冥府の眷属 (ぶっちかん)
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プロローグ

 その女神は、その顔に、沈んだ表情を張り付けていた。――そこへ、男が。

「......あら、どうしたのかしら。」

「息子が、世話になっているらしいな、エレシュキガル。」

 男はひどく疲弊したような顔で、目で、女神を見ていた。

「あら、どうやって知ったのかしら...っていうのは、野暮かしら?」

「アンタからもらった力だ、かまわない。...子供たちの中でもあの子は母親似だ。」

「えぇ、そうね。成長すればきっと、格好のいい...えーと...イケメン? ってやつになると思うのだわ?」

「ハハ、イケメンか。美丈夫といえばいいものを。アンタは見栄を張るな。」

「なっ...! み、見栄なんて張ってないのだわ!」

 女神が怒り顔で反論する。

「わかりやすい。おそらく息子にもそのうちからかわれるだろうなぁ。」

「そっ、そんなわけないじゃない! 逆に私がからかうぐらいなのだわ!」

 わかりやすく見栄を張る。実際は毎日のようにからかわれているので、男には完全に図星を刺されている。

「さて。それはどうでもいいとして...アンタとの契約。...あの村とアンタとの契約は既に切れている。もう、どこへなりとも行けるが。」

「どうでもいいって.........契約、ね。そうね、確かにもう契約は終わったわ。でも、これといった行く当てもないし、オラリオなんかに私が行ったところでね...」

「確かに。眷属の居ない神、それも陰鬱ときた。そんな神についていきたいと思う阿呆が居るのかねぇ。」

「ム...私の記憶に違いがなければ、あなたもその阿呆になったと思ったのだけれど。」

 負けじと女神も反撃する。

「......まぁな。」

「それに、ハルツにも恩恵は授けたのだわ!」

「なッ...!?」

 ここで、男が驚愕の表情をみせた。

「あら、これは知らなかったみたいね?」

 フフン、と女神が鼻を鳴らす。

「マジかー...」

 男はあちゃ~とでもいうように、顔面に手を押し付け、次の言葉を探す。

「お前なぁ...! 俺がどれだけアイツに――、っ...!」

 言葉の途中で、男が胸を押さえ片膝をつく。

「......病...いや、呪いね。」

 女神は疫病神でもある。その権能を使えないとはいえ、知識まで封印されるわけではない。その眼で、男の状況を把握する。

「...あぁ。アンタの目から見て、俺はあとどのくらいだ?」

「......そうね。あと7年って程度かしら。」

 女神がきっぱりと告げる。

「...あと7年、そうか。」

「どう? 冥府の女神から死の宣告よ?」

 女神は誇らしげでも、悲しげでもなく、それが自分だと言わんばかりに淡々と余命を告げる。

「...それだけあれば、十分だ。......あぁ、あと、もう一つ聞きたいことが。」

 男は男でこれ以上寿命について深めるつもりはないと、次の質問へ。

「息子に、危険なことはさせないよな?」

「私からそんな話、持ちかけると思う?」

 闇の神は、目に光をともし、男の目を見据える。

「――なら、いい。頼んだ。」

 男は、自身の体の不調を無視してまで、女神に懇願するように、頭を垂れた。




 これより始まるのは冥府の女神と自由を望む少年との物語。


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第1話 はじまり

 ハルツ・スフィアはとある屋敷の令息である。

 不自由なく(じゆうをしらず)生きた少年であった。しかしこの日、すべてが変わる。

「...お亡くなりに、なられました。」

 屋敷の主人が、息を引き取った。その主人には2人の息子と一人の娘、次を長女が継ぐことになっており、見合いの話も数多く用意されていた。

 2人の息子のうち、上の一人は迷うことなく、結ばれていた契約を履行させた。

 そして最後、一番下の子、少年のもとへもその知らせは届く。

 

 

 

 本日最初の知らせ、同時に待ち望んでいたものでもある。

「...そうか。お兄様は?」

「数日前から依頼なされていた行商人の馬車に乗り、外へ。」

「......お姉さまは?」

 お父様、お兄様、お姉さま、そして自分がいたこの屋敷から、一つの命が消えた。

「村のほうへ行かれました。」

「...そうか。」

 お父様が死んだことで、ようやく自由の身になったともいえる。姉は辺境の村への縛りを話し合いに、兄は外へ。

「......ようやくか。」

 それぞれに執事やメイドがついている、もちろん、自身にも。

「お父様は、最後に何か?」

「いいえ、最後まで言葉を発することはありませんでした。」

 そのメイドとも、これで終わりだ。

「そうか。」

 何も、言葉を残さなかった。まぁ、それは予想通りだ。

「...よし。今までありがとうな、やっぱ俺もオラリオに向かうことにした。ここにいても単なるごくつぶしになるだけだしな。」

 もちろん、ただ

 兄も、姉も、父親も。 この辺境にも神が居ることを知っておきながら、その神を負の存在としてあつかった。

 闇をつかさどるその神は、この地の者すべてより疎まれていた。 立ち入ることを禁ずとされた禁忌の地に、彼女は居る。

 誰も立ち入ることが無い故に、整備もまともにされず、見張ろうなどという人もいるはずはない。

「...」

 そう、自分を除いては。

 屋敷から歩いてしばらくのそこには洞窟があり、その奥に女神が居る。

「エレ様ー」

「っ! ハ、ハルツっ!? よ、よかったぁ~、もう来てくれないかと思ってたのだわ!」

「アンタがここにいる限りはここへ来るから心配すんな。」

「でも、今はまだ日中だと思ったけど...」

 今までは父親の能力により、見えない楔が自身には突き刺さっていた。一日中というわけにもいかず、おそらく、エレシュキガルを恐れていると思ったのだろう、夜の間は何の制限もなかった。

 基本的にこの付近は夜間の外出が禁止――というわけではないが、タブーとなっている。

「...実は、親父は死んでな。」

 18...それを考えると実に10年以上この神のもとに通っていたことになる。完全に秘密にし続けられたとは思わないが、誰にも何も言われていないから別に良しとしている。

 正直、実の父親が死んだ今でも、悲しみの感情は生まれていない。それは、闇、冥府の神がここにいるからではなく、父親との記憶がないからである。小さい頃に母親が消えた...らしい。どういった事情があったのか、語ることなく人生を終えた。あまつさえ自身の子供と直接話すことは決してなかった。特に、母親の血を濃く受け継いだ俺には顔すら合わせなかった。...楔を植え付けていたのは、管理だけはしようという考えなのか、母親への贖罪か。...ともかく、今はそんなことを気にする必要はなくなったということは確かだろう。

「...ま、顔も知らない親だ。どうとも思わん。...で、エレ様。......ステイタスの更新を頼む。」

 であって1年。眷属が欲しい神と、神と話していたい少年がそろえば何が起こるかはわかりきったことで、その日、神の恩恵を受けた。それから十余年。

 恩恵をもらって、昼間は蔵書を読みふけりつつ、体を鍛えた。恩恵の更新をするまでは、自身の体に身体能力は依る。自身の体自身がもろい状態で、特殊な能力は扱えないと踏んでそうした。それのおかげか体はいたって健康に、ステイタスを一度も更新しないまま、3階にある自身の部屋へ、体の動かし方だけで向かうことができるようになった。 もちろん失敗も多く、足を滑らし、塀から落ちたとき、体と地面が熱い抱擁を交わすことになってしまったり、山で転げ落ちたりもした。

 ...と、まぁ、紆余曲折あり、たった今、更新されたステイタスを確認する。

「...よ、ようやく...! ようやく今までの苦労が実を結んだのだわ!」

 迷宮に10年も居れば、今頃は上級とよばれて差し支えないほどに...とは、幻想めいた話なのだが。今よりは上がっていただろうに...

「...ようやく、レベル2か。...10年かかったぞ、おい。」

「で、でもっ、仕方ないのだわ。こんな辺境域、高め合う相手もいない。日中は敷地から出られない。それじゃあどうしても一人でしか鍛錬できないもの。」

 この周辺で恩恵をもらっている人物がどれだけいるのかは知らないが、現在のエレ様の眷属が俺一人であることは知っている。

「......それで、あなたのご両親は、亡くなったのね?」

 浮かれていた表情が消え、まっすぐにこちらを見据えてくる。

「ん、あぁ。」

「...そ。 ...それなら、話してもいいかもね、貴方のご両親のこと。」

「――。...知ってる...のか?」

「えぇ。これでも私は女神。ここに間違って落ちた時はどうしようかと思ったけど、近くの村に最初は居てね。あれは...100年ほど前だったかしら。

 ...まぁ、自分と変わらないように見えても、向こうは神、ということか。

「しばらくして...まぁ、追い出されたのだけれど。 供え物があっていままで生きられてるのだわ。」

「...うわー...」

 10年間つきあってきて、性格もよく知っているけど、なるほど。いつも空腹などとは無縁と言っていたのはこれが理由か。

「わ、私だって契約のもと追いやられたんだから! それにもともと闇をつかさどる女神なんて追いやられて当然でしょ?」

「...契約?」

 追い出された当初...か。

「そこからしばらく、この洞窟を自分が住みやすいようにいろいろ用意してたのだけれど、そこでやってきたのが貴方の父親。」

「親父が?」

「えぇ。あなたの父親にも恩恵を授けてたのだけれど、奥さんが亡くなった際に改宗可能な状態に切り替えたのよ。」

 親父がエレ様の眷属...

