クリエとシドーとエデンの戦士たち (さかなのねごと)
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空っぽ世界の真ん中で
第1話 「海はなんとなくハジマリって感じだ!」


 

 どちらが上か下かもわからない。口の中に溜め込んだ空気はとうに衝撃で吐き出してしまった後だった。渦を巻く水流にもみくちゃにされて、身体の中に海が流れ込んでくる。塩辛い、苦しい、辛いーー不思議とそうしたものは感じなかった。雄大な、あまりに大きすぎる海を飲んで、海に呑まれて、ひとつになってしまったかのような感覚に陥る。

 気づいた時には嵐は止んでいて、ボクはひとり、海の中に浮かんでいた。目蓋越しに光の気配はするけれど、なんだかとても疲れてしまって、目蓋すら、指先すら動かせない。くらげのように浮かんで、漂って、このまま海に融けちゃうのかな、なんて思った。

 

 ーー誰かの手が、ボクの手を掴むまでは。

 

 

「……ッ、げほ、ぐ、……!」

 

 掴まれた手がぐいと引かれて、海面に引っ張り上げられた。些か乱暴に背を叩かれて、口の中の水を吐き出すと同時に、身体が思い出したように酸素を求めた。咳き込みながら荒い呼吸を繰り返して、は、と深く息を吐く。やっと目を開けることができるようになって、はじめに見たのは、赤い瞳に長い黒髪の少年。

 

「……、……キミは、誰だい?」

 

 赤い瞳は切れ長で、どちらかというと鋭い印象を与える。それなのに彼は、そんな印象を覆すかのように、それはもう優しく柔らかに微笑んでみせた。びっくりして言葉を失うボクに、ニッと口角を上げる。

 

「オレはシドーだ。そういうオマエは誰なんだよ?」

「ボク?……、」

 

 誰だっけ、という疑問が脳裏によぎって、しばし固まる。……嘘だろう、そんなことがあってたまるか、と拳を握り締めた。記憶喪失だなんて、自分のことがわからなくなる(・・・・・・・・・・・・・)なんて、そんなことーーおや?

 ぎゅっと握り締めた手は、なにかを持っていた。それは長い柄に重量感のある頭部……俗に言うハンマーだ。何故ついさっきまで海の中にいたボクがハンマーを手にしているのか、そんな疑問は吹き抜ける風に飛ばされていった。そうだ、ボクはハンマーを持っていて当たり前。だってコレはボクのものだ(・・・・・・)

 

 思い出す。かたちづくられる。そうだボクは、

 ハンマーを手に万物を素材に変えた。グローブで万物を組み上げた。そうして万物を、創る者。

 

「ボクは、クリエ。……ビルダーのクリエだ」

 

 

 

 

 ざあ、と足元の砂を波がさらう。潮風に髪を遊ばせながら、ボクとシドーはこの海岸を探索していた。

 

『ボクは、クリエ。……ビルダーのクリエだ』

 

 ボクが何者なのか、それを思い出せたのはいい。問題はその他に山積みされていた。

 

『そうか。じゃあクリエ』

『なんだい?』

『訊きたいんだが……ここはどこだ?』

『……さっぱりわからないな!』

 

 そうだ。ボクとシドーがいるこの浜辺はどこなのか、どうしてここにいるのか、どうやってここまで来たのかーー何もわからなかったのだ。訊けばシドーも気づいたらここにいたらしく、その前後はまったく覚えていないのだとか。早々に八方手詰まりになったボクらは、とりあえず誰か他の人物に会えないか歩き出していた。浜辺に何か役立つものがないか、ハンマーで叩きながら(・・・・・・・・・・)

 

「よっ、……ほっ!」

「フンッ!」

 

 ドカッ、グシャッ、と目についた石や砂、貝や昆布をハンマーで叩き回る。「何してるの???」と問われかねない行為だけれど、ボクらは大真面目だ。大真面目に【素材】を回収している。

 ボクはビルダー。独特の魔力を込めて叩いたものは【素材】として回収することができる。今はその呪文をシドーの棍棒にもかけているから、彼の殴り壊したものも【素材】として回収できるというわけだ!

 

「よし、これーーもっ!?」

「クリエ!?」

 

 振り下ろしたハンマーが何かに弾かれる。その衝撃に尻餅をつくーー前に、シドーがボクの身体を支えてくれた。ありがとう、と礼を言って、ハンマーで壊せなかった……壊すべきではない(・・・・・・・・)ものを見下ろす。

 

「……なんだコレ、きたねー石の板だな」

「なにか模様が彫ってあるけど……なんだろうな」

 

 シドーと顔を見合わせて首を傾げる。“きたねー石の板”という言い方は身も蓋もないけれど、砂に汚れて古ぼけていることは確かだ。ぽんぽんと手で汚れを払うと、それが黄みがかった色をしていることに気づく。

 どこにでもありそう……というか、打ち捨てられてそうな石板だけれど、どこぞの神さまはどうやらこれを壊すべきではない(・・・・・・・・)と判断したようだ。たまにハンマーで壊せない、【素材】として回収できないものがあるのだけれど、ボクはそれを神さまのお考えということにしている。

 

「まあ、いっか。とりあえず持っておこう」

 

 石板を提げていた袋に放り込んで、更に探索と【素材】回収を続けた。徐々に膨らんでいく袋に、にんまりと笑う。

 

「これだけ砂ブロックがあれば、足場には事欠かないかな」

「おいクリエ、こんだけ貝があれば十分なんじゃないか」

「そうだね非常食の蓄えは十分……見てくれシドー!ヒトデ!」

「ぅおっ!?おま、おまえそれ近付けるな!」

「……苦手なのかい?意外だな」

 

 つぶつぶした感触とかうにょうにょしてるところとか可愛くないかい?、と尋ねたら距離を取られてしまった。……仕方ない、野に返そう。いやこの場合海にか?とりあえずお戻りヒトデ。

 

「しかしそれにしてもお腹空いたな、流木砕いて木材にはできたけど、油が無いと火を起こすのは難し、……」

 

 ヒトデを海に返して立ち上がると、見知らぬ少年と目が合った。黒髪に黒い目、緑の頭巾を被った少年ーー第1村人発見である!

 

「あっおーい!そこの少年、ちょっと話が、」

「……っえええええぇええぇええ!!!!???」

 

「……うん?」

「なんだアイツ」

 

 話し掛けて駆け寄ろうとしたら、緑頭巾の少年は目を見開いて絶叫した。まさかの反応に足を止めてしまう。その隣でシドーは半目になっている。……いや、出鼻を挫かれたままではいられない。なんせ第1村人だ。土地勘のないボクらを救う救世主だ。ボクは自分にそう言い聞かせて歩みを進めた。少年はビクッと肩を揺らす。

 

「ごめん、驚かせてしまっただろうか。ボクはクリエ。こっちはシドーという。……キミの名前は?」

「あ……アルス……」

「そうか!アルス、よろしく」

「う、うん……、……うん……!」

 

 手を差し出して握手をすると、カチカチに固まっていたアルスの表情が緩んでいって、目がきらきらと輝き出した。さっきのよりマシとはいえ、なんだか初対面の人間に対する反応としてはおかしい熱意を感じる。よくわからずシドーと顔を見合わせると、そんなボクらをじっと見つめて、アルスはおずおずと口を開いた。

 

「あの……!クリエとシドーは、このエスタード島の人じゃない、よね?」

「エスタード島?」

「知らんな。ここはそのエスタード島ってところなのか?」

 

「……やっぱりそうなんだ……!」

 

「アルス?」

 

 アルスの声が上ずっている。まるで、夢見るように。夢見たことが、現実になるかのように。

 

「……ここはエスタード島。世界にひとつだけ(・・・・・・・・)存在してるっていわれてる島だよ」

「……、世界にひとつだけ(・・・・・・・・)?」

「ひとつだけって、そんなことあるのか?じゃあオレたちはどこから来たっていうんだ」

 

「そうなんだよ!!!それなんだよ!!!」

 

 アルスが拳を握り締める。その笑顔が、声が、輝いていた。

 

「海はこんなに広くて大きい、それなのに世界にあるのはこの島だけなんて、ずっと、おかしいと思ってたんだ!でもそれを、誰も……キーファ以外は信じてくれなくて、ずっと……信じるしかできなかった!」

 

 アルスの言うことはよくわからない。キーファという人物が誰かも、どんな思いをしてきたかも、何も知らないボクにはわからない。それでもその心の熱意は伝わる。ボクらに熱を移すように、燦々と輝いている。

 

「でも今は!!君たちがいる!!ここじゃないどこかから来た、君たちがいる!!!」

 

 ついには涙さえ滲んできそうで、ボクはアルスの肩を叩く。とんとん、と宥めるように撫でた後で、ゆっくり口を開いた。

 

「えー……と、うーん……アルス。確かにボクらはここじゃないどこかから来た」

「うん……!」

「でもね、それがどこだったのかわからない。覚えていないんだ、ボクもシドーも」

「うん!……う、ん?」

「気づいたらこの浜辺にいた。それまでどうしていたのかも、どうやってここに来たかもわからん」

「……、……う、ん、」

 

 アルスはボクらの発言を咀嚼して飲み込む。ぱちり、と丸い黒い目が瞬いて。

 

「……っえええええぇぇええぇぇえ!!!???」

 

 2度目の絶叫が、波音をBGMに轟いた。

 

 

第1話 「海はなんとなくハジマリって感じだ!」

 

 


 

▼登場人物のあれこれ

▽クリエ

 DQB2の主人公。女の子。姿は自由にご想像ください。

 可愛い女の子にはボクっ子でいてほしくてそうなった。少し中性的な話し方でモノづくり大好きなハイテンションガール。モノづくりが関わると頭のネジが数本外れる。

 シドー?いい奴だね。初対面とは思えない!

 

▽シドー

 DQB2の主人公の相棒。多分外見年齢は14歳くらい。

 破壊が得意な男の子。戦闘と【素材】集めと護衛と整地は俺に任せろ!!な頼れる相棒。

 薬草?つくれるわけがない。

 

▽アルス

 DQ7の主人公。緑頭巾の男の子。

 弱気な子が徐々に逞しく成長していくのが好きなので、現状では若干弱気というか思ったことが言えない。芯は誰よりも強く、好奇心旺盛な子。今回は新人類(?)発見でテンションが振り切れている。



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第2話 「薬草職人の朝は早い!」

 

 まだ少しひんやりとした空気を、朝日が少しずつ暖めていく。柔らかな木漏れ日が差す朝の森で、ボクは今日も今日とてハンマーを振るっていた。

 

「よい、しょっと!」

 

 ドカッと殴ったハンマーの下から、くすり葉とそのタネが飛び出てきた。くすり葉は袋の中に、くすり葉のタネはまた埋め直して、他の茂みにハンマーをうち下ろす。本来ならくすり葉は茂みから千切れば回収できるのだけど、わざわざハンマーを使っているのにはわけがある。

 こうした植物のタネは、無限にその種の植物を生成することはできない。何度も生成することで生命力に限界が来て、最後は土に還ってしまうからだ。けれどビルダーのハンマーで殴った場合は別である。ビルダーのハンマーには【物質の初期化】という性質があって、それに殴られたタネは初期化され、生命力も元に戻るーー即ち、それをまた植えれば無限にくすり葉を収穫できるということである!!

 

「今日もチマチマやってんなぁ」

「これは効率的というんだよシドー!」

 

 ドカッとハンマーをうち下ろすボクに、向こうのくすり葉畑で棍棒を振り回すシドーは笑っている。しょうがねぇなあと言いたげな苦笑に、ボクも笑った。

 

「なんだかんだいってシドーも毎朝手伝ってくれてるじゃないか!」

「他にやることもないしな。魔物がいたらブッ飛ばしてやれたんだが」

「ん?んー、そうだなあ……」

 

 このエスタード島に流れ着いてしばらく経つけれど、この島には不思議なことが幾つかある。

 1つは、世界にこの小さな島1つしか無いということ。出会った時にアルスが言っていたことは真実らしく、グランエスタードの城下町やフィッシュベルの村の人たちは、この島以外の大陸が無いと信じていた。だから本当に、自分たち以外の人間がいるとは思っておらず、ボクたちが流れ着いたことにひっくり返るほど驚いていた。

 2つ目は、魔物が存在しないということ。ボクの故郷であるメルキドにはいたし、シドーもよくは覚えていないらしいけど魔物の存在は知っていた。ボクたちが生きる世界において、魔物は切っては切り離せないものだったのに。

 

「こんな平和な世界が、本当にあるものなんだな」

 

 ぽつりと呟くと、シドーは棍棒を振るう手を止め、ボクをじっと見つめた。その赤い目が、すっと、細められる。

 

「……そう思うか?」

「?なにが、」

 

この世界は、平和だと思うか?(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ざあっと風が吹き抜ける。思わず目を閉じ、また開くと、シドーはいつも通りの表情に戻っていた。まるでさっきまでのことが、夢幻だというように。

 

「シドー?」

「クリエ、オレは前にも言った通り薬草をつくれないから、オマエに頼むからな。くすり葉のタネも植えといてくれ」

「わかった。シドーはどうするんだ?」

「棍棒の手入れでもして待ってる」

「わかった!」

 

 不思議なことは、まだ1つ、……いや、2つある。

 1つは、シドーはモノがつくれないということ。基礎中の基礎である薬草ですら、シドーはつくることができないのだという。実際につくったところを見ていないけれど、彼が嘘をつく様子も、その理由も無さそうだ。

 

 木の根もとに座り込んで布で棍棒を磨いてるシドーを横目に、ボクは袋から作業台を取り出し、ミニチュア化していたそれを元のサイズに戻す。ビルダーのハンマーには【初期化】の他に【縮小】の効果があり、ある程度大きなモノでも【縮小】して持ち運ぶことができるのだ。そのため、こうして野外で摘み取ったくすり葉を加工することだって、すぐにできちゃうのだ!

 くすり葉は、薬草の材料となる。そのままでは効能はないけれど、作業台に備え付けられたお鍋で薬草を煎じながら、治癒の魔力を注ぎ込む。そうしたら薬草の完成!

 それを何枚も繰り返して今日の分の薬草をすべてつくり終えて、フーッと息を吐く。一仕事終えたぜ……と浸っていると、シドーと目が合った。いつの間にこちらを見ていたのか、面白そうに微笑んでいる。

 

「ごめんシドー、待たせたか?」

「いや?オマエのモノづくりを見るのは面白いからな」

「そうか?……そうか!」

 

 なんだか嬉しくなってにんまりと笑う。たたたっとシドーに駆け寄って、右手を掲げた。反射的だろうか、シドーも右手を上げたので、パァン!とハイタッチする。

 

「なんだよクリエ?」

「何故だかキミとコレをしたくなったのさ!」

 

 最後の不思議なこと、それは、シドーのことだった。何かをやり遂げた時とか、そうした時に、彼と無性にハイタッチがしたくなる。会ったばかりなのに不思議だなあ、と思う。

 

「……まったく、ホンット子どもだなあ、オマエ!」

 

 まあボクに嫌な気はまったくしないし、シドーも満更じゃあなさそうだ。ならばいいか!とボクは笑った。

 

 

 

 

「ごめんくーださい!」

「邪魔するぞオヤジ」

「おうおう、待ってたぞ」

 

 薬草をつくり終えたボクらは、フィッシュベルの村のよろず屋へ薬草を卸しに来ていた。これは最近の恒例となっているからか、よろず屋のオヤジさんも慣れた手つきで薬草を検分し、うんうんと満足そうに頷いている。

 

「相変わらず良い出来だな。ほい、じゃあコレが今日の分のゴールドだ」

「ありがとーございます!」

 

 自然に生えているくすり葉を元手につくって売っているから、原料費はゼロ。少しずつではあるけれど懐が温まっていくのはやはりいい気持ちだ!ほくほく笑顔でゴールド袋にしまうボクを、オヤジさんはしげしげと見やる。

 

「しっかし、今でも信じらんねぇな。俺たち以外に人がいたなんてな」

「またその話か?」

「すまんな。おまえさんらにとってはウンザリすることかもしれんが、こればっかりはな」

 

 腕を組んで少し不機嫌そうにするシドーに、オヤジさんははは、と乾いた笑いを漏らす。

 

「しかも『住む家はどうする?』って訊かれた時に、『自分で建てます!』って即答して、本当に不思議な呪文であっという間に家を建てちまうんだもんな。そんで質のいい薬草を毎日毎日持ってくる。なんなんだおまえは!」

「ビルダーさ!」

「……その“びるだぁ”ってのも、初めて聞いたからなぁ」

 

 オヤジさんが話すエピソードは、ボクらがこの島にやって来た日に起きたことだ。アルスに連れられたボクたちは、とりあえず人里に行こうと向かったフィッシュベルの人たちにしこたま驚かれ、彼の両親から勧められてグランエスタードの城下町に向かい、その先の城でこの島を治める王様、バーンズ王と謁見した。

 バーンズ王はいきなり現れたボクらに他の人と同じように驚いたものの、ボクらのこれからについて親身になって考えてくれた。とりあえず元の場所に帰れるまではと、この島で自由に暮らすことを許してくれたのだ。無一文だったボクらを案じて城で住むことも提案してくれたけど、ボクは辞退して、『フィッシュベル近郊に家を建ててもいいですか』と尋ねた。王は快く了承してくれて、大工さんを手配しようとしてくれたけどーー

 

『ご厚意ありがとうございます、けれど大丈夫!ボクはビルダーなので!』

『“びるだぁ”?』

『モノづくりを得意とする者です!家は自分で建てますので、何本か木を伐採してもよろしいですか?』

『自分で建てるだと?まあ木は自由にして構わんが……』

『自由にしてよろしいのですか!!王の寛大なお心に感謝申し上げます!』

『う、うむ?』

 

『……バーンズ王、今からでも遅くないぞ。“自由に”っていうのは取り下げた方がいい。この島の木が根こそぎ引っこ抜かれる』

『!?』

『シドー、失礼だなキミは!ボクがそんなことするはずないだろう?最低限の良識は持ち合わせているさ!』

『ほう?じゃあ訊くがどれだけ集めるつもりだったんだ?』

『全体の4分の1ぐらい!』

『待て待て待て待て』

 

 そんなやり取りを玉座の間でした後、ボクはフィッシュベル近郊の木を“少しばかり”ハンマーで回収し、【素材】から木のブロックをつくり、組み上げ、家を建てた。有言実行である!

