デビルサマナー葛葉ライドウ 対 帝国華撃団(仮) (おおがみしょーい)
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序章

 アカラナ回廊。

 あらゆる時間と空間を繋げる場所であり、アカラナ回廊を一言で説明しようとすると、異空間、という形容が一番近いかもしれない。

 過去様々な事件の元凶ともなり、同時にその解決の一助になる。ただただ、そこにあるという摩訶不思議な空間、その全容を知るものは、恐らくいないであろう。

 

 そのアカラナ回廊の文字通りの回廊を1体の“悪魔”が歩いていた。

 “悪魔”は手負いの様で、身体のあちらこちらから、どす黒い体液を血液の様に地面にこぼしていた。一歩、一歩、歩を進めるたびに身体ごとくずれそうな程に体液が流れ出ている。

 

『ち゛く゛し゛ょ゛う゛……ち゛く゛し゛ょ゛う゛……』

 

 口らしき場所から、人語らしき言葉を、呪詛の様にもらしながら、“悪魔”はその身体を引きずるように歩いている。

 

『お゛の゛れ゛……お゛の゛れ゛……』

 

 恐らく“悪魔”自身、言葉を漏らしていることなど意識していない。ただ、感情が漏れるように、その感情が呪詛として零れ落ちているのだ。

 

 ――またか、またなのか。

 

 “悪魔”はそう、呪っている。

 

 ――またか、また「ヤツ」に阻まれるのか。

 

 “悪魔”は思い出している。

 

 ――片腕を喰ろうて、片足をすり潰し、片目を抉り出して、尚、戦意を衰えさせず、その命と引き換えに、この自分を半分に別ち、半分をその地に封印し、もう半分をこのアカラナ回廊へと追放した、にっくき男。

 

『ち゛く゛し゛ょ゛う゛……ら゛い゛と゛う゛……く゛す゛の゛は゛……ら゛い゛と゛う゛っ゛!゛!゛』

 

 “悪魔”はこの世の全てを呪うように、その名を口にした。

 

 この“悪魔”が意識を取り戻したのは、体感で言えば、つい最近だ。

 葛葉ライドウに相打ちのような形でアカラナ回廊に飛ばされた“悪魔”――正確にはその半身――は、アカラナ回廊に跋扈する他の悪魔や魂魄を貪り喰いながら傷がいえるのをまち、そして、己の半身を探し彷徨っていたのだ。

 ただ、ここはアカラナ回廊。時間という概念はほぼ意味を持たない。実際にどの程度の時間を“悪魔”が彷徨っていたかは誰にもわからない。

 

 そして傷の癒えた“悪魔”がまず初めに行ったのは力を取り戻すための行動だった。

 もちろん引き裂かれた半身は見つけたいが、それは広大に広がるアカラナ回廊からただ一つの出口を探すこと。それは砂漠の中におとした一粒の砂金を求めるのに等しく、それをする為にも、まずは半身と言えども十全の力を取り戻そうと考えたのだ。

 “悪魔”の力の源は、何か。

 それは人間の感情――さらに言うのであれば信仰である。

 人間がその対象を畏れるにしろ、崇めるにしろ、そこに集まるエネルギーが“悪魔”――または“神”と呼ばれるものの原動力となるのだ。

 故に“悪魔”は目の前の出口に急いだ、人がいる世にでれば、ただただ目の前にいる人間を喰らえばいい、喰らえばそれが畏れとなって、更なる力を“悪魔”に与えてくれる。

 

 しかし、“悪魔”の思い通りにはならなかった。

 

 何故ならそこには、自らをこのような状態にした男と同じ名を持つ少年がいたのだ。

 

『十四代目 葛葉ライドウ』、少年はそう名乗った。

 

 戦いは勿論、苛烈なものとなった。

 この”悪魔”も一度は他の世界の葛葉ライドウと戦った存在だ。しかし、相手は若く――否、若いながらも『ライドウ』の名を継ぐ天才であり。しかも、くぐった修羅場も1つや2つではない歴戦の悪魔召喚士(デビルサマナー)であった。徐々に追い込まれていった“悪魔”はついにアラカナ回廊への敗走を余儀なくされてしまったのだ。

 

 だが、客観的に見ると少々違う視点で物が見える。帝都でこの“悪魔”が出会った『十四代目 葛葉ライドウ』は「超力事変」、「アバドン王」、そして「コドクノマレビト」という帝都の危機を幾度となく救い『永世ライドウ』の称号にさえ手が届くのではないかと言われている逸材だ、そんなライドウに半身でしかも十全の力ではない状態で互角に戦い、消滅されずに逃げることが出来たこの“悪魔”もかなり高位の存在であることがうかがい知れた。

 

 しかしながらそんな事実はこの“悪魔”にとって何の慰めにもならず、一度ならず、二度までも「ライドウ」の名を持つ者にやられた事実は、憤怒となって“悪魔”の中を渦巻いていた。

 

――その時、何かの気配を感じて“悪魔”が顔を向ける。

 

『お゛ぉ゛……お゛お゛ぉ゛……』

 

 明らかに今までの呪詛とは異なる、歓喜、驚愕、驚嘆の入り混じった声が漏れる。

 

『お゛ぉ゛……お゛ぉ゛っ゛!゛!゛ そ゛こ゛か゛、そ゛こ゛に゛い゛た゛の゛か゛!゛!゛』

 

 今度は歓喜のみを迸らせて“悪魔”が叫ぶ。

 

 そこに――

 

「……みつけたぞ」

 

 氷のように冷たい声と共に、外套の少年が立っていた。

 

 漆黒の外套に身を包み、その外套の中も黒の詰襟學生服。しかし、同じ色の學生帽の鍔から覗く貌は驚くほどに白く、役者の様ですらあった。

 目張りをされたかのようなはっきりとした切れ目の双眸には強い意志が見て取れ、陶器を思わせる白い頬には鋭角に尖った揉み上げが張り付いていた。

 『白眼の美少年』、そんな表現がしっくりとくる容貌をしている。

 しかし、そんな一見ひ弱そうな外見とは異なり、その身体から放たれる気配は驚くほどに大人びて、しんとした静謐に包まれていた。

 

「逃がしはしない」

 

 ライドウは自ら携えた『赤口葛葉』をすらりと抜き放ち、“悪魔”に向ける。

 

『やれやれようやく見つけた……ライドウ、これ以上逃げられると面倒だ、此処で仕留めろよ』

 

 どっから出てきたのか、いつの間にかライドウの足元にいた翠目の黒猫――業斗童子の言葉に、

 

「委細承知」

 

 ライドウは短く答える。

 

『か゛あ゛あ゛ん゛――し゛ゃ゛ま゛た゛、し゛ゃ゛ま゛た゛!゛!゛』

 

――今、貴様等にかまっている暇はない。

 

“悪魔”はくるりと踵を返すと、傷から体液が零れ落ちるのも構わずに逃げ始めた。

 

「逃がさない――と、いった」

 

 それを見たライドウは懐から2本の“管”を取り出し、人差し指、中指、薬指の間にそれぞれ挟むと腕を交差しながら口元への持っていき、呪と唱える。

 

「召喚――猛り狂え――メズキ! ゴズキ!」

 

 ライドウの召喚に

 

『応ぅっ!』

『轟うっ!』

 

 地獄の獄卒を務める“馬頭鬼”と“牛頭鬼”が顕現した。

 

『義理あって、助太刀申す!』

『往生しなさい!』

 

“馬頭鬼”と“牛頭鬼”が“悪魔”へと襲い掛かる。

 

『ち゛い゛い゛い゛、お゛の゛れ゛、ら゛い゛と゛う゛!゛!゛』

 

 “悪魔”はこのままでは逃げ切れぬと悟ったか、意を決して、身体の一部をねじ切り、襲い掛かる“牛頭鬼”と“馬頭鬼”に投げつけた。

 

 き゛え゛え゛え゛え゛ん゛

 

 “悪魔”から放たれた身体の一部は牛一頭分もあろうかという巨大なガマ蛙となって2頭に襲い掛かる。

 

『ぬうう!』

『何のこれしき!』

 

 2頭はそのガマ蛙をそれぞれ手に持った獲物で迎え撃った。

 

――ぶ ち ゅ

 

 嫌な音と共に、ガマ蛙がつぶれる――と、同時にガマ蛙の身体から紫色の煙が吹き上がり、あたり一面を覆った

 

『おい! ライドウ! これは』

「毒霧……」

 

 業斗童子の言葉に、口と鼻を腕で隠しながらライドウは、気配を探るように一面紫色で覆われた周囲に視線を走らせる。

 

 そしてーー

 

「そこか」

 

 懐から、拳銃――コルトライトニングカスタムを取り出すと引き金を引く。

 

 き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛……

 

 手応えが――あった。

 

 ライドウがその叫び声の方向に走っていくと、紫色の煙を抜けた先に“悪魔”がいた。

 頭が半分吹き飛んでいるのは、恐らく、先ほどの拳銃による傷だろう。

 しかし、“悪魔”はまだ、生きていた、そして何故かその口元からは歓喜の声が溢れていた。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛、ら゛い゛と゛う゛……』

 

 “悪魔”の言葉にライドウは答えず、眉一つ動かさずに拳銃の引き金を引いた。

 

『き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……』

 

 特殊な処理を施した弾丸が“悪魔”の身体を抉る。

 断末魔と共に“悪魔”は崩れていくが、口元の笑みは消えていない。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛と゛、い゛っ゛た゛た゛ろ゛う゛……』

 

 そんな途切れ途切れの言葉に違和感を覚えたその時――

 

『ライドウ!! こっちだ!!』

 

 業斗童子の言葉に振り返ってみると、そこには道の端にあるアラカナ回廊の出口に向かってはしる、大型犬程のおおきさの蜘蛛がいた。

 

「くっ!」

 

 ライドウは手に持った拳銃を蜘蛛に向けるが、

 

『さ゛せ゛ぬ゛!゛』

 

 最後の力を振り絞った“悪魔”が口から先ほどと同じ毒霧をライドウにぶつけてきた。

 

「――っ!!」

 

 とっさに身を翻して避けたが、顔を上げると蜘蛛は既に光の中へと消えていた。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛、ら゛い゛ど゛う゛。お゛れ゛は゛は゛ん゛し゛ん゛を゛と゛り゛も゛と゛し゛、ふ゛た゛た゛ひ゛き゛さ゛ま゛の゛ま゛え゛に゛あ゛ら゛わ゛れ゛る゛。く゛ひ゛を゛あ゛ら゛っ゛て゛…………』

 

 “悪魔”は言葉を最後まで紡ぐことなく、崩れ落ちた。

 

『厄介な事になったな、ライドウ』

 

 蜘蛛が消えた光の前に立ったライドウに業斗童子が声をかける。

 

『どうする?』

「ゆく」

 

 ライドウは業斗童子の問いかけに、簡潔に、しかしハッキリと答えた。

 

『やれやれ、しょうがない、これも任務だ――ではゆくか』

 

 業斗童子の言葉にうなずくと、ライドウは何の恐れも、気負いもなく光の中へと足を踏み入れた。

 

――ここはアカラナ回廊。

 

 あらゆる時間と、あらゆる可能性が交わる場所。

 “悪魔”が逃げ込み、ライドウが踏み入れた世界は、奇しくもライドウ達が生きている時代と同じ名前を持つ時代の帝都。

 

――太正時代。

 

 蒸気機関が発達した、もう一つの可能性のである帝都。

 

 ここに十四代目 葛葉ライドウの新たな戦いが、幕開けたのだった。

 

 



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夜桜

 横浜のとある丘の上。

 風がかすかに潮の匂いを運ぶ丘の上に、一本の桜の古木が満開の花を咲かせていた。

 見事な桜である。

 その幹は太く、大人が3人ほど手をつないで幹をぐるりと囲んでも尚、余るくらいに太い幹をしている。

 それに比例するように枝ぶりも古木とは思えないほど伸び盛り、その枝が軋むほどに桜の花を咲かせている。

 その枝から、桜の花びらがひらりひらりと舞い落ちていた。

 風はないが、自らの花びらの重さで枝から離れ、地面へと落ちている。

 

 時刻はそろそろ深夜に差し掛かろうと言いう時間だ、月が桜の木の真上に差し掛かろうとしていた。

 

 そんな夜中、桜が舞い散る木の根元に、一人の老人が座っていた。

 

 作務衣をゆったりと着込み、地面にそのまま胡坐をかいて座っている。

 一見して還暦は越えているように見えるが、すわっている背筋はピンとのび、その全身からは隠し切れない気品の様なものがあふれ出ている。

 老人の前には木製の大き目の盆が置いてあり、その中央には皿が一つ、茶碗が2つ置いてあった。皿の上には、その上には鰹――正確に言うなら、初鰹の刺身が盛られているようだ。

 初鰹にはその身が隠れるほどにたっぷりと薬味がのっている。

 輪切りのネギ、千切りのミョウガ、同じく千切りの大葉、そして醤油に浸ったニンニク――しかし、老人はその皿には一切箸をつけずに茶碗に自ら注いだ透明の液体――日本酒のみに口を付けていた。

 老人は手酌で茶碗に酒を注ぎ、鰹には手を付けずに、酒を飲んでいる。早くもなく、遅くもなく、夜の匂いと、潮の匂い、そして桜の匂い、そんなものを肴に酒を飲んでいるようだ。

 

 ふと、人の気配がした。

 

「お待たせして申し訳ありません。花小路伯爵」

 

 老人――花小路頼恒が顔を上げると、そこには陸軍の軍服に身を包んだ一人の男が、軍帽を脱いで立っていた。

 男は年で言えば壮年といったところだろうか。

 背丈もあまり高くはない。

 しかし、それを補って余りあるほどの思慮がその双眸からは見て取れた。

 歴戦の勇士――そんな表現がぴたりとあう男だ。

 

「おお、米田君、夜分にすまんな。さっ、座ってくれ」

 

 花小路は男を見ながら親しげに声をかける。

 

「失礼します」

 

 男――米田一基は一礼をして花小路の向かいに胡坐をかいて座った。

 

「まずは一献」

「ありがとうございます」

 

 座ると同時に花小路が一升瓶を手に持って、米田の前にある茶碗に酒を注ぐ。

 酒を注ぎ終わると互いが持つ茶碗を軽く掲げ、視線を交わす。

 そして――ぐいっ、と同時に茶碗を傾けた。

 

「おぉ……こいつぁ……いい香りですね」

 

 思わず零れた米田の感想に

 

「わかるか、灘の一級品だよ」

 

 花小路は嬉しそうに答えると、今度は待ちかねたかのように鰹に箸をつけた。

 花小路は皿から鰹と一緒に薬味を巻くように持ち上げると口に運ぶ。

 しゃりしゃりと薬味を噛む音が花小路の口から聞こえてくる。

 

「相変わらずお好きですね、この食べ方が」

「いろいろ試してみたが、初鰹はこれが一番だよ」

 

 花小路の言葉を聞きながら、米田も皿に箸をつける。

 初鰹の持つ若干の魚臭さを薬味が包み込み、またしゃりしゃりとした食感がアクセントとなって春しか味わえない清涼感が口の中に広がる。

 なるほど確かに脂の少ない、さっぱりとした初鰹には、この様に薬味をたっぷりとのせたほうが旨いかもしれない。

 

「どうだ、帝都の方は変わりないか?」

 

 そんなやり取りの中で花小路が米田に問いかける。

 

「ええ、まぁ……日本最大の都市ですからね、多少の諍いはありますが……それは警察の領分、我々は……まぁ、静か……ではありますな。今は……」

 

 そんな花小路の問いかけに、少し考えるように米田が答える。

 

「ふむ……だか、その静けさが怖い……という事かね?」

「いや、確信があるわけじゃあないんですが……こう長年軍人なんて因果なもんをやってると、凄く不安定なもんに思えてくるんでさぁ……平和、ってやつがね」

平和(それ)を目指している……のにか」

「あいつらが命を懸けて手に入れたものに、そんなこといっちゃあ、悪ぃのはわかっちゃいるんですがねぇ。大事なもんだから、壊れやすい……ってのも嫌って程、知ってるもんで……」

 

 そういうと、自分の言葉がその大事なもの――平和を壊しているように思えたのか、手に持った茶碗の酒を一気にあおる。

 酒と一緒にそんな不吉な考えを飲み込んだようにも見えた。

 

「ふむ……」

 

 花小路はそんな米田の言葉に、肯定も否定もしなかった。

 これまでの米田の経験を考えるのであれば、しょうがない

 

「いや、それはともかく……話ってぇのはなんでしょうか。こんなところでって事はあんまりいい話じゃなさそうですが……」

 

 微妙な雰囲気になりそうな空気を察し、米田がずばりと本題に切り込んだ。

 

「ふむ……吉報か、凶報かは判断が難しいところなので君を呼び出させてもらった……神崎忠義からのごく個人的な経由で私のところに来たものだ――こいつをどう思う?」

 

 花小路はそう言って、一枚の霊子写真を取り出した。

 蒸気機関が発達したこの太正時代、通常の大正時代とは比べ物にならないほどの鮮明な画質で写真は写されていた。

 

「失礼します――こいつぁ……っ!」

 

 米田はその写真を見て瞠目した。

 

「神崎重工の帝都警護の一環で実験している、自動防犯霊子カメラに偶然映り込んだものらしい」

「てぇことは……これは帝都の?」

「月島周辺だ」

「なるほど……」

 

 そう言って米田は再び写真に目を戻す。

 その写真は深夜の事のようで、当然のことながら全体的に闇が支配している、しかし、その中に一部、人影とそれに相対するように異形のものが見て取れた。

 その異形は4本足で立ち、顔面にはライオンの様な鬣、しかしその顔はライオンとは似ても似つかず、人面の様に見えた。そして何よりその体躯はライオンよりもさらに大きく人の背丈の倍はあるようであった。

