魔法科高校の特別講師 (†AiSAY)
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Prologue

性懲りもなく降って沸いた、安易な設定のもと新シリーズを書きました。
何卒、よろしくお願い致します。


魔法。

それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となってからもうすぐ一世紀が過ぎようとしていた。

世界中の国々が“魔法師”の育成に日々邁進しており、それはこの国日本も例外ではない。

 

ー2095年8月7日ー

 

『ただ今より、九校戦新人戦二日目!《氷柱倒し(アイス・ビラーズ・ブレイク)》最終試合を間もなく開始いたします!!』

 

アナウンスの声に競技場中から歓声があがる。

そんな中、一方の控室内では間もなく始まる試合を前にした選手に檄を飛ばしていた。

 

「そろそろだな…」

 

控室に設置されたモニターを確認した、男子生徒がそう呟く。

 

「エリカたちは観客席で応援するようだ。それに生徒会長と風紀委員長がわざわざここに来てくださっている。頼もしい応援だが逆に緊張するなよ。深雪。」

 

“深雪”、そう呼ばれた少女はこれから自らが所属する学校の威信をかけた試合前だと言うのに、朗らかな笑顔を浮かべ、声をかけた男子生徒へと近づいて言った。

 

「大丈夫です。だって…」

 

そう言葉を区切ると、近づけた身体をさらに男子生徒へと寄せ言った。

 

「お兄様がいてくださるのですから。」

 

そう蕩けた、しかし自信に満ち溢れた顔で目の前にいる男子生徒、自らの兄である《達也》に答える。

 

その様子を応援に来ていた生徒たちが苦笑いをしながらその様子に関して各々思ったことを口にしているが、当の本人達は特に気にしていない様子だ。

 

「じゃあ行っておいで、深雪。」

 

「はい、お兄様。」

 

その言葉を最後に深雪は会場へと歩みを進めた。

達也もまたその後ろ姿を信頼した様子で見送る。

そして、今まさに始まろうとしているのだという緊張感が控室を含めた会場全体を包んだ。

 

すると

 

「いやぁ〜、相変わらずお熱いネ!結構結構!!」

 

その緊張感など全く意に介さない声が響く。

控室の全員が声の方を向くと、そこにいたのは1人の成人男性であった。

いや、そういうと少し語弊があるかもしれない。

成人男性ということはそうなのだが、その風貌はそれまでいた生徒達とは全く異なっていた。

白髪というのに、決して不潔感を感じさせない髪の色。

この場合はロマンスグレーと言った方がしっくりくる髪が整えられ、ダークブラウンのスリーピースのスーツに白いマオカラーのシャツ。

首にはネクタイ代わりの赤いスカーフを身につけている。

 

そして、その風貌はその場にいる生徒達と比べて年齢も異なれば、人種すらも違っていた。

 

「いらしていたんですね。」

 

と達也がその人物を見て口を開く。

その声には普段あまり感情を表に出さない彼にしては少しうんざりしたような、呆れたような雰囲気が含まれており、心なしかその目つきは鋭かった。

 

「アレ?もしかして私歓迎されていないカンジ?」

 

と、その男は眼鏡の奥のブルーの瞳を見開くと、ガックシという音が聞こえそうなくらいにワザとらしく肩を落とす。

その様子に達也以外の生徒も呆れた表情をみせた。

 

「いいえ、貴方の様な方がこの様なところにまで足を運んでいるのが意外だったので…。」

 

「うむ、確かに!」

 

達也がそう言うと、男性は先ほどまでとは打って変わって、背筋を伸ばした。

 

「まぁ、本来ならば私の様な研究畑の枯れた老人に、青春真っ盛りの未来ある若人達が集うような場は似使わないのは認めるがネ!イヤァ〜、もう若者の煌めく笑顔と迸る汗が眩しいのなんの!!」

 

自虐的であるのに、どこか自信溢れている。

そんな矛盾に満ちた様子の男性を生徒たちは再び呆れたような、残念なものを見るような目で黙って見ているが、やはり本人はそんな視線などお構いなしに達也達へと近づいてくる。

 

そして、男は達也の横に立つと彼の方を横目で見て言った。

 

「教え子の晴れの舞台だ。一教師として見にこないわけにはいくまい。」

 

「そうですか…。」

 

達也は男から目線を外し、妹が映し出されたモニターへと目線を戻す。

そして、言った。

 

「なら、せめて人の妹の晴れ姿をあまり不謹慎な目で見るのだけはやめて下さいね。」

 

「む、失礼なコレは娘を見守る親心に溢れた目だヨ!」

 

達也の言葉に教授と呼ばれた男が返す。

そして、続けて言った。

 

「もっとも第一高校の生徒は皆、私にとっては子供のようなものサ!君も含めてね達也クン!」

 

「それはどうも…。ありがとうございます、モリアーティ教授。」

 

そう男の名前を呼ぶと試合終了のブザーがなる。

結果はもちろん妹の圧倒的な勝利だ。

そして、目線だけをモニターから再び横にいる男へとむける。

そこに映ったのは、笑顔だった。

しかし、それまでの好々爺のようなものではない。

例えるならそう好奇心に溢れた笑顔。

だが、達也は感じていたその笑顔と好奇心の底にある、何処か悪意に満ちた何かを。

 

そして、思い返す。

初めてこの男、ジェームズ・モリアーティと出会ったあの日。

自分と妹が第一高校に入学したあの日のことを。

 

to be continued

 



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入学編Ⅰ

国立魔法大学付属第一高校。

毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送りこんでいる高等魔法教育機関と知られている。それは同時に、優秀な魔法技能師をもっとも多く輩出しているエリート校と言う事でもある。

 

 徹底した才能主義。

 残酷なまでの実力主義。

 それが、魔法の世界。

 

魔法教育に、教育機会の均等などと言う建前は存在しない。

この学校に入学を許されたということ自体がエリートということであり、入学の時点から既に優等生と劣等生が存在する。

同じ新入生であっても、平等ではない。

 

 第一高校・講堂

 

新入生として、今日入学を迎える司波達也は入学式の為にここを訪れていた。

途中、登校してすぐに妹である深雪とのいざこざや、生徒会長である七草真由美との出会いなどもあったが、今は何事もなかったかのように講堂へと足を踏み入れた。

そして、達也はその建物内を見て思う。

 

(前半分が一科生、後ろ半分が二科生。ここまできれいに分かれてると感心するな)

 

魔法科高校に平等という言葉は存在しない。

この学校の制服がそれを顕著に表している。

左胸に8枚の花弁のエンブレムを持つ一科生-《花冠(ブルーム)

それを持たない二科生-《雑草(ウィード)

入学試験の成績で定員二百名が真っ二つに振り分けられるのが、この第一高校の習わしである。

魔法実技の個別指導を受けられるのは一科生のみ。

二科生はあくまでもそのスペアでしかないのだ。

 

達也は講堂内の席の割り振りを見て、その揺らぎようない事実、いや現実を再認識した。

しかし、その顔に落胆もましてや憤りのかけらすらない。

 

(もっとも差別意識があるのは、差別を受けている者である。か…)

 

と、そんな言葉を思いながら席に座ろうとする。

 

「あのぅ…」

 

すると、隣から躊躇いがちに声をかけられた。

どうやら、自分の隣の席が空いてるかを確認したかったらしく、達也は特に気にする事なく座ることを許した。

声をかけていき眼鏡の少女柴田美月とその彼女の連れらしき快活そうな赤毛の少女千葉エリカが達也の隣の2席に座る。

2人とたわいもない自己紹介まじりの会話をしてると、講堂内に声が響いた。

 

《ただ今より、国立魔法大学付属第一高校入学式をはじめます》

 

その言葉により、入学式が開会せれた。

学校長の言葉に始まり、先ほど入学式の前に会った生徒会長の祝辞がその後に続く。

そして、次はいよいよ妹である深雪の新入生総代の答辞である。

 

その内容は達也からしてみれば、際どいワードが含まれていた。

“皆等しく”

“魔法以外でも”

“共に”

 

等々

 

ただでさえ実力主義の魔法社会は選民意識が強い。

ここはその中でも取り分けエリートと呼ばれる者だけが入学を許された第一高校なのだ。

正直言って、達也は深雪が発した言葉に気が気ではなかったが、どうやら生徒達は答辞の内容よりも深雪の美貌に夢中なのようで、それは杞憂と終わり一人胸を撫で下ろした。

 

(どうやら、何事もなく終わりそうだな)

 

と達也は安堵した。

しかし、それは次に登壇する人物によって打ち崩される。

達也だけではない、第一高校全体がその人物によって困惑の渦に巻き込まれることなった。

 

深雪による新入生代表の答辞が終わると、司会者が最後のプログラムを伝える。

 

『続きまして、最後に当第一高校の名誉講師からの挨拶となります。』

 

その言葉に達也をはじめ、全員が壇上に注目する。

すると、舞台袖から1人の男が現れた。

整えられたロマンスグレーの髪。

ダークブラウンのスリーピーススーツに白いマオカラーシャツと赤いスカーフ。

正装のためか、その人物はその上から黒いマントを羽織っていた。

見た感じ齢50歳前後といったところだろうか。

慣れたように台の後ろ立つその人物を見て、新入生達は少し驚いた。

何故なら今自分達の前に立つ人物がどう見ても日本人ではないからだ。

ここ第一高校は国立魔法大学の附属となる、その為そこで教鞭を持つ者も等しく現在の日本社会において評価を受けた魔法師達であることは、周知の事実である。

20年続いた第三次世界大戦が終結してから35年が経つ世暦2095年現在、魔法技能師養成のための国策高等学校。

それが魔法科高校である。

魔法技術はその国の一財産であり、外交において重要なファクターである。ましてやここは次代のその財産を育成する第一線、他国の妨害、情報漏洩に関して最も慎重を要する場なのである。

皆その認識だからこそ、今目の前にいる人物に驚きを隠せずにいた。

 

しかし、当の本人はそんな新入生の疑問などは知ったことではない、あるいは知っているが気にするなとでもいうように、話始めた。

 

「うむ、まず一言お詫びをしよう。」

 

そう老紳士が口を開く。

そして続けて言った。

 

「いやはや、仕事とはいえ麗しの生徒会長の祝辞、そして可憐な新入生総代の答辞の後、最後はどんな人物が現れるかと気になっていた紳士淑女の諸君。残念!キミたちの入学式の最後を飾るのは胡散臭いオジサンでした!!」

 

そのやたらテンションの高い声が響き、講堂内で木霊する。

新入生は目の前の状況についていけず混乱していた。

 

