四季物語 (通りすがりのめいりん君@すきょあ)
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ブルースカイ
ブルースカイ①
空に夢を描く男と、空に対する思いを描いた物語です。
ブルースカイは完成まで書き終わっているので、短い文をポンポン上げる予定です。
独白
いつの間にここまで来たのだろう。
気づかないうちにここまで歩いてきたけれど、もう後も先も判らなくなっていた。
今まで何を積み重ねてきたのか、これから何が出来るのか、自分には何もわからない。
きっとこれからも気づかないまま歩いていくのだろう。道が終わる。その時まで。
***
その日は見事なまでの冬晴れで、見上げた空はどこまでも見渡せるほど青く、高く澄んでいた。すべてを包み込むブルースカイ。俺はこの青が嫌いだ。
どこにも隠れるところが無い剥き出しの青。沈み込み浮き上がることのない。絶望と同じ色。
高く遠い空は落ちてしまえば終わりがなさそうでとても怖い。
昔はあんなに空に憧れていたはずなのに。
鳥のように自由で綺麗な広い大空、少なくとも昔はそう見えていたんだ。
今はただ、押しつぶされるような気がする青は嫌い。
「なーに黄昏れてるのよ」
もし彼女が居ればそう言ったことだろう。
彼女はいつだって明るくて青空のように爽やかな人だった。
いつだったか彼女は俺に向かってこう言った。
「そんな湿気た顔してどうすんのよ。見てみな。空はこーんなにも晴れてるのよ」
そう言いながら太陽のように眩しい笑顔を向ける。
彼女は家が隣ということもあり、幼い頃からよく一緒に居た。俗に言う幼馴染という存在だ。
俺は彼女のことが好きだった。でも、丁度よい距離感の心地よさから抜け出す事の不安から思いを伝えることは最後まで無かった。
俺は馬鹿だから、彼女が死ぬまで伝えることが出来なかったんだ。
彼女は生まれつき心臓に病気を患っていた。と言っても詳しい病名までは知らない。知っているのは身体が大きくなるにつれて進行していく病気だってことだけ。
少なくとも中学まではまだ元気だった。中学3年生コロから次第に体を崩すようになり、高校2年の冬にいよいよ入院生活が始まった。
そして1年後、彼女はぽっくり逝っちまった。
あっけなく。何も出来ない俺を天が嘲笑うが如く。
俺はそれから何も出来なかった己を悔やんだ。それ以来だ。あんなに憧れていた空が途端に得体のしれないもののように感じて怖くなったのは。
生前、彼女は窓の外を見ながら溜息をついているのをよく見た。外が、あの空が何よりも好きだった彼女にとって何もない病室というのは退屈で仕方ないと言って。
鳥のように空を自由に飛びたい。それが彼女の夢だった。
何からの支えもない空なんて怖いじゃないか。と言ったことがある。すると彼女は支えはないかもしれないけれど、
とんだ屁理屈だが、無邪気に笑う彼女に釣られ、俺も笑った。
だが、そんな笑顔で空に思いを馳せ、手を伸ばしても届くことはなく、自由を求めた腕は地に落ちた。
太陽を目指して空を飛んだイカロスの様に。
空を目指す者の宿命のように。
彼女は死ぬ間際に、俺に向かって空を見てほしいと言った。深くは語らなかったが、きっと彼女は俺に思いを託したかったのだろう。
だから俺は今日も空を見る。
天気屋、なんて言葉があるように空は感情が豊かだ。まるで彼女の様に。
曇りの日は好きだ。雨の日は落ち着く。でもやっぱり青空だけはどうしても好きになれない。彼女が病室から見ていた空を、幼き頃、共に見上げたあの空を思い出すから。
だから、俺は空の青が嫌いだ。
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ブルースカイ②
ただ、本編を読んでください。
私は空が好き。
どこまでも広がる澄み切った青は鳥たちの世界。私の憧れである自由の色。
私には幼馴染がいる。曇天のように暗く湿気た顔ばかりしてる幼馴染が。
彼は頭が良かったが、人付き合いが苦手なこともあり、よく嫌がらせを受けているイメージがあった。
嫌がらせを受けると彼は決まって校舎裏のじめっとした場所で黄昏れていた。そんな彼を見つけるたびに私は空を見上げるように言っていた。
空は自由なものだ。
本当に幼い頃は彼も私と同じ様に空に憧れていたはずなのに。周囲の環境が次第に彼を変えてしまった。
私は空が大好きだから、空に関わる仕事をするのが将来の夢だ。いや、夢だった。
中学に上がった時に知らされたのだが、私は生まれつき心臓が弱く、長生きは望めないらしい。今は身体も小さいので影響は少ないが、成長するにつれて心臓への負担が大きくなり、そのうち機械無しでは生きることができなくなるのだと言われた。
お医者様が言うには二十歳まで生きられるかも判らないらしい。
中学生に成り立てな子が聞くには酷すぎる話だと思ったが、私は絶望しなかった。
私は空に辿り着けないかもしれないけれど、彼は違う。彼は健康で元気だ。そんな彼に託そうと思った。でも、彼は私の病気の事を知ると空から目を背けてしまった。
彼にとっての空とは“私”であり、私無しの空は支えのない不安なものなんだ。と。
よくもまあ、そんなこっ恥ずかしいことを言えるなーなんて思ったが、言わないでおいた。きっと彼は気付いてないから、自分の思いも。私の思いも。
だから私は「支えもないけど、柵もない」なんて屁理屈臭いことを言って誤魔化す。
中学3年生になりしばらく経った頃、私は倒れた。何の脈絡もなく、いきなりの出来事だった。
お医者様が言うには、身体が急激に成長した反動かららしい。
その日から私は病院に行くことが増えた。精密な検査や、延命治療のために。
そしていよいよ卒業式が間近に迫った頃、私は終わりの見えない入院が決まった。卒業式には出られなかった。
覚悟はしていたし、仕方ないとも思う。悲しくないと言えば嘘になるが、私より彼のほうが悲しんでいたように思う。
ただ、病室というのは退屈だ。周りを見てもくすんだ白しか無い。まるで空を覆い尽くす雨雲の色。あまり好きじゃない。雨雲は彼の落ち込んだ顔を連想させるから。
だから私は窓の外ばかり見ていた。
空は感情豊かだ。雨の日もあれば晴れの日も曇りの日も、私に様々な表情を見せてくれる。
彼と同じ様に。
私は彼が好きだったし、自惚れかもしれないけど彼も私を好きだったと思う。あんな事を言うくらいだもの。でも、この気持ちは墓まで持っていくの。
もうすぐ死にゆく私が思いを告げれば彼の重荷になってしまう。空は自由なものだ。
勝手な思いかもしれないけれど、彼にとっての私がそうであったように、私にとっての空もまた彼だったから、私という柵に囚われず自由であってほしい。
彼は確かに曇りのような人だけど、雲というのは本来、気ままに空に浮かぶものだと思うから。
だから私はただ一言。彼に伝える。
―空を見上げて。と。
私達が好きだったあの空を、その見憧れたあの頃の様に。
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ブルースカイ③
私の先輩は良く空を見る。
朝、大学に来る時も。
昼、ご飯を食べる時も。
夜、帰っていく時も。
先輩はいつも空を見上げている。
どうしていつも空を見上げているのか聞いたことがある。なんでも亡くなってしまった大切な人との約束なんだそうだ。
そう言った先輩の顔は悲しそうに微笑んでいた。
先輩は顔がいいし、頭もいい。でも髪はぼさぼさ、服はよれよれ、なんなら無精髭もある。
パット見だと生徒というより教授に見間違えそうなくらい老けて見える。
ほんっと、なんでこんな人を好きになってしまったのだろう。私の好みは爽やかで少し鍛えているようなイケメンのハズなのに。
そんな先輩との出会いは衝撃的なものだった。
大学に入る前から友達だった相手に彼氏を取られ、悲しみに暮れていた時に声をかけてくれたのだ。
「そんな湿気た顔してどうした?見てみろ。今日の空は晴れてるぞ」
泣いていたはずなのに、笑いがこみ上げてきた。だって言っている本人は湿気た顔していたから。
私が笑うと先輩は頭を掻きながら「あいつのようにはいかないな」と呟いた。
あの時は判らなかったが今なら判る。あいつというのは亡くなってしまったという先輩の大切な人のことだと。
変わった人だな。と思いながらも先輩の顔を見上げていたら見えたのだ。太陽のように輝く先輩の瞳が。
我ながらチョロいと思うけれど、多分この時には落ちていた。
そこからは先輩の昼に突撃し、先輩の居る気象観測部にも入り、先輩を真似て空を見上げた。
宙を
確かに空は楽しいが、その空は先輩に教わったもので、私の見る空にはいつも先輩が居る。
だが、先輩の空に私は映らない。これは私からの一方的な恋。
先輩は亡くなってしまった大切な人を引きずったまま。きっと先輩の空には彼女が居る。空を見ている時にたまに見える悲しそうな瞳がそれを物語っている。
やはり先輩は湿気ている。
憂いを帯びた顔もそれはそれで魅力があるけれど、先輩にはあの時の太陽のように輝く瞳が一番格好いい。
先輩が私の雨を晴らしてくれたように、今度は私が先輩の雲を散らし、晴らしてみせる。
そのためには先輩のこと、先輩の大切な人のことを知らなければならない。先輩の抱える思いや心の傷を。
正直、私のように出会ってから短い人間が触れて良いものなのかはわからない。でも、悩んでうつむいているくらいなら空を見る。私は先輩からそう学んだから。
翌日から私は動いた。これまで以上に積極的に会いに行き、飲みの席などで少しずつ探っていった。
初めは言い淀まれたり、誤魔化されたりしたものの、次第に観念したように少しだけ話してくれるようになった。と言っても、やはり肝心な話は聞けなかったが。
お近づきになるにあたって、私は決して媚びたり、強引すぎる手は使わないようにした。先輩はそういうのを苦手にしていることはサークルメンバーから聞いたりして知っていたし、そもそも媚びたりは私の性格的に無理だったから。
私はなるべく私を全開にしてアプローチした。
意識するのは1つだけ。多分先輩の大切な人は明るい人だったのだろうと思う。なぜなら落ち込んでる人に空は晴れてるなんて事を言うような人だから。
だから私は先輩を照らす太陽になれるようにと意識した。先輩が目を背けられないようにと。
そう息巻いていた。
でも、やはりいきなり変わろうとすると違和感が出るようだ。
ある日、先輩と飲みに行った時に先輩がふと「君は君だ。無理をすることはない」と零した。
先輩はそれ以上、何も言わなかったけれど、先輩は敏い人だ。私が彼女の事を多少なり意識していたことを気取られたのだろう。
私は少しだけ言い淀んでから「無理はしてません」と言うと、先輩は溜息とついてからぽつぽつと、今まで話してくれなかった過去の事を話してくれた。
ゆっくりと語られていく先輩の過去に私は気付いたら涙を流していた。
不意にでた涙に先輩が狼狽えそうになるのを大丈夫と言って止める。
まるでドラマのような物語、私なんかでは彼女の代わりには成れない。そう理解せざるを得なかった。
彼女の気持ちに感化されたのと、先輩の思いを知った上で身を引きたくないという私自身の気持ち。それぞれが複雑に絡み合い、涙がとめどなく溢れ、どうにもならなくなったのだ。
心がいっぱいいっぱいで気持ちを抑えられなくて、気づけば私は自分の気持ちを先輩に話していた。いや、ぶつけたと言っても良いかもしれない。
辛い話をしてくれたであろう先輩に、我儘に。
それでも先輩は何も言わず、黙って話を聞いてくれた。優しさに甘えて、思いを、感情をぶつけているだけの私の話を。
「湿気た顔をしてどうする。空は晴れてるぞ」
と。
私が、今は夜だし、都会じゃ星も見えないと言うと、先輩は月なら見えると答えた。だから明るく居ろと。
詭弁だとは思うが、先輩なりの慰めなんだろう。
少し間をおいてから、先輩は答えはなるべく早く出すから、今は待ってほしい。と少し困ったように微笑みながら先輩はそう言った。
その瞳は店内の照明が反射し、澄んだ色に光った。
ああ、そうだ。
この瞳、陽の光のように輝く瞳に魅入られて私は―
やっぱり私が太陽になろうなんておこがましかったんだ。私にとっての太陽は先輩で、私は先輩の光に照らされているだけの月。自分で光っている訳じゃない。
自ら光っていると勘違いし、近づいて、本当の光に飲まれる。
いくら私が恋愛音痴でもあんなふうに困った笑いを見せられたら、察してしまうじゃないか。
それでも諦めたくないと思ってしまう私は罪の子なのだろうか。なんて。
それからどうしたかはよく覚えてない。頭の中がぐちゃぐちゃで、気付いたときには家のベッドで母親の声で目が覚めた。
目が覚めても頭のもやもやは晴れず、気分も悪い。最悪の気分だった。
なんとなく大学に行く気も起きず、私は生まれて初めて学校をサボった。先輩と顔を合わせづらくて。
もしかしたら先輩はもう答えを出しているかもしれないから。
母親に言われ家を出たものの、行く場所もなく私は大学近くの公園で1人、空を眺めた。
***
幕間
ふと、歩いてきた道を振り返ってみた。
時には誰かと道が重なった。
時には誰かと道について喧嘩した。
時には誰か助け合って障害を乗り越えた。
1人で歩いているようで、必ず近くには誰かが居る。それは今も変わらない。
道は何度も複雑に絡み、交じり、分かれを繰り返す。
道はまだ終わらない。いつ終わるのかは自分でも判らない。
先はまだ、永い。
***
実を言うと恋人居ない歴=年齢の私は恋愛の事はぶっちゃけ何もわかりません。
君に届けとかフルーツバスケットとかは好きだけどそれくらいです。
皆さんはどういう恋愛をしているのでしょう?
私が書くこれは幻想なので、こういう恋もあれば良いなくらいに思っていただければと思います。
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ブルースカイ④
感想とか、あってもえぇんやで??
昔から人の好意というものが苦手だった。
その気持に対して何をしてあげたら良いのかが判らないから。
だからなるべく人と関わらないようにしていた。
俺は彼女の思いと抱えるだけで精一杯で他の人のことにまで気にかけて居られない。
その、はずだった。
ある日、いつもの場所で昼飯を食べようと大学裏の木陰に行くと、女の子がうずくまっていた。
面倒そうな匂いがするのでどうしたものかと離れたところから様子を見ていると、女の子が涙を流しているのが見えた。
目に入った瞬間、いつかの記憶が蘇る。
あの頃。彼女が見ていた俺もああだったのかな。
そう思った。だから、柄にもなく声をかけてしまったんだ。
「時化た顔してどうした?見てみろよ。空は晴れてるぞ」
彼女の言葉を真似て。
女の子はいきなり声をかけられたことに驚いて身体をビクッとさせてからゆっくりと顔を上げた。
そして俺の顔ろ見るなり、
「あなたの顔だって湿気てるじゃないですか」
そう言った。しかも
やっぱ彼女の様にはいかないな。
とは言え、女の子は少なくとも泣き止み、落ち着きを取り戻した様子だった。
ここは俺が弁当を食うベストプレイスなので、落ち着いたのなら退いてもらおうと思ったのだが、俺が口を開くよりも早く女の子は聞いてもいないのに泣いてた理由を話し始めた。
なんでも地方から出てきて、初めに仲良くなった友達に彼氏を盗られたらしい。しかも、その友達は大学もバイトも同じで行きづらいとか、なんかドロッとしたものをブツブツと言うのだ。
諦めて飯を食い始めても、何も気にすることなく話し続けられ、正直やめてほしかったのだが、声をかけてしまったのは俺自身なので仕方なく聞きながら空返事を返しておいた。
食い終わる頃になっても、話が終わる気配がなかったので講義があると言って話を切り上げる。
去り際に「いつもここで飯食ってるから」と言い残して。
暗に“飯食う邪魔だから来ないで”と伝えたつもりだった。のだが、女の子は翌日も居た。しかも弁当箱を持って。
更にその翌日も。
隣で勝手に話される中で女の子が後輩であることを知った。上京してきたとかのあたりでなんとなく察していたけれど、2個下、つまり新入生らしい。
まあ、もう秋口だし新って感じでも無いが。
飯を食い終わったらしばらく空を見上げるのが俺の日課だ。彼女が亡くなる前、俺に空を見上げてほしいと言っていた。だから俺は彼女の願いの通りにただ空を見る。
その間も女の子は話しているが、耳には入らない。
今日の空は薄雲がうねり、風は湿気ている。雲が流れてくる方を見れば大きな黒雲。
明日は雨でも振りそうだ。もしかしたら夕方には降り出すかもしれない。
雨の中来ることは無いと思うが、念の為立ち去る前に女の子に「明日は来ない」とだけ伝えておいた。
女の子はなぜかと聞いてきてた気がするけど、適当に手を振って流す。
予想通り翌日は雨だったため、1人食堂の窓際で飯を食った。1人で飯を食うのはたかが数日ぶりのはずなのに、久々な気がした。それだけ女の子が騒がしかったということだろう。
なんとなく昔の俺と重なって見えたから声をかけてしまったが、別に関わりたいわけでは無い。
何で懐かれたのか知らないが、横から話されていると落ち着いて空を見れなくて邪魔だ。
だから冷たくあしらっているはずなんだがな…。
ほんっと、なんでサークルの部室にまで現れるんですかね。
2連続の雨で女の子とは出くわしていなかったのだが、講義後にサークルへ顔を出すと何故か女の子が部員共に囲まれていた。
サークルのことを教えた記憶はおろか、俺の名前すら教えてないのに。
このサークルは気象予報士に成りたいやつとか、管制官になりたい奴とか、とにかく空に憧れがある奴らが集まっただけのサークル。だから名前は気象観測部。
ちなみに俺は1年の時にサークル勧誘から逃げるために入った。俺と、俺の同期の3年が2人、2年が2人の計4人しか居ない弱小サークルだ。
その俺を除いた3人に女の子が接待を受けていた。何ていうか姫ってこういう状態を言うんだろうななどと呑気に思った。
最も、接待を受けている本人はおどおどしながら、入ってきた俺に助けを求めるような視線を送っているけど。
気持ちはわかる。奴らの目怖いもん。女っ気がないからってギラギラしすぎだろ。部長の俺が入ってきたことも気づかないくらい女の子に夢中だし。
始めは勝手にサークルにまで来た腹いせに放置して回れ右しようかとも思ったが、流石に飢えた野郎共に囲まれたままなのは可哀想に思えたので、声をかけて止めさせる。
部員共の囲みが緩まった途端に女の子はスルッと間を抜けて俺の背に隠れてしまった。
次の瞬間、俺は部員共から質問の嵐に巻き込まれた。非常に迷惑極まりない。知り合いではあるが友人でもなんでも無い。なんなら名前すら知らん。
ひとまず、部員共には当たり障りなく知り合いだと言う旨を伝えて宥める。あまり納得していない様子だったが、放置。面倒くさい。
それから俺は女の子にどうして来たのか、どこでサークルの事を知ったのかを問い詰める。
部長の俺が言うのもどうかとは思うが、このサークルは学内でもかなり影が薄い。しかも隣が天体観測部の部室なので尚更うちに流れてくる部員は居ない。
偶然来た、というのは無理がある。
すると女の子は、俺が急に来なくなったので3年生に俺のことを聞いたと話した。その相手が俺以外の3年部員。同期であるとも。
同期がにんまりとしてるってことは本当なんだろう。余計なことをしやがって。
まさか入部するなんて言わないだろうな。と思ったらそのまさかだった。勘弁してくれ。
と思っていても、人の少ない弱小サークルに入りたいと言う1年の言葉を俺の気持ちで断る訳にもいくまい。
少なくともサークラしそうなタイプじゃなさそうだし、何より紅一点の入部発言で部員共が盛りに盛り上がっている。水を刺したくはない。
仕方ない。
深い溜息を付きながら、俺は渋々と入部届を受け取ったのだった。
どうせ弱っているとことに声をかけたせいで一時的に気が傾いているだけだろうし、時間が経てば勘違いだと気づくだろう。
ちなみに入部届を受け取る際に、俺が女の子の名前を知らないのは話を聞いていなかったからだと判明して怒られた。主に部員共から。
やっぱ、入れるんじゃなかったかな。
それからは部員共の提案で歓迎会が開かれた。野郎の下心が見え見えなのが非常に嘆かわしい。
俺は酒があまり得意じゃないから一切飲むことなく事の顛末を見ていたが、部員共は勇敢に戦い、そして散った。
女の子は部員共の倍は飲んでも平然としているくらいの酒豪で、潰そうとした部員共は返り討ちにされたのだ。彼らの勇姿はネタにならなくなるまでは忘れないだろう。
とりあえず、潰れた部員共はタクシーにぶち込んで、送ってくださいとかほざいている酒臭い女の子にも
1人になり、街の喧騒がどこか寂しく感じられる中、また俺は空を仰ぐ。
都会の光に照らされた空は星もなく、月もビルに隠れて見えはしない。押しつぶすような黒い空。だが、見えないだけで星はそこにあるし、少し歩いて見方を変えれば月は輝いている。
いずれまた日も昇る。
私にとって太陽というのは冬は恋しく、夏は鬱陶しいと感じるものです。
適切な距離間ならば心地よく、近すぎれば暑苦しい。遠ければ寒い。
どことなく人の心の距離感とも似ているのかもしれません。
……下2行は10秒くらいで考えて書きました。ぶっちゃけそこまで深く考えてないです。
暑いのは苦手なので夏はひたすら鬱陶しいです。早く涼しくならないかなって思います。
続きは、また数日後には投稿するのでお待ち下さい。
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ブルースカイ⑤
自分は自分だと言うと、大丈夫だと返ってきた。
力を合わせれば超えられないことはないと、1人に限界があるのならば、助けてもらえばいいと。
道は険しいかもしれない。1人では難しいことも多々とあるだろう。
だから、辛いなら手を貸すと言ってくれる人が居た。
道が、重なった。
***
私は最低だ。
「私は、先輩が好きです」
「うん」
「優しいとこも、影があるところも、顔が湿気てることも、周りを見て内容で見てるとこも、空を見ているところなんて、一番好き」