 そして今はそこにシドーと2人で暮らしながら、薬草を売ってお金を貯めつつ、この島や世界についていろいろと調べているというわけだ。

 

「……まあ、そんなおまえらが来て、アルスはとっても嬉しそうだよ。今日もどこかでキーファ王子と一緒に駆け回ってると思うが……また見かけたら話し掛けてやってくれ」

「ああ、そのつもりさ!」

 

 オヤジさんにそう答えたのは単なる社交辞令ではない。そのアルスやキーファ王子と、まさにこの後会う約束をしているからだ。

 

 

 

 

 フィッシュベルの外れに、小さな洞窟がある。そこはたくさんの樽や壺の置き場になっていて、足の踏み場もないぐらい。それでも1つ1つを避けて奥まで行けば、大きな石の蓋が地面に置いてある。ボクひとりじゃ動かせもしないけれど、シドーは楽々と持ち上げてみせた。相変わらずの力持ちである!

 そうして現れた地下へと続く階段を降りて、細く続く洞窟を進む。潮の香りがどんどん濃くなって、ぶわりと広がる。

 

「……うん、いつ見ても壮観だな!」

 

 開けた場所に出ると、そこは海へと通じる入江だった。そこに船が1隻そば付けされている。船としてはそこまで大きくはないし、帆も床もぼろぼろだ。長年使われてきたのか相当古ぼけている。しかしその傷跡には直そうと頑張ったあとがある。今日もきっとこの船で作業している、あの2人によるものだ。

 

「アルス、キーファ!来たぞ!」

 

「……あっ!クリエにシドー!」

「ようやく来たのか!待ちくたびれたぜ!」

 

 船上からひょこ、と顔を覗かせたのは、緑頭巾の少年と明るい金髪の青年、つまりはアルスとキーファ王子だった。キーファ王子は先日謁見したバーンズ王の息子で、正真正銘この国の王子様なのだけれど、彼は気さくにニカッと笑っている。

 

「悪かったね。朝はどうしても薬草つくったり卸したりしているから忙しいんだよ」

「オマエたち、まさか朝からずっとここにいたのか?」

「えへへ……ちょっとね、」

「船の修理もしてたけど、城の図書館で面白いモン見つけたんだよ!」

「面白いモン?」

「なんだいそれは心が踊るな!」

 

 わくわくするボクに「だろ!?」と得意気に笑って、キーファはボクらに古びた本を見せた。開けたページにあるのは、なんらかの像と、光と、わけのわからない文字の羅列。

 

「……なんだいコレは?読めないぞ」

 

 眉間に皺を寄せる。ボクらのいたところとこの島で使われている文字は同じで、文字の読み書きに不便はなかったというのに、ここにある文字は見たことすらない。

 

「古文書だからなあ……俺にも文字は読めないんだが、重要なのはここに描かれてる絵なんだよ!」

「絵?この像か?」

「そうだよ!この像と同じものが、この島の中央の遺跡にあるんだ!」

 

 キーファが、アルスが声を弾ませる。彼らはずっと、世界にこの島だけしかないという現実に疑問を持っていた。捨てられた廃船を修理していたのも、いつか船に乗って海に出て、他の大陸を探すためなのだという。

 

「島の中央の……“謎の遺跡”。その謎を解き明かすことができれば、世界の謎も……クリエやシドーがいたっていうところもわかるんじゃないかな!」

「……そうだな!」

 

 にこりと笑いながらそう言うアルスに、ボクも笑う。よし、と拳を握る。そうしてシドーを振り返った。

 

「楽しみだな、シドー!どんな遺跡なんだろうか!わくわくする!」

「オマエが楽しそうなのはいいが……くれぐれも遺跡をそのハンマーでブッ壊しちゃくれるなよ?」

「神さまが“壊すべきではない”としたものは壊れないから大丈夫さ!」

 

「待って待って!それってとりあえずハンマーで叩いてみるってことだよね?!」

「おいおいあの像だけは壊してくれるなよ!!」

 

「……ボクってそんなに信用ないかな?心外だ!」

「日頃の行いってヤツだな!」

 

 アルスやキーファにまで言われてしまったけど、シドーがハハッと明るく笑ってるのを見ると、まあいっか!、という気持ちになった。

 とりあえず遺跡は更地にしないように頑張ろう!と心に決めて、明日の遺跡探索に思いを馳せた。

 

 

第2話 「薬草職人の朝は早い!」

 

 


 

▼登場人物のあれこれ

▽バーンズ王

 突然の来訪者である2人にも親切に接してくれる名君だけど、クリエとかいう更なる問題児の登場に頭痛の予感がしてる。

 

▽キーファ

 アルス同様クリエやシドーという未知の存在に大喜び。大歓迎ムードで遺跡探索に誘う。



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第3話 「“水”の御利益がありそうな壺だ!」

 

 エスタード島は基本的に温暖な気候で、晴れが多い。爽やかな潮風はからりとしていて、あまり湿気を感じることはない。だからきっと、この霧は自然発生的なものではなく、なにか意味のあるものなのだろう。島の中央に進むにつれ、森は深くなり、視界は白く霞んでいく。霧けぶる世界に、ひやりと不思議な気配がした。

 

「……うわあ……!」

 

 霧のベールを幾重も掻い潜って、やっとボクらはこの地へ辿り着いた。

 

「コレが“謎の遺跡”……!見るからに“謎”って感じだな!」

 

 霧を纏う神秘的な遺跡郡に目を輝かせ、歓声を上げるボクとは対照的に、シドーは何やら思案顔である。どうかしたのか、と尋ねようとするより先に、彼は口を開いた。 

 

「オイ、アルス、キーファ」

 

 赤い目で2人を見据えて、シドーは言葉を続ける。

 

「城の図書館で学者に聞いたんだが、ここは“禁断の地”とされてるそうだな?」

「!」

「あ……えっと、その……」

「うん?シドー、キミいつの間にそんな面白そうな話をしてたんだい?ボクも呼んでくれたらよかったのに!」

「オマエはイカダを探して駆け回ってただろ?」

「あーーあの時か!そうなんだよ、堀に降りられそうなのに入り口がわかんなくって、階段を上ったり下ったりでうろちょろしてたんだ。流石に壁を壊すのはボクも良心が咎めたし!というかそれより“禁断の地”ってどういうことだい?」

 

「すげーな。自分で話を脱線させといて急カーブで戻ってきたぞ」

 

 だってだって!グランエスタード城はあまり大きくはないのに入り組んでいて探索し甲斐があるのだもの!ーーとキーファに弁明したい気持ちはぐっと堪えた。キーファもアルスも、シドーの問い掛けに対して痛いところを突かれたような顔をしている。きっとシドーが言う“禁断の地”云々の話は事実なのだろう。

 

「“禁断の地”という仰々しい呼び名からして……立ち入ってはならないとでも教えられてきたんだろうね。それを知っていて、キミたちはこの地に来たんだな?」

 

 ボクも重ねて問えば、アルスは俯きがちに、キーファは口許を結んで頷いた。青い瞳に警戒が窺える。きっとボクらがアルスたちの冒険を止めようとしているように思ったんだろう。話の流れからして、そう誤解されるのも無理はない。

 でも違う。ボクにそんなつもりはないし、シドーもまた、ボクと同じ気持ちらしい。

 

「勘違いするなよ?オレはオマエらを責める気はない。元いた場所へ帰る方法を探すためにも、この島を探索するってのは願ったりかなったりだからな」

 

 肩を竦めるシドーに、アルスたちはあからさまにほっとして表情を緩めた。そんな彼らに、けれど厳しさを声に含ませて、シドーは言った。

 

「オレが訊いてるのは、オマエたちの覚悟が決まってるかどうかって話だ」

「覚悟?」

「なんだったか……この“謎の遺跡”は王家の墓。死者が眠る場所だから、安らかな眠りを妨げないよう“禁断の地”とされているーーそんな話もある」

 

 ひた、と真っ直ぐに見据える。その眼差しは覚悟を問う。

 

「アルス、キーファ。昔から島に住んでいたオマエたちが、それを破るーーその覚悟はあるのか?」

 

 真剣な眼差しに射られて、アルスとキーファは一瞬身体をすくませる。けれど、本当に僅か一瞬だった。彼らはすぐさま瞳に輝きを取り戻す。

 

「俺は構わないぜ!たとえ死者の祟りがあろうと、真実を解き明かすんだって決めてるからな!」

「ぼ、僕もだよ!……どうして僕らだけこの世界に生きているのか、どうしてこの遺跡があるのか……知りたいことがたくさんあるんだ」

 

 そんな2人の熱意ある言葉に、シドーはニッと口許を吊り上げて笑った。そんな表情のまま、ボクに振り返る。

 

「ついでに訊くが、クリエ、オマエはどうする?」

「知れたこと!」

 

 迷いなんて、小指の爪ほどにもないさ!

 

「ボクはキミと一緒さ、シドー!」

「!……そうだな」

 

 シドーが嬉しそうに笑ってくれたから、ボクも嬉しくなって笑う。そうしてボクらは互いに頷き合って、謎の遺跡へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 “禁断の地”とされ、長く人の手から遠ざけられてきた遺跡は、まるで古ぼけた時間を抱いて眠っているかのようだった。草葉は好き放題伸びきっているし、所々の壁は朽ち果てて崩れそうになっている。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら進んでいたボクたちだったけれど、ふと、先頭にいたキーファがあっと声を上げて走り出した。

 

「……これだ!この像、古文書の絵と同じものだ!」

「本当だ……!」

 

 遺跡の中央近くに佇むのは、身の丈ほどの長い杖を携えた賢者の像だった。穏やかな表情で、ただ真っ直ぐ前を見つめている。視線の先に何かあるのか気になったけれど、ただ遺跡の壁があるだけだった。

 

「あの古文書の絵では、この像が光っていたと思うけど……」

「ふむ、」

 

 古文書と像を見比べながらうんうんと頭を悩ませるアルスの隣から手を伸ばし、そっと像に触れる。そのまま各所を調べるけれど、何も仕掛けは見当たらない。

 

「うーん……何かしらのスイッチも見当たらないな。人が触れて作動する類いの仕組みでもないらしい」

「スイッチ?」

「直接触れたり、他の仕掛けと連動したり……いろんなものがあるんだが、こうしていろいろ試してもうんともすんとも言わない。そうした類いのものではないのかもしれないな」

「じゃあどうやって光るんだ?」

「うーーむ……謎だな!」

 

 今の段階じゃお手上げだ!と匙を投げたボクに、シドーは苦笑する。その横ではキーファが何やら口許に手を当てて考え込んでいた。

 

「光、光……」

「キーファ?なんだオマエぶつぶつと」

「……ちょっと思い当たることがある。けどそれを試すのは明日にしよう。今手持ちにない」

「うん?うん、わかった!」

 

 キーファの発言の意図はわからないでも、とりあえず明日には何らかの手掛かりがあるかもしれない。となればこの像に固執しても仕方ないなと、ボクらは手分けして遺跡を探索することにした。

 ボクは真っ先に祠のようなところを調べたのだけれど、その扉は頑として開かなかった。仕掛けも鍵穴も見当たらないから、これに関しても全くもってお手上げである!このハンマーでぶち破れるならそれで解決なのだけれど……。

 

「…………、」

 

 脳裏に浮かんだのは、『遺跡をぶっ壊すなよ』と釘を刺された記憶。それと、『この遺跡の謎を解き明かしたい』という好奇心を心の中にある両の天秤に乗せた。ゆらゆら揺れて、すこーし、傾く。

 

「……、ちょっとだけ!」

 

 やっぱり好奇心には勝てなかったよ……とハンマーを振り上げ、打ち下ろす。狙いは朽ちて地に転がった遺跡の石壁の欠片。これぐらいなら試してみてもいいだろうと、思い切ってハンマーを打ち付けて、

 

「ーーっわ!?」

 

 ばいんっ!と弾かれて身体のバランスが崩れる。そのまま反動で尻餅をつきかけたのだけれど、その前に、力強い腕に肩を支えられる。目を開けると、呆れ顔のシドーがこちらを見下ろしていた。思わずボクの頬がぱっと綻ぶ。

 

「あっ、シドー支えてくれたのか!ありがとう!」

「オマエな……試す時にも全力でハンマー振るな。反動でこけるだろ」

「ごめん!でも、そしたらシドーが助けてくれるだろう?」

「……ったく、甘えやがって」

 

 呆れ顔が、優しい苦笑に変わる。仕方ないなと言いたげな、ボクの大好きな笑顔に。

 それにほこほこと笑いながら姿勢を立て直した。シドーの隣に並び立ち、ハンマーで砕けなかったーー砕いてはいけないと判断された(・・・・・・・・・・・・・・)石塀の欠片を見下ろした。

 

「……こんなに朽ちた石塀でも、崩すのは駄目らしい。神さまは、この場所を、きっと守りたいんだろう。守るべきと判断したんだ」

 

 一欠片とて、失ってはならないと。

 

「……きっとこの遺跡、何かあるよ」

「そうらしいな」

 

 頷くシドーの長い耳が、ぴくりと動いた。なんだろう、と首を傾げる間もなく、遠くから声がする。

 

「……おおい、クリエ、シドー!どこだ!?」

「?キーファ?ここにいるぞー!シドーも一緒だ!」

「よかった!2人ともこっちに来てくれる?」

 

 アルスとキーファの元に駆け寄ると、2人はきらきらした目で足元の石を示した。得意気に笑うキーファがそれを動かすと、ぽっかりと人ひとりは余裕で入れそうな穴がのぞく。どうやら石は蓋としてこの通路を守っていたらしい。

 

「さっき見つけたんだ。ここから蔦を伝って、地下に通じてるみたいなんだけど……」

「降りてみよう!」

「即決だな!嫌いじゃないぜそういうの!」

 

 キーファと意気投合しながら蔦を手に取り、するすると地下穴へ降りていく。降り立った地下に光源はなく、ほとんど何も見えない。洞窟はどこかへ伸びているようだけれど、先は暗闇に包まれている。

 

「潮の……海の匂いがする」

「?……あ、ほんとだ」

「ここから海へ続いてるっていうのか……?」

「進めばわかる」

 

 潮の匂いを頼りに、シドーが先陣を切って進む。その後ろをボクが、キーファが続き、最後にアルスが着いてきた。未知の暗闇がそうさせるのか、2人の口数が減り、ただこつこつと靴音が鳴る音だけがする。

 

「暗くてジメジメしてるな。いいところだ」

「ええ、シドー、ジメジメすると髪がベタつかないかい?」

「そういうものか?」

「そういうものなんだよ!湿気でぶわーって髪が広がるのも厄介だが、しんなりぺたっとなるのも困るんだよ」

 

「おまえら緊張感ねぇなあ……」

 

 シドーとの会話にキーファがぽつりと呟いて、アルスが苦笑をこぼした。そんなこんなで進んでいると、道の先に光が滲んだ。それは暗闇にようやっと慣れてきたボクらの目を眩ませるほど、目映く輝いている。

 

「なんだ、この光……?」

 

 ただの日光ではない。そんな予感に足が早まり、シドーを追い抜いて駆け出したボクは、いち早くその“輝き”の正体を目にした。

 

「う、わあ……!」

 

 きっと、世界中の虹を集めて水に溶かしたなら、こんな色になるのだろう。そんな形容がぴったりなぐらい、目の前に広がる海は、さまざまな輝きに溢れていた。赤、橙、黄、緑、青、紫、桃色……陽光の当たり具合で瞬き毎に色が揺らめき、揺れて、混ざり、弾けているようだ。

 

「……なんて、なんて綺麗……!!」

 

 まるで“七色の入江”だなと、感嘆の息をついた。

 

「にっ、虹色に光ってる!?」

「すげえ……!!」

 

 アルスやキーファたちが歓声を上げ、シドーも言葉を無くして輝きに見入っている。ボクも同じだ。夢のように美しい光景にほうっと見とれて、見つめて、見入ってーー

 

「……あれ?」

 

 ふ、と視界に入ってきた“それ”を認識した。

 ーー同時に、海に飛び込む。

 

「へっ!?え、ちょっ……!」

「おい!?」

 

「クリエ!!」

 

 背後でいろんな声が聞こえたけれど、申し訳ないが今は立ち止まってはいられなかった。今は“それ”が、どうしたって気になってしまったのだ。

 煌めく海面。その水底に向かって泳ぐ。そう深くはなかったため、すぐに辿り着いたーーその、“海底に佇む人魚の像”に。

 

(……なんて、美しい……!)

 

 ここが水中でなかったならば、感嘆のため息を吐いていたことだろう!それほどまでに、目の前の人魚の像は素晴らしかった。清廉で穏やかな笑み。優美な曲線を描くシルエット。尾びれは今にも泳ぎ出しそうな躍動感を感じさせた。虹色の輝きに照らされ、白い石膏の肌が滑らかな光を弾いている。……嗚呼、嗚呼、どこもかしこも、なんて素晴らしいんだ!!

 そんな感動に打ち震えるボクの肩が、ガッと後方から誰かに掴まれた。……誰かとはいっても、その力強さは彼の他に思い当たらないのだけれども!

 

(やあ、シドー!……なんて、言える雰囲気でもないな!)

 

 振り返って微笑むボクに、にーーっこりと笑うシドー。けれどその目は1ミリたりとも笑っていなかった。あたたかな海にいるはずなのに、背筋が冷えたのは気のせいではないのだろう。

 彼はそのままボクの腕を引っ張って海面まで泳いだ。ぷあっと顔を出して思い切り息を吸い込む。像を見ていた時は夢中だったけれど、思いの外長い間息を止めていたらしい。

 

「はっ、はーーっ……すまないねシドー、助かった!」

「ほう……?随分と能天気だなあクリエ」

「……すまなかった!夢中になりすぎてた!」

「素直なことはいいことだと思うぜ」

 

 そうだね!と心の中で頷いた。今度からは一言言ってから海に潜ろうと心に決めて、ボクたちは海辺で待っていたアルスたちの元へ戻った。彼らも心配してくれたらしく、それぞれ心配とお叱りの言葉をくれた。……うん、やっぱり今後は一言言ってから潜ることにしよう!

