魔法少女リリカルなのはINNOCENT-crimson the bellwether- (聖@ひじりん)
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プロローグ

「ここまで来ておいて帰りたくなるのは……間違いなく、普通だろうな」

 

 なんて呟いて、目の前の大きな建物を見上げる。屋上に設置されているであろう巨大なパラボラアンテナが、その存在感を示していた。

 

「なんで、そんな選択肢が用意されていたんだろう。本当に」

 

 後悔しても無駄な事だとは分かっている。だけど、無駄だからと言って素直に納得できるほど、自分が出来た人間ではないと理解している。

 

 そもそもの原因は間違いなく学校側だ。常識的に考えて、この選択肢は絶対にありえない。

 

 そう、攻める事が出来るのなら攻めたい。ただ、一番大きな原因が自分自身にあると理解出来る程度には、自分という人間は賢いのだと思う。

 

 ……賢い人間は、授業中に寝ないか。興味無くて寝ていたら、いつの間にか決まっていただけの自業自得だ。

 

 後十歩。おおよその見当で、この建物に入る為の歩数。前に進めばこの数字は小さくなって、後ろに進めばこの数字は大きくなる。

 

 その当然の理を踏まえて、前に進んだなら俺は大人で。後ろに進んだなら、目の前の障害から逃げた子供なのだろう。

 

 また、障害になると分かっていて前に進んだなら、俺は愚かな人間で。後ろに進んだなら、賢い人間になるのだろう。

 

「…………はぁ」

 

 俺に対しての、ため息だった。

 

 進む方向はどうあれ、結果は二択の未来。高校に進学できるか、できないかのどちらかだ。 

 

 中学生にして、親元を離れさせられ遠く東京の海鳴市。両親の生まれ故郷にて一人暮らしをさせられている俺は、高校に進学できなかった等と戯言を抜かせる立場ではない。

 

 素手を武器とした、古武術を継承し続けている柊家。戦時は戦う事でお金を稼いできたが、現在は簡単な護衛術として教えたり、全く関係のない商売で生計を立てて、後の世に残す努力をしている。

 

 本拠点は北海道。現在の頭首、俺の父親と、その妻の母親は小料理屋を経営。先代の爺さんは婆さんと一緒に漁港近くの定食屋を経営している。両方とも、雑誌に乗るほどの有名店だ。

 

 で、本拠点が北海道なのに、生まれ故郷が海鳴市であるのには理由がある。

 

 本来の本拠点は海鳴市だったが、先代が変えた。変えた理由は至って簡単で、海鳴市には柊家とは別に、剣術を継承している家があるらしく、対抗する意味はないが顧客が減ってしまうのを恐れた……という、表向きの理由があり、実際には先代とその家の先代に当たる人が仲が悪かったからだと聞いた。

 

 本拠点を変えたのは、両親が生まれ育ち、結婚した後。大体30年くらい前の話だ。

 

 ……話はそれたが、つまりはそんなお家に生まれた俺は、幼い頃から武術や学問等を修めて、中学生に上がる時に自立出来る人間になる為に、する為に一人暮らしを強いられた。

 

 今は、一般的に考えると多額な仕送りによってかなり悠々自適な生活を送れているが、それも高校に入ってしまえば打ち切られる。

 

 家も、柊家の家ではなく、自分でアパートを借り支払いも自腹でこなす。その為にはアルバイトをして……と、つまりはまともに人生を送っている証明の為に高校生にならないといけない。

 

 だから、始めから俺に用意されてある選択肢なんか一つしかなく、進むしかないわけだ。

 

「……はぁ」

 

 何故か俺の通っている学校。私立天央中学校はエスカレーター式で、夏に高校に上がれるかどうかの一回目のテストがある。

 

 それが、今回の職場体験だ。

 

 用意されている期間は夏休み。宿題はあるのにかかわらず、職場体験をこなす必要がある。地域一体が協力してくれており、職種は様々で販売や調理、接客や清掃といったアルバイトの様な職場体験が待っている。

 

 もちろん職種によってそれぞれノルマがある。といっても、非常に簡単で今までこのテストで落ちた人間はいないレベル。

 

 そしてノルマを達成すると一個目のテストに合格でき、合格できなかったものは進学が怪しくなるわけだ。

 

 ならどうして、俺がこの建物の前で無駄だけどこんなに悩んでいるかと言われれば……。

 

「グランツ研究所……なんだよな」

 

 俺の職場体験先が、地元でも変わり物の集まる職場。ぶっちゃけ近寄りがたいとある意味評判のある場所だから。

 

 職場体験案内には、夏休みいっぱい泊まり込みで研究。その協力等……とりあえず、素人には手が出せない様な内容になる事が確定した、不安しかない案内だった。

 

 案内用紙を受け取る時、先生の目から──「達者でな」と感じ取れたのは気のせいではないはずだ。

 

 まあ、悪いのは俺なので仕方がない……って、何回目だろうこの悩み。

 

「……はぁ」

 

 またもや自身へのため息だった。

 

「こらこら。そこに立っている青年。それで三回目よ?」

 

「っ!?」

 

 突然、後ろから声を掛けられ少し驚いた。それと同時に、気配を感じ取れないほど考えてしまっていた自分にも少し驚いた。

 

「驚かせちゃってごめんね」

 

 身体全体で振り向いて、目に映ったのは美少女。恐らく声の主だろう。

 

 腰まである桃色の髪は全体的にふんわりとしていて、どこかのお嬢様だと言われても納得の出来る雰囲気を醸し出している。

 

 それなのに、舌をちょこっと出して、ちょっとおどけた謝り方だったが、その仕草が自然だと当然だと言わんばかりに彼女に似合っており、思わず見惚れてしまう。

 

 顔の作りがとても良くモデルだと言われても納得出来る。それに彼女の雰囲気が大人っぽく飲まれてしまうほど、美女と言える女性だった。

 

「いや、ぼっと突っ立ている俺が悪いんです」

 

 そこで初めて目を合わせ、彼女が俺の身長よりも低い事に気が付いた。

 

 雰囲気で大人の女性だと思ってしまったが、もしかして年下だろうか。

 

「ちなみに、私は中学二年生。貴方の一つ下の学年よ。柊 真紅(ひいらぎ しんく)先輩」

 

「え?」

 

 伝えていないはずの名前を呼ばれ、驚きで生返事になってしまったが、彼女の少しにやけた顔を見て冷静になれた。

 

 なるほど、彼女はここの関係者だったか……ただ、その顔は少し気に入らないな。

 

「笑顔は、こうやるんだぞ?」

 

 俺の反応を見て楽しんでいた彼女の顔の頬を、両手でつまんで左右にぐにっと引っ張った。

 

「わお。負けず嫌いだったのね~」

 

 そう言う彼女も、お返しとばかりに俺の頬を引っ張ってきた。

 

「負けず嫌いは認めるが、やられっぱなしが趣味じゃないだけだ」

 

「なるほど。似た者同士って所かしら」

 

 そこからお互い、何秒か顔をぐにぐにしあって、改めて目が合いお互いに手が止まった。

 

『ぷっ!』

 

 そして同時に吹き出した。

 

「ははっ、馬鹿みたいだな」

 

「ふふっ、本当ね……初対面で何してるんだかって話」

 

 その通り過ぎて言葉が出て来ず、笑いが止まらなかった。どうやら彼女も笑いを止めれない状態になっている。

 

 そして、少し経ってお互いに落ち着き、また目が合った所で俺は手を差し伸べた。

 

「柊真紅。もう情報は知ってると思うが、俺はこんな感じの人間だ。初対面で失礼かもしれないが、お前とは仲良くやれそうな気がする」

 

「失礼もなにも、レディに対してあるまじき行いをもうしちゃってるんですけど……まあ、いっか。私はキリエ・フローリアン。グランツ研究所、所長の娘でーす」

 

 俺の手を取り、してやったりという顔のキリエに対して、今度ばかりはやられてしまった。

 

 薄々関係者だと思っていたが、まさか娘だったとは。

 

 ただ、やっぱり思った事は……。

 

「キリエとは、人間相性が良さそうだ」

 

「告白?」

 

「どう捉えて貰っても構わないさ」

 

 自然と出た笑顔をキリエに向け、手を放して俺は研究所に足を進める。

 

「ふ~ん」

 

 キリエとは仲良くやれそうだ。この調子で、他の人とも仲良くやれると信じよう。

 

「柊真紅。職場体験に来ました!!」

 

 考えてみれば簡単な事で、こんな一つの出会いだけで人は心が軽くなる。

 

 それはもちろん、重くなる事もあるだろう……だが、何事も経験。考えるならポジティブにだな。

 

「いきなり元気ね~」

 

「キリエのお陰だ」

 

「……さっきから殺し文句ばっかですね、のSKBね」

 

「っ!?」

 

 そのキリエの言葉の方が、言葉の意味を深く考えて無かった、気付いてなかった俺を自覚させるという、ある意味殺し文句だった。

 

 そう言えば、告白って恋愛の意味だったか。てっきり心の中で思っていた事を口にする意味だと思っていた。

 

 しかし、最後に言った英単語? は、何なんだろうか。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「──さん、起きて下さい。真紅さん」

 

「ん……」

 

 名前を呼ばれた気がして、顔に乗せていた雑誌を除けると、ユーリの顔が目の前にあった。

 

 ……って、近い!!

 

 お陰で、完全に目が覚めた。

 

「ぐっすり寝てましたね」

 

「ああ……懐かしい夢を見ていた気がする」

 

 そう言いながら、シングルベッドほどの大きさのベンチから身体を起こし、軽く柔軟をしてから立ち上がる。

 

 今日、俺を起こしに来てくれたこの少女はユーリ・エーベルヴァイン。

 

 腰まであり全体的にカールが掛った金髪。顔立ちはまだまだ少女の域を出ないが、誰が見ても可愛いと言うだろう。

 

 ユーリは良くお手伝いで研究所内を動いているので、基本的にパーカーにカーゴパンツと動きやすい服装を選んでいる。今日も実に動きやすそうだ。

 

「どんな夢ですか?」

 

「ここに初めて来た時の夢だな……もう二年も前になるのか」

 

 自分で言っておいて、改めてもう二年も経ったんだと思った。

 

 時間の経過は決して早かったわけじゃないだろう。それほどに、日々の密度は今まで生きてきた中で一番濃かったと思う。

 

 初日に変わり者の博士と熱血なキリエの姉貴と出会い、夏休みを共に過ごした。

 

 夏休みが終わって家に帰ると、何故か家が燃えていて、困り果てた上で両親に電話。どうにかしろの一言で終わり、そこで博士に助けを求め、一生の恩が出来た。

 

 そこから時間が経って、留学生の四人と知り合い、四月に俺は高校に入学。

 

 もちろん起こった事は、これだけじゃ済まないけど……一番、俺の中で大きいのはやっぱりブレイブデュエルの存在だ。

 

 今までゲームすらやった事なかった人間が、そのアイデアだけで面白いと感じ、はまり。知識も経験も、何も無かったのに必死になって研究を手伝って、ちょっとずつ形にしてきた。

 

 お陰で、パソコンすら使うのを躊躇っていた俺が、簡単なゲームであればプログラム出来るようになり、設計図があれば機械類は完璧に組み立てれる様になった。

 

 さらには、完全スパルタの教育により、数えきれないほど色々な事に詳しなったので、間違いなく人より知識の棚が豊富だ。

 

 同時に、俺にとって果たして未来で必要になるかは怪しいスキル、知識の数々を手に入れたが……視野が広くなった。その点については、素直に感謝できる事だろう。

 

「笑みが、自然ですね。良い夢だったんですね」

 

「……ああ。この二年間、嫌だった事がないくらいに楽しかったからな。もちろん、ユーリを含めた四人に会えたのもかなりのウェイトを占めてるよ」

 

「それなら良かったです」

 

 ぱあっと、ユーリの周りに花畑が見えた。相変わらず、そう錯覚してしまうほど、いい笑顔だ。同い年でも、これほどの癒しのオーラを纏っている子なんて見た事ないしな。

 

 しいていうなら、周りにひまわりが咲くような弾けた笑顔をする美少女、姉貴はいる。

 

「っと、用件はあれか?」

 

「あ、はい。皆、そろそろ準備が終わるはずです」

 

 ついに、この時が来たか。

 

「わざわざ呼びに来てもらって助かった。あのままだと、完全に寝過ごしてた」

 

 昨日は夜遅くまで作業してたし、仕方がないと言えばそうだが……どっちかというと、この花壇の雰囲気とまだ本格的ではない夏の温かさのせいだろう。

 

 キリエの作った、研究所自慢の庭園。俺が来た頃にはまだまだだったな。今のこの形になるまで、キリエにこき使われていたが今ではいい思い出だ。

 

 俺がここで寝てしまったのは、正直もう数えきれないほど。俺が居なくて連絡が付かない時は、大体この場所だと暗黙の了解ができている。

 

 その中で一番、起こしに来てくれるのはユーリだろう。常に周りに気を配って、それでいて全く疲れない様子は本当に心から相手の事を思える、ユーリの優しさだと思う。

 

 それとは大違いで、寝ている俺を叩き起こして花壇作りを手伝わす桃髪。KKDを掲げ、KKDの為に俺を叩き起こす赤髪。遊びたいが為に俺を叩き起こす水色髪。そんな三人もいるが……大抵、ここで寝ている時は用事がない為、断るに断れず付き合う事になる。

 

 いや、ある意味で俺を叩き起こす事により、時間という貴重な財産を形あるものに……そんな考え、半分もないか。

 

 ともあれ、そんな三人とは違い、ユーリは優しく。他の家族二人も俺を気遣ってそっとしておいてくれる。

 

 ただ、起きた時に猫に囲まれている場合と、俺の膝に頭を乗せて逆に寝ている場合があるのは少し困るのだが。

 

「ここ、気持ちいいですもんね。私もたまにうとうとしてしまいます」

 

「なら今度、ここで一緒に寝てみるか?」

 

「あ、いいですね。都合がいい時に是非。皆にも聞いてみましょう」

 

 何となくの提案で、イベント事が一つ増えた。家族みんなで日向ぼっこ……実に平和だ。

 

「さて、そろそろ向かおうか」

 

「はい……あ、そう言えば」

 

 何かを思い出したのだろう。ユーリは手を胸の前辺りで合わせながら、歩みを止めてこちらに向いた。

 

 俺もそれに合わせて立ち止まり、ユーリに向かい合う。

 

「どうかしたか?」

 

「ディアーチェが、マフィンを用意してくれてますよ。ただし、急がねば真紅の分はないと思え……って言ってました」

 

「なん……だと」

 

 …………いやいや、ユーリさん。その情報は、俺が起きた直ぐに伝えて欲しかった。

 

 何だかんだユーリと喋ってたし、ユーリが俺を起こしに向かった時から、かれこれ十分以上は経過していると思われる。

 

 そうなると、キングスの急げの指令に間に合わないか?

 

「ユーリ。急いでいいか?」

 

 すぐさま策を考え、行動に移す為にまずユーリに伺う。

 

「は、はい」

 

 許可が出たので、早速行動に出る事に

 

「それじゃ、ちょっと失礼するぞ」

 

「え? あ、なるほど」

 

 俺はユーリをお姫様抱っこした。

 

「よし、ちゃんと掴まっててくれよ!!」

 

「はいっ」

 

 伝えた通り、ユーリは俺のシャツをしっかりと掴んでくれた。

 

 俺の分が無くなるなんて、絶対に許さない。おおかた、レヴィにでも食わせる気だろう。

 

 ただ、キングスの事だ。ユーリの分はしっかりと残してあるはず。

 

 で、急がないと行けないのは俺であってユーリではない。ましてや、時々体調を崩しがちなユーリを走らせるなんて選択肢は絶対にありえない。そして、ユーリを置いて行くのもありえない。どうせユーリの事だ、優しい笑顔で──「大丈夫です」と言いかねない。

 

 そうなれば、俺のとれる行動は一つ。身軽なユーリを抱えながら目的地、シミュレータールームに向かう事。

 

「相変わらず早いですね」

 

「ユーリが軽い事なんて分かってるし、走るくらいなら全然問題ない」

 

 本当に軽いからな……ユーリ以外の人を抱えた事はないが、それでも軽いと分かってしまう位に軽い。決して、線自体は細すぎるわけじゃないはずだが、歳相応よりも確実に細いだろう。

 

「これで、二度目ですね」

 

「ああ。でも、ユーリを抱える事ぐらい、いつでもやってやるぞ?」

 

「ふふっ。そんな事したら、みんなに怒られます」

 

「怒られる?」

 

 一体、誰に怒られるんだ? みんなって言うからには家族の誰か複数だろうが、怒る人なんていないしな。

 

 あ、いや、キングスはレヴィによく怒って……お叱りだったか。

 

「多分ですけどね」

 

 なら、問題ないか。怒られるのはどうせ俺だろうし。

 

「はい、到着」

 

「ありがとうございます。あっと言うまでしたね」

 

「そんなに距離がないからな」

 

 恐らく、庭園からここまで歩いても3分掛るかどうかだろうな。ユーリを抱えていたとはいえ、1分ぐらいだった。

 

「すまない、少し遅れた」

 

 そしてユーリを抱えたまま、自動ドアなのでそのまま部屋に入る。

 

『っ!?』

 

 みんなからの視線がいつもと違い、どこか冷たい様な気がした。

 

「どうか……したか?」

 

 その視線が気になったので、ユーリを下しながら恐る恐る聞いてみる。

 

「どうもこうも無いわ!! 寝てた挙句、ユーリを抱え──」

 

「ユーリだけずるいぞ!! そんな遊びした事ないのに!!」

 

「遊びかどうかはともかく……なかなか愉快で楽しそうですね。私もして下さい」

 

 シミュレーターに入っているキングスが吼えたと思いきや、その言葉をそれよりも大きな声で遮ったレヴィが俺の前に来て喚き、どこからともなく、にゅっと現れたシュテルが静かに意見して来た。

 

 ……えーと、つまりなんだ。遊べという事か。

 

 言葉を遮られ、その矛先を沈めたキングスが俯いているのは、恐らくレヴィへの爆発を溜めているのだろう。

 

 一番奥、ブレイブデュエルをプレイする為の機械。シミュレータに入っているのが、ディアーチェ・キングス・クローディア。通称、王様。

 

 他三人の留学生の、お母さんポジションに自然と納まってしまう面倒見のいい少女。髪はそこまで長くなく、肩に掛る程度。暗い銀髪で先端だけ黒色になっており、前髪の一部をリボンで纏めている。

 

 俺の目の前でわーわー騒いでいるのが、レヴィ・ラッセル。

 

 元気溌剌をそのまま人にした様な、ちょっとお馬鹿な少女。髪をアップサイドで、青いリボンを使って結んでツインテールにしている。キングスと似て、全体は水色の髪だが先端が青色になっている。

 

 そんなレヴィの横でただクールに俺に視線を向けて来るのが、シュテル・スタークス。

 

 冷静に見えるが、実際は好奇心旺盛で行動力もある少女。髪の長さがキングスと同じぐらいで、二人とは違いシンプルに茶髪アクセサリー等のワンポイントも見当らない。

 

 この三人にユーリを含めて留学生四人組。ちょっとしたお家のお嬢様たちで、四人で幼馴染らしい。 

 

「薄々は思ってたけど……先輩ってば、ロリコン?」

 

『ロリコン?』

 

 二人に遅れて、フローリアン姉妹が近づいて来た。

 

 そして、キリエの開口一番の言葉に、俺と同じく意味が分からなかったんだろう。キリエの隣の姉貴と声が重なった。

 

 アミティエ・フローリアン。色々あって姉貴と呼んでいるが、俺と同い年の少女だ。

 

 本来腰まであるピンクに寄った赤の髪を三つ編みにし、白いカチューシャをしている。レヴィと同じく姉貴も元気溌溂で、それに振り回される事が何度かあった。

 

「あ、いや……知らないんだったらいっか。忘れて~」

 

「いいえ、真紅に言ったなら悪口、からかいの類のはず!! お姉ちゃんにその意味を教えるのです!!」

 

「ちょ、ここでお姉ちゃんが絡んで来るなんて──」

 

 そう、ちょうどこんな感じで。

 

 全く、相変わらず賑やかだな。レヴィはキングスに呼ばれて怒られているし、キリエは姉貴に責められている。シュテルとユーリは俺の横で、その様子を見て笑っていた。

 

 家が全焼した二年前は本当にどうしようかと悩んだが、結果的にこの暖かさに触れる事が出来たと考えたら……いい代償だったかも知れないな。本家には悪い事したが。

 

 原因はちょっとした偶然、歩きたばこの不始末。犯人は出頭しており、翌日には謝って貰えた。

 

 幸い貴重品の類は本拠点に置いてあって、殆ど俺の私物しかなかったから被害はそこまで大きくなかった。なんたら保険で被害分がお金で返って来たので、そう考えると代償とも言い難いか。

 

「真紅くん」

 

 俺の名前を呼ぶと共に、ぽんっと右肩に手を置かれ、そちらに首を向けた。

 

「来たんですね。どうしかしましたか、博士?」

 

 ユーリを連れて入った時に姿が見えなかったから、何か別の事をしていたんだろう。

 

「うん。楽しそうな雰囲気を感じて戻って来たよ。声を掛けたのは、真紅くんが楽しそうにしていたからかな」

 

「楽しそう……なるほど」

 

 意識してみると、口元が緩んでいた。

 

「自惚れるわけじゃあないけど、僕のブレイブデュエルがもたらしてくれた出会いなんだとしたら、僕にとってこれ以上の喜びはないからね」

 

 やっぱり博士は素晴らしい人だな。周りからは変わり者とは呼ばれるが、芯にあるのは自分も楽しめて、相手も楽しめる。そんな物を日々研究してるだけだ。

 

 しかも、それで生まれたのがブレイブデュエル。素晴らしいゲームを生み出したのが、素晴らしい人間だって事で大いに納得がいく。

 

「そうですね……これが、人の光になることを信じてますよ。な、ユーリ、シュテル」

 

『はい』

 

 東京の一部の地域限定だったこのブレイブデュエルが今は日本全土に広まった。

 

 まだまだ、今は弱い光かも知れない。だけどそれは、段々と段々と強くなって、いずれ世界も照らしてくれる。

 

 ブレイブデュエルが、これから俺に、みんなにどんな出会いを運ぶかはまだ分からない。だがきっと……グランツ研究所で出会えた人たちと同じぐらい、素晴らしい出会いが待っていると信じている。

 

 そう考えているのは、きっと俺だけじゃないだろう。

 

「って、そうであった!! 15時までに調整せんと行かんのだ!! 真紅、貴様も手伝え!!」

 

「当たり前だ!!」

 

 だから、今はただ……待ってくれている人たちの為に、俺たちの仕事を終わらそう。

 

 シュテル、ユーリが椅子に座りキーボードを叩き、その後ろで立ったまま俺とレヴィが違う作業をこなす。

 

 そして、数分も掛らず全準備が整った。

 

「最終シークエンス、準備完了しました」

 

「電源もビリビリオッケーだよ!!」

 

「ディアーチェ、始めて下さい」

 

「抜かるなよ?」

 

「ぬかせ、誰に言っておる」

 

 さあ、ここからがスタート地点だ。



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episode1

 

「第一段階は無事に終了であるな」

 

「みんな、お疲れ様よ~」

 

「キリエは何もしてないじゃないですか」

 

 一般開放の第一プログラムが無事に終わり、現在は休憩の時間。シミュレータールームは現在も開いており、アナライズルームにてモニター越しにだがその活気が確認できる。

 

「客入りは想定より上の140%……上出来ですね」

 

「当然の結果だね!!」

 

 キングス特製のケーキ等をお皿に乗せて持ってきたシュテルとレヴィが、丸いテーブルに着いてくつろぎ始めた。

 

 テーブルにはキリエ、アミタの二人も着いており、キングスは忙しなくお茶の準備等をしている。

 

 そして、俺とユーリは八神堂との通信を行っていた。

 

《ヴィータがやられたようやな……》

 

《やられてねえって!!》

 

 ……のだが、いきなり何か始まった。

 

《えーと……くっくっく。奴は我らヤガミドーの中でも最年少》

 

 アインスさんがはやてのノリに合わせてか、メモを見ながら棒読みだ。

 

《そりゃそうだよ!!》

 

 その後ろでは、先程からヴィータによる真面目な弁解がされているが、二人は完全に無視である。

 

《じょ~だんは置いといて。さっきまでウチも大繁盛やったし、この調子で盛り上がるとええね》

 

 そして、涙目のヴィータをあやしながら、やっと本題に入ってくれた。

 

「そうですねー」

 

「本業の店の方は大丈夫なのか?」

 

《ブレイブデュエルはシステムチェックで一時間の休憩中。上の方はシグナムたちがやってくれているよ》

 

 ……今、何となくだが、シャマルさんの泣き言が聞こえたのは恐らく気のせいだろう。

 

《そっちはどうだい? ユーリ、真紅》

 

「うちも同じく休憩中です」

 

「システムチェックはこの後に──」

 

「僕たちダークマテリアルズは今日も大活躍だったよ!!」

 

 俺の言葉を遮り、俺とユーリの椅子の間にレヴィがにゅっと身体を割り込んで来た。

 

「こら、真紅が話している途中であっただろう。それに、貴様は暴れまわっておっただけだろうが」

 

「俺は気にしていないよ」

 

 こんな日常茶飯事に突っ込んでいたら、こっちの身が持たない。それでも突っ込むキングスはかなり律儀というか、真面目というか……とにかく、凄い奴だ。

 

「ほら、真紅もこう言ってるし。で、それよりヴィーたん。やられちゃったって、ほんと~?」

 

《だからやられてねえって!!》

 

 モニターを割れそうな勢いで、レヴィの言葉にヴィータが反応。レヴィはにししと笑っているので、これはからかって楽しんでるだけだな。

 

 ヴィータに少し悪いと思ったので、レヴィをポコンと殴っておく。

 

「あいたっ……お、親父にもぶたれた事ないのにっ!! このっ、このっ」

 

 そのお返しだろう。だいぶ前にみんなで鑑賞したロボットアニメの主人公の台詞っぽいのと共に、ぽこぽこと殴ってくるが痛みはないので無視しよう。

 

「悪いなヴィータ。こいつはお茶目が過ぎるんだ」

 

《あ、ありがとうございます。ただ、そんな事は出会った時から分かって──》

 

「敬語。タメ口でいいって言ったろ?」

 

 最初の部分を強調してヴィータの言葉を遮り、以前伝えた言葉をもう一度伝える。

 

《は……おう》

 

「それでよし」

 

 前に戦った時に、敬語が苦手そうだったのでタメ口でいいと伝えたのだが……歳がかなり離れているし、まだ抜けきらないんだろうな。

 

「な~にがそれでよし。何だか」

 

 キリエの声が聞こえた気がするが、恐らく幻聴だ。

 

《あはは、いつも優しくて助かってます。で、真さんは聞いてます? なんやええ感じの子が出てきたみたいやんねんけど》

 

「いや、初めて聞いたな」

 

 というか、忙しくてそんな情報を聞く暇もなかったしな。

 

《T&Hに遊びに来た子の様ですね。ええと、名前は……》

 

「"てぃーあんどえいち"の"高町なにょは"だね」

 

 レヴィはアインスさんの言葉に反応して俺への攻撃を止めて、それはそれは楽しそうな顔をモニターに向けている。

 

 意外なのは、あれだけ暴れていたのに情報だけはしっかりと耳に入れていたレヴィの行動力? だな。名前を間違えていなければ完璧だが、レヴィらしいか。

 

 恐らく高町なのは……ちゃんだろう。

 

「ぬっふっふっふ………」

 

 そしてさらに、不気味な笑い声まで付け足した。

 

 すぐ隣にいるユーリはレヴィのその様子を見て苦笑いだし、後ろのテーブルからは呆れ声が聞こえる。

 

《真さん、顔に出てますよ?》

 

「……出している事にしてくれ」

 

 どうやら、俺も無意識の内に苦笑いだった様だ。

 

「さっきから何気に酷いよ!?」

 

「当然であろうが……ユーリよ、少し休むといい」

 

 キングスがレヴィに突っ込みつつこっちに来て、ユーリに休憩を催促した。

 

 時計を確認すると18時と少し……シミュレータールームがオープンしてから今までの大体3時間。ここで色々な事をユーリに任せていたので、確かにそろそろ休憩させた方がいいか。

 

 こういう気遣いを出来るキングスを、俺ももっと見習わないとな。

 

「そうですね……真紅さんに任せても?」

 

「当然だ」

 

 俺も同じ事と、時々シミュレータールームにて説明の手伝いをしていたが、このぐらいは余裕。それに加えて断る理由がないので即答した。

 

「それじゃあ、休憩してきますね」 

 

「そのまま今日は休んでもいいからな?」

 

 椅子からユーリが立ち上がった所でそう伝える。

 

「大丈夫です。真紅さんだけに任せる訳には行きませんから」

 

 ユーリは可愛らしく両手でガッツポーズ。

 

「意気込みは分かるが、ユーリは時々無茶をするからな。このまま俺に任せてくれてもいいぐらいだ」

 

 本当に大丈夫なんだろうが、ほっておくと頑張り過ぎるので釘を刺して置く。

 

「そ、それを言われると抵抗できないじゃないですか……うう、意地悪です」

 

「意地悪で結構だ。ユーリに無茶される方が……っと、行ってくる」

 

 言葉の途中だったが、モニターに喧嘩している男の子たちが見えたので、直ぐに立ち上がる。

 

「ちゃんと休憩しておけよ」

 

 部屋を出る前に、もう一度だけユーリにそう伝え、俺は現場に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

《なんや、えらいユーリにだけ過保護やね》

 

 真紅が部屋から去った後、はやてがディアーチェに向かって言った。

 

「……頼まれても教えんぞ小鴉。あれは真紅とユーリの問題だ」

 

 お菓子を取りに向かったユーリから、モニターに映っている真紅に視線を向けてディアーチェははやてに返す。

 

《悟ってくれるお姉ちゃんは嬉しいけど、どうしても?》

 

「だから、姉ではないと何回言えばっ……いや、今は良いか。で、どうしてもだ」

 

《お姉ちゃんのいけずー》

 

「ええい──」

 

 その言葉に反射的に声を挙げたが、ディアーチェは自分を戒めて言葉を切った。そして、腕を組んで目を閉じて考えてみて、次第に言葉が思い浮かび口に出す。

 

「ふむ、我の口からは言えんが……どうしてもと言うのならば、直接本人に聞くのがいいかも知れん。ただし、くれぐれも慎重かつ聞く相手を間違えてはいけない。我のこれは、独り言であるがな」

 

 ディアーチェの独り言は、もうはやてにとっては答えの様な物だった。

 

《そこまで念を押されてしもうたら逆に聞きにくいんやけど……うん、気になるから聞いてみるわ。ありがとう、王様》

 

「ふんっ……何に対しての感謝かは知らんが、受け取っておこう。それにだ、小鴉」

 

 ディアーチェはモニターの越しのはやてに対して不敵な笑みを浮かべると──

 

「お笑いの流れだと、我を呼んだ最後の王様の部分は……姉でなくてはな」

 

 からかいの言葉を発した。

 

《はっ、しまった!?》

 

 はやての反応を見て満足だったディアーチェは、そのまま通信を終了し、視線を真紅に向ける。

 

「まあ、大した理由ではないが……どちらにせよ、素直に喋ってしまうであろうな」

 

 今度は視線をユーリに移し、ディアーチェは少し微笑みながらテーブルへ向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふう……この手の喧嘩は絶対に無くならないだろうな」

 

 子供たちの喧嘩の内容は、どっちが強いか等、戦いが関係している限り起こり得る喧嘩だった。

 

 年頃の男子、男の子はどうしても勝ちや強さを意識してしまうんだろう。

 

 誰だって、やるからには勝ちたいはずだ。

 

 勝つ為には、その方法を試行錯誤して誰かに挑む。これをずっと繰り返すのが一番だと思う。

 

 そして、その中で自分なりの強さや楽しさを見出して、更にレベルアップしていければなお良し。

 

 負けて悔しいのは当たり前で、負けない人間なんて存在しない。

 

 勝って嬉しいのは当たり前で、勝てない人間なんて存在しない。

 

 ただし、勝負の世界は常に不平等だ。

 

 努力が大事なのは誰にでも分かる。それでも、冷めた考えかも知れないが、最後に勝敗を決めるのは才能や時の運になる。

 

 才能があって努力した人間に、才能がなくて努力した人間は勝てない。勝つ方法は、諦めずに時の運が味方してくれると信じる事。これに限る。

 

 まあ、ブレイブデュエルはそれを考えて、無限の可能性を秘めた進化。自分なりの強さをどこまでも追及出来る訳だから、戦いの点ではほぼ平等になっているだろう。

 

 運動が苦手な子でも、慣れてしまえば思い通りに動くようになるしな。

 

「ただいま」

 

『おかえりなさい / おかえり~ / 戻ったか』

 

 相変わらず、この人数だと返事が多い。意味的にはおかえりと言っているから問題は無いが……統一はされる事はなさそうだ。

 

「して、喧嘩の内容はなんであった?」

 

「男の喧嘩だな」

 

「なるほど、小さくても心は男であったか」

 

 そう言いながらモニターで仲良く対戦している男の子たちを見て、満足そうにキングスは笑った。

 

「ああ、そうであった。近い内、小鴉が真紅に迷惑を掛けるやもしれぬ」

 

「はやてが?」

 

 渋い顔で俺に言って来たということは……キングスも関係しているのか。

 

「うむ。我の独り言を聞かれてしまってな」

 

 なるほど。相変わらずキングスは優しいな。

 

 恐らく、俺の事を間接的にキングスが答えたんだろう。

 

 既に周知の事実だが、その優しさに嬉しくなったので右手でキングスの頭を撫でる。

 

「くすぐったいぞ、真紅」

 

「これが罰って事で」

 

 目元をつり上げたキングスに笑顔で返す。

 

「……ふむ、良かろう」 

 

 渋々といった返事でキングスは俯き、顔が見えなくなった。恥ずかしかったのだろう。

 

 まだまだ付き合いは長くないが、キングスにはこの手の責め方が一番効く事ぐらいは知っている。

 

 さて、気づかれると面倒だし、そろそろ終わろうか。

 

「あぁぁぁ!! 王様も何か面白そうな事やってる」

 

『っ!?』

 

 手を放そうと思ったら、ナイスタイミングでレヴィが気づき、声に合わせてみんなが一斉にこっちを見た。

 

 その視線に反射的に手を放す。

 

「あっ」

 

「なーんてな。これは罰だから仕方がない」

 

 微かな声だったが、しっかりと俺の耳に届いたので手を戻した。

 

「う、うむ。これは罰であるからな」

 

「罰? ねえ、罰って何? 王様なんかしたの? というか、僕にもしてよ!!」

 

 近くに来たレヴィが主にキングスに詰め寄った。

 

「……っ」

 

 あまり見ない光景だが……恐らくこれは、爆発一歩手前だな。

 

 その証拠に、手からはふるふると震えが伝わって来る。俺は一切手を動かしてないので、間違いない。

 

 シュテル、ユーリの二人は近づいて来たものの、俺の背中でそっとこの様子を見ている。キリエ、姉貴はさほど興味がないのかチラッとだけこちらを向いて苦笑いだ。

 

 冷静にこの部屋の状況を見ている今も、レヴィの責めは続いており、段々と俺の手に伝わる熱量も上がっている気がする。

 

「……や、やかましいわっ!! 二人を見習わんかっ!! 見守っておるであろう!! 大体──」

 

 ついに雷が落ちてしまい、空いた手が特にそれを感じさせた。

 

 今までにないくらいのキングスの怒りに、レヴィは一瞬で涙目になって部屋の角に連れて行かれ、キングスの怒り声はこちらにも聞こえる。

  

 そう遠くない位置で広くない部屋だからどこでも聞こえるだろうが……かなり、怒っている。

 

「ん、なるほど。これは温かいですね」

 

「シュテル? ……いや、まあいいけどな」

 

 怒られているレヴィの様子を眺めていたら、空いた手をシュテルが自分の頭に乗せた。

 

 俺もそれに合わせて今度はシュテルの頭を撫でる。シュテルは家族の中で一番猫っぽいので、撫でているこちらが癒されるな。

 

「わ、私も!!」

 

 そしてユーリも同じ様に俺の左手を頭に乗っけた。

 

 ……いや、なんだこの状況?