彼女は「でも」と続ける。
「私を見てくれないのが嫌い。先輩の世界には常にその彼女さんが居るんでしょ」
「…うん」
「そうやって過去に縛られているのも嫌い。先輩はいまを生きていて、彼女さんはもう過去の人、止まってしまったんです」
私は折角、心に隠していた傷をさらけ出してくれた先輩の傷を抉っている。
「今を、先を見てください。私を見てください。先輩は自分で思っているほど悲しい人じゃないはずです」
自分勝手に、言葉をぶつけてる。それでも先輩は私から目を逸らさずに言葉を待ってくれた。
「忘れるなとは言いません。でも自分のせいで先輩が過去に囚われていたら彼女さんだって悲しがります。空は自由で
言葉を紡ぐうちに嗚咽が混ざり始め、私はほとんど声にならないような声で最後に、
「お願いだから…少しは私の気持ちに気づいて…」
そう泣きついた。
そんなことをしても先輩の迷惑になってしまう。わかっていても言葉と涙は止まらない。顔が見えなくても先輩が困っているのが解る。こんな事したいわけじゃないのに。
しばらくは感情のままに泣き、少し落ち着いてきた所で先輩はポケットからティッシュを取り出して私に差し出す。
「ヒデェ顔。そんな湿気た顔してどうする。空は晴れてるぞ」
初めて有ったときのように先輩は少し困ったように笑ってそういった。
「っぐす…。都会じゃ星も見えやしませんよ…」
「月なら見える。だから月のように明るく居てくれよ」
ああ、やっぱり。私はこの人が好き。
私は先輩という陽の光に惹かれている月。自分が光っていると勘違いして夜空でふんぞり返っているだけ。
「少し、気持ちの整理をさせてほしい。今のまま返事をするのは難しい。でもすぐに答えは出すから。少しだけ待ってくれないか」
先輩がそう言うならば本当にすぐに答えを出すのだろう。
その日はそのまま解散し、翌日は学校をサボった。とてもではないが顔を合わせられる心境ではなかったから。
今日は雲ひとつ無い快晴。雲がかかった私の心とは真逆ともいえる天気。
快晴の日の下に居たら暖かいとは言え、もう冬に入ろうとしている。このまま空を眺めていたら風邪を引いてしまうかもしれない。
そう思いながらも私は動くことなく空を見続けた。
都内でも、少し空けた自然公園の真ん中だ。それなりに静かだった。
車の音もそれほど聞こえず、鳥のさえずりのほうがやかましく感じるくらいはっきりと聞こえる。
特に何をするでもなくそうやって過ごしていると、日の暖かさからだんだんと眠くなってきた。
寝るのは流石に良くないと思いつつも、うとうととしてしまい。そのまま眠気に抗えずにベンチで横になってしまった。
「…ぃ。ぉー…。ぉーい」
「ん…にゃ…」
「おーい、起きろー。風邪引くぞー」
誰かに身体を揺さぶられ目を開くと、そこに居たのは先輩だった。
「…わっ!ひゃ!?しぇ、しぇんぱい!?」
「そうだ。俺だ」
「どうしてここに…。っていうか寝顔!」
「おお、ばっちり見させてもらった。ほら」
先輩が携帯の画面を私に向けてそう言う。そこにはなんとも幸せそうな顔で眠る私が写っていた。
「消してください!」
「やだ。待ち受けにする」
「ぎゃー!やめてください!そんな写真!」
「ははっ」
「ふふっ」
先輩が笑い、私も笑う。この楽しさのまま、昨日のことなんてなかったことに成ればいいのにと思った。
一度出した言葉は戻らない。あれだけ言葉をぶつけておいて無かったことになるはずもないのに。そんな事は頭でわかっているはずなのに。
「その、先輩はどうしてここに?」
「同期にお前がここで黄昏れてたってタレコミをもらってな。もしかしたら昨日のことで悩ませてしまったかと思って来たんだよ。まああんな幸せそうに寝てたくらいだし無駄な心配だったかもしれないけどな」
「そんな事ないですけど…。ってそうじゃないです!どういうつもりで会いに来たのかって話です!もう答えは出たんですか?早いですね!」
「何でちょっとキレてるんだよ。ごめんて」
昨日、あんなことがあったばかりなのに、まるでいつも通りな様子で、不安でキにしている私が馬鹿みたいに思えてくる。
そんな私の気持ちなんて知りもせずに先輩は私の隣に腰掛け、私の方に向き直った。その目は無意識のうちに生唾を飲んでしまうほど、真剣さを帯びていた。
「昨日の答えな。ああ、出ているよ。それも伝えようと思っていたんだ」
ドクンと心臓が跳ねるような感覚と全身が硬直するほどの緊張が身を包み、喉は震えて声も出ない。
答えなんて聞きたくない。でも、知りたい。曖昧なままは嫌だ。でも、はっきりしてしまったら全てが壊れてしまうかもしれない。
「俺は――」
相反する思い出頭が真っ白になり、先輩の言葉が聞き取れなかった。今のはどっちだったのか。
「あ、あ、あのっ!わわわ私!」
聞き返そうと思ったら緊張でどもってしまった。
先輩は真剣な目のまま慌てないでと言って私が落ち着くまで待ってくれていた。
ゆっくりと深呼吸して、手のひらに「人」の字を3回書いて飲み込んでも、まだ先輩の顔を見ると心臓がドクドクと激しい音を立てて落ち着かない。
「あの!さっきの、聞き取れなくて…。だ、だからっ!その、もう一度…お願いします…」
「なんだよいつもの威勢がないな」
「わ、私だって緊張くらい、するんですから!だから!さあ!もう一度!」
もはやただの勢いである。
「ったく、俺だってなんども言うのは恥ずかしいんだが…」
先輩は少しだけ目を落として咳払いをしてから私を再び目に入れた。視線が重なり、また自分の心臓が煩くなる。
少しだけ静寂が2人を包んでから、先輩は口を開いた。
「俺は、君のことが好きだ」
「ふぇ?」
「本当は君の気持ちにも気づいていた。というか、あれだけ積極的にアプローチされて気づかない訳ない。鈍感系主人公じゃないんだから」
いや鈍感だよ。と思った。だって学内でそれなりに人気あるの気づいてないし。
「君に言われるまで、俺は彼女の思いに囚われていたことに気づかなかった。本当にありがとう」
「いえ、そんな!私は思ったことを叫んでただけで」
「それでもだよ。俺は空を見ているつもりでいつも彼女の影を見ていた。俺の空は柵でいっぱいになっていたんだ。彼女が好きだった空は”支えもないけど柵もない自由な空”だったのにな。今日は久々に空を見た気分だったよ」
「えっとそれで、その、付き合っ―」
「―待った」
返事の確認をしようとする私の口を手で塞いで、先輩はわざとらしく口元で指を立ててから、
「改めて俺に言わせてほしい」
と、真剣な目で言った。先程とはまた違う目に私は蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる。
輝いていて純粋な瞳。
「過去の人との約束で自分すら見えていなかったような至らない俺だけど、君とお付き合いをさせていただけませんか?」
「ひゃひ…」
声が上ずる。まるでここが現実では無いようなふわふわとした感覚に包まれている気がする。
ゆ、夢じゃないよね。
なんとなく現実離れした気分に信じられなくて、自分の頬を摘んでみる。
「いひゃい…。夢じゃない…」
私はてっきり振られるだろうと思っていた。
先輩は彼女がとても大事だっただろうし、きっとこの先も彼女の事だけを思って行きていくのだろうと。
「はー、なんか恥ずかしいな。こういうのは」
「真っ赤ですね…?」
「夕日のせいだろ」
「そんなベタな」
「そういう君だって真っ赤だからな?」
「それはー…。夕日のせいですよ!」
「そうだ。俺達が赤いのは夕日のせいだ。それで、返事は聞かせてくれないのか?」
「し、しましたよ?」
上ずってたけど。
「奇声しか聞こえなかったなー」
先輩は判ってて言っているようで、少し意地の悪い笑顔になっていた。
とは言え私も言い直しを要求しているので、ここは腹をくくる。
「先輩」
「うん」
「命尽きるまで、私は血の一滴まで先輩のものです!どうかよろしくおねがいします!」
「重い重い!!」
「命運尽きるまで、貴方と共に歩む所存!」
「だから重いわ!」
「先輩は我儘ですね」
「えー…。俺が悪いの…?」
わざとらしくうなだれた先輩の肩をポンポンと叩いて、呼ぶ。
「先輩」
「今度はなん―」
顔を上げた先輩に一瞬だけ私の顔を近づけて、その言葉を遮る。
瞬間的に意識と視界は白に染まり、永遠のような刹那のような時が流れた。
顔を話放心状態の先輩に今度こそ真面目に言う。
「末永く、お願いしますね!先輩っ!」
「お、おう。よろしく」
これから見る空は今までとは違う。
先輩ももう曇った顔ではなくなり、雰囲気も変わった。いや、私が変えた。
この顔が見たかったんだ。
「ようやく顔が晴れましたね」
「ああ、随分と梅雨明けに時間がかかっちまったがな」
「感謝してくださいよー?」
「ああ感謝してるよ。―」
「はい!―さん!」
ブルースカイ編は次でラストとなる予定です(文字数が微妙だから1つで長過ぎるようなら分けるけど)
次は百合になる予定です。
タグに嘘つくわけには行かないからね。というかBLタグ消したいだけど後から編集で消せるっけ?
ぶっちゃけBLではない友情ものは考えてるけど、BLではないはやっぱ無理だ書ける気がしない。
……ま、まあとりあえずブルースカイは次で終わるのでお楽しみに。
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ブルースカイ⑥
***
雨が振り、道はぬかるみ。悲しみの中に居た。
時折見える光を頼りに歩みを続けるものの、ぬかるみは足を引きずり込むかのようにズブズブと沈ませてくる。
もうずっと雨が続き、そのうち雨に溺れるのだろうと思っていた。
だが、突如として現れた月が雲を晴らし語りかけてきた。
君が歩く道はそこなのかい?そんな歩き辛そうな道より、もっと歩きやすそうな道を照らしてあげるよ。と。
月が照らした先には橋があった。ぬかるみの上を通る橋が。
それは自分が必死に進んでいるすぐ横にあった。進むことを考えるばかりで周りが見えていなかったようだ。
月が、これからは私が道を照らしてあげるから、安心して進んでねと言ってきた。
これからはもう迷うことはないだろう。
道を照らしてくれる月が居る限りは。
***
後輩の叫びは俺の心を深く穿ち、俺を過去に縛っていた
言われるまで気づいてすら居なかった。俺が見ていたのは空ではなく、彼女の影だったことに。
後輩の気持ちにはずっと気づいていた。というか気づかないわけがない。あれだけアタックされていればどんな鈍感野郎だって気がつく。
ひとしきり叫んで泣きじゃくった後輩を介抱し、俺は気持ちの整理のための時間が欲しいと伝えた。なるべく早く答えを出すとも。
本当は答えは出ていた。ただ、このごちゃごちゃとした頭を少し冷ましたかったし、何より酒が入った状態で答えるのは何か違う気がした。
翌日の昼休み、後輩は現れなかった。
流石の俺も昨日の今日からこないだろうと思っていたので特に不思議には思わなかった。
だが、午後の講義が終わった時に同期から近くの公園で後輩を見たと危機、俺は慌てて大学を飛び出した。
同期の奴がニヤニヤしていたが、気にしてる場合ではない。
後輩は思い込みが激しいところがあるので、もしかしたら返事を先延ばしにしたことでいらぬ不安を与えてしまったのかもしれない。
そう思った俺は近くの自然公園へと走った。だが着いたところで後輩が目撃されたのは昼頃だし、そもそも公園の
時間も経っているし探し回っても居ない可能性もある。そんなふうに思いながら公園内を走った。それから程なくして俺は公園のベンチに横たわる後輩の姿を見つけた。
呆れてものも言えなかった。女の子がスカートのまま公園で無防備に寝ているなんて命知らずにも程がある。
俺は小さく溜息をついて、ゆっくりと後輩へ近づいた。もしかしたら何かされて寝てるのかもと思ったが、様子を見るになにかされた様子はない。カバンの方も触られていなさそうだった。
いつから寝ていたかは知らないが運の良いやつだ。
涙の跡もないので泣いていた訳でもなさそう。それどころかその寝顔は随分幸せそうだった。頬をつついても起きやしない。
なんとなく心配して損した気分になったので、とりあえず携帯を取り出して寝顔を1枚撮っておく。
シャッター音にも反応することなく眠り続ける後輩に思わず苦笑しながらも呼びかけながら揺さぶると後輩はようやく目を覚ました。
寝顔を見られて綿渡している後輩を見ながら俺は決意を固め直した。
こいつは危うい。初めて会った時といい、昨夜の
俺が守ってやらないとな。
覚悟を決めて俺の答えを伝えると後輩はしばらく呆けた顔をしてから「今、なんて言いました?」と聞き返してきた。
人がどれだけ緊張したと思ってるのか知らないから言えるのだろうが、随分簡単に言うもんだ。こんな恥ずかしいセリフを2度も言うのは勘弁してほしいが、伝わらないままでは仕方がないのでもう一度だけ、言い直す。
改めて言い直すのがあまりにも恥ずかしくて、自分の顔が真っ赤になっているのが判るほど顔が熱くなっていた。
でもそれは後輩も同じようで、耳まで赤くなった顔でにへらと笑っていた。
お互いに真っ赤な事をからかい合って、二人して夕日の所為にしておいた。
太陽にしてみれば言いがかりもいいところだろうけど、きっとこれくらいのことなら許してくれるだろう。
「感謝してるよ。
「はい!
俺達は沈みゆく夕日を見ながら名前を呼び合いそして心に誓いあった。
“3人”であの自由な空を目指すこと。
にへらとしたまま頬を抓ったりしている後輩を横目に見ながら、俺は夕日に思いを飛ばす。
これで許してくれよな。お前を言い訳にして空を見ていたことを。今度は重ねるんじゃなくて、ちゃんと連れて行くよ。お前の想いを、夏希と。だから安心していてくれ。
なあ、―
***
終幕
月はもう空になく、橋も終わっていた。
でもそれは道の終わりではなかった。
自分ひとりで進んできた道は途切れてしまったけれど、ここから続くのは2人の道だ。
これがどこまで続いているのかは判らない。
しかし不安な気持ちはどこにも無かった。
2人ならばどんな事でも乗り越えて行けるだろう。
だからこれからも歩み続ける。隣で微笑む月と一緒に、いずれくる終わりのその時まで。
了
正直、勢いだけで書いただけあって読みづらいと自分でも思いましたが、折角なので全て投稿してみました。
ただ、以前投稿した際にも申したように恋物語に関しては感情のことが何もわかりません。
本当に恋愛をしてきた方には違和感しか無いかもしれません。
だからこれは私の願望の1つ。
今更ですが四季物語とか言いながら1発目のテーマが「空」なのはどうなの?って感じがします。
後、頑なに名前出さなかったのほぼ意味ないですよね。
ちなみに次回もそこまで季節が強く絡むわけじゃないです。馬鹿かな()
反省点しか無い!!
ではまた次回!おあいしましょう!
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積もりし雪が溶ける時
積もりし雪が溶ける時①
雪で消音された世界は静寂に包まれ、どこか寂しさと人恋しさを感じさせる。
このお話はそんな冬に出会ったサラリーマンと女子高生の物語。
『続きまして、お天気のコーナーです。冬型の気圧配置により明日から数日にかけて日本海側を中心に雨や雪、曇の日が多くなるでしょう。また強い寒気により関東平野部でも今夜から明日にかけて雪の予報となり、多いところでは5センチほどの積雪となることが見込まれています――』
今朝聞いた天気予報は外れること無く、カーテンを閉めるついでに外を覗くと闇夜の中で雪なのか
明日の仕事の事を思うと降りゆく雪にため息が出る。
「わぁ、雪降ってるね」
いつの間にか隣に立っていた彼女が「道理で寒いと思った」と言いながら俺の正面に周り、そのまま胸元にもたれかかってきた。
そんな彼女の頭に手を乗せて撫でてやると、彼女は満足そうに目を細めて微笑む。
「寒い。温めて」
「部屋の中は十分ぬくぬくしてるだろ」
「そうなんだけどさー、そうなんだけど、違うじゃん……」
今度は不満そうに
彼女が言いたいことはわかる。きっと思い出しているのだ。
2人が出会った、あの雪の降る夜の事を。
***
定時である17時を周り、既に30分ほど経ち、普段であれば時間外労働削減のために大半の人が帰り、静かになる社内も年末の仕事納めが近いこともあってそれなりに賑やかだった。
キーボードのタイプ音と紙の
『山沿いから流れ込む湿った空気と、北から下りてくる寒気の影響で、今夜から明日の朝にかけて、関東平野部の広い範囲で雪の予報となっています。東京でも5センチを超える積雪になると見られ、各種交通機関に影響が出るおそれがあります。続きまして交通情報です――』
ラジオから流れる天気予報に釣られて窓の外に目を向けると、日が落ちて暗くなった空に見るからに厚そうな雲が覆っていた。
外の気温は判らないが、今にも雪が降りそうな天気だ。
「ラジオ聞いてたか?忙しいのは解るが、程々にして早めに帰れよ」
荷物をまとめた部長がそう言い残して帰っていく。
「雪、嫌っすね……」
向かいのデスクでパソコンと
何人か窓辺に集まり空を見ていた同僚達もスマホを使ってそれぞれの通勤に関わる交通情報を調べているのか「これ電車大丈夫なのか……?」「俺、スタッドレスなんて持ってねぇよ」といった声が聞こえる。
一度、作業の手を止めてスマホで調べてみると、俺の使っている路線への影響はしばらくなさそうだった。これなら今夜も終電で帰ることができるだろう。
「俺が見たところ特に問題はないと思う。一応、いくつか抜けがあったから付箋でマークしといたよ。後は明日のプレゼン、しっかりやりな」
確認作業の終わった書類を返すと高橋は元気よく「わかりました!」と答えた。
若い社員は元気があって
一応これで今日やるべき仕事は片付いているのだが、家に帰っても待ってる人が居るわけでもない。一応、映画鑑賞という趣味はあるけれど、俺は休みの日に一気見する派。都合よく明日は休暇を取らされてるし、それならば部下の手助けをして早く帰らせてやるほうが良いだろう。
そんなことばかりしてるからいつも帰りが遅いのだが、幸い部下が慕ってくれているので特に不満はない。
そうして会社を出たのは23時を回った頃だった。眠気と若干の空腹感が意識を支配する中、駅のホームで最終電車を待っていると、ふわりと空から白い物が落ちてきた。
「雪だ……」
そういえばラジオで降るって言っていたなと思い出す。積もるなら明日の交通状態は
心配があるとしたら、高橋がプレゼンに間に合うのかくらいだが、コレばかりは俺が心配したところでなにか出来るわけでもない。せいぜい無事に出社出来るように祈るくらいだ。
いかんな。どうにも仕事のことが頭から抜けない。仕事人間って訳ではないんだけどな。
がらんとした車内で適当に腰掛けた俺は、電車特有のガタガタという揺れで眠ってしまい、気づいたら駅員のお兄さんに起こされていた。
降りる駅が終点だから寝過ごす心配はないという安心感でつい寝てしまうのだが、駅員に「また貴方ですか」と言われると我ながら情けなくもある。
改札を抜けると、目の前にはうっすらを
自宅までは歩いて15分程度だが、この寒さと雪の中で帰るのは面倒くさい。
一応、コンビニが1件だけあるので傘を買うことは出来るが、似たような状況で買った傘が家で余っているので買いたくない。
仕方ないので、ひとまず寒さから逃げるようにコンビニへ駆け込み、それからタクシー会社に電話した。
「
「それを言ったら田中君なんてまだ働いてるじゃないですか」
「俺は良いんすよ。俺ん
タクシーを待つ間、適当に温かいカフェオレといくつかのお惣菜を買い、他の客が居ない店内でバイトの子と
「あ、タクシー来たっすね」
「おっと、それじゃあ俺は帰るよ。お仕事頑張ってね」
「うっす」
コンビニから出ると冷たい風が
寒さに身を縮めながらタクシーに乗り込む。
行き先を伝えて窓の外を見る。
地元に居た頃は雪なんて毎年のことだったが、上京してからは久しぶりに見る気がする。こっちの方は降ることは有っても、積もることなんて
「お客さん、着きましたよ」
程なくして自宅のアパート前に着き、タクシーを降りる。
雪が強まっているし早いところ家に入ろうと思った時、2階へ続く階段の下にもぞもぞと動く影が目に入った。
薄暗くて良く見えなかったがそれがうずくまった人であることは解った。酔っ払いでも寝てるのかと思って近づくと次第にそれが女性であることに気づく。
そして俺は目を見開いた。女性の格好が明らかに季節感を無視した薄着だったから。
「大丈夫ですか!?」
慌ててコートを脱ぎ、うずくまった女性に被せる。すると女性は顔を上げて「誰……?」と聞いてきた。
「私はこのアパートに住む者です」
彼女の顔に見覚えはなく、少なくとも同じアパートに住む誰かでは無いことがわかった。
「えっと、立てますか?」
どうするか迷ったが、ひとまず凍える彼女を外に置いておけないと考え、家に連れ込んだ。
すぐにエアコンを最大出力で動かして部屋を暖め、風呂の給湯ボタンを押してから、買ったものの飲んでいなかったカフェオレを「一応まだ開けてないけど、もしコーヒー苦手ならカイロ代わりにでもして」と言って渡す。
「え、あ、ありがとう、ございます……」
おどおどしながらも彼女は受け取り、カフェオレを抱きしめた。
外に居た時は薄暗くてよくわからなかったが、メイクこそしているものの彼女はまだ子供のように思えた。
家に上げてしまったが、これからどうするべきかと考え、とりあえず警察かなと思いながらスマホを取り出すと彼女はビクッと肩を震わせ、手に持ったカフェオレを手放して俺の腕をつかんだ。
「お願いします!警察には連絡しないでください!」
何かに怯えるような目を向ける彼女に「わかった」と返して、スマホをジャケットのポケットにしまう。
本当ならすぐにでも警察かどこかに電話するのが正しいとは思う。しかし少女が怯えながら『連絡しないで』と言うならば、それなりの理由があるのだろう。
ならば、連絡するのは事情を聞いてからでも遅くない。はずだ。
……多分。
~あとがき~
ページを開いてくださりありがとうございます。
今度は冬のお話。今の季節にピッタリなお話をご提供させていただきます!
