翔した後、グレードアトラスターの前部艦橋防空指揮所に命中した。

 砲弾は防空指揮所甲板、第一艦橋、作戦室甲板を貫通して爆発する。破片を撒き散らし爆炎が第一艦橋へと吹き込む。防空指揮所にいた艦長ラクスタル、高射長、測的長、外交官シエリアら十数名が即死した。

 作戦室では軍医や参謀ら数名が即死、十数名が負傷。第一艦橋の航海長ら数十名が即死、負傷者多数。副長が指揮を継承し、通信長が航海長を代行することになった。なったのだが…… そのための僅か数分間が致命傷となった。

 

 しきしまは主砲の最短射程内に入り込むと未だに息のある高角砲に三十五ミリ弾を叩き込む。弾倉を交換すると今度は四十六センチ砲の砲身の付け根付近をピンポイントに射撃して無力化を図る。ほとんど効果は無いがJM61二十ミリ機関砲も非バイタルパートをチクチクと攻撃した。

 大和モドキの前方にある第一、第二砲塔は未だに射撃を続けている。だが、幹部要員をごっそり殺られたうえ、レーダーや十五メートル測距儀を失った事が響いているんだろうか。射撃精度は大幅に低下しているようだ。

 一方で距離が詰まったこともあり、ミリシアルやムーの砲弾はガンガン命中している。相変わらずバイタルパートにはこれっぽっちも効いていない。だが、非バイタルパートには凄まじい被害が出ているらしい。沈む気配は全く無いが、見るからに艦首が下がっているようだ。

 

「勝ったな!」

「やりましたね、船長!」

 

 固い握手を交わす瀬戸船長と副長。だが、そのときふしぎなことがおこった!

 

「左舷に雷跡!」

 

 瀬戸船長が慌てて振り向くと遠くの海上に浮かぶ三隻の駆逐艦が目に入った。

 直後に巡視船しきしまは真っ二つになって沈む。

 瀬戸船長は死んだ。

 



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第2話 たった一つの地味なやりかた

中央暦1642年3月1日 日本近海

 

 巡視船しきしまのベッドで目覚めた瀬戸船長は優雅に一人反省会としゃれこんでいた。

 

「とことん接近戦に持ち込めば大和モドキは決して倒せない敵ではない。それが分かったのは大きな収穫だったな。とは言え、直後に駆逐艦が三隻。更に後方には空母四隻、戦艦二隻、巡洋艦や駆逐艦が控えていたんだっけ。これって結構な難易度だなあ」

 

 瀬戸船長は頭を抱えて小さく唸る。

 

「とは言え、別に一隻残らず沈めなきゃならんって話でも無いか。艦載機は三度も四度も続けて出撃することは出来ない。そもそも空母が最前線に出てくるわけが無い。そうなると護衛のために巡洋艦や駆逐艦も空母から離れられない。大和モドキと駆逐艦さえ華麗に沈めれば残った敵は尻尾を巻いて逃げ帰る可能性が高いかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど。よし! 今回はミリシアルとムーも巻き込んでみよう」

 

 くよくよしたって何にもならん。瀬戸船長は勢い良くベッドを飛び出した。

 

 

 

八周目 中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 例に寄って例の如く先進十一ヵ国会議でケバい化粧のシエリアおばちゃんが全世界に宣戦布告する。

 その直後、瀬戸船長はムーの関係者に接触を図った。

 祖国から遠く離れた所で海の男が出会ったのも何かの縁。一杯行きましょうや。

 とか何とか言って言葉巧みに食事に招待する。この時期のムーと日本は既に友好国と言っても良い関係だ。ラ・カサミ艦長ミニラルは上機嫌で誘いを受けてくれた。

 飲みすぎない程度に酔いが回ったのを見計らって瀬戸船長はおもむろに本題に入る。

 

「ミニラル艦長。貴方と知り合った記念にこれをプレゼントさせて下さい。ご笑納いただければ

幸いです」

「いったい何ですかなこれは? 光人社の戦艦大和図面集ですと! ちょっと待って下さいな。技術流出防止法とかは大丈夫なんでしょうか?」

「ご心配には及びません。戦艦大和は七十年以上も昔に沈んだ船なんですから。とは言え、その構造はグラ・バルカス帝国の戦艦グレードアトラスターにくりそつ(死語)とのこと。見ておいて損は無いですよ」

 

 ミニラル艦長は小首を傾げながらも図面集をパラパラとめくる。

 

「うぅ~ん、とは言え、厚さ四百ミリもの装甲を持った戦艦とどうやって戦ったら良いんでしょうねえ。主砲の射程なんて四十二キロもあるんですか! マトモにやっても勝ち目があるとは思えんのですけど」

「だったらマトモにやらなければ良いんですよ。そうだ、閃いた! ミニラルさんはミリシアル帝国海軍にお知り合いはいらっしゃいませんか? もし良ければミリシアルさんもお誘いして一緒に勉強会でもやりましょうよ」

「べ、勉強会ですか?。まあやってみるのも面白いかも知れませんね」

 

 ちょっと引き気味な笑顔を浮かべたミニラル艦長は迷惑そうな顔で帰って行った。

 

 

 

 予想に反して翌日、ミニラル艦長からの呼び出しが瀬戸船長の元に届く。

 慌てて昨日と同じ店に駆けつけてみれば見るからにミリシアルの軍人らしき男たちが座って待っていた。

 

「いやいや、お待たせして申し訳ありません。巡視船しきしまの船長をしております瀬戸です。どうぞよろしく」

「神聖ミリシアル帝国、南方地方隊巡洋魔導艦隊の艦隊司令パテスだ。お招き頂き感謝する」

「旗艦アルミスの艦長ニウムです。こちらこそよろしく」

 

 二人ともエルフなんだろうか。人間離れした外見がちょっと怖いなあ。瀬戸船長は握手を求めるべきなのか暫しの間、逡巡する。散々に迷った末に結局は止めておいた。

 

「それで? 瀬戸船長、勉強会と申されましたかな。いったい何を教えて下さるというのでしょうか?」

「いやいやいや、何をおっしゃいますやらパテス司令殿。世界に冠たる神聖ミリシアル帝国の司令官様に私如きがお教え出来る事などあろうはずがございません。勉強会と言ったのは言葉の綾ですよ。研究会くらいにしておけば良かったですかな。とにもかくにも、あの最強最悪の不沈戦艦とどうやって戦うか。今日のお題はそんなところで如何でしょうか? 面白そうなテーマでしょう? ね? ね? ね?」