国策の第一高校の名誉講師が外国人であること。

その外国人が流暢な日本語を喋っていること。

落ち着いた老紳士然とした見た目に反する、ハイテンションな挨拶。

 

『あ、あの教授?』

 

すると、司会をしていた生徒が名誉講師(?)に呼びかける。

教授と呼ばれた老紳士はその声に反応する。

 

「おっと、すまないね服部くん。少々気持ちが昂っていたようだ。何せ栄えある第一高校の入学式、この国の次代を担う若人達の初々しさに恥ずかしながら年甲斐もなく当てられたようだ。」

 

そう言いながら、老紳士は居住まいを正すと今度は真剣な面持ちで新入生達を見で再び話始めた。

 

「はじめまして、諸君。第一高校特別講師のジェームズ・モリアーティだ。先ほどの紹介では名誉講師などと持て囃されてはいるが、所詮はしがない雇われ教師なので、気を使わなくて結構。」

 

そう言って、ジェームズ・モリアーティと自己紹介した老紳士は笑顔を見せる。

すると新入生達の間からざわめきが起きる。

その中で達也も声には出さないものの、内心驚いていた。

しかし、モリアーティはそのざわめきを気にすることなく、挨拶を続ける。

 

「さて、キミたちは今驚いていることだろうが、その前に…」

 

と、モリアーティは壇上のマイクを外すと、そのまま手に持ち台の前に出てきた。

そして、次の発言に会場内はさらにどよめく。

 

「ところで後ろに居る二科生の諸君、私の声は届いているかね?」

 

その発言に新入生だけでなく会場全体の空気が変わる。

達也もまたその発言に自身の耳を疑う。

第一高校の講師それも名誉講師が何よりもまずニ科生に向けて言葉を発したのだ。

しかし、やはり当の本人はそんな空気を無視して続ける。

 

「うむ、その様子だと私の声は届いているようだ、安心安心。さて、では諸君らの疑問に答えよう。まず、何故私がこの第一高校にて講師をしているかといえば、その答えは単純明快だ。私自身がこの学校で教鞭をとることを希望し、日本そして母国である英国がそれを受理したというだけの話だ。もっとも流石にいくつかの制約はあるし、それをここで語るのも御法度のわけだが。」

 

と、モリアーティはヤレヤレといった風に壇上を歩きながら説明したする。その様子は挨拶というよりは、寧ろ講演といった感じである。

 

「そして、私が講師として担当するのは主に魔法理論が専門となる。魔法工学、幾何学、すなわち実践ではなく理論。なので、将来的に魔法工学技師を目指している者がいるならばいつでも質問に来るといい。」

 

その説明に一旦は生徒達の疑問は解消されたのか、先ほどまでのざわめきはおさまった。

しかし、ただ1人達也だけは未だに納得がいかずにいた。

 

確かに現在第一高校に限らず、日本において魔法師の教員は不足している。ただでさえ、魔法師の総数は少ない。その大半は分野を問わず第一線での活躍が望む為、後進の育成に割く余裕はないのが現実だ。

それこそ、海外からの講師を招く教育機関も少なくはない。

しかし、それがジェームズ・モリアーティとなれば話は変わってくる。

 

ジェームズ・モリアーティ

その名を知らない魔法師は存在しないと言われるほどの魔法理論の研究者である。

かつては主に若き天才数学者として名を馳せ、魔法が体系化されるとその分野においても頭角を現した。

先の大戦においてもその理論は運用され、多大な影響を世界に与えた。

はっきり言って、大戦後欧州連合が分裂した後も今の英国がある一定の地位にあるのは、彼の功績があってのものと言っても過言では無いほどだ。

 

そんな大人物が何故日本の高校での講師を自ら希望し、両国が受理しているのかが達也は理解できなかった。

英国にとってみれば自国の生命線を人質に取られているようなものであり、日本にとっては後進の育成という点や他の点についてもメリットは多大だが、他国の要人に今後の自国の魔法師の手の内を明かす、獅子身中の虫になる。

 

(やはり、水面下で日本と英国に密約があるのか?いや、しかし…)

 

そんなことを考えている達也をよそにモリアーティは話を続けていた。

 

「諸君らも眉目秀麗な女性の話の余韻を味わっていたいと思っていたところ、このような枯れた老人の与太話に付き合わせてすまないね。だが、まぁ学園長のありがたいお話にも付き合えたのだから、この老人の話にも耐えられると信じているよ」

 

と、冗談交じりに問題発言をする。

その言葉に先程の緊張感や懐疑的な空気など無かったかのように、学生たちのクスクスとし笑い声が聞こえ、講堂内は和やかな雰囲気となる。

最も学園長本人や教師陣、生徒会役員などはそこに含まれていないのだが。

 

「さて、長々と話して申し訳ない。そろそろ、終わりにしよう。」

 

そう言って、モリアーティは台の後ろへと戻る。

そして、目の前の生徒達を見据えて言った。

 

「さて最後に諸君伝えるべきこと、それはここにいる全員に向けての言葉だと思って欲しい。」

 

先ほどまでの陽気な雰囲気とは打って変わって真剣な、しかしどこか皮肉めいた顔でその老紳士、ジェームズ・モリアーティは言った。

 

「花を咲かせたからと言って、枯れては意味がない。雑草だからと言って踏まれることに慣れてはいけない。」

 

その言葉により、再び講堂内がざわめいた。

達也もまた心の中で頭を抱える。

登場しただけでも混乱を招き、それが収束した途端に特大の爆弾をその男は落とした。

それはたとえ海外からの来賓講師だからといっても、第一高校の属する者が口にしてはいけない言葉だ。

 

(自分が今何を言ったのかわかっているのか?)

 

「正直に言って、私には枯れた花も朽ちた雑草も見るに耐えないのでね。私的には花であっても草であっても、その可憐さや青々さは眩しく見えるものだ。まぁ枯れた老人の戯言だと思って頭の片隅にでも置いておいてくれたまえ。」

 

そういうと、モリアーティは何事もなかったかのように壇上を後にしようと、歩きはじめた。

が、何かを思い出したように足早に元の位置に戻ると再び生徒達を見て言った。

 

「諸君。遅ればせながら、入学おめでとう。」

 

そう言って、今度こそ舞台を後にし消えていった。

嵐の過ぎ去った後、そう思えるような静寂が講堂内を支配していた。

 

これが魔法科高校の劣等生 司波達也と特別講師 ジェームズ・モリアーティの邂逅であった。

 

to be continued



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入学編 Ⅱ

入学式が執り行われた、その日の夜。

司波達也は自宅にて、深雪が淹れたコーヒーを飲み一息ついていた。

しかし、そうしながらも今日入学式であったことを思い返していた。

正確には入学式の最後に現れた人物のことをである。

 

「お兄様、いかがされました?」

 

「ん?あぁ、少しな」

 

と思案してた自分を気づかったのか深雪が声をかけてきた。

達也はその言葉に心配をかけまいと言葉を濁したが、そんなことで兄想いの深雪が納得するはずもない。

今なお、心配そうにこちらを見つめる深雪に根負けし、達也は自分が感じていたことを話すことにした。

 

「入学式の時に出てきたジェームズ・モリアーティ。国家間の受理のもと第一高校に所属していると自分では言っていたが、少し気がかりでな。」

 

「確かにジェームズ・モリアーティ教授のご高名は、わたしも存じ上げていましたが、まさか私達の学校の名誉講師でらしたとは思いませんでした。」

 

深雪も達也に同意する。

しかし、兄の達也が気がかりというにはそれ以上の疑問があるのだろうと思い、話の続きを待った。

 

「そう、あのジェームズ・モリアーティが第一高校に所属している。それも、後ろに日本、英国の両国の後ろ盾の元に。だと言うのにそれが公にされたのは今日の午後入学式の後だ。あれほどのビッグネームの学者を講師とはいえ所属させているんだ、第一高校としてはより自校のアピールとして大々的に行ってもおかしくない」

 

「それは確かにそうですね…」

 

「それに学校に関係なく、国すらも前もって公表していないとなると、やはり国家間にある種の密約があったとも考えられる。そうなると、次に生まれる疑問はそれほどのことを無理矢理押し通すことが出来た理由。」

 

そこまで聞いて深雪は気付いた。

本来ならば考えられない状況、それも国家を巻き込んでのことなるとそれを実行できる存在は限られてくる。

 

「まさか、お兄様」

 

「あくまで仮説でしかないが、もしかしたら十師族あるいはそれとは別の組織が絡んでいる可能性もある。」

 

「そんな…」

 

達也の言葉に深雪は息を呑む。

 

十師族

それは日本で最強の魔法師集団。

彼らは表の顔を持つことはないが、その代わりに政治の裏側で不可侵に等しい権勢を手にしている。

第一高校生徒会長である七草真由美もまた、その十師族の一つ七草家の人間である。

そして、達也、深雪もまた七草家と同様、十師族の一つ四葉家に連なる家に属している。

最も達也も深雪もその四葉家において特別な意味を持つ。

 

そんな2人だからこそ、十師族が関係している可能性が考えうることに、どれだけの意味を持つかを分かっていた。

 

「だが、あくまでも仮説は仮説。確証が持てない以上、無理にことを構えることもないだろう。藪を突いて蛇を出すこともない。いや、蛇ならまだ可愛いものと思えるのなら良い方だ。」

 

「そうですね。ですが…」

 

「ですが?」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

深雪には珍しいその態度に達也は少し驚いた。

普段の深雪なら自分の言葉を無条件で納得する。

しかし、今は達也の考えに少し思うことがあるように見えた。

 

「気になるな。深雪が俺に意見するなんて珍しいからな。」

 

「意見なんてそんな恐れ多い。申し訳ありません、お兄様」

 

「いいよ、言ってごらん。」

 

そう達也が言うと深雪は憚りながらも達也に自分の思ったことを伝える。

 

「わたしは今朝も申しましたように第一高校の風潮が好きではありません。もちろん、魔法師の世界が実力を伴うのは重々承知していますが、あそこまで露骨な風潮は見るに耐えられません。何より、お兄様が蔑まれるようなことを深雪は我慢なりません。」

 

「深雪、それは…」

 

「ですが、」

 

達也の言葉を遮ってでも、深雪は続けた。

それでも、今日深雪は少し救われたのだ。

そのことを誰よりも敬愛する兄である達也に知ってほしいがために。

 

「ですが、今日のモリアーティ教授の言葉を嬉しく思いました。あの最後の言葉はわたしにとって、あの場に置いて唯一まるでお兄様を肯定してくれたものとして思えたのです。あの方が注意すべき人物なのは理解出来ますが、少なくともあの場限りにおいて、あの言葉にわたしは、深雪は胸の空く思いで、少し救われたのです。」

