赤の広場にもゲートが開いてしまったようです (やがみ0821)
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赤の広場にもゲートが開いてしまったようです

あなたがスターリンになったらどうしますか? とゲートのクロスです。

一発ネタ。


タグの関係で、分離したほうが良さそうなので、分離します。



頭から離れなかったネタを書いた。
GATE 自衛隊彼の地にて、斯く戦えりとのクロスです。

以後は本編を進めていくので許して……




 1939年8月31日――

 

 

 スターリンは最近、モスクワで頻発している行方不明事件について、NKVD長官のメンジンスキーから報告を受けていた。

 

「つまり、分からないことが分かったと?」

「はい、同志書記長」

 

 スターリンの問いに対してメンジンスキーはそう答える。

 目撃証言がほとんどなく、いつの間にか消え失せてしまうという。

 

 それも年齢も性別もバラバラだ。

 

「犯罪組織や他国の諜報組織という可能性は?」

「かなり低いかと思われます。両者ともやるなら秘密裏にやるでしょうし、何よりもわざわざモスクワでやる必要がありません」

 

 スターリンは腕を組む。

 メンジンスキーの言葉ももっともだ。

 

 ソヴィエト連邦でもっとも警戒が厳しいのはモスクワである。

 この行方不明事件によりNKVDだけでなく、赤軍からも部隊を回している。

 

 蟻の這い出る隙もない――とまではいかないが、それでも犯人が潜伏できるような場所があるとはスターリンには思えない。

 

 

「敵の狙いがさっぱり分からないな。長官の予想では?」

 

 スターリンの問いにメンジンスキーは首を左右に振りながら告げる。

 

「皆目見当もつきません……」

「事件解決までは警備を厳重にするしかない。もしも犯人が見つかった場合、多少の犠牲は構わない。生きて捕まえるように」

 

 スターリンの指示にメンジンスキーは頷き、退室していった。

 彼を見送って、スターリンはソファに腰を下ろす。

 

 

 ポーランドがドイツの要求に屈して、振り上げた拳をどう下ろそうか悩んでいるのが現状だ。

 ポーランドでの工作がうまくいけば良いが、それでもしばらく時間が掛かる。

 

 その矢先に今回の事件。

 まるで神隠しにでも遭っているかのような、そんな事件だ。

 

「オカルト……オカルトか……」

 

 オカルト体験をした結果、こうなっているスターリンとしては有り得そうで怖い。

 

「まったく、どこの誰だ……?」

 

 スターリンの呟きは虚空に消えていった。

 その問いかけに対する答えは、翌日にもたらされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1939年9月1日 11時45分――赤の広場

 

 

 

「おい、何だあれは?」

 

 初めに気がついたのは警戒していたNKVD軍の兵士達であった。

 NKVDには国内に活動範囲を限定した軍事組織も存在し、彼らはモスクワにおける行方不明事件の下手人を捕まえるべく赤軍部隊と共に投入されていた。

 

 彼らが目撃したのは巨大な石造りの門だ。

 赤の広場を横切るようにいつのまにか現れたのだが、とにもかくにも報告が先だと彼らは判断した。

 

 幸いにも赤の広場とクレムリン宮殿は目の前であり、ルビャンカも近距離だ。

 昨今の行方不明事件の為、クレムリン宮殿周辺には民間人の立ち入りが禁止されている為、万が一の場合は誤射の危険もない。

 彼らは警戒しつつ、門を包囲し始めた、そのときだった。

 

 

 門から何かが飛び出してきた。

 それを見て、さしものNKVD軍といえども呆然としてしまう。

 

 程なくして、門から大勢の足音や金属の擦れる音、何やら不気味なうめき声まで聞こえてくる。

 

 

 こんな事態は想定していない――!

 

 

 まだドイツ軍が奇襲攻撃でも――それでもモスクワからドイツまで長い距離があるが――仕掛けてきてくれた方が現実味がある。

 

 しかし、幸いであったのは――彼らは武器の使用について制限がされていなかったことだ。

 彼らからすれば知る由もなかったが、この世界に開いた門は1つだけだが、異世界には門が2つあった。

 1つは赤の広場に繋がっており、もう1つは別の地球にある日本の銀座に繋がっていた。

 

 

 

 

 Огонь(撃て)

 

 

 各部隊の指揮官による号令一下、一斉に兵士達の手に持つ突撃銃――AK47が火を吹いた。

 重装歩兵らしき軍勢だけでなく、空を飛び回る竜のような生物に対しても、その銃口が向けられる。

 

 幸いにも、この騒ぎを聞きつけてすぐさま市内各所に展開していた赤軍部隊――戦車や装甲車を含む――が即応した。

 

 たちまちのうちに、謎の軍勢は蹴散らされ、空を飛ぶ生物は撃ち落とされた。

 それは僅か2時間程のことであったが、スターリンをはじめとした面々を驚愕させるには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 その原因は1人の男が報告を聞いて、非常に不機嫌そうな顔になったからだ。

 

「つまり、連中は異世界からの軍勢で、昨今の行方不明事件は奴らの仕業だと?」

 

 ゆっくりと問いかけるスターリンに、報告を持ってきたメンジンスキーは重々しく頷いた。

 

 謎の軍勢――帝国軍と名乗る連中は死者が多かったが、僅かに負傷者もいた。

 その中でも軽傷な連中にNKVDが懇切丁寧に質問した結果、得られた情報だ。

 

「笑える話だ。ドイツでもアメリカでもなく、そんな連中に我々はモスクワに攻め込まれたのか?」

 

 問いかけているが、答える者は誰もいない。

 今、スターリンは昔のような感じであったからだ。

 

 下手に口を開けば、どうなるか言うまでもない。

 

「トゥハチェフスキー元帥……現段階ではどの程度、投入できるかね?」

「12時間以内に動けるのはSTAVKA(スタフカ)直轄の戦略予備である戦車師団3個です」

 

 スターリンは鷹揚に頷きつつ、問いかける。

 

「情報が分からないうちは門から出てくる連中を撃退しつつ、戦力集結に努めた方が良いか?」

「はい、同志書記長。ヨーロッパ方面の抑えにも戦力を割く必要がありますが、多少の時間をいただければ最低でも100個師団は投入できます」

「よろしい、元帥。そのようにやりたまえ。戦略予備の戦車師団については、今すぐモスクワへ集めるように。どんな化け物が門から出てくるか分からん……予算その他色々なことは何とかしよう」

 

 スターリンはそこで一度言葉を切り、居並ぶ面々を見回した後に告げる。

 

「諸君、帝国主義者共に我々の力を思い知らせようではないか」

 

 

 

 

 

 

 

 




「はじめまして、日本の皆さん。ソヴィエト連邦のヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンです」

 日本の国会で、にこやかな笑みを浮かべて挨拶するスターリンが見られるかもしれない。


ちなみに日本を登場させた理由は、面白そうだからというのとソ連だけだと1ヶ月以内に赤化統一して終わってしまうからです(ガンギマリ

やったね、日本! ソ連を止めることができる西側自由主義陣営代表になったよ!!


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人民の戦争

 9月1日に現れて瞬時に撃退された連中――帝国軍の生き残り達はNKVDによる質問に対して、快く答えてくれた。

 なお、取り調べに使われた部屋の壁や床は勿論、調書の一部が質問の最中で赤く染まったりしたが、問題にはならなかった。

 

 その結果、得られた情報を元にして、スターリンは決断を下していた。

 

 

 アメリカやイギリスをはじめとして他国に対してできる限りの隠蔽を行うこと――

 門を超えた先にある異世界の調査及び帝国に対する徹底的な報復攻撃――

 

 

 後者はともかく前者は既に難しいというのがスターリン自身も分かっていた。

 既に各国の大使館からは先の騒動に対して、問い合わせが多く寄せられている。

 

 とはいえ、そちらに関しては有耶無耶にできるとスターリンは考えていた。

 元々ソ連はポーランドがドイツの要求に屈したことで、振り上げた拳を下ろす先について考えていた為だ。

 そのターゲットとしてポーランドにおける親ソ政権樹立や英仏米をはじめとした各国植民地と定めており、これらは報復攻撃と同時並行で行っても多少スケジュールに遅延はあるだろうが、大きな問題はない。

 

 

 異世界との門がいつまでも繋がっていると考える程にスターリンをはじめ、党幹部達や軍人達も楽観的ではない。

 

 迅速に報復し、奪えるものは全部奪って門を爆破するか、爆破できない場合は自然に消えるか、破壊できる手段が見つかるまで赤軍の包囲下に置くことが既に決定されていた。

 もしも破壊できない場合は門から何かが出てきたら随時迎撃するという形であるが、門の立地が問題だ。

 

 ソヴィエト連邦の中枢部であるクレムリン宮殿の目の前に門がある為に。

 そのためにモスクワ市内の別の建物か、あるいは念には念を入れて別の都市へ移転するか協議が始まっている。

 

 

 さて、モスクワの市民達は異常事態が発生したことを知っていた。

 

 赤軍部隊が空を飛ぶ生物に攻撃を加えるところを目撃した者も多い為だ。

 そして、市民達はこれをドイツ軍による奇襲攻撃だと考えた。

 元々指導部がドイツとの全面戦争に備えて、愛国心を煽っていたこともあり、またいくら何でもモスクワに異世界との門が開いたなどと予想できる筈もない。

 

 何よりもモスクワが攻撃を受けたというのは事実であり、また史実よりも遥かに生活が豊かになっており、自動車や電話などの通信・連絡手段が人民に広く普及していたことで各地に広まってしまう。

 これはスターリンがNKVDを使って人民に対する情報遮断を行わなかったという部分も大きい。

 彼は前述の通り、各国の大使館から問い合わせが来ている時点で既にバレていると判断し、異世界云々ということさえ隠蔽できれば良いと考えた為だ。

 

 ともあれ、人の口に戸は立てられないということわざ通り、モスクワから情報は広まった。

 

 

 モスクワがドイツ軍によって攻撃を受けた――

 

 

 仰天したのはドイツであり、ヒトラーから黒いオーケストラの面々まで誰もが困惑し、イギリスやフランス政府の面々は独ソ戦勃発に喝采を叫び、日本は義勇軍の派遣を秘密裏に申し出てきた。

 ドイツによる破壊工作だとドイツ以外の国々は予想していた。

 

 

 ドイツとの戦争に備えて戦時体制へ完全に移行していた状態で、モスクワを攻撃されたソ連が報復に出ない筈がない、と。

 

 そして、それは正しかった。

 

 プラウダ紙をはじめとする全ての新聞・雑誌は自発的に愛国心を煽る記事を掲載し、全てのラジオ局もまた特別番組を組んで愛国心に訴えかけた。

 

 

 侵略に対して我らは一歩も退かぬ!

 ソヴィエトの全人民よ、団結せよ!

 我らの愛する祖国の為に――!