実は、四季物語は高校くらいからずっと書きたかったお話で、かれこれネタ帳には色んなものを題材にした話が20個くらい溜まってたりするんですよね。
……いずれ全部かけたら良いななんて思いながら色んな作品を書いてます。
ではまた次回。そう遠くない未来に。
6/21 追記
友人からボロクソのダメ出しを食らって書き直しました。
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積もりし雪が溶ける時②
私はずっとお母様の操り人形だった。
言われたことを言われたようにするだけ、決められたレールの上。その道を進んでいれば
期待されているレベルの成績は常に取った。
習っていたピアノではコンクールの入賞を果たした。
決められた相手と決められたような関係を築いてみせた。
後は大学に進み、いずれはお父様の後を継いでグループの上に立つ。
それでいいと、これからもそうしていれば良いのだと思っていた。
お母様に「婚約者と会わせる」と言われて、家からほど近い有名な高級ホテルレストランに連れられた私の前に現れた有名政治家の息子だという人。その人に会うまでは。
彼に対する第一印象は最悪の極みだった。会ってそうそう挨拶も抜きにジロジロと品定めするような視線を向けて、にたりと笑いながら左腕を私の肩に回してきた。
「
お母様の手前、嫌がって腕から抜けるわけにもいかずにされるがまま席まで連れられる。
連れられてる間、やたらと鼻につく香水の匂いがただただ不快だった。
「それじゃあ、私は帰るから。明日の学校に間に合うように帰ってきなさい。後はよろしくお願いします。
「はい、朝には帰すようにしますので」
「あの、お母様……?」
古川と呼ばれた男性と2人きりで残される不安から、お母様を呼ぶも、
「しっかりやりなさい。石崎家の娘としてこういった場の事も教えていたはずよ」
そう言い残して帰ってしまった。
椅子が2つしか用意されてなかった辺り、元々そのつもりだったのだろう。
後に残された私と古川さん。
「美雪ちゃん。まだ18歳だよね。色々と興味あるなぁ」
「それは、どういう……」
何を話したら良いかもわからず、カトラリーとグラスだけが置かれた机に視線を落としていた私に古川さんがそう言った。
顔を上げて目を合わせると、古川さんは目を細め出会った時と同じような視線を向けてくる。
気持ち悪い。
「普段からそんな感じの服装なの?」
「いえ、今日はお母様に言われて……」
セミフォーマルな白のフレアロングドレス。お母様が用意してくれたもの。言われるがまま着てきたもの。
「少し大人びて見えるね。良いじゃん」
また、口角を吊り上げてにたりと笑う。
ああ、この視線。今までもグループ関係のパーティで向けられたことがある。下卑た視線。
目を合わせたくない。そう思いながら私は机の上だけを見て静かに運ばれた料理を食べた。
その間も古川さんは「美雪ちゃんから見たら俺はもうだいぶおじさんかな?」「無口だね。緊張してるの?」とかずっと話しかけられ、私はそのたびに当たり障りのないように答えた。
コースを食べ終え、どうやって帰ったものかとタイミングを考えていると、立ち上がった古川さんが私の横に立ち、肩に手を置いた。
「じゃあ、行こうか」
「はい。今日は有難うございました」
私も立ち上がり、肩に乗った手を振りほどくようにして1歩下がってから、お辞儀をする。すると、古川さんは笑って「違う」と言った。
「ここの上に部屋を取ってあるんだ。
「それは、どういう……」
嫌な予感がする。
「察しが悪いな。
古川さんが私の手を引っ張り、強引に抱き寄せ、空いている逆の手を腰に回してきた。
「嫌!!」
「痛ってぇな。何すんだよ」
尻もちをついている古川さんから逃げるようにして走った。とにかく今は
ホテルを出て、すぐの駅に着いた私は、ホテルのクロークに鞄やコートを預けたままにしてしまっていることに気が付いた。
冬の冷たい風が
鞄とコートを取りに戻ろうにも、古川さんが居る。
家へ帰ろうにも、もしお母様の言葉が古川さんの言っていた通りなのだとしたら、私は怒られる。もしかしたらまた古川さんのところへ連れて行かれるかもしれない。
「嬢ちゃんどうしたんだ?」
「お嬢ちゃんそんな格好で寒くない?どう、おじさん達と飲みにいこうよ」
声をかけられ、顔を上げると、顔を赤くさせた2人の男の人と目があった。
「ごめんなさい!」
走ってその場を去る。そのまま駅から出ようとしたところで足踏みする。
目の前に降るは、雪。
そういえば学校でクラスメイトが降るかもしれないと話していたのを思い出した。
雪の降る中に駆け出す事もできず、寒さから逃げるように、また駅の構内へと戻ろうとして気づく。
ああ、この格好は目立つ。と。
ただでさえセミフォーマルな物とは言え、ドレス。それも肩出しでとても気温に適してない。
ここに居たら見つかるのは時間の問題だろう。この駅は人も多いし、そもそも先程まで居たホテルとも近い。
外は雪。ならば電車に乗って遠くに行けば良い。そう、それこそ終点まで。
私はスマホを取り出して苦笑する。
財布は無いが、もしものためにと電子マネアプリにチャージされていた分があれば十分電車に乗ることが出来るはずだ。
1人で電車に乗ったことは無いけれど、ここには利用してる人が沢山いる。真似をすれば大丈夫なはず。
意を決して、眼の前で改札を通り抜けたスーツの男性を真似して改札の機械にスマホをかざして、そのまま男性に着いていき、同じ電車に乗り込む。この電車が何処へ向かうのか、これからどうすればいいのか、なんて考えもせずに。
空いた席に座り、
少し
「っ!」
もう一度、応答拒否をタップして、そのままスマホの電源も落とす。
今は誰とも話したくない。お母様ですら信じて良いのか解らない。
「お父様……。私はどうしたら……」
やがて、終点を知らせるアナウンスが聞こえて電車が止まった。何も知らない。何処とも知らぬ駅。
人の波に乗って改札を抜けようとすると、改札の機械が音を鳴らして行く手を阻んだ。
何が起きたかわからずにあたふたしていると、駅員さんが駆け寄ってきて「スマホの電源が切れているせい」だと教えてくれた。
考えてみれば当たり前のことだが、アプリの電子マネーはスマホの電源が切れていると使えないらしい。
スマホの電源を入れ直し改札を抜けると遠くの方から『――行、まもなく到着します。乗り換えの方はお急ぎください』と聞こえてきた。
どうせなら、行けるところまで行ってしまおうか。
しかし、まるで私が遠くへ行けないように運命が
もう乗り換えのアナウンスも聞こえない。どうやらここが本当に終点らしい。
駅の外に出ると、暖かな駅構内とは対照に冷たい空気が広がっていて、雪も降り積もり、うっすらと白く染めていた。
雪の中を歩きたくはないけれど、このまま駅の中に居ては、また誰かに声をかけられるかもしれない。駅員さんが警察を呼ぶかもしれない。そう考えたらとても駅の近くには居られなかった。
当ても無く、歩く。
雪は
次第に雪が強まっていくのを感じた私は歩くのを諦めて、目に入った建物の影に腰を下ろした。
2階建てのアパート。その2階へ続く階段の下にあるスペースは丁度、風を受けず、雪も階段と屋根に
しゃがんだまま膝を抱えて身体を丸める。
「これからどうしよう……」
このままここにいたら凍えて死んじゃうかもな。それでも良いか。なんて気の抜けた事を思いながら目を閉じた。
雪で音の消された街はとても静かで、自分の吐息の音だけがよく聞こえる。
「大丈夫ですか!?」
寒さで頭がぼーっとし始めた頃、不意に聞こえた大声で目が覚めた。
顔を上げると、何かが上から降ってきて私を包む。それはとても温かくて、何故か落ち着く匂いがした。
私はかけられたコートの温もりを逃さないように寄せて、眼の前の男性を見る。そこに居たのは少しくたびれた様子のおじさんだった。
「誰……?」
ほとんど反射的に出た言葉に対して、「私はこのアパートに住む者です」と答えが帰ってきた。
「えっと、立てますか?」
そう言いながら彼は心配そうな顔で手を差し伸べてくる。その私を見る目から
手を取るか迷いながら、ゆっくりとその手を取る。そのまま優しく手を引かれて、立ち上がった。
「ひとまず、うちに来て」
彼は有無を言わさずに、手を取ったまま1階にある扉を開けて、中に入る。
玄関で手を離されると、彼は私を置き去りにして部屋の奥へ消えていった。 しばらくバタバタと慌ただしく動く彼によって、電気が灯され、いくつかの機械音が鳴り出す。
「これ、一応まだ開けてないけど、もしコーヒー苦手ならカイロ代わりにでもして」
しばらく玄関に立ち尽くしていると、缶に入ったカフェオレを押し付けられた。冷たく冷えた手に缶コーヒーの熱がじんわりと伝わってくる。
「玄関に立ってないでこっちおいで、エアコンつけたから待っていれば暖かくなるはずだよ」
知らない男の人の家に上がるのには抵抗があるが、他に選択肢もなく、恐る恐る靴を脱いで小さく「おじゃまします」と言いながら家に上がる。
「適当にくつろいでいいから」
リビングに入ると彼はダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら、携帯を取り出してそう言った。
「やめて!!」
「お願いします!警察には連絡しないでください!」
彼は携帯を取り出しただけ、何もおかしなことはしていなかった。それでも私は彼が何処かへ電話しようとしたように思えてしまった。
警察に連絡されたら、連れ戻されてしまう。警察が石崎を、丸菱を知らないはずがない。
迷惑なのはわかっている。警察に電話することは何も間違ってない。でも、今はまだ帰りたくない!
「……わかった。警察には電話しないから、安心して?」
掴んだ手が優しく解かれる。
「お風呂、すぐにお湯が溜まると思うから入って。いつからあそこに居たのかは知らないけど、手がこんなに冷たくなるくらいは居たんでしょ?」
彼は携帯をテーブルに置いて、わかりやすく私に触れないようにしながらお風呂場まで案内して、シャワーの使い方や、シャンプーのことなどを教えてくれた。着替えも、新品のスウェットを貸すと言ってタオルと一緒に渡される。
「あの……」
「どうかした?あ、もしかして知らない人の風呂は嫌だった?」
「いえ……。そういう訳では、えっと、お湯、いただきます……?」
「ゆっくり暖まっておいで」
脱衣場に1人残された私は、脱衣場の外を気にしながらおずおずと服を脱ぎ
慣れない匂いを感じながら浴室に入り、教わったように蛇口を
「はふぅ……」
冷え切った身体にシャワーの熱が伝わる心地よさから、気の抜ける声が漏れた。
使っていいと言われた石鹸を使って、身体を洗う。古川さんに触られた所は念入りに。
できれば、あんな身が汚される様な思いは、もうしたくない。
しっかりと、念入りに洗っている間に、十分な量のお湯が湯船に溜められていた。
私は泡が身体に残っていないか確認してから、ゆっくりと湯に身体を沈める。
じんわりと、何かが身体から抜けていくような感覚と共に脱力すると、欠伸が出た。
どうやら自分が思っていたよりも疲れていたらしい。
もう一度、大きな欠伸をしてから考える。自分はこれからどうすれば良いのか。
たまたま親切な人に助けてもらった。でも、本当にただの親切な人なのかは解らない。
警察には連絡しないと言ってくれたが、今、私がお風呂に入っている間に電話しないとも限らないのだ。
それに、親切ではなく見返りを求めての行動だって可能性もある。お金か、身体か、何かしらを求めて助けてくれたのかもしれない。
私は、どうしたらいいのだろう……。
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積もりし雪が溶ける時③
後先を考えずに家にあげてしまった事を俺は後悔していた。と言うのも、彼女は未成年だと思うから。
化粧はしていたが、顔つきにあどけなさがあるし、警察に電話しないでほしいと言うのも、未成年だとすれば
後、これは勘だけど
机を挟んだ向かいで椅子にちょこんと座り、紅茶を飲む彼女を見てそんなことを考えていた。
コンビニで買った弁当を食べながら、彼女にどうして
雪が降っているのに肩出しのドレスで外に居たし、ただの家出娘って訳では無いだろう。多分、良いとこのお嬢様か何かと見た。
何か食べるか聞いたけれど、お腹は空いてないと答えたし、どっかのパーティー会場から抜け出してきたとか、そんな感じだと思う。
本当に未成年だとしたらヤバイんだろうなぁ。
そう思いつつも、怖くて歳を聞くことはできなかった。疑惑のままで居たほうが言い訳ができそうだと考えたのもある。
自分だけご飯を食べることに若干の忍びなさを感じながら、手早く食事を終えて、ゴミと食器を片付けてから自分の分のコーヒーを淹れる。再び席に付いて彼女と向き合った。
「そういえば、まだ名乗ってなかったよね。俺は
「えっと……」
言いよどむ彼女に「嫌だったら答えなくても良い」と伝えると、彼女は目を伏せながら「
「美雪さんだね。……えーっと」
名前を聞いたものの、そこから何を話せば良いのかが解らない。聞きたいことは既に聞いてみたし。答えてくれなかったけど。
会話が
「あー、その。美雪さんがこれからどうするつもりなのかは知らないけれど、今日の所は泊まっていくでしょ?」
とっくに
「悪いんだけど、うちにお客様用の布団とか無いから、俺の布団使ってもらって良い?俺はソファで寝るからさ」
「え」
「おっさんが使ってる布団が嫌なら、ソファになっちゃうけど……」
そうだよな。年頃の女の子が俺みたいなおっさんの布団を使いたがるはずないよな。
そう思ったのだが、どうやら違うらしく、彼女は「そうではなくて」と手を前で振った。
「その、嫌とかではなくて、1つしか無い布団を私なんかのために……」
彼女の反応を見て「あーそゆことね」と思った。彼女は1つしかない布団を使わせてもらうのが忍びないのだろう。
「気にしないでいいよ。いつもテレビで映画見て、そのままソファで寝ること多いから」
「えと、そういうことなら、その、ありがとうございます?」
微妙に納得してなさそうな言い方ながらも彼女は軽く頭を下げた。
それから寝室に案内して、寝室のエアコンの使い方を伝えてからリビングに戻ってきた。
映画を1本くらい見ようか悩んでいる時に、漏れ出た
若い頃は疲れていても朝まで映画みたりして過ごせたのだが、最近は疲れに負けて寝るか、見ている途中に寝落ちしてしまうか。
どうしたって寄る年波には勝てない。
毛布を被って横になると、ただでさえ感じていた眠気が強まり、そのまま
***
慣れない他人の匂いが染み付いた布団に
しばらく目を閉じたままじっとしていたが、眠れずに目を開く。確かに眠気はあるはずなのに、眠れない。
開いた瞳に写るのは見慣れない天井。家具、壁。
今の私にあるのは
斉藤と名乗った彼のことはよくわからない。優しい人、だとは思う。でも解らない。どうして何も求めてこないのか。
私の
やっぱり、解らない。
ベッドを使って良いと言われた時は、やっぱり身体が目当てなんじゃないかと思ったが、彼はすぐに『ソファで寝る』と言った。それでも寝ている間に部屋に入ってきたりすることも考えられたが、先程、トイレを使わせてもらうために一言断ろうとリビングを覗いたら、部屋の電気は消えていて、戸を開くと寝息が聞こえてきた。
ひとまず襲われることがなさそうで安心するけれど、同時に少しだけ納得がいかなかった。そんなに魅力のない女に見えたのだろうか。
そんな余念が浮かんだことに苦笑する。
いっそ彼に身を売るのもありかもしれない。
馬鹿なことを考えてないで寝よう。明日は午前授業が――
…………。
私は一体何を。こんな状況で学校に行けると思っていたのか。
お母様から逃げた私が。
一度、湧き出てきた不安はあっという間に意識を支配して、怖くてたまらなくなる。その不安を押し殺すように身体を丸めて朝まで過ごした。
気づくと窓から朝日が差し込んでいたが、眠れたのかどうかはよくわからない。
寝不足特有の重たい身体を起こして、廊下に出るタイミングとトイレから斉藤さんが出てくるタイミングが重なる。
「おっと、もしかして待ってたかな」
首を振って否定する。
「えっと、よく眠れた?」
首を振って否定する。
「あー、その。朝ごはん食べるでしょ。今用意するから」
話題に困った様子の彼がそう言ってリビングの方へ消えていった。
流石に素っ気なさ過ぎただろうか、仮にも彼は恩人だ。もっとちゃんと対応するべきだろう。とはいえ、どう接したら良いのかは解らない。
家柄や身分の関係ない相手と、付き合いを持ったことが無い私には、ああいった場合に答えるべき言葉が出てこなかった。
お母様に言われた通りに関係を
なんか、朝から嫌な気分。私ってお母様が居ないと何も出来ないのね。
心のなかでそっと独り言つ。
顔でも洗って気分を仕切り直そうとしたが、タオルがない。そう思った矢先。
「あ、やっぱり」
斉藤さんが現れて、タオルを差し出してくる。
「トイレじゃないなら、顔でも洗うんじゃないかと思ってね。タオル、使うでしょ?」
「えと、ありがとうございます……」
「タオルは使い終わったらそこの洗濯機に放り込んでおいて」
遠慮がちに受け取ると、彼は微笑んでから、またリビングの方へ去っていった。
少しだけ受け取ったタオルに目を落としてから、タオルを脇において顔を洗う。
冷たい水が、眠気の残る頭をスッと晴れやかに覚ました。
目を閉じたままタオルを手に取り、顔を拭く。
「…………」
お布団と同じ香りがする。
―スンスン
顔をタオルに押し付けて匂いを嗅ぐ。慣れない匂いだけど、不思議と落ち着くこの匂いは嫌いじゃない。
「―――っ!」
私は一体何を。こんな変態みたいなこと。
恥ずかしくなって、タオルを洗濯機にそっと入れる。
鏡を見ると顔が赤くなっていて、しばらくは彼の前に出られそうになかった。
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積もりし雪が溶ける時④
味噌汁を
メニューはご飯とベーコンエッグと味噌汁、それとパックのお漬物というシンプルな朝食。
彼女は、その中のお椀の前に置かれたインスタント味噌汁を凝視したまま動かない。正直、かなり気まずい。
「えっと、インスタントの味噌汁は初めてか?」
コクリと頷いた彼女に作り方を教えると、ようやく彼女は動き出した。
具の入った袋と味噌の入った袋を開けて、お椀の中に入れてから机の上にあるケトルで沸かしておいたお湯を注ぐ。
「そしたら味噌が溶けるように軽く混ぜて、具が柔らかくなったら食べられるよ」
「なるほど……。凄いですね。こんな簡単に……」
雪で濡れていたドレスを干した時にも思ったが、ひょっとしなくても、この娘はとんでもなくお嬢様なのではなかろうか。
何処から来たのかは知らないけれど、少なくとも近くはないだろう。
なにせ、こんな
スマホだけは持っているみたいだし、電車であの駅まで来て、後は歩いたってところか。
ケトルの使い方どころかケトルと言うものを知らず、インスタント味噌汁のことも知らない。
スマホとドレスを洗面所に放置してしまうくらいには警戒心もない。やっぱり良いとこのお嬢様なんだろうな。
一応、ドレスは雪で濡れてたから干しておいたけど、生地はかなり薄かった。あんな格好で冬の寒空の
「とても、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「はいよ。お粗末様」
自分で作ったのはべーコンエッグだけだけど。
まあ、何にせよ口に合ったようで一安心だ。日本の食品業界に感謝だな。
洗い物を済ませてコーヒーを2杯淹れる。お茶とどちらが良いか聞いた所コーヒーで良いとのことだったから。
ドリップタイプとは言えインスタントだからと思い、スティックシュガーとコーヒーフレッシュも出してあげた所、彼女は1口だけ啜ってから
「まだ苦い……」
遠慮して俺に合わせたのだろう。
紅茶もあると言うと、
「美雪さん。少し、良いかな?」
コーヒーが冷めて適温になった頃。そっと口を開く。
「美雪さんはこれからどうするつもりなのかな」
責める訳でも、
「なにか事情があって帰りたくないみたいだけど。出来たらその事情を聞かせてもらえないかな」
「それは……」
昨日と同じく、言い淀んで話そうとはしない。
それほどまでに言いづらいことなのだろうか、それとも単に俺が信用ならないのか。
どちらにせよ、長くは家に置き留められない。非情かもしれないけれど、世間はアニメやゲームの様に優しくはないのだ。例えそれが善意でやっていたとしても。
ただ、事情によっては力になれることがあるかもしれない。お節介と言われたらそれまでだけど。
「……お話、したいと思います」
しばらく沈黙が流れた後、彼女は話し始めた。
「まず始めに、丸菱グルーブの石崎家という名前に聞き覚えはありますか?」
丸菱と言えば“超”が3つは付くほどの大企業だ。石崎家という名前にも聞き覚えはある。確か、創始者の一族が石崎と言う名前だったはず。
「まさか……」
このタイミングで、この話をするということは美雪さんの正体って。
なにやら嫌な汗が背中を伝う感覚を覚える。そしてその考えは美雪さんによって肯定された。
「はい、私の名前は
「…………」
何も、言えなかった。
中小企業の課長という中流階級にも満たない立場の人間からすれば、彼女は
そんな人が家出をしていて、俺が家に拾い上げていると言う状況。
あれ?俺、死ぬのでは?
