TS悪堕ち魔法少女俺、不労の世界を願う (蒼樹物書)
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TS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願う
第一話『悪の魔法少女』


 「どうして……!」

 「ジーニアス! 目を覚まして!!」

 

 ――昼間だというのに、薄暗い闇に包まれた公園。

 地に立ち、困惑する桃と黄の衣装に身に纏った少女達を見下ろしながら。

 

 そこで俺は、二人の魔法少女と敵対していた。

 同じ仲間であったプリナーズの二人と。

 

 「フェイト、フォース。私が、救ってあげる」

 

 俺は彼女達を。全ての人を救う。

 

 青と、黒の衣装に身を包んだ俺。

 フリルとリボンで飾られた衣装……魔法少女と言われれば、誰もが思い浮かべるそれ。

 だがそれは、正義に似つかわない悪の黒に染まっていた。

 

 俺の名はブラックジーニアス。

 正義の魔法少女チーム、プリナーズを裏切り悪に堕ちた魔法少女だ。

 

 

 死んだ。

 死んだ、はずだ。

 

 不況の中で挑んだ就職活動、その最中で勝ち取った内定。喜び勇んで出社した先は、所謂ブラック企業だった。

 

 ――朝五時に起きて家を出る。

 満員電車に揺られながら会社へ。それでも遅いと、無駄に出社の早い上司にいびられながら仕事。

 いつも昼食は、出社の途中で買ったカップラーメンを手早く胃の中に入れながら仕事。昼休憩なにそれ。

 

 ……仕事、仕事、仕事。

 

 陽が落ちて、皆がとっくに帰っても仕事。時計の針、長針と短針が重なってようやく一息つく。

 まだ余裕を持つには足りないが、なんとか今日中に片づけるべき仕事は終わった。あ、もう日付超えてたか。あはは。

 

 「働きたくないよう」

 

 スポットライトのように、照明を最低限を残して俺を照らす職場。

 俺は一人、デスクに突っ伏して呟く。

 

 「もう無理」

 

 こんな生活が、何年も続いた。

 睡眠不足で残ったドス黒い目の下の隈が、ずっと消えない。

 疲労は思考を奪い、転職だの生活保護だの自身の身を守る考えに至らない。

 ひとりぼっちの俺には、頼るべき家族も友人もいない。

 孤独の中で。

 

 俺は、労働に殺された。

 

 沈むように眠り、もう二度と起きるはずがなかったはずだ。

 過労死した俺はようやく、永遠の休息を得たはずだった。

 

 

 

 「目覚めよ……目覚めよ、プリナージーニアス……」

 

 やっと手に入れた安眠。

 それを遮る声。重厚で偉大ぶった声に、瞼を上げる。

 

 「プリナージーニアスよ。貴様は我の尖兵となるのだ……!」

 

 は?

 

 生きている。

 身を起こして、最後の安眠を妨げやがった野郎を見据える。

 

 ――巨大。山の如く、大きい。

 だが陽炎のように不安定な形に、鋭く吊り上がった黄色い目と裂けたように開いた赤い口が浮かんでいる。

 暗闇と荒地の世界。そこにたった一つあった存在。

 

 「我が名はムショック。地球に、不労の安寧をもたらす者だ」

 

 現実から、かけ離れた状況に混乱する。

 信じられないほどの異形を前にして、自身も異常な状況だ。

 

 白と青の衣装に身を包んだ自身。フリルとリボン……日曜朝にやっている、魔法少女アニメに出てきそうな衣装を着ているのは俺だ。

 ぷにぷにしっとりとした肌、睡眠不足で乾いた成人男性の身体とは程遠い。まだ幼い、女の子の身体。

 ロングポニーテールの青髪も、現実を否定するように俺の後頭部から下がっている。

 過労で濁り切った頭も、澄んだ清流のように洗われている。

 現実味のない状況。

 

 「さあ、我と共に働かなくてもよい世界を創り上げようではないか」

 「ムショック様、詳しく」

 

 状況はあまりにも不明だが、睡眠不足から解放されて頭が冴え切った俺はとりあえず説明を求めた。

 

 まず、ムショック様。

 この地球とは違う異世界から来たこのお方は、怠惰を是とする世界からの侵略者だ。

 目的は、地球を怠惰に堕とし誰も働く必要がない世界を創り上げること。

 

 俺……プリナージーニアスはそんな侵略者から、世界を守る為に遣わされたプリナーズの戦士。

 ムショック様と同じく、異世界からやってきた妖精ハロワーに力を与えられた地球人の一人。

 しかし、健闘叶わずムショック様の陣営に囚われてしまった。

 

 「我が力を完全に取り戻せば……誰もが、遊んでいられる。働く必要など、戦う必要などなくなるのだ」

 

 ムショック様がハロワー達に追い詰められ、失った力を取り戻せば地球の支配者となる。

 そうすれば全ての人間は勤労意欲を失って働かなくなり、それの怠惰によって得られるエネルギーだけで生きていける。

 遊んで、暮らせる。

 

 「働かなくて、いいのか……?」

 「そうだ」

 

 マジかよ……そんな、夢のような世界があるというのか。

 もう、会社に言われるがままに働かなくてもいい。

 働かなくても食べていけるし、遊んでいるだけ生きていける。

 

 「……俺は、もう働きたくない」

 

 俺は、労働に殺された。

 生まれ変わって、また殺されるなんて冗談じゃない。

 

 「ムショック様、万歳」

 「……よかろう。我に忠誠を誓う新たな戦士、ブラックジーニアスよ」

 

 片膝を突き、頭を垂れる。

 このお方に付き従えば、労働のない世界に連れて行ってくれる。

 

 「――さあ、地球を怠惰に染め上げるのだ!!」

 

 白と青の衣装が、黒と青に染まっていく。

 プリナージーニアス、改めブラックジーニアス。

 

 悪に堕ちた魔法少女が、ここに誕生した。

 

 

 「ブラック・ブリザード!!」

 

 俺が手にする魔法のペンから、極寒の吹雪が放たれる。

 蝙蝠の羽が飾られたそれから撃ち放った、氷の奔流。

 それから互いを庇うように身を守る、プリナーフェイトとプリナーフォース。

 

 「やめて、プリナージーニアス! 私達は!!」

 「ひうっ……つめたっ……!!」

 

 ピンクとイエローの衣装を纏った魔法少女達。

 二人は豹変した仲間……俺、プリナージーニアスに戸惑っている。

 

 俺と同じく、中学一年生の少女。

 過労死に終わった前世を思い出して、悪に堕ちても……彼女達との絆は覚えている。

 

 異世界からの侵略者、ムショック様を追ってきたハロワーに力を与えられたプリナーズ。

 

 ――プリナーフェイト、桃空 心愛(ももぞら ここあ)

 ピンクの衣装に身を包んだ彼女……幸運だけが取り柄の、どこにでもいる女子中学生。

 

 両親の教育に縛られた少女を、救ってくれた彼女。

 最初の魔法少女だった彼女はその名の通り、運命というべき他ない戦いに身を落としていった。

 それなのに、いつも朗らかで。

 

 『私』の孤独を癒してくれた。

 

 ――プリナーフォース、黄山 円力華(きやま えりか)

 イエローの衣装に身を包んだ彼女は、埒外の力を生まれ持った女子中学生。

 その破天荒で、理屈に囚われた少女を救ってくれた彼女。

 プリナーズの後輩として、弱気ながらも私達を支えてくれた。

 

 『私』の道を開いてくれた。

 

 「凍り付きなさい……っ」

 

 なのに『私』はその仲間を傷つけている。

 凍れ、凍れ、凍れ――止まってしまえ。お願い、止まって――ッ!

 

 俺はもうプリナーズではない。

 『私』はもうプリナージーニアスではない。

 

 ――俺は、ブラックジーニアスだ。

 

 「止まれ! もうッ! 働かなくていい世界に!!」

 

 吹雪の出力を上げていく。

 俺から放たれる魔法で、二人が氷漬けにされていく。足元からじわじわと、二人の身体を冷たい塊に変えていく。

 

 もういい。もういいんだ。

 異世界からやってきた、化け物に唆されて戦う必要なんてない。

 ただの中学生の女の子が地球の、人類の命運を背負って戦う必要なんてないんだ。

 

 「――駄目」

 

 なのに。

 プリナーフェイトが、誓うように否定する。

 

 「そう。私はもう、逃げない」

 

 プリナーフォースが、絞り出すように否定する。

 

 「「私達は、止まらない。戦うことから、逃げない――ッ!!」」

 

 爆ぜる。

 俺の作った氷の牢獄が、砕け散る。

 

 「「プリナー・ツイン・ストラーイクッ!!」」

 

 フェイトとフォースが、拘束から解き放たれた勢いのままに魔法のペンを掲げて振り下ろす。

 桃色と黄色が混ざり合うように絡み合い、一筋の光となって俺に襲い掛かった。

 

 「おのれ、プリナーズ……ッ!!」

 

 光の奔流に包まれながら、叫ぶ。

 ムショック様の撤退用転移魔法で致命だけは避けながら、逆襲を誓う。

 

 

 

 俺はブラックジーニアス。

 魔法少女、プリナーズに在って悪堕ちした蒼河 氷乃(あおかわ ひの)は。

 

 正義たる労働に囚われた世界を侵略する、悪の魔法少女だ。



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第二話『俺/私が戦う理由』

 「はぁ……」

 

 交番のお巡りさんに、笑顔で見送られながらもとぼとぼと歩く。

 登校途中、また落とし物を拾った。

 それは何時ものことなので、元気がない理由ではない。

 高そうな革製のカバンには札束がみっちり詰まっていて、落とし主から謝礼が支払われるそうだが何時も通り断って。

 

 それでも手続きに時間がかかって、もう一限目の授業は始まっているだろう。学校にはもう連絡してあるし、よくある事なので先生も気にしないだろう。

 元気がない理由はそれでもない。

 

 「ひのちゃん……」

 

 抜けるような青空。その青は、彼女のことを思い出させる。私の親友のことを。

 私は桃空 心愛。

 どこにでもいる中学一年生。

 少し運がいいことだけが取り柄の、普通の女の子だ。

 

 ある日、突然地球を襲った悪の組織ヒキニートー。それを率いるムショックによって、この街は狙われている。

 私は偶然出会った正義の妖精ハロワーから魔法の力を授かり、正義の魔法少女プリナーフェイトとして街の平和を守ることになった。

 

 「どうして」

 

 苦戦しながらも敗北することなく、戦い続けた。

 同じ魔法少女の仲間もできて、絶対にヒキニートーに負けることはないと思っていた。

 なのに。

 

 「どうして、私達が戦わなくちゃいけないの……?」

 

 ひのちゃん。蒼河 氷乃。青の、プリナーズ。

 魔法少女プリナージーニアスとなった私の幼馴染は、ヒキニートーに攫われてしまった。

 再び戻ってきたその時、ひのちゃんは黒の衣装を身に纏い私達と敵対した。

 あんな目……この世全てを憎んでいるような濁り淀んだ目を、ひのちゃんがするわけがない。

 大好きなひのちゃんが、あんな目で私達を睨むわけがないのに。

 

 昨日の戦いから一夜明けても、心のもやもやは晴れなかった。

 

 「はぁ……」

 

 朝から何度目になるか分からないため息。どうすれば。

 

 「心愛。たぶん氷乃は、操られているだけだよ」

 「ハロワー……」

 

 学生カバンの中にいた正義の妖精、ハロワーが声をかけてくれる。

 掌くらいの大きさの、柴犬のような姿。ちっちゃな天使の羽を、ぱたぱたと羽ばたかせて私の隣へ。

 

 「憑りついている邪念を君たちの力で祓えば、きっと帰ってくるはずだよ!」

 「そっか、取り戻せるんだ。ひのちゃんを……!」

 

 心に闘志が宿る。

 必ずひのちゃんを取り戻すんだ。バカで世話のかかる私を、いつも助けてくれたひのちゃん。

 幼い頃から、ずっと大好きなひのちゃんを。

 どこにでもいる、ただの女の子の私だが。

 ひのちゃんへの想いなら、誰にも負けない。

 

 「――心愛、ヒキニートーの気配だ!」

 「えっ!?」

 

 ハロワーが悪の気配を察知した。

 驚きながらも、私も目を閉じその気配を探る……いた。

 急いでその場所に走る。

 きっと、その先に彼女がいるはずだから。

 

 

 

 「ははは! 満員電車になんぞ乗る必要はない! 働く必要などないのだ!!」

 

 出勤のため駅に集まった、スーツ姿の人々。

 みんなが、カバンを投げ出して地面に倒れている。

 

 「あー、いいんだー」

 「そうだよなー。働くの辛いもんなー」

 「寝よう。もっと寝ようー」

 

 だらしなく、虚ろな目で呟いている。ヒキニートーに襲われた人は、みんな働く気持ちを奪われこうなってしまうのだ。

 許せない。みんなの頑張る気持ちを奪うなんて。

 

 「そこまでよ!」

 「……ちっ」

 

 駅舎の屋根の上に立つ、黒い影。

 みんなを襲っていたのは……ひのちゃんだった。悪の黒に染まった、魔法少女。憎悪に染まった瞳。

 痛々しいその姿に、辛くなる心を今は抑える。

 

 ――取り戻すんだ。

 屋根から飛び降りて、襲い掛かるひのちゃんを迎え撃つように。

 

 「セット、プリナーレコーダー!」

 

 懐から、変身アイテムを取り出して掲げる。

 

 ペン立て程の大きさのそれ。可愛いピンク色の、その頭の部分に私のプリナータイムカードを差し込む。

 レコーダーから桃色の光が爆ぜるように広がって、学生服がレコーダーに圧縮収納され。

 光に包まれた私の身体へ、次々と魔法少女の衣装が纏われていく。

 

 真っ赤な靴、ふわふわのスカート。スーツジャケットを模した衣装。リボンとフリルがどっさりの、女の子の憧れの姿。

 私の地味な茶色がかった黒髪が、桃色の光に染まりウェーブのかかったロングに。

 最後にネクタイをきゅっ、と締め上げて。

 

 「頑張るみんなに祝福を! プリナーフェイト!」

 

 光の奔流が解き放たれ、私は変身を完了した。

 魔法少女、プリナーフェイト。

 ピンクと白に包まれた、最初のプリナーズ。

 

 この力で。

 ブラックジーニアスになってしまったひのちゃんを、取り戻すんだ!

 

 

 間に合わなかった。

 

 ムショック様の復活の為、働く人々から勤労意欲を奪いエネルギーを集めていると。

 どうやって察知したのかプリナーフェイト、桃空 心愛が現れた。

 ……中学生の彼女達は、本来なら朝礼中のはずだ。だからこそ、この時間を選んだと言うのに。

 

 「ちっ」

 

 舌打ちする。

 俺の目的はあくまでムショック様の復活、働かなくても良い世界を実現することだ。

 

 それを妨害するプリナーズとの戦いは避けられないが、彼女達を傷つけたいわけではない。

 前世でいい大人だった俺は、女子中学生を痛めつけて喜ぶ趣味はない。

 『私』蒼河 氷乃の心も、悲鳴をあげる。

 ならば。

 

 「セット、プリナーレコーダー!」

 

 ――戦う力を、奪ってしまえば!

 駅舎の屋根から飛び降りた勢いのまま、心愛に飛び掛かる。

 なんの冗談か、出退勤を管理するタイムカードレコーダー型の変身アイテム。それさえ、彼女の手から奪えば変身はできなくなるはずだ。

 お約束の変身タイムだが、元々この世界の住人ではない俺は遠慮しない。

 

 特に今は、世界の侵略者。その手先だ。

 しかし。

 間に合わなかった。

 

 「正気に戻って! ジーニアス!」

 

 伸ばした手を、プリナーフェイトが握った拳で受け止める。

 変身、早過ぎるだろ……。

 ぴかっと光ったら、既に変身を完了していた。0.001秒以下だろう。変身バンク見てねーぞおい。

 蒼河 氷乃の記憶だともっと段階があったはずだが……プリナーズへの変身、周囲からはこのように認識されるらしい。

 

 「俺は、正気だッ!!」

 

 零距離からの、ブラックブリザード。

 手に持つ魔法のペンから氷結の魔法を放つ。

 とにかく、足を止めて―――ッ!

 

 「違うよ!」

 

 プリナーフェイトを中心として、桃色の光が炸裂する。

 純粋な魔法エネルギーの爆発。

 それだけで俺の魔法は霧散してしまう。

 

 「ひのちゃんは『俺』なんて言わない……っ」

 

 視界を焼く光に視力を奪われ、無防備な腹にプリナーフェイトの拳が突き刺さる。

 俺は、ブラックジーニアス。この身体は、蒼河 氷乃は彼女の親友のはずだ。

 

 なのに。

 全力で腹パンしやがったこいつ。

 

 「ぐ、えッ……!!」

 

 意識が一瞬で白黒に明滅する。

 魔法少女の防御力で、威力は軽減されているはずだ。

 なのに、その一発で後方の建物まで吹っ飛ばされる。

 

 「お願い、帰ってきて」

 

 全身がバラバラに砕け散るかと思うほどの衝撃。

 コンクリートをクッションにして、ようやく止まったが身体に力が入らない。

 

 「ひのちゃん」

 

 瓦礫にまみれ、立てない俺を見下ろしながら近づくプリナーフェイト。

 『私』を求める目は、あまりにも危うかった。

 

 ……プリナーフェイト。桃空 心愛は断じて、普通の女子中学生ではない。

 

 幸運だけが取り柄と言う彼女は、産まれながらに戦士の素質を持っている。

 ただの普通が、理知外の存在に力を与えられただけで戦えるはずがない。巨躯の怪物に立ち向かい続け、今悪に堕ちた親友を全力で殴れるはずがない。

 

 心愛は、歪んでいる。

 ごく普通の家庭に産まれ、当たり前に育った彼女は偶然に与えられた力でその才能を開花してしまった。本来ならば、目覚めるはずのない才能。

 

 産まれながらの戦士。

 

 俺に近づきながらもその目は忙しなく、周囲に配られている。

 戦いに『使えるモノ』を探している。剥き出しの鉄骨、転がった小石ひとつ。

 

 自然に脱力して。いつでも、どんな状況でも対応できるように思考している。

 俺が、どんな策を弄しても叩き潰せるように。

 

 心愛の恐ろしさは、それだ。

 異常な幸運と、天性によって得た戦士の心得。

 

 それが何より危なっかしくて。

 『私』は、彼女を守ろうと魔法少女になった。

 いつも一緒だった心愛。

 『私』であった頃には、何よりも頼もしかったそれが、『俺』に向けられていた。

 

 「戦闘不能になれば、変身は解除される」

 

 すでに必殺の距離まで近づいて。死刑宣告が告げられる。

 プリナーフェイトは、魔法のペンで俺を差す。

 

 「ちょっとだけ我慢してね?」

 

 桃色の光がペン先に収束していく。

 

 「――やめて、心愛っ」

 「え?」

 

 俺自身、叫んだ言葉に戸惑う。

 

 『撤退だ』

 

 一瞬の間。

 まさに打ち取られんとしたその瞬間に、差し込まれたムショック様の声。

 撤退用転移魔法によって、俺の身は突きつけられた銃口から逃れた。

 

 「……ひのちゃん」

 

 心愛の、寂しそうな呟きを俺の耳に残して。

 

 

 「ご苦労だった、ブラックジーニアスよ。撤退には追い込まれたが、大量のエネルギーを得ることができた」

 

 陽炎のように不定形の黒。

 気づけば、俺はムショック様の前に転移していた。

 

 「……申し訳ございません、ムショック様」

 「気に病む必要はない。新人の貴様にしては、十分な働きだ」

 

 跪いて、頭を垂れる。

 あのままムショック様が撤退魔法を使ってくれなければ、俺は終わっていただろう。

 なのに功績を認め、慰めてまでくれる。マジ悪の組織ホワイトだわ。一生ついていきますムショック様。

 

 「貴様には期待している。共に、不労の世界を築こうではないか」

 

 前世でロクに褒められていない俺に染み渡るお言葉。

 敗退したというのに、ムショック様はそんな言葉を下さる。

 

 「はッ……全ては、ムショック様のために!」

 

 その応えに、頷くように影が揺らめいて。

 ムショック様の姿が霧散する。

 誓いを新たにして、立ち上がる。

 

 「……心愛」

 

 なのに、俺の誓いを揺るがす彼女の名前を呟いてしまう。

 

 『私』の部分。

 あの子は、いつも危うくて。

 人並外れた幸運に恵まれながらも、お人よしで全ての享受を分け与えてきた。

 危険に遭って保身なんて考えすらしない勇気を持ち、天武の才であらゆる脅威を打ち払う。

 

 心愛は、私のヒーローだった。

 

 バカでドジで、目を離せばいなくなってしまいそうな心愛。

 それでも、いざという時は誰よりも頼りになる正義のヒロイン。

 だから私は彼女と同じ魔法少女になったし、彼女の力になれることが嬉しかった。

 

 「私は。俺は」

 

 だが。

 正義という盲心に囚われた魔法少女、その外から俺はやってきた。

 正体不明の、正義の妖精……ハロワーに唆されたプリナーズを解放する。

 

 不労の世界を築く。

 ただの中学生が、世界の命運の為に戦うだなんて間違っている。

 

 ――過労死する人間を許容する世界を守る為に、子供が戦う必要なんてない。心愛達が、戦う必要なんてない。

 

 「世界を、侵略する」

 

 誓う。

 ただの女子中学生、心愛達が守らなければならない世界なんて壊さなければならない。

 蹂躙し、破壊しなければならない。

 

 平穏で不変な不労の世界。

 心愛が、頑張らなくていい世界を実現する。

 

 だから、私は。俺は。

 戦わなければならない。



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第三話『私達が追う理由』

 「おはよ~……」

 「お、おは、おはよう、円力華」

 

 まだ眠たい目を擦りながら、ダイニングへ。

 パパは何時ものように、テーブルについた私に朝ごはんを並べてくれる。

 

 前日から下拵えしてくれた私の好物、フレンチトースト。目玉焼きにカラフルなサラダ、オレンジジュースは生搾りの手製だ。

 デザートに、ベリーとバナナが添えられたヨーグルト。

 

 家に帰ってからも遅くまで、持ち帰った仕事をしているパパなのに。

 こうして毎日、私のことを一番に考えてごはんを用意してくれている。

 

 「いただきますっ」

 「は、はい、召し上がれ」

 

 パパと二人きり、テーブルを挟んで手を合わせる。

 飲み物で口を湿らせてから、フレンチトーストにかぶりつく。じゅわり、と染み込んだ卵液とミルクが口内に広がっていく。

 朝から食欲旺盛な私を、にこにこと眺めているパパに少し恥ずかしさを覚えながら。

 

 家族のいる幸せを噛み締める。

 

 テーブルの傍。仏壇の中で、お線香が静かに包む写真から微笑むママと。

 私を心から愛してくれるパパに囲まれて。

 

 家族の中に在るという幸せを噛み締める。

 

 「美味しいっ」

 「……よかった。いっぱい食べるんだよ」

 

 そう、私は。黄山 円力華は、いっぱい食べて大きくなるんだ。

 ちびで頭も悪い私だが、もっと大きくなって強くなるんだ。

 

 大切な家族の為に。

 大切な友達の為に。

 

 まだ、私は力が足りない。

 大切なモノを守る為に、力が足りていない。

 もっと。もっと、力を。

 

 「ごちそーさま!」

 

 強くなりたい。

 ――連れ攫われ、変わってしまった彼女を取り戻せる力が欲しい。

 

 食べ終わった食器を、流し台へ。

 せめて洗い物くらいは、と挑んでみたが割った食器が十を超した辺りからパパにやんわりと止められた。

 向き不向きがあるからとパパは優しく慰めてくれた。だから、私は真っすぐに得た『力』を鍛えていくことに専念した。

 

 プリナーフォース。

 心愛ちゃんと、氷乃ちゃんに続いて発現した私の魔法少女の『力』。

 

 ハーフの転校生という異物の私を、何の躊躇もなく受け入れてくれた二人と同じ『力』。

 そんな二人を助けたくて、こっそりジャパニーズ修行スタイルで鍛え続けたこの『力』で。

 

 氷乃ちゃんを、救ってみせる。

 

 

 「……もどかしいな」

 

 ムショック様のエネルギー集めの為。

 人々から勤労意欲を奪う活動に、今日も精を出す俺。

 

 目標は無力な人々を襲うことで、それを妨害するプリナーズと戦う必要はない。

 無垢な女子中学生と戦いたくはないし『私』の部分が猛抗議してくるので、むしろ避けたい。

 

 だからこそ、日曜朝にやっている魔法少女アニメの定型から外れながらも活動に勤しんでいる。

 

 まず、プリナーズの活動域から遠い土地でエネルギー収集をしてみた。

 ……結果は、無意味。

 世界中、どこで活動しようが連中はワープしてやってくる。時と時間を問わない、社畜の鏡のように。

 

 「見つけたッ! ジーニアス、今日こそ――あっ、逃げるなぁ!?」

 

 ニューヨークの金融街。路地裏のゴミ箱に身を潜めながら、こそこそとエネルギーを集めていると背にピンクのあいつ。

 プリナーフェイトに見つかった瞬間、撤退用転移魔法を要請する。

 

 ここ数日、お決まりのようなやりとり。

 ムショック様のこの魔法は、撤退することにおいては完璧だ。せっかく集めたエネルギーを消費してしまうのは難点だが、必ず連中からの撤退は成功する。

 俺が選んだ戦法はヒットアンドアウェイ。

 

 できるだけ勤労意欲に溢れる人々のいる場所を襲い、プリナーズが来たら即撤退。

 彼女達を無力化できるならば……と思うが、一対一で正面からならたぶん勝てない。

 

 俺……ブラックジーニアスの戦闘能力は、元のプリナージーニアスとそう変わらない。

 青の魔法少女は、知能に優れたスピードタイプ。

 プリナーフェイトのように剛運と天賦の才には恵まれていない。ストーカーじみて俺の所在を常に探っている心愛と、正面からまともにやり合える性能を有していない。

 だから、相対したなら逃げの一手だ。

 

 「次は、広東省深セン区辺りかな」

 

 異常なほどに俺を追い続ける、プリナーフェイトから逃れながら次の獲物を策定する。

 こうして地味にエネルギーを集めて、会敵即撤退でエネルギーを消費しても収支はプラスが残る。

 ムショック様の復活まで、どれだけ時間がかかるか分からないが……これが、確実で安全な方法のはずだ。俺にとっても、彼女達にとっても。

 

 転移魔法の狭間。

 プリナーフェイトの追撃から逃れ、次の獲物へと牙を向ける隙間。

 

 ――ばりんッ。

 

 「見つけたッ!!」

 

 混沌の闇、世界を渡るその道程。

 ワープ中という、絶対安全の空間を砕く『力』。

 

 闇を砕いて、突き出された掌に足首を掴まれて。

 俺は、引きずり降ろされた。

 

 

 

 「ジーニアス! もう、逃がさない!!」

 

 この子が選んだのは、人気のない採掘場。

 灰色に染まったその場は、仮面のバイク乗りや全身タイツの五人衆がよく戦っているそこだ。

 プリナーフェイトが追い込んで、この子が埒外の力で捕らえて落とす。

 

 「……誰の入れ知恵やら」

 

 二人は、バカのはずだ。

 俺『私』がいない今、プリナーズは頭脳担当を欠いているはずなのに。

 剛運で戦いの天才であるフェイトと、目前で敵対する彼女を頭脳面で支えるプリナージーニアスを欠いた彼女達がこのように網を張れるわけがない。

 

 ――あの、クソ犬の差し金だ。

 

 ふつふつと、青の戦士……氷の魔法に目覚めた『私』の心に苛立ちが沸く。

 

 正義の妖精ハロワ―。

 愛らしい小さな姿、天使の羽を背にした柴犬。

 小賢しい、あいつの指示だろう。

 

 「……」

 「氷乃ちゃん、戻ってきて!!」

 

 ああ、クソ。

 イライラする。黄山 円力華は、純粋な子だ。

 

 家族に愛され人の悪意を信じられない。

 今では珍しくもない片親という家庭環境に加えて、ハーフという生まれで宿した白い肌と金髪。

 ちびなくせに血筋からか、発育の良い身体。

 転校生の円力華は、周囲から異物と疎外されながらも。

 

 いつも、純粋だった。

 

 傷ついて泣きながらも、家族と在る確かな幸せを胸に歩み続ける。

 そんなこの子を、利用しやがって。

 

 「フォース・ライトニングっ」

 

 白光。

 膨大な出力から放たれる雷の奔流。

 爆裂する破壊の光が、広大な範囲を焼き尽くす。

 

 「ぐえッ……!?」

 

 スピードに優れる、青の魔法少女ジーニアスの力があろうと全方位の雷撃は避けようがない。

 

 「わ、私だって」

 

 雷撃に囚われ、びりびりと痺れた俺の身体が中空に拘束される。

 プリナーフォースから発せられる、漏れ出た雷の魔法。それに引き付けられ、僅かな鉄を含んでいるだけのはずの小石が彼女の周囲で踊っている。

 

 彼女は、フェイトのように剛運と戦闘センスに恵まれてはいない。

 俺……『私』ジーニアスのように速く、頭脳に優れてはいない。

 

 だが、誰よりも魔法の才を得て。

 誰よりも『力』を持っていた。

 純粋な暴力を宿していた。

 

 「やれるんだからぁ!!」

 

 雷撃に拘束された俺。

 それに向かって、プリナーフォースの拳が振り上げられる。

 単純な暴力。

 ただ『力』が強いというだけ。だからこそ、強い。

 

 圧倒的な『力』による支配。

 プリナーフォース、黄山 円力華の『力』は王者のそれだ。

 

 「――ブラックアイスウォールッ」

 

 本能的な反応から、氷の壁を展開する。

 絶対零度で鍛えられた防壁に、フォースの拳が突き刺さる。

 

 「今度はッ」

 

 びき。

 氷壁が悲鳴をあげるように、ひびを刻む。

 

 「私が、氷乃ちゃんを!」

 

 特徴的な金髪と、発育に恵まれて。

 転校生として私達のクラスに訪れた円力華。おどおどして、どうやって初めての外の世界に触れればいいか怯えていた彼女。

 

 はじめは、義務感からだった。

 クラス委員長として『私』は彼女へ声をかけ……その天真爛漫に、惹かれていった。

 家族から無償の愛を受け、純粋に育った円力華に少しの妬ましさとたくさんの憧れを抱いて。

 

 友達になった。

 憧れと、ちょっとおバカな彼女への庇護欲。気づけば幼馴染の心愛に睨まれながらも、世話を焼いていた彼女。

 同じ魔法少女、プリナーズとなってより深く刻んだ絆。

 

 「取り戻す――っ!」

 

 それを取り戻す為に、円力華は拳を押し込む。

 俺の氷壁を、冷たく拒絶する壁を侵略する。

 

 「プリナーライトニングぅ……ストラーイクっっっ!!」

 

 溶ける。

 絶対零度の壁が、埒外の雷光。その『力』で溶解していく。

 

 ――あ。

 終わった。王者の暴力。

 それに晒された俺は、逆らう術なく打ち祓われる。

 

 『て、撤退だ』

 

 目前に迫る雷の拳。脳内に響くお声……ムショック様のお声と共に、それは空振りに終わった。

 俺の身に、プリナーフォースの拳が届かない、遥か遠くに転移された。

 雷撃によってあちこちが荒れ乱れた採掘場には、黄の戦士が一人残される。

 

 「……氷乃ちゃん」

 

 ぺたり、と腰を落として。

 えぐえぐと、泣きじゃくる円力華。

 

 「もどって、きてよぉ……」

 

 転移魔法で、強制的に撤退しながら。

 そんな円力華の姿に、後ろ髪を引かれる。

 

 「みんな一緒じゃなきゃ、やだよぉ……」

 

 想いは、みんな同じ。

 敵対しながらも、三人の想いは同じだ。

 

 一緒にいたい。

 

 だがその場所は、プリナーズがいたい世界は。

 あいつの望む場所であってはならない。

 ……正義の妖精、ハロワーの望む場所ではない。

 

 働くことに正義を見出し、その最大効率を求めて不効率である異端を弾き出す世界。

 それがハロワーの正義だ。

 

 ハーフで弱気で、おバカで。

 けれどとても優しい円力華は、そんな世界が完成すれば弾き出される側になる。

 俺は『私』は否定する。

 

 泣きじゃくる円力華を背に、誓う。

 あの子の居場所を。

 正義の望む世界を否定し、創り上げてみせる。

 

 ――不労の悪に、世界を染め上げてみせる。



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第四話『雷神』

 「はぁ……」

 

 悪の組織ヒキニートー本拠地、世界の狭間。

 暗闇と荒地しかないそこで、俺はため息をつく。

 

 「俺も、プリナーズのはず……」

 

 プリナーフェイトとプリナーフォース。それぞれと一対一で、全く勝てない。

 連敗に心が沈んでいた。

 

 剛運と戦闘センスを持つフェイト。

 王者の如く暴力を振るうフォース。

 二人に比べ、戦闘能力という点では劣っているのは確かだ。三人チームだった頃のプリナーズで『私』は頭脳担当。

 主な戦い方はフォースが雑魚戦闘員を一掃して、フェイトが強敵と相対。

 それで稼いだ時間で『私』ジーニアスが、状況打開の一手を探す。

 

 「スピードだけならなぁ」

 

 速さにおいてはプリナーズ随一。

 しかし二人に比べ非力な為、攻撃は通じない。

 逃げ足があるからこそ、これまで致命は避けられたが……いかん、悪い方に思考が沈んでいく。

 あー駄目な子だなー俺ー。逃げるのと小狡いくらいしか取り得ないとかないわー。

 無駄に頭脳明晰なこの身体、どんどん悪い方に沈んで死にたくなってきた。

 

 「死にたい」

 

 あー、嫌になってきた。

 彼女達を救うという誓いはどこへやら、何もかも投げ出したくなってきた所に。

 

 「……ブラックジーニアスよ」

 「ム、ムショック様……」

 

 いつのまにか、巨山のような黒い影。悪の組織ヒキニートー統領、ムショック様がお声をかけてくれる。

 

 「疲れておるようだな。貴様の働きは目覚ましい、たまには休め」

 

 あっ、泣きそう。泣いた。

 完璧なタイミングで、疲れた部下を労わってくれるムショック様。前世でも、こんな上司がいてくれたら俺は死なずに済んだだろうに。

 

 「貴様は働き過ぎだ、我が組織の福利厚生もたまには利用してくれ」

 

 悪の組織、ヒキニートー。

 だがしかし、そこでの待遇は破格だ。

 暗闇と荒地しかないその地下には、天然温泉施設や映画館、図書館に運動施設とありとあらゆる娯楽が詰まっている。

 食事も和洋中、世界中の美食が取り揃えられている。

 

 構成員は全て無料でいつでも利用可能。

 

 活動も各員の裁量に任されている。全く活動に参加しなくても、クビになることはない。

 何故なら怠惰を是とする組織だから。

 構成員がサボりにサボり、遊び惚けていてもそれはそれで怠惰によってムショック様にエネルギーを捧げることができる。

 最高かよ。ホワイト過ぎて目が焼けそうだ。最高過ぎて、活力的に動くメンバーがほぼ皆無ということは難点だが。

 

 「……いえ、一日でも早いムショック様の復活の為に働きます」

 

 だが、俺もそれに倣うわけにはいかない。

 ムショック様のお言葉に癒され、俺は誓いを思い出す。

 

 心愛と、円力華をあのままにはしておけない。

 

 あのクソ犬に唆されて、勤労という正義に囚われた彼女達を救い出すまでは。

 戦い続けなければならない。

 

 「そうか。嬉しい言葉だが、くれぐれも無理はするな」

 

 あー、ムショック様万歳。頑張ろう。

 

 「プリナーズのいる街に執着せず、柔軟にエネルギー集めをするという発想……あやつにも見習って欲しいものだが」

 

 忠誠を新たにしていると。

 

 「――ムショック様! 俺様もやれます!!」

 

 背後から、野太い声。

 あやつ……ヒキニートー幹部、ムノー様だ。

 

 「こんな細っこい新入りより、俺様の方がお役に立てます!!」

 「む……うむ、貴様にも期待しておるぞ、ムノーよ」

 

 俺を押しのけて、膝を突き頭を垂れるムノー様。筋骨隆々といった巨躯、禍々しく伸びた二本の角。

 

 ヒキニートー、三幹部の一人。

 

 尊大ながらもムショック様への忠誠心は幹部随一。その見た目通り、圧倒的な筋力はプリナーフォースすら上回る。数少ないやる気勢。

 ただちょっとアホだった。

 猪突猛進を絵に描いたようなアホだったので『私』だった頃は一番楽な相手だったが。

 

 「そうだ、ムノーよ。ブラックジーニアスはまだここでの日が浅い。貴様が手を貸してやれ」

 

 ムショック様の采配は正しい。

 根を詰めていた俺に、配下を付ける。オーバーワークを監視させる為に。

 自尊心にひびが入りかけたムノー様の為に、敢えて功績を上げ始めた新入りを下に置く。

 デキる上司だ。もうマジ、ムショック様万歳。

 

 その采配の意図を察した俺に、さり気なく目配せするムショック様へ密かに頷く。

 実力こそあるが、アホのムノー様を使えと。いや、手助けしてやれとおっしゃっているのだ。

 

 「ははーッ! 必ずや、プリナーズを叩き潰してみせます!!」

 「頼んだぞ、ムノー」

 

 ムショック様のお姿が霧と消える。

 

 「――ふん。おい新入り、足を引っ張るなよ」

 「はい、ムノー様。お力添え、ありがとうございます」

 

 俺に向き直り、尊大にかけられたムノーの声に営業スマイルで応える。

 媚びへつらうのは前世からの得意だ。

 

 「……それでいい。しっかり付いてこい新入り!」

 

 心なしか顔が赤くなったムノー様の後に付いていって、地球へ出撃する。

 さて、幹部との初めての出撃になるが。

 他の幹部二人と比べ、まだムノー様は御しやすい。行動が読みやすいが故、扱いやすいが。

 

 どう戦うべきか。

 否、プリナーズとの戦いを望まない俺の目標はエネルギー集め。

 うん、これでいこう。

 

 

 「がーはっはっはっ! どうしたプリナーズ!! さっさと来いッッッ!!」

 

 プリナーズの生活拠点である街。

 勤労意欲というエネルギーに満ちたビル街で、ムノー様が挑発するように叫ぶ。

 いや、来たら困るんだけどな。

 

 ムノー様の活動開始に先駆けて、俺は世界各地に戦闘員をバラ撒いていた。

 戦闘員……ハタラカーンはエネルギーによって作られる自立型人形だ。その作成コストは安いが、人々を襲い怠惰に堕とすことができる。

 

 性能は低いが悪の戦闘員、必ずプリナーズに察知される。

 

 戦いは数だって偉い人も言ってた。

 たった二人になったプリナーズ、少数であれ世界中に散った戦闘員ハタラカーンを虱潰しにするには時間がかかるだろう。

 それで稼いだ時間で、本命のここでエネルギー集めを行う。

 

 「来ないのか、プリナーズ! どうしたどうしたァ!!」

 