「確かにそうですな。あの戦艦は我が国のみならず全世界に宣戦布告して去って行った。いずれ戦う日が来るのは火を見るよりも明らかであろう。して、瀬戸殿には何ぞ良い考えでもあるのかな?」

 

 それが無いから相談してるんだろがぁ~! 瀬戸船長は喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

 だが、代わりにムーのミニラル艦長が答えてくれた。

 

「その答えならばこの本に書いてありましたよ。あの戦艦とくりそつ(死語)な大和という戦艦の話なんですけれども」

「何ですと? それを早く言って下さらんか! それで? 何と書いてあるのですかな? 早く教えてはくれぬか」

「あの戦艦は自らの装備する四十六センチ砲の砲撃に耐えるよう作られておるそうな。まあ、至近距離では耐えられないでしょうけれども。ですから我がムーの戦艦ラ・カサミの三十センチ砲やミリシアルさんの三十八センチ魔導砲では零距離でも撃破は困難かと思われます」

「な、なんじゃと! そんな馬鹿な話があるか! 絶対に沈まぬ船などありはせぬぞ! あってたまるものか!」

「しょうがありませんよ。そのために作った戦艦なんですから。とは言え、砲撃のみであの戦艦を葬ろうとした場合、四十六センチ砲より大きな砲が必要なのも自明の理ですね。それと向こうの四十六センチ砲に耐えられる装甲も必要です。要するにあの戦艦より強力な戦艦が必要ということです」

 

 これ以上はないといったドヤ顔でミニラル艦長が顎をしゃくる。

 お前が自慢する要素は一ミリも無いんじゃないのかなあ。瀬戸は心の中で突っ込みを入れるが決して顔には出さない。言葉が途切れたタイミングを見計らって話を拾いに行く。

 

「ところがぎっちょん! 大和は建造当時には想定もしていなかった方法で沈められたんですよ」

「何じゃと? それは何なのだ? 早く教えてはくれんか」

「答えはなんでしょう? ドゥルルルル~、ジャン! 魚雷でしたぁ~! 旧日本海軍は魚雷が大好きで自分たちも沢山装備して研究もしていたんですよ。なのに自分たちの主力戦艦が魚雷で沈められるって事を想定していなかったんですね。何だか馬鹿みたいな話でしょう?」

「ぎょらい? 何ですか、それは?」

「魚雷をご存知ありませんか? 正式には魚形水雷と言って水中を進む爆弾みたいな代物ですよ。まあ、魚形って言っても鯛焼きみたいにリアルな魚の形はしていないんですけどね」

 

 瀬戸船長はスマホを取り出すと鯛焼きの画像を表示して皆に見せる。

 一同がさも感心した様子でスマホ画面を覗き込んだ。

 嬉しくなった瀬戸は次々と鯛焼きの画像を切り替えた。

 

「瀬戸殿、その板切れには鯛焼きとやらの写真が随分と沢山入っておるのだなあ。いったいどういった仕掛けになっておるのか教えてはもらえぬか?」

「えぇ~っ、気になるのはそこですか? 今は鯛焼きの話が先でしょうに。まあ、先に説明しておきましょうか。これはスマホと言って別に鯛焼きの写真を入れておくための物ではないんです。いいですか? こうして……」

 

 その晩、ムーやミリシアルの海軍関係者を前にした瀬戸船長はスマホの説明に時間を費やした。

 

 4月25日、グラ・バルカス帝国の戦艦グレードアトラスターを前にした日本、ミリシアル、ムーの連合艦隊は満足な連携を取ることが出来ずに各個撃破される。

 瀬戸船長は死んだ。

 

 

 

 

 

中央暦1642年3月1日 日本近海

 

 巡視船しきしまのベッドで目覚めた瀬戸船長は真剣に反省していた。

 だって反省だけなら猿でも出来るのだ。

 

「ムーとミリシアルは思ったよりも使えなかったなあ。前々回のクリティカルヒットは本当に万に一つの偶然だったのかも知れん。とは言え、しきしまに砲戦能力が無い以上はあいつらを当てにするしかないし。もうちっとだけ手を変えて試してみるか」

 

 瀬戸船長はベッドから体を起こすと顔を洗って歯を磨いた。

 

 

 

九周目 中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 シエリアの宣戦布告を待っていたかのように瀬戸船長はミニラル艦長に接触を図る。

 今度は光人社の戦艦大和図面集に加えて『水中兵器』という文庫本も一緒に手渡す。

 パラパラと本をめくったミニラルは何とも形容し難い顔をしていた。

 

 翌日、ミニラルからの呼び出しに応じて出掛けるとパテスとニウムの凸凹コンビが雁首を揃えて待っていた。

 

「お待たせして申し訳ありません。巡視船しきしま船長の瀬戸です。本日は研究会へご参加いただき恐悦至極に存じます。魚雷に関してはご理解いただけましたかな?」

「水面下で爆弾を自走させるとは実に驚かしき考えですな。しかもバブルパルスでしたかな? 空中で爆発させるより水中爆発の方が遥かに大きな効果があるなどと夢にも思いませんでした」

「あんなにも大きな戦艦が十発ほどで沈んでしまうとは。魚雷とやらは実に恐るべき兵器ですなあ」

「まあ、大和の場合は構造的な問題もあったんですけどね。装甲を電気溶接でなく、リベットで留めていたのも不味かったですし」

「それで? 瀬戸殿、魚雷とやらは持って来ておられるのでしょうな?」

 

 キラキラと目を輝かせたラクスタル艦長が擦り寄って来た。瀬戸船長は半歩だけ距離を取る。

 

「結論から申しますと残念ながら持って来ておりません。なぜならば現代では魚雷はほとんど使われていないからです」

「巨大戦艦を駆逐した魚雷が使われておらぬですと! それはいったいなぜですか」

「それは戦艦がいなくなったからですよ。何千億円もの建造費を掛けて作った戦艦が数千万円の魚雷数本で無力化されたら馬鹿らしいでしょう? だから誰も作らなくなったんです。まあ、潜水艦ならば未だに長魚雷を装備していますが。とは言え、一万キロの彼方から呼んでも間に合いませんしね。ですから今ある装備で戦うしかないんです」

 

 瀬戸船長は肩の高さで両の手のひらを掲げると肩を竦めてみせた。

 三人の顔が面白い様に失望に歪む。

 

