灰色ドラム缶部隊 (黒呂)
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グレーゾーン部隊

この物語はもしも駆逐ポッド『オッゴ』が一年戦争において早い段階で開発されていたら……という架空の話です。ガンダムファクトファイルでオッゴの優秀な性能を見て感動を覚え、数さえ揃えられたら連邦と良い勝負が出来たかもしれない……という文章を読んで思わず書き上げてしまいましたw
一応連載を目標としていますが不定期なので何時続きが出るかは定かではございません。ご了承くださいませ(汗)

オッゴ好きが増える事を祈ってエントリィィィィィィィ!!!


宇宙世紀……それは人間が宇宙へ生活の場を広げた瞬間に始まった新時代の幕開け。無限の可能性を秘めた宇宙、神秘の空間が広がる宇宙。そこへ旅立つと言えばロマンスに溢れて聞こえは良いだろうがしかし、その実情は増え過ぎた地球の人口を減らす為の苦肉の策に過ぎなかった。

 

人間が住処としていた地球を飛び出した先にある漆黒の宇宙空間。人間が住処としていた地球には無い無限の可能性があるが、同時に地球にしかない酸素や資源など生きて行く上で必要不可欠な物質は存在しない。

 

故に地球から宇宙へ追い出されたに等しい宇宙移民達の負担は大きかった。しかし、地球に残った政府高官やエリート階級に属する者達は宇宙移民したスペースノイド達に対し何の配慮も気遣いもしなかった。

それどころか彼等を宇宙に強制的に移民させながら重い税を課したり、地球に残った自分達は選ばれた存在だという地球至上主義によって根拠の無い迫害や差別化を図ったりして見下した態度を取っていた。

 

搾取する者と搾取される者、地球に住む者(アースノイド)と宇宙に住む者(スペースノイド)の間に出来上がった負の関係は双方の溝を深める原因となった。

両者が激しく対立する度に深まる溝。やがてその溝の底が見えなくなるのに、そう時間は掛からなかった。もしどちらかが溝を埋める為の活動を行っていれば少なからず関係は修復されていたかもしれない。

 

だが、あくまでもそれは“もしも”の話だ。現実では最早手遅れだった。そして宇宙世紀0079、宇宙世紀が始まって初の戦争が起こった。

地球から一番離れたスペースノイド達が居住するスペースコロニー『サイド3』はジオン公国と名乗り、地球連邦に対して独立戦争を仕掛けてきた。

 

科学が発展した戦争の舞台は地球に止まらず宇宙でも繰り広げられ、そこでも人間の闘争心は衰えなかった。だが、皮肉にも戦争を引き起こした原因については過去に起こった戦争の理由と大して変わらない。

 

主義・主張・権利・利益・憎しみ・怒り……

 

そう、人は周囲を格段と進歩させ発展させたが肝心の己達は進歩せず、未だに過去の戦争の教訓を活かせぬまま何度目かとなる戦争へと突入した。

今回でそれを活かせるのかと問われれば答えは難しい。何故なら人とはどうしようもない生き物なのだから。

 

 

 

 

目の前に広がるは漆黒の闇。上下左右見渡す限りの闇・闇・闇……。どうしようもなく広大な闇が目前にあった。

しかし、一見すると限りない闇に見えるが目を凝らして見ればその闇の中に輝くものを幾つか確認出来た。

 

それは星の輝き。遥か遠くに光輝く星の輝き。何百光年、何千光年、何万光年先にある星の輝きだ。太陽に照らされた無数の星々の輝きは黒い紙の上に粉末のダイヤモンドを撒き散らしたかの如く息を飲む美しさがある。

 

幻想的な光景が広がっている此処は、この場所は地球上には存在しない。この光景が見られるのは只一つ――――宇宙だけだ。

 

空気も、水も、大地も、地球上に存在する当たり前の物は何一つない虚空の空間も、宇宙世紀を迎えて80年近く経った今では多数の宇宙船が飛び交う程にまで発展した。更にその虚空の空間には人の手によって建造されたコロニーと呼ばれる筒状の人間都市が浮かんでおり、人々はその中で生活を営み、新たな命を育んできた。

 

宇宙に数あるコロニー群の中で最も地球から離れているサイド3はジオン公国と名乗り、地球連邦に対し独立戦争を仕掛けて来た。

当初は誰もが地球連邦の勝利を予想していたが、その予想はジオンが発明した人型機動兵器『MS』の力と、MSとミノフスキー粒子を掛け合わせた新たな戦略によって裏切られる結果で終わった。

 

ミノフスキー粒子とは電波妨害を引き起こす特殊な粒子であり、これによってレーダーとセンサーは使用不可能となり、旧世紀ではボタン一つで決着が付く大陸間弾道ミサイルでのピンポイント爆撃などの攻撃が行えなくなった。

 

つまりは有視界戦闘……敵にギリギリまで近付いて攻撃するという旧石器時代の戦法にまで逆戻りしてしまったのだ。

 

それに逸早く着眼したジオンはミノフスキー粒子下に置いてでも万全に戦える新兵器を開発。それが鉄の巨人と呼ぶに相応しい人型機動兵器MSだ。こうしてジオンは将来起こり得るであろうミノフスキー粒子下の有視界戦闘に備えた。

これに対し連邦軍はミノフスキー対策を何も行わず、一年戦争の初戦を大艦巨砲主義の塊とも言える多数の戦艦とミサイル攻撃に頼った戦闘機で挑む事となった。

 

機動力と汎用性に優れたジオンのMSに対し連邦軍は成す術もなく大敗を喫し、地球連邦宇宙艦隊は壊滅した。

 

こうしてジオンは圧倒的な勝利と優勢を得たが、それだけで戦争の決着には至らなかった。

一年戦争の初戦で捕虜にしたレビルによる演説で連邦軍は戦争継続を決定し、短期間での決着を目論んでいたジオンの目論見は大きく崩れた。

 

こうなれば戦争の長期化は避けられず、ジオンは戦争継続の為に必要不可欠となる資源確保の為に急いで地球降下作戦を敢行。コロニー落としによる混乱も功を奏し、三度に渡る地球降下作戦によって瞬く間にオデッサ・キャリフォルニア・北京・ポリネシア・ニュージニアの制圧に成功した。

 

しかし、連邦もジオンに成す術が無かった訳ではない。地球の環境や重力に不慣れなジオン相手にゲリラ戦や徹底抗戦を行い、自分達の出血を強いながらも相手の足を止める事に成功した。

こうして戦争は膠着状態に陥り、連邦がジオンに対する反攻作戦の準備を着々と進める一方で、ジオンは伸び切った補給線により只でさえ少ない国力が限界に近付いていた。

 

補給の不足は兵の士気を大きく低下させ、戦力低下に繋がらせるのは過去の歴史が証明している。そこへ敵に攻め込まれたりでもすれば、全滅の恐れもある。

こうした事態を避ける為にもジオンは地上からだけでなく、宇宙からHLVや大気圏突入ポッドを駆使して最前線への補給を行き渡らせようとした。

 

しかし、この補給方法は極めて危険である。地球上の制宙権は必ずしもジオンが制している訳ではなく、近くには連邦軍の宇宙基地ルナツーが存在するのだ。

そこから発進した連邦軍の巡洋艦サラミスやセイバーフィッシュなどの戦闘機が何時何処で襲い掛かって来るかも分からない。ましてや補給物資を地球に降下しようとしている時に襲われては成す術もない。

 

こうなった時は降下を止めて逃げるか、降下を終えてから逃げるか………もしくは撃沈されるかの三つしかない。

 

そしてこの物語はそんな危険の中で任務を遂行しようと頑張る補給部隊と、彼等の苦しい内部事情によって生まれた珍妙な兵器の物語である。

 

 

 

煌々と淡い水色の光を放つ水の星……地球。宇宙から見下ろす限り相変わらずの美しさを保ってはいるが、地上の方ではその美しさとは裏腹に悲惨な出来事が起こっている。

一年戦争勃発直後にジオンが行ったコロニー落としによりオーストラリアのシドニーが消滅し、更にコロニー落下の衝撃による影響で津波や地震が発生し、地球に多大な被害が被った。それだけに留まらず世界各地で異常気象が相次いで発生し、地球の自然環境は一気に悪化の道を辿って行った。

 

だが、地球上の自然が滅茶苦茶になってもジオンと連邦の戦争が終わる訳ではない。周りの環境が激変した程度で戦争が終わるなどという話は聞いた事がないし、これから先も無いだろう。

 

「地球にとっちゃ……凄い迷惑だな」

 

遥か上空をも越えて、宇宙から地球を見下ろす一隻の輸送船。二つの巨大コンテナに挟み込まれた独特な作りをしたジオンの輸送艦『メーインヘイム』である。

そして先程の台詞を気だるそうに呟いたのはこのメーインヘイムの艦長ダズ・ベーリックだ。白髪交じりのオールバックの黒髪に少し痩せこけた頬、そして疲れ切って今にも寝てしまいそうな二重の瞼。見るだけで如何にも苦労人と分かりそうな外見だ。

 

いや、実際に彼は戦争が始まってから様々な災難を体験している。実はこのメーインヘイムは元々地球からコロニーへ様々な物資を運ぶ民間の貨物船だったのだが、一年戦争が始まったのと同時にジオン軍に軍事物資を輸送する輸送艦として徴用されたのだ。

そしてメーインヘイムが元々民間の船であったのならば、当然艦長であるダズもまたメーインヘイムの民間船長の一人に過ぎなかった。しかし、自分の船がジオン軍に徴用されたのと同時に彼も強制的に軍属に仕立て上げられ、少佐相当官という重々しい肩書までも与えられてしまった。

 

「はぁ……マルティンとヨーツンヘイムの奴等も試験部隊とやらに配属になったようだが、今頃どうしているやら」

 

古くから付き合いのある友人と同型の民間貨客船で働いていた仲間達の事を思い浮かべながら、彼は本日何度目か分からない溜息を深々と吐き出した。やがて肺の中の空気を全部放出し終えた所で彼は気持ちを切り替え、今は己の果たすべき責務と向き合った。

 

目まぐるしい電撃戦で地球の大半を支配下に置いたジオンだが、戦線が伸び切ったのと同時にジオン軍の補給能力が限界に達しており、末端の兵士にまで補給が行き届かなくなりつつあった。

そこでダズの輸送部隊の任務は宇宙から地上で活動しているジオン地上軍へ補給物資を送り込む事である。これが成功すれば現場でのジオン兵士の士気は十分に上がるだろう。

 

そしてダズが左腕にしているアナログな腕時計とモニターに映し出されている作戦予定時間とを見比べて、彼の時計の短針が3を指し、モニターの作戦予定時間が1500と示された瞬間に若い男性オペレーターが声を上げた。

 

「目的地点、北京上空に到達しました! 予定時間通りです!」

「パプア二隻はちゃんと着いて来ているか?」

「はい! 問題無くメーインヘイムの後方に付いて来ています!」

 

そう言った直後にメーインヘイムのメインモニターに映し出されたのは、二隻並んで並走するパプア級輸送艦の姿だった。ややモニターに砂嵐が混ざっているものの、パプアの特徴である双胴艦に似た独特の形はハッキリと見えた。

二隻とも旧式なので一緒に付いて来れるかどうか不安があったが、現にこうやって後方にピッタリくっついて来たのを目で見てダズは一先ず安堵した。

 

「よぅし! 予定時刻通りに物資を地球に下ろすぞ! ネッド少尉のザクは先に出撃して周囲の警戒に当たってくれ」

『了解しました!』

 

ダズの命令に対し髪形も髭も角刈りのようにキッチリと切り揃えられたネッド・ミズキ少尉がメインモニターの端に小さく区分された四角の中で敬礼して了解した事を伝える。

敬礼し終えて画面が消えたのとほぼ同時にメーインヘイムの右ハッチからジオン軍の主力兵器ザクⅡF型が一機発進し、母艦から少し距離を置いた所で機体を制止させて周囲を警戒した。

 

「よぅし! 物資投下を始める! 上げ舵90!!」

「了解! 上げ舵90!!」

 

ダズの命令に対し操舵手が元気良く復唱するや、鉄製の舵輪と近くに設置されているコンピュータを器用に操り、メーインヘイムの機首を大きく上へ傾かせた。いや、それは最早傾かせるなんてレベルじゃない。

頭は段々と上へ上へと傾いていき、やがてほぼ垂直に立っているかのような状態になった所で動きを止めた。そしてザクが発進したハッチとは正反対にある後部ハッチが開き、そこから梯子状に連結された補給コンテナがゆっくりと下ろされて来た。

 

「降下ポイント確認! 北京北西部! ポッド突入予定ラインに障害物は確認されません!」

「コンテナポッドに異常無し! オールグリーンです!」

「よぅし! 降下始めっ!」

 

艦長の合図と同時にコンテナ内部に備えられた信号機が赤い点滅ランプから青のランプへ切り替わり、一気にコンテナポッドが地球へと投下されていく。後方のパプア二隻からも同様のポッドが双胴のコンテナから地球に向けて投下されていく。

やがて投下したポッドは瞬く間に米粒のように小さくなり、メーインヘイムのモニターからも確認出来なくなった。

 

投下されていくポッドの数は少なく見ても百近くはあり、その全てが地球の大気圏に焼かれて赤く染まりながらも中身の物資は無事に地上へ辿り着くであろう。

後は地上に居るジオンの部隊が降下された物資をちゃんと受け取ってくれるのを祈るだけだ。幾ら勢力下とは言え下手をしたら連邦軍のゲリラ攻撃によって物資が撃墜されたり襲われたりというケースも珍しくはない。

 

だが、仮にそうなってしまっても補給物資を投下した輸送部隊に責任がある訳ではない。そもそも彼等の任務は物資を地球へ投下するまでだ。投下したポッドを受け取り、補給を受けるのは地上のジオン部隊の任務だ。

 

「よぅし! 我々が出来るのは此処までだ! 直ちに宙域から離脱する!」

「了解!」

「ネッド少尉は我々が最大戦速で離脱するまで艦の護衛を頼む!」

『了解しました!』

 

全てのポッドが地球へ降下したのを見送った後、ダズは補給部隊の任務が完了したと判断。通信士もすぐさま後方のパプア二隻にダズの命令を通達し、三隻とも地球圏から離脱しようと船体を反転する。護衛に出たネッド少尉のザクも三隻と並行する形で共に離脱へと動き出す。

何せ先にも述べたようにすぐ近くには連邦軍の宇宙基地ルナツーがあるのだ。この場でモタモタしていれば敵の攻撃を受ける恐れがある。

 

「頼むから逃げ切らせてくれよ……」

 

誰にも聞こえない小さい声でダズが祈るようにそう呟き、三隻が地球から離れようとした矢先だった。

 

「熱源高速接近! 艦砲です!!」

「回避間に合いません! 来ます!!」

「ッ! ショックに備えろォ!」

 

激しいアラーム音と共に叫び周囲の索敵を行っていたオペレーターの叫び声のような台詞が艦橋に響き渡る。直後、遥か彼方の暗い宇宙から淡い桃色に輝くビームがメーインヘイムや先を行くパプアの横を光速で通り過ぎていく。

何も知らぬ者が見ればその一筋の光を綺麗だと思うかもしれないが、その美しさとは裏腹に触れてしまえば生身の人間なら跡形も残らず蒸発するだろうし、直撃すれば戦艦でさえも大破は免れない。

 

ビームは三発放たれたものの幸いにもメーインヘイムとパプア二隻を傷付ける事無く素通りしていった。ビームが横切った際に戦艦内に文字通りの衝撃が走ったが、命を奪われるのに比べたら遥かにマシだ。

三隻を護衛していたネッド少尉のザクもビームを避けたらしく、全くの無傷だ。そもそも運動性の高いザクに一発や二発だけの艦砲を命中させる事自体が極めて困難だ。

 

ネッドのザクが艦砲のビームが飛んで来た後方へモノアイカメラを向けると、彼方の方にチカチカと星の瞬きとはまた違う発光物体が二つ見えた。そしてメーインヘイムのオペレーターもそれを確認したらしく、かなりの早口でその発光物体の正体をダズに報告した。

 

「後方から二隻接近! サラミス級です!」

「やっぱり来たか! 奴等の射撃圏内に捉えられる前にさっさと逃げるぞ!」

 

地球上で補給物資を投下しているのを敵がみすみす見過ごす筈がないとダズも分かり切っていた。故に今みたいに祈りの言葉を述べたのだが、どうやら彼の祈りは幸運の女神に受け入れられなかったようだ。

だが、一方で物資を満載したポッドを全部地球に投下し終えてから攻撃を受けたのは不幸中の幸いだ。ポッドを搭載したままでは重荷になっていたのは確実だったろうし、何よりも誘爆の危険性が高かった。

 

また任務を完遂出来た事も部隊全員の心に余裕を与え、余計な考えを抱かず撤退だけに専念する事が出来た。もし中途半端な所で襲われていれば任務を続行するか放棄するかで揉めていただろう。

兎に角、この場に留まる理由が無いのだから後は只管に逃げるだけだ。しかし、一方の連邦は目の前で行われたジオンの補給活動を止める事が出来なかった。故に一矢報いようと射程範囲ギリギリであるにも関わらずサラミスの主砲を敵に向けて撃ち続ける。

 

射程内ギリギリという事もあって命中率はかなり低いが、それでも自分達が乗っている艦の真横を極太のビームが通り過ぎていくのを目の当たりにすると生きた心地がしない。

下手な鉄砲も数撃てば当たるという諺もあるのだから、何時自分達の乗る艦に主砲が当たるのかと誰もが内心でビクビクしていた。

 

先を行くパプアやメーインヘイムも戦争に備えて装甲を強化したり、対空砲火を設けたりと第一線の戦闘に耐えられるだけの処理は施されている。しかし、それでも所詮は輸送船。本格的な軍事行動を目的に開発されたサラミス級と比べれば火力は圧倒的に劣っている。

 

だが、最初からダズはサラミス二隻相手に勝つつもりなんてこれっぽっちもない。そもそも勝ち目なんて最初から無いのだ。元からこちらは物資を運ぶ輸送艦であり、戦闘に不向きである事は百も承知の上だ。

だからこそ彼は己の任務は戦線に物資を運ぶ事だと割り切っており、余計な戦勝を得ようとは考えてはいなかった。

 

そして遂にパプアとメーインヘイムも最大戦速に到達しようとしており、ダズは未だに警備をしてくれているネッドに通信でメーインヘイムへ戻るよう命令を出した。

 

「ネッド少尉! そろそろメーインヘイムは最大戦速へ入る! 帰還するんだ!」

『了解しました!』

 

艦長の命令に従いネッドのザクが後部ハッチから進入し、格納庫に入ったのと同時に後部ハッチが閉められた。

仲間の回収も完了し、これで撤退準備が整った。後は全力で逃げ切るだけだ―――そうダズが思った矢先であった。

 

自分が乗っている艦の真横をサラミスから放たれた一閃の光が凄まじい速さで通り過ぎていく。これが通り過ぎるだけなら良かった。がしかし、メーインヘイムの真横を通り過ぎ、先に進んでいたパプアの一隻に莫大なエネルギーを含んだ光が命中した。

 

次の瞬間、動力部に当たったのかパプアは眩い閃光を上げて爆散した。原型が残らぬ程の大爆発であり、そんな爆発の中ではパプアの搭乗員が生き残る筈がない。

 

味方がやられた事に誰もがショックを受けるが、それ以上に恐い事が爆発の直後に起こった。

 

「キャラバンⅢ! 撃沈! 破片が飛んできます!!」

「防護シャッターを下ろせ! 構わん、このまま前進しろ!!」

 

綺麗な球体を描いた火球の中からパプアの残骸が凄まじい勢いで飛来し、メーインヘイムの外壁を傷付けていく。爆発の勢いで加速を得た残骸は無重力下に置いては正しく凶器そのものだ。それにより近くに居た船が酷い損害を受けるのは珍しくない事だ。

幸いにも今回は戦争に備えて装甲を厚くし、また艦橋の窓に緊急用のシャッターが下ろされたので二次被害は然程出なかった。

 

後少しで補給部隊全員が無事に任務達成出来るかと思われただけに、最後の最後でパプア一隻を落とされたのは部隊全員の心を重くさせた。

 

そしてメーインヘイムと残りのパプア一隻はサラミスの猛攻から逃げ切り、そこから更に三日掛けて月にあるグラナダ基地へと帰還するのであった。

 

 

 

月にあるグラナダに帰還したダズ少佐相当官率いる補給部隊であったが、彼等に対して誰も称賛の声を掛けてはくれなかった。それもそうだ、軍人は任務をこなして当然なのだから。

だが、任務を終えたダズもまた称賛など求めてはいなかった。今は只、任務の疲れを取る為に休みたかったし、失ったパプアの搭乗員達の事を考えると一人になりたかった。

 

任務の報告書を早々に作成してグラナダにある作戦本部に提出した後、割り当てられた自分の宿舎へと足を向けようとするが、その最中に彼は会いたくない人物と遭遇してしまった。

 

「ダズ少佐! 少し宜しいかしら?」

「カナン大佐……」

 

グラナダの基地内部を歩いているダズに声を掛けたのは手入れが施された綺麗な黒のショートカットヘアーを揺らす若い女性だった。まるでモデルのように美しい顔立ちと体格をしており、細いフレームの眼鏡が彼女の知的さと魅力さを上げている。

しかし、肩に付いている階級章はダズより二階級も上である大佐の紋章だ。彼女こそグラナダにあるジオン公国軍突撃機動軍に所属するカナン・チェコノフ大佐だ。指揮官としても、MSパイロットとしても腕前は高く、一部の将兵は陰で第二のキシリアとも言われている。

 

彼女とダズは直属の上司と部下という関係ではないのだが、何故かこうやってダズに声を掛ける事が多い。別に彼に気を掛けている訳ではない。寧ろ、その逆である。

 

「ダズ少佐、今回の作戦でパプアを一隻失ったようですわね! 貴方が居ながら何をしておられたのでしょうか?」

「はっ、誠に申し訳ありません……」

「申し訳ない? そんな謝罪だけで済むと思っているのですか!? 只でさえジオンの国力は連邦の三十分の一以下なのですよ! 船を一隻落とされただけで我が軍の戦力がどれだけ落ちるか貴方は――――」

 

ダズと出会うや今回彼が請け負った任務で発生した被害について、カナンの口からマシンガンの如く凄まじい勢いで次から次へと毒舌を織り交ぜた説教トークが放出される。

 

そう、彼女はダズの事を………否、ダズが率いる補給部隊全員を毛嫌いしている。故にダズを精神的に苦しめようと彼が疲れ果てて帰ってきた所を狙って声を掛けたのだ。

 

そもそも、彼女がどうして彼等を嫌うのかについてはちゃんと理由がある。

 

「―――!!………本当に分かっているんですか!? いいえ、絶対に分かっていませんね。貴方達はジオンに忠誠を誓っていないかもしれない“グレーゾーン”の人間ですからね」

「っ……!」

 

嘗てジオン公国が出来上がる前までジオン内ではザビ派とジオン派の派閥争いが熾烈を極めていた。しかし、ジオン・ズム・ダイクンが死に、彼の死後にジオンを受け継いだデギン・ゾド・ザビがジオン内部に居たジオン派を尽く粛清した。

これにより連邦と和平による解決を目指していたダイクン派の力は弱まり、武力闘争による独立を目指すザビ派がジオンを掌握した。

 

だが、粛清したと言っても完全に全てを粛清し切れた訳ではない。地下に潜って反対運動を起こす者も居れば、連邦へ亡命した者も居る。

また他にも本当に粛清の対象か否か微妙に判断が難しい人間も居た。例えば身内や親戚の一人だけがジオン派であったとか、相手が反ザビ派運動をしているとは知らずに同棲していたとか。

 

そんな風にジオン派の疑いはあるものの、ジオン派であるという確固たる証拠が無く釈放された者達の集まりを“グレーゾーン”と軽蔑を込めて呼んでいる。グレーゾーンの中には純粋なザビ派に属する人間も居るが、近親者がジオン派だった為に疑いを掛けられた挙句不遇の扱いを受けた者も少なからず居る。

またグレーゾーンの中には作戦本部の立てた作戦に異論や反論を唱えた軍人や、戦争参加に消極的な企業関係者などジオン公国の足並みを乱す者達もそこへ集められている。

 

要するにグレーゾーンとはジオン公国にとって味方なのか敵なのか分からない曖昧な者達の集まりなのだ。

 

故に彼等の待遇はジオン公国においてサイド3以外のコロニーからやって来た人間、通称『外人』と同じぐらいに冷遇されている。いや、彼等よりも酷いかもしれない。

表向きは列記としたジオンの補給部隊として扱われてはいるが、今回みたいに最低限以下の護衛戦力で危険な補給任務へ向かわされたりすれば、まともな整備を受けられない事なんてザラにある。兎に角、ジオンを裏切る可能性がある彼等を何が何でも厄介払いしたいジオンの本音が見え隠れしている。

 

また同じジオンの人間からも軽蔑や冷やかな眼差しを向けられ、差別的な発言を浴びせられたりもする。

特に酷いのがダズの目の前に現れたカナンだ。彼女はザビ家に対して狂信的とも言える信仰心を持っており、反逆罪の疑いを掛けられながらもジオン公国の為に戦うグレーゾーンの彼等を完全に敵と認識している。

また自分がキシリア直属の部隊の一人というエリート意識も追い風となり、ダズやグレーゾーンの人間だけでなく他のザビ家直属ではない一般部隊でさえも見下す態度を取っている。

 

ダズも幾度も幾度も彼女の言葉を耐え忍んで来たが、それも限界に近付きつつあった。彼は戦争には消極的ではあるが、ジオンに対して強い愛国心はあるつもりだと自覚している。それを傷付けるような彼女の発言には我慢ならなかった。

 

もう自分が反逆罪になろうと関係あるか、彼女に一言言い返さねば煮え繰り返った腸が治まらない。そう決断しダズは重々しく口を開いた。

 

「失礼ですが――――!」

「カナン大佐! こちらに居られましたか!」

 

いざ、自分の意見を彼女にぶつけてやろうとした直前、バッドタイミングなのかグッドタイミングなのか、二人の言い争う所を全く見ていなかったジオンの下士官が彼女の所へと駆け寄って来た。

どうやらカレンに関わりがある部隊から言伝を頼まれたのだろう。彼女に一言二言程話し掛けると彼女は今さっきまでの剣幕を引っ込ませ、生真面目な表情で『分かったわ』と短く答えた。

 

「それじゃダズ少佐、私は用事が出来たので失礼しますわ。それとそちらが再三要求していた護衛戦力増強の件ですが……我が軍の台所事情を考えると当分は不可能との事ですから、そちらで何とかして下さい。それじゃ」

 

ダズを徹底的にコケにした挙句、彼が何度も頭を下げて要求していた護衛戦力増強の件をあっさりと却下してカナンは彼の前から去って行った。

一人その場に残されたダズは自分が彼女にぶつけようとしていた怒りの言葉を口に出せず、そのまま喉奥に仕舞い込んだ。しかし、それにより一層膨れ上がった怒りは行き場を失い、最終的には彼自身が拳を壁に叩き付けて自分に対する不甲斐なさを呪うしかなかった。

 

 

 

 

次の日、久し振りの休暇によって激務から一時ばかり解放されたダズではあるが、前の任務で仲間を失った事や昨日のカナンの誹謗中傷の事もあって心は穏やかではなかった。

最も休暇を得られたからと言って彼には丸一日の休暇を利用して遊んだりする趣味などない。精々、家で大人しくするかグラナダの宇宙港に停泊している自分の船を見に行ったりするぐらいだ。

 

そして今回の休日の過ごし方は後者の方を取った。休みであるにも関わらず自分の船を見に行くなど、自分は親馬鹿ならぬ船乗り馬鹿なのだなとダズは自嘲してしまう。

 

宿舎から宇宙港まで只行くだけだが、それだけでは面白さに欠けると思ったダズは久しぶりに訪れたグラナダの街並みを散歩も兼ねて散策する事にした。

 

グラナダは本来コロニー建設に必要な機材をサイド3に送る為に開設された月面基地である。その後も更なる発展と拡張を繰り広げ、遂にはグラナダ市と呼べるほどの大都市へと成長した。

そして一年戦争が開戦した直後にジオン軍に占領され、以後はジオン本土を守る重要な防衛ラインの一角として、またジオンを支える軍事拠点として兵器工場や試験場として機能する事となった。

 

ジオンの占領下にある今もグラナダの喧騒は相変わらずだ。人々は何時も通りに会社に出勤し、主婦と思しき女性達は朝も早くからマーケットやスーパーなどに寄ってはチラシに書かれている格安の品を買い物かごへと入れていく。

これだけを見ると本当に戦争をしているのかと疑いたくなるが、街角に小型の機関銃を肩に掛けたジオン兵士を見るとやはり戦争中なのだという現実へ引き戻される。

 

今はまだ大きな事件は起きていないとは言え、所詮ジオンはグラナダを乗っ取った侵略者に過ぎない。何時、彼等が一致団結して侵略者であるジオンに襲い掛かって来るか分からない。

とは言ってもジオンもサイド3から比較的近いグラナダ市に対して友好関係を保とうと努力はしているので、現時点では暴動やテロと言った危険が発生する恐れは先ず無さそうだ。また連邦軍の勢力が及んでいないので、グラナダは完璧にジオン寄りだと言っても良い。

それでも全てのグラナダ市民がジオンに対して好印象を抱いている訳でもなく、反ジオン組織が秘密裏に結成されているかもしれない。そう言った万が一の事態に備えてグラナダの街に武器を携帯したジオン兵が居るのだ。

 

平和な風景を裏切る様な兵士の姿を横目に見つつ、ダズは足早にグラナダの街を通り抜けていく。その時の彼の表情は心成しか複雑そうな色を浮かべていた。

 

そしてグラナダの街を抜けて、自分が長年乗って来たメーインヘイムが置かれた宇宙港に辿り着くとダズの顔には自然と笑みが零れていた。

 

「さてと……俺の船は大丈夫かな」

 

先にも述べたが彼等はグレーゾーンに属する者達の集まりという理由だけで輸送艦やMSの整備がまともに受けられない事がある。そう言う事態に備えて艦長であるダズ自ら船の整備を行ったりする日もある。

幸いにも補給部隊と名乗るだけの事もあり、艦長だけでなく殆どの者が整備の心得と知識を持っていたので現時点までに自分達の機体や船の整備で困難を強いられるような出来事は起こっていない。

 

その万が一の事態も想定した上でメーインヘイムが停泊している宇宙港ドックの一つに足を踏み入れると、丁度何かを搬入しているらしく物資を乗せたコンテナリフトが動いていた。そして作業用のプチMSなどで搬入された機材や物資をメーインヘイムの格納庫へと運んで行く。

月にも重力は存在するが、地球の重力と比べれば遥かに軽い。故にグラナダの宇宙港のドッグはほぼ無重力に近く、数台のプチMSだけでも物資の搬入や搬出がスムーズに進められる。これが地球ならば恐らく何十台という重機が必要なとなり、搬出も搬入も大掛かりになっていたに違いない。

 

それはさて置き、今の物資の搬入を見る限りどうやら今回はちゃんと整備と補給を受けられたようだとダズは一先ず安堵したのだが、それも束の間だった。

 

「ん?」

 

無重力の空間を利用して一回のジャンプだけでメーインヘイムの格納庫へ飛び込むと、そこには何やら見慣れない機械が置かれていた。

MSではない、かと言って戦闘機でも無さそうな横に長い筒状の物体。まるで馬鹿でかいドラム缶のような機械が格納庫の一番手前に置かれていた。それも一機だけでなく三機も。

筒の両端には作業用ポッドに備わっているのと全く同じ腕が備わっており、筒の丁度中央の上辺りにはカバーも何も施されていない剥き出しのモノアイカメラがちょこんと可愛らしく乗せられている。

 

モノアイカメラという部品を見る限り、恐らくジオンの技術が流用されている機体に違いないのだろうが、こんな奇抜な形をした機体は見た事が無い。いや、そもそもMSの開発に力を入れているジオンがこんなMSと呼ぶには程遠い変わった機体を作るだろうかという疑問すらダズにはあった。

 

「何だコレ、いや……そもそもどうして俺の船にこんなものが?」

 

もし目の前の馬鹿でかいドラム缶がジオンの新兵器だとすれば、自分達のような部隊へ真っ先に回って来る事がおかしい。かと言って新兵器と呼ぶにはMSよりも遥かに小さく、武装らしい武装も備わっていない。戦いに不向きである事は一目瞭然だ。

だとすれば、これもカナン大佐の嫌がらせの一環かもしれない。戦力増強をお願いしていた自分達に対する当て付け……そう考えるとこの奇妙なドラム缶が自分達の所へ回されて来たのも納得がいく。

 

「いや、しかし……ううむ……?」

 

新兵器だろうが嫌がらせだろうが、目の前にあるこのドラム缶の存在理由と真意が掴めずダズが首を傾げて思考に没頭していると、彼の背後から陽気な若い声がやって来た。

 

「ヨォー! 艦長さん! 休日を返上して御出勤かい!? 精が出るねぇ!」

「ガナック整備長……」

 

声に気付いて振り返ると、そこにはチョコレートのような褐色肌にカラフルなフレームのサングラス、赤茶色のドレッドヘアーというインパクトの強い特徴を持ったガナック整備長の姿があった。

彼も言うまでも無くグレーゾーンの人間であり、グレーゾーンに落とされる前はジオニック社の開発部で働くエリート社員だった。しかし、戦争が始まる直前にガナックはジオニック社を自主退職し、その後暫くの間だけ作業用モビルポッドや工業用の機械製品の整備と言った他愛のない仕事を請け負う小規模な会社に就職した。

 

彼はジオン派とザビ派、どちらの派閥にも属してはいないが戦争に関しては否定的な考えを持っていた。スペースノイドの長年の夢であった独立を勝ち取る為の戦争を否定したという理由でガナックは非国民という烙印が押され、戦争勃発と同時にこちらのグレーゾーン部隊へ飛ばされたのだ。

しかし、本人は左遷のような形でグレーゾーンに飛ばされても大して気にもせず、寧ろ持ち前の気さくで陽気な明るい性格のおかげでグレーゾーン部隊での生活をも楽しんでいる。

 

当然ではあるが元ジオニック社の開発部に居たというだけの事もあり、機械に関する技術と知識は補給部隊の中でも随一だ。整備もままならないグレーゾーン部隊においてガナックの存在は極めて重要であり、極論してしまえば彼こそがグレーゾーン部隊の生命線と言っても過言ではない。

 

そんな彼はダズに近付くや格納庫に置かれてあった巨大ドラム缶をポンポンと叩き、まるで無邪気な子供が新しい玩具を買い与えられて喜ぶような笑顔を撒き散らしながら『コレ』について語り出した。

 

「艦長! どうですか、今日届いたばっかりの新品ですよ! コイツがあれば少しは補給活動も楽になりますよ!」

「あ、ああ……。しかし、これは一体何なんだ? やはり作業用ポッドの一つなのか?」

「あー……作業用ポッドとも言えますけど、そのカテゴリーには属しませんかね。強いて言えばMP(モビルポッド)と呼ぶべきでしょうか」

「モビルポッド?」

 

流石のダズもMS(モビルスーツ)なら幾度となく聞いた事はあるが、MPなどという呼び方を聞くのは今日が初めてだ。だが、ザクのモノアイカメラや作業用ポッドの腕など両方の特徴が混ざっているのでMPなのだという理屈は即座に理解出来た。

 

「そんな物をジオンが開発していたなんて初耳だな。しかし、これでジオンは戦争に勝つつもりなのか? とても正気だとは思えんが……」

「いやいや、ジオンはMPなんて作っちゃいませんよ」

「何?」

 

その一言にダズは真っ先に『それはおかしいだろう』とガナックに疑問を呈した。明らかにこのMPにはジオンの技術が応用されて作られており、これにジオンが関係していない筈がない。

もし関係していないのが事実だとしたら、このMPはジオンの技術を盗んで独断で作り上げられたという事になる。そうなれば機密漏洩はおろか、国家反逆罪として極刑も免れないだろう。

 

だが、それ以前にダズは気になっていた事があった。

 

「そもそもガナック君、君は何故これがジオンの作った物ではないと知っているのかね?」

 

ガナックはMPについて色々と説明してくれたが、同時に彼はハッキリと『ジオンはMPを作っていない』と公言している。という事は彼もMPの纏わる事情に少なからず関係している筈だと踏んでいたのだが、ダズが疑問を投げ付けた直後に彼の予想を大きく上回る返答がガナックから返って来た。

 

「そりゃそうですよ、だってこのMPを設計したのは私ですから」

「!?」

 

深く悩むでもなければ言葉に詰まるでもなく、飄々とあっさりした口調で言い切ったガナックだが、さらりと出た台詞の中身はとんでもない事実だ。

何せ、彼の発言は『自分がジオンの最高機密に値する技術を個人的に応用しました』と言い切ったも同然だからだ。もしこれがジオン上層部にバレてしまえば、彼だけでなくグレーゾーン部隊全員の極刑が言い渡されるかもしれない。

 

だが、新しい事実が明らかになったが同時にまた一つ気になる事が出来上がった。

 

「君がMPを設計した!? しかし、君は既にジオニック社を辞めたのだろう? 今更、機体の設計など出来ない筈だが……。そもそも、MPなんて個人の財政で何台も作れはしないだろう?」

 

そう、ガナックは既にジオニック社を退社した上にグレーゾーンに落とされた身だ。そんな彼が勝手に兵器の設計・開発をするなどジオン公国が許す筈がない。ましてや国家総動員法が発令しているジオンの下で勝手にMSの技術を応用してMPを作るなんて到底不可能に近い。

またMPを作ると言っても、個人の財政なんて多寡が知れている。にも関わらずメーインヘイムの格納庫には同じMPが五機も配置されている。

 

彼がそこまで金持ちだったのか、それとも何かしらのカラクリがあるのだろうか。そうダズが思考を巡らした矢先にガナックは彼の耳元でこう耳打ちした。

 

「大丈夫ですよ、艦長。コイツを作る際にちょっとしたカラクリを使いましてね。そのカラクリのおかげで我々は処罰されませんよ、絶対にね」

「カラクリ……?」

 

どうしてガナックがMPを作れたのか、どうしてMPがこんなにも多く搬入出来たのか、どうして自分達の部隊はMPを勝手に搬入しても罰せられないのか……様々な疑問を解決してくれるガナックの『カラクリ』にダズは大いに興味を持った。

 

「一体どんな魔法を……いや、“カラクリ”を使ったのだね。ガナック君?」

「簡単な事ですよ……」

 

そう言ってガナックが唇の端を釣り上げて悪人のような笑みを浮かべ、そのカラクリについて話し始めた。

 

先ず彼が手始めとして着手したのはMPの設計であった。膨大な機械に纏わる知識の中には当然MSの物も含まれており、またMP自体が簡単な作りであった事も幸いして設計は自身でも驚くほどに短期間で完成させてしまった。

こうして設計図が出来たのは良いが、今度はそれを元に機体を作らなければならない。ジオニック社の場合はジオン公国の手厚いバックアップのおかげもあってザクなどのMSを短期間で設計・開発・量産するに至った。

 

しかし、ガナックの場合はジオンが手助けしてくれる訳がない。ましてやグレーゾーンの一人が設計した機体だと知れば門前払いをするのがオチだ。そもそも国家総動員法で企業も国家勝利の為に兵器開発に全力を注いでいる中、個人が設計したMPなど見てくれる筈もない。

 

そこで彼はジオン企業でも連邦企業でもない第三者の中立企業にMPの設計図を譲渡し、機体を作って貰う事にしたのだ。

 

但し、自分が設計したとは言え向こうの人間に完全に丸投げして機体を作って貰うのだ。当然、企業も相手の設計図通りに一から十まで無償で作ってやる程お人好しではない。自社の金を使って作り上げたのだから、それなりの代価を相手に請求するのは世の常だ。

そこでガナックはMPの製作を企業に委託する際にとある契約を交わした。その内容とは完成した際に発生するMPの著作権と利益を全て企業に譲り渡すと言う思い切った契約であった。

自分の設計したプランを他の企業に提供するという点はフランチャイズ契約にも似ているが、それによって発生した利益はガナックには回らず全部企業の物となるという点が大きな点だった。

 

この契約に双方が合意し、こうしてMPはジオン公国の力を借りず他の企業の力によって開発されたのであった。

またMP開発を委託した企業がMPの特許権を得た為に正式に高性能作業用ポッドとしてジオン公国へ売り出される事となり、これによりMPを公費で手に入れられるようになったのと同時にガナックがMPの設計者であるとジオンに気付かれる心配も無い。

 

因みにガナックが設計したMPを現時点で納入しているのはグレーゾーン部隊だけである。つまりはジオン軍の中でも初めてMPを配備した部隊でもある。

 

「まぁ、契約する際に出来上がったら真っ先に自分達の部隊へ納入してくれるようお願いしたんですけどね。それにMPは表向きには大型作業用ポッドとして扱われますので、上層部の連中を刺激する恐れはありませんよ」

「成程な、しかしジオンでも連邦でもない企業とは言え……ジオンの技術を使ったMPを突然作り上げるのを疑問に思う者達も居るんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ、その点もちゃんと考えた上でその企業にお願いしたのですから」

「どういう意味かね?」

 

ガナックの言葉を分かり易く言い換えれば“ジオンの技術を勝手に使用しても怪しまれない企業が存在する”という事だ。しかし、そんな企業があるのだろうかとダズが少し思考を巡らすと、意外にも速くとある企業の名前が彼の脳裏に浮かび上がった。

 

「まさか……ブッホか!?」

「ご名答!」

 

正式名は『ブッホ・ジャンク・インク社』……その名前にも含まれている通りジャンク業を営む会社だが、ジャンク業だけでなく他の業界にも手広く進出している一大コンツェルンだ。

ジャンク業以外にも重工業にも力を注いでおり、特に一年戦争が始まってからはジオンが作ったMSに目がないとも言われている。

 

そんな企業へMSのジェネレーターを応用したMPの開発を提案したのだ。MSと比べれば見劣りする機体ではあるのは否めないが、ジオンの技術が含まれているという事実は向こうにとっても喉から手が出る程に興味深いものだったに違いない。

またジャンク屋という商売上、一年戦争が始まった時に撃破されたジオンのMSの残骸だって扱っている可能性があるのだ。そこからジオンの技術をブッホ社が少なからず手に入れ、このMPを開発したと予想しても何らおかしくはない。

 

「成程な、ジャンク屋の特性を盾にしたという訳か」

「ええ、それにあそこの会社は危険地帯でのジャンク屋活動も辞さないですし。それを考えればMSの一機や二機を回収していてもおかしくはない…と上層部は考えるでしょう」

「確かに、その通りだな。しかし、向こうもよく設計図だけでMPが作れたな。まさか本当にMSとかを無傷で回収出来たのか?」

 

幾ら設計図通りに作るとは言っても設計図の中にあるモノアイカメラやジェネレーターはジオンの作り出した物だ。それと同じ物を丸々作り出すには流石に無理があるのではないだろうかと疑問が浮かんだ。

 

その疑問を何気なく口に出すとガナックから今度こそダズも卒倒してしまうような衝撃の一言が返ってきた。

 

「ああ、それなら簡単ですよ。ブッホ社に陸戦型ザクを一機密輸出しましたから」

「な!!?」

 

流石にそればかりはカラクリ云々では解決出来ない事実だ。只でさえ国力が少ないと言うのに、ザクを丸々一機ブッホ社へ密輸出するなど機密漏洩もへったくれもない。バレたら今度こそ確実にアウトだ。

 

「が、ガナック君!! そ、それは幾らなんでも危険過ぎる行為だぞ!!」

「大丈夫ですよ、そもそも密輸出したと言っても我が隊に嫌がらせ目的で渡されたヤツですよ?」

「え……ああ、もしかしてあのザクの事か?」

 

以前、ダズが自分の部隊の戦力増強をお願いした時にネッド少尉が乗るザクとはまた別に新たなザクが2機納入された事があった。しかし、それは宇宙用のF型ではなく地球上の運営を目的に作られた地上用のJ型であった。

宇宙でしか活動しない自分達に地上用のザクを与えるのは決して些細なミスなどではない。明らかに自分達に対する嫌がらせに他ならない。結局そのザク二体は分解されてネッド少尉の乗るザクの予備パーツとして扱われる事となった。

それでも宇宙では使えない陸戦用のパーツは適当にコンテナに詰めて格納庫の端に放置しておいたのだが、今のガナックの台詞を聞いて振り返ってみれば確かに一機分のパーツを詰め込んであったコンテナは何時の間にか消えて無くなっている。

 

「そう言えば分解した際に余った陸戦用のジェネレーターやパーツが見当たらないと思っていたが……そうか、君が秘密裏に輸出していたのか」

「すいません、一言掛けるべきかと考えましたが……今の状況を鑑みると声を掛ける暇も無いと思いましたので」

 

自分の仲間達が同族の酷い仕打ちによって死地へと向かわされ、まともな戦力も得られないまま死んでいく。そういう光景を目の当たりにしたからこそ、ガナックは自分の得意な知識を生かして仲間を救う力となる兵器を作ろうと決意したのだ。

しかし、当然MSのように派手で強力な機体を個人レベルで作るのは先ず無理だ。仮に作れたとしても配置するまでに上層部の目に止まってしまうだろう。そこで編み出したのは構造が簡易で、配置されても咎められないMPという苦肉の策であった。

 

「ああ、構わんよ。どうせアレは我が隊でお荷物同然の部品だった。それにウチの偉いさんも『好きに使っても構わない』と言ってたから、無くしたと言っても御咎めは無いだろうさ」

 

昨日のカナン大佐との一件もあったので、ダズもガナックの行いを咎めはしなかった。そしてガナックから聞かされた件は一生自分の心の中に留めておこうと誓った。

 

「しかし、これには武装は施されていないようだが……」

「それに関してはこちらで改修する予定ですよ。アームを回転させて前後に可動させるレールの上にアタッチメントを装備し、そこに簡単に手に入れられるザクマシンガンかバズーカを装着する予定です。また機体側面のハードポイントにはミサイルやシュツルムファウストを装備します」

「ほう、つまり機体そのものは外部で作らせ、武装はこっちで後付けするという事か。見た目とは裏腹に意外と重装備も可能なのだな。……そう言えばコイツの名前は何て言うんだ?」

「ああ、そう言えばまだコイツの正式名を決めてませんでした」

 

MPという機体の分類はされていたが、MSの“ザク”みたいに機体の名前までは取り決めていなかった。ダズに言われてガナックは自分の作り上げたMPを見上げながら暫し考えた。誰にでも覚え易い名前が良いなという事で思い付いた名前は――――

 

「オッゴ……と言うのはどうでしょうか?」

「オッゴか…。うん、良いんじゃないか。生みの親が付けた名前だからな」

「へへっ、それじゃ……たった今から我が部隊にオッゴを配置します!」

 

ガナックの元気な言葉と同時に敬礼が向けられ、ダズも薄らと笑みを浮かべて柔らかな敬礼でそれに応えた。そして敬礼を終えるとオッゴを見上げてダズは小さく呟いた。

 

「オッゴか……。お前さんと何処まで付き合えるか分からんが、出来ればこの戦争が終わるまで一緒に生き延びたいものだ」

 

MSよりも遥かに小さく頼りない珍妙な兵器ではあるが、これ以上の戦力増強をアテに出来ない今、ダズ達にとってこの上ない貴重な戦力だ。

それに戦争がジオンに優勢になればこちらの部隊にもMSが回されるかもしれないし、今は我慢も兼ねて己の身を守る為にもオッゴに頼るしかない。

 

故にダズはこのMPという変わった分類に属する兵器……オッゴを見上げて祈るのだった。

 

願わくば……この戦争が一刻も早く終わる事を――――と。

 

しかし、彼の願いとは裏腹に戦争は更なる泥沼へと突き進んでいく。そしてグレーゾーン部隊の苦肉の策として生まれたMPオッゴもまたジオンの歴史に振り回される運命が待ち構えているのであった。




このIF物語に置けるオッゴの設定

・オッゴを開発したのがジオン技術本部ではなくブッホ社。またブッホ社自身もジャンク業によってMSの知識やノウハウを少なからず持っている。
・両側面にミサイルポッドかシュツルムファウストを装備出来るが、それ以外にもザクマシンガンの弾倉を携帯する事も可能(片方に付き弾倉二つ)
・劇中ではザクマシンガンかバズーカは右上だけしか装備されていなかったが、左上にも装備可能。ザクマシンガンやバズーカを二丁装備して出撃する事も今後あるかもしれない。
・オッゴの母艦であるメーインヘイムはイグルーに出て来たヨーツンヘイムと同艦であり、Gジェネ魂にも出てくるあの艦をお借りしました。

また黒呂はオリジナルキャラを書くのが苦手と言いますか下手と言いますか……兎に角、得意でない事は明らかです(汗) ぶっちゃけ人間描写が苦手です……orz
誰かオリキャラ考えてくれないかなぁーなんて甘い考えを抱いた駄目な作者です(滅) こんな作者が書いた変な話ですが、温かく見守って下さると嬉しい限りですw


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戦闘訓練

どうも、書くのが相変わらず亀並に鈍重な黒呂でございます。
漸くこの小説で一番輝く(予定)オッゴのメインパイロット達三名を書き上げられました。さぁて、今後どうやって戦わせるかが難題ですが……ちまちまと頑張っていきたいと思います!


宇宙世紀0079七月上旬、グレーゾーン部隊にオッゴが配備されてから二週間余りが経過しようとしていた。二週間の間に納品されたオッゴの数も十機を迎え、今までロクに戦力を補充出来なかったグレーゾーン部隊にとっては今までにない喜びであった。

とは言え、所詮オッゴも作業用のポッドにモビルスーツの技術をほんの少し与えたに過ぎない機体であり、戦いには不向きな点が多い。火力はザクと同等かそれ以上を期待出来るが、活動時間や機体性能を考えるとやはりMSに劣ってしまう。

 

そこで先ずはオッゴの得意とする戦法や、オッゴの適した運用方法を模索する事から始まった。ロクな戦法や運用方法を見付け出さずに激戦区や最前線に送り出したら悲惨な目に遭うのは火を見るよりも明らかだ。

またMSとの連携は可能なのかをオッゴの慣熟訓練を兼ねた模擬戦などで実践して試してみる事にした。

 

しかし、口で言うのは簡単だが実際にやるのは中々難しいものだ。

 

本来彼等は補給物資を前線で戦う部隊へ運搬したり、傷付いたMSや戦艦の修理を施したりする補給部隊だ。今現在も補給部隊としての任務は続いており、その任務の合間に出来た時間を利用してオッゴの訓練を行うのだ。激務の前後に行われる訓練、想像せずとも相当な疲労が溜まるのは言うまでもない。

 

だが、それでも彼等は根を上げなかった。何故なら自分達が生き残る為にはこれしかないと誰もが理解し切っているからだ。

 

 

 

 

宇宙世紀0079七月二十日、この日は珍しくも補給要請がなく、補給部隊としての任務が無いフリーな日であった。ジオンに余力があればダズの部隊には休暇が出たかもしれないがしかし、只でさえ国力が少なく、兵士の数も少ないジオンに人員を持て余す暇など有る筈がない。

 

そしてダズの部隊に対し上層部から命令が下り、万が一の事態に備えてグレーゾーン補給部隊は地球周辺の暗礁地域をパトロールせよという命令が下った。

見た目は列記とした命令ではあるが、中身は殆ど無意味に等しい。因みに暗礁地域とはジオンが一年戦争開戦直後に奇襲を仕掛けて破壊したコロニー群宙域サイド1、サイド2、サイド4の事を指している。

 

地球周辺やルナツー近辺で連邦の船を見掛ける事は多々あるが、そこから少し離れた暗礁宙域で連邦の船を見たなどという情報は一度も聞いた事がない。現時点までにだ。

 

ダズも上層部の命令を聞いた直後、これは自分達を休ませない為の口実に過ぎない……つまり何時も通りの嫌がらせの類だと受け取った。そもそも戦力など無いに等しい補給部隊にパトロールをさせる事自体がおかしい。

しかし、例えそれが嫌がらせだろうと上からの命令を蔑ろにする訳にはいかない。何より、この程度の嫌がらせならば可愛いものだ。仮に『最前線へ出向いて連邦軍を挑発しろ』みたいな任務だったら流石に『無理だ!』と叫んでいたかもしれないが。

 

寧ろこのレベルの任務ならば逆にオッゴの訓練をするには丁度良いとダズ自身はこれを好機として捉えた。

そしてダズは上層部からの命令を受領し、少佐率いる補給部隊『グレーゾーン』の旗艦メーインヘイムはグラナダ基地から比較的近いサイド2へ向けて出港したのであった。

 

 

 

サイド2……月と同じ軌道にあるスペースコロニー群の一つであり、一年戦争緒戦にジオンの仕掛けた奇襲攻撃によって壊滅させられた。またジオン公国が実行したプリディッシュ作戦――通称コロニー落としに使用されたコロニー『アイランド・イフィッシュ』は元々サイド2にあった物である。

 

緒戦から七カ月経った今もまだ、この宙域にはコロニーの残骸が数多く虚空の空間に漂っている。原型が何なのか分からぬぐらいに木端微塵に破壊された鉄くずもあれば、コロニーの周りを回っていた巨大ミラーが丸々一枚奇跡的にも無傷で残っていた。

どちらも今では意味を成さない残骸に違いないが、嘗て此処に宇宙で暮らす人々の生活の土台となったコロニーが存在した事を物語るのに重要な証拠であるのは確かだ。

 

サイド2の名残とも言えるコロニーの残骸を見たダズは……いや、彼だけでなくジオンの兵士として戦う彼等は複雑極まりない心境になった。何せこんな悲惨な光景を生み出したのは他ならぬ自分達なのだ。

直接的には関係無いとは言え、ジオンという国家に加担している時点でそれは同罪と言えよう。

 

戦争に勝利する為、ジオンの独立を勝ち取る為……そう言い聞かされた者は数知れず。しかし、実際にこの光景を見てから今を振り返ると、やはり自分達は取り返しの付かない事をしてしまったのではないかという強い不安に襲われる。

 

それでもジオンが戦争を続けるのは、こういった悲劇を起こした責任から逃れたいという一心からだろう。

一年戦争の緒戦を終えた頃に圧倒的勝利を背景に連邦と講和が結べれば、ジオンが行ったサイド1・サイド2・サイド4への破壊行為に対する責任追及は無かったし、独立さえも手に入れられたに違いない。寧ろそれこそがザビ家を含むジオン上層部の思い描いていたシナリオだ。

しかし、連邦軍のレビル大将の演説により戦争継続が決定したのでジオンのシナリオは大幅な変更を余儀なくされてしまった。戦争が継続されるという事は即ち、戦争の勝敗が着いていないという事であり、もし負ければ戦争を指導した上層部のほぼ全員が極刑という形で戦争責任を負わされる事になる。

 

責任から逃れる為、そして自分達が生き残る為には徹底的に勝ちを得に行くしかない。そう考えた彼等は無謀と強引が入り混ざったような地球降下作戦を敢行し、結局今日まで戦局は膠着してしまうのであった。

 

「自分で撒いた種……みたいなものだな」

「何か言われましたか、艦長?」

 

ダズの小さな独り言に反応したのは艦長席のすぐ隣に立っていた2mをも越す巨漢の男だった。分厚いモミアゲに茶髪の角刈りが似合うこの男、グレーゾーン部隊を指揮するダズを補佐する副艦長のボリス・ウッドリー大尉だ。

2mを越す巨体を有しているだけで他者を圧倒しそうな気もするが、それとは相反して円らな瞳とメタボリックな腹が第一印象を柔らかくしてくれる。強いて動物に例えるならば野性のヒグマではなく、ハチミツが大好きな黄色いクマ……と言ったところだろうか。

 

だが、このウッドリーなる男、グレーゾーンに落とされる前まではジオン軍作戦本部の補給部門に勤務していたエリートである。

大胆そうな見た目とは裏腹に緻密な補給計画を練り上げ、一年戦争緒戦のジオン軍の勝利に大いに貢献した。だが、その後ジオン軍が地球降下作戦を発動させるや国力と補給線の限界を真っ先に指摘し、戦争の勝利は困難どころか不可能に近いとまでも発言してしまい、それが原因でグレーゾーン部隊に飛ばされてしまったのだ

 

現在はグレーゾーン部隊の補給任務における指揮を陣頭で行うなどして活躍し、またメーインヘイムの艦長であるダズとは見た目も性格も反対なのだが、何故か馬が合い、今では良き親友だ。

 

船団の指揮はダズが、補給活動の指揮はウッドリーが。二人が得意とする分野の指揮でグレーゾーン部隊は存在そのものが成り立っていると言えよう。

 

そしてウッドリーに自分の小言を少しばかり耳に拾われてしまったらしいが、ダズは『何でもない』と軽く掌を振って今の呟きを気にしないよう求めた。

 

「それよりもだ、そろそろ訓練を開始しよう。パトロールが認められているとは言え、無駄に長居は出来んからな」

「そうですな。それでは……オッゴ隊、発進準備に取り掛かれ!」

 

話しの矛先をオッゴの訓練へ持って行くや、ウッドリーもそれに賛同して直ちに訓練を始めるようオペレーターを通じて格納庫に待機していたオッゴ隊及びオッゴ隊の隊長であるネッド少尉に伝えた。

 

ウッドリーからの命令が下された途端、メーインヘイムの格納庫の中が一気に慌ただしい空気に包まれた。激しい警報と共に回転する赤いランプが無重力の中を縦横無尽に飛び回る整備員を照らしつける。訓練とは言え実戦さながらの緊迫感がそこにあった。

何時でも出撃出来るようオッゴのコックピットの中で待機していたパイロット達も、カメラやアーム、シリンダーの動作不良はないか、装備されたマシンガンの弾数や推進剤に不足はないか、機体全体に異常はないかなどの機体の最終チェックを手早くこなしていく。

 

『オッゴ一番機! 異常無し!』

『オッゴ二番機! 同じく異常無し!』

『オッゴ三番機! オールグリーンです!』

『オッゴ四番機! 問題ありません!』

 

ネッドが乗るザクのモニターの端に彼の部下でありオッゴ隊の隊員達の顔が小さく映し出され、やがて全てのオッゴが出撃可能であると最後に報告した隊員の言葉を聞き、ネッドは大きく頷き部下達に訓練開始の号令を出した。

 

「よし! これより訓練を開始する! 出撃する際に機体名と自分の名前を艦橋に伝えるのを忘れるなよ!」

「「「了解!!」」」

 

ネッドがそういうと手本を見せるかのように彼の乗るザクは一歩前に出る。そしてメーインヘイムの格納庫がゆっくりと開かれ、目の前にコロニーの残骸が漂流する宇宙の海が広がった。

 

「ネッド・ミズキ! ザク出ます!」

 

そう言って格納庫の扉の左上端に備えられた三つの信号の内二つが赤・赤と続いて最後のランプで緑になった瞬間、ネッドのザクが虚空の海原へ向けて緩やかに発進する。

バックパックのブースターを軽く吹かしてゆっくりと発進したザクの姿はイマイチ迫力に欠けるものではあるが、そもそもメーインヘイムにカタパルトなんて装備されていないのだから勢いを付けて飛び出すのは不可能だ。

しかし、こういう障害物が多い場所でスピードを出すと逆に危険極まりなく、寧ろ今みたいにゆっくりと飛び出すのが良いというものだ。それはネッドも重々承知であり、何度か訓練を繰り返しているオッゴの隊員達も耳にタコが出来る程にネッドから聞かされている。

 

「良いか! 暗礁宙域で急いで飛び出せば事故を起こすのは一目瞭然だ! そんな馬鹿をやって命を落とすな! こういう時こそ慎重に行くんだ!」

『『『了解!』』』

 

今回も同じ注意をオッゴ隊員に促し、彼等の耳のタコがまた一つ増えただろう。そして先に発進したネッドのザクを追い掛ける形でオッゴ隊も一番機から順次発進していき、最後の十機目も障害物の多い危険な海原へと旅立って行った。

 

「全てのオッゴ、出撃完了しました」

「メーインヘイムはこの場にて待機。万が一にも敵襲があれば即座に離脱出来るよう、エンジンだけは温めておけ」

「了解しました」

「訓練に出たネッド少尉達と連絡は取れるか?」

「ミノフスキーの濃度が戦闘レベルに達していないので通信は可能です。しかし、ノイズが交るかもしれません」

「その程度は覚悟の上だ。だが、非常事態に備えて常に連絡し合えるよう心掛けてくれ」

「了解」

 

やはり訓練と言えども、手持ちの戦力を全て訓練の為に放出すると心許ない気分にさせられる。もしもこの瞬間を見計らって敵が襲ってきたら貨物船を輸送船として改造しただけに過ぎないメーインヘイムなんてあっという間に落とされてしまうだろう。

 

かと言って敵が来たから早速逃げろとすれば、今度は訓練に出ているオッゴ隊やネッド少尉を敵陣に孤立させるようなものだ。つまりメーインヘイムはダズ少佐が仲間を見捨てるという非人道的な方法を取らない限り、この場に残らざるを得ないのだ。

 

「暗礁宙域の中を丸腰で留守番というのも中々……肝が冷えますな」

「前回の時みたいに敵艦の砲撃に晒されながら撤退するよりかは遥かにマシだよ」

「ははははっ! それは違いありません」

 

ダズの台詞を聞いた途端、ウッドリーは正にその通りだと言わんばかりに豪快に笑った。だが、それが現実の事なので大して笑えないのだが、敢えてそこは豪快に笑う事で現状の不安を少しでも紛らわそうとする彼なりの努力であった。

馬が合うからかウッドリーの胸中を見抜いたダズは静かな口調でこうも付け加えた。

 

「心配せずとも訓練は手短に終わらせるし、彼等も我々の艦船から然程離れはしない。それに他のパトロール部隊も近くを出回っているのだ。こちらが敵と遭遇する可能性は極めて低い」

「ええ、私も低い可能性が的中する事がない事を祈っております」

 

敵と遭遇したくない……戦時中とは言え、そう思う者は少なくはない筈だ。ましてやグレーゾーンみたいにロクな戦力を持ち合わせていなかったら尚更の事だ。

しかし、今更それを嘆いても仕方がない。今はメーインヘイムの誰もが心の中で訓練が終了する瞬間を、そして訓練に出向いた者達が無事に帰って来る事を祈りながらその時を待ち続けた。

 

 

 

暗礁宙域の中は地球の環境に言い換えれば、正に魔の海峡と言える凄まじいものであった。先に述べたコロニーの残骸は勿論ではあるが、その残骸の中をよくよく見るとコロニー防衛の為に出撃したであろう連邦軍の艦体や奇襲を仕掛けたジオン軍の艦体、更にはザクまでもが残骸の一部として漂っていた。

無論、これらは言うまでもなく全て宇宙ゴミと化した物体だ。命を有した人間の手によって生み出されたが、同じ人間の手によって引き起こされた戦争によって数多くの生命が失われたのと同時に残骸へと変貌した。

 

戦争で失われたのは人命だけではない。人の手によって作り出した物さえも戦争によって有意義な物から無残な瓦礫へと成り果ててしまう事が目の前の光景によって証明されたに等しい。

 

また無数の残骸達はネッド少尉率いるオッゴ隊の弊害となり、行動に支障を起こす。軽い接触ならば機体に掠り傷が付く程度ではあるが、これが激しい衝突ともなれば間違いなく乗っている機体は大破し、パイロット諸共宇宙ゴミの仲間入りとなるのは明らかだ。

ネッドは勿論、オッゴ隊員もそれは重々承知しているので慎重に進んでいく。またこういう困難な場所を進むだけでも車体感覚ならぬ機体感覚を鍛えられるので、戦闘中や不意に発生した事故を除けば大概の接触事故は減らせる筈だ。

 

メーインヘイムから発進して1キロ余り進んだ所でネッドのザクが脚部のバーニアを吹かして機体を制止させると、オッゴもそれに倣ってバーニアの出力を下げてゆっくりと動きを停止させた。

 

どうやら此処が訓練を行う場となるらしいと誰もが理解した。中小規模の残骸が数多く漂っており、中には辛うじて原型を留めた大型の艦船もあった。あったと言っても1隻だけではあるが。

 

「よし、ここで訓練を開始する! 各機は訓練用に持参した的を残骸に貼り付ける作業に取り掛かれ!」

『『『了解!!』』』

 

そして案の定、ネッドから訓練準備に取り掛かる指示が飛び出し、オッゴ達は散り散りになって指定された場所に的を貼り付ける作業に取り掛かる。

作業と言っても簡単なものだ。丁度良い残骸を選んでは左右のウェポンラッチに丸めて取り付けてあったMSの射撃訓練用の的を広げて貼り付ける。それだけである。

元が作業用ポッドの腕である故に精密作業には不向きだが、こういう貼り付ける程度ならば何ら支障は無い。しかし、中には不器用な者も居る訳で……特にオッゴ七号機が貼ろうとしていた的など使い物にならないぐらいにぐちゃぐちゃのしわくちゃだ。

 

「あーもー! 何で上手くいかないんだよ……!」

 

自分の操作の不器用さに苛立ちを募らせ文句を愚痴るのはオッゴ7号機のパイロットであるエド・ブロッカ一等兵だ。やんちゃな子供がそのまま大人になったような性格であり、ボーイッシュの金髪と雀斑が特徴的だ。

どうやら作業用ポッドのアームを使った作業行為が苦手らしく、時間が経てば経つ程アームに握られた的は益々無残なものへと変わり果てていく。

他の隊員達が作業を終えてネッド少尉の元へ戻って行く様子をカメラで目視した事で更に焦りが生まれ、何とか的を目の前の残骸に貼り付けようとするが今度はアームに的が絡まって取れなくなってしまう。

 

「やべ! どうすりゃ―――!」

『あの、大丈夫ですか? エドさん』

 

このまま自分はネッド少尉から説教を受けるのかと思われたその時だ。彼の耳に救世主の声が届いたのは。そして上部のモノアイカメラを左に回してみると、オッゴの8号機がこちらをジッと見詰めている姿がモニターに映し出された。

 

「アキ! コイツを解いてくれ!」

『あ、はい。分かりました。ジッとしてて下さいね』

 

8号機の番号を見た途端、エドはそれに乗っている人物……アキ・カルキン一等兵にすぐさま助けを求めた。

アキはネッドと同年代であり階級も同じではあるが、大きな瞳と幼い顔立ちのせいで少年兵と見られる事が屡ある。また首元まで伸びた欧米風のボブカット……通称おかっぱ頭のおかげで女の子と勘違いされる事も満更ではない。

 

そしてアキは的が絡まって身動きの取れないエドのオッゴの腕にアームを伸ばし、丁寧に且つ的を破らぬよう慎重に解いて行く。

すると僅か一分足らずでオッゴの腕に絡み付いた的を解き、それだけでなく丁寧に的の皺を伸ばし、目の前に浮かんでいた残骸にペタリと的を貼り付ける。職人のような手際の良さと手捌きでエドの任務さえも完遂させてしまった。これにはエドも目を丸くするばかりだ。

 

「いやー、マジで助かったぜ! お前が居なかったら俺は今頃ここで野垂れ死んでたぜ!」

『そんな大袈裟な……。それよりも隊長の所に戻らないと怒られますよ』

「おっと、そうだった! 急いで戻らなくちゃな!」

 

アキに言われて危うく隊長の事を忘れかけていたエドは、隊長の怒りを受ける前に急いでネッド少尉と他のオッゴ隊の待つ集合地点に向かった。

 

その最中、エドはモノアイカメラを通じてアキの乗るオッゴを見遣りながらふと思った。どうして彼の操縦技術はあそこまで卓越しているのだろうか……と。

 

オッゴがグレーゾーンに配備されたのは今から二週間ほど前だ。MPという新しいジャンルではあるが、隊員達も一応MSの操作訓練を受けていたし、何よりオッゴの操作感覚は作業用ポッドに近いのでMSと比べれば遥かに簡単だ。

 

だが、それにしてもアキの操縦するオッゴは別格だ。まるでMPに乗り続けて何年も経った玄人が操縦するかのように滑らかな動きを見せるのだ。

 

(もしかしたら何処かのテストパイロットでもしてたのかな? 或いは作業用ポッドの作業員だったのか?)

 

このグレーゾーン部隊が、大雑把に訳せばジオンに……もといザビ家に睨まれて爪弾きにされた者が集められた部隊である事はエドにも十分に分かっている。故に様々な職種や異なる知識を有した者達が集まるのも必然だ。但し、誰がどんな職に就いていたかまでは不明ではあるが。

そしてエドが気に掛けているアキもまた戦前は違う職業……エドが想像していた職業に就いていたかもしれないが、自分と同じような理由でザビ家に睨まれて、挙句の果てにグレーゾーンへ飛ばされて来たと考えるのが妥当と言えよう。というか此処に飛ばされる理由なんてザビ家に嫌われるか睨まれるかのどちらかしかない。

 

因みにエドは戦前ジオンの兵学校で兵士としての訓練を受けていた……即ち正統な軍人を目指す一青年に過ぎなかった。しかし、戦争が起こる遥か前に亡くなった祖父母が熱狂的なジオン派であったという理由だけで此処に飛ばされたのだ。

 

それ以外は他の人と同じで何ら変わらない。無論、彼の父と母も、その親戚も同じだ。

 

しかし、祖父母がジオン派なら他の血筋も同じかもしれないと危険視したザビ派はエドの家族や親族が簡単に再会出来ぬようバラバラの部署へ飛ばした。

 

エドの父親は地球降下部隊に編入されてアフリカ戦線に送られ、母はサイド3にあるマハルにてジオン軍の監視を受けながら軍需工場で労働を課せられた。

 

遠い血族は定かではないが、近しい親族はほぼ全てエドと同じような扱いを受け、戦線に送られるなり軍需工場で強制労働に課せられるなりと悲惨な運命を辿った。その中でもグレーゾーンに一人飛ばされたエドは特に悲惨だと言えよう。

 

最初は自分の運命を大いに呪った。そして熱狂的なジオン派である祖父母にも。しかし、此処にやって来てある意味で彼は幸運だった。ジオン派かもしれない疑いを掛けられた自分に誰もが疑いの目を持つ事無く、寧ろ優しく接してくれた。またアキのように同年代の仲間も出来たから今の所は結果オーライだ。

 

後は戦争が終結するまで生き残る……それだけである。

 

(まっ、他人の過去をどうこう聞けないよなぁ。俺だってとやかく聞かれるのは嫌だし)

 

アキの操縦が卓越している理由も気になるが、かと言って他人の過去をあれこれ詮索する気も彼には無いようだ。

 

自分の抱いた考えは一旦思考の端に寄せ、再び現状へ振り返ると丁度真正面のモニターにネッド少尉のザクの姿が映し出された。しかし、遅れた事に関する説教は免れなかったが……。

 

 

 

「よし! これより訓練を開始する! オッゴの操作は無論のこと、集団での行動も慣れてきた。そろそろ実戦を意識した集団戦闘を行うぞ!」

『『『了解!!』』』

 

アキとエドがネッドからこっ酷く説教を受けた後、すぐさまオッゴ隊による訓練が開始された。

この二週間の間でオッゴの慣熟訓練や小隊規模での行動訓練は一通り済ませたらしく、今日からいよいよ実際に武器を使った訓練に取り掛かる予定だ。武器を使うと言っても、オッゴに搭載されたマシンガンやバズーカの中に込められている弾は実弾ではなく、訓練用のペイント弾である。

 

「訓練は先に言った通りだ! 最初に一番機~五番機のオッゴ第一小隊が発進! その二分後に六番機~十番機の第二小隊が発進する! そして発進した部隊は8を描く形でコースを通り、コースの至る場所に設けられた的にペイント弾を撃ち込む!」

 

先程の的を貼り付ける作業もこの訓練を行う為のものであり、それに備えて第一と第二の各小隊で撃たれるペイント弾の色も分けられている。

 

「尚、第一小隊は赤を、第二小隊には青のペイント弾を使用して貰う! これがどういう意味か分かるな!? この訓練で命中した弾数が少ない部隊には訓練で使用した的の片付けと帰還後に腕立て100回のペナルティがあるという意味だ! 覚悟しておけよ!」

 

ペナルティを受けたくないという必死の抵抗が勝ちへと向かわせ、負けたくないという人間の闘争本能が競争力を底上げさせる。単なる訓練に留まらず、これら人間の本能を利用して短期間で鍛え上げるのがネッド流の訓練方法だ。

 

「質問が無ければ早速訓練を開始する! 第一小隊準備!」

 

ネッドの掛け声と共に一号機から五号機のオッゴが縦に並び、訓練開始に向けて準備を行う。そしてネッドが『開始せよ!』という号令と共に第一小隊が残骸の海へと飛び立つ。

今更ではあるが残骸が数多く漂うサイド2跡地は一言で言えば墓場みたいな不気味な雰囲気を孕んでいた。実際に一年戦争緒戦の戦場となったこの場所で多くの人が死んだのだから、そういう表現をしても何ら違和感も疑問もない。

 

だが、第一小隊はオッゴの小回りの利きを最大限に生かして、目の前に広がるジャンクの海の間を縫うように擦り抜けていく。見る限りでは簡単にやっているような感があるが、実際には高度な操縦技量も要求される至難の業だ。

 

「すげぇな、あっという間だぜ……」

『うん、あっちは全て列記とした軍人ばかりだからね……』

 

第一小隊は最前線での戦闘を目途に戦闘訓練を受けた軍人が占めており、訓練を受けたおかげとは言え、やはり操縦技量に関してはこちらとは比べ物にならないぐらいに高いものであった。

もしかしたらペナルティはこっちの第二小隊が確実かもしれない……そう思った矢先にアキとエド以外の第三者の野太い声が彼等の通信に割り込んで来た。

 

『なぁに、こっちだって出来る限りの事をやれば良いだけさ』

 

声に気付いてエドのオッゴがモノアイカメラを右へ旋回させると、機体の左半分にオッゴ6号機を示す『06』のペイントが施されたオッゴの姿があった。

オッゴ6号機に乗っているヤッコブ・ブローン伍長は第二小隊の中で最年長の32歳であり、実質的な隊長格としてアキやエドに指示を出す立場だ。因みに残りのオッゴ九号機と十号機にはアキ達と年齢の変わらぬ若い兵士が乗り込んでいる。

 

黒い肌にパンチパーマ、上唇に生えたダンディな口髭、これらの特徴だけならば渋くてカッコイイ親父と思えたかもしれないが、脂肪の詰まったカエルのような二重顎もあるという事実だけで中年オヤジという印象に格下げしてしまう。しかし、温厚で面倒見の良い性格なので部下達からは信頼も厚い好人物だ。

 

そんな優しい彼ではあるがグレーゾーンに飛ばされる前までは人間の銃器からMS専用の重火器に至るまで生産・販売する軍需工業に勤務していた。厳密に言えば各コロニーに置かれてあった軍需工業の支店の一つではあるが、それでも店を切り盛りさせて繁盛させる商売人として才覚を有していた。

 

決して金持ちと呼べるほどの裕福な生活ではないが、それでも充実した人生を送っていたのは確かだ。そんな順風万端な彼に不運が襲ったのは今から数年前の事だ。

何時の頃からかは定かではないが、ヤッコブの店によく顔を出す一人の客が現れた。見た目は若くて爽やかな所謂美青年で、ヤッコブだけでなく店に居る客ならば誰にでも親しみを込めて声を掛けてくれる好青年でもあった。

 

すぐにヤッコブの店では顔馴染みの常連客的な存在となり、そんな彼を心から信頼していたヤッコブは彼の注文を聞いても深い疑問を抱かず、そのまま店にあった銃火器を販売、もしくは彼の注文通りに品物を発注したりしていた。

店主と客というよりも宛ら友人のような関係が長続きすれば良いなと思った矢先、その青年がジオン当局に逮捕された。実はこの青年、表では善良な市民を装いながら裏では過激な反ジオンを掲げるテログループに所属していたのだ。

 

そしてテログループの手に渡っていた武器の大半がヤッコブの販売した物と判明し、ヤッコブもテログループの一員の疑いがあるとして当局によって逮捕された。

幸いにもその後の調べで彼がテログループとは無関係であると分かったものの、結果的にテログループに武器が渡った責任を取らされてヤッコブはクビとなった。そして戦争が勃発し、徴兵制度で彼もジオン軍へ引っこ抜かれたのだが、この事件でジオンを恨んでいるかもしれないと危惧した上層部の手回しによってグレーゾーンへ飛ばされたのだ。

 

今ではしがないグレーゾーン部隊の一員であり、オッゴのパイロットではあるが、銃火器の扱いに関しては常人よりも優れた知識を有している。また銃火器の扱いに長けていたからか、射撃の腕前もかなりのものだ。

 

そういった自信も本人は持っているからか、相手が色々と事情があって左遷された軍人だけで構成された第一小隊に負けずに頑張ろうとエドやアキに檄を飛ばすが……当の二人から冷めた返事しか返って来なかった。

 

「伍長、口で言うのは簡単ですけど……実際にやるのは難しいですよ」

「そうそう、向こうはMSのシミュレーションだって十二分に受けているし、一年戦争緒戦だって参加している猛者だぜー」

『おいおい! 始まる前から士気が下がるような事を言うなよ! というか少しは張り合おうという気持ちを持てよ!』

 

若者がそんな事でどうすると言わんばかりにヤッコブも思わず焦ってしまうが、そうこうしている間にも第二小隊が訓練へ向かう時間がやって来てしまった。

 

「第二小隊! 前へ!」

『『『了解!!』』』

 

ネッドの号令以降、それまで個人通信で交わしていた会話も打ち切り、誰もが訓練に向けて真面目に取り組もうとする。そして遂にネッドから第二小隊に対し、訓練開始の号令が言い渡された。

 

「第二小隊! 訓練を開始せよ!」

 

その一言と同時に隊長機であるヤッコブのオッゴが先頭を行き、その後にエドとアキのオッゴ、そして残りの二人のオッゴも続いて発進する。

 

今回の訓練は射撃の訓練がメインではあるが、只撃つだけで良いと言うのならば大間違いだ。射撃の正確さを求めるならば機体の動きを止め、的を正確に狙い撃てば良いだけのことだ。

しかし、戦場では動かぬ的のように動かない敵はいない。居たとすればとんでもないアホか、自殺願望者ぐらいだ。

 

故に今回の訓練で重要なのは機体を動かしながらどれだけ正確な射撃が行えるか、そして如何に速く行動出来るかがポイントだ。動きながら撃って的に命中させるのは至難の業だが、まだ的が動かない分マシだと言えよう。

 

そう、この訓練は単なる的当てではない。部隊の被害を最小限に留める為に逸早く敵を撃破し、部隊の防衛力を底上げするという列記とした目的を持った訓練なのだ。

今はまだオッゴは戦闘に参加していないものの、今後の任務の過程の中で連邦軍の宇宙戦闘機と戦いになる可能性は十分にあるのだ。それを考えれば今の訓練はやっておいて損はない。

 

いや、はっきり言えば戦闘機だけならば十分にオッゴでも対応出来る。問題は連邦軍がMSを開発・量産を開始し出した場合だ。

そうなってしまえば所詮ポッドに戦闘力を持たせただけのオッゴなんて雑魚同然、復讐心に燃え上がる連邦軍の猛攻を受けて一方的な殺戮を受ける恐れだってある。

 

その為にも敵を見付けたら即攻撃、反撃の猶予も与えずに一撃で敵を仕留め、素早く帰還する……貧弱ながらも機動性のあるオッゴに出来る一撃離脱法で対抗するしかないのだ。

 

そういった意味では無数の残骸が漂うサイド2跡地はエド達を鍛え上げるのに適した訓練地だと言えよう。的を見付けて撃つとは言え、この残骸が多い宙域で的を見付けるのでさえも困難だ。つまり隊員一人一人の策敵能力と視野の広さも鍛えられるという意味だ。

 

そして第二小隊のオッゴ達は残骸に触れぬ様、細心の注意を払いながらも成るべくスピードを落とさず定められたコースを進み、更に訓練の標的である的をモノアイカメラで引っ切り無しに探し続ける……神経をこの上なく擦り減らす作業を強いられていた。

 

やがて第二小隊は8の字コースの最初のカーブに差し掛かった瞬間、オッゴ9号機に乗っていた若手パイロットが叫び声を上げた。

 

『ヤッコブ伍長! 的がありますよ!』

『ああ! 言われなくても俺の目にも見えてるぜ!!』

 

彼等だけじゃない、エドやアキのモニターにも全く同じ映像がハッキリと映し出されていた。嘗ては戦艦の一部であったと思われる残骸に訓練用の的が貼られており、それには既に第一小隊のマシンガンに込められた赤いペイント弾が着弾した痕跡が残っていた。

しかもペイント弾の殆どが真ん中付近に命中しており、それだけで彼等の腕が確かなものである事を物語っていた。

 

 

『よし! 良いかお前等! 元々向こうの第一小隊はプロの軍人なんだ! 射撃で勝とうと思うな、的に当てられるだけでも良しと思うんだ!』

『『了解!!』』

 

ヤッコブの言う事は尤もだ。軍人になったばかりのエドや最近まで民間で働いていたヤッコブがプロの軍人に勝とうだなんて正直無理だ。この際はペナルティを受ける覚悟を決め、純粋に訓練に取り組んだ方が気兼ねしなくても良いというものだ。

 

そして的との距離が段々と近付き、遂にオッゴの有効射程範囲に的を捉えた。すると自動的に射撃システムがモニター画面とリンクし、モニター中央に十字スコープが出現する。

MSならば十字スコープ内に標的が収まるよう腕が自動的に動くが、オッゴの武装は固定式なので、機体そのものを動かしてスコープ内に標的が収まるよう修正、もしくは調整しなくてはならない。

つまりMSと異なる射撃技術が必要となるのだ。この辺の射撃に関してはミノフスキー粒子の影響でミサイルの命中率が落ちた戦闘機と似通っているかもしれない。

 

但し、こちらはマシンガンだ。下手な鉄砲も数撃てば当たるというものであり、単発式のミサイルに比べれば連射が利くこちらの方が遥かに命中率も高い。

 

