没落TS勇者令嬢ウィンター・ツイーンドリルルは、魔を切り裂き、光をもたらすのですわっ!! (クルスロット)
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第一章 VS炎の四天王サラマンドロス・エコーフィアー
第一話 ウィンター・ツイーンドリルル、大勝利! 栄光の未来へレディ、ゴー!


 ああもういい! やけくそだっ!! 俺は、正直なところ結構ビビっていた。なにせぶっつけ本番だ。殺る気はあるが勝算は、不明瞭。やれる事も理解しているが初めての実践だった。だから、大きく息を吸い込んで、

 

 「そこまででしてよッッ!!」

 

 「あぁん?」

 

 カツッ!! とハイヒールの踵を鳴らし、悲鳴に掻き消されないよう俺は叫んだ。

 炎に呑まれた街。火の粉が散り、吹き抜ける熱風は、熱く、息苦しい。そんなところに、俺は居た。人の営みは崩れ、蹂躙された。今もなお、人が目の前で殺されている。

 ――許しがたい。決して許せるものではない。湧き上がる感情は、燃え盛る炎よりも勢いよく。俺の中には、真っ赤な怒りが迸っていた。一度声を上げれば、怯えもどこかへと消え去っていた。

 

 「ギャハハハハハ! なんだよ、まだ居たのかよ! 居たのならさっさと出でこいよぉ~~」

 

 逆巻く炎を背景に、景気よく笑い声を上げる怪物。魔王の配下、炎の四天王。そして、俺の仇敵であるサラマンドロス。

 サラマンドロスは、何気なく足元に転がってる人を片手で持ち上げた。俺は、自分の眉根のシワが倍増するのが分かった。女性の死体は、目も当てられないような惨状だった。瞳に光はなく、死んでいるのも分かった。なにせ腹から下がない。炭化している。ぽろぽろと破片が落ちて、崩れた。

 

 「こいつら皆、さっきまで、ぴーぴー助けて助けてって泣いてたんだぜ? 同胞が助けを求めてたのに、今頃になって出てくるなんてひでえよなあ? な? お前もそう思うだろ? 『はい、そうです。酷いです』だよなぁ? ギャハハハハハハッッ!!」

 

 「貴方……!!」

 

 女性の口を手で動かし、裏声を放つ腹話術めいて挑発をしてから無造作に女性を投げ捨てた。サラマンドロスの行動に、俺は、怒髪天を衝いたのを自覚した。

 

 「ギャハハハ!! 怒ったか? 怒ったよな? 悔しいもんなぁ……何も守れてないもんなぁ……。お前、正々堂々って感じで出てきたし、騎士かなんかだろう? 残念だな? お前達が守りたかったものはもうこんなになっちまった。俺は、楽しかったぜえ。弱いものをぐしゃぐしゃにして、ばらばらにしたりとか嬲って嬲って、最後に殺すのも全部、ぜぇぇぇぇぇええんぶなぁ!! ギャハハハ!!」 

 

 「……もう、お黙りになっていただけるかしら」

 

 「嫌だね」心底見下した笑みをサラマンドロスは、浮かべ「人間に従う筋合いはねえ」きっぱりと斬って落とした。

 

 「それなら」俺がやることは一つだ。「嫌でも従ってもらうしかありませんわね」

 

 出来ることは分かってる。やることも分かってる。以前とは違う体。歩幅も体格も全部全部違う。丸っと違う。だけど出来る。俺は、出来るんだ。頭が分かっている。教えてくれる。長年続けたことを意識せずに行えるように、この体も知っている。だから出来る。

 

 「ギャハハ! 巫山戯たことを抜かす人間だな。やってみろよ。ほらほら、ほーらほら。隙だらけだろう? なあ?」

 

 おどけて両手を広げるサラマンドロス。挑発しているらしい。俺は、軽く半身に、右手を前、左手をその少し後ろと構えた。

 

 「では、お言葉に甘えまして……!」 

 

 直後、放たれていた炎を俺の拳が霧散させた。更に背後からくる火炎を振り返りざまの蹴りで叩き落とす! 炎の熱はあった。熱があるのは、分かるけど脅威には、感じない。痛くも痒くもない。もちろん、火傷どころか肌が赤くなることすらない。いける、やれる。確信が動きを鋭くさせた。

 

 「っ!!」

 

 不意を打つ一撃必殺を予想していただろうサラマンドロスの――いいや、トカゲモドキだ。こいつに大層な名前なんて必要ない。トカゲモドキは、驚愕で、目を見開いた。予想外だったろう? 俺は、にやりと右の唇を持ち上げてみせた。

 

 「はぁ!」

 

 跳躍だ。瓦礫を蹴り潰し、距離を詰める。遠距離は、あいつの距離だ。ここで俺の距離にして、一気に終わらせてやる!

 

 「ギャハハハ! 存外にやるじゃねえかよぉ! 啖呵を切るだけあるなぁ!?」

 

 トカゲモドキの姿が消えた。兄貴達を焼き払ったやつがくる。あの時は、追えなかった。何が起こったかも理解できなかった。

 だけど今は違う。トカゲモドキの攻撃は、見えている。恐ろしいまでの高速移動。全身から炎を吹き出して加速する。出力が馬鹿みたいに大きいからそれだけで必殺だろう。実際、周りの瓦礫だとか地面とかは粉々で蒸発してる。音も遅れてやってくる。すげえ威力だと思うよ。だけどなぁ!!

 

 「今は、見えてますわよ!」

 

 髪が捩れる。いつもと変わらない金髪、しかし、長く美しくなった髪がぐるんと円錐形の渦を巻いている。ただのツインロールじゃない。このツインロールは、伊達じゃないし、やわでもない。

 

 「ロール、ストライク!!」

 

 ぎゅんと鋭角に、横合いから俺をふっとばそうとしてきたトカゲモドキの鼻っ柱に叩きつけ、逆にふっとばす! はっはぁ! 最高に気持ちいいな! ちなみに技名は、勝手に浮かんできた。魔法の呪文みたいだけど……どうなんだ? ただ、『戦おうとすれば分かるよ』ってのは、事実だったな。

  

 「んだよ、それ……!?」

 

 吹っ飛んだだけでダメージには、なってないらしい。浅かったか。妙なものを見る目のトカゲモドキに、軽く舌打ちが出た。

 

 「ギャハハハ!! ばっかみてえだなぁ、おい!?」

 

 トカゲモドキの両手の間で炎が集まって、圧縮されて、放たれた! 躱せるほど遅くない。なら!

 

 「なんだそりゃ?!」

 

 ツインロールは、伊達じゃない! ツインロールの先端で、圧縮された炎を逸らす! やっぱり距離を詰めないと……!

  

 「ツインッッッッ!!」

 

 駆け出した俺は、背後に向けたツインロールを回転させる(・・・・・)。ぐるんぐるんと回るツインロールの推進力を受けた俺の体は、急加速した。足が地面を離れ、速度についてこれない景色が後ろに流れていく。散らばった瓦礫を縫うように避け、迫る灼熱のブレスをローリングで躱した後、一気に接近だ!

 

 「おいおいおいマジかよギャハハハ!!!!」

 

 俺が何しようと楽しそうなトカゲモドキが火炎の玉を幾つも放ってくる。そんな雑な攻撃、当たらない! 当たらない! まあ、一回喰らって死にかけたけどな! 躱してもなお迫る炎の雨あられを左右の移動にし、追いかけてくる火の玉をローリングで振り回したツインロールでガードする。ぎゅんと回転するツインロールが炎を明後日の方へ弾き飛ばした。

 

 「チェリャァっっ!!!!」

 

 俺が超接近したところへカウンター気味の振り下ろし! 恐ろしいまでに練られた魔力の爪! 一瞬で地面深くまで切り込み、数十メートル後ろの家屋をまとめてばらばらに砕いてしまった。なんて威力だ。冷や汗が俺の頬を伝う。けれど、関係ない。だって俺が居るのは、やつの背後……!! 振り向き加減の横目に浮かぶ、驚愕が実に心地良いな! 挑戦的な笑みすら浮かべてしまう。

 

 「ドリルッ!!」

 

 俺の両脇で、強烈な金属音が鳴り響く。俺としては、頼もしいが相手からすれば耳を塞ぎたくなるくらいだろう。だが知ったことか! こいつで土手っ腹に大穴空けてやる! 逃げたって遅い! もう絶対に逃さねえ! ここは、俺の距離だ!

  片方のツインロールを回転させ、生まれた推進力が体を前に進ませる。振り向いたトカゲモドキと向かい合う。俺を見て、やつの目が大きく広がった。ははッッ、やぁぁぁってやるよッ――――!! 

 

 「ブレイカーァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 俺の頭から垂れたツインロールの片方がトカゲモドキを貫き、一瞬で、その体をツインロールが巻き込んでいく。

 

 「ギャハハハハ、ギャ!? ギ、ガガガガガガガガガガガガガガガ!!」

 

 目を白黒させながらもどうにか抵抗しようとツインロールを掴もうとトカゲモドキの伸ばした手も一緒に、粉砕! 俺は、気合を込めて、地を蹴り、トドメの加速をかけ、

 

 「ギャ、ガガ! ギャ! ヤ、ヤ、ヤややめ! やめてく、く! くくくくくくくくくくく――――?!?!?!!!」

 

 やめるかよ。お前がやめなかったことだ――より一層、俺は、瞳を鋭く尖らせて 一気に、トカゲモドキの体を貫いた!!

 

 「ですわ!」

 

 その後、何故か爆発四散したトカゲモドキを背景にハイヒールで地面を削って加速を殺し、着地と同時にぐるんと回り、パシッと決めポーズ!! ばっと元の艶々ツインロールに戻った髪を払い、ちょっと見下ろし加減に涼やかな笑み――――これは、決まったな……。美しい……。

 

 「いや、なんでですの!?」

 

 セルフツッコミせざるがえない。ていうかああ! やっぱりこの口調なのか!? 俺こと、ウィンター・ツイーンドリルルは、今日この日、人生最大の危機に陥っていた。

 

 一つ! 故郷が滅びた! 二つ! 家族が死んだ! 三つ! おっぱいが出来た! 四つ! ツインロール! 五つ! ちんちん無くなった~~!! 

 

 膝から崩れ落ちそうだ。心がぱっきり折れそうだ。

 

 「見事! 流石、僕が見込んだ女の子だ!」

 

 「男ですわよ!!」

 

 俺は、反射的に叫んでいた。この声、この声こそ諸悪の根源……いや、お陰でなんとかなったんだが。声の方には、美幼女が一人。 実に目立つ子だ。なにせ髪色が桃色と銀色で、とっても長くて腰まである。トカゲモドキの放った炎で、てかてかしてる。顔もまた凄い。ちっちゃくて肌は真っ白。大きな目は、翡翠色で綺麗だ。体に張り付いて、凹凸の全く無いツルペタボディラインを思う存分見せつけている。まあ、年相応というところだろうか。

 その少女――ホワイトは、またまた~と手を広げて、いやいや~と首を振ると。

 

 「そのおっぱいでそれは無理でしょw」

 

 「た、単芝が不快でしてよ~~!! 煽ってるんですの?! なんなんですの!?」

 

 「草なんだがw」

 

 「草に草を生やさないで頂けますかしら!? 不敬罪で、しょっぴきますわよ! キィーー!!」

 

 意味がわからない。俺は、俺が何を言ってるのかが全く理解できない。分かることとすれば、あの幼女の言ってる事に苛ついてるってことだ。

 

 「ほら僕、命の恩人だよ? 敬って!! 尊敬して!! そしたら、おっぱい揉ませて~~!! わりと我慢の限界なのー!!」

 

 「高貴なるわたくしのおっぱいは、安くありませんことよ!? さっきからそのおっぱいへの執着なんですの!? 何かお薬でもキメられていて!?」

 

 「この通りだからっっ!!!!」

 

 見事な土下座! なんだこのおっぱいへの情熱は!? この小さなツルペタ幼女ボディのどこから出てくる! 俺は、もうどうしたらいいか分からなかった。なにせ、人生で初めておっぱいを揉ませろとせがまれたのだからこうなって当然じゃないか。ちょっと心が揺らぐ。駄目だ。堪えろ。負けるな俺!

 

 「い、嫌ですわ……!」

 

 それでもなんとか拒否できる俺は、偉い子だ……。胸ごと自分を掻き抱いた俺は、じりじりと後ろに下がった。背中に感じる何とも言えぬ悪寒がそうさせていた。。

 

 「やだー! 揉ませろー! 僕は、大きなおっぱいを揉むのが生きがいなんだー! 揉ませろー! 仇討ちをさせてあげた対価に揉ませろー!」

 

 「はしたないからやめなさい! 後、その生きがい、どうにかならないのかしら!?」

 

 土下座から地面に転がって、じたばた両手を振り始めた。駄々っ子かい! ホワイトが地べたに転がって、そんなはしたない行動はいけない。俺は、紳士的に注意した。……いやもう淑女では? しらねー!! しらねーですわ! 

 

 「いやだー!! おっぱい揉ませてくれたらやめるーー!!」

 

 「一応、凄い魔法使いなんでしょう? ご自身の胸大きくして、揉めばいいじゃないですの!」

 

 「自分のおっぱい揉むのは虚無い。他人のだから価値があるんだよ。常識だよ?」

 

 「ええ……」

 

 寝転がったまま平べったい胸を張るホワイトに、俺は、がくんと肩を落とした。

 このどう見ても駄々っ子な少女こそ、俺をこんな体にした張本人だ。ありえないことを可能にしたすごい魔法使いなのに、このざまだ。なんなんだ畜生。

 事の起こりは、ほんの一時間もしないくらい前の事だ。思い出すのも忌々しいが思い出さなくては、始まらないからな。思い出すことにするよ。

 

 

 



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第二話 ウィンター・ツイーンドリルルは、何故没落したのか?

没落(炎上)(物理)


 

 

 

 王国へと魔王軍が侵攻を開始したのは、ひとえに新魔法の開発からにあった。

 新魔法――この世に存在するあらゆる可能性、確率、因果への干渉式を書き込まれた魔法。通称、改造魔法(カスタムマジック)。あまりに強力で、あまりに絶大。人類に抗うすべはなかった。

 

 四天王。魔王軍にて、新たに出現した改造魔法の適合者である強大な存在。魔物から人の形をとった魔王の仔ら。彼らの戦場がここにある――いいや、違う。戦場なんていう可愛いものではない。

 彼らが戦端を開いたのは、王国北端、ツイーンドリルル辺境伯の統治する領土。年中領地のほとんど雪に埋もれており、豊かとは言い難く、突出した特産物もなく、さらに魔王領と隣接しているため、魔物の出現も絶えない厳しい土地。それでも領主と民衆は、良好な関係の上、たくましく暮らしていた。

 だが、殺戮の炎上舞台となってしまった。盛る炎は、雪を舐め溶かし、大地を焼き焦がすとともに、生きとし生けるもの何もかもを焼いて殺した。ツイーンドリルル辺境伯の愛した大地は、瞬く間と陵辱されたのだ。

 

 侵攻開始は、突然だった。真夜中、魔王領との境であるエンブレース山脈の麓で、立ち上った火柱。出火元は、王国軍の軍事施設、王国軍魔王領国境部隊の拠点であった。だが夜襲を受け、あっという間に燃え尽きたのだ。

 魔王領からの侵略者は、夜を昼間に変えてしまうほどの炎を放ち、一瞬で領土を塗り変えていく。村を街を焼き払い、立ち塞がる兵や騎士、民を殺し尽くした。夜中の0時に開始され、ついに領主城の城下町に到達したのは、丑三つ時。わずか三時間で、ツイーンドリルル領のほとんどを焼滅させたのだ。当時の王国を震撼させたのは、言うまででもない。

 

 「死ね! 死ね! 死ね! ギャハハハハハハハ!! 死ね! 燃えて溶けて、欠片も残さず死んじまえよ!」

 

 男が一人いる。四天王は、改造魔法に適応したと同時に、魔導における四属性の支配者に与えられる称号でもある。彼が纏うのは、炎。司るのは、炎。つまり、彼こそ炎の魔人。天に反逆せんとばかりに無数と突き立つ鋭い赤髪、今は無き、原初の王族の一種族、竜族の子孫たる彼の肌は、赤銅色の鱗がある。瞳もまた鋭く、竜の面影が見え、真っ白な牙が並ぶ口は、哄笑を上げていた。

 名は、サラマンドロス・エコーフィアー。炎の四天王である。

 

 「ギャハハハハ! あーくっそ楽しいなぁ!? やっぱり焼くのは、人間に限るぜぇ!」

 

 動作無く、炎が吹き乱れる。石積みの塀もレンガで組まれた家も燃やし溶けていく。サラマンドロス・エコーフィアーは、四天王随一の戦闘狂だ。殺戮に生を見出し、興奮し、絶頂する。吹き出る炎は、彼の生理現象に等しい。

 ここ十年。魔王軍と王国軍の正式な戦闘は、数えるほどしか確認されていない。彼が改造魔法を受け入れ、人型となり、四天王となったのは、約五年前の事。それ以降は、訓練と調整の日々。炎を放ち、殺す事が生きがいにして、呼吸であるサラマンドロスには、とてもフラストレーションがたまる日々だった。

 それも今日で終わり――サラマンドロスの本日の絶頂回数は、人間が500人テクノブレイクしても足りなかった。

 

 「そこまでだ! 炎の四天王、サラマンドロス・エコーフィアー!!」 

 

 「アァン?」

 

 気持ちよく燃え盛るサラマンドロスに立ちふさがったのは、六角形にスノードロップ――ツイーンドリルル家の紋章を胸に刻んだ軽鎧を身に纏った男たち。彼らは、ツイーンドリルル領の騎士団の生き残りにして、サラマンドロスの炎禍をしのいだ精鋭。領主と領民、領土に忠誠を誓った彼らは、各々の得物を構え、サラマンドロスを捕捉と同時に囲んでいた。

 

 「ギャハッ!」とサラマンドロスは、嗤い「まぁだ生きてたのかよぉ! 鎧の蒸し焼き、後で食ってやろうと思ってたのに、これじゃあ直火になっちまうなあ? ギャハハハハ!! まっ! 男の肉なんざ不味くてしかないけどな? ギャハハハハ!!」

 

 「……許しがたい」

 

 「殺す……!!」

 

 「我らの同胞への屈辱、血で贖わさせる……」

 

 騎士達は、歯軋りし、武器を握りしめると呟いた。怒気が彼らの中に膨れ上がっていく。今にも斬りかかりそうな雰囲気だ。サラマンドロスの言う通り、彼らは、騎士団の生き残りだ。最初に遭遇した際は、全身甲冑で挑んだため、騎士達の大多数が蒸し焼きか全身火傷で死亡した。今、比較的彼らが軽装なのは、経験からの教訓だ。速度がこの相手には、重要だと少なくない犠牲を払って得た答えだった。

 

 「なんだよ! お前らビビってるのかぁ? ギャハハハハハ!!!! おいおいおいおい! 騎士団様だろぉ? ここがどこかしらねえが辺鄙など田舎でも一応、騎士団だろ~~?? 泣き叫んで、ションベンにクソに漏らして死んだ仲間の仇討ちだとか雪辱戦とかしにきたんだろ~~? ほらほら、ビビってないでかかってこいよ、なあ? 手加減してやるからよぉ!! ギャハハハハハハ!!」

 

 「ふざけるな!!」

 

 一際大きな声が騎士達の中から上がった。騎士達が避け、生まれた道から現れたのは、壮健な男が一人。鮮やかな金髪に、整った顔。日焼けした顔の瞳は、青く、若々しく輝いている。今宿っているのは、明確な怒り。眉尻を釣り上げ、サラマンドロスを睨みつけていた。

 

 「皆々、勇敢に立ち向かった! 皆帰る家があって、待ってる家族がいた!! だが振り向かなかった! 涙も零さなかった、勇気あるもの! そんな皆を侮辱するのは、この私が絶対に許さんッッ!!」

 

 突きつける他の騎士より豪奢なロングソード。刃はミスリルで、実に鋭利。滑らかな切れ味は業物の証拠で、魔法への耐性を持つ。柄頭にあるのは、ツイーンドリルルの家紋。背負う覇気は、並々ならない。

 

 「我が名は、コールドベイン・ツイーンドリルル! ツイーンドリルル辺境伯が長子にして、騎士団長! そして、次期当主! なにより、貴様を殺す男だ!!」

 

 「はぁ……」と耳に突っ込んだ小指を引き抜いて「前書きがなげえよ、クソ猿が」サラマンドロスは、つまらなさそうに指先を吹いた。

 

 「…………は?」

 

 ――ただし、コールドベインの背後だ。その時、一陣の熱風が吹き抜けていた。頬を撫でた熱さが、コールドベインを即座と消し炭にした。コールドベインだけではない。他の騎士達も剣や鎧の一つすら残していない。

 

 「ギャハハ、雑魚どもが。つまらんことばっか抜かしやがってな。口ばっかでつまんねえ。興ざめだ。あ~あ、萎えちまった~~」

 

 くだらなさげに口端を歪めたサラマンドロスは、また一歩城下町の奥へと足を進めていく。

 

 「しっかし、これは何かで埋め合わせしなくちゃなあ……。つまらねえ真似をして、俺を萎えさせたあいつに償わせなきゃな。殺しちまったから、あいつには出来ねえ……なら?」

 

 極悪非道としか言いようがない発想だった。最高の考えだとサラマンドロスは、自画自賛した。

 

 「……奥の方がいい匂いがするんだよなぁ。女子供が恐怖する臭いだ。ギャハハハハ!! 久々の人間のメスとガキは、味わって食わねえとなあ。あいつらは、甘くて美味えんだぁ~~。楽しみだなぁ~~」

 

 心底楽しみだとスキップを踏むサラマンドロスは、ぐるりと一回転すらしてみせる。ご機嫌斜めもご機嫌良くなったらしい。

 

 「なにより、さっきのあいつが守るだなんだ言ってたやつらだ! 存分に楽しくしてやろう! 天国で泣きながらマス掻いて、悔し絶頂でもしてるんだなぁ!? ギャハハハハハ!!!!」

 

 サラマンドロスは、三日月型に口を歪め、舌舐めずりした。その隙間から唾液を多量にこぼし、これから舌で踊り、脳で暴れる甘露に思いを馳せた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「兄貴……」

 

 物陰で震えて、息を殺しながら俺は、立ち竦んでいた。家屋の影から俺とよく似た顔をしたコールドベイン・ツイーンドリルルが完全に燃え尽きるのを見た。騎士団が壊滅したのも見た。親しいものが死んでいく。優しく共に過ごした領民、騎士団の者たち。それに、兄貴……。

 

 俺の名前は、ウィンター・ツイーンドリルル。さっき炭になった騎士団長の弟だ。よく出来た兄貴だった。誰よりも優しく、誰よりも自身に厳しく。そして、騎士団長でツイーンドリルル家の次期当主。俺は、背伸びしても届かないくらいに立派な人で、憧れだった。

 だけど死んだ。死んでしまった。俺は、物陰に隠れて。兄貴の盾になることもできなかった。俺なんかよりずっと必要な人なのに。

 

 「俺は……どうすればいいんだ……?」

 

 足が動かない。震えが止まらない。思わず俺は、両腕で肩を抱いてその場にうずくまりそうになった。心は、ばきばきに砕けている。立たせているのは、なんだろう。

 俺ことウィンター・ツイーンドリルルは、出来損ないだ。ツイーンドリルル家の面汚しと言っても過言でない。……自称だ。他称ではない。家族も友人も、騎士団もよく行く飯屋の店長も顔だけ知ってる婆さんも誰も俺の事を後ろ指ささない。兄と比べて、勝手に出来損ないぶってるのは、俺唯一人さ。勉強、運動、顔に体格。センスに、性格。なんであれ完璧な兄貴に勝てる部分はなかったからな。仕方ないだろう。

 だからこそ俺は、盾になるべきだった。なれなかった。生き残ってしまった。だから、

 

 「どうすればいい……?」

 

 今から走って、あの怪物を追い抜き、人々を逃がす? もしくは、逆走して生きている人を探す? あるいは、立ち向かう? 騎士達を一瞬で、灰にしたあの怪物に? はは、冗談も良いところだ。自嘲気味に、俺の唇がつり上がった。

 人の波に押され、足を絡ませ、頭を打って、今の今まで気絶していた俺が? お笑い草もいいとこだ。

 

 「――なあ、お前。何か笑えることとかあったかよ?」

 

 息が止まった。比喩じゃない。実際に、呼吸を止めていた。それから、静止した体が声の方に、ギシリギシリと動いた。見たくないのに、脇目も振らず逃げ出したいのに、体と首が動き、視線が吸い寄せられてしまう。

 

 「ほら、お前、笑ってるじゃねえか。教えてくれよ」

 

 「なんで、ここに?」

 

 「ギャハハハハ!! おいおい! 親に習わなかったかぁ? 質問に質問を返すんじゃねえってよぉ」

 

 あの怪物が目の前にいた。なんで? どうして? 分からない。理解できない。混乱する俺の前で、怪物は口を開く。殺される。なんて脳裏に過ぎったけれど。

 

 「まあ、いいや。教えてやるよ。俺に与えられた命令は、皆殺しだ。全員殺せだ。一匹残らず。全部な? お前みたいなのもそのうちだよ。殺し介はないが仕方ねえ」

 

 ぺらぺらと怪物は、口を動かすだけだった。上機嫌だ。隙だらけに見える。兄貴ほどではないが、俺も騎士達と共に剣を振るってきた。だから、少しは、見る目があると思ってる。ただ。隙だらけでも問題がないのかもしれない。なんたってこいつは、一瞬で兄貴と騎士団全員を消し炭にしたんだ。だけど、今こそ『どうする』の答えを出すところだ。ここでどうする? 俺は、どうすればいい?

 

 「ほら、教えてくれよ。お前みたいな物陰から見てただけの弱虫がこんなところで笑ってる理由をよお」

 

 バレてたのか……。それに、弱虫か……。間違いではない。確かに間違いではないが。

 

 「それは……――」

 

 お前にだけは、言われたくない……!! 言葉の代わりに、立ち上がると同時に、逆手で鞘から片手剣を引き抜き、斬りかかる!

 

 「いやいやおいおい……」

 

 ――わけがない! 抜いた勢いで投げ捨てて、踵を返し、全力で俺は、逃げ出した。呆れた声が背中を叩く。気にしない。兄貴が一瞬で殺された相手に俺自身勝てるなんて毛頭ない。

 逃げ出したのは、時間稼ぎだ。俺自身を捨て駒にして、父さんに母さん、領民達が逃げる時間を作る。今ある俺の使い道なんてそんなもんだ。

 

 「……萎えたわ」

 

 「……?」

 

 揺れる視界、落ちる視界、ぐらっとずれて、地面に真っ逆さま。何が起こってる? 俺は、何をしている? 逃げなければ。あいつは、課せられた任務に忠実だ。言動よりもずっと忠誠心があるんだ。だから俺一人を逃さないはずがない。中心、皆が避難している方から反対に逃げれば、少しは時間稼ぎになるだろう。

 ――なんだろう。眠い。とても、眠い。寒い。眠い。瞼が落ちてくる。寝ている場合ではないのに。暗い。寒い。眠い……。

 

 「はーくっだらねえなあ」

 

 足音が遠ざかっていく。聞こえなくなる。炎が燃え盛る音がぼんやりと輪郭を無くしていく。眠い。遠い。眠い。寒い。熱いくらいの炎がとても遠い。動けない。感覚がなくて、気怠い。

 

 「遅かった!! ガッテム!! あーもうどっちだよー!」

 

 誰かの声。甲高い、声。女の子……? 逃げろ……逃げてくれ……。ああ、でも眠いな……。もう、いいいかな?

 

 「ここから反応がって、嘘……!? これで生きてるの……? ああああ、駄目駄目! 待って! 待って! 聞いて! 答えて! ストップ―――!! 死なないで―!! 生きて―!!」

 

 その後の記憶はない。ただ俺は、確かに頷いた。俺は、何かを答えたはずだ。多分、悪くない答え。多分、良いこと。そう、信じてる。

 

 「よしよし! 死にたくないよね! 僕が今から――おっきなおっぱいにしてあげるからねっっ!!!!」

 

 ……信じていいよな?

 

 

 

 



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第三話 ウィンター・ツイーンドリルルと等価交換の法則?!

マモレナカッタ……(故郷も家族も性別も)


 目を覚ました時、何か違和感があった。何かが違う。俺は、そう思ったんだ。ぐっと上半身を持ち上げた。ベッドの上、窓の外は暗い。夜ではない。丁度、真横にあった窓のカーテンを捲り、外を見ると日差しが微かに見えた。夜闇じゃなく、あまりにも黒く、濃い煙が空に蓋をしているんだ。いやでも違う。もっと大きな違和感……。

 

 「違和感……なにかしら……」

 

 ……………かしら? かしら? 今のは、誰の声だ? 俺の声が聞こえない。今のは、女の声だ。あんな高くて綺麗な声は出せない。出せるはずがない。声変わりなんてとうの昔に終えた話だ。喉仏だって出てたし、毛も生え揃っている。

 

 「つるつるですわね」

 

 指先は、するっと喉を通り抜けて、ぽよんと何かとても質量を感じるものにあたった。ぽよん。ぽよよん。楽しい感触。嬉しい感触。

 

 「おっぱい」

 

 おっぱいだ。おっぱい。ぽよよんばよよんぶるるんおっぱい。でかい。まったく手に収まらない。でかいですわよ。とってもでかいですわね。

 

 「……ですわね?」

 

 何かおかしい。全部おかしい。いやおかしいでしょ。なんでおっぱいあるのさ。待てよ。おっぱいがあるならもしかして。俺は、ぐぐっと視線が下に……おっぱいしか見えませんねえ!! でっか! でかいな! すげえ谷間だ……。いや、そうじゃなくて。うわ、太ももムチムチつるつるじゃん。めっちゃスケベかよ。なんて思いながら間に手を滑り込ませて……。

 

 「あー……うーん……」

 

 無い。ぶら下がってるあいつが居ない。首を傾げた。傾げても何も変わらない。さわさわ……。つるつるだ。剃った様子もない。天然物ですね。

 

 「寝よ……」

 

 夢の中で寝ると覚めるって言わない? 俺は今そう思いました。おわり。おやすみ。

 

 「おー! 起きたかー!!!!」

 

 文字通りどかーんって音がして、ばたーん!って音がした。毛布を頭まで被ってるのに、鼓膜がびりびりするくらいの衝撃だ。……夢だよな? これ。そうだと言ってくれ。こんな現実受け止められない。覚めろ~~。覚めてくれ~~。許してたも~~。

 

 「おーい。二度寝かー? 二度寝はいかんよ~~。ぐだぐだ二度寝は、昼を通り越して夕方に起きて、休みを完全に無駄にしたことを後悔する前準備だぞ~~」

 

 「それに、」とぺたぺた足音たてて歩いてきて、ぐらぐらと体を揺り動かしながら声の主は、言葉を続ける。

 

 「君の故郷どころか国が滅びちゃうぞ~~。起きて~~」

 

 「それどういう事でして!?」

 

 「おっ! 起きた」

 

 毛布を跳ねのけ、勢いよく俺は、起き上がって、今の言葉の意味を問い詰めようと言葉を発しようとして、目を見開いた。

 

 「おお? どうしたの? おーい、お腹痛いのー?」

 

 絶世の美少女がいた。開きっぱなしの扉から差し込む光に照らされて、輝く桃と銀の髪。全身を首までぴったりと覆う奇妙な服装は、小さくスレンダー、かつ柔らかな曲線のボディラインを強調していて、ヘソの位置も丸わかり。思わず俺は、ごくりと喉を鳴らしていた。不思議そうに見つめる大きな瞳に、はめ込まれたのは、一級品のエメラルド。数多の、キラキラと輝く感情を固めて、磨いたようだ。

 

 「え、ええ、申し訳ありません。ちょっと驚いてしまって……」

 

 「ああ! まあ、そうだよね」

 

 美少女が神妙な顔で、うんうんと頷く。うつくしい……。はっ、見惚れていた事がバレてしまう! 俺は、言葉の選択を間違えたのに気づいた。これは、まずい。つっと背中を冷や汗が伝った。

 

 「故郷が滅びてるなんてねぇ……」

 

 「そ、そうですわね! どういう事ですの?!」

 

 「どうもこうも。魔王軍の四天王の攻撃を受けて、焼け野原になったんだよ。君も焼かれてたじゃん」

 

 その一言で、俺は一気に思い出した。

 

 「わ、わたくし、確かあの怪物に会って、逃げて……それから……」

 

 ちょっと曖昧だ。どうなった? 確か急に眠くて、寒くなって……あ、そうか。俺は、ようやく現状を理解した。

 

 「わたくし、死んだのですね……」

 

 となるとここは、天国だろうか。どうやら唯一天神様は、俺みたいな不信仰者にも慈悲を与えてくれるらしい。なんたってこんな綺麗な天使を遣わせてくれるんだからな。

 しかし、この口調はなんだろう……。それにこの体も……。人は死んだら女になるのだろうか? いやもしかして俺も天使に……? 嬉しいがこの胸どうにかならなかったのか。貧乳の方が好みなんですけど? いや、贅沢は言ってられないか……。

 

 「あ、君死んでないよ」

 

 「はい?」

 

 「死んでないよ」

 

 「え?」

 

 「いや、だから、死んでないんだよ」

 

 ……そうなの? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。

 

 「いや、一回死んだようなもんかなぁ……。蘇らせたわけだし」

 

 「うーん……???」

 

 分からない。この女の子は、一体何を言いたいんだ。さっきまでの仮説が吹き飛んで、困惑のハテナマークが脳内の隅々まで占領していく。

 

 「え、じゃあ、この体は一体なんでしょうか……?」

 

 「えー。それはねえ……」

 

 女の子は、にまにまと笑顔を浮かべた。なんだろう。嫌な予感がする。

 

 「君、頭以外が焼失しててさ。しょうがないから僕の予備ボディを用意したんだ。だから女の子にしたのさ!」

 

 「は……? え? 予備? そもそも何故女の子に? どういうことかしら?」

 

 体に予備? どういうこと? 混乱する俺を尻目に、あははと少女は、笑って。

 

 「ま、気にしないでよ。ほら、生きてるだけで丸儲けじゃん? これからは、女の子として頑張ってね!」

 

 「めちゃくちゃ言いますわね!?!?!?!??!!!!」

 

 「え? そうかな……? 女の子、可愛いよ? 可愛い服とか着れるし、おっぱいあったほうが嬉しいよ? おっぱい大きくていいよ? 揉んでいい? 揉ませて? さきっちょだけだから!」

 

 「いや、揉ませませんし、そういうことじゃなくてですね……。わたくしの男としての心とか……騎士としての心構えとか。ああ、家族にどう説明すれば……」

 

 ――違う。もっと重要な事があった。俺自身の事情は、とりあえずいい。それはいつでもいいんだ。だけど、今は……こほんと俺は咳払いをして、話を切り替える。

 

 「貴方、先程、わたくしの故郷が滅びたとおっしゃりましたね? 夢では、無いのですね? 今のこの現状も、まとめて全部」

 

 「夢じゃない」と彼女は断言した「非常に申し訳ないんだけど僕は、ちょっと間に合わなかった」

 

 「まるで、貴方がいれば大丈夫だったみたいな口調ですわね」

 

 今のは、ちょっと癇に障ったから刺々しくなってしまった。実際、俺たちには、立ち向かう手段がなかった。皆皆、鎧袖一触ってくらい簡単に殺されてしまった。でも大人気ないっていうか格好悪い口調になってしまった。

 

 「僕、一応魔王軍の侵攻を止めに来たんだ。いや、正確には、魔王軍が侵攻するに至ったきっかけをどうにかするために来たんだよね」

 

 「きっかけ……前兆があったってことでしょうか?」

 

 「まあね。それを察知して、駆けつけたんだけどこの世界に(・・・・・)入り込むのに、だいぶ時間食っちゃってたみたいでさ。入れた時には、だいぶ時間が経っちゃっててさ、もう始まっちゃってたんだよね。

 そこで、君を見つけたってわけ。なんだか運命的だよね~~」

 

 「あの、ちょっと、待って頂けます?」

 

 いや、なんだろう。ちょっとというか色々聞きたいことがある。俺は、ぱっと彼女に掌を出して、ストップをかけた。

 

 「ん? なに?」

 

 「まず聞いていいかしら。貴方、王都から派遣された魔法使いとかでは無いのでしょうか……?」

 

 「違うよ」

 

 「違うのですか……?」俺は眉を顰め、「では、貴方は?」

 

 「うーん、説明してる時間がないね。割と長くなりそうだし。座って、紅茶とケーキ片手にじっくりことこと膝突き合わせて、話す時間はないかなー」

 

 「時間、と申しますと?」

 

 俺が怪訝と問いかけたら彼女は、窓の方を指差した。開けろということだろうか。大人しくカーテンを引いて、外を見た。曇天は相変わらずで、昼か夜か判別が難しい。ただ遠くに光が見える。街や都市のものではなさそうだ。

 

 「君の故郷を燃やしたやつ、今、王国の中央に向けて直進してるんだよ。目につくもの全てを燃やして殺してね。あれがその残り火。つまり、君の故郷だね。あれが今、王国の全土に広がりつつあるんだ」

 

 自然と手を握りしめていた。蘇る怒りと情けなさが元々の手よりずっと細くて柔らかくて白い指をさらに真っ白と染まっていく。

 

 「どう思う?」

 

 「どう思うって、随分、分かりきったことを訊くのですね……!!」

 

 俺は、キッと彼女を睨みつけた。神経を逆なでする言いぶりに、大人気なく怒りを剥き出しにしてしまう。

 

 「訊くまででもないのは分かってたけど一応ね。確認って大事じゃない?」

 

 彼女は、肩を竦めると傍の椅子を引き寄せて、腰掛けた。

 

 「君があれをどうにかできる、あの怪物に勝てる方法があるって言ったらどうする?」

 

 「……できるのですね?」

 

 「君が望むなら……っていうかやってくれないと結構困る。僕戦うの得意じゃないし。多分、勝てないし」

 

 本当だろうか。俺は、この少女を信用しきれていない。死の淵から助けてくれたのは、事実だろう。しかし、これが悪魔との契約である可能性は捨てきれない。謎が多い。話されていないことが多い。だけど時間がないのは、きっと事実だ。少女は、困ったように笑っている。胡散臭さは、消えていない。

 

 「やります。やりますわ。やってやりますわよ」

 

 ――だけど、俺の声に答えてくれた人だ。死の淵から掬い上げてくれた人だ。だから間違いじゃないと信じたい。

 

 「そっか。よかった」

 

 ほっと安堵する顔に見惚れてしまった辺り、きっと俺の負けなんだ。

 

 「で、どうすればいいんですの……ところで、この喋り方どうにかなりません?」

 

 「真っ直ぐ行くよ。戦い方は……やってみればわかるよ、うん。え? 君の趣味なんじゃないの?」

 

 「こんな趣味ありませんがっ!?」

 

 もう一つあまりにも無体な言葉があったが、後者の方に全力で、ツッコミを入れれてしまった。アイデンティティ的に聴き逃がせなかったんだ。う~んと腕を組んで少女が考え込んだ。え、なにそれ。不安になるから止めて欲しいんだけど。

 

 「まったく心当たりが無いんだよね~~。どうしてお嬢様口調なの? 僕が聞きたいくらいなんだけど。ほんとに趣味じゃない? 見た目的にはぴったりだけどさ」

  

 「ありませんわよ……。どうにかなりません? 気持ちが締まりませんし、ちょっと気持ち悪いですわ」

 

 話す分には、問題ない。伝えたい内容を言葉には、できている。ただ口調や言葉のチョイスどうにかならないのか? 自動的に変換されてるのだろうか。

 

 「うーん、頭の中いじるのはちょっとやだなー……。怖いし……壊れちゃうとちょっと治すのがね……。治るとも限らないし」

 

 「あ、頭の中をいじるのですか……!?」

 

 神妙に頷く少女に、俺は、たじろいだ。体が傷つくのは、慣れたものだ。だが流石に頭となると……。頭に傷を負って、前線どころか生活に支障をきたした人を見たことがある。

 

 「と、とりあえずこれで頑張りますわ! わたくし、強く生きますの!」

 

 「そうしてくれると助かります。そんじゃはい」

 

 ぐっと両手でガッツポーズ。とりあえずの決意を固めたのであった……。と少女に差し出されたものに、俺は、首を傾げた。

 

 「……これは?」

 

 「ドレスだけど? って君、素っ裸だよ? それで出ていく気なの?」

 

 「いや、ちょっと流石に無いですけれど……」

 

 受け取ったドレスは、黒で、大きく肩が出てるし、スカートのスリットも深い。動きやすさ重点かな。でもこれ足丸出しにならない……? セクシー過ぎないか?

 

 「もっとこう、大人しめの格好とか……。ズボンとか無いんです? こんなひらひらした服では、敵の攻撃を喰らってはひとたまりもないと思うのですが……」

 

 「大丈夫大丈夫。そのへんはどうにかなるよ。なんたって、君、選ばれてるしね」

 

 「貴方、本当によく分かりませんわね……」

 

 「いいのいいの! ほら、さっさと着て! 時間無いよ!」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください! 着方分かりませんわよ!」

 

 「あ、これもちゃんと着けてね」

 

 ぽんと投げ渡されたのは、白くて丸まった布。なんだこれ。まじまじと俺は見てしまう。

 

 「なにまじまじ見ちゃってー。女物の下着くらい見たことあるでしょー?」

 

 「え? 下着? これが? 女性の下着とか初めてみましたわね……」

 

 あ、ほどくと下着だ……。レースがついててふわふわで、シルクがつるつるでなんか男のやつとは違うな……。ほー。はえーっと口を丸くして、下着を見ていると、にやにや笑ってる少女に気づいた。

 

 「……なんですの」

 

 「もしかして:童貞」

 

 「サジェストめいて差し込むんじゃないですの! 五月蝿いですし、余計なお世話ですわ~~!!」

 

 「はいはい。童貞乙」

 

 「キー!! 許しがたい侮辱でしてよ~~!!」

 

 やっぱり慣れねえな……。俺は、自身の口から飛び出る言葉に苦々しく思い、足を通した下着のフィット感で、今度は、微妙な顔になった。傍に姿見があるのを見つけて、ようやく俺は自分を再確認した。

 ……可愛いな。いや、綺麗? 鏡に映っている自分の姿に、思わず惚れ惚れしてしまった。

 長く、ウェーブのある金髪に、大きく濃い紫の瞳。目鼻立ちは、整っていて、あれほど訓練でつけた傷が肌に一つも見当たらない。大きな胸に細い腰、続く臀部もまた大きい。なんともまあナイスバディだ。

 そんな体へどうにか渡されたドレスを身に着けながら俺は、背後の少女を見て、ふと思った。

 

 「ところでですけれど、貴方、お名前は?」

 

 「あ、そういえば言ってなかったね。ホワイト。ただのホワイト」

 

 「わたくしは、ウィンター・ツイーンドリルルでしてよ。よろしくお願いしますわね、ホワイトさん」

 

 「なんだか。くすぐったいなあ……。ホワイトでいいよ」

 

 「わかりました。ホワイト」

 

 俺の差し出した手をホワイトは、はにかんで握った。にぎにぎ……手ちっさい……。なんか握手長いな……。と俺は、ホワイトの視線がどこに伸びているのか気づいた。その直後、視線が合ったホワイトが頬を赤らめ、上目遣いに。

 

 「……揉んじゃだめ?」

 

 「駄目ですわよ?」

 

 「えー? 減るもんじゃないじゃん」

 

 「高貴ですので、駄目です」

 

 不敵な決め顔をした――唇を尖らせる顔も可愛いな、とも俺は思った。

 

 

 



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第四話 ウィンター・ツイーンドリルルと魔王四天王、ですわ!