 ムノー様はヒートアップしているが、実際二人はまだ来ない。

 狙い通りだが、嬉しい誤算もある。

 幹部であるムノー様が吸い上げるエネルギーは段違い、必要経費である撤退魔法に要するそれを既に大きく超えている。

 俺一人で出撃するよりも、効率が高い。

 これは方針を変え、ムノー様をもっと利用すべきか。

 考え始めた時。

 

 「ムノー! ああ、街の皆が……!」

 「や、やっと片付いた……ふえぇ……」

 

 ついに、ようやくと言うべきかプリナーフェイトとプリナーフォースがやってきた。

 世界中に散らしたハタラカーンは殲滅されたようだ。

 

 「待っていたぞ、プリナーズ。今日こそ貴様らを叩き潰し、ムショック様にその首を捧げてくれるわ!!」

 

 待ちに待った二人に、意気揚々と相対するムノー様。

 俺は……周囲を囲むように展開する戦闘員、ハタラカーンの中に身を潜めていた。

 

 ハタラカーンは『無職』と墨で縦書きされた白の覆面にジャージ姿。ファッションセンターし〇むらで、五千円もあれば揃うコスチュームだ。

 俺はそれに身を包んで、戦闘員たちに紛れ込んでいた。

 ムノー様に不審がられたが、俺が姿を晒せば二人は鬼のように迫ってくるだろう。

 特にプリナーフェイト、心愛が怖い。何度も相対しては逃げを繰り返し、その執着心は狂気に足を踏み入れている。

 

 「プリナーフェイト――ストラーイクッ!!」

 

 桃色の閃光。

 フェイトが放ったその光は、戦闘員ばかりを引き連れた最大脅威であるムノー様を無視して。

 戦闘員に紛れ込んだ俺を真っすぐに打ち貫いた。

 

 「ぐえー!?」

 

 うっそだろお前。

 無数にいる戦闘員、一筋の光で正確に俺がいる所だけが射貫かれた。

 

 「やっぱりいた! ひのちゃぁぁぁあんっ!!」

 

 フェイトによる砲撃。その余波だけで消し去られた戦闘員の群れ、そこに唯一残った俺。魔法の防御でなんとか無事だが、五千円の戦闘員コスは消し炭と消え去った。

 いつもの黒と青の衣装を晒した俺に、一直線に迫る心愛。

 仕方なく、プリナーフェイトを迎撃する。

 

 「ひのちゃんッひのちゃんッひのちゃんッ!」

 「何故バレた!?」

 「匂いで分かるよッ!!」

 

 怖い。幼馴染が怖い。

 その言葉にも震えるが……俺の変身解除を狙い、連撃を繰り返すのも怖い。

 

 我武者羅な連撃と思わせながらも、正確に致命傷を狙ってくる拳。

 フェイントも混じらせて、必殺の威力が俺に土砂降りの如く雪崩れ込む。

 ……しかし、わざと俺に反撃の隙を作っている。連撃に焦ってそこを突けば、空振りさせられ一撃で破壊される。

 

 桃空 心愛。自称どこにでもいる女子中学生の、プリナーフェイトは生粋の戦士。

 格闘技に覚えもなければ、運動神経も悪いはずの彼女は戦いの天才だ。

 そんな彼女が躊躇なく敵を……俺を壊すことだけを考えている。

 

 魔法少女は変身中、身体を損傷することはない。

 だからいくらダメージがあっても、危険はないが。

 

 「――目潰しはやめろ!?」

 

 チョキの形で突き出された二本の指をぎりぎりで避ける。

 不味い不味い不味い。

 変身解除となれば、この猛攻は止むだろうが……負けるわけにはいかない。さっさと撤退してしまいたいが。

 

 「助けてムノー様ぁ!?」

 

 今回は俺一人ではない。下手に撤退するわけにはいかないので、助けを求めてみるが。

 

 「やるなプリナーフォース!!」

 「……っ」

 

 ムノー様はがっつり、フォースと組み合っていた。

 掌と掌を組みあっての押し合い。互いに力自慢、大柄と小柄が拮抗して周囲の建造物が溢れ出た衝撃に破壊されている。

 あー、ムノー様たのしそーだなー。

 他人事のように、けれども必死にフェイトの猛攻を捌きながら涙する。もうあいつほっといて逃げようかな。

 

 「邪魔を、しないで……っ」

 「何ッ!?」

 

 雷光が瞬く。

 プリナーフォースが放った雷の魔法で、ムノー様が吹き飛ばされ。

 

 「氷乃ちゃんを、取り戻すの。邪魔を、しないで――!!」

 

 フォースが、円力華がポーチから茶色の小瓶を取り出す。

 俺と。

 相対するフェイトすらも。

 その様子に固まる。

 

 「邪魔なんて、させない。もっと、力を」

 「やめなさい! フォースッ!!」

 

 『私』が、制止の叫びをあげる。

 

 ――こくり。

 

 しかし、間に合わない。

 フォースが傾けた、片手に収まる程の小瓶。そこに満たされた液体は、彼女の喉に落ちてしまった。

 

 瞬間。

 

 雷神が現出した。



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第五話『俺と私の宣戦布告』

 プリナーフォース……黄山 円力華が、飲み下したのは茶色の小瓶。

 その名をプリナーエナジードリンク。

 魔法少女が用いる、強化アイテムである。

 

 音が、鼓膜を突き破る。

 光が、網膜を焦がす。

 

 「邪魔を、しないで。邪魔を、するなァ――aAAAHHHHH!!」

 

 雷の神に支配された空。暗雲が覆う空に、爆音と閃光が轟き続ける。

 天災に、襲われた世界。

 

 その下で。

 不定形の極光が。プリナーフォースだったそれ。

 ……雷神が、ムノー様を襲う。

 

 単純な、正拳。

 

 「バカな……っ」

 

 『細胞が分解され尽くす前』に、ムショック様の撤退魔法でムノー様が逃避を完了する。

 

 この場に残されたのは、雷神と俺。そしてプリナーフェイトだけだ。

 フェイト、心愛はアレを使ってしまった雷神に呆然としている。

 

 俺と心愛の相対、そこへ参戦することを妨害するムノー様。

 

 ――もどかしい。はやく、親友の元にたどりつきたいのに。

 

 彼女は、それで暴発してしまった。使うべきではない力、求めてはいけない力を使ってしまった。

 

 「じょnpcjtyaSち<1!#」

 

 プリナーフォースは。黄山 円力華は既に、人の形を保っていない。

 漆黒の影に浮かんだ鮮血の色に染まった眼。雷光で、その不定形を縁取るように形作っている。

 発する声も、すでにヒトのそれではない。

 

 彼女が飲み下した、茶色の小瓶。プリナーズの切り札。

 正義の妖精、ハロワーが与えたそれは。

 

 劇薬だ。

 

 「たDU+TらtQ――」

 「ブラックアイスウォールッ、マックスッッッ!!」

 

 極寒に鍛えられた氷壁。全魔力で以って、それを幾重に。十重に、百重に重ねる。

 魔力を使い切った、保身を捨てた防壁。矛盾するようだが、雷神に身を堕としたこの子を止める為に『私』は全力全開の防壁を構築する。

 

 ムノー様が引いて、次の標的を俺に求めた雷神。

 すでに理性を残していない。

 愚直に、再び振り落とされた正拳が俺の全開を一撃で霧散する。雷神の槌。

 神話の域に達した威力で、多重に重ねた氷壁は塵と消えた。

 

 「円力華っ……!」

 「UsFちAaaAAAAAA」

 

 両の腕を広げ、俺に襲い掛かる異形の雷神。

 思わずその名を叫び、身を竦む。もう、ダメだ。『神がかり』の彼女からは、逃れられない。

 

 「逃げて、ジーニアスッ!!」

 

 そのはずなのに。

 桃色の鎖が走る。

 四方八方に。多重に駆け巡った魔法の鎖が、雷神を捕らえ間一髪で俺に至るのを阻止する。

 本能的に『私』を守ろうとしたのだろう。

 

 「はやくッ!」

 

 暴走するフォースを抑えながら、俺を促す彼女に急かされるように。

 ぶちぶちと、引き千切られていく鎖。

 ――ムショック様の撤退魔法に身を委ねる。

 

 「……ばか」

 

 それは、誰の呟きだっただろうか。誰に対する呟きだっただろうか。

 転移の隙間、残された円力華は標的を失い停止した。

 ぐったりと意識を失い、倒れている彼女にプリナーフェイトが寄り添う。

 

 強化アイテム、プリナーエナジードリンクは一時的に魔法少女を『神がかり』と呼ばれる状態に至らせ魔法力を一気に格上げさせる。

 戦闘力を上げる為に理性を削ぎ落させ、戦うことのみに集中させる。

 ただし、『私』達プリナーズは一度フェイトが使用して以降使ったことがなかった。

 

 あれは、ただの前借りなのだ。

 

 魔法力を格上げする、そんな奇跡がタダで許されるはずがない。

 フェイトが使った時は一週間近く、苦しみながら寝込むことになった。魔法の才能があるフォースも、免れないだろう。

 

 「……糞」

 

 円力華にそんなモノを使わせたのは、俺だ。

 

 後悔が心に染み渡る。

 あんないい子を『神がかり』という化け物に堕として。俺が、戦い続ける必要があるのか?

 『私』を取り戻したいだけの彼女達を、戦わせ続ける必要があるのか?

 答えは出ない。ただ、円力華の身だけが心配だった。

 

 

 「――突然、すみません」

 「い、いや……あ、あああ、ありがとう」

 

 高級マンションの最上階、俺はその一室を訪れていた。

 ブラックジーニアスとしての姿ではなく、変身解除した蒼河 氷乃として。

 

 出迎えてくれたのは円力華の父親だ。母を亡くし、男手一人で彼女を育てる彼。

 手土産の菓子折りを、芋虫みたいな太くて短い指が受け取る。

 

 ……見た目は、凌辱系エロゲーに出てくる親父系竿役だ。

 デブでハゲで脂ぎってて、オークみたいな性欲してそうなおっさん。

 

 『私』だった頃、初めて会った時その場で児童相談所に電話した。

 いや俺……かつての氷乃は悪くない。

 先立たれた妻そっくりの美少女。

 その上、小学七年生にあるまじきロリ巨乳なんだ円力華は。どう考えてもR-18でよくあるアレだ。

 

 「円力華も喜ぶよ。ゆっくりしていってね」

 

 しかし、超人格者だった。

 住居からも察せられる通り、経済力に優れ……つまり超仕事できる。なのに娘の不調、その介護の為なら躊躇なく投げ打つことができる程に家族思い。

 外見はアレだけれど、それでもモテるはずだろうに妻一筋。

 円力華の純粋で、優しい気質はこの人に貰ったのだろう。

 

 「でも、平日だけど学校は……?」

 「サボっちゃいました」

 「……ほ、程ほどに、ね」

 

 俺は悪の手先だからな。

 というのは、半分冗談で『私』だった頃からちょくちょく学校はサボっていた。

 

 ――頭脳に優れた『私』は海外の大学を飛び級で卒業し、義務教育の中学校へはあまり通わなかった。

 それよりお金集めという遊びに夢中だったし、同年代は猿くらいにしか思えなかった『私』に学校という場は苦痛でしかなかったのだ。

 

 故に、孤独だった。

 

 それで構わないと思っていた。

 無視し続けていた傷を癒してくれたのは、二人の親友。

 

 学校で浮いていた『私』に何の下心も打算もなく、近づいてきた。

 猿の中にあって飛び切りの、ばか二人だった。

 

 最初に出会った心愛。あまりにもばかなので、つい世話を焼いてしまった。気づけば、親友になってしまった。

 それまで居る必要のなかった場所に、行きたくなってしまうようになってしまった。

 

 気づけば、クラス委員長を任されて。

 転校生の円力華と出会う。心愛よりばかな奴がいるとは思わなかった。いじめられて、避けられても笑っていられる円力華。人の悪意を信じない強さ。

 ……そんなの、天才の『私』が守ってあげなきゃいけないじゃない。

 

 「じゃ、じゃあ僕はちょっと買い物に行ってくるから。戻りは待たなくていいからね」

 

 お茶を出してくれてから、気を使ってくれたのだろう。そう言って出かけていく彼に頭を下げる。

 本当に出来た大人だ……見た目さえイケメンなら、完璧超人だったろうに……。

 それはそれとして、円力華の見舞いだ。お茶を頂いて、彼女の寝室へ。ノックをしてみたが返事はなく、眠っているようだ。

 

 「円力華……」

 

 ベッドに臥せっている円力華。はぁ、はぁと小さく苦し気な吐息。

 氷嚢の下、顔は熱く紅潮している。極度の疲労によって、熱暴走を起こしている。

 とても苦しそうな姿に、心が締め付けられる。

 

 俺の、せいで。

 

 手を握ってあげたい。その頭を、撫でてあげたい。

 だが、俺にその資格はない。見舞いという名目で、ここを訪れながらも……もちろん、その名目も理由の一つではあるのだが。

 

 「……あった」

 

 苦しむ円力華の、枕元。そこに、プリナーズの変身アイテム。黄のプリナータイムカードがあった。

 これさえ、処分すれば。

 もう、彼女が戦うことはできなくなる。戦う必要が、なくなる。

 

 卑怯? 上等だ、俺は世界侵略を狙う悪の手先だ。

 円力華に恨まれる? ……ちょっと、だいぶ嫌だがそれでも彼女が苦しみ続けるよりは良い。

 

 手を伸ばした時。

 

 「困るなぁ」

 「……いつから、いやがった」

 

 俺の背後から声をかけたのは、正義の妖精。

 手乗りサイズの柴犬が、小さな羽で宙に浮いている。

 

 「そりゃあ、いい。ハロワー、お前を困らせるのが俺の仕事だからな」

 「僕に君の行動を阻止する力はないから、止められないけれど」

 

 それを奪えば、円力華は死ぬよ。

 

 「仕方がない、新しい魔法少女を探すことにするよ」

 

 何を、言っている。

 ハロワーは既に諦めたように言い放つが、説明を求める。

 

 「円力華は魔法の力を前借りしている状態だ。こうして、休んでさえいれば回復するだろうけれど」

 

 今、魔法少女でなくなってしまえば。借りた魔法の力を、返すことができなくなる。

 その帳尻は、円力華の命で支払われることになるらしい。

 

 「……」

 「円力華の命が惜しければ、と言いたい所だけれど君は悪の手先だし仕方ないよね。さ、僕は新しい魔法少女を探しに行くから」

 

 ――ブラック・デス・アイスニードル。

 

 去ろうとするハロワーに、漆黒の氷針が突き刺さる。

 一瞬でブラックジーニアスに変身した俺が、必殺で放った毒針に貫かれながら。

 

 「……行動を阻止する力はないと言ったけど、僕を無力化できるとは言ってないよ」

 

 糞が。

 妖精という物理法則の埒外にある存在を、潰すことは不可能だった。

 

 勤労を正義とする世界からやってきた妖精ハロワー。

 その行動原理は労働を是として、最高効率によってもたらされる成果を人々に与えるというモノだ。

 

 最高の働きで、最高の報酬を。

 

 大人である俺はその考えに、一定の理解は出来る。

 進化を止めてしまった生き物は、死んでいるも同じだ。常に最善を選び、限界を目指し続ける。それは正しい。

 だから、その為に犠牲が零れ落ちるのは許容すべきだ。

 

 『私』が否定する。

 天才である蒼河 氷乃ともあろう者が、感情のままに叫んでいる。

 円力華を捨てる世界なんて要らない。

 

 「ああ。俺も、そう思うよ」

 「誰に、話しているんだい?」

 

 効率化の権化であるこいつには、分からないだろう。首を傾げるハロワーを無視して、部屋を後にする。

 

 「カードを処分しないの? 僕は助かるけれど」

 「宣戦布告だ」

 

 告げる。

 俺と『私』が。

 

 「まずフェイトを潰す。回復したらフォースも潰す」

 

 そうして。

 

 「お前の魔法少女は全て潰す」

 

 今まで、子供を手にかけることに躊躇していた俺と決別する。

 俺と『私』は全ての魔法少女を潰し……自称正義の妖精が、望む世界を潰す。

 ムショック様が復活し、怠惰に堕ちた世界では魔法少女のエネルギーは欠乏する。例え僅かに集めたとしても、今のように脅威にはならない。

 

 その日まで。

 潰して、潰して、潰し続ける。

 

 「困るなぁ」

 「それが俺『私』の仕事だ」



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第六話『ちょっと運がいいだけ』

 「まだ、終わらないの……?」

 

 イギリス、ボストン。

 たった一体で現れた、戦闘員ハタラカーンを瞬殺する。

 

 「次はオーストラリア、シドニーだね。ワープするよ」

 

 平坦な声で妖精ハロワーが告げる。

 いつまで、続くのか。

 前回同様に世界各地に現れた戦闘員。しかし、前のように足止めを狙ったそれではないように思える。各地にそこそこの数がいたのに対して、今回は一体ずつ。

 

 ハタラカーンに大した戦闘能力はない。一撃で複数を倒すことが出来る程に。

 ただ人々を襲い、怠惰のエネルギーを少しずつ奪う。

 厄介なことに軍隊や警察の装備で対処することができない為、こうして出現すれば私達プリナーズが撃退するしかない。

 

 そう、私が、やらなきゃ……!

 

 今。

 青の戦士ジーニアスは敵の手に堕ち、黄の戦士フォースはプリナーエナジードリンクの後遺症で臥せっている。

 たった一人でも、戦わなくてはならない。

 

 「次ッ」

 

 苛立ちが募った心のまま、戦闘員の首に手刀を横薙ぎする。

 『無職』と縦書きされたふざけた覆面の頭と胴体が分かれ、エネルギーと共に霧散し消え去った。

 

 「次はブラジル、サンパウロだ」

 「ロシア、モスクワ」

 「パプアニューギニア、ポート・モレスビー」

 「日本、東京」

 

 ワープで世界中を飛び回った。

 世界の首都、人口密集地にばかり現れる。

 どこにも戦闘員を呼び出した幹部や、ブラックジーニアスの姿はない。

 いつ、終わるの?

 

 「ハロワ―……少し、休ませて」

 「ダメだよフェイト。こうしている間にも、罪もない人が襲われているんだよ」

 

 戦闘員が現れ始め、既に八時間が経過している。

 

 一瞬で倒せるとはいえ、ずっと出現は止まない。休憩も食事も取れないままだ。

 プリナーズの魔法少女としての力で、疲労は軽減されるとはいえあまりにも過酷だった。

 腕が重い。足は疲れ切って、ちゃんと立てているのか曖昧だ。

 思考もだんだん働かなくなってきた。

 

「……うん、そうだよね。私が、戦わないと」

「その意気だよ。さあ、ワープだ」

 

 

 ――十四時間が経過した。

 

 「そろそろ、か」

 

 俺が世界中に、遅延で戦闘員が出現するように配置して。

 連続して現れるハタラカーンが、プリナーフェイトに撃破され続けて十四時間。

 配置した戦闘員もそろそろ、狩り尽くされる。

 

 ……深夜三時に叩き起こされて。

 駆り出され戦い続けている心愛の疲労も、限界を超えたはずだ。

 

 「……」

 

 大海原の真ん中。その海上。

 逢魔が時、昼と夜が入れ替わる時間。

 そこで一人待っていた俺の前に、プリナーフェイトが現れる。

 

 相対する、二人の魔法少女。

 

 しかしフェイトは既に、声を発する余裕すら無くしている。肩で息をして、幽鬼のように表情すら作れていない。

 ……『私』の心が引き裂かれそうになる。彼女をこんなに追い込んだ罪の意識に、萎えそうな意思を。

 

 「プリナーフェイト。お前を、潰す」

 

 その宣言で、奮い立たせる。

 

 プリナーフェイトを、潰す。

 ブラックジーニアスはプリナーズの二人より、直接的な戦闘能力では劣る。

 仲間のプリナーフォースが出撃不能な、今しかない。

 今、ここで桃空 心愛の力を奪う。

 

 「……っ」

 「させると思う?」

 

 俺の『私』の本気を悟ったのか、ポーチから茶色の小瓶を取り出すフェイト。

 想定済みの行動、疲労で緩慢な動作。速さにおいて、プリナーズ随一の俺が見逃すはずがない。

 プリナーエナジードリンクが、放った氷弾で弾き落され海中に沈んでいった。

 これで逆転の目はない。

 

 「ひ、の……ちゃん。どう、して」

 

 諦めて、くれたのか。

 構えを解き、泣きそうな顔のフェイト。心愛を、今すぐ抱き締めたい。けれど。

 

 「変身解除して、プリナータイムカードを渡しなさい」

 

 悪魔の羽が飾られた魔法のペン、その切っ先を突きつける。

 

 「……私ね」

 

 俯いたまま、ぽつぽつと語りだすプリナーフェイト。

 どこにでもいる女子中学生と、そう彼女は自身を卑下していた。

 ――両親に愛されているし、運にも恵まれている。広い世界を見渡せば、それは幸福なことだ。

 だが。

 

 「ずっと、このままでいいのか。ずっと、悩んでいたの」

 

 『私』と出会う前。魔法少女プリナーフェイトになる前。

 桃空 心愛は、幸福の中にあって不足を感じていた。自身に足りないモノがあると、悩み苦しんでいた。

 

 「プリナーズになって、まだ魔法少女じゃなかったひのちゃんを助けられて」

 

 伏せられていた顔が、上げられる。

 涙を零しながらも。

 彼女は。

 

 「ああ、私は。戦う為に産まれてきたんだって。戦うことで、誰かを助ける為に産まれてきたんだって」

 

 笑っていた。

 

 「わかったの」

 「――ッ!?」

 

 保っていた距離が零に縮む。

 プリナーフェイトは海上を這うように接近し、俺の死角から脇腹へその爪先を捻じ込んだ。

 

 「ぐッ……!!」

 

 強烈な蹴り。視界が明滅する。

 

 「だからッ!!」

 「クソっ、距離を……!」

 

 不味い。とにかく、距離を取らなければならない。

 蹴りで吹き飛ばされた勢いを利用し、上昇。

 

 「初めて私が助けられた、ひのちゃんを!!」

 

 俺は自慢のスピードで一気に距離を取り、牽制の氷弾を連射する。

 しかし最低限の動きで避けられ、最低限の迎撃で距離を詰め続けるプリナーフェイト。

 

 「助けるのを、諦めない。ぜったい、取り戻すんだからぁぁあ!!」

 

 桃空 心愛は生粋の戦士。

 ――戦う者。

 彼女が疲れただとか、そんな理由で諦めてくれるはずがなかった。

 よりにもよって『私』の為だ。

 

 接敵して。

 プリナーエナジードリンクを、使おうとする素振りを見せ阻止させたのは俺の油断を誘う為。

 戦闘の構えを解いて、会話を選んだのは少しでも疲労を回復させる為。

 ……恐ろしくなる。

 今、その天武の才が俺に向けられていることに。

 

 だがまだだ。俺と『私』は、あのクソ正義に宣戦布告した。

 

 「――氷!?」

 

 ついに再び接近したプリナーフェイトの拳が、俺を捉える。

 拳が突き刺さったブラックジーニアスの姿は……氷となって砕け散った。

 氷像に、姿を写したデコイ。

 それはいつの間にか、フェイトの周囲を囲むように何体も展開している。

 乱数回避をし、翻弄する氷像の群れ。

 

 「無駄だよ!」

 

 魔法のペンから発する桃色の閃光。細く鋭い砲撃で、氷像の群れは正確に狙い撃たれていく。

 ……やはり、フェイトの消耗は激しいようだ。

 いつもの彼女なら魔法力を爆発させ、狙うまでもなく範囲攻撃で殲滅できる。

 

 「……っ、どこに……!」

 

 おかげで、時間を稼げた。

 既に俺は当初から見定めていた位置に、移動を完了している。

 暗い、暗いそこで。

 陣を発動する。

 

 「囲まれた!?」

 

 上空にいるプリナーフェイト。

 それを囲むように、氷壁が海から伸びる。

 

 外からならば。

 氷で出来た円柱が海上から、果てが見えない程に天高く突きあがったように見えるだろう。

 俺は、直径数メートルほどのその中にプリナーフェイトを捉えた。

 

 「……加速用意」

 

 縦に伸びた氷のトンネル。

 その中に囚われたプリナーフェイトの、ずっとずっと下。

 その底で、魔法陣を最終フェーズに移行させる。

 

 「――ッ」

 

 もう、気づいたようだ。

 しかし見た目以上に頑強に作った氷の柱、疲弊した彼女に破壊は叶わない。

 上に逃げようにも既に間に合わない。

 下に迎撃に向かおうにも、あまりにも遠い。

 

 プリナージーニアス。青の戦士。

 フォースが黄の戦士として雷を操るように。

 『私』は氷を操る。

 だからこそ、戦う場所にここを選んだのだ。大量の氷の素……水がある大海原。

 そして、必要な距離を得ることができる深い海溝があるここを。

 

 「プリナーフェイトシールド!」

 

 回避も、迎撃も不可能と判断したプリナーフェイトが防御魔法を展開する。

 極厚に張られた桃色の盾。

 その先で砲口を向けていた、俺からの砲撃に備える。

 

 深い海溝の底。

 俺はそこに魔法陣を用意し、今砲撃を放とうとしている。

 一万メートル近い距離。

 その全てを加速に使う為に。

 

 「ブラック・ジーニアス・ストラーイクッッッ!!」

 

 射出。

 氷の銃身を、黒の弾丸が駆け上がっていく。

 上れば上る程、加速を続けて真っすぐに。

 

 「これで!!」

 

 まともにやれば、ジーニアスの攻撃はフェイトやフォースには通用しない。

 だから策を弄し、疲弊させ誘いこんで。

 威力を極限まで引き上げる弾道を用意した。

 

 ……これで駄目なら、もうどうしようもない。

 その恐れから願うように。

 

 「終われぇぇぇえええッッッ!!!!」

 

 一万メートルを加速し続けた魔法の弾丸が、プリナーフェイトに直撃する。

 魔法陣まで使って、自身の全力全開の魔法力全てを込めた一撃。

 手ごたえは、あった。

 

 「……」

 

 全てを賭けた一撃。その余韻がゆっくりと消えてゆき、静寂。

 氷のトンネルの中に音はない。息があがったまま、光の無いその先を見つめる。

 

 「……心愛」

 

 漆黒の闇の中。

 ゆっくりと降りてくる桃色の光。それに包まれた、桃空 心愛の姿があった。

 気を失っているようだ。

 変身解除後の自動防御機能で、いきなり落ちてくることはない。夜討ちで着替える暇もなかったのだろう、パジャマ姿の彼女が俺の『私』の元に辿り着く。

 

 「勝ったよ」

 

 暗い、氷の塔の底。深い、海溝の底。

 そこで彼女を抱き締めて、告げる。

 ごめんね。

 悪の魔法少女は謝らない。でも、これで心愛は戦わなくてよくなる。

 意識を失いながらも、心愛が掴んだままのプリナータイムカードを奪おうと。

 

 手を、伸ばした。

 

 「ごめんね」

 

 え?

 伸ばした手が払われる。

 抱き留めた腕から彼女がすり抜ける。

 

 気を失ったふりをして、俺の脇を駆け抜けて。

 走りながら、再変身を行った彼女がそこに辿り着く。

 

 「……勝ったよ」

 

 先ほど告げた言葉が、返される。

 俺は、忘れていた。

 ――プリナーフェイト、桃空 心愛は。

 とても、運が良いということを。

 

 

 

 そこに、あったのは。

 初手で海中に落したプリナーエナジードリンクだった。



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第七話『俺 / 私』

 「ぶえー……」

 

 天才女子中学生。魔法少女。悪の手先。

 それらにあるまじき意味のない声を上げながら、俺はだらけ切っていた。

 

 悪の組織、ヒキニートー本拠地。

 その地下に在る福利厚生施設。

 快適な環境が整えられた休憩所で、いわゆる人を駄目にするクッションに身を沈めて。

 着ているのも、何時もの黒と青の魔法少女衣装ではなくジャージ。以前失って、またファッションセンターし〇むらで買い直したやつ。

 

 俺は、だらけ切っていた。

 

 「あんなん反則じゃん……勝てるわけないじゃん……」

 

 宣戦布告、キリッとかやっておいて惨敗だった。

 考えつく全ての手を使い挑んだ、プリナーフェイトとの決戦。

 しかし最大威力の砲撃で仕留めきれず……彼女は『運良く』拾ったプリナーエナジードリンクで回復。

 

 ぼっこぼこにされた。

 

 ……撤退魔法が間に合って、本当に良かった。ムショック様ありがとうございます。

 とにかく、プリナーズ二人はその後遺症でダウン。

 俺も魔法を消耗し過ぎた為動けない。どうせ動けたとしても、ドリンクの前借り分を回復し切るまで二人には手が出せない。

 せめて、その間に人を襲うべきだ。

 プリナーズが動けない今、エネルギーは集め放題。そう提案した。

 

 『不在の隙を狙うなど、卑怯だろう』

 

 三幹部の一人、ムノー様はそう言い切り出撃を拒否した。悪の組織とは一体。

 他もやる気がないとか、準備が間に合わないとか言って出撃しない。

 千載一遇のチャンスはこうして過ぎ去った。

 

 「……ムノー様、がんばえー」

 

 クッションに身を沈めながら、虚ろな目で傍のモニターに向かって声援を送る。

 

 そこでは復活したプリナーズの二人と、戦闘員を率いたムノー様が対峙していた。

 フォースの雷撃で戦闘員が吹っ飛び、フェイトの緻密な格闘でムノー様が追い込まれる。

 後は二人の合体攻撃で止め。

 三日ぶり七回目のムノー様敗北だった。

 

 「あー……」

 

 やっぱ駄目だった。

 ムノー様、弱くはないんだけれどな……このパターン七回目なんだからいい加減考えてくれよ。

 しかしムノー様は諦めない。俺の仇をとってやるとのことらしい。

 ありがたいことなのだが……最近ちょっと俺に対する言動が気持ち悪いんだよな。

 察しがつかないこともないのだが、中身は俺なので筋骨隆々のマッチョマンは丁重にお断りしたい。

 

 「もう無理」

 

 手を尽くした戦いは、けれども届かなかった。

 あれで勝てなきゃもう無理だ。

 

 正面からの戦い……正々堂々ではない戦いをしても、勝てない。

 俺の心は、正直言うと折れてしまっていた。

 言い訳だけが頭を巡る。

 

 俺が無理に世界侵略を進めれば、二人は必死になって止めようとする。追い詰めきれない俺が出張れば、二人を苦しめるだけではないのか。

 実際、俺が出撃しない日々は平穏だ。

 出撃と敗北、回復をワルツのように繰り返すムノー様。

 プリナーズの二人が苦戦することはないが、少しずつエネルギー集めは進んでいる。

 こうして俺も、怠惰に浸りエネルギーを捧げているし。

 

 「はぁ……極楽……」

 

 そして。

 俺は前世で就職して以来、初めての長期休暇に浸っていた。

 朝は寝たいだけ寝る。

 食べたい物を食べたいだけ食べて。読書も映画鑑賞も、屋内プールで泳いだりだってできる。

 たまにこっそり、蒼河 氷乃の姿でショッピングや観光に興じる。

 ……何故かプリナーフェイトに見つかって、大抵すぐ逃げることになるが。

 休暇ってこんなに素晴らしいものだったのか……。

 

 前世で社畜として、僅かな休日は過労の身体を癒す以外できなかった俺は。

 悪の組織で、学生時代以来となる長期休暇の素晴らしさを思い出していた。

 

 「さて、ムノー様も無事に負けたし風呂入るか」

 

 ムノー様とプリナーズの対決を、一応見守ってからだらだらと風呂へ。

 地下に広がる、悪の組織自慢の福利厚生施設。

 そこには当然のように、温泉も用意されている。

 

 怠慢を是としながら、世界征服を成すのに働く僅かな部下を労わる為に。

 疲労回復に効能のある天然温泉をはじめ、マッサージに特化した戦闘員や理髪に特化した戦闘員が揃っている。戦闘員の定義が壊れているが。

 たくさんの種類の風呂が用意されたそこは、大体いつも貸し切りだ。三幹部と俺しか使わないからな。

 ムノー様は戦闘後で救護室行き、もう一人は自室の簡易な風呂しか使わない。

 

 「あら」

 「……サボリーナ様」

 

 暖簾を抜け、無駄に広い更衣室。そこにいたのは残る三幹部の一人、サボリーナ様だった。

 成人女性の姿に、額から延びる小さな二本の角。艶やかさがあるというか、色っぽい感じ。

 

 「今日もサボり? いいことね」

 

 にっこり笑顔で俺の頭を撫でるサボリーナ様。そこに、嫌味の色は全くない。

 怠惰を是とする悪の組織、その幹部として彼女の方が正しい。プリナーズの二人の為に必死に働く俺や、やたらやる気のあるムノー様の方が異例なのだ。

 実力ではムノー様より頭が回り、戦闘能力も高い彼女は『私』だった頃強敵だったが。

 その性質故、本当に気が向いた時しか出撃してこない。その名の如くサボる。

 

 「や、やめて下さい……子供じゃありません」

 「もー、可愛いわねーブラックジーニアスちゃんはー!」

 

 これだ。

 サボリーナ様は、俺が出撃せず休むようになってからこうして構うようになっていた。

 必死に働いていた頃は興味がなさそうで、関わることもなかったのに。

 だらだらするようになった俺を、妹分のように思っているのかもしれない。でも実際子供じゃないからな? いい年した大人だからな中身。

 

 「本当に可愛い……」

 

 おっとそれ以上いけない。

 やばい雰囲気になってきたので、浴場へ逃げる。逃げ足に定評のある悪の魔法少女だからな。

 

 「待ちなさいな、背中流してあげるから」

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 相手は上司、社畜の俺には絶対神のような存在を断れるはずがない。

 結局されるがまま、背を流すだけでなく髪まで洗ってもらっている。

 

 「はぁ……やっぱり若い子の髪はいいわぁ」

 「そ、そうですか……」

 

 丁寧に髪を洗われながら、困惑する。

 男の頃だったら綺麗なお姉さんにこうして洗ってもらうなんて、夢のような話だが。

 ブラックジーニアス、蒼河 氷乃の身体は十三歳の女の子。

 

 ロリコンではない俺は貧相な女児、自身の身体に興味はなかった。

 失くしてしまった我が息子に喪失感を覚えたが、それだけだ。

 そういう意味では、サボリーナ様の豊満な身体の方が好みなのだが……興奮しようにもモノがない。

 

 「せっかく綺麗な髪なのだから、ちゃんとお手入れしなきゃ駄目よ?」

 

 諭されるような言葉に、素直に頷く。

 興味がないとはいえ、他人の身体を奪っているようなものだ。どうやってこの身体に意識が移ったのかは分からないが、粗末にして良いわけがない。

 そういえば、本当の蒼河 氷乃はどうなったのだろうか。たまに『私』としての意識が、俺の意識に強く影響しているのは感じているのだが。

 

 「はぁ……はぁ……肌もっちもち……」

 「あの、ちょっと?」

 

 思考に耽っていると、サボリーナ様の手の動きが怪しい。

 前世でパワハラには慣れてましたが、セクハラは初めてですよ? 同性とはいえ超不快ですよ?

 

 「ね、ねぇ。後で私の部屋に来ない?」

 「断固お断りさせて頂きます! お先に失礼します!!」

 

 今度は逃げられた。怠惰系ロリコンレズおねーさんとか業が深すぎる。やっぱ悪だよあの人!