「ソ、ソウナンデスネ……。ソレデ、ドウシテ美雪サンハ家ノ前ニ……?」
「そんな
「そ、そう……?」
それから美雪さんは石崎家としての教育のこと、父の背を目指して努力してきたこと、大学受験を控えたタイミングで降って湧いた婚約者の事など、時間をかけて話してくれた。
正直、ごくごく一般的な家庭で育った俺からすれば想像もつかないような生活だけど、とにかく婚約が嫌で逃げ出してきた。ということは解った。
「その婚約の話だけどお母さんに言って解消してもらうとか出来ないの?」
「お母様は私と
「じゃあお父さんに言って、止めてもらうとか。聞いた感じ、お父さんは美雪さんの味方なんでしょ?」
「お父様は
「そうか……」
つまり美雪さんのお母さんは、お父さんに居ないタイミングを狙って婚約者と引き合わせたことになる。
土曜会が何かはわからないけれど、出張しているということだろう。
「お母さんって、そもそも大学進学することを許しているの?」
「それは、どうでしょう……」
「例えばだけど、このまま卒業後に婚約者と結婚という話になったとするでしょ?」
「嫌です!そんなの!」
彼女は机を叩き、立ち上がる。よほど古川って人のことが嫌いらしい。
「例えだから、ね?……それこそお母さんがどうしても政界との繋がりが欲しくて古川って人と引き合わせたのなら、古川さんとの婚約を解消出来たとしても次を紹介されるだけかもしれないよ」
「それは……」
「だから、お母さんの意思を確認したほうが良いかもね。その上で、美雪さんがどうしたいかも伝えてみようよ。大学に進みたいなら、それもね」
おそらくは、美雪さん親子に足りないのは対話だと思う。
今までお母さんの言いなりで過ごしてきた美雪さんは、自己表現が苦手なのだろう。
「無駄ですよ。お母様は私を石崎家の娘という
「お母さんにそう言われたのかい?」
「言われては、いませんけど……」
「なら聞いてみよう――」
「――貴方に何が解るんですか!」
声を張り上げ、睨んでくる。その瞳には涙が浮かんでいた。
「……すまない。部外者があれこれ言える問題じゃないよな」
「私こそ声を荒らげてしまい、申し訳ありません……」
彼女は本当に申し訳無さそうに頭を下げて席に座り直した。
無神経に踏み込みすぎた。彼女の気持ちを考えたら、お母さんに意見なんて出来ないか。
多分、お母さんの話題はこれ以上すると本気で怒られてしまう気がする。かと言って中途半端なまま話を終わらせても何も解決しない。
そう考えて、切り口を変えてみることにした。お母さんが駄目ならお父さんに。
「ねえ、お父さんって、この婚約の話を知っていると思う?」
「多分、知らないと思います。父は私のことを可愛がっていますから、
弱々しく語る顔は暗く、不安なことが見て取れた。
「それならばさ。さっきの話、お父さんには話せないかな?美雪さんがどうしたいかってやつ」
自分で巻いた種とはいえ、地雷原の上でタップダンスを踊っている気分だ。
ひとまず怒っている様子ではなさそうで安心する。
力になれたらなんて
固唾を呑んで返答を待っていると、彼女は小さく頷いた。
「……お父様になら話せる。と思います」
「電話はできる?」
「出来なくはないです……」
含みのある言い方に思わず「まずい、地雷を踏んだか」と身構えていると彼女は特に怒った様子もなく話を続けた。
「多分、電源を入れたらお母様から電話が」
言葉の途中で何かに気づきハッと顔を上げて、辺りを見始めた彼女に「君のスマホなら充電しておいたよ」とテレビ台の上に置かれた彼女のスマホを指差す。
「洗面所に置きっぱなしだったから。勝手にごめんね」
「ああ、そういえば……。いえ。ありがとうございます」
どうやらスマホの存在を忘れていたらしく、置きっぱなしだったと言う話に対して腑に落ちた反応をした。
勝手に触ったことを怒られなくてよかったと今更ながら思った。そう思うなら触るなって話だけど。
「自分のスマホが使いたくないなら俺のを使ってもいいからさ。あー、電話番号って覚えてる?」
「はい。何か有っても良いように近い親類の番号までは記憶してます。お電話、お借りさせていただきますね」
「いいよ。ロックは解除してあるから、そのまま使って」
「解りました」
今どき親の番号も覚えて居ない人が珍しくないのに、親類の番号まで覚えているなんて、やはり金持ちの家に産まれると、そういうことも必要なのだろうか。
ちなみに俺も両親の携帯番号を記憶してない側。昔からある固定電話の方は覚えているんだが、携帯の方は覚えられなかった。
「……もしもし、お父様?」
どうやら無事に通じたらしい話し声を聞きながら、静かに電話が終わるのを待つ。
呑気に冷めたコーヒーをすする俺は、1つ重大な失念をしていたことに気づかない。何気なく渡したスマホで電話させることの意味に。
改変するにあたって設定を練り直したりしたのですが、まあ前の作品はボロだらけだったなと実感しました。
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積もりし雪が溶ける時⑤
娘の美雪が家出をした。そう使用人から連絡を貰い、俺は事実確認をした後に急ぎ帰国の準備を整えた。
持つべきものは優秀な部下だ。俺は土曜会の事を側近に任せ、なんとか早朝には帰宅することが出来たが、使用人は詳しいことを知らず、いくつかの伝手に確認をしても娘の居場所に関する手がかりは掴めなかった。
確認できたのは
少し前に美雪の婚約について話はしたが、“まだ美雪には早い”と結論付けたはずなのに、勝手なことを。
落ち着かない様子の使用人が出したコーヒーを飲みながら、次の行動を考える。
警察を頼るのは最終手段だ。ただでさえ『
特に美雪は大学受験を控えている。なんとか事を荒立てないようにしたい。でも、もし変な男に連れていかれてたりしたら、その時はあらゆる手段を使って
そんな
「……明美か?」
『違います。美雪です……』
察しはついていたが、念のため
「どうやら間違いなく美雪のようだな。ひとまず無事なようで安心したよ。今、どこにいるんだ?」
『それは、その……。えっと、ですね』
歯切れの悪い返事の後に、なにやら後ろの方で誰かを話している様な声が聞こえてきた。
話の内容までは聞き取れないが、どうやら男と話しているらしい。
『もしもし』
しばらく待っていると、美雪ではなく知らない男の声が返ってきた。
「どちら様でしょうか」
『
「―なぜ娘と一緒に居るのかお聞かせ願えますか?」
『あ、はい』
娘が知らない男と一緒に居る。という事実が
『
「それならば警察に電話するなどの対処をすべきですよね。家に止める必要などないと思いますが、どうして今も一緒にいらっしゃるのですか?」
『…それは、美雪さんが警察には連絡してほしくないと仰ったからです』
一瞬だけ返事を
話の筋は通っている。美雪ならば俺が考えたのと同じ様に、事を大きくしないように警察への連絡は避けるだろう。だが、それと男の家に上がり込むのは話が別だ。
『……あの、電話口の相手に信用も何もないとは思いますが、お嬢さんには何もしていませんので、ご安心ください』
「本当だろうな。もし嘘だった場合は貴様の首が飛ぶと思え」
物理的に。
『お父様!斎藤さんは私の恩人です!困らせるようなことを言わないでください!』
「ぐっ!だが、お前に何かあったらと思うとだな」
『何もありません!』
娘の強い口調で何も言えなくなる。
美雪がここまで言うのだ。本当に何もないのだろう。そういうことにしてやる。
『あの……』
親子の会話に挟まれた斎藤さんが、恐る恐るといった声を出した。
『電話をした理由についてなのですが……』
「迎えですね。迎えですよね。すぐ行きます。どちらに行けばいいですか?」
『え?』
「何か問題でも?」
『いえ……。お父さんは海外に居ると
どうして不思議そうな反応をするのかと思ったが、どうやら私が日本に居ないことを娘から聞いていたようだ。だとすれば、今通じてる時点で電話のかけ方を間違えていることになる。
そういえば美雪には教えてなかったな。国際電話のかけ方を。
「娘が家出をしたと聞いて帰ってきたのですよ。それと見ず知らずの男に“お父さん”と呼ばれたくないので、
『わ、わかりました』
「それで、娘を迎えに行きたいのですが、どちらまで行けばよろしいでしょうか?」
***
お父様が私のために帰ってきた。
そう聞こえて、私は嬉しいと思う反面、お父様や
今、眼の前で斎藤さんがお父様と話し終えて、どうやらお父様が
しかし、ここに来てお父様と会うのが怖くなった。
今更ながら、石崎の娘という立ち場の重さに気づいてしまった。
『お父様に話してみたら』
と言った斎藤さんは悪くない。これは私が起こしてしまった行動によるもので、彼は関係ない。むしろ現状を何とかするために、お父様を頼るのは間違っていないと思う。
「お父さんと会うのが心配?」
お父様が来る前に着替えてくると言って、席を外していた
「少しだけ……。私、とんでもないことしちゃったんだなって」
「とんでもないこと?」
「私が考えなしに飛び出してしまったから、色んな人に、斎藤さんにも
「声をかけたのも、家に上げたのも、父親に電話してみたらと言ったのも全部、俺の判断だよ。迷惑じゃないわ。それに、月並みだけど、誰にも迷惑をかけずに生きている人なんて居ないと思うな。美雪さんは今まで
それは、
「それは迷惑になってしまいます……」
「でも、古川って人と婚約するのは嫌なんでしょ?」
「それは」
「深い事情も知らない俺が言って良いことかはわからないけどさ。嫌なことを『嫌だ』って言うのも大切なことだと思うよ」
斎藤さんの言っていることが理解出来ないわけではない。むしろ一般論として、それが正しいだろうとすら思える。
それでも、
親に逆らうなんて、不品行ではないか。それは
―ピンポーン
不意に、部屋にチャイム音が鳴り響いた。
迷ったまま、答えが出せない私などお構いなしに時は過ぎて居たようだ。
「来たかな。美雪さんは待ってていいよ」
立ち上がろうとする私を制止して、緊張した面持ちの斉藤さんが立ち上がる。
どうしたら良いか、考えが焦って答えを出そうとしているうちに斎藤さんがお父様を引き連れて部屋に入ってきた。
***
今回は美雪母視点です。
なるべく毒親っぽく見えるようにしたつもりですが結構難しかったです。
今回は繋ぎとしての話になるのでかなり短いですが
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積もりし雪が溶ける時⑥
「
美雪さんに出していたコーヒーなども一度全て下げて、来客用のちょっと高いお茶を出す。
「ありがとうございます。
当たり
原因は美雪さんのお父さん。名前は
誰でも名前を知っているような大企業、
今までに感じたことのないくらいの凄まじい重圧だ。
「それで」
恵介さんの一言で更に空気が張り詰める。
「昨夜は何があったんだ?」
空気の重さに対して、口調は柔らかく、俺には少なくとも怒っているようには聞こえない。
それでも美雪さんは縮こまり、答えに詰まってしまう。それほどまでに親への反発に抵抗があるのか。
いや、でも電話では俺を庇うために口を挟んでくれたよな。
「怒ってるわけじゃないんだ。ただ聞かせてくれないか。古川先生の息子さんと会っていたと聞いているが、どうしてそこから、こうなったか」
いくら事情を知っていても、その答えを俺が言う訳にはいかない。これは彼女の問題だ。
「美雪さん」
うつむいている美雪さんに声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて俺の目を見た。それからまたうつむいてしまったが、ポツポツと言葉を紡ぎ始める。
「昨日は、お母様に連れられて―」
ゆっくりと、ホテルのレストランに着き、古川って人と会って、逃げてきた事を語ってゆく。
時間帯までは俺も聞いていなかったが、彼女は少なくとも1時間以上はアパートの前に座っていたようだった。
本当に俺が助けなかったら死んでいたかもしれない。
「随分と無茶をしたんだな」
「ごめんなさい……」
「怒っているわけじゃないんだ。ただ、無事で本当に良かったと思ってね……」
恵介さんは最悪を想像したのか目頭に手を当てて、溜息をつく。
子の居ない者には想像することしか出来ないが、それでも察する事が出来るほど
「心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした……」
その様子を見た美雪さんが深々と頭を下げる。
「もう、心配をおかけしないよう心がけます」
これが、こんなのが親に取る態度なのか、どうしても嫌な事があって逃げたのに。
「どうか、お母様に逃げ出したことへの赦しを得るためにお父様のーー」
「ーー少し、よろしいでしょうか」
親子の会話に口を挟むべきではないのかもしれない。
それでも、全てを諦めた表情で親に頼む美雪さんを見ていたら止められなかった。
「恵介さん。差し出がましいとは思いますが1つお願いがあります」
「……なんでしょうか?」
ギロリと鋭い視線が向けられる。
「美雪さんの婚約の件ですが、恵介さんのお力で解消してもらえないでしょうか?」
「これはうちの、石崎家の問題だ。それを解っていますか?それに、そうして貴方に何の利があると?」
「ええ、部外者である私が口を挟むべきでない事は重々承知しております。ですが、彼女は貞操の危機を感じたと、どうにもならない嫌な事から逃げてきたと話してくれました。初めは本人の口から話すのが1番だと思っていました。ですが、こんな諦めたような顔を見ていたら黙ってはいられません」
解っている。俺のやっていることがおかしいことくらい。美雪さんがそれを望んでいるとも限らないのに、勝手なことをしている。
「斎藤さん……」
横から呟かれた声が、どういう感情を含んでいるのかわからない。怖くて見ることもできない。
出てしまった言葉は戻らない。こんな感情任せな言動、良い歳した男がやっていいことじゃない。
「斎藤さん。何か勘違いしているみたいですが、私はそもそも婚約に反対している立場です。美雪に婚約者なんてまだ早い!美雪はまだ高校生ですよ!」
やはり、
幸い、怒られたりはしなかったけれど、美雪さんの思い出話が無限のように出てきた。そうやら恵介さんは親バカと呼ばれるタイプらしい。
美雪さんは先ほどとは違う意味で俯いてしまっている。耳まで真っ赤だ。
「――10歳の時にピアノのコンクールで入賞しましてね。この子は天才だと――」
「あ、あの。恵介さん」
「はい?」
「お昼も近いので、そろそろ話を切り上げてもらえると助かります」
終わりそうにない話をなんとか止める。もっと早く止められたら良かったのだけれど、まさか30分も話し続けるだなんて思っていなかったから止めるタイミングが掴めなかった。
「もうこんな時間でしたか、少々話し込みすぎたみたいですね。申し訳ない」
少々?と思ったが言えるはずもなく、楽しいお話だったと無難に流す。
そうして随分と脱線したが、ようやく本題に戻ることができた。
本題。すなわち美雪さんの今後について。
ひとまず、恵介さんも婚約には反対と言うこともあり、婚約は解消の方向で動いてくれるようだ。高校卒業後の進路についても、美雪さんの想像していたように大学への進学を希望しているらしい。
ともあれ、美雪さんの望みは叶ったと言って良いはずだ。
だから話はこれで終わり。後は本人達がなんとかするだろう。そう考えながら、自宅前に止められた高級車に2人が乗り込んでいくのを見送った。
―しかしそうはならなかった。
「おかえりなさい。斉藤さん」
それから数日後、仕事から帰ってきた俺は自宅の前で美雪さんと再会した。
どうやら一度出来た
今回は本来、前か後ろの話に付ける予定だったので少々短いのですが、どうしても作風の都合上、視点変更で切りたかったので上げました。
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積もりし雪が溶ける時⑦
積雪7話改変
お父様は私が思っていたよりもずっと優しく、そして怖い人だった。
婚約を勝手に決めた事をキツく
私自身も逃げた事への
その時のお父様の顔がとても恐ろしく見えて、今まで見たことの無い表情に私は何も言うことが出来なかった。
そうして家に残された私は自室で何をするでもなくベッドに腰掛けている。
ちなみに無断欠席になると思っていた学校の方は、お父様が電話して病欠と言うことになっているらしい。
結局、私の行動は面倒を増やして、多方面に迷惑をかけただけだ。しかも斎藤さんやお父様の優しさに助けられただけで、何かが
今だって、考えても何ができるわけでもない。
余りにも無力なただの小娘。何をどうしたら良いかもわからず、状況が動くのを待っているだけ。
ふと、携帯に視線を向ける。
病欠扱いで休んでいるとお父様から聞いているが誰からの連絡も来てはいない。
お母様に決められた相手だけとはいえ友人は居る。でも、どうやら所詮は家柄だけで繋がれた関係だったらしい。
1人くらい風邪を心配してくれても良いだろうに。
勿論、社交辞令的なものだとは思う。それでも私は嬉しかった。頼って良いのだと思えたから。
ズキン。と胸が痛んだ。
「ああ、そっか……。私、寂しいんだ……」
なんてことはない。ただ、私が
ふと、斎藤さんの顔が思い浮かんだ。
家柄も何も関係ない、私にとって初めてのタイプ。
ちょっとお節介だけど、良い人だったな。
そのお節介のお陰でお父様が動いてくれたし、こうやって無事、家に帰ってくることもできた。
それにお父様に私の気持ちが伝わった。と言っても斎藤さんが言い出さなければ伝えられなかっただろうけど。
ゴロンとベッドに身を倒し天井を見る。
お母様についてもお父様が説得するから私にできることは何もない。何もしなくて良いと、言われた。
もしかしたら探せば何かあるのかもしれないけれど、考えつかない。
その日は考えながら寝転がっていたら、そのまま眠ってしまった。
そして明け方、まだ日が登り始めた頃に目が覚めた。
少し眠いけれど、あまり寝過ぎてもかえって疲れてしまいそうだし、それにとにかくお腹が空いていた。
使用人さんはまだくる時間ではないし、かと言って料理は出来ない。
昨日食べたお味噌汁みたいにお湯を注ぐだけで出来るものがあればと思ったけど、有ったとしてもどこに置いてあるか知らない。
どうしよう、と思いながらキッチンのあるダイニングに行くと、テーブルの上に使用人さんの名前が書かれたメモが置かれていた。
『よく眠っていたようなので起こしませんでした。もしお腹が空いていたら冷蔵庫にサンドイッチがあります』
そのメモの通り、冷蔵庫の扉を開けるとお皿に盛られたサンドイッチがあった。
お皿を手に取ると、お腹がクゥと音を鳴らし、少し恥ずかしい気持ちになりながら被せられたラップを外す。
紅茶でも淹れたいのだけどどこに保管されているのかがわからない。
ふと、
自分に
「……あら?おはようございます。お嬢様。起きていらしたのですね」
食事を終え、何をするでもなくぼーっと座っていると
「着替える前ですが、よろしければお紅茶でもお淹れしましょうか?」
「はい。お願いします。恥ずかしながら紅茶の場所がわからなかったもので」
「かしこまりました」
少し待ってから被せれたポットカバーを外してカップに紅茶を注ぐと、フワッと紅茶の香りが広がった。
「良い匂いがすると思ったら
ゆっくりとお茶を飲んでいると、お父様が現れてそういった。
お父様はキッチリとスーツを着込んでおり、寝起きには見えない。おそらくは仕事に戻るのだろう。
「おはようございます。お父様。よろしければお父様にもお淹れしましょうか?」
使用人さんが出しておいてくれたテーブル上のティーセットに目配せしながら聞く。
「折角だから貰おうかな。と言いたいところなんだけど、すぐに出なくてはいけなくてね。気持ちだけ受け取っておくよ」
しかしお父様はそう言うと、言葉通りすぐに出て行ってしまった。
抜け出してしまった
本当に迷惑しかかけてないな。私。
再び湧いた
そのまましばらくの間、ダイニングでボーっと過ごして、やがてお母様が起きたらしき物音を聞いてから自室に戻った。
なんとなく、顔を合わせたくなくて。
1人になりたくて。
いつものように勉強したり、本を読んだりして過ごそうとしたけれど、どれも身が入らなかった。
お父様はお母様を説得したと、婚約の話も
お母様が私のことをどう思っているのか、どうしてほしいのか、もう何もわからない。
幸い、仕事だったり人付き合いもあってお母様が家にいる時間はそう多くない。意識的に会うことを避けるのは
そうして過ごしているうちに1日が終わった。
翌日は学校に行った。なんとなくサボってみようかとも思ったけれど、ドライバーさんが迎えに来てしまったから。
学校の方は特に変化もなかった。強いて言えば体調不良ということになっていた私を気遣う人が居たくらい。でも、私は気遣ってくれた彼らの名前すら覚えていなかった。彼らがお母様が認めた“友人”ではなかったから。
「なんて
と、心の中で
たった
不安は
机を囲み、話に花を咲かせている賑やかな学友達が
友人と休日にお買い物に行ったり、食事を共にしたり、ときに
石崎家の人間として様々な物を与えられてきているけれど、そんな『普通』すら手に入らない。
それから4日後、お父様が土曜会の会合から帰ってきた。
この4日間過ごしていて、私はお母様とほとんど顔を合わせることがなかった。いくら何でも不自然なほどに。
今までは事あるごとに学校での様子を聞いたり、勉強の進み具合を確認しにきていたのにそれがない。
私は気づいてしまった。お母様は私を見ていたのではなく、
もちろん。こんなのは私の勝手な
でも、一度そうだと思ったら、他の考えが浮かばなくなってしまった。
折角、お父様も帰ってきたのに家の中はギクシャクした空気に満ちあふれていた。
この空気を生み出した
海外旅行用の大きなキャリーケースに思いつく限りの日用品や制服などの衣類を詰め込む。
「……お嬢様?どうなされたのですか?お旅行のご予定はありませんでしたよね?」
準備中、お茶を持ってきた渡辺さんが不思議そうに聞いてきたので、
「家出のための準備です。お母様には内緒ですよ?」
「家出!?そんな―」
「―しー!声が大きいですよ!」
慌てふためいて大きな声を出した渡辺さんを制止する。
幸い、家にいるのは私と渡辺さんだけなので誰かに聞かれる心配はないけれど、それでも騒がれるのは困る。
「だ、だめですよ家出なんて!」
「ごめんなさい。でももう決めたのです」
「そんな!」
黙って首を振ると、それ以上何も言わなかった。いや、言えなかっただけかもしれないけど。
「…………お気をつけて、いってらっしゃいませ」
家を出る時、複雑そうな顔で見送る渡辺さんに若干の申し訳無さを感じながら
「どちらまで行かれます?」
「このメモの住所まで、お願いします」
「んー、はいはい。あの辺りね。はい、メモはお返ししますよ」
走り出すタクシーに揺られながら何処か気分の高揚を感じていた。きっとそれは自分が『悪いことをしている』と自覚している所から来ているものだろう。
家出なんて非行を自らの意思で選んでいる。今の私は自由だ。だから好きなようにしようと思う。
しばらく車に揺られていると次第に見覚えのある2階建てのアパートが見え、タクシーはそのアパートの前に止まった。
車から降りると冷たい風がヒューっと肌を
空を見上げると、厚い雲が広がり太陽がまだ空にあるはずなのに暗かった。それもそのはず、天気予報では夜から雪が降ると言っていたのだから。
しかし、今回は服を着込んでいるしカイロも持っているため耐えられない寒さではない。寒いは寒いけれど。
私は部屋の前にキャリーケースを置いて、その上に座り携帯を弄ったりしながら家主の帰りを待った。
日が落ち、寒さが増して、次第にちらほらと雪が散り始める。携帯を持つ手はかじかみ、吐く息は白く線を残しながら風に消える。
やがて、携帯の充電が5%を切った頃、彼は現れた。私にとって唯一、石崎家との関わりがなく、頼ることが出来る相手が。
「おかえりなさい。斉藤さん」
私は面を食らった表情で立ち尽くす斉藤さんにそう言った。
~あとがき~
相手の親が目の前にいてこんな会話してたら政幸の精神がどうにかなりそうだよね。
なんて書きながら思いました。
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積もりし雪が溶ける時⑧
修正しました!おまたせでっせ!