 

「というか、なんでまたいきなり飛び込んだりしたんだ?」

「!そう、そうなんだよキーファ!よくぞ聞いてくれた!シドーもアルスも聞いてくれ!!」

「うっ、うん……?」

「いいのか?多分長くなるぞコレ」

「許してくれシドー!だって本当に素晴らしかったんだ!!この七色の海底に人魚の像があって、石膏の滑らかな曲線と躍動感とまるで生きているかのような慈悲深い笑みで!美しくて……!!きっと名のある職人の手によるものだろう、あんなに良い作品を見ることができてボクは!嬉しい!!それにそれに……!」

 

 まだまだ喋り足りないボクだけれど、それに待ったを掛けたのはアルスだった。彼は遠慮がちに、ボクの左手を指差している。

 

「話の途中でごめんね、クリエ。ずっと気になってて……その左手に握られてる壺は何?」

「へ???」

 

 さっきまでは持ってなかったよね、と言われるままに頷く。……アルスの言う通りこの海に飛び込むまでは持っていなかった。気づかない間に持ってた、なんて、そんなことある?こんな片手で持てるくらいの小ぶりの壺とはいえ、鮮やかなオレンジ色で彩られたコレに、気づかないはずがあるか?

 

「……え?いつからボク、これ持ってたんだ?」

「いや俺に聞かれても知らないぞ」

「まあそうだよな、……だよな?……うーん???」

 

 なんだこれ、不思議な感覚だ。

 知らないはずなのに、知っている気がする。

 確か、か、かわ、……可愛いじゃなくて、乾きの、そう、

 

「ーー“乾きの壺”」

 

 そう口にした瞬間、正解とばかりに壺が光ってみせたのは幻だったのか。ぱちりと瞬きする間に、壺は光となってボクのビルダーグローブに吸い込まれていった。……んんん???

 

「ええ??」

「“ええ??”で済ませられるお前にびっくりだよ俺は」

「な、なに?乾きの壺って、クリエ知ってたの?クリエのものなの?」

「ん?んー……た、多分。……うん、多分きっと!」

 

 なんかよくわからないけど、ボクのグローブと一体化したってことはそうなんだろう。そういうことにしていいんだろうきっと!

 試しに『出てこい』と念じたらちゃんと出てきたし……うん、そうだ、きっとコレはボクのものなのだろう。記憶はないけど、不思議と手に馴染むし。

 

「なんだろうな、水の神さまが渡してくれたんだろうか」

 

 人魚の像にまみえて手にした壺だからと、そんなことを冗談めかして笑って言った。

 

「ああ、そうなんじゃないか?」

 

 なのにシドーときたら、すんなりと頷いている。もうツッコミにも疲れてしまったらしい。……うん、思い返してみればちょっと今日はいつにもまして大はしゃぎでシドーにいっぱい助けてもらったような気がする。……うん、よし!

 

「シドー、今日の夕御飯は栄養たっぷりポトフにしようか!」

「ハハッ、なんだよいきなり」

 

 きっとこの壺で酌んだ水で作ったなら美味しくなりそうだし!と付け足せば、シドーはまた可笑しそうに笑った。

 

 

第3話 「“水”の御利益がありそうな壺だ!」

 

 


 

▽クリエ 現在所持装備

・おおきづち

・ビルダーグローブ

・乾きの壺 ←NEW!!

 

 乾きの壺はビルダーズ2本編で登場したものより何故か性能が向上しています。

 今回ではビルダー道具はグローブに不思議パワーで収納されているという設定でひとつよろしくお願いいたします。



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第4話 「ツンツンツンデレって可愛いよな!」

 

 アンチョビとは、カタクチイワシの塩漬けを油に浸したものだ。ちなみに言っておくとここでいう油はスライムから絞ったものではなく、オリーブという植物から採ったものらしい。ほんのりと香る匂いが果実のそれで、はじめは驚いた。

 

「スライムの油も濃厚で美味しいんですけどね!」

「へえ……スライムって魔物ってやつだろう?恐ろしいんじゃないのかい?」

「まぁ魔物には変わりないんですけど、自分から人を襲いませんし、弱いですし、愛嬌のあるやつですよ!」

「はぁ、そんなもんかねぇ……ああそうそう、キャベツは一口大に切っておいておくれ」

「はーい!」

 

 マーレさん……アルスのお母さんの教えに従って、調理用のナイフでザクザクとキャベツを切っていく。ここはボクとシドーの家じゃなく、アルスの家で、もっというとマーレさんの預かるキッチンだ。朝日が燦々と窓から射し込む今、何故ボクが日課の薬草作りではなくここで料理をしているのかというと、これには深ーいわけがあってだね……、

 

「メシの旨そうな匂いがしたからだろ?」

「火の玉ストレートだねシドー!まぁそういうわけさ!」

「正直な子だねぇ……まぁ手伝ってくれるなら文句はないさ」

 

 『食材もあるものなら用意するし手伝いますからその料理の作り方を教えてください!』というボクのいきなりなお願いにも、笑って応えてくれたマーレさんは懐が深い!優しい!まぁそんなこんなで今はマーレさんの得意料理のひとつ、アンチョビサンドを一緒に作っているというわけだ。

 

「ウチの人、『これが無いと漁で力が出ねぇや!』なんて言うんだよ。まったく困った人だよ」

 

 そんなことを言いながら、バンズにキャベツや玉ねぎ、レタスといったたっぷりの野菜に、最後にフィレ状のアンチョビを挟むマーレさんの顔は、とても優しく微笑んでいた。……うん、なんだかニマニマしちゃうな!

 

「愛ですねぇ!」

「あら、やだよこの子ったら」

「照れなくてもいいじゃないですか!な!アルス!」

「いやなんでウチにクリエとシドーがいるの……?」

 

 奥の梯子から降りてきたアルスは、寝起きだろうか、ぼさぼさ頭の下で黒い目をまん丸にしていた。手櫛で軽く整えながらこっちに歩いてくる彼に、おはよう!と笑う。

 

「おはよう……え、えっと?」

「まだ寝惚けてるのかい、アルス!しゃっきりおし!」

「冷たい水で顔を洗うとすっきりするぞ!」

「う、うん……?」

 

 言われるままに水瓶で顔を洗い、タオルで拭き取ったアルスに、マーレさんは包みを差し出した。

 

「じゃあアルス、いつものように船にいる父さんにアンチョビサンドを渡しておくれ。もうひとつの包みはおまえの朝ごはんだからね」

「うん、わかったよ」

「それでクリエ、これをお持ち」

「えっ?」

「あんたが持ってきてくれたキャベツを使わせてもらったし、作るのも手伝ってくれたからねぇ、駄賃代わりだよ。シドーと一緒にお食べ」

「いいんですか!嬉しい、ありがとうございます!やったなシドー!」

「わかった、嬉しいのはわかったから落ち着けよ」

 

 苦笑しながらシドーがボクの肩を叩く。それに頷きながら、アルスと一緒にマーレさんの元を後にした。扉を開けると、朝日を反射して輝く浜辺が眼前に広がる。早朝だから風は涼しく、ボクらに爽やかな潮の匂いを運んだ。

 いつもは静かな、フィッシュベルの村の朝。それが明るい喧騒に包まれているのは、今日がアミット漁の日だからだそうだ。

 

「“アミット漁”ってなんだ?」

「このフィッシュベルは漁師の村でね、その漁師のリーダーを網元っていうんだけど、アミットさんって名前なんだ」

「網元でアミット……わかりやすいな!」

「う、うんまあそうだね……で、1年を通して漁の季節が始まるこの日をアミット漁の日として、漁師の無事や大漁を祈ってお祭りを開いてるんだ」

「なるほどなるほど!だから美味しそうな屋台がいろいろ出てるんだな!」

 

 ボクらに懇切丁寧に教えてくれるアルスに頷きながら、砂浜を歩き港へと向かう。その道中、薬草などを並べ売っている露店や、美味しそうな匂いを漂わせる屋台が出ていた。ふっくらとした丸いフォルムのものは……皮で何かを包んでいるようだし、スライム肉まんに近い食べ物なんだろうか?でもこの甘い匂いは餡に似ている。……もしかして餡を包んでいる!?うわあその発想はなかった!食べてみたい!作り方わかるかな!?

 

「シドー!シドー!後で屋台制覇しような!」

「……クリエってこんなに食べるの好きだったんだ……」

「アルス、遠慮しなくていいぞ。ハッキリ食い意地が張ってるって言ってやれ」

「酷いなシドー!これはアレだ、レシピ開拓のためだ!」

 

 まぁ美味しいものは大好きだから、食い意地が張ってるってのも間違ってないけどな!胸を張るボクにシドーとアルスは苦笑している。

 そんなやり取りをしていると、いつの間にか港についた。港には大きな船が横付けされていて、船上では漁師の人たちが忙しそうに行き来して出港の準備をしているようだ。その中に一際ムキムキの人がいて、その人に目を留めたアルスはボクらを振り返った。

 

「ごめん、2人とも。僕行ってくるね」

「おう」

「行ってらっしゃい、アルス!」

 

 ひらひらと手を振って、舷梯を渡って船に乗り込んでいくアルスを見送る。先ほど見た一際ムキムキの人は、やっぱりアルスのお父さんのボルカノさんだったようで、何かを話した後にアンチョビサンドを受け取っていた。この距離からでもわかる輝く笑顔で、サンドイッチにかぶりついている。……ううん、お腹空いてきたな!

 

「なぁ、シドー、」

「ああ、……あの辺座れそうだな。あそこで食うか」

「……なんでボクが食べたがってるってわかったんだい?」

「オマエはわかりやすい」

 

 フッと笑ってシドーはボクの手を引き、港に置いてあった古ぼけた樽にボクを座らせ、その隣に自分も腰を下ろした。

 

「……なんだいこのスムーズなエスコート!アレか!“すぱだり”ってやつか!」

「“すぱだり”ってなんだ?」

「“すぱだり”ってのは、……あれ、なんだっけ……?」

 

 ーー誰から、聞いたんだっけ?

 

「とりあえず食うか。オマエの腹の音がうるさくなる前に」

「まだ1回も鳴ってないと思うけどなぁ!」

 

 さすがにムムッとしたが、シドーが柔らかく笑うのを見てると、……うん、まあいっか!となってしまう。敵わないなあ、なんてボクも笑いながら、アンチョビサンドにかぶりついた。

 

「結構クセあるな」

「塩漬けの上に油漬けだしな。そうか、だから野菜あんなにたくさん挟んだんだな!」

 

 シャキシャキとした葉野菜の食感が楽しいし、アンチョビの独特な味わいをいい感じに緩和している。うん、今までサンドといったら甘いものっていう先入観があったけど、魚もいいな!新しい路線が開けた気がする!ありがとうマーレさん!

 マーレさんに感謝の気持ちを捧げながら完食すると、シドーもちょうど食べ終わったらしく指先についたソースを舐め取っていた。その赤い目が、船の方を見てぱちりと瞬く。

 

「ん?誰か出てきたぞ?」

「うん?……あっ!」

 

 舷梯を渡って船から出てきた、その頭巾頭に覚えがあった。ボクはたたっと駆け足でその子に駆け寄る。

 

「マリベル!おはよう!」

「げっ!クリエ!」

 

「……“げっ!”って酷くないかい?」

「日頃の行いってやつだな」

 

 ムムム……となりながらマリベルに向き直ると、彼女は眉間に皺を寄せてボクを見ていた。とっても繊細で綺麗な顔立ちをしてるのに、そんな表情をしているのは勿体無い!

 

「笑ったらもっと可愛いのに。笑ってマリベル!」

「お・あ・い・に・く・さ・ま!マリベル様は無理に笑わなくたって可愛いのよ!というか相変わらずグイグイ来るわねあんた、ちょっとは適切な距離を保ったらどうなのよ!?」

「距離を取ったらマリベル逃げるじゃないか!」

「あったりまえじゃない!」

 

「……ああアレだな。手懐ける前のネコと、走って追いかけ回すクリエだ」

「ちょっとシドー!誰がネコですって!」

 

 ふしゃー!と怒るマリベルは、なるほど確かに毛を逆立てたネコにも見える。

 

「……うん?じゃあそっと行って撫でたら仲良く……」

「ならないわよ!もう、あんたの奇行に巻き込まないでくれるかしら!?」

 

 ぷんすか怒るマリベルは、これが通常運転だ。何故だか初対面からしばらく経つというのに、一向にボクに対してこんな塩対応なのである。ボクは仲良くしたいのになあ……仲良くしたくて色々話し掛けてるのになあ……まあ怒った顔も可愛いんだけど!

 

「ところでマリベル、どうして船に乗っていたんだい?確か漁は男の人しか駄目なんじゃなかった?」

 

 それを訊いた途端、マリベルの顔がますます険しくなってしまった。ああこれ地雷だったか、と思い至るも、時既に遅し。彼女はフンッと顔を背けてしまった。

 

「あんたに関係ないでしょ」

「大方漁に着いてこうとして黙って乗り込んでて、それで見つかって怒って出てきたってところだろ」

「なんでわかるのよ!」

「わあシドーざっくり……でもマリベルすごい行動力だ!」

「あっ、あんたに褒められても嬉しかないのよ!」

 

 おや?どうやらボクの“可愛い”は褒め言葉にならないらしい。謎判定だけど顔を赤らめながら怒るマリベルは一層可愛いのでよしとする!そのまま屋敷に走って帰ってしまったけど、まあよしとする!

 

「またね、マリベル!また話そう!」

「もうっ、だからうるさいのよ!クリエ!」

 

 ……でも「嫌だ」とか「もう話しに来るな」とは言わないんだよなあ、なんて、ニマニマしてしまう。ああ本当に可愛いなあ!

 

「ちょっと素直じゃなくて、ちょっと口が悪くて、そんなところが可愛いよな!」

 

 その分、素直に優しくしてくれた時の破壊力が凄まじくなるのはよく知ってる。知ってるさ!凄まじいほどに可愛いんだ!

 

「でもマリベルは船に乗るの平気なんだな。あの子は、……」

 

 ……あの子、は、

 船が、苦手で、怖くて、乗れなくて、……

 

「……クリエ?どうした?」

 

 突然黙り込んだボクを不思議に思ったのか、シドーが顔を覗き込んできた。その赤い目が、優しく細められている。

 

「……何か、あったか?」

 

 そっと、壊れ物に触れるかのような声色だ。気遣われているのだとわかる。……なんだかいつかの日、“あの子”もそうしてくれたような気がして、胸がぎゅっと痛くなった。

 

「……ううん。何もない。……“無い”んだ、何も」

 

 何も無い。ボクの記憶はまっさらだ。

 ーー“あの子”が誰かも、わからない。

 

「でもね、シドー」

「おう」

「たぶんボクは、すごく、大切なことを忘れてるんだ」

「……ああ」

「忘れて、しまってる」

 

 高らかな鬨の声とともに、漁船の帆が大きく広がる。舷梯が外され、船が港から離れていく。出港の時が来たのだ。わああ、と湧き上がる歓声に包まれて、光の海を船が行く。

 今のボクのように、シドーのように、旅立つ船を見送っていたーー“あの子”は確かにいたはずなのに。

 

「……ボクはいつか、必ず記憶を取り戻すよ。どうしてボクがここに来たのか、どうして記憶を失ったのか……わからないこと、全部全部解き明かしてみせる」

 

 そのために必要なことなら、たとえどんな険しい道だって、どんな困難が待ち受けていたって、ひとりでだって進むさ!

 そう、覚悟はある。……でも、

 

「……でもその道、シドーも一緒だったら、嬉しいな」

「……何を今さら」

 

 ハッと笑って、シドーはボクに向かって手を掲げた。

 

「“ボクはキミと一緒さ!”……そう言ったのはオマエだろ」

「!……へへ、そうだった!」

 

 笑って駆け出す。ジャンプしてぱちん、とハイタッチ。

 たったそれだけで何でも出来ちゃうような、そんな気持ちが溢れてきた。

 

 

 

 

「……で?これがこの遺跡の謎解明に繋がるのか?」

「俺はそうだと信じてるぜ!!」

 

 力強く頷いたのはキーファだ。アミット漁に行く漁師たちを見送ったボクたちは、日課の薬草作りをしている最中、キーファに誘われ共に謎の遺跡を訪れていた。いつものように霧けぶる静かな遺跡郡に、キーファの熱を帯びた声が響き渡る。

 

「前に見せた古文書の絵を覚えてるか?」

「なんだか杖の先がぴかぴか光っていたな」

「そう!つまりキーワードは光……太陽だ。そこでこいつの出番ってわけさ、 じゃーん!」

 

 高々と掲げたキーファの指先に、ひとつの指輪があった。銀の環には細やかな細工が施され、トップの宝石は太陽の光を照り返して目映く輝いている。金、銀、銅、ミスリル、……そのどれにも当てはまらないけれど、それが希少な鉱石だということは見ただけでわかった。

 

「これこそわが王家に伝わる宝珠・太陽石の指輪!こいつをこの像のどこかにはめれば、きっとなにかが起こるはず! 」

 

 はしゃぐキーファと裏腹に、アルスは何か言いたげな、もどかしそうな表情をしていた。しばらく躊躇った後、ゆっくりと口を開く。

 

「おっ、この杖の先があやしいな」

「……キーファ、王様、怒ってたよ」

「うっ……」

「?バーンズ王が?どういうことだい?」

 

 気まずげな顔をするキーファを見るかぎり、アルスの言うことは真実だろう。問い掛けると、アルスは眉間に皺を寄せながら話し始めた。

 彼曰く、この太陽石の指輪は亡くなった王妃様に贈られた指輪だそうで、それをキーファは勝手に持ち出したらしい。王様はそれこそ大声で怒鳴り散らすほどに怒っていたのだとか……うん、これはちょっと、さすがのボクも物申したくなる。

 

「なあ、キーファ」

「……なんだ?」

「ボクはこの遺跡の謎を解き明かしたい。そのためにこれが必要かもしれないなら、ボクが何かを言う権利はないんだろう。キミにこれを、持ってこさせてしまったのだから」

「……クリエが悪いんじゃない。持ってきたのは俺だ」

 

 キーファは顔を歪めた。ここで笑ったり開き直ったりするなら、ボクも権利だなんてのは棚上げして叱らなきゃいけなかったろうな。でもそうではないから、ボクは眉を下げて笑った。

 

「くどくど言う必要は無さそうだ。指輪についてはちゃんと謝って……今度からは大切なことはちゃんと事前に王様に言うんだぞ?」

「……言ったところであの親父が聞くかどうか……」

「キーファ?」

「わかった!わかったよ……」

 

 やれやれと肩をすくませながらも頷いてくれたので、もうこの話はここまでにしよう。後は当人同士の問題だ。

 気を取り直して賢者の像を見上げる。それは以前見た時となんら変わらず、真っ直ぐに前を見据えている。この杖の先に、太陽石の指輪を……王家に伝わるという指輪を乗せれば、なにか変わるのかもしれない。そんな期待をキーファも抱いているのだろう。きらきらした目でボクとシドー、そしてアルスを見渡した。

 

「じゃあこれを杖の先に乗っけるぞ、心の準備はいいな?アルス!」

「……うん!」

「よーし!そうこなくっちゃな!」

 

 抑えきれない好奇心と共にアルスが頷くと、キーファはニカッと笑った後、像に向き直った。その表情が真剣に引き締まる。

 

「なにが禁断の地だ……なにが王家の墓だ……そんな言葉で終わらせて、それ以上研究しなかった学者たちは怠慢だよな」

 

 きゅっと引き絞られた眼差しは、きつく、ただ前を見ている。

 

「オレはずっと思っていたんだ。この遺跡はそんなものじゃなくて、別のなにかがあるって……。

 それも、俺の運命を変えてしまうようななにかがーー 」

 

 運命が変わる。変えてしまうようななにか。

 そんな大きなものを前に、キーファは不敵に笑った。

 

「よし、いくぞ! ーーよっ、……と……」

 

 キーファが指輪を杖の先に乗せた途端、……一瞬、本当に一瞬だけど、それが光ったような気がした。 気のせいだったのかも、と思うくらい、あまりに一瞬のことだったのだけれど。

 

「え?」

「ん?」

「んんん???」

 

「……今一瞬光ったように見えたが……別になにも起こらないみたいだな」

 

 ハァ、と見るからにガックリと肩を落として、キーファはこちらを振り向いた。

 

「アルス、みんな、悪い……どうやらこの指輪は期待外れだったようだ」

 

 “絶対これだ!”と思っていた手掛かりが空振りに終わる。その絶望感で諦めるくらいなら……きっとバーンズ王は苦労してこなかったんだろうなあ。

 思わず苦笑してしまう。だってキーファは、もう顔を上げて目の中に炎を燃やしているのだから。

 

「しかし!どう考えても太陽が関係していることには間違いないはずなんだ!俺は城に戻って、もっと他の可能性を探ってみる!」

 

 好奇心の、いや……情熱の塊が服を着て歩いてるような人だなあ、なんて思ってしまう。その熱にあてられて、ボクもアルスも、やる気を漲らせているのだから!