そしてモニターに映った的に狙いを定めた第二小隊は、有効射程の中でも最も効果を発揮する所まで近付いた瞬間に一斉に射撃を開始した。

ヤッコブ機以外は全員マシンガン装備であり、彼の機体だけはバズーカ装備だ。恐らくオッゴ同士の連携を想定した上での装備なのだろう。無論、こちらのバズーカも中身はペイント弾だ。

 

トリッガーを引く度に射撃の震動がコックピットに伝わり、体の奥底がビリビリと痺れるような感覚が駆け抜けていく。

 

そして可能な限りペイント弾を的に叩き込んだ後、各隊員は自己の判断で射撃を止めて的の真横や真下を通り抜けてコースを突き進んでいく。しかし、今の射撃に……もといオッゴの性能そのものに不満を抱いたエドが愚痴を零す。

 

「ったく、こんなんで実戦を戦うつもりかよ! これじゃ戦闘機と何ら変わらねーんじゃねぇのか!?」

 

 

固定されたオッゴの武装はザクと同じ武装を取り扱えて、火力もザク並に期待出来るという長所があるが、同時に多くの短所がある。

先に述べたように固定化された故に射程の幅が狭まった事と、一撃離脱という戦法を行うにはマシンガンでは火力不足であるという事だ。バズーカならば火力は十分にあるが、それでも命中率で考えるとマシンガンから換装しても結果は五分五分だろう。

 

しかし、火力の不足は設計の時点で分かり切っていた事であり、ザクとは違い拡張性が低いオッゴでは今更それを改善するのは難しい事だ。

そもそもオッゴは最低の状況下の中で限られた条件を掻い潜って設計された機体だ。武装を取り付けるという所を鑑みる限り戦闘を意識しているとは言え、言い換えればあくまでも戦闘に耐えれる“だけ”の性能しか有していない。

 

故に訓練や実戦で弊害が生じてしまうのはどうする事も出来ず、エドの文句は正論と言えよう。ヤッコブも同じ心境ではあるが、彼はこの現状を受け入れるしかないと割り切っていた。

 

『おい、訓練中に愚痴を零すな! そんなに乗ってる機体に文句があるんなら降りろ! それか上官殿か艦長殿に言ってくれよ! まぁ、上官がそれに耳を傾いてくれても、ジオンが俺達の願いを聞き入れてくれるとは到底思えないけどな!』

『………失礼しました!』

 

ヤッコブの言葉を単純に訳せば『泣き言を言うな』の一言に尽きる。ジオン本国が自分達を退け者扱いしている以上、自分達へ最新鋭の兵器はおろか、ジオン軍の常識でもあるMSが回されないのは火を見るよりも明らかだ。

それを考えれば自分達はどれだけ低性能な機体でも我慢して乗り、身を守って行くしか生き抜く術はない。ましてやオッゴという貧弱な機体をでさえも有難いと思わなくてはいけないのだ。

 

エドもそれは重々承知しており、ヤッコブの叱責で改めて自分が迂闊な事を言ったと反省し、それ以上は文句も言わずに黙々と訓練に向き合った。

 

 

 

 

一方で訓練を遠くから見守っていたダズ達もまた神妙な面持ちで訓練の様子が映し出されたモニター画面を食い入るように見詰めていた。訓練の様子とは言っても、モニターに映し出されているのはメーインヘイムから最大望遠で見える可能な限りの映像だけだが。

 

「オッゴの機動力はまずまずですが……やはり戦闘力では難がありますな」

「それは仕方がない。と言うよりもグレーゾーンと呼ばれ忌避されている我々に軍と同じ装備を持つ事自体が無理な話だ。オッゴが一機でも多くあるだけで有難いと思わねばならない」

「ですよねぇ……。我が軍の代名詞であるザクでさえ一機しか配備されていませんし。まぁ、今の所は連邦軍と戦闘を交えてはいませんし、このまま補給部隊として陰で細々と任務をこなしていれば問題は何もありませんけどね」

「それが出来れば私もオッゴに何も期待はせんよ。しかし、ジオンの連中……いや、ザビ家に対する絶対忠誠者が殆どを占める上層部が何時我々に大して滅茶苦茶な任務を言い渡すかも分からん。それに備えて最低限の戦闘訓練をするのは必要だろう」

 

ダズもボリスも危惧するのはオッゴの低い性能と今後の事だ。性能に関しては設計者であるガナックからオッゴのスペックを聞かされていたので、既に諦めが付いていた。これ以上の落胆は無いだろうが、問題は後者の方だ。

突然明日から戦闘部隊として戦場に駆り出されるかもしれないし、何処かの戦闘大隊に組み込まれるかもしれない。それを想定して戦闘訓練を行うのは無駄ではないし、何より彼等が生き残る上で必要な力と必ずやなるだろう。

 

無論、戦場でドンパチやり合うなんてのは絶対に御免だと誰もが心の中で願っていたが。

 

「後少しで訓練も終わります。これが終わったら次は―――」

 

目の前の訓練が終わったら、次のパトロールへ向かう予定地を決めようとボリスが口を開き掛けた矢先だ。艦橋に耳を劈く激しいコール音が鳴り響き、直後にオペレーターの慌ただしい声が後を追い駆けるように走り抜けたのは。

 

「艦長! 地球軌道上付近にて救援のコールをキャッチしました!」

「何だと!? この近くではないか!」

「他に部隊は居ないのか!?」

「他の部隊にも救援コールは発せられてはいますが……現時点で近い位置に居るのは私達の部隊だけです」

 

もし、グレーゾーンに真っ当な戦力があれば即座に救援へと向かうだろうが、その真っ当な戦力が無いからこそ彼等は決断に戸惑った。

 

何処のパトロール部隊かは分からないが、自分達よりも十分な戦力があるのは大凡で確かだろう。それが救援コールを出したという事は、自分達よりも遥かに強力な戦力を持った敵と遭遇して甚大な被害を被ったという事だ。

もしくは奇襲を仕掛けられて戦力を活かし切れずに被害を受けたという可能性もあるが、どちらにしても自分達が救援に向かっても意味があるかどうかは不透明だ。

 

いや、それどころか自分達が全滅する可能性の方が極めて高い。

 

救援コールを無視すれば自分達は絶対に無事に違いない。しかし、自分達が忌避されている存在とは言え同胞の危機を見逃すのは決して心地良い気分ではない。

 

悩みに悩んだ末にダズが出した決断は――――

 

「……訓練を中止し、直ちに救援に向かう」

 

その一言に艦橋内の空気はザワつく事は無く、寧ろ艦長の命令を受け入れるかのように全員の耳に静かに浸透していった。

だが、反応が薄かったので、ダズ自身もこれで本当に良かったのかと不安に駆られて思わず近くに居たボリスに確認を求めてしまう。

 

「あー……ボリス副艦長、何か異論はあるかね?」

「異論も何も、私は艦長の命令が尤もであると思っております。ここで仲間を見殺しにすれば、それこそ我が隊の存続が危うくなりますからね」

「……そうか」

 

それを聞いてダズも一安心した。自分の意見に真っ向から反対する者が居らず、またボリスが自分と同じ考えを抱いていたからだ。

自分達の命を第一に考えるのならば逃げれば良いだけだ。しかし、そうすれば近くに居ながらも助けに行かなかった事実を必ず軍部に睨まれるのがオチだ。そうなれば今度こそ自分達は裏切り者という烙印が押され、全員処刑されてしまうだろう。

 

自分達の今ではなく、今後の未来を守る為にもダズは仲間の救援へ向かう事を決意したのだ。勿論、自分達の戦力を鑑みれば助けるどころか自分達を守る事さえも危ういが、あくまでも救援が第一であり、それさえ完了してしまえば本格的な戦闘に陥る前に撤退すれば良いだけだ。

 

ボリスの一言もあって救援へ向かう事を改めて決意したダズは、直ちに訓練を行っている部隊へ帰還命令を出した。

そして部隊帰還後、グレーゾーン部隊は救援コールが発せられた地球軌道上へ向けて発進するのであった。

 

 

 

 

「メーデー! メーデー! こちら107パトロール隊! 救援求む! 救援求む!」

 

青々とした輝きを放つ地球のすぐ隣では、無数の弾丸の軌跡が飛び交い、爆炎が至る所で巻き起こっていた。明らかな戦闘状態に入ってはいたが、その規模は決して大きくない。寧ろ小規模と呼べるものであった。

しかし、小規模ながらも救援要請を今尚出し続けている一隻のムサイは既に満身創痍と呼ぶに相応しい無残な姿となっていた。二つの内の右エンジンが被弾して動かず、メガ粒子砲を放つ三つの砲塔も上と真ん中が潰され、残る一つの砲塔だけが精一杯に敵陣目掛けて撃っている。

 

だが、その砲塔の頑張りを嘲笑うかのように敵は軽やかな動きで膨大なエネルギーを含んだ砲撃を難無く交わしていく。

 

「くそっ! 連邦軍め……! まさかこんな手段で我々に対抗するとは!! ぐぅっ!」

「ゴードンのザクが撃墜されました!!」

 

ムサイの艦長と思しき初老の男性が苦々しい表情でそう呟いた直後、艦の護衛に回っていた一機のザクが激しい爆発を伴い宇宙の闇へと消えた。すぐさまオペレーターの声が仲間の撃墜を知らせるが、目の前で仲間が撃墜されたのを見ていた艦長には不要であった。

 

「これで残るはキムのザクだけです!」

「艦長、コムサイで脱出の準備を!」

「馬鹿者! コムサイでアレから逃げ切れるものか!!」

 

副艦長から出された脱出という提案に対して艦長は頭ごなしに怒鳴りつけて却下した。副艦長が出した案は決して悪くはない、寧ろ満身創痍になったムサイが出来る最後の手段と言えよう。

艦長も自分達の部隊の被害を考えれば撤退もしくは脱出したいのも山々だが、それでも許可しないのは連邦軍が使用している兵器に理由があった。

 

連邦軍が使用している兵器は確認出来ただけでもサラミス級が二隻、宇宙戦闘機のセイバーフィッシュが四機、そして――――

 

 

 

「ザクの性能なら……コムサイなどあっという間だ!!」

 

 

 

―――連邦軍が鹵獲したと思われるザクが六機だ。つまり皮肉にもジオンは自分達が生み出したMSの力の前に大苦戦を強いられていたのだ。

ジオン製MS同士の宇宙戦はこれが初めてであり、そんな歴史的な瞬間が繰り広げられているとは救援に向かっているグレーゾーン部隊も知る由もない。

 

同時にオッゴ部隊の初戦の相手が鹵獲されたとは言えジオン軍の代名詞であるザクである事も、この時点で知る者は誰一人としていなかった。

 




今回は何やら説明文やパイロットの紹介などでグダグダになってしまいました。小説のサブタイにもなっている戦闘訓練らしい訓練も明確に書けませんでした……。ううん、まだまだ努力が足りません(汗)
多分、書こうと思えば書けるかもしれませんがオチが思い浮かばなかったので次の話へと急かさせて頂きました。まことに申し訳ありません(汗)

次回から漸く戦闘場面が描けそうですw


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実戦

漸くオッゴの戦いが書けるとなって、凄く嬉しいような楽しいような大変のような(笑) ですが、コツコツと頑張ってみます!
なるべく分かり易く読める事を心掛けて書いているのですが……それに没頭し過ぎる余り、広い視野で物語が書けていないかもしれません(汗)
もしご指摘やアドバイス、誤字脱字等がございましたら、それをご指導し下さると嬉しい限りでございますw


実戦

 

一年戦争の初戦、人類の大半を死に至らしめた所謂一週間戦争が終わった直後の地球連邦軍は今までにない屈辱を味わったのは言うまでもない。その中でも一番は間違いなく地球連邦宇宙軍であろう。

 

宇宙軍と名前こそは立派ではあるが、実を言うと大量の実弾とビーム兵器が放火を交え合う大規模な宇宙戦闘は、地球連邦政府が設立してから一年戦争が勃発するに至るまで全く無かった。更に単刀直入に言えば一年戦争緒戦こそが彼等宇宙軍にとって初めての舞台でもあった。

 

宇宙での艦隊戦、宇宙戦闘機を実用した戦闘……宇宙における人間同士の戦いそのものが初めてだった。

無論、連邦軍だって宇宙軍を設立しただけで後は何もしなかった訳ではない。仮想敵を想定した模擬戦や、宇宙における有効な戦術や戦略の研究だって励んだが、どちらも机上の空論の範囲を超えないものに過ぎない。

 

結局は初めての宇宙戦争で何が起こるかも分からなければ、何が起こってもおかしくなかった。

 

しかし、何もかもが初めてであったにも関わらず連邦宇宙軍の士気は極めて高かった。士気が高い理由は言うまでもなく自分達の故郷を侵略しようとするジオンに対する怒りや、各々が持つ正義感からだ。

自分達の家族や故郷を守る為、今日まで築き上げて来た自分達の力を如何無く発揮し、侵略者ジオンを打倒するのだと……連邦軍人の殆どが熱い意気込みを持って戦争緒戦に挑んだのだ。

 

そして――――敗北した。

 

連邦軍の圧倒的とも言える物量も、彼等が長年築き上げた戦略や戦術も、家族を守ろうという熱い想いでさえも、ジオンの新型兵器MSの前に成す術もなく敗れ去ったのだ。

 

短期間で受けた大損害よりも、侵略者ジオンに敗北した事実よりも、80年近くという長い時間を掛けて築き上げた宇宙軍の戦術や戦略もMSの前では全くの無力且つ無意味と言う事実が彼等に衝撃を与えた。

 

連邦軍人の中にはジオンの勝利は奇襲の成功によるものだと決め付ける者も居たが、最前線に戦った兵士達の多くはこう考えていた。

 

我が軍にもMSがあれば――――と。

 

そして大打撃を受けた連邦宇宙軍にとってこの緒戦の大敗はトラウマとなり、それに連動して宇宙軍全体の士気の大幅な低下にも繋がった。その代わりと言うのも変な気もするが、士気の低下と反比例するかのように、ジオンに対する恐れは今までにないぐらいに増幅した。

そのおかげで敗戦以降はジオンに対し攻撃を仕掛けるのが消極的になり、精々戦闘力を持たない輸送部隊に奇襲を仕掛けるか、またはジオンのパトロール艇の進行予定ルートに機雷を散布する程度の小規模な戦闘行動をポツポツと展開するだけになってしまった。

 

巨大な国力を持っていながらも国力の低いジオン相手に手も足も出せない今の連邦宇宙軍の姿は、まるで巨大な熊が凶暴なハチ一匹に恐れているのに等しい。

 

だが、この日……宇宙世紀0079年七月二十日、地球軌道上付近にて発生した戦闘は今までのものとは異なる光景が繰り広げられていた。

今までジオン軍を見掛けても静観するか、逃げるかの当たり障りのない行動ばかり取っていた連邦宇宙軍がジオンのパトロール艇に対し積極的な攻撃を仕掛けているではないか。しかも、常に劣勢に立たされていた連邦軍がこの戦闘では珍しく優勢に立っている。彼等の作戦が見事に成功したからと言えば確かにその通りだと言えるが、他にも彼等が優勢に立てた理由があった。

 

連邦軍が優勢に立っている大きな理由は何と言ってもジオンのザクを用いている事だ。どうして彼等がザクを用いているのかと疑問に思うかもしれないが、少し考えれば然程難しい事ではない。

一年戦争中に連邦軍が幸運にも無傷で鹵獲したザクをそのまま運用しているか、またはジオン公国から連邦政府へ亡命を果たした人々が連邦への手土産の一つとして持ってきたザクを使っているかのどちらかしかない。

 

どんな方法で連邦がザクを手に入れたかはさて置き、これによって彼等もMSの力を手に入れたのは確かな事だ。

勿論、中にはジオンの兵器を使って戦うのに少なからずの抵抗感を持つ者も居るかもしれないが、敵と対等に戦えるという点に置いては大きな意味を持っている。つまり現時点でジオンに対抗するにはジオンのMSに乗るのが手っ取り早いという事だ。

またMSの開発や研究が遥かに遅れている連邦軍にとって、敵の機体を鹵獲して機体構造を調べるだけでなく、実際の戦闘を通じてMSならではの戦術や戦略を探求するのもMS開発には欠かせぬ内容だ。

 

そう、今地球軌道上付近でジオンのパトロール艇を襲撃しているのは単なる連邦の部隊ではない。連邦が急務としているMSの開発・研究、更に戦場での実戦データを取る事を目的に結成された実験部隊なのだ。

 

その実験部隊を指揮していると思われる角付きのザクに乗っているアフマド・ボアン大尉は無残に討ち取られていくジオンのパトロール艇の姿を見て、上唇に生えた丸みの帯びたM字の髭をヒクヒクとヒク付かせながら微笑を浮かべていた。

 

「ふっふっふ、やはりMSの力は凄いな。まぁ、我々が使用しているザクを味方と誤認してくれた間抜けなジオンの失態も大きいかもしれんがな」

 

彼等の仕掛けた戦法は単純に言ってしまえば騙し打ちだ。ジオンのパトロール艇にボアン大尉率いる鹵獲ザク部隊が接近し、味方の振りをして手痛い一撃を与えるというものだ。更に後方で待機していた戦闘機部隊や巡洋艦の追い打ちもあり、この数週間の内に彼等の部隊はジオンのパトロール部隊を三つ潰滅に追い遣っている。

 

因みにこの戦法は地球上でも取られており、地球に送られたジオン地上軍の補給物資の奪取に多大な戦績を上げたとの事だ。

 

話しは戻り、目の前で繰り広げられている戦闘も然程長くは掛からない事は誰の目にも明らかであった。敵戦力の要であるザクは殆ど落ち、最後のザクも今では残り少ないザクマシンガンを放って抵抗を続けるのみ。

対するこちらの被害はほぼ無傷であり、ムサイをザク諸共落とすのは他愛の無い事だ。四つ目のパトロール艇が潰滅し、自分達の戦果がまた一つ上がるのも時間の問題だ……そう考えてニヤリとボアンがほくそ笑んだ正にその時だ。

 

遥か遠くの宙域からこちらへ向かって来るバーニアの閃光を確認したのは。

 

「何だ? まさか……増援か!?」

 

向こうの宙域に連邦軍が居る筈もなく、となればジオンの援軍だと考えるのが妥当だろう。これにはボアンも一瞬、このまま戦闘を継続するか否か決断に迷いが生じた。

 

ここで彼が恐れたのは貴重なMSを失う事、そして自分達の実験部隊による奇襲攻撃が相手に露見されてしまう事だ。

 

不意打ちとは文字通り、相手の不意を突く攻撃だ。ザクというMSを駆って奇襲を仕掛けている以上、自分達の存在を敵であるジオンに知られる訳にはいかないのだ。

自分達の存在を敵に知られてしまえば、確実な戦果を上げていた不意打ち戦法も一転して大きなリスクが生じる諸刃の刃と化してしまう。そうなる前に敵の部隊を短時間で殲滅出来れば良かったのだが、今回は偶々相手の中に腕の経つパイロットが居た為に時間内で敵を殲滅する事に失敗してしまった。

 

そこへ更に敵の増援となれば、自分達の存在が知れ渡ってしまう。そうなる前に増援も含めてジオンの部隊を倒さなくてはならないという事になってしまうのだが、自分達があくまでも実験部隊であり尚且つ未だに回復を果たしていない戦力を顧みれば、これ以上の戦闘続行は好ましくなかった。

 

自分達の存在が相手に知られるのは手痛いが、今回は短時間で敵を殲滅出来なかった自分達の不徳の致す所と割り切り、部隊に後退を指示しようとしたが、それよりも先に部下の一人からノイズ交じりの通信が入る。

 

『ザ…ザザ…い尉! ボアン大尉! ザザ…敵が現れ…ザザザ…!』

「ええい、ミノフスキー粒子が散布されている場所では通信は使い物にならんと教えただろうが!」

 

ミノフスキー粒子の影響下では通信機器は全く使い物にならないのはジオンのみならず、連邦も身を持って知っている。それでも必死に敵の襲来を教えようとする部下の声に苛立ちを覚えるが、仮にこちらがどれだけ怒声を言おうが同じミノフスキー粒子下に居るのだから部下には伝わらない。

それよりも増援部隊の動向へ目を向けると、モニターに映し出された機体を見て彼は一瞬思考が止まった。

 

「………何だ、アレは?」

 

モニターを最大望遠にして映し出されたのは隊長格を意味する角付きザクと、その取り巻きのようにザクを取り囲みながら飛来する複数のドラム缶の物体であった。

前者のザクは兎も角、後者のドラム缶は見た目からして異様としか言い様がない物体そのものだ。しかし、初めて目にするものだから恐らくジオンの新型なのだろうと予測したが……それにしてもインパクトの有り過ぎる外見に彼は言葉を失った。

 

暫く言葉を失い呆然としていると、ザクと数機のドラム缶は大破したムサイ艦の前に飛び出し、仲間を守りながら敵対するこちらの部隊に対して攻撃を仕掛け出した。

そこでハッと我に返ったボアンは呆然としている場合ではないと自分に言い聞かし、味方の損害が増える前に前線に飛び出し味方部隊に指示を出した。

 

「各機! 敵の増援だ! 注意しろ!!」

『隊長! アレは一体何ですか!?』

「馬鹿野郎! 俺が知るか!! 恐らく敵の新兵器だ!」

 

ミノフスキー粒子の影響下でも味方が近距離に居れば音声通信も可能であり、先程ノイズ交じりに敵の増援を訴えていた部下の声も近付くだけで明瞭に聞き取れる程に回復した。だが、回復したものの即座にやって来た部下からの間抜けな質問に今度こそボアンは容赦なく怒声をぶつけた。

 

だが、同時に彼は今さっきまで考え掛けた撤退について頭の中で待ったを掛けた。もしドラム缶の物体が本当にジオンの新兵器だとすれば、その性能を知る事もまた重要である。また新兵器と今後も遭遇する可能性だってあるのだから、新兵器に関する情報収集は早い方が良い。

 

「各機! これより増援部隊も含めてジオンを叩くぞ! 但し、無茶はするな。良いな!?」

『『『了解!!』』』

 

損得勘定で現状を考えた末にボアンは多少のリスクを冒してでも戦果を上げると同時に新兵器の性能を調べるという決断を下し、すぐさま彼が率いるザク部隊は増援部隊に向けて攻撃を開始したのであった……。

 

 

 

 

「まさか、連邦軍が我が軍のMSを使って攻撃を仕掛けてくるとは……」

 

メーインヘイムから発進したネッド少尉とオッゴ二小隊が増援として戦闘宙域に入るや、最大望遠を通して真っ先に目にしたのはザクがザクと戦い、数機のザクがムサイに対し容赦なくマシンガンを撃ち続けるという衝撃的なものであった。

最初は仲間割れか、またはその類……敵前逃亡阻止か、連邦へ亡命するのを阻止する為と一瞬本気で思い込んでしまいそうになった。が、よくよく見ると同じザク同士でもムサイに敵対しているザクの方は援護機として連邦軍のセイバーフィッシュを同行させている事に気付いた。

 

そこでネッドは大体の把握は掴んだ。恐らく連邦軍がザクを鹵獲し、それを自軍の戦力として使っているのだろうと。

だが、それはそれで非常に厄介である事に変わりはない。今まで連邦軍の主力兵器と戦闘機が主流であったが、今回に限って連中は鹵獲したとは言え自分達と同じMSを使用してきた。

連邦軍に勝つ為に導入した切り札とも呼べるMSが向こうの手中にある以上、今までのような楽な戦いでは済まされないだろう。現に目の前のパトロール艇は応援要請があってから駆け付けるまで十五分程しか経っていないが、既に壊滅の一歩手前だ。

 

これだけでMSの持つ破壊力の恐ろしさが分かる筈だ。そして応援として駆け付けたネッド達もまた、敵が手に入れたMSの脅威を相手にしなければならない羽目になった。

 

しかも、こちらの戦力はザク一体にオッゴ十体のみ。数的に見れば十分のような気もするが、戦闘機相手ならばいざ知らず、ザク相手ならばオッゴの性能では分が悪い。ハッキリ言ってしまえば、ザクとオッゴの……MSとMPの性能差は天と地と呼ぶに相応しい歴然の差がある。

恐らくオッゴ三機で漸くザク一機に相当すると計算しても、向こうはザクが六機もいる上にセイバーフィッシュも四機ほどザクのサポート機として共に動いている。数では五分でも、質では圧倒的に向こうが上だ。

 

仲間を助け、敵を適当に追い払ったら無理せず後退しよう……と無難な考えを抱いて応援に向かっただけに、そこで待ち受けていたのが鹵獲されたザクと知ってネッドを含めグレー部隊の誰もが絶望に近い感情を味わっただろう。

 

だが、既にザクやオッゴのモニター越しから救援を求める味方の姿さえも肉眼で確認出来る所まで来てしまっているのだ。それに敵もこちらの存在に気付いたらしく、モノアイや戦闘機の機首をこちらに向けてくる者さえも居る。

 

こうなったらヤケクソとはいかないが、腹を括るしかない……そう覚悟を決め、ネッドは深い深呼吸を一度吐き出した後に隊員達に命令を出した。

 

「良いか! 我々の目的は味方の救助だ! 被弾している味方の脱出を支援し、これ以上の被害を防ぐんだ! それさえ完了すれば、この場に留まる必要はない! 敵の対処は各々の判断に任すが、相手もMSを使っている以上無理に相手をする必要はない!」

『『『了解!!!』』』

「では、第一小隊は生き残ったザクとムサイの防衛に回れ! 第二小隊は私と共に敵を牽制する! 続け!」

 

そこで音声がブツンと途切れ、ネッドからの通信は切れた。第二小隊に属しているエドは初めての実戦に緊張な面持ちを浮かべながらゴクリと唾を飲み込んだ。

遥か遠くからバーニアを全開に吹かし、こちらへ向かって来る幾つかの機影がモニターに映し出される。しかし、言うまでもなくアレは訓練機などではない。自分達に対し強い殺意を持って、殺しに掛かって来る敵だ。

 

そう考えると自分達がしているのが本当の殺し合い、本物の戦争なのだと今更ながらに実感してしまう。だからだろうか、これが戦争なのだと分かった途端にエドの手に震えが襲い掛かって来た。

 

恐い……いや、戦争そのものが恐いのは初めから分かり切っていた事だ。それでも祖国の為にと戦場へ足を運ぶ兵士の道を選んだのは他ならぬ自分だ。

それはそれで覚悟を決めなければならないとエド自身も頭の中では分かっていたが、実際に殺し合う敵に遭遇すると想像していた恐さとは比べ物にならない恐怖が体を縛り付ける。

 

このままじゃ自分が死んでしまうのではと想像すればする程、指を動かそうとするのだが、それが目に見えぬ恐怖と相反し合ってカタカタと震えてしまう。

 

そんな時だ、あの厳格な隊長の声が耳に届いたのは。

 

『大丈夫か?』

「た、隊長?」

『エド、お前を含め二番小隊の多くはこの戦闘が初陣となるだろう。当然、誰だって恐いと思っている筈だ』

「…………」

『逃げろとは言わんぞ。だが、死ねとも言わん。生きろ……お前なりに、我武者羅にな』

「……はい!」

 

どうして彼がそんな言葉を自分に掛けてくれたかは定かではないが、機体越しに戦闘に恐怖する自分の気持ちが伝わっていたからかもしれない。恐怖は完全に拭い切れなかったが、それでも先程よりか恐怖は紛れた気がする。

 

『各機、来るぞ! 注意しろ!』

 

傷付いたムサイを通り過ぎた直後、ネッドの叫びと共にモニターの画面を注視すると三機のザクと四機のセイバーフィッシュがこちらへ向かって来る姿が映し出されていた。

残り三機のザクはエド達から見て右方向へ飛んでいる。どうやら迂回する形で直進する第二小隊を避け、大破して身動きの取れないムサイを仕留めようという算段なのだろう。

 

ここでもし第二小隊が方向転換をすれば迂回する部隊の進撃を阻止する事が出来るだろうが、そんな真似はこちらへ直進するもう一つの部隊に対し『撃って下さい』と言っているに等しい。此処は迂回する部隊は第一小隊に任せ、自分達は直進してくる敵部隊に専念するのが妥当であろう。

 

そして敵部隊とエド達との距離が近付くに連れて、相手の姿もより明確になっていく。敵に鹵獲されたザクであると分かり切っているとは言え、MSと戦闘を交わすのはこれが初めてだ。

巨大な銃火器を手にした鉄の巨人が、背中のバーニアを吹かしてこちらに向かって来る様は何とも言えない圧倒感があり、恐らく初めてMSを目にした連邦兵士もこの姿を見て畏怖の念を抱いただろう。

 

成程、こりゃ恐ろしい事この上ない……そうエドが思ったのも束の間、モニターに映っているザク三機が横に構えて持っていたザクマシンガンを構え直し、銃口をこちらに向けて来た。

 

撃ってくる――――銃口を向けられた瞬間に背筋に走った悪寒と共にそう確信したのはエドだけじゃなかった。他のオッゴに乗っている隊員やネッド隊長も敵の発砲を確信したらしく、敵の射線上に立たないよう機体を動かして回避運動に入る。

 

直後、敵のザクが構えたマシンガンからばら撒かれるように弾丸が放たれ、エド達に襲い掛かる。

銃口から発射された弾丸そのものがオレンジ色に発光して見え、弾丸が通る無数の弾道も同じくオレンジ色に輝く道を一瞬だけ作り出している。それだけ見れば何処か美しさを感じさせるが、紛れもなくその一発一発には相手を抹殺する破壊力を秘めている。

 

そして弾丸を避け切れず装甲のスレスレを掠るだけで機体全体に震動が走り、心臓が縮むどころか自分の人生が終わったと誤認してしまい目を瞑りそうになる。だが、戦場で目を瞑るのは危険を通り越して死を意味しており、自分で自分の首を絞める真似に等しい。

誰もそんな事で死にたくはないし、死ぬつもりもない。エドもその一人であり、弾丸が自分の方へ向かって来ても成るべく目を逸らさず真っ直ぐに見詰め、弾道を見極める事に努める。

 

だが、彼等も相手に一方的に撃たれている訳ではなかった。敵が使用したザクマシンガンが有効射程に入ったと言う事は、自分達の武器もまた有効射程に入っているという意味だ。

 

『弾幕を張れ! 撃ちまくるんだ!!』

 

敵の攻撃を受けてから三秒後、ネッド少尉の口からも明確とは言い難いが、只管撃ちまくって弾幕を張れと言う命令が下された。敵の攻撃から身を守る為、そして攻撃して来た敵を返り討ちにする為にこちらも弾幕を張るのは強ち間違ってはいない。寧ろ、それが当たり前だ。

 

そして隊長機のザクを含め、ザクマシンガン装備のオッゴ四機とザクバズーカ装備のオッゴ一機は命令が下されたのと同時にトリッガーを引いた。

見た目は貧弱なオッゴではあるが搭載可能な火力はザクの持つ火力に相当しており、現に(ザクを含めた)オッゴ達の一斉射撃を前にした連邦部隊は思わず回避運動を取った程だ。

 

しかしながら相手も鹵獲したザクで相当な高機動訓練を積んだのか、オッゴの一斉射撃を熟練パイロットのように巧みな操縦技量で潜り抜けてみせた。

それでも無傷とまではいかなかったものの、鹵獲ザクの装甲に多少の傷を付けただけで決定打となる致命傷こそは完全に免れていた。隊長機は勿論のこと、他の二機も同じぐらいの最低限の被害で済んでいる。

 

あの弾幕の中を最低限の被害で潜り抜ける…ザクの誇る高い運動性と乗るパイロットの技量で成せる業だと言えよう。が、ザクと同伴していたセイバーフィッシュは無傷では済まされなかった。

機動性が高く連邦軍にとってMSに対抗出来る数少ない通常兵器の一つとは言え、MSに比べれば運動性が劣るセイバーフィッシュでは突如襲い掛かって来たオッゴ小隊の弾幕の前に狼狽するしかなかった。

 

その内二機は素早く弾幕の外へと逃げ切れたものの、残り二機の内一機はオッゴの弾幕を避け切れずもろに被弾。MS用マシンガンという圧倒的な破壊力を直撃した結果、機体は跡方も残らず四散した。もう一機は最初に逃げた二機に付いて行こうとして腹を……機体の底部を見せた所をネッドに狙われて撃墜されてしまった。

 

初めての戦闘で戦闘機とは言え撃墜した事実は、初陣であるエド達の士気を大きく高揚させた。

 

『やった! 敵を落としたぞ!!』

『これなら……俺達でも勝てるぞ!』

 

エドや他の隊員からも歓喜の声が上がる最中、グレー部隊は敵鹵獲部隊とすれ違い、互いに相手の反対方向へ通り過ぎていく。その直後だ、ネッドの檄が飛んで来たのは。

 

『気を抜くな! 敵が再度来るぞ!!』

 

そこでオッゴのモノアイカメラを後方へ通り過ぎた部隊へ向けると、戦闘機は動きも止めずに直進するのに対し、ザクは一旦動きを止めると即座に軽快な動きで180度方向転化した。

 

MSは戦闘力と防御力の高さが際立っているのは事実だが、それだけで戦闘機や大艦巨砲主義に打ち勝った訳ではない。

他の通常兵器とは一線を画し、MSしか持たない能力……それはAMBAC(アンバック)と呼ばれる“能動的質量移動による自動制御システム”だ。

小難しい文字が並んで理解は困難と思う人間も居るだろうが、簡潔に述べればMSの可動肢……所謂手足の一部分を高速に動かして得られる反作用を姿勢制御に利用するものだ。

これによってMSはバーニアやスラスターなどの推進剤を一切消費する事無く、自由自在に方向転換を可能にしている。

これは只単に無重力空間において方向転換や姿勢制御に役立つだけでなく、通り過ぎた戦闘機を即追撃したり、また背後に回った敵に対処したりするのにも絶大な効果を発揮した。ある意味でMSしか持ち得ぬ武器と言えよう。

 

そして今の鹵獲ザクもアンバックの原理を活かして僅か三秒程度で180度の方向転換を行い、今さっき通り過ぎたばかりのオッゴ小隊の背中を取る事に成功した。

因みに鹵獲ザクと随伴していたセイバーフィッシュなどの戦闘機の方は、その場での方向転換など不可能に近いので、彼等と同じく180度方向を変えるには極端に細長いU字を描くようにターンを……ブレイク(急旋回)をしなければならない。

恐らくセイバーフィッシュが鹵獲ザクに追い付くにはもう暫く時間が掛かりそうだが、随伴しているとは言え戦闘機の能力に合わせて行動するのはザクの力を殺しているに等しい。

ボアン大尉は戦闘機が自分達に追い付くのを待たずして、自分達だけで……MSの性能を遺憾無く発揮して敵を撃滅するのが良いと判断して即座に行動に打って出た。

 

互いに相手とすれ違って間も無かった事もあり、背後を取った鹵獲ザク部隊と未だに先を進み続けるオッゴ小隊との距離の差は然程離れてはいなかった。距離で言い表せばザクマシンガンの射程に余裕で収まる程に。

 

MS相手に背を向けたままは確実な死を意味する、それが戦闘機の類であれば尚更だ――オッゴの形状を見て戦闘機に近い戦いしか出来ないだろうと思い込んだ鹵獲ザク部隊は彼等の背後を取れた事で絶対の自信を持っていた。

 

しかし、その自身は呆気なく次の瞬間には崩れ去ったのだ。

 

『よし! 背後に向けて撃ち方ぁ!!』

 

ネッドの号令を合図に変形して折り畳まれていたオッゴの右腕が展開され、次いでザクマシンガンやバズーカが装備された右側のシリンダーが腕に並行する形で回転し始めた。

後方から追撃を行っていた鹵獲ザク部隊はオッゴが何かをしだしたのはモノアイに見えていたが、一体何をするのかまでは分からなかった。やがてシリンダーが180度回転し、下にあった腕が上に、上にあった武器が下へと位置が逆転する。

 

しかも、下の武器の銃口は後方へと向けられている――――そこでボアンは咄嗟に相手の意図を見抜いた。

 

『いかん! 回避しろ!!』

 

ボアンが部下二名に対しそう叫んだ直後、オッゴ達の一斉射撃が再び火を噴き鹵獲ザク部隊に襲い掛かる。突然の不意打ちではあったが真っ先に気付いたボアン機は無傷、もう一機のザクも隊長の言葉に素早く従い対応した為に辛くも致命傷を避ける事に成功した。

だが、残りの一機は反応が遅れたどころか、この不意打ちでパニックになってしまい操縦どころではなくなってしまった。

 

目の前に迫り来る弾丸を目の当たりにし、MSの手足を動かさず、反射的に操縦桿を握っていた両手を手離して両腕で自分の顔を覆い尽くすように庇ってしまった。所謂、人間誰しもが持つ防衛本能というものだろう。

 

無論、この人間らしい防衛行動は彼を窮地に陥らせた。回避行動が取れなかったザクは無数の弾丸が降り注ぐ雨の中へと突っ込み、機体の至る所にMS用の銃弾を浴びせられた。

頭は木端微塵に破壊され、胴体や脚部の動力チューブも千切れ、そして背中のバックパックにも甚大な被害が及んだ。

 

やがて銃弾の雨が収まれば、そこには頭と左肩足を完全に失い、左肩のスパイクアーマーも破損して内部が露出する無残なザクの姿があった。それでもパイロットの居る胴体は幸いにも無事であり、どうにか脱出出来る―――と思われたのも数秒の間だけだった。

 

数秒後、損傷を負ったバックパックの傷口からバチバチと激しい電流が走ったかと思いきや、次の瞬間に鹵獲ザクは眩い閃光に包まれていた。

戦場で不意に生まれた一瞬の煌めき……その輝きの中には紛れもなく“死”があった。どうやら今の一斉射撃で損傷した鹵獲ザクのバックパックが爆発し、機体そのものまでもが誘爆したようだ。

それを目の当たりにしたエドは敵を倒した喜びよりも、何時自分がああなるかもしれないと身の毛もよだつ考えを抱いてしまい、素早くその映像から顔を背くものの顔は蒼褪めたままだ。

 

だが、そんな彼の心境など知る由も無く、すぐさまネッドから次の行動指示が言い渡される。

 

『今だ! 各機反転し攻勢に出るぞ!!』

『『了解!!』』

 

敵部隊が仲間の死に気を取られているのを好機と睨んだネッドは、すぐさまオッゴ小隊に反転するよう命令を出した。

ネッドのザクは鹵獲ザクが見せたのと同様にアンバックを利用して難無くその場で反転してみせたが、オッゴ達の方もまた作業用のアームをアンバックとして利用してザクと同じように反転してみせた。

流石にMSのように高度なアンバックシステムとは言い難いが、それでもオッゴがアンバックの原理に従い、無重力空間にて推進剤を一切使用せず180度の反転に成功した事実に変わりはない。

 

それを見たボアン大尉は衝撃を受けたのと同時に、自分が根本的な考え違いをしている事に気付かされた。

最初はオッゴを外見上から察して戦闘機か、それに近い類の物かと思い込んでいた。しかし、戦闘機には真似出来ない後方への攻撃やアンバックシステムを利用した動きなどを見て、漸くあれが戦闘機の類どころか、MSと同様に他の兵器とは一線を画す兵器である事を把握した。

 

しかし、オッゴが戦闘機以上の力を持っていても、MSに劣る兵器である事もまたボアンは見抜いていた。

 

オッゴの至る部分に固定された武装はザクと同等かそれ以上の火力を持ってはいるが、MSにやや劣る運動性、戦闘に向かない作業用アームやMSの胴体とほぼ同じコンパクトな機体サイズを見る限り、総合的な戦闘力はMSよりも下回っているのは隠し切れない事実であった。

 

それらを見抜いた上でボアンの脳内に導き出された答えは、オッゴが本格的な戦闘を目的に開発された機体ではなく、MSの支援を目的に開発された補助兵器である可能性が高いというものであった。

実際の開発経緯については間違いではあるが、オッゴが補助兵器であるという彼の見解は強ち間違ってはいない。実際にグレー部隊でもオッゴは自分達を守る為だけの戦闘力しか持っていないという認識を有している。

 

つまり機動力と運動性に優れている鹵獲ザクを以てして、直にオッゴと対決すればまだまだボアン達に勝ち目はある……という事だ。無論、その為には隊長機である敵のザクを黙らせなければならないのだが。

 

『チャーリー! 俺が敵の隊長機を押さえる! その間に貴様は生き残ったセイバーフィッシュと連携を組んであのドラム缶達を潰せ!!』

『了解!!』

 

敵のザクとオッゴ達が一斉に攻勢を仕掛けようとしたのとほぼ同時にUターンを終えて戻って来た生き残りのセイバーフィッシュも合流し、こちらの準備が整った所でボアン達も動き出した。

ボアンは味方を置いて行く形で先行し、隊長機であるネッドのザクに狙いを定めマシンガンを放つ。しかし、こんなあからさまな攻撃を真に受ける程ネッドも甘くはなく、この弾丸は難無く避けられてしまう。

 

だが、二人の戦いはここからが本番だった。ボアンが他愛ない攻撃を行ったのは相手を攻撃する為というよりも、敵に敢えて回避行動を取って貰う為であった。

単純な攻撃を仕掛けた故に敵の回避行動を予測するのも容易く、そしてボアンの予想通りにネッドのザクは自分の期待通りの回避行動を見せてくれた。それを見て薄らと笑みを零したのと同時に鹵獲ザクのバーニアをフルスロットルで吹かし、一気に急加速する。

 

不意を突くかのように急加速した鹵獲ザクの行動は熟練パイロットであるネッドでさえも目を見開かせる程だ。しかも、スパイクショルダーを前面に突き出した敵の構えから察するに、恐らく急加速で勢いを付けたタックルをお見舞いした後、そのまま格闘に持ち込むのだろうとネッドも予想が付いた。

 

流石に近距離からの急加速では反撃はおろか、避けるのでさえも不可能であり、咄嗟に右肩に装備してあったショルダーシールドで防御の体勢を構えるのが精一杯だった。

機体だけでなく、乗っている人間も衝撃に備えて体の芯に力を込める。それから数秒も経たずして、タックルを仕掛けて来た鹵獲ザクと激突した。激しい震動が機体全体に襲い掛かり、次いで機体の関節やガードした右肩とシールドの接合部分がギシギシと機械らしい悲鳴を上げる。

 

「ぐぅ…!!」

 

凄まじい衝撃と震動にネッドの口から呻き声が零れ、思わず胃液を口から零しそうになるが、そこは鍛え上げた精神力と己の根性で何とか耐え凌ぐ。また事前にタックルが来ると予測出来た事も精神的な負担の軽減に繋がった。

だが、只単にぶつかっただけでは終わりではない。鹵獲ザクはショルダータックルを成功させると、そのままバーニアを吹かして強引にネッドのザクをオッゴ小隊から引き離そうと図ったのだ。

 

如何に数でオッゴ隊が勝っているとは言え、乗っているのは新兵ばかりだ。それに対し向こうは熟練兵も交えた小隊だ。先程まで自分も交えて漸く五分五分だったのに、これで引き離されて小隊と合流出来なくなってしまえば状況は悪化するのは必然であった。

そうなる前にネッドはザクの体を我が身のよう器用に捻らせて相手のタックルから脱すると、タックルを外されて背中を見せた鹵獲ザクに向けてマシンガンを放つ。だが、相手も負けじと体を翻らせてマシンガンをスレスレで避けてみせるや、バク転するかのような鮮やかな動きで再度こちらに向き直り突撃してくる。

 

パイロットの度胸と技量がどれ程に高い物かは鹵獲ザクの動きを見続ければ一目瞭然であり、これにはネッドも素直に認めざるを得なかった。

 

「こいつ……エースだな!!」

 

連邦軍にもMSを手足のように動かす敵が居ることに驚きを覚えたが、同時に目の前の相手が後に脅威になるだろうとも冷静に判断していた。しかし、エースを相手にした事で完全に彼は味方部隊へ戻る隙を失ってしまった。

 

一瞬のミスが命取りとなる戦場では敵の動きから目を逸らす事が出来ず、ネッドは不安な心境を押し殺しながらオッゴ小隊の無事を只管に祈り続けるのであった。

 

 

 

『気を付けろ! 来るぞ!!』

 

敵の奇襲攻撃によって部隊長と離れ離れになってしまったオッゴ小隊は残った連邦部隊と戦う羽目になったのは言うまでもないが、隊長であるネッドを欠いた彼等は案の定連邦軍に押され気味であった。

敵のザクが直進してマシンガンをばら撒き、こちらも応戦する形で反撃するが高いザクの運動性によって軽々と避けられてしまう。不意打ちならばMSをも討ち取れたが、やはり真正面から戦うとなれば軍配はザクの方に上がるようだ。

 

それでも敵は一機のみ、こいつを倒せれば……と思ってマシンガンを適当にばら撒いて小隊を通り過ぎたザクに振り向こうとしたエドだが、刹那に小隊長であるヤッコブ伍長から強い口調で通信が入る。

 

『エド! 戦闘機が来るぞ!!』

「えっ!? おわ!!」

 

ヤッコブの言葉に反応してモノアイカメラを周囲に素早く動かすと、ザクからツーテンポ距離を置いたぐらいの所からこちらに向かって来るセイバーフィッシュ二機の姿があった。そして二機は今までのお返しと言わんばかりにオッゴ達へ向けてミサイルや機関砲をお見舞いする。

幾らミノフスキー粒子の影響で命中率が下がったとは言え、この近距離からではミサイルも相手の撃ち方次第では命中する可能性もある。

特に機関砲は太古の昔からドッグファイトで活躍して来た武器であり、MSが登場した宇宙世紀に置いても未だに使われている武器だ。いや、寧ろミノフスキー粒子によって有視界戦闘へ逆行した事によってミサイルよりも活躍しているかもしれない。

 

だが、どちらもMS相手には力不足であり、避けられるかMSの分厚い装甲の前に無力であった。

しかし、MSよりも薄い装甲を持つオッゴならば話しは別だ。ミサイルならばもろに受ければ二・三発程度でお陀仏だろうし、機関砲でさえ蜂の巣になるぐらいに集中砲火を浴びせられれば一溜まりもないに違いない。

 

そういう危険性を孕んでいるからこそ、ヤッコブは今まで以上の危機感を持って敵との戦闘に臨んでいた。そして後一歩遅ければ敵に撃墜されていたかもしれないエドに通信で注意を促す。

 

『エド! ザクに囚われ過ぎだ! 戦闘機も居るんだぞ!! オッゴと言えども戦闘機のミサイルで呆気なく撃墜するかもしれないんだぞ!』

「ご、ごめん!」

『次は無いと思って行動しろよ! 良いな!?』

「りょ…了解!」

 

口では簡単に言うものの、実際に行動で示すのは中々難しいものだ。相手は戦闘機とMSという異なる兵器種でありながら、機体性能の差を巧みに利用し合い、見事な波状攻撃で互いの隙を埋め合っている。タイミングをずらされる事で攻撃の手口が掴めないどころか、このままでは嬲り殺しにされて撃墜されるのがオチだ。

 

どうにかして波状攻撃のループから抜け出せれば……とヤッコブが思考に更けていると、ふと自分達を攻撃していた鹵獲ザクの姿が見当たらない事に気付いた。

 

「……何処に行った?」

 

こちらへ戻って来る戦闘機の姿こそは見えれど、肝心の攻撃の要であるMSの姿が見えない。キョロキョロとモノアイカメラを左右に動かしては見るが、今さっきまで自分達に襲い掛かって来ていたあのザクの姿は見当たらない。

 

『ヤッコブ伍長!! 上!!』

『何!?』

 

アキの言葉にハッとなって機体そのものを上に傾かせてみると、ザクマシンガンを構えてオッゴ小隊へ今正に突撃してくる鹵獲ザクの姿がモニターに映し出された。

 

『ッ! 散解しろ!!』

 

今から迎撃すれば全員がザクマシンガンの餌食になると判断したヤッコブは反撃よりも回避を優先させた。そして五機がそれぞれの方向へ散解した直後、ついさっきまで彼等が一塊になって集まっていた場所にマシンガンの弾丸が豪雨のように降っていく。

危なかった、もし少しでも行動が遅れていれば……マシンガンの雨が降り注ぐ様子を見詰めながら、そう思うと各員の肝がキュッと縮まり、背中に冷たい氷が投下されたかのような嫌な寒気が背筋を駆け抜けていく。

 

だが、そこで一瞬気を緩めたのが大間違いであった。

 

『…?! う、うわぁぁぁぁ!!』

 

突然オッゴ小隊の耳に飛び込んできた仲間の悲鳴。それに気付いて思わず誰もがその悲鳴の主へとモノアイを向けると、急旋回を仕掛けて戻って来た二機の戦闘機がオッゴ九号機に肉薄していた。それも真正面にだ。

 

逃げろ! 避けろ! ――――!

 

通信機に九号機に乗っている仲間の名前を叫んだり、必死に敵戦闘機から逃げろと訴える声が入り混じれる。だが、非情にも彼等の叫びは“戦争”という重い現実の前には全くの無意味であった。

 

彼等の叫びを嘲笑うかのように二機の戦闘機から二発ずつミサイルが放たれる。新兵が操るオッゴが至近距離で撃たれたミサイルを回避する技量など持っている筈がなく、動かぬ的の様にミサイルに直撃するのは当然とも言える結末だ。

 

残酷にも聞こえるだろうが、未熟な腕前しか持たない兵士が戦争で死ぬのは珍しい事ではない。寧ろ、当たり前と言える。

 

そして全てのミサイルを受けたオッゴのパイロットは悲鳴を上げる暇もなく、機体の爆発に飲まれて宇宙の塵と成り果てた。

 

自分達が撃破した鹵獲ザクと同じ巨大な禍々しい閃光が宇宙の闇に突然生じ、数秒後には再び元の闇へと戻って行く。しかし、そこには仲間の姿など存在しない。今の禍々しい光によって存在そのものを掻き消されてしまったのだ。

 

初めて目にした仲間の死に隊員の誰もが頭の中が真っ白になり、一瞬時が止まったかのように硬直してしまった。

だが、戦場で仲間の死などで頭が真っ白になった時が一番感情に支配され易い時でもある。仲間を殺された事に逆上して敵に挑む者が居てもおかしくはなく、オッゴの十号機を操縦していた彼が正にそれであった。

 

『うああああああああああ!!!』

 

硬直していた誰もが十号機のパイロットの叫びで漸く我に返り、同時に彼の怒りの暴走を制止するのに一足遅れてしまった。気付いた頃には既に十号機は仲間を殺した戦闘機二機に向けて特攻しており、これにはヤッコブも『しまった』と口に出してしまう。

 

『馬鹿野郎!! 無暗に突っ込むな!!』

 

特攻していく後ろ姿を見た時点で明らかに手遅れかもしれないが、それでもこれ以上犠牲を増やしたくない―――その思いで必死に制止を呼び掛けようとしたが、ヤッコブの努力が報われはしなかった。

 

仲間を奪われた復讐を果たすかのように戦闘機へ攻撃を仕掛けたオッゴだったが、先程の鹵獲ザクがオッゴと戦闘機の間に割り込み行く手を遮った。

十号機に乗っていたパイロットは突然目の前に現れた鹵獲ザクに驚き、思わず操縦に必要な手足を止めてしまった。この時の彼の心境は、宛ら怒りで熱していた頭にいきなり冷水を掛けられたようなものだったに違いない。

 

敵だから撃つべきか、それとも衝突を回避するべきか、それとも急制止を掛けるべきか……少なくとも彼には三つの選択肢があったのだが、突如現れた敵MSの圧倒的な存在感の前にパニックに陥り、次にどう行動すべきか分からなくなってしまった。

 

だが、彼が手足を止めている間にも目の前のザクは動き続けており、右腰辺りに装着していたヒートホークを握り締め、それを高々と振り上げる。無論、ザクが狙いを定めているのは無謀な攻撃を仕掛けた哀れなオッゴだ。

 

『逃げろ!! 逃げろォー!!』

『だ、誰か! 助けて……! あああああああああああああああああああ!!!!!!』

 

必死に逃げろと呼び掛けるヤッコブの言葉など十号機のパイロットには届いていなかった。敵が今にもMSサイズの巨大な斧を振り下ろさんとするのだ。この時の恐怖感は半端ではない。自分が勝手に突っ込んでいった後悔すら頭の中に存在しない程に、彼は恐怖で支配されていた。

 

挙句にはプライドの欠片も無く只管に仲間に助けを求める悲痛な叫びさえも上げるが、今更助けを求めた時点で何もかも手遅れだった。

彼が耳を劈くような叫びを上げた時点で既にザクは手にしたヒートホークをオッゴ目掛けて振り下ろしていた。高熱で熱せられ朱色に発光するヒートホークの刃は、まるで包丁で豆腐を切るかのように軽々とオッゴを真っ二つにしてみせた。

 

そして短時間で二つ目の閃光が上がり、二人目の戦死者が出た。

 

あっという間に二人が死んだ……その現実に誰もがショックを受け、今さっきまで感じていた優越感が嘘だったかのように小隊の士気はガタ落ちする。

アキとヤッコブは仲間の死にショックを受けつつも、これが戦争であると割り切っているからか悲しみに浸るような真似はせず、仲間が落とされても即座に行動が出来た。だが、初めての初陣で張り切っていたエドの方がショックから脱却出来ずにいた。

 

初めての戦闘でいきなり仲間を二人も失った喪失感が彼の気力を奪い、彼に戦わせる意欲を失わせる。そして此処が戦場である事も忘れさせ、正気さえも奪わんとする。戦場では新兵などによく見られるストレス障害だ。

 

『おい! エド! 何しているんだ! 死ぬぞ!!』

『エド君!! どうしたの!?』

 

仲間の声が耳に入るが、どうして彼等が自分の名を必死に呼び掛けるのかすらエドは理解出来ていなかった。

 

今、彼は自分が何をすべきなのか分からなかった。

 

自分がどうしてこの場に居るのか、どうして仲間が死んだのか、どうして敵は自分に銃を向けてくるのだろうか…………無気力になった彼の頭の中を疑問が充満し、彼の意識が遠のきそうになる。

 

当然手足も動かしていないのだから、彼が操るオッゴの動きは緩慢になる。動きが遅くなった一体のオッゴの存在を見逃さなかった鹵獲ザクはバーニアを吹かし、一気にエドの乗るオッゴへ接近する。

 

そしてエドの真正面に立ちはだかった鹵獲ザクは前の戦闘から手に握っていたヒートホークを再び振り上げ、エドに向けて振り下ろさんとする。

 

この時も必死に何かを呼び掛けるヤッコブの声が聞こえるが、エドの耳にはその声がちゃんとした情報として全く入ってこなかった。ヤッコブもエドの危機に助けに行きたいのは山々だったが、肝心な所を戦闘機に邪魔されて思うように近付けないでいた。

 

エドは無気力で虚ろな瞳でモニターに映るザクを見詰める。

 

巨大な斧を手にしたザクが、それを自分に向けて振り下ろそうとしている。あんなのに当たったら死ぬだろうな……とまるで他人事のように考え、我が身の危機にすら気付いていない様子だった。

 

そうか、自分は死ぬんだな。あのザクが振り下ろすヒートホークで焼かれて死ぬのか。自分の最後はこんなにも呆気ないものだったのか……。俺は此処で死ぬのかぁ……。

 

やがてヒートホークを熱し切ったザクがそれを振り下ろそうとする。その刹那に彼の脳裏に走馬灯のような無数の思い出の数々が通り過ぎていく。家族の思い出、自ら軍に入隊する意思を固めた日の事、グレーゾーンに飛ばされてからの苦難の数々……。

 

そして―――

 

 

『逃げろとは言わんぞ。だが、死ねとも言わん。生きろ……お前なりに、我武者羅にな』

 

 

戦闘が始まる前に自分に向けて投げ掛けてくれた隊長なりの優しさと思い遣りの表現。それが脳裏に浮かび上がった所で消沈していた彼の意識が覚醒し、一気に現実へ引き戻される。

 

『エド君!! バック!!!』

「!!!!」

 

意識が覚醒したばかりで頭の中が真っ白だったエドの耳にアキの助言が飛び込んできた。頭の中が真っ白だった事が幸いし、言葉の真意を尋ねるよりも先に素直にアキの助言に従い機体を動かす事が出来た。

 

アキの助言を聞いてから三秒と経たずにエドはオッゴの両シリンダーを180度動かし、バーニアを前方へ持っていくや即座にバーニアをフルスロットルで吹かした。

 

その刹那、鹵獲ザクのヒートホークが振り下ろされるが、間一髪の所でオッゴが急後退したので、ヒートホークはオッゴに命中する事なくスレスレを空振りして不発に終わった。

もしアキの助言が少しでも遅れていれば、今頃エドのオッゴは十号機の二の舞となり、エドの肉体はヒートホークの熱で骨も残さず焼失していただろう。

 

だが、この一瞬の出来事が互いの勝敗に大きく起因した。ヒートホークの一撃を大きく空振りする形で避けられた鹵獲ザクは、その勢いのせいでアンバックが誤って働いてしまい、自らオッゴに背を向けるという失態を演じてしまう。

 

エドとしては只避けたつもりだったのだが、偶然にも敵の背後を取れてしまったという幸運に見舞われた。この二度とない絶好のチャンスを逃さないと言わんばかりに、ザクの背中に狙いを定めると両方の操縦桿の側面に備えられていたスイッチを押した。

 

「こ、この野郎ォー!!」

 

エドがスイッチを押した瞬間、オッゴの両側面にあるウェポンラッチに装着されてあったシュツルム・ファウストの弾頭が発射される。シュツルム・ファウストはザクバズーカに並ぶか、それ以上の威力を持った武器の一つであり、言わずもがなオッゴが装備可能な武器の中でトップクラスの武装だ。

 

それが左右一発ずつ発射され、すぐ目の前で背中を見せたザクに襲い掛かる。やがて二発の弾頭がザクの背中に触れた瞬間、シュツルム・ファウストの激しい爆発が巻き起こり、次いで鹵獲ザク自体もそれの爆発に耐え切れず機体が爆散した。

 

間近で起こった鹵獲ザクの爆発に思わず目を瞑りながらも、オッゴが爆発に巻き込まれないよう更にバックを続ける。そして光が収まり眩さが消えて、漸くエドは目を見開き目の前の光景を見詰めた。

 

そこには仲間を殺し、自分を殺そうとしていた連邦の鹵獲ザクの姿は何処にも見当たらない。当然だ、そのザクはたった今自分が撃墜したのだから存在する筈がない。

しかし、仲間と共同ではなく、単独でMSを撃破したのは言うまでもなくこれが初めてであり、エドは生まれて初めて自分が戦争の中で敵を殺したと実感した。実感しただけで胸焼けしたかのような気持ち悪さに襲われ、同時に喉を締め付けられるような嫌な息苦しさも感じてしまう。

 

要するに気分が悪くなったのだ。恐らく戦争に対する罪悪感や、ザクを倒すに至るまでの急激な興奮でそうなったのだろう。

少しでも気分を良くしようと、エドはヘルメットのバイザーを開け、パイロットスーツの首元の襟を緩めた。そして深く深呼吸し、コックピット内にある空気を少しでも多く肺に取り入れようとする。

 

その最中だ、モニター画面に新たに二つの閃光が巻き起こったのは。

 

「!!」

 

閃光を見た途端にハッとなったエドはすぐさまヘルメットのバイザーを下ろし、操縦桿を握り締めるとモニターに映った閃光の方へモノアイカメラを向ける。

自分が気を緩めている間に仲間がやられてしまったのだろうか……と思ったが、その不安は次の瞬間には杞憂で終わった。

 

モニターにはアキとヤッコブが乗る二機のオッゴの姿があり、二人の周辺には原型を失ったセイバーフィッシュの主翼や機首の残骸が漂っていた。どうやら今の閃光は仲間ではなく、残り二機の戦闘機を撃墜した際に起こった爆発だったようだ。

 

「アキ! ヤッコブ伍長! 無事か!?」

『はっはっは! そう簡単に死ぬかよ! 手前こそビビらせやがって!』

『そうだよ! エド君が急に動きを止めたからビックリしたんだよ!?』

 

仲間を心配したつもりが、逆に自分の行動が仲間に心配を掛けさせていたと気付かされてエドは思わず恥ずかしさに駆られてしまう。しかし、何はともあれ、自分が生き延び、仲間も生きている事がこんなにも嬉しい事なのだとエドは実感し、胸の奥底がジーンと温まり、目頭から熱い物が込み上がりそうになる。

 

すると、こちらの戦闘が終わるのを見計らったかのように一発の発光弾がエド達の母艦であるメーインヘイムから打ち上げられた。

発光弾の色は黄緑……それは『任務完了』を意味しており、彼等の任務目的である友軍の救出は、大破したムサイから脱出したコムサイと搭載機で唯一生き残ったザクが戦闘区域からの撤退に成功した事で終了した。

 

それとほぼ同時にメーインヘイムとは正反対の方向……連邦軍の鹵獲部隊の母艦からも青色の発光弾が打ち上げられた。

天高くから煌々と宇宙の戦場を照らす発光信号弾を確認した鹵獲ザク部隊は攻撃の手を止め、一斉に母艦のある方向へと下がって行く。どうやら向こうもこれ以上の被害を出すのを好ましくないと判断し、撤退を決めたらしい。

 

二つの信号弾は戦闘エリア全体を照らすように煌々と輝き、やがて輝きが消えた頃には双方の部隊は各々母艦に向けて後退していた。

 

今回の戦闘でグレーゾーン部隊は初戦闘でありながらMPオッゴで鹵獲されたザク三機(内一機はムサイ防衛に回っていた第一オッゴ小隊の戦果)と四機のセイバーフィッシュを撃墜するという華々しい戦果を上げたものの、第二小隊が二人と、第一小隊も二人の犠牲を出すという痛み分けの結果に終わった。

 

勝利と呼ぶには犠牲が多い辛勝ではあったが、この初陣でエドは初めて戦争の厳しさと恐怖を存分に味わい、戦闘を体験する以前に比べて一皮も二皮も剥けて成長の糧となったかもしれない。

 

そして発進してから一時間と経ってもいないのに、自分達の母艦であるメーインヘイムの姿を目視すると懐かしの我が家に帰って来たかのような気持ちにさせられる。何とも言えない安堵感と喜びを胸に抱きながら、エドは仲間達が待つメーインヘイムの格納庫へ着艦するのであった。

 

 

 

一方で初めてMPオッゴと戦闘を交わした連邦軍の方は苦い敗北としか言い様が無かった。初めて目にするジオンの新兵器を相手に少なからずの損害を与えられたのは称賛に値する。

しかし、彼等の方も現時点で虎の子とも言えるMSザクを短時間で三機も失ってしまい、更にセイバーフィッシュ隊も全滅するという数字的にも大きい痛手を被った。

これで彼等の活動は縮小を余儀なくされるだろうし、ジオンに対して今まで行って来た奇襲作戦も行えなくなるのは目に見えていた。

 

この無様な結末にボアンは苦々しい表情を浮かべながら、悔しげに歯軋りをするしかなかった。だが、彼は死んだ部下に誓っていた。

 

何時の日か必ず、あのドラム缶の部隊を殲滅してみせる――――と。

 

 

 

後日、グレーゾーン部隊と生き残ったパトロール隊からの報告で連邦軍がジオンのザクを使用して奇襲作戦を敢行していた事が発覚し、ジオン宇宙軍に衝撃を与えた………かと思いきや実際にはそうでもなかった。

上層部の大半は連邦軍が鹵獲したMSを使って攻撃してきた事実を単なる悪足掻き程度にしか受け止めておらず、また態々鹵獲兵器を使用していた事も連邦にMSを開発する技術力は無いと過小評価を下す結果へと繋がってしまった。所謂“楽観視”である。

 

だが、全ての人間が物事を楽観視で見ているという訳ではなく、上層部の中には今回の一件を重く見ている者も居た。その中の一人である武人肌の将官が今後二度と同じ行為をされないよう先手を打つ必要ありと訴え、連邦宇宙軍の本拠地であるルナツーへの攻撃を要請したようだが……―――

 

『地球全土を制圧すれば全てが終わる。無駄に戦力を割いてはなりません』

 

―――……とジオンを掌握するザビ家の長女である“あのお方”からのやんごとなき一言によって、結局ルナツー攻略作戦の提案は却下されたのであった。

 

こうしてグレーゾーン部隊の初戦は終わり、先ずは一安心と言う所だろうか。そして再び彼等は補給部隊として活動を再開するだろう……と思われたのだが、この戦闘が終わってから数日後、上層部から彼等に対し思いもよらぬ“命令”が下されるのであった。

 




漸く三話目を投稿出来て一安心です。個人的には一カ月に一投稿のペースを守っていきたいと考えております。もし遅れたりしたらごめんなさい(汗)


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オッゴ量産化計画

今までのオッゴは作業機に武装を取り付けただけの、兵器とは呼べない代物に過ぎませんでした。しかし、今回の話で漸く技術本部指導の下で改良を受けて真オッゴとなります。多分、四話にして漸くイグルーのオッゴに追い付いたんだと思います(笑)


初めての過酷な実戦を経験してから五日程が経過し、グレーゾーン部隊は本来の補給任務をこなす日々へと戻りつつあった。

だが、今までのように迎撃の危機に晒されながら宇宙から地球に向けて補給物資を落とすような危険極まりない任務ではなく、各宙域エリアで活動しているパトロール艇への補給や、ジオン本国が置かれているサイド3やグラナダで生産された物資やMSをア・バオア・クーやソロモンなどの軍事基地へ輸送する簡単な任務が主になりつつある。

 

これは地球侵攻作戦によって支配下に置いた地球上の占領地から物資の調達が可能となり、また同じく占領・接収した連邦軍の軍事拠点にてMSの量産が可能になった為に危険な任務がこちらへ回らなくなったのだ。

だが、決して本国からの支援が必要無くなったという訳ではない。ジオン地上軍が物資の調達に失敗したり、敵の奇襲を受けて甚大な被害を被った場合には、すぐさま本国へ補給要請を打診する事がある。

そういった打診があった場合は、直ちにグレーゾーン部隊や他の補給部隊が地球に向けて物資を満載したポッドを投下するのである。

 

しかし、現時点ではそういった緊急を要する補給要請も無く、おかげでここ数日は欠伸が出るような簡単な任務ばかりであり、当初の多忙さが嘘のようだ。かと言って命懸けの任務は今後二度と行いたくもないが。

また補給活動でもオッゴは作業用ポッド代わりとして活躍し、補給物資の運搬は勿論、周囲を警戒する哨戒機としても地道に役立ってくれている。

だが、当たり前かもしれないがオッゴの存在はジオン公国軍には余り浸透しておらず、殆どのジオン兵士はオッゴを見ると物珍しそうな目で見詰め、次にグレーゾーン部隊の誰かを掴まえては『あれは何だ?』と質問を投げ付けてくる。

 

そして掴まったグレーゾーン部隊の人間はさも当然のように、疑問を投げ付けて来た兵士に対し、細かい説明を交えながらも最初はこう答えるのであった。

 

オッゴです――――と。

 

こうしてオッゴの活躍は徐々に広まって行き、何時しか兵士達の間で『グレーゾーン部隊にはマスコットのドラム缶(オッゴ)がいる』という噂すら立つほどだ。だが、噂が立つ程にまでオッゴの活躍を数多くの兵士達が見ている証拠だ。

 

地味ながらも着々と成果を上げていくオッゴとグレーゾーン部隊の活躍にまずまずの出来だと言わんばかりにダズは頬を緩め、今まで得られなかった上機嫌を胸に日々の補給任務をこなしていくのであった。

 

そして初戦から八日が経過したこの日、メーインヘイムはグラナダとソロモン間を往復する長距離輸送任務を終え、グラナダへの帰路を辿る最中であった。前みたいに命懸けでは無いとは言え、長距離輸送は色々な部分に気を遣わなければならない分、精神的な疲労感が大きかった。

やがてメーインヘイムは長旅を終えて、グラナダの軍港に帰港するやパイロットを含めた乗組員全員が安堵の溜息を吐き出した正にその矢先だ。グラナダ本部からメーインヘイムのダズ宛てに直通の音声通信が届いたのは。

 

『ダズ少佐相当官! メーインヘイムが軍港に着き次第、直ちにグラナダの本部へ出頭せよ! 以上だ!』

 

本部からの通信は余りにも短く、あからさまに上から目線な物言いであり、そして一方的であった。しかも、言うだけ言ってすぐに通信は切れてしまった為、ダズは敬礼や返事を返すのはおろか、自分が本部に呼び出しを受ける理由も分からず目をパチクリさせるばかりだ。

 

「ダズ艦長、何かしでかしました?」

「……聞きたいのはこっちの方だよ」

 

副官のウッドリーもこれには思わずダズに疑惑の目を向けるが、当人でさえ呼び出しを受けた理由が分からないのだから答えようがない。

あれだけの戦いを繰り広げながら、未だに自分達の部隊へMSが配備されない等の不遇の扱いに文句や不満こそはあるが、だからと言って与えられた任務に手を抜いたり、ましてやジオンを裏切る様な真似は絶対にしていないと断言出来る自信はあった。

また上層部がグレーゾーン部隊を毛嫌いしているのも十分に理解しているが、嫌いだからという理由だけで呼び出しを受けるとは考え難い。寧ろ、今はジオン公国国民が一致団結して戦争に勝たなければならないという状況下であり、個人的な私情を持ち出す場合ではない事は向こうだって分かり切っている筈だ。

 

では、何故呼び出しを受けなければならないのか。少なくとも本部からの通信を聞く限り、前の戦いを労ってくれるような雰囲気でないのは確かだ。となれば、やはり何か自分達の部隊に問題でもあるのだろうか……という不安な結論に辿り着いてしまう。

 

「………もしかして“アレ”がバレたのか?」

 

ダズがそう小声で呟き、真っ先に危惧したのはオッゴに纏わる話だ。

オッゴは他のザクや戦闘機とは違い、正規の手続きを踏まずに作られた兵器だ。それもその筈、何せオッゴはグレーゾーン部隊がジオンの意向を無視し、尚且つジオンの誇る技術を流用して独断で作り上げたと言っても過言ではない兵器なのだから。

スペースノイドの独立を勝ち取れるか否かという大事な戦争の真っ只中で、常に戦力不足に悩まされていたとは言え、部隊の都合で勝手にこんな兵器を作り上げていたという事実をジオン公国が知ればどうなるやら。

 

少なくとも戦時下では最高機密にも成り得る技術を個人レベルで独断に使用したと分かれば、グレーゾーン部隊全員に対して重い処罰を言い渡される恐れがある。最悪の場合、部隊の責任者であるダズに極刑が下されるかもしれない。

そんな悲惨な目に遭わない為にも、そこら辺は色々と手回しして事実を隠蔽し切った……つもりだったのだが、もし今になって隠蔽していた事実がジオン軍にバレたのならば、本部からの呼び出しも納得だ。

 

「全く……彼是考えるがどれも嫌な想像しか付かんな」

「じゃあ、本部からの呼び出しを拒否しますか?」

「我々が偉いさんの命令を拒めるような立場にあるとでも?」

「……無理ですねぇ」

 

悲しいかな、前の戦いで大活躍を見せたグレーゾーン部隊ではあったが、だからと言って彼等の立場がその活躍によって大幅に強化された訳ではない。以前と同じ他の部隊よりも遥かに格下と言わざるを得ない“下っ端の中の下っ端”的な酷い扱いを受けている。

それどころか今回の一件でグレーゾーン部隊が輝かしい戦果を上げたにも拘らず、上層部からは称賛の声はおろか、感謝の言葉すらない。強いて言えば救出したパトロール部隊の艦長から直々に感謝の言葉が綴られた電報が届いたぐらいだ。

 

つまり、彼等がどれだけ頑張ってもジオンに気に入られる事は先ず無いという事だ。だが、戦果を上げただけで感謝やお礼を期待するのは間違いであるとダズも分かり切っていたので、上層部の反応には然程期待を示していなかった。

寧ろ、これだけ戦果を上げたから戦場へ投入しようなんて無茶振りにも等しい話が出て来ないだろうかと逆に不安になったぐらいだ。結果として何の音沙汰もないので、どうやらそっちの可能性も潰えたようだ。

 

「……やっぱり行くしかないな」

 

色々と悩んだが、名指しで呼び出しを受けたからには行かない訳にはいかない。そして艦橋に居たブリッジクルー達に『行って来る』とだけ告げると、副官のウッドリーは極めて真面目な声色でこう言って彼を送り出した。

 

「御武運を祈っております」

「ははっ、果たして生きて帰って来れるかが不安だよ……」

 

それは冗談の欠片もない、ダズの心の底からの本音であった。

 

 

 

 

月面都市グラナダは宇宙世紀の歴史に置いても、ジオン公国のあるサイド3とは縁の深い場所としても知られる。

各サイドのコロニーを建設するに当たり必要となる大量の資材は、大抵は同じ月面都市であるフォン・ブラウン市のマスドライバーから射出されるのだが、サイド3はフォン・ブラウンの真後ろ……つまり月の裏側に位置している為、フォン・ブラウンから資材を送るのは不可能だった。

 

そこで月の裏側にもう一つの基地を作り、そこからサイド3建設に必要な資材を送り出した。それがグラナダ基地だ。その後もグラナダ基地は拡張・発展を繰り返し、やがて大勢の人が住まうグラナダ市に至るまで成長を果たした。

 

そして一年戦争が始まるやジオンが占領し、今ではジオン本土を守る最終防衛ラインとして重要な拠点になっている。他にもグラナダ基地にはジオン公国宇宙戦略軍・戦略防衛軍の司令部が置かれ、キシリア・ザビ少将が司令官として就任していた。

無論、それだけ重要な拠点なのだから戦力も充実しており、上記二つの大隊に加え、キシリア少将御抱えの突撃機動軍のエース部隊も存在する。

またグラナダ基地にはMSの生産工場や試験場もあるので、ソロモンやア・バオア・クーに勝るとも劣らぬ軍事基地の一面も兼ね備えていた。

 

そのグラナダ基地に構えた本部こと司令部前に足を運んだダズは目の前にある建物を見上げ、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。何時も任務を終えたら司令部に報告する義務があり、故に此処へは足を運び慣れているつもりであった。

しかし、実際に呼び出しを受けるとこうも緊張するものかと改めて思い知らされる。その上、こちらには身に覚えのある悪事がある分、それについて指摘を受けるのではという不安と緊張がダズの胃をキリキリと締め上げる。

 

しかし、呼ばれたからには例え嫌々だろうと死が待ち構えていようと司令部からの命令に逆らう訳にはいかない。ダズは胸中で様々な覚悟と諦めを抱いて司令部へ赴くしか道は無かった。

 

「来ましたわね」

 

司令部に足を踏み入れるやダズを待ち受けていたのは、彼がこの世界で……いや宇宙で一番苦手とする上官カナン大佐であった。相変わらず高飛車な雰囲気を纏う彼女の姿を見た途端、彼は一気にこの場から離れたいという気持ちが強まった。それだけ彼女の事が嫌なのだ。

 

(こりゃ……本部の呼び付けを無視した方が無難だったか?)