 

 

 また、モスクワ防衛を題材としたものをはじめ、愛国心に訴えかける歌が数多く作詞作曲されるなど、戦争に対して人民は急速に纏まっていった。

 

 各地における各軍の事務所には志願者が男女問わずに殺到してしまう。

 元々、ドイツとの戦争に備えて1000万から1500万の間くらいの人員が既に動員されていた。

 なお、これでも根こそぎ動員ではなかったが、これ以上の人員はさすがに必要ない。

 しかし無下にもできない為、予備兵力ということで志願者の多くが入隊を許可された。

 

 もしかしたら異世界を殴っている最中に、他国が戦争を仕掛けてくるかもしれないという想定である。

 

 

 

 そのような状況で、異世界の現地調査が実施されていたのだが――

 

 

 

 

 

 

 

「門がもう一つあったとはな……」

 

 執務室にてスターリンは報告書を読み、困惑した。

 

 異世界の調査ということで化学・生物兵器対策を入念に施した上で、恐る恐る進出した小規模な赤軍部隊と専門家チーム。

 門の先は草原であり、また異世界の軍勢が小規模であったものの駐屯していたが、赤軍部隊が対応した。

 なるべく死者を出さないように、ということでこの派遣部隊には戦車もあったが、主に小火器が使用された。

 

 といっても、それで十分であり、負傷者は漏れなく回収されてルビャンカに移送されている。

 

 そんなこんなで調査が始まったのだが――門が少し離れたところにもう一つあったのだ。

 帝国軍が駐屯していたこともあり遠距離からの偵察に留めた為、どこに繋がっているのか不明である。

 

 現状ではどうしようもないが、朗報もある。

 

 異世界――繋がった先はファルマートという大陸らしい――の大気組成は少なくとも現時点では地球人にとって有害なものではないことだ。

 とはいえ現地の風土病はまだ未確認であり、そちらは調査を進める必要がある。

 

 油断はできないものの、大気という問題はクリアされたと言って良いだろう。

 

 

「もう一つの門がどこに繋がっているかは分からないが……万が一、未来の地球とでも繋がっていたら……それはそれで面倒くさくもある」

 

 この世界の未来ならまだしも、史実の未来であったならば尚更だ、とスターリンは心の中で呟く。

 

 もしも史実の未来であったならば、NKVDに指示を出して各国の書店を回って書籍の大量購入をせねば、とスターリンは考える。

 またそれだけでなく、買ってこれるものは全部買ってくる必要があるだろう。

 

 たとえばネジ1本であっても、その工作精度は段違いだ。

 いくらソ連が史実よりも遥かにその国力・技術力を増しているとはいえ、数十年先の未来には敵わない。

 

 おまけに政治的問題もたくさん起こるだろう。

 

「とりあえず、そちらよりも帝国に対する報復が先だ」

 

 戦力の集中は順調であり、赤軍及び空軍部隊は続々とモスクワ近辺に集まっている。

 過剰ともいえるほどだが、戦争は短ければ短いほど良い。

 

 ましてや今回、国交がないどころか相手は地球における諸々の条約を結んでいない上、更には宣戦布告もせずに一方的にモスクワへ侵攻したという状況だ。

 

 そんな輩に対して、遠慮する必要性は欠片も存在していない。

 

 もっとも、相手がたとえ赤軍と同等の兵力を繰り出してきても、技術の差から演習にしかならないだろうというのが大方の予想だ。

 無論、数的に劣勢ならば方面軍単位で追加派遣する用意はされている。

 

 また今回、赤軍においては空軍と協同し、トゥハチェフスキーによって構築された縦深戦略理論を試すことになっていた。

 

 本来はドイツ軍相手にやろうとしていたものであり、それは徹底的な欺瞞行動を取った上で、全縦深同時攻撃から開始される。

 その後は第一梯団が戦車と歩兵を注ぎ込み、補給切れで止まったら第一梯団の後ろにいた第二梯団を投入することで絶え間なく攻撃し、全てを粉砕するというものだ。

 また撹乱や退路遮断の為に空挺部隊なども投入される。

 そして、この攻勢の幅は数十kmから数百kmであり、突破距離の目標は最低でも100kmとされていた。

 

 

 結果は分かりきっているが、それでも一応実戦であるのは間違いない。

 実際にやってみるというのは重要であった。

 

「戦力の集結が終わるまでの辛抱だ。それで異世界とは決着がつく」

 

 スターリンは確信するのだった。

 

 




続くかはわかんないです。


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予想外の事態へ

 ソヴィエト連邦にとって帝国への報復は長くても半年以内、可能であれば3ヶ月以内に終了する予定であり、それから迅速に頂けるモノを頂いて撤収するつもりであった。

 スターリンは勿論、党幹部達や赤軍の将官達も誰もがそう確信しており、またあまり長く異世界と関わり合っていると他国に付け入られるのではないか、という予想もあった為だ。

 

 異世界側の門の周辺はもう1つの門も含めて、その全体をアルヌスの丘ということが捕虜への尋問により判明している。

 真横というほどに近くはないが、かといって遠いというわけでもない絶妙な距離にもう1つの門はある。

 

 その門に関して現段階では干渉すべきではないという決定が下されており、アルヌスの丘における帝国軍の完全排除が済んだ後、改めて協議することになっていた。

 

 

 しかし、事態は予想外の方向へ転がる。

 アルヌスの丘及びその周辺における敵の殲滅を目標として派遣された赤軍が、若干遅れてもう1つの門から出てきた日本軍――自衛隊と彼らは名乗った――と遭遇した為だ。

 

 互いの指揮官達は困惑して、それぞれのお偉方に指示を仰ぎつつも、日本側は行動を停止したのに対し、赤軍側は当初の予定通り作戦を続行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……異世界に来て、なんでソ連が出てくるんだよ」

 

 伊丹耀司の呟きに周りの隊員達もうんうんと頷く。

 

 今もなお星弾が大量に打ち上げられ、すぐさま気前良く敵軍に対して砲弾がバカスカ撃ち込まれている。

 一定の範囲に満遍なく撃ち込むようなやり方だ。

 

 

「伊丹二尉、もしかしたらソ連の書記長って……?」

「まあ、そうだろうなぁ」

 

 倉田の問いに伊丹は答えた。

 

 

 もう1つ門があることは事前の偵察で知られていたが、どこに繋がっているかまでは不明であった。

 帝国軍が銀座に通じている門の周囲に陣取っており、まずはその帝国軍を排除することが優先された為だ。

 

 

 といっても、その帝国軍は現在、ソ連軍によって排除されつつある。

 向こう側からしても自衛隊――彼らからすれば日本軍――がいたことに驚愕であっただろう。

 

 だが、彼らは自衛隊に対して敵対行動をするわけでもない。

 ソ連軍から派遣されてきた連絡士官は演技とは思えない程に友好的で、上の連中が困惑しているらしかった。

 

 

 別の歴史を辿った世界とやらかな、と考えたところで伊丹はあることに気がついた。

 

 日本は首都である東京の銀座に門ができて襲撃され、民間人に甚大な被害が出ている。

 そこから考えると、ソ連側の門も首都にできたのではないか――?

 

「……ソ連側に開いた門、もしかしてモスクワに繋がっちゃったんじゃないかな」

 

 伊丹の呟きは倉田だけでなく周囲の隊員達にも砲声の最中であったが、よく聞こえた。

 

「モスクワのどこかにもよると思いますが……まさか赤の広場に繋がっちゃってたりとか」

 

 倉田の予想に、伊丹を含め周囲の隊員達は察してしまう。

 

 

 スターリン時代のモスクワ、それも赤の広場を帝国軍が襲撃した――

 その予想が正しかったら、スターリンが中途半端なところで矛を収めるわけがない。

 WW2末期のドイツと同じか、それよりももっと酷いことになるのは間違いない。

 

 

「あーうん、とりあえず……帝国はご愁傷様としか言えないね。ソ連軍、帝国相手にバグラチオンやるんじゃないの……」

 

 伊丹は何だかとんでもない方向へ事態が転がったことに、溜息を吐くしかなかった。

 しかし、しばらく戦闘はなさそうだ、という確信だけはあった。

 それは彼以外の隊員達も口には出していないが、思っていることである。

 

 戦闘において予想外の事態でも対応できるのが軍隊というものだ。

 しかし、政治がそうとは限らない。

 特に日本において。

 

 

 そして、その予想は的中した。

 朝になる前にアルヌス周辺から帝国軍はソ連軍によって完全に排除されたが、自衛隊は戦闘をすることなく、警戒しつつ待機であった。

 

 またソ連軍が帝国軍の排除している最中にも、ソ連側から派遣されてくる連絡役は増加の一途を辿り、しまいには外交官まで派遣されてきた。

 

 彼らは自衛隊の装備を見たがり、また日本政府との交渉を望んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「史実の戦後日本だな、間違いない」

 

 スターリンは執務室で最新の報告書を読みながら、笑みを浮かべる。

 

 前哨戦として、アルヌスの占領を目標として赤軍が門を通り、自衛隊と邂逅したのは3日前のことだ。

 既に作戦目標を達成され、今は拠点及び陣地構築が始まっている。

 

 自衛隊――日本とはアルヌスにてやり取りがされている段階だ。

 

 向こう側も外交官を派遣してきたのだが、中々面白い反応をしてくれている。

 日本側が反応したのが、こちらの世界の最近の出来事だ。

 

 ポーランドがドイツの要求を呑んだということを聞いた時、相当に愉快な表情だったらしい。

 また日本側が教えてくれた日本の歴史についても、今回の報告書に記載されている。

 

 世界の歴史ではなく、日本の歴史にのみ触れられていることから、ソ連崩壊については隠すという配慮をしてくれているようだ。

 

 とはいえ、日本は史実通りの歴史を辿っており、向こうは西暦2018年だという。

 こういった情報を得た段階で、スターリンは幾つもの指示を下している。

 

「悲しい話だが……日本人は平和に毒され過ぎてしまった」

 

 NKVDには美形の男性職員だけではなく綺麗な女性職員も多数在籍している。

 ロシア系からアジア系まで幅広いが、彼女達は単なる事務職員ではない。

 

 

 日本においてハニートラップを仕掛ける相手は民間人だ。

 極論すれば、パソコンとプリンターを持っていてインターネットに自由にアクセスできさえすれば、誰でも良い。

 某百科事典がこの日本のネット上にあるかどうか知らないが、似たようなものがあれば色々と参考にはなる。

 また彼ら民間人が書籍をはじめ、色んなものを購入してNKVD職員へ渡してもらえば非常に助かる。

 

 問題はどうやって日本へNKVD職員を潜り込ませるかだ。

 日本も門周辺は警備が厳重であることが予想され、また警察の捜査能力は非常に高いとスターリンは知識として知っている。 

 

「日本が民間交流を早急に決断してくれれば良いのだが、そういうことはしなさそうだ」

 

 スターリン時代のソ連とうまく付き合えるかと問われれば、日本側からすれば勘弁してくれというのが本音だろう。

 また下手に歴史に干渉しては問題があるという輩もたくさんいる筈だ。

 

 

「せめて貿易ができれば良いのだが……あるいは食糧が足りないから、と適当に理由をでっち上げて農業に関連した技術だけでも人道支援として……」

 

 あれこれ悩むスターリン。

 既に彼をはじめ、ソ連においてその興味関心は未来の日本に向けられている。

 対帝国に関しては、早くも消化試合といった感覚であった。

 




次回は未定。


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右往左往

 どうしたらいいんだ――?