「今あるって言われましてもなあ…… 爆弾や砲弾ではバイタルパートは抜けない。そうなんですよね?」

「いかにも。ですが、非バイタルパートには効果があります。ですから主砲より前や後ろをチクチク攻めて浸水させて傾けるのが上策ですね。五度も傾けば主砲は撃てませんから。それに艦橋や副砲、高角砲なんかに防御力はないんですよ。その辺りさえ潰せば沈めなくても無力化できちゃうんです」

「何とも地味な作戦ですが今の我々にはそれくらいしか戦う術はないようですな。分かりました。日本の話を信じましょう」

 

 何となく結論らしき物が出た所でこの日はお開きとなった。

 

 

 

 日が代わって4月23日。日本、ミリシアル、ムーの研究会は対空戦闘の話で盛り上がっていた。

 

「対空砲は好き勝手に撃たせちゃ駄目ですよ。きちんと担当区画を割り当ててやるんです。そうすれば無駄弾や撃ち漏らしが減らせますからね」

「魚雷を迎え撃つ方法は無いんでしょうか? 高射砲や高射機関銃で破壊できませんか?」

「奴らは千メートル手前で魚雷を投下します。四十二ノットとして命中まで五十秒弱といったところでしょうか。まあ、他にする事が無いんなら撃ってみるのも良いんじゃないですか? 上手く行った例も無くは無いそうですし。対潜迫撃砲みたいな物があれば良いんですけどねえ」

 

 

 

 4月24日には合同練習を行った。三ヶ国連合艦隊はフォーク海峡まで行って待ち伏せポイントを選ぶ。

 

「この切り立った崖は使えるんじゃないですか? これを真横にして進めば雷撃機の進路は非常に限られる。無理な角度で飛行すれば対空砲も当たりやすくなるはずです」

「そうだな。単縦陣で崖に沿って航行するのが良かろう」

「我々も賛成です。何だか明日が楽しみになってきましたよ」

 

 ミニラル艦長が獰猛な笑顔を浮べるとパテスとニウムも禿同といった顔で頷いた。

 

 

 

 運命の4月25日。結論の出ない会議をブッチ(死語)して三ヶ国連合艦隊はカルトアルパスを出港した。

 他の非文明圏は足手まといにしかならないので囮になっていただく。

 暫くすると魔信からいつもの声が聞こえて来た。

 

「グラ・バルカスと思しき飛行機械が南西よりカルトアルパスに接近中。距離七十海里、数およそ二百!」

「二、二百だと!」

 

 お約束お約束。と思いきや、二百機全部がこちらに向かって来る。ちょ、おま! 話が違うやん……

 港から離れすぎているのでエアカバーも間に合わん。完全に詰んだな。

 

 しきしまの三十五ミリと二十ミリ機関砲は鬼神の如き戦いぶりを見せる。だが、(しゅう)()(てき)せず。五十機ほど撃墜した所で即応弾が尽きた。そのタイミングを突いた急降下爆撃によって巡視船しきしまは真っ二つになって轟沈する。

 瀬戸船長は死んだ。

 



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第3話 焼け!網膜を

中央暦1642年3月1日 日本近海

 

 巡視船しきしまのベッドで目覚めた瀬戸船長は例に寄って例の如く一人反省会を挙行していた。

 

「艦隊分離は悪手だったのか? いい考えだと思ったんだけどなあ。いや、もしかして囮艦隊を先行させれば良かったのかも知れんなあ。うぅ~ん、次はそれでやってみるか?」

 

 無い知恵を振り絞った瀬戸船長は小首を傾げる。

 

「やっぱり一人じゃ埓が明かんな。仲間を作る他ないか」

 

 瀬戸船長はベッドから起き上がるとPCを起動した。

 

 

 

十周目 中央暦1642年3月5日 横浜

 

 安積(あさか)副長を船長室に呼びつけた瀬戸は単刀直入に切り出した。

 

「唐突だが安積君。僕が未来からやって来たと言ったら信じるかい?」

「未来から? って言うか、昨日も一昨日も船長はいましたよねえ。私の知る限り一年以上は前からいましたよ。いったいいつから未来人だったんですか?」

「3月1日からだな。ちなみにやって来たのは6月30日の未来からだぞ」

「しょ、しょぼいっすね。たった四ヶ月の未来なんですか」

「だが、その四ヶ月が人の生死を分ける事もあるんだぞ。って言うかお前、全然信じていないだろ? でも、これを見れば考えが変わるかな?」

 

 ドヤ顔の瀬戸船長は三つ葉葵の印籠でも翳すかの様にスマホを見せる。

 

「へぇ~、ロト7っすか。幾ら当たったんですか…… って、十億円! マジっすか、これ。船長ったら大金持ちじゃないっすか。俺にもちょこっとで良いからお小遣いを……」

「どうどう、餅付け。これは偶然なんかじゃないんだ。何だったら来週と再来週の当選番号を教えてやろうか? とにもかくにも俺は未来からやって来た。未来を変えるためにだ。安積君、手伝ってくれるかね? 金なら幾らでも払うよ」

「はい、喜んで!」

 

 瀬戸船長は仲間をゲットした。

 

 

 

 まず初めに二人がやったのは人を雇う事だった。そこそこ信用できてそこそこ有能な人材が必要だ。伝手を頼り、八方に手を尽くして数名の人間を集める。

 続いて全員が集まった飲み会を企画し、意識の共有を図る。

 

「しきしまは四月十日に日本を出港する。それまでにこの十二キロワットのファイバーレーザーを四機入手して船に搭載せねばならん。もちろんレーザーだけでは駄目だ。揺れる船の上で四十キロ先の目標に正確な照射が出来ねばならん。そのためには光学系も作り直さにゃならん。安定架台や発電機、高速移動する目標を自動追跡する照準システムも必要だろう。普通にやったらとてもじゃないけど間に合わん。だが、我々には腐るほど金がある。富豪刑事になったつもりでやってくれ」

「分かりました。任せて下さい。どんな卑怯な手を使ってでも絶対に間に合わせて見せます」

「目的は手段を正当化する。脅迫だろうが窃盗だろうが何でもやってくれ。殺人以外なら何をやってもいいぞ。とにかく納期厳守で頼む」

「御意!」

 

 一秒たりとも無駄には出来ん。多種多様な面々が日本中に散って行った。

 

 

 

 湯水の様に金を大盤振る舞いした商談で機材の方は続々と集まって来る。他社へ納入が決まっていた機材の横取り。相場を無視した中古機器の買取り。エトセトラエトセトラ。警察沙汰にならなかったのが不幸中の幸いだ。