 

 

 

 「助けて……助けて……。お願い、です……助けて、くださ」

 

 最後まで言い切れず、声が止んだ。嫌な音の後、赤と白と黄が周囲に散らばった。サラマンドロスの足裏が女の頭を踏み潰したからだ。

 

 「ギャハハ!!」高らかにサラマンドロスは嗤い、「玩具としては微妙だなぁ、おい」

 

 急にテンションを下げたと思うと溜息を零した。鷲掴みにしていた男を遠くに投げ捨てると積み重ねた死体の上に腰掛けて、ぼうっと空を見上げた。黒煙が青と日を覆い隠している。サラマンドロス好みの空だが今は憂鬱に映る。

 

 「あー駄目だな。こういう時は何しても駄目だ……。乗らねえ。やってらんねえな……。寝るか」

 

 死体の山に横になった彼は、大きくあくびをした。彼がこうなった原因は、ただ一つ、賢者モードだ。サラマンドロスは、いくらなんでも出しすぎた。竜族の子孫である彼は、通常の魔物や人間と比べると数百倍の精力のあるが限界も一応ある。早い話が萎えぽよだった。タツものも立たない。

 

 「だけど寝るわけにもいかねえよな」

 

 そう、サラマンドロスは、一応仕事中だ。仕事=セックスみたいな男だがこう見えて、真面目でもある。一番槍を勝って出たのもその生真面目さ所以だ。フラストレーションが溜まっていたのも事実。しかし、四天王随一の忠誠心もまた事実。

 思えば即座に、サラマンドロスの瞼で蘇るあの美しく、麗しい黒髪。星を散りばめ、赤く煌めく双眸。白雪の如し肌。彼ら魔族の中でもいと美しき人。

 彼は、あの美しい魔王に、人類の天敵にして彼らの王にベタぼれなのだ。届かぬ愛、身の丈には合わないとは知っている。だからこそと捧げた忠誠に迷いはなく、淀みはない。

 

 「あン?」――かの魔王に思い馳せるサラマンドロスに、水塊が直撃した。じゅわりと大きな蒸気が上がった。

 

 鬱陶しげに白く煙った向こう側に、サラマンドロスは、列を成した人を見た。フードを深く被って、呪文を呟く者。その周囲には、大盾を構えた騎士や剣を構えた騎士が控えている。前者は、魔術師だろう。先の水塊は、あの魔術師達の仕業だ。

 

 「魔法の手を緩めるな! 属性図ならば火属性を主とするヤツの弱点は、水! 効果はあるはずだ!!」

 

 次の魔術が展開される。無数の水塊が浮かぶ。まとめ上げる魔力とまとめられた水量。彼らの腕が一流であるのは、明白。なによりこの魔法使い達の魔法は、次の瞬間には、サラマンドロスに襲いかかるだろう。一刻の猶予もない。が、

 

 「おーお可愛いこと」サラマンドロスは、嘲笑い「ギャハハハ!! よお、糞ども!!」

 

 爆風とともに彼らの前に出現した。悲しいことに魔法は、全てサラマンドロスが先程まで居た場所に突っ込んでいった。土煙と瓦礫、死体が空に舞い上がり、水流に粉砕されていく音が辺り一面に響き渡った。

 

 「死ね」

 

 囁くようなサラマンドロスの言葉が先か後か。騎士と魔法使いの足元から炎が大きく吹き荒れた。サラマンドロスは、大口を開け、哄笑を空高く響かせる。

 

 「ぎゃああああああああ!! いや、やめて、痛い! 痛い! 痛い!」

 

 「助けてくれ! 助けて!! 炎が! 炎が! 炎に溺れる!!」

 

 「いや! いやああああああああああ!!!! だすけで! だず――」

 

 「はは! つまらねえなぁ!! もうちょっと捻った悲鳴上げられねえのかよ!」

 

 人型の松明が乱立するさながら地獄模様。暴れまわりのたうつものの彼らに灯った炎は消えない。衣服や鎧を溶かし、皮膚に髪に、臓腑を焼け焦がす。その真ん中に嗤うサラマンドロスは、つまらないとうそぶくけれど実に愉しげだ。

 本日この日、サラマンドロスによって、これが繰り返されてきた。サラマンドロスに慈悲はない。容赦もなく、嗜虐心と指命感が彼を突き動かす。

 

 「そこまででしてよッ!」

 

 「あぁん?」

 

 その時、サラマンドロスは、微かに目を見張る――あれは、殺さなければならない、と。熱風に揺らめく金の髪、紫の瞳。揺れる黒のドレス。可憐な容姿と裏腹にも発する覇気は、強く、目の当たりにした彼は、心の底からそう思ったのだ。

 アレは、魔王に対するものだ。ここで摘むべきだと直感的に、サラマンドロスは悟った。

 しかし、それはそれとして、口の端を歪める。面白いものが出てきた。美しいものが出てきたとあの体を焼き、犯し、内臓を炙ってやればどんな悲鳴を漏らすだろう。愉しみのあまりに剛直するのを感じた彼の唇は、実に勢いよく滑り出し、いつものように戯言と挑発をばら撒いた。

 ――その時のサラマンドロスには、一つ未来が見えていた。犯し犯し、果てに殺す未来だ。

 そして、この国を自分の色で染め上げる。すなわち、炎の海へと変える。あらゆるものが彼の炎の下、灰燼と化す。改造魔法(カスタムマジック)は、確実に、この心地よい未来予想図へと導いてくれる。サラマンドロスは、溢れ出る暴力の心地よさ酔っていた。

 なによりもその先の栄光。魔王より賜るであろう圧倒的な信頼に、名誉。微笑み。妄想でしかないこれだけで既に、サラマンドロスは、二、三回絶頂していた。

 だからこそ、彼は想像しなかった。一欠片も思考の余地すら必要ないと見向きもしなかったのだ――こんな未来を。

 

 「ギャハハハハ、ギャ!? ギ、ガガガガガガガガガガガガガガガ!!」

 

 目を剥き、絶叫する。サラマンドロスは、絶頂しそうだった。あまりの痛み。内蔵を直接、固く回転するものが破壊していく。これは、なんだ? この女は、なんだ? 理解できない。女とは犯し、焼き、殺すものだ。気に入らない風のあいつや、いと高き方、美しい魔王という例外を除いて。

 痛い。痛い。痛い。ひたすら苦痛がサラマンドロスに襲う。死が手招きする。犯した罪を贖えと彼の殺した顔も知らぬものが糾弾する。黄金の回転が――ツインテールのドリルがサラマンドを裁く。

 世界から遠のくサラマンドロスは、賢明に手を伸ばす。ここではないどこかに行ってしまいそうだったから伸ばしたのだ。だがドリルは、彼を無慈悲に突き放す。指先から巻き込まれ、血煙に変換された。

 

 「ギャ、ガガ! ギャ! ヤ、ヤ、ヤややめ! やめてく、く! くくくくくくくくくくく――――?!?!?!!!」

 

 ドリルの発する振動が体を伝い、言葉すら許さない。回転が勢いを増したようにサラマンドロスは、肌で感じ、奇妙な感覚を味わった。浮遊感だ。振動が遠のく。地上から体が開放されたような。感じたことのないものに彼は、包まれていた。同時に、彼は、解放されていた。忠誠心も指命感も、底なしの欲望も性欲からも。何もかもが消えていく。

 けれどそれに何も感じないものだから、サラマンドロス・エコーフィアーは、怪訝と首を捻って――死んだ。

 

 

 

 +++

 

 

 

 炎が猛る戦場であったと、後に、生き残った兵士の一人は、語った。

 命をただくべるだけの、生産性を欠いたあまりに無慈悲な場所だったと、一人の女は、すすり泣いた。

 只々、生きる喜びを知る一時だったと、一人の老人は、祈りを捧げながら呟いた。

 お爺ちゃんお母さんお父さんお兄ちゃんと、一人の少年は、虚ろな瞳で家族を呼んだ。

 

 そして、皆一様に絶望を塗り替える一撃に出会った。

 

 あの日、あの炎の地獄に、明けぬと思った夜を斬り裂く黄金の閃光を見たと。そう言う彼らの瞳には、今もなお感謝という残光が焼き付いていた。 

 

 かくして、魔王への対抗存在たる勇者の誕生が王国、魔王領全土に知らしめられることとなった。

 ――やや伝承と違う性別(カタチ)になったが、誤差だよ誤差。

 

 

 

 +++

 

 

  

 魔王領最深部、魔王城。玉座の間。等間隔につけられた燭台が暗がりをほのかに照らしていた。

 

 「――サラマンドロス、残念だ。お前の忠誠に期待していた」

 

 同胞の死を感じ取った女が一人、暗い玉座で、赤く輝く双眸を閉じ、吐息混じりに呟いた。

 

 「フン、まったく……これだから馬鹿は……。本当に」

 

 玉座の両脇に等間隔と立った柱にもたれた緑髪の女は、呆れたように首を振った。

 

 「シャーシャッシャッシャッシャーク! シャーククククク!! かー! トカゲちゃんはこれだからよぉ! やってくれるもんだぜ、なあ?!」

 

 床に寝転がったまま、手足のある鮫頭は、けらけらとサラマンドロスを嘲り笑い。じわじわと目を潤ませたと思うと目尻から大粒の涙を零し、

 

 「馬鹿野郎……。俺は、これから誰と喧嘩をしろってんだトカゲちゃんよぉ……」

 

 男泣きを始めた。人目など気にせず、おうおうと声を上げて、鮫頭は、泣いていた。

 

 「デュルルル。若者が先走りおってのう」

 

 暗闇に、しゃがれた声が床を這うように低く響いた。その声の主の視線が玉座に腰掛け、肘で杖つく女に伸ばされる。他の二人も同様だ。じっとある種の期待を込めた視線だった。

 

 「それで、どうされるのじゃ? 魔王よ」

 

 女――魔王の星々を散りばめた紅玉が細く開かれる。魔王城の玉座に腰掛ける彼女こそ今、王国を震え上がらせる存在だ。人類の天敵。そして、勇者の対抗存在。彼女の視線が一点に向けられ、薄紅の唇が開かれた。

 

 「シルフィーリベア・メランコリックボルト。行ってくれるかな」

 

 「ええ、勿論。我が王の仰せのままに」

 

 うやうやしく頭を下げたのは、緑髪の女――シルフィーリベア・メランコリックボルト。風の四天王。四属性の風を司る精霊にして、魔の属性を併せ持つ異端者だ。故に追放された彼女は、溢れる力を持て余して流れ着いた魔王城を襲撃、魔王の座を簒奪しようとしたものの、その魔王に返り討ち。その強さに惚れた彼女は、軍門に下り、改造魔法(カスタムマジック)に適合。晴れて、四天王に選ばれた。

 頭をたれた彼女の周囲に風が吹き荒れたと思った次の瞬間には、その姿は、玉座の間から消え失せていた。

 

 「必ず、魔王様のお気に召す結果をお見せしましょう!」

 

 玉座の間の隅々まで響く、言葉を残して。

 

 「お前達は、待機だ。シルフィーリベアの結果次第で、また指示を下す」

 

 魔王も残った二人へ告げると玉座から腰を上げた。頭を垂れたままの影と既に踵を返した鮫頭を横目で見、魔王は、執務室のある廊下へと足を向けた。カツカツカツカツと彼女のヒールが床に響き、職務中の召使いや兵達は、彼女の羽織るマントの裾に、長い長い黒髪の端が廊下の角へ消えるまで、うやうやしく頭を下げていた。

 執務室の前に来れば扉の横に控えている兵が頭を下げ、ぎぃと低く音を立てて、観音開きの扉が開いた。

 

 「ご苦労」

 

 「はっ……」

 

 兵に一声かけ、執務室に入った魔王の背後でゆっくりと扉が閉じていく。彼女は、そのまま奥のデスクに腰掛けて。

 

 「私の魔王、どうやらホワイトが来たようだ。はは、社長出勤も良いところだと思わないか?」

 

 魔王の前、何者かが文字通りデスクに腰掛けていた。黒と赤の乱れたショートヘア。それに覆われた中にある金色の瞳は、常に笑っているようだ。真っ黒なローブを身に纏い、体は細く、小さい。少女のようで少年のよう。中性的だった。なにより整った風貌だがどこか胡乱だ。

 

 「なるほど。サラマンドロスを下したのは、それが見出した者か」

 

 問いかけを無視し、魔王は、納得したように口ぶりでそう言った。

 

 「そうなるね。君を殺せるのは、君と同じもの。人界の魔王さ」

 

 「勇者と言え。分かりにくい。ブラック、貴様は、いつもそうだ。胡乱で、煙を巻き、判然とせず、抽象的でもある。読み解くこちらの身になれ」

 

 「はは、それは失礼した。以後改めよう」

 

 鋭い視線を受けたブラックは、申し訳ないモーションはしてみせるが、誠意を欠片も感じられない。しかし、魔王は、さして気にした様子もなく言葉を続ける。面倒なのだろう。

 

 「そうなれば、シルフィーリベアの前にも立ち塞がるか……勝算はどうだ?」

 

 「五分五分ってところかな。あ、勿論、サラマンドロスにだって勝ち目は合ったよ? 彼がもっと距離をとっていればなんとかなった。彼の炎なら焼けたはずだ。たぶんね。ああ、そんな睨まないでくれ。改造魔法(カスタムマジック)への適正は、同値だったんだあの二人。故に、シルフィーリベアも五分五分というわけだ」

 

 道化のようなおどけと饒舌なブラックに、魔王は、諦めたような溜息を吐いた。

 

 「まあ、いい。殺せようと殺されようとどちらでも構わん。勝てば行幸。負けても責めぬさ」

 

 肘掛けに肘をつき、魔王は、薄く嗤う。瞳が赤く輝き、周囲が揺れる。彼女の纏う覇気がこの空間を、この城を、ここら一帯を揺らしているのだ。城中の魔族が震え慄き畏れ、ひざまずいた。

 

 「なに、どうせ最後に勝つのは、私だ。私がいれば負けはない」

 

 「そうでなくっちゃ。流石私の魔王」

 

 「……いつも言っているが、私は、貴様のものになった覚えはない」

 

 「はは、いつかものにした時に備えての予行演習さ。気にしないでくれ」

 

 「まったく……不敬だ。断頭台にでもかけてやろうか。存分に苦しませるため、首を折らないよう絞首刑にしてもいい」

 

 「斬首に、絞首かい? はは、あれらは、中々気持ちいいぞぉ……。いや、中でも最も気持ちよかったものがあるんだ。あれは忘れられない……。聞きたいかな? 聞きたい? 聞きたいよね。よ~し、話しちゃうぞ~」

 

 「黙れと言って、黙った試しがあるか? 貴様」

 

 「ここに来る前の話なんだけどね」

 

 「勝手に話し出すな……」

 

 めちゃくちゃ苦々しい表情をした魔王の前で、満面の笑みを浮かべたブラックは、喜々として語りだした。

 

 「私は、下劣で、品性の欠片もない野蛮なやつらに捕まってたんだ。いや、わざとだよ? 未開の地の拷問方法がちょっと気になったんだ。本気を出せば余裕だったさ。撫でるだけで地形を変えて、ミンチにしてやったね。ただね、知的好奇心には勝てなかったんだよ。仕方ない。そう思わないか? そう思うよね。続けるよ」

 

 続けるな。と魔王は心の底から思った。口にしても意味はないので、むすっと黙り込んだ。

 

 「そこの野蛮なやつらは、乳首に非常にご執心だったんだ。男に女、全員上半身裸でなんとも言語化の難しい乳首ピアスをしていてね。いやあ、あれは興奮した。それでね。ついに拷問の時間がやってきたんだ。むしむしとした牢獄に閉じ込められた私は、とっても暇を持て余していてね。準備を始めた時には、もうそれだけでイッてしまった……。粗相までしてしまって笑われた時には、もうもう堪らなかったよ……。あれも忘れられない……」

 

 感慨深げに首を振り、ブラックは、両手で肩を抱くとぶるぶると大きく震えた。頬が蒸気していて、少し、汗ばんでいた。

 

 「本番だ……。ここからが重要なんだ。ここで、私は、乳首の素晴らしさを知ったんだ……。ああ、もう記憶と感覚が紐付いていてヤバいんだ……。魔王よ、聞いているかな?」

 

 視線の温度は、絶対零度。実際、執務室は、凍りつつ合った。ブラックからすっと視線を逸した魔王は、唇をひん曲げて、小さく小さく呟いた。

 

 「……気持ちが悪い」

 

 「うーん、グッドだ……。我が魔王……」

 

 罵倒を受け、恍惚と震えるブラックに、変態につける薬は無いなと魔王は、残念そうに溜息をついた。

 

 

 




???「流石我が魔王」


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第五話 ウィンター・ツイーンドリルル、勇者になりますわ!

 

 

 

 「『やってみれば分かる』……確かにその通りでしたけれど、あんまりではありませんか?」

 

 炎の勢いが弱まり、日差しも弱く差してきた空を見上げてから俺は、膝をついて何やら棒みたいなもので、地面に転がるトカゲモドキだったものを突っつくホワイトを見下ろした。

 

 「出来たならいいじゃん?」と事も無げに言ってから「っていうかそれよりだよ!」

 

 「え、ええ……なんですの……」

 

 ばっと勢いよく頬を膨らませたホワイトに、ぴっと指を突きつけられた俺は、この娘が何にそんなにも怒っているのか分からなかった。

 

 「もうちょっと綺麗に殺せなかったの!? ぐちゃぐちゃのミンチじゃん~~。しかもウェルダンだよ~~。しっかり火が通ってんじゃんー。ぎゃートカゲくさい~~! 生臭い~~!」

 

 「ええっと……何か問題有りましたかしら?」

 

 「問題有ったからキレてるんですけど????」

 

 「まあ、そうですわね……。失礼しました」

 

 「うむ、わかればよろしい」

 

 自明だった。我ながらバカっぽい質問をしてしまったな……と俺は、反省した。……いやでも何も言われてないぞ。倒してこいくらいしか言われてないし。バラバラミンチにするなって言われてないし。やっぱり俺悪くなくね??

 

 「あー無いなあ。おかしいなあ。中にあるはずなんだけどなあ……。ちょっと反応散らばってて分かりにくいな~~。誰かさんがぐちゃぐちゃのむちゃむちゃにしちゃったからだな~~」

 

 俺は、辺りに散らばったトカゲモドキの欠片をつつきながら、横目にチラチラ見てくるホワイトに、思わず溜息をついた。

 

 「あのですねえ……。もう少しはまともな頼み方はありませんの?」

 

 言うとホワイトは、頬を膨らませて、じーっとジト目で見てくる。俺のせいだって? 俺は、また溜息が出た。やれやれだ。

 

 「しょうがありませんわね。で、トカゲモドキの肉片でいいのは分かりますが、どんなものを探せば良いのでしょうか」

 

 「えっとだね。この感じだと破片じゃなくて大きめの部位かな。でも胴体にとか腕とかぐっちゃぐちゃにしちゃってたから後は、頭かなあ。だけど見当たらないんだよねえ」

 

 「なるほど……」

 

 俺が周囲を見回すと瓦礫の山と死体の山。確かに、ぱっとでは見つかりそうにない。

 

 「そもそもですが、どうしてそんなものを?」

 

 「そりゃって……ああそっか」ホワイトは、思い出したように呟いて「説明してなかったこと説明しよっか」

 

 「先程は、急ぎでしたので聞きそびれてしまった貴方のことですね」

 

 そうだ。仲良くお話してるが俺は、ホワイトのことを何も知らない。この奇抜な髪色に、人形みたく整った容姿。見慣れない服。どう考えても普通じゃない。何より俺をこんな姿にしたのもホワイトだ。この姿も可愛いには、可愛いし、もし町中出会ったなら一目惚れしてもおかしくない。だけど俺は、ナンパしたい方。なりたくなんて無い。

  

 「そうそう。とりあえず、僕が何者か伝えとこうか」

 

 「世界の外から来たとおっしゃっていましたね。あれは……?」

 

 「よく憶えてるね」感心したようなホワイト「そうだよ。僕は、この世界の住人じゃない。この世界の外からやってきた魔法使いってわけ」

 

 「世界の外……?」

 

 世界の外。どういうことかがいまいち要領得ない言葉だと思った。

 

 「つまり、この空の向こうとかそういう話でしょうか……? この大地の果てのまた海の先には、断崖絶壁があり、海は一度落ち、また雨となり帰ってくる……と聞いています」

 

 遥か昔、何もなかったこの世界にやってきた彼、唯一天神が一つの大地を作って、浮かべたらしい。常識だ。家庭教師との授業でも、教会の神父の話でも聞いた。子供でも知ってる。

 

 「ああ、天動説ね。久々に聞いた。ここってどうだったかな……まあいっか」

 

 独り言めいて呟いてから肩を竦めたホワイトは、言葉を続ける。

 

 「あのね、僕が言ってるのは、物理的な世界の切れ目じゃないんだ。世界ってのは、例えると池なんだよ。一つ池が有って、中に魚が一匹いるとする。その隣にまた別の池がある。ここにもまた魚がいる。二つの池に繋がりはなくて、独立したものとする。池の一つ一つが僕の言う世界さ」

 

 「……なんとなくですが理解できました。では、貴方は?」

 

 「僕を例えるなら池を自由に移動するカエルだね。飛んで跳ねて、おっぱい巡って世界を回ってるってこと」

 

 余計な一言がついていたが俺はスルーすることにして、浮かんできた疑問を口にした。

 

 「王国の国教である唯一天神教の唯一神は、この大地ではないところからやって来られたと聞いております。もしかして」

 

 「どうだろう。昔々は、ややこしいルールも僕らみたいなのもいなかったからそういうこともあるかも」

 

 「ルール?」

 

 また新しい内容が出てくるなこれは……と俺は思いつつも尋ねずにはいられなかった。分からないままのほうがよっぽどまずくて、気持ちが悪い。なによりこれは今後に関わる情報だ。訊いておいて損はない。

 

 「不干渉のルールさ。過ぎた干渉は毒になる。異物が混ざれば必ず何か反応がある。今回みたいにね」

 

 「……今回、つまり、あの魔王軍の侵攻――もしかして炎の四天王サラマンドロスも貴方の干渉があってということでしょうか?」

 

 少し、いやかなり棘を含んでしまう。

 

 「違うよ。あれは、僕じゃない。

 言ったよね。こうなる前兆を見て、僕は、ここに来たんだってさ。まあ、間に合わなかったし、僕も結果として干渉になってしまったけどさ」

 

 そうだった……。ホワイトが言っていたことを思い出した俺は、息を吐き、肩の力を抜き、頭を冷ます。頭に血が上って、喧嘩っ早くなってしまった。とんだ失態だ。

 

 「申し訳有りません。そうでしたわね」

 

 「いーよ。気にしないで。お……? あっちのほうにも反応が……」

 

 そう呟き、一直線に歩いていくホワイトの後を俺は黙って追っていく。炎もかなり収まっていた。あれだけ消えずに燃え盛っていたのに、トカゲモドキが死んだのを合図に沈静化の一途をたどっていた。ただの炎ではないのは、明白だった。老若男女の死体と周囲一面に広がる瓦礫の山。自然と怒りが募り、爪が掌に食い込む。

 

 「この辺のはずだけど。あ、あった。スゴイ飛んでたねー。炎とか破片がチャフみたいになってたせいかな。探知が難しかったね」

 

 ホワイトが持ち上げたのは、サラマンドロスの頭部。目を剥いていて、だらんと舌を出した死に顔は、壮絶だ。殺しておいて言うのもなんだけどな。

 

 「これをどうするんですの?」

 

 「中にあるものを取り出すんだよ」

 

 言ったと同時に、ホワイトの片手の周囲を白く輝く円がいくつか浮かび上がって、回転を始めた。その指先をサラマンドロスの額に向けて、一気に突き刺した。肉を潰す音とか引き裂く音はしなかった。すり抜けてるみたいだ。不思議そうに見つめる俺の前で、ホワイトは、手首までサラマンドロスの頭に埋めて、何かを探すように手を動かしている。何が出てくるんだろう。次の瞬間、俺は、思わず顔を引き攣らせた。

 

 「おっとっと」

 

 ズルズルと音をたてて、サラマンドロスの頭から出てきたのは、赤黒くて、細長い何か。うねうね蠢いていて生物的だ。こういう虫とか魔物は見たことがある。ホワイトの真っ白な手で掴まれてるから余計黒々して見える。正直、気色悪い。

 抜き出されたサラマンドロスの頭は、さらさらと砂のようになって、形を失っていった。あのうねうねがサラマンドロスを生かしていたのか……?

  

 「こ、これが探しものですか……? き、気持ち悪いですわね……」

 

 つい口にしてしまった。するとホワイトも苦笑い。

 

 「うん、そう。これは、コード(・・)。元々は、地面とか空気とか空とか木とか、万物を構成するものなんだ。君の体ってそうだよ? 今の体も、前の体も細分化し続ければいずれコードが現れる」

 

 「え、わたくしもそんなイモムシなんですの……?」

 

 震え声の俺に、苦笑いのまま「違うよ」と首を振って否定する。ちょっと安心した。あんなのが這い回ってるなんて思うと生きていけない。

 

 「これはちょっと特別なんだ」

 

 ぱっとホワイトの表情が一変した。笑みが引っ込んで、苦々しさが残り、忌々しさが現れた。

 

 ぐしゃりとホワイトは、それを握りしつぶし、憎々しげに言った。

 

 「これの名前は、改造(・・)コード。今、現在進行系で、この世界を犯して、壊してるものだよ」

 

 「……ええっと、改造、ということは最初のコードとは、また別のもの? 属性的な違いでしょうか……?」

 

 「まあ、ろくでもないものとでも思ってもらえればいいよ。あっ、ちなみに君をおっぱい大きな女の子にしたのもコードの力だよ」

 

 「コードろくでもないですわね!? ということは、貴方も使えるのですね?」

 

 「僕のは、改造じゃないよ? 合法だよ。どう違うかは……ちょっと説明が難しいなー」

 

 「構いませんわ。『貴方のものでは無い』ということは、つまり、貴方のような人が魔王の方にもいるということでしょうか?」

 

 「うん。ブラックって言ってね。忌々しいやつさ。僕は、そいつをずっと追いかけてるんだ。つまりそいつが干渉してるってこと」

 

 ……おっぱいじゃないんだな。シリアスの傍ら、俺の思考が横道に入ってしまう。

 

 「あ”ー!! 思い出すとめちゃくちゃ腹立ってきた~~!! ぺったんこの癖ほんと生意気なんだよ!! ちょーっと年上だからってなにさ! もー!! ほんとっ、むかつく!」

 

 ぷんすか怒るホワイトを見て、内心思う。君も十分ちっぱいだぞ。俺は、ばいんと胸を揺らした。当てつけではない。無駄にでかいから動くと勝手に揺れるだけだ。

 

 「今、なんか失礼なこと思わなかった?」

 

 「いえ? まったく。少しも。これぽっちも」

 

 「ならいいけど……」

 

 向けられたジト目に、にっこり爽やかお嬢様スマイルを浮かべて、俺は対応する。この短期間でだいぶ慣れてきたな。非常に不本意だ……。

 

 「あら、少し騒がしいのが来ていますね」

 

 ふっと聞こえた音の方へ俺は視線をやる。蹄が地面を叩く音と甲冑の揺れる音。多いな。どこかの騎士団か? とか思ってると視界がぐっと拡大した。うお、気持ち悪……気持ち悪くないけど心象的に、気持ち悪い。視界には、耳の通り、騎兵に歩兵と装備も潤沢な一団の姿がある。それぞれの盾や甲冑に記された紋章に、俺は、見覚えがあった。

 

 「あれは、王国の……?」

 

 王都にしか咲かない花、桜と槍に剣。王国騎士団が来たんだ。王都との距離を考えれば、随分早い。かなり飛ばしてきたか。近くに居たかのどちらかだろう。

 

 「おっと、これはちょっと会いたくないな……。僕、隠れてるね。都合良くなったら呼んでよ」

 

 「へ? え? ちょ、ちょっと待って下さい! わたくしも王国騎士団に会いたくありませんわよ!? 状況説明ができませんもの!! 嫌ですわよ!? 男から女になったって真面目に説明してから、髪振り回して、魔王の四天王を殺したって真顔で言うの!! 嫌ですわよ!? 重要なので2回言いましたわ!!」

 

 「はいはい。大丈夫だよ大丈夫。ノーマンタイ。君なら出来るさ――」ホワイトは悪戯に笑って「――勇者様」爆弾を残していった。

 

 「は?」

 

 俺の思考が固まった。勇者? 俺が? イッツミー勇者? は? なんて混乱のまた混乱の中の俺をいつの間にか到着した騎士団が囲んでいた。武器は向けられていない。むしろ膝をつかれている。え? どういう状況? きょろきょろする寸前、俺は、奥の方からやってきた美女を見て、いよいよ限界を迎えそうだった。ああ、卒倒しそう。くらくらする。

 

 「貴方が、勇者殿ですか……!!」

 

 ひざまずき、感極まった表情で、俺を見上げるおっぱいの大きな銀髪を複雑にまとめ上げた彼女は、第1王女にして騎士団長、オフェーリア・メルティ・アンブレラ。

 この国――アンブレラ王国の最高権力者に近しい人が俺の前にひざまずいてる……吐きそう。込み上げる胃液の苦さに辟易しながら、俺は、この現状をどうにかしなければと自分に鞭を打った。

 

 「王女様、おやめください。お召し物が汚れてしまいます。皆様もわたくし如きに膝をつかないでください」

 

 俺は、ひざまずいてる王女に合わせて膝をつく。うっわめっちゃ顔がいい。まつげなっが。青い目が綺麗。なんかいい匂いする。強行軍だから風呂とか入ってないはずなのに、なんでだ……? やっぱ顔がいいと違うな。

 

 「しかし! 貴方が居たからこそこの国は、まだ健在なのです!! 敬意を示させてください……!」

 

 「いえ、わたくしは、守れませんでした。わたくしの故郷を、両親を、友を、民が焼かれるのを前に、何もできませんでした」

 

 「勇者様……」

 

 「いえ、わたくしは、勇者などというたいそれたものではありません。勇者になれる大層な器では、ありません」

 

 「そんなことはありませんっ!! こうして、勇者様は……!!」

 

 必死に擁護してくれる王女に、俺は、微苦笑を浮かべた。

 

 「わたくししか居なかったのです。臆病と幸運が功を奏し、生き残ったわたくしは、天使様から啓示を受け取りました。力を得て、魔王を討て、と」

 

 目を見開く王女様に、俺は、頷く。

 

 「わたくしは、ウィンター・ツイーンドリルル。ツイーンドリルル辺境伯の長女、ツイーンドリルル家唯一の生き残り――ただの、復讐者です」

 

 俺は、「しかし、」と一つ前置きして。

 

 「人がわたくしを勇者と呼ぶならば、わたくしは、きっと勇者なのでしょう。貴方も勇者と呼んでくださります。だからわたくしは、期待に答えたい」

 

 王女の手を取り、俺は、立ち上がる。周囲で見守ってる兵や騎士、集まってきた民を見回した。期待、不安、悲しみ、怒り。様々な感情がマーブル模様に浮かんだ瞳が俺の周りにある。皆一緒だ。俺だって、そうだ。だから勇者なんて言う肩書きは、凄まじい重責だ。勇者と呼ばれるからには、魔王を倒さなければならない。戦いの日々になる。

 

 でも、もし俺が戦わなかったら? 俺が逃げ出せば? きっと王国中の騎士が魔王軍とあの四天王、そして、魔王と戦うことになるだろう。その時、人は勝てるだろうか。分からない。でもサラマンドロスのようなものがまだ三人いる。王国の精鋭達を物ともしない怪物だ。事実、ここまで誰も止められなかった。

 

 俺だけがどうにかできた。俺だけが立ち塞がることができて、倒せた――……俺は、やるしかないのか? やれるのか? 自問自答がぐるぐると回る。期待が視線を媒介して突き刺さる。背中を伝う冷や汗を嫌に意識してしまう。

 

 『君ならできるさ。勇者様』

 

 ホワイトの声がリフレインした。たく。軽く言ってくれるもんだよ。その時、ぎゅっと王女と握ったままの手に力がこもったのを感じた。ふと視線をやるとまた王女と視線が合った。

 

 『私は、いつだってやれることをやるだけさ。ノーブレス・オブリージュなんて言葉あるだろう? 言葉面ほど立派で大層な事はできないだろう。しかし、私はできることがしたいんだ』

 

 『私は、家族を友を民を守りたい。この故郷を守りたい。ウィンター、勿論、お前もだ』

 

 『こんな風に、いつかお前にもやるべきことと、やりたいことが生まれるだろう。交わらない道かもしれない。真逆の方向かもしれない。選ばなければならないかもしれない』

 

 『ただ一つ、後悔だけはするな。後悔しない道を選べ』

 

 蘇るのは、いつのかの青い空の下。剣術訓練の合間、俺に語った兄貴の顔を憶えている。その背中は、憧れだった――だけどもう、見ることはない。……兄貴、分かったよ。俺は、軽く肩から力を抜き、言った。

 

 「――わたくしは、勇者として魔王を討ちます」

 

 

 



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第六話 ウィンター・ツイーンドリルルの貞操危機?

 

 

 

 王国――正式名称アンブレラ王国。広大な国土を持ち、大陸で最も魔王領に近い国であり、もっとも精強な国。そのため、人類側の最前線として数々の強者が集う。絢爛たる永久桜の咲き誇る大国である。

 そして、今日、ここに一人の少女が招かれた。人類最大の天敵、魔王への唯一無二の対抗存在である勇者の少女が秘密裏に、足を踏み入れたのだ。 

 

 

 

 +++

 

 

 

 ざぶん……と俺は、ゆっくりと湯船に肩まで浸かった。湯が体を包んで、体の芯まで温かくなっていくのを感じて、自然と体の力が抜けて、吐息を零していた。あ^~~堪りませんわ~~。カチカチに固まったコリとかがふんわり解れていく気がしますわよ~~。

 ――っと、いかんいかん。湯船に浸かったせいで頭まで緩んでしまった。俺の頭の中までは、あの妙な言葉遣いに侵食させねえ……! ここが絶対守護領域だ。俺の最前線だ……!! 

 いや、ともかくと、俺は、現実に目を向ける。高い高い天井だ。実家の浴場も貴族相応だったが、ここはもっとスゴイ。中央にある円形の湯船には、溢れ出るほどの湯が張られている。お陰で、もくもく上がる湯気が浴場を満たしていて、室内灯に反射する様子は、幻想的だ。つるりとした大理石の床に、各所にあしらわれた彫刻や彫像。いい匂いもする。あ、これ王女様の匂いと一緒……これは気持ち悪いな。しかし、金がかかってる。当たり前か。

 

 「流石ですわねえ……」

 

 呟いて、顎が沈むくらいまで俺は、湯船に体を沈めた。あまりにも気持ちよすぎる。頭がふわふわとしてきた。まずいまずい。風呂で溺れて死ぬなんて、冗談にもならない。間抜けすぎる。それもあって、そろそろ上がろうかな。と俺がぼんやり思い始めた時だった。がらがらと背後で引き戸が開く音がした。おかしいな。貸し切りのはずだけど……。怪訝と振り向いて、俺は、ぴしりと音を立てて硬直した。

 

 「御機嫌よう、勇者様。湯加減いかがですか?」

 

 「へ? え? あー……えーっとそ、その……寝ちゃいそうになるくらいには、いい湯加減ですわね! 流石、王城の浴場ですわね。内装も素敵ですわ」

 

 「ふふ、それはよかったです。勇者様もご存知だと思いますが湯船での仮眠は、危ないですよ?」

 

 なんて微笑んで、シャワーを浴び始めたのは、この国の王女様――オフェーリア・メルティ・アンブレラ。複雑にまとめていた銀色の髪も今は、ほどいていて、背中に落ちている。すべすべの肌に、銀髪とシャワーの水滴が張り付いて、扇情的だ。そこから視線を下ろすと大きく綺麗な尻に……うお……! じっと見てしまってたのに気づいて、急いで逸した後も彼女の背中を俺は、チラチラ見てしまう。目、目に毒だ……。いや、毒ではない? いや、毒だ……。心を魅了する毒だ。必死に目を逸らしても吸い寄せられてしまう顔を俺は、どうにか両手で正面に固定した。

 

 そう、俺は今、王国の首都、王都にやってきている。理由は勿論、勇者として王国騎士団に加わるためだ。戦力としての俺は、控えめに考えても特級だろう。数多の騎士に、騎士団をまとめて薙ぎ払ったサラマンドロスに勝ったのは、俺という勇者。だから軍勢の一員や司令官という形にはならないと思うけど、それでも戦力として数えられる以上、加わるのは当然の流れだろう。

 今は、王城に招かれている。一日目だから慣れないところも多いがやはり快適だ。三食あって、この通り風呂も広い。

 

 「? 勇者様? どうかされました?」

 

 「あ、ええ、な、なんでもありませんわよ? 王女様」

 

 いつの間にか隣に、王女様がやってきていた。前をタオルで隠してくれているのは、助かった。真正面からあの巨乳を見るなんて出来ない。色々反応してしまう。いや薄い。布が薄くて小さい。濡れた肌に張り付いて、形が見えている。でかい。俺もでかいが。王女様も大概でかい。なんていうかあれだ。ホワイトの他人だから良いっていう気持ちが少し分かってしまいそうで、困る。

 

 「っと、ああ、 そうですわね。申し訳有りません。すぐに上がりますので……」

 

 おっと、いけないいけない。王女様と風呂を一緒だなんて不敬だよな。俺は、腰を上げた。

 

 「え?! そ、そういう事ではありません!」

 

 「えっと……?」

 

 「勿論ですっ! 私、勇者様とお話に参りましたので、居ていただかないと困ります」

 

 「な、なるほど……。それなら……」

 

 ぐっと顔を近づけて、迫真の表情を浮かべた王女に、俺は首を縦に振るしか無かった。それから制されたままで中腰だった腰を元の場所に俺が下ろすと王女様が湯船に浸かった。真隣か……結構近いな……。でも女の子ってこんなもんなのか? 分かんねえ。女の子同士の距離感分からん。まったく何も分かりませんわね……やばいなこれ。俺は、内心げんなりした。

 

 「ええっとお話というのは……?」

 

 こっちから話を切り出し、会話をスムーズに済ませて、話をすぐに終わらせる戦法。ちょっとあのおっぱいは不味い。つんととんがった感じが布越しに見て取れるあのおっぱいは、理性に毒だ。ホワイトのことあんまり言えなくなってきたな……。でも俺は口に出してない。出さない以上、相手には伝わらない。だから俺は、問題ない。QED証明終了。

 

 「まずここまでご足労頂きありがとうございます。ご家族の埋葬などもお立ち会いされたかったでしょうに、国事を優先して頂いたことには感謝が絶えません」

 

 「いえ、当然ですわ。父に兄もこの緊急事態に私事を優先などしたら生き返って、説教してきます。間違いありませんわ」

 

 「ふふっ、それはそれは。良いご家族ですね」

 

 「ええ、とてもとても」

 

 くすくす笑い合って、良い感じの雰囲気を構成。よしよし、この辺でお話を切り上げてしまえば……と口を開こうとした矢先。

 

 「それで、私、勇者様のご家族について聞きたいことがあるんです」

 

 「わたくしこの……家族に?」

 

 「はい」首肯「私、ツイーンドリルル辺境伯とは、少しばかりお話させていただいた事があるのです」

 

 「……あら、それはまた」

 

 あっ、まずい。熱々の体が冷えていくのを感じた。考えてみれば当たり前だ。この王女様は、王国騎士団の騎士団長でもあるんだから辺境伯の父さんと顔見知り、知り合いだっていうのは当然ありえる。

 

 「とても聡明な方でした。数多の戦術に精通し、剣の腕も一流。家族や民、領地への愛に満ちた人でした。惜しい人を失ってしまいました……。非常に残念です」

 

 髪色こそ俺たち二人共、母さん譲りだが兄貴の才能に能力は、父さんの再来と言ってよかった。若い頃の父さんは、随分と剣の腕が立ったらしい。王女様の言う通り、戦術も勿論。だから父さんは、辺境伯なんていう重要な役に着けたんだ。

 

 「ご家族のことも聞いています。確か息子様が二人、いらっしゃるとのことですが……勇者様はどう見ても女性でいらっしゃいますね」

 

 ――想像した通りの探り……いや、もっと突っ込んできたな。正面からぶち当たってくるくらいには、真っ向勝負。さてとどうする。下手な嘘は通らない。しかし、事実を言ってもこの場で斬り殺され……殺されはしないだろうけど二度と会話が出来ない気がする。後が怖い。タイミングが悪すぎる。なんでお風呂? 裸の付き合いか。女の子同士もこういうのあるんだな。

 

 「……わたくしは、兄を尊敬していました。兄は、ツイーンドリルル領の騎士団長でした。魔物に一歩も引かず剣を片手に立ち向かう勇敢な人で、家族や民に領地を誰よりもおもんばかるとても誇らしい人でした。

 わたくしは、そんな兄に憧れていました。ですからわたくしも当然剣を取りました。しかし、わたくしは女です……王女様も思い当たるところ、ありませんか?」

 

 「なるほど。理解いたしました。勇者様は、性別を偽っていられたのですね?」

 

 「ええ、父に、縋り付いてどうにかこうにか。まあ、『結婚を前提にやめる』と条件はありました。。今年がその期限だったんですけれど……この有様ですから」

 

 俺はそう言い、困ったような苦笑いを浮かべた――完璧じゃないかこれ? いや、完璧だろ。このムーブ、完璧だ……惚れ惚れする。なんて自画自賛した。ああほら、沈痛な面持ちで王女様も頷いて、にっこり笑った……にっこり?