 

強ち冗談とも思えない冗談半分の言葉を心の中でひっそりと呟きながらも、建前上自分の上官である彼女に対し敬礼を行い、本部の命令通りに此処へ来た事を伝えた。

しかし、それを伝えた途端彼女の口から『言われなくても分かっています』と淡々とした口調で跳ね返されてしまう。まるで一々確認するのが鬱陶しいから口に出すなと言わんばかりに。

 

自分よりも年下の者にこういう扱いをされてはダズの胸中も穏やかなものではない。しかし、彼女の肩にぶら下げられた階級章は自分よりも二つ上の地位であるという残酷な現実が目の前にある。故にダズは拳をグッと握り締め、彼女の物良いや態度に我慢するしかなかった。

 

「では、参りましょう。あの方も時間がありませんので」

「“あの方”……とは?」

「口で説明するよりも会った方が早いです。付いて来なさい」

 

何時もならダズと遭遇しただけで容赦なく嫌味のマシンガントークを炸裂させるカナン大佐だが、今回はその嫌味な発言は一切無く、只ダズに付いて来るよう命令する。

彼女の様子から察するに急いでいるのは無論のこと、そして自分を呼び出したのが彼女よりも上の地位に位置する人間のようだ。また口での説明ではなく、直に見ただけで分かるという事はダズも知っている人間だと言う意味でもある。

 

果たして一体どんな人間が自分を呼び出したのだろうか……そんな事を機に掛けながらも、先に歩き出したカナン大佐の後を雛鳥のように素直に付いて行った。

 

カナンの後に只単に付いて行くだけのダズではあるが、進めば進む程、彼は内心で抱いていた不安が大きくなっていく。

それもそうだ、何せ彼女が今進んでいる通路は将官クラスしか進入を許されていない特別な階層なのだ。本来ならば佐官である彼女もまた入れない筈なのだが、特別に許可を得ているのだろう。怖気もせず、堂々と奥へ奥へと突き進んでいく。

 

だが、これだけは確信した。自分を呼び出したのは将官クラスの人間であると……。

 

「ここですわ」

「!」

 

将官クラスの階層の突き当たりに会った扉の前に辿り着くや急に足を止めたカナン。それに釣られてダズも慌てて足を止めて、彼女が立ち止まった先にある扉を見遣る。

見た目は他の階で見た扉と同じ、至って普通の感じだ。高級士官クラブにあるようなおしゃれな感じでもなければ、ザビ家に近しい人間達が住まう宮殿のような贅沢な装飾も施されていない。だが、司令部にそんな装飾だのおしゃれだのを施した扉など必要無いのだが。

 

「では、私はこれで失礼しますわ。くれぐれも失礼の無いようにして下さいね?」

「はっ、分かりました」

 

彼女が一緒に来てくれるのもどうやら此処までらしく、道案内を終えるやカナンは足早にこの場を後にした。彼女の嫌味を聞かずに済んで一瞬だけホッとしたが、この扉の向こうに待ち構えるお偉いさんとの御対面を想像すると緊張感が半端ない。

下手をしたら行ったら最後の地獄の扉となる可能性もあるが、一先ず深く深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ダズは満を持して扉をノックした。

 

「失礼します、ダズ・ベーリック少佐相当官であります!」

『お入りなさい』

 

扉の向こうから返って来た声は若干くぐもってはいたが、声色やトーンの音程からして部屋の中に居るのは女性のようだ。それも若い女性の声だ。将官で、しかも女性の軍人などジオンには居ただろうかと一瞬思考を巡らしたが、ここはカナンに言われた通り直に会った方が早いと判断。

 

そして『失礼致します』と礼儀正しく言葉を返し、扉を開けた。部屋の中は業務を仕事に必要な机や椅子が最低限に置かれた会議室に近い構造をしていた。三人~四人が集まって会議や作業出来る程のスペースが設けられており、言うまでも無く冷暖房完備で、デスクワークを行うには中々快適な場である。

 

そして扉を開けて真っ先に目を飛び込んで来たのは、グラナダ市を一望出来る横長の窓の前に置かれたデスクに深く腰を掛けた一人の女性将官と、その隣に立つ副官らしき男性が一人。

しかし、ダズの目には副官の男性の姿なぞ眼中に入っていなかった。何故ならデスクに腰を掛けている女性将官の存在感が余りにも大き過ぎたからだ。それこそ正に圧倒的と言うに相応しい程に。

 

その女性将官とは――――

 

「き……キシリア・ザビ閣下!?」

 

―――そう、ダズの目の前に居たのはジオン公国を掌握するザビ家の長女であり、この月面基地グラナダの司令官を務めるキシリア・ザビ中将本人であった。

ザビ家と言えばジオン公国の人間ならば知らない人は居ないと言われるほど、超が付く有名一族だ。しかし、知名度が高いと言っても直に会って話を出来る人間など極一握りの人間だけだ。

国民向けて幾度となく大演説を繰り返したギレン・ザビや、北米大陸で現地人と親睦を交わすガルマ・ザビなどは一般人との接触も多いと考える人間も居るだろうが、それはあくまでもプロパガンダであり、戦争手段の一つに過ぎない。

 

ましてやダズのように立場の低い部隊に所属する人間が、雲の上のようなザビ家の一人と話をするなど到底不可能だと思われた。しかし、現実にこうやってキシリア・ザビと出会ってしまっている。驚きの余りダズは硬直してしまい、同時にカナンの言っていた言葉が如何に正しいかを理解した。

 

(成程、確かにこれは口で説明するより直接会った方が早いよな……)

 

百閒は一見にしかずとは良く言ったものだが、こんな大物と出会うならば少しは説明が欲しかった……とダズはほんの少し彼女を恨んだ。そして同時に雲の上の御人であられるキシリア中将が一体自分に何用なのかと気になって仕方がない。

 

「何時まで扉の前で呆けているのですか? 早くお入りなさい」

「あ…は、はい! 失礼致します!」

 

国を牛耳る一族の人間を目の前にして、呆けるなというのは無理な話ではないだろうか。しかし、これ以上呆けていては時間の無駄であり、キシリア中将が抱くこちらの印象も悪くなるだけだ。彼女の言葉に従いながらも、ダズの緊張感は歯止めが掛からず、部屋の真ん中に足を運ぶだけで一苦労だ。

 

「貴方がグレーゾーン部隊の指揮官ですね? 初めてお目に掛かる…と言っても、私からの自己紹介は不要でしょう?」

「は…あ、いえ……あっ、は、はい! 存じております!」

「……まぁ、良いでしょう。今回は貴方に用件があり、呼び出しさせて頂きました」

 

緊張の余りガチガチになって思うように舌が回らないダズに文句もなく、キシリアは淡々とした口調で話を進める。一々緊張した相手の心境を察していては仕事に差し支え、また時間の無駄だと判断したのだろう。

 

「前回の連邦軍との戦闘の件は御苦労だった。我が軍のパトロール艇が次々と撃破され不審に思っていた矢先の事だったので、原因が分かったおかげで何とか解決策を打てるようになった。貴官の部隊の働きのおかげだ、礼を言う」

「い、いえ……我々は只やるべき事をしたまでであります」

「それと……貴官の部隊には変わった兵器を配備させているようだな?」

 

キシリアに褒められてホッとしたのも束の間、次に出て来た一言にダズの心臓が目に見えぬ何かに鷲掴みにされたような痛みが走る。更にじっとりと滲み出る嫌な冷や汗が額から溢れ、彼が恐れていた不安が的中するのではないかという恐怖に怯えながらもキシリアの言葉に耳を傾け続けた。

 

「トワニング、アレのデータを出せ」

「はっ…」

 

キシリアの隣に立っていた副官……トワニングは彼女に呼ばれるや、デスクの上に置いてあった装置のタッチパネルを押して操作をし始める。するとキシリアの背後にあった横長の窓のカーテンが自動的に閉まり、外から入る光は完全に遮断される。

そして今度は右側面の壁がスライドして開き、内部から巨大なモニターが現れる。続けてトワニングが操作を続けると、画面に映し出されたのは正面、真上、後ろ、底……様々な方向から描かれたオッゴの図面であった。グレーゾーン部隊の責任者と言う立場のダズも流石にこれは見た事が無かった。

 

「こ、これは……!?」

「貴官の部隊が運用している大型作業機を量産している企業から譲り受けた図面だ。ちゃんと許可は取っている」

 

企業名は明らかにしなかったが、“譲り受けた”と断言している所を察するに、恐らくオッゴを製作しているのが何処なのかは把握しているに違いない。

そして“許可を取っている”とも述べているので、企業と何かしらの話も交わしているのも事実だろう。ただ、その何かしらの話が分からない分、ダズの不安は益々大きくなる一方だ。

 

この兵器を見てキシリア中将が何を語るのか。いや、もしかしたらオッゴの設計図を見てジオンの技術が導入されている事に気付いているかもしれない。そして企業からその点に付いて既に聞き出しているかもしれない……。等々、不安が不安を呼んで嫌な展開しか頭の中に浮かんでこない。

もしこれらの予想が全て的中してしまえば、今この場で殺されたっておかしくはない。つまり、今のダズは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのかもしれないのだ。

 

「……ダズ少佐相当官」

「は、はい!?」

「因みに聞くが、貴官はこの大型作業ポッドを何と呼んでいる? 製作した企業の方でも正式な名前は付いていないらしいのだが……」

「あ……はっ、我々の方ではオッゴと呼んでいます……」

「ふむ、そうか。実を言うと私も貴官の部隊がどうやって戦果を上げたのかが気になっていた。グレーゾーン部隊には戦力は然程……否、全く戦力が無かった筈だ。違うか?」

「は、はい……その通りであります」

「そんな部隊がどうやって鹵獲されたザク三機と連邦の戦闘機四機を撃墜出来たのかが不思議で仕方がなかった。そこでこちらで調べさせて貰った結果、出て来たのがこのオッゴと言う大型作業ポッドだ。私が貴官を呼んだのは他ならない、このオッゴについてだ」

 

その瞬間「やはり!」というダズの叫びが心の中に響き渡る。オッゴについて聞かれるかもしれないという不安が的中し、彼は今にも胃の中の物全てを曝け出しそうな気分に襲われる。

 

胃が痛む、胃液が逆流して口からダムのように流れそうだ。そんな苦痛に耐えながら、ダズはキシリアから目を逸らしたりはしなかった。

そして一刻も早くこの生き殺しから解放される事を願った。無論、自分の不安がこれ以上的中しない事も含めてだ。

 

不安と覚悟が鬩ぎ合う中、キシリアはダズの顔から眼を離さずに、冷淡とも無感情とも取れる同じ人間とは思えない瞳で彼をジッと見詰めたままこう告げた。

 

「貴官等の挙げた戦果を受け、この度オッゴを我が軍で正式に量産化する事を決定した」

「……え?」

 

キシリアの言葉に対し、ダズの反応は余りにも間抜けに満ちた一言だけであった。しかし、逆に言えば彼の口から思わず出たその一言は彼の本音を物語っていたのも事実だ。

彼の予想していた不安が命中するのはおろか、寧ろその不安から180度転回した答えがキシリアの口から出たのだ。驚くのを通り越して、一瞬理解出来なくなるのも無理ない。

 

「大型作業ポッドにザクと同型の武器を搭載し、即席の兵器として使用するという貴官等の発想は、今日までMS開発に明け暮れていた我が軍にとってはある意味で盲点を突かれた兵器だと言える。また機体の構造も新鮮且つシンプルだ。これをガトル戦闘機に変わる新たなMS支援兵器として……―――」

「あ、あの……一つ宜しいでしょうか?」

「何か?」

「どうしてオッゴ量産化についての報告を我々に?」

 

キシリアの口から語られる言葉の一つ一つを丁寧に咀嚼し、漸く理解出来た所でダズはキシリアに問い掛けた。

 

オッゴが量産化へと繋がった理由は彼等の挙げた戦果や、運用方法によっては物量や個人の腕次第でMS相手にも対等に戦えるという結果を得られたからだろう。だが、どうしてそれを態々グレーゾーン部隊の責任者であるダズに伝えたのかが気になった。

自分達の知識から生まれたオッゴを量産しようが、自分達のアイディアを盗んで新たな兵器を作ろうが、上層部が決めた事を咎められる立場でないのは明らかだ。要するにオッゴの量産化が決定した事について一々報告する必要は何処にも無いのだ。

 

それに対しキシリアは『フム…』とダズの質問に一理あると判断したのか、軽く納得したかのように頷き彼の質問に応えてくれた。

 

「量産化が決定したと言っても、今すぐに量産を始める訳ではない。明確な戦果を挙げたとは言え、オッゴの性能や潜在能力はまだハッキリと分かっていない。それを調べる為に先ずは実験を行うのだ。それがどのようなものかは貴官も御存じだろう?」

「ええ、所謂……開発部隊や試験部隊が行うような性能や機能の実証実験ですね」

「そうだ、その試験部隊の役目を貴官の部隊で行って貰いたいのだ」

 

どのような兵器であっても、必ずしも全ての兵器が量産化されるとは限らない。機能性・強靭性・汎用性・操縦性・整備性・生産性……これらの要素がバランスよく取れ、更に製作された機体に提示された目標や課題をクリアー出来、尚且つ問題が無ければ量産の決定が下る。

これらの要素が満たされているか、そして問題の有無を確認する為に量産を前提に作られたプロトタイプ(試作機)で様々な実験を行うのだ。その実験の最中で問題や不具合が起これば、それを改善・改良を施し問題を解決していく。

 

こうして様々な実験を経ながら問題を解決し、機体を洗練化させて漸く量産へと繋がるのだ。

 

因みに数ある兵器の中には生産性を度外視する形で性能のみを突出させたワンオフ機というのも存在する。ワンオフ機故に数は揃えられ辛いが、高性能MSは単機で複数の量産機を圧倒する力を秘めている。

特に有名なワンオフ機と言えば連邦軍の白い悪魔などが正にそれだ。最も白い悪魔はワンオフ機と言うよりも、前者で述べたプロトタイプに当時の最先端技術を贅沢に注ぎ込んだ故の高性能機とも言える。

 

話は逸れたが、キシリアがダズを呼んだのはオッゴを量産するに当たり、必要な実験や検証をグレーゾーン部隊で行って欲しいという任務を伝える為であった。余所の試験部隊に実験を任すよりかは、オッゴの扱いに関して一日の長があるグレーゾーン部隊に任せるのが適任という考えも分からないでもない。

 

ダズもドンドン大きくなる話に最初に抱いていた不安や緊張は何処かへと吹っ飛んでしまい、代わりに新たな任務を言い渡されて別の不安と緊張を抱くようになっていた。無論、この命令を断る術を彼は持ち合わせていない。

 

「後日、技術本部で再設計されたオッゴの試験を貴官の部隊で行うよう正式な命令が下る筈だ。それまではグレーゾーン部隊は通常通りの任務をこなしなさい。良いですね、ダズ少佐相当官?」

「は…はい!」

「……私からは以上だ。もう下がっても宜しい」

「はっ! し、失礼致します!」

 

キシリアの言葉に促されるまま、ダズは緊張でカチコチに固まった体をギクシャクと動かしながら部屋を後にした。

 

一刻も早く部屋を出たいと願っていただけに、部屋を出るや彼の中にドッと大量の疲労感が流れ込んでくる。しかし、その一方でオッゴが上層部に高評価された上に、正式に量産化されたというキシリアの言葉が未だに頭の中に張り付いていた。

 

そして部屋を出て本部を後にする最中、彼は静かに小さいガッツポーズを作って喜びを表現してしまうのであった。

 

 

 

ダズが部屋から出て行ったのを見計らった後、部屋に残された副官のトワニングはキシリアの耳元で今のダズとの話し合いについてこう耳打ちした。

 

「宜しかったのですか、キシリア様? 連中が独断でオッゴを作った件について追及せずとも?」

 

トワニングが気に掛けたのはダズが独断で行った事……彼等がジオンの技術を勝手に使ってオッゴを作り上げた事についてであった。実は彼等もグレーゾーン部隊が独自にオッゴを作って自分達の戦力として宛てていた事を把握していたのだ。それも今回の一件で注目されるよりも、かなり前から。

 

しかし、キシリアはグレーゾーン部隊の独断行為を言及し、脅しを掛けるような真似はしなかった。寧ろ、それどころか彼等の活躍を褒めて喜ばすような言葉さえ投げ掛けてみせた。

それに対しトワニングは言葉に出さなかったものの表情で『やり方が甘いのでは?』と訴えたが、キシリアはトワニングの方に向きもせず無表情で『構わん』と冷たく言い放った。

 

「今まで奴等に最低限の戦力しか与えなかったのは、我々ジオンを裏切るリスクがあったからだ。いや、正確にはリスクがあるかもしれないと恐れていた。そして連中が全滅しても我が軍に与える影響は少ないからだ。しかし、今回の一件で連中は予想を上回る働きをしてみせた」

「……では、今後は奴等を徹底的に利用すると?」

 

トワニングとて無能ではない。ザビ家の長女である彼女を軍事だけでなく、政治の面でも補佐する有能な人物だ。最も有能でなければ彼女の右腕は絶対に務まらないだろう。

もしかしたらキシリアと血縁関係のあるザビ家の人々以上に彼女を理解しており、時として彼女の心の中にある本音をも読み取る事もある。それだけ彼女との付き合いも長いという訳だ。

 

そして今、彼女がまだ台詞の途中までしか言っていないにも拘わらず、トワニングはその先……グレーゾーンに対する計らいに隠されたキシリアの真意を見抜いた。

するとキシリアは覆面越しに笑みを浮かべ、その笑みが答えであると理解したトワニングもまた薄らと微笑を浮かべた。だが、その笑みも次の瞬間には消えていた。

 

「成程、そういう事でございましたか。ですが、他の企業に技術を横流ししていた事実は如何せん看過するのは困難かと……」

「うむ、それについては何れ責任を負わさねばならん」

 

グレーゾーン部隊が如何に戦果を挙げてジオン公国の為に働いたとしても、国家の機密に関わる情報を他の企業へ横流しした事については流石に看過出来ぬ問題であった。下手をすれば敵へと伝わる危険性もあった訳であり、今回だってオッゴを作った企業に対し口止め料などを金で強引に解決させたのだから。

更に次いでと言ってはアレだが、オッゴの著作権も金を交えた裏取引で手に入れた為、これで正式にオッゴはジオンの所有物となり国内にある施設や軍事基地での量産が可能となった。

 

しかし、こういった独断行動を行ったグレーゾーン部隊に対し、キシリアは『何れ罰を与える』と口に出してはいるが現時点で彼等を処罰するつもりは全く無かった。勿論、軍法会議に掛ける事さえもだ。

それもそうだ、何故ならキシリアには焦って彼等を処分する理由など無いからだ。オッゴの技術流出の件でグレーゾーン部隊を処分する口実が出来た。言い換えれば、何時でも技術流出の罪で彼等を処分する事など可能だと言っているようなものだ。

しかし、今回の技術流出だって元々は戦力不足に悩む部隊の為であり、延いてはジオン公国勝利の為であったのだ。その点を鑑みた結果、彼等を早急に処分するという短絡的な手段をキシリアが取らなかったのもまた事実だ。

 

また戦争長期化の兆しが見えつつある現在、只でさえ人員や国力が少ないジオン公国軍にとって粛清や軍法会議などで兵士や部隊を処分し、兵員の数を無暗に減らすのは好ましい事とは言い難い。

今重要なのは勝利であり、彼等を罰するのは戦争に勝利してからでも遅くはないというのがキシリアの考えだ。それこそ文字通りに彼等を雑巾のように扱き使ってから、ボロボロになったらポイッと呆気なく捨てるかのように。

 

彼等がジオンの為に戦っているか否かなど、キシリアには重要な事ではない。ジオンを勝利へ導く一兵士として使えるか否かが彼女にとって重点であった。また彼女自身も勝利の為には軍の面子さえも捨てるのを厭わないと豪語する程であり、ジオン独立戦争に対する彼女の意気込みが窺える。

 

しかし、そんな彼女でも憂慮せずにいられない問題が一つだけあった。

 

「だが、しかし……我がジオン軍の次期主力MS開発の遅滞が原因で、このような貧相な兵器で穴埋めせねばならんとはな」

 

戦争勝利を最優先とし、時には面子さえも捨てるキシリアではあるが、彼女にとって最大の悩みは宇宙軍における次期主力MSの開発が長引いているという現状だ。

 

地球では地上用MSが次々と開発されては最前線に投入されているのに対し、宇宙軍の主力MSは未だにザクⅡのままだ。これは只単に開発が遅れているというだけでなく、次期主力MSの座を賭けて争っているジオニック社とツィマッド社が互いの足を引っ張り合っているからだ。

 

ジオンのMS開発には複数の企業が参加しており、その中でも特にMS開発に秀でているのはジオニック社、ツィマッド社、MIP社の三社である。特に最初に出たジオニック社はザクを生み出した企業であり、MSの基礎を作り上げたと言っても過言ではない。

 

ジオン公国では各企業にMS開発を命じるだけではなく、“競争”という名で企業同士を競わせ合い、短期間で高性能MSを生み出させようと試みた。その目論見は見事に的中し、数ヶ月の間に新型の陸戦型MSやザクのバリエーション機、水陸両用MSと言った新たなジャンルのMSまでもが誕生した。

 

しかし、この競争が熾烈さを増して激化すればするほど、純粋なMS開発に歪が生じ始めた。

企業系列の対立による報復合戦や、連邦とジオンも顔負けするような情報戦、そして挙句にはザビ家やザビ家に近しい人間に取り入って自分達の兵器を優先的に採用して貰えるよう便宜を図ったりと、当初のMS開発の思惑から徐々に外れて行き、今では競争とは名ばかりで裏取引や賄賂や談合などが横行していた。

 

それが今日の次期主力MS開発の遅滞へと繋がり、宇宙軍は未だにザクで我慢するしかなかった。もしこのままジオンが地球を制圧出来たのならば取り越し苦労で終わるだろうが、逆に連邦軍がMSを開発した上に宇宙へ攻め上がって来たらどうなるだろうか。

 

一年戦争緒戦の敗北をきっかけに連邦軍でもMSの有効性に着眼するのと同時に、ジオンの主力MSザクを手本として独自にMSの研究・開発を始めている。またMSの開発技術で出遅れているとは言え、最低でもザク以上の性能を有する主力MSの開発を目標にしている筈だ。

 

そうなればザクのみで構成されているジオン宇宙軍は、今後現れるであろう連邦軍の主力MSの性能と物量で押し潰されるのがオチだ。パイロットの腕が良ければ性能差はカバー出来るかもしれないが、数の力で押し切る人海戦術を仕掛けられれば一個人の技量など無意味に等しい。

 

そうなる前に何としてでも次期主力MSの開発は完成させなければならない。国力の差から考えれば物量差は覆せずとも、性能差で追い付かれ、または追い抜かれる訳にはいかない。

 

だが、それでも間に合わない場合も十分に考えられる。そんな時に突然現れたのがオッゴだった。普通ならばMSよりも低い性能を有しているという事実だけで、誰もオッゴに見向きもせずに歴史の影に埋もれていくだけの珍兵器になる筈であった。

 

しかし、今後の戦況次第で宇宙が主戦場となった場合にザクのみで戦い抜くのは非情に困難だ。そこで重要となるのはザクの戦闘力を何処まで引き上げられるかだ。

勿論、これにはザクの潜在力を引き出せるパイロットの技量も必要不可欠だが、それ以外にもザクを援護し、フォローする支援機の存在も欠かせなくなる。

今日まではガトル戦闘機が支援機として使われていたが、やはり戦闘機とMSとでは運動性の差や加速性の違いなどで相性がイマイチな部分がある。またMSと違って戦闘機は常に動き続けなければならず、そう言った点でも宇宙戦闘機でMSを支援するには限界があった。

 

それに対しオッゴならばザクと同じ武器を使用しているおかげで火力は十分にあり、尚且つ運動性もMSに劣るものの戦闘機のソレと比べれば遥かに高い。

つまりMSと並行して共に戦闘行動を行えるだけの性能を持っており、ザクなどのMSを支援する兵器としては優秀な機体であると上層部は考えたのだ。またコストも戦闘機に近いぐらいに安価で、機体の構造も単純な作りであったという事も大きかった。

 

要するにオッゴが量産化される最大の理由はザクを支援する兵器が偶々不在だったからに過ぎないのだ。一応グレーゾーン部隊が低性能なオッゴで挙げた驚きの戦果も報告されてはいるが、殆どの人間はこれを単なる幸運として見做していた。

 

話は逸れたが、皮肉にも期待感がゼロに等しいオッゴが量産化へと繋がったのは、他ならぬジオンの抱える事情と問題が複雑に絡み合った結果だと言えよう。もしジオン内部で内輪揉めに似た企業同士の争いが無ければ、今頃は次期主力MSが開発されていただろうし、オッゴだってキシリアの目に入らずに無視されていたかもしれない。

 

だが、現実でこうなってしまった以上どうする事も出来ない。それはキシリアやダズだけでなく、ジオンそのものがそうだと言える。

 

今後のジオンを憂いキシリアの口から重々しい溜息が吐き出されたのと同時に、何かを思い出したかのように顔を上げてトワニングの方へ振り返った。

 

「……ところで、奴はまだグレーゾーンに居るのか?」

「スパイ三十三号の事ですね? 奴なら現在もグレーゾーン部隊に潜入し活動を行っています。無論、向こうの部隊にその事は知られておりません」

「ならば奴に通達せよ。『今後もグレーゾーン部隊の動向を監視し、不穏な動きが見られた場合は逐一に報告せよ』……と」

「了解しました」

 

キシリアの命を受けたトワニングが部屋を後にすると、一人残されたキシリアは無表情のまま手元にあったリモコンを操作し、モニター画面を消したのと同時に閉め切った部屋のカーテンを全て開放した。

 

暗闇に包まれていた部屋に再び人工の光が差し込み、眩しさの余りにキシリアの目が糸のように細くなる。そして目が光に慣れた頃には、キシリアの眼下には広大なグラナダの街並みが広がっていた。

 

「ジオンは滅びぬ、滅ぼす訳にはいかん。その為には戦争に勝つしかないのだ」

 

月面基地グラナダの司令官として、ザビ家の長女として、自分に言い聞かすようにそう呟いたキシリアはグラナダの街を見下ろしながら改めて戦争勝利を誓うのであった。

 

 

 

 

 

オッゴの量産化が決定したという事実は、その日の内にダズの口からグレーゾーン部隊全員へ余す事無く伝えられた。しかし、熱心にそれを話すダズとは裏腹に当初は誰もそれを事実と信じず、嘘だと思い込んでいた。それもそうだ、性能の低いオッゴを量産して何の取り柄があるのだという考えが全員の頭にあったからだ。

 

しかし、それから二週間後だ。ジオン技術本部からグレーゾーン部隊へ新設計で試作されたオッゴの運用試験の要請が正式に言い渡され、そこで漸く誰もがダズの言葉が正しいのだと知り、同時に誇らしい気持ちが湧き上がった。

それもそうだ、自分達だけしか乗っていない貧相な兵器が母国ジオンに認められたのだ。これからオッゴはジオンを支える立派な戦力となり、自分達がその先駆けとなると思うと胸が熱くなる。

 

そして運用試験が要請された翌日、グレーゾーン部隊のメーインヘイムに技術本部にて新設計された試作オッゴ十数機が運ばれて来た。

オッゴが純粋な戦闘用として技術本部で新設計されるとダズから聞かされていただけに、エドは無邪気な子供のように目を輝かし、期待に胸を膨らませていた。だが、実際に格納庫へと運ばれて来た実物を見てガッカリと言う表現が似合う程に少し落ち込んだ。

 

「てっきりMSのようにカッコ良くなるかと思ったら……前の時と全然変わらないじゃんかよぉ……」

 

そう、新設計されたと言っても実際に変更があったのはオッゴの中身だけであり、外装や外観に至っては殆ど変わっていなかった。つまり今まで通りの不格好なドラム缶型のままという訳だ

特に一番期待していたエドが残念そうに本音を漏らすと、それを偶々耳にしたヤッコブは子供をあやすような軽い笑い声を上げながらエドの頭をポンポンと叩いた。

 

「そう気を落とすんじゃねぇ。オッゴがMSの支援機として認められただけでも有難いと思えよ。それに外見は変わっちゃいないが、中身に至っては大幅な改良が加えられているらしいぜ?」

「誰がそんな事を言ってたんですか?」

「ガナック整備班長だよ。俺も詳しくは聞いちゃいないが……偶々整備班長が技術試験部の連中と話している所を横切った際に『これはかなりの改良ですね』と言って喜んでいたのを聞いたんだよ。ほら、あそこ見てみろ」

 

そう言ってヤッコブの指差す先を見ると、格納庫の出入り口付近で学者のような格好をした技術本部の人間数名と頻りに会話を遣り取りするガナックの後ろ姿があった。

恐らく、今回の新設計で主にオッゴの何処を改良したのかを聞いたり、逆に今回の試験で求められる結果や目標を言い渡されたりするのだろう。只単に機械を整備するだけではなく、こういった運用試験でも色々と苦労する整備士の姿を見て、大変なのはパイロットを務める自分達だけじゃないのだなとエドは心の中でひっそりと呟いた。

 

「それよりも……見てこいよ、新しいオッゴの中身をよ」

「う、うん」

 

ヤッコブに促されて新たに配備された改良型オッゴのコックピットを開けて中を覗くや、エドは思わず目を見開いて先程とは一転して嬉しそうな笑みを零してしまう。

 

「すげぇ! 無茶苦茶広い!」

 

先でも述べたがオッゴは外見こそ変わってはいないが、中身は大幅な改良が施されている。その改良の一つに含まれているのがコックピットの変更だ。

前回まで使用していたオッゴのコックピットは大型作業用ポッドの物を流用していた為、MSのコックピットと比べると窮屈で操縦には若干不向きな部分があった。そこで改良型はザクと同じコックピットの型を流用しスペースを拡大、更にMSと同じ操縦系統を使用した事で操縦性と追従性を格段にUPさせた。

またモニター画面もコックピットスペースの拡大に合わせて、以前よりも大型且つ新型のモニターを採用。正面と左右に配置され、これにより大きい視野を獲得するに至った。

そして映像を捉えるモノアイカメラも右側に単眼望遠鏡に似た形のサブカメラが増設され、映像がより一層鮮明化されたのと同時に機能性を高めた複合装置として完成した。

 

そしてもう一つの改良点はオッゴを構成する部品パーツそのものだ。最初期のオッゴもMSのパーツを流用してはいるが、その時はまだ公に認められた兵器ではないので最低限のMSパーツで済まし、残り大半は大型作業用ポッドの部品で補っていた。比率で言えば3対7で、MSパーツが3で大型作業機が7という割合だ。

だが、その比率ではオッゴを兵器と呼ぶには程遠く、大半のパーツを作業機に頼っているのだから性能だって低い。そこで今回の改良でオッゴの性能向上を図るべく、パーツの比率を大幅に変更する事を決定した。

 

そして改良が施されたオッゴはMSパーツが6、作業ポッドのパーツが4と構成パーツの比率が逆転し、結果として最初期のオッゴと比べて三割近く性能を底上げする事に成功した。

同時に装甲もザクと同じ超硬スチール合金が採用されて防御力が大幅に上昇した。だが、装甲が頑丈になったからと言ってミサイルやビームの直撃を受ければ撃墜は免れない。

 

因みにオッゴの改良点で述べたパーツ変更の中には推進機関も含まれており、最初期のオッゴは大型作業ポッドのエンジンブースターの出力をそのままに、被弾しても爆発や停止しないよう戦闘に耐えられるだけの最低限の改造を施したに過ぎなかった。

技術本部はこの脆弱な改造ブースターも純粋な戦闘用に変更すべきと判断。本格的な戦闘を視野に入れて再設計された結果、戦闘に耐え得るだけの性能と高機動性を有した大推力の大型ロケットエンジンの装備が決定した。

これはガトル戦闘機や高機動型ザクなどでも使用されているものであり、爆発的な大推力から生み出される高機動性は目を見張るものがある。

 

大型と言うだけあってロケットのノズルはザクのバックパックブースターよりも一回り大きく、MSよりも小さいオッゴが装備すると不釣り合いと言うか不格好のような姿になってしまう。

しかし、この大推力を誇るロケットエンジンと頑丈な超硬スチール合金のおかげで、より激しい高機動戦闘が可能である……と技術本部は断言しているが、実際に可能かどうかは運用試験で試される事となる。

 

兎に角、大規模な改良を受けたオッゴは生まれ変わったと表現しても過言ではないぐらいに、以前のオッゴを遥かに上回る性能を有していた。とは言ってもMSに比べればまだまだ低い性能ではあるが。

これだけ技術本部の人間が本腰を入れて改良なり改造を施してくれたのだと思うと、誰もが自分達は見捨てられた訳ではなかったのだと安堵に似た気持ちを抱いた。

 

そして試作改良のオッゴを受領して一時間後、グレーゾーン部隊は運用試験を開始した。

グラナダ基地にあるMS訓練場でオッゴの機動性と運動性を臨床し、続けてオッゴ同士で模擬戦を行い大凡の戦闘力を測定。他にも戦場でザクとの連携や支援は何処まで可能なのか……などなど、兎に角、戦場で大いに考えられる状況を想定した訓練に近い運用試験もあれば、技術者が欲するデータや情報を希望通りに取ったり色々と大忙しだ。

 

そして運用試験は何の問題も無く順調に進み、三日目の最終日では訓練場を離れ、危険が隣り合う戦場を意識して一年戦争の緒戦で崩壊したサイド4付近にて最後の模擬戦兼運用試験を行う事となった。

 

これが無事に終わればオッゴが正式に量産化される……誰もがそう信じており、もう既にこれから量産されるオッゴの姿が目に浮かび、一同は密かに心を躍らせていた。

 

 

 

グレーゾーン部隊がグラナダを発したのとほぼ同じ頃、連邦宇宙軍の宇宙要塞ルナツーから一隻のサラミス級巡洋艦が発進しつつあった。見た目は至って普通のサラミスだが、甲板にはジオンのザクが立った格好のままで露天繋止されている。

 

このザク……前回グレーゾーン部隊と一戦交えた連邦軍の鹵獲部隊のザクである。甲板に繋止されているザクは三機、その先頭はネッドと互角に遣り合ったボアン大尉の乗る角付きのザクだ。

普通ならばパイロットもサラミスの艦内に搭乗するのが正しいのだが、何時また敵の攻撃を受けるのか分からないので、パイロットは全員MSのコックピットに待機し何時でも出撃出来る態勢を作っている。それだけ宇宙における連邦の支配力が弱体し、ジオンに支配権を奪われているのかが窺える。

 

だが、そんな細かな事情よりもボアンには気掛かりな事があった。それは甲板に並んだ三機目のザクの、更にもう一つ後ろに立っているMSの存在だ。

膝や爪先、胸元の装甲板はオレンジ色の塗装が施され、残りの部分は白に近いベージュ色。顔はザクとは違い口元の動力パイプも無ければ、モノアイカメラだってグリーンカラーのバイザーで覆われてしまっている。そもそも顔の形そのものがザクから大きく掛け離れた作りになっている。

そして体全体もザクに比べると丸みが少なく、寧ろ角張っているという印象が強い。

更にこの機体、ザクでさえ人間と同じ五本指のマニピュレーターだと言うのに、どういう訳かマニピュレ―ターの指が僅か三本しかないという作業機レベル程度の汎用性しか持っていない。

 

それもその筈、この機体……通称ザニーは連邦軍が極秘裏に月のグラナダにあるジオニック社から入手したMSのパーツに、連邦軍の技術力を融合させて出来上がった試作機なのだ。故に手足や頭は連邦軍が独自に考案しているMS構造に近い形をしているが、コックピット周辺はザクそのものだ。

これも連邦軍が推進しているMS研究を目的に開発されたのだが、連邦の持つMS技術が不足であった事と、ジオンが作ったパーツに系統が異なる連邦のパーツを無理矢理組み込んだ為に中途半端な性能に仕上がってしまった。それでも一応の性能はザク並にあるらしく、中には実戦に配備されている機体もあるそうだ。

 

そもそもザニー自体が試作パーツの検証やデータ収集機を意識した実験機としての側面が強いので、戦闘に関する期待は然程高くない。寧ろ低いと言うべきだ。

 

そんな機体で彼等が出撃するのは他ならない、連邦軍が開発したパーツを組み込んだこのザニーで更なる研究データを収集する為だ。

遂この間も鹵獲したザクを運用し、奇襲作戦を兼ねてMSの基礎データ収集を行ったばかりだ。しかもその作戦にて多くの仲間を失ったボアンにとって、今回新たにデータ収集を言い渡されて遣る瀬無い気持で一杯であった。

しかし、これは戦争だ。部下が死ぬのは当然だし、部下が死んだ翌日には上官が涼しい顔で別の任務を自分に言い渡すなんざ日常茶飯事だ。それを重々承知しているからこそ、ボアンは何も文句も言わずに今回の任務に赴いたのだ。

 

但し、流石に自分がザニーに乗ってデータ収集を行うのに躊躇したらしく、今ザニーに乗っているのは彼の部下だ。ほぼ無理矢理に近い形で部下にザニーのパイロットを命じたからか、ボアンにも良心の呵責というものがあるらしい。彼にしては珍しく気まずい雰囲気の伝わりそうな声色で、ザニーのパイロットに通信を通じて話し掛けた。

 

「あー……どうだ、マーカス少尉。そのザニーの乗り心地は?」

『ええ、最高ですよ大尉殿。それはもう死にそうなぐらいに』

 

ザニーのパイロットを務めるマーカス少尉の逆恨みとも取れる発言にボアンは『やっぱりな…』と心の中で呟き、重々しく首を項垂れた。

 

ザニーがザクと同等の性能を有しているのは確かだが、それ以上にこの機体にはザク以上の問題を多く抱えていた。

その一つが操縦性の劣悪さだ。先程も述べたように、この機体にはジオンと連邦の技術が入り混じっており、それが原因で中途半端な性能に仕上がってしまった。その中途半端なおかげで操縦性が著しく悪くなり、ザクよりも扱い辛い機体として完成してしまった。

 

また他にも整備性が最悪でルナツーでの演習中に作動不良を起こしたり、故障なども相次いだという例も様々な所から聞かされている。つまり限りなく失敗作に近い実験機なのだ。

 

勿論、実験機なのだからそう言ったリスクがあっても仕方がない。しかし、演習やデータ収集の最中に突然機体が瓦解したりする恐れがあると分かっているだけに、それを半ば強引に押し付けられる試験部隊からすれば堪ったものじゃない。

こういう危険な試験機を押し付けられるからこそ、試験部隊の誰もが一刻も早く連邦軍が安全なMSを完成してくれる事を祈るのであった。

 

「……今回の試験が終わったら上層部に進言してやるよ。こんなキチガイな不良品を作るんじゃねぇってな」

『マジで進言して下さいよ! 俺、一回これに乗ってゲロ吐きそうになったんですから!』

「分かった分かった……」

 

部下に扱い辛い上に危険極まりない機体を押し付けた謝罪として、ボアンはこのザニーに変わる新たなMSを一刻も早く開発するよう上層部に訴えると約束を交わすのであった。

 

そして彼等が乗ったザクを搭載したサラミスが向かう先はザニーの試験場として選ばれ、一年戦争緒戦で壊滅的な被害を受けたコロニー群『サイド4』だ。

 

新たな改良を施されたオッゴの運用試験を行うべくサイド4へ向かうジオンのグレーゾーン部隊と、ザニーに組み込まれた新パーツの立証を行うべくサイド4へ向かうボアン大尉率いる連邦の鹵獲部隊。

 

何の因果だろうか、前の戦いを終えてから一ヶ月も経っていない両軍の部隊が戦場で再会する機会がこうも早くやって来ようとは。

崩壊し残骸と化したサイド4にて両部隊が再会を果たす時は、紛れも無く刻一刻と近付きつつあった。

 




今回の連邦軍が持ち出してきたザニーですが、こういった影で支えた試作機も大好きですw Gジェネではあれからジムに開発したりして自軍を強化したものです。いやぁ、ザニーにはお世話になりましたw


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遭遇戦

オッゴを最後まで生き延びさせたいですが……果たしてア・バオア・クーまで持つかどうか不安になってきました(汗)


サイド1・サイド2・サイド4……宇宙へ進出した人類が宇宙空間に作り出した生活の土台とも呼べるコロニー群だが、一年戦争の緒戦で甚大な被害を受けて崩壊した。

現在では各サイドはコロニーの残骸が無数に漂う人工暗礁宙域のような状態になっており、両軍とも偵察やパトロール、その他の任務以外では中々近付こうとしない。不用意に、もしくは無暗に近付けば、残骸と接触して機体が損傷する恐れが高く、最悪の場合宇宙ゴミ(スペースデブリ)の仲間入りだって果たしかねない。

 

しかし、これら崩壊したサイドの周辺が立ち入り禁止かと言えば、必ずしもそういう訳ではない。隕石の破片やデブリなどが密集した暗礁宙域は敵に発見され辛く、隠密行動は勿論、実験機や試作機の運用試験をするには打って付けの場所だとも言える。

 

そういう理由でオッゴの最終運用試験を行う試験場として、崩壊したサイド4跡地を選んだのだ。此処ならば敵に見付かる危険性は低い一方、グラナダの訓練場とは異なりデブリなどの宇宙ならではの危険も伴っている。

 

「全く、鬼畜としか思えんぜ。この試験はよう。只でさえ性能が低い機体だってのに、事故が起こる可能性大のデブリの山で最終試験だぁ? 冗談も程々にしてくれよ!」

「仕方ありませんよ、実戦に近い環境で最終試験を行うようにっていう上からの命令なんですから」

 

今日で最後となるオッゴの最終運用試験を前に、メーインヘイムの格納庫ではヤッコブが自分に割り当てられたオッゴの前で胡坐を掻き、愛機を見上げながら文句を垂れ流していた。

それに対しヤッコブのすぐ近くで体育座りをしていたアキは宥める……と言うよりも諦めに近いような台詞を口に出し、現状を受け入れるしかないと諭す。それでもヤッコブは納得出来ない表情を浮かべ、ブツブツと愚痴を零し続ける。

 

「いやいや、此処以外でも試験を行える場所が沢山あるだろう? ア・バオア・クー近海とか、ソロモン周辺とかよぉ」

「管轄が違いますから無理ですよ」

 

グレーゾーン部隊は食み出し者だの、嫌われ者の集まりだのと言われるが決して管轄が無い訳ではない。彼等の部隊はグラナダ基地に所属しており、そのグラナダ基地の総司令官であるキシリア・ザビ中将の管轄下に置かれている。

因みにヤッコブが希望したア・バオア・クーとソロモンはキシリア中将の管轄外であり、そこで訓練を行うには管轄の責任者の許可が無ければ無理だ。最もア・バオア・クーもソロモンも、どちらもジオンにとって重要な要である為に、多寡が運用試験如きで許可が下りるのは万に一つの可能性も無いだろう。

 

更に実戦に近い環境で尚且つ敵に発見されないよう隠密で…という条件を課されれば、このサイド4以外に適した場所はない筈だ。あっても同じく崩壊したサイド1かサイド2が関の山だ。

ヤッコブの希望や願望は現実味がタップリ詰まったアキの台詞によって尽く粉砕され、最早落胆する他なかった。

 

「あ~、本当に嫌になるぜ。俺達の苦労なんてどうせ知らないんだろうなぁ。上層部の連中も、我らが“敬愛”するキシリア閣下も」

 

敢えて『敬愛』の部分を強調して皮肉を強めてみたが、聞き手であるアキにその手は通用せず、同意する事も無ければ、笑みさえも零さなかった。只、困った様な苦笑を浮かべるだけだ。

 

「苦労を知っているかどうかは分かりませんけど……少なくとも以前みたいに冷遇はされていないと思いますよ。今回の運用試験で態々ムサイ一隻の護衛が付いているんですから」

 

以前にグレーゾーン部隊が大気圏外から補給物資を投下すると言う危険な任務を行っていた時は護衛がゼロだったのに対し、今回の試験最終日には態々ムサイ一隻と搭載機であるザク三機が護衛としてグレーゾーン部隊に同行してくれている。これは国力の少ないジオンにしては破格の護衛だと言えよう。

それだけオッゴの運用試験を高く評価している証拠であり、同時に彼等への冷遇も緩和された証明でもある。もしくはオッゴを量産するに当たり必要となる試験データを守る為に、今回特別に護衛を送ったとも考えられるが、どちらにせよ護衛が居るだけでもリスクはかなり減ったと考えても良いだろう。

 

「まぁ、居ないよりかはマシだな……」

「そうですよ、僕達も徐々に認められつつある。そう前向きに考えて頑張りましょう!」

「前向きね……。地球では新型MSをじゃんじゃん作っているジオンが、宇宙ではMPに頼ろうとする。そんな現状を見ると前向きになれそうにはないぜ……」

 

自分達の部隊だけを見れば幾らでも前向きになれるだろうが、大局的な立場からジオンの現状を見れば悲観に成らざるを得ない。

オッゴなどという安価な兵器に頼るジオンの明日はどうなるやら……とヤッコブが心の中で嘆いたのと同時に艦内にコール音が響き渡る。

 

『目標地点に到達しました。オッゴのテストパイロットは直ちに発進に取り掛かって下さい。繰り返します、目標地点に到達しましたパイロットは―――』

 

コール音と共にオペレーターが目標地点の到達を知らせるのと同時に発進準備を促す放送を流し、途端に艦内の空気が慌ただしいものへと変化する。オッゴのパイロット達は放送通りに発進準備に掛かり、オッゴの近くで最後まで点検・整備をしていた整備士達も発進の邪魔をしないよう格納庫から退避していく。

 

「やれやれ、現状を嘆いている暇も無いってか」

「そうぼやかないで下さいよ、ヤッコブ伍長。これも任務の一つだと思って頑張って下さい」

「へいへい、俺もアキ一等兵のように前向きになれるよう努力はしてみるさ」

 

二人の軽口もそこで一旦打ち切られ、ヤッコブは目の前の自分のオッゴに素早く乗り込み、そのすぐ隣にあったオッゴにアキが颯爽と乗り込む。

アキやヤッコブだけでなく、エドや他の隊員達も何度も訓練を繰り返していたかのような素早い身のこなしで次々とオッゴへ搭乗していく。最終的にパイロット全員がオッゴへ乗り込むのに要した時間は、招集コールが鳴ってから僅か3分足らずという短時間であった。

恐らくオッゴがMSとは異なり高い位置ではなく低い位置にコックピットがあり、またMSのように胸部の狭い搭乗口から乗り込むのではなく、後部から歩いて乗り込める簡単な搭乗の仕方だった事も短時間で済んだ理由なのだろう。

 

そして全員がオッゴへ搭乗したのをチェックした後、事前に聞かされていたオッゴの最終運用試験の内容などが改めて全員のモニターに映し出される。

内容は至ってシンプルだ。崩壊したサイド4跡地にて機動訓練を行い、データの収集を行う。只それだけだ。しかし、只それだけと言うにはヤッコブが言った様に危険な面が大き過ぎるのも事実だ。

だが、逆に言えばこうだ。こういう危険な場所で活動するからこそ、オッゴの性能や各員の操縦技術のみならず、人間誰しもが持つ危険を察知する本能……直感が要求されるのだ。つまり最終運用試験はオッゴの性能を検証するだけでなく、同時にパイロットの腕と勘も試されると言えよう。

 

パイロットはこの内容を耳にタコが出来るぐらいに何度も確認して覚えた……と言うか覚えさせられたのだが、恐らく念の為におさらいしておこうという目論みがあって、もう一度映像で流されたのだろう。

 

そして最後のおさらいが終わるや、すぐに若いオペレーターの声が耳元へ飛び込んできた。

 

『各機、直ちに発進して試験を開始して下さい』

 

オペレーターの淡々とした声が終わるのと同時にメーインヘイムが持つ左右の格納庫の正面ハッチが開くと、目の前にサイド4の残骸の山が無限に散らばる暗礁宙域が広がっていた。勿論、これでぶつかったりしたら怪我や事故だけで済まされない。寧ろ、それだけで済めば幸運というものだ。

 

そして左側の格納庫で待機していたヤッコブ率いる第二小隊も大小無数に漂うデプリに気を配りながら、慎重に発進していく。

遥か向こうに微かに見えるダイヤモンドダストのような星の輝きと、人間同士の醜い戦争を象徴するかのように間近で漂う無残なデプリ―――広大な宇宙に同時に存在するギャップに少し戸惑いながら……。

 

 

 

 

オッゴ小隊が訓練を始めたばかりの頃、百キロ以上は離れた場所……グレーゾーン部隊が居る所とほぼ正反対の所では連邦軍の鹵獲部隊が行動を開始しつつあった。サラミスの甲板に繋止されたザク3機とザニー1機が切り離され、ゆっくりとした動きでデプリ帯へと進入していく。こちらもグレーゾーン同様にデブリに注意を払って動いているようだ。

 

出撃してすぐにザク3機は左右と前に展開しトライアングルの形を作り、実験機のザニーを取り囲む。これならば何時でもザニーをカバー出来るのと同時に、三方向に配置する事で広範囲に睨みが利き敵を発見し易いという利点がある。

操作性や整備性に劣るザニーではあるが、MSとしての最低限の性能は有しており、ザクに負けずデブリの中を巧みに動いて進んでいく。

 

しかし、大きいデブリなら兎も角、人間並に小さいデブリまでをも完全に回避するのは不可能であった。

デブリの中をザクと共に進行する最中、コロニーに使われていたと思われる配管の一部がザニーの左肩にぶつかった。ぶつかったと言っても激しい衝撃ではなく、人間に例えれば歩行者同士がすれ違う際に互いの肩を当て合う程度の強さだ。

だが、重力がある地球とは異なり、こういった無重力空間では一度ぶつかったデブリは何処までも遠くへ飛んで行ってしまう。

この配管もザニーとぶつかった直後、緩やかな速度で飛んで行っては、他のデブリにぶつかり、また他の方向へと飛んで行っては別のデブリへぶつかり……それを延々と繰り返し最終的には何処へ飛んで行ってしまったのか分からないぐらいにまで遥か遠くへ飛んで行ってしまった。

 

ザニーのパイロットであるマーカス・J・モレント少尉は遠くへ飛んで行く配管の残骸を見詰めながら漠然とした考えを抱く。自分達のこの任務も何時になったら終わるのだろうか……と。

 

ジオンにMSが有り、連邦軍にMSが無い。だからこそ戦争が長期化している今の内にMSを開発し、劣勢の状況から一気に逆転しようという連邦の思惑は尤もだ。しかし、連邦の持つMS技術が未熟であり、ジオンに比べて十年近く出遅れている事実に変わりはない。

少しでもジオンの技術に追い付こうと連邦軍は総力を挙げてMS開発・研究に取り組むが、その努力が末端に属する試験部隊や技術部隊の無茶や危険へと繋がり、安全が疎かになっている気がしてならない。その最たる例が現在マーカスの乗っているザニーだ。

 

これではジオンに殺されるのではなく、味方に殺されそうだ……とマーカスが思う程に連日の検証やデータ収集は無理が祟りそうなぐらいに酷な任務なのだ。しかし、戦争に勝つ為なのだから仕方のない事だと先程抱いた考えとは正反対の冷静な思考も何処かに存在していた。

 

『おい、マーカス! 何ボーっとしているんだ! そろそろ検証を始めるぞ!』

「! す、スイマセン! 今すぐに開始します!」

 

呆然としていたマーカスの思考もボアンの一喝で現実へと引き戻され、同時に弛んでいた表情も一気に引き締まる。慌ててモニター画面で周囲を確認してみれば、既にボアン大尉含むザク三機はトライアングルの形を維持したままザニーから離れていた。

 

周囲の警戒とザニーに組み込まれたパーツの試験評価に影響を及ぼさない為の配慮であり、それを見て直ちにマーカスも動き出す。

ザニーが目的とする試験の内容は機体に組み込まれたジェネレーターの検証である。このジェネレーターは連邦軍が開発中のRXシリーズの廉価版として試作された物であり、検証やデータ収集、様々な改良を経てジェネレーターが完成したら、後に必ず登場する連邦の量産型MSに搭載されるだろう。

また装甲や関節部のパーツにも量産MSを前提とした安価で且つ信頼性の高いパーツを組み込み、技術部が想定した最低限の性能を超えられるかどうかの実証実験もジェネレーターのデータ取りと併合して行う予定だ。

 

そしてザニーは背中に背負ったバックパックのバーニアを吹かし、デブリが散乱する決して広いとは言えないこの空間の中を飛んだり回ったり、高機動で動いて見せたりと様々な動きでデータを取り始める。

 

ザニーが見せる想像以上の動きの良さにボアンはホッと胸を撫で下ろすが、すぐに気を引き締めて周囲を警戒した。

ザニーの実験を無事に終わらせ、その実験で得られたデータをルナツーに送り届けるまでがボアンに与えられた任務だ。しかし、まだ実験は始まったばかりであり、必ずしも敵が来ないという確証もない。

 

流石のボアンもこういう実験機を用いた実験や実証の最中に敵の攻撃を受けるのは勘弁願いたいと思っている。それは恐らく敵味方問わず同じ事だと言えよう。ましてや秘密兵器や切り札に近い連邦製MSの開発ともなれば尚更の事だ。

 

今回の任務、実験機を護衛するボアンにすれば何とも簡単で何とも心臓に悪いものでしかなかった。

 

 

 

連邦とジオン、敵対する勢力同士が同じエリアで同じ時間で同じ様な試験を行うという、これまでの戦争では絶対に有り得ない奇妙な事態がサイド4で起こっている。

敵が身近に居ながらも互いに気付かずに居られるのは相手の存在を探知するレーダーがミノフスキー粒子で阻害されている事が大きい理由だが、例えレーダーがちゃんと機能していても辺り一面に広がる無数のサイド4の残骸が障害物となり、レーダーの機能を大きく損なわせるので結果は同じだ。

 

兎に角、レーダーが使えようが使えなかろうがどの道、現状で敵の位置を把握するのは不可能に近いぐらいに困難極まりないものなのだ。そして両勢力は敵が同じエリアで活動しているとは気付かぬまま、自分達に課せられた任務を全うする事のみに没頭するのであった。

 

そして試験を始めてから一時間が経過した頃、突如メーインヘイムの艦橋内に通信をキャッチしたのを知らせるコール音が鳴り響く。そのコール音に素早く対応したオペレーターは通信内容を確認するや、ハッと驚いた表情を浮かべてすぐさまダズの方へ振り返り強い口調でこう言った。

 

「艦長! グラナダからの暗号通信です!」

 

通信の出所は他ならぬ自分達が所属しているグラナダからであり、しかも送られて来た通信は暗号に置き換えられるという厳重に厳重を重ねたものであった。即ち、通信の内容が連邦に知られてはいけない極秘の任務か、もしくは最低限でも緊急を要する任務という事だと誰もが手に取る様に想像出来た。

 

しかし、今日までジオン公国の日陰でコソコソと働いていたグレーゾーン部隊には暗号通信なんて縁も所縁もないものであった。故に今回初めて暗号通信という未知なる物を受け取り、艦橋内は静かながらも何処か落ち着かない物々しい雰囲気に包まれる。

 

「暗号通信……グラナダで何かあったのか?」

「いや、それは恐らくないでしょう。仮にグラナダが危機に陥ったという非常事態が発生したならば、態々文章を暗号化して送るなんて遠回しな作業はしない筈です。そんな事をする暇があるならば、すぐに緊急通信を送った方が賢明というものです」

「成程、確かにそう言われればそうだな。となれば単純に我々に宛てられた極秘任務であると認識するべきか……」

「可能性としては、そちらの方が高いでしょう」

 

ダズはグラナダで緊急事態が起こったのではと危惧したが、軍人としては上手である副官のウッドリーの尤もな理屈のおかげで彼の考えは否定された。そもそも現時点で連邦軍に月面のグラナダを攻撃する戦力さえ十分に整っていないのだから、グラナダが危機に陥ったという可能性は低いだろう。

 

グラナダでクーデターが起こったのではという可能性がダズの頭の中にあったが、それも先と同じで態々暗号通信にする必要性はない。それにジオンが有利である現状でクーデターを起こす理由が見当たらない。

仮にクーデターを起こしてジオン内部に大きな不和を生じさせたりすれば、それこそ連邦の望んで止まない突き入る隙を作ってしまうようなものだ。そうなればジオンが内側から崩壊するのも夢ではないだろう。勿論、そんな夢など見たくないが。

 

グラナダの危機ではないとなれば、残された極秘任務という線が妥当であろう。しかし、大した戦力を持たない自分達に可能な極秘任務などあるのだろうかというのがダズの率直な思いだった。

 

「一体何なのかは分からんが、とりあえず通信の内容が気掛かりだ。オペレーター、読み上げてくれ」

「はい!」

 

訓練の最中に届いたグラナダからの通信に一種の疑問を抱きながらも、オペレーターに暗号通信の内容を読み上げるよう伝えた。ダズの命令を受けるとオペレーターは画面に向き合い、暗号通信の暗号文を解読し始める。

暗号と言っても全てが全て困難極まりない暗号化にされている…という訳ではない。通信の内容が極めて重要なものであれば当然暗号の強度は強いものとなるだろうが、比較的に重要ではないとされるものならば暗号も比較的に弱いものとなる。

 

重要なのは暗号の強弱ではなく、暗号通信を敵に傍受されて通信の内容が割れるのを少しでも遅らせる為だ。これも一種の情報戦として珍しくはない遣り方だ。

言わずもがな、戦時中において情報の流出は自国の死に繋がる重大な危機だ。敵が総合的に高い情報戦能力を有している場合、こちらの情報流出を完全に阻止するのは困難だ。ならば、情報を暗号化して敵に分からなくするか、解読を遅らせるのが最良の手段と言えよう。

 

他にも戦時中に暗号通信を使って頻繁にやり取りしているジオン軍の通信を傍受した連邦軍が三日三晩徹夜して暗号の解読に成功したが、その中身が戦争とは無関係の個人会話であったと分かり骨折り損の草臥れ儲けであったという話もある。

またある時は連邦も嘘の暗号通信を態とジオン側に流し、その内容を長時間に渡って解読したジオンが偽情報に釣られてやって来た所を奇襲して多大な損害を与えたという話もある。

 

兎に角、暗号通信とは只単に敵に知られたくない内容を暗号化するだけではなく、時には敵を欺く手法としても用いられるのだ。

グレーゾーン部隊に送られた暗号通信は正真正銘のグラナダからのものだ。少なくとも連邦軍が偽造して送ったという可能性はゼロに等しい。また味方から暗号通信が送られた場合、受け取った部隊はそれを一から解読するのではなく、ジオン公国専用の暗号解読装置や合言葉のようなお決まりの設定を用いて解読を進めるのだ。

グレーゾーン部隊でもそれは例外ではなく、オペレーターが受け取った暗号文を解読するのに三分と掛からなかった。

 

「グレーゾーン部隊は本日の試験評価を終えた後、サイド4の偵察任務を命ずる……以上です」

「……それだけか?」

「はい、それだけです」

 

オペレーターが暗号の解読に成功し文章を読み上げたが、その文章の中身は至って平凡極まりないものであった。これには流石のダズも首を傾げ、ウッドリーも目を丸くしてダズと顔を見合せながら肩を竦めてしまう。

 

「たったそれだけの為に暗号通信を使うなど……普通は有り得るのかね、ウッドリー大尉?」

「その程度の通信で暗号を使うのは私も聞いた事ありませんが……妙ですね」

 

偵察任務を伝えるぐらいならば態々通信を暗号化する必要はないだろうと訴えたいが、かと言って本当にそれだけで暗号通信の件を済ましても良いのかという疑問もあった。特に元軍部に所属していたウッドリーはグラナダからの暗号通信の内容に首を傾げ、モニターに映っている解読された文章を凝視する程だ。

 

「グラナダの連中は暇なのか、それとも態と連邦の目を引かせたいのか?」

「或いは何か裏があるのか……ですね」

「裏だって? 例えば一体どんな裏なんだ?」

「例えば……そうですね、噂のような話を確かめる場合ですかね」

「?」

 

ウッドリーの言っている言葉の意味がイマイチ掴み切れず、ダズは細く整えた眉をヘの字に曲げて『どういう意味だ?』と思い切り表情で訴えた。それに対しウッドリーは言葉を選ぶかの様に暫し黙考し、やがて言葉を頭の中で整理すると口を開き話し始めた。

 

「仮にです。諜報部が入手した情報が裏の取れていない、言わば確証のないものだったとします。普通ならば、そういう情報はきちんと裏が取れなければ意味はありません。当然、確証が無いのですから部隊も動かせません。しかし、その不確定の情報の内容が見過ごせないものだとすれば……」

「そうか、その情報の裏を我々に取れというのだな」

「ええ、そうすれば諜報部が入手した情報が正しいか否か分かります。それを念頭に置いて考えればグラナダからの暗号通信の真意が見えくる筈です」

 

ウッドリーの言葉通りに考えれば疑問に思えた暗号通信にも辻褄が合うし、また偵察任務の奥に隠された真意も垣間見えてくる。また“サイド4”と限定している部分も照らし合わせてみれば、上層部が何を期待しているのかも分かってくる。

 

「サイド4に敵が居るかもしれない?」

「そう考えるのが妥当でしょうね」

「万が一に敵を見付けたら倒せと?」

「そこまでは期待していないでしょうが、可能であれば……と上層部は考えているに違いないでしょうね」

「……とすれば、オッゴの最終運用試験の場としてグラナダ本部がサイド4を選んだのも強ち偶然ではなさそうだな」

「寧ろ、この為に我々を向かわせたと考えるべきでしょう」

 

流石に全てを偶然で片付けるには不自然な点が幾つか見当たるが、ダズとウッドリーの推測で考えれば不自然な点にも辻褄が合うようになる。

ジオン諜報部は連邦軍がサイド4で何らかの活動をしているという情報をキャッチしたが、その何らかまでは分からなかった。そこで連邦軍の動きを正確に知る為に、本当の目的を伝えずに適当な命令を出してグレーゾーン部隊をサイド4へ派遣したのだ。

 

彼等にはオッゴの運用試験も命じていた為、サイド4で活動するに足る大義名分は有しているし、仮に情報が事実で連邦と遭遇戦になったとしてもオッゴの純粋な戦闘力を測れる良い機会だと一石二鳥の思惑が上層部にあったに違いない。

 

つまり今回もまた彼等は上層部の都合によって、貧乏クジを引かされたのかもしれないのだ。いや、こんな裏の取れていない怪しい任務を遠回しで言い渡されただから間違いなく貧乏クジを引いたと見るべきだ。

 

「しかし、あくまで我々に言い渡されたのは偵察任務ですから……仮に敵に出くわしても手を出さずに見過ごすという手段も取れますよ」

「いや、それはどうかな……」

「……どういう事です?」

 

正式に敵を倒せと命令を受けていないのだから、ウッドリーの言う通り敵を見付けても手出しせずに見過ごす事だって十分可能だ。そうすれば味方の損害は無に等しいがしかし、今度は珍しくダズが異を唱え、ウッドリーは目を丸くして彼を凝視した。

するとダズは無言で親指を左側の艦橋の窓へと指差し、ウッドリーの視線を誘導する。それに釣られてウッドリーが窓の方へ視線を遣ると、窓の向こうには今回の試練の為に態々同行してくれた護衛のムサイ艦の姿があった。

 

それを見た瞬間にウッドリーはハッと何かに気付いた様な驚きの表情を浮かべて、慌ててダズの方へ振り返る。

 

「まさか……! 護衛艦の目的は我々の護衛ではなく、我々の監視という訳ですか……!?」

「必ずしもそうとは限らんが、可能性としては有り得るだろう」

 

護衛艦の本来の目的は自分達の護衛であると思いたいが、今の憶測を立ててから自分達の置かれている状況を振り返ると疑心に近い感情が生まれてしまうのも無理のない話だ。例え向こうが本気で護衛任務に就いているとしてもだ。

だが、仮に向こうの目的が護衛だろうと監視であろうと、あくまでも自分達の仲間である事に変わりはない。つまりサイド4の偵察任務も、向こうと連携して行えるという訳だ。

 

「下手に手を抜かず、キビキビ真面目に働いていれば不審に思わんだろう。兎に角、あくまでも偵察任務として励むよう各小隊に伝えるのが得策だ」

「そうですね。それが最善の術でしょうね……」

 

グラナダからの暗号通信を受けてから30分後、運用試験を終えたばかりのオッゴ二個小隊に対し新たな任務が言い渡された。任務の内容は暗号通信の文面通りサイド4の偵察だ。

因みにウッドリーとダズが述べていた憶測の方に関しては、果たして本当に連邦軍がサイド4跡地に居るか居ないかも分かっていないので、敢えて彼等に伝えはしなかった。

 

また万が一に敵の奇襲を受ける恐れも考慮し、偵察任務は全体の半数規模の数で行われる事となった。残り半数は母艦で待機し、万が一の事態に備えた。

偵察部隊に選ばれたのは前回の戦いで生き残ったオッゴ小隊……第一小隊から三名と、第二小隊のエド・アキ・ヤッコブの三名、そしてグレーゾーン部隊の部隊長を務めるネッドを含めた7人だ。

更にグレーゾーン部隊の護衛として同行していたムサイからもザクのパイロット一名が選出され、計8名が偵察任務に赴く事となった。

 

更にこの八名を二つの小隊に分け、護衛部隊のザクとオッゴ第一小隊で一つ、ネッドのザクとオッゴ第二小隊で一つとした。広域なサイド4での偵察任務を一纏まりで行うよりかは、分散して行った方が効率良いという考えた末の結果だ。

 

そして部隊の編成が終わるや、二つに分けられた部隊は二手に分かれてサイド4の偵察任務に出発した。

 

しかし、二手に分かれたからといって偵察任務が簡単になる訳ではない。

 

複雑に絡み合うように漂う大小の残骸を潜り抜けるだけでもMS乗りには高度な操縦技術が要求される上に、もし残骸を避け切れなかったら事故を回避する為に一々機体を急停止させたり、両腕で退かしたりしなければならないので時間が掛かってしまう。

それらを注意しながら尚且つ敵の有無を確認し、上で述べた様に事故を起こさぬよう慎重に慎重を重ねて進まなければならないのだ。当然、敵にこちらの存在を知られてもならない訳なのだから、色々と気苦労の多い任務である事に変わりはない。

 

そういった意味で今回みたいに障害物が多い場所での偵察任務は巨人のような巨躯を持ったMSには若干不向きな任務だと言えよう。

 

しかし、MSにとって偵察行動そのものが完全に不向きだという訳ではない。残骸を手で退かすと言う行為を前向きに捉えれば、障害物を手に持って直に身を隠せる利点がある。

他にもモノアイカメラやカメラアイの機能を数段強化し、敵を長距離から捕捉するのを目的とした純偵察用MSの開発もジオンは進めている。

 

だが、残骸が多く漂うサイド4の宙域で更に残骸を持って移動するのは不可能に近く、ネッドが乗っているのも純粋な偵察用MSではなく普通のザクだ。MSの万能論をどれだけ言おうと、どの道彼の負担は変わらないのだ。

 

ネッドでさえも障害が多いサイド4の空間で残骸に当たらぬ様、低速で移動するがそれでもやはり小さな残骸までをも避け切るのは困難らしく、しょっちゅう両肩や両腕にぶつかってしまう。

その音を聞く度にハッとした驚いた表情を浮かべてモノアイをそちらに向け、敵の攻撃ではないと分かるやホッとした安堵の表情を浮かべる……これの繰り返しだ。

 

それに対してオッゴはどうなのかと言うと、MSと違って小回りが利くMPならではの小型サイズ故に残骸の狭い隙間を潜り抜け、スイスイと水を得た魚のようにサイド4の中を順調に進んでいく。こういった環境下での偵察任務にはオッゴは打って付けの機体であると新たな事実が発覚したが、今はそんな場合ではない。

 

「いかんな、小隊長である俺が後れを取るなんてな……」

 

MSには相性の悪い任務なので致し方ないとは言え、部下ばかりを先行させてしまっては肝心な時に指示を出せなくなってしまう。それに今はまだ通信も出来るが、これ以上離れればミノフスキー粒子の影響も無視出来なくなる。

 

『隊長! 大丈夫ですか?』

『何でしたら俺達が先に進みましょうか?』

 

遂には隊長よりも先行している事に気付いたエドやヤッコブから心配の声が上がる始末だ。彼等なりの気遣いには感謝するものの、だからと言って彼等の言葉に甘える訳にはいかない。

 

「それは駄目だ。まだ戦闘経験の浅いお前達だけを先行させるのは危険過ぎる。それに今、お前達は運用試験中の機体に乗っているんだ。この任務だって一応は運用試験の一環なんだから、機体を御釈迦にされる訳にはいかん」

 

経験が浅い部下を先行させる程、ネッドも無能ではない。ましてや、それを許して万が一に敵と遭遇したら彼等三人が全滅するのは目に見えている。グレーゾーン部隊の隊長として、そして個人的にもそんな悲惨な状況だけは生み出したくなかった。

台詞を一通り言い切った所でネッドがモノアイを通じて映し出された映像を見ると、モニターの最奥に居るアキのオッゴだけがこちらの方に見向きもせずに前方ばかりを見詰めている事に気付いた。それに違和感を覚えたネッドは通信でアキに声を掛けた。

 

「どうした、アキ?」

『隊長、前方にMSのバーニアの光芒らしき物が見えたのですが……』

「何、ブースターだと?」

 

アキからそれを聞いた瞬間、ネッドは脳内で『そんな筈はない』と断言していた。もう片方の部隊にもMSは居るが、二手に分かれて行動している上にこちらと合流する予定は無い。ましてや自分達の進む先に先回りするなんて不可能だ。

 

「見間違いじゃないのか?」

『いえ、今でも動いています。ほら、あそこです!!』

 

最初は見間違いか何かの間違いかの類を疑ったネッドだったが、アキの目には今でもそのバーニアの光が見えているらしく、必死な声色で『あそこ』と抽象的な言葉を用いて説明しようとする。

だが、言葉足らずの抽象的な説明ではネッドの理解力にも限界というものがある。説明を聞くよりも直に見た方が早いと判断したネッドは、アキの乗るオッゴに近付き、彼と同じ目線に立つ。

 

そしてモニターに映し出された映像に目を遣ると、確かに激しい高機動運動を行っているかのように複雑な光芒を描くバーニアの噴射光と思しき輝きが遠くに見える。こんな動きは戦闘機では到底不可能だ。

 

……となれば、考えられる可能性は一つだけだ。

 

「……この先に敵が居るかもしれん。各機、注意して進め!」

『了解!』

 

前方で敵が……それもMSか、またはMSに近い兵器に乗っているかもしれない。そう判断したネッドは三人に対し、慎重に進むよう指示を出した。

隊長の言葉に従い三人は慎重に行動を開始し、相手に見付からぬよう残骸の背後へ飛び移っては隠れ、また別の残骸へ飛び移っては……と繰り返しながら、光の見える方向へ近付いて行く。

 

やがて光芒の正体を最大望遠でギリギリ捉えられる所にまで近付いた一行は一旦動きを止め、そこから光芒に向けてモノアイカメラを絞り込む。するとモニター画面に映し出されたのは、ジオンでは全く見覚えの無い……否、ジオンの物ではない全く別の、もしくは新たなとも呼べるMSの姿が映し出された。

 

『あれは……!』

 

ジオン公国のMSに比べると丸みが少ない角張った手足や肩のパーツや、頭部もザクのような見る物に恐怖心を植え付けるような一つ目のモノアイヘッドではなく、より人間に近い顔の形をしている。またヘッドのカメラを覆うようにグリーンのバイザーが施されている。

 

明らかにそれはMSと呼ぶに相応しい姿形をしているが、機体の細かな形状から察するにジオンのMSとは異なる設計思想で作られているのが分かる。つまり、ネッド達が見ているMSは紛れも無く連邦のMSだという事だ。

 

正確にはジオンのパーツと連邦軍のパーツが混合している機体……ザニーなのだが、当然そんな事実をネッド達が知る由も無い。

それよりも連邦がMSを作れる技術を持ちつつあるという事実の方が深刻だ。連邦軍がMSを開発して実戦に投入出来るのは精々あと一年か、早くても半年以上、兎に角まだまだ先の話だと思われていた。だが、ネッド達がモノアイで確認した連邦軍の試作MSを見る限りでは、とてもじゃないが半年と掛からないような気がしてならない。

 

このままだと連邦軍がMSを開発するのも、そう遠くない日に現実の物となってしまう。そしてMSの大量生産を開始すれば、ジオンが唯一勝っている技術力の差というアドバンテージは失われたも同然だ。

 

そうなれば戦争は物量差が物を言うようになり、国力が遥かに劣るジオンが劣勢に立たされるのは目に見えている。あくまでも現時点においてそれは未来の予想に過ぎないが、その予想が現実として実現する可能性は十分に有り得た。万が一にそれが現実のものになれば、言うまでも無くジオン公国は敗北と言う名の滅亡を迎えるだろう。

 

ジオン公国の滅亡……只単に一つの国が滅ぶのでなく、地球連邦政府からの独立というスペースノイドの悲願が失敗に終わり、以前と同様に地球連邦政府の隷属として扱われる事を意味する。

またスペースノイドを不当に弾圧する地球連邦政府に不満を募らせていたとは言え、これだけ凄惨な戦争を起こしてしまったのだ。戦争が始まる前よりも、より一層厳しい圧力がスペースノイドに掛けられるのは目に見えている。

 

それがネッドの頭に浮かんだ瞬間、一兵士として、一ジオン国民として断固として連邦のMS開発を阻止せねばならないという使命感に駆られた。

 

「……各機へ、あの敵の新型MSに攻撃を仕掛けるぞ」

 

ネッドからの指示を聞いた瞬間、三人とも自分の耳を疑った。何時も冷静沈着に行動する隊長らしからぬ好戦とも取れる命令であり、また敵との戦力差だって十分に把握し切っていないのだ。

 

『隊長! 幾ら何でも、そりゃ危な過ぎますぜ! ここは偵察任務に専念すべきじゃ……』

「いや、連邦軍がMSを完成させれば我が軍の脅威になりかねん。少しでもMSの開発を遅らせれば、事は我が軍に有利に働くだろう」

『ですが、護衛と思しきザクも三機見えますよ』

『前に戦った敵の鹵獲部隊の生き残りかな……?』

 

オッゴやザクのモノアイが確認したのはザニーだけではない。ザニーを取り囲む形で護衛機と思われるザク三機が周囲に目を光らせており、常に警戒している。ザク三機を突破して、更にザニーを撃破するのは容易なものではない。

ましてやこちらの戦力はオッゴ三機とザク一機のみ。量は同等でも、質では明らかにこちらの負けだ。もう一方の偵察組と合流出来れば有利になれたかもしれないが、合流する術が無く期待は出来ない。

 

「戦力差は変えられんが、あの一機だけに狙いを集中させれば十分だ」

『それで……一体どうやってあの護衛機を突破するんですか?』

『一体だけならともかく、三機は厳しいですよ?』

 

確かに戦力差から考えて全ての敵を相手にするのは不可能に近いかもしれないが、敵の一体にのみ的を絞って攻撃するのは不可能ではない。だが、そうなるとやはり護衛のザクが問題となる。

 

この問題をいかに解決するのか。ネッドは暫し考えを巡らした末に一つの作戦を提案した。

 

「一つだけ考えがある。例え失敗しても追撃は避けろ、速やかに撤退するんだ」

『りょ、了解……』

 

 

 

 

ザニーの各部位に組み込まれたパーツの運用試験は現時点では順調と言えた。激しい機動運動、アンバックを利用した方向転換、連邦製MSマシンガンとも呼べる試作型ブルパップマシンガンを用いた射撃試験なども好調であった。

 

「どうだ、マーカス。操縦に不自然な所は無いか?」

『ありませんよ、大尉。寧ろ順調です。それよりも俺としては、このポンコツがまた故障を起こすんじゃないのかって不安なんですがね』

「そうだな、ポンコツにしちゃ随分と動かした方だからな……」

 

部品パーツの運用テストは順調ではあるが、過去に何度も故障を起こしている機体だけにマーカスの皮肉を聞かされてもボアンは怒る気にもなれなかった。パーツの試験も大半が終わり、もうここらで引き揚げた方が良いかとボアンが判断を下そうとした時だった。

 

『隊長! 11時の方角にMSを発見しました!』

「何だと!?」

 

ザニーの周辺に展開していたザクの一機が、必死な声色で敵の発見を訴えてきたのだ。ボアンとマーカスも11時の方向へMSの目を向けると、少し離れた場所に角付きのザクが残骸から上半身だけを乗り出した格好でこちらを窺うかのようにジッと見詰めていた。

 

見た所では11時の方向に居るザクは攻撃する気は無いらしいが、明らかにこちらを睨んでいる。となれば、当然考えられる敵の目的は偵察しかない。

 

「偵察か!? しまった、こちらのザニーを見られたか!!」

『い、如何します!? ボアン大尉!!』

「如何もへったくれもあるか! ザニーの存在をまだ敵に知られる訳にはいかない! あのザクを何としてでも落とすぞ! マーカス、お前は先に母艦に戻って取ったデータを確保するんだ!」

『りょ、了解!』

 

幾らザニーがポンコツの実験機だとは言え、MS開発には欠かせない重要な機体である事に変わりは無い。また敵にザニーの存在が知られたら、連邦軍がMSを開発するかもしれないという危惧を抱かれて攻勢を強める恐れがある。

そうなる前に何としてでも敵を撃破しなければならない……そう判断したボアンはザニーに乗っているマーカスを除く、自機を含めた三機のザクで敵のザクを始末するべく行動を開始した。

 

狭い残骸の間を潜り抜け、敵へ近付こうとするが、敵も接近してくる三機のザクを恐れてか、もしくは偵察任務で無駄な損害が出る前に撤退しようと考えたのか後退し始めた。

 

「やはり偵察が目的か! 尚更、逃がす訳にはいかんな!」

 

敵が後退する姿勢を見て偵察だと決め付けたボアンは相手との距離を詰めようと、多少の残骸が機体にぶつかっても気にせずバーニアを吹かして一気に加速する。

 

やがて距離が少しずつ縮まって行き、いよいよ逃げる敵を射程距離に収めようかとした時だ。後方で突然爆発が生じ、目が眩むような閃光がザク三機の背中を照らしたのは。その凄まじい光に思わず三機とも動きを止めて、後ろへ振り返ってしまう。

 

「何だ!? 爆発だと!?」

 

当初はこの爆発が何なのか、そして一体何が起こっているのかサッパリ分からなかった。しかし、少しして後方に居るマーカスのザニーの存在をハッと思い出し、敵の本当の狙いに気付いた。

 

「しまった! こいつは俺達を誘き寄せる囮か!」

 

後方で起こった閃光を見て、ボアンは自分が犯した失態に今更ながらに気付かされた。

恐らく敵のジオンは彼等が発見するよりも前から周囲に伏兵を忍ばせていたのだろう。そしてボアン達がたった一機のザクに釣られて追い掛けて来たのを見計らい、忍ばせていた伏兵を展開させて後方に下がらせたザニーを攻撃を仕掛けた。

 

そう、最初から敵の狙いは実験機のザニーだったのだ。しかも、ザク三機で追撃を行ってしまった為にザニーの守りは皆無だ。敵にザニーを撃破するのに、この上ない好機を与えてしまったと言えよう。

 

「くそ! 追撃は中止だ! 直ちに戻るぞ―――ツ!!」

 

迂闊な采配をしてしまった己の不運を呪いながらも直ちにザニーの防衛に向かおうとしたが、焦る余りに周りの状況を一瞬見失ってしまったのが命取りとなった。

 

先程まで囮となっていたザクが反転し、彼等の方にザクマシンガンの銃口を向けたのだ。狙いを定め、躊躇なく引き金を引かれた瞬間、マシンガンから放たれた数十発の弾丸はボアンの右隣に居た鹵獲ザクのバックパックに全弾命中。直後に鹵獲ザクは爆発の閃光に包まれ、機体は木端微塵に爆散した。

 

仲間がやられる姿を目の当たりにしたボアンは反射的に舌打ちをした。それは仲間の迂闊さを罵倒する意味での舌打ちではない、状況を顧みずに安易に指示を飛ばしてしまった己の迂闊さを呪う意味での舌打ちだ。

しかし、今更舌打ちをしても状況が改善される訳ではない。グッと奥歯を噛み締め、仲間の死に耐えながらボアンは生き残っているもう一機の鹵獲ザクに対し命令を飛ばした。

 

「俺が奴を足止めする! お前はマーカスの援護へ向かえ!」

『りょ、了解しました!!』

 

ボアンの指示を受けた僚機はバーニアを吹かして孤立状態に陥っているであろうザニーの所へ向かい、ボアンは囮となったザクの相手をするべく機体を再度反転させて武器を構える。

 

「こんな辺鄙な所でジオンと遭遇するとはな……。ったく、俺達の不運は何時まで続くのやら!」

 

幸運とは言い難い自分達の境遇に愚痴を零しながらも、ボアンの気力は削がれてはいない。それどころか味方がやられた事で頭が冷静になったらしく、熟練パイロットの名に相応しい厳しい目付きを浮かべ、この不運な状況を打破するかのように敵のザクへと躍り掛かって行った。

 

 

 

 

囮役を果たしてくれたネッドが敵部隊の隊長機と戦闘を交わしている頃、オッゴ小隊は敵の実験機を追い詰めていた。オッゴにしては珍しいと思えるかもしれないが、これも全部ネッドの考えた作戦のおかげだと言えよう。

彼が考えた作戦とは至って簡単なものだ。ネッドのザクが囮となって連邦の部隊を引き付け、単機となった敵の実験機を残りのオッゴで襲うというものだ。

連邦の部隊に気付かれないようオッゴ達は大きめの残骸の影に隠れていたのだが、それでも自分達が隠れている残骸の近くを鹵獲ザクが通り過ぎた瞬間は生きた心地はしなかった。

 

そして敵部隊が自分達を通り過ぎた後、残骸に隠れていたオッゴ小隊は展開して単機となったザニーに攻撃を仕掛けたのだ。しかも、この攻撃が相手の不意を突く奇襲に近い形で成功し、相手の左腕をもぎ取る事に成功した。

 

だが、向こうもやられっ放しという訳ではない。残された右腕に握られていたブルパップマシンガンをオッゴ達に向けて数弾発射し反撃を試みるがしかし、その反撃を嘲笑うかのようにオッゴ達は難無くマシンガンの弾を避けてみせる。

 

オッゴがこうも簡単にザニーの弾丸を避けれたのは大幅な改良を受けたおかげというのが最大の理由に挙げられるかもしれないが、それだけじゃない。この宇宙デブリが漂うサイド4の空間にも理由があった。

 

残骸が多く漂う空間の中でも小回りの利くオッゴならば機体の性能を100%発揮出来るが、一方のザニーはデブリが障害となって照準もロクに定められず、しかも小さくて素早いオッゴの動きを目で捉えるだけで精一杯だった。

また宇宙空間で100%の性能を発揮出来ると言われるMSでさえも、このデブリが漂う空間の中では18mもある巨体そのものが本領発揮の妨げとなっていた。

 

つまり、このデブリ空間そのものがオッゴに……MPに味方しているも同然なのだ。

 

MPの性能はMSの性能に遠く及ばないのは事実ではあるが、ザニーだってMSとしての性能はお世辞にも高いとは言い難い。あくまでもMS研究を目的として造られた実験機であり、実戦を意識して作られたものではないのだから。

 

実戦を視野に大幅な改良を受けたオッゴと、実験機らしい性能しか持たないザニー……両者が戦っている宇宙空間の環境も考慮に入れれば、戦闘を有利に運べるのはどちらかなのかは言うまでもない。

 

『よし! 一気に行くぞ!! 集中砲火だ!』

『『了解!!』』

 

ヤッコブの指示に二人も同調して動き出し、縦一直線に並んだオッゴ小隊はザニーへ躍り掛かる。

先頭を駆るエドがザクマシンガンをばら撒くように撃ちまくり、ザニーの動きを牽制する。その攻撃から避けようとザニーは機体を左へ動かすが、それを待っていましたと言わんばかりに二番目に位置していたアキのオッゴが列から外れ、左へ動いたザニーにザクマシンガンをお見舞いする。

 

流石のザニーもオッゴ達の巧みな連携攻撃を避け切れず、アキのマシンガンを諸に受けてしまう。しかし、機体だけは守らなければならないとパイロットは考えたらしく残された右腕だけで防御を試みる。

 

幸いにもエドとアキが駆るオッゴの攻撃は一撃離脱に則ったものであり、ザニーが受けた損害は装甲が凹む程度で然程深刻ではなかった。機体に深刻なダメージは無いとは言え、それでも攻撃を当てられるのは決して気持ちの良いものではない。

二機のオッゴの攻撃を受けて防御に回ったせいで機体の動きが緩慢になり、そこへ更に最後のオッゴ……ヤッコブ機のオッゴが追撃を仕掛けてくる。しかもヤッコブのオッゴには三機の中でも火力に富んだザクバズーカを装備しており、動きが鈍くなったザニーは正に格好の的であった。

 

ギリギリまでザニーに近付くのと同時にモニターとリンクした十字照準の中に相手の頭部を捉え、ヤッコブは冷静にトリッガーを引く。トリッガーを引いた直後にザクバズーカの砲口から一発の弾頭が発射され、砲身全体が激しく震える。

たった一発だけではあるがバズーカの弾は頭部を吹き飛ばすには十分過ぎる破壊力を有しており、それを諸に直撃を受けたザニーの頭部は木端微塵に吹き飛び、機体も爆発の影響で大きく吹き飛ばされた。

 

二機のオッゴがマシンガンで相手を牽制・足止めし、最後は三機目のオッゴがバズーカで仕留める。三機の連携に一撃離脱が組み合わさり、宛ら黒い三連星が得意としていたジェットストリームアタックに酷似した完成度の高い技となった。これにより相手に逃げる余裕も回避する暇も与えず、またデブリという環境もあって大破へ追い込めたのも納得だ。

 

『よし! 頭を潰した!』

『後はコックピットですね……!』

 

頭部を破壊してデブリの仲間入りを果たしたかのように無重力の中を漂うザニーだが、まだコックピットは無傷だ。何時また動き出すか分からず、早急に手を打たなければ手遅れになる恐れがある。

そうなる前に一刻も早く撃破しようとヤッコブとアキが銃口と砲口をザニーへと向けるが、二人の指がトリッガーに掛けられた直後にエドの必死な叫びが通信機から伝わって来た。

 

『ヤッコブ伍長! アキ! 後ろから敵が来たぞ!』

『何だと!!』

 

エドの言葉に二機が慌てて振り返ると、確かにエドの言う通り後方から先程の連邦の部隊の片割れと思われる鹵獲ザクが一機こちらに向かって来ていた。そして敵のザクも射程範囲に自分達を捉えたらしく、手にしたザクマシンガンを前方に構え、トリッガーを引きながらこちらへ突っ込んでくる。

こちらへ飛んでくるザクマシンガンの相手をザニーから切り離す目的があるらしく、狙いが粗い射撃であったが、只管に乱射しまくるのでまるでショットガンのように弾丸が彼方此方にばら撒かれる。

しかも、当たりそうで当たらない、スレスレの所を通り抜けていくのだから万が一にでも直撃を受けたら一溜まりもない。それを考えると、攻撃に晒されているオッゴのパイロット三人にこの上ない恐怖感と緊張感が湧き起こる。

 

『う、撃ってきた!』

『だ、大丈夫だ! この距離じゃまだ正確に狙いを定められない筈だ!』

『それよりも敵を……うわ!!』

『! アキ!?』

 

迫って来る鹵獲ザクよりも連邦の実験機の始末を優先したアキが再びザニーに銃口を向けたが、運悪く狙いを定めようとした所に乱射されたマシンガンの一発がアキのオッゴに命中した。

命中したと言ってもアキの乗るオッゴそのものに命中したのではなく、オッゴの体の一部のように装備されていたザクマシンガンに命中したのだ。ザクマシンガンはアタッチメントごと吹き飛ばされ、完全にアキのオッゴの戦闘力はゼロとなった。

 

『一旦残骸に隠れろ! 急げ!』

『アキ、動けるか!?』

『ど、どうにか……!』

 

このままでは刻一刻と近づいて来るザクに狙い撃ちにされるのを危惧したヤッコブは直ちに残骸に隠れるよう指示を出し、アキとエドも小さい隙間に潜り込むゴキブリのように残骸の影へと逃げ込む。

 

それから一分も経たない内に鹵獲ザクはザニーの元へと辿り着き、ザニーの機体に触れながら動きを制止した。恐らくミノフスキー粒子下でも明確な通信が出来る、MS特有の“お肌の触れ合い通信”を行っているのだろう。

 

『どうするんっすか、アキのオッゴは武器を失ってしまいましたけど……このまま戦闘を続行するんですか?』

『俺のオッゴのバズーカも残弾はあと一発だけだ。これで戦闘を続行するには勇気が要るわなぁ』

『そうなると……戦闘を続けるのは困難ですね』

 