 

 

 

 一方でこれらの機器を船に搭載する方は簡単には行かなかった。

 

 いくら瀬戸が船長だからといって得体の知れない物を勝手に乗せるなんて出来るわけがない。

 そこでまずはムー関係で伝手を探す。そして日本からミリシアルへの航路には大型海獣が出没する危険があるという噂話を針小棒大に吹聴してもらった。

 

 同時並行してダミー会社を一つ買収する。その企業が害獣駆除用のレーザー装置を試作したので無料でテストして欲しいと海保に売り込んで来たというストーリーだ。

 

 巡視船しきしまの方でもあらかじめ乗員たちを抱き込んでおく。危険な大型海獣の噂で不安を煽る。航路の安全を確保せよという声がタイミング良く上がってきた。

 

 後は海保に顔が効く国会議員を見繕って適当に金をばら撒くだけの簡単なお仕事だ。あっけないほど簡単にレーザー装置のしきしま搭載が決定した。

 

 

 

中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 シエリアの宣戦布告、ミニラル艦長への接触、パテスとニウムの凸凹コンビとの研究会。

 最小の手間でテンポ良くこなして行く。

 

 

 

 そして運命の4月25日。グダグダと続く会議とは無関係に三ヶ国連合はその他大勢の非文明圏を煽りに煽る。

 散々に煽てられていい気になった粗末な木造船たちは自分から進んで弾除けになってくれた。

 待つこと暫し。魔信から今や聞き慣れた声が聞こえて来る。

 

「グラ・バルカスと思しき飛行機械が南西よりカルトアルパスに接近中。距離七十海里、数およそ二百!」

「二、二百だと!」

 

 今度のグラ・バルカスはどう動くんだろう。wktkして待っていると二百機全部がこちらに向かって来る。いい具合だ。瀬戸は一人ほくそ笑む。

 

「レーザーの調子はどうだ?」

「セルフテスト正常。安定動作しています」

「ある程度は引き付けてから使うぞ。敵に学習されるのを極力遅らせる必要があるからな。所詮は一発芸に過ぎん」

「そうですか? 敵にこれが防げますかね」

「防げるに決まってるだろ。この光学濃度7のレーザー保護メガネはアスクルで四万円で売ってるんだぞ。こんな物を通販で買うだけで波長八百十ナノメートルから千百ナノメートルのレーザーを一千万分の一にできるんだ。ネタが割れたら二度と使えない手だな」

 

 ドヤ顔を浮かべた瀬戸船長は濃い緑色のゴーグルをクイッと持ち上げ直す。

 

 二百機の航空機が幾つかに分かれ、それが更に三つに分かれてしきしまに向かって来た。

 低空に降りてきた二十機くらいが雷撃機。上空から急降下してくる二十機くらいが急降下爆撃。残り二十機くらいが護衛戦闘機なんだろうか。

 

「レーザー照射開始!」

 

 レーザー発振器から千七十ナノメートルの赤外線が照射される。だが、肉眼では何も見えない。

 

「あんまり面白くないっすね。って言うか、ちゃんと効果あるんすか?」

「あるんじゃないのかな。とは言え、この肉眼で見えないって所が重要なんだよ。可視光だったら目に入った瞬間に目を瞑ったり視線を反らせたりできるだろ? だけど赤外線だと気付かないうちに網膜に回復不能の火傷を負って失明するって寸法さ。凶悪だろ?」

「まさに鬼畜の所業ですね。ですけど敵がこのゴーグルを入手すれば無効化されちまうってわけですか」

「ところがぎっちょん。対抗措置は簡単さ。今回は赤外線レーザーを使ったけれど、可視光レーザーや紫外線レーザーも合わせて照射してやれば良いんだよ。あらゆる波長の光線を防ぐゴーグルなんて目隠しと同じだろ」

 

 そんな馬鹿な話をしている間にも半数以上の雷撃機と急降下爆撃機が撃墜された。残った機も明らかに挙動がおかしい。きっと失明してしまったんだろう。どうやら危機は去ったようだ。

 

 ムーやミリシアルの艦に若干の損害が出ている様だが致命傷にはなっていないらしい。

 しきしまは艦隊を組み直すと海峡入口の東側に姿を隠して待機する。

 待つこと暫し。大和モドキが姿を現した。

 

「吶喊!」

 

 巡視船しきしま、戦艦ラ・カサミを旗艦とするムー艦隊、ミリシアルの魔導巡洋艦八隻は一斉に動き出す。

 ムーの三十センチ砲やミリシアルの魔導砲が猛然と火を吹いた。

 しきしまも四機のレーザーを大和モドキの艦橋、前後の副砲、高角砲群に手分けして照射する。

 

 

 

同時刻 グラ・バルカス帝国 戦艦グレードアトラスター

 

「目が、目がぁぁぁ!」

「な、何も見えねぇぇぇ!」

「いったい何が起こっているんだ?」

「衛生兵! 衛生兵!」

 

 艦内の各部署は今や地獄絵図さながらの様相を呈していた。

 防空指揮所にいた艦長ラクスタル、高射長、測的長、外交官シエリアら十数名が失明。作戦室にいた軍医や参謀も失明。第一艦橋の航海長ら数十名も大半が失明。作戦室にいた副長が指揮を継承し、通信長が航海長を代行していた。

 副長の元に断片的で支離滅裂な報告が集まって来る。

 

「見張員や射撃手が次々と失明しているとの事です。原因が全く分かりません。ただ……」

「ただ? ただ何だ! 早く言わんか、早く!」

 

 お前が言葉を遮らなければとっくに言い終わってたんですけど? 報告に来た下士官は苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。

 

「敵艦隊と反対側にいる者には失明者はおりません。方法は不明ですが何らかの攻撃を受けている物と思われます」

「そんな事は言われんでも分かっておるわ! それより今は何をなすべきかと言う事だ。何か対抗策は無いのか? 敵を見ずに攻撃する方法は無いのか?」

「あ、あの……」

「あの? あの何だ! 早く言わんか、早く!」

 

 お前が言葉を遮らなければとっくに言い終わってたんですけど? 砲術課員はイラっとしたが空気を読んで我慢した。

 

「レーダー射撃を行えば宜しいのではありますまいか?」

「そ、それもそうだな。って言うか、俺も同じ事を考えていたんだ。いま言おうと思ったのに言うんだもんなぁ~! とにもかくにもレーダー射撃開始だ。急げ急げ急げ!」

 