 

「深雪…」

 

達也にとっては問題発言としてしか映らなかった、あの男の姿であったが、どうやらその問題発言のおかげで妹が少しでも苦しみから解放されたのであればと、良しとした。

達也は深雪の頭に手を置くと優しい声で言った。

 

「そうか、ありがとう深雪。これからどうなるか俺にも分からないが、今日のところは深雪がそう思える一日だったなら、それで良い。」

 

「はい、お兄様。」

 

深雪は頭に置かれた手を取ると、自分の頬へと当てた。

二人の第一高校での1日がようやく終わり、そして新たな生活が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

場所は変わり、都内某所

そこに第一高校特別講師ことジェームズ・モリアーティはいた。

部屋の中は薄暗く、モリアーティは窓を眺めながら通信にて誰かと話していた。

 

「いやぁ、しかしこうしてみると久しぶりの教師生活というのも楽しみだ。」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

 

「あぁ、会ったよ。とは言っても入学式での答辞越しだがね。いやはや、実に可憐なお嬢さんだ。今から話すのが楽しみで仕方がない。もちろん、もう一人の方ともね」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

 

「分かっているとも、仕事は仕事でやるとも。しかし、教師との二足の草鞋とはアラフィフには少々堪えるね。もっとも、どちらが本業かは理解しているつもりだが…」

 

そう答えるモリアーティの表情は笑顔であるが、その奥には邪悪に満ちていた。

そして、向いていた顔を窓から会話相手の通信が聞こえる方へと変える。

そこにはモニターはあるが、通信相手の顔はなくノイズ交じりの砂嵐だけが写っていた。

すると、何も映っていなかったモニターが変わり、あるものが映し出される。

 

《司波達也》そして《司波深雪》

今年第一高校に入学した二人の生徒に関するデータ資料だ。

 

「しかしながら、世界が変わっても人間は変わらない。だからこそ、面白いのだがね。」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

 

「そうとも、大事なのは《X》という変数だよ。一数学者として、これだけは譲れない。」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

 

「まぁ、しばらくは久しぶりの教師生活を楽しませてもらうよ。」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

 

「あぁ、ではまた。」

 

そして、通信は切られた。

モリアーティは再び窓の外に目をやり、顔を邪悪な笑顔に歪める。

そして、誰も聞く者がいない中、まるで世界に向けるように言った。

 

「素晴らしい!世界は破滅に満ちている!!」

 

薄暗い部屋の中で彼の笑い声が響き渡る。

そして、達也と深雪が映し出されたモニターに向かって言った。

 

「さぁ、授業を始めよう…」

 

to be continued

 

 



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入学編 Ⅲ

第一高校入学2日目

1年E組となった達也は教室にて選択科目の履修登録も終わり、もう間も無く始まろうとしているガイダンスを含めたオリエンテーリングを待っていた。

その間、入学式で見知った顔である柴田美月と千葉エリカに加え、達也のタイピングの速さに反応したをきっかけに、西城レオンハルトとの交流もあったが、それ以外は特に何事もなく時間が過ぎようとしていた。

 

予鈴がなり、全員が着席すると間も無く前のドアが開く。

達也が目を向けるとそこには白衣を着た女性が入室したが、達也はその女性の後ろにいた人物の存在に目を見開く。

いや、達也だけではない。

教室にいた全員がその姿に驚いた。

忘れもしない、昨日の入学式において場を荒らすだけ荒らして何事もなかったかのように退場したあの老紳士、いや第一高校の名誉講師ジェームズ・モリアーティである。

 

(またか、一体今度はなんなんだ…)

 

達也は目の前の出来事に珍しく頭がついていけず、ただただ成り行きを見守ることにした。

モリアーティは教壇に立ち、生徒達を見つめる。

生徒達もまた何が始まるのかと身構えていた。

が、その空気は一瞬にして破壊されることとなる。

 

「Good Morning!!Every one , Boys&Girls!! 久しぶりだね、正確には約24時間ぶりと言ったところかな?改めて入学おめでとう!」

 

「は?」

 

まるでかつての中学校の英語の授業のような挨拶に誰かがおもわず言った。

しかし、ここにいる全員が口に出さずとも同じ反応だったのか、それはスルーされた。

 

「あ、あのモリアーティ教授?」

 

すると、後ろに控えていた白衣の女性が声をかける。

モリアーティはその声にハッとすると、今の第一声を無かったことにしたらしく、改めて話し出した。

 

「うおほん!あぁ、失礼失礼!諸君らの若々しさに負けないようにと、昨日から気合いを入れて考えた掴みの挨拶だったのだよ。イヤだって、第一印象って大事だもんネ!」

 

と、年甲斐もなくウィンクしながら同意を求める初老の男性講師にどう反応したらいいのか分からず、生徒達は呆気に取られ放心していた。

 

「アレ?遥クン、もしかして私スベってるかな?」

 

「いや、今のでいけると思ったんですか教授?見て下さいよ、生徒達の反応をアレが答えです!と言うか、一晩考えた挨拶がアレですか!?」

 

と、遥クンと呼ばれた女性がモリアーティにつっこむ。

その様子を見て生徒達は思った。

一体自分達は何を見せられているのだろうと。

そんな空気を感じたのかモリアーティは再び無かったことにして、今度は少し真面目に話し出した。

 

「失敬。さて、改めて自己紹介といこうじゃないか。私はジェームズ・モリアーティ、昨日の入学式でも話したがこの第一高校にて特別講師をしている。主に座学である魔法理論が担当となるわけだが、ここでは座学の教員などお飾りでしかないがね。なにせ授業はオンラインにて行われる為、直接指導は主に実技のみとなる。とはいえ、それも一科生に向けてのものだから、キミ達にはあまり関係ないと言えば関係ないか…」

 

その言葉に教室の空気が沈んでいく。

モリアーティが言ったことは事実であり、自分達もそれは重々承知していた。

とはいえ、いざ面と向かって言われるとやはり気にせずにはいられない。

 

すると誰かが呟いた。

 

「昨日は平等に扱うって言ってたのに…」

 

すると、静寂の為かその呟きは思いの外、教室内に響いた。

そして、それはもちろんモリアーティにも聞こえたため、モリアーティはその言葉の方へと目を向ける。

その眼差しは先ほどまでの陽気さとは打って変わって、力強いものだった。

その眼力に教室の生徒達はたじろぐ。

仮にも教員に向けて非難の言葉を吐いたのだ、誰もがモリアーティの気分が害されたと思い、この後にあるであろう叱責を覚悟した。

しかし、モリアーティが口にしたのは叱責とは異なるものだった。

 

「ふむ、気分を害してしまったのなら申し訳ない。」

 

そう言って頭を下げる講師の姿に皆が目を疑う。

そして、モリアーティは頭を上げると、冷静に語り始めた。

 

「なるほど、だが初めに言っておくが、実技授業において君達が直接指導を受けられないのは事実だ。そして、その理由が君達が二科生であることに由来していることも分かっていることだと思う。そして、何故君達が二科生なのかと問われればそれは単純に君達の入学試験の成績に由来する。」

 

そう冷静に淡々と述べる講師の言葉は紛れもない事実である。

その為、今度は誰も反論の余地なく黙って聞いていた。

 

「だが、考えても見たまえ。そもそも定員二百名である第一高校において、一科生と二科生の割り振りは上位百名以上と以下という何ともまぁ単純明快な組み分けだ。そこでだ、諸君。成績100位の生徒と101位の生徒にいかほどの違いがあると思う?」

 

その言葉に生徒達は目を見開いた。

モリアーティはその様子を見ると笑顔で頷き、続けた。

 

「そうともだから君達と一科生の差なんてそんなものなんだヨ。もし君達の目の前で100位の生徒が101位の生徒に対して『やーい101位でやんの!俺は100位!』と言っている場面に遭遇したとしたら、滑稽なことこの上ない。」

 

そう言うと、生徒達の先ほどまでの雰囲気が明るいものとなった。

 

「まぁ、もっともだからと言って1位と200位を同じように考えるのは厳しいがね。純粋な実力社会である以上、上と下は存在するが、それは世の常と思って受け入れるしかない。だから、今一度、君達にこの言葉を伝えよう。」

 

そう言ってモリアーティは教壇前に出て来た。

その姿を見る生徒達の目は先ほどまでの悲嘆にくれたものとは違い、真剣な眼差しである。

 

「1年E組の二科生諸君。あえて今この場では《雑草(ウィード)》という禁止用語を用いて語ろう。踏まれることに慣れてはならない。かといって花が枯れることを望み、それを嘲笑うことなかれ。それは今君達が抱えている苦悩をその者にも味わわせることと同義だ。諸君らもまた、この第一高校のひいてはこの国の将来を形は異なれど担う若草なのだから。それは私のような枯れた老人にはあまりの眩しいものだからね。」

 

そう語ると教室が一瞬静寂に包まれる。

すると口火を切ったように教室が拍手に包まれる。

 

「さて年甲斐もなく熱く語ってしまったが…。これで、最初のスベった失態は取り戻せたかな?」

 

と、冗談めいたように言うと生徒達から笑いが起きた。

その様子をモリアーティは安心したように満足した顔になると再び教壇の後ろに下がった。

 

「さて、本当はこんな話をするために来たのではなくてね。今日はこの学校における私の立ち位置、もっと言えば諸君らにとっての私の使い方について話に来たのだよ。先ほども言ったようにこの学校における座学はオンラインで行われる。一科生、二科生ともに一年生は例外なくね。そうなると、本当に私はただ有るだけの飾りになってしまうのでね。なので希望者は私が直接指導を行うことにしたのだよ。なので、私の指導を受けたいと言う物好きは履修登録の際にそれを踏まえて登録してくれたまえ。」

 

その言葉に生徒達から驚きの声が上がる。

達也もまた口には出さないものの、驚きを隠し得なかった。

魔法理論学の権威たるジェームズ・モリアーティの直接指導が受講できる。

魔工師志望の者ならこれ以上ない機会であるからだ。

 

「まぁ無理にとは言わんよ。座学に関心のある者、あるいは私を置物にしたくない慈悲深い生徒がいたら考えて見てくれたまえ。詳細はこれから行われるガイダンスにて説明が行われるので、詳しくは彼女に聞いてくれ。では、諸君らの学生生活が実り多きものとなるよう祈っているよ。」

 

そう言って、モリアーティは教室を出ていった。

そして、残された白衣の女性、第一高校の総合カウンセラーである小野遥がその後を引き継ぎ、説明が始まった。

 