寒空の下で話をするわけにも行かず、仕方なく
この時点で色々と
曰く、家の空気が悪くなり居心地が悪くなったため、俺のところに来たのは石崎家に関係のない相手だから、とのこと。
「お金ならお渡ししますので、泊めていただけませんか?」
「いや……。金の問題じゃ……」
どうするべきかほとほと困り果てていると、携帯に着信が入った。表示されている名前は
「もしもし」
『もしもしー。夜分遅くに申し訳ありません。石崎ですけれど、少々よろしいでしょうか?」
「……美雪さんのことですか?」
『あ、そうですそうです。やっぱそこにいたか』
電話口の声は特に焦っている様子でもなく、怒っているいる様子でもなく淡々と聴こえた。
「お父様からですか?」
電話の相手が恵介さんと気づいたらしい彼女がそう聞いてきたので、
これで恵介さんに迎えに来てもらえばいい。そう思っていた俺はいくつかの事務的なやりとりをした後、信じられない言葉を聞いた。
あまりにも信じられなさすぎてマヌケな声で思わず「今、なんと?}と聞き返してしまったほど。
『ですから、しばらく美雪を預かってもらえませんか?』
「………………」
言葉が出ずに
『美雪の生活費や生活用品はこちらで用意しますので―』
そう続けて話し始めた。俺の返事など待ってないとばかりに話し続け、たまに美雪さんが話に横槍を入れ、気づけばこの家に美雪さんが住むことになっていた。
いや、弁明をさせてほしい。誰にというか自分に。
まず美雪さんが家出をしてうちに来た理由についてだけど、どうやら修行のためらしい。今までは言われたことをするだけの箱入り娘だった美雪さんは、先日の婚約騒動から自分が1人では何もできないただの小娘だと思うようになったそうだ。
世間の感覚とズレていると言うのは理解できる。そうでなかったら俺みたいなおっさんの家に転がり込もうなどとは思わないだろう。
そして、もう一つ。これも婚約騒動かららしいのだが、どうやらお母さんとの仲が悪くなったというか、あまり顔を合わせなくなったらしい。また、お母さんが居るときは家の中が居心地の悪いものになっているのだとか。あれから何があったのかは聞いていないが、まあ恵介さんの説得とやらで言い合いにでもなったのかもしれない。
とまあ、理由を並べられたけれど、おそらくそれらは本心ではないと思う。なぜなら、彼女はうちに住むことが決まってから楽しそうな顔をしているから。
きっと彼女は知ってしまったのだ。
俺も大学進学で田舎からこっちに来て似たような思いをしたからわからなくもない。
もちろん、うちに住まわせるのを決めたのはそれだけが理由ではない。
美雪さんが恵介さんにどんなメールを送っていたのかはわからないが、彼は初めから美雪さんに肩入れしていたのだ。
『居場所がわからなくなるより、連絡先も解っている
とかなんとか。その後も熱心に頼み込まれては流石に断りきれなかった。決して生活費として送ると言われて提示された金額が想像より1桁くらい多かったからとかではない。断じて。
一応、受け取りはしたけれど自分で持つのは怖いのでそのお金の管理は美雪さんに
こうして俺、
なっちゃったのである。
恵介さんからは『もし娘に手を出したら、その時はわかっているね?』と言われております。そんなこと言うくらいなら一緒に住むことを断固として拒否してほしかったな……。
その夜は既に遅かったのもあり、翌日の朝にこれから美雪さんが住むにあたってのルールなどを軽く話した。
トイレは必ず鍵をする。
風呂については洗面所の扉に入浴中の返し札を取り付けてお互いに
お互いの寝室へは立ち入らない。
家事は分担とするが、美雪さんが覚えるまでは共同とする。
など、特にプライベート空間に関するところはきっちり分けることにした。なんせ事故でもなんでも裸なんて見てしまったら恵介さんに○されてしまう。
そうならないためにも美雪さんの部屋は、半分物置となっていた部屋を片付けて使わせることにした。片付けが終わるまでは俺のベッドで寝てもらい、俺はソファで寝る。
さほど物が多いわけでもないので週末の休みで片付けて掃除すればいいだろう。
「雅幸さん。おかえりなさい」
「う、うん……。ただいま。なんか、こう、すごいね」
そう思っていた俺が翌日、仕事から帰ってきて目にしたのは、どこからともなく現れた高級そうなベッドにクローゼットなどの家具が設置された部屋だった。美雪さん用の生活用品を送るとは聞いていたけれど、まさか1日でここまで様変わりするとはな。もうなんとでもなれだ。
投げやりに思考を
ちなみに元々その部屋に置かれていた荷物はリビングの端っこに置かれていました。
美雪さんは家事はやったことがないと言っていたが、少し教えたらすぐに覚えてくれた。
元々
そんなこんなで、1月経った頃には、
「おかえりなさい。雅幸さんお夕飯出来ていますよ」
「ただいま。何作ったの?」
「今回はシチューです!」
「お、いいね。外は寒かったからぴったりだ」
このように料理を作って帰りを待ってくれるようになっていた。
これがまた美味しいのである。少し前まで料理なんて学校の授業でしかやったことがないと言っていた人が作っているとは思えないほどに。
しかも、当番制にしたはずなのに家事もほとんど彼女がやってくれている。
「覚えたら楽しくなっちゃいまして」
なんて言いながらやってしまうのだ。俺のパンツに戸惑っていた彼女はどこへやら、気づけば平然と干しているのだから人は変わるもんだ。
個人的には受験を控えているのだから、家事は任せてくれてもいいと思っているのだけど、美雪さん曰く「普段から勉強しているので焦ってやる必要はない」そうだ。
ならばせめて勉強の手助けが出来ないかと思い彼女の使っている参考書をチラ見してみたのだけれど、全くわからなかったので、そっと目を逸らしました。
恵介さんの方へはメールで美雪さんの生活について報告している。
もちろん、プライバシーに関わるものは伏せている。「俺のパンツとか干してくれてますよ」とか言ったら何されるかわかったもんじゃない。
まあ、色々と
「雅幸さん!」
「んー?」
「受験が終わったら、その、ご褒美と言いますか……」
もじもじと何か言いたそうにする彼女にそっと微笑む。
「そうだね。遊びに行こうか」
「はい!」
歳の差を考えろとか言われそうだけど、毎日のように笑顔で出迎えてくれる彼女に惹かれない男がこの世に居るとは思えない。
修正版といいつつ全く違う話になっているのはご愛嬌ってやつです。
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積もりし雪が溶ける時⑨
本当に申し訳ない……。
合格発表の日、私は普段よりも少し早く起きて参考書を読み返した。
今更何をしたところで結果は変わらないと言うのに、どうにも落ち着かなくて。
少しして、いつも通りの時間に鳴り出した携帯のアラームを合図にキッチンへ移動して朝食とお弁当を作る。
「おはよう」
「おはようございます。もう少しで出来るので待っていてくださいね」
起きてきたものの眠そうな雅幸さんにお茶を出しながら伝える。
彼はお茶を啜ってから「あー」と息を吐いた。その様子がなんだか可愛らしくてフフッと笑ってしまう。
「あはは、ジジ臭くてごめんね」
恥ずかしそうに笑う仕草も、可愛い。
「合格発表って今日だったよね?」
「です……」
「不安そうだね。自己採点で9割以上は解けてたんじゃなかったっけ?」
「そうなんですけどー、そうなんですけどー……」
自己採点はあくまで自己採点なので、合っている保証というわけではない。だから不安なのだ。
「美雪さんなら大丈夫だよ。ずっと頑張っていたじゃないか。試験が終わった後もずっと復習してたくらいだし、受かってるって」
「そうでしょうか……」
「心配性だなぁ」
「応援、して欲しいです」
頭を差し出しながらそう言うと、彼は少し
これが中々安心する。試験の後にやってもらってから味を占めて時々やってもらっているのだ。
頼むたびに彼が少し困ったような顔になるのも癖になっている。
こうして勇気をもらった私は、しっかりと防寒装備を整えてから合格発表へと向かった。
道中の移動では同じように合格発表へ向かう人が多いのか、妙にそわそわした空気が
気を紛らわせるためにスマホを見ると、気づかないうちに通知が2件ほど届いていた。お父様と雅幸さんからだ。
『きっと大丈夫!』
と、雅幸さんから。
『美雪なら大丈夫だ!結果を楽しみにしてるよ』
と、お父様から。
お母様からは何もなかった。
今までの干渉が嘘のように何もない。あの夜からずっと。
大学に着くと、辺りは騒がしく、誰かの歓喜の声や鳴き声が響いていた。
息を呑み、受験番号の張り出された掲示板へと近づく。
深呼吸で気持ちを落ち着けてから掲示板を見やる。そのまま少しずつ視線を動かして、自分の番号がないかを探す。
大丈夫、きっと大丈夫。そう言い聞かせながらも自分の番号が近くなっていくと怖くなって視線をそらしてしまう。
祈るように手を合わせながら“大丈夫”と言う言葉を
果たして、その数字は。
「ぁ――――」
有った。
間違いはないか、ちゃんと合っているのか。間違いない。合格だ。そう確信するまで何度も何度も手元の紙と掲示板を見比べる。
「やった!やりましたよ!雅幸さん!」
自分の合格を飲み込めた時、私は周りに人が居ることも忘れて叫んだ。
すぐに恥ずかしくなって俯いてしまったけれど、周囲の人達は「おめでとう!」「一緒に頑張ろう!」「うぇーい!」などと喜んでくれた。
ペコペコと頭を下げて喜びを分かち合い、
そして忘れないうちに応援してくれた2人へ報告のメールを送る。すると待ち構えていたのか、即座に返信が来た。
おめでとう短いメッセージ。でもそれがとても嬉しくて、そして何より自分の道を諦めなくてよかったと思えた。
お見合いから逃げたあの時からずっと、その行動が正しかったのか悩み続けていたけれど、自分で選んだ道が正しい保証なんてないけれど、それでも気分が晴れた。
その日の夜は、雅幸さんがお祝いだとご馳走を用意してくれた。
「もしかしたらお家に居た頃のほうが良いものを食べてたかもしれないけど」
なんて
「お金持ちだからといって豪華なものばかり食べている訳では無いですよ。とっても嬉しいです!」
と伝えた。
雅幸さんはわかってなさそうに「ありがとう」と言った。
「そういえば約束、覚えてますか?」
「約束?」
「ご褒美ですよ!ご・ほ・う・び!」
忘れていたらしい反応をされて思わず語句を強めながら詰め寄る。
「思い出した!思い出したから!」
どうにも彼は私に近づきすぎないようにしているきらいがある。世間体の問題なのか、それともお父様に何か言われたのかは知らないけれど、あまりに
「そ、それで、ご褒美ってなにか欲しい物とかあるの?」
「欲しい物とかは特にありません。けれど1つ、聞いてほしいお願いがあるのです」
「お願い?いいよ。俺に出来る範囲なら
その言葉を聞いた私は口角が釣り上がるのを感じて、
“なんでも”である。つまり何を頼んだって良い。
「あの、美雪さん……?俺に出来る範囲だからね?」
あらゆる可能性が広がっているとはいえ、私のお願いは初めから決まっている。
「雅幸さん」
「は、はい」
「私と、デートしてください!」
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積もりし雪が溶ける時⑩
『―明日は全国的に気温が上がり、春の陽気となるでしょう』
そう言っていたお天気キャスターの言葉通り、見事なまでの快晴。日差しも暖かい。しいて言えば風が多少冷たいけれど気になるほどじゃあない。
少なくとも、外で人を待っていても辛くならない気候だ。
デートだから外で待ち合わせがしたいとのことで、わざわざ家を出る時間をずらして俺だけ先に待ち合わせ場所に来ているのだが、やることがない。
いや、まあ考えるべきことはいくらでもあるのだけど。
例えばデートの事を
最近やたらと距離が近い美雪さんのことを恵介さんに話すべきか、とか。
俺も恋愛経験が無いわけじゃないし、社会人になるまでは3年位彼女が居たし、鈍感と言うわけではない。だからこそ美雪さんが好意を寄せてくれているらしい事はわかる。わかるけど、一回り以上の歳の差があるのだ。
しかも美雪さんは本当なら会うことすら難しい超が3つは付くほどのお金持ちのお嬢様。
どうしたら良いのか、まっっったくわからない。わかるのは手を出したら死ぬということだけだ。
「
「それは違うぞ
「うーん、確かに雲がある、のかなぁ?」
あそこで空を指さしてるカップルみたいに歳が近ければ変わったのだろうか。なんて流石に余念がすぎるか。
奇妙な縁で一緒に住んでいるとは言え、彼女はまだ子供。そう自分に思い込ませた。
例え、どんなに美雪さんが魅力的だったとしても、いい年したおっさんが未成年にうつつを抜かしていたら、あっという間に刑務所行きだ。
そんな考えが浮かんでいる時点で、心が惹かれている事にまだ俺は気づいていない。
「まーさーゆーきーさん♪」
「うわぉ!?」
突然、背後から声がかかると同時に腕を引かれて情けない声が漏れた。
「なんですかその反応。可愛すぎますね」
「可愛くないから……」
腕を取ったまま上目で顔を覗く美雪さんが楽しそうにいたずらな表情を浮かべてから、頭を差し出してくる。これは頭をなでてほしいという彼女なりのおねだりだ。
こんなおっさんよりも彼女のほうがよっぽど可愛いのに。そう思いながら手をポンと乗せてあげると、満足そうに目を細めた。
試験が終わった後くらいに頼まれてから気づけばしょっちゅうおねだりされているのだけど、年頃の女の子って異性に触られるのを嫌がるもんじゃないんですかね……。
「じゃあ行きましょう!」
元気いっぱいな彼女に手を引かれてデートが始まった。
デートコースなどが決まっているわけではなく、美雪さんが“やってみたかった”ことをやっていくことが今回の目的。
映画を見たり、カラオケしたり、ボーリングしたり、ゲームセンターで遊んだり、カフェでお茶したり、アパレルショップを巡ったり。
とにかく目まぐるしくあちこちを回った。
そのどれもを楽しんでいるがとても輝いて見えて、少し愛おしくも思えた。
個人的にはUFOキャッチャーで「ズルいです!こんなの取れっこないじゃないですか!」と叫びながらもコインを投入して何度も挑戦する姿がとても可愛かった。
「はー……。楽しかったですねー……」
丸一日遊び歩いて多少は疲れたのか、昼間よりはトーンの落ちた声が耳に届く。
その腕にはゲームセンターで手に入れた大きなぬいぐるみが抱きかかえられている。何度も連コインして彼女が自身の力で手に入れたものだ。いくら使ったのかについては忘れたほうが良いかもしれない。
「じゃあ帰ろうか」
「……」
「どうしたの?」
彼女は立ち止まって、黙ったまま俺の服の
先程までの元気はどこへやら、急にしおらしくなった彼女は一言も喋らずに、ただ腕を引いて歩いた。
駅とは反対側、暗くなった空とは対象的に明るく照らされた建物が並ぶ通り道。できれば美雪さんを連れて歩きたくはないそんな道にたどり着いた。
「あの、美雪さん……?」
流石にここまでくればどこに行こうとしているかはわかる。
「一緒に、入ってくれませんか?」
いや、これは、流石に……。
ここは道の脇に何件もの宿泊施設が並ぶ場所。はっきり言うとラブホ街。
「大人のデートの最後はこういった所に来ると、その、本で読んだので……」
とんでもねえ本だな!
「そんなに私は魅力がありませんか?」
魅力があるからこそ、困る。どう否定したものか。据え膳食わぬはとは言うけれど、違う。彼女は俺みたいなおっさんが釣り合う相手じゃない。本来ならば住む世界が違うのだから。
手を震わせて答えを待つ彼女の頭をそっと撫でる。
「やっぱり、雅幸さんにとって私は子供にしか見えないのですか……?」
「そんなことはないよ」
「なら!」
黙って首を振ると諦めたような声で「わかりました」と聴こえた。
「気を使わせちゃってごめんなさい。帰りましょうか」
「と言うことがありましてね」
「うん。それを聞かされて僕はどうすればいいんだろうね」
初めて入る高級そうなラウンジバーに気後れしながらも先日のデートについて説明すると、恵介さんは高そうなお酒を一気に
「確かに親として手を出したら殺すとは言っていたけど、それは男としてどうなんだ?ええ?」
「いや、まあ、それは」
「うちの美雪じゃ不満だってのか?」
「そりゃ美雪さんは素敵ですけど……そういう問だ――」
「――んだと!この意気地なし!」
「えー……。じゃあ手を出しても良いんですか?」
「美雪に手を出したら殺す」
どないせえっちゅーねん!思わずエセ関西弁で突っ込んでしまう。
酔っ払いなんてそんなもんかもしれないけれど、面倒なもんは面倒だ。
ぐちぐちと男たるものなどを語り始めた恵介さんの話を半分聞き流しながら適当に返事をしていたら、
「……なんで僕が君との同棲を認めたのかわかってる?」
お酒が回っているのか、座った目で俺を睨んでそう聞いてきた。
「知らない場所に行かれるよりは、俺の所に居たほうが安心できるからとか言ってませんでしたっけ?」
「んなわけ無いでしょ。そんなの建前に決まってんじゃん」
「じゃあなんで」
「『好きな人が出来た。その人と一緒に居たい』と願われたからだよ」
「……酔ってます?」
「酔ってるけど冗談とかじゃないからな。実際に美雪から言われてんだから」
「いや、だって……」
たった1日泊めさせただけ、好かれる要素なんて無いはずだ。よしんばそうだとしても、そんなものはたまたま助けられたことによる一過性の感情。
そのはずだ。そうでなければおかしい。
「言っておくが、始めからそうって訳じゃないぞ。花嫁修業だなんだとか理由つけられていたよ。妻と僕のことで家族間がギクシャクしていて居心地悪そうにしてたのは知ってたから、一時的にならって渋々許可したんだ。一緒にいたいから家に帰りたくないって言われたのは最近だよ」
「美雪さんがそんなことを……」
「本音としては君みたいなおっさんに渡したくはないんだけどね」
「あはは……」
一回りは歳上の相手におっさん呼ばわりされたくないが、もし自分が逆の立場でも同じことを言う気がして何も答えられない。
「ただ……」
「ただ?」
「……他でもない 美雪が願ったことだから、僕としてはなるべく叶えてあげたいんだ。だから、斎藤君には考えてもらいたい。美雪と向き合ってこの先どうするのかを、ね」
言葉を溜めるように、時間を書けて開かれた重い口から出てきた言葉を言い終えると、彼はぐいっとグラスを
その状態で美雪さんの名前を読んだり、幼い頃の思い出などをブツブツと語り出した。
頭では割り切れても心で割り切れていないのだろう。
俺も、恵介さんの話にどうしたら良いのかわからず、半ば上の空になりながらグラスを傾けた。
その後のことはよく覚えていない。気づいたときには自分のベッドで美雪さんに起こされていた。
顔を洗いながら二日酔いで痛む頭で何とか昨日のことを思い出す。
「美雪さんと向き合え、かぁ」
一度、お互いの気持ちを確認しあったほうがいいのかもしれない。
まあ、でも、それは。
……酒が残ってない時だな。
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積もりし雪が溶ける時⑪
人を好きになること。
簡単なようで、難しくて、例え好きになったとしても、その思いをどうしたらいいのか分からなくて。
いっそ既成事実を作ってしまえば良いのではないかと考えたけれど、やんわり断られてしまった。
私に魅力が足りないから?それともやっぱり私が子供だから……。
自分でもどうしてこんなに気持ちが膨れ上がっているのか理解していない。まだ出会って間もないし、顔がいいとかそういうわけでもない。でも、確かに気持ちが前に出て、彼を求める。
一緒に居ると安心して、胸のあたりが満たされるような感覚になる。
あの手の温もりが、優しさが心から離れない。またして欲しくてたまらない。
人を好きになるのに理由は要らないなんて言うけれど、その通りなのかも。
大学では今までに会ったことのないような様々な人との繋がりが生まれた。その中には石崎家のことを知らないような人も居る。
言い寄ってくるような男性も何人か居た。それでもずっと彼のことを考えている自分がいて、でも考えたってどうしようもなくって、でも考えちゃって。
気持ちが止められなくなっていた。
ぐるぐると回り続ける思考にため息が漏れる。
お父様に
本で読み、知っていたと思っていたけれど、本は結局のところ創作物であり、現実の恋とはまるで
物語の主人公は
「
「なに?」
「ひゃい!?」
「わっ!びっくりした!」
無意識のうちに声に出してしまっていたのか、急に返事が返ってきたせいでかなり驚いた。
多分、一瞬だけ浮いていたと思う。
「ななな、なんでもありません!」
「そう?」
あからさまに怪しい返事をしてしまったにも関わらず彼は何も気にしてなさそうにテレビに向き直った。
そもそも急に色々考える原因になったのはこのテレビ、正確には彼が見ている映画のせいだ。
恋愛要素があって主人公の男性にあれやこれやと手段を変えてアプローチをかけるヒロインが度々映る。
そのヒロインに感情移入しているうちに何か色々混ざってしまったのだ。そうだ。そんないつでもこんな悩んでるわけじゃない。
と、自分に言い訳をする。
今は戦いへ向かおうとする主人公にヒロインが抱きついてキスを強請っている。それを見てまた羨ましいと思ってしまう。
結局、ヤキモキした気持ちが貼れないまま映画は終了した。
立ち上がって大きな欠伸をする彼の裾を掴んで引っ張り下ろす。なんとなくまだ離れたくなくて。
「なに?どうしたの?」
「…………」
黙ったまま裾を掴む私の頭にポンと手が乗せられる。
「また撫でて欲しくなったのか?」
そうじゃないけど、でも撫でられるのは好きなので退かそうとは思わない。
「えっと……?」
尚も手をはなさないでいると彼は困惑した様子で顔を伺ってきた。
バクバク鳴る胸の鼓動を押さえつけるようにつばを飲み込み、意を決して彼と顔を向き合わせる。
映画のヒロインがやっていたように後数センチまで身体を近づけて、目を閉じる。
「美雪……さん……」
どれほど待ったのかわからない。一瞬なのか、それとも数分か。
いずれにせよ困ったような声と共に肩を掴まれて、そっと身体を離された。
「どうして……?やっぱり、私が子供だからですか?どうしても私を女としては見れないのですか……?」
「それは、その……」
「――っ!」
その瞬間、カッと頭に血が登ったような感覚で眼の前が真っ白になった。
気づいたときには駅まで走ってきていた。逃げたってどうにもならないのに。
煮え切らない態度の先に求めていない言葉があるような気がして。
何やってんだろう私。