「あなたのお父様は、何をするにしても慎重でね。オラリオに居た頃は違ったらしいけど。」

「...親父が、ねぇ。」

 慎重という点はわかる。...それと、どこかの神から恩恵を受けていたというのは知っていたが...

「貴方の父親は、奥さんの死後、スキルを発現してね。そのスキルは日中しか使えないけれど、自身が触れた相手がどこにいるかがわかる。効果は3人。...丁度あなたたち子どもと同じ数ね。」

「...すると、親父は俺の。俺たちのことを案じていたと?」

「えぇ。貴方の父親は誰よりも愛を重んじていた。だからこそ...息子である貴方、一番母親の面影が残る貴方に、あの顔を見せることはできなかったのでしょうね。」

「...見たのか?」

「えぇ。この10年間で日中、一度ここへ訪れたのよ。...酷い顔だったわ。」

 ひどい顔。それがいったいどんなものか、普段の顔すらわからないので想像のしようもない。

「...なるほど。ま、エレ様がそれを知ってるならそれでいい。親父も報われるだろう。」

 エレ様の言葉はおそらくすべてが真実。であればそれでいい。

「それ以上は不要だ。俺がこれ以上親父のことを知る必要はない。本人が俺に伝えることのなかったことだ。」

「そう? ...わかったわ。」

 知ったところで、俺の何が変わることもない。これまでの決断とこれからの決断も、だ。だから今、言うことは変わらない。

「エレシュキガル、俺に付き合ってくれ。」

「えぇ......って、へぇっ!?」

 ...今のは、勘違いを生む言い方だったな。

「...俺は、オラリオへ行きたい。一生をこんな辺境で終わらせたくない。――自由を、知りたい。」

 逃げようと思えば、いままで、いつでも逃げれたのかもしれない。だが...

「隠れながら過ごす日常はいらない。...俺に――。俺の我がままに、付き合ってくれ。」

 望みをかなえる。自由を知る。そしてそれには神の協力が必要不可欠である。――なら、俺が誰よりも知る神が、ここには居る。この神でなければ、俺はこの先の道を...歩めないだろう。

「――。......自由...」

「あぁ。俺はどうしてもそれが欲しい、知りたい。だから、俺に力を貸してくれ!!」

 

 その瞬間、ランタンの火が揺らめき、黄金と亜麻の絹糸が照らされる。

「.........でも、私は、冥界の神。...自由なんてものとは程遠い女神。...私がその道についていけば、夢を遠ざけてしまう。」

 その夢の障害になると、女神は俯き言葉を紡いだ。

「...?」

 その言葉を受けた少年は、本気で何を言ってるのかわからないというような顔をして女神へ目線を向けている。

「それがどうした?」

「――...へ...?」

「障害なんてあって当然だろ。んじゃ、それ以外の理由はないな?」

「えっ? ...っと...え~っと...」

 女神が頭を抱えて理由を探し出す。

「わっ、私といると不幸になる!!」

「それじゃあもうなってるよ。このままでいい。」

 思いついた理由を切って捨てられる。

「じゃ、じゃあ役にたっ、立たないのだわ!?」

 一瞬言い淀んだのは残ったプライドが邪魔をしたのか、しかし言い切る。

「んなことねーよ。」

「ん~~~.................あ! .........貴方の、生を...削ぐ、のだわ?」

「よしわかった。」

 女神の顔が、複雑にゆがむ。

「よっ。」

「ひゃっ!?」

 少年が女神の足を払い、体勢を崩して抱きかかえる。いわゆるそれは、お姫様抱っこ、と言われるものだ。

「――。ん――?」

 地面に激突しないことを疑問に思ったか、目を開ける。すると......どうやら、ようやく状況を理解したらしい。

「なっ、ちょっ...!? ど、どどどどどどどどどどどどどどどどどど――!?」

「んじゃ、誘拐させてもらうわ。準備はさせてある。」

 少年が、洞窟の地を蹴った。

 

 

 




【ハルツ・スフィア】
 Lv.2
 力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 俊敏:I 0 魔力:I 0
《魔法》
 -
《スキル》
 -


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第2話 オラリオへ

 

 闇夜の岩場にて、焚火をつけ、どこからか持ってこられた丸太がそこにはふたつ。

「悪いなエレ様。俺の目的のために利用されてくれ。」

「...ハァ。もういいのだわ。その悪役ムーヴ。」

「あ、そう?」

 悪びれはするものの、期待した目を女神に向けた。

「...私は、貴方のことを思って拒否してた...つもりなのだけれど。」

 女神は、ハルツの父親の願いを履行しようとし、自分とは遠ざけようとした。しかしハルツはその気遣いをすべて台無しにし、女神を外の世界へ連れ出した。

「...ま、こうなったらどうも言ってられないし仕方ないのだわ?」

「ホントか! ...いやまぁ、ここで断られても連れてったんだけどな。」

 男は歓喜の表情。そしてくっく、といたずらな笑いを女神に向ける。

「...そうでしょうねぇ。...ハハ。」

 女神はわかっていたと言わんばかりに呆れた顔、そして苦笑へと表情を変える。

 

「――さて、俺も無計画ってわけじゃねぇ。あの辺境からオラリオまで、どれほどの距離で、自分の足でどれほどかかるか。...計算上ではこういった時間を含めて丸4日。兄貴の馬車よりは早く到着する。」

「4日...ね。」

「今日はここで休んで、明日は余裕をもってこの村に。」

「...こっちの荷物も、私も重いでしょう?」

「荷物はともかくお前は軽いしな...ま、それを考えても4日だ。」

 書類なら屋敷に大量にあったので、問題ないはずだ。

「...準備してもらったこの荷物も、食料と水以外は一人用だし...ねぇ、本当に私が使ってもいいの?」

 簡易寝具をゆびさして女神が問う。

「あぁ。気に病む必要はないぞ。俺はどこでも眠れる。」

「そ、それを言ったら私だって...!」

 このままいけば譲り合いの堂々巡り。目に見えて互いに譲る気はない。

「――いいっからっ、黙って使えッ!な!?」

「そういうわけにいかないってずっと言ってるのだわ!? 聞き分けのないガキそのものよ、ハルツ!!」

「見た目だけでみりゃテメェも俺と大差ねぇだろ!」

「今は中身の話をしているのだわっ!!」

「「ぐぬぬぬ.......!!」――ん?」

 言い争いの途中、不穏な空気――否、息遣いが聞こえた。

「だいたい――。? ...どうしたの。」

(静かにしてろ。...獣だ。)

 消えかけていた焚火を完全に消し、荷物の中からナイフを取り出す。

「...」

 ...獣か? ...獣、だけか?

 エレシュキガルを引き寄せ、周囲に気を回す。

(...逃げの一手だな。最悪、食料さえあればいい。...っつーか喧嘩すんのは面倒だから快適さとか求めないでくれ。)

(そうね。...わかったのだわ。)

 女神を最初に高台から投げ捨て、次に食料がはいった荷物を投げる。最後に自身は、低く加速し、崖になっている部分をつかんで引き下ろす。つまり、地面へと加速する形だ。

「っ...うお...おおおおおおおお!!」

 着地により体に走った衝撃に歯を食いしばり、落ちてきた神と地面の間に飛び込み、女神にかかる衝撃を自身の体で最小限に減らす。

「っく.........がはッ!!?」

 その真上から、先ほど別で投げた荷物が落ちてくる。

「...だ、大丈夫...?」

「.........も、目測...ミスった...」

 それなりに重い荷物が胴体にのしかかる。だが、どうにか女神は無事だということが分かった。

「ポンコツの系譜はポンコツ.........」

 ハァ、とため息をつこうとして――、状況を思い出す。

「ンなことしてるばあいじゃねぇな!」

 荷物を体で持ち上げるように起き上がり、背負い込む。

「...っと、早いとこ逃げるぞ!」

 女神を持ち上げ、駆ける。

「まさか夜も走ることになるとは...予定がパーだ。」

 誰に言うわけでもなく、小言でぼやく。

 

 朝日が昇り始めた。そのころにはもう追手もなく、場所は、2日目の宿泊地として候補に挙げていた村へと到着していた。

「はぁ...あー............疲れた。宿、さっさと借りよう。」

 