そんな中、達也は登録の終わった自身の履修内容を再度確認した。

そして、少し考えると再びタイピングをして、再登録を行う。

その内容の中には先ほどまでにはなかった授業が登録されていた。

 

《魔法理論学総合 講師:ジェームズ・モリアーティ》

 

その登録された内容を見て達也は思う。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしろ、これはいい機会なのかもしれない。)

 

その心情の中には二つの思惑があった。

一つは魔工師としての興味、そしてもう一つは…

 

to be continued

 



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入学編Ⅳ

今更ですが、『魔法科高校の特別講師』をお読み頂いております読者の皆様。
このような拙作をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。

現状は入学編の冒頭ということもあり、あまり教授の裏といいますか、本性が出せず退屈と思われいる方もいらっしゃると思いますが、何卒ご容赦ください。

ジェームズ・モリアーティはfgoの中でも、特に好きなサーヴァント、キャラクターの1人です。1.5部第1章にて実装された際、ストーリーを進めるにつれ、どんどんとその魅力に引き込まれました。
ですが、彼を知っている方はご存知の通り、自分が動かすとなると非常に難しいキャラクターです。

ですので、キャラ崩壊や皆様との解釈の違いなどあるとは思いますが、どうか温かい目で見守っていただければと思います。
そして、皆様の暇つぶしのささやかな楽しみとなれば、幸いでございます。

今後とも『魔法科高校の特別講師』をよろしくお願いします。


あの後

モリアーティの挨拶、もとい演説ともいえた話が終わった後

達也達は工房見学、昼食、そして午後は遠隔魔法実習室にて行われていた生徒会長七草真由美の実習を見学した。

途中、昼食時にちょっとしたいざこざが起きようとしていたが、それは達也の冷静な対処によりことなきを得た。

 

日も傾き、第一高校の2日目が終わろうとしている。

このまま何事もなく終わればと達也は思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。

下校時間を知らせるチャイムが鳴る中、校門前では穏やかではない空気が流れている。

 

「あ、あの…ですから何度も申し上げているとおり…、ですから私は…、私はお兄様と帰る予定なんです。」

 

困った顔でそう言うのは、

この状況の渦中の人物、司波深雪だった。

その深雪を中心に校門側には達也達二科生、そして反対の校舎側には一科生の集団がいた。

 

「でもね司波さん、部活や選択科目のことで色々と相談したいしさ?」

 

「いえ、あの…」

 

「親睦を深めるためにもこれから一科生だけで、どこか寄って行こうよ」

 

と、明らかに後者を本音とした建前が行き交う中、やはり深雪は困った顔をしている。

そんな深雪を見て、達也はやはり面倒なこの状況をどうにかしようと、深雪に自分は先に帰ると伝えようとしたが。

 

「いい加減にして下さい!深雪さんはお兄さんと帰るって言ってるんです!!」

 

と、意外な人物が声を上げた。

柴田美月である。

普段、大人しい分よっぽど腹に据えかねたのだろう、美月の主張は止まらない。

 

「なんの権利があって二人の中を引き裂こうっていうんですか!!」

 

「…引き裂くって言われてもな」

 

美月の言葉に達也は疑問を持ったが、

どうやらもう片方、深雪の方はどうやらそうではなく

 

「み、美月ったら一体何をっ、何を勘違いしているの!!」

 

と、焦った様子で顔を赤らめている。

ただでさえ白い肌が熱を持ったように赤くなる妹を見て達也が気にかけるが、

やはり焦ったように深雪は誤魔化した。

 

すると、一科生の内の一人の男子生徒が声を荒げる。

 

「これは1-Aの問題だ!他のクラス、ましてやウィードごときが…」

 

その言葉に今まで、何とか平静を保っていたレオとエリカの目が鋭くなる。

そして、男子生徒はそんなことは知らずに続けて言う。

 

「僕たちブルームに口出しするな!!」

 

すると黙っていたエリカが心底馬鹿にしたように口を開いて言った。

 

「全く高校生にもなって、人の予定も聞かずに詰めいるような人間が第一高校の一科生生なんて恥ずかしい〜」

 

「何だと!?」

 

「せっかく、魔法理論の権威が海外から特別講師として来たってのに、教える相手がコレじゃ、日本の恥を晒すだけだわ」

 

その言葉に一科生達の怒りが高まる。

しかし、エリカは本当のことを言ったとでも思っているのだろう。

軽く流しながら言った。

 

「昨日のモリアーティ教授の言葉聞いてなかったの?それとも一科生の方々は人の話を聞くってことも教わってないのかしら、それとも記憶力が悪いのかしら?」

 

どんどんと火に油を注ぐエリカ

すると、やはりあの男子生徒が口を開いた。

 

「ふん!確かにあの講師が魔法界における権威なのは認めよう。だが、所詮は学者畑の人間、机の上だけで物事を考えるしか能のない人間だ。正直言って、この第一高校には必要ない。魔法も満足に使えないウィードはあの老人の甘言に勝手に陶酔していればいいさ!」

 

その言葉に今朝のモリアーティの言葉を聞いていたエリカ達は今度こそ怒りをあらわにした。

そして、その言葉に美月までもが、怒りをあらわにして言う。

 

「同じ新入生なのに、今の時点でどれだけ優れているっていうんですか!?」

 

もはや収集のつきようのない状況。

二科生も一科生ももはや爆発寸前といったところだった。

 

「これはまずいな…」

 

と、達也が呟く。

しかし、そんな達也の予想通りに状況は動いた。

 

「知りたければ教えてやるさ!」

 

「おもしれぇ、だったら教えてもらおうじゃねぇか!」

 

そのレオの言葉に先頭に立っていた、あの男子生徒が口火を切った。

 

「いいだろう、よく見てるといい…」

 

男子生徒はおもむろに手を制服の上着の後ろにやると、

素早い動作で拳銃の形をした機械を取り出した。

 

(あれは攻撃重視の特化型CAD!!)

 

達也の目がそれを見て鋭くなる。

 

CADとは、術式補助演算機(Casting Assistant Device)の略称で、魔法発動を簡略化させる装置である。術者から送り込まれた想子を、信号化して術者に返し、魔法工学の成果物の一つで、魔法のプログラムたる起動式のデータが圧縮保存されている。

人によってはデバイス、アシスタンス、ホウキ(法機)とも呼ばれており、現代魔法を発動するための起動式を、呪文や呪符、印契、魔法陣、杖、魔法書などの伝統的な手法・道具に代わり提供する、現代魔法師に必須のツールである。

そして、男子生徒が持ち出しだCADはその中でも特化型といわれるもので、多様性を犠牲にする代わりに、魔法の発動速度を重視したものである。

 

つまるところ、達也の分析が正しければそのCADは攻撃にのみ特化されたものであり、男子生徒が正面にいるレオに対して攻撃しようとしていることは明らかだった。

そして、あっという間にレオの前に男子生徒が展開した魔法式が構築される。

 

「うおっ!?」

 

「レオくん逃げて!」

 

しかし、美月の言葉は届かず

レオはCADを構えた生徒へと飛びかかる。

 

「お兄様!」

 

深雪の声に従うように達也は右手を上げ、二人の方に向けた。

 

(目立つ真似はしたくないが、仕方がない)

 

しかし、達也が何かをする前に決着がつく。

 

キンッ!!

と、甲高い音がするとそこにいたのは二人の間に入り込み、警棒のようなもので男子生徒が構えていたCADを打ち払ったエリカの姿だった。

 

「この間合いなら、身体動かした方が早いのよね。」

 

と、得意げな顔で告げるエリカ。

するとレオがそんかエリカに言った。

 

「…お前今、俺の手ごとぶっ叩くつもりだったろ」

 

「あらなんのこと?」

 

と、惚けるエリカにレオは怒りをぶつけた。

 

「笑ってごまかすな!」

 

「起動中のCADを素手で触ろうとするバカ助けてあげたのに、感謝してよね」

 

と正論をエリカに言われ黙るレオ。

そんなレオに美月が続けていった。

 

「そうですよ!本当に危ないんですよ!?他の魔法師の機動式に触って拒絶反応を起こしたらどうするんです?」

 

その言葉で何とか場をまとまりを取り戻そうとしていた。

しかし、男子生徒の後ろにいた女子生徒の様子に誰も気づかず、一難が去ったと思われたその場にまた一難がやってくる。

 

「こんなハズじゃ…私はただ、司波さんと…」

 

とブツブツと呟く女子生徒の手から再び起動式が発動する。

 

「もう一人!!」

 

達也が叫ぶ。

エリカもまた女子生徒を無力化しようと駆け寄るが、間に合いそうにはなかった。

すると離れたところから何が凄まじい速さで飛んできて、女子生徒の起動式を打ち消した。

達也が見たところ、それは弾丸状に圧縮されたサイオンだった。

女子生徒はその勢いつられてて後ろに飛び出されると、横にいた別の女子生徒に支えられた。

何が起こったのかと皆が呆然としていると、起動式を打ち消したサイオンが飛んできた方から凛とした声が響いた。

 

「止めなさい!!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!!」

 

その声の方に全員が目を向けると、厳しい表情をした七草真由美がいた。

そして、もう一人真由美の後ろにショートカットの女子生徒。

凛としたというよりは寧ろ凛々しいよと形容すべきな雰囲気の女子生徒がおり、彼女は真由美の前に出ると達也達に向けて言った。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ!君たち1-Aと1-Eの生徒だな、事情を聞きます。起動式は展開済みです。抵抗すれば即座に魔法を発動します。」

 

その有無を言わせない威圧感に誰もが息を呑み。

自分達がしでかしたことに今更ながら後悔した。

 

そんな中、渡辺摩利と名乗った風紀委員長の前に達也が立つ。

摩利も達也を見据えて言った。

 

「何だ君は?」

 

「すみません。悪」

 

ふざけが過ぎました。

と、達也が誤魔化そうとした瞬間。

 

「おやおや〜、諸君どうしたのかね?」

 

と声がした。

それはこの場にいる全員が一度は耳にした声。

そして、達也にとっては懸念すべき声そのものであった。

全員が声の方へと向く。

するとそこにはやはり、第一高校の特別講師 ジェームズ・モリアーティその人が笑顔を浮かべ立っていた。

 

to be continued

 



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入学編 Ⅴ

達也達生徒たちの前には入学式から第一高校を騒がしている人物、ジェームズ・モリアーティが立っていた。

その姿は昨日、今日とは少し異なっており上着は来ておらず、ベスト姿そしてメガネもかけておらず手には杖を遊ばせるように持っていた。

皆が呆然とする中、風紀委員長の摩利が尋ねる。

 

「教授どうしてここに?」

 