 

 疑問を感じつつも決して嫌ではないので続けるが、本当になんだろう。

 

「癒されますね、ユーリ」

 

「はい、とっても」

 

 まあ、いいか。良く分からないのはここでのデフォルトだ。

 

「なら私もして貰おうかしら。せ、ん、ぱ、い?」

 

「私にもお願いします!! 結構気になってしまったのKKSです!!」

 

 なんて思っていたら、キリエと姉貴がこっちに来た。

 

「何も、面白くないぞ?」

 

「私もそう思ってるけど」

 

「お姉ちゃんは面白そうに感じて来ましたので、是非」

 

 なら、とりあえずやってみるか。

 

 シュテルとユーリから、キリエと姉貴に手を移し、頭を撫でてみる。

 

「……で?」

 

 そして少し待ってから感想を訊ねた。

 

「悪くないって感じかしら」

 

「そうですね。かなり温かいですよ」

 

 感想を聞いたのはいいが、自分じゃ分からない感覚だ。頭を撫でて貰う機会なんて、ほぼ絶対に存在しないしな。

 

 ……って、本当に何やってるんだ。俺たち。

 

 この二年間で元々流される側の俺が、かなり流される様になったが……無問題か。決して楽しくない訳でも、面白くない訳でもないしな。

 

 むしろ、普通に生きていたらこの空間にいなかっただろう。

 

 等と考えつつ時計を見ると、休憩時間はとっくに過ぎていた。 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ん、朝か」

 

 スマホのアラームを止め身体を起こし、少ししてから立ち上がってカーテンを開け、光を浴びて改めて目を覚ます。

 

 ただ、いつもより眠たい。

 

 昨日は夜遅く……といっても、時計の針が日付をまたいだ頃までだが、皆でブレイブデュエルの初日稼働が無事に終了したお祝いをした。

 

 そして、後片付けは俺が全て担当したので寝たのが2時ぐらい。請け負った理由としては、女の子が寝不足なのは美容的に問題があるとキリエに押された為。それと、断る理由が特になかったから。

 

 博士は博士で色々と忙しい人なので、後片付けはして貰わなかった。

 

「まあ、5時間でも大丈夫だろう。いつもよりかなり短いが、若いしな」

 

 一つ問題があるとすれば、授業中に寝ないか心配……恐らく寝てしまうか。

 

 幸い、今日はアルバイトもないので帰ったらゆっくり出来るし、ブレイブデュエルも出来る。昨日はレクリエーション、説明の時に少しプレイしただけで対戦はしてないしな。

 

 本音を言えば、昨日の分を学校を休んででもやりたいなとも思うが、学生の本業は勉強だ。そこはしっかりとこなさないと。

 

 俺は洗面所に向かって顔を洗い、部屋に戻って学校に行く準備を整てリビングに向かう。

 

「おはよう」

 

 リビングには、いつもの様に朝食の準備をしているキングスとユーリがいたので、朝の挨拶をする。

 

 そして、机の長い一辺の角。キッチンから見て一番奥の左側、俺の定位置に座った。

 

「おはようございます」

 

「起きたか。昨日、いや夜はすまなかったな」

 

「夜……ああ、後片付けか、気にするな。キリエの意見は最もだし、俺は朝に強いから問題ない……と言いたいが、少し眠いな」

 

 挨拶と共に謝られ、俺の気持ちを素直に伝える。

 

「そのお詫びと言ってはなんだが、今日の弁当は少し豪華にしてある。楽しみにしておくがよい」

 

 いつも豪華で、キングス特性弁当のおかず一つで友達からパン一つ。場合によっちゃ現金で買う奴までいるんだがな……さらに豪華になったのなら、三日ぐらい飯に困らなくなるんじゃないだろうか。

 

 ちなみに、おかずを売って手に入った現金は、その日の内に何か買い物をしてキングスに渡している。キングスには貰い物だと言って渡している。

 

 流石に現金を渡すのはアレだしな……それならそもそも現金で売るなよって話だが、断ると結局物で交換になり、キングスの嫌いな食べ物はなかったはずだが、それと交換になると嫌だ。確実性がある方がいい。

 

 更に、数百円の金額なので大した物も買えない。良くてもワンコインだ。

 

「いつも楽しみだから問題ない」

 

「そ、そうであったか……なら良いのだ」

 

 キングスはそう言って、ぱっと後ろを向いて電子レンジを使い始めた。その隣ではユーリがくすくすと微笑んでいるんだが、何か面白い事でもあったのだろうか。

 

「おはようございます!!」

 

 一瞬、扉が勢いよく開いた様に思えるほど元気な挨拶でリビングに姉貴が入ってきた。

 

 いつもの事なので驚きはしないが、最初の頃は扉が頑丈なのか、なんて考えていた。実際には普通に扉は開いてるんだが、そう錯覚してしまう勢いがある。

 

 間違いなく、姉貴のその雰囲気、オーラはこの研究所の中でもトップの力強さを持っていると思う。つまりはパワフルだ。

 

「皆はまだの様ですね」

 

「昨日は夜遅くまで楽しんでたからな……とはいえ、いつもの事だが」

 

 決して、他の三人が遅い訳ではない。ただ単に、キングスとユーリがかなり早く。俺と姉貴がそこそこ早い。もうじきキリエとシュテルが来て、最後にレヴィ。

 

 いつも全員が揃うのが7時半頃。今は10分なので、20分もすれば全員集合だろう。

 

「それじゃあ時間もある事ですし、アニメでも見て盛り上がりましょう!!」

 

「分かったよ」

 

 これも毎朝の、いつもの事だ。

 

  

◆ ◆ ◆

 

  

 そして時間は進み、昼。

 

 朝に貰った大層なお弁当箱。具体的に言うと三段の重箱なんだが、それを開ける以前の問題が発生していた。

 

「それじゃ、寄り道せずに帰れよ。俺の部活の人は速やかに用意して向かうように」

 

 今日は短い時間割だった様で、お弁当が必要ない日だったらしい。忘れていただけならまだしも、完全に知らなかった。つまりは昨日のブレイブデュエル稼働に意識が行き過ぎて、他の事は頭に入って無かった様だ。

 

 一応、部活組は必要だが生憎と俺は帰宅組。朝から好奇の目に晒されつつやっと放課後になった。

 

 もちろん食べないなんて選択肢はない。

 

「ん、手紙か」

 

 包みを解いた所で蓋の所に手紙があった。恐らくはキングスからのメッセージだ。直接、俺に言いにくい事があると毎回こうして手紙が用意されている。

 

 内容は短いので手紙よりかメモに近い。

 

『本当は我も手伝うつもりだったのだが、夜は助かった。皆を代表して感謝を伝えておく。』

 

 朝に聞いたが、やっぱり律儀な奴だなキングスは。

 

『PS.トレードで得たお金は真紅が好きに使ってくれて構わぬ。ただし、我の為に使わんで良いからな。』

 

 ……なんだ、ばれていたか。

 

 学校の場所はほぼ同じで兄妹設定で通っているからか、三人の情報はしっかりと入る。そうなると、俺の情報もしっかりと伝わってた訳だ。

 

 キングスにこう言われちゃ、フォローの仕方を考えないといけないな。

 

「ふふっ、本当に律儀な奴だよ」

 

 手紙を内ポケットにしまい、スマホで時間を確認する。

 

 12時半……ご飯を食って一時間。帰宅に三十分で研究所には14時前頃だな。

 

 と、スマホを直そうとした所でスマホが震え、画面にメールが一件と表示された。差出人はレヴィの様だ。

 

 この時間にレヴィからのメールなら、もしかしなくてもブレイブデュエルの誘いだろうか。

 

 内容を予測して、メールの本文を確認する。

 

『放課後、高町なにょはを見に行くよ!! 皆も来る?』

 

 期待を裏切らないレヴィ。一斉送信でシュテル、キングス、ユーリ……とグランツのメンバーにも送っている様だったが、参加するのは恐らくキングスだけだろう。

 

 キングスの性格上、レヴィが心配でまず見に行くからな。過保護と言えばそうだが、あれはどちらかと言えば優しさだ。

 

 もちろん、俺は参加する。キングスと違いただの好奇心だ。どちらかと言えばレヴィに近い。

 

「で、早く開けろと言う事か」

 

 部活組のクラスメイトが、俺の机の周りに集結していた。目当てはもちろん、ディアーチェのお弁当だろう。 

 

「当たり前だ!! 毎日毎日美味しい弁当を用意して貰っているのに、今日は更にグレードアップしてるじゃないか!!」

 

「そうだそうだ!! それに加えてあのビジュアル。なんでお前だけ良い思いを!!」

 

「そんな事はどうでもいいから、早く中身見せてよー」

 

 最後の意見が最もだった。

 

 ……まあ、俺もゆっくりしている意味は特にないし、開けるとしよう。

 

 周りの視線にせかされながら蓋を外すと、目に飛び込んだのは焼けた肉の色。

 

「まさか一段目がハンバーグのみとは……やるな、キングス」

 

 クラスメイトも驚き一色だ。

 

 ただ、これはかなり嬉しい。俺の一番好きな食べ物がハンバーグだから。初めてキングスに伝えた時は──「意外であるな」と言われたな。

 

 ちなみに、レヴィがカレー。シュテルがエビフライ。ユーリはなんと俺と同じハンバーグがそれぞれの一番好きな食べ物。キングス、キリエ、姉貴はこれが一番好きって食べ物はないが、逆に好き嫌いはない。

 

 そして、一段目をどけて二段目を確認する。

 

「お、お前これ……どんだけ豪華なんだよ」

 

「正月のお節より豪華じゃねえか」

 

「相変わらず凄いね、ディアーチェちゃん」

 

 俺もかなり驚いている。今日は気合いの入り方が違うな。

 

 研究所でやるイベントの料理を、事あるごとにキングスが準備しているし、その時の豪華さも知っているのでまだ周りの驚きよりはましだが。

 

「さて、それじゃ最後の三段目だな」

 

 先程と同じように、三段目を確認する。

 

「……なるほど、罰か」

 

 白いご飯の上に、ピンクのハートマークだった。

 

「お前、愛されてんな」

 

 脳裏に、にやりと微笑み腕を組んだキングスが浮かんだ。

 

 いつもみんなの前で食ってると知っているから、この攻撃か。中々やってくれる。

 

 ただ、ある意味で反撃に使える事に気が付いてはいないだろう。

 

「愛と言えばそうだと思うよ。それじゃ、いただきます」

 

 今は美味しく頂いて、早くレヴィに合流するとしよう。

 

 この量だとは言え、俺がメインで食べるのは一段目と三段目。どうせ、二段目はトレードになるだろうしな。

 

 今日の換金額は過去最高になるかも知れない……もちろん、全部キングスに使ってやる。

 

 そう心に決め、昼食の時間は過ぎて行った。

 



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episode2

 

 

 昼食を終えてからレヴィとメールを数通やりとりすると、HRが終わる14時頃に校門に集合となった。

 

 どうやら中学の方も短い時間割で、一時間ほど時間が空いた事を周りに伝えたら、女子バスケット部から備品の整理の手伝いを頼まれので、快く引き受けて軽く汗を流した。

 

 そして現在、14時20分なのだが一向にレヴィが現れない。恐らくHRが長引いているのだろう。

 

 先程、キングスとシュテルに遭遇し、行くのかどうか訊ねたが二人とも微妙との事。キングスはご飯の支度、シュテルは別に用事があるらしく、時間次第じゃ是非参加したいと言っていた。

 

 まあどうせ、二人とも参加するはずだ。目がそう言っていた。楽しみなのはレヴィだけでなく、やっぱり二人もだったらしい。

 

 一番楽しみにしているのは間違いなくレヴィなんだろうが、シュテルに参加する意思があったのは少し意外だな。同じセイクリッドという部分が気になるのだろうか。

 

「ごめ~ん!! 遅れたっ!!」

 

 噂をすればなんとやら。25分遅れてレヴィが合流した。

 

「ああ、気にするな。HRが長引いたんだろう?」

 

「うん。高町なにょはに会うのが楽しみで、何の話かは聞いてないけどね!!」

 

「おい」

 

 思わず即答してしまったが、レヴィらしいっちゃレヴィらしい。

 

 本人は俺に怒られて──「えへへ」と笑っているが、まあ今日はお小言無しで良いだろう。楽しみなのは俺もだしな。

 

「それじゃ、早速行こうか」

 

「うん!!」

 

 校門から出発し、レヴィとブレイブデュエルについて会話しながらT&Hに到着した。

 

 昨日が開店初日で、ブレイブデュエルを置いて貰っているホビーショップ。正式名称は『テスタロッサ&ハラオウン』で、同時に『トレジャー&ホビー』という、趣味は宝物の意味を含んでいる。

 

 そして、ミッドチルダスタイルのブレイブデュエルオーナーでもあり、フェイト・テスタロッサ。アリシア・テスタロッサの二人が所属メインプレイヤーだ。

 

 フェイトの方はロケテスト個人2位の実力を持ち、姉のアリシアは個人戦には少し向かないものの、優れた対応力を持つ。二人とは何度も戦った事があり、その実力は身を持って知っている。

 

 とはいえ、シュテルからすれば二人の評価はまだまだだとか。

 

「んー、少し早く付きすぎたかもしれないな」

 

「そだね……んんっ、カレーの匂いがする!!」

 

「……すまん、全くわからん」

 

 俺には全然カレーの匂いなど感じ取れないので、流石はレヴィだ。犬並の嗅覚なのかも知れない。

 

「修行が足りてないんじゃない?」

 

 修行すれば嗅覚が鍛えれるのだろうか。と思うが、意外とありそうで怖いな。

 

「それじゃレヴィ式、嗅覚トレーニングを教わろうかな」

 

「そんなのないよ?」

 

 ……レヴィってたまにだが、妙に現実的な事を言うよな。狙って言っているならネタになるのだが、絶対に素で言っている。今回の様にこちらの冗談が通じず、何回か反応に困った事があるし。

 

「そ、そうか。まあとりあえず、店に入って……お二人に挨拶しに行こう」

 

 もちろん、今回も詰まった。

 

「二人? ……店長さん?」

 

「そう。プレシアさんと、リンディさん」

 

 店に入ると、一階だというのに凄い熱気にを感じる。

 

 目当てなのは最上階にあるブレイブデュエルなのだろうが、それにしてもかなりの人数だ。最上階にはどれだけの人がいるのだろう。

 

 ……ふむ、その流れで行くか。

 

 少しだけ思考して、T&H行動プランを組み立てる。

 

「挨拶は俺がしておくから、レヴィは建物内を見て回るといい。まだ時間はあるだろうしな」

 

 そう言いながらレヴィに顔を向けると、瞳がキラキラしていた。

 

「いいのっ!?」

 

 俺の考えた通りの反応だ。

 

「ああ、好きに回って来い。ただし、くれぐれも最上階には行くなよ?」

 

 ただし、しっかりと釘は刺しておく。

 

 レヴィは意外としっかりしている所もあるが、基本的にはレヴィだからな。キングスが居ない現状で保護者になれるのは俺しかいないし、俺がいながら問題が起こるのが問題だ。

 

「なんで?」

 

「ブレイブデュエルがあるからな。皆が来るまでに暴れるだろ?」

 

「……あ、暴れないよ?」

 

 レヴィの顔が横に向いた。

 

「目を合わせろ、目を」

 

 がしっと顔を掴んで目を合わさせる。

 

 間違いない、この目は絶対に暴れるつもりの目だ。やっぱり、釘を刺して正解だったな。   

 

「うぅ~」

 

「唸っても駄目だ……ただし」

 

 今日は楽しむ事が一番の目的で、制限を付けるのは忍びない。

 

「ダークマテリアルズの斬り込み隊長なんだろ? なら、皆が来てから暴れるといい」

 

 目を見て、笑顔でしっかりと伝える。

 

 キングスに知られたら、間違いなく甘やかすなと怒られる様な気がするが……まあ、いいだろう。

 

 さっきよりも瞳がキラキラしているレヴィを見たら、自然とそう思ってしまう。

 

「とりあえず手始めに、この建物に斬り込んでこい」

 

「うん!! 行って来まーす!!」

 

 まさに雷の如し。レヴィはロケットダッシュで上の階に消えてしまった。

 

「俺も早く向かおう」

 

 とはいえ、どこにいるだろう。スタッフルームはそれぞれの階にあるしな……メインスタッフルームの五階だろうか。

 

 エイミィさんを含めて誰かスタッフに声を掛ければ早いが、少し見た限りでは誰も見当たらない。

 

 そもそも、声を掛けるのも悪いか。これだけ忙しいと、人手が足りてないかもな。

 

「五階に向かってみるか」

 

 結局、これで落ち着いた。いなければ根気よく探すだけだ。

 

 レヴィよりは遅い速度で階段を駆け上がり五階に到着。スタッフルームに向かい、扉を三回ノックする。

 

「はーい」

 

 返って来たのは、慣れ親しんだ女性の声。どうやら正解だったらしい。

 

「どうも。数日振りですね」

 

 扉が開いて顔を出したのは、声で分かっていたがリンディさんだった。

 

 そして、軽くお辞儀して伝える。

 

「真紅くん、来てくれたのね……あ、とりあえず入って」

 

「失礼しま──っ!?」

 

 部屋に案内されて入った瞬間──

 

「真紅くん!!」

 

 いつもの様に襲撃される。 

 

 見えない位置からの襲撃たっだので驚いたが、正面を向けて良かった。

 

 下手な体制で受けたら、いくら俺でも体制を崩しかねない。

 

「こらっ!! 離れなさいプレシア」

 

「そ、そんな……私の楽しみが」

 

 プレシアさんは少し涙ぐみながら、リンディさんに服の裾を掴まれ引き剥がされた。

 

「楽しみであっても、真紅くんに迷惑掛けるのは駄目でしょう」

 

「いや、俺は大丈夫ですよ? もう何度も受けてますし、今更迷惑でもないです」

 

 一番最初は何事かと思ったが、フェイトやアリシアへの様子を見ていたのと、理由が割としっかりしていて納得はしているしな。

 

 まあただ、二児の母なのにその行動力は子供に勝り、瞳の輝きがレヴィに匹敵しているのはどうかと思うが。

 

 ……役得? 知らない言葉だな。

 

「ほら、真紅くんはこう言ってるわよ」

 

「でも、私は許してません」

 

 流石はリンディさん。プレシアさんを一瞬で落ち込ませた。親友として特徴を良く理解してらっしゃる。

 

「それじゃ改めまして……数日振りですね、今日は軽く挨拶しに来ました」

 

 頭を少し下げて、用件を伝える。

 

「ええ、ようこそ。開店したT&Hに」

 

「歓迎するわ……本当に、なんで研究所のプレイヤーなのかしら。今からでもこっちに来ない?」

 

「それは、ちょっとお断りします」

 

 何度目だろう、この勧誘。会うたびに毎回言われるので断るのはもう慣れているが、中々諦めてくれないな。

 

 今、俺を勧誘した女性がプレシア・テスタロッサ。T&Hの店長であり、フェイト、アリシアの母親でもある。会う度に抱擁攻撃と勧誘をして来て、その理由は俺が息子の様だからとか。

 

 その横で溜息を付いているのがプレシアさんの親友であり、同店長のリンディ・ハラオウン。息子が一人いて、少しだけ面識がある。

 

 そして、二人に共通しているのがその異様な若さ。二人とも子供が居てもおかしくない大人な容姿をしているが、見た目は完全に20代後半。

 

 初めて会った時は本当に驚いて、思わず──『ご冗談を』と笑っていた。それなのに本当に子供がいて、二度目のビックリだった。

 

「それじゃ……娘の旦那になる?」

 

「本気なら前向きに検討しますが、娘さんの気持ちを優先するのと、年齢を考えてあげて下さい」

 

 して、めげないプレシアさん。どうしても俺を息子にしたいのか。

 

 付き合いがそんなに長くないとはいえ、プレシアさんの真意が少しは読めて来たと思いたい……が、本当に読めない。どんな理由があれば、実の娘を勧めるのだろう。

 

 もっとも、その気持ち自体は嬉しいので完全に拒否する事もない。本当に理由は分からないが。

 

「残念だわ……きっと将来有望株なのに」

 

「その通りだと思います」

 

「そうよね!! 本当に二人の可愛さ、存在、どれをとっても──」

 

 また、瞳がキラキラしている。本当の本当にぶれないな、この人。

 

「さ、座って話でもしましょうか」

 

「そうですね」

 

 ゾーンに入ったプレシアさんをするっと無視して、リンディさんに従う。

 

「飲み物はコーヒーで良かったわよね?」

 

「問題ないです……って、俺がやりますよ」

 

 慌てて立ち上がり、リンディさんの元へ向かう。

 

「いいのよ、今日は座ってなさい」

 

 が、笑顔で制止された。

 

「……それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 そう言えば、前もこんな事あったな。

 

 俺は高校生になってから、アルバイトという形でグランツ研究所に勤めている。

 

 といっても、出来る事は限られているのでブレイブデュエルサポーターとして、設置店のヘルプ要請を受けてその店舗の仕事をこなす。

 

 当初、受ける仕事はブレイブデュエル関連だけなのだが、困っているなら手伝うのが人としての基本だと思ったので、博士に言って受け入れる内容を大きくした。

 

 そしてそのアルバイトで、T&Hが新装開店をするという事で準備を半年間手伝っており、ずっと同じ店舗を手伝っていると文句が来たらしいので、ペースは週に三回ぐらいだったが、それが終わったのが最近の事。

 

 そんな中、同じ状況になった事があり、あの時はもう少し迫ったが、素直に甘えて貰う方が良いと言われ、最近では何事にも素直に甘える事が多くなった。

 

 ちょうどキングスにも同じ事言われたしな……まあそれでも、手伝う時もあるにはあるが。

 

「はい」

 

 ほどなくして、コーヒーが目の前に置かれた。

 

「ありがとうございます」

 

 一度お礼を言ってから口を付ける。

 

 数日振りに飲んだが、家のとまた違う味で美味しい。

 

「今日は一人……じゃないわね。レヴィちゃんと来てたのね」

 

「で、ですね。面目ない」

 

 モニターにかなり目立つ水色の存在、レヴィがしっかりと映っていた。

 

 そして、手に持っているのは日曜朝の戦隊番組の武器。レッドの奴だ。小さい子供たちに囲まれており、どうやらポージング等を見る限り、実演をしているらしい。

 

「いいわよ別に。盛り上がるのは大いに結構……ただ、親御さんが可哀想だけど」

 

 どうやらレヴィの実演を見て子供たちの購買意欲が向上した様子で、親御さんたちに買ってとお願いしている。

 

 レヴィはポカンとしてその様子を眺めており、どうすればいいのか分からないのだろう。

 

「助け船を出したいですが、レヴィの判断に任せますかね」

 

「こうなると、親は買う羽目になるのよね。例えそれが不要な物だとしても」

 

「なるほど……」

 

 遠い目をしているので、恐らく昔に同じ経験をしたようだった。

 

 現在の落ち着きからは考えにくいが、息子さんにもその時期があったんだな。

 

「っと、本題に戻りましょう。目的は何かしら? またアルバイトをしに来たわけでもなさそうだし、純粋に見学って所?」

 

「はい。正確には、高町なのはちゃんをメインとした見学です」

 

「なるほど。あの子を見に……セイクリッドタイプで白色の子だったわね」

 

 セイクリッドで白……それは楽しみだ。

 

「ふふっ、真紅くんも楽しみになって来たのね」

 

「え? ああ、確かにそうですね」

 

 指摘されて、自分が笑っていた事に気が付いた。

 

 まだまだ俺と本気で戦えるレベルではないにしろ、セイクリッドに選ばれたのならいずれ同じ土俵に来るだろう。

 

「そう言えば、真紅くんの戦いって見た事ないんだけど、個人ランキングはどの位なのかしら?」

 

「ああ、個人戦のランキングはありません。弱くないと自負出来る程度に強くはありますが、まだまだですし」

 

 もっとも、無限に進化するブレイブデュエルにおいて限界なんて存在しないから、どこまで行けば自己満足出来るかは分からないがな。

 

「そうなの……アバタータイプは?」

 

「インペリアルローブの男バージョン。インペリアルアーマーのカスタムですね」

 

「……インペリアルローブ? アーマー?」

 

 首を傾げられてしまった。もしかして、知らなかったのだろうか。

 

「ご存じないですか? 説明書に書いてあったと思うんですけど」

 

「ええ、読んだはずだけど……」

 

 リンディさんは難しい顔をしながら立ち上がり、棚に置いてあった段ボールの中から説明書を取り出し、冊子になっている少し分厚い説明書をパラパラとめくり、そして手が止まった。

 

「確かに書いてあるわね」

 

「なら良かったです」

 

 どうやら自分の記憶が正しかったらしい。

 

「なるほど、セイクリッドより出にくいのね」

 

「そうらしいですね」

 

 博士曰く、その人に合った適正アバターを選択してくれるらしく、出にくいのはその人の資質、素質が特殊である事が多いとか。

 

 カラーも大体その様に決まるらしく、ランダムではない。

 

 ただ、一つ問題があるとすれば、その原理は不明。極秘情報の為に知らされてないと思っていたが、ただただ不明で未知。ブラックな領域らしい。

 

 別に深く突っ込む意味もないので俺は気にしてないし、当の開発者が気にしてない以上、永遠に謎のままだが……まあ、問題はないな。

 

「そうなのね…………ん? 出にくいって事は、それだけ性能が高いのよね?」

 

「そう思われがちですが、そうでもないですね」

 

 その辺りの事も確か説明書に乗っていたと思うのだが、もしかして俺の気のせいだろうか。

 

「あ、そう言えば私は機器の取り扱いの方の説明書を熟読して、プレイの説明書は軽く読んだだけだったわ」

 

「それならしょうがないですね。アリシアかフェイトが代わりに熟読した感じですかね?」

 

「多分そのはずよ。最後の方に至っては、ブレイブデュエルの調整も二人がメインでやっていたし……ぶっちゃけ、私とプレシアはこの店の店長であるだけで、ブレイブデュエルとはあまり関わりが無いかもしれないわ」

 

 ぶっちゃけの内容が、恐ろしくぶっちゃけだった。

 

 ……自分で言ってて意味が分からないが、本当にただのぶっちゃけだったと言う事だろう。

 

「と、まあプレイに関する説明は大体それに乗ってますね……で、先程の質問ですが続けても?」

 

「ええ、お願い」

 

「アバタータイプそれぞれに個性がある為、一概にどれが強いとかは決まってません。確かにセイクリッドは防御が硬く豪火力の遊撃型で並大抵では落とす事は難しいです。ただし、落とすのが難しいだけで、落とせない訳でもない。セイクリッドに選ばれるなら決して驕る人間ではないでしょうが、スペック頼りで戦っているといずれ大きな壁にぶつかります」

 

「なるほど。性能に頼る動きになるから、本人の動き自体が悪いままなのね」

 

 理解が早くて助かるが、もしかしてリンディさんってゲーム自体には詳しいのだろうか。

 

「その通りです。家のシュテルが良い例ですが、精進を続けたセイクリッドはトップとして十分に君臨できる訳です。そちらのフェイトもどちらかと言えば普通よりのアバターですがロケテストでは2位。特殊、レアじゃなくても上位には食い込めます。もちろんランキングが全てではありません」

 

 といっても、フェイトは特殊な武器を持っている訳で……実際には普通でもない。ただ、しっかりとした自分なりの強さを考えてあの形になったはず。努力を怠っていない証拠だ。

 

「そして、なりより大事なのが自分なりの強さ。無限の進化の可能性です。これはブレイブデュエルのコンセプトであり、一番の魅力と言っても過言ではない部分。これによって、不平等に思われがちなアバタータイプの性能差も、相性も無くなります……まあ、そうは言っても努力しなければ駄目ですが」

 

 結局の所、ブレイブデュエルで大事なのは努力。こうなったのは博士の潜在意識で姉貴の事を考えて作られたのではないかと考えた事もあった。姉貴は友情とか努力とか根性とか、俺よりも熱い人間だからな。

 

 それに毒されたのか二年の月日によって、俺も昔より熱くなってはいるが。

 

「で、結論を言いますと……俺のアバターは確かに珍しいですが、相性によって強くも弱くもなります。初期性能の設定はそちらの説明書にある通りです」

 

「えーと、全体的な防御力が高く、特に魔力攻撃に対して体制がある。その特性を生かしディフェンダー等の後衛として活躍しやすい。ただし、攻撃力が低めなので攻撃には向かない……ん? 攻撃に向かないのね」

 

「ええまあ……スペックの高さはセイクリッドに軽く劣りますからね。防御性能は流石に上ですが、簡単に言いますと特殊です」

 

 一言で済ますのはあれだが、本当に特殊だ。プロフェッサーと良い勝負だが、あっちは援護を重視しているので純粋な援護力では負けてしまう。

 

 それを補うのは、もちろん努力と思考とプレイヤーの腕。言葉にすれば簡単だが、実際にはこれが難しい。

 

「特殊……そうなると、真紅くんってどのくらい強いのかしら? って、この質問は無駄ね」

 

 本当にリンディさんは理解が早い。

 

「そうですね。強さをどこで見るかによって変わりますから」

 

 個人戦、チーム戦、タッグ戦。それに加えてゲームの対戦方式。色々な対戦種類があるブレイブデュエルの中で強さを決めるのは難しい。 

 

 ……と、普通ならそう言えるんだが、家のデュエルの修羅は全部に強いっけ。

 

「うーん、分かってはいたけど、ブレイブデュエルは奥が深いわね。今のこの段階でも人気なのは分かるけど、もっと人気になるわね」

 

「そうなってくれると、信じてますよ」

 

 最上階が映るモニターを見て、そう返す。

 

「そうね」

 

 リンディさんも、俺の視線につられてか、同じモニターを見た。

 

「……あ」

 

 そして、間抜けな声を発した。

 

「どうかしましたか?」

 

 固まっているリンディさんの視線を追うと、モニターの右下辺り。物は近くにないので、見ている先と言えば……なるほど、時間か。

 

「軽く休憩のつもりが、そこそこ休憩しちゃったわ。ごめんなさいね、仕事に戻るわ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 元はと言えば、俺が長々と説明したのが問題だしな。

 

「戻って来なさいプレシア」

 

 リンディさんは椅子から立ち上がると、そのままプレシアさんの元へ行き、肩を軽く揺さぶった。

 

 ……薄々、話に参加して来ないから、もしやまだ続けているのかと思っていたが、本当に続けていたとは。流石はプレシアさんだ。このまま放置したら、永遠に続くんじゃないだろうか。

 

「はっ!? 私は一体何を……なんだ、ただの娘自慢をしていただけね」

 

「ええ、その通りよ。ただ、時間を見て欲しいわ」

 

 呆れ顔でリンディさんが自分の腕時計を見せた。

 

「……あら、かなり良い時間ね。もう直ぐ娘たちが帰って来る頃かしら」

 

「それも大事だけど、先に仕事の事を連想して欲しかったわ」

 

「だって、私は娘命なのよ? 優先対象は娘たち!!」

 

 いや、本当にプレシアさんはぶれないな。この信念は姉貴に通ずるものを感じる。この場ぐらい仕事を優先しろよとは思ったが。

 

「今は仕事にしてちょうだい。二人分の仕事がオーバーしてるのよ」 

 

「……それは大変ね。いっそ真紅くんに手伝って貰うという選択肢は?」

 

「え?」

 

 蚊帳の外だったからモニターでレヴィを探しつつ、話を聞いていたらプレシアさんから思わぬ攻撃? を受けた。

 

 そのせいで生返事になってしまったが、手伝ってもいいか。

 

「そんなの悪いわよ。真紅くんはお客様よ?」

 

「いえ、別にいいですよ。どうせ高町なのはちゃんが来るまで暇で──っ!?」

 

 そこまで言って、大事な事に気が付いた。

 

「だ、大丈夫? 舌でも噛んだ?」

 

「あ、いえ、そうじゃなくて……変なタイミングでちょっと思いついた事がありまして、思わず言葉が止まっただけです。手伝いに関しては問題ないので、何でも言って下さい」

 

 いやー……本当になんで気付かなかったのだろう。レヴィにつられて深く考えてなかったのが原因か。

 

「そう、それならお言葉に甘えちゃうわ」

 

「うんうん、流石は真紅くん。おばさん感激しちゃったわ」

 

 椅子に座った状態で、胸が頭に押し付けられる形でプレシアさんに抱きしめられた。

 

「だから、いい年して抱き付くのは止めなさい」

 

「そ、そんな。私の楽しみの一つが……」

 

 ……まあ、いいか。深く考えるのはよそう。

 

 今はとりあえず二人の仕事を手伝って、アリシアとフェイトの帰宅。

 

 それに、高町なのはちゃんの来店を待つだけだ……例え、用事や病気で来られない可能性を無視しようと。

 

 ……きっと、来るよな。

 

 直ぐ近くでワイワイ言い合っている二人の大人が居る中で、モニターの中にやっとレヴィを見つけ、五階の食堂にいたレヴィは、何とも不思議そうな顔でカレーを食べていた。

 



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episode3

「よし、これでデータ整理は終わりっと」

 

 頼まれた仕事は二つ。パソコンでのデータ整理と、部屋の片づけの段ボール移動。

 

 今、その一つ目が終わり、二つ目に手を付け始めた。

 

「ここの段ボールを全部資料室で間違いないですか?」

 

 別の仕事をしている二人に聞こえるように、再度確認の声掛けをする。

 

『えぇ、お願い』

 

 見事にハモられた。タイミングも言葉も完璧に一緒だ。

 

 ここにある段ボールの数は二十個。資料室はこの部屋の隣なので、この量なら直ぐに終わるだろう。

 

「なるほど」

 

 なんて思いきや、一つを持ち上げてみたらかなり重たい。他のを持ち上げてみても、どれも同じぐらい重たかった。

 

 だから俺に頼んだのか。女性には文字通り荷が重いし、今すぐにでも運ぶ物でもなかったんだろう。これは少し時間が掛りそうだ。

 

 段ボール一つが約20㎏。重量的に無理せず、しっかり持てるのは三つだが、箱の大きさで二つが限界だった。

 

 こうなると、往復回数は十回。隣の部屋とは言えど、そこそこ良い運動になるだろうな。

 

 そこから、全てを運び終わるのに十分程度掛った。

 

「終わりましたよ」

 

 今度は終わりの報告の為に二人に声を掛ける。

 

「もう終わったの? 相変わらず優秀ね」

 

「うんうん。これでこそ私の真紅よ」

 

 ……プレシアさんの息子じゃないという言葉は飲み込む事にした。

 

「他に仕事はありますか?」

 

「うーん、そうね……」 

 

 リンディさんが腕を組んで考え始める。ただ、表情を窺うに直ぐには浮かばない様子だ。

 

「それなら、娘たちを迎えに行ってくれないかしら」

 

 すると、リンディさんの横からプレシアさんが提案した。

 

「お迎えですか」

 

 迎えに行こうにも、学校の位置も知らないので帰り道の見当がつかない。それに、二人が一緒に帰って来ない可能性も十分に考えられる。

 

 恐らく、この仕事はスルーになるだろう。

 

「現状ならそれが一番かしら」

 

「えっ?」

   

 予想に反して、リンディさんの賛成票で、思わず驚きを口に出してしまった。

 

「まあ、迎えに行けと言うなら向かいますが……」

 

 無事に達成できるか分からない。

 

「これを使うといいわ」

 

 そう言おうとした所で、プレシアさんがずいっと目の前に出して来たのは、気で戦うアニメで見たようなレーダー。銀の丸いフォルムに、上部にはスイッチと思われる部分。画面は、緑色をベースにし、白い格子線が入っている。

 

 何となく、使い方とその対象が分かった。

 

 相変わらず、ちょっと異常なレベルの娘愛だ。

 

「……それじゃ、行ってきます」

 

 突っ込むと負けな気がしたので、レーダーについては何も聞かず受け取り、部屋を出た。

 

 その際に、リンディさんのプレシアさんを見るその顔が、何とも言えない表情になっていたのは気のせいだと思いたい。

 

 そして、階段を使って一階に降りて店を出る。

 

 早速、レーダーをオンにして二人の位置を確認してみると、一つの反応が割と近くにあった。

 

 レーダーに従い、反応のある方向の店を出て直ぐの道で右を向くと、目立つ金髪の少女が遠くに見える。

 

 長い髪を揺らして、少し駆け足でこちらに向かっている。恐らくは店の手伝いの為だろう。

 

 俺も少し駆け足で、少女。姉のアリシアの元に向かう。その途中でアリシアと目が合い、驚いた顔になっていたが、直ぐに笑顔に変わった。

 

「こんなところで珍しいね。どうしたのお兄さん」

 

 レーダーを見せるか一瞬悩み、ポケットにそっと仕舞って用件を伝える。

 

「お迎えの仕事だ」

 

「んん?」

 

 どうやら説明不足だったようで、可愛く首を傾げられてしまった。

 

「プレシアさんから、娘たちをって」

 

「なーるほど。いつも母がお世話になってます」

 

 ぺこりとお辞儀される。

 

「いえいえ……と、それは置いといて」

 

 胸の辺りで手の平を向かい合わせ、右に動かす。

 

「アリシアは仕事を手伝うつもりで、急いで帰って来たって所か」

 

 そして、思っていた事を伝えた。

 

「うん、そうだよ。お兄さんはウチの期待のエースを見に来たの?」

 

 アリシアは察しがいいから、会話するのが楽でいいな。

 

「ああ。ぶっちゃけこの仕事はおまけだ。レヴィも一緒に来ている」

 

「それなら直にディアーチェたちも?」

 

「未定と言っていたが、恐らく」

 

 今頃はキングスが料理でシュテルは用事。どちらも終わり間近だろう。

 

「そっかそっか。それじゃ私は一足先にお兄さんとフェイトたちを待っておくねー」

 

「了解だ」

 

 手を振って別れ、お互い来た道を交差する。

 

 妹のフェイトの反応は、この道を1㎞ほど進んだ所にいるらしい。恐らく、そこになのはちゃんもいるずだ。

 

 そして、仕事なので軽く走って進むと、ものの数分でフェイトたちを視界に捉えた。

 

 まさか、フェイトの他に三人もいるなんてな。

 

 一番左にフェイト。そこから順番で右に、サイドより少しアップで結んだ、おさげで茶髪の子。

 

 腰まであり、ちょっとだけ左右の髪をサイドで結んだ、茶に近いオレンジ髪の子。

 

 同じく腰まであり、白いカチューシャをした、少し深い紫髪の子。

 

 四人の表情から、全員仲良しなんだと伝わって来る。

 

 勘でおさげの子がなのはちゃんかなと感じたが、そういえば容姿情報を聞いていなかった事に気がついた。

 

 馬鹿だろ、俺。

 

 しっかりと反省しながら、少し走る速度を上げて四人の元へ向かう。

 

 ただ、会話に夢中なのか、唯一面識のあるフェイトは俺に気づいていない模様。

 

 ……ちょっとしたお茶目でもしてみるか。

 

 主にフェイトを驚かす為の作戦を思いついたので、実行する事に決める。

 

「お迎えに上がりました、フェイトお嬢様」

 

 四人の元へ到着し、フェイトの目の前で止まって直ぐに右膝を着く。その後、フェイトの手を右で取って頭を垂らした。

 

「えっ!?」

 

『え?』

 

 まずフェイトが驚き、他の三人がこの状況に困惑気味だった。

 

「フェイトちゃんって、お嬢様だったの?」

 

「ち、違うよ!! というか、この人はえーと、なんて言えばいいかな……お兄ちゃん的な人で、決して私の執事じゃなくて。って、そもそも何でこんな事してるの!?」

 

 フェイトが予想通りの反応で面白かったが、これじゃ他の三人にも悪いな。

 

「悪かった。落ち着いてくれ」

 

「う、うん」

 

 立ち上がって、フェイトの頭を左手でぽんぽんと叩く。表情を見るからに、落ち着いてくれたみたいだ。

 

「すまない、驚かせてしまったな。とりあえず、歩きながら自己紹介しようか」

 

 謝罪をしてから、右手で歩く方向を示した。

 

「まず、始めましてだな。高校二年、柊真紅。ブレイブデュエルのプレイヤーで、T&Hの店長二人と交友があって、その二人に頼まれたから皆を迎えに来た。色々あって、テスタロッサ姉妹とは兄妹の様な付き合いをさせて貰ってるよ」

 

 歩幅を四人を基準にし、三人それぞれと目を合わせながら自分の情報を伝える。

 

『始めまして!!』

 

 三人から揃ってお辞儀をされる。礼儀正しく、元気一杯な子たちだ。

 

「私は小学四年生の高町なのはです」

 

「同じく、四年生のアリサ・バニングスです」

 

「月村すずかです。付け加えると、四人とも同じクラスです」

 

 勘は当たっていたか。

 

 それにしても、皆それぞれオーラがあるな。きっと、アリサちゃんとすずかちゃんもエース候補に違いない。

 

 声のトーンやオーラ、雰囲気からすると……。

 

「アリサちゃんが前衛で近接武器持ち。すずかちゃんが後衛で支援タイプ。なのはちゃんはセイクリッドって聞いてるから、遊撃タイプなのは間違いないが、人一倍強い心を持っているって所か」

 

 恐らく、これで合っている。

 

「ふぇー」

 

「良く気づきましたね」

 

「その通りです」

 

 ただ、俺が個人で分かったのはアリサちゃんとすずかちゃんだけで、この二人は何となくで読み易かったに過ぎない。

 

 なのはちゃんはセイクリッドと言われれば──「なるほど」と思うが、実際にはどれでも向いてそうだ。

 

「とまあ、そこそこブレイブデュエルには詳しいし、力になれる事もあると思う。これからよろしく」

 

『よろしくお願いします!!』

 

 うん、やっぱり礼儀正しい。

 

 皆の歳だと、まだ満足に挨拶出来ない子も多いと思うんだがな。育ってきた環境が、良かったんだろう。

 

「今日は皆を見に来たの?」

 

「ああ。さっきアリシアにも会ったから、後はT&Hに向かうだけだ。ここまで四人でどんな話を?」

 

 何か話している途中だった事には気づいていたので、話を誘導しておく。

 

「えーと、ブレイブデュエルが出来る違う部屋の事かな」

 

 なるほど、五階の事か。話から推測するに、昨日は開けて無かったんだろう。 

  

 初日に開けていれば、店案内をしているだろうし、わざわざ今に話す内容じゃない。

 

「それじゃ、説明と案内はフェイトに任せて、俺は今日の相棒を回収かな」

 

「相棒?」

 

「回収?」

 

 フェイトとなのはちゃんが順に首を傾げた。

 

 出会ってそんなに経ってないはずなのに、息ぴったりだな。

 

「まあ、直ぐに会うよ」

 

 モニターで確認したのが二つの仕事を終える前だったので、普通ならもうカレーは食べてないと思うが、レヴィの事だ……探検に戻って全力出して、食堂に戻ってもう一回食べている可能性がある。

 

 それなら同じ場所だし俺も一緒に向かえばいいが、いない場合は探す必要があるので少し先に戻った方がいいと考えた。

 

「それじゃ、店も見えたし一足先に店に入っておく。また後で」 

 

 最終的な目的は最上階だろうし、五階じゃなくても会えるだろう。

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

「行ってらっしゃいです」

 

「また後で、ですね」

 

「その時は改めてよろしくお願いします」

 

 四人の返事を受け取り、走って向かい店に入る。そして階段を上がり、予定通り五階に。

 

 五階メインルーム。通称コミュルーム。そこそこ広い部屋で、五面ある壁をしっかりと活用している。

 

 まず、入ってすぐ左に自動販売機が二台あり、柱を一つ跨いで奥の壁に向かってカードローダーが五台。

 

 そこから順に二面が、窓のある壁。デッキシミュレーターが机の上に等間隔に並んでいて、座席も用意されている。合計で十二台だ。

 

 次は普通に窓だけで、その向こうには隣のビルが見える。

 

 残りの一面は、今日は使ってないがエレベーター、その扉が二箇所。また一台自販機があって、メインコーナーのフードコートがある。

 

 フロアには長方形の机が三台と、円形の机が十台。それぞれ、十と二脚の椅子があってかなりの人数が座れるだろう。

 

 そして、いなければスタッフルームにと思ったが、奥の方の円形机でレヴィを発見。食べているのはカレーだった。

 

「レヴィ」

 

「あ、真紅」

 

 レヴィに近づいた所で、右手を挙げて名前を呼んでから開いてる椅子に座る。

 

「用事が終わったから迎えに来た。カレーは美味しいか?」

 

「美味しいよ!! ここのカレーは王様のカレーの味に似てるし」

 

 ……だからレヴィは不思議そうにカレーを食っていたのか。

 

「ここのカレーと一部の料理は、キングスのレシピを参考にしているからな」

 

 ブレイブデュエルの会合の度にキングスが料理を振る舞っていたのだが、毎回そっちに話の花が咲くという現象が起こった。

 

 その為にT&Hを含め、食堂等の施設がある店舗にキングスのレシピがいくつか提供されている。

 

 レヴィもこの話を知っているはずなんだが……まあ、良くも悪くもレヴィって所か。細かく考えてないし、興味がある方に揺らぐ事がしょっちゅうだからな。忘れていてもしょうがない。

 

「なるほど……」

 

 レヴィは手を止めてカレーを見つめ、少し間が空いてカレーを食べ始める。 

 

 多分、今日の晩飯は何かを考えたんだろう。

 

 今日がカレーじゃないのは間違いないが、レヴィが頼めば早くて明日にはカレーのはずだ。

 

「で、探検は終わったのか?」

 

「うん、全部探検したよ!! 研究所と違って、玩具屋でもあるからかなり楽しかった」

 

 瞳が輝き、満面の笑み。どうやら本当に楽しかったらしい。

 

「ふむ」

 

 そこでふと、レヴィの反応を見て一つのアイデアが浮かんだ。研究所にもそういう側面があってもいいかも知れないな。

 

 玩具屋は難しいと思うが……そうだな、キリエの花壇が見えるカフェとかどうだろう。

 

 料理はテイクアウト出来る形にもして、飲み物の層を厚くする。料理のレシピはキングスにお願いするとして、それを作れる様に練習はいるが、恐らく大丈夫だろう。 

 

