ドラクエ勇者の能力を持った一般人がホビットの世界で無双するだけの話 (空兎81)
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ホビットの世界へようこそ

ところで君たちはドラクエを知っているだろうか。知っているよね?RPGの王道、勇者となり魔王を倒すファンタジーゲームであるこのタイトルを知らない者がいれば余程のもぐりか電子機器もないような山奥に住んでいる者かの2択しかない。ドラクエ知らんとかありえへんやろ。名作だぞ。

 

さて、なんでいきなりドラクエの話をしたのかというと理由はふたつある。まずは一つ目の今の現状について話そうか。

 

わたしの目の前には自然と田畑に囲まれたレンガや木でできた家々が広がり耳の尖った小人たちが闊歩する。川縁には水車が回り牛を使って田畑を耕しその脇で小人たちがパイプ草を吸う。まあ小人といっても身長120cmくらいはあるからそこまで小さいわけでないのだが、とにかくこれで私が現代日本にいるわけではないことは伝わったことだろう。

 

では、どこにいるかというと、はい。どうやらわたしは異世界にいるみたいです。しかも確証はないけどおそらくロードオブザリングの世界だよ。この小人さんたちの種族はホビットという名だし、ちらほらドワーフやらエルフやらの単語も聞こえてくる。ただ、これだけだと他の世界の可能性もある気がするからやっぱり確信は持てない。でも、なんとなく世界観的にロードオブザリングの世界の気はするんだよな。ガンダルフとか出てきませんかね?

 

まあというわけでわたしはファンタジーの原点と言われたこともある指輪物語の世界に紛れ込んだらしい。なんでとか聞かないでください。自分でもよくわかってないですし。こんな摩訶不思議なできごと説明できるはずがないのだ。

 

なんで異世界に来てしまったのかは不明だが来てしまったものはどうしようもないので今はとあるホビットの世話になりながら暮らしている。身寄りのないわたしを家に住まわせてくれたのはビルボ・バギンズ、ちっちゃくてくりくりとした目が可愛い彼はショタに見えるのにもうすでに年齢は50を超えているらしい。なんという異世界マジック。取り敢えずわたしはこの世界にきてショタジジというジャンルの魅力を知ったのだ。

 

突然やってきたわたしをビルボが家に住まわせてくれたのは彼が底抜けに優しいから、だけではなくてわたしが村の恩人だかららしい。

 

わたしは全く覚えていないのだが、ビルボ曰く村にゴブリンがやってきて戦うことが苦手なホビット達が苦戦していた時に空から落ちてきたわたしがゴブリンに衝突し見事ゴブリンを倒したらしい。

 

この話を聞いた時はマジかよ、と真顔になった。いくらファンタジーでも空から落ちてくるとかなくない?わたし飛行石を持つ少女ではないんだぞ?しかもゴブリンを倒したとかどういうこっちゃ。登場から働きすぎだろわたし。

 

わたしが目を覚ました時にはゴブリンなんておらずビルボの家のベッドで寝てたのでこの話は未だ信じきれていないでいる。やっぱりビルボがからかっているんじゃないのかな?まあ嘘でも本当でも家に居候させてくれるならなんでもいいや。細かいことは気にしないでおこう。

 

そういうわけで排他的と噂のホビット達にあっさり受け入れられてビルボの家にお世話になっている。ちなみに何故ビルボの家かというと余所者の人間には変わり者のホビットなら相性が良いだろうとのことらしい。まあ体のいい押し付けだ。貧乏クジ引かせてしまってごめんよビルボ。しかしビルボは客人をもてなすのは好きだし君がいると便利だからいいよと言ってくれる。天使か。わたしの心はもうこのショタジジの虜です。

 

現代社会からやってきたお荷物以外になりそうにないわたしだが意外とビルボの役に立っている。これがドラクエの話題を出した2つ目の理由だね。実は、わたしは、

 

 

「おーい、ナノ!ちょっと火を起こしてくれないかい?今日は豚のトロトロ煮を作ろうと思うから火加減を調節して欲しいんだ」

 

 

「豚のトロトロ煮だと?いくいく!すぐ行くわ!」

 

 

ビルボに呼ばれてすぐさま台所へ向かう。今日の夕食は豚のトロトロ煮らしい。とんでもなくうまそうだ。ほろほろ解ける柔らかい肉と口の中でとろける豚の脂を想像してじゅるりと口の中に唾液が溜まる。美味しいご飯のためにもひと頑張りしましょうか!

 

台所に行くとすでにビルボが薪をくんで鍋をかけていた。準備は万端だ。わたしは息を吸い込み薪に向けて呪文を唱えた。

 

 

『メラ』

 

 

その言葉とともにボッと火がつき薪がメラメラと燃えていく。火打石もライターも使わず薪に火がついたのだから他人から見ればさぞおかしな光景だろう。

 

さて、唱えた言葉から想像できたと思うが答えをいうと、どうやらわたしはドラクエの勇者の能力を持っていて魔法を使うことができるのだ。

 

理由は全くわからん。これが噂のトリップ特典というやつなのだろうか。にしても元の世界でも勇者(仮)なんて職業に就くような奇抜なことしてなかったのに本当になんでこんな力を持っちゃっているのだろうね。能力は便利だから勇者の力を持っているのは有難いっちゃありがたいんだけど、これで勇者だからお前ちょっと魔王倒してこいよとか言われないですよね?そんなこと言われたら全力で逃げ出す自信あるぞわたし。

 

ちなみにメラの他に『ホイミ』も使えたりする。回復魔法を使えるなんて凄いと思うかもしれんがホイミで回復できるHPなんて30そこそこだし軽い怪我くらいしか治せない。しかし何故か腰痛は治せたりする。おかげでご近所の爺さん婆さんにはモテモテだ。うん、何かが間違ってるね!

 

心の中で強く念じるとステータス画面みたいなのが視界に現れて自分の今の状態を知ることが出来たりする。ちなみに今のステータスはこんな感じである。

 

 

勇 者 ナ ノ

せ い べ つ : お ん な

レ ベ ル : 4

H P : 3 2

M P : 9

 

▶︎魔法

メラ

ホイミ

 

 

まさにドラクエという感じの表記だけれどもここはドラクエではなくおそらく指輪物語の世界だ。どちらが危険かと聞かれれば答えには迷うけどね。どっちの世界もラスボスが強敵すぎる。

 

それとレベルが4になっているのには少し首を傾げた。普通ゲームではレベルは1から始まる物なのだけどこれもトリップ特典という奴だろうか?それにしては中途半端なレベルな気がするんだよな〜。いや、そういえばこの世界に来た時にテレレレッテッテッテーって感じのドラクエのレベルアップのBGMが聞こえてきた気がするぞ?あれ、まさか本当にビルボの言う通り空から落ちてきてゴブリン倒しちゃったのか?そんなことどこぞのシータさんもしてないぞ。

 

 

「言葉を言うだけで火がつくなんて相変わらず魔法って不思議だなあ。じゃあそのまま弱火でしばらく煮込んでくれる?」

 

 

「わたしにとってもなんでこんなことが出来ちゃうのか不思議なんだけどね。OK。弱火を維持しておけばいいんだよね。任しておけ」

 

 

メラメラと燃えている炎を小さくするように意識すると炎はみるみる小さくなって消えることなくゆらゆら揺れた。わたしが魔法で生み出した炎はどうやら操ることができるらしく大きさを調節したり発火する場所を指定できたりする。おかげで火加減ができて料理の幅が広がる!とビルボに絶賛された。ガスコンロのないこの世界では薪の置き方や燃料で火加減を調節するから料理も一苦労なのだ。お役に立てて嬉しいね。わたしも美味しいご飯にありつけるし大満足である。

 

鍋の火に意識をやりながら料理の仕度を手伝っていく。台所には2人分とは思えないほどの食材が積まれているがこれは夕食と晩飯の分とも含まれているから妥当な量だ。

 

うん、夕食と晩飯ね。言い間違いじゃないよ。ホビットは食べるのが好きな種族で1日に6度ご飯を食べるらしい。おかげでついついわたしも食べ過ぎてしまいここにきてから少し太ったように感じる。…この作業終わったらちょっと外行って走ってこよう。

 

 

「魔法といえばさっき君以外の魔法使いにあったよ」

 

 

「え、魔法使い?」

 

 

ジャガイモの皮を剥いていると聞こえてきた言葉に意識を持ってかれる。魔法使いだと?おおぅ、ますますこの世界がファンタジーになってきましたな。まあ魔法使えるわたしがいうことでもないか。で、その魔法使いは何の用だったの?

 

 

「ウン、ガンダルフっていう名前の魔法使いでなんか仲間を探しているっぽかった。あ、そうだ。ガンダルフに君のこと話したら他に魔法を使えるものがいるとは、って驚いていたよ」

 

 

「あ、はい。そうなのですか。ガンダルフさんが来たんですね。ああ、マジか」

 

 

「ん?知り合いなの?」

 

 

「いや、名前を知っているだけだけど」

 

 

ビルボが会った魔法使いの名前はガンダルフというらしい。これは確定的で決定ですよ奥様。間違いなくここはロードオブザリングの世界ですね。超主要人物が訪れるなんてビルボも重要人物なのか?でもホビット族で重要人物ってフロド以外思いつかないんだよな。あ、いやまて。なんかフロドのファミリーネームがバギンズの気がしてきたぞ。ということはビルボはフロドの親戚かなにかかな?バリバリ原作にかかわる未来が見えてきましたね。わたし生き残れるかなぁ。

 

豚のトロトロ煮は夕食で食べきってしまった。上手にできていたからまた作ろうと思う。

 

 

 

 



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お迎え参上

それは夜も更けて来、ビルボが用意した晩飯ににかぶりつこうとした時だった。(さすがに私は晩飯まではいらなかったので紅茶を入れて席についていた)ドンドンと強くドアを叩く音がし互いに顔を見合わせる。ホビットは来客好きでしょっちゅう客を招く種族だから誰かが来るというのは珍しくないのだが今日はビルボに何も聞いていない。戸惑った顔のビルボを見ると彼も想定外の出来事なのだろう。取り敢えずいつまでも叩かれるノックを放置するわけにもいかないのでビルボは席を立ち扉に向かう。私もそれについていきドアが開かれる瞬間に立ち会うとそこには背の低い厳つい顔をした顔中毛むくじゃらの男が立っていた。

 

 

「ドワーリンだ。お見知りおきを。で、どっちだ?」

 

 

「へ?なにがですか?」

 

 

強面の小男は名乗るとともに何かを要求してきた。何を求められているんだろうね。命とかいわれたら一つしかない上失うと死んじゃうので全力で逃げねばならないが、さすがにそれではなかったらしい。困惑しながら聞くビルボに、飯だ。ここにくればたらふく食えるときいた。といいながらドワーリンはコートをビルボに預けどんどん奥に行くとビルボの晩飯を次々平らげていった。ビルボは悲壮感漂う顔でそれをみていたがなんだかんだ言ってビルボ夕食は食べているじゃん。前々から少し緩んだビルボの腹のことは気になっていたし一食くらい抜いたっていいんじゃない?まあでもビルボが食べること大好きなことは知っているしドワーリンに渡すパンの中から一つくすねたことは目をつぶってやろう。

 

ドワーリンという唐突な客の対応についてビルボと押し入り強盗本当に客?とこっそり相談しているとまたトントンとドアが叩かれた。扉を開けると髭も髪もすべて真っ白な優しそうな顔をした小柄なおじいさんが立っていた。おじいさんはバーリンと名乗るとこれまた勝手に家の中に入ってきてドワーリンと共に食料を漁っていった。ビルボが遠まわしに文句を言ったがまったく伝わらない。そうこうしている間に今度はキーリとフィーリというハンサム兄弟がやってきてその次にはたくさんの小男と杖を持った長身のおじいさんがやってきた。めっちゃ大量やん。どういうことよ。

 

この小男たちが何者なのかはわからないが最後にやってきたおじいさんが何者かだけは私にもわかった。灰色のローブに先のとんがった帽子、ビルボから話を聞いていたから一目でわかったね。この人がガンダルフだ。じゃあこの小男たちはガンダルフの仲間なのだろうか?

 

ガンダルフは私を見るとゆっくりと目を細めそして微笑えんだ。

 

 

「そなたがナノとやらかの?ワシは灰色のガンダルフという者だ。ビルボから聞いたんじゃが魔法を使えるらしいの?よければひとつ見せてくれないか?」

 

 

口調は穏やかだがガンダルフの雰囲気には有無をいわせないところがある。微笑んだままこちらを見て動こうとしないガンダルフに一瞬どうするか悩みすぐに見せることを決意する。ガンダルフは全シリーズを通して一度も主人公たちを裏切ることなく助けた完全な味方キャラだ。そのガンダルフに対して禍根を残すのは嫌だったし知られても悪いことにはならないだろう。

 

わたしはすぐに『メラ』と『ホイミ』とそれから『アイテムボックス』を披露した。『アイテムボックス』はRPGお馴染みの異空間に物を収納することのできる能力だ。厳密に言えばこれは魔法ではない気がしたが勇者の能力として手に入れたものではあるのでガンダルフに披露することにする。

 

手の中に炎を灯したり何もない空間に物を出し入れしていると朗らかな笑みを浮かべていたガンダルフの表情が驚愕に変わっていく。あれ?私何か間違えた?めっちゃ驚かれているんですけど何か悪いことしたっけ?

 

 

「まこと驚いた。ビルボが嘘をつくとは思わなんだがまさか本当に魔法が使える者がおると。おぬしはイスタリなのか?」

 

 

「イスタリが何かは知らないですが違うと思います。わたしはただの人間です」

 

 

「ふむ、ただの人間に魔法が使えるとは思えぬがのう。まあよいわい。悪しき者でもなさそうじゃしもうひとつ良いものを見つけたわい」

 

 

そういってガンダルフは楽しげにわらう。結局イスタリとはなんだったのだろうね。イスならこの人数だし絶対に足りんと思うけど。

 

わたしがガンダルフと話している間に小男たちはビルボの食料を片っ端から胃袋に収めていきそして食べ終わるとお皿を投げたりフォークとナイフをカチカチ鳴らしたりしながら片づけをしていく。頭を抱えているビルボには悪いがちょっと楽しくなっていった。彼らを見ていると愉快なサーカスを鑑賞しているような気持になるのだ。

 

ガンダルフに尋ねると小男たちはどうやらドワーフ族らしくここには仲間を探しに来たらしい。このあたりには温厚なホビット族しかいないけど誰を探しているのだろうか?