 

 

 日本政府をはじめとして各省庁は誰も彼もが頭を抱え、お手上げ状態となっていた。

 銀座事件の首謀者を逮捕する為、自衛隊を門へ送り込んだまでは良かったが、潜った先には帝国軍だけでなくスターリン時代のソ連軍がいたのである。

 

 ただし、そのソ連軍は明らかに史実の同時期とは逸脱した装備を揃えていた。

 その最たるものはAK47であり、T-44とかいう実質的なT-54だ。

 

 AK47は言うに及ばず、そもそもT-44もT-34の発展型であり、その武装は大戦末期のT-34/85と同じ85mm砲搭載をしたタイプもしくは単純に主砲を交換して100mm砲を搭載したT-44-100かと思いきや、最初から100mm砲搭載を前提にした新砲塔タイプであった。

 その新砲塔タイプは史実では、T-44からT-54とナンバリングが変更されて、1946年から量産されている。

 T-44とは名ばかりで、どう見てもWW2末期から朝鮮戦争時代のソ連軍であるが、しかし、向こうの西暦は1939年だという。

 おまけにポーランドがドイツの要求に屈したとのことで、ポーランド国民が激怒して暴動が起こっているという。

 

 

 

 一応、ソ連については何となく原因が分かっている。

 

 

 スターリンがアレコレ口出しをしているということであり、またソ連の経済や技術レベルが明らかに史実よりも強化されている。

 

 史実ではこの当時、見つかっていなかった様々な鉱脈や油田までもこのソ連は見つけており、商業生産しているという。

 またソ連は日本との関係を重視しているようであり、友好国であるとのこと。

 

 

「スターリンは一体、何者なんだ?」

 

 嘉納はソ連に関する報告書を読み終え、そう呟いた。

 特地でやり取りをしているソ連側は気前良く、向こうの世界での出来事を教えてくれるから有り難い。

 

 有り難いのだが、日本側は彼らの発言一つ一つに驚愕するしかない。

 

 赤軍の満州侵攻など、明らかに史実には無かった出来事であり、特に2回目の満州侵攻により関東軍は満州事変を起こせなかったという。

 

 満州国は影も形もなく、代わりにあるのは列強による経済特区だ。

 欧州方面ではソ連はイギリスなどの西側と水面下でやりあっているが、中国では仲良く利益を貪り食っているという。

 

 他にもスペイン内戦が実質的な独ソ戦になっていて、T-34と長砲身四号が殴り合っていたり、1939年にも関わらずドイツ軍の主力戦車がパンターになっていたりと中々愉快な世界である。

 

「スターリンは転生者か、それに類する存在なのか……?」

 

 何気なく嘉納は呟いた。

 もしも自分がある日突然スターリンになったら、と考えてみれば何となくしっくりくるような気がする。

 

 まさかそんなことがあるわけがないと思うが、そうでない場合はスターリンが未来予知紛いのことができる超人ということになってしまう。

 

 超人であるならもうお手上げだが、もしも転生者などであったならば何とか友好的に事を収められるかもしれない。

 

 向こう側は既に日本の技術レベルに気づいており、ダイヤモンドや金塊をはじめとした天然資源との取引を提案してきている。

 

 核兵器が開発済みであるかはさすがに確証はないが、そうであると想定して動いたほうが良いというのが政府内の意見だ。

 

 こちらの世界に持ち込むことは阻止できるだろうが、特地で核兵器を使われるのも勘弁して欲しい。

 たとえスターリンが転生者であったとしても、スターリンはスターリンである。

  

 モスクワの赤の広場に帝国軍が雪崩込んで、怒っていないわけがない。

 事実、赤軍側の陣地では大量の大型トレーラーやトラックが昼夜問わず出入りしており、膨大な物資の集積が行われていることが判明している。

 それに伴って戦力も集結しつつあり、大規模攻勢の前兆だ。

 帝国軍も黙って見ているわけではなく、何度か攻勢をソ連側だけでなく自衛隊側にも仕掛けてきているが、全て撃退されている。

 

 一方、自衛隊は銀座と繋がる門周辺に拠点と陣地の構築を行っているが、ソ連軍と比較すると小規模である。

 自衛隊よりもソ連軍が投入している戦力の方が多い為だ。

 また、特地派遣の自衛隊は使い捨てても問題がないように旧式装備であるが――ソ連軍次第では、より進んだ装備を投入する必要がある。

 

 今のところは友好的だが、どう転ぶか分からないのが外交だ。

 もっとも国会をはじめとして色々なところの反応を見て笑えたのも確かだ。

 

 スターリン時代のソ連と特地を介して繋がった――

 

 その情報は既に全世界に公開されているのだが、野党やマスコミもソ連に関して腫れ物扱いであり、他国においては歓迎したり困惑したり警戒したりと様々だ。

 

 ネット上の反応では真面目に警戒する者、ネタに走る者、絶賛する者などと様々であるが、いつものことだ。

 一部の界隈では、パンターとかチハを個人輸入したいとかそういうことで盛り上がっているらしい。

 

「貿易をするにしても、難しいところだ」

 

 日本の利益だけを考えればソ連との取引は魅力的だ。

 だが、早くも歴史に介入するのは云々という輩が出てきている。

 

 介入も何も繋がっちまったんだから仕方がないだろう、と嘉納としては声を大にして言いたい。

 ソ連とは当たり障りなく、距離を保って――なんて相手が許してくれない。

 押しが強く、ぐいぐい来る。

 

 まるで日本が押しに弱いことを知っているかのように。

 しかも、ただ無理難題を吹っかけてくるのではなく、日本にとっても利益があることを提案してくるのだ。

 

 挙句の果てには農業技術を支援して欲しい、こちらの日本では不作による飢饉の可能性がある、同胞達を救えるのは未来の日本だけとか言ってくる始末。

 

 さらには政治的・思想的な干渉はしないと、向こう側の外交官が密かに伝えてきている為、こっちのソ連よりも厄介なんじゃないか、と嘉納は思ってしまう。

 

 彼らは純粋に取引を求めているのであって、共産主義思想の拡散を目的としているわけではないようだ。

 もっとも、向こう側のソ連が共産主義といえるかどうかは疑問であるが、こちらで広まってしまったら厄介になる。

 

 日本は独裁国家ではない為、総理の一存で全てが決まるというわけではないが、向こう側のソ連はスターリンによる独裁体制が構築されている。

 

 労働法の悪質な違反者を問答無用でシベリア送りになんぞできない。

 

 万人が平等に豊かになる社会というスターリンの理想を実現する為、彼は手段を選ばないのだが、それが日本ではウケてしまう可能性がある。

 

 とはいえ、ソ連は外交関係の構築を日本に求めており、無下にすることもできない。

 というよりも、どんな報復があるかを考えれば無下にするなんぞ怖くてできない。

 

「……いっそのこと、スターリンに国会に立ってもらうか? 国会で色々と説明してもらって、他にも帝国軍がモスクワで何をやらかしたのか証言してもらうとか……」

 

 その為には他国――特にアメリカには十分な根回しをしておく必要があるだろう。

 日本が置かれた面倒くさい状況を理解してもらわねばならない。

 

 そういった厄介な問題がある一方で、いつもワーワー騒がしい野党とマスコミその他一部の連中の反応は楽しみでもある。

 

 ソ連側も友好関係構築の為に拒んだりはしないだろうが、それでも色々と条件をつけてくることは予想できる。

 そこはうまくやるしかない。

 

 

 また、日本には護衛兼案内役としてつけるにはうってつけの人物がいた。

 何だかんだで特殊作戦群にも所属していたし、二重橋の英雄ということで知名度もある。

 

 嘉納は決断する。

 

 

「特地に関しては情報収集。ソ連に関してはスターリン来日の為、関係各所や各国への根回しだな」

 

 特地に関することよりも、ソ連への対応で右往左往しているのが日本の状況だ。

 この提案は総理や他の閣僚から賛同を得られるだろう、と嘉納は予想するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ、さすがソ連軍だ……」

 

 げんなりとした顔で伊丹は見ていた。

 自衛隊側にも散発的に敵は来るものの、より規模が大きいソ連軍へ敵軍は殺到している。

 

 殺到しているのだが、すぐにミンチになっている。

 

 ソ連軍自慢の砲兵――聞いた話によれば、砲兵軍団を連れてきているらしく、その火力が半端なものではない。

 

 また自衛隊と違ってレシプロ機が主力のソ連空軍が早くも進出しており、空にはIl-2が無数に乱舞し、前線部隊だけでなく後方の部隊までも根こそぎ叩いているようだ。

 

 ジェット機に比べて滑走路は短くて済む上、平らにすれば離着陸ができるという利点を最大限に生かしている。

 

 まさしく史実の独ソ戦でドイツ軍が味わった地獄を今、帝国軍は味わっている。

 

 やがて砲撃が収まった。

 自衛隊は防衛に徹し、攻勢には出ていないのだが、ソ連軍はとても積極的だ。

 少しの間の後、聞こえてきたあの音楽と数多のエンジン音。

 

 音楽を聞いて、伊丹は呟く。

 

「……あれ、どう聞いてもソヴィエトマーチだよな」

「ですよねぇ……いや、確かにソ連だから合っているんですけど」

「まあ、すんげー似合っているよね……あんなの敵にしたらチビるわ」

 

 倉田にそう返しながら、伊丹は溜息を吐いた。

 

 向こうのソ連では赤軍行進曲というらしいが、それを大音量で鳴らしながら、戦車と装甲車と歩兵戦闘車の大群が進撃を開始する。

 冷戦期のNATOが感じていた恐怖をよく分からせてくれるが、これでもソ連にとっては限定的な攻勢だという。

 何でソヴィエトマーチがあるのか、という疑問については、異なった歴史を辿ったならばそういうこともあるんじゃないの、と伊丹は納得していた。

 まさかスターリンが憑依とか転生者だとかそういうわけでもあるまいし、と彼は考えていた。

 

 伊丹は何気なく問いかける。

 

「ソ連は敵をドイツ軍か、あるいはNATO軍と勘違いしているんじゃないの?」

「向こうの総司令官、ジューコフ元帥だって聞きましたよ」

「……自衛隊の出る幕、無くない?」

「情報収集でならあるんじゃないですか……たぶん」

「ソ連とやり取りする政府も大変だよなぁ……」

 

 伊丹は呑気にそう呟くのだった。

 

 



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スターリンのささやかな野望

 スターリンは日本側からの提案は渡りに船と確信する。

 

 その提案とは日本との外交関係構築をしつつ、同時に日本を窓口にして各国とのやり取りを行ってはどうか、というものだ。

 将来的にはサミットでも開くつもりなのだろう、とスターリンは予想した。

 

 この提案ではまずスターリンが訪日し、日本の本位首相と首脳会談やら何やらを行うことが必要だ。

 未来の技術や知識が手に入る可能性があるならば、それは最優先すべきものだとスターリンは判断していた。

 

 とはいえ、ソ連の方針は変わっていない。

 門が永久的なものとは思えず、異世界に関しては頂けるものを頂いたらさっさと撤収だ。

 21世紀の史実未来世界に関しては名残惜しいものの、直接繋がっているならいざ知らず異世界を介している為に、いつ途切れるかも分からない繋がりだ。

 

 深い関係を構築すべきではなく、取引相手程度に留めるべきであるとはスターリンだけでなく、指導部における共通した認識だ。

 

 未来世界の人間が移民でもしてくれたら御の字だが、そういうわけにもいかないだろう。

 

 

 

 

 スターリンは壁に掛けられているファルマート大陸の地図へ視線を向ける。

 航空偵察によって出来上がったもので、不完全だが都市や街、村などの位置関係は分かる。

 

「日本は情報収集に徹している……現実的な判断だろう」

 

 日本が異世界で何をしようが、ソ連の邪魔をしなければそれで良い。

 また日本も銀座を襲撃されたとのことで、帝国に対する怒りはあるだろう。

 

「日本に花を持たせる必要がある。ソ連が全部やっては、彼らの拳を振り下ろす先に困ってしまうからな」

 

 ポーランドがドイツの要求に屈したことで、拳を振り下ろす先に困ったスターリンだ。

 ソ連の場合、手近なところにあった帝国を報復も兼ねて叩いているに過ぎず、これが済んだら植民地解放へその力を振り向ける予定になっている。

 

 振り下ろす先が他にもあるソ連とは違って、日本はそういうわけにもいかないだろう。

 

「色々な連中を連れて行こう」

 

 ブハーリンとトハチェフスキーはぜひ連れていきたい、という思いがスターリンにはあった。

 どちらも史実では粛清されているが為に、21世紀の世界がどういう反応をするか楽しみであった。

 

「……ついでに、日本の足を無意味に引っ張る連中を叩いてやろう。ささやかなプレゼントだ」

 

 

 何なら国会で演説や質疑応答しても良い、とスターリンはその提案を日本側にすることを決める。

 あとはテレビ番組に出演して、コメンテーターがどういう反応をするか見るのも面白いかもしれない。

 インターネット配信も行っている番組にも出てみたいし、何なら向こうで機材を揃えてネット配信をしてもいい。

 あるいは短文投稿サイトとか某巨大掲示板に降臨してもいいだろう。

 

 自分が生きている間にインターネットは実現できないと考えていたが、予想外の幸運だ。

 

「他にも21世紀では失われてしまったものを、日本に持っていくのも良いかもしれない」

 

 他国にあるものは無理だが、ソ連国内に残っているものならば大丈夫だ。

 例えばソ連国内にはありふれているレーニン像も向こう側ではレアなものだろう。

 