 ……うん、思ったより行けそうだ。

  

 問題点は色々と出て来るだろうし、一度皆に相談してからだな。

 

「……どうかした?」

 

 少し長く思考してしまい、レヴィは心配そうに俺の顔を覗き込んで来た。

 

「いや、楽しいアイデアを思いついて、その事を考えていた。今日の晩飯で話すよ」

 

 上手く行ったら、研究所にもっと活気が出るな。

 

「そっか。真紅のアイデアは採用され易いから、期待してるよ!!」

 

 一度瞳を輝かせて、レヴィは残りのカレーに手をつけ直す。

 

 あっさりとした反応だなと思いつつも、お互いに信頼があるのと、やはりレヴィは難しく考えないからだろう。

 

 決して付き合いは長くないが、この信頼はチームメイトとして良い関係だと思っている。

 

 俺はその横で、腕を組んで目を瞑り、アイデアを丸める事にした。

 

「ごちそうさまでした!!」

 

 それから、カレーを食べ終わったらしく、目を開けて確認するとレヴィは容器を返却しに向かっていた。

 

 良い頃合いかなと思い時計を見ようとした所で、少し離れた所の円形机の周囲に皆の姿を発見。アリシアも加わった様だ。

 

「ただいま」

 

「おかえり……って、口の周り汚れてるぞ」

 

 ハンカチを取り出して、レヴィの口元を拭く。

 

「いつもありがと~」

 

 レヴィは動物みたいな所があるからな。もう慣れたが、いつになったら綺麗に食べれる様になるのだろうか。

 

「これでオッケーだ。敵に襲撃する前に俺が拭けて良かったよ」

 

「敵? ……あ、へいとだ。あのメンバーの中になにょはがいるんだね」

 

 俺の言葉で、皆の存在にちゃんと気づいたらしい。

 

「ああ。茶髪でおさげの……行ってしまったか」

 

 なのはちゃん誰なのか教えようとしたその途中で、レヴィは小走りで皆の元に向かっていた。

 

 相変わらず、レヴィの行動力は高いな。

 

「ヴィーたんをやっつけたっていう実力、この僕にも見せてもらおうか!!」

 

 結果は、部屋に響いた声が示していた。

 

「えええぇぇっ!?」

 

 レヴィよりも大きいなのはちゃんの声。いきなりの発言で驚きの方が強く、迷惑がってはなさそうで良かった。ただ、一方的な説明で悪いので、皆に近づいて補足をする事にする。

 

「いきなりで悪いな。簡単に言えば、皆で遊べると嬉しいって事だ」

 

「……それなら、イベントにしよっか」

 

 アリシアがにやっと笑った。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

 アリシアの提案にてイベントデュエルという形式で戦う事が決まった。二日目だから、BDの新しい魅力を伝えたいとの事らしい。

 

 今回、デュエルの方法はスピードレーシング。障害物コースを進み、チェックポイントを通過してゴールを目指す。

 

 その道中で、逆三角形に球体が付いたブレイクターゲットを壊す事で追加ポイントが入って、最終的にポイントの多い方が勝利となる。

 

 また、勝敗は二週して決定するので、一週目の動きが大切なったりもするが……そこはその人のスタイルによる。

 

 例えば、レヴィは間違いなくゴール一直線なので、どう動けばポイント効率が良いとかは考えない。フェイトならゴールを目指しながら、他に出来る事がないかを考えるだろう。

 

 チーム分けはもちろん、俺とレヴィのインダストリー組。フェイトたちのミッドチルダ組。実質二対四で、本来はこちらが不利に思えるが、実力的にはこちらが上だ。

 

『まずは当店のエースで我が妹フェイト・テスタロッサ率いる、チームT&H!!』

 

 何とも、アリシアらしい紹介だ。

 

 ブレイブシミュレーターに入って、ブレイブホルダーを胸の前に掲げる。

 

「ブレイブデュエルスタンバイ」 

 

《プレイヤースキャン、開始します》

 

 そういえば、女性はここで服が無くなる様に見えるらしいな。

 

 男と女のスタンバイは部屋が分かれる様に区切りされるので、同時に入ったとしても見えないし、もちろんゲーム外からも見えない。

 

 このシステムを導入したのは博士だったが、システムのアイデアを考えたのはキリエと姉貴だった。

 

 何でも──「変身するなら一度裸になるべき」というキリエの持論。姉貴はそれを聞いて──「男なら一瞬で変身するべきです」という持論を生み出した。

 

 よって、このシステムが出来たが……キングスは始めだけグチグチ言っていたな。

 

《アリーナ上にアバター生成。出現座標は指定。つづいてセンス。ダイブします》

 

 一瞬だけ意識が無くなり、まるで水の中を潜っている空間で意識が戻る。

 

 なんとも不思議な感覚で、俺はこの瞬間が一番好きだ。

 

《フルタスクコンプリート》

 

 ゲームを始める全行程が終了し、アリーナ上へ移る。目を開けてすぐに視界に入って来たのは、様々な建物。これが、今回のコースになる様だった。

 

「変身しないの?」

 

 ずいっとレヴィの顔が視界に入り、近かったので一歩下がる。

 

「した方がいいか?」

 

 レヴィではなく、フェイトに向いて聞く。

 

「うーん……私はそれで良いハンデだと思うんだけど。皆はどうかな?」

 

 リレーの様に、フェイトが三人に訊ねた。

 

 だが、三人はどこか意識が別な所に向かっている様子で、反応がない。

 

 その視線を追ってみると、どうやら俺の方向。後ろを確認しても何もないので、他に何処を見てるのだろうか。

 

「ど、どうしたの?」

 

 たまらなくなったのか、フェイトがなのはの肩に手を置いて聞いた。

 

「あ、ごめんね。柊さんの名前が、全然違ってたから」

 

 なるほど。見ていたのは俺のアバターデータか。

 

「それなら、自己紹介を兼ねて変身しようか」

 

 そっちの方が、あの名前と通り名に合っている。というか、日常生活でアレは痛い。ゲームでは折角貰った名前なので素直に使っているが……。

 

『お願いします』

 

「了解した」

 

 皆から少し離れて、イメージを取り出す。

 

威放(かいほう)

 

 リライズアップの代わりに宣言するのは別の言葉。 

 

 まず、目の前に赤と黒が混ざった、水の流れの様に波打っている長方形のゲートが現れる。

 

 そこを歩いて通過すると全身がその物体に包まれるので、右腕を水平にしてから左肩の辺りに持ってきて、勢い良く右斜めに振り下ろす。

 

 全身を包んでいた物体が飛び散って燃え上がり、俺の変身が完了した。

 

『あの男を、知る人は知っている……ロケテストナンバーワンチーム、ダークマテリアルズの真の司令塔、深紅の先導者!! 赤と黒に染まるそのアバターは、鮮明に記憶に残って蘇る!!』

 

 ……飛ばしてるな、アリシア。

 

「改めてだ。"クリムゾン・ザ・ベルウェザー"。ロケテストの個人ランキングは無いので、実力はそこそこと言った所だ」

  

 そして、アリシアの紹介に合わせてゲームでの俺を紹介する。

 

 ただ何故か、皆それぞれ反応が鈍い。 

 

「やっぱり真紅の変身もアバターもカッコイイね!!」

 

 と思ったら、レヴィは感動を溜めていただけだったらしく、瞳を輝かせながら両腕をぶんぶん振っている。

 

 それにつられて、同じ性質だからか分からないが、レヴィの周りにいたチヴィたちまで寄って来て同じ反応だ。

 

「ふえぇぇぇ……あんな事も出来るんだ」

 

「何か、物凄く強そうなのは気のせいよね」

 

「年上の男の人だから、きっと強いと思うよ……あれ、そういえば、フェイトちゃんに負けたのって大人の男性だった様な……」

 

 どうやら、他の皆も驚きやらで反応が遅れただけだった。

 

「お兄ちゃんのアバター見るのも、戦うのも久し振り」

 

「ああ、そういえばそうだな。最後に戦ったのは二週間ぐらい前か」

 

 あの頃は、ロケテストが終了間近で準備や調整やら、本当に色々に付き合わされていて忙しかったので、殆どBDで

遊べなかった。

 

 一応、少しは遊んでいたが、それも何とか時間を作っての話だったしな。

 

「うん。今日は皆と一緒に勝つよ」

 

 珍しく、フェイトの瞳に静かな炎が灯っていた。

 

「受けて立つ」

 

 俺は拳を前に出す。フェイトがこれを見て同じようにして拳を前に出し、俺の拳にぶつけた。

 

「それじゃ、そろそろ始めようか。アリシア、スタートの合図を頼む!!」

 

『もっちろ~ん、お任せ!!』

 

 皆への説明は、ここに向かう途中に教えているので、今すぐにでも始めれる。

 

『それじゃ、位置について~』 

 

 全員がスタートラインについて、独特の緊張感を醸し出す。

 

『スピードレーシング。セットレディ~』

 

 アリシアの言葉に合わせて、スタートダッシュに身構えて最後の一言を待つ。

 

 そして、その時は来た。

 

『GO!!』 

 

 デュエルの火蓋が切られ、俺たちは翔け始めた。

 



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episode4

 

「雲行良好か」

 

 一週目が始まり、どうやらこちらが優勢だった。

 

 考えた作戦は、レヴィが一位を狙って、俺がターゲットを破壊する。残るチヴィたちは、一人がレヴィのマントを掴んで順位配当を目指して貰い、残りの一人は俺のターゲット破壊の補助。

 

 俺のアバタータイプじゃ、フェイトとレヴィのライトニングタイプには追いつけないから生まれた作戦だ。

 

 そのライトニング同士も、速度だけ見ればレヴィの方が上だし、チヴィ一人連れていようとフェイトに負ける事はない。

 

 現在の位置取りは、レヴィ、チヴィ壱、フェイト、なのはちゃん、俺、すずか・アリサちゃん、チヴィ弐。

 

 このままゴールすると、90対80くらいになるだろう。

 

 それにしても……なのはちゃんの発想力。アリサちゃんの俊敏力。すずかちゃんの援護力。三人に驚きだ。とても、初心者。初めて二日目には思えない実力。

 

 今回のルールはどちらかと言えば、遊びの要素が強いデュエルで、戦闘ではない。

 

 戦闘で皆がどのぐらい動けるのかは分からないが、中堅レベルはあるだろう。これからどんどん強くなるはずだ。

 

「うかうかしていると、追い抜かれるかも知れないな」

 

 スキルカード『エアリアルジャンプ(AJ)』を使って、ビルの壁を蹴って進んで、倒しにくい所にあるターゲットを破壊する。

 

 エアリアルジャンプは魔力を使って、空中または壁などに足場を作るスキル。主な使い方は、空中で急転回したい時など様々。

 

 決して空を飛ぶのが苦手な訳じゃなく、エアリアルジャンプを使った方が破壊活動の動きが早いので今回は使用した。

 

 もちろん、戦闘にも使えるので俺のメインスキルカードだ。

 

 元々はレヴィの空中軌道を見て思いついたスキルで、指定した方向に素早く少しだけ進む『ショートダッシュ』というスキルの進化系。

 

 二枚持っているので、一枚は飛行が苦手そうなアリサちゃんに渡そう。現にビルの間を跳んでいるしな。

 

 よし、そろそろゴールに向かおうか。

 

 ターゲットはあらかた破壊しつくしたので、今度は水面を蹴って空に出る。

 

 ここでタイミングを逃すと、順位配当が減ってしまう。

 

『レヴィ・チヴィコンビがゴール!! それに続いてフェイトがゴール!!』

 

 作戦通りだな。あまりにも上手く行き過ぎな気はするが……問題ないか。

 

『そして、なのは選手が4位でゴール!!』

 

 終始『プロテクション』を使いながらゴールか。シュテルと同じセイクリッドだが、魔力量はなのはちゃんが上みたいだな。

 

 確かユーリもプロテクションを持っていただろうし、なのはちゃん流の使い方を伝えよう。

 

 この一週でかなりの収穫があったな。

 

『クリムゾン選手ゴール!! その少し後に、すずか・アリサコンビが見え……今、ゴール!!』

 

 チヴィ弐は強制的に順位が決まったので、一週目が終了。

 

「よくやった」

 

「真紅もね」

 

 まずはレヴィとハイタッチを交わす。

 

「皆もお疲れ様」

 

 敵ではあるが、そんな事はどうでもいいので他の皆ともハイタッチをする。 

 

「はい、お疲れ様です」

 

「お疲れ様、お兄ちゃん」

 

「おつかれー」

 

「お疲れ様でした」

 

 まだなのはちゃんは硬いが、アリサちゃんはもう慣れてくれたか。すずかちゃんは元々誰に対してもこんな感じなんだろう。

 

『さてさて、集計が終わり……現在の点数はこちら!!』

 

 アリシアの実況でモニターに点数が表示された。

 

『T&Hチームが80点。ダークマテリアルズが90点です!!』

 

「あぁー、負けちゃってるね……もっと頑張らないと!!」

 

 点数を見て、なのはちゃんがシュンとしてしまったと思いきや、そこからの奮起。

 

「そうね、次で逆転すればいいのよ!!」

 

「うん、皆で頑張ろう」

 

 アリサちゃんも、すずかちゃんも闘志全開だった。

 

 三人とも間違いなくエースの資質がある。ここにフェイトとアリシアが加わったら、かなり良いチームになりそうだ。

 

 これは本当に、油断してるとダークマテリアルズの一位の座が奪われるかも知れないな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『五分の休憩の後、第二週目に入りたいと思いますっ』

 

「ふい~」

 

 一週目の実況が終わり、アリシアは手元に置いておいた飲み物を取って喉を潤す。

 

「アリシアちゃん、実況ご苦労さま~」

 

 労ってくれた解説のエイミィに、アリシアはブイサインを返す。

 

「あやつが参加しているおるとは……まあ、当然の結果ではあるか」

 

 その直後、アリシアの横にダークマテリアルズのリーダ、ディアーチェが来て不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あ、ディアーチェやっほ~」

 

「うむ、久しいな」

 

 腕を組んで、少し偉そうに挨拶したディアーチェの顔はどこか嬉しそうで、その事に気が付いたアリシアは、すぐにからかいの言葉を思いつき口にする。

 

「お兄さんが活躍してるから嬉しいんだね」

 

「ち、違うわ!! ただ、真紅がいるならばこの結果は当然で、我がチームのエースとしてだな……その、示しになるというか──」

 

 そこで言葉を切ったディアーチェに不思議に思い、アリシアは首を傾げた。 

 

「……そんな"ちびひよこ"が試合に参加しておらぬのは、真紅に無様な醜態を見せるのが嫌だったからか。なるほど、だから勝負から逃げて実況なぞに逃げたか」

 

 ピキッ──と、アリシアの心のリミッターが崩れ落ちる。

 

「ディ、ディアーチェは面白いこと言うなぁ……そのマンシンシン~な心を粉々にしてあげるよ!!」

 

 アリシアは椅子から立ち上がり、ブレイブホルダーをディアーチェに突きつけた。

 

「ふんっ、返り討ちにしてくれるわ!! 何ならハンデも……ああ、もう五対三であったか」

 

 ブレイブホルダーを突き返して来たディアーチェの言葉に、更にアリシアのリミッターが崩れ落ちる。

 

「ふふふ、ふふふふふ……」

 

「ふはは、ふはははは……」

 

 アリシアの頭の中には、反撃のプランが着実に組み立てられているのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「後半の作戦は、同じ様に行こうと思うが……」

 

「エクストラターゲットが出るね」

 

「ああ」

 

 作戦会議なので、T&Hチームと離れて聞こえない様に話す。

 

「理想はEXターゲットもしっかり破壊したいが、現状かなり不利なんだ」

 

「ん……どうして?」

 

 レヴィは少しだけ考えてくれた様だったが、答えは出なかったらしい。 

 

「簡単な話だ。俺とレヴィしかEXターゲットを破壊できない」

 

 難しく説明すると、もっといっぱい理由はあるが、結論は至ってシンプルだ。

 

 それに、レヴィに物事を説明するにはこれぐらい簡単じゃないといけない。

 

「なるほど、そっか~」

 

「シュテルかキングスがいれば、勝てるんだがな……」

 

 ただ、このデュエルを始める前にメールを送ったが、二人から返信はなかった。 

 

 別に、勝ち負けにこだわっている訳じゃないので負けてもいいが、負け試合と決まっていて戦うのは相手に失礼だと思う。

 

 もちろん、勝つ方法はある。

 

 それは、俺が全力で戦う事なんだがいくらなんでも大人気ない。

 

 T&Hの皆なら、全力を見せても心が折れる事はないだろうが……高校生でロケテストプレイヤー、さらに男。もはや全力を出してはいけない状況だ。

 

 周囲の目を気にしないならそれもありだろうが、俺は外道にはなりたくない。絶対に。

 

「くっくっくっ……安心せい。我が来たからには、必ず勝利に導いてやろう!!」

 

 突如、アリーナに響き渡った偉そうな台詞。

 

 ……全く、来るなら連絡して欲しかったな。

 

 声の方向、一番近くのビルの屋上を見る。

 

「だ、誰!?」

 

 そう、なのはちゃんが驚きを口に出した。

 

「ふんっ……貴様らに名乗る名などないわ!!」

 

「やっほ~」

 

 屋上にいたのは、もちろんキングス。左手を広げて前に突き出したポーズの背景に、ドンッ──という文字が見えた気がした。

 

 隣にアリシアがいたのは意外だったが、同じく参加するらしい。

 

「とうっ」

 

 キングスの言葉で、アリシアも一緒になって屋上から飛び降りる。

 

 その瞬間、俺はさっと体全体を反対に向けた。

 

「ミラクルチェーンジ!!」

 

獄装(ごくそう)!!」

 

 ここで、一つおさらいをしよう。

 

 確かに、プレイヤースキャンの時点では、男女別になるので問題はない。先に変身して入る事も可能だ。

 

 ただ、アリーナ上で変身すると、その中にいるプレイヤーと観客には見えてしまう。確か、男に対して見える割合。つまりは肌色の調整が出来る。極端に言えば、全く見えない設定もある。

 

 そして、その設定を弄らない事も出来る。

 

 もちろん、それで全部見えてしまう事はなく、精々水着のビキニ程度だとは聞いた。  

 

 ……でだ、後ろで変身しているキングスは未設定。アリシアは不明なので、最低だとビキニほど。

 

 それを見ても問題はない。決して問題はない。だからといって、凝視するのは問題じゃないかと考える。

 

 俺はもう高校生で、腐っても男。性教育は受けており、興味がない訳じゃない。ただし、相手は小学生や中学生。普通に犯罪だ。

 

 もっとも、この変身豆知識を俺に教えたのはキリエなのだが……全く、いい迷惑である。

 

 更に付け加えると、キリエは俺の家の家訓。『女子の肌見れば、責任取るべし』の教えを知ってから、俺に教えて来たからな。

 

 一対一でキリエと戦う時、毎回変身しないで入って来るのは、きっと俺への嫌がらせだ。

 

 とはいえ、家訓の本当の解釈は違うので、変身なら大丈夫。それなのに、今回後ろを向いたのは他に理由があったからで……。

 

 私服や制服でビルの屋上から飛び降りたら、流石に空気抵抗でスカートが捲れ上がる。

 

 キングスもアリシアも恐らく調整はしているだろうが、万が一があっては困るので背中を向けた。

 

 本当に無防備だよな。基本的に女性は"こういう"部分を気にするのにも関わらず、所々気付かないのはある意味テロにも等しい気がするんだ。

 

 それを言ってしまうと、男も男でモラルというかデリカシーがないというか……何故、女子のいる前で"そういう"言葉を吐けるのだろう。

 

「──紅」

 

 しかも、そんな男子に限って彼女が欲しいとか言っている奴が多いが、出来る訳がない。

 

 多少、現実を舐めているのではないだろうか。

 

「──紅?」

 

 いや、現実を理解出来ていない可能性はあるか。  

 

 もっとも、彼女もいない俺が考えるのも問題だな……ただ、今度クラスメイトには注意してみよう。

 

「真紅!! 聞こえておるか!!」

 

「……すまない、気が付かなかった」

 

 どうやら名前を呼ばれていたらしい。

 

 俺は振り向いて謝罪した。

 

「全く、我が参加すると言うのに腑抜けてもらっては困る。風邪の類ではないであろうな?」

 

「ああ、体調はばっちしだ。少し考え事をしていた」

 

 これもそれもあれもどれも、総べてはキリエのせいだな。帰ったら何か仕掛けよう。

 

「ふむ、それならば良い。で、作戦は言わずとも分かっておるな?」

 

 キングスは不敵に微笑んだ。

 

「もちろんだ」

 

 俺はそれに笑顔で返す。

 

「シュテルとユーリがおらぬこの状況であるが……負ける事は許されんぞ」

 

「そうだな。チャンピオンチームの強さの片鱗を見て貰おうか」

 

 言葉の通り、見せるのはあくまでも片鱗だ。キングスがいるなら全力を出さなくてもどうにかなるし、俺の役割も決まる。

 

 先程までは、キングスのポジション。そのやる事を俺が行わないといけなかったので、効率が悪かった。

 

 本来、俺とキングスのポジションは違うので、当然、得意不得意がある。

 

 ここにシュテルとユーリを加えて完全なダークマテリアルズになるが、今はこれで十分だろう。

 

 それに、完全形なんて卑怯すぎる。勝負にすらならない。こっちはチャンピオンで、あっちはほぼ初心者チーム。大人気ないを軽く通り過ぎて、もはや下種(げす)だ。

 

『そろそろ、スピードレーシング後半戦を始めるよー。選手の皆は、スタート位置に付いてね』

 

 エイミィさんの言葉に従って、皆揃ってスタートラインに立つ。

 

『スピードレーシング。セットレディ~』

 

 前半戦より闘志を込めて身構える。

 

 目標の最短ルート……ミスなく通る!!

 

『GO!!』 

 

 そして、二週目が始まった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『さて、始まりましたスピードレーシング後半戦。前半と同じく、フェイト・レヴィ両選手は凄まじいロケットスタート!! その二人を追いかけるなのは選手と、新たに加わったアリシア選手。クリムゾン選手はターゲットの破壊を優先している様ですが……ちょっと面倒な位置のターゲットばかりを破壊していますね』

 

『何か崇高なる考えがあるに違いないわ。私の真紅ですもの』

 

 プレシアさんの息子じゃないと突っ込んで欲しいのだろうか。それとも、ちょっと前にスルーしたからイケるとでも思っているのだろうか。

 

 どちらにせよ、迷惑……でもないが、解説するなら試合中は真面目でいて欲しい。

 

「はっ!!」

 

 ただ、その声にいちいち集中力を割いていられないので、破壊活動を続ける。

 

『なるほど。アリサ・すずか両選手はナイスコンビネーションで次々とターゲットを破壊していきます。一方のディアーチェ選手は、ポジションを取った後は動いておりません』

 

『彼女はダークマテリアルズのリーダーだから、間違いなく策があるわね』

 

 少し思ったのだが、この実況で誰がどんな動きをしてるか理解できるから、ない方が良いのかも知れないな。

 

 なんて考えながら、キングスとチヴィ弐にモニターを繋げる。

 

「ミッションコンプリートだ。チヴィ弐と合流してゴールを目指す。集合位置は五つ目のチェックポイント!!」

 

「良くやった。なら、動くとしよう……出番ぞ、紫天の書」

 

 これで、第一目標は達成。次はエクストラターゲット。相性が良いの出てくれよ。

 

 キングスへのモニターを消して、ターゲットから離れつつ集合位置に向かう。

 

 ふと空を見上げると、無数の黒い剣で埋め尽くされていた。 

 

 キングスに報告してから全然時間は経っていないが、もう準備できているのは流石キングスと言った所。

 

 敵チームからすれば、この上なく恐ろしいはずだが、これがチャンピオンチームのリーダーだ。

 

「レギオン・オブ・ドゥーム・ブリンガー!!」

 

 空一面を黒く染め上げた剣たちが、キングスの掛け声にて発射され、アリーナ上に破壊の雨を降らした。 

 

『ななな、なーんと!! ディアーチェ選手、超絶スキルで付近一体のターゲットを全て破壊!!』

 

『あれは彼女のアバター。"L(ロード)O(オブ)G(グローリー)"の持つ紫天の書の特殊能力ね。スキルカードの保持制限を超えて持ち込み、自由に発動させる事ができるわ』

 

 ……プ、プレシアさんが解説できているだと?

 

 エイミィさんや、観客、T&Hの新人メンバーたちがキングスの技に恐らく驚いている中、俺はそんな事を思った。

 

 確かに、リンディさんは深く読んでいないと言っていた。それなら、プレシアさんが読んでいてもおかしくはない。

 

 ただ、娘命のあの人が……あ、なるほど。娘命だから熟読したのかも知れないな。

 

 どのアバターになっても、娘たちの活躍を理解する為に。

 

「そう言えば、所々危ないだけで、普通に優しい母親でもあったな」

 

 もっとも、その優しさを遺憾なく発揮した結果が、あの様子だとは思いたくはないが。

 

 五つ目のチェックポイントを通過し、チヴィ弐と無事に合流。再度、キングスにモニターを繋げる。

 

「お疲れ様」

 

「うむ。そろそろ頃合いだと思うが……」

 

 と、丁度その時。アリーナ上空にゲートが出現し、光ったと思うと新たなターゲットが出現した。

 

『出ました~!! 二週目のみに出現するエクストラターゲット!! その性能はランダムですが……』

 

 巨体タイプと高速タイプか。

 

 ビルよりも大きく、速度は無いが耐久度抜群の黒い要塞。見た目は鎧甲冑の頭の様だが、そこに付いている三つの赤い球体が、いかにもUFOらしさを演出している。これが三機。

 

 普通のターゲットと大きさはほぼ変わらず、もの凄い速度で空を飛翔している、白い立体のひし形。光の羽が生えていて、伸びたダイヤの形をした足の様なものが付いている。これが十機。 

 

「見事に、キングスの不利なタイプばっかりだな」

 

「うむ……魔力が回復すれば話は別だが、これでは無理だ。我はゴールを目指す」 

 

「了解」

 

 モニターを閉じて、チヴィ弐に背中にくっ付いていて貰うようにお願いして、足をターゲットに進める。

 

 俺は俺で高速タイプを破壊するのに少し苦労するから、自然と巨体タイプが目標だ。

 

 ポイントの総計だと、多いのは巨体三機より高速十機だろうな。

 

「ギリギリになるか……?」

 

 恐らく、順位配当によって勝負が決まる。

 

 こっちが巨体を一機倒すのと、このままレヴィとチヴィ壱がゴールに向かって、今の並びの順位でゴールすれば何とか勝てるはず。 

 

『なのは選手、高速タイプを楽勝で破壊!! 残りは7機です』

 

 ……いやー、まじでエースだな。 

 

 空を見上げると、また二機が落ちていた。

 

 中盤と終盤コースの高速タイプは、なのはちゃんの手の中だった。

 

「とりあえず、俺もコイツを倒して……余裕があればもう一機だ」

 

 ゴールに二番目に近い巨体タイプ。今の順位をキープするなら、ゴール手前より微妙に離れているのを倒す余裕は怪しい。

 

「とにかく、さっさと倒そう。いくぞ、ダインスレイフ!!」

 

【やっとでば~ん!!】

 

 愛機のデバイスを待機状態を解除する。

 

 俺のデバイス、ダインスレイフは両手の籠手でそこそこゴツイ。カラーリングは赤と黒でしっかりとこの服装に合っている。

 

 もっとも、初期のカラーリングは、デバイスも服も全然違うんだがな。

 

「カードロード」

 

 ちなみに、スキルカードの読み込み。使用方法は大きく二つ。

 

 指定されたデバイスの箇所にカードをスラッシュするか、そのままデッキから呼び出すか。慣れていないとデッキからの読み込みができないので、初心者は大体スラッシュで使用する。

 

 デッキは最大で30枚まで入り、そうなるとスキルカードは最高で29枚。その中から一つを選択して、頭で読み込むのだからそこそこ練習が必要だ。

 

 あと、声に出す必要は特にない。声に出す場合、掛け声は実は何でもよい。

 

 良い例として、キングスはそれっぽい詠唱をしている。

 

【愛の新必殺技、行っちゃおう!!】

 

 ダインスレイフの発言は無視。巨体タイプに右腕を向け、右籠手の上部が左右に開き、銃口が現れる。

 

 そして、拳の前に赤黒い魔力球が出来て、段々と大きくなっていく。

 

 俺の数少ない射撃魔法。その中でも威力は恐らくトップクラスだ。

 

 元になったのは広範囲殲滅魔法の一つで、改良には中々手こずった。

 

【ダーリンてば、冷たい】

 

「頼むから集中させてくれ」

 

 今回が初公開のスキル。チャージに時間が掛る為に、少しでも気を緩めるとさらに時間が掛ってしまう。

 

【はーい……チャージ完了。いけるよっ】

 

 シュテルのデバイスみたいに、静かなデバイスが良かったな。

 

 もっとも、必要な仕事はしてくれるし、うるさいとも思ってないが……ちょっと騒がしいタイプに縁が多いのかも知れないな。

 

「了解。グラビティ・インフェルノ!!」

 

 直径1mくらいになった魔力球が、吸い込まれる様に巨体タイプに飛んで行き、外装を貫通して内部に侵入。

 

 その直後、着弾点から轟音が何回か鳴り響いた後に魔力球が拡大、巨体タイプを完全に包み込み爆散した。

 

『クリムゾン選手の大技炸裂!! 巨体タイプを撃破です』

 

『あれは初めて見るスキルね……とにかく格好良かったわ!!』

 

 一回、真面目にプレシアさんと話そう。うん。 

 

「中々の威力だな」

 

【ご不満?】

 

「チャージ時間を短くしてもいいな」

 

 新スキルの改善点も見つかったので、結果としては十分だろう。

 

 さて、ゴールに向かおうか。

 

 エアリアルジャンプを使って、壁蹴りの用途で加速する。

 

『これはすごーい!! アリすずコンビの合体技で、残っていた五機を全滅です!!』

 

『さしずめ、氷と炎の二重奏ってところかしら』

 

 実況と解説が入り、チームのピンチを察する事が出来た。

 

 やはり、あの二人もエースって事か。巨体タイプを倒す余裕は完全に無くなったな。

 

「ハリセンスマーッシュ!!」

 

 ここから少し距離が開いたところにいる、アリシアの大きな声が聞こえて、巨体タイプが遥か上空に消え去った。

 

『説明しましょう。ハリセンスマッシュとは、アリシアの超絶キュートなハリセン技である!! ……以上よ』

 

 説明になってないが……ある意味間違ってはいないのだろうか。

 

 俺も威力が凄い事しか分かってないし、原理は不明だ。

 

「チェーンジスライサー!!」

 

「……なっ!?」

 

 この付近にいないはずのレヴィの声が聞こえ、思わず声の方向を見る。

 

「奥義。光翼斬!!」

 

 巨体タイプが真っ二つになっていた。

 

 その様子を見て、俺はゴールに向かう速度をさらに上げる。

 

 ゴール手前にはフェイトとなのはちゃんの姿。この速度だと、ギリギリであちらの二人の方がゴールするのが早い。レヴィが前に居ない事からの余裕か、速度は全速力じゃないがやはりそれでもゴールは早い。

 

 点数が俺の予想通りなら、あの二人がゴールすると順位配当によって負けてしまう。

 

 何か、何かないか!?

 

 デッキの中のスキルカードを思い出すが、ライトニングタイプの様な高機動になるスキルはない。もちろん、これ以上速度を上げる事も不可能。

 

 そもそも、俺は前衛で戦うのでAJを除けば攻撃と防御のスキルしかない。

  

 これは……負けてしまうな。レヴィの動きを予想できなかった、チームの敗北か。

 

「ん?」

 

 背中にくっ付いていたチヴィがポン──と、背中を叩いた。恐らく、お前は良くやった的な労いなの……チヴィ?

 

「もしかしなくても、まだ勝てる!!」

 

 AJを使い、速度を維持したまま一つのスキルを読み込む。

 

「カードロード!!」

 

 ちょっと特殊な攻撃スキル。本来の用途は近距離迎撃用で、銃口から高圧縮の空気を打ち出し相手を吹き飛ばす。いわゆる空気砲撃。

 

 これを普通に使うと、ただの吹き飛ばし。

 

 だが、これをチヴィに使ったのなら……恰好の加速装置になるのではないか。

 

「チヴィ!! 後は頼んだ!!」

 

 左手でチヴィを掴んで、前に放り投げて右腕を向けた。

 

「エア・ブラスト!!」

 

 空気を打ち出し、チヴィを吹き飛ばす。

 

 俺の意図が分かったのか、にやりと笑いながら敬礼してゴールに向かって一直線に飛んで行った。

 

「ジャンプとブラストのダブル加速。後はなる様になれだ」

 

 勝負は半々……俺はチヴィを信じてゴールを目指した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『集計の結果が出ました!!』

 

 二週目が終わり、エイミィさんの集計終了の宣言。どこからともなくドラムロールが聞こえる。

 

『246点対247点で、勝者T&Hチーム!!』

 

 ああ、足りなかったか。

 

『やった~!!』

 

 チーム戦初参戦の三人の歓喜の声。その声と様子に、悔しさはどこかに霧散した。

 

『イベントデュエルを盛り上げてくれた両チームに、盛大な拍手をお願いします!!』

 

 観客たちからの拍手の音が耳に届き、晴れやかな気分になった。

 

 負けてしまったが、これはこれで良かったな。やっぱりブレイブデュエルは心から楽しめる。

 

「にゃはは」

 

「なんか照れちゃうわね」

 

「でも……本当に嬉しいね」

 

 笑顔のなのはちゃん。頬をかくアリサちゃん。頬に手を当てて喜びを噛み締めているすずかちゃん。

 

 それぞれ、本当に嬉しそうだった。

 

 そんな様子を眺めながら、背後ではキングスのお怒りの声がする。

 

 チラッと視線を向けると、案の定レヴィに雷が落ちていた。

 

 当然なのは確かだが、キングスの肩に手を置き振り向いて貰い、目配せする。

 

「どう? チーム戦って楽しいでしょ」

 

『うん!!』

 

 そしてT&Hの元へ向かい、言葉を発する。 

 

「これでもまだ、ブレイブデュエルのほんの一端にしか過ぎないんだ」

 

「うむ。初めてにしては中々見事な闘技であったし、これからも研磨するとよい」

 

 どうやら俺の意見が通った様で、レヴィへのお叱りは済んだらしい。

 

「そっちも流石というか……凄かったわ」

 

「アリサちゃん、敬語じゃなくなってるよ」

 

「あ……凄かったです」

 

 すずかちゃんに指摘され、慌てて敬語に戻すアリサちゃん。

 

『気にするな / 気にするでない』

 

 ただ、俺もキングスもそんな事を気にする人間じゃない。

 

「むしろ、タメ口の方がありがたい。同じデュエリストだからな」

 

「真紅の言う通りであるぞ」

 

「そ、それなら合わせるわ」

 

 にこっと笑顔になるアリサちゃん。

 

 何となく、姉貴の笑顔に似ている気がした。

 

「私は誰にもこんな感じですけど、もうちょっと頑張ります」

 

「慣れている話し方でいいよ」

 

「えぇ!?」

 

「何をしておる」

 

 すずかちゃんの雰囲気が一瞬ユーリと被ってしまい、思わず頭を撫でてしまった。

 

 そのせいでキングスから呆れた視線を感じる。

 

「悪い。ちょっといつもの癖で」

 

「あ、いえ。驚きましたが、全然嫌ではなかったです」

 

「それなら良かったよ。で、ブレイブデュエルはどうだった?」

 

 話を戻し、二人にそう訊ねる。

 

「ブレイブデュエルって、あんなことまで出来ちゃうんですね」

 

「そうそう。二人の魔法とか、すっごい威力だったし」

 

「まあ、我等ほどの大魔法を扱える者はそうそうおらぬがなっ」

 

 キングスは腕を組んではいるが、満更でもない様子。もちろん、俺も素直に嬉しい。

 

「勝ったの私たちだけどね~」

 

「ぐぬっ」

 

 あっちの会話が終わったのか、アリシアがこっちに来てブイサイン。

 

 中々痛い所を突いてくる。

 

「まあでも……ありがと、ディアーチェ。お兄さん。楽しかったよ」

 

 俺とキングスの間に入って、アリシアは俺たちの腕を抱き締めた。

 

「ふんっ」

 

「ああ。俺も楽しかったよ……約一名は、まだ息消沈してるが」

 

 俺がレヴィに視線を向けると、みんなも一斉にレヴィを見た。

 

 涙を滝の様に流し、そこそこ反省している様子。

 

 ただ、バカと書いてある紙切れが、キョンシーみたく貼ってある様に見えたのは、きっと気のせいだと思いたい。



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episode5

「こういう日に限って、何か起こるのは必然だろうか」

 

 スピードレーシングが終わった後、みんなで五階にて談笑予定だった所に、俺のスマホに届いたキリエからのメール。これが俺だけを仲間外れにした。

 

 なのはの発想力、アリサに渡すカード、すずかの守備意識など、色々と話題があったんだがな。いい迷惑だ、本当に。

 

 ただ、急用が出来たと伝えると、みんな残念そうな顔をしてくれたのが嬉しかったから、キリエに文句は言わないつもりだ。

 

 ちなみに、試合の後に呼び捨てで構わないと言われ、その場で了承。三人と距離が近づいたので、気軽にブレイブデュエルに誘える間柄になったと思う。

 

 それに、別れ際に三人からお菓子を貰い、これを約束の証として次の機会に返すと伝えてある。

 

 ……そういえば、プレシアさんやリンディさんに挨拶せずに出て来てしまったな。気にしなくていいとは言われそうだが、何かお詫びを用意しておこう。

 

 そう心に決め、目的地への足をもう少し速く進める。すれ違う人からかなり好奇の目で見られているみたいだが、これはキリエのせいだ。幸い、そう遠くない場所にいたので、もう少しでこの視線もなくなるだろう。

 

 俺に送られてきたメールは題名だけ。ただ、それで異常を十分に察する事ができた。

 

『先輩、助けて。エルトリア近くの喫茶店』

 

 俺の読みが正しければ、友達と一緒に入ったはいいが誰も財布を持ってなかったとか、そんな下手な展開だろう。それに加えて姉貴は用事で来れず、俺に応援要請を頼んだって所か。

 

 ちょっと深読みして……ギャル男に絡まれていたり、立て籠もりが起こっていたり。

 

 前者ならキリエはどうにかできる。後者はこんな平和な街で起こるとも思わないしな。

 

 ああ、ブチ切れて衝動的にやってしまい、後がなくなってしまったなら、あり得ない事もないか。

 

 ……あれ? こういう時に使う言葉があったんだが、何だっけ?

 

「ポイントじゃなくて、セーブでもなくて……」

 

 思いつく言葉を呟きながら、どれもしっくりこずに眉をひそめる。

 

 そして、答えが出るよりも早く目的地の喫茶店が見えた。何かフェアでもやっているのか、店の前に人がいっぱい立っている。それに騒がしい。

 

「立っている? あ、旗だ。そうそう、フラグだったな」

  

 ……ん? フラグ?