 

食事がひと段落しいよいよ本題というところでまたドアがノックされる。嫌な予感しかしないなーと思いながらドアを開けるとどこの893ですか?と疑うほどいかめしいドワーフがいた。やばい、マジこわい。

 

わたしがガクブルしていると隣のビルボも怯えているのがわかった。よかった怖いと思っているのわたしだけじゃなかったんだね。さて、逃げようかビルボ。

 

 

「何がいけばすぐわかるだガンダルフ。2回も道に迷ったぞ」

 

 

「おお、よく来たトーリン。これで全員そろったのう」

 

 

どうやらこの強面はガンダルフの知り合いでトーリンというらしい。あのドワーリンというドワーフも怖かったけどこのトーリンさんは別格ですね。纏っているオーラがただ者じゃないといってますわ。

 

トーリンがきたことで話し合いが始まる。どうやらこのドワーフたちはドラゴンに取られた故郷を取り戻すために奮起し、そしてここには忍びの者を雇うために来たらしい。へー、その勇敢な人は誰なんだい?よほど腕っこきじゃないとなーとビルボが軽い口調でいっているがどう考えても君のことだよね。だってドワーフたちはこの家に来たんだから。

 

案の定ドワーフたちに自信はあるのかと聞かれビルボはへ?とマヌケな声をもらした。そして旅の危険性を教えられたビルボは倒れてしまった。

 

だけれどもそのあとでガンダルフに説得され一晩よく考えた結果行くことを決意した。

 

 

「確かにホビット庄にいれば安全だけど僕は冒険に行きたいと思ったんだ。ナノ、君はどうするの?」

 

 

ビルボにそう問われて私は少し考える。まあこうなるかなとは思っていた。メタ読みするならガンダルフが来たっていうのはウェンディのもとにピーターパンが来るようなものだもんね。冒険が約束されたも同然だ。それにビルボは口癖のようにホビット村はいいところだ。冒険なんて。って言ってた。それって冒険に興味あるってことだもの。

 

ビルボが冒険を選択するだろうというという前提でわたしも一晩考えた。ガンダルフには魔法が使える者が来るのは歓迎すると言われているからわたしが行っても邪険にはされないだろう。さて、それで旅について考えてみると行きたい行きたくないだけで言えばまったくもって行きたくない物だ。ビルボの冒険は知らないけれどもロードオブザリングの世界ではいつも命の危険にさらされながら圧倒的な数の敵に立ち向かわなければならなかった。同じようにこれからの冒険は危険でいっぱいだろう。

 

ビルボはおそらく生き残るだろう。ホビットでバギンズというファミリーネーム。うっすい記憶の引き出しを引っ張りだせばロードオブザリングにもビルボはいたような気がする。ビルボは死なない。だからわたしが旅についていかなくともなんの問題もないのだ。

 

だけれどもそれでもつらい目には合うだろう。誰かが死ぬかもしれない。ビルボにはここにきて半年本当によくしてもらえた。身よりもなくて異世界で心細いわたしにホビットはもてなし好きだからいくらでもここにいればいいよっていってくれたのには本当に救われた。

 

ビルボには恩がある。そしてわたしはビルボのことが大好きなのだ。だから助けになりたい。

 

ついていこう。昨晩そう決めていた。

 

 

「食料と水と着替えとそれからハンカチはアイテムボックスに入っているよ。準備はばっちりだ」

 

「ナノ!」

 

 

ビルボが嬉しそうに声をあげる。わたしたちは急いでドワーフたちの後を追ったのだった。

 

 

 



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トロールとの戦い

 

ホビット族は足が速いけどわたしはただの社会に埋もれるOLだったので馬で先に行ったドワーフに追いつくのは本当に大変だった。

 

乗せてもらった馬の上でゼイゼイ息を荒げるわたしにこいつ大丈夫かよといった視線が突き刺さる。正直全く大丈夫ではないしすでについてきたことを後悔しかけているので反論は出来ないのだがガンダルフが『確かにナノは力も体力もないが他の誰にもない素晴らしい能力がある。必ず役に立つから連れて行くべきだ』といってくれたのでもう少し頑張ってみることにする。わたしは勇者じゃないのかよ。もっと体力補正付けてください。

 

わたしという15人目の仲間が出来たのだから契約書を用意すべきだとバーリンがいう。まあ気遣ってくれるのは嬉しいけどもうすでに旅は始まっていて紙もペンもなにもないし取り敢えずは保留ということになった。とはいえべつにお宝が欲しくて参加するわけではないし分配する時にわたしの存在を覚えていてくれてちょこっと貰えたらそれで文句はないかな。まあもらえたとしてもそれはビルボにあげるつもりだ。わたしは彼の世話になりすぎている。

 

馬の毛に当てられくしゃみを繰り返すビルボにハンカチを投げながら旅が進んでいく。初めて乗る馬は楽しいけどお尻と太ももが痛くて筋肉痛になった。同じく馬に乗るのが初めてだというビルボは全然平気そうだ。羨ましい。あまりの痛みにこっそり自分自身にホイミをかけたことは内緒にしておこう。

 

初めはビルボ以上に歓迎されていなかったわたしだが(トーリンにはこの旅は遊びではない!女や子供が来るところではない!と怒鳴られた。あまりの怖さに目が潤んだのは秘密だ)夜になってわたしが何もないところから水や食料を取りだすと評価は一変した。ドワーフの中でも若いフィーリとキーリにそれはどういう魔法なの!?と詰め寄られあわあわ慌てながら何でも収納できる空間魔術を持っているといえば手放しで称賛された。旅では常に水や食料が手に入るとは限らないからそれを持ち運びできる能力はとても貴重らしい。いや、貴重どころか見たことない!君は素晴らしい魔法使いだ!とべた褒めされて旅の一員として認められたみたいでほっとした。いやもうなんでこいついるの?みたいな空気がずっと漂っていてつらかったんだよね。ついでに火を起こす魔法と簡単なけがを治す魔法も使えるというと絶賛された。ちょっととっつきにくかったドワーフだったけどフィーリとキーリとは仲良くなれたみたいだ。

 

そんなある日トーリンとガンダルフが喧嘩をしてガンダルフが姿を消した夜、ボフールと共に料理の支度をしているといつの間にかビルボとフィーリとキーリが姿を消していた。あの3人も仲がいいので一緒にいることは珍しくないのだが何よりもご飯を愛するビルボがこのタイミングで姿を消すのは変な感じだ。首をかしげていると慌てた様子でフィーリとキーリが駆けてくる。そこにはビルボの姿はなかった。

 

 

「大変だ!トロールに馬を拐われたぞ!」

 

 

「今ビルボが偵察に行っている!急いでいかないと!」

 

 

フィーリとキーリの言葉に思わず持っていた食器を落とす。もう食べ終わっていたから中身は何も入っていなかったがそれどころではない衝撃がわたしを襲った。ビルボがトロールの偵察にいっただと!?え、なんでそんなことになったし。いや、ビルボは忍びの者として雇われたわけだしそれがビルボの仕事だというのは理論的にはわかるのだが感情的に許容できない。あの、ちっちゃくていつもニコニコ笑っているビルボをよりにもよってトロールのもとに送り込んだだと!?この、フィーリにキーリ!お前ら超絶許さん!明日のご飯でお前らの分には肉をよそってやらんからな!

 

皆急いで支度を整えてビルボのもとに向かう。お前さんはここに待っておれとバーリンにいわれるがビルボが危険な場所にいるのにわたしが逃げるわけにはいかない。無理をいってわたしもドワーフたちについていくとそこにはトロールに捕まって火にかけられようとしているビルボがいた。うわああああッ!ビルボぉぉおぉ!!

 

 

「ビルボを離せ!皆いくぞ!」

 

「おおおおおっ!!!」

 

 

捕まっているビルボを見てドワーフたちもビルボを助けようと立ち上がりトロールに攻撃を仕掛ける。不意を突かれたトロールが驚いて掴んでいたビルボを離したので慌ててわたしは彼に駆け寄る。ビルボぉ!よかった無事で!!

 

 

「ビルボ大丈夫!?ひとりでトロールの所へ行ったって聞いた時は心配したよ!生きててよかったわ。じゃないとフィーリとキーリの髭を引っこ抜いているところだったわ」

 

 

「いたたっ、大丈夫だけれどもとんでもない目にあったね。でもキーリたちも助けに来てくれたんだから髭を引っこ抜くのはやめておこうよ。それより早く馬を逃がさなくちゃ」

 

 

そういってビルボは落ちていたオークの剣を手に取り馬が入れられていた柵のロープを切り始める。やがてロープが切れたので馬を追い立てて逃がしていく。よし!これで撤収だね!トロールは動きが遅いらしいから全力で逃げるなら逃げきれるはず!

 

さあ行こうか!と思って振り返ったらビルボが消えた。え、と思って顔をあげるとトロールに連れ去られるビルボの姿があった。ああああああっ!!?ビルボぉぉおおぉーー!??

 

 

「そこまでだ。このシノビットの手足を引きちぎられたくなかったら武器を置くんだな」

 

 

2体のトロールでビルボの手足を掴むとトロールの親玉っぽい奴が勝ち誇った顔でそういう。だれだよトロールは知能が低くてノロマだとか言っていた奴。人質とるとかこのトロールむちゃくちゃ賢くないですか!ああああっ!ビルボ!これどうしたらいいの!?

 

トーリンが顔を険しくしたまま剣を地面に突き刺す。そこでビルボを見捨てて攻撃を仕掛けないところにトーリンの好感度がうなぎ上りになっていくのだが剣をおいちゃうとどう考えてもみんな仲良くトロールの腹の中エンドですよね?それは絶対にいやだ!

 

だいたいトロールの汚い手がわたしの大切なビルボをひっつかんでいること自体が腹立つ!残りのMPを確認してわたしは息を吸い込む。ここは戦うしかない!

 

 

「おまえこそわたしのビルボに汚い手で触るな!ビルボを離せ!『メラ』!!」

 

 

「なっ、ギャアアアアアッ!??目がァあぁぁ!!!」

 

 

トロールの目に発火するように祈りながら『メラ』の呪文を唱える。わたしの狙い通り目のあたりに火が付きどこかの大佐みたいなことを叫びながらトロールは目を抑えて掴んでいたビルボを離した。

 

『メラ』はドラクエでもポピュラーな攻撃呪文でレベルが2もあれば使えるようになる呪文だ。だが初期に覚える魔法なだけあってその威力も低い。数字で言うなら10しかHPにダメージを与えられないのだ。

 

しかしそんな魔法でもようは使いどころ。一定のダメージしか与えられないゲームの世界と違って現実世界なら股間攻撃も髪の毛を燃やして禿散らかすこともなんでも可能なのだ。発火地点を選べるというのなら実はめちゃちゃ便利な魔法なのだ。

 

火を付けられたトロールはビルボを離したがもう一体のトロールが驚きながらもビルボを掴んでいる。わたしはそちらのトロールに向かっても『メラ』を放った。すると火を付けられたトロールはぎゃあああっ!!と叫びながらビルボを離した。わたしは慌ててビルボに駆け寄る。

 

ビルボ!ビルボ!助けられて本当によかった!偉そうにビルボを離せ!とか言っちゃってたけどまったく自信なんてなかったわ!鍋に火かけるときは火の着火点選べたけど攻撃も正確にできるとは限らないもんね!

 

 

「ビルボ!大丈夫!?」

 

 

「ああ、うん。大丈夫だよナノ。助けてくれてありがとう。君の魔法ってすごいんだね」

 

 

「いやぁ、自分でもびっくりしているわ。料理以外にも使えるんだねこの力」

 

 

 

そのまま戦闘が開始して激戦が繰り返されている中丘の上から現れたガンダルフが石を割ってトロールたちに日の光を浴びせたことによりトロールとの戦いは終了した。

 

うん、おいしいところは全部ガンダルフに持っていかれたわ。

 



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全力逃走

 

テレレレッテッテッテー

 

頭の中に軽快な音楽が鳴り響く。かの有名なドラクエのレベルアップの音だ。あたりを見渡しても誰も反応してないことからわたしの脳内だけに鳴り響いていることがわかる。改めて考えるとめちゃめちゃシュールな光景ですね。取り敢えずトロールを倒したせいかレベルが上がったということなのでレベルを確認することにする。

 

 

勇 者 ナ ノ

せ い べ つ : お ん な

レ ベ ル : 6

H P : 4 9

M P : 1 8

▶︎魔法

メラ

ホイミ

ニフラム

 

おお!レベルがふたつも上がっている!しかも新しい魔法を使えるようになっているぞ!

 

新しい魔法はニフラムだ。ニフラムは確か敵を戦闘から除外させる魔法のはずだ。ゲームだと敵はいなくなるけど経験値やゴールドは全然入らなくなるからまったく使わなかった魔法だね。この世界なら役に立つのだろうか?

 

トロールは襲った人々の身につけていたものを貯めこむ性質があるということなので皆でトロールが住処としていた洞窟に押しかける。洞窟は腐った牛乳をふいたぞうきんと中年男性の加齢臭をまぜたような何とも吐き気を催すような臭いでむせ返っていてハンカチなしでは進めないようなとんでもない場所ではあったがそれなりの収穫もあった。太古にエルフが鍛えたと思われる剣が2本とたくさんの金銀財宝が出ていたのだ。取り敢えずエルフの剣はトーリンが使い、金銀財宝はもてる分を除き土に埋めておこうということになった。

 

ボフール、グローイン、ノーリが夢中で穴を掘り始めたところでバーリンが朗らかにもう一度ここに戻ってくるのかという。3人が驚いた顔をしているがまあ当然の質問だよね。ここに埋めるということはいずれ掘り返さなければいけないということだ。というかそもそも君らは故郷を取り戻したら莫大な財宝を手にするんだよね。だからそんなショートケーキの最後の苺を食べられたみたいな絶望感にあふれた顔をしなくてもよくないですか?

 

 

「あ!そうだ!ナノに運んでもらえばいいんじゃない?確かアイテムボックスならいくらでも物を運べるんだよね?」

 

 

「え、わたし!?」

 

 

唐突に指名されて驚く。ナノならこの宝物を運べるよね!とボフールに詰め寄られてう、うんとちょっと押され気味に頷く。いやまあ運べるか運べないかでいえばたぶん運べると思うんだけどそのトロールの住みあったなんか色々な液で汚れた財宝をいれるのはちょっと。アイテムボックスって自分の体内みたいなところあるし。財宝に貴賤はないですよね、はい、はぁ。じゃあ運びますよ。

 

というわけで洞窟に遭った財宝はすべてアイテムボックスに入れました。その代わり私がなんかけがれた気がするよシクシク。

 

ビルボはガンダルフにエルフが鍛えた短剣をもらっていた。オークやゴブリンが近くに現れると青く光って知らせてくれるらしい。それなんという警告ランプ。戦えて敵を知らせてくれるなんて何とも便利な剣だなと思っているとガンダルフの目がこちらに向く。え、何でこっち見るの?わたし悪口とか何も考えてないですよ?同じ白髪のじいさんなのにダンブルドアの方が強そうだなとかなんて当然思ってないですからね。

 

 

「おぬしは真に素晴らしい魔法使いだ。トロールに火をつけた手腕といい無限に物を持ち運びできる能力と言い他にはない才能じゃ。わしにも同じことはできんだろう。よってその力を称賛しこの杖を渡そう。わしが昔使っていた杖で古いが業物だ。大切に使ってくれ」

 

 

そういって懐から白い杖を取り出す。ところどころ黒ずんでいるところもあるが先端に青い宝石がついていてなんか凄そうな杖である。アンティークとしても価値がありそうだ。え、これもらっちゃっていいの?ぶっちゃけわたしが今アイテムボックスに詰め込んだ金銀より価値がありそうだぞ?