 グレードアトラスターは四十六センチ砲による砲撃を開始した。

 

 

 

 九発の対空砲弾はしきしまの船橋の直前で破裂する。

 しきしまは巡視船としては異例なほどの重防護を施されていた。窓の内側はポリカーボネート製の防弾ガラス。外壁には防弾板も追加されている。弾片防御しか持たない現代の軍艦と比べれば幾分かはマシなくらいだ。

 とは言え、所詮は防弾ガラス。軍艦が本気で攻撃して来たら耐えられるはずも無い。

 

「レーダー射撃とは盲点だったな。うぅ~ん、もう一周!」

 

 瀬戸船長は死んだ。

 



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第4話 沈めろ!大和モドキを

中央暦1642年3月1日 日本近海

 

 もはや恒例となった一人反省会を瀬戸船長は粛々と遂行していた。

 

「まさかレーダー射撃と対空砲弾を組み合わせてくるとはなあ。いやいや、余りにも当たり前過ぎるから反って盲点だったぞ。取り敢えず今回はスペクトラムアナライザでも持って行くとするか。って言うか、いい加減にあの戦艦をマトモに相手してやるのにも飽きて来たな。何か良い手は無いのかなあ…… 取り敢えずは地道にデーター収集するしかないか」

 

 瀬戸船長はノロノロとベッドから起き上がるとPCを起動した。

 

 

 

十一周目 中央暦1642年3月5日 横浜

 

 船長室へと安積(あさか)副長を呼びつけた瀬戸は一切の無駄話をしないで信用を得た。

 前回のループでどうやったら彼が人の話を信じるかを徹底的に詰めておいたのだ。

 

 作戦を前回よりスケールアップするので雇う人数も増やす。

 大きな店を借り切って全員が集まった食事会を開き、意識の共有を図る。

 

「しきしまは四月十日に日本を出港する。まずは十二キロワットのファイバーレーザーを六機入手して船に搭載する。安定架台に乗せて揺れる船の上で四十キロ先の目標を正確に照射出来ねばならん。光学系の再設計、発電機、照準システム、エトセトラエトセトラ。それと指向性の高い受信アンテナとスペクトラムアナライザを用意してくれ。あと七キロ先を一メートル単位で測れるレーザー距離計が二台必要だ。確りした三脚に乗せて遠隔操作が出来るように改造する必要もあるな。離れた所から数値を読み取れる様にもしなけりゃならん」

「お任せ下さい。必ずやご期待にお応えしますよ。それだけの金はもらってるんですから」

「とにもかくにも納期厳守。質や納期で結果を出してくれればボーナスも弾むよ!」

「ありがとうございます!」

 

 時は金なり。雑多な面々は蜘蛛の子を散らすように日本中へ飛び去った。

 

 

 

 本来ならばかなりの無茶をしなければ達成できない難事業のはずだ。だが、前回の例を参考にすれば無駄な試行錯誤は大幅に省くことが出来る。

 資金も時間も大幅に節約した上で必要機材が次々と集まって来た。

 船への搭載許可にも何の障害も入らない。びっくりするほど簡単に許可が下りる。

 

 ただ、今回が初参加のレーザー距離計には散々に手間を取らされた。

 距離十二キロまで一メートル単位で測定可能な距離計は市販品が簡単に手に入る。

 だが、遠隔操作には本当に手間が掛かったのだ。試行錯誤の末、操作には違法改造して遠距離まで電波が届くよう改造したラジコンのプロポを使った。数値の読み取りはビデオカメラで撮影した映像をこれまた違法改造した送信機で飛ばしてやる。

 

「船長。何から何まで違法だらけですねえ」

「今さら言うても詮無きことじゃよ。そもそも失明レーザーの時点で違法も良い所だろ?」

「ですよねぇ~!」

 

 二人は顔を見合わせると暫しの間、大笑いした。

 

 

 

中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 シエリア課長の宣戦布告、ミニラル艦長への接触、パテスとニウムの凸凹コンビとの研究会。

 判で押した様に同じ展開が続く。だが、そのお陰で先が読めるんだから文句は言えない。

 

 しきしまは二隻の警備艇を出してフォーク海峡の東西両岸に向かわせた。

 海峡の幅がもっとも狭くなった二点を選んでレーザー距離計を設置するのだ。

 レーザー距離計はまるで七倍の双眼鏡みたいな外見をしている。それを互いに相手の方向に向けて正確に設置した。何度も何度もテストを繰り返して正確な距離が測定されていることを確認する。

 これらのハイテク機器は万が一にも敵の手に渡してはならん。時限式とセンサー式の自爆装置取り付ける。まあ、本音を言えば自分が死んだ後の世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだけれど。

 

 戦闘が始まると例に寄って例の如く、二百機の航空機が襲撃してくる。だが、いまや決まりきったルーチンワークの様に適当に雷撃機と急降下爆撃機を始末して行く。六機に増やしたレーザーは遺憾なく効果を発揮してくれた。

 待つこと暫し。大和モドキが満を持して姿を現す。

 

「船長、東が六千九百八十七メートル。西が七千三十三メートルです」

 

 瀬戸はレーザー距離計から得た数値を必死で丸暗記する。メモしておければ良いんだがループの際に物は持って行けないのだ。そうだ! 取り敢えずメモして置いて死ぬ直前にもう一回見よう。

 

「その数字さえ取れれば後はもうどうでも良いや。んじゃあ後は適当にやってお開きに…… いやいや、大和モドキの射撃用レーダーの周波数を調べておかなきゃならん。安積君、適当に回避運動を取りながら接近してくれるかな」

「アイアイサ~!」

 

 しきしまは右へ左へとランダムに回避しながら近付いて行く。

 スペクトラムアナライザの画面を見詰めていた瀬戸船長は満足げに頷いた。

 

「周波数は750MHzくらいだな。それじゃあ今回はこれでお仕舞い。あとは宜しくね」

 

 これ以降は何をやっても時間の無駄だ。瀬戸船長は拳銃で頭を撃ち抜いて自決した。

 

 

 

 

 

中央暦1642年3月1日 日本近海

 

 今回は特に反省する事は無い。それよりもやらなきゃならん事が山ほどてんこ盛りだ。

 

「750MHzって言うと旧アナログ放送の59chから60chくらいだな。放送局の中古機材でも探してみるか」

 

 瀬戸船長はのそのそとベッドから起き上がるとPCを起動した。

 

 

 

十二周目 中央暦1642年3月5日 横浜

 