 

「キーファ、僕はどうすればいい?」

「アルスは街で他の“太陽”っぽいものを探してみてくれ!」

「じゃあじゃあキーファ!ボクとシドーは?」

「クリエとシドーには、この古文書を預けておく!」

 

 どん、と分厚い古文書を手渡されて、たたらを踏むボクを、隣のシドーが支えてくれた。

 

「この島の外から来たお前たちなら、俺が見てわからないところでも何か別の発見があるかもしれないしな!」

「けどオレたちも読めやしないぞ?」

「そこなんだよなあ……だから、どうにか読める方法を……読める人を探してみてほしい!」

「すっごいアバウトな指示だなあ!……仕方ない!」

 

 たとえどんな険しい道だって、どんな困難が待ち受けていたって、シドーが一緒にいてくれるって言ったんだ。だったらボクに、ボクらに、やってやれないことはない!

 

「頑張ろうな、シドー!」

「ああ、クリエ」

 

 遺跡の謎を解き明かすボクらの第一歩は、ここから始まったのである!

 

 

第4話 「ツンツンツンデレって可愛いよな!」

 

 


 

 作者はマリベルもルルも大好きです。ツンデレは怒らせたい。怒らせてからのデレが見たいのです。

 マリベルとしてはクリエに素直になれない理由がちゃんとあるのですが、和解したとしても基本的にこんな感じで仲良く憎まれ口を叩いてるかと思います。

 ドラクエ7の本編に入りましたが、台詞はだいぶテキトーです。メモもありますがうろ覚えなところも多い上、会話の流れで変更も多々入れるので原作とは違う台詞もたくさん出ます。ご了承ください。



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第5話 「彼はまさしく太陽の如く!!」

 

 指先で触れるざらついた感触からして、この古文書が相当昔に書かれたものだとわかる。しかし、古ぼけた装丁や紙質のわりに描かれたインクは掠れておらず、文字や絵ははっきりと残されている。……まあ肝心なそれが読めないことにはお話にならないんだけどな!

 

「シドー、これわかるかい?読める?」

「ムリだな」

「ボクもだ!」

 

 ぱらぱらとページを捲りながらシドーと顔を見合わせる。そして本を閉じて立ち上がった。これはなんというか「諦めが早い」って言われればそれまでだけど、出来ないことをずっとし続けても意味はない。それよりも、“今のままじゃ出来ない”という環境を変えるべきだと思うんだ。“出来るようになるための手段を探す”方向に切り替えよう!

 

「じゃあ当初の予定どおり、これを読める人を探そうか!」

 

 そう言って謎の遺跡を後にして、グランエスタードの城下町へ向かう。霧に包まれていた遺跡から離れるにつれ、エスタード島本来の暖かな陽射しが戻ってきた。見上げた木漏れ日に目を細め、シドーが口を開く。

 

「城の学者は……あてにならないかもな。城の図書館にある本はある程度目を通したんだが、これと同じ古代文字で書かれたものは1つもなかった」

「えっそうなのか。キーファは「城で見つけた!」って言ってたから、誰かしら読める人がいるんじゃないかと思ったんだが」

「そもそも、読めたとしても素直に読むとは限らないがな」

「?……あ~~“禁断の地”ってやつか!」

 

 キーファも言ってた通り、城の学者はあの遺跡を“王家の墓”、“禁断の地”として、行ってはならない、触れてはならないとして、研究をすることはなかったらしい。

 

「なるほどなあ……確かに、遺跡に纏わることを知ろうとしているボクたちを不審に思って、教えてくれないかもなあ」

 

 ボクにとって、知識は力だ。創造の糧だ。どんなに危険な代物ーー例えば爆弾岩だって、知っておけば対処法も利用法も考えられる。知らなければそれまでだけど、知れば未来が拓ける。

 

「知ってはならないものって、なんだろうな。そもそもそんなものあるんだろうか?……あまり思い当たらないけどなあ」

 

 呟くボクに、シドーは赤い目をつと細めた。……ような気がした。何かあるのか尋ねたが、彼は「何でもない」と笑うばかりだったので、見間違いだったかな、とボクは疑問に決着をつけた。

 

 

 

 

 静かで穏やかな漁村であるフィッシュベルの村とは違って、グランエスタードは行き交う人も多く、明るい賑わいを見せている。まあ都会かと言われれば首を傾げるけれど、それはこの島の総人口を考えれば仕方のないことだ。

 この街は王様のお膝元というだけあって、よろず屋もあるし教会もあるし宿屋もあるし酒場もある。そう!酒場が!ある! 

 

「情報収集といったら酒場って感じがするよな!」

「そういうものか?」

「そういうものさ!」

 

 たぶん!と答えたボクにシドーはふぅんと曖昧に頷いて、少し眉間に皺を寄せた。少し唇を尖らしているのは小さな不満の表れだ。

 

「ここの酒場は飲ませてくれないんだよな」

「お酒のことかい?シドーお酒好きだもんな!」

 

 シドーの実年齢を訊いたことはないけど、ボクと同じくらいの年頃に見えるから少年といっていいだろう。まあ家の酒樽で作ったルビーラとかバブル麦汁とかは喜んでグビグビ飲んでたし、その後の二日酔いに苦しんでる姿なんて見たことないから大丈夫なんだろうけれど。

 

「……あっ、そういえばルビーラの原料になるツタの実が在庫少なくなってたな、また折を見て七色の入江近くに生えてたところに採取しに行こう」

「その時はオレも連れてけよな、素材集めは手伝える」

「うん!ありがとうシドー!」

 

 そんなことを話しながら歩いて、ボクらは宿屋兼酒場に到着した。ごめんくださーい!と扉を開けると、カウンターにいたおじさんがにこやかに笑う。

 

「おやいらっしゃい、クリエとシドー。この前はありがとうな」 

「いえいえー!時計の調子はいかがです?」

「バッチリさ。また何かあったら頼んでもいいかい?」

「どうぞ!ボクに出来ることなら」

 

 受付おじさんの背後にある柱時計は、この前ボクが作ったものだ。時計が欲しいけどいい感じのものが無い、とぼやいていたのを聞いて、木材から作り出して贈ったんだけれど喜んでもらえたらしい。嬉しくなって笑うと、隣のシドーが小さく呟いた。

 

「まったく、お人好しだな」

 

 ちらりと横目で見ると、シドーは柔らかい苦笑を浮かべていた。こんな風に誰かのために何かを作るのはとても大好きなので、別に苦には思わないんだけど、……シドーはいつも、呆れたように、おかしそうに、でも優しく笑ってる。

 

「おや、駄目かな?」

「いいや?オマエのモノづくりを見るのは好きだからな」

 

 そう言って、シドーは奥にある酒場に向かって歩いていく。その後ろを着いていこうとしたら、受付おじさんがボクにこっそり耳打ちした。

 

「酒場へは勿論歓迎するが、今はあまり長居しない方がいい」

「?それは何故?」

「今はホンダラさんが来てるんだ。まあ今はアルスも来てるから、そっちに絡むだろうけどな」

「あらら……なるほど」

 

 頷いて、ボクは酒場に入った。あまり大きくはない店だけれど、置いてある調度品はぴかぴかに磨かれていて、長く大切にされてきた店なんだとわかる。店内には、テーブルで静かに杯を傾けているおじいさんが1人。それとカウンターには渋い顔をしたバーテンダー、バニーさん、それにアルスがいた。アルスの前には赤ら顔で青頭巾を被ったおじさんーーアルスの叔父さんであるホンダラさんが話していた。

 

「なあいい加減俺の気持ちをわかってくれよ……ひっく、」

 

 ホンダラさんはバニーさんの手を握ってにやけた笑顔を浮かべている。どうやら口説いているようだ。彼は懐から何かの石を取り出し、それをバニーさんに触れさせる。

 

「ホラこの石を触ってみなよ!ほかほかしてあったかいだろ?名付けてホットストーン!見た目はただの石ころだが、そんじょそこらの石ころとは違うってこった。まるで俺みたいだろ、へへ……っく、」

「……ホンダラおじさん、その辺りにしときなよ」

 

 見かねたアルスが口を出すと、ホンダラさんは自分の甥に気づいて笑った。眠そうにしていた目が、ぱっと丸く開かれる。

 

「おおアルス!いいところに!おまえからもこの子に俺の魅力ってやつを語ってやってくれよ」

「いや魅力ってなに……」

「いくらでもあんだろ、例えば……ん?おうクリエじゃねーか!」

「あっどーもー」

 

 視線を向けられたので、ひらひら手を振って会釈する。手招きされるままに近付いていくと、ぶわりと強い酒気を感じた。……うん、お酒臭い!

 

「ホンダラさん飲み過ぎじゃないですか?ダメですよ!お水飲みました?」

「そんなことはいいんだよ……それよりまたアレ作ってくれよ。魚と芋揚げたやつ」

「フィッシュアンドチップス?それバリバリ酒のツマミにする気でしょー?……うーんネギと味噌があれば味噌汁作れたんだけどなあ」

 

 このエスタード島では味噌の原料になる豆もネギも育てていないから、制作は不可能だ。二日酔いでグロッキーになってる人たちには、モモガイ入りの味噌汁が大人気だったんだけどなあ。

 

「なあいいだろ?クリ……、」

 

 アレコレ考えている間に、たぶん、ボクの肩に手を置こうとしたんだろう。でも伸ばされた手はシドーにはたかれてしまった。シドーはそのままボクの肩をぐいと押して、自分の後ろに下がらせた。

 

「酔っ払いは、そろそろお開きの時間じゃないか?」

 

 ボクの目の前にシドーの背中が広がる。ここから彼の表情は見えないけれど、声はとても穏やかだから、きっと笑っているんだろうなと思う。……思うんだけど、それにしては、有無を言わせない圧を感じるのは何故だろう?

 

「……ひっく、じゃあそろそろ帰るとするかあ」

 

 ホンダラさんはゆっくりと椅子から立ち上がって、千鳥足で酒場を後にした。……後にする前に、ぴたっと足を止めてこちらを振り返る。

 

「ようアルス、ついでにここの支払いも頼んだぜ」

「えっ!?ちょっ、待っ……ホンダラおじさん!」

「あーりがーとなぁ~~……」

 

 後ろ手にひらひら手を振りながら、今度こそホンダラさんは酒場を後にした。その後ろ姿に中途半端に手を伸ばして、アルスははぁ、と大きく溜め息を吐く。……うん、お疲れのご様子だ!そんなアルスを、バーテンダーとバニーさんも気遣わしげに見ている。

 

「安心しな、いつものようにツケとくから」

「安心しちゃダメですよねそれ……」

「大変だな……アルス」

「シドー、ありがとう……まあいつものことではあるしね、慣れたよ」

「こんなに悲しい「慣れたよ」って初めて聞いたな!」

 

 はは、と苦笑をこぼす様も苦労が滲み出ている。そんなアルスはおじさんが出ていった方を見て、ふと目を丸くした。

 

「あれ、おじさん落として行ったのかな」

「ん?……あ、」

 

 酒場の入り口辺りに、手のひら大の石が落ちている。

 

「“ホットストーン”、って、いってたっけ」

 

 アルスが拾い上げたその石は、淡く橙色のあたたかな光を纏っていた。光る石や植物は無いことはないけど、それでも珍しい。それに、

 

「あ、ほんとだ。じんわりあったかい」

「へえ……ボクも触っていいかい、アルス?」

「うん、どうぞ」

 

 アルスから受け取ったそれは、本当にあたたかかった。さっきまで握られていた手の熱が残っているというわけじゃなく、この石自体がほのかな熱を放っている。

 

「本当だ!不思議だ、……な……」

 

 ーーどくん、と、脈打つような振動を感じた。

 それはボクの心臓じゃなくて、まるで、この石がーー

 

「どうした?クリエ」

 

 シドーに声を掛けられて、顔を上げる。じっとボクを見つめる赤い目を見ていると、なんだかほっとしてしまった。……うん、たぶん気のせいだな!

 

「何でもないよ、シドー!」

 

 それからボクらはアルスと別れた。アルスはキーファから言われたように、“太陽”っぽいものを探してあの遺跡で試してみるらしい。拾ったというピカピカのガラス玉とホットストーンを手に街を出ていった彼を見送って、ボクとシドーは街外れに向かっていた。そこに、地下へと通じる階段がある。

 

「話を聞いた場所はここだな」

「うん、行ってみよう!」

 

 やはり地下だからか少しじめじめとする通路を辿って、ボクらは歩く。何故こんなことをしているのかというと、先ほど噴水広場で会ったお弁当屋さんの証言を当てにしたからだ。

 

「“ガケっぷちのじいさん”、ね」

 

 そのお弁当屋さん曰く、そのおじいさんはグランエスタードの町外れの崖際の家に住んでいて、なかなか街には降りてこないのだという。そのため弁当屋さんが毎日お弁当を届けているのだけれど、『お前のとこの弁当はいつも不味いのう』と憎まれ口ばかり叩く、気難しいひねくれおじいさんなのだとか。

 

「そいつが、この古文書を読めたらいいんだけどな」

「そうだな!」

 

 お弁当屋さんはこうも言っていた。『そういった古い本、あのじいさんが好きそうだな』と。古い文献が好きということは、それが読めるのではないだろうかと、そんな淡い期待をもとにボクらはおじいさんの家に向かっている。これ以外に心当たりもないしな!

 そんなこんなで話しながら通路を抜けると、視界いっぱいに青が広がった。崖から臨む海は広く美しく、いい眺めだなあと感嘆の息が溢れる。そこにぽつんとひとつだけ佇んでいるこの家が、噂の“ガケっぷちじいさん”の家だろう。尻尾をぱたぱたと振ってた白いわんこを撫でつつ、ボクは扉をノックした。

 

「ごめんくださーい!」

 

 それなりに大きな声で訪問を告げたが、返事は返ってこない。少しだけ扉を開けて中を見ても人影は見えず、けれど地下に通じる階段はあったから、失礼ながら勝手にお邪魔させてもらった。

 木造の一階部分とは違い、地下は岩肌に囲まれていた。そして、その壁を埋め尽くすように並べられた、たくさんの本棚に。

 

「なんじゃお前さんら。人の家に勝手に上がり込んで何様のつもりじゃ?」

 

 その本棚の山に埋もれるようにして、そのおじいさんはいた。突然の訪問者であるボクらに胡乱げな目を向けたかと思えば、ふいっと視線を反らす。

 

「わしは忙しいんじゃ。さっさと出ていってくれ!」

「わわっ、ちょっと待ってください!」

「勝手に入って悪かった。だが、この本を見てくれ」

「本じゃと?お前さんは物売りか?わしが本なら何でも買うと思ったら大まちが、……」

 

 機嫌を損ねてしまったかと思ったけれど、シドーが差し出した古文書を見て、その目が大きく見開かれた。シドーが本を手渡すと、しわくちゃの手がそっとその表紙をなぞる。

 

「……この本をどこで?」

「キーファ……キーファ王子が城で見つけた、と」

「ふむ……あの王子からか。おおかた城の宝物庫にでも入っていたんじゃろうな」

「……?」

 

 ある程度見通している、ということはーーもしかしておじいさんは、この本について知っていたのだろうか?そんなボクの疑問を尋ねる間もなく、おじいさんはぱらぱらとページを捲っている。

 

「賢者の杖に、輝く光か」

「あっ、そのページのその絵!それを見て、キーファが謎の遺跡の賢者の像の杖の先に太陽石の指輪を乗せたんだけど、」

「その時は、何も起こらなかったんだよな」

「……なに?この絵を見た王子が?」

 

 ボクとシドーが頷くと、おじいさんは鼻を鳴らした。

 

「ふん!あの王子ボンクラだと聞いておったが、ボンクラは城の学者たちかもしれんの」

 

 そこでおじいさんは初めて笑った。偏屈そうな眉間の皺が消えて、目に光が戻っている。

 

「よし、わしがこの本を解読してやろう」

 

 そうしてそんな提案をしてくれたから、ボクは思わず声を弾ませた。

 

「いいんですか!!!」

「そう言っておるじゃろうに、うるさいのう……時間がかかるから、しばらくどこかで暇を潰してこい」

「わああありがとうございます!やったあシドー!」

 

 八方塞がりだった現状を打破してくれる光だ!ほっとして嬉しくなって、……おじいさんはどこかで暇を潰してこいって言うけれど、じっとしてなんかいられない!