「日本行きが楽しみだ」 

 

 スターリンは笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲオルギー・ジューコフは異世界における軍事行動の全てを一任されており、彼は現状について概ね順調とモスクワに報告していた。

 幾つかの問題があるものの、それらは進撃を止める障害にはなりえない。

 

 現地語の教育が間に合っていないが、この世界では明らかに異質な赤軍部隊の行く手を遮る者はない。

 もしも遮っていたならば、単なる障害物として除去されている。

 

 抵抗する者は適切に処理するように、というスターリン直々の命令であり、ジューコフとしてもモスクワを襲った連中に配慮する必要性を感じなかった。

 

 とはいえ、国に帰属しているという意識が現地住民からは感じられないという報告が複数届いている。

 アルヌスで帝国が負けたことを喜ぶ連中までいるとのことだ。

 もっとも現地住民との関わりは最小限である為、詳細は分からない。

 何よりも、部外者である我々は彼らに関わるべきではないという旨の指示がスターリンよりされている。

 

 さて、赤軍の先鋒部隊はイタリカの目前に迫っているが、赤軍にとって帝国はもはや眼中にない。

 現時点で帝国軍よりも問題となっているのは、炎龍と現地人が呼称する空飛ぶ戦車みたいな生物の存在がある。

 

 小銃や機関銃は効かず、対戦車ロケットや戦車や高射砲、周辺空域より駆けつけた多数の航空機が地上からの誤射を覚悟の上で攻撃を加えて、どうにか手傷を負わせて撃退できている。

 

 空を飛ばれると厄介である為、砲爆撃で巣穴にいるうちに根こそぎ吹き飛ばすのが最良だと判断されていた。

 戦闘機でも追いつけない速度と優れた機動力を兼ね備えているふざけた生物だ。

 

 幸いにも大雑把な巣穴の位置は掴めており、そちらにも1個軍団を派遣している。

 地上部隊の展開が完了後、空軍と共に一気に叩く作戦だ。

 

 放置しておいてはゲリラ的に襲撃される可能性が高い。

 

 なお、その火山は帝国とは違う国――エルベ藩王国の領土内らしいが、別に構いはしない。

 先のアルヌスに攻め寄せた敵兵のうち、生き残って捕虜になった者にはエルベ藩王国の兵士もいた。

 宣戦布告もしない連中に、こちらからわざわざ宣戦布告してやる理由もない。

 

 この作戦の立案に際して、モスクワにもお伺いを立てていたジューコフだが、構わずに実行するよう言われている。

 

 原油と思われるものが湧き出している土地がエルベ藩王国にはあることも航空偵察によって判明しているが、ソ連にとって原油なんぞ領内でいくらでも取れる。

 その為、異世界からソ連へ輸送する費用のほうが高くついてしまう可能性があった。

 

「さっさと終わらせてしまおう。この後も予定は詰まっている」

 

 異世界よりも地球が第一であり、ソ連は綱渡りをこれからすることになる。

 イギリスやフランス、アメリカとの明確な対決をモスクワ――スターリンは決断した。

 

 それは植民地解放であり、その第一歩であるインド解放作戦の司令官にはロコソフスキーが内定していた。

 そして、欧州方面にはジューコフが総司令官に内定しており、彼は英米仏から支援を受けて攻め寄せるだろうドイツ軍を抑える役目を担うことになっていた。



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日本の憂鬱 スターリンの楽しみ

 情報本部へ公安から出向している駒門は疲労困憊であった。

 ここ最近休みが全く取れておらず、それは彼だけでなく上司も部下も同僚も全員が同じであった。

 無論、彼らだけでなく、内閣情報調査室も公安調査庁も公安警察もどこもかしこも非常に忙しい。

 

 日ソ首脳会談、スターリンによる国会演説などといった、今年は西暦何年であったかを確認したくなるような行事が目白押しだ。

 そして、その日程などが日ソ双方の実務者協議で決まりつつあったのだが、その最中に投げかけられたソ連側からの質問は、調整が順調に進んで安堵していた日本側を戦慄させた。

 

 駒門は呟く。

 

「不測の事態に備えて赤軍を各所に配置したい、か。そりゃ向こう側からすればそうだわな」

 

 

 

 日本で外国の要人に対してテロやそれに類することが起こったならば、政府の面目は丸潰れになる。

 諸外国からの信用も失墜する為、そんなことは起こさせないのだが、十重二十重に対策をしたとしても極めて低い確率に抑え込むことはできるが、決してゼロにはできない。

 

 また警備にあたる警察の能力に関する疑問もあるのだろう。

 ソ連側からすれば言葉で説明されただけの状態であり、実際にはどうであるか分からない不安がある。

 

 当たり前だが、日本もソ連もこんなことになるとは想定しておらず、両政府の交流は始まってまだ日が浅い。

 信頼関係やら何やらはゼロに等しい為、これから少しずつ築いていかねばならない。

 

 何よりも、こちらの世界においてスターリンは悪名高い独裁者である。

 近年のロシアでは強いロシアをスローガンとしており、その礎を築いたスターリンを評価する動きがあるが、それはロシアだけの話だ。

 

 基本的にスターリンは嫌われ者であり、こちらの世界とは別のスターリンであったとしても暗殺しようとする輩は掃いて捨てるほどいるだろう。

 

 極めつけは日本にはスパイ防止法が無いことだ。

 

 駒門達の休みが取れないのも、政府から工作員を片っ端から捕まえるよう指示があった為だ。

 だが、スパイ防止法が無い日本ではそういった連中を捕まえるには別件逮捕という形を取るしかなく、それが余計に仕事を増やしている。

 赤軍を各所に配置するのではなく、最高レベルの警備体制を敷くことを日本側が約束してしまったことで、更に仕事は増えた。

 

「やれやれだ……」

 

 駒門は深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルヌスの宿舎にて、伊丹は途方に暮れていた。

 

 スターリン来日の際、その護衛兼案内役を彼はつい先程、仰せつかったのである。

 公表されている経歴には何も問題がなかった為、どこからも異論が出なかった。

 

 なお、彼だけでなく第3偵察隊から若干名を引き抜いて、護衛部隊を編成するよう指示が出されていた。

 その方が連携が取りやすいだろう、という上層部の判断だ。

 

 こういうのって普通はもっとエリートがやるもんじゃないの、と伊丹は思うが、自分が二重橋の英雄と呼ばれていることを思い出した。

 

 何分、相手はこっちの世界では歴史上の人物。

 それなら単なるエリートではなく、何かしら大げさな肩書があったほうがいい――という考えがあるのかもしれない。

 

「いや勘弁してくれ。よりによって、スターリンだぞ……? 史実よりも遥かに物分りが良いらしいけど……」

 

 ソ連が史実とは全く違う歴史を辿っていることは既に判明している。

 その最たるものはトハチェフスキーであり、ブハーリンだ。

 彼ら以外にも史実では1951年に事故死――スターリンによる陰謀説が濃厚――するリトヴィノフも来日する。

 

 伊丹も自衛隊員の端くれである為、軍事的な歴史についてはそれなりに知識がある。

 またソ連において大粛清は行われたが、赤軍内で粛清された者は極少数であり、史実のような赤軍を大きく弱体化させるようなものは無かったという情報を彼は得ていた。

 故に、ソ連軍がどうなっているのか分かってしまった。

 

 トハチェフスキーを頂点として、ジューコフやヴァシレフスキー、ロコソフスキーなどの綺羅星の如き将軍達。

 まさにソ連軍のオールスターチームで、彼らを物分りが非常に良いスターリンが後押しする。

 

 ドイツがバルバロッサやったら、一瞬でカウンター食らって負けるんじゃねぇの、と伊丹としては思う。

 

 なお、ソ連側には伊丹について、労働者階級出身で叩き上げの優秀な軍人であり、先の帝国との戦いにおいて抜群の功績があったと説明してあるらしい。

 

 いかにもソ連が好きそうな単語のオンパレードだが、伊丹本人からすると堪ったものではない。

 

 

 

「……誰を連れて行くかな」

 

 そう呟きながら、倉田は外してやろうと伊丹は思う。

 ケモナーな彼の夢が叶いそうである為、オタク仲間としてそれを応援してあげたい。

 

 そんな事を考えつつ、伊丹は最近聞いた話を思い出す。

 

「しかし、ドラゴン退治なんてソ連軍もよくやるよ」

 

 第3偵察隊も含め、どの部隊も炎龍と交戦することはなかったものの、伊丹の部隊は焼けたエルフの集落で唯一の生き残りやコダ村からの避難民を保護している。

 途中で現れたゴスロリ少女も何故かくっついてきたが、それは置いておく。

 

 ともあれ上層部の思惑と一致した為、人道上の観点からアルヌスにて避難民のキャンプが築かれていた。

 

 情報によれば炎龍とかいうのは相当に手強いらしく、襲われたソ連軍部隊はそれなりの被害が出たらしいが、それによりソ連軍を本気にさせてしまったようだ。

 エルベ藩王国方面へ、多数の部隊が向かっていったことを監視班が報告している。

 そちらに炎龍の巣があることを突き止めたのだろう。

 

 ドラゴン退治とはいえ他国の国境を越境するのは問題しかなさそうだが、ソ連がそんなことを気にするわけもない。

 

 あるいはソ連軍を攻撃してきた敵軍には、エルベ藩王国の兵隊でも混じっていたのかもしれない。

 もっとも、混じっていなくても混じっていたことにするのがソ連である。

 

「俺、そのソ連の親玉と会うんだよなぁ……嫌だなぁ……」

 

 伊丹は憂鬱であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……これで良い」

 

 スターリンは満足げに頷いた。

 日本側との協議にて、色々と彼がやりたかったことも実現できそうだ。

 

 赤軍を各所に配置することは駄目だったが、その代わりに日本側は最高レベルの警備体制を敷くことを確約した。

 スパイ防止法が無い為、スターリンが担当者を通して質問したのだが、どうやら安心してよさそうだ。

 

 インターネットを目前に控えたところで、暗殺されるわけにはいかない。

 

 

 さて、スターリンは独裁者である。

 本人も周りも口には出さないものの、それは共通した認識だ。

 

 故にスターリンが指示したならば、ソヴィエトにおいてそれは可及的速やかに、あらゆる障害を排除して実行されるのである。

 

 門で繋がった先の21世紀の日本はスターリンの知るものと若干異なる――政党名や政治家など細かい部分――が、ほとんど同じである。

 

 担当者が困惑しながらもスターリンの命令であった為、必死に聞き出した日本の文化――もっといえばサブカルチャー事情。

 

 それもまた若干異なるものの、ほぼ同じであった。

 

「せっかく日本と繋がったのだ……色々やってやろう」

 

 スターリンは日本に連れて行く面々――ブハーリンやトハチェフスキー、リトヴィノフなども誘ってインターネットで生放送をするつもりだ。

 ソヴィエト連邦の偉いおっさん達による、ぐだぐだ雑談生放送である。

 政治・経済・軍事・外交という偏った分野の雑談だが、史上最高の視聴者数を叩き出せる自信があった。

 

 この件に関しては既に日本政府には許可を得ている。

 喉から手が出る程にこちらの情報が欲しいのは日本政府であり、わざわざソ連がインターネットで配信してくれるというのなら、これを利用しない手はない。

 

 幸いにも日本側の案内役はそういうことに詳しい自衛官らしい。

 

 

「その為には安全確保が大事だ」

 

 身辺警護にあたるNKVD職員は選りすぐりの連中を揃えている。

 実戦経験はともかく装備の差は非常に大きいが、日本側から携帯無線機などの装備は融通してもらえる為、多少はどうにかなる。

 

 

「生放送中に襲撃されるという展開は視聴者からすれば面白いだろうが、こっちとしては勘弁して欲しい」

 

 スターリン後ろ後ろー! とかいうコメントで溢れかえる光景は見てみたいと思わないでもないが、命は大事である。

 