 

「降魔……ではないようですが」

「だが、我々には降魔、という表現でしか“それ”を表現するすべがない」

 

 米田の呟きに、花小路が答える。

 

「しかし、お言葉ですが、これならば新種の降魔の発見として、正規のルートで回ってくるべきものなのでは?」

「うむ、なので、本題は其処ではない……“それ”に対峙している人影がおるだろう、それを可能な限り拡大したのがコレじゃ」

 

 そう言って花小路は懐からもう一枚の霊子写真をとりだし、米田に渡す。

 

「――こいつあ」

 

 米田は再び瞠目した。

 米田は始め、その人影は異形の“それ”の哀れな被害者なのだと思っていた、しかしそこに写っているモノはそれを否定していた。

 人影は刀を携えていたのだ。

 拡大して初めて分かったが、その人影は外套を着ているらしい、その隙間から刀を持つ手が見て取れ、その切っ先は真っ直ぐに異形に向いていた。

 そして米田はようやく花小路の意図を理解した。

 刀の柄、そこにかすかに“紋”がみえた。そしてそれは、米田――否、帝都守護に関わる全ての人間が関係し、しかし、一握りの人間以外は忘れ去られてしまっている、そんなモノであった。

 

「こいつぁ……まさか“ヤタガラス”の紋ですか?」

 

 自分の見たものが信じられないというように、米田は花小路に問いかける。

 

「私も最初、目を疑った。神崎もそうだろう。だから個人的にこの写真を送ってきたのだと考えている……しかし、それが本当に“ヤタガラス”のものであるなら、その異形は降魔ではなく“悪魔”ということになる」

「ううむ……」

 

 米田は目をつぶり考え――そして

 

「まず、裏御三家に連絡をとります。私が直々に赴いて調べさせてもらいます。その方が何かと融通が利きますんで」

「帝都の方はどうする?」

「かすみ君もいるし、大神のやつも、最近はなかなか頼りになるようになりました……まだまだですがね……それに、いつもは放蕩支配人させてもらってるんで、こういう時、数日空けても問題はないでさぁ」

「うむ……」

「ただ、加山にだけは伝えておきます。何かと必要になってくると思いますんで」

「まかせる」

 

 そういう事になった。

 

 深夜の丘の上、桜の木の下で花小路はまだ、酒を飲んでいた。

 米田は既にいない。

 花小路は米田との話を思い出しながら、そこに関連する思考を考えるとはなしに考えながら、酒を飲んでいる。“賢人機関”のこと、“帝都守護”のこと、“帝国華撃団”のこと、今は亡き“ヤタガラス”のこと、そして“ヤタガラス”と共に滅びた“葛葉”の事……

 

――びゅうっ

 

 と、いきなり突風が吹いた。

 その突風にあおられるように桜の花びらが一気に空を舞う。

 そして空に舞い上がった無数の花びらの一枚が、花小路の茶碗の酒に落ちる。

 酒の水面にゆらりゆらりと花びらが揺蕩う。

 その揺らめきが、先ほどの米田との会話にあった平和の危うさに思えて、花小路は

 

――ぐぃ

 

 っと花びらごと、茶碗の酒を飲み込んだ。

 

 漆黒の闇の中に、ひらりひらりと桜が舞っている。

 

「“悪魔”……か」

 

 花小路の誰に聞かせるでもない言葉は、その闇の中に静かに溶けていった。

 



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帝劇

時期としては大神さんが巴里にわたる直前
くらいに思っておいてください


 太正十五年 春

 昨年末に起こった黒鬼会による“太正維新作戦”から数カ月、帝都の傷跡も目に見えて元に戻り始めていた。

 そしてそんな桜が咲き、新たな出会いの季節である春の中心ともいえる時期は、早朝にもかかわらず陽の光は温かさを含んでいた。

 そんな春らしい麗らかな日差しが差し込む、大帝國劇場の中庭で二人の人影が向かい合って立っていた。

 一人は男で、もう一人は女――少女の様だ。

 二人はただ立っているのではない、手に木刀を持っている。

 

 少女は桜色の着物に紫色の帯、紅色の袴を身に着け、履いている靴は黒い革靴。そしてひときわ目をひくのは大きな赤いリボンにまとめられた、見惚れるほどに艶やかな黒髪であろう。

 10代後半であろうか、その貌立は若干の幼さを残すものの、少女と女との境を絶妙に調和したような魅力にあふれていた。

 大和撫子、そんな概念が桜色の着物を着て歩いている、そんな少女であった。

 

 少女――真宮寺さくらは、木刀を晴眼で構え、相手を見ている。

 

 対する男は、少女――さくらとは異なり、二刀を携えていた。

 

 精悍な貌立ちをしている。年齢は20代の半ばに届くか――といったところだろうか。

 黒々とした黒髪は短く刈り込こまれ、肌はしっかりと日に焼けていた。

 特に目をひくのはその双眸だろう。切れ目の双眸からは強い意志と慈愛がみてとれ、この男が若いながらも様々な経験を潜り抜けてきたことが見受けられる。

 日本男児――何かを守るために、己が命を懸けられる――そんな男の眸をしていた。

 

 男は、最近ようやく主流となりはじめた洋装をしている。

 白い開襟シャツにベージュのベスト、そしてサスペンダー付きの紺のズボンに茶色の革靴。

 特に特徴のない服装だが、二刀の大太刀を模した木刀を構えた姿は凛として美しく、見とれてしまうほどに雄々しい構えをしていた。

 帝国華撃団・花組隊長――大神一郎である。

 

 二人は互いに木刀を手に対峙している

 

 互いに朝の剣の稽古の為に中庭に鉢合わせ、ならば、久しぶりに手合わせをしよう――そういう事になって、今に至っている。

 

 しかし稽古と言っても大神は二天一流、さくらは北辰一刀流の免許皆伝の実力者同士である、町の剣術道場の立ち合いの様な温い打ち合いなどはしない。互いをギリギリにまで研ぎ澄ませた只1回の試合――そこに全力を出すことで、価値のある稽古になるのだ。

 

 故に、互いに真剣での立ち合いの様に相手を見据えている。

 

 二人の間の空気がぴん、と張り詰めていた。

 何かの――それこそ蝶の羽ばたきでさえも破れそうなほどの緊張にもかかわらず、数刻この空気は張り詰めたままになっている。

 

 このままさらに数刻、この状態が続くと思われたその時――

 

 すっ……と、大神が半歩、後ろ身体を引くと同時に、

 

「おぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から湧き出る様な雄叫びを上げる。

 ただの声を上げたのではない、声と共に“気”を爆発させたのだ。

 目の前にいたさくらからは、大神の身体がいきなり膨らんだように感じた。

 “気”とはただオカルトめいた力ではない。“気合い”や“やる気”の様に人間から溢れるエネルギーは時に他人にまで影響を与える。

 そして、それはこの様な1対1での戦いにおいては非常に重要なファクターになる。

 究極的に言ってしまえば、相手を自らの“気”で食ってしまえば、その時点で勝敗は決したといってもいいのである。

 

 声と共にびりびりと大気を震わせる、紫電を思わせる“気”がさくら目がけて解き放たれた。

 この様なあからさまな“気”に触れたならば、普通は、萎える。または一瞬でも動けなくなる。

 しかし、さくらはそのどちらにもならなかった。

 さくらはその“気”に押されるようにふわりと後方に下がったのである。

 身体を桜の花びらの様に浮かし、大神の塊のような“気”をいなしたのであった。

 これで大神の初手は不発に終わると思われたが……そうはならなかった。

 大神はさくらの行動を読んでいたかのように、足を止めずに、さらに踏み込んで、後方に逃げたさくらの間合いに強引に割り込んできたのである。

 

「せりゃ!」

 

 電光の様に打ち下ろされた大神の右の木刀を、さくらは半身になりながら躱すと大神の空いた脳天目がけて、

 

「せいっ!」

 

 木刀を打ち下ろした。

 

 かんっ

 

 乾いた音を立てて、さくらの木刀を、大神の左の木刀が受ける。

 

「おおっ!!」

 

 大神が力任せに左の木刀を払う。

 通常であれば、片手と両手、男女の差はあるが片手の大神の木刀が押し負けそうなものでもあるが不利な体勢にもかかわらず大神はさくらの木刀を見事に払いのけた。

 渾身の一撃を防がれたさくらは、通常であれば、体勢を崩しそうな状況を、大神の力に逆らわず再びふわりと後方に飛び距離をとる。

 

 二人の間に間合いが出来た。

 その瞬間――

 

「てりゃ!!」

「せえいっ!」

 

 二人の裂帛が重なった。

 

 一瞬の瞬きの後、大神の木刀がさくらの喉元でぴたりと止まっていた。

 さくらの木刀は大神の脳天を叩く直前で止められていた。

 

――ぱちぱちぱち

 

 どこからともなく拍手が聞こえてきた。

 

хорошо(ハラショー)

 

 拍手の主はそのような声を掛けながら二人に近づいてきた。

 拍手の主は女だった。

 絵画の様な見事なプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、透けるような白い肌を対照的な黒いコートで包み、拍手をしている手は赤い手袋がはめられていた。

 美女――と評して異論が出る事は、まずないであろう、そんな女だった。

 

 一枚の絵画の様にぴたりと止まっていた二人は、その言葉を聞くと、同時に息を吐き、元の位置に戻ると互いに礼をした。

 

「やあ、おはよう。マリア」

「おはようございます。マリアさん」

 

 互いに礼をした大神とさくらは、声の主――マリア・タチバナに挨拶をする。

 

「ふふ、朝から素晴らしいものを見せてもらったわ。隊長もさくらも流石ね」

 

 にこやかに微笑みながら、マリアは二人に近づく。

 この大帝國劇場のスタアでもあるマリアからこの様な微笑みを向けられたら、卒倒する女性――マリアは麗人役が多く、ファンの比率は女性が圧倒的に多い――は一人や二人ではないだろう。

 

「ありがとう、マリア。君にそう言われると嬉しいな」

「はい、ありがとうございます!」

 

 二人はそんなマリアの言葉に素直に礼を言う。

 

「でも二人とも、そろそろ食堂に行かなくてはいけない時間だと思うわ」

「え? あぁ、もうそんな時間か……」

「よほど真剣に稽古してたのね。さくらは早く着替え――」

 

 マリアの声がけを

 

「よし、じゃあ、3人で食堂にむかうか!」

 

 大神が遮るように3人に声をかける。

 

「はい――」

 

 と、大神の声に返事をしたさくらが

 

「あぁ!」

 

 と何かに気づいたように、声を上げた。

 

「あ、あの、あたしは後から行きますから、大神さんはマリアさんと先に行っててください」

「ん? どうしたんだい、さくらくん。まさかさっき何処か当たって……」

 

 狼狽するさくらに、大神が――本人的には気を使い――さくらに顔を近づける。

 

「いや、駄目です! 大神さん――顔近づけちゃ……ダメーーーっ!!」

 

 バシィインッ!

 

 何かを打つような音が中庭に響き渡る。

 次の瞬間、さくらの平手が大神の頬を打っていた。

 

「えぇ!」

 

 痛みよりも驚きで声を上げる大神。

 

「もう! 大神さんはホントに――」

 

 さくらはそのままくるりと踵を返すと、たたたっと中庭から足早に出ていった。

 

「えぇ……」

 

 取り残された大神はくっきりと頬についたさくらの手の後をさすりながら困惑の声を上げる。

 

「やれやれ……」

 

 そんな二人のやり取りをマリアは呆れた様に見ている。

 マリアはさくらの気持ちが手に取るように分かっていた。

 緊張感のある稽古の後、自らが大きく汗をかいていたことをさくらは気づいたのだ。

 寝食を共にしている仲間とは言え、異性――しかも、少なからず心を寄せている――と、大量に汗をかいたまま食卓を共にする……というのは思春期の少女であれば、やはり少なからず抵抗があるだろう。

 しかし、朴念仁の大神は、もちろんそんなことには気づかない。

 だが、ことの詳細を説明するなど、それこそさくらに対して失礼だ。

 

「隊長は、もう少し、女心というモノを学んだ方がいいかと思います」

 

 マリアはそういうと、すたすたと食堂に向かって歩いていく。

 

「えぇ……」

 

 ただ一人中庭に取り残された大神は、ただただ困惑の声を上げるだけであった。

 

――

 

 大帝國劇場の食堂。

 昼間は一般客にも開放され、帝都民の憩いの場でもある場所であるが、此処にはそれ以上に重要な役割がある。

 それはこの大帝國劇場の看板スタア、帝国歌劇団並びに帝都の平和を人知れず守る帝国華撃団、その花組の胃袋を満足させるという難易度特級の任務を担っているのだ。

 

 只々美味い料理を出す――という単純な話ではない。

 

 花組は世界中様々な場所から集められた少女達だ、嗜好も勿論千差万別だ。

 マリア・タチバナはロシア料理、イリス・シャトーブリアン――通称:アイリスはフランス料理、李紅蘭は中国……と言いたいところだが、関西での生活が長かったためか純粋な中華料理より、関西風――薄めの味付けを好んでいる。

 同じ日本人でも、さくらと神崎すみれは育ちの違いで、食事の好みは全く正反対であるし、独自の文化圏を形成している琉球生まれの桐島カンナは、やはり地元琉球の食事を好んで食べている。その上で彼女たちの健康も考慮した食事を毎食用意するのだから、厨房のシェフたちの苦労はいかばかりか推し量る事しかできないが……そこは彼らも“帝国華撃団”の一員だ、常に最高レベルの“あたりまえ”を彼女たちに提供し続けている。

 その甲斐あってか、この帝都防衛の拠点である大帝國劇場の最新鋭の設備の中でも、食堂の評判は隊員から最高との評価を得ている。

 

 因みに余談ではあるが、隊長である大神一郎はこの厨房のシェフ達からはとても人気が高い。何故ならば、この注文の多い隊員たちの中で、軍隊出身者である彼は、唯一好き嫌い、不平不満一切なく、出された料理を全て綺麗に平らげてくれる為、大神の存在は、シェフ達にとって癒しなのである。

 

 閑話休題

 

 帝国陸軍に所属はしているが、そこは特殊部隊。軍隊的な規律があるわけでもないので、朝はみんな起床も含めバラバラである。その為、朝食は基本的には各自とるのが習慣になっているのだが、大神がマリアと共に食堂に顔を出したその日は、珍しく花組が食堂に顔をそろえていた。

 

「よう! 隊長、マリア、おはよう!!」

 

 ゴーヤチャンプルーをおかずにどんぶりメシをかきこんでいた大柄な女が大神とマリアを見て、箸を持った手を上げて大きな声であいさつをしてきた。

 帝国華撃団花組隊員・桐島カンナである。

 短く切った赤い髪に白い鉢巻き、大柄な身体は素人がみても鍛え上げられたものだというのがわかる。逞しい男性にもまちがわれそう体つきだが、胸の大きなふくらみがそれを否定している。

 

「あら、少尉、マリアさんも、おはようございます……って、ちょっとカンナさん! こちらにご飯粒が飛びましたことよ! もう少しお行儀よく召し上がれませんこと? まっ、野生児であるあなたに言っても栓のないことかもしれませんが……おーっほっほっほ!!」

 

 大神とマリアへの挨拶と共に、芝居の科白の様に滑らかにカンナに対する口喧嘩を吹っ掛けたのは、自他ともに認める、帝国歌劇団のトップスタア、神崎すみれであった。

 手に持った茶碗からは食堂全体を満たしてしまいそうなほどに香り高い緑茶の匂いが立ち上っている。静岡でとれた玉露の一級品の様だ。

 

「あんだってぇ、もう一遍いってみろ! このサボテン女!!」

「なんどでもいってあげますわ! この野生児!」

 

 川の水が川上から川下に流れるかの如く自然に二人の口喧嘩が始まる。

 しかし、周囲の人間はだれも止めようとしない、余りにいつものことで、この口喧嘩はもはや風景の一部にすらなってしまっているのだ。

 

「お兄ちゃん! マリアも、おはよう!」

「大神はん、マリアはん、おはようさん」

 

 輝くブロンドに大きなピンクのリボンを付けた少女――アイリスと

 長い髪を左右で三つ編みにした丸い眼鏡が特徴的な少女――紅蘭がすみれとカンナの喧嘩をよそに元気に挨拶をしてきた。

 本来であればソレッタ・織姫とレニ・ミルヒシュトラーセという二人の少女が在籍をしているのだが、今は紐育へ任務の為、赴いている。

 故に着替えに戻っているさくらを除けば、全ての隊員が食堂に集まっていることになる。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん! アイリス、今日、一人で早く起きられたんだよ!」

 

 朝一番で大神と会えたのがうれしくてしょうがないのか、アイリスは身体全体を使って大神と会話をしている。

 

「そうか、偉いな、アイリス」

 

 大神はそういうと、アイリスのふわふわのブロントを優しく撫でる。

 

「……えへへ」

 

 褒められたのが余ほど嬉しかったのか、アイリスは腕の中にあるクマのヌイグルミ――ジャンポールをぎゅっ、と抱きしめた。

 

「ほらほら、アイリス、隊長は食事をしないといけないの。ちゃんと席に座って」

「はーい」

 

 マリアの言葉にアイリスは素直に返事をすると、席に戻りデザートのイチゴを美味しそうに頬張り始める。

 

 そこでようやく、大神の朝食が始まった。

 大神の膳は、白飯に味噌汁、大きな鰆の焼き物と菜の花のお浸し、そこに蒲鉾が数切れのってどれも出来たてのようで、湯気が立ち上っている。

 マリアは対照的に洋食だ。ボルシチにパン、そして紅茶と質素ながら栄養に優れた献立になっている。

 しばらくすると着替えてきたさくらも合流して、共に食卓を囲んだ。

 