 

「じゃあお礼に何か作りますね!」

「ん?……そうか、お前さん最近島にやってきた“ビルダー”とかいう……」

「そうですビルダーのクリエです!さてさて何を作りましょうか……わんこのお部屋?安楽椅子?はたまた美味しいごはん?何でもバッチこいですよ!」

「……いや集中したいから静かにしておいてくれんかの」

「じゃあ上で作ってきますね!何がいいかなあ、ポトフだったら後であっためて食べられるよな。あっせっかく新鮮なお魚があるんだからブイヤベースもいいかも!」

「なあクリエ、酒樽作ってバブル麦汁とかはどうだ?」

「それシドーが飲みたいんだろう?……でもいいなバブル麦汁……ああ豆があったらなあ!枝豆の塩茹でと一緒に飲んだら最高なのに!」

「チーズとルビーラなら出来るだろ?」

「ああ~確かに!その組み合わせも捨てがたい!」

 

「ええい、なんかよくわからんが旨そうな話をするでない!腹が空くわ!」

 

 ごめんなさーい、なんて言ってきゃらきゃら笑う。だっておじいさんは怒っていたけれど、なんだかとっても嬉しそうに見えたから。

 

 

 

 それから。ボクはわんこのお家を庭に作り、ブイヤベースを作って過ごした。魚介類をトマトと一緒にくつくつ煮込んでいると、扉を叩く音とともにシドーにアルス、キーファが部屋に入ってきた。ボクがあれこれ作っている間に、シドーが呼んできてくれたのだ。そんなこんなで4人揃ったボクたちが地下の書庫へ向かうと、大きな机に向かっていたおじいさんが顔を上げた。

 

「おお、お前さんらがアルスとキーファ王子か。ちょうど今解読が終わったところじゃよ」

「ええっ!?解読が終わったって!?で?で?何が書いてあったんだよじいさん!」

「ええい忙しないのう!今から言うから少し落ち着くんじゃ!」

 

 ヒートアップしそうになったキーファを押し留め、おじいさんは咳払いをひとつ。そうして、厳かに話し出した。

 

「わしが解読したところ、この絵に描かれた光のかがやきは、太陽とは関係ないようじゃ」

「太陽とは関係ない!?」

 

 目を剥くキーファに頷いて、声は続く。

 

「そうじゃ。ここに描かれた光は心のかがやきと熱意を示しておる。それも、選ばれた者のな」

「選ばれた者!?一体誰に選ばれるっていうんだ?え?じいさん!」

「おそらくは、あの遺跡をつくった存在じゃろう……」

 

 ……選ばれた者、か。何だか話が大きくなってきたなあ。

 “選ばれた者”って聞くと何となく“勇者”を連想するけど、ボクはただのビルダーだし、なんだか遠い世界の出来事のように感じてしまう。

 

「う~~ん……なんだかよくわからない話になってきたなあ……」

「うん……そうだね」

 

 キーファとアルスも同じような表情で首を傾げている。

 ……かと思ったのもつかの間のことだった。

 

「だけど、心のよさと熱意なら、俺だって誰にも負けないぜ!」

 

 キーファはキリッと眉を吊り上げて、強く強く、笑った。その目は自信に満ち溢れていて、揺るぎない。

 

「……ほーっほっほ、お前たちの誰かが選ばれし者だとでも言うのかな?」

 

 そんなキーファを、黙りながらも強い眼差しになったアルスを見て、おじいさんは目を細めた。それはおかしいものを見るかのようで、微笑ましいものを見るかのようで、……懐かしい何かを見るかのようだった。

 

「ならば、ここに書かれている方法を読むぞ。よいか?」

 

 ボクらをぐるりと見渡して、おじいさんはゆっくりと、古文書の記述を指先でなぞりながら告げる。

 

 

「“選ばれし者よ 扉を守る賢者の前に立って 強く祈るがいい。”」

 

「“大いなる意思が 心清き 熱き思いを受け入れた時 そなたの進むべき道が 必ずや 示されるであろう”」

 

 

「……進むべき、道……」

 

 わかるだろうか。ボクの前にも、拓かれるだろうか。失くした記憶の在処を、ボクのよすがを、見つけることができるだろうか。

 ……俯きたくなるこの気持ちは、きっと不安だ。もしボクが選ばれなかったら?ずっとこの島で足踏みをし続けるしかないのだろうかと、そんな不安が胸を覆ってーー

 

「そうか!俺みたいな選ばれし正直者が『トビラよ開け』と強く念じればいいってわけだな! 」

 

 ーーキーファの言葉に吹き飛ばされていった。ボクは目を丸くした後、思わず笑ってしまう。

 

「ハッハッハ!キーファオマエ、呆れるくらい前向きだな!」

「“呆れるくらい”は余計だろ、シドー!」

「……ほんっと、すごいなあ、キーファは」

 

 呆れたように、それでも憧れるように微笑むアルスも、きっとボクと同じ気持ちなんだろう。あまりに熱くて眩しくて、まるで太陽のような人間だ。シドーも、おじいさんまでもが、笑っている。

 

「ほっほっほ。そなたのその気持ちいいほどの厚かましさは貴重かもしれん。ひょっとしたら……その思い込みが、奇跡を呼び起こすかもしれんな」

「へへっ!じいさん、待ってろよ。その奇跡とやらを見せてやるぜ!」

 

 グッ!と拳を握って、キーファは快活に笑う。眩しいその笑顔は、これから先どんな暗闇が待ち受けていようと関係なく照らしてしまいそうだな、なんて、ボクはまた笑った。

 

 

第5話 「彼はまさしく太陽の如く!!」

 

 


 

 筆者はビルダーズで料理するの好きなんですが、それがクリエの会話に表れてますね。ごはん会話はするする筆が進んでしまう……これからもちょくちょく挟むかもしれません。

 この作品では展開の書きやすさを優先して、本来のイベントの順番を変えることも多々あります。今回酒場でホットストーンを入手したのもそのひとつです。次回の遺跡回もできるところはどんどん省略しますのでご了承ください。

 さて次は!遺跡回!その次はウッドパルナ編!私自身書くのが楽しみです!



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第6話 「遺跡の謎解きはワクワクしちゃうな!」

 

 ガケっぷちじいさんのところで古文書を解読してもらい、さあ早速あの遺跡に行こう!!ーーって展開だったのに、結局ボクらが遺跡に向かうことになったのは夜遅くのことだった。

 

「ごめんなみんな、こんな時間になっちゃって」

 

 たはは、と頭を掻きながら笑うのはキーファ。彼曰く、グランエスタードで城の兵士に見つかって城に戻された後、バーンズ王にみっちり説教されて、部屋に閉じ込められたのだとか。

 

「いや~!まいったまいった、はっはっは!」

「キーファオマエ、笑ってる場合か?」

「城抜け出して本当に大丈夫だったのかい?ほらあの兵士さんたち、キーファを城に連れ戻さないと『給料カットされてしまう』んじゃなかったか?」

「大丈夫さ。親父は『城に連れ戻さないと』って言ったんだ。それから抜け出そうが何しようが、……まあ俺には怒るだろうけど、あの兵士たちに罰は与えない」

 

 そういう親父さ、と呟くように言ったキーファは、目を伏せた。その横顔が月明かりに照らされている。

 

「親父もトシだよな。ちょっと指輪を借りたくらいであんなに怒らなくてもいいのにさ。……でもまあ、それだけあの指輪を大事にしてたってことなんだろうけど……」

 

 少しだけ目を閉じたキーファは、暫くしてからパッと顔を上げた。よし、と決意を改めているようだ。

 

「まあいいや。夜が明けないうちに遺跡に行こうぜ!アルス!みんな!」

「うん、キーファ!」

 

 先導するキーファに頷いて、アルスが続く。それにボクも続こうとして、足を止めて振り返った。

 

「シドー?どうしたんだい?」

 

 最後尾にいたシドーは黙って立ち止まっていた。耳がぴくりと動いているのは、夜風に吹かれたから?

 

「……いや?何でもない」

「そうかい?」

「ああ。行こうぜ、クリエ」

 

 シドーは何も言わずにボクの背を押して促したので、ボクも何も言わずに歩き出した。フィッシュベルの門が遠く離れていく。

 島の中央に行くにつれて鬱蒼とした森が広がっているため、歩みを進めるたび、木々が月明かりを遮って視界がどんどん暗くなっていく。ざわざわと風で葉がざわめく音。時々鳴く鳥と虫の声。昼の姿とはまったく違う、まるで異世界へと身を投じているような、そんな気持ちになる。

 みんなも同じ気持ちだったのだろうか。それとも、遺跡に待ち受ける何らかに期待しているのだろうか。緊張しているのだろうか。恐れているのだろうか。ーー何も喋らず、黙々と歩き続けた。

 

 そうして辿り着いた謎の遺跡。キーファは賢者の像の前に立ち、その顔を振り仰いだ。

 

「さて、いよいよだな……。心の準備はいいか、みんな!」

 

 うん、ああ、とそれぞれに応えたのに頷いて、キーファはキッと賢者の像を強く見据えた。

 

「この遺跡には、絶対になにかある!!それはずっと感じてた。たとえこの先にどんな苦難が待ち受けていても、オレは必ず乗りこえる!!」

 

 キーファは隣に視線をやった。その青い目に相棒の姿を映して、ニカッと笑った。嬉しそうに。隣にいることを、疑いもしないような表情で。

 

「アルス、お前も一緒だ。とことんオレにつきあってくれるよな?」

「……うん、僕も行くよキーファ。一緒に!」

 

 互いが一緒にいることを、疑いもしないほどの、信頼。それらがキーファとアルスという2人を繋いでいるのがわかった。……でもそれ、キミたちだけじゃないんだよなあ!

 

「ボクとシドーも忘れないでほしいなあ!」

 

 くるりと振り返る。赤い目と目が合う。ボクはにんまりと笑ってシドーの手を取り、引き寄せた。

 

「ボクらも一緒だ、どこまでも行こう!な、シドー!」

「ハッハッハ!オマエはこんな時も変わらないな」

 

 面白そうに笑い声を上げて、シドーはボクを見た。そっと、やわらかに、双眸を細めて。

 

「……ああ、そうだな、クリエ」

 

 そう言ってボクの手を握り返すその力は、なんというか、壊れ物を扱うような優しさだったけれど、それでも握り返してくれたことには違いない。

 嬉しくなって笑ったボクらを見て、気合い十分と受け取ったのか、キーファは気合いを入れ直して像を見上げた。

 

「じいさんが言ったように、本当に心の輝きで、道が開けるなら……俺たちに、その資格があるならば……」

 

 すう、と、緊張とともに息を吸い込む。

 

「ーーどうか俺たちを受け入れてくれ!!俺たちに、新たな道を開いてくれ!!」

 

 そうして夜空にキーファの願いが響き渡った。アルスは祈りを捧げるように指を組んでいる。ボクとシドーは、手を繋いで前を見据えていた。

 そんなボクらの熱意が、灯ったのかもしれない。

 

「な、なんだっ!?いったい何が起こるんだっ!?」

 

 杖の先に光が煌めいたかと思えば、その賢者の像がズズズと回転し始めた。遺跡の壁を見ていたその視線は反転し、何をやっても開かなかった扉の方に向く。そして、ーー杖の光が夜闇を切り裂き進み、扉にぶち当たり、ーー開かずの扉が、ゆっくりと、開かれる。

 

「すごい!すごいぞ!!どうやっても開かなかった扉はこんな仕掛けになっていたんだ! 」

「すごい、本当に……!あの古文書の通りだ!」

 

 歓声を上げて、アルスとキーファは扉の方へ駆けて行った。ボクも駆け出したいのはやまやまなんだけれど!……気になることが、あった。

 

「……本当に、“気持ち”で仕掛けが動いた……?」

「クリエ?」

「ボクが見てきた……ボクが作れる仕掛けは、“仕掛け”だ。マグネ鉱石や魔力の水晶みたいに……魔法の力を使っていても、ちゃんと仕組みがある。それなのに、……」

 

 賢者の像をなぞる。ボクの疑問などどこ吹く風とばかりに、相変わらずの静かな表情で佇むばかりだ。役目を終えたらしい杖の光も、今は掻き消えている。

 ……起動するのが“気持ち”、だなんて……。

 

「……こんなもの、どうやったら作れるんだ」

 

 ーーなんの力(・・・・)が、この遺跡に関わっている?

 

「おーいクリエ、シドー!何やってんだよ!!お前らも早く来いよ!! 」

 

 大声で我に返る。顔を上げれば、遺跡の入り口でキーファがボクらに向かって大きく手を振っている。

 

「とりあえず、行こうぜ、クリエ」

「……そうだな!」

 

 シドーと共に扉へと向かう。キーファは興奮冷めやらずといった様子で、グッと拳を握っていた。

 

「アルス!俺たちついにやったんだよな!! く~~っ!!この奥に何があるのか楽しみだぜ!! 」

「本当だね……!一体何が待ってるんだろう!」

 

「それを今から解き明かしに行くんだ!さあ行こうぜ、新しい冒険のはじまりだ!!」

 

「……その前に、少しいいか?」

 

 今にも駆け出しそうな2人に「待った」を掛けたのはシドーだった。なんだよ、と不満を隠しもしないキーファから、視線をちらり、他所に移す。

 

「ここからは未知の遺跡だからな。何があるかわからん以上、ひとりで行動するのは危険だ」

「う、うん……?」

「?一体何を言ってるんだよ」

「シドー?」

 

 どうしたんだい、と問い掛けたボクらに視線を合わさず、彼は後方の遺跡の壁を見ている。

 

「オマエたちにはわからなくても、オマエ(・・・)ならわかるだろ?……さっさと姿を見せたらどうだ。

 まあ……遺跡で何が起きても自己責任というなら、止めはしないが」

「!遺跡といえばアレだな!2つ並んだ宝箱、その前に転がるしかばね、蓋を開けた途端襲いかかってくるひとくい箱、ぼろぼろに朽ち果てた床を踏み抜いて落っこちた先で襲いかかってくるガイコツの群れ、動くうごかない石像、何故か宝箱に入っていたカツレツ、それにそれに、」

 

「あああもう!もうっ!わかったわよ!!!」

 

 遺跡あるあるを口にしていたら、聞き覚えのある声が夜気を震わせた。シドーが見つめていた遺跡の壁から、ひょこりと橙色がのぞく。癖のある長いオレンジブロンドに、小さな形のいい頭をすっぽり覆う頭巾。それに何より、こちらをキッと睨むつり目が可愛いーー

 

「わあ、マリベルだ!どうしてこんなところにいるんだい?」

「あんたがワケわかんないけど怖いことばっか言うからでしょ!?」

 

 現れたのはマリベルだった。マリベルは怒ってそんなこと言うけど、単なる遺跡あるある……あるかな?を言っていただけなのになぁ。

 それに、マリベルの発言には矛盾がある。それはボクだけじゃなくみんな思っていたらしい。アルスがおずおずと、それを口にした。

 

「でもマリベル、クリエのそれは、君がここにいる理由にはならないよ?……本当に、どうしてこんな夜に、君がここにいるの?」

「なによ、アルスのくせに生意気ね」

 

 マリベルは肩に掛かった髪を片手で払う。ふわりとオレンジブロンドが靡いた。

 

「べつにどうということはないわ。近頃ずっとあんたたちが走り回って何かをしていたことなんて、あたしにはお見通しだったってだけよ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてそう言ってのけたマリベルは、次いでアルスに視線を合わせた。その目がじろりと半眼になる。

 

「ねえ?ひどいじゃないのアルス!こんな面白そうなことをあたしに教えてくれないなんて!!」

「ひ、ひどいって、そんなつもりは、」

「とにかくあたしも一緒に行くわ!いいでしょ、アルス?」

「急にそんなこと言われても……」

「……なによ、なんでよ、どうしてポッと出のクリエはよくて、あたしはダメなのよ!」

 

「……ははあ、なるほどなあ」

 

 なんでマリベルがボクに対して塩対応だったのかわかった。そりゃあ、自分を差し置いて出会ったばかりのボクがずっと傍にいたのだから、ツンケンするのも無理はない。わかるわかる。……わかるのだけど、アルスはそうではなかった。きょとんと目を瞬かせている。

 

「え?どうしてそこでクリエが出てくるの?」

 

 おっとその発言はいただけないぞアルス。ほらマリベルがもどかしそうに唇を噛んじゃったじゃないか!仕方ないなあとひとりごちて、ボクはみんなを見渡した。

 

「なあアルス、キーファ。おまけのボクだって着いて来てるんだ、そこにマリベルがいたって何の問題もないだろう?」

「問題は、そりゃないけど」

「なら決まりだな!」

 

 有無を言わせる前に、マリベルに向かって手を差し伸べる。

 

「一緒に行こう、マリベル!一緒ならきっと楽しいよ!」

「……っ、あんたってやつは、もう……っ」

 

 マリベルの白い頬に赤みが差した。眉はつり上がっている。まあボクに庇われるようなのはお気に召さないだろうなあとわかっていたから、この反応は当然のこととして受け止めた。

 だけどマリベルは、ボクの隣を通りすぎる時、小声で言ったのだ。

 

「“ありがとう”、なんて、言わないからね!」

 

「……ふふ、ほんっと、かーわいいなあ!」

「あんまり下手に構いすぎるとよくないんじゃないか?」

「シドーはやっぱり、マリベルのこと野生のネコかなんかだと思ってるよな」

 

 まあ気まぐれで気高くて毛を逆立てて威嚇してそうなところはネコそのものだけれど、とボクも笑って。

 

「さあ気を取り直して、遺跡の中を探検してみようぜ! 」

 

 そんなキーファの言葉に、ボクらは揃って遺跡へ足を踏み入れた。石を削って組まれた遺跡。その床には、なんらかの古代文字が刻まれていた。

 

「なんか書いてあるけど……読めないよなあ」

「なあにこれ、ラクガキ?」

「ラクガキじゃなくて、古代文字だって!」

 

 やんややんや言い合うキーファとマリベル。その隣でアルスがしゃがみこむのが見えた。黒い目が、じっとその文字を追う。その右手の甲がーー青く、光を放った。

 

「「……え?」」

 