 畜生、風呂入り損ねた。仕方ない、自室の風呂使おう……。

 

 

 そして、自室に命からがら逃げ帰ると。

 

 「にゃあ」

 

 猫だ。

 最低限の家具しか置いていない、殺風景な自室。

 社畜らしいそこは、休暇によって少しずつ雑誌やコーヒーメイカーなどの物が増えてはきていたのだが。

 飼っていないはずの猫。動物セラピーを目的とした、ふれあい喫茶から逃げ出してきたのだろうか。

 

 しかしこの猫、だいぶおかしい。

 まずサイズが小さい。子猫というのを超えて手乗りサイズ。

 毛色は蒼い。青い猫というとグレーを差すらしいのだが、マジ蒼い。

 その上、その背中には小さな蝙蝠のような悪魔の羽が生えている。

 ……なんかあのクソ犬と対照的だな。天使の羽が生えた柴犬姿のアレが、不意に頭を過る。

 

 「どうしたの、迷い込んじゃったのかな?」

 

 だが俺は猫派だ。

 猫がいたら愛でるのは人類の義務だ。

 いつか部屋で飼ってしまおうかと考え始めていた昨今。これは運命の出会いなのかもしれない。

 近づいて、かがむ。

 伸ばした手は。

 

 「ふしゃーッッッ!!」

 

 普通に噛みつかれた。痛い、だがそれがいい。猫との触れ合いとはそういうことだ。

 

 「いだだだ」

 

 痛み自体はそう大したことはない。小さな身体で必死に噛みついて、足蹴りまでしてくるが可愛い抵抗だ。

 ほのぼのと理不尽なお猫様の暴虐に耐えていると、諦めたのか離れていった。

 

 「フゥゥゥ……!」

 「仲良くしようよー。ね、ごはん食べる?」

 「にゃ……ふに、ふにゃ」

 

 怒り心頭といった様子で、毛を逆立てる猫に優しく声をかける。

 何か言いたそうな感じで鳴く猫は。

 

 「ふざけんなァー!!」

 「猫がしゃべったァー!?」

 

 

 「……えーと、それでは……君が、蒼河 氷乃ということなのでしょうか」

 

 お猫様……自身を蒼河 氷乃と主張する変な猫を前に、正座の俺。

 

 「そうよ! ようやく意識の分離に成功したの! 天ッ才の私がそれにどれだけ苦労したか……!!」

 

 変な猫改め、氷乃? は饒舌にその苦労を語る。

 なんとか理論だのなんとかの方式で説明してくれるのだが、平均程度の学しかない俺には一ミリも理解できなかった。

 

 「あ、あの方法について俺には良く分からないんですが」

 

 つまりは、こうだ。

 悪の組織に囚われたプリナージーニアス。本拠地に運び込まれて目覚めた時に、既に身体を俺に乗っ取られていた。

 氷乃自身の意思はずっと身体に残ったまま。

 それで時折俺は『私』に意識や感情が引っ張られていた、らしい。

 天ッ才……の氷乃はこの状況を観測し続け、ついに影響をより強く与えるに至った。

 

 俺と『私』の、意識の分離。

 

 蒼河 氷乃を俺から引き剥がし、魔法生物を創り定着させる。

 ……本当は俺の方をそっちに定着させたかったようだが、意識の支配率がどうたらこうたらで出来なかったらしい。

 もしかしたら猫になってたかもしれん俺。

 

 「分かった!? 分かったならさっさと私の身体を返しなさいよ!!」

 「お、お怒りはごもっともです、はい」

 

 彼女としばらく意識が同居していたせいか、彼女が出て行ってからもその影響は残っているらしい。

 『私』の部分がその怒りに同意する。

 

 「しかしお返しする手段は……」

 「……それは、分かったら教える」

 

 前代未聞なこの状況、天才の彼女にも未だ解明しきれていないらしい。

 身体を返すことについては……その場合、俺がどうなるのかわからないので非常に怖いが反意はない。

 偶然とはいえ、子供の身体を奪ってしまったのだから返せるのなら返すのが筋だろう。悪の手先に堕ちた俺だが、そこら辺の良識まで捨てきれていない。

 

 「その、まずは色々とすみませんでした」

 

 とりあえず土下座。

 今まで目を背けてはいたが、色々俺はやらかしている。

 プリナーズを裏切り、彼女の親友を傷つけたこと。仲良し三人組を、引き裂いてしまった。

 

 「ふん。ずっと、私はあんたの中で見てた」

 

 悪の組織、ヒキニートーと正義の妖精ハロワーに導かれたプリナーズ。

 その裏側を。

 

 「あんた達の怠惰を是とする世界。私はそんなもの、やっぱり認めない」

 

 頭脳に優れ十三歳という若さで将来を約束された彼女にとって、俺達の野望は認められるものではない。

 

 「でも、心愛と円力華を苦しめるハロワーはもっと認めない」

 

 悪に堕ちる前。

 プリナージーニアスだった頃から、聡明な彼女はハロワーに疑念を抱いていた。

 あのプリナーエナジードリンク。心愛が以前使用し、その後遺症に苦しんだ時から。

 

 「だから今は、手を貸してあげるわ」

 

 ハロワーを何とかしたら、次はあんた達だけど。

 そう付け加え、不敵に笑う氷乃。

 彼女の恐ろしさと、今は味方である頼もしさを感じながら。

 

 「しかし、どうやって?」

 「堕とすのよ。全員、悪の魔法少女に」



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第八話『天才少女氷乃ちゃんの下準備』

 「プリナーフェイトと、フォースを」

 「そう。勝てないのなら、味方に引き入れてしまえばいい」

 

 残る二人の魔法少女も、悪に堕とす。

 

 「忘れているようだけれど。あんた達ヒキニートーはたった一度、プリナーズに勝利しているのよ」

 

 蒼い子猫姿の蒼河 氷乃……プリナージーニアスが自嘲するように。

 

 「私を捕らえ、悪に堕とした。理想的な無力化でしょう」

 

 確かに。

 強敵を無力化した上、自陣営の強化ができる。

 二人を無駄に傷つけずに済むし、俺は世界征服の大きな手助けが出来て万々歳。

 ……ただ、なぁ。

 

 「難しいですよね」

 「難しいわね」

 

 プリナーズは正義の魔法少女だ。

 

 妖精ハロワ―に、その素質を認められた者だけが変身できる。

 心愛、円力華。そして氷乃は、働くという正義の心を持つ少女達。それは誰かの役に立ちたいとか、お父さんのように立派な人になりたいとか。

 天才である自身の能力を、遺憾なく発揮したいとか。

 そんな、純粋な少女の願いを胸に彼女達はプリナーズになった。

 

 「私の時は連れ攫われてすぐ、あんたが入ってきたから堕ちたわけだけれど」

 

 めちゃくちゃ睨んでくる氷乃。はいすみませんでした。

 

 「そもそも、どうやって捕まったんですか?」

 

 連れ攫われた、ということはプリナージーニアスは拘束などで無力化されているはずだ。

 直接的な戦闘力においては最弱の彼女であろうと、それでも魔法少女。

 俺が前世から今の身体となった時には、捕らえられた後だったのでその経緯を知らなかった。

 

 「珍しく幹部二人が同時出撃してきたの」

 

 怠惰を是とする悪の組織、その出撃率は低い。

 プリナーズが揃っていた頃でも何時も現れるのはムノー様くらいで。

 稀に遊びに来た、みたいなノリでサボリーナ様が現れるくらいだ。

 

 その上、この幹部二人は仲が悪い。

 忠誠心に溢れやる気勢のムノー様と、正しく怠惰の悪を体現するサボリーナ様は水と油だ。

 

 「その上、新たな怪人まで出してきた」

 

 怪人とは、もう一人の幹部が生産する戦闘用魔法生物……戦闘員ハタラカーンの上位版だ。

 幹部クラスまでとはいかないが、ハタラカーンとは比べ物にならない程の力を持つ。

 ただその生産は非常に遅く、サボリーナ様の出現と同じくらいレアだ。

 

 「連携は出来ていなかったから、本当に偶然だったのだと思うわ」

 

 偶然、出撃が被っただけ。

 その計算外でプリナージーニアスは悪の手に堕ちた。

 

 「そして、奇跡のような偶然だろうと一度起こったのなら」

 

 もう一度起こせる。ドヤ顔の蒼い子猫、氷乃はその詳細を説明する。

 まずムノー様の出撃、これは何時ものことなので問題ない。

 

 「あんた、サボリーナを誘惑してきなさい」

 「は?」

 

 素で返してしまった。あの女、クソレズロリコンだぞ?

 

 「……ふ、不本意だけれど!」

 

 猫の姿の癖に顔を赤らめるという、器用な真似をしながら声を荒げる氷乃。

 先ほどの風呂での出来事から、サボリーナ様は俺……ブラックジーニアスに執着している。

 有体に言えばワンチャン狙っている。怖い。

 

 「誑かして、一緒に出撃するよう頼むのよ! あ、でも手を繋ぐまでしか許さないからね!!」

 

 清い交際しか認めない親かお前は。実際この身体は氷乃のものなのだから、その主張は正しいのだが。

 

 ……叫んだあと、小声でちゅーとかそれ以上は心愛の為にとっておくんだから。

 そんな言葉が聞こえた気がするが、俺は聞かなかったことにした。

 年相応に初心な女の子、俺はいいと思うよ。プリナーフェイト、桃空 心愛がやたら重いと思ったらそういう。

 

 「わ、私はラボの方に行って、怪人の生産を何とかするわ」

 

 落ち着きを取り戻すように、こほんと息を整えた氷乃。

 ラボ、そこは怪人生産施設でもう一人の幹部が管理している。生産性の悪い怪人を、天才の彼女の手によって改善しようと言うのだ。

 

 「――怪人、あんた達の魔法生物にも興味があるしね。ふふ、私は未知なんて許さないんだから……!」

 

 マッドにやばい感じで笑う氷乃。

 こんなのと同居して影響受けた俺は、大丈夫なのか……。

 

 「ほら、あんたはさっさとサボリーナの部屋に行ってきなさい!」

 

 AもBもCも許さないからね! と付け加えて俺の部屋から俺を追い出す氷乃。古い言葉知ってるな。

 しかし、その言葉を守れるだろうか……マジで迫られたら無理かもしれない。

 浴場では逃げられたが上司の権力を振りかざされた場合、社畜の本能として従う他ない。

 花散っちゃったらごめん。

 大切なモノを失う恐怖を抱きながら、俺はサボリーナ様の部屋へ向かった。

 

 

 「……本当に、大丈夫なのかしら」

 

 独り、自身の身を案じる。

 ぱたぱたと悪魔の羽で空中を飛び、ラボに向かいながら。

 私……魔法生物の猫の姿で、蒼河 氷乃はあの凡人に不安ばかりを抱いていた。

 

 「あんな凡人の男に、任せるなんて」

 

 堕ちたものだ。不本意を極める。

 天才中学生であるこの私が、過労死してしまうようなアホを信じて大切な身体を任せることになるとは。

 

 ――私は、ずっと見ていた。

 奪われた身体の中で、その戦いを。

 

 全て、敗北で終わった。

 直接の戦闘能力では劣るブラックジーニアス。いくら非常識な小汚い手を使ったとはいえ、天才の私を欠いて勝てるはずがない。

 『私』の影響でいくらか頭の巡りが良くなろうが、ジーニアスの力は半分奪われているに等しい。

 

 「戦い勝とうとするのは、雄の本性だろうけれど」

 

 ああ汚らわしい。これだから男は。

 勝てない戦いに挑むのは、アホの証明だ。天才の私は呆れっぱなしだったが。

 

 「でも」

 

 あいつは、私の親友達を救うことになると信じて戦った。

 敗北を重ねても、足りない頭を必死に働かせて挑み続けた。

 

 「……堕ちたものね」

 

 蒼河 氷乃は天才少女だった。

 周囲の大人達、親ですらもその才能を認めた。未知を憎む程に勉学に励み、同世代を猿としか思えない程の天才。

 

 その才は私を孤独にした。

 

 心愛と円力華。

 周囲を拒絶し孤独に浸っていた私を、救ってくれた二人。

 

 正義の魔法少女、プリナージーニアスが悪の組織に手を貸すなどあってはいけないことだ。

 ハロワーへの疑念が確信と至った今でも、あいつらを許しているわけではない。

 それでも、二人を救う為ならば。

 

 「ここね」

 

 地下施設でもより深部。

 ラボに辿り着く。広大な空間に、みっしりと巨大な機構が詰まっている。

 ……あれは発電機、薬品の生成器、あっちの水槽の中身は成長促進剤のようね。

 未知の機構であろうと、大体の機構はすぐに理解できる。自負する天才の頭脳は、伊達じゃない。

 

 「ふふふ……!」

 

 ラボの主、もう一人の幹部は不在のようだ。

 勝手に施設を使うことに良心が一瞬痛んだが、私は正義の魔法少女。悪党の損害になるなら、むしろ推奨。

 というわけで、未知の存在に小躍りしながら好き勝手弄りまくる。

 

 「なるほど、こっちが重力発生装置でこれはクローン製造機」

 

 科学力では現在の人類の、遥か先を行っている。私も知っている既知の理論が、いくつも覆されるような技術が完成しているようだ。

 それらをすぐに理解し利用方法まで把握。

 

 「ただ……」

 

 どうにも、安全装置が多過ぎる。それに加えて、効率を求める為に効率を落としている。

 つまりは無駄が多い。怪人の生産が遅かったのは、これが理由のようだった。

 

 「生産開始」

 

 無駄を削ぎ落し、最低限の工程で怪人の生産を始める。

 

 「流石天ッ才の私……! 未知を踏み荒らす快感は最高ね」

 

 独り、恍惚に浸る。すごい、私すごい。

 

 「さて、戦力の手配はこれでよし。後は作戦ね」

 

 

 「……大丈夫だったの?」

 

 再び、自室。

 そこで私とブラックジーニアスは互いの進捗を報告し合う。

 

 「………………………はい」

 「なんなのよその間はァーッ!?」

 

 正座で私から目を逸らし、小さく返事するブラックジーニアス。かたかた小さく震えて、心なしか顔も赤い。

 待ちなさいよ!? 何があったの何をされたの私の身体ー!?

 

 「さ、最後の一線は守りましたから。ちゃんと、協力してくれるそうです」

 

 信じて任せた私の身体は、ちょっと汚れて帰ってきてしまった。

 サボリーナを誘惑してこいと命じたのは私だが、予想以上にあの幹部は危険だったようだ。おのれ悪の組織。

 あああ……ごめん心愛……私汚されちゃった……。

 

 「と、とりあえずこれで戦力は良いとして、作戦はどうするんですか?」

 「……敬語じゃなくていいわよ、自分にへり下られると気持ち悪い」

 「わかりまし……わ、わかった」

 

 こいつは私に罪悪感諸々を感じ、態度がへりくだっていたようだが。一回り近く年上になる癖に、悪の手先の癖にそんな態度を取られたらやり辛い。

 

 「プリナーフォースを拉致するわ」

 「未成年者略取じゃん!?」

 「今更でしょう!? 悪の手先でしょうがあんた!!」

 

 全くこいつは。

 非常識な手段でプリナーズを追い詰めつつも、最後には大人としての常識でいつも詰め切らない。

 今までも非常識に加え、非情に徹すれば勝てていたはずなのに。

 ……しかし、だからこそ私はこいつを信じた訳だが。

 

 「その為の戦力増強よ。二人同時に捕まえるのは難しいから、まずはフォース……円力華から」

 

 本当は二人揃って、といきたいがまだそこまでの戦力は整えられない。

 だが悪に堕とし……円力華が陥落すれば、戦力比のバランスは一気に崩れ残る。

 残った心愛を堕とすのは簡単になるはずだ。

 

 「拉致した後、私が説得する」

 

 意識の分離に成功した今、私は私として彼女達に接触できる。

 拉致をせずに接触することも考えたが……こちらの環境に連れ込む必要があった。

 

 「……できるのか?」

 

 アホ面で、いや私の顔でそんな間抜けな顔をするな。

 円力華を先に選んだのは、あの子の方が堕としやすいからだ。

 

 「当然。円力華は、私が守ってあげないといけないくらい残念な子だから」



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第九話『負ける為に負けられない』

 「……始めるわよ、いい加減切り替えなさい」

 

 全ての準備を終え。

 ヒキニートー本拠地で、氷乃とその時を待っていた。俺は体育座りのまま、ごろんと横になりながら。

 身を挺して得たはずの成果が得られないことは、とても悲しいことだ。

 

 「……」

 

 すぐ傍には破り捨てられた置手紙。

 

 『やっぱやる気出ないからサボるわ! byブラックジーニアスちゃん愛しのサボリーナ様』

 

 「ちくしょー! 食われ損じゃねーか!?」

 「私だって腹立ってるわよあのクソ女ー!!」

 

 作戦開始間際、サボリーナ様はこの書置きを残してドタキャンした。

 すでに動き出している為、作戦を中止してあのクソレズロリコン女を締め上げることもできない。

 氷乃も努めて冷静を装っていたが、自身の身体が汚された恨みは忘れていない。

 ……あとで必ず締めよう。俺と氷乃は、静かに涙しながら誓った。

 

 「――来た!」

 

 その反応に氷乃が声をあげる。

 中空に浮かんだ、モニター二つ。そこにはそれぞれ戦闘員ハタラカーンに襲われる街が映っている。

 内一つに、プリナーフェイト。

 内一つに、プリナーフォース。

 

 「まずは、釣り出せたわ」

 「ムノー様に連絡するぞ」

 

 プリナーフォース誘拐作戦。その前段として、戦闘員を離れた二か所の街に出現させる。

 フェイトとフォースを分断させる為だ。

 戦闘員で稼げる時間は知れているので、フェイト側にはムノー様とそれに率いられた怪人が出撃。俺と氷乃がフォースを攫うまでの時間を稼いでもらう。

 ……本当なら、サボリーナには予備戦力として待機してもらうはずだったのだが。

 

 「さ、行くわよ。必ず言ったようにしなさい」

 「大丈夫なのか、本当に」

 

 俺のポーチの中に身を潜り込ませる氷乃に問いかける。

 氷乃の発案……不安しかないそれに失敗すれば、戦闘になる。前のように、プリナーエナジードリンクを使われずとも負ける気しかしない。

 

 「大丈夫」

 

 不安はともかく、もう始まっている。

 俺もフォースの元へ出撃する。

 

 「私の円力華よ?」

 

 

 

 「……ジーニアス」

 

 大きな交差点、その中央でプリナーフォースと対峙する。既に戦闘員は全滅した後だ。

 周囲の人は全て避難したらしく、俺を呼ぶその声は妙に大きく聞こえた。

 

 「……っ」

 

 ぐ、と身構えるフォースの前で、生唾を呑み込む。

 本当に大丈夫なんだろうな……くそ、知らねーぞ!

 

 「っ!?」

 

 変身解除。

 ただでさえ実力差のある魔法少女相手に、俺はただの少女……蒼河 氷乃の姿で迎える。

 

 「どういう、つもり!?」

 「……円力華」

 

 俺は出撃してから、声を発していない。口パクだ。

 

 「おいで?」

 

 この声は、蒼い猫型の魔法生物に意識を移した氷乃のものだ。

 

 「氷乃ちゃん……」

 

 事前に言われた通り、フォースに向けて両腕を伸ばし……迎え入れるように、微笑む。

 

 「おいで、円力華」

 「氷乃ちゃん……氷乃ちゃぁぁぁああんっ!!」

 

 ふらふらと、構えを解いて。ゆっくりと歩み寄ってきたフォース……黄山 円力華は。

 

 「ぐ、ぇ」

 「氷乃ちゃぁぁぁああん、寂しかったよぉぉおおおっ!!」

 

 突然ダッシュで駆け寄って俺を押し倒した。生身の女子中学生に、力に特化した魔法少女のタックルが突き刺さる。

 内臓が破裂するかと思ったが、何とか堪える。

 

 「ううう、氷乃ちゃんのばかぁ……! えりか、寂しかったんだよぉっ!?」

 「よ、よしよし……」

 

 円力華の涙と鼻水で服がぐっしょりと濡れるが、指示通り構わず頭を撫でる。

 

 ……。

 

 「ごめんね円力華。これには深い訳があって……一緒に来てくれるかしら?」

 「えっえっ、でも」

 「心愛の方は終わったみたいだし、後で来てもらうから」

 

 美味しいお菓子とお茶も用意してあるから、お話を聞いてくれるかしら?

 そんな幼児を誘うような文句で。

 

 「……うん」

 

 正義の魔法少女プリナーフォース、黄山 円力華は悪の組織に拉致された。

 

 

 「チョロ過ぎない?」

 「素直で可愛いと言いなさい」

 

 悪の組織ヒキニートー、その本拠地。俺達はこっそりと自室に円力華を連れ込んでいた。

 円力華は、変身解除して出した茶と菓子を暢気に食べている。

 その姿に愛らしさと同時に、これでいいのか十三歳と思いながら氷乃とこそこそ話し込んでいた。

 

 「……何が難しいだよ、楽勝だったじゃねーか」

 「円力華だけならね」

 

 氷乃が言うには、プリナーフェイト……心愛が一番の問題だったらしい。

 三人のプリナーズだった頃から、氷乃が円力華に甘くすると激しく嫉妬し何故か氷乃が(なじ)られる。

 円力華を誘い込むには、心愛と分断する必要がある。

 

 しかし俺……ブラックジーニアスの出現に、彼女は異常なほど反応する。

 その近くに一人フォース、円力華がいるとなれば死に物狂いで追ってくるだろう。

 だから戦力が必要だったのだ。ムノー様と怪人使っても、ぎりぎりだったけど。怪人は爆散、ムノー様は無事敗退した。一歩間違えば、ご破算になっていたかもしれない。

 サボリーナがいれば、より確実という計算だったようだ……実際にはドタキャンされて危ない橋になったが。

 

 「さ、円力華。事情を説明するけれど……」

 「猫さんが喋ったー!? なんで!? 氷乃ちゃんの声!?」

 

 俺の隣にいた氷乃……猫の姿の彼女が、話し始めて混乱する円力華を落ち着かせつつ。

 氷乃は理路整然と、俺が聞いても非常に分かりやすく噛み砕いた経緯を語り始める。

 

 「――ということなの」

 「えっと、つまり氷乃ちゃんが増えた?」

 「ちっがーう!!」

 

 ……しかし円力華は分かっていなかった!

 

 「私が氷乃! こっちのは私の身体を乗っ取った凡人のおっさん!!」

 「えー、でもこっちも氷乃ちゃんだよー?」

 「誰がおっさんだ! 俺はまだ二十代だ!!」

 「あんたは黙ってなさい!!」

 

 断固抗議する。俺はおっさんじゃない。

 

 「……とにかく! このままハロワーに従ってれば!!」

 

 円力華のお父さんは、殺されるかもしれないのよ。

 

 「えっ、嘘……」

 「奴の目指す世界はそういう所よ。限界までの効率化。そこに加減や、愛情は残らない」

 

 氷乃の言葉に、円力華が涙を浮かべる。

 

 限界までに効率化された労働。それによって成果を得ることのみを目指した世界。

 その経過で削ぎ落される物。

 仕事が終わり、家族の待つ家に帰る。夕食を共にし、何でもないような今日あったことを話し合う。良かったことや、良くなかったこと。それらを吐き出し共有して。

 家族がいない者であっても、自分の時間を楽しむ。食事やお酒をゆっくり楽しんだり、趣味に興じたり。

 

 そんな当たり前で、幸せな時間をハロワーは否定する。

 氷乃は既に、奴のやろうとしている事に気づき始めていた。

 

 「その先に待っているのは。皆が成果の為だけに生きて、死ぬ世界」

 「……やだよ。パパは、いつもお仕事大変そうだったけど」

 

 私の前では、何時も笑ってくれていた。

 男手一人で苦労させないように稼ぎながら。毎日の食事を作り、掃除や洗濯といった家事をこなす。

 それは、大変な苦労だろう。それでも、娘の前では笑顔を絶やさなかった。

 

 それが出来たのは……いや、自然に笑顔になれたのは娘への愛情あったからこそだ。

 

 「私に、笑ってくれないパパはやだよぅ……私の、憧れたパパは」

 

 働いて、笑っていられるパパ。

 ――前世で、孤独に過労死した俺に突き刺さる。俺にも、家族がいればあの環境でも笑っていられただろうか?

 

 「円力華。私達に、力を貸してちょうだい」

 「……うん。私も、パパを。皆を助けたい」

 

 涙を拭って。

 応える円力華の顔は、とても力強かった。

 

 

 「「ぶえー」」

 

 俺と円力華は、だらけ切っていた。

 お揃いのジャージ姿。揃って自室で、ごろごろしている。

 

 やることがなかった。

 

 『仕上げの準備に時間がかかるわ。その間、あんたは円力華を甘やかしてなさい』

 

 氷乃はそう言って、ここ数日ラボに籠りっきりだ。彼女が言うには、ちょっと残念な円力華が暴走して心愛の元へ向かわない為の措置らしい。

 

 現状、隠れていた心愛の欲求……戦う為の力を与えられた彼女はハロワーを妄信している。

 それに加え円力華を連れ去り行方不明の氷乃が、説得しようとしても上手くいく可能性は低い。

 

 狙うべきはハロワー。つまり、決戦になる。

 

 自称正義の妖精ハロワーを打倒する手段はない。

 向こうから危害を与えることもできないが、こちらの魔法も通用しない理知外の相手だ。それを攻略する為の手段を用意するとのことだったが。

 

 「ねー、ブラックちゃーん」

 「んー?」

 「耳かきしてー」

 

 その間、俺達に出来ることはなかった。

 

 「はいはーい」

 「ブラックちゃん大好きー……」

 

 耳掻き棒を手元に引き寄せる、俺の膝に頭を擦り付ける円力華。氷乃の言う通り、円力華を甘やかし続けて数日。

 すっかり懐いた。既にブラックちゃん呼ばわりだ。当初おじさんか身体の方の氷乃ちゃんと、どっちが良いか聞かれたがブラックジーニアスのブラックの方を採用してもらった。

 

 「きもちいー」

 「ほら、動いちゃ駄目だからねー」

 

 膝枕される円力華の耳を丁寧に掃除する。彼女は甘え上手だ。

 氷乃の意識による影響もあるだろうが……それにしても可愛い。妹がいたらこんな感じだったのかなぁ……。

 

 「ねぇ、ブラックちゃん」

 「んー?」

 「なんで、戦うの?」

 

 耳掃除を終えて。

 膝の上にあった円力華が、真っすぐ俺を見上げる。

 

 「……俺は、働きたくなかった」

 

 生きる為には働かなくちゃならない。そうでない選択肢もあったはずだが、俺には思い浮かばなかった。

 だから、ただ働き続けて。限界を超えて、俺は終わった。

 そんな世の中への、復讐心だったかもしれない。

 

 「給料だとか、社会的立場とかさ。そういうモノの為に働いてきて」

 

 俺は、何を得たんだろう。いや。

 

 「死んだんだ。俺は、何も得られなかった」

 

 だから俺は悪の手先になった。ムショック様が体現しようとする、不労の世界を願った。

 

 「そっか」

 「……円力華」

 

 気づけば、身を起こした円力華に抱き締められていた。

 その暖かさに、凝り固まった心が溶かされる。

 

 「ハロワーに勝とう。その後、私達がちゃんとブラックちゃんを連れ戻してあげる」

 

 労働の正義、それを胸に抱く魔法少女。

 笑顔で働いて、笑顔で帰ってこれる世界を願う彼女達だから。

 

 「……負けないぞ?」

 「あはは、ブラックちゃん諦め悪いもんねー」

 

 敗北に敗北を重ね続けた、悪の魔法少女。

 だが俺は、今度こそ絶対に負けられない。

 彼女達に負ける為に、ハロワーに負ける訳にはいけない。

 

 「勝つぞ」

 「うん」



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第十話『勤労と不労、決戦の始まり』

 「……何の、用?」

 

 夜も更けた、街外れの小丘。

 公園になっているそこには人気がなく、ぽつぽつと照明が寂しげに照らしている。

 そこに呼び出された私は。桃空 心愛は、ハロワーに問いかけた。

 

 ここ数日、ロクに寝ていない。

 

 ――ひのちゃんに続いてえりかちゃんまで。

 

 後悔ばかりが、心にずきずきする痛みを残している。

 魔法少女になって、誰かの助けになれる喜びを噛み締めて。戦い、勝ち続けてきた。

 その油断で、私は二人を失った。

 

 黒と青の衣装に身を包み、私達プリナーズと敵対するようになったプリナージーニアス。改め、ブラックジーニアス。

 『あの人』はひのちゃんじゃない。だから、取り戻そうと必死に戦った。

 けれども、何時も届かなくて。

 

 えりかちゃんまで私の元から、いなくなってしまった。

 あの時、各個撃破なんて選ばずにずっと一緒にいれば。

 二人で素早い殲滅を目指して、片方ずつハタラカーンを潰していけば良かったのだ。

 

 ……前の、ハロワーの言葉。罪もない人々が襲われているのを、見過ごすわけにはいかない。

 だから各個撃破を選んでしまった。えりかちゃんの傍から、離れてしまった。

 

 「お疲れ様。君に、最後の仕事を頼みたいと思ってね」

 「最後?」

 

 私の前に座るハロワー……小さな柴犬の姿に、天使の羽を背負った姿。

 魔法少女プリナーズに力を与えてくれた妖精は、何でもないように言った。

 

 「頼みたいのは運用試験なんだけれど」

 「ね、ねぇ……最後って、最後って、どういう意味なの……?」

 「ああ、君達はもう必要ないから」

 

 そう言い放つハロワーの後ろから。

 夜闇から突然、白い人型が現れた。

 

 「量産型魔法少女、プリナーハーケンだよ」

 

 白の魔法少女。

 私達プリナーズと同じ、フリルとリボンで飾られた衣装。しかし桃や青や黄もない、純白。

 腰まで伸びた白髪に、白磁のようなのっぺらぼうの仮面を付けている。

 これは、人形だ。

 

 「君たちの働きと、彼らの研究によって完成したんだ」

 

 ハロワーはその成果物を背に、どこか誇らしげに語る。

 

 私達プリナーズは、この人形の為に力を与えられた。

 魔法少女という人類支配・運用の為のツール。その、試し書きの為に。

 

 「最初は人類をそのまま、監視者として運用しようと思って力を与えてみたんだけれど」

 

 未熟で、雑念だらけのこの世界の人類……その最大効率の労働を成す為には、監視者が必要となる。

 効率良く、同じ人類から監視者を選出しようとした。

 

 「しかし、君たちはあまりにも無駄が多かった」

 

 だから、無駄のないモノを。

 魔法によって無から生み出した白の魔法少女を作ることにした。

 

 「本当に無駄だらけだよ、君たちは。あの時。フォースは、ブラックジーニアスを撃破できたはずなのに」

 

 あの時……プリナーエナジードリンクによって『神がかり』になったフォース。

 ハロワーの采配によって、逃げ回ってばかりのあの人を追い詰めて打倒できてはずだった。

 

 けれど、私は。

 ひのちゃんを守りたくて、その逃亡を手助けしてしまった。ただ変身解除されるだけだ、と頭で分かっていても身体が勝手に動いた。

 傷つく彼女を見たくなかった。

 

 「理解できないね。心や愛なんて、進歩の邪魔になるだけだよ」

 

 ……ねぇ、ハロワー。なにを、言っているの?

 

 「でも君たちは良くやってくれたよ! おかげで、ハーケンは完成した!!」

 

 プリナーハーケン。私達という試し書きを元に作られた、完成形の魔法少女。人類の新たなる守護者/監視者。

 

 ジーニアスの知能と速度、フォースの力と魔法力。

 そして私、フェイトの戦闘能力。

 全てを兼ね揃えた、最強の魔法少女。

 心も愛も知らない人形の魔法少女。

 

 「もうプリナーズは必要ない。最後に一つだけ、ハーケンのテストに付き合ってくれればいいよ」

 

 ――君は、クビだ。

 無駄な心に縛られて、やるべきことを成せない私は必要ない。

 

 「……嘘、だよね、ハロワー……?」

 「ああ、本当に使えないなぁ、君は。いいよもう」

 

 その言葉を皮切りに、白の拳が迫る。

 プリナーハーケンの一撃をぎりぎりで受け止める。本能的に私は、プリナーフェイトに変身していた。

 既に疑問が許される時ではない。戦いの時だと、頭より先に身体が理解していた。

 

 受け止めた拳が重い。その上、速い。フォースの力が乗った、ジーニアスの速さ。

 まるで私の傍にいない二人が敵襲しているようだ。

 

 「基本性能は十分なようだね。ハーケン、始めてよ」

 

 ハロワーに従い、プリナーハーケンがその身から白銀の粒子を放出する。

 

 「何!? この、光は……!!」

 「これは彼らのシステムに発想を得たのだけれど」

 

 彼ら……悪の組織、ヒキニートー。

 不労を願う彼らがそれを成し得る巨頭、ムショック復活の為に行うエネルギー集め。

 

 「人類を怠惰に堕とすことでエネルギーを集める。それなら」

 

 逆も、出来るんじゃないか?

 

 「……?」

 

 夜闇に浸り、休んでいた街に灯りが次々と灯る。

 街の異変。

 魔法少女の力……遠くを視て、僅かな声を拾う耳で以って人々の異常を知る。

 

 「はたらかなきゃ」

 「べんきょうしなきゃ」

 「はたらかなきゃ」

 「べんきょうしなきゃ」

 

 大人も、子供も。

 既に心と身体を休める為の時間を忘れたように、家から出ていく。

 職場や学校へ。亡者の行進のように、歩んでいく。

 

 「……こんなの、まともじゃない」

 

 心も、愛も忘れ。

 最大効率で学び働き続ける人の群れ。最大成果を得る為だけに人類を運用する。

 プリナーハーケンから発せられる光は、その為のモノだ、

 

 「人類を勤労に励ます為にエネルギーを散布する。その装置が、プリナーハーケンなんだ」

 

 最強の魔法少女、監視者であり人々を最大効率の労働へ導く装置。

 

 「私は」

 「ん?」

 

 受け止めた、プリナーハーケンの拳にヒビが走る。

 

 「私は、こんなモノの為に! 魔法少女になったんじゃない!!」

 

 砕く。

 陶磁のように砕けた人形の拳、それでふらついた態勢を刺すように蹴りを脇腹に叩き込む。

 止めの手刀が、無防備な身体を引き裂く。

 

 「……驚いた。総合性能では君たちを遥かに上回っているはずなのに」

 「こんな玩具に、私は負けない」

 

 そうだ、私はこんなモノを許すわけにはいかない。

 私達プリナーズは、中学一年生の私達は。

 働く未来に、誰かの為に働きたいと夢見た魔法少女だ。

 

 「こんな未来を、私は認めない!!」

 

 亡者のように、ただ最高効率を求めて働き続ける未来。

 ハロワーの望む未来を、私は否定する。

 

 ちょっと傲慢で、けれども誰かの為にその英知を役立てようとしたひのちゃん。

 お父さんが大好きで、そんな立派な人のようになりたいと願ったえりかちゃん。

 

 「私は。どこにでもいる、普通の子だけれど……!」

 

 二人のように特別じゃない。

 頭も特別良くなければ、特別な容姿もしていない。

 

 「私は魔法少女! 頑張る皆に祝福を願うプリナーフェイトだから!!」

 

 人々に努力することを強制するなんて、魔法少女じゃない。

 辛くて、諦めたいと思っても頑張る皆を応援する。

 それが『正義の魔法少女のあるべき姿』だ。

 

 「――量産型だと、言ったはずだよ?」

 

 力を失い、砕けて消えるプリナーハーケン。

 それを目前にしながら、平素な声で告げるハロワー。

 

 「……」

 

 絶望に心が染まりかける。

 ハロワーの背後、暗闇から無数の白が浮かび上がってくる。

 倒したはずのプリナーハーケン。

 白の仮面に顔を覆った、白衣の人形達。プリナーズと同等以上の性能を持つそれら。

 

 「予定を早めよう」

 

 ハロワーは、世界の終わりを告げた。

 

 

 「うはー……やっべぇ……」

 

 世界の終わり。僕はその間際を、悪の組織本拠地……その奥深くにあるラボでモニター越しに眺めていた。

 悪の三幹部、チコーク。僕はこのラボ管理者であり、ムショック様に忠誠を誓う科学者。

 

 『……チコーク。決戦の時が来たようだ』

 

 暗闇から響く、そのお声。

 我らが総帥ムショック様の声に、何時もように緩慢に跪く。

 

 『ムノーとサボリーナも出撃させた。貴様にも力を貸して欲しい』

 

 世界中の様子を知らせるモニター群。

 そこでは昼も夜も関係なく、人々が亡者のように働き続けている。

 

 ――プリナーフェイトが相対している無数の人形は、極一部に過ぎない。

 

 地球中に出現したプリナーハーケンは、人類全てに勤労を強制している。

 ムノーとサボリーナがその勤労意欲を吸い上げ、怠惰に堕として平常に均衡させてはいるが。

 それでも、そう長くは持たない。

 

 戦力差は絶望的だ。

 ラボを預かり、組織の頭脳を担当する僕は既に諦めかけていた。

 

 「も、もう無理ですようー。間に合いませんー……」

 『貴様の冷静な判断、余裕を持つ為の頭脳。我はそれを高く評価している』

 

 怠惰を是とする悪の組織。ムノー程ではないが、それでも怠惰の為にこの頭脳を働かせてきた。

 働きたくないから、より少ない労力で必要を満たす。

 想定外で働きたくないから、ラボの施設は安全装置でがちがちに固めてきた。どこかの誰かによって、それは外されてしまったが。

 

 『今。この時の為に、その余裕を使って欲しい』

 

 そうして稼ぎ続けた、安寧の為の余白。

 怠惰に浸りたいが為に作り続けたその余白。

 

 「ムショック様、万歳」

 『……ありがとう』

 

 僕は、全ての余白を吐き出して怪人を大量に出撃させる。世界各地に現れたプリナーハーケンを迎撃させ、過剰に労働意欲に囚われた人々を怠惰に堕とす為に。

 

 「……ああ、めんどうくせー……」

 

 どこかの誰かによって外された多重の安全装置。

 効率化の為に効率化した、怪人生産設備が無駄なく……無駄ではないと僕は信じているが、それらが唸りを上げて怪人を生産し出撃させる。

 

 「こんな面倒、さっさと終わらせろよー……!」

 

 僕が。ムノーが、サボリーナが。

 ムショック様が世界の終わりを止めている内に。

 

 ――新人、ブラックジーニアスが元凶の元へ向かっている。こそこそ連れ込んだ、黄の魔法少女と一緒に。

 

 「僕も、僕たちも働きたくない」

 

 だから、こんな頑張りは最後にしたい。

 勤労の白に染まりつつある地球を、怠惰の黒で塗り返す。

 

 「地球を怠惰に染め上げるのだー」

 

 ムショック様のお言葉を真似て、怪人を生産し続けるラボで声を上げる。

 

 僕達は悪の組織。

 不労の世界を願う仲間だ。



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第十一話『変身』

 ――夜闇を、無数の白が埋めている。

 

 「はぁあああッ!」

 

 気力を振り絞るように叫びながら、蹴りをプリナーハーケンに叩き込む。

 砕け散った白の人形、それを認識する前に後方に肘打ち。同じカタチをした者が砕けようと、まるで気に留めず私へ殺到する白の集団。

 否、これは塊だ。

 

 「っ、く……負けちゃ、いけないの……!」

 

 私、プリナーフェイトは自身を叱咤するように口にする。

 拳を、蹴りを、投げを。

 ありとあらゆる手段で、私を圧壊しようとする塊……ハーケンの集団に抵抗する。

 

 「私はっ! 魔法少女は、負けちゃいけないのッ!!」

 

 魔法の砲撃で集団を削り取る。天に向け放った桃色の光は、白に染められた夜空を穿ち黒を取り戻したが。

 すぐに、増殖する白に埋め直された。

 

 正義の魔法少女は、負けちゃいけない。

 なのに。

 

 「か、はッ――」

 

 四方八方から繰り出される、白の砲撃。飽和火力での圧倒。

 回避不可、と判断し張った魔法のシールドはその前に崩れ落ち私の身を焼き続ける。

 魔法少女の衣装。その対魔法防御、それがじりじりと焼け落ちていく。

 

 「あ……」

 

 これは、もうダメだ。

 プリナーフェイト、桃空 心愛の得意。戦うことにちょっと向いていた私は、それを理解する。

 脱出も、反撃の手段もない。

 ほんのちょっと、幸運な私でもこのように圧倒的な物量と質を叩きつけられれば。

 引き寄せる可能性すらない。

 

 「……やだ」

 

 怖い。

 防御が、私の命を守る鎧が削り続けられる。心を持たない白の人形達は、変身解除になったからといってこの砲撃を止めないだろう。

 ――死ぬ。

 私の、戦いに特化した部分がその確定事項を告げる。

 

 「やだっ、やだよぉ!!」

 

 シールドを張り直す。砕け散る。シールドを張り直す。溶かされる。

 駄々を捏ねるように何度も防御を構成するが、精度も残る魔法力も足りないそれは張る度に劣化していく。

 死の足音が大きくなっていく。

 

 「もっと、私は――」

 

 ひのちゃんや、えりかちゃんと生きていたい。

 

 「――助けて」

 

 矛も折れ、盾も崩れ落ちた正義の魔法少女。

 その最後に私は……ただのどこにでもいる女の子として、助けを求めた。

 

 

 

 「「当然」」

 

 

 ……間に合った。

 桃と白の魔法少女の服を、焼かれ裂かれたボロボロのプリナーフェイト。

 やってくれやがったクソ共との間に、俺達は立っていた。

 

 「頑張るみんなに力を。プリナーフォース」

 「頑張るみんなに英知を。プリナージーニアス」

 

 敢えて、隣に立つフォースに合わせて名乗る。

 静かに……けれど、確かに。

 『私』達三人は、仲間だから。

 

 「……やれやれ」

 

 クソ筆頭、ハロワーがため息と共に人形達を殺到させる。

 

 「フォース、フェイトを守れ!」

 「がってん!」

 

 フォースに声をかけながら、数えるのも馬鹿らしいほどの軍団に向かって駆ける。

 直接の戦闘力で、プリナージーニアスは最弱……無数の敵に対して攻略の糸口すら見えない。

 

 世界中に展開した、ハロワーの最後の使者プリナーハーケン。

 その総合性能は俺達プリナーズを凌駕する癖に、安価なエネルギーで大量生産可能。

 しかも、周囲の勤労意欲を強制的に増加させるという厄介な性質を持つ。

 

 「それでも! やるしかないでしょう!!」

 「氷乃ッ!?」

 

 俺のポーチに身を潜ませていた蒼猫……それに意識を移した蒼河 氷乃が飛び出す。

 

 「ハーケンを突破して、ハロワーに辿り着ければ!」

 「何かあるのかよ!?」

 

 ここ数日、ハロワー攻略の為にラボに籠り切りだった氷乃。

 問いながらも、その天才の頭脳に頼るしかない。

 

 「任せなさい凡人。私は、天ッ才なんだから……!!」

 

 ならば。

 

 「信じるぞ、あんのクソ犬に吠え面かかせてやる!!」

 