駅前に植えられた桜の木にもたれかかって上を見上げると、見頃を迎えようとしている桜は満開とまではいかなくても鮮やかに咲き誇り、一部の花がひらひらと舞い降りてきている。
そんな満開になる前に散る花はとても儚く思えた。
視線を下ろして深い溜め息を吐く。
吐いた息は白くなることもなく、ただただ夜闇に消えた。衝動的に飛び出してしまったため何も持たず服も軽装だけど、もう凍えるほど寒くはない。
冬は終わった。暖かな風は春を運び街に活気を与えてくれている。
でも、私はまだ寒い冬に取り残されたままだ。
***
やってしまった。俺がはっきりと言葉にしないから。
美雪さんが走り去った事を理解できずに呆然としていた状態から回復した俺は携帯も持たずに美雪さんの後を追った。
どのみち彼女の携帯はテーブルに置きっぱなしになっていたため連絡はつかない。とにかく足で稼ぐしか無いだろう。
この辺りは住宅地と駅しか無い。居るとすれば駅の方角のはずだ。
はたして、彼女は居た。思いふけっている様子で駅前の桜にもたれかかって空を見上げていた。
思ったよりも早く見つけられたことに安心すると同時に新たな不安に駆られる。
どの面下げて彼女の前に立てば良いのだろうか。
気持ちにはとっくに気づいていたのに、ちゃんと向き合ってこなかった俺に今の彼女と会う資格があるのだろうか。
『他でもない 美雪が願ったことだから叶えてあげたい』
ふと先日の
『斎藤君には考えてもらいたい。美雪と向き合ってこの先どうするのかを』
俺の考え……。
「美雪さん」
「
「――ごめん」
申し訳無さそうに謝ろうとする美雪さんの言葉に被せるようにして頭を下げた。
彼女に謝らせてはいけない。彼女は何も悪くない。
「どうして、謝るのですか、雅幸さんは何も悪くありませんよ」
「悪いよ。はっきりとした態度を取らなかったせいで君を傷つけてしまった」
「そんなの……私が勝手に」
やっぱり俺が悪い。今だって美雪さんに悲しい思いをさせてしまっている。そうじゃない。俺の気持ちを、伝えなくちゃ。
嘘偽り無い本音を。
「美雪さん。俺は、君のことが好きだよ。1人の女性として、君を見ている」
「なら、なんでキスしてくれなかったんですか?」
今度はちゃんと伝えなきゃ。
「怖かったんだ」
「怖かった、のですか?」
「うん。美雪さんと過ごしている内に、いつの間にか好きになっていて、一緒に居ることに違和感がなくなって。ある日、仕事が終わって家に帰った時に美雪さんが出迎えてくれた時、とても幸せだった。できることならばずっと一緒に居たいと思えるほどに」
良い歳したおっさんが二十歳にも満たない女の子相手にこんな台詞、普通なら通報されたっておかしくない。それでも俺は続けた。
言葉にしなければ伝わるものも伝わらないから。
「幸せだからこそ、変化が怖かった。関係が壊れてしまいそうな気がして、今までと同じでは無くなる気がして」
言葉が途切れて間が空く。
彼女は
「……変化しちゃ、駄目なんですか?」
静かに、だけど確かに力のこもった声が届く。
「私は雅幸さんに好きだと言われて嬉しいです。一緒に居たいと言ってもらえて幸せです。だって私も雅幸さんのことが好きだから!」
眩しく思えるほどに真っ直ぐな気持ちが突き刺さる。
「俺は、美雪さんより一回りも上のおっさんだよ……?」
「それを言ったら私は雅幸さんより一回り下で、しかもちょっと優しくされただけで惚れちゃうようなちょろい小娘ですよ」
「俺だってちょっと一緒に住んで好意を向けられただけで惚れちゃうようなちょろいおっさんですよ」
「ふふふ」
「あはは」
なんだかおかしくなってお互いに顔を見合わせて笑った。
「これからも一緒にいてくださいね」
「こちらこそ」
ひとしきり笑った後、彼女は俺の数センチ前に立ち、俺の顔に腕を伸ばした。
そっと引き寄せられた唇が彼女の唇を重なる。柔らかい感触の後に、歯が当たるような感触がした。緊張して強く押し当てすぎているのだろう。
「ん…………、ぷは。何か、うまくできませんね……」
「こうやるんだよ」
彼女の顎を持ち、クイッと少し持ち上げてから自分の唇を押し付ける。
「む……手慣れていますね」
「まあ経験が無いわけじゃないからな」
「なんかズルいです」
不満そうに唇を尖らせているから、頭を撫でてやると満足そうな顔に
「……ほんとズルいです」
「大人はズルいもんだよ。ほら、帰ろう?」
手を差し出すと彼女は渋々といった様子で手を握った。
歳下相手に強がって見せているけれど、内心はかなり緊張していたし、異様に喉が乾いていた。
いくら経験があると言っても、慣れている訳じゃない。願わくば、この鼓動が美雪さんにバレないことを祈る。
今回でラストにするつもりだったけど、長くなったので分割しますた
次回は本当にラストです
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積もりし雪が溶ける時⑫
言い訳タイムはあとがきにしました。
「娘さんを僕にください」
そんな短い言葉を口に出すのにとてつもない覚悟と度胸が必要だなんて、今までは知らなかった。
普段は酒癖の悪いおっさんにしか見えない
だが、そんな恵介さんよりも格段に怖い相手がその隣りにいる。
美雪とは冷戦状態が続いているらしく、それもあってか何度かニアミスはしているものの、こうして対面で話すのは初めてのこと。
「雅幸君。君に娘をあげることは出来ない」
一瞬、誰の声なのか分からなかった。なぜならその人が反対するとは思っていなかったから。
「お父様!?なぜですか!私達の結婚は賛成しているとおっしゃっていたではありませんか!」
美雪にとっても予想外だったのか目を見開いて驚いている。
「勘違いしないでほしい。結婚に反対している訳ではないんだ」
「どういう事ですか?」
「美雪を嫁がせてしまうと石崎家の跡取りが居なくなってしまうだろう。だからすまないけれど、結婚をするのであれば君には石崎になって欲しい」
聞き覚えがあった。
いつだったかの酒の席でそんなことを言われた記憶がある。
「なんだかんだで僕たちの付き合いも長い。非常に
「いま、なんと……?」
「美雪を君に預けると言ったんだ」
美雪と顔を見合わせて喜びに顔をほころばせながら頭を下げる。
結婚を許してもらえるなら家名くらい……と言えるほど簡単な問題ではないことくらい知っている。
それでも、俺は美雪と共に歩むことを選んだ。そのために婿入りが必要なのであれば、両親を説得して見せる。
覚悟が伝わったのか、以降の恵介さんはすんなりと話を勧めてくれた。
それどころか結婚式の話まで持ち出して、いつにするか聞いてくるくらい祝福もしてくれて、多少なり肩の力が抜ける気がした。
完全に抜けないのは終始黙ったまま恵介さんの隣でこちらのやりとりを聞いている明美さんの存在のせい。
反対してくるわけでもなく時折、品定めでもしているかのような目つきを向けている。
そして話が落ち着き始め、恵介さんが思い出語りを始めた時。
「――お待ちください」
凛と良く通る声が聞こえた。
「なんだよ明美、結婚については許すって昨日も話しただろ」
「違いますわ。結婚に反対するわけではありません。これまで聞いていた印象、そして本日お会いしてからの様子。
「だったらどうしたんだよ」
「……少し黙ってなさい。斎藤さん。貴方は石崎家に連なる者になることの意味を理解しているのですか?」
場の空気がピシリと張り詰めた。
「石崎家は由緒ある家系です。貴方には想像もつかないような
美雪と恵介さんは黙っていた。それは明美さんの言葉に対する無言の肯定なのだろう。
上流階級社会の事は確かによくわからない。石崎家のことだって、大企業の創設者の家系だという程度しか知らない。
「社会では格に見合った振る舞いと言うものが求められます。どうしてうちの人が結婚式について決めたがっていたのかわかりますか?グループ全体に美雪の結婚を周知させるためであり、また美雪の夫となる貴方の顔と名前を皆に覚えさせるためでもあるんですよ」
「…………」
明美さんの言っている事はわかる。立場に見合った振る舞いが求められ、
それでも……。
「斎藤さん。貴方にはそこまでの覚悟がありますか?」
言うべき言葉はとうの昔に決めている。
「はい。共に歩むと決めた時からずっと覚悟は決まっています」
明美さんは静かに俺の眼を見つめ、しばらくして目を閉じた。そこからさらに数拍の沈黙。
息を呑むのも
やがて、
「良いでしょう」
思わず美雪と顔を見合わせて喜ぶ。
「ありがとうございます!」
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「気が抜けただけだろう。待ってなさい。お茶を淹れてもらうとしよう」
恵介さんは使用人さんを呼ぶと、人数分のお茶を用意するように申し付けた。
やっぱ使用人が当たり前にいるのを見るとお金持ちなんだなって思う。もちろん家も大きいんだけど、なんかこう、使用人のイメージ的に。
それにしても、金持ちの世界か。実はあまり想像がついていない。覚悟はできているけれど半分くらいは成るように成れ。くらいの感覚。
ただ、俺は甘く見ていたことを後悔することになる。なぜなら石崎家は金持ちではなく超が3つはつくほどの大金持ちだったから。
***
少し乾いているものの透き通った冬の空気、空は雲一つない冬晴れの今日、式を挙げる。
明日には天気が崩れて雪が降るかもしれないと言うのだから、今このタイミングで晴れているのは天の思し召しなのかもしれない。
「ほら、あなた。シャンとして!」
「お、おう……」
緊張しているのかいつもと違う様子の雅幸君がソワソワとしている。
本当に可愛らしい人。
2人でお父様達に挨拶をしてから今日まで、あれよあれよと言う間に話が進んだように思える。
「緊張しすぎ!」
「仕方ないだろ!思ってたよりも規模がでかいんだから!内見のときも広いなとは思ったけど、こんなの大御所芸人の披露会の映像とかでしかみたことないよ!」
「まあ実際に使われていますからね。過去に〇〇さんとか〇〇さんとか担当したことありますよ」
近くで私のメイクの最終チェックをしてくださっているスタッフさんが言った。
「……え、そんな大御所の人達が利用したような場所なんですか?」
「萎縮しないの!」
テレビでも見るような人の名前を聞いて彼は更に緊張してしまったらしい。
結局、彼の緊張はさほど解けることなく、入場の時が来た。
祝福の言葉が飛び交う中、バージンロードを一歩、また一歩と踏みしめていく。
彼と並び立ち、司式者から誓いの言葉が記された冊子を受け取る。
「「本日、私たちは皆さまの前で結婚の誓いをいたします」」
そして列席された方々に向かって誓いの言葉を述べてゆく。
「「私たちはふたりは、互いに力を合わせて苦難を乗り越え、喜びを分かち合い」」
先ほどまでの緊張した姿はどこへやら、シャンと前を向いた彼と目くばせをしながら呼吸を合わせる。
「「冬の寒さにも負けない暖かな家庭を築くことを、ここに誓います」」
雪の日に出会い、冬の空の下で結婚式を挙げる。私たちの思い出はいつも冬だった。
「新郎、斎藤雅幸」
「新婦、美雪」
私たちが言い終えると共にぽつぽつと拍手がなり始め、すぐに大きな歓声が巻き起こった。
誓いの言葉が書かれた紙を司式者に渡して署名をしたとき、数多の人に祝福されているという確かな感覚が、高揚感を高める。
「それでは誓いのキスを――」
会場は割れんばかりの歓声で包まれた。
***
結局、大した問題ではないのだ。生まれも育ちも。
雪の中で凍えている私を助けてくれて、なし崩し的に一緒に住むことになり、気づけば惹かれていた。
こうして雪を見ると今でも思い出す。凍えた私に差し伸べられた暖かな手の温もりを。
「寒い。温めて」
「部屋の中は十分ぬくぬくしてるだろ」
「そうなんだけどさー、そうなんだけど、違うじゃん……」
彼は、もたれかかっている私をそっと抱きしめて「これで満足?」と言った。
抱き着かれたまま、こたつの前に移動してそのまま潜る。引っ付いたまま視線を交わし、どちらから求めるでもなくキスをする。
「むふふー」
「なんだよ」
「随分と素直に受け入れてくれるようになったなーって」
「そりゃ、まあ……」
恥ずかしそうに雅幸君は目をそらした。
「かーわい」
「だからそれやめろって!」
いくつになっても初心な頃と変わらない反応を見せるのがまた可愛い。
こうやって一緒にいるだけで幸せだ。来週はまた出張だと思うと嫌になるけれど……。
お父様のお付きとして各地を飛び回ってしばらく立つけれど、雅幸君と娘に会えないと考えただけで寂しくなる。
「……まーたイチャついてるし」
雅幸君に甘えていると、娘の小春がリビングへやってきた。マグカップを持っているから飲み物でも入れに来たのだろう。
「いいでしょー。明日からしばらく会えないんだもん♪」
「いい歳した大人が「だもん♪」とか言っても可愛くないから!」
「えー、そんなことないよ。ね?雅幸君?」
「パパもはっきり言ってあげた方がいいよ。歳を考えろって」
板挟みにされた雅幸君は少し言葉に詰まったものの「俺は可愛いと思うぞ」と答えた。
「パパはママを甘やかしすぎ!」
「まあ、そういうなって。小春もこっちおいで」
そう呼ばれた小春だったが、邪魔しちゃ悪いからと自分の部屋に戻っていった。
冬に見る雪は美しく、雅なものだけれど、いずれは春が来る。
今は振り積もる雪だって数日もすれば溶けてなくなるだろう。
「雅幸君」
「ん?」
「ありがとね」
「何がだ?」
「なんとなくー」
私は今、幸せだ。
待っている方が居たら本当に申し訳ないことをしました。
気力が死んでいたり、急に物語の終わりが書けなくなり、結婚式の前辺りから終りの部分を書くのにここまで時間がかかりました……。
ですが、次に投稿する予定の作品は半分以上書けているので、①話に関しては今週中に投稿したいと思っています。
大変おまたせしました!
以下、おまけのキャラクター紹介です。
→石崎 雅幸
首都郊外にあるマンションの1室を買い取って住んでいる。
大学卒業後に彼女と住むために買ったが、就職が決まった後に分かれている。
嗜好品はコーヒーくらいで酒もあまり飲まない。
映画鑑賞が好きでテレビとスピーカーは結構いいものを買っている。
架空の企業、丸菱グループの令嬢。母親から厳格な育てられ方をしたため趣味と呼べるものが特になかった。
雅幸と同棲後は料理に目覚める。多少なり人に対する依存心がある。
石崎
美雪の母。自身が決められた結婚だったため、美雪の婚約相手であった義父(恵介の父)からの紹介も特に疑問を持っていなかった。
雅幸の覚悟は認めたけれど、好意的な感情は持っていない。
義父としては恵介を政界に入れようという考えがあったようだ。
石崎
美雪の父。丸菱グループの1つ丸菱商事の代表取締役。
自身が親の決めた結婚だったのもあって、美雪には恋愛婚をしてほしいと思っていた。
自身もある程度は年の差のある夫婦なため、美雪と雅幸の関係は肯定している。
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鳥籠の島
鳥籠の島①
島に唯一の民宿に泊まることにした木梨はそこで、1人の女性と出会う。
酒盛りを経て仲良くなった2人は………。
その日はとてもいい天気だった。台風が接近してきているなんて思えないくらい。
仕事は順調、昼過ぎには島を出て夕方には会社に戻れる……はずだった。
営業の仕事で
不運はそれだけに終わらない。2つ目の台風が続けざまに接近していることもありフェリーの再開の目途はまだ立っていない。
台風の影響が出始めるのは早くても深夜から明け方にかけての間。本来であれば昼のフェリーは余裕で乘れるはずだった。
現に今は台風が近づいてるとは思えないほど澄み渡った空に、穏やかな海が広がっている。
フェリーの運航が見合わせになってしまったのは、最近国内で起こったフェリー事故の性で運行会社が
本当に運が悪いというか間が悪いというか。
港の人に宿の事を聞くと、1件だけあるという民宿の事を教えてくれた。そんなに小さい島じゃない気がするけど1件しかないなんてな。
事情を説明して飛び込みでチェックインを済ませ、荷物を置き、一息つく間もなく、同僚に電話して訪問予定だった中からいくつかのフォローを頼み。僕が直接行く予定だった場所には謝罪の電話を入れた。
後はゆっくりしたいところではあるが、今の時代、ネット環境さえあれば仕事はできてしまうので仕方なく宿のWi-Fiをお借りして業務に勤しんだ。
その日は夕刻、食事の準備ができたと呼ばれてようやく仕事の手を止めた。
「それじゃあ、木梨さんは色んなとこを旅してるんですか?いーなー」
「旅行って訳じゃないけどね。仕事であちこち行ってるだけだって」
「でもそのあちこちで美味しいものを食べたり観光したりしてるんじゃないんですか?」
「まあね。そこは営業の特権みないなものかな」
若女将のお酌で程よく酔いの回った僕は、気づけば旅先の出来事をペラペラと話していた。
普段はこんな酌をしたりはしていないそうだが、なんでも来るはずだった客がフェリー運休でこれなくなり、暇になったらしい。
まあ理由は何でもいい。可愛い子にお酌をされて嫌な男はいない。おっぱいも大きいし役得だ。
「
「そうだよ」
「いいなぁ……」
「
「小鳥でいいですよ」
「え?」
「平良だとお父さんかお母さんかわからないじゃないですか」
「ああ、なるほど?」
いきなり名前呼びを求められてドキッとしたけれど、言われてみれば確かにそうだ。
「東京に行きたいというよりは、島を出たいんです。生まれてからずっとこの島で育って、もちろんこの島が嫌ってわけじゃないんですけど、やっぱ憧れると言いますか」
「気持ちはわかるなぁ。俺も似たような理由で都内の大学に進学したし」
でも、いざ住んでみると良いことばかりじゃないって気づかされたけどね。それでも田舎よりは良いって思うけど。
「東京に行って何かしたいこととかあるの?」
「したいことですか?」
「そう、したいこと」
「んー……」
悩む素振りを見せる彼女に「ないんかい」と突っ込みを入れる。
「お、お嫁さんとか?」
何とか捻りだした感じで言うものだから思わず笑ってしまう。
だって、いい歳した大人が東京に出て何がしたいか聞かれて「お嫁さん」だなんて、僕じゃなくても笑ってしまうだろう。
「笑わないでくださいよ!」
「ごめんごめん」
頑張って笑いを収めようとしていると、彼女は急に「そうだ!」と声を上げた。どうやら何かを思いついたらしい。
「木梨さんどうですか?」
「どうですかって何が?」
「私ですよ!3食おっぱい付きですよ!」
「ぶっふぉ!?」
何を言い出すかと思えば、とんでもないことを言い出しやがった。
いや、でも確かにおっぱいは大きいし……。って違う違う。
これ見よがしに胸を寄せて見せつけてくるものだから、ついまじまじと見てしまった。
「そ、そんなにがっつり見られたら流石に恥ずかしいんですけど」
「へ?あ、ごめん!」
この時は思わず謝ってしまったけれど、よく考えたら見せつけてきたのは彼女だから僕は悪くなくない?
何とも言えない微妙な空気が流れ、無くなったお酒を取りに行くと言って彼女が席を立とうとしたのを合図にお開きにした。
これ以上は色々と危ない気もしたし。
程よく酔いが回り多少ふらつきながらなんとか部屋に戻った所までは覚えているけど、どうやら飲みすぎたらしい。
翌日、二日酔い特有の頭痛を感じながら顔を洗い、食堂へ向かう。朝食は白米に干物とみそ汁といったシンプルなものだったが、二日酔いの身体にはかなり沁みた。
小鳥さんは昨日の事は気にもしてない様子で仕事に勤しんでいた。
外は昨日にも増して雨風が強まっており、雨戸越しに窓をカタカタと鳴らしている。
ラジオ代わりにテレビでニュースを聞いていると、現在上空にいる台風とは別に接近している台風は規模が大きく、そして進みが遅いそうだ。
予報通りでも台風が通り過ぎるのは5日後。しばらくは宿のお世話になるしかなさそうだ。
こんな状況でも舞い込んでくる雑務をこなしているといつの間にかにお昼になっていたらしく、小鳥さんが食事を持ってきたので、一度手を止めることにした。
その際に洗濯物があれば洗ってくれると言うので、適当なビニール袋に服を詰め込んで渡した。洗濯物については困っていたので宿側から言ってくれたのは非常に助かった。
流石に台風の中、コインランドリーに行くのはキツイ。いや、そもそも島にあるのかもわからないけど。
よく気の利いたいい人だな。そう思った。
今回から新しいお話です。
9割型書き終えてる作品なのでたまにはテンポよく投稿しようかなと思ってます。
……毎回年単位でかけてらんないからね。
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鳥籠の島②
台風の接近でフェリーが止まり、予約はオールキャンセル。今日は暇になると思っていたら、仕事で島に来ていた人が飛び込みでやってきた。
東京の人、それも若い人だった。名前は
羨ましい。こんな離島で生まれ育った私とは全然違う生活なんだろうな。
そう思っていたけれど、夕食時にお酌をしながら話を聞いていたら、彼もまた田舎の出で、大学入学と同時に上京したそうだ。
だから東京に憧れる気持ちもわかると。
なお羨ましい。なぜならこの人は上京に成功したのだ。自分から行動を起こして、成し遂げたのである。
行動を起こせない私からしたら羨ましくて仕方ない。
高校を卒業してからずっと、なんなら子供の時からずっとこの旅館で働いている。
お母さんもお父さんも家に縛られる必要は無いと言ってくれてはいるけれど、他でもない私自身が居慣れたこの家に縛っている。
都会を羨む私に木梨さんが「東京に行って何がしたいのか」聞いてきた。
何も思い浮かばなかった。
行きたいと思うだけで、具体的に何が歯苔とか、そういった考えがまるでない。
悩んだ挙句「お嫁さん」だと言ったら笑われてしまった。
これでも完全な冗談というわけではないんだけどなあ。ほら専業主婦的な?家事には自信あるし。
それに女はクリスマスケーキなんて例えられたりもするし、もう26歳だし、お母さんからいい相手は居ないのかとか言われちゃうし、学生時代に付き合ってた
そうだ!木梨さんはすごいイケメンってわけじゃないけど、少しあどけなさのある顔つきで割とタイプだし、東京に住んでるし、今は彼女とか居ないって言ってたし、一つ売り込んでみるか!
なんかずるいじゃん。私だって東京に住みたい。
お母さんほどではないけど、胸は大きいほうだと思うんだよね。
そういうわけで、胸を寄せながら、
「3食おっぱい付きですよ!」
と言ってみた。
島のおっちゃん達によく言われる「小鳥ちゃんの旦那になる人は羨ましいね。料理が毎日食べられて、しかもおっぱいも大きい」という言葉を私なりにアレンジしたセリフ。
ただ、勢いで言ってしまったけど、思った以上にかなり恥ずかしい。
というか木梨さんおっぱい見すぎ、いや見せつけたのは私だけど!