「いやなに、残っている仕事の息抜きと散歩がてら学内を歩いていたところ、キミ達がいたのでね。何やら、騒ぎがあったようだが…」

 

と、そこまで言うとモリアーティはその場にいた全員を見る。

そして、なるほどと一人納得したような顔をすると、生徒の内の一人、レオに向かってCADを向けた男子生徒に近いた。

男子生徒はバツの悪い顔をしている。

それもそうだろう、この状況がここまで発展したの自分の浅慮さによるものだと理解している。

そして、本人がいないとはいえ今目の前にいる人物を、年長者であり自らが所属する学校の特別講師、それも世界に名を轟かす人物を侮辱してしまった事実がある。

聞かれてないとはいえ、いざ当人を目の前にすると彼も顔を青ざめた。

 

しかし、モリアーティはそんな彼に向かって口を開き言った。

 

「ところで、腕は大丈夫かね、森崎クン?」

 

「え?」

 

モリアーティの言葉に森崎と呼ばれた生徒。

そして、その場にいる生徒全員が驚く。

しかし、モリアーティはそんな生徒達をよそにレオとエリカにも同じように怪我はないか尋ねる。

そして、言った。

 

「しかし、いくら若いとはいえ多少の節度は持つべきではないかね諸君。元気なのは良いことだが、だからと言ってCADを使い魔法を使用するのはチョットやり過ぎだと、私は思うよ?」

 

すると再び生徒達は驚き、目を見開く。

そして、皆が感じている疑問を真由美が代表して聞いた。

 

「モリアーティ教授、何故知っているのですか?」

 

「もしかして、見ていたのでは?」

 

と、摩利が真由美に続き尋ねた。

その言葉には若干の怒気が含まれている。

それもそのはず、モリアーティの言動はまさに目の前で起きた騒動を端的にとはいえ正確に把握している人物のそれだった。

ならばと真由美達は思ったのだろう。

その場にいながら、何故止めなかったのかと。

しかし、モリアーティは困ったような顔をしながら真由美に答えた。

 

「いやいや、さっきも言ったように私はたまたま通りがっただけだよ。」

 

「では何故?」

 

すると、モリアーティはわざとらしく少し驚いた表情をしながら言った。

 

「何故も何も、当然の論理的帰結ではないのかね?」

 

「論理的帰結ですか?」

 

と、モリアーティの言葉に訝しげむ真由美。

どうやら、他の生徒達も同様に疑問を持っているようだと感じたモリアーティは、ならばと話し始めた。

 

「第一に君たち生徒会長と風紀委員長の2名がいる時点で何かしら問題があったことは明白だ。何せ第一高校の最高権力者たる三巨頭の内2名がいるわけだしね。では、その起きてしまった問題が何かと問われれば、それもまた簡単だ。」

 

そして、モリアーティは摩利を見る。

突然、目線を向けられた摩利は内心少し驚いたが顔には出さない。

そんな摩利に笑顔を向けながらモリアーティは続ける。

 

「ここにいるのが生徒会長の七草真由美クン以外に風紀委員長の渡辺摩利クンがいるということは、それは学校内の風紀が乱れたということ、ではどのように風紀が乱れたのか、それは摩利クンが今もなお起動式を展開していることから察せる。まさか服装の乱れた等といった小事にまでいくら摩利クンでもそこまではしないだろう…。しないよね?」

 

と、自分を見てくるモリアーティに摩利は呆れながら「当たり前です」と言った。

 

「ならば、それは魔法を使用してまで止めるべきと判断される事案。そう、例えば魔法の規定外の使用ではないかと推測できる。」

 

そう言って、今度は一科生を見る。

その全てを見透かしたような目線と淡々と事実を見てきたかのような語りに一科生達は全員下を向く。

 

「もちろん、それだけでは根拠としては不十分だが…、そこに転がっているCADと友人に支えられている女子生徒、光井ほのかクンの様子を見れば予想はつく?」

 

その言葉に森崎と呼ばれた先ほどの男子生徒と光井ほのかと自分の名を呼ばれた女子生徒の身体がビクリと反応し、怯えたような顔をする。

そしてモリアーティは続ける。

 

「あのCADは攻撃重視の特化型だ。あのようなものを持っているとしたら、要人の護衛を代々生業としている森崎一門の者以外おるまい。違うかね?」

 

「はい…」

 

と、森崎はモリアーティに正直に答える。

 

「そして、何故あのようなところにCADが転がっているのかといえば…。それは君の仕業かな、千葉エリカクン?」

 

と、エリカの方を見るモリアーティ。

しかし、エリカは驚きはしたものの森崎とは異なり首を縦にふり肯定はしたものの、特に気に留めていない風を装った。

 

「うむ、流石は剣の大家千葉家の御令嬢といったところか。その後ろに隠した物で恐らくは森崎クンのCADを弾いたのだろう。森崎一門が得意とするクイックドロウを上回る疾さをもって、対応できるのはキミぐらいなものだろうだからね。そして、それならばCADがあそこまで飛ぶのもうなずける。」

 

そして、モリアーティは今度はほのかの方を見る。

その目線にほのかはただでさえ縮こませていた身体より、縮こませた。

 

「そして、光井ほのかクンの今の状況。多少の疲労感と友人に支えられたところを見るとおそらく魔法を発動しようとしたところ何者かにキャンセルされ妨害されたと見える。この中でそんな芸当ができるのはキミぐらいかな、七草生徒会長どの?」

 

「はい、確かに彼女の魔法をキャンセルしたのは私です。」

 

そう肯定する真由美にモリアーティは笑顔でうなずく。

 

「では、最後にこうなった経緯というか経緯だが…」

 

と、モリアーティは再び現在の状況を見る。

そして、一科生の生徒達の方を見ると、ため息を吐くと呆れたような、残念そうな口調で言った。

 

「やれやれ、君たち私は言ったはずだ。『花であっても枯れては意味がない』と。」

 

その言葉に一科生達は驚き、顔を伏せる。

しかし、真由美と摩利はどうやらその言葉の真意をわかっていないようだった。

 

「どういうことですか教授?」

 

「あくまでも予想だがね。おそらく、彼らが二科生に対して己の有能性を証明しようとしたのだろう。状況から察するに原因は…」

 

すると、今度は深雪の方を見て言う。

 

「キミかな司波深雪クン?」

 

その言葉に深雪は目を見開くと、やはり顔を伏せる。

達也が深雪の庇うように前に出るが、モリアーティは続けた。

 

「もちろん、彼女がどうこうしたというわけではない。おそらく、彼女は兄であるキミ達也クンと行動を共にしたいと願ったが、一科生の彼らに誘われていたのだろう。そうこうしているうちに、一科生と二科生の間で恒例の対立が起き、ここまで発展したと言ったところかな?」

 

そう言って再び一科生の方を向くと言った。

 

「キミ達が優秀であることは周知の事実であり、それは誇るべきことだ。しかし、キミ達が誇るべき魔法とは、果たしてそうやって使用するものなのかね?」

 

その言葉に森崎をはじめとした一科生達は下を向く。

 

「キミ達がしたことは魔法師として以前に人として最低の行為だ。己の才能に自己陶酔し、優越感に浸り、他者を蔑ろにする。それが今のキミ達の姿だ。そんなキミ達は自らが第一高校の生徒、ましてや一科生だのブルームだののたまわっても、この老人の目には滑稽にしか写らんがね。」

 

そして、今度は二科生の方を見て言う。

 

「だが、キミ達も単純な被害者というわけではない。事実として森崎クンに手を上げた事実は変わらない。冷静さを持ってすれば十分に対処できたはずだ。《雑草だからと言って、踏まれることに慣れてはいけない。》。この言葉の意味をもう一度考えくれたまえ。」

 

そのモリアーティの言葉に一科生と二科生達はともに意気消沈する。

そのような状況を打開しようと真由美と摩利が声を上げようとしたその時。

この状況を作り出した本人からありえない言葉が飛び出した。

 

「と、言うのがあくまでも老人のあくまでも予測の範囲を出ない戯言なのだが…。本当のところはどうなのかね、司波達也クン?」

 

その一言に全員が、そして達也も驚いた。

そして、その言葉に意味がわからないと言ったふうに真由美がモリアーティに尋ねる。

 

「え、教授、どういうことですか?」

 

「イヤぁ〜、どうもこうも言った通りサ。あくまでもコレは私の予想に過ぎないからね。実際、私がくる前に彼が、摩利クンに何かを伝えようとしていたようだからね。本当のところはどうなのかと思っただけサ。」

 

その一言に摩利が思い出したように達也に近づき尋ねた。

 

「君、教授はああ言っているが、どうなんだ?」

 

摩利はモリアーティが言ったことが、正しいのか、そして先ほど達也が何を言おうとしたかを確かめた。

達也は内心考える。

モリアーティは予想と言ったが、もはやそれは事実だ。

しかし、それを肯定してしまえば今後の学生生活が面倒なものとなる。

何よりこのまま話が進めば、ここにいる全員が風紀委員から指導を受け、一科生と二科生の軋轢は入学2日目から明確なものとなってしまう。

そして、それは達也と何より深雪にとって良い状況とはあまりにも言えない。

そして、達也は気づかれないように目線を動かす。

その先にあるのは、こんなデタラメな状況を作り出した張本人のジェームズ・モリアーティだ。

 

すると、達也とモリアーティの目が合う。

そして達也は見た。

モリアーティが自分を見て目を細めたのを。

達也は驚きが顔に出ないよう努めた。

 

(仕方がない…)

 

そう思い覚悟を決めて言った。

 

「申し訳ありませんが、モリアーティ教授が仰ったことは違います。」

 

その言葉にモリアーティ以外の全員が目を見開く。

そして、達也は摩利と真由美に言った。

あくまでも悪ふざけであったと。

ことの発端は森崎一門のクイックドローを後学の為に見せてもらうだけだったが、あまりのスピードについ手が出てしまったのだと。

そして、光井ほのかも同様であり、彼女が発動しようとしていたのは威力が抑えられた閃光魔法に過ぎないと。

 

その説明に摩利は訝み、納得いく様子ではなかった。

しかし、真由美の取りなしにより何とか不問となった。

こうして、事態はやっとの収束を迎えた。

 

最後に真由美と摩利がモリアーティに向かい言った。

 

「と、言うわけで教授。」

 

「今回の件はこのような形となりましたが、よろしいですか?」

 

すると、その言葉にモリアーティは笑顔で答えた。

 

「モチロン!学園最高権力者のキミ達の決定だ。私になどにそれを覆す権利も反対する権利もない!」

 