 などと、予想外のことに見舞われつつも、夕方、目が覚める。

「...エレ様?」

「ん、なぁに?」

 まだ覚醒しきらないうちに、女神に声をかける。

「...出るか。」

「そうね。...予定と違って夜だけど、大丈夫?」

「あぁ。...兄貴もそろそろここに到着するだろ。...ここで兄貴に会って、わざわざひと悶着起こすつもりもない。」

 予定外の事態に、避けようとしていた面倒に遭遇する可能性を作ってしまった。

「さっさと出てくのが賢明な判断だ。」

 兄貴とはとある確執が存在する。以前より強いプライドを持っていた兄は、自身のとある考えを否定した俺に強い怒りを覚えたらしく、それ以降俺を目の敵にし、やたらと突っかかってくるようになった。親父の言いつけを守り、虎視眈々と自由になる時を待っていた。故に知識量は俺を超え、体を鍛えていた俺には、ステイタスを手に入れて超えるとしきりに言っていた。

「兄貴が到着する前に出るぞ。とりあえず村を出ればいい。しばらく歩いてもらうぞ。」

 新しく立て直した計画では、この村からオラリオまで駆け抜けるということにした。丸4日かかるというのは、ステイタスを考えてのことだったが、今はレベル2、昨日もこれまでとは比べ物にならないスピードが出ていた。

 休み休み行けばいい、食料はここで大半を処分した。今持っているのは、向こうについてしばらく宿を借りるだけの金と一本のナイフ。

「――おい。」

 村を出ようと歩みだした背中へ、声がかけられた。

「...何故お前がここに居る、ハルツ!!」

 怒りの炎を隠すことなくぶつけられ、仕方なく振り返る。そこには、案の定実の兄が。

「何か、不都合でも?」

「...おかしいだろう、俺が出発した時、お前はまだ屋敷に居たはずだ! それが、何故ここに居る!!」

 こちらの質問には応えず、怒りの表情のまま、こちらをにらみつけてくる。

「答えろ! 何故お前がここに居る!!」

 呆れの表情と共に、前に視線を移す。

「行くか。」

「ッ、この...ッ!!」

 質問に答えなかった、それが怒りを増長させたのか、男は指が白くなるほどの力を込め、ハルツの肩をつかんだ。

「おまっ――。」

 次の瞬間、男の視界が180度回転する。そして、その視界から見えた弟の姿は遠かった。

 

「いいの?」

 闇の中を駆け抜ける少年の腕の中で女神が問う。

「いい。どうせあいつもオラリオに来るんだ、問答はそのときでいい。」

「そう。それもそうね。」

 

 

「さて、冒険者が集う迷宮都市オラリオ。到着か。」

 早退した距離もない少し先に外壁と門が見える。

「...ハルツ、入る前に話しておきたいことがあるのだわ。」

 女神がハルツの前方へ走り出て、ひとつね、と指をだす。

「私は、貴方に危険なことをさせたくないし、させるつもりもないわ。良い?」

「それを言っちゃ何もできねぇだろ。」

 迷宮なんて、危険の塊そのものである。危険なことをさせないのなら、俺の望みもかなわない。

「えぇ。でもこれは強制じゃないから。ただ、死んだりなんかしたら死んだ魂を直接呪って私も死ぬのだわ。」

 自信満々に結構凶悪なことを言う。

「実質強制だろ、それ。...まぁ、俺の体を最優先に行動はする。」

 女神はその言葉に満足したのか、歩みを進めた。

「そういえば、イシュタルの淫乱強欲雑食汚泥ポンコツ駄女神もこの世界に降りてたはず...」

「イシュタルって、確か妹だったよな。っつーかひどい言い様だな。」

 おもわず2、3歩退く。

「あぁっ、待って! 引かないでほしいのだわ! そうね、今のは言いすぎよね! 事実とはいえ言い過ぎたのだわ!? いくら悪逆卑劣な妹とはいえそんなこと言っちゃだめよね! あれ? ね、ねぇ、なんで引くのだわ? 待って? まっ、待って~っ!?」

 

 

「...で、無事オラリオには入れたわけだが。」

 あっけなく迷宮都市へは入ることができた。去る者は追い、来る者は拒まずという噂は本当だったらしい。

「まずは宿でしょ? ここまで体を行使させてしまったのだし、それくらいは私がするのだわ? 光栄に思いなさい?」

「へいへい。ありがたやありがたや、冥府の女神様ー。」

 少年はかるく感謝するように両手を合わせて頭を下げる。大して女神は不服そうに。

「...尊敬の意が感じられないのだけれど?」

 その言葉を受け、少年は跪いて、言葉を選ぶ。

「――お美しい冥界の女神エレシュキガル。貴方様のお気遣い、我が身に余る光栄でございます。」

「フフン、いい気分――でもないわね、尊敬の意が感じられないのだわ?」

 わざとらしいその様子に比べれば、最初のほうが幾分か、いや、かなり尊敬の意が込められていた。

「じゃあどうすりゃいいんだよ...」

「普通でいいのだわ、普通で。」

 別段起こる様子もなく、女神は若干あきらめたように言い流す。

「そうか。ま、ありがとな、エレ様。」

 少年の言い方は親しい友人に対する簡単な感謝だったのだが、それが最上位、何よりも普段通りに、敬意を感じられた。

「えぇ、よくってよ!」

 

「――それで、今後は?」

 無事、部屋をとることも出来、部屋で。

「...その前に、一ついいか?」

「? えぇ、いいわよ?」

 ひとつ、聞きたいことを聞くとしよう。この部屋についてだ。

「なんで...一部屋なんだよ。」

「えっ? あ、えーっと...てっきり、そうだと思ってたのだけれど。」

 止まる宿の食堂だなんだと確認している間に部屋と取ってくれたのはいいものの、その部屋はひとつ...と。

「...そ、そうよね、死の女神とおんなじ部屋で寝て二度と目覚めませんでした、なんて嫌だものね...」

「別にそういうわけじゃないが...ほら、俺は男でお前は女。 そうだろ?」

 当たり前のことだというように女神へ問う。

「...もしかして、私のことを気遣って...?」

「男とおんなじ部屋でなんて嫌だろ。」

「......同じ部屋で、寝る...寝る...な、なんてこと考えてるのだわっ!? もしかして体目当てっ!?」

 女神が自身の体を抱き、部屋の隅へ引く。

「...そうだな、実は俺はお前の体目当てでここまで連れ込んで――って、この部屋は、お前がとったんだよなぁ? 誘ってんのか淫乱駄女神。」

「なっ、だ、誰が駄女神よっ!!」

「お・ま・え・だ・よ。エレシュキガル...!」

「ひっどいのだわ!? 謝罪を要求するのだわ! 今、私の心はガラスみたいにたたき割られたのだわっ!?」

 ぎゃいぎゃいと言い争いを続ける。しかし、2人とも失念していたが、現在、月は真上、星もきれいに見える刻。つまり深夜である。そんな中、騒いでいたら、何が起こるかは明白である。 

 ドン! と壁がたたかれ、一言。

「うるせぇ!!」

「――ご、ごめんなさいっ!?」

 壁の向こうから聞こえてきた怒声によって、口論は終わる。

「か、神を黙らせる怒声...壁の向こうに居るのはおそらく、よほど名のある冒険者なのだわ...」

 部屋に静けさが満ちる。 この程度の口論は辺境では日常茶飯事だったので失念していた。当然といえば当然である。

「...寝るか。」

 口論していた議題は喧騒と共に投げ捨てられたとして、ベッドへ。

「...そうね。」

 互いにベッドへ。...特に落ち着かず眠れないということもなく、眠気は侵食してくる。

「途中で借りた宿、あそこは空き部屋がなかったからだったんだが...」

「でもここで2部屋も、お金がかさばるだけでしょう?」

「......ま、お前がいいならそれでいいわ。」

 冗談で襲うなどと言っていたが、それをするはずがないのも分かっているし、本気で罵倒をするはずがないのも分かっている。だからこそ誇張表現も多大に使われる。

 次第に、寝息が聞こえてくる。そのころには自身も、意識を闇の中へ手放していた。

 

 




「え、えぇっと? これを読めばいいのね、任せなさい?」
 女神が台本を両手で持ち、毅然とした態度で読み上げる。
「オラリオへたどり着いた2人、女神は妹、少年は兄との確執を持ったまま、歩み始める。自由を知るために、明日へと進む。次回、ギバラギバギバギバライカ...? えっ、あ、これ落書きじゃない! ――次回っ、『オラリオで』! さ、さぁーって、次回もサービスサービスぅ!」


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第3話 オラリオで

 

 

 

 活気づく街、人が行きかう大通り。道行く人の明るい顔はどこぞの祭りかと錯覚させられる。

「これで平常っつーんだから驚きだよな。」

「...こ、これが、平常...なのだわ?」

 女神は驚愕の顔を黒いフードの下からのぞかせる。それもそのはず、女神はいわゆるコミュ障、そしてぼっちという性分を持っている。冥府の底で暮らしていたはずで、最近まで洞窟にこもりっきりだった。そんな女神が人に慣れている道理はない。