 ボクの疑問の声と、アルスの声が重なった。思わず顔を見合わせる。

 

「今、アルスのその右手の甲、光ってなかったかい?」

「光っ……!?え、そんなことになってたの!?」

「うん、……うん?気づいてなかったのか?じゃあアルスは何に驚いていたんだ?」

「それは……」

 

 戸惑ったようにアルスが言うには、なんと、アルスには床に刻まれた古代文字が読み取れたらしい。曰くーー

 

“遺跡がひらかれし時 伝説は ふたたび語られん。”

“並び立つ聖者たちは 遺跡を守り また 復活への道を示すであろう。”

“心の目を研ぎ澄まし 示された言葉の真実を 解き明かすべし。”

“ただ闇雲に進もうとも ゆく道はひらけない。”

 

 ーーということらしい。

 

「アルスお前、古代文字が読めるのか!?王子の俺だって読めないのに、不思議なやつだなあ」

「キーファに王子としての教養なんて皆無でしょ。でも……あんたのその手の甲のアザ、不思議よね。生まれた時からあったんでしょ?」

「う、うん……」

 

 頷くアルスの手の甲には、確かに不思議な形のアザがあった。……なんだろう、何かの模様を半分にしたような、そんな……。

 

「まあ、読めるのは便利だよな!これからも頼むぜ、アルス!」

「……うん!任せてよ、キーファ!」

 

 わからないことをあれこれ考えても仕方ないと、明るく笑ったキーファとアルスに続いて、ボクらは地下へ通じる長い梯子を降りていった。

 ごつごつとした岩肌が剥き出しになった洞窟や、人工であろう遺跡の廊下を抜けると、開けた場所に出た。あの地下にこんな大きな空洞が空いていたなんて、夢にも思わなかった。それほどに広く、深く、底知れない闇が広がっている。奈落に掛かる吊り橋を渡った先にある石碑には、こんな言葉が記されていた。

 

“我、炎の番人なり。炎消えるとも、我再びこれを灯さん。我が守りしは兜なりき。”

 

「なんだあ?これ」

「これは……」

「クリエ?なにか思い当たることがあるの?」

「うん、……うーむ、」

「なによ、煮え切らないわね」

「まだ確証がないから、先に進もう」

 

 マリベルらにそう答えて、ボクは先へ進んだ。そこは十字架の形になった部屋で、中央には大きな燭台が煌々と燃えている。そしてそれを囲むように、燭台を抱えた像が4体佇んでいた。

 

「“我、炎の番人なり。炎消えるとも、我再びこれを灯さん。”……か」 

 

 あの言葉が、これらのことを指し示しているのならば、試してみなければ。そう思いボクは乾きの壷を喚び出して、中央の炎に向かって水を注いだ。ざぱっ、と流れ出る水によって、炎が一瞬にして掻き消える。

 

「ちょ……っ!?あんたなにしてんのよ!」

「クリエ!?」

 

 ボクの行動にびっくりしたらしいマリベルたちだったけれど、その驚きはすぐに別のものにすり変わった。中央の燭台が消えた途端、ボクと反対方向にあった像が動き、中央の燭台に火を灯したのだ。その像はゆっくりと時間を掛けながら、元の場所へ戻っていく。

 

「やっぱり、石碑の言葉は“ヒント”なんだ」

「“ヒント”?……何のために?」

「……この遺跡の謎を解くため、だろうね」

 

 ボクの思い浮かべる遺跡というのには、謎解きがつきものだ。それは遺跡に奉じた大切なものを外敵から守るためでもあるし、遺跡に挑む者たちを試す意味合いもある。

 

「……この遺跡をつくったものは、“相応しい者”に道を示すだけでなく、謎が解けるか試しているってことか?」

「うん、シドー。ボクはそう思う」

 

 来るもの全てを拒むならば、もっとどうしようもない仕掛けを施しているだろう。ヒントなんてわざわざ用意しないだろう。この遺跡をつくったものは、ボクらの頭のひらめきを、謎に頭を悩ませる根気を、いろいろ試してみる気概を、未知を拓く勇気を、試しているのだろう。

 事実、この部屋の他にもさまざまな仕掛けと謎解きがあった。ボクらの重さと天秤の傾きを利用した仕掛けに、真実を見極めるというライオンを模した彫像。無限かと思われる暗闇の中の迷路。水を操る水晶を動かし、水路を変化させるーーそうした謎を突破していく中で、ボクらは地下深くにある部屋で、とある壁画を見た。

 

「うわ、なんだか不気味だな」

「薄気味悪いわね……」

 

 そんな呟きを耳が拾う。それもそのはずだ、ボクらが辿り着いた地下深くのこの小部屋。壁一面に描かれていたのは、ーー魔物と人の戦いの様子だったから。

 マーマンやかまいたち、フレイムやゴーレムといった魔物たちに、墓場。武器を持つ人に、……物言わぬしかばね。人々が魔物に襲われ、抵抗むなしく倒れていく。そんな様が描かれていた。

 

「ーー、」

「?シドー、どうし、……」

 

 ある一点を見つめて固まったシドーに、ボクは彼の視線を追った。そうして、同じように言葉を失くす。

 壁画に、ある魔物が描かれていた。その身体は鱗に覆われ、蛇腹が覗き、ドラゴンのようでいてそうではなかった。背中に生えた羽根は蝙蝠、……ひいては悪魔の羽根のように見える。ぐわっと剥き出しにされた歯は、鋭さと獰猛さを感じさせた。その名も知らぬ魔物が、人を、建物を、すべてを壊してくーー

 

(……どうして?)

 

 なぜ、こんなにも胸がざわめくのだろう?

 

「……、シドー」

「?ああ、クリエ。なんだ?」

「“なんだ”はこちらの台詞だよ!……本当に、どうしたんだい?」

 

 シドーはつ、と目を細めた。まるで微笑むかのように、目を細めてみせた。

 

「何でもない、気にするな、クリエ」

 

「……そうか。じゃあ、なにかあったら言ってくれ!」

「ああ、わかった。そうする」

 

 シドーが頷いて、そこで、その話は終わりだった。

 それからボクらは変化した水路を抜け、魔物の石板を動かし、筏に乗って、さまざまな武具を見つけ出した。はじめの炎の間で手に入れた兜と合わせて、これで4つとなる。

 

「これで、全部集まったかな」

 

 滝が流れ落ちる広間で、ボクらは集めた武具と情報を重ね合わせていた。目の前には“第一の聖者”、“第二の聖者”、“第三の聖者”、“第四の聖者”と銘打たれた像が並んでいる。

 “聖者の兜”に、“聖者の剣”。“聖者の盾”、“聖者の鎧”ーー遺跡内で見つけた4つの武具を、4人の聖者に正しく捧げよと、石碑には記されていた。

 

“第1の聖者は大地を司る者。それは遥かなる時であり、生きとし生けるものであり、大地そのものである。

またその身を覆い尽くす鎧こそがまた大いなる大地とならん。”

 

“第2の聖者は風を司る者。風は時として真空の刃。己自身を傷つけることもあろう。その身を守るべくその手に掲げる物は何ぞや?”

 

“第3の聖者は炎を司る者。炎の聖者が怒りに燃えるとき、湧き上がる魂の炎は何者にも抑えることはできぬ。神たる理性で怒りを抑えよ。その頭上を飾るべきは聖なる勇気の守りなり。”

 

“第4の聖者は水を司る者。水は全ての命の源、険しい滝は我らの力となり邪悪な魂をなぎ払う。真に強きは怒りか?愛か?その答えはおそらく聖なる剣が示すその先にある。”

 

「第1の聖者は大地、“鎧”っていってるし、これだろうな」

 

 キーファが聖者の鎧を第一の聖者に纏わせた。

 

「第2の聖者は、風、か」

「身を守るために手に掲げるといったら、盾だね」

 

 ボクとシドーが聖者の左手に盾を添えた。

 

「第3の聖者は炎……頭上を飾るものといえば、これかしら」

 

 よいしょ、とマリベルが重そうにしながらも、聖者の頭に兜を乗せた。

 

「第4の聖者は、水ーー聖なる剣を、ここに」

 

 アルスが、聖者の右手に剣を握らせた。

 すべての武具がすべての聖者に行き渡ったその瞬間、ガゴン、と重い錠が外れる音が響いた。ボクらは目を見合わせて、頷き、共に音の方へと向かう。今まで固く閉ざされていた扉は、アルスの手によってゆっくりと開かれた。

 暗く狭い廊下を進むと、開けた場所に出た。その広場には九つの大きな燭台があり、赤と青、それぞれの色の炎を灯す松明に、巨大な2対の像。それに守られるように佇む遺跡の扉があった。2対の像が指し示すビジョンには、正しい火の在処が示されている。それに従って赤と青の炎を燭台に灯していくにつれて、不思議な力が満ちていくのを感じていた。

 

(……ただの、炎じゃない)

 

 それは暗闇を照らすような、まだ見ぬ未知を拓くような、世界の境を、繋げるようなーーそんな炎。

 それがすべての正しき燭台に灯った瞬間、見計らったかのように夜の闇が晴れていった。新しい朝日に洗われて、古びた遺跡の扉が、軋みながらも、開かれていく。

 

「おお!また新しい遺跡に入れるぞ!行くぞアルス!」

「わわっ、待ってよキーファ!」

「ちょっと、置いてかないでよね!」

 

 遺跡内部に入ると、そこは今までとは違うーー今まで以上に整えられた、荘厳な雰囲気があった。緋絨毯を歩んだ先にはあった大きな石碑には、このような言葉が記されていた。

 

“失われし世界の姿を求めし者よ。

世界は四つの源に分かれ、その姿を今に残す。

あるべきものはあるべきところへ。

世界は真の姿をあらわす。”

 

「……失われし、世界?どういうことだ?」

「“世界は真の姿を表す”……意味深だな」

「……この石碑の言葉をそのまま信じるのならば、」

 

 今のこの世界は、本来の姿をしていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)ーーということだ。

 

「おおい、シドー、クリエ!こっちに来てくれ!!」

 

 揃って頭を悩ませていたボクらは、キーファの呼び声に足を進めた。石碑に向かって右側の部屋には、青い台座が4つ置かれていた。なんだろう、と思うも、キーファたちの姿はここにはない。ボクらが先へ進むと、そこは先ほどと似ているけれど、色が違うーー黄色の台座が5つ置かれた部屋だった。

 

「こっちだ、こっち!」

「クリエ、シドー、これを見てくれるかな?」

「これ?……って……」

 

 アルスたちが指し示したのは、ある台座だった。そこには黄色の石板がひとつ嵌め込まれている。石板にはうっすらと影が……なにかの模様が描かれているのがわかった。そして、その石板と同じものを、アルスとキーファが1つずつ持っていた。

 

「この石板、この遺跡で見つけたんだ」

「大きさとか、模様とか、この台座のものに合ってそうだから、試しに嵌め込んでみようと思って」

「そうなんだ!なにが起こるのかなあ」

 

 わくわくしながら2人が石板を嵌め込んでいくのを見守る。けれども今持ってた石板を全部嵌めても、なにかが欠けているような気がした。ちょうどあと1枚、足りない、ようなーー

 

「ーーあっ!!」

 

「!?ちょっ……うるさいわね、なんなのよ!」

 

 いきなり大声を上げたボクに、マリベルが片眉を吊り上げる。いや苛立つのも仕方ないよねわかるよ!でも今は声が上擦って止められない!

 

「忘れてた!!なあシドー、ボクら、この島に流れ着いた時に砂浜で黄色っぽい石板拾ったよな!?」

「!確かに……!」

 

 ハッと目を見開いたシドーに確信を得て、ボクは袋を漁った。溜め込んだ木材や石材、砂浜ブロックの底に、それはあった。ーー少し薄汚れた、黄色の石板。

 

「……まさか、こんな展開で全部揃うなんて……運命なんじゃないか!?」

 

 キーファが興奮を隠しきれない様子で声を弾ませる。その隣でアルスも、マリベルも、好奇心で目を輝かせている。今まで固く閉ざされていた遺跡の扉。数々の謎を解き明かして辿り着いた、意味深な台座の間ーーそこに対応した石板を嵌め込む。そこになんらかの意味や展開を期待してしまうのは、仕方ないだろう。

 

「じゃあ、……嵌めるよ」

 

 “あるべきものは、あるべきところへ。”

 “世界は真の姿をあらわす。”

 先ほどの石碑の言葉が頭によぎったのと、カコン、と石板が綺麗に収まるのと、それ(・・)は同時だった。

 

「っ!?」

「な、なんだあ、この光は!!?」

 

 揃った石板から光が溢れた。青、蒼、碧ーーさまざまな“あお”が渦を巻いて、ボクたちを呑み込む。 

 

「う、わああああ!!?」

 

 ぶわりと身を包む浮遊感と同時に、ボクらの意識は闇に途絶えたのだった。

 

 

第6話 「遺跡の謎解きはワクワクしちゃうな!」

 

 


 

 切りどころがわからなくてこんなに長くなってしまった……!読みづらくて大変申し訳ないです。こんなところまで読んでいただいた方に感謝の念が絶えません。

 次回からはいよいよ!ウッドパルナ編です!ドラクエ7のあの何ともいえない鬱くしい世界観をプレイヤーに叩きつけたあの世界で、クリエとシドーは何を思い、どう行動するのか。筆者も書くのが楽しみです。もしまた読んでいただければ幸いです。



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英雄のいた森
第7話 「油をぎゅっ!ぎゅぽっと!」


 

 目蓋の裏まで染め上げるような、圧倒的な“あお”の光に呑まれて、ぎゅっと目を瞑ったーーそうして再び目を開けたボクの前に広がっていたのは、暗い空に、それを覆い隠さんばかりの鬱蒼とした木々だった。

 

「ーーえ?」

 

 呆けた息が口からこぼれる。そうして気づく。ーー空気が重い(・・・・・)。微かな呼吸さえ咎めるような重苦しい気配に、びくりと身体が強張った。

 

「ッ!」

 

 そんなボクの隣で、シドーが身体を跳ね起こした。さっきまでボクと同じく地面に転がっていたのに、瞬きの合間に既に棍棒を構えて周囲を警戒している。赤い目が辺りを注意深く見渡しーーボクを見つけて、少しやわらいだ。

 

「クリエ、怪我はないな?」

「ん、大丈夫だ!シドーも?」

「ああ」

 

 差し出された手を取り、ボクも身体を起こす。スカートについた土や葉っぱなどを払い落としながら、改めて周囲の様子を窺った。

 暗い森だ。それは木々が陽の光を遮っているからとか、今が夜だからとか、そんな理由ではない気がした。もっと根本から、この森は、空は、闇に包まれている。光が届かないからかどこかじめっとした森の空気は、明らかにエスタード島とのそれと違う。植生も、地形も、雰囲気も、何もかもーー。

 

「……ここは……」

 

 どこなんだ?と疑問を口にするより早く、ボクらの隣で倒れていたアルスたちが身動ぎした。

 

「あいたたた……」

 

 頭を抱えながら起き上がったキーファは、きょろきょろと辺りを見渡した。鈍痛のせいか眉間に皺が寄っていたが、同じくよろよろと起き上がったアルスやマリベルに目を留める。

 

「……なんだったんだ?今のは……アルス、マリベルも、大丈夫か?」

「う、うん。僕は平気だけど……」

「大丈夫なわけないでしょ!なんだったのよ今のはっ!? 」

 

 おずおずと頷くアルスも、フシャー!と怒りの声を上げるマリベルも、みんなこの事態に混乱しているようだ。もちろん、腕を組んで首を捻るキーファもだ。

 

「さあ……?あの神殿にいて、何かが起こったのは確かだけど。……そういえば見たことのない場所だな。島にこんな所があったのか?」

「……キーファも、知らない場所なのか?アルスたちも?」

「うん……エスタード島にこんなところ、なかったと思うんだけど」

「……そうか」

 

 なるほど、と頷く。島中を探検して駆け回っていた2人が知らないというのなら、ここはーー

 

「なに言ってんのよ。あったに決まってるじゃない。現にこうしてあるんだし!」

 

 マリベルがフンと鼻を鳴らす。思考を中断したボクは彼女を見た。ボクらの視線を気にした様子もなく、彼女は辺りを見渡してぷんすか怒っている。

 

「……にしても、どうしてここってこんなに空が暗いのよっ!?それでなくても気分悪いのに、もうホントにサイテーな気分だわ」

「マリベル、」

「なによクリエ。っもう、あたしは家に帰るからね!」

 

 つん、と唇を尖らせて、マリベルはオレンジブロンドの髪をふわり、風に靡かせた。

 

「アルス、キーファ。クリエにシドー。遊んでくれてありがと、つまらなかったわ。じゃあね」

 

 素っ気ない声色。可愛くない台詞。

 それは通常運転でもあるけれど、それだけじゃない。……強がりでもあるんだと、ボクは思った。

 

「さて……俺たちもいつまでもここにいても仕方な……クリエ?」

「ごめん!先行く!」

 

 きっと、お節介だって怒るだろうな。わかってるけど、それでも今マリベルをひとりにするのはいけない気がして、ボクはあの頭巾頭を追って走り出した。わけのわからない状況にーーマリベルは信じようとしてなかったけれどーーどこなのかわからない場所、それに、

 

(……この気配は、)

 

 ぼんやりとだけど、覚えがある。ぎゅうと拳を握り締めて、湿った地面を蹴って、ボクはマリベルに追い付いた。案の定マリベルは眉を吊り上げたけれど、この右手を離す気はない。

 

「なっ、なんの用よ、クリエ!」

「あはは、やっぱり怒っちゃったな!」

「~~っ、じゃあさっさと離してくれるかしら!?」

「ごめんね、それはできなーー」

 

 話をしていたボクらの耳に、ガサッ、と草むらが揺れる音が届いた。それからーー何かしら、とマリベルが草むらを覗き込もうとしたのと、ボクが彼女を抱き締めるようにそれを止めたのと、魔物ーースライムが飛び出てきたのは同時だった。

 

「!?きゃあああッ!!?」

 

「マリベル!」

 

 悲鳴を上げる彼女を腕の中に庇い込んで、襲い来る衝撃に備えた。けれどいくら待っても背中に痛みはやって来ず、そればかりか、ピギー!とひび割れたスライムの悲鳴が聞こえて、ボクは驚いて目を開けた。

 背後を振り返る。そこには、棍棒を携えた相棒の背中があった。

 

「シドー!!」

 

 庇ってくれた。助けてくれたのだと、安堵と歓喜で声が輝く。そんなボクにちらと視線をやって目だけで微笑んだシドーは、すぐまたスライムと対峙した。スライムはざっと10匹ほどいて、全員がボクらを襲おうと身体を震わせている。……いつもは可愛く感じるその笑顔が、なんだか無機質なそれに見えて、ボクはぎゅっと握り拳をつくった。

 

「マリベル!みんな、大丈夫!?」

「アルス!」

「なっ……なんなんだ!?このヘンな生き物はあ!」

 

 マリベルの悲鳴に駆けつけたアルスとキーファ、そしてマリベルにとっては初めて目にする魔物なんだろう。その困惑と驚き加減でわかってしまう。比較的慣れてるボクが対処しなければならないだろう。

 守らなければいけない子が3人、相対する魔物は10匹ーーだなんて、状況は最悪そうではあるが、まったくもって問題ない。だって!