「もぅ、その最高権力者っていうのやめて下さいってば!」

 

「あぁ、まるで私たちが悪のボスみたいじゃないか?」

 

するとモリアーティはさらに笑顔で言う。

 

「何を言っているのかね!悪のボス!結構じゃないか!もっとも、それを自覚していないあたりは流石と思うがネ!!」

 

と、そのモリアーティの一言に二人の怒りが周囲に見えた。

二人はせめてもの意趣返しにと悪い笑顔を浮かべて言った。

 

「それにしても、教授の推理見事でしたね。」

 

「あぁ、流石は世界最高峰の魔法理論の権威ジェームズ・モリアーティだったな。」

 

しかし、そんな嫌味もどこ吹く風。

モリアーティはそんな二人の言葉に対して、心底楽しそうに言った。

 

「いやなに、外れたが私が赤っ恥をかくだけですんだのだ。生徒諸君が学生生活の始まりでつまずかなかったことを心から喜ぶことにするよ。キミ達二人もそうだろう?詳細はどうあれ、コレもまたキミ達が直面すべき課題なのだから。」

 

と、飄々と語る目の前の老紳士の懐の広さというか、柳に風、暖簾に腕押しなその余裕な態度に真由美と摩利は相手が悪いと思ったのか、その皮肉には反応せず、ただ一言。

「では、今回の報告書の作成にこの後、ご協力お願いしますね。モリアーティ教授。」

 

と言って、去って行った。

モリアーティは新たにできた仕事にトホホと言いながらも、その顔には勝者の笑みが浮かんでいた。

 

そして、モリアーティも立ち去ろうとしたが、

一度、止まってから振り向くと達也を見ながら全員に言った。

 

「ではまた諸君。改めて今後とも宜しく頼むよ。」

 

夕焼けに赤く染まる校舎へと向かうその後ろ姿に生徒達はお辞儀をして見送ったが、

唯一達也のその背中を見る瞳は一抹の疑心に満ちていた。

 

to be continued

 

 




『魔法科高校の特別講師』をご愛読の皆様
まずはこの場にて、ご評価、誤字のご指摘を賜りましたこと、この場にてお礼を申し上げます。

さて、前回も申しました通り、モリアーティというキャラクターは非常に魅力的な人物ではありますが、その反面と申しますが、非常に動かすことが困難なキャラクターです。
それはひとえに、その人物像の理解が複雑怪奇であることが理由として挙げられますが、私自身はその理解できない不明瞭さが彼の魅力なのだと思っております。

まだ、入学編の序盤の序盤ではございますので、あまりモリアーティの本質と言いますか本来の姿を出せていないのは私としても歯痒く思っております。
ですが、少々のネタバレとなってしまいますが、現状の彼の行動、言動は、まぁ地盤固め的なモノと思っていただければと考えております。
ですので、「アレ、新茶ちょっと良い人すぎない?」と思うかもしれませんが、気長にお待ち下さい。

今後とも、皆様のご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い致します。


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interlude-Ⅰ-

校門での一科生との騒動が終わり。

達也達はとある喫茶店にいた。

そのメンバーは先ほどと少し異なり、二人の少女が加わっていた。

光井ほのかと北山雫

先ほどまで達也達と対立していた一科生の二人で、深雪のクラスメイトだ。

 

「それにしても、流石は魔法理論学の権威って感じだったな。見てもいないのに、あそこまで的確に俺たちの事情を言い当てるとか、正直同じ人間とは思えねぇよ」

 

「そりゃ、脳筋のアンタとは頭の出来が違うでしょうよ」

 

先ほどのモリアーティの姿に素直に感嘆の声を上げるのはレオだ。

そんなレオに軽口を叩くエリカだが、その表情はやはりレオと同じだった。

周りにいる者も皆同じなのだろう。

全員がちょっとした放心状態になっている。

 

「それにしても、どうしてモリアーティ教授は司波さんだけでなく森崎さんや光井さん、エリカちゃんの名前を知っていたのでしょうか?」

 

「そりゃ、深雪はもちろんのこと一科生は魔法界の有名どころの子息子女が集まるからね。知ってて当然ちゃ、当然なんじゃない。まぁ、二科生の私のことまで知ってたとは驚いたけど…」

 

そんな美月の言葉にエリカは机に突っ伏しながら答える。

すると、達也がふと口を開いた。

 

「いや、そういうわけでもないだろう」

 

「え、どうゆうこと?」

 

達也の言葉にエリカだけでなく、皆の視線が集まる。

すると達也はあくまで推測だがと前置きをしつつ、説明し始めた。

 

「深雪に関して言えば、新入生総代ということもあるからそうかもしれない。だが、森崎に関してはそれこそ、クイックドローとCADからなら推察できるが、あの時モリアーティ教授は森崎のクイックドローは見ていない。CADが攻撃重視の特化型であることと森崎自身の姿を見て、あいつを森崎と呼んだ。そして、エリカや光井さんのことも」

 

「では、お兄様。まさか」

 

「あぁ、信じ難いがどうやらモリアーティ教授は今年の新入生200人全員のデータが頭に入っているらしい…」

 

「マジか!」

 

達也の言葉にレオは大いに反応したが、他の面々も口には出さないものの非常に驚いた。

 

「こりゃ、エリカの言ったことに腹を立てられねぇな。本当に頭の出来が違いすぎる」

 

「本当ですね…」

 

「でもさ達也くん。モリアーティ教授が凄いっての重々分かったんだけど、実際にあのヒトってどれくらい凄いの?」

 

エリカがレオと美月の言葉に続けて達也に聞く。

すると、いまいち具体性に欠ける質問に達也は考え込むような仕草をしながら、聞き返した。

 

「どれくらいとは?」

 

「いや、ほら。ジェームズ・モリアーティって言ったら勉強が得意じゃないアタシでも知ってるくらいの名前なのは分かってるんだけど、実際にどういった功績っていうか、評価を受けてる人間なのかなって」

 

「確かにな、俺も名前と魔法理論学で有名ってのは知ってるけど…」

 

レオもまたエリカに同意しながら聞く。

その二人の言葉に他のメンバーも達也の方を見る。

もちろん深雪や美月、ほのか、雫は二人よりはモリアーティについて知っているつもりだが、それでも正確にジェームズ・モリアーティに把握しているわけではなかった。

すると、達也はそうだなと呟くと説明し始めた。

 

「正直に言って、ジェームズ・モリアーティという人間の現在における功績は計り知れない。魔法理論においてはもちろん、魔法が体系化される前からある分野であの男の名前は有名だったらしい」

 

「魔法が体系化される前からですか、お兄様?」

 

達也の言葉に深雪が首を傾げる。

達也は、あぁというと続けて言った。

 

「いや寧ろ、その分野に秀でていたからこそ今のジェームズ・モリアーティの地位が確立されているといっても過言ではない。」

 

「その分野とは?」

 

「…数学さ」

 

「「「「「「数学?」」」」」」

 

達也が発した言葉にその場にいる全員が繰り返す。

 

「そう、さっきも話した通り現代の魔法は現実世界の“事象”を改変する技術だ。何かを創り出すのではなく“魔法式”で“エイドス”に干渉し一時的に情報を書き換える。それはつまり、事象の変化、言うなれば情報の把握に他ならない。例えば、何かを凍らせようとした時はその対象の座標とその周囲の分子運動を停滞させることによってこれを実現するわけだが、それはαという事象をα'に変換するその為に必要なのは、設定した座標、強度、魔法の持続時間などと言った変数Xを求めることと同義だ。この時点で現代の魔法が数学的方法論を基礎としていることがわかるだろう」

 

その説明にエリカとレオは何となく理解したという感じだが、

他の4人は納得したように肯いている。

 

「それこそ、《起動“式”》、《魔法“式”》と言っているくらいだ。魔法はプログラミング、大雑把にいうなら、複雑な計算式をCADを通し、使用者の体内に取り込まれて、さらにその内部でそれを元に魔法式を組み立てて現実世界に投射しているということだ。」

 

「確かにそう言われてみれば、魔法って数学的ね」

 

エリカもその説明でなんとか一定の理解を示す。

 

「そして、そんな魔法の大前提となる数学に置いて、ジェームズ・モリアーティは若き天才として世界に名を轟かせた」

 

「若き天才?」

 

「ジェームズ・モリアーティは俺達と同じ歳にはすでに飛び級で英国の名門大学の数学科に首席で入学し、僅か2年で卒業している。もちろんトップの成績でな」

 

そのあまりにも衝撃的な事実に全員が驚きを隠せなかった。

今の自分たちと同い年、つまりは若干16歳で大学に籍を置き、それも首席の入学、卒業となればそんなのはもはや天才と呼ぶ他ないだろう。

 

「そして、卒業後は同じく英国の名門ダラム大学にて数学科の講師を務めたのち、教授職につく。21歳の時に発表した論文『二項定理に関する論文』で頭角を現し、その後の論文も全て何かしらの賞を獲得している。特に世界を震撼させたのが『小惑星の力学』だが、まぁこれは今は置いておくとしよう。そして、その後世界大戦が激化し世界各国が魔法の有用性に目を向けると、モリアーティもまた分野を魔法理論の方に移した。もっとも魔法は個々人の資質に偏った状態だったし他国である為、彼の理論がどのように、そしてどの程度活用されたかは正確には分からないが、それでも英国、いや今の魔法界においてジェームズ・モリアーティがもたらしたものは大きい」

 

と、最後に達也はそう締めくくる。

その説明を目の前で聞いていた全員は呆けた顔になる者もいれば、そのあまりの功績の多大さに驚嘆を隠しきれなかった。

 

「改めて聴くと、本当に凄いっていうか…」

 

「化物染みてるな、あの教授…」

 

「本当にとんでもない方が第一高校にいらっしゃったんですね…」

 

と、口々に思い思いの感想を述べる面々。

するとエリカが言った。

 

「でも森崎の言葉じゃないけど、本当に研究畑っていうか学者って感じね。でも、そう聞いた感じだと、どちらかと言えば第一高校より第四高校の方が合ってる感じがしない?ほら、あそこって戦闘系より技術系の専門だし」

 

しかし、その言葉を受けて達也が言った。

 

「いや、そうとは限らないさ」

 

「え?どういうこと?」

 

達也の否定の言葉にエリカが顔をしかめる。

他の深雪達もまた達也の言葉に疑問を持った。

 

「確かにこの説明だけだと、ジェームズ・モリアーティという人間にそういうイメージを持つかもしれないが、彼の凄さはそれだけじゃない。言っただろう、モリアーティは戦時下におけて魔法理論の研究をしていたって」

 

「え、それって」

 