 

 喫茶店、エステルを覗き込んだ俺は、自分で立てたフラグに後悔した。

 

 外から店の中が見えるガラス張りの壁。その前のちょっとした花壇。外に出ている看板に書いてあるメニューは、パンケーキやパフェといった女性が喜びそうな物ばかり。

 

 エルトリア女学院の近くなので、もちろんエルトリアの生徒に大人気。

 

 一度キリエに連れて来られた事があり、俺が見ても制服が可愛らしいと分かる。味も抜群に良く、活気もあったので中々好印象に残っていた。

 

 そのお陰ですんなりここにたどり着けたし、キリエのピンチに直ぐに駆けつけられた……が、あれはもしかしなくても立て籠もりだろうか。

 

 丸テーブルも椅子も倒れており、まさに滅茶苦茶な状態だ。

 

「み、見せもんじゃねえんだよ!! 早く消えろよっ!!」

 

 茶髪の男にナイフを背中に突きつけられて、ガラスに手を付けたホールドアップの状態にされているのは、見間違いじゃなければ家のキリエ。

 

 ……もしかしなくてもこれはヤバイ状況なのだろう。多分、状況整理は必要ない。おおかた、俺の全ての予想が一致しただけだ。

 

 なら、取れる行動は一つ。キリエを無傷で救い出し、あの男を警察に突き出す。

 

 そこでふと、キリエと目が合った。本格的な危険を肌で感じているのか、涙ぐんではいないが空笑いだ。

 

 俺はそれに笑顔で返し、そのまま入口へ向かう。

 

「君!? 何をしようとしてるの!?」

 

 すると、取り巻きの女性が俺の肩を掴んで来る。

 

「任せて下さい。俺が彼女を救います」

 

 笑顔で答え、女性の手を払って俺は店内に入った。

 

「な、なんだてめぇ!! 殺されたいのか!!」

 

「いたっ」

 

 俺を警戒してか、男は一番近かった壁に背を向けて、キリエの髪を引っ張りながら、露わになった首筋に向けてナイフを構えた。

 

 また一段上がった危機的状況に、キリエの鮮やかなアメジストは、煌めきながら揺らめいている。

 

「キリエを離せ」

 

 男との距離をゆっくり詰めながら発した声は、自分でも驚くほど太い声だった。

 

 自覚はない。今の自分が冷静じゃないなんて思ってもいない。

 

 だけど、キリエと目が合うと、心の奥底から溢れて来る水は激流なんだ。激しい怒りが、全身を流れている。血が沸騰して、身を焦がす熱を感じる。

 

「く、くんなよ!! この女が刺されてもいいのかっ!!」

 

「もう一度だけ言う。キリエを離せ」

 

 ああ、そうだ。これは怒り。俺が持っている、赤の色。真の紅だ。

 

「ふざけんなっ!!」

 

「なら、力で解決させて貰うさ」

 

 手は要らない。加減はしない。然るべき流れに身を任せるだけで良い。不要な力を抜き、必要な力を込め、低い体勢で踏み込む。

 

 二間。

 

 もう完全に、俺の間合いだ。

 

「ふっ!!」

 

「あがッ──!?」

 

 ナイフを左手の一指しと中指で挟んでから、右手で男の顎に掌底をヒットさせる。

 

 そしてそのまま、キリエを抱き寄せた。 

 

「わっ」

 

「…………ふぅ」

 

 男は壁にもたれながらずるずると崩れ落ちていく。完璧に顎にヒットさせたので、しばらくは目を覚まさないだろう。

 

「大丈夫か?」

 

 無傷で済んだはずだが、念の為キリエに訊ねる。

 

「う、うん。五体満足だけど」

 

「それなら良かった……って、やっぱり偽物か」

 

 キリエの安否を確認できたので、気掛かりがあったナイフを拾ってみると、ナイフは物凄く精巧な作りの偽物だった。

 

 指で掴んだ時の温度がぬるかったのは、このせいか。

 

『わぁぁぁ──!!』

 

 そこでやっと、事件が終わりを迎えた現状についてこれたのか、人だかりから歓声が上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(凄い、あの人)

 

 買い物からの帰宅途中、偶然喫茶店の前の人だかりの中にいた中島ギンガはただ率直にそう思っていた。

 

 青年が堂々と店に入り、男を倒して女性を無傷で救出。それは、ギンガにとってまさに神業である。

 

 ギンガはかなりアウトドア派な少女で、まだまだ齧っている程度ではあるが、趣味で格闘技をやっている。

 

 だからこそ、そんなギンガが人だかりの中で誰よりも一番、青年の動きを凄いと理解していた。

 

(私は全然足が動かなかったのに……)

 

 女の子で、明らかに体型で負けている。何より格闘技は趣味の範囲だから、動けなくて当然。何も、誰にも責められる事はない。

 

 ただ、それを頭で分かっていても、動けなかった事実はギンガにとって悔しい事であり、自身が一歩も動けずにいた状況を、何事も無かったかの様に解決した青年に憧れを感じたのだ。

 

 声を掛けたい。衝動的にギンガはそう思い、足を進めようとするが、気になったのは青年の隣で笑っている美少女。

 

 ガラス越しに見えるその様子は、ギンガの目に恋人の雰囲気として映った。

 

 ギンガは中学一年生であり、恋愛について当然知っている。だから、今自分が感じているのは恋心ではなく憧れだと理解していた。それに、二人が恋人同士と確定したわけでもない。

 

 それでもギンガは、声を掛ける事に引け目を感じている。

 

 あの雰囲気に自分が混ざる事で、壊してしまう可能性を考えたのだ。

 

(う~ん、どうしよう)

 

 何度も思考が繰り返す中、ギンガの視界に警察が入って来て、事情聴取としてか青年に話を訊いている。

 

 ギンガの母、クイントの教えにより、ギンガは決して人見知りではない。むしろ、好んで人と会話しに動く方だ。

 

 そんな自分を理解しているギンガだからこそ、気が進まないなら素直に帰るべきだと思い始めた。

 

(でも……)

 

 ただ、そう決めて足を自宅に向けると浮かんだ、"会えない"の予感。

 

 ギンガの足はどちらにも進まなくなっていた。 

 

「ああ、もうこうなったら!!」

 

 はっきりと聞こえる大きさで発したギンガの声に、周りにいた人たちがぎょっとした。何度も悩んで動けない自分にじれったくなったギンガは、声を出すことで気を紛らわせたのだ。

 

 そして、何も考えずに青年に声を掛ける事を決めたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あのっ!! ちょっといいですか?」

 

 警察への事情説明が終わり、これからキリエを家に送ろうとした所で、目の前に来た少女に声を掛けられた。

 

 菫色の長髪に隠れて、ちらりと見える白いリボン。容貌が整っており、可愛らしくも綺麗な顔立ち。服装は無地で、薄い緑色のTシャツに白いショート丈ベスト。ベージュのハーフパンツを履いており、とても動きやすそうだ。

 

 右手には、ネギが飛び出して見える買い物袋を持っているので、お使いの帰りだろう。

 

「ああ、どうかしたかな?」

 

「凄く恰好良かったです!!」

 

 袋を左手に持ったまま両手をぐっと握りしめ、少し興奮した様子で少女が発したのは、まさかの褒め言葉。素直に嬉しいが、どう反応すれば分からなかった。

 

「良かったわね、先輩。こんな可愛い子から褒められたじゃない」

 

 俺の困惑具合に気づいたのか、キリエが会話を繋いでくれる。 

 

「そうだな……えーと、名前を聞いてもいいか?」

 

 そのお陰で落ち着き、少女の名前を知らない事に気づいたので名前を訊ねる。

 

「はっ、そうでした。中島ギンガ、中学一年です。趣味で格闘技をやってます」

 

「なるほど。格闘技をやっているから、俺の動きが格好良いと感じたんだな」

 

「はい。といっても、あくまでも趣味なので……お二人のお名前を伺ってもいいですか?」

 

 どうやら、今度はこっちの番らしい。

 

「柊真紅、高校二年。真紅で良いよ。武術一家の跡継ぎで、中島さんに合わせるなら趣味は格闘技だな」

 

「キリエ・フローリアン、高校一年。同じくキリエでいいわ。私は普通の女子高生で、趣味はガーデニングよ~」

 

「分かりました。私の事はギンガって呼んで下さい」

 

 ギンガはニコッと笑い、俺たちに向けて軽く頭を下げた。

 

 俺はそれに釣られる形て返し、隣のキリエも同じ挙動だ。

 

「さてと、お互いの挨拶も済んだ事だし……歩きながら話そうか。目的地はギンガの家で良いかな?」 

 

 一度ギンガに目を合わせてから、買い物袋に視線を移す。

 

「あ、そうでした。案内しますね」

 

 ギンガはどうやら、買い物の帰宅途中だったのをうっかり忘れていたらしい。

 

 口調や雰囲気からしっかり者だと分かるが、今回は完全に失念していたのだろう。

 

 帰り道で立て籠もりの現場を目撃し、無事に人質が救助されるまでの一部始終を見ていたのならしょうがない。

 

「時間とか、中身とか大丈夫?」

 

「はい。直ぐに冷やすべき物がなくて良かったです。アイスなんてあったら、今頃は絶対にどろどろに溶けてますね」

 

「それは間違いない。まだ涼しいが、それでも立派に夏だからな」

 

 眩しさに備え、顔を手で覆いながら空を見上げる。雲一つない、快晴だ。

 

「夏はちょーっと苦手なのよね。汗とか気になるのが」

 

「あ、わかります。ちょっと運動しただけで凄い事になってたりするんですよね」

 

「そうそう。真夏のガーデニングは一苦労よ~」

 

 だからって、俺に手伝わせるのはこのキリエなんだが……今は口に出さないでおこうか。俺も嫌々やっている訳でもないし、誰かの役に立つならそれでいい。 

 

 無論、気にはなるが。

 

「真紅さんは苦手ですか?」

 

「むしろ、得意な人がいたら教えて欲しいな。嫌いではないが、暑さに参る時はあるよ」

 

「ですよね」

 

 年がら年中、気温が四十度近い国の人なら得意かも知れないが、出来れば適度な温度が良いはずだ。もちろん、それが好きな人がいても変ではない。

 

「そう言えば、ギンガはどうして先輩に声を掛けたの?」

 

 良く考えれば、そこを聞いてなかったな。ナイス質問だキリエ。

 

「さっき伝えた言葉がほとんどなんですけど……純粋にどんな人か気になったからでしょうか」

 

 どうやら、ギンガの中で答えは出ていないらしい。

 

「つまりは何となくなのね」

 

「そうなります」

 

「なるほど」

 

 俺も衝動で何かをしたくなる時があるし、確かに理解できる気持ちだ。衝動といえば、一番はレヴィだろうが。

 

 それから、ギンガの案内にて歩いていると、ギンガが足を止めて指で一軒の家を示した。

 

「あれが私の家です」

 

 昔ながらの木造の家。見た目から古さを感じがするが、それと同時に温かさを感じ、とても味がある家だ。

 

 中島家とは対照的な家? が、右隣に立っていなければ、もっとこの趣のある中島家を眺める事が出来ただろう。

 

 そちらの家主には悪いが、なんか残念だな。もうちょっとましな外観にして欲しい。

 

「へぇ~、良い雰囲気ね」

 

「そう思いますか? 洋風な見た目も好きですけど、やっぱり自分の家が一番好きです」

 

 心から好きに違いない。ギンガから笑みがこぼれていた。

 

「これは楽しみだ。内装は洋風とか言わないよな?」

 

 とりあえず、隣の家は視界から意識的にフレームアウトする事に決め、中島家へと興味を移す。

 

「ちゃんと見た目通りですよ」

 

「それなら良かった。ある意味で面白いだろうが、ちょっとな」

 

 間違いなく、鳩が豆鉄砲を食らったような反応になる。

 

「ただいまー。あ、スリッパ出しますね」

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

 そして中島家に入り、ギンガが用意してくれたスリッパを履いた所で挨拶をする。

 

「お帰りなさいギンガ。お友達かしら?」

 

 玄関までギンガを迎えに来たのは、母を呼ばれた女性。髪型は違うが、ギンガをそのまま大人にした感じの綺麗な人だ。

 

 そう冷静に容姿を観察したが、ふと頭に浮かんだ二人の女性。プレシアさんとリンディさん。やはりとても、娘がいるように思えない。

 

「まだ、友達と思っても──」

 

「友達です」

 

 ギンガが何を言おうとしたか分かったので、言葉を遮る様に言い切った。

 

「むしろ、私たちの勘違い?」

 

「真紅さん、キリエさん……うん。母さん、友達です!!」

 

 ギンガは俺とキリエを見てから、笑顔でそう答える。

 

「ふふっ、分かったわ。初めまして、私は中島クイント。ギンガたちの母親やってるわ」

 

『よろしくお願いします』

 

 ギンガたちって事は、他に子供がいるのか。もしかしたら、今日に会うかも知れないな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そこから、長くいるのもアレだと思い、小一時間ほどで帰路につく。中島家の夕食まで時間があった為に誰とも会わなかったが、連絡先や家族の構成を教え合い、また会おうと約束を交わした。

 

「で、今度からは挑発しないように」

 

 そして、ギンガと出会った事で一度はスルーしたが、帰り道を使ってキリエにお説教の時間だ。

 

「先輩。それで三回目よ」

 

 なんでも、事件の発端はナンパかららしい。

 

 テイクアウト可能なメニューを買おうと喫茶店に向かっている途中、あの男に声を掛けられて断ったが喫茶店までついて来た。

 

 そこで──「警察に連絡するわよ」と言ったが、帰ってくれず、余りのウザさに呆れてちょっとだけキリエが挑発。キレた男が模造ナイフを取り出し、あの状況になったんだとか。

 

「俺、姉貴、博士、奥さん、キングス、シュテル、レヴィ、ユーリ、ギンガ、周りの人……ぶっちゃけ、まだまだ言い足りないんだが?」 

 

 大ごとにして欲しくなかったので、警察の人にお願いして家族への連絡はやめて貰った。

 

 みんながこの事を知ったら、解決済みだろうと間違いなく迷惑を掛けるからだ。それに、俺にまで飛び火する可能性がある。

 

「けど、先輩だって危険だったじゃない」

 

「俺はいいんだ。鍛えているから」

 

 柊家の武術が現実で使われるとは、ちっとも思ってなかったがな。

 

「ぷっ、なに自慢げに子供っぽい理屈を展開してるのかしら」

 

「ほほう。まだ懲りてなかったか」

 

 がしっと頭を掴み、少しだけ力を込める。通称、アイアンクローだ。

 

「いや~ん、先輩のエッチ。道端でいけないたたたたたたっ」

 

 掴む力を強くした後、一度頭から放して右手をわきわきさせる。

 

「で?」

 

「もうお嫁に行けないわ。先輩が貰ってくれる?」

 

 すると、まさかの言葉による反撃。キリエは正面に抱き付いてきて、上目づかいでそう言って来る。

 

「うぐっ」

 

 回避しようにも、キリエの言葉が予想外すぎて動けなかった。

 

「本当に、先輩ってばこの手の攻撃に弱いわね……対戦中にも使わせて貰うわ~」

 

 俺の精神に割と大きなダメージ残して、してやったりと、いつもの笑顔でキリエが離れる。

 

「それを人は卑怯だと呼ぶ」

 

 ただ、反論は行っておく。こんな事を試合のたびにやられたら、慣れるまで圧倒的敗北を味わってしまう。

 

 ある意味で俺の精神統一が出来てない結果に繋がるが……果たして、そういう次元の話なのだろうか。

 

 それに、俺が慣れるとも思わない。

 

「卑怯なのは変身中の攻撃だけよん。弱点を突くのは基本でしょ?」

 

 さすがキリエ。人の心を把握するのが上手いだけあって責めるのが上手いが、俺も伊達にキリエと一緒に過ごしているわけじゃない。反撃の手は残っている。

 

「なら仕方がない……大人気ないが、今日の事をみんなに話そうか」

 

「うっ」

 

 今度は、キリエが声を上げる番だった。

 

「先輩も十分卑怯だわ……」

 

「ははは、あの環境で逞しく成長したからな。男一人の心細さを舐めるなよ」

 

 正確には違うが、博士は研究室に籠っている事が多いので、基本的に一人と言っても過言ではない。

 

 知っているか? テレビのリモコンを握っても、何故かチャンネルを操作できないんだぞ。

 

 知っているか? 頼まれたらノーと言えないんだぞ。

 

 昔の俺に会う機会があったら、山ほど言いたい名言があるな。 

 

「……先輩、本気だった?」

 

 話の流れを、キリエは急に折ってくる。

 

「本気も何も、心細いのは──」

 

「真紅先輩」 

 

 キリエは俺の正面に回って、目を合わせて来た。どうやらキリエの方が、本気らしい。先ほどと同じ、瞳の輝きだ。

 

 せっかく話の流れを元に戻そうとしたのに、これじゃ意味ないな。

 

「ああ、情けない事に本気だったよ。あの時とは違って、怒りで我を忘れてはいなかったが……ギリギリだ。キリエに傷の一つでもあったら、もう少しあの男は……」

 

 自分でその状況を想像してしまい、首を振った。

 

 終わった事を口から出してまで言う必要はない。

 

「ごめんなさい。今回もまた、先輩の迷惑になっちゃたわ」

 

 俺に向かって、キリエは頭を下げてくる。

 

「今回は相手が悪かった。前のは俺が悪かった。だから、キリエは気にするな。両方とも、もう過去の話だ」

 

「けど──んむっ」

 

 返事は予想できたので、左ポケットに突っ込んであった飴玉を、素早く袋から取り出してキリエの口に放り込んだ。

 

「ピンクだから、それは確かなのはちゃんに貰った奴だ。あ、完全に溶けてるな……このチョコ」

 

 何を貰ったか確認してなかったせいで、銀紙に包まれたチョコの存在を知らなかった。

 

 捨てるのは悪いし、帰ったら冷やして頂こう。

 

「……先輩が気にしてないから、私が気にするのよん?」

 

「キリエが気にしてるから、俺が気にしないんだ」

 

「意味が分からないんですけど、のI・W・Dね」

 

「その無理やり略語にする心意義こそ、I・W・Dなのは俺の気のせいだろうか?」

 

 俺の言葉で、帰り道に沈黙がおちた。

 

 交差する視線。そして停止する俺たち。周りから見れば、ちょっとおかしな光景だろう。

 

 先に口を開いたのはキリエだった。

 

「く、癖なのよ。パパも、お姉ちゃんも使うし」

 

「い、いや、それは知っているし、別にそんな事を訊きたかった訳でもないんだが……」

 

 普段キリエが見せない照れ顔に、こっちの言葉が詰まる。

 

 大抵の事は平然な顔して言えたり、やってのけたりするのに……何故、こういう時に見せるんだ。天邪鬼とは言わないが、弱いポイントがずれているのはかなり困る。 

 

 自信満々に責めたのに、不意打ち気味に貰うカウンターが強烈だからだ。

 

 特に、キリエと姉貴は強い。ただ単純に歳が近いからかも知れないが、四人組とは威力が違う。

 

「ああ、もうっ!! 先輩といると調子崩れるわ。敬語も面倒だし」

 

「だからそのままでいいって何回も伝えただろ」

 

 そもそも、完璧に敬語になってないのには突っ込まなかった。

 

「負けた気がするのよね~」

 

「何にだ、何に」

 

「うーん」

 

 思った事を率直に伝えると、キリエは首を傾げながら唸り始める。

 

「自分に?」

 

 どうやら、正確な答えは出なかったらしい。疑問系なのが良い証拠だ。

 

「諦めて敬語をやめてみろ」 

 

「破壊力抜群よん?」

 

「……それが敬語じゃないんだけどな」

 

「はっ」

 

 そこから研究所に着いて別れるまで、キリエはずっと無言だった。

 

 二年経ってやっと気が付いたキリエに、俺も声が出なかったのは言うまでもない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、晩御飯の時間。20時まで自室で宿題等を行っていた。

 

「あれっ?」

 

 そして、姉貴に呼ばれて一緒にリビングに向かっても、テーブルにご飯は見当らない。滅多にないが、キングスから連絡があった時以外は、必ず定時に用意されているのだ。

 

「キングス……いや、三人はどうしました?」

 

 姉貴の疑問に合わせて、珍しく博士がいる中で、三人組がいない理由を博士に訊ねる。

 

「僕は知らないよ。ユーリ、連絡は?」

 

「まだですね。真紅さん、冷蔵庫の中にアクアパッツァが」

 

 ユーリの言葉を聞いて、冷蔵庫の戸を開けてみると、確かにアクアパッツァがあった。

 

 恐らくはこれが晩御飯なのだろうが、作った本人がいない為にどうすれば良いか分からない。ユーリと博士も同じ気持ちだから、とりあえず席について待っているのだろう。

 

「あらん? 三人は?」

 

 冷蔵庫の戸を閉めたと同じタイミングで、キリエがリビングにやってきた。

 

「連絡待ちだ。多分、ブレイブデュエルが白熱してるんじゃないか?」

 

 八神堂に向かう流れで別れてから三時間も経っているし、集中しているとはいえ、そろそろ気づく頃だろう。

 

 ただ、夏になって暗くなるのが遅くなったとしても、あんまり褒められたものじゃないし、帰ってきたら注意しないとな。

 

 もっとも、怒られる事は理解しているだろうから、うるさくは言わないつもりだ。

 

「それじゃ、三人が帰って来るまで待機かしら」

 

「そうなるな」

 

 椅子に座って俺は言葉を返した。

 

「ただ、かなりお腹ぺこぺこなのよね」

 

 隣にキリエが座り、お腹をさすりながらそう言う。

 

『そうだな / そうですね / お姉ちゃんもです / 僕もだよ』

 

 昼食を食べてから既に九時間。毎日ほぼ定時にご飯を食べている身としては、自然と腹が減ってしまう。みんな同じ気持ちなのは、当然の事だろうな。

 

 ただし、腹が減っているといくら言っても、商店街の主ことキングスとその従者たちが帰って来ない限り、正確な晩御飯ではない。 

 

「まあ、きっとそろそろ帰って来るよ」

 

「だといいけど」

 

 ……あれ、なんか既視感があるな。えーっと、こういう時って何を立てるんだっけ?

 

 それから、キングスたちが帰るまでの一時間。俺は、既視感の正体に気が付かなかった。

 



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episode6

 ブレイブデュエルの稼働から四日がたち、木曜日。学校が休みだったので部屋で本を読んでいると、朝を食べていなかったからか腹が鳴ったのでリビングに向かう。

 

「おはよう、ユーリ。どうかしたのか?」

 

 リビングに入ると、困った顔をしたユーリがいたので、挨拶のついでに訪ねてみた。

 

「おはようございます。キリエとアミタがこれを忘れたみたいで」

 

 ユーリが見せてきたのは、チェック柄の桃色と青色の風呂敷に包まれたお弁当。どうやら、二人とも忘れていったらしい。

 

 ロールアップにした黒のカーゴパンツのポケットから、スマホを取り出してメールや電話を確認するが連絡はない。まだ気づいていないのだろう。

 

「そうだな……」

 

 時刻は12時。ここからエルトリアまで三十分ぐらいで、授業時間を考えるとかなりいい時間だ。

 

 ……というか、もう昼食の時間だったのか。集中していて気が付かなかった。

 

「よし、俺が届けてくるよ」

 

 女子校に向かうのはちょっと気が引けるが、ユーリの為と思えば頑張れるな。

 

 研究所の手伝いなどまだまだ仕事があるだろうし、ユーリに行かせるなんて選択肢はない。それと、仕事を肩代わりしてまでユーリに行かせる意味もない。

 

 まあそもそも、二人が忘れなかったら良かっただけの話なんだが。

 

「大丈夫ですか?」

 

「当たり前だ。それに──」

 

 ポンポン──とユーリの頭を叩いたあと、しゃがんで目線を合わせる。

 

「こういう時は俺に頼ってくれ、って言っただろ?」

 

「……ふふっ、そうでしたね。それじゃ、改めてお願いします」

 

「了解だ、盟主様」

 

「そ、それで呼ばないでください~」

 

 今度はユーリの頭を撫でてから、俺は二つの弁当を持ってエルトリアに向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ちょっと早かったか」

 

 研究所を出て、エルトリアに到着したのは12時半。まだ授業中のようで、フェンスの向こうに生徒が一人も見えない。

 

 それに、こういう学校には大体いる入り口の看守さんもいないので、アポもなしに入るのは難しいだろう。

 

「あ、二人に連絡してないな」

 

 スマホを取り出して、二人にメールをしておく。これで授業が終われば迎えに来てもらえるはずだ。

 

「あら、どうかしましたか?」

 

「え? ああ、こんにちわ」

 

 メールを送信し終わった所で、フェンス越しに声を掛けられたので顔をあげると、とても綺麗な女性がいた。

 

 おそらく、ここの教員か学院長だろう。

 

「はい、こんにちわ。手荷物という事は、生徒の家族の方ですか?」

 

「そうなんですが、アポを取ってなかったのと、そうだと言っても信用して貰える証拠がないんで、二人……フローリアン姉妹が来るまで待っています」

 

「なるほど。でしたら私が許可しましょう」

 

「大丈夫なんですか?」

 

 許可を出せるのはやっぱり学院長だからか。ただ、それにしても生徒に連絡もなしに学内に男子がいたら困惑するよな。

 

 まあ、どこかの部屋で待つ事になるだろうが。

 

「人を見る目はあると自負しています。あなたの言動から、とても悪さをする様な人には見えませんしね」

 

「でも、男ですよ?」

 

「別に、男子禁制ってわけではありませんよ。それなら全員、寮住まいにさせるのが普通でしょう」

 

 ……そういえばそうか。勝手なイメージでそう思っていた。

 

「分かりました。素直に甘えさせてもらいます。どこかの部屋で待つ感じですか?」

 

「そうですね……昼食はお済みで?」

 

「まだですね」

 

 時間はあったし、どうせなら食べて来れば良かった。

 

「でしたら、我が学院自慢の学食はいかがですか?」

 

「……え?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 授業終了のチャイムが鳴り、キリエは椅子に座ったまま伸びをした。

 

「んん~」

 

 一時間に満たない時間とはいえ体がこっており、気持ち良さから自然と声が出てしまっている。

 

「キリエ、ご飯行こう」

 

 と、キリエの横に、クラスメイトで友人の桜月桃(さくらづき もも)が昼食の誘いをしに来た。

 

「今日は学食よね?」

 

「うん」

 

「りょうか……あらん?」

 

 桃の言葉を聞き、キリエは鞄から弁当を取り出そうとして首を傾げた。

 

「あ~、これは困ったわ」

 

 そして、口元を押さえるように左手を左頬に当てる。

 

「お弁当忘れちゃった感じ?」

 

「そうみたい……はぁ」

 

 キリエはため息をついて朝の流れを思い出し、やはり自分が取り忘れた事に気づく。

 

 今日はディアーチェが日直の為に早く家を出たので、いつもの手渡しじゃなくキッチンに置いてある弁当を持っていくはずだった。朝食の時にその説明を受けて、決して覚えていなかった訳ではないが、いつもの習慣からずれたせいでキリエは忘れてしまったのだ。

 

「とりあえず、お姉ちゃんたちが待っていると思うし向かわないとねん」

 

「だね」

 

 キリエは鞄から財布を取り出し、桃と一緒に学食に向かう。

 

「へえ~そうなんだ。見て見て」

 

「ん?」

 

 桃がキリエに見せてきたのはスマホの画面。エルトリア電子掲示板の一つの項目だった。

 

 これは、主に生徒たちの間で更新される情報交換の学院サイトで、学院生活をより楽しむための物だ。今回の用に、イベント的な事や小テストの範囲等、とにかく色々な情報が流れている。

 

「学食大混雑。謎のイケメン男子だって」

 

「それは困ったわ~。場所を変える事になるかしら」

 

「興味ないんだね」

 

「興味はないこともないけど……」

 

 キリエは手をひらひらと振って、言葉に出さずに意思を表す。

 

「ああ、なるほど。先輩がいるもんね」

 

 桃の言葉を受けて、その場でキリエは体を硬直させたが、それも一瞬。

 

「冗談を言うのはこの口かしら?」

 

 桃の両頬を伸び切るまで引っ張り、笑顔で威圧した。

 

「じょ、冗談です」

 

「それならよし」

 

 キリエは手をぱっと離して、止めていた足を動かす。

 

(な、なんでドキドキしてるのかしら) 

 

「ちょ、早いよ」

 

 いつもより早い胸の鼓動と同じく、キリエの歩く速度は普段よりも早くなっていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あの、なんで学食にいるんですか?」

 

「お名前は? 歳はいくつですか?」

 

「一緒に食べてもいいですか?」

 

 なんで、こうなった。俺は見世物じゃないんだがな。

 

 人のこういった行動は、お嬢様学校だろうと普通の学校だろうと同じなのか。

 

「あー、ちょっと待ってくれ」

 

 学院長に薦められ、流されるままに学食に案内された頃にチャイムが鳴り、用事があると学院長はどこかに消えた。

 

 どうする事もできなくなった俺は、二人からの連絡を待とうと学食の端席で待機していると、運が悪かったのか当然か生徒に見つかり、気がつけばこの状態。

 

 写真を取られたり、絶えず質問が飛んできたり……連絡を確認するどころか、身動きすら出来ない状態だ。

 

 ざっとみ、俺の周りにいる生徒数は百人くらい。もし、いきなり立ち上がったり動いたりすれば、ドミノ倒しの要領で怪我をする人が出るかもしれないので、うかつに動けない。

 

 しかし、なんでいなくなったんですか、学院長。

 

「まず、人を待っているんだ。名前は柊真紅、今年で17歳の高校二年。一緒に食べるのは出来そうにない」

 

 とりあえず、無視は人としてどうかと思うので、はっきりと聞こえた質問にだけ答える。

 

 この間にキリエか姉貴がメールに気づいてくれればいいんだが……そう上手くはいかないだろうか。

 

「誰を待ってるんですか?」

 

「あの、趣味は?」

 

「じゃあ、今度でもいいので──」

 

『皆さん、静粛に!!』

 

 まさに鶴の一声のよう。騒がしかった学食内が一瞬で静かになる。

 

 ただ、俺の聞き間違いじゃなければ、今のは姉貴の声だった……な、うん。

 

 椅子からゆっくりと立ち上がり、学食の入り口に見えたのは、ここに来た目的の一人、姉貴だった。

 

 その隣には黒髪でポニーテールの女性、舞子さんの姿も見えるので、二人で学食に来たところだろう。

 

「あれ? 真紅じゃないですか」

 

 近づいてやっと気づいたのか、姉貴が首をかしげてこちらを見た。

 

「これ」

 

 密集していた生徒たちが割れてくれたので、俺は姉貴に向かいながら、手提げ鞄から弁当を取り出す。

 

「ああっ、私のお弁当ですね!!」

 

「今度は忘れないようにしてくれよ」

 

 弁当を手渡して、そう伝える。

 

「ディアーチェが心して食すようにと言っていたので、本当に助かりました。先ほど、忘れた事実に固まって動けなかったぐらいですから」

 

 良く考えずとも、その様子が安易に想像できた。

 

「だろうな。今日はキリエと別行動か?」

 

「いえ、もうすぐ来ると思いますが……ええと、皆さんの疑問を解消するところからですかね」

 

 姉貴は入り口に振り向いたあと、周りを見渡してやっと周囲の状況に気がついたらしい。

 

「全てを話す必要はないと思うけど、ある程度はいるんじゃない? もちろん、みんなが私たちのプライベートな時間を蝕してまで質問するならだけど」

 

『うっ』

 

 なんて頼もしいんだ、舞子さん。伊達に学院で人気者らしい姉貴の横で友達やってないな。決して腹黒い人ではないし、優しい人だが、的確に痛いところを突いている。

 

「そうですね……では、真紅との関係性だけぱぱっと説明しましょうか。皆さん、それで納得していただけますか?」

 

『はい!!』

 

 ただ、ここの生徒が慎みをしっかりと持っているからこそ効くのだろう。

 

 うちのクラスメイトなんて、一度お祭り騒ぎになったら先生の注意ですら止まらないしな。

 

「えーとですね。真紅は……えと…………困りました、なんて説明しましょう」

 

「おい」

 

 弁当を持ったまま、腕を組んで悩む姉貴にすかさず突っ込んだ。

 

「よくよく考えてみれば、こんな機会で真紅を紹介することが初めてですし」

 

「それもそうだが、何かあるだろう」

 

 いや、姉貴に任せる所から間違いか。決して頭が悪いわけじゃないが、こういった場面はどうすれば良いかわからず、苦手だったはずだ。

 

「分かった、俺が説明するよ」

 

 姉貴の方に手を置いてから、俺は食堂にいる生徒たちが見える入り口に移動する。

 

「名前は柊真紅、高校二年。事情があって、姉貴……アミティエ・フローリアン。ひいてはフローリアン家と同じ屋根の下で生活させて貰っている。今日は姉貴とキリエが忘れた弁当を届けに来た」

 

「若い女性と一緒に住んで、間違いとか起こりませんか~?」

 

 大雑把に説明し終わると、背中に質問が投げかけられた。

 

 その声は聞き間違えようのない、俺がここに来た目的の、もう一人のフローリアン──

 

「間違いってなんだ、キリエ」

 

 キリエに、俺は振り向いて言葉を返す。

 

「それを乙女に言わせるんですか、先輩?」

 

 至って普通で、いつものキリエとの会話。

 

 だが、キリエの背後に怒気が見えるのは気のせいだろうか。

 

 満面の笑みから、とても怒っているとは思えない。ただ、この背筋を凍らされる威圧感は、間違いなくキリエから発されているだろう。

 

 それに加え、段々と強くなる威圧感に、食堂の雰囲気が凍っていく気がする。

 

「……何か、あったか?」

 

 質問に答えずに、ストレートに訊き返す。

 

「いえ、別にありませんよ」 

 

 どうやら、何かあったらしい。威圧感がさらに増した。

 

 俺はキリエの隣にいる桃に視線を向けてみるが、首を振られる。何も分からないようだ。

 

「それならいいが……弁当、いるよな」

 

 とりあえず、弁当を渡そうと試みる。 

 

「……はあ。頂くわよん」

 

 キリエがため息をついたと同時に、放たれていた威圧感がなくなった。

 

 突如としてなくなった意味は分からないが、キリエの中で何かが自己解決したのだろう。その意味や理由に対して、深く突っ込む必要はない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ちきちき、食後の質問タイム!!」

 

 五人で席について昼食を食べ終え、俺の奢りにて食後のデザートを用意した所で、桃が唐突に宣言した。

 

 ただ、その宣言に突っ込む者はなし。多分、三人とも意味が分からなかったのだろう。

 

 もちろん、俺も意味はわかってないのでスルーだ。

 

「ちょ、誰か気にしてよ」

 

「……そうは言うけど、誰に質問するのよん」

 

「当然、真紅先輩に」

 

 俺はすっと、桃の目の前に置いたチーズケーキを取り上げた。

 

「わわっ、取り下げませんけど返してください~」

 

「いや、取り下げてくれよ」

 

「そこを取り下げたら、意味ないんで」

 

 ……それもそうか。

 

 桃の心意義にいくらか納得できたので、目の前に返す。

 

「あれ、いいんですか?」

 

「曲げない信念に参ったからな。でも、なんでいまさら?」

 

 会ったのが少し久しぶりとはいえ、中学の頃にキリエを通じて知り合い、桃との付き合いは中々に長い。だから、今日になって質問したいほど気になる事が出てきたのかと、俺は疑問に思った。

 

「私自身、気がついてなかったのが不思議なんですけど……真紅先輩ってアーちゃん先輩の事を、姉貴って読んでますよね?」

 

「あ、本当ね」

 

 どうやら、舞子さんも気がついてなかったらしい。

 

「なるほど」

 

 俺は疑問の理由に合点がいったので頷いた。

 

 そして、二人に説明する前に、ひとまず視線を姉貴に向けてみる。

 

 ばっちりと目が合い、姉貴は首を振り始めた。どうやら、話して欲しくない様子だ。

 

「それじゃ、簡単にだけ説明しようか」 

 

「えぇっ!? 私の意思は無視ですかっ」

 

 残念ながら、姉貴がどう言おうと説明する気しか無かった。

 

 それに、俺にとって二人に隠すほどのことではない。

 

「ならせめて、声で対抗してくれ」

 

「そうは言いますけど……いえ、分かりました。私も腹を括りましょう」

 

「そこまで覚悟がいるなら、話そうとは思わないが?」 

 

「いいえ、一思いにやって下さい」

 

 さすがに──「何を?」とは突っ込まなかった。これ以上に、話を長くするのは不要だろう。

 

「分かったよ。あれは、俺が…………」

 

「ん?」

 

 そこまで口に出して、気がついた。

 

 これは、意外と話が長くなりそうだ。

 

 出会った当初の話になるから色々と説明が入るし、最悪は残りの昼食時間を使っても足りない可能性がある。

 

 そうなると微妙な所で話を切る事になり、二人にも悪いだろう。

 

 なら、きわめて簡潔に説明するしかないな。

 

「長くなるから端折るが……姉貴は、勘違いから俺が年下で学年が下だと思っていたから、姉と呼びなさいと言い、俺はそれに従った。てっきり俺は、姉貴が俺の誕生日を知った上での願望だと思っていたんだが、結果は違った」

 

「……つまり?」

 

 桃の言葉を聞いて、俺は姉貴にアイコンタクトをする。

 

「……真紅って、同じ学年だったのですか?」

 

「ああ。むしろ、知らなかったのか? 俺の誕生日は3月31日。ギリギリ、姉貴と同じ学年だ」

 

「と、こういう事がありまして、気づくのに二ヶ月ほどかかったので、そのまま継続しているんです」

 

 静寂を挟んでから、姉貴がそう説明を加えた。

 

『なるほど』

 

 二人には納得してもらえたようだ。

 

「追記すると、姉貴の誕生日が4月1日だからってのもあるな」

 

「あー、そっか。アミタとほぼ一年……むしろ、キリエや桃の方が年齢的には近いんだね」

 

「そうなるな」

 

 一日遅くて、キリエや桃と同学年というのも面白そうだ……なんて考えた事あったな。

 

 ちらっと食堂にある時計を確認して、残っていたチョコレートケーキをフォークで口に運び、全員分の皿を集める。

 

「それじゃ、かなり良い時間だし、そろそろ俺は帰るとするかな。皿は片付けておくよ」

 

 前回のチャイムからもう少しで一時間。俺は立ち上がり、指で時計を示す。

 

『あ』

 

 会話に集中していたからか、四人とも時計を気にしていなかったらしい。どうやら、授業開始までもうちょっとの様子だ。

 

「五時間目は体育でした!! 急ぎますよ、舞子。真紅、ご馳走様です」

 

「ちょ、早いよアミタ!? ありがとう、真紅くん」

 

 台風……いや、ハリケーンだろうか。物凄い速度で二人がいなくなった。 

 

「私たちはまだ余裕あるけど、どうする?」

 

「そうね~、戻ろうかしら。ちょっと予習もしたいし」

 

 どうやら、二人ともここで別れる事になりそうだ。

 

「相変わらず真面目だね、キリエは……というわけで、私たちも撤退しますね。ご馳走様でした」

 

「ん、同じくありがとう先輩。また今度、何かでお礼するわ」

 

 気にするな。と、反射的に出しそうになったが、止める事に成功した。

 

「ああ、少しだけ期待しておく」

 

 キリエに対しては遠慮が要らない……というより、気にしなくても用意してくるだろうし、ここは素直に受け止める。

 

「ふ~ん……それじゃあ、とびっきりのとっておきで返すから、覚悟しておきなさいよん」

 

 なんだか、キリエの態度が柔らかくなった気がするな。

 

「……了解だ」

 

「にやけ顔……別にエッチな事はしないわよ?」

 

 俺の勘違いではないらしいが、この責め方を常時してくるのは少し面倒だ。

 

「そういう想像して笑ってたんじゃないからな……」 

 

 呆れた様子を隠さずに返す。

 

「うん、知ってる」

 

「っ!?」

 

 ……敬語をやめれば、破壊力抜群か。全く、その通りだな。

 

 キリエから返ってきたのは、とびきりの笑顔だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 キリエの笑顔に面食らってから別れて、俺はT&Hに向かっていた。

 

「ふむ……」

 

 ただ、歩いて数十分は経過しているのに、俺の動悸は治まりそうにない。

 

 いやむしろ、時間が経過すればするほど早くなっている気もする。

 

「参ったな……」

 

 原因不明の動悸。一体、俺の身体に何があったのだろう。

 

 感覚としては、ブレイブデュエルでいい勝負をしている時に近いが、キリエの笑顔一つでこうなるものか?