 喧嘩をしていたカンナとすみれはいつの間にか消えていて、アイリスも飽きたのか部屋の方へと戻っていった。

 

 大神、マリア、さくら、紅蘭の4人が食堂に残っていた。

 

「そういや、大神はん、こんな噂知っとる?」

 

 食後のお茶を啜っている最中に、紅蘭が思い出した様に大神に話しかけた。

 

「噂?」

「まぁ、ウチも由里はんから聞いたんやけどな。何やら最近、帝都で神隠しがあるらしいで?」

「神隠し?」

 

 あまりにも突拍子もない展開に、思わず大神は聞き返してしまった。

 

「いや、さっきも言ったけど、ウチが直接聞いた訳ちゃうねん。なんや、夜道二人であるいとったら、急に一人の返事が聞こえへんと思って横向いたら、相方がおらんかった……ちゅう感じの話がぼちぼちでて来とるらしいや」

「そういえば、それに関係があるのかはわからないけど……」

 

 紅蘭の話を、マリアが引き継いだ、

 

「ここ最近、行方不明者が多くなっているみたいなんです。大抵は博打打ちや任侠者の類なので、本当に行方不明なのか判断が難しいところなんですが……」

「ふうん……」

 

 二人の話に大神は少し考え込む。

 ただの噂話に任侠者同士のイザコザ――と片づけるには大神自身、様々な経験をし過ぎている。

 この帝都・東京は急速な発展をした世界有数の都市である。

 都市には人・もの・金、様々なものが引き寄せられるが、それは良い面ばかりではない。同じく様々な“負”の側面も引き付けてしまうのだ。それが1年前の黒之巣会であり、先の黒鬼会であり、そして降魔なのだ。新たな事象が発生したとしても何ら不思議ではない。

 

 が、如何せん現状では情報が少なすぎる。

 

 月組――帝国華撃団隠密行動部隊――からでも何か情報があれば違うんだろうが……

 

 そんなことを大神が考えてたその時――

 

 ピン・ポン・パン・ポーン

 

『大神さん、大神さん、藤枝副支配人がお呼びです。至急、支配人室までお越しください』

 

 大神を呼ぶ榊原由里の明るい声が、スピーカーから放送された。

 

「かえでさんが? なんだろう?」

 

 放送を聞いた大神は、大急ぎで食事の後始末をすると支配人室へと向かった。

 

――――

 

 大神は“支配人室”と書かれた扉の前に立ちノックをした。

 

「大神一郎です、遅くなりました」

「どうぞ」

 

 扉の奥から澄んだ声が返ってくる。

 

「失礼します」

 

 大神が扉をくぐると大きな書斎の机と椅子。いつもならばこの部屋の主である米田がその席に座っているのだが、今は不在だ。

 その代わりに、机の傍らに一人の女性が立っていた。

 栗色の髪を肩で切りそろえ、すっきりとした目鼻立ちをしている。衣装を着れば女優にでもなれそうな容姿だが、女性は陸軍の軍服を着用していた。

 大帝國劇場の副支配人にして、帝国華撃団の副司令。藤枝かえでその人であった。

 

「おはようございます、かえでさん。お呼びでしょうか?」

「おはよう、大神君。朝から悪いわね」

「いえ、そんな……それで何か御用でしょうか?」

「えぇ、大神君にこれを見てもらいたいの、こっちに来てくれる」

「失礼します」

 

 大神はかえでの近くへいき、肩口からかえでの手元にある写真みる。

 

「これはっ!」

 

 その写真には異形のものが写っていた。

 遠くアフリカに生息するという百獣の王・ライオン。そのような鬣を有しているが、しかしその貌は書物などでみるライオンとは似ても似つかず、むしろ人間の様に見えなくもない。

 そして何よりその体躯の大きさが尋常ではない。

 隣にある蒸気街灯と比較してみると、人の背丈の2倍以上ありそうだ。

 

「かえでさん……これは」

「わからない」

 

 大神の問いかけにかえでは端的に答えた。

 

「昨日、米田司令と私宛に月組から送られてきたものよ。場所は月島周辺……日時は4日程前」

「月島……」

 

 そういわれてみると、建物の一部になんとなく見覚えがある気がする。

 

「しかし、これは……“降魔”なんでしょうか?」

「さっきもいったけど、現時点ではわからないわ。月組、夢組が捜査に当たってるけど、今のところ目ぼしい情報は見つかっていないわ」

「……え? でもそれって……」

「そう、それも可笑しいわよね」

 

 話の流れに違和感を覚えた大神の言葉にかえでは頷く。

 

「こんな大きな――仮にいまは“降魔”としておきましょう――“降魔”がでて暴れたとしたら、花組に出撃要請がないわけがない。仮になかったとしても、月組がその情報を、夢組がその痕跡を見つけられないという事はあり得ないと言っていいわ」

 

 そう、帝国華撃団はこの帝都……否、日本の国内において最新鋭且つ最先端の組織である。そんな彼らがお膝元である帝都で事件が起こり、何の手掛かりも見つけられない。それ自体が事件である。

 

「そうなると、可能性は、この写真がいたずらか……」

「でなければ、我々の“目”も届かない新種の“降魔”……という事になるわ」

「……」

 

 かえでの言葉に、大神は言葉を失う。

 しかし、あり得ない話ではない。“降魔”の全容などだれも知らないのだから……

 

「そこで、大神君。あなたに頼みたいことがあるの」

 

 かえでは考え込みそうな大神に向かって声をかけた。

 

「頼みたいこと、ですか?」

「ええ、この写真を見て頂戴」

 

 そういってかえではポケットから1枚別の写真を取り出した。

 そこには女性が写っていた。

 大神もなんとなくだが、見覚えがある――が、思い出せない。

 

「この人は……えっと……」

「名前は加代。伊藤加代さん。この劇場に野菜を卸してくれている八百屋さんの娘さんよ。花組のファンでよく劇場に来てるわ」

「あ! ああ!!」

 

 かえでの言葉に大神も思い出す。

 確かモギリの時に何度か見かけているし、野菜の荷下ろしを手伝った覚えがある。

 

「彼女がどうかしたのでしょうか?」

「昨晩、母親と夜道を歩いているところ、いきなり消えてしまったようなの」

「え? それってまさか」

「そう、今、帝都で噂になっている神隠し、ね」

「ですが、それとこれとどういう関係が……」

「実は神隠しの件も、数日前から月組が調査をしているの……なのに、痕跡が見当たらない」

「え? つまり、神隠しと、この“降魔”は……」

「関係している……かもしれない」

 

 大神はようやくかえでの意図を理解した。

 通常であれば、このまま月組の隠密諜報活動に頼るのが定石なのだが、こと“降魔”が関わるとなると話が変わってくる。

 “降魔”に対抗できるのは霊力を持った人間――つまり花組の隊員だけなのだ。

 なので、直近のこの事例を花組に調査をさせる事で、事件の糸口を少しでもつかみ取ろうという事なのであろう。

 

「了解いたしました。今晩より調査を開始します」

「よろしくね。だけど、始めから光武を出すわけにはいかない」

「わかっています。部隊を現地調査と帝劇待機の二つに分けて対応します」

「いい案ね。人選は大神君に任せるわ」

「因みにですが、加代さんが神隠しにあったのはどちらですか?」

 

 大神の問いかけに

 

「上野公園」

 

 かえでははっきりとその場所を答える。

 

 そこはかつて、大神一郎がこの帝国華撃団の隊長に任命されたとき初めて訪れた地であり、初めて真宮寺さくらという少女と出会った場所であった。

 

「帝国華撃団・花組隊長、大神一郎並びに隊員各位。伊藤加代の捜索並びに新種“降魔”の調査を開始いたします!」

 

 任務の了解と確認の為に、大神は改めて背筋を伸ばし起立をすると、上司であるかえでに向かい敬礼をする。

 

 大神の黒い瞳には帝都の平和を守る、戦士の光が、点っていた。

 



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闇夜





 

 日が落ちてかなりの時間がたった上野公園、夜の帳が落ちているが全てが闇にのまれているわけではない。

 ぽつりぽつりだが、蒸気機関を使った外灯と、なによりほぼ満月になりかけの月明かりが、ぼんやりとあたりを照らしていた。

 そんな中を、数人の人影が移動していた。

 行方不明になった伊藤加代を捜索するために上野公園に訪れた、大神一郎をはじめとした、帝国華撃団花組の面々だ。

 人数は4人。

 大神一郎、真宮寺さくら、マリア・タチバナ、桐島カンナの4名である。

 残りの神崎すみれ、アイリス、李紅蘭は大帝國劇場で待機をしている。

 

「さてと……来たはいいけど、どっから探すかねぇ」

 

 逞しい腕で頭をかきながら、カンナがぼんやりと薄暗い上野公園を眺めながら言う。

 

「上野公園と言ってもかなり広いですよね? 加代さんは何処で行方不明に?」

「ああ、それはかえでさんから聞いている。この西側の出口、つまりはここと反対側だな」

 

 さくらの疑問に、大神が地図を手元のカンテラで照らしながら答えると、

 

「あん? じゃあ、向こう側から入った方がよかったんじゃねぇか?」

 

 カンナがさらに疑問をかぶせる。

 

「いえ、おそらくそれは、加代さんの母親が彼女のいないのに気付いたのがそこであって、もしかしたらその道中で神隠しにあった可能性がある……という事ですよね? 隊長」

「そのとおり、俺もかえでさんもその可能性を考えた……なので、ここから二手に分かれようと思う」

 

 大神はマリアの言葉に応えると手に持ったカンテラをかざす。

 そこには道の少し先がY字分かれていた。

 このY字は池を挟んでぐるりと公園を回るように遊歩道として使われており、伊藤親子もこの遊歩道を通って反対側の西側に向かっていたのだ。

 

「二人一組で左右に分かれて進む、何かあったら通信機や大声を出して別の組に知らせる事。神隠し自体は何が原因なのか、いまだ判明していない。細心の注意を払いながら調査をしよう、合流地点は30分後、西側の出口だ、みんないいか?」

 

 大神のまとめに、3人が視線を交わしてしっかりと頷く。

 

 そして、大神・マリアの組とさくら・カンナの組に分かれて進むことになった。

 

―――

 

 同日、同時刻の上野公園――西側出口。

 そこに人影が立っていた。

 よく目を凝らさねば、それが人影であるという事はわからない。

 何故ならその人影は、夜の闇に溶ける様な漆黒の外套を羽織っているからだ。

 しかし上から下まで全てが闇に溶けているかというと、そうではない。頭にかぶっている外套と同じく黒い學生帽から覗く貌は芍薬を思わせるほどに白く、それはかつての怪談絵に描かれた幽鬼の様にも見るが、そこに光る強い意志を持った切れ目の双眸が、この人影が実在の人間であることを物語っている。

 

『ふむ……やはり、“異形”の気配が濃くなっているな』

 

 人影は自らの足元から聞こえる言葉に顔を向ける。

 そこには人はいなく、翠の双眸をもつ黒猫が一匹佇んでいた。

 驚くべきことに、今の言葉はこの黒猫から発せられたようだが、人影は別段驚いた様子も見せなかった。

 黒猫――デビルサマナーのお目付け役である業斗童子はさらに言葉をつづけた。

 

『ここ数日色々と調べて回ったが……やはりこの世界には“ヤタガラス”はいないようだ。これだけ“異形”の気配が濃くなっても使者一人出てこない。まったく、よく今まで帝都が無事でいたもんだ』

 

 そんな業斗童子の言葉に、

 

「“ヤタガラス”ではなくても帝都を守護する者はいる」

 

 人影が初めて言葉を発した。

 若い男の声であった。

 

『帝国華撃団……“悪魔”の力を使って民から話を聞いてみても、持っている情報はたかが知れている。どんな組織なのか、それにこの世界に逃げ込んだ“ヤツ”との関係もわからん。今のところは油断しない方がいいだろう』

 

 業斗童子の言葉に人影はこくり、と頷いた。

 

『とにかく今は情報を集めるのが最優先だ。この気配……“異界”が出てきてもおかしくないぞ』

「わかっている」

 

 業斗童子の言葉に再度、了解の意思を唱えると、人影はゆっくりと上野公園の闇の中へと歩を進めていく。

 

――すると

 

 人影の周りの景色が、ぐにゃり、とゆがんだ。

 

 次の瞬間、景色は元に戻ったが、進んだはずの人影と猫の姿が忽然と消えていた。

 

 ただそこには漆黒の闇だけが残っていた。

 

――

 

 暗闇の中を大神とマリアが歩いている。

 無言。

 双方とも特段おしゃべりが好きという性質(たち)でもないので、沈黙自体は珍しくもないし、不自然な事ではないのだが、今回に関しては若干のぎこちなさがある。

 それを出しているのはマリアの方だった。

 

 そんな時、ふと、大神が足を止めた。

 

「隊長、何かありましたか?」

 

 その行動にマリアは素早く反応してあたりを探る――が、特に何の気配もない。

 

「いや、そういうわけじゃないんだ……」

 

 そういうと、大神は少し意を決したように、

 

「マリア、君は、何か俺に話したいことがあるんじゃないのか?」

「え?」

 

 アリアは驚いたように大神の顔を見る。

 

「いや、確証があるわけじゃないんだ……ただ、班分けからちょっと違和感があったからね。別に俺の勘違いならそれでいいんだけど」

 

 そう少し困ったように話す大神を見てマリアは少し、口を綻ばせる。

 

――いつもは朴念仁を絵にかいたような人なのに、こういう時は目敏い。自分たち隊員をしっかりと見てくれている、という事なのだろう。

 

「隊長にはかないませんね……」

 

 マリアはそう言って微笑むと、

 

「実は新種の“降魔”に関してちょっと……確証はないのですが」

 

 そう切り出した。

 

「え? マリア、あれについて何か知っているのか?」

「いえ、直接は知りません……しかし、よく似たものを目にしたことはあります」

「いつ? どこで?」

「それは……」

 

 一瞬、マリアは言葉をためらった後

 

「子供のころに読んだ……絵本の中で……です」

「え、絵本?」

 

 大神はマリアのあまりの予想外の答えに思わず聞き返す。

 

「えぇ……あまりに荒唐無稽ですし、そんなことをみんなの前で話すのもためらわれたもので……」

 

 なるほど、と大神はようやく合点がいった。

 マリア自身も、今の情報に確証はないのであろう。

 しかし、解決の糸口になればと思ったが、流石に子供のころの絵本の話を仲間の前で話すのは少し気恥ずかしかったのかもしれない。

 

「マリア、今はどんな情報でも欲しい。話してくれ」

「わかりました。絵本の題名は忘れてしまいました、ですが内容としてはこんな感じです――」

 

 昔々、砂漠に悪い王様がいた。悪い王様にはつよい、つよい軍隊がいた。

 つよい、つよい軍隊は色んな村を襲い、略奪を繰り返していた。

 そんな中、一つの村の村長が、軍隊に村が滅ぼされそうになった時に、まじないをした。

 

――自分の命と引き換えに、軍隊に罰を与えたまえ。

 

 そんな、まじないをした。

 それに答えたのは、悪魔だった。

 悪魔は村長の命と引き換えに砂漠に降り立ち、軍隊を一人残らず食い殺し、最後は悪い王様も喰ってしまった。

 そしてその悪魔も人々を食い尽くすと、何処かに消えてしまった。

 

 そんな内容だったという。

 

「そしてその中に出てくる悪魔の姿が『ライオンの四肢に蠍の尾、鬣に人の顔をもった獣』だというのです」

「それは……」

「ええ……新種の降魔と容姿の形状が似ているんです」

 

 マリアの言葉に、大神は息をのむ。

 

「それに、ちゃんと名前もありました」

「名前? 名前があるのか?」

「はい、その悪魔の名前は――“マンティコア”」

「マンティコア……」

 

 大神はマリアの言った“悪魔”の名前を反芻する。

 

「実はこの“マンティコア”という獣。ヨーロッパの方では本などにはそれなりに出てくる“悪魔”なので、もしかして、織姫やレニがいたら検証が出来たかもしれません」

「なるほど……」

 

 ヨーロッパの子供の読む絵本に出てくる“悪魔”の怪物が、帝都の深夜に表れる。

 あまりに荒唐無稽だが、それをまさか――と笑い飛ばせない、なにか――ぞくり、とするような言葉の重みが、“悪魔”という単語は内包していた。

 

 話が終わり、若干の沈黙が降りた時、

 

『……うっ! 大神隊長っ!! こちら桐島カンナ!! 聞こえるか!!』

 

 胸にしまった通信機から、カンナの緊張した声が流れてきた。

 

――

 

 時は少しだけ、(さかのぼ)る。

 

「おおぃ、さくら。機嫌直せって」

「別に、あたし怒ってません……」

 

 暗闇の公園に二人の女の話し声が響く。

 さくらとカンナだ。

 会話の内容から察するに、さくらをカンナがなだめている様だ。

 

「ありゃ、マリアがなんか話したいことがあったんだよ。あたい達には聞かせられないことかもしんないだろ?」

「それは……あたしもわかってます……けど……」

 

 さくらはカンナの言葉にさくらは力なく答える。

 

 実はこういう事があったのだ。

 

 少し前。

 二手に分かれて西側の出口を目指しながら捜索することが決まると

 

「では、私と隊長は右に、カンナとさくらは左をお願い」

 

 マリアが自然な流れで二組を作り、捜索を促した。

 若干――違和感を感じた。

 しかし、それが何であるかさくらはその瞬間は、わからなかった。

 だが、二手に分かれ、闇に消えていく大神とマリアの後ろ姿を見てようやく、その違和感の正体がわかった。

 

 マリアが意図的に大神と同じペアになるように話を誘導したということだ。

 通常であれば、この様に4人とも戦闘員である場合、隊長である大神と、副隊長であるマリアは指揮系統の分散という意味で別のペアになることが定石だ。

 しかし、今回は敢えてマリアは大神と同じペアになるようにしている

 