「当初のモリアーティ教授の研究の大部分は戦闘に活用されていたのさ」

 

その意外な事実にエリカだけでなく深雪達も驚いた。

考えてみればそうだ。

モリアーティが魔法に関する研究を開始した時期は戦時下、それも各国の情勢が激化した時期。

それは即ち、魔法の利用目的の大半が戦争における武力として目を向けられていてもおかしくはない。

 

「これはあまり知られていないことだし、確証もないんだが…」

 

「どうしたのですかお兄様」

 

言い淀む達也に深雪が心配そうな顔で見つめてくる。

 

「ジェームズ・モリアーティは、あの“魔弾の射手”の理論提唱者にして初の実践者でもあると言われているんだ。」

 

「「「「「っ!!」」」」」

 

「お兄様、それは…」

 

それはあり得ない。

そう全員が思った。

何故ならばそれは達也達第一高校の生徒会長である七草真由美の魔法であるからだ。

そして、その為には決して常人には不可能とされる絶対的な条件があった。

 

「もちろんあくまでも理論の提唱とその上での実践に過ぎないと言われている。だが、あの男ジェームズ・モリアーティならば可能だと俺は思っている」

 

「どういうこと?」

 

その確信を持った達也の言葉に今度は雫が尋ねる。

 

「“魔弾の射手”は任意の位置に銃座を設定し、対象を打ち抜く魔法。勘違いしている人間が多いが、この魔法は”弾丸を生み出す”のではなく“弾丸の射出点をコントロールする”ことが真価だ。そして、現在それを使用している術者はごく僅か。そのうちの一人が十師族七草真由美だが、彼女は先天的知覚系魔法《マルチスコープ》を併用してこれを実現している。」

 

「じゃあ、モリアーティ教授も《マルチスコープ》を?」

 

「いいや、あの男がこのような知覚系魔法を有しているとは聞いたことがない。」

 

「それじゃあどうやって…」

 

そう《魔弾の射手》を実現する為には全方位を知覚する《マルチスコープ》あるいはそれに準ずる魔法の併用が必須となる。

しかし、モリアーティはそれを持たずして実現を可能としているというのだ。

そんな荒唐無稽な話に本来ならば誰も信じないはずだが、達也が嘘をついているようには見えなかった。

そして、達也は続ける。

 

「これまで言ったことを思い出してくれ。ジェームズ・モリアーティがどう言った人物で、そして《魔弾の射手》がどういった魔法なのかを」

 

「えっと、もともとは若くして天才といわれた稀代の数学者で…」

 

「その後は、その考えを元に魔法理論に移行して、そこでも能力を発揮…」

 

「《魔弾の射手》は“弾丸を作る”のではなく、“弾丸の射出点をコントロール”する魔法」

 

「“射出点”…、“銃座”…、、“座標”…。え、」

 

「まさか、お兄様!?」

 

一人一人がこれまで達也が語ったモリアーティと《魔弾の射手》について、思い返していく中

“座標”と雫がそう呟き次の瞬間彼女が目を見開く。

そして、それに合わせたように深雪もまた信じられないと言った表情で達也に尋ねた。

 

「そう、《マルチスコープ》を有さずに《魔弾の射手》を発動出来た理由。あの男ジェームズ・モリアーティは銃座という座標を知覚したのではなく、その圧倒的な計算力によって導き出し、実現したんだ」

 

「おいおい、そんなのって…」

 

達也の言葉に、ありえないと言ったふうにレオが呟く。

 

「だが、事実だ。今でこそ軍籍の魔法師は一人一人、個々の能力に重きを置いているが、当時はまだ育成も拙く、あくまでも一個師団として魔法師が一隊として集まっていた。だが考えてみて欲しい。射出魔法が5人、そしてその5人に正確な座標を伝達する司令官がいたとしたら」

 

「それって」

 

「あぁ、《マルチスコープ》も驚異だが、あくまでそれは個人の知覚に由来する。それを共有するのは難しい。だが、座標を誰にでも理解できるよう落とし込んだとしたら、それは圧倒的な脅威となる。事実、英国の軍隊の将校にはモリアーティの教えを受けた人間が多い」

 

「それじゃあ、やっぱり」

 

「ああ、単純な魔法力ではなく知識でそれを凌駕し得る能力。それこそが現代魔法理論の権威ジェームズ・モリアーティの恐ろしさだ」

 

先ほどまで自分達の目の前にいた老紳士の知り得なかった事実にその場にいる全員は息を飲む。

あの温和な姿からは想像できない、彼の脅威に誰もが身に寒いものを感じた。

そして達也もまたこれから関わるであろう、その人物ジェームズ・モリアーティの実態を思い返した。

恐怖を感じるはずのないその背中にジワリと冷たい汗がつたっていた。

 

to be continued



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interlude-Ⅱ-

夕焼けの空からオレンジ色の光が注ぐ教室。

そこは第一高校においてもある意味で特別な部屋、生徒会室である。

そんな生徒会室には3つの陰がある。

それは大雑把ではあるが、その形から3人の人の姿であることを表している。

 

「それで、先ほどはどういうつもりですか教授?」

 

そう僅かばかりの鋭さを含めた言葉を発したのは、第一高校生徒会長の七草真由美である。

その顔はいつもの朗らかな笑顔ではなく。

怒気や弾劾するようなものは含んでないにせよ、至って真面目なものであった。

 

「“どういうつもり”というと?」

 

そう真由美の質問に対して、質問で返すのは同高校において、特別講師の立場にいるジェームズ・モリアーティだ。

彼は何のことかわからないと言った風な様子で真由美を見る。

 

「惚けないで下さい。先ほどの校門前であったことです。何故、あのような振る舞いをしたのか、納得のいく説明をお願いします。」

 

「どういうことだ、真由美?」

 

そう言って、追求する真由美の発言の意味を問うのは風紀委員長の渡辺摩利である。

彼女もまた先ほど校門前にて起きた、一科生と二科生の衝突の現場にいた人間だが、彼女には真由美がモリアーティに対して何に疑問を持ち、問いただそうとしているのか分からず、不思議そうな顔をしている。

そんな摩利に対して、真由美は答える。

しかし、その眼差しはあくまでもモリアーティを見ていた。

 

「おそらく、ことの顛末は詳細は異なれど教授が仰った通りでしょう。それ自体には問題はありません。」

 

「ならば、どうしたというんだ?」

 

2人の会話にモリアーティはさも他人事のように笑みを浮かべながら聞いている。

その態度が普段は温厚な真由美の神経を徐々にではあるが逆撫でした。

そして、真由美は自らの疑問の核心に迫る言葉を発する。

 

「教授が仰った内容が、“本当に予想であるならば”ということです。」

 

「なら真由美、予想ではないとするなら何だというだ?」

 

その摩利の疑問に真由美は順を追って説明を始める。

 

「いい摩利。教授は仕事の息抜きの散歩の為にたまたま私たちがいた校門前に来たと言っていた。けれど、それにはおかしい点がいくつかある。」

 

「おかしい点?」

 

「まず第一に教授が仕事をしていたというのが本当なら、いたのは職員室かもしくは教授自身の研究室。でも、その二つはどちらも校舎から離れている。何故、仕事が残っている状態で、わざわざ校門前に来たのか。」

 

真由美の言葉に摩利も一度は目を見開くが、少し考えたような顔すると真由美に向けて言った。

 

「確かにわざわざ遠く離れた校門に来るのは気になるが、そこまでのことか?気分転換のために少し足を伸ばすこともあるだろう?」

 

「えぇ、確かにそうね。」

 

でも、と真由美は続ける。

そして、それこそが真由美が今回の件での最も引っかかった点であった。

 

「では、何故ただの散歩にCADが必要だったのかしら?」

 

その言葉に今度こそ摩利の目が見開く。

そして、そのまま目線を真由美見つめている方向へと向けた。

そこにはモリアーティがもつ杖があった。

真由美は目線をモリアーティの顔の方に上げ、尋ねた。

 

「教授、確認しますが。その杖は貴方のCADで間違いありませんね?改めて、お聞かせ下さい。ジェームズ・モリアーティ教授。」

 

真由美と摩利、2人の目がモリアーティに集中する。

 

「魔法の規定外使用という突発的な緊急的状況に、たまたま散歩をしていた講師がたまたまCADを持っていた理由を…。もしかして、あのような状況になる前から貴方は事態の経緯を見ていたのではないのですか?」

 

真由美の言葉がモリアーティに鋭く放たれる。

摩利もまた真剣な表情でモリアーティを見据えた。

しかし、モリアーティ自身は焦った様子を見せることもなく、言った。

 

「だとしたら、どうするのかね。七草生徒会長?」

 

「問題が起きようとしていた状況を目前にしながら、その対処をしていなかったとなれば名誉講師といえど大問題です。場合によっては、然るべき処置をとらせて頂くことになります。」

 

張り詰めた空気が生徒会室を支配する。

真由美と摩利、そしてモリアーティも互いに目線を決して逸らさない。

すると、来室を知らせる生徒会室のチャイムが鳴った。

モリアーティは目線で真由美に「出なくていいのかね?」と訴えかける。

真由美としては、この状態で緊張を解くことはしたくなかったが、生徒会長が在室にも関わらず居留守を使うこともまた問題である為、渋々と来客の確認をした。

 

「はい、どなたですか?」

 

「すまない、ここにモリアーティ教授はいるかな?」

 

その声は真由美達もよく知る教師のものだった。

 

「はい、いらっしゃいますが…」

 

そう言って、真由美が部屋の開場をすると声の主である教師が入って来た。

彼は入室して直ぐにモリアーティの姿を確認すると、小走りで駆け寄って来て言った。

 

「あぁ、教授。ここにいらしたんですね。直ぐに戻ると言っていたのに中々お戻りにならないので、探しましたよ。」

 

「おっと、すまないね。早めに戻るつもりだったのだが、彼女達と大事な話をしていたのでね。何、これが終わったらすぐに戻ろう。」

 

その会話を聞き、真由美は今話していた問題を裏付ける証拠を聞き出そうと、入室して来た教師に尋ねた。

 

「あの、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん?なんだい、七草?」

 

「モリアーティ教授がお出かけになったのは何時頃のことでしたか?」

 

教師は真由美の質問の意図が分からなかったが、特に気にした様子はなく答えた。

 

「えっと、まぁなかなか戻ってこないとは言ったけれど、いつもの教授の散歩にしては長いなって思うぐらいだから…。そうだな、下校時間の大体20分ぐらい前かな、もしかしたらもっと短いかもしれない。」

 