 

 「嘘、ですわね?」

 

 「……………ひょ?」

 

 固まる俺の目の前で、王女様は胸元から何かを取り出した。よく見れば首元に細い鎖がある。シルバー? プラチナ? わからない。兎も角、胸元から出てきたのは、翼の生えた天秤のネックレス。げっ、あれは……。最初から負けが決まっていたのに俺は、気づいた。

 

 「虚偽看破(センスライ)って、ご存知です?」

 

 「……勿論。嘘を見破る魔法ですわよね。そして、恐らくそれは、虚偽看破(センスライ)を宿した魔具ですわね? 迂闊でしたね」

 

 「ご明察です。流石勇者様ですね」

 

 王女様は、にこにこ微笑んだ。うお、笑顔怖……。引きつりそうになる顔の筋肉をどうにか抑え込んで、爽やかお嬢様スマイルを維持する。

 

 「では、本当のことを話して頂けますか?」

 

 最後の一撃とばかりに繰り出された一言。どうもこうも俺は、もうお手上げだ。本当のことを話すしか無い。しかし、虚偽看破(センスライ)がある限り、嘘は見抜かれる。なら逆に真実には、決して反応しない。信じては貰える。まあ、もう迷っている場合じゃない。話すしか無い。

 

 「お話、致します……。信じてくださいね?」

 

 意を決した俺は、そう切り出し、今まであったことを掻い摘んで話した。ホワイトの事は、天使と誤魔化した。コードとか改造コードの話は、俺もよく分かってない。話しても無駄だし、偽装看破(センスライ)は、話していない事に意味はない。

 

 「――というのが今まであったこと、わたくしが勇者に、そして、女性になった経緯ですわ」

 

 「…………な、なるほど」

 

 話し終わった王女様の顔は――、「むぎゅ」――顔を横に押されて見えなかった。視線が冷たい。いや、こうなるのは分かってたけどさ。実際になると微妙に心にくるものがあるな……。

 

 「……あまりこっちを見ないようにしてもらえますか?」

 

 「あ、そ、そうですわね……」

 

 「色々承知しました。まあ、勝手にお風呂に入ってきたのは、私ですし、何より話せないのは、分かります。普通に考えて、正直に話せませんよね。理解に足る理由があるにしても」

 

 ただ、と一拍置いて、王女様がゆっくり口を開くのが分かった。

 

 「その口調は、ご趣味でしょうか…………?」

 

 「違いますわよ!?」

 

 思いっきり振り返る――のをどうにか止めて俺は、否定した。いや、困る。その勘違いはめちゃくちゃ困る。

 

 「何かこう、手違いらしいですわ。ホワイト――天使様も想定していなかったものらしいです。それに、その、趣味認定は、ちょっと、いえ、かなり、かーなーりっ! 困りますわよっ……!!」

 

 「そ、そうですか……」

 

 俺がかなり語気強めにしたので、王女様もどうにか納得してくれたようだ。よかったよかった。だけど事態は変わっていない。正直、黙っていてもらえると嬉しい。しかし、どうなるか。

 

 「それで、わたくしは、どうなるのですか? 王女様」

 

 「まあ、どうもなりません。私が黙っていればバレませんでしょうし。勇者様の嘘を採用すれば誰も疑わないでしょう。勇者様も悪意あってでは、ありませんし……」

 

 こ、これは、無罪放免か……?! よかった……。俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 「うーん、しかし、見事に女性になってますね。どうみても男性ではない……大きくて綺麗。これが私以外に発覚するのは、ちょっと困りますね……」

 

 視線の集中が凄い……。主に胸部に。あっ、女の子ってこういうのほんとに分かるんだな……めっちゃ勉強になった。元に戻ったら俺も気をつけよう。いや、しかし、あれだな。

 

 「王女様……? その、じっと見られるのはちょっと……恥ずかしいと言いますか……」

 

 「ああ、勇者様。オフェーリアでお願いします」

 

 「え? しかし、一国の王女様を名前で呼ぶのは……」

 

 「いえいえ、勇者様と私、仲良くなりたいんです。ですから是非是非、私のことは、オフェーリアと呼んでください」

 

 「お、お友達? ええ、では、オフェーリア。わたくしも勇者などではなく、ウィンターと」

 

 「ふふふ、素敵ですね。 ウィンター様。ウィンターさん? ウィンター……は、最初から気安すぎますね……。ウィンター様。これですね。ウィンター様」

 

 「は、はい」

 

 「ウィンター様……これはとても素敵なことです」

 

 「ううん……?」

 

 何か視線の圧力が増したような? なんだろう。この感覚。前というかつい最近も感じたやつじゃ……?

 

 「ウィンター様。こちらを向いて頂けます?」

 

 「え? いいのですか……?」

 

 「はい。早く」

 

 「あ、はい」

 

 有無を言わせない口調。な、なんだろう……? ぷるぷる震えながら俺は、王女様もとい、オフェーリアの方を向いた。当然そこにはオフェーリアが居るのだが、ちょっと様子がおかしい。頬や体が赤く蒸気しているのは、湯船のせい? 目の色もおかしい。なんていうかなんだろう。不穏だ。湯船の中なのに背筋が寒い。

 

 「ひっ……」

 

 後ろ下がったらオフェーリアに、両肩を掴まれた。え、何? 何? なんで!? なにを!?

 

 「おっぱい、揉んでも構いませんか?」

 

 「な、何故でしょうか……? 理由を聞いても……?」

 

 「揉んでみたくなったんです。不思議ですよね。私もちょっと分からないです。でも女の子同士ですし、構わないと思うんです」

 

 「いえ、わたくしの元々の性別ご存知ですわよね?!」

 

 「ご存知だからですよ?」

 

 この人、嘘でしょ……!? 俺ことウィンター・ツイーンドリルルは、戦慄した。またか。またなのか。

 

 「じゃあ、失礼して……」

 

 「わたくし、許可してませんわ――――ぎゃっ!?!?!?!」

 

 酷い声が出た。ふみふみもみゅもみゅされてる。あ、やばい。この王女様全然遠慮無い。顔も本気だ。やばい。やばいって。え? そこ? そこは、駄目! 無理! 無理! 駄目! 無理! 駄目! 無理! 駄目! 駄目! 無理ぃぃぃぃいいい!!

 

 「オフェーリア様!! わたくしっ!!」

 

 我慢できずに勢いよく立ち上がった俺は、目を丸くして、キョトンとしてるオフェーリアの前で、ざぶざぶっと回れ右したら。

 

 「お、お先に失礼しますわ~~!!!!」

 

 

 

 



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第七話 ウィンター・ツイーンドリルル、またまた貞操危機!

 

 

 ガラガラぴしゃんっと凄い勢いで引き戸が閉まるのを見て、私は、驚くよりも吹き出してしまいました。ふふ、おかしい。ほんとおかしいですね。あの焦った顔……笑いが止まりません。ふふふ……。ああ、まだ手の中に感触が残ってます。凄いボリューミーで、張りがあって、ぷるるんでした。ご馳走様です。

 

 ちょっとやりすぎてしまいましたかしら? いえいえ、私だって凄く恥ずかしいめに合ってるんですからイーブンでしょうイーブンです。やけにじーって見てるなあって思ったらまさか男の子だなんて! 予想もつきませんでした。男の子なんて皆固くて四角い感じじゃないですか? 分かりませんよ。……ほんとに、男の子なんて本当なんでしょうか? どう見ても可愛くて柔らかい女の子ですしね。

 

 でも虚偽看破(センスライ)は、嘘を見抜きますから正しいはずです。しかし、虚偽看破(センスライ)でも相手が嘘を事実だと思いこんでしまっていると見抜けません。虚偽看破(センスライ)の反応するのは、『相手が嘘だと理解している』ことですから。事実だと思っているとどうしようもないのです。まったく、どうしたものでしょう……。

 私は、むむーっと眉を潜めて、腕を組みます――分かりません。ふうっと浴槽の壁にもたれて、天井を見上げました。

 

 「しかし、流石に今日は、疲れました……」

 

 ツイーンドリルル領から王都まで最速で、しかも内密に来たのですから疲れて当然です。だからこうしてダラーってしても怒られないはずです。お風呂に入る時くらいは許して欲しいものです。

 でも、誰かと一緒に入るのもいいものですね……。男の子ですけど、恥ずかしいですけど。うーんでも……。

 

 「見た目、女の子ですから大丈夫じゃないでしょうか……? あーでも流石にちょっと恥ずかしいですね……。見てる感じとか、結構男の子でしたし……」

 

 ……考えれば考えるほど恥ずかしくなってきました。一旦止めましょう。でも、

 

 「折角、名前で呼び合う仲なんですから、仲良くなりたいですよね。お友達、欲しいですし」

 

 騎士団は、男の子とか男の人ばかり。侍女の子達も互いの立場的に中々、難しいです。

 

 「ウィンター様……」

 

 この呼び方だとやっぱりまだ距離感ありますよね。そうなるとやっぱり呼び捨てでしょうか?

 

 「こほん、……ウィンター」

 

 私の呟きが浴場の中を反響して、反響して……――駄目ですね。私は、頭を振って、

 

 「もう暫くは、この呼び方は控えておきましょう」

 

 しかし、今日の湯は、熱いですね。シャワーで体を冷ますことにしました。熱い、とっても。耳まで熱いです。

 

 「とりあえず、またお風呂に誘ってみましょうか」

 

 どんな顔されるんでしょう、ウインター様。想像するとおかしくて堪らなくて、また笑みが零れてしまいました。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「ハックシュンっ!」

 

 なんだ? この寒気……。湯冷め? 風邪か? この体って風邪引くのか? うーんどうだろう。でも悪寒がするしなー。風邪かも……。素っ裸で飛び出してきたからか? にしても明日からどんな顔をオフェーリアにすればいいんだ、俺。困った。とても困った。いいアイディアも出ず、俺は、汚れ一つ無い白塗りと落ち着いた色合いのカーペットがひかれた廊下を通って、あてがわれた寝室に入ると。

 

 「疲れましたわ――!!」

 

 ぼふんと俺は、ベッドへと飛び込んだ。づかれだ……。めちゃくちゃづかれだ……。精神的に、めっっっっっちゃ疲れた。じたばたじたばた。おっぱいを揉まれる。他人に自分の体を弄くり回されるってのは、こんな気分になるんだと俺は、知った。気をつけよう。 それにしてもこの服、着心地がいい。ふわふわすべすべで、手触りも最高。オフェーリアから借りただけど着心地いい……。女性物ってこういうところいいよな。

 

 「ふへ~~柔らかいですわね~~……。ベッドもやっぱり違いますわね~~……。もう意識が持ちませんわ~~」

 

 あー駄目だ。これ実家のよりもっと良いやつだ。かー金ある……というよりは、父さんの趣味だな。こんな良い寝具じゃなくて町の宿屋くらいのランク。藁を重ねただけじゃないだけマシだな。常駐戦場とかなんとか常々言ってたしな。遠い東の国にいる友人から教えてもらったことわざだっけか。枕に顔を埋め、うつ伏せになった俺は、うとうとしながら思い返していた。

  

 「ごーろごろ……ごーろごろ……」

 

 でもやっぱりこっちのが良いよな。母さんの圧に負けて二人の寝室は、いいヤツだったんだよな。父さんのばーか。……言ってみただけで、まあ、文句は別にないけどさ。言える時に言っとくべきだなこういうの。言えなくなっちまったよ、父さん。『泣くんじゃねえ、男だろ』なんて怒りそうだな。だけどさ、今は、女の子になってるわけだし、許してくれよ。頼むからさ。

 

 「ごろごーろ……ごろごーろ……」

 

 「……あの、ホワイト、貴方なにをしてるんですの……?」

 

 「なにって、見ての通りだけど? ごーろごろごろ……」ベッドを通り過ぎて、着地「ベッドの柔らかさを全身で味わってたのさ! 僕こんな柔らかくて寝心地いいベッド久々だよ!」

 

 「え、ああ、そうですか……」

 

 にこにこご満悦顔のホワイトは、体と手でシーツを撫でるように滑らせていた。もしかして、一緒に寝る気か? ダブルベッドだから余裕はあるから二人で寝れなくもない。いや、そんなことよりもだ。

 

 「今の今までどこにいたのかしら?」

 

 「君の傍さ。君がトイレで頑張ったり、衣類でまたまた頑張ったり、鏡の前で悦に浸――あー殴らないで! ごめん! ごめんって! これからは、見ないようにするからー! ぎゃーゆるしてー!!」

 

 「まったくもう……」

 

 シャーっと威嚇しながら振りかぶった拳を収めて、俺は、嘆息をついた。色々と見られていた事実というのが耳の隅々まで熱くさせる。さっきといい今といい……俺を羞恥心で殺したいのか? ていうか疲れた。いい加減寝かせてくれ。

 

 「それで、寝るために出てきたんですの? 別に構いませんが。見ての通り、大きいですから」

 

 俺も随分と縮んだからこれくらいのベッドだとだいぶ余裕が出る。180センチ近くあった身長が今では160センチ届くか届かないか。肩幅にしろ尻にしろ色々縮んだ。代わりにこれでもかとでかくなったのは、あるけどさ。

 

 「んーそれも目的だけど……」

 

 「……なんですか、その顔」

 

 「いやさー……」

 

 急に、ジト目で見つめてきたホワイトに、俺は、怪訝な顔で尋ねた。

 

 「君、さっき王女様におっぱい揉まれてたよね? がっつり時間をかけて、もにゅもにゅって」

 

 ……やぶ蛇だった。無視してよかったやつだこれ。めちゃくちゃ後悔したのは、言うまでもない。

 

 「な、なんのことでしょう? わたくし、普通にお風呂に入ってきただけですから……」

 

 「いや、白々しいよ? 僕一緒に居たって言ったじゃん。見てたよ? じっくり見てたからね?」

 

 「お風呂にもついてきてたんですか!? 覗きですわよ!?」

 

 「僕も女の子なのでノーカンですー。 それに僕だってお風呂に入りたかったんですー。ていうかあんなお風呂独り占めとかズルいじゃん。横暴だー! 贔屓だー! 差別ー!」

 

 「横暴も贔屓も差別も何もありませんわよ!!」

 

 「あるから! 僕に揉ませないのに、王女様に揉ませるのは、間違いなくそうだから!! ほら、僕に揉ませない理由あるの? 言ってよ! 権力がない以外で!」

 

 ぐっ……なんてふてぶてしい笑みだ。目もキラキラしてやがる。手をワキワキさせるのやめろ。

 

 「……視線が気持ち悪いです」

 

 「はい、クリティカルー! そういう暴言いけないと思いますー!! 何故なら僕が泣いちゃうからですー!! 泣くぞー! めっちゃ大声で泣くぞー!! 勇者様が部屋で幼女泣かしたなんて人にバレたくないならさっさと揉ませなさーい!」

 

 「あ、貴方って人は……!!」

 

 なんて執念だ。俺は、戦慄を隠せなかった。恐ろしい。あまりにも恐ろしい。湯船で温まった体を覆い尽くすように冷や汗が浮かんできた。

 

 「このままでは、幼女強姦で牢獄送りにされてしまいますわ……!」

 

 「え、そこまでは……」

 

 「くっ……仕方ありません……服の上からですよ?」

 

 何やらまだホワイトが言っていたが俺は、屈した。ベッドに腰をかけて、反対側のホワイトへと胸を向ける。く、屈辱だ。自分からってのが余計に恥ずかしさを助長する。また顔が熱くなって、折角、風呂に入ったのに汗が浮かんでくる。

 

 「なんかノリノリだ……ま、いっか! じゃあ、いただきまーす」

 

 はうぁ! あーまた揉まれてる。俺の乳が安くなる。安くなっていく。いやでも俺男だし? 乳揉まれても平気……平気じゃない~~。何この感覚、変! めっちゃ変! 凄い変!

 

 「あ、そうそう。もうちょっと話せてないことも話に来たんだ。これからくる、四天王の話なんだけどね」

 

 「え?! その話、今しますの?!」

 

 「今したらじっくりねっとりお話できるからねー。それに、じっくりねっとりおっぱいも味わえちゃう。一石二鳥だよね」

 

 「わたくしは、負荷2倍ですが??」

 

 「君が殺した炎の四天王から回収したのは、四大元素の一つ、炎の改造コード。次に来るのは、土、水、風のどれか」

 

 「あ、スルーするのですね……。憶えてらっしゃんっ……!」

 

 急に強く揉まれたから変な声が出てしまった。悔しい……。にやにやするホワイトが腹立たしい。

 

 「……それで、どれが厄介とか分かりますの?」

 

 「いんや全然。僕も想像がつかない」

 

 「言って、それですか。役立たずですわ……んんっ……!? あんまり変な揉み方してるともう揉ませませんわよ!!」

 

 「あはは、ごめんごめん。ついね。だけど言えることはあるよ」

 

 「というと?」

 

 小首を傾げ、ホワイトに尋ねた。というか持ち上げたり回したり忙しいな……。なんなんだ。おっぱいってこんな揉み方するのか? 残念ながら女の子とこう色々できなかったからな……。脳内メモにメモっとこう。男に戻ったら役立てるんだ俺……。

 

 「どれが来ても君が負けたらゲームオーバー……負けってこと。炎の四天王は、わりとあっさり倒せたけど相手の油断とか速攻で決めれたからってのが勝利の理由だと僕は、思う。食らったらやばそうなのあったでしょ?」

 

 「確かに、危ないと感じたこともありましたわね。勢いでぶち抜きましたけれど」

 

 「君、ちょくちょくお嬢様言語が怪しいよね、君。兎も角、これから来る相手には、多分後手になるよ。後手って事は、分かるよね?」

 

 「ほっとけですの。相手のペースで、進められてしまうということですね。このままですと民に被害が出ますわね……対策は?」

 

 「……魔王城に先制アタックとか上手く行けば大勝利だね」

 

 「現実的ではありませんわね。そもそも魔王領のどこにあるか分かりませんし、何より分かっても魔王や他の四天王とか戦力が居るんでしょう? 厳しいですわよ」

 

 冗談めかすホワイトに、俺は、呆れたように返した。うーん、打つ手なしって感じか? ふと思いついたことを口にしてみる。こういう時は、出来ることを上げ続けて、再確認だ。

 

 「件のコードでは、どうにかならないのですか? ブラックって方をずっと追いかけてきたなら追いかける方法があるはずですわよね? 位置を探知したりとかそういう便利なものは、無いんですの?」

 

 「……正直なところ、ブラックがこの世界を掌握しかけてて、僕には、この世界のコードに、ほとんど手を出せない。見つけられないし、万が一見つけても返り討ちが関の山。だから、君に――この世界の勇者を頼ることになったんだ」

 

 「他の勇者も皆こんな風にツインロールドリルで戦うのでしょうか? ちょっと絵面が酷くなりそうですわね……」

 

 筋骨隆々の勇者たちが剣や槍の代わりに、ツインロールを振り回して戦う。想像するだけで微妙な顔になれるな。

 

 「いやいや何言ってんのさ。そんなの君だけだよ。皆剣とか槍とかその他武器だよ」

 

 「は? え? なんですのそれ。ズルくありません? どうしてわたくしだけこんな笑っちゃう絵面で戦ってるんですの?!?!?!?!? 女性になるのは、緊急事態だったから仕方ないで飲み込みますけれどなんの因果があって、ツインロールで戦うことになるんですの!? お馬鹿なのかしら!!」

 

 「それだよ」

 

 「何がです!?」

 

 「因果さ。勇者ってだけじゃ、改造コードで加工された魔王や四天王に勝てない。けど勇者は、魔王の反作用。多分、僕のコードと勇者が結合した結果、変質したんだ。だからツインロールの回転は、因果を捻って、捻じり切……ぐぅ……すぅ……すぅ……」

 

 「え、嘘!? そこで寝ます?! 普通そこで寝ま、あ、のしかからないで! 重いですわよ!」

 

 唐突に寝落ちて、おっぱいに挟まったホワイトの肩を揺った。起きない。返事もない。代わりに規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

 「……マジ寝してますわねこれ」

 

 すごく重要な話をしだした気がしたんだけどな……。谷間から引き剥がし、ベッドに寝かした俺は、ホワイトの安らかな寝顔を見て、微苦笑とともにやれやれと肩を竦めた。一緒についてきたって言ってたからな。疲れてたんだろう。

 

 「寝ていれば、ただの子供ですわね。さて、残りは、また明日にでも聞くことにしましょうか。わたくしも眠くなってきましたしね……」

 

 ふわあ……と大きく欠伸をしてからホワイトの反対に寝転が――って、寝相悪いなおい!? 蹴り飛ばしてくるホワイトの足をどうにかどけ、避け、躱した俺が眠りについたのは、大体二時間後だった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「…………へ?」

 

 爆音と騒音で目が覚めたら次の瞬間、天井が無かった。……は? キャンプした憶えはないんだが? どういうこと? 理解できず思考をフリーズさせて、天井のあった場所から覗く夜明けの白んだ空を俺が呆然と眺めているとホワイトの顔が割り込んできた。

 

 「やばいよ! 寝てる場合じゃないし、ぼーっとしてる場合でもないよ! まーじでやばい! めっちゃやばいっ!!」

 

 「な、なんですの!? びっくりしますわよ!」

 

 そんな俺のことなど気にも止めず、ホワイトが言い放った一言に、俺は、ベッドから跳ね起きて、視界に火花を散らす羽目になったんだ。

 

 「風の四天王が攻めてきたんだよっ!!」

 

 

 




次回、風の四天王来襲

書き溜め使い切ったので暫く書き溜めします


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第二章 VS風の四天王シルフィーリベア・メランコリックボルト
第八話 ウィンター・ツイーンドリルルと王都壊滅《デストロイ》?!


お久しぶりです。


 

 

 

 甲高く、そして、低く唸る風に、私は、ボロ布の如く翻弄されていました。ぐるぐる視界が周ります。自分の声すら聞こえず、叫んでも微かにしか聞こえない。悲鳴を上げてはいましたが、途中で止めました。無駄でしたから。

 

 いつの間にか私は、空にいました。気づいたらもう空の上でした。さっきまで、ベッドの中に居たはずなのに……。空が綺麗な青空ならばどれだけよかったでしょう。蒼天に、ぽつんと浮かぶ点。心地の良い風に揉まれ、あそばれる。空の一部になるような爽快感。そうであるならどれだけよかったでしょう。現実は、美しくなく、私の望みをくんではくれませんでした。

 

 砂埃と雹。瓦礫に、その破片。生き物、その一部。地上にあるものは、根こそぎ引き上げ、引きちぎり、巨大な巨大な腹の中に収めようとしています。猛獣の檻、魔物の巣。陳腐な例えがほんの一瞬、私の中に浮上しました。けれどどれもこれも大人しすぎる。

 

 ――災害。人類史に、巨大な爪痕を残すかずたずたにしてしまうほどの自然の破壊者。

 

 そうとしか私には、形容できませんでした。

 などと呑気に考えてる時間もそろそろ終わりのようです……風が死を運んできました。

 先程まで全身を打っていた破片や雹とは桁違いに巨大な瓦礫。赤黒く染まったそのさまは、唯一天神様の語った地の底の底にあるという地獄の欠片を彷彿させました。今まで以上の恐怖が押し寄せてきたのは、言うまでもないでしょう。

 

 これでも私は、王女で騎士団長です。家庭教師には、魔法と肩書に相応しい剣技を収めています。剣に魔法。私は、両方の天武を持ち得たからこそ王女で騎士団長なんていう馬鹿げた肩書が許されたのです。

 

 ですが……これは、少し斬れないですね。地もなく、剣もなく。風の翻弄は、私の力のほとんどを削ぎ落としていました。風の魔法には、風を操るすべがあります。何故使わないか?となりますよね。ええ、悲しいことにこの風は、私の手を受け付けませんでした。破壊衝動で一面塗りつぶされていて、手綱を握ることすら許してくれない。悔しくて歯噛みしようにもここまで明確に天と地ほどにも実力差があるのを見せつけられると溜息をこぼすくらいしかできません。

 

 あの時の炎。炎の四天王の生み出した炎のようでした。あれもまた人の手を拒み、あるがままに振る舞っていました。つまり、破壊です。癒やしを受け付けず、鎮火もままならない。そういう炎でした。だとするとこれもまた四天王の仕業? 風の四天王? 私は、ようやくこれを何なのかに気づきました。攻撃です。災害ではなく人類への明確な攻撃だったのです。天災と見間違うばかりに強烈な攻撃。気づいたところで、どうともなりませんが。

 

 ああ、なんと無力なんでしょうか――私は、最期を目の前に、目をつぶりました。騎士団長として、将来、国を統べる人間として

も失格にあたる行動。

 でもだって、しょうがないじゃありませんか。こんなの、どうすればいいのです。言い訳が走馬灯代わりに思考を埋め尽くしていきます。止められない言い訳と時間。刻一刻と死は、迫って、もう目と鼻の先。

 

 「……たす、けて」

 

 こぼれた言葉は、あまりにも情けなくて。すがるように脳裏へ浮かんだ人に手を伸ばしていました――――。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「スーパースクランブルトルネードリルキークッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「寝起きの一撃かましてやりましたわっ!! わたくしの睡眠時間を奪ったのは、†罪†、いいえ! †大罪†でしてよっ!!」

 

 背中を押すツインロールの速度をぶち乗せて、ぶちかました飛び蹴りの爽快感は、堪りませんわねえ! ああー!! 言語回路めちゃくちゃだー!! でもなんだか気持ちいいし、いっか! ちょっと癖になってんな……困ったもんだ。とか言いつつわりと楽しくなってきているところはある。人間って、適応する生き物だから……と俺は、自己弁護を張り巡らせつつ、お姫様抱っこ(二重の意味で)した王女様に微笑んだ。

 

 「ご無事でしょうか、オフェーリア。遅くなってしまって申し訳ありません」

 

 「……ウィンター様? ウィンター様、ですよね?」

 

 「ええ、ウィンター・ツイーンドリルル。ツイーンドリルル辺境伯が次男にして、勇者! わたくし、ウィンター・ツイーンドリルルは、ここにいますわ!」

 

 ぼんやりとさだまらない視線と言葉を投げてきたオフェーリアに、俺は、頷き答える。きっと死を目の前にしたのもあって現実味に欠けているのだろう。俺だってそうだった。こういう時は、戻ってこれるように安心させてあげるのが一番だ。

 

 「ウィンター様」

 

 ぐっと顔を近づけてきたオフェーリアに、俺は、目を丸くしてしまう。こんな事をしている場合ではないのに、立ち止まっている。ちなみに、体、というかツインロールは、勝手に動いて、飛び交う岩やらなんやらを粉砕している。どうやら浮く分は、片方だけで済むらしい。戦闘の幅が出る気づきだ……。活かせるな……。

 

 「私の王子様になって頂けませんか?」

 

 「……王子様?」

 

 「ああいえ、違います。私だけの(・・・・)王子様になって欲しいんです」

 

 「…………うん?」

 

 なんだこの流れ。私だけ? ホワイ? ちょっとよくわからない。

 

 「お友達から段階踏んでいこうと思ったんですけど、さっきので我慢効かなくなりました。酷いです。ちょっとカッコよすぎです。犯罪ですよ。あんなの。不敬です不敬。責任取らないと重罪で牢に閉じ込めてしまいそうです。あ、いいですね。私だけの秘密の牢屋……素敵です……」

 

 「お友達からではいけませんか……!?」

 

 「駄目です」

 

 「あ、そ、そうですわ。今、わたくし、男ではないので王子様――「却下です」あっ、はい……」

 

 「ふふ、決まりですね……!!」

 

 満面の笑みで言われてもなーー……!! と俺は、苦笑いの中、打開策を探して、頭を巡らせる。……しまったな。逃げるしか思いつかない。いや、そもそもそんな事をしている場合じゃないぞ、俺!

 

 「と、とりあえずこれをどうにかしないことには、どうにもなりませんわ! オフェーリアには、安全な場所に避難頂いて……っとお!!」

 

 言い切る前、突然飛来した風の砲弾としか言いようのないものを俺は、全力で回避した。密度が高すぎる。ドリルで弾くには、厳しいし、真正面からぶつかるとオフェーリアが危険だ。ッ! 二、三、四!! 次々と襲ってくるのは、薄緑色をした風の砲弾。砲撃よりもこの精密さは、狙撃に近い。そして、何よりも。

 

 「どこから撃ってますの……!?」

 

 言った傍から四、五、六とおかわり! ついでに、こっちを絡め取ろうとトルネードがその巨躯をうねらせてくる。

 

 「あーもう!! なんなんですの!!」

 

 オフェーリアをホワイトの所へ連れて行く暇もない! 回避し続けるので精一杯だし、なによりオフェーリアを傷つけないようにしないと。俺は、多分これくらい食らっても大丈夫。だけど普通の人間には、無理だ。

 王都の街もぐちゃぐちゃだ。見下ろして微かに見える街並みは、昨日の夜通りすがった時、俺が感銘を受けた姿は一つとして残っていない。街の光も街の活気も歩く人々の日々も。皆、諸共風に砕かれてしまった。

 許しがたい。俺は、また目の前で、人と街を失うのか。失ったのか?

 

 「ウィンター様、邪魔でしたら……私を、捨てて……」

 

 「邪魔なんかじゃありませんっ……!!」

 

 っとしまったな……。噛み付くみたいに答えちゃったよ。違うんだ。違うんだよ、オフェーリア。

 

 「申し訳ありません。少し、気が立っていました」

 

 俺は、謝罪を口にしてから真正面から来た風の砲弾をローリングでかわし、その機動を読んだかのような時間差で、左右挟み込むように来た砲弾をまたもやローリング――今度は、ツインロールを振り回す形で――して、やり過ごした。

 

 「決して、邪魔などではありません。逆です。貴方が居るからわたくしは、戦える。貴方という重みがわたくしに、無限の強さをくれるのですわ」

 

 誰かを失うなんてもう懲り懲りだ。二度と失ってたまるかよ。とまで思って、誰かが誰かを失う悲しみを今、味わってる。俺は、それを防げなかった……。

 

 『ウィンター。君は、神様じゃないよ』

 

 分かってるさ。分かっているさ。だけどそれでも……って、ホワイト?! どうしてこんなところに!?

 

 「貴方、こういうのできるんですの!?」

 

 「ど、どうかいたしましたか……? ウィンター様」

 

 『頭の中で喋る感じ。口に出さなくていいよ』

 

 『先にそういうことは言いなさい……!! 頭おかしくなったと思われるでしょう……!!」

 

 な、なんでもありませんわよ~~。オホホ~~。と下手くそな誤魔化しを入れながら俺は、ホワイトに苦情を入れた。『あはは、ごめんごめん』と苦笑いのホワイトの声が聞こえて。

 

 『なにかようですの? 内容によっては、おっぱい揉ませて上げなくもなくってよ』

 

 『でじま!!?!? あ、そうそう、敵の居場所、分かったよ』

 

 「どこですのっ!?」

 

 『上さ! 王国上空、約四十五キロメル地点、成層圏!! 人類未到達領域だよ!!」

 

 「なっ、嘘でしょうっっ!?」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「キャハ、キャハハハハハハッッ!!!! ばーっか! ばぁぁか! そんなんで、このあたしを、この風の四天王、シルフィーリベア・メランコリックボルトを捉えられるはずがないじゃんっ!!」

 

 空を睨んだウィンターがオフェーリアを傷つけぬよう大事に抱きしめながら回避するのを見下ろすシルフィーリベア・メランコリックボルトは、冷笑を浮かべていた。

 

 彼女は、今、――成層圏に居た。正確には、王国上空、約四十五キロメル地点。人類未到達領域にて、青と緑の彩る星に浮かぶ大地を見下ろしたシルフィーリベアは、サディスティックに口端を上げ、両方の眉根を上げていた。

 

 現在、王国を蹂躙するトルネードは、シルフィーリベアの仕業だ。改造魔法(カスタムマジック)による気象改変行為と元々の風属性に対する干渉力と素養が合わさったことでとんでもない出力が生まれ、トルネードとなったのだ

 

 「キャハハハハ!! 踊れ踊れ! 落ちろ落ちろ! 惰弱で脆弱! くだらない人の身で抗うなんて、なんとまぁ、お可愛い!」

 

 弓引くように両手を構えた彼女の周囲に浮かぶのは、ウィンターを圧殺、轢殺せんと唸る風の砲弾。ただの人ならば触れなくとも余波にばら撒かれるかまいたちに引き裂かれるだろう。直後、次弾が放たれる。ウィンターへと風の砲弾は、唸りを上げて、地上へと向かっていく。シルフィーリベアの視線の先では、ウィンターが風の砲弾に翻弄されているのが見えた。彼女の愉悦が深まる。

 

 「ブラックの言ってたことは本当だったようね。なるほど。近くで相手をするのは、馬鹿らしいわね」

 

 狙撃とトルネード。二つの手法で、シルフィーリベアは、ウィンターを殺しにかかっていた。彼女は、近接に使用するリソースを全て遠距離に注ぎ込んでいる。サラマンドロスが出力配分を近接に重きを置いていたのに対して、真逆だった。

 

 『きぃー!!!! 芋スナとは卑怯ですわよ!! さっさと顔だして正面から殴り合いなさーい!! マナーがなってませんわよ!!』

 

 「はっ! あんたみたいな野蛮なやつとだーれが真正面からやるっつーの!」

 

 風を司る彼女は、長距離でも声を正確に捉えられる。嘲笑を唇に浮かべ、トルネードの回転を上げた。のたうつ風から懸命に逃れようとするウィンターに、シルフィーリベアは、腹を抱えて笑い、目尻に涙を浮かべた。

 

 「キャハハハハ!! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねえええええ!!!!!」

 

 それまでと比べ物にならないほどの多量の風が周囲で圧縮され――ウィンター目掛け、いいや、逃げ場ごと押しつぶさんと落ちていった。

 

 「――死んじゃえっ」

 

 ウィンクと同時に生み落とされた風の砲弾を遥かに上回り、巨大という言葉が陳腐に聞こえるほどに巨大な風塊、風の隕石とでも言うべきそれを引き連れて。

 

 

 

 +++

 

 

 

 直後、王都上空を埋め尽くす雲を一方で薙ぎ払い、一方で飲み込みつつ現れたのは、風の隕石。王都を押しつぶさんとするそれは、絶望の二文字がよく似合った。

 

 

 

 



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第九話 ウィンター・ツイーンドリルルとポニーロール、そして、時々シュシュ

 

 

 

 「な、なんですかあれ!!」

 

 「なんですのあれ?!」

 

 同時に、声を上げた俺たちの視線の先には、これまでとあまりにもスケールがかけ離れた風の、なんだ……? なんだあれは? わからない。何が来ている? 何が起きている?

 

 『ホワイト! なんですのあれ!!』

 

 『ええ~~。なにあれ~~』

 

 『現実逃避している場合じゃなくってよ!! さっさと分析しなさーい! さっさと情報寄越しなさーい!』

 

 あまりのことに、ほうけた声を出すホワイトへ気付けとばかりに声を張り上げた。

 

 『え、あ、そうでしたー!! ちょっと待ってて!!』

 

 我に返ったホワイトが何やら忙しそうに独り言を言うのを聞きながら俺は、再び空を見上げた。でかい。王都が丸々射程に入ってるんじゃないか? やばいな。どうする? 上にいるっていう風の四天王を叩くか? だけど四十五キロメル? そんなのありかよ。あんまりにも遠すぎる。行けるのか? どうだろう。これには、確証が持てなかった。行ったことのない場所、想像もつかない領域。やれる気がしない。

 

 そう思うとどうにもツインロールの回転が鈍っているようにも感じた。でかい壁にぶち当たってる感じだ。硬くて分厚い壁。ツインロールの先が通らないくらいに。いつの間にか基準がツインロールになってるのやばくないか?

 

 「どうすれば……」

 

 『分かったよ!! 仮称、風の隕石! あれは、本質的に風の砲弾と変わらない。ただその密度、規模が桁違いなんだ! 着弾すればここら一帯、つまり、王都が丸ごと瓦礫の山になる!! それだけじゃなくて、着弾と同時に暴れまわって、何もかもを巻き上げるんだ。

 すると、どうなると思う?』

 

 『もったいぶってないで、さっさと話しなさい!』

 

 『オッケー! あれが着弾すれば巻き上がったチリが空を埋め尽くして、日の光を遮断する! 世界中の天候がめちゃくちゃ! その他色々大災害盛りだくさんだ! 風属性の仕業というよりこりゃもう改造魔法(カスタムマジック)の事象改変に近くなってる。天候を決めるサイコロに細工されちゃってるよ! デイ・アフター・トゥモローかっての!』

 

 「なんですのそれ!! ああもう、めちゃくちゃですわね……!!」

 

 苦々しく呟く今もタイムリミットは、刻々と近づいてきている。上空の圧も増し、トルネードの規模も変わらない。狙い撃ってくる風の砲弾もどれもこれも一部の隙を見せれば、俺とオフィーリアを粉々にしてしまうだろう。

 しかし、どうする。成層圏とは、どんな場所なんだろうか。この空の先、四十五キロメル地点には、どんな風景が広がっているのだろうか。少し想像してみる――駄目だな。さっぱり分からない。

 

 「……ウィンター様、あれは、一体、なんなのでしょうか」

 

 「へ? あっ、そうでしたわね。説明がまだでした」

 

 盛り上がった心を冷静にさせながらホワイトから受けた説明を掻い摘んで、オフェーリアに話していると見る見るうちに彼女の顔が青ざめていく。

 

 「なんて、そんな……」

 

 あーまあ、そうなるよな。なんと励ましたものか……。しかし、打開策がない以上、励ますも何もないよな……。あーでもないこーでもないと俺は、内心ぼやき――あれは、俺は、ある一点を見て、目を見張ると加速した。向かう先は、下だ。瓦礫の山。街中、家屋があったであろう場所。

 

 「オフェーリア、振り落とされないよう掴まっていてくださいね!」

 

 「もう掴まっています!!」

 

 風に遮られないよう俺は、叫び、風の手を振り切るように加速した。顔を打つ風に、目を細めていたオフェーリアもどうやら俺が何に向かって加速していたのか気づいたのだろう。表情が変わった。俺が何に向かっているのかに気づいたみたいだ。

 今にも吹き飛びそうな人々がいた。家屋の残り滓みたいな瓦礫の下に隠れ、しがみついている。俺が向かっているのは、勿論、彼らを助けるためだ。

 

 「オフェーリア! 守れますかしら!?」

 

 「剣と鎧無くとも私は、王国騎士ですっ! やりましょう!!」

 

 一部も迷いの無い目と声だった。俺は、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 「承りましたわよ!!」

 

 オフェーリアの体が淡く輝きだした。赤と茶。恐らく火と土の魔法だ。やはり王女で騎士団長をやっているだけある。詠唱抜きでの二属性の使用。超一流の証だ。実際の俺、男の俺なら手も足も出ないだろうな。悔しいというかなんというか。この体でなくちゃ、俺は、彼女と肩を並べることもなかった。

 ……そう思うと、この体も悪くないのかもしれない。

 

 「私が保護します! 投げたりできます?」

 

 「投げっ……!? いえ、かしこまりましたわっ!」

 

 大胆な提案だったものだから一瞬、驚いたがぐるんと体を回し、勢いをつけて、オフェーリアを地上へと投げた。ぐんと遠ざかる彼女の背中に揺れる髪、尾を引く赤と茶のラインがオフェーリアの足跡みたいだ。無事に辿り着くところまでは、見守らなかった。多分、問題ない。オフェーリアならやれる気がする。

 

 「だからわたくしは、わたくしの仕事を――」

 

 目の前にやってくる巨大な壁――これは、城壁だ。外縁部を囲っていた城壁が丸ごと引っこ抜かれてきたんだ。このまま行けば、オフェーリアの勇気も無駄になる。気合い入れていくぜ。

 

 「しますわよっ!!」

 

 ツインロールを同時に叩きつけ――俺は、目を見開いた。先端は、何も触れなかった。空振った!? 割れた?! 振りかぶったままの体勢で、俺は、城壁のズレに生じた亀裂へと突っ込んだ。その先には、無数の風の砲弾。背後で、亀裂の閉じる微かな音。やばい、これは――。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「罠ってこと♪」――――四十五キロメル上空、シルフィーリベア・メランコリックボルトは、嘲笑う。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ――飛び込んでしまった以上、退路はない。背後を塞がれているため、回避する先がない。今、この場で、どうにかするしかない。負けを認める選択肢はない。毛頭ない。最初から選択肢に入れていない。俺は、迫る風の砲弾の壁を睨む。巻き込まれれば、一巻の終わりりだ。

 

 通すわけには行かない。この後、瓦礫や風の砲弾が襲いかかるのは、オフィーリアや無辜の人々だ。猶予はない。今この瞬間、加速する思考の中で、答えを見出すしかない。最適解を引き出すしかない……左右同時に攻撃して、両方をまとめッ――なんだ!? 俺の思考を中断するような軽い衝撃。一、二、三……次々と来る。何かは、すぐに理解した。風の砲弾よりもさらにさらに小さな風の玉とでも言うべきものだ。それが瓦礫と砲弾の合間を行き交い、反射している。致命的ではないし、大したダメージにはならないが数が数だ。うっとおしいし、集中が乱れる。

 

 「性格っ悪い、ですわよッ……!!」

 

 なんて悪態をつくと風の玉の数が倍になったような気がする。地獄耳め!! なにはともあれ移動を、捉えられないように細かな移動を。このままじゃ何もできないままだ。

 しかし、それすら読んでいたのか俺の進路をさえぎるように、並ぶ風の砲弾が一つ、ズレた。続けてその周囲の風の砲弾もズレていくる。囲まれる、圧殺される。冷や汗が背中を伝った。加速する、脱出しなければと鼻先に風の玉がばしんと叩きつけられた。

 

 「っ……!!」

 

 軌道がぶれる。風の砲弾に突っ込みそうになるのを急停止で、俺は、どうにかしのいだ。が、目の前で道は閉ざされた。

 

 「……まずいですわね」

 

 もう時間がない。ラッシュで、全て消し飛ばす? 多分、駄目だ。手数が足りない。ラッシュにも限度がある。だったらどうする? どうすればいい? なぜラッシュではだめか? 手数が、足りない。二本しかないからだ。

 

 「ハァッ! 考える、時間くらいくれてもいいじゃないでしょうかっ!」

 

 不意をうってきた風の玉をツインロールで、受ける。回転で簡単に消し飛ばせる。最初からそうしておけばよかった。

 

 なら、増やせば? 増やす……複雑な事になる。手間取りそうだ。今即座に行うのは、難しい。だったら、まとめる? その時、脳裏に過ぎったのは、オフェーリアの姿。シャワーを受けて、背中に張り付く髪、風になびく髪、出会った時の綺麗に編まれた髪――なるほど、そうすればいいのか。ひらめきに笑みを浮かべた。

 

 活路が見えた。瓦礫を蹴る! 前に出る! きっと罠を仕掛けた本人は嘲笑ってるに違いない。だけど次にお前が作るのは、吠え面だ!

 

 「かんんんっぜんっに!」

 

 手数ではなく、愚直に貫くもの。小さな二ではなく、大きな一。大は小を兼ねる。故に、俺が作るのはっ! 巨大な、一振りのロール! 眼前に構えたツインロールを合わせ、捻じり、回る! 回転! 回転! 回転だ! ツインロールの時と同様のローリング。だけどこれは、回避行動なんかじゃない。攻撃だ。風の砲弾の壁を物ともしないパワー! 

 

 「理解しましたわよっ!!」

 

 絶望そのものだった風の砲弾が回転するロール巻き込まれていく。風への干渉と強制を回転力で上回ったんだ。

 

 「パワーイズジャスティス! これこそが力! 力こそパワー! ですわよ!!」

 

 周囲の瓦礫、城壁もロールへと引き寄せられ、瞬く間に粉砕! 粉砕! 大粉砕! 首を振って、俺は、ポニーテイルを払う――ポニーテイル、否! これは、ポニーテイルではない! これが、これこそが!!