 

(だってシドーが、いてくれる!)

 

 それだけで恐怖が消えていく。勇気が湧いてくるのは、何でなんだろう?わけもわからないのに、妙な確信が胸にある。ボクは袋から以前作っていたひのきのぼうを取り出し、シドーの隣に並んだ。

 瞬間、飛び掛かってきたスライムたちに向かってそれぞれの得物を振るう。

 

「ハアアッ!」

「せっ、やあっ!」

 

 ぶおん、とフルスイングされた棍棒が一気に5匹のスライムを薙ぎ倒した。こぼれ落ちた1、2匹はボクが相手取る。スライムの身体はぷにょんと柔らかく、衝撃を逃がしてしまう。だからボクは3発攻撃してやっと倒せるといった有り様なのだけれど、シドーはたった一撃で次々とスライムを伸していった。

 

「シドー!さっすが!」

「ああ、魔物の相手は任せておけ。オマエは、……油でも採取しとくか?」

「!お言葉に甘えさせてもらうよ!」

 

 スライムのぷにょんとした身体の中には油が詰まっている。倒されて染み出たその油を瓶に詰めていった。この油は火種にも食用にも使えるから便利なんだよな!とほくほくしながら素材を集める。

 

「……ホントにクリエ、お前……緊張感を壊す天才だな……」

「ええ、なんでだいキーファ!失敬な!」

 

 ぎゅっとしてぎゅぽっと油を集めて回るボク。なんら可笑しなことをしているつもりはないけど、うーん、まあ、若干?殺伐とした雰囲気が散ってしまったのは否めないかな?

 そんなこんなでシドーが最後の1匹を倒し終わり、ボクもきゅっと蓋を閉めた。揃ってアルスたちの元へ戻ると、彼らは戸惑うように瞳を揺らしている。

 

「な……なんだったんだ、こいつら?」

 

 突然の魔物の襲撃。シドーの比類なき強さ。ボクの素材集め。急に目の前で起きた出来事に、はじめに混乱から帰ってきたのはキーファだった。彼は口の端をひきつらせつつ、それでもやっぱり魔物が気になるのかスライムがいた場所を指差していた。そんな彼にマリベルが続く。

 

「な、なんなのよ!ここは!どうして魔物なんかいるのよ!」

 

 悲鳴じみた声には、信じられないという響きに彩られていた。ぶんぶんと、拒否するように首を横に振っている。

 

「……魔物?今のが、魔物なの?」

「じゃなかったら今のうす気味わるい生き物はなんだっていうのよ!? 」

「魔物……」

 

 恐怖。驚愕。焦燥。混乱。そんなマリベルの表情とは裏腹に、ぽつりと呟いたアルスとキーファの顔は驚きから変わっていった。頬が赤く染まり、目がきらきらと星のようにーー輝いた。

 

「お、おい!アルス!見たよな!本物の魔物を!!」

「うん……!まるでおとぎ話みたいだけど、本当に魔物っていたんだね!」

「……クウ~ッ!なんだか知らないけど、ワクワクしてきたぜ!」

 

「……なあクリエ、こいつらの反応おかしくないか?」

「うーん、否定できないな!」

 

 今まで魔物のいない島で平和に暮らしていたはずで、今さっき、その魔物に襲われたというのに、恐怖や戸惑いよりも未知への喜びと好奇心が勝るなんて。なかなかにクレイジーだと言わざるをえない。

 

「バカッ!どうしてこんなときにあんたたちは喜んでんのよっ!」

 

 そうそう、マリベルの反応の方がよっぽどまともだ。今は怒りが勝って強がりを維持できているけれど、その目が、眉が、恐怖でゆらゆら揺れているのがわかる。

 そこから涙がこぼれるのは見たくないなあ、と。それなら可愛く怒っててほしいなあ、と。そう願うボクだから、やることはひとつだ。にこっと笑ってマリベルの肩を叩く。

 

「大丈夫さ!スライムごときシドーの敵じゃないし!」

「……、なに他力本願なこと胸張って言ってんのよ」

「あはは、ごもっとも!でもボクだって、そりゃあシドーと比べたらありんこみたいな戦闘力だけど、キミを守ることはできるよ」

 

 とん、と、華奢な背中を優しく叩く。

 

「大丈夫。必ず無事に帰すから、心配いらないさ」

 

 そう言った途端、きゅっとマリベルは口許をきつく結んだ。白い頬は少しだけ赤くなっている。

 

「~~ッ、とにかく!あたしはいつまでもこんな所にいたくないわ。さっさとあたしを連れて家に帰るのよ!いいわね!」

「はーい、了解!」

 

 暗い森に、マリベルのツンデレと、ボクの能天気な声と、アルスとキーファの苦笑と、シドーの「仕方ないな」と言いたげなため息が響いた。

 

 

 

 

 それから、とりあえず森を抜けようとしばらく歩いていたボクたちの前に、人影が現れた。その人影もまたボクたちの気配に気づいたのか、ハッとしてこちらを振り返る。がちゃり、と金属が擦れる音がした。

 

「誰っ!?」

 

 まず印象的だったのは、その豊かな金髪だった。ふわりとした巻き毛が動きに合わせて翻る様は、薄暗い森を照らすかのようだった。ビキニアーマーを纏い腰に剣を提げたその姿を見ていると、美しく勇ましき女戦士、という言葉が頭に浮かんだけれど、浮かぶ表情はどこか儚げだった。

 

「あなたたちは、……誰?」

 

 ボクらに敵意がないとわかったのか、女性は剣の柄から手を離した。それを見てキーファが一歩進み出る。

 

「驚かせてしまってすいません。ボクたちはあやしい者じゃありません。

 ボクの名前はキーファ。グランエスタードの王子です」

 

「おお、“ボク”って言ったな」

「うさんくさいわね」

「いやマリベルそれ言っちゃ悪いよ!確かに違和感ものすごいけどさ!」

「ちょ、ちょっとみんな、」

 

「おいお前らうるさいぞ!」

 

 やいのやいの言っていたボクらに、怒るキーファ。わいわいがやがやうるさかったから、危うく女性の呟きを聞き逃すところだった。

 

「……エスタード?まさか……」

 

「ーー?」

 

 なにが、“まさか”なのか。問い掛けようとしたのだけれど、それより早くキーファが口を開いた。

 

「ああ、それと、ここにいるうるさいのはアルスとマリベル。クリエにシドー。ボクの仲間たちです」

「うるさいって失礼ね。……コホン、それはそうと、この辺りはずいぶんと空が暗いのね。えっと……」

「……申し遅れました。私の名前はマチルダです」

「マチルダさん?マチルダさんはこんな暗い所で草むしりでもしていたの?」

 

 マチルダさんと名乗った女性の手には雑草が握られていた。マリベルの問い掛けに対し、彼女はその草をそっと撫でるように抱える。

 

「いえ……この草は、そこにある墓に供えようと摘んでいたものです」

「お墓に供える……って、ねえ、それって雑草じゃない?雑草をわざわざお墓に植えなおすの?」

「この草は花の代わりです。見てのとおりこの辺りには花が咲かないのです」

「……、花が、咲かない?」

「ええ、なので……せめて雑草でもと思って……」

 

 確かにこの森を歩いている間、どこにも花は見当たらなかった。こんなにも草木に溢れているというのに、だ。

 

(花は、命を未来へ繋げるために咲くものだ)

 

 それが、一切咲かないというのは、やはりーー

 

「あ、そうだ!花ならあるわよ!……って、種だけど」

 

 ボクの思考を止めたのはマリベルの明るい声だった。彼女はごそごそとスカートのポケットを探って、小さな包みを取り出す。

 

「花の……種……」

「グランエスタードの森で拾ったの。家の周りにでも撒こうかと思って」

「……すみません。もしよければその種を、少し分けていただけませんか」

「もちろん!全部あげるよ!」

「……!ありがとうございます!早速撒いてみますわ」

 

 これまで悲しげだったマチルダさんの顔と声が輝いた。ふわりと嬉しそうに微笑んだ彼女は、マリベルから受け取った種を墓の周りに撒いていく。そっと、土を撫でる手が優しかった。

 それを見守りながら、ボクはマリベルに耳打ちした。こそり、笑みを送る。

 

「ふふ!やっぱり優しいな、マリベルは」

「う、うるさいわね……」

 

 ボクには相変わらずツンケンしてるけれど、マチルダさんに種を渡せて、ありがとうと言われて、その頬がやわらかく綻んでいた。……うん、やっぱり、その優しさはマチルダさんにも伝わっているんだろう。戻ってきたマチルダさんの表情は穏やかだった。

 

「これで死んだ者のたましいも少しは癒されましょう」

 

 墓は手入れがあまりされていないのか、時が経ちすぎているのか、そこに刻まれた名は掠れていて読み取れなかった。それでもこうして冥福を祈る人がいるのだから、きっと名も知らぬこの人も浮かばれるはずだ。

 ボクは墓の前に跪き、指を組んで祈りの言葉を呟いた。アルスやキーファ、マリベルも同じようにして祈りを捧げる。シドーは少し戸惑うように沈黙していたけれど、しばらくしてからボクの隣で静かに目を閉じた。

 そんなボクらを見て、マチルダさんは静かに目を伏せ「ありがとうございます」と言った。顔を上げた彼女は、ゆっくり目を瞬かせて首を傾げる。

 

「ところで……あなたがたはこれからどこに向かうおつもりでしたか?」

「ん~……どこって言うか、とりあえずそれぞれの家の方に戻りたいと思うんですけど……」

「……申し上げにくいのですが、」

 

 ーー今すぐにあなたがたの住む場所に戻ることはできませんわ。

 

「……え?」

「おい、それってどういう……」

 

 ボクの疑問とシドーの訝しみを無言でかわして、マチルダさんはマリベルたちに向き直った。

 

「ですが……この森を抜けた先にある村なら、あなたがたの休める場所もありましょう。種をいただいたお礼に、その村に着くまで、あなたがたのおともをいたしますわ」

 

 剣の柄に手を置き、微笑む。その姿は美しかった。その剣が使い込まれている様子から、手練れの女戦士なのだとわかる。そんな彼女が守ると言ってくれているのだから、安心するべきなのだろう。

 ーー“悲しい”、なんて、感じるはずないんだ。

 

「……?」

 

 何故だか、胸の奥がざわめく感じがして。えも言われぬ感覚にボクは首を傾げた。

 

 

第7話 「油をぎゅっ!ぎゅぽっと!」

 

 


 

 スライムの油は重要な火種。旅の大切なおともですね!

 マチルダさんとのエンカウント。このウッドパルナ編ではマチルダさんもそうですがマリベルの発言もめちゃ好きなので、彼女の出番が増える予定です。



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第8話 「つまりはモノ作りブッパ!ってことだな!」

 

 森を抜けても依然として空は暗く、空気は重い。草むらにはこちらを襲い掛からんとする魔物たちが潜んでいるものだから、緊張感と不安感が重量を増して肩にのし掛かってくるかのようだった。

 そんな、足取りまで重くなりそうな暗い道のりに、一筋の光が差す。

 

「はぁッ!」

 

 ばちばち、と雷光が弾ぜる。紫電を纏わせながら一閃する様は、その真っ直ぐな太刀筋も相まって美しかった。ここがやたらに暗い空の下だからこそ、その輝かしい剣技に目を奪われる。

 

「すっっごい! すごいですねマチルダさん!」

 

 人ぐらいのでっかいムカデ──オニムカデというらしい──を一刀の元に切り捨てたマチルダさんに、思わずはしゃいで声を弾ませる。きゃあきゃあとテンションが上がっているのはボクだけではないようで。

 

「ええ! 本当に格好いいわ、アルスに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい!」

「なんで僕……でも本当にすごいや、マチルダさん」

「ああ、本当に! マチルダさん、どうやったらそんな剣が使えるようになるんですか!?」

 

 マリベルもアルスもキーファも、みんな目を輝かせている。そんなボクたちの反応にマチルダさんは戸惑ったように瞬きひとつ。それから眉を下げて微笑んだ。照れたように──それからあと、何か。

 

「特別なことは、何も。鍛練の賜物ですわ」

「ええ? けど俺も城で剣の訓練は受けてたけど、剣から雷出したし炎出したりはできないぞ……?」

「あんたが下手っぴだからじゃないの」

「マリベル、おまえなあ」

 

 マリベルの憎まれ口に、キーファがやれやれといったように口許をひん曲げる。それにマチルダさんはくすくすと小さな笑声を溢した。そうして、薄く目を開く。長い金色の睫毛がふわりと揺れた。

 

「……それは、きっと、魔力が関係しているのでしょう」

「魔力?」

 

 首を傾げたボクに、彼女はええ、と頷く。

 

「魔の力と書いて、魔力と読む。私の剣……“いなずま斬り”も、剣に魔力を沿わせて発動させるのです」

「魔の力……っていうと、魔物と関係している?」

「ふむ……そうですね、魔物の力というわけではありませんが、人間は魔物と戦うことによって刺激を受け、自身の中に眠っている魔力を目覚めさせることが多いのです」

 

 魔物、か。だから魔物のいなかったエスタード組には魔力が発現しなかったということか。……ということなら、まあほとんど覚えていないんだが、故郷に魔物がいたボクやシドーの魔力は目覚めているということなのか。

 思考を巡らせるボクの隣で、マチルダさんはにこやかにアルスに向き直っていた。

 

「先ほど私は『特別なことは何も』と言いましたね。それはこの魔力が私だけでなく、あなた方にも流れているからです」

「え……!? って、ことは」

「ええ。……あなた方にも魔力を扱える。そうして戦う力を持っている、ということです」

「……!」

 

 アルスは薄く口を開く。黒い目に光が灯って、まるで星空のようにきらめいた。

 

「じ、じゃあ……!」

「じゃあじゃあ! 俺にもその“いなずま斬り”が使えるってことか!?」

「ちょっと引っ込んでなさいよキーファ! ねえマチルダさん、あたしにも教えてくれない?」

「あっ、ずるいずるい! ボクも! ボクも一度でいいから呪文使ってみたかったんだ!」

 

「う、わわわっ……!」

「おっと!」

 

 “俺も!” “あたしも!” “ボクも!” 我先にとマチルダさんに詰め寄ってしまったボクたちの勢いに押され、アルスがたたらを踏む。よろけそうになった彼を支えたシドーは、次いでボクたちに呆れた眼差しを投げ掛けた。

 

「オイ、オマエら落ち着けよ。アルスが潰れそうになってるぞ」

「わわわ、すまないアルス! 大丈夫かい?」

「ごめんな、怪我ないか?」

「あんたがぼうっとしてるからでしょ」

「うん……いいよ、大丈夫。あとありがとう、シドー」

 

 苦笑しながら礼を言うアルスに、シドーは「構わないぜ」と軽く笑って、それから静かに視線を移した。

 

「……で? どうなんだよ、マチルダ。コイツらの願いは叶うのか?」

「……そうですね、全て、というわけではありませんが」

 

 何やら考え込んでいたマチルダさんは、シドーの声と視線に促され、ゆっくりと話し出す。

 

「私たちの身体に流れる魔力は、それぞれに違います。呪文を使える者の中でも、攻撃呪文が得意な者、回復呪文が得意な者と分かたれます。呪文が使えない人でも、魔力を武器に沿わせて、魔力を身体に留め、強靭な身体能力を得ることだってできます」

「人によって、できることが違うということか」

「そうです。今見た限りでは……、」

 

 長い睫毛に縁取られた目が、ボクたちを見渡す。そうしてまずは頭巾頭の女の子……マリベルに目を留めた。

 

「マリベルさんは攻撃呪文が得意なようです。戦闘訓練を積んで、魔力を磨けば、きっと多くの呪文を扱えるようになるでしょう」

「わあっ、ほんとう!?」

「ふふ。ええ、本当です」

 

 ぱあっと顔を輝かせるマリベルに、マチルダさんも微笑ましそうに目元を緩ませる。

 

「そしてアルスさんの魔力は、回復呪文と相性が良いみたいですわ」

「回復、呪文?」

「人の傷と病を癒し、守るための呪文ですよ」

「……それを、僕が使えるようになるんですか?」

「ええ、……戦い続ければ、必ず」

「……、」

 

 はしゃぐマリベルとは裏腹に、アルスは何かを考え込んでいるようだった。伏せたその横顔は、何かを悩み、決意しているようで──

 

「なあなあマチルダさん! 俺は!?」

「キーファさんは……呪文は使えないようですね」

「ええっ!?」

「ああ、ええと、気を落とさないでください」

 

 喜色満面から一転、あからさまに落胆したキーファに手を振り、マチルダさんは宥めるように微笑んだ。

 

「キーファさんは私と同じ、“戦士”に多い魔力の型なのです」

「? “戦士”?」

「はい。“戦士”とは呪文を全く使えない代わりに、強靭な身体能力を得て矢面に立ち、仲間を庇って戦う職業です。あと……私の“いなずま斬り”のように、魔力を武器に沿わせて攻撃することもできます」

「本当ですかあ!? やった!」

「ええ。……ただ、キーファさんは稲妻より炎の方が相性が良いようですね。初めにイメージするのは炎の方が良いでしょう」

「わかりました!」

 

 目をきらきらさせるマリベルは攻撃呪文。何やら考え込んでいるアルスは回復呪文。素直に頷いているキーファは呪文が使えない代わりに“戦士”に向いている。

 

「本当にみんな、それぞれ違うんだなあ」

 

 マチルダさんの見立てに感服しつつ、ボクの心はわくわくが止まらない。弾む心境のまま、飛び跳ねるように進み出た。

 