 冷静なマリアがこの事に気づいていないはずがない。

 

――意図的に大神と二人になることをマリアが望んだ。

 

 もちろん疚しい(やま)事があるわけではない、という事は分かってはいるが、やはり気になる異性と同僚とはいえ女性――しかも美女――が意図的に二人になっているという事実は、少なからず気になってしまい。それが態度に出てしまっていたようだ。

 頭では理解しても、心の理解が追い付かない――難しい乙女心、というところだろうか。

 

 それを察したのがカンナの冒頭の言葉という事だ。

 

 カンナ自身、マリアが意図的に大神と一緒になったことは感じていた。感じていたが、そこは古くからの付き合いであるマリアに、何か必要な事であったのだろうと、あえて口を挟まなかったのだ。

 

「だったら、あたい達がやる事はなんだ? 加代さんの救出だろ? しゃきっとしろって」

「そうですね……すみません。カンナさん、ありがとうございます」

 

 カンナの言葉にさくらは素直に頷き、礼を言う。

 

「よし! んじゃ、合流地点に向かおうぜ」

「はい!」

 

 そしてカンナとさくらは再び歩き出した。

 歩きながら自然な流れで雑談が始まった。

 

「しっかし、流石にこの時間にもなると真っ暗でなかなか先も見えやしねぇな」

「昼間なら桜が綺麗なんですけどね」

「あー、そうか、そんな時期だもんな。今の講演が終わったらみんなで花見でも行きたいね」

「あ、お花見いいですね。椿ちゃんたちも誘ってみんなでやりましょう」

「お、いいじゃねぇか。弁当たらふく作って。お菓子なんかも用意して……」

 

 ……

 

 会話の続きが返ってこなかった。

 

「ん? さくら? おおい! さくらぁ!!」

 

 カンナはさくらがいたであろう方を振り返り、声をかける。

 カンナの大声が暗闇に響き渡る。

 しかし、つい今しがたまで会話をしていた仲間の姿――姿どころか、気配すら忽然と消えていた。

 神隠し。

 カンナの脳裏に、自分たちの捜査対象である事象が思い浮かぶ。

 

「もしもし! 隊長っ! 大神隊長っ! こちら桐島カンナ、聞こえるか!」

 

 カンナは手元の通信機を口元に持ってきて怒鳴るようにしゃべる。

 

『……こちら大神、カンナどうした?』

「さくらが神隠しにあった、一瞬だ。気配もねぇ」

『――っ! わかった、カンナ! 今そちらに向かう、カンナも気を付けてくれ!』

 

 大神との通信は其処で途切れた。

 

 通信を切ったカンナは大きく一つ深呼吸をすると、目を閉じ、改めて気配を探る。

 

 ――ざわり

 

 風もないのに全身を包むような寒気が、感じ取れた。

 西の方角だ。

 

「そっちだな……」

 

 カンナはそう呟くと、その方角に向けて全力で駆け出していった。

 

 



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異界

「ここは……カンナさん!! カンナさーーん!!」

 

 さくらは辺りを見回しながら、すぐ隣にいたはず仲間の名前を呼んでみた。

 返事は……ない

 焦りそうになる中、手の中の”霊剣荒鷹”を握りしめると、少し、心が落ちついた。

 さくらはすぅ……と、息を吸うとゆっくりと吐く。少しづつだが、周りが見えるようになってきた、そして次に自身に起きたことを思い返す。

 確か自分はカンナと上野公園の西側出口手間を歩いていたはずだ。

 その途中、いきなり景色が揺らいだように感じると、次の瞬間、傍らにいたカンナがいなくなっていた。

 

 幻術か、または、(くだん)の神隠しか……

 また捕らわれたのは、自分なのか、カンナなのか……

 

 さくらは様々な可能性を思考しながら、状況を把握していく。

 

 幻術の可能性は……低いのではないかと思っている。

 何故なら、自分たちは調査に出ていたからだ。

 幻術とは心の隙間に暗示をかけて幻を魅せる術だ。

 気を張っている人間はかからないとは言わないが、かかりづらい。

 そして基本的に何かしら――音または視覚――の五感に訴える切っ掛けが必要になる。

 それを考えるのであれば、複数人で動いていて、その兆候もなかった幻術は候補から外れる。

 

 となると、これは自分たちの調査対象である“神隠し”だという事になる。

 

 次に“神隠し”にあったのは自分なのか、または共にいたカンナなのかだが、そこは、自分が神隠しにあったのだと、さくらは考えている。

 どう説明すればよいか、言葉が見つからないが、今の状況になる直前に――敢えて言うのであれば――“引きずり込まれた”という感覚があった。

 

 故に、十中八九、自分は“神隠し”にあったのだと考えている。

 

 そう結論付けて辺りを見回すと、なんとも不思議だ。

 

 周りの景色は、今までいた上野公園とあまり変わらない。

 しかし、あまり変わらない、だけで変化が見える。

 変わっているところは、3つ。

 1つは、景色がうすぼんやりと霞がかっているという事、もう一つは、動物を含めた生き物の気配がしないこと、そして最後は、ねっとりと全身にまとわりつく程に濃い、妖力の気配があるということ。

 

 感覚的な話だが、いつもの景色の薄皮隔てた裏側――現実世界の人間たちを、すぐ隣で狙っている“魔”の住処。そんな印象を、さくらは抱いていた。

 

 ――とにかくまずは出口をそして、加代さんを探さなくちゃ!

 

 ただ、さくらは帝国華撃団として死線を潜りぬけてきた歴戦の戦士だ。この状況に関して、考えていたのは其処までにして、そう頭を切り替える。

 

 そして、西に向かい一歩、足を踏み出した時――

 

 “異形”が現れた。

 

『ギ、ギ、ギ……』

『人間ダ、人間ダ……』

『昨日ノ女ハ、ヤツガ持ッテッタ』

『コイツハ、オレタチノモンダ……』

『喰ッチマエ、喰ッチマエ!』

 

 地面から湧き出てくるように“異形”が現れた。

 しかも、1匹ではない。

 わらわらと複数、気味の悪い人語を発しながら、あとからあとから湧きだしてくる。

 

「“降魔”っ! ……じゃない……?」

 

 さくらは咄嗟に飛びのくと“異形”と距離をとり、“霊剣荒鷹”の柄に手を添え、臨戦態勢をとりながら、相手を観察する。

 

 一応――人の形をしている。

 しかし、それが人かといわれたら、否、と答えるしかない。

 全身が黒く汚れていて、背丈は成人の腰程度しかない。手足は細く痩せ細っており、それに同じく、顔もげっそりと頬がこけていて、顎が外れそうなくらいに大きく口を開けているが、目だけが爛々とギラついている。しかし、特筆すべきはそれに引き換えでっぷりと飛び出ている腹であろう、手足の細さとアンバランスに飛び出た腹が、この“異形”の異質さを表している。

 

『腹ヘッタ……』

『腹ヘッタ……』

『喰ワセロ……』

『人間、喰ワセロ……』

 

 カタカタと顎を鳴らし、人ではありえない角度で首を回しながら、“異形”が言葉を紡ぐ。

 

『喰ッチマエ!』

『オレサマ――』

『オマエ――』

『マルカジリッ!!!!』

 

 “異形”が一斉に襲い掛かってきた。

 

「さぁっ!!」

 

 さくらは腰に据えた“霊剣荒鷹”を鞘の中で滑らせ刃を加速させて抜き放つと、裂帛と共に解き放ち、一閃させた。

 

『ギェーッ……』

 

 空中に光が(はし)ったかと思うと、飛び掛かってきた複数の“異形”が断末魔と共に真っ二つになり、そして、黒い霧の様に霧散した。

 

「――やっぱり、“降魔”……?」

 

 その散り際を見て、“降魔”との類似を見て取りさくらは呟く。

 しかし、その思考も、仲間の消滅にも臆せず向かってくる“異形”の波に中断させられた。

 

「さぁっ! せあっ!!」

 

 さくらは次々に襲い掛かる“異形”を一刀のもとに切り伏せていくが……如何せん数が多い。

 恐らく最初に見えたものの倍は切り捨てているが、一向に数が減る様子がない。

 地面か生えてくるかのように、数が増えてきている。

 

――ならば

 

 そう、意を決してさくらは大きく飛びのくと“異形”の群れから距離をとる。

 そして再び“霊剣荒鷹”を鞘に納めると、居合の構えをとり、

 

「ふぅぅぅぅぅぅ……」

 

 霊力を練り始めた。

 

『ギ、ギギ……』

『腹ヘッタ……ハラヘッタッ!!』

『喰ワセロ、クワセロッ!!』

 

 足の止まったさくらに“異形”達が一斉に襲い掛かってくる。

 

 それを見たさくらがさらに深く霊力を練る。

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 自らの中だけでなく、空間、神羅万象から取り込むように深く呼吸をしながら霊力を練る。

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 “異形”はもうそこまで来ている。

 急いではいる。急いではいるが、慌てない。

 練った霊力は、手に携えた“霊剣荒鷹”へと溜める。

 霊力だけじゃない。

 温度を上げる。

 粘度を上げる。

 圧力を上げる。

 細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上げり今にもはち切れそうになった瞬間、さくらは“霊剣荒鷹”の鯉口を切り、

 

「破邪剣征――」

 

 呟くと。

 

「桜花放神っ!!!」

 

 裂帛と共に、刃を抜き去り、霊力を解き放った。

 

 一陣の風が、吹き抜けた――霊力によって桜吹雪にもみえる桜色の美しい風だ。

 

 しかしその風は“異形”にとっては、絶命の疾風だった。

 

『ギェー……』

『ギャー……』

『ハラ……ヘッタ』

『ハラ……ヘッタ……』

 

 様々な断末魔をあげながら、“異形”達は消滅した。

 

「……ふぅ」

 

 必殺の桜花放神を放って、たっぷり1分程警戒をした後、後続がないことを確認してさくらはようやく息を吐いた。

 そして辺りを見回す。

 数刻前と同じ、いつもと少し違う上野公園の風景が広がっていた。

 

 つまり、神隠しは未だに継続しているという事だ。

 

「あの“降魔”は、この“神隠し”の元凶じゃない? という事は他にも……」

 

 そんな思考を言葉として呟いた時――

 

―― ギ ェ ェ ェ ェ ェ ン ! !

 

 西側の方角から、何か獣の様な咆哮が響き渡った。

 

――

 

「ふむ、“異界”に引きずり込まれたか……」

 

 ほぼ同時刻、さくらと同じように現実世界から、別の場所に移動させられた、一人と一匹だが、周りの景色を見ていた黒猫――業斗童子は特段驚いた様子もなく呟く。

 

「おい、ライドウ、“異界”の主がいるかもしれんぞ、注意を怠るな」

 

 業斗童子は傍らの外套の少年――ライドウに声をかける

 ライドウはその言葉に、コクリと頷き、ライドウは了解の意を示した。

 

 異界――それはライドウ達、デビルサマナーにとっては特別珍しくもない、闘いの場。

 現世と表裏一体、悪魔の住む異形の世界。

 悪魔たちは人々のすぐ近くで蠢き、何かの拍子に発現し人々を襲う。

 異界は現世と表裏一体のため、見た目だけで言えば人間が住む世界と寸分と違わないし、そこでの出来事は現実世界では感知されない――ことが多い。

 しかしそこには例外もあり、高位の悪魔や、異界であまりにも大きな被害が発現したときは、少なからず現実世界に影響が出る事もある。

 しかし、基本的には現実世界から最も近く、されど隔絶された世界であり、ライドウ達デビルサマナーはこの異界に潜り、人知れず帝都を守っているのだ。

 

 そんな異常な空間の中を、まるで散歩に来たかのように何の気負いもなく、ライドウはゆっくりと歩を進めていた。

 

 上野公園の遊歩道を同じペースで歩いていたライドウの歩みがぴたり、と止まった。

 

 すると次の瞬間――

 

 ガコンっ! という大きな音と共に、そのまま歩いていたらライドウがいたであろう場所の地面が、なにか太い杭の様なもので穿(うが)たれたように陥没した。

 

「ふん……現れたようだぞ」

「ゴウト、後ろに」

「いらん心配だ――それより、今度こそぬかるなよ」

 

 業斗童子――ゴウトはそういうと、猫の身軽さでライドウから距離をとる。

 ライドウはそれを確認すると、目の前の暗闇に目を向け、浅く腰を落とした。

 

 すると闇の向こうから、湧き出るように巨大な4つ足の異形の獣が現れた。

 

 獅子の身体に、蠍の尾、しかしその貌は人面の様で、大きさに至っては人の倍以上は悠にあった。

 

「“マンティコア”……やはりこの前、仕留めそこなったやつか」

 

 ゴウトが悪魔の姿を確認し呟く。

 

『貴様……イツゾヤ我ヲ傷ツケタ書生カ……コンナトコロマデ追ッテキオッテ』

 

 マンティコアがライドウを見て、憎々しげに言葉を発した。

 

「貴様が攫った人々、返してもらう」

 

『フン! スデニ何人カハ我ノ腹ノ中ダ――ソレヨリモ、コノ前ノ礼、ココデサセテモラウゾ!!』

 

 ギ ェ ェ ェ ェ ェ ン ! !

 ド ン ッ

 

 マンティコアの咆哮とライドウが撃った拳銃の音が重なった。

 

 マンティコアはライドウの放った銃弾を避けると、すぅ……と闇へと溶けていった。

 

「気をつけろライドウ! マンティコアは全身の毛を保護色に姿を消すぞ!」

『クックック……コレデ我ハ逃ゲ切ッタ……貴様ニ見切レルモノカ……ソコダッ!!』

 

 ゴウトのアドバイスを嘲笑うかのようにマンティコアは風景に溶け込み、完全な死角からライドウに攻撃を仕掛ける。

 そんな攻撃をライドウはひらりと身を翻して避ける。

 避けたところには、最初の一撃と同じように地面に大きな穴が開く。

 恐らく、毒を持った尾の一撃なのであろう。

 

『フン、チョコマカト……ダガ我ヲ見ツケラレマイ! ホウラ、ホウラ!!』

 

 マンティコアはライドウの周りから縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。

 あえて声を出しているのも、ライドウの周りを高速で動き回りながら声を発することで、最終的な攻撃の位置をぼかす為であろう。

 

 ライドウはそんな目に見えない攻撃を躱している、躱し続けている。

 匂い、音、気配、風の流れ、様々なものから攻撃のタイミングを察して攻撃を避ける。

 そして時折、避けながら手に持った拳銃で暗闇を撃つが――当たらない。

 銃弾は空しく空を切り、遊歩道の街灯や街路樹の枝を壊すにとどまっている。

 

『クックックッ、ソンナ豆粒ミタイナ弾ナゾ当タルモノカ! ソロソロ嬲リ殺シニシテヤルゾ!』

 

 マンティコアの声と共に、今までよりもさらに早い一撃がライドウを襲う。

 

「――むっ!」

 

 ライドウはその一撃を飛んで避けるが、外套の一部に攻撃がかすり、その部分に大きな穴が開いた。

 身体に当たったら一撃のもとに屠られても可笑しくないほどの大きな穴だ。

 

「おい、ライドウ! このままではマズイぞ」

 

 近場の草陰から投げかけられるゴウトの言葉に、

 

「委細――承知」

 

 ライドウは一本の管を取り出しながら、答える。

 そして、管を口元に持っていき“呪”を唱えると。

 

「召喚――荒れ狂え! ポルターガイスト!」

 

 仲魔を顕現させた。

 

『 『 『 やっほーー、サツリクだぁーー!! 』 』 』

 

 ポルターガイスト――ドイツにおいて「騒々しい幽霊」の意味を持つ心霊現象。

 何もないところで、様々なものが動きだす、そんな現象が人々の口に上ることで、一つの“悪魔”として(てい)をなしたもの。

 顕現した“悪魔”の容姿は、まだつたない幼児が描いた人の様な輪郭に、顔と思われるところに黒い空洞の様な目と口。そんなものがふわふわと浮遊して、飛び回っている。

 3体同じ容姿のものがいた。

 そして、その3体からは容姿にふさわしく、子供の様な言葉が発せられている。

 

『いくぞ、兄ちゃん!』

『おーーーー!』

『ボクたちスゴイんだぞーーー!!』

 

 この3体は、兄弟のようだ。

 

「やれ、ポルターガイスト」

『 『 『 いっくぞーーーー!! 』 』 』

 

 ポルターガイストの身体がぼんやりと光る。するとその光に呼応するように、地面に散乱していた街灯の破片や木の枝が次々の空中に浮遊し、竜巻に巻き込まれたかのように縦横無尽に飛散しはじめた。

 ポルターガイストの3兄弟が、文字通りの「ポルターガイスト現象」を引き起こしたのだ。

 

『ガァアアアア!!!』

 

 次の瞬間、マンティコアの苦痛を含んだ咆哮に目を向けると、そこには何もない空間に飛散した破片が無数に突き刺さっていた。

 姿を消したマンティコアの身体に数多の破片が突き刺さり、輪郭が浮かび上がっている。

 ライドウはこれを狙い、あたらない銃撃を撃ち続けていたのだ。

 

『グウウッ!! 書生ノ分際デッ! 勝ツノハ我ダッ!!!』

 

 全身に破片をはやしたマンティコアは怒りを纏い、ライドウに向かって叩きつける様な一撃を見舞ってきた。

 

「魔を祓え――赤口葛葉」

 

 そう言って、ライドウはマンティコアの捨て身の一撃を紙一重に躱すと、すらり、と刀を抜き去って一閃する。

 

『ギ ャ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア … …』

 

 マンティコアの断末魔が響き渡る。

 