はーやだやだ。ちょっと飲みすぎたかな。
空になったグラスを見て、新しいお酒をも持ってくるついでに水も持って来ようとしたら、木梨さんも気まずかったのか部屋に戻ると言って席を立った。
自分で言うことじゃないけど、まるで
「小鳥、初対面のお客さんにあんな事言ったら痴女だと思われるわよぉ」
なお、一部始終を見ていたらしいお母さんにも言われました。でも、
そういえば木梨さんっていくつだったんだろうと思い、宿泊者名簿確認したら25歳だった。
年下じゃん……。
翌日、朝の仕事を一通り終えて、あとは洗濯やっちゃおうとしたらお母さんが、
「昨日のお客さん、不意な宿泊で困ってるはずだからぁ、一緒に洗濯してあげてねぇ」
と言ってきた。
渋々部屋に出向いてお母さんから言われたことをそのまま丁寧に言い換えて伝えると、お願いしますと帰ってきた。
袋に詰められた洗濯物と一緒に。
ちなみに簡単なお昼ご飯も作って持っていったら感謝された。まあ普段は朝夕しか出してないし、木梨さんもあると思ってなかったのだろう。
お母さんの読み通り木梨さんは着替えを持っていなかったらしく。下着だけは島に1つだけあるコンビニ―小さな商店の事だろう―で買ったそうだ。
代わりの服というわけではないが、浴衣を追加で貸し出すことにした。
その日の午後は台風のせいで他にやれることもなくて、久々に自室でゆっくりすることができた。
夕方になり、食事の準備をするために調理場まで降りると、夕食にはまだ早いはずなのに食堂から笑い声が聞こえてきた。
どうしたのかと思い覗き込んでみたら、お父さんが木梨さんを巻き込んで酒盛りしているのが見える。
「あれ、いつからやってるの?」
「ついさっきよ。お父さんがお客さんの部屋に行って連れてきちゃったのよぉ」
「それはそれは……」
かわいそうに。
お父さんもまた
あらゆる客を巻き込んで酒盛りすることもあり、なんとその酒盛りでお客さん同士をくっつけて結婚まで行った例が数件ある。
筋肉もりもり髭ボーボーな愛のキューピット。なんか嫌だな。ひたすらにむさい。
そもそもいくら外が薄暗いとはいえ、日の入りもまだだ。木梨さんだって仕事があっただろうに。
台風のせいで漁業組合のおっちゃんらと飲めないからって、飲み始めるのが早いんだよ。というかどうせ酒盛りするなら私の分も残しておいてよね。
てきぱきと食事の支度を済ませて、持っていく。
「おう!小鳥ちょっと座れや」
すっかり出来上がったお父さんが料理を持った私を呼ぶ。
「どうよ!親の贔屓目を抜いても顔立ちは悪くないだろ!」
「え、ええ、そうですね。綺麗な方だと思いました」
「だろ?それに、ほれ、うちの嫁よりは小さいにしても、十分でかいだろ?」
「……そう、ですね」
料理を並べていると横からそんな話が聞こえる。この筋肉だるまはセクハラという言葉をご存じでないのかしら。
「てか、何の話してんの?」
「なにって、ほれ、お前を売り込んでんだよ。お前はしょっちゅう東京さ行きたいって言ってるだろ?木梨さんは東京住みらしいで、丁度いいだろ」
なんだか怒りたい気分になったけれど、同じことを昨日やっているので何も言えなかった。
「ごめんなさい。お仕事中でしたよね?」
「まあ、急ぎの仕事じゃないからいいよ。折角誘っていただいたし、お酒を振舞ってもらえるなら断る理由もないよ」
「そうだぞ。木梨さんは2つ返事で乘ってくれたぞ。なあ?」
「はい。折角のお誘いを断っては酒好きの名が廃ります」
木梨さんもお酒好きなのね。まあ昨日も割と飲んでいたし、不思議でもないけど。
昨夜も
「で、どうよ」
「素敵な娘さんだと思いますよ」
「だろ?俺の血が混ざってるとは思えないほど美人になってくれたもんよ」
「あはは、いやー親子だと思いますよ。ほんとそっくりですし」
私のほうを見てそんなことを言っているけど、どう考えても昨日の発言とお父さんの発言を聞いて言ってるよね。だって口元が笑っているもん。
そんな調子でわいわいと話しながら、酒が進んでいき、21時過ぎた頃にはお父さんが潰れた。
夕方から飲んでいたようだから仕方ないかもしれないけど、珍しいものだ。
「おっとっとぉ?あららららら?」
まあ、楽しかったんだろう。
「しっかり歩いてください」
「歩いてるぞー?地面が斜めってんだぞー?」
「……ここに放置しようかな」
お父さんと同じく飲み続けた木梨さんは潰れこそしてないものの泥酔。部屋まで歩けそうにない状態なので私が運ぶ羽目になった。ちなみにお父さんのほうは食堂に放置してる。どうせ朝になれば勝手に起きるし。
「ほら、木梨さん部屋に着きましたよ」
「はーい、ありがとねー!ねへへへ」
「何気持ち悪い笑い方してるんですか……」
「いやー、小鳥ちゃんは優しいなと思ってねー。いっそ本当に僕がもらっちゃうか!」
一瞬、固まった。不意打ちでびっくりしたというか、どう反応したらいいのかわからない。少しの間をおいて「そういうセリフは素面の時に」と言いかけたところで、寝息が聞こえてきた。
なんとなくむかついたので適当に床に投げておこうかと思ったけれど、一応はお客さんなので先んじて敷いておいてもらった布団に降ろすことにした。
「へ、きゃ!?」
そっと降ろそうとしたところ、服を掴まれていたらしくバランスを崩して布団に倒れこむ。
「ちょ、ちょっと木梨さん!」
しかも私が下敷き。抜け出そうにも抱きつかれてしまって抜けられそうにない。
「こんの、酔っ払い、が……!」
「なんだよ、ちあ、き……」
「私はチアキじゃないっての!んもう!」
無理やり解いても良かったけれど、酔っ払い特有の力加減から抜け出すのが面倒になったので、眠って力が抜けてくるのを待つことにした。
結局、そのまま私も寝てしまったけど。
人の腕に抱かれて眠るなんていつぶりだろうか。
久しぶりに感じる人の温もりは不思議と安心感があった。しいて言えば相手が酒臭い酔っ払いじゃなければもっとよかったんだけど。
翌朝、眠る前と変わらず抱きつかれたまま目を覚ました私は、気持ちよさそうに眠る木梨さんを起こさないように静かに過ごした。
いつもならとっくに起きて朝食を作っている時間だけれど、この状況なら仕方ないだろう。
それにどうせ今日も今日とて台風の影響下から抜けてないし、私に出来ることはそこまでない。
ならばこのまま抱かれていても良いかなと思えた。寝顔はかわいらしいし、割と心地よい。
「おはようございます。木梨さん」
「…………」
しばらくして目を覚ました彼に挨拶をすると、顔面蒼白になり飛び退いた。
慌てた様子で自らの衣服と私の衣服が乱れていないか見比べる様子に思わず笑ってしまう。
「何もありませんでしたよ」
酔っぱらった木梨さんに抱きつかれちゃって、そのまま寝ちゃったんです。そう伝えると「ごめん」と言いながら綺麗な土下座を披露してくれた。
気にしてないから顔を上げるように言うと、安心した様子で、しゃがれた声ながらも「おはよう」と返してきた。
顔でも洗ってきたらどうかと促して、喉が渇いていた私はひとまず調理場へ移動した。
「昨夜はお楽しみでしたねぇ」
中に入るとお母さんが面白がってそんなことを言う。
「いや、別に何もなかったから」
「そうなの?」
「酔っぱらった木梨さんに押しつぶされただけよ」
「ふーん」
何か言いたげににやにやと笑うお母さん。
「何?」
「べっつにー?小鳥ならそれくらい簡単に振りほどけたんじゃないかなーとか思ってないわよぉ?」
「……ノーコメントで」
「キャー!今夜はお赤飯を炊かなきゃー!」
「炊かなくていいから!」
仮にも自分の娘が会って間もない男と
「ひょっとしてお母さん、覗いた?」
「ばっちし覗かせてもらったわぁ。小鳥が木梨さんに抱かれて眠っていると・こ・ろ」
間違いが起こったわけではないと解っていての反応だったって訳か。まったく、どうせ部屋に入ってきていたのなら起こしてくれればいいのに。
「それより、昨日はお風呂入ってないでしょう?浴場掃除のついでに入ってきていいわよぉ」
「はーい」
確かにちょっと体が汗ばんでる。あの部屋、クーラーはかかっていたみたいだけど、この季節に人と引っ付いて寝るには少々暑いようだ。
一度、自室に戻り着替えとタオルを持って浴場へ向かう。
お客さんは木梨さんだけだけど、清掃中の札を忘れずに下げて、適当に服を脱いで
それにしてもお客さんを巻き込んだ酒盛りなんて久々で、木梨さんやお父さんほどじゃないにしろ私もそれなりに飲んだからか、まだお酒が残っているような感覚がある。
ところで、これは余談だが、普段うちの浴場は時間で男女の入浴時間を交代している。それは客が1組しかいなくても変わらない。
何が言いたいのかというと、今の時間帯は男湯にしているのである。
「…………え?」
「…………」
いきなりの闖入者に驚いて固まった木梨さんと、状況の理解が追い付いていない私。
お互いに全裸で顔を向き合わせたまま数秒固まって、ババっと背を向けた。
やらかした!かんっぜんに油断していた!デッキブラシを片手に全裸の姿を見られてしまった!
私はかなりの恥ずかしさを感じながら「ど、どうぞごゆっくり!」と言い残してそそくさと浴場から退散した。
「先程はすいません!清掃の時間とは思わず!」
遅めの朝食後、廊下で再び出くわした際に、やたら小声で謝られた。どうやらお母さん達に知られたくないらしい。
もう知られいるんですけどね。
すごく申し訳なさそうに謝られているけれど、別にこの歳になると、見られたからといって根に持つほどではないし、そもそもどう考えたって悪いのは入り込んだ私の方なので、逆に申し訳なくなってくる。
というか、あまりにも反応が
いかんいかん。思考が島のおっちゃん達に染められている。
私は
そんな一幕の翌日の朝。
「…………」
またしても木梨さんの布団で目を覚ました。
しかも今度はお互いに一切の衣服を着ていない状態で。
アダルティと見せかけて、この作品は全年齢対象なので具体的なことは書かないんだなぁ……。
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鳥籠の島③
本当に僕は運が悪いというか間が悪いというか。
違うな。悪いのは
まさか宿の娘を押し倒してそのまま寝てしまうとは。
それだけでも十分にアウトだというのに、事故とはいえ風呂に入ってきた小鳥さんの裸まで見てしまった。
バレたら親父さんに何をされるか分かったものではない。
小鳥さんが許してくれたとはいえ気が気ではなく、仕事はまったく集中できなかった。
早ければ2日後には台風が過ぎ去る。そうすればもう関係はなくなる。
飲みすぎが良くないってのはわかってるつもりだ。調子に乗って飲みすぎるからこうなるのだ。
酒は
「
「ぶっふぉ!!」
「うわっ汚い!」
女将さんと住み込みの従業員さんまで参加してにぎやかさの増した酒盛りの最中に爆弾が投下される。
投げ込んだのは女将さん。かなりのハイペースでグラスを空にし続けているのに顔色1つ変わらない化け物。
「どうなのかしら?」
「そんなことはありませんよ。経験くらいはあります」
どうこたえるのが正解かわからないけれど、ここは素直に答えておく。
「ふーん?」
何やら色々な思惑の含まれていそうな言い方だな。そう思ったのもつかの間。
「その割には据え膳食ったりしないのね。小鳥を抱いて寝てたのに」
「なななななな、は?えっ!?」
「なんだと!?」
「ちょっとお母さん!」
やばいやばいやばい。
何がやばいってこの場には小鳥さんの
「どういうことか聞かせてもらおうか」
ひょっとして死んだかな。これは。
明らかに
「酒の勢いってやつよ。ねぇ?」
池の
「小鳥!!」
「うるさっ!」
耳元で叫ばれた小鳥さんがうざったそうに耳を塞いだ。
「別にやましいことなんて無かったってば」
「ほんとか?本当にか?」
「本当だって……。もう、心配性だなぁ」
「年頃の娘が男と抱き合って寝ていたと聞いて黙っていられる父親なぞおらん!」
いやー、まったく
「いや、お父さん。私、もう年頃っていうほど若くないから」
これもまた、仰る通りです。
―ゴスッ
急に小鳥さんから肘が飛んできて脇腹に突き刺さった。
「なにすんだよ……」
「なんか失礼なことを考えられた気がしましてー」
エスパーかよ。
言葉が途切れて微妙な空気が生まれる。下手に追究させるよりはいいが、なんともいたたまれない。
「童貞じゃないんですよね?」
なんで掘り下げるんだよ。という意味を込めてジト目を送りながら肯定する。
「ふーん。じゃあチアキってのがそうなのね」
「ぶっふぉ!?」
「汚いなぁもう!」
なんで知ってるんだ。え?話したっけ?いや話してないはず。あーでも昨日の記憶が
「ほう?詳しく聞かせてもらおうか」
あかん。俺、死んだ。
この後、必死に元カノについて説明したのだけれど、中々に
あいつには結構尽くしてたつもりだったのに、ある日突然別れを告げられてそのままドロンだったからな……。
結構、良い仲だったと思ってたのに。
「じゃあ、木梨さんは今はお独りなのねー」
「えぇ、まあ」
「らしいわよ。小鳥。よかったわね」
「え、なんで私!?」
唐突に巻き込まれた小鳥さんが
こんな調子で、この日は女将さんのペースに吞まれっぱなしな酒盛りになった。
そして翌朝、頭の痛みを覚えながら目を覚ますと、隣には服を着てない小鳥さんの姿があった。
いや、小鳥さんだけではない。僕もまた服を着ていなかった。そんな状態で同じ布団に入っていた。
朝チュンまでです
私も据え膳を出されてみたいですわ……
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鳥籠の島④
もはや下ネタという次元を超えた話も織り交ぜつつ、私は時折話に混ざりながらグラスを傾けていた。
途中で片付けのために離籍した坂口さんがちょっとうらやましいと思えるほどに騒がしい。
別に下ネタは嫌いじゃない。むしろ島のおっちゃん達の影響もあってか、下ネタは好きな方だ。
男性の下ネタ好きは地域に関係ないようで、始めのうちは飲みすぎないようにと言っていた木梨さんも場の空気に当てられたのか、もはや普通に飲んでいる。というか昨日より飲んでいるような気がする。
まあ、私も結構飲んでいるから人の事言えないけれど。
ちなみにお父さんはもう潰れて机に突っ伏していびきをかいている。弱いわけではないはずだけど、何分飲むペースが速すぎたのだろう。
それにしても、同年代の性事情なんて聞くのは初めてだ。島のおっちゃん達が話すのは大体自分の女房の事か、若い頃のやんちゃ話だし。
「やっぱ都会の人は色々経験してるのねぇ」
「生まれは田舎ですけどね」
「でも上京して結構経つのでしょう?」
「そうですね。大学の時に越してきたからぼちぼち10年弱くらいですかね?」
いいなぁ。私も大学時代は本州に住んでたけど、都会じゃなかったし。うらやましい。
「この子なんて都会に行きたいなんて言うばかりでずっと家にいるのよ」
「
「良いのよぉ。宿は息子に継いでもらうかぁ」
「息子さんもいらっしゃったんですか?」
「今は大学生でねぇ。○○大学の近くでアパート借り通っているのよぉ」
「へぇ!○○大学ってことは優秀な息子さんなんですね」
弟の
バイトに勉学に忙しいと言っていたけれど、都会にいられるというだけで羨ましく思える。
「
「あいつと一緒にしないでよ!私は一応、大学時代は彼氏いたんだから!」
しかも、
「でもすぐ別れちゃったじゃない」
「だって私が島に住んでて簡単に会えないのを良いことに、二股かけられてたんだよ?許せなくない?」
身体だけが目的だっただけのクソ野郎に身体を許してしまった当時の私が恨めしい。隼人がうまくやっているらしいことを聞いて
「それはあんたの見る目が無かったのよ」
「へーへー、どうせ私はおっぱいしか
そういいながら自分の胸を揉みしだく。それを見ていた
「……木梨さんって本当に経験あるの?なんていうか反応が
別にガン見しろとは言わないけれど、目を逸らされるのは何かむかつく。
「あるよ……。でもあるからってジッと見たりするわけじゃないでしょ」
「そう言う割に、さっきから私とお母さんの胸をちらちら見てるじゃない」
「う、あ、それは、その。す、すいません!」
バレてないとでも思っていたのだろうか。これでも昔から視線に晒されてきているし、お母さんも私も見られていればすぐ気づける。
ちなみにお母さんの胸は私よりも大きい。どのくらいかと言うと、しっかりと着付けされた着物で潰されていても大きいと解るくらいには大きい。
私もあれくらい大きければ……。いや今以上に大きかったら困るような気がしなくもないけど……。
別に自分の身体を安売りするつもりはないけれど、大きければ男性には効果的な武器になるだろうとは思う。実際、お母さんが言うにはお父さんはさながら
「うふふ、木梨さんはむっつりさんなんですねぇ」
「本当にすいません。その、つい……」
「良いんですよぉ。男の人はつい見ちゃいますよねぇ。おっぱい」
わざとらしく胸元を
もはや見慣れたとはいえ、娘の前で何やってんだか。
それにしても、さっきは私の胸から目を逸らしていたくせに、今度はお母さんの胸をガン見しているし……。これが万乳引力ってやつか……。
それか、
「もしかして木梨さんって熟女好き?」
「そ、そういう訳じゃないんだけど……。その女将さん美人だから……」
「なるほど、つい見てしまうと」
木梨さんは恥ずかしそうに「そうです」と言った。
「あらやだ。駄目よぉ。私はお父さん
さっきまで
まあ娘の私から見てもお母さん
「ふふふ、久しぶりに若い人の成分を
「あ、じゃあ私も」
「小鳥はゆっくりしていていいわよぉ。そんなにやることがあるわけじゃないし、それにぃ」
「それに?」
続けざまに立ち上がった私に小さな声で「若者同士ゆっくり語りあったらいいんじゃないかしらぁ」と言った。
お母さんを見ていると本当に人生を楽しんでいるんだなって思う。ここまで人を
「それじゃあごゆっくりぃ」
反応に困った様子の木梨さんに「ああ言ってるけど、どうする?」と聞くと、「丁度いいし部屋に戻るかな」と言った。
私はそれを“部屋で飲みなおそう”という意味だと思って、お酒と
一応、ノックをしてから、
「入るわよー」
と言って部屋に入る。
「…………え?」
入ってきた私に
「部屋で飲みなおす……のよね?」
私の言葉を聞いてもなお、数泊の間を置いてから、ようやく私が来た
「びっくりした。急に入ってきたからなにかと思った。そこれそ
冗談めかしてそんな事を言う彼に、
「会ったばかりの相手に簡単に身体を許すほど軽い女じゃありません」
と返した。まあ
「これから仕事をするとかじゃないなら付き合ってよ。というか、私みたいな巨乳と飲めて役得でしょ?」
「自分で言うのか……」
「何よ。うれしくないの?」
「うれしいです。はい」
「なんかいい方がむかつくけど、まあ許す」
多分、この時には既に酔っていたのだと思う。もちろん当時はそんなこと気づきもしなかったけれど。
「そういえばお仕事は
「正直に言うとかなり
帰ったら大変だ、と彼は笑った。
フェリーの欠便が無ければ1週間は早く帰れたはずなのだから仕方のない事なのかもしれない。
「まあ有休扱いにしてもらってるから、溜まった休暇の消化と思うことにしたよ。じゃなかったらあんな時間から酒飲めないし」
「え、待って有休なのに仕事してるの?」
「そうだけど」
「えー……。私なら絶対なにもしない……」
「お酒に誘ってもらってすごい助かってるよ。部屋に
「しかも相手は私みたいな巨乳だもんね」
「まあ………」
なんとも歯切れ悪い返事に少し不安になりながら「嬉しくないの?」と聞くと、小さいため息をついてからぽつぽつと話し始めた。
「………あのさ。会ったばかりの人、それも男に言われたくはないかもしれないけどさ。あまりそうやって、自分を安売りするような言い方は、しない方が良いと思うんだ」
「そんなつもりはないんだけど……」
「小鳥さんにそんなつもりが無くても、やたらと胸を
依然として台風の
だというのに、部屋には
「女将さんは上手く引くところを引いてるから、“からかわれている”んだってわかる。でも、今の小鳥さんみたいに至近距離でそんなされたら、……襲ってしまいたくなる」
木梨さんの声は
「い、言うねぇ、さっきは童貞臭い反応ばっかりだったくせに」
声が裏返りそうになりながらもなんとか距離を取って精いっぱいの
「だから童貞じゃないって言ってるだろ……」
「どうだか――」
気おされそうになりながらもなんとか、話の
「——―ひぅ……」
鼻がぶつかりそうな程に顔が近くにあった。
頭が真っ白になって声も出せなくて、でも不思議と嫌じゃない。
「……一応言っておくけど、止めるなら今だぞ」
少し荒くなった
まるで脳が溶けているかのような
自分がどんな声を出したのかわからないけれど、次の瞬間には
ついばむような軽いキスでななく、本能のままに相手を求めるようなキスで完全に蕩けた私は木梨さんの手を取り、自分の胸に押し当てて静かに「いいよ」と呟いた。
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鳥籠の島⑤
昨夜のことを思い出した僕は一瞬にして二日酔いの頭痛を忘れた。
時計は10時を過ぎたところ。つまり朝飯の時間はとっくに過ぎている。
多分誰かに見られたんだろうなぁ。だって、新しい浴衣が入ったが
恐らくは女将さんか昨夜見かけた従業員の方だろうが、どう胡麻化したものか……。
いや無理だろ。と妙に冴えてきた頭で言い訳を考えていると、布団の中がもぞもぞと動いた。
「んー……」
眠そうに掛け布団を引っ張る彼女に笑いがこぼれる。
随分と幸せそうな寝顔だ。
僕は小鳥さんを起こさないようにそっと布団から抜けて、とりあえず汗とかでべた付いた身体を流しに浴場へ向かった。
熱いシャワーで汗が流れていく感覚同時に残った眠気が覚めていく。
髪を乾かして、脱衣所から出たところで、丁度よく従業員の方に出くわした。
「おはようございます」
「あ、はい。おはようございます」
「これからお部屋にお戻りですか?」
「そのつもりです」
「そうしましたら、お手数ですが、小鳥ちゃんに女将が呼んでいたとお伝えしていただけますでしょうか」
僕の部屋に居ることが前提の言葉。もしかして新しい浴衣はこの人の仕業だろうか。
反応に困るけれど、落ち着いて、
「……わかりました」
と答えた。
なんとなく、
ため息を漏らしながら部屋に戻ると、締め切られていた雨戸が開けられて曇っていてやや暗いながらも光が差し込んでいた。
弱いながらも雨は降り、まだ風も強そうだが、それでも天気が回復に向かっているのがわかる。
「おはよう」
「おはよう」
お互い照れることもなく、挨拶を交わす。
「女将さんが小鳥さんを呼んでるみたいだよ」
あいさつの後に何か言おうかと思ったけれど、何も思いつかなかったので、頼まれた言伝を済ませる。
小鳥さんは心底面倒そうに「あー」と声を漏らしてから「わかった。ありがとう」と言い残して部屋から渋々と言った様子で出ていった。
急に広く感じる部屋で、とりあえず、飲み散らかされたゴミを片付けた。
行きずりの男女が一晩寝たくらいで、と言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、でも、小鳥さんがどう思ってるかはわからないけど、所詮は雰囲気に流されて1度ヤってしまっただけ。
自分で言うと責任逃れ感がすごいけど、逆に言えば“性行為をした=好意がある”とは限らないのも確かなのだ。
問題は、ほぼ間違いなく相手の親に知られてるということ。
酒の所為だと言い訳できれば楽なのかもしれないけれど、本人だけならともかく、流石にこれで言い訳するのは苦しいだろう。
個人的に小鳥さんは悪い女じゃない。むしろ良い女だと思うし、なんなら好みでもある。
綺麗な方だし、料理も上手い。しかもワイシャツもビシッとアイロンまでかけてくれた。後おっぱいも大きい。まあ、ワイシャツに関していうなら実はノンアイロンシャツだったんだけどね。
僕としては付き合えたら嬉しいと思える相手ではあるけれど、小鳥さんがどう思っているかはわからない。
どうしたものかと思いながらも、スマホでフェリーの運航状況を確認すると、明日以降に状況次第で復旧する予定らしい。
天気予報を確認しても、台風は今日中には通り過ぎる予報になっている。
帰る目途がつき始めたのが果たしていいのか悪いのか。なんにせよ。もうあまり島に居られる時間は長くない。
行きずりの関係を持ったのが初めてという訳ではないけれど、以前は明らかに好意も何もないものだったから、こういう時にどうしたらいいのかわからない。
しばらく考えて、思った。
こういうのは悩んでも答えが出る物じゃないし、本人に聞くのが一番早い。
最悪『1度ヤったくらいでなにマジになってんの』とか言われても、明日か明後日には帰れるんだしダメージは少なくて済む。
……まあ、どうせまた夜は飲むんだろうしその時にでも聞けばいいや。
決して、怖気づいたわけではないぞ!と、誰に言い訳するでもなく、パソコンを開いて仕事をし始めた。
別にいいけど一応、有休扱いなのになーんで僕に仕事を振ってくるのかなぁ……。