 ハーケンの集団に突っ込み、その先にいるクソ犬……ハロワーの元へ跳ぶ。

 既に状況は戦術以下だ。フェイトを守る為急行し、何の準備も整っていない。仲間、ヒキニートーの幹部達も世界中に展開したハーケンから人々を守る為に手が離せない。

 戦闘力を失ったフェイトを背にフォースも動けない。

 

 「あんただけじゃ無理!」

 「えっ」

 

 孤軍奮闘、絶望的な戦力差。それに挑む男に向けて、天才少女は極めて理性的に否定した。

 

 「――だから!『相乗り』するわよ!!」

 

 傍らの蒼猫、氷乃は青い光となり。

 俺の、ブラックジーニアスの身体に飛び込んでくる。

 

 「これは」

 

 魔法生物に意識を移した蒼河 氷乃。彼女は以前、俺に言った。

 一度起こったなら、もう一度起こせる。

 結合した俺と氷乃の意識。分離した俺と氷乃の意識。

 

 ――それを、再度結合することは可能である。

 

 「視える」

 

 飛び込んだ俺に殺到する白い軍団。

 

 攻撃動作7、脅威4、対処可能8、動作決定。

 視えた未来に従い身体を動かす。

 

 「全部、解る……!」

 

 天才、蒼河 氷乃と『相乗り』したブラックジーニアス。

 真のジーニアスの力を発揮したこの身は、全てを知覚し理解する。

 ハーケンから振り下ろされる拳、その事前動作から軌道が視える。

 死角から放たれる白の砲撃。放たれる無数の砲撃の中にあって、俺を射貫ける射線が視える。

 

 「ブラックブリザードッ!!」

 

 効果対象19、無力化3、影響24、動作決定。

 膨大な演算能力で得た未来視。未知を許容しない英知の魔法少女、ジーニアスは未来が視える。

 

 「届け――っ!!」

 『届かせるのよ――っ!!』

 

 相乗りする俺と氷乃が、ハロワーに迫る。

 しかし。

 

 「君には期待していたのだけれどね、氷乃」

 「ぐ……え……っ」

 

 攻撃動作198、脅威104、対処可能0……動作不能。

 冷たく演算を続ける頭が、絶望を告げる。

 突っ込み、一心に駆けた突撃は。

 

 白い巨壁に閉ざされた。

 四体のハーケンに両手両足を掴まれ。俺を囲む無数の白が首に、胸に、背中にその掌……砲口を向けている。

 

 「はぁ……テストのだけのはずが、随分とハーケンを消耗してしまったよ」

 

 その壁に守られながら、ハロワーは俺達に。

 

 「やはり危険だね、君達人類は。僕達のように、高位の者に飼われるべきだ」

 

 異世界からの来訪者。

 利用し得る魔法少女適正がある子供を利用する為に、愛らしい現地生物の形を借りた怪物。

 ハロワーは、終わりを告げる。

 

 「懲戒」

 

 俺を、ブラックジーニアスを拘束するハーケン諸共に白の砲撃が集中する。

 

 「やれやれ」

 

 地に墜ちる。

 倒れ伏したまま目を向けると、フェイトを守っていたフォースも満身創痍で動けそうにない。

 終わり、なのか。

 

 ……届かなかった。

 

 過労死して、氷乃の身体を借りてこの世界に生まれ変わって。

 必死にハロワーの正義に抗い、戦い続けて。

 負けて。逃げて、また負けて逃げて。

 

 俺は。社畜に終わった俺は、結局あいつらに。

 ハロワーのような連中に、使い捨てられるだけなのか。

 

 「――ほら、逃げなさいな」

 「氷乃……!?」

 

 なのに。

 『俺』が彼女から分離する。

 

 目の前にあるのは、倒れ伏し変身解除した蒼河 氷乃の姿。

 俺は……彼女が現身にした、猫型魔法生物に意識を移していた。

 

 「どうして!?」

 「私は天ッ才なのよ……主導権は、もう私のモノ」

 

 以前、支配率がどうたらで意識の分離で俺を追い出せなかったと言っていたこの天才は。

 

 実はいつでも、こう出来ていたらしい。

 

 「悪党でしょうがあんた。それなら、悪党らしく逃げちゃいなさい」

 

 ほら、しっしっと力なく掌で促す氷乃。

 ……力ない、掌サイズの黒猫に意識を移した俺は。

 

 「ざけんな」

 

 彼女に背を向け、白い巨壁とクソ犬に立ち向かう。

 

 「はぁ……もう茶番はいいかな?」

 「俺はさ。負け続けたよ」

 「あ?」

 

 悪に堕ちた魔法少女。

 前世で、ブラック企業に殺された俺は二度目の生をそこで受けた。

 ただ怠惰に染まる世界を夢見て、正義の魔法少女に挑み続けた。

 

 「こいつらに負けるならちょっと悔しいけど、いいと思った」

 

 背にする彼女達。

 俺が絶望した、働く未来を夢見る魔法少女プリナーズ。

 

 「でも」

 

 彼女達を利用し世界全てを勤労に染め上げ、最大効率という正義を達成しようとする怪物。

 

 「俺はッ! お前にだけは――ッ!!」

 

 ハロワーにだけは、負けるわけにはいかなかった。

 

 

 ばか。

 逃げろって、言ったのに。

 

 「負ける訳にはいかないんだ」

 

 私、蒼河 氷乃が追い出して。

 逃がすために移した、あいつの意識が宿った小さな猫型魔法生物。それを表すような黒猫の姿。

 

 ……その前に『黒』の変身アイテムが出現する。

 

 「莫迦な! それは――!!」

 「セット。プリナータイムレコーダー」

 

 その事実を前に叫ぶハロワーを、無視するようにあいつが告げて。

 黒の機構。その上部に、黒のカードが挿入される。

 

 「莫迦な莫迦な莫迦な! プリナーズは労働を願う、純粋な意思によって誕生する魔法少女だ!!」

 

 不労を願う、悪の手先。そんなあいつが、なれるはずがない。

 

 「俺は、働きたくない」

 

 黒い光に包まれ、変身を終えたあいつの姿が私達を背に立つ。

 ――全身を悪の黒に染め上げた、魔法少女。

 

 「俺は、不労を願う」

 

 それは私達のように正義の魔法少女ではなく。

 不労の悪を願って堕ちた魔法少女。

 

 

 

 「――悪を『働く』魔法少女だ!!」

 

 

 

 頑張るみんなに安寧を。

 プリナーブラック。

 

 悪を働く黒の魔法少女は、こうして誕生した。



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最終話『TS悪堕ち魔法少女俺、不労の世界を願う』

 「なんだ……!?」

 

 世界を襲う、白の人形プリナーハーケン軍団。

 人形共に襲われた街を、俺様達は分散し防衛していた。

 

 ムショック様に忠誠を誓う悪の三幹部、ムノー……俺様は、その異変に戸惑う。

 

 「引いていく?」

 

 俺様に組み付いていた四体のハーケンが、突然飛び立っていく。

 周囲を囲んでいた人形共も同じく群れを成して、どこかへ。

 

 別の街で戦っていたサボリーナと、怪人を指揮するチコークも同様の状況のようだ。

 プリナーハーケンは全ての戦線を放棄して、一点に集結している。

 

 「……ふん」

 

 それらを追って馳せ参じたいが、現状では足手まといになるだけだろう。文字通り俺様の片腕片足は、千切れかけている。

 

 後は、彼女がやってくれる。

 確信して。

 俺様は怠惰を是する悪の組織、その幹部らしく帰還する。

 

 「任せたぞ」

 

 

 黒。

 

 黒髪のロングポニーテール。

 黒と黒の衣装……飾られたフリルとリボンも黒。

 元のカタチが影響しているらしく、黒い猫耳と黒い尻尾まで備えている。

 

 「――頑張るみんなに安寧を! プリナーブラック!!」

 

 世界中に轟かせるように、俺は名乗る。

 

 プリナーズ、四人目の魔法少女。

 ……面前の白の軍団は数に数えない。

 

 「ふざけるな! 僕はお前のような魔法少女なんて認めない!!」

 

 珍しく、クソ犬が声を荒げる。

 それでこそ悪事を働く甲斐があるってもんだ……!

 

 「おらぁッ!!」

 

 無数の白。プリナーハーケンの軍団が、ハロワーに従い俺に集中する。

 その空を埋め尽くす白の軍団に対して俺は。

 

 全力でぶん殴った。

 

 「――は?」

 

 ハロワーの呟きが、静かに響く。

 白に埋め尽くされていた空。それが、夜空の黒を取り戻す。

 

 白の空に巨大な黒の穴が開いた。

 

 「もういっちょ!!」

 

 連打。

 俺が拳を振るう度、白い空に黒い巨穴が空いていく。白を、黒に塗り替えていく。

 

 「そんな、生まれたばかりの魔法少女がこんな力を持っているはずがない!」

 

 自身を守るハーケン軍団の数が、見る見る内に激減する。

 

 「クソ、全戦力を集中して潰してやる!!」

 「おかわり上等!!」

 

 蹴りで薙ぐ。密度の高い白の集団が、掻き消されていく。

 一体一体が魔法少女のプロトタイプ……プリナーズを総合性能で上回るプリナーハーケン。

 その軍団は、紙屑のように破り捨てられる。

 

 「……そんな」

 

 ハロワーの参集に応じた、世界中のハーケン。

 人類に勤労を強制する為に作られた人形は、奴を守る少数を残して全滅した。

 

 「ふざけるな! なんなんだよ、その力は!?」

 「俺は、不労を願う魔法少女だ」

 

 ――プリナーブラック、怠惰の悪を願い堕ちた悪の魔法少女。

 不労を願い、頑張る皆に安寧をもたらす悪の手先だ。

 

 「どこぞのアホが、世界中の人間を頑張らせちまったからな」

 

 ハーケンにより、強制的に勤労意欲を過剰に上昇させられた人類。

 

 悪の組織ヒキニートーは働く人々の、働きたい気持ちを怠惰に堕とすことでエネルギーを得る。

 これまで散々、エネルギー集めに奔走した俺だ。

 そんな俺が悪を働きたいと、願って成った魔法少女は。

 

 プリナーブラックは、世界中にバラまかれた勤労意欲全てを怠惰に変えて力にする。

 

 「お前が襲った人々、全てを俺が怠惰に堕とす」

 

 『いやだ』

 『かえりたい』

 『今日は、娘の誕生日なんだ……一緒に夕飯を食べると約束したんだ』

 『推しの生配信が始まっちまう』

 

 ――働きたくない。

 

 強制的に働かされる人々の、心の叫びが俺に力をくれる。

 

 「……俺達は、働きたくないんだよ!!」

 「ふざけるなぁぁぁあああああ!!」

 

 最後に残った、ハロワーを守るプリナーハーケン。

 奴らに黒のペン……砲口を向ける。

 

 「プリナーブラック……ストラーイクッッッ!!!!」

 

 漆黒の閃光が、白を殲滅した。

 

 

 

 「はっ……」

 

 黒を、夜の暗闇を取り戻した丘の上。

 地に落ち、小さな柴犬の姿で俺を見上げながら嘲るように嗤うハロワーを見下ろす。

 もう奴を守るべき、プリナーハーケンは全滅させた。

 だがこのクソ犬はそれでも俺達をあざ笑う。

 

 「下等生物にしちゃ良くやったよ、君は」

 

 異世界からの来訪者、自称正義の妖精は埒外の物理法則に在る。

 プリナーブラックがいくら最強の白の魔法少女、ハーケン相手に無双できる性能であろうとも。

 

 このクソ犬に、傷一つつけることはできない。

 

 「ああ、俺には無理だ」

 「その通りだよ。今度は、もっと上手くやるとしよう」

 

 『貴様に次はない』

 

 黒の、暗闇の夜空に在ってより黒いお姿。

 俺の背にハロワーをより高い所から見下ろすお方が、現出する。

 

 『ご苦労だったな、プリナーブラックよ』

 「は。全ては、地球を怠惰に染め上げる為に」

 

 跪く。

 巨山の如き、黒の首魁。

 雷光のような鋭い眼に、鮮血のように赤い裂けた口。

 

 「……そんな、まだまだ復活には程遠いはずだ。この地球に、現れるはずがない」

 『ああ。だが』

 

 天才、蒼河 氷乃がここ数日ラボに籠り準備した最後の一振り。

 それはハーケンの迎撃に向かった俺と、三幹部によって得たエネルギーで実現した。

 

 『たった一瞬ではあるが、我は今この場に在る』

 

 一時的に、我らが総帥ムショック様を復活させる。

 氷乃が対ハロワーへの切り札として用意した策だった。

 

 『地球人では、手が下せぬ異世界のモノ。だが』

 

 ムショック様は、ハロワーと同じく異世界からの来訪者。同じ、埒外にある存在だ。

 

 「やめ――っ」

 『不労の安寧に堕ちよ』

 

 不定形の掌が、ハロワーにかざされる。

 たった、それだけで。

 

 「……わんっ」

 

 自称正義の妖精、下等生物に満ちた世界に最大効率を与えて飼おうとしたクソ犬は。

 天使の羽を失って。

 ただの子犬に、堕天した。

 

 『犬が人を飼おうなどと、道理が合わぬ』

 

 この世界から元の狭間に、ゆっくりと消えるように帰還するムショック様へ頭を垂れる。

 

 「ムショック様、万歳」

 

 

 「おい、勝ったぞ天才」

 

 満身創痍の私達三人の元にやってきた、プリナーブラック。その凡人はふんぞり返ったように、告げる。

 天ッ才の私が死ぬ気で用意した、ムショック一時復活の策で詰め切ったというのに。

 やはりこいつは、悪の手先だ。

 

 「ようやく一勝ね」

 「ブラックちゃぁぁぁあああんっ」

 「……」

 

 皮肉を言う私、感極まって凡人に抱き付く円力華。複雑そうに凡人を睨む心愛。

 それぞれだが。

 

 「……その、ありが」

 「言うなばか」

 

 礼を言いかける、悪の手先を遮る。だって私は、正義の魔法少女だから。

 

 逃げろって、天ッ才の私が言ったよね?

 なのに何であの白い絶望に立ち向かったの。凡人の癖に何とかなると思っちゃったの?

 

 ――本当にばか。

 

 「ひのちゃん?」

 

 あ、やばい。

 隣の心愛の目がやばい。違うの浮気とかそういうのじゃないの、このばかがあまりにもばかだから……あっ、あっ、変身アイテム掲げないで。

 

 「ほら! さっさと逃げちゃいなさい」

 

 その様子に、苦笑したように笑う悪の魔法少女が撤退魔法に身を委ねる。

 私達は、勤労の正義を願った魔法少女。

 ハロワーがいなくなった今でも、誰かの為に働ける未来を願う女の子だ。

 

 「そうだな。俺は」

 

 魔法少女でありながら、正義を否定したプリナーブラック。

 彼は、私達に追われなければならない。

 しがみつく円力華を優しく離して、睨む心愛から目を逸らしながら。

 

 「不労の世界を願う、悪に堕ちた魔法少女だから」

 

 それきり。

 彼の姿が夜闇に消える。

 

 たぶん、戦いは続く。

 彼と私達は相容れないそれぞれの正義を、胸にしているから。

 けれど。

 

 「ぜったいに、負けない」

 

 正義の魔法少女は負けない。負ける訳にはいかない。

 ――悪に堕ちた仲間を取り戻すのは、魔法少女の作法だ。

 

 

 

 「私達が、救ってあげる」




これにてTS悪堕ち魔法少女俺、不労の世界を願う完結となります。
たくさんのUAお気に入り感想評価、ありがとうございました。

完結となりますが、魔法少女達の戦いは続きます。その辺り短編として追記予定です。
不定期更新、どこまで書くか分かりませんがお付き合い頂ければ。
ムショック様万歳!


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その後のTS悪墜ち魔法少女俺
悪の魔法少女、スローライフなその一日。


 悪に堕ちた魔法少女、その朝は遅い。

 

 「ぶえー……」

 

 ヒキニートー本拠地、時空の狭間。そこに用意された自室で、だらけ切った声と共に起床。

 傍らの時計に目をやると、朝というより昼だった。

 

 のそのそとベッドから出て、部屋に据え付けられた浴室へ。

 構成員に与えられる個室は風呂トイレ付、簡易な台所も用意されている。ジャージと下着を緩慢な動作で洗濯籠に放り込んで、温めのシャワーを浴びる。

 

 「あー……」

 

 寝起きに降りかかる温水が心地よい。

 シャワー前の姿見に映り込んだ姿は、十台半ばの少女の姿。

 俺がかつて身体を借りていた蒼河 氷乃に似ているが、彼女の青みがかった黒髪と違い漆黒のそれを腰辺りまで伸ばしている。

 吊り上がった彼女の目と違い、のんびりしている印象を与える垂れ目。その奥からは濁った光の無い瞳が覗く。

 

 「ふぅー」

 

 すっかり慣れた自身の容姿を眺めながら、シャワーを終えて部屋に戻る。

 新しいジャージに着替えて、コーヒーメイカーにスイッチを入れつつ。

 

 「わんっ」

 「おー、よしよし」

 

 駆け寄ってきた幼い柴犬……元ハロワーを撫でてやる。

 あのクソ犬がムショック様により、ただの犬に堕ちて。

 行き場のないこいつは、結局俺が飼うことになった。猫派の俺だが、ただの子犬に恨みをぶつけるほど子供じゃない。

 

 「さて、俺も朝飯にするか……」

 

 皿に餌を出してやりながら、俺も朝食を摂るべく食堂へ向かう。

 前世、社畜だった頃では考えられないスローライフだった。

 

 

 

 「和定食で」

 

 カウンター越しに調理担当の戦闘員に注文する。

 ここ食堂は、和洋中世界中の美食を無料で楽しめる福利厚生施設の一部だ。エネルギーで生成された戦闘員、ハタラカーンによって運営される全ての設備は利用し放題。

 最初は、高いモノや珍しいモノを食い漁りまくったが……結局、こういうのが一番ありがたい。

 

 白飯に豆腐とワカメの味噌汁、鯵の干物に納豆と漬物。卵焼きに、お浸しと水菓子まで添えられている。

 朝飯抜きが当たり前だった前世からすると、朝からあり得ない品数だ。もう昼だが。

 

 「おはよーうー……」

 「おはよ。もう昼だけどな」

 

 トレーを手に、先客の隣へ。

 先客……悪の三幹部が一人チコークは、牛乳に浸されたグラノーラをゆっくり口に運んでいた。

 

 「いただきます、と」

 

 スプーンを口に運び、まにまにと幸せそうに咀嚼するチコークを傍目に。俺もゆっくり朝食を愉しむ。

 チコークは、黒一色に染め上げられた白衣を身に纏う小柄だ。

 他の幹部たちと同じく、小さな角を額に二本伸ばしているが性別不明。子供のような容姿だが、俺達ヒキニートーの頭脳として日々研究に励んでいる。

 

 「あー……あれー、できたよー」

 「やっと出来たか!」

 

 その言葉に歓喜する。

 頼んだのは三か月前だ。オーダーを考えれば、それは十分早いはずなのだが……。

 チコークは、慎重だ。いや、不安症と言っていい。ムショック様に忠誠を誓い、サボリーナのように怠惰ではないのだがあまりにも慎重が過ぎる。

 なので氷乃と比肩する明晰な頭脳を持ちながら、その仕事はあまりにも遅かった。

 

 「部屋にー、届けさせておくからー」

 「ありがとな、チコーク!」

 

 新たな装備の完成に喜び、チコークの頭を撫でてしまう。

 悪の組織、その新入りである俺からすれば幹部のチコークは上司と言ってもいいのだが……そのゆるやかな口調やら、幼い姿にいつの間にかこういう扱いになっていた。

 

 「えへへー」

 

 チコークもそんな扱いに、満更でもないようなので構わないだろう。

 しばらく褒めちぎりながら朝食を食べ。

 新装備の到着を心待ちにしながら、自室へ戻った。

 

 

 

 「お。あの映画今日からか」

 

 自室に戻り、出来上がったコーヒーを啜りながら。

 俺はスマホで新作映画の情報を確認していた。

 

 怠惰を是とする悪の組織、その福利厚生施設には映画館も在るのだが上映できるのはディスク化した物だけだ。

 悪の組織のはずが順法精神に満ち溢れて、ディスク化前の作品を私的に鑑賞することはできない。

 だから早く観たい新作は、地球で観るしかないのだ。

 そのままスマホで席を予約。

 

 「いくか」

 

 椅子から立ち上がり、一応ジャージから適当に選んだ私服に身を包む。

 財布とスマホだけ持って悪の手先である俺は、地球に向け出撃した。

 

 

 

 阿久野 黒乃(あくの くろの)

 それが俺の名前だ。戸籍と住所もちゃんと用意されている。

 孤児院産まれで中卒の、十六歳。本拠地の自室で暮らす為ほとんど使用されない、ボロアパートの一室を住所としている。

 全て、地球での活動をし易くするためにムショック様から与えられた物だ。

 

 「時間までちょっとあるし、本屋でも覗くかな」

 

 明らかに未成年の姿の俺だが、そういった配慮により平日に街中をうろついていても補導されることはない。

 お金も給料として毎月振り込まれている。その額もブラック企業に勤めていた頃に比べて、手取りは三倍くらい。悪の組織はホワイトだった。

 

 「お」

 

 本も図書館にはあるのだが、やはり本屋の雰囲気やレイアウトも楽しいものだ。

 たまたま目に入った、猫の写真集に手を伸ばす。最後の一冊だった。

 

 「「あ」」

 

 伸ばした手と手が重なる。

 正義の魔法少女、蒼河 氷乃だった。

 

 「……なんで悪の手先が本屋にいるのよ!?」

 「うるせー! 悪堕ち魔法少女が本買っちゃいけないのかよ!?」

 

 写真集を互いに掴みながら、叫び合う。

 おめー中学生だろ!? 平日昼間に本屋にいるお前の方が悪じゃねーか!!

 飛び級で大学を卒業している天才のこいつには、中学校なんてサボっても構わないのかもしれないが。

 

 「――お静かに」

 「「あっはい」」

 

 店員さんに怒られた。二人揃って頭を下げる。

 大人な俺は、写真集を結局氷乃に譲った。

 

 「んふー」

 「ご機嫌だな。猫、そんな好きだったと思わなかったが」

 

 本屋を出て、楽しそうに写真集が入った紙袋を胸に抱く氷乃に尋ねる。

 俺とこいつはほんの少し前まで、一緒だった。

 前世で死んで、こいつの身体を借りて。

 

 俺は、蒼河 氷乃だった。だから、こいつのことは大抵知っているはずだったが。

 

 「……誰かさんのせいよ」

 「?」

 

 まぁ猫好きの同志が増えることは良いことだ。

 目を逸らし、心なしか耳を火照らせた氷乃と共に歩く。

 

 「ちょっと、付いてこないでよ」

 「いや、俺もこっちだし」

 

 行く道は、一緒だった。

 ぐぬぬ、と俺を睨む氷乃。だが気づけば、そこに着いていた。

 映画館。

 ……どうやら、目的は一緒だったらしい。

 

 

 

 「最高だったな……」

 「最高だったわね……」

 

 映画鑑賞が終わり、俺と氷乃はその熱が冷めないままカフェに入っていた。

 公開初日、たまたま同じ上映時間を取っていた俺達は語り合いたいという欲求のまま手近な知り合いとお茶をすることにしたのだ。

 もう悪と正義であろうと関係ないくらい、その欲求は激しかった。

 

 「燃えたな……例の裏路地に未来から介入するとか、その発想はなかったわ」

 

 俺達が観たのはアメコミ物、蝙蝠モチーフのダークヒーローが活躍するアクション映画だ。

 最近その悪役が主役の映画が好評だったことから、今作も話題となっていた。

 

 「VSスー〇ーマンでのスーツをより強化した装備や車両も、今の現実に在り得る最新技術を詰め込んだ超強化で分かってたわね監督……」

 

 早口に装備に用いられた最新技術、その説明をする氷乃。凡人の俺には、天才の彼女がする説明の十分の一も理解出来ていなかったが。

 いやまぁ、ただの人間という前提で戦う大金持ち。彼が最新技術で敵と戦う姿には痺れる俺だが。

 

 やはり、俺の知っている彼女とは違うように思う。

 

 「お前さ。あんまり映画とか観なかったと思うんだけど」

 「……」

 

 目を逸らし、なんとかフラペチーノを啜る氷乃。

 俺の知っている氷乃は、研究だのにしか興味がなかったはずだが……?

 

 「ま、好きなことが増えるってのはいいことだよ」

 「……何よ、大人ぶっちゃって。ばかの癖に……」

 

 はいはい、ばかですよ。

 頑なな氷乃に肩をすくませると、窓の外はすっかり夕暮れ。語り合っていたら、もうこんな時間か。

 俺はともかく、そろそろ帰らせないとな。

 そう外に目を向けていると。

 

 「――ひのちゃん?」

 

 夜叉がいた。

 

 

 「ちが、ちがうの!!」

 「偶然! 偶然たまたま一緒だっただけだ!!」

 

 夕暮れ時、学校帰りの幼馴染。桃空 心愛に目撃されてしまった。

 私と黒乃は揃ってその勘違いを否定する。

 

 「ふーん」

 

 怖い。

 どこにでもいる普通の中学生を自称する心愛は、夫の不在に逢引する妻と間男を見る目で私達を見ている。

 浮かれすぎてしまった。

 こんな所、もし心愛に見つかればどうなるか天才の私は分かっていたはずなのに。

 

 あれから。あいつが、私の身体を奪い取り戻してから。

 妙に嗜好が引っ張られている。

 ……天才の私が、猫だの映画だのそんなものにかまけている時間なんてないのに。

 

 この英知で人々を導くのが、天才たる私の務めだ。

 

 だからそんな無駄な時間、使っている暇はないはずなのに。

 楽しかった。

 未知を踏み荒らす快感を超えるほどに、無邪気に楽しい時間。全てを知り尽くす私が、知らなかった時間。

 

 悔しいけれど、その時間をくれたのはあのばかなのだろう。

 

 「あいつが誘ってきたんだ!」

 

 ……。

 悪の手先らしく、私を売りやがったばか。

 

 「誘ってない!?」

 「うん、ひのちゃん。私の家でいっぱいお話しようね」

 

 黒乃に否定しながら、心愛に引きずられる。お話はいやだお話はいやだお話はいやだァー!!

 

 「くろのちゃん」

 「あっはい」

 「くろのちゃんとも、またいっぱいお話しようね」

 

 ざまぁみろ。

 心愛に死刑宣告を告げられ、冷や汗を滝のように流す黒乃に。

 私は笑っていた。

 ……でも、やっぱりお話はいやだなぁ。

 

 

 「さて、今夜も悪を働きますか」

 

 深夜のオフィス街。その一角にある、一際高いビルの屋上。そこで俺は、呟いていた。

 身に纏うのは黒の魔法少女服。頭には黒の猫耳、腰からは黒の尻尾。

 高層に吹く強い風に、新装備の黒マントを棚引かせていた。

 

 「働くみんなに安寧を」

 

 黒のペンを、夜闇に掲げる。

 

 「プリナーブラック。地球よ、怠惰に染まれ!」

 

 オフィス街に僅かに灯る光。その全てが、俺の言葉と共に放たれた闇の波動で消えていく。

 

 『ああ、はたらなくていいんだー』

 『かえろう』

 『ねよう』

 

 こんな夜中まで働き続けていた人々が、怠惰の悪に眠る。

 悪の組織、ヒキニートーの手先。

 怠惰に堕ちた世界を願う、悪の魔法少女。

 

 プリナーブラック。

 

 俺は、変わらず世界侵略を狙っている。

 ハロワーにより、利用されていた正義の魔法少女プリナーズ。彼女達をその枷から解き放ちながらも、俺の戦いは終わらない。

 あのクソ犬ほどではないが、人々を搾取し労働で殺してしまう社会はそのままだ。

 

 ――前世で、過労死に終わった俺は。

 

 戦いを止める訳にはいかない。全てを怠惰に染め上げるまでは。

 しかし、あの決戦で無双したプリナーブラックの性能はブラックジーニアスだった頃と同じように高くない。

 チートかよと思う強さだったあの時は、ハロワーによってもたらされた状況で得た物だ。

 

 過剰に引き上げられた、世界中の人々を怠惰に堕とすことで得られたエネルギー。働きたくない、そんな心の叫びを力に変えるプリナーブラックだからこそ得た超常の力。

 しかし今、そこまで過剰なエネルギーは存在しない。

 

 「よしよし」

 

 だから強くない俺は、またこそこそとエネルギー集めに奔走する。

 深夜、こんな時間まで働かなくてはならないブラック企業を狙い撃ちにして襲撃する。働きたくないと願う意思こそがエネルギーになるので、襲うべきはそういう場所だ。

 ……最近、俺が襲った会社には翌日労基が駆け込んで潰している。ブラック企業が潰れるのは、怠惰の悪にとってはいいことなんだが。

 

 戦ってもプリナーズには勝てないので身を隠す。

 

 今朝完成したばかりの新装備、この黒いマントもその為の物。

 完全な隠密を可能とする、チコーク謹製のこの装備。人の目はおろか、全ての観測装置を欺瞞し隠蔽する。

 

 見つかりさえしなければ、エネルギーは回収し放題。

 これならば、ムショック様の復活も近いだろう。

 

 ――その、はずなのに。

 

 「見つけた」

 「ひ」

 

 背後にピンク色のあいつ。

 桃色の魔法少女、プリナーフェイトが立っていた。

 

 「……ど、どうして?」

 「なんとなく、ここかなって」

 

 『運良く』見つけたらしい。うっそだろお前。

 自称運がいいだけの、どこにでもいる中学生はこの時間。この場所を突き止めたらしい。不可視の俺を、見つけ出したらしい。

 

 「さ、いっぱいお話しよっか☆」

 「やってやるよチクショー!!!!」

 

 ぼっこぼこにされた。



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悪の魔法少女、配信者になってみる。

 『ユーチュ〇バーになろうと思う』

 「死ねば?」

 

 就寝前。

 ベッドに寝転び、手に入れたばかりの猫の写真集を眺めながら。

 スマホから発せられたばかの声に、端的に勧める。ばかは死ななきゃ治らないらしいから。

 あ、一回死んでたか。

 

 『いや良く聞け』

 

 ばか……私の身体を奪い、今は分離して。

 悪の猫耳魔法少女として敵対している阿久野 黒乃が言うには。

 

 勤労を願う世界を、怠惰に堕とす。

 その為に、より多くの人々に対する広報が必要になる。

 

 世界の比重を怠惰に傾け、ムショック復活へ加速させる。

 だからインターネットを使い、人々に怠惰を願わせる為に影響力の強い……流行りのユーチュ〇バーとなって、世界侵略をしようというのだ。このばかは。

 負け続けて、より頭が悪くなったらしい。

 

 「いや私、正義の魔法少女だし。あんたに手を貸す理由なくない?」

 『撮影とか投稿とかよくわからないんだよ』

 

 前世でアラサー社畜として、過労死した黒乃。

 余暇が存在しなかったこいつは、その手の知識がないらしい。仲間の技術担当チコークでは、あまりにも仕事が遅いので私に泣きついたようだ。

 

 ……技術的な問題については、私が手を貸せば簡単に片付く。

 しかし何故、悪の手先に乞われて助けると思ったのか。

 

 『たのむよー。天ッ才の氷乃ちゃんならぱぱっとやれるだろぉー?』

 「おだてたって無駄よ。もう切るから」

 『ブラックジーニアス時代の、エロ自撮りをバラ撒く』

 

 は?

 ブラックジーニアス……私の身体を、黒乃が乗っ取っていた時の名。

 何時の間に撮ってたの?

 

 『俺の時の、お前の写真たっぷり撮ってたからなー! 正義の魔法少女、青の戦士のアレやコレいっぱいバズるだろうなー!!』

 「殺す」

 『ちょ待っ……いや、ちょっと教えてくれればいいから!?』

 

 端的に告げた言葉に、慌てたようなあいつの声。

 はぁ……慣れない脅迫なんてするから。

 基本的に小心で、善良な悪党は本気でバラ撒くつもりはないだろう。そもそもそんな写真が存在するかどうか。

 しかし、写真が在る可能性は否定できない。法的なモノ含め、それらを凍結や放棄させる手段を策定して。

 

 「ま、配信方法なんて調べればすぐ分かるものだし」

 『教えてくれるのか!?』

 「どーせ、大して影響ないでしょうしね」

 

 この時。

 私は、天ッ才の私は人類を甘く見ていた。

 人類は……人々は、思ったより働きたくなかった。

 

 

 「――第27回の生配信っ、今日もムショック様ばんざーい!!」

 

 【ムショック様万歳!!】

 【ムショック様ばんざーい!!】

 【待ってたぜ!! ムショック様ばんざーい!!!!】

 

 配信開始。

 戦闘員、ハタラカーンにハンディカメラで撮影させつつ生配信を開始する。

 すっかり慣れた俺は黒の魔法少女、プリナーブラックの姿で両手を上げて地球侵略を宣言。

 これが配信開始の、いつものやりとり。

 高めのテンションだが、氷乃の勧めに従ってこのスタイルだ。何だかんだ言って氷乃は配信方法や、そのスタイルについて教授してくれた。教えたがりなんだあの天才は。

 

 「今夜はブラ〇ク企業大賞三位の会社を襲っちゃうぞ☆」

 

 カメラに向かってピース。背後には、夜闇にありながら灯りに照らされる工場。

 

 都市郊外にあるそこ。

 結構な規模だが、体育会系の思想でサービス残業当たり前。

 その過酷な仕事で心身を深く傷つけられた元社員が訴訟したが、自慢の弁護士軍団によって敗訴。

 法で裁けぬ巨悪だった。

 

 人気のない出入口に立ち、カメラでその社名を晒させる。ちなみに一位と二位は襲撃済だ。

 

 【あー……ネットニュースで炎上してた所か】

 【ちょwww俺の職場wwwwww今日非番だったのにwwwwwwww】

 【身近に社畜】

 【悪堕ち猫耳魔法少女に襲撃されなかったお前は泣いていい、泣いていいんだ】

 

 「働く皆に安寧を! プリナーブラック!!」

 

 黒のペンを天に掲げ。

 夜空に、怠惰の波動が拡散する。

 

 こんな時間まで勤労に励み続ける工場、その灯りが呑み込まれて次々と消えていった。

 怠惰の悪が、勤労の正義を侵略していく。

 

 【何時ものヤツキターーーー(゚∀゚)ーーーー!!】

 【 や っ た ぜ 】

 【T部長見てるー? 怠惰しちゃいなよyou!!】

 

 ……それにしても、思った以上に効果的だった。

 

 ほぼ思いつきで始めたユーチュ〇バー生配信。

 怠惰を是とする悪の魔法少女、プリナーブラックによるブラック企業襲撃。

 それを配信し始めて早27回目。チャンネル『悪墜ち魔法少女の地球ホワイト化生配信』は登録300万人を超えていた。

 

 皆疲れているかもしれん。

 天才氷乃の助けによって、リアルタイム全言語翻訳やら最高効率の告知がされているとは言え……コメント欄が光速で駆けあがり続けている。

 投げ銭もたくさん頂いてしまっている。収益は全て、悪の組織の活動資金に当てられます。ありがとうございます。

 

 【うちにもきてお願い】

 【弊社も悪の魔法少女を心からお待ちしております】

 

 「襲撃リクはメールでよろしく! 出来るだけ証拠を添えてね!」

 

 視聴者からのリクエストも募集している。

 激務に耐えながら怠惰を願う人が多いブラック企業は、襲撃で得られるエネルギーも多い。リクエストで得た情報は、俺にとって有益になった。

 ……襲撃しきれない程、数が多いのは嬉しい悲鳴と言っていいのか悩むが。ブラック企業死すべし。

 

 「さぁて、それではまた次回! ムショック様ばんざーい……と、言いたかったけれど」

 「――そこまでよ! プリナーブラック!!」

 

 カメラに向かって手を振ろうとした所で。

 背後、空中に現れた三人が待てをかけてくる。

 

 【あっ】

 【オワタ】

 【 知 っ て た 】

 【振り返れば奴らがいた】

 

 「頑張るみんなに祝福を! プリナーフェイト!!」

 「頑張るみんなに英知を! プリナージーニアス!!」

 「頑張るみんなに力を! プリナーフォース!!」

 

 「「「働く未来に白く輝け! プリナーズ!!!!」」」

 

 はい何時もの奴ら。

 桃、青、黄の正義の魔法少女達が上空に立っていた。

 何故毎回名乗るのかとか、疑問に思っちゃいけないお約束。カメラでばっちり撮らせておく。コメント欄が、一層加速していく。

 

 【はいはい何時もの奴何時もの奴】

 【逃げてブラックちゃん逃げて】

 【カメラさんもうちょっと下から、もうちょい下から!】

 

 おい、カメラアングル調整しても彼女達のスカートの中は見えないからな?

 

 27回に渡る生配信。インターネットで誰でも気軽に、多くの人に訴えることが出来る利点はあったのだが。

 それはつまり誰にでも、正義の魔法少女達にすらその活動が即バレるという欠点を抱えていた。

 襲撃生配信27回目、敗退26回目。

 

 「……おのれプリナーズ! 今日こそ怠惰に堕としてくれる!!」

 

 俺は芝居がかった台詞と共に、諦めと撤退を促すコメントを振り切る。

 撮れ高大事。なんなら襲撃より俺と彼女達の戦いの方が、受けがいいので撤退より負ける戦いを選んでいた。

 

 「ジーニアス・ブリザード!」

 「フォース・ライトニングっ!」

 

 青の吹雪と、黄の雷光が襲う。単身の俺に降りかかる暴風。

 

 面による制圧。数の暴力で、押し潰そうという腹だろう。

 だが。

 

 「プリナーブラックシールド!!」

 

 ペンから発せられる防壁によって防ぎ切る。

 回避運動をしながら、少しでも弾幕の薄い場所を選び被弾は最小限に。

 数々の敗退を重ね、俺は戦闘経験を得ていた。

 

 「捕まえ――嘘っ!?」

 「おらぁッ!!」

 

 プリナーフェイトが、死角から突き刺してきた拳にカウンターの黒の砲撃を叩き込む。

 

 【お?】

 【今日こそやれるんじゃない?】

 

 「――働きたくない皆が、俺には付いてきてくれているんだッッッ!!」

 「きゃっ!?」

 「くっ……強くなっているというの!?」

 

 薙ぐようにペンを振るう。黒い波がジーニアスとフォースを襲い、地に墜とす。

 怠惰を願う視聴者達、万単位の人々が俺に力をくれる。

 

 ――俺達は、働きたくないんだ!!