『書生……貴様、何者ダ……』

 

 黒い霧となって霧散し始めたマンティコアが憎々しげに、ライドウを睨み付けながら言う。

 

「帝都を守護る刃……十四代目 葛葉ライドウ」

 

 マンティコアの言葉に、ライドウが律義に名乗る。

 

『ク……葛葉……アノ(いにしえ)ノ……生キ残ッテイタノカ……』

 

 マンティコアは何かを思い出した様に驚愕に目を開くと、音もなく霧散した。

 

「やれやれ……存外てこずったが……まぁ、こんなもんだろう」

 

 物陰に潜んでいたゴウトが周囲が落ち着くのを待って近づいてきた。

 

「恐らくこやつが“異界”の主、じきにこの異界も崩れ、現世と交わるだろう」

 

 そう言ってライドウの足元に寄り添うと、言葉をつづける。

 

「それよりもライドウ、ヤツの言っていたこと気にならんか? ヤツはこの世界の悪魔、その悪魔が“葛葉”を知っていたという事は、やはりかつてこの世界にも“ヤタガラス”そして“葛葉”がいたとみるべきだろう」

「しかし、今はいない」

「そう、そうなると、何故だ――という話になるな」

 

 しかし、ゴウトの問いかけに答えるべき回答をライドウは持っていない。

 だが、ゴウトもそれは分かっていて問いかけている。

 今ある問題点を二人で共有し、見解の統一をする為だ。

 

「ふむ、これで一応、方向性は決まったな。まずは歴史を紐解いて“ヤタガラス”、“葛葉”がどうなったのか知り、そこに因縁が紐づいているであろう、仕留めそこなっている元凶を叩く」

「わかった」

 

 ゴウトのまとめにライドウが頷く。

 

「ああ、ライドウ言い忘れたが、あの物陰の先の桜の下に、人間が何人か倒れていた。おそらくマンティコアのやつが片っ端から捕まえてきたが、幸運にも喰らいきれなかった者たちだろう。“異界”が崩壊すれば、現世に戻れるとは思うが……“餓鬼”や“グレムリン”などに襲われたら大事(おおごと)だ、駐在所に届けるとしよう」

「そうだな」

 

 そう言ってライドウはゴウトの案内に従い、大きな桜の古木の前に向かう。

 

 歩いている道中で、視界一瞬歪んだ。

 “異界”から出る事が出来たのだろう。

 

 ゴウトに示された桜の木の周辺には、確かに男女数人が倒れているのが遠目に見えた。

 だれしもがぐったりと力なく倒れている。

 しかし、それも致し方ない。

 “異界”は悪魔の跋扈する異形の世界。通常の人間なら存在するだけで疲労を感じるはずだ。

 しかし同時にこの“異界”は現世の法則が適応されないこともある。

 物理法則や時間の概念、もろもろ現実世界での“あたりまえ”が通用しないところでもあるのだ。

 今回に関しては、恐らくその法則が、連れ込まれた人たちに対してうまい具合に転がったのであろう。

 つまりここで倒れている人々は、マンティコアの腹が一杯だったので食べられず、マンティコアに連れてこられたので、他の雑魚“悪魔”からは襲われず、かつ、“異界”の時間の流れが体感的に短かった……という、幾重の幸運折り重なって、今、助かっているのだ。

 ただ、マンティコアに目をつけられた、という不幸が前段にある。

 しかしさらに言うのであれば、この世界についた瞬間に偶然にも遭遇したマンティコアを仕留めきれなかった自らの甘さがあり、あそこでマンティコアを仕留めていれば、この人々が今ここで倒れていることもなかったのだ。

 

 そんなことを考えながらライドウは桜の木の根元に倒れていた、一番手前にいる女の元にたどり着き、生死を確認するために身をかがめた、

 

 その時――

 

「まちなさいっ!」

 

 鋭い声に顔を上げると、そこには桜色の着物を着た少女が立っていた。

 

「その女性から離れなさい」

 

 少女はライドウを鋭い視線で睨み付けながら言う。

 

 こんな時間に、この様な場所にいる人間としてはあまりに似つかわしくない可憐な容姿をしているが、その立ち姿と手に携えた刀から、只者でない事が伺えた。

 

 ライドウは少女の言葉に従うように、ゆっくりと立ち上がり、そして一歩一歩踏みしめるように後ろに下がる。

 少女も同じ速度で、倒れている女の元に近づいてくる。

 

「やっぱり……加代さん」

 

 女の元にたどり着いた少女は、女の顔を確かめ、呟いた。

 どうやら顔見知りらしい。

 

 顔を上げた少女と目が合う。

 

 強い、意志をおびた、綺麗な黒い瞳をしている。

 

 その時――びゅう――と、風が吹いた。

 ぱぁっ、と桜が舞い散った。

 

 桜の花びらが舞い散る、桜吹雪の中でライドウと少女――真宮寺さくらは視線を交わしている。

 

 ここに、大正と太正が邂逅をした。

 



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邂逅

取り合えず思い浮かんだシーンを


 上野公園、その太く古い桜の古木の前で二人は邂逅した。

 満開の桜である。

 いくら蒸気機関が発達したこの太正の世だとしても、深夜に近い公園は漆黒の闇に包まれている。

 しかし、そんな闇の中でも、月明かりに照らされた桜の古木の姿ははっきりと見る事が出来た。

 風もないのに花びらが散り始めている。風ではなく、花びらが自らの重みで枝から離れているのである。

 そんな桜の花びらが舞い散る中で、真宮寺さくらと漆黒の外套を着た男は視線を交わしていた。

 

「加代さんをこのようにしたのはあなたですか?」

 

 さくらは傍らにぐったりと生気のない様子で倒れている女性――行方不明の依頼を受けて探していた――加代に目を向けながら外套の男に問いかけた。

 

「……違う」

 

 男は静かに、しかし、はっきりと否定の言葉を発する。

 その声は落ちついてはいるが、想像以上に若い男の声だった。

 

「じゃあ、加代さんが何故ここで倒れているか、知っていますか?」

 

 さくらは質問を変えて問いかけた。

 

「……」

 

 男はその問いに対して、沈黙で返してきた。

 

 短い問答のなかだが、さくらは半ばこの目の前の男が、一連の事件に関係があるであろうことを確信していた。

 

「あたしはこの帝都の治安を守るものです、一緒に来ていただけませんか?」

「……断る、といったら?」

 

 そんな男の返答に、

 

「力づくでも……」

 

 そう言ってさくらは黒い瞳で真っ直ぐに、闇から溶け出てきたかのような外套の男を、見据える。その双眸には帝都を守る帝国華撃団としての矜持が点っていた。

 男はそんなさくらの視線を揺らぐことなく受け止めている。

 

 意を決し、さくらは、すっ……と腰を落とした。

 自らの愛刀である『霊剣荒鷹』を腰に据え

 

「ふぅぅぅぅ……」

 

 と、口をすぼめて息を吐く。

 北辰一刀流、居合の構えだ。

 息と共に、恐れ、不安、力み……様々なものが抜け落ちていくのがわかる。そして、改めて目の前の男――よくみれば少年のようだ――に目をやる。

 

 漆黒の外套を着た少年だ、

 その外套から覗く衣服もまた黒一色。それはよく見ると學生の着る詰襟の學生服であるのがわかる、それ故の黒一色。また、頭には同色の學生帽。しかしながらその鍔下からのぞく貌は、衣服に対して白蓮なほどに白かった。白い芍薬を思わせる肌の色だ。

 目張りを施されたかのようなハッキリとした切れ目の双眸は何処までも鋭く、眉は細い柳葉。すっきりと鼻筋が通っていて、陶器を連想させる艶やかな頬には、そこに不釣り合いなほどにピンと鋭角に尖った揉上げが張り付いていた。『白顔の美少年』と呼ぶにふさわしい容貌である。しかし、そんな役者の様な容貌ながら、ひどく大人びた、しんとした静謐がその少年の周囲を包んでいる。

 

 少年の身体が、ゆらりと揺らめいたように見えた。

 するり、と柔らかく刀が抜かれていた。

 構えはとらず、切っ先はだらりと地面を向いている。

 少年はただ、立っていた。静かな水の面のように、構えもせずにたっていた。

 

 気配がない。

 

 さくらは早くなりそうな動悸を抑え、相手を観察しながら、そのことを感じていた。

 共に白刃を抜きあっている。

白刃を抜きあって向き合えば、いやでも緊張する。緊張は、身体を強ばらせ、動きを硬くするが、その緊張は、うまく扱えば気迫へと変化し、動きに、力と疾さを生むことになる。

 緊張を力に変えた時、自ずと、その気配が立ち姿から届いてくる。

 それが届いてこないのだ。

 人が、この様な境地に立つことが可能なのか。

 可能である、と少年の立ち姿が言っている。

 

 のまれるな! ――相手の水の面にさざ波をたてるのだ

 

 さくらは自らを鼓舞すると

 

「喝っーー!!」

 

 裂帛を轟かせた。

 

「北辰一刀流 免許 真宮寺さくら――まいります」

 

 そう名乗ると、すっ……と身体を少年の方へと滑るように歩を進めていった。

 

「……葛葉ライドウ」

 

 白顔の少年――ライドウもさくらの名乗りを受けるように呟くと、さくらと同じ速さで歩を進め始めた。

 

 間合いが詰まる――

 

 ぴたり、と二人の動きが止まった。

 

 互いに間合いの際についたのだ。

 もう半歩、踏み出せば互いの刃が、互いの身体に届く。そんな距離で二人は止まっていた。

 二人の間の空気がぴん、と張り詰める。

 ぱんぱんに空気の詰まった風船に少しづつ、少しづつ、空気を入れこむように、二人の間の空気が、張り詰めていく。

 そして、その風船が割れる寸前に――

 

 き゛ぇ゛え゛え゛え゛ん゛!゛!゛

 

 人とも獣とも違う叫び声と共に、闇から何かが二人に襲い掛かってきた。

 

「しっ!」

 

 それにいち早く対応したのはライドウだった。

 ライドウはすぐさまその間合いから半歩後ろに下がると同時に踵を返し、鳴き声の主を一刀のもとに切り伏せる

 

「降魔?!」

 

 一呼吸程遅れてさくらも倒れた加代守るように闇に向けて刃を振るう。

 闇夜に紛れているが、明らかに人でも獣でもない異形のものを二人は切り伏せていく。

 

「さくらくん!! どこだ!!」

 

 向こうで大神が自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「大神さん、こっちです! 加代さんもいます!!」

 

 さくらは刀を振りながら、精一杯の声を張り上げた。

 その直後、複数の気配がこちらに向かって走ってくるのを感じた。

 

 ……き゛ぇ゛き゛ぇ゛

 

 その気配を察したのか、異形のものはちりぢりに闇に消えていった。

 

「……」

 

 それを見届けたライドウは刀をおさめると踵を返す。

 

「まって!」

 

 加代を一人にすることが出来ず、その場を動けないさくらは、ライドウの背中に声を投げるが、ライドウは振り向かずに闇へと溶けていった。

 

 ――にゃあ

 

 ライドウの後ろを、どこにいたのか翠色の眸をした黒猫が後を追うように走っていく。

 

「さくらくん、大丈夫か!」

 

 そしてその直後、仲間たちがさくらの元に駆け寄ってきた

 

「大神さん……はい、大丈夫です。 加代さんも気を失っているだけみたいです」

「そうか、よかった……」

 

 大神はさくらと加代に目立った傷がないことを確認し、心の底から安堵したように息を吐いた。

 

「しかし、さくらよ。なんか大立ち回りしてたみてぇだが、なんだ? はぐれ降魔でもいたか?」

 

 辺りを見回して警戒していたカンナの言葉に、

 

「はい、実は……」

 

 さくらが返答しようとした時--

 

「隊長!」

 

ランプをもって同じく周囲を警戒していたマリアが鋭く声を上げ、地面の一角を照らして見せる。

 

「どうしたんだ、マリア――これは……」

 

その声に反応して、地面を見た大神の言葉が詰まる。

 さくらもカンナもその光の先を覗き込む。

 そしてそこには、今まで自分たちが戦ってきた降魔とは似ても似つかない、異形のものが身体を真っ二つに裂かれて死んでいた。

 

「まるで、戯曲に出てくるグレムリンみたいね」

 

 その容貌をみたマリアが誰に聞かせるでもなく、呟く。

 さくらも演劇に携わるものだ、グレムリンといわれてよく見れば、確かに西洋の戯曲に出てくる悪戯好きの小鬼に似ている気もする。

 しかし、今見ているものは、そんな戯曲に出てくる何処か愛嬌のある小鬼とは似ても似つかない、まさに妖魔と呼ぶにふさわしい容貌をしていた。

 

「あ!」

 

 誰かの声にさくらが再び目を上げると、先ほどのグレムリンがしゅわしゅわと黒い霧のように輪郭がぼやけ、闇に消えてしまった。

 

「一体全体、何がどうなってんだ?」

 

 カンナが頭をバリバリとかきながら、グレムリンが消えた地面を睨み付ける。

 

 ……

 

 カンナの問いかけに、皆一様に答えを持たず黙り、沈黙がその場を支配しそうになった、その時、

 

「よし、ここはまず、加代さんを家に連れて戻ろう」

 

 大神が沈黙を断ち切るように声を上げる。

 

「ええ、そうですね、今回の任務は加代さんの捜索。まずはそれが最優先事項ですね。カンナ、彼女を頼める?」

「おう! まかせとけ!」

 

 大神に同意したマリアの言葉にカンナは勢いよく応えると、ひょいっと、倒れていた加代を抱きかかえる。

 

「さくらくん、まずは戻ろう。話はあとで聞かせてくれ」

「はい」

 

 未だグレムリンが消えた地面を見つめていたさくらの肩に手を置いて、大神がさくらに語り掛ける。

 

 この帝都で、再び何かが起ころうとしている。

 そして、その中心にいるのは、恐らく自分が対峙した漆黒の外套を着た少年であることをさくらは感じていた。

 

 桜の花びらがひらりひらりと舞っている。

 

 そんな花びらの舞い散る漆黒の闇の先を、さくらは一抹の不安と共に見つめていた――

 

 

 



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開戦

 上野公園で一連の事件のあった次の日の昼下がり、大帝國劇場のサロンには米田一基支配人以外――米田は数日前から「野暮用」という事で出かけており、いまだ戻ってきていない――の帝国華撃団・花組の全員が顔をそろえていた。

 もちろん、昨晩おきた事件を共有するためだ。

 上野公園へ出向いた者たちの報告を聞いて、それの検証、また花組のメンバーは華撃団としてのもう一つに重要任務、舞台の為の稽古を終え、落ち着いたところで集まっている。

 

「まず確認だけどよ、加代さんは無事……って事でいいんだよな?」

 

 まず初めに口を開いたのはカンナだった。

 

「えぇ、大神君達が彼女を家に送り届けてから、帝撃の息のかかった医師をおくって確認させたわ。衰弱はしていたみたいだけど、命に別状はないということ。付け加えるとついさっき意識が戻った、という報告もあったわ」

 

 カンナの問にかえでが答える。

 

「そうか……そいつはよかった」

 

 カンナは心底ほっとしたように、息を吐く。

 男勝りだが人一倍優しい、カンナらしい反応だ。

 

「そうなると、残る問題は“神隠し”と“新種の降魔”という事になりますわね」

 

 そんなほっ、とした空気を切り裂くように、すみれが鋭く、話題の本質に切り込んだ。

 

「というわけで、もう一度説明していただけませんこと? さくらさん」

 

 すみれはそう言うと、隅の方に座っていたさくらに視線を向ける。

 

「え? あ、あたしですか?」

「何をおっしゃってるの。昨晩の件で実際に“神隠し”にあって、“新種の降魔”と戦ったのは、あなたお一人ですわ。さくらさん以外、誰に説明が出来るというの」

「えっと……」

 

 あまり口が達者な方でないさくらは、すみれの科白の様な言葉に若干ひるんだが、視線をさまよわせた先の大神が、さくらを安心させるように小さくうなずいたのを見て、一つ深呼吸をして、さくらは口を開いた、

 

「わかりました、順を追って説明しますね――まずは……」

 

 さくらの話が始まった。

 

 カンナと歩いていた時にいきなり“神隠し”にあったこと。

 そこが、今いる世界とは、少し違う空間であるように感じたこと。

 そこで、腹のでた奇妙な“降魔”の群れと戦ったこと。

 獣の様な咆哮を聞いて、西へと急いだこと。

 ついた桜の木の下に、加代さんをはじめとした複数人が倒れていたこと。

 そして、最後に外套の剣士と対峙したこと。

 

 さくらはゆっくりと、確認するように昨晩の詳細を仲間に話した。

 

 サロンに沈黙がおりる。

 

「ねぇねぇ紅蘭、つまりどういうこと?」

 

 沈黙の中、アイリスが紅蘭の真紅のチャイナドレスの裾を引っ張って聞く。

 

「そやなぁ、アイリス……つまり……さっぱりわからん! ちゅうこっちゃな」

「なにをおっしゃってるの、紅蘭! それじゃあ、だめじゃない!」

 

 紅蘭のボケの様な言葉に、すみれがツッコむように言葉を投げる。

 

「いやいや、すみれはん、科学の世界でもそうなんやけど、わからん、って事がわかるんは、結構大事なんよ?」

「あん? そりゃどういうことだよ?」

 

 禅問答の様な紅蘭の答えに首をかしげたのはカンナだ。

 

「さくらはんの話の中で、わからん部分はようさんあんねんけどな、わからないことは情報が足りへんからこれ以上考えても意味ないねん。だから逆に、今は少しでもわかりそうなところだけを考えてけばええねん」

「ふむ、そうなると、今焦点を当てるべきは、私たちも目撃した“新種の降魔”でしょうね」

 