 

 デュエルは楽しいで、笑顔は……嬉しい、か。うん、違う要素だ。

 

 それなのに同じ胸の高鳴りというなら、これとあれは何か別の性質なのだろうか。

 

「まあ、そのうち勝手に治まるだろう」

 

 どれだけ考えても答えは出そうにない。恐らく、結論付けるまでの思考力やボキャブラリー、知識が足りていないのだろう。

 

 スマホで調べようにも、この動悸を説明しきれない時点で、検索もできそうにない。

 

 つまり、現状は手詰まり。諦めて、治まるのを待った方が賢明だ。

 

 ……最終、キリエの笑顔を見て同じ事態になった時に、キリエに訊いてみるか。

 

「よし、そうしよう」

 

 適当に結論付けると、不思議と鼓動が治まっていくのを感じた。

 

 やっぱり、一時的なものだったらしい。

 

「さて、心がスッキリしたことだし、ブレイブデュエルについて考えるか」 

 

 ……現実逃避? 知らない言葉だな。

 

 俺は昨日、射撃魔法のスキルカードを手に入れた。

 

 ローダーは、一日一回無料で引けるのと、デュエルポイントで五回まで引くことが出来る。ポイントは大体、ワンプレイで一回分溜まるので百円で一枚分だ。

 

 それと、ローダーに制限がある理由は簡単で、年齢層による現金の使用可能金額を平等に近づけるために備わっている。

 

 ブレイブデュエルは幅広い年齢層に楽しんで貰えるように、様々なサービスが存在していて、その中の一つが年齢ボーナス。これは、戦闘時の能力強化ではなく、プレイする時の現金支援サービスだ。

 

 例えば、小学生の場合。お小遣い最低平均が月に二万円ほど。これをブレイブデュエルに毎日、ローダーを引ける限度まで使うと、月に一万五千円になる。

 

 ただ、これが中学生の場合。最低平均が三万円ほど。同じ条件で残る金額は一万円になり、追加でその分のプレイができることになってしまう。

 

 スキルカードとパーソナルカードは、プレイするかカード同士を混ぜるトレーニング、デュエルポイントによる強化により強くなるので、必然とプレイすればするだけ強くなるわけだ。カードはレア度によりレベル限度が存在し、成長に限界はあるが、それでも弱いより強い事に越したことはないだろう。

 

 これを踏まえて、小学生は一日三回まで無料なのと、三回プレイで一回無料。中学生は五回で一回無料。高校生は十回で一回無料になる。

 

 ただ、このサービスを用いても現金の平等化は難しい。しかしそれでも、他のゲームよりサービスが充実していると評価を受けているので、あって良かったと思う。ちなみに、店側が用意するイベントデュエルに参加するのは無料としている他、店舗によってサービが異なるので、その辺りがある程度スタイル影響しているらしい。

 

 なお、カードの交換やプレゼントには事前申請が必要で、現金でのトレードを禁止している。なので、カードショップの様に販売するともれなくアウトになるんだが……友達の間での現金交換はギリギリオッケーな範囲になってしまう。

 

 またそれを利用して、店は構えないが店の形式を取る人間が現れる対処として、カードには交換とプレゼントのどちらか一回しか出来ない制限。プレイヤーには一週間で一回しか、交換かプレゼントできないようになっている。

 

 これも完全になくす事は難しいが、カードの使用適正やプレイヤーデータは一人に一つなので、抑止力にはなっているはずだ。

 

 前置きが長くなったが、俺が手に入れたのは射撃魔法砲撃系アクティブ型のカード。このタイプを初めて手に入れた俺としては、戦闘にどう活かすか悩みの種になっている。

 

 まあぶっちゃけ、使ってみない事にはわからないので、T&Hに向かっている。スタイルホームでやらない理由は家族(みんな)を驚かせるためだ。

 

「到着っと……フェイトたちはまだいないか」

 

 T&Hに入り、階段を登りながら時間を確認すると十四時過ぎだった。

 

「ノーマルバスターから、俺独自のバスターになるまで改良する時間はありそうか」

 

 スキル思考なら、エンタークンでもできるしな。

 

 ……よし、T&Hのみんなも驚かしてやろう。

 

 五階についた俺は、早速エンタークンを使ってスキル思考を始めた。




やっと更新です。

お願い一。実は4話まで修正が終わっていて、ちょっとだけ変わっています。また読んでみてください。

その二。独自解釈をかなり含んでいますので、ここ変じゃね? と思った方はどしどし感想やメッセください。

その三。純粋に感想や評価、メッセなど気軽にどうぞ。批評も待ってます。


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episode7

「よし、形だけは完成したな。実戦にはまだまだ威力が足りなくて使えないが、驚かすには十分か」

 

 スキルが全体像の半分ぐらい完成したので、休憩の為にコンソールから手を外して、集中していた意識を切り替える。

 

「ふぅ……」

 

 目を一度閉じて、ゆっくりと、大きく呼吸をしてから開けた。

 

 エンタークンを使えばシミュレーターでなくてもブレイブデュエルができるが、身体を動かさないので、普通のテレビゲームとほとんど変わらない物になってしまう。

 

 例えシミュレーターでやっても、ゲーム中の動きを完全にトレースするわけではないので、運動量で言うならジョギング程度なるが……それでもいいので、俺は少しでも身体を動かしてやりたい。

 

 元々ゲームには慣れていない事もあり、どうもエンタークンだと疲れてしまうからだ。

 

「十六時か。かなり集中していたな」

 

 平日かつ学校帰りの生徒が来ない時間にやっていたので、順番交代がなかった。

 

 お陰で改良が進んだが、この疲れを考えると、途中で息抜きをした方が良かった気がするな。

 

「そろそろ五人も帰って来るだろうし……その前に軽く腹ごしらえだな」

 

 俺はフードカウンターに向かって、料理を頼む事にした。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 俺の順番が来たので、事前にメニューを見て決めていた料理を注文する。

 

「スペシャルハンバーグセットを二つ、ご飯は大盛り。トッピングは全種類でお願いします。ドリンクは全て緑茶で、付け合せのポテトは必要ありません」

 

 とはいえ、見ていたのはドリンクのメニューだけだ。

 

「か、かしこまりました。お値段は三千円になります」

 

 会計に移ったので、財布を取り出してお金を支払った。

 

 しばらくして料理が出てきて、俺は両手にトレーを持って近くの席に移動。早速食べ始める。

 

「やはり、美味しいな」

 

 スペシャルハンバーグセット。丸皿に乗った直径30cmのハンバーグに、白い米というシンプルなセットだ。

 

 トッピングはデミグラスソースやケチャップ、マヨネーズ、チーズ、ハバネロといった、全十種の中から選択できる。

 

 本来、その付け合せにはポテトがつくが、俺の目当てはハンバーグだけなのでいつも断っていて、アルバイト時代の時から食べているメニューだ。

 

 このフードコートにも研修がもちろんあり、開店の一ヶ月前からアルバイトスタッフに向けての販売が行われていた。

 

 今の受付の女性は見た事がなかったので、恐らく新人さんだろう。 

 

「あれっ、お兄さん?」

 

 一つ目を食べ終わり、いざ二つ目を食べようとした所で、アリシアが目の前に座った。

 

「ああ、おかえり」

 

 フェイトやなのはの姿が見えないので、前のように早く帰って来たのだろうか。

 

「ただいま。一人でウチに?」

 

「ちょっと色々あってな。アリシアは?」

 

「六限に体育があって、ちょっと腹の虫さんが鳴ったから、四人を置いてお先に栄養補給だよ」

 

 なるほど、四人がいる時に一人だけ食べるのが嫌だったのか。

 

「腹が減っては戦ができぬ、だな」

 

「みんなのおねーちゃんとしては、いつでもしっかりいないとね」

 

 そう言って、人一倍しっかり者のアリシアはえへへと笑う。

 

 誰かに指摘されたわけでもないはずだ。ただ、それでも心掛けているのは、純粋にアリシアの性格からだな。

 

 正直、母親のプレシアさんよりしっかりしている気がする。

 

「あ、良かったら食べるか? 今から注文するのも面倒だろう。お金も使う事になるし」

 

「お兄さんが足りてるなら貰うけど、大丈夫?」

 

「一セット食べたし、俺の腹の虫さんは治まっているよ。それに、二セット食べれるから頼んだだけで、一セットでもどうにかなる」

 

 それでもお腹が空いたら、晩飯をその分食べるだけだ。

 

「でも、一皿は食べれないから、残ったらお願いっ」

 

「了解した」

 

 それもそうかと、快く了承する。

 

「それじゃ、あーん」

 

 そして、アリシアがこちらに向いて口を開けた。

 

 言葉から察するに、食べさせろという事だろうか。

 

「ハリーハリー」

 

 俺の見間違いじゃなければ、物凄く瞳が輝いているんだが……こいつ、楽しんでるな。

 

 もっとも、これで何度目か忘れたぐらいに慣れているから問題はない。

 

 始めこそ戸惑ったものの、俺と仲良くなる為の行動だったと後日に聞かされて、アリシアは良い子なんだと関心したぐらいだ。

 

「分かったよ。どっちから?」

 

「ハンバーグで」

 

 アリシアの指示通り、ハンバーグを食べやすいサイズに割ってから、口に運ぶ。

 

「もぐもぐもぐもぐ……うん、美味しい」

 

「咀嚼音は口に出さなくてよろしい」

 

「はーい。でも、お兄さんにこうして貰うの、少し久しぶりだね」

 

 アリシアの言葉を聞き、俺は前がいつだったか思い返してみる。

  

 ……確かに、少し久しぶりだった。

 

「開店準備の追い込み期間は忙しかったしな。多分、一ヶ月は丸々開いているはずだ」

 

「そうだよね~。次、お米」

 

 今度は、白い米を適度な量だけ挟んでアリシアの口に入れる。

 

 次は間違いなくハンバーグなので、アリシアがお米を食べている内に切り分けておく。

 

「あ、ハバネロは無理だったよな?」

 

 切り分けている途中で左端のハバネロソース部分に気がつき、アリシアが辛すぎる物が駄目だった事に思い至った。

 

「うん。この前も挑戦してみたんだけど、やっぱり駄目だったよ。フェイトは大丈夫なんだけどね~。お姉ちゃんとして、ちょっぴり情けないやら悔しいやら……」

 

「そうか」

 

「ん」

 

 本気で気にしている訳ではなさそうだったが、アリシアの頭を撫でて慰める。

 

「それじゃ、この部分は俺が食べるよ」

 

 左端と言っても、十種類もソースがあれば量はそこまでじゃないので、俺はまとめて口に突っ込んだ。

 

 そして、何故か目をぱちくりさせているアリシアの視線を受けながら、米を口に入れて味のバランスを調整した。

 

「やっぱり美味しいな」

 

 ハンバーグは分類的には洋食だが、基本的なレシピは日本独自の物なので、ご飯と緑茶に合わない訳がない。

 

 俺は、これが至高の組み合わせだと思っているし、本当は毎日でも食べたいが……週一は確実に晩飯で出るから、家の料理長に無理は言えないんだよな。

 

「ねえねえ。お兄さんって」

 

「ん?」

 

 緑茶を飲んで後味をスッキリさせた所でアリシアに呼ばれ、俺は言葉短く返す。

 

「好きな人か、彼女いたっけ?」

 

 ……好きな人? 彼女?

 

「ごほっ──」

 

 アリシアの唐突な質問に思わず咽る。 

 

「あぁ、ごめんねっ」

 

 何とか口を押さえる事に成功してよかったが、危うく食べた物が戻ってくるところだった。

 

「い、いきなりなんだ」

 

 少しして落ち着き、答える前に俺は質問で返す。

 

 本当に、いきなりどうしたのだろう。

 

「えー、っと……お兄さんに食べさせて貰うのはあったけど、間接キスは無かったなぁって」

 

 そういえば……そうなるのか。いや、待て。落ち着いて判断している場合じゃない。

 

「す、すまない!!」

 

 俺は頭を下げて、言葉を続ける。

 

「責任とかとった方が良いだろうか? それとも詫びか? いや、とりあえずプレシアさんに謝りに──」

 

「いやいやいや、そこまで気にしてないよっ!?」

 

「そこまで、なら少しは気にしているんだろう? ここは男として責任を──」

 

「だから、大丈夫だって!!」

 

 バンッ──と、アリシアが机を強く叩いた。

 

 そのお陰で思考が中断され、徐々に落ち着きを取り戻す事に成功する。

 

「そりゃあ、家族以外で間接キスとか初めてだし……ちょー、っとは気になるよ。けど、相手がお兄さんだし、好きな人とか彼女さんがいないなら、私は気にしない。いたら悪いなって思うけどね」

 

 アリシアは、いつもと変わらない笑顔でそう話す。

 

 家にいるみたいに油断して、アリシアに迷惑を掛けたのは俺だ。それなのに、まずは俺を気遣って笑顔でいてくれるなんてな……全く、何をしているんだ、俺は。

 

 これだけしっかり者で、アリシアはまだ小学六年生。俺は全然成長していないな。

 

 俺は、そんなアリシアの為に、何一つ隠さずに答えると決めた。

 

「残念ながら、人生でまだ誰もいないな」

 

「あれれっ? 意外だね」

 

 これで、何度目の言葉だろうか。

 

「良く言われるが……そんなに意外か?」

 

 別に、どこからどうみても普通の人間だろう。俺より優れている人は沢山いるし、そういう人に彼女がいるので、俺にいなくても不思議に思ったことはないしな。

 

「あー、なるほど」

 

 俺の答えに納得できたのか、アリシアはうんうんと頷いている。

 

 ただ、何に納得したのだろうか。

 

「お兄さん、告白された事あるよね?」

 

「多分、ない」

 

 本当にないか確かめる為に、思い出せる限り腕を組んで考えてみる。

 

「買い物に付き合ってと頼まれたりはあるが…………告白は、ない」

 

 学校生活を振り返ってみたが、やはり無かった。

 

「なるほどぉ。それって……今度、一緒に商店街を歩きませんか? とか言われて?」

 

「良く分かったな。その通りだ」

 

 アリシアは、エスパーかなんかだろうか。この手の話は誰にもしていないし、情報が回っているとも思えない。

 

「う~ん……好きです!! 付き合って下さい!! って、言われた事もあるよね?」  

 

「あるな」

 

 やっぱり、アリシアはエスパーだったのか。

 

「で、お兄さんは……ああ、ありがとう。女性と友達になれて嬉しいが、買い物に付き合うのは俺でいいのか? って、返したでしょ」

 

「凄いな。どうやってその超能力を手に入れたんだ?」

 

 一語一句、アリシアの言葉が間違ってないので、素直に凄いと思い習得方法を尋ねる。

 

「……あー」

 

「ん?」

 

 心なしか、アリシアの視線が痛い。それに、今日の昼時のキリエと同じ怒気が見える気がした。

 

「お兄さんに今度……ううん、今日。今日、私の持ってる少女漫画貸すから、全部読んできて。これ、宿題ね。女心の勉強だから」

 

「んん? 分かった」

 

 正確には良く分かっていないし、アリシアのエスパー行為や、今までの質問と繋がっていないのは気になるが……何か意味があるのだろう。宿題、女心の勉強、という位だしな。

 

「それじゃ、とりえあず……ご飯の続き~」

 

「了解。ハンバーグだな」

 

 アリシアの怒気らしき物が霧散したし、今は深く気にしないでおこう。

 

 俺は、アリシアの口にハンバーグと米を運び続けた。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

 それから、今日はT&Hのメンバーが忙しいとの事だったので、アリシアから漫画を受け取り帰宅を決めた。

 

 片手に二つずつの合計四つで、いっぱいに漫画が入っている紙袋を持ち、家まで帰って来たのは中々良い筋トレだったと思う。

 

「ただいま」

 

 そして、居住フロア玄関から入って一度リビングに寄ると、ユーリとキングスがいたので声を掛ける。

 

『おかえりなさい / 帰ったか』

 

 どうやら、晩飯の下準備らしい。

 

「む。その紙袋はどうしたのだ?」

 

「アリシアからの借り物。中身は全部少女漫画だ」

 

「「え?」」

 

 二人の顔が、なんとも表現しにくい顔になった。

 

 確かに、普段漫画を読まない俺が、いきなり少女漫画を読むのはおかしいだろう。

 

「言いたいことはわかるが、どうにも宿題らしい。女心を勉強するのに必要だと言っていた」

 

「「あー、なるほど」」

 

 理由を伝えると、どうしてか納得されてしまった。

 

「納得できるのか?」

 

『はい / うむ』

 

 物凄く息が合っている所を考えると、恐らく俺が変なんだな。

 

 なら、俺ができる事はただ一つ。

 

「そうか……とりあえず、晩飯になったら呼んでくれ。俺は早速、読み始めるよ」

 

 自覚していない、どこかおかしい部分を治そう。

 

 アリシア、ユーリ、キングスの意見が一致しているなら、間違いなくおかしい部分があるはずだ。 

 

「それは構わぬが……くれぐれも、自分を責めるでないぞ。責める暇があるなら、前に進むと良い」

 

 優しいキングスのトーンじゃない。これは、本気のトーンだ。

 

「分かった。これで俺が変われるなら、その言葉を信じる」

 

「うむ」

 

「が、頑張ってください」

 

 前に進め……か。

 

 キングスの言葉を重く受け止め、自室に到着した俺は、アリシアのメモ通りに本を並べて始めの一冊を読み始めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「朝……か」

 

 アリシアから借りた漫画を全て読み終わり、部屋には光が指している。時計には7時と表示され、そろそろ学校に向かう準備をしなくてはいけない。

 

 だけど、俺は動けなかった。身体が重いんだ。

 

 飲み食いもせずに、その世界に入り込んだ。移り変わる景色、情景、心情に惹かれた。時間にして、約12時間。その集中力は、尋常じゃなかったと思う。

 

 ただ、この身体の重みは、疲労感では無い。

 

 ……心だ。

 

 キングスは、責めるより前に進めと言った。

 

 その結果は、残念ながらこのザマだ。

 

 ベッドから動けず、カーテンの隙間から差し込む光を顔に受けてなお、目を閉じる事も叶わない。

 

 最後に読み終えた本は、右手の中にある。ぼんやりと、されどしっかりと。意識はここにある。

 

 だが、俺の心は、どこにある?

 

 身体が動かないほど重くのしかかっている物は、間違いなく心だ。この重さを認識して、動けない事を認識している物は、間違いなく意識だ。

 

 全てを理解してなお、問う。

 

 俺の心は、どこにある?

 

「……なんて、馬鹿な事を考えていても一緒か」

 

 時間は、どうしても進む。全世界の時計を一斉に止めたとしても、人が生きている時は止まらない。

 

 俺の意識も、心も同じ。ここにあって、進んでいる。俺の止まった現実を持ってしても、それらは理解できる。

 

 つまり、無駄だ。全ては、無駄だ。

 

 どれだけ現実から逃げ出そうと、逃げ出している現実がある限り、その行為は無駄でしかない。

 

 奇跡や魔法で時間を止めようと、止めている本人の時間は決して止まらず、これもまた無駄でしかない。

 

 前に進め……か。

 

 その通りだ。進むしかないなら、進めばいい。

 

 結果は過去。過程も過去。時がある限り、全ては今か過去でしかないんだ。

 

「ありがとう、キングス。お陰で、前に進めるよ」

 

 届かない相手に向けて言葉を放ち、俺は立ち上がった。

 

 そして、てきぱきと色々な準備を終わらせ、リビングに足を運ぶ。

 

「おはよう。キングス、ユーリ」

 

 リビングに入り、いつものようにキッチンいた二人に挨拶をする。

 

「おはようございます」

 

「ふむ……我の言葉は役に立ったか」

 

 キングスは、色々と鋭くて困る。同時に、助かる事の方が多いんだがな。流石は王様だ。

 

「ああ。改めてありがとう、キングス」

 

 俺は、笑顔と共にそう伝える。

 

「気にするでない。我は王として当然の事を──」

 

「ははっ」

 

 キングスの優しい言葉に、思わず声が出た。

 

 こんな王様がいれば、その国は幸せだろうな。

 

「……何を笑っておる、真紅」

 

「え? ああ、ちょっとな。ユーリもだよな?」

 

 間違いなく同じ理由で笑っていたユーリに話を振る。

 

「ふふっ、はい」

 

「二人して妙な笑い方をしおって……全く、我は朝食作りに戻るからな!!」

 

 ぷいっ、とキングスは背中を向けたが、僅かに見えた顔の赤みは見間違いじゃないだろう。

 

『ははっ / ふふっ』

 

 俺とユーリは顔を見合わせて、そのキングスの様子に笑い合った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「放課後、時間あるだろうか?」

 

 学校での昼休み、俺は特定の女子生徒に声を掛けて回っていた。

 

「う、うん。大丈夫だけど、どうしたの?」

 

「ちょっと話したいことがあってな。それじゃ、放課後になったら俺のクラスに頼む」

 

「え、あの、ちょっと!?」

 

 俺は一方的に要件を伝えて、足早に次のクラスに向かう。

 

 上級生の階に上がるだけで独特な緊張感があるが、時間が惜しいのでそんな緊張感は無視だ。

 

「あ、先輩」

 

 目的の先輩を廊下で発見し、そのまま声を掛ける。

 

「あれ? 柊君じゃない。どうしたの?」

 

「放課後、時間ありますか?」

 

「ええっ!? 柊君からお誘い!?」

 

 ああ、やっぱりそう思うよな。そう思われていたんだな。

 

 でも、今は気にせず話を進めよう。

 

「はい。時間があれば、放課後に俺のクラスに来てください」

 

「わ、わかった。もちろん行く」

 

 先輩の嬉しそうな顔を見て心が痛むが、ここはぐっと我慢だ。これは今までの俺の罪なのだから。

 

 その尻拭をするのは俺だし、結論は自分勝手で許しがたい。だが、気づいて無視をするほど、俺は最低な人間になりたくない。

 

 もっとも、この時点で最低な人間だが……本当に、しょうがないな。

 

「それじゃ、お願いしますね」

 

「え、もう行くの?」

 

「はい。では」

 

 ぽかんとした先輩を置いて、今度は別の先輩を探す。残るはあと三人なので、何とか間に合いそうだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 放課後、集まって貰った女子生徒に事情を説明し、俺は身勝手に謝罪した。

 

 ただ、俺の予想とは裏腹に、俺は無傷だ。

 

 みんな良い人で、こんな俺を少なからず想っていてくれた事が、嬉しくも申し訳なかった。なので、気が済むまで自由にしてくれて構わないと思った。

 

 これを伝えると、満場一致で──「気にしないで」の返事。本当に良い人たちだと思う。というか、間違いなく良い人たちだ。

 

 まあ、結果……俺だけが相変わらずの最低人間だったらしく、人としての成長は難しいなと思い知った。

 

 それから俺は、漫画をアリシアに返す為にT&Hにやって来た訳だが……。

 

「忙しそうだな」

 

 お客さんが途絶える事なく入れ替わり、アリシアに声が掛かっている。表情に疲れは一切見せていない様子だが、そこそこ疲れているに違いない。

 

「しょうがない。プレシアさんに渡しておこう」

 

 一人呟き、俺はスタッフルームに向かう。アリシアへの労いの言葉は、落ち着いてからで問題ないはずだ。

 

 もっとも、今の状況に声を掛けるのは、アリシアとお客さんに悪いしな。

 

 俺はスタッフルーム前に到着し、その扉を二回ノックした。

 

「はーい」

 

「どうも」

 

 この前と同じく、リンディさんが俺を出迎えてくれる。

 

「今日はどうしたの?」

 

「アリシアに用事があったんですけど、タイミングが……ちょっと」

 

 俺はリンディさんの背後、ちょっと奥にあるカメラモニターに視線を向けた。

 

「ああ、なるほど」

 

 そこに写っているのは、玩具コーナーにいるアリシア。その状況に、リンディさんは察してくれた様だ。

 

「なので、落ち着くまで時間を潰すのはもちろんですが、どうせなら何か手伝おうかなと──っ!?」 

 

「グッドタイミングよ、真紅くん!!」

 

 どこからともなく胸元に突っ込んできた、しっかり者の母親を受け止める。

 

 今まで姿が見えないし、完全に油断していた。こっちこそ、グッドタイミングと言わせて欲しい。

 

「何度も言っていますが、やめて下さい。男として、プレシアさんみたいな綺麗な人を受け止めるのは嬉しいですし、役得だと思いますが……旦那さんとアリシア、フェイトに申し訳ないです。夫持ちの母親が、自分よりちょっと年上の男性に抱きついている姿を見て、素直に喜べないでしょう?」

 

 ただ、俺の意見を素直に、はっきりと伝えておく。

 

 今までは深く考えていなかったが、旦那さんからしてみれば良い光景じゃないだろう。そりゃ、恋愛としてじゃない事は明白で、気にしない方ではある思うけどな。

 

「あ、頭でも打ったの? 大丈夫?」

 

 プレシアさんに、上目遣いで心配されてしまった。

 

「大丈夫です」

 

 俺は、すっとプレシアさんの身体を離して、目を見て言い切る。

 

 これが、今まで俺が重ねてきたイメージなんだと理解すると、なんだか無性に落ち込んでしまうな。仕方がないと言えばそれまでだが、もう少しましな人間でいたかった。

 

「もしかして……鈍感のスキルを失ったの?」

 

「……言われると思いました」

 

 俺は思わず口元を手で覆う。

 

 学校の女子生徒たちにも言われたので、俺の鈍感さに気づいていた人からは言われるんだろうと思っていたが、プレシアさんに言われるのはかなり恥ずかしい。

 

「デ……デ……デ……」

 

「デデデ?」

 

 丸い王様がどうかしたのだろうか。

 

「デレ期が来たのね!!」

 

「いや、そう言う訳では」

 

 どこか興奮して見えるプレシアさんに、俺は冷静に突っ込む。

 

「いいえ、デレ期よ!!」

 

「まさかの断言!?」

 

 驚いた。しっかり否定したのに、俺自身の事を決めつけられるとは……さすがプレシアさんだ。

 

「はいはい。盛り上がってる所に悪いけど、真紅くんに頼みがあったんじゃないの?」

 

 リンディさんが二回手を叩いてから、プレシアさんに本題の催促をした。

 

「そ、そうだったわ。ブレイブデュエルのフロアにいるフェイトから、忙しいからヘルプ要請が来たのよ。だから、真紅くんに是非手伝って貰おうと思って」

 

「それなら早く向かった方がいいですね。分かりました、フェイトの救援に行ってきます」

 

 俺は荷物を一つにまとめさせて貰い、少し駆け足で階段を使って最上階に向かう。

 

 何かイベントでも行っているのだろう。そうでないと、仕事のできるフェイトが救援要請を出すとは思えない。

 

 そに加えて、俺に頼んだって事は、ブレイブデュエルに詳しくて戦える人を探していた可能性が高い。T&Hでこの役目を果たせるのは、恐らくアリシアだけか。

 

 人手不足ではないだろうが、フェイトやアリシア並になろうと思えば、かなりのやり込みが必要だしな。もう時期、なのはたちにも声が掛かるかも知れないな。

 

「なるほど、こっちも忙しそうだな」

 

 フロアに入ると、左側のシミュレーターにはフェイトの姿。右側には三人の少年の姿。お客さんがその戦いを見ており、その数は百人に満たない程度だが、これが順番待ちだと考えると中々に多い気がする。

 

 俺の考えが正しければ……ショップ店員とのデュエル演習って所か。エイミィさんがオペレーターになっているし、説明を加えながらの多対一だな。

 

 素早く状況を判断した俺はエイミィさんの元に向かい、その肩を軽く叩く。

 

「あ、真紅くん。話は聞いてるよ。とりあえず、フェイトちゃんの救援をお願い。ずっと休憩なしだから」

 

「了解しました」

 

 俺はフェイト側のシミュレーターに入って起動を待ち、身体が浮いた所で現れたウインドウに素早く条件を入力する。

 

「ブレイブデュエルスタンバイ!!」

 

 そして、ブレイブホルダーを胸の前に掲げて、ゲームを始める行程に身を任せた。




『主人公は、鈍感スキルを失った』

バッドステータスだったのか、グッドステータスかは本人次第。作者的にはなくなるほうが楽だ。


さてさて、話の流れのテンポが悪いのは次の話ぐらいまで。そろそろテンポアップしていこう。

感想や評価等、いっぱい待ってます。


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episode8

「それじゃ、今から俺が相手になるよ」

 

 フェイトから説明を受け、フェイトを休憩させる為に役を請け負った。

 

「「お願いします」」

 

 ショップが行っていたのは、"目指せ上位デュエリスト"という見出しで、中位デュエリストを対象としたイベントだ。

 

 対象者の目安は、あんまりランク付けするのは好きじゃないが、初めて一週間ぐらいのデュエリストを指す。

 

 同じ日数くらいの、なのはやアリサ、すずかの三人はもちろん例外で上位デュエリストだが、それでも上位の下。フェイトで上位の中なので、まだ人に指南は難しいのだろう。

 

 それができていれば、フェイトと一緒にイベントに協力できたはずだしな。

 

「それじゃ、まずは軽く一試合。反省会を行ったのち、二戦目に移る。順番待ちがあるから、全体の制限時間は三十分。短いけど、教えられる事は教えたいと思う。始める前に、質問はあるかな?」

 

 黒髪ロングの子と、赤髪セミロングの子にそれぞれ視線を向ける。

 

「あ、あの。クリムゾン・ザ・ベルウェザーさんですよね? なんて、お呼すれば?」

 

 緊張しているのか、赤髪の子が硬い動作で手を挙げた。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったね。俺はクリムゾン・ザ・ベルウェザー、普通に真紅でいいよ。所属はグランツ研究所だけど、今日は友だちの協力に来た。改めてよろしく」

 

 簡単に自己紹介を行い、軽く頭を下げる。

 

「あ、私は聖祥大学付属中学校の城島奏です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「奏と同じ学年、クラスの三倉涼子って言います。よろしくお願いします」

 

 ということは、二人は皆の先輩に当たるのか……フェイトには教わりにくそうだな。フェイトもフェイトで同じ気がするが。

 

 ただ、T&Hがホームなら、ほとんど聖祥学校のはずだ。フェイトが何組に教えたか分からないけど、性格的にちょっと負担があったかも知れないし、後でフォローしておこう。

 

「フィールドはこのまま上空。ライフが無くなったら終了の、通常デュエルを行う。俺を倒すつもりで、全力で来てくれ」

 

「「はい!!」」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 五分後、一切の油断なく二人を落とした俺は、動きについて教える為に赤髪の城島さんに向いた。

 

「まずは城島さんからだ」

 

「は、はい」

 

 まず、選択肢を与えてみて、城島さんの性格を少しでも理解してあげないとな。

 

「良い所と、悪い所。どっちからがいいかな?」

 

「悪い所からで」

 

 先に悪い所って事は、落ち込んでからの気持ちのアップを図っている……か。なら、悪い所は簡潔に済ませよう。

 

「あ、そうだ。これは二人共に言えるけど、まずは経験不足。自分のアバターと武器の利点を把握できていない。この点は、段々と理解できるようになると思うから、今は気にしないで良いけど、少しは意識してくれ」

 

 これを教えておくだけで、自身の攻撃範囲を把握して動けるようになるからな。レヴィに至っては勘で理解……といっていいか分からないが、説明はできずともしっかりと把握はしているのがなんとも恐ろしい。

 

「それじゃ、悪い所から……フェンサータイプの前衛として思い切りが悪いから、攻撃へのテンポがかなり遅れている。これだと、チャンスを活かし難いから、まずは思い切って切り込んでみよう。次に良い所……反応速度、しっかりと相手の動きを見れている、の二点かな。つまり、チャンスを伺いながら、その反応速度を持ってして対応ができる。思い切りの悪さを治せば、直ぐに強くなったと実感できると思うよ」

 

 さっきは、その悩んでいる一瞬の隙を突いて落したからなあ……城島さんも、それを理解しているはずだし、この言葉で大丈夫だろう。

 

「わ、分かりました。とりあえず突っ込んでみます」

 

「それでよし。次は三倉さん」

 

 城島さんがぐっと両手を握りしめたのを見て、黒髪の三倉さんに身体を向ける。

 

「良い方からお願いします」

 

「三倉さんはライトニングタイプだけど、速度に頼りっきりじゃなくて、しっかりと危機管理できている。先ほどいった攻撃範囲の把握はもちろん、スキルを強くしていけば、自然と強くなるよ。悪い所は、逆に速度を活かしきれていない。つまり、速度を重視して動いてないから、ライトニングタイプの利点を少し弱めてしまっている。三倉さんは少しだけリスクを取って、速度で攻めてみるといい動きができると思う」

 

「凄いですね……やっばり、ダークマテリアルズの真の司令塔は伊達じゃないって事ですか?」

 

「うんうん。指摘が的確で、素直に驚くよね」

 

「んー、どうだろう。元々武術をやっていて、そこのアドバンテージがある位だからな」

 

 研究、ロケテ時代を経験していて、人よりも経験値が圧倒的に高いってのもあるが……これは秘密の話だしな。

 

 ただし、訊かれたら答えるんだが。

 

「「なるほど」」

 

 この二人、仲がいいな。いずれ、ペア大会とか行われるようになった時、いいライバルになりそうだ。

 

「さて、雑談はこれぐらいにして……反省点を踏まえてもう一戦やろうか」

 

「「はい!!」」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、休憩から戻ったフェイトと交代したり、一緒に教えたりと色々している内に、閉店の音楽が流れ始めた。

 

「ああ、もうこんな時間か。今日はここまでだな」

 

 教える人がいなくなった為にフェイトと模擬戦をしていた腕を止めて、終了の意を伝える。

 

「う、うん。今日は……楽しかったけど、ちょっと疲れたかな」

 

 その言葉と共に、フェイトは大きく息を吐いている。長時間のブレイブデュエルは、フェイトと言え、流石に疲れたのだろう。

 

「お疲れ様。とりあえず、ブレイブデュエルを終了しよう」

 

「了解」

 

 モニターを操作し、手早くゲームを終了した俺は、まず自動販売機に走る。

 

 そして、スポーツドリンクペットを二本購入してから、フェイトと合流した。 

 

「はい」

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

 疲れた後は、やっぱりスボーツドリンクに限る……訳でもないが、何となく身体に効いている気がする。

 

「おーい」

 

 一本を飲み干した所で、手を振りながら近づいてくるアリシアを発見した。

 

「お疲れ様っ、二人とも」

 

「ああ、アリシアもな」

 

「ありがとう、アリシア」

 

 そういえば、今日本来の目的はアリシアだったんだが……一度も姿が見えなかったのは、プレシアさんの陰謀だろうか。

 

「今日はずっとお客さんの相手をしてたから、ちょっと疲れたよ~。お兄さん、癒して」

 

 プレシアさんの陰謀ではなかったらしい。だた、普通に忙しかった様だ。

 

「癒やすってなんだよ……」

 

 アリシアの無茶ぶりに、ため息が出た。 

 

「ほら、こう。お兄さんのミラクルパワーで、心身の疲れを吹き飛ばすような?」

 

「ミラクルは奇跡の意味だから、その時点で無理だな。俺に奇跡を起こせる力は、多分無い」

 

 あったらいいなとは思うが、起こせるならそもそも奇跡とも言えないよな。

 

「そこをほら、なんとか」

 

 アリシアの笑顔に──「果たして、お主に出来るか?」と書いてある気がした。

 

 …………よし、やってやろう。

 

「なら、このままエスコートだ。お姫様」

 

「え? わわっ」

 

 素早くアリシアの背中とひかがみに手を回し、そのまま抱きかかえる。いわゆる、お姫様だっこの状態だ。

 

 ユーリ以外を抱えたのは初めてだったが、アリシアも見た目通りに軽い。いや、それ以上に軽いかも知れない。

 

「ちゃんと食べているのか? 軽すぎるぞ」

 

 少し心配になり、素直に指摘した。

 

「むむっ。私に対して軽すぎるは失礼だよ。しっかりと毎日三食、それにおやつも食べてるよ。どうしてか、私より食べてないフェイトの方が成長してるけど……」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 珍しくフェイトが大きな声をあげ、顔は真っ赤に染まっており、若干涙目になっている。

 

 異性の前を問わず、フェイトの性格からして恥ずかしかったのだろう。

 

「成長しているのは悪い事じゃない。それに、アリシアが小さすぎるだけだ」

 

 ついつい姉妹で比較してしまうが、フェイトは特別、身長が高いわけじゃないからな。

 

「そうなんだよねぇ……大人になってもこの身長だったら、苦労しそうだし」

 

「まだ成長期があるだろうし、大丈夫だとは思うが?」

 

 もっとも、それでもフェイトの方が高くなりそうだ。

 

「そう信じたい心と、これならいっそ小さい方がいいなって思う心があるかな」

 

 アリシアは、中途半端な身長が嫌なのだろう。

 

「なるほど。複雑な乙女心か」

 

「そうとも言う」

 

「いや、言わないと思うんだけど……」

 

 フェイトの呟いたツッコミが、中々に的確だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、無事に二人を店長ズの元に送り届け、店を後にして俺は研究所に帰宅した。

 

「ただいまー」

 

 とはいえ、時刻は既に二十二時を越えて真夜中に近かったので、リビングには誰も居ない。

 

「返事がないのは、それなりに寂しく思うな」

 

 なんて呟いてみるが、そもそも今の時間で起きているのは、キリエと姉貴ぐらいだろう。

 

 中学生以下四人は、驚くほどに健康的だ。何かがない限り、ほぼ定時には寝ているんじゃないだろうか。

 

 博士は場合によって起きているが、昼夜逆転を何回も繰り返しているし、カウントしないでおく。

 

「あ……」

 

 ぎゅるると、割りと盛大な腹の虫が鳴り、ご飯を食べていない事に気がつく。

 

 何か食べて帰るつもりでキングスにメールしたのだが、思ったよりイベントデュエルが忙しく、熱中していたから完全に忘れていた。

 

 とりあえず、冷蔵庫を開けてみる。

 

「本当に、キングスは凄いな」

 

 しっかりと俺の晩御飯が用意されていた。

 

 俺はラップを剥がし、ハンバーグと野菜スープを取り出して、レンジで温める。

 

『どうせ食べておらぬと思い、用意しておいた。億が一、食べて帰って来たのなら捨てても構わぬ。後、そろそろホームで遊ばんと、シュテルが怒ると言っていたからな。明日は、我が槍の練磨に付き合ってやれ』

 

 晩御飯の上に乗っていた紙に書かれていた内容が、本当にキングスらしい。

 

「それじゃ、明日は新技の披露も兼ねて……キングスも一緒に巻き込んでやるか」

 

 シュテルが怒るのは恐ろしいが、キングスを除け者にするのも恐ろしいからな。

 

「さて、まずはしっかり栄養補給と睡眠だ」

 

 明日の予定を決めたタイミングで、レンジが温め終了の電子音を響かせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 日曜日、六時に起床した俺は軽い運動で汗を流して、風呂に入ってからリビングに向かった。

 

「おはよう」

 

『おはようっ!! / おはようございますっ / おはようございます / うむ』

 

 まだ七時過ぎだというのに、キリエ以外がリビングに集合している。それも、テレビ前に全員集合だ。

 

 もっとも、それが研究所家族の日曜日な訳だが。

 

「今日は……宿敵との戦い、後編だったな」

 

 皆大好き、特撮の時間だ。

 

 四人が来てから姉貴と俺を巻き込んで特撮好きが流行り、その結果でリビングが改装され、ご飯を食べる席とテレビを見るソファがおける広さになった。

 

 ソファは特注で、六角形を半分にした様な形状になっている。

 

 この時間だけは席が決まっていて、左から、キングス、シュテル、ユーリ、姉貴、レヴィ、俺、キリエの順だ。

 

 真ん中の人選の理由は言わずもがなで、端の人選は至って簡単。

 

 朝食の準備などで、立つ回数の多いキングスが一番端。キリエは、一時間後ぐらいにやってくる為に一番端になる。

 

 俺とシュテルに至っては消去方だが、特撮への興味度が出ているのかも知れない。

 

「この前はいい所で終わりましたから。最初からクライマックスですね!!」

 

「ですっ!! どんな戦いが待っているか、凄く楽しみです」

 

「とある説によると、新必殺技が出るとかなんとか……ごくり」

 

「ますます、楽しみですね」

 

「わくわくしてきました」

 

 とまあ、三人の温度がこれな訳だ。

 

 俺も決して嫌いではないが、三人ほど好きじゃない。いや、熱くはない。

 

 シュテルもそんな感じだし、キングスに至っては生暖かい眼差しでキッチンからこの空間を見守っている。

 

 もっとも、始まるまで後一時間はあるのだが。

 

 さてと、俺は俺でやれる事をやっておくか。

 

 一旦部屋に戻って宿題を終わらせ、時間を確認してからキリエの部屋に向かう。

 

「まだ寝ているみたいだな」

 

 ドアを二回ノックしたが、反応なし。ドアノブに手を掛けて、部屋に入る。

 

「そろそろ、八時になるぞ。起きろ、キリエ」

 

 そして、ベッドに近づいてキリエを起こす。

 

 キリエは、朝が弱いわけではない。むしろ、早起きは得意な部類だろう。

 

 ただ、そんなキリエも日曜日だけは苦手らしい。なんでも、気分的に身体が眠たいのだとか。言っている意味は何となく理解できる。

 

「ん……もうそんな時間、なのね~」

 

「いつもより眠そうだな。夜更かしか?」

 

「うん。桃と電話を……でも、起きなきゃ」

 

 そう言ってキリエは上半身を起こし、大きく伸びをする。それに合わせて、俺はサッと目を逸らす。

 

「ガン見しても引かないわよ?」

 

「目の毒だからな」

 

「酷い」

 

 キリエほどスタイルが良いと、どうあがいたって胸が強調されてしまう。

 

 男として、強調された胸に視線が行くのは……当然でもないのだが、今の俺だと意識してしまうはずだ。

 

 だから、それを分かった上でやったキリエを信頼し、俺は直ぐに目を背けた訳で……本当に、正解で良かった。

 

「酷いのはキリエの方だろう。もう少し、淑女らしくしてくれ」

 

「別に、身体を伸ばすぐらい、淑女でもやってるわよ?」

 

 首を傾げながら、キリエは悪い笑みを浮かべている。

 

「そんなに、俺がおかしいか」

 

「うん、とっても」

 

 今度は笑いを隠す気もないらしい。ふふふ、と楽しそうに笑っていた。

 

「前までの先輩なら、開いている胸元のボタンを何食わぬ顔で締めてたでしょ」

 

 そう、だから余計に意識してしまうというのに……あの頃の俺を恨みたい。

 

「はあ……もし仮に、その勢いで手を出してしまったらどうする」

 

「手が出ちゃうの?」

 

 ベッドから出て、キリエはクローゼットに伸ばした手を止めて振り向いた。

 

「……出ないが」

 

「知ってる」

 

 笑顔でキリエは言い切って、クローゼットを開ける。

 

「む」

 

 全く、これだから女の子の笑顔というものは……。

 

「あららん? 着替えを手伝ってくれるのかしら」

 

「いや、直ぐに出るさ」

 

 ただ、やられっぱなしは悔しいか。

 

「キリエ」

 

 俺はドアを開けてから振り向き──

 

「寝顔、今日も可愛かったからな」

 

 そして、部屋から出た。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ぅ」

 

 キリエは、真紅が出て行ったドアを見ながら、フリーズしていた。

 

 その顔は真っ赤に染まり、手に持っていた着替えは、もう床に落としている。

 

 笑顔が絵になる……一般的には女の子に使われる言葉。キリエはそう思っていたのだ。

 

 ただ、時として、男にもそれが当てはまると、今しがた理解させられた。

 

(ふ、不覚だったわ……)

 

 ドキドキしているのは、誰の物でもなく、キリエ自身の心だ。

 

 それが何を意味するのか、恋愛に対して興味のなかったキリエでも、理解していた──

 

「私、先輩が……ちょ、ちょっと待ちなさい。もう少し考えなおすのよ、キリエ」

 

 いや、理解してしまいそうになっていた。

 

「私と先輩は、色々な偶然から知り合った、言わば友達。家族だし」

 

 真紅がエルトリア女学院に来た一件の後、キリエがうんざりする程、その手の相談があった。

 

 その時に伝えた言葉を思い出し、キリエは落ち着こうと試みる。

 

「だから、先輩の事が、す……っ」

 

 しかし、言葉は出なかった。

 

 言葉を口に出した瞬間から、そうなってしまうと分かったからだ。

 

 だとしても、この現状を打破する術を、キリエは持っていない。

 

「落ち着くのよ、私。そう、先輩との出会いからを思い出せば…………」

 

 キリエは必死に頭を空っぽにして、真紅との思い出を振り返る。

 

 ただ、それは逆効果だった。

 

「いやいや、あり得ないから。私が先輩をスゥキィだなんて」

 

 認める事が出来ない訳じゃなく、今までの思い出が全て美化され、恋心からの行動だったと記憶し直すのが嫌だったのだ。

 

「嘘、でしょ? ……私」

 

 その問いかけに答えれる者は、この世に一人。キリエ除いて、誰もいやしない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「今日はいつにもまして強いな……シュテルは」

 

 キングスからの指示通り、特撮タイムが終わってから、シュテルとのブレイブデュエルに身を投じていた。

 

 今はその初戦で、市街地フィールドにて一対一を行っている。

 

『隠れていても、戦況は揺らぎませんよ』

 

 フィールド全体にシュテルの声が響き、隠れている場所が見つかったと思い、少しだけ驚いたが、これはシュテルの作戦だと冷静に判断する。

 

 焦らして、出てきた所を撃つ……か。

 

 中々に的確な作戦だ。

 

 戦況は、俺の慢心により、圧倒的にこちらが不利になっていた。

 

 最後にシュテルと戦ってからしばらく経っており、実力の見極めを失敗。そして、案の定、痛手を貰ってしまい、俺のライフは半分を切っている。

 

「驚かすつもりが、驚かされた……色々と見直さないとな」 

 

 その事を頭の隅に追いやり、俺は全力で勝てるプランを考える。

 

『来ないというのなら、こちらから行かせて頂きます』

 

 シュテルの声が聞こえたと同時に、遠くで轟音が鳴った。

 

 恐らく、ビルが破壊されたのだろう。

 

 ただ、それも作戦の内のはずだ。

 

 シュテルの魔力量は、決して多い方ではない。だからこそ、どれだけ魔力消費を抑えるかを徹底的に考え、鍛えているのがシュテルのスタイル。

 

 そのシュテルが理由もなしに動くはずはない。そして、俺に考えが読まれている上で、動いた理由は……。

 

「考えろ。思考を止めるな。読んだ上で、もう一段階読んだ上で…………そうか!!」 

 

 俺は直ぐにビルから飛び出して、空に駆けながら、一つのスキルを読み込んだ。

 

「スキルロード!!」

 

【グラビティ・インフェルノッ!!】

 

 シュテルを目視した瞬間、そちらに大魔法を放つ。

 

 黒い球体と、紫炎の矢がぶつかり、その閃光を腕で軽減する。

 

「流石です」

 

 閃光が収まり、初めに捉えたのはシュテルの微笑みだった。

 

「ああ、一歩遅かったら、やられていた」

 

 シュテルの作戦の目的は、俺に考えさせ、あの場所で留まらせる事。最初から、シュテルは俺の位置に気がついていたんだ。

 

 その上で、俺を確実に落とす方法として、いきなり砲撃を撃ちこむのではなく、牽制として適当に一発を放った。

 

 そして、無駄と思える行動に対して、俺が思考を初めて足が止まると読んで、二度目のチャージを開始。

 

 もし俺が動かなければ、そのまま砲撃を撃ち込んで、のこのこ出てきた所を撃つ。急な砲撃に対して回避に専念し終えた所に、次の砲撃を合わせるだけでいい。

 

 ある意味で、俺の最初の予想が正解していた訳だ。

 

「折角、どびきりの作戦を用意したと思ったのですが」

 

「予想外は、俺のスキルだな?」

 

「ええ。まさか、砲撃を二回も迎撃する程、高威力だと思ってませんでした」

 

 そう、俺が落ちなかった理由はただそれだけ。

 

 シュテルの砲撃は、三段構えだった。

 

「一で足を止め、二で揺さぶり、三で落とす。かの剣豪をリスペクトした攻撃を、力技で対処されるとは……」

 

 俺のライフは半分以下。つまり、下手な攻撃でさえ落ちる可能性がある。

 

 もし仮に、シュテルが俺のスキルの威力を想定していれば、俺は今頃負けていた。

 

「シュテルと同じ技巧派の俺に、力技を使わせた時点で勝負には勝っているな」

 

「それなら私の勝ち……と言いたいですが、戦況はイーブンですね」

 

 シュテルがルシフェリオンを構え、俺に矛先を向け直す。

 

「ああ……」

 

 俺も、それに合わせて拳を向ける。

 

 動いたタイミングは、同時だった。

 

「ふっ!!」

 

「はっ!!」

 

 槍と右拳が正面からぶつかり、衝撃が生まれ、空気を揺らす。 

  

 その衝撃を身体が感じるより早く、次の一撃を繰り出し、音を重ねる。

 

 右でアッパー、身体を横に捻って、左踵で回し蹴り。

 

 空中を右足で蹴って、左足を軸にガードの上にもう一発。

 

 少し距離が開いた瞬間に空を蹴り、すかさず距離を詰めて左膝蹴り。

 

 今度は、ガードの上に右拳を合わせる。

 

「くっ」

 

 シュテルが連撃にたじろいだ間を逃さず、足を狩ってから背後に回り旋風脚。

 

 立て続けて旋風脚を繰り出して右足を受け止めさせ、左足で踵落とし。

 

 ルシフェリオンが宙に舞い、前蹴りで遠くに吹き飛ばす。

 

 俺の行動は読んでいたらしく、シュテルの足元から炎の翼が展開される。

 

「ちっ!!」

 

 シュテルの行動の方が……早い!!