「……そうだ、マニアに型落ちしたT-34を売りつけよう。武装とか取り外せば日本の法律でもいける筈……! ドイツのパンターは高く売れそうだが、入手が難しいな……」

 

 他にも何か、面白いネタはある筈だとスターリンは悩む。

 

「……こちらの日本で骨董品を買ってきて、向こうの日本で売るか? こっちでは明治のものが何かしら残っている可能性がある」

 

 ただちに実行しよう、と彼は決めたのだった。

 

 

 



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スターリンの挨拶

 日本側はスターリン来日にあたって周辺区域の封鎖に加え、マスコミも区域内には誰一人入れなかったが、それは正しかった。

 

 大勢のマスコミ――日本だけでなく世界各国から――が周辺には詰めかけており、封鎖区域内に入らないよう、警察が押し止めるのに大いに苦労していたからだ。

 警察側に報道の自由がうんたらかんたらと叫ぶ者も多数おり、面倒くさいことこの上ない。

 もしも、彼らを入れていればソ連の――スターリンの不興を買いかねなかった。

 

 さて、日本においてスターリンの詳細について知らなくとも、連日テレビや新聞で取り上げられていることから、彼が独裁者であったことや史実ではヒトラー率いるドイツと戦争したことなどそういった基本的な情報は周知されていた。

 

 また当時を知る者達――特に戦前・戦中世代は別の世界とはいえスターリンに対して、酷く嫌悪を示しており、それがかえって子や孫の興味を引いた。

 

 ソ連は日本との中立条約を破って侵攻してきた、と彼らは子や孫達に教えて回った。

 

 一方で西側諸国や東側諸国からの過激な行動はかろうじて抑えられていた。

 事前に日本政府は、ソ連より別の歴史を辿っていることを各国に広めてもらうよう多数の映像フィルムを渡されており、それを日本が各国政府に複製して渡した為だ。

 

 映像フィルムにはソ連領内の都市や街、村といった様々な場所がカラーで記録されていたのだが、1939年のソ連とは思えないほど道路が整備され、さらに多数の自動車が行き交っていた。

 またソ連だけでなく、イギリス・アメリカ・フランス・ドイツ・日本の列強諸国が仲良く満州で企業活動を行っていることも、そのフィルムには記録されていた。

 

 言うまでもなく、史実での1939年に満州でそんなことがあったという記録はない。

 プロパガンダ映像だと切って捨てるのは簡単だが、トハチェフスキーやブハーリンといった粛清された人物が来日することから、ちょっと様子を見ようという判断が働いた。

 

 また、うまくいけばとんでもないビジネスチャンスでもある。 

 特にロシアは様々な製品に加えて型落ちした――それでも1939年では圧倒的な性能を有する――戦車をはじめとした兵器を売却するにはちょうど良い。

 

 また別世界とはいえ、アメリカをはじめとした西側諸国にソ連が負けてほしくない、という心理もあった。

 

 核兵器や弾道ミサイル、人工衛星などの技術供与も既に検討されているが、問題はどうやって接触を持つかだった。

 

 この為、ロシアは日本政府にこれでもかと圧力を掛けるが、そうはさせないよう、日本に圧力を掛けているのがアメリカ及びEUである。

 中国はスターリン時代はともかくフルシチョフ時代からソ連とは対立していた為、今のところは静観の構えだ。

 別世界であることから、スターリンがどのような思想であるかを知りたいという思惑もある。

 

 

 あちこちから大きく圧力を掛けられた日本政府は、別世界とはいえ歴史に大きく干渉するのは良くないという理論を持ち出して、うまくはぐらかした。

 とにもかくにも門が銀座にある以上、日本を通さねばソ連と接触するのは難しいのは事実である。

 昔ならばいざ知らず、あまり強引なことはできないのが現代であった。

 

 しかしこれで諦めるロシアではなく、アメリカもそれを予期していた。

 外交圧力を日本政府に掛けつつ、ロシアとアメリカは互いに水面下で日本を舞台にして牽制し合っていたのは言うまでもない。

 

 

 そのような情勢下で12月8日、遂にスターリンが来日した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと自動車のドアが開かれる。

 そして、そこから出てきたのは白い軍服に身を纏ったスターリンであった。

 

 マスコミは入れていなかったが日本政府により、リアルタイムでインターネットにおける複数のサイトにて放送されている。

 

 

 某サイトでの放送ではУpaaaや同志スターリン万歳やら何やらの多数のコメントが赤い文字で視聴者によって書き込まれたりしたが、些細なことだ。

 またこれらインターネットでの放送が行われているサイトには日本だけでなく全世界からのアクセスが殺到しており、視聴者数は鰻登りであった。

 

 全世界の人々が見守る中、スターリンは出迎えた本位首相らに微笑む。

 日本側の通訳が第一声を聞き逃すまいとすかさず身構える。

 

 そして、スターリンはゆっくりと本位首相へ歩み寄り、利き手を差し出し、告げた。

 

「はじめまして、本位首相。時空を超え、このようにお会いできて光栄です」

 

 流暢な日本語に首相をはじめ、日本側は完全に思考が硬直した。

 ソ連側の随員は悪戯が成功したと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 本位は慌ててスターリンの手を握りながら、問いかけた。

 

「あ、え、は、はい。こちらこそ、光栄です……その、日本語を?」

「勿論です。日本はソヴィエト連邦にとって、とても重要な国でありますので……我々の世界の日本と同じように、あなた方とも友好関係を構築できるものと私は確信しております」

 

 笑みを崩さずしっかりと握手をしつつ、スターリンはそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おー、すごいことになってる」

 

 伊丹はスマホを弄りながら、あちこちのサイトを巡回していた。

 現在、日ソ首脳会談の真っ最中であり、それが終了したならば伊丹が率いる案内役兼護衛部隊との顔合わせだ。

 要するに終わるまでは暇であった。 

 

「スターリンが日本語で挨拶をしてくるなんて、誰も予想してなかったですからね」

 

 横にいる富田の言葉に伊丹は頷く。

 

 某巨大掲示板は祭り状態になっていた。

 それだけでなく、短文投稿サイトや動画サイトでもスターリンのタグがついた投稿が凄まじい勢いで増えており、早くも某芸能人との比較動画が出る始末で、その動画を見た外国人達がスターリンが2人とかいうコメントを送っていたりもした。

 

 なお、日本を重要な国とスターリンが言ったことから、悪い意味で発狂している界隈もあり、全体的にカオスな状況だ。 

 

 一方でスターリンの挨拶に関して、そういった一部界隈を除いて好意的な反応が多い。

 中には某ファストフード店で女子高校生達が話していたとかいう胡散臭いものもあるが。

 

「しかし、隊長。ソ連が連れてきた警備の人達なんですけど……」

「栗林、彼らはNKVDの所属だぞ」

 

 すかさずそう告げる伊丹。

 その言葉に彼女は深く溜息を吐いて尋ねる。

 

「ハニトラですか?」

「そういうこと。美男美女揃いだろ? だけど手を出したら、一発でアウトだ。情報を全部取られるぞ」

「友好関係を構築したいとか言ってたじゃないですか……それでも?」

「それはそれ、これはこれだ。もしかしたら、友好の架け橋とか言って利用するつもりかもしれないけど……っていうか、一般人相手にはやらないよな?」

「可能性はあるぞ。そこらを歩いている大学生でも、彼らからすれば情報の宝庫だからな」

 

 伊丹の問いに答えたのは富田でも栗林でもなく、横からやってきた駒門であった。

 

「あ、駒門さん。やっぱりそうなんですか?」

「ああ。もしもマスコミ連中を入れていたら、コロッとやられていただろうな。現代でソ連の厄介さを知る者は少ない……」

「今のロシアや中国よりも?」

「どちらもやり方はソ連から学んでいる。意味は分かるだろう?」

 

 その答えに伊丹達がげんなりとした顔となったところで、駒門は告げる。

 

「ま、そうはさせないようにこっちも動いている。幸いにもスターリンはインターネットにご執心でな。ネットで生放送をしてくれるらしいぞ。ブハーリンやトハチェフスキー、リトヴィノフと共にホテルで。警備の連中は人員を取られて、悪さをする暇はないだろう」

 

 

 スターリンがインターネットで生放送――?

 

 

 伊丹達は目が点になり、彼らの顔を見て駒門はくつくつと笑うのだった。

 

 



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スターリンの国会演説

 日ソ首脳会談後の会見はネット上で放送されたが、この場でもマスコミは遮断されていた。

 共同声明については日本とソヴィエト連邦の友好的関係の構築を目指すことが確認され、また通商条約締結に向けて協議を進めるということが発表されている。

 

 そして、ようやくマスコミのカメラがスターリンの姿を捉えたのは国会であった。

 

 

 スターリンによる国会演説、その後に若干の休憩を挟みつつ、そのまま国会にて与野党議員からの質問に答えるというスケジュールだ。

 演説はともかくとして、国家元首にあたる者が日本の国会で質疑応答するというのは異例であるが、そもそも事態が事態である。

 またスターリンが史実とは違うソ連を日本側――全世界にアピールしたかったという狙いもあった。

 

 

 スターリンが何を語るか、日本のみならず全世界が固唾を呑んで見守る中――彼はゆっくりと流暢な日本語で語り始めた。

 

 その内容は主に自らの思想についてである。

 

 

 万人が平等に貧乏になるのではなく、平等に豊かになる社会――

 とりわけ勤勉で優秀な者には追加で然るべき報酬を与えるべき――

 

 その為に必要な政策・制度について、スターリンはソヴィエト連邦における政策や制度の実績を交えて簡潔に語る。

 この演説にネット上は大賑わいで、マスコミのカメラを通してテレビで見ていた年配の方々も思わず目を見開いてしまう。

 そして、もっとも多くの視聴者の心を掴んだのは労働に関連するものであった。

 

 某動画サイトでのネット中継ではコメントが一気に増加し、その流れが加速する。

 

 

 

 労働法の悪質な違反者をシベリアに送っているって!?

 さすがスターリンだわ

 同志スターリン万歳!

 うちの会社もスターリンに経営してもらいたいんだが?

 サビ残とかソ連にはなさそうだなぁ……

 先月残業時間ヤバいことになっているんだが、スターリンに言ったら改善してくれるんか?

 

 

 

 このように肯定的な意見が多いが、否定的な意見もある。

 法律による厳し過ぎる統制は経済の萎縮を招くというものであったり、人権を軽視した法律は法治国家として問題があるなどといったものだ。

 

 とはいえ、スターリンはそういった否定的な意見も事前に予想しており、それとなく反論を行う。

 

「諸君らの中には、この法律が厳しすぎるといった意見もあるかもしれない。しかし現実的には、どのように言い繕うとも経営者と労働者では前者に天秤が大きく傾いている」

 

 スターリンはそこで言葉を切り、更に続ける。

 

「日本にはソヴィエトのような厳しい法律があるかどうかは分からないが、日本の法律にて、奴隷のように扱われて使い捨てられる労働者を大きく抑制できているのだろうか? 健康を損なってからでは取り返しがつかない為、事後対策だけではなく事前予防もまた重要だと私は考える」

 

 彼は一拍の間をおいて告げる。

 

「ソヴィエト連邦は労働者の肉体・精神の両面を守りつつ、彼らが余暇を楽しむことで労働への英気を養う為には経営者に対して厳しい法律が必要であると判断し、実行している。何よりも労働法を守るならば経営者には何も問題はない……労働法を守ると会社が潰れてしまうならば、そもそも事業に失敗しているだけの話だ」

 

 

 このように様々な話題を盛り込んで、スターリンの演説は40分にも及んだが、ネット上でもテレビでも最後まで視聴した者は非常に多い。

 また休憩中であっても短文投稿サイトやネット中継をしていたサイトのコメント欄、あるいは某巨大掲示板の実況スレなどではその勢いが止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「史実のスターリンじゃない……覚醒したスターリンだ。実は転生者とかでも信じられるかも……」

 

 伊丹はスマホの画面を見ながら、呟いてしまう。

 スマホには国会演説の様子が映っており、同時にそのコメントはスターリンへの賛同が圧倒的多数となっている。

 富田も自分のスマホで伊丹と同じものを見ており、彼は難しい顔で呟く。

 

「良くない流れですが、批判も難しいですね」

「万人が平等に豊かになる社会を目指しているって言っているからねぇ。あと勤勉で優秀な者には追加報酬を与えるべきとかも言っているし……これを軽率に批判したら、文字通り人民の敵になるんじゃないかな……」

 

 伊丹の言葉を聞いて、栗林が口を開く。

 

「隊長、なんかスターリンって良い人っぽいんですけど……どうなんです?」

 

 栗林に問われ伊丹は微妙な顔になる。

 

「軽く調べた限り、史実でもスターリンは訪問者には良い印象を抱かれているんだよね」

 

 伊丹の言葉に栗林と富田は顔合わせをした時のことを思い出す。

 

 

 君達が案内と護衛をしてくれるのか?