「これに慣れろ...っつーことはいわねぇし、どうする? 今後、眷属は増やす方針で行くか?」

「え? わ、私はあなたが居れば十分だけど。」

「んじゃ、しばらくはこのまんまだな。...ひとまず、目標はマイホーム...ってか?」

 いつまでも宿で暮らすつもりはない。いつかはマイホームを手に入れるとこを目標にする。さて、それにいくら必要かは今後調べていくべき課題だ。

「お、ここか。」

 ギルドに到着した。大理石で造られた広大なロビー、それが大きな神殿、前庭の奥に見える。

「それじゃあエレ様、しばらく待っててくれ。登録だけ済ませてくる。」

 そう言って雑踏をかき分けて受付へ。そこに居るのはヒューマンの女性だった。

「冒険者登録手続きをしてもらえますか?」

「はい、わかりました。それではこちらの用紙に必要事項の記入をよろしくお願いします。」

 一糸の乱れもない対応に、この対応は日常茶飯事だということがうかがえる。

 人気のないカウンターへ誘導され、書類に本名、所属ファミリア、年齢種族使用武器と書き込み、手渡す。職員の女性はその書類に目を通し、こちらへと視線を移し、姿勢を正す。

「改めまして、オラリオへようこそ、ハルツ・スフィア氏。ギルド共々私達はあなたを歓迎します。」

 そんな定型の文句を聞き、一人の男子として心が沸き立つような、期待が胸の内に生まれる。

「迷宮内での被害、損失。また、ご自身のお命のについてもギルドは一切の責任を負いかねます。やり直しが存在しないということを、くれぐれもご自覚ください。 そして、注意事項になりますが、度の超えた違法行為は罰則の対象になります。それに際し、冒険者の登録が抹消された場合、ギルドからのサポートの停止はもちろん、ダンジョンから持ち帰った『魔石』及び『ドロップアイテム』はすべて強制没収となりますので、ご注意ください。」

 説明を聞いたが、なるほど。要するに問題を起こすなってことを言いたいだけだ。...ファミリア間での問題もカウントされるなら、イシュタルファミリアには近づかないようにしなければ。...ウチの神が何を言うかわからない。

 一通りの説明をうけ、おそらくこれも定型文であろう、質問をひとつ。

「迷宮探索アドバイザーはお付けになられますか?」

 ...アドバイザーか。確かに、そういったものは必要かもしれない。今の俺には迷宮に関しての知識はないし、そもそもの話だ、自身が持つ情報を照らし合わせるのにも有用だろう。

「あー、はい。お願いします。」

「それでは、担当アドバイザーの性別にご要望はありますでしょうか?」

「...性別?」

 そんなことを聞くのか?という疑問が態度に出てしまったようだ。その女性職員が口を開く。

「はい。それと種族についてのご要望もお聞きしております。」

 男性恐怖症女性恐怖症、ドワーフやエルフなどの対立。それらによるトラブルを避ける...ということだろうか。

「性別種族はそちらにお任せします。」

「わかりました。それで、本日は迷宮へ行かれますか?」

「いや、今日はこの都市を巡ってみようかと。」

 だからエレ様を連れてきたのだが...はやいとこ戻るか。

「今日はこれで、また明日来れば?」

「はい、明日、また同じ時間にここへいらしてください。アドバイザーの顔合わせを行いますので。」

 わかりました、とだけ反応を返し、女神のもとへ。

「...?」

 そこで、何か違和感を感じ、腰に手をやる。

 

「――。...ない。」

 本来そこにあるべきものがない。 本来そこには金貨が詰まった袋があったのだが、見事に手は空を切る。

 すぐさま周囲を見て――犯人であろう人物を見つけた。...相手を選んでいるのだろうか。

 走って逃げていく姿を見て、十分に追いつけると踏んだ。人混みの合間を縫い、追っていく。駆けつつ表通りの露店から一つ、果実をとって投擲する。そして狙い通りに膝裏に着弾し、盗人の体勢を崩した。

「あ、おい!!」

 果実をとったことに店主が声を荒げるが、それを一旦超えて、盗人のもとへ。金貨が入った袋を取り返す。

「よかったよかった。さ、早く逃げろよ盗人。次はうまくやるといい。」

 自分の金さえ戻ってくればそれで結構、店主に果実分の代金を払い、女神のほうへ足を向ける。

「おい、アンタ、金をとられたんだろ?」

「ん、あぁ。でも取り返したしな。果実分の代金は払ったしそれでいいだろ?」

「まぁな。でも珍しいな。あのガキが金を取り返されたのなんてそうそうみねぇんだが。」

 店主が話してくれそうだったので、足を止めて、果実を見る。

「これ3つ買うんで、詳しく。」

「5つだな。」

「...わかった。」

 果実を購入し、そのままわきのほうへ。

「アレはどうも冒険者登録をしに来た奴らを狙ってるらしくてなぁ。それに限らず新米冒険者が結構カモになってる。」

「対策はしないのか?」

「そういうのはギルドの仕事。冒険者共は我関せずさ。でもまぁ、賢い方法だと思うぜ? 稼ぎは大したことねぇだろうけどな! アンタのそれを見る限り、新米の中じゃ最高額だったんじゃねぇか?」

 と、金貨が入った袋を指さされる。

「ハハッ、かもな。 ...で、今のは不定期に?」

「あぁ。だがそろそろ痛い目見ることになるぜぇ? 過去の新米たちもそろそろ育ってきてる。アンタと違って盗まれちまった奴がよく話を聞きに来てたよ。それと、俺の勘だがあのガキは俊敏だけなら10階層に居る程度の冒険者と同じくらいだろうな。」

「ほう...」

 俊敏だけがとりえな盗人、というところか。

「捕まえとけばよかった。詳しく知りたい。」

「常連になりゃあ情報はくれてやるけどな? どうだ。」

「ハハ、考えとくよおっさん。ありがとな。」

 何かに特化しているということは、それだけで強みになる。どういった弱さがあろうとも、長所を生かすことができればそれでいい。 できれば会って話してみたい。悪人であろうと善人であろうと、特殊な者は興味を惹かれる。

 

「エレ様。」

「ひゃっ!? な、なんでそっちからくるのだわ...?」

「いやー、ちょっとな。 ほら、本屋を探すんだ、行くぞ。」

 

 

 翌日。

「今日はここに居るのか?」

「えぇ、私も知識をつけなきゃなのだわ!」

 そう気合を入れる女神の手には、『ぼっち神必見!ファミリアってなぁに?オラリオって?』という本が。...そうだなぁ、ぼっちの神とかもいるもんなぁ...

「...な、なに? その生暖かい目は。」

「...なんでもない。それじゃあ行ってくる。」

 目じりに浮かんだ涙をぬぐい...

「...俺もそう変わんなくねぇか?」

 ...と、いう事実に行き着いてしまったが、ひとまず忘れて外へ。すると、廊下には人が。同じように部屋から出たところのようだが、部屋の位置的に、初日にうるさいと怒鳴ってきた部屋の男だろう。

「ん、あぁ...おい、テメェ、そこの部屋で夜中騒ぐんじゃねぇよ。...ハァ、金はとられるし隣はうるせぇし、散々な出だしだ。」

 ドワーフの男だ。なるほど、野太い声だったのも、迫力があったのもうなずける。

「...金をとられた? もしかしてこんな、小さなガキだったんじゃねぇか?」

「ん? なんだ、知ってるのか!」

 男がずいずいと迫ってくる。

「あぁ、俺も昨日金を盗られかけたもんで。」

「なるほどそうか、じゃあ俺たちは同じ被害者ってわけだ。それじゃあもちろん、探してるよな?」

「いやまぁ、そうだな。探してる。」

「よし騒音の件は水に流してやる! そのガキを捕まえるのに協力しろ!!」

 肩をつかまれて目を見据えられる。...拒否権はないぞ、と言わんばかりの目だ。...しかたない。

「ウチの女神に悪印象なんざ持たれてちゃ困るしな。で、捕まえるのに協力ってのは、調査も含まれるのか?」

「あぁ、そうだな...どこによくあらわれるか、なんて情報があればそれでいい。そのあとは俺がやる。」

 ひとまず出よう、とハンドサインで表し、外へ。

「逃げてったとこにあった露店で聞いたんだが、どうも新米冒険者を狙っているらしい。」

「新米だと?」

「俊敏に関してはかなりのものだった。一直線の通路などに行けば、Lv.1で追いつくのは難しいかもな。」

「なるほど...それじゃあ待ち伏せをするのはどうだ!」

「そっちもオラリオ外部から来たクチだろ。それじゃあ地理に関しちゃ勝てる見込みはない。待ち伏せもできなさそうだ。」

 ここはやはり、情報を集めることが先決だというこちらの意見とまだるっこしいのは苦手だというドワーフの男で案を出しつつも、ギルドまでやってきた。

「これからアドバイザーとの顔合わせでな。気になったならそっちの通り、果物屋のおっさんが何か知ってるかもしれねぇし聞いてみろ。こっちはこっちで職員に尋ねてみる。」

 こちらは話をしてみたいから、あちらは金を取り戻したいから。聞いた話によると案外多めの額をとられていた。 誰かにつかまる前に話を聞いてみたいこちらとしても、探すのには賛成だ。なのでできるだけ協力しよう。