 

「これだから……武闘派は嫌になりますっ!!」

 

 俺はガードスキルを読み込み、腕を交差してシュテルの右横蹴りを受け止める。

 

 強烈だが、来ると分かっていれば受け切れ──

 

「ですが……」

 

「なっ!?」

 

 連発可能なスキル!!

 

「星光」

 

 これは……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「裂」

 

 真紅のガード硬直を狙い、シュテルは左の蹴り上げで両腕でのガードを破る。

 

「蹴」

 

 そして、真紅の胸辺りを狙い、流れるように右の蹴り上げを繰り出し、身体を打ち上げた。

 

「拳」

 

 真紅の打ち上がった無防備な身体に、更に追い打ちを掛け、左で蹴り上げる。

 

「これで、フィナーレと参りましょう」

 

 シュテルは打ち上げた身体を追い越し、もう一度、大きく炎翼を展開。 

 

「燃え上がれ、私の魂」

 

 熱く、強き想いを込めて。

 

(……やっと、追いつきました)

 

 七十六戦、七十六敗。苦い負け越しの記憶。追いつきたい、その大きい背中。

 

 この手よ届け、届けと願い、ついに辿り着いた。

 

「眩く照らせ、我が炎」 

 

 シュテルの想いは……誰よりも熱情的で、何よりも猛烈的に──

 

『星光裂蹴拳・恋舞!!』

 

 心も届けと、解き放たれた。 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「負けた……か」

 

 空を見上げながら、俺は呟く。

 

 そして、光輝く太陽を背に俺を見下ろすシュテルに向かって、拳を突き上げた。

 

『私の、勝ちですね』

 

『ああ、気持ちいぐらいの敗北だ』

 

『良かった……これで、真紅と並んで歩けます』

 

「……っ」

 

 クサイ台詞だ。自分でもそう思う。でも、思いついてしまったからには、伝えよう。

 

『今の笑顔……太陽よりも輝いていて、綺麗だったぞ』

 

 すると、シュテルは目を丸くしてから、微笑み直し、俺の元へ降りてきた。

 

「恥ずかしながら、私の想いが届いた様ですね」

 

「ああ。勝ちたいって想いが、しっかりと伝わった」

 

 あれほどに熱い想いは、生まれて初めて感じたしな。

 

「……ふふっ、なるほど。アプローチが足りないみたいですね」

 

「ん? アプローチ?」

 

 試合運びの事だろうか。

 

「いえ、何でもありませんよ。これからは、追い越すつもりで挑みますから、また受け止めて下さい」

 

 シュテルが、拳を突き出してくる。

 

「良くは分からないが、いつでも受けて立つ」

 

 それに合わせて俺は、もう一度、拳を突き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ふむ。これは、家族会議を行う必要があるか」

 

 真紅とシュテルの勝負を、一部始終見ていたキングスは、家族の女子五人にメールを送信する。

 

「そろそろ、頃合いなのかも知れぬな」

 

 キングスの鋭い視線は、画面越しの真紅に向いていた。

 




こっちも、あっちも頑張って更新していこう。

いや、行ければいいな……うん。


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episode9

こちらもゆっくりと更新再開です。


 

 

 日曜日、夜。ディアーチェの部屋にて、家族会議が行われようとしていた。

 

「遅くなりましたっ!!」

 

「うむ。これで揃ったな」

 

 最後の参加者、アミタが到着し、部屋には六人。ディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリ、アミタ、キリエと、時計回りに座っている。

 

「さて……何から話をしたら良いか、未だに決められん。いや、周りくどい聞き方を考えるのが面倒なだけかも知れぬ」

 

 言葉を途中で変更し、自分の意志を伝えたディアーチェは、改めて五人と向き合う。

 

「これでは、王として務まらぬな。率直に訊ねよう……この中で、真紅を慕っている者はおるか?」

 

 ディアーチェの言葉、雰囲気に、五人が息を呑む。部屋は静まり返った。互いに呼吸の音が聞こえるほどに。

 

「……それは、ライクではなく、ラブでよろしいですか? 王」

 

 沈黙を破ったのはシュテルだ。その眼にはいつもの冷静さが感じられず、ディアーチェは少し驚いた。

 

 むしろ、威圧されていると錯覚するほどに、強い炎をディアーチェに感じさせている。

 

「愚問だ。と、答えるのはいささか言葉が軽いか……シュテルの言うとおり、我は愛しているのかと訊ねている。もちろん、この話が我らにとって不可侵な領域だった事は理解していた。いや、不可侵にしてしまったのやもしれぬ」

 

 腕を組んで考えなおすと、その様な事態に持っていったのは自分だと、ディアーチェは理解した。

 

「やはり、今日は我らしくなれん。自分への思考も足りていない。だから、等身大で聞き直す…………皆、真紅がす、す、好きで間違いないか?」

 

 言葉に詰まったディアーチェの頬は赤く染まっていたが、視線は五人に向いている。

 

 そして、そのディアーチェの様子を見てか、今度は五人が微笑した。

 

「なっ!?」

 

「確かに、いい機会なのかも知れませんね。ディアーチェの言う通り、私は真紅が好きですよ。もっとも、想いは真っ直ぐに伝わりませんでしたが」

 

 ため息をついて、シュテルは告白した。

 

「であったな……」

 

 ディアーチェもため息をつき、レヴィに視線を向ける。

 

「僕の番? んーと、こういう話はあんまり得意じゃないんだけど……むむむ。うん、僕も好きだよ」

 

 レヴィは唸ってから告白し、そのバトンがユーリに回る。

 

「えーと、その……あぅ」

 

「ユーリは良い。誰がどう見ても、最初から丸分かりであるからな」

 

「い、いえ、言います。私も真紅さんが……その…………好き、です」

 

 顔を真っ赤に染めながら、ユーリも告白した。

 

「次は私ですね。もちろん好きですよ、家族としても、異性としても」

 

「へえ~……お姉ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて、何か不思議」

 

 意外、と言わなかったのはキリエにも思う所があったからだろう。

 

「わ、私だって女の子ですから。では、そういうキリエはどうなんですか?」

 

「あー、えーと……SSSよ」

 

 アミタからのパスに、キリエはグランツ略式で言葉を濁す。

 

『真紅、先輩、好き』

 

「ちょっ、ハモって解読するのやめてくれないかしらん」

 

 ただ、そんな物は家族には通用しなかった。

 

「一人、逃げようとするからだ……さて、好きな理由は言い出した我から言おう」

 

 これも王の勤め……と、割り切ってディアーチェは言葉を続ける。

 

「と、思ったが全員、理由は同じであるか……一番近しい男性であり、その性格に触れる機会が多い。そして、優しく、強く、暖かい真紅を自然と好きになってしまうのは、当然の理だと言い切れる。我は、だから真紅が好きだ」

 

 ディアーチェ。

 

「大体はディアーチェと同じですね。付け加えるとすれば、現金な話も含めて、彼に悪い所がなさすぎるのも理由でしょうか。私は、あんまり殿方への関心がない人間だと思っていましたが……全く、恋は病とは良く言ったものです。想い、気づけば、存外悪く無いと思う自分がそこにいました」

 

 シュテル。

 

「僕は、そうだなー……色恋沙汰はまだ早いとも思ったけど、どれだけ計算しても答えが出なかったから、好きな人は好きでいいんだって結論付けたよ。それに、男版王様って感じな所も好きかな。あと、イケメンで高スペックな所も」

 

 レヴィ。

 

「折角シュテルが濁したのに、突っ込んじゃ駄目ですよレヴィ……私は何度も助けて貰って、初めは恩返しをいっぱいしないと駄目な相手と思ってました。歳も離れていますし、私にはレヴィよりもっと早い話だとも考えてました。でも、駄目な物は駄目で、好きの気持ちは消せませんでした」

 

 ユーリ。

 

「初めはお姉ちゃんとして振る舞っていましたが、早い内からそれに逃げている自分に気が付きました。恥ずかしながら、逃げないと誓ったのは最近の事なんですけどね。素敵な恋に夢見るのは、私だって同じでしたし……戸惑いもありましたが、今なら素直に好きと伝えれるほどに好きですよ」

 

 アミタ。

 

「顔」

 

 キリエの言葉が照れ隠しと分かっていても、五人は座っていたクッションを、全力でキリエに投げつけた。

 

「茶化すでない。今回の発端は、お主にもあるのだぞ」

 

「……わかってるわ。だから一番恥ずかしいんじゃない。この中で最後に先輩が好きなんだって気付いて、思い返すと思い返しただけ皆の気持ちを理解したし。先輩ほどじゃないけど、私が鈍感だった事も恥かしいわ。そうよ、嫌いになる部分がない先輩が悪いはず。決してキリエさんじゃない」

 

「現実逃避しても、得られるものは羞恥だけだぞ」

 

「うん、知ってる。一通り味わって来たから……ベッドの中で」

 

 今日一日、キリエの姿が見えなかった理由らしい。

 

「おほん。さて、これで第一段階が終了した。そして、次の問題は……言わずもがな、理解しておろう」

 

 ディアーチェの言葉に、五人が頷いた。

 

「一般的に、モテる人間というのは、大多数に好かれるからモテると言われる。つまり、我らだけではないはずだ。さらに、アヤツの厄介な所は、誰にでも優しく手を差し伸べ、人間性を見るのも容易だ。タチの悪い事に、もし真紅がそれを演じていたとしても、あの容姿が全てを解決してしまう訳だ。そんな人間ではないと理解しているが、外の一般人からすれば関係ないであろう」

 

「厄介、の一言に尽きますね。恋の性質も、彼のあり方も」

 

 ディアーチェの言葉に、シュテルが言葉を付け加える。

 

「全くだ。本題に戻るが、心当たりはないか? 何人か、疑わしい人物は思いついているが、推測の域を越えぬからな。まずは、意見を取り入れたい」

 

 その問いかけに、真っ先に手を挙げたのは、キリエだった。

 

「プライベートだと、よく同じ学校の子たちに声を掛けられてるのを見るわ。私が一緒にいる時も何度もあったし、一対一じゃなくて、一対三でも見たわよん。流石に、個人名までは分からないし、全部がそうじゃないはず……それでも二桁はいってると思うけどね」

 

 少し呆れた様子で、キリエが答える。

 

「多分、高等部の方じゃないかなぁ。僕もよく見るけど、それよりも紹介して欲しいって言われる方が多いし。あ、中等部の方だよっ。全部、断っといた」

 

「私の所にも、たまに来ますね。レヴィの方が話しやすい分、そっちに流れていると思います……私も、全てお断りしましたが。本気なら、直接声を掛けるか、熱き想いが感じられるはずですから」

 

「ふむ。我が一度も相談を受けてないのは、先に二人に行って玉砕した結果か。アミタはどうだ?」

 

 一度深く頷いたディアーチェは、アミタに話を振った。

 

「真紅がこの前、私たちのお弁当を届けに来た時以降、相談はありました。私は一応、話は聞きましたが、真紅本人に悪いと思って紹介はしてませんね。それに……ライバルが増えるのは、決して良いことではありませんし」

 

「一目惚れはロマンがあるけど、お姉ちゃんの言う通りね。それに、先輩をちょっとでも紹介しちゃったら、本気になる娘が多そうだし~」

 

 六人は、お互いに目配せしてから、肩を落とす。

 

「でも真紅さん、格好良いですから」 

 

「さらっと褒め言葉を……ユーリ、成長しましたね」

 

 アミタがユーリの頭をそっと撫でた。

 

「い、今になって照れてきました」

 

「それでこそユーリだねっ」

 

 レヴィの言葉に、四人が文句なしに頷く。

 

「なんか、ちょっぴり酷いですっ!!」

 

「ふふっ……さて、少し和んだ所で、次はブレイブデュエル方面で良いか?」

 

「ええ。ここからが本当の厄介ですね。彼を身近に感じれる人物が多いですから」

 

「むしろ、本命は始めからこっちであるな。プライベート等の一目惚れはカウントしておらん。いや、したくないからな」

 

 心からのディアーチェの本音だ。

 

「王様の言う通りね。で、順番に進めるべきかしらん?」

 

「うむ。まず、T&Hはどうだ?」

 

「へいと!!」

 

 レヴィが即答した。

 

「むしろ、フェイトさんはどうなのでしょう。本気なのか、照れているのか。分かり辛いなと私は思いますが」

 

「アミタの意見に同意です。ただ、そこについては作戦があります」

 

 シュテルは眼鏡をくいっと上げる。

 

「もしかしてシュテるん、例のあの技を!?」

 

「ええ、そうです……秘技、直接訊ねる!!」

 

「ぐわー、やられたー」

 

 そして、レヴィとの見事な掛け合いで、場を和ませる事に成功した。

 

「ただの茶番ではないか!! って、ん? いや、話は理解できたな」

 

「という訳で、実行は私が行いましょう。で、さらに厄介なのが、姉の方では?」

 

「ちびひよこか……あやつにも、直接訊くのが早そうだが、さらっと答えそうであるな」

 

 アリシアと交友の多い四人に、何とも言えない空気が流れる。

 

「半々って所なのねー。他はどうなの?」

 

 話が少し止まったので、直ぐにキリエがそれを繋げた。

 

 心の奥底で、早く終わって欲しいと思っているからだろう。

 

「もうルーキーでもないですが、あの三人は分かりませんね。真紅との絡みも少なそうですし、少なくともまだではないでしょうか」

 

「ふむ、思ったより少なくて済みそうだな……プレシア店長はノーカンで異存はないか?」

 

『異存なし』

 

「いえ、待って下さい」

 

 五人の同意をシュテル一人が否定する。

 

「シュ、シュテるん!? まだ必殺技が……」

 

「娘はどうあれ、結婚の了承を得ているというのは、強みかと」

 

 レヴィのネタ振りをスルーして、シュテルは冷静に話を進めた。

 

「なるほど。強みというか、最早反則であるな」

 

「キリエとアミタは簡単に取れそうにしても、私たちの家は…………色々とアレですし」

 

 濁してしまう程、訳あり名家の生まれである事を、微妙に後悔した三人。

 

「そ、それについては一旦考えない方向で、どうでしょうか」

 

『異議なし』

 

 ユーリの提案に、マテリアルズの三人が同意する。

 

「私とお姉ちゃんが簡単って言われるのも、ちょっと不服なんですけど」

 

「でも、ほとんど許可は貰っている様なものですし」

 

「そう言われたら、キリエさん、反論できないわん」

 

 キリエの意義申したては、一瞬で論破された。

 

「まとまった所で、次は八神堂だ」

 

「スルーはちょっと困るんですけど」

 

「ならもっと、普通に喋るべきだ」

 

「それが出来れば苦労しないんだけどね」

 

「精進せい、真紅の為にも」

 

「王様、辛辣」

 

「と、脱線はこれまでだ。八神堂についてはどう思う? 皆の意見を聞かせてくれ」

 

 八神堂全体について訊ねたディアーチェには、多少の思惑があっての訊き方である。

 

「八神堂が一番分かりにくいですが……考えるなら、はやてとアインスでしょうか」

 

「小鴉っちは良く分からないけど、黒羽は弟みたいに思ってる気がするなー」

 

「それは思いました。主にアインスが、真紅さんと直接対面した時の行動が、ですけど」

 

「うーむ。何かあるのか、逆に何もないか……っち、ことごとく面倒な一家であるな」

 

 つまり、食わせ者がいるあの一家について、誰がと問う意味がなかったからだ。

 

「王。本音が飛び出ていますよ」

 

「おっと、オフレコで頼むぞ。結論付けると、どうしようもないって所であるな」

 

『異議なし』

 

 今度は文句なしに全員の意見が一致した。

 

「次は…………これまた面倒であるが、元システム担当の一家も考えるか」

 

「それは、流石に大丈夫だと思いますよ。初期の会合時に何度か会った程度ですし」

 

「お姉ちゃん、甘いわ。甘々よ」

 

「え?」

 

「あの先輩よ……私たちの知らない所で、仲良くなっている可能性の方が高いでしょ」

 

『……異議なし』

 

 今度も、全員の意見が一致する。

 

「結局、際限なしという訳か。ある意味、実のある話し合いには──」

 

「待って下さい」

 

 ディアーチェが結論付ける前に、シュテルの制止が入った。

 

「む?」

 

「わかばが、怪しいかと」

 

「あー、アヤツはほぼ確定であろう。このはの方はちと分からんが、アリかナシなら、アリだ」

 

 わかば自身の至り知らぬ所で、勝手に気持ちを決められるほど分かりやすいのも、研究所女子メンバーの常識である。

 

「やはり結論は、際限なし……ですね。全く、彼は厄介です。良い意味で」

 

「良い意味で、って所が惚れた弱みなのかしらん」

 

「うーん。私は、弱みというより、強みだと思っています。少なくとも、真紅さんを思う気持ちに、無駄なんて一つもありませんから」

 

 ユーリの強い言葉に、他の五人が驚いた。

 

「ユーリの言う通りだね」

 

「うむ」

 

「ナンバーワンは伊達じゃありませんね」

 

「O・D・Kです!!」

 

「お姉ちゃん、大、感動……ん、私もそう思うわ」

 

 これまた誰かの至り知らぬ所で、重要な家族会議が開幕し、閉幕する。

 

 内容はあくまで、現状の事実確認に過ぎなかっただろう。しかし、そこにこそ意味はあった。

 

 家族として。仲間として。ライバルとして……この会議が何をもたらすのか、未来は誰にも予想できない。

 

 されど、想いは強まり、一歩進む決意が出来た。

 

「せいぜい、苦労させてやろう。あの幸せ者に」

 

 少女たちの胸に、熱く、輝かしい光。それが、先の幸福につながっていると。

 

「そうだねっ」

 

「ええ」

 

「はい」

 

「もちろんです」

 

「覚悟してなさいよ~」

 

 少なくとも、この六人だけは、そう信じて進んでいけるだろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 平穏な日々は、なんて素晴らしいのだろう。

 

 学校から帰宅して、リビングにて宿題を終えてから、そう思った。

 

 ブレイブデュエルが好評稼働中で、学校生活も順調。俺の現在は、何一つとして問題なく平和だ。

 

 ……平和すぎて、何一つイベントも起こってないのだが。

 

「素晴らしくても、充実感はゼロ。そもそも、素晴らしくないな」

 

「真紅さんが、素でボケるなんて……明日は大雨になりそうです」

 

 ユーリが本気で驚いていたので、これ以上の醜態は直ちに止めよう。

 

「少し酷くないか、盟主様」

 

「だから、それで呼ぶのは──」

 

「ごめんごめん、ユーリ」

 

 ユーリが、恥かしがりながら抗議してこようとした所で、俺はユーリの頭に手を乗せ謝罪した。

 

「もう。真紅さんも酷いです」

 

 そう言って、ちょっと不貞腐れながらも、ユーリは笑顔で返してくれる。心に、ぐっと来る物があるな。

 

「そうだ。何故か最近、ユーリや家の皆全員、態度が少し変わった様な気がするんだが……俺の気のせいだろうか? もちろん、良い方向にだ。可愛くなったというか、愛らしい?」

 

 ユーリの笑顔で、気になっていた事を思い出し、そのままユーリに訪ねてみた。

 

「えっ!? べ、別になにもありませんよ。はい、これといって。平和な毎日で、心が豊かになっているからです」

 

 この慌て方……何かあったのはバレバレだが、聞き出す程でもないか。

 

 ユーリが必死に誤魔化す内容なら、深く詮索する意味はない。悪さをしているわけでもないだろうし。 

 

「そっか」

 

「でも、真紅さんも変わりましたよね? 元々優しいですが、雰囲気がより一層、優しく暖かな感じがします」

 

 も……いやいや、一度決めたなら、覆さないさ。

 

「心の成長が出来たんだろう。ちょっと前まで慌ただしい日常で、今は平和な日常。様々な出来事に、やっと整理が追いついたから……だな」

 

「なるほど。平和な日常は、やっぱり心を豊かにするんですね」

 

「ユーリの言う通りだ」

 

 しかし、何も起こらないのは、どう考えても問題だ。

 

 起こすように努力していなかったと言えばそれまでだが、行動しなくてもかなり起こっていたからな。

 

 慢心と言われても仕方がないか。

 

「なら今日は、自発的にイベントを探しに行くとしよう」

 

「んん? あ、お出かけですね」

 

「ああ。ちょっと、色々回ってくる」

 

 一度自室に戻ってから、俺は研究所を発った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 最近、何も無かったと言ったが、それは俺だけだ。

 

 ユーリは家にいるから除くとして、他の皆はそれぞれ忙しそうに動いていた。

 

 今日も家にいないし、きっとどこかで楽しんでいるのだろう。

 

「とりあえず、商店街に来てみたが……さて、どうしようか」

 

 商店街は本当に色々な店がある。時間を潰したり、何かを探すのは余裕で可能だ。

 

 流石に、街の活気や人の数には敵わない。ただ、その分の人の暖かさは商店街の圧勝と言っても構わないだろう。

 

「真紅さん」

 

「ん?」

 

 左肩をちょんと叩かれ、振り向くと──

 

「そこには、シュテルの親友であり俺の友達でもある、白斗わかばの姿があった。わかばは、背中まで伸ばしたゴールデンロッド色の髪で、後頭部中辺で髪を少し束ねている。また、少女の域を出ないにしろ、その容姿は整っており美少女と呼んでも一切の問題はない。きっと、わかばはクラスで──」

 

「ちょちょちょ、どうしたんですかっ、真紅さん!?」

 

「いや、ちょっとからかってみた。少しだけ、久し振りに会ったからさ」

 

 多分、一週間ぐらい顔を合わせていない。学校はある意味で一緒だが、そうそう下級生と触れ合う機会はない。

 

「それはそうですけど……良かった。ただ、からかってただけなんですね」

 

「ん? からかいはしたが、言葉に嘘はないから安心してくれ」

 

 ボケというのは、人を驚かせるのに最適だな。今度から、ボケの勉強もしておこう。

 

「うっ……真紅さんが別人の様になったと聞いていましたけど、まさかここまでなんて」

 

「別人って、俺は俺のままなんだが。で、誰情報だ」

 

 まあ、検討は付いているんだが。一応、裏を取っとかないとな。

 

「え? あぁー、誰からか忘れちゃいました」

 

 この反応なら……なるほど。

 

「キリエか」

 

「ぎくっ。いえ、多分違います」

 

 今日はなんだか、誤魔化される日だな。もちろん、深く追求はしないのだが。

 

「なら、気にしない事にしよう。それで、わかばは何故商店街に?」

 

「私は買い物です。ケーキ作りの為に」

 

「なるほどな」

 

 わかばのケーキか……美味しいからな。これは、食べに行くべきだろうか。

 

 キングスのケーキはそれなりに良く食べるが、わかばのケーキを食べる機会があまりない。

 

 あのスポンジの甘さは、わかばにしか出せない味だ。

 

「なら、買い物に付き合うよ。それで、良かったらケーキを食べに行っても構わないか?」

 

「あ、はい。構いませんよ。その代わり、出来の評価をお願いしますね……ただ、真紅さんの用事はないんですか?」

 

 そういえば、俺の目的を話してなかったか。いや、目的はないんだが。

 

「ただの散歩だからな。面白い事が起こらないか、と探索していただけだ」

 

「暇人ですね」

 

「暇人だ」

 

「なら、なおさらお付き合いお願いします」

 

「了解した。恋人になるという意味じゃないな?」

 

「……ふぇ!? あ、もちろん買い物ですよ!!」

 

 あんまりからかい過ぎると、キリエに怒られそうだな。

 

 わかばは、知り合いの中でフェイト並にからかい甲斐があるから、ついついやってしまうが。

 

「ああ、わかってる。それじゃ、まずはスーパーかな?」

 

 俺は、照れているわかばと一緒に、足を進めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 色々とケーキを試食し、気がつけば太陽が落ちていた。

 

「ケーキ、ご馳走様でした」

 

「いえ、私も味見して貰って助かりました。また今度、研究所の方に、グレードアップさせて持って行きます」 

 

 あれ以上の出来を求めるとは、わかばは探究心が大きいな。流石、キングスが認めただけある。

 

「ああ、楽しみにしている。それじゃ、おやすみ」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 わかばに別れを告げで、俺は帰路をつく。

 

 しかし、夕食まで三時間残っている。これはどこかで運動でもして、お腹のエネルギーを消費するべきだな。

 

「そうと決まれば……対戦相手を求めて、八神堂だな」

 

 早速、目的地を修正し、八神堂に向かう。

 

 その途中、コンビニにて適当にお土産を買っておき、万全の装備を整える。

 

 そして、八神堂に到着した。

 

「隙ありっ!!」

 

「甘いっ!!」

 

 商品の入ったレジ袋をそっと床に置き、死角からの斬撃を白刃取りにて受け止める。

 

「腕は落ちていない、か」

 

「現実での実戦こそ減りましたが、それ以上にブレイブデュエルで鍛えていますから。もちろん、個人鍛錬は怠っていませんし」

 

 そう、シグナムさんと目を合わせて伝え、未だに力が入っている竹刀を押し返す。

 

「ふっ、合格だ」

 

「むしろ、毎回これで腑抜けていないか試すの、そろそろ止めませんか?」

 

 服装の乱れを直し、袋を持ち直す。

 

「君の調子を図るのに、一番手っ取り早いからな。真紅」

 

「ですけど……いや、やっぱりいいです」

 

 そもそも、言っても聞き入れて貰えないだろう。プレシアさんもそのままだしな。

 

「賢明だな。今日は、地下に用事か?」

 

「ええ。夕食まで時間を潰そうと思いまして」

 

「そうか。じゃあ、いつもの所に立つといい」

 

 ここの高速エレベータ……初見はかなり驚いたが、今となっては慣れた物だ。

 

「あ、これを渡すの忘れていました。どうぞ、手土産です」

 

 バリアゲージが出てきた時に思い出し、身体を少し乗り出して床に置いておく。

 

「お菓子か……ヴィータが喜ぶな」

 

「大体、そのつもりで買ってきましたから。じゃ、お願いします」

 

「了解した。それでは、良き旅を」

 

 全然、良き旅じゃないけどな、これ。

 

 グランツ博士が開発した、高速エレベーター。正式名称は知らない。

 

 ただ、簡潔に説明するとすれば、ただ早い。かなり早い。

 

「ちょっと思考している間に……到着だもんな」 

 

 地下に到着し、エレベーターから降りる。

 

 この部屋の深さについて詳しくは知らないが、普通に深い所にあると理解出来る程度には深い。

 

 もちろん、これも博士が関わっているのだが、一体いつの間に準備していたのだろうか。

 

「お、やってるな」

 

 シミュレータールームに踏み込んだ直ぐ、大きな熱気を感じる。

 

 もう日も落ち、時計の針が八時を越えているというのに、流石はベルカホームだ。

 

『ラケーテンハンマァァァ!!』

 

 その熱気の主は切り札を使い、丁度、対戦相手を討ち取った。

 

『惜しかったけど、あたしの勝利だな』

 

 アイゼンを掲げながらの勝利宣言で、改めてルーム内に熱気と歓声が巻き起こる。

 

 俺は、ヴィータ側のシミュレーターに向かい、勝者の帰還を待つ。

 

「これで今日も連戦連勝……って、真紅さんじゃねーか」

 

 ヴィータの顔には、物凄く意外だと書いてあった。

 

「こんばんわだ。今日は食後の運動がてら、八神堂に遊びに来たよ」

 

 右手を挙げて挨拶をして、簡潔に用件を伝える。

 

「そっか。真紅さんが来るなんて珍しいから、ちょっとびっくりした。それに時間も遅いし」

 

「上には良くお邪魔するが、俺が下に来ると……こうなるしな」

 

 実力があるデュエリストは、顔と名が覚えられやすい。

 

 その結果、俺とヴィータは沢山の人に囲まれていた。もっとも、この集まりはヴィータの人気による物だろうが。

 

 俺の事を知っている外のデュエリストは、あまり多くない。稼働当日から、俺が参加したイベントを見ていた人が知っているぐらいだ。

 

 だから、この集まりは……ヴィータと親しげに会話している、男の人は一体誰なんだ。って所か。

 

「だな。で、ここに来たって事は、誰かとデュエルしに?」

 

「ああ。ヴィータの連戦連勝を止めようかなって」

 

 さっき良いことを聴いたから、不敵な笑みを浮かべながら、ヴィータに勝負を挑む。

 

「げっ、今日一番ピンチな展開じゃねえか……いやいや、今日こそ勝つ!!」

 

「そう来なくちゃ、な」

 

 改めて、キングスの様に不敵な笑みを浮かべて、俺は反対側に向かってから、シミュレーターに入る。

 

「ブレイブデュエルスタンバイ!!」

 

 ホルダーを胸の前で掲げ、その後、俺の意識はアリーナへとダイブした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ステージは雲海か……ダインスレイフ、マップの成形を頼む」

 

 試合が始まり、とりあえず兵法に従って地図の作成をお願いした。

 

 試合内容は一対一のスカイデュエルだ。体力が無くなるか、降参するかの至ってシンプルなルールである。

 

【了解したよっ。報酬はダーリンの愛で】

 

 しかし、このデバイス、いい加減まともにならないのだろうか。

 

「過度な報酬の要求は、せめて仕事が終わってから頼むんだな」

 

【ちぇ】

 

 もっとも、愛着がなければ、AIを早々にカスタマイズしているが……それを、伝える事は暫くないだろう。

 

「というか、このAIはユーリがカスタマイズしてるはずだよな」

 

【お母様?】

 

「ああ、ユーリだ」

 

 ユーリよ、一体このAIをどうしたかったんだ。今更ながら、小一時間、問いただしたい。

 

【可愛いよね】

 

「違いない。で、そろそろ出来たか」

 

 デバイスのAIと感性が一緒なのは微妙に不服だが、ユーリを可愛いと思うのは当然だろう。

 

【出来たけど、そこそこ広いって事だけしか分からなかったよ】

 

 なるほど、マップ生成に制限が掛っているステージなのか。

 

 そして、良く見ると俺の位置は、大体マップの中心地。

 

「それだけ分かれば十分だ」

 

 俺は一枚のスキルカードを読み込む。

 

 このステージのセオリーは、雲海に身を隠しながらサーチャー等を用意して、一方的に敵の居場所を見つけてから戦う……だろう。

 

 お互いが鬼である、かくれんぼ。趣旨は大体そんな所か。

 

【チャージ完了。クラスターブレイザー、行けるよっ】

 

 このステージで、俺の行える最善は単純明快だ。雲海全てを、バスター系スキルで薙ぎ払う。

 

「了解した」

 

 最も、完全に雲海を消滅させれるほど威力はないのだが……それでも。

 

 俺は右腕を真上に掲げて──

 

【クラスターブレイザー!!】

 

 一筋の太く、赤黒い魔力光が進み、空で……爆ぜた。

 

「それは、俺のセリフだと思うが……ま、いいか」

 

 空で拡散した魔力光は、花火が散る様に、雲海に降り始める。

 

 そして、自分にも当たる危険性があるので、プロテクションを発動してから、もう一つのスキルを読み込んだ。

 

【チャージスタート。5、4、3、雲海消滅、ターゲットロック、0】

 

「悪魔の門よ、契約に従い顕現せよ……デモンゲイト!!」

 

 キングスから頂いた、攻防に使える万能射撃スキル。本来の使い方は、相手の射撃を受け止めて、カウンターに使うのが理想。

 

「げっ、いきなりピンチじゃねぇか!! 行くぞ、アイゼン!! ラケーテン・ハンマァァァ」

 

 しかし、魔力を込めてやれば、門を破壊されない限り攻撃を続けてくれる砲台となる。

 

「つまり」

 

 俺はエアリアルジャンプを使って、門の射撃を迎撃しているヴィータの裏に回り込んだ。

 

「挟み撃ちを、1人で行える訳なんだ。もっとも、キングスが使う場合は援護砲台にしかならず、近接の俺が使う場合に得られる特典だがな」

 

「ちょ、まっ」

 

【一式・紅一閃だよっ】

 

 そして、ヴィータに反撃の余地を与えぬまま、容赦なくスキルを発動させた。

 

「そんな技名は付けてない」

 

 単純に敵に突っ込み、通り抜けるだけの技。ただし、このスキルを使った場合の速度は、最高速度のライトニングタイプに当てる事も可能だ。

 

「俺の家に伝わる、間を読み、間を制す。の基本技だが、ブレイブデュエルだと瞬間移動した様に見える速度になるんだ……ま、聞こえてないか」

 

 とりあえず、ヴィータに勝ったので、俺は右腕を突き上げ勝利を示した。

 

 もっとも、歓声はあまり聞こえて来ない訳なんだが。

 

 そろそろいい加減、認知度を上げて行こう。

 

 心に、そう誓った。




でも、終わったのよね、INNOCENT。

コンプエースが薄くなって悲しい。連載再開を切に希望する。


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episode10

 

 

「真さん、ちょーっと、せこないか?」

 

「いや、何の油断もなく勝利しただけなんだが」

 

 試合終了後、八神堂の主に詰め寄られていた。

 

「確かに、真さん相手にしてヴィータは試合開始から油断してたけど、色々と聞いてへんスキルが多いような?」

 

「同じ所属ならまだしも、どちらかと言えば敵側のはやてに、そう簡単に情報を渡さないのが普通だろう」

 

 それでも、三つは見せたから、まだまだ甘いんだが。

 

「それはそうやけど……ヴィータがああなっていても、そう言えるん?」

 

「うぅぅ」

 

 誰がどう見ても。何千何億人に訊いても、あの様子はまさに……項垂れている、だ。

 

「そこはすまないと思わなくもないが、勝ちは勝ちだしな。ダークマテリアルズ、真の切り札としては、そう簡単に負けは許されていないし」

 

 チーム戦ならともなく、個人戦で負けてしまったら、なんて責められるか……ある意味、想像しずらい。何が起こるか分からないという、意味で。

 

「どこぞのデュエルの修羅と、同じ事言っとるな~」

 

「シュテルか」

 

 まあ、シュテルならそう言っていて当然だろう。

 

 もっとも、シュテルがもし負けても、責められはしない。彼女はそれ以上に自身を責めるからな。

 

「なんでも噂やと、その修羅にさえ敗北したことがない、まさに帝釈天……いや、常に真向から立ち向かう真さんには、覇王の方が正しいかも知れへんな」

 

 結局俺だと言い切っているじゃないか、はやて。

 

「噂は噂さ」

 

「火のない所に煙は立たんとも言うよ?」

 

 キングスの言う通り、やはり食わせ者だな。

 

「シュテルが燃え上がっているから、煙くらいは立つって事だろう」

 

 ただで情報を渡すほど、諜報に慣れていない訳じゃない。

 

 その辺りは、皆に鍛えられたからな。

 

「真さんの、いけず」

 

「いけずで結構。甘々なのは自覚しているが、矜持ぐらいはある」

 

 もちろん、俺個人ではなく、チームとしての矜持だが。

 

 その意思を、重なっていた目線を逸らさない事で強く伝える。

 

「……うーん。しょーがないなぁ」

 

 諦めてくれたのか、はやては肩をすくめ、そう呟いてから眼を閉じた。

 

「真さんはあんまり読まれへんし、素直に諦めるわー」

 

 どうやら、八神堂二回戦も俺の勝利らしい。

 

「なら、友人として、ちょーっと教えて欲しいんやけど」

 

「ん、なんだ」

 