残骸の影で戦闘を続行すべきか否かを話し合うヤッコブ達だが、ここで改良を施したオッゴでも解決出来なかった最大の弱点が露呈してしまう。

それは戦闘継続時間の短さだ。MSはマシンガンやバズーカなど手持ちの武器が弾切れを起こしても、自分の手で新たなマガジンを装弾出来るが、MPではMSのように人間に近い手を持たないので独自に弾丸の装填を行うのは不可能だ。

最初から装備している武器の弾丸を全部撃ち尽くすか、武器が喪失した場合には一度母艦に戻って補給を受けなければならない。

 

今回の改良でオッゴは大幅な性能向上を実現したが、MPならではの問題点の解決までは至らなかった。そして今、ヤッコブ達はその問題点によって戦闘継続が困難になるという窮地に立たされていた。

 

『俺のマシンガンも弾数はそこそこあるけど、MS二体相手にするには少し難しいし……ヤッコブ伍長のバズーカだって弾は無いんですよね?』

『無くなる一歩手前だ。武器が無い、弾が無いとなれば戦うのは不可能だ。隊長だって無理すんなって言っているんだし、此処は撤退しかねぇ……』

『でも、上手く行けばバズーカの一撃でMSを落とせる筈ですよ!』

『そんな楽観視で戦争が出来りゃ、俺達は苦労なんてしねぇっつーの』

 

エドとヤッコブは手持ちの武器が完全に無くなる前に撤退すべきだと考えているが、常に温厚な性格を持つアキが珍しくも徹底抗戦を呼び掛ける。

彼がここまで好戦的だっただろうかと二人とも不思議に思ったが、確かに敵の実験機はオッゴの連携攻撃によって大破した状態に陥り、後一発を撃ち込めば完全に撃破出来る。そう考えれば彼が最後まで戦おうと呼び掛けるのも頷ける。

 

だが、その後一歩の所で増援の鹵獲ザクが割り込んでしまい、アキは武器を失い、ヤッコブのバズーカも残弾数が残り僅か…いや、ゼロの一歩手前だ。エドの方はまだマシンガンの弾があるが、それだけで二機のMSを相手にするのは心許ない。

 

やはり此処は撤退しかないか……と思いながらヤッコブが敵の動きにふと目を遣ると、連邦のMSに動きがあった。大破したザニーが仲間の鹵獲ザクの元から離れて、サイド4宙域からの離脱を始めたのだ。やはり連邦軍にとっても実験機から得られたデータは重大であり、絶対に失う訳にはいかないらしい。

 

『いけない! 敵が逃げていく!』

『馬鹿! 迂闊に顔出すな!』

 

逃げていくザニーを見て慌てたアキがオッゴを動かし、残骸から飛び出そうとするのをヤッコブのオッゴが両腕のアームで阻止する。しかし、この時僅かにアキのオッゴのモノアイ部分が残骸から食み出てしまい、モノアイから発せられるピンクの光が敵の鹵獲ザクに自分達の隠れ場所を教えてしまう。

 

モノアイの輝きに気付いた鹵獲ザクは光の方角に向けてマシンガンを連射し、残骸に隠れていたヤッコブ達は自分達が見付かってしまった事に気付く。

 

『ほら見やがれ! 折角隠れたのに見付かっちまったじゃねぇか!』

『す、すいません……!』

『それよりもどうする! 敵はMS一機に対し、こちらは丸腰に近いMPが三機だ!』

 

アキの行動が原因で見付かってしまったのは事実であり、彼の謝罪と反省を聞いた所で現状が変わる訳ではない。問題は敵に見付かってしまった以上、この危機的状況をどう切り抜くかだ。

 

戦うか、逃げるかの二つに一つしかない。しかし、逃げようとして慌てて出て行った所を背後からザクマシンガンで狙い撃ちにされる恐れがあるし、かと言って逃げずにこの場に留まるのは死を選択するに等しい。逆に戦うとしても武器は殆ど無く、勝率もお世辞にも高いとは言い難い。

 

この二つの内のどちらを選ぶかでヤッコブ隊の動きは暫く止まってしまい、その間にも鹵獲ザクが残骸を撥ね退けて彼等が隠れている残骸の方へ近付いて来る。

 

そして後数十秒ほどで敵と接触するという所で……エドが二人に呼び掛けた。

 

『ヤッコブ伍長、アキ。戦おう』

『はっ!?』

『えっ!?』

『このまま敵にやられるのを待つのは嫌だ! それに逃げても敵に背中を撃たれるのがオチだ! だったら戦って逃げ道を作るんだ!』

 

まさかの戦闘継続の選択肢を選んだエドの一言にヤッコブもアキも一瞬己の耳を疑った。だが、こうもしている間も敵はどんどんと近付いて来ており、いよいよ自分達の残骸の目の前にまで迫っていた。

人間とは追い込まれると理性よりも行動を最優先にして動く事がある。今のエドからの一言がきっかけでヤッコブもアキも頭の中でゴチャゴチャと考えるのを止めて覚悟を決め、また頭の何処かでエドの言葉にも一理あると思い始めていた。

 

『ああ、畜生め! こうなったらお前の言葉を信じるぜ!! これで死んだら呪うけどな!』

『ええ、それで十分ですよ! アキは下がってろ!』

『僕も敵を撹乱するぐらいは出来ますよ!!』

『来るぞ!』

 

三人の答えが纏まったのとほぼ同時に、残骸を覗き込むように鹵獲ザクの頭部が現れる。互いの目と目が、モノアイとモノアイがバッチリと合うや、オッゴ達はザクからの先制攻撃を受ける前に散開し残骸から抜け出した。

 

残骸から抜け出した後、一纏まりでは共倒れになる恐れがあると判断したらしく、オッゴ達は散り散りになって鹵獲ザクを取り囲む。そして鹵獲ザクがどれか一機に狙いを定める前に、三機のオッゴは小回りと高機動を活かして鹵獲ザクを翻弄する。

 

改良を受けたオッゴでも未だにその性能はMSに比べれば低いが、大推力を得て実現した高機動性はMSと互角に渡り合える程だ。

また巨大なMSを相手にした戦闘では不利な要素として数えられるコンパクトな機体サイズも、敵パイロットからすれば的が小さくて当て辛いという意外な副次効果によって被弾も殆ど受けずに済んだ。

 

そこへ更にコンパクト故にMSよりも小回りが利くという特性が合わさり、オッゴの被弾率はかなり低く抑える事が出来たのだ。

 

鹵獲ザクのパイロットは三機のオッゴが一向に攻撃を仕掛けて来ず、只管に上下左右に動き回るだけの行動に苛立ちを隠せなかったのだろう。自分の近くを通り過ぎるオッゴ三機に目掛け、狙いが定めっていないにも拘らず無駄弾を何発も撃ってしまう。

 

恐らく敵を撃墜するという事のみに没頭してしまい、自分が敵に翻弄されているとは気付いていないに違いない。やがて三機のオッゴを目で追うのに夢中になり、ザク本体の動きが止まり、隙が表れ始めたのをエド達は見逃さなかった。

 

『今だ! エド!!』

『おう!』

 

そして何度目かの連射で遂に弾が切れ、ザクマシンガンの銃口から弾丸が出なくなった瞬間に三機のドラム缶は一斉に牙を向いた。

弾切れを起こした事に気付いた鹵獲ザクは空のマガジンを捨てて腰に携帯している新たなマガジンを換装させようとするが、それに至るまでの手間暇は紛れもなくオッゴ達にとっては痛手を与えるのに十分過ぎる大きな隙となった。

 

換装に手間取っている鹵獲ザクの真正面からエドのオッゴが果敢にマシンガンを浴びせて攻撃を仕掛ける。その攻撃で鹵獲ザク自体に深刻なダメージは無かったものの、マガジンの換装を中断されただけでなく、手に握っていたザクマシンガンもマシンガンの直撃を受けてデブリの空間へ弾き飛ばされる。

弾き飛ばされたザクマシンガンをモノアイで追い掛けたが、瞬く間にマシンガンはデブリの山の向こうへと飛んで行ってしまい、十秒足らずでマシンガンとデブリの区別が分からなくなってしまう。

 

そこでマシンガンを諦め、右腰に備えていたヒートホークを構えて格闘戦を試みようとしたが、今度はエドと入れ替わる形でアキのオッゴが突っ込んできた。

しかし、突っ込む勢いが良くてもアキのオッゴは武器を失い丸裸同然だ。最早、彼の機体には戦闘力など無いのは誰の目から見ても明らかであり、普通に考えれば撃破の可能性を恐れて後退するのが誰もが取る手段だったに違いない。

 

しかし、彼は後退するどころか鹵獲ザクに真正面から激突する勢いで突っ込んでいく。その姿はまるで特攻と何ら変わりは無い。だが、そこからアキは丸腰のオッゴで思い掛けない行動を取って見せたのだ。

 

『此処だ……!』

 

横長のオッゴの機体を90度近く傾け、まるでドラム缶を縦に立てたような姿勢になるや、折り畳まれていた両腕の作業アームを展開。そしてザクの下半身の左真横スレスレを通り過ぎるのと同時に、そのアームを鹵獲ザクの脹脛と太股を繋ぐ動力パイプに引っ掛け、そのまま強引にオッゴの大推力を以てしてパイプを引き千切る。

一見するとオッゴの腕は華奢のようにも見えるが、あれでも宇宙空間に設けられた建造物の建設や修理などの作業を目的に作られた大型作業重機から流用したパーツだ。頑丈で出力も高く、パワーだけならば純粋にMSに匹敵する。

 

『よし!』

『おいおい! マジかよ! オッゴの腕でザクの動力パイプを引き千切るなんてよ!?』

『良いじゃないですか! アキのおかげでザクもビックリしてますよ!』

 

パイプは一瞬ゴムのように伸びたかのように見えたが、すぐに千切れて中に詰まっていた大小のチューブが火花を散らして外部へ散乱する。動力パイプの破損によってザクの左足へ回されていた出力やアンバック等の機能は大幅にダウンしに違いない。

 

左足のパイプを破壊されて体のバランスを崩した鹵獲ザクはグルングルンとその場でコマのように回ってしまい、どうにか機体を止めようと残された右足のアンバックと各部に備えられた補助ブースターの噴射を利用して体の回転をどうにか止める事に成功した。

 

漸く動きを止めて再び襲ってくるかもしれないオッゴに構えようとしたが、その試みも時既に遅かった。動きを止めたザクのすぐ目の前には『待っていました』と言わんばかりに、ヤッコブのオッゴが鹵獲ザクにバズーカの砲口を向けて待ち構えていた。

 

そしてザクが目先のオッゴの存在に気付いて次の行動に移る前に、ヤッコブはトリッガーを引き最後の一発を撃ち放った。最後の一発は吸い込まれるように鹵獲ザクのコックピットが置かれてある胸元に命中し、次の瞬間にコックピットから爆発と共に火柱が立った。

 

美しくも何処か禍々しさを感じる火柱が空気も存在しない宇宙空間に生まれるのは、何とも不気味なものだ。だが、それもほんの一瞬だけの時間だ。その一瞬が終わるや、今度の一瞬では鹵獲ザクは木端微塵に吹き飛び、正真正銘デブリの仲間入りを果たしてしまった。

 

 

 

 

ザクの爆発が生み出した閃光は隊長同士で戦闘を繰り広げているネッドとボアンの方にも届いており、両者ともにその爆発を見て一瞬だけ動きを止めてしまった。

何せ部下達の戦況が分からない上に、不意に閃光が起こったのだ。あれは部下の死を意味する光ではないだろうか……と不安になるが、すぐにどちらの部下がやられたのか判明する。

 

『!? 何だと! 味方の反応が消えただと!?』

『どうやら……無事のようだな』

 

先に味方の識別コードが消えたのを確認したのはボアン大尉の方であり、それからワンテンポ遅れてネッド少尉は部下三人の識別コードが現在も無事に存在するのを確認して、彼等が無事であるのを理解した。

 

こうなると分が悪いのは明らかにボアン大尉の方だ。恐らく部下が逃がしたマーカスのザニーは無事であろうが、ここでも更に二名の部下と鹵獲したザクを失ってしまった。最早、このサイド4に残されているのは自分一人だけ。

 

これ以上、此処に留まるのは自分の身を危険に晒す以外の何物でもない……そう判断を下したボアンが行動を起こすのは速かった。敵のザクからの攻撃を警戒しながら機体を後ろ向きで後退させ、この戦場からの離脱を試みる。

 

『逃がすか!』

 

ネッドは敵の隊長機を逃がせば、後々自分達にとって厄介な存在になると確信しており、今ここで倒すべきだと判断。すぐさま追撃に移ろうとしたが、そこで敵は腰に手を回して何かを掴み、それをネッドに向けて投げるのではなく転がすようにそっと手から離した。

 

最初はデブリの影や宇宙空間の背景の黒さで何か分からなかったが、それがこちらに近付きモノアイが捉えた瞬間に物体の正体が判明した。

 

『これは……発光弾!?―――ぐっ!!』

 

こちらへ転がるように漂流してきた物体の正体はジオン軍でも使われる発光弾であり、それに気付いたのと同時にモニターが真っ白な閃光で埋め尽くされる。

直に見れば目を一時的に失明させる程の強い閃光はザクのモニターを通してでも眩しく感じられ、ネッドでさえも思わず手でモニター画面から顔を覆ってしまう。

 

やがて閃光が収まり辺りに何時も通りの暗闇が戻った頃に画面へと向き直ると、既に敵の姿は何処にも見当たらなかった。今の閃光で怯んだ内に逃げられてしまったのは明白であり、敵の大将を逃がしてしまった事にネッドの表情に不満気な色が滲む。

 

しかし、敵部隊に再び少なからずの打撃を与えただけも良しとしようと自分に言い聞かし、その後戻ってきたヤッコブ達と共にメーインヘイムへ帰還するのであった。

 

 

 

 

一方、連邦の実験部隊に所属していたボアンとマーカスも無事にサイド4の外で待機していたサラミス巡洋艦に辿り着き、帰還するや直ちにルナ2への帰路に着いた。

実験のデータを取っている最中にジオンの奇襲を受けて、実験機を含むMS四機の内二機を撃破され、実験機も大破するという酷い有り様だ。惨敗とまでは行かないが、敗北に近い内容だ。

特にザニーのパイロットであるマーカスは敵の攻撃を受けて何も出来ずに逃げ帰ったようなものだ。自分を逃がす為に盾になり、そのまま帰って来ない仲間達の姿を思い浮かべると嫌でも自責の念が込み上がる。

 

『マーカス、余り自分を責めるな。俺だって今回の奇襲は予想出来なかった。まさか、ジオンが目を付けていないサイド4でこんな戦闘が起こるなどとはな』

『大尉……』

 

自責の念で溺れそうになるマーカスに己を責めるなとボアンの優しい声が通信機から伝わり、マーカスの心にその優しさが棘のように突き刺さる。自責の念に駆られている時や自分の不甲斐無さに落ち込んでいる時、他人から優しい声や情けを掛けられると心が無性に痛む。

 

『しかし、俺は何も出来ませんでした……! 俺のせいで二人とも…!』

『そんなに悔しいのなら仇を討て!! お前の機体にはそれを実現出来るだけの可能性があるんだ! いや、それだけじゃない。連邦軍を勝利に導く事だって可能なんだ!』

 

今回の戦いでザニーは大破したものの、ザニーが得た実験データは無傷だ。これさえあれば連邦のMS研究は大幅に進む事が出来るし、劣勢に立たされている連邦軍を逆転出来る可能性だって十分にある。

ボアンに叱責を受けたのと同時に、その可能性を指摘されてマーカスは改めてMSの重要性に気付かされた。

 

仲間の死で痛んだ心を奮い立たせ、マーカスは決心した。一刻も早くMSを完成させ、必ずや連邦軍を勝利へ導くと。そしてジオンに受けた痛みを倍にして返し、奴等に思い知らせてやると………。

 

 

 

 

 

後日、数日間に渡る運用試験と偵察任務での機体運用も含めたデータを元にオッゴの量産計画はいよいよ本格的にスタートした。

MSでも戦闘機でもないMPという異色の兵器の量産ではあるが、オッゴそのものが既存のパーツを掻き集めて設計された簡易兵器だ。生産に掛かる時間もコストも抑えられるという利点を持っており、量産は難航するどころかMSよりも早いピッチで進められるだろうとオッゴの生みの親であるガナック整備班長は語る。

 

そして宇宙世紀0079年8月28日……キシリアからオッゴ量産化計画が言い渡されてから丁度一ヶ月後、遂に正式なオッゴ量産機第一号が完成したとの報告がグレーゾーン部隊に伝えられた。

これからオッゴは大量生産され、ジオンを支える新たな力として活躍するのだと誰もが期待で胸を膨らませた。また先行量産型に乗って活躍したヤッコブ達も誇らしい気持ちで溢れ返っていた。

 

 

 

それから更に三日後の8月31日、8月の最終日に朝早くからグラナダ上層部の呼び出しを受けたダズが軍港で停泊していたメーインヘイムに帰って来るなり『部隊名が変わった』と艦橋に居た者達に一言告げた。

 

「特別支援部隊……ですか?」

「ああ、オッゴ量産化計画に貢献したのを受けて、これから我々を他の部隊と平等に扱ってくれるそうだ。そして部隊名も不名誉だったグレーゾーン部隊から特別支援部隊に改めよ……との事だ」

 

今回のオッゴ量産化計画に貢献した功績を称え、今まで不当な扱いを受けてきたグレーゾーン部隊を非正規部隊から正規部隊の一つとして認めると同時に、不名誉の代名詞でもあった『グレーゾーン部隊』の名を『特別支援部隊』に改めるようにと上層部から直々に言い渡された。

グレーゾーン部隊が漸く他の部隊と同じ平等な立場になれたのは嬉しい事ではあるが、態々名前を変える必要はあるのだろうかという疑問がダズやウッドリーなどのグレーゾ-ン部隊の面々の中にはあった。

だが、グレーゾーンという呼び名はジオン公国の偉いさんやジオン愛国者が毛嫌いする名でもある。故に強引に名前を変えろという上層部の命令も分からないでもない。

 

「それで特別支援部隊とは大層な名前ですが……要は何をするんですか?」

「今までと同じ補給や修理の任務は勿論のこと、オッゴを用いた戦闘支援も行うし哨戒任務も請け負うし……まぁ、何でもやれって事だな」

「それはまた何とも立派な“何でも屋”ですね」

「“便利屋”という台詞も結構似合うぞ?」

 

今までの補給部隊の任務以外にも戦闘に関係する支援に至るまでやれという上層部の命令は、正にウッドリーやダズの言う通り特別支援部隊という御大層な名ばかりの雑用係だ。

どうやら上層部の連中は正式な部隊の一つとして認める代わりにグレーゾーン部隊の任務の幅を広げ、彼等を徹底的に扱き使うつもりのようだ。これでは彼等に対する扱い方は以前と殆ど変らない。

 

「それを我々だけでやると言うのですか? オッゴ十機とザク一機だけで?」

「いや、流石にこれだけの数の任務を我々だけでやるには手が足りない。そこで上層部は編制中だった別の部隊を我々の所に編入させて人員を増やすとの事だ」

「では、特別支援部隊とはグレーゾーン部隊とその編成中の部隊を合わせた合同部隊を指すのですね? 成程、グレーゾーンの名のままでは編入される部隊が可哀相だという訳か……上層部の温情が伝わってきますね」

「それを少しでもこちらに分けてくれればジオン公国に対する忠誠心も今以上に上がるんだがね」

 

皮肉とジョークのやり取りを交わし合うがダズとウッドリーの間には乾いた笑いか、呆れた笑いしか出て来ない。

 

「それで我々に編入される部隊とは一体どんな部隊なんですか? 我々と同じ爪弾き者の集まりですか? それとも犯罪者を寄せ集めた愚蓮隊のような部隊ですか?」

「残念ながら私も聞いてはいない。一応聞いてみたが『会えば分かる』との一点張りで聞き出せなかった。上層部によれば本日の1000時にメーインヘイムへ来る予定だが……」

 

そう言いながらダズはチラリと己の腕時計を見てみると、上層部が定時していた1000時まで残り十分を切っていた。だとすれば、もうそろそろ来ても良い筈だが……と思いふと窓を覗き込むと軍港と街とを繋ぐシャッターが音を立てて開かれていく。

 

「……どうやら噂をすれば何とやらってヤツだ」

「どんな部隊なのか会いに行ってみましょうか」

 

 

 

艦橋を後にしてメーインヘイムの外へ出たダズとウッドリーは、グレーゾーン部隊改め特別支援部隊に編入される部隊に会いに向かったのだが、その部隊の面々を見て言葉を失った。

 

片足のどちらか、もしくは両脚が金属製バットのような細い金属で出来ていたり、手が五本指ではなく三本指のマジックハンドになっていたり、果てには肩から先が存在していなかったり……。

 

そう、特別支援部隊に編入される新たな部隊の面々は誰もが五体満足ではなく、体のどこかが欠損している人間ばかりが集まっていたのだ。これらの欠損が先天性のものか後天性のものかは定かではないが、顔や体に見え隠れする傷跡から察するに殆どの者が後天性……戦争によって失われたのだろうと容易に想像出来た。

 

「いやぁ、これはどうも! 態々出迎えてくれるとは恐縮であります!」

 

義足や義手が犇めく部隊の中から一際大声を上げて、ダズとウッドリーに近付いて行く一人の巨漢が居た。

浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。太くて硬い黒のモミアゲと手入れが施された上唇の髭、割れた顎に鋭い目付きという厳つい顔立ち。軽く盛っているリーゼントヘアーなど歴戦の兵士、叩き上げの職業軍人などワイルドな雰囲気を漂わせている。これで葉巻を加えたらイメージ的には完璧だ

 

しかし、ジオンの軍服に隠れている両脚から独特の金属音が聞こえてくる事から、恐らく彼の両脚も戦場でやられてしまったのだろう。

 

「は、初めまして。私がグレー……あ、いえ。特別支援部隊の司令官ダズ・ベーリック少佐相当官です。こちらが副官のウッドリーです」

「よ、宜しくお願いします」

「ハッ! 宜しくお願い致します!」

 

グレーゾーン部隊の中でも一番の巨漢であるウッドリーよりも上回る身長と威圧感に、ウッドリーやダズだけでなく周囲に居た元グレーゾーン部隊の誰もが圧倒されそうだ。

 

「では、改めて辞令を述べさせて頂きます……気を付けっ!」

 

巨漢の鋭い一言と同時に彼の背後に居た部隊も一寸違わず一斉に両腕両脚を隙間なく閉じ、彼の命令に従って動く。それだけで彼の言葉に対する遵守の姿勢が窺える。

そして次に『敬礼!』と命令するや、やはり部隊も一斉に敬礼の姿勢を作りダズとウッドリーに対し敬礼する。

 

「本日1000時を以て義体部隊、バードレイ・ハミルトン大尉以下280名! 特殊支援部隊に着任致します!」

 

義体部隊……それは体の一部が義手や義足になろうとも、御国の為に最後まで戦う事を誓った人間達が集った特異な部隊であった。

手足が欠損した人間を死ぬまで戦わせるなど非人道的行為であり、道理で上層部が編入される部隊の事を語らない筈だ。だが、既に向こうはやる気に満ち溢れており、今更ダズが何かを言った所で彼等の意思は変わらないだろう。

 

宇宙世紀0079年8月31日……この日グレーゾーン部隊は義体部隊と合併し、特別支援部隊と名を改めた。だが、それは明らかにジオン公国軍内で行き場に困っていた部隊同士を無理矢理纏め、一つの大きな部隊を作り上げたに過ぎなかった。

 

上層部の押し付けとも言えるこの行為にダズは本気で憤りと頭痛を感じ得ずにはいられなかった。

 




この日からオッゴが大量生産されると思うと胸がワクワクドキドキするのはきっと私だけでしょう(笑)


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特別支援部隊

どうしてもオッゴとボールの戦いを書きたかった。その一言に尽きます(笑)
性能的にはオッゴが優秀ですが、射程とかだとボールが一枚上手なんですよねぇ……。
余談ですが連邦VSジオンDXというPS2のゲームでボールが遠距離攻撃が得意な機体しか持たない『狙撃』の機能を持ち合わせていたのはビックリしました(笑)



ジオン公国が偶然にも生み出した新兵器、MP-02Aオッゴの量産が始まってから半月余りが経過した。半月しか経過していないものの量産されたオッゴの数は既に200機余りに達しようかとしていた。

短期間でここまで数を増やせたのはオッゴの完成された設計のおかげだと言えよう。MSよりも極めて単純な機体構造、構成パーツも新規作成ではなく既成部品に頼った設計は生産に掛かる時間とコストの節約に繋がった。

量産が容易な上にコストパフォーマンスも極めて優秀、この二つの要素が見事に組み合わさった結果、オッゴは量産が始まって一ヶ月足らずでその数を瞬く間に増やしていった。

 

だが、量産されたオッゴの全てがジオン公国を支える一級戦力として見做されているかと言われれば、残念ながら全てがそういう訳ではない。

現時点でのオッゴの立ち位置は二級戦力……宇宙戦闘機や、第一線を退き後方支援に回された中古のMSと同じポジションなのだ。あくまでもジオン公国の主力はMSであり、そのMSを支援するMPは宇宙戦闘機と同じく戦場の脇役や、縁の下の力持ち的な存在に過ぎなかった。

 

それでも量産されたオッゴは二級戦力として恥じぬ活躍をしてみせた。衛星ミサイルの作成や宇宙基地周辺の哨戒任務、MSでやるには大掛かり過ぎるし、かと言って戦闘機で行うには荷が重すぎる任務にオッゴは正に適役であった。

他にも作業用ポッドから流用した両腕などのパーツも含んでいる為、補給部隊では専ら作業用重機として使用されている。運搬作業は勿論のこと、どちらかのアームの先端をレーザートーチに換装し、破損した艦の装甲板を溶接して張り替えるなど斬新な運用方法が各部隊によって見い出されている。

 

また精密機械の塊とも言えるMSには莫大な維持費が掛かるのだが、MSよりも小さく単純な構造をしたオッゴはその維持費も少なく済むという利点もあり、オッゴの生産数は留まる所を知らなかった。

 

そしてオッゴを生み出したと言っても過言ではないグレーゾーン部隊もとい、新たな部隊名を与えられた特別支援部隊は併合された義体部隊と共に数多くの支援任務に勤しむ日々が続いていた。

 

義体部隊は戦争初期の戦闘で手足を失い、義手や義足を装着した者達を寄せ集めて結成した部隊と言っても過言ではない。身体的ハンデは大きいものの、ジオン公国に対する愛国心と忠誠心は極めて強く、その強大な二つの心があったからこそ義体部隊は成り立てたとも言える。

 

また強い愛国心と忠誠心を持っているおかげだからか、与えられた艦や装備などはグレーゾーン部隊よりも遥かに優遇されていた。

その証拠に義体部隊が合流した時にはムサイ級軽巡洋艦一隻を部隊の乗艦とし、搭載機としてザクも四機配備されていた。更に合流と同時に新品のオッゴがニ十機ばかり義体部隊に手配され、貧しい思いをしてきたグレーゾーン部隊からすれば羨ましい限りの充実した戦力だ。

但しオッゴが手配されたと言っても、それだけの数をムサイに乗せる事は出来ないのでほぼ全てはメーインヘイムの格納庫へ回されたが。

 

だが、義体部隊の装備が優遇されている理由は彼ら全員がジオンに対し、強い愛国精神を持っているからではない。彼等の乗るザクやオッゴは他の一般機とは異なり、それぞれのパイロットの体の特徴……義手や義足に合わせてカスタマイズされた特注のコックピットが宛がわれている。

これは片腕や片足だけでもMSを十分に操作出来る高い技術をジオン公国が持っているという確かな証拠ではあるが、それでもやはり五体満足のパイロットがMSの性能を100%発揮出来るとすれば、義体部隊のパイロットでは精々70~80%の性能を引き出すのが限界だ。

また各々の体の特徴に合わせてコックピットもカスタマイズ化されているという事は即ち、そのパイロットしか操作する事が出来ない。機体の互換性が著しく低いという意味でもある。

 

そこでジオン技術本部では義手や義足のパイロットでもMSの性能を100%引き出せるよう機械化された義足や義手を改良する事と、最低限の改造や部品の交換だけで義体が異なるパイロットでも操縦出来るようコックピットの互換性を上げる事を目標としている。

 

つまり義体部隊もまた、ある意味で実験部隊と同じ立ち位置に属した部隊なのだ。手足を失いながらもMSを操作出来るという利点は紛れもなくジオンを支える戦力に十分に成り得るだろう。

しかし、義手や義足となった兵士が必ずしも前線に再び戻って来れるとは限らない。寧ろ、義体部隊のように手足を失いながらも祖国の為に再度前線に戻って来る確率の方が極めて低い。

大半の人間は戦場で手足を失った恐怖と苦痛がトラウマとなり、戦場へ戻って来れなくなってしまうのが普通だ。仮にトラウマを克服して戦場に戻って来たとしても、手足を失った人間には身体面のみならず精神面でのケアも必要となってくる。無論、義手や義足の調整も必要だ。

 

これらを簡潔に纏めると義体部隊は戦力としては最低限の期待は持てるが、今後部隊を維持していくには莫大な費用が掛かるという事だ。一人でも多くの兵員を確保したいという思惑を優先させて義体部隊を設立したジオン軍だったが、設立した後になってから上記に述べた弊害に気付かされるという愚を犯してしまった。

ならば、負担が重くなる前に義体部隊を解散させれば良いではないのか。そんな話が当然の如くジオン軍内部で浮上するのだが、これがまた中々解散の決定を下せなかった。

義体部隊に参加した兵達は誰もが高い士気を有しており、解散と言う形で彼等の気力を削ぐのは得策とは言い難かった。またそれが原因でジオンに不信感と反感を抱かれるのは決して看過出来るものではない。

 

そして何より義体部隊を解散させると一番困るのが他ならぬジオン軍部だ。義体部隊の設立を推進させておきながら、早々に解散させてしまっては軍部の計画性の無さを内外にアピールするようなものだ。

そうなれば彼等の面子は丸潰れとなってしまい、今後ジオン内部で大きな顔をして威張る事は出来なくなってしまう。自分達の面子を守る為にも、何としてでも義体部隊には最低限の成果を残して貰わなければならないのだ。

 

だが、義体部隊に成果を挙げさせると言っても、彼等の部隊だけで戦場を行動させるにはやはり無理がある。せめて他の部隊のフォローが有れば、義体部隊の運用も決して無理ではないのだが。

 

こうして設立して早々に宙に浮いてしまった義体部隊をどうするべきか軍部が悩んでいた矢先、彼等の目に留まったのがオッゴを生み出したグレーゾーン部隊であった。

 

グレーゾーン部隊は補給や物資運搬などの後方支援が主な任務であり、主戦場で戦果を挙げるような戦いは殆ど無いと言っても過言ではない。前回・前々回みたいな戦闘もあるが、それこそ極めて稀な確率で起こった突発的な戦闘だ。

そういった偶然の戦闘を除き、グレーゾーン部隊に与えられる主な任務の裏を返せば、地味ながらも危険には程遠い任務しか言い渡されないという事だ。後方支援の任務ならば義体部隊でも十分にこなせるだろうし、彼等が活躍する事自体がプロパガンダの良き材料となる。

 

この結論に達するや軍部は急遽グレーゾーン部隊と義体部隊を合併させ、部隊名も特別支援部隊と変更した。表向きには幅広い後方支援を行う部隊として期待を掛けているかのように見えるものの、その実態は行き場を失った義体部隊をグレーゾーン部隊に押し付けただけだ。

 

これにはグレーゾーン部隊のダズ少佐相当官も怒りを隠せなかったがしかし、上層部からの命令を彼一人だけで覆すのは不可能であった。そもそも灰色の集まりと呼ばれる彼等に拒否権なんて最初から無いに等しい。こういった所も計算に入れた上で、敢えて軍部は義体部隊をグレーゾーン部隊に押し付けたのだろう。

 

こうして特別支援部隊としての日常がスタートしたのだが、当初は特別支援部隊内の小隊編成や指揮系統の統一など細かな調整に時間を掛けてしまい、部隊として十分に機能するようになったのは特別支援部隊が誕生してから半月程が経過してからだった。

 

因みに現時点での特別支援部隊の戦力を大まかに示すと、大型輸送艦メーインヘイム一隻、ムサイ級軽巡洋艦一隻、ザクⅡ5機、オッゴ30機……数だけ見ると中々のものだが、それでも大半をMPで占めているので戦力としての期待はイマイチというのが本音だ。

 

そして特別支援部隊での活動も漸く板に付いて来た頃、彼等の部隊に今までとは異なる奇妙な任務が舞い込んできた。

 

「我々の活動を撮影……ですか?」

「特別支援部隊で活躍する者達の姿を国民に伝え、国民の戦意と士気を鼓舞する…というのが目的だそうだ」

「それはまた急な話ですな。数日前からそういった任務がある事を教えてくれれば、こちらも何かしらの準備や気持ちの持ち様もあったでしょうに」

「急なのは何時もの事さ。まぁ、ハミルトン大尉は我々の扱いを知らないから驚くのも無理は無い」

「はぁ……」

 

グラナダの軍港に停泊しているメーインヘイムの艦橋にてダズとウッドリー、そして半月前にグレーゾーン部隊と合併した義体部隊の指揮官であるハミルトン大尉とが顔を合わせて上層部から自分達へ言い渡された任務の話を交わしていた。

 

今回の任務の内容はサイド3にあるTV局の撮影スタッフが特別支援部隊の活動を撮影しにやってくるので、彼等を最後まで護衛せよという一風変わった任務だ。

しかし、国民に戦線で戦う者達の雄姿を見せるのは確かにプロパガンダとしては有効だ。特に義体部隊のように手足を失いながらも、義手や義足になってでも国の為に戦う兵士達の姿は数多くのジオン国民の胸を打つに違いない。

 

だが、ここで憂慮しなければならない問題もある。

 

「ですが、我々の活動を撮影しても宜しいのでしょうか?」

「と言うと?」

「確かに我々の活動をTVで国民に伝えるのは宣伝としては有効かもしれませんが、連邦やジオン公国の国策に賛同していないスペースノイドの者達の目には我々が人材不足に陥っていると見做されるかもしれません」

「もしくは義足や義手の兵士に頼るジオン軍のやり方に国民も嫌悪感や不安感を抱きかねないという事か……」

「はい……」

 

義手や義足の兵士が前線でも戦えるという事実を伝えるのは味方には逞しく思え、敵にとっては脅威かもしれない。しかし、一方でそのような人間を戦線に送り出す事そのものが非人道的だとも人材不足で致し方ないとも取れる。

単刀直入に言ってしまえば、義手や義足の兵士に頼る程ジオン軍が追い込まれている事実を内外にアピールしても良いのかと言う点をウッドリーは危惧したのだ。

 

これには両脚を失い義足となったハミルトン大尉も理解を示し、ウッドリーの言葉に目を閉じて深く頷いた。

 

「確かにその通りだ。しかし、我々がそれを不安や疑問に思った所で上層部からの命令に反論するのは叶わない。また我々の不安が的中しても、それは我々の責任ではない」

「全ては独断でプロパガンダを画策した軍部の責任……という訳か」

「それならば我々に反論の余地はないですね。無論、責任の取り様も」

 

ハミルトンの言葉もまた一理あり、ダズとウッドリーは互いに苦笑いを浮かべ、それ以上今回の任務について審議を深めようとはしなかった。

 

翌日の9月20日午前八時、グラナダの軍港に停泊していた特別支援部隊が運用するムサイ級軽巡洋艦に撮影用の機材を運んで行くTV局のスタッフ達の姿があった。

すぐ隣の艦船ドックに停泊しているメーインヘイムからもその様子は見えており、アキやエドはムサイの周囲をウロウロと動き回るスタッフ達を物珍しそうな瞳で見詰めていた。

 

「特別支援部隊のドキュメンタリー番組を作る為に撮影をするって聞いてはいたけど……何だか凄そうだね」

「そうだな。でも、ジオン全土に放送されるってのは本当に凄いよなぁ」

「僕達の部隊が公共の場で放送される日が来るなんて、ちょっと前までは考えるどころか想像すら出来なかったもんね」

「そうそう、少し前までは嫌われ者だったもんなぁ」

 

オッゴで活躍する以前はジオン公国に忌み嫌われているも同然な酷い扱いを受け、苦しい日々を過ごしてきたが、そんな過去が今では嘘のように思えてしまう。

ましてや自分達の活躍がTVを通して、ジオン本土に放送される日が来るなんて正に夢のようだ。そんな夢を叶えられたのは一握りの輝かしい戦果を挙げたエースパイロットか、ザビ家に近しい良家の出のパイロットぐらいだ。

 

それを考えると今のグレーゾーン部隊……もとい特別支援部隊は順風万端、何事も順調且つ幸福な日々を過ごしていると言えよう。昔に比べればの話だが。

 

現時点の自分達の境遇に満足しているとエドの視界の端に足元の覚束ない若い女性整備士の姿が飛び込んできた。何故に足元が覚束ないのだろうかと不思議に思い、視線を丸ごとそちらへ持っていくと瞬時に成程と理解した。

彼女は自身の顔が隠れ、両手一杯に抱える程の整備部品や工具が入ったボックスを持っていたのだ。女性の腕は一般的な女性よりも華奢と思えるぐらいに細く、ボックスを持つだけで震えている。それは彼女の筋力が荷物の重さと釣り合っていないのを物語っており、下手をすれば転んで惨事になるのは誰の目からも明白であった。

 

いや、下手をせずとも何れそうなる可能性の方がずっと高く、二人は互いに顔を見合わせて合図を送るように頷くや素早く彼女の元に駆け寄った。

 

「よいっしょ……よっとと……およ?」

 

自分の腕力の限界を超えて重たい荷物を運んでいた女性だったが、突然その荷物の重さが感じられなくなった。自分の腕力が一瞬で強化される筈も無ければ、この軍港全体が無重力へと切り替わったのだろうか……なんて考えたが、自分の両足はしっかりと地面に着いたままだ。無重力ならば少しは宙に浮く筈だし、体だってそこはかとなく軽く感じる筈だ。

 

では、どうして急に重さがなくなったのだろうか……と考えていたらボックスの向こうから若い男性の声がやって来た。そこで漸く女性は自分が持つべき荷物を仲間の男性パイロットに持って貰っている事に気付いたのだ。

 

「大丈夫っすか?」

「え? あっ! ご、ごめんなさい!」

「別に良いです。それより重いでしょう、これ? 自分が運びますよ」

「えっ、あっ、う~……」

 

謝罪と感謝の気持ちが入り混じった台詞を出しつつ、他人に己の荷物を持って貰っている事実に少なからずの不甲斐無さあったのだろう。慌てて荷物を持つ手に力を込めようとしたが、それよりも早くエドが彼女の手から荷物を軽々と取り上げてしまい、彼女の代わりにメーインヘイムの格納庫へと運んで行ってしまう。

 

「すいません、エドくん……。態々運んで下さって……」

「気にしないで下さいっすよ、カリアナ副整備長。寧ろ、あんな重たい荷物を運ぶ副整備長を見たら誰だって手を貸しますよ」

「う~ん、そうかもしれないけどぉ……」

 

結局エドに荷物を全て持っていかれた女性……黒のオカッパ頭が特徴的なカリアナ・オックス副整備長は申し訳ないと言わんばかりに首を項垂れ落ち込んでしまう。その姿を傍から見ると、まるで年齢も階級も下のエド一等兵に深く謝っているようにも見える。

 

尤も見掛けもアキやエドと同年代と見違えてしまう程の幼顔……と言うよりも甘さが抜け切っていない年上らしからぬ顔立ちであり、背丈も彼等と同じぐらいだ。何も知らない人が三人を見れば、十中八九同年代の集まりと勘違いするであろう。

 

だが、こう見えて彼女は義体部隊に所属していた整備兵であり、階級は技術中尉と中々立派な物だ。今は合併した特別支援部隊の副整備長としてガナックのサポートや、義体部隊のパイロットが操縦するザクやオッゴのコックピット調整などを取り仕切っている。

因みに義体部隊には彼女よりも一つ階級が上の技術大尉が居たのだが、その人物はグレーゾーン部隊に合併される直前で最前線へ異動させられてしまったらしい。異動の理由は不明だが、恐らく優秀な人材だったからこそ戦闘に余り関与しない特別支援部隊に置いておくのは勿体無いと判断され最前線に送られたのだろう。

 

人事の面でも軍部から嫌がらせがあったにせよ、異動を受けずに特別支援部隊に組み込まれたカリアナ自身もまた腕前や知識では技術大尉に劣らぬプロであったので結果オーライだ。

また彼女は義体部隊に所属している兵士達の中では数少ない五体満足を有した人間でもあった。整備兵の中にも片目を負傷し眼帯を付けている者や、手足を失い機械式の義手・義足をしている者が数多く居るだけに彼女のような存在は逆に目立ってしまう程だ。

 

「ところでカリアナ副整備長はどう思っているんですか?」

「どうって……何が?」

「今回の撮影についてですよ」

「ああ、あれね~」

 

エドから今回の撮影の事について尋ねられ、顎を支えるような仕草で暫し考えた後に彼女は口を開き穏やかな声色でこう語った。

 

「明らかに私達の姿を見せ付けて国民の士気を高めようとするプロパガンダである事に間違いはないわね。戦争だから仕方ないかもしれない。けど、私は嫌だな」

「どうして嫌なんです?」

「上手く言い表せないけど……私なりに言い表すとすれば“私達が道具扱いされている気がするから”かな」

「道具扱い……」

 

彼女の言っている言葉の意味と思いは分からないでもないが、国家総動員法が発布されているジオン国内においては際どい発言だと言える。下手をしたら非国民と言われて糾弾される恐れだってある。

しかし、エドは彼女の言葉を聞いて改めて考え直された。TVに出るからと言って自分達の存在が認められた訳ではない。寧ろ自分達の存在意義さえも道具として利用する上層部の思惑があるのだと。

 

「さてと、もうすぐで出港だからメーインヘイムに入らないとね。エドくんやアキくんも頑張ってね」

「頑張ってと言われても、撮影は主に向こうのムサイに乗っている義体部隊がメインだから俺達が頑張れる所なんて無いと思うけど……」

「そんな事無いよ。もしかしたら急に出番がやってくるかもしれないよ。じゃあ、行くね。荷物持ってくれて有難う」

 

カリアナは年上のお姉さんのような振る舞いを見せ、最後に荷物を持ってくれたお礼の言葉をエドに投げてメーインヘイムの格納庫に消えていった。それを見送ったエドとアキは薄らと微笑みを浮かべ掌をヒラヒラと揺らしながら『出来る限り頑張ってみる』と心の中で囁くのであった。

 

 

 

一時間後、撮影スタッフと機材を乗せ終えたムサイ級軽巡洋艦はグラナダから少し離れた月面軌道上に向けて発進した。同じ部隊に所属しているメーインヘイムもそれに同行するが、ムサイの艦橋で行われている撮影の邪魔にならないよう、また極力映像に映るのは避けるようにという上からの命令もあったので、ムサイに少し後れを取る形で後方から追尾している。

 

ハッキリと言ってしまえば、今回のメーインヘイム側の仕事はムサイを後ろから追い掛けるだけだ。万が一に目の前でムサイが何らかの事故を起こしたり、攻撃を受けた場合は友軍の援護及び救出の為に即座に格納庫のMSとMPが出撃するが、それ以外はムサイを見守るだけだ。

平穏を通り越して飽きさえも感じさせる任務であり、メーインヘイムの艦内では任務中とは思えないぐらいに穏やかな時間だけが流れていく。ダズとウッドリーでさえも、向こうのムサイで指揮を執っているハミルトン大尉がTVキャスターに向かって頑張って喋る姿が目に浮かぶと欠伸交じりに談笑してしまう程に平和だった。

 

やがて二隻の艦が向かう先に月面軌道上に待機していたムサイ艦一隻の姿が見えて来た。今回の任務はプロパガンダの為にTV局からの取材と撮影を受ける事であるが、何もせずに取材や撮影を受けてもプロパガンダの効果は薄い。せめて何かしらの形で任務をこなし、従軍している様子を映像として残して貰いたいというのが軍部の本音だ。

そこで軍部は月面軌道上に小破に見せ掛けたムサイ艦を用意し、それを修理する様子をTV局に撮影して貰う事にしたのだ。こうすれば彼等が活躍する映像を得られるし、何より月付近ならば連邦軍が襲撃してくる可能性も低く安心且つ安全にプロパガンダを作成する事が出来る。

 

そして小破したムサイから残り数キロ程にまで接近した所でハミルトンはムサイの動きを止め、それに伴い後方から付いて来ていたメーインヘイムも逆噴射を掛けて動きを止めた。動きを止めてから一分後、特別支援部隊のムサイ艦からザク小隊が発進し、目の前の小破したムサイ艦の修理に取り掛かろうとする。

 

ここまでは予定通りだ。後は数十分でムサイ艦を修理し、再び発進するムサイ艦を見送れば任務完了だ。勿論、その任務には撮影の意味も含まれている。

 

「後は無事にムサイ艦が修理し終わるのを祈るだけか」

「はい、ですが修理と言っても装甲板を一枚張り替えるだけですので然程時間も掛かりませんよ。手間取っても後々編集でどうにか出来るでしょうし」

「何事も無ければ……だがな」

 

今までの経験から考えると、こういう時に限って攻撃を受けるものなのだが……と口で出しそうになったが、それを言ってしまうと現実になりそうな気がしたので台詞を喉奥に引っ込ませた。

 

そうしている間にもムサイから発進したザク小隊は目的のムサイ艦に取り付き、艦の胴体の装甲板を張り替え始めた。手足が義足のパイロットが操縦しているとは言え、コックピットは彼等専用に改造されているし、パイロットはMSの操縦に覚えを持つ者が乗っているのだ。若干のぎこちなさを除けば、装甲板の取り換え程度に手間取りはしない筈だ。

 

このまま順当に行けば三分後ぐらいには終わるだろう……既にダズの心境は任務の終わりの事を考え出していた―――正にその瞬間であった。

 

「!! 艦長! 前方から高エネルギー反応! 艦砲です!」

「何だと!?」

 

若いオペレーターが何事もなかったこの空間に起こった異常な事態を口早に伝え、ダズが驚きの表情と共に指揮官の座るシートから立ち上がる。その刹那、黒い闇が広がる前方の空間から暗闇を掻き分けるかの如く、光り輝く複数のビームがこちらに向かって襲い掛かってくる。

 

複数のビームは特別支援部隊が母艦としている二隻には掠りもせず、遥か後方に流れて行っては何事もなく消滅した。だが、修理を受ける予定で月面軌道上にて待機していたムサイと修理の為に出撃していたザク小隊は無傷で済まされなかった。

最初の数発はミノフスキー粒子の影響で狙いを定め切れなかったのかムサイやムサイに取り付いていたザクに掠りもしなかったが、その後も立て続けにやってきた幾つかの艦砲はムサイの胴体やエンジン、そして小隊のザクさえも容赦なく貫いた。

 

修理予定で配置されていたとは言え正真正銘のムサイ級巡洋艦だ。ミサイルも積んであれば、艦を動かすのに必要なミノフスキー炉だって搭載している。それらを高熱のビームで貫通されれば、誘爆するのは当たり前だ。

最初のビームが通り過ぎて僅か十秒足らずでムサイ艦一隻とザクが一機、残りのザク二機もムサイ艦の爆発に巻き込まれて大破した。

 

「敵襲だと!? 月面周囲のパトロール隊は一体何をしていたんだ!?」

「スクランブルだ! ネッド少尉のザクとオッゴ隊を出すんだ!」

「了解!!」

 

突然の敵襲にダズが警備の緩さに激怒する一方で、副官のウッドリーは手早く艦載機であるザクとオッゴ隊に緊急発進を促すようオペレーターに通達した。

オペレーターの緊迫した声が格納庫内に響き渡り、今さっきまであった穏やかな空気は戦場の重々しい空気へ一変した。

 

「急げ! 出撃出来るオッゴから出すんだよ!」

「手順は良いのかだって!? 馬鹿! そんなもん気にしている場合か!」

「正門及び側面ハッチ開きます! 出撃のタイミングはこちらから出しますので、それに従って順次発進して下さい!」

 

整備兵やカリアナの声が響き渡り、次々とメーインヘイムの格納庫に居た艦載機が発進していく。少し先に居る仲間のムサイ艦に向かって行くが、そこでハミルトンの乗ったムサイからメーインヘイム宛ての通信が入ってきた。

 

「ダズ艦長! ミューゼから通信です! 我、前方に敵巡洋艦二隻を発見せり!」

「やはり連邦軍か! 此処まで深く入り込まれるとは……!」

 

ハミルトン大尉の乗るムサイ艦『ミューゼ』からの通信にダズが苦虫を噛み締めるような表情を浮かべるが、それ以上に嫌な情報が立て続けにオペレーターの口から発せられた。

 

「艦長!! ミューゼから続きの通信文です!」

「今度は何だ!?」

「二隻の巡洋艦から艦載機が発進した模様! 数は十機以上!」

「戦闘機か!」

 

今までの常識から察すれば敵の巡洋艦と言えば連邦軍のサラミスであり、艦載機と言えば宇宙用戦闘機というのが普通だ。しかし、その普通と思えた常識は矢継ぎ早に発せられた台詞によって否定された。

 

「違います! ミューゼからの通信によると戦闘機ではありません!」

「何だと!? まさか……何時かのMS部隊なのか!?」

 

グレーゾーン部隊として活躍している最中に連邦軍に鹵獲されたザク小隊と遭遇・交戦しているだけに、再びその部隊とぶつかってしまったのかという恐怖と不安が一瞬頭に過る。こちらも数は多いが、やはりMSを得た敵とは戦いたくないというのがダズの本心だ。

 

しかし、その不安と恐怖もまたもやオペレーターの台詞によって否定される。

 

「いえ、MSではないようです。只、通信文では見た事のない奇妙な兵器だと……」

「MSではなく、見た事がない奇妙な兵器? 連邦軍の新兵器だとでも言うのか?」

「味方部隊! 敵と接触します! 映像、最大望遠で映します!」

 

見た事がない奇妙な兵器と通信文だけで言われてもピンと来ない。見た事がないだけならば新兵器だと容易に想像が付くが、その後に続く“奇妙な”の一文が引っ掛かり上手く想像が纏まらない。

斬新なデザインを施された新兵器なのか、それとも実験の意味合いを含めた奇妙奇天烈な形をした試作兵器なのか。はたまた単なる珍兵器なのか……。

 

どちらにせよ百聞は一見に如かずと言うものだ。通信文を聞いて想像するよりも、モニターに映し出された映像を見た方が速いと考え最大望遠で映し出された映像に目を向けた。

映像にはムサイ艦ミューゼを死守するように取り巻くオッゴ達と、ネッド少尉のザクとミューゼに残っていた残り一機のザクが敵の艦載機と激しい機動戦を繰り広げていた。

 

そして映像にはオッゴと激しく撃ち合いをする敵艦載機の姿が映し出され、それを見た瞬間にメーインヘイムのブリッジに居た誰もが言葉を失った。

 

丸い球体の真ん中に巨大なカメラアイという人間の眼球みたいな形の機体が、天頂部に巨大なキャノン砲を乗せてオッゴと戦っているのだ。キャノン砲だけを見れば中々火力が有りそうにも思えるが、人々の目はその下にある球体の体に向かってしまう。

 

「……MSじゃないよな?」

「ええ、違います。足がありませんし……」

「だよなぁ……」

 

ダズは思わず副官のウッドリーに映像に映し出された敵の兵器がMSか否かの確認を求めたが、副官の答えは明らかに否であった。

また映像に映し出された兵器の特徴である“足が無い”のを筆頭に、貧相過ぎる華奢な作業用のアームや未熟なアンバックシステムなど、MSと呼ぶには姿形は勿論性能に至るまで、どれを取っても程遠いと言っても過言ではない。

 

だが、これに共通する兵器は特別支援部隊の方にも存在した。

 

「敵の機体の特徴……オッゴに似ていないか?」

「え? あっ、言われてみると確かにそうですね」

 

ダズに言われてウッドリーが敵の新兵器を凝視すると確かにMSと呼べない姿であったり、作業用のアームなどオッゴと共通する点が幾つか見当たる事に気付いた。つまり、オッゴと同じMPに近い機体構成であるという事だ。

 

「まさかこれは……」

「オッゴのコンセプトを……連邦も肖ろうとしたらしいですね」

 

ダズとウッドリーは互いの顔を見合わせて、今回の敵がオッゴのライバル的存在に位置する機体だと確信した。連邦のMPとジオンのMP、同じコンセプトを持った兵器同士が戦場で激突するのは今日が初めてであった。

 

 

 

 

『何だ!? このボールみたいなヤツは!?』

『俺達の乗っている“ドラム缶”も他人の事を言えた義理じゃねぇだろ』

『とりあえず迎撃しましょう!』

 

敵の攻撃で危険に晒されているミューゼを守るべくオッゴで出撃したエド達は、連邦のサラミス艦の甲板から発進したボールに思わず目を奪われた。今まで見た事の無い新型であり、魅力を感じずともついつい目が行ってしまうと言わんばかりの巨大なインパクトがある。

 

だが、両腕のアームや機体の大きさなどオッゴに似通っている共通点も幾つか見られ、すぐにこのボールがオッゴ同様の廉価兵器という目的で作られた簡易兵器なのだと理解した。

しかし、似通っているとは言え、機体の構造が違えば、武装も性能も異なる。あくまでも合っているのはMPというカテゴリーとコンセプト、そして華奢な両腕ぐらいだろう。だとすれば、果たしてどちらのMPが優秀なのかと言う対抗心が芽生えるのも当然だ。

 

『エド! アキ! こんなスイカみたいな連中に負けたら、俺達のオッゴの名が泣くぞ!』

『当たり前ですよ! 俺達のオッゴが上だって所を教えてやりますよ!』

『敵の火力は高いですけど、機動性は然程高くはないようです。それに武装も頭のキャノン砲一門だけのようです』

『だったら、決まりだな! 行くぞ、楽な任務を面倒にしてくれたお礼をしてやれ!!』

 

無事に行けば楽に終わる筈だった任務が、こんな廉価兵器の襲撃で駄目にされたのだ。当然、彼等の胸中には相当の怒りが渦巻いており、そのお返しをしてやろうという気持ちを抱くのも無理はない。

 

『先ずは高機動で相手を翻弄するぞ! 二人とも付いて来い!』

『了解!』

『了解しました!』

 

二隻のサラミス級巡洋艦から出撃したボールの数は合計12機。三機一組の四個小隊という質よりも量で勝負したつもりなのだろうが、残念ながらメーインヘイムには20機にも上るオッゴが居るのだ。付け加えて、向こうにはMSが居ないのに対し、こちらにはMSが2機居る。

 

一機一機の質が同等でも、数だけならばこちらが上だ。そんな単純な理由がオッゴパイロットの自信と勇気に直結した。

 

ヤッコブの言葉を皮切りに三人はオッゴのロケットエンジンをフルスロットルで吹かし、ユーモラスなドラム缶な姿からは想像も出来ない高機動を発揮して、あっという間にこちらに迫って来ていたボール一個小隊の横を通り過ぎ、そのまま大きく弧を描く形で相手の背後へ回り込む。

後ろへ回り込まれた事に気付いたボール一個小隊は背後に回り込んだ敵に対処しようと機体のバランス制御の為に備えられていた側面の補助噴射口を噴かし、機体を強引に180度回転させる。

これでアンバックに近い動きを再現して宇宙空間での機体の回頭に成功したものの、このやり方は決して良い方法とは言えず、寧ろ推進剤をかなり消費する効率の悪い方法なので余りお勧め出来ない。

 

何にせよ、後方に回頭するのに成功したボール小隊は背後のオッゴ小隊に対処しようとしたが、背後から迫って来ていたオッゴ小隊は既にボールに照準を合わせていた。

 

『貰った!』

 

アキが操縦するオッゴのザクマシンガンが火を噴き、瞬く間にボールの装甲を穿ち、無残な穴だらけの鉄屑に変えていく。

ヤッコブはボールが放ったキャノン砲を軽々と交わした後、10m程しか離れていない近距離からザクバズーカの弾頭をボールの目玉に叩き込む。

そしてエドは側面のウェポンハッチに装備していた三連装ミサイルポッドを発射し、三発の内二発の直撃を受けたボールは木端微塵に爆散した。

 

『へへっ! MSに比べたら楽勝だぜ!』

『安上がりな点は一緒だが、性能はこっちの方が上みたいだな!』

 

僅か一分足らずでボール小隊を一つ潰滅させ、三人とも表情に笑みを浮かべて宇宙空間に散ったボールの残骸を横目で一瞬だけ見詰め、すぐに前を見て他のオッゴ達の支援に向かった。

しかし、他のオッゴ達も火力が高いボールのキャノン砲を高機動で交わしてはアキ同様にマシンガン等の近距離戦闘に持ち込んで撃破するなど、ボールの特性を殺す戦法で確実に戦果を挙げていた。

 

火力では互角の良い勝負だったかもしれないが、ボールが宇宙作業重機をベースに戦闘に耐え得る改造を施しただけのMPに対し、オッゴはそこから更に純戦闘用に改良を重ねられたMPだ。

しかも、オッゴにはMSの部品も数多く流用されており、その結果総合性能ではボールを上回る性能を獲得していた。特に機動性の差は大きく、オッゴのスピードに追い付けるボールは皆無だと言っても過言ではない。

 

またボールの最大の武器であるキャノン砲はミノフスキー粒子散布下を前提としたアウトレンジからの攻撃を目的としているのだが、パイロットが機体の特徴を考えず突っ込んでくるので、自らボールの特性を犠牲にしているとも言える。

 

つまり敵に接近されてしまうとボールは最早手も足も出せなくなるのだ。それを十分に理解していなかったボールのパイロットも悪いのだが、時既に遅かった。無知なパイロットが生み出した無謀な行動とボールの外見から機体の特徴を見抜いた特別支援部隊は、敢えて接近戦に持ち込みボールを確実に落としていく。

 

特にネッド少尉のザクはボールを本物のボールのように蹴飛ばして撃破するなど猛者のような動きさえみせてくれた。宇宙空間でそんな真似を出来る熟練パイロットはジオン軍の中でも珍しい程だ。

 

戦闘が始まって五分が過ぎた頃には12機あったボールも4機を残すだけとなり、一方のオッゴの被害はボールに2機撃墜されたもののそれ以外はほぼ無傷だ。最早、この戦いの勝者は確実となったが、ここで連邦軍は最後の悪足掻きに出た。

 

『よし、残りも僅かだ! 一気に―――』

 

一気に勝負を決めるぞとヤッコブが勢い付けようとした直前だ。ヤッコブや他のオッゴ達の頭上や真下を極太のビーム砲が流れ星のように凄まじい速さで通り抜けていく。

 

『なっ!? 艦砲だと!?』

『敵のサラミス艦からです!!』

『そんなもん見りゃ分かる! だが、まだ此処には敵の味方も居るんだぞ!?』

 

ビームが走って来た方向はミューゼとは対称側……即ちサラミス級からの砲撃であるのは間違いなかった。それは誰の目から見ても明らかだが、ヤッコブが驚いたのは敵対する双方の艦の間では自分達の仲間が戦っているにも拘らず砲撃を仕掛けて来た事実だ。

サラミスに不意を突かれた砲撃に特別支援部隊のオッゴも更に3機撃墜されたが、一方でサラミスの艦載機であった仲間のボールも巻き添えを食らい1機撃墜された。

 

『畜生! あいつ等、味方が負けたら容赦無しか!?』

『ま、待て! 俺は味方だぞ! 味方だぞぉぉぉー!?』

『どうしてこんな……!! 撃つな! 撃つなぁー!!』

『! これは……あのボールみたいなパイロットの声!? 通信が入り乱れているのか!?』

 

ボールのパイロットもまさか自分達の母艦が味方を背後から撃つとは思ってもいなかっただろう。

味方に見捨てられた事実は彼等の戦意と士気を大きく削ぎ、最早ジオンと戦う事よりも生き残る事を最優先として動こうとするが、背後は裏切った味方の艦、真正面には敵だ。最早ボールのパイロットは逃げ場の無い戦場の真ん中を右往左往、上下に行ったり来たりと逃げ惑うばかりだ。

敵味方の区別なく入り乱れる通信が戦場の混沌に拍車を掛け、それを図らずしも聞いてしまっているオッゴのパイロットの心境も決して穏やかなものではない。

 

『どうするんですか!? このままじゃ艦砲の餌食ですよ!』

『一先ず艦砲の射線から離れるんだ! このまま突っ立っていたら死ぬのを待つだけだ!』

 

巡洋艦の艦砲に巻き込まれればMSでさえ木端微塵となるのだ。MPのオッゴがそれに耐えられる筈もなく、兎に角サラミスの艦砲の射程外か射線から離れるのを最優先とし動いた。

幸いにもオッゴは戦闘機やMSと違い、両端のシリンダーを180度回転させる事でロケットエンジンの大推力を前方に持っていき、無防備な背中を晒さず且つ敵の動きを確認しながら後退する事が可能だ。

 

それでも全てのオッゴパイロットが敵の攻撃を完璧に避け切れる程の技量までは持ち合わせておらず、同じような格好で後退するものの更に二機のオッゴがサラミスの艦砲とミサイル攻撃の直撃を受けて撃墜された。

 

仲間が近くで落とされていく状況にエド達の顔に苦々しい表情が浮かび上がるが、その最中にネッド少尉のザクが三人の前に飛び出し、次いで彼の声が通信機を通して耳に飛び込んでくる。

 

『各機! 戦意を失った敵の艦載機は無視しろ! ヤッコブ小隊、俺に付いて来い!』

『付いて来いですって!? 一体何をする気ですか、隊長!?』

『サラミス艦の片方を落とす!』

 

間髪入れずに下された隊長命令にヤッコブのみならず、アキやエドも思わず目を丸くし、次いで自分の耳を疑った。今までMSや戦闘機、そして今回のボールと戦い勝利した経験があるが、艦船を相手にする経験なんて今までなかった。

 

『幾らなんでも無茶が有り過ぎやしませんか!? MSならばいざ知らず、MP如きで巡洋艦相手に大立ち回りをするなんて……』

『オッゴにだってザクと同じ武器が搭載されているんだ! その火力ならば十分に艦船に通じる筈だ!』

『いや、そりゃそうかもしれませんけどねぇ……』

『文句を言うな! ヤッコブ伍長! それともこのまま艦船の砲撃に晒されて、仲間が落とされるのを黙って見ている気か!?』

 

味方の船……その一言をきっかけにオッゴのモノアイを背後へ向けると、そこにはサラミス艦の砲撃やミサイルに晒されながらも必死に三砲塔のメガ粒子砲で反撃を繰り返すミューゼと、弾丸を撃ち尽くしたオッゴ達がメーインヘイムの格納庫に逃げ込む姿が側面のモニターに映し出される。

ムサイ艦であるミューゼには武装が豊富に備わっているが、元客員船だったメーインヘイムは対空砲火以外の武装を持たない大型輸送艦に過ぎず、ミューゼのように反撃は不可能だ。その代わり残弾に余裕があるオッゴがメーインヘイムのCIWSの役目を果たし、迫り来るミサイルの迎撃に一役買っているが、これも何時まで持つかは定かではない。

 

自棄になって特攻してくるサラミスに背を向けるのは極めて危険な行為だ。艦砲で撃墜されるか、もしくは艦そのものをぶつけてくる恐れだって十分にある。

その危険から解放される為には、やはりネッドの言う通りサラミスを落とすしか道はない。理屈的にも状況的にも追い詰められたヤッコブは腹を括り、微かにしかない希望の光芒に縋るような思いではあるが、この一か八かの賭けに乗った。

 

『分かりましたよ! アキ、エド! 隊長のザクに付いて行くぞ! 遅れんなよ!!』

『だ、大丈夫なんですか!?』

『知るか! 後は俺達の腕次第って所だろうよ!』

 

オッゴの性能にも限界があるのだが、ネッドの言う通りサラミスを落とすには十分な火力を持っているのもまた事実だ。それにオッゴの機動性はMSにも劣らない。つまりヤッコブの言う通り、自分達の腕前次第でサラミスを落とせるかもしれないのだ。

 

そしてアキとエドもヤッコブ同様に腹を括り、ネッド少尉のザク共に左翼のサラミスへ立ち向かう。

艦砲やミサイルで敵艦を狙っていたサラミス艦もこちらに接近して来るMSを察知したらしく、各所に配置されたファランクスシステムが一斉に作動し始める。やはり一年戦争緒戦でのトラウマが根強く残っているらしく、MSへの反応はかなり敏感だ。

 

サラミスとネッド達の距離が千m程にまで近付いた時、複数のファランクスシステムが唸り声を上げて弾丸の雨を撒き散らす。関係の無い方向にも撃っている砲塔もあるが、これはこれで敵の侵入を精神的に阻止する働きを有している。

ファランクスシステムは主砲に比べれば威力に劣るが砲塔そのものの動きは速く、運動性の高いMSに攻撃を当てる事だって可能だ。しかし、対空防御に備えて複数のファランクシステムを装備しているサラミスとは言え、それだけでMSの接近を阻止出来る訳ではない。

 

また運動性が高く機動性にも優れているMSがサラミスの死角へ潜り込む事など造作もない事だ。それはザクをサポートするオッゴにも同じ事だと言えよう。

 

『俺が敵艦の目を引き付ける! その間にお前達はサラミスの真下に潜り込め!』

『真下……そうか、了解!!』

 

サラミスから発射される弾丸の雨を掻い潜り、ネッドのザクは囮の意味も兼ねてサラミスの真上を目指して急上昇し、それとは対照的にヤッコブ達はネッドに言われた通りサラミスの真下を目指して急降下する。

サラミス級やマゼラン級と言った連邦の艦船は宇宙世紀の新技術と、旧世紀に存在した艦船の優れた構造とが融合した作りになっている。巨大な放熱板など宇宙世紀ならではの装備も整ってはいるが、艦砲やファランクスシステムの配置は旧世紀のそれに近い。

 

即ち、旧世紀の艦船の構造を踏襲したサラミスやマゼランの最大の死角は真下……艦底にあるのだ。この死角の存在は連邦軍艦隊にとって大きな痛手に違いないが、サラミスが就航した頃の連邦宇宙軍は宇宙空間に置ける大艦巨砲主義を信じ切っていた時代だ。

恐らく敵が接近する前に艦隊の圧倒的な火力と、戦闘機の機動戦による二重の攻撃を以てすれば敵を撃破するのは容易いと考えていたのだろう。

 

しかし、その思想はミノフスキー粒子の登場によって根本から否定され、緩慢な動きしか出来ない艦船はMSの格好の餌食となってしまった。

戦争緒戦に参加していなかったヤッコブもネッドの言葉のおかげでサラミスの弱点に気付く事が出来、彼がサラミスの目を引いている間に無防備な艦底に潜り込む事に成功した。

艦底には艦砲もミサイル発射管も、ファランクスも備わっていない。両側面に砲塔やファランクスが備わっているが、そこからでは艦底に潜り込んだ敵を狙い撃つ事が出来ない。完全にサラミスの死角に入り、ヤッコブは勝利を確信した。

 

『よし! ここだ! ここから有りっ丈の弾を撃ち込めぇ!!』

『『了解!!』』

 

三機のオッゴはサラミスの腹目掛けて、シリンダーのアタッチメントに固定されたマシンガンやバズーカ、側面のウェポンラッチに装備されたシュツルム・ファウストや三連装ミサイルポッドなど、オッゴが持てるだけの火力を全てその一点に叩き込む。

 

一機だけならば脆弱でも、三機合わさって強大な火力を発揮した事でサラミスの腹が裂け、内部に乗っていた機械や兵士達が爆発と共に宇宙空間に流出する。

そして爆発の炎は内部に連鎖するかの如く、炎は艦橋やミサイル発射口からも噴き出し、最後はサラミスそのものが巨大な爆発を引き起こして消滅した。

 

 

 

 

 

「左翼のサラミス級、撃沈!」

「味方の部隊がやってくれたか!」

 

サラミスが眩い閃光に包まれて消滅していく様は、ミューゼの艦橋で指揮を出していたハミルトン大尉の目にも確認出来た。

残り一隻となったサラミスは仲間の艦が落ちたのを目の当たりにしたが、此処まで来ておきながら今更になって引く事は出来ないと判断したのだろう。味方が撃沈されても恐れる様子もなく、寧ろそこから加速を掛けてミューゼへ突っ込んでいく。

ミューゼの艦載機であったザクやメーインヘイムのオッゴ達が特攻を仕掛け出したサラミスを攻撃し、少しでも歯止めを掛けようとするが、サラミスは船体に深い傷を受けようと、至る所で爆発と出火を伴いながらも一向に速度を緩める気配はない。

 

「敵艦! こちらへ突っ込んできます!」

「仲間を見捨て、味方殺しさえ行ってしまったのだ。今更になっておめおめと逃げ帰る訳にはいかないと覚悟を決めたか……。だが、指揮官としては無能である事を証明しているようなものだな」

 

敵の指揮官にもう少し柔軟な思考があれば、状況を把握して自分達が不利だと逸早く気付けていただろう。しかし、指揮官はジオンを殲滅する事のみに没頭してしまい、挙句には仲間を見殺しにしてでも戦果を上げようとした。

そしていよいよ最後の手段として特攻さえも仕掛けてくる有り様だ。最初の奇襲でムサイを一隻沈めた時点で戦闘を続行せず、即座に撤退すればこんな結末にはならなかっただろうに……。

 

だが、今更そんな事を思っても最早遅い。現にこの瞬間もサラミスはこちらに向けて砲撃をしながら接近を続けており、このまま行けばあと2・3分ぐらいでミューゼと激突するだろう。ハミルトンとしてもむざむざ死ぬ気も無ければ、敵指揮官の神風に付き合う気など毛頭ない。

 

「145型大型ミサイル発射用意! 次のメガ粒子砲一斉射後に発射する!」

「了解しました、大型ミサイルスタンバイ!」

「それと味方に後退するよう伝えておけ、こちらの射撃の邪魔になる!」

「了解!」

 

ハミルトンの指示に火器管制を担当するオペレーターが応え、手際良く発射の準備を進めていく。そしてサラミスの姿が肉眼ではっきりと見えるのを通り越し、肉眼で明確に見える程にまで近付いて来る。

 

「艦長!」

「引き寄せたな! メガ粒子砲、一斉射!!」

 

ハミルトンの号令を合図に、三つの砲塔から高い威力を秘めたメガ粒子砲が放たれる。目の前にまで敵を引き付けてメガ粒子砲を撃つ、前方に対する射撃を重視したムサイ艦の得意とする戦法だ。

だが、この攻撃は敵に読まれていたのかメガ粒子砲が放たれる寸前の所でサラミスの船体が若干右に動く。そしてメガ粒子砲が発射された後、高威力を秘めたビームはサラミスの船体をギリギリ掠って明後日の方向へ飛んでいき、やがて消えてしまった。

 

恐らく、この一撃を避けた瞬間に連邦軍は自分達が勝ったと思い込んだだろう。だが、連邦軍の確信を嘲笑うようにハミルトンは口の端を釣り上げて即座に命令を出した。

 

「今だ! ミサイル発射!!」

 

彼の台詞とほぼ同時に三つあるメガ粒子砲塔の真下に一基ずつ備えられた大型ミサイル発射管からミサイルが飛び出し、サラミスに襲い掛かる。流石の連邦も一度攻撃を避けて勝利を確信した矢先で気が緩んでいたらしく、この大型ミサイルには何も対処出来なかった。

 

発射された大型ミサイルはサラミスの船体に真正面から突っ込み、船の装甲を少し抉った後に爆発した。ミサイルの爆発はサラミスの両舷に備わっていたミサイルランチャーにも引火し、結果たった大型ミサイル二発の直撃を受けただけでサラミスは轟沈した。

 

眩い閃光がミューゼの目の前で起こり、サラミスの残骸が艦橋に飛び込んでくるのを阻止する為のシャッターが自動で下ろされる。シャッター越しにガンガンと破片がぶつかる音がするが、超硬スチール合金で出来たシャッターがこの程度で砕けはしない。

 

やがて喧しい音もしなくなり、再び自動でシャッターが開かれると目の前には木端微塵に砕け散ったサラミスの残骸が漂っていた。

それを見てハミルトンは漸く不意を突くハプニングみたいな形で起こった今回の戦いが終わったのだと実感を抱いた。

 

 

 

「……回収したザクのパイロットの安否はどうだ?」

「………残念ながら」

「そうか、駄目だったか……」

 

戦いが一段落付き漸く静寂な空間を取り戻しつつある頃、特別支援部隊は撃沈されたムサイ艦の爆発に巻き込まれたザクの回収やパイロットの救出を行っていた。サラミスの艦砲を直撃したザク以外で、あの爆発に巻き込まれたのは二機。

しかし、一機は爆発の熱に耐え切れず爆散してしまったらしく機体を発見出来ず、もう一機はザクの五体を失いながも奇跡的にコックピットが無傷だったが、中を開ければパイロットは爆発の衝撃で首が折れて既に絶命していた。

 

結果的に今回の戦いで受けた彼等の損害はオッゴ5機にザクが3機、プロパガンダに参加してくれたムサイ艦一隻と悲惨なものであった。特にムサイとザクが撃沈されたのは手痛い。

 

しかし、その代わりと言ってはアレかもしれないが味方に裏切られたボール三機を捕獲する事に成功し、それに乗っていたパイロットも捕虜として手に入れる事が出来た。最も彼等も仲間に裏切られたショックで既に抵抗する力も残されておらず、逆に捕虜となる事を進んで望む程だった。

 

「捕獲した……ボールだったかな? あれの調査はグラナダ基地に任せるとして、捕虜の取り調べはどうなっている?」

「そちらの方は順調です。寧ろ、向こうも仲間に裏切られたおかげで吹っ切れたとさえ言っているぐらいですよ」

「連邦軍の上下関係はそこまで酷いものなのか? あっさりと味方の軍を裏切れる程に……」

 

味方と信じていた指揮官に背後から撃たれれば、裏切りたくなる想いも分からないでもない。

しかし、ジオンに属するダズが思うのも変な話かもしれないが、一年戦争の緒戦にあれだけの惨事を引き起こしたジオンを憎んで彼等も連邦軍に加入した筈だ。それが今回の一件だけで簡単に軍に見切れを付けられるのだろうかと不思議に思えて仕方がなかった。

 

すると、そんなダズの心境を汲み取ったのか彼の質問に受け答え続けていたウッドリーが次の言葉を発した。

 

「いや、軍に入隊した彼等の想いは確かでしょう。問題は彼等を指揮した軍人の人格と、彼等の主義主張にあると私は思いますがね」

「……と言うと?」

「今回のボールに乗っていたパイロットは皆、地球連邦寄りのサイド出身だったそうです」

「何、我々と同じスペースノイドだったのか?」

「ええ、それに対してあの部隊を指揮していた指揮官は地球出身のエリートであり、ガチガチのアースノイド主義者だったそうです」

 

そこまで聞かされればダズもそれ以上の事は副官から聞かずとも、大凡の予想は付く。エリート且つ地球至上主義者の指揮官が、コロニー出身のパイロットと仲良くする訳がない。ボールのパイロットをスペースノイド風情と嘲笑い、差別染みた嫌がらせを行っていたに違いない。

 

「成程、あの指揮官からすれば同じ軍に所属するスペースノイドは味方でなく、単なる捨て駒……という事か」

「はい、ボールのパイロットに対してあからさまな差別を行っていたようです。そして挙句の果てに、今回の裏切りのような攻撃を行ったようです」

「詰まる所の自業自得か……」

 

連邦軍の全てそのような人間で構成されているとは限らないが、少なくてもそういった主義を持った軍人が居るのは確かだと実感したダズは重々しく溜息を吐いた。

こういった人間が連邦軍の実権を握れば、スペースノイドに対する弾圧と強硬を推し進めていくのは明らかだ。もしも戦争に負ければ更に……とそこでダズは首を横に振り考えるのを止めた。幾ら考えようが敵のトップが誰になるかは彼にだって分からないのだ。それこそ幾ら考えても無駄と言うものだ。

 

嫌な想像が詰まった頭を切り替えようとダズは別の話題を、今回の敵が月面の軌道上まで接近出来た事を取り上げた。

 

「しかし、どうして敵はあそこまで侵入出来たんだ? 流石に笊警備だとは思わないかね?」

「全くですね、これでは何の為のパトロールなのか分かりませんよ」

 

グラナダという重要な拠点の近くまで接近を許したとなればパトロール隊も相応の処罰を受けるだろう……そんな単純な考えを抱きながら特別支援部隊はグラナダの基地へ帰還するのであった。

 

 

 

 

その後、プロパガンダを目的として撮影された映像は一週間後にTVに流れた。予定とは大幅に異なる事態が生じたものの、結果として勝利を得られた上に敵の機体とパイロットを鹵獲する殊勲賞物をやり遂げたのだ。

これに軍部が飛び付かない筈が無く、早速連邦軍を叩く材料として利用するのと同時に、ジオン軍が連邦軍に如何に優れているかを強調し国民の士気を高めようと試みた。

 

またTVに流された映像には撃墜されたムサイやザク、オッゴの姿はカットされたらしく何処にも映っていない。それもそうだ、自国民に向けて友軍機が撃墜される映像など流してしまえば、戦争勝利を訴えるジオン公国の姿勢に不安や疑問を抱きかねない。

 

こうしてプロパガンダ計画は成功と言う形で幕を閉じた。一部の人々の思惑を本人達は知る由もないままに………。

 

 

 

「あの一件の調査結果が出ました、キシリア様」

「うむ、御苦労…………この報告は間違いないか?」

「はい、諜報機関の者も裏を取っています。そこに書かれている事は全て事実です」

 

グラナダ本部の一室にてトワニングから手渡された資料に目を通したキシリアは、そこに書かれていた内容を少し目で追い掛けた後、すぐにトワニングの方に視線を向けて資料の内容が正確なものか否かを問う。

それに対しトワニングは顔色一つ変えず情報が裏付けされたものであると答え、絶対の信頼を寄せている副官の言葉を信じキシリアはそれ以上何も聞かなかった。

 

「あの月面軌道上で起こった特別支援部隊と連邦軍の遭遇戦……不自然とは思っていたが、まさか我が軍の人間が関わっていたとはな」

「ええ、連邦軍に特別支援部隊の情報を故意に流し、しかも当日その周辺を警備する予定だったパトロール部隊にも手回ししていたそうです」

「そして連邦軍は気付かれる事無く、攻撃を受ける事無く、何事もなく月の軌道上まで来れたという訳か……」

 

キシリアがトワニングから受け取った資料には特別支援部隊と連邦軍が遭遇戦に陥った原因を作り出したジオンの上級軍人の事が事細かに書かれていた。

やはりキシリアも月の近くまで連邦軍が近付いた事を不自然に思っていたらしく、トワニングに命じてこの遭遇戦の裏を調べさせていた。その結果、特別支援部隊の情報を連邦軍に流した軍上層部に勤務する一人の高級軍人の存在が明らかとなった。その上、月周辺のパトロール部隊に警備の手を抜くよう手回しを行っていた事実も判明した。

 

どうしてこの軍人がそんな事をしたかまでは資料に書かれていないが、少し考えれば聡明なキシリアだけでなく平凡な一般人に分かる事だ。

 

「どうやら私が特別支援部隊に入れ込んでいる……と思い込んでいるらしいな、コイツは」

 

彼が独断で此処までやらかしたのは決してジオンに反旗を翻したり、連邦軍に味方しようという思惑からではない。只単純に特別支援部隊がキシリア・ザビに認められたという事実が気に食わないからだ。『特別支援部隊が』……と言うよりも『グレーゾーン部隊が』と呼ぶのが正しいだろう。

 

どちらにせよグレーゾーン部隊の此処最近挙げた成果は中々のものだ。独自にMPを作り出し、そのMPで連邦に鹵獲されたザク部隊を撃退し、その戦果を評価されてMPの生産が決まり、生産の為に必要となる事前の評価試験をキシリア・ザビ直々に命じられた。

前半は兎も角、最後のキシリア・ザビに戦果を認められた上に評価試験を命じられたという事実はジオンにとっても大きな名誉であり、光栄な事でもある。しかし、こう言った大きな名誉や光栄は時として他人の不興や嫉妬心を買うものだ。特にエリート意識の強い高級軍人や軍上層部ともなれば尚更だ。

 

実際にはキシリアはそこまで特別支援部隊に入れ込んでもおらず、単なる部隊の一つとしか見ていないのだが、この高級軍人はそうは思っていなかったようだ。そして遂には敵の仕業に見せ掛け、味方である彼等を殺そうと企んだのだ。しかし、結果は彼等に更なる戦果を与えるという皮肉な結末だった。

 

「はい、して……処罰は如何なさいます?」

「そうだな……この事を知る者は他に居るか?」

「特別支援部隊に対し同じ不満を抱く軍人に愚痴を零してはいたようですが、その一件は完全な独断行為のようです」

「ふむ、この事実を知るのは奴一人という訳か……」

 

トワニングに高級軍人に対する処分を尋ねられ、キシリアは返答に詰まった。

公に処分を発表すれば軍部に与える動揺は測り知れず、今後の軍の活動に大きな影響を与えるだろう。また発表によって高級軍人が抱いた誤解が他の軍人にも生じ、今回みたいな出来事が起こる危険性もある。

しかし、かと言って今回の一件を何も無かった事にして封印すれば高級軍人の増長を呼ぶだろう。そして今回と同じような事件が繰り返されるのは火を見るよりも明らかだ。

 

暫く熟考を重ねに重ねた末、キシリアは鋭い眼光を眼に宿らせ決断を下した。

 

「内密に処分せよ」

「……御意に」

 

冷淡な感情を乗せて発せられたキシリアの言葉にトワニングは恐れた様子もなく、只深々と頭を下げて部屋を後にした。一人残されたキシリアが何気なく部屋のTVに目を遣ると、特別支援部隊を主役としたプロパガンダの映像が大々的に行われていた。

 

 

 

翌日、グラナダ市の一般道路にて二台の車が正面衝突し、爆発炎上を起こす大きな交通事故が発生した。この事故で衝突した二台の車にそれぞれ乗っていたグラナダの市民とジオン軍の高級軍人が死亡。