「えーと...」

 ギルドに入り、受付に昨日の受付が―と話を切り出すと、ボックス型の部屋へ案内された。

「...」

 ひとまず、あのドワーフの男の.........後で名前を聞いておこう。アイツの目的を達成させてから、自分のほうの目的にかかろう。金を取り返すことができればそれでいいはずだ。......しかし迷宮にも一度潜っておきたい、そのための準備も必要だ。

 と、思考していると、扉が音を立てて開いた。

「本日から貴方のアドバイザーを務めることになりました、レイ・ロスラインです。今日からよろしくお願いします。」

「...レイさん?」

「はい。レイ・ロスラインです。」

 こちらが聞き損じたと考えたのか、もう一度名前を言ってくれる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 多少面食らったのは、最初に受付をしてくれた女性だったということ。目麗しいヒューマンだ。

「では、これから打ち合わせをさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか。」

「えぇ、はい。」

 質問は後に回し、まずは今後について。

「それでは...使用武器は短刀、とのことですが、ギルド支給のものもご用意できますが、どうなさいますか?」

 こちらで武器を用意する、ということとダンジョンについてある程度の質問をして、顔合わせは終了。そして最後にもう一つ。

「近頃新米冒険者が狙われた盗難が相次いでいると聞きますが。」

「そちらの件についてはギルドも対策を講じ始めております。」

「何か、知りません?」

「...目撃情報としては、ダイダロス通りにも見かけられた、というのがいくつか。」

「なるほど。わかりました、ありがとうございます、これからも頼ることになると思うんで、それじゃあ。」

 ギルドを出て、ドワーフの男を探しに果物屋へ。

「おぉ、来たか。今さっき情報を聞きに来た男がいたが、ドワーフっつーのは短絡的だな。」

「そういうのはあんまり言わないほうがいいと思うけどな。それで、その男は?」

 店主が指をさした。そちらを見るとあの男が聞き込みをしてる。...どうやら、煙たがられてるみたいだが。

「ありがとう、またあとで。 おい、気持ちはわかるが迷惑をかけてちゃ調査もままならんだろ。」

 店主の指の方向へ進み、男の肩を叩いて注意する。

「いやぁ、ここの店主がテメェなんぞに情報は売らねぇっていうんだ、おかしいだろう!」

「生憎アタシゃドワーフが嫌いでね! さっさとどっか行けって言ってるんだよ! アンタのお仲間ならさっさと連れてきな!」

「ハハ。すんません。ホラ行くぞ。」

 つかんで路地裏のほうへ。

「何故急ぐ。そんな理由ないだろ。」

「いいやあるんだ、あの金がないともともとの計画が狂う! それで、そっちはどうだった?」

「ダイダロス通りで目撃情報があったらしい。それも、かなり多くの。」

「それじゃあさっそく行こう! ダイダロス通りだな!」

 ダイダロス通り。それは迷宮のように入り組んだ地形の街で、迷ったら抜け出せないという噂まで存在する。

「俺はこの周辺を探すから、そっちは頼めるか?」

 どちらで捕まえやすいかといえばこちらだろう。獲物の本拠地で探すなんざできそうもない。

「あぁ、分かった! 任せたぞ!!」

 そのドワーフの声を背中で聞いて、奥へと歩みを進めた。

 ...名前を聞くのを忘れた。




「ひょんなことから協力関係を結ばされたハルツ、目的の盗人は一体何者なのか、何のためにそのような行為を続けているのか。次回、『盗人を追え』」


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第4話 盗人を追え

 そうして数時間。太陽も真上に上って、一度昼食を取りに行くかと思ったところ、例の盗人が真下の路地裏へ現れた。

「...」

 金貨を落とし、音を鳴らす。無論周囲を警戒していた盗人はそちらへ振り替える。そして次は上を。 ――だが、ここは一枚上手をいった。

「――、――!?」

 つかみ上げて肩に担ぐ。

「っ、は、離してッ!!」

 もちろん盗人は抵抗するが、ステイタスの差がこういったところで出てくる。...というかこの声、女性か。

「やはり、俊敏特化か...」

 おそらく今まで捕まえられなかったのはよほどの幸運、この俊敏に特化した性能、新米に絞った狙い、それに、人波を縫うこの小ささもあるだろう。

「本当に子供なのか、小人族なのか、どちらだ?」

 担いだまま尋ねてみる。

「...っ。」

 まぁ、反応が返ってこないのは当然ともいえるだろう。

「こっちとしては、ギルドに突き出すつもりも直接的な危害も加えるつもりもない。ただお前に話をしたいってやつが居るから、それだけ協力してくれれば...そうだな、ある程度金はやろう。」

「...本当か?」

「あぁ、本当だ。そうだな...一万、それでどうだ? 俺と話すのも込みで。」

「!」

 この少女本人に話をきけるなら、この程度の出費は目をつぶろう。

「今日持ってきた全額、1万ヴァリスだ。」

 少女を降ろして金貨袋を渡す。

「......なんで、こんなことをする。...んですか?」

 警戒されるのは当然だろう。こちらとしては目的を話したつもりではあるのだが。

「言ったろ、話をしてくれるだけでいい。俺と、もう一人。今日一日をかけられる金額はあるだろ?」

「...わかりました。」

「で、歳はいくつだ。」

「......11。」

 小人族ではなく、子供。それでいて盗みをする...

「盗みをするからには理由があるんだろ? それを教えろ。」

「......その前に、一つ聞いていいですか?」

「あぁ、なんだ?」

「...何で、金を盗られかけたのに、あのあと、何もしてこなかったんですか?貴方のステイタスなら...」

 少女の顔には困惑の表情も含まれている。

「あの時は興味がなかった、それだけだ。だがあの後興味を持った、だからこうして今は話をしてる。」

 自由を知る、すなわち好きなように生きる。俺は、この信条の下行動しているだけに過ぎない。

「その足があれば他にできることもあるだろう。サポーターなんてどうだ?」

「...この足は、逃げる中で手に入れたものです。...いろんな人物に恨みを買った今、サポーターなんてすれば...」

 俺よりも若いのになかなかに聡い。そのとおりだ。サポーターとなっても雇ってもらえず、挙句の果てには恨みを晴らすために迷宮へおきざり、なんてこともあるだろう。

「...フム、まぁ、まずはもう一人の奴を探す。ここで持ち逃げも良いだろうが、その時、どうなるかは考えとけ。」

 路地裏を歩いていく。

 

 

「...宿で待つか。」

 ダイダロス通りをある程度探し、馬鹿らしくなって宿へ。

「そういえば名前を聞いてなかったな。なんていうんだ、お前。」

 少女はおとなしくついてきて、宿にも警戒はしつつやってきた。

「シトラ・ロスライン」

「...ロスライン?」

 アドバイザーの名前だが...と、思えばどことなく似通った個所もある。

「......まぁ、いい。」

 自分たちが過ごしている部屋ではなく、隣の部屋の扉を叩く。すると、内側から扉が開いた。

「ん、あ。」

「...やっぱここかよ。ダイダロス通りはどうした。」

「いや、な? ひとまず昼食をと思ったわけだ。遅めだがな。そっちこそどうした? ...! 見つけたのか!」

 ガバっと男が立ち上がる。

「まぁ待て。おい、こっちだ。」

 シトラを率いて部屋の中へ入る。

「っ、ようやくだ! よくもあの時俺の金をとりやがったなクソガキィ!」

 シトラへつかみかかろうとした手をはじく。

「まぁ、待て。こんないたいけな少女に暴力をふるうのは大人げないだろ。」

「なんだぁ? 正体が少女ってことでそっちの肩を持つのかよ。」

「肩を持つとかじゃねぇよ。それで、お前は金を取り戻したいんだろ?いくらだ。」

「...1万ヴァリスだ!」

「嘘です!この人2000ヴァリスしか持ってなかった!」

 一瞬で矛盾が生じた。だがここで信じるのは...

「2000な? お前もケチケチしてんなぁ...」

「...っ、うるせぇ! 2000でも重要な資金だろうが!!」

 最初からきちんと話を聞いておけばよかった。

「...ハァ。2000か。ちょっと待ってろ。コイツに危害を加えるなよ。」

 2人を残して部屋を出て、すぐ隣の部屋へ。

「あ、お帰りなさい。」

「あぁ。少しな。」

 2000ヴぁリスを手に取り、すぐさま隣の部屋へ。

「おい、これでいいだろ。これで問題解決だ。」

 一応そういう話だったのでシトラを連れてきたが、これでひとまずこの男の...