 

てってれーん。ナノは杖を装備した!魔力15が上がった!といった感じのテロップが流れそうだ。やばいなんか凄い武器を手に入れてしまった。ダンブルドアより強そうじゃないとかいってごめんなさい!視力は断然勝っていると思うよ!

 

宝を手に入れて一息ついたと思ったら今度は巨大な狼のような大きな動物が現れてドワーフたちに襲いかった。そいつの名前はワーグというらしくオークの斥候らしい。あれ?オークってドワーフを滅ぼそうとした敵じゃなかったっけ?その手先が来ているってすごくまずくない?早く逃げねば!

 

幸い襲ってきたワーグは1匹だけだったから直ぐに倒せたがこれから次々と敵がやってくるのは明らかだ。こっちは徹夜明けだという最悪のコンディションである。しかも馬は逃げちゃったんだって。馬を取り戻すためのトロールとの戦いはなんだったんだろうね。はい、絶体絶命の大ピンチです。

 

その時草むらがガサリと動き何かが飛び出した。ひぃぃぃ!!新手のオークか!と思ってビビっているとそこにはボロボロのローブを纏ったお爺ちゃんがいた。ん?オークではないよね?

 

ドワーフたちに剣を突き立てられ人殺し!と叫んでいるお爺さんはラダガストという名前でガンダルフの知り合いの魔法使いらしい。なんでもとんでもないことが起きてガンダルフを頼りにきたとか。

 

うん、そっちも大変かもしれないがこっちはさらに大変ですよ?なんたって今からオークがたくさん押し寄せてくるからね。わたしの人生もここまでか。元の世界に戻ってやりかけのドラクエ攻略したかったわ。

 

状況を話すとなんとラダガストが囮役を買ってくれるとのことらしい。マジですなラダガストさん!汚いお爺ちゃんだなとか思ってごめんなさい!めっちゃ期待してます!

 

ラダガストが兎にソリを引かせてオークの中を突っ切っていく。兎ソリとか可愛いな。わたしも乗ってみたいとは間違っても言えないような恐ろしい状況だ。オークってあんなにたくさんいるの?いよいよここで我が人生も終わりな気がするわ。

 

敵の注意がラダガストに向けられているうちに岩肌を背にわたしたちも荒野をかけていく。最初のうちはうまくいっていたのだがオークたちもドワーフたちの姿がないことを不審に思いラダガスト以外にも捜索に戦力を割き始めた。

 

そして大きな岩の陰に隠れている時ついにオークのひとりに嗅ぎつけられた。殺られる前に殺る!とばかりに先手必勝、キーリがオークに弓矢を射かけ岩の上にいるオークを射落した。

 

わたしたちを嗅ぎつけたオークは無事倒すことができたが一連の動作により他のオークたちに気付かれ囲まれてしまう。あたりは荒野で逃げ場もない。

 

うわー、戦うしかないのか。といってもわたしにはメラ以外に戦う手段がないぞ?MP切れたら即お荷物だ。なんというダメ勇者だろう。

 

敵の一団がこちらへ近付く。5、6人だから頑張れば倒せるのかもしれないが戦っている間に新手が来るだろう。それでも戦わないという選択肢はないので杖を構える。そしてメラを唱えようとしたところでふと気づく。そういえば新しい呪文があったなと。

 

実際にゲームしてて使ったことがほとんどないから効果のほどはいまいちよくなわからないが消費MPも2だし試してみるのもありだろう。これで効果なければ諦めて杖を使って戦おう。先端に石ついているし殴ればきっと痛いはずだ。

 

 

「くっ、この数はまずい!直ぐに囲まれるぞ!」

 

 

「だからといって目の前のこいつらを放置するわけにもいかんだろう!全員かまえろ」

 

 

「えっと、消費MPは2で対象は目の前のオークたち。うん、おっけー。『ニフラム』!!」

 

 

周りの状況を見て呪文を叫ぶ。すると剣を構えて襲いかかってきたオークがいきなり吹っ飛び数メートル先まで転がっていく。そして転がった後もすぐに立ち上がらず呆然としているようだった。

 

剣を構えていたドワーフたちが驚いた表情でこちらに視線を向けてくるがわたしもめっちゃ驚いたよ。ゲームのエフェクトでは画面からいなくなるだけだったから現実で使うとこんな風に強制フェイドアウトされるとは全く思い至らなかったわ。ニフラム、いやニフラム様マジぱねーす!これはめっちゃ便利な呪文を手に入れたかもしれん。

 

ドワーフたちはせっかくできたが好機ということですぐに逃げるぞ!と声が上げて走り始めた。それに続くようにわたしも駈け出す。

 

 

「今のナノの魔法だよね?すごいよ!あんな魔法使えたなんてどうして教えてくれなかったんだい?」

 

 

「いや、教えなかったわけではなくてさっき使えるようになったんだよ。トロール倒して強くなったみたい。あはは」

 

 

「すげえ!魔法ってそんな風に使えるようになるのか!?俺もたくさん敵を倒したら使えるようになるかな?」

 

 

ビルボと並走しながら駆けていると興奮した越えでフィーリが話しかけてくる。うん、そんなキラキラした目を向けてくれるとこ悪いけど残念ながら使えないかな。だってこれは勇者の特権だからね。諦めてもらうしかないだろう。

 

ニフラムで敵を追い払いながら進んでいくとガンダルフが裂け谷への道を見つけて皆で転がり落ちるように駆け込んでいく。

 

ドワーフの賛同を得ないままわたしたちはエルフの住処へたどり着いたのだった。

 

 



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裂け谷にて

裂け谷にあるエルロンド卿の館に辿り着いた。エルロンド卿はハンサムなダディでなんとわたしたちを追撃していたオークたちを追っ払ってくれたらしい。美しいだけでなくエルフって強いんだね。なんにしてもひと息つけてよかったよ。

 

エルロンド卿はわたしたちを歓迎してくれた。綺麗なハープの音色に美味しい食事。ドワーフたちは草やその実ばかりの食卓を見て嫌そうだけどわたし的にはこんな夕食は歓迎である。あの旅では野菜がまったく取れなかったから栄養バランスが偏ってそうだもの。ドワーフたちも文句を言わずたまにはしっかり野菜を取るべきである。

 

ビルボはエルロンド卿の館をわくわくした瞳で見渡していた。どうやらエルフに憧れを持っていてその館に招かれてかなり喜んでいるようだ。その気持ち凄くわかるわ。エルフってなんかこう神聖で伝説的な生き物だもんね。トップアイドルに会えたようなミーハーな気持ちになります。ちなみにエルロンド卿は数千、下手したら数万の年月を生きているらしい。アイドルどころか神様ですか?

 

その夜トーリンとガンダルフはエルロンド卿のもとに向かい地図の謎を解いてもらったらしい。あの頑固なトーリンをどうやってガンダルフは説得したのだろう?まあなんにせよ地図の謎が解けてよかったよ。

 

エルロンド卿が解いてくれた地図の言葉によれば秋の最後の日にその扉の前に行く必要があるらしい。まだ秋になるまで時間があるとはいえ距離があるし敵にも追われているしのんびりとしていられないようだ。

 

まあ今日はとにかくゆっくり休んで英気を養おう。というわけで晩御飯まで頂戴することになったのだがドワーフたちはぶーぶー文句を言う。そしてこんな飯じゃ食ったことにならん!肉が食いたい!といいわたしのアイテムボックスに入っている肉を出すようにいってきた。

 

えー、でもそれってせっかく歓迎してくれたエルフに対して失礼じゃないかな?お前らのもてなしでは満足できん!っていっているようなものだもんね。まあ実際に満足してないようだけど。

 

荒ぶるドワーフたちを沈める術を持たないので大人しくお肉を出すことにする。ドワーフたちは大喜びで肉を焼きだしたんだけどこれ絶対まずいよなぁ。あとガンダルフに怒られないといいんだけれど。

 

なんて思っているとエルフがやってきて『ナノ殿、エルロンド卿がお呼びです』と厳めしい顔でいう。え、呼ばれるのわたし?マジで?いやいやこの肉騒動の主犯はわたしじゃないよ。グローリンが食べたいっていい出したんですよ。

 

あまりに絶望的な顔をしてたからかビルボが僕もついていくよって言ってくれたけれど厳めしいエルフが、いえ、呼ばれているのはナノ殿だけです。とそれを制す。救いはないのですか?

 

厳めしい顔のエルフに連れられていくとそこには吹き抜けの庭園がありガンダルフとエルロンド卿が待ち構えていた。まさかのガンダルフ同伴でのお説教のようだ。そんな保護者同伴で怒られるのはいやです。

 

 

「悪いがビルボにはこの場を遠慮してもろうた。おぬしの素性について今一度エルロンド卿を交えて話し合いたかったのじゃ」

 

 

「ガンダルフから聞いたのだが君は魔法を使えるらしいな。だがそれはありえないことなのだ」

 

 

どうやら肉騒動の説教ではないようだけれどもなにやらとんでもない話が始まりそうだ。すべてを話すことはことはできないが、と前置きをしてガンダルフとエルロンド卿は話し始める。ガンダルフを始め中つ国には何人かの魔法を使える者がいるがそのすべてがこの国の人間ではないらしい。遥か西の方にあるアマンというところから中つ国の人々が冥王サウロンを倒すための手伝いをするためにやってきたというのだ。

 

 

「魔法を使えるというのであればおぬしがイスタリである可能性は高いじゃろう。そのためにもおぬしが今まで生きてきた軌跡を知る必要がある。ナノ、おぬしは今までどのように生きてきたんじゃ」

 

 

「えっと、半年前からビルボ・バギンズの世話になりながら生きていました。それより前のことに関してはよくわからなくてビルボがいうにはわたしは空から落ちてきたそうです」

 

 

「なんと!空から落ちてきたとな!」

 

 

エルロンド卿の驚いた声が辺りに響く。真剣な話し合いのようなので日本のことを除いてふたりに聞かれたことを話す。まあさすがに現代社会のことは話しにくいんでそれはよほどのことがない限り話すのはやめておこう。このファンタジーな世界で現代社会のこと話すのってなんか嫌じゃん。

 

だが、ふたりはわたしに半年前の記憶がないことより空から落ちてきたことの方が重要らしい。顔を見合わせ頷いている。

 

 

「イスタリというのであれば海を渡ってくるのが普通であろう。これは判断が難しいな」

 

 

「いや、わしは今の話を聞いて彼女がイスタリである可能性が非常に高いと思った。確かにイスタリならば海を渡ってくるのが普通ではあるが空からの手段がないわけではない。記憶があいまいというのも来たばかりのイスタリの特徴に当てはまる。なによりやはり魔法を使える彼女がただの人間であるはずがない」

 

 

ふたりの話の結果ではわたしはどうやらイスタリとやらになるらしい。そのイスタリとやらが何なのかは知らないけど絶対に違うと思うぞ。わたしはただのバギンズ家の居候で勇者(仮)ある。

 

ガンダルフはわたしに優しく『今はわからなくてもそのうち自分の使命を思い出すじゃろう。魔法は使いすぎてはならんぞ。困ったことがあればわしに相談するのじゃ』という。いや、使命とか絶対にないですよ。なんか面倒な勘違いをされている気がする。

 

取り敢えずわたしの扱いはいったん保留となり旅を続けていこうという話になったのだが、皆のもとに戻ると誰もいなくなっていた。なんだ、と?

 

どうやらトーリンたちは先にエルロンド卿の館を出てしまったらしい。え、わたしは?ガンダルフもまだここにいるぞ?

 

心底エルフが嫌いなドワーフたちはエルフの力を借りるのもエルフの館にいるのも気にくわなかったのだろう。うん、まあ地図の謎が解けて秘密の扉が開くまであまり時間がないのはわかったけれどもわたしたちのこと置いていく必要はなくないですか?仲間はずれにされて泣きそうである。

 

すぐにガンダルフにドワーフたちがいないことを伝え急いで彼らを追う。せっかちなドワーフたちにわたしはため息をつかざるを得なかったのだった。

 

 

 



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ゴブリンの巣穴

 

ドワーフたちが出発して半日経っていたこととわたしというお荷物がいたせいで中々彼らに追いつけない。

何故かわたしを過剰に評価するガンダルフとビルボという癒しのない旅は地味にわたしの精神をすり減らした。ふたりきりなことをいいことにガンダルフはこんこんとイスタリについて説いてくる。むやみに魔法は使ってはならぬぞ。なるべく中つ国のことは中つ国の人間に解決させて我々は助言のみにとどめとくのじゃ。など色々いわれるんだけどわたし勇者(仮)だしイスタリではないと思うんだよな。魔法使うのを自重したら詰む気がする。

 

このままガンダルフのいう正しいイスタリの行い通りにしていたら死にそうなので恐る恐る自分がイスタリでないことを主張するとガンダルフは優しく笑いながらそのうち記憶も戻って姿も知識も落ち着くじゃろう、という。いや、記憶はしっかりしているから時間が経っても新たになにか思い出すことはないと思うし姿が落ち着くとはどういうことだよ。わたしの姿は年を取る以外では変化しませんよ?イスタリは姿を変えることもできるんですか?え、じゃあガンダルフは本当はおじいちゃんじゃない可能性があるのか?いや、深く考えるのはやめておこう。その方が精神安定上いいです。

 

そのうち自分が異世界から来て現在の職業が勇者であることを言わないといけないんだろうなー。大して力もないのに自分が勇者であるとかそんなの名乗りたくないです。

 

悪天候の中、ドワーフたちの軌跡をたどりながら進んでいくがある洞窟でプツリと彼らの痕跡が途絶えた。どういうことだろうと首をかしげているとガンダルフがこのあたりにはゴブリンの巣があるからそこに落ちたのじゃろうという。ゴブリンに見つからないように巣穴に忍び込み様子をうかがうと大量のゴブリンがドワーフたちに襲い掛かっていた。うわあ、大ピンチじゃないか!

 

すぐさまガンダルフが飛び出し魔法を使ってあたりを照らす。ゴブリンたちが光に怯んだ隙にガンダルフがドワーフたちに戦えと檄を飛ばす。そしてそれに呼応しドワーフたちが武器を取り立ち上がる。よし、じゃあ逃げますか!