 そう改めて来られると、応えざるをえないのは、俺の甘い証拠か。

 

「真さんが、ロケテスト大会個人の部にでえへんかった……ううん。なんで、本当のメインパーソナルカードを使わん理由、を」

 

「……好奇心か?」

 

「一切の嘘なしなら、好奇心も含まれてるよ。主にダークマテリアルズの異質さから、気になった事やし……アリシアちゃんが言ってた、深紅の先導者。そう言う割に、ダークマテリアルズがフルメンバーで戦った記録がゼロ。ロケテスト大会も不在やったし、ちょっと調べたら行きついてしもーたから」

 

 全く、これだから八神堂の主は……キングスに一目置かれる訳だ。

 

 配慮、目的、経緯、結果。織り交ぜて話されると、思わず答える気になってしまう。いや、なってしまったか。

 

「ロケテスト時代……といっても数ヶ月前だが、その頃の記録は、公式問わず後ほど消しているはずなんだ。一体どこから?」

 

「ごめん、ありがとうな。とりあえず、まずはリビングに案内するわ……二人きりの方が、ええやろうし」

 

 やっぱり、キングスとはやてはそっくりだな。性質というか、気質が。

 

「ああ、もっとも、あまり面白い話じゃないんだがな」

 

 ヴィータを横目に、俺とはやてはそっと、シミュレータールームを抜け出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「まずは、チーム大会に出ていない理由だが……正確に言うと、俺は準決勝にしか出ていない。ロケテスト大会は基本、エキシビションじゃないのは知っているよな?」

 

「うん。研究所オンリーでやってたロケテストやから、通称ゼロ大会のチーム参加数も少なめで、準決勝以上は勝ち残った四組しか知らんって」

 

 はやてが参加していた記録はないはずだが、それでも情報を知っているのは流石という所だ。

 

「なら、話が早い。参加チームは、8組。その中で勝ち残ったのが……身内ばかりで申し訳なかったが、まずダークマテリアルズ。フローリアン姉妹、テスタロッサ姉妹……そして、身内外、五人チーム」

 

 少し口にするのを躊躇ってしまったのは、まだ自分自身で、負い目を感じているのだろうか。

 

 はやては聡いから、気づかれてもおかしくない……気づかれたが、どうやらスルーしてくれる様だ。目が、優しい。

 

「順位はダークマテリアルズ、テスタロッサ、五人、フローリアンだ。一応ブロック分けされていたから、俺の準決勝での対戦相手は五人チーム……それが、俺の唯一参加したチーム対戦だな」

 

「そーなると、テスタロッサ姉妹はチーム大会二位さん、やったんか」

 

 ロケテスト大会の情報があまり流れていないから、ダークマテリアルズが一位ってのもあまり知られていないだろう。

 

 もっとも、それでも流石に一位なので、二位以下より知られているが。

 

「自分たちから言い広める二人でもないからな。そもそも参加チームが少なすぎて、オマケ大会みたいだったし……まあ、そのオマケで波乱の幕開けな訳だ。はあ」

 

 肩をすくめ、一つ、ため息をつく。

 

「事の発端は……ユーリがチーム大会の開始早々で倒れたから、でもないが、波乱のスタートはそこだな」

 

「なるほど。どーりで真さんがユーリにだけ過保護やねんな」

 

 逆になるほど。そこから今回の話まで発展させたんだな。キングスの言っていた独り言もこれが関係している様だし。

 

「そうは言うが……前日準備で一番起きていたのは、困った事にユーリなんだ。軽いとは言え、それなりに病弱を持っているのにも関わらずな」

 

 症状として体力が一般より無いってだけなんだが、無理をすると発熱やめまいで倒れる。

 

 最近では、研究所内での気配りを含めた環境。食生活の改善等で日に日に、体力は増えて良くなっているそうだが。

 

「それは困ったさんやなあ。私も時々アインスが心配になるし、同じ様な感じやね」

 

「ああ、その通りだ。無茶して倒れられると、こっちの方が心配になるしな。アインスさんが倒れた時も、本気で心配になった」

 

 たまたま俺がその場にいたから対処。といっても、寝室に運んで容体確認しただけだ。武術の助けになると思って、昔から勉強しておいて良かった。

 

「あの時はお世話になりました。開店準備で焦ってたし、アインスが無茶してくれてんのは分かってたんやけど……寝不足って怖いんやね」

 

 人間の身体は頑丈に見えて、その実、一緒に脆さを背負ってるからな。表裏一体。悪い方に天秤がぶれた瞬間、一気に影響が出る。

 

 しかも、それをある程度は気力で補えるからこそ、頑張れる人間は唐突に倒れるんだよな。 

 

 病は気からというが、時にその言葉が迷惑にも感じてしまう。

 

「と、話を戻すが……それの付き添いで俺とキリエが離脱して、大会が進んだ訳だ」

 

 何が凄いって、姉貴が一人で準決勝まで進めていたのだが、一対多の戦いに滅法強いのかも知れない。

 

「それから少しして、ユーリの容態が安定したから俺は大会に戻った。もちろん心配ではあったが、そのせいで俺が大会に不参加って知る方がショックだろうとも思ってな」

 

「なーるほど。優しい子やもんね」

 

「全くだ……で、その気遣いが仇となってしまったのか、相手が悪かったというか……」

 

 俺は一度、俯き溜息をついてから、改めてはやてに向き合った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「悪い、遅くなった……が、当然無事だな」

 

 キングスの元へ到着し、対戦表を一瞬だけ確認した。

 

「たわけ。負けるはずがなかろう。ふむ……真紅が来たなら、ユーリは大丈夫という訳だな」

 

 あの観察眼には恐れ入るな、いつもいつも。

 

「そっか~、良かった良かった」

 

「ええ。心配で思わず、相手チームを殲滅してしまいましたし」

 

『それはいつもの事』

 

「そ、そんな」

 

 それでもある程度の動揺はあったんだな……僅かにだが、チームとしての空気が乱れている。

 

 俺はそう感じ、とりあえずシュテルの頭を撫でた。

 

「ん、気持ちいいです」

 

「そして、レヴィ!!」

 

「ほいっさー」

 

 次にレヴィとハイタッチ。

 

「次も殲滅するぞ、キングス」

 

「言われるまでもない」

 

 キングスと拳をぶつけ、空気の正常化を試みる。

 

「よし」

 

 やはり、ユーリの分が足りないが、十分だろう。

 

 足りない部分は、補えなくても問題ない。それでやっと視界に収まるからだ。

 

「さて、次の相手はチーム、デス・パレード。うん、知らないな」

 

「もちろん、我も知らん」

 

 キングスが知らないなら、知る必要性はゼロだな。

 

『試合終了。勝利チーム、フローリアン姉妹』

 

 館内アナウンスが響き、別ブロックの無事も理解した。

 

「って、姉貴一人だよな?」

 

「そうだよ。アミタが一人で勝ち進んでる感じ」

 

「まさかアミタが、あれほどの対多人数戦術を身につけているとは……武器の特徴もありますが、私では難しいです」

 

 一対一なら、他を寄せ付けない強さを持っているシュテルが、そう思うのか。

 

「意外だな」

 

 正確には、それを難しいと考えているシュテル自身に驚いているんだが。

 

「む、悪い気を感じました。難しいだけで、出来ないとは言っていませんよ。それに魔力量を徹底的に抑える運用が完成すれば、余裕になります」

 

「シュテルなら、そう言うと思ったよ」

 

 やっぱり、シュテルはシュテルだった。

 

『次の対戦チーム、シミュレーターにどうぞ』

 

 呼び出しのアナウンス。電光板に表示されていたのは、ダークマテリアルズの文字だ。

 

「では、行くぞ」

 

「ああ」

 

「うんっ」

 

「負けません」

 

 それぞれがシミュレーターに入り、ダイブを開始した。

 

 俺は少しだけ、空いている右隣を見てから、意識を集中させる。

 

 ユーリの為にも、勝つ。

 

「あの五人か」

 

 ダイブが完了し、広がる青空と、まばらな雲。ステージは、文句なしの空だ。

 

 その開けた視界で、捉えたのは相手チームのメンバーたち。

 

「であるな」

 

 対戦前挨拶の為、武装解除してから、ゆっくりと近づく。

 

 だが、何故か相手チームは近づいてこないし、武装解除も行っていない。

 

 罠。という言葉が頭に浮かんだが、ただのマナー問題だと首を振った。

 

 なにせ、試合は始まっていない。正式に開始されるまで、攻撃は禁止だからだ。 

 

「やぁやぁ、ごめんね。格上チーム相手だと、近づく魔力すら惜しくてさ。ダークマテリアルズ……ぶっちぎりの下馬評トップ、反則レベルのチームだ。そんな相手と戦える事は光栄だけど、同時に恐れ多いよね。僕たちはまだまだ新参で無名。ちょっとの油断すら出来ないから、待たせて貰ったよ」

 

 頼みもしていないのに、ぺらぺら喋る奴は胡散臭いと……キングスに言われた事を思い出す。

 

 恐らく、大学生ぐらいだろう。それなりに顔が整っていて、間違いなく彼がリーダーだ。残りは、その取り巻きって感じか。失礼だろうが、誰もぱっとしない雰囲気だな。

 

 俺は、視線をそっとキングスに向けてみるが、顔を背けられた。

 

 どうやら、コイツは面倒な奴なのだろう。

 

「いや、気にしなくていいですよ。俺が逆の立場でもそうしたはずですし」

 

 と言っても、絶対。間違いなくしないが。

 

「やっぱりそうだよね。で、君がリーダー?」

 

「はい。俺がリーダーですよ」

 

 意図が読めない意味不明な質問に、面倒だったのでそう答える。

 

「じゃ、よろしくね」

 

 どうやら、ただ握手をする相手の確認らしい。

 

「正々堂々、よろしくお願いします」 

 

 応えないもの失礼なので、ちゃんと握手に応じておく。

 

『試合ルールはチームバトル。相手チームのメンバー全てを倒す。または、チームリーダーの降参宣言によって勝敗が決まる、シンプルなバトルです。何か質問はありますか?』

 

 事務的過ぎるシステムボイスだなと、ふと思ってしまった。やはり、実況やアナウンサーを用意するべきだな。

 

 適性が高そうなのは……大体、軽く熟しそうな奴らばっかりか。手始めに、アリシア辺りにお願いしてみよう。

 

「僕は特にないよ」

 

「同じく、ありません」

   

『では、互いに距離を取ってから試合開始です』

 

 どうせ動かないのだろうと、思い、素直にこちらから離れる。

 

「……レヴィ」

 

 その道中、レヴィにだけ聞こえるように、耳元でささやく。

 

「試合開始と共に、最大速度で開始位置から離れてくれ」

 

 もっとも、この行動の意図を二人は分かっているはずだが。

 

 大事なのは相手に、俺とレヴィが、何か仕掛けてくるかもと情報を与える事。

 

 罠がある。

 

 そう、罠を張っている相手チームに対して、思考のリソースを割かせる。

 

「ビリビリおっけー。出来るだけ、相手の方向に逃げるね」

 

 そうすれば、多少の分散が可能だろう。

 

 問題は、どれだけの罠が仕込まれているかだが……。

 

 先にフィールドにいた事や、多い雲の量。シューターなどを隠しているなら、周りの雲、全てが罠とも考えられる。

 

 あのチーム配分。リーダーがライトニング。他の四人が、全員プロフェッサーなのも気掛かりだ。

 

 援護特化のワンマンチームなら、対処も余裕なんだが。

 

「さて、これぐらいでいいか」

 

「ふむ。飛んで火にいる夏の虫……は、ちと違うか」

 

「背水の陣……とも違いますね」

 

 やっぱり、理解してくれていたか。

 

 まあ、罠があるのはバレバレだったし、問題はその種類だからな……そこを見極めて先導するのが俺の役目だ。

 

 相手の作戦は読み切れていないが、そこはキングスに任せよう。

 

 俺の仕込んだ、レヴィという火種があれば、今回は乗り切れるはずだから。

 

「一応、これだけは言っておくが……気を付けてくれよ」

 

「不明瞭な物に気を付けるのは、世の理ですよ、真紅」

 

「全くだ。うぬは、自信を持って行動するが良い。後陣は、我が支えよう」

 

 本当に、頼れる仲間を持ったものだ。

 

「なら……そうだな、勝つぞ」

 

『心得ました / 言われるまでもない / 了解っ』

 

 さて、相手の出方はどうだろうか……一死でも報いる事が出来れば、上出来だな。

 

『それでは、バトルスタート』

 

 空に、スタートの文字が浮かび上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「とまぁ、寸分の油断もなく殲滅した訳だ」

 

「いやっ、長い前振りの意味はなんやったん!?」

 

「普通に考えて、負ける訳がないからな」

 

 そもそも、負けていたらチャンピオンチームですらないし。

 

「相手さんが、どういう作戦で来たとか、もの凄く気になんねんけど」

 

「ああ。雲の中にシューターと、開始位置にいたのは幻影スキルで作ったメンバー。開始早々で奇襲があった感じだ」

 

「……たった、プロフェッサー四人掛りで?」

 

「ああ」

 

 あの時は本当に、こんな雑な作戦を誰が思いついたのだろうとか思ったな。

 

 確かに、ある程度のランクを相手にするなら……とりあえず、勝つだろうが。

 

「王様のチームに対してぶつける戦力としては、無駄と言い切れる無謀さんやねぇ。逆に、それを考え付いた思考力に、驚きとも言えるかも知れへんけど」

 

「はやての言う通り、驚きの余り、レヴィが作戦を止めて速攻で全員を迎撃したな。一切の無駄なく、的確に」

 

 ある意味で、レヴィのそんな動きを引き出した事については、三人で大絶賛していた。

 

 当のレヴィは、その時の動きを覚えていないらしいので、またいつか見れると信じるしかないが。

 

「避雷針に落ちる雷そのものやね……と、そんな無謀さんより、話の続きをお願いします」

 

「残念な事に、話はその無謀さんが原因なんだ」

 

「え、そうなん」

 

 はやての反応はもっともだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「いやー強いね、君たち」

 

 レヴィ以外は特に何もしていない……とは、口に出さずに飲み込む。

 

「いえ、まだまだですよ。見事な作戦でした」

 

 とりあえず、適当に話を切り上げよう。

 

「見事? あんなに無様に負けといて?」

 

 突然、男の雰囲気がすっと変わる。

 

 どうやら、言葉の選択を間違えたらしい。

 

「挑発か? ふざけんなよ卑怯な手を使っといて。お前らはこの研究所のお抱えだろ? 卑怯も卑怯で、まったく対等じゃねえだろうが!! 出来レースだよ、出来レース!!」

 

 なるほど、こういう人間か。

 

 どうりで、取り巻きの雰囲気も悪い。いや、萎縮してしまっているのか。

 

「そうですね、出来レースかもしれません。でも、そちらが負けた事に変わりはないでよね。その過程で、下手な仕込みがあったとしても、俺たちはそこを責めませんし……ここは、熱くならず、不幸だったと割り切って頂きたい。ここには、この試合を見ていた中には、小さい子供もいますので」

 

「……ちっ、しらけた。帰るぞ、お前ら」

 

 どうやら、公衆の面前だと思い出してくれたらしい。

 

 これで何とか穏便に済んだだろう。

 

「あーあ、あのどうにもお荷物っぽい、金髪の鈍間がいたら俺たちの勝ちだったなあ。なあ?」

 

「あ、あぁ、そうだよな」

 

 隣にいた仲間と肩を組み、さも当然のように意見を強要している。

 

 やはり、いわゆるクズ側の人間だ。

 

「ムカッ」

 

「よい、レヴィ。帰るぞ」

 

 キングスが、そっとレヴィを制した。

 

「こんな中学生やら、ガキの集まったチームに本来負けるはずねえし。やっぱり卑怯な手を使われてなきゃ、勝ちだろうし。パーソナルカードとか弄ってるんじゃね?」

 

「不正をお疑いなら、今ここでお見せしましょうか?」

 

「シュテル……?」

 

 怒っているのかと思ったが、顔色を窺うとそうでもないらしい。

 

 むしろ、呆れ全開だった。

 

「とか言って、見えない様になってるんだろ? いいって別に。お前らが不正は、ほぼ断定してもいいレベルだしな」

 

「そうですか」

 

「やっぱ、クソゲーだなこれ。こんなゴミみたいなゲーム、一瞬で終わっちまうよ。ロケテストで不正が出回ってたり、礼儀を知らねぇで対戦相手を煽ってくるガキが多かったりな」

 

 はあ、くだらないな、本当に。

 

「では、俺たちはこれで」

 

 一度、頭を下げてからダイブを終了する。

 

 シミュレーターが停止し浮遊感が消えた後、安全が確認されたので、外に出た。

 

「良かった……」

 

 そう呟いたのは、シュテルだ。

 

「ああ。誰の判断かは後で確認するとして……ナイスだったな」

 

 ギャラリーの熱気は変わっていなかった。

 

 どうやら、早めに画面接続を切ったらしい。

 

「ただ、確実に分かった事が一つある。ブレイブデュエルには、問題がまだまだありそうだな」

 

「それを見極め、受け入れるのが理想の王政であろう。我らが突き進むべきは、元より茨の道であり、一筋縄では無理難題だ。しかし、それを実現させる……か、家族はここにおるし、仲間も多い。だからせめて──」

 

「最強であり続け、群衆を盛り上げないと、だろ?」

 

 キングスの言葉を遮り、その続きを想像して繋げてみる。

 

「ふんっ、分かってるのならよい」

 

 すっと背を向けたキングスの頭に、ゆっくりと手を置く。

 

「だから、任せる。俺たちはヘイトを集めるダークマテリアルズだ」

 

「最強の矛は、私が」

 

「最速の翼は、僕が」

 

「最硬の盾は、ユーリが。最後の砦には俺がいる。だから、キングスは──」

 

 頭から手を離して、キングスの言葉を待つ。

 

「いや、続きとかやらんぞ……」

 

 返って来たのは、最高の呆れ顔だった。




思ったより長くなりそうな予感。

なので、前編・後編に分かれます。


次の更新も未定ですが、気長にお待ちください。


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episode11

まずは、終わらせます。これが、個人的な決意でも。


 

 

「その後、テスタロッサ姉妹と対決して、無事に優勝した訳だ」

 

 個人的に交友があった為に、少し戦い辛い所があったな……。

 

「じゃあ、問題はその後?」

 

「だな。個人戦、それも二回戦だった。俺が自分を抑えれなかったというか、まあ……」

 

 未熟。

 

 その一言に尽きる。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ユーリの体調は大丈夫そうか?」

 

 チーム戦が終わった翌日、俺は個人戦の会場にて姉貴に連絡を繋いでいた。

 

「はい、落ち着いてますよ。朝食を食べた直ぐ、眠ってしまいましたが……お姉ちゃんがしっかり看病しますから」

 

 姉貴の看病は……ちょっと不安だな。

 

 しっかりとお姉ちゃんだし、キリエの面倒も見ていたはずだから、大丈夫だろうけど。

 

「安心せい、我もいる」

 

「まあ、そうだな。姉貴も含めて面倒を頼む」

 

 キングスがいるなら、万全だしな。

 

「うむ」

 

「ちょっとひどくないですかっ!?」

 

「悪い悪い、姉貴も頼むよ」

 

 そう伝え、電話を切った

 

 シュテルたちは既に会場の中にいるらしいので、小走りで仲間の元に向かう。

 

 っと、あれか。

 

 トーナメント表。その前で特徴的な水色のツンテールが揺れている。

 

 ほぼ間違いなく、レヴィだ。

 

「待たせた」

 

「ん、あ、真紅!! 持ち上げてくれない?」

 

 ……なるほど、見えないか。

 

 個人戦は、チーム戦より圧倒的に参加者が多い。なので、単純に人の壁があり、決して身長が高くないレヴィだとしっかり見えないらしい。

 

 とくに問題はないので、腰のあたりを掴み、レヴィの身体を持ち上げる。

 

「レヴィも大概、軽いよな」

 

「そうかな? 真紅が力持ちなだけだと思うよ」

 

 その線もなくはないか。鍛えておいて正解だ。

 

「で、見えたか?」

 

「うんっ!! でも、中々厄介な組み合わせだねぇ」

 

「それはまあ、否定しないが」

 

 左ブロックに、シュテルとレヴィ。

 

 右ブロックに、キリエ、フェイト、俺。

 

 順当に進んだとして、俺とキリエのバトルが一番近い。二回戦目だし。

 

 その次に俺とフェイトが近く、シュテルとレヴィは準決勝で当たれる良い配置だ。

 

 あ、八神堂のあの娘もシュテル側か……うん、楽しみではあるか。

 

 ちらほらと、強いと噂のデュエリストの名前もあるし、一筋縄じゃ無理そうだ。

 

「おや、まだここにいたんですね」

 

「で、先輩はいつまでレヴィを抱えてるのよ」

 

「おっと、忘れていた」

 

 レヴィを降ろしてから、合流した二人も一緒にここを離れる。

 

 目的地はないが、とりあえずひと気のない場所へ、俺が先頭になって足を進めた。

 

「会場の熱気こそありがたいですが、今、当てられるのは早いという決断ですね」

 

 そう言いながら、シュテルが横に並ぶ。

 

「正解だ。完全に高揚するのは、まだ早い。手を抜いて足をすくわれるのは困るから、その塩梅は見極めないといけないが……いい結果を持って帰らないと、怒られるしな」

 

 もちろん、キングスに。

 

「間違いありません。この中の誰かが勝ち残るのは当然としても、不甲斐ない結果をお伝え出来ませんから」

 

「一戦目敗退とかいう、最低な結果は思いつかないが、慢心は命取りだな。全力で頑張ろう」

 

「はい」

 

 ただ……気掛かりなのは、アイツか。

 

 チーム戦にて絡んできた、大学生らしき男。

 

 キリエと初戦で当たり、負ける事はないと思うが、その後に俺と当たる。

 

 何故か嫌な予感がするが、果たして信じていいものか。

 

 ちらっとキリエを見るが、特にコンディションに変わりはない。

 

 俺だけの、杞憂であればいいが。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「と、その予感が当たってしまい、言葉に並べるのは嫌だから、過程は割愛だ。結果だけ言うと、キリエが負けた」

 

「なるほど。つまり、人として最悪なタイプやったんですね」

 

「そういう事だ。卑怯な手、というより人間的なモラルの話だが」

 

 そのお陰で、NGワード発言は抹消扱いという恐ろしいシステムが組み上がったのだが。

 

 怪我の光明とは言い辛いか。

 

「最近はあんまりみんくなりましたけど、やっぱりおったんですね」

 

「ああ」

 

「で、その選手をけちょんけちょんにはっ倒したのが、真さんやと」

 

 け、けちょんけちょん……まあ、その通りだから何とも返事し難いな。

 

「そうだな。その時に使っていたのが、本当のパーソナルカード。もっとも、今とそう大まかな変わりはないんだが」

 

「なら、見せて貰う事はできるん?」

 

 うーん、そうなると話が難しいとは、俺の心持ちの問題なのだろう。

 

 いや、ある意味、好奇心だろうと話す機会をくれた事に感謝か。

 

 元々、見せる機会を伺っていたとも思うし。

 

「自身の心が情けなかったが、今なら確かに大丈夫だと思う。ただ、相手に相当の負荷が掛るんだ」

 

「そーなると、家で見せて貰う訳にもいかへんね。真さん相手に善戦できそうもないし」

 

「まあ、戦うって場合の話だが。はやてになら、素直に見せるよ」

 

 ブレイブホルダーを取り出し、その中から一枚のカードを取り出す。

 

 あまり公にしたくなかった理由は、まず早々に使う機会がないのと、その性能差にあるんだが。

 

「SRランクのパーソナルカード!? こんなん、都市伝説レベルちゃうん?」

 

「総プレイが2400時間を超えて、対人勝率が95%をキープし続けたら、そうなっていた」

 

「はぁ……ほんまにあったんや」

 

「詳細な条件はもちろん不明だが、現状存在しているのは俺のカードだけ。ロケテスト勢でも、まずプレイ時間は越えてない。マテリアルズ限定だな」

 

 こればっかりは、チートや不正だと言われても正直弁解が出来なかったんだが。

 

 経験値が桁で違う訳だし。

 

「ほんなら、シュテルも同じSRランクなん?」

 

「いや、条件だけで言うと俺とほぼ変わらないから、ランクアップしてそうなんだが……まだR+のまんまだ」

 

「人それぞれ違う可能性があるっちゅう訳かぁ。私の場合、どの条件なんやろ……って、それも考えるだけ無駄かもしれんね」

 

「違いない。と、まあ、そのカードで相手をボコボコにした結果、使ってないだけだ。病院送りになってしまったが」

 

「え」

 

 思い返しても悪いと感じない所を考えると、本当に未熟だったな。手段も、精神も。

 

 いくら相手が悪かったとはいえ。

 

「変成デュエルだったとは言え、持てる力で攻撃し続けてしまってな。ブレイブデュエル恐怖症になったらしい。一応、謝罪には行ったが、もちろん面会謝絶だ」

 

「な、なにをどうしたらそんな事に?」

 

「いや、純粋に攻撃方法が、近距離で殴り続けるしかなくて。直接殴ってないにしろ、疑似ダメージが脳裏に焼き付いてしてしまったらしい。KOと共に気絶して運ばれてしまったし」

 

「あー、ブレイブデュエルの解決できない問題点って、その事やったんか」

 

 仮想現実であれ、危険はある程度ともなってしまう。

 

 危険というより、ゲームが嫌になる精神的な物ではあるが、克服は難しいだろう。

 

「元々注意事項には載っているからな。完全な対処が出来ない為、事前承諾って形で」

 

「スランプって言えば簡単ですけど、確かに厳しいもんやし」

 

「だからこそ、プレイヤーのモラルが大切になってくる訳だ」

 

 この問題も、永遠に解決はしないだろう。

 

 ただ、それでも向き合わないという選択肢は、開発者側にない。

 

 起こりうる問題に対して、どう対処していくか。

 

 今後は、こういった問題を迅速に解決。または、起こさない様に努力が必要だ。

 

 その為にNGワード設定等も出来て、結果だけ見るとロケテストの甲斐があった。

 

 むしろ、ロケテストが無かったら、今頃どうなっていたのだろうか。

 

「ちなみに、そのカードを使って見る気はないん?」

 

「今の所、その資格があるのはシュテルだけだな」

 

 実力的に、俺個人が本来持っている力を発揮して、対応できるのはシュテル位だ。

 

 良い所でレヴィやフェイトは速度がある分、反応できそうに思えるが、対応となるとどうだろうか。

 

「ほほう、シュテルだけ……して、実態はいかに」

 

「それはシュテルに訊いてくれ。俺が話せる内容じゃないから……って、何となく予想できていると思うが」

 

 キングスと良い、素で人の上に立つ人間は賢くて困る。

 

 もう少し、子供でいてくれると助かるんだが……言ってどうこうならないか。

 

「うん、ありがとう。また、色々とお話ししましょ。真さんと長々と喋ったの久々やったし」

 

「そうだな。ああ、機会がなくても、勝手に作ってくれ。いつでも待ってるさ」

 

「……なるほど、これが例の」

 

 はやてからの視線が少し、痛くなった気がする。

 

「ん、例の?」

 

 とりあえず、疑問を声に出してアクションを待つ。

 

「ううん、気にせんといて。それじゃ、外まで見送るわ」

 

 食い気味に言われてしまった。

 

 恐らく、気にしなくても大丈夫な問題なんだろう。

 

「そ、そうか」

 

 それから結局、八神家一同で見送って貰い、俺はホームに帰宅した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ん、朝か」

 

 稼働から丁度一週間となる今日、特別休日なんて物はなく、ド平日である。

 

 さくっと学校の準備を済ませ、リビングへ。

 

「おはよう、キングス、ユーリ」

 

「うむ、良き朝だな / おはようございます」

 

 この一週間で色々あったが、変わらない朝は、本当に良い物だと思える。

 

 というのも、俺が、一人でないから言える事だろう。

 

 何となく、感謝の気持ちを伝えたくなったので、二人の元へ寄る。

 

「ん? どうした……って、な、なんだこの手は」

 

「わわっ」

 

「いや、いつもありがとう。それだけだ」

 

 二人の頭を軽く撫でてから、いつもの席に座った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 学校にて適当に一日を消化し、その途中でキングスの愛妻弁当。最近またグレードアップしている。

 

 を、食し、放課後。

 

 エネルギーは満タンだ。今日は久々にアルバイトの依頼が入っていたので、T&Hに。

 

「お疲れ様です。今日は何から始めましょうか」

 

 緊急シフト制とはいえ何故か俺のロッカーはあるので、5階のロッカールームでT&Hのエプロンを付け、いつものスタッフルームへ。

 

 店内カメラをチラッと見ても、滅茶苦茶に忙しそうとは見えないが、きっと何かあるのだろう。

 

「今日、真紅君に来てもらったのは他でもない」

 

 プレシアさんが近づきながら、険しい表情をしている。

 

「娘たちがカラオケに行くそうなので、引率とカメラマンをして貰うわ!!」

 

「……へ?」

 

「ほら、だから仕事要請を掛けずに、個人的にお願いした方が良いって言ったじゃない。ごめんなさいね、真紅君。プレシアが驚かしたいって言ってたから、黙っていたのだけれど」

 

 リンディさん、それを人は共犯と呼ぶのですよ。

 

 声でなく、視線で講義はしておいた。

 

「まあ、ただ分かりました。ある意味で最重要業務ですね。しっかりとカメラマンして来ます」

 

 もちろん、本当はプレシアさんが行きたいのだろうけど、無理なんだろう。

 

 だって泣いていたし。

 

「という訳で、最新のビデオカメラと軍資金よ。撮れ高によっては個人的にボーナスも出すわ」

 

 こ、この人、相変わらず本気だ。

 

 プレシアさんの熱気に押される形で、指定のカラオケ店へと向かった。

 

 にしても、カラオケか……初めてだな、T&H組の誰と行くのも。

 

 機会はあった様な、無かった様な。

 

 そもそも、親睦会を兼ねてだろうに、俺がいていいのだろうか。

 

 まあ、そこは引率として割り切ろう。そもそも小学生のみの利用が出来ないともリンディさんが言っていたし。

 

「と、ここで待っていれば良いんだよな」

 

 店前に到着したので、とりあえずアリシアに連絡を……電話で入れる事に。

 

『もしもし、アリシアだよっ!』

 

『話は聞いていると思うが、どうも俺が引率になったらしいから、今日はよろしくな』

 

『うんっ、大丈夫。フェイトにだけ言ってないけど!』

 

 電話の奥から、隣で驚いたであろうフェイトの声が聞えた。

 

『なるほど、それなら先に部屋を借りておくから、メール入れておく』

 

『了解!』

 

 そうと決まれば話は簡単なので、入店し受付へ。

 

 それなりの広さの部屋を指定し、部屋番号をアリシアへ送信。その間に、お菓子や軽食等、ある程度を注文しておく。

 

 多分、みんな好き嫌いはないはずだ。

 

 もちろん、夕食に響かず食べきれそうな範囲で注文したので、嫌いがあっても大丈夫だろう。

 

 その辺りのスキルはグランツ家にて習得済みだ。

 

「という訳で、今日はスペシャルゲストが。そう、お兄さんです!」

 

 ドアが開き、アリシアを先頭に皆が入って来る。

 

「ようこそ、パーティー会場へ……と、ただのカラオケなんだが。改めてよろしくな、フェイト。それに、なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃん」

 

「うぅ、薄々は気づいてたけどお兄ちゃんがいるなんて……」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 何の問題も無く始まったカラオケは、それはまあ波乱。いや、狂喜乱舞? だった。

 

「誰でもなく、君の為に出来る事」

 

 初めの緊張は何処へ。

 

 フェイトの歌は、何をどう考えたって上手い。としか言い表せないクオリティだ。

 

 普段の様子からは、ほぼ予想できない歌唱力。

 

 道が違えば、いや、今からでも歌手になってもおかしくない。

 

 次にアリシア。

 

 フェイトが衝撃的だったのもあるが、アリシアは単純に凄い。

 

 妹が歌唱力なら、アリシアは表現力だろう。

 

 なんか、溢れるアイドル感が凄い。

 

 あまり見た事はないが、まるで本物を見ている様だ。

 

 なのはちゃん。

 

 歌唱力こそフェイトの後だと──「まあ」 と、納得するレベル。

 

 が、元々が可愛い声をしているので、前面に発揮されている。

 

 と、思えばどこからその声が。という低い声も出る訳だ。

 

 ただ、芯の部分で、なのはちゃんの声が分かる。

 

 今時の小学生は、こんなに多芸で無いといけないのかと不安になって来た。

 

 アリサちゃん。

 

 魔法少女系アニメのテーマソングを歌っているのでは、と錯覚する程のアニメ声。

 

 いや、歌がその系ならそうなんだろう。が、全部そうなっている。

 

 良き意味しかないが、完全にスーパー個性だ。

 

 歌唱力を余裕で補って、魅力を感じれる声。普段から、この中で一番特徴があり、耳に残る声だとは思っていたが、これ程とは。

 

 すずかちゃん。

 

 ある意味で、一番の驚愕か。

 

 フェイトと同タイプの大人しい少女なので、素直に驚いた部分もある。

 

 しかし、全くといって想像もできない、普段とは違う声が聞こえるんだ。

 

 本人がそこにいるのに、普段の姿を邪魔をしているのか、別の人間じゃないかと疑うレベル。

 

 そう思った矢先には、これまた違う声。一番、多彩な声質なのだろう。

 

 全員の歌に聞き入ってしまい、カメラを回せているか心配だったが、多分大丈夫だ。録画モードにはなっている。

 

「いや、とりあえず三週したけど、本当にみんな凄いな。上手い」

 

「でしょ。私に惚れちゃっても良いんだよ、お兄さん」

 

「アリシアが母さんみたいなこと言っているけど、気にしないでねお兄ちゃん。でも、ありがとう」

 

「本当に上手い人はもっといると思いますけど、ありがとうございますっ」

 

「あたしとすずかは一応、音楽もやっている訳だし、これ位は」

 

「ですね。ただ、ありがとうございます」

 

 いやー、ほんと怖いな。

 

 今時なのか、T&H組が特別なのかは分からないが、後者であって欲しい。

 

「そんな事より、お兄さんは歌ってくれないの?」

 

 しみじみ考えていたら、ついに矛先が俺に向いた。

 

 薄々思っていたのか、皆の視線が俺に刺さっている。

 

「一応、引率だからな。それに歌はあまり知らなくて」

 

 幼い頃からの武術漬けにより、おおよそ音楽に触れていない人生だ。

 

 いや、ある程度はキリエのお陰で知識レベルはあるのだが。歌う機会はあまりにもないので、さすがにこの中に放り込まれて歌えと言われても、難しい。

 

「でも、今日の仕事依頼の中で、お兄さんの歌唱動画って項目もあるよ」

 

「何っ!?」

 

 タイミングを呼んでいたのか、メールフォルダに新規が一件。プレシアさんからだった。

 

 内容は見るまでもないので、そのまま削除しておく。

 

「守る意味はないと思うんだが…………無理か」

 

 しかし、俺の性分であろう。

 

 頼まれた、お願いされた事が、自分に出来る範囲なのにやらないというのは、流石に気になる。

 

「先に断っておくが、歌える曲は少なくてな」

 

 曲を入れる機械を借りて、歌えそうな曲を探してみる。

 

 意外と、あった。

 

 キリエが教えてくれる曲だったので、流石にあるみたいだ。ランキング入りしていたし。

 

 現役女子高生を舐めていた。何だかんだ流行りには従っているらしい。

 

 付き合い程度か、桃の影響もあり得るが。

 

「とりあえず、これで……」

 

 誰のどんな曲かは知らないが、男性ボーカルなので、これで間違いない。

 

 実物は知らないので申し訳ないが、アップテンポで聴きやすかったので、自然と覚えれた。

 

「こ、これって」

 

「ん、知っているのか。なら丁度良いな」

 

 何かのアニメの主題歌らしいが、それも知らない。

 

 ただ、曲自体を知っているなら聴いてもらう分に退屈にはならないだろう、きっと。

 

 滅茶苦茶なファンなら、後で謝ろう。うん。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「う、うぅ」

 

 何故か、アリシアが泣いていた。

 

「ど、どうした。聴くに耐えなかったか? 申し訳ない」

 

「ち、違うよお兄さん。あまりにも合っていてびっくりしただけ。まるで本人が再現してるかと」

 

「いや、言い過ぎだろう。確かに、元々声質とかは似てると思っていたが、そこまでか?」

 

「本当に上手だったよ、お兄ちゃん。私も凄く驚いた」

 

「うんうん。真紅さん、これの元って知らないんですよね?」

 

「ああ。キリエ……知り合いの女性から、おすすめされただけだ」

 

 そう言えば、なのはちゃん含む三名は、まだ会った事がないはずなので、後日紹介しよう。 

 

「これ、最近流行ってるバーチャルアイドル、クリムゾンっていう男性の曲よね、確か」

 

「うん。私も見た事はないけど、お姉ちゃんから教えて貰ったよ」

 

 クリムゾン? バーチャルアイドル?

 

 なんだそのキラキラネーム。いや、俺が言えたものじゃないけど。

 

「で、アリシアお姉ちゃんが大好きで、大ファンなんです」

 

「そうだったのか。まあ、がっかりされないで良かったよ」

 

「がっかりどころか、アンコールを希望しますっ! で、次はコレ歌える? お兄さん」

 

「ああ、歌えると思うぞ」

 

「やったぁぁぁ。ありがとう、プレシアママ……」

 

 あ、後で調べておこう。ここまで期待されると、こちらも素直に嬉しいし。

 

 しっかし、確かにどこかで聴いた気もするな……クリムゾンって単語。

 

 俺がクリムゾン・ベルウェザーってデュエルネームがあるからかも知れないが。

 

「まあ、いいか」

 

 今は深く考えず、カラオケを楽しむ事を意識しよう。

 

 多分、キリエ辺りが教えてくれそうだし。

 

 



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episode12

 

 

 親睦カラオケ会が終わり、プレシアさんに渡す物を渡して帰宅した。

 

 早速、キリエの部屋へ向かい、ドアを二回ノック。

 

「はーい、どうぞ~、先輩」

 

 ノックの音で分かるとか、超人か、こいつ。

 

「良く分かったな」

 

「ノックする人間は限られてますし。で、何かあったの?」

 

 確かにそれもそうか。

 

 俺、姉貴、キングス……あれ、ユーリもシュテルもするだろうから、いっぱいいると思うが。

 

 ……やっぱり、凄い奴だ、キリエは。

 

「いや、今日……まあ、色々あったんだが、クリムゾンって歌手知っているよな?」

 

「え。あ、ああ、まあ。それがどうかしたのん?」

 

 なぜ、言葉に詰まる。

 

「いや、いつもお勧めして貰っていて、ふとどんなアーティストか気になってな。調べるよりか、キリエに訊いた方が早いかなって」

 

「う、うん。確かにそうね~。ただ、ユーリの方が詳しいわよ。あの子、大大大ファンだから。というかプロ……だし」

 

 はぐらかされているな、これ。

 

 多分、キリエの口からは言い難いのだろう。

 

 それをユーリに振るって事は、何かあるな絶対。

 

「分かった。訊いてみよう」

 

「いや、でも辞めといた方がいいかもしれないわ。プライバシー的な色々があるし」

 

 もしかして、思ってたより大変な案件なのか、これ。

 

 たかだか一人のアーティストだよな?