 

 「ポニーロール、でしてよっ!」

 

 俺は、金に輝く巨大なポニーロールを空に掲げ、叫んだ――宣戦布告ですわよ。空の向こうに、笑みを向けてやる。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「い、意味分かんない……」――シルフィーリベア・メランコリックボルトは、呆然と呟いて――鼻で笑った。

 

 「それがどうしたっていうのよ! これをどうにかできなきゃ、意味ないんだから!!」

 

 シルフィーリベアの眼下には、彼女の放った風の隕石は、依然として、健在。勝敗未だ揺らがず。シルフィーリベアの手中に、勝利有り。

 

 

 

 

 

 



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第十話 ウィンター・ツイーンドリルル、風を切り裂き、空を目指しますの!

 

 

 

 …………かなりノリノリでやってしまった。ぐだーと俺は、後悔していた。どうにもテンションが上がるとこういうのの抑えが効かなくなる。なんなんだ……。これもこの体になったのが原因だろうか……。

 

 いや、そんなことよりも今は、もっと大事なことがある。俺は、その場で反転してから、オフェーリアの元に向かった。無事で居てくれよ。と思う傍ら、俺は、出力が大幅に増加しているのに驚いた。速度が違う。ただ、感覚的に小回りが効きそうにないというのも理解した。一点突破に優れている分の欠点、代償という事だろう。

 

 つまり、パワーに優れるポニーロールとテクニックに優れるツインロールってことだ。後は、手数を増やしていきたいな……。

 

 なんて思考を巡らせているとさっきの瓦礫の山まで戻ってきていた。遠目だがオフェーリアの姿が見えたから安堵の息を吐いて、俺は、ポニーロールの回転を止めて、その傍に着地した。突然現れた俺の姿に驚いたような人々の視線が向けられるがとりあえず、オフェーリアへと声をかけた。

 

 「オフェーリア、無事ですか?」

 

 「はい! こちらは問題ないです! ウィンター様も……イメージチェンジですか?」

 

 間違いなく後ろに垂れ下がってるポニーロールの事だ。思わず俺は、苦笑いが浮かぶ。

 

 「え、ああ、ちょっと色々ありまして……」言葉を濁し、「それよりも無事でよかったです」

 

 「ええ、皆さんも大事に至る怪我も特に無いみたいです。少しの間、ここに避難できそうです。風も不思議と弱まっていますし」

 

 「そうですわね」

 

 想像以上に、パワーが出るようだな。背中に垂らしたポニーロールをたぐって、指で弄り、空を見上げる。

 

 「後は、あれをどうにかするだけですわね」

 

 「ええ……」

 

 俺たち、二人揃って見上げる。瓦礫の隙間からでも空を覆う風の隕石は、見えた。圧力が強烈だ。もう時間がない。

 

 『ウィンター!』

 

 『ホワイト、どうかしました? 何か分かりましたか?』

 

 『一つ発見! あのトルネードと上の王都を覆ってる風の隕石、繋がってるみたいなんだ。なんていうかトルネードのある場所に、誘導しているというかトルネードが引き寄せてるみたい』

 

 『ふむ……そうなると』

 

 俺は、瓦礫の隙間から出ると強風になびく髪を押さえ、トルネードの方を見やった。

 

 「あれを掻き消せばいいのでしょうか?」

 

 『それもありだけどちょっと難しいかな。風の砲弾とかと違って、トルネードは、常に制御されてる。力が注ぎ込まれ続けてるんだ。だから弱まることはあっても掻き消すのは難しい』

 

 『答え出てるんでしょう? 早く言ってしまいなさい』

 

 『トルネードと接続している風の四天王は、トルネードの向こう側に居る。魔力の流れ、改造コードの侵食度合い。それから見当がついた。直接の、つまり映像での観測はちょっと無理だけど、間違いないよ。つまり、トルネードを伝っていけば必ずたどり着ける』

 

 『――理解しましたわ。ホワイト。今、わたくしが居るところに来ていただけますか? 守ってもらいたい人々が居るのです。全ては、難しくとも今この瞬間、ここにある生命を絶やしたくありません』

 

 『了解したよ。そっちに向かう。すぐ行くから待っていて』

 

 そこでぷつりとホワイトの声が聞こえなくなった。少し、待つとしよう……。傍の瓦礫に腰をかけて、俺は、辺りを見回した。瓦礫、瓦礫、瓦礫。まただと思ってしまう。また犠牲を出してしまった。憂鬱だ。今回で、二回目。まだ最低二回。さらに、魔王も残っている。

 

 ……ちょっと肩から力を抜くとすぐにこうなる。体が強くなっただけで、中身が伴わない。嫌になるな。この調子で、戦っていけるのだろうか。またこうやって犠牲の出るのに、耐えられるだろうか。俺は、自嘲気味に唇を歪めた。

 

 ――騎士として、故郷で活動していた頃。その時だって、大小問わず犠牲があり、目の当たりにしてきた。魔物に襲われ、全滅した村。飢えに苦しみ殺し合った家族。魔物の毒で、冷たくなっていく同僚。どれも憶えている。酷い様だった。忘れられない事の一つだ。でもそれでも俺は、まだ剣を持てた。戦えた。だというのに、今は、どうしてこうなのだろう。弱くなったんだろうか。

 

 炎の四天王サラマンドロス・エコーフィアー。抗う事を許されない暴虐に晒されたからか? そうじゃない、そうじゃないと思う。では、何故だろう。

 

 「お隣、構いませんか?」

 

 「――ええ、どうぞ」

 

 オフェーリアだ。物思いに浸りすぎて、反応が遅れてしまった。腰掛けるオフェーリアを横目に見る。今気づいたが寝間着のまま叩き出されたらしい。彼女もかなり薄着だ。体のラインが見て取れてしまうし、谷間にも目が吸い寄せられてしまう。

 いけないいけない……と空に視線を上げた。相変わらずの空模様。また近くなった気がする。空が落ちてくる。今、この王都に生きている人々がどれだけいるかは、分からない。皆がそれを見ている。皆がその恐怖を味わっている。そう思うと憂鬱も掻き消せそうだった。どっちにしろ不純だ。

 

 「不躾なご質問で、恐縮なのですが……ウィンター様、何か悩まれていますか?」

 

 「へ? え? 口に、出していましたか? わたくし」

 

 「ああ、いえ」オフェーリアは、微苦笑を浮かべ「お背中が何か寂しげでしたので」

 

 「なるほど……? まあ、その通りです。少し時間ができましたので、考え事をしていました。大した内容では、ありませんので気にしないでいただければ助かります」

 

 オフェーリアの方に視線を向け直し、なんでもないと微笑んでみせた。

 

 「……なんていうかその、やはり、ウィンター様は、男の子なんですね」

 

 「え、ええ! 勿論! わたくし、ウィンター・ツイーンドリリルは、体こそ女性ですが魂は、男ですので!」

 

 立ち上がって、勇んで見せる。……誤魔化せただろうか。

 

 「ふふ、ウィンター様のお背中、騎士団の子やお父様にそっくりでした。男性の方って皆、抱え込んでしまうんですよね。私としては、話して欲しい。相談して欲しいと毎度思うのです。ですけど、男性の方は、それが格好悪いなんて思っちゃうんですよね。困ったものです。

 ……如何でしょう?」

 

 上目遣いに、そう言われてしまった。駄目だ。駄目駄目だな……。はぁと溜息一つもらし、腰を元の場所に下ろした。

 

 「どんな悩みでも幻滅しないとおっしゃって頂けるなら……「勿論ですっ」食い気味ですわね……。分かりました」

 

 情けない条件だなと自分に呆れつつ、俺は、言葉を作る。

 

 「非常に情けない話ですが、勇者としてやっていけるか悩んでいました。……これ、貴方に話すのなんだか当てつけみたいですわね。そういう意図はないですから、気にしないでくださいまし」

 

 「何故か、伺っても?」

 

 「この有様です。故郷と変わらない惨状……――わたくしは、また守れませんでした」

 

 情けない。陰鬱が唇を突く。ちょっとばかし腰を落ち着けただけなのに、弱さが吹き出てくる。だから止まるべきではなかった。

 

 「『何もかも守る』――なんて傲慢極まりない。愚にもつきませんわね。それでもわたくしは、守り、倒す為に勇者となりました。なったのです。自分の為、なにより傷つくべきではない誰かの為。とどのつまり、そういうエゴがわたくしを勇者として仕立て上げたのです。成果ではなく、やりたい。やるべきだと思ったから……」 

 

 だというのに、このざまです。俺は、吐き捨てるように言った。

 

 「……ウィンター様は、私を守ってくれました。それだけでなくて、皆も守ってくれています」

 

 「それは、そうですが……」

 

 「ウィンター様を責める人なんていません。いても私が許しませんっ! これでも騎士団長で、王女やってますからね、私」

 

 オフェーリアは、ふんすと両手を胸の前で握り締めた。職権乱用もいいとこだな。と内心苦笑していると伸ばした手が俺の手を握った。細くじんわりと温かい手。指が絡む。

 

 「責めないでください。誰も貴方を責めません。だから自分で自分を責めるのは、やめてください。それを喜ぶ人は、どこにだっていません。少なくとも私は、喜びません」 

 

 なにより。と一拍置いて。

 

 「貴方は、貴方を誇りに思っていいと思うのです。いいえ、誇りに思ってください。やりたいことも、やるべきことも。全部、全部、ウィンター様が胸を張って、掲げて上げてください。そうしたらきっと、もっともっと輝いて、暗い部分も吹き飛ばしてくれます」

 

 「……本当です?」

 

 「本当です。案外そういうの気にするんですね。少し意外です」

 

 「元々、そういうタイプなんですの。故郷でもお兄様の影にいましたから。日陰者……と思っていたのは、わたくしだけでしょうね。そんな風に、後ろ指さす人は、故郷に居ませんでしたから。

 わたくしは、そうやって、勝手な思い込みで自分を追い込んでいたのです。滑稽でしょう?」

 

 「そうですね」

 

 「そこは否定しないんですね……」

 

 「過去の事実なら仕方ありません。もう覆せませんから。正直、私もそう思います。だから、下手に否定するより肯定して前に進む方が幾分、生産的ですよ」

 

 「合理的ですわね」

 

 「騎士団長で、王女ですから!」

 

 「説得力に溢れてますわね……――と、待ち人が来たようですわね」

 

 再びふんすと胸張ったオフェーリアから軽い足をたてて、現れたのは、桃と銀の髪をなびかせるホワイト。

 

 「やあやあ! ウィンター! いとカワカワイイ、つまること絶世の可愛いこと、ホワイトちゃんが来てあげたよ! 待った?」

 

 「それなりに」俺は、肩を竦め、「では、後、頼みましたわね」

 

 立ち上がった俺は、バトンタッチとばかりにホワイトとハイタッチして、すれ違う。短い期間だがなんとなく信頼関係が気づけてきたようだ。心地よく響く乾いた音に、そう感じた。

 

 「ほいほいさ! って、え!? なにそれ…………?」

 

 「え? ポニーロールですけれど? ご存じなくて?」

 

 声を上げて驚くホワイトに、何を今更と背中に垂れたポニーロールを振るように振り返って、俺は言った。

 

 「え……なにそれ……。知らない……こわ……」

 

 「えぇ……。まあいいですわ。ちゃんとオフェーリアや皆さんを守ってくださいね」

 

 「ああ、うん。それは分かったよ。だから後でそれじーっくりと見せてね? いじいじさわさわさせてね? めっちゃ気になるから! 約束だよ!!」

 

 「はいはい」

 

 「ウィンター様!」

 

 「はい、なんでしょう?」

 

 なんか僕と対応違くない!? とかいうのを耳から追い出して、再び振り返った先には、オフェーリアの姿があった。

 

 「ちゃんと、帰ってきてくださいね。朝食、一緒に食べましょう。ロールパン(・・・・・)など如何です?」

 

 まったくもう、なんだよそれ。ぷっと吹いてから、こほんを俺は咳払い。ばっと髪を払って、キリッと。

 

 「いいですわね。素敵ですわ。ぜひ、ご同伴させていただきたいですわね」

 

 「絶対、ですよ? 約束ですからね? ウィンター様」

 

 じっと見つめるオフェーリア。ああそうだな。これを無碍になんてできるわけがない。それに、なにより。

 

 「勿論ですわっ!」

 

 不敵に唇を持ち上げ、胸を張り、高らかに!  今度は、誤魔化しじゃない!

 

 「わたくしは、ウィンター・ツイーンドリリルは、勇者ですから頼まれごとは、破りませんわよっ!」

 

 俺は、そうして、再び空に舞い上がる。目指すは、風の四天王。貫くは、トルネード! 処女膜ぶち抜いてひーひー言わせてやりますわよ!!

 

 …………もうだめかもしれんね、俺……。およよとしながらも、加速する俺は、あっという間に、地上をぶっちぎり、空を引き裂き、トルネードへと突入した。

 ――ここが正念場だ。という確信を胸にした俺の視界は、一瞬で、トルネードの色に染め上げられた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「完全に、言い忘れてたけど成層圏で、生きてられるのかな……。どうだったかな……まあ、大丈夫か!」

 

 不安げな表情も能天気な笑いで吹き飛ばしたホワイトは、空目掛けて、ぴっと敬礼を飛ばした。

 

 「グットラック! 頼んだよ、勇者様!」

 

 

 

 +++

  

 

 

 成層圏。風を纏い、引力を物ともせず浮かぶシルフィーリベア・メランコリックボルトは、違和感に、片眉を跳ね上げた。それから「ああ……」と呟いて、ねとりと唇を舐めた。獲物を目の前にした肉食獣の仕草だ。

 

 「来ているようね、勇者」

 

 眼下に視線をやり、シルフィーリベアは、笑みを深める。そして、何より込める力を強める。

 

 「そのトルネードは、決して、風を放つだけではないのよ? その内側に潜り込んだということは、自分から食われに来たのと同じだっつ―の!! キャハハハ!!」

 

 そうして、第二、第三、何度目かの風の砲弾が彼女を取り巻くように、浮かび、回り、落ちていく――その時だった。シルフィーリベアは、怪訝と眉を潜め、目を見開いた。来る――落とすのを止め、シルフィーリベアは、明確な武器として、その切っ先を気配へと向け、放った……着弾。しかし、弾き飛ばされた。

 

 「甘い! 甘い! 甘い! ベリー! ベリー! スウィーティーでしてよっっ!!」

 

 雲海をぶち抜き、トルネードを穴だらけにした黄金の閃光――勇者、ウィンター・ツイーンドリリルは、紫の双眸をシルフィーリベアへ凛と鋭く細めた。

 

 「っ!!」

 

 驚愕はしたものの、怯むこと無くシルフィーリベアは、新たな風の砲弾をいくつも生み出し、ウィンターに放つ。

 しかし、盾とばかりにシルフィーリベアに向けたポニーロールの先端がウィンターへと届かせない。先程と同じくものの見事に明後日へと弾き飛ばされた。ぐるんとウィンターの背中に回ったポニーロールが回転。盾から一転、推進力となる。すれば、

 

 「チェストォ!!」

 

 気合一声の拳撃! しかし、シルフィーリベアのまとう風が受け止める。反射より早い、ほぼ無意識の自動防御(オートガード)だ。勿論、防御があるならば逆もまた!

 

 「もう! うっとおしいですわね!」

 

 ポニーロールの先端で弾き、同時に後退して、ウィンターは、距離を取ると頬を膨らませた。腰に片手、もう片手の人差し指をぴっとシルフィーリベアに突きつけた。

 

 「貴方が、風の四天王で間違いありませんわね!?」

 

 「……思った以上に、蛮族のようね。あんた、判別もせずに殺しにかかって、違ったらどうするのよ」

 

 飽きれたように鼻を鳴らしたシルフィーリベアに、ウィンターは、やれやれと首を振る。

 

 「こんなところで生きてる方がおかしいですわよ。普通に考えてまして、貴方が風の四天王であるという選択肢しかありませんわ!」

 

 まっ、そうね。とシルフィーリベアは、肩を竦め。

 

 「あたしは、風の四天王がシルフィーリベア・メランコリックボルト! 名乗りなさい、勇者! 戦の作法くらい知らないわけでもないでしょう!」

 

 「はんっ!! 魔物がほざきますわね! わたくしは、勇者、ウィンター・ツイーンドリリル!! 貴方方を滅ぼすもの!!」

 

 「大層な妄言を!」

 

 「魔物が作法など!」

 

 空気が密度を増す。それは、殺意が空を満たすから。空気がうねる。それは、殺意が空気を乱すから。空気が震える。それは、殺意に空気が怯えているから。

 

 「押して参りますわっ!」

 

 「行くわよッ!!」

 

 王都上空。決戦が、今、幕を上げた

 

   

 



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第十一話 ウィンター・ツイーンドリルルのせつない一撃、ですわよ!

 

 

 ――さて、威勢よく突っ込んだものの、どうしたものか。俺は、ポニーロールの切っ先で、次々と放たれる風の刃や交互に突き出される風の槍だかをさばいて、しのぐ。

 ツインロールの方がいいか? どうだろう。ポニーロールの方が防げる面積が広いから盾にもなる。なにより重く、パワーもある。それに、こんな感じで……!

 

 「これで、どうですかっ!!」

 

 突き出したポニーロールの回転を上げると風を巻き込んでいく。風の刃も槍も巻き込まれて、噛み砕かれ、全て、形を無くしてしまえばそよ風だ。俺は、虚空を蹴りつけ、シルフィーリベアへ突進を仕掛けた。……なんかおかしなことしてないか? まあ、そんなことよりも、だっ!

 

 「甘いわねぇ! キャハハハハ!」――風が、いつかみた魔物の触手のようにポニーロールに絡んで、回転を止めていた。

 

 完全に、止まってはいない。止まってはいないが鈍い。動作が悪い。結構深く食い込んでるな。

 

 「やりますわねっ……!」

 

 「キャハハ!! この程度で? この程度に、こんなものにサラマンドロスは、負けたのね!!」

 

 「軽く撫でて差し上げただけですわよ。勘違いしないで頂けましょうか!――スタイルチェンジ!」

 

 ポニーロールをほどき、いつもの形を形成して、整える。

 

 「ツインロール!」

 

 いつもの頭の重さを心地よく感じながら俺は、拘束から解き放たれたツインロールの回転を上げて、次は、距離を取った。ツインロールを傾け、斜めに移動。風の砲弾が来る。移動とすぐ俺を掠るように、風の砲弾が通りすがった。真っ直ぐ進んでくるならジグザグで移動だ。ここは、空と同じ。いや、それ以上の機動力を発揮できる。なにせ、何一つ障害物が無いんだからな。

 

 「マジですの!?」

 

 視界の隅で、ローリングで回避した風の砲弾が緩やかにカーブしていた。追尾できたのか!! なんとか驚いていれば目の前からも来ていた。ヤバいですわね!? あ、俺もヤバいなこれ。

 

 「っ!」

 

 ツインロールを左に寄せて、横に体を逸らしたら風の砲弾がぶつかって、弾けた――くそっ! 衝撃波で、動きが、ツインロールの制御が取れないっ……!! これが狙いだったか!

 寒気がした。背筋を舐め上げる怖気。これは、死の予感。あまりに冷たく、そして、肌を刺す。

 

 「そ・こ・だ♡」

 

 甘い囁きが両耳を叩い、て……ッ!?!?!?!?! 世界が回った。揺れる、爆ぜる。チカチカと光る。赤く、染まる。思考がとりとめなく狂う、乱れる。やばい。世界が回り、細切れにバラバラに散って、落ちていく。

 ――――違う。落ちているのは、俺の、方か。

 

 「くう……!」

 

 頭、腹、腕、足。全身が痛い。打撲傷? 濡れた感覚もある。裂けているんだ。どうやら風の砲弾は、ただぶつかってくるだけじゃない。シルフィーリベアがまとっていた風みたいに斬り裂く力もあるんだ。だけどそのおかげで意識だけは、失わずに済んだ。痛みが俺を保ってくれている。

 

 『――――!』……なん、だ?『――ンター!』聞こえる――『ウィンター!!!!』

 

 「うる、さいですわよ……」

 

 ホワイトか。返事するだけで激痛が走る。これは、酷い。至るところが痛い。傷の深さがつかめない。

 

 『返事できた!? 君、分かってる?! だいぶ重症だよ!?!? 死んでないだけ奇跡って感じ!!」

 

 「そう、なんですのね……。どうにか、なります?」

 

 『あーやれるかもしれないけど……これは、酷いなあ……。打撲、切創、骨折。内臓も結構やってる。君の体をここまでできるなんて……」

 

 色々、酷いな。とりあえず、指先から動かしてみる。痺れる。重い。だけど動く。風切り……うるさいな。落ちているからだ。今もなお、俺は落ちている。ツインロールは、不調だな。回転が悪い。

 

 「それで、どうでしょう? やれ、ますか?」――口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

 『勇者の力とその“回転”を君が全力で扱えば多分、いける』

 

 「か、いてん……ですか。頭の、あれ、ですわね」

 

 ツインロールなり、ポニーロールなりのことだろう。しかし、どうしろと。両方使ったがこのざまだ。

 

 『君は、まだ本当の“回転”を知らないんだ。まだまだそんなものじゃない。君は、もっともっと、強くなれる。改造コードによる改竄を破砕できるのは、破綻させられた因果を回し切ってねじ切れるのは、君の“回転”だけだ!』

 

 「…………よく、わかりま、せん……わね……」

 

 はあと俺は、吐息をこぼし。

 

 「……三行、でお願いします」

 

 『・君しかいない! ・君が頑張るしか無い! ・お願いだからマジで頑張って!』

 

 「理論的に、お話頂け、ません……?」

 

 『無理だよぉ! だって、マジで頑張るしか無いもん!!』

 

 「じゃあ、どう、頑張れば、いいのか……教えて、いただけませんか? あれ……近く、なってきましたわね」

 

 自由落下の速度は、上がり続けている。風の砲弾の直撃で、ここまでズタボロにされたのだ。このまま風の隕石に突入したらきっとただでは済まない。

 

 『……君が頑張るしか無いんだよ。僕は、勇者(キミ)という土壌に、コードという種を植えた。だけど芽を出せるかどうかは、君次第。本当ならもっと時間をかけるべきだった。だけど、時は待ってくれない。だから、お願い』

 

 「頑張る……何をどう頑張ったもので、しょう」

 

 俺は、苦笑を浮かべてしまう。ホワイトが冗談を言っていないのも、必死なのも涙まじりの声に、詰められた感情で理解している。だからこその苦笑だ。どうすればいいのかまったく分からない。俺は、ただ落ちる。風に煽られ、自然と視界が回った。

 

 『“回転”だ。炎の四天王も風の四天王も自分の得意なもの、司るものを改造コードで、強化したんだ。君の場合、それが“回転”に当たる』

 

 「回転、回転、回転。回す、回す、回す。スピン、スピン、スピン……わたくしは、何を、回す……?」

 

 うわ言のように言葉がとりとめなく零れ落ちて、風にさらわれる。俺、わたくし。意識を保つのも難しい。色々、混ざってきた。口調と思考が混ざって、元の形が保てない……。俺とわたくしが混ざっていく……。

 

 「回した、から? 回したから……混ざった……?」

 

 わたくしは、俺。俺は、わたくし。中途半端だから駄目なのか――? 

 

 「振り切れと、言うのですか? わたくしに? 俺と、わたくしを混ぜて? はは、まったく」

 

 何をどうしろと言うのですか、わたくしに。

 

 「どうしろっていうんだよ、俺に」

 

 微笑み、うっすらと浮かび――回る。滑車の如く。車輪の如く。いいえ、わたくしのこれは、ドリル(・・・)だ。

 

 「上等ですわね」

 

 舌舐めずりと共に、微笑ったわたくしは、空を見上げ。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「キャハハッ」――シルフィーリベアは、勝利を確信したような笑みを零し……光に、瞳を焼かれた。

 

 何かが雲間を引き裂き、大きな雲からはぐれた雲を粉々にして、手の中で転がしていた風や空気、それらが諸共粉々になった感触。シルフィーリベアの笑みが唇から消えた。

 

 「なにがっ……!?」

 

 次いで、体が軽くなったように感じたシルフィーリベアは、笑みを消し去った瞳が驚愕を宿し、あるはずのものを探し、あるはずのものが消えてしまったのを認識した。体、たおやかな両足が断面を晒している。肉片一つ無い。赤黒い血は、零れない。シルフィーリベアは、本質的に、風の精霊である。故に、血肉の欠損は致命となりえない。だが、力をこそぎ取られたことに他ならない。

 また来る。シルフィーリベアは、驚愕を引きずらない。光が来る。辻斬りが如く、シルフィーリベアを傷つけた光、黄金に輝くもの。Uターンして、来る。

 自動防御(オートガード)自動攻撃(オートアタック)、シルフィーリベアが備える防衛機構を物ともしない、あるいは、まったく反応できなかった。しかし、抵抗しないなどありえない。シルフィーリベアのプライドは、大人しく首を差し出すことを許さない。

 

 「小癪、よ!!」

 

 自動(オート)が追いつかないならば、手動(マニュアル)を。なんでもいいのだ。次手を取らせるな。とシルフィーリベアは、再び風をたぐった。手足より精細に振りかざし、あの光を叩き斬ろう。そういう気概を込めていた。だがしかし、

 

 「っ……!?」

 

 かっと目を見開いた。これまた驚愕。込めた指が力なく空を切る。シルフィーリベアが力を抜いたのではない。力を込められなくなったのだ。横合いから飛び出た光が彼女の指を根こそぎ奪っていった。指もまた内側からほどけて、空に消えた。ぐるんぐるんと包帯が外れるように、二の腕までそれは続き、止まった。

 痛みはない。強制的に、分解……ほどかれている。シルフィーリベアは、沸騰しかけた思考をどうにか風送り、冷やしながら巡らせる。何が起こっている? 何をされた? 疑問は、まるで雪のように降り積もる。それもまた次の瞬間には、吹き飛ばされた。

 

 「このぉ!!」迫る光。再生する指が「あたしに、近寄るなあ!!」シルフィーリベアを守らんと風の刃を撒き散らす。

 

 風の刃が連なって、舞い散る殺戮領域――しかして、光は全てを食い破る。黄金の輝きの前に、風の刃は、無惨に引き千切られ、噛み殺された。迫る様に、シルフィーリベアは、死を連想した。

 

 「く、来るなァァァァあああああ!!!!」

 

 絶叫。眼下になお健在な風の隕石の制御から手を離し、僅かな時間で構築されたのは、風の砲弾による弾幕。一方的叩きつけ。衝撃と内包された嵐へ黄金の輝きを剥ぎ取っていく。

 

 「ひっ……」

 

 覗いた双眸、顔面に、シルフィーリベアは、思わず悲鳴を零した。

 

 「ゆ、勇者……!!」

 

 紫色の瞳が光の奥にある。じっと見つめる瞳がある。傷に塗れの美しい顔が嗤っている。慄きながらもシルフィーリベアは、勝利を確信していた。確実に相手を削れている。風の砲弾は確実に効力を発揮している。敵を痛めつけ、行動を封じている。すぐにあの目も弱りきり、光を失うことだろう。シルフィーリベアの唇に、うっすらと笑みが戻っている。

 

 「キャハ、ハハハ」唇が弧を描き、「キャハハハハハ!!」おかわりとばかりの風の砲弾が展開されると同時に射出された。

 

 「死ね! 死ね! よくもあたしの体を傷つけたな!! 死ね! 死ね! 欠片も残さず死んでしまえええええええ!!!!」

 

 哄笑が響く。一片の恐怖を滲ませたシルフィーリベアは、やたらめったら風の砲弾を叩き込む。視界一面が薄緑の暴風に包まれていく。それから暫くして、肩で息をした彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。向かってくる様子がない。死んだ。間違いなく死んだ。

 

 「キャハ♡ おわーり、おわり! キャハハハハハ!!」

 

 それから、シルフィーリベアは、再び眼下の風の隕石の手綱を強く握って、今度こそ終わりだと指示を飛ばした。

 

 「……?」

 

 飛ばしてから違和感を憶えた。首を傾げ、怪訝と眉を潜めてからようやく気づいた。

 

 「あれ、どうして? なんで? どうして? え? 嘘」

 

 風の隕石が言うことを聞かない。手足よりも繊細に扱えた風達の反応が悪い。動かせる。だけど駄々っ子のようで、お転婆のよう。糸が絡み、意図が伝わらない。するりするりと手の中から零れていく。

 シルフィーリベアは、焦り、混乱した。なにせ生まれてこの方、ずっと連れ添ってきた存在だ。友であり、家族であり、恋人である風との不仲は、勇者のことも、ここがどこかすらも忘れさせるほどの衝撃だった。

 

 「なんで、どうして? 嫌よ、嫌。あたしを無視しないで、置いていかないで。やめて! 嫌! 嫌ぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして、ついにシルフィーリベアは、風の制御を失った。精霊としての死。魔性としての終わり。彼女の指から全ての風が消え失せた。

 絶叫。絶叫。絶叫。聞くに堪えないほど悲痛な、甲高い絶叫が空いっぱいに広がって――シルフィーリベアは、堕ちた。翼を手足を、何物にも代えがたいものを一瞬のうちに失った彼女は、重力に叩き落された。

 

 「あ……あ……」

 

 虚ろな瞳が涙を零し、指が空を撫でる。シルフィーリベアの望んだ現象は、起こらない。風達は、彼女に手を差し伸べない。

 想い出が瞬く間とシルフィーリベアの脳裏を駆け巡った。風達と過ごした自由気ままな日々。暴虐の日々。人から見れば最悪でも、シルフィーリベアにとっては、最善最良の日々。それが彼女を満たした。

 

 「ああ……」

 

 そんな彼女の視界へ不意に差し出された手。シルフィーリベアは、何も疑わず握り――貫かれた。激痛がほとばしる。シルフィーリベアの瞳に、光が戻った。同時に落下も止んだ。

 

 「がっ……!? 今、あたしに、何が……?! あたしは、何を……!?」

 

 「ほーほっほっほっほ!!!!」

 

 「ッ! その声はッ!!」

 

 狼狽し、混乱するシルフィーリベアは、一瞬で、雑念を切り落とし、声の方に視線を向けた。上方。上を取られたこと、見下されている屈辱がシルフィーリベアの腹底で、マグマのように煮えたぎる。

 

 「勇者! ウィンター・ツイーンドリルル!!」

 

 吐き出した声は、サラマンドロスに劣るにしても火傷しそうなほどの熱さだった。

 

 「そう! その通りでしてよ!!」

 

 ポニーロールを掲げ、後光を背負ったウィンターは、傷ついていた。ドレスは、見る影もなく、ボロ布同然。外気に晒された柔肌は、傷と血に塗れている。しかし、その瞳に一点の曇りなし。覚悟完了。

 

 「死んでいなかったのね! まるでゴキブリみたいな生命力だわ!!」

 

 「失礼な例えですわね! しかし、お陰様で、頭に心に内蔵までぐしゃぐしゃですわ! わたくしだか俺だか分からなくなる始末だ!!」

 

 「だけれど!」シルフィーリベアへ、またしてもぴしりと向けられた人差し指。

 

 「わたくしは、悪逆無道を決して許しませんの! 悪の滅びる瞬間まで、わたくしは、死にません! 故に、今日が貴方のジャッジメントデイ、でしてよ!!」

 

 思わず彼女は、たじろいでしまう。それを意識して、シルフィーリベアは、怒り猛った。このあたしが人間に怯えているというの? 巫山戯ないで……!!

 

 「死ぬのは、そっちよ!!」

 

 赤い、真っ赤な怒りが再びシルフィーリベアに、風を操る力を蘇らせる。風の刃に、風の砲弾。合間を縫って、風の弾丸。大判振る舞いだ。

 迫るそれらを前に、ウィンターの掲げたポニーロール、その先端がキンッ!と輝いた!

 

 「ポニードリルッ!!」

 

 盾のようにかざすポニーロールが回転!! いち早く到達した弾丸をまとめて、弾き飛ばす!

 

 「ロール、ライナァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 それどころではなかった。砲弾も刃も、ポニーロールの前には、無意味だった。黄金の輝きがウィンターを包み隠し、縦横無尽と駆け巡る。シルフィーリベアは、もう捉えられなくなっていた。

 

 「そん、な……! 嘘! 嘘よ! 嘘!!」

 

 シルフィーリベアのささやかな反撃も紙細工がごとく粉砕され、

 

 「これで、終わりですわ!」

 

 絶望をもたらす言葉がシルフィーリベアの耳朶を叩いた。刹那、風の四天王、シルフィーリベアは、視界いっぱいに広がるポニーロールを見た。 

 

 「さようならですわ。シルフィーリベア」

 

 何度と空を駆けたポニーロールがシルフィーリベア・メランコリックボルトを粉々に粉砕した。

 

 

 

 +++

 

 

 

 空が、晴れていく。王都上空を覆っていた絶望が霧散した――戦いの終結。勇者ウィンター・ツイーンドリルルは、また一人、魔王四天王を討伐したのだった。

 

 

 

 



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第十二話 ウィンター・ツイーンドリルルと魔王四天王その2、ですわ!

 

 

 

 ――シルフィーリベア・メランコリックボルトは、まだ生きていた。

 魔王城、ある廊下。息絶え絶え、死人の色をしたシルフィーリベアは、おぼつかない足取りで、玉座の間に向かっていた。

 

 「魔王、様……魔王……様」

 

 虚ろな瞳、生気のない声。死に体だった。シルフィーリベアは、ふらふらとして、足を絡め、倒れそうになった体を壁で支えた。風の力はもうない。シルフィーリベア、風の精霊として彼女は死んでいた。あるのは、僅かな生命力、後は、意地。死んでたまるかという生命への執着のみ。

 

 かろうじて生きていた。風を司っていたのと改造コードによる修復力、それらが四散した体をどうにか再構築させていた。

 

 「よお、酷いざまだな。シルフィーリベア。肩貸そうか?」

 

 シルフィーリベアの前に現れたのは、鮫頭の魚人、四天王の一人は、気の毒そうな表情を鮫顔へ器用に浮かべている。

 

 「…………魔王、様」

 

 「おいおい、無視かよーー。……ま、しゃーねえか」

 

 唇?を尖らせながらもシルフィーリベアの様子を見て、鮫頭は、肩を竦めた。寂しげな表情もまた小器用だ。

 

 「勇者にやられたのか?」

 

 「ひっ……!!」

 

 勇者の名前を聞いて、シルフィーリベアの表情が明らかに変わった。虚ろな彼女に、感情が浮上する。恐怖。底なしの恐怖だ。そのまま、床に崩れ落ちると頭を抱え、うずくまった。もうあの気高いシルフィーリベア・メランコリックボルトはいない。それを悟った鮫頭は、寂しげだった。

 

 「まっ、そうだよな。お前をここまでできるなんて、魔王様か勇者くれーなもんだよ。シャッシャッシャ!」

 

 隣に腰を下ろした鮫頭は、言葉を続ける。

 

 「それで、どうだい。どうしたい? これから魔王様にあって、どうする?」

 

 「…………魔王様、魔王様、魔王様」

 

 震えるシルフィーリベアは、魔王の名を繰り返す。それ以外は、口にしない。歯をかちかち鳴らして、寒さに震えていた。外気温も城内も人類基準で言えば、寒いにあたるが彼らには、関係なかったはずだ。だが今のシルフィーリベアは、寒さを認識していた。限界だ。彼女の死も近い。鮫頭は、憂鬱げに息を吐いた。それから意を決したように口を開く。

 

 「勇者に復讐したいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「勇者を殺したいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「勇者に屈辱を味あわせたいか? シルフィーリベア」

 

 「――――」

 

 「シルフィーリベア、どうしたい?」

 

 「――――」

 

 「答えろ、シルフィーリベア。お前の時間があるうちに、答えろ」

 

 「――――したい」

 

 シルフィーリベアの唇が新たな言葉を紡いだ。明確な感情の発露。どす黒く、ネトリとした希望。鮫頭への回答。

 

 「勇者を、殺したい」

 

 虚ろな瞳に、色が宿った――漆黒が浮かぶ。鮫頭の唇が吊り上がった。鋭い刃のごとし牙が剥き出しになった。

 

 「シャーシャッシャッシャッシャッ!!!! 相了解した!! お前の願い、叶えてやろう!! シルフィーリベア・メランコリックボルトッッ!!!!」

 

 答えを聞いた鮫頭は、声を上げて、笑った。廊下を満たし、城内に響き渡るほど大きな声。誰も近寄らない、様子を見に来ないのは、きっと声を上げている人物のお陰だろう。

 

 「じゃあな! また来世で会おうぜ!!」

 

 シルフィーリベアが最後に見たのは、暗黒だった。直後、廊下いっぱいに生々しく咀嚼する音が響き、それから大きな嚥下音がした。

 

 「……ああ、また会おうぜ。シルフィーリベア、サラマンドロス」

 

 鮫頭は、小さく呟き、立ち上がり、反転した。向かう先は、玉座の間だ。

 

 「お、丁度いいところに来たな」

 

 通りすがり出会った召使いへ鮫頭は、先まで彼が居た場所を指差した。召使いの顔が引き攣った。何をしたのかすぐに想像がついたのだろう。ついで、青ざめた。

 

 「すまねえが、あれを掃除しといてくれ」

 

 「は、はい!!」

 

 逆らうなんて考えていなかったのだろう。そそくさと掃除道具を手にした召使いは、鮫頭の指した場所に向かっていった。半刻といらず痕跡は消えてなくなるだろう。

 

 「魔王様! お願いがあります!!」

 

 それからすぐ、鮫頭は、玉座の間の扉を開いていた。声を上げ、兵の報告に耳を傾ける魔王へ声をかけた。魔王の視線が兵から鮫頭へと向く。聞く気がなくなったのを察した兵は、すぐにその場を明け渡した。

 

 「なんだ、言ってみろ」

 

 「次の人界侵攻、ひいては、勇者討伐、俺に任せていただきたい!!」

 

 「ああ、シルフィーリベアも敗れた。順序で言うならば、間違いなくお前だろう。すぐに指令を下すところだった」

 

 「では!」

 

 真っ黒な瞳を輝かせた鮫頭に、魔王は、鷹揚と頷いた。

 

 「そうだな。任せよう――メガロシャーク・P・グッドフィーリング。勇者の首、楽しみにしている」

 

 「シャーーシャッシャッシャッッッ!! お任せあれッ!! 必ず勇者の死を掲げてみせましょう!」

 

 仰々しくお辞儀をした鮫頭こと、メガロシャーク・P・グッドフィーリングは、床に潜るようにして姿を消した。掘ったのではなく、まるで、水面に潜り込むようにして、彼は、魔王の前から消えたのだ。

 

 「構わないのかい? 彼、シルフィーリベアを食っているよ? つまりだ――「構わん」おっと」

 

 「奴がやりたいと言ったことだ。奴らの人物像も把握している。問題はない」

 

 唐突に現れたブラックに、魔王は、驚く様子もなく淡々と答えた。ブラックの言葉を遮るような返答には、信頼の色が伺えた。

 

 「なるほど。流石、我が魔王」

 

 「ふん……。おだててないで貴様も仕事をしろ。ブラック」

 

 「ふふ、そうだね。また後で、勇者のデータをまとめて提出しよう。では、兵士くん、報告の続きをしたまえ」

 

 「は、はあ……ありがとうございます。ブラック様」

 

 傍に控えていた兵に、ブラックは、続きを促すと腰を低く、お辞儀をした。すると魔王は、軽く鼻を鳴らし。

 

 「そいつに、敬意を払わなくていい。ゴミ同然の扱いで構わん」

 

 「え、ええ!? そ、それは流石に……」

 

 「そうだぞー。我が魔王。流石の私もそれは傷つくぞー。謝れー」

 

 狼狽える兵と抗議の声を上げるブラック。そんなブラックを貫く魔王の視線は、やはり冷たい。

  

 「貴様の逸話とやらを聞けば、兵やメイド共の対応もそれなりになるだろう。折角だ。話してやれ。それに、その方が貴様の性癖にもずっと良いだろう?」

 

 「我が魔王、いいのかい!?」

 

 「……支障が出そうだな。やめろ。口をつぐんで、さっさと仕事に戻れ」

 

 これまた顔を輝かせて、食い気味なブラックを見て、真顔になった魔王は、そう言い放った。

 

 「い、いけずだなぁ! 我が魔王!」

 

 「……前々から思っていたが、貴様の魔王になったつもりはないぞ」

 

 「ええ!? 嘘だろう!! ここまで、二人三脚で一緒にやってきたじゃないか!」

 

 「勝手に話を盛るな」

 

 冷気と熱気が周囲に現れ、甲高く響き始めた警告音めいたものを聴いたか聴かないかの内に、兵は、逃げ出していた。だから玉座の間には、二人だけ。

 

 「デュッルッルッル…………」

 

 いや、違う。もう一人いる。玉座を照らす燭台の間、そこにできた暗がりから声がして、足音が近づき、姿が現れた。

 

 「お戯れもその辺りにして頂けると助かりますのじゃ、魔王、ブラック」

 

 小柄な人影。目深に被ったローブの奥から聞こえるしわがれた声が玉座へ静かに響く。

 

 「皆、怯えておりますので」

 

 「……そうだな」

 

 「ふう、助かっぶべら!!」

 

 冷気と熱気、音が収まり、ブラックの体が宙を舞った。くるくると錐揉み舞で、玉座の間の丁度、反対側に吹き飛んでいった。

 

 「助かった。それで、何のようだ」

 

 「どうやらシルフィーリベアが敗れたようですのう」

 

 「……ああ、また私は、大切なものを失ってしまった。やつはいい部下だった」

 

 静謐な湖面の小さなさざなみのような感情の動き。しかし、魔王の言葉に込められた感情は、深い悲嘆だった。

 

 「ええ、残念なことじゃ……。それで、どうやらメガロシャークが次を買って出たようで」

 

 「そうだな。それがどうかしたのか?」

 

 「わしにも、行かせて欲しいのじゃ」

 

 「ほう……。何か、策でもあるのか? 言ってみろ」

 

 興味深げな魔王に促されたローブの奥で、赤く光る瞳は、笑っていた。

 

 

 

 




メガロシャーク・P・グッドフィーリングのPはサイコパスのP

今回で風の四天王編終了です。
次はまた一ヶ月後、のはず。できれば早く上げたいね。

次回、水の四天王来る!……かも


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第三章 VS水の四天王メガロシャーク&土の四天王アンデリッチ
第十三話 ウィンター・ツイーンドリルルと慰めの報酬、でしてよ


前回までのあらすじ!
風の四天王死す!


 

 

 「わたくし、思うのです」

 

 風の四天王の襲撃から数日後、オフェーリアに借りたツナギを着たわたくしは、瓦礫の山にいました。そう、わたくしです。頭の中でも口調がこうなってしまいました。なんだそりゃ? って思うでしょう? わたくしも最初は思ったんだ……あ、一瞬治りましたわね。元に戻ってしまいましたけど……。こんな風に、時折元に戻るというわけです。

 あ? 怪我とかです? 勇者ですので美味しもの食べたら治りました。勇者ですので。“勇者”ですからっ!!