 

襲いくるゴブリンから全力で逃げていく。もう、どこ見渡してもひたすらゴブリンだ。何百、いや何千はいるゴブリンから逃げだすなんて気が遠くなりそうだ。取り敢えずガンダルフが魔法はあまり使わないようにとか言ってたことは聞かなかったことにする。自重したら死ぬわ。

 

MPは18でニフラム9回分。いや、戦闘だからメラの方がいいのだろうか?取り敢えず杖を構えて後ろを確認した瞬間、血の気が引いた。走ってくるドワーフの中に小さなホビットがいなかったのだ。

 

 

「ビルボ!ビルボがいない!ビルボはどこに!!?」

 

 

「あいつは逃げて故郷に帰った!振り返るな行くぞ!」

 

 

逆走しようとした瞬間腹にドンと強い衝撃を受けそのまま足が宙に浮き誰かに担ぎ上げられたのを悟る。トーリンだ。トーリンがわたしを持ち上げて走っているのだ。わたしはむちゃくちゃ混乱した。ビルボはいないしわたしはトーリンに持ち運ばれているしなんでこんなことになっているのだろう。

 

でもこのまま運ばれていればビルボに永遠に会えなくなるような気がした。トーリンの手の中から逃げようともがくががっちりと抱えられていてまったく外せそうにない。

 

 

「うわああっ!!トーリン手を離して!わたしはビルボを探しに行く!」

 

 

「バギンズ殿はもうここにはおらんのだ!ここでそなたを離して無駄死にさせるわけにはいかん!」

 

 

ぎゅっとわたしを拘束する力が強まった。この時初めてトーリンがわたしを逃がさないために抱えているのだと悟った。そしてわたしが逃げても意味はない、戻ってもなにもないのだということを理解した。

 

トーリンは義に厚く仲間想いの人だった。ビルボのこともわたしのことも気にくわないと思っているんだろうけれどもそれでも見捨てるようなことはしないのだ。そのトーリンが戻るなという。いろんな思いが頭の中をぐるぐるめぐり考えがまとまらない。

 

じんわりと目の奥が熱い。ビルボ、会いたいよぉ

 

だが泣いている暇などまったくなかった。あたり一面には大量のゴブリンが埋め尽くされていてわたしたちの行く手を邪魔している。おぅ、シリアスに浸る暇もないじゃないか。ゴブリンまじやばい。とりあえずゴブリンがいるから、ゴブリンがいるからダメなのだ。なら使う呪文は決まっている。

 

 

「メラ!メラ!メラッ!」

 

 

近づいてくる敵に手当たり次第炎をぶつける。炎を浴びせられたゴブリンは突然のことに驚き暴れながら周りを巻き込みながら落ちていく。何回か『メラ』を唱えるとレベルアップを告げる軽快な音が頭の中に響く。だけれども皆が死ぬ気で剣を振るっている中その軽やかな音があまりにマッチせずイラっとした。

 

レベルアップとともに最大HPとMPが上がり体力と魔力が回復する。戦えば戦うほど力があがりそして回復するのが勇者の特性だ。なんか魔法を使えば使うほど元気になっている気がするよ。勇者ってチートやわ。

 

MPが回復したことによりまた魔法が打てるようになる。メラを唱え後方の通路を燃やしこれ以上後ろからの追撃を受けないようにする。弓矢を持つゴブリンを優先的に狙い橋を支える縄を燃やしてゴブリンを谷底に落とす。またレベルがあがった。メラを唱える。レベルが上がる。

 

丸太で敵を薙ぎ払い振り子の橋を渡って岩を転がしながら敵を退け出口に向かう。そしてあと少しというところでゴブリンの王が通路の下からあらわれ行く手を阻んだ。進むべき道をふさがれぞくぞくと集まってくるゴブリンに皆が剣を取る。トーリンもわたしを床に落とすと剣をとった。

 

ゴブリンの王は巨大な体を振り回して戦う。だけれどもそれに負けずガンダルフは果敢に立ち向かいゴブリンの王の腹を切り裂きとどめを刺した。ゴブリン王は倒せたけどその重みに床が耐えられずわたしたちを乗せてソリのように滑りながら谷を駆け下りていくことになった。

 

風圧で顔が歪むような速度で谷を滑り落ちなんとか全員無事に谷底に到着した。うん、シートベルトのないジェットコースターってこんな感じなんだろうな。もう二度と乗りたくないです。

 

一息つけたと思ったがすぐに大量のゴブリンも谷を駆け下りてきた。わたしたちは太陽の下を目指して全力で走り出す。

 

松の木の林を走り抜けガンダルフがイチ、ニ、と人数を数えていって『ビルボは!?ビルボはどこじゃ!?』と叫び声をあげた瞬間ずきりと痛い現実が戻ってくる。そうだ、ビルボがいないのだ。

 

最後に見たのは誰じゃ!とガンダルフがビルボを探す言葉をかけているとトーリンが声をあげバギンズ殿は帰った。ずっとホビットの暖かな寝床のことしか考えてなかったからな!と叫ぶ。

 

そしてそのまま蹲るわたしの元にくると肩に手を置き『そなたももう帰れ。ここにいても仕方ないであろう』と声をかける。

 

うん、そうだ。ここにいてもどうしようもない。ホビット庄に帰ってビルボとお菓子を作りたい。けれども、

 

 

「わたしが帰っても家にビルボはいないですよね」

 

 

「…」

 

 

言葉を返す者はいない。つまりそういうことなのだ。

 

ビルボはもういないのだ。トーリンがビルボが家に帰ったというのも本気でそう言っているのではなく、そうであれば皆の気が休まるからそういっているのだ。誰もがあの小さなホビットの死を受け入れたくないんだ。

 

ポタポタと涙が地面に染み込んでいる。ゴブリンから逃げるのに夢中で目をそらしていた現実が戻ってくる。

 

ビルボ、本当にいなくなってしまったのだろうか。もう一緒にお菓子を食べることもできないのだろうか。いやでも死体みたわけじゃないしやっぱり生きているんじゃね?メタ読みだけど主人公補正でひょっこり帰ってくるんじゃないかと期待している自分がいるんだよね。こんな序盤で死なんだろう。

 

 

「うん、確かに家に帰っても僕には会えないかな。だってまだここにいるし」

 

 

「!!!ビルボぉおおォ!!!」

 

 

なんて思ってたら本当にひょっこり木の後ろからビルボが現れた。うわああぁぁん!!ビルボ会いたかった!大丈夫だと思いつつも不安でいっぱいだったんだよぉぉ!!よかった生きていて!!

 

ビルボが現れたことであちこちから歓声が上がる。とりあえずビルボ大好きクラブ会員NO.1のわたしとしてはビルボに飛びつかずにはいられないので全力のタックルをビルボに仕掛けた。ちなみにわたしとビルボの身長差は30cm以上ある。それだけの体格差がありながらビルボに飛びついたらどうなるかというと、当然倒れます。下敷きにされたビルボが痛ぁと叫んでいるが気にせず転がりながら力いっぱいビルボを抱きしめた。

 

周りもビルボの生存を喜んで声をあげた瞬間トーリンが何故戻ってきた!と声をあげる。思わずビクッと震えて立ち上がりビルボの陰に隠れる。たぶんこれもビルボに対して怒っているのではなく心配しているのだろうけど声と顔が怖すぎる。

 

そんなトーリンに対してビルボは怯むことなく『確かに僕は家に帰りたい。だけれども君らにはその故郷がない。だから力になりたいと思ったんだ』とまっすぐトーリンに向けていった。ヤバい、感動した。ビルボ、君はそんな立派なことをいえるようになっていたのか。あ、次はナノが喋れとか言わないでくださいね?わたしにはこんな立派な志はないです。

 

ゴブリンと一悶着あったけれども誰も欠けずに全員が揃うことができたのだった。

 



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休憩するにはまだ早いらしい

感動的な再会を果たし、さあエレボールを目指そう!と思った瞬間ワーグの鳴き声があたりに響いた。どうやら今度はオークの軍団がやってきたらしい。なんでこう次から次へと敵がやってくるんですか?ゴブリンとの戦い頑張ったじゃん。そろそろ第一部完!でよくない?

 

皆でオークと反対方向に逃げていくがその先はなんと崖だった。下に広がるのは米粒ほどの大きさの森で落ちたらどう考えても助からない。あ、これ詰んだわ。

 

ガンダルフが木に登れ!と叫ぶ。それに従い皆で木に登っているとワーグに突き刺さった短剣を抜こうとしているビルボの姿が目に入った。うおおおっ!?ビルボ何しているの!?早く逃げないと!!

 

 

「ビルボ!早く登らないと!」

 

 

「わかっている!今行くさ!」

 

 

なんとか短剣を引き抜いたビルボに手を貸し木の上に登っていく。うん、とりあえずワーグの手の届かないところまで来たけどこの後どうするの?これって袋のネズミじゃない?

 

敵もわたしをそのまま放っておくほど甘くない。ワーグをけしかけると木を倒し始めたのだ。

 

ミシミシと木が傾いていく。え、これどうするの?このまま地面に着地はワーグの夕食エンドだぞ?と思っていると周りから飛べえ!!という叫び声が響いてきた。まさかジャンプしろだと?そんなターザンごっこは体験したくなかったです。

 

でも飛ばなきゃ死ぬので全力でジャンプする。飛んだ先の木の枝にお腹を打ち付けてマジ痛い。しかも木の枝掴んで体重支えているから腕がつりそうだ。自分の体力のなさが本当に恨めしい。

 

木から木へと移動するとついに最後の1本となってしまった。これを倒されればあとは崖の下に真っ逆さまである。どうするんだとガンダルフを見上げれば杖で松ぼっくりに火をつけワーグに投げている。どうやら獣は火が苦手なようだ。これわたしの出番じゃない!?火を出すことならめっちゃ得意ですよ!

 

ガンダルフに続いて『メラ』を唱えようとしたときふと使える魔法が増えていることに気づく。ああ、そうか。ゴブリンとの戦いでレベルが上がったのか。いったんステータスは確認しておかなければ。

 

 

勇 者 ナ ノ

せ い べ つ : お ん な

レ ベ ル : 10

H P : 7 2

M P : 2 8

▶︎魔法

メラ

ホイミ

ニフラム

ルーラ

ギラ

 

 

覚えた魔法はルーラとギラだ。どちらも有用な魔法でゲームの時は非常に便利だった魔法だ。ここでもきっと役に立つだろう。

 

まずルーラは移動魔法で行ったことのある街に戻ることができる。ドラクエで1番好きな魔法はこれかもしれん。ゲームでも便利だったけど現実ならさらにハイスペックじゃない?だってどこでもドアが手元にあるようなものだよ?これは勝利したかもしれない。最悪ルーラ使えばこの場から逃げられるぞ。

 

だけれどもルーラは行ったことのある場所しかいけないので今行けるのはホビット庄と裂け谷だけのようだ。ここから裂け谷まで戻るのは嫌だな。もう一度あのゴブリンの巣に行ったら死んでしまいます。ルーラは本当の本当の最終手段にしておこう。それでも逃げられる手段があるというのは気が楽になる。

 

もう1つの魔法はギラだ。メラの上位版の魔法で消費MPは倍だけれども攻撃力があがりそして全体攻撃ができるようになる。

 

ギラも確かに火炎系の魔法だったはず。今の状況にこれ以上適した魔法はないだろう。早速杖を握りしめ呪文を唱える。

 

 

「よし、どんどん投げていけ!火が燃えていればワーグを寄せ付けないぞ!」

 

 

「ナノ、おぬしも火の魔法を使うのじゃ!奴らを追い払うぞ!」

 

 

「うん、わかった。『ギラ』!!」

 

 

ガンダルフに促されて新しい魔法『ギラ』唱える。すると火があろうと近づこうとしていたワーグ数匹にボッと炎がつき激しく燃え上がった。火がついたワーグたちはキャイン!と叫び声を上げゴロゴロと転がって火を消そうとするが燃え盛る炎は消えることなくやがて力尽きたようにその場にワーグが倒れた。同じように数体のワーグがキャンキャン悲鳴を上げそして倒れていく。炎はワーグが力尽きるとともに消えていく。まるで命の灯火が失われたようだ。

 

皆がそれを見て驚愕の表情でわたしに視線を向ける。うん、気持ちはわかるんだけど1番驚いているのはわたしだから。ギラにこんなに攻撃力があるとは聞いてないぞ?え、確かHP20削るくらいの攻撃だよね?それにしては殺傷力高すぎませんか?敵とはいえ狼に似た動物が消し炭になって軽くグロッキーである。ここまでの効果は予想してませんでした。

 

おかげで全く敵が近づかなくなりました。うん、いいことのはずなのにちょっと複雑な心境だわ。

 

だが敵が近づかなくなったからといって脅威が去ったわけではない。細い木の枝に何人もの重たいドワーフがぶら下がっているのだから当然のこといつまでも持つはずがないのだ。メキメキという音を立てて木が傾いていく。その拍子にオーリが足を滑らせドーリの足を掴むがドーリも耐えきれず差し伸ばされたガンダルフの杖に捕まりなんとか耐える。戦況は悪くなっていった。

 

さらにトーリンが何を思ったのか立ち上がると剣を抜いて1人で白い大きなオークの元へと向かっていった。おそらくあの白いオークがバーリンの言っていたトーリンの宿敵アゾクなのだろう。自分の祖父の仇が目の前にいれば平常ではいられないのは想像できるけどそれでも1人では行かないでよ!周りにオークもいるしどう見ても多勢に無勢じゃないか!

 

後ろではオーリとドーリが落ちそうになっているし前ではトーリンが戦っているしどこから手をつけていけばいいのかわからない。助けてガンダルフ!あ、ガンダルフもめっちゃ忙しそう。ああ!

 

なんて考えているとわたしたちのいる松の木に手に刃を握らせたオークが近づいてきた。木はグラグラ揺れてあと少しでも衝撃を与えられたら持ちそうにない。そして何よりも武器を持ってニヤニヤ笑いながらやってかるオークが怖い!うわあああっ!!こっちくんな!

 

下手にギラを唱えて木まで燃えたら堪らないので近づくオークを一体一体メラで処理していく。なんとかオークを近づかせないことには成功したけど状況は何もよくなってないぞ?ドワーフは落ちそうだしトーリンは戦っているし。って、トーリン!?やばいトドメ刺されるところじゃん!

 

気付くとトーリンが下っ端っぽいオークに首を刎ねられるところだった。すぐさまメラを唱えようとした瞬間何かが傍から飛び出しオークに躍り掛かった。あれはビルボ!?ビルボじゃん!!え、ビルボいつの間にあんなところに行ってたの?なんにしてもトーリンは助かった。ビルボ、ファインプレー!