「そうだ、お前も名前を聞いてなかった。ドワーフ男、名前は?」

「ちょっと待て。......確かに2000ヴァリスだが、なんでお前が払う?」

 少女をかばうようにも見えるというか、まさにかばっているようなものなのだが、その行動を見てその質問だ、当然のものだろう。

「俺はコイツと話をする必要があるからな。」

 面倒な件を先に終わらせれば、いちいち気にすることもない。

「だからお前の問題は終了だ。それでいいだろ。」

「ま、金は戻ってきたし構わねぇか。で、名前だな? 俺はドライ・ドラム。見ての通りのドワーフだ。お前は?」

「俺はハルツ・スフィア。ヒューマンだ。今後も何かあれば、何かと協力しよう。」

「あぁ。お、それならパーティを組まねぇか? お互いに新米冒険者だ。」

 パーティか...と、なるとステイタスが合わないだろう。

「悪いが、俺はLv.2でな。パーティとしちゃ成り立たんだろ。...さて、シトラ、ついてこい。」

 部屋を出て、大通りを歩いていく。

「...あの、これから何を...?」

「あぁ、部屋でわざわざ聞くことでもないしな。このあたりでいいだろ。」

 裏道へ入る。

「何故お前は人から金をとる? 生きてくためっていうなら、冒険者になればよかっただろう。」

「.........それじゃ、必要なだけのお金に足りないんです。......弟が病気で...」

「なるほど。それの治療か。」

 簡単に信用しすぎだと人に言われるだろうが、そんなことは神の前に連れていけばすむ話だ。嘘だったとしても、こちらに危害を加えないのなら問題ない。

「弟だけか、お前のところの主神は?」

「...何もしてくれません。」

 弟と共に生き残るために必要だったから、と少女は続ける。

「...エレ様?」

「嘘は言ってなかったわ。」

 表通りから、エレ様がやってくる。10年もあれば言葉を介さずともある程度意思疎通ができるようになる。宿でついてきてくれ、とハンドサインで伝えていた。

「よし、それじゃあシトラ、弟のところへ俺たちを連れていけ。 ウチの女神は病もつかさどる。どうすれば助かるかもわかるだろ。」

「えぇ、任せるのだわ。」

 

 

「ここです。」

 何とか雨風をしのげるという、最低限しかない家だ。

「この子ね。......? この処置は、貴方が?」

「いえ、お医者様がしてくださってます。」

「そう、多分貴方、騙されてるわよ。この病気にこの処置は間違ってるのだわ。」

 自身の権能であったものについてはこの女神は自信を持っている。だから闇の中や病のことについて聞かれた時ははっきりと答える。自分の専門外については消極的なのだが。

「騙されているって、そんな...!? でも、お医者様は...!」

「それなら、本人に聞いてみるのが一番なのだわ。そのお医者様は、今日も?」

「はい。...もうすぐだと思います。」

「そう...それなら、ハルツ。」

 久々にこの女神のまっすぐな瞳を受けた。自身の領域で間違いを犯されたのが、ウチの女神には許せなかったのか。

「もちろん。」

 そうして隠れてその『お医者様』を待つことしばらく、やってきたようだ。

『お邪魔しますよ。 ...それでは、まず金を。』

『......あの。』

『はい、なんでしょう。』

 先ほどの様子からして、自称医者とその用心棒...といったところだろうか、2人が居る。

『...弟への処置は、間違っているんですか?』

『...誰からそんなことを?』

 少し場所を変え、屋根の上へ。

「――私よ。」

「おお、これはこれは、女神殿。ですが、こちらの子供は体が弱く、正規の処置は不可能なんですよ。」

「...この子を生かさず殺さずの状態にしておいて、よく言うわね。それは何? 毒かしら。」

「いいがかりを言われては困ります。私はこの子の命を――」

 自称医者の言葉を女神がたたき切る。

「嘘ね。知らなかったのかしら、女神に嘘は通じない、常識でしょう?」

「チッ、だがまぁ、犯罪にするには証拠が足りない! ここままとんずらすりゃ俺らの勝ちだ!」

 そういって、二人が家の外へと飛び出そうとした。そのときに入り口で立ちはだかる。

「よっと。」

 眼前の男の顔面を壁へたたきつけ、医者の首根っこをとらえる。

「ギルドに引き渡せばいい...か。」

 そのまま首を絞めて、意識を落とす。

「エレ様、その子への処置は?」

「お金はかかるだろうけれど、医療系ファミリアに頼めば、病気自体はすぐ直ると思うのだわ。毒は別で取り除く必要があるけれど...」

「よしわかった。ひとまずギルドに行く。シトラ、弟を連れてついてこい。」

 

 

 ギルドに男たちを引き渡し、ディアンケヒトファミリアへ。そしてシトラの弟であるレフを診せたところ、女神の言った通り簡単な処置と、解毒が行われた。

 その結果、所持金額が1万ヴァリスになった。

「よし、それじゃあ明日。エレ様、お前はコイツの改宗を頼む。」

 そうすることによって、今後迷宮へ連れていくこともできるようになるかもしれない。

「俺は今から迷宮に行ってくる。一度この目に見ない限りはどうしようもないしな。」

「あ、それじゃあステイタスの更新をするのだわ?」

 あぁ、と上着を脱いで、空いているベッドに横になる。そして、いつも通りの神の恩恵による変化がもたらされる。

「......よし、と。 ...俊敏が少し上がっている程度ね。」

「そうか。...さて、それじゃあ行ってくる。」

 装備はナイフ一本、そして魔石を入れるためのショルダーが一つ。

 防具などは今後買っていけばいいだろう。 今までは防具もポーションもなかったのだ。

 

 

「何も問題はない...が。」

 歩みを進め、早々に5階層へとたどり着いた。

 正規ルートに関しては、ギルドにて13層までを記憶した。

「このナイフも、どこまで通用するか...」

 すでに見てわかるほどの刃こぼれが生じている。切っ先などは最初の段階で欠けてしまっている。それからは素手とナイフを使い分けて進んでいる。

 森と同様に、知識を最初から持たずに、戦いの中でその特徴を覚えつつあるが、名前に関してはさすがにわからない。

 などと思いつつ、11階層へたどり着いた。

「ステイタスは十分...か。」

 だが武器が、ここで完全に使い物にならなくなった。

「...」

 周囲を確認する。すると、何か棒のようなものが。そしてその奥から、いかにもトロルというようなモンスターが現れた。

「いいじゃねぇか...もらうぜ、その武器!」

 真正面から接近し、その大ぶりな一撃を跳んで回避、それと同時に上あごと下あごの間に両手を挟む。

「――はぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 閉じる力を超える力で開き、体と頭部を分離させる。すると、モンスターは塵のように消えた。そこには魔石と、モンスターが持っていたこん棒が落ちている。

「さて、と。

 そのこん棒をつかみ、指を埋め込むほどに握る。

「掛かってきやがれェェ!!」

 

 




「え、ハルツなのだわ?」
「はい、女神様。...あの人は、興味を持ったという理由で私たちを助けてくださいましたが...」
「...見捨てられないか不安、ってわけね。」
「...はい。私は、人に興味を持たれるような人間ではありません。わ、私もできるだけ頑張りますけどっ、それでも...」
「大丈夫よ。...あの子は多分、貴方たちの姉弟愛に惹かれたのだわ。」
「姉弟愛...ですか?」
「えぇ。...愛というものを実感できずに過ごしてきたから興味を持った、という言葉でしか感情的に動く理由を見いだせないのだと思うのだわ。...あの子が一度、興味を持ったのならその人がどんな人であれ、彼は見捨てない。...だから、安心していればいいのだわ。」




「というわけで次回、『おかいもの』」



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第5話 おかいもの

「2万4000ヴァリスになります。」

 ドロップアイテムなども持ち帰り換金したところ、それだけの金額を手に入れることができた。

 そして、帰る前に自身のアドバイザーを呼んだ。

「お待たせしました、ハルツ・スフィア様。何か御用でしょうか。」

「ロスランドという姓の姉弟を見つけたんですが。心当たりはありませんか?」

 そう言うや否や、アドバイザーの表情が変わった。

「...っ、ど、どちらでっ!」

「...俺の質問に答えてくれますか、心当たりは?」

「......相談室へご案内します、こちらへ。」

 ボックス型の部屋へ最初と同じように案内される。

「...その姉弟の名は、シトラと...ロイ、でしょうか。」

「はい。」

 この様子からして、血縁という線はまちがって無かったことが確認できた。

「...私の、家族です。...以前、闇派閥によってオラリオで多くの人が虐殺され、家を破壊されました。...その時の家の爆破で行方が分からなくなっていましたが...」

「なるほど。...実は昨日から保護していまして。」

「...それは...よかったです。あの...できれば、そのまま保護していてはくださらないでしょうか。少額ではありますがこちらからもお金はお渡しします。」

「別に金には困ってないですけど...」

「いえ、どうか受け取ってください。...そして...できれば、私のことは伏せておいてください。今更私が出たところで、あの子たちは覚えていないと思いますから...」

 目を伏せ、会う資格はないというように話す。

「...わかりました。それでは。」

 涙を流すアドバイザーを残し、自身は宿へと足を向けた。そこで何か、声をかけることが出来る者になりたいものだが、どうも言葉は思い浮かばなかった。...興味を持っただけなので、感謝されることでもなし、なんとも言えない。

「ん...?」

 時刻は既に朝。大通りにも人は多いが、その中から見覚えのある顔が。

「ハルツ・スフィア...!」

「おー、無事についたんだな、兄貴。で? どこぞの神から恩恵はもらったか?」

 兄はいつものように見下すが、覚えていないのだろうか。...あぁ、何か勘違いをしてるのか。ありえないことだと考えているのか、俺があの場で攻撃をしたこと、できたことを。