 

 「何を思うのさ。胸元開けすぎじゃない? 指突っ込んでいい? いや、手を突っ込むね!」

 

 「だまらっしゃい!! ツッコミロール!」

 

 ツインロールの片方で、ホワイトにツッコミを入れました。これの操作にも慣れてきましたから、手加減の一つくらいお茶の子さいさいですわよ。胸元までチャックが上げられないんですわよね……。無理やり上げようとすると壊れそうでちょっとしづらいですわ。

 

 「いつつ……愛が足りてないよ、愛がさあ……。んで、何を思ってるのさー」

 

 「わたくしのツインロール、及びポニーロール、前から後ろまで、愛たっぷりですわよ。ええ、わたくし、思うのです」

 

 手元のスコップを地面に突き刺し、ぐっと片方の拳を胸元で握り、

 

 「受けにばかり回ってはだめだと。攻めなくては、と……!!」

 

 「……十分攻めてるよ? 僕の体はぼろぼろ。夜ももうちょっと加減……いや、もっと激しくして「存在しない記憶を垂れ流すのやめていただけます?? 聴かれたら勘違いされますから」ちっ……既成事実にしてやろうと思ったのに」

 

 「なりませんわよ……。勿論、魔王軍とのことです」

 

 「ああ、分かってるよ。まあ、確かにこう何度も先手を取られると癪だよね」

 

 瓦礫の上で、天地ひっくり返ったホワイトからわたくしは、周囲に視線を向けましたの。瓦礫、瓦礫、瓦礫。周囲一帯、瓦礫の山。あの綺羅びやかな王都の街並みがここにあったと聞いて、誰が信じるでしょうか。

 

 「悔しいですわね」

 

 「……そうだね」

 

 「今後の課題ですわね……。早急に解決しなくちゃいけませんけれど」

 

 ふうとわたくしは、息を吐き、傍の瓦礫に腰を掛けました。働き詰めだから休憩です。正直、体は、元気ですけれど。精神的疲労ってやつですわね。

 

 「ところで、ホワイトに、一つ聞きたいことがあるのですが」

 

 「うんー? なにさ」

 

 「他の勇者の話、前にしましたわよね?」

 

 「え? ツインロールは、捨てらんないよ? 捨てさせないよ?」

 

 「もうそれは、いいですわよ……。剣や槍の勇者譚は、諦めました……。他の勇者のいる他の世界の事です。他もこんなに一方的だったんですの?」

 

 「……正直、そんなことはない。決して彼らの道のりが穏やかであったわけではない。上から――外から僕は、最後まで見てたしね。本当だよ?」

 

 だけど……。ホワイトは、そう前置きをすると天地を正して、瓦礫の上から足をぶーらぶら。

 

 「僕が見てきた世界で、最大レベルに“ヤバイ”よ」

 

 流石のホワイトも真剣そのもの。冗談ではなさそうです。これは、重みがありますわね。

 

 「そうでしょうね。多分、わたくしの知っている勇者譚なら仲間を集め、道中で強くなり、」

 

 勇者譚。わたくし、いいえ、この世界の人々が皆々知っているであろうお伽噺です。お伽噺では、ありませんでしたが。勇者と仲間たちの戦いと勝利の物語。わたくしも幼い頃、夢中になったものです。

 

 「そして、魔王城に攻め込む」

 

 ――そうだ。それです!

 

 「わたくしも攻め込みましょう! 将を射んと欲すれば先ず将を射ましょう! つまるところ、カチコミですわよ!」

 

 「頭打った?」

 

 「めちゃくちゃ正常ですが??? 現実的でない事は、重々承知です。しかし、これが一番早いと思います」

 

 「やっぱり打ってない? 大丈夫? 気が狂った?」

 

 「失礼ですわね!? ……いえ、本当に今、おかしかったですわね」

 

 焼けた石を大量の水に沈めたようでした。一瞬で、熱が消え、冷たい思考がわたくしの隅々まで行き渡っていくような感覚。どういうことでしょうか。今の言動、間違いなくおかしいですわね。

 

 「申し訳ありません。少しばかり、気分が高揚していましたわ。休憩致しま――「お話は、聞きました!!」――この麗しき美声は!」

 

 「そう私、オフェーリア・メルティ・アンブレラです!」 

 

 ばっと声の方に振り返ったらわたくしと同じようなツナギ――わたくしは、黒ですけれどオフェーリアは、白のツナギ――胸元までチャックが上がりきってないのは、お揃いですわね。そんな彼女は、しゅばっと私の傍に駆け寄ってきて、物欲しげに見上げていた。

 

 「ウィンター様のお声を聞き、職務を終わらせ、参上いたしました! 通常の255倍速です! 疲れました! とってもすごく疲れました! 褒めてください!!」

 

 「ええ、ええ、とっても偉いですわね~~」

 

 「ふへへへ~~」

 

 キャラがだいぶ崩れてますわね。大丈夫ですの? これ。でも、わたくしとしては、オールオッケー!って感じですわね! 本当に大丈夫でしょうか。後で不敬罪とかで処刑されません?

 

 「王女様が1人で外出なんて大丈夫なの?」

 

 「大丈夫です! 私、この国で一番強いですから」

 

 「そういう問題じゃないんだけどな……」

 

 撫でられながらサムズアップするオフェーリアに、ホワイトは、苦笑いを浮かべましたわ。実際、そうですけれどちょっと周りに目をやれば瓦礫の影や離れた建物の屋上に、護衛らしき影が見ますし、問題無いのでしょう。歴戦の騎士や若手の兵などなどが全員揃って、肩で息をしているのは、実にご愁傷様ですが……最強は、伊達でも酔狂でも無いみたいですわね。

 

 「それで、君に、何かアイディアでも?」

 

 「ああ、そうですね。勇者様、私、いいえ、アンブレラ王国としても先程の名案を採用させて頂きたいのです」

 

 「名案……えっと……カチコミでしょうか?」

 

 「かちこみ……ああ、そうです! カチコミです!」

 

 「カチコミ、ですわねっ……!!」

 

 「……つまり魔王城に攻め入る方法があるってこと?」

 

 ノリノリで掛け合うわたくし達の横で、ホワイトが話をまとめてくれましたの。え? マジですの? とホワイトを見て、オフェーリアを見るとうんうんと強く頷くオフェーリア。

 

 「真剣(マジ)ですの……?」

 

 「ま、まじ……?」

 

 「こほん……本当のことでしょうか?」

 

 聞き慣れない言葉に、きょとんとするオフェーリアを見て、わたくしは、言い直しました。自分でもよく分からない語彙が最近混じりやがりますわね……。なんなんでしょうか。

 

 「ええ、勿論です。……ここでは、ちょっとお話できませんね」

 

 「それは、そうですわね」

 

 目立ちすぎたみたいですわね。オフェーリアかわたくしの美貌か分かりませんが、視線の数からして結構な人数が集まってきているのは、分かります。移動するべきですわね。

 

 「では、どちらに行きましょうか?」

 

 「王城へ参りましょう。損害が少なかったので、内緒話をするお部屋くらいは、空いていると思います」

 

 「なるほど。それでは、失礼しますわね」

 

 「へっ? ひゃっ!?」

 

 わたくしは、オフェーリアをお姫様抱っこして、垂直に飛び上がりました。ツインロールも快調快調。下から向けられる視線が心地良い。それから一気に王城の方へ向けて、わたくしは、加速しました。

 

 「ウィンター様、と、飛ぶならそう言ってください!」

 

 「あら、こういうのは嫌いでした?」

 

 「そういうわけではありませんけどっ! ちょっと、その! 心臓に悪いと言いますかっ! いいえ、それよりもですね……!」

 

 なんでしょうか。口ごもるオフェーリアを見て、首を傾げましたわ。びっくりさせたのは悪いとは、思いますけれど……。

 

 「こ、心の準備をさせてもらいたいんですっ!!」

 

 ぷいとへちを向いたオフェーリアに、なるほど……? とわたくしは、内心納得したような納得してないような心情になりながらも。

 

 「わたくしと飛ぶのは、嫌かしら?」

 

 「……嫌いじゃありません」

 

 「じゃあ、ちょっと遠回りしましょう!」

 

 わたくしもどこまで飛べるか見てみたかったところですしね!! ぐるんと回って、上へ上へ。雲は、超えないくらいに空を駆ける。ああ、空は広い。高くて、遠い。そして、青い! 青空! 王都の空も中々捨てたものではありませんわね! ノッてきましたわ! 胸元のオフェーリアを見ると彼女も笑ってる。そうですわよね! ですわよね!

 

 「どうかしらっ!!」

 

 「好きです!!」

 

 「わたくしも空を飛ぶのが好きです! いえ、好きになりました!」

 

 初めて飛んだ時は、空も何も見えませんでしたし、楽しむ余裕も無かったもの。これくらいの約得を頂いても

 

 「ああいえ、そうじゃなくて――きゃっ!?」

 

 「速度あったほうが楽しいでしょう!!」

 

 少なくともわたくしは、そうです! 早いほうが良くないです? 良いですよね。分かりますわ……。スピードの先、ごうごうと耳を打つ風切りが心地いい……。たまりませんわ……!

 

 「ウィンター様! 速度!! 速度!! 早いです! いくらなんでも速度出しすぎです!!」

 

 「ええ、出し過ぎくらいがいいのですわよねっ! めっちゃ分かり味フカフカ丸ですわ! ぶっちぎりますわよ!」

 

 「そういう話じゃあーりーまーせーんーーーーー!! 法定速度守ってくださいーーーー!! キャー!! はーやーいー!!」

 

 「何をおっしゃりますか! 空は自由でしてよ!」

 

 ああ、気持ちいい!! これこれ! こういうのですわ! ご機嫌ハイテンションですわね!! このまままた成層圏まですっ飛んでいくのも――。

 

 『ノリノリのところ悪いけどあんまり高度上げると普通の人間は、生きてられないから気をつけなよー? 王女様暗殺犯で指名手配なんてされたくないでしょ?』

 

 『……あ、そうなんですの?』

 

 それは、残念ですわね。帰り際に見たこの星は、とても綺麗でしたから一緒に、見てみたいと思ったのですけれど。しょんぼり。テンション萎え萎え丸でしてよ。

 

 「キャーー……あ、あれ……? どうかしました? ウィンター様」

 

 「あー、いえ、少しばかり頭が冷えました。調子に乗っていましたね、申し訳ありません――」

 

 思わず言葉を止めてしまいました。ただただ、速度を求めて空を駆けていた時には、気づかなかった。空の青とはまた違う美しさをわたくしは、見落としていました。なんとまあ節穴なのでしょう。ガラス玉二つ入れているのと変わりませんわね。

 夕暮れに輝く街並みは、広く美しい。痛々しく刻まれた破壊の爪痕を埋め、形を取り戻そうとする人々の働きもまた美しい。わたくしは、目を奪われていました。

 

 「今は、瓦礫が多くて普段通りではないです。失ったものは、街並みだけではありません。しかし、これもまた王都の姿です。私が誇り、愛してやまない故郷と人々です」

 

 オフェーリアの切なさと悲しみ、そして、誇らしさをないまぜにした笑みが丁度、わたくしの方を向いていました。

 

 「貴方は、私の愛する故郷と人々――誇りを守ってくださいました。本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれません」

 

 「いえ、わたくし一人で守ったのではありません。オフェーリア、貴方や他の民や騎士、様々な人々と共に守ったのですわ」

 

 「それでもあの嵐を沈めたのも四天王を倒したのは、倒せるのは、ウィンター様しかいませんでした。ですから……私は、何もしていません。私こそ、何もできずあんなにも簡単に……」

 

 言葉尻が段々と小さくなっていく。オフェーリアは、くしゃりと顔を歪めていました。痛々しい。見ていられない。

 

 「ああもう、ウィンター様を慰めておいて、これは無いですね。本当に、情けない……! 私は……!」

 

 「わたくしは、やれることをやっただけですの。貴方だってそう。だから出来ないことを責めることも、貴方が貴方を気を咎める必要は無いのです。だから胸を張って、オフェーリア」

 

 胸元へオフェーリアを抱き寄せると背中に回された手のひらに、力がこもるのをわたくしは、感じました。

 

 「……それに、今は、誰も見ていませんから」

 

 「――――……ぁあ」

 

 沈む日に、茜と染まる街並み。静かに灯る篝火。微かに漂う夕餉の香り。それらがどうしようもなく染みて、堪らなくて。

 自然と頬が濡れるのを感じながらわたくしは、腕の中の声が止むのを只々、待ち続けていました。

 

 

 



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第十四話 ウィンター・ツイーンドリルルと秘密の作戦会議ですわ!

 

 

 

 「このシチューメチャウマですわねっ!!」

 

 きゃっきゃと年甲斐もなく興奮してしまいましたわ。いやもうそれは、美味かったからそう言わずにはいられませんでしたの。これはもう百万年無税ですわね。作って下さった方に感謝。

 ……でもお母様のものには、劣りますわね。少し届きませんわ。仕方ありません。お母様のシチューは、絶品ですもの。

 

 「ウィンター様、時々言葉遣いが不思議になりますよね。なんですか、それ」

 

 「何にも分かりませんわね……。なんでしょうね、これ」

 

 テーブルの向かい側、同じようにスプーン片手に、シチューに舌鼓を打っていたオフェーリアが苦笑いですの。実際、よくわかりませんから同じように苦笑いを浮かべて、首を傾げます。ホワイトが言うには、不具合ですけれど……まさか趣味とかじゃないですわよね? 

 

 「分からないんですか……」

 

 「分かりませんわね……。何も全く……」

 

 もぐもぐ……パンも美味しいですわね……。あんな惨状なのに、こんな美味しいものが出てくる王都民の食事事情……気になりますわね。

 

 このパンにシチューは、炊き出しで頂いたものです。空から降りた先が丁度、炊き出しの真っ最中でしたので、列んで頂きましたわ。わたくし達もちゃんと働きましたから頂いても問題ありませんわ! とオフェーリアを説得したのは、記憶に新しいですわね。 

 ちなみに、ホワイトは、既に食べてましたわ。おかわりまでしてやがりましたの。図々しいですわね。しかし、しょうがないですわね。美味しいですから……仕方ない。仕方ありません。許しましょう……。わたくし、寛大ですので。

 

 王城の一室で、わたくしとオフィーリアは、テーブルを挟んで向かい合っています。数少ない無事だった部屋を二人で占領するのは、良心が痛むところもありますが致し方ないので、仕方ありません。

 ……ところでホワイトは、どこかしら? まっ、そのうち出てくるでしょう。

 

 「温かいスープに、大ぶりなお野菜、お肉。食べごたえあって、お腹を満たしてくれますわね」

 

 「スープの深みとコク、大人数の為に作った鍋料理ならではですね。城の料理とは、また違う美味しさです」

 

 それから無言で、スプーンを口に運んでいました。今日初の食事ですからしょうがありませんわ。

 

 「さて、オフェーリア」スプーンを置き、「カチコミのお話と行きましょうか」わたくしは、本題を切り出しました。

 

 「カチコミ、なんと力強く、雄々しい響き……。カチコミ、致しましょう……!」

 

 きらきら瞳を輝かせるオフェーリアは、ぐっぐと前のめり。ちょっと駄目な影響与えてませんかしら、わたくし……。

 

 「おほん……先の貴方の口ぶりからして、カチコミ先――つまり魔王城の場所は、検討がついているのですわよね?」

 

 「勿論です。魔王領から戻った精鋭と密偵の情報を統合致しましたところ、魔王城の場所が判明しました」

 

 「なるほど……。優秀ですわね」

 

 「ええ、優秀でした」

 

 「でした、といいますと?」

 

 「戻ってきたのは、一人だけ。半死半生、手足も欠けていて、どうにかこうにか辿り着いたという様子で、情報を伝えた後、彼も……」

 

 「惜しい方々を無くしましたね……。さぞ、優秀でしたでしょうに。これは、無駄にできませんわね」

 

 「はい、勿論です。猿に木登りですがウィンター様は、魔王領についてどの程度御存知です?」

 

 「魔王領についてですか。ええ、ツイーンドリルル家は、代々国境付近の護りを任されていますから魔王領についての知識は、頭に入れてましてよ」

 

 昔から家庭教師に、お父様とその辺りは、色々叩き込まれてますからね。欠片も忘れてなんかいません。

 

 「例えば、気候。魔王領は、人類領と違い魔族が多く、魔素が非常に濃くなっています。なので、天候も不安定で、荒れればそれはもう酷いものです。エンブレース山脈から連なる険しくマグマ煮えたぎる山脈、深く恐ろしい摩訶不思議な植物がはびこる深林。上げれば霧がありませんわね。

 勿論ですが魔族が多い。魔物も多い。生態系が気候と熾烈な生存競争に耐えうるため、非常に強靭な作り、もしくは、対抗措置をとったものが多いです。人類には、非常に危険ですわね。

 一応、魔族にも色々あるようで、人類側と好意的で無くとも取引が通じる種族も存在します。が、この情勢下では、期待するだけ無意味ですわね――この辺りでよろしいかしら?」

 

 「はい、流石です」

 

 ふふん、そうでしょう。わたくしは、どやっと髪を払い、ぐぐっと胸を張りましたわ。

 

 「…………」

 

 「? どうか致しましたか?」

 

 「いえ、なんでもありません」

 

 「………今、おっぱい見てましたわよね?」

 

 「では、続きを話しましょう」

 

 「おっぱ「続けましょう」あっはい……」

 

 女性って、おっぱい見られると自然と分かるんですわね。過去を振り返るとあれもこれもバレバレだったのだと思うと身悶えしそうになりますわね。今となっては、見られる側ですけれど……なんだかズルズル後戻りのできないところにまで、来てしまった気がしますわね……。

 

 「ウィンター様のおっしゃる通り、厳しい環境の魔王領を進軍するのは難しい。そこでこちらを御覧ください」

 

 「これは、地図……もしかして、魔王領の?!」

 

 「勿論。有能な測量士も向かってくれましたので、この様な精巧な地図の作成ができました。

 ご存知の通り、四方八方を山脈が取り囲み、深い森に、巨大な湖と広大な領土にあらゆる危険が敷き詰められています。

 しかし、私達は、この危険を乗り越え、ここにある魔王城へとカチコミしなければなりません」

 

 「……罪悪感が凄いですわね」

 

 自分で言いだしたことですけれど、流石に罪の意識を覚えますわね……。そもそもカチコミの意味は知ってますけれど出どころがよく分かりませんわねほんと。

 

 「それで、どのように?」

 

 「これまで様々な議論を交わしてきましたが結局の所、障害物が多すぎて、まともな行軍ができないという結論しか出ていません。どうやら魔王軍側もそれは、同じで、遺された記録には、魔王軍側も環境に苦しめられている様子が確認されています。

 これまで硬直状態の理由の一つですね」

 

 「つまり、この地形を無視する方法があるというわけですわね」

 

 「ええ、はい。そうです」

 

 「その方法とは……!!」

 

 「…………」

 

 「…………おっぱい見てます?」

 

 「見てま……いや、おっぱいだけじゃないです!!」

 

 おっぱいも見ているのですね。時折、ちらちら胸元に行く視線を感じながらわたくしは、咳払い一つ。

 

 「つまり、わたくしこそが突破口だと?」

 

 「はい。風の四天王との戦いで、見せられたあの旋回性能や凄まじい飛行能力、超高高度への対応能力。既存の魔法では、現状、あれだけ安定したものは、不可能だと魔導院と言われているレベルの飛行。勇者様にしかできません」

 

 「なるほど……。確かに、それはそうかもしれませんわね。地図から見るに――」

 

 伸ばした指で、地図の王都から山を超え、魔王城への直線を引き、わたくしは、不敵に笑ってみせますわ。

 

 「わたくしが山を超え、魔王城へカチコミをかけるということでしょうか。シンプル・イズ・ベストですわね! 完全に理解しましたわ!」

 

 「七割当たりです。そこにいくつか付け加えさせていただきます」

 

 チェスの駒をオフィーリアは、いくつか配置致しました。場所は、王国領との境、エンブレース山脈の東と西に二つ、二方向からの攻撃ですわね。と納得していますと港にも配置されました。

 

 「海から……いけますの? わたくしよりも海そのものの横断は、かなり難しいと思われますが……。特に」

 

 地図の一箇所をわたくしは、指差します。これが海が厳しいというわたくしの理由です。丁度三角を描き、魔王領と人類領の間に横たわる海域。通称デルタ域といいます。

 

 「デルタ域は、魔でも人でもない何かが住まうとのお話ですわよ。濃霧に、予測不能の海流も合わさり、逃げように逃げられず、向かった船も迷い込んだ船も一隻たりとも戻っていないとも聞いています。ここ近年の状態は知りませんが……って、なんですの」

 

 「いえ、ふふ……申し訳ありません」

 

 突然、くすくす笑い出したオフェーリアに、わたくしは、思わずジト目を向けました。

 

 「そのデルタ域なんですが……」

 言い難そうにオフェーリアは、言葉を続け、

 「そもそも、向かった全ての船が行方不明になり沈む……帰らずのデルタ域なんて存在しないんです」

 

 「なん……ですって……!?」

 

 愕然とわたくし、目を見開きましたの。脳裏を過ぎったのは、デルタ域のお話を初めて聞いたその日の夜、トイレにいけなくなったあの恐怖とか粗相とかもう思い出すだけで赤面の想い出に、亀裂が入っていきますわ……。なんていうことですの。怖い話のせいにできなくなったじゃありませんか!

 

 「そんなにびっくりすることでした……?」

 

 「ええ、まあ、色々あるのです……。続きをお願いします」

 

 「実は、ここ王国の秘密基地があるのです」

 

 「秘密基地……!!」

 

 「秘密基地って響き、ワクワクしますよね。わたくしも最初聞かされた時、ドキワクでした」

 

 「理解できましたわ。そこに何か……そう! 秘密兵器があるのですね! 魔王領へのカチコミに役立つ秘密兵器が!」

 

 「まあ、ええ……。秘密と言えば秘密ですね……」

 

 「……不安というか気になる反応しますわね」

 

 「ははは、見れば分かりますよ……」

 

 虚ろな瞳で笑うオフェーリア。一体そこに何があるのでしょう……怖いですわね。

 とまあ、こんな風に、今後の方針をオフェーリアと固め、三日後には、件のデルタ域の秘密基地とやらに向かうことになりました。色々気になるところがありますけれどそこは、いいでしょう。

 とりあえず休養を取らなければとわたくしが部屋に向かって、

 

 「ホワイト、ここに居たのですね」

 

 「ウィンター。少し、話があるんだ」

 

 扉を開いた先、ベッドに腰掛けたホワイトは、とても真剣な顔をしていました……口元に、パン屑がついてなければ完璧でしたわね。ツメが甘いというかなんというか。

 

 「なんのお話でしょう?」

 

 「君を……その……その……」

 

 「……その?」

 

 「そのっ」

 

 意を決したとばかりに息を大きく吸ったホワイトは、

 

 「――――男に戻せないかもしれないんだ!!」

 

 なんて言いました。えっと、そのなんと言いますか……。

 

 「戻す気あったんですね……。びっくりしましたわ」

 

 「なんか信頼低くない!?」

 

 「信頼して無くもないですが、あんまりにもおっぱい推しが強いものですから……」

 

 「それもそうだ!! ごめんなさい……。あまりにもおっぱいの愛が溢れすぎちゃって……。僕の考えた理想のおっぱいがそこで動いているものだから……。ふにふにで……ふわふわの」

 

 「まったく謝られてる気がしませんわね。こんなに謝罪を感じない謝罪、この短い人生でも初めてで、めちゃくちゃ驚きましたわ」

 

 「なんか強火じゃない!? 優しくして!! 女の子だよ!?」

 

 「わたくしも女の子なので」

 

 「戻る必要ないんじゃない?」

 

 「必要ありますわよっ!」と言いたいところですが「……風の四天王との戦いからわたくしも少しばかり自信がありません」

 

 溜息をこぼし、近くの椅子を手繰り寄せてからわたくしは、腰掛けました。……矯正しようにもどうにもならないこの思考、本当にどうにかできませんかしら。どうにかできそうにありませんわねぇ!!

 

 「一応、頭の中では、男の体裁を保っていましたの。この様な口調ではなく男性としての思考、口調で、世界を見ていましたわ」

 

 「その口ぶりからして、だいぶ頭ん中バグってるみたいだね」

 

 「ええ、お陰様です。まあ、責めてはいませんわ。こうしなきゃ今、わたくし生きていませんし、何もできていません。どっちかといえば感謝しているくらいです」

 

 「そっか……」

 

 「で、戻せないってどういうことですの。何かしら察したからじゃないと出てきませんわよ、その言葉」

 

 「あーいや、あまりに君が理想的なおっぱ……女の子だからちょっと良心が痛んで……。この人を無くすのは、世界的損失じゃないかって……」

 

 「めちゃくちゃ個人的な理由ぶちまけましたわね!?」

 

 「本当に、申し訳ない」

 

 「なぜか知りませんけれど誠意が感じられませんわ~~!!」

 

 「テヘペロ☆」

 

 「可愛いですわね、畜生!!」

 

 わたくし、思わず立ち上がって地団駄踏みましたの。あーもう可愛いは正義ですわね! にこにこしないのそこ! 

 なんにも解決しそうにないですわね、これ。内心苦笑しつつしかし、男性に絶対戻りたいという衝動も薄れているのは、事実を自分が突きつけてきます。どうしましょう。なんてまあ思いつつ、そのうち決着つくでしょうとわたくしは、後回しにすることにしました。今、考えるの面倒くさいのです。だって。

 

 「ふて寝しますわ! 場所を開けてくださる?」

 

 「あっ、寝るの? じゃー僕も一緒に寝る」

 

 「破廉恥っっっっ!!!!」

 

 

 



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第十五話 ウィンター・ツイーンドリルルと熱い日差し! 真っ青な空! そして――!!

 

 

 

 熱い日差し! 真っ青な空! そして――!!

 

 「青くどこまでも広がる海ですわっ!!」

 

 やってきました王国最大の港街サンシェル! 潮の臭いが堪りません! 久々の海で、わたくし、テンションマックスですわ!! なんせかれこれ十年は来てないはずですからこのテンションも致し方無しですわよ! ふぅっっ!!

 テンションばかり上げている場合では無いんですけれどね。わたくし、遊びに着たわけではないですから。

 このサンシェルから件の秘密基地に向かうそうです。その船の準備の合間、こうしてちょっとしたバカンスというわけです。ちなみに、オフェーリアは、件の準備に追われています。水着見れなくて残念ですわ。

 

 観光客でいっぱいのビーチから少し離れた桟橋の上、わちゃわちゃキラキラ海を覗き込んでいるわたくしの隣のホワイトは、若干グロッキーの様子。暑いの駄目なのかしら。今日、たしかに暑いですしね。ていうか汗ヤバイですわね。

 

 「あ"~~テンション高いね~~。僕は、あ"づい"~~。汗拭って~~」

 

 「はいはい。まあ、確かに暑いですわね。このドレス、ノースリーブにできて助かりましたわ。便利ですわね」

 

 「それくらい手間でもなんでもないしね。僕のこれもそんな感じだよ」

 

 汗を拭き終わると共に、くるっと回るホワイトが身につけているいつものピタッとした服ではなくて、薄手にレースをあしらったワンピースの裾がふわふわと髪がさらさらっと広がりました。愛らしいですわね~~。

 

 「それはそうと泳ぎません?? 海ですから泳ぎましょう! わたくし、泳ぎたいです!」

 

 「……話し飛んでない?」

 

 「え? そうでもないですわよ。だって貴方なら水着も余裕でしょう? そして、目の前に海がある。なら!」

 

 ぴしりと海を指差して、わたくしは、にっと口端を持ち上げます。

 

 「泳ぐしかありませんわっ!」

 

 「ええ~~……やだよ~~……。僕泳げないしーー……」

 

 「あら、そうですの?」

 

 「泳ぐ必要無いし、そもそも僕の世界だとこういうのできなかったしね。海で泳ぐかー。服濡れちゃわない?」

 

 「濡れますけれどそこはほら、脱げばいいですわよ」

 

 「正気か????」

 

 「……ちょっと正気ではありませんでしたね」

 

 今のわたくしが脱ぐとちょっとというかかなりヤバイですわね。元のわたくしなら放っておきませんわ!! 布をかけて、縛って牢屋ですわね。

 

 「というわけで、ほいさ!」

 

 「え!? おおー……流石ですわね。しかし、この水着なんか色々見え過ぎでは?」

  

 肩が大きく出てたり胸の強調がすごくて、ちょっと太ももの露出とかデリケートな辺りの食い込みとかえげつなくないですか? 気の所為? そうですかぁ……。いや、そんなことないですわよ。

 

 「それでも一応競泳水着ってやつなんだよ? 僕の居た世界とこだと名前の通り競技用に使ってたやつらしいんだよね。ま、エッチでいいじゃん。胸元に手を突っ込んで良い?」

 

 「人が言わなかったことを……!! しかもセクハラに遠慮無いですわね」

 

 「『何気なく言って、その場のノリでおっぱい鷲掴み大作戦!』だよ」

 

 「却下ですわ。ネーミングセンスゼロですの? そもそもいつもと変わりませんわ」

 

 「ちぇ~~。ま、いっか。チェーンジ!」

 

 「眩しっ!」

 

 それこそピカー!っていう効果音が出てそうなほどに、ホワイトが光ってなんだかよく分からないピンクとホワイトの空間で、ダンス? ウィンクをした後、ワンピースが弾け飛んだぁ!? あ、でもなんか見えませんわね! 影というかシルエットだけが浮かび上がってる感じ。それがくるくる回って、ぱっと光が弾けてから着地。

 

 「え、なんですのそれ……」

 

 「なにってダイナミックお着替えだけど?」

 

 いや、そうですけれど。ホワイトもまた水着を着ている。わたくしの黒と白ラインのとは違って、こう明るくファンシーなピンクと白のボーダーにレースがついたこれまた可愛らしいもの。中と外全部可愛いのは、流石に犯罪ですわね。いえ、ですけどね? 呆れまじりにわたくしは、言います。

 

 「確実に力の無駄遣いですわよ」

 

 「いいのっ! こうすると気分がいいんだよ!」

 

 「まあ、貴方がいいならいいですけれど。折角着替えたのですからとりあえず泳ぎましょう――……? どうかしました?」

 

 「あー、いや、そのね? 言ったじゃん?」

 

 海に飛び込もうとしたわたくしの水着を掴んだホワイトの方へ怪訝な顔を向けるとバツが悪そうに笑っていました。

 

 「僕、泳げないんだよね」

 

 それでさ。とホワイトは、前置きして。

 

 「ちょーっと泳ぎ方教えてもらいたいんだけど……いい?」

 

 上目遣いって、正直ズルイですわよね。水着を掴んだ手を握って。

 

 「構いませんわ。でも海で練習ってのもあれですし、ビーチに降りて遊びましょう! 泳ぎなんてもっと別で教えて差し上げますわっ!」

 

 「ふふ、そっか。ありがと」

 

 「いーえ、どういたしました。って、そうですわ。一つ、聞きたいことがあるんです」

 

 「なぁに?」

 

 桟橋からビーチに向かう途中、隣のホワイトに言葉を作る。手めちゃくちゃ小さいですわね……。わたくしがちょっと力を込めると折れてしまいそうですわ。

 

 「どうして真冬なのに、こんなクソ暑いんですの?」

 

 「この前の風の四天王のせいだよ。天候というか四季が狂っちゃってる。四季の運行に携わってる属性って、メインが風なんだよね。それがこないだ派手に、しかもとっても荒く使われたもんだからこのざまだよ」

 

 「……それ大丈夫ですか?」

 

 「風の四天王倒してからそのうち自然治癒するはずだけどまだ改造コード持ちはいる。だから安心はできないかなー。どこかで致命的にバランスが崩れてしまうかもしれない――」

 

 「……ふと口を開けば空気が重くなるのどうにかしたほうが良いですわね」

 

 軽く乾いた暑い空気の中、わたくし達の周りだけなんだか重々しい。話題振った分、責任感じますわね。どうしましょう。

 

 「……ごめんね」

 

 しょぼつくホワイト。ああもう、そんな顔するんじゃありませんわ。そもそも訊いたわたくしが――と口を開きかけて、足を止めました。あーこれ面倒くさいですわね。

 

 「べーつにっ! 貴方を責めてるんじゃありませんわよー!!」

 

 「へ、え!? あ! びゃあぁぁぁぁぁっっっっ―――――!?」

 

 ホワイトのもう片手を握って、ジャイアントスイング! はーー、吹っ飛びましたわね。お、ぐんぐん伸びて、くるくる回りながら空の彼方に消えて…………。

 

 「あ、やりすぎましたわ」

 

 テヘペロ。可愛くしたら誤魔化せませんかしら? 駄目? デスワヨネー。

 

 この後、空中でキャッチしたホワイトに、こってりしっかり絞られました。トホホですわ~~。あ、ごめんなさい! 反省してますから!! ぶたないで!! 痛い痛い!! 焼きそばにかき氷なんでも好きなもの奢りますから!! 許してくださいまし!! え? おっぱい? え、ええ~~……それはちょっと……。いや、ちょっと待って下さい!! そこはもっと駄目ですわ~~!! 

 

 

 

 +++

 

 

 

 「ちょっ、何あれ」

 

 「えーどうかしたん?」

 

 ビーチの片隅。メインのビーチと少し外れたちょっとした穴場。ぱっと開かれたカラフルなパラソルの下、並んで寝そべっていた花柄のビキニ姿の少女がたわわに実った胸を揺らし、間延びした声を上げながら空を指差していた。隣で、同じ柄のビキニで、寝そべっていた褐色の少女は、少女のビキニの下ではち切れそうな胸に、ジト目を向けてから怪訝と指差した方を見上げた。

 ――なにもない。淡黄色の双眸に映るのは、カンカン照りと青空だけだ。

 

 「なんもいないじゃん」

 

 「おっかしいな~~。さっきなんかすげーお嬢様がツインロール回転させてたんだよ。んで飛んでたの。多分、噂の勇者様だよ。確か今日到着するはずだし」

 

 「は? 昼間っから何クスリやってんのさ。あたしにも分けてよ。ていうかその勇者の噂、絶対嘘でしょ。ツインロールで飛べるわけ無いじゃん。ツインロールをなんだと思ってんのよ。根も葉もない噂でしょそれ」

 

 「あ? あーしクスリなんて決めていないが? 勝手にクスリ漬けにしないでもらえる? ツインロール勇者だから飛べるんでしょ」

 

 「昨日、ガンギメオナニーしてたやつに言われたくないんだが? んでクスリは? 後、その理由適当すぎるわ」

 

 「してないっての! クスリも無いわ!」

 

 顔をしかめさせ、身を乗り出し否定する巨乳の少女に、貧乳の少女は、チェシャ猫みたいな笑顔で言う。

 

 「してたんだよな~~。見てたぞー。ケツにあんな入れてさ、ひっどい喘ぎ声上げてさ。人気がないとはいえ外でよくやるよほんと」

 

 「なんちゅーことこんなとこで言ってんのさ!! 後、外は興奮するの!!」

 

 「どうどう。そんなに怒らないでよーー。どーせあたしら以外居ないんだしさ」

 

 顔を真赤にして声を上げた巨乳の少女に、やってんじゃねえかと思いつつキャハハハと笑い声を上げた後、急に笑うのをやめた貧乳の少女は、海の方を指差した。あまりに突然だから巨乳の少女は、眉を顰めた。

 

 「ねえ、あれってさ」

 

 「ほらー! 勇者様いたっしょ!?」

 

 「いやさ、それじゃなくてさ。あれだよ。あれあれ」

 

 「え? ……あれって」

 

 少女たちの視線の先には、広大な大海原。穏やかな波間に何かがある。巨乳少女が両手で日差しを遮り、貧乳少女が首を傾げ、何が自分たちに迫っているのかを理解した時、大きく目を見開くと

 

 「「あ、あれ…………!」」

 

 一緒に血相を変えて、叫んだ。

 

 「さ、サメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 直後、海面を引き裂き、宙に身を躍らせたサメ(・・)は、赤黒い口腔と乱立させた鋭い牙を剥き出しにして、驚愕した二人の少女へと襲いかかった――!!

 

 

 

  +++

 

 

 

 「は!? なにあれ!!」

 

 海上上空。無事ホワイトをキャッチしたわたくしとお姫様抱っこされたままわたくしの頬をつねって引っ張るホワイトの視線の先には、それはもう大きなサメがいました。流石のわたくしもびっくりです。

 

 「ふぁなじでくだざぃまじ! ふぅ……って、なんでこんなところにサメ(・・)が!?」

 

 「サメぇ!? 嘘でしょ!!?!?! どう見てもサメみたいな化け物でしょ! 無数の人の手足を生やした五つの頭のサメ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)は、サメって言わないよ!?」

 

 「何を言ってるのです! あれはテアシイッパイ・イツツヘッドサメですわよ! あんな大きなものは、わたくしも初めて見ましたけれど……!!」

 

 見た限りでも体長六、七メートルはありますわね。胴体から生えた手足に五つの頭。間違いありません。近海の頂点捕食者の一角ですわ。それがどうしてこんな陸地近くに……? 餌不足? 異常気象のせいでしょうか。

 

 「にしては、やけに詳しくない……?」

 

 「魔物の図鑑があるのです。そこに載っていましたわ。わたくしそういうのも家庭教師に教えられてましたので。騎士としての教養といったところですわね。ああ、あの授業は、結構好きでしたの。今でも鮮明に思い出せますわ……」

 

 「想い出に浸ってる場合じゃないんだけど!?」

 

 「え、ああ! そうですわね。助け――助けなくて良くないです?」

 

 「いや、そんなわけ――あるね」

 

 はっと我に返ったわたくしとホワイトの視線の先では、三枚下ろしにされたサメの姿がありました。ちゃんと内臓が除かれてるし、胴体に生えていた手足もまとめられてる……お見事ですわね。

 

 「ほらーやっぱり勇者様じゃん~~」

 

 「マジか……。本当にツインロールで飛んでるし」

 

 「御機嫌よう。わたくし、ウィンター・ツイーンドリルルと申します」

 

 少女二人のいるビーチに着地したわたくしは、とりあえずご挨拶。どうやらわたくしが誰なのか把握されているようですね。いつの間にか有名になってしまったのかしら? 

 

 「僕は、ホワイト。よろしくね」

 

 「どもっす~~。あーし、ジュピー・アレキサンドライトね。それで、ぎゃっ! 急に殴らないでよ、メアリ!!」

 

 「勇者様だよ!? 分かってんの?! ほんと申し訳ありません……!! このバカが失礼を……」

 

 「ふふ、いえいえ。わたくし、別に偉くもなんともありませんから」

 

 実際、偉くもなんとも無い。わたくしは、勇者抜きにすれば一介の半人前騎士でしかありませんもの。

 

 「しかし、見事な腕前ですわね。サメはここまで綺麗に、あっという間に捌いてしまうとは、さぞ名のある剣士とお見受けします」

 

 近くで見てさらに分かる剣筋の冴え。一瞬目を離しただけなのに、ここまで完璧に解体してのける技巧。わたくしが騎士だった頃のそれとは格が違う。鮮やか。そうとしか表現できません。

 

 「あ、一応騎士やってますので、コレくらいは余裕っす」

 

 「あら、騎士団の方でしたか。もしかして……」

 

 「はい、お察しの通りです。此度の作戦に参加します王国海上騎士団所属騎士、メアリ・アレキサンドライトです。よろしくお願いします」

 

 ぼんっと胸を張るジェピ―の隣で、メアリが佇まい改めて、左胸に手を当てる騎士団式の敬礼。そんなに畏まらなくてもいいのに……。などとわたくし、ちょっと苦笑い。

 

 「よろしくおなしゃーっぶべら!? 乙女の顔を殴らないでよっっ!! 傷ついたらどうするの!」

 

 「隣のこのバカも同じく参加します。ご迷惑をおかけするかもしれませんがどうぞ大目に見ていただきたく……」

 

 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 その時でした。ばっと海の方へ向いたのは、わたくしたち同時。そして、“それ”が現れたのもほぼ同時。

 

 「「んなっ……!!」」

 

 隣で、ジュピーとメアリが驚く気配を感じながらわたくしは、地を蹴り、ホワイトを後ろに放り投げました。

 

 「お願いしますっ!」

 

 「なんか言ってから投げてよぉぉ!!」

 

 「きゃーっち!!」

 

 「わあ! おっぱい!!」

 

 背後の悲鳴を無視して、わたくしのツインロールが唸りを上げます。急速接近――標的は、八又に引き裂かれたようにして口を開いたサメ! クチヤッツ・ヒラキサメ! 乱立する牙、生臭い息。悪臭とおぞましさに鳥肌が立ちますけれどそんな場合ではありませんっ!

 

 「チェリャァァァァァァァァァァアアアア!!」

 

 ツインロールの推進力を受けて蹴り上げ、臭い口を上に向け、ぐるんと回し蹴り! 水切りのように海面を跳ねていくのを最後まで見届けず、いえ、その余裕がなかったというところです。

 小型のサメが多数迫ってきていました。わたくしの視界を埋め尽くさんばかり――たまらず急制動から上へ――追尾して来ている。つまり、このサメは、

 

 「ランチャーオオサメとホーミングコバンザメですわね……!」

 

 どこかに本体が居るはず……ええい! うっとおしいですわ! 邪魔ですの! ひたすらに追ってくるホーミングコバンザメのしつこさに耐えきれなくなったわたくしは、逃げるのを止め、片手を空に向けました。勿論、サメがわたくしが逃げるのを止めたのに、戸惑う様子もなく一気呵成と襲いかかってきます。ええ、普通ならここで終わりでしょう! しかし! わたくしは、そうなりません!

 

 「チェンジ!」ぴんと天を指で突き「ポニーロォォォォォォォォォル!!」

 

 ツインロールからポニーロールへと髪型変更(スタイルチェンジ)! そう、所詮はサメ! 数は多くてもただのサメ! 

 

 「真正面から打ち砕いて差し上げますわっ!」

 

 空を蹴り、加速。わたくしが大盾のようにかざしたポニーロールが鎧袖一触とばかりに、サメとサメにサメを粉砕します!

 サメの群れを突き抜けた先、ランチャーオオサメが沖合に居るのをわたくしは、発見しました。海面に射出機構を晒したあまりに無防備な姿は、失笑を誘います。無論、わたくしは、一直線にランチャーオオサメへと向かいました。逃げる暇など与えません。そう、この一撃で終わりにします。

 

 「ポニードリルロールライナァァァァァァァァァ!!」

 

 数年ぶりの海中ダイブは、実に刺激的となりました。水着に着替えておいてよかったですわね、ほんと――――。

 

 「……え”」

 

 海中にダイブした先で、わたくし、思わず絶句しました。いや、マジですの? 視界を横切っていく、胸びれ背びれに尾びれ。海中を埋め尽くすサメ! サメ! サメ! サメ!! サメぇぇぇぇ!!

 

 「ってなんですのこれ(ガボガガボガボボボガガ)~~!!」

 

 流石のわたくしも一斉に向けられた視線には、血の気が引きました。

 

 

 



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第十六話 ウィンター・ツイーンドリルルと仁義なき戦いですの!