予想を裏切るその答えに、真由美は目を見開く。

真由美達がちょうど部屋を出た時間が15分ほど前。

下校時間を過ぎる生徒がいないよう見回りに出たのがその時間だ。

一方、モリアーティがいたとされる職員室から校門まではゆっくりと歩いて20分ほどある。

それこそ、散歩をしていたのなら大体そのぐらいの時間がかかってもおかしくない。

そして、モリアーティが現れたのは真由美達の後である。

そうなると事の一部始終を見ていたには辻褄が合わなかった。

 

「そうですか、ありがとうございます。」

 

と、真由美が言うと教師はモリアーティと真由美達に挨拶をして出て行った。

先ほどまでとは異なる沈黙が部屋に漂う。

 

「さて、真由美くん。他に聞きたいことはあるかね?」

 

と、モリアーティが真由美に向かって言う。

その口調はとても穏やかだった。

生徒会長とはいえ二回りも年下の生徒に要らぬ嫌疑をかけられたのだ、

いくら大人であっても気持ちの良いものではない。

嫌味の一つでも言うものだが、モリアーティの言葉にはそんなものは微塵も感じられなかった。

それはまるで、内気な生徒に質問を投げかけているような、まさに教育者然とした姿だった。

 

真由美も自分自身で自らがしたことについて重々承知しているからであろう、

気落ちしたような様子で目の前の特別講師を見た。

 

「さて、まずは私の疑いが晴れたことに安堵した。そして、真由美クンの推理はなかなかのものだったよ」

 

「いえ、失礼しました」

 

「申し訳ありません、教授」

 

と、モリアーティに頭を下げる真由美と摩利。

しかし、モリアーティはそんなことは気にしていないと二人を制した。

 

「とは言え、君たちが疑問を持ったのも当然と言えよう。何故ならば、私が校門でいがみ合っていた生徒達を傍観していたことの疑いは晴れたわけだが、何故CADを持っていたかの謎は解けていないのだからね」

 

と、語るモリアーティの言葉に二人はハッとしたように我に帰る。

そして、そんな驚いている二人に対し椅子に座るように進めるとモリアーティは続けて言った。

 

「さて、おそらく真由美が私に疑問を持っていた理由として挙げられるのは君自身が言っていたように二点。第一に何故あのタイミングに居合わせたのか、第二にそしてその状況下において何故CADを持っていたのかだ。」

 

「はい、そうです。」

 

「そして、その問いに対する答えは実に単純明快だ。私は今日の放課後、校門前で先ほどの一年生達の間で何か問題が起きると予想していたのだよ。」

 

その言葉に二人はまたしても目を見開いた。

そして、目の前の老紳士は続けて語る。

 

「そして、コレを聴いた君達はまたしても疑問を持つだろう。何故、そのようなことが予想できたのか、そして何故それを予測できたのならその時点で止めなかったのかだ。後者に関しては、今となっては私も反省するばかりだ、それこそ真由美君の言うところの然るべき処置を受けるべきだと考えている。」

 

「では、何故そうしなかったのかをお聞かせ願えますか?」

 

「うむ。それには前者の疑問から答える必要がある。私はあの騒動が起きるよりも前、正確に言えば昼の時点で何かが起こると予想はしていた。そのきっかけとなったのは、昼食時たまたま食堂で目にしたことに由来する。」

 

「昼食時に食堂でですか?」

 

と、その言葉に首をかしげる摩利。

するとモリアーティは二人に昼食時に件の一年生達が先ほど同じような諍いをしていたことを話した。その場は多少のいざこざはあったものの特に問題は起きずに解決したことも付け加えて言った。

そして、その場で注意をしなかったのは他にも多くの生徒がいた為に、問題を大きくすることを避けたのだと。

 

「だが、様子を見たところ原因はやはり司波深雪くんが一科生よりも兄である達也くんがいる二科生と行動を共にすることを望んでいるのを森崎くんをはじめとした一科生の生徒達が不満に思ったといったところだった。」

 

その内容に顔をしかめる真由美。

摩利もまた呆れたような顔でため息をついた。

 

「まぁ、午後の見学は一科生と二科生はそれぞれ別のグループとして行われるから、まぁ午後に何か起きることはまずないだろう。となると、問題はその垣根が解き放たれる放課後に何か起きるのではと考えられる。しかも、今度は学内における使用を防ぐ為に預けておいたCADを持っているわけだから、その危険性は容易に見当がつく。」

 

「なるほど、その為にCADを?」

 

モリアーティの説明を聴き、摩利は納得した。

「CADの使用禁止を理解してるとはいえ、多感な年頃の若者だ。冷静さを失い魔法を使用する予想を考えてのことだったが、まさか本当にそのようになるとは…。何かの際の対処としてこの杖をもっていたわけだよ。もっとも真由美くんの見事な遠隔魔法によるキャンセルがあったおかげで杞憂となったがね。」

 

と、モリアーティは称賛の言葉を真由美に贈る。

すると、真由美は新たに生まれた疑問をぶつける。

 

「でも、どうして校門だと分かったんですか?」

 

「うむ、もう重々分かっていると思うが、司波深雪くんは達也くんと極力そばにいることを望んでいる。となると、放課後に彼女が起こす行動は自ずと共に下校する為に待ち合わせすることになるだろう。この場合、教室での待ち合わせは考えられない。昼の件があったのだから好き好んでそれぞれの教室には行かんだろう。となると、待ち合わせ場所は誰もが共通して目指す場所、つまりは校門となるわけさ。」

 

モリアーティのその説明に二人はただただ感嘆した。

先ほどの校門での状況把握もそうだが、今の予測に関しても正直に言って常軌を逸していた。

昼食時の僅かないざこざを目にしただけで、コレほどまで未来視に近い予測を行うなど、常人には不可能だ。

 

そう考えていると、モリアーティは二人を見て言った。

その眼差しはそれまでの穏やかなものとは異なり、一抹の厳しさがあった。

 

「さて、これを踏まえて君達二人には言っておこう。」

 

その初めて見る真剣な表情に真由美はもちろん摩利もまたたじろぐ。

一体、何だろうと。

礼を失した疑いをかけたことによる叱責とも思ったが、そうではなさそうだ。

そして、モリアーティは二人に言った。

 

「少しばかり、生徒会長、風紀委員長としての気概が足りなくはないかね?」

 

「「っ!!」」

 

その言葉に身を正す二人。

そんな二人を、第一高校の象徴たる生徒を前にモリアーティは続ける。

 

「君達が優秀な生徒であることは承知している。君達のその立場が何よりの証明だ。しかし、入学2日目にしてあわや傷害の可能性があったかもしれない事件が起きてしまった。」

 

「それは…」

 

反論の出来ないモリアーティの言葉に真由美は俯き、

摩利は悔しさを極力顔に出さずに拳を握りしめた。

 

「一科生と二科生の軋轢を誰よりも知っているのであれば、先ほどのような事態の予測は出来るだろう。いや、予測できないにしても予想することはできるはずだ、そしてその為の対処を事前に設けることもね。」

 

「「はい…」」

 

「君達が優秀なのは周知の事実だ。おそらく、真由美くんならもし光井ほのかくん以外の生徒が魔法を行使したとしても、即座に対応できただろう。しかし、それが出来たからと言って、それが本来の君の役目かね、違うだろう?」

 

その言葉は真由美にとって非常に重くのしかかるものだった。

そう、発生した事案を処理するのではなく、発生そのものが起きない状況を整えることこそが生徒会長の務めに他ならない。

 

「そして、摩利くん。君は当初は状況の説明を起動式を展開しながら問いただそうとした。しかし生徒会長の真由美くん、そして風紀委員長の君がいる時点で一年生達は萎縮していた。そのような状況で正確な状況の説明ができると思うかな?確かに風紀委員には不正に対して、力を行使する必要がある。それにより、事態の収束はなるだろうが、力によって押しつけられた意思は反発を生む。それでは一時的な措置にしか過ぎない。風紀委員もまた何故そのようなことが起こったのかを正確に把握する必要があるのではないかな。」

 

「おっしゃる通りかと…。」

 

風紀委員は校内において警察的な役割を持つと言われている。

だが、モリアーティの言う通り、力による解決のみを重点においては真の意味で風紀を正すことにはならないのだと摩利もまた改めて認識させられた。

 

最高学年となり生徒を代表し、第一高校の先頭に立つ二人にモリアーティの言葉が鋭く突き刺さる。

いつからか、二人はその優秀さと真由美に至っては十師族という背景ゆえに、周りから指摘されるということを忘れていたのかもしれないと思った。

 

そんな二人にモリアーティは語りかけた。

 

「真由美くん、摩利くん。顔を上げてもらえるかな?」

 

「「はい」」

 

「気を落とさせてしまって申し訳ない。だが、今言ったことはやはり老人の戯言に過ぎない。だが、それでも君たちの何倍も生きている分、私は様々な人間を見てきた。その上で言うのであれば君たちは困難と知りながら、現状をよしとせずにこの第一高校がより良いものになるよう邁進している。誰かに課せられたのではなく自らの意思で、志を同じくするものと手を取り合ってだ。」

 

そして、モリアーティは伏目がちになっている二人の顔を見ながらはっきりと言った。

 

「良いかい、誰が何と言おうと、それは素晴らしいことなのさ。だからこそ、私が伝えたことを考えてみて欲しい。」

 

「モリアーティ教授」

 

真由美と摩利の目に光が戻る。

すると、モリアーティは満足したような笑みを浮かべて言った。

 

「もちろん、その志は私も深く共感している。だからこそ、覚えておきたまえ。君たちが志し、そしてその掲げた目標は君たちだけのものではないのだと。それは今の在学生だけに関わらず、君たちが卒業した後にも継がれるべきものだと言うことを。君たちの役目は、そんないずれその志を継ぐ者達の為の道を少しずつでも歩みを進めて築くことだと、私は思うよ。」

 

そして、モリアーティは二人の肩を軽く叩く。

彼女達の顔はもはや先ほどとは打って変わって、晴れ晴れとしたものだった。

 

「もちろん、私も出来ることがあれば協力は惜しまない。これでも、君たちの教師の一人だからね。もっとも私に出来ることなどたかが知れているが、それでもよければいつでも来なさい。何せ暇を持て余している身だ、悩める少女達の相談をお茶をしながら乗るくらいの時間ならあるつもりだよ」

 

「はい、是非」

 

「よろしくお願いします」

 

モリアーティの言葉に二人もまた笑顔で答える。

そうして、モリアーティは二人に帰路の安全を促すと、生徒会室を後にした。

 

夕日のオレンジ色の光が刺す教室の中

大きくなった影は二になり、そこにはあった。

 

to be continued



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