 

 【プリナーズがんばえー】

 【がんばえー】

 【いや悪の魔法少女が勝っちゃ駄目でしょ】

 【劣勢から逆転がテンプレですしおすし】

 【俺達はブラックちゃんが負けるのが視たいんだ】

 

 「ちょ」

 

 いや待てやお前ら。

 

 「皆の応援が聞こえる……!」

 「怠惰を許さない、正義を願う声が……!」

 「いくよ!!」

 

 何かプリナーズが白い光に包まれてる。

 ちょ、ま。

 

 「「「プリナー・トリプル・ストラーイクッッッ!!!!」」」

 

 桃、青、黄の三色が混じって極光となった砲撃が俺に直撃する。

 悪を焼き尽くす正義の光。

 ……俺は、27回目の敗退を無事迎えた。

 

 

 「「あっ」」

 

 平日昼間の猫カフェ。

 猫との触れ合いを売りにした、そこで私はまた居合わせてしまった。

 阿久野 黒乃。女子力の欠片もない適当なコーディネートで猫と戯れていたそいつは、入店した私……蒼河 氷乃と間抜けな声を合わせた。

 

 

 

 「……『悪墜ち魔法少女の地球ホワイト化生配信』のチャンネル、削除されてたんだけど」

 「当然でしょ。あんな危険な配信、二度とさせないから」

 

 こんな素人の、大した影響はないと断じてさせてしまった配信。しかし想定以上に悪影響を齎してしまった。

 野放しにしていた結果、彼女に力を与えてしまう程の人気を得た。

 もう看過できないので私は機材をハッキングし、チャンネルを削除して再開も出来ないように細工した。

 

 「あーあ、イけそうだったのになー」

 「いい加減、諦めなさいよ」

 

 怠惰の悪、その手先らしく未練たらたらに呟く黒乃。

 

 二人、揃って分厚いふわふわのカーペットに寝転んで。店内に客は私達だけだ。

 私はお腹に白猫を載せて。あいつは黒猫を顔面に載せている。喫猫とか言いながら。猫が迷惑そうだから、止めて差し上げなさい。

 

 「……いい大人が、だらしない」

 

 まったく。

 今の黒乃は十代半ばの少女の姿だが、前世ではアラサーのいい大人だ。なのにこうしてだらだらしている。

 ――私は、偶の休暇なのでいい。クラス委員長として範を示す立場だが、天ッ才の私は少しくらい休んでも問題ない。決して猫分が不足したからこうして猫カフェに駆け込んだ訳ではない。

 

 「ね、私の所で働きなさいなあんた」

 「ぶえ?」

 

 猫を顔面に載せながら、間抜けな声を上げる黒乃を勧誘する。

 心愛達と出逢う前、私はお金稼ぎという遊びに夢中になっていた。それで立ち上げた会社を、いくつか所有している。

 黒乃が憎むようなブラック企業ではない。手前味噌だが、この国のどこよりもホワイトだと自負している。

 

 ……それに見合う、それを支え得る有能な人材だけを採用しているから。

 散々、私達を苦しめた黒乃にはその資格がある。

 私の元に、欲しかった。

 

 「あんたは、私達に勝てないっていい加減分かったでしょ?」

 

 負け続けた、黒乃。

 悪の魔法少女は、正義の魔法少女には勝てない。その勝利は許されない。

 たった一度の勝利は私達を救う為の、一度だけだ。

 

 「……そうだな」

 

 いい加減、心が折れてくれたのだろうか。

 隣に寝転ぶ黑乃は溜息と共に。

 

 「お前の所で、永久就職しちまうのもいいかもしれない」

 「えッ……何言ってるのよ破廉恥よ私に永久就職だなんて!?」

 

 えいきゅうしゅうしょく。

 つまりそれって私のお嫁さんに駄目私には心愛という幼馴染のお嫁さんが。

 

 「……? いや、お前の所、そこで働く部下って超エリートじゃん。嫁入りしたら楽かなーって」

 

 やはりこいつは悪だ。

 悪い奴だ。

 ぶん殴られて、混乱している黒乃を尻目に店から出る。

 

 

 

 不労の世界を願う、悪に堕ちた魔法少女。

 やはり黒乃は、私の敵だ。



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続・TS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願う
第一話『四畳半から始める世界侵略』


 怠惰に満ちた世界を願う、悪の組織。

 ――ヒキニートーは敗北した。

 

 「ぶえー……」

 「その、すまぬ」

 

 家賃三万五千円のボロアパート、四畳半のその一室。

 擦り切れ切った畳敷きの上で俺は寝転び。

 偉大なる悪の巨魁、ムショック様に土下座されていた。

 

 「本ッ当にすまない……」

 「……いえ、ムショック様のせいではありません」

 

 夏の足音を感じる昼下がり。

 むわ、と梅雨の名残を感じさせる湿気を振り払うように断る。

 

 ムショック様は悪くない。

 

 俺の頑張り過ぎだ。

 正義の魔法少女、プリナーズに敗北し続け。

 

 焦ってしまった。

 

 ――各国首脳が集まる、国際会議の場。

 そこを襲撃し、国のトップを怠惰に堕として国政を怠惰に傾けさせれば。

 

 「一気にエネルギー回収、出来たはずなんですがね……」

 「否。プリナーブラック……貴様の発案に許可したのは我だ、その責任は我にある」

 

 泣きそう。泣いた。

 報連相を守る部下に対し、しっかり責任を負ってくれる上司……ムショック様に改めて忠誠を誓う。

 

 国際会議を襲撃した俺。

 これで勝ったはずだった。

 世界を怠惰に堕とし、俺達の願う働かなくていい世界が実現するはずだったのに。

 

 しかし襲撃は失敗。

 プリナーズはその勢いのまま俺達、悪の組織を壊滅させた。

 

 

 

 ……その襲撃前日。

 プリナージーニアス、蒼河 氷乃と偶然温泉宿で出逢ったせいだ。

 

 

 世界を一気に怠惰へ傾ける為の、襲撃作戦。

 

 俺は必勝を祈願し、前祝として一人その温泉宿に泊まっていた。

 猫島と呼ばれる程たくさんの地域猫がいるのが売りの、観光地だった。

 

 「「あっ」」

 

 いったい何度目になるか、そのやりとり。

 

 「ストーカー! ストーカーなのあんた!?」

 「俺の台詞だ!!」

 

 温泉宿、その風呂場で取っ組み合いになる俺と氷乃。

 なぜか俺と氷乃は偶然、そこで出逢ってしまった。映画館だの猫カフェだの、最近妙にエンカウントしてしまう。

 

 なぜ正義の魔法少女と、悪に堕ちた魔法少女……俺がこうして出くわしてしまうのか。

 分かりはしないが。

 

 「……見るな、ばか」

 「見ねーよ」

 

 一通り、いがみ合ってから。

 二人っきりの温泉。露天の岩風呂、そこで背を向け合って落ち着く。

 蒼河 氷乃は中学一年生、前世でアラサーだった俺からすれば子供だ。ロリコンじゃない俺は、その薄い胸や尻に目を奪われることはない。

 

 が。

 

 「慰労でもしてるの?」

 

 口を尖らせながら糾弾する、勤労という正義を掲げる魔法少女。

 労働を慰める。その為によく用いられるのが温泉旅行だ。

 

 「俺は怠惰……悪を働く魔法少女だからな」

 「ばーか。怠惰の為にいっつも働いてるなんて、矛盾してるじゃない」

 

 ぐぬぬ。

 これだから天才は。言葉遊びのように、怠惰……悪を働く魔法少女を名乗ってはいるが。

 

 実際、苦労しっぱなしだ。

 怠惰を願いながら、俺は苦労を続けている。

 

 ムショック様は理想の上司だが。同僚達はアホとサボり魔と、何もかもが遅い不安症。

 共闘しようにも、癖が強すぎる。

 プリナーブラックとなった俺の性能は低くはないが、彼女達プリナーズと比べ優位ではない。

 

 つまり数で劣る以上、勝つことは出来ない。

 頭を捻り、そもそも見つからなければ。戦わなければ。と策を弄しても、結局勝てはしない。

 

 ……悪は、正義に敗北する。

 

 そんな論理を否定するように、戦い続けてきたが。

 

 「――いい加減、諦めなさいな」

 

 互い、湯船に浸かって。

 背を向け合いながら、背と背が触れ合う。

 柔らかい感触と、湯船に在ってなお暖かい背中。

 

 どこか寂しそうな、氷乃の声。

 

 「諦めないよ、俺は」

 

 敗北を続けて。

 幾度負け続けようが。

 

 俺は、諦めるわけにはいかない。

 ……これは復讐であり、逆襲だから。

 

 前世で俺は労働に殺された。

 だから、不労の世界を願う。

 二度殺されるなんて、まっぴら御免だ。

 

 「ばか」

 「知ってるよ」

 

 ……足りない頭を振り絞り。

 敗北を繰り返す悪の俺は、正義の天才からすれば滑稽だろう。

 だが俺は、それでも不労の世界を信じて戦い続ける。

 

 「付ける薬がないってのは、本当に厄介」

 

 自称、天ッ才のお墨付きだ。ばかに付けるモノはない。

 

 

 それでも――それでも。

 

 

 『俺』と『私』が重なる。反目し合う。

 

 「あんたを、取り戻す」

 

 かつて、俺と氷乃は一つだった。

 悪の組織に捕らえられたプリナージーニアス、その身体を奪って好き勝手した俺。

 正義の魔法少女に負け続けた俺を、ずっと中から見続けてきた氷乃。

 

 一方的な被害者のはずだ。

 

 糾弾し、その損害を請求すべき俺を『取り戻す』。

 俺に賠償を求めるなら、解る。

 しかし『俺』を取り戻す――?

 

 「……悪に堕ちた、仲間を取り戻す。魔法少女なら当たり前よ」

 

 ああ。

 これだから正義の魔法少女って奴は。勝てないわけだ。

 

 「あんたは私達を救った。だから」

 

 ハロワーによる、世界侵略。無数の白に埋められた世界に、立ちはだかった悪の黒。

 俺は、彼女達を背に戦った。

 たまたま偶然、あらゆる状況が噛み合って。唯一の勝利を飾れはした。氷乃達を、救うことが出来た。

 

 怠惰という悪。

 その場に今も身を沈める俺を、無理矢理にでも引き上げるのが。

 ハロワーという枷を解き放って尚、正義の魔法少女の作法らしい。

 

 「負けねーぞ」

 「知ってる」

 

 

 

 ……その後、なんとなくいい感じの雰囲気になりながら。

 

 俺と氷乃はその温泉宿で一夜を共にした。

 なにか悪さをしないか監視する為という名目の下、俺の部屋に付いてきた氷乃。

 ロリコンではない俺は、若干辟易としながらもそれを許した。

 

 気づけば二人、一組の布団の中。

 どうしてこうなった。

 

 「ちょっと、もっとあっち行きなさいな!」

 「俺の布団だぞ! おまえこそ、そっち寄れや!!」

 

 風呂上りで火照った互いを、布団の隅に押しやり合い。

 気づけば、互いに疲れて眠っていた。

 

 今思えば、偶然で得た時間。和やかな、何の邪気もない時間だった。

 何の浮ついた気もなかったはず。

 けれども。

 

 

 

 「ぎゃぁぁぁああああああ!?」

 「いやぁぁぁああああああ!!」

 「燃える……ぜんぶ、燃え堕ちて……」

 

 ――阿鼻叫喚だった。

 

 悪の組織、ヒキニートー本拠地。

 世界と世界の狭間にある、ムショック様が作り上げた安全地帯。

 

 そこは、業火に焼かれていた。三幹部……ムノーが、サボリーナが、チコークが悲痛な声を上げている。

 慰労施設が揃った俺達のオアシスが、全て焼かれている。

 

 「……」

 「……」

 

 俺の国際会議襲撃、それを防いだ勢いのまま。

 ……悪の組織は逆襲されていた。

 

 その惨劇を起こした三人。その内、二人は俯いている。

 

 プリナーフォース、黄山 円力華は惨劇に涙目。

 プリナージーニアス、蒼河 氷乃は怯え切っている。

 

 ――彼女達を率いて、悪の本拠地を襲撃した奴は。

 

 「くろのちゃん出せやオラ☆」

 

 怒り狂っていた。

 プリナーフェイト。桃空 心愛は、嫉妬の炎で悪の組織を焼いていた。

 

 ……どうやって、俺と氷乃の逢瀬を知ったのか。いやおめーだろ氷乃、心愛に嗅ぎつけられ問い詰められゲロったなお前。

 心愛と氷乃は『そういう』関係だ。どこまで進んでいるかは知らないが。

 とにかく、浮気を許さない程度には深く繋がっている。

 

 その結果がこれだ。

 くろのちゃん……プリナーブラック、阿久野 黒乃。

 浮気相手と目された俺は、地下の最果て。そこで怯え震えていた。

 

 正義の魔法少女、プリナーズによるカチコミ。

 今、俺達、悪の組織は。

 

 正義の魔法少女、その愛の力によって滅ぼされようとしていた。

 

 「……プリナーブラックよ。すまぬ、もう駄目かもしれん」

 「申し訳ございませんムショック様……!!」

 

 地下の最果て、狭く暗いその先で。

 本拠地を焼かれ続け、力を失いすっかり小さなお姿になったムショック様を抱き締める。

 巨山のように大きかったムショック様のお姿は、哀しくなるほど弱々しく小さな影となってしまった。

 

 「三幹部は、我の下に撤退させる」

 

 プリナーズの迎撃に出たムノー、サボリーナ、チコーク。

 幹部達がムショック様の『内部』に帰還する。姿形を失うことにはなるが、いつか力を取り戻せば復活出来るように。

 彼らのように、ムショック様から生まれ出た存在ではない俺はそれに倣うことはできない。

 

 ……逃げることは、叶わない。

 

 「行きます」

 「……すまぬ」

 

 もう既に、最果て。

 

 夫に内緒で不倫お泊りデートしてた、嫁を誑かした間男に対する襲撃というあまりに情けない理由だが。

 俺達悪の組織は、壊滅しかけていた。

 その責任は取らなければならない。ムショック様が逃げおおせる為の、殿を務める。

 

 「働くみんなに安寧を……!」

 

 決め台詞を吐きつつ。

 プリナーフェイトに立ち向かった俺は。

 

 「やってやるよチクショー!!」

 「見ーつーけーたっ☆」

 

 超ぼっこぼこにされた。

 

 

 こうして。

 悪の組織、ヒキニートーは愛の力によって壊滅した。

 愛というか狂愛によって壊滅した感は否めないが、とにかく完全敗北した。

 

 ムショック様によって構築された本拠地。

 そこは、魔法少女によって焼き尽くされて。

 俺達は命からがら、この四畳半に落ち延びた。

 

 ……ただの子犬となって、飼われていたハロワ―は氷乃が回収したようだ。

 とりあえず、人的被害がなかったことは幸いだが。

 

 ここは、俺が地球での活動をし易くする為の仮住まいだった借家。

 地球での戸籍と住居を、最低限で確保する為の場所だ。

 

 ――以前は快適を追求したが本拠地が在った為、ほとんど利用したことがなかった俺の部屋。

 なので、家具すら置いていない殺風景。

 

 俺達に残されたのは、このボロアパートの一室だった。

 

 「すまぬ……本当にすまぬ……」

 

 四畳半。その畳敷きに、うつ伏せで倒れる俺に土下座する幼女。

 

 ……腰まで伸ばした銀髪、二本の角のように突き上がる癖っ毛。

 涙目に潤んだ、人ならざるモノを思わせる金眼。

 喪服のように黒で染め上げられた、ゴシックロリータに身を包む幼女。

 

 「おやめ下さい、ムショック様」

 

 そう。

 

 俺に土下座する幼女は、偉大なる怠惰の悪。その巨魁ムショック様だ。

 本拠地を焼却され、俺達が集め続けたエネルギーも焼き尽くされ。

 

 我らが主、ムショック様はこのような力なき姿に堕とされてしまった。

 

 「再び、立ち上がるのです」

 

 プリナーズに壊滅させられ、ムショック様は力を失くし。

 俺も、変身すらままならない程に力を削がれた。

 怠惰のエネルギーを回収する目途もない。

 

 ……状況は最悪最低だ。

 

 ムショック様はエネルギーさえあれば、ありとあらゆる物質を生成することが出来る。

 だがその為の最低限すら無く、回復させる為の活動をする手勢もいない状況。

 

 今ここにいるのは。

 無職の中卒な俺と、戸籍すらない合法ロリのムショック様だけだ。

 

 詰みである。

 

 「……俺は、諦めません。全ては、地球を怠惰に染め上げる為に」

 

 それでも。

 地の底のような敗北にあっても俺は諦めない。

 膝を突き、ムショック様に頭を垂れる。

 

 ――前世、俺を殺した労働をなくす為に。

 俺は労働を今世から殺してみせる。

 

 諦めて堪るものか。

 ゼロどころかマイナスから始まろうが、例え悪に堕ちようと魔法少女は諦めない。

 

 地球を怠惰に染め上げるのだ。

 

 「プリナーブラック、黒乃よ」

 

 ムショック様が土下座を止め、立ち上がる。

 膝を突く俺とそう変わらない背丈、小柄になってしまわれ幼い顔立ち。

 

 「貴様の忠誠に感謝するぞ。我は、今一度立ち上がろう」

 「……ムショック様、万歳」

 

 やはり、王の器だ。

 怠惰の世界を渇望し。

 配下を手厚く扱い、なお酷使することを決断できるお方。

 

 俺が、尽くすべきお方。

 

 「世界を侵略する! 付いてこい、黒乃!!」

 「はっ!!」

 

 ボロアパート、四畳半の一室から始まる世界侵略。

 ――俺達は不労の世界を、改に願う。



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第二話『俺が働く理由』

 「――まずは、手持ちを確認しよう」

 

 四畳半のボロアパート、その一室。

 俺とゴスロリ銀髪金眼幼女……ムショック様と膝を突き合わせて、今後の方針を相談する。

 

 「互いにエネルギーが枯渇した現状、まず必要となるのは」

 

 エネルギー……怠惰によって得られるそれ。衣食住、全てを賄うことが出来るムショック様のお力。

 正義の魔法少女達の襲撃で、それは焼き尽くされた。

 俺はプリナーブラックに変身すら出来ない。三幹部を救う為に、自身の内部へ退かせたムショック様も超常のお力を使うことは出来ない。

 

 つまりは、生存に必要な全てを現実的な手段で賄う必要があった。

 

 「金だ」

 「金ですね」

 

 あまりにも生々しい問題だった。

 怠惰によって成り立つ世界を実現する、ムショック様。

 その加護の下にあった前線基地は壊滅した。何とか俺達は逃げ伸びることが出来はしたが。

 

 互いに、身一つだった。

 

 身分証明書も銀行の通帳も、ハンコすらない。

 ここにいるのは、中卒無職と戸籍すらない幼女。

 

 「……我が、これほどまでに身を堕としてさえいなければ」

 

 ムショック様は、偉大なる悪の巨魁はただの幼女になってしまわれた。

 三幹部の撤退、そして前線基地からの逃走。それらに、全てのエネルギーを使い切って。

 

 怠惰というエネルギーさえあれば、ありとあらゆる問題を解決出来る異世界からの来訪者。

 ムショック様は、今はただの幼女だ。

 

 「必ず、お支えします」

 「すまぬ……」

 

 俺の、理想を叶えてくれる彼女を。

 お守りし、いつか逆襲しなければならない。

 

 ――正義の魔法少女、プリナーズに逆襲し世界を怠惰に染め上げる。

 

 前世で俺を殺した労働を、殲滅する。

 労働を正義とするプリナーズを打ち倒し、悪の怠惰で世界を侵略する。

 

 そんな目的はあるとは言え。

 敬愛するムショック様の窮地、それをお助けしたい。

 

 くう。

 

 可愛らしい腹の音が、狭い部屋に響く。

 ムショック様はお腹を両手で抑え、赤面し顔を俯けていた。

 

 「……その、すまぬ」

 

 可愛い。ムショック様が可愛い。

 超常のお力を持っていた上司、彼女が無力な幼女となって。

 父性……いや、阿久野 黒乃という女の子となった俺としては母性だろうか?

 それが刺激されている。萌える。ムショック様可愛い。

 

 「いってきます」

 

 生身の幼女となってしまわれた、彼女をお救いするには金が必要だ。

 あるはずの預金も下ろすことは出来ず、このボロアパートの一室には何もない。

 本拠地で何でも揃っていた為、ここには何も買い揃えていない。

 

 食べ物どころか、家具一つない四畳半。

 そこで俺達、悪の組織ヒキニートーは活動を再開する。

 

 まずは金が必要だ。

 魔法少女の居る世界なのに現実的で、生々しい行動原理。

 俺が殺された世界と、同じ。だがその先に待っているのは、怠惰という理想に染まった世界のはずだから。

 

 「働くぞ」

 

 ボロアパート、その一室から出て。

 俺は、不労を願う為に働く。

 

 悪の怠惰を願って、正義である労働をする魔法少女。

 悪を働く魔法少女。

 矛盾している、言葉遊びと呼ばれようが。

 

 「ムショック様、万歳」

 

 誓うように、一人呟く。

 ……俺の願う世界の為ならば、ありとあらゆる恥辱も汚濁も受け入れよう。

 中卒で、無職で資格もない。

 

 俺の手元にあるのは、この身だけだ。

 

 蒼河 氷乃、彼女が創り出した猫型魔法生物。

 それに意識を移された俺は、非変身時でも人の姿へ変えられる。

 プリナーブラックに変身することは不可能だが、猫から人への変身はエネルギーを必要としない。

 怠惰のエネルギーを集めることも出来ない、ただの人間の身だが。

 

 一張羅のジャージ姿、ただし容姿は我ながら美少女と言って差し支えない。

 艶やかな黒髪、眠たげな垂れ下がった目尻に色気もある。十代半ばの身体にしては、肉付きも良い方だ。

 円力華のようのに暴力的な胸部装甲はないが、それでもたっぷり手に余る。

 元となった氷乃とは、いくらか対照的だ。温泉で目撃してしまったが、あいつ中学一年生でつるつるだし絶壁だし。

 

 何もない俺が、金を稼ぐ為のたった一つの武器。

 それを売る。

 拒否感がない訳ではない。屈辱的な状況だが、ムショック様の為ならば耐えられる。そのはずだ。

 

 「くっ……」

 

 ――身体を売る。

 決してその手の職業の方を貶すつもりはないが、実際それを選ぶとなると苦悩する。

 しかし今は、これしかない。

 

 「――やるしか、ない」

 

 

 「可愛いよぉ」

 「クロちゃん、こっちこっちー!」

 「えっろ……ッ」

 

 媚を売る。

 この『仕事』を始めて一週間が過ぎた。今日も、俺は客の相手をしていた。

 

 クロちゃんと言う仮初の名で呼ばれる俺を囲んで、欲望に眼をギラつかせた連中に。必死に。

 作った甘い声で擦り寄って、舌で先端を舐め上げる。

 ぺろぺろと、小さくなった俺の舌で奉仕されたそいつは愉悦に口端を歪み上げる。

 涎まで垂らして劣情を露わにした連中に、媚び続ける。

 

 ……なんて、汚らわしい。

 

 「良い子ねー、クロちゃぁん……」

 

 甘ったるい猫撫で声。

 俺は客の欲望を、その身で満たすことで金を得ていた。

 

 ――学も身寄りもない、俺が出来る仕事なんてこれくらいしかなかった。

 

 「ほら、ちゅ〇るだよー」

 

 差し出されたち〇~る、4本入り140円程で売られているそれ。しかしここでは、1本500円という暴利。

 

 「にゃぁぁぁああっ」

 

 俺を酔わせ、狂わせるそれに飛びつく。

 理性を消し去る、麻薬のように甘美の味。これは毒だと理解しながらも、俺は飛びつき媚びなければならない。

 

 暴利の一部は、俺の給金に還元される。

 客に高い酒を飲ませ、稼ぎとするホストもしくはホステスのように。

 

 「いやぁん、本当に可愛いわクロちゃん」

 「流石ナンバーワンアイドルね」

 「中の人がいるとしか思えないくらいだわ」

 

 どき。

 中の人なんていません、アラサー男なんていません!

 

 「……にゃ、なぁーご♪」

 

 差し出されたちゅ~〇をくれた上客の先端……指先に頬を擦り付ける。

 クロちゃん、その源氏名で呼ばれる俺は。

 

 猫カフェで『猫』として働いていた。

 

 

 

 「はい、お疲れ様ー♪」

 

 一日の営業を終え。

 閉店した猫カフェ『どんとわーく』で合法ロリ店長に労われる。

 すでに夕刻、他のバイトは帰り事務所には俺と彼女の二人きりだ。

 現金が足りない現状、給料は日払いで貰う約束だ。店長から差し出された茶封筒、その場で中身を確かめる。

 

 「……十時から十七時、休憩挟んで六時間」

 

 猫の姿で働き続け得たのは。

 たった三千円だった。

 

 時給換算、五百円。最低時給の概念が崩れている。

 この街は一応都市部に分類され、倍くらいあってもいいはずだ。特に俺は客達にたくさん貢がせ、色が付いてもいいはずだ。

 

 「店長、労働基準法って知ってます?」

 「猫に給料支払う会社があるなら、紹介して欲しいですねぇ」

 

 くそァ!

 

 「……ありがとうございます」

 

 『どんとわーく』は、俺が以前から客として通っていた猫カフェだ。

 店長とも知古となっていたので、日銭を稼ぐ為に職場として選んだのだが。

 

 猫になってキャストとして働けるので雇って下さい。

 

 あまりに非現実的な提案であることは、否定出来ない。魔法少女が悪と戦う世界、常識は俺の前世とは違っているかも知れないが。

 この世界では学歴も資格もない俺が金を稼ぐには、僅かなツテを利用するしかなかったのだ。

 

 最初は店員として、普通のバイトとして雇ってもらうよう願い出たのだが。

 すでに十分いるからと断られかけて、俺の秘密……猫に姿を変えられることをアピールした。

 

 「いやぁ、黒乃ちゃん……クロちゃんが来てくれて本当に助かったわぁ」

 

 だから、この腹黒店長のいいなりになって働くしかなかった。

 猫カフェで客に媚びる猫として。

 

 気づけば、ナンバーワンアイドルに君臨していた。

 当然だ。猫好きの俺は、猫の全ての魅力を演じることが出来る。

 媚を売りまくりながらも、時にはあえて釣れない態度を取って見せる。

 

 ……客たちは俺に夢中になった。

 指名も、追加料金となるちゅ〇るも沢山頂いている。

 あれ猫状態で食うと『飛ぶ』から、あまりキめたくないんだけどな……。

 

 「末永くお付き合いしたいですねぇー。お疲れ様でしたぁ」

 「お疲れさまでしたぁ……」

 

 本日の給金、三千円を手に店を後にする。あの店長は、俺が他で働けないことを知っていて足元を見ていた。

 クソ、復活したら真っ先にこの店襲撃してやる。

 

 働きたく、なかったんだけどなぁ……。

 墜ちに堕ちた俺は、とぼとぼと家路につく。目指すのはボロアパート。

 働き続け、最後は過労死に終わった前世と重なる日常。

 

 「はぁ……」

 

 ため息と共に、防音性の乏しい薄っぺらいドアを開ける。

 

 「ただいま戻りました」

 「……うむ。おかえり」

 

 ボロアパート、その一室。

 

 疲れに疲れたはずの身が、その声と香りに再び背筋が伸びる。

 甘く幼いお声、追うように懐かしさを覚えるような少しスパイシーな香り。

 

 「風呂にするか? それとも先に食事に……」

 

 スリッパの足音をぱたぱたとさせ、俺を出迎えてくれるのはムショック様。

 

 ……悪の組織、ヒキニートーが壊滅して。

 逃げ伸びた俺とムショック様は同棲生活のような日々を過ごしていた。

 

 ムショック様は学歴どころか戸籍もない、ただの幼女。

 俺は偶々、猫カフェで猫として働くという手があった為。

 

 俺が金を稼ぎ、ムショック様が家を守る。

 そんな日常が形成されていた。

 

 「お風呂頂きます」

 

 新妻のようなムショック様のお言葉に、疲れ果てた身体の欲求に従い応える。

 一応風呂付のボロアパート、そこには俺の帰宅を待っていたかのように湯が張られている。

 ぴかぴかに掃除された風呂場、追い炊きのないユニットバスは俺の帰宅時間に合わせて用意して下さったのだろう。

 

 「ぶぇー……」

 

 ユニットバスの狭い湯船、しかし前線基地にあった温泉施設よりも落ち着く。

 俺の為に、用意してくれたからだからだろうか。

 

 「お湯、頂きましたぁー……」

 

 すっかり温もり、小さな折り畳みテーブルの前に座る。いくつかの家具は、ご近所様の不用品で揃えていた。

 その上に、俺を待ち構えたように並べられている皿たち。

 

 食卓に上がったカレーライスにトマトサラダ、お麩の味噌汁。

 少ない俺の稼ぎの中で、安いスーパーを回りこうしてバランスの取れた食事を用意してくださっている。

 

 「「いただきます」」

 

 ムショック様と二人、夕陽の刺す中でささやかな食卓を囲む。

 もう焼き尽くされた本拠地では、鼻で笑うような家庭の料理だったが。

 

 「美味いです、ムショック様!」

 「うむ……! 夏野菜は今が旬、安く美味しい素材を使わぬ手はない」

 

 茄子やトウモロコシがたっぷり入ったカレー、野菜の甘味がスパイスと調和して匙が止まらない。

 悪の組織、その巨魁ムショック様は嫁力パなかった。

 ゴスロリ幼女に身をやつしても、部下である俺に精一杯出来ることをして下さる。

 

 「……すまぬ。我が力を取り戻しさえすれば」

 

 なのに、ムショック様はこうして己の至らなさに小さなその身を縮こませる。

 

 怠惰のエネルギーを十全としているならば、夢のように高級な食材を使った食事を用意出来ただろう。

 今は、現実的な貧乏生活だ。

 稼ぎの悪い俺、その中で家計をやりくりしている。旬で安い食材を買い求め奔走し、疲れた俺をこうして労わった下さる。

 

 「いえ。美味しいです」

 

 しかし。

 贅を尽くした、以前の食事よりも。

 今、ムショック様と挟む食卓が嬉しい。

 

 「このような幼い姿でさえなければ、飯炊きしか出来ない程に堕ちることはなかったのだがな……」

 「――必ず、お救いいたします」

 

 お力を亡くされたムショック様のお言葉。

 必ずこのお方をお救いする。

 世界を侵略して、怠惰に堕とす。ムショック様の、完全復活を目指す。

 

 「……情けないな、小さなこの身は」

 「そんな」

 

 大きく巨山のようなお姿、それも頼もしく思っていたが。

 可愛らしい、ゴスロリ銀髪金眼幼女でマッマなムショック様も魅力的だ。バブ味を感じる。オギャりたい。

 しかし俺はロリコンではないからな。上司と部下として、しっかり一線は守らなければ。

 

 「本来の我は、もっと豊満なのだが」

 「詳しく。スリーサイズとか」

 

 上から98/56/92とのことだ。

 ぼんッ、きゅッ、ぼんッ。俺の嗜好特攻だった。

 これまで復活前の、巨大な影のようなお姿しか知らなかったが。完全に復活されれば、この幼女がばいんばいんになる。

 ムショック様の復活、その為の世界侵略。

 

 ……俺が悪を働く理由が、増えちまったぜ。

 

 「その、黒乃よ。なんだか目が怖いのだが」

 

 俺は世界を怠惰に染め上げる為に戦う。

 銀髪金眼ばいんばいんなムショック様を取り戻すのだ。



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第三話『日常は崩れ去るから日常』

 「ではいってまいります、ムショック様」

 「うむ、気をつけてな。今日の弁当は、豚の生姜焼きである」

 「ムショック様万歳」

 

 今日も今日とて、働きに出る黒乃を玄関で見送る。彼女の手には、我の手製弁当が下げられている。

 我が力を失い、人の幼子に身を堕として。見上げる黒乃は、これから向かう職場という戦場に清々しい顔で向かっていった。

 

 「……さて」

 

 朝食を用意し、二人囲んで。

 黒乃を見送って我の一日も始まる。彼女の出勤は九時だ。職場はこのアパートからすぐの所に在る為、ゆっくりめと言える。

 起こしたのは八時、朝食と身嗜みを済ませ出勤。我はその為に、朝の支度を早く起きて効率良く済ませておく。

 

 そして、黒乃が帰ってくるまでの間。

 近場のスーパーの情報を集め予算内で、一番心身共に栄養のある食材を吟味する。

 ただの幼女の我は、時間だけはある。短い手足ではあるが、我の為に働いてくれる黒乃を癒す為ならば苦労とも思わぬ。

 

 「ぬ。トマトが安いな、こちらの店は素麺が特売か」

 

 ポスティングされたチラシを並べ、今宵の夕餉を組み立てる。昨夜の残りのレタスを使いサラダ素麺にしようか。

 この低所得者向けアパートに、空調なんて物は存在しない。夏に片足をかけたこの時期、少しでも涼を得てもらおうではないか。

 部下を管理してこそ管理職、上司である。

 今は力なき姿ではあるが、我に尽くしてくれる部下を思わずして何が上司か。

 

 「エネルギーさえあれば、な」

 

 このような苦労を、黒乃に負わせることはない。働きたくないと願い我が下に堕ちた彼女を、働かせることになるとは。

 

 怠惰のエネルギーを得ることは現状叶わず。我はただの幼女であるし、黒乃も魔法少女に変身出来なければエネルギー回収は出来ない。

 ……ない物強請りをしても、仕方がない。

 

 状況を打開するとなれば。

 黒乃が変身可能とするまで、彼女を癒し続ける。可能な限り怠惰に浸り、エネルギーを回復してもらう。

 

 「しかしまずは、食わねばな」

 

 なんて世知辛い。

 怠惰に浸っているには、金が必要である。生身の我らはだらだらしていても腹は減る。家賃も払わなければならない。

 そんなこの世を覆したいが為、我と黒乃は戦っている。

 

 「もう、少し」

 

 金を稼ぐ為に働く黒乃を、支え続けた。心から、忠する部下を想っての行為ではあるが。

 無策ではない。

 そろそろ、労働に勤しみながらも怠惰のエネルギーが貯まるはずだ。怠惰の魔法少女、プリナーブラックに変身する為の最低限が。

 

 「頼んだぞ、黒乃よ」

 

 独り、我が下に残った部下に信を置く。

 さて次は洗濯だ。桶へ貯めた水に石鹸を泡立て、僅かな衣服を揉み洗いする。

 

 全ては、世界を怠惰に染め上げる為に。

 

 

 俺とムショック様の新たな日常は、安定していた。

 本拠地を壊滅させられ、無一文から始まった貧乏生活ではあるが。

 

 「あー……良い天気だなぁ」

 

 これから働きに行くというのに、俺の心はむしろ高揚している。 

 ムショック様の完全復活……それにより、理想の上司が理想のお姿になるという新たな夢を得たこともあるが。

 

 何より、家を守って下さる存在が俺を労働へ前向きにさせている。

 ムショック様の為に稼ぎたい。ムショック様に労われたい。

 

 前世で俺は、そういう存在を持たなかった。

 だから過労死して、今はこうして悪の手先となっているのだが。

 

 「しかし、これでいいのか悪堕ち魔法少女俺」

 

 生きる為に金が必要という、現実的な理由で働き始めた俺。

 悪を名乗るんだから、非合法な手段取れば。というのは変身すら出来ない十代少女の俺と、何の力も持たない幼女のムショック様には不可能だった。

 あとムショック様は滅茶苦茶善人だから、犯罪行為にはいい顔しないし。

 

 「……ま、いいか」

 

 いつか、怠惰のエネルギーが貯まればこの生活は終わる。

 俺が変身し、更に収集に勤しめば本拠地の再建や三幹部の復活も成せるだろう。

 ゴールさえ見えているのなら、どれほど屈辱的な労働でも耐えられる。

 ……猫状態で他人に腹を撫でられるのが、あれほど恥ずかしいこととは俺は知らなかった。今後俺はしないようにしよう。

 

 「今日も働きますか」

 

 気づけば、もう俺が働く猫カフェ『どんとわーく』の前だ。

 おはようございます、と声をかけCLOSEの札が下げられたドアを開く。

 

 「おっはようッッッ!!!!」

 「声がでかい!?」

 

 鼓膜が破れるかと思った。

 店内に入った俺を出迎えた合法ロリ店長が、何時もより近い距離で声量を大にして迫っている。

 

 「ど、どうしたんですか店長……?」

 「何かね! やる気がね!! すっごいあるんですぅ!!!!」

 

 何かキめておられる?

 小柄なエプロン姿をぴょんぴょんと跳ねさせて、元気いっぱいやる気満々といった様子の店長。眼もギラついている。

 開店前の掃除をしていたのだろうか、何時もより店内も綺麗になっている。

 同僚達……キャストたる猫たちは、普段と違う雰囲気に居心地悪そうにしているが。

 

 「メニューも一新しますよぉ! 新しい子も入ってくれましたしねぇ!!」

 

 さっきから声がでかい。いやあんた、もっとゆるふわ系ののんびり口調だったはずじゃないか。

 駆けるようにキッチンへ向かった店長に続く。新人さんとは聞いていなかったが、とりあえず挨拶しないと。

 

 「紹介しますよぉ、こちら犬崎 白奈(いぬさき しろな)さん!!」

 「あ、よろしくお願いします。阿久野 黒乃です」

 

 キッチンにいたのは、俺と同じくらいの年頃の少女。

 茶髪のショートカットに、白のリボンを両側に付けている。エプロンの下は白のシャツにジーンズと、しかしそれでもスタイルが良い為映える着こなしになっていた。

 女性的な丸みの多い俺と比べ、細身で足も長いモデル体型だ。健康的で、活発な印象。

 

 「こちらこそよろしくお願いしますッス! 先輩!!」

 

 おおう。

 店長に負けず劣らずやる気勢だ。体育会系って感じ。

 前世での上司とかがこういう感じだったから、ちょっと苦手なんだよなぁ……。

 

 「さぁ、それじゃあオープンしますよぉ!!」

 

 顔合わせを済ませ、店長が開店を宣言する。

 ……やる気が天上突破している彼女によって、SNSなどで広告を打っていたらしく開店前から行列が出来ていた。

 しかしバイトの数は限られている、今日も出勤は店長と俺、犬崎さんだけ。これ、回るのか……?