 「な、なんですのこれ~~!!」

 

 二回叫びましたわ! 二回目ですわよ!! 先程の海中のサメを皆殺しにしてからメインビーチに戻ったのですが、あらやだ、ここにもサメさんがいっぱいですわね。全く笑えませんが?? あらやだ、人だったものが辺り一面に散らばってますわよ。全く笑えませんが?? 重要なので二回言いましたわ。

 

 「いや、なにこれは……」

 

 わたくしの後ろに隠れたホワイトが困惑したような顔で、周囲を見回しています。わたくしもそんな気分です。

 

 「何故に隠れてるんです?」

 

 「いや、サメ……というかサメ映画は、ちょっと……グロいし……」

 

 「映画……?」

 

 「……まあ、苦手ってことだよ」

 

 「なるほど」

 

 とりあえず納得することに致しました。話し進みませんし、ホワイトがよく分からないことを言うのはいつものことです。今は、そんなことよりも目の前のサメ共です。皆さん抵抗は、していますがわたくしがやったほうが早い。

 今、ビーチで暴れているのは、コウソクハイハイ・リクオオザメ――四足歩行のできる両生種ですがあれを放置していれば街の方まで行ってしまいます。そうすれば甚大な被害になるでしょう。

 

 「とりあえず、さっさと片付けてしまいますか」

 

 「チョット待ってください!」

 

 片手をぐるぐる回し、気合満点で踏み出したわたくしの前に割り込んできたのは、メアリさん。真剣な表情。どうしたのでしょう。

 

 「あのサメの相手は、あたし達に、サンシェルの人間に任せてほしいんです」

 

 「そう言いますと?」

 

 「あーしら、海の人間は、古来からサメと戦い続けてきたんすよ。サメは、海の試練。サメは、海の戦士。サメが挑んできたなら当然、あーしら、人間海代表が戦わなきゃいけないんすっ!」

 

 「なるほど……。理解しましたわ」

 

 力説するジュピーさんに、わたくしも納得するしかありませんでした。ぶっちゃけ理解はしていません。死にゆく人々を助けないなど意味が分かりません。しかし、ここで言い争いしてもきっと平行線です。

 価値観というか宗教観というか。まあなんでもいいです。だいたいそんな理由です。

 

 「……まあ、しょうがないか」

 

 ホワイトは、何か言いたげでしたがそう言って、口を閉じました。思うところあるのでしょう。実際、サメとの戦いは、人間絶対有利ではなく血で血を洗う凄惨なもの。丁度、足元に手足が飛んできたり、サメの頭が飛んできたりしていますもの。決して、笑って見ていられるものではありません。

 

 「――しかし、」

 

 飛びかかってきたコウソクハイハイ・リクオオザメ。一頭ではなく、三頭。視線の先には、ホワイト。先を争うように迫っていました。わたくしは、庇うように前に出て。

 

 「降りかかる火の粉は、払わらせていただきます!」

 

 一閃! サメごとき、ツインロールの前には、無力ですわっ!! 空中でばらばらになったサメの死骸が地面に降り注ぐ中、着地したわたくしは、ジュピーとメアリの方に振り返ります。そこには、それぞれ剣を握った二人の姿がありました。先程まで持っていませんでしたから、魔力で作られた剣なのでしょう。つまり、実体の無い魔法の剣。緑と青のラインが剣に走っている。風と水の複合魔法ですね。

 

 「では、武運を」

 

 「「はい(っす)!!」」

 

 わたくし達の脇を抜けて、二人は、サメと人間の戦場へと駆けていきます。黒髪の揺れる背中は、一瞬で、遠のき、サメとサメの合間に飛び込んでいきました。多分、心配は必要ないでしょう。緑と青の斬撃が煌めいて、サメを解体していくのが見えましたしね。

 

 「……ねえ、ウィンター」

 

 「? どうかしま……あっ……」

 

 「……もうやだ」

 

 呼ばれて見れば血塗れ、肉片塗れ。真っ白な肌も、綺麗な銀髪も可愛らしい水着も赤く染まって、生臭くなったホワイトが半泣きでした。可哀想に……。ちょっと興奮しました。

 

 「シャワー、浴びましょうか」

 

 「……うん」

 

 

 

 +++

 

 

 

 海上200キロメル地点。海面立つ人影あり。否、人であらず。身長は、三メートルを有に超え、力強い胸板の前に組まれた両手、踵を合わせた不動の両足、海面を軽く叩く尾を覆うのは、鍛え上げられた筋肉の鎧。厳しい海の環境で、海と血が研ぎ澄ませた剣。それが生み出す推進力が合わされば、海を裂き、海中にそびえ立つ絶壁を砕く。

 

 彼は、そういうものだった。

 

 じっと見つめるのは、サンシェルの浜辺。サメと人の戦いが今、繰り広げられている。手を出す気はなかった。これらは、人とサメの戦いだ。魔族としてではない。

 故に、魔王四天王が水を司る、彼――メガロシャーク・P・グッドフィーリングは、そのつもりだった。

 

 「――シャシャ」

 

 一本筋の合間から真っ白な牙が覗いた。陽光が反射する。幾多の強敵を屠り砕いた牙が外気に晒されただけでメガロシャークの雰囲気を変えた。例えるならば鞘から剣が抜かれたよう。戦いの空気だ。臨戦態勢。それだけで波が荒れ、()が荒ぶ。

 

 「シャーックックックックック!!

 

 高笑い。ギロリと血走る瞳が捉えているのは、揺れるツインロールと競泳水着に身を包んだ少女の姿――ウィンターだ。

 

 「勇者! 勇者! 勇者! おお、勇者!!」

 

 声を上げれば、海も風も彼の高まりに同調していく。海と風は、メガロシャークそのものだった。

 

 「殺りあおうぜぇ、勇者ぁ……!!」

 

 天を仰ぎ、彼は、吠える。見知った竜の子のように、吠えた。もう拳を交えることのない友を思うメガロシャークの葬送に、風が抱きしめるように寄り添った。喉が裂けんばかりの彼があまりに悲痛だったからか。

 メガロシャークには、今、二つの改造コードがある。水と欠損した風――シルフィーリベアの半身。彼女の意志の欠片も彼と在る。 友愛――などと可愛らしいものかは知らぬが彼女もまた勝利を願っているのは、確かだった。

 

 「クックックックック!! シャックックックック!!」

 

 応えよう――メガロシャークは、海へ飛び込んだ。

 静かに、何より速く。そして、軽やかな歩みで、メガロシャークは、陸へ向かう。その後へ付き従うようにサメ達もまた陸へ陸へと向かっていく。

 海が紅に沈む。彼らの歩みの後ろに、生は残らず。根こそぎ何もかもが砕かれ、貪られ、死んだ。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「……風が強くなってきましたわね」

 

 シャワーを浴び、疲れた様子のホワイトを王室名義で借りた部屋に寝かし、わたくしは、またビーチに戻ってきていました。

 さらりと軽い砂浜は、見る影もありません。血、血、血。赤く染まって、どろりと重く。散らばった肉片は、人とサメどちらかも検討がつきません。酷い惨状です。

 それでも杯を掲げ、散った者らを讃えている人々がいる。この土地の風習、文化、信仰なのでしょう。

 王国は、宗教を弾圧しませんでしたからこうして、各地に様々な信仰が残っています。

 それが争いの火種になることもありますが、王国がこうして健在です。正解か間違いかなんて、二択で決められることでもありません。わたくしとしてもことさら興味を沸き立たせる対象でもありません。なにより。

 

 「この星は、青くて丸かった」

 

 平べったい大地なんてどこにもありませんでしたから。唯一天神教が嘘をついていたとは言いません。今の時代、わたくしほど飛べたのは、きっとあの風の四天王、シルフィーリベアくらいでしたでしょう。

 星の外には、黒と光がありました。あの先には、何が在るのでしょうか。ふふ、好奇心がくすぐられますね。

 

 「しかし、この風……不吉な――」

 

 呟き、風上を向いて――不味い。気づいたわたくしは、目を見開きました。

 

 「そこの貴方!! そう、そこの騎士!!」

 

 「へ、え、な、なんでしょう……?」

 

 結構な剣幕で詰め寄ったせいで、呼び止めた騎士は、目を白黒させている。そんな動揺している暇はありません。

 

 「今すぐこの場の全員を避難させなさい!!」

 

 「ええ……? 貴方は……?」

 

 「わたくしは、勇者ウィンター・ツイーンドリリル!! 勇者の名において命じます! 即刻避難を!」

 

 益々困惑する騎士の視線は、同時に疑念がこもっていました。なんだこいつは、と。思わず歯噛みをしてしまう。そんな場合ではない。そんな下らないことで時間を消費している場合ではないのです。

 

 「いや、勇者って……「その人の言ってることは本当です」メアリさん! え、じゃあそれなら……」

 

 ジュピーさんとメアリさんです。怪我一つなさそうで良かったです。何より、助かりましたわ。説明が省けました。

 

 「そういうことですっ!! わたくしが勇者です! いえ、そんなことよりも早く避難を!!」

 

 「勇者様、どうしたんスか?」

 

 「時間がありません。言う通りにしていただけませんか? ただこのビーチから避難していただくだけで構わないのです」

 

 首を傾げたジュピー。わたくしは、冷静になるようできるだけ務めました。語気を荒げないよう、乱暴にならないよう。いくら焦っていてたとしても。

 

 「落ち着いて聞いてください――今、このビーチに、サメの群れが向かってきています」

 

 「サメ……?」

 

 ええ、そういう顔をするのは分かっていました。ええ、ええっ!! サメ! サメ! サメ! 貴方達のサメへの感情は理解してます! その表情も予想していました! ……落ち着きましょう。ビー・クールです。ええ、はい。ええ。

 

 「一つ言っておきます。先程の比ではありません。わたくしは、貴方達に比べればサメに対して、きっと素人でしょう」

 

 しかし、断言します。

 

 「わたくしは、水平線まで埋め尽くすサメの大群を貴方達にどうにかできると思いません」

 

 ……嫌な沈黙ですね。これでなんとか理解(わか)ってもらえると助かるのですけれど。時間もあまりありませんから。わたくしが目視可能な距離を正確には理解していませんが感覚的には、もう一時間とないでしょう。

 

 「……皆さんの避難誘導をお願いします」

 

 これで駄目な時は……どうしましょう。あまり考えたくありませんね。永遠の様な沈黙が続きました。破ったのは、いいえ、破ってくれたのは、

 

 「――勇者様の言うとーりにして。早く避難誘導を」

 

 「ええ、しかし……「あたし達の責任にして構いません。だから」――……かしこまりました」

 

 「ジュピーさん、メアリさん……」

 

 「勇者様は、あたしらのために、自分を曲げてくれました。そんな人が必死に頼み込んでいるのを無視できるほど人間捨ててませんよ」

 

 「後で、お礼して差し上げませんとね……」

 

 「え、マジっ「ジュピー調子に乗らない」うっす……。あ、でもこれだけお願いっす」

 

 「? なんでしょう」

 

 と、ジュピーさんは、わたくしの耳元に口を寄せて、

 

 「あーしらのサボり、内緒にしてもらえないっす?」

 

 なんて言う。あまりに突然のことで、ジュピーさんの顔を見て、わたくしぱちくりして――吹き出してしまいました。

 

 「ふふ、なんだそんなことで良ければ喜んで」

 

 「よしっ!」

 

 ガッツポーズしたジュピーさんは、振り返って、メアリさんとハイタッチ。微笑ましいですわね。

 

 「後、あたしらは、残りますよ」

 

 「あーしら、こう見えても騎士っすからっ!」

 

 「では、海岸沿いを、上陸するサメたちの相手をお願いします。わたくしは、その間、沖を叩きます。よろしく――」

 

 お願いします。と言えませんでした。

 

 「よお、お前が勇者でいいよな?」

 

 

 



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第十七話 ウィンター・ツイーンドリルルとサメ!サメ!サメ!

 

 

 

 わたくしたちの間にいつの間にか現れていた直立二足歩行のサメ頭は、牙を剥き出しにして嗜虐的に笑い、陽気に声をかけてきました。反応は、悪くなかったと思っています。

 声を返す事もなく即座にツインロールを機動、回転、その推進力を上乗せた拳を放つ。距離なんてほとんどありませんでしたから並の相手では、回避すらできず中身を潰せたはずです。

 そうこの通り、相手が並ではありませんでした。しかし、乙女(・・)には、やらなければならない時があるのです。

 

 「ぐっ……!!」

 

 気づけば海上を飛び石のように、飛び跳ねていました。わたくしは、この時悟ります。不味い。サラマンドロスとシルフィーリベア。あの二体の四天王を相手にした時もわたくしがおいていかれる事はありませんでした。

 頬、腹、ガードした左腕。滲む鈍痛に顔を顰めて、わたくしは、どうにかツインロールを回し、海に落ちるのだけは防ぎました。海面を見ればわかるようにこの下には、サメが詰まっています。跳び上がって来ることも考えられますが落ちるよりマシですわ。

 それに、この荒れ狂う波間に叩き落されて、無事で済む気がしません。なんですのこの大しけ! さっきまでこんなんじゃありませんでしたのに!!

 

 「シャッシャァ!!」

 

 「こんのぉ!」

 

 奇声を上げ、現れた青い影――件のサメ頭!! 声の方に振り返りつつカウンター気味にツインロールを放ちます。対するサメ頭もまた両腕で挟むこむような攻撃。まるで上顎と下顎のギロチン。ツインロールとそれが激突、拮抗。高速回転するツインロールとサメ頭の両腕が火花を散らします。

 鋭い呼気――お腹がお留守ですわよ!! 右と左でラッシュを打ち込んで、思わず唇が歪む。

 

 「硬ったいっ……!! 全く、なんなんですの!! 貴方!」

 

 「水の四天王、メガロシャーク・P・グッドフィーリングッ! よろしくなぁ!!」

 

 「ええ、自己紹介どうも! 長い名前ですわね、サメ頭!!」

 

 「シャシャ!! 随分な返答だよ、勇者!」

 

 「喋るサメ頭なんてけったいなものが存在している事自体が随分ですわっ!

 

 「まーた随分だ!!」

 

 笑うメガロシャークの腕に、一層強く力がこもって――あ、やばいですわこれ。わたくし、嫌な汗が背中に出たのを感じました。ツインロールの回転を逆に、一気に後ろへ退避――なんて逃げに徹した後、目の前で、メガロシャークの掌がぱしんと鳴りました。

 

 「あっぶないですわね!!」

 

 その衝撃波に、よろめきながらわたくしは、空中で姿勢を直す――暇もありませんわっ! メガロシャークの脇から立ち上がる水柱! 1、2、3、4――数えるの面倒くさい! 多い! 多いですわよ!

 

 ――沖で戦おうなんて考えたバカに、お仕置きして差し上げたいですわっ……!

 

 過去の浅はかさを頭の片隅で反省しつつ、ローリングと上昇で回避、回避、回避。上へと距離を取ろうにも水柱が小器用に、塞いできやがりますわね。キィ~~!! 鬱陶しい!! シルフィーリベアといいサラマンドロスに、このメガロシャークといいどいつもこいつも遠距離攻撃もっててズルイですわ! 

 

 『ウィンター、生きてる!? 大丈夫!?』

 

 「生存確認、毎回されてませんか! ええ、生きてます! まだ体も欠けていませんわよ!」

 

 『よーっし! どういう状況!! ホテルの外は、サメ! サメ! サメ! って感じだけど!」

 

 「それ貴方も大丈夫ですか?! 沖で、水の四天王と戦闘中ですっ! それで一つ相談です!!」

 

 『今ん所ね! はいはい、なにさ』

 

 「わたくし、飛び道具ないんですの!?」

 

 ……まあ、ダメ元です。ないでしょ、普通に考えて。いやいや、あってたまるものですか。

 

 『あるよ』

 

 「まあ、そうですわよね……。無い物ねだりでし……今、なんて?」

 

 『あるよ』

 

 「あるんですの……?」

 

 『うん、あるよ』

 

 当然とばかりの声が聞こえて、

 

 『寝てる間につけといた。あったほうが便利そうだし』

 

 次に口にした台詞は、流石に聞き逃しできませんでしたわね!

 

 「いや、許可とってくださいます……?!」

 

 『サプライズのつもりだったんだよー。ほら、この前の風の四天王時も苦労してたっぽいしさー。許して、ね?』

 

 そんな可愛らしく言われても困るのですが? いやほんと。は~~ほんとめちゃくちゃ困りますわね~~。そんな上目遣いで言われましてもね~~(妄想)。はー!! まったくもー! ほんとー!

 

 「許しましょう(早口)」

 

 可愛いは正義。

 

 「それでっ!」

 

 進路上を下からぶちぬく形で飛び出てきた水柱を横へローリング回避して、その表面を突き破って、細い水柱が追いかけてきました。ああ、切りがない! 下に大量の水があるから当たり前ですけれど! 上下左右、どこまでも追ってくる気ですわね! あ、よく見たら中にサメ居ますわね! サメミサイルって感じかしら? ああもうっ!

 前門のサメ、後門のサメ! サメ! サメ! サメ!!

 

 「どう使うんですの!!」

 

 『叫んで! コード:〈ロール・ミサイル〉!』

 

 技名どうにかならなかったんですの!? つっこむ暇がないですわね、ほんとっ、しょうがありませんわっ!!

 

 「ロォォォォォォル」人差し指と中指でターゲットインサイト「ミサイルッて、ウッソマジ?!」

 

 ツインロールが横に裂けて、その中から大量のちっさいロールがいっぱい、それはもういっぱい飛び出て、あっ、細い方の水柱と相殺しましたわね。便利ですわ~~。

 

 「ホワイト」

 

 『へへ、すごいでしょ~~』

 

 「後で、お尻ペンペン」

 

 『え、僕、そっちの性癖無いよ!?』

 

 精々気持ちよくなる心構えしておくことですわね。でもこれ。

 

 「結構便利ですわね」

 

 飛び出すロールミサイルによって、爆散していく水柱を見ているとこう、心がすっとしますわね。お尻ペンペン、優しめにやってあげましょう。

 それはそうと今がチャンス! メガロシャークへとツインロールを回して、接近!

 

 「御機嫌よう、サメ頭!」

 

 挨拶ついでのツインロールラッシュは、淑女の嗜みィ!

 

 「この程度じゃあ、餌にもならんよな。そりゃそうだ。なられたらサラマンドロスとシルフィーリベアの格がガン下がりだぜ。シャーッシャッシャッ!!」

 

 「餌になりたくありませんからね」

 

 いつの間にかビーチが見えないくらいには、沖合に出ていたようです。

 ラッシュを平然と受け流し、海に立つメガロシャークへ軽口を叩きました。余裕綽々なのがムカツキますわね。

 ついでに、わたくしは、周囲を見回しました。海の中には、相変わらずサメだらけ。殺意マシマシであられますわね。

 ……共食いしてますけれどいいんでしょうか。

 

 「弱いやつは死ぬ。それくらいだ」

 

 「――他の四天王も当てはまりますけれど?」

 

 「ああ、そうだ。だが死んだやつの仇討ちをするのは、自由だ」

 

 「貴方がた仲間意識とかあったのですね」

 

 「ぼちぼちだよ」

 

 「ぼちぼちですか」

 

 「ああ、俺は、仇討ちもしたいし、リベンジ(・・・・)もさせてやりたい」

 

 「……リベンジ?」

 

 「ああ」メガロシャークは、笑い「そうとも。リベンジ、だ」

 

 その時、海が黒く染まりました。日が沈んだ? サメの魚影? 違いますわ。何かが日差しを遮って――ばっと空を見上げたわたくしの瞳に映ったのは――――。 

 

 

 

 +++

 

 

 

 少し時間を遡る。

 魔王領国境付近、ツイーンドリルル領土跡地。

 

 薄汚れた茶色の、小さなローブが雪の上を進んでいる――その跡も瞬く間に消えていく。北方のこの地は、猛烈な吹雪に襲われていた。しかし、茶色のローブの主には、関係がないようだ。雪の積もり具合を気にもしない。

 ひどい天気だ。これもまた風の四天王の影響に他ならない。この土地がの冬がいくら厳しくてもここまではならない。

 しばらく進んで、ローブが足を止めた。黒く焦げ付いた廃墟がある。炎の四天王、サラマンドロス・エコーフェアーの生んだ地獄、その残骸。この地にあった死体と数多の記憶は、炎に焼かれ、雪に埋もれている。顔を覗かすのは、きっと春の目覚めの頃だ。

 

 「…………――――」

 

 立ち止まった茶色のローブの中の何かが何事かを囁いた。だがそれも即座に吹雪が掻き消した。聴く誰かも他に居ない。雪風が巻き上げ彼方に消える。それっきりだった。

 ゆっくりとローブの裾が持ち上げられた。ローブの奥、暗闇から姿を現したのは、人のものではなかった。捻じくれた枯れ木に見えた。極寒に震えることもなく負けることもないのは、きっとこれが通常の生き物ではないからだ。

 裾の中で、枯れ木が回りだした。くるくると緩やかな回転から一瞬で、強烈な回転へと至った。腕が唸る。強風に負けることもない強烈な採掘音。それが外気に晒されていたのもほんの少しの間のこと。空を向いた回転する枯れ木は、次の瞬間には、地へ、その奥に潜り込んでいる。

 

 「………―――」

 

 また小さく何事かを茶色のローブが言葉を作った。回転を受けたものが撹拌されていく。

 大地を満たす土。この地で燃え尽きた火――サラマンドロス・エコーフェアーの殺意。空で散り、世界に散らばった風――シルフィーリベア・メランコリックボルトの怨念も水――今まさに、海上で激闘を繰り広げるメガロシャーク・P・グッドフィーリングの喜悦とまとまりこの地に吹く雪風としてやってきていた。

 そう今、この瞬間、四属性が一つにまとめられていようとしていた。

 

 「デュッルッルッル……」

 

 ローブの奥に、三日月が浮かぶ。上手くできたと満足気に頷いた。

 世界を作る元素、火と水と風と土が撹拌されていく。

 パレットに、赤、青、緑、茶を並べ、掻き混ぜていく。

 到達するのは――――黒。

 

 「ま、こんなもんじゃろう。メガロシャーク。好きに使うがいい」

 

 茶色のローブの中にあるものが崩れていく。乾ききった樹皮が触れるだけで砕けるように、撹拌していくそれが起こす風に撫でられ、乗って、取り込まれていく。

 彼の名は、土の四天王、アンデリッチ=MF=スプリームスクリーム――四天王最弱であった。

 誰よりも弱く。誰よりも壊れやすく。誰よりも臆病で、誰よりも知恵を持ち、そして、古かった。

 賢者と呼ばれたこともあった。森を護り、森と共に在り、森の命を護り、あらゆる命の移り変わりを見てきた。それ相応に、永い時を過ごしてきた。

 しかし、それもまた過去の話だ。

 今の彼は、言うならば枯れ木の枝。いつかあった巨大な力は、もう無い。

 土の改造コードを受け入れられたのは、彼だけだった。その彼も改造コードの侵食でこのざまだ。彼の時間でいえばほんの一瞬のことだった。なのに、ここまで劣化している。千年の時を得た古く強大な魔種も改造コードの侵食に耐えきれなかった。

 

 「受け入れたのが駄目だったのかもしれんのう。まあ、過ぎた話じゃ」

 

 最古の森の王は、ある日、一人の少女と少年に出会った。少年が言った言葉を彼は、憶えている。

 

 「王の器、のう……」

 

 目をつぶり、アンデリッチは、思い出す。丁度その頃、人間の言う魔王領は、地獄であった。かつての魔王がこの世を去り、新たな魔王の座を求めて、あらゆる悪鬼羅刹が鎬を削り、殺し、殺されと悪夢を築いてた。その中で、彼の統べた森は、中立だった。だがそんなもの当時、暴れ回っていた魔族達が気にする事もなく殺戮の魔の手は、すぐそこまで迫っていた。

 そんな時、アンデリッチの前に現れた少女と少年――現魔王、そして、その下僕たるブラック。

 

 「何故、ワシは、応えたのじゃったか」

 

 アンデリッチの記憶の中、配下に下るようブラックは、言っていた。隣の魔王は、じっと見ているだけだった。あの赤い瞳。ルビーのように、ガーネットのように、只々赤く染まった瞳。血よりも赤く、深い赤。小さく幼い瞳で、見つめていた。

 

 「ああ……そうじゃった……」

 

 小さく微笑んだアンデリッチは、思い出した――森が彼らを受け入れていた。あの日、森では、誰も死なず、誰も泣いていなかった。誰も怯えず、誰もが彼女に惹かれたのだ。

 

 「あの透き通った赤に、幼い赤に託してみようと思ったんじゃ」

 

 土の改造コードによりアンデリッチの得た改造魔法(カスタムマジック)は、最弱にして最凶であった。

 土の属性は、あらゆる属性に接点を持つ始点である。そして、アンデリッチ自体がかつて、大地に根を張り、天を突く巨木だった。つまり、天地の架け橋。

 そう、“絆ぐ”ということに、特化したのだ。

 先の言葉を最期にに、アンデリッチは、自身の生み出したものの渦中へ消えていった。その代わりに、彼が絆いだ“それ”は、雪降中、産声を上げた。

 

 

 

 



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第十八話 ウィンター・ツイーンドリルルと四天王超絶合体ですって?!

 

 

 

 現在へ、時計の針を推し進める。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「な、なんですのあれ!?」

 

 「シャーッシャッシャッシャッ!! 言ったじゃねえか、リベンジだよぉ!!」

 

 メガロシャークが哄笑を上げます。けれどわたくしは、空を覆うそれに視線を吸い寄せられていました。

 ――サメ。しかも大きい。体長何メルトルです? は? 空が埋まってる。空全てが一匹のクソデカサメで、埋まってる? いやいや、スケール狂ってますわよ。しかもこの方向、ビーチから来てません? え、嘘でしょう? じゃあ、それじゃあ。

 

 『え、なにあれ!? ちょっとよく分かんないのがそっち行ったんですけど!!』

 

 「あ、無事でしたわね。よかったですわ」

 

 ちょっと一安心。ホワイトの声は、相変わらず元気なまま。

 

 『外は、相変わらずだけどね。え、あれなに?』

 

 「サメ……サメですわね、多分。めちゃくちゃ大きいですけれど――まっ、余裕ですわね」

 

 「頼もしいよ、ウィンター!!」

 

 ふふんと胸を張りました。シルフィーリベアの風の隕石、あれに比べれば可愛いですわね。それに生きているのなら別に殺せますし? 的がでかいだけですわよ。特に問題ありませんわ! わたくしの脅威スケールも大概、狂ってますわね。

 

 「甘い! 甘いぜ!! 人間の膵臓みてえにスイーッティーだぜッ、勇者!!」

 

 「な、な、なんですって……!?」

 

 上空の巨大サメに目を取られていたわたくしの目の前を通過するメガロシャークの姿には、驚愕と困惑を隠せませんでした。

 サメが、無数のサメが寄り集まって、メガロシャークを空高く持ち上げていたのです。イルカのショーをご覧になったことは、お有りでしょうか? 飼育員が鼻先に立つ芸があると思うのですがああいう感じです。ただ絶句するほど多量のサメが次々と下から下から押し上げていく……なんですこれ?

 

 「このサメは、俺たち四天王の全てだ! いいや、これから全てになる! 俺がパズルの最後のピースってわけだ! シャーッシャッシャッシャッシャッシャ!!」

 

 「させませんっ! ロォォォォル・ミサイルッ!!」

 

 相手がやりたいことをさせないのが戦いの鉄則! ロールミサイルで足場を崩して、差し上げますわッ!!

 

 「シャシャシャ!! 無駄無駄ァ!!」

 

 横合いから飛んできたサメやホーミングコバンザメの亜種、チャフコバンザメがロールミサイルの邪魔をっ!? 

 

 「ならば、直接!」

 

 ポニーロールへ髪型変更(スタイルチェンジ)。突貫、ぶち抜いて差し上げます!

 

 「ポニードリルロールライナァァァァァァァァァァァ!!」

 

 「それは、知っているぜ! なら、こうだァ!!」

 

 メガロシャークの振り上げた片手が一気に、振り下ろされます。何をする気で……光――上ですわっ! 炎……!? 逆巻く炎が無数に、しかもサメの形で空中を泳いでくる……!! いやいや、なんですのそれ! 

 

 「貴方、水の四天王ではなくって……!?」

 

 「シャシャ!! 何度でも言おう! 俺たち四天王のリベンジで、あると!! つまりだ!」

 

 「サラマンドロスの炎、それに、シルフィーリベアの風ですわねっ!」

 

 「Exactly!! シャシャシャ、理解(わか)ってきたじゃねえかよ!!」

 

 「ええ! それでもやることは、変わりませんわよ!!」

 

 追いすがる炎と風の渦巻くサメ達を引き連れて、海面近くを駆け抜けます。引き離せない。下からも狙われている……でしたら! わたくし、一気に急上昇をかけました。突然の方向転換で、わたくしにも負担がかかりますが構いません。追ってきてますわね。ええ、ええ、その調子ですわ!

 

 「相手のやりたいことをさせないのが戦いの鉄則でサァ!!」

 

 奇しくもわたくしと同じこと――いいえ、常套手段ですわ。人でも魔物でもきっと戦いとなればそう考える。上を覆う巨大サメからおかわり! 炎と風のサメが迫ってきます。メガロシャークもその巨大サメに辿り着く寸栓、何が起こるか分かりませんが時間がありませんわね 

 

 「……上等ですわ」

 

 だからこそわたくしは、笑ってみせます。逆境こそ笑うべきですの!

 上と下。挟むようにして、わたくしの逃げ場をサメ達が奪っていきます。しかし、こんな単純な策に、殺られてあげるほどわたくし優しくなくってよ!

 

 「ポニードリル」

 

 またしても急停止。次は、下! 突っ込んでくる炎と風のサメ! サメ! サメ! サメ! ええ、全部串刺しにして差し上げて!

 

 「ロール! ライナァァァァァァァァアアアアア!!!!」

 

 熱い、痛い。痛い、熱い。風の刃がわたくしの腕や足に傷をつけ、炎が上から炙っていく。とても痛い。ヒリヒリします。けれどその程度ですわ!! 

 

 「何を――……まさか!!」

 

 轟音の中でも聞き漏らさないお嬢様聴力(仮名)がメガロシャークが勘付いたのを捉えました。今更気づいたところで! わたくし、不敵に笑って差し上げます。

 

 「その、まさかですわよ!!」

 

 大きく息を吐いて、吸い込んで、海へとダイブ! 勿論、他のサメのターゲットにもなりますが関係ありません!

 いつものように回転。回転。回転です! しかも只々、回るだけじゃないです! ここは、海! ならば海ごとかき混ぜて差し上げます! つまるところ、わたくしの狙いは、

 

 「ポニードリルロールストリーム、ですわ(がぼがぼぼぼががぼがーが、ごぼぼ)!!

 

 ……締まりませんわね。

 

 

 

 +++

 

 

 

 サメというサメが皆、ウィンターにより生み出された巨大な渦潮に翻弄され、互いに衝突していく。風と炎のサメは、空中に居たというのに引き込まれ、多量の海水に呑み込まれて、消え失せていた。海中に居たサメは、自分たちの庭である海中だというのに、まともに泳ぐことができず、強烈な海流で、ウィンターのポニーロールへと導かれると粉々になった。

 

 「……すまねえな。同士よ」

 

 メガロシャークは、全てのサメに黙祷した。彼の都合に、私怨に付き合ってくれたサメたちへの感謝と哀悼だ。

 

 「そして、ありがとう」

 

 ウィンターの渦潮が弱まり、消えていく。海が元の姿を取り戻す。すぐに、ウィンターは、メガロシャーク目掛けて飛び出すだろう。だが遅い。事は、もう成される寸前だ。

 

 「いっくぜぇ!!」

 

 メガロシャーク・P・グッドフィーリングの叫びは、名前に似合わず実に爽やかだった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「遅かった……!!」

 

 わたくしは、海中から飛び出して、巨大サメの中に消えるメガロシャークを見ながら、すぐそう呟いていました――見上げる先、笑うメガロシャークが空を覆うサメの中に消えていきます。メガロシャークの思惑通りに進んでしまった。何が起こる? 何を起こす? 分かりません。しかし、嫌な予感はしますわ。

 

 「邪魔者が消えた。今なら……!!」

 

 ポニーロールの最大出力で、巨大サメの方へと接近して叩く――!! わたくしは、そのつもりでした。けれども上手く行かない現実は、実に歯がゆい。わたくしは、歩みを止めてしまったのです。目の前に展開されたあまりにも現実離れした現実に、思考と体が止まっていました。

 

 「ちょ、ちょっとなんですの、これ……!! ぶ、分裂……?」

 

 『ウィンター、どうしたの? ちょっと視覚情報もら――ええ……』

 

 空中のサメが頭部、胴体、尾に分かれて、頭部が赤、胴体が緑、尾が茶に色を変えます。ああっ、あれは!!

 

 「シャーッシャッシャッシャッシャッシャ!! まだまだ! まだ、これだけでは無いぞぉ!!」

 

 「あれは、メガロシャーク!?」

 

 青い光を身にまとったメガロシャークの姿――ってそうですわ! 今なら隙だらけ! ぼーっと見ている場合じゃなくてよ! ツインロールにチェンジ!

 

 「ロォォォォル・ミサイッルッ――!!」

 

 「効かん!!」

 

 ツインロールから打ち出されたロールミサイルが届く前に、何かに遮られて爆散してしまいました。一体何が!?

 

 『ば、バリアっ!? なんだよそれ! バリア……? え、まさか……合体妨害妨害……?』

 

 「はっはぁ!! がぁぁぁぁぁたぁぁぁぁいいいいいい!!!!」

 

 ホワイトの抗議の声など気にも止めず、声を張り上げるメガロシャーク。合体……? どういうことでしょう。困惑を隠せないわたくし達の前で、その“合体”は始まり――正直言いますと絶句しましたわね。

 メガロシャークを中心に、上に頭、胴体が割れ、割れた!? 縦に割れましたわ! ……失礼、取り乱しました。割れた胴体は、メガロシャークの左右。その下に、尾が配置――え、ええ? そこから手!? スペースありましたか? あ、そこが足になるのですね。構造的におかしくありません? まあ、細かい事は良いでしょう。そういうことにします。

 

 「これが……“合体”……?」

 

 『このアイディア、絶対ブラックのやつだ。間違いない。あいつはそういうことする』

 

 なんだかぶつぶつ言ってるホワイトは、置いておいて、わたくしは、目の前に立ち上がった人型を見上げました。めちゃくちゃでかいですわね。あの巨大サメがそのまんま変形して、その上、新たに手を生やしてるのですから元より大きくなっていますわ。

 赤緑茶を全身に振り分け、各部を青のラインが入った人型のサメ、一言で言い表せばそうなりますね。

 

 「人類撃滅スーパーゴーレム〈ビッグフォーシャーク〉!! 超絶合体完了ッ!!」

 

 なにやら盛大な効果音と共に、巨人は、その異様をわたくしの前に晒しました。

 ――しかし、わたくしは、エコーがかったメガロシャークの宣言を聞くか聞かないかの内に、そのビッグフォーとやらに肉薄。わたくしサイズから見れば大股になった足の合間を抜け、がら空きの背中に回り込みました。こんな隙だらけのデカブツさっさとスクラップにして差し上げます!

 

 「シャーッシャッシャ!! シャークミサイル!」

 

 「! ロールミサイル――!!」

 

 背中の各部が開き、中から――サラマンドロスとシルフィーリベアの顔をしたサメがそれぞれの属性をまとって、襲いかかってきます! 誰が考えたんですのこれ!! ロールミサイルと正面衝突して、爆炎と悲鳴を上げるシャークミサイルとやらに、顔が引き攣りました。

 

 『もっと視聴者のお子様に配慮しろー!! サイコなんだよデザインが!!』

 

 「よく分かりませんけれど、もうちょっとアドバイスとか言うことあるでしょう! ホワイト!!」

 

 『あ、はは……ごめん。ついね?」

 

 お尻ペンペン以外にも色々考えておかなくてはなりませんわね……! 迎撃に放ったロールミサイルで相殺――できていない! 爆炎の中からシャークミサイルが顔を覗かせました。

 

 「ツインロール、トルネードォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 前方後方に向けたツインロールをそれぞれ左と右の回転をかけて、回る! シルフィーリベアのトルネードから着想を得たものをシルフィーリベアっぽい何かに使うことになるとは、思いも寄りませんでしたわね。

 ミサイルを薙ぎ払い、改めて、ポニーロールへ髪型変更(スタイルチェンジ)。起こした風に乗って、〈ビッグフォーシャーク〉とやらの上へ! 高く、もっと高く! なにより高く! 空より高く行けたわたくしならいける筈ですわ! 

 

 「この一撃で、終わりにして差し上げますッ! ポニードリル――――!?」

 

 ―――――あれ? ありゃ? 今、()は、何を……? ここはどこだ? わたくしは、()は……?

 

 「シャーッシャッシャ。ロケット・シャークパンチ」

 

 あ、これ、墜ちてますわね。どうして? 何故? あれ、完全に勝ちでしたわよね? あ、腕飛んでますわね。あー理解しました。完全に理解しました。なるほど。あれで撃ち落とされた。そういうわけですわね。腕を飛ばすとか卑怯臭くありません? 読めませんわよ、それ。

 

 「トドメだ」

 

 ――今、わたくしを見下しましたわね。エンジンが再び動き出すのを感じました。思考は、くすんだまま。動きも鈍い。しかし、感情は、走り出している。やる気、気力、怒り。何でも構いませんわ。この瞬間、動けるのならばなんでも。s

 

 「……ツインっ、ロール」

 

 迫る拳。巨大で、壁のよう。しかし、まだですわ。

 

 「ストライクッ――!!」

 

 今できる全力全開を放った直後、腹が消し飛んだ様な感触と全身を衝撃が叩いて、冷たい何か――海、ああ、そうそれですわね。

 しょっぱい、苦い。暗い、深い。底の方へ引かれるように、沈んで、沈んで、光に手を伸ばせても体は動かなくて。そのまま降り注ぐ破片(・・)と共に真っ暗な水底へ落ちていく――――。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「まさかあそこで腕を持っていかれるとはな。シャッシャッシャ」

 

 〈ビッグフォーシャーク〉の中で、メガロシャークは、嗤う。〈ビッグフォーシャーク〉の片腕、ロケットパンチとして射出したそれは、今まさに海の藻屑になりつつあった。

 油断してはいない。見くびってもいない。なら純粋に、あの勇者の力だ。メガロシャークは、そう分析した。

 

 『ドュリュリュ……トドメを刺すべきじゃろうのう』

 

 「そうだな。しかし、サメ《同士》達を勇者に、皆殺された」

 

 メガロシャークにだけ聞こえる声がアドバイスをする。頷き、思考し、笑う。

 

 「()は、足りないが……まっ、海をひっぺ剥がせば出てくるしかないよなあ!? シャーシャッシャッシャッシャ!!」

 

 死体になってれば、ついでに人間共を海に沈めてやればいい――メガロシャークは、そうほくそ笑んだ。

 

 

 




次回多分一ヶ月後


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第十九話 ウィンター・ツイーンドリルルと漂流、夢、そして魔王ですわよ

お久しぶりです。
一ヶ月なんて言ってたら二ヶ月経ってましたね…いけない。
今日から毎日更新していくんですがそれでこの作品は完結です。
短い間ですがお付き合いください。
よろしくお願いします。


 

 

 

 ――さざなみが浜辺をざあざあと撫でて帰って、また来て、柔らかな砂浜は、留まること無く海へと旅立っていく。そして、いつの日か戻ってくるだろう。この世のありとあらゆるものは、たゆたい巡るのだから。

 

 「~~~~♪」

 

 押しては返す波音に、不思議と掻き消されず響くメロディーがあった。穏やかな音色。子守唄のように聞こえた。黒髪の女性が口ずさんでいた。ワイシャツにスラックスは、浜辺には、不似合いに見えた。

 けれど腰まで先を届かせた艷やかな黒髪を海風に遊ばせ、スラックスの裾を捲くりあげた足を濡らしながらぺたぺたと砂浜を歩く彼女は、様になっていた。

 

 「~~~~――――?」

 

 メロディーが止んだ。彼女が歌うのを止めて、一点を見つめていた。それは、丁度彼女の進行方向にあるもので、砂浜に何かが転がっている……いや、倒れている。そうだ、人だ。気づいた彼女は、ぱしゃぱしゃと海水を蹴って、駆け寄り。

 

 「……綺麗」

 

 眠ったように瞳を閉じた横顔に、黄金を細く束ねたような濡髪に、彼女は、そう呟いていた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 青い空! 青い海! 燦々と輝く太陽!! やっぱり夏の海は、最高だな!

 身につけていたシャツを脱ぎ捨て、砂浜を駆ける。熱い日差しが肌を照らす感覚が心地良い。貸し切りのビーチには、俺と家族くらい。貸し切りだ! 波を上げる水面を蹴り上げ、濡れた砂浜に足跡をつけながら俺は、先を走る兄貴を追いかけていた。

 

 「おーい、兄貴! 待ってくれよー!!」

 

 「早く来いよ―! ウィンター!」

 

 「いやいや、兄貴。足早すぎるだろ!」

 

 「お前が遅いだけだろー!」

 

 「なっ、言ったな! 待てこらー!!」

 

 一瞬で沸騰した俺は、全力で追いかけた。それも魔力を体に走らせて全力疾走。これなら流石に追いつけるだろうと高をくくっていたら兄貴が薄く緑に光るのが見えた。野郎魔法使ってやがる!! 大人気ねえ!

 兄貴は、こういう時、大体大人げない。特に俺がある程度張り合えるようになってきたこの頃は、更に大人げない。子供の頃見てたあの大人っぽさはどこにやった。

 

 キレましたね。キレちゃいましたね。俺もやってやろうじゃないの。使い慣れた魔法を起動させる。

 魔法は、頭ん中に浮かべた魔法陣をばらして、体へラインとして展開させてから魔力を走らせると起動する。模様を一本の線にバラす。元が複雑なほどイメージが難しくて、分解が難しい。

 兄貴ほどじゃねえが俺だってやれるさ、これくらい。

 

 「あらあら、喧嘩しちゃだめよー」

 

 「ははっ、二人共立派な騎士だ。この程度で怪我などせんよ」

 

 アロハシャツは、流石に浮かれすぎだろ父さん、母さん。苦笑を浮かべてしまう。いやまあ、仕方ないか。家族水入らずなんて久しぶりだし。海もかなり久々。皆テンションが上がっても仕方ないだろうな。

 

 「ははは! ついてこいよ! ウィンター!」

 

 「あ! 二重属性って、そこまでやるか!?」

 

 青と緑、水と風を身にまとった兄貴が「ははははっー!!」と笑い声だけ残して爽やかに走っていく。童心に帰るにもほどがあるぞ!! しかも早いし、波音より静か。俺ができないことをするなっ!

 

 「だーちくしょう!!」

 

 チクチク劣等感を刺激するんじゃないよ。ぴきりと青筋が額に浮かぶのを自覚しつつ。ムキになった俺が選んだのは、砂浜を蹴り飛ばす。

 

 「って、ウィンター!? リゾート地だぞ!!」

 

 赤と緑。炎と風の超加速。肉薄すると兄貴の驚愕が二重で耳に痛い。だけどさ、俺も言い返すよ。

 

 「ムキになったのは、兄貴からだぜ!!」

 

 「かー! 言うようになっごふっ!」

 

 加速を乗せた回し蹴りで、海に蹴り飛ばす。おっ、よく飛んだな。まあ、ガードされてたし、後ろに飛んで、インパクトもずらされてる。派手な見た目ほどダメージはないだろ。

 そりゃ全力でやってはないけど普通にいなされたのは、なんかむかつくな……。

 

 「ふっふ、やるじゃないか。ウィンター」

 

 あ、やべ。びしょ濡れで歩いてくる兄貴は、満面の笑みだ。いや、目が笑ってない。笑顔で人を威圧する人種がいる。兄貴もそういうところがある。ああいう顔をしている時の兄貴は、かなり怖い。つーか逃げよ。回れ右――。

 

 「どこに行くんだい?」

 

 「げぇ!!」

 

 「げぇっ、じゃないわぁ!!」

 

 振り向くと眼と眼があった――かと思えば世界が回ってる。あれ? あっ、これは……海面が下にある。俺が回っていて、海の上に居る。つまり、投げられた。あ、すげえ高速回転してる。これ止めれなっ――なんて思ってたら次の瞬間には、海面に叩きつけられて、海の中にダイブ。

 

 「うぼぼぼぼぼぼぼ!! 溺れ"る"!! 」

 

 なーんてな。泳ぎは、それなりにできるほうだ。海に突っ込んだついでに海中を見て……うん?