 

そのままビルボとオークの乱闘が始まる。少しでもビルボの助けになるようにとメラを唱えてピンポイントでオークの顔面を燃やすとオークは悲鳴を上げながら顔を覆いそのままビルボにトドメを刺された。

 

ビルボの行動はそれだけで終わらない。オークの胸に深々と剣を突き立てるとすぐさま起き上がりトーリンをまもるようにしてアゾクの前に立ちはだかった。どうしよう、ビルボが格好すぎて生きるのが辛い。結婚しよ。

 

なんてアホなこと考えている暇はなかった。トーリンを殺し損ねて怒れるオークたちがビルボに迫っていく。おいコラふざけんな。ビルボに手出しはさせないぞ!『ギラ』

 

その後他のドワーフたちも参戦し乱戦になったところで空から大鷲がやってきた。大鷲は何匹かのワーグを掴み崖の下に落とすとドワーフたちを拾い上げて空高く飛び上がった。わたしも大鷲に乗せられて空へと舞い上がる。ビルボは大鷲に掴まれると1度崖に向けて放り投げられ別の鷲に掬い上げられていた。なにあれ怖い。

 

大鷲は大きく羽ばたき岩肌の高い丘の上までくると次々とドワーフたちを降ろしていった。皆目を開かないトーリンを心配して駆け寄る。どうやらトーリンは重傷のようだ。

 

そりゃあのアゾクと一騎打ちして無事で済むはずがない。ワーグに噛まれた肩は牙の跡から血が溢れ骨も砕けていそうだ。うん、こういう時こそわたしの出番だよね。途中レベルが上がったのかMPには余裕がある。わたしは最もポピュラーな回復呪文を唱えた。

 

 

「トーリン!大丈夫、息はあるよ!」

 

 

「すぐに手当をしなければ重傷だ!」

 

 

「うん、すぐに呪文をかけるよ『ホイミ』!」

 

 

わたしがホイミを唱えるとワーグに噛まれた傷口が淡く光りゆっくりふさがっていく。なんか魔法エフェクトっぽいなと思いながらさらに2回ホイミを重ねがけする。トーリンの最大HPがどれくらいなのかわからないけれど見た目に傷が消えたから大丈夫だろう。

 

トーリンが目を覚ました。そして自分の様子を確認すると信じられないものを見るような目でわたしを見てきた。

 

不思議に思いながら周りを見渡すと周りにいたドワーフたちも有り得ないとばかりに目を見開き互いに顔を見合わせている。え、なにこれ?わたし何かしましたか?ちょ、そんなおばけを見るような目を向けないで下さい!

 

そこにガンダルフが杖をつきながらやってくる。ガンダルフはトーリンの傷を確かめるとなんともいえないとばかりに首を振って大きく息を吐いた。

 

 

「その『ホイミ』とやらは痛みを和らげる呪文だと言っておらんかったかの?』

 

 

「えっと、そういうことにも使えるだけで『ホイミ』は回復呪文です。怪我や傷を治せるんだと思います」

 

 

以前筋肉痛の辛さに『ホイミ』を使ったのを見られているのでその存在は知られていたが(ちなみにガンダルフにはそのような些細なことで無闇に魔法を使ってはいかん。と怒られた。それ以降は筋肉痛で泣いた)使った用途が用途だったので回復魔法とは認識されてなかったらしい。今トーリンの怪我を治して驚かれている。

 

 

「そのような強大な力を平然と使うとはおぬしは優秀な魔法使いなのじゃろう。いや、本当に魔法使いなのか?これはもうわしの理解を超えている」

 

 

「まあとにかくナノが凄い魔法使いってことなんだろう?心強いじゃないか!」

 

 

「そうだね。怪我しても治してもらえるなんて安心だよ!それにナノは持ち物をいくらでも運べるしさっきの炎の魔法は一瞬でワーグたちをやっつけてたよね?この旅に絶対に必要な人だよ!」

 

 

ガンダルフは訝しげに眉を寄せているがキーリやオーリが大喜びでフォローしてくれる。他のドワーフたちもナノは必要な人間だというように言い合い頷いている。そしてトーリンには怪我を治してくれたことを感謝する。ナノ殿がこの旅にいてくれて助かったと抱きしめられた。

 

うん、こんなに全力で歓迎してもらえて非常に嬉しいんだけど、あの、『ホイミ』も『ギラ』も初級魔法なんです。こんなの中ボスを一体倒したくらいのレベルだよ。え、これベホマズンやギガデインとか使えるようになったらどうなるの?知りたいような、知りたくないような。とりあえず今はガンダルフの視線が怖いから考えるのをやめておこう。魔法習得しても好き勝手使えなさそうだなぁ。

 

その後ビルボに対しても『足手まといはついてくるなといったことは一生の不覚。許してくれ』とトーリンが固く抱き合い旅の仲間の絆は強固なものとなった。

 

エレボールへの道のりはまだまだ続くのだった。

 

 

 

 




第一部完!


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エルフの森はめっちゃ陰気

崖の上でアゾクと対決してから1年が経ち、わたし達はまだ旅を続けている。エレボールのある離れ山は見えているというのに中々たどり着かない。あの大鷲に離れ山まで連れてってもらえないかなーと思ったけどガンダルフいわく彼らは神聖なもので理由なく何度もほいほい頼んではいけないらしい。残念である。というわけで大鷲タクシーは使えないので自分たちで歩いていくしかないようだ。

 

この1年、オークやゴブリンと戦いわたしも結構レベルが上がった。今のステータスはこんな感じである。

 

勇 者 ナ ノ

せ い べ つ : お ん な

レ ベ ル : 2 8

H P : 1 9 2

M P : 1 0 1

▶︎魔法

メラ

ホイミ

ニフラム

ルーラ

ギラ

アストロン

リレミト

ラリホー

マホトーン

トへロス

ベギラマ

ライディン

 

うん、使える魔法が増えてHPとMPがかなり増えました。中には使えない魔法もあるんだけれど(マホトーンとか魔法使える人が全然いなくて使う場所がなさすぎる)レベルがあがるのはMPが増えるのでめっちゃ助かる。一度オークの大群に囲まれて魔法を使いすぎてMPが切れて向かってくるオークを物理で倒すはめになったことがあるからね。あれは地獄だったわ。

 

ガンダルフにもらった杖を振りまわしながら迫りくるオークの群れを半狂乱で殴り続けた。わたしが杖をふるうたびにオークが吹っ飛んだからパーティには貢献できたと思うんだけど肉を叩く感触は気持ち悪いし後で杖を見たら真っ赤になっているしで最悪である。戦い終わった後にビルボがナノって実は強いんじゃないかってフィーリとキーリたちと話していたけどそんなことないよ。わたしはただのしがない勇者です。

 

オークに気を付けながら旅を続けていく。ビルボが偵察に行き戻ってきたのだけれどもオークだけでなく熊のような恐ろしい動物もいたらしい。オークだけでも厄介なのにさらに新手なの?どんどん状況が悪くなっていっている気がする。

 

ガンダルフがとある人の家に行くと宣言する。その人は敵か味方かと聞けばわからないと答えられる。そんな人のところにお邪魔するのは怖いけれどほかに選択肢もないので行くしかない。ううっ、こんな命を狙われてばかりの旅じゃなくてもっと楽しい旅がしたかったよ。

 

その人の家とやらに向かって歩いていると急に後ろからドスドスと大きな音を立てながらに何かが近づいてくる。え、何ごとと思って振り返るとそこには大きな熊のような生き物が全速力で走ってきていた。あ、あれがビルボの言っていた熊のような生き物か。なんか思った以上に大きいぞ!??

 

全員全力ダッシュでその場から逃げる。こっちじゃ!と叫ぶガンダルフに続いて走っていくと森の中に大きな家があった。門を潜ると中に入ろうとドワーフたちが扉に体当たりし始めた。え、かんぬきかかっているじゃん。何しているの?

 

後ろから走ってきたトーリンが皆を押し抜けかんぬきを開けて中に入る。うん、慌てると状況がわからなくなるもんね。はたから見るとかんぬきが掛かっている家に押し入ろうとしている姿はコミカルだったのだろうな。

 

中に入り追ってきた熊を締め出し中に入ってひと息つく。ここは誰の家だ?とオーリがガンダルフに聞くと先程の者の家だと答えられた。あの熊は色々な姿になることが出来るそうで熊と人の姿を行き来するらしい。え、つまりこの家はあのクマさんのお家ってことですか?不法侵入は我々の方ではないか。訴えられたらこりゃ負けますね。

 

しっかりと休め。今夜は大丈夫じゃ。というガンダルフがこっそり語尾にたぶんと付けたのに不安を抱きながら横になる。たぶんってなんだ。安全でないってこと?せっかく屋根付きの環境で寝れるのにちっとも休まりませんね。いやでも異常があれば誰かがなんとかしてくれるでしょう。わたしは寝る!おやすみ!

 

 

 

朝起きると大男が朝食を準備していた。あれがクマさんかな?人間の姿でも毛むくじゃらで熊っぽいな。

 

クマさん(本名はビョルンさんらしい)はドワーフは嫌いだがオークはもっとだ。といって旅の手助けをしてくれるらしい。最悪戦闘になる可能性まであった人だから手助けをしてもらえてかなり嬉しい。このままいい状況が続かないかなーと思いながらビョルンさんから借りた馬を走らせ暗い森の前まで来たところでガンダルフがいきなりわしは行かねばならなくなったとか言い出した。なんでやねん。ガンダルフが旅から離脱とかどういうことだよ。

 

何やら世界規模で重大なことが起こってどうしても行かなければならないらしい。それは大変なのだろうけどガンダルフがいなくなるとなるとこっちの旅が立ち行かなくなりそう。困った時のガンダルフ。ピンチになった時のガンダルフ。お助けキャラがいない旅って成功するのだろうか。イスタリについてのお小言を言われなくて済むのは嬉しいが頼もしい味方が居なくなるのは辛すぎる。これ、ちゃんと旅を続けられるのかな?

 

というわけでガンダルフ抜きで闇のエルフの森を抜ける羽目になりました。ガンダルフが振り返り様に『エルフの道を行け!迷えば森から出られなくなるぞ!』とか不吉なことを言ってくる。それ、フラグではないですよね?この陰気な森に入るのがますます嫌になってきたわ。

 

ガンダルフと別れて森の中に入っていく。ビクビクしながら進んでいくと地面にレンガで出来たであろう道が続いているのが見えた。なんだ、道があるのか。なら迷うなんてことなさそうだと思ってたら崖に突き当たり道が途切れてしまった。おう、ジーザス。まさか道が物理的になくなるなんて思ってなかったよ。これは迷子決定ですね。

 

みんなで道を探すが見当たらない。いつまで経っても進まないような違和感を覚えているとボフールが『おれのタバコ入れに似ている』と言いながら地面に落ちていた茶色の小物入れを手に取った。ああ、これで決定的ですね。『そんなわけないだろ?』と呆れ顔でいうビルボに全面的に同意する。エルフがいる森にドワーフが使うようなタバコ入れが落ちているわけがない。

 

つまり私たちは同じところをグルグル回っていてボフールは1度落としたタバコ入れを拾ったというだけのことだ。落し物を見つけるなんてボフールは案外運がいいが状況は最悪だ。おまけにこの森の陰険な雰囲気にのまれてかドワーフ達が喧嘩をし始めた。

 

まだ正気だと思われるビルボと顔を見合わせる。なんとかしなければこの森を抜けられない。どうしようかと考えているとビルボが木を登り始めた。上から森の全体像を見ようという魂胆らしい。名案だと思う。早速ビルボと木を登っていくのだが木はベタベタしていてちょっと登りにくい。おまけに周りを見渡すと大きなクモの巣があちこちに張り巡らされているのがわかった。…これやばいんじゃないの?嫌な予感しかしないわ。

 

ビルボと共に木を登りついに頂上にたどり着いた。そこでは青い蝶々がひらひらと舞い夕陽が辺りを照らし出す美しい光景が広がっていた。森を歩いていたことにより溜め込まれていた鬱蒼とした気持ちが祓われていく。なんかやっと息を吸えた気がするよ。風が気持ちいいな。もう下に降りたくない。

 

木の上から辺りを見渡すとはなれ山や湖がよく見えた。いくべき方角がわかりビルボがトーリンたちを呼ぶが返事はない。まだ喧嘩をしているのだろうか?1度降りてみんなを呼びに来ようと思った瞬間木がガサリガサリと揺れ何かがこちらに近づいて来たことに気付く。

 

上からではわからないので下に降りようとした瞬間ビルボがクモの糸に引っかかって落ちていった。ええええ!?ビルボォー!!?

 

幸いビルボはクモの巣に落ち引っかかったことで地面との激突は避けられた。…いや、幸いか?あれもうクモの巣にかかった獲物の姿にしか見えないぞ?

 

なんて思ってたら案の定ビルボより数倍は大きい黒い蜘蛛が現れビルボに牙を剥いた。うわあああっ!!ビルボがヤバイ!てか怖い!なんであんな大きな蜘蛛がいるんだよ!あ、そういえばロードオブザリングにも大きい蜘蛛がいた気がするぞ?もうやだこの世界。

 

とにかくビルボを助けなければ!と思って木から降りようとした瞬間、ガサリと音を立て8つの瞳と目があった。あ、どうも蜘蛛さんこんにちは。ギャアアア!!!こっちにもいるぞぉ!!!

 

すぐさまメラ3連打で目の前の蜘蛛を焼く。(あんまり上位の魔法は森ごと燃やしそうでやめといた。)幸いなことに炎は蜘蛛の弱点だったのかシャーーァ!!と悲鳴のような音を上げながら火のついた蜘蛛は暴れ回りやがて脚を縮こめて死んだ。はい、蜘蛛の焼き物いっちょあがりですね。

 

念のため杖で殴ってトドメを刺す。蜘蛛が意外と柔らかいことがわかったけどそんなこと知りたくなかった。なんか杖の先に緑色の汁がついているしこれどうしよう。

 

その辺りの葉っぱで汁を拭いながらビルボはどうなったのかと視線を下げると大きな蜘蛛が白い繭を引きずっているところだった。いやあああっ!!あれってビルボだよね?!やばいビルボが蜘蛛の晩御飯になってしまう!それは絶対に阻止せねば!

 

私は杖をしっかり握り締め蜘蛛の後を追うのだった。

 

 

 



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ドワーフとエルフは仲が悪い

 

木から木へ移らなければならないこととあちこちが蜘蛛の糸でベタベタしていることから中々ビルボを引きずる蜘蛛に追いつけない。いっそ火でもつけてしまおうかと思ったが蜘蛛が手を離してビルボが地面に叩きつけられるような事態になっても困るので追いかけることにする。くそう、いっそこのクモの巣まみれの森をベギラマで燃やし尽くしてやりたい。

 

ある所まで来ると蜘蛛の動きが緩やかになる。見渡すとたくさんの蜘蛛がいるのがわかりここが奴らの巣だとわかった。

 

うん、それからめっちゃたくさんの繭があるんだけどまさかトーリンたちも捕まっているのですか?わたし達がいない間に何があったし。とにかくここで皆を助けないと旅が終わってしまうぞ。

 

木の幹の後ろに隠れながら深呼吸する。さて、どうやって助けよう。MPはまだ90近くあるから魔法はまだまだ使うことができる。しかしどの魔法を使うかが問題だ。

 

メラやギラの炎系の魔法は蜘蛛に効果が高そうだが下手したら繭まで燃えてしまいそうだ。そんなことになったらドワーフとホビットの燻製ができるのは間違いなしだ。やはりここは安定と信頼のニフラム様にお願いしようか?でもニフラムって相手を遠ざけて暫く戦線離脱させる魔法だから逃げる時に使うと効果的なんだけど今みたいに繭からみんなを助け出すという作業するときだとちょっと微妙だな。暫く結界を張ることができるみたいな魔法があると便利なのだけれど生憎わたしの手持ちにそんな魔法は存在しない。なんか別の手はないものだろうか。

 

使える呪文を順番に見ていくとふと目につく魔法があった。それは『ラリホー』だ。ドラクエでも有名な魔法のひとつでモンスターを眠らせることのできる呪文だ。噂によればDQ1では魔王すら眠らせることができ無傷で魔王戦を終えることすら可能という優れた魔法だ。でも残念ながらわたしはゲームで使ったことはない。だってわたしレベルを上げて物理で殴る脳筋勇者だったし。

 

蜘蛛を全て眠らせることができたらその間にビルボ達を助け出せるしその後みんなで蜘蛛にトドメをさせる。今の状況にぴったりな呪文だ。 うん、これいいんじゃない?早速使ってみよう!