 

「それより、なんで今更?」

 

「うーん」

 

 T&Hメンバーとカラオケしただけだし、そこを隠しても意味はないが……伝えて良いものか。

 

 一応は親睦会な訳で、それこそプライバシー的な話もあるしな。

 

 ただ、俺が急に興味を示した理由は必要か。

 

「知り合いとカラオケに行って、歌ったら似てるって言われたからだな」

 

「あ、あー……そりゃそうよね、だって本……だし」

 

「ん?」

 

 また言葉を濁された。

 

 やっぱり、訊かない方が良いのだろうか。

 

「しょうがないっちゃしょうがないけど、それなら……気になるわよね。分かった、ユーリに話は通しておくから、くれぐれも慎重にお願いするわ~。最悪、二度と会えなくなるし」

 

「まさか、そんなに重い話なのか」

 

「うん、多分。それか期を窺うってのもアリだけど」

 

 ここまで来るとそうした方が良さそうだな。

 

 ユーリが詳しいなら、いずれユーリから話は来るだろう。

 

「分かった。ユーリに話だけ通してくれ。好きなタイミングで話して欲しいって」

 

「ん、了解」

 

 それから少し別の話題で盛り上がり、アーティストの件は自然と流れて行った。しかし、それが後に大事件を起こすなど、その時の俺は知る由も無かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「チヴィットが完成した?」

 

「ああ。ブレイブデュエルの開発の息抜きにと、全力で完成させたよ!」

 

 学校から帰宅し、久し振りに博士を見たので声を掛けると、まさかそんな開発をしていたなんて。

 

 どうも最近、出くわさないと思っていたら。しかも、息抜きのレベルじゃないはずだ。

 

「それはおめでとうございます。ただ、身体には気を付けて下さい」

 

「あはは、性分だからね、こればっかりは。で、見に来るかい?」

 

「もちろんです」

 

 チヴィット計画自体は話に聞いていたが、まさかもう完成しているなんて。

 

 ブレイブデュエル内にて、AI-NPCとして使役? 協力? してくれる俺たちの分身。

 

 それを、現実世界でも遊ばしてやりたいという、逆転の発想にて計画が進んでいた。

 

 もちろん、一筋縄ではいかないので、まだ序盤も序盤の計画段階だったんだが。

 

 流石は博士だ。

 

「さあ、これがお待ちかねのチヴィットたちだ!」

 

 ドアが開くと、そこには七体のチヴィットが。

 

「ぷちロード、チヴィ、シュテゆ、め~ちゅ、モモキリ、あみたん、クーベルですね。ありがとうございます、博士。全部、凄い完成度。いや、仲間が出来ましたね」

 

「いいや、やりたくてやった事さ。それに、これで肩の荷が一つおりたというか……まあ、ショップ代表の子たちの分はまた頑張るけどね。まだまだやりがいがあるよ」

 

 相変わらず、博士は忙しい人だ。自分でそうしているのだから、もっと凄い。

 

「では、その時は改めて手伝いますから、遠慮なく呼んで下さい。出来る事は多くありませんが」

 

「ありがとう、けど、大丈夫。ロボットの分野は僕の専攻だからね。真紅君がブレイブデュエル方面を頑張ってくれるお陰で、十分助かっているよ。それに、娘たちもほったらかしになりがちだし、その辺りもね」

 

「分かりました。では、そちらは全力で俺が導きます……で、そろそろ遊んで欲しいのか、お前たち」

 

 身体のあちこちを、チヴィットたちに引っ張られていた。

 

「流石、人気者だね、真紅君は。僕にそんなアプローチはしてくれなかったんだけど……うん、若さが足りていないのかな」

 

「きっと、忙しいのを察してくれていたんですよ。で、暇な俺が来たんで、構って欲しいんでしょう」

 

 この間も、永遠と攻撃が続いている。よし、七体を引き連れて散歩に参ろうか。

 

「という訳で、早速行ってきます。博士はちゃんと休んで下さいよ」

 

「もちろん、結構限界が来ているからね。行ってらっしゃい、チヴィットたちをよろしく頼むよ」

 

 博士と別れ、七体を引き連れ、まずは部屋の外へ。

 

 ただ、どこから回ろうか。

 

「うーん、皆に挨拶するか。お前たちのご主人と」

 

 クーベルは俺のチヴィットなので大丈夫だが、他はまだ会っていないだろう。

 

 そう思い、皆にメールを送る。

 

「じゃ、返信が来るまで研究所探索だ」

 

 言葉は交わせないが、その喜びが伝わって来た。

 

 物凄い勢いで、俺の周りを飛んでいるからだ。

 

 とりあえず、花壇からだろうか。入り口っちゃ入り口だし。

 

 花壇へと足を向け、注意事項を教えておく。

 

「花は、俺たちと同じ命だ。遊んでいて、傷つけたりしては行けないぞ。キリエが激オコだ」

 

 もっとも、荒らすとも思えんが、遊ぶ場合の注意があってもいいだろう。

 

 それに、ちゃんと注意が伝わったみたいで、一斉に花壇の上空から離脱している。

 

「ああ、それで良い。また、皆にも簡単な手伝いとかお願いするかも知れんし、同じ家族だと思ってくれ」

 

 皆が首をぶんぶんと縦に振り、理解しめしてくれた。

 

 うん、分かってはいたが、賢くはあるな。

 

「さて、次は……」

 

 順々に説明しながら探索を続け、最後にリビングへと到着。

 

 全員が揃ったみたいなので、楽しいパーティーの始まりだろう。

 

「お待たせだ。皆のご主人だぞ」

 

 扉を開け、それぞれが、それぞれの元へ。

 

「うわぁ、本当に良く出来てるね。よろしくね、チビィ!」

 

「シュテゆ、でしたか。よろしくお願いします」

 

「お主も我と同じだというなら、共に覇道を目指すぞ。良いな」

 

「め~ちゅって名前に些か複雑な思いはありますけど……よろしくお願いします、め~ちゅ」

 

「あみたんって名前に多少複雑ですよ、私も。でも、よろしくお願いします!」

 

「モモキリなんて、どこから取ったのか……あ、実剣の事かしらん」

 

 皆、思う事はあるようだか、嬉しい想いは変わらずだな。

 

「改めてよろしくな、クーベル。しっかりと皆を導いてくれよ」

 

 リーダーはプチろーどだが、指揮官はクーベルだ。

 

 そこは俺とキングスの関係と一緒なので、本当に頑張って欲しい。

 

 そこから、チビットも食事は取れるので、ささやかなパーティーとなった。

 

 味の好みが一緒なのだろう、バイキング形式で同じ物を皿によそっている。

 

 本当、博士には感謝しないと。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 それから、ブレイブデュエルをメインに日々は忙しく過ぎて行き、気が付けば二週間が経っていた。

 

 今日は、T&Hメンバーのチーム結成お祝い会の予定だ。

 

 その為、俺は調達係として、シュテル、レヴィと共に商店街に出向いていた。

 

「ねーねー、細かいのじゃなくて、こっちのでっかい塊にしようよ」

 

 レヴィがマツザガ牛を指差している。

 

「おっ、流石レヴィちゃん、お目が高いね~」

 

 なるほど、マツザカか。

 

 お祝いとしてはピッタリだな

 

「いけません。ディアーチェからお買い物表を預かっています。その品物の中から、安く良い物を手に入れるのが私たちの使命です」

 

「「ええ~」」

 

 レヴィと店のおっちゃんが残念そうに声を上げる。

 

 まあ、それも分からなくはないが、ここは盛大に行こう。

 

「いや、待ってくれシュテル。確かにそれもそうだが、お祝いがメイン、景気よくだ」

 

「しかし、軍資金を軽くオーバーしますよ?」

 

「それについては問題ない。こういう時の為に、追加軍資金がある」

 

 いつも使っている黒の長財布とは別に、紫の長財布を取り出す。

 

「それは……」

 

「色々な奴らから、トレードで得たお金でな」

 

 そう、キングス貯金だ。

 

「もしや、例の」

 

「ああ。こういう時にと思って、全部貯金しておいた」

 

 キングスのお弁当の価値は日に日に上がり、今では競売に出されるレベルとなった。

 

 ノリの良いクラスメイトで助かるが、盛り上がっている現場を下げる訳にも行かず、俺は傍観を続ける羽目に。

 

 結果、毎日数千円単位でお金が貯まり続けていた。

 

 もっとも、俺は飯に集中していたので、どのような結果になっているかは知らないが。

 

「出何処がある意味で最悪ではありますが、そうですね……いくら貯まっているんですか?」

 

「さぁ? 数えてみよう」

 

 特に興味はなかったが、一体、どれぐらいあるのか。かなり千円札が多い。

  

 実際、プライベートで開ける事が初めてなので、総合計は知らなった。

 

 厚みと重み自体は分かっているものの、個人の何かに使おうとは全く考えなかったので、果たして。

 

「4万7千と、小銭が少々だな」

 

 キングスのお弁当、凄いな。

 

「流石と言って良いのか、複雑な気持ちです」

 

「それだけ王様のお弁当が美味しいって事だね」

 

「ええ、それは大変良いのですが……いえ、今はあまり考えないでおきましょう」

 

「間違いない」

 

 自重しろとだけ伝えておこう、クラスメイトに。

 

 それでも終わらなければ、キングス弁当の競売は中止だな。

 

 いや、でもそれでクラスの雰囲気が落ちるのもあれか…………難しい所だ。

 

 競売専用に、キングスの一品だけ入れて貰うシステムにしておこうか。

 

「まあ、ここは素直に軍資金として使わせて貰いましょう。では、マツザカを500g」

 

「やった~」

 

「まいどありっ!」

 

「あ、僕はスペシャルコロッケ一つ」

 

「俺も一つ」

 

「あいよ」

 

 レヴィの注文を聞き、俺も欲しくなったので購入。もちろん自腹だし、レヴィの分も払っておく。

 

 商品を受け取った後、次の目的地へ足を進める。

 

「全く二人揃って。ご飯が食べられなくなっても知りませんよ」 

 

「大丈夫だ、これくらい」

 

「そうそう、それに激うまなんだよっ。シュテルんも一口どうぞ」

 

 レヴィがシュテルに向けて、コロッケを差し出す。

 

「ふむ……」

 

 一回悩んでから、シュテルが出来立て熱々のコロッケを一口パクリ。

 

「これは美味しいですね」

 

 どうやら、お気に召した様だ。

 

「なら、俺からもどうぞ。食べかけで悪いが」

 

「いえ……はい、頂きます」

 

 また、悩んだ様だが、しっかりと俺のコロッケも食べてくれた。

 

 そして目が輝く。やっぱり、美味しいのだろう。

 

「真紅が払ってくれると踏んで、スペシャルにして正解だったね」

 

「おい。まあ、良いんだが。どうせ払うつもりだったし」

 

「えへへ~、ごめんね」

 

 それに大した値段でもない。

 

 通常コロッケが80円で、スペシャルコロッケが150円だ。

 

 塵も積もればとは言うが、それならそもそも日々節制生活だろう。

 

「では今度は私にも奢って下さい」

 

「もちろん構わないが、その時はキングスやユーリも連れてだな」

 

「ですね」

 

 こういう甘さは、前面に発揮しても問題ないと思っている。

 

 今更、奢る奢らないで、どうこうなる関係でもないし。

 

 それに、それよりも大事なものを沢山貰っている俺としては、本当に安い出費だ。

 

「さて、次は魚屋さんで、ブイヤベース用の魚と貝です。デュエル終了に間に合わないと困りますので、今度は手早く行きましょう」

 

「了解 / ほーい」

 

 返事をし、コロッケを食べ切ったので、目先の進路にあるごみ箱へ、包み紙を捨てに走る。

 

 すると、こちらに歩いている八神堂の主とヴィータの姿が。

 

「おーい」

 

「あ、真さん」

 

「おっす」

 

「おーっす! 小鴉、ヴィータ!」

 

「こんにちわ」

 

 二人も合流し、こらは世間話の流れになりそうだ。

 

 早く買い物を済ませないとはいえ、それ位の時間の猶予はあるだろう。

 

「どうしたん、買い物? この組み合わせは商店街じゃあんまり見ぃへんけど」

 

「ええ」

 

「王様のお使い中だよ~。T&Hのチーム結成お祝いの!」

 

「嘘やんっ、そんなイベントが……」

 

 近くの木下腰かけベンチに座り、話が続けられる。

 

「まあ、急な話ではあったからな」

 

 俺がいて買い物袋を下には置けないので、俺は立ったまま。

 

 レヴィも座って留まれるタイプではないので、身体を動かしている。

 

「言うてくれたら協力したのに~。私の王様の仲やのに」

 

「片思いだけどな~」

 

「なんや、ヴィータもいけずさんや」

 

 相変わらず、ここも仲が良い。

 

 家族なので当然にしろ、姉妹として最高の仲だろう。

 

「そーいえば、シュテルんはこっちで良かったの?」

 

 今になって疑問に思ったのか、レヴィがシュテルに質問した。

 

「……あれから、研鑽を積んだナノハたちに、興味がないと言えば嘘になりますが。新たな強敵との出会いが彼女たちを、更なる高みへ、導くでしょう」

 

 シュテルは目を瞑りながら、その景色をイメージしているのだろう。

 

「その先のデュエルを待つのも、一つの楽しみなのですよ」 

 

 そして、目を開いてシュテルが微笑む。

 

 楽しみなのだろう、そうして自分に挑戦してくれるライバルが。

 

「もっともその間に、私は私の壁を越える為に研鑽するので、追いつかれる気はしませんが。真紅という高い壁を」

 

 全員が、こちらをガン見した。

 

「いや、待て。そう高くもないだろう。この前、負けたし」

 

「ええ、一度です。私にとっては大きな一勝ではありましたが、ギリギリでの勝利はあまり勝利と呼べませんから」

 

 確かに、それもそうではあるが。実際、その差は対してない。

 

 精々、現実世界での実戦経験の差だ。

 

 そんな俺も、対人経験はほぼ両親との戦いで培われた物だし、あまり意味はないだろう。

 

「それでも、勝利は勝利だろう。シュテルに追い付かれたと実感したぞ?」

 

「むしろ、追い越すつもりなので、期待して待っていて下さい」

 

 本気の目だ。

 

 これは、俺も本腰を入れないと、あっと言う間に抜かれてしまうな。

 

「そこまで凄いん? 真さんの本気の戦いって」

 

「そうでもないぞ、多分」

 

「んー、真紅はもっと自分に自信を持った方が良いよ。ボクなんて、接戦にすらなった事ないんだから」

 

「レヴィの言う通りです。ロケテスト一位の称号なんて、私からすれば真紅の物としか思えません。少なくとも、私より強いのですから」

 

 そう言われると、こちらも返す言葉はないんだが。

 

 自信か……そうだよな、シュテルたちにとっては、そんなのが上にいられる方が苦痛か。

 

「分かった。今すぐには難しいが、改善を試みよう」

 

 最近、自分の強さと向き合ってなかったのかも知れない。

 

 どちらかと言えば、強さより楽しさをメインに、ブレイブデュエルをしていた。

 

 それも、実感なく頂点にいて、挑戦者の気持ちを忘れていたからだ。

 

「ほんまに、帝釈天みたいな存在やってんね、真さんは」

 

 帝釈天か、なるほど。

 

「それ良いな。帝釈天であり続けよう」

 

 修羅が挑む先は、天帝と呼ばれる存在であるべきだ。

 

 最低限、そうであるべきと、心に誓おう。

 

「……って、あぁ!? 時間がヤバイ」

 

 レヴィが叫び出し、俺も思わず時計を見る。

 

 なるほど、確かにヤバイ。

 

 これは、急いで色々と済ませないと、キングスのお怒りが来るな。

 

 それは、はやてたちも一緒だったみたいで、慌てて別れて帰って行った。

 

 俺たちも俺たちで急がないと行けなかったので、分担して買い物を済ませて行く。

 

 結果、なんとか時間に間に合い。キングスからのお怒りはなしで済んだのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 荷物を渡した後、俺は聖域に入れないので、プロトタイプシミュレータールームに。

 

 ドアが開き、奥のモニター席には博士の姿が。

 

「お疲れ様です、博士」

 

 ちらっとモニターを除くと、どうやらまだ戦闘中の様だった。

 

「うん、ありがとう。で、早速だけど、真紅君ならこの試合をどう見る?」

 

 始まって中盤辺りか。

 

「結果ですか?」

 

「だね」

 

 それなら……うん、まあ。

 

「T6Hエレメンツに、チームとしての力量がありませんので、もちろん姉貴たちが勝つでしょう。しかも、個人での能力もフェイト以外はまだまだ発展途上。何があっても、負ける道理はありません」

 

 これくらいが、妥当か。

 

「やっぱりそうなりそうだね」

 

 博士は、実際のプレイはそこまでしていないものの、腐っても開発者だ。

 

 それに、データの情報量、知識量で言うと、家の誰よりもある。研究の一環ではあると思うが、やはり、ブレイブデュエルを一番に思っているのは博士に違いない。

 

「でも、ライバルになりそうな子たちがいる事は、トップにとってありがたい物ですよ」

 

 孤独な一位に意味はないだろう。

 

 ああして、意識が高い挑戦者がいれくれると、ダークマテリアルズの活躍も分かるってものだ。

 

「なるほどね。確かに、ライバルは良いものだね……」

 

 博士が遠い目をしている。

 

 恐らく、ジェイル・スカリエッティ博士の事だろう。

 

 ブレイブデュエル計画段階。悪巧みの一員として、その名前があった。

 

 会ったのは数回程度で、家族構成もちらっとしか知らないが、結果的に袂を分かってしまう。

 

 それには、博士とジェイル博士に思想の違いあったとか何とか。

 

 詳しい話は聞いていないが、元々は良きライバルなのだろう。

 

 そう言えば、今は何をしているのやら。

 

 印象はこれまた面白い人だったが、何が出来た人なのかは訊いてないし、そもそもあまり話したことはない。

 

 娘さんの、一架さんの方が、しっかりしていたのは間違いないが。

 

「さて、そろそろ終盤か……ん?」

 

 と、そのタイミングでキングスからメールが届く。

 

『集合』

 

 ……これは、お怒りメールだな。

 

 多分、アレの事だろう。

 

「すいません博士。キングスに呼ばれたので行ってきます」

 

「そうかい、分かったよ」

 

 足早にリビングに向かい、扉を開ける。

 

「そこに直れ」

 

 既に、お怒りモードだった。

 

「いや待て、これには理由があってだな」

 

 と言いつつ、一応は正座しておく。

 

「その姿勢は認めるが、我もそこまで鬼ではないわっ!!」

 

 なんだ、良かった。

 

 ただ、姿勢すら見せなかったら更に怒られたかも知れない。

 

 起立し、キングスの前に立つ。

 

「で、なんだあの肉は。いや、むしろそこについては良いか。キングス貯金とはなんだ」

 

 チラッとキングスの背後を見ると、レヴィとシュテルに顔を背けられた。

 

 軽く話してしまったのだろう、アイツら。

 

 ただ、安心した。その程度の問題なら、俺にだって切り札はある。

 

「キングスからの愛妻弁当によって得た、援助金みたいな物だ」

 

「愛妻っ!? いや、決してそこまでの想いは詰まっておらんぞ!? って、違う……いや、それか、キングス貯金は」

 

 顔を真っ赤にしていたが、話は伝わった様で何より。

 

「ああ。キングスの弁当を泣くほど欲しがった連中が、競売を始めてな。その結果だ」

 

「も、もはやそこまでか……ううむ、逆に手を打たんといけないな。しかし、それは好きに使って良いと伝えただろう」

 

「だから、好きに使わせて貰ったぞ? 全額、キングスの為になる事にしか使わないからな」

 

 これは、俺も逆に決めていた。真に報酬を得るのは、キングスであるべきだと。

 

 そもそも、使って良いと言われて、素直に使うのも問題があっただけだが。

 

「う、ううむ」

 

 キングスがたじろいだ。これは、そのまま押し切れそうだ。

 

「それにな、歳下の女の子にそもそも弁当を作って貰っている身になってくれ。その時点でありがとうなのに、お金まで頂いたら、まるで夫婦みたいだろう? 俺が情けなくて困るんだ。だから、キングスの為に使おうってな」

 

 自分の想いを、しっかりと伝える。

 

「……っ。分かった良い、不問に致す。とりあえず、我はあやつらの様子を見に行く為、部屋の飾りつけは任せた。でわなっ!!」

 

 何か、物凄い勢いでキングスが部屋から離脱した。

 

 早口だったし、顔を背けられたし。

  

 一応、伝わったみたいなので良しとしたいが、何かあったのだろうか。

 

「これだから真紅は……」

 

「だねぇ。さっ、準備を済ませちゃおう」

 

 そして、何故かディスられた。

 

「いや待て。何かしたのか、俺?」

 

「いえ、何もしておりません。だから、なのですが」

 

 何もしていないから?

 

「んん?」

 

 疑問を声に出しても、答えは返ってこない。

 

 恐らく、今の俺には解決出来ないらしいので、素直に会場の準備を手伝う事にした。

 

 釈然としない思いはあったが、今は仕方がないだろう。

 

 そう割り切って、黙々と作業を続ける事、10分。

 

 部屋の準備はあらかた整い、後は料理の仕上げだけとなった。

 

 



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episode13

 

「よし、これで最後であるな」

 

「お疲れ様、キングス」

 

「うむ」

 

 先程の謎行動は本当に何だったのか……今の様子を見る限り、大丈夫そうだが。

 

「では、シュテルとレヴィよ。そろそろたどり着くであろうから、出迎えを」

 

『畏まりました / 了解!』

 

 二人が部屋から出て行き、T&Hの皆を呼びに。

 

「そういえば、どんな試練を?」

 

 ふと気になったので、キングスに問い掛ける。

 

「あ奴らに必要になるであろう動き。その猛者たちとの戦いを、な」

 

 なるほど、ポジショニングとかの話か。

 

 と、なると……。

 

 チラッと、キリエと姉貴を見る。

 

「ん、そういう事になるであろう」

 

「了解した。その時は合わせよう」

 

 頷いたと同時に扉が開き、T&Hの皆を引き連れたレヴィとシュテルが帰って来た。

 

「うむ、よくぞたどり着いた」

 

「ようこそ、いらっしゃいました~」

 

 T&H組の反応は上々だ。

 

 そりゃそうだろう。ささやか……とは言えないと思うが、この料理の数々。主にキングスだけで準備した訳だが、誰が見ても驚く。

 

「これ、ディアーチェちゃんがっ?」

 

「皆の手を借りてだがな。急だった故、あまり豪華な物は準備できなかったが許せ」

 

「そんなことないよっ! 凄く綺麗で、美味しそうでっ……ありがとう」

 

 なのはちゃんが食い気味に否定してくれた。

 

 まあ、研究所のパーティーはこの非じゃないので、確かにキングス基準では豪華ではないが……そりゃ、十分以上だ。

 

 凝り性が進むと、終わりがないな。

 

「む……ならよい」

 

「楽しんで頂けたら、嬉しいです~」

 

 うん、ユーリの方が嬉しそうだ。

 

「しっかし、本当に美味しそうよね」

 

 アリサちゃんの呟きの横で、アリシアが唾を飲んでいる。

 

 皆、限界だろう。

 

「料理も冷めちゃ可哀想だし、頂こうか? 博士、挨拶をお願いします」

 

「了解したっ。それでは皆、手を合わせまして」

 

 ぱんっ。と、それぞれが手を合わせる。

 

『いただきます!!』

 

「いただきま~す」

 

 博士、遅れてます。

 

 和気藹々と夕食パーティーが始まった。

 

 そんな中、俺は何となく少し離れた位置で皆を眺める。

 

 博士が望んでいた、ブレイブデュエルがもたらしてくれた光景が、ここにあった。

 

 夢は叶うもんだと、一人、喜びを噛み締めてしまっている俺がいる。

 

 この想いは、誰かと共有する方が良いのかも知れないが、言わずとも皆は理解しているだろう。

 

「どうかしましたか、真紅?」

 

 傍観している俺に気が付いたのか、シュテルが近づいて来てくれた。

 

「いや、楽しいなと……しみじみ」

 

「なるほど、日本の侘び寂びですか」

 

 少し違うと思うが、まあ、そうか。

 

「そんな所だ」

 

「てっきり、誰も寄って来ないと寂しかったとか思って、私が来たのですが」

 

 おっと、いらぬ気遣いをさせてしまった。

 

 ただ、多少はあったかも知れない。T&Hメンツが食べさせ合いをしてるのを見て、ふと思う。

 

「なら、シュテルに感謝しないとな。はい、あーん」

 

 食べやすいサイズに切られたマツザカ肉を箸で持ち上げ、シュテルの口元へ。

 

「えぇ、ふ、ふむ。これは役得ですね……頂きます」

 

「あぁっ、そこの二人! ずるいっ!」

 

 レヴィの大声に少しビクッとしたが、何とか色々と落とさずに済んだ。

 

 というか、なんでこういう時だけアイツは一番初めに気づくんだ、毎度毎回。

 

「はい、ボクにも」

 

 そして、この催促だ。

 

「分かった分かった。肉で良いかって、肉しかないが。ほい」

 

 味の好みの問題で、基本的に肉しか取ってない。

 

「あーん……うん、ありがとう!」

 

「で、並んでいるのは、全員これを所望か」

 

 ユーリ、姉貴、キリエ、アリシアが並んでいた。

 

『もちろんです / もちろ~ん』

 

 キリエ以外は純粋な気持ちだろうが、アイツはきっとからかいに来たな。

 

「まあ、いいけどな」

 

 とりあえず、キリエを飛ばして、順番に一口づつあげる。

 

「嫌がらせかしらん?」

 

「絶対にからかいに来たと思って」

 

「そんなことは、まああるけど……なんなら、口──っ!?」

 

 まるで光の速度が如く、姉貴に口を塞がれていた。

 

 本当にキリエは油断も隙もない。

 

 姉貴の行動が迅速だったお陰で、およそ皆には分かられずに済んだ。

 

「そ、そう言えば、いつもの場所じゃなかったわ……」

 

 きっちりと反省はしたみたいなので、肉を差し出した。

 

「え?」

 

「ほら。また危ない事を言い始める前に餌付けしておく」

 

「ひっど。でも頂くわ……あーん」

 

 しっかりとキリエの口に入ったので、箸を離す。

 

「美味しいだろう」

 

「うん。これって何のお肉? 王様の味付けはいつも通り美味しいけど、それだけじゃないって言うか」

 

「マツザカだ」

 

『マツザカっ!?』

 

 知らなかった全員が驚いている。

 

 そして、それぞれが美味しさに改めて納得がいったのか、じーっと肉のプレート見ていた。

 

「まあ、お祝いだからな。多少の奮発なら良いかなって」

 

 元手はある意味でキングスなので、俺は得をしただけなんだが。

 

「ふ~ん。確かにアリだけど、先輩の自腹?」

 

「まさか。軍資金から出したからな……出所秘密の」

 

「……皆が喜んでくれるなら、それでも良いんじゃないかしら。後で追及するけど」

 

 いらぬ事を喋ってしまったかもしれん。

 

「あ、そうだ。皆、今日のデュエルはどうだった?」

 

 とりあえず、キリエから逃げる為に、エレメンツに近づいて話を振る。

 

「そうですねー、色々と経験が出来て、絶対に強くなれたと思いますっ……あ、そうだ」

 

 なのはちゃんは、俺に一礼してから博士の元へ。

 

 本当に、律儀な子だ。

 

「あの、グランツ博士」

 

「ん? なんだい」

 

 食べる手を止めて、話を訊くモードになる博士。

 

「さっきの部屋、特訓に使ってくれてもいいってお話しなんですけど」

 

「ああ、もちろん構わないよ!」

 

 そんな話をしていたのか。

 

 なるほど、色々と合致した。

 

「えーと、その……」

 

「なんなら、そこの二人にコーチして貰えばいいのではないか?」

 

「それは名案だねっ!」

 

『えぇっ!?』

 

 急にコーチの話を振られて、驚くキリエと姉貴。

 

「デュエルの相手ならともかく、わ、私たちが教えるだなんて……」

 

「そ、そーよぉ。それならもっと得意そうな人が。ほらっ、その横に」

 

 やっぱり矛先を俺に向けて来たか。

 

「俺はあまりにもタイプが違うからな、それこそ、デュエルの相手は出来るが、ある意味で教えるのには向いてない。それなら、姉貴とキリエの方が、武器的にも基礎から教えれるから良いと思うぞ」

 

 嘘は言っていない。

 

 俺はガチガチの近接武器なので、ある程度では参考になるが、それ以外は逆効果だ。

 

 武器のリーチと射撃の範囲も違うし、ポジションも全く別。

 

 必然と反論が出来ないだろう。

 

 ……二人から物凄く視線を感じるが、話は終わりと、肉に手を伸ばしておく。

 

 改めて、これからが楽しみになりそうだな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、エレメンツ五人からの本気の圧力と、マテリアルズの支援によって、二人は折れた。

 

 元々、面倒見は良い姉貴とキリエなので、コーチする人物としてはベストだ。

 

 マテリアルズになると、これまたポジションが確立され、チーム単位での動きも決まっている。

 

 ここまでの練度に至れば、そもそもこちらから教える事はない訳だし。

 

「ふぅ」

 

 自室にあるエンタークンと向き合うのをやめ、身体を伸ばす。

 

 今日はなのはちゃんたちが泊っていくとの事で、まだまだ女子会の真っ最中だろう。

 

 と思い、時計を見ると、時刻は既に12時を回っていた。

 

 流石に、もう就寝しているか。

 

「なんだかんだ、健康的な人間ばっかりだしな」

 

 風呂に行く道具を揃えて、部屋の外に。そして、風呂場に向かう。

 

 風呂場は、留学生四人が来ると同時に改装がなされ、今は正に大浴場となっている。

 

 研究所内の圧倒的女子率により、俺は一人で入るので無駄に広い。

 

 一度だけ泳いでみたが、あまりに泳げるのでそれっきりだ。

 

 使用中のプレートが無い事を確認し、脱衣所へ。

 

 男の着替えは早いので、タオルだけ腰に巻いて浴場に……あれ、なんで電気が付いているんだ? 

 

 ドアを開けると、すぐ目の前に、見覚えのあるピンクの髪が見える。

 

 あれは、確か、そう。キリエの髪色……。

 

「って、なんでキリエが!?」

 

 タオルをしっかりと巻いたキリエがそこにいた。

 

「ぷっ、驚いてる驚いてる」

 

「驚くには驚くが、使用中のプレートなかったが……あれ、俺が間違えてないよな」 

 

「うん、そうよ」

 

 驚いていると、背後でカチリという、何かの締まる音が。

 

「おい、何をしている」

 

「まぁまぁ、一緒に入りましょう」

 

 えーと、なんだこれ。何かのドッキリか。

 

 いや、そうに違いない。

 

「さて……と」

 

 そして気が付くと、一緒に浴槽に。いつの間にか、手を引かれて入れられたらしい。

 

 まずい、思ったより心にダメージが。早く出よう。

 

「って、何で腕を組む!?」

 

 思わず視線を左に逸らし、右腕を犠牲に身体だけは離す。

 

 絶対に、ワザと胸の間に挟まる様に掴んでやがる。

 

「お返し的な? それに、話もあるって言ったでしょ、先輩」

 

「た、確かに聞いてはいたが、今じゃなくても良いだろ」

 

「今しかないのよん。あえて先輩に話をするなら」

 

 すすっと近づいて来たので、とりあえず一回諦める。 

 

 多分、ある程度は真面目な話なんだろう。

 

「で、こっち向いてくれない?」

 

「向く訳ないだろう。頼むから、一回離してくれ」

 

 出来る限り力を込めて離そうとして、色々考えた結果、微動だに出来なかった。

 

 既に当たっている分はノーカウント? として、暴れた末にタオルがはだけたらヤバイからだ。

 

「ふふっ、先輩可愛い」

 

「マジで余裕がない。頼む」

 

「もう、仕方がないわね」

 

 そう言って、右腕は解放されたが、右手は解放されなかった。

 

 しっかりと、キリエの左手と繋がっている。

 

「はぁ……何が目的だ。話はなんだ」

 

 抵抗は無駄になりそうなので、とりあえず目的と話を訊こう。

 

 それが終われば、帰れるはずだ。

 

「うーんと、大切な話は特にないんだけど、色々と質問があるというか」

 

 大切な話がないのに、ここまでしないだろう。

 

 言い難い話なのか、それとも本気でただコレがしたかっただけか。

 

 くそう、分かりにくい人間はこれだから。

 

「先輩ってば、モテるじゃない?」

 

 ……よりによってそっち系の話か。

 

「そうだな……それなりに恵まれていると思うが」

 

「まあ、私もモテる方ではあるけど、女子高だし……って、それはいいんだけど。彼女とか作らないのかしら?」

 

 また、面倒な話を持ってきたな。

 

「えーと、キリエにはある程度だけ話をしたと思うが……柊家の伝統的な物を」

 

「うん。家訓とか色々よね?」

 

「そう、それだ。女子の肌見れば、責任取るべし。とか、本当、無駄に項目があってだな……」

 

 多いので割愛して教えたのだが、それとは別に特殊な決まり事もある。

 

「家訓ではないのだが、ある意味ではそうとも言える一つが……特に言って無かったが、俺は許嫁としか結婚、出来ないんだ」

 

「へ? 許嫁?」

 

 ああ、そういう反応になるよな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そう、許嫁。あくまで、家のルールであって、正直な所は守らなくても良いんだが……守らないにしろ、理由もないってのは良くないと思ってな。だから、彼女を作るのは、そうなった時だろうな」

 

 苦笑いをしながら、先輩が天井を見上げている。

 

「いやいや、待って。先輩って許嫁いたの?」

 

 本当に苦笑いしていのは、こちらの方だ。

 

「ああ、それも特に言っていなかったが」

 

 こ、この男。秘密主義だなと思ってはいたけど、まさかそこまで……。

 

 エマージェンシー、デンジャー、アウト。E・D・Aじゃない。

 

 一度、深呼吸して、状況を見極める。

 

 女子会にて、恋バナで盛り上がって、その辺りから気になってしまい、私はここで先輩を待っていた。

 

 その仮定で一応リサーチしてみようと試みて、結果、許嫁がいる……と。

 

「ん、どうした?」

 

 えーと、私一人で解決できる話題じゃなくなってしまった。

 

 しかし、私がある程度だけでも情報を仕入れないと、これは事件に発展するわよね。

 

「そ、その許嫁さんって、どんな子なの?」

 

「いや、会った事はないぞ」

 

 会った事がない?

 

「許嫁よね?」

 

「許嫁ではあるが、その辺りはまだ決定していなくてな。大事な跡取りの嫁になる人間を、一つの家から決める訳にも行かないって事で、立候補制らしい」

 

 な、なんて面倒な家なのよ。

 

 今時じゃないとは思っていたけど、本当に意味が分からない。

 

「決まる時期はいつ?」

 

「さぁ? 早ければ、今年の夏休みぐらいじゃないか? どちらにしろ、家から連絡が入るし、長期休暇じゃないと会えないからな」

 

 つまり、あと二ヶ月以内って事ね。

 

「それで決定しちゃうの?」

 

「いや、相手には申し訳ないが、基本的に断ると思う」

 

 基本的、ねぇ。

 

「相手の女の子が、相当可愛かったりすれば?」

 

「現金な話になるが、そういう事もあり得るかも知れん。まあ、あり得ないだろうが」 

 

 そうよね、先輩はこういう人だ。

 

 少なくとも、中身を見ずに判断はしない。

 

 だからこそ、会ってしまうのが一番怖いはず。

 

 無駄な優しさを発揮して、そのまま決定しちゃう可能性。そうなると、私に止める術がない。

 

 で、あれば……私がしないといけない事は。

 

「ふーん。もう既に、一女性とこんな関係にあるのに?」

 

 掴んでいた右手を、右腕へと移行する。先輩に対して効果があるので、多少の恥ずかしさを押し殺して。

 

「こ、こんな関係って言われても、俺は少なくとも望んでないぞ」

 

 やはり照れる先輩。

 

 これだけ見ると──「ああ、本当に好きなんだ、私」と改めて実感がある。

 

 けど、今はもうそんな悠長な話では駄目。

 

 いくら何でも、許嫁という反則カードは切らしては行けない。

 

 なら、覚悟は足りていなくても、実力行使に移るべき……でも、それだけは先輩に止められるはず。

 

 そういう所で、発揮できる優しさを持っている……いや、待って。そうなれば、逆にその可能性が。

 

「でも実際、許嫁がいたとして、この関係はどう説明するのよ」

 

 抜け駆けという文字が頭に浮かんだので、違う責め方をしてみる。

 

 こんなに頭を使うのは、本当に久々っていう位に、アイデアを止めちゃいけない。

 

 絶対に、そんなものを成立させたりしないんだから。

 

「…………確かに、そうなんだが。あー、んー」

 

 先輩は、急に歯切れが悪くなっている。

 

 これは、自分でも思う事があるのか、葛藤しているのね、きっと。

 

 なら、ガンガン詰め寄って、選択肢という道を無くしてしまえば。

 

「じゃあ、先──」

 

「キリエと、こういう関係であるのが、嫌じゃないんだ。むしろ、そこは好きと言っても良いな」

 

 言葉の途中で、カウンターパンチを頂いてしまう。

 

 なんて、冷静に分析は出来るけど、とりあえず顔を背けた。

 

 間違いなく、私の顔が真っ赤になっているからだ。

 

 もちろん、その好きの意味じゃないのだけれど、これは痛いわね。

 

「だから……」

 

「だから?」

 

「もし彼女がいてくれるなら……俺はキリエが良いなと、素直に思うが」

 

 …………へ?

 

「え、えぇ、えーと?」

 

 今、先輩はなんて言った?

 

「はぁ、そうだな、逃げていた代償か…………キリエ・フローリアンさん」

 

「は、はいっ!?」

 

 真っ直ぐに向き合われ、名前をフルネームで呼ばれ、思わず正座してしまう。

 

 大きく息を吸い、目を閉じる先輩。

 

 その状態から少し時間が経ち、そして──

 

「可能であれば、俺の彼女のフリをして下さい」

 

「はい!!」

 

 ……ん? フリ?

 

「本当かっ、助かる」

 

 思わず、返事をしてしまったけど、フリって事は、フリよね。

 

「元々、断る口実に協力して貰おうと思っていたんだが、本当に助かる」

 

「え、えぇ、いいわよん」

 

 良くない。良くないわよ、私。

 

 そ、そりゃ色々と勘違いしたけど、そうよね、この先輩がそんな人間じゃないわ。

 

 鈍感的な何かを失っても、人間性は変わらず。

 

 むしろ、ある意味で悪化していると言っても過言ではない。

 

 なら、このお願いは最もであって、勘違いした私は……相当、恥ずかしい人間だった。

 

「そうと決まれば、心構えも大丈夫だな。で、キリエの話は終わりか?」

 

 むぅ。なんか手玉にされている気分。少し。いや、かなりムカつく。

 

 前向きに考えれば、一歩前進なんだけど。

 

 ある意味で私と先輩の関係においては、後退したかも……よね。

 

「キリエ?」

 

 ほんと、これからどーしましょ。

 

 許嫁というカードに対しては、回答を得たんだけど、根本的な解決には至ってないし。

 

 皆がいる手前、一人で進んでも意味がない。

 

 日本は一夫多妻じゃないから、そこの問題もある。プラス、先輩の家がとても面倒。

 

 前者はどうにでもなるとはいえ、果たして後者がどうなのか。

 

「……話がないなら、身体とか洗って出るぞ?」 

 

 実際に会った事がないから、正直、そこを考えるだけ今は無駄なのかしら。

 

 けど、会ってみてその時点で対策を考える方が、無謀よね。

 

 皆に知恵を借りるのは当然として……その先が一番重要。私たちが、どうしたいのか。先輩が、どうなるのか。

 

「あぁ、もう!! めんどくさい……って、あれ、先輩がいない」

 

 考え事をしている内に、そそくさと出て行ったらしい。

 

 私も、そろそろ上がりましょうか。

 

 とりあえず、先輩の部屋に行って、後半戦ね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「焦ったが、キリエが固まってくれて助かったな」

 

 結果、何事も無かったので、問題はない……はず。

 

 しいて言えば、今だ胸の動悸が収まっていない所か。

 

 部屋に戻り、ベッドに入って天井を見上げているが、収まる気配はない。

 

 身体的には決して悪くはないのだが、心臓には悪そうだ。

 

 にしても、どうしてキリエがあんな行動を取ったか分からない。

 

 風呂場で待機して、それだけを聞きたかったのか。それとも、他の要件もあったのか。

 

 まあ、また話す機会で、解決できるだろう。

 

 目を瞑り、布団を頭まで被って、睡眠へと意識を持っていく。

 

「っ」

 

 ガチャ──っと、ドアの開く音がして、布団を除ける。

 

「先輩」

 

 そこには、またキリエがいた。

 

「な、なんだ。俺の就寝を邪魔しに来たのか?」

 

 未だ胸の動悸は収まっていない。

 

 今日はこれ以上、キリエと会わないと安心したとたん、これだ。

 

「そうとも言えるわね……じゃ、お邪魔します」

 

「おい」

 

 キリエは、まるで自分のベッドの様に、何の躊躇いもなく寝転がって来た。

 

 そして、布団を奪われる。

 

「床で寝ろと」

 

「ううん。一緒に寝ましょう」

 

「……何故」

 

「私がそうしたいの。それとも、一緒に寝る価値もないのかしら?」

 

 そう問われると、難しい問題だ。

 

 男女が同じベッド。それも一つのベッドで寝る事に関しては、特に問題はない。

 

 それに、キリエたちと一緒に寝た事は何回もあるし。

 

 ただ、それ以降の事態に発展する可能性がある。

 

 これが、近しい歳……じゃなくてもアレだが、近しいなら既に問題だろう。

 

「はぁ……分かった。話の続きか?」

 

 キリエに背を向けて、壁を向いて寝転がる。

 

 わざわざ、今になってこんな手段を取るなら、大事な話があるのだろう。

 

 むしろ、その話をする為に、風呂場で待っていたはずだ。

 

「そうとも言うけど、そうじゃないと言うか……」

 

 あれ、違うのか。

 

「とりあえず、先輩と一緒に居たかっただけよ?」

 

 そう言って、キリエは俺に近づいて来た。

 

 また、動悸が一段階上がる。

 

 本当に、今日のキリエは何がしたいんだ。

 

 そうか、俺の事が、からかい足りないのか。

 

 良い根性だ、全く。

 

「分かった、とりあえず寝よう」

 

 多分、逃げても追いかけて来そうだ。

 

 ここは、素直に諦めて、就寝してしまおう。

 

「うん、ありがと」 

 

 色々と気になるが、訊いても教えてはくれないだろうし、起きた後で話をすればいい。

 

 何せ、考えるのが億劫になるほど、既に眠気は限界だ。

 

 キリエも朝早く起きて、一日中行動していたし、言っている間に眠りに就く。

 

「おやすみ、キリエ」

 

「……」

 

 もう既に、キリエは眠っていた。

 

  



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