 

 ――泳げない?

 

 水をかけない。足で水を蹴れない。なんだ? 魔法――使えない。魔法陣が一つも浮かばない。魔力も走らせられない。海面が遠のいていく。息苦しい。海面へと伸ばした腕がひたすらに重い。重りが体を下に引っ張っている様な感覚。だけどここの海はそんなに深くない。そのはずなのに、ちらりと向けた海底は、暗黒が口を広げている。見えない。底なんてどこにもないんじゃないか――? そんな事を思ったら冷静では居られなかった。

 

 溺れる。溺れる。溺れて、死んでしまう――無理矢理手を伸ばす。どうにかもがく。光を目指す。

 

 「がっ…………!?!?!?!」

 

 水を――かけない。当然だ。かく為の手が無い。無くなった。どこに? どこへ? 赤い。海が赤く染まる。もぎ取られている。荒い断面から白い骨と肉、揺らぐ皮が見えた。とめどなく血が溢れていく。痛みが暴れまわる。歯を食い縛る。酸素が足りなくなる。堪える。耐える。けれど酸素も血液も俺をおいて、去っていく。上に、上に。俺は、下に下に。

 

 「ひっ……」

 

 無機質な瞳が見ている。サメだ。俺の腕を貪っていた。もう無い。今度は、足を咥えている。俺は、自分の足だと分かった。何故なら俺の足は、あるはずの場所になかったから。

 

 もがくこともできなくなった。只々、無力な芋虫と化した俺は、落ちていく。光が点になる。そうして、やがて光の粒子になり、見えなくなった。あっという間の出来事。呆然と沈む。

 どうして兄貴は、父さんは、母さんは、助けに来てくれないんだろう。俺は死にかけているのに。どうして、なんで?

 

 「酷いよ」

 

 呟き、小さな手を伸ばした――誰も掴んでくれない手は、噛み砕かれ、俺もろとも引き裂かれた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「――――っ!!」

 

 わたくしは、跳ね起きると全身を走り抜ける怖気と吐き気に襲われました。腹の底、胃から食道を伝って、何かが込み上げてくる。どこかの部屋、誰かの部屋。綺麗で豪奢な部屋が視界を横切って、隅に置かれた鏡と洗面台を見つけました。後はもう一直線。

 

 「…………はあ……はあ……」

 

 最悪の目覚めですわ。酷い夢。噛み砕かれる感触が嫌にリアル。あの絶望。あの暗闇。思い出すだけで身震いがします。

 胃の中から何も出なかったのは、不幸中の幸いとでも思っておきましょう。とりあえず流しておけますからね。

 鏡に映る顔は、酷いの一言。あれだけボコボコにされて、負けたのならこんな顔にもなるでしょう。

 この姿になって、最初の敗北。許されない敗北。わたくしの敗北は、人類の敗北を意味します。負けることは許されていなかった。負ければ死に、皆死ぬ。

 その筈だった。だけどまだ生きている。

 

 「それにしてもここは……?」

 

 蛇口から流れる水を見てから我に返ったわたくしは、周囲を見回しました。一言で言い表しますと綺麗な部屋。清掃が行き届いている客室というところでしょうか。ベッドに、この洗面台。カーテンのかかった窓。後、扉が三つ。片方は……トイレですわね。合わせて、シャワールームもありました。水垢も見当たらない。持ち主は、実に几帳面で、綺麗好きのようです。

 部屋に戻ると壁を見上げると時計が一つ。時刻は、8時半頃。

 

 「探索も終わりましたし、外でも見てみましょうか」

 

 カーテンの隙間から陽差しが見える。午前8時半。天気は、晴れ。ばっと開いたカーテンの向こうには、

 

 「あらあら……」

 

 一面のオーシャンビュー。なだらかな丘の上から砂浜と海を見下ろすことができました。雲一つ無い青空、キラキラと輝く水面。見渡す限りの水平線。

 

 「いい眺めですわねえ」

 

 なーんてしみじみ呟いていると背後の扉がノックされました。「どうぞ」と返事すれば静かに扉が開いた。そこには、メイド服姿の女性が一人。メイド服姿。袖も長く、スカート丈もまた長く。慇懃に頭を垂れ、目を閉じた彼女の印象は、

 

 「失礼致します。お目覚めになられたと伺いましたので」

 

 「……わたくし、何か騒がしくしましたかしら」

 

 「いえ、まったく。主からのご命令です。お目覚めになられた貴方様をお連れするように、と」

 

 「なるほど……」

 

 人の動作に過敏か。もしくは、魔力の動きを感知したか。まあなんでも構いませんが。

 

 「着るものを頂けませんか?」

 

 そうわたくし、今、全裸です。いえ見せて恥ずかしい体ではありませんが何か着ていたほうが文明的じゃないですか? ええ、間違いありませんわ。……何故かいつものドレスが出せないというのが一番の理由ですけれど。

 

 「そちらのクローゼットに入っているものをお使いください」

 

 「あら、そこクローゼットでしたのね。分かりましたわ」

 

 「では、外で待機しておりますので、お着替えが終わりましたらお呼びください」

 

 これまた丁寧なお辞儀をするとそのメイドは、退出していきました。扉が閉まるのを見て、わたくしは、クローゼットを開けました。

 

 「あら……」

 

 クローゼット一杯に、衣服がぶら下がっている。色様々なドレスに、スーツ。シャツにワイシャツ。まあよりどりみどりというところです。……どれにすればいいんでしょう。眉根にシワを寄せて、むむっと考えていると。

 

 「お悩みですか」

 

 「ぴっ!? 急に話しかけないで頂けます?!」

 

 け、気配が無かった……。いつの間にかさっきのメイドが背後にいました。おののいているわたしを尻目に、クローゼットの衣服に手を伸ばし、わたくしと衣服を交互に見るとそのうちの一着を差し出されました。

 

 「こちらなど如何でしょうか」

 

 「……派手じゃありません?」

 

 「お似合いになるかと」

 

 「そうです?」

 

 紫のドレス。裾と袖にたっぷりとレースがあしらわれています。似合うかしら。

 

 「とりあえず、着てみますわね。手伝ってもらえます?」

 

 「かしこまりました」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「サイズぴったりですわね……」

 

 いつの間に採寸を……? まあ、それはそれとして。ここに、この屋敷の主がいらっしゃるという話ですわね。ここまでの道のりから見て、三階建て、部屋数は数えてませんがそれなりにあるでしょう。よい屋敷ですわね。

 さて、この大きな両開き扉。場所からして、食堂でしょうか。

 

 「では、お入りください」

 

 「ええ、失礼致します」

 

 重い音と共に、扉が開いていく。どのような方でしょう。かつんと大理石をヒールで鳴らして、踏み込んだ食堂には、白く長いテーブルが一つ。その奥に、人影がありました。

 

 「やあ、おはよう」

 

 女性。濡烏の髪を長く伸ばした紅の瞳をした女性が一人、グラスを片手にわたくしを迎えました。

 

 「私がこの屋敷の主、エレオノーラ・チェイン・ピースメーカー。よろしく頼むよ。ドレス、よく似合っている」

 

 「この度は、大変お世話になりました。わたくしは、ウィンター・ツイーンドリルルと申します。ありがとうございます」

 

 「いい。かしこまらなくて構わない。ほら腰をかけてくれ――ああ、そんな遠いと話しにくい。近くに」

 

 「え、ええ、では、失礼致します」

 

 エレオノーラさんの手招きに従って、その隣にわたくしは、腰をかけました。すると先のメイドが空のグラスに氷とオレンジジュースを注がれました。んー爽やかな香り。

 

 「うちの畑で取れたものの搾りたてだ。味は、保証する。朝はやっぱりこれだ」

 

 ぐいっと飲む彼女につられて、わたくしも一口。甘酸っぱく飲みやすい。香りの通り、後味も爽やか。

 

 「美味しい……」

 

 「だろう? ああ、オムレツもいけるぞ。こいつの料理は、絶品だからな。食材も全部うちで取れたものだ。味わって食べてくれ」

 なんて言いながらフォークとナイフを手にとったエレオノーラは、オムレツを食べ始められました。では、お言葉に甘えて。

 

 「いただきます」

 

 こ、これは…………。

 

 「美味しい」

 

 「だろう?」

 

 にこやかなエレオノーラさんが上機嫌にオレンジジュースをお代わりしました。これは、ちょっと絶妙な焼き加減……ふわとろで、ボリュームのある卵とバターの風味がたまらない。ソースが絡めばまた一段と味のランクが上がりますっ……! 

 

 「パンもいけるぞ」

 

 グラスを揺らしながら囁く彼女の言葉に、わたくし、抗えませんでした……。美味には勝てない。わたくし、負けてしまいましたの……。

 

 「ところで、時に勇者よ」

 

 「え、はい。なんで……なんて?」

 

 流石に、手が止まりました。ゆっくりとフォークとナイフを置いて、皿から顔を上げると笑うエレオノーラさんの姿。

 

 「勇者と言った。勇者ウィンター・ツイーンドリルル。これから貴様がどのような方針を取るのか気になってな」

 

 「わたくし、そう名乗った覚えはありませんが……」

 

 「そうだな。まあ、些事だ。貴様が敗北した水の四天王が今、何をしているか教えてやろうか?」

 

 「っ!! お願いいたします!」

 

 「そう焦るな。あれは、これから海を引き剥がして、人間界を滅ぼそうとしている。引き剥がした海――この星の水のほとんどを大陸に叩き込む。さながら神話の光景がこれから起こるだろう。君がやつを止めなければな」

 

 「そんなことが――いえ、サラマンドロスもシルフィーリベアも異常でした。極まった改造コードならこれくらい可能……?」

 

 「さあ、どうだろうな。私は、見たことを言っているだけだ。それで、どうする?」

 

 試すような視線を受けたわたくしのする行動は、ただ一つ。いえ、そんな視線を受けなくとも一つです。

 

 「行きます」

 

 勢いよくわたくしは、立ち上がりました。色々こう、気になることはありますが今は、そんな余裕ありませんっ!

 

 「お食事に、色々お世話頂き大変ありがとうございました!! またお礼に伺わせて頂きますので、何卒ご容赦ください!!」 

 

 「いい。また近い内にまた会う。その時に、茶の一つでも貰えればいいさ」

 

 「かしこまりましたわっ!」

 

 エレオノーラさんに答えて、わたくしは、食堂を出ました。まっすぐ行けば外に出れますわよね? と思うわたくしの視線の先で、エントランスの扉が開き始めました。外の風景が見え、あのメイドの方が。

 

 「こちらからどうぞ。それとそちらのドレスは、プレゼントとのことです。お持ち帰りください」

 

 「分かりましたわ! ありがたく頂きます!」

 

 外へ一気に飛び出て、そのまま飛び立つ。ツインロールの調子は、問題ありませんわね。ドレスもいつものに。

 

 「しかし、どちらに……!」

 

 ここに来て気づきましたけどここ島でしたのね! 道理で水平線が綺麗なこと! とりあえずホワイトです。ここは、あの子に頼る他ありません。

 

 『ホワイト! 聞こえますか!』

 

 『う、ウィンター!! 生きてたんだね! ほんと僕心配したんだよ!!!!』

 

 『ええ! ええ! ご迷惑は大変おかけしました! とりあえず今は、水の四天王――メガロシャークの場所へと案内して頂けませんか! できますか!?』

 

 『ああ、勿論だ! 君じゃなきゃあれは止められない! 視界に案内出すからその通りに!』

 

 『かしこまりましたわっ!!』

 

 待ってなさい、メガロシャーク! ホワイトの出した矢印の向く方へ加速したわたくしは、リベンジを固く誓いました。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ウィンターの居なくなった食堂に、ナイフとフォークの音が微かに響く。エレオノーラは、黙々と朝食を口に運んでいた。

 

 「いいのかい? あんなことを言って」

 

 「構わない。メガロシャークもとどめを刺せねば不完全燃焼だろう」

 

 「なるほど。部下思いだね。ところで、我が魔王」

 

 そんなエレオノーラの隣、先程までウィンターが座っていた椅子に、メイド服をまとったブラックが腰掛けた。

 ブラックの言葉通りだ。エレオノーラ・チェイン・ピースメイカー、彼女こそが現魔王である。

 

 「今日の朝食、味はどうだい?」

 

 「悪くない」パンを一口砕いて、嚥下して「お前の料理に不満があったことだけはこれまで一度とない」

 

 「そうかいそうかい。それはよかった」

 

 ふっとブラックは、笑うと膝をついて、魔王を見上げた。

 

 「ならご褒美の一つでも頂けないか? 我が魔王」

 

 「……内容による」

 

 「せっかくのメイド服だ。いい感じに折檻してくれると助かるよ。膝を折り、見上げ、涙ながら貴方へ許しを請う! そんなシチュエーションでお願いしたい。小物はすぐに用意できる! 頼む! 靴を舐めさせて欲しい、我が魔王!!」

 

 「スープをぶっかけてやろう。遠慮するな」

 

 コンソメスープの入った熱々の鍋を片手で持ち上げたエレオノーラは、薄く笑っていた。やばい。本気だ。ブラックは、恐怖と共に股を濡らした。熱さは、痛さ。ブラックは、全身やけどの痛みを知っている。そして、その快感も知っている。

 

 「あ、それは、不味い。いや、ちょっ熱い、熱! 熱! 熱! あっあっあっあ―――――!!!!」

 

 甲高い音がした。食堂の隅々まで響く唸りが一瞬して、一瞬で止んだ。

 

 「……ふん」

 

 茹でダコのように、真っ赤になったブラックが恍惚とした表情で床に転がったのに、笑みを浮かべ鼻を鳴らしたエレオノーラは、スープをお代わりした。

 

 



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第二十話 ウィンター・ツイーンドリルルとリベンジマッチですわよ!

 

 

 

 「……酷い有様ですわね」

 

 わたくしは、眼下に広がる光景をそうとしか表現することができませんでした。

 海に水が一滴もない(・・・・・・・・・)。海の底にあるこの星の肌が剥き出しにされていました。ゴツゴツとして、凹凸のある海底がで、普段は塩水に揺れている海藻が外気に晒され萎びた姿と住処を奪われ力無くのたうつ魚たちは、実に痛々しい。

 凄まじい勢いで、海が引いていっていました。わたくしの居る地点は、この通り、もう海があったとは思えない惨状です。前方を見るとまだ海水はありますが、それもわたくしと並走するほどの速さで、どこかに向かっていました。

 

 「何をしようとしているのです……!!」

 

 『メガロシャークは、君と戦った後、その、なんだろう。言葉の表現に困るんだけどさ……』

 

 見ての通りだよ。若干投げやり気味に、ホワイトは、言いました。

 

 『海を引き剥がして、おっきな玉にしてる。見えてるでしょ?」

 

 彼女の言う通り、視界上天、空を埋め尽くすのは、巨大な回転する水の玉。大きすぎてスケールが狂ってますわね。よく見れば海面からそれに向けて、海水が柱や触手のように伸びています。いえ、違いますねあれ。吸い上げているんのですわ。

 シルフィーリベアといいもうちょっと世界のこと考えたらどうですか! 勝った後のこと考えてるんですの!?

 

 『確かに、見えてはいましたが……!! メガロシャークの仕業とは、思っていないというよりもこの現実を受け止めたくないといいますか……!! それで、あれどうすると思います?』

 

 『落としたら大陸の隅々まで水浸しになるのは、保証するよ。ただその後には、人間と他の生物一匹たりとも残らないだろうね』

 

 『まあ、そうでしょうね……。メガロシャークを倒せばどうにかなると思います?』

 

 『質問に質問を返して悪いけど、制御を失った水の玉が落ちたらどうなると思う?』

 

 『あーもうっ!! どっちにしろ同じですわね!」

 

 つまり、わたくしは、水の玉とメガロシャークの両方を対処しなければならないということです。片方だけでも厄介どころではないのに、本当にもう!

 

 『それで、どうします!?』

 

 『君が居ない間に、君の視覚映像から分析を進めてた。あの水の玉と合体ロボは、メガロシャークだけの力じゃない。他の三つの元素の改造コードも組み合わされてる。それがあの合体ロボを作り、メガロシャークを強化して水の玉を作ることを可能にしているんだよ』

 

 『合体ロボ……あの大きい人型ゴーレムですね。ゴーレムを破壊すれば水の玉の制御を失う……しかし、残った水は、元の場所に戻るでしょうけどその衝撃までは、無くなってくれませんわよ?』

 

 『そこなんだよな~~……。どうしたらいいかなぁ……』

 

 『あーもう!! とりあえず考えておいてください!』

 

 メガロシャークがあの人類撃滅スーパーゴーレム〈ビッグフォー〉とやらがわたくしの視界に映っていました。この辺りは、まだ海も健在ですわね。その距離としてもう数キロメルとありません。メガロシャークもまたわたくしを捉えていました。

 

 『わたくしがあのゴーレムを堕とすまでに!! なるはやですわよ!!』

 

 ゴーレムの胸辺りに仁王立ちで、腕を組んだメガロシャークとわたくしの視線がぶつかり、ホワイトの返事を訊くより早く。

 

 「デッドエンドのデリバリーサービスですわ! 謹んで受け取ってくださいまし!!」

 

 「シャーッシャッシャッシャ!! 減らねえ減らず口だなぁ! おい!! お淑やかさって知ってるかぁ!?」

 

 「そちらの笑い声が下品すぎましてよ! 品性壊滅でして?」

 

 空気を砕く殺人的加速を乗せた水平飛び蹴りを顔面に! しかし、ハイヒールの向こうから聞こえる笑い声に、わたくしは、おかわり代わりのつま先を、

 

 「これで!」

 

 左! 右! 左!

 

 「どう!」 

 

 右! 左! 右!

 

 「でしょうっ!」

 

 下に落として、上に!

 

 「かぁ!!!!」

 

 戻ってきた鼻っ柱へ!! と叩き込んで差し上げます!

 

 「シャーッ! シャッ!シャッ! シャ! ま、だ! まだ!」足首を砕く音「効かねえ!!」苦悶に唇が歪みました。

 

 「――ッ!!」

 

 それでも口を突く絶叫だけは、噛み殺した。ツインロールを振り回し、メガロシャークの凶悪な握力の支配から抜け出そうとしました。けれど幾度叩きつけてもメガロシャークは、不敵に笑うばかりで、その手が緩む事はありません。

 

 「ならっ――」

 

 髪型変更(スタイルチェンジ)――ポニーロール!

 

 「これでも喰らっていきなさい!」

 

 切っ先の狙いを定めて、これまた顔面へ――って! んな!? あんまりのことに、わたくし、目を見開いてしまいました。

 

 「ちょ、ちょっと何してくれてんですの!?」

 

 「ふごふががふごごごががが」

 

 「なーに言ってんのかまーったく、これっぽちも分かりませんわよ!!」

 

 わたくしのポニーロールに、噛み付いている!? 回転しているのですよ! あのシルフィーリベアを完膚無きに粉砕したこの回転を受けて、歯が無事であるはずがありません!

 

 「がががががががががががが」

 

 「っ! まあ構いません!」ぐっとポニーロールに力を込め「喉奥まで咥えて、絶頂しなさい!」

 

 突き入れる!! 顎を外し、口内環境めちゃくちゃにしてやりますわ! 牙を削り、ジリジリとポニーロールが押し勝っていきます。いい感じですわよ。

 

 「ががががッ――流石に、ちょっとそれは不味いぜ。シャッシャッシャ」

 

 「やーっと離しましたわね。この鮫頭! 淑女の足握り潰してなにしてくれてんですのっ……!!」

 

 ポニーロールを両手で掴んだメガロシャークは、いつもの笑い声と共に、口から引きずり出していきます。無論、わたくしも睨みながらそれに抗いますが……。ああ! メシメシいってます! 髪がたてていい音じゃありませんわよ!?

 

 「こんの、馬鹿力っ!」

 

 たまらず髪型変更(スタイルチェンジ)。無理矢理ツインロールにして、メガロシャークの掌を滑らせて、振り払うとわたくし、距離をとりました。

 

 「っ……」

 

 砕けた骨肉、青黒く染まった皮膚が蠢いて、足首が再生されていく激痛に、わたくしは、思わず眉を顰めます。

 眼前、メガロシャークは、未だ不動です。その足をあのゴーレムから離していない。前よりずっと手応えがない。

 

 『ホワイト、どうしましょう。勝算が見えないのですけれど』

 

 『――そうだ。狙うのは、上の水の玉だ』

 

 『水の玉を、どうするんですの?』

 

 『君のツインロール――因果を回して、捻って切る! 改造コードへの特攻であるそのロールなら水の玉を構成する改造コードを捩じ切って、メガロシャークとの接続を切れるはずだ。そうしたらあれを奪い取ることもできるかもしれない。何度もやってるから分かるだろうけど君は、改造コードに対する言わば特効薬だから』

 

 『それで、メガロシャークもどうにかなるんですの?』

 

 『なる……はず』

 

 『まあ、分かりました。――わたくしは、どうすればいいんですの?』

 

 『突き刺して。後は、僕がする』

 

 自信なさげな口調から一転、ホワイトの言葉には、覚悟が見えました。ま、最初から信頼していますけど。

 

 「了かっ――人がお話してるところに殴りかかるとか品性劣悪ですわねっ! お母様に習いませんでしたか!?」

 

 「残念ながら俺の親は、お前たちに、人間に殺されたよ!!」

 

 両手指をまっすぐ揃えた手刀が青いオーラを纏っています。水魔法――今飛んできたのは、圧縮された水を回転させたもの。迎撃はできましたが手が痺れますわね。結構なお点前ですこと。

 

 「あら! それは、ナイーブな話題でしたわね!! 失礼っ!」

 

 「はっ、殺されたほうが悪いさ。それはそれでリベンジだ! 晴らす恨みが多くて忙しいぜ!」

 

 だけどまあ、目を見開き、一欠も無く揃った牙を剥き出しにしたメガロシャークは、叫ぶ。

 

 「ま、これで全部全部終わりだけどよぉ! シャッシャッシャッシャ!!」

 

 「ああ、ちょっと疑問になってたんです、わたくし。今ので理解できましたけど」

 

 「ああん?」

 

 「貴方、あの水の玉、落としたらどうなるか理解できていますわよね? 承知ですわよね?」

 

 「この世全ての陸地が海に流されるだろうなあ」

 

 首を傾げたメガロシャークは、なんてこと無いようにそう言った。

 

 「やっぱり、そうなのですね。貴方、リベンジリベンジうるさいと思っていましたが……これら全て、貴方のリベンジですのね」

 

 「そうかもしれねえなあ。シャッシャッシャ。世の中、弱肉強食だ。誰も彼も食われ、殺される。皆そうして俺の前から居なくなったよ」

 

 少し唇を歪めたメガロシャークは、両腕を大きく広げました。どうやら上空の水の玉が最終段階を迎えつつあるようです。どうやら無駄口もこの辺りのようですわね。下ろした拳を構え直したわたくしは、メガロシャークを睨めつけました。

 

 「シャシャ、やろうか」

 

 わたくしは、応えませんでした。突貫――メガロシャークへ殴りかかります。ツインロールの出力に押された拳をメガロシャークに、

 

 「っ! なるほど、そっちが狙いかぁ!!」

 

 掠らせて、そのまま上に! 目標、水の玉! 直線ならポニーロールです! 今も回転し、海を吸い上げるそれに向けて、更に加速を行いました。

 

 「シャッシャッシャ!! こんな短時間で、忘れちゃったかぁ!? シャークミサイル!」

 

 メガロシャークの声に、わたくしが思わず振り向きました。忘れてませんわよ、鮫頭と一緒にしないで頂けます!? とかなんとか言おうとしたのですが……。

 

 「いえ、何か増えてませんか……!?」

 

 「サメは、毎分毎秒が成長期で、思春期だ!!」

 

 「意味の、分かる言葉をっ! お話くださいましっ!」

 

 猛スピードで追い上げてきたサメの鼻っ柱をつま先で蹴り飛ばし、口を広げてきたサメのそれでもなお追いすがろうと追いかけてくるサメ達を蛇行で、振り落として差し上げ――し、しつこいですわ~~!

 

 「しかし、構いません!」

 

 空中をぐねぐねうろうろしていましたが目標は、もう目と鼻の先! 水の玉まで、数メルトルとありません! このまま突き進んで――キラリと光るもの? あ、そういう? 理解したわたくしの顔面めがけてシャーク! シャーク! シャーク!

 まっ、そんなことだろうと思いました! ツインロールの回転を押し上げればこのくらい!

 

 「ポニーロールの前では、塵芥同然!」

 

 「シャシャ! ああ、そう来ると思ってたよ!!」

 

 「っ!?」

 

 ポニーロールに触れたそばから皮の内側から膨れ上がって。目玉が飛び出たと思うとパンっと弾けました。いえ、触れているものだけではありません! 連鎖して、周囲のサメがもろとも全匹――!

 

 「これは――!!」

 

 『毒じゃない! 目眩まし! 来――』

 

 最後まで聞けませんでした――わたくしの体を叩く衝撃が思考を寸断。明滅する視界、ばらばらに飛び散る思考。

 

 『また落ちてるよ! ウィンター!!』

 

 「――分かって、いますわよ!!」

 

 繰り返してたまるものですかっ! 直撃は、防ぎました。ツインロールガードですの。けれど体の芯まで響くこれは、流石に堪えますわね。どうにか切り替えたツインロールで、体勢の制御。わたくしを叩き落としたのは、拳二つ。そういえば腕飛ばしてましたわね……。

 

 「技名をわざわざ叫ぶなんて、馬鹿らしくないか?」

 

 『それを言っちゃあおしまいだろうがぁ!! バカザメ!!』

 

 海面近くまで戻ってきたわたくしを見下ろすメガロシャークの台詞に、ホワイトが頭の中でブチギレかましました。いえ、癪ですがごもっともでは? なんでキレてるんですの、この娘。 

 

 『かー!! 分かってない! これだから異世界人はっ!!』

 

 なんかよく分からない地雷踏んじゃいましたわね。なにやらじたばたじたばた騒ぎ立てるホワイトを遮るためわたくしは、口を開きました。

 

 『で、どうしましょ』

 

 『どうしようねえ』

 

 いやーここまで隙がないと感動しちゃいますわね。涙ちょちょぎれちゃいますわよ。

 

 『リミットどれくらいでしょう』

 

 『10分無いかな』

 

 『無いですかーー……』

 

 ため息出ますわネ。出ましたわ。とっても大きなやつです。嗤うメガロシャークが憎たらしい。あの顔面ぶん殴ってもあんまり意味ないから困りますわね。

 

 「シャシャッ、ネタ切れか?」

 

 「ふん、今に目に物見せて差し上げますから目玉かっぽじって、自害してなさい」

 

 「シャーッシャッシャッシャ! それじゃあ見えないから遠慮しとくぜ!」

 

 ぶっちゃけ時間が敵に回っている以上、こんな下らない応酬やってる場合じゃないんですけれど……いいアイディアも湧いてこないのでどうしようもないですわね。

 負けのイメージが脳裏に張り付いている。瞼を下ろせばきっと蘇る。水の重みと沈む感覚。指先、末端まで届いた無力感。振り払うように、わたくしは、打開策――というかちょっとやけっぱちなアイディアを口にします。

 

 『……ツインロール逆回転させたら時間戻りません?』

 

 『そんなスーパーマンじゃないんだから……――あっ』

 

 『なんです? 何かいい案出ましたか? 実は、時間を戻せます?』

 

 『いや、戻せないって……多分。いや君さ、ツインロールを――――って、できない?』

 

 『え、本気(マジ)で言ってますの?』

 

 『本気(マジ)本気(マジ)。大本気(マジ)。ツインロールで、一応防げてたし、それができたらいけるんじゃないかな?』

 

 耳を疑いました。が、今の所時間もなくて、勝算のある策がわたくしにはない。ならもう信じる他ありませんわね。いやしかし。

 

 『こんな土壇場でそんなこといいます? 普通』

 

 『他に何かあれば言うよ……! ツインロールをポニーしたり自由自在やってるし、僕はもうその辺に賭けるしかできない……!! 弄ってみたらミサイルも出せるようになったし……!!』

 

 ごもっとも。何も思いついてないわたくしが突進するよりもホワイトのアイディアを受け入れるほうが良さげですわね、ええ。ていうかミサイルの件忘れてましたわ。やぶ蛇でしたわね。

 

 「やってやろうじゃありませんか……!」

 

 小さく呟き、乾いた唇を舌で濡らす――打倒、メガロシャーク! それができるなら、この際なんだってやってやりますわ! そう、なんだって!

 

 

 



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第二十一話 ウィンター・ツイーンドリルルと勝利の明日へレディゴーですの!

 

 

 

 (どう来るよ。シャシャシャ)

 

 メガロシャークは、内心顔面共に中々愉快な気分だった。見下ろす先には、ウィンターの姿。魔族的にも見目麗しい――魔王を美しいと感じる感性があるから当然――容姿がキッとよく研いだ刃物、メガロシャーク的には、自身のの背びれのような視線を送ってきている。情熱的だとも思っていた。

 もっとも背びれに例えられたことをウィンターが知ればマジギレ間違いないが口に出さないことは、伝わらない。

 

 リベンジなんだとも言っているがメガロシャークもサラマンドロスの同類だ。バトルジャンキー。血に飢えた怪物。

 ただ違うとすれば、過程、理由。そういうところだ。

 サラマンドロスは、性的快感と闘争がイコールになってる。血肉を裂き、焼き、鼓膜を震わす悲鳴と鼻孔を突く血の香りに震え、息の根を止める。

 メガロシャークにとって闘争は、手段だ。リベンジ、何も出来なかったいつかの弱さを帳消しするためのリベンジ。リベンジという言い訳。笑みという柔らかな殻の中に隠した臆病さ(きょうき)

 自覚が有無は兎も角、ブラックがメガロシャーク・P(サイコパス)・グッドフィーリングと名付けただけはある。

 

 ――改造コードに適応した四天王達は、ブラックから名を作られ、魔王により与えられている。

 

 彼らは、元々自然そのものか精霊に近しい存在だ。だから元々、名を持っていない。彼らは、個を定義しないからだ。

 風は風で、炎は炎。木は、自然と集い森となる。精霊であったメガロシャークもまた名を持たない。

 故に、一つの個体として成立し、なおかつ改造コードを受け入れた証として、名をつけられた。

 

 「来るかよっ……!」

 

 呟いたメガロシャークは、構えた。ウィンターに動きがあるのを感じ取ったのだ。起こりを見た。始まりの直感を得たメガロシャークは、口を開き――眼の前に現れたウィンターの顔に、目を見開いた。

 

 「ええ! 来ましたわよ!!」

 

 ウィンターの言葉とツインロール――いや、違う。違わなくはない。ただ多い。違和感どころではないくらいに多い。何がといえばそう――。

 

 「なんだよ、それ!!」

 

 「見ての通り――フルロールドレス(・・・・・・・・)でしてよ!!」

 

 風に揺れる黄金を身に纏うウインターの笑顔は、実に眩しかった。

 

 「なんだよ、そ――」

 

 困惑したメガロシャークは、同じことを口にしようとして、思い切りぶん殴られた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ――ツインロールを鎧にできないかな。とかなんとか真剣に何を言いだしたかと思いましたが!

 

 「やろうと思えばやれるもんですね!」

 

 ふわっふわと優美に空を泳ぐのは、幾層とレイヤードされたスカート。いつもより強めにきゅっとウェストを締めるコルセット。普段より思い切り肩や胸が出てるのは恥ずかしいですけれど。

 

 「殴りやすくて、“あり”!」

 

 あっ、このロンググローブ。手甲になるんですのね。へえ、いいですわね。回転もつけ心地もいい感じでご機嫌ですわ! 

 

 『いやいや、違う! ドレスになってる!!』

 

 「乙女が纏う鎧といえばドレス以外、ありえませんわっ!!」

 

 『あっ、そっか……。君がそれでいいならまあ、文句はないかな……うん』

 

 なんか含みのある言葉ですけれど! この際、気にしませんわ! ワンツー! ワンツー! メガロシャークの頬と鼻っ柱に、ワンツー! そして、おまけに!

 

 「チェイッ、サー!」

 

 回し蹴りィ!! いい感触。振り抜いた右足を伝わる衝撃と耳を打つ鈍く確かな音。これは、入りましたわね。間違いありませんわよ。

 

 「シャシャッ、いい蹴りじゃね――「息が生臭いですわよ。おだまりになって」――ッ?!!?」

 

 斜め後ろに反った首を鳴らしながら元の位置に戻そうとするメガロシャークに、ぐんと伸ばした足を振って、ハイキックをお見舞い。さっきより更に反ったメガロシャークは、ぷるぷると震えています。その口元からつっと垂れた赤。

 

 「あらあら、痛そうですわね」

 

 「シャシャシャ……痛いぜ? とってもよォ……」

 

 ごきりごきりと首を鳴らして、正面を向いたメガロシャークの顔面には、血の跡はあれど傷は見当たりませんでした。ぺっと吐き出したのは、牙の破片。にっと牙を剥けばこれもぐんぐんと再生。早いですわね。やるじゃないですか。

 

 「なあ、お前よ。こりゃ俺だけのリベンジじゃないのよ。だから俺ばっかり構ってると」

 

 海面を突き抜け、水の玉を引き裂き、巨大ゴーレムの中から吐き出されたのは、サメ。世界を敵に回したような無数も無数のサメ、サメ、サメ! 大群なんて生温いと思わせるほどの軍勢がわたくしを四方八方上下左右前後から睨みつけてきていました。

 

 「足元、手元もなんもかんも無くなっちまうぞ?」

 

 ……ここまでして、このざまはちょっとどころじゃないくらいかっこ悪いですわね。

 

 「はん、群れなくては、わたくしに立ち向かえもしませんか? 一人になろうと手足をもがれようとわたくしは、立ち向かいます。貴方のはた迷惑なリベンジを成し遂げさせるわけにはいきませんからねっ!」

 

 「死ねェ!!」

 

 メガロシャークの合図と共にサメたちが一斉に、わたくしへと襲いかかってきました。勿論、ただ受け入れるだけではありません。返り討ちにしてやる気概で、ツインロールを構えました。この圧倒的物量相手に、どこまでやれるか分かりませんが只々食われるだけなのは、わたくしのプライドが許しません。

 徹底抗戦――浮かぶ言葉を実行せんと空を駆ける、「ウィンター!!」――寸前のことでした。

 

 「――ホワイト!?」

 

 わたくしの首に手を回したホワイトの姿を視認した直後、爆音。わたくしの四方八方で、それは炸裂していました。赤と青、緑と茶。四属性の輝きを目にしました。

 

 「複合式の爆裂魔法……! これは……」

 

 「君は、一人なんかじゃないってこと! ほら!」

 

 ホワイトの指差す方、サメたちがばらばらになって落ちていく血霧のカーテンの隙間から見えるそこにあるものを見て、わたくしは、目を見張りました。

 

 「あれは……!」

 

 『ウィンター様ーー!!』

 

 聞き慣れた声――オフェーリアですわ。まだ距離はあります。けれどわたくしの目には、しっかりと映っていました。僅かに残った海を掻き分け、海原をゆく巨大な蒸気船の姿。無数の鋼と木で組み上げられ、膨大な熱量が動かす船。なるほど。あの時言っていた秘密兵器とは、あれのことですね! 魔法を用いた蒸気船、確か魔導蒸気船という名前だったはず。開発途中だと小耳に挟んでいましたが完成していたとは……!!

 ブンブンと手を振り、声を上げているオフェーリアがその船首に見えました。普通なら届きませんけどお嬢様イヤーは、地獄耳ですので。

 

 〈お待たせしました! 貴方のオフェーリアです! オフェーリアですよー!〉

 

 〈いけません、姫様! 前に出すぎです! 危険ですので後方に!〉

 

 〈何を言います! 一番強い私が駄目なら皆耐えられませんよ! ならむしろ私が前に出たほうがいいのでは? どう思います?〉

 〈偉い人なので後ろに居たほうがいいと思いまーす〉

 

 〈偉い人権限です。前に出ます!!!〉

 

 〈困った。あーしらは、権力と暴力に勝てない。これ、国勤めの辛いところね〉

 

 〈ジュピー! あっさり敗北宣言しないで!! 姫様~~!〉

 

 オフェーリアの両脇にいるのは、メアリとジュピーですわね。あの子達も来ているのですね。

 

 「ま、そんな感じ」

 

 「なるほどですわね」

 

 と納得したように頷いてからわたくしは、メガロシャークへと視線を戻しました。フルロールドレスを大きく払い、びしりと指差すと不敵に笑って差し上げました。

 

 「というわけですわ!! 貴方の相手は、わたくし()ですわよ!」

 

 「シャシャッ、まあ、構わねえよ! 水で流して殺すんじゃ物足りないと思ってたからなあ!!!! この手で、縊り殺すほうが楽しいよなぁ!?」

 

 「はんっ! その魚眼をかっぽじってよく見るがいいですわ!」

 

 突きつけた手を振り上げ、風になびく髪を払った後、胸下で腕を組んだわたくしは、口の両端を持ち上げました。

 

 「勇者ウィンター・ツイーンドリルルに、わたくし達、人類に敗北するご自身の姿を!!」

 

 そう、わたくしが言い終わるか終わらないかの内、言葉無く、唸りを上げたサメたちが次々と現れ、突進してきました。蒸気船から放たれる砲撃と魔法がサメ達を吹き飛ばし、粉砕していきます。視界が血と硝煙に覆い隠されていく。それらをどうにか掻い潜ってきたサメには、ロールミサイルをお見舞い。

 

 「ウィンター!」

 

 声で応えず、行動で――わたくしは指を、それを覆うフルロールドレスを、メガロシャークの妨害を受ける前に水の玉へ突き立てていました。

 

 「ここからどうすれば!?」

 

 時間はない。真下から強烈な圧力が、あのゴーレムの腕が再び迫ってきている。

 

 「回して引き千切る! 細かい制御だとかは、僕がやる。君は、いつもの通り行ってみよー!」

 

 「かしこまりまして、よ!」

 

 回りだしたフルロールドレスの手甲は、その姿をロールに変えました。両手を突っ込んだので、ツインロールですわね。ぎゅんぎゅんと水の玉の中で回って、中に残っていたサメたちを叩き出します。そして、出来上がるのは、日差しを捻じ曲げ乱射し、青く輝く渦一つ……そうですわね。

 

 「ポニーロール:タイプ・マリンブルー。ツインロール、ですわ!」

 

 『……長くない?』

 

 『いいんですの! かっこいいですから!』

 

 なにより見るだけで分かるこの決定力! 海をまとめて生み出されたポニーロールからは、ひしひしと勝利の予感を感じさせました。

 

 「ハァッ!」

 

 天から地、迫るゴーレムの腕に向け、わたくしは、そのまま落ちていきます。重力とこのポニーロールの推進力を使った突進。

 

 「っ!!」

 

 メガロシャークが目を見張ったのを見ました。当然でしょう。自信満々と放ったゴーレムの腕が一瞬で粉砕されたのですから。わたくしとしては、とても良い気分ですわね。なにせ散々殴ってくれましたから意趣返しとしては、十分でしょう。そして、ポニーロールの先端は、ゴーレム本体へ。

 

 「海の藻屑と、なりなさい!」

 

 ポニーロール:タイプ・マリンブルーの先端がゴーレムの頭に触れ――粉砕。

 

 「うおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 メガロシャークがポニーロール:タイプ・マリンブルーをどうにか押し返そうとしているのが見えました。無駄ですわ。制御を奪い返そうとしている感触もあります。けれどそれも無駄。

 この回転は、わたくし達のものです。

 

 「貴方の蔑ろにした海を受けて、圧潰しなさい」

 

 呟き、わたくしは、両手に力を込めました――それから、ポニーロール:タイプ・マリンブルーが海底を打ち抜くのに、さして時間はかかりませんでしたわ。

 

 「何か、言い残すことは」

 

 水平線の彼方へ日が落ちゆく中、わたくしの目の前には、両手足を失ったメガロシャークが浮いていました。夕日に照らされた彼の瞳は、曇り無く、澱みなく。絶望の様子は微塵とありません。

 

 「いつか必ずぶち殺してやる」

 

 「それでは、お元気で」

 

 嗤い、立てられた指を見たわたくしは、伸ばした掌を一閃。ぱっと飛び散り、水面を汚すものもすぐにさざなみに消えていきました。水の四天王、メガロシャーク・P・グッドフィーリングを殺した。これで四天王は、打ち止め。

 

 「……お疲れ、ウィンター」

 

 ホワイトの労いに、わたくしは、笑みを浮かべ。

 

 「では、オーラスと行こう」

 

 聞こえた声に、凍りつきました。いつの間にか。そういつの間にかです。わたくしの目の前に(・・・・)、女性が一人。つい半日ほど前、随分とお世話になった人です。その彼女が水面に立っていました。何故、ここに? どうやってここに? わたくしの頭をハテナマークが埋め尽くし、言葉も出ませんでしたの。

 

 「ウィンター……君、彼女と知り合いかい……?」

 

 「え、ええ……。とてもとてもお世話になりました」

 

 ホワイトの声が震えている――すっと横目に見た彼女の横顔は、青を通り越して、白。何? 彼女を知っているのですか?

 

 「ああ、そうだ。ちゃんと名乗っていなかったね」

 

 思い出したかのように、彼女――エレオノーラ・チェイン・ピースメイカーは、穏やかに微笑みました。

 

 「ウィンター、逃げ――「いいや、駄目だ」ぁ――!?」

 

 「え?」

 

 金属が擦れるような唸り声を聞いた気がしました。次の瞬間、何かがホワイトを通過して、ホワイトがバラバラに? 次に世界がズレて、いえ、バラバラになっているのは、わたくし……?!

 縦、横、斜め。手足の感覚が吹き飛んで、聴覚が飛び飛びに。何か熱いものが抜け、エレオノーラの微笑みが映る視界を黒墨が塗りつぶしていく――冷たい。全身が冷たくてたまらない。寒い。

 

 「私は、現魔王(・・・)エレオノーラ・チェイン・ピースメイカー。決着をつけにきた」

  

 

 



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第四章 VS魔王エレオノーラ・チェイン・ピースメイカー
第二十二話 ウィンター・ツイーンドリルルとラストバトルですわ!!