 それは頼もしい、どうかよろしく頼む――

 

 

 微笑みを浮かべ、皮肉などではなく素直にそう告げてきたスターリンは独裁者には思えなかった。

 

「史実のソ連は嫌だけど、このスターリンのソ連なら行ってみたいって人は多くなりそう」

「長時間労働で色々と問題になっていますからね……スターリンがそういうことをする輩はソ連ではシベリア送りにしていると言うのですから、本当にやっているでしょうし」

「演説を聞く限りだと、普通に働いて暮らす分にはいいかもしれないですね」

 

 2人の言葉を聞きながら、伊丹はむしろ日本よりもロシアあたりがヤバいことになるんじゃないかと思う。

 

 近年、強いロシアを目指してスターリンを評価する動きがある。

 ソ連の後継国家であることから、むしろ支援しない方がおかしい。

 

 事実、駒門からの情報ではロシアとアメリカが水面下で色々やっているという。

 今のところロシアがソ連に接触したことは確認されていない。

 それは日本側の努力もあるが、アメリカがロシアを掣肘しているというのが大きいのだろう。

 

 別世界とはいえソ連に覇権を絶対に握らせたくないアメリカと、ソ連に覇権を握って雪辱を果たして欲しいロシア。

 得られる利益云々よりも、ロシアもアメリカも意地の張り合いなんじゃないかと伊丹は思う。

 

 

「といっても……日本を舞台にしてやるなよなぁ」

 

 伊丹の呟き。

 その意味を察し、富田と栗林は2人とも肩を竦める。

 

 外国人同士の喧嘩や爆発事故などという形で表向きには処理されているが、実際は米露の工作員によるドンパチである。

 これに加えて、中国やEU――特にイギリスやフランス、ドイツの――工作員達が手ぐすね引いて本国からの指令を待っている状態であるのは想像に難くない。

 さすがにソ連側に危害を加えようというのはいないだろう。

 向こうのソ連は2億を超える人口を有しており、こちらの世界からすると未開拓の超巨大市場だ。

 さらには、もしもソ連を通して向こうの世界全ての国々と貿易ができたならば、こちらの世界にとってその恩恵は計り知れない。

 

 また第二次世界大戦が起こっていないことから、戦争で失われたものも残っていると予想された。

 一例を挙げるならばこちらの世界では失われた文化財も、向こうでは現存しているかもしれない。

 

「ソ連と繋がったことの衝撃や影響が大きすぎて、特地のことが忘れ去られているような気がします」

 

 富田の言葉に伊丹は笑って告げる。

 

「おかげで、こっちは余計な口出しをされないで済むから……まあ、いいんじゃないかな? もしソ連と繋がってなかったら、炎龍がこっちに向かってきて現地民に犠牲者が出た云々で国会に呼ばれそうだわ」

 

 伊丹の言葉に富田も栗林もありえそうだと、頷いたのだった。

  

 



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スターリンの国会質疑

 スターリンの国会演説は世界中の視聴者達に大きな衝撃を与えたが、もう一つ大きなイベントが残っていた。

 それは、今回のような事態だからこそなし得たことだ。

 

 日本の国会議員達によるスターリンへの質疑である。

 といっても、ネット上では日本のみならず世界中で面白い質問はできないだろう、というのが大方の予想であった。

 

 スターリンに大胆な質問ができる議員がいるとは思えない――

 

 

 史実のスターリンよりはマイルドであるが、それでもスターリンである為、面と向かって言えるかは怪しいという予想だ。

 

 その予想は正しく、与党側の議員達は当たり障りのない質問――ソ連邦の現状であるだとか社会保障制度、経済状況などといった主に内政面に関するものであった。

 ソ連側へ事前に質問内容は伝えられている為、スターリンは用意した資料を参照しつつ答えていく。

 

 各国政府にとってはそういった質問こそ、何よりも有り難いものであったが、大衆からすると面白くない。

 もっと突っ込んだことを聞いてくれ、というコメントで某サイトでは溢れかえっていた。

 

 しかし、与党側の質疑は終わってしまう。

 それによりネット上――特に日本人の間では――解散ムードが漂った。

 

 野党がスターリンに突っ込んだ質問ができるとは到底思えない。

 それでも万が一ということを考えて、一応視聴を継続していたのだが――良い意味で裏切られた。

 

 幸原議員がフリップを取り出して、そこには日本の戦争犯罪について色々と書かれていたのだ。

 視聴者達は一気に盛り上がり、珍しく彼女を応援してしまう。

 彼女は戦前・戦中の日本が如何に諸国に対して罪を犯したか、そして今なお日本はその謝罪などを行っているが、まだまだ足りない云々と述べ、最後にこれらについてどう思うかと尋ねてきた。

 

 幸原としては、スターリンが同調してくれるのを期待してのことであり、また自分の支援者達に向けたアピールでもある。

 

 与野党の議員達は勿論、視聴者達は固唾を呑んでスターリンの答えを見守った。

 少しの間をおいて、彼は幸原の瞳を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと口を開く。

 

「私はこちらの歴史に詳しくはないが……もしもこの70年以上の間、条約などでそういったことが国家間で解決していないのならば、それはもはや言葉で解決できるものではなく、諸国による報復戦争という形となって解決されるだろう」

 

 スターリンはそこで言葉を切り、与野党の議員達を見回して問いかける。

 

「そこまで憎しみが溜まってしまっては、諸国は日本人を一人残らず殺し尽くし、この世から絶滅させねば怒りがおさまらないだろう。議員諸君らは日本国民の代弁者であり、日本の国益を追求するのが仕事である筈だが、そのような日本にとって不利益となるものを放置してきたのかね?」

 

 問いに幸原議員は口を何度か開いては閉じるということを繰り返す。

 スターリンの言葉を否定すると彼女の立場が危うい。

 

 それを見ながら、スターリンは微笑み告げる。

 

「もしも放置してきたとすれば……日本を引きずり下ろしたい国々からみれば極めて有能な議員だ。それこそ謝礼金を渡したくなる程に。だが、私からすれば自分の利益の為に、議員という立場を利用して守るべき国を売る、唾棄すべき輩にしか見えない」

 

 そう言い切ったが、彼は微笑みを全く崩していない。

 幸原は何も言えず顔を赤くして、肩を震わせながらそのまま自分の席へ戻ろうとする。

 しかし、スターリンは彼女の顔色を見て微笑みを一転させ、心配そうな顔で告げる。

 

「どうやら彼女は体調が悪いようだ。静かなところでゆっくり休ませた方が良いだろう」

 

 幸原議員の身を案じるスターリンであったが、ネット上の視聴者達は勿論、この場にいたスターリン以外の全員がそうだとは思えなかった。

 

 

 スターリンの言葉は、どう考えてもこれから粛清するという意味合いにしか聞こえなかったのだ。

 

 

 

 スターリンに誤解されたままではまずいとすかさずフォローが入る。

 様々な条約によって国家間において一部を除けばほぼ解決済みであり、報復戦争のような事態とはならない旨の説明がなされた。

 

 いつもなら野次を飛ばす野党側は、お通夜であるかのような静けさであった。

 

 さて、色々とあったものの幸原議員の質問は終わり、次の野党議員へ順番が回る。

 憲法と自衛隊に関するアレコレを用意していたとある議員はいつもの鋭い口調ではなく、非常に低姿勢で、質問も何だか歯切れの悪いものとなった。

 

 しかし、そんなものはスターリンには通用しなかった。

 彼はことごとく野党側の言ってほしいこととは正反対のことを答えるが、野党側は真正面からスターリンと口論する勇気もなく、完全に腰砕けとなってしまう。

 

 野党の質問に対するスターリンの答えについて、与党側にはうんうんと頷いたり、笑ってしまう者もいたりするなど、野党とは正反対に和やかな雰囲気だ。

 

 またネット上では大いに盛り上がり、スターリンは一躍大人気となった。

 一部界隈ではスターリンは与党が用意した偽物説が唱えられたが、いつものように見向きもされなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国会での質疑を終えたスターリンはNKVDと日本の警察にがっちりと警護されて滞在先となるホテルへ移動を完了していた。

 

 今日、予定があったのはスターリンだけだが、それ以外の面々も既にホテルには到着している。

 ホテルの内外は蟻の這い出る隙間もない程の警備体制が敷かれている為、伊丹としては呑気なものだ。

 

 何よりも彼が驚いたのはノートパソコンやらスマホやらが一式、スターリンへ贈られたこと。

 ミスったら粛清されるかもしれない――と伊丹が緊張しながらも、セットアップを完了し、彼は安堵しながらホテルのロビーへと戻ってきていた。

 

 なお、その際スターリンが手慣れた様子でノートパソコンを操作し、それを見てトハチェフスキー達が驚いていたのはしばらく忘れられないだろう。

 

 ウェブカメラやスタンドタイプのマイクもあったが、事前に知らされていたものの、ソ連が配信をやるのかどうか、伊丹としては懐疑的であった。

 

 

 

「あ、隊長。どうでした?」

「お疲れ様でした」

 

 

 そこへ栗林と富田が伊丹の姿を見つけ、歩み寄ってきた。

 

「無事にパソコンとかの設定は終わって軽く説明もしたけど、スターリン以外は首を傾げていた」

「スターリンはそうではなかったということですか?」

 

 富田の問いに伊丹は頷き、答える。

 

「何というか……目を輝かせていたな」

「新しいもの好きってことですか?」

 

 栗林の問いに伊丹は微妙な表情となる。

 

「そういう感じ……なのかなぁ」

 

 伊丹がそう言ったとき、日本側の警備関係者達が慌ただしく動き始めた。

 

 すわ敵襲かと彼らは身構えつつ、伊丹が手近な人に声を掛ける。

 

「あのー、すみません。何かありましたか?」

「スターリン……というよりも、ソ連側がネットで生放送を始めたらしい。その可能性については知らされていたが、まさか本当にやるとは……」

「……はい?」

 

 事前に知らされていた伊丹も本当にやるとは思っていなかった為、目が点になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、スターリンは割り当てられた部屋のリビングに皆を集めていた。

 既にカメラは回っており、早くも本物であるか問いかけるコメントが来ている。

 

「勿論、本物だとも。私以外にも3人いるぞ」

 

 スターリンは日本語でマイクに向かって話しかけ、すぐさまロシア語で3人――トハチェフスキー、ブハーリン、リトヴィノフへお客さんが来たことを伝える。

 すると彼らはカメラに向かって片手を上げたり、ウォッカの入ったコップを軽く掲げたりといった反応を見せる。

 それを見てコメントの流れは加速し、特にトハチェフスキーの名前がコメント欄にて多く上がる。

 

 そして、スターリンは視聴者達に呼びかける。

 

「この放送をどんどん広めてくれ。私達は君達と交流したい」

 

 そう前置きし、少しの間をおいてスターリンは問いかける。

 

「さて……スターリンだが何か質問はあるかね? トハチェフスキー、ブハーリン、リトヴィノフもいるぞ」

 

 コメントの流れが急加速したのは言うまでもなかった。



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スターリンの書簡

「スターリンに対する認識は改めねばならない」

 