「マチルダさん! あの、ボクも訊いていいですか?」

「クリエさん、」

「ボクの魔力は呪文を使える型なんだろうか? それともマチルダさんたちみたく、“戦士”に近いんだろうか!?」

 

 何だろう、何なのかな、と期待に胸を膨らませるボクに対して、マチルダさんは──そっと目を伏せた。

 

「……あの……すみません、申し上げにくいのですが、」

 

 クリエさんの魔力は、そのどれとも違っています。

 

「……へっ?」

「どういうことだ?」

 

 鳩に豆鉄砲を喰らったって、こんな心地なんだろうか。呆けたボクは言葉に詰まり、その代わりにシドーがその意図を問い掛ける。赤い目に促され、マチルダさんは「はい」と口を開いた。

 

「クリエさんの魔力は、非常に珍しい型です」

「珍しい?」

「ええ。……呪文として放つ魔力でもなく、身体に取り込んで強化する魔力でもなく……ただ一点、【モノを作ること】に特化しているのです」

「!」

 

 自然界の物質を【素材】として回収し、万物を組み上げ、創造する──マチルダさんはボクの魔力にそうした素質を見出だしたらしい。彼女はそういう前例を知らないらしく、戸惑うように眉を寄せているけれど、

 

「思い当たることがありますか?」

「うーん、ありまくりますねえ!」

 

 それ全部やってきたなあと、苦笑が零れる。ボクの中には納得が溢れているけれど、マチルダさんは不可解そうに視線を揺らした。

 

「“魔法使い”のように呪文を使うことはできず、“戦士”のように身体を強化することもできず、ただ万物を創造する。……こうした職業の名を、私は知りません。クリエさんは御存知なのですか?」

 

 ボクがやってきたこと。ボクの力。ボクの名前。

 

「……はい!」

 

 ──ボクが、何者であるのか。

 

「ボクは、ビルダーなので!」

「“ビルダー”?」

「御存知ないのですか……では説明しましょう! ビルダーとは! モノ作りの力を持った人間のことです! 食べ物でも植物でも道具でも衣服でも武器でも建物でも、何だって創りますよ!」

「……創る……」

 

 マチルダさんの瞳が揺らめいた、気がした。彼女は譫言のように呟いて、それきり黙り込んでしまったから、ボクは不思議に思いながらも追及するすることはできなかった。気を取り直して、自分の手のひらを見つめる。

 

「あーあ、それにしても、ボクは呪文が使えないのかあ。“ホイミ”!とか“メラ!”とかやってみたかったけどなあ」

「残念だったな」

「うーん。……でもまあ、納得したよ」

 

 たとえ色んな職業があろうと、ボクは、ボクでしかない。

 

「やっぱりボクは、骨の髄までビルダーなんだ!」

 

 そう思えば、誇りが胸を満たす。笑みが、浮かぶ。

 

「ボクはボク。この在り方を変えようとは、思わない」

「……ああ、そうだな。オマエはそれがいい」

 

 シドーはニッと笑ってくれた。赤い目が優しくボクを見つめている。ボクを、肯定してくれている。

 どうしてこうまでボクを認めてくれるのか。信じてくれるのか。出会ったばかりなのに(・・・・・・・・・・)と不思議に思うことはあるけれど、

 

「? どうしたクリエ」

「……ううん、何でもないさ! シドー!」

 

 疑問は、嬉しさに融かされていく。そうしてボクは笑っていた。

 

「……あの、マチルダさん」

 

 そんなボクの目の前を横切って、アルスが進み出た。

 

「すごく、不躾なお願いなんですけど……少しだけでいいので、僕たちに魔力の扱い方を、戦い方を教えてもらえませんか?」

「……アルス?」

 

 アルスは顔を上げて、マチルダさんを真っ直ぐに見つめていた。俯きがちだった目に光が灯っている。そんな彼の表情を見るのは初めてで、ボクは首を傾げた。疑問に思ったのはボクだけではないようで。

 

「何言ってんのよアルス! そりゃ、呪文とか格好よさそうだけど、何もあたしたちが戦う必要なんてないじゃない」

「そう、かな」

 

 マリベルもまた、不可解そうに首を横に振っていた。なんで戦わなきゃいけないの、そんな必要なんてないでしょ、と。それでもアルスは怯まず、ゆっくり考えを口にした。

 

「今も不思議なことが起こってるし、これからだって、何が起きるかわからないよ。……マチルダさん、あなたは僕に、『回復呪文が使えるようになる』って言ってくれましたよね」

「……はい」

「……人を守るための呪文が、戦うことで身に付くのなら、僕は、そうしたい」

 

 ……ああ、そうか。アルスはさっきからこれを考えていたんだ。こんな非日常に浮かれながらも、“どうにかしなきゃいけない”と考えて、決断したんだ。

 その決意を込めて、祈るようにアルスは願った。

 

「いい、ですか……?」

「──ええ、もちろん」

 

 それに、マチルダさんは快諾を返した。……答えるまでに間が空いたように感じたのは、きっと、ボクの気のせい。

 

「私でよければ、皆様にお教えしましょう」

 

 だってこんなにも、彼女は綺麗に微笑んでいる。

 だからボクも意気込んで拳を握った。アルスが頑張ろうとしてるんだから、ボクもやらねばなるまい!

 

「よーしっ! じゃあボクも頑張るぞ!」

「く、クリエさんも戦われるのですか?」

「? そのつもりだけど、どうかしたんですか?」

 

 慌てたようなマチルダさんに問い掛けると、彼女は言いづらそうに口をまごつかせた。

 

「その……クリエさんの魔力は【創造】に特化しています」

「はい」

「【創造】するにあたって比類なき力を発揮しますが……逆に言えば、戦闘には不向きなのです」

 

 敵を倒す呪文も、身を守る呪文も使えず、“戦士”のように魔力を身体に取り込むこともできないから、打たれ弱い。

 

「……改めて聞くと……ボク、戦闘では足手まとい?」

「怪我しないように引っ込んでたら?」

「マリベル! ボクを心配してくれてるの? 嬉しいなあ」

「ちょっ……! 何でそうなるのよ!」

「あは、照れてるのも可愛いよ!」

「もうっ、うっるさいわねぇ!」

 

 通常運転なマリベルも可愛いけど、こればっかりは尻尾巻いて逃げるわけにはいかない。

 

「ボクもみんなと一緒に戦うよ! ただ引っ込んでるのは、性に合わないしね」

 

「クリエさん……ですが、」

「心配するな」

 

 尚も心配そうに言い募るマチルダさん。その言葉を遮ったのはシドーだった。彼はボクの隣に進み出て、肩に担いだこん棒の柄を強く握り締めた。

 

「オレが、クリエを守ってやる」

 

 ……本当に、どうしてなんだろう。

 こんなに強く、優しく、決意を込めて守ってもらえる謂れが、果たしてボクにあるのだろうか。

 

「ふふ、……ふふふ!」

「なんだよ?」

「わからないかい? 嬉しいのさ!」

 

 この状況も、シドーの思いも、わからないことは多すぎる。それでも、とボクはシドーに向けて手を掲げた。握手ではなく、ボクたちの合図(ハイタッチ)のために。

 

「でもボクだって、守られっぱなしじゃないさ!

 一緒に頑張ろうな、シドー!」

 

「ハッ……仕方ないな、オマエ!」

 

 パン、と手と手を打ち鳴らす。やっぱりこれだけで、わからないことも大変なことも、全部全部乗り越えられそうな気がした。

 

 

 

 

 あれからマチルダさんに戦闘を指南してもらいながら歩き続けたボクたちは、しばらくしてとある村に辿り着いた。古びた木で造られた門をくぐり抜けたところで、マリベルがはっとして声を上げる。

 

「……ねえアルス! ちょっと待って! マチルダさんの姿が見えないわ」

 

 マリベルの目がきょろきょろと忙しなく動く。それを追うように辺りを見渡しても、確かにあの桃色の鎧姿はどこにも無かった。鎧の擦れる音すら残さず、彼女は跡形もなく姿を消してしまっていた。

 

「……シドー、気づいた?」

「いや……」

「……そうか」

 

 ボクたちの中で群を抜いて気配に敏感なシドーがそう言うのだから、違和感を感じる。マチルダさんは、本気で気配を絶って、ボクたちに消息を掴ませまいとした……?

 

「どこに行っちゃったのかしら」

「……本当だ。急いで家に戻ったのかな? どうせこの村の人なんだろうし」

「ふ~ん……? 一言もなく? ちょっと冷たいわね」

「何か、事情があったのかもしれないよ」

 

 けれどマリベルたちは、アルスの一言に「それもそうだ」と頷いた。さっきの今まで戦い方を教えてくれていた恩人だもの。それもそうだよな、とボクも頷いて、気を取り直して辺りを見渡した。

 

「それにしても……ここはどこなんだろう?」

 

 深い森に囲まれた、小さな村だ。中央に広がる池を囲むように、木造の家が幾つか並んでいる。畑も沢山見られることから、ここが森の恵みを大切に、野菜を育てて生活していたんだろうなと推測できた。

 ……そう、生活していた(・・・・)過去形(・・・)だ。

 今はもう、そんな生活の跡なんかほとんど残っていない。

 

「……ここに、何が起きたっていうんだ」

 

 村のあちこちから、音がする。建物が力任せに叩き壊されている音。そうして剥がれ落ちた床板や壁、屋根が、焚き火にくべられて燃えている音。鍬を振り回して、収穫されるはずだった野菜の苗がへし折られ、踏み潰される音──そこに魔物の嗤い声が重なっていたなら、ボクはまだ納得できただろう。この武器を握って、戦うことで解決できただろう。

 でもそれは、できなかった。

 

「どうして、こんな……」

 

 何故ならば。

 建物を、畑を、村の何もかもを壊しているのは──

 

「ああ……こんなどでかい穴がおらの畑に空いちまっただ……これでおらのほがらか農園もおしまいだべ……」

 

 入り口近くの畑では、一人の農夫と思われる男性が項垂れていた。綺麗に整えられていたであろう畝はひしゃげて、おおきな穴がぽっかり空いている。彼は服が汚れるのも気にせず、その前で膝をついていた。こんな有り様で作物を育てることなどできないだろう。

 

「本当だ! 一体誰がこんな酷いことをしたんだ!」

「……何言ってるんだべ、おまえさん」

 

 目の当たりにしたキーファは、義憤に駆られた。それを農夫さんは、ぼんやりとした眼差しで見やる。そして、

 

「おらだよ」

「……は?」

「おらが、おらの畑を、めちゃくちゃにしたに決まってるだ……いくら嫁っこと娘っこのためとはいえ、これでおらはおしまいだべ……」

 

 ぼんやりとした、悲しむことすら疲れ果てたかのような声で、そう応えた。それから農夫さんはじいっと、自分でめちゃくちゃにしたらしい畑を見つめて固まってしまう。混乱で二の句が継げないキーファを、ボクはそっと引っ張った。

 

「な……なんだよ今のおっさんはあ!?」

「キーファ、」

「自分で畑をダメにして、それを悲しんでるなんて……どっか悪いんじゃないだろうな?」

「……何か、事情があるに違いないよ」

 

 もし望んで畑を壊したのならば、あんな表情をするはずがない。そう、あんな……

 

「……ああ? おまえ、馬鹿にしてんのか?」

 

 あんなに、悲しみや怒りに疲れ果てているはずがない。

 

「“何で自分で自分の家を壊しているのか”って? ……馬鹿にしてんのか? 俺っちが、やりたくてやったと思ってんのかあ!?」

「ち、違います、僕は……!」

 

 ボクたちとは違う方面に聞き込みをしてくれていたアルスが、声を振り絞って宥めようとしている。けれど、そんな声が耳に入らないぐらい、その男性は怒り狂っていた。

 

「俺っちは、俺っちはなあ……!!」

 

 怒りのまま、握り拳が振り上げられた。アルスが顔を庇うように腕を翳して、マリベルが小さく悲鳴を上げる。そんな彼らを庇い立ったのは──シドーだった。彼はその手で男性の拳を受け止め、赤い目で見つめ返す。

 

「……チッ──」

 

 静かな赤い目に、男性は舌打ちを溢した。どうしようもない感情が溢れて仕方ないのだろう、足元の瓦礫を蹴り飛ばし、叫んだ。

 

「……こんなもん、こんなもんなあ……俺っちのカミさんのため以外に、何の理由があってするって言うんだよお……!!」

 

 そんな男性を前に、ボクたちは何も言えなかった。村の状況への困惑や、村の人たちへの憐憫だけが胸を満たして、無言のままその場を後にする。どうしていいかわからないまま、とりあえず相談しようとみんなの顔を見渡した、その時。

 

「旅の人ですかな」

 

 声が、掛けられた。そちらを振り向くと、杖をついたおじいさんが、申し訳なさそうに眉を歪めてそこにいた。

 

「失礼しました、村の者が、失礼を……」

「い、いえ! そんな……僕のほうこそ、ごめんなさい。悲しいことを、訊いてしまったみたいで……」

 

 深々と頭を下げたおじいさんに、アルスは慌てて駆け寄った。その肩を優しく支えて、頭を上げさせる。そんなアルスにおじいさんは目を丸くした後、目元を和らげた。

 

「ありがとう、お若いの……」

 

 そうしておじいさんは、話してくれた。

 どうしてこの村が、こう(・・)なってしまったのかを。

 

「ここは森の中にひっそりとある小さな村でした。しかしある日突然魔物たちが現れ……村の女をどこかへ連れ去ってしまいましての。そして、残された男たちに魔物はこう命令したのですじゃ」

 

 ──自分たちの手で、この村を二度と立ち直れないくらいまでに壊し続けろ。さもなくば、

 

「さもなくば……連れ去った女たちの命は無いと思え、と」

 

 ボクたちは、絶句した。だってそんなのは、あまりにも、どうしようもなさすぎる。

 

「……どうすれば、女の人は帰ってくるんですか?」

「……さあ。魔物は何も言ってはくれなんだ」

「そんな! そんなのって……!」

「“酷い”と、怒ってくれるのか、お嬢さん」

 

 壊すだけ壊して、どうすればいいのかわからない。そんな理不尽に声を荒げるマリベルに、おじいさんは目を細めた。嬉しそうに。……懐かしそうに。

 

「だが、わしらには……女たちを見殺しにすることなど、できんのです」

 

 どうしようもなくても、従うしかない。

 そうして諦めてしまったから、この村の人たちはみんな、疲れ果てているのだとわかった。

 

「……もうこの村はどうにもならん。おまえさんたちも、自分の住みかに戻るのがよろしかろう……」

「……待ってください! 最後に、ひとつだけ」

 

 この村の名前は何というのですか、と問い掛けたボクに、おじいさんは去り掛けた足を止めて振り返った。皺だらけの口許が動き、静かに沈んだ声を紡ぎ出す。

 

「ここはウッドパルナ。英雄パルナの伝説の村です。……しかし、そんな勇ましい伝説も今はかえって……」

 

 おじいさんは目を伏せて、歩き去ってしまった。遠目に見える崩れかけの教会に向かうのだろうか。そこで、祈りを捧げるのだろうか。どうにもならない現状を、憂いて……。

 

「……ウッドパルナ、か」

「オマエたち、知ってたか?」

「ううん、聞いたこともなかった……」

 

 ボクもシドーもアルスたちも、この地名を知らないという。こんな風に、魔物の襲撃を受けた村のことを。

 

「魔物に女の人をさらわれたか……ちょっと信じられない話だけど、外で本物の魔物を見たわけだし……きっと、本当のことなんだろうな」

「かわいそうかもね。……ちょっとだけ、だけど」

 

 村人の境遇を思って、キーファが、わかりづらくもマリベルが、表情を歪める。

 

「魔物がこんなに人々を苦しめてる場所が島にあったなんてな……、……いやちょっと待てよ。そんなことも知らなかったなんて、どう考えてもおかしいよな?」

「……こんな大変なことが起きてれば、嫌でも城に知らせがあったと、思うよ」

「だよなあ」

 

 アルスと首を傾げ合って、キーファは唸った。

 

「ここは誰も知らなかった、遠くの島……なのかあ?」

「……うーーん……」

 

 わからないことも、考えるべきことも多いけど、今はこうして頭を突き付けていても状況は変わらない。シドーはそう判断したんだろう、顔を上げて、声を引き締めた。

 

「……何にせよ、情報が足りない。今のオレたちにはわからないことが多すぎる」

「そうだね、……もっと村人に話を訊かなきゃいけない」

 

 さっきのように、彼らの傷口を抉ることにならなければいいのだけど、と……そう口にしてはいないのに、見透かされてしまったらしい。

 

「心配するなよ、クリエ」

 

 とん、と肩が叩かれる。振り仰ぐと隣に、シドーがいた。

 

「何があっても、オレが守ってやる」

「……ありがとう!」

 

 敵わないなあ、とボクは笑みを浮かべた。暗い空に、暗い状況、暗い表情、暗い気持ち……それでも歩み続けていられると、確信する。

 

「相変わらず、格好いいなあシドーは」

「まったく……アルス、聞いてるの! あんたもあたしを守りなさいよね?」

「ええ? もう……マリベルも相変わらずだなあ」

 

 ボクたちにつられて、キーファやマリベル、アルスの顔にも笑みが戻ってきた。それは満面の笑みとは言いがたいけれど、それでも前に進もうとする気持ちが表れている。

 

「よし、──行こう!」

 

 そうしたみんなの表情を見渡して、頷き合って、ボクは暗い村の奥へと足を踏み出した。

 

 

第8話 「つまりはモノ作りブッパ!ってことだな!」

 

 


 

 まず始めに、更新が遅くなってしまって本当に本当にすみませんでした!!!不定期更新とタグ付けはしたものの、あまりに期間が開きすぎてしまいましたね……もしまだ読んでくださる方がいらっしゃいましたら、感謝申し上げます。ありがとうございます。

 

 今回前半に魔力についての説明をしましたが、すべて公式設定ではなく捏造設定です。悪しからず御了承ください。ビルダーの魔力がモノ作りに特化していて戦闘向きではないということもこの小説における捏造設定です。戦闘力はへっぽこだけれど、機転とモノ作りを活かして戦っていく感じにしたいと思っています。

 

 最後になりましたが、閲覧並びにお気に入り登録、評価などなどありがとうございます!更新は不定期になりそうですが、なるべく頑張って続きを書いていきたいです。また次回も読んでいただければ幸いです。



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