 

 「黒乃ちゃん『今日』は店員としてお願いしますねぇ!」

 

 店員として、つまりキャストの猫としてではなく人の姿のまま接客しろとのこと。

 まぁこの状況だ、猫の手も借りたいということだろう。

 本日から働き始める、新人の犬崎さんのサポートをするよう指示が下る。

 

 「……今日は忙しそうだから、手が回らなかったらごめんね」

 「いえ、勉強させて頂きますッス!!」

 

 これだけの客数を朝から捌くのは初めてだ。それに加えて、新人教育まで任されてしまった。

 猫の姿で働いて、揉みくちゃにされ続けるよりはマシだろうか。

 

 いらっしゃいませ、の俺達三人の合唱と共に開店。

 店内に客が雪崩れ込んでいく。

 新メニューや新サービス、そして割引までも突然始まったせいだ。すぐに店内は一杯になり、店の前にはまだ行列が残っている。

 

 「アイスコーヒー二つ、ケーキBセットで」

 「はい、かしこまりました」

 「こっちはタピオカミルクティー、サンドイッチセットの7番で」

 「は、はい、かしこまりました!」

 「中華丼とラーメン、ヤサイマシマシアブラマシコイメ。後、黒ウーロン茶」

 「少々お待ちくださいぃぃぃいいい!?」

 

 あちこちから飛び交う注文を捌いていく。

 軽食は以前からやっていたが、店長メニュー増やし過ぎ。セットメニューも種類が増殖して、混乱の元だ。

 最後の中華丼とラーメンも、当然やっていなかった。猫カフェに存在していいのか。

 

 「オーダー入りまぁす!!」

 

 忙しさで半ばヤケクソ気味に伝票を回す。

 店長は次々と入るオーダーで、キッチンに縛り付け状態。しかし何時もよりやる気がある為か、一応は回ってはいる。

 でもこれ犬崎さんの教育どころじゃねーぞ。駆けるように、彼女が残る店内に戻ると。

 

 「Cセットお待たせしましたッス! こちらは4番のセットです!!」

 「お会計ですね、2,860円になります! ありがとうございましたぁ!!」

 「お客様、その猫ちゃんはこの玩具がお気に入りッスよ!!」

 

 なにあれすごい。

 犬崎さんは、怒涛の如く働いていた。滅茶苦茶有能な新人だった。

 

 複雑になったメニューなのに間違いなく、速やかに配膳し。

 お会計も淀みなく、熟練の店員のように片づける。

 キャストである猫についても、しっかり頭に入れているようだ。入って一日目の、新人の動きじゃない。

 

 「先輩、2番テーブルの方お願いしますッス!!」

 「がってん!!」

 

 ……気づけば、先輩のはずの俺は使われる側だ。情けないが、彼女の優秀さは認めざるを得ない。

 従うまま、目が回るような忙しさの中で働き続ける。

 

 

 

 「――つ、疲れた……」

 「お疲れ様ッス、先輩!!」

 

 忙殺され続けたが何とか閉店まで働いて、片づけを終え終業。

 店長はまだ、仕事を続けていた。本当にどうしたんだろう……。

 バイトである俺達はそんな店長を背に、帰路についていた。

 

 「いやー、ごめんね。何時もはこんなに忙しくないんだけど」

 

 初日からあの状況、新人の彼女は面食らっていないだろうか。

 素晴らしい働きを見せてくれた犬崎さんが、これに懲りて辞めてしまうなんてなれば俺はまた過労死してしまうかもしれん。

 

 「すっごく楽しかったです! いやぁ働くっていいッスねぇ!」

 

 なのに犬崎さんは、すごくいい笑顔。あれだ、働くのが苦にならないタイプの人だ。

 店長のやる気はともかく、心強い同僚だな。

 

 「犬崎さんが良い子で良かったよ。これからもよろしくね」

 「はいッス! 先輩、お近づきの印に自分は白奈と呼んで下さい!」

 「うん、それじゃ……白奈ちゃん」

 「――っ」

 

 隣を歩く白奈ちゃんを、見上げるように呼ぶ。年頃は同じくらいっぽいが、モデル体型の彼女は身長も高い為だ。

 いきなり顔を背けられてしまった。

 ……ちゃん呼びは、少し馴れ馴れしかったか?

 いやでも同世代の女の子同士、俺は元男だがこれくらいの距離感でもおかしくはないはずだが。

 

 「先輩みたいな人が先輩で、自分幸せッス!」

 「そ、そう?」

 

 振りむいた彼女は、にへにへと表情が緩んでいる。可愛らしい顔だが、何か危うげな気配を感じる。

 

 「じゃ、じゃあ、私こっちだから」

 「お疲れ様でした、先輩!!」

 「ん、お疲れ様ー」

 

 ボロアパートの前に着き、そこで白奈ちゃんと別れる。

 ちょっと変わった子だけれども、頼もしい後輩だ。

 忙しい一日だったが、店が儲かればきっと時給も上がるはずだ。

 ……あの腹黒店長がきっと上げてくれると、信じたい。

 

 「ただいま帰りました」

 

 へとへとになった身体で、帰宅。今日もムショック様が出迎えてくれた。

 目まぐるしかった一日のことを話したり、どこそこに新しいスーパーが出来ていたことなどを聞きながら夕食。

 働きたくない為に働く、そんな矛盾な日常。

 

 けれども。

 確かに俺はこの日常に、幸福を覚え始めていた。

 

 

 「えへへ」

 

 陽は落ち、電灯どころか家具一つない暗闇の部屋。

 自分は、壁に耳を当てて小さな声で嗤う。

 

 「せんぱぁい……」

 

 このアパートは壁が薄い。

 彼女達の会話も、こうして壁に耳すれば筒抜けだ。

 逆に自分の部屋の音も、向こうから聞こえてしまうから気を付けないと。

 

 自分を、名前で呼んでくれた先輩。

 

 疲れ切った、怠そうな顔。

 擦り切れかけた、掠れた声。

 

 ――それでも、燃え尽きない意思。

 

 「はやく堕としたいなぁ……もっと、もっと……」

 

 声を大にして、叫びたい衝動を抑える。

 

 「自分『達』を倒したあの人を、もっと」

 

 怠惰の悪から、正義の労働へ。

 堕としたい。



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第四話『再来』

 「それじゃ、今度のテストはここまでの範囲だから」

 「ぶえー……やっと、終わったぁ……」

 「ありがと、ひのちゃん」

 

 中間テストが目前に迫った放課後。

 終わりを告げる私の、蒼河 氷乃の言葉に二人が応える。

 

 私達は、円力華の家で直前の勉強会をしていた。

 

 「あー……何とか最下位は免れそうだよぉ。ありがとう、氷乃ちゃん」

 「……うん、頑張ろうね」

 

 これだけ教えて、どうして最下位回避という目標なのか。

 円力華は、ちょっと勉強が不得意だから。寝転んで、私の膝に頭を預ける彼女を努めて突っ込みせず撫でる。

 

 「やっぱりひのちゃん、教えるの上手だねー」

 

 その様子をじっと見つめている心愛。

 

 「あ、あはは。わ、私は天ッ才だからね!!」

 

 振り切るように応える。

 なんだかその眼が恐ろしかったから。甘えたがりの円力華は可愛いが、一番は心愛だからね? そういうのじゃないからね?

 

 「お、お茶が入ったよぉ」

 「すみません、ありがとうございます」

 

 助かった。

 タイミングを計ったように、円力華のお父様がお茶と茶菓子の載った盆を手に入ってきてくれた。

 

 「パパっ、ありがとう!」

 

 お父様大好きな円力華が飛びつき、一時休戦。

 ケーキと紅茶、私達の分を出してくれると彼はさっさと部屋を後にしてくれる。

 年頃の女の子の集まる場、気を使ってくれているらしい。

 

 部屋が、和やかな雰囲気を取り戻す。

 友達で集まった勉強会、それを邪魔せず助ける姿勢に頭が下がる。もうちょっとで、心愛が修羅場モードに入っていただろう。

 

 「はぁ……平和ねぇ」

 「へいわだねぇ」

 「うん、平和が一番だよ」

 

 ――紅茶を口にして、思わず呟く。

 

 世界は、平和を取り戻した。

 私達正義の魔法少女、プリナーズが戦う悪の組織ヒキニートー。

 連中は世界侵略の最後の仕上げとして、国際会議の場を襲撃した。

 それを阻止すべく、三幹部との死闘を越えて勢いのまま本拠地へ突入。主に、心愛……プリナーフェイトが何時も以上に勢いに満ちていたが。

 

 悪の組織は壊滅し。

 私達プリナーズは変身する必要もなくなって、日常を謳歌していた。

 

 「ほんと、平和」

 

 黒乃、プリナーブラック……あいつとも本拠地を壊滅してから、逢っていない。

 追い詰めこそすれこそ、悪の巨魁ムショックと共に脱出はしたようだ。

 かなり追い詰めたから今は戦う術すらないのだろう。

 怠惰によってエネルギーを得るという理知外の性質上、いつか相対することになるだろうが。

 

 「ずっと、平和が続けばいいのに」

 

 私は、その時が来るのを望んでいない。

 

 「……ずっと」

 

 私は、その時が来るのを待っている。

 

 あれだけ、どこでも顔を合わせていた黒乃。

 なのに今は消えてしまったかのように、逢えない。

 

 ――逢ってしまえば、戦うことになる。

 

 矛盾した願い。

 逢いたいのに、逢いたくない。

 

 あのばか。

 こんなの理外だ。理屈の外だ。

 未知を許さずそれを踏み荒らすことに喜びを覚える、天ッ才の私が許容できるはずがないのに。

 本当に許せないわ。

 

 「…………ひのちゃん?」

 「お、美味しそうなケーキね!!」

 

 気づけばまた、あのばかのことを考えて物思いに耽ってしまった。最近、少し間が空くと堂々巡りのように考えてしまう。

 そんな私を刺す、心愛の視線。

 誤魔化す為、美味しそうなケーキの載った皿に手を伸ばす。

 

 天ッ才の私は知っている。

 心愛に睨まれながらも、今ここに在る平和は崩れ去るのだということを。

 

 平和は、日常はいつか崩れる。

 

 私は崩壊を予測し、予感し。

 その『再来』を願わずも待っていた。

 

 

 「……」

 

 ぶえー。

 思わず、と吐き出したはずの声も音にすらならなかった。

 

 俺は疲れていた。

 

 猫カフェ『どんとわーく』の店長が、異常なやる気を出して五日が経ち。

 とにかく現金が必要な俺も、毎日出勤し続けて疲労はピークに達していた。

 

 ……今日は、白奈ちゃんも非番だったしなぁ。

 

 白奈ちゃん、デキる新人の後輩も今日はお休み。他のバイトさんもいたが、連続して増える新メニューやセット。過剰な広告によって増え続ける、お客さんを捌き切るには不足していた。

 

 「……」

 

 もう既に二十一時、店の片づけを終える。普段なら、ムショック様と夕飯を終えてだらだらしている時間だ。

 

 『どんとわーく』の営業時間は、十七時まで。

 それは伸びて続けていた。

 現金が必要な俺は、それに従い働き続けていたが。

 

 「店長ー」

 「はたらかなきゃ」

 

 片づけを終え、事務所でパソコンを前に働き続ける店長に声をかける。

 やはり、異常だ。

 金にがめつい彼女だったが、今ほど勤労意欲が激しい人ではなかったはずだ。

 

 「店長、そろそろ」

 「はたらかなきゃ」

 

 お休みにしませんか、と言おうとした俺の声が遮られる。

 定休日を無くし、営業時間の延長。店長の彼女は、家に帰った様子がない。店に泊まり最低限の睡眠だけで、働き続けている。

 

 「……お疲れ様でした」

 「はたらかなきゃ」

 

 尋常でない様子の店長を背に、職場を後にする。

 疑念は確信になっていた。

 

 俺には、やることがある。

 

 すっかり夜の帳を下ろした街。

 未だ灯りを残す店から出た俺は、その『気配』に告げる。

 

 背後に浮かぶ、影。

 

 「いるんだな」

 

 そこに、奴はいた。

 確信から発した言葉。俺は、店長のあの姿を……異常に働き続けようとする人の姿を、知っている。

 

 「――」

 

 シャッターを下ろした商店街、人気のないそこに在る人ならざる存在。

 

 「……まだ、残ってやがったか」

 

 安寧の暗闇。

 皆が休むべき夜闇の中。

 影の中から……黒を犯すように一際、輝く白が浮かぶ。

 

 「プリナーハーケン……ッ!!」

 

 そこにいたのは、白の魔法少女。

 勤労を最上の是とする異世界からの来訪者、ハロワー。

 

 奴の創り上げた、最強の魔法少女。

 

 白の衣装に身を包み、白の仮面をつけた御使い。

 のっぺらぼうの、目口が存在しない無辜の怪物。

 

 プリナーズを『試し書き』……試作型として使い、完成させた世界侵略兵器。

 量産型――つまりは最適化された正規の、最善最強の魔法少女。

 以前、俺が倒したはずだが。

 幾千の数が作られたこの人形には、生き残りがいたらしい。

 

 「――」

 「だんまりかよ」

 

 世界を勤労の正義に堕とす為の装置、そんな存在に感情はなく。ただ最適解の行動に徹する。だからこそ、恐ろしいはずだが。

 

 「お前が、店長をあんなにしたんだろうが!!」

 

 糾弾する。白の人形は、黙したまま。

 

 気づき始めてはいた。

 プリナーハーケンは、人々に勤労を強制させる能力を持つ。

 その能力によってハロワーは、世界を勤労の白に染め上げようとした。

 

 店長が、過剰に勤労意欲に励み始め。疲れ、それでも働き続ける姿。

 そんな姿は、連中の再来を感じさせたから。

 

 

 「――俺は働きたく、なかった」

 

 前世で過労死に終わり。

 働かなくても良い世界を、実現する未来を夢見て。

 

 俺は、不労を願い戦い続けた。

 

 しかしそれでも世界は、正義に勝利する悪を認めず。

 俺の夢は潰え、それでも僅かに掴んだ夢の欠片にしがみついてきた。

 魔法少女の力も無くし、ただの人として。

 

 「それでも、ちょっとずつ」

 

 俺の独白を白の怪物は、黙して聞いている。

 いいだろう、聞かせてやる。

 

 「この日常が」

 

 この怪物に対して。

 ただの中卒無資格、十六歳の女の子な俺が抗する手段はない。

 新しい日常。俺とムショック様の、二人の平穏。

 

 「幸せだと――!!」

 

 勝てるわけがない。

 俺達の平穏を崩そうとする怪物に、ただの人間が勝つ道理はない。

 それでも。

 

 駆ける。拳を握る。振りかぶる。

 白い怪物。

 何の力もない、ただの人間であるこの身が振り下ろす拳なんて。

 

 

 

 「――思えたんだッッッ!!!!」

 

 

 

 効くはずがない。なのに。

 振り抜いた拳。

 それが、怪物をぶん殴って吹き飛ばす。

 

 

 

 ……殴った右の拳が、黒い手袋に包まれている。

 それを追うように『衣装』が俺の身に展開してゆく。

 

 黒のスリーブ、それに続くように胴を包む黒のスーツ。

 胸元から下がっていくように、ふんわりと広がる黒のスカート。

 フリルとリボンが飾られたその先に、黒のブーツが展開されていく。

 頭と腰には俺の身体、猫型魔法生物に所以するかのように猫耳と鉤尻尾。

 

 全て、悪の黒に染め上げられている。

 

 「――ッ」

 

 拳の一撃、それに吹き飛ばされた白の人形が初めて心を動かす。

 『衣装』……その鎧に身を包んだ俺。

 この顕現に。

 正義の白に対して、復活した悪の黒に驚愕したように。

 

 「……働く皆に安寧を」

 

 俺は、怠惰の悪を願って堕ちた魔法少女。

 

 「プリナーブラック」

 

 再来した、黒の魔法少女だ。

 

 

 

 「ぐ、えッ」

 「――」

 

 不意打ちの一撃から立ち直った、プリナーハーケンが反撃の蹴りを繰り出してくる。

 速い。見えなかった。

 重い。とっさに組んだ腕のガードが軋んでいる。

 

 最強の魔法少女、その速さはジーニアス並みでその一撃の重さはフォース並みだ。

 淀みなく俺の防御の上から連打を繰り出す、その技巧はフェイト並み。

 ……魔法少女の完成形だと言うのに、誇張はないのだろう。

 

 「ちぃ……!」

 

 ガードの上からも響く衝撃。土砂降りのように襲うそれを、防御するしかできない。

 以前、この怪物と対した時は世界中の『はたらきたくない』という願い。そして、そんな人々を怠惰に堕としたことで得た膨大なエネルギー。

 そのおかげで幾千の数が相手でも、圧勝出来た。

 

 「クソッ」

 

 反撃の砲撃はするりと躱される。

 だが現状、手持ちのエネルギーは変身するだけの最低限。状況は夜、この商店街は『どんとわーく』以外静まり返っている。

 ……店長を怠惰に堕とす。気持ち多めに。

 

 「プリナーブラックシールドッ!!」

 「――!」

 

 補充したエネルギーで、防壁を展開。

 黒い半球状の、魔法の盾がハーケンの拳を弾く。

 俺は、プリナーブラックは防御と耐久に秀でた魔法少女だ。フォース並みのパワーがあろうと、そう簡単にこの盾は崩せない。

 

 「――」

 

 それを理解したのか、ハーケンが上空へ飛翔し距離を取る。

 勢いを載せた大技で突破するつもりだろう。

 なんて、分かりやすい。

 

 「こいやオラァ!!」

 

 俺はシールドを張り直して、それを待ち構える。

 どうせ、あの速度には対応出来ない。

 どうせ、最大出力の盾でも防ぎ切れない。

 

 「――」

 

 上空から、白い流星のようにハーケンが蹴りの姿勢で突っ込んでくる。

 

 「――っ!?」

 「やっぱりお前、人形だな」

 

 ……ばりん。

 蹴りが盾に直撃。しかしそこに、硬さはない。

 出力を調整し、あえて破れやすいよう細工していた。想定より簡単に砕けた盾、それによりハーケンは態勢を崩す。

 砕け散った盾の破片を目くらましに、俺はハーケンの脇に身を滑らせ。

 

 「――プリナー・ブラック・ストライク」

 

 無防備な脇腹に、黒のペンから最大砲撃を放つ。

 黒の光、その奔流に呑まれたハーケンが再び吹き飛ばされる。

 

 やはりこの人形は、自動的過ぎる。

 

 最高の性能で、最大効率を行う。

 確かに最強だろうが、不確定要素を軽視し過ぎる。だから、悪知恵を働かせる俺とは相性が悪い。

 ……格上との戦いには慣れてるし、な。

 

 「――」

 

 倒れ伏し、街灯でスポットライトのように照らされるプリナーハーケン。

 ダメージこそ入っているが、それでも耐え切ったようだ。防御性能も高いらしい。

 

 「どうやって生き残ったんだか知らねーが」

 

 その前に立ち、俺は黒のペンを差し下ろす。

 これで、止めだ。

 

 「えへへ」

 「……笑った?」

 

 白の仮面。

 その奥から響く笑い声。

 意識を取られた瞬間、目の前からプリナーハーケンは消え去っていた。

 

 「クソ、逃げられたか……」

 

 周囲にハーケンの反応はない。

 取り逃がした。

 しかし、人形らしからぬ鮮やかな退き際だ。恐怖という感情すらない人形が、退くこと自体異常なのだが。

 

 ――確かに笑った。

 その声にどこか、聞き覚えがあった気がするが。

 

 「……」

 

 とにかく。

 黒の魔法少女は再来を成し、戦う力を取り戻した。

 これで怠惰のエネルギーを集めることが出来る。

 しかし。

 

 「プリナーハーケン……奴を、野放しには出来ない」

 

 俺が戦うべきは奴だ。

 世界を勤労へと強制し、人々の幸福を奪う怪物。ハロワーの置き土産。

 奴は、俺が戦わなければならない敵。

 

 「世界を、怠惰に染め上げる為に」

 

 怠惰の黒へ、世界を染め上げる為に勤労の白を潰す。

 安寧を望む人々を守ってみせる。



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第五話『一人じゃない』

 夜闇に沈む、地方の工場。

 そこで俺は人知れず一息つく。

 

 ――今日も、逃げられたか。戦闘を終え、変身解除。

 

 「ふぅ」

 

 俺が魔法少女に変身することが可能となって、二週間程の時が過ぎた。

 プリナーブラックとなり、怠惰のエネルギーを回収することが出来るのならば。

 

 すぐにでもムショック様復活の為、活動に精を出したいと思っていたが。

 

 「全く、何度目なんだか」

 

 安定しつつある俺の新たな日常、それを破壊し得る俺の敵。

 白の怪物プリナーハーケン。

 奴による、世界への襲撃。

 それを防ぐ為、俺は活動する暇もなく戦い続けていた。

 

 

 

 俺が務める『どんとわーく』は店長を怠惰に堕としたことで、無茶な経営から遠ざかり。

 売上と、従業員満足度のバランスを取れるようになった。

 あの腹黒店長が、適度にやる気と怠けを選んだ結果だ。

 

 ……具体的には、俺の時給は最低限賃金を保障するようになり。

 店長や俺達店員のライフワークバランスを重要視した為、職場は心地よい温度を取り戻した。

 キャストたる猫達も、落ち着いて。

 これで平穏、と思う間もなくプリナーハーケンは再出を繰り返した。

 

 「やっぱ、詰め切れないんだよなぁ」

 

 自嘲するように笑う。詰めがいつも甘いと、あいつに言われ続けていたから。

 最強の魔法少女、プリナーハーケン。

 自動的な人形である奴は、人々を襲い続けていた。

 

 ――世界を、勤労に染め上げる。

 

 正義の妖精ハロワーの置き土産、あの怪物はその目的に沿って世界を襲撃している。

 しかし、その目標は今日のように地方の工場であったり効率的ではない。

 

 「今は、まだ」

 

 まだ、脅威ではない。

 繰り返されるハーケンの襲撃、俺の出撃。

 あの時、初めて笑って見せた人形は成長し続けている。人形が意思を持ち、ゆっくりながらも自身を育てている。

 不意打ちも通用しなくなってきている。学習し、対応しているのだ。

 

 寒気を覚えるが、経験値の上でまだあの怪物を御せている。

 

 「……でもよ」

 

 このまま、奴の襲撃と撃退を続けることは不可能だ。

 いつか成長し続ける奴と、俺の力量差は逆転する。

 

 「俺は、悪の魔法少女だからな」

 

 正義の白、勤労を是とする世界を否定する為に堕ちた魔法少女。

 『彼女達』に助けを求める訳にはいかない。

 

 生まれ変わって、数奇な経緯で女の子になって。

 それでも、男の意地なんてモノは残っている。

 たまたま魔法少女の力を得た中学生の子供に、助けを求めるなんて情けない真似出来やしない。

 

 ――俺は、悪を願って堕ちた。

 

 故に、正義に背を向ける。

 例え敗北が運命とされようとも。

 

 

 「いらっしゃいませぇー」

 

 怠気な間延びした声に、迎え入れられる。

 日曜昼間。私、桃空 心愛はその一歩を踏み出した。

 ……ね、ねこカフェってこんな感じなのかな?

 

 「い、一時間お願いしますっ」

 

 出迎えてくれた人……店長さんらしい女の人にお金を差し出す。

 

 「あー……清算は、退店時にお願いしておりますぅー」

 「っ、あ、ごめんなさいっ」

 

 早速、恥をかく。

 こういうお店に入るのは初めてだ。それも私一人、スマホでお店の情報を調べてみたりはしたけれど緊張する。

 普通の喫茶店すら私だけで入ったことはない。

 

 喫茶店とは、大人の世界だ。

 

 パパやママに連れられて入るのはともかく、中学一年生の私が入るには膨大な勇気を必要とする。

 それでも僅かなお小遣いを握り締めて、このお店を訪れたのはその一歩を踏み出したいと願ったからだ。

 

 

 

 『ね、ママ。好きな人が、誰か別の人を好きになったらどうしたらいいと思う?』

 

 二人きり。居間でそう切り出した私をママはかなり、複雑な顔をしてから。

 

 『む、難しい問題ね……』

 『私は諦めたくない』

 

 ママは、私とひのちゃんのことを知っている。

 色々障害は在ると諭されながらも、最終的には認めてくれている。だから真剣に考えてくれている。

 

 『――まずは知ることだと、思う』

 

 そして考え抜いた先に、応えてくれる。

 

 最近、ひのちゃんは何時もあの人のことを考えている。

 悪の組織を、正義の私達が叩いて潰して。

 正しいはずなのに。

 

 あの人。

 今は行方不明となった阿久野 黒乃。

 ひのちゃんの身体を奪って、好き勝手して。その心さえ、いつの間にか奪おうとしている。

 

 許せない。

 

 わたしからひのちゃんをうばおうとするなんて、ぜったいにゆるせない。

 そんな人のことを、解ろうとする必要なんてないよ。

 正義が、悪を。

 

 『……心愛。貴女は、これから大人になる』

 『わからないよ』

 『知ろうとする、解ろうとする心を忘れないで、お願い』

 

 ママが私を抱き締めて。願いを口にする。

 心を愛する。

 その名を頂く、私を。

 

 『最後に、解らなくても良い。それでも、解ろうとして欲しいの』

 

 たぶん、ママが言っていることはとても難しいことだ。

 理解することを拒み、敵を許さないことは簡単なのに。

 

 『その先に、きっと納得出来る幸せが在るから』

 

 納得出来る幸せ。

 ……こどもの私には、まだわからない。

 それが出来るようになるには。

 

 まずは知って、解ろうとして。

 最後には許せるように――。

 

 ”許しちゃいけない。分かる必要なんてない。敵を、悪を倒せ”

 

 『…………うん』

 

 応えながら。

 ナニかの声が、私に囁いた。

 

 抱き締めてくれる、ママの体温が遠くなる。

 ”その声”が私を冷たく、正義と悪の論理に染め上げる。

 私は正義の魔法少女。

 

 ――悪を倒す、完全無欠の白でなくてはならない。黒を許してはいけない。

 くろのちゃんのことを、知る必要なんてない。

 

 

 

 そのはずなのに、私はここを訪れてしまった。

 敷居の高い、喫茶店。それも猫カフェと呼ばれる特殊な場所。

 

 知ろうとする努力をする。

 例え、ナニかがそれを否定しようとも。

 ……私は、諦めたくない。

 

 ひのちゃんが最近、このお店にこっそり通っているのはくろのちゃんの影響らしい。

 猫さんは嫌いではないが、特別好きでもない。

 くろのちゃん本人が行方不明で会いたくても会えない以上、彼女の嗜好から知ろうと思った。

 

 「ではご案内ぃ~」

 

 たまたま運良く、お客さんのいないタイミングだったようだ。

 店長さんらしい女の人が猫を抱えて連れてきてくれた。

 人気ナンバーワンらしい、毛並みの良い黒猫。

 

 「にゃ、にゃあん♪」

 

 黒猫は、どこか気まずそうに鳴いた。

 

 

 鳴いた。というか泣いた。

 いつものように猫カフェ『どんとわーく』で人気ナンバーワンの猫、クロちゃんとして働いていた俺の前に。

 客としてやってきたのは、正義の魔法少女プリナーフェイト。

 

 桃空 心愛だった。

 

 やべぇ怖い。

 最初に抱いたのは恐怖。

 成長し続けるハーケンよりよっぽど怖い。最強の魔法少女より怖いって何それ。

 

 「……」

 

 こういう……猫カフェに慣れていないのか、接客する俺を彼女は無言でじっと見つめている。

 顔は強張っていて、眼も座っている。

 

 「し、知らなきゃ」

 

 ヒィ!?

 両脇に手を伸ばされ、抱き上げられる。

 

 「「……」」

 

 抱き上げられたままで、互いに見つめ合う。

 あまりにも想定外の状況だが。

 

 ――こうして彼女と向き合ったのは、初めてだ。

 

 茶色がかった黒髪。年相応に幼い顔立ち。

 視線は不安げで、なのにその奥底には強い意志を感じさせる。

 

 どこにでもいる、普通の女の子。

 

 しかし俺が知っているのはそんな心愛ではなく、理不尽の権化のような正義の魔法少女だけだった。

 超絶の戦闘技能に加え、人理を覆す剛運。それに俺は、負け続けた。

 いつしかプリナーフェイトは、俺の中で怪物の代名詞となり。

 

 知ろうとすら、しなくなった。

 

 避けるべき脅威。

 ……初めて入るお店に緊張している、ただの女の子だってのに。

 

 「なぅ~……」

 

 触れたくなって、抱き上げる指先に頬擦る。

 細く小さな、けれど温かな指先。突然動いた俺に、彼女はびくりと震えたが。

 

 「……可愛い」

 

 へにゃ、と頬を緩める心愛。

 そこには、ただの女の子の笑顔があった。

 

 猫として働くなんて、冗談みたいな状況だが。

 

 これが今の俺の仕事だ。

 

 最強の魔法少女を正面から打つ倒す、主人公補正の塊みたいな理知外の魔法少女。

 けれども普通の女の子を和ませ、癒す。

 今日初めて、仕事が出来た気がした。

 

 「うん。ちょっと、解った気がする」

 「にゃうん♪」

 

 指先で俺の頭を撫でる指先が、優しい。

 いつしか、心愛の強張った表情は溶け切っていた。

 

 

 「……なーにが『にゃうん♪』よ、あのばか」

 

 タワーマンションの最上階、その一室……電子機器がびっしりと壁を埋め尽くす部屋の中。

 遮光カーテンにより無数のモニターだけが照らす中で。

 私は、蒼河 氷乃はあのばかを罵っていた。

 

 「何私の心愛を誑かそうとしてるのよ、ぶっ殺すわよ……」

 

 ぶつぶつと愚痴りながら、モニターに写された『どんとわーく』の店内にある二人を睨む。

 店内の監視カメラをハッキングし、盗聴……いや正義の魔法少女である私がそんな違法行為はしない、ちょっと回線にアレしただけだ。

 

 とにかく、あのばかの。

 阿久野 黒乃……プリナーブラックの動向の全てを、私は監視していた。

 

 ――切っ掛けは、彼女の再来。

 

 壊滅に追いやられ、行方不明となっていた黒乃。

 私はその行方を捜し続けたが……結局、その時まで見つけ出すことが出来なかった。

 

 彼女は変身を成した。以前、彼女と『重なっていた』ことからその変化を私は感じることが出来た。

 だからその非科学的な直感に従い、彼女を追い続け。

 

 ついには捕捉、その動向を探っていた。

 

 街中の防犯カメラで発見、生活拠点の特定。全てを失った彼女は、金銭を得る為『どんとわーく』で日々働いているようだった。

 猫として。時には人として。

 何それ。頭悪いの? 天ッ才の私なら、すぐ解決してやったのに。

 

 「ほんと、頭悪いんだから」

 

 そのばかに、再び戦うことを決意させた相手。

 プリナーハーケン。黒乃は、奴と戦い続けている。

 人々を襲い、世界を侵略しようとする敵。

 

 前。

 黒乃が世界を怠惰に堕とそうと、必死に抗って。

 私達、正義の魔法少女はそれを阻んだ。

 

 今。

 黒乃は、世界を勤労に堕とそうとする敵と一人で戦っている。

 

 「もう、あんたは一人じゃない」

 

 ハロワーの枷から解かれた私達、正義の魔法少女は。

 そんな不幸を、認めない。

 

 「――国内、加奈島。来たわね、プリナーハーケン」

 

 私の構築した監視システムが、奴を捕捉する。

 加奈島……少数の人々が暮らす、小さな離島で。プリナーハーケンは、その機能で人々を勤労へと強制している。

 まるで、誘うように。

 そろそろ黒乃だけでは、相手取るには厳しくなる程に成長した怪物。

 根本的な対処に、まだ目処は立っていない。

 その為にハーケンの襲撃を認めながらも、未だ介入することはなかったが。いい加減、状況とか私の我慢とかが限界だった。

 

 『どんとわーく』の店内、モニターに写る黒乃も気づいたようだ。

 慌てて仕事を抜け出して、その迎撃に向かっている。

 心愛には、まだ知らせていない。まだ、時間が必要だと私が判断した。

 

 「行くわよ、円力華」

 「がってん」



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第六話『魔法少女』

 「はたらかなきゃ」

 「はたらかなきゃ」

 「はたらかなきゃ」

 

 本土から遠く離れた孤島、加奈島。人口数十人という、静かなここ。

 いつもなら、陽が沈むと共に安らぐ人々は。

 過労という毒に侵された亡者となり、祝詞のように蠢き続ける。

 

 「ちィ――ッ!!」

 「えへへ」

 

 笑うなクソったれ。

 プリナーハーケンに襲撃され、人々が勤労に強制され。

 それを感知した俺は、何時ものように独りその迎撃に出ていた。

 

 「プリナーブラックシールド、多重展開ッ」

 

 高速で四方八方から俺に浴びせられる白の砲撃。

 俺は、全周に展開した盾でそれを防御する。

 

 ハーケンによって勤労に強制される人々を怠惰に堕とし、エネルギーを現地で回収して戦闘に用いる。

 ……おかげでエネルギーは、ちっとも貯まらない。ムショック様の復活の為、残しておきたいものだが。

 

 「こっちだ――ッ!」

 

 全周防御を砲撃で砕き切って。

 肉弾、蹴りを打ち込もうとしたハーケンが俺の幻影を貫く。

 シールドで守ると見せかけ、その内側には幻影。

 無防備になる背後を取る……!

 

 「それは、もう視た」

 「ぐゥ、え――!?」

 

 しかし、成長し続ける人形に同じ手は通じない。

 

 学習する最強の魔法少女。

 プリナーハーケンは、欠点を塗り潰し。

 ついには、俺の手に負えない怪物として完成していた。

 

 白の怪物、その背から延びる『腕』。その先には白のペン。

 そこから放たれた、即応の砲撃。背後を取ったはずの俺は吹き飛ばされる。無人の家屋を盛大に崩壊させながら、ようやく止まった。

 魔法少女の衣装は攻撃を自動的に防御するが、それでも限界はある。

 

 「ま、だ」

 

 ボロボロになった黒の衣装。スカートは裂け、あちこちが焼焦げ穴だらけ。

 立ち上がることも出来ず腰を下ろしたまま。

 

 「まだだ!」

 

 ――抜き打ち。

 吹き飛ばされ、瓦礫を背にした俺。

 ゆっくり歩き接近しようとするハーケンに、急所を狙った砲撃。

 

 「えへへ、えへへへへ」

 「……怪物め」

 

 しかし、ハーケンの脇腹から延びた『腕』がそれを防御する。

 真っ白な腕が崩れ去るが、それでも本体は無傷。

 嗤いながら、怪物がいたぶるように俺へ歩を進めてくる。

 

 「クソ、クソッ……! 俺は、お前に負ける訳には――!!」

 

 歩み寄る怪物に、がむしゃらに砲撃を連打する。しかし奴は弾き、時には避けて。

 確実に、死が歩み寄る。

 

 俺が新たに得た平穏。

 ムショック様に見送られて、働いて。

 帰ってきて、おつかれさまと労われて。

 そして、また明日。

 

 奴に負ければ、そんな日々は破壊される。

 

 「負けたく、ない……!!」

 

 駄々を捏ねるように、撃ち続ける。

 もはや理屈も何もない。それでも最後を否定したくて、俺は力を尽くす。

 

 「つかまえた」

 「……っ、がァ……ッ」

 

 しかし。

 歩み寄る白の怪物は、ついに俺を捕らえた。

 首に掛かる手。ぎちぎちと締め上げるそれを両手で振り解こうとするが、力が入らない。

 それでも藻掻く。

 目の前にはのっぺらぼうに、白い仮面。触れる程に近い。

 

 「――ああ」

 

 ……?

 表情を見せない、白の無貌は。

 確かに震えた。

 

 「もっと抗って。もっと傷ついて。もっと――」

 

 のしかかるように、馬乗りになるハーケン。

 嫌でも発熱した体温が伝わる。その興奮が俺に流し込まれる。

 

 「私『達』と戦って、そして」

 

 この怪物は、俺の窮地を願っている。

 

 堕ちて。

 

 「ぐ、がぁああああああッ!?」

 「死ぬほど働いて。今度は、死にたくないと怠惰を願う貴女を」

 

 堕としたい。

 

 勤労を怠惰に堕とすことで、エネルギーを得る俺達。

 それと相対する奴は、真逆の性質。

 怠惰を勤労に堕とすことを願うのは、自明だった。

 

 「貴女が傷つくのが好き。怠惰を願いながら、働いてしまう貴女が好き」

 

 ハーケンが両腕で、俺の首を締める。

 

 「えへへ。大好き」

 「ぐっ、ぇ―――」

 

 空気が足りない。

 

 締め上げられる首。

 急速に視界が、白に染められてゆく。

 朦朧とする意識に、自身の手を尽くして足りない敵に。

 ……諦めを、望み始めた時。

 

 

 

 「ばーか」

 

 

 

 蒼の砲撃が、白の怪物に反撃する。

 

 「ブラック!」

 

 黄の衣装に身を包んだ、魔法少女が俺の身を助け起こす。

 蒼の衣装に身を包んだ魔法少女は、俺の身を守るように立つ。

 

 「本当に、ばかなんだから」

 「もう、だいじょうぶだよ」

 

 黄山 円力華が俺を抱き締める。心地よい体温。

 蒼河 氷乃が俺を守り敵に立ち向かう。天ッ才の背は、何よりも心強い。

 

 「働く皆に英知を」

 「働く皆に力を」

 

 ――二人の魔法少女が、宣言する。

 

 世界を傾けようとする白の怪物に。

 それを一人で防ごうとした、愚かな俺を背に。盾となって。

 人々の日常、働く皆の為に戦う彼女達。

 

 「「働く未来に白く輝け! プリナーズ!!」」

 

 ハロワーに囚われた怪物と、その枷を解き放った二人の魔法少女が対決する。

 畜生、これだから正義の魔法少女ってやつは。

 

 俺が。

 悪の俺が、勝てないわけだ。

 

 

 ようやく、逢えた。

 魔法少女の衣装を裂かれ、焼かれて。立ち上がることすら出来ない。

 そんなボロボロの姿。

 プリナーブラック、阿久乃 黒乃。

 

 「ジーニアス・アイス・ニードル!!」

 

 そんな彼女を背にして。

 感情が赤熱する。私は高まった敵意をぶつけるように、白の怪物へ氷弾を連射する。

 全弾、軌道予測して放った重弾射撃。網より密に、面で放った多重砲撃。

 

 「――邪魔」

 

 私達の参戦に、苛立ったように呟く怪物。

 回避不可なはずの砲撃を、白の怪物はするりと抜ける。

 ……一撃でも当たれば、氷結し足を止められるはずなのに!