 

 

「よし、『ラリホー』」

 

 

小声で呪文を唱えた瞬間ガザガザと蠢いていた蜘蛛たちが動きを止め手足を丸くし落ちていく。どうやら魔法は無事成功したらしい。ただ全ての蜘蛛に呪文が効いたようではなくまだ何匹か残っていたので更に2回『ラリホー』を重ねがけする。すると今度こそ全ての蜘蛛が活動を停止した。よし!これでビルボとドワーフたちを助けられるぞ!

 

 

「ナノ!蜘蛛が動きを止めたと思ったんだら君の魔法だったんだね!あれはどういう魔法なんだい?」

 

 

「ビルボ!よかった、無事で!あれはラリホーっていう敵を眠らせる魔法だよ。でもしばらくしたら起きてくるから急いでトーリンたちを助けないと!」

 

 

木を伝ってビルボがやってきた。どうやらビルボは自力で蜘蛛の繭から脱出したらしい。ドワーフたちはまだ捕まったままなのにひとりで脱出できたビルボって何気にすごくない?

 

吊るされた繭を切り裂いてドワーフたちを助けていく。そしてその作業が終われば眠りこけている蜘蛛にトドメをさしていく作業に移行する。MP勿体無いから杖で殴ろう。なんかこのガンダルフにもらった杖が魔法使うためっていうよりは物理的に使うことのほうが多くなってる気がするぞ?わたしは現実でも脳筋勇者のようだ。

 

蜘蛛は柔らかく殴るとベコリとへこんで緑色の汁を溢れさせる。うえっ、気持ち悪いなと思いながら蜘蛛退治をしているとビルボが引き攣った笑みでナノって力も強くなってないかい?って聞いてくる。え、マジで?巨大蜘蛛を殴り飛ばせるって普通のことではないの?ビルボのドン引いた顔にわたしの方がへこみそうだ。ビルボに嫌われたら生きていけません。死にそう。

 

わたしが自殺しなくても事態は切迫したものに変わっていく。繭から脱出したドワーフたちも蜘蛛を攻撃しているが後からどんどん蜘蛛がやってくる。このままだともう一度わたしたちが繭に包まれるのも時間の問題だろう。仕方ない、ここは森が丸ごと焼き払われそうで怖いがベギラマを連発していくことにしますか。ついでにこの森の鬱蒼な気配もなくなるかもしれん。うん、一石二鳥だね。

 

そう思いながら呪文を唱えようとした時だった。上空の木々の間に影が遮ったと思った瞬間金色のイケメンが弓矢を放ちながら降りてきた。金髪のイケメンは2匹の蜘蛛を仕留めると蜘蛛をソリにしながら滑り降りわたしたちの前に降り立った。

 

金髪イケメンが矢をこちらに向ける。それと同時に四方から何人ものエルフが現れ無数の矢がこちらに狙いを定めている。反射的に手をあげたくなったけどドワーフたちが誰も剣を下ろしていないので一応わたしも杖を構える。蜘蛛の次は人的災害ですか?この森本当に落ち着く暇がありませんね。

 

最初に現れた金髪イケメンが『射たないと思うなよ。いつだって殺してやる』と物騒なセリフをいう。そのセリフにガタガタ体を震わせながら金髪イケメンの顔を見て呆然とする。

 

え、あれオーランド・ブルームやん。えっと、確かキャラクター名はレゴラスだったっけ?ということはこの人たちはエルフってこと?あのバリバリの味方キャラが何故わたしたちに弓を向けるんだよ。あ、そういえばエルフとドワーフは仲が悪かったっけ?ということは今は敵キャラかなんてこった。無双レゴラス様が敵とか勝てる気がしません。

 

状況は最悪だ。このまま射殺されそうな雰囲気すらある。これって逆らわずに捕まることが正解なのかな?いやでもそれでワンチャンしくったら人生ゲームオーバーですよ?うーん、何が正解かわからないけど弓矢向けられるのは嫌だから抵抗しようか。えーと、平和的解決したいから、

 

 

『ラリホー』

 

 

「な、なんだ?急に眠気が、」

 

 

「くっ、皆意識を強く持て!」

 

 

敵1グループを眠らせる魔法、ラリホーを使う。周りのエルフたちは魔法が効いたのかパタパタと倒れていった。エルフってなんか神秘的で魔法が効かないイメージがあったけどちゃんと効果があってよかったよ。まだ起きているエルフもいるしついでにあと2、3回重ねがけをしておく。立っているエルフはレゴラスだけになった。

 

 

「くっ、あの女性は魔法使いだったのか!何故魔法使いが我らに敵対する!」

 

 

「ナノは我々の仲間だ。エルフの指図は受けない」

 

 

ふらふらなレゴラスにトーリンが勇ましく言う。いやいや、レゴラスはシリーズを通して絶対的な味方なのだからあんまり喧嘩売るのはやめとこうよ。

 

 

「みんな!こっちに道があるよ!」

 

 

「ナイスだよビルボ!よし、皆行くぞ!」

 

 

「くっ、待て。行かせるわけには行かぬ!」

 

 

「この森にはまだ蜘蛛がたくさんいるようだしわたし達を追いかけるよりその寝ている人達をなんとかした方が良いですよ。蜘蛛の餌にはしたくないですし」

 

 

逃げようとする我々にレゴラスが立ちはだかるが寝ている仲間のことを指摘すると悔しそうな顔で引き下がる。原作のチートキャラ、レゴラスと戦闘なんてしたくなかったから退いてくれてよかったわ。

 

しばらく進むと後ろが騒がしくなった。たぶんラリホーの効果が切れて蜘蛛とエルフが戦っているのだろう。

 

まあでもエルフが蜘蛛に負けてたりしないよね。そのままわたし達は森を抜けるため走り抜けた。

 

 

 

 



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エスガロスとエレボールって名前似てない?

 

『いたゾォ!!ドワーフどもダァァァッー!!!!』

 

どうも、ナノです。エルフの森を出ようとしている我等ドワーフ一行にまたしてもオーク達が襲いかかってきた。もうあいつら本当にしつこいな。一晩水につけずに置いてしまった油汚れ並みにしつこい。油汚れならジョイ先輩で綺麗になくなるのに。オーク達もジョイ先輩でゴシゴシしたら消えてくれないかな。

 

 

「ドワーフだ!オークどももいるぞ!後れを取るなっ!」

 

 

そしてさらに白銀の矢が乱れ飛ぶ。オーク達だけでなくエルフも追って来たようだ。ドワーフ一行は人気者ですね。まったくもって嬉しくない。

 

現在我々は樽に乗りながら川を漂流している。なんでかって言われたら森を歩いているときにオークに襲われて逃げている時にたまたま川に行きついてなんかわからんが樽が流れてきたからそれに飛び乗ったというわけだ。なんで樽が流れてきたのかとかは知らん。エルフ達がお祭りでもしてたんじゃないの?

 

オークと戦闘してたらエルフも追いついてきた。なんかこちらを狙うエルフの矢も殺意に満ちているんだけどなんでだろう?さっき眠らせたの怒っているの?え、ラリホーしただけじゃん。ご自慢の銀髪燃やしてハゲにしたわけじゃないんだから許してよ。エルフはプライドが高い。

 

そんなわけで戦闘が始まったわけなのだが皆それぞれ樽に乗りながらめっちゃ頑張って戦う。飛び降りようとするオークをトーリンが丸太に斧投げて縫い付けたり流されながら丸太の橋から落としたりはちゃめちゃだ。あとボフールが樽で転がりながらオーク倒してローリングハンマー決めてた。きっとこれがボーリングの起源となるのであろう。

 

でも何より凄いのはレゴラスだ。ドワーフを踏み台に川をあっちらこっちら渡って百発百中。オーク?乗り物ですよ?的なノリでのオークソリによる華麗なる移動。一本の矢で二体のオークを貫く。レゴラス無双です。

 

え?そんな中わたしが何をしていたかって?アストロンで身体を鉄にして樽の中で縮こまっていましたがなにか?

 

いや、だって仕方ないんだって。オークもエルフもわたしを目の敵にして全力で矢を射ってくるんだもん。『魔法使いダァ!!奴を殺セェェッ!!!』『また眠らされるわけにはいかない。まずはあの魔法使いを狙うのだ!』って感じで両陣営から狙われまくりでつらい。

 

最初は頑張って杖で弾いたりギラで燃やしたり応戦してたんだけど無理でした。だって30本くらいわたしに向かって矢が飛んでくるんだぞ?むりぽよ。

 

どうしようもなかったので自分にアストロンかけて樽の中で大人しくした。アストロンは身体が鉄のように硬くなる守りの魔法なんだけどかわりに動けなくなる。たまに樽の中に矢を射ちこまれたりもしたんだけどチクリとするくらいだった。アストロンすごい。

 

暫くすると辺りが静かになった。どうやらひとまず追手を撒けたらしい。川の下流に着き樽から這い出る。矢を喰らいすぎてハリセンボンみたいになっているぞこの樽。

 

 

「ナノ!よかった!無事だったのか!」

 

 

「あんなに矢を射たれてたから心配したんだよ」

 

 

「なんとか。身体を硬くする魔法使ってたから無事だったよ」

 

 

「ほう、そんな魔法があるのか」

 

 

「かわりに全く動けなくなるけど」

 

 

「おい!キーリ!キーリが怪我をッ!!!」

 

 

誰かの叫びにそちらを向くと腕を抑えているキーリがいた。え、キーリ!?怪我したの!?

 

 

「キーリ、腕見せて」

 

 

「ナノっ、大丈夫だっ」

 

 

やせ我慢をするキーリを無視して腕を見る。何故ここで意地を張る。怪我は怪我だ、男ってやつはもう。

 

すぐさま『ホイミ』をかける。あ、レベルが上がってベホイミ使えるようになっているな。こっちにしよう、『ベホイミ』!ん?治りが悪いぞ?

 

 

「うわっ、これ毒だ」

 

 

「毒だと?!大丈夫かキーリ!!」

 

 

「平気だ。ナノの魔法のおかげでで大分良くなった。行けそうだ」

 

 

キーリは大分良くなった顔色でそういうがそれでもまずい。毒ってことはずっと命を奪っていくということだ。毒を消さなければずっとキーリを蝕み続ける。

 

え、ドラクエって毒消しの呪文なかったっけ?あったよね?勇者覚えれなかったっけ?まだレベルが足らないの?ちょ、やばい。キーリをこのままにはできないぞ?なんか、なんか、都合よく毒消し草とか落ちてない?

 

その時岩場の上に人の気配があった。ドワーリンが丸太を構えると丸太を打ち抜きキーリが石を振りかぶると石を射抜く。え、弓の腕やばくない?エルフですか?

 

男の名前はバルドといい、湖の街エスガロスの民だそうだ。バーリンが交渉してこっそりエスガロスに入る段取りをつけてもらう。無愛想だけど悪い人ではなさそうだ。うん、だから喧嘩越しに食ってかかるのはやめようよドワーリン。見ててハラハラします。

 

バルドに支払う代金はトロールのところで見つけた財産で払った。ちょっと臭いかもしれないが許してくれ。たぶん価値は変わらないよ。

 

樽に入って魚を入れられなんとかエスガロスに忍び込む。

 

バルドの家に行って武器とも農具ともいえないものをもらって領主の家に忍び込んで、

 

領主に見つかってエレボールの宝を分かち合うことと引き換えに武器や食料をもらって山へ向かう。だけれども全員が山に行けるわけではなかった。

 

 

「扉が開くのをどうしてもこの目で見たい。立ち会いたいんです、叔父上」

 

 

「キーリ、休め。後でこい」

 

 

キーリは受けた毒をまだ浄化できていなかった。このままでは危険と判断されエスガロスに残れと言われた。

 

だけどもキーリはエレボールが戻るその場にいられないのは苦痛だという。だけどもキーリの顔色は明らかに悪い。

 

結局キーリと数人はエスガロスに残ることになった。

 

 

「キーリ、大丈夫?わたしも残ろうか?」

 

 

「いや、ナノはエレボールへ行ってくれ。魔法使いがいた方がドラゴンへの備えとしては有効だ」

 

 

毒は消せないけど体力は回復させられるからキーリの側にいたかったんだけどそう言われてしまうと仕方ない。どっちが危ないかって言われたらエレボールだもんね。戦力は多い方がいいでしょう。……ドラゴンと戦うことになるかもしれないのか。めっちゃつらい。やっぱりエスガロスに残りたいです。

 

皆でエレボールの山を登り地図の場所までいく。ここに鍵穴を使える場所があるはずなのだけど見つからない。皆で手分けして探すけど見つからない。

 

ドゥリンの日の最後の灯りが鍵穴に差し入るとのことらしいが壁全体が明るいだけで鍵穴はない。

 

そうこうしているうちに日が落ちた。辺りが暗くなる。ドワーフ達は気落ちし諦め鍵を投げ捨てその場を去ろうとする。秘密の入り口を探す術を失ったからだ。

 

いやでも諦めるのちょっと早すぎない?場所はたぶんここであっているのだから最悪謎解きできなくても虱潰しに探そうよ。切腹する武士だってここまで潔くないわ。

 

というわけで諦めの悪いわたしとビルボは壁を調べて鍵穴を探す。うーん、ないな。この大きな壁から小さな鍵穴を探すって割と無謀な気がしてきた。わたしも諦めの良い子になりそう。

 

その時コンコンと何かを突っつく音がした。なんだろう?と首をそちらに向けるとコツコツと木の実を突くツグミがいた。こんなところにまで餌取りに来たりするだね。いや、まて、ツグミってなんか重要な役割なかったっけ?

 

ビルボも『ツグミ…』と呟くとハッとした顔で空を見る。雲が動き月がひょっこり顔を覗かせるところだった。

 

瞬間暗闇の中壁が明るく照らされる。月明かりは淡く壁全体を照らしていたがやがて細く収束すると小さな窪みを照らした。覗き込むとそこには……小さな鍵穴があった。わあああっ!!!