 紅蘭の言葉にマリアが冷静に答えた。

 

「そうだな、さくら君の話と今までの目撃情報や、加代さん救出直後の状況を検証してみると、今判明している“新種の降魔”と言えるものは3種類いる様だな」

 

 話を整理するように、大神が話し始める。

 仲間の視線が大神に集まった。

 

「まずは、数日前、月島周辺で目撃された『獣型の降魔』――これはマリアの方から“マンティコア”という悪魔ではないかという情報が出ている。そして、次にさくら君が戦った『腹の出た小柄の降魔』。そして最後に、桜の木の下でさくら君を襲い、俺達も亡骸を目撃した『小鬼の様な降魔』――という感じかな」

 

 大神は確認するように仲間を見渡す。

 特に意見などが出なことを確認すると、大神は続けた、

 

「次に、これらの“降魔”の特徴もまとめておくと……1つ、この世界とさくら君が“神隠し”にあった異空間、両方に存在するという事。2つ、この“新種の降魔”も人間を襲い、脅威であるという事。3つ、倒すと俺たちの知っている“降魔”同様、亡骸を残さずに消えてしまうという事……」

「あともう一つあります。たぶんですけど、あたしの会った外套の剣士は、この“降魔”とは敵対関係にある、と思います」

 

 大神の言葉を最後、引き継ぐようにさくらが言葉を続けた。

 

「ふむ……」

 

 大神はその言葉を聞いて考える。

 

 今あげた“新種の降魔”の中で『獣型の降魔』だけ、上野公園で目撃できていない。

 しかし、大神たちは、さくらが聞いた咆哮はかなりの確率で、この『獣型の降魔』であったのではないかと考えている。

 何故なら生き物の気配のしない異空間での大型の獣の様な咆哮、『獣型の降魔』がいたと考える方が自然である。

 だが、さくらはその姿を目撃してはいない。

 それを考慮すると、考えられる結論は2つ。

 1つは、逃げた、か

 1つは、外套の剣士が倒したか、

 という事になる。

 

 月島周辺の写真でも、『獣型の降魔』が外套を着た人影と対峙しているのを見ても、外套の剣士と、“新種の降魔”が敵対関係にあるということは、ほぼ、間違いないと思われる。

 

 そうなると、次にぶつかるのは“外套の剣士”は誰なのか。という事になる。

 

「そういや、名前を名乗ったんだよな? なんつったんだっけ?」

「はい、彼は――」

 

 カンナの問いに、さくらは改めて背筋を伸ばし、その名前を

 

「“葛葉ライドウ”、外套の剣士はそう、名乗りました」

 

 はっきりと口にした。

 再びサロンに沈黙がおりる。

 

 変わった名前だ。

 偽名――である可能性もあるし、むしろ、そちらの可能性の方が高いくらいかもしれないが、さくらの話を聞くと、外套の剣士はその名を、切りあいの際の名乗りで名乗っている。ある種、矜持の様なものも見て取れる為、“葛葉ライドウ”という固有名詞が外套の剣士の中で大きなものであるという事は、一つ確かな事であると考えてもよいであろう。

 

「帝都の住民の中にはいない名前だったのですよね?」

「えぇ、調べてみたけど、帝都に同じ名前を持つ人はいなかったわ」

 

 マリアの問に、かえでが答える。

 

「まぁ、偽名かもしれへんしな。名前だけで探すのは難しいかもしれへんね」

 

 紅蘭がかえでの答えを聞いて腕を組みながら、頭をひねる。

 

「そうね、ただ……実は“葛葉”という名前に見覚えがあるの」

「え? かえでさんは名前の人物を知っているんですか?」

「いえ、そういうわけじゃないんだけど……先の戦い――黒鬼会の首領・京極慶吾は勿論みんな覚えているわよね」

 

 かえでの口から出た、思わぬ名前に、皆一様に虚を突かれたような顔をした。

 

「京極……あの男が、今回の“外套の剣士”と関係があるんですか!」

 

 京極の名前に思わずという風にさくらが鋭い声を上げる。

 さくらがそのような声を上げるのも無理もないだろう。先の戦いで京極慶吾は、さくらにとってとても大事なものを何の躊躇もなく蹂躙した、因縁の相手なのだから。

 

「落ち着いて、さくら。順を追って説明するわ」

 

 そんなさくらをなだめる様に、かえでは皆に話し始めた。

 

「京極慶吾は反魂の術や聖魔法陣などの様々な術を駆使していたわ、そしてそれは彼自身が古の陰陽師の子孫だった事と関係しているの」

「ねぇねぇ、紅蘭。おんみょうじって何?」

「なんやアイリス、陰陽師知らんのか? 陰陽師っちゅうのは、日本に昔っからいた職業でな、占いやらお祓いやら、いろんな事をしとったんや……簡単に言うと、うーん……日本版・魔法使い! ちゅうとこやな!」

「へぇーー!!」

 

 紅蘭の魔法使いという言葉に、アイリスが瞳をキラキラさせて反応した。

 

 陰陽師――紅蘭の魔法使い、という言葉は多少乱暴だが、あながち間違っているわけでもない。

 陰陽師の歴史は古く、平安の時代までその存在は遡ることが出来る。

 時の朝廷に仕え、様々な問題を、学術的に、霊的に解決してきたのが陰陽師という存在だ。

 しかし、その存在も時代の波にのまれ、次第に姿を消していくことになる。

 

「なので、京極の事を調べているうちに、陰陽師のルーツにたどり着いて……その歴史書の中で見たのが“葛葉”という名前なの。あの戦いの中では特に気にもしなかったんだけど、今朝さくらからその話を聞いて、思い出したから資料室で資料をあさってみたら、これがでてきた」

 

 かえでは、そう言って一冊の本を取り出した。

 かなり古い本の様で、表装もされていない。もしかしたら歴史書の写しなのかもしれない。

 

「この歴史書の――書かれたのは鎌倉時代なんだけど――内容は平安時代末期の朝廷の事が書いてあるの。そしてその中の一か所……ここのところに“葛葉”がでてくるの」

 

 そういってかえでは古ぼけた本を開き、その一説を指さした。

 

「古文だから訳して説明するけど――朝廷から妖魔の討伐の依頼を受けた陰陽師は、自らの手には余ると判断して“ヤタガラス”に助けを求めた。すると“ヤタガラス”は一人の“葛葉”を使わし、その“召喚術”で妖魔は見事に倒された――そのような内容よ」

 

 確かに“葛葉”という言葉が出ている。

 

「“葛葉”という言葉も出てきていますが、新しく“ヤタガラス”という名前も出てきていますね。なんなんでしょう……」

 

 大神が問いかける

 

「わからないわ。普通に考えればアマテラスが神武天皇の東征に使わした“聖獣”の事……なんでしょうけれど、これは平安末期の歴史書だから、そのままとるのは違う気がするわ。何かの通称――もしかしたら、陰陽師を統括している組織とか、そのようなものかもしれない」

「仮に組織だと考えて、流れを読み取ると……この“葛葉”は其処の構成員――例えば荒事担当の戦闘員の様な見方もできますね」

 

 かえでの言葉を引き継いでマリアが呟く。

 文脈を見るに、確かにマリアのいう様に、妖魔討伐の為に派遣されたエージェントという見方が出来そうだ。

 

「“召喚術”というのはなんなのかしら?」

「陰陽師はかつて“式神”というモノを操って様々な呪いをしたという記述もあるからそれかもしれないわね」

 

 すみれの疑問に答えたのは、かえでだ。

 

「他の歴史書や古文には、この“葛葉”や“ヤタガラス”は出てこないんですか?」

「そうね、陰陽師自体が武士の時代になると段々と姿を消していくから、歴史書の中で記述自体が少なくなってくるのでこれ以降、ちゃんとした形での記述はないわね。ただ、所々、鬼や妖魔、妖怪といった(たぐい)が出てくるときに武士と共に“召喚士”という記述が出てくるの、もしかしたらこれが“葛葉”の事なのかもしれないわね」

 

 大神の問いに更なる資料を広げながら、かえでが答えた。

 

「なんだぁ? じゃあこの“葛葉”ってのは、平安時代とかに、あたいら花組みたいなことしてるって事か?」

 

 カンナの出した答えに反論する者はいなかった。

 記述を見るにそう判断するほかない。

 

「かえでさん、俺達、帝国華撃団以外にこの様な組織がある、というのを聞いたことがありますか?」

「私はないわ。だけど、ないと考えた方が自然だと思う。何故ならそのような組織があったら、『降魔戦争』の様な事態にはなっていなかったはずよ」

 

 降魔戦争――その言葉が出た瞬間、さくらは無意識に、ぎゅっ、と自らの着物を握りしめる。

 それは、この帝国華撃団が設立されるきっかけとなった事件。

 この事件をきっかけに多くの人の命が失われ、そして、生き残った者たちも、その人生を大きく歪ませることになった。

 

「でも米田支配人ならもしかしたら、何か知っているかもしれないわ」

 

 米田一基は、この帝国華撃団設立だけでなく、真宮寺一馬と共に、いち早く降魔の脅威を予見し、帝国華撃団の前身、陸軍対降魔部隊の設立にも携わった人物だ、何か知っているとすれば、一番有力な人物であることは想像に難くない。

 が、その米田本人は今、帝撃を不在にしている。

 

「まったく! あの酔っ払いオヤジ、肝心な時にいないなんて」

 

 すみれが椅子に乱暴に腰掛けながら刺々しく声を荒げる。

 

「ああん? しょうがねぇじゃねぇかよ、支配人だって用の一つや二つあるだろう」

「別にカンナさんに言ったわけではありませんこと、いちいち突っかからないで頂けますか?」

「てめぇがいねぇ奴の事をあれこれ言うからいけねぇんじゃねぇか!」

「なんですって?」

「なんだよ?」

「やりますの?」

「受けて立つぜ?」

 

「おいおい二人とも、その辺で……」

 

 すみれの一言から流れるように喧嘩に突入した、すみれとカンナを大神が仲裁しようとした時――

 

 けたたましいサイレンが、大帝國劇場に響き渡った。

 

『月島から日本橋にかけての広範囲に降魔の出現を確認。花組の皆さんは至急、作戦指令室まで集まってください』

 

 白鳥由里の声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

「降魔! よし、みんな行くぞ!!」

『はいっ!』

 

 花組の面々はサロンを駆けだし、地下にある作戦指令室へとはしった。

 

――

 

 地下作戦指令室――帝国華撃団の中枢部であり、帝都守護の要。

 広い室内には一目で最新鋭とわかる機械がズラリと並んでおり、中央のテーブルには帝都の詳細な地図が映し出され、数か所で明滅を繰り返している。

 サロンから退出して数分後には、この作戦指令室に全員が集まっていた。

 花組隊員は皆、普段着から、軍隊の儀典で使われる礼服に似た戦闘服を身に着けている。

 

「どんな状況ですか」

 

 開口一番、大神が状況確認の声を上げる。

 

「市民の避難は終わっています! “降魔”は月島から日本橋にかけて、路面電車の線路に沿うように出現しています。出現しているのは全て“鉤爪”……だけじゃない――ッ! 画面だします!!」

 

 報告をしていた藤枝かすみが途中で驚いたように声をあげて、手元のパネルを操作すると、中央の大きな画面に月島の街が映し出された。

 

「なんやあれ?!」

「なんですのあれは!」

「お兄ちゃん……アイリス……怖い!」

 

 画面を見た隊員たちは一様に驚きとそして少なからずの恐怖の声を上げた。

 その画面には、紫色の“降魔”――“鉤爪”にまじり、上半身だけの巨大な――人の背丈の3倍はゆうにありそうだ――鶸萌葱色(ひわもえぎいろ)髑髏(しゃれこうべ)が映っていた。

 しかも、その髑髏(しゃれこうべ)がただの骨格躰(こっかくたい)でないことは、大きさだけでなく、眼の部分をみるとわかる。通常なら、ただの空洞になっているはずの眼底には、黒々とした眼窩があるのがわかり、明らかに意思の様なものが見て取れた。

 しかもそんな巨大な髑髏(しゃれこうべ)は一体だけではなく、あちらこちらで、何もない空間から、その巨大な上半身を顕現させていた。

 

「これも“降魔”……なのか?」

 

 大神が驚いたように声を上げたその時、

 

「あ! これは……見てください! ここ!!」

 

 もう一つの画面を見ていた高村椿が声をあげてパネルを操作する。

 画面が切り替わる。

 

「あれは……」

 

 切り替わった画面には一人の人間が映ってた。

 普段は人間が立たないであろう街灯の上に顔色一つ変えずに佇んでいる。

 漆黒の外套に黒い學生帽をかぶり、肩に翠の双眸をした黒猫をのせた、白顔の少年の姿だった。

 

「この人です! この人が“葛葉ライドウ”!!」

 

 さくらの声に、全員の視線が外套の剣士に向けられた。

 

 次の瞬間、画面の向こうの“葛葉ライドウ”は街灯から、とんっ、と飛ぶと、音もなく“鉤爪”達の群れの中へと着地する。そして外套の下から刀をすらり、と抜き去り瞬く間に数体の“鉤爪”を斬り伏せた。

 しかし、“葛葉ライドウ”の刃は其処で止まらず、そのまま巨大な髑髏(しゃれこうべ)の方に走ったかと思うと、“鉤爪”の亡骸を踏み台にして飛び上がり、髑髏(しゃれこうべ)の黒々とした眼窩に刀を突き立って、そのまま巨大な骨格躰(こっかくたい)を真っ二つに切断した。

 

「すごい……」

 

 それを見ていた隊員から、誰ともなく感嘆の声が漏れた。

 

 その時、“葛葉ライドウ”がカメラを一瞥した。

 画面越しに大神と“葛葉ライドウ”の視線がかち合う。

 しかし、次の瞬間には“葛葉ライドウ”はくるりと踵を返すと、“鉤爪”の群れの中へと身を躍らせて行った。

 

 “葛葉ライドウ”の視線で我に返った大神は

 

「こんなことをしてる場合じゃない! 俺達も出動だ!!」

 

 急ぎ、隊員たちに出動の檄を飛ばす。

 

『了解っ!!』

 

 花組の隊員たちも歴戦の戦士だ。

 大神の言葉に、気持ちを“降魔”殲滅へと切り替え、各々自らの光武・改へと乗り込んでいった。

 

『大神君、このまま轟雷号で現地まで送ります。今は余計な事は考えないで“降魔”殲滅に集中しましょう』

「はい!」

 

 光武・改の中で通信から聞こえる、かえでの指示に、大神は確認の返答をする。

 

『ただ、新種の降魔が出てるという事は、“神隠し”の可能性もあるわ。十分気を付けて。たのんだわよ』

「了解です!!」

 

 大神は、かえでの言葉に力強く頷くと

 

「みんな、聞いた通りだ、細心の注意を払いながら“降魔”を殲滅して帝都を守る! 帝国華撃団・花組 出撃!!」

 

 全力で号令をかけた。

 

『了解っ!!!』

 

 それに呼応するように、隊員たちからも声が上がる。

 

 そして各自、光武・改と共に轟雷号に乗り込むと、“降魔”……そして“悪魔”が跋扈する戦地へと向かっていった。

 

―――

 

「ふん……見たこともない妖魔に、ガシャドクロ……か、こちらの帝都も随分と混沌としているな、ライドウ」

「恐らく“アイツ”のせいだ」

 

 足元から聞こえるゴウトの声に、ライドウはアカラナ回廊で取り逃がした“悪魔”を思い浮かべながら答える。

 

「しかし、先ほどの市民の誘導といい、この地域の隔離といい、こちらの帝都では軍が“ヤタガラス”の代わりを務めている様だな」

「見たこともないカラクリが動いていた」

「ああ、そうだな、だいぶ技術も発展しているようだ」

 

 ゴウトとライドウはただ普通に会話をしているように見えるが、実はこの会話の間にも、ライドウは襲い掛かってくる“鉤爪”や“ガシャドクロ”を、有無を言わさずに屠っていた。

 

「しかし、こうも広範囲に現界に顕現されると、対処が追い付かんな」

「彼らが、来る」

「帝国華撃団とやらか、いったいどれほどのものか……」

 

 ライドウの言葉に、ゴウトが懐疑的な声を上げた時――

 

 7つの鋼の甲冑が空を舞った。

 

 轟雷号から放たれた7体の霊子甲冑――光武・改だ。

 光武・改は空中で位置を整え、編隊して着地すると。

 

「帝国華撃団! 参上!!」

 

 “降魔”達の中心に降り立った。

 

 この瞬間から、帝国華撃団・花組は“降魔”だけでなく、“悪魔”との戦いに身を投じていくことになるのであった。

 



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光武

ランキングにのったようで、沢山のお気に入り、評価ありがとうございます。
古い作品同士なのであまり需要がないかなと思っていたのでとても嬉しいです。

少しづつ更新をしていきますので何卒よろしくお願いします。


 

「俺、さくらくん、カンナ、すみれくんは路面電車線路を中心に左右に展開、マリア、紅蘭は援護、アイリスは降魔達の陽動を頼む。各機、新種も含めた降魔を殲滅せよ!!」

『了解!!』

 

 大神の無駄のない指示と同時に、降魔・悪魔たちとの戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「チェェストォォッ!!」

 

 髪と同じ、真っ赤なカラーリングをしたカンナ機が目の前の“鉤爪”に鉄の拳を叩きつける。

 ただの鉄の塊であればどれだけ高速で当てようと傷一つつかない降魔の身体も、搭乗者であるカンナの霊力、そして、そのカンナが継承した桐島流琉球空手の妙技が光武・改の拳にのり、降魔にとって悪夢のような攻撃となって降魔に襲い掛かる。

 

「そらそら、だらしねぇ! ちったぁ耐えてみせろってんだ!」

 

 カンナは光武・改の拳を、足を、肘を、膝を流れるように“鉤爪”に叩き込み、その全てを一撃のもとに粉砕している。

 

「やれやれ、カンナさんは本っ当にガサツですこと……もう少し優雅に出来ないものかしら……こんなふうにっ!」

 

 名前と同じ菫色をした、神崎すみれの搭乗したすみれ機が、何の予備動作もなく、ふわりと、そしてくるりと廻り、手に携えた薙刀がその回転に従ってするり、と円を描く。

 光武という武骨な甲冑に包まれて尚、その動きは曲線的で、しなやかで、まるで優雅に舞を舞っているかのように軽やかだった。

 しかし、その舞は、ただの舞ではない。

 神崎すみれが会得している、神崎風塵流の舞であり、そこに巻き込まれた複数体の“鉤爪”の身体は同時に真っ二つに両断をされ黒い霧となって消滅した。

 

「まぁ、この様に強さも美しさも兼ね備える事が出来るのは、私、神崎すみれだからこそ出来る事ではございますけど……おーほっほっほ!」

 

 そんな高笑いをしているすみれ機の死角から1体の“鉤爪”が忍び寄ってきた。

 

 そして――

 

 キャシャアアアアアアアアーーーーーーー!!