 安積副長と話をして最短時間で信用を得る。作戦を更にスケールアップして雇う人間も大幅拡大だ。もういっそ法人化した方が良いかも知れんな。

 雑居ビルの三階に事務所を借りて電話も引いた。十数名のスタッフが一同に会した決起会を開いて意識の共有を図る。

 

「しきしまは四月十日に日本を出港する。まずは十二キロワットのファイバーレーザーを八機入手して船に搭載してくれ。細々した仕様はこの書類に書いてある。それから指向性の高い送信アンテナとUHFの送信設備一式が必要だ。あとは七キロ先を一メートル単位で測れるレーザー距離計が二台と遠隔操作用の機材。そうそう、忘れちゃならん物があったっけ。エマルション爆薬を…… えぇ~っと、十トンほど入手できるかな? もちろん雷管もだ」

「ば、爆薬を十トンですって? 戦争でもおっ始める気ですか、船長」

「いや、あの、その…… その気ですけど、なにか?」

「何か? じゃないですよ。そんな物が簡単に手に入ったら苦労しないでしょう? って言うか怖いじゃないですか」

「そ、そんなものかなあ? 例に寄ってムー経由で動いてもらえば良いんじゃね? 鉱山やトンネル工事で使うから輸入したいとか何とか適当な理由をつければ良いじゃんかよ。な? な? な?」

「そうかも知れませんね。そうじゃないかも知らんけど」

 

 イマイチ納得が行かないといった顔の面々は渋々ながら従った。

 

 

 

 今まで散々と横紙破りをやって来たが流石に爆薬十トンのハードルは高い。半端なく高い。

 まずは経済産業省に顔の効く国会議員を探して賄賂を送りまくった。

 だが、悲しい事に専門知識が無いのでそこから何をどうすれば良いのかさぱ~り分からない。仕方がないので札ビラを切って火薬類取扱保安責任者をヘッドハンティングすると全てを一任した。

 

「船長。こんなに大量の爆薬を船に積んでも大丈夫なんでしょうかねえ?」

「含水爆薬はとっても安全らしいぞ。エマルション爆薬は雷管が無いと起爆すら出来ないんだとさ」

「ですけど戦闘の真っ只中を航行するんでしょう? 流れ弾とか飛んで来たらどうすんですか?」

「その時は次の周回に期待だな。百万回生きた猫になったつもりで頑張ろう! おぉ~っ!」

「おぉ~っ……」

 

 疲れ果てた顔の副長はおざなりな返事を返してくれた。

 

 

 

中央暦1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス

 

 シエリア課長、ミニラル艦長、パテスとニウムの凸凹コンビとのイベントを淡々とこなす。

 いい加減、このプロセスを省略できたら良いのになあ。そうだ! この辺りの事も人を雇ってやらせれば良いんじゃね? 次からはそうしよう。って言うか、もう何から何まで全部誰かが代わりにやってくれんもんじゃろうか。

 

 まずは二隻の警備艇でフォーク海峡の東西両岸にレーザー距離計を設置する。

 続いて正確に距離を測って大和モドキの通過ポイントを探す。位置が特定できたら巨大なコンクリートブロックを沈める。正確に水深を測り、水面下十二メートルに二トンのエマルション爆薬を設置した。爆薬は水面から見た時に見え辛くなるような色の袋で包み込んでおく。

 念のために四十メートル間隔で左右に二つずつ同様の爆薬を設置する。大和モドキの幅は三十九メートルほどだ。万一、コースが左右にズレても確実に始末するための保険を掛けておかねばならん。

 

 

 

 運命の4月25日。例に寄って例の如く、二百機の敵機がやって来た。八機に増やしたレーザーは凄まじい勢いで可哀想なパイロットたちの視力を奪って行く。

 ブリッジクルーたちはのんびりと紅茶を飲みながら寛いで待つ。暫くすると待ちに待っていた大和モドキが姿を現した。

 二つのレーザー距離計を結んだ線に近付くのを今か今かと待つ。

 

「敵速二十七ノット。艦首が通過して九秒後に起爆してくれるかなぁ~?」

「いいともぉ~! 三十秒前、二十秒、十秒前、通過、一、二、三、四、五、六、七、八、ぽちっとな!」

 

 大和モドキの艦橋は四十メートルを越える高さがある。だが、爆発の水飛沫はそれをすっぽり覆い隠すほど高くまで上がった。数秒後、徐々に視界が戻って来る。大和モドキは前後の二つに分離して横転し、無残な姿を晒していた。

 

 戦艦大和のバイタルパートには垂直装甲は四百十ミリのVH鋼、水平装甲は最低でも二百ミリのMNC鋼が使われていたらしい。

 だが、艦底の最も薄い部分のCNC鋼は僅か五十ミリしか厚みがなかったそうな。

 

 ひょっとして弾薬に誘爆でもしたのか。あるいは缶室で水蒸気爆発でも起こしたんだろうか。

 予想以上の快挙に瀬戸船長は喜びを禁じ得ない。思わずガッツポーズ(死語)を取ると安積副長がハイタッチを求めてきた。

 

「やったぁ~っ! とうとうあの大和モドキをやっつけたぞ。とは言え、いざ成功してみると大して面白くも無いもんだなあ」

「船長、まだ安心するには気が早いですよ。駆逐艦が三隻接近して来ます」

「夕雲型にくりそつ(死語)だな。ってことは五インチ連装砲が三基六門ってところか? アレの射程は二十キロくらいあるぞ。それに六十一センチ魚雷の四連装発射管が二基八門だしな。マトモに相手にしたら大変だぞ」

「どうせマトモに相手する気なんてないんでしょう?」

「Exactly!」

 

 瀬戸船長は親指を立てるとドヤ顔で答える。

 待つこと暫し。三隻の駆逐艦は大和モドキの生存者の救助活動を開始した。

 

「邪魔とかはしないんですか?」

「救助活動の邪魔なんて非人道的な真似をするわけがないだろう。それに救助が済んで艦内や甲板が負傷者で埋め尽くされてから攻撃した方が効率的だしさ」

「そ、それもそうっすね。流石は船長。やることえぐいっすね」

「お褒めに預かり光栄だよ。さて、そろそろ行きますか」

 

 ムーには無線で、ミリシアルには魔信で連絡を入れる。即席の三ヶ国連合艦隊は猛然と突撃を開始した。ラ・カサミの三十センチ砲や魔導巡洋艦の二十センチ魔導砲から次々と巨弾が放たれる。