その後、グラナダ市が発表した報告によれば……市民の乗った車のタイヤが突然パンクを起こし、それによってハンドル操作を誤った車は対向車線に走っていた高級軍人を乗せた車に衝突した……という事となり、陰謀もテロも関係無い単なる事故として処理された。

 

大勢の人はこれを事故と信じ切ったが、その裏に隠されている真実を知る者は皆無であった。

 




もうこの時で9月後半ですので、次回から徐々にジオンは追い込まれていくと思います。色々と書きたい場面や、言葉に悩んだりして亀並の執筆になるやもしれませんが……これからも宜しくお願い致しますm(--)m


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英雄の残光

今回はオッゴよりもゴーストファイターの方がメインになってしまいました(汗)


『MP-02Aオッゴ

 

 全長:11.6m 全高:7.8m 全幅:14.7m

 全備重量:57.8t

 武装:ザクマシンガン・ザクバズーカ・シュツルムファウスト・ミサイルポッド

 

 既成品の作業用ポッドとMSの部品を流用し完成したMP。この機体の特徴は何と言っても製作コストの安さであろう。MSと同じ熱核反応炉を搭載しながらも、単純な機体構造や安上がりな設計のおかげでそのコストはザクⅡの三分の一程度と言われている。また単純な構造故に整備も安易な上に、生産後の維持費についてもMSに比べると格段と安い。

 一方で武装面ではザクマシンガンやザクバズーカを右側のシリンダーに設置された専用のアタッチメントに装備出来る上に、+αとして両側面のウェポンラッチにはシュツルムファウストとミサイルポッドを装備可能としている。

 推進機関には戦闘機を凌ぐ大型で大推力のロケットエンジンを搭載し、これにより高機動性を実現。MSの機動性にも十分に追従する事が出来、支援機としての活躍も見込まれる。

 操縦性についてもMPはMSに比べて優れている。元が安易な操作で動かせる作業ポッドを流用したからという理由もあるだろうが、そこに完成度の高いMSのコックピットを導入した事でオッゴは益々操作性に優れた優良な機体となった。

 因みに運用試験を目的に作られたオッゴの先行量産型はザクのコックピットを丸々流用したが、後に生産されたオッゴには完成度の高いコックピット構造をそのままにしつつ、操作性はザク等のMSに比べてシンプル且つ簡潔なものに変更している。

 オッゴの特徴や性能を考えれば、MS並に複雑な動きをするのは不可能であり、同時に必要でもない。あくまでもオッゴはMPとして完成された機体なのだ。つまり操作性をMPに合わせて簡素化しても何ら問題は無いと言う事だ。

 

 またオッゴは熱核反応炉がMSのように内部ではなく外側に装着されており、真下から覗くとジェネレーターの配管が露出している作りとなっている。これは狭い機体スペースの問題等の理由でこういう作りになってしまい、オッゴの数ある欠点の一つと言える。

 だが、熱核反応炉が外側に備わっているという欠点は逆にMSのように大掛かりな専用の冷却ベッドを必要としないという利点に繋がり、MSよりもコンパクト且つ簡易な冷却ベッドで冷却を済ます事が可能だ。

 冷却ベッドが無くても、最低限の冷却ならば推進剤の噴射ガスを冷却剤として転用出来る独自の設計がオッゴに取り入れられている。無論、この推進剤による冷却に頼ろうとすれば、馬鹿にならないぐらいの推進剤を消費しなければならない。

 

 現時点ではオッゴの冷却ベッドを艦船の冷却装置と直結する計画が立てられており、これが実現すればオッゴは格納庫ではなく船体に露天係留しながらの運用が可能となる。その結果、MSの格納庫のスペースを圧迫せずに済むという利点が生まれる。

 しかし、仮にこれが実現したとしても弾薬や推進剤の補給を船外でどうやって行うのかと言う問題も残されている。これについては現時点で出来る対応策として艦船の格納庫内や軍事拠点等の基地で行う以外に術はないだろう。

 

 オッゴそのものが持つ性能が低いのは認めざるを得ないが、低コストによる高い生産性・安易な操縦性・豊富な武装バリエーション・高機動力、この四つの長所がオッゴの低い性能を補う最大の武器だと言っても過言ではない。

 単機ではMSに劣るのは認めざるを得ないがコスト安と優れた生産性を活かして大量生産を行えば物量戦術も可能であり、運用次第では十分にジオンの戦力の一端を担えるだろう。

 

 しかし、オッゴには低い性能以外でも幾つかの問題点が取り残されている。その一つが戦闘継続時間の短さだ。独自に弾倉を交換出来ないMPは一旦弾を撃ち尽くせば、その都度新たな弾倉を装填する為に母艦に帰還しなければならない。

 弾倉の装填自体は短時間で完了するが、大規模な戦闘が発生すれば複数のオッゴが弾を切らして母艦に殺到するのは目に見えており、それらを一遍に纏めて対応するのは不可能だ。

この問題点を克服する為にはオッゴが独自に弾倉を装填出来るよう改造するか、最前線でオッゴの弾薬補給を円滑に行えるシステムを開発する必要がある。

 

 だが、所詮オッゴというMPは作業用ポッドから進化した機体に過ぎず、数さえ揃えば戦力に成り得るかもしれないが、過度の期待を掛けるのは間違いかもしれない。

 仮に上記に述べたオッゴの戦闘継続時間の問題が解決しても、乗っているパイロットの精神負担やストレスは無視しているも同然だ。

 寧ろ、問題解決はオッゴの機体性能を限界にまで引き上げて戦わせる。即ち、オッゴを最後まで酷使して戦わせるという、機体とパイロット、双方に甚大な負担を掛ける戦い方に繋がるのではないだろうか、そんな不安と疑問さえある。

 

 オッゴをMSと同じように本格的な戦力として扱い、運用していくには幾つかの問題点があり、現時点では予備戦力として扱うのが妥当であると思われる。』

 

 

 

「……こんな所かしら」

 

メーインヘイムの艦内にて自分に割り当てられた部屋で、自らのパソコンに打ち込んだオッゴのデータに何度も目を通し、カリアナは満足そうに頷いた。

本来ならば、このような機体の評価は彼女ではなく試験部隊などがするべきなのだが、オッゴに一番詳しいのは特別支援部隊を置いて他に居ない。また彼女自身も技術中尉としてオッゴに多少興味を持っており、そういった事も相俟って結果的に彼女がオッゴを評価する事となったのだ。

 

オッゴの純粋な評価や彼女自身の感想、そして現時点でのオッゴの問題点等を書き上げて彼女はパソコンチェアーに凭れ掛かって背伸びをした。

 

一仕事を終えた解放感からか背伸びだけでなく、口をカバのように大きく開いて欠伸する。部屋に誰も居ないから出来る事であり、他人が居たらとてもじゃないがこんなはしたない欠伸など出来やしない。

仕事を終えて次の仕事までまだ時間も残されていたので、カリアナは何気なくテレビのチャンネルを付けた瞬間、テレビの画面からジオンの宣伝コマーシャルが大々的に流れてきた。

 

『おめでとう! 地球連邦の諸君! おめでとう! 我が総帥府は遂に連邦軍もMS開発に成功したとの情報を得た!』

 

ジオン公国のコマーシャルでありながら、冒頭に飛び込んできた言葉はあからさまに連邦軍のMS開発の成功を称える声だ。それと同時進行でテレビの映像には連邦軍の物と思われるMSの開発映像が流されている。

初めてこのコマーシャルを見聞きした人は何事かと思ったに違いない。だが、この冒頭の出だしは単なるパフォーマンスだ。このコマーシャルの真の目的はその後に待ち構えていた。

 

『しかし、喜びに沸く諸君らに残念な事実を伝えなければならない。我が軍はザクに代わる新たな主力MS、EMS-10ヅダを完成させたのだ! 間もなく地球連邦軍はヅダによって駆逐されるであろう! そして無残な屍を全世界に晒す事となるのだ!』

 

コマーシャルを伝えるアナウンサーのテンションが最高潮に達したのと同時に、映像にはヅダと、そのパイロットであるジャン・リュック・デュバル少佐の姿が現れる。

 

そう、このコマーシャルの本当の目的はジオン軍が完成させた新主力MSヅダを国民にお披露目して戦意を高めるのと同時に連邦軍のMS開発の士気を挫く事だ。これが成功すれば戦わずして連邦軍のMS開発に打撃を与えられる。

新型主力MSと銘打っただけに五体やボディなどはザクと似通っているが、脹脛に備えられた補助ブースターや、ザクタイプでは外部に露出していた動力パイプは全て内装型になっているなどツィマッド社独自のMS設計が如実に表れている。

特に背部に装備された半球型の巨大ロケットエンジン『土星エンジン』の大推力が生み出す機動力は他の追随を許さず、加速性能もこの時代のMSの中では断トツと呼べる程のトップクラスだ。

 

何も知らないジオン国民がコマーシャルに流れるヅダの雄姿を見れば地球連邦に勝てるという勇気さえも湧いて来るだろうが、MSに関する知識を豊富に持っている上にヅダを生み出したツィマッド社に所属していた経歴を持つカリアナはヅダの映像を見て勇気どころか疑惑に満ちた表情でテレビの映像に流れているヅダを睨んだ。

 

「確かヅダって………」

 

自分の脳ミソにある記憶の棚からヅダに関連する話を引き出そうとした矢先だ。

 

突然何処からともなく爆音が響き渡り、直後にメーインヘイムの船体に激しい揺れが襲い掛かる。チェアーに深々と腰を掛けてリラックスしていたカリアナは突然の出来事に反応出来ず、椅子ごと床に横転してしまう。

 

「な、何!? 急にどうしたのよ!?」

『敵襲! 敵襲! パイロットは直ちにスクランブルせよ!』

「敵襲!? もう対空監視は何してるのよ!?」

 

敵の襲撃を伝える艦内放送が響き渡り、カリアナも急いでパイロットスーツに着替えてオッゴやザクが待機している格納庫へと向かうのであった。

 

 

 

「パイロットは直ちにスクランブルせよ!」

「各員第一戦闘配備!! 対空砲火準備!!」

 

メーインヘイムの艦橋ではオペレーターが慌ただしく艦内に居る兵士やパイロットに敵襲を告げるアナウンスを流し、緊迫した状況が生まれていた。

 

「久し振りの地球軌道衛星上からの物資投下作戦だから嫌な予感しかしなかったのだが……まさかこうも速く敵に察知されるとはな。敵は何気か確認出来ているか?」

「現時点でボールが三機確認出来ました。位置は天頂方向3時、正面方向二時。恐らく前の戦いで学んだのでしょう。ボールが得意とするアウトレンジから攻撃を仕掛けているようです」

 

今回の特別支援部隊の任務は約一ヶ月振りとも呼べる地球への補給物資の投下であり、そこへ向かう途中にボール三機の攻撃を受けてしまった。

何度か地球への補給物資投下という任務経験のあるダズとウッドリーは連邦軍の攻撃があるだろうと予感と同時に警戒していたが、やはりこういう場合の予感は的中しても全く嬉しくはなかった。

また敵の戦い方も賢くなっており、以前みたいにボールに無謀な接近戦をさせず遠距離からのアウトレンジ砲撃で攻撃を行うという厄介な戦法で仕掛けてきた。これならば向こうは一方的に攻撃が出来るし、こちらが反撃しようにもボールそのものが小さく攻撃を当てるのは難しい。

同じMPでもオッゴの武装ではボールほどの射程はなく、恐らくボールと同じ射程を持つのは特別支援部隊の中ではムサイ艦のミューゼぐらいだろう。

因みに此処で言う射程とはセンサーによる精密射撃が行える距離の事を指しているのであり、決して弾丸の飛距離の事を指しているのではない。そもそも宇宙空間は地球と異なり重力が無い為、距離による威力の減退は起こり得ない。そしてボールの射程は言うまでもなくザクよりも長く、連邦軍のガンキャノンと同じか、それ以上とも言われている。

 

しかし、ボールを倒すのに何もボールと同じ射程である必要は無い。例えばザクの機動力と運動力ならばボールの遠距離攻撃を交わして、一気に接近戦に持ち込む事だって可能だ。

事実、ザクがその戦法を用いて、遠距離攻撃を仕掛けてきたボールを多数返り討ちにしたという報告だってある。ボール相手に効果的な戦法が裏付けされているのであれば、積極的に応用するべきだ。

 

「ミューゼからザクが発進します!」

 

その考えはミューゼで指揮するハミルトン大尉も同じだったらしく、敵の攻撃を受けて直ちにムサイ艦からザク四機が発進する。発進したザクはボールの居る方角に向かって全速力で向かって行く。

ボール小隊もこちらに向かって来る敵のザクを確認したらしく、後退をしながら迫り来るザクに向けてキャノン砲で応戦を試みる。しかし、先にも述べた通り、ザクの高い機動性と運動力ならばボールのキャノン砲を避けるなど造作もない。

ヒラリヒラリと蝶のようにキャノン砲の砲弾を華麗に交わし、ある程度距離を詰めたら蜂のようにマシンガンをボールに叩き込んで瞬く間に撃破していく。

 

ザクがミューゼから発進し、ボール三機を撃破するまでに掛かった時間は僅か五分強か6分弱程度。遠くに起こった三つの閃光が戦いの終結を物語っており、メーインヘイムとミューゼからその光景を見た者達はあっという間に終わった戦闘に呆気なさを感じる一方で、ジオンと連邦の技術力の差を改めて実感するのであった。

 

しかし、万が一の事態に備えて出撃を見計らっていたオッゴのパイロット達は前者の気持ちが圧倒的に強く、肩透かしを食らわされたかのような気分を味わってしまった。

特にエドなんて敵の奇襲を受けてオッゴに乗り込み、いざ発進する気満々だったが突然の戦闘終了の報を聞き、唇を尖らせて実に残念そうな表情を浮かべる有り様だ。

 

「何だよ!? もう終わったのか!?」

「残念だったなぁ、エドやん。折角のオッゴの見せ場が無くってな」

「ちぇっ、MPの相手はMPでしてやろうと思ったのによー」

「ははは、嫌でも今度があるさ。今度がな」

 

頑張って出撃準備したエドの努力も無駄に終わり、近くに居たやや年配の整備員も子供をあやす様な軽い笑みを浮かべてエドを宥める。また今度がある……そう告げた矢先だった。

 

再度、轟音と共に船体を激しく揺らす震動が襲い掛かって来たのは―――。

 

「な、何だ!? 敵は倒したんじゃないのか!?」

『敵襲来! 左舷方向にボール三、サラミス一!』

「さっきの部隊とは反対の場所に!? あのボール達は囮だったのか!?」

 

戦闘が終わったかと思われた矢先に、敵の襲撃を三度伝えるオペレーターの緊迫感溢れる声が耳を劈く。しかも、今度は先程壊滅させられたボール小隊とは正反対の方向からだ。

今の攻撃のタイミングから察するに、恐らく先制攻撃を仕掛けたボール達は特別支援部隊が保有するMSを誘き寄せる単なる囮だったのだろう。遠距離からチマチマと砲撃を行っていたのも、敵MSを可能な限り艦から引き離し、第二波による本命の奇襲を成功させる為の時間稼ぎだ。

現にこの時点で囮役のボール部隊を撃破したザク小隊も敵の二段構えによる奇襲に気付いたようだが、今から急いで戻っても艦を防衛出来るかどうか危うい。しかも、敵はボールだけでなくサラミスさえも居るのだ。無防備に近い装備の上に脆弱なメーインヘイムには危険過ぎる相手だ。

 

ミューゼも砲塔を回頭して接近してくるボールやサラミスにメガ粒子砲による砲撃を敢行するが、いかんせん相手の位置が悪かった。敵はほぼメーインヘイムの真横の方角におり、メーインヘイムから少し前に先行しているミューゼの位置からではメガ粒子砲を当てられない。

砲撃を行いながら急いで艦船そのものを連邦軍に向けようとするが、既にサラミスとボールは有効射程に二隻を捉えたらしく容赦なく艦砲とキャノン砲による砲撃を仕掛けてくる。

ミューゼは兎も角、メーインヘイムからすれば敵に対してガラ空きの脇腹に撃って下さいという無様なアピールをしているようなものだ。

 

「メーインヘイム中隊、出るぞ! 正面ハッチを開けろ!! 左舷の部隊は後部から出ろ! この位置から前に出ると敵の砲撃の餌食だ!」

『了解!』

『ハッチ! 開きまぁす!!』

「ネッド・ミズキ少尉、出るぞ!」

 

このままメーインヘイムの格納庫に座しているのはやられるのを待つのに等しい。そう判断したネッドは直ちに出撃の指示をオッゴ隊に伝えた。直後に右舷のハッチが開き、先頭に居たネッドのザクが発進する。

彼の後に続き義体部隊に所属していたパイロットが乗るオッゴが五機発進し、続けて左舷格納庫の後部からもエドが所属するヤッコブ隊のオッゴが五機発進する。

 

この時点で既に数はこちらが上になったのだが、そこで敵は動きを止めて砲撃に力を注いだ。ボールが苦手とする接近戦を避け、遠距離のみに絞り込み被害を少なくしつつ相手の出血を強いる。ボールの機体特性を考えれば、その戦い方は強ち間違ってはいない。

現にオッゴ達が有効射程に敵を捉える前に、サラミスとボールの二重砲撃によって三機撃墜されてしまった。総合性能ではオッゴに軍配が上がると言えども、所詮はMSに劣るMPだ。向こうのボールが長所を活かした戦法で挑んできたら、勝負は五分五分になってしまう事が今回の戦闘で明らかとなった。

 

しかし、三機撃墜されたところで数ではまだこちらの方が上だ。そしてオッゴ達も遂に射程にボールとサラミスを捉え、反撃を開始しようとした。だが、そこで急に通信機からオペレーターの慌ただしい声が飛び出てきた。

 

『ネッド隊! 戻って来て下さい! メーインヘイムの前方から敵の増援と思われる部隊が近付いて来ています!』

「何だと!?」

 

オペレーターの声を聞いてザクの頭部だけをメーインヘイムの前方に向けると、確かに前方に艦船と思しき光が二つ確認出来た。連邦軍の支配下に置かれている宙域から現れたという事は、間違いなく敵の増援と見るべきだろう。

だが、ネッドにとってこれは極めて厄介な事となった。ミューゼ隊のザクは戻って来れていないし、ネッド達も敵と戦闘に入ったばかりだ。完全に敵の策略に乗せられてしまい、味方の艦が無防備な状態に陥ってしまった。

敵の機影を確認するや予備機として待機していたオッゴが一機残らずメーインヘイムから発進されたが、オッゴ達だけで敵の艦船二隻とそれに搭載されているボールを相手にするのは少し荷が重い。

 

敵艦がメーインヘイムとミューゼを射程に捉える前に、最初に出撃したザク達が戻って迎撃するのもギリギリ間に合うか間に合わないか……という際どい所だ。

ネッドもすぐさま母艦の防衛の為に機体を反転させたかったが、ここで敵部隊に背を向けるのは自殺行為であると彼自身が重々理解している。

また此処で母艦の護衛を最優先にして敵部隊を倒さずに放置すれば、この敵部隊は前進を再開し、どの道戦う羽目になる。何より最悪のケースはメーインヘイムとミューゼが前方と左舷に展開している連邦軍の射程に捉えられ、十字砲火に晒されてしまう事だ。どんな頑強な船でも挟み打ちや十字砲火などの集中攻撃を受ければ一溜まりもない。

 

そういった危険性を取り除く為にも一刻も早く敵部隊を全滅させて母艦に戻らなければとネッドが焦る気持ちを抱いた、正にその時だ。敵と戦っている最中に前方から近付きつつある敵艦にモノアイを向けた時、三つの閃光がやや左斜め後方から敵艦に向かって走るのを見た。

 

「……MS?」

 

最大望遠でも閃光の正体が分からなかったから自信無さ気に呟くが、閃光の速さや大きさ、何より戦闘機では到底真似出来ない高い運動性と機動性を兼ね合わせたような動きをしている。これらの要素を総合すれば、やはり考えられる可能性はMSしかない。

そして三つの閃光から攻撃と思われる弾丸の軌跡が見え、全てが二隻の内の一隻に集中的に浴びせられる。次の瞬間、前方に眩い閃光が生じたのを敵味方の双方が確認し、一瞬だけだがこちらの戦闘が止まった。

 

「前方から来ていた敵艦が……落ちたのか!?」

『味方が来てくれたのか!?』

『良かった! 俺達の母艦が……俺達は助かったんだ!』

 

この突然の味方の増援は追い込まれつつあった特別支援部隊に希望を与えるのと同時に、失い掛けていた士気も取り戻してくれた。対する連邦軍は突然の敵の増援に足並みを乱し出し、その隙を突く形でネッド達は一気に攻勢に出た。

 

そして十分程度で戦闘は終了した。ネッド達が相手にした敵部隊は全滅、前方から接近していた連邦の増援も味方の増援とミューゼ隊のザクの手によって殲滅された。

 

一時はどうなるかと思われた戦いではあったが、漸く全てが終わるとダズは背凭れに勢い良く凭れ掛かり安堵の溜息を吐き出した。

 

「ふぅー、何とか……切り抜けたか……」

「増援のおかげですな。しかし、一体何処の部隊からでしょうか……」

 

敵の攻撃を受けてから応援要請を出したが、この時間帯で地球軌道上を活動している部隊はいない筈だ。また応援要請を出したのも敵の攻撃の第三波が確認出来た矢先、つまり要請を出してから味方の応援が来るまでの時間が余りにも短過ぎる。

ウッドリーが不思議そうにそう呟いた矢先、その増援部隊がメーインヘイムの方へ近付いて来た。そして増援の姿がメーインヘイムのモニターに映し出されたのを見て、増援としてやって来た彼等が何処の部隊なのか瞬時に理解した。

 

「あれは……ヅダ!」

「そうか、603技術試験部隊の者達か! 成程、道理で……!」

 

特別支援部隊の危機に駆け付けてくれたのは、今ジオン国内のTVコマーシャルで話題となっているヅダの試験運用を任された603技術試験部隊であった。

 

確かに彼等ならば地球軌道上付近でヅダの運用試験を行っていてもおかしくはなく、また彼等が技術試験部隊だったという点も幸運であった。

603技術試験部隊などのMS開発に関わる試験部隊は他の部隊とは違い、活動内容や試験を行う場所などは一般部隊に伝えられていない場合が多い。今回だって特別支援部隊は彼等がこの近くでヅダの試験を行っているとは全く知らなかった。つまり偶然によって生まれた幸運のおかげで彼等は助かったと言っても過言ではない。

 

「艦長、ヅダ一号機のパイロットから入電。『こちら、603技術試験部隊所属ジャン・リュック・デュバル少佐。応援要請を受けて急行せり』……との事です」

「そうか、ならば返信を頼む。“こちら特別支援部隊メーインヘイム艦長ダズ・ベーリック少佐相当官、貴官等の支援に感謝する。603技術支援部隊の任務の成功を心から祈る”」

 

向こうからの電報に対し、こちらからも返信をすると三機のヅダは敬礼を返してその場を後にした。噂に恥じぬ性能を披露したヅダの一件は瞬く間に特別支援部隊の中で時の人ならぬ時のMSとなり、一時の間だけヅダブームが彼等の間に広まったそうだ。

 

だが、どんなブームにもやがて終わりと言うものが訪れるものだ。彼等の間でブームとなったヅダにその終わりが訪れたのは、一ヶ月も経たない翌月の11月上旬の事であった。

 

 

 

「今回の任務は地球軌道上付近で待機……か。何が起こるのか分かりませんな」

「しかし、何かが起こるかもしれないから上層部は我々に此処での待機を命じたのだろう」

『ええ、ですが何時まで待機していれば良いのか分かりませんな』

 

11月8日、上層部から特別支援部隊に『地球軌道上付近で待機せよ』という具体的に何をするのかも示されていない大雑把且つ奇妙な命令が伝えられた。命令なのだから逆らう訳にはいかないが、この命令の意図が全く見えないので最初は頭を傾げるばかりだった。

しかし、少し頭を傾げた所で彼等はすぐに思い当たる節を見付けた。それは地球上で行われている連邦軍の一大反攻作戦『オデッサ作戦』と呼ばれる大規模戦闘についてだ。

 

ヨーロッパにあるオデッサには豊富な地下資源があり、開戦したばかりの頃にジオンが降下作戦による電撃戦で最初に占領した地球上の拠点としてでも有名だ。

地球にしかない豊富な地下資源を多数保有するオデッサは戦争の長期化を決定付けられたジオンにとって絶対に欠かせられぬ極めて重要な拠点となった。それ故に連邦軍は地球上のジオン勢力を排除する為の第一歩として一大反攻作戦の舞台をオデッサに決定した。

 

今、特別支援部隊が見下ろしている地球のヨーロッパ方面、特にオデッサでは連邦軍の猛攻撃と、それに耐えるジオン軍の激しい戦闘が繰り広げられているに違いない。そして彼等が此処に待機しているのは万が一の事態に備えての事だろう。

 

『まさか我が軍が連邦軍に負けるのを想定して、我々を此処に配置したのでしょうか?』

「そう考えるのが妥当だろうな。そうでもなければ、こんな開店休業のような任務を与えはしないだろう。何時もだったら、今頃厳しい任務の一つや二つを私達に命じている筈だよ」

『それもそうですな……』

 

もしオデッサでジオンが敗北すれば、オデッサに残されたジオン兵達は連邦軍に降伏するか、連邦の追撃を掻い潜りオデッサから脱出するしか選択肢は残されていない。後者を選んだ場合、彼等が逃げられる場所と言えば東南アジア方面かアフリカ方面、大西洋を渡った先にあるキャリフォルニア、そして宇宙だ。

恐らく特別支援部隊が此処に派遣されて待機するよう命じられたのも、連邦軍に敗走して宇宙へ逃げてくる友軍の救助に備えての事だろう。

戦争と言うものは常に最悪の事態も想定しなければならないのだが、ジオンが連邦軍に負ける姿をハミルトンは想像したくなかった。メーインヘイムのモニター画面に映されるハミルトンの表情は若干暗く、ダズやウッドリーも彼の心境を容易に掴めた。

 

「兎に角、今はまだ待つしかない。ここからではオデッサの戦況なんて全く分からないからな。地上軍からの報告か、上層部からの命令を待つしかあるまい」

「そうですね。現状を維持しつつ、万が一の事態に備えてパイロット達には今の内に十分な休息を与えておきましょう」

『了解した、ミューゼの方でも兵達を休ませる事にしよう』

 

そこでミューゼからの通信が切られ、モニター画面に映されていたハミルトンの顔も消えてしまった。

 

「ハミルトン大尉、ジオンが負けるなんて有り得ないって顔をしていましたね」

「彼は両脚を失いながらも義体部隊という義勇隊を軍に作って貰ったのだ。それだけに愛国心も強いし、その分祖国の絶対勝利を信じ、望んでいるのだろう」

「ダズ少佐は如何なのですか?」

「私か? 私だって祖国の愛国心や忠誠心は人並には持っているつもりさ。しかし、それと戦争の勝ち負けは別だよ」

 

愛国心や忠誠心だけでは戦争に勝てないというダズの意見は尤もであり、それにウッドリーも同意見だったからこそ無言で相槌を打ってくれた。

 

その翌日の11月9日、事態は大きく動き出した。しかも、その事態の急展開を伝えたのはジオン軍ではなく、敵である連邦軍からのプロパガンダ放送によるものであった。

 

『ジオン公国の皆さん、先日は素敵な情報を送って下さり有難うございました。お礼にこちらからも素敵な情報をお返ししましょう』

「何だ、コレ?」

「連邦軍から発信されているプロパガンダ放送だそうだ」

「一体どんな情報を流すんだ? 連邦軍の新戦車の情報でも教えてくれるのかよ?」

「はははっ! そんな情報を俺達に寄越して意味があるのかよ!?」

 

TVから流される連邦軍のプロパガンダ放送の映像は地球全土のみならず、軌道上付近に居た特別支援部隊の所にも届けられていた。艦橋のモニターだけでなく、パイロット達の憩いの場でもある艦内の食堂のTVにまでプロパガンダ放送は流されている。

しかし、敵のプロパガンダ放送という事もあり誰も真剣に見ちゃいない。単なるコケ脅しか、悪質な嫌がらせ程度の内容だろうと誰もが多寡を括っていた。

 

ところが、そのプロパガンダで最初に出てきた話題は他ならぬ、特別支援部隊を救ってくれたあのヅダについてだった。

 

『君達が新型主力MSと謳っていたヅダですが、ジオンに居る協力者に聞くところによると、このヅダは次期主力MSの座を巡ってザクに敗れた経緯を持っているポンコツだそうです』

「え? どういう事だ?」

「ヅダは新型じゃなかったのか?」

「連邦軍の言う事なんか真に受けるなよ!」

 

連邦軍が流したプロパガンダ放送にメーインヘイムの搭乗員やパイロットの間に少なからず動揺が走る。それもそうだ、何せ彼等にとっての英雄とも呼べる機体が実は主力でも何でもない単なる欠陥機などと言う事実は認め難くもあり、もし事実であればショック以外の何物でもない。

最初の先制ジャブを受けただけで動揺が走ったというのに、その後も連邦のプロパガンダ放送から次々と出てくるヅダの裏側を知り、彼等の中にあったヅダという信仰心は徐々に崩れていく。

 

『ザクにも劣る欠陥品を新たな主力と偽る! これがジオンという欺瞞の集団のやり方なのです! しかし、オデッサが我が連邦軍の手によって取り戻された今、ジオンはこのような手段に頼るしか道がないのでしょう!』

「オデッサが連邦軍の手に!?」

「オデッサは陥落したのか!? 情報は何も入っていないのか!?」

「落ち着け! これも俺達を動揺させる為のプロパガンダかもしれないぞ!」

 

プロパガンダ放送が終わる直前で漸く本命であるオデッサ陥落の話が入るや、兵士達の間に広まっていた動揺は一気に混乱へと変化した。ネッドや落ち着きのある兵士は取り乱したりはしなかったが、若い兵士は感情に任せて慌てふためいてしまう。

そうこうしている間に連邦軍のプロパガンダ放送は終了し、兵士達の間に嫌な沈黙が流れる。だが、プロパガンダが流れた後も上官から何も命令は伝わって来ない。やはり単なるプロパガンダだったのか、それとも………。

 

どちらの言い分が真実なのか分からず不安ばかりが兵士達の胸中に渦巻き、気持ち悪さと息苦しさの両方が同居する。このまま何事もなく、単なるプロパガンダとして終わってくれる事を祈った。

 

しかし、その願いはプロパガンダ放送が終わって一時間後、緊急を知らせるアラームによって打ち砕かれた。

 

『総員、第一級戦闘配備! 本艦はこれより地球軌道上へ向かう!』

 

地球軌道上へ向かう……この一言が両軍どちらの言い分が真実なのかを物語ってくれていた。オデッサでの戦いは連邦軍が勝ち、ジオン軍は敗北したのだ。

恐らく、あと数時間以内に軌道上にはオデッサからHLV等で脱出してくるジオン軍で溢れ返るに違いない。そして連邦宇宙軍もオデッサから敗走してきたジオン軍を見逃すどころか、追撃のチャンスとして攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

容易に想像出来る撤退戦の光景に兵士の誰もが沈黙し、重々しい空気が流れ始める。だが、そんな空気を振り払うように一喝したのはメーインヘイム隊の隊長を務めるネッドであった。

 

「お前等! 戦う前から気持ちを落としてどうする! オデッサの一戦で全てが終わった訳じゃない! 戦争はまだ続いている! そして俺達にはまだ地球から脱出する友軍を救出するという大事な任務が待っているんだ!」

「隊長……」

「落ち込むのは戦争に負けてからにしろ! 今はまだ気持ちを強く持て! 良いな!」

「……了解!」

 

ネッドの一喝で凹んだ心は完全に修復されたとは言い難いが、それでも落ち込んだ気持ちに活力を注入して貰ったのは無駄ではなかった。殆どの隊員は落ち込んだ気持ちを切り替えて、これから起こるであろう苛烈極まる友軍の救出作戦に意識を向けるのであった。

 

そしてメーインヘイムは針路を地球軌道上へ向けて進み始めると間もなくして、地球から脱出して来たと思われる戦艦と遭遇した。ジオン軍の艦船の中では唯一と言われる大気圏突入と離脱、大気圏内での巡航が可能なザンジバル級だ。

 

「ザンジバル級……噂に聞いていた最新鋭の艦か。しかし、あの一隻だけでオデッサの兵士全員を乗せられるとは考え難いな」

 

ダズも初めて目にするザンジバル級の戦艦に興味を持った目を向けるが、その興味の大半は戦艦そのものではなく一隻のみという事実に向けられていた。

恐らく、あれに乗ってオデッサから脱出してきたのは上級士官や基地司令官と言ったジオングの中でも特権を持った一握りの上位軍人だけだ。そしてザンジバルの格納庫にはジオンを少しでも長生きさせようと、オデッサで採掘された資源を満載しているに違いない。

 

「艦長、正面のザンジバル級戦艦マダガスカルより入電です。『本艦はこれよりジオン本国へ帰国する。貴官等は引き続き、オデッサから脱出してくる地上部隊の救助にあたれ』……以上です」

「……了解したと返答しろ」

「はい!」

 

事前に準備していたとは言え、救援に駆け付けた特別支援部隊に対しザンジバルからは感謝の欠片もない電報が伝えられる。それどころかザンジバルからの電報は感謝どころか、命令そのものだ。

向こうの通信に対しダズは怒りを抱かず、淡々とした態度で命令を受領するのであった。一方のウッドリーはあからさまに不満気な表情を浮かべ、ミューゼとメーインヘイムの真横を通り過ぎていくザンジバルを睨み付けた。

 

「全く、敗走したくせに何ですかあの態度は! 一体自分達を何様だと思っているのか……!」

「怒るな。どの道、彼等はオデッサ基地を放棄した責任を取らされるさ。それに恐らく、向こうのザンジバルに乗っているのはオデッサ基地司令官のマ・クベ大佐だ」

「マ・クベ大佐……キシリア閣下の腹心ですか……」

 

オデッサ基地の司令官を務めていたマ・クベ大佐の話はダズ達の耳にも届いている。キシリア閣下の腹心であり、彼女に対する忠誠心は他の者よりも抜きん出ているという噂だ。しかし、その忠誠心は良い意味と悪い意味の両極を兼ね合わせた忠誠心だ。つまり、キシリアにとって有益になるのならば、どんな悪手でも平然とやってのけるという事だ。

 

キシリアの腹心と言われるだけの事もあり、頭が切れる上に軍事と政治の両方に精通している人物だ。それ故にマ・クベはキシリアからは重宝されており、マ・クベ自身もそれを重々承知している。

ザビ家の人間に認められているという事実はマ・クベの武器であり、彼のプライドを高めるのには充分であった。しかし、今回のオデッサでの大規模戦闘でマ・クベが指揮するジオン軍は敗退した。重要な拠点を連邦軍に奪い返された責任を取らされるのは必至だろうし、キシリアからの信頼も失墜するだろう。

 

それを考えれば彼の今後は惨めであり、特別支援部隊や他の部隊に対しデカイ顔をしていられるのも今の内だ。未だに自分がザビ家に近い上位軍人だと思い込んでいるマ・クベ大佐に対し怒りを抱くどころか、寧ろ憐れみさえ感じてしまう。

 

「マ・クベ大佐の乗るマダガスカルならば、後は自力でサイド3まで帰還出来るだろう。我々は地球から脱出してくる残存兵の救助へ向かう!」

「了解しました!」

 

 

 

特別支援部隊が地球軌道上に辿り着いた時、そこはまだ静かな水面が広がる海のように穏やかであった。敵も味方も居らず、宇宙デプリが少し漂ってはいるが、真下に青々と輝いている地球の美しさで十分に帳消しに出来る。

しかし、この美しさを堪能出来る時間も残り僅かだ。後少し経てば、この軌道上にはオデッサから脱出してくるジオン兵で溢れ返り、そこを狙う連邦軍と激しい戦闘になるのも目に見えている。

 

「周囲の警戒を怠るな! 何時、脱出してくる部隊が出てくるのか分からんのだからな!」

「了解!……! 艦長、1時の方向に艦船の反応あり!」

「連邦軍か!?」

「………いえ、これは友軍です! 603技術試験部隊のヨーツンヘイムです!」

 

敵ではなく友軍だと分かった時、一同の心に安堵が生まれるがそれも一瞬だけだ。すぐにオペレーターは警戒心を抱き、レーダーと睨めっこしながら周囲の反応を調べる作業を再開させる。

 

「ヨーツンヘイムか。マルティンの所属する603部隊も命令で駆け付けたのだな」

「そう言えば、ダズ少佐はあちらの艦長の同僚でしたっけ?」

「ああ、客員商船で汗水流して働いていた頃からの付き合いだ。今では互いに軍に接収されて、汗水働く有り様だ」

 

懐かしい友人の話をウッドリーから振られ、ダズの表情に少しだけ綻びが表れる。しかし、綻びが生まれたのとほぼ同じタイミングで軌道上に彼等が危惧していた変化が起こった。

 

「艦長! センサーが感知しました!」

「!! 来たか!?」

 

オペレーターの一言で任務に引き戻されたのと同時に、ダズの緩んだ表情が心と共に引き締まる。そしてメーインヘイムのモニター画面に映し出された軌道上に目を遣ると、そこには一つだけ反応が表示されていた。

 

「あれは……HLVか!」

「しかし、一つだけ?」

 

センサーの反応に引っ掛かったのは物資の打ち上げなどで使用されるHLVと呼ばれる大型シャトルだが、画面に映し出されていたのは一つだけだ。まさか脱出出来た残存部隊は、このHLV一台だけなのだろうかという不安もあったが、それも次の瞬間までであった。

 

「待って下さい! 反応はまだ増えます!」

「むぅ…!? これは!?」

 

最初は一つだけかと思われたHLVの表示が2~3秒後には五十、いやそれ以上の数にまで一気に跳ね上がった。言うまでもなくモニターに表示されている全てのHLVにオデッサから撤退して来た兵士が乗っているのであり、今から彼等を救出するとなれば一苦労どころじゃない。特別支援部隊が設立されて以来、初となる大仕事だろう。

 

「何て数だ! これだけの数を……全てを救出するのですか!? いや、救出出来るのですか!?」

「救出するしかあるまい。彼等は宇宙に脱出してくるだけでも命懸けだったのだ。命辛々、此処まで辿り着いた友軍を見捨てる訳にはいかない。連邦軍も疲労困憊となった彼等を看過しないだろう。連邦軍の攻撃に晒される前に、一人でも多くの兵達を助けるのだ!」

「……了解しました! オッゴ隊及びMS隊を全部出せ! HLVの救出中に連邦軍と戦闘になる可能性が高い! 強力過ぎる火器はHLVに危険を及ぼす! オッゴはサブウェポンを取り外し、マシンガン装備だけで出撃させるんだ!」

「了解しました!!」

 

HLVはあくまでも物資や人員を打ち上げる専用のシャトルであり、マスドライバー等のHLVを打ち上げる為の施設があれば宇宙に上がる事は出来るが、宇宙に出た後は自力で巡航する事は出来ない。

また救出中に連邦軍と戦闘になれば無数のHLVの間を掻い潜っての混戦になるのは必至であり、そんな誤射を引き起こし易い状況下でバズーカなどの強力な武器を使える筈がない。もしザクバズーカで誤射を起こせば、脆弱なHLVは一撃で沈んでしまう。だからウッドリーは友軍の危険度を少しでも減らす為に、オッゴの武装変更を命じたのだ。

 

今のHLVは言い換えれば海に漂うブイも同然であり、動く事もままならない格好の的でしかない。それを狙って来る連邦軍からHLVを守るためにも、一分一秒でも早くHLVを回収し、中に乗っている兵士達をメーインヘイムへ移さなければならないのだ。

 

そしてメーインヘイムとミューゼからザクとマシンガン装備のオッゴ達が間を空けず次々と発進していき、近くのHLVに接近し牽引用ワイヤーを用いてメーインヘイムやミューゼへHLVを牽引していく。牽引した後、艦船とHLVの搭乗口を接続すると中に乗っていた搭乗員が安堵と喜びに満ちた顔でメーインヘイムやミューゼへ傾れ込んでくる。

しかし、一つのHLVには何百という数の兵士が乗っているのだ。一つ一つをこの方法で収容していては終わるのに何時間掛かるか分からない。艦船を接続する直接的な収容だけでは手が足りず、更にランチと呼ばれる宇宙バスのような乗り物も駆り出して、艦船とHLVを往復させて一人でも多くの兵士達を収容していく。

 

「収容した者の中で負傷している兵士が居たら医務室へ運ぶんだ! 空になったHLVはすぐに切り離せ! ランチの方も事故を起こさないよう細心の注意を払えよ!」

「ヨーツンヘイムの方はどうだ!?」

「向こうも同じく救助活動に入っています!」

「うむ……しかし、MSが発進した様子は見られないか」

 

HLVの牽引などではMSやMPの力は大いに役立つのだが、第603技術試験隊に所属するMSヅダが発進した姿は今のところ確認されていない。精々、こちらが使用しているランチが数台発進して収容に全力を注いでいるぐらいだ。

ヅダが出て来ないのは整備中だからか、或いは連邦が流したプロパガンダの情報が正しかったかのどちらかだ。どちらにせよ今回はヅダの雄姿に期待するのは止した方が良さそうだ。

 

「艦長! 地球から更に打ち上げられる物体あり! 我が軍の帰還船です!」

「何だと!? こんな所に突っ込んで玉突き事故を起こす気か!? 総員ショックに備えろ!!」

「来ます!!」

 

オペレーターの必死な叫びが艦橋に響き渡り、モニターに目を遣ると同時に地球から打ち上げられた帰還船が無数に散らばるHLVの中へ突っ込んでいく姿が映し出されていた。帰還船には複数の破損や凹みが見られ、敵の攻撃に晒されながら逃げてきたのが容易に想像出来る。

どうにか敵の攻撃から逃げ切って宇宙へ上がったのだが、敵に受けた攻撃のせいで既に帰還船は操作能力を失われていた。ぐるんぐるんと回転をしながらHLVに激突した直後、激突したHLV諸共爆散し消滅した。

 

帰還船とHLVを失っただけでも何百という兵士が死んだ。その事実だけでも酷い話ではあるが、悲劇はまだ終わらなかった。爆発した際に帰還船やHLVの破片が高速で飛び散り、周囲のHLVにも被害を及ぼしたのだ。

破片で切り裂かれたHLVからパイロットスーツも来ていない生身の兵士が宇宙空間に投げ出され、破片がエンジン部に命中し爆発の連鎖を引き起す等、一気に軌道上は地獄絵図へと変貌した。

 

『うわああああ! 人が! 人がぁぁぁ!!!』

『爆発に巻き込まれるぞ! 離れるんだ!!』

『どうすりゃ良いんだ!? 畜生!!』

 

救助に当たっているオッゴ隊やMS隊の目の前に生身の死人が波に飲まれるように流されていき、中には破片を受けたのか腸を撒き散らしている人間だった肉塊さえもある。誰だってこんな状況を目の当たりにすれば混乱するのも当然だ。しかし、混乱すれば尚更救助に悪影響が出るというものだ。

 

『落ち着け! 死体は無視しろ! 今は無傷のHLVだけを助けに――――! メーインヘイム! 連邦軍が来たぞ!!』

「やはり来たか! MS隊は敵の迎撃に回れ! オッゴ隊は救助を続行するんだ!」

 

隊長であるネッドが混乱する各員に落ち着くよう説得する最中、偶々彼の機体のセンサーが連邦軍の接近をキャッチした。この好機を見逃さない連邦軍の行動は案の定であったが、このような混乱の中での襲撃は特別支援部隊からすればバッドタイミング以外の何物でもない。

ダズの命令に従いネッドを筆頭にミューゼ隊も加わり、五機のザクが連邦軍の迎撃に向かう。敵は幸いにも以前と同じボールが六機だ。数はほぼ互角であり、性能はこちらが遥かに上。十分に勝機はある。

しかし、連邦軍もザク相手にボールでは荷が重い事は重々承知済みだ。そこで彼等はザクの相手はせずに、一機ずつバラバラに散開して攻撃能力の無いHLVのみに狙いを絞った。

ボールのキャノン砲は只でさえ強力であり、威力だけならばザクバズーカと同等かそれ以上だ。しかも貫通力も高く、HLVの装甲を呆気なく貫通してしまう程だ。

 

キャノン砲を受けたHLVは激突した時と同じく爆発を引き起こし、中に乗っていた兵士達は宇宙空間に放り出されるか、爆発の炎に焼かれて死んでいく。その光景を見たネッドは仲間を救えなかった悔しさと連邦に対する憤怒で牙を鳴らす。

 

「くそったれ! 各機、連邦軍にこれ以上好き勝手させるな!!」

『了解!!』

 

ネッドの命令を合図にザク五機は展開し、散開したボールの確固撃破を試みる。一対一ならばボール如きはザクの相手ではなく、義体部隊のパイロットでも容易に撃墜する事が出来た。

だが、連邦のパイロットもボールの低い性能を補う為にHLVの間を掻い潜りながら攻撃を仕掛けるなど、HLVを盾代わりにするような戦法を取ってくる。卑怯かもしれないが戦争となれば、限られたルールで何でも利用するのは当たり前の事だ。

HLVを守る立場であるネッド達にとって敵にこのような手段を取られれば戦い辛い事この上なく、味方のHLVの安否を危惧して攻撃する事さえままならない。

そこに追い打ちを掛けるように連邦軍は質で劣るのならば数で勝負だと言わんばかりに更にボール6機を追加で出してきた。しかも、6機ともMSの護衛も無しに収容活動を行っているヨーツンヘイムへと向かって行く。

 

『隊長! 更にボールが来ます! このままでは被害を防ぎ切れません!』

「くそ! 手が足りん上に戦い辛い!!」

 

質では勝っていても、護衛対象がこうも多ければ数で勝る連邦軍が有利だ。このまま連邦軍の数に押し切られてしまうのか……敗北さえも覚悟した正にその時だ。

ヨーツンヘイムから三機のMSが発進し、増援として押し掛けようとしていたボール6機を瞬く間に撃墜してしまう。更に三機はネッド達の頭上スレスレを高速で通り抜け、余りの速さに目では追えずモノアイが捉えた静止画像で確認すると、それは先程の連邦軍のプロパガンダで欠陥品と暴露されたヅダであった。

 

『ネッド少尉! ヨーツンヘイムからヅダが発進したようです!』

「何!? 連邦のプロパガンダで欠陥品だと言われたばかりじゃないのか!?」

 

ヅダの姿を確認した直後、メーインヘイムのオペレーターからもヨーツンヘイムからヅダが発進したとの報告がネッドの耳に入る。

しかし、ヅダは連邦軍のプロパガンダによれば明らかな欠陥を持った不完全な機体だ。果たしてヅダが欠陥を抱いたまま何処まで性能を発揮出来るかは不透明だ。

されど、一瞬でボール6機を撃墜し、ザクをも上回る高い機動力を見る限り、ザクよりも高いポテンシャルを有している事実に揺るぎはないようだ。何より、一体でも多くの護衛機が欲しいこの状況下では欠陥品だろうと何だろうと戦力になるのならば越したことはない。

 

そして特別支援部隊と第603技術試験部隊の活躍によって、連邦軍のボール部隊を全滅する事に成功した。これで後は友軍の救出に力を注ぐのみかと思われたが、そこで新たな敵影をメーインヘイムが捉えた。

 

『ネッド少尉! 気を付けて下さい! 頭上から何かが来ます!』

「また連邦軍のボールか!?」

 

連邦軍と言えばボールか戦闘機ぐらいしかいない。そんな常識が彼や他の隊員に刷り込まれていた為に彼等は然程危機感を抱いていなかった。

だが、彼等が上を見上げたのと同時に今までのボールの武装とは異なるマシンガンやバズーカと思しき弾丸が降り注ぐ。メーインヘイムやヨーツンヘイムなどの巨大な戦艦を狙っていたのか降り注がれた弾丸の大半はそちらに落ち、残りは防衛任務に付いていたザクや救助活動を続けているオッゴ達へと落ちていく。

戦闘に耐え得るだけの装甲に改造してあった母艦は比較的に軽微な損害だけで済んだが、ザクやオッゴはそうはいかなかった。

救助に専念していた数機のオッゴはマシンガンの集中砲火を浴びせられて爆発し、ミューゼ隊に属していたザクもマシンガンとバズーカの入り乱れた飽和攻撃によって一機が撃墜された。

 

『何だ!? ボールの攻撃じゃないぞ!?』

『注意しろ! 何か来るぞ!』

 

部下の声や第603技術部隊のパイロット思われる聞き慣れない声が飛び交う中、頭上から彼等の間を高速で何かが通り抜ける。その通り抜けた物体をモノアイで追い掛ると、モニターに白と赤を基本色としたMSの姿が映し出された。

丸みの無い直線的な手足のパーツ、ゴーグル型のカメラアイが搭載された頭部、手には体の大半を隠し切れる程の巨大な盾……徹底的にジオン系MSとは異なる設計思想を元に開発されたMSである事は明白であり、誰もがそのMSを一目見て理解した。

 

『あれは……連邦軍のMS!?』

『そんな! 連邦軍がMS開発に成功するのはまだまだ先じゃなかったのかよ!?』

『こんな時に限ってMSが出現するなんて……!』

 

遂にジオン軍が恐れていた未来が現実として表れた。連邦軍もMSの開発に成功し、実戦に投入して来たのだ。今日までジオンが強大な国力を持つ連邦軍と互角の戦況に持ち越せたのもMSの有無が一番大きかったのだが、連邦軍がMSを戦線に投入してきたとなれば最早ジオンの強みは失われてしまったも同然だ。

 

そして連邦軍が開発したMSジムは明らかにザクよりも上の性能を有しているらしく、今見せた加速性や機動性は若干ザクに勝っている。また同じ機体が6機も居る所を察するに、ザクに勝るとも劣らぬ優秀な生産性も持ち合わせているようだ。

 

オデッサでの敗北と連邦軍の新型MSの登場、ジオン軍にとって傷付いた心に塩を塗るような事実が重なり合い士気は低くなる一方だ。対する連邦は一大反攻作戦の成功による勝利に湧き上がり、士気は今尚右肩上がりだ。

此処は一気にカタを付けて、今までやられた借りを返してやろう……そう活き込んでいたかもしれない。しかし、隊長格と思われるジムが味方に攻撃などの指示を出そうとした矢先、デュバル少佐の乗るヅダの放ったザクマシンガンを受けてしまい撃破されてしまう。

それを目の当たりにしたジオン軍は少なからずの安堵を抱いた。例え敵の新型MSでも、上手くやればザクマシンガンで倒せる事が出来る事実をヅダが証明してくれたからだ。

 

デュバル少佐の先手を合図に、戦闘はMS同士によるMS戦へと発展した。因みに人類で初となる宇宙でのMS戦は連邦軍の白い悪魔とジオン軍の赤い彗星が初めてだと言われるが、一個小隊以上の集団規模での戦闘はこれが初めてではないかと言われている。

兎に角、軌道上で発生したMS戦闘はジオンが有利に事を進めた。ジムに比べるとザクの性能は劣るものの、今まで培われた操縦の技量が性能差を埋めて互角の戦いを演じる事が出来た。

また互角になれた最大の理由はヅダの性能のおかげだと言えよう。欠陥機と言われているヅダではあるが、試作機だった頃から性能面ではザクよりも遥かに優れており、十二分にジムと対等に戦い合える程だ。また加速性でもヅダはジムを上回り、彼等をその機動力で翻弄した揚句にシールドクローなどの接近戦に持ち込んで撃破する熟練技を見せている。

 

十分後、連邦軍のジム小隊はヅダの疑いを晴らすかのように尽く壊滅。ヅダの欠陥をプロパガンダ放送で流したつもりが、皮肉にも実戦ではヅダの性能の高さをアピールする結果に終わった。

特別支援部隊のザクも奮闘したが、こちらは無傷のヅダとは違い手足が小破し損傷が激しいのもあれば、ネッドのように盾だけを失う最低限の被害で終わった者も居る。

 

『漸く終わったか……最寄りに居る増援部隊も後少しで来る。特別支援部隊は引き続き救出作業を――――』

『ネッド少尉! 敵の増援が来ました!』

 

敵のMS部隊を潰して漸く一息付けるかと思いきや、再びメーインヘイムのオペレーターがこちらへ接近してくる連邦軍のMS部隊の姿を確認した。

 

『くそっ! ゴキブリみたいに次から次へと湧いて出てきやがって!!』

 

恐らく連邦軍は只単に豊富な物量で敵を押し切るのではなく、少しずつ数を出して相手を疲弊さるという戦法を取っているのだろう。今までだって6機編制のMS及びMP部隊が一定の間隔を空けて攻撃を仕掛けて来ているのがその証拠だ。

一遍に押し寄せて自軍に多大な被害を出して痛み分け的な勝利を得るよりかは、ジオン軍を精神的にも肉体的にも追い詰めて最後はほぼ無傷で勝つという自分達の出血を可能な限り少なくする方法を選んだようだ。

 

このまま連邦軍がチマチマと攻撃を繰り返してくると、本当にこの場を守れなくなる。誰もがそれを危惧した時、デュバル少佐のヅダが突然動き出した。

 

『特別支援部隊並びに第603技術部隊のパイロットは救出活動を続けろ!』

『少佐! 何をする気ですか!?』

『私が囮になって、あの連邦軍の部隊を一手に引き受ける!』

『一人で!? 無茶です!』

『大丈夫だ。このヅダならば、今のヅダならば平気だ……』

 

欠陥を抱きながら平気なんて言える筈がない。誰もがそれを頭に理解していたが、デュバル少佐に面と向かってそれを言える人物はこの場に居なかった。ましてや今のデュバル少佐の声にはヅダが欠陥品である事実に対する不安や後ろめたさは一切無く、この独立戦争にヅダが確かに存在しているのだという事実を喜んでいるかのように聞こえた。

 

この時に一瞬だけ無言の間が空いてしまい、その隙を突く様にデュバル少佐は連邦軍の部隊へ向かって飛び立ってしまった。

 

『デュバル少佐!!』

 

飛び立ったデュバル少佐のヅダの後を、女性と思しきパイロットが乗ったもう一機のヅダも追い駆けていく。

他の隊員達と共に残されたネッドは一瞬デュバル少佐を追い駆けて引き止めたいという気持ちに駆られたが、この場に留まり救助活動を続けなければならないという部隊長としての使命感と、そもそもザクの性能ではヅダに追い付けないという現実から、結局HLVが未だに多く漂う軌道上に留まるしかなかった。

 

その後、連邦軍の増援は軌道上に現れる事はなく、代わりにオデッサから脱出してきた残存兵を救助するべく最寄りの部隊が続々と軌道上に殺到して来た。おかげで救助活動も短時間で終了した上に予想されていた被害も想定を大きく下回る最低限に済み、結果的に大勢の兵士の命が救われた。

 

だが、この戦いで大勢の兵士を救った英雄として真に称えられるべき筈だったデュバル少佐は帰らぬ人となってしまった。連邦軍のMS部隊を最大速度で引き付け、彼等の機体をオーバーヒートさせて暴発させた直後に少佐の機体も空中分解を引き起こして地球軌道上で散ったのだ。

恐らく、最大速度に耐え切れず空中分解してしまうというのが連邦のプロパガンダ放送で言われていた欠陥なのだろう。しかし、この一件以降ジオン公国のTVコマーシャルからヅダの姿は消え、機体に纏わる話も一切が封印されてしまい、空中分解以外に欠陥があったのか、この悲劇を引き起こした本当の責任者は誰なのかは永久に謎のままだ。

 

殿を務めたメーインヘイムがヨーツンヘイムと共に軌道上から撤退する最中、ダズはメーインヘイムの乗組員に対し館内放送でジャン・リュック・デュバル少佐に対し哀悼の意を表して一分間の敬礼を命じた。

あくまでもダズが命じたのはメーインヘイムの乗組員に対してのみだったのだが、メーインヘイムに救助された残存兵も哀悼の意を込めた敬礼を軌道上で散ったデュバル少佐に返した。

やがて一分間の敬礼も終わったが、中には未だに軌道上の方向を悲しげな目や感謝の眼差しで見詰める兵士も居た。

 

そしてメーインヘイムの乗組員が作業に戻ろうとした最中、オッゴのパイロットであるエドはアキに小声で話し掛けた。

 

「なぁ、アキ」

「何、エドくん?」

「ヅダは欠陥品だとか言われていたけど、俺達にとってはヒーローだよな」

「……うん、そうだね」

 

確かに現実から見ればヅダは欠陥機かもしれない。しかし、ヅダが戦場で繰り広げた雄姿に嘘偽りはなく、彼等のような若い兵士にとっては正にヅダとデュバル少佐はヒーローと呼ぶに相応しい存在であった。

 

軌道上での戦いが終わり翌日の宇宙世紀0079年11月10日、ジオン総帥府はオデッサ鉱山基地の放棄を発表した。主戦場が宇宙へ移行するのに備えての事というのが放棄の理由らしいが、明らかに大敗に対する言い訳であった。

 

そしてこの日を境にジオン公国は滅びへの道を一気に転がり落ちていくのであった……。

 




今年の上半期中の完結を目指して頑張っていく所存でございますw


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ソロモン防衛戦 前編

チマチマと頑張っておりまする。今年中の完結……なるかなぁ(汗) 


宇宙世紀0079年12月、この年も残り一ヶ月程で終わりを迎えようとしている中、ジオン独立戦争も終戦に向けて加速しつつあった。念願の独立を夢見たジオン公国の敗北と言う形で……。

先月11月に起こったオデッサの陥落以降、反撃を強める地球連邦軍の前にジオン地上軍は連戦連敗を重ねていった。ジャブロー降下作戦の失敗、キャリフォルニアベース陥落、アフリカ方面軍の敗北……最早地球上のジオン勢力はほぼ全て一掃されたも同然であった。

 

そしてジオン軍は宇宙へ押し寄せて来るであろう連邦軍の侵攻に備え、宇宙に残された拠点で迎撃準備に追われていた。

しかし、地球に取り残されたジオン残党兵も少なくはなく、ジオン宇宙軍が総出で作業に取り掛かるも人手が全く足らず、挙句の果てに学徒兵さえも動員される有り様だ。学徒兵も動員されるのだから、言うまでもなく特別支援部隊も戦線構築の任務を押し付けられて前線へ駆り出された。

戦力としての評価は低いものの、戦線構築を行うのに人手は一人でも多くあった方が良い。そんな上層部の考えもあり、特別支援部隊は連邦軍との大規模戦闘が予想される宇宙要塞ソロモンへ派遣された。12月6日の事である。

 

派遣された当初は援軍として歓迎されるどころか、ソロモンの兵士達に色々と邪険扱いされたものだ。ソロモンの兵士達が彼等を邪険する最たる理由は派閥の違いによるものだ。

ソロモンのジオン兵士はドズル・ザビ中将の麾下であり、特別支援部隊はキシリア・ザビ少将の麾下にそれぞれ所属している。ドズル派の兵士は叩き上げの軍人や武人肌の人間が多いのに対し、キシリア派は知的で当初から特権階級を有したエリート階級の人間が多い。

 

所属する人間のタイプも異なれば、戦闘のスタイルも戦争に対する姿勢も根本から異なる。それ故かキシリア派とドズル派、それぞれに所属する軍人は互いを嫌い合っているという噂もある程だ。その中でも特に有名なのはドズルの部下であったランバ・ラルと、キシリアの部下であるマ・クベの対立だろう。

 

それはさて置き、派閥が異なるとは言えソロモンに着任したばかりの特別支援部隊がソロモンの兵士に邪険扱いされるのはお門違いも甚だしいものだ。彼等は純粋に増援として来ただけであり、彼等と犬猿な仲を演出する為に来たのではない。

しかし、どんな無碍な扱いも特別支援部隊……特にグレーゾーン部隊には手馴れたものだ。一年戦争が始まった頃の上層部の無理難題な命令で死に掛けた、あの時に比べれば邪険など生易しいものだ。

ソロモンの司令部から言い渡される下っ端のような仕事を黙々とこなし、特別支援部隊は徐々にではあるがソロモン兵士達の信頼を獲得していった。

 

『オーライ! オーライ! ストーップ!!』

『衛星ミサイル30・32・35は完成しましたぁ!!』

『出来上がった衛星ミサイルをオッゴでNフィールドへ運んでくれ! それが終わったら今度はSフィールドの砲塔の増設作業に取り掛かれ!』

『ジェイコブ隊に休息を取らせて、代わりにカール隊を作業に取り掛からせろ!』

『おい、手を貸してくれ! 衛星ミサイルのブースターの調子がイマイチなんだ!』

『無理だ! こっちも手一杯だ!』

 

そして特別支援部隊がソロモンへ派遣されてから2週間余りが経過した頃、彼等はソロモン要塞の防衛力強化の作業に従事していた。メガ粒子砲台及びミサイル砲台の増設、衛星ミサイルの建設、宇宙機雷の散布などの後方支援任務だ。

しかし、それでもまだまだ連邦軍を迎撃するには戦力が足らないとソロモン司令部は見ているらしく、おかげで派遣されてから今日に至るまで特別支援部隊は休む暇もなく突貫作業を続けている。

当然、人手は全く足りない。人手の少なさを補おうと24時間体勢で交代を繰り返しながら少しずつ作業を進めてはいるが、それでもやはり限界がある。体に鞭打って無理に作業を続行し、挙句の果てに事故を起こしたりすれば笑い話では済まされない。

 

「今日で二週間……か。丸々二週間も休み無しの突貫作業をすれば、流石に体に堪える……」

「無理はなさらないで下さいよ、艦長」

「君も無理はしないでくれよ、副艦長。これで二人が共倒れになったら監督する者が居なくなってしまうからな」

 

艦長であるダズや副艦長のウッドリーは特別支援部隊の監督と監督補佐という役目もあるので部下達と共に作業を手伝う事は出来ない。こういう時に限って何も出来ずに只待っているだけというのは辛いものだ。

そしてウッドリーから宇宙食用のパックに詰められたコーヒーを受け取り、ストローに口を付けた矢先にソロモン司令部から通信が入ってきた。

 

『特別支援部隊、応答せよ』

「はっ、こちら特別支援部隊メーインヘイム」

『作業の進行状況を報告せよ』

「現時点で異常はなく、作業は順調に進んでいます。砲台及びミサイル発射台の増設は78%が終了、衛星ミサイルも予定の50機まで現在建造中の物を除いて12機を残すだけとなりました」

『そうか。では、現在建造中の衛星ミサイルが完成次第、全作業を中止してソロモン内で待機せよ』

 

司令部からの指示にダズは素直に命令を受け入れるよりも先に驚きの感情を抱いた。自分達に与えられた任務を完遂しないまま、途中で放棄して待機しろ……などという命令は今まで聞いた事がない。

司令部がこのような命令を下すのは、恐らく後方支援などの作業に時間を割くのさえも惜しい状況に追い込まれているという事なのだろう。そして司令部の通信から作業を中断する理由が伝えられた。

 

『偵察部隊が連邦軍の部隊がソロモンの近くで集結しつつあるのを発見した。艦隊等の規模からして連邦軍の主力ではないと思われるが、かと言って今までみたいな強行偵察や挑発目的での集結ではない事は明らかだ。また集結を開始した時期から想定すると、数日中にこのソロモンへ連邦軍が総攻撃を仕掛けてくるだろう』

「それでは衛星ミサイルの製造は尚更の事ではありませんか? 最低でもあと一機以上は作れるかと……」

『いや、貴官の部隊にも防衛戦に参加して貰う。今先程、グラナダからソロモン防衛戦に参加せよという命令が下された。防衛戦は連邦軍と我が軍の戦力差から鑑みて、熾烈を極めるのは明らかだ。激戦に備えて今から少しでも休養を取り、今日まで休み無しで続いた突貫作業の疲れを取ってくれ』

 

ソロモン司令部の言い分は尤もであり、何より二週間丸々働かされた彼等にとって休養はこの上ないご褒美だ。またグラナダの頭でっかちな軍人達とは違い、彼等は兵士の重要性を重く認識している。

これは恐らくドズル・ザビの兵士に対する考え方も反映されているのだろう。ソロモンに良き軍人が生まれるのも納得というものだ。グラナダの軍人にも見習ってほしいものだ……と思うが、軍の面子に傷を付けても勝利を求めるキシリア・ザビにそれを求めるのは無理な話だ。

 

「左様ですか。了解しました、早速部下にも伝達します」

『うむ、少なくとも連邦軍は明日中には攻め込んで来ない筈だ。明後日はどうなるか分からんがな。それでは、頼んだぞ……ああ、そうだ。一つ言い忘れていた』

「は? 何でありましょうか?」

『グラナダから辞令を預かっている。今までの戦績を考慮し、特別支援部隊は各員を一階級昇進とする。また特別支援部隊に補給及び補助兵器を送った。以上だ』

「はっ! 確かに拝命仕りました!」

 

グラナダからの辞令と補給の件を伝え終わると司令部の通信は途切れると、ダズとウッドリーは目を丸くして互いの顔を見遣った。

 

「昇進とは珍しいな。てっきり上の連中には我々の活躍なんて脛毛程に気にも掛けていないのかと思っていたよ」

「私も正直驚きました。しかし、昇進させてやったのだからこれからもキリキリ働けよと暗に命じているのが分かりますね……」

「もしくは昇進で我々を持ち上げて、より一層働かせてやろうとお考えなのだろう」

 

今まで真っ当な扱いを受けて来なかったが為に、昇進と聞いても素直に喜ぶどころか疑いの目を向けてしまう。しかし、所詮昇進は昇進でしかない。素直に昇進の辞令は受け取っておくとして、気になるのは補給と一緒にやってくる『補助兵器』とやらだ。

 

「補助兵器って言いますと……オッゴの事ですか?」

「だったらオッゴなりMPなり言うだろう。そもそも何に対する補助なのか全く聞かされていないのだから見当が付かない」

 

新兵器ではなく、補助兵器と断言していた。補助という事はMSのように主力兵器として前線で戦うのではなく、一歩下がった所から主力のフォローをする兵器であるという事は薄々予想が付く。問題は果たしてそれが一体どんな兵器かだ。オッゴやMPとは言っていないので、少なくともそれではないのだろう。

どのような補助を行う兵器なのか、何故その補助兵器をソロモン要塞の兵士達ではなく態々自分達の部隊へ送ってくるのか。色々と疑問は尽きないが、やはり色々と詮索しても答えは見付からない。

 

「どんな補助兵器かは受け取ってからのお楽しみって事ですかね?」

「楽しみと呼べる代物だったら良いんだがな。これで駄作兵器だったら逆に嫌がらせ以上の悪意でしかない」

「全くですなぁ」

 

楽しみのような恐ろしいような、そんな感情を胸に抱きながらダズとウッドリーは作業中の特別支援部隊に司令部からの伝達事項を伝えるのであった。

 

 

 

 

 

「―――これにて我々の任務は完了とする。明後日から我々の部隊はソロモン防衛の任務に着く。万全な準備をする為にも、パイロットは全員休養をしっかり取るように! 解散!」

「「「はっ!!」」」

 

ソロモン要塞の軍港に停泊していたメーインヘイムの格納庫内にてネッドから解散の号令が下され、特別支援部隊は漸く終わったと言わんばかりに安堵の笑みを浮かべてその場を後にしていく。

しかし、ソロモン司令部からの作業中止の命令を受けた時点でまだ途中だった衛星ミサイルなどの建造で時間が掛かり、結局彼等が解散出来たのは命令を受けて4時間後の事であった。

 

エドやアキ、そしてヤッコブもこれらの激務を二週間、休む暇を惜しんで従事したのだ。尋常じゃない疲労感が彼等の中に溜まっており、もし更に一週間任務が続けば過労死するのではないだろうか。いや、間違いなく過労死していたと思える程に過酷な任務であった。

だが、その悪夢のような任務も(途中ながらも)終わった。漸く手に入った一日の休みは彼等にとって値千金の価値があり、そう思うだけで心が遥かに軽くなる。

 

だからだろうか、エドは気分が軽くなった序にこんな話題を二人に持ち掛けた。

 

「なぁ、部屋に戻る前にメーインヘイムのMSハンガーに寄ってみようぜ。グラナダからの補給で隊長にも新しいMSが受領されたらしいぜ」

「新しいと言っても所詮はリック・ドムだろ? それよりも俺は整備士が噂していた補助兵器とやらが気になるがな」

「補助兵器って何ですか?」

「知るもんかよ、俺だってそれを見ちゃいねぇんだからよ。まぁ、新型MS見る序に補助兵器も見るって事ならば賛成だな」

「へへっ、じゃあ決まりだな!」

 

エドの意見が採用され、三人はメーインヘイムの格納庫に設けられたMSハンガーへと足を運ぶ。そこにはヤッコブが言った通りリック・ドムの姿があった。

 

十字型モノアイレールに重厚なボディ、ザクの何倍もあるベルボトム型の脚部とスカートアーマーと呼ばれる腰部装甲が特徴的なリック・ドム。

このリック・ドムはあくまでも最新鋭の主力MSゲルググが各戦線に配備されるまでの繋ぎに過ぎなかったのだが、そのゲルググの生産が予想以上に遅れた為に暫定ではあるが宇宙軍の主力MSとして抜擢されたのだ。

だが、リック・ドム自体が陸戦用MSドムを急遽宇宙用へ改修しただけの急造品であり、その性能はお世辞にも高いとは言い難いものであった。これはやはりドムの機体設計が陸上などの局地戦で本領を発揮するよう設計されており、ロケットエンジンの換装やスラスターノズルの増加など最低限の改修を施したリック・ドムでは地上とは異なり他を圧倒する性能を発揮出来なかったのだろう。

後継機となるリック・ドムⅡでは急遽宇宙用に改造されたリック・ドムの欠点を克服するべく、元から空間戦闘を意識した宇宙用MSとして開発されており、完成した際には宇宙用MSの名に恥じぬ高性能を発揮している。

しかし、惜しむらくはリック・ドムⅡが完成して、本格的な生産が始まったのは一年戦争末期の頃であった。既に戦争が終戦へと向かう最中の事であり、更にゲルググと配備時期が重なってしまい一年戦争中では目まぐるしい活躍を見せ付ける事が出来なかった。

リック・ドムⅡが活躍の場を得られるのは一年戦争を終えてから三年後の事なのだが、それはまた別の話である。

 

一応このソロモンにもリック・ドムⅡは何十機か配備されているが、それでも主力MSとなるにはまだまだ数が足りず、結局は急造品であるリック・ドムが主力MSとしてソロモン防衛に付くしかなかったのだ。

しかし、それでも統合性能ではザクを上回っているのは事実であり、急造品としてはそれなりの活躍も見込まれる。後はパイロットの腕次第という事だ。

 

それを考えるとネッドにもリック・ドムが回されたという事実は彼の腕前を上も認めているという証拠だ。最も連邦軍の猛攻に追い込まれた今のジオン公国にパイロットや部隊の好き嫌いだけで嫌がらせをする余裕など無い筈だ。但し、派閥争いの方に関しては何とも言えないが。

 

優秀な軍人、戦力として使える部隊が居れば十分な支援を与えて戦って貰う。資源や人材などの台所事情も苦しくなり、様々な方面で追い込まれたジオン公国が取るべき最良の手段はそれしかない。

 

「お前等、こんな所で何しているんだ?」

 

エド達がメーインヘイムのMSハンガーに立っているリック・ドムを見上げていると、突然後ろの方から声を掛けられた。その声に反応し三人がそれぞれ振り返ると、そこにはリック・ドムを受領したネッド少尉の姿があった。

 

「ネッド隊長! 凄いじゃないですか! 新しいMSですよ! リック・ドムですよ!」

「おいおい、凄いってお前な……リック・ドム如きで喜ぶなよ。あれは既に他の部隊へも配備されている量産機だぞ。連邦軍がザクをも上回るMSで攻めてくるのだから、こちらもザクよりも性能が上のリック・ドムで対抗しようというのは当たり前の事だろう?」

「えぇ~、だったら俺もリック・ドムに乗りたいです! もしくはザクに!」

「それは俺に言っても実現しないぞ。言うとするならば上層部にだが、一等兵の……いや、伍長になったお前の言い分を上が聞いてくれるのはゼロに等しいな」

 

未だにMPオッゴに乗り続けているエドからすればリック・ドムだけでなくザクでさえも羨ましいと言うのに、ネッドの現実味が詰まった辛辣な言葉でガックリと肩を落としてしまう。

 

「ですが隊長、リック・ドムの生産も手一杯っていう噂ですぜ? そのせいで新型の生産も遅れているとか……」

「当然だ。地球上でMSの生産が出来る拠点が残されていれば今頃その新型もスムーズに生産されていただろうが、今や完全にジオンは地球から追い出されてしまった。最早我々に残されている生産拠点はサイド3とグラナダ、ア・バオア・クーとこのソロモンだけだ」

「MSを作り上げる技術力があっても、それらを生産する工業力が釣り合わない……という事ですね」

「そういう事だ。今こうしている間も各工場はフル稼働しているだろうが、オデッサ基地の放棄で資源の供給が失われた今、何処も火の車で一杯一杯だろうな」

 

元より国力が劣っている上にオデッサからの撤退により、今まで保たれていたジオンと連邦のパワーバランスが一気に崩れてしまった。それを取り戻す為にジオンは新型MSの生産を推し進めているが、今からでは遅過ぎる感が否めない。

 

「それよりも隊長、俺達の部隊に届けられた補助兵器って何ですか? 一度拝見してみたいと思うんですが……」

「ああ、あれか……うん、まぁ………ううむ……」

 

そこでヤッコブが個人的に気にしていた補助兵器の話題を持ち出すと、途端にネッドは目を泳がせて言葉を濁した。

 

「何か不具合でも?」

「………俺が口で説明するより見た方が速いな、付いて来い」

 

そう言うとネッドは地面を蹴って何処かへと移動し始める。どうやら補助兵器とやらは此処にはないらしいが、それにしても彼の口ぶりが気になって仕方がない。

彼の後を三人が追い掛けていくと、やがてネッドが辿り着いたのはメーインヘイムが停泊しているブロックの更に数ブロック右へ移動した所にある軍港であった。ソロモンに駐留する艦船の都合上、今さっきまで空き家状態となっていたが現在は艦船に代わって別の物体がこの軍港を丸々一つ埋めていた。

 

「おい、マジかよ……」

「何ですか……これ……」

「でけぇー!?」

 

ヤッコブは目の前にある物体を驚愕に満ちた表情で見上げ、アキは目の前の物体に言葉を失い、エドは純粋にその物体を一言で表現した。

 

そう、正しくそれはエドの言う通り巨大な物体であった。ムサイ級巡洋艦に匹敵する程の大きさを持つが決してソレは戦艦ではない。強いて言うなればMA(モビルアーマー)だ。

人型の構造を持つMSとは異なり、MAは非人型の構造を取った事で汎用性に劣るものの、局地戦や強襲、拠点防衛などに特化した性能を獲得する事に成功した。

また人型である必要が無い事から機体サイズにも制約は掛けられず、その結果大型且つ高出力のジェネレーターの搭載が可能となり、大半のMAにはメガ粒子砲などの巨大な兵装が搭載されるようになった。

MSが巨大な人間だとしたら、MAは正に怪獣と呼ぶに相応しい。しかし、MAの巨大な機体構造は生産コストを圧迫し、大量に生産出来ないという欠点も持っている。

 

大型のジェネレーターを搭載可能なまでに巨大化したのがMAだとしても、今エド達が見上げているそれはMAの中でも最大規模の大きさを持っているのは確かだった。

そのMAの上半身の部分にはビグロと呼ばれる別のMAが組み込まれているのだが、それでもビグロが占める大きさの割合はMA全体の約3割程度だ。残りの7割を占めているのは下半身に備わっている巨大なスカートアーマーだ。

 

余りの巨大さに誰もが空いた口が塞がらず、漸くこの補助兵器について尋ねられたのはMAと出会ってから五分後の事であった。

 

「隊長、これは一体何ですか!?」

「グラナダから送られて来た支援戦闘用MAビグ・ラングだ。ビグロの高機動戦闘を捨てた代わりに装甲と火力を大幅に強化し、下半身の巨大なスカートアーマーの中にオッゴ専用の小型補給廠を備えている。一応MSにも補給は可能らしいが、詳しい事は知らん」

「補助兵器って……まさかオッゴを補助する為の兵器って事ですか!?」

「ああ、そうだ。これを持ってきたグラナダの技術士官の話によれば、上手く行けばオッゴの戦闘力を三倍以上に向上出来るそうだ。どうやらグラナダの連中は連邦軍に追い込まれて頭がイカれてしまったらしい」

 

人間が運用する物の中で特に兵器には補給と修理が欠かせないのは自明の理だ。しかし、戦闘中に補給と修理を受けるにはやはり後方基地まで下がらなければならず、常に同じMSなどの兵器が戦線を維持し続ける事は不可能に近い。

そこでジオンの技術者達は補給と修理を行える工廠を最前線に運べれば、戦線を維持出来る上により一層戦いを有利に出来るのではないだろうかという大胆且つ無謀な計画プランを打ち出した。その結果生み出されたのがMA-05Adビグ・ラングだ。

 

ビグ・ラングの最大の特徴は艦船にも匹敵する程の巨大なスカートアーマーだ。これは単なる分厚い防護壁などではなく、中はMSやMPの武器弾薬及び推進剤を補給出来る設備が凝縮されている。更に応急修理も可能であり、正にジオン公国の技術と意地が生み出した『動く補給基地』だ。

スカートアーマーの最後部にはオッゴ専用のゴンドラまでも搭載している事から、戦闘継続時間の短いオッゴを支援する目的がある事も示唆出来る。一言で言ってしまえばビグ・ラングの最大のシステムは、このスカートアーマーに備えられたAdユニット、通称『可搬補給廠』にあると言っても過言ではない。

更に巨大なAdユニットを守る為にそれを覆っているスカートアーマーは分厚い装甲が幾重にも重ねられた多重装甲で、装甲の表面にはビームの直撃に耐えられるようビームコーティング処理も施されている。これらによって実弾やビーム兵器、全ての攻撃に置いてほぼ無敵と言える堅牢な防御力を実現した。

 

しかし、このビグ・ラングが完璧であるかと言えばそうではない。寧ろ欠点だらけのMAだと言えよう。

 

先ず一つ目はビグ・ラングの機動性だ。ビグ・ラングは機体の制御ユニットに高機動戦闘を得意とするビグロを丸ごと組み込んでいるが、大質量のAdユニットを接続した事により機動力は皆無と言える程にまで低下。これによりビグロの特性は完全に殺されてしまった。

弩級重装甲ブースターなる堅牢で出力も桁外れに高いブースターを装備しているが、あくまでもそれは膨大な質量を持つビグ・ラングを戦線に移動させる為の手段でしかなく、機動力の向上にまでは至らなかった。その上、燃費も極めて悪いので長時間に渡る移動は無理がある。

 

もう一つは巨体故の被弾率の高さだ。大抵のMSが18mぐらいだとし、ビグ・ラングは全長200mを軽々と越している。それに加えて機動力が皆無という事はMSなどの機動兵器を前にしたら攻撃を回避する術は全く無いに等しい。

強いてMSやMP相手に攻撃を行うとすれば、敵の攻撃を高い攻撃力で耐えながら、反撃に転じるしか方法はない。

 

そして最大の欠点はビグ・ラングが抱える死角だ。ビグ・ラングを真下から覗き込むとAdユニット内部が丸見えになっており、内部には火器弾薬が大量に搭載されている。

そこを攻撃されれば堅牢な防御力を誇るビグ・ラングも一溜まりもないのだが、それを防ぐ手立ては一切取られていない。いや、正しく言えば防ぐ手立てが間に合わなかった。本来ならば巨大な盾を持つ駆動アームが搭載される予定だったのだが装備に間に合わず、結果として真下に大きな死角を作ってしまった。

 

どれを取っても看過出来ない問題ばかりであり、受領した特別支援部隊も頭を抱えるしかない。だからこそ、これを送ってきたグラナダの技術屋達はビグ・ラングをMAとは呼ばず、敢えて補助兵器と気休めな呼び方をしたのかもしれない。

 

しかし、実際に受領して大いに困るのは他ならぬ特別支援部隊に属する整備士達だ。今までオッゴやザクぐらいのMPやMSしか扱った事の無い彼等の所に、突然欠陥しか見当たらないMAを上から押し付けられたのだ。それも200mを越す超大型のMAを。

必死にビグ・ラングのマニュアルと睨めっこしながら何時でも動かせるよう整備を念入りにしているが、それでも大変である事に変わりはない。

 

「もー! 無理ですよこんなのー!」

 

ビグ・ラングを整備している整備兵の声を代弁するかのように声を荒げながら、ビグ・ラングのコックピットから出てきたカリアナ技術中尉がエド達の近くに着地した。

手にはタブレット端末が握られており、エドがその画面を覗き込むと様々な方向か見たビグ・ラングの映像が表示されていた。どうやら彼女もビグ・ラングの調整で頭を悩ませているようだ。

 

「カリアナ中尉、技術屋としてビグ・ラングはどうだ? 使えそうか?」

「使えるかどうか以前の問題ですよ! 機動性は劣悪なくせに燃費は悪いし、一人乗りのコックピットに操作系統が複数あるし、武装だってビグ・ラングの巨体をカバーするには少な過ぎるし、何より整備士とパイロットの負担が大き過ぎます! ネッド中尉、この粗大ゴミをグラナダに返品出来ないんですか!?」

「流石にそれは……無理だろうな」

 

何時もは温厚な彼女が此処まで声を荒げるのは非常に珍しく、挙句にはグラナダから届いたビグ・ラングを“粗大ゴミ”扱いする有り様だ。彼女の気迫に押されてネッドも思わずたじろいでしまうが、彼女がそこまで声を荒げるのも無理ない。

ビグ・ラングの制御ユニットとAdユニットの操作系統が一人乗りのコックピットに混同し、マンマシンインターフェイスの負担が半端無い。機体整備も巨体故に普通のMAやMSと比べて倍以上の時間を要し、どの特徴を取り上げてもこのビグ・ラングは技術屋泣かせの塊としか言いようがない。