 アメリカ合衆国のディレル大統領は日本政府経由で届けられたスターリンの書簡について、そう呟いた。

 

 日本を窓口として世界各国とやり取りをするという、以前日本がソ連へ行った提案が初めて実行された形だ。

 

 

 無論アメリカだけでなく、ロシア側にもスターリンは自らの書簡が届くようしてあるのは想像に難くない。

 

 ともあれ、アメリカにとって最大の利益はソ連が異世界に興味を示していないのが分かったこと。

 

 どうやらソ連側はいつ閉じるかも分からない不確かなものに固執していないようだ。

 その思い切りの良さは感心するが、それでも異世界で得られる利益は21世紀世界においてはアメリカだけでなく、多くの国々にとって魅力的で見て見ぬ振りをできるわけがない。

 

 

 スターリンはアメリカ政府に対して幾つかの提案をしてきている。

 その提案の中でも、もっとも大きなものはソ連が異世界においてアメリカの進出に際して良心的な態度を取る代わりに、日本が抱えている諸問題の解決に尽力をすることだ。

 

 異世界は21世紀世界のどこの国の領土でもない。

 日本政府が苦心して絞り出した見解はあるものの、アメリカにとっては日本政府を叩こうと思えばいくらでも叩ける材料があった。

 しかし、現在、異世界に大きく進出しているのは自衛隊ではなく別世界のソ連軍だ。

 

 日本から漏れてくる情報を統合すると1939年時点でT-54に類似した戦車やらAK-47らしき小銃が部隊に配備されているという。

 この状況からソ連が既に初歩的な核兵器を開発している可能性が専門家から指摘されている。

 

 もしも交戦した場合は21世紀世界の軍隊相手に、ソ連側は核兵器の使用を躊躇しない可能性が高いと国防総省は予想していた。

 アメリカがソ連の了承を得ずに進出した場合、異世界を舞台に核のパイ投げパーティーが開かれるかもしれない。

 良心的な態度とは、ソ連がそういうことをしないという意味であるのは明らかだ。

 

 

 たとえ場所が異世界であったとしても、アメリカとソ連による核戦争が起これば国内外にどれほど政治的・経済的そして外交的な影響が及ぶか分からない。

 ディレルとしてもさすがにそれは勘弁してほしかった。

 

「何よりも、ソ連の提案はアメリカに利益がある」

 

 中国の露骨な勢力拡大も見過ごせない段階になっており、最前線としての日本の価値は増すばかりだ。

 スターリンの提案に乗れば日本に大きな恩を売りつけ、さらには異世界進出をソ連が黙認してくれる――これはアメリカにとって大きな利益となるだろう。

 

 とはいえ、さすがに他国の問題に関して、当事者ではないアメリカがしゃしゃり出るのはおかしな話だ。

 支援しかできないが、そこはスターリンもさすがに分かっているだろう。

 

「やるしかない」

 

 ディレルは決意した。

 

  

 

 

 

 

 アメリカと同じように、日本政府経由でロシア政府にもスターリンからの提案は届けられていた。

 

 といっても、こちらはアメリカと比較すると非常に提案が多く、基本的にはロシアとソ連、双方にとって利益のあるものばかりだ。

 

 その最たるものがロシア軍で型落ちした兵器の売却だろう。

 あるだけ全部買いたい、とソ連側は言ってきており、かつてない大口取引に大統領のジェガノフをはじめロシア政府はホクホク顔だ。

 

 他にも多種多様な工業製品の大量購入や技術者や軍事顧問団の派遣などがあったが、ロシアに対してスターリンが出した要求がある。

 

 ロシアは異世界への進出は日本の首都に門があることから当初より諦めており、懸念は異世界から地球へ資源が流入することで資源外交を行っているロシアの発言力低下くらいだった。

 しかし、ソ連が異世界経由で繋がっていることから全ては変わった。

 ソ連との貿易を行う為には日本に恩を売りつけておく必要がある。

 

 日本の首都のど真ん中にある門へロシア製の色んなものを通す為にはちょっとやそっとのことでは日本政府は首を縦に振らない。

 日本政府に首を縦に振らせる為に必要なもの、それこそがスターリンが出してきた要求だ。

 

「択捉島などの諸地域における問題解決か……」

 

 ジェガノフは呟いた。

 

 領土問題を解決することで日本に対して最大の恩を売ることができ、その対価としてソ連との貿易などを要求できる。

 アメリカが反発するだろうが、基本的にアメリカをはじめ西側はロシアがやることには何でも反発するのでいつものことだ。

 

「しかし、面白いことが聞けた」

 

 スターリンからの書簡によれば、向こうの世界では中国を舞台に列強はそれぞれ適当な軍閥を支援して内戦を起こし、程よく儲けているという。

 一方こちらの中国は露骨な拡張主義である為、そろそろ叩かねば後々面倒くさいことになる。

 将来的には向こうの世界を見習って、米露で適当な軍閥でも支援して内戦を起こして纏まらないようにするのも良いかもしれない。

 

 ジェガノフはそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 本位はソファにてぐったりとしていた。

 首脳会談から数日が経過し、ソ連側は順調に日程を消化している。

 そちらは問題なく、スターリンも予想していたよりも遥かに良い人物で好感を抱いてしまう程。

 

 そんな本位が疲労困憊である原因はアメリカとロシアである。

 

 日本を窓口として、各国とやり取りをするという日本側の提案を受けスターリンは今回初めて実行したのだが――書簡に何が書かれていたのか、アメリカは領土問題のサポートを、ロシアは北方領土問題解決に尽力すると言ってきていた。

 情報によると両国とも、口だけではなく本気であるのが日本にとって恐ろしさを増している。

 解決後、どんな要求がされるのかと戦々恐々しているのは本位だけでなく日本政府に共通したものだ。

 アメリカは異世界進出関連、ロシアはソ連との取引などではないかという予想がされているが、実際はどうであるか分からない。

 どう転ぼうとも日本が米露の板挟みになるのは変わらない。

 

 一方でスターリンは日本を非常に楽しんでくれている。

 事前に彼が色々と日本政府に要望を出していたこともあり、それらを叶えつつ、日本側が組んだおもてなしコースだ。

 

 数日前の生放送後、すぐに短文投稿サイトやSNSにてアカウントを開設したらしく、そこでは色んなものが頻繁にアップされているという。

 

 本位が見たのはスターリンがテーブルを挟んで対面に座った写真であり、『スターリンと会談中――に使って構わない』とスターリンのコメントがついていた。

 他にもトハチェフスキーやブハーリン、リトヴィノフといったバージョンやスターリンも含めた全員が集合して『ソ連の偉い人達と会議中』というバージョンもあると嘉納から聞いていた。

 

 この写真をはじめ、スターリンが出す様々な写真は若者を中心にネット上で大流行しているらしい。

 マスコミがよく言う、庶民感覚とはああいうことを言うのだろうかと本位は思わず考えてしまう程だ。

 

「ソ連が日本に好意的となってくれるのは良いこと……だと思いたい」

 

 本位はそう自分に言い聞かせるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターリンは夜の生放送を行っていた。

 初日は1つのサイトで行った為、アクセス過多となって視聴者側にアクセス制限が掛かったものの、2日目からは複数のサイトで同時配信を行うことで辛うじて解消している。

 基本的にはスターリンがいつものメンバーとともに酒を飲んで、つまみを食べながらのぐだぐだ雑談生放送で、当日にあったことが話題となる。

 

「今日、SNSに上げたタピオカミルクティーを飲んだ写真はSNS映えしただろう?」

 

 スターリンの問いかけにコメントは一気に加速する。

 ギャップが酷いやら、映えていないといったら粛清されそうなどなど様々な反応が返ってくる。

 

「人民と直接やり取りできるのは、良いものだ」

 

 スターリンは大満足であった。



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スターリンの決断

「さっさと砲弾を叩き込めば、それで終わるのだが……何があったんだ?」

 

 ワシーリー・チュイコフ大将は帝都の地図を眺めながら、呟いた。

 

 イタリカをはじめ、多くの都市や街は戦う前に降伏を選んだが、中には戦うことを選んだ都市や街もある。

 そういったところはジューコフから容赦なく攻撃するよう事前に命じられている。

 といっても、その指示自体はジューコフ個人の判断ではなく、モスクワからのものだ。

 

 そして帝都は降伏する可能性が限りなくゼロに近いこと、赤軍の接近とともに脱出する者が増大することが当初から予想されていた為、ジューコフは帝都を完全な包囲下におくことを命じていた。

 市民に扮して重要人物が逃げ出すことを防ぐ為だ。

 

 この策が功を奏し、多くの重要人物の確保に成功しており、NKVDに引き渡されている。

 しかし、ある時期からNKVDの動きが慌ただしくなり、程なくしてジューコフから全部隊に対して待機命令が出た。

 

 どうやら重要人物達から得た情報は21世紀の地球に夢中になっているモスクワの意識を、異世界へ向けさせるには十分過ぎるものだったらしい。

 今回モスクワから待ったがかかった理由は、軍事的なものではなく政治的なものだとチュイコフは小耳に挟んでいた。

 

「ともかく、待つしかない」

 

 モスクワが決断を早く出してくれることを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターリンは1週間という短い期間であったものの日本を堪能し、お土産をたくさん買って2週間前にモスクワへ戻ってきていた。

 そして、数日前までクレムリンにおける話題の中心は21世紀世界であり、異世界のことが話に出てくるのはあまり無かった。

 

 理由としては異世界における魔法は重砲や小銃の代わりにはならず、唯一の懸念であった炎龍も損害を出しながらも討伐されており、赤軍を阻むものはもはや存在しないと考えられていた為だ。

 

 なお、炎龍退治ついでにエルベ藩王国も占領している。

 この国は資源の宝庫だったが、本格的な採掘の為には道路や鉄道の整備から始めねばならず、そんなことをしていては年単位の時間が掛かることは目に見えていた。

 門が閉じてしまう可能性を考慮すれば、21世紀のアメリカに土地を売却した方が良いと判断されている。

 

 基本的には門周辺を除いて、ソ連は21世紀世界のアメリカに異世界の土地を売却する方針であり、これと引き換えにアメリカにはロシアがソ連へ色んなものを渡すことを見逃してもらい、あわよくばアメリカや日本から民生技術を得ようという魂胆だ。

 アメリカが首を縦に振らねば日本は動かないが、逆に言えばアメリカが許可を出せば日本は動く。

 日本から技術を得る為にはまずアメリカに利益を提示しつつ、交渉することが重要だ。

 

 ソ連にとって異世界はアメリカに高く売りつけることができる商品となっていたのだが、ここでメンジンスキーが持ってきた報告書はスターリンをはじめとした指導部に大きな衝撃を与えた。

 

 市民に扮して帝都から逃げ出そうとして捕らえられたディアボなる第二皇子や多くの貴族達。

 彼らによれば、第一皇子のゾルザルとやらは現地の亜人達や門を超えた先で拉致してきた女性達を奴隷としているとのこと。

 

 その中にはノリコという黒髪の女がおり、ニホンから来たと言っているらしいことだ。

 彼女以外にもモスクワでの行方不明者もいるようだ。

 

 

 見なかったことにするというのは簡単だが、これは日本に恩を売るチャンスだ。

 

 ディアボや貴族達の証言によればゾルザルはサディスティックな性格らしく、奴隷の扱いは酷いものだという。

 

 ルビャンカでNKVDが心を込めておもてなしをした結果、教えてくれたことなので、この証言に嘘偽りはないとスターリンは考える。

 

 彼女達が交渉の手札に使えると帝国に気づかれる前に、攻撃を開始しなければならない。

 下手に攻撃をしては彼女達の命が危ないかもしれない、と考えて決断を引き伸ばしたところで、それは敵を利する行為でしかないだろう。

 

「ソ連や日本の被害者だけでなく、ゾルザルの手元にいる奴隷は全て解放しておこう。必要ならばソヴィエトで保護しても良い」

 