 

 気づかないとみると、名前にもなっているその鋭利な鉤爪を振りかざし、すみれ機に叩きつけようとしたその時、

 

 ダ ン ッ !

 

 という銃声と共に、“鉤爪”の頭が吹き飛び、胴体には振り返ったすみれ機の薙刀が刺さっていた。

 

「マリアさん、余計なお世話ですわ」

 

 すみれは頭を撃ち抜かれた“鉤爪”を見ながら涼しい顔で呟いた。

 

「まったく、すみれは……」

 

 制服と同じく黒で染め上げられた光武・改に搭乗しているマリアは、左腕につけられている大口径銃を格納しながら、ため息をつく。

 しかし、すぐに気を取り直すと、目を左右に動かし、戦況を把握する。

 目に見える情報だけではない。

 仲間の光武・改から送られてくるデータ、敵の配置、仲間の動き、光武の隙間から漂ってくる戦いの匂い、風の動き、そして、今までの戦場での経験。

 数多ある情報を整理しながら、マリア機は少しずつ機体を移動させながら、的確に、そして確実に、敵を減らしていく。

 

「そこぉ!」

 

 カンナ機の踏み込みが、一歩届かない位置の“鉤爪”に右のガトリングを放って位置をずらし、すみれ機の薙刀が半歩届かない位置の“鉤爪”を左の大口径銃で撃ち抜く。

 マリアの援護によって、花組の殲滅力は乗倍となっている様にも見えた。

 そんな中、マリアは前衛への援護のほかにも、時折、別方向へと銃撃を行う。

 

 そして――

 

「そっちはまかせたわよ、アイリス、紅蘭」

 

 そう、呟いた。

 

「ほーら、こっち、こっちー」

 

 黄色いカラーリングの光武・改が“鉤爪”の群れを縦横無尽に“飛んでいる”。

 そう、文字通りアイリスの搭乗するアイリス機は“飛んでいる”のだ。

 蒸気ジェットエンジンを積んでいるわけでは、ない。

 アイリスは霊力の極めて強いものが選ばれている花組の中でも、一際高い霊力を保有しているのだ。

 その類稀な霊力が物理の法則すらも捻じ曲げて、鋼の塊である光武では基本的にあり得ない動きを実現している。

 

「鬼さんこちらー」

 

 アイリス機は特に“鉤爪”にたいして攻撃はせずに、ふわふわふわふわ、と、たんぽぽの綿毛の様に移動している。

 “鉤爪”たちも目障りに動くアイリス機が気になって仕方がないのか、複数体の“鉤爪”が群がるようにアイリス機を追いかけていた。

 その数が、少しずつ増えてきている。

 そして、いつしか数十体の“鉤爪”にアイリス機は包囲されてしまっていたのだ。

 

 キャシャアアアアアーーーーーーーーーーー!!!

 

 女子供が聞いたら、その場で卒倒しそうな程の不気味な咆哮をあげながら、“鉤爪”が一斉にアイリス機に襲い掛かる。

 

「鬼さん――ばいばーい!!」

 

 しかし、アイリス機は複数の“鉤爪”の腕がその機体を穿つ直前、忽然と姿を“消した”。

 そう、文字通り“消えた”のだ。

 そしてその直後、集まった“鉤爪”の群れから離れたビルの上に、アイリス機が“出現”した。

 ――瞬間移動。

 比類なき霊力を有する、アイリスのみが可能となる、機体ごとの“瞬間移動”。蒸気科学的に見れば、まさに奇跡と呼んで差し支えない現象だ。

 しかし、当の本人はこの――自分にとって――当たり前に出来るこの行為をかけらも不思議と思わずに離脱した先で、大きく光武・改の手を振り、仲間に合図を送る。

 

「こうらーーーーん、いまだよーーー!」

「よっしゃまかしとき!」

 

 その合図を受けた緑色の光武・改、紅蘭機が、左右腕部の連装榴弾砲と、同じく左右肩部の三連装榴弾砲、計10門を一斉に開放し、アイリス機に群がっていた“鉤爪”の群れに叩き込む。

 

「景気よくいくでぇ! ほいな!」

 

 10門の火砲が火を噴き、“鉤爪”達はなすすべもなくその火の海に沈んでいく。

 

「こいつで仕上げや! いけ、チビロボ!!」

 

 その声とともに、紅蘭機のバックパックから4体の球体の左右にU字の磁石の様な手が付いた小さなロボットが複数体発進された。

 そして、そのチビロボたちは炎に包まれている“鉤爪”をぐるりと取り囲むと、互いに放電をはじめ、僅かに残っていた“鉤爪”達を残らず倒し切っていった。

 

「どんなもんや! これが科学の力やで!」

「わーい、わーい」

 

 紅蘭とアイリスはそれを確認すると、喜びの声を上げた。

 

 一方線路周辺では、白銀と桜色の光武・改が互いに競うように“鉤爪”そして、ガシャドクロを斬り伏せていた。

 

 桜色がさくら機、白銀が隊長である大神機である。

 

 さくら機の動きは直線的だ。

 搭乗者である敵との最短距離を詰めて、手に携えた太刀で相手を斬る。

 わかりやすく、シンプルで、そして効率的だ。

 しかしながら、もちろん欠点もある。

 それは読まれやすいという事。

 動きがシンプルであればあるほど、相手はその動きに対応しやすい。特に今回の様に知能に近い本能を持つ複数の降魔の場合、数回の攻撃で対応されてしまう――通常であれば。

 しかし、真宮寺さくらの搭乗する光武・改は降魔を斬り続けている。

 何故か――それは緩急。

 光武・改の駆動を最大限に稼働させて踏み込んだかと思うと、次の時にはその直前でブレーキをかけ、拍子を外す。このように光武・改の機構をフルに生かすことでシンプルな動きの中であっても、無限ともいえる選択肢を相手に突きつけ降魔達を倒していった。

 

 大神機は手に持った2本のシルスウス鋼で作られた大太刀、「白狼」と「銀狼」を縦横無尽に走らせ、次々に“鉤爪”そしてガシャドクロを倒していく。

 後部6本のマフラーから放出される蒸気をフル稼働させ、「白狼」、「銀狼」そして、地面を滑るように駆動する体裁きを駆使して流れるように敵の群れをすり抜けていく。

 大神の霊力によって、2本の大太刀から繰り出される太刀筋は紫電の様に青白い軌跡を作る。故に、はたから見ると青白い閃光が線路周辺を(はし)ったかと思うと、そこにいた降魔たちが瞬く間に蒸発していく。

 そのように見えるのだ。

 

 大神機とさくら機は互いにフォローしながら次々に敵を倒していく。

 

 花組達の奮闘を、少し離れた場所から外套の剣士――葛葉ライドウが眺めていた。

 

「なるほどな……あの鋼のカラクリが帝国華撃団とやらの切り札という事か……ようはわからんが、MAGに近いものが感じられるという事は、動力はMAGの様なものなのかもしれんな」

 

 ライドウの足元にいるゴウトが少し感心したように呟く。

 

「しかし、まだ終わらない」

「そうだな、これだけ“悪魔”が現世に顕現しているんだ。おそらく異界が現れるだろう、そこからが勝負だな」

 

 ライドウの短い言葉に、ゴウトが答える。

 

 その瞬間――周りの景色が、ぐにゃり、と歪む。

 

「ほう、噂をすれば……というところか。さて、帝国華撃団とやら、ここからが本番だ。この世界の“帝都の守護者”の力、どれほどのものか……」

「……」

 

 1人と1匹は歪みの中へと消えていく。

 ライドウは消える直前まで、一点を見つめていた。

 その先には、白銀に輝く光武が数多の“悪魔”を相手に戦っていた。

 

―――――

 

「この一帯が終わったら、南下して月島方面の“降魔”の殲滅にうつる! 先頭は俺と、さくら君。それ以外の各機はそれぞれ南下しながら途中の“降魔”の殲滅を優先。うち漏らしがないように、作戦指令室からの報告はしっかり確認を! しんがりはカンナとマリア、頼んだぞ!」

『了解!!』

 

 大神の指揮の元、日本橋周辺の“降魔”を倒し切った花組は、月島方面へと向かおうとした、その時――

 

 ぐにゃり――と、

 

 周囲の景色が歪んだ。

 

「くっ……なんだこれは」

「な、なんなんや。センサーがばかになってるで」

「お兄ちゃん! アイリス……気持ち悪い……」

 

 状況の急変に、戸惑う花組の中でさくらの鋭い声が響く。

 

「大神さん! 皆さん! これ、“神隠し”です!」

 

 さくらは周囲の状況を見渡しながら、自分の身に起こった現象を思い出す。

 

「各機一度、俺の周囲に集まり周囲の警戒にあたれ」

『了解!!』

 

 大神の号令に、花組全ての光武が大神機の周辺に集まり、背中をあわせながら、ぐるりと360度を警戒する編隊を組む。

 

「さくらさん、このあとどうなるんですの?」

「わかりません……昨日は深夜でしたし、恐らくこれ程、大規模でもなかったと思います」

「まったく、これだから庶民は困りますわ……」

 

 すみれの悪態も今は誰も気にしないし、気にすることが出来ない。

 

「なんや、歪みが大きくなっとる気がするで……」

「くるわよ! みんな!!」

 

 マリアの声と、周囲の歪みが花組達に襲い掛かってくるのは同時だった。

 

 次の瞬間、周囲の歪みは消え去り、そこには日本橋の街並みがもどっていた。

 

「ん? なんや? 何が起こったんや?」

「みんな、大丈夫?」

「あれ? あたし、そのまま?」

「まったく何がどうなっていますの……」

「身体は……痛くねぇな」

「アイリス……頭痛い……」

 

 花組の隊員が周囲を見渡しながら状況を確認する。

 集まった直前と、変化はないように見える。

 

『こちら作戦指令室! 皆さん大丈夫ですか? 一瞬こちらのセンサーから皆さんの機体コードが消えたのですが、異常ありませんか?』

 

 作戦指令室の通信担当であるかすみから連絡が入る。

 作戦指令室とつながっているという事は、自分たちは“神隠し”にはあっていないようだ。

 しかし、一つ、大きな変化が起こっていた。

 それに気づいたのは、さくらだった。

 

「あれ? 大神さん? 大神さん!!」

 

 自分の隣にいたはずの大神機の存在が消えていることに気づいたさくらは、大声で大神の名前を呼ぶ。

 

「え? やだ……お兄ちゃんいなくなっちゃった……」

「なんや? こんどは大神はんが“神隠し”にあったっちゅうことか?」

「ちっ……まったくどういう、からくり何だこりゃ……」

 

 隊員の心の支柱ともいうべき大神のいきなりの不在に動揺が広がる。

 そんな中で、一人冷静を保っていたマリアが、全員の回線を開き、作戦指令室と通信をする。

 

「かえで副司令。こちらマリア・タチバナ。状況の報告をします。大神隊長が“神隠し”にあいました」

『なんですって? 他のみんなは大丈夫なの?』

「大神隊長以外の花組は全員健在です」

『そう……よかった』

 

 かえでだけではなく風組3人も含めた作戦指令室内の安堵が通信を伝って感じる。

 

「かえで副司令。さくらの話を総合すると、“神隠し”にあっても脱出の術がないわけではないようですが、こちらからは現状どうすることも出来ません」

『そうね』

「そこで指揮を私に移行し、私たちはこのまま大神隊長のプラン通り、月島方面での降魔殲滅を継続しようと思います」

『わかったわ。私たちも翔鯨丸をだして空中からサポートします。それから夢組にも連絡を入れて、日本橋、月島周辺の霊力の異常を感知したら知らせるようにするわ』

「ありがとうございます」

『大神君は? どうするの?』

「……私は、私たちは大神隊長を信じています。隊長は、必ず“神隠し”から戻ってきます」

『そうね……みんな、まだ降魔がいる以上、“神隠し”が起こらないとも限らないわ。細心の注意をしながら作戦行動を行って』

「了解」

 

 マリアは一通りの通信を終えると、仲間へと向き合う。

 

「いい? 聞いた通りよ。先ほど隊長のだした構成で作戦を継続。隊長の代わりにカンナが前衛に出て、しんがりは私一人で請け負うわ。意見のある人は?」

「……」

「それでは作戦開始! 隊長が戻るまで、帝都は私達で守り切るのよ!」

『了解!!』

 

 仲間たちから、力強い返答が返ってきた。

 そんな仲間たちの一番後方を走りながら、マリアは空を見上げる。

 魔が蠢くと言われる、黄昏が、空を包んでいた

 

 



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「こちら大神! 指令部! 応答お願いします!!」

 

 大神は通信機に向かって声を張り上げるが、返事は、ない。

 

「くっ……やはり、駄目か……マリア! さくら君!! 誰かいないか!」

 

 大神は同じく、周囲にいたはずの仲間たちの名前を呼ぶが、やはり、返事は、ない。

 

 大神が今の状況を認識したのは、ついさっきだ。

 変化している日本橋周辺の状況に対処する為、仲間と一か所に集まっていたところに、歪んだ景色が襲い掛かってきた。

 そして次の瞬間、気が付いた時には、大神は一人になっていた。

 

 周囲の見た目は、今までいた日本橋と寸部変わらないが、明らかに自分たちが住んでいる世界とは異なるものであるという事を、五感で感じ取っている。

 

 景色自体は変わらないが、全体的に薄暗い霧のようなもので覆われていて、生物の気配もない。その代わり、ねっとりとまとわりつくように濃い妖気が光武・改を包んでいる様だ。

 

「これがさくら君の言っていた“神隠し”……という事か」

 

 大神は確認するように呟く。

 確かにさくらの報告していた状況に酷似している。

 

「とにかくここからでなければ……マリア達は恐らくあのまま作戦の続行を選択するはず、だとしたら少しでも早く合流できる月島方面に向かうべきか……」

 

 そう結論付けて大神が月島方面に光武・改を向かわせようとした、その時――

 

「ほう……今回はこの1体が巻き込まれたか」

 

 声が聞こえた。

 

「誰だ!!」

 

 自分以外に人がいることに驚きながら、その声の方向を向くと、そこには外套の剣士と一匹の黒猫が佇んでいた。

 

「さて、会ったはいいが。これからどうするか、なぁ、ライドウ」

 

 黒猫――ゴウトはライドウを見上げながら問いかける。

 大神はそんな声を聴きながら、1人と1匹を観察して、ある事に気づき、

 

「ね、猫がしゃべってる!!」

 

 驚きの声を上げた。

 しかしその声に、大神だけでなく話していたゴウト自身も、

 

「ほう……オレの言葉がわかるのか。確かになかなか強いMAGを感じる……この男、召喚士(サマナー)の素質があるかもしれんぞ?」

 

 と、驚きの声を上げた。

 

 そんなやり取りの中、相手に敵意がないことを感じ取った大神は、意を決して、外套の剣士に声をかけた。

 

「俺の名は大神一郎、陸軍秘密部隊、帝国華撃団・花組所属だ。君たちは何者で、この世界はなんなんだ? 知っていることがあったら教えてほしい」

 

 そんな問いかけに、

 

「この男の名前は葛葉ライドウ、帝都を守護する悪魔召喚士(デビルサマナー)。オレはそのお目付け役である業斗童子。魂を猫の器にいれられた咎人だ。」

 

 そう答えたのは、外套の剣士――ライドウではなく、ゴウトだった。

 

「ライドウにゴウト……帝都を守護すると言っていたが、君たちも帝国華撃団の一員なのか?」

「違う。帝都は帝都でも、この世界の帝都ではない……オレ達はこの世界の人間ではないからな」

「この世界の人間じゃない?」

「まぁ、この話は長い上にややこしい。ここを切り抜けたら話してやる。その前のまず、何も知らぬようだから、この“異界”について話しておこう」

「“異界”?」

 

 耳慣れない言葉に思わず大神は聞き返した。

 

「そう“異界”。今、オレ達がいるココが“異界”だ。悪魔たちが住み、跋扈する人の住む現世と紙一重の世界それが、異界だ」

「悪魔! やはり、あの新種の降魔は悪魔だったのか!」

「降魔? ああ……あの異形の悪魔は降魔という名なのか。降魔……降魔……なるほど、降ってきた魔、という事か……ふむ、この地に悪魔が出ずに、別のものが蔓延(はびこ)っているのも、何か理由があるのかもしれんな」

 

 大神の降魔という言葉に、ゴウトは思案したように呟いた。

 このやり取りの中は全て大神とゴウトが話している。

 ライドウは一言も発せずに、ただ真っ直ぐに、大神の搭乗する白銀の光武・改を見つめていた。

 