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鳥籠の島⑥
下腹部の違和感と妙な気だるさを感じながら廊下を歩く。
やらかした。
酒の勢いとは恐ろしいものだ。なにが『会ったばかりの相手に簡単に身体を許すほど軽い女じゃない』よ。がっつり許してるじゃないか。
いや木梨さんは悪くない。記憶が
あーでもよく覚えてない。頭痛いし、お腹も重い……。
「やーっと降りてきたわね」
「お母さん、おふぁよー……」
欠伸交じりに挨拶をする。
「もう昼前よ。とりあえずシャワーでも浴びてきたら?」
「はーい……」
適当に返事を返して、今度は誰もいないことを確認して浴場に入る。
べた付いた身体がシャワーで洗い流されていく、ある程度はすっきりしたものの、依然として気だるさは抜けない。
「……何してんの?」
着替えを済ませてから戻ると何故かお母さんが豆を研いでいた。
「わからないかしら、豆を研いでいるのよ」
「それはわかるけど、なんで?」
「もちろんお赤飯を炊くために決まってるじゃない!」
「いや、だからなんで!」
薄々そうじゃないかなとは思っていたけれど、やっぱり見られたらしい。
「坂口さんから聞いたわよ。んふふ、いい雰囲気だと思ったけど、小鳥ちゃんってば、だ・い・た・ん!」
寝坊した割には上機嫌だと思ったけれど、やっぱりか。
「ああ……」
ごめんなさい。木梨さん。多分面倒な事になります。
「で、実際のところどうなのよ」
「どうって、何が」
「木梨さんのことよぉ。好きになっちゃった?」
「別にそういう訳じゃないって……」
木梨さんがどう思っているかはわからないけれど、所詮1夜を共にしただけ。妙に手慣れた様子だったし、もしかしたら私が思っている以上に遊んでいるのかもしれない。
「えー!孫が見れるかもって期待したのにぃ」
気が早いにもほどがある。
勢いでヤってしまっただけで、好意があるとかそういう訳じゃない。と、思う。
まあ、そこそこ稼いでるみたいだし、顔も悪くないし、優良物件だとは思うけど。
でも私の方が年上だし、おっぱいくらいしか誇れるもの無いし。木梨さんは思ったより遊び慣れてそうだったし。
「ところで、なんで私を呼んだの?」
これ以上、話を広げられる前に本題に戻そうとしたら「貴女が寝ている間に終わっちゃった」と返ってきた。
聞けば朝一に坂口さんに話して、その後に坂口さんが裸で布団に入ってる私達を目撃して、お母さんに伝わり、その後に坂口さんが木梨さんと会ったらしい。
坂口さんも部屋に入ってきたなら起こしてくれればいいのにと思ったけれど、起こそうとして裸だと気づいたのかもしれない。
そう考えたら今度は部屋に入ってくるなよと思ったけれど、私が昨日部屋に入った後に鍵を閉めてなかったせいだった。
ただの自業自得だし……。
「フェリーだけど、明日か明後日には動くらしいから、どうするか早めに考えなさいねぇ」
そうだよね。この機会を逃したら次にいついい男を出会えるかわからないもんね。
「だから、そういうんじゃないんだってば!」
「大丈夫よ!男なんて竿を握ってしまえば
「そうだとしても娘に言う言葉じゃないから!!」
同じことを考えてしまったのが恥ずかしくて、声を張り上げて逃げ出した。多分、顔は真っ赤になっていたと思う。
なんていうか、親子なんだなと改めて思いなおした。
その夜、どうせまた飲むんだろうと思っていたら、お父さんが台風の影響が弱まったからと(漁業)組合のおっちゃん達を連れてきて宴会になった。
台風で仕事がないから酒が飲めるそうだ。そういえばそんな歌を聞いたことがある気がする。
ちなみにもう雨も止んだし、ちょっと風が強い程度だけど結局、フェリーは明日も欠便らしい。他県であったフェリー事故の
木梨さんには悪いけれど、1日伸びて少しだけ、本当に少しだけ嬉しい気持ちになった。
「それで、あんたが小鳥ちゃんを射止めた男かいな」
「射止めたなんてそんな、あはは……」
「兄ちゃん、東京のモンなんだってな」
「生まれは秋田ですけどね」
「随分と細っこいのう。ちゃんと飯食ってるんか」
「いただいてますよ。ちょっと食べすぎちゃってるくらいです」
木梨さんと話がしたかったのに、彼はおっちゃん達に囲まれて近づけなっていた。
たまにこっちに視線が送られるけど、助けてほしそうには見えない。
楽しそうにしやがって。そう思いながらにらみつけてやった。
「あらあら、小鳥ちゃん
「別に、そんなことないって」
「木梨さん取られちゃってるものねぇ」
「良いんじゃない?楽しそうだし」
「力を貸してあげましょっか!」
「は?」
お母さんはサッと立ち上がり、おっちゃん達の中にずんずん踏み込むと、木梨さんの腕を取って立ち上がらせて、そのままこっちに連れてきてしまった。
「後はごゆっくりぃ」
そう言い残すと、再びおっちゃん達の中に入り込み、木梨さんが座ってた位置に腰を下ろした。
「えっと……」
あっけにとられた木梨さんと、何も答えられない私。
聞きたいことがあったはずなのに、なんだったのか思い出せなくなった。
「部屋に行く?」
しばらくの間を開けて木梨さんがそう言った。
「……うん」
短い言葉、それだけで私はしおらしくなってしまう。
食堂から出るときに。冷やかされるかと思ったけれど、場の盛り上がりのお陰か、誰にも気づかれることなく抜けることが出来た。
どうしたんだろう。ほんと。こんなの私のキャラじゃないのに……。
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鳥籠の島⑦
部屋に戻ったのはいいものの、何とも言えない空気が
昨日までの強気な態度はどこへやら、随分とおとなしくなった小鳥さんは、
まるでおぼこ娘だなと思ったけれど、それを言ったら怒られそうなので黙っておく。
多分あれだ。昨夜は酒が入ってたから平気だったけど、冷静になったら恥ずかしくなったとか、そんな感じだろう。
「とりあえず飲む?」
缶チューハイを手渡すと、彼女はちびりちびり飲みだした。
うーん、どうにもやりづらいな。
開き直れとまでは言えないけれど、そこまで硬くなられると俺も困る。何を言ったら良いのやら……。
昨日の事は気にするなと言えればいいのだけど、それを俺から言うのは違うというか良くない気がする。
そうして連れ出したくせに時間だけが過ぎていった。
ただ、何も起きない訳ではなかった。
静かに酒を飲みながらも時折、ぽつりぽつりと会話が生まれていた。
「正直さ、ここまで長く休んじゃうと帰るのが
「わかるかも。私もフェリーが動き出したらまたお客さんが来るし、めんどくさいー」
「小鳥さんは料理長だもんね。宿泊者が増えたら大変そうだ」
「料理長というか、料理もやるってだけよ。お母さんやお父さんが作るときもあるし」
「あ、そうなの」
調子を取り戻し始めたのか、少しずつ饒舌になっていく。
「昔はお母さんが全部作ってたし、レシピを書いたのもお母さんだし。私は再現してるだけー」
「それが出来るだけでもすごいけどな。僕なんて普段カップ麺ばっかだし」
「うわ、身体に悪そう」
「仕方ないだろ。料理は苦手なんだよ」
「ふーん」
やたらとしたり顔でこちらを見てくる彼女に「別に良いだろ」と吐き捨てる。
というかカップ麺しか食べない訳じゃないですし。コンビニ弁当とか、サラダも食べるし。今時は料理なんてできなくても中食で何とでもなりますし。
「じゃあ、さ」
少し照れた様子で、しかし真っすぐに僕の目を捉えて、微笑みながら彼女は言った。
「私がご飯を作ってあげようか」
と。
「それって―」
「い、今のは!えっと……。責任!そう責任よ!ほ、ほら流れだったから仕方ないとはいえゴムが無くてナマでヤっちゃったし!責任?取ってもらおうかなって!」
恥ずかしさを紛らわせようと早口で言っているけど、どう考えてもその発言の方が恥ずかしい。思わず、
「女の子なんだからもうちょっと言葉を選ぼうよ!」
と叫んでしまった。
「うっ……」
「あのさ。安易に責任を取ると言えなくて申し訳ないんだけどさ」
きっと彼女はある種の熱病のようなものにかかってしまっているんだろう。多分、僕も。
一目ぼれのようなものがあり得ないというつもりはないけれど、例えそうだとしても
それでも僕は「お付き合いしてもらえませんか?」と口に出した。
本音を言えば、家に
だからまずはお互いをもっと知るべきだ。
きっと、小鳥さんがもっと早く思い切って都会に出てきていたら、誰も放っておいたりはしないだろう。それほどまでに小鳥さんは魅力的だと思っている。
1週間という期間を経て、僕は間違いなく小鳥さんに好意を抱いている。
嵐の様に活発で、思い切ってしまえば行動するのはとても早い。だから、多分彼女は、
「よろしくね!“やっぱやめた”とか無しだからね!」
こうして僕は小鳥さんと付き合うことになり、その翌日無事に過ぎ去った台風のお陰で再開した。午後のフェリーに乗ることが出来た僕は、1週間ぶりに家に帰ってこれた。
久々に帰る家は何だか
とはいえ、帰って感傷に浸ってる余裕があるはずもなく、翌日から土日を返上するほどの忙しい日々を過ごし、あっという間に1か月が過ぎた。
その間もSNSなどで連絡は取り合ってはいたが、小鳥さんも宿が忙しいらしく、
『ようやく客足が落ち着いてさー。もうくたくただよ……』
「お疲れさん。頑張ってるみたいだね」
『めっちゃ頑張った。これでやっと―』
「やっと?」
『やっぱなんでもない!忘れて!』
「何それ、めっちゃ気になるんだけど」
『だーめー!忘れろー!』
これは聞けなさそうだ。
宿にいる間も思ったが、小鳥さんは少し、いやかなり我が強い。無理に聞き出そうとしたら多分キレる。
何を言おうとしたのかめちゃくちゃ気になるけど、仕方ないか。
「そ、そういえば、今度の日曜って休みなのよね?」
「そうね。久々に何の用事もないし家でゴロゴロしようかと思ってるよ」
「そうだね。それがいいよ」
なんか、怪しい。妙に口早だし、家に居てほしい理由でもあるのか?
「ずっと家にいるのもあれだし、映画とか見に行っても良いかなとか思ってるんだよね。ほら最近話題になってるインドのダンスのやつ」
「折角の休みなのに出かけたら疲れちゃうし、家に居なよ」
やっぱり家にとどめようとしてるよな。
「なに、日曜日何かあるの?」
「何もないよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
やや食い気味に彼女が答える。
僕は確信した。何かあると。でもまあ、ここは素直に従っておくとしよう。おそらくは、こっちまで遊びに来るとかだろう。多分。
どこかに連れて行ってあげようかなとか、そう楽観的に考えていた。
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鳥籠の島⑧
日曜日、私が楽さんの家のインターホンを鳴らすと「待ってたよ」と言いながら彼が出てきた。
そんな気はしてたけど、やはり来ようとしているのはバレていたらしい。
「おじゃましまーす」
久々の男性の部屋に少し緊張しつつあがると、比較的に片付いた部屋が広がっていた。何と比較したかと言えば、私の部屋。
少し手狭な1DKの部屋。慣れない匂いがするけど嫌な感じはしない。
それにしても男部屋なんてみんな
ただ、冷蔵庫の中身は酒ばかりだった。前にも聞いていたけれど、本当に料理はあまりしないらしい。
「たまにはやるよ!たまには!」
出来ない訳じゃないことをアピールしたいのかそんなことを言っていた。
とりあえず、見た感じ女の気配とかはなさそうで安心した。
あとは変な趣味でもないか、エロ本でも見つかればいいんだけど巧妙に隠されているのか発見することが出来なかった。
後々知ったのだが、彼は電子書籍派でエロ本もタブレット端末で見ているらしい。
これが時代か……。
ちなみに見せてと言ったら怒られた。
「見せられるわけないだろ!」
「えーいいじゃん。ケチ」
「
「彼女として彼氏の性癖を知りたかったんだけどなー」
「そんなこと言って面白がってるだけなのはわかってるだからな!」
っち。駄目か。
ちなみにエロ本を探す中で色んな健康器具とかは見つけたりした。クローゼットから股関節を鍛えるためのトレーニング器具だったり、倒れるだけで腹筋できるやつだったり、手頃サイズのよくわからないボールみたいなものだったり。
運動不足解消のために買ったそうだが、あまり使われた形跡がない。そもそも普通に走ったりしたほうが健康的だと思う。
あとは変な錠剤もあった。いわゆるサプリメントってやつだけど、とにかく種類が多い。
「もはや主食レベルで飲んでる」
とか笑いながら言ってて頭を抱えそうになった。笑い事じゃないって。
「食事はちゃんと取らないと駄目よ」
「わかってるんだけど、面倒くさくて……」
「面倒くさがらないの!」
そんな一幕もありながら久しぶりの彼氏との時間を楽しんだ。
彼は優しく、でもどこか距離を感じるような。具体的にはあまり接触しないようにしているような気がした。
別れ際にキスとかしたい気分だったけれど、言い出せず結局手を振って「またね」と言って帰った。
「で、なんもせずに帰ってきたわけね」
隼人がつまらなそうに吐き捨てる。
「なんもじゃないし!一緒に映画見たりしたし!テレビで!」
「今どき高校生でももうちょい刺激のある家デートするだろ……」
「うぐ……」
言い返せない。
「そ、そういう隼人は職場の先輩とどうなのよ」
反撃とばかりに隼人が片思いをしているという相手についてつつく。
「……デートには誘った」
「で、断られたと」
「断られてねぇし!『予定が合えば』って言われたし!」
「残念でしたー!女の『予定が合えば』で予定が合うことなんてないですー」
「そんなことわかんねーし!」
やいのやいのと言い合っていると、
—ドン!
と、大きな音が壁から聞こえてきた。
「やっべ……」
「あ、ごめん」
初めての経験だけど、すぐにわかった。これが壁ドンってやつね。
少し騒がしくし過ぎたみたいだ。
「はぁ……。ここ家賃は安いんだけど壁が薄いのがなぁ」
「ごめんごめん」
静かになった室内には隣の家のテレビらしき音が聞こえていた。
「まあ、とりあえず泊まるのは良いけど、見ての通り狭いし布団は無いから」
私は以前来たときと同じように隼人に言う。
「じゃあベッドは私が使うから」
「はいはい……」
隼人は「やれやれ」と言いながらクローゼットを開き中から大きな段ボールを取り出し、その中に入っている厚手の毛布をソファに投げる。
「で、今回はいつまでいるつもりなん?」
「明日には帰るわよ」
「ふーん。一泊だけなら彼氏の家にでも泊まらせてもらえばよかったじゃん」
「楽さん明日仕事だし迷惑になっちゃうし。それに付き合い始めたばかりなのにお泊りはハードル高くない?」
「既にヤってる癖に何を今更」
「それとこれとは別!」
「あっそ」
自分で聞いてきたくせに興味なさそうに吐き捨てられてちょっとイラっとする。まあ、私達の会話はいつもそんな感じなんだけど。
その後はあまり遅く風呂を使うと隣人の迷惑になるとかで急かされながらシャワーを浴びて適当に毛布にくるまって寝た。思っていたよりも都会の生活は世知辛いらしい。
そして翌日、私は都内まで来たもう1つの目的のためとある旅館までやってきた。
入口の豪華さに若干気圧されそうになりつつも、腹をくくって中へ入る。
緊張しながらも受付で名前を伝えると女将さんが出てきて、奥の部屋へと案内してくれた。歩きながら横目で見ているだけでも調度品からしてお金がかかってそうで平良旅館とは雰囲気がまるで違うことがわかる。
案内された応接室らしき部屋で言われるがまま席に座り女将さんと向かい合う。
目の前にある机には事前に用意していたらしい小さいペットボトルのお茶と私が郵送しておいた履歴書。
そう、今日は面接しに来たのである。
女将さんは履歴書を手に取り両面に目を通してから、顔を上げて。
「小鳥ちゃん、緊張し過ぎじゃない?」
そう言った。そして履歴書を机に置くとクスクスと笑い。
「いえ、その、すいません」
「謝ることはないわよ。別に知らない間柄でもないでしょう?」
そうなのだ。千代の宿の女将、
「
「よ、よろしくお願いします」
「はいよろしく。それにしても大きくなったわねー」
そこからは面接、というよりはただの世間話のような話が延々と続いた。自分の幼いころの話とかされても覚えてないことが多く、私は曖昧に返事を返すくらいしかできなかった。
楽さんと付き合い初めてから私の都会へ行きたい欲は大きくなり、行動に移すまでになった。
お母さんに頼んで女将さんに連絡を取ってもらい、これからは
大学の時みたいに離れているのを良いことに遊ばれているんじゃないかって、どうしても頭をよぎってしまって、試したくなって。
楽さんの部屋から女の気配は感じなかった。多分、楽さんは嘘ついたりはしてない。
『お付き合いさせていただけませんか』という言葉は本当だと思うのに、でもどこかで信じ切れていない。
本当に
その夜、
お母さんは休んでいてもいいと言っていたけれど、なんとなく働きたくて。
キッチンの片付けをしている途中、お母さんが切り出した。
「で、
真っ先に聞くのが隼人の事じゃなくてそっちでいいのかと思わなくもないが、すぐに隼人だしいっか。と思った。
「少し手狭だけど綺麗な家だったよ。隼人の部屋よりずっと片付いてた」
「遊んでそうだったぁ?」
「いや、多分ないと思う……って、何聞いてるのよ」
「あら、だって貴女、大学生の時はぁ浮気されて泣いたりしていたじゃない」
「そういうこと思い出さなくていいから!」
「ふふふ、でもよかったわねぇ。真面目そうな人で」
「そうね」
少しの間を開けてから続ける。
「まあ、良い人、だとは思う」
「なにか含みがある言い方ねぇ」
「だってわかんないし」
一度家に行っただけ、電話でも色々話してるとはいえ、まだ全然わからない。
「そんなものじゃないかしらねぇ」
何が、と言いかける前にお母さんは話を続けた。
「私だって、お父さんを良い人だ思えたのは結婚してしばらく経ってからなのよぉ」
「じゃあ、お母さんは何でお父さんと結婚しようと思えたの?」
「ズバリ、直感ねぇ」
「直感って……」
「あら、大切なことよぉ?私はあの人に抱かれたらとっても安心するしぃ」
「さいですか」
うれしそうに頬を染めて、くねくねするお母さんの言葉を適当に流す。
親の性事情なんて知りたくはない。すでに今まで何度も聞かされたとはいえどだ。
「だからね」
「続けるのね……」
「もう一度、木梨さんに抱かれてきたらいいんじゃないかしら?」
「…………」
「その様子だと折角お家まで行ったのに何もなかったのでしょう?」
「まあそうだけど」
「小鳥は木梨さんに遊ばれているのかと不安になるくらいなら、抱かれてみればいいのよぉ。そうすれば相手が本気かどうかなんてすぐわかるはずだわぁ」
私は無意識のうちに笑っていた。
「ほんっと、娘に対していう言葉じゃないよね」
なんとなく、言ってることがわかるあたり私はお母さんの娘なのだろう。そう思う自分が不思議とおかしく、でも不思議と嫌な気持ちではなかった。
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鳥籠の島⑨
突然「明日からそっちで働くよ」と言われた時は驚いたけれど、なんだか小鳥さんらしいなとも思った。
今は
なんでも
上京の理由は僕と会う機会を増やすためだとも言っていたけれど、実は会う機会はそんなに多くない。
というのも、そもそも休みが合わない。
僕は基本的に土日休みだけれど、彼女は火曜日と水曜日が休みになる。
サービス業なのだから当然と言えば当然なのだが、週末は客入りが多く休み辛いという訳。
それでも僕の仕事終わりとかに会えたりはするから
「でねぇー、
ビールジョッキを片手にやや大きな声で彼女は話す。
「良い師匠じゃないか」
「そうだけどぉ!もうちょい優しくしてくれてもよくない?」
「
千代の宿の女将さんは平良旅館の女将である豊さんと仲が良いらしいので、何か言われてる可能性はあるだろう。
「それ!私もそう思ってお母さんに聞いてみたの!」
「そしたら?」
「その通りだった!」
でしょうね。
学生時代に地元でバイトしていた時に似たような経験が僕にもあるからわかる。
「まあ、
「わかってるわよー」
不満そうに口を尖らせてやや上目に僕を見る。
仕草がかなーりあざといが、これは演技ではなく素でやっていることを知っている。
「小鳥さんが頑張り屋さんなことは知っているよ」
頭をポンポンとしてあげると嬉しそうににんまりと笑った。
一応、僕の方が年下なんだけどなぁ。どうにも隙が多すぎて守ってあげなくちゃと思ってしまう。
結局、愚痴を言いながらハイペースで飲み続けた小鳥さんはいつも通り店を出るころにはかなり酔っぱらってしまっていた。
「ほらしっかり立って、悪いけど荷物もあるし支えるの無理だから」
「たってましゅよー?」
完全に酔っ払いモードだ。僕が会計をしている時も店員さんを見て『あれぇー
これには僕も店員さんも苦笑い。ちなみに背丈は似ていたけどそれ以外に似ている要素は無かったと思う。
お店に頼んであらかじめ呼んでもらっていたタクシーに乗り込み、千代の宿まで向かう。
既に意識が落ちたらしい小鳥さんは僕の肩にもたれてスース―と寝息を立てていた。
「がくしゃん……」
時折、寝言で名前を呼ばれて何ともこそばゆい気持ちになる。
なんというか、こう耳元で囁かれると背筋がむずむずするというか、なんというか。
もしかしたら僕は耳が弱いのかもしれない。
「わたひの、みりょくでがくしゃんを……」
随分とハキハキした寝言だなと思ったけれど、揺すっても反応がないので寝ているらしい。
彼女が誘ってきていることには気づいている。というか前に飲みながら『なんで手を出してくれないんですか!』と言われたことがあるし。
別に手を出したくない訳ではない。僕だってそういうことを考えたりするし、なんなら言ったこともある。
ただ毎度の如く小鳥さん飲みすぎてべろべろになってしまっているせいでそれどころじゃないだけだ。
お互いに酒好きなのもあるが、彼女が恥ずかしがって、とりあえず酒で
その結果が
彼女の休みに合わせて有休を取ろうにも、初島で1週間も休んでしまったのもあってしばらくは休みを取り辛い。規則というか雰囲気的に。
耳元で聞こえる寝息や寝言に
「小鳥さん、着いたよ!」
「んー……」
「ほら起きて!」
「うん…………」
返事をしているものの起きようとする気配がない。
「早く起きないと女将さん呼び出しちゃうぞ?」
「……やだぁ」
心底嫌そうな声を出しながらもぞもぞと動く。
「じゃあ起きて、ほら」
渋々と言った様子で身体を起こした彼女を支えながら旅館の裏口まで連れていく。
部屋まで送り届けたいところだが、流石に部外者の僕が裏口から入るわけにもいかないので、毎回ここで別れているのだが。
「帰っちゃヤダぁ……」
今日は妙に甘えたな態度で引き留めてきた。年上感がないのはそういうとこやぞ。と心の中で呟く。
大学生の頃なら翌日の事とか考えずに家に連れ帰って一緒に夜を明かしたかもしれないけれど、流石に無理だ。酒も入っているし、歳的にもそんな体力はもうない。
そもそも明日はお互いに仕事だし?そりゃあ徹夜して働けないこともないけど、でも、流石に……。いや無理すれば……。しかし……。
僕はこの可愛い存在を連れ去ってしまいたい衝動をなんとか抑えて
彼女は不服そうに唇を尖らせながらも何も言わなかった。きっと頭ではわかってはいるのだろう。
「また今度、ね?」
「ほんとぉ……?」
「うん」
「……わかった」
ゆっくりと手を離し、彼女はドアノブに手をかけた。
そのまま入るかと思いきや、ドアノブを握ったまま数秒ほど固まり、急に振り向き。
―チュ
キスをされた。この人ほんっとずるい。
「おやすみ。楽さん」
「うん、おやすみ」
キスをして恥ずかしかったのか、小鳥さんはそそくさと裏口から入っていった。
僕は
家の住所を伝え、発信した車の中で揺られながら思う。
小鳥さんは家庭的だし、優しいし、可愛いし、もし家庭を持ったらとても幸せだろうな。と。
付き合い始めてからまだ半年も経っていないのに僕はそんなことを考えていた。
なんとなくだけど、初めて身体を重ねた時から頭の片隅に浮かんでいた。なんだか彼女といるととても落ち着くし、身体を重ねたときはとても安心した。
お互いの歳を考えても結婚がチラつくのは当然といえば当然なのかもしれないけれど、なんとなく運命のようなものを感じていた。
そりゃあ運命なんてものが本当にあるかはわからない。だけどあの日、2つの台風に船を止められなければ会うこともなく、台風の進行が遅れなければ付き合うこともなかったかもしれない。
そんな2人なのである。
だからこそ。
『きっと僕らの出会いは運命だった』
そう思っても良いのではないだろうか。
***
台風のようにいきなり産まれた恋は、緩やかに、けれど確実に発展していった。
それは激しいときもあれば、穏やかになることもあるだろう。でもいずれは晴れて虹がかかる。
ただ、それはまだこれからの話だ。
続く?
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