「あぁ、もらったとも。お前はどうだ? 神に縋り付いて恩恵を得たか?」

「既にもらってるさ。で、兄貴、アンタはどこの神から恩恵を得た?」

「ディオニュソス様だ。 フッ、これで、お前が俺に勝てる要素はすぐになくなるわけだ。」

 兄がすでに勝利したと言わんばかりに口端をゆがめる。

「兄に勝る弟は居ない、お前が俺に勝つ動理などあるわけもない。」

 そういって兄がギルドへと歩いていった。別段気にするでもなく宿へと足を進める。

「お、まだいたのか。」

「お帰りなさい、ハルツ。...それは、まぁ、その子を置いていくわけにもいかないでしょ。」

 片方のベッドを見やると、ロイがすでに起きていた。その傍にはシトラが。

「あぁ、なるほど。起きたというのなら話は早い。どういう状況か説明は?」

「それなら、シトラがしてくれたのだわ。」

「そうか、ありがとな、シトラ。」

 少女の頭をなで、視線をこちらを見上げる少年と並べる。

「...命にかかわるような状況じゃなさそうだな。 よし、俺がコイツの面倒は見とく。お前らは...あぁ、そうそう、モート神のもとに行け。シトラ、話は通じる神か?」

「恩恵をに関すること以外では不干渉を貫いていらっしゃったので...」

「なら良し、交渉はできるよな、エレ様?」

「ま、任せるのだわ!......頑張るのだわ。」

 若干頼りない表情を見せるが、ここは任せておいて問題ないだろう。あれでもやるときはやる神だ。

「...さて、と。」

 こんな子供に小難しい話をするわけにもいくまい。ここはまず...自己紹介をした方がいいだろうか。

「えっと...スフィア...さん?」

 行動にする前に向こうから質問をされた。

「ん、あぁ、ハルツでいいぞ。俺もお前のことはロイと呼ばせてもらうからな。気を使う必要はない。」

「助けてくれて、ありがとう...ございます。」

「そりゃウチの女神に言うんだな。アレが居なけりゃお前は助けられなかった。俺は金を出しただけに過ぎない。」

 どちらも礼儀はなっているようでよかった。...が。

「...お前らにそういった礼儀を教えた奴が居るのか?」

「?...いえ、特には。」

「...じゃあ、昔のことは覚えているか?」

「昔...?」

 この様子だと、襲撃される以前のことは覚えていないようだ。シトラのほうはどうだろうか2、3違うだけとはいえ子供のそれは大きいものだ。

「あぁ、いい。悪かったな、変なこと聞いて。」

 この姉弟、あの場所にいて正しい言葉遣いとなっているということは、少なくとも姉は正しい言葉遣いによる優位性を知っていた、または汚されないだけの意識があった。どちらにせよシトラは有用だ。たまたま拾った小石が宝石の原石であったかというほどには期待できる。十分に利用させてもらおう。

 弟のほうはどうだろうか。...未知数としておけばいいだろうか。どうにせよ病み上がりだ、今すぐ何かをさせたりはしない。

「...まぁ、しばらくはこのままでいいか。」

 そうしてしばらく、扉が開いた。

「...帰ったのだわ...」

 扉からは妙に疲れた様子の女神が。そして、それを気遣うかのように少女が。

「シトラ、改宗は?」

 ひとまず、最優先事項から進める。

「改宗はできました。今は無事恩恵が刻まれています。」

「...」

 女神が無言ですぐそばに倒れこんでくる。

「...人と話すの...疲れるわね...」

 なるほど。権能でも一方的に話すでもなく、対話が必要ということがこの女神には疲労の大きな要因になりうると...

「にしてもそこまでかよ。」

 

 

 そうして、そこから1週間が経った。

「やっぱり、すごい上がり様ね。向こうにいたころとは比べ物にならないわ。」

「具体的には?」

「トータル80オーバー。力が特に上がってるわね。」

 ナイフが壊れて以降素手か迷宮で生まれた武器を使って戦ってきた。結果、どうしても力が必要になり、そのアビリティが伸びることになった。

「耐久は殴ったときの反動...ってなもんか。」

「貴方にも、スキルや魔法が発現すればいいんだけれど。」

「そりゃあ言っても仕方ねぇことだろ。」

 スキルが発現しないということは、今の自分には不要だということだ。無くても文句は言えない。

「...それと、ハルツ。そろそろ装備も用意しなくちゃいけないんじゃないの?」

「装備...か。」

 今、もろもろの装備を用意せずにいるのはただ単に、これでやれているから。もろもろ用意すればそれだけ金もかかる。

「...そうだなぁ...」

「ハルツさん。」

「ん、なんだ。」

 声をかけてきたのはシトラ。もとの育ちがいいからか、文字もしっかり使えていた。ロイの方は現在シトラが教えている。

 そして、シトラは過去のことを覚えていた。家族は全員死んだと思っているらしい。実際にはそうではないのだが、俺に真実を伝える権利はないだろう。

「私は数年間冒険者を見てきました、その中で装備が万全でなかった新米は...ことごとく、あのギルドから消えました。」

「......なるほど。」

 俺よりもオラリオの冒険者を見て来たシトラが、装備について言及するのならば、必要だ。それに、ここから先に進もうと思うのなら、必須でもあるだろう。

「仕方ないな。」

 金をなるべく節約しようと思っていたが、投資だと思ってあきらめよう。だが、買うからには先に進む必要がある。

「...おかいもの、か。」

 

 

「武器も考え直すか...」

 様々な武器が陳列されているのをみて、そうつぶやく。

 今までとは違い人目を気にする必要もない、で、あれば――

 

 

 

「馬鹿ね。」

 意気揚々と宿に戻った俺に待っていたのは女神の諦観の声だった。

「馬鹿で結構、格好いいだろう!」

 並べられたものを見る前はいろいろと考えていた。だが、実際見た時、これしかないと思うほどの衝撃が走ってしまった。

「この先に進むのに必要だったんじゃないのかしら。」

 周りの人間の忠告も虚しく俺が買ったのは巨大な双刃の斧。本来はドワーフが使うために調整されたであろうそれは、重量度外視で確かな切れ味と質量をのみ約束されていた。

「あぁもちろん、これだけじゃなくてだな...」

 おもむろに取り出したのは篭手、一見普通の者と変わらないが、よく見れば指先は獣の爪のような形状になっている。

「いやー...いいよなぁ! 俺はこういう浪漫ってやつを求めてきたのかもしれない。」

 浪漫がある、というのだ。武器は浪漫武器、とでもいえばいいのか。

「...子供ね。まるで成長していないのだわ。」

「んなこと、わかりきってただろ? 何せ俺は、俺のためにお前を連れ出すほどのわがままな奴なんだぜ?」




「女神様...いいんですか?」
「あんな武器を買って、防具もまともにつけず迷宮に潜ること?」
 少年が出ていった後の部屋で、主神に問いかける。
「でも、かっこよかったですよね! 僕もああなりたいです!」
 ロイの中では彼はすっかり英雄そのものである。自身からしても感謝してもしきれない人ではあるが、それと苦言を呈するのとは違う。
「...武器としての質は申し分ないものだとは思いますけど、防御に関しては何も用意していませんでした。回避についても、あれでは...」
 少年には忠告する間もなかった。追いかけようとしたが既にその姿は消え、追いつくこともままならない状況にあったからだ。
「帰ってくれば、どのみちわかるのだわ。...今の私達には確かめる手立てはないのだし、仕方ないから待ってみましょう?」
「...はい、わかりました。...なるほど、あの御方はそういう人なのですね。」
 ここでようやく、本質が垣間見えた気がした。




「次回、『闊歩せし怪物』」


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第6話 闊歩する怪物

 