 だが、残念ながらしきしまには射程の長い兵器が無い。仕方がないので射撃用レーダーの妨害やレーザー目潰しで精一杯の貢献をする。お陰で駆逐艦は禄な反撃をする事が出来ない。次々と砲弾を受けてはあちこちから炎を吹き出した。遂には抵抗虚しく沈んでしまう。

 

「やっぱ駆逐艦の防御力がブリキ並みっていうのは本当の話なんだなあ。おや? いまだに生存者とかいるみたいだぞ。異能生存体かよ! 面白そうだからちょっと拾ってみないか? やられたらやり返す、倍返しだ!」

「処刑でもしようっていうんですか? 相変わらず趣味が悪いですねえ」

「おいおい、他人の趣味に口出しするもんじゃないぞ」

 

 そんな馬鹿な話をしている間にも無数の死体の中から生存者が引き上げられる。奇跡的に生き残っていたのは意外や意外、瀬戸船長の見知った人物だった。

 

「これはこれは外務省のシエリア課長。生きていらしたんですねえ。ラクスタル艦長は死んじゃったんですか?」

「私を知っていると言うのか? ならば即座に拘束を解いてもらおう。私は外交官だぞ。もしかして外交官特権を知らないのか? それに生存者は他にも大勢いるぞ。速やかに救助して捕虜として正当に取り扱うよう要求する!」

 

 結束バンドで後ろ手に縛られた女外交官は怒りを顕に詰め寄って来た。その口調は相変わらずの上から目線だ。

 イラッと来た瀬戸船長は一瞬、ぶん殴ってやろうかと思ったが空気を読んで我慢する。

 

「貴方が外交官だと主張するのはあなたの勝手でしょう。しかし、残念ながら我が国は貴国と外交関係を結んでいない。よって外交官特権も無効です。ご愁傷さまでした。それと我が国は貴国と戦争をしているつもりは毛頭ございません。そもそも我々は軍人ではありませんし。貴方がたは海賊として討伐されたのです。当然ながら捕虜としても扱いません」

「では…… では私をどう扱おうと言うのだ? 事と次第に寄ってはグラ・バルカスは絶対に貴様らを……」

「いま言った様に貴方たちは捕虜ではありません。単なる犯罪者です。とは言え、ここに日本の司法権は及んでいないので逮捕する事もできない。正当防衛として貴方たちと戦う事になりましたが当方に損害は無いようです。よって特別の温情を持って貴方を解放しましょう。副長、放してやってくれ」

「アイアイサ~!」

「ちょ、おま……」

 

 副長はシエリアの髪を乱暴に掴むと後甲板へ引き摺る様に連れて行く。後ろ手に縛られたままの哀れな女外交官は二十五ノットで疾走する船から勢いよく海へと放り込まれた。

 



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最終話 グラ・バルカスよ永遠に

中央暦1642年5月15日 横須賀

 

 無事に日本への帰国を果たした巡視船しきしまは大多数の国民から熱狂的な喝采を浴びた。

 だが、ほんの極一部の勢力からは『原始人相手にやり過ぎ』だとか『弱い者いじめ格好悪い』といった批判も出る。だが、瀬戸船長はマスコミに金をばら撒いて反対意見を封殺した。

 

 

 

 数日後、国会への証人喚問に呼ばれた瀬戸船長はドヤ顔で証言していた。

 

「グラ・バルカス帝国の外交官シエリア課長は死の直前に言いました。グラ・バルカスは日本本土に対して核兵器を用いて必ずや報復する。老人から赤ん坊まで一人残らず殺してやると」

「それは単なるブラフやはったりではないのですか? 本当にグラ・バルカスが核兵器を持っているという確たる証拠が無ければ信じるには値しませんよ」

「彼らがこの世界に転移して来る前から核兵器を日常的に使用していたことは疑い様の無い事実です。ムー経由の情報によればパガンダやレイフォルにおいても使用していたそうな。シエリア課長が超ウラン元素や爆縮レンズに関する詳しい知識を有してた事から考えても真実である可能性は非常に高いと思われます。それにもし使われてからでは手遅れではありませんか? 是非とも先制的自衛権の行使を進言致します」

「それを決めるのは我々の仕事です。瀬戸船長、ご苦労さん。もう下がって結構ですよ。お帰りはあちら」

 

 

 

 瀬戸が作った会社の暗躍はその後も続いた。大金を投じては偽造魔写や放射線を浴びて溶けたガラスを作らせる。これをムー経由で日本政府やマスコミへ送り届けてグラ・バルカス脅威論を煽りに煽ったのだ。

 更にはムーの地下組織を通して亡命レイフォル人によるレジスタンス活動への支援を行う。

 国境を接したレイフォルからグラ・バルカスを追い出すことはムーの国益にも叶うだろう。三者に取ってWinWinな抵抗運動はとても順調に推移して行った。

 

「ですけど瀬戸船長。これくらいの事で済ませるつもりは毛頭無いんでしょう?」

「そりゃそうだよ、安積君。まずはレイフォルにおけるテロ活動を日本が積極的に支援している事を全世界に向けて盛大に宣言するつもりだ。これで向こうは引っ込みが付かなくなるだろうね。それに加えて皇帝の身柄引き渡しを要求する。そんな事が連中に受け入れられるはずも無い。後は国内世論を上手い具合に誘導して攻撃をエスカレートさせるだけの簡単なお仕事さ」

「上手く行ったら良いですねえ」

 

 

 

 結果的にこの作戦は上手く行った。

 平和というものは皆が望んでいる場合にのみ実現する物なのだ。積極的に戦争を起こしたい勢力が双方にいれば容易に破られるのが道理というものだろう。

 

 引くに引けなくなったグラ・バルカスは報復攻撃を行わざるを得なくなって来る。

 散々に悩んだ末、満を持して潜水艦を使った通商破壊という地味な作戦が決行された。

 だが、二十一世紀のテクノロジーを有した護衛隊群と対潜哨戒機にとって第二次世界大戦レベルの潜水艦など敵ではない。瞬く間に全てが返り討ちにあってしまう。

 

 当然ながら日本としても対抗措置を取らないという選択肢は無い。

 ムーの西部に建設された滑走路から飛び立ったエアバスA350-900の特別改造機は連日に渡ってグラ・バルカス本土を空爆する。

 日本はその気になれば好きな所にいつでも核爆弾を投下出来るという強烈なメッセージであった。

 

 

 

 

 

中央暦1642年7月1日 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 帝王府

 