 

 面の砲撃を抜けたハーケンが、必殺の拳を私に放つ。

 当たれば、死ぬ。

 最強によって放たれる最速の攻撃。

 

 「確かに、速いわ」

 

 迫る怪物。

 けど。

 

 「私の方がッ、速い――ッ!!」

 

 最強の魔法少女。

 プリナーハーケン。

 彼女は硬く、強く、速く。全ての性能で、私達プリナーズを凌駕する。

 

 「ッ――!?」

 

 ――視える。動ける。

 あのばかを救う為なら、私は。

 

 プリナージーニアスは最速よりも、最速で動ける。

 

 限りなく零に近い距離で、拳は私に届かない。

 真に速い魔法少女は。

 その距離を、届かせない。

 

 「今よッ、フォース!」

 「がってん!!」

 

 ここ。

 拳を振り切ったハーケン。

 天ッ才の私が導き出した勝機。一点に、最強よりも強く煌めく光が注がれる。

 

 「プリナーフォースストライクッ、マキシマライズッッッ――!!」

 

 無防備に晒された背。

 そこに神雷が振り下ろされる。

 黄金を纏う白光の砲撃。

 

 「っ」

 

 雷光に貫かれた人形は、叫び声すら許されない。

 

 プリナーフォースは、純粋な力に秀でた魔法少女。

 円力華の、全力全開の一撃は全てを貫く。

 例え、最強の防御を誇る魔法少女相手でも。

 

 「ぎ、ぎ、が、ぁ……」

 

 ハーケンが地に倒れ伏し、痺れたように呻く。

 白の衣装は雷撃で煤焼けて、既に戦闘能力を失っている。

 

 「ふう……」

 「ばか、止めを――!」

 「は?」

 

 誰がばかだばか。

 そう言い返そうとした瞬間。

 

 「に、逃げられちゃった……?」

 「……だから言っただろうが」

 「う、うるさいわね! 助けてもらっておいて!!」

 

 フォースに助け起こされながら、じと目で私を見るブラック。

 黒の衣装は、あちこちが裂かれ布切れのようになり。身体もぐったりさせてはいるが、憎まれ口を叩くくらいの元気はあるようだ。

 

 「……うん、そうだな」

 

 ありがとう。

 

 「――」

 「あはは、ジーニアス顔まっかー」

 

 フォースちょいお黙りなさい。

 安心したような笑顔で、素直に礼を言われると何故かどきどきする。いっつも意固地で、全然誰かを頼ろうとしない癖に。

 ……そんな風にされちゃうと、私。

 

 「ありがとうついでに、すまん。ちょっと限界っぽい」

 「「ちょ」」

 

 そう言ったきり、プリナーブラックは意識を失い。

 光が霧散するように彼女の魔法少女、その衣装が解ける。

 フォースの腕には、猫の姿。疲れ切ったようにすやすやと眠っている。

 

 「はぁ……それじゃ、帰りますか」

 「うんっ」

 

 眠る黒乃を抱き上げたフォースと共に帰還する。

 結局、ハーケンは仕留めきれなかった。

 

 もう、一手あれば。詰め切れたのだろうか。

 ここにいない、もう一人の魔法少女のことを考える。

 

 プリナーフェイト、桃空 心愛は黒乃に対して複雑な感情を抱いている。

 黒乃が私の身体を奪い、プリナーズと敵対したこともあるが。

 しかし私達の為に、ハロワーと対峙したことでそこは一応解決している。

 

 ……原因ははっきり分かっている、私だ。

 

 あれ以降、私は黒乃に惹かれてしまっている。ただ、その感情の方向性は私が心愛に抱くモノとは違う。

 だから心愛を私の、と言って憚らない。

 黒乃に抱いている感情――それを今の心愛に分かってもらうのは、とても難しい。勘違いが憶測を加速させるだけだろう。

 今は、時間が必要だ。

 そう思うから、私達二人だけで黒乃の動向を探り助けに入った。

 

 どっちにしろ怒られるんだろうなぁ……。

 

 解ってくれなかったとしても、解ってくれたとしても。結局、怒られそうだ。

 でも、私はそれでも黒乃を救いたい。

 心愛とは違う。けれども同じ言葉。

 す――いや、やっぱり止めておこう。心の中で、けれどももっと奥底にその言葉は隠しておく。

 

 

 「ん、あ……」

 「やっと起きた」

 

 全身が倦怠感に包まれているが、意識が浮上してしまう。まだ眠っていたいが、逃避を許さないように差し込まれる声。

 

 「ぶえー」

 「ぶえーじゃないわよ、ばか」

 

 声の主は蒼河 氷乃。どうやらここは、こいつの部屋らしい。

 モニターが無数に薄暗い部屋を照らしそれらを統べるように、椅子に座る氷乃の影が伸びている。

 ……俺はベッドに寝かされていたようだ。怠い身体に鞭打って上体を起こす。

 

 「助けられちまったな」

 

 畜生。

 こいつに、こいつらの手を借りないと願ったはずなのに。

 

 「もうあれは、あんたの手だけじゃ負えないからね」

 

 あれ……プリナーハーケン。

 成長し続ける最強最適解の魔法少女。

 いつか、手に負えなくなると理解しながらもあがき続けた。その結果が、これだ。

 

 「働く未来に白く輝け、だっけか。お前さんらの望み通りじゃないのか?」

 

 世界を勤労に染め上げる。

 それはかつてハロワーが、プリナーズが望んだモノだ。

 ハーケンが、実現しようとしている世界。

 

 「魔法少女、舐めないでよ」

 

 ハロワーの枷から解かれ。

 正義の白、悪の黒という両極端から解放された彼女達は。

 

 「あんなもの」

 

 はたらかなきゃ。

 強制される、労働。超常の力で『意思』を殺される。

 

 そんなもの、魔法少女は許さない。

 

 「あんたの望む怠惰の世界も、私達は望まない」

 

 怠惰を望まない。けれど、強制される勤労も認めない。

 まだ中学一年生で。大人になって輝く未来を願う、彼女達は否定する。

 

 「私達は魔法少女」

 

 正義と悪という世界の法則を覆す。

 願いの力で世界を裏返す、理知外の存在。

 聖なる法則、その法に反する魔だから魔法少女なのだ。

 

 「一時休戦よ。互いに弱ったところを叩くのが効率的だからね」

 「きったねー、魔法少女きたねー」

 

 きたない、流石天ッ才きたない。

 正義の白と悪の黒、そのバランスは白……ハーケンに傾いている。だからそちらに味方し、天秤を戻す。

 そして弱った所を両方潰す腹積もりだろう。

 

 「ほんと、ばかね」

 

 どこか、寂しそうに笑う氷乃。だ、だまされねーからな!

 しかしその提案に乗らざるを得ない。彼女達、魔法少女の助けは必要だ。

 俺を狙い続けるハーケン、それに抗する手段はない。

 

 「……だが、乗った」

 

 こうして。

 俺達の共同戦線は成立した。

 

 世界を傾けようとする、ハロワーの置き土産。プリナーハーケンの撃退。

 その一点で、俺達は共闘できる。

 最後には、敵対することになると互いに分かっていても。

 

 「まずは、世界を」

 「救わないとね」

 

 怠惰を願う俺。

 勤労を願う氷乃達。

 

 しかし、世界自体がなくなってしまっては意味がない。

 だから俺達は手を取る。

 

 願ったのは、世界の救済。

 

 まったく。

 魔法少女らしい。



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第七話『魔法少女×魔法少女』

 「いらっしゃぁい、心愛ちゃん~」

 「にゃぅー」

 「こんにちわ! 店長さんっ、クロちゃんっ」

 

 猫カフェ『どんとわーく』にやってきた心愛を店長と共に出迎える。

 夏真っ盛り。夏季休暇中の彼女はいつもこうして、店が少し暇なタイミングでやってくる。

 おかげで彼女のお気に入りのキャスト……人気キャストとして働いているはずの俺は、運がいいのか悪いのか心愛の相手をすることが多い。

 

 「クロちゃーん」

 「なーう」

 

 ソファーに案内され、ドリンクを注文し終えた彼女の隣に腰掛ける。

 ――考えないようにしてたけど、これ猫じゃなきゃ完全にホストだな。

 中学生相手にホスト務めか……堕ちる所まで堕ちた気がする。

 

 「わしゃわしゃわしゃー!」

 「な、なぅぅうぅぅう!?」

 

 らめぇ!?

 技巧派魔法少女の十指で全身を撫で回される。的確にイイ所を緩急付けて刺激される。

 おそるべしプリナーフェイト……触手めいた指の攻撃になんて絶対負けない!

 

 「ここが良いんだよね? ほらほらほらぁ……」

 

 ひぎぃ……!!!!

 尻尾の付け根を、指先でとんとん優しく叩かれる。やめろそこはへそ下に強く響く雌猫の急所、くっ、殺!!

 いやだ俺は雌猫じゃない、あっ、あっ、あっ堕ちちゃうぅ……!!

 

 「お待たせしましたぁ、カフェオレですぅー」

 「あっ、ありがとうございます!」

 

 て、店長ナイス……完全に雌猫堕ちする前に、店長がドリンクを運んできたことで心愛の手が止んだ。

 危ない所だった。悪に堕ちた上に快楽堕ちする所だった。

 

 「ぷはっ……ちょっと苦いけど、美味しぃっ」

 「にゃぅ」

 

 余韻で力の抜けた身体を、心愛の膝上に預けて応えるように鳴く。

 

 ――どういった心境の変化か。

 彼女は常連と言える程、ここを訪れている。

 どうやらお気に入りになったらしいクロちゃんこと俺……黒猫姿で、接客を続け。

 

 「……ねぇ、クロちゃん。最近、お友達がね」

 

 答えのないお悩み相談を受けるまでの仲になっていた。

 

 「何か、隠してるような気がするの」

 「……」

 

 脇を掴まれ抱き上げられて。

 目の前に心愛の顔。

 お友達の隠し事。間違いなく、氷乃と円力華のことだ。猫相手ならば、魔法少女のことも隠す必要はない。その猫は、隠し事の張本人な俺だけどな!

 

 「……もう、戦わなくたっていいはずなのに」

 

 桃空 心愛、プリナーフェイトは仲間と共に……大体一人でだが、悪の組織ヒキニートーを打倒した。

 正義の魔法少女プリナーズは、もう戦わなくてもいいはずだ。

 心愛も、氷乃も、円力華も。ただの中学生の女の子が、傷つけ傷つけられる戦いに挑む必要なんてない。

 

 「なう」

 

 その通りだ。人の言葉で、肯定したいのを堪えて小さく鳴く。

 

 突如現れたハロワーの置き土産、プリナーハーケン。

 あのクソ犬の意思を継ぐように。

 世界を勤労に染め上げようとする怪物と戦うのは、怠惰を願う俺の仕事だ。例え、彼女達の助力がなくては叶わないとしても。

 

 「私は……お友達を、人を助けたかったの」

 

 心愛が、ぽつぽつと自身に確認するように話し始める。

 

 

 

 医師の父と、介護士の母の間に産まれた。

 

 ……人を助ける仕事。

 働く目的は、主に二つだ。

 

 金銭を得ること。生きる為に、お金を得る為に働く。

 人を助けること。誰かを助けることで、自身の価値を感じる為に働く。

 どちらが正しい訳でもないし、それ以外の理由も多い。色々な理由が絡み合っていることがほとんどだろう。

 

 氷乃は自身の才能を、人類の発展の為に役立てたいと願っている。

 円力華は父親への憧れで、働く未来を願っている。

 

 「私は、誰かを助けたい」

 

 ――桃空 心愛。プリナーフェイトは頂く名の如く、運命の魔法少女だった。

 

 人助け。

 これ以上ないくらい、魔法少女らしい理由だ。だからこそ、彼女は最初の魔法少女となり。

 強くなった。

 

 「なのに、ひのちゃんも。えりかちゃんも」

 

 二人は、心愛に隠れて俺と共にプリナーハーケンの迎撃を続けている。

 彼女達の参戦、それにより戦局は有利になったがそれでも詰め切れていない。

 ……引き際があまりにも鮮やか過ぎた。まるで、以前俺がプリナーズと対峙して撤退魔法で退いていた頃のように。

 

 「頼ってくれないの。なんで、かなぁ……」

 

 ぎゅう、と抱き寄せられる。

 熱い雫が垂れ落ちる。

 

 ――プリナーハーケンに対する迎撃。

 詰め切れずにいても、俺達は心愛にはそれを教えていない。

 理由は、俺だ。

 かつて彼女の最愛である氷乃の身体を奪い、今は共闘している。それは数奇な状況がもたらした今であり、彼女に理解してもらうのは難しい……そういう、俺と氷乃の判断だったが。

 

 俺達は、心愛を見くびっていたのかもしれない。

 友達に隠し事をされても、それでも分かろうとする強さ。

 その強さは、正しく。

 

 間違いなく、正義の魔法少女だった。

 

 「……心愛」

 「えっ?」

 

 クロ、猫の声ではなく『俺』の声で。

 覚悟を決めて言葉にした瞬間。

 

 

 

 ――畜生。

 あいつだ。背筋に這うような感覚。あいつの出現は、すぐに感じられる。

 プリナーハーケン。

 近い。感覚的に、たぶん隣町。

 

 「ふしゃーッ!!」

 「えっ、えっ、何!?」

 

 誤魔化すように毛を逆立たせて、心愛の膝上から飛び出す。

 

 全力で駆けて。

 店の裏口から路地裏へ、猫の姿から人の……阿久乃 黒乃。ジャージ姿の女の子に。

 

 「セット。プリナータイムレコーダー!!」

 

 駆けたまま。

 その手に、黒のカードを掲げる。走る俺の目の前に、黒の機構。叩きつけるようにカードを差し込む。

 路地裏からメインストリートへ。人々の目があるが変身中は認識されない。

 

 「――プリナーブラック」

 

 黒の手袋、黒の上下、黒のブーツ。黒い猫耳と尻尾を身に宿して。

 

 跳ぶ。

 一気に自身の身が空高く舞い上がり、眼下の街がミニチュアのように小さくなる。

 

 「働く皆に安寧を」

 

 そうして落ちた先。

 片膝を地に突き、俯いた顔を上げる。

 その先に。

 

 「えへへ。来て、くれたぁ……」

 

 人々を襲っていた、敵が嗤う。俺の敵と、相対する。

 プリナーハーケン……俺が、戦うべき敵。

 白の衣装に白の仮面。

 成長を続ける、最強の魔法少女。

 

 だが、俺は奴を倒さなければならない。

 心愛達が、子供が。

 助けるべき人々がこんな怪物と戦うなんて。

 

 「終わらせる。今日こそ、終わらせるぞ」

 「嫌ですよぉ。もっと、もっと貴女を――」

 

 黙れよ。

 身をくねらせ、俺との相対を悦ぶようなハーケンに蹴りを叩き込む。

 

 全力全開、俺の出来る最速最高の一撃。

 

 もはや、策も何もない。尽くせる手は尽くしたし、以前のように未熟だった奴相手に弄する策もない。

 感情のままの一撃を。

 ハーケンは片手でそれを捌き。

 

 「苦しめたい。もっと『私達』が堕としたいんッスよぉぉぉおおお!!」

 「ぐッ!?」

 

 受けられた右脚を、絡めとるように締め技へ移される。

 それに続くようにハーケンの背から、無数の白い腕が触手のように伸びて俺の身体に殺到する。

 

 ぎち、ぎちりと全身を締め上げる指が肌に食い込み。

 喉笛を締め上げる。

 

 「ッ、えぁ!?!?」

 「えへっ……えへへ、痛いですよね、苦しいですよねぇ……せんぱぁい……」

 

 白の仮面に包まれた顔が、俺を凝視している。

 俺の苦痛を望む怪物。だが、その声はどこが聞き覚えがある言い草で。

 それに気づく直前。

 

 「働く皆に以下略っ!!」

 「上に同じぃっ!!」

 

 氷撃と雷撃。二人の強襲で止められる。

 

 「ちっ……クソッ、いつもいつもいつもォ!!」

 「ブラックちゃんはやらせないよ!」

 「……今度こそ、終わらせる」

 

 二人の魔法少女、その砲撃によって吹き飛ばされ悪態をつくハーケン。

 それを追うように格闘戦を挑むプリナーフォース、俺を助け起こすプリナージーニアス。

 

 世界の救済を願い、共同戦線を張りながらも。

 

 俺は繰り返されるハーケンの迎撃に、彼女達に助けを求めることはなかった。

 何度、力不足で彼女達に助けられようが。

 ……それでも。

 

 「俺が」

 

 ジーニアスに支えられ、ようやく起き上がることが出来る程度の俺。

 フォースが戦線を支えて、稼いだ間。

 

 数奇な運命に導かれただけの、子供達。それに助けられる俺。

 

 それでも。

 何て情けない。

 だが、それでも。

 

 「俺は」

 

 

 腕にかかる重さ。

 私達と同じように、軽い少女の体重。黒髪、黒装束の。私達と相対するように、黒に身を包んだ少女。

 

 プリナーブラック。

 このばかは、支える私の腕を否定するように立ち上がろうとする。

 

 ――本当にばかなんだから。

 

 何、大人ぶってるんだか。

 私も、円力華も。

 いつまでも子供じゃない。ただ大人に守られているだけの、子供じゃない。

 

 「魔法少女は、助け合いでしょ」

 「でしょ!」

 

 フォースの答えてくれる声。

 円力華が、プリナーフォースが力尽くでハーケンを押さえ付ける。

 真向からの力勝負。この腕の中にいるばかみたいに、小難しいことは考えない。

 彼女は、そういうことは考えられない。

 

 だから、全力で。脇目も、後ろも視ずに真っすぐ力を振り絞れる。

 

 「押し合い、なら!」

 「この、馬鹿力がぁっ!? 邪魔を、するな……ッ」

 

 力。

 何より単純で、真っすぐな力。

 その名を頂くプリナーフォース。

 

 フォースを上回る力を持つはずのハーケンが、押し込まれる。

 両手同士で組み合って、勝てないはずの最強に対抗する。

 

 そうして拮抗して、稼いだ間。

 僅かな時間。

 

 ……天ッ才の私ですら、勝ち目は見えない。

 成長を続ける、最強の魔法少女。

 すでに学習し切り、全ての能力で私達を超えている。三対一という、数の優位ですら勝ち目に繋がらない。それ程までにハーケンと、私達に性能差は隔絶している。

 勝てない。いくらか、時間を稼ごうが。

 無駄に頭が回る故にその絶望を確信する。

 

 「ジーニアス!」

 

 ばかが、私を呼ぶ。

 

 「――俺に、寄越せ!!」

 

 立ち上がるのもようやくだった、ばか……ブラックが、真っすぐに私を見つめて。

 求めた。

 

 

 一度出来たなら、再現できる。

 この天ッ才……蒼河 氷乃は、そう言った。言葉通り、あの戦いの時、ハロワーとの決戦の時に再現できた。

 俺と氷乃の『相乗り』。

 

 ……以前、俺はこの猫型魔法生物に意識を移され。

 純粋な魔法少女である氷乃と『相乗り』した。

 二人の意識が同居したブラックジーニアス。

 

 それは、最強のハーケン相手であろうと対抗できた。

 

 「邪魔ッ! 『私達』と先輩のぉッ、邪魔をするなって言ってるんでスよぉぉぉおおお!!!!」

 「きゃっ!?」

 

 力で押し込んでいたフォースが、無数の白い腕に引き剥がされる。

 無垢の仮面に顔を包みながらもその声に余裕はない。

 ただ、求めるままに暴走する白の怪物。

 

 『――また、人の身体を好き勝手するつもり?』

 

 三人がかりで、それでも抑えきれない怪物を前に。

 氷乃が問う。

 

 「違う」

 

 刹那の間。

 だが、俺と氷乃は向かい合っていた。

 

 『また身体の主導権を奪って、その力を利用するんでしょう?』

 

 敗北したプリナージーニアスの身体を奪い、俺はブラックジーニアスとして二度目の生を得た。

 そして俺は。悪の、怠惰の世界を願い。

 彼女の身体を。

 力を、利用した。

 

 「違う」

 

 だが。

 否定する。

 

 

 

 「俺の望みは、お前と同じだ」

 「ばーか」

 

 

 「――ッ!?」

 「……ああ」

 

 組み合い、押されていたハーケンがこちらに注意を向ける。

 ぎりぎりの力比べで抑えていたフォースが、微笑む。

 

 この身は、二人で一つ。

 氷乃、ジーニアスは俺に寄越した。俺に、任せてくれた。

 ――『相乗り』。

 以前、猫型魔法生物と魔法少女が一つになったその形。

 

 しかし。

 

 右目は黒で、左目は青。

 黒と青はより深い色でより強く混ざり合うように、この身を包んでいる。

 

 ブラックジーニアス、その形から。

 更に進んだその姿。

 

 「働く皆に、英知と安寧を」

 

 魔法少女と、魔法少女が真の意味で『相乗り』した。

 俺と氷乃。

 

 合わせ/揃い/重なり。

 

 名乗る。

 

 「「――プリナーブラックジーニアス!!」」



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第八話『どうして』

 手を伸ばす感覚。

 

 その理由は、奪う為か。助けを求める為か。

 俺自身、はっきり分からない。

 

 ただ、求めた。

 

 『……本当に、ばかなんだから』

 

 ハーケンに追い詰められ、全身を締め上げる白い腕。喉笛にまで噛みつくように絡む、その指先に二度目の死を感じた時。

 伸ばした手の先。

 その先で、聞こえた声。

 呆れたようで、けれども優しい声に。

 

 「ジーニアス! 俺に……寄越せぇッ!!」

 

 ――求めた。

 

 天ッ才を自認し。年齢に見合わぬ大人らしさ。賢く、諦めるべき時を知っている。

 青河 氷乃は、少女であり大人である。

 そんな彼女と同じ時間を過ごした俺は、知っている。

 俺は、青河 氷乃を知っている。今も。過去も。

 だから彼女を求め。

 

 手を、伸ばしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 ……幼い頃から、抜きん出て優秀な子供だった。

 青河 氷乃は天才だった。

 感情最優先で動く周囲の子供達に比べ、理屈……大人達の論理を理解して行動する。

 大人達が泣いて欲しくない時には泣かず、笑って欲しい時に笑う。

 

 次第に、少女を囲む大人達は彼女を特別視した。

 

 『この子は特別だ』

 『天才だ』

 

 とびきり頭の良い少女は、大人達の期待に応えた。応え続けた。

 

 『凄い……!』

 

 否。

 応え過ぎてしまった。

 

 小学校に上がる前には、国内で最難関とされる大学に合格し得る頭脳を得ていた。

 その才は両親を喜ばせた。元々優秀な家系に産まれはしたが、それでも破格の才能。

 喜んだ周囲は、少女に更なる飛躍を求める。

 

 もっと。

 もっと、お前は出来るはずだ。

 

 少女は、喜ぶ周囲の。両親の笑顔を、見たかっただけだった。

 だから他の全てを捨ててでも、勉強や研究に費やした。

 

 もっと。

 もっと、高みへ。私は、出来るはずなんだから……!

 

 求めた。求められるがままに。

 生きる為に必要なこと以外を全て削ぎ落した。

 無駄なモノを全て、削ぎ落した。全ては、両親に喜んで貰う為に。

 

 私は、天才でなくちゃいけない。

 

 勉強する。思考する。発見する。

 その繰り返し。使える時間全てを使って、私の天才を証明し続ける。

 摩耗しても、周囲の子供達が無邪気に時間を浪費していようが私はしなければならない。

 

 

 

 「……何、なの?」

 

 そんな風に、数年を過ごした私の前に。

 ――現れた。

 天才の私にすら理解できない、怪物。

 

 巨大な怪人。後に、悪の組織ハタラカーンの遣わしたモノだと知った。

 周囲の人々を、強制的に怠惰に堕とすという理知外の存在。警察官のニューナンブも、自衛隊の89式も通用しない怪物。

 

 蹂躙。

 対抗していた人々は、その怪物を前に成すすべなく気力を奪われていく。無辜の市民を守りたいと、真っすぐに働いていた人々はその想いを奪われる。

 私の想いも、奪われようとしている。

 ただ、両親に褒めてもらいたいだけなのに。

 こんなの。

 

 理解できない。理不尽だ。

 私もこの怪物に想いを奪われ、怠惰に堕ちる。私の存在意義を奪われ、ただ何もしない……死人に成り果てる。

 

 「やだっ……やだ、よう……!」

 

 初めて、泣いた気がした。

 この世に、天才の私が理解できないモノはない。御せぬモノなど存在しない。

 理不尽――知ることすら出来ない存在なんて許さない。

 

 未知を許さない。

 だって、私は天才だから。天才じゃなくちゃいけない。

 解明できないのなら、私に価値なんてない。お父様もお母様も、褒めて下さらない。私に笑って、くれない――。

 

 

 

 「――大丈夫?」

 

 

 

 自身の非力。無力を、理解してしまった時。

 伸ばされた手。

 白の手袋に、桃色の衣装。

 それは、一度たりとも視たことのない女児向けアニメに登場するような姿で。

 

 「必ず、助けるから!!」

 

 魔法少女、プリナーフェイト。

 普通の女の子が、普通に通る憧れ。

 けれども、普通じゃなかった私が初めて抱いた憧れ。

 伸ばされた手を掴む。その手は、私と同じくらい小さかったけれど確かに温かくて。

 

 ……後にその魔法少女と共に戦うことになる。

 フォース、円力華も加え悪の組織と戦い。

 初めての敗北を経験し、どこぞのばかが身体を乗っ取り。

 

 本当に色々あったが。

 私の、魔法少女の原点はそこだ。

 

 

 

 「――寄越せ!!」

 

 ばかが、手を伸ばしている。

 黒の手袋に、黒の衣装のあのばかが。

 

 一人きりで戦い。私達に助けを求めず、いくら傷つこうが敵を倒そうとしていた。

 なのに、最後に求めた。

 私……天才と評されようが、子供の私に対する責任を忘れず、それでも私を一人の。

 大人になろうとする私を認めてくれているから。

 

 それで、出してくる言葉が寄越せだなんて。

 笑っちゃう。これだから悪の手先は。

 正義の理屈なんて無視して、純粋に私を求めている。

 

 私とあいつの望みは一つ。

 私は私の、天ッ才の頭脳を働かせ世界を導く。英知で以って、親も友達も笑える未来をもたらす。

 あいつは働く『必要』のない世界を望み。安寧で以って、自身だけじゃなく私達も笑える未来をもたらす。

 

 だから。

 私の、望みも。

 

 伸ばされた手を、迎えるように掴む。力いっぱい、ぎゅっと。

 あの日。

 フェイトが差し出し、掴んだように。

 その手も、確かに温かかった。

 

 今度は、私とあいつが。

 

 

 ――繋がった。

 

 「「働く皆に、英知と安寧を……プリナーブラックジーニアス」」

 

 「は……? 何なんだよ、お前……ッ!!」

 「ジーニアスでもない……ブラックでも、ない。ううん、違う」

 

 同じなんだ。

 続くフォースの言葉。それに『俺達』は頷く。

 黒と青のオッドアイ。深く、強く混ざり合うような青と黒の衣装。

 二人で一人の魔法少女。

 

 『やるぞ、氷乃』

 『……状況は理解してる?』

 

 あー、そのなんだ。要は前と同じだろ。

 言葉にせずとも、氷乃と会話できる。繋がっている。

 

 『うん、理解してないことは分かったわ』

 

 うるせー! 俺だってよく分かってないんだよ!!

 ただ何となくお前の力が必要だと思ったら、気づけばこうなってたんだよ!

 身体の内側から響く声……氷乃の声に、口にせず反論する。

 

 『前と同じ……ではあるけれど、深度も濃度も桁違い』

 

 以前、俺は猫型魔法生物に意識を移した氷乃と『相乗り』した。

 その力はハーケン相手に圧倒し得る力を発揮し。しかし、無数の物量を誇る軍勢に押し切れなかった。

 

 「……また」

 

 ハーケンが苛立ちを隠しもせず呟く。

 

 『相乗り』で勝ち切れなかった後。

 俺は、初めて魔法少女プリナーブラックとなり。勤労に染まる世界丸ごとを怠惰に堕とす事で、無数の軍勢を打ち払うことが出来た。

 

 「またァッ!!」

 

 そして。

 再び会敵したプリナーハーケン。

 打ち漏らした最強の魔法少女。成長を続け、真の最強となった白の怪物。

 まるで、俺自身よりも再度『相乗り』したこと自体が逆鱗に触れたように。

 怒り狂っていた。

 

 「「プリナーブラック・アイスシールド!!」」

 

 集中砲火。

 ハーケンが狂乱するように放った、白の閃光が『俺達』に殺到する。

 

 しかし。

 黒の氷壁。

 冷たく、何物にも染まらない漆黒の壁が白を拒絶する。

 最強を凌ぐ絶対防壁。

 ……今度は正真正銘、魔法少女と魔法少女の『相乗り』だ。

 その力は、二倍ではなく二乗している。

 

 『でも、あんたと私ッ! 火力は足りない!!』

 

 最速の魔法少女と防御特化の魔法少女。

 耐久に徹するならば、最強のハーケンを凌駕する。

 ……耐えるだけならできる。

 しかし、成長し続ける奴はここで仕留めなければならない。

 

 「「フォース、合わせてッッ」」

 「が、がってん!!」

 

 いきなり合体してみせた俺と氷乃に混乱しつつも、フォースは応えてくれる。

 

 「クソッ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔っ、なんでスよぉぉおおお!!」

 

 ハーケンが、決して破れない黒の氷壁に砲撃を連打する。

 ――ここだ。

 

 「プリナーフォース、ストライク!!」

 「「プリナーブラックジーニアス……体当たり!!!!」」

 

 フォースの最大砲撃。それが夢中に氷壁を撃つハーケンの背を撃つ。

 『俺達』はそうして開いた正面を挟みこむように。

 

 ……力一杯、体当たりした。

 

 はぁ?

 体当たりて。昆虫かよ。

 ジーニアス成分どこにいった。頭悪すぎだろ。

 

 『最硬最速で使える最大火力!!』

 

 うん。

 めちゃくちゃ硬い物をめちゃくちゃ速くぶつけたら強いよね、うん。

 

 「……がッ!?」

 

 パキン。

 しかし『俺達』と、フォースの砲撃に挟まれ。

 白の怪物がひび割れる。

 

 「こん、なぁぁぁアアア!!!!」

 

 ……仕留めた。

 

 硬く。速く。

 プリナーブラックの、最硬の力。

 プリナージーニアスの、最速の力。

 掛け合わせ、重ね合わせた。

 

 ただの体当たりは、最強を打倒した。

 白の怪物は砕け散って。

 ついに、最強の魔法少女プリナーハーケンを撃破した。

 

 『目標沈黙……はい、お疲れ様』

 「おつかれさまぁぁぁあああ!!」

 

 心の中で響く氷乃の声、そして飛びつき抱き付くフォース。

 ――ぐ、え。

 ついに最強の魔法少女を仕留め、完全勝利したとはいえ……フォースは力が強い。とても強い。

 意識が吹っ飛びそうな衝撃を受け止めつつ、よしよしと頭を撫でる。

 

 ……俺一人では、決して勝てなかった。

 

 『相乗り』してくれた氷乃と、挟撃を合わせてくれた円力華。二人がいなければ、俺はあのままハーケンに殺されていた。

 三人で、勝利した。悪の俺ではあるが、魔法少女三人で。

 

 それは、まるで。

 

 無邪気に勝利に酔う、俺達。

 そこに、彼女はいなかった。

 彼女は断罪する。

 俺の罪を。

 

 

 

 

 

 「どうして」

 

 

 

 

 

 

 見て、しまった。

 

 『どんとわーく』で突然、クロちゃんが店を飛び出して行った。

 私はそれを追うように走ったが見失って。

 ただ直感のまま、隣町まで駆けた。何故駆けた先がそこだったのか、私にも分からない。

 

 けれど。

 

 運が良い/運が悪い私は、その場に居合わせてしまった。 

 運命の魔法少女である私は、見てしまったのだ。

 

 「どうして」

 

 私の、天性の戦士としての部分が状況を理解する。

 既に決戦は終わった後。勝利した『三人』がそれを喜んでいる。

 あの人/ひのちゃんにえりかちゃんが、抱き付いている。

 

 「やめて」

 

 そこは、私の場所だ。

 私と、ひのちゃんと、えりかちゃんが居る場所だ。

 正義の魔法少女三人が居る場所だ。

 

 「――どうして、くろのちゃんがそこにいるの?」

 

 私の場所にいるのは、プリナーブラック。

 例え、姿形がジーニアスと重なっていても私にはわかる。

 あの人が二人と居て。

 私の場所に、居る。

 

 ”また、盗ったんだよ。許せないよね”

 

 ざわめく。

 心の内側に棲み付くナニかが、火を付けようとしている。

 

 ”あいつが、また君の大切な物を盗った”

 

 嫌。

 私は、そんな火を望んでいない。

 

 ”許せない。許しちゃいけない”

 

 火を付けないで。

 これは燃やしちゃいけない。駄目、なのに。

 

 ”取り返すんだ”

 

 その甘美な響きに。

 とても、とても甘い炎に。

 焦がされる。

 

 「……ゆるさない」

 ”そうだ。悪を許しちゃいけない”

 

 ――囁くナニかが、嗤った気がした。



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第九話『怠惰を願い働こう』

 「辞めさせていただきます」

 「待ってぇぇぇえええ!?」

 

 最強の魔法少女……俺の倒すべき敵。

 プリナーハーケンをついに打倒した俺は、猫カフェ『どんとわーく』の事務所で店長に三行半を突きつけた。

 それはもう満面の笑顔で。

 

 「お願いぃ、犬崎さんも連絡取れなくなって人手が足りないのよぉ!?」

 「ええい知るか店長!」

 

 俺の腰にしがみつき、泣きを入れる店長。ロリっ子のような低身長童顔だから堂に入っているが、彼女は三十路なので容赦なく引っぺがす。

 最近休みがちだった犬崎さん……白奈ちゃんは、連絡途絶していた。頼れる後輩で、心配がないわけではないが。

 

 アルバイトなんてそんなものだ。非正規雇用である以上、使う側も使われる側もそういったリスクは共有する。

 そして。そこには俺も含まれる。

 

 「クロちゃんがいなくなったら、誰が稼ぐのようぅ!?」

 「もう働きたくないんですー。ぐうたらして生きていきたいんですー」

 「この屑ぅ!?」

 

 店長の言うことは尤もだが、俺は悪の怠惰を願う魔法少女。

 そう、魔法少女だ。

 

 最大の敵、ハーケンを倒した今。

 怠惰の力を再び収集することが出来る。つまり真っ当に働いて金銭を得て、生計を立てる必要はない。

 ムショック様は怠惰というエネルギーさえあれば、ありとあらゆる物質を生み出す超常の存在。

 これまではハーケン迎撃の為の、そのエネルギーを使ってしまっていたが。

 倒してしまった今、それを全て捧げることが出来る。

 つまり働かなくても、生活に必要な全てを得ることが出来る。働かなくてもいいんだ!

 

 ――今度こそ、世界を怠惰に染め上げるのだ。

 

 「というわけなので、さようなら店長!」

 「……うん」

 

 労働からの解放に、うっきうきで店を後にしようとする俺に。

 店長は、自身のエプロンをぎゅっと握り締めて。

 

 「……でも、寂しいから偶には遊びに来てね?」

 

 小柄な彼女が、上目遣いに。

 

 本当にクソな職場だった。学歴もロクになく、猫として働くなんて無茶で搾取されるように働かされた。

 けれど。

 

 「黒乃ちゃんには、本当に助けられたから」

 

 むずり。

 

 「君が来てくれてから、お客さんもすっごく笑顔が多くなってねぇ。もっと、猫を好きになってくれたのが」

 

 嬉しかったんだぁ。

 涙を堪え、笑顔を浮かべる店長。

 俺は怠惰を願う俺は怠惰を願う俺は怠惰を願うッ!