 

「こんな兵器を戦場の最前線で使おうなんて自殺行為も甚だしいですよ!? せめて制御ユニットとして選ばれたビグロを分離して使えたら……」

「使えないんっすか?」

「うん、接続されてビグ・ラングの一部になっているからね。分離は不可能なの」

「なぁ、このビグロ……普通のと少し違わないか?」

 

そこで端末に映し出されているビグロの違いを指摘したのはヤッコブだった。彼の言葉にカリアナが深い溜息を交えながら頷く所を察するに、このビグロにも何やら一癖あるようだ。

 

「実はね、このビグロ……正式に量産されたヤツじゃなくって試験機を流用した機体なの」

「試験機……と言うと?」

「この試験型ビグロは主にビグロに搭載されているメガ粒子砲の威力をどこまで引き上げられるかとか、メガ粒子砲のビーム集束率のデータを取ったりする為のテスト機なの。だから、これにはメガ粒子砲の実験に不要とされるミサイルとブースターは全部取り外されているの」

「じゃあ、量産型のビグロよりも性能は劣っているのか?」

「多分ね。その代わり、空いたスペースには最新鋭の小型且つ高出力のジェネレーターを3基搭載し、メガ粒子砲自体も最新型を搭載しているから威力は量産型を遥かに凌駕するわ。また冷却機能も大幅に強化されてるし、エネルギーCAPの技術も流用しているから理論上ではメガ粒子砲の連射も可能らしいけど、砲塔が連射に耐えれる保証は無いから技術屋としてはお勧め出来ないわ」

 

そう言ってカリアナが端末を操作してビグ・ラングの本体ユニットであるビグロの部分を拡大し、真横から映した映像をエド達に見せると、確かにビグロのミサイル発射管と後方のロケットエンジンは取り払われている。

そしてロケットエンジンが無くなった代わりに後部全体を覆い隠す装甲が追加され、更にビグロ自体も実弾の直撃に想定し、弾丸を弾き返し易い滑らかな曲線を描く洗練された形となった。

クローアームにも変更点があり、通常のクローアームではなく水陸両用MSに用いられるフレキシブルアームを採用しており、これにより従来機よりも遥かに柔軟な動きを可能とした。アームの形状も鷲爪から蟹鋏になっており、鋏の付け根には接近防衛用のビーム・ガンが装備されている

 

こうして完成したビグ・ラングの制御ユニットだが、改造を施される前のビグロ試験型と比べると面影は殆ど無く、寧ろビグロの後継機と言うべき存在のヴァル・ヴァロに限りなく近い。

 

何にせよ、ビグ・ラングには看過出来ない多数の欠陥があり、戦場で運用するには問題は山積みだという事だ。

 

「じゃあ、これって結局………」

「ウドの大木、としか表現しようのない欠陥品ね」

 

新しい補助兵器が送られてくると聞かされて期待していただけに、カリアナから酷評を聞かされてエドはガックリと肩を落とした。

しかし、酷評を受けようが欠陥品だろうがビグ・ラングは特別支援部隊に与えられた兵器だ。使わなければ意味が無い。敢えて使わないという手もあるが、それでは資源を無駄にするに等しい。いや、そもそもビグ・ラングを作り上げた時点で資源の無駄遣いかもしれないが。

 

「戦闘では期待出来ないが、メーインヘイムと並ばせればオッゴの弾薬補給の手助けになりそうだな」

「その点だけは賛成ですね。幸いにも制御ユニットとAdユニットは堅牢な装甲で守られていますからね」

 

戦闘云々の問題はさておき、補給支援としては優秀なシステムを持っているのは事実なので最前線で戦うオッゴなどの弾薬補給には一役買えそうだ。問題の多いビグ・ラングを無理矢理押し付けられる形で受け取った特別支援部隊に暗雲が立ち込めるが、そんな暗い雰囲気を振り払おうとカリアナは別の話題を持ち出してきた。

 

「あ、そうだ。実は補給の中にオッゴの新装備もあったよ」

「新装備? 今のビグ・ラングを見ると余り期待出来ない気もするけど……」

「まぁ、こっちはまだマシな方だと思うよ。兎に角、見てみて」

 

そう言って再度タブレット端末を操作し、画面の映像をビグ・ラングからオッゴへと切り替えて三人に説明を開始した。

 

「アタッチメントの武器に大きな変化は無いけど、強いて言えば中身の弾薬類が変わったわね。例えばマシンガンは対MS戦を意識して貫通性の高い弾丸を使用し、バズーカは元来の弾数の少なさを克服する為に弾倉が追加され、口径も240mmから280mmと一回り大きくなって威力の向上を狙っているわね」

「少しでもオッゴの戦闘力を底上げしようというのが分かりますね」

「それから……これは左アタッチメントに装備する三眼スコープカメラ。ザク・フリッパーの頭部カメラを流用したもので、これで遠距離からの偵察や狙撃が可能よ。またスコープカメラの上部には電波や熱源を探知する高度なレドームが搭載されているから、死角からの敵機の接近にもすぐ気付ける筈よ」

「偵察用MSの部品か。珍しいな、これはこれで高性能な代物なんだが……」

「少し前までは偵察用MSも活躍していたんですけど、連邦軍が制宙権を握り始めた上に直掩のMSも配備されると偵察用MSの被害が増える一方でして……」

「撃墜されるぐらいならば、早々にお役御免になった方が良いという訳か。無駄に資源と人命を消費しない為にも賢明な判断かもしれんな」

 

カリアナが見せてくれたオッゴの図には右側にマシンガン、左側にザク・フリッパーの頭部と全く同じ三角形の筒に収まった三眼スコープカメラが装着されていた。このスコープカメラにより通常の数倍以上も離れた敵を確認する事が出来、偵察や狙撃には打って付けの装備に違いない。

また天頂部には小型の円盤型レドームが備わっており、これにより死角の対処も万全のものとなった。

これまでのオッゴは右アタッチメントにマシンガンやバズーカを固定装備しているが、もう片方はアタッチメントごと取り外されている。これは両方にアタッチメントを装備するとオッゴの視界が悪くなるという欠点を考慮しての事だろう。

 

「それとサブウェポンは武装が増えたわ。オッゴ専用の兵装として新規開発された六連装ロケットポッド。以前はザクⅡJ型から流用していた三連装ミサイルポッドだったけど、こっちは対艦戦闘を目的とした強化ロケット弾を搭載しているから威力は以前のそれを遥かに上回るわよ」

「嫌だねぇ、オッゴだけで戦艦に挑むなんざ悪夢以外の何物でもないぜ……」

 

ヤッコブ小隊のオッゴ三機だけでサラミスを撃沈するという戦果も未だに記憶に新しいものではあるが、だからと言って対艦戦闘を期待されても困る。以前のその時は連邦軍のMSはまだ存在せず、貧弱なMPしか居なかった。サラミスを撃沈出来たのも死角となった真下を集中攻撃したからであって、オッゴにMSと同等の戦闘力があったからではない。

 

そしてタブレット端末の画面にはオッゴのサブウェポンラッチに装備される六連装ロケットポッドの図が映し出されていた。六角形の形に沿うように配された六つの強化ロケット弾はオッゴに対艦戦闘能力を持たせようという意図があるかもしれないが、敵にもMSが配置された今では何処まで効果を発揮出来るかは不透明だ。

しかし、オッゴに強力な火器を装備させてMSと同等の戦果を期待したいという上層部の妄想に近い願望も分からないでもない。またオッゴに期待したのは火力だけではなかった。

 

「それからもう一つはABM……アンチビームミサイルと呼ばれる特殊兵装ね。これはミサイルの内部にビーム撹乱幕と呼ばれるビームを阻害する粒子が詰められていて、これを散布する事でビームを完全に無力化する事が出来るの」

「ビームを無力化かぁ。結構役に立ちそうだな」

「でも、過信はしないでね。ビームを無力化出来ると言っても、その効果はABM一発に付き数十秒程度よ。それにABMは中型ミサイルに匹敵する大きさだから、オッゴに装備するとなれば左右のサブウェポンラッチに二基ずつしか搭載出来ないわ」

「一機あたり四発までが限界って訳か……」

 

ロケットポッドの次に表示されたABMは細長い中型ミサイルに酷似した形状をしており、オッゴが装備するには少し不釣り合い感じがする。もしこれを装備した場合には、シュツルムファウストのように片方のウェポンラッチに付き上下一基ずつが限界だ。

しかし、それでもオッゴ一機だけで艦砲などのビームを無力化出来るとは到底考え難い。恐らくABMを装備した複数のオッゴ部隊で先陣を切り、連邦軍艦隊に向けてABMを発射。大量のビーム撹乱幕を散布してビーム兵器を一時的に無力化した後に反転、帰還するというのがABMを装備したオッゴの運用コンセプトだろう。

だが、この運用コンセプトは敵艦隊へ可能な限り接近して実現する、所謂特攻に近いものなのでパイロットが生存出来る確率は極めて低い。最もこれを開発し、オッゴへの搭載を決めた何処かの誰かさんはそんな犠牲など考えていないかもしれないが。

 

「それと……こっちは遠距離砲撃用だね」

「……何ですか、これ?」

 

タブレットを操作して次に映し出されたのは同じくサブウェポンラッチに装備されたキャノン砲のような物体であった。正方形の箱型から突出した砲筒はバズーカよりも長く、砲口はバズーカよりも小さい。オッゴが今まで装備して来た武装の中でも最大規模の大きさだ。

 

「これはね、マゼラ・アタックっていう戦車の搭載砲を再利用したマゼラトップ砲よ」

「おいおい、只でさえオッゴはMSや作業用ポッドの部品を流用しているんだぜ! そこに今度は戦車かよ!?」

「仕方ないですよ、ジオンが地球から撤退して陸戦用MSや水陸両用MSは勿論のこと、マゼラ・アタックなどの陸上兵器も行き場を失ってしまったんですから」

「真面目に答えるなよ……。俺が言いたいのは、オッゴに地上の余り物ばかりを押し付けないでくれって事だよ」

 

オッゴの新たな武装がマゼラ・アタックなる戦車の砲塔を丸ごと転用しただけのものだと聞いてヤッコブが嫌な顔を浮かべるが、今のジオンは残されている資源や現存の物資だけで戦争を続けなければならない程に追い込まれていた。

だが、マゼラトップ砲による遠距離砲撃はマシンガンやバズーカしか持っていないオッゴにとっては心強い武器だ。後方からの遠距離支援には打って付けだし、同じMPである連邦軍のボールが得意としていたアウトレンジからの砲撃にも即座に応戦する事が可能だ。

 

それに加えてザク・フリッパーの三眼カメラスコープの高性能機能が加われば、純粋な撃ち合いでは先ず負けないだろう。向こうが数で押してきたら、勝負は難しいが。

 

「オッゴの武装がより充実するのは良い事ですが……それを活かし切れるかどうかは分かりませんなぁ。上層部のお偉方はそこら辺をちゃんと理解しているんですかねぇ?」

「愚痴を零すな、ヤッコブ軍曹。どんな状況に追い込まれようと、今ある装備で戦い抜くしかないんだ。文句は言えん」

「そうですよ、ヤッコブ曹長。頑張りましょう!」

「……そうだな、頑張らなきゃ生き抜く事も出来ないしな」

「じゃあお前等、補助兵器も見てオッゴの装備を見て満足しただろう。速く部屋に戻って、今の内に体を休めろ。明日は兎も角、それ以降はどうなるのかは分からないのだからな」

「「「はっ!!!」」」

 

隊長でもあるネッドの鶴の一声により三人は二週間酷使した体を休ませるべく、早々とビグ・ラングが係留されている軍港を後にした。残されたネッドは何気なくカリアナを横目で見ると、彼女の表情が何故か不安げなものになっている事に気付いた。

 

しかし、何故彼女がそのような不安な表情を浮かべるのかについて彼には思い当たる節があった。

 

「ビグ・ラングの運用コンセプトに不安があるのだな?」

「!………分かりますか?」

「ああ、分かるとも。あれはオッゴを酷使する為に作られた兵器だ」

「ええ、あれは只単なる兵器ではありません。オッゴのパイロットに死ぬまで戦う事を強要する最低な兵器です」

 

ネッドやカリアナが危惧するように口に出したのはビグ・ラングの運用コンセプトについてだ。ビグ・ラングはオッゴの為に用意された補助兵器だと言っても過言ではなく。オッゴの戦闘力を三倍に向上出来るとネッドは説明していた。

しかし、この説明には語弊がある。オッゴの戦闘力を三倍以上に向上出来るというのは、オッゴの戦闘継続時間を三倍長くして得られる戦果の事を指しているのだ。これはビグ・ラングを送り出した技術士官の話であり、当然そんなものは机上の空論でしかない。

そもそもオッゴの戦闘継続時間が三倍長引いたからと言って、戦果も三倍引き上がる訳が無い。この理論はオッゴがこれまでに築いた戦果を元に計算して弾き出した数字でしかなく、オッゴに乗っているパイロットの疲労や負担を一切無視している。オッゴを補給する為に最前線で活動するビグ・ラングのパイロットの負担も完全に無視だ。

 

パイロットの負担や疲労は戦闘に大いに影響する。それを全く理解していないからこそ、上層部はこんな大胆且つ無謀な兵器を作れるのだ。だが、裏を返せば背水の陣、必勝の信念、死ぬまで戦って勝てという追い込まれたジオンの本音が見え隠れしている。

 

「兎に角、私はこれの運用には反対です。出来る事ならば、ここに投棄したいぐらいです」

「技術屋である君にそう言わせるのだから、余程酷いのだな。この兵器は。しかし、君一人の我儘でこれを好き勝手に処分させる訳にはいかない」

「しかし、ネッド中尉……!」

 

ネッドの口振りからビグ・ラングを運用する気だと思い込み、鋭い口調で猛反発しようと口を開き掛けたが、その直前に『そう言う意味ではない』とネッドが首を軽く横に振ったのを見て口を閉ざした。

 

「大丈夫だ。このビグ・ラングに期待されている戦力価値は皆無さ。故に、我々の部隊はソロモン防衛の際には激戦区となる場所から離れた所へ回される」

「……つまり、ビグ・ラングは使用されないと?」

「それはまだ分からないが、少なくとも最前線で戦う事にはならんよ」

「そうですか、なら良いですけど……」

 

少なからずの戦闘に巻き込まれるかもしれないが、それは戦争なのだから仕方の無い事だ。寧ろ最前線で戦わされるのと比べれば数倍、数十倍マシというものだ。取り合えず、ビグ・ラングが大活躍するような場面もなく戦争が一刻も早く終わるのを願うだけだ。

 

「では、俺も先に戻らせて貰うよ。折角手に入った一日だけの休みだ。今の内に精気を養わないと、戦いに耐えられそうにない」

「了解しました、ごゆっくりして下さい」

「ああ、そうさせてもらう………そうだ、君に言い忘れていた事が一つだけあった」

「何ですか?」

 

ソロモン要塞にある宿舎へ向かおうとしていたネッドの足が止まり、再度カリアナの方へ振り返る。カリアナもネッドの言う『言い忘れていた事』を気に掛け、不思議そうな表情で彼の言葉に耳を傾ける。

 

「君に頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事……ですか?」

「ああ、実は―――――」

 

 

 

 

宇宙世紀0079年12月23日、ソロモン要塞にて特別支援部隊は一日の休暇という短くも極めて穏やかな時間を過ごした。戦争の喧騒を忘れて、誰にも邪魔される事無く寛げる唯一の時間だった。疲れ切った身と心を自分だけの時間の中でじっくりと癒し、一瞬のようにも感じられる平和な一時を誰もが噛み締めるように大事にしながら過ぎていく。

 

そして短い休日が終わり翌日の12月24日、地球連邦軍によるソロモン攻略作戦『チェンバロ作戦』の幕が切って落とされた。

 




こちらのオリジナル設定でオッゴの武装に新たにマゼラトップ砲とABM,三眼カメラスコープを追加しました。マゼラトップ砲はカッコいいと前々から思っていたので、漸く実現出来て満足ですw
オッゴが早くに完成していたから、ビグ・ラングも一週間ぐらい早くに完成していても良いかなーと思ってソロモン戦に参加して貰いました。パイロットは………また次回でという事でw
因みに私の脳内設定では特別支援部隊に届けられたビグ・ラングが試作2号機で、試作1号機は第603技術試験隊へ譲渡されてマイさんが試験中という設定です。因みに2号機の方はAdユニットにABMや対艦ミサイルは未搭載です。それらはマイさんのビグ・ラングで実験データを得てから装備されるかと……。


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ソロモン防衛戦 後編

いよいよ最終話まであと少しとなりました。最後まで頑張っていきたいと思います!


星一号作戦……それはジオン本土が置かれてあるサイド3への大規模な侵攻作戦であり、実質的な戦争終結を狙った連邦軍の一大作戦である。連邦軍は星一号作戦の足掛かりとして、ジオン宇宙攻撃軍が置かれてある宇宙要塞ソロモンを最初の攻略拠点として選んだ。

 

ジオン本土の防衛ラインの一角を担うソロモンを陥落させればサイド3への道程は見えたも同然であり、ソロモン攻略の成否は星一号作戦の成否を占うと言っても過言ではない。故に連邦軍は緻密な計算と綿密な計画を複雑に組み合わせ、更にジオンを圧倒する物量差を以てしてソロモン攻略戦に挑んだのであった。

対するジオン軍も連邦軍の動向を察し、ソロモンへ攻め込んで来るであろうと予測してソロモンの要塞防衛能力を可能な限り強化した。数では連邦軍に圧倒的に劣るものの、パイロットの練度など質ではこちらが上であるという自負もあり、ジオン軍の士気は決して低くはなかった。

 

こうして宇宙世紀0079年12月24日、連邦軍によるソロモン攻略作戦……通称『チェンバロ作戦』の幕が切って落とされた。その戦いの口火を最初に切ったのは連邦軍のパブリク突撃艇によるビーム撹乱幕の散布であった。

パブリクは機体下部に二発の大型ミサイルを装備しており、その内部にはビーム撹乱幕が充満している。それをソロモン要塞の防衛ライン全面に散布した事により、ソロモン要塞から放たれる長距離ビーム兵器をほぼ無力化する事に成功した。

 

しかし、敵のビーム兵器無力化に尽力したパブリクではあるが、機関砲や多様なミサイルを装備している戦闘機とは異なり一撃離脱に特化した突撃艇だ。ビーム撹乱幕を満載した大型ミサイル以外の武装は持っておらず、ミサイルを撃った後は味方の戦線まで自力で戻らなければならなかった。

だが、実際に味方の戦線まで戻って来れたのは極僅かだ。大半は戻る途中に敵の攻撃を受けて撃墜されたり、ミサイルを撃つ前に撃墜されたりと悲惨たるものであった。最早一種の特攻兵器と言われてもおかしくはないが、それでもパブリクによるビーム撹乱幕の散布は連邦軍の戦術幅を大きく広げてくれた。

 

ビーム兵器が通じない事でジオン軍は遠距離ミサイルなどミノフスキー粒子の悪影響を受け易い兵器に頼らざるを得ない状況に陥り、この隙を突く形で連邦軍艦隊からMSやMPが発進し、ソロモンへ向かっていく。

対するジオンもソロモン要塞や、防衛ラインで連邦軍を待ち構えていた艦船から続々とMSとMPを繰り出し、ソロモン正面宙域は瞬く間にMS同士による巨大な合戦場へと変貌した。

 

因みに大規模なMS戦もこのソロモン攻略戦が初めてであり、連邦軍の数の力による物量戦術と、ジオン軍の少数精鋭による一騎当千の思想に基づいた戦術とが激突するのは必至であった。

 

ソロモンの防衛戦力の一つとして組み込まれた特別支援部隊も幾重にも設けられた防衛ラインの一つに配備されていたが、そこは最前線から最も遠く離れた後方にあり、どちらかというとソロモン要塞寄りの位置だ。やはり彼等の戦力は大してアテにされていないという証拠なのだろう。

しかし、これはこれで当然かもしれない。ソロモン防衛戦の直前に要塞防衛の戦力として組み込まれた彼等が、突然ソロモンの防衛部隊と肩を並べて連携出来るかと言ったら限りなく困難だ。足を引っ張るか、まともな支援も出来ずに終わるのがオチだ。そもそも所属する管轄が異なるのだから、直面する問題は色々と多い。

もし一ヶ月以上速くに実戦を想定した模擬戦なり行っていれば、ソロモンの部隊と共闘する事も叶ったかもしれない。

 

とりあえず特別支援部隊も何時でも応援に駆け付けられるよう、全機体は艦艇から発進して防衛ライン上に待機している。

待機している特別支援部隊を余所に、要塞や艦船から発進していく無数のMS、そして自分達が乗っているのと同型のオッゴが最前線へ向かっていく。それを傍から見ている事しか出来ないエドは少し不満げな口調でヤッコブに尋ねた。

 

「俺達も最前線に行かなくても良いんですか、ヤッコブ軍曹?」

『馬鹿野郎、下手に動いて仲間の足手纏いになったらどうするんだ。命令されてから動くのは馬鹿のする事だって言うけど、命令されていないのに勝手に動くのは迷惑になるだけだ』

『まだ戦いは始まったばかりだから、僕達が動くかどうかは、もう少し戦局を見極めてからでも遅くはないと思うよ。今はこの防衛ラインの死守に努めようよ』

「だったら良いんだけどさぁ……」

 

そう言いながらもエドの視線は最前線へと向けられており、けれども自分がそこへ行く事は許さないという仲間の台詞を思い浮かべては重い溜息を吐きだした。

エドの不満も分からないでもない。グラナダからの増援として遠路遥々ソロモンまで来たというのに、実際には何もする事も無く遠指を加えて遠くから戦闘を見ているしかない。仲間の為に何か出来ないかという焦りから、支援や援護など誰かの役に立ちたいという気持ちが強まるばかりだ。

 

そんな焦燥感に悩むエドに対して、隊長であるネッドの声が通信機から割り込んできた。

 

『慌てるな、エド。何れ、俺達にも支援や援護の役が回ってくるさ。嫌でもな』

「隊長! それ、本当ですか!?」

『ああ、我が軍は数で押されているからな。やがて猫の手も借りたいと言わんばかりに、こちらに応援要請が来るだろうよ。それまでは此処を死守するんだ。良いな?』

「了解しました!」

 

若者の元気な返事を聞いてネッドの頬が緩むが、それも一瞬に過ぎなかった。突如、敵の接近を知らせるアラーム音が鳴り響き、部隊に緊張感が走る。

 

『接近警報! 何処からだ!?』

『これは……2時方向からです!』

『見えました! サラミス三隻、MSとMPが多数!!』

 

三眼スコープカメラにより索敵能力が極めて向上したオッゴ隊は敵の早期発見に成功し、すぐさま仲間に敵の位置や規模を無線で伝える。

敵の数はサラミスが3隻、ジム9機にボール18機と特別支援部隊とほぼ互角の数だが、要塞を攻めてくるにしては敵の数が少ない。恐らくソロモン要塞への橋頭保を設ける為の先遣隊か、こちらの防衛戦力の分散を目的とした陽動及び囮部隊かと思われる。どちらにせよ、遠回りで接近して来た連邦の部隊を見過ごすわけにはいかない。

 

『敵が来るぞ! ジェイコブ隊は先行して敵の艦砲を封じろ! ヤッコブ隊とカール隊はMS隊の支援だ!』

『『『了解!!』』』

 

ネッドの指示に従いABMを装備したジェイコブ隊が先頭を行き、その後ろをネッドとミューゼ隊のMS部隊、そしてロケットポッドを装備したヤッコブ隊とマゼラトップ砲を装備したカール隊が続く。

因みにミューゼ隊のMSも連邦軍との戦闘に備えて、新たに二機のリック・ドムと二機の後期生産型ザクⅡF2型を受領して戦力の拡充を図っている。ミューゼ隊全員にリック・ドムが行き渡れば特別支援部隊の戦力もより充実したかもしれないが、何処も彼処も火の車となっている公国軍にそれを求めるのは酷と言うものだ。

 

先陣を切ったジェイコブ隊は迫り来る敵の艦砲射撃に晒されながらも、臆することなく突き進んでいく。

ここでABMを撃てばサラミスの艦砲を封じ込める事は可能だが、その効果は持って数分の間だけだ。早々と撃ってしまっては本格的な戦闘になる前にビーム撹乱幕は切れてしまい、乱戦となればMSにもビーム兵器を持たせている向こうが確実に有利になってしまう。

 

ABMの効果を最大限に発揮する為には、MS同士の混戦が予想される場所で発射するのが効果的だ。そうなれば実弾兵器しか持たないジオン軍が優位に立てる。

その考えに基づいてジェイコブ隊は突き進むが、サラミスの艦砲とボールのキャノン砲による遠距離砲撃は熾烈を極め、発射予定ポイントに辿り着く前にABMを搭載したオッゴが4機も落とされてしまう。

それでも生き残った6機が何とか発射ポイントに辿り着くと、部隊長であるジェイコブ少尉がABMの発射を部下に命じた。

 

『ABM! っ撃てぇ!!』

 

隊長の号令を合図に各オッゴから二発のABMが発射され、迫り来る連邦の部隊と迎撃に向かっていた特別支援部隊の中間辺りで爆発した。

爆発したABMから金粉のような輝きを秘めたビーム撹乱幕の粒子が飛び散り、宇宙空間に散布される。そこに敵の艦砲が触れた瞬間、ビームは曲がって明後日の方向へ飛んで行ったり、弾かれて消滅したりとビーム兵器相手に絶大な効果を発揮した。

 

これには流石の連邦軍も驚きを隠せず、ビーム撹乱幕によって弾かれたサラミスの艦砲を見て叫んだ。

 

『ビーム撹乱幕だと!? ジオンも我々と同じ兵器を開発していたのか!?』

『構わん! 撹乱幕を突っ切れば問題ない!』

 

連邦軍のパイロットもジオン軍が自分達と同様のビーム撹乱幕を使った戦法で挑んで来た事に驚いたものの、ビーム撹乱幕を抜けてしまえば問題ないと判断し、ジムやボールは一気に撹乱幕を突破しようと試みた。

するとジェイコブ隊のオッゴは急旋回して後方へ退避し、彼等の隊と入れ替わる形でヤッコブ隊のオッゴが連邦軍の前に立ちはだかる。そして入れ替わると間髪入れずに、ヤッコブは自分の隊員達に対し攻撃の指示を出した。

 

『敵さんは自分からこっちに向かって来ているんだ! 適当にぶっ放せば最低でも一発は当たる!! 撃ちまくれぇ!!』

 

ヤッコブの豪快な指示が下された直後、ヤッコブ隊のオッゴの両脇に備えられていた六連装ロケットポッドが火を噴いた。対艦戦闘を目的とした強化ロケット弾は一直線に飛んで行き、ビーム撹乱幕の中を通り抜けようとしていた連邦軍に襲い掛かる。

 

『いかん! 回避しろ!!』

『む、無理だ! うわあああああ!!!』

 

こちらへ向かって来るロケット弾の雨を目の当たりにして隊長格の男が無線で攻撃の回避を呼び掛けるが、MSの操縦技量に関してはジオンに劣る者が多いのは否めない。彼等からすれば目の前にまで迫っているロケット弾を急に回避するなど不可能に近いぐらいの荒業であった。

 

その結果、ヤッコブ隊が放った120発もの対艦用強化ロケット弾を回避出来たのはエースと呼ばれる極一握りのパイロットと、偶々被害を免れた幸運なパイロットだけであった。エースではなく、大した幸運も持ち合わせていなかった一般兵はそのままロケット弾の雨の中へ突っ込み、凄まじい爆発の連鎖に巻き込まれてしまう。

ロケット弾の直撃を受けて撃破される機体もあれば、様々な所で起こる爆風の衝撃に翻弄されて機体が瓦解するのもあった。更には吹き飛ばされた機体同士が激しくぶつかり撃破されるなど、不運な撃墜で幕を閉じた機体もあった。

 

この一斉射撃だけでジムを5機、ボールに至っては9機を撃墜するという大戦果を上げる事に成功した。一方で大損失を受けた連邦軍は直ちに部隊を立て直そうと試みたが、それを見逃すほど特別支援部隊は甘くはなかった。

 

『敵の動きが鈍っている! カール隊、砲撃して撃ち落とせ!』

 

今度はマゼラトップ砲を装備したカール隊のオッゴが、ヤッコブ隊やMS隊から少し後方に下がった所から砲撃を開始し、先程の攻撃のショックが抜け切れず動きが鈍っているジムやボールを撃ち落としていく。

マゼラトップ砲の砲口は175mmとボールが頭に載せているキャノン砲と大差はなく、威力もボールと同じだ。更に左のアタッチメントに装備された三眼スコープカメラによって射撃精度が大幅に飛躍したおかげで、マゼラトップ砲による砲撃と言うよりも、寧ろ狙撃と呼ぶに相応しい精密射撃が可能となった。

マゼラトップ砲と三眼スコープカメラの併用で実現した精密砲撃は連邦軍に多大な損害を与えた。

砲撃を受けたボールは一撃で墜とされ、コックピットに命中すればジムでさえ一撃で葬れる程だ。中には盾で必死に耐え抜こうとしたジムも居たが、マゼラトップ砲の集中砲火を受けて四発目の直撃で盾を腕ごと捥ぎ取られてしまう。トドメはミューゼ隊のリック・ドムによるジャイアントバズの直撃を受けて撃墜された。

 

十分にも満たない短時間の戦闘で特別支援部隊が受けた損害はオッゴ4機。対する連邦軍の損害はジム7機が撃墜され、18機も居たボールは残すところ4機だけという酷い有り様だ。

 

そこで敵部隊も此処からの突破及び侵入は断念したらしく、生き残ったジムとボールを収容するとサラミス3隻は180度急回頭して味方の居る戦線へ引き揚げていく。

 

『敵が引き揚げて行きます! 追撃しますか!?』

『いや、やめておけ。敵はまた攻めてくるに違いない。この間にこちらも弾薬を補給して、次の戦闘に備えるぞ』

 

ソロモン防衛戦はまだ始まったばかりだ。逃げる敵を無暗に追撃するよりも、ここは徹底して要塞の守備に回るべきだと判断したネッドは部隊に弾薬の補給をするよう指示を出した。それに敵が何時また襲撃してくるのか分からないので、敵が引いている内に補給を受けて再襲来に備えるのも重要な事だ。

ネッド達が補給を受けるべく後方に退がると出迎えてくれたのは彼等の母艦であるメーインヘイムとミューゼ、そして彼等に与えられた補助兵器ビグ・ラングであった。

 

『オッゴの数が多い為、二手に分かれて補給を受けるんだ。そうすれば短時間で補給は完了する。ヤッコブ隊はビグ・ラングから補給を受けろ。カール隊とジェイコブ隊はメーインヘイムから受けるんだ』

 

ネッドの指示を受けてオッゴで編成された三つの部隊の内、二つの部隊はメーインヘイムへ、ヤッコブの隊はビグ・ラングへと振り分けられた。

 

ビグ・ラングから補給を受ける方法は防衛戦が始まる前に聞かされてはいたが、実際に受けるのは初めてだ。どんな風に補給を行うのだろうか不安と期待が入り混じり、まるで初体験をする子供の様な気分だとヤッコブは思った。

そしてビグ・ラングの堅牢なスカート・アーマーの尾部に回り込むと、アーマーの天井部が展開し、Adユニット内部やオッゴ専用のゴンドラリフトに燈された誘導灯の光が、暗い宇宙空間の中にハッキリと見えた。急造品と言われているが、補給を受けるオッゴへの気配りが成された作りなどを察するに、ビグ・ラングが最初から補給支援を第一として設計・開発されたのが分かる。

 

『こちらヤッコブ軍曹、補給を受けたい。ビグ・ラングへの着艦……って艦じゃなくてMAだな。この場合は何て呼べばいい?』

『構いませんよ。それでも呼び方に拘るのなら降着とでも言ったらどうでしょうか?』

『おう、そうか。それならまだしっくり………んん!?』

 

ビグ・ラングのパイロットからの返答に成程と頷いたのも束の間、そのパイロットの声に聞き覚えがあり思わずヤッコブの口から奇妙な声が漏れ出てしまう。

 

『その声……もしかしてカリアナ中尉!?』

『ええ、そうよ。このビグ・ラングのパイロットを任されちゃったの』

 

驚くのも無理ない。何故ならビグ・ラングに搭乗しているのが正規の軍人ではなく、技術士官である軍属のカリアナ技術中尉が搭乗しているのだから。

そして通信用のモニター画面を見ると、そこには自分達と同じヘルメットを被り、緑色のパイロットスーツに身を包んだ彼女の姿があった。初めてMAを操縦するからか、口調とは裏腹に表情に緊張の色が貼りついている。

 

『いやはや、驚きましたよ。まさか技術中尉殿がMAに乗るなんてねぇ』

『私だって嫌だったんですよ! でも、特別支援部隊にMAに割けるパイロットが居ないからってネッド中尉に頼まれて……それで仕方なく乗る事になったんですよぉ……』

『あー、成程ね……』

 

ソロモン防衛戦直前でネッドがカリアナにお願いしたのは、ビグ・ラングのパイロットを務めて欲しいというものであった。あくまでもカリアナは技術中尉という立場であり、ネッドやヤッコブ達のように最前線で戦う兵士ではない。

しかし、全くMSやMAの操作が出来ないという訳ではない。寧ろツィマッド社のMS開発部門に勤めていた経歴もあり、一般兵士と同レベルの操作は可能だ。とは言え、流石にビグ・ラングのような巨大且つ未知の兵器を操縦するのは今回が初めてだ。

本来ならば特別支援部隊の中からビグ・ラングのパイロットが割かれる筈だったのだが、彼等の部隊にそんな人的余裕など殆ど無いに等しい。その為、他に操縦出来る人は居ないかと模索した結果……カリアナ技術中尉に白羽の矢が立ったのである。

 

またAdユニットでMSやMPを応急修理するとなれば、自動操縦化されているとは言え、技術者が持つ専門の知識は必要不可欠だ。そう言った操縦の技量以外に必要となる知識を持ち合わせているという点で、彼女がビグ・ラングのパイロットとして相応しいと抜擢されたのだろう。

 

『まぁ、他に適格なパイロットが居なかったから仕方がないかもしれないけどね……。それよりも、ヤッコブ軍曹。補給を行いますのでスカート・アーマーの中に入って下さい』

『お、おう。了解した』

 

カリアナに促されて本来の目的を思い出したヤッコブは、誘導灯が燈っているビグ・ラングのゴンドラリフトにオッゴを着陸させる。そしてオッゴを乗せたゴンドラがゆっくりと動き出し、スカート・アーマー内部のAdユニットへ収納されていく。

 

『こりゃ……凄いな……』

 

ビグ・ラングに収納されたヤッコブはAdユニットの完成度の高さに舌を巻いた。Adユニットの左右には武器・弾薬の保管庫と思しき巨大ロッカーが複数備えられており、上部には応急修理・推進剤補給・武器弾薬交換の全てを取り行う、折り畳まれた細長い四つのアームが装備されている。

オッゴを乗せたゴンドラがAdユニットの中を通って行くと、上部のアームが伸び、ゆっくりと移動するゴンドラの動きに合わせてオッゴの武器弾薬及び推進剤の補給を開始する。まるでベルトコンベアーの流れ作業みたいだ。

因みに先の戦闘で手酷い損傷を受けなかったので、修理用のアームは作動していない。恐らく、こういった修理の有無の判断もビグ・ラングを操縦するカリアナが行っているのだろう。

 

やがて一番奥にゴンドラが辿り着くと、天井中央に設けられたオッゴ専用のカタパルトからアームが降りて来る。そしてUFOキャッチャーのようにオッゴの頭を掴んで持ち上げ、機体の向きを180度回頭した所でモニター画面にカリアナの顔が映し出された。

 

『ヤッコブ軍曹、今からオッゴを射出します! 射出後はそちらで機体制御をして下さい! 良いですね!?』

『お、おう!』

『行きます! 5…4…3…2…1…射出!』

 

カリアナの合図と共に射出装置が動き出し、オッゴはカタパルト発進でAdユニットから宇宙へ飛び出していく。

オッゴがビグ・ラングに収納されてから、再び宇宙へ舞い戻るまでの時間は一分掛かるか掛からない程度だ。時間の長さだけに着目すればメーインヘイムで補給を受けるのと然程変わらず、また半自動化にした事で人手の節約にも成功した点などからAdユニットの優秀さが窺える。

強いてAdユニットの問題を挙げるとすれば、補給作業の効率であろう。Adユニットによって人手が無くても短時間で的確な補給を行えるようになったものの、複数の機体を同時に補給する事は出来ない。もし数機以上の友軍が居れば、今のオッゴみたいに一機収納しては射出…というのを繰り返すしかないのだ。

 

そうやって繰り返すこと十分後、ヤッコブ隊の全オッゴに武器弾薬の補給が行き渡り、再び彼等は敵の攻撃に備えて警戒態勢に入った。ビグ・ラングはメーインヘイムと共に後方へ下がり、味方の補給要請があるまで要塞の軍港にて待機する。

 

連邦軍の攻撃が再びあるかもしれないと誰もが警戒していたが、数十分以上が経過してもこちらへ連邦軍の部隊が押し寄せる気配は感じられない。それどころか主戦場となっているソロモン正面宙域の戦闘が最初の頃に比べ、より一層過激になっている気さえする。

 

恐らく、主戦場では苛烈極まる戦いが繰り広げられているだろう……そう誰もが思っていると、迎撃用として製作してあった幾つもの衛星ミサイルが突然サイド1方面に向かって飛び立っていく。

 

『おっ、あの28番の衛星ミサイル…俺達が製作に関わった奴だ』

『ああ、そうだな。……おー、ちゃんと真っ直ぐに飛んでいるな。不器用なお前が関わったから大丈夫なのかと不安があったけど、意外と大丈夫そうじゃねぇか』

『余計な事は言わなくて良いです!』

 

只でさえ不器用なエドがオッゴに乗って衛星ミサイルの製作に関わった……と聞いただけでも不安を抱いていた者も居た筈だ。そしてヤッコブがケタケタと笑いながら本音を打ち明けると、通信機から口早なエドの台詞がやってくる。

 

恐らく図星を突かれて恥ずかしがっているんだろうな……なんて和やかな雰囲気が彼等の間に広がったのも、この一瞬だけだった。

 

エドの台詞を聞いてヤッコブが笑みを浮かび掛けようとした瞬間―――自分達が居るエリアとは正反対側のエリアが眩い光に包まれた。

 

『!? 何だ!?』

『ビーム!? いや、それにしては……光が大き過ぎる!!』

『一体何が起きている!? 状況確認を!!』

 

目をまともに開ける事さえ困難な程に眩い光がソロモン要塞に浴びせられ、ソロモンそのものが光り輝いているように見える。まるでソロモンが太陽になったかのような印象にも見せるがしかし、実際はそうではない。

連邦軍が開発した対要塞兵器『ソーラ・システム』によってソロモン要塞が焼かれているのだ。何万とある小型ミラーパネルで形成された凹面鏡に太陽光エネルギーを集中させ、目標へ向けて照射すると言う原始的且つ単純な攻撃方法ではあるが、ミラー枚数が多ければ多いほど威力は増大するのでソーラ・システムは絶大な破壊力を有するに至ったのだ。

 

これにより要塞右翼にあった第6スペースゲートは一瞬で消滅し、ソーラ・システムによる照射の光はソロモン要塞をゆっくりと撫でるように移動していく。数分間に渡って続いた照射により、右翼側にあった要塞守備隊及び要塞機能そのものに甚大な被害を受け、一気にジオン軍が劣勢に立たされてしまう。

 

ソーラ・システムの攻撃で甚大な被害を受けたソロモンは混乱と恐怖の絶頂を極めた。何が起こったのか分からず言葉にならない悲鳴を叫び続ける兵士や、只管に被害状況を伝えようとする兵士、果てには全チャンネルをオープンにして必死に救援を求める声など……阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい混沌がソロモン要塞に満ち満ちていた。

 

『一体何が起こったんだ!? 通信機器がパンクしそうだ!』

『第6スペースゲートが消滅したって通信もありましたけど、本当なんですか!?』

『右翼に展開していたソロモン守備隊が無力化されたって通信もあるぞ!』

『俺に聞くんじゃねぇ! だけど、ヤバい状況なのは確かみたいだ!』

 

ソーラ・システムの攻撃など彼等には知る由も無いが、通信機から入ってくる生々しい音声や、最前線で戦っていた味方の部隊が徐々にソロモン要塞へ後退していく所から見て、自分達が追い込まれていると実感しつつあった。

 

『各員、聞いてくれ! 現在、我が軍のソロモン要塞は敵の新兵器によって甚大な被害を被った!』

 

そこで突然メーインヘイムのダズ少佐からの通信が入り、その場に居る全員のモノアイがメーインヘイムの方へと向けられる。

 

『たった今、ソロモン司令部より上陸前迎撃から水際迎撃に切り替えるとの通達があり、我々の部隊にも迎撃及び新兵器で負傷した兵士の救助に当たれとの命令が下された! 連邦軍は被害の大きい第6スペースゲートを中心に要塞内へ侵入してくると予想される! 外部から向かうのは今や危険過ぎる、内部通路を通って迎撃及び救援に向かってくれ!』

『了解しました。直ちに迎撃と救援に向かいます』

 

ソーラ・システムの攻撃で混乱しているジオン軍に、落ち着きを取り戻させる余裕を与える程、連邦軍も優しくはない。寧ろこの混乱で隙だらけとなったジオンを突く形で、主力部隊と陽動部隊が一斉攻勢に転じてきた。

今のソロモンでは連邦軍の人海戦術に耐え切れず、要塞内部への侵入を許すのも時間の問題だ。更に連邦軍には無傷のまま、戦力を温存していた主力艦隊さえも居るのだ。

 

敵の新兵器でズタズタにされたジオン軍と、まだまだ余力のある連邦軍……この勝負の行方は明らかになったも同然だ。

 

それでも諦め切れないジオン軍は少しでも戦いを有利に運ぶ為、残存戦力をソロモン要塞に集結させ、上陸前迎撃から水際迎撃に切り替えた。これにより要塞内部の構造を利用する地の利を活かした戦法が可能となり、相手の出血を強いる事が出来ると期待されていた。

 

地の利を活かした戦法が可能になったからと言っても現状では連邦軍に勝てる見込みは全く無く、あくまでも相手の出血を強いるのが限界だと言えよう。その為に只でさえ少ない戦力を掻き集めなければならず、特別支援部隊でさえも迎撃に駆り出されてしまう。

 

メーインヘイムとミューゼ、そしてビグ・ラングは当然ながら要塞内部の移動が不可能だ。なので、彼等の護衛機として先の戦闘で数を減らしたジェイコブ隊が残る事となり、それ以外の者達がソロモン内部を通って救援及び迎撃に向かう事となった。

 

 

 

 

『負傷者を急いで船に乗せて脱出させろ!! 急げぇ!!』

『戦えるMSとMPは前に出ろ! 戦闘機はどうするだと!? そんなもん要塞内部で使える訳ないだろ!』

『急げ! 連邦軍に軍港を制圧される前にソロモンから出るんだ!!』

 

第6スペースゲート周辺は物々しい雰囲気と慌ただしい空気が入り乱れ、誰もが負傷者の搬送と敵の迎撃に追われていた。負傷した兵士を入れたカプセル型の宇宙用担架が医療部隊や救援部隊の手によって、ソロモンから脱出する医療船や艦船などへ運ばれていく。

戦える兵士とMSは侵入してくる連邦軍のジムやボールの相手に奮闘するものの、数の暴力は如何せん覆し難く、徐々に押され始める。いや、最初から数で劣っている上に、あのソーラ・システムで只でさえ少ない更に戦力を削られたのだ。劣勢に立たされるのも当然だ。

 

それでもジオン軍は諦めずに必死の抵抗を続け、押し迫ってくる連邦軍に確実なダメージを与えていく。特別支援部隊もそれに参加し、迫り来る敵軍を迎撃するのと同時に友軍が脱出するまでの時間稼ぎに貢献する。

 

時にはMS部隊の後方からマゼラトップ砲やロケットポッドで支援攻撃を行い、時にはMSと肩を並べてマシンガンやバズーカを撃って応戦し、時にはMSでは通れない狭い通路を使って敵部隊の背後に回り込んで挟撃を演じたりと、オッゴならではの活躍と性能を遺憾なく発揮した。

 

やがて何度目かの迎撃で敵が攻撃の手を休めて一時後退した時、突如ネッド中尉の乗るリック・ドムに迎撃を指示していたソロモン守備隊の総責任者から通信が入ってきた。

 

『特別支援部隊! 聞こえるか! まだ無事か!?』

『こちら特別支援部隊、部隊長のネッド中尉。弾薬の残りが少ないですが、まだ機体の方は大丈夫です』

『そうか……。ならば、後は我々に任せて貴官等も脱出の準備を始めろ』

 

ソロモン要塞を守る立場にある守備隊の総責任者とは思えぬ台詞に、ネッドは思わず己の耳を疑い、もう一度聞き返してしまう。

 

『はっ!? い、今何と―――!?』

『遅かれ早かれ、此処が陥落するのは時間の問題だ。既にドズル閣下は妻子をソロモンから脱出させ、残った戦力を一ヶ所に集結させつつある。中央突破を図り、戦局の打開を目論んでいるのだろうが……それが叶うのかどうかも危うい状況だ』

 

この時、既にドズル・ザビ中将は自分の妻子をソロモンから脱出させており、ソーラ・システムの被害を免れて生き延びた残存艦隊を集結させていた。連邦軍艦隊による包囲網が完成する前に中央突破で戦局を打開する策を模索していたとされる。

しかし、圧倒的と言える程の劣勢に立たされている今、残存戦力だけで中央突破が実現出来るとは到底思えない。そして要塞内部では必死の抵抗を続けているが、どのみちソロモン陥落を阻止するのは不可能だ。

この場に残り続けて連邦の捕虜になるぐらいならば、ジオン公国の寿命を長引かせる為に少しでも多くの戦力を逃がした方が良い。そう考えたからこそ、総責任者は特別支援部隊に脱出するよう命じたのだ。

 

『機体は無事だと言っても、弾薬が無ければ戦えまい。それに部下達の損傷も激しい。これ以上、此処に居続けても邪魔になるだけだ』

 

厳しい口調でそう言い放つ総責任者だが、それは決して比喩などの類ではない。特別支援部隊も幾度と渡る迎撃戦によって傷付いており、この時点で既にオッゴ7機に、ザクⅡF2型とリック・ドムがそれぞれ一機ずつ撃墜されている。

これ以上戦闘を長引かせれば特別支援部隊は全滅しかねない。いや、それ以前に弾薬が尽き掛けているので、これ以上の戦闘続行は不可能だと言えよう。

 

つまり総責任者の言葉は的を得ているものであり、決して温情の念だけで言っている訳ではないのだ。総責任者の的確な指摘にネッドも反論出来なくなり、苦虫を噛み潰す様な苦い表情で承諾するしかなかった。

 

『……了解しました、特別支援部隊はこれより脱出の準備に取り掛かります』

『うむ、今日まで御苦労であった。貴官等の働きのおかげで、我々もここまで戦い抜く事が出来た。改めて感謝する』

『はっ!』

 

総責任者の命令であるとは言え、彼等を置いて自分達だけ先に脱出するのは快いものではない。命令に従ったネッドの心は鉛のように重苦しかったが、これも軍務であると己に言い聞かして沈み掛けた気持ちを何とか奮い立たせた。

 

『それと次いでだが、頼みが一つだけある』

『はっ、何でありましょうか?』

『この近くに我々を支援する為に数多くの整備兵や若い兵士が残っている。彼等を連れて先に脱出してくれ。我々も直にソロモンから脱出する』

『……了解しました! 各機、味方を牽引して母艦へ帰還するぞ!』

『『『了解!!』』』

 

迎撃をこれ以上続けるのは困難だと感じ取った総責任者は、一足先に脱出する特別支援部隊に他の仲間を一緒に脱出してくれるよう願い出た。ネッドがそれを断る理由などある筈が無く、直ちに部下達へ味方を牽引して母艦に帰還するよう指示を出した。

 

牽引用ワイヤーに付いている幾つもの持ち手に味方の将兵達が掴まっていき、やがてそれらが満員になるやザクやリック・ドム、そしてオッゴによって牽引されていく。

特別支援部隊がこの場に残っていた兵士達を牽引していく様子を見送った総責任者は、この場に残った自分の部下達にこう告げた。

 

『これで思い残す事は無い、あとは仲間が脱出するまでの時間を稼ぐのみだ。我々の意地を連邦軍に見せ付けるぞ!』

『はっ!!』

 

結局、総責任者を含める守備隊は最後までソロモン要塞から脱出する事はなく、この場に留まり続けて連邦軍の侵入を食い止めたのであった。弾薬が切れても、文字通り最後の一兵になってでも戦い続けた彼等の姿は連邦軍から見れば鬼気迫るものがあった。

最終的に彼等が連邦軍の物量の前に殲滅されたのは、特別支援部隊が友軍を引き連れて後退してから3時間後の事であった……。

 

 

 

 

一方で部隊の帰還を待っていたメーインヘイムのダズとウッドリー、それとムサイ艦ミューゼのハミルトンは今後の動向について通信回線で打ち合わせをしていた。

 

『既にソロモン要塞の残存艦隊は、正面の敵艦隊に向けて出立しつつあります。中央突破して戦局を打開すると言っていますが、恐らく突破後はソロモンから脱出するでしょう。我々もこれに続きませんと、脱出出来なくなる恐れがあります。いや、寧ろ連邦軍の包囲網で一網打尽にされてしまいます!』

「しかし、味方を置いて行く訳にはいかない。私としては彼等が帰って来るまで、此処で待つつもりだ」

『ですが、事は一刻を争うのです!』

 

ハミルトン少佐はソロモン艦隊と協力し、連邦艦隊の層を一点突破で切り抜けてソロモンから脱出すべきだと唱えるが、ダズ中佐は味方の部隊が帰還するまで待つと言い、互いの意見は平行線を辿る一方だ。

 

仲間を優先するダズと、現存する戦力を一刻も早くソロモンから脱出させる事を望むハミルトン。そんな二人の意見のぶつかり合いに仲裁としてウッドリー少佐が割り込んだ。

 

「お二人とも、落ち着いて下さい。確かに連邦軍の包囲網が着々と形成されつつある今、ハミルトン少佐のお気持ちも分かります。ですが、それを理由に友軍を見捨てるのは賛同致しかねます。既にネッド中尉はソロモンの残存兵士と共にこちらへ向かっているようですし、あと数十分だけ御待ち頂けませんか?」

『しかし、このままでは座して死を待つのと変わらない!』

「仮にハミルトン少佐の言うように、先に行く残存艦隊と行動を共にしても撃墜される可能性は高いです。何せ、目の前に居る連邦艦隊に真正面からぶつかるのですからね。あの中から生き延びられるのも一握りでしょう。それでも一緒に行かれますか?」

 

ウッドリーもダズと同じ意見を持っているらしく、こちらは残存艦隊に合流して連邦艦隊を切り抜けようとしても被害は免れないと言う自論を持っていた。それを聞いたハミルトンは遂に諦め、二人の意見を聞く事にした。

 

『了解した。だが、部下達を回収した後、どうやってこの場から脱出するつもりだ?』

「まだ我々以外他にも数隻の艦船が残っていますし、何より空母ドロワが残っています。あれと一緒ならば脱出するには十分かと思います」

 

このソロモンにはジオン軍が誇る最大のMS空母ドロワが配備されている。MSや戦闘機の搭載量は数百を超えると言われており、その圧倒的な搭載量でたった一隻だけで一個大隊と同じ戦力か、それ以上を有すると言われている。

正に動く要塞と呼ぶに相応しいが、その余りある巨体故に機動力は皆無であり、護衛艦が無ければ只の的と化してしまう。今回は幸運にも連邦軍に狙われずに済み、ソーラ・システムの被害からも免れる事が出来た。

 

そして今尚ソロモン要塞付近に居るのだが、こちらもソロモン内部に残る戦力を纏めて回収し、撤退に向けての準備を開始していた。しかし、こちらは集結した残存艦隊のような強行突破ではなく、被害を最小限に抑える遠回りの撤退を考えていた。ドロワに同行する艦も少なくなく、ウッドリーもこちら側と共に行動すべきだとハミルトンに訴えた。

 

『成程な……。そこまで言うのであれば、了解した』

 

ハミルトンもウッドリーの意見に異論はないと頷き、漸く話し合いが決着した矢先だ。

 

あのソロモンを焼き払ったおぞましいソーラ・システムの光が、正面の宙域を照らし付けた。

 

『こ、これは……敵の新兵器の光か!?』

「光は要塞ではなく、正面の宙域に当てられている?……まさか!?」

 

要塞ではなく正面の宙域に光が照らされているという事実に、ウッドリーはすぐさま心当たりを思い浮かべた。そして、その心当たりはオペレーターの言葉によって的中するのであった。

 

「た、大変です! 中央突破を図ろうとしていた残存艦隊に甚大な損害が出た模様です!」

「何だと!?」

 

そう、二度目のソーラ・システムの照射は要塞ではなく、生き残って尚も中央突破を図ろうとしていた残存艦隊に当てられたのだ。この照射により残存艦隊は更に数を減らされ、甚大な被害を受ける羽目に陥ってしまった。

 

二度に渡るソーラ・システムで受けた損害に、誰もがこの戦いは負け戦だと認めざるを得なかった。

 

「……勝敗は喫したな」

「ええ、ここまでズタズタにされれば今度こそ連邦軍の攻勢に支え切れません……。残念ながら……」

「ならば、今度こそ脱出に向けて真剣に考えるべきだろう。今の攻撃で残存艦隊も撤退を諦めて、こちらに合流するだろう。そうなれば今度こそ本格的な撤退戦に移行する筈だ」

「そうですね、その為にも先ずは友軍機の回収を急がなければ―――」

「艦長! 味方のチベが敵の追撃を受けています! サラミス2隻、MS6機!!」

「何だと!?」

 

本格的な脱出を三人が考え始めようとした矢先、突然敵の接近を告げるオペレーターの声とアラームが響き渡る。そしてモニター画面に目をやれば、先程のソーラ・システムの攻撃から運良く免れたと思われる1隻のチベが、サラミス2隻とMS6機の追撃を受けていた。

お互いの距離は一定間隔を保っているが、チベがこの要塞の軍港に逃げ込むとなれば減速は避けられない。そうなってしまえば後方から追い掛けているMSやサラミスに追い付かれて、撃墜されるのは必至だ。

 

「艦長! このままではチベが撃沈されてしまいます!」

「むぅ……! まだ友軍機が帰って来ていないと言うのに……!」

 

救援に向かいたいのは山々だが、MSも無ければ護衛用のオッゴの数も少ない、救援に向かわせられる余裕なんて殆ど無い。このまま友軍が倒されるのを、指を咥えて見ているしか無いのか……と思われた瞬間、モニターに面長なジェイコブ少尉の顔が映し出される。

 

『艦長! 我々を救援に向かわせて下さい!』

「ジェイコブ少尉!? 無茶だ! オッゴだけで連邦軍のMSを相手するのは!」

『しかし、このままでは我々の所にも敵が来てしまいます! せめて友軍が来るまでの時間稼ぎだけでも……!』

「むぅ……」

『ジェイコブ少尉の言う通りです。私もミューゼでジェイコブ隊を支援します。それで宜しいでしょうか?』

 

友軍の救出に向かわせて欲しいと懇願するジェイコブとハミルトンに、ダズは苦渋の決断を下すように重々しく首を上下に頷かせた。

 

「……分かった。だが、無理だけはしないでくれよ」

『了解!』

『分かっていますよ! 直ちに友軍の救援に向かいます!』

 

そこでジェイコブとハミルトンの顔がモニターから消えるのと同時に、メーインヘイムの周囲に居たジェイコブ隊とムサイ艦ミューゼがチベ救援の為に発進した。その様子を不安げに見詰めるダズであったが、仲間だけを危険に向かわせる事しか出来ない自分の無力さを悔やんだ。しかし、彼がこのように悔やむのは果たして何度目だろうか……。

 

 

 

こちらへ逃げてくるチベはソーラ・システムの被害は一切受けていないものの、追撃によるダメージが大きく至る所から火花や黒煙が上がっていた。エンジン付近からも出火しており、速度も通常のチベ級と比べて若干遅い気がする。

このままでは連邦軍に追い付かれて撃墜されてしまう。そんな手遅れになる前に、ジェイコブ隊はチベの後方辺りに向けてABMを放ち、ビーム撹乱幕を散布した。

 

散布されたビーム撹乱幕によってサラミスの艦砲とジムのビームライフルは尽く四散し、チベに決定打を与え損ねてしまう。そしてチベは要塞の軍港へと命辛々逃げ込み、それと入れ替わる形でミューゼとジェイコブ隊が連邦の追撃隊の前に立ちはだかる。

 

戦いは必然とサラミス2隻とミューゼ(ムサイ1隻)、ジム6機とオッゴ6機という構図となった。そしてジムで構成された追撃部隊に挑むジェイコブに対し、ハミルトン大尉から直々に忠告の通信が入ってくる。

 

『ジェイコブ少尉、無茶はするな。こちらの友軍が帰還するまでの時間を稼いだら戻って来るんだ』

『了解!』

 

時間稼ぎという目的がある以上、深追いする必要は皆無である。しかし、ソロモンに攻め入っている連邦軍にこちらの事情など通用する筈がない。彼等は攻め込んだ以上、徹底的に敵を潰すという意志を持っているのだから。

 

しかも相手は当時の兵器の中でも最高峰の威力を誇るビーム兵器を装備しているMSであるのに対し、こちらはマシンガンやバズーカ等と言った武装しか持ち合わせていないMPのオッゴだ。

誰がどう見ても、オッゴが不利なのは明らかだ。がしかし、相手がビーム兵器しか持ち合わせていないのはABMを装備したオッゴにとっては逆に幸運であった。

 

『相手はビーム兵器しか持ち合わせていない! もう一度ABMでビーム兵器を封じるんだ!』

『了解!』

 

残りのABMを放ち相手のビーム武器を一時封じ込めたのと同時に、ジェイコブ達はマシンガンやバズーカなどの実弾兵器を以てして連邦のジム部隊に襲い掛かった。

ジム部隊は戦闘で身に付いた癖でビームスプレーガンの引き金を咄嗟に引くが、ビームの光跡は数十mどころか、数m飛んだ瞬間に細かな粒子となって散ってしまう。

ビームが四散したのを目の当たりにして『しまった!』と驚愕したのか、一瞬だけジム部隊の動きが鈍くなった。その隙を突く形で、ジェイコブ隊は数機掛かりでマシンガンの雨を浴びせジム部隊の一機を撃破するのに成功する。

 

そして一機を撃破したらその場に留まらず、ジム部隊の間を潜り抜けるように通り越し、再びUターンしてジム部隊に襲い掛かる。

小型ながらも高い推進力を持つオッゴだからこそ可能である一撃離脱法により、MS相手でも引けを取らない戦いを演じているかに見えるが、これは只単に相手の隙を上手く突けただけで、決してオッゴがジムと対等に戦えている訳ではない。

 

友軍が撃墜された事でジム部隊も頭が冷えたらしく、無暗に攻撃を仕掛けるのを控え、ジェイコブ達が散布したビーム撹乱幕の効果が消えるまで回避か、盾による防御に徹し始めた。

ビーム撹乱幕でビーム兵器を無効化に出来るとは言え、その効果は無限大に続く訳ではない。前にも述べた通り、撹乱幕がビームを防ぎ切れる時間は数分程度だ。

 

そしてビーム撹乱幕の粒子が消失して効果が失われたのを見計らい、ジム部隊はやられた分をお返ししようとジェイコブ隊に牙を剥いた。相手がビーム兵器を使えるようになってしまえば、最早オッゴ達に勝ち目は無いと言っても過言ではない。

ボールよりも高い統合性能を有しているとは言え、あくまでもそれはMPという狭い範疇内での話だ。付け加えて、連邦のMSはザクやリック・ドムと互角以上に戦える高性能を有しているのだから、所詮はMPに過ぎないオッゴが太刀打ち出来る訳がない。

 

ジェイコブ隊も頭の中でそれを十分に理解しているものの、此処で早々と引き返せば今度は一緒に同行してくれたミューゼに被害が及ぶ事もまた理解していた。友軍が帰って来れば、この苦しい状況も打開出来るかもしれない……そんな目論みもあった為、ジェイコブ隊は高性能なジム部隊相手に必至の抵抗を試みたのだ。

 

だが、雲泥の差と呼ぶに相応しい性能差では勝負になる筈もなく、ジェイコブ達の奮闘も空しくオッゴ達は一機、また一機と人間が小バエを叩き落すかの如く、あっさりと撃墜されていく。

そして追撃部隊と衝突してから五分後には、ジェイコブを除いた全てのオッゴが撃墜されてしまい、今では孤立した彼の周りに5機のジムが取り囲んでいる。多勢に無勢とは正にこの事だ。

 

『へっへっへ、不細工なジオンのドラム缶ちゃんも残すは1個だけかよ。大した事ねぇな!』

『当然だ、俺達がジオンのくそったれ如きに負けるかよ!』

『はははっ! 違いねえ!!』

 

圧倒的な優位に立ち、精神的に余裕も生まれたジムのパイロットは勝利を確信した笑みを浮かべ、孤立したジェイコブのオッゴを見下した。彼等の声はジェイコブの乗るオッゴの通信機にも届いており、自分達が貶されている台詞を聞かされて正直苛立ちを覚えるものの、ジェイコブはそれをグッと堪えた。

 

『こいつの相手はジョーンズとニックに任せよう。残りは敵巡洋艦に―――』

 

最早一機しか居ないオッゴにジム5機で相手するのは勿体無いと追撃部隊の隊長は判断したのだろう。目の前に敵が居るにも関わらず、周囲の部下をカメラアイで確認しながら次の指示を出し、部下達も隊長機の方にカメラアイを向ける。

 

圧倒的有利な立場であるとは言え、この瞬間オッゴに対する注意力が散漫し、誰もがジェイコブの動向に視野が入っていなかった。その隙を見逃さなかったジェイコブは咄嗟にバーニアを吹かし、全員の視線を一点に請け負っている隊長機のジム目掛けて突撃を敢行した。

 

『!! こいつ!?』

 

急に自分の方へ突っ込んで来るオッゴを見て、咄嗟にビームスプレーガンの引き金を引く。しかし、流石の隊長も突然の事だったので狙いを定め切れなかったらしく、ビームは惜しくもオッゴの上スレスレを通り過ぎて命中するに至らなかった。

 

そしてジェイコブのオッゴは折り畳まれていた両腕のアームを展開するや、ロケットエンジンから生まれる大推力で勢いを得て、そのままジムのコックピットに鋏型のアームを突き刺した。

作業用のアームとは言え、単純な構造故の頑丈さと、MSと同等のパワーは使い方次第では有効な武器となる。今回はそのアームと大推力を掛け合わせた事で、MSのコックピット装甲をも容易く貫通させる破壊力を生み出した。

 

言うまでも無く、中に乗っていた人間はオッゴのアームで押し潰されて無残な姿となったに違いない。しかし、それを気に掛けている場合ではないのもまた事実だ。

 

『この野郎!!』

 

あっという間に、目の前で隊長が殺された事で頭に血が上った部下の1機が、ビームサーベルを手にしてオッゴの背後から躍り掛かる。しかし、その行動を予測していたかの如く、マシンガンが装備された右アタッチメントがグルンと180度回り、後方のジムに向けて火を噴いた。

 

間近からマシンガンの集中砲火を受けたジムは機体が保たず爆散し、一分足らずでジム2機がたった1機のオッゴによって撃墜されてしまった。

 

『コイツめ!』

『ぶっ殺してやる!』

 

仲間を奪われた怒りからかチンピラのような短絡的な言葉を吐き散らし、残り3機のジムがビームスプレーガンの銃口をオッゴに突き付けた……その瞬間だった。

突然、MSさえも飲み込みそうな巨大な光跡―――戦艦の主砲と同等か、それ以上の威力を秘めたメガ粒子砲がジム達の背後を通り抜けたのは。

 

そして通り抜けたメガ粒子砲は追撃部隊の母艦であるサラミス級巡洋艦を正面から貫き、そのままメガ粒子砲を薙ぎ払う事で、隣に居たもう一隻のサラミスも轟沈せしめた。

二隻の巡洋艦を一瞬で撃沈された姿を目の当たりにしたジムのパイロットは驚きを隠せず、次いで通信機を通して困惑の声を漏らしてしまう。

 

『な、何だ!? 戦艦の主砲か!?』

『しかし、あんな大出力のメガ粒子砲は見た事ないぞ!?』

『敵の増援か!?』

 

メガ粒子砲の概念は連邦軍にも定着しているが、それにしては彼等の背後を通り過ぎたメガ粒子砲は戦艦クラスをも余裕に超えていた。

生き残った3機はメガ粒子砲が飛んで来た方向へ振り返ると、今さっきまでサラミス級と撃ち合っていたムサイ級巡洋艦ミューゼの隣に、大抵の艦船をも越してしまう程の巨大MAの姿があった。

 

『あれは……ビグ・ラング!?』

 

巨大MAビグ・ラングの異常とも言える巨体に驚愕した連邦軍のパイロットだが、一方のジェイコブはビグ・ラングが戦線に出て来た事に驚いていた。それもそうだ、何せビグ・ラングはあくまでもオッゴを補助する為の支援兵器であり、自ら戦線に出て戦闘を行うには不向きの機体だ。

 

つまり、ビグ・ラングが堂々と前に出てくる事自体が間違った運用方法なのだ。巨体故に機動性と運動性が劣悪となってしまったビグ・ラングなど、高い機動力を誇るMSからすれば単なる図体のデカイ的に過ぎない。

但し、ジムが持つビーム兵器ぐらいでは、ビグ・ラングの分厚い装甲を傷付けるのは先ず不可能だ。寧ろ、相手が攻撃する為に接近してくれるのは、動きが緩慢なビグ・ラングにとって反撃のチャンスが増えたと捉えるべきだろう。もし一撃でもビグ・ラングの攻撃をジムに当てる事が出来れば、撃破するのも夢ではない。

 

只、一つだけ問題を上げるとすれば――――

 

『え!? あ、当たったの!? 嘘!? 本当に!?』

 

―――乗っているカリアナ技術中尉が、事戦闘に関してはド素人であるという事ぐらいだろうか。にも拘らず、初めて戦闘で彼女は二隻の巡洋艦を撃沈せしめるという、本人も驚く戦果を得た。

カリアナもこれには興奮が冷めず、尚且つ体の奥底から湧き上がる高揚感に酔い痴れそうになるが、ハミルトン少佐の怒号が飛んで来た事でその高揚感も、何もかもが綺麗に吹っ飛んでしまう。

 

『カリアナ中尉! 何をしに来たんだ!? 下がるんだ!! それでは良い的だ!』

『いえ、仲間の危機を見捨ててはおけません! それにビグ・ラングも時間稼ぎの手助けぐらいは出来る筈です! やれます!』

 

カリアナが此処へ駆け付けたのは、目の前で落とされていく同じ部隊の仲間の危機を放ってはおけなかったからだ。彼女も技術中尉としてビグ・ラングの長所と短所を十分に理解しており、その両者を天秤に掛けた上で判断を下し、行動を決めたのだ。

ハミルトンがカリアナに下がるよう命令したが彼女は断固として後退しようとはしなかった。そうこうしている間に敵のジム3機は、戦場に現れた巨大なビグ・ラングを殊勲賞ものとして目を付けたらしく、ジェイコブのオッゴを半ば無視する形で向かって来た。

 

『……仕方ない、カリアナ中尉にも迎撃に参加して貰う。自分から戦場に出て来た以上、自分の行動に責任を持て! 良いな!!』

『了解!!』

 

そこでハミルトンもカリアナの行動を認め、自分で出撃したからには自分でその責任を取るようにと念を込めて、彼女を迎撃に立ち合わせる事を許可した。

 

『これが……戦闘……』

 

自分の意思で出撃したとは言え、カリアナに恐怖が無かったと言えば嘘になる。寧ろその逆で、恐怖を感じる余り体中が氷のように固まってしまい、自分の思い通りに手足を動かせなかった。

 

だが、カリアナの心情など敵パイロットが知る由も無く、ビグ・ラングのビグロユニットやAdユニットに向けて容赦なくビームスプレーガンで攻撃してきた。

 

『きゃああああっ!!』

 

迫り来るビームの閃光に思わずカリアナは乙女のような悲鳴を上げ、同時に俯いて目も瞑ってしまう。だが、そんな事をした所でビームを避けられる筈もなく、3機のジムからそれぞれ放たれたビームはビグ・ラングの巨体に吸い込まれるように命中する。

 

『……? 意外と……衝撃が小さい?』

 

しかし、ビームの直撃を受けたものの、乗っているカリアナのコックピットに伝わってきた震動は彼女が想像していたものよりも極めて小さいものであった。

幾重にも重ねられた堅牢な重装甲と、その表面に施された耐ビームコーティングのおかげで、ビームの威力と衝撃がほぼ無力化されたのだ。想像以上の頑丈さを発揮したビグ・ラングの装甲のおかげで、彼女の恐怖心は幾分か薄らいだ気がした。

 

『これなら……やれる!』

 

恐怖が軽減された所で正面モニターを見れば、こちらに向けて何度も何度もビームを撃って来るジムの姿が映し出されていた。微弱な震動がコックピットに伝わって来るものの、ビグ・ラングの装甲に全信頼を預けた彼女は震動に臆する事はなかった。

 

『お願い……! 当たって!!』

 

そして迫り来るジムに狙いを定め、蟹鋏型のクローアームの付け根に装備されたビーム・ガンで迎撃を試みる。ビグ・ラングのビーム・ガンは連邦軍のビームライフルの出力をも越す威力を秘めている他、当時の技術では珍しい連射型となっている。

 

カリアナがトリッガーを引いたのと同時にビーム・ガンの砲口から小粒のビームが雨霰の如く無数に発射され、3機のジムに襲い掛かる。数秒の間に何十発と発射されるビームの雨にジム部隊は回避するか、もしくは盾を構えて防御しようとする。

 

だが、ビーム・ガンの呼び名とは裏腹に、ビグロのアームサイズに合わせて装備されたそれはMSのビームバズーカとほぼ同じ口径を持っている。

そんな大口径のビーム砲から放たれるビームの雨を、たかが一つの盾で防ぐなんて不可能だ。3機の内の1機は盾で防ごうとしたものの、一発耐えて二発目の直撃で呆気なく貫通し、そのまま機体ごと撃ち抜かれてしまう。

 

残りの2機は真正面からの撃ち合いでは分が悪いと気付いたらしく、機動力を活かした接近戦でビグ・ラングを翻弄しようと試みた。先ずは一機がビグ・ラングの右脇を通り抜け、もう一機は先頭から少し遅れる形で左脇から抜けようとしたが、前方からビグ・ラングの長いアームが迫って来ていた。

 

『う、うわあああ!!?』

 

パイロットの叫びがコックピット内に木霊するのと同時に、蟹鋏のようなクローがジムの胴体をガッチリと挟み込む。ビグロの巨体とAdユニット、それぞれに内蔵された大型の大出力ジェネレーターから生み出されるパワーはMSのそれをも遥かに凌駕し、MSをクローアームで押し潰すなんて赤子の手を捻るに等しいものであった。

 

ベキベキベキと鉄が拉げ、コックピットフレームが圧し折れる音が操縦席に響き渡る。とてもじゃないがジムのパイロットは生きた心地がしなかったに違いない。挙句の果てには仲間に対し、情けない涙声で助けを求める有り様だ。

 

『た、助けてくれぇー!!』

『くそ! この野郎!!』

 

仲間の悲鳴を聞いてもう一機のジムが救援に駆け付けるが、ビームスプレーガンを幾度と撃ってもビグ・ラングの装甲の前には全く歯が立たない。やがて射撃では効果が期待できないと割り切ったらしく、スプレーガンを捨ててビームサーベルで立ち向かおうとする。

 

だが、ビグ・ラングのモノアイがビームサーベル片手に挑んでくるジムの姿を捉えた瞬間、クローアームで掴んでいたジムを彼目掛けて向けて放り投げた。

 

『な!?』

 

掴まっていたジムがこちらに放り投げられるのを見て、思わずその場で動きを止めて盾でガードしてしまう。ビグ・ラングに放り投げられた挙句に味方の盾と激突したジムは、その時点で制御不能に陥ってしまったのか、宇宙空間の中をゆっくりと漂いながら遠くへ飛んでいく。

 

『リチャード!! おい、リチャード!! くそ!!』

 

仲間のジムが胴体や腕部から火花を上げながらドンドンと遠くへ漂っていく姿を見て、必死に呼び掛けるが向こうからの応答はない。気絶したのか、それとも打ち所が悪くて死んでしまったのかと不安が頭に過るが、仲間を心配するよりも先に自分の身を案じるべきであった。

 

ふとビグ・ラングの存在を思い出してバッと振り返るが、既に相手は両腕のビーム・ガンをこちらに向けて射撃の体勢に入っていた。

 

『!! しま―――!』

 

彼の叫びは言葉の途中で降り注がれたビームの雨によって遮られ、最後まで続く事はなかった。そして彼の体は機体を貫いて侵入してきたビームの高熱で蒸発し、次いで機体ごと爆散した事により文字通りこの世から消滅した。

 

『はぁ…! はぁ…! や、やったの? 敵は!? ジェイコブ少尉は!?』

『大丈夫だ。おかげで助かったよ』

『はぁ……良かったぁ……!』

 

敵部隊を撃墜した直後は初めての戦闘で興奮していたという事もあって、カリアナが仲間の安否を気遣えたのは暫く経ってからであった。そしてジェイコブの返答が耳に届いた瞬間、彼女の張り詰めていた緊張が一気に萎んでいく。

 

『全く、カリアナ技術中尉には驚かされましたよ。まさか、自分から出撃するなどと……新兵でも相当の度胸が無いと出来ない事ですよ!?』

 

ジェイコブの台詞はカリアナを褒めると言うよりも、無謀な出撃を行った彼女の行動を嗜めている感が強い。カリアナもそれは自分でも認めているらしく、通信機からは弱々しい彼女の声が返って来る。

 

『す、すいません……。でも、仲間が苦戦している所を見過ごせません。ましてや、仲間が死ぬのはこれ以上……見たくありません』

『技術中尉、それが戦争というものです。戦争なのだから誰かが死ぬ、昨日まで笑いあっていた友人が敵の銃弾に撃たれて死ぬ、そんな事は当たり前なのです。私も今日まで、そして今回の戦いで多くの部下を失いました。……しかし、この命が助かったのは事実です。礼を言いますよ、技術中尉』

『は、はい!』

 

何だかんだと言いながら、最後は感謝の言葉を呟くジェイコブの言葉にカリアナは今までの恐怖や苦労が報われるような想いだった。

 

次の瞬間までは―――

 

『そろそろ帰還しよう。もうすぐで仲間が―――』

『ジェイコブ少……尉…?』

 

突然ジェイコブの声が途絶えたので、どうしたのかとモノアイカメラで彼の方を見ると、彼を乗せたオッゴが激しい爆発と共に消えていく姿が画面に映し出された。最初はどうして彼の機体が爆発したのか分からず、無意識の内にカリアナは彼の名を叫んだ。

 

『少尉!! ジェイコブ少尉!! 応答して下さい!! 少尉ー!!』

 

しかし、木端微塵に爆発したオッゴからジェイコブの声など返って来る筈がなかった。返って来るのは無機質な砂嵐の音だけで、そこで彼の死を受け入れざるを得なかった。

 

『誰が……一体誰が!?』

 

ジェイコブの死を受け入れた直後に湧き上がる怒りを抑え切れず、只管にモノアイを左右に引っ切り無しに動かし続けていると、モノアイカメラが一つの反応を捉えた。

その反応は先程、ビグ・ラングに掴まった挙句に投擲道具扱いされた不運なジムであった。機体のバーニア制御は不可能になってしまったらしいが、射撃管制は生きているのかビームスプレーガンの銃口をこちらに向けていた。

仲間の仇討ち、もしくは一人でも多くの敵を地獄へ引き摺り落とすつもりで撃ったのだろう。そして死を覚悟したジムパイロットの一撃は見事、ジェイコブ少尉を道連れにしたのであった。

 

少なくとも付近にこのジム以外に敵が見当たらない事から、ジェイコブ少尉のオッゴを落としたのも奴に違いない。そう理解したカリアナは怒りに任せたまま、無抵抗の状態で宇宙に漂うジムに向けて大口径のメガ粒子砲の照準を合わせた。

 

『う……うああああああああああああ!!!!!』

 

怒りの咆哮と共に、カリアナは指に掛けていたトリッガーを引いた。

 

この日、彼女は多くの経験を積んだ。最初は純粋な想いで戦場に立ち、仲間を守れた喜びと……仲間を目の前で失う絶望と、仲間を奪った敵に対する殺意を知った。

 

そして殺意という衝動に駆られ、無意識に人間さえも呆気なく葬ってしまう人の恐ろしさを知った。

今度こそ本当に全ての敵を撃墜し、結果的に危機的状況だったミューゼを守ったのだが、カリアナの心は先程とは一転して重く苦しかった。

 

『――何でよ……』

 

自分の意思で出撃した筈なのに、仲間を守りたいという一心で戦った筈なのに、そして仲間を奪った敵を倒して仇を取った筈なのに――――

 

 

『何で、何で私…………こんなに苦しいの……!?』

 

 

MSやMPのパイロット達は皆、どんなに過酷な戦いを潜り抜けた後でも、疲れた表情こそ浮かべるものの苦しい表情は浮かべてはいない。それは戦いから生き延びた満足感からだろうとカリアナは思い込んでいた。

 

だが、その思い込みは誤りであった。彼女自身が戦闘を体験してみたが、心に残ったのは苦しみだけだ。そして仲間を失った悲しみと、衝動に駆られて無抵抗の人間を殺してしまった自己嫌悪から来る気持ち悪さが一気に込み上がる。

 

『何で皆……こんなのが出来るの!? おかしいよ……! う…うぅ…うぇぇ……』

 

余りの気持ち悪さに耐え切れずビグ・ラングのコックピット内で胃袋にあった物全てを嘔吐してしまい、苦しさと悲しみの余り目から涙が零れ落ちる。

 

三度ぐらい吐き出して嘔吐物に塗れてしまったコックピットの中に、胃液や消化され掛けた食物などがごちゃ混ぜになった、あの鼻を突く独特の嫌な匂いが立ち籠る。またコックピットの中は無重力なので嘔吐物も一緒に宙に浮かんでしまい、それがカリアナの不快感を煽った。

 

視界が霞み、苦しみに悶えるカリアナの目に映ったのは――――至る場所から煉獄の様な炎を噴き出すソロモン要塞の姿であった。

 

 

 

それから間を置かずして、ドズル・ザビ中将はソロモン要塞の放棄を決定した。その後、ドズル中将はビグ・ザム単機で連邦軍の主力艦隊に特攻し、友軍脱出の時間を稼ぐと同時に敵に大打撃を与えた挙句―――還らぬ人となった。

そしてドズル中将の命懸けの特攻を無駄にしないと、ドロワを中心とした残存艦隊がソロモンからア・バオア・クーに向けて撤退を開始した。

 

無論、この時にも連邦軍の追撃はあったものの、殿に付いたアナベル・ガトーの一騎当千の活躍によって追撃の手を退ける事に成功した。

 

ソロモンの兵士を数多く収容した特別支援部隊も残存艦隊と行動を共にし、ア・バオア・クーへと向かうが……誰もがソロモンが陥落した事実に深い落胆を隠せずにいた。

 

宇宙世紀007912月24日……ソロモン要塞は陥落し、いよいよ戦いはジオン公国の存亡を賭けた最終決戦に突入しようとしていた。

 




最終話まであと少し!!