 

 

「鍵穴!鍵穴あった!」

 

 

「最後の灯りは月の光だったんだ!おーい、戻ってこーい!鍵穴があったぞ!」

 

 

叫びながらビルボがトーリンの投げ捨てた鍵を探す。キョロキョロと辺りを見渡しながら歩き回っているとキンッと何か金属音のするものが弾かれ転がる音が聞こえた。え、待って、それ鍵じゃね?うわあっ!鍵が落ちる!??

 

バンと強く地面を踏みしめる音がした。転がる鍵につけられていた紐を足で踏みつけそれ以上転がるのを防ぐ男がいた。トーリンだ。トーリンは足元から鍵を拾うとこちらへ向かってゆっくり歩いて来る。いつの間にかドワーフ達も戻ってきていた。

 

トーリンがゆっくりと鍵穴にくすんだ銅色の鍵を差し入れる。ガチャリと鍵が回った。

 

そのまま力強くトーリンが岩肌を押すとドドッと音がしてぽっかりと扉が開く。エレボールの内部へといく扉が開いたのだ。

 

はい、というわけで無事中へ入る道は見つけたので後は王の証であるアーケン石を持ち帰るだけだ。でも中にはドラゴンもいるんだよなぁ。つらい。

 



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ドラゴンはヤバ過ぎる

 

取り敢えず中へはビルボ1人で行ってもらって、何かあったらすぐさま皆も突入しようということになった。

 

いやでもドラゴンがいるんでしょ?そんなとこにビルボ1人で行かせるの嫌だし、わたしもついて行きたい、と言ったのだけどこの中で1番小柄で身軽なのがビルボだ。大人数で行くよりも少人数の方がスマウグに見つかる危険が少ないということで、ビルボ1人で行ってもらうことになった。

 

どうでもいいがこのメンバーの中でわたしが1番背が高かったりする。ホビットとドワーフのパーティですからね。そりゃ皆小人であるから当然だけど、ムキムキマッチョの集団の中でわたしが1番デカいとかなんかやだ。乙女心は複雑なのです。

 

『大丈夫、見つからない自信があるんだ。危なくなったらすぐ戻ってくるよ』と言ってビルボは中に入っていった。落ち着かない気持ちで待っていると、しばらくしてエレボール全体が地鳴りを上げて大きく揺れた。え、何これ地震?ドラゴンが起きたのか!?

 

中が赤く光るのが見える。どう見てもドラゴンの吹いた炎ですありがとうございます。やばいやばいドラゴンが目覚めてるじゃん。早くビルボに合流しないと!

 

 

「早く助けに行かないと!」

 

 

「少し待つのだ」

 

 

中に行こうと言うオーリをトーリンが制す。え、なんで?早くビルボを助けに行こうよ。

 

 

「何を待つのです?彼が死ぬのを?」

 

 

「恐れているのか?」

 

 

「ええ、恐れています。貴方の事を」

 

 

トーリンが財宝の魔力に取り憑かれることを恐れているのだとバーリンが言う。いつもの貴方ならすぐにビルボを助けに行くでしょう、と。それに対してトーリンが冷徹に言い放つ。

 

 

「盗っ人1人のために全てを不意にできん」

 

 

全身から血の気が引くのを感じた。今トーリンは何と言った?

 

盗っ人?それは誰のことだ?いや、わかる。状況的にそれはビルボのことを指しているのだとわかるのだけれど心が追いつかない。

 

トーリンは何を言っているんだ?だって、トーリンは言っていたじゃないか。貴方の勇気を疑ったのは一生の不覚だって。そう言ってビルボのことを抱き締めていたじゃないか。

 

ここにいるのは誰だ?あの仲間想いの誇り高い王は何処へいったのだ?

 

やっと竜の病の恐ろしさを理解する。かつてトーリンのお爺さんもこの病にかかり、猜疑心と黄金への執着に苛まれ高潔な心を失ったという。勇気と誇りが欲に侵される、それが竜の病なのだ。

 

病にかかったと分かってもトーリンは王様だ。ドワーフの王なのだ。だから彼の決めたことには皆従わなければならない。

 

だけれどもわたしは関係ない。わたしはドワーフじゃない、人間だ。

 

周りの静止も聞かずにわたしはエレボールに続く道へと飛び込んだ。

 

走る。暗い坑道を転がるように駆けていく。

 

そして開けた場所に出たと思った瞬間、わたしの目に飛び込んできたのは眩いばかりの黄金だった。

 

金だ。巨大な広場を埋め尽くさんばかりの金が辺り一面に広がっていた。まるで金の海だ。

 

思わず呆然とする。前世も今も小市民だったわたしはこれほど価値のある宝を見たことがなかった。

 

え、やっば。何この金の量。これ全部この鉱山で採れたの?うわっわっわっ。そりゃトーリンも病気になっちゃうよ。でも頑張って堪えてくれ。

 

 

「ナノ!」

 

 

「ビルボ!!無事だったんだね!」

 

 

「ナノ!まずい、ドラゴンだ!早く逃げないと!!」

 

 

階段の方からタッタッと音がし、それに振り返るとビルボが走ってくるのが見えた。ビルボは焦った様子で叫んでいる。なに、ドラゴンだと?やっぱり見つかっちゃったんだねビルボ。それはヤバいから全力で逃げないと。

 

今度はバタバタと慌ただしい音がする。私が通ってきた秘密の道からトーリンが飛び出した。トーリン!何だかんだ言いつつ追いかけてくれたんだ。

 

 

「トーリン!ドラゴンが来ている。早く逃げよう!」

 

 

「アーケン石は?」

 

 

後ろの坑道へ入ろうとしたビルボはトーリンに手で制され阻まれる。トーリンの顔からは危険を顧みずエレボールへ飛び込んだビルボへの気遣いは窺えない。ただただ血走った目でアーケン石を気にしている。

 

あ、うん、これはダメですわ。やはり今のトーリンは正気ではない。ここまで一緒に旅したビルボよりアーケン石を気にしてる。

 

何とかしたいんだけど今はそれよりドラゴンだ。後ろからガシャンガシャンと金をかき分ける音がする。

 

振り返るとそこには巨大な生き物がいた。全身が赤黒く、鋭い牙と爪を持った生き物がこちらに向かってやってくる。

 

第一印象は巨大なトカゲだ。だけれども背中に生えた翼と金色の肉質な瞳を持つこの生き物がそんな可愛いものでは済まないことを伝えてくる。

 

ドラゴンだ。ドワーフ達の命と故郷を奪った黄金の番人、スマウグだ。

 

うわああああっ!!ドラゴンだぁぁぁ!!!ここに来るまでは何とかなるかも?と思ってたけど絶対何とかならんわ。デカすぎでしょ。うん、ヤバい。取り敢えず逃げよう。

 

他のドワーフ達も秘密の小道から飛び出し、そしてスマウグの姿を見て驚く。瞬間、全員全力で逃げた。一目散に走った。

 

スマウグが我々を焼き殺そうと炎を吐く。後ろから炎が迫って来てトーリンのマントが焼けた。あとは無事だ。皆取り敢えず少しでもスマウグから離れる為に奥へ奥へと進む。

 

だけれども奥へ進むとそこは行き止まりだった。たくさんの白骨と崩れ落ちた建造物が辺りに積み重なっている。

 

まるでここはドワーフ達の墓場だ。

 

『逃げ場はありません。坑道に逃れれば数日は命が伸びるでしょう』と言うバーリンに『全てが炎で終わるのなら竜と共に燃え尽きよう』とトーリンが答える。

 

確かにこの場に逃げ場はない。覚悟を決めてドラゴンに立ち向かうことを決意するドワーフ達なのだが、

 

……これ、リレミト使ったら外に出られないかな?居住区ではあるけどドラゴンがいるんだし、もはやここはダンジョンでしょ。だったらダンジョン脱出魔法リレミトさんで何とかなる気もするけど、根本的な解決にはならないんだよな〜。

 

結局エレボールを取り戻すにはスマウグを何とかしなくてはならない。ならば今出来る限りのことはしてみるべきだろう。ドワーフ達の故郷を取り戻すためにスマウグと戦うのだ。まあダメだったら即リレミトするけど。命をだいじに!

 

 



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ヘイト管理は難しい

 

取り敢えずスマウグを製鉄所におびき寄せようとトーリンが言うので分かれて行動する。何やら考えがあるっぽい。竜の病も焼かれたドワーフ達の死体を見て治ったようだ。いつもの勇敢で誇り高いドワーフの王様だ。

 

皆でスマウグを挑発しながら製鉄所へ向かう。『こっちだナメクジ野郎!』と叫びながら全力で走る。中々うまくいっているようだ。まあ後ろから炎吐かれているから油断したらすぐ丸焦げだけど。

 

わたしはビルボとトーリンとバーリンの4人で逃げる。そして製鉄所へ行くための広間を抜けようとした瞬間スマウグに追いつかれてしまった。炎を吐かれる。

 

わたしとビルボとバーリンはうまく物陰に身を寄せることができたが、トーリンは炎を避けるために採掘穴に飛び込んだ。スマウグがそれを追う。

 

え、採掘穴って縦穴なんだから空中戦じゃん。そんなの翼を持つスマウグに勝てるわけがない。

 

幸いトーリンは滑車に捕まっているからただ落ちているわけじゃないが、あんなのふらふらと漂う凧と同じだ。自由に空を飛べるスマウグに敵うわけがない。

 

ドワーリンが慌てて滑車を引く。これで落ちていたトーリンが戻ってこれるはずだ。

 

様子を窺うために採掘穴を覗く。するとまさにスマウグがトーリンに噛みつこうとする真っ最中だった。うわあああっ!!!やっぱりやばいじゃないか!!助けないと!

 

えっと、使えそうな魔法は、『ラリホー』。あんなに興奮しているスマウグがぽっくり寝るとか考えられん。取り敢えずパス!

 

それからわたしの攻撃魔法は『メラ』『ギラ』『ベギラマ』『イオラ』って、全部炎系の魔法じゃないかちくしょう。炎を吐くドラゴンであるスマウグに炎系魔法って効くイメージがないんですが?勇者って氷系魔法使えないの?ヒャドとか覚えさせてよ。

 

いや待って。1個だけ炎系魔法じゃない奴あった。これしかない。

 

 

「ライデインッ!!!!」

 

 

『グォガァァァッッッーーー!!!!』

 

 

「なっ、雷!??」

 

 

スマウグに向けて一本の光が落ちる。ライデイン、相手に稲妻を落とす魔法だ。シンプルだけど攻撃力は高い。

 

さすがにスマウグにもダメージを与えられたかな?と思って下を覗き込むとスマウグが坑道に落ちていくところだった。その間にトーリンが滑車から這い上がる。

 

やべえ、ライデインすげえ。さすがドラクエ屈指の攻撃力を誇る魔法だよ。まあ雷が降ってくる魔法だもんね、そりゃ弱くはないわ。

 

だけれどもラスボス、スマウグもこれで倒されてくれるほど弱くもなかった。空中で身を翻すとこちらに向かって全速力で飛んでくる。

 

 

『魔法使いガァァァァアァっーーー!!よくもヤってくれたなァ!この俺様に傷をつけた事、決して許さんゾォ!!!八つ裂きにし骨も残らぬほど燃やし尽くしてくれるわァァァーーーっ!!!』

 

 

「やべえ、めっちゃ怒ってるやん」

 

 

ライデインは効いたようだが、その結果スマウグを怒らせてしまったようだ。怒り狂った声が坑道から聞こえてくる。しかもターゲットが私に固定されてしまったようだ。

 

どうしよう、ヘイト管理をミスったかもしれん。スマウグが全力で殺しに来るとかどう考えても生き残れる気がしませんよ。レベル30でHPも220くらいあるからちょっとは耐えれるかもしれないが単独撃破は絶対できんぞ。むりぽよ。

 

もうこうなったらトーリンの策に期待するしかない。全力で製鉄所に向かうが、その前に時間稼ぎのためもう2、3発ライデインを落としておく。後ろで『クッ、また魔法を、』『痛ッ、痛いぞこの魔法、え、まだ来るの?ちょ、やめ』って声が聞こえたからワンチャンライデインを打ち続けたら勝てるのかもしれんが、MPに限りがあるのでちょっと自重。ライデインめっちゃ効いてるやん。まほうのせいすいがあったら私は世界を救えたかもしれん。

 

製鉄所に着くと『どうする?炉を起こすにも火がないぞ?』と皆が相談しあってた。お、それは得意ジャンル。火を着けるのは任せて下さい!

 

 

「わたしが火をつけるよ」

 

 

「おお、ナノ。やってくれるか」

 

 

「うん。ベギラマ!!!」

 

 

炉はかなり大きい物だったから1番火力の高い魔法でいく。MPが心許なくなってきたなぁ。この世界だと寝るのとレベルアップ以外に回復の手段が無いからかなりつらい。魔法が使えなくなったら私は図体デカイだけの小娘だよ。いやデカくもないわ。標準サイズの人間です。

 

トーリンがバーリンに炎玉を作るよう指示したり皆を所定の位置へ着くように伝えていたりしていると、スマウグが壁を破壊して製鉄所に入ってきた。そしてキョロキョロ辺りを見渡すと私を見て吠えた。うわっ、狙われてるのやっぱりわたしかよぉ!

 

 

『小娘ェ!よくもやってくれたなァァ!!!消し炭にしてくれるわァ!!』

 

 

「わたしばかり目の敵にするのやめて下さい、死んでしまいます」

 

 

「ビルボ、やれー!!」

 

 

その時トーリンが指示を出し、ビルボが何かのレバーを引く。するとあちこちから水が溢れ出してスマウグに浴びせた。おお、いいね。ジューっと音がしてスマウグが冷やされているよ。そのまま頭も冷えてくれないかな。

 

だけれども当然それだけではスマウグを倒す事はできない。皆炎玉を投げつけたり鉱石を落としたりしてスマウグの注意を引く。

 

そうしている間にトーリンは火を着けたことにより溶かされた黄金の川に乗って移動していく。え、エリアチェンジですか?ちょ、どこ行くの?

 

トーリンが『走れナノ!王の間に誘いこめ!』と叫んだので行き先はわかった。でも名前呼ばれたせいでスマウグの意識もこちらに向いた。うわあああっ!!!

 

 

『待て!小娘ェ!!』

 

 

「待てるか死ぬわ!」

 

 

全力で製鉄所を走り抜ける。ついでにスマウグが暴れたことで足場が崩壊して落っこちたビルボとも合流したので2人で走る。

 

迫りくるスマウグを背に、滑り台みたいなのを滑り降りて王の間っぽいところへたどり着く。でも入った瞬間スマウグが壁を壊して大きなタペストリーが上から降ってきた。重っ!