「話がそれたな……つまりここは悪魔の住処で、いつどこから悪魔が出てきてもおかしくはない、という事だ」

「脱出の手段はあるのか?」

「異界には必ず“主”がいる。その“主”を倒せば、異界は壊れ、現世に戻れる」

「なるほど……という事は、“主”を探さなくてはいけないという事か」

「まぁな……しかし、その必要もないだろうよ」

「ん? なぜだ?」

 

 ゴウトの言葉に大神が首を傾げたその時――

 

『人間ダ』

『人間ダ』

『オ前ノシャレコウベハ、何色ダァア!』

 

 先ほどまで日本橋にも顕現していた巨大な髑髏(しゃれこうべ)――ガシャドクロが大神たちの周りを囲むように地面から這い出てきた。

 

「悪魔たちは常に人間を狙っている。人間を喰らって自身の信仰を上げるためにな」

「なるほどな、黙っていても向こうから襲ってくるという事か! それで、コイツが“主”ということでいいのか?」

 

 大神の言葉を

 

「いや、違う」

 

 ゴウトが否定する。

 

「コイツ等はガシャドクロ。帝都に恨みを持つ怨霊の集合体だ。確かに悪魔ではあるが、この異界、かなりの広範囲であるのを見るとコイツ以外の強力な悪魔がいるとみるべきだ」

「なるほど、だがコイツ等を倒さないと、“主”の元にもたどり着けないという事か」

 

 大神はそういうと、光武・改が携えた「白狼」と「銀狼」の二本の大太刀を抜き放った。

 

「手を貸そう、帝国華撃団」

 

 そんな大神の行動に呼応するように、ライドウがはじめて口を開き、するり、と柔らかく刀――「赤口葛葉」を抜く。

 

「やれやれ、早くしろよ」

 

 ライドウの臨戦態勢をみて、ゴウトがすっと2人の間から距離をとる。

 

「すまない、恩に着る」

「かまわない」

 

 大神とライドウが短いやり取りをかわす。

 

『人間……人間……』

『オレサマ……オマエ』

『マルカジリ!!』

 

 大神とライドウの臨戦態勢に呼応したのか、ガシャドクロ達が一気に襲い掛かってきた。

 

「こいっ!!」

 

 大神が裂帛を轟かせ、ライドウは、すぅ……と、静かに腰を落とす。

 

 「白狼」・「銀狼」・「赤口葛葉」――魔を屠る3つ刃が、ぎらり、と煌めいた。

 

―――

 

『ヒィィ……』

『ナンダコイツラ』

『恐ロシイ、痛イ、怖イィィィィ……』

 

 狂気の言葉を発していた髑髏(しゃれこうべ)から、悲鳴のような声が漏れ始めた。

 その理由は明白だ。

 相対した大神、ライドウによって同族たちが(ごみくず)の様に切り刻まれていくからだ。

 大神とライドウは競うように次々にガシャドクロ達を屠っていく。

 

「てりゃ!!」

 

 大神の光武・改が「白狼」・「銀狼」を振れば、2体以上のガシャドクロが崩れ落ち、

 

「しっ――」

 

 ライドウが刀を突き立てれば、退魔の力によって、ガシャドクロは蒸発していく。

 

 勿論、数は圧倒的にガシャドクロ達が多い。

 ガシャドクロ達は周囲を取り囲み、同族が巻き込まれることを無視して巨大な腕を振るい、大神、ライドウに襲い掛かるが、その腕は2人の体捌きによって(ことごと)く、空を切る。

 

「ふうむ……なるほど、確かにあの大神とかいう男の駆るカラクリ人形、なかなかやる……しかしこやつらは所詮前座、そろそろ本命が出てくる頃合いか」

 

 二人の戦いぶりを、距離を置いた屋根の上から眺めていたゴウトが、少し感心したように呟くのと、大神とライドウの刃が最後のガシャドクロを貫いたのはほぼ同時であった。

 

 次の瞬間、大神の乗った光武・改のセンサーが、一際強い妖気を感知をした。

 けたたましい警告音が大神機のコックピットを包む。

 

「来たか!」

 

 大神がその方向に目を向けると、2体の悪魔が地面から浮き出てきているところだった。

 

 2体とも人の形をしていた。そして2体とも双子の様にほとんど同じ姿をしていた。両手を左右に広げ、十字架にはりつけにされたような態勢を取り、そのままの形でふわりと浮き上がってきている。

 頭には1本、長く太い“角”があり、髪は長く腰の位置まで伸びていた。その髪が顔にかかり、片目が髪で隠されている。しかし、見えているもう片方の目には爛々と狂気の光が点り、この世の全てを憎むかのように輝いていた。

 

『久方ぶりの人の世だな、アビヒコの兄者』

『ああ、久方ぶりの人の世だ、弟よ』

 

 2体の悪魔は懐かしそうにあたりを見回しながら話し出した。

 今までの悪魔たちと違い、流暢に人の言葉を話している。

 

『それにしても恨めしい』

『ああ、まったくもって恨めしい』

『我らを滅ぼし、彼奴らが築いたのがこの都か』

『我らが築きし、東の都。滅ぼされ塗り替えられた偽りの都』

『どうする、兄者』

『どうする、弟よ』

 

 2体の悪魔は互いに顔を見合わせ、互いの目を覗き込むと、次の瞬間、狂気の笑みを顔に張り付かせ

 

『喰ろうてやろうぞ!』

『ああ! 喰ろうてやろう!!』

 

 そう叫んだ。

 

「おい! くるぞ!」

 

 ゴウトが大神とライドウに警告の言葉を発する。

 

『我が名はナガスネヒコ(長髄彦)、朝廷に仇なす豪族の長』

『我が名はアビヒコ(安日彦)、ナガスネヒコの兄にして、同じく朝廷に仇なす者』

 

 2体の悪魔はそれぞれ名乗り、大神とライドウに向かっていく。

 

『“ヤタガラス”だな! あの時と同じく邪魔立てするか!』

『まずは貴様等から血祭りにあげてやるわ!!』

 

『 『 死ねぇい!! 』 』

 

 呪詛の様な裂帛と共に、2体は、大神とライドウに襲い掛かる。

 

「くっ! 人の大きさでなんて力だ」

「来い」

 

 初手の一撃を、それぞれ携えた刀で受け止めた大神とライドウが、2体の悪魔を睨み付けた。

 

――

 

 大神はアビヒコと、ライドウはナガスネヒコとそれぞれ一対一の様相で戦っている。

 

『はーっはっはっは! どうした“ヤタガラス”のカラクリ人形。そんな図体では我を捕まえる事かなうまい』

「くっ、ちょこまかと!」

 

 アビヒコは光武・改の周囲を滑るように飛び回りながら、時折その死角から鋭い一撃を放ち、そして離脱する。

 光武は基本的に、人よりも大きいサイズの敵との戦闘を想定している、その為、アビヒコの姿をなかなか捕捉できないでいた。

 

 一方、ナガスエヒコとライドウは初撃の位置からほとんど動かずに戦っていた。

 

『ぬっ……このナガスネヒコの動きについてくるとは、貴様、なかなかやるではないか』

「しっ――」

 

 ナガスネヒコはその両腕を、ライドウは赤口葛葉を相手に叩き込もうと交差させている――が、あたらない。

 双方、身体を巧みに捌き、相手の攻撃を()なし、そして、一撃を放つ。

 はたから見たら剣撃の嵐の様な応酬も、双方、傷一つつけられてはいないでいた。

 

「さて、ここからどう出るか……鍵はやはり、あの大神とかいう男になるか」

 

 先ほどと同じく、離れた場所から戦いを眺めているゴウトが、値踏みをするように改めてアビヒコと相対している、白銀の光武・改を見ながら呟く。

 

 互いに決め手に欠け時間だけが過ぎ去ろうとしていた時、

 

「このまま千日手では稼働限界が来てしまう……仕掛けるか――」

 

 大神はセンサーで稼働の残り時間を計算して勝負に出る事を決める。

 そしてその為に、カメラで周囲の位置関係をぐるりと見渡し把握すると、

 

「おおおおおおっ!!!!!」

 

 手に携えた、「白狼」・「銀狼」に霊力を込め、咆哮を響かせながらアビヒコに斬りかかる。

 

『はーっはっはっは! そのような剣撃、あたらなければどうという事もない』

 

 アビヒコはその一撃を、先ほどまでと同じように身を翻しながらするりと躱した。

 しかし、今までと違い大神の気迫がのった一撃だったため、その回避がいつもよりもおおきいものとなった。

 

――距離が、空いた。

 

「今だ!!」

『なっ! 貴様!!』

 

 その一瞬を見逃さず、大神はくるりと光武の方向を変えると、一直線にライドウと斬りあっているナガスネヒコへと疾走した。

 

「ライドウ!!」

 

 大神の掛け声に気づいたライドウは、光武の到達直前に、とん、と後方へ飛んだ。

 

「おおおおおおおおっ!!!」

 

 そこに後部6本のマフラーから蒸気を全開に駆動させた光武がナガスネヒコ目がけて突っ込んできた。

 

『ぬううう!! 木偶人形風情がぁ!!』

「ぜぁあッ!!」

 

 離脱し損ねたナガスネヒコの呪詛と、大神の裂帛が交差する。

 ぼとり――と、ナガスネヒコの左腕が地面に落ちた。

 

『弟よ!! おのれ、人形!!』

 

 アビヒコが弟を助けに、ナガスネヒコを強襲してがら空きになっている光武の背後に攻撃を加えようとしたその時、

 

「させない」

 

 その行動を予測していたのか、ライドウが光武の肩に飛び乗ってきた。

 そしてその手には拳銃――コルトライトニングカスタムが握られており、銃口は違わずアビヒコへとむけられている。

 

『ちいいいっ!!』

 

 アビヒコが銃口に気づき身体を捻るのと、ライドウの拳銃が火を噴いたのは同時だった。

 

 ぼとり、と、アビヒコの右腕が地面に落ちた。

 

『かああああああっ!! させぬっ!!!』

 

 アビヒコは痛みに耐えるかのように、絶叫を迸らせながら、口から“地獄の業火”を吹き出した。

 

「なに!」

「くっ」

 

 思わぬ反撃に、大神とライドウは炎を避けて距離をとる。

 

 仕切り直しの形となった。

 

『なかなかやるではないか』

『ああ、確かになかなかにやる様だ』

 

 2体の悪魔は、互いに腕を落とされ、手傷を負ったにもかかわらず笑みを浮かべながら話している。

 

『これでは奥の手を出すしかないな、兄者』

『ああ、確かに、出すしかないな、弟よ』

 

 そう言って2体の悪魔は、残った腕に妖力を込めると、後ろの地面に向かって放つ。

 するとそこから陣が浮かび上がり、そこから新たな悪魔が湧き出してきた。

 

 一言でいえば、それは土偶だ。

 古墳などに納められた土偶の形をそのまま模した姿をしているが……大きさが違う。

 その大きさは、大神が搭乗している光武・改よりも一回り大きいサイズで、その目の部分からは青白い不気味な光が漏れていた。

 

『うぉっ! うぉれは、何故ここにいるんだァァ!!』

 

 召喚された土偶はその物質的な姿からは、およそ相応しくない錯乱しているような声を上げた。

 

『こやつはアラハバキ。我等と同じく朝廷に滅ぼされし、今の治世を恨む者』

『さぁ! 今こそ我らが恨み晴らすときぞ!!』

 

 そんな2体の言葉に、

 

『うぉれはァ! 陰謀が大好きだあァァァ!!!』

 

 アラハバキは狂ったように意味不明な言葉を発しながら大神に向かい突撃してきた。

 その一撃を、2本の刀をクロスして受け止めた大神は、アラハバキと鍔迫り合いの様な状態となる。

 

「くうぅ……コイツ、さっきの奴より力が……強い」

『うぉ! うぉまえの相手はうぉれかァァァ!!』

 

 じりじりとした力の均衡の中で、大神は焦っていた。

 さっきまで、自分とライドウでアビヒコ、ナガスネヒコの2体を相手にして若干の優勢、という状態であった。

 つまり、同じ程度の力のある悪魔の登場は、この戦況を一気に劣勢に傾ける事になる出来事であるのは火を見るより明らかだ。

 

『どうした”ヤタガラス”のカラクリ人形』

『背後がお留守だぞ? あーはっはっは!』

 

 アビヒコ、ナガスネヒコから余裕の笑い声が響く。

 

「くっ……こんなところで……ッ」

 

 この状況を打破すべく、アラハバキとの鍔迫り合いを行いながら大神は周囲を見渡しながら考える。

 

 そんな時、アビヒコ、ナガスネヒコの前にすぅ、とライドウが立ちはだかった。

 

『ほう……ヤタガラスの狗……お前が我らの相手か?』

『一人で我等兄弟を相手取るとは、なんと無謀な!』

 

 立ちはだかるライドウを見て尚、2体の悪魔は余裕で笑っている。

 

「くっ……すぐに片づけててそちらに向かう! 一人では無茶だ!!」

 

 大神の声に、

 

「否、俺は一人では――ない」

 

 ライドウは管を構えて呟いた。

 そして呪を紡ぐと――

 

「召喚――斬り纏え――ヨシツネ!!」

 

“悪魔”……否、“仲魔”を召喚する。

 

『はっはーっ!! コチとらアナーキーだぜ!!』

 

 ライドウの傍らに、烏帽子をかぶった若武者が顕現していた。

 

『ぬう!』

『貴様、召喚士(サマナー)だったのか!』

 

 2体の悪魔の顔色が変わる。

 

『ぬうおおお……さまなー! うぉれを騙したのかあァァァ!!』

「なんだ? 何が起こったんだ?」

 

 アラハバキすらも今のライドウの術に覚えがあるらしく、大神一人、取り残されている状況だ。

 

「あれは悪魔召喚。敵である悪魔の力を使役し、守護の為の力とする。葛葉ライドウの真の力……悪魔召喚士(デビルサマナー)の力だ」

悪魔召喚士(デビルサマナー)……」

 

 モニター越しにゴウトの説明をもらい、大神は小さくその言葉を反芻した。

 

「ヨシツネ……一体、任せるぞ」

『あぁっ? ライドウ……テメェ、誰に向かって物言ってんだ! 2体ともオレ様が切り刻んでやるよ!!』

 

 そういうとライドウの指示も待たずに、ヨシツネは右手に「薄緑」、左手に小太刀を逆手に持ってアビヒコに躍りかかった。

 

『久方ぶりの喧嘩だ!! 浅草ROCKで祭りと行こうぜ!!』

 

 腹の底から湧き出る様な戦いへの愉悦を迸らせ、ヨシツネが疾走する。

 

『くぅ! 貴様! 坂東武者の亡霊か!!』

『あぁん? そんな奴等と一緒にすんじゃねぇよ! オレ様はヨシツネ! 源九郎義経様だ!!』

 

 ヨシツネの嵐の様な斬撃を、アビヒコは身体を後方に進ませながら回避していく。

 

『兄者!!』

「お前の相手は――俺だ」

 

 一瞬のスキをついて距離を詰めたライドウがナガスネヒコに斬りかかる。

 

『いつもいつも……貴様達召喚士(サマナー)は、俺たちの邪魔を!!』

 

 ナガスネヒコの呪詛のような言葉も、

 

「それが、帝都の守護する刃たる、俺たちの使命」

 

 ライドウは涼しい顔で受け流す。

 

『ならばその刃! ここで叩き折ってくれる!!』

「来い」

 

 ライドウの刀と、ナガスネヒコの腕が交差する。

 再び嵐の様な応酬が始まろうとしていた。

 

「くっ――おおおおおおっ!!!!」

「ぬあんだとォォォ!!」

 

 大神が光武の出力を全開にして、刀を振りぬき、アラハバキを跳ね除ける。

 

「稼働時間が……あまり残ってないな」

 

 大神が光武の各種センサーを見ながら呟く。

 光武・改の稼働可能時間は3時間。

 しかし、今回の様に蒸気機関を全開に稼働させ続ければ、もちろんその時間は短くなる。大神の見立てでは、あと20分持つかどうか、というところだ。

 状況は膠着。否、悪くなっているかもしれない。

 しかし、そこで萎えるほど、大神の潜ってきた戦場は安くない。

 

「俺は敗けない!!」

『うぉれはホットな性格だあァァァ!!!』

 

 アラハバキが回転して突撃してくる。

 それを真正面から受け止めながら、2本の大太刀に霊力の紫電を纏わせ大神が迎え撃つ。

 

「俺は必ず、皆のところへ帰るんだ!! いくぞ!! 悪魔ども!!!」

 

 大神の猛き咆哮が、虚ろな“異界”にこだました。

 

 

――――

 

 

「――? 隊長?」

 

 花組の最後尾を走っていたマリアは大神の声が――というより、何かの気配を感じて、光武を止めて周りを見渡す。

 しかし、大神の姿も、その白銀の機体も、降魔の姿も、見つける事が出来なかった。

 

「マリアはん、どないしたん? なんか見つけたんか?」

 

 紅蘭の通信にマリアは小さく首を振り、

 

「いいえ、なんでもないわ。先を急ぎましょう」

 

 そう言って光武を再び走らせた。

 

(しっかりしなさいマリア。隊長の帰る場所は私が守るのよ)

 

 マリアは息をすぅ、と吸い込むと、息を落ち着かせて仲間の後を追う。

 

 しかし、本来のマリアであれば、先ほど足を止めた時もう少し慎重に周囲を警戒していたであろう。

 大神が不在の中、周囲だけでなく仲間全員に目を配る必要が出たため、いつものマリアなら気づいていたであろう些細な事象が、見逃されてしまっていた。

 

 マリアの光武が過ぎ去った後方、停留所に停車して、避難して誰も乗っていないはずの路面電車が、

 

 ――ガコン

 

 と、ひとりでに車輪を回していた。

 

 



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