 妙にだだっ広い会議室に集うのは帝王府長官カーツ、帝国軍幹部、外務省幹部、エトセトラエトセトラ……

 大きな地図の前に立った東方艦隊司令長官カイザルはあちこちに付けられたマークを指示棒で指し示しながら原稿を棒読みしていた。

 

「五日前から始まった日本の空爆は各地に及んでおります。ですがその被害は極めて小規模なため、幸いな事に大事には至っておりません。ただ……」

「ただ? ただ何だ? 早く要点を言わんか」

 

 帝王府長官カーツが偉そうに顎をしゃくった。お前が話を遮らなければとっくに言い終わってたんですけど? カイザルはちょっとイラッとしたが無理矢理に卑屈な笑みを浮べる。

 

「ただ、日本の爆撃機は速度と高度が余りにも規格外です。残念ながら我が軍の戦闘機や高射砲では迎撃する方法がありません。かと言って、敵の航空基地を叩こうにもムーから直接飛んで来ているらしく手が出せません。何か攻撃方法が無いものかと模索しておる次第でして……」

「アレはどうだ? ほら、アレだよ。グティーマウンとか言う重爆撃機があっただろ。あいつなら一万五千メートルまで上がれるし時速七百八十キロも出るんじゃなかったっけ?」

「それならば既に何度も試しました。ですが敵機は時速九百キロ以上で飛行しているうえに優秀なレーダーを装備している可能性が大であります。待ち伏せしても全て回避されてしまいました。一方でこちらからムー爆撃のために送り出した機は全て未帰還となっております」

 

 ドヤ顔のカイザルが自慢げに顎をしゃくった。

 何でお前が偉そうに言わなきゃならんのだ? さぱ~り分からないんですけど? カーツはイラっとしたが強靭な精神力を持って抑え込む。

 

「全く持って手も足も出ないというわけか。いずれにしろ当初の目標を達成する事は極めて困難になったわけだ。あんな小さな爆弾を何発落とされようが帝国は痛くも痒くも無い。だが、必勝を期していた潜水艦作戦もどうやら失敗したらしい。規模は小さいとは言え、一方的に攻撃を受けているのは我が国の方だぞ。何とかして反撃を加えることは出来ないものなのか?」

「ですが、長官。伝え聞く日本国の規模からすると爆撃機が一機だけというのも妙な話です。日本としても本音では我が国との全面戦争を望んでいないのではありますまいか? だとすれば今は我慢のしどころです。何とかしてレイフォルとの連絡を回復してムー攻略を再開すべきでしょう」

 

 外務省事務次官のパルゲールが遠慮がちに口を挟んで来る。

 他に良いアイディアを出す者もいない。会議は今日も何の結論も出せないまま終わってしまった。

 

 

 

 

 

 同日夕刻 日本近海 巡視船しきしま

 

 船長室で寛いでいた瀬戸船長の所に息を切らせた安積副長がやって来た。

 

「大ニュース、大ニュース! 聞いて下さい、船長! 大ニュースですよ!」

「いったいどうしたんだい、安積君。猫が卵でも産んだのかい?」

「そんなわけがないでしょうに! ようやく政府が重い腰を上げたんですよ。グラ・バルカスに対してVXガスの使用を決定したそうです」

 

 ドヤ顔を浮かべた安積副長はネットニュースを表示させたスマホ画面を目の前に翳す。

 

「ふ、ふぅ~ん。やっぱり核兵器の使用はハードルが高かったのか。まあ、神経ガスなら農薬の一種だって言い訳がなりたたんことも無い。害虫退治には持って来いかも知れんなあ」

「単に予算的な問題だったみたいですね。二十メガトンの核兵器で無力化できるのは半径十キロかそこらでしょう? ネットで読んだ話だと神経ガスなら数トンで同様の効果が上げられるそうですよ。んで、コストはせいぜい一万ドルくらいだそうな。嘘か本当かは知りませんけど」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。ちなみに炭疽菌ならもっと安上がりみたいだよ。五百キロもあれば似たような効果が得られるんだとさ」

 

 瀬戸はそんな相槌を打ちながらも自分でもびっくりするくらい感心が持てない事に驚いていた。

 なので返事もおざなりに…… なおざりに? どっちだったっけ? とにもかくにも適当になってしまう。

 

「とにもかくにも連中がどうなろうが知ったこっちゃないや。俺は6月30日を無事に生き延びられただけで十分に満足なんだよ。これ以上、何を望むことがあるっていうんだい?」

「あの、その、いや…… 船長はグラ・バルカスを滅ぼしたいんじゃなかったでしたっけ? そのために大金を費やしたんでしょう? もしかしてそうじゃなかったんですか?」

「どうだったんだろうな。ハンフリー・ボガードじゃないけどそんな昔のことは忘れたよ。これからは前だけを見て歩いて行こうじゃないか。それにぶっちゃけた話、二万キロも離れた国なんて滅ぼうがどうなろうが別に構わんしな」

「ですよねぇ~!」

 

 副長が禿同と言った顔で激しく頷く。瀬戸船長はグラ・バルカスの事を心の中のシュレッダーに放り込んだ。

 

 

 

 

 

 その後、グラ・バルカス帝国がどのような運命を辿ったのかは杳として知れない。

 歴史の表舞台から忽然と消え去った彼らの運命は人々の興味を引き付けて止まなかった。

 とにもかくにもグラ・バルカスはもういない。だが、あの国の事は人々の記憶の中に永遠に生き続けることだろう。

 

 

 

 そうだ、こんな時にぴったりの名セリフがあるぞ。瀬戸船長は永井一郎さんのモノマネを披露する。

 

ナレーション『中央暦1643年。この戦いのあと、日本国政府とグラ・バルカス共和国の間に終戦協定が結ばれた……』

 

「いやいや、瀬戸船長。グラ・バルカス共和国なんていう国はありませんから!」

「ですよねぇ~! まあ、終わり良ければ全て良しだよ。飲もう飲もう」

「はいはい、だけど明日も早いんですよ。ほどほどにして下さいね」

「分かってますって。って言うか、お前は俺のお母さんかよ!」

 

 巡視船しきしまは今日も平和であったとさ。どっとはらい。

 




 グラ・バルカスってそこそこ大きいんでしたっけ?
 仮にオーストラリアの半分くらいとして四百万平方キロ。神経ガスで全土を無力化しようと思ったら数万トンは必要になりそうですね。炭疽菌でも五千トンくらい必要でしょうか。
 一度に十トン運べたとしても五百ソーティーですから気の長い話になりそうです。


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