 

 「……その、困ったことがあったら、手伝いますんで」

 「シャァッオラ言質頂きましたぁッ!!」

 

 おい何時の間に録音してやがった。掲げられるレコーダー、

 ガッツポーズで、俺をいつでも呼び出せる言葉を引き出したことに喜ぶ店長。

 

 はぁ……。

 ま、これくらいはいいか。

 実際、世話にはなった。どこの馬の骨とも知れぬ、猫の姿になれるなんて俺を雇ってくれた。その給金で何とか生き長らえたんだから。

 

 「それで明日のシフトなんだけど」

 「今までお世話になりました!!」

 

 早速シフト表を持ち出した店長から全力撤退。

 逃げ足に定評のある俺である。

 

 

 

 「――本当に、ご苦労だった」

 「ありがたきお言葉です。ムショック様」

 

 逃げ帰った四畳半。

 ボロアパートの一室、そこで俺は敬愛するムショック様に頭を垂れる。

 ……俺達の悲願、怠惰の世界を成し遂げることより。

 ハーケンを迎撃することを認めてくれた我が主。

 

 『我が組織は、構成員の自主性を何よりも重んじる。やりたいようにするが良い』

 

 悪の組織、ヒキニートーは怠惰の世界を願う。だがその首魁は、どこまでも放任的で優しかった。

 

 三幹部の扱いについても、それぞれのやり方で組織に貢献することを容認していた。だから俺が、ハーケンの打倒を優先することも組織の為になることを理解し許してくれていた。

 ……本当なら、プリナーズとハーケンを対決させその陰でエネルギー収集に努めるべきだろう。

 だが、そう出来なかったのは俺の私情だ。労働を強制する奴を、許せなかった。

 

 前世で奴と同じ存在に殺された俺は、復讐したかったんだ。

 

 「まずは、休め」

 「……はいっ」

 

 ムショック様からすれば、歯がゆいだろう。本拠地は壊滅し、幹部達はその身の内に逃がさなければならない程追い詰められて。

 ようやく悪の魔法少女として、エネルギー収集に動けるはずの俺は追わなくても良い敵を追っていた。

 

 耐え、ようやく終わって。

 けれども、俺を労ってくれる。

 

 「貴様の献身により、いくらか我も力を行使出来る」

 

 ハーケンとの闘いにエネルギーをほとんど使いながらも。

 幾ばくか、残っていた。

 

 「怠惰を願う者達の、その想い」

 

 ほんの、僅かな力だったが。

 

 「我が力で、世界を侵略する」

 

 超常の力。想いの力が、道理を。世界の論理を覆す。

 

 「――顕現せよ。A5黒毛和牛、すき焼きセット」

 

 家賃三万五千円のボロアパート、その一室に置かれた段ボールの机の上に顕現する異常。

 燃料不明の卓上コンロ、その上には明らかに高級そうな黒鉄の鍋。鍋はふつふつと湯気を立てている。

 

 「ムショックさま、ばんざい……!」

 「うむ」

 

 マジかよ。

 鮮やかなピンク色の肉、細やかな脂の白が美しく編み込まれている。一目見ただけで分かる高い肉。

 たっぷり山のように盛られた肉を囲むように、新鮮そうな野菜や高級そうな焼き豆腐が入っている。

 

 ……これまで、質素倹約しつつも手の込んだムショック様との食卓だったが。

 

 それでも香る匂いに陶酔する。

 ああ。こんな美味そうな物が働かなくても、怠惰に浸っているだけで何時でも食える。

 働かなくてもいい。

 客に媚び売って、ストレスを貯める必要なんてない。

 

 もう一度、ムショック様万歳。

 明日から頑張ろう。全ては世界を怠惰に染め上げる為に。

 

 「い、いただきます……!」

 

 なのに。

 俺達が箸を鍋に伸ばした瞬間。

 

 「お邪魔しまーす」

 「お、お邪魔しまーす」

 

 正義の魔法少女二人が、悪の拠点を襲撃した。

 

 

 「黒乃、卵ちょうだい」

 「……おう」

 

 四人、鍋を囲み。

 俺は言われるがままに、卵を氷乃に渡す。

 

 「ムショックちゃーん、ごはんおかわりー!!」

 「う、うむ。たんと食べるが良い」

 

 無邪気に差し出された空の茶碗を、ムショック様が受け取りおかわりを盛っている。天真爛漫な円力華、その暴力に悪の首魁も成す術がない。おいたわしやムショック様……。

 二人で囲むはずだった、悪のA5黒毛和牛すき焼きパーティーは。

 正義の魔法少女達に乱入されていた。

 

 「――なんでお前らがいるんだよぉ!?」

 「ようやく生活拠点を特定出来たわ」

 

 的確に、煮えた肉を円力華に分けながらも攫っていく氷乃が応える。おいそれは俺達の肉だ。

 つまりは。

 ハーケン打倒によって浮かれていた俺は、彼女にストーキングされていたらしい。

 街中の防犯カメラを総動員……主にハッキングによって追跡し、俺の帰る場所を特定。即襲撃した。

 

 「おのれプリナーズ!」

 「美味しー!!」

 「……うん、いっぱい食べろよ円力華……」

 

 汚い、流石正義の魔法少女汚いと思いながらも美味しそうに食べる円力華に毒気を抜かれる。

 はぁ。

 とりあえず、二人に俺達を滅する意思はない。いや、実際俺達のご馳走は猛烈な勢いで浸食されているが。

 

 「あんたの考えは大体分かるから」

 

 もりもり食べる円力華と対照的に、上品に食を進める氷乃。いや、それでも勢いやばいが。遠慮を知れよ無知を許さぬ魔法少女。

 俺と氷乃は、一心同体だった。だからこそ、俺の思考も読めている。

 

 「最大の敵を倒した今、あんた達は活動を再開するつもりでしょう?」

 「……ふん」

 「それが俺の、俺達の願いだからな」

 

 ムショック様と俺は応える。

 悪の俺達が願う世界の為。その為に、次の行動は人々への襲撃。

 怠惰のエネルギーを集めて世界を侵略する。

 だが、正義の魔法少女はそれを許さない。

 

 「今日来たのは、降伏勧告よ」

 

 箸を置き、そう告げた瞬間。

 蒼河 氷乃は座ったまま青の戦士、プリナージーニアスに変身する。

 

 『――寄越しなさい』

 「は!? えっ、ちょ!!」

 

 四畳半、鍋を囲んだまま。

 俺の身体がプリナージーニアスの身体に、吸い込まれる。

 

 「どう?」

 

 四人で囲んでいたはずの場に、残ったのは三人。俺は、ジーニアスと『相乗り』していた。

 だが、ハーケンと相対していた時のように身体が動かせない。

 プリナーブラックジーニアスの時のように、俺と氷乃の同調で動いた時と違う。

 

 「最初、私とあんたは偶然二人で一人になったけれど」

 

 『相乗り』の再現。

 その方法を確立したのは、氷乃だ。

 

 ……この天才め。

 何時の間にか、俺の意思を介せず『相乗り』を発動させ身体の主導権を奪える手法を得ていたらしい。

 まるで、以前ブラックジーニアスとして動いていた俺と在り方が逆転している。因果応報、か。

 

 「これで、もうあんたは私に勝てない」

 

 指先一つ、動かせない。

 

 そうか。これが。

 俺がジーニアスの身体を奪い。

 悪を働いていた頃の、氷乃の感覚か。もどかしい。

 

 天才が導き出した、必勝の道筋。強制的に『相乗り』させ、俺の行動を封じる。これでは俺の選択肢は許されない。

 

 願いを合わせたからこそ、力となったが。

 相対するなら一方的に『相乗り』を実行出来て、主導権を握れる。絶対的な有利。

 何なら永遠に氷乃の中で、声すら発することすら出来ずに終わらせることが出来る。

 

 『……そうだな』

 

 必滅。

 悪は正義の前に、必ず倒れる。そんな絶対を突きつけられて。

 俺は、敗北を認めた。

 

 

 「ぶえー」

 「ぶえー」

 

 はい無理無理不可能、あんなん勝てる訳ないですわ。天才強すぎるだろ。

 正義の魔法少女二人の襲撃、その降伏勧告を突きつけられて。二人が帰り、空になった鍋の脇で。

 ムショック様と共に横になり、低い天井を見上げる。

 いや問答無用で『相乗り』させるとか、そもそも戦わせてくれないのかよ。勝つ以前の問題じゃねーか。

 

 「……ムショック様、すみません……」

 「良いのだ黒乃よ……」

 

 ただ二人、大の字で寝っ転がる。

 何だかんだで、すき焼きは堪能した。久々に良い飯を腹いっぱい食えた。

 

 「勝てなくても良い」

 「ふえ?」

 

 だらけたまま。

 ムショック様の言葉を聞く。

 

 「勝つ負ける、その論理を否定するのが我が力だ」

 

 ――怠惰。

 

 それは他者と競い勝ち取ろうとする、勤労と相反する存在。

 働くことで得る。それが自然の論理。

 他者より秀でてより多くを得る。より多くを生み出す。

 

 その勝敗の論理に反逆する。

 

 「負けても良い。それでも願う世界を実現する。我は敗者こそを、救う」

 「……ムショック様」

 

 俺を殺した、強制される労働の象徴は倒した。復讐は、これで終わった。

 

 なら。

 今度こそ。

 願う世界の――俺に、二度目の生の目的を与えてくれたこの人の為に。

 

 働こう。



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第十話『返せ』

 働きたくなかった。

 

 そう願いながら、結局過労死して。

 二度目の生を得て。

 また、俺は不労を願いながら働いている。

 

 ――俺は、怠惰を願った。

 それだけで成り立つ世界を、ムショック様は実現して下さる。世界を怠惰に染め上げ、支配すれば。

 

 最強の敵を排して、これからまた我が主の為に活動しようと考えて。

 ……しかし、その意思は砕かれた。

 まるで理知外。天上の才。

 

 蒼河 氷乃。プリナージーニアス。

 悪が戦うべき正義の魔法少女。俺が/私が、戦わなければならない敵。

 

 一度は諦めかけた。

 勝てなくても良いと言って下さった。

 

 けれども、それでも俺は。

 決着を、付けなければならない。

 やらなければならない。悪と正義の、決着を。

 

 

 

 「――確かに、降伏勧告したはずよ」

 「ああ」

 

 俺とムショック様の住居を、彼女達が襲撃してから三日。

 悪の魔法少女、プリナーブラック。俺は、東京山の手線。その先頭車両の、上に立っていた。

 

 「いい加減、諦めなさいよ……ッ」

 

 風が、強い。

 魔法の力でその暴風や、慣性によって身が動くことはない。

 俺の正面に、同じように車両の上に立つジーニアスも同様だ。

 ただ、俺とジーニアスは不動のまま対峙していた。

 

 ……平日の、朝。

 月曜の通勤ラッシュ時。もっとも、人々が働きたくない時間。俺が、最大の力で戦える時。

 超過密で押し込まれた人々を乗せる電車は、不労を願う心で今にもはち切れそうな程だ。

 

 ビル群の隙間を縫って走る車両群を朝陽が照らしては、林立するビルの影で包まれる。

 光と闇が、組み合うように逆転し合う。

 

 「分かっているはずでしょう。あんたは、私には絶対に勝てない」

 

 光に照らされ、ジーニアスが告げる。

 

 この対決は、約束されている。

 いくらムショック様が、敗北を許そうが俺は諦めない。俺は、勤労を願う正義に立ち向かわなくちゃいけない。

 俺に相乗りを強制し瞬時に無力化可能な、この天才相手であろうと。

 

 「ハーケンは倒した。世界は、もう救われた」

 

 あんたと、私で。

 真の相乗りで。

 世界を壊そうとした怪物は、打倒された。

 

 「もう、戦う必要なんて、ないじゃない……!」

 

 ジーニアスが、泣きそうな声で叫ぶ。俺はただ、その声が風に流されるのを聞いていた。

 降伏勧告を無視して、再び世界を襲撃した俺。

 彼女は、氷乃はすぐさま駆け付けた。まるで待っていたように。まるで、この時が来ないのを願っていたように。

 

 そうだな。

 ムショック様の言うように、俺は敗者のまま。

 ただ、怠惰を貪っていれば良かったのかも知れない。

 ただ、だらだらしていれば。それによって生まれたエネルギーで、A5和牛だろうが食い放題だ。

 

 ――俺はな。

 

 「まだだ」

 「え?」

 

 だが。

 俺には聞こえるんだ。

 怠惰を願う人々の声が。

 

 『いやだ』

 『もうやめたい』

 『はたらきたくない』

 

 正義の、勤労を願う人々の叫び声が正義の魔法少女に聞こえるように。

 悪の、怠惰を願う叫び声が。

 俺には聞こえる。俺の願いは、俺一人のものじゃない。

 

 彼らはかつての俺だ。

 俺は未来の彼らだ。

 もう、俺みたいに働いて。働く為に死ぬ奴が、いない世界の為に。

 

 ――世界を怠惰に染め上げるのだ。

 

 「何時か、俺は言った。俺達は、働きたくないんだよってなァ!!」

 

 それは、決戦のあの夜に叫んだ言葉。

 ハロワーが率いる量産型魔法少女軍団、その白く染め上げられた夜空を裂いた激情。

 

 「この、ばか――っ!!」

 

 搾るような、ジーニアスの声。

 以前、やられたように感じる力の流れ。

 強制的な、相乗りが発動される。俺の身体が吸い上げられ、彼女の中に包まれる。

 それでいい。

 俺の身体は消え去り。だが、信じらないとばかりに俺/私は自身の両手を見つめている。

 

 『なん、で――?』

 『今。お前は、願ったんだよ』

 

 声にせずとも、互いの声が響き合う。

 俺と、ジーニアスは確かに相乗りしている。この場には一人の魔法少女しかいない。

 だが、俺は確かに俺として。

 

 この身体の、支配権を得ている。

 たった一つの勝機。願い、祈り、博打と言ってもいい。

 

 『戦いたくないってな』

 『――っ』

 

 ジーニアスの心が、震える。

 こいつは、この期に及んで俺を倒そうと。滅しようとしなかった。

 彼女が望む、自身の才を存分に振るえる世界を願うなら――降伏勧告なんて悠長な真似なんてせずに、さっさと俺を潰せば良かった。

 相乗りで無力化するだなんて、遠回しな勝利を選ばずにただ力で叩き潰せば良かったんだ。

 眩しい程に真っすぐな、正義の魔法少女なら。

 だが、それが出来なかった。俺とこいつは相乗りを経験している。二人で一人となるということは、心の底まで共有することだ。

 蒼河 氷乃に、俺は倒せない。優しいこいつは、それを選べないってことを俺は知っている。

 

 ――俺は、悪の魔法少女らしく。

 そんな清く正しい彼女を、堕とす。

 

 『僅かであろうと、俺との不戦を願った。戦いたくないってな。お前も、怠惰を願ったんだよ』

 

 戦い。勝ち、負けて。

 その論理。戦い……競争自体を否定するのが、怠惰の願い。

 戦いたくない。競いたくない。ただ、休んでいたい。

 

 『なら。その願いも、俺が呑み込む』

 『ひ――っ!?』

 

 この場に在るのは、たった一人の魔法少女。

 朝陽が照らしていた街も。

 今は、安寧の夜闇が全てを包んでいる。

 

 「働く『皆』に安寧と英知を」

 

 ――暗闇に在って、暗い光を放ちながら走る電車がゆっくりと停車する。不労を願う人々を詰め込んだ車両の上に立つ、黒と蒼の魔法少女。

 プリナーブラックジーニアス。

 俺は、氷乃の弱さを突いて呑み込んで。最低上等、汚いは誉め言葉だ。

 なにせ、俺は悪の魔法少女だから。

 

 「来たか」

 

 停まった車両、その上で。

 線路の先に降り立つ二人を迎える。

 

 「頑張るみんなに力を」

 「頑張るみんなに祝福を」

 

 ジーニアスは、俺の挑発に真っ先に乗った。通学時間でもある、朝を狙って襲撃したこともあり彼女は一番槍で俺の前に立った。

 ……あいつ、真面目に学校通ってないからな。

 狙い通り。ジーニアスを、呑み込むことが出来た。

 

 後は。

 この二人を。

 

 「プリナーフォース」

 「プリナーフェイト」

 

 黄と桃の、正義の魔法少女。

 

 「う、そ……」

 

 黄の衣装に身を包んだフォースが困惑する。先行して、俺の迎撃に向かったジーニアスはもう『俺』だ。

 この俺の姿……蒼を呑み込んだ黒、その姿にフォースは状況を理解した。

 既に、戦うべき敵がどういう相手なのかということを。

 

 「……やだ、よう。ジーニアスとも、ブラックとも、戦いたくない」

 「それでいい」

 

 プリナーフォース、黄山 円力華も優しい子だ。

 

 だから。

 俺は、呑み込んだ。

 

 ジーニアスの時と同じだ。戦いたくない。

 そう願ってしまったのならば。

 

 俺の力は。

 怠惰を願う俺の、魔法少女の力は同調し迎合させる。世界を埋める最強の魔法少女、プリナーハーケンを壊滅させたその力。

 はたらきたくない。

 その願いを糧として、世界を支配する力。俺はジーニアスに続き、フォースを呑み込む。

 強制的な相乗りを実行する。

 

 『もう、いい。もういいんだよ、円力華』

 『くろの、ちゃん……?』

 

 優しく、それでも強い。

 それがプリナーフォース。円力華が、俺の内に在る。抱き締めるように、頭を撫でるように。声だけで対話する。

 彼女は優しいからこそ、傷ついて。それでも立ち上がる力のある子だ。

 

 『――戦いは終わる。俺が、終わらせるから』

 

 包み込むように。けれども確かに。

 

 『だから、任せろ』

 

 なんて、狡い。

 強い彼女を唆す。甘い言葉で、安心させた。

 父のように立派に、働ける未来を夢見る少女を。

 汚い俺は、悪の俺は……目の前の親友と俺と、相対することを拒ませた。優しいこの子は、友達を倒す選択が出来ない。

 

 これで。 

 三人の魔法少女が、一つに纏め上げられた。

 

 プリナージーニアスの、英知と速さ。

 プリナーフォースの、力と魔法力。

 

 蒼と黄、二つの輝きは悪の黒に支配された。

 ……黒を基調とした魔法少女の衣装、その所々に蒼と黄がひび割れるようにその輝きで裂いている。

 まるで全てを呑み込まんとするように、両の瞳は底知れぬ黒。蒼も、黄も呑み込む色。

 二人の魔法少女を堕とした力で、俺は『その』前に立っている。

 

 

 

 「どうして」

 

 

 

 そこには、たった一人残った。

 正義の魔法少女。

 

 「どうして」

 

 白と桃の衣装、フリルとリボンがたっぷり飾られた少女たちの憧れ。

 桜色の髪が垂れる、俯いた顔は見えない。

 

 「奪うの?」

 

 はッ……えぇぇぇえええ!?

 速度自体はジーニアス程ではない。しかし、刹那の見切りを極めた達人のような一撃だ。認識の外を突くことで、最速を超える縮地の領域。

 

 拳の一振りは、ぎりぎりで躱した俺の前髪を『砕く』。

 最強の魔法少女であるハーケンと対峙した時でも、感じたことの無いアラートが響く。

 ジーニアスとフォース、二人の魔法少女を呑み込み。

 かつてない程に力を得ているはずの俺でも、避けるべき敵であると本能が叫んでいる。

 魔法少女三人分を束ねれば、という考えが浅はかだったと思い知らされる。

 

 プリナーフェイトは、成長しきったハーケンよりも強い。最強を超える強さ。

 

 「ひのちゃんも、えりかちゃんも」

 「ぐぇッ!!?」

 

 桃色の光が、桜吹雪のように舞う。

 季節外れの光は俺に殺到するように襲い掛かり。熱と鋭さで、電車の上から暗い曇天の中へと打ち上げてステージを移させる。

 プリナーフェイトの拳がそれを促すように連打される。

 

 空中戦。

 暗い空の中、俺とフェイトが乱打戦を繰り広げながら空に舞い上がる。

 

 最速のジーニアス、その力で何とかそれらを捌くが……それでも尚、押し込まれる。

 

 「く、そぉぁぁぁああああああッ!!!!」

 

 拳と拳、二人のそれが合わさる。

 フォースの力を呑み込んだ俺なら、フェイトのそれを上回るはず。だが、天武を授かる彼女は芯を的確に外した。

 

 「かえして」

 

 ずるり。

 合わせた拳が、外されて。態勢を崩した俺の背に、容赦なく回し蹴りが叩き込まれる。中空から、振り落とすように放たれる一撃。

 見る見る内に地面が近づく。

 

 「ぐ、え……ッ」

 

 蹴り落されて。

 大地の大質量で、まるごと殴られたような衝撃。防御と耐久に優れる黒の魔法少女であって尚、今すぐにでも変身解除してしまいそうなダメージ。

 

 「っ、ッ――!!」

 

 だが。

 倒れるわけにはいかない。

 腹に力を入れ、四肢に活力を送り込む。衝撃で一時的に失い、ようやく回復した視界で周囲を見渡しながら身体を起こす。

 ……土煙が舞い上がっている。

 

 「――あは」

 

 暗く、土煙に包まれたそこにあって尚。

 『白く』浮かび上がる影の主は。

 

 嗤った。

 

 「ッッッ、がぁぁぁあああ!!!!」

 

 やはり、俺は立ち上がらなければならない。

 痛みに縛られる身体を、怠惰の安寧に浸ることを願う心を引き剥がすように俺は立ち上がる。

 

 世界を怠惰に染め上げる。俺のように働きたくない人々の為に。

 それ、よりも。

 

 目の前の、彼女の為に――!!

 

 「……ひのちゃんと、えりかちゃんの力を奪って。結局、その程度」

 

 悠然と俺の前に降り立ち、歩を進めるそいつは。優位を確信している。

 クソ野郎。

 あの子は……そんなこと言わねぇんだよ。そんな風に、嗤わねぇんだよ。

 

 働く皆に祝福を。

 ただ働くことを願ったあの子は。働く皆に、心からの幸せがあることを願ったあの子は。

 お前みたいに、嗤わない――!

 

 「返せよ」

 「は?」

 

 まるで、オウム返しするように。

 氷乃と円力華を奪った俺に対する言葉。あの子の……心愛の、言葉を『そいつ』に告げる。

 

 「何を言ってるの、かな?」

 「うるっせぇ!!」

 

 立ち上がる。

 膝はがくがく震えているし、背筋を伸ばす力もない。

 

 

 

 ――それでも。

 

 

 

 俺は立たなきゃいけない。目前の彼女/奴を。

 救い/倒す為に。

 

 「フェイトを返せ、ハロワー!!!!」

 「あは」



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第十一話『悪に堕とす魔法少女』

 ――最初の、魔法少女。

 

 この世界で初めて生まれた魔法少女。それが、私だった。

 

 平凡で、何の取り柄もない。ちょっと運がいいだけ。

 そんな私は正義の妖精ハロワーと出会い、悪の組織ヒキニートーと戦うことになった。

 最初は『特別』がない私に、突然現れた命運に喜び。その力で親友のひのちゃんと救えたことで、そして一緒に戦えることに喜んだ。

 戦いを続け……えりかちゃんもプリナーズに加わって。三人いっしょに、わるい奴らと戦って。勝ち続けて。

 

 あの人は、そんな充実した日々にいきなり現れた。

 

 順調だった日常に割り込んだ、あの人。

 ひのちゃんの身体を奪い。いつしか、心まで奪った。

 

 あの人は、わるい人だ。

 ”そうだ”

 

 ハーケン軍団との決戦が終わって。

 それでも、ひのちゃんはあの人と隠れて逢っていた。どうして?

 私達は、働く未来を夢見る正義の魔法少女。プリナーズの仲間なのに。

 

 どうして、わるい人に惹かれているの?

 

 解らなくちゃ。何故か、知ろうとしないと。ママは、その努力を諦めちゃいけないと言った。

 だから私は――。

 

 ”あいつが、奪ったんだ”

 

 そして。

 私はその場を、見てしまった。

 全滅したはずのプリナーハーケン。世界を勤労に染め上げて、支配しようとする敵と相対する三人。

 ひのちゃんと、えりかちゃんと……あの人。そこには、私がいるはずなのに。いなきゃいけないはずなのに。

 激情が、身を焦がす。

 

 ”盗ったんだよ。許せないよね?”

 

 プリナーズ。

 私と、ひのちゃんと、えりかちゃんの場所。

 少しの幸運しか取り柄のない私の居場所。

 それが、奪われた。

 

 火が、付いた。灯してしまった。

 

 ”あは”

 

 ――そうだ。悪を許しちゃいけない。

 その嗤い声と共に。

 私は最後の一つを奪われた。

 

 

 プリナーフェイト。

 彼女は、最初の魔法少女だ。異世界からの来訪者……ムショック様と同じく、侵略者と言っていい。

 そんな存在が、初めて見染めた現地の尖兵。

 

 運命の、魔法少女。

 

 「あは。あはははははッ!」

 「嗤うな、クソ犬」

 

 暗い空の下。

 土埃がゆっくりと舞い落ちていく中で、狂笑する『白』い影。

 頭頂には、人ならざる形。柴犬のように立った耳が在る。

 その後背には、丸まった尻尾。

 文字通り、尻尾を出したというわけか。

 

 「何時から、気づいていたんだい?」

 

 ハロワ―が、心愛の顔と声で問う。

 こいつはムショック様に消し去られる前に、バックアップを残していた。

 最初の魔法少女。運命の魔法少女の、その奥底に。

 だが、ようやく引きずり出せた。

 

 限界ぎりぎり、そのちょっと先を超えた場所でなんとか立ち上がる俺は。

 奴に答える。

 

 「最初からだ」

 

 桃空 心愛の在り方。

 今、氷乃と。円力華を呑み込んで。

 二人の記憶と心を共有した俺には、二人を通して彼女が理解る。

 

 氷乃は、心愛の奥底に潜むハロワーの存在に論理的に気付いていた。

 円力華は、理屈抜きに心愛の淀みに感づいていた。

 二人分を合わせて、結論した。

 

 

 

 蒼河 氷乃は孤独だった。天才で、それが故に両親にすら距離を置かれた少女。

 そんな彼女に差し伸ばされた、平凡な彼女の手の温かさ。

 

 黄山 円力華は弱かった。特別な容姿を生まれ持ち、遠巻きにされた少女。

 そんな彼女に差し伸ばされた、普通の彼女の力強い手。

 

 二人を、救った。そんな彼女。

 人々を救いたいと言う。

 

 ――魔法少女に最も相応しい、彼女の在り方。

 

 そんな桃空 心愛に注ぎ込まれた『悪意』に俺達三人は。

 

 「……へぇ?」

 

 何も、特別な物を持たない。

 平凡で、普通で。けれどもただ人々の幸福を願う。願うことの出来る。桃空 心愛は。

 だからこそ特別だ。

 ……魔法少女になるべくしてなった魔法少女。それが、プリナーフェイト。

 

 「だから。俺の敵はフェイト……心愛じゃない」

 

 純粋だからこそ、彼女はハロワーに誘導された。

 友を奪い、自身達の未来を奪う敵。

 そんな敵に容赦せず戦い続けることができるように。そう、誘導されてきた。

 人々を、善も悪もなく救いたいという彼女に熾烈な戦いをさせてきた。

 

 「お前がッ!」

 

 少女の純粋な想いを偏向し、過激化させて。攻撃的に、許すことを許さず戦いに強制させる。

 

 働くことは正義でも悪でもない。

 勤労を願うことは間違っていない。怠惰を願うことは間違っていない。

 

 願いを、強制する奴こそが。

 俺が倒すべき敵だ。

 

 悪の組織ヒキニートーは怠惰を願う心を増幅し、人々からエネルギーを吸い上げる。だが、この力は怠惰を願う心がなくては力とならない。

 勤労を願うプリナーズ、彼女達を今まで堕とせなかった理由はそれだ。

 今、俺と戦いたくないと……そう、不労を願った氷乃と円力華が堕とせた理由はそれだ。

 

 「悪に堕ちた俺の」

 

 願った二人。願う人々。

 そんな全て。

 

 「願う人々全ての。世界の、敵だ」

 

 勤労に世界を染め上げようとする、異世界からの侵略者。

 

 「……」

 

 プリナーフェイトの身体を支配し、俺の前に立つハロワーの表情が消える。

 ようやく、正義だの悪だの。そういった建前が崩せたらしい。

 

 「君たちのような下等生物が、願うだなんて烏滸がましいんだよ」

 

 かつて無垢な少女達を、世界侵略から守るという幻想で戦わせたこいつは。

 効率を尊ぶからこそ、イレギュラーに取り乱される。

 

 「未熟で、未発達で、非ィ効率的でッ! せっかく僕が、導いてあげようとしたのに!!」

 

 白い円が、闇を侵略するように浮かび上がる。一つ、二つ、三つ……数えるのも馬鹿らしい程に、無数の円がハロワーの背後に展開される。

 

 「ただ君たちは従っていれば良いんだよ!」

 

 自称、俺達よりも上位で。

 効率良く働けるハロワーが告げる。

 

 「出来損ない共め。君たちに、僕の世界に居場所はない」

 

 無数の、白銀の円。そこから暴風のように魔法弾が連射される。

 天を埋め尽くすような銃口、全てが俺一人に収束され滅殺の意思の下に放たれる。

 

 『――全方向、弾道予測』

 『ばーか。何一人で、戦おうとしてるのよ。あんたの敵は、私の敵なんだから!』

 

 

 

 「誰が下等生物だ。天ッ才なんだよ、こいつは/俺は」

 

 

 

 蒼の光が、俺を加速させる。

 放たれた無数の魔法弾を、全て躱し捌いて。最速で、彼女の元に走らせる。

 

 「くそ、ジーニアスの力か!?」

 

 ハロワーの声に焦りが混じる。

 最速の魔法少女。プリナージーニアス、氷乃の力。

 

 「だったら――!!」

 

 砲撃戦を捌かれたハロワーが、近接の構えをする。

 天武のフェイト、その技巧に俺の力は及ばない。

 ――俺の、力ならな。

 

 『邪魔なんて、させないんだからぁぁぁあああ!!』

 『心愛ちゃんを取り戻す。難しいことなんて知らない。けれど、私と黒乃ちゃんはその為に力を合わせる』

 

 

 

 「烏滸がましい? 円力華の/俺の力はお前よりも強ぇえんだよ!!」

 

 

 

 黄の光が、俺を助力する。

 超絶の技巧を圧倒的な力で押し潰す。いくら力を逃そうとしようが、捌き切れない力。

 

 「ばかなっ!? フォースの、力で……!?」

 

 ――辿り着いた。

 

 力を逸らそうとするハロワーの抵抗をねじ伏せて。

 プリナーフェイト、その眼前に俺は立った。

 

 「働く皆に安寧を」

 

 全ての力を使い切り。

 ジーニアスとフォースの力が霧散する。俺の下から離れていく、二人の力。

 

 『やっちゃいなさいな!』

 『後はお願い、黒乃ちゃん!!』

 

 二人の声を背にしながら。

 彼女の元に辿り着かせてくれた二人の願いと共に。

 ただの、プリナーブラックとして。

 

 「やめ――ッ」

 

 ハロワーに心を縛られたプリナーフェイトを。

 抱き締めた。

 

 「……不労の、安寧に」

 

 働いて人々を助けたいという願いを歪められ。

 願わなかった嫉妬の炎に、無理矢理焦がされた少女。

 

 プリナーフェイト、運命の魔法少女。

 

 天武に恵まれながらも戦いを、望まなかったからこそ。

 ジーニアス、フォースの二人を堕とし、共にある今だからこそ。

 

 俺は、彼女も堕とすことが出来る。

 

 「堕ちろ」

 

 下等生物だの、烏滸がましいだの。俺達を、願う俺達に余計なお世話だ。

 これで最後。

 今度こそ、お前という完全無欠の白を黒で塗り潰す。抱き締めたフェイトの身体が、呑み込まれるように消える。

 

 ――俺とフェイトは『相乗り』を果たした。

 

 「犬が人を飼おうなどと……ってな」

 

 ムショック様のお言葉を借りる。最初の、運命の魔法少女の中にバックアップとして残された。

 侵略者の残り香は塗り潰された。

 

 

 『……ここは、くろのちゃんの……中……?』

 

 心の奥底に潜む、誰かの声で。

 私が私でなくなって。

 

 灯された火。それは瞬く間に燃え盛り、私の最後の一つまで焦がし尽くした。

 

 あの人。

 プリナーズという私の場所を、ひのちゃんを、えりかちゃんを奪ったあの人に嫉妬し憎む。

 誰かを助けたいという願いを忘れ去り、ただ敵を倒す。

 ヒキニートーの本拠地を焼き、敵を追い詰める。許さない、許さない、許さない。

 そんな私になってしまった私を、倒すのではなく抱き締めたあの人。

 

 『くろのちゃん』

 

 今、この中ではあの人の全てが解る。

 いつしかママが言っていた言葉が蘇った。

 

 ――まずは、知ることだと。

 許せなくてもいい。最後に解らなくてもいい。

 

 それでも。

 心を愛することが出来る私を願った、パパとママの想い。

 私は、許せなかった人のことを知ることが出来た。

 

 相乗り、というらしい。

 

 怠惰を願う人々を、不労に導く悪の魔法少女。

 だが、悪であろうと。正義であろうと、助けを求めて伸ばした手を掴む。

 そんな在り方は。

 

 『……そっか。くろのちゃんも、誰かを助けたかったんだ』

 

 くろのちゃんは、前世で限界まで働いて死んだらしい。

 一度死んで。

 それでも、労働自体を憎んでいなかった。

 私達プリナーズの働きたい想いを否定せずに、自分のようになる人々がいなくなることを願った。

 

 『私と、私達と――同じだったんだ』

 

 助けを求める声。求めて伸ばされた手。

 それを前に、善も悪もない。

 

 『くろのちゃんも、魔法少女なんだ』

 

 私の成りたかった私。

 人々の伸ばされた手を掴む、救う為の手を持つ。私も、その手に救われた。

 

 魔法少女。

 プリナーブラック。くろのちゃんは、正しく魔法少女だった。

 

 もっと、彼女のことを知りたい。

 もっともっと、お話したい。

 

 くろのちゃんのことを、知りたい。

 

 何時しかひのちゃんに抱いた、この気持ち。

 その気持ちの名前を知ることはもう少し、先だけれど。

 

 ――最初の魔法少女。運命の魔法少女。

 最後の、正義の私は堕とされたんだ。



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最終話『俺は、悪を働き続ける』

 「いらっしゃいませぇー」

 「いらっしゃいませーッ!!」

 

 からんころん。

 そのドアを開けると、ベルの音と共に迎える声。

 

 「あ、待ち合わせしてるんですけれど」

 「お二人とも、来られてるッスよ。ご案内します!!」

 

 間延びした声の店長さんと、威勢のいい店員のお姉さんが出迎えてくれる。その後に付いて店内へ。

 猫カフェ『どんとわーく』。

 すっかり通い慣れたその店で、待ち合わせしていた二人が座るテーブルに混ざる。

 

 ――季節は巡って、夏の名残を残しながらも秋。

 週末のお休み。

 

 「お待たせー」

 「ん」

 「心愛ちゃん、待ってたよー」

 

 ローテーブル、囲むように置かれたソファー。

 その上に座りながら、虎柄の猫ちゃんを膝に乗せたえりかちゃんと。

 ふかふかのカーペットが敷かれた床に、完全に脱力し寝転がったひのちゃんが私を迎え入れる。

 

 「クロちゃんは?」

 

 私もソファーに座りながら、周囲を見渡す。

 クロちゃん……『どんとわーく』人気ナンバーワンでありながら、居ること自体が珍しいという彼女の姿を探す。

 

 「またオフだって」

 

 先にクロちゃんの不在を知っていたえりかちゃんが、苦笑したように教えてくれる。

 すっかり私達の溜まり場と化したこのお店。

 常連にはお馴染みの、稼ぎ頭不在だ。

 

 「そっか」

 

 ……それでも、少し期待していたけれど。

 不労を願う彼女が、働きたくないのは当然だ。お店の売り上げが厳しい時には、店長さんに乞われてその重い腰を上げるのが常だったが。

 仕方ない人だなぁ。

 

 「むぅ……なんか、心愛ちゃん最近大人っぽくなった?」

 「そうかな?」

 

 ぷくぅ、と先を越されたとばかりに頬を膨らませるえりかちゃん。

 大人かぁ……。

 確かに前よりも、心の余裕が出来た気がする。誰かを許せるようになって、少しは大きくなれたのかも。

 

 「うん。追いつきたいからかな」

 

 私は、子供だ。

 けれど、何時か追いついて並び立ちたい。

 頭が良くて、大人達より大人なひのちゃんの隣に。

 

 ――大人だった。今では私達と同じ子供の姿で、それでも大人のあの人の隣に。

 今この場にいない、あの人の。

 

 「心愛ッ!? 今何か邪なこと考えなかった!!!?」

 

 がばりっ、と突然ひのちゃんが起き上がって声を上げる。どうやら、あの人を想っての言葉に反応してしまったらしい。

 

 「駄目よ心愛、あいつは駄目人間で頭悪くって――!」

 「そうだねひのちゃん。最初に、そんなあの人に唆されたんだもんね」

 

 天武とかいう、急所を穿つことに恵まれた私の言葉に。

 ひのちゃんが『う』に濁点を加えた声と共に、胸を押さえて再びカーペットの上に沈む。カウンター決まっちゃった。

 

 「あはは」

 

 そんな様子にえりかちゃんが笑う。

 私達のやり取りに距離を置いているような天然の、純粋なえりかちゃんだが……実際、私はひのちゃんより彼女を警戒している。

 あの人にとって彼女は、妹とか娘のポジション。だが、それ故に死角だ。

 死角から、その圧倒的な力でぶん殴られたら……主にあのだぷんだぷんした胸であの人も堕とされるかもしれない。あぶない。

 そんな要警戒を考えていると。あ、来た。

 

 「――あいつ、また」

 「プリナーズ出動、だね」

 「うん、行こうっ!」

 

 平和な昼下がり。

 正義の魔法少女、プリナーズの三人はその気配を感じ取る。

 

 世界を侵略せんとする、悪の気配。

 あの人の気配を。

 

 私達は、あの人を追い続ける。

 私達を堕とした、あの人を。

 だって、正義の魔法少女なら悪い人を捕まえなくちゃ。

 

 ――正義の勤労を信じた私達、魔法少女プリナーズを堕とした。

 悪い、あの人を。

 

 

 「……はい、それでは第六十八回。襲撃失敗反省会を始めたいと思いまーす」

 

 自動的、もう慣れ切ってしまった俺は司会として反省会開始を宣言する。

 ここは人里離れた古い洋館。

 山中、大昔の金持ちが立てたらしいそこを俺達は新たな本拠地にしていた。今までの住居が手狭となった為、買い取ったのだ。

 

 「俺様は悪くない! あそこでサボリーナが逃げたからだろう!」

 「はぁー!? 戦略的撤退と言いなさいよこの脳筋!!」

 「けんかはー、良くないよー」

 

 洋館の一室、会議室として使っているそこで悪の幹部達が叫び合っている。慣れた光景だ。

 

 「あーはいはい。とりあえずムノー様、突撃するのはいいんですが俺のタイミングに合わせて下さい」

 

 お願いします。いやマジで。

 ムノー様はフォースに比肩する力の持ち主だが、端的に言って馬鹿過ぎる。敵がいたらとりあえず突っ込む。猪かよ。

 

 「ふん、俺様の凄さをお前にも見せつけてやろうとだな……!」

 「あー、はいはい。ムノー様、超格好良かったですよ」

 「……わ、わかれば良いのだ! これからも俺様を頼るが良い!!」

 

 はいはいムノー様すごい。

 こうして褒めていれば、いくらか思うように動いてくれるムノー様はまだ御しやすい。

 だが。

 

 「ねー、ブラックちゃーん。私も偶にはご褒美欲しいなー」

 「……ご褒美、とは?」

 「ブラックちゃんを辱めたいの」

 

 真顔で何言ってるんだこいつ。

 サボリーナ様は相変わらずやばい。これが悪の幹部……絶対に見習いたくないが、超恐ろしい。

 

 「戦果なしなんで、ご褒美もなしです」

 「ちぇー」

 

 ご褒美を求めながらも、サボリーナ様はやる気を出すつもりはないらしい。畜生、めんどうくせぇ。

 

 「チコーク、なんとかしてくれよぉ……」

 「うんー……むりー……」

 

 最後に、縋るように愚痴った俺の言葉は非常に退けられる。

 だらけた様に伸びた声、幹部たちの中で唯一気軽く話せるチコーク。

 

 今回の襲撃は絶対に成功したはずなのに。

 

 チコークの新兵器が投入されていれば勝てた。だが、その直前になって百一回目のセーフティーチェックをしたこいつのせいで投入が間に合わなかった。

 ……チェックは百回までって、約束しただろぉ……!

 

 そんな三幹部に振り回され。

 俺の完璧だったはずの、世界襲撃計画は頓挫した。また負けた。

 

 あー、どうしろってんだよぉー。

 

 ――ハロワ―の残滓を消し去って。

 それでも俺の戦いは終わっていない。

 

 正義の魔法少女、プリナーズは健在だ。一度は悪に堕としたとはいえ、彼女達が俺と戦うことを迷わないのなら相乗りし主導権を握ることは出来ない。

 あの時は共通の敵がいたからこそ、彼女達は堕ちて俺と共に在っただけだ。

 ……何でだろうなぁ。確かに俺と戦いたくないと、願ってくれたと思ったのに。彼女達全員と相乗りして以降、三人とも俺を追うのに容赦なくなっている気がする。

 倒そうとするというより、捕まえようとしているような。

 

 「こわい」

 

 彼女達が僅かなりとも願ったとはいえ、その想いを利用し身体を奪った。

 捕まってしまえば、一体どうなるやら。超こわい。

 

 それでも、俺は。俺達は戦っている。

 

 こそこそエネルギー集めに努め。

 今では三幹部を復活させ、本拠地もボロアパートからこの洋館に移した。

 プリナーズには敗北続きだが、確実に少しずつ。

 怠惰の力は収集出来ている。

 

 「皆の者、ご苦労である」

 

 紛糾し、何時ものように進展しない反省会。そんな会議室に我らが首魁が労いの言葉と共に現れる。

 ムノー様も、サボリーナ様も、チコークも。

 俺も、そのお姿に頭を垂れる。

 

 「失敗に終わったのは残念だが、皆よく頑張ってくれた」

 

 銀髪金眼、漆黒のドレスに身を包んだそのお姿。

 偉大なる怠惰の悪。

 

 「細やかだが、宴を用意しておる。英気を養うが良い」

 「「「「ムショック様万歳」」」」

 「今日は中華でまとめてみた」

 

 俺も、三幹部も揃ってムショック様を称える。

 食堂には悪の首魁謹製の、家庭的ながらも本格的な中華料理が並べられていた。我先にと、食堂に向かう三幹部。

 おいムノー俺の麻婆豆腐残しておけよ!? 声に出来ずにいながら、会議室の片づけの為に残る俺は叫ぶ。

 ぐぬぬ……仕事が残っていれば、働かずにいれないこの身が恨めしい。

 

 「プリナーブラック。黒乃よ」

 

 そんな俺の背に、ムショック様のお声。

 

 「貴様には、プリナーズと共に生きていく道も在ったのではないか」

 

 二人残った、広い会議室にその言葉が突き刺さる。

 

 「いやー、負けてはいますが順調ですんで! 負けませんよ、俺は!!」

 

 実際、三幹部の復活を成して結構いい所までいけている。

 ボロアパートから始めた世界侵略は、確実に歩みを進めている。

 集めた怠惰のエネルギーで、ムショック様も幼女から少しずつ育っている。俺の理想のばいんばいんに近づいている。具体的にはDまで来た。

 

 「……そうか」

 「……はい!」

 

 互いに、それ以上言葉を進めない。

 ムショック様は、俺の願いと。俺の限界を見極めながらも。

 俺の我儘を、認めてくださる。

 

 「俺は、諦めません」

 

 魔法少女。

 そんな理知外の、魔法の力を操る存在は。

 

 助けを求める声が。

 助けを求める手がある限り、諦めない。

 

 俺は、魔法少女。

 

 働きたいというプリナーズと背を向けた、怠惰を願う人々の叫びに応える魔法少女だ。

 怠惰を願う者がいるのならば。

 

 俺の戦いは、終わらない。

 俺達の戦いは終わらない。

 

 「うむ。我らと共に」

 

 ――世界を、怠惰に染め上げるのだ。

 

 その夢見た世界の為に。

 俺達の願った不労の世界を成す為に。

 

 

 

 俺は、悪を働き続ける。




これにてTS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願い完結となります。
今度こそ完結、正義と悪の戦いは続きますが本作で語るべきはここまでです。
あれこれ語りたいことは尽きませんが、残りは活動報告にて。

ご読了、ありがとうございました! ムショック様ばんざーい!!


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