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12月30日

後もうすぐで終わりです。そう思うと何だかホッとしますw


12月30日

 

宇宙要塞ソロモンの放棄・撤退と言うジオン軍にとっては悪夢のような敗北から数日が経過した。今年も残す所あと二日だけとなり、あと二日で宇宙世紀の年数が一つ増えるのと同時に、このジオン独立戦争も開戦してから丸一年が経つ。

 

間違いなく、この一年は激動の年であった。

 

ジオン公国が地球連邦政府に対して独立戦争を仕掛け、この戦争で初めてMSが戦場に投入され、同時に併用されたミノフスキー粒子の影響によって、今まで通用していた戦争の常識が根底から覆された。

またMSという人型兵器を初め、怪物と呼ぶに相応しいジオンのMAや、連邦軍のミノフスキークラフトやビームライフルなどのミノフスキー物理学を応用した兵器など、数多くの兵器が生み出された年でもあった。そして一年に及ぶ戦争の中でMSとMAは地球と宇宙、地形や環境に囚われる事なく活躍し尽したのは言うまでもない。

 

それでもやはり、MSを初めとする新兵器を生み出すきっかけを作ったのはジオンが持つ高い技術力のおかげだ。彼等が生み出したMSで築かれた功績は輝かしいものであり、それは開戦直後に飾った圧倒的な勝利が物語っている。

この時は誰もがジオンの勝利とスペースノイドの独立は確実だと思えていたが、一年足らずで連邦軍がMS開発に成功した事により形勢は逆転。今ではジオン公国が滅亡の危機に立たされている。

 

こうして背水の陣へと追い込まれたジオンは残された戦力の大半を宇宙要塞ア・バオア・クーに集結させ、文字通り総力戦の構えを見せた。連邦軍が占領したソロモン要塞からサイド3方面へ攻めて来るのは火を見るよりも明らかであり、恐らく近日中にも攻め入って来る筈だ。そうジオン上層部は踏んでいた。

 

しかし、実際に連邦軍が考えていた次の作戦段階はジオンの最終防衛ラインであるア・バオア・クー要塞と月面基地グラナダを無視して、そのまま一気にジオン本国サイド3へ突入するというものであった。

これは連邦軍が短期決戦による戦争終結を狙った為であるのと同時に、地球上からの撤退で資源が枯渇している上にソロモン戦で宇宙軍の大半を失ったジオンに最早勝ち目は無いと見越した上での作戦行動であった。

 

連邦軍の最高司令官の思惑通りに戦争が進んでいるなど、ア・バオア・クーに集結しているジオン兵は知りもしなければ、信じもしないだろう。祖国が負けるなんて事は、彼等にとっては絶対にあってはならない事なのだから。

 

しかし、中には戦争の勝敗よりも、戦争の終結を望む者も少なからず居る。だが、それを口に出してしまえば非国民と一方的に決め付けられるのと同時に、軍法会議に掛けられて有罪を言い渡されるのがオチなので、間違っても口に出すような真似は誰一人として出来ない。

 

だが、敢えてそれを口に出す者達も居る。ザビ派からの迫害を受けて地下に潜伏し続けていたジオン派や、ザビ家の独裁政治に反対する活動家達、特権階級を有する軍の上級官僚やザビ家に近しい人間の横暴な振る舞いに不満を抱いていた者などがそうだ。

彼等は背水の陣にまで追い込まれているジオン公国を目の当たりにして、ザビ家による独裁政治を打破する好機だと捉えていた。この頃、サイド3などではジオン公国に対する不満を抱き続けた者の犯行だと思われる爆破テロが頻発しており、更にはサイド3内部でクーデターが起こるかもしれないという不穏な噂までも流れていた。

 

後の歴史表では12月31日に本国サイド3にて、首都防衛大隊司令官アンリ・シュレッサー准将を中心とした大規模な軍事クーデターが発生したと発表されているが、明らかになっているのは先に述べた部分のみであり、事件の全貌は未だに解明されていない。

 

無論、今述べたのは明日起こる出来事だ。12月30日のこの時点で本国が内部崩壊の危機に晒されているなど、最前線で戦う兵士は誰一人として知る由もなかった。

 

ソロモンからア・バオア・クーに撤収し、そのままア・バオア・クーの防衛戦力に組み込まれた特別支援部隊もその一人だ。本国の内部崩壊はおろか、連邦軍がア・バオア・クーを素通りしてサイド3へ向かう事さえも全く知らないでいる。

仮に知ったとしても、部隊の大半は戦争終結を望んでいるので、ジオンの敗北で漸く戦争が終わるのだという程度にしか思わないだろう。

 

しかし、上層部から連邦軍の侵攻に備えよという命令がある以上、そう易々と気を抜く事も出来ないのだが。そして今はア・バオア・クーの近海にて、サイド3から派遣された増援戦力と共に迎撃の下準備に取り掛かっている。

下準備の方は順調に進んでいるのだが、問題なのはサイド3からやってきた増援戦力だ。この増援の約8割が正規の軍人ではなく、短時間の操縦訓練しか受けていない速成の学徒兵なのだ。

学徒兵に頼らざるを得ないという時点でジオンの人材不足は明白であり、また学徒兵の増援なんて無意味以外の何物でもない。

 

学徒兵の優れている部分を強いて述べるとすれば、ジオン公国に対する忠誠心と祖国愛から生まれる士気の高さぐらいだ。そんな彼等がどれだけ寄り集まろうと、所詮は素人の集まり。戦争のプロである連邦軍に太刀打ち出来る筈がない。

 

あくまでも彼等学徒兵に求めているのは、戦争を行うのに必要な頭数を揃える為だけだ。そう思えて仕方のないダズはメーインヘイムの傍で迎撃準備に従事する学徒兵の部隊を見詰め、重々しい溜息を吐き出した。

 

「子供にまで戦わせるとは……嘆かわしい事だ」

「ええ、そうですね。こんな現状を目の当たりにすると、さっさと和平交渉に入ってくれないだろうかと願わずにはいられませんよ」

「トップが戦争継続を望んでいるのだ。和平交渉は望み薄だろうな……」

「……全く以て、嘆かわしい事ですね」

「ああ、全くだ」

 

メーインヘイムは言わば自分達の家も同然だ。だからこそダズとウッドリーは遠慮無しにジオン公国を導くトップのやり方に批判染みた台詞を吐き捨て、それを聞いていたオペレーターや操舵手も二人の言葉に同意するように頷いたのだ。

 

「それよりも……我々の配置についてだが、まだ決定の報告は来ないのか?」

「はい、何分総力戦ですからね。悪い言い方をすれば、所属も命令系統も異なる烏合の衆を適切に配置するのに手間取っているのでしょう」

「戦力を掻き集めても、こうも足並みが悪ければ意味がないではないか……。本当に大丈夫なのか?」

 

ジオン公国の残された総力を掻き集めたと言っても、ジオンが一枚岩であるとは限らない。ギレンが指揮するギレン親衛隊も居れば、ソロモンから撤退して来た元ソロモン防衛部隊もあれば、グラナダからキシリアと共にやって来た部隊も居るのだ。

所属が異なれば命令系統も異なる。ましてやソロモンから撤退して来た残存部隊に至っては、完全な烏合の衆なので戦力として機能させる為に部隊編成を一からやり直さねばならない。

 

現在、掻き集めた戦力を有効に活用するべくギレン閣下の采配の下で部隊配置及び部隊編成を行っているが、特別支援部隊も含め複数の部隊が未配置のままだ。

ア・バオア・クー司令部の考えでは総力戦が始まる直前には配置は完了しているとの事だが、その猶予を連邦軍が与えてくれるかどうかは定かではない。

 

「今は只、待つだけ……か」

「艦長! ドロスから入電です!」

「……待つ暇も無いようだな。内容を読んでくれ」

「はい。『本日2000時を以て、特別支援部隊はドロスを中心としたNフィールド防衛大隊に編入する。細かな配置等の説明を行う為、至急指揮官はドロスに集合されたし』……以上です」

「Nフィールドか。激戦が予想される宙域の防衛に組み込まれるとは、いよいよ我々の悪運も尽きたようだ」

「それはどうでしょうか。悪運というものは不利な状況に陥ってから効果を発揮するものでありますからね」

「……とりあえずドロスに向かう。ウッドリー、船を頼む」

「はっ、お気を付けて」

 

Nフィールドの配置というだけで正直絶望しか覚えないのだが、かと言って今更拒否する権限など彼にはない。今は只、ウッドリーの言う悪運説に縋るしかないと思いながら、メーインヘイムを後にするだけだ。

 

 

 

 

空母ドロスはソロモン要塞に登場した空母ドロワの同型船であり、全長が500m近くもある。これはダズ達が乗っているメーインヘイムの約二倍に当たる大きさだ。それに伴いMSの搭載量は三桁に達し、正に空母と呼ぶに相応しい搭載量を誇る。

艦船の大きさから搭載量に至るまで、全てのスケールにおいてジオン公国の艦船の中で最大規模と呼んでも過言ではない。

そもそも巨大空母という名前が付いているのだから大きいのは当たり前であるが。しかし、それにしてもやはり巨大だ。内部は基地と呼んでも差し支えがないぐらいに機能が充実しており、大量のMSとMAの整備・補給も可能であった程だ。

だが、広大な作りの割にはドロスの艦橋は独特な作りだ。船体前面に設けられた細長い可動式アームの先に艦橋が付いており、恐らくそこから艦載機の動向や展開を逐次見守り、作戦を指示するのだと思われる。

 

そしてドロスの中央ブロックの一室に当たる会議室にはNフィールドを防衛する部隊の指揮官達が集結しており、部屋の真ん中に置かれた会議用の長い机に士官同士が向かい合う形で腰を下ろしていた。

 

その中にダズも座り、やがて全員が来た事を誰かが確認したのと同時に、ジオンの存亡が決する総力戦に向けた話し合いが始まった。

 

「連邦軍が侵攻してくると予想されるコースは……NフィールドとSフィールドの可能性が高いでしょう。残りの二つのフィールドには精々予備戦力ぐらいが投入されるかと」

「それは既に分かっている事だ。それよりも問題なのは兵の練度だ。先日のソロモンでの戦いで多くの熟練パイロットが失われ、代わりに補充されたのがMSの操縦もままならない素人同然の学徒兵のみ。これで戦いに挑むなど、彼等に死ねと言っているのも同然ではないか!」

「言葉を慎め! 彼等も祖国を守る為に立ち上がったのだ! その意思を無駄にするつもりか!?」

「意思だけで戦争が勝てる訳がないだろう! 私が言いたいのは彼等を無駄死にさせない為にも部隊運用を――――!」

 

「――――!!」

「――!? ―――!!」

 

話し合いはおろか、話し合いが始まって早々に上級士官同士の意見が激しくぶつかり合うという酷い有り様だ。片方は学徒兵を戦場へ出す事に猛反対し、もう片方は最後の一兵になるまで戦い抜く徹底抗戦の思想を語り尽くす。

 

意見が激しくぶつかり合い、まるで火花が飛び散っているかのようにも見えたが、実は言い争いそのものが総力戦前の話し合いとは全く関係のない事に両者ともに気付いていない。

二人の意見を見守る者、片方の意見に相槌を入れたり野次を飛ばす者、全く関係のない話しに呆れて目を瞑る者。

 

肝心のダズに至っては、そもそも自分の身分では話し合いになんて参加出来ないと分かり切っていたので、聞き耳だけ立てて彼等の言い争いを静聴するだけだ。

 

「そんな今更な事を話し合う必要はあるのでしょうか?」

 

二人の言い争いが繰り広げられる最中、凛として透き通った女性の声が割り込んで来た。その声に聞き覚えがあったダズが思わず声のする方へ首を向けてみると、そこには散々ダズと、彼の部隊に文句や嫌味をぶつけてきたカナン少将の姿があった。

大佐から少将へ出世したカナンの存在感はこの場に居る士官達の中でも飛び抜けており、彼女の一声に場は静まり返るのと同時に全員の視線が彼女に集中する。

 

「戦争が始まった時点で祖国の為に命を捧げるのは当たり前の事なんです。今更になって学徒兵が可哀相ですって? 笑わせないで下さい。公国の興廃と学徒兵の命……この二つを天秤に掛けれて、どちらに傾くかは言わずもがな前者に決まっているでしょう」

 

彼女もまた徹底抗戦派であり、そしてジオン公国至上主義者でもあった。学徒兵の命よりも公国の存亡を最優先とする彼女の意見に好戦派は嬉しそうに微笑み、反対していた穏健派は渋い表情を浮かべる。

しかし、カナンは徹底抗戦論を支持するものの、好戦派と相入れる気は更々無かった。

 

「念の為に言っておきますけど……今回、私達の後ろには偉大なるギレン総統と、その妹君であられるキシリア閣下が居られるのですよ? それがどういう意味かは、貴方達でも分かるでしょう?」

 

カナンが確認するかのように呟いたその台詞は、ジオン公国の顔であるザビ家の前で無様な姿を晒すなと言っているにも等しかった。無論、そんなものを晒したりすれば彼等の出世街道は終わったも同然だ。最も出世街道が続くかどうかは、未来永劫ジオン公国が存続すればの話であるが。

だが、各々の考え方の相違だけで争っていた彼等を黙らせるには十分な効果があり、その一言が出た途端にその場が水を打ったような静けさに包まれる。顔を蒼褪めて黙り込んでしまった士官達の態度を見れば、如何にザビ家の存在は絶対であるかという事実が一目瞭然だ。

 

その後はザビ家の話を持ち出したカナン少将が会議の舵取りを行い、連邦軍の侵攻に対し各々の判断で対応し、時折ア・バオア・クー司令部から入って来る命令に従い行動するという事で話し合いは終了した。

いや、これでは話し合いというよりも、思想や考えが異なる者達を無理矢理にでも一致団結させる為の茶番だ。そもそも、カナン少将も最初からそのつもりでNフィールド防衛に当たる指揮官達を集めたのだろう。

 

そしてダズも長居は無用だとして会議室を後にしようとしたが、そのタイミングを見計らうかのようにカナンに呼び止められた。

 

「ダズ中佐相当官、少し良いかしら?」

「カナン少将……何でしょうか?」

「あら、お疲れのようね。ああ、そう言えば貴方達の部隊はソロモン防衛線に参加していたわね。そして敗れて逃げ帰って、そのままア・バオア・クーに配置されたものね。それじゃお疲れが溜まるのも無理もない話しよねぇ」

「……労いの言葉なら、もう充分です。ソロモンから逃げ帰って来た際、このア・バオア・クーの要塞司令部の責任者からも頂きましたので」

 

相変わらずの嫌味節がカナンの口からマシンガンの如く放たれるが、それさえも慣れてしまったダズは軽く受け流して半ば彼女の挑発を無視した。

 

「それで……御用件というのは私の苦労を労ってくれる事でしょうか?」

「思い上がるのも程々にしなさい。貴方にはNフィールド防衛とは別の任務を与える為に呼び止めたのよ」

 

自分を敢えて呼び止めた以上、何か目論見があるのではないかと思っていたが、やはり的中してしまった。それに自分達を毛嫌いしている彼女の事だ。きっと面倒且つ嫌な任務を与えて来るに違いないとダズは心底うんざりしたが、その感情を表情に出さないようキッと顔の筋肉を引き締めて彼女に問い掛けた。

 

「別任務……と言いますと?」

「今回、連邦軍がNフィールドに大攻勢を仕掛けて来るであろう……というのはさっきも聞いた通りよ。普通に真正面からぶつかれば、数の多い向こうが有利なのは言わずもがな。数の差を覆せない以上、私達は手元に残された数少ない戦力を最大限に活かして対抗するしかない。これは分かるわね?」

「まぁ、今のジオンの現状を見れば……そうせざるを得ませんからね」

「そこで、貴方に一個大隊相当のオッゴ部隊を率いて連邦軍の背後を奇襲して貰いたいの」

「一個大隊!? 連邦軍の背後を奇襲!?」

 

一個大隊と言えば約600人規模で構成された大きな部隊ではあるが、連邦軍の大攻勢を前にすればまだまだ少ない方だ。しかも、その背後を奇襲すると口で言うのは簡単だが、実際に敵の背後に回る前にこちらが撃墜される可能性の方が高い。つまり敵の背中を取るのは、相当困難であるという事だ。

 

「無茶を言わないで下さい! 数で劣っている上に、MSではなくオッゴだけで敵の背後を取れなどと……無理があります! こちらが全滅しますよ!」

「無茶でもやれ……と言いたい所だけど、流石に無駄死にされるとこちらも困るわ。せめて、敵を一機でも多く道連れにして死んでもらわないと」

 

要するにカナンが求めているのは単なる死ではなく、個人の死と同等以上に相手を殺して得る戦果である。それは人間の尊厳なんてクソ食らえと言っているのも同然であり、ダズも彼女の冷徹な台詞に抑えていた怒りが滲み出てきそうになる。

 

「私だって何も考えずに敵の背後を叩けなんて命令しないわよ。ちゃんと策があるからこそ、貴方に命令するのよ」

 

そう言って先程まで士官の話し合いで使用された長い机の傍に置かれてあったコンソールを片手の指で操作すると、壁に埋め込まれたモニターにある兵器が映し出された。いや、そもそも兵器と呼んでも良いのか一瞬ダズ本人も疑ってしまった。

 

何せ、映像に映し出されているそれは全長何十mにも及ぶ無骨な鉄柱で囲まれた四角いフレームの上に複数のオッゴが搭載されているのだ。そんな映像を見たら、果たして兵器と呼ぶべきか否か迷っても仕方がないだろう。

そもそも映像に映し出されたこれが一体何なのか分からず、ダズは耐え切れなくなり映像の物体の説明をカナンに求めた。

 

「これは……一体何でしょうか?」

「オッゴ専用の特殊兵装“オッゴ全力散布フレーム”……通称オッゴ・フレームだ。四方のフレームにオッゴをそれぞれ10機、計40機搭載する事が可能であり、これを使えば短時間で複数のオッゴを戦場に展開する事が出来る。しかも、発進から戦場到達に至るまでの推進剤の節約にもなり、戦闘継続時間の延長に繋がる」

 

カナンの台詞で語られるオッゴ全力散布フレームは良い事尽くしのように聞こえるが、実際には只でさえ短いオッゴの戦闘継続時間を少しでも長引かせる為の苦肉の策に過ぎない。これを使えば短時間で展開するのも可能かもしれないが、乗っているパイロットの負担は一切考慮されていない。一種の特攻に近い設計だ。

またカナンが『策がある』と自信を持ってこの兵器を紹介したのだから、恐らく次に何を言うのかは大体見当が付いている。

 

「それで……これを使ってどう敵の背後を叩けと言うのですか? オッゴ達が一塊になれば、逆に危険に晒されます。最悪の場合、纏めて撃墜される恐れがありますが?」

「その通りだ。この状態では纏めて撃墜されるのがオチだが、上手く運用すれば敵に大損害を与える事だって十分に可能だ。そして、このオッゴ・フレームを用いて敵の背後を叩く方法についても既に考案済みだ」

 

そう言ってカナンが続け様にコンソールを操作すると、今度はまた別の映像がモニターに映し出された。それはソロモン戦でも使用された衛星ミサイルであり、そのミサイルの後部にオッゴ・フレームが装着されているではないか。

 

「衛星ミサイル後部にオッゴ・フレームを結合させる。そして衛星ミサイルが連邦艦隊を通り過ぎた後にフレームを切り離し、オッゴを全力散布させる。そうすれば敵の背後は取ったも同然だ」

「何ですって!?」

 

映像を見た瞬間から『まさか!?』とダズの脳裏に嫌な予感が過ってはいたが、彼の嫌な予感はそれから間を置かずして放たれたカナンの台詞によって的中してしまった。

 

オッゴ・フレームを衛星ミサイルに結合させる事でオッゴ部隊を守る盾にするのと同時に、オッゴ部隊を運ぶ足にする。そうすれば艦船の節約にもなるし、敵も衛星ミサイル如きに一々構いはしないだろう。

つまり過ぎ去った後の衛星ミサイルへの警戒心は無いに等しく、その後ミサイルから分離したオッゴ・フレームから何百という数にも及ぶオッゴ部隊が一瞬の内に展開して連邦軍の背後を強襲する。これが技術本部の思い描いたオッゴ・フレームを用いた戦法である。

 

確かにこれが成功すれば連邦軍に与えるダメージは甚大なものとなるだろうが、此処で一つ気になる点がある。

 

「仮に成功したとしても、敵の背後に回ったオッゴ部隊はどうなるのですか!? これでは彼等を支援する事も叶いません!」

 

そう、このオッゴ・フレームを用いた作戦には敵の背後を取る事に成功したとしても、その後のオッゴ部隊に対する支援が全く無いのだ。背後を取ったからと言って、必ずしも戦いに勝てる訳ではない。背後を取るだけでなく、本陣からの支援もあって漸く勝ちを手に入れられるのだ。

ましてや相手は圧倒的な物量で攻めて来る連邦軍だ。背後からの突然の奇襲で多大な損害を与えたとしても、すぐに立ち直って反撃して来るに違いない。そうなれば折角の奇襲攻撃も、オッゴ部隊の活躍も無駄に終わってしまう。

 

これでは学徒兵の乗るオッゴ達を片道切符で地獄に送り出すようなものだ。そうならない為にも彼等を支援する部隊は最低限必要となる……と、そこまで考えた時、ダズは彼女が自分に言い渡そうとしている命令の狙いを悟った。

 

「だからこそ、貴方に命令しているのよ。貴方の特別支援部隊で奇襲部隊の回収をしなさいってね」

 

たった今、本当にこの女は人間かとダズは疑いたくなった。生還出来る可能性なんてゼロに近い部隊を回収しに行けなどと、正気とは思えない。そして何より、今回の作戦の内容は学徒兵と自分達に対し『死ね』と言っているも同じだ。

 

「無茶です! そもそも、オッゴ・フレームでの戦いそのものが―――!!」

「祖国の為よ! 命を賭けなさい! それが出来ないというのなら、敵前逃亡で貴方達を糾弾するわよ!」

「横暴だ……! そもそも何を証拠に糾弾するのですか!? こんな無謀な作戦を非難した程度では―――!」

「証拠ならあるわよ、ちゃんとね……」

 

ダズが作戦に反発するのを見越していたかのように、余裕の笑みを浮かべたカナンは懐からUSBメモリと同じ大きさのボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。

 

『子供にまで戦わせるとは……嘆かわしい事だ』

『ええ、そうですね。こんな現状を目の当たりにすると、さっさと和平交渉に入ってくれないだろうかと願わずにはいられませんよ』

「!! この会話は……!?」

「先程まで貴方達が艦橋でしていた会話よ。この発言ならば貴方達を不敬罪に問えるわ。無論、軍法会議にもね」

「一体……どうやってそれを!?」

 

ボイスレコーダーから流れて来た音声は今さっきまでウッドリーとダズが交わしていた会話そのものであった。恐らく誰かが艦橋に忍び込み、盗聴か何かを仕込んで手に入れたのだろう。こんな事をするのは他ならぬ、目の前に居る女性将校の仕業に違いないだろうが。

 

「お前達の仕業か……!」

「大雑把に言えば私達の仕業よ。でも、正確に言えばキシリア閣下に忠誠を誓った者の仕業よ」

「何だと? それは一体どういう――――」

 

カナンの意味深な台詞の真意を計り兼ねず、ダズが改めて台詞の意味を問おうとした時だ。前触れも無ければ音も無く扉が開き、カナンとダズしか居ない会議室に新たな人影が現れた。

 

扉から入って来たのは若いパイロットだった。学徒兵かと一瞬見間違う程の若いパイロットではあったが、そのパイロットの顔にダズは見覚えがあった。

 

「アキ伍長! どうして君がこんな所に!?」

「私が呼んだのよ、彼を――――スパイ三十三号をね」

「まさか……アキ伍長! 君が!?」

 

そこでダズは全てを理解した。最初から最後まで自分達は監視されていたのだと。そして監視していたのが信頼を置いていた部下であり、オッゴのパイロットでもある若い彼だと―――。

 

「彼が……スパイ三十三号が貴方達の部隊に配属されたのも、全ては貴方達を監視する為よ。何せ、食み出し者が集まった愚連隊みたいな部隊ですからね。祖国に対して反旗を翻すかもしれない。そんな不安があれば、スパイを送り込んで部隊内部を調査させるのは当然でしょう?」

「最初から我々を信用していなかったという訳か……!」

「信用ですって? 思い上がらないでちょうだい。貴方達に信用を置く者なんて誰一人として居ないわ。現にスパイ三十三号はキシリア機関から派遣されたのよ」

 

キシリア機関……その名の通り、キシリア・ザビが発足させた諜報機関であり、外部のみならず内部にまでも諜報網を張り巡らしている。もし内部で裏切りやそれに近い画策を企む者が判明すれば問答無用で綱紀粛正される。故にキシリア機関という名だけで身の毛も弥立つ恐怖に駆られる将兵も少なくはない。

 

そこからスパイ三十三号もといアキが派遣されたのだ。つまりは、自分達が何気なく話していた会話は全部キシリア機関に筒抜けだったと言っても過言ではない。

 

「既にキシリア閣下はこの事を含めて、貴方達の会話を全部把握しているわ。その中に戦争に非協力的な意見が含まれていたのは、自分の発言なのだから覚えているわね?」

「たかが日常の会話ではないか! その程度で裁判に掛けるなんて馬鹿げている!」

「まだ分かっていないようね。只でさえ貴方達は立場が弱いのよ、そんな人間が裁判になって御覧なさい。貴方達がどう足掻こうとも、負けは確定しているのよ」

「………要するに無謀な命令でも逆らうなと言いたいのだな?」

「漸く理解してくれたみたいね。もし貴方達がこの命令に従ってくれたら、今までの発言は無かった事にしてあげる」

「……本当なのだろうな?」

「貴方次第よ」

 

今までの何気ない会話が自分達にとって不利な証拠として軍法会議に突き出されるかもしれない。そう考えるだけで背筋がゾッと凍えるような寒気に襲われるのは、きっと気のせいではない筈だ。

もしここで拒めば自分だけではなく、部隊全員に疑いが掛けられ不条理な軍法会議に掛けられるのは明白だ。それに艦橋以外にも盗聴器が仕掛けられている可能性は十分にある。

 

そして熟考に熟考を重ねた末、ダズは己の首を重々しく上下に動かした。どちらを選んでも最悪の結末を回避出来ないとなれば、せめて部下達に迷惑を掛けない方法を選ぶのが彼なりの最善の手段であった。

 

「宜しい、それが最善よ」

 

カナンも頷いたダズを見て満足な笑みを浮かべるが、対するダズは相変わらず苦々しい表情のままだ。

 

「では、細かな作戦内容については追って伝える。ああ、それとだ。今先程ビグ・ラングの新たな装備として、アンチビームミサイルを搭載したミサイルポッド4基と三連装対艦ミサイル2基を送っておいた。これで少しはまともな戦いが出来る筈よ」

 

ビグ・ラングに新しい装備を送っておいたとは言うものの、そもそもビグ・ラング自体が致命的な欠陥のある不完全な機体だ。どれだけ強力な武装を取り付けても、根本的な欠陥が解消されなければ結果は同じだ。

この時点でカナンが最前線で戦っている自分達の苦悩を如何に理解していないかが窺える。しかし、それさえも指摘する気力がダズに無ければ、彼女もまた相手の心情を察する気など更々無いらしく、今の台詞を最後にカナンは会議室を後にした。

 

部屋に取り残されたダズはチラリとアキの方を見遣るが、彼はダズの視線から逃れるように黙って俯いてしまう。それもそうだ、今まで仲間を裏切って行動していたという負い目を感じていれば、誰だってそんな行動を取りたくもなる。

 

そんなアキを見て軽く溜息を吐き出した後、ダズは彼の肩に軽く手を置き囁いた。

 

「戻るぞ、アキ伍長。敵の攻撃に備えなければならん。上層部にどんな事を言われようと、我々は生き残る為に戦わなければならんのだ」

「ダズ艦長……あの……僕は―――」

「何も言わなくても良い。確かに君がスパイである事は驚きではあるが、ジオンや我々の敵という訳ではないだろう。」

 

自分達が煙たがられ嫌われていたのはとうの昔にあった事実だ。自分達の事を信じず、上がスパイを送り込んでいてもおかしくはない。おかしくはない筈だったのに、そこまで考えが回らなかったのは己の責任であるとダズは思っている。

またキシリア機関という大掛かりな組織から派遣されてきたとなれば、任務を請け負った諜報員にミスや失敗は許されない筈だ。上からの期待と重圧、戦場で命を張って闘うストレス。この二つの板挟みを受けて、アキの精神は決して穏やかではなかったに違いない。

 

それを考えれば、誰が彼を責められようか。彼をスパイだと言って糾弾したところで何かが変わる訳でもないし、何よりアキは今まで特別支援部隊と共に数多の戦場を潜り抜けて来た戦友でもある。

 

この問題について話し合うのは、先ずは目先の戦争が終わってからだ。ダズは自分よりも遥かに若い彼の頭を撫で、宥めるように言葉を掛けた。

 

「君はキシリア機関から派遣された諜報員として、己の職務に真っ当しただけだ。君がした事を、誰が責められる? 我々を認めなかった上層部が疑心暗鬼に駆られた結果、こうなってしまった……只それだけの事だ」

「すいません、ダズ艦長……!」

 

ダズだって裏切られて穏やかな心境ではない筈なのに、アキを責めるのはおろか、庇ってくれるような言葉を掛けてくれるのは他ならぬ彼の持つ優しさのおかげだ。その優しさに感謝しても感謝し切れず、アキは大粒の涙をボロボロと零しながら艦長に対して感謝と謝罪の気持ちで一杯になる。

 

「気にするな。それと、この件に関しては君と私だけの秘密にしよう。戦いが始まる前に君がキシリア機関から派遣されたスパイだと知れ渡れば部隊に動揺が広がる。良いか、絶対に内緒だぞ?」

 

まるで子供の悪戯を隠すかのような言い回しと共に柔らかい笑みを浮かべ、ダズはスパイの一件は内密にするようにとアキに呼び掛ける。もし、部隊にこの一件が知られれば士気が下がり、連邦軍を迎撃するのが困難となってしまう。アキもその程度の未来を余地出来ぬような馬鹿ではなく、彼の意見に同意を示した。

 

「では、戻るとしよう。君も早く戻りなさい。仲間達が不安になっているかもしれないからな」

「あの、ダズ艦長……」

「ん? 何だ?」

「………有難うございます」

 

アキから改めてお礼を言われるとダズは言葉こそ返さなかったが、微笑みを浮かべてゆっくり頷き、その場を後にした。

 

 

 

 

その後、メーインヘイムにダズが帰還すると早速ア・バオア・クー作戦司令部からNフィールドにおける奇襲作戦の内容が送られて来た。

副艦長であるウッドリー、そして作戦会議の為にメーインヘイムに訪れたミューゼの艦長ハミルトンの両者は作戦内容を見て、驚きと共に困惑の色を表情に貼り付けていた。

 

「………これは流石に無茶ではありませんか?」

「ああ、私も無茶だと言った。しかし、聞き入れてはもらえなかったよ」

「上手く行けば敵の背後を叩けますが、回収するのは極めて困難になりそうですね。一応、回収部隊には特別支援部隊以外にもムサイ1隻とパゾク3隻が同行するようですが……」

「それらを合わせても、回収部隊の艦艇は巡洋艦2隻と輸送艦4隻のみ。これっぽっちの戦力で連邦軍の大部隊の前を通り過ぎるのは無謀に等しい」

「それに付け加えて“奇襲で弾薬が尽きたオッゴを回収し、後退せよ……”ですか。恐ろしい作戦ですよ、本当に」

 

連邦艦隊の火砲が向けられている最中で友軍の回収作業を行う……それは最早自殺行為に等しく、想像しただけで三人の顔色が蒼褪めてしまう。

 

「ところで我々の部隊戦力はどうなっているんだ? 前回の戦いで多くの損失を出した筈だが……」

「兵員の方はサイド3から送られて来た学徒兵、それとソロモン戦で生き残った兵士で補充しました。またオッゴも前回の戦いで失った分の補充は受けられました。MSは新たにリック・ドム2機とゲルググ2機を受領しました。ゲルググに関してはミューゼ隊とメーインヘイム隊の部隊長が搭乗する予定です」

「因みに今回の配備で余ったネッド少尉のリック・ドムとミューゼ隊のザクⅡF2型には、補充されたMSパイロットが引き継いで搭乗する予定です。ミューゼに搭載する余力はないので、2機ともメーインヘイムの艦載機となります」

「ゲルググか……ジオン軍の最新鋭MSが我々の所に配備されるとはな。それ程にまで追い込まれている証拠なのだろうか……」

 

ゲルググはジオン公国が抱えるMS企業が今までの柵やプライドを捨て、共同開発によって生み出した公国軍最後の量産型MSである。

今までのザクやリック・ドムとは比べ物にならない高いジェネレーター出力によってビームライフルが運用可能となり、全てのスペックで連邦軍MSを上回るどころか、あの連邦の白い悪魔とさえも互角だと言われている。

しかし、悲しいかな。ゲルググの量産が開始した時点でジオン軍は多くの熟練パイロットを失っており、実際に搭乗したのは学徒兵が大半であった。速成の学徒兵ではガンダムにも匹敵するゲルググの性能を引き出せる筈もなく、撃墜されるのがオチであった。

 

学徒兵以外にもエースパイロットや熟練パイロットが搭乗し、戦果を上げたゲルググも居たそうだが、それも極僅かであり戦局を変えるにまでは至らなかった。

後世ではゲルググの量産時期が早ければ戦局の巻き返しも可能だったかもしれないと言われていただけに、色んな意味において不遇の量産型MSだったとしか言い様がない。

 

だが、不遇であっても高性能機である事に変わりはなく、そのような機体が特別支援部隊に2機も回されて来たのは、それだけジオン軍の熟練パイロットの数が足りない事を物語っている。

こちらに回された2機のゲルググも特別支援部隊の中でも技量が高いネッド少尉とミューゼ隊の小隊長が搭乗する事が決定している。

 

「そう言えばビグ・ラングの方はどうなっている? 新しい装備を送ったと聞いているのだが」

「ああ、あれですか……。全く酷い話しですよ。装備と言うのは名ばかりで、組み立てさえも出来上がっていないバラバラの部品がそのまま送られてきたんですよ。完全にこちらに作業を丸投げしているみたいなものですよ」

「何処も人手不足だから、セルフサービスでやってくれと言わんばかりだな……それで装備の装着作業は進んでいるのか?」

「現在、部品を組み立てて装備を作っている最中です。また新しい装備を扱えるようにする為、ビグ・ラングの火器コントロールシステムの修正も同時進行で進めています。この調子ですと、徹夜は免れませんね」

「そうか………で、カリアナ中尉の方はどうなっているんだ?」

 

ビグ・ラングのパイロットであるカリアナ中尉の事を尋ねると、途端にウッドリーとハミルトンの表情が暗くなる。彼等が表情を暗くした時点で、彼等が何を訴えたいかはダズは手に取るように分かってしまった。

 

「そうか……。まだ立ち直れていないか……」

「初めての出撃で仲間の死を目の当たりにしてしまいましたからね。戦いが終わった直後は塞いでいましたが、数日前から仕事にも戻るようになりました。しかし、気丈に振る舞ってはいますが、果たしてビグ・ラングの操縦をもう一度請け負ってくれるかどうかは……」

「無理強いしない方が良いでしょうな。兵士の中でも、こういったトラウマに囚われる者も大勢居ますし」

 

前のソロモン要塞での戦いでカリアナは戦争の恐怖や仲間の死を諸に直視してしまった。この経験が一種のトラウマとなって、彼女の中で矢鱈と恐怖心を煽っているのだろう。これも新兵が掛かり易い一種の精神障害だ。

それを乗り越えれば立派な兵士ではあるが、そもそも彼女は技術士官であり兵士ではない。無理に機体に乗せればトラウマが悪化しかねないし、何より畑違いである彼女に無理強いさせる権利なんて自分達にはない。

 

一応、技術中尉の任務には復帰しているようだが、ビグ・ラングのパイロットとしてもう一度搭乗してくれるかは不透明のままだ。

 

「彼女次第……か。他にMAを操縦出来る者が居れば良いのだがな」

「そこまでの人員は避けられないでしょうね。それにビグ・ラングは我々に押し付けられた荷物ですから……」

「我々でどうにかするしかないかぁ……」

 

過酷な作戦故に当初はビグ・ラングの運用も考えていたが、肝心のパイロットが精神的に不安定になっているのならばビグ・ラング抜きで作戦を修正する必要がある。出来る事ならば参加して欲しいが、それは彼女の意思次第だ。

 

「それと……実は二人に言っておかなければならない重大な話がある―――」

 

長い話が終わりに差し掛かった時、漸くダズは艦橋の何処かに盗聴器が仕込まれていると二人に打ち明けたが………今更の発表だった事もあり余計に揉めたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

ア・バオア・クー要塞にある格納庫の一つを借りて行われているビグ・ラングの装備作業は慌ただしい動きを見せていた。それもそうだ、何せ今さっきビグ・ラングに装備される部品がバラバラの状態で届けられた上に、『戦闘が始まる前に装備を完成させ、ビグ・ラングに装着させろ』という無茶振りを押し付けられたのだ。

連邦軍が攻め込んで来る前にバラバラの部品を完成させてビグ・ラングに装備させる……口で言うのは簡単だが、実際にそれを行うだけの時間は殆ど無いに等しい。

突貫で作業を行ってはいるが、ビグ・ラングに装備が施された頃には、既に戦いが始まっているかもしれない。仮に運が良くて尚且つ作業が驚くほどに順調に進んだとしても、戦闘が始まる直前でギリギリ滑り込んで間に合うのがやっとだろう。最も後者は万が一の話であり、作業に従事している者達は戦いに間に合わないだろうと確信していた。

 

その中にビグ・ラングのパイロットを務めていたカリアナの姿もあった。ビグ・ラングに搭乗した経験で知った射撃管制システムのブレを修正したり、新しい装備を運用出来るように火器コントロールのプログラムを書き換えたりと、技術中尉らしい働きをしていた。

 

システムの修正やプログラムの書き換えはビグ・ラングのコックピット内で行われており、やがてそれが終わるや彼女はコックピットの座席に自分の全体重を預けた。

ふと視線を目の前のモニターに遣れば、ア・バオア・クーNフィールドの光景がビグ・ラングのモノアイを通じて映し出されていた。Nフィールドの至る場所には部隊配備で右往左往する艦船やMS、オッゴの姿もチラホラと見受けられた。

 

そしてカリアナの手が無意識に操縦桿に触れた瞬間、彼女の体がビクッと震えた。次いで体がカタカタと震え、彼女はそれを抑えるように自分自身の体をギュッと強く抱き締めた。

あの戦いの悲惨さを目の当たりにしてからというもの、彼女はビグ・ラングの操縦桿を握りはしなかった。いや、握れなかったと言うべきか。

あの戦争の残酷さは、それまで戦争の本質に関して皆無であったカリアナの心に深い傷を負わせ、彼女にコックピット恐怖症を植え付けてしまった。プログラムなどで操縦席に座る程度ならばまだ耐えられるが、実際に操縦桿を握って操縦するに至っては体が今のように恐怖の余り拒絶してしまう。

 

もう自分がこれを操縦するのは無理かもしれない……諦めの心が彼女の心中にじんわりと広がっていく。すると、突然ゴンッと機体に軽い衝撃音と震動がコックピッチに伝わって来た。慌ててモノアイで周囲を確認すると一機のゲルググがビグ・ラングのビグロ本体に触れていた。

 

『カリアナ中尉、少し良いか』

「ネッド中尉! どうしたんですか!?」

 

機体同士が触れ合う事で可能となるお肌の触れ合い通信によって、モニター画面にネッドの姿が映し出される。メーインヘイム隊の小隊長の突然の出現に驚き何事かと思ったが、次の台詞であっさりと納得した。

 

『いや、ゲルググの慣らし運転の次いでだ。それよりも……どうだ、そっちは?』

「あ…は、はい。装備は現在50%が完成したばかりです。戦いにギリギリ間に合わないかもしれませんが、徹夜すれば何とか間に合うかと……」

『そうか……で、お前自身はどうだ?』

「……と言われますと?」

『ビグ・ラングで戦闘をして……その後はどうかという意味だ』

 

ネッドに鋭い部分を指摘され、カリアナの心臓が悪い意味で跳ね上がる。兵士達の間で鬼教官として知られる彼に自分のトラウマを知られたらどうなるだろうか。どう考えても怒られる気しかせず、カリアナは作り笑顔を浮かべて彼の質問に応えた。

 

「だ、大丈夫ですよ! 多分出撃できますよ!……多分」

 

しかし、本当に出撃出来る自信が無く一応『多分』と付け加えておいた。その反応を見ていたネッドの表情が何処か辛そうだったが、ヘルメット越しだったのでカリアナがそれに気付く事はなかった。

 

『……カリアナ中尉』

「は、はい! 何でしょうか!?」

『無茶はするなよ、恐いもんは恐いんだからな』

 

それだけ言い残すとネッドはビグ・ラングから離れ、メーインヘイムが待機している宙域へと戻っていく。その後ろ姿を呆然と見送った後、カリアナはネッドの台詞の中で引っ掛かる部分がある事に気付いた。

 

「恐いもんは恐いんだからな……か。という事は、ネッド中尉は私が操縦を恐れている事を見抜いていたのかな?」

 

ネッドの台詞を言い換えれば、恐怖を持つ事は恥ずかしい事ではないと言っているも同然である。つまり彼女の恐怖を見抜いていたからこそ出た台詞なのだろう。

彼女はネッドの気配りに感謝するのと同時に、果たして本当に自分はこのままで良いのだろうかという疑念に駆られる。出撃するのは恐い。何が特に恐いかと言うと、味方や親しい仲間が死ぬのを見るのが恐い。だからこそ、最前線へ余り出たくはないのだが―――

 

「でも……誰かが死ぬのを見過ごすのも……嫌だよ……」

 

―――仲間を助けたいという純粋な想いと、最前線へ出ていく事への恐怖。この二つがカリアナの心を板挟みにし、彼女自身を苦しめる。

 

だが、その日の内に板挟みから抜け出せる答えを見い出す事が出来ず、彼女の悩みは翌日にまで持ち越されるのであった。

 

 

 

 

一方、メーインヘイムに戻ったアキは呆然とした面持ちで格納庫に置かれた自分の愛機であるオッゴを見詰めていた。呆然としながらも脳裏に思わず過るのは、自分の所属しているキシリア機関の事と、共に激戦を潜り抜けて来た特別支援部隊の事だ。

 

キシリア機関というエリート組織に属している故に、アキの中には誇りと使命感があり、その二つが原動力となって今日まで任務を続けて来れた。しかし、任務を続けていく内に彼は特別支援部隊並びにメーインヘイムの乗組員やパイロット仲間に対し、家族同然の優しい感情を抱いてしまった。

 

諜報員として活動する者として、諜報対象にこのような感情を抱いてはいけないとアキも重々承知しているつもりだった。だが、同じ時間を特別支援部隊と過ごせば過ごす程、彼は自分の感情を誤魔化し切れなくなっていた。

 

今ではどちらも大事であり、どちらかを犠牲にするのは自分で決められない程だ。かと言って、キシリア機関から直接命令されても、果たして仲間を裏切られるかどうかは彼自身でも分からない。

 

こんなにも強烈な不安を抱いたまま、自分は戦争をする事が出来るのだろうか。そして何れ戦争が終わり、今回の問題が取り上げられた時……自分は祖国から切り捨てられるであろう彼等を直視出来るだろうか。

 

キシリア機関に命じられて彼等を欺いていたとは言え、今日まで死地を潜り抜けて来た仲間を最後の最後で裏切るかもしれないと思うと彼の心境は穏やかにはなれなかった。

 

「おっ、アキじゃねぇか。こんな所に何やってるんだ?」

「エドくん……。それにヤッコブ軍曹も……」

 

自分の名前を呼ばれてハッとなって振り返ってみると、自分の愛機でも確認しに来たのかパイロットスーツとヘルメットを着用したままのエドとヤッコブの姿があった。落ち込んでいる自分の姿を見られたくないと、二人の姿を見て咄嗟に作り笑いを浮かべたものの、あと一歩間に合わなかったようだ。

 

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「え? あ…あぁ、大丈夫ですよ。少しドタバタが続いて疲れてはいますけど……」

「気を付けろよ。戦いが始まる前に疲労で倒れたら敵わんからな」

「ええ、すいません……」

 

思い悩んでいる表情を一瞬の差でヤッコブに見られてしまったらしく、アキは歯切りの悪い口調で疲労のせいだと主張して誤魔化した。

アキの意見はこれと言って不自然ではなく、寧ろソロモンからア・バオア・クーに逃げ込み、その日から今日に至るまで休み無しで働き続けていたのだ。それを考えると彼の意見は最もだと信じ込み、ヤッコブもエドもそれ以上の追及はせず、代わりにアキの体調を気遣った。

 

「それよりも今日と明日で今年も終わりだぜぇ。この一年間、あっという間だったよなぁ……」

「そうですね、本当にあっという間でした……」

 

戦争が始まったばかりの頃は戦争の終わりが見えず、一体何時までやり続けるのだろうかと思ったものだ。しかし、そう思いながらも月日はあれよあれよと過ぎていき……気付けば新たな宇宙世紀まで残り二日という所まで来てしまった。

しかも、この戦争もジオン公国の敗北が濃厚になりつつある。敗北すれば当然ジオンが望んでいたもの全てが潰えてしまい、再び地球連邦政府に搾取される時代に逆戻りだ。

だが、ヤッコブ達にとってはジオンが負ける事により終戦が訪れるかもしれないという期待感が大きく、負けた後の惨めな生活などの悲観は二の次だ。

 

そして三人の何気ない会話は更に続いた。一年間続いた長い戦争の中から特に記憶に残った思い出話もあれば、この戦争が終結した後は各々どう過ごしていくかについてまで様々だ。

 

「エド、お前は戦争が終わったらどうするんだ?」

「何も考えていないッスけど、とりあえず家族の所に帰ってからッスかねぇ。何をするべきかを考えるのは……。ヤッコブさんは自分の店に戻るんですか?」

「出来れば戻りたいが、以前起こしたトラブルの件もあるからなぁ。きっとお上が許さないだろうよ。もし駄目だったら一般の部品工場にでも再就職するぜ。おい、アキはどうするんだ?」

「僕……ですか?」

 

話を振られてアキは言葉に詰まった。何せ、彼自身は気楽に戦後の話しをするアキやヤッコブとは違い、キシリア機関に所属する身だ。戦いが終わった後の身の振り方なんて一切考えていなかった。いや、正確に言えば戦争の勝敗によって自分の運命が左右されるのだから、現時点ではどのような未来が待ち受けるのかは全く分からない。

 

「僕は……何も考えていませんね。とりあえず生き残るのを第一に考えていますので……」

「そうだよなぁ。戦後云々なんて、先ずは生き延びなくちゃ意味無いもんな」

「でもよ、捕らぬ狸の皮算用っていう訳じゃねえけどよ、戦争が終わった後の事を言うぐらい良いじゃねぇか。勝とうが負けようが戦争が終わっちまえば自由なんだしよ」

「自由……」

 

ヤッコブ達は戦争が終われば軍務や規律に縛られた生活とおさらばし、漸く自由になれると信じている。だからこそ、ジオン公国が追い込まれている現状でも明るく振る舞う事が出来るのだ。

戦争が終わったら自由だと語る二人を見て、アキは羨ましさを感じた。何故なら戦争が終わっても、二人みたいに戦後の自由を謳歌する事は出来ないのだから。

 

この戦争に敗北すれば自分が所属するキシリア機関は解散させられるのは必至であり、また機関が関わっていた非人道的な行為が明るみになれば自分達を含めて機関の関係者は戦犯として裁かれるだろう。

 

例えジオンが勝ったとしても、そこから先は彼自身が望んでいない出世街道を黙々と独りぼっちで進んでいくだけだ。正直に言えばアキはエリートだの出世だのと言った、野心を持つ人間ならば誰もが羨む世界には全く興味など抱いていなかった。そもそもキシリア機関に入ったのも、自分の才能をザビ家に近しい人間に認めて貰えたからに過ぎない。

 

そこで彼は改めて考えた。自分の才能を引き出したのも、自分が何をするべきかをも、全て決めたのは自分ではなく他者の意思だ。ならば、自分自身が望んでいる未来とは一体何なのだろうかと―――。

 

もしも自分がキシリア機関などに属せず、彼等と同じ一般兵の身分だとしたら……そして彼等と同じように戦後は自由になれたら……。

 

「あ……」

 

するとどうだ、自ずと自分のしたい事が頭に思い浮かんだではないか。立場が違っていたらと想像しただけで、こんなにもすんなり自分がやりたい事を思い浮かべられるものなのかとアキ自身も声を出して驚いてしまう。

 

「どうした、アキ?」

「あ……いえ、戦争が終わったらやってみたい事を思い浮かびまして」

「え? 何だよ?」

「ええっと……ですね……」

 

少し照れながらも若者らしい良い笑顔を浮かべ、自分が思い描いた夢を語ろうとした時だった。

 

 

開かれたままの格納庫のハッチから、格納庫内部を埋め尽くす程の眩い閃光が襲い掛かって来たのは―――。

 

 

「な!? 何だ!?」

「この光……まさかソロモンで連邦軍が使用した新兵器か!?」

「いや、違う……これは!?」

 

余りの眩しさに三人とも光を直視する事が出来ず、手や腕を掲げて閃光を遮ろうとするも、僅かな隙間から侵入してくるに真っ白な光に耐え切れず目を瞑ってしまう。

一体何が起こっているのか分からず、閃光が治まるまでの数分の間はまともに目を開ける事さえままならなかった。やがて閃光が消え、眩しさも感じなくなった頃に目を開けると、そこには以前と変わらぬア・バオア・クーの光景があった。

 

「今の光は……一体何だったんだ……」

「さぁ、分からないっす……」

「……………」

 

一時は強い光にア・バオア・クーそのものが包まれたものの、それが収まってからは何事も無かったかのように静けさを取り戻した。しかし、何故だか今の閃光を目の当たりにした三人は妙に嫌な胸騒ぎを覚えていた。

ソロモンでの戦いで見た連邦軍の新兵器の光と瓜二つだったからという事もあるが、それ以上に何か途轍もない不幸を招いてしまったような気がしてならなかった。

 

後々で知らされたのだが、ア・バオア・クー全土を包み込んだ光の正体はサイド3にあるコロニー『マハル』を改造した巨大レーザー砲『ソーラ・レイ』から放たれたレーザー光であった。

 

この一撃によって連邦軍艦隊の半数を戦わずして撃破した……とギレン・ザビは語るが、実際に撃破出来たのは全体の30%程度であった。

またソーラ・レイの射線上にはジオン公国公王デギン・ソド・ザビが搭乗したグレート・デギンと、レビル将軍率いる連邦軍主力第一艦隊が居たのだが、共にソーラ・レイの一撃によって宇宙の藻屑と化した。

 

既にこの時デギン公王は最早ジオンの戦争敗北は避けられないと悟り、徹底抗戦を唱えるギレンを余所に、独断で連邦軍艦隊の総司令官レビル将軍と接触し、和平交渉を進めようと試みたのだ。

しかし、その努力も空しく、ギレンの命令で放たれたソーラ・レイによって両者は消滅。和平交渉はおろか、戦争終結は一日先延ばしになってしまった。

 

そしてソーラ・レイで甚大な被害を受けた連邦軍も機密とされた星一号作戦の全容を知るレビル将軍を失った事で作戦内容の修正を余儀なくされた。

当初計画されていたア・バオア・クーを素通りしてジオン本国へ攻め入るという作戦内容を大幅に修正し、次の攻撃目標をア・バオア・クーに決定した。これは迅速且つ決定的な戦果を獲得し、尚且つソーラ・レイの再使用を阻止する為だと言える。

 

こうして両者の熾烈極まる戦いは遂に一年戦争最後の舞台、宇宙要塞ア・バオア・クーへと移行していくのであった……。

 




オッゴ・フレーム大好きです。オッゴ・フレーム大好きです。オッゴ・フレーム大(以下略


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宇宙要塞ア・バオア・クー 前編

この物語も後少しで完結します。せめて最後は大好きなオッゴに活躍して貰いたいものですw


宇宙世紀0079年12月31日、ほぼ一年という長い月日に渡って繰り広げられたジオン独立戦争も遂に最終決戦に差し掛かろうとしていた。

当初は圧倒的な物量差を有して楽勝ムードが漂っていた連邦軍ではあったが、その最終決戦直前に放たれたジオン軍の最終兵器ソーラ・レイによって総戦力の30%以上を失ってしまった。それでも残された連邦軍の戦力はジオン軍がア・バオア・クーに集結させた総戦力の約2倍と余裕で上回っていた。

 

一方のジオン軍はソーラ・レイを発射してから間を置かずして、ア・バオア・クー要塞にてギレン・ザビ総帥閣下直々の演説が行われた。彼の演説を聞かないはおろか、見ない兵士など居ない筈がなく、要塞内部だけでなくア・バオア・クー全土にギレンの演説が映像として流された。

 

偉大なるギレン総帥閣下が兵士達の為に鼓舞し、更に演説の中で絶対勝利を約束してくれた……それだけで勇気付けられ、ジオン軍全体の士気が一気に高まったのは言わずもがなだ。何より、祖国の為、家族の為に戦っているのだ。誰もが絶対に負けられないという強い信念を抱いている。

 

こうして彼等の戦意は最高潮に達し、いよいよ戦いは最終決戦に突入しようとしていた……。

 

 

 

日付が変わってから八時間後、既にア・バオア・クー周辺の部隊は各々の配置に付き、連邦軍を迎え撃つ為の迎撃準備を完了させていた。後は連邦軍を迎撃するだけなのだが、特別支援部隊ではまだ“アレ”の準備が終わっていなかった。

 

「急げ! 連邦が攻めて来るまで時間が無いんだぞ!」

「ビグ・ラングの対艦ミサイルの装着終わったか!? 終わったら操作制御プログラムに問題無いか確認しておけ! いざという時になってから撃てません動きませんじゃあ話にならないぞ!」

「アンチビームミサイル発射管は終わったんだな!? 終わったら要塞に戻って連邦軍の攻撃に備えろ!」

 

ギリギリ間に合うかどうかと言われたビグ・ラングの装備であるが、案の定戦いが始まる前に装備を終えるのは無理があった。恐らく装備を完了させるにしても後2時間~3時間は必要であり、これにより所属する特別支援部隊との合流は不可能である事が確定した。

 

だが、装備さえ終われば戦闘に参加する事は可能であり、完全にビグ・ラングの活躍の場が失われた訳ではない。問題は、果たしてビグ・ラングが出撃するまでに戦線を維持する事が出来るかどうかだ。これが崩壊してしまえば、最早見せ場どころの話しではない。

 

特別支援部隊も作戦に参加する他部隊との連携を緻密にすべく、何度も通信で作戦内容の確認を行い、また司令部から命令があれば何時でも動けるように万全の準備を喫して、その時を待った。

 

「いよいよ……か。この一戦でジオンの興廃が決まるか」

「ええ、既に隊員達は準備を終わらせています。惜しむらくは、ビグ・ラングが間に合わなかったという点だけでしょうか……」

「いや、仮に間にあったとしても今回の作戦には足の遅いビグ・ラングには難がある。今回は前に出ず、後方支援に徹する命令を出してある。後は―――」

「彼女が乗るかどうか……ですか」

「そう言う事だ」

 

そもそも今回の特別支援部隊の任務は敵軍の背後に全力投入されたオッゴ大隊を短時間に回収するというものだが、これは裏を返せば連邦軍艦隊の中へ突っ込めと言っているにも等しい。最早、一種の特攻任務だ。

そして作戦内容に短時間と述べている所から察して、ダラダラと時間を掛けられないのは言わずもがなだ。となれば、動きが遅いビグ・ラングにはこの任務に不向きとしか言い様がない。

 

「この無謀な作戦でオッゴ大隊の何名が生き残れるのだろうか……? いや、この任務を請け負った我々が生き残る事さえ危うい……」

「艦長……」

 

戦いの行方を案じ、そして戦いに身を投じる若者や自分達を案じる……。今までの戦いでは『何とかなるだろう』とダズなりに自分に言い聞かせて此処まで来れたが、その彼が副官に弱音を吐く程に今回の戦いは熾烈を極めるのと同時に不安に満ちたものである事を物語っている。

 

悲観たっぷりのダズの言葉にウッドリーも言葉を詰まらせ、彼に掛ける言葉を見付け出せずに時間だけが流れていく。

 

そして午前8時10分頃、ジオン公国本土を臨めるNフィールドの前方から連邦軍艦隊が放った大量のミサイルがア・バオア・クーに襲い掛かる。この攻撃によりNフィールド最前線で警備していた学徒兵の乗るゲルググ部隊が少なからずの打撃を受け、ミサイルの射線上に居た艦船も直撃を受けて数隻が撃沈された。

 

ア・バオア・クーにもミサイルが迫ったものの、こちらの方は高度に組み込まれた要塞の迎撃システムが作動したおかげで事前に撃破する事に成功した。ミサイルによる被害が最低限に済んでホッとしたのも束の間、NフィールドとSフィールドの両方から連邦軍艦隊が攻め込んできた。

 

『Nフィールドから敵が来たぞ!! 衛星ミサイルで応戦しろ!!』

『フィールド防衛に出ている巡洋艦と戦艦、MP部隊とMS部隊! 兎に角、全部前に出るんだ! ア・バオア・クーを守るんだよ!!』

『成るべく敵を迎撃しろ! 万が一に敵に抜けられても、ア・バオア・クーの迎撃システムで撃ち落とせる!!』

『Sフィールドからも敵の大部隊が接近している!! かなり多いぞ!!』

『ちゃんとした数を言え! 数を!!』

 

敵の大部隊を確認した瞬間、一気にア・バオア・クー要塞内外に緊張感と喧騒に包み込まれる。大質量を誇る衛星ミサイルが連邦艦隊を蹴散らし、更に要塞と艦船から放たれたダブルの砲撃が追い打ちを掛ける。

だが、それでも敵艦隊の進攻を止めるには至らず、遂に連邦軍はMSの発進ラインにまで艦隊を強引に押し進めて来た。そこからジムやボールが発進し、瞬く間に大群となってア・バオア・クーの防衛ラインに殺到してきた。

 

対するジオン軍も要塞や艦船からザクやドム、ゲルググやオッゴに至る機動兵器を防衛ラインに向かわせ、戦闘が始まって十分足らずで大規模な戦闘が勃発した。それも四つのフィールドで、ほぼ同時にだ。

おかげで見渡す限りに火線が飛び交い、至る所で爆発の光が巻き起こっている。ソロモン戦とは比べ物にならないぐらいの破壊が辺りを埋め尽くしており、紛れも無くこのア・バオア・クーの戦いは一年戦争の中でも熾烈極まる戦闘だと言っても過言ではない。

 

だが、それだけ激しい戦闘であるにも拘らず、Nフィールドの端……Wフィールド寄りに配置された特別支援部隊を含めた合併部隊に動く気配は見られない。強いて言えばムサイ級ミューゼと、もう一隻のムサイでその場から支援砲撃する程度だ。

 

だが、彼等が動かないのは戦闘を拒否しているからではない。寧ろ、動こうにも動けない彼らなりの事情があるのだ。

 

「敵の接近に警戒しろ! 近付く敵を発見したら、即座にMSとオッゴを発進させろ! オペレーター、司令部から作戦開始の報はまだ届いていないのだな!?」

「はい! “現状を維持しつつ待機せよ。追って指示を出す。”……以上です!」

「そうか……。ウッドリー少佐、君は司令部の指示をどう捉える?」

「恐らく、司令部はNフィールドの戦力だけでも連邦艦隊の第一波を退けられると踏んでいるのでしょう。Nフィールドには総戦力の大半が振り分けられているようですし、何より空母ドロスの存在が大きいですからね」

「成る程。ならば、オッゴ大隊の出番は第二波が攻め込んできた時という訳か」

「そして我々の出番も……ですね」

「出来る事ならば、我々の出番なんて一生来ないで欲しいものだ……」

 

今回の特別支援部隊の作戦は連邦艦隊に奇襲を掛けるオッゴ大隊を回収する事。即ち、オッゴ大隊が奇襲作戦をスタートしたのと同時に彼等の作戦も開始されるのだ。

作戦実行の合図は要塞司令部が出すのだが、現時点で奇襲を仕掛けるのは早過ぎると判断したらしく、特別支援部隊並びにオッゴ大隊に待機を命じている。

 

待機を命じられた以上、こちらも勝手に動き回る訳にはいかない。そもそも特別支援部隊と+αの戦力のみで最前線に出れば、連邦軍の砲火に晒されて撃墜されるのは火を見るよりも明らかだ。

 

無理して死に急ぐ理由もないので、ダズは司令部の判断に身を任せ、今暫く待機して戦局の行く末を見守るのであった。

 

戦闘が始まってから1時間が経過した頃、司令部の予想が見事に的中した。Nフィールドから攻め込んできた連邦軍主力艦隊が後退を始めたのだ。後退と言うよりも、その光景はジオン艦隊に押し出されていると言うのが正しいだろう。

Nフィールドに敷かれた分厚い防衛網を突き崩すのはおろか、逆に自分達の戦力を予想以上に削られたのが後退の理由だろう。また連邦艦隊を一時的にとは言え退けられたのには、要塞司令部に居るギレン・ザビの的確な指揮も要因の一つであると言われている。

兎に角、今まで負けが込んでいたジオン軍にとって、敵に対して優位に立ったという事実は更なる自信と士気の向上に繋がった。

 

だが、敵の進攻を押し戻して得られた余裕などほんの一時に過ぎなかった。数分後、万一に備えて事前に後方で待機していた予備戦力が増援としてNフィールドに押し寄せ、押され気味だった主力艦隊と合流。途端に艦隊は後退を止め、一転して進撃を再開させた。事実上の主力艦隊の第二波攻撃だ。

これだけで連邦軍の物量はジオンを遥かに上回っているという事実が嫌でも分かってしまう。だが、幾ら物量差があっても連邦軍の戦力が無尽蔵にある訳ではない。

ソーラ・レイの一撃で大打撃を受けた上に、NフィールドのみならずSフィールドやEフィールドにも戦力を割り振っているのだ。恐らく、今合流した予備戦力を以てして、連邦軍は文字通り全戦力を投入したと見るべきだろう。

 

だが、それはジオンも同じだ。いや、ジオンの方が連邦よりも戦力的に追い込まれていると言うべきか。

向こうは予備戦力との併合によって戦力を補充した上に、無傷の部隊も数多く残っていたので数と士気は中々のものだ。一方のジオンは士気こそ連邦以上に高いものの、既に殆どの予備戦力も戦場に駆り出してしまっている。つまりジオンには失った戦力を回復する手立ては最早残されていないという訳だ。

 

その点だけに着目すれば、連邦軍が有利な状況であるのは言わずもがなだ。だが、それさえも耐え抜いてしまえば、後はこっちのものだ。

Nフィールドに迫って来ている第二波を退け、更にSフィールドから攻め込んできた主力艦隊を撃退すればジオンの勝利は確実となる。そうなれば戦局の巻き返しも決して夢ではない。

 

この第二波を退けられるか否か。ア・バオア・クー戦の勝敗の鍵はそこにあり、連邦やジオンにとっても正念場だと言えよう。

 

そして9時20分頃、本日二度目となる連邦軍主力艦隊によるNフィールド方面の進攻が始まった。

連邦軍は先程と同じルートで進攻してくるが、それに対しジオンもまた砲撃と衛星ミサイルの二重攻撃で進攻を阻もうとする。だが、一度目とは異なり衛星ミサイルの数は少ない上にジオンの戦力は損失したままだ。このハンデによって連邦軍の進攻を止められず、再びMSの発進ラインまでの接近を許してしまう。

 

そして防衛ラインでは再びMSやMP同士の激しい戦闘が繰り広げられ、またドロワを中心とした艦隊戦も勃発した。

 

それを目の当たりにしたダズは、そろそろ自分達の出番のようだと覚悟を固めつつあった。この第二波攻撃によって戦局がどちらへ傾くのかが分かる大事な局面だ。ここで踏ん張らなければジオンが負けるのは明白だ。

 

「そろそろだな……。オッゴ・フレームは何時でも動かせられるか?」

「それについては大丈夫です。何時でも行けます」

「そうか。ところでビグ・ラングの方はどうだ? 出撃していないようだが……」

 

ふと思い出したかのようにダズはビグ・ラングが未だに戦場に出て来ていない事に気付き、その事について誰か知る人間は居ないかとウッドリーやオペレーターに視線を遣って尋ねる。が、どちらも首を左右に振って知らないとアピールした。

 

「あれから1時間以上経っているので、とっくの昔に整備も終わっている筈なのですが……」

「通信も入っていません……と言いますか、戦闘が始まってから通信が飛び交ってパンク寸前です」

「もしかしたら向こうもどう動けばいいのかが分からず、格納庫で待っているかもしれんな。或いは……」

 

戦闘が始まってから1時間ぐらいでビグ・ラングに取り付ける新兵器の装備は終わった筈だ。にも拘らず、未だに戦場に出て来ないのはおかしい。向こうでトラブルが起こったのか、それとも合流すべき部隊の動向が分からず立ち往生しているのか、はたまたパイロット本人が搭乗に臆しているのかのどれかだ。

ビグ・ラングのパイロットを務めたカリアナ中尉の事を考えれば、一番可能性が高いのは最後の考えであるが、この艦橋内に盗聴器が仕掛けられているので敢えて口には出さなかった。

 

「兎に角、オッゴ大隊に何時でも出撃出来るよう通達しておくんだ! それと司令部に奇襲作戦の実行を打診しろ!」

「了解!!」

 

事前に決めていた作戦に沿って動こうとしても、先ずは司令部の承諾が無ければ始まらない。面倒ではあるがダズはそれに従い、行動を開始しようとしていた。

 

この時、ダズが腕に付けていた時計の針は9時25分を指していた。その時刻を指し示した頃、ア・バオア・クーの要塞司令部ではジオン公国を激震させる出来事が起きているとは……この時、誰も知る由もなかった。

 

「……司令部から応答ありません!!」

「何!? また通信のパンクか!?」

「いいえ、司令部からの通信は正常のままです! 只、応答が返って来ないんです!」

「ダズ中佐! 他の艦の動きもおかしいです! 動きが鈍くなっています!」

「何だと!?」

 

ウッドリーに言われて双眼鏡で他の艦船の動きをみると、確かに今さっきまで的確な指示に基づいていた動きとは異なり、動きが鈍くなっている気がする上に、艦隊の統一性が欠いているようにも見られる。

 

まるで指揮官を失い、統率力を失った部隊のようだ……そう思った瞬間にダズはハッと気付いた。

 

「まさか……他の艦船にも司令部の命令が行き届いていないのか!?」

「そんな……! いや、確かに他の艦船の動きを見れば明らかに悪くなっている。となれば、恐らく……」

 

ギレン・ザビが出していた的確な指示のおかげで全ての戦線を維持し続けていたのに、それが突然途絶えたのだ。当然ながら指揮の途絶はア・バオア・クー全土の部隊に動揺を呼び、今まで彼の指示に従って動いていた艦隊の動きにも悪影響を及ぼしてしまった。

しかも、運の悪い事に戦い慣れしている連邦軍はジオン軍が見せた隙を見逃すどころか、ここぞとばかりに攻勢を強めてきた。

 

一気に攻勢を強めた事によりNフィールドの防衛ラインは一気に押され、遂にNフィールド防衛の要とも言えるドロスの目前にまで主力艦隊が迫って来た。他の艦船もドロスを守ろうと前に出るが、先程の戦闘と今の猛攻撃で相当の数を撃墜されてしまっている。最早、ドロスを守る戦力なんて僅かしかいない。

 

「いかん! このままではドロスがやられてしまう!!」

「司令部からの命令は来ないのか!?」

「ありません! 通信は途絶したままです!!」

 

命令があるまで待機せよと言われた身ではあるが、その肝心の命令が途絶したままだ。命令の途絶は一時的なものだと思われるが、再び司令部から命令が来るのは何時になるかは不明だ。

このまま何もせずに待ち続ければ、ドロスは連邦軍艦隊の集中砲火を浴びせられ撃沈させられるのは明らかだ。

 

指示を待つべきか、それとも独断で動くべきか………そう悩んでいる間にも50隻近くにも及ぶ敵艦隊はドロスを射程に収め集中砲火を開始した。

 

ドロスが落ちる――――そう確信したダズは思わずドロスから目を背けてしまう。だが、彼が目を背けたのとほぼ同時にそれは起こった。

 

「ダズ中佐! あれを見てください!!」

「!?」

 

ウッドリーに言われて視線を彼の指差す方へ向けると、そこには艦砲の雨に晒されていた筈なのに全くの無傷であるドロスの姿があった。てっきり今の砲撃で沈んだかと思っていただけに、これにはダズは目を丸くするばかりだ。

だが、ドロスが無傷で済んだ理由もすぐに理解した。ドロスの前方に散布された虹色の鱗粉……ビーム撹乱幕が敵の艦砲を遮断していたからだ。

 

そしてドロスを守る形で連邦艦隊の前に立ち塞がる一機の巨大MA……それは紛れも無くビグ・ラングであった。

 

「ビグ・ラング!? まさか……!」

『メーインヘイム! こちらビグ・ラング! 応答願います!』

 

ビグ・ラングの姿を見てまさかとダズが口走った矢先だ。ナイスタイミングでビグ・ラングから通信が入り、モニターにパイロット……カリアナ中尉の顔が映し出される。一時間以上も通信が繋がらなかっただけに、彼女の無事を漸く確認する事が出来てダズ達の表情に安堵の色が宿る。

 

「無事だったか……! 今まで通信が途絶えていたから心配していたぞ!」

『すいません、ビグ・ラングの調整に少し時間を掛けてしまいました。それと数十分ほど前に司令部からビグ・ラングはドロスの防衛に回れと言う指示がありましたので、こちらからもその旨を伝えようとしたのですが……通信回線がパンク寸前だったせいで伝わらなかったんです』

 

恐らくドロスの防衛云々は司令部との通信が途絶する直前に下された命令なのだろう。そして彼女のビグ・ラングと通信が繋がらなかったのも、通信回線に原因があったと分かって腑に落ちた。

とりあえず様々な事情が絡み合った末にこのような状況となったのは理解出来たものの、それでも気になる点が一つだけあった。

 

「しかし、大丈夫なのか? 君はビグ・ラングに乗る事を恐れていたが……」

『……正直言いますと今でも恐いです。大勢の人が死んでいく、この戦場に居る事自体が……』

 

ダズが唯一気掛かりだったのは、カリアナがビグ・ラングに乗って戦う事に恐怖を覚えていたという事だ。無理に戦いを強い続ければ、彼女の精神が破綻してしまう恐れがある。案の定、彼女自身も戦場に居る事自体に恐怖を感じると本心を打ち明けたが、すぐに『でも』と続けてこうも述べた。

 

『でも、何もしないまま大勢の人が只死んでいくのを見るだけというのは……もっと恐いんです。だから、私は皆を守る為に戦います。少しでも多くの人を……』

 

戦場に立つというのもまた恐いが、それ以上に何もしないまま仲間や祖国の人間が死んでいくのを見るのが怖くて堪らない。カリアナが戦場に舞い戻ったのはそれが最大の理由だと言えよう。

 

彼女の“仲間を救う”という言葉にダズも深く頷き、彼自身もまた友軍の窮地を救うべく今まで躊躇っていた命令を下した。

 

「オッゴ大隊に通達! 今から敵の背後を取る! この機を逃せばチャンスは二度と来ないぞ!」

「了解しました!!」

 

ビグ・ラングに装備されたアンチビームミサイルの効果で連邦艦隊の艦砲を完全に無効化しているとは言え、ビグ・ラング一機だけで集中砲火の的となっているドロスを長時間守り続けるのは不可能だ。

その上、アンチビームミサイルだって数に限りがある。今はまだ大量のアンチビームミサイルがあるから良いものの、これが尽きてしまえばビグ・ラングはおろか、背後のドロスだって撃墜されてしまうのは明白だ。また接近して来るMSやMPの存在も無視できない。

 

ならば、ビグ・ラングが追い詰められる前に膨大な数の敵艦を減らすしかない。それが可能なのはオッゴ大隊による敵艦隊の背後を奇襲する作戦だ。これが成功すれば最低でもNフィールドに殺到した連邦艦隊の4分の1は削れるだろう。

だが、それが果たして成功するかについては一か八かという賭けの要素も強い。しかし、今打てる最善の手はこれしかないのもまた事実だ。だからこそ、ダズは即断したのだ。

 

質量兵器である衛星ミサイル群の中にオッゴ・フレームを結合させた衛星ミサイルを紛れ込ませ、いよいよ連邦軍艦隊に対する奇襲作戦を開始しようかとした直前だ。突然メーインヘイムの通信用モニターにカナン少将の困惑と怒気の入り混ざった顔が映し出される。

 

『待ちなさい! ダズ中佐!! 司令部の命令を待たずして勝手にオッゴ大隊を動かすとはどういう事か!?』

「お言葉ですがカナン少将、その肝心の司令部からの命令が途絶えてしまったのです! 何時また来るのか分からない上からの指示を待ち続けては、好機を失います! 今は我々の判断で部隊を指揮し、行動するしかありません!」

『いいや! ギレン閣下から預かった兵士達を貴様一人の独断で動かす訳にはいかん! オッゴ大隊を投入するのは司令部からの命令が下されてからだ! 今はまだ待て!』

「このままではドロスは確実に沈みます! それにオッゴ大隊を投入するチャンスは今しかありません! これを逃せばオッゴ大隊の奇襲作戦は水の泡に消えてしまいます!」

『貴様のビグ・ラングを盾にしてドロスを持ち堪えさせろ! 兎に角、オッゴ大隊は司令部の合図を待て! これは命令だ!』

「無茶を言わないで頂きたい!!」

 

一旦途絶した司令部からの命令を期待出来ないと判断し、自分の考えや経験に基づいて動こうとするダズに対し、カナンはジオンの興廃が決するこの決戦の場でもザビ家に対する体裁を重視していた。

ダズの現場主義とカナンの権威主義とが激しくぶつかり合い、双方は上下関係など無視して遠慮無しに各々の意見を発言したものの、どちらも折れる事なく過激な話し合いは平行線に終わった。

 

「もう良い! オペレーター、通信を切れ!! これ以上は付き合ってられん!!」

『ダズ中佐!! 貴方は自分がやっている事を分かっているの!? これはザビ家に対する裏切りよ! 極刑に値する行いなのよ!?』

「味方を助けようとする行いが極刑だと!? ハッ! 馬鹿げた話だな、全く! 良いさ! 私一人の命で大勢が救えるんだったら、ザビ家に対する裏切り行為なんて安いものだ!!」

『よくも言ったわね……! 後悔したってもう遅いわよ!! 戦いが終わったら覚悟する事ね!!』

「ああ、構わんさ! 最も、お互いに最後まで生き延びていればの話だがね!!」

 

最後は喧嘩別れという形でダズ側から通信を切り、双方の話し合いは終結した。上官相手に啖呵を切った形となった訳だが、それでもダズの心に後悔なんてものはない。寧ろ、今まで溜まっていた鬱憤を晴らせたと言わんばかりに清々しい表情を浮かべていた。

 

その表情を浮かべているのは彼だけじゃない。彼と同じ境遇に立たされ続けていた。メーインヘイムの乗組員も同じだ。

 

「遂に言ってやりましたね、ダズ中佐!」

「ああ、あの小娘には何れガツンと言ってやりたいと思っていたが……まさか戦場でそれが実現出来るとはな。これで思い残す事は無い」

「ですが、死ぬ気だって無いでしょう?」

「当然だ!」

 

ダズとウッドリーのやり取りに二人だけでなく、艦橋に居た誰もが大声を上げて笑った。この戦場で敵の攻撃を受けて死ぬかもしれないのに、自分達のやっている行いが反逆罪に問われるかもしれないのに、こうやって笑っていられる現実が余計に可笑しく感じられた。

 

そして一通りに笑い合った後、ダズは命令を出した。

 

「衛星ミサイルと衛星オッゴ・フレーム、射出せよ!!」

「了解!!」

 

ダズの命令が下された直後、特別支援部隊の後方で準備してあった攻撃用の衛星ミサイル10基とオッゴ・フレームを接続した衛星ミサイル15基のブースターに火が点き、迫り来る連邦主力艦隊に向かって発進していく。

先行した攻撃用の衛星ミサイル10基の内6基がサラミス級巡洋艦にそれぞれ1隻ずつ激突し、轟沈せしめたが連邦軍からすればその程度の被害は覚悟の上だったに違いない。現に味方の艦船が沈んでも、艦隊は動きを止めるどころか、速度を維持したままア・バオア・クーに向かって突っ込んでいく。砲撃の手も緩むどころか、益々過激さを増すばかりだ。

 

そして残りの衛星ミサイルと、後続で続いた衛星オッゴ・フレームは連邦主力艦隊の間を擦り抜ける形で艦隊の後方に出た。

恐らく、この時の連邦軍は衛星ミサイルによる攻撃を単なるジオン軍の悪足掻き程度にしか見ていなかったのだろう。故に迫り来る衛星ミサイルを迎撃する方法を取らず、敢えて無視し、自分達に被害が及んでも前方に攻撃を集中させる事を最優先としたのだ。

 

だが、攻撃対象を一点に集中したせいで視野が狭まり、それがジオン軍の類稀に見る奇抜な奇襲作戦成功の鍵になろうとは……流石の連邦軍もこの時は知る由もなかった。

 

『敵艦隊を抜けました!』

『いよいよか……! 各員! 準備は良いな!?』

『大丈夫です、やれます!』

『へへっ、連邦軍にジオンの意地を見せてやるぜ!』

 

衛星ミサイルの外部に取り付けたカメラの映像で連邦艦隊を擦り抜けた事を知ったオッゴ大隊の士気は益々上昇し、最早彼等の勢いを止められる者は皆無であった。

艦隊と衛星ミサイルとの距離が数十キロ以上にまで離れた頃、遂にオッゴだけによる前代未聞の奇襲作戦が開始された。

 

『よし! オッゴ・フレームの装甲板をパージしろ!!』

『了解!!』

 

オッゴが40体も装着されたオッゴ・フレームは、誰がどう見ても人目に付き易い目立つ兵器だ。特に今回みたいな奇襲作戦を行った場合は目立つというのは大きなマイナス要因となり、運用が困難となる。

そこで衛星ミサイルに接続したオッゴ・フレームには敵の目に気付かれぬようにする為、偽装兼装甲の意味合いを込めてフレーム全体を覆い隠す形で装甲板を貼り付けたのだ。傍から見れば衛星ミサイルの一部品にしか見えず、フレームの弱点をカバーしたと言える。

 

オッゴ大隊の隊長が命令を下すと共に、オッゴ・フレームを覆い尽くしていた装甲板がパージされ、その中身――――40機にも及ぶオッゴが装着された異様なフレームの姿が露わとなる。

 

そして衛星ミサイルとオッゴ・フレームの接続部分が切り離されると、オッゴ・フレームに備わっていた小型の補助ブースターによってフレーム全体が回転し始め、徐々にその回転速度は速まっていく。

やがてオッゴ・フレームの回転速度が限界に達したのと同時に、40機にも及ぶオッゴはフレームから切り離される。いや、フレームの回転で得た遠心力を利用して射出されたので、その様子は切り離すと言うよりも、寧ろ弾き飛ばされると言った表現が近いかもしれない。

兎に角、オッゴの持つ推進剤を一切使用せず、且つ多数のオッゴを戦場に素早く展開させる……オッゴ・フレームを設計した技術陣の期待した通りの性能を発揮したと言えよう。

 

残りの14基に及ぶオッゴ・フレームも同様の手口でオッゴ達を展開し、計600機のオッゴを僅か30秒……いや、20秒弱と言う最短の時間で展開を完了させてしまった。

 

これには背後への攻撃を全く想定していなかった……言わば、背後を無防備にしていた連邦軍も流石に驚いたに違いない。何も無かった背後に、突然600機もの敵機が現れたのだ。

一瞬で起こった出来事に連邦艦隊の誰もが機器の故障じゃないのかと疑い、急いで後方の確認を部下に命じて行わせようとしたが―――敵の出現に気付いた時には既に遅かった。

 

『目標に向かってロケット弾を撃ち込めぇ!!』

『多少の照準のズレは構わん! ジャンジャン撃ちまくるんだ!!』

『くたばりやがれ!! 土臭い連邦野郎が!!』

 

展開して早々に600機に及ぶオッゴ大隊は、自分達に背を向けている連邦主力艦隊に向けて左右のロケット弾を一斉発射した。

 

今回の奇襲作戦では何よりも対艦攻撃を第一に考え、オッゴの機体両端に装備出来るハードポイントには、それぞれ一基ずつ六連装ロケットポッドが装備されている。これは一回限りの使い捨て兵器であるが、その分威力は絶大だ。

そんな強力な装備を施した機体が600機にも上るのだ。つまり、オッゴ大隊全てのロケット弾を合わせれば、単純計算でもその数は計7200発という膨大な数に上る。

 

それらが一斉に連邦の主力艦隊に襲い掛かればどうなるかは……言わずもがなだ。圧倒的な数のロケット弾が主力艦隊に容赦なく襲い掛かり、Nフィールドの防衛ライン一帯に次々と爆発と閃光が巻き起こる。

 

背後から襲い掛かって来たロケット弾の直撃を受けて沈むサラミス級巡洋艦もあれば、爆発の煽りを受けて船体が傾いた所にロケット弾が直撃して沈んだ艦船もあれば、別の所では爆発の勢いに吹き飛ばされてすぐ隣の艦とぶつかり二隻同時に轟沈する艦船もあった。

兎に角、連邦軍に与えたダメージは甚大を極めた他、万一に備えて必要最低限の数で艦隊を護衛していたMSやMP等の直掩部隊も、この突然背後から襲い掛かって来たロケット弾の雨に対応し切れず大半が撃墜させられてしまった。

 

全てのロケット弾を撃ち尽くし、爆発と閃光が収まった頃には50隻近くあった艦隊も半数以下にまで減っていた。直掩部隊も同様か、それ以上の被害を被った。

 

『やったぞ! 敵の半数を撃墜したぞ!!』

『ざまァ見やがれ! 連邦軍め! これが俺達ジオンの力だ!!』

 

オッゴ大隊の誰かが喜びの声を上げると、それに釣られたかのように一斉に他の隊員達からも歓喜の叫びや雄叫びが湧き起こる。誰かがそう叫ぼうと叫ばなかろうと、この悲惨な連邦艦隊の現状を目の当たりにすれば誰だって奇襲作戦が成功したと理解出来る。

 

そしてオッゴ大隊は撃ち終えたロケットポッドを切り離し、背後からの奇襲攻撃で未だに立ち直れていない連邦主力艦隊にトドメを刺しに向かわんとする。

 

ビグ・ラングによるドロス防衛、オッゴ大隊による連邦主力艦隊への奇襲作戦の成功。Nフィールドでの戦いは史実とは異なった方向に進みつつあった……。

 




やっぱり戦いとかの説明って難しいですねぇ。自分はこれが苦手だと実感してしまいます(汗) 感想やご指摘を募集しております~w


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宇宙要塞ア・バオア・クー 中編

久し振りに書いたなぁ、ボアン大尉(笑) 一応、一階級昇進して少佐という事になっておりまする。他にもこれはどういう事なの?という質問がございましたら遠慮せずに言って下さいませ~。


『ひ、被害状況!! 被害状況を知らせろ!!』

『状況……! 状況不明!!』

『艦の体勢を立て直せ! 早く!!』

『駄目です! 艦の制御が利きません!!』

 

オッゴ大隊の奇襲攻撃を背後からまともに受けた直後の連邦主力艦隊は混乱の極みに達していた。600機にも及ぶ膨大な数の敵が理由も分からぬまま突然背後に現れた上に、敵の姿を確認する間も無く7千発ものロケット弾を受けてしまったのだから混乱するのも無理無い。

 