「ここに来るのも一苦労...」

 13階層への階段が見える。ここまでの戦闘で十分に武器を操ることができることを試した上での戦闘だ、慣れたとまでは言わないが戦うことはできる。

「よし。」

 躊躇いを持たずに踏み出す。

「中層ってのは聞いたが...さて、どんなものやら。」

 階段を下り、死線を越える。

「さて...」

 降りて最初の感想は――若干、暑いといったところか。誤差程度ではあるが、それが所感。そして、ここまでと比べ広大である。

 自身の体躯ほどもある巨斧を担いで、前へ。

「...」

 においも違う。...何かが焼けたかのような臭いがかすかにする。

「炎...か。魔法かモンスター...モンスターか?」

 魔法だけならば、全体的な温度の上昇にはつながらないだろう。精々が一時的なもの。絶えず...とは言わないが短期間で使用されている。

『ウウゥ...』

「――。」

 唸り声...狼のものと酷似している。

「早速来たか。」

 歩み出たその場所は一つの広間、待ち構えていたのは予想通りの狼だが、大きさは大型犬といったものを超えている。

「...5、か。」

 踏み込み、接近する。

『オオオオオオッ!!』

 無論傍観してくれるわけもなく、噛みかかってくる。

「っ、らぁッ!!」

 体ごと瞬時に回転させ、その慣性のまま真横から刃を叩き込み破壊する。さらにそのままもう一体を巻き込み、斧ごと地面にたたきつける。

『オァァ――ッッ!!』

 ――熱気を感じた。柄を軸に体を斧の上へ。そして踏みつけ、上へ飛ぶ。

「っ...!」

 その瞬間、斧と地面が炎に包まれ見えなくなった。 

「――はッ!!」

 真上から狼の脳天を踏みつけ、すぐさま真横へ蹴り飛ばした。口が閉じられた狼はそのまま、自身の炎で破裂する。

 爆破にもう一匹を巻き込み、残るは一匹。

「ッ!」

 狼を見る、だがあまりに近い。既に狼はとびかかってきていた。間違いなく瞬きをする程度の時間でその牙が自身を襲うだろう。

 どうするか。考えている暇はない、できることをするだけだ。

『――ッッ!?』

 自身に牙が食い込むこと前提に、口へ両腕を突き刺す。

「ハッ!!!」

 内側から能力を最大限発揮し、無理やり引き裂く。

「っつ...!」

 炎を放っていたのだ、当たり前だが熱は残っているだろう。現に今腕を焼かれた。

「...まぁ、この程度ならいいか。」

 痛みはあるが、それだけだ。伊達に10年以上回復だなんだのと無関係な場所にいたわけじゃない。

 過去、大怪我をしても隠し通した自分を今になってほめてやりたいと思う。...流石に道具については、ごまかしきれず、モンスターを......あぁ、どうやら迷宮は回想に浸らせてはくれないようだ。

 斧を引き抜き、モンスターの群れと向かい合う。

「上等だ、虫ケラ共!!」

 

 

 

「なぁ、聞いたかレイちゃん。最近中層に現れた奴のうわさ。」

「はぁ、奴...ですか?」

 一人の冒険者がアドバイザーへの相談中の雑談として、その話題を切り出した。

「十日程前か、中層に体つきに似つかない巨斧を持って迷宮を闊歩する怪物が現れた。あぁ、怪物ってのは比喩表現だ、だが、あの戦い方は怪物と言われても仕方ねぇなぁ」

「...冒険者、ですかね。体つきに似つかない巨斧...」

 ん?と顔をしかめるアドバイザーをよそに、男は再び口を開く。

「13、14階層だけらしいが、モンスターをその斧で一掃! 受けた傷もそのままに迷宮を駆け巡る。まさにあれは...そうだな、闊歩する怪物ってなもんだ!!」

「あ、あの、一つよろしいですか?」

「ん?あぁ、もちろん。」

「...その怪物とは...このような人ではありませんでしたか?」

 仕事上いつも持ち歩いている一覧の中から一枚の似顔絵を取り出し、冒険者に問う。

「おぉ、そうそう、こいつだ!」

「.........そうですか、ありがとうございます。」

 アドバイザーの脳内は、疑問だらけではあったが、ここは落ち着いて――

「――っ、ど、どういうことですかっ、も、もっと詳しくっ!!」

 つい、取り乱すほどの情報であった。

 

 

 

 

「ここらの敵はもう慣れたな...」

 斧を担いで狩りつくした怪物達の残骸、塵の上を踏み進んでいく。

「次だ。」

 少年は狂気的な笑みを浮かべ、自身の興味を惹く迷宮、その深部へとさらに歩みを進めた。

「...?」

 さらに、空気が若干変わった。

「...血の臭い...」

 つまりは、この近くで無残にもモンスターに殺された冒険者が居るということだ。

「ま、自己責任ってやつだよな。」

 この世は弱肉強食。弱い者が死ぬことは仕方がない、自由を求めるものには力が求められる。

「...」

 死体の数は4、体は所々が欠けている

「――、――ッ!」

 背後から投擲された斧を、紙一重で回避する。

「...っ、牛の頭をした怪物.....あぁ、あぁなるほど、テメェがあの、ミノタウロスか!」

 かつて読んだ童話にも載っていた怪物、それが目の前のモンスターのことを言ってるのは明らかであった。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』

 咆哮を受け、体に電流が走る。

「...っ。...最高だな。」

 思わず笑みが浮かぶ。その反面、本能はかつてないほどの警鐘を鳴らしてくる。

 興味をとるか、本能をとるか、ここは...

「本能、だな。」

 そして、今頃投擲された斧が壁に激突したのか、破砕音が背後から聞こえてきた。

『オオオオオオ――――ッッ!!』

 それを口火に、雄牛がこちらへ向け疾走してくる。

「――。」

 先ほどの音からしてこの先は行き止まり...

「...あぁ、なるほど。」

 このミノタウロスを超えなければ、逃げることはかなわない、この冒険者たちも同様の手口で殺されたか。

 足は恐怖を覚えながらも、十全に力を引き出すことができる。

「――下がる道は無いな。」

 逃げ場がなければ逃げれない、自明の理である。

 まっすぐこちらへ向かって来る雄牛へ、斧を投擲する。いや、正確には、少し上へ。

 これ余裕とばかりに、雄牛は姿勢を低くし斧を回避する。

 

 雄牛が前方へ一瞬そらしただけの目線を戻すと、既にそこには目標は居なかった。

「まぁ、進む道はあるわけだ。」

 背中を踏まれ、背後へ回られる。――いや、逃げられる。

『アアアアアッ!!』

 全力で停止をかけ、背後へ振り返る。

 怪物には自我が芽生えかけていた。それは、他者への優越感が起点となっていた。

 冒険者たちを殺した、その方法がたまたま食いちぎるという方法だっただけだった。その時、なにか、石のようなものをかみ砕いた。それが魔石であることへの理解はなんとなくできた。

 優越感から始まった自我故に、自分から逃げおおせようとする存在には強い怒りが沸いた。自分より強い存在にも怒りが沸いた。

 強くなればこの優越感は失われない、本能で理解し行動に移していた。最初と同じように冒険者を殺し、魔石を食らう。同胞を殺し、魔石を食らう。

 だから、今回も同じだ。また喰らえばいい、そう考えていた獲物が自分の頭の上を飛び越えた。逃げられることだけは許せなかった。何者であろうとも、何であろうとも。

 憤怒に包まれた怪物がそこに居た。

 その怪物の目に映るのは同じく、怪物のような形相をした何か。先ほどまで追っていたはずの獲物は消えていた。

 

 だが、怪物からすればどうでもいいことだった。

 

 ――眼前の敵を排除するだけ、それでいい。

 恐怖を興味が打ち消した。本能のまま、怒りのまま、力を使う怪物に対し、どうしてもこの興味へ消えそうになかった。

 口端が吊り上がる。

「さぁ来い...ミノタウロス!!!」

 能力全体では明らかに雄牛が先を行く。これは、どうしようもない事実であった。冒険者が勝るものといえば、積み重ねられた経験のみである。

『オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 迷宮を響かせる咆哮を上げ、怪物が爆走する。

 広く見えた距離を一瞬で埋め、肉薄する。雄牛が冒険者へと行うのは突進。最大最強の矛である角が、冒険者へと――

 




「女神様。」
「ん...どうしたのだわ?」
 夜、ベッドで眠る女神の枕元へ、少女が寄ってきた。
「...私、冒険者になります。」
「――。......どうして?」
「私が今、あの人にできることは...ありません。あの人は本来、女神様さえいればそれでいいという性格なのでしょう。」
「...っ、ま、まぁそういわれればそんなこと言われていた気がしないでも無いわねいやでも結婚はまだ早いというか多分向こうはそういうことを考えてなくて――......えっと...ごめんなさい、続けて。」
 赤面から一旦、体勢を立て直し小さく一つ、咳払い。それを見届け、少女は語る。
「...私は、庇護の対象。...でも、それではダメなんです。あの人に私は何もできていない、観察対象としてのみあり続けるならばそれは観賞用の人形と何も変わらない、それは――...それは.........嫌なんです。」
 願いは一つ。
「あの人を支えるものの一つに、なりたいんです。」
 少年を支えるものは、女神と少年自身の望みのみ。
「...わかったのだわ。」
 女神もそれがわかっていたからこそ、少女の望みを知ったからこそ、あの少年を想い、微笑む。
「貴方の迷宮入りを、私は応援します。でも、潜るからには万全を期して挑むように。貴方が死んでしまえば元も子もないのですから。」
「――...っ、はい!」


 翌朝、ドワーフの男はいつものように部屋を――
「...あ?」
 出ると、少女がそこにはいた。今はもう顔を知って久しい少女だ。
 さらに、その隣には女神が。
「ドルムさんね。一つ、お願いしたいことがあるのだわ。」

 その依頼を快諾したのは、隣室の友人から話をきいてしまったからだ。
 それを聞いて、少女へ怒りを覚えることはできなくなっていた。むしろ、沸いたのは...同情だったのかもしれない。なんにせよ、自分はその少女の願いを手助けすることに決めたのだった。


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