 ゾルザルの奴隷の中には、どこにも行く宛がない女が確実に1人はいることが判明していた。

 

 ゾルザル派だという貴族が詳しく教えてくれた為、彼女については他の奴隷よりも多くの情報があった。

 

 現地には深く関わらないという方針であったものの、スターリン個人として亜人は人間にはない能力を活かして、幅広く活躍できるのではないかと思う。

 無論、亜人を入れることは人間の立場が脅かされることに繋がりかねない為、非常に面倒くさい問題が起きる可能性もあるが、彼女の経歴は人民の同情を引くには十分過ぎる。

 お膳立てをすればうまく受け入れる可能性はある。

 

 とはいえ、彼女達の命を最初から考慮しないというのは問題だ。

 宮殿への砲撃は控え、迅速に内部を制圧するという条件をつけ、スターリンはジューコフに攻撃許可を出すことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帝国はもう終わりだわ」

 

 テューレは狭苦しい部屋のベッドでそう呟いた。

 彼女が自らの身体を餌にして従わせた密偵のボウロから、情報を得ていたのだが、それは彼女にとってとても愉快なものだった。

 

 テューレは自分と同じく奴隷にされているソ連から拉致された女性より、ソ連について色々と聞いていた。

 当初、彼女の話はテューレも含めて誰も彼もが信じていなかった――ノリコと名乗った女だけは半信半疑であったが――今では皆が信じている。

 彼女によれば、スターリンというソ連の指導者は万人が平等に豊かになる社会を理想とし、その実現の為に様々なことをやっており、成果が着実に現れているという。

 

 亜人という存在は地球にはいないが、もしいたとしてもソ連ならば区別はあっても差別はなく、また奴隷となることもないと彼女は断言した。

 その根拠としてソ連は皇族や貴族によって虐げられていた民衆が決起して、内戦の末に民衆が勝利して成立した国家だという。

 

 テューレは勿論、他の奴隷達にとってもソ連はまさしく理想国家に思えてしまった。

 唯一ノリコだけは懐疑的であったが。

 

 ソ連に行ってみたいという思いもあったが、それは叶わない願いだとテューレは諦めていた。

 元女王として最後の仕事だと考えているものが彼女にはある為だ。

 それはソ連軍の攻撃による混乱を利用してゾルザルを自分の手で殺した後、同胞によって殺されること。

 それによって全ては終わる。

 

「早く攻撃してくればいいのに……」

 

 何をモタモタしているんだろう、とテューレは思うのだった。

 

 

 



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気楽なスターリン

 帝都には逃げ出した住民達は多いが、全てではない。

 帝都に残存していた者達――皇帝をはじめとした皇族から庶民に至るまで――にとって不幸であったのは、これまでに得られたソ連の情報が少ないことだ。

 

 確定していることは、ソ連が魔法の道具らしきものを一兵卒に至るまで使ってくることや敵対すれば誰であろうと一切容赦しないこと。

 ソ連軍に降伏せず、立ち向かった勇敢な都市や街は根こそぎ瓦礫に変えられたという。

 

 

 限られた情報しかない中で、降伏するかあるいは徹底抗戦するかで皇帝のモルトは寝室にて悩んでいた。

 

 

 

「近衛や第一軍団をはじめ、精鋭はまだ無傷だが……」

 

 援軍のアテがどこにもない。

 ソ連の脅威を喧伝し、各国に救援を求める使節はとっくに出しているが、どれもこれも良い結果ではなかった。

 

 帝国がこれまで好き勝手に諸国に対して振る舞っていたことは勿論、かつて結成した連合諸王国軍がアルヌスで壊滅したことも大きく影響している。

 この戦いで王や貴族など、国政に直接関わる者達を各国は失っていた為、帝国に対する感情が良いわけがない。

 

 ソ連軍の進撃速度は信じられない程に速いというのもあるが、その兵力もまた悪夢のようだ。

 

 ソ連について、モルトはゾルザルが所有しているソ連から連れてきた女達に尋ねたことがあったが、今になってあの言葉は全て嘘偽りがなかったと痛感している。

 それはアルヌス周辺に陣取ったソ連軍へ帝国軍が攻撃を仕掛ける直前であった。

 

 彼女達は帝国軍の兵力を鼻で笑って、口々に言ったのだ。

 

 

 ソヴィエト連邦はファシストとの戦いに備え、1000万を超える兵士が軍務に就いている――

 我々は決して屈しない――!

 

 

 その言葉の通り、彼女達はゾルザルの手荒な扱いにもよく耐えて壊れることなく、亜人達やニホン人を励ましている程だという。

 

 ファシストなるものは未だに何なのかよく分からないが、ソ連が脅威に思うほどなのだからよほどの難敵なのだろうとモルトは予想している。

 そのファシストがソ連を倒してくれればと淡い期待をこれまで何度も抱いたが、今のところそのような兆候はない。

 

 交渉の手札として連れてきた女達を使えるのではないか、ということでソ連との講和を目指すピニャに任せていたが望みは薄い。

 モルトがソ連側の立場であっても、囚われているのが重要人物であるならともかく、単なる平民ならば攻撃を躊躇する理由がどこにも見当たらない。

 

 ゾルザルは論外だ。

 近衛軍団と第一軍団でもってソ連軍に痛打を与えて帝都周辺から叩き出す云々と声高に主張しており、帝都における数少ない徹底抗戦派である。

 

 元老院でも軍でも彼の主張に対して支持は得られていないのは言うまでもない。

 

 

 モルトとしてはヴォーリアバニーの女王あたりに吹き込まれたのだろう、と予想しており、もはや溜息しか出ない。  

 いつの間にか逃げ出していたディアボといい、男子の後継者候補が揃いも揃ってまるで駄目であった。

 

 

「……ソ連が帝国をどう扱うかだが……」

 

 皇帝の退位は確実ではないか、とモルトは予想している。

 既に真夜中であったが、ここしばらく寝付けない日々が続いており、明け方になってようやく眠りにつくという生活だ。

 

 今日もまたそうであったのだが――彼が眠り始めて1時間程で、それは破られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

Огонь(撃て)!」

 

 

 命令一下、帝都を取り囲むソ連軍陣地より数多の火砲が砲撃を開始する。

 ソ連軍において戦車と並んで戦場の女神と信仰される砲兵は、この世界においても存分にその威力を発揮していた。

 

 単なる石造りでしかない城壁は一瞬で粉砕され、市街地だろうが軍事施設だろうが砲弾が降り注ぎお構いなしに全てを瓦礫へ変えていく。

 

 

 老若男女、兵士だろうが市民だろうが一切の情けも容赦もない。

 

 しかし、唯一攻撃を受けていない場所が存在した。

 帝都の南東門であり、逃げ道としてあえてソ連軍はここに攻撃を仕掛けていなかった。

 といっても、帝都からは逃げ出せたとしてもそこから先へ進めることはない。

 

 待機している部隊によって逃げ出してきた者達は捕らえられてNKVDへ引き渡される為だ。

 勿論、抵抗したならば即座に射殺される。

 

 といっても、当初とは若干方針が変化している。

 スターリンは亜人に関しては丁重に扱うよう、攻撃許可と合わせて指示をしていた為だ。

 

 ジューコフら軍人達はその意味が理解できた。

 亜人の持つ人間を超越した身体能力や特殊能力に関してはチラホラと聞こえてきている。

 彼らをソ連に組み入れて、戦力化できたならば各国に対して優位に戦闘を展開できる可能性があった。

 年単位の時間が必要だろうが魅力的だ。

 

 そのようなソ連側の思惑もあったものの、帝都攻略に関してはその予定に遅延が生じることもなく順調に進んでいった。

 

 準備砲撃により、帝国軍は完全にその士気を粉砕され、また城壁やその周辺に張り付いていた部隊は多くが瓦礫の下敷きとなるか、砲弾で吹き飛ばされるかで壊滅している。

 たとえ無傷であったとしても、瓦礫によって移動が遮られて迅速な移動は望めず、そうこうしているうちに進出してきたソ連軍によって遠距離から一方的に攻撃されて壊滅に追い込まれてしまう。

 

 宮殿制圧に関してもスターリンの要望通り、砲撃ではなく歩兵の突入によって決着がつき、またゾルザルの奴隷となっていた者達も傷跡は多くあるものの、命に別状はなかった。

 そして、宮殿内にいた皇帝をはじめとした者達は全員の拘束に成功という報告を聞いたスターリンは結果に対して大満足であったが、それから程なくして現地からとある報告が届いた。

 

 それは事情を知っていたスターリンにとっては予想通りのものだった。

 

 

 

 

 

 

 スターリンはクレムリン宮殿の執務室にて、ソファに腰掛けながら現地から届けられた嘆願書を読み進める。

 執務の合間に、何かの役に立つかもしれないと異世界の言語を学んでいたことが幸いした。

 

 嘆願書には彼女の身の上話から始まり、帝国との戦争で国を救う為にゾルザルとの取引を交わしたが、約束を破られてなどの様々なことが赤裸々に書かれている。

  

 テューレの願いはたった一つ。

 ゾルザルの処刑を自らの手で行わせて欲しいというものだ。

 

 

「対価に彼女は何を差し出すんだ? 何も書いていないじゃないか」

 

 ゾルザルが死んでも別に構わないのだが、それに対してテューレがどういった形でソ連に利益をもたらしてくれるか、肝心なところが嘆願書には書いていない。

 

 といっても、処刑後の展開も何となくスターリンには予想がついてしまう。

 ゾルザルを始末したら、その場で自殺でもするのだろう、と。

 

 しかし、スターリンは彼女が死ぬのはもったいないと感じている。

 

 ヴォーリアバニーの元女王であるテューレは、近接戦闘において人間よりも優れている可能性がある。

 全部ゾルザルが仕組んだことで、テューレは女王として国を救おうとしたことを証明し、ヴォーリアバニーを再度一つに纏め、ソ連に移住させたいというのがスターリンのささやかな野望である。

 元々亜人を受け入れる態勢はやるかやらないかは別として、世論形成をはじめとして色々な準備をさせていた。

 

 ソ連が異世界に行って向こうの種族を連れてくるというのは色々と問題があるので、ソ連領内でこれまでに発見されていなかった部族と接触したという形だ。

 

 とはいえ、まずは言語の習得から始めねばならない為、1年や2年では無理であり、5年や10年といった長い目で見なければならないだろう。

 その最中にソ連を構成する共和国の一つとして、彼女達が建国してくれれば万々歳だ。

 ソ連はヴォーリアバニーという戦闘力に優れた種族を戦争において投入できる。

 元々地球にはいない種族である為、他国に対して優位に立てるだろう。

 

「まずは彼女と会ってみよう。対話は大事だ。ついでに現地でゾルザルがテューレにしたことを広めておこう」

 

 幸いにもプロパガンダに関してソヴィエトは大得意であった。

 ゾルザルがテューレにやったことは事実であるが、ちょっとだけ脚色しても問題はないだろう。

 

 スターリンとしてはヴォーリアバニーという戦力が手に入らなかったとしても、21世紀世界のロシアから日本経由で色んなものを持ってくる具体的な日程が決まりつつあったので気楽であった。

 

 ノリコなる人物に関しても、既にアルヌス経由で日本側に伝えてある為、日本からも良いものが得られるだろう。

 アメリカに関してまず旧エルベ藩王国領土を譲渡する方向で調整が進んでおり、近いうちに調査団が派遣されてくる。

 

「帝国との決着もついた。あとは貰えるものを貰って、亜人も引き込めそうものは引き込んで、その後の異世界統治は21世紀のアメリカに任せよう」

 

 スターリンとしてはアメリカは統治に失敗して、ぐだぐだになる未来しか見えない。

 といっても、ソ連は口も手も出さない。

 

 貰えるものを貰って、引き込めそうな亜人を引き込んだ後、ソ連がやることは門が閉じるまで21世紀世界から色んなものを持ってくるだけであった。

   

 

 



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