奇襲攻撃を受ける前の艦隊の数はサラミス級巡洋艦47隻とマゼラン級戦艦2隻と主力艦隊の名に恥じぬものであった。が、奇襲を受けた事によりサラミス級26隻、マゼラン級1隻が撃沈、もしくは大破し行動不能に陥ってしまっていた。運良く生き残った残りの艦船も戦闘続行は可能ではあるが、殆どが中破や小破と少なからずのダメージを受けてしまっている。

 

主力艦隊の半数以上を一瞬にして落とされた事で、Nフィールドを攻め込んでいた連邦軍の旗色が悪くなったのは言うまでもない。これ以上戦いを続ければ全滅を免れられないのは、誰の目から見ても明らかだ。つまりは、この場から一旦退却するしか術は無いという意味だ。

だが、退くにしても進むにしても、先ずは艦隊の隊列を立て直さなければならない。隊列が乱れたままで退却すれば、艦船同士がぶつかって航行に支障が出る恐れがあるからだ。

Nフィールド進攻を指示していた指揮官もそれを重々承知しており、各艦に隊列の修正を命じたが、そんな余裕など与えないと言わんばかりにオッゴ大隊が躍り掛かっていく。

 

奇襲攻撃を仕掛けたオッゴ大隊のオッゴは対艦攻撃の後に続くであろう対MS及び対MP戦闘を視野に入れ、左右のシリンダー上部に備えられた専用アタッチメントには、右側にザクマシンガンを、左側にザクバズーカと、今までにない重装備が施されている。

しかし、実際にはそちらの戦闘は然程発生しなかった。何故なら大半のMSがア・バオア・クー要塞に向けて出撃している上に、Nフィールドから攻め込んできた主力艦隊を守る直掩部隊だって今のロケット弾による攻撃で7割以上が墜とされてしまったのだ。

 

……となれば、オッゴに施された重武装は、当然ながら混乱から立ち直れていない連邦艦隊に向けられるのであった。

 

奇襲攻撃によって混乱しただけでなく足並みが乱れた上に、接近する敵への対応も遅れた連邦艦隊などオッゴ大隊からすればカモ同然であった。

 

たった一隻のサラミス級巡洋艦を十機以上のオッゴが取り囲み、マシンガンとバズーカの集中砲火を浴びせて撃沈する集団戦法を取る者もあれば、サラミスの脆い部分を最低限の攻撃で狙い撃ちして沈める少数精鋭部隊宛らの戦法を取る者さえも居た。

また奇襲攻撃で7割以上が撃墜されたジムやボールなどの直掩部隊も風前の灯にも等しい艦隊を守るべく身を張った防衛戦を展開するものの、膨大な数のオッゴに飲み込まれて手も足も出せずに撃墜されるのが殆どであった。

 

そんな光景がNフィールド防衛ラインの至る場所で発生し、連邦主力艦隊は瞬く間にその数を減らしていく。皮肉にも連邦軍が得意とする物量戦術の有効性を、彼等自身の身で証明してしまった瞬間だった。

 

混乱から立ち直り、果敢にもオッゴ達に向けて対空砲火による反撃を試みるサラミスも見られたが、小回りが利く上に大推力による機動力が持ち味のオッゴに翻弄されるのがオチだった。中には対空砲火を避け切れず撃墜に遭うオッゴも居たが、それによって失ったオッゴの損害など全体から見れば微々たるものだ。

そもそもMSやMPの支援も無きに等しく、20隻弱にまで減らされた艦隊の対空砲だけでボールよりも高いスペックを有するオッゴ数百機を相手にする……この時点でどちらが有利なのかは明白だ。

 

複数の機動兵器が敵艦船を取り囲み撃墜していく。その様子はまるで連邦軍が惨敗を喫したルウム戦役の再現のようだ。いや、正にそれと同じだと言っても過言ではない。

しかし、どれだけ目まぐるしい活躍を見せようとも所詮オッゴはオッゴに過ぎない。MSのように独自で弾倉が変更出来ず、戦闘時間は極めて短いのだ。故に特別支援部隊を初めとする回収部隊が彼等の回収へ向かわなければならない。

この時に敵の熾烈な反撃があるやもしれぬと危険を予想していたのだが、幸いにもロケット弾で敵の数を多く減らせたので、反撃の危険性は予想よりも低いと断言出来る。

しかし、だからと言って気を抜く訳にはいかない。数が少なくなったとは言え、敵はまだ確実に戦場に残っているのだから。

 

奇襲攻撃が成功してから5分後、特別支援部隊を含めた回収部隊が大隊を回収するべく行動を開始した。回収の方法は至って簡単、Nフィールド防衛ラインを横断しオッゴ達を収容するだけだ。無論、回収部隊にも敵は攻めて来るだろうから、そういった敵を捌きつつ回収も同時に行わなければならない。

 

ムサイ2隻を先頭にし、そのすぐ後ろをメーインヘイムが追尾し、最後尾はパゾク3隻が並んで航行するという順番で、オッゴ大隊と主力艦隊による苛烈な戦闘が勃発している防衛ラインに進んでいく。

その途中で敵艦を射程に収めるや、先頭を行くムサイ2隻がメガ粒子砲による砲撃を開始する。幸いにも敵艦の注意は周囲を飛び交うオッゴ達へ向けられており、回収部隊の接近に気付いた頃にはサラミス級巡洋艦の1隻が右側面部に砲撃を受けて沈んでいた。

 

そして防衛ラインに進入してきた回収部隊に対して反転して反撃を仕掛けるサラミスも居れば、回避運動を取りながら撤退の動きへ繋げるサラミスなど各々の判断で窮地を脱しようと試みる。

艦隊の行動が二つに分かれた所から察するに、主力艦隊の指揮系統は奇襲攻撃によって一時的に麻痺しているという事が一目瞭然であった。もし指揮系統が保たれたままならば敵が足並みを揃えて手痛いカウンターを仕掛ける恐れもあったが、それが機能していないとなれば心配は無用。またオッゴ大隊を支援・回収を行うダズ達の部隊にとっても、対処がし易いという意味では幸運であった。

 

「敵は足並みを乱している! 今が攻め時だ!!」

「逃げる艦は放っておけ! こちらに攻撃を仕掛けて来るヤツだけを冷静に対処すれば、被害は最小限に抑えられる筈だ!!」

「敵のMS部隊が来るぞ! こっちのMS部隊とMP部隊は全機発進させろ!!」

 

あくまでも彼等の主な任務は友軍の回収なのだが、敵を倒して戦果を上げるのもまた兵士としての務めだ。敵がそれに対し反撃して来たとなれば尚更だ。だが、大量のオッゴによる奇襲攻撃で形勢逆転している今となっては連邦の反撃も大した意味は持ってなかった。寧ろ、回収部隊が加わった事でNフィールドの連邦主力艦隊の機運は尽きたも同然だ。

 

回収部隊がオッゴ大隊の増援として攻撃に加わった結果、僅か一時間足らずでNフィールド方面の連邦主力艦隊は潰滅。Nフィールドからの撤退を果たした艦数は、僅かサラミス級巡洋艦5隻のみであった。

これによりNフィールドでの戦いの流れは、再び連邦軍からジオン軍へ傾いた。連邦軍のMS部隊は主力艦隊の援護を失い孤立無援状態に陥った事で総崩れとなり、対するジオン軍は敵主力艦隊を退けた事で戦意向上を果たすと共にMSと艦船、そしてア・バオア・クー要塞の三重攻撃で一気に攻勢を強めた。

 

Nフィールド方面の連邦主力艦隊が潰滅してから20分後、同じ方面から攻め込んでいた連邦軍のMS部隊も後を追う形で全滅した。友軍からの支援を失った事と、ア・バオア・クー防衛の要である空母ドロスを攻め切れなかったのが全滅の要因であると考えられる。

 

「連邦軍……引き揚げていきます!!」

 

僅かに生き残った連邦のMSやMPがバーニアを吹かしながらア・バオア・クーに背を向けて逃げていく。オペレーターの言葉通りの映像がモニターに映し出され、それを見たダズの口から重々しい空気を吐き出された。

 

「まさか……本当に勝ってしまうとはな……」

「オッゴの底力……我々も侮っていましたね」

 

ザクよりも劣るオッゴだけで、連邦軍の主力艦隊を退ける瞬間を目にする日が来るとは誰も思ってもいなかった。果たして戦いが始まる前は自分達が生き残れるかどうかと不安に思っていたが、予想以上に上回ったオッゴの潜在能力のおかげで無事に生き延びる事が出来た。

回収部隊の艦船はほぼ無傷で済み、MSの損害はリック・ドムが1機と、MPのオッゴが4機のみという奇跡的な最低限の被害で済んだ。

 

そして生き残った530機のオッゴ大隊という本来の回収任務も終わり、回収部隊は意気揚々と凱旋気分でNフィールドの防衛部隊と合流――――と行きたかったが、いざ行こうとする直前で部隊は動きを止めてしまった。

 

「……ダズ中佐、如何します?」

「ううむ……最早、ア・バオア・クー要塞は持ちそうにないな……」

 

ダズが苦い表情を浮かべながら見据える先には、至る場所から爆発が起こり、炎に包まれてしまっている宇宙要塞ア・バオア・クーの姿であった。

 

彼等がNフィールドで大活躍している頃、反対側のSフィールドでは連邦軍の猛攻に耐え切れずSフィールド防衛の要であった空母ドロワが撃沈。残された部隊だけではドロワを失った穴を防ぐ事が出来ず、連邦軍の侵入を許してしまった。

そうして瞬く間に要塞内部の至る場所で白兵戦とMS同士の戦闘が発生し、ア・バオア・クーが短時間で炎に包まれてしまったのは言わずもがなだ。

既に各フィールドに指令を送る基地司令部としての機能は作動しておらず、敵を迎撃する要塞としての機能も働いていない。

 

最早、Sフィールドから傾れ込んできた連邦軍に成す術もなく制圧されてしまったと見るべきだろう。もしかしたら内部では未だに戦闘が続いているかもしれないが、遅かれ早かれ制圧されるのは時間の問題だ。

 

ならば、Nフィールドに残っている自分達はこんな所で何もしないままで良いのだろうかという疑問が当然ながら浮かんでくる。

もし敵と戦えという司令部からの命令があれば命令通りに従って行動するが、要塞司令部からの指令は一時回復したものの再び沈黙してしまった。しかも、回復した際に司令部から全軍に対し驚きの情報が通達された。

 

ギレン閣下は戦死、キシリア閣下が指揮系統を受け継ぐ―――というものだ。

 

ジオン公国のトップを立つ男が急死したという情報はジオン軍に衝撃を与えたのと同時に、指揮する者が変わった事で戦場では少なからずの混乱が生じた。

例えば後方に回していた学徒兵を前線に出すようキシリアが指示したせいで無駄に被害が拡大し、またギレンの急死はキシリアがギレンを殺害したからではないかと疑惑を抱いたギレン派の軍人達が独自の判断で戦線を離脱するなど、最終局面においてもジオン軍はザビ家の派閥争いに振り回されてしまった。

 

しかし、確かにこれは由々しき問題である。ギレンの急死がキシリアの手によるものであれば、彼女は総帥閣下を殺した戦犯だ。その罪は極めて重く、例え彼女がザビ家の人間であっても極刑に処される可能性は十分に高い。

だが、同時にザビ家の人間であるという事実もまた見過ごす事が出来ない。もし彼女を戦犯として断罪してしまえばザビ家の血筋は失われ、ジオンを支配していた権力者の椅子が空いてしまう。そうなれば空いた権力者の座を巡って、血で血を洗う醜い権力闘争が起こるに違いない。

そうなればジオン公国は内部崩壊を引き起して消滅するか、または身内同士で足の引っ張り合いをしている最中に連邦軍に攻められて滅ぼされるかのどちらかしか辿る道はない。

内部のイザコザを封じて且つ、戦前と変わらぬ一致団結の行動を取る為には、キシリア・ザビが権力者の椅子に座ってジオン公国を纏め上げて貰うのが手っ取り早い方法だ。

 

キシリアも決して無能ではなく、それなりの政治能力はある。権力者の座に座る資格はあるがしかし、前任者であるギレン・ザビはずば抜けた政治手腕と指揮能力、そして人々を魅了させるカリスマ性を兼ね備えていた。これ程の人物は過去の歴史においても存在しないと言われており、事実、彼が居たおかげでジオン公国が成り立てたという噂だってある程だ。

 

要するに、国の統治において圧倒的な能力を有していたギレンの死後、彼の後釜を受け継いだキシリアは己の才能でジオン公国を治められるのか。そんな疑問も捨て切れないので、先に述べた方法も確実とは言い難い。現にギレン・ザビに忠誠を誓っていた軍人達はキシリアに反発して、ア・バオア・クーから離脱してしまっているのだから。

 

戦場からの離脱者が出た事や、Sフィールドが崩壊した等の情報は逐一でNフィールドにも入って来ている。司令部とのやり取りが行えた、今さっきまでの話だが。

 

そういった情報も踏まえた結果、ギレン総帥が亡き今、これ以上の戦いは無意味であり撤退するべきだと唱える者と、キシリアをジオン公国の新たな総帥と認めて戦争を続行するべきだと訴える者の二つに分かれてしまった。

元々、Nフィールドにはギレンの親衛隊やキシリア直属の部隊とが入り混じれていただけに、防衛部隊の意見が二分化してしまうのも無理はない

 

『こうしている間にも連邦軍が攻めて来る! こちらの敵を退けたとは言え、Sフィールドの連邦部隊を相手にする程の戦力は残っていないぞ!』

『敵はア・バオア・クー要塞攻略に専念している! 今の内にNフィールドから脱出するべきだ! 何時、背後から連邦軍が攻めて来るかも分からんぞ!』

『貴官はキシリア閣下を見捨てる気か!? 閣下が居なければ、我々は連邦に屈する事となるのだぞ!』

『そうだ! キシリア閣下を見捨てて逃げるなど、敵前逃亡以上の重罪だぞ!!』

『既にキシリア閣下の居られる司令部との連絡だって取れんのだ! 既に脱出されたのかもしれんのだぞ!』

 

逃げる者は逃げ、戦う者は戦う……そんな感じで割り切れれば簡単なのだが、司令部からの命令が無い事や、キシリアの安否が分からないという事実が枷となり彼等の決断力を鈍らせる。また祖国の運命や自分達の生死を天秤に掛けているのも、話し合いが平行線を辿ってしまう原因だと言えよう。

 

因みにダズは当然ながら、前者の撤退論を支持している。今更どう足掻いてもNフィールドの残存戦力だけで連邦軍を打ち負かせられるとは思えないし、守るべきア・バオア・クー要塞が陥落しようとしている今、これ以上この場に留まり続ける必要もない。。

 

「さて、どうしたものか………」

 

このまま何もせず、連邦軍の攻撃を受けるのを待ち続けるのか……そう考えながらダズが嘆きを呟いた瞬間だった。

 

「艦長! ア・バオア・クー要塞司令部から通信が入りました!!」

 

今まで音信が途絶えてしまっていた司令部から三度通信が入り、艦橋に居た誰もが声を張り上げたオペレーターの方へ視線を向けた。司令部からの通信となれば、他の防衛部隊にも伝わっている筈だ。幸か不幸かは定かではないが、この通信で自分達の運命が決まるかもしれない。

 

そう考えるとダズは気付かぬ内に固唾を飲み込み、しっかりとした口調でオペレーターに通信を読み上げるよう指示を出した。

 

「……読むんだ!」

「はい!“我、既に指揮能力なし。作戦参加の全艦艇は速やかに戦闘を中止し、各個の判断にて行動せよ”……以上です!」

「これは……!」

「ああ、事実上の停戦命令……だな」

 

火を噴くア・バオア・クー要塞を見てから何れ陥落するだろうと予想していたが、まさかこうも呆気なく短時間で陥落するとは正直思ってもいなかった。

何にせよ、司令部の最後の通信で停戦命令が下されのは幸いであった。これで最後まで戦え、死んでも戦え……なんて無謀な命令が下されれば、折角生き残ったのに何もかもが水の泡になってしまう所だ。

 

「ダズ中佐、連邦軍に投降しますか? それとも……この場から撤退しますか?」

「そうだな、これ以上の戦いは無意味だ。各々の判断に任せると司令部は言っているし、このまま連邦に投降するも良し、今の内にこっそり逃げ出すも良しだろう。最も、逃げ出そうとすれば敵は追撃を仕掛けて来るだろうな―――」

『敵に投降するですって!? 馬鹿な事を言わないで!!』

 

投降か逃走か、この二つのどちらを選択するべきかという問題を提起した直後、通信用モニターにカナン少将の顔がアップで映し出された。そこには冷静な彼女の姿は無く、興奮と怒気に満ちた鬼のような形相が浮かび上がっている。

常に冷徹な笑みが似合う美人だけに、こうも真逆の感情を剥き出しにした表情を見せ付けられるとダズも思わず笑いそうになるが、そこはどうにか耐えて逆に問い返した。

 

「か、カナン少将……。捕虜が嫌と言うのであれば、逃げるのに賛成ですか?」

『逃げるんじゃない! 本国に撤退するのよ!! まだ私達にはグラナダと本国の戦力が残っている! これを結集させれば今度こそ連邦を―――!』

 

燃え上がるア・バオア・クーを目の当たりにしながら、よく戦意喪失せず、寧ろ逆転出来ると本気で信じ込めるものだと感心を通り越して呆れに近い感情を抱きそうになった……その時だ。

 

突然Wフィールド方面からビームが飛来し、停戦命令を受けて隙だらけだった防衛部隊のムサイ艦一隻に命中。Nフィールドの部隊がビームに気付いた頃にはムサイ艦は爆発に包まれており、この世から消滅してしまっていた。

慌ててWフィールド方面に目を遣ると、10隻程のサラミス巡洋艦が横一列に並んでこちらへ向かって来るではないか。しかも、艦砲射撃を行いながらだ。ジムやボールの部隊も巡洋艦の間々で並行しており、その数は100機程にも上る。

 

「いかん! 向こうは我々に停戦命令が出た事を知らないのかもしれない! 全通信回線を開いて向こうにも―――!」

『そんな必要無いわよ!! 敵は私達を殲滅する気に違いないわ!! 迎撃しなさい!!』

「撃つな! カナン少将!!」

 

もしダズの言うように停戦命令を……戦う意思が無い事を相手に伝えられば、南極条約に則って自分達の安全は保障されたかもしれない。但し、戦争という事もあって向こうも南極条約に絶対従ってくれるという確証は無いが。それでも無用な争いを避ける為にも試みる価値はある。いや、ある筈だった。

停戦命令を受けたにも拘らずカナン少将の乗るチベ級重巡洋艦がサラミス艦隊に向けて反撃してしまい、これにより無用な争いは避けられなくなってしまった。そして彼女の反撃が引き金となって、他の艦船も呼応する形でサラミスに向けて攻撃を開始する。

このままでは自分達に戦意があると見做されて、徹底的に殲滅されてしまう。それを恐れたダズは全ての通信回線を開かせ双方に訴えた。攻撃は止めろ、停戦だと―――。

 

「友軍、そして連邦軍も聞いてくれ!! 既にこちらは停戦命令を受けたんだ! これ以上の戦闘は無意味だ!! 即戦闘を中断せよ!!」

『停戦命令だと!? では、何故攻撃を仕掛けて来るのだ!?』

『何を呑気な事を言っているの!? 敵は攻撃して来るのよ!! それに降伏する気もない! このままア・バオア・クーから離脱して本国へ向かうわよ!!』

『停戦命令が出たのならば、艦を止めて砲を上に上げよ! おい! 聞いているのか!?』

 

しかし、ダズの訴えは余計に場の混乱に拍車を掛けるだけであった。

ダズの話しに耳を傾けてくれた連邦軍の指揮官と思しき人物がオープンチャンネルで停船を求めたものの、降伏に最初から否定的であったカナンを初めとするジオン軍人の殆どは連邦の投降に素直に応じる筈もなくア・バオア・クーから撤退し始めた。

また殆どの艦船が停船するどころか撤退しつつ攻撃してくるのを見て、連邦軍もジオン軍が停船命令を受けたのは嘘だと判断したらしく、戦場から撤退する彼等の背後へ回り追撃戦を開始する。

 

「くそ! 余計、面倒になってしまった!!」

「ダズ中佐! 我々も撤退しましょう! 誤解を受けてしまった以上、このままでは我々も危険です!」

「……仕方がない。各艦、180度回頭!! サイド3本国まで撤退する!!」

 

幸いにも特別支援部隊を含めた回収部隊はNフィールドの最前線でもある防衛ラインで待機していた事もあり、要塞寄りだった防衛部隊よりも安全且つ迅速に撤退へ行動を移す事が出来た。

 

このまま行けば回収部隊を初め、メーインヘイムが真っ先にサイド3などの安全圏にまで撤退出来るだろうと思われていた。しかし、いざNフィールドから撤退するべくメーインヘイムの舵を動かそうとした矢先だ。

 

「ダズ艦長! ドロスから救援要請! エンジンの出力が上がらず、敵の追撃に追い付かれてしまうとの事です!」

「何だと!?」

 

撤退を開始する直前でドロスから救援要請が入ったのと同時に、後方に居るドロスを映し出した映像がモニターに出された。戦線を離脱するべく他の艦が出力を上げて加速をする一方で、空母ドロスは中々スピードが上がらず亀のように航行していた。

只でさえ空母ドロスは足が遅い上にデカイ図体を持っているのだ。追撃の標的として狙われてもおかしくはない。

また先程の主力艦隊の猛攻にも耐え抜いた堅牢さを有しているとは言え、決して無傷と言う訳ではない。もし連邦軍の追撃に追い付かれたりでもすれば、今度こそ撃破は免れないかもしれない。

 

恐らく、この救援要請は他の艦船にも伝わっている筈だ。しかし、我が身の安全が最優先なのか、誰も危機に見舞われたドロスを気にするどころか、置いてけぼりにする形で次々とドロスの真横を通り過ぎていく。真っ先に連邦軍へ反撃したカナン少将の乗るチベもそうだ。

 

友軍の危機だと言うのに、誰も支援もしないとはどういう事か―――! そう叫びたいのも山々だったが、彼自身も撤退すべきか否かで一瞬迷った。自分の決断一つで部隊の人命が生かされるか殺されるかが決定するのだ。迷うのも無理はなかった。

 

しかし、その迷いもすぐに吹っ切れた。ドロスの救援に唯一応じて残ってくれた1隻のムサイ巡洋艦と、カリアナ中尉の駆るビグ・ラングの姿がそこにあったからだ。

そのムサイ艦からはリック・ドムが2機発進し、ドロスの後尾を守備するカリアナ中尉のビグ・ラングと共に並び立つ。ムサイ艦だけではない、撤退中のドロスからも出撃可能なMSとMP、更にはMAビグロまでもが発進し、ビグ・ラングを中心にして追撃して来る連邦部隊を迎え撃とうとする。

 

明らかに不利な状況ではあるが、彼等の背中からは仲間を守ろうとする意思が垣間見える。それを見てしまったからには、ダズも自分だけ助かろうと思う気になどなれなかった。

 

「特別支援部隊に通達! 本隊はこれよりドロスの救援に向かう! 一緒に同行していた回収部隊には救援に向かうか否かの判断は各々に任せると伝えておけ!」

「了解しました!!」

 

ダズの決断に誰も異を唱えはしなかった。それはきっと彼の判断は正しいと、誰もが信じていたからに違いない。

 

無言の信頼を肌身で感じ取ったのか、ダズは誰にも聞かれるでもなく小さい声で呟いた。

 

すまない、有難う―――と。

 

そしてメーインヘイムとハミルトン少佐指揮するムサイ艦ミューゼは再度艦体を180度回頭し、ドロスの救援へ直行する。その際、一緒に同行していた回収部隊の方をチラリと見たが……自分達と同行してくれる艦は一隻も居なかった。

 

「やはり、来てくれませんか……」

「無理もない。特にオッゴ大隊は学徒兵で構成されているも同然なんだ。若い命を無暗に失わせる訳にはいかんさ」

「そうですね……ん? ダズ中佐! あれを!」

「む?」

 

ウッドリーの言葉に反応してダズが彼の指さすモニターの方に目を遣ると、回収部隊に参加していた1隻のムサイ艦が反転し、自分達の後を付いて来るではないか。どうやら彼等もまた自分達同様に仲間の危機を見捨ててはおけなかったようだ。

 

「ダズ艦長……!」

「うむ、後方のムサイに『同行に感謝する』と電報を打ってくれ」

「了解!」

 

救援に駆け付ける仲間が少しでも増えてくれた事にダズは心の底から感謝した。

そして後続のムサイと共に救援を求めていた空母ドロスに合流した直後、ドロスを中心とした防衛及び撤退戦が繰り広げられた。

ドロスや艦艇から発進したMSとMPの数は100機以上にもなり、対する連邦艦隊からも100機近いMSが出撃する。ぶつかり合い、撤退戦としては今までにないぐらいに苛烈を極めていた。正に力と力のぶつかり合いだ。

 

また10隻に上るサラミス艦隊も容赦なく艦砲を発射してドロスと、ドロスから発進したMSを纏めて排除しようと試みる。が、その艦砲はカリアナ中尉の駆るビグ・ラングのアンチビームミサイルによって防がれてしまい、相手に対し決定打を与えられなかった。

しかし、それでも全ての艦砲を防げるという訳でもなく、精々防げているのは全体の7割~8割程度だろうか。アンチビームミサイルの影響が極めて少ない所を直進した残りの2割~3割の艦砲は命中する事無く明後日の方向へ飛んでいくか、運悪く射線上に入ってしまったMSやMPを撃墜し、ジワジワとジオン軍の戦力を削っていく。

 

これに負けじとドロスの救援に駆け付けたムサイ級巡洋艦3隻とビグ・ラングがメガ粒子砲を撃ち返し、砲撃戦を展開する。

艦船の数では連邦に負けてはいるが、砲の威力ならば負けてはいない。特にビグ・ラングのメガ粒子砲はビグロ本体とAdユニットの動力のおかげでビグ・ザムの大型メガ粒子砲と同等の射程と破壊力を有するほどだ。

 

またMSやMPみたいに動きが速く小回りが利く機動兵器の相手は不得意であるが、艦艇などの巨大物体が相手なら照準を付け易いという利点もある。

つまり艦艇攻撃はビグ・ラングの十八番であり、ビグ・ラングの本領は今正に発揮されていると言えよう。事実、メガ粒子砲以外にもビグ・ラングのスカートアーマー後部には三連装対艦ミサイルが2基搭載されており、艦隊戦に重きを置いた装備であるのは明白だ。

恐らくカリアナもビグ・ラングの特性を把握しており、故にMSやMPの相手はドロスや特別支援部隊に任せ、自分はサラミス艦隊に狙いを絞ったのだろう。

 

そしてビグ・ラングが艦隊に向けて極太のメガ粒子砲を発射した後、そのまま横に薙ぎ払い、一遍に3隻のサラミスを轟沈させる。この圧倒的な威力を目の当たりにしたジオン軍は勇気付けられ、連邦軍は恐怖したに違いない。

 

だが、裏を返せば圧倒的な攻撃力を有するビグ・ラングを沈めてしまえば、両軍の心境も逆転するという意味に変わる。それを理解したからか、大半の連邦MSはビグ・ラングに狙いを定めて攻撃を仕掛けて来る。

 

『させるものかよ!』

 

しかし、理解しているのは連邦だけではない。ジオンも同じ思考に辿り着く者は数多く居り、故に兵士達の心の支えでもあるビグ・ラングを死守しようとする。

その中でも特に力戦奮闘するのはネッド中尉の駆るゲルググだ。数多くの激戦区を潜り抜けただけの事もあり、彼の技量はエースと呼んでも差し支えの無い程だ。更にゲルググの持つ高い性能も付け加え、連邦軍のMS部隊を圧倒するには十分であった。

 

ビグ・ラングの死角に近付こうとするジムを盾ごとビームナギナタで横一閃に切り捨て、死角に回り込んだボールをビームライフルで撃ち抜く。更には足を使ってボールを蹴飛ばしたり、手でジムの頭を潰して最後はナギナタでコックピットを貫くなど、その活躍は鬼気迫るものであった。

 

『おい! あのゲルググ……何処の部隊のヤツだ!?』

『あんなエースが居たなんて知らないぞ!?』

『アイツを中心にして連邦軍を迎え撃つんだ! これを退けたら、俺達は生きて帰れるんだ!!』

 

ネッド中尉の目まぐるしい活躍に誰もが勇気付けられ、また生きて帰るという生の執着もあり、彼等の闘争心に益々磨きが掛かる。そこから一気にジオン軍は攻勢を強め、連邦軍の追撃部隊も徐々に押され始めた。

 

『やっぱりウチの隊長は凄いぜ! あっという間に敵を蹴散らしちまう!!』

『これなら行けるかもな! アキ! エド! やるぞ!!』

『了解!!』

 

特別支援部隊のオッゴ達も連邦MSとの性能差を数で補い、互いの死角をカバーし合いながら確実に一機ずつ撃墜していく。オッゴ同士の連携だけでなく、連邦の新型MS相手に苦戦するザクやドムなどのMSの支援サポートに回るなど、地味ながらも確実な活躍を見せてくれた。

 

戦いは一進一退を繰り返し、敵を倒せば味方が倒され、味方が中破して後退すれば、敵も弾丸を撃ち尽くして撤退する。両者が被害を出し合い、戦いは終わりの見えない平行線を辿っているのではないかと言う不安に駆られそうだ。

だが、どんな物事にも終わりは必ず来るものだ。今はまだその気配を感じられないだけであり、少しずつ終わりに向かって歩んでいる。

 

連邦軍はア・バオア・クー攻略戦には一応の勝利を収めたが、その時点で宇宙軍の総戦力の80%以上を失っている。これ以上、追撃戦や掃討戦で無駄な出血を強いれば、宇宙軍の立て直しが困難になってしまう。

またジオン軍はア・バオア・クーが陥落した事により敗北が決定しており、最早彼等に出来る事と言えば追撃して来る敵の手を払い除けながら安全な場所へ逃げるだけだ。最も、その安全な場所も地球圏には殆ど無いに等しいが。

 

どちらにせよ、両軍共に戦力がほぼ枯渇しており、長時間に渡った戦闘は行えないのだ。連邦軍が先に手を引くか、ジオン軍が追撃から逃げ果せるか、遅かれ早かれこのどちらかの結末で決着が着く筈だ。少なくとも殲滅というシナリオは両軍に残された戦力を察すれば、ほぼ有り得ない話だ。

 

しかし、それでも中々に決着が着かないのは憎悪という関係で敵対しているからだろうか。お互いに多くの損害を出しながらも連邦もジオンも諦めないその姿は、まるで意地を張り合っているかのように見える。

 

既に連邦軍側はサラミス艦が4隻撃墜され、追撃に出たMSとMPを纏めた部隊も6割近くが失われている。対するジオン側もドロスの救援の為に残ってくれたムサイ1隻が撃墜され、撤退戦に駆り出された部隊の5割強を失ってしまった。

 

この戦い、どちらが先に根を上げるのか……メーインヘイムの艦橋から敵味方問わずに散っていく様を見詰めながらダズが嘆く様に呟いた直後だ。

 

頭上から降り注いだ一筋の光……MSの持つビームライフルと思しき光が、メーインヘイムの前方でサラミス艦隊に向けて艦砲射撃を繰り返すムサイ艦のエンジン部を繋ぐ支柱に命中する。

瞬間、支柱が爆ぜ、エンジン部と艦体が引き裂かれる形で離れ離れとなり、ムサイ艦は大きくバランスを崩してしまう。片方のエンジンを失い、そのままムサイが横倒しになるのも然程時間は掛からなかった。

 

更に追い打ちを掛けるように複数のビームが横倒しになったムサイ艦に襲い掛かり、事如くが命中。そしてオペレーターが何か言葉を発するまでの数秒の間にムサイ艦は火球と化し、消滅した。

 

「艦長! 頭上にMSが2機!……いえ、3機!!」

 

オペレーターが敵機の存在を知らせたのと同時にメーインヘイムのモニターに映し出された頭上の映像を見ると、MSのバーニアの光と思しき光源が三つ確認出来た。

恐らく、ムサイを撃墜したのも頭上に居る3機のMSによるものなのは間違いないだろうが、それにしても今のビームライフルの威力は並外れた威力と射程を持ち合わせていた。

 

「今の威力……! 並のMSの攻撃力じゃないぞ!!」

「スナイパータイプのMSか!?」

 

頭上から降り注いだビームの光はビームライフルと同等の大きさではあったが、撃墜されたムサイとビームライフルを撃ったと思しき部隊との距離は数千m以上にも及ぶ。そこから命中させる程の精度を有しているという事は、ウッドリーの言う通り狙撃型として開発されたMSである可能性が高い。

敵に再度狙撃されれば撃墜されてしまう。そうなる前にネッド中尉や他のMS部隊に迎撃を命じようとしたが、それよりも早く頭上の3機が動き出した。

 

「敵機、こちらに向かって来ます!」

「迎撃用意!! 急げ!」

「MS部隊を呼び戻すんだ! MPでも構わん!」

 

メーインヘイムに迫って来る3機は対空砲火を警戒しているのか、真っ直ぐに飛来するのではなくアンバックや補助ブースターを使用し不規則な機動運動を繰り返してこちらへ向かって来る。しかも、その速度も速い。

 

並のパイロットや量産MSでは真似出来ない高機動運動と高速度、この二つの事実を重ね合わせて得られる答えは一つしかない。

 

「いかん! 奴等は……エースだ!」

 

 

 

戦争当初の自分達はジオンのMSに押される一方だった。圧倒的な物量も跳ね退けられてしまい、自分達の故郷を宇宙人如きに良い様に陵辱される日々を只管耐える毎日だった。

それが今ではどうだ。戦争当初の優劣は完全に逆転し、事実上の最終決戦でもあるア・バオア・クー攻略戦も連邦の勝利で幕を引いた。

 

この勝利によって自分達が過去に受けた屈辱を完全に払拭したと言っても過言ではない。同時に地球圏を統一する強き連邦の復活でもあった。

 

そして今、彼等の表情は自信で満ちていた。自分達がジオンを追い詰めているという確固たる現実と、裏付けされた自分達の操縦技量とが相俟って生まれた自信だ。

随分と傲慢な気もしないでもないが、事実、彼等が搭乗しているMSはエースパイロット向けに少数生産されたジムスナイパーカスタムだ。連邦軍の中でもこれを与えられたパイロットは極一握りであり、この事実だけでも彼等の技量や自信も満更ではない事が窺える。

 

彼等の見下ろす先にあるのは2隻のムサイ艦と1隻の輸送艦……いや、今さっきの狙撃用ビームライフルによる一斉射撃で片方のムサイを撃墜したのだから残るムサイは1隻のみだ。

出来る事ならば残りも狙撃用ビームライフルで撃墜したかったのだが、この兵装は予想以上にエネルギーを食ってしまい、ムサイを1隻落とした時点でエネルギー不足となってしまった。

 

そこで仕方なくビームライフルに持ち替え、ライフルの有効射程距離まで接近する羽目になってしまった。だが、高い性能を誇るジムスナイパーカスタムと彼等の操縦技量を以てすれば、そんな事など容易いものであった。

 

「敵は2隻だけ! しかも、その内1隻は輸送艦もどきだ! 恐れる事はない! ジオンのくそったれ共を一匹でも多く潰すぞ!」

『了解しました、ボアン少佐!!』

 

メーインヘイムを頭上から捉えたボアン少佐と2名の部下は搭乗機であるジムスナイパーカスタムの性能を存分に活かし、対空砲火を掻い潜り、瞬く間にメーインヘイムとの距離を詰める。

そして手にしたビームライフルを構え、モニターに映し出された十字マークの照準をメーインヘイムの艦橋に定める。

 

「くたばれ! キチガイなジオン野郎!!」

 

心の底で積りに積もった恨み辛みを倍返しするかのようにボアンが叫ぶのと同時に、彼の指に掛けられていた引き金が引かれる。ライフルの銃口から膨大なエネルギーを含んだビームが発射され、メーインヘイムに襲い掛かっていく。

 

そして放たれたビームは稲妻の如くメーインヘイムに命中し――――爆発した。




次回で最後になると思います。多分(汗)


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宇宙要塞ア・バオア・クー 後編

長かった話も漸く終わりを迎えました! その後のエピローグをちょこっと書いて、この話を終わりにしたいと思います。もう少しだけのお付き合い、お願い致します。


鼓膜を突き破る程の爆発と目の前が真っ白になる程の閃光。この二つがほぼ同時に起こりメーインヘイムの巨大な船体が揺らぐ。戦闘に備えて装甲を強化されていたとは言え、戦艦の主砲と同等の威力を秘めたビームライフルを受けて無事で居られる筈がない。

 

しかも、ジムスナイパーカスタムの部隊はメーインヘイムの艦橋に狙いを定めて引き金を引いたのだ。当然ながら、直撃すればメーインヘイムの艦橋に居たブリッジクルーは一瞬にしてビームの高熱で蒸発し、この世から消滅していただろう。

 

……が、あくまでもそれは『艦橋に直撃すれば』の話である。実際にビームが命中したのはメーインヘイムの右舷の格納庫ブロックであり、艦橋に居たブリッジクルーは奇跡的に生存していた。

 

「ダズ中佐! 大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ! 君も大丈夫か!?」

「ええ、まだ地獄には行っていませんよ! 一瞬、あの世は見え掛けましたけどね!」

 

互いの生存を確認し合い、自分が生きていると生の喜びを実感した。もしもビームが艦橋に命中していたらと思うとゾッとするが、そういう恐怖心を味わえるのもまた生きている証だ。

しかし、実際にこうやって生きているのも只単に彼等の運が良いからという単純な理由ではない。艦橋を狙った筈のビームが右舷格納庫ブロックに命中したのは、もう一つ別の理由があるからだ。

 

「操舵手、よくやってくれた!!」

「はい!」

 

ダズの言葉に対し元気に返事を返す操舵手……そう、彼等ブリッジクルーの命を救ったのは、メーインヘイムの航行を任せられた操舵手が取った類稀なる艦体運動であった。

 

それはビームライフルに撃たれるほんの少し前の出来事であった。

頭上から接近して来る三機のMSが、ビームライフルの銃口をメーインヘイムに構える姿がモニターに映し出される。その瞬間、誰もが逃れられようの無い死を覚悟したが、唯一操舵手だけは艦長命令を受けるよりも先に舵を切り、急速で船体を斜めに傾けさせたのだ。

 

結果、放たれたビームライフルは艦橋ではなく格納庫ブロックに命中したという訳だ。操舵手の活躍が無ければ今頃撃墜されており、全員生き残っていなかっただろう。

 

しかし、だからと言って最悪の事態が免れた訳でなければ、被害が最低限で抑えられた訳でもない。

 

「右舷格納庫の被害はどうなっている!?」

「カタパルト装置は完全に駄目です! その場に居た兵士も何名か死傷した模様!」

「ダメージコントロールと消火活動を急げ!」

 

艦橋の代わりに直撃を受けた右舷の格納庫から轟々と炎が燃え盛っており、格納庫の機能は完全に潰されたと見るべきだろう。それでも格納庫内で誘爆が起こらなかったのは不幸中の幸いだ。

メーインヘイムが受けた状況を矢継ぎ早にオペレーターが伝え、操舵手は攻撃を避ける為に傾かせた艦体を立て直すのに必死だ。そしてウッドリーもダズに代わって、二次被害を抑えようと独自に指示を飛ばす。

 

「艦長! 敵が……!」

 

だが、敵がこちらの事情など察してくれる筈もなく、未だに傾いたままのメーインヘイムに向けて第二射を撃とうとビームライフルを構える様子がモニター画面に映し出される。

 

「ここまでか――――!」

 

艦橋に居る全員の心境をダズが代弁し、誰もが今度こそ逃れられない死を覚悟した。が、そこに一機のゲルググがジムスナイパーカスタム部隊とメーインヘイムの間に割って入り、連邦の部隊に向けてビームライフルを数発撃って追い払う。

 

『メーインヘイム! 今の内に体勢を立て直せ!』

「ネッド中尉か!?」

 

メーインヘイムに背を向けているゲルググからやって来た通信の声は、紛れも無くネッド中尉のものであった。どうやら自分の母艦の危機と知って、早急に駆け付けてくれたようだ。

また母艦の危機に駆け付けてくれたのは彼だけじゃない。メーインヘイムのオッゴ部隊も危機に瀕した母艦を守る為にネッドと共に立ち並んでいる。

 

『ネッド中尉! 自分達も支援しますよ!』

「ヤッコブ軍曹か! 感謝する……と言いたい所だが、敵はエースだ! 危険だぞ!」

 

ヤッコブの申し出は有難くもあるし心強いのだが、如何せん相手が悪い。敵はエースで構成された少数精鋭の小隊であり、且つその小隊に与えられたジムスナイパーカスタムは性能と火力、どちらにおいても最新鋭のゲルググに匹敵すると考えられる。

事実、たった三機の長距離狙撃でムサイ一隻を撃沈しているのだから、火力に至っては推して知るべしだ。

 

エースが駆る高性能MSが相手となれば、オッゴを熟知しているヤッコブ達でも性能差で苦戦させられるのは目に見えている。しかし、だからと言ってヤッコブもすんなりと引き下がるヤワな男ではない。

 

『へへっ、エースだからって戦う前に逃げてたら勝とうにも勝てませんよ! それに性能差や技量の差も、数で押せばどうにかなると連邦軍が教えてくれましたしね!』

 

既にこの時、オッゴ部隊は半数近くを失っており、現時点での残機は16機だけであった。だが、それでも向こうはジムスナイパーカスタム三機のみと数の面では、こちら側が有利だと言えよう。

何よりエースや熟練パイロットが相手だとしても、物量戦で推し進めれば確実に勝利を得られるという事を、前回のソロモン戦と今回のア・バオア・クー戦で連邦軍が証明してくれている。

この物量戦法に自分達が肖れば、例え敵が少数精鋭だろうと、最新鋭のMSだろうと、勝てる可能性はまだある。あると言っても正直なところ、五分五分ではあるが。

 

それでも少数精鋭の敵小隊に対し勝負を仕掛けるのに、悪くはない確率だとネッドは確信し、ヤッコブ達に指示を出した。

 

「俺が敵を可能な限り減らす! お前達は支援に徹するんだ! 良いな!」

『了解!!』

 

部下達との連携を確認し、ネッドは宇宙空間の中を軽やかに泳ぐかのようにゲルググを走らせた。その後ろからは親鳥の後を付いて歩く雛鳥の如く、オッゴ部隊が引っ付いていく。

 

『ボアン少佐! 敵がこちらへ向かって来ます!』

『敵を無視して、母艦を先に叩きますか!?』

 

こちらに向かって来るジオンの部隊を目の当たりにしても、ボアンと部下二人に恐れはない。数で圧倒されてはいるが、MSの性能と技量はこちらが上だと言う自信の表れが彼等の言動から見て取れた。

そして部下二人の言葉を耳に入れたボアンは考える素振りもせず、即断するかのように言い放った。

 

『いや、母艦は何時でも沈められる。それよりも、あの新型は厄介だ! 先にアイツを墜とし、それから母艦だ! ドラム缶は最後でも構わん!』

『了解!』

 

ボアンは母艦よりもネッドの駆るゲルググの撃墜を最優先事項と決めるや、部下を引き連れて目の前のネッド達に躍り掛かる。どうやら三人ともMS戦闘に消極的どころか、好戦的のようだ。

 

向かって来る少数精鋭の小隊に向けてゲルググがビームライフルを数発撃つが、相手のジムスナイパーカスタム三機は円を描く様にビームを回避する。一見すると三機はビームを難無く回避したかのように見えるが、ビームの弾速は実弾よりも極めて早い。

ビームが撃ち出されてから標的に命中するまでの時間は、余程の長距離からの狙撃か射撃でない限り無いに等しい。コンピュータで弾道を予想出来ると言われているが、実際にコンピュータの判断に従って機体を動かすのは容易な事ではない。

更にオッゴ部隊も隊長であるネッドだけに負担を掛けられまいとマシンガンやバズーカで3機に攻撃を仕掛けるものの、尽くを避けられてしてしまう。しかも、相手は派手に動き回る訳でもなく、軽く機体を捻らしたりと最低限の動きで回避してしまったのだ。

 

ビームの弾道を予測して回避し、実弾は最低限の動きで回避する。正にエースならではの技量であり、流石のネッドもこれには敵ながらも敬意を称したい気持ちに駆られた。

だが、敵に敬意を称しても戦争が終わる訳ではない。そう冷静に理解しながら更にビームライフルを二発撃ち、三発目を撃とうとした所でコックピット内にアラーム音が鳴り響く。

 

「! 弾切れか……!」

 

ゲルググのビームライフルの残弾がゼロである事を知らせるアラーム音にネッドは舌打ちを漏らし、無用の長物と化したライフルを投げ捨てる。

唯一の射撃武器であるビームライフルを捨てたのを見て、ゲルググが弾切れを起こしたと気付いたボアン達は攻勢に躍り出た。3機が各々のタイミングでビームライフルを撃ってくるその光景は、宛ら戦艦の一斉射撃のようにも見える。実際に威力も戦艦の主砲と変わらないのだから、正にその通りだと見るべきだろう。

 

ネッドは奥歯を噛み締め、少し苦しそうな表情を浮かべるもののビームライフルの一斉射撃の回避に成功する。ゲルググより性能の低いオッゴは一発か二発を回避するので精一杯で、大半は三発目で撃墜されてしまった。

 

「各機! 散開しろ! 固まったままじゃ全滅するぞ!!」

 

ゲルググに匹敵する敵MSとオッゴでは性能差が開き過ぎており、このまま戦いを続行すれば被害は増える一方だ。それを危惧し、ネッドはオッゴ達に散開して被害を抑える事に専念させた。

無論、ネッドも敵の射線から抜け出して距離を置こうとするが、相手三機は当初の目論み通りネッド機のみを狙って攻撃を仕掛け続けて来る。ビームを避けるか、背中に装着させてあった盾を持ち出し、それで攻撃を凌いだりするが、結局は防戦一方という好ましくない状況だ。

 

「くそ! 振り切れん!」

 

盾の表面にビームを弾くビームコーティングが施されているとは言え、同じ部分にビームが集中すればコーティングの効果は無くなってしまう。

このまま攻撃を受けるばかりでは埒が明かない、それどころか一瞬の気の緩みで撃墜される恐れがある。どうすれば危機を脱する事が出来るか……只管にそれを考えながらも、同時に攻撃を避けるのに必要な手足の動作も忘れない。

並のパイロットでは困難に近い精神を擦り減らす作業ではあるが、それでもやり遂げるのはネッドがエースであり、彼の中に生への執着があるからだろう。

 

兎に角、この状況を脱する事が出来る良い方法が無いものかと周囲をモノアイカメラで見渡していると―――

 

『ネッド中尉!』

「! エド伍長か!? 何処に居る!?」

『中尉の右! ムサイの残骸の影です!』

 

―――突如通信機から飛び出してきたエドの声に反応し、彼の言う方向へ目を遣ると、先程ボアン達に撃墜されたムサイの残骸が目に入った。

ムサイの残骸はボアン達から受けた攻撃によって右半分を殆ど失っており、軽巡洋艦としての機能は当然ながら失われているが、それでも盾代わりや身を隠すのには十分ではあった。

そのムサイの影から三つの光……恐らくエド達が乗るオッゴのモノアイと思しき光が確認出来た。そしてこちらに向けてチカチカと点滅を繰り返し、自分は此処に居るぞと伝えてくれる。

 

「少しの間だけでも、隠れるとするか………!」

 

今更隠れてもすぐに見付かるだろうが、防御に徹して疲労した精神を一分一秒でも休められたらそれで良い……そう考えるや、ネッドは真っ直ぐに残骸と化したムサイ艦へと向かって行った。

 

『ボアン少佐! 敵が残骸に逃げ込みました!』

 

一方のボアン達はゲルググが大破したムサイの残骸へ逃げ込むのを見て、ほんの数秒だけ動きを止めた。すぐに後を追い掛けて攻撃を続行するのも有りだが、ここは確実に仕留めたいという気持ちも同時にあった。

 

「このままダラダラとイタチゴッコを続けるつもりはない。俺とマーカスはここから攻撃し、隠れた新型を亥ぶり出す。サイモン、お前は回り込んで亥ぶり出された新型を潰せ。良いな?」

『了解!』

 

マーカスの作戦にサイモンも異論はないらしく、威勢の良い返事を返すや、ゲルググを追い詰めるべく小隊から離れてボアンに言われた通りの行動を取る。

大きく遠回りする形でムサイに近付くサイモンを見据えながら、彼がムサイに接触するタイミングを頭の中で予想し、ボアンとマーカスは攻撃を開始する。

 

数発のビームがムサイの残骸に襲い掛かり、分厚い部分ではビームは貫通せずに爆発するだけだが、装甲の薄い部分に命中したビームは貫通し、その向こうに隠れているゲルググとオッゴに襲い掛かる。

やがて双方が五発以上のビームを残骸に叩き込んだ瞬間、辛うじて原型を留めていたムサイの残骸が爆発を引き起こし、今度こそ木端微塵に吹き飛んだ。

この爆発に巻き込まれていれば、さしものゲルググも無傷では済まなかっただろう。だが、ネッドはムサイの爆発を見越しており、爆発に巻き込まれる前にオッゴ共々ムサイから離脱していた。

 

しかし、その行動は既にボアンの指示で動いていたサイモンに読まれていた。爆発の閃光の中から現れたゲルググと、三機のオッゴをモニターで確認するや、バーニアを全開にして一気に距離を縮める。

 

「残弾は二発だけか……!」

 

チラリと側面モニターに表示されたビームライフルの残弾に目を遣り、このまま撃ち尽くすか、射撃を捨てて接近戦に持ち込むか、どちらにすべきかと一瞬だけ思考を巡らした。そして、その一瞬の間にサイモンが選んだのは後者の接近戦であった。

 

「相手だって武器は持っちゃいないんだ! 接近戦でやってやる!」

 

彼が接近戦を選んだ理由は幾つかあるが、その中でも決断に至った大きな要因となったのはゲルググに射撃武器は無いという認識であった。MS同士の射撃と違い、接近戦ならば勝負はすぐに着く。故にサイモンは射撃に拘らず、思い切って格闘戦での決着を試みようとしたのだ。

事実、今さっきゲルググは持っていたビームライフルを投げ捨てているのだし、もしサイモンの予想が当たっていれば相手の装備は盾とビームサーベルだけだ。

 

そしてサイモンの見据える正面モニターには左手の盾を前面に突き出し、やや後ろに回した右手にビームサーベルを構えたゲルググがこちらを見据えている姿が映し出されている。

ゲルググ以外にもオッゴ三機も一緒だが、こちらはMSと違って格闘も出来ないので、射撃にのみ注意すれば怖くない兵器だ。最も、支援をさせる暇も与えずに速攻でゲルググを打ち倒してしまえば問題は無い。

 

「……やれる!」

 

ジムスナイパーカスタムの格闘武器は他のMSとは異なり、手でビームサーベルの柄を持つのではなく、右前腕部に備えられた四角いボックスからビームサーベルを放出する仕組みとなっている。

このような独特の兵装になっているのは、射撃武器を手にしたままでも敵機の接近に即座に対応出来るよう設計されているからだ。つまり本機は格闘も視野に入れた、射撃重視の機体だという事だ。

ボックス型のビームサーベルを放出させ、サイモンはゲルググを確実に仕留めるべく相手に接近する。向こうも射撃兵装を持っていないのだから、接近して格闘戦に持ち込むしかない筈だ――――そう確信さえ抱いていた。

 

だが、その確信は直後に裏切られた。ゲルググが構えていた盾がフワリと宙に浮かび、彼の手元から離れていく。そして代わりに盾の裏から現れたのは、巨大なバズーカ……リック・ドムの主兵装として知られるジャイアントバズであった。

 

「なっ!? ジャイアントバズ!?」

 

偶々無傷の武器を拾ったのか、それとも周りに居るオッゴが武器を運んだのかは定かではないが、兎に角、武器を持っていないから大丈夫だという確信が彼の命取りとなった。

ゲルググが持つジャイアントバズの砲口はサイモンのジムスナイパーカスタムに向けられると同時に、何の躊躇いも無くその引き金を引いた。

 

相手に射撃武器は無いと思い込んでいた為にサイモンの反応は通常よりも遅れてしまい、また接近戦を挑む気だったのでゲルググに近付き過ぎていた。その結果、弾速の遅いジャイアントバズを回避する事も叶わず、弾頭はサイモンの居るコックピットに直撃し、爆発した。

 

ジャイアントバズはMSが使用する手持火器の中では最大級の大きさを有しており、命中した場所によっては艦船でさえ一撃で落とせる程の威力を有している。

そんな強力な武器をコックピットにまともに受けたのだ。熟練者が乗るエース専用のMSと言えども、無傷で済む筈がない。いや、生きていられる筈がない。

 

ジャイアントバズが命中した直後、ジムスナイパーカスタムも巨大な爆発を引き起こし、サイモン諸共デプリの仲間入りを果たしてしまった。

 

「やった! やりましたね、隊長!」

『ああ、お前達のおかげだよ。よく武器を持って来てくれた』

 

敵のエースを一機撃墜したのを見て、エドは喜びの声を上げた。そしてネッドも感謝の言葉を呟き、ゲルググの左手に握り締められたジャイアントバズにモノアイを遣る。

彼がムサイの残骸に隠れた後、このジャイアントバズを持って来てくれたのは他ならぬエド達だ。撃沈されたムサイ艦の中で運良く無傷で残っていたのを発見したらしく、恐らく武器を喪失したリック・ドムの為に用意された予備兵装だったのだろう。

 

『だが、まだ気を抜くなよ……次が来るぞ!』

「はい!」

 

ネッドの言葉がやって来たのとほぼ同時に、彼等の近くをビームライフルの光が横切っていく。ビームの来た方へ目を向ければ、先程までネッドを執拗に追い駆け続けていた連邦のエース小隊がこちらへ向かって来た。

向こうも仲間を倒された所は見ていた筈だ。だとすれば、今度は小細工無しの真っ向勝負で挑んで来るに違いない。そう踏んだネッドはエド達に支援を要請した。頼り無いオッゴと言えども、支援はあった方が心強い。

 

『エド、支援を頼む! 俺一人じゃ、正直あいつらを相手にするのは骨が折れそうだ!』

「了解!」

 

 

『隊長! サイモンが!』

「馬鹿め、迂闊に接近したからだぞ……!」

 

仲間のジムスナイパーカスタムが火球となって消滅する様子を遠くから見ていたボアンとマーカス。熟練者と言えども、戦場では一歩間違えれば素人の攻撃や、流れ弾で死に直結するのは珍しくもない。

今の場合もサイモンが撃墜されたのは敵の腕前もさる事ながら、不用意に接近したサイモンの油断が自らの死を招いたと言えよう。故にボアンは味方が撃墜された事に対する怒りよりも先に、味方の不甲斐無さに呆れを感じていた。

 

そして再度あのゲルググとオッゴ数機と渡り合うが、相手も熟練者という事もあり中々勝負に決着が着かない。特にゲルググを支援しているオッゴがここぞという肝心な所でしゃしゃり出て来るので、厄介な事この上ない。

 

「くそ! ドラム缶が予想以上に邪魔だ! マーカス、お前はドラム缶を仕留めろ! 新型は俺が相手する!」

『了解!』

 

当初は雑魚だからという理由でオッゴを無視しようという考えではあったが、ここまで執拗に邪魔されてしまっては流石のボアンも我慢の限界だ。遂にボアンは部下のマーカスにオッゴ達の相手を任せ、自分はゲルググに容赦なく切り込んだ。

ビームサーベルを放出させて切り込んできたボアンのジムスナイパーカスタムに対し、ネッドのゲルググはビームナギナタで受け止める。受け止めた直後にもう片方の手に握られていたジャイアントバズを相手に向けて数発発射するが、弾速の遅いジャイアントバズを難無くそれを交わしてしまう。

 

そもそも取り回しの悪いジャイアントバズだと接近戦では返って邪魔となり、まともに命中させるのは困難だった。

数発撃って弾が切れたのを機会にネッドはジャイアントバズを捨て、今度こそ本格的な格闘戦へと戦術スタイルを変更した。それを見たボアンも弾切れを起こしたビームライフルを投げ捨て、ボックス型ビームサーベルだけで戦いを挑む。

 

そして互いにビームサーベルによる激しい鍔迫り合いを繰り広げ、オッゴ達も支援しようにも、その激しい戦いっぷりに圧倒されてしまい、只々両者の戦いを見守るばかりだ。

 

「駄目だ! 支援する隙なんてありゃしない!」

『エド伍長! もう一機の敵がこっちに……うわぁぁぁ!!ザ―――ッ』

「ブライアン!」

 

部下であるブライアンの叫びに気付いて彼の方を見たが、目線を向けた時には既に彼の乗ったオッゴはもう一機のジムスナイパーカスタムが放ったビームライフルに貫かれ、爆散していた。更に相手は立て続けにビームライフルを数発撃ち、もう一機の同僚のオッゴも撃墜されてしまった。

どうやら、もう一機のエース様は仲間の援護から、自分達の排除に目的を切り替えたらしい……そう判断するやエドは真っ先に背を向けて逃避行を開始した。すると案の定、相手は逃げるエドの背中を追い掛け始めた。

 

一見すれば新型に追われて逃げ惑っているだけのように見えるが、これはこれでエドなりに考えた末の行動だ。

 

「よし! このまま俺を追い駆けて来い! そうすれば隊長も一対一で戦い易くなる筈だ!」

 

エドが態々敵に背を向けて逃げるのは、ネッドにとって戦い易い環境を作る為だ。あのまま自分が撃墜されてしまえば、きっと敵はすぐさま仲間の援護へと向かうだろう。そうなってしまえばネッドの身が危うくなり、またそうなるぐらいならば少しでも時間を稼いだ方が隊長の為になる……そうエドは判断した。

 

流石にオッゴの操縦に関しては一日の長があり、ジムスナイパーカスタムのビームライフルを右へ左へと小回りの利く動きで回避してみせる。とは言っても、本人の力量も大した事は無いので、正直これが彼の精一杯の操縦だ。

 

しかし、このまま避け続けても埒が明かないし、何より意味が無い。試しにエドは相手との距離や射角、弾道などを計算に入れた上で、オッゴの両側面に備えられた計4本のシュツルムファウストの内、後方に弾頭が向けられた2本を順次に発射した。

勢い良く発射された一発目の弾頭は真っ直ぐにジムスナイパーカスタムに向かうが、単純な攻撃故に弾道を簡単に読まれてしまい、軽々と避けられてしまう。

続く二発目は相手がビームライフルを放つのとほぼ同じタイミングで発射され、運が良ければ相撃ちになるかもしれないという願いが込められていた。

 

だが、残念ながら世の中はそう簡単に思い通りにいかないものだ。二発目の弾頭はビームライフルに微かに触れたのか、ジムスナイパーカスタムに辿り着く前に爆発。更にビームの弾丸はオッゴの折り畳まれた右腕を掠り、腕を溶かしただけでなく、ビームと接触した衝撃で機体のバランスを大きく崩させた。

 

「う、うわあああああ!?」

 

バランスが崩れ、ぐるんぐるんと機体が何回も何回も回転する。無重力だからか、ジェットコースターのように胃の中が逆様になる現象にはならなかったものの、目の前の映像が自分を中心にグルグルと回る……言葉に言い表せない違和感に襲われる。

 

暫くすると回転のし過ぎで機体の制御システムが自動的に作動し、補助ブースターの推進剤が噴射されて機体に制止を掛けてくれた。数十秒後には機体の動きも止まり、何十回も回転し続けていた目の前の映像も漸く止まってくれた。

大抵の人間ならばそこで安堵の溜息の一つも吐いていたかもしれないが、エドはそこに映し出されたものを見て背筋が凍り付いた。

 

正面のモニターに映し出されていたのは、ボックス型ビームサーベルを自分に向けて突き立てようとする勇ましいジムスナイパーカスタムの姿であった。

 

駄目だ、死ぬ、死ぬんだ、あの敵のビームサーベルに貫かれて、焼け死ぬんだ………脳裏に自分の死が充満し、やがて頭の中一杯になって真っ白になるまで、そう時間は掛からなかった。いや、一瞬とさえ言っても良い程だ。

恐怖の余りに小水を漏らしてしまうが、そんな事さえ気付いていない。それは彼が反撃する意思を放棄し、生きる事を諦めたようなものだ。

 

そしてモニター画面一杯に敵機が映し出された……直後だった。

 

『エドくん!!!』

 

何処からともなく同僚の声がコックピット内に響き渡り、そこでハッと我に返るが、その声の主の姿は何処にも見当たらない。慌ててモノアイを動かして周囲に目を配ろうとするが、間も無くして背後から何かがぶつかるような強い衝撃が襲い掛かってきた。

 

「うわ!?」

 

突然の衝撃に成す術もなく吹っ飛ばされてしまうが、先程のビームライフルの接触に比べれば優しいものだ。すぐにバランスを立て直し、機体を制止させる事に成功する……と同時に、オッゴのモノアイが捉えた映像を目にするやエドは衝撃を受けた。

 

自分の仲間であろうオッゴの一機が、先程のジムスナイパーカスタムが構えたビームサーベルにコックピットを貫かれていたのだ。

 

あのオッゴは誰なのか……なんて疑問は浮かばなかった。何故なら一目見ただけでアレに乗っているのが誰なのか分かっていたからだ。

自分が貫かれそうになった直前で聞こえた若い声、そして貫かれたオッゴのプロペラントタンクに記入された部隊ナンバーでそれが誰かなのかは一目瞭然だった。

 

そう、それは紛れもなく自分の同僚でもあった――――アキ・カルキン伍長の操縦するオッゴであった。

 

恐らく、今の衝撃もアキの仕業に違いない。機体ごと体当たりして彼を突き飛ばし、身を呈して仲間を守ろうとしたのだ。そしてエドと入れ違いとなり、アキはその身を高熱のビームで焼き尽くされてしまった。

 

彼が自分の命を犠牲にしてでもそのような行動を取ったのは、エドが仲間だからというだけではない。仲間を欺きながらキシリア機関のスパイとして活動していた後ろめたさに対する償いや清算をしたかったのかもしれない。

果たして、それが仲間を庇った理由なのかどうかは、アキが死んでしまった今では謎のままだ。しかし、命を救われたエドが彼の事情を知る由がない。

 

彼が理解しているのは只一つ……仲間が死んだという悲しい事実だけだ。

 

「アキィィィィィッ!!!」

 

怒りと悲しみが綯い交ぜとなり、アキの名前を腹の底から叫んだ瞬間、彼の脳裏に今さっき死んだ筈の仲間の声が何処からか囁いた気がした。

 

『エド君! 僕の機体を撃つんだ!』

「機体……!?」

 

死んだ筈の仲間の声がどうして聞こえるんだという当たり前の疑問は、この時ばかりは浮かび上がって来なかった。戦争で追い詰められていたのかもしれないが、それはさて置き、聞こえてきたアキの声に従ってビームサーベルに貫かれた彼の機体を見た。

アキの機体はビームサーベルに貫かれてはいたが、見事にコックピットだけを貫いたからか爆発せずに串刺しになったままの状態だった。無論、弾薬や推進剤もそのままだ。

 

「………そうか! 分かったよ、アキ!!」

 

アキの囁きでヒントを得たらしく、エドはすぐさま串刺しになったオッゴに向けてマシンガンを撃ち込んだ。マシンガンの弾はオッゴのプロペラントタンクに命中し、その中にあった推進剤に引火し、起爆した。

MSよりも小さいオッゴと言えども、ザクと同じ熱核反応炉を有しているのだ。それが爆発した際に生まれる破壊力は目を見張るものであり、しかもジムスナイパーカスタムのボックス型ビームサーベルは右腕と一体化されていた為に爆発から逃げる事はほぼ不可能であった。

 

この爆発によってジムスナイパーカスタムは右腕全てを失い、右足も膝から下を吹き飛ばされる程の甚大なダメージを受けてしまった。ボディの装甲も爆発の影響か、若干焼け焦げてしまったらしく色が剥げ落ちてしまっている。

手足を失い戦闘に支障を来たした時点で戦闘を中止するのが普通だが、マーカスは色々な意味で諦めの悪い男であった。

 

『この……ドラム缶如きがぁ!!』

 

今までジオンに受けた屈辱を晴らすという信念を持っていた彼は、最後まで徹底抗戦の構えを見せた。辛うじて動かせるジムスナイパーカスタムの左腕を動かし、機体の腰部に備えていたビームスプレーガンを取り出すと素早く銃口をオッゴに向けたのである。

 

「!!」

『くたばりやがれ!!』

 

ビームスプレーガンを取り出してから、オッゴに向けてビームを発射するまでに至る一連の動作は無駄が無く、且つ手馴れている。その動きはまるで早撃ちのようにも見え、流石は熟練パイロットだと称賛に値する程だ。

 

だが、エドは機体を傾けただけでマーカスの攻撃を難無く交わしてみせた。

 

普通のパイロット……いや、マーカス達と同じ熟練パイロットでも今のような攻撃を予測し、回避するのは困難な筈だ。

しかし、何故かエドには彼の動きが見えていた。相手が腰部のビームスプレーガンを取り出す所から自分に銃口を向けるに至るまでの動きが残像付きのスローモーションに見え、それどころかマーカスがこれから起こす動作も先読み出来た。

 

生まれて初めて経験するこの感覚が一体何なのかは分からないが、少なくとも自分に害あるものではないらしいと理解していた。そして先読みした通りにビームは放たれ、エドは先読みに従って回避動作を行い、ビームを回避した。

機体を傾けて回避したのと同時に、オッゴの右側面に残されていたシュツルムファウストの一発をジムスナイパーカスタム目掛けて発射した。発射されたシュツルムファウストの弾頭は吸い込まれるようにコックピットに直進し、遂には着弾した。

着弾した弾頭は勢い余ってコックピットを押し潰し、乗っていたマーカスの体を一瞬にして五体を留めぬ肉塊へと変えてしまう。だが、最後は弾頭そのものが爆発し、MSもその爆発で誘爆したので元も子も無くなってしまった。

 

僅か数秒にも満たない一瞬の出来事であったが、その一瞬の間に敵の兵士が死に、エドは生き残った。

 

「俺……生きているのか?」

 

敵を倒したものの、未だにエドは自分が生きている事も信じられなかった。何せ、本当ならば自分はあの攻撃で死んでいたかもしれなかったのだから。

 

自分が死んでいたかもしれない……それを思い返した瞬間に思い浮かぶのは、自分を庇って散っていった同僚のアキの姿であった。

 

「うっ……ふぅ…ぐ……畜生……! どうして……どうして俺なんかを庇ったんだよ……! アキィ……!」

 

自分が不甲斐ないばかりに仲間を死なせてしまったという事実だけが残り、エドの中で後悔と無念が溢れ返りそうになる。その二つの想いを胸の内に溜め込め切れず、涙となって彼の両目からポロポロと流れ出ていく。

 

『おい、エド! 聞こえている!? 返事をしろ、エド!!』

「ッ……! や…ヤッコブ軍曹! 無事だったんですね!」

『当たり前だ! こんな所で死んでたまるかよ!』

 

涙を流す最中に通信機から聞こえてきたヤッコブの声に反応し、エドは急いで涙を拭い落として通信に出た。そしてモノアイで周囲を見渡すと、数機のオッゴが自分の所へやって来るのを見付けた。恐らくあの数機のオッゴはヤッコブ以外にも生き残ったオッゴ部隊の面々なのだろう。

 

『こんな所でボサッとすんな。敵も追撃を諦めて引き揚げ始めた今、これ以上此処に留まる理由は無い。さっさと母艦に帰還するぞ』

 

ヤッコブに言われて辺りを見回してみれば、確かに戦闘は既に終了しており、ビームの光や爆発の閃光は無くなっていた。あるのはこの宙域で生み出された夥しい数の残骸と、撤退戦と追撃戦の末に帰還不能に陥っている友軍の救出に勤しんでいる両軍の姿だけだ。

第一目標であったドロスを最後まで守り抜く事が出来たのだから、一応この撤退戦は成功したと言えるだろう。とは言ってもこちらの被害も相当なものであり、この場合は痛み分けという表現が正しいかもしれない。

 

『他に置いてけ堀になっている仲間が居ないか探しているんだが……アキはどうした? 何処を探しても見当たらないんだが―――』

「アキは……死にました……。俺を庇って……」

『………そうか』

 

仲間が見当たらないだけに、何処かで生きてて欲しいとヤッコブも心の底で強く願っていたのだろう。エドの口からアキの戦死が伝えられると、返って来た彼の声が悲しみで沈んでいるのが聞き取れた。

 

『30機居たオッゴ部隊も、生き残ったのは僅か9機のみ……か。酷い有り様だな、全く……。だけど、あの激戦の中を生き残れただけでも幸運だな』

「軍曹、すいません。俺のせいでアキを……」

 

自責の念に駆られ、ヤッコブに自分のせいでアキを死なせたと心の内を吐露したのは罪悪感か、もしくはそれから救われたいという一心だったのかもしれない。だが、それをヤッコブに言った所で意味は無いし、またヤッコブも聞く耳を持たなかった。

 

『馬鹿野郎、アイツは仲間を庇って死んだんだ。お前に撃たれて死んだ訳じゃねぇ、そうだろう?』

「ですが……!」

『あいつがお前を庇ったのは、他でもない大事な仲間を守りたかったからだ。それをお前は自分のせいだって責め続けたら、死んだアキも救われないぜ』

「………すいません」

『だから、あいつの分まで生きろよ。良いな?』

「……はいっ!」

 

仲間の死で悲しむのは当然の事だ。しかし、その死を自分のせいだとして自分自身を追い詰めるのはアキも望んではいないだろう。だからこそ、ヤッコブは死んだ仲間の分まで生きるべきだと優しい言葉を選び、エドに諭したのだ。

 

「ヤッコブ軍曹、そう言えばネッド中尉はどうなったか知りませんか? 途中まで支援してたんですが、逸れてしまって……」

 

敵の隊長機との一騎打ちに持ち込んだネッド中尉は無事なのかと尋ねると、ヤッコブの言葉が止まった。成り立っていた会話が突然止まってしまった事に嫌な予感を感じ、思わず『まさか……』とエドが口に出した頃に再びヤッコブから意味深な言葉が返ってきた。

 

『帰還する途中に会えるさ』

 

 

 

ヤッコブ達と共にメーインヘイムへと帰還する最中、エドは改めて戦いが終わったのだと実感した。

けたたましい戦闘音の代わりに聞こえるのは、救助を求む声と、それに応える声。戦闘が止んだ宇宙空間には、ランチと呼ばれる小型艇が友軍の救助の為に右往左往している。

そして仲間を収容するとランチは空母ドロスへ帰還し、仲間を下ろすとすぐにまた他の所で救助を求めている友軍の回収へ出向く。これの繰り返しだ。

因みにドロスを中心に撤退するという戦法、実はソロモンからア・バオア・クーへ撤退した時と全く同じやり方である。特にドロスは他の艦船よりも遥かに足が遅いが、その分比べ物にならない程の搭載能力を有している為、このような撤退戦になった場合は友軍の回収などで本領を発揮してくれる。

 

「あれは……!」

 

友軍回収に力を注ぐドロスやランチに目を遣りながら、母艦であるメーインヘイムに向かう途中、エドの目に見覚えのある二体のMSの残骸が目に飛び込んできた。片方は自分が撃墜したのと全く同じジムスナイパーカスタム、もう片方は自分の上官であるネッド中尉の乗っていたゲルググだ。

どちらもMSの原型を留めているが、両機のビームサーベルは互いのコックピットを突き刺す格好で停止していた。所謂、相打ちだ。

 

「ヤッコブ軍曹、まさかアレって……」

『……ああ、ネッド中尉のゲルググだ』

 

敵と相打ちになっているゲルググを見て、ヤッコブに尋ねると案の定の答えが返って来た。エド達の上官であり、メーインヘイムの部隊長でもネッド・ミズキ中尉の変わり果てた姿にエドは言葉を失った。

 

「そんな……ネッド中尉までもが……」

『……俺がネッド中尉を見付けた時、二人の戦いに決着が着いた直後だったよ』

 

両者の搭乗機の腕を切り落とされるなどの満身創痍の状態でありながらも、最後は意地の一振りで相手のコックピットにビームサーベルを突き立てた、あの瞬間……ネッド中尉と敵のエースとの激しい死闘に決着が着いた瞬間をヤッコブは生涯忘れる事は出来ないだろう。

 

そして皮肉にもネッド中尉が討たれる前後に、連邦軍は兵を引き揚げていき、戦闘は終息した。

 

「………ネッド中尉は最後まで戦い続けたんですね」

『ああ、あの人もエースとして最後まで戦って……大勢の仲間を守って散って行ったんだ。きっと、悔いは残っていない筈だ』

 

最後まで戦い抜き、身を呈してでも仲間を守り切った事実は軍人であるネッドにとって慰めであり、誇りであったに違いない。そして残骸と化したゲルググの中で息絶えたネッドに対し、エドとヤッコブ、他のオッゴ部隊も哀悼の意を込めて敬礼を捧げた。

 

一分間の敬礼を捧げた後、自分達の母艦であり家でもあるメーインヘイムの方へ振り返ると、半壊した右舷格納庫や左舷格納庫の空いたスペースにMSや救助ランチを収容し、仲間の救助に奮闘する特別支援部隊らしい姿がそこにあった。

またカリアナ中尉の駆る巨大MAビグ・ラングも行動不能に陥ったMSを牽引したりし、巨体を活かした救助活動を行っていた。

 

そんな姿を見せ付けられれば、自分達も只帰還するだけという訳にはいかないだろう。

 

『エド、俺達の仕事はまだまだ残っているようだ』

「そうですね……」

『……さぁ、行こうぜ。特別支援部隊らしく、最後まで人様の役に立とうぜ!』

「はい!」

 

宇宙世紀0079年12月31日、ジオン公国の事実上の最終防衛ラインであるア・バオア・クー要塞は陥落し、これによりジオンの敗北は確実となった。

 

この戦争でジオン公国を牛耳っていたザビ家はドズルの実子ミネバを残して滅亡し、代わりに今まで息を潜めていたジオン穏健派が政権を奪取した。そしてすぐさま地球連邦にコンタクトを取り、和平交渉を申し入れた。

連邦軍もア・バオア・クー要塞での戦いで連邦宇宙軍のほぼ全ての戦力を失ってしまっていたので、これ以上の無用な戦いは望んではいなかった。

 

こうしてお互いの利害が一致し、翌日の宇宙世紀0080年1月1日……地球連邦とジオン共和国の間に終戦協定が結ばれた。

 

たった一年という短い月日ではあったが、人類史の中で最も多くの血が流され、MSなどの新たな兵器によって戦争の常識が一変し、地球と宇宙……双方に癒えない亀裂を与えた不毛の年であった。

 




エピローグも書き上げて、この作品も漸く終わりです。というか、ここでもう個人的に完結した気分です(笑)


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エピローグ 0081

オッゴは永遠に不滅です


宇宙世紀0081年……一年戦争と呼ばれる凄惨な戦争が終結してから早くも一年が経過した。しかし、総人口の半分以上を失った戦争の傷跡を癒すには一年では足らず、本格的な再興はまだまだ先になりそうだ。

 

戦争を引き起こしたサイド3のジオン公国も以前のジオン共和国へと名前を戻し、政治体系もザビ家の滅亡により独裁政治から民主政治へと移行していった。

公国軍も軍縮を兼ねて解体され、サイド3を守るのに必要最低限の戦力を保持した共和国軍へ再編された。因みにア・バオア・クー戦での撤退に成功した空母ドロスも軍縮の対象と見做され、戦後は連邦政府の命令に従い解体処分されている。

 

地球連邦政府との停戦協定の中でジオン共和国は自治権の獲得に成功した他、一年戦争で発生した戦争責任もザビ家に帰結させる形で決着が付いた。

 

その代わりに地球連邦の復興支援を得られず、翌年のコロニー再生計画の参加で得られた助成金を事実上の復興予算として宛てている。連邦政府の嫌がらせのようにも見えるが、実は地球連邦の受けた損害の方がジオンよりも遥かに凄まじく、正直に言えば敗戦国相手に救済の手を差し出す余裕などなかったのが実情だ。

 

他にも問題は山積みだ。その中でも特に深刻なのは、生き残ったジオン公国軍のゲリラ化である。

戦争が終結する直前、ア・バオア・クーから撤退した残存部隊、グラナダやサイド3に残っていた宇宙軍は連邦軍への投降を良しとせず、アクシズや暗礁宙域へ逃げ延びていった。地球に取り残されたジオン公国地上軍も共和国の投降勧告を拒否し、アフリカを中心にゲリラ戦を繰り広げながら地下に潜伏し続けた。

宇宙と地球でジオン残党軍は地下勢力化への道を辿り、何時かまたジオンが再起する日が来るのを夢見ながら長い年月を待ち続けるのであった……。

 

まだまだ前途多難のように見えるが、それでも人々の足は着実に再生に向けて歩み始めていた。その中にはオッゴを生み出し、オッゴと共に戦争を駆け抜けた特別支援部隊の姿もあった。

戦後、嘗てジオン公国軍に属していた者達は再編された共和国軍に残るか、除隊して新たな生活を生きるかの二つの生き方を選ばされた。特別支援部隊のほぼ全員は後者を選択し、新しい人生を一からスタートされた。

 

戦争が終わったばかりで不安定な情勢の中、そう簡単に手に職を得られるのだろうかと言う不安は誰もが持っていた。が、予想外にも除隊した早々にコロニーの製造・修理を担う大手企業からスカウトの声を掛けられたのだ。

だが、これは決して不思議な事ではない。一年戦争によって多くの貴重な人材が失われ、何処も彼処も人員不足であるこの世の中、機械に精通し、尚且つ大型作業機を操れる人間は重宝される存在であった。

特に特別支援部隊は後方任務の修理や補給活動、衛星ミサイルの製造やミサイル砲台の設置などで豊富な経験と実績を持った集団だ。コロニーみたいな大型の物を扱う企業にとっては、喉から手が出る程の人材の塊だったのは言わずもがなだ。

 

特別支援部隊の殆どはこのスカウトに対し二つ返事でOKを出し、軍人から大手企業の社員として新たな人生を歩み始めたのであった。

 

世界各地では不安定な情勢が続き、漸く手に入れたこの平和が何時崩れてしまうのではないかと不安に駆られる日もある。それでも彼等は今の世界を受け入れ、少しでも良くなる事を祈り、また少しでも良くしていこうと思いながら日々を生きている。

 

それがあの凄惨な戦争を生き延びた彼等が出来る、この世界に対するせめてもの償いなのだから……。

 

 

 

特別支援部隊に関して明らかとなっている記述は此処までだが、部隊に所属していた一部の隊員達、そして部隊の関係者のその後は以下の通りとなっている。

 

ダズ・ベーリック:特別支援部隊の母艦メーインヘイムの元艦長。戦後は某コロニー建設会社にある輸送部門の責任者となり、持ち前の指揮能力を遺憾なく発揮し、機材の運搬に努めている。因みに彼等の母艦であったメーインヘイムも建設会社に所有権が移り、今もコロニー建設に必要な機材を運搬する輸送船として使用され続けている。

 

ボリス・ウッドリー:特別支援部隊の母艦メーインヘイムの元副艦長。ザビ家の私刑によって特別支援部隊に左遷されていたが、ザビ家の支配が終わったのをきっかけに共和国の呼び掛けに応じ、共和国軍の重役に就く。戦前から有していた高い後方支援能力を活かし、共和国再建の為に力を注いでいる。

 

エド・ブロッカ:特別支援部隊に所属していたオッゴ隊の一員。戦後は多くの仲間と共にスカウトを受けたコロニー建設会社に就職する。そこでも彼は愛用のオッゴに搭乗し、コロニーの建設と修理に専念する日々を送る。因みに作業中に人の声が聞こえるなどという発言もあり、NTではないかとも言われているが、その詳細は謎のままである。

 

ヤッコブ・ブローン:特別支援部隊に所属していたオッゴ隊の一員。エドと同様にコロニー建設会社に就職する。以前から個人商売をやっていたという実績を買われ、エド達の居る建設部ではなく、営業部の方で充実した日々を過ごしている。時折、オッゴに搭乗し、エド達と肩を並べて仕事する日もあるようだ。

 

カリアナ・オックス:義体部隊の整備士として特別支援部隊に編入された技術士官。戦後は彼女が所属していたツィマッド社に戻ったものの、間も無くして本社がアナハイム・エレクトロニクス社に吸収合併されてしまう。またビグ・ラングを操縦していた経歴を買われ、技術者兼テストパイロットとしてアナハイムから正式にスカウトされると、それに応じて本社が置かれてある月面のフォン・ブラウン市へ移り住んでいる。

 

カナン・チェコノフ:突撃機動軍に所属していた将校。特別支援部隊に対し高圧的な態度を取っていたが、戦後のサイド3で彼女の姿は確認出来ていない。恐らくア・バオア・クーからサイド3へ撤退した後、連邦軍の本土侵攻を危惧し、サイド3に駐留していた防衛艦隊の半数と共に連邦軍の手が届かない暗礁宙域かアクシズへ逃げ落ちたものと思われる。消息及び安否は不明のままである。

 

オッゴ:戦争終結をきっかけに数多くのジオン製MSや試作兵器が連邦軍に接収されていく中、唯一共和国の手元に残り生産が許された。これは同期のボールよりも一回り性能が高いだけで、MSに比べれば脅威は低いと連邦政府が判断したからだ。武装の代わりに作業用アームを増設し、優秀な作業機として戦後もコロニー修復などの作業で活躍している。また生産された一部は武装を施され、共和国軍の戦力として使用され続けている。

 




長い間、ご愛読して頂き誠に有難うございます。このエピローグをもちまして、灰色ドラム缶部隊は完結となります。最後まで書けるだろうかという不安もあり、スランプもありで四苦八苦でございましたが、こうやって最後までやり遂げる事が出来て一安心でございますw
個人的に各キャラのその後とかを考えるのが楽しくて仕方がありませんでした(笑)

では、改めて本当に有難うございました!!


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