 

王の間に着くとスマウグはあちこち歩き回りながら、『今回のことは穢れドワーフとみすぼらしい湖の民の考えたことに違いない』と言ってエスガロスに行こうとする。

 

え、ちょ、はあああっ!!!?エスガロスは関係ないじゃん!100歩譲ってドワーフ達はスマウグに戦いを挑んだのだから焼こうとするのはわからんでもないけど、エスガロスはまじ関係なくない?とばっちりにも程がある。このトカゲ、心が狭すぎる。

 

ビルボが『彼らは関係ない!待て!町へは行かせないぞ!』と勇ましく出て行くが、スマウグは『奴等の死に様を見ているがいい』と言って鼻で笑う。マジ性格悪いなこのドラゴン。人の嫌がることはしてはいけないと習わなかったのかね。友達いないでしょう赤トカゲ。

 

それでも出ていこうとするスマウグを止めようとしたのが我らが王様トーリンだ。トーリンは何やら建造物の上に立つと『今こそ復讐の時!』と言って鎖を引いた。

 

すると黄金のドワーフ像が現れた。巨大な巨大なドラゴンよりも大きな金の像だ。あまりの美しさにスマウグも見惚れている。

 

うん、でもどうやって倒すの?と思った瞬間、像が溶けた。眩いばかりの金色が辺りに降り注ぐ。

 

高温の金がスマウグに絡みつく。そしてそのままスマウグは黄金の中に沈んでいくんだけど、ちょおおおおっ!!!わたしも沈むぅぅぅーー!!!

 

王の間にいたビルボと私もおもっくそ巻き込まれた。ちょ、トーリン、何するか事前に言っておいてよ。全力で走って何とか難を逃れる。マジ危なかった。あのままスマウグと一緒に黄金の像にされるところだったよ。邪悪な竜と勇敢なホビットと図太い魔法使いの像、みたいな感じで。あの性悪竜と一緒に固められるのは嫌でござる。

 

王の間が黄金で満たされる。さすがにこれでスマウグを倒せたかな?と思った瞬間、金色の竜が飛び出す。スマウグは生きていた、死んでいなかった。

 

スマウグはそのまま身体に纏わりつく黄金を振り払うように身体を捻ると、そのまま湖の町へ向かって飛び立った。

 

ビルボが『ああ、なんてことを、』と嘆く。スマウグは何があろうともエスガロスを滅ぼすつもりらしい。

 

ドラゴンの脅威は一時的にだが去った。そのかわり湖の民が危険にさらされている。

 

あの町にはキーリ達だっている。このままだと彼らの命も危うい。

 

 

「わたしが町に戻って皆に竜が来ることを伝えてくるよ」

 

 

「ナノ、そんなことができるの?」

 

 

「うん、一度行ったことのある町なら戻れる魔法があるんだ。すぐ行ってくる」

 

 

もうこうなったら私が戻って皆に事情を説明するしかない。竜はやばい。ドラゴンはやばい。このままだとエスガロスの民が全滅してしまう。

 

時間が無いから私だけで行く。ビルボにはトーリンたちにそう伝えてくれと頼んだ。

 

本当言うと全くもって行きたくない。何が楽しくて火を吐くドラゴンのいる町へ戻らないといけないんだ。だけども人命は大切だ。すぐ行こう。そんでもってすぐ逃げよう。

 

 

「うん、ルーラ!」

 

 

移動魔法を唱えてエスガロスへと戻る。ドラゴンのいる炎の町へと。

 

この時のわたしはまだ理解していなかった。自分が勇者であるということ、それを真に理解していなかった。

 

異世界転移者ナノは勇者である。その意味をわたしはこれから知ることになる。

 

 

 




第二部完!


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覚醒

 

 

ルーラでエスガロスに戻る。ここは街の外れか?いや、街の入り口か。

 

どうやらまだスマウグは来てないようだ。さすがに魔法での瞬間移動のほうが速かったらしい。でもすぐにこの街に飛んでくるだろうし早く行動した方がいい。

 

でもどうやって避難勧告したらいいんだ?

 

『竜がくるぞー!逃げろー!』って叫びながら街中走る?いや、効率悪すぎだろ。どんだけ街広いと思っているんだよ。バルドさんが狭い街だからとかなんとか言っていたけど万単位の人数はいるよね?いちいち一軒一軒通告とかしてられないぞ?うん、どうしよう。

 

やっぱりこういうのは偉い人に言ってもらうのが手っ取り早いよね?取り敢えず領主様の屋敷目指そう。で、それが終わったらキーリ達の回収だ。

 

そう思って走ろうとした瞬間上空を影が過ぎる。嘘だろ、来るの早過ぎませんか?わたしの考えは全部無駄になった。

 

瞬間上空から炎が降り注ぐ。空飛ぶスマウグが上空から街に炎を吐いたのだ。辺りから悲鳴が上がる。『竜だ!竜がきたぞ!!』という人々の叫びが辺りに響き渡る。ちくしょう、ルーラしてきたの全部無駄になった。やっぱり飛行能力ってずるいと思う。離れ山まで行くの苦労したのに飛んだら一瞬じゃないか。

 

せっかくここまできたのだからキーリ達は回収したい。そう思ってバルドさんの家に行くとすでに家はもぬけのからだった。うそっ、皆どこ行ったの!?もう逃げたの!?

 

この広い街で一度離れたらもう巡り合えないと思うの。あちこち燃えて視界も悪いしね。どうしよう、もうルーラでエレボールに戻る?

 

炎はどんどん燃え広がり夜だというのに周りはとても明るい。スマウグは炎を吐き続け街全体を燃やし尽くそうとする。こうなったのは私達のせいだし、このまま何もせず立ち去るのはめっちゃ良心が痛む。いやせめてMPの分くらいは仕事しよう。ルーラの分は残して!

 

 

「ライディン!!」

 

 

『クギャアッ!!!魔法使い!来ているのかッ!!何処ダァァ!!!!』

 

 

使う魔法はひとつしかない。信頼と安定のライディンさんをスマウグに向かってぶっ放す。他に使える魔法はありません。ベギラマとか、燃える街にさらに油を注いでどうするんだよ。勇者なのに有用な魔法が少な過ぎる。

 

ライディンで見事空飛ぶドラゴンを撃ち落としたらしい。だけどもすぐさま復活したスマウグが怒り狂った様子でわたしを探す。おぅ、ヘイト管理ミスってるぅ。こんなん一人で戦う相手じゃないよ。トーリン達も連れてくればよかったわ。

 

 

『そこか小娘ッ!!』

 

 

「え?うわあああっ!!!!」

 

 

視力の良すぎるスマウグはこの燃え盛る街の中からわたしを見つけ出したらしい。うそだろ?ちょっと索敵能力が高すぎませんか?わたしにも分けてくださいその能力。キーリ達探したい。

 

スマウグが火の玉みたいなものをわたしに向けて放った。全力で逃げるも炎弾の範囲は広く直撃は避けれたが風圧で吹き飛ばされる。

 

そのまま何処かの家の壁に叩きつけられ崩れた家の中に雪崩れ込む。

 

痛い!熱い!死ねる!うわあ、マジやばい。全身バキバキでとんでもなく痛い。勇者じゃなかったら即死だったわ。わたし勇者でよかったよ。

 

自分にベホイミをかける。痛みがなくなり回復したのがわかる。でも残りMPが少なくなってきた。もう半分を切っている。MPはわたしの命綱だ。これがなくなったら本気で死ねる。

 

ふらふらと立ち上がる。キーリ達に会えないしスマウグ強いし心折れそう。取り敢えずスマウグの注意はわたしに向かっているのだから、この間に街の住人が逃げていると信じたい。そうじゃなかったらマジで骨折り損すぎる。

 

その時ふと手に持つ感触に違和感を覚えた。わたしはいつもガンダルフにもらった杖を握っているのだけど(イスタリではないけど魔法の威力が上がる気がするので持っている)なんか感覚がおかしい。

 

恐る恐る手に握っていた杖を見る。するとおそらく吹き飛ばされた衝撃を受けてしまったのだろう、真っ二つに折れ、プラプラとブランコのように揺れていた。いやああいいっ!!!?

 

ちょ、これ折れちゃダメな奴だよぉぉぉーー!!!やばい、ガンダルフにもらった奴だぞ?世界文化遺産にでも認定されてもおかしくない杖だぞ?なんてもん折っちゃったんだよちくしょう。どうしよう、もうガンダルフに会いたくない。絶対に怒られる。

 

壊した杖はアイテムボックスにしまって頭を抱える。どうするんだよ、これ。取り敢えず今は戦闘中だし手ぶらはまずい。新しい武器を手に入れないと。

 

ふと周りを見ると山ほどの武器があちらこちらに並んでいることに気づく。剣に槍に弓に様々な武器が立てかけてある。何ここ武器庫?

 

もう一度見渡してここが何処だか理解する。あ、ここ領主様の武器庫だわ。一度忍び込もうとしたし間違いない。飛ばされた先に武器があるとはついているわ。一本もらっておこう。

 

ここの物は領主様の物であるが緊急事態であるし許してくれるだろう。パッと見た感じ杖はないな。そんな魔法使いしか使わないマニアックな武器はありませんか。

 

その時ふと目に付いた物があった。炎に照らされ明るくなったこの武器庫で一切光を発しない“黒”が立てかけられていた。

 

それは黒い剣だった。引き寄せられるように手に取り鞘から抜くと刀身すらも黒かった。全てが黒い漆黒のツルギ。

 

エルフの剣ではない、エルフの鍛えた剣は銀色に輝き何処か華がある。だけれどもこの剣は無骨だ。ただ剣たるためにここにある。

 

たぶん、これドワーフが鍛えた剣じゃないかな?見たことないから確信は持てないけどなんとなくそう思う。この黒い剣は頑固だが一途な彼らを表している気がした。

 

ドクンと身体の中で何かが脈打つ。初めて握った剣は驚くほど手に馴染んだ。手に持ったそれを一度軽く振ってみる。

 

風を切る音がして剣が振り下ろされる。剣など使ったことなどないのに驚くほど様になっていた。だけどそれを当然だと思う自分がどこかにいた。

 

ああ、そうか。そうだったのか。ガンダルフに杖をもらったのは意味がないことだったんだ。

 

わたしは勇者だ。勇者なのだ。勇者は杖など装備しない。

 

勇者が装備すべき武器は剣だった。今、剣を握りしめてはっきりと思う。

 

今まで魔法を使ってモンスターを倒してきた。でも勇者はそういう存在ではない。ほんの少し状況を有利にするために魔法を使うことがあっても戦いを決めるのは剣なのだ。

 

黒剣を掴み外へ出る。身体が軽い。外は相変わらず炎が燃え盛っていたが恐れる物はなかった。身体の底から湧き立つ何かがあった。

 

わたしは勇者、勇者なのだ。勇者とは魔物を討ち滅ぼす者、

 

わたしはスマウグを倒す為にここにいる。

 

 

「ライディン!」

 

 

『グオォォオオッ!!!まだ生きているのか魔法使いッ!』

 

 

再び舞い上がり街を蹂躙していたスマウグに向けて魔法を放つ。空飛ぶドラゴンを地に縫いとめる為に魔法はあるのだ。トドメを刺す為ではない。

 

スマウグはこの剣で倒すのだ。

 

 

「わたしは魔法使いではないよスマウグ」

 

 

家屋を登りスマウグの前に立ちはだかる。身体が軽い。家屋を登るのにも何の労力も要らなかった。身体能力がかなり上がっている。それはそうだ、旅を始めた時は一桁しかなかったわたしのレベルはもう30もある。あの時とは圧倒的にステータスが違うのだ。

 

 

『何?ではお前は何だというのだ小娘』

 

 

「わたしは、勇者だ」

 

 

スマウグに向かって走る。すぐ様炎が吐かれたがかまわず突っ込む。

 

勇者の戦いは無傷でいられない。その為に回復魔法があるのだ。

 

身体が焼かれる。ベホイミ。炎に炙られる。ベホイミ。

 

そして炎を抜けた。目の前にスマウグの顔が広がる。

 

覚悟は出来ていた。

 

 

『ば、馬鹿なッ!?炎に焼かれ何故無事なのだ!!?』

 

 

「くらえ!」

 

 

スマウグの左眼に向かい剣を振り下ろす。斜めに一閃、肉を切る感触が腕に伝わってくる。

 

『クギャオォォーーー!!!』というスマウグの叫びが辺りに響いた。左眼は奪った。でもまだだ。まだこれでは終わらない。

 

ここでドラゴンを地に沈めるのだ。

 

 

『小娘がァァァー!!!!殺してくれるッーーッ!!!』

 

 

怒れるスマウグの爪が振り下ろされる。避ける。振り下ろされる。避ける。

 

しっかりと剣を握りしめる。全てを終わらせる決意を固めた。

 

 

『小娘ェ!!ちょこまかと逃げるなァァァーー!!』

 

 

「そうだね、逃げるのはお終いだ」

 

 

振り下ろされる爪を避けなかった。握りしめた剣を竜爪に向けて斬り上げる。黒剣は振り切れた。

 

ドスッと重量感のあるものが落ちる音がした。赤黒い竜爪がすぐ側に突き刺さる。ドラゴンの武器をひとつ斬り伏せた。

 

 

『グオォォッーー!!俺様の爪がァァァ!!!』

 

 

叫び声を上げるスマウグに飛び乗る。そのまま腕を伝って背中までいく。狙うはその首ひとつ。

 

黒剣を振り下ろす。刃が半分ほどめり込んだ。流石に硬い。でもこの首をもらう。

 

 

『小娘ガァァァーーーッ!!調子に乗るなァァァッ!!!』

 

 

スマウグが首元にいるわたしを振り落とそうと仰け反る。足場が安定せずに剣は振るえない。振り落とされないように首に捕まる。

 

その時、何かこちらに向けて放たれた。風を切る音がした。

 

それは矢だった。黒い矢がスマウグに向けて放たれた。

 

矢は吸い込まれるようにスマウグの胸元へと突き刺さる。そこは守る盾となるべき鱗が剥がれ落ちた場所だった。

 

スマウグが痛みに咆哮を上げる。そういえばバルドさんの家で、かつてスマウグに黒い矢を浴びせ鱗を剥がしたっておとぎ話を聞いたっけ。きっとこれがスマウグの弱点だったのだ。

 

スマウグが痛みで飛び上がる。そして高く高く空を駆け抜ける。

 

このまま逃げるつもりなのだろうか?そうはいかない。ここでスマウグを逃すわけにはいかない。

 

黒剣を握りしめる。この一撃だけは外せない。

 

全身の力を込めた。身体中から力が迫り上がってくる。なんとなくこれが何なのか想像がついた。

 

 

「スマウグ、ドワーフの王国を返してもらうよ」

 

 

溢れんばかりの力が剣を伝った。黒剣がスマウグの首を斬り裂きその首を落とす。

 

“会心の一撃”

 

全身全霊の力を込めた一撃はスマウグを屠った。そのまま地面に向かって落下していく。

 

わたしは勇者、魔物と戦う者。剣を持ってわたしはようやく自分が何者なのか理解した。わたしは闇の者と戦う為にこの世界に来たんだ。

 

だから頑張るよ。ホビットもドワーフも大好きだから。だから、彼らの世界を守る為に努力する。

 

うん、でもどうやって着地したらいいのだろう?

 

スマウグの死体と共に落下していく中、即死だけはやめてくれと全力で祈るのだった。



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