 

 

 

 「また、落ちていますわね」

 

 呟いた口元から出た水泡を見て、海に沈みゆくのをわたくしは、理解する。水色と藍色のグラデーションが綺麗。沈みゆく体は、徐々に藍に染まっていく。抵抗は出来ません。

 二回目――いや、三回目。夢でも落ちたはずです。細かい事は忘れてしまったけれど、確かそう。

 だけどおかしい。バラバラにされたはずだ。沈むんでいるのを自覚しているのは、おかしい。

 人が死ぬと沈むのかも知れません。実際、息苦しくもなく、水を呑んでも喉を落ちて、腹に溜まる感覚もありません。死後の世界は、海の形なのかもしれませんね。

 

 「死んだのでしょうか……?」

 

 今度こそ完全無欠に死んでしまった――そう考えるとどこか納得も行くように思えた。

 

 「いいや、ウィンター。君は、まだ死んでない」

 

 「ホワイト……どこにいらっしゃるの」

 

 「ここさ。僕は、今、君を包んでいる。君のすぐ隣であって、とても遠く。触れているけど触れていない」

 

 「小難しい話は無しにしましょう。どうなっています?」

 

 「ばらばらになった君と僕が海に沈んでるとこ。後、数秒で絶命かな」

 

 「死にかけなのは変わりませんね。んで、こういうことをしてるってことはまだ起死回生の策とかあるんでしょう?」

 

 「そうだね。一応ある。最終手段で、僕としては使いたくない」

 

 「じゃあ、それです。それでいきましょう」

 

 「理由を言うくらいの時間はあるよ。端的に言えば君を元に戻せなくなる。男の子と永遠にさようならってこと」

 

 「もう今さらですわよ」

 

 「い、いや、それだけじゃないから! この世界に、君がいれなくなる可能性もあるの!!」

 

 「それは、どういうことですの?」

 

 「君と僕を繋いで一つにするからだよ。僕は、ブラックを追いかけるようにできている。僕と君が合体して、ブラックを逃せば必然、僕らも追うことになる。ブラックは、多分ここには戻らない」

 

 「……構いません」

 

 「ウィンター……」

 

 「貴方との旅もそう悪くないでしょうしね」

 

 いたずらっぽくくすりと笑い。

 

 「それに、わたくしは、二度と大切なものを失いたくありません。ここが正念場ならなおさら立ち竦んでいる場合でもないでしょう?」

 

 「君を世界が失うよ?」

 

 「……それは、その、オフェーリアや皆さんには、我慢してもらいましょう。それにここで終わらせれば旅に出る必要はないのでしょう?」

 

 「いやまあ、そうだどさー……」

 

 「だったらそうすればいいんですっ!」

 

 「――ま、確かに、君の言う通りかも」

 

 「決まりましたね! ほら! ハリーハリー! ハリーアップ! こんなとこでグズグズしてずにいきますよ!!」

 

 「って、いつのまに動けるように!? いや、そのままじゃ出れないって! 待ってー!!」

 

 話が決まれば早いです!! わたくしは、藍を掻き分け、蹴りつけ。上に、水色に向かって進み始めました。なんとなくこうすればいい。頭とか体より直感的な動作でした。ぐんぐん光が迫ってきます。

 

 「置いていくなんて酷いよ!」

 

 「あら、追いつけたならいいじゃないですか」

 

 わたくしとホワイトは、隣り合うと軽口を交わし合ってから目の前まで来ている海面に、手を伸ばしました。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「ピースメイク。随分とあっさりな手応えだった」

 

 片手のピースサインをぱちぱち鳴らしたエレオノーラの瞳には、色濃い失望見えた。それなりの期待をしていたらしい。魔王としての挨拶のつもりだったようだ。

 その挨拶で、この一帯の海は、海底の岩盤ごと大きく引き裂かれている。海水は、裂け目に流れ落ち巨大な滝となっていた。それがいくつもある。折角元通りになったというのにこのざまだ。

 

 「ホワイトもやったのかい」

 

 音も無く現れ浮かぶブラックに、エレオノーラは、何の気負いもなく言う。

 

 「ああ、神殺し(・・・)は、そのうちやる予定だった。異世界のものとはいえど神は、神なのだろう?」

 

 「まあ一応ね。愚妹さ。黒白混然一体の灰色の神だった私達は、ある日、突然分かたれた。それが私達兄妹ってところさ」

 

 「ふむ、なるほど。まあいい」

 

 あー我が魔王興味なさそーとブラックは、内心思った。自身としてもどうでもいい話だから興味もたれても困っただろうから丁度良かったといえば丁度良かった。

 

 「四天王も皆散った。そして、勇者は期待外れ。こうなるともうやることは一つ――……おや」

 

 「我が魔王」

 

 「分かっている」

 

 エレオノーラは、壮絶に嗤う。なんだ根性あるじゃないか。と内心呟いた。

 正直なところ、ウィンターが生来持ち合わせていたのは、根性しか無い。勇者としての心だけは、彼生来のものだった。力無くとも彼は誰よりも騎士らしくなにより勇者らしかった。それは、勇者としての力を手に入れても変わらない。

 故に、これは必然だ。

 

 ――直後。

 

 海が吹き飛んだ。距離をとった魔導蒸気船の上で、ウィンターを探していたオフェーリアは、少なくともそう思えた。揺れる船上、誰もが足をもつらせ、誰かは、海に落ちそうになり何かに掴まる。オフェーリアは、傾ぐ体をどうにかこうにか支えている。

 そして、見た。

 

 「――ウィンター様……?」

 

 語尾につく疑問符、彼女の表情が物語るように、確信ができていなかった。

 

 「勇者、様……?」

 

 メアリとジュピーもまた同じだった。

 

 「ホワイト……。そうか。君は、そうすることを選んだのか」

 

 見上げるブラックは、夕日を受けて煌めく水飛沫の中、まばゆい程の光景に目を細め、呟いた。

 

 「どうだい、我が魔王。私達もやっておくかい?」

 

 「気色悪い」

 

 「はは、知っている。じゃあ、頑張ってくれ。君の世界の命運は、君以外に打開できないんだろう?」

 

 「言われなくとも」

 

 エレオノーラは、決して笑みを崩さない。嗤い、夕焼け空に浮かぶ、黄金と白を真っ直ぐ見上げる。彼女を中心にして、唸り声が上がる。熱量が上下して、氷結と蒸発が巻き起こる。

 上空に浮かぶのは、勇者ウィンター・ツイーンドリリル。黄金と白――ウエディングドレスだ。足を覆う長い裾に、フルロールドレスから引き継がれて、大きく出た肩に胸、肘まで覆うロンググローブ。無論、ツインロール製。

 ツインロールが巨大化している。一つでポニーロールと同じ大きさはある。つまり元から先まででウィンターの身の丈ほどはあった。太さもまた彼女の細いウエスト二つは、収まりそうだ。その黄金螺旋を走り抜ける濃い白。ついさっきまで無かった色合いだ。ツインロールを沿うように駆け巡っている。ドレスにもまた同じく。それに、双眸の色が違う。片や紫、片や緑(オッドアイ)。きりりとした強い瞳がエレオノーラを見下ろしていた。

 

 「来い、勇者。ピースメイクだ。戦火なき世界の礎にしてやろう」

 

 そう言い、彼女は、右手を前に、左手を胸の下にして構えた。すると片手を指を伸ばした手刀、いや、両腕自体に変化が生じた。

 横に裂けた。直後、中から何かが飛び出たチェインソーだ。この世界に無いはずのものが飛び出した。長い。彼女の腕一本分はある。

 魔王に施された改造コードは、こういう形になった。司った元素を強める、世界に在るものを強くするという形にした四天王とは、真逆だ。

 土の四天王が居た森が穏やかに彼女を迎え入れたのは、単に彼女がどうしようもなく天敵だったからだ。抗うことすら止めてしまうほどどうしようもなく。

 

 世界にない概念をもたらすのは、いつだって世界にある存在だ。

 

 しかし、チェインソーの存在が生まれるには、まだ早すぎる。世界の歩みに即していない。つまりこれをもたらしたのは、世界より早いものだ。

 そう、ブラック。この世界を加速させる異物にして、世界の歩みより早いもの。ブラックの見せたいくつかの動画データがこの結果を作った。死体にサメ。さらに悪魔、ついには神を。あらゆるものを斬り刻んだ無双の刃をチェンソーだとエレオノーラは、認識してしまった。

 強烈な自認と魔王としての膨大な魔力。これらに後押しを受けたチェインソーは、ものの見事に成った。

 

 そして、今、チェインソーとツインロールが激突する。

 己の世界を焼かれた者らが二度と焼かれぬ世界を作るため、意地と力をぶつけた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 突進(ランスチャージ)――わたくしが初手に選んだのは、それ。最速で、最高火力になりますから当然ですわね。空を蹴り、背後に向けたツインロールの片方の推進力のままにエレオノーラ様へ……いいえ、魔王へとツインロールの片方の切っ先をたたっきつけますわ。やはりこれに限りますわね。

 

 「逃げずに、立ち向かって下さるのですね!!」

 

 「無論。私の覇道に後はない」

 

 回転と回転が擦過して、強烈な火花がわたくし達の合間に、花を咲かせました。魔王の腕を割いて現れた駆動する刃。盾のように構えられ、ツインロールと鍔迫り合いしてますからいいですけれど、食らったら痛そうですわね……。

 

 『あれ、まともに受けたら負けだから気をつけて』

 

 『やっぱりです? 嫌な感じしてますものね。……ああ、あれにさっきバラバラにされたのですね』

 

 『そう、君と僕をバラバラにできる刃だ。神すら切り裂く刃であることは間違いないさ。それは、“僕ら”になっても変わらない。掠るのはまあ、僕がどうにかする。直撃だけは避けてよ』

 

 「ええ、任されましたわっ!」

 

 声と勢いで、魔王を弾き飛ばそうとしましたぐぐっと押し返されました。ぬぬっ……腕力無駄にありますわね。ていうか押し負けそうですわよ。

 

 「そうそう。わたくし一つ聞きたいことがあるのです」

 

 ここは、言葉で惑わしていきましょう。その程度で油断する相手ではないと思いますし、ほんとに聞きたいだけですけれど。

 

 「どうして、わたくしを助けてくれたんです? 起きる前に殺してしまえば終わりではありませんか」

 

 「私は、メガロシャークの勝利を信じていた」

 

 わたくしは、ほんの刹那、ここが戦場であることを忘れていました。朝日に瞳を煌めかせ、微笑を浮かべる魔王は、それほどに美しかったのです。見とれてしまいました。

 

 「サラマンドロスもシルフィーリベアも、その身を捨て、巨大なゴーレムへと体を変えたアンデリッチも。私は、皆を信じ、戦場へと送った。そこで私がお前の首を横取りにすれば、彼らの覚悟を彼らの想いを踏み躙ることになる」

 

 「だから、助けた?」

 

 「そうなるな」

 

 「なるほ、どっ!」

 

 押し込み返ってきた力を利用して、わたくしは、魔王から距離を取りました。距離はリセット。再び、海上と上空で睨み合うことになります。

 

 「貴女達の互い互いへの信頼、尊重。尊敬に値しますわね」

 

 「しかし」呟きと同時に、加速。ツインロール――それぞれがかつてのポニーロール一本分になったのもあって、出力がかなり増しています。故に、最高速の到達は、一瞬。接敵もまた一瞬ですわよ。

 

 「これは、これ! わたくしを始末しなかったこと後悔させて差し上げます!」

 

 「やってみるがいいさ」

 

 ちょっと負けフラグじゃない……? ホワイトが何やら微妙な顔で呟いていますがいいえ、気にしません。わたくしは、気にしません! ドレスの袖口をロールして、両手をロールします。つまりツインロール。これでラッシュを――!?

 

 『動かないって、これ!!』

 

 「凍っている!?」

 

 両手にあるツインロールが凍りついてしまっていました。回転しようとしていますがガチガチに固まっていて、まともに動きません。あ、ギシギシいってますから回ろうとはしてますね。ていうか手の周りが冷たぁいですわ!! あ、やべ。

 

 「ッ――! 危ない!? 手首叩きられるとこでしたわ!」

 

 「チェイン・トゥ・フロストエッジ」

 

 詰めた距離をまたして離したわたくしの前で、魔王が何事か口にしました。すると吐く息も白く染まり――海が凍りついていっていました。いえ、既に凍っていました。ほんの一瞬で、海が底までカチカチに凍りついています。

 見下ろせば永久凍土かとばかりに分厚い氷の平原があり、少し先では、重力よりも強固な氷結の檻に、滝が閉じ込められていますわ。オフェーリア達の乗っている蒸気船も分厚い氷と霜の中。

 これはちょっと想定外。いえ、だいぶ想定外。

 

 「チェインソーって凄いのですわね……!」

 

 「ああ、そうとも。チェインソーは、凄い」

 

 驚愕し、眼を見張るわたくしの感想に、魔王は、微かに唇を緩めると首肯されました。あら意外に素直な方。

 

 『いや、チェンソーの機能じゃないでしょこれ。僕知らないよこんなの……』

 

 そりゃ、そうでしょうね。わたくしの知ってるツインロールも回りもしませんし、ましてや空も飛べませんわよ。

 

 『どういう原理か想像つきまして? 魔法じゃないと思いますわよ。一応、これでも魔法齧ってますから分かります』

 

 『……回転かな。手から生えてるチェンソー、さっきと回転が逆だと思う。反転してる。普通のチェンソーは、そういうことしても意味ないだろうけど、多分あれには意味があるんだと思う。反転したら凍りつく。物質の状態を操ってるのか熱量の推移を……うーん、まだ判別つかないや』

 

 『分かったらお願いします。とりあえず良い感じにやりやってみますわ!』

 

 『報告連絡相談!』

 

 『そういう感じで!』

 

 ツインロールの回転を最大にします。髪を解き、ドレスに戻して、氷結を振り払います。うーん寒いですわ。気温もかなり低いですわね。空気が重たいのも水分が凍りついてるせいでしょうか。

 

 「っ!!」

 

 突如、氷原から襲いかかってきたのは、巨大な氷の杭。太く長く、切っ先鋭く。それが何本もわたくしの下方から襲ってきました。なんという圧! 空中機動するわたくしの視界に、一瞬映った魔王が上げた右手、その指が細かに動いていました。

 

 「凍らせるだけじゃない! 氷を操れるのですね!!」

 

 魔王の周囲につららが現れました。ええ、何をするか分かって――まだ言い終わってませんわよ! ぎゅんっと加速したつららの先端は、あっと言う間に直ぐ側に。ツインロールを振りかざし、叩き落とし、反らした顔すれすれを飛んでいってたのは、Uターン。追尾機能付き! 面倒ですわ!

 

 「しかし、この程度!」きゅんとコマの様に全身を回して「面倒なだけですわよ!!」粉砕っ!

 

 「まあ、そうだろう」

 

 ぼっそと言ったのちゃんと聞いてますわよ。お嬢様イヤーは、地獄耳ですからね。

 

 「――チェイン・トゥ・フレイムエッジ」

 

 ぼんっ! って音がしたと思ったら真っ白な水蒸気が視界を塗りつぶしていました。あっつい! たまらずツインロールを回して、あっつあつの水蒸気を吹き飛ばしてました。反射でしたわね。

 

 『さっきと今の言葉での予想なんだけど! 多分、今、魔王のチェインソーは、正転してると思う』

 

 『蒸しますわね……。それで?』

 

 『逆転で、氷結。そして、正転で、氷が一斉に蒸発してるとする。しかも熱い。熱がこもっているんだ。すると水の形態を操ってるんじゃない。ただの水蒸気は、熱くないからね。多分、彼女は、チェンソーの回転で熱を操作して……やばい』

 

 『え?』

 

 『ウィンター、早く離れて! できるだけ上に飛んで! 全速力! 全・速・力!!』

 

 一回で良いですわよ! なんて内心文句を吐きながらわたくしは、ぶんとツインロールを回し、急上昇。水蒸気に穴を開けていくと透き通ったスカイブルーが視界に広がる、寸前です。

 わたくしの視界の隅を焼いた光、次に背中を叩いた音。遅れてやってきたのが衝撃。ツインロールの制御が、取られてしまう……!! 荒ぶる視界に、わたくしは、眉を顰めながらも制御を取り戻そうとしました。

 

 「嘘っ――!?」

 

 目の前に、チェインソーの刃が無ければきっとわたくしは、空を飛ぶことが出来たでしょう。

 

 

 



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第二十三話 ウィンター・ツイーンドリルルとデッドエンドですわよ!?

 

 

 

 「殺ったかい?」

 

 宙に浮いて、傍に控えているブラックへ、魔王は首を振った。

 

 「仕留めそこねた」

 

 空高くを貫いていたチェンソーがガシャンと音をたて、元の長さに戻った。その刃先をブラックに見せると「なるほど」と納得したように頷く。少なくない鮮血と肉片が貼り付き、金色の毛髪がチェンソーには、絡まっていた。

 

 「しかし、そんなに手間取りそうにはないな。我が魔王」

 

 「私は、四天王の実力を過小評価していない。やつらを破った勇者を私は、過小評価しない」

 

 「つまり、どうするんだい?」

 

 「全力で殺す」

 

 二回目のなるほどを口にして、ブラックは、流石だと笑った。いやその寸前、衝撃波を被って、どこかに吹き飛ばされていった。魔王は、平然としている。うねる風に巻かれる髪を押さえもせず、叩きつけられる暴風に赤い瞳は、瞬き一つとしない。ただ真っ直ぐ、震源地を見ていた。

 

 「やってくれましたわね……!」

 

 「遅いぞ。待ちくたびれた」

 

 空からウィンターが降ってきていた。降ってきた、だ。着地というには、荒々しかった。氷原に大きなクレーターを作り、膝をついたウィンターは、顔面を赤く濡らしていた。ぽたりぽたりと頬から顎を伝って、落ちる鮮血は、雪を赤く溶かす。その源泉である頭部に痛々しく走っている傷の再生は、遅い。ウィンター達をやすやすとバラバラにしたチェインソーの凶悪さは、依然健在のようだ。

 だがウィンターの戦意は、全く絶えていない。瞳は、キッと魔王を睨んでいた。

 

 「嫁入り前の、いいえ! 乙女の顔に、傷など! それにわたくしでなければ千回以上しんでましたわっ!!」

 

 ノーモーションでウィンターは、加速した。大きく舞い上がった氷の粒子が朝日に照らされ、きらきら輝いた。

 

 「許せません!!」

 

 「良いじゃないか、傷物(スカーフェイス)。私が貰ってあげよう」

 

 「かーー!! 減らず口!!」

 

 そもそもだが近接での手数には、ウィンターに分がある。ツインロールと両手両足。魔王は、チェインソーで両手が埋まり、後は足だけだ。取り回しがいいと言えないチェインソーの内側でのインファイトとなれば必然――。

 

 「ちぇりゃあ!!」

 

 天秤を傾かせるのは、ウィンターだ。両拳のラッシュが魔王へ放たれた。ジャブ、ストレート。フックにアッパー。ボクシングにおけるコンビネーションだ。軽やかに迫る打拳に、魔王は、両腕をクロスしてガードを選んだ。肉を叩いたものをはいえない音と感触に、ウィンターは、次手を取った。

 彼女の姿が魔王の視界から消え、代わりに現れたのは回転する黄金――右のツインロールだった。上に視線を運べば、それを支えにしたウィンターがいた。ガードを乗り越える踵落とし(ヒールストライク)

 

 「チッ……」

 

 舌を打った魔王がバックステップと共に氷壁を生やす。ガードと仕切り直しだ。だがウィンターは、氷壁を蹴り砕き、魔王の眼前に現れた。

 振り下ろしたままの無防備なウィンターへ唸りを上げるチェインソーが向かう。魔王もまた前に出て、迎え撃ったのだ。

 反射的に、ツインロールを盾のようにかざそうとするウィンターへ、彼女自身が砕いた氷が絡みつく。初動の遅れたウィンターに、魔王は、唇を歪めた。

 チェインソーは、吸い込まれるようにウィンターの鳩尾に食い込み――止まった。

 

 「……!?」

 

 ドレス? 骨? 肉? いや、どれも簡単に引き裂けるはずだ。魔王は、引くことも押すことも出来ず歪な音を上げるチェインソーに眉を顰めた。すると笑い声が聞こえた。魔王が視線を持ち上げるとウィンターが青い顔に笑みを浮かべ、

 

 「ふ、ふふ……回転を止めてしまえばこっちのものですわ……。このドレス、ツインロールですしてよ」

 

 青い顔のままウィンターは、キメ顔をした。

 

 「……まあ、よく分からないが髪を絡めて、回転を止めているというわけか」

 

 「もう一本ありますが、それだけでわたくしを倒せまして?」

 

 ツインロールが左右から魔王を睨む。片手を抑えられている以上、元々少ない魔王の手札がさらに切り詰められてしまうこととなった。少なくともウィンターは、好機だと思っている。そう、ウィンターは。

 

 「私がチェインソーにより熱を操作しているのを見破り、導いた回答としては、悪くない」

 

 「だが、」

 

 魔王のもう片手のチェインソーが唸る。正転。愚直に回転速度が上がっていく。ものの一秒とフルスロットルまでかからなかった。

 「一度たりとも両方必要だとは言っていないぞ」

 

 魔王は、一瞬たりとも追い詰められたと思っていない――直後、ウィンターが一気に燃え上がった。

 

 「――――ッ!!」

 

 布を裂くような……というには、生温い絶叫が空を割らんばかりに響いた。だがその声も徐々に小さくなっていく。熱された空気が気道から侵入し、喉と肺を焼き尽くすからだ。

 黄金色を見る陰もないほどに溶かし、皮と肉を、臓腑を焼き焦がした挙げ句、血潮を蒸発させる。そんな想像を絶する痛みがウィンターを支配しているだろう。

 白い炎が彼女という存在を舐め溶かす。

 ――しかし、ウィンターは、倒れない。

 

 「素晴らしい」

 

 魔王は、称賛を思わず口にしていた。炭化し、ポロポロと今も崩れていく足で立つウィンターの瞳は、死んでいない。一歩、一歩。また一歩と体が崩れ落ちるのも、激痛にも構わず魔王への短くも遠い距離を詰めていく。

 

 「どうする? 次は、何を見せてくれる? 見ているだけじゃないだろう? その歩みは、無策と苦し紛れではないのだろう?」

 

 チェインソーが右と左で、別の回転を始める。右が正転、左が逆転。魔王の周囲で、空気が煮え立ち、白く砕ける。次で終わらせる。そういう殺意がチェインソーを回していた。

 

 「――――」

 

 掠れた音が魔王の耳朶を叩いた。来る。確信と共に、薙ぎ払ったチェインソーが鞭の様にぐにゃりとしなった。極限の熱、それは極低温と極高温が同時に出現したことによる空間の乱れがチェインソーをそう見せた。

 その一閃に、まず海が耐えられなかった。氷原が消滅した。そのエネルギーはそれだけで済まさない。大陸全土に波及し、砕き、壊し、終わらせる。残るのは、大穴。星の重力が全てを底へ叩き落とすだろう。

 

 

 

 

 ……いや、そうなるはずだった。

 

 

 

 

 「なに、を……!?」

 

 両腕を左右にクロスし、チェインソーを振るう寸前の体勢で、魔王は小さく呻いた。チェインソーに宿った熱とその回転が精彩を欠いたことからか揺らぎ、回転数を下げていく。

 彼女の胸に、一本、実に小さく細い何かが刺さって、反対側からその先端を外に出していた。髪だ。螺旋を成す黄金の髪が魔王を貫いている。

 

 「ぁー……あ"あ"ーー……あーあー……ふう、やっと喋れますわぁ~~。本当に全く、やってくれましたわね」

 

 ウィンターが色を取り戻していく。言葉を作り出した唇が鮮やかな桜色に、燃え尽きたツインロールが元の黄金を。数秒としないうちに、ウィンターは、健全な肉体を取り戻した。その珠肌には、火傷も傷も痣も見当たらない。

 

 『ウィンター! 服! 服! なんか着て!!』

 

 『へ? え? あ”っ、ああああああああああああ~~!!」

 

 全裸だった。大きな胸に、つるつるのお腹と太もも、あまり人に見せしないところまで全部。気づいたウィンターの顔が真っ赤になって、一瞬で、フルロールドレスが巻き付いた。

 

 「ししし、し、失礼! お、お見苦しいものをお見せしましたわね!! 忘れていただいて、結構ですわよ!!」

 

 「何を今更。貴様の体は、隅々まで把握している」

 

 「!? って、ああ……助けていただい――隅々まで把握する必要ありますの?」

 

 「良い女がそこにいたからしょうがないだろう?」

 

 「こ、ここここ、この人……!! い、言っておきますけどわたくし、こう見えて男ですのよ!! それを、そんな……!! 変態!! ド変態! ドスケベ!!」

 

 平然とした魔王に、ウィンターは、叫んだ。

 

 『ウィンター……もう無理だよそれ』

 

 「いや無理があるだろ」

 

 丁度、ぷかぷかゆらゆら空から降りてきたブラックとウィンターにだけ聞こえたホワイトの意見が偶然一致した。ウィンターは、聞かなかったことにした。お嬢様イヤーは、都合のいいことしか聞こえない。

 

 「なるほど。貴様、男だったか……」

 

 「ええ、ですわよ!!」

 

 少し驚愕したような魔王に、ウィンターは、どうにかなったと内心安心した。ついで、仕切り直しとばかりに拳を構えて、

 

 「私は、一向に構わない」

 

 「なにがですの????」

 

 本当に、何を言いたいのかが分からなかった。

 

 「私は、一向に構わないと言っているんだよ。問題ない。お前は、美しい。私と来い」

 

 「どういうことですの!?」

 

 ウィンターは、叫んだ。

 

 

 

 +++

 

 

 

 『ホワイト、まずいですわ! 言葉が通じません!』

 

 『ラスボス系ヒロインかぁ……。ここに来てこれかあ……属性強いなあ……』

 

 『聞いてます!?』

 

 『ん? ああ、聞いてた聞いてた。それでどうするの? 求婚されてるけど』

 

 「あっ、これ求婚だったんですのね!! これっぽっちも気づきませんでした!」

 

 「最初からそのつもりだ。私と共に来い」

 

 声に出てましたわね……。まあ、めっちゃくちゃびっくりしましたから仕方ありません。いやいや、どうするんですのこれ。それにそもそもですが。

 

 「わたくしと貴女、敵ですわよね?」

 

 「そうだな」

 

 「さっきまで殺す気でしたわよね?」

 

 「ああ、もちろん。今だってそうだ。部下の敵討ち。魔王としての職務。諸々理由がある」

 

 「どういう心変わり……いえ、変わってないんですね。どういう風の吹き回しですの? 正直、ついていけていません」

 

 「私は、どうやら……」

 

 口ごもった魔王の目がわたくしから逸れました。どちらもらしくないというか普段はしない、しなれていない反応に見えましたわ。

 「お前に、一目惚れをしていたらしい」

 

 「は、はあ……。あ、でも過去形……」

 

 「先の戦闘で、更に惚れ込んでしまった。焼き尽くされても立ち上がったのは、貴様だけだ。皆が燃え尽き、体が残っていても再生しても痛みと恐怖に屈した」

 

 そう。と一拍置いた魔王は、わたくしへ手を差し出しました。

 

 「こうして私の前に立っているのは、貴様だけなんだ。だから来い。私の物になれ」

 

 「お断りしますわっ!」

 

 間髪を入れずに、わたくしの口をついて出ていました。ああ、駄目ですわよ。そういう口説き文句。だって。

 

 「わたくし、男の子ですので! 運命は、この手で掴み取ってナンボですわ! そして、わたくしは、次男! 長男にはできませんが次男にはできますの!」

 

 「ふむ……。男の意地というやつか」

 

 「そんなところですわ!」

 

 ぴしりと人差し指を突きつけて、わたくしは、宣言いたしましたの。すると魔王は、納得したように頷きました。ただしその後に、舌舐めずりがつきましたが。

 

 「それは、屈服させがいがあるな」

 

 「しませんわ。そもそも貴女は、ここで死にます。そう、この場で」

 

 「いや、どうだろうな?」

 

 「チェックは、かけていますわよ」

 

 胸を貫いた超極細ツインロールは、健在です。チェインソーで、断ち切るより早く彼女の改造コードを粉砕することは、可能です。何より心臓を穿ち抜いていますから、改造コードを砕かれればまず耐えられないはず。

 ……不気味な余裕ですわね。内心わたくしは、呟きました。

 

 「いくつか貴様が勘違いしているであろうことを教えてやる」

 

 「勘違い……?」

 

 「ああ、そうだ。勘違いだ……」

 

 『ウィンター』

 

 『分かっています。けれど何をするか予想がつきませんから見て決めますわ』

 

 『行きあたりばったり……って言いたいけど僕も分かんないからそれでいこう』

 

 「私は……」

 

 ぷつんという音――というよりそういう感覚をわたくしは、感じていました。何かが切れた感覚。魔王の胸に繋げたツインロールから伝わっていたのです。つまり、それは。

 

 「1つ。別に、両腕からしかチェインソーを出せないわけじゃない」

 

 ツインロールの作った小さな傷跡を内側から押し上げるように現れたのは――チェインソー。唸る刃先に、残ったツインロールがぶつぶつと斬り裂かれて、ぱっとわたくしの髪が散っていきます。

 その最中をダンッと地を蹴り、わたくしは、魔王目掛け一気に駆けました。行動させてはならない。ここで仕留める。

 そういう気概で放ったのは、ツインロールを纏わせた右の突き。目標は、その喉笛。

 

 「2つ。貴様は、既に、私のキルゾーンに入っている」

 

 氷結の魔の手がわたくしの体を鷲掴みにしていました。踏み込んだ足と捻った腰、放った突きが見事に氷漬け。よく見れば胸から突き出たチェインソーが逆転をしていましたわ。迂闊! 焦り過ぎました。歯噛みしてもどうにもならないのです! 今すぐ離脱を……!

 

 「最後にだが……回転の向きと熱操作は、関係がない」

 

 わたくしの最大の過ちを指摘しました――氷結が全身に広がり、わたくしの体と心と意思を閉じ込めていく。

 

 「傷をつけないのには、これしかなかった。貴様がどれほど再生できるか分からなかったものでね」

 

 「貴女……! こんな、こんなの……!」

 

 「では、また会おう。次は、」穏やかに微笑んだ後、「人類と魔族両方の消えた世界で」魔王は、額にキスをしました。

 

 「こんな、決着……わたくしは、決して――!!」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「終わったね」

 

 「ああ、終わった。今度こそ終わりだ」

 

 魔王は、感慨深げに呟いた。目の前には、氷像とかしたウィンターがいる。氷を隔てた向こうの瞳は、魔王を強く見つめている。口もまた開かれたままだ。

 普通ならこれで死ぬだろうが、全身を焼き尽くされても死ななかったのが勇者ウィンター・ツイーンドリルルだ。解ければ蘇るだろう……おそらく。

 そこだけは、やや魔王の見込みは甘い。しかし、彼女は、確信している。

 

 「ブラック。私は、これから人も魔も全てを滅ぼそうと思う。来るか?」

 

 「ああ、我が魔王。君の思うがままの魔王としての振る舞いをやりたまえ。その先に何があろうと私は、付き従おう。私は、混沌(ブラック)であるが故。君のあるがままを肯定しよう」

 

 浮かんだままだったブラックは、降り立つと大仰にお辞儀をした。胡散臭い。芝居がかっている。魔王は、そう思いつつも長年付き従ってくれた従者の思いが偽物でない事を理解していた。

 長い付き合いだ。魔王は、珍しく追想していた。

 思い起こすのは、出会いの日。それより前の記憶を魔王は、持ち合わせていない。灰色の空、燃え盛る大地。家屋は崩れ、無数の魔族が泣き喚き、犯され、死ぬ時代。その片隅。ブラックに出会ったのは、そこだ。忘れもしないターニングポイント。

 

 そこで私は、産声を上げたのだ。それまでの仮初を捨て、私となる一瞬。今を得る為の代償――魔王の口端が歪んだ。

 

 「この瞬間のために、私は、生まれた」

 

 見るに堪えない人に魔を、何もかもを斬り刻むため、魔王は、ウィンターから背を向け、一歩踏み出し、

 

 「認めて、ませんわよ……!!」

 

 勢いよく振り返った魔王は、目と耳を疑った。

 

 「こんな終わり方認めていませんわッ!! なーに勝手に終わりにしてんですの!! このおたんこなす!!」

 

 凍らせたはずだ。骨の髄まで、完璧に。けれどしかし、魔王の目の前には、またしても勇者(ウィンター)が立ち塞がる。

 ――幻覚ではない。濡れた髪、震える体。爛々と戦意に輝く双眸。勇者(ウィンター)は、確かにそこにいる。恐ろしいまでの大音声を放ち、立っている。

 

 「今度こそケリを付けてやりますわよ。魔王エレオノーラ・チェイン・ピースメイカーッ――!!」

 

 そして、その手とその声で、火蓋を切って落とした。

 

 

 

 



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第二十四話 ウィンター・ツイーンドリルルとエンドマークですわ!!

 

 

 

 ――わたくしに残っていたのは、気概だけでした。『まだだ』と諦めていない事を力に変える。折れない心で貫くこと。最後の力を振り絞って、振り絞って。ぎゅーっと絞ったオレンジの最後の一滴が今のわたくしです。後は、地面に落ちるだけ。落ちきったら終わりです。わたくしは、きっとそのままバタンキューですわ。

 

 さてと、どうしましょう。魔王のチェインソー。熱操作。どちらも驚異に他なりません。既に、三度殺されているのですから、それはもう身に沁みていますわ。

 この瞬間、今、この時、一秒一秒が愛おしく、実に惜しい。この時を噛み締めて、わたくしは、答えを出さなければなりません。どうします? どうするんですの、わたくし……!!

 

 『ウィンター。君が魔王に対して勝っていること、有利を取れること。それしかない。それしか勝つ方法はない』

 

 勝っていること。有利を取れること。頑強な氷を砕きながら頭の中で、整理致します。

 1つ、空。飛行性能だけは、わたくしが勝っているところでしょう。魔王は、飛んでまで追って来なかった。来れなかった、と思いたいところです。では、ここで問題です。

 

 ――どうやって、空に上がりましょうか。

 

 上がり切る前に、斬り刻まれるのは目に見えています。刻まれて、焼かれて、氷の中に閉じ込められるフルコースになるかもしれません。ただ、これ以外選択肢がない。

 でしたら、これを通せる確率を上げる。それですわね。そうしましょう。それでいいでしょうか、ホワイト? ホワイト! ああもうほんと一人にしないでください。いつも通りハイテンションなアドバイスを下さいまし。

 

 『君を一人なんて、しないさ』

 

 『びっくりするので急に黙らないでください! ……それはそうとありがとうございます』

 

 ――2つ、魔王とブラック。勇者たるわたくしとホワイト。この戦場は、わたくしだけのものでは、ありません。つまり。

 

 『爆撃魔法最大火力でわたくしを撃つようオフェーリアへ伝えてください。できます?』

 

 『できる。タイミングは?』

 

 『これから叫ぶので、間に合わせてくださいっ……!』

 

 最後の薄氷を拳で打ち砕き、わたくしは、第三ラウンドのコングもついでに思いっきり叩いて差し上げました。

 新鮮な空気ーー!! なーんて喜んでる暇も無く、降ってきたのは、光と衝撃。後は、爆風。オフェーリア、完璧でしてよ……! 今ならおっぱい揉ませて上げても構いませんわ!

 

 『ふふ、それ伝えとく?』

 

 『勘弁してくださいまし!?』

 

 黒煙を引き裂いて、空へ。ぐんぐん登っていきます。置き土産に、ツインロールミサイルを最大限ばらまきながら上がっていけば下方の魔王も点になってました。いつチェインソーが追いかけてくるか分かりませんから油断はできません。

 

 『後は、どうする? ウィンター』

 

 「――決まっています。ツインロールです」

 

 ええ、いつだってそう! 真っ黒な空と星の境目で、白い息を吐いたわたくしは、魔王の視線を感じる中、唇の両端を持ち上げました。

 

 「ツインロールは、無敵ですので!」

 

 何度否定されようと諦めなければ勇者(ツインロール)は、負けないのです――! 

 そして、わたくしは、落下を開始しました。これが最後になるという予感を胸にしながら、真っ直ぐに。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「逃げた?」

 

 「いや、来る。離れていろ」

 

 小首を傾げたブラックの疑問に、魔王は、首を振るとまたブラックも首を振る。

 

 「いいや、遠慮しておこう。私は、行き末をここで観測する。」

 

 「言っておくがお前の妹のようなことはしない」胸に手を当て、「私の領土は、私だけのものだ」

 

 「分かっているさ。あの子と僕のスタンスは違う。私は私さ。あの子は、寄り添い。私は、導く者であるから」

 

 「ふん……ならいい」

 

 横目にブラックを見ていた魔王の視線は、空へと向けられた。

 魔王は、決して逃げない。魔王は、追い詰めるものだ。魔王は、逃さぬものだ。回り込み、立ち塞がる。故に、背中を向けない。不退転こそ魔王の在るべき姿。それは、勇者もまた同じ。

 

 チェインソーが獲物を求め、回り、唸る。

 

 魔王の瞳が細まり、半身で足を開き、右腕を上へ。左もまた上、しかし、右より下に、顔横に添えるように構えた。意味するのは、カウンター。魔王がその人生で、初めてとった構えだった。本能と経験が導き出したカウンターは、功を奏するか。

 

 ツインロールの推進力がウィンターを瞬く間に地上へと到達させた。カッと空で輝いたと思えばウィンターの姿は、瞬き一つで魔王の直上にいた。その突き出した足には、開花前の蕾が如しロールが黄金の煌めきを放って、大気を削る。先端が魔王に届く。

 

 けれど魔王のチェインソーがそれを阻む。チェインとロールが互いに噛み合うことを拒否して、回る、周る、廻る。

 

 天地の激突に、全身全霊の一撃に、世界は、悲鳴を上げた――氷結した海は、圧潰する。ひび割れが逃げる羽虫のように不規則に疾走し、風は、彼女らの合間から逃げ出そうとする。しかし、回転と回転のぶつかりは、渦を成して、風を逃さない。

 

 嵐が起きる。魔導蒸気船上、甲板では、褐色の騎士姉妹、ジュピーとメアリは、目を見開き呆然と見つめていた。あまりの光景に声も出ない。他の兵士や魔法使い、船乗り皆一様同じだ。

 

 「ウィンター様……!」

 

 オフェーリアは、祈っていた。出来ることはない。先の爆撃で全て尽きた。魔力に、体力。この船の原動力もまた。

 

 「ウィンター様――――!」

 

 だから彼女は、祈って、叫んだ。風に乗って、声は届くだろうか。いいえ、届く。オフェーリアは、確信していた。

 今まさに、地と天を繋ぐ黄金の嵐がそびえ立つ瞬間に、オフェーリアは、祈っていた。黄金の嵐に、届け。

 

 ――貴女に、勝利を。

 

 長い付き合いとは、言えない。全てを分け合ったわけでも何もかもを見せあったわけではない。それでもオフェーリアは、勇者ウィンター・ツイーンドリルルの勝利を信じている。

 

 『聞こえたかい、ウィンター!』

 

 『ええ! ええ! 聞こましたわよ!!』

 

 祈りは、届いた。

 

 「この声に、わたくしは、応えなければなりません……!! 魔王、貴女には、ここで負けていただきます!」

 

 「私が貴様に負ける道理がない。理屈がない。理由がない」

 

 淡々と魔王は、事実を述べる。三度の敗北は、間違いなくあったこと。過去は変わらない。それを魔王は、突きつける。

 

 「この問答も、戦いも無駄だ。大人しく飾られて、私の帰りを待っていればいいものを」

 

 故に、抵抗は無意味だ。敗北は決まっている。至極当然と魔王は、傲慢に言い切る。だからこそウィンターは、食らいつく。

 

 「わたくしの心が折れない限り、敗北には、なりませんわっ!」

 

 「なら、手折ってやろう」

 

 壮絶な笑みと共に、魔王の全身からチェインソーが突き出た。皮膚や衣類を突き破り、世界を狂わす改造コードそのものが剥き出しにされ、大気、空間、次元ごと切り刻んでいく。破壊そのものがウィンターに迫りくる。

 

 「再び花瓶に戻れ、勇者」

 

 「嫌です。お断りです。却下です」

 

 駄々をこねる子供のような口ぶりだった。だが、これが必要だった。

 

 「わたくしは、そういう不条理を拒絶するために、勇者となったのです! 貴女は、何故魔王になったのですか!?」

 

 「私が何故魔王に? 決まっている。それは――」

 

 それは……それは……。邪念が浮かぶ。魔王は、振り払った。

 

 「破壊だ。森羅万象尽くを破壊する。人も魔も尽くの一切合切を」

 

 「ッ……! 人を滅すると叫ぶのならまだ分からなくもありません! しかし、何もかもを壊す? ふざけたことを言いますのね、エレオノーラ・チェイン・ピースメイカー!!」

 

 蹴り足とロールに力を込めて、ウィンターは、声を張り上げた。

 

 「その台詞、貴女が絶品だと笑ったオレンジジュースもオムレツも否定するのですよ! 分かっていますの!?」

 

 「……それは」

 

 言葉が喉で詰まった。魔王は、二の句をつげれなかった。そのせいか脳髄で暴れる破壊衝動がやや緩慢になった。

 

 「貴女の原動力が何かは知りません。憎悪や嫌悪が魔王へと駆り立てたのかどうかなんて、知りません。しかし、その言葉は、間違っていると言い切れます!」

 

 「私は、魔王として……壊す」

 

 「魔王として!? そこに貴女の意思はあって!? わたくしと勇者は、イコールです! この行動、力の行使、迷いはありません! だからわたくしは、折れない!」

 

 矢継ぎ早に、ウィンターは、言葉を叩きつけ問うた。

 

 「貴女は、どうですの!」

 

 「私は、壊す。平和のため、二度と壊されることがないように――!!!!」

 

 そこで初めて、魔王の笑みが剥がれ落ちた。歯を剥いて、怒りを顕にする――チェインソーがその刃の数を増した。次々と現れ、伸び、ウィンターへと向かう。

 改造コードが魔王を食らいつくしつつあった。チェインソーへの信仰と力への欲求。そういった明確で分かりやすい感情を元にした改造コードが魔王をこのように仕立て上げた。

 だからこそウィンターは、魔王の根本に触れられた。

 

 「ああ、貴女は、ずっと……」

 

 増殖し、その切っ先を伸ばすチェインソーと笑みを捨てた魔王を見て、ウィンターは、ぽつりと呟いた。

 

 「怒っていたのですね」

 

 チェインソーが、ウィンターに触れる。触れられれば終わりだ。今度こそ復活はありえない。

 

 「ならばその怒り」

 

 一際強く早く、ツインロールが回転した。

 

 「ここに、置いていきなさい」

 

 紫と緑のオッドアイが強く輝き、渦を巻く! それと共に、ウィンター自らが回転を始めた。彼女の姿も刹那の内に、黄金の渦の内側に消えていった。

 

 「っ……!!」

 

 怒りに燃える魔王の瞳が見開いた。触れたチェインソーが逆に折られていた。

 伸ばす、折られる。伸ばす、折られる。伸ばす、折られる。伸ばす、折られる。伸ばす、折られる。

 繰り返し、繰り返す。

 

 「何故だ。何故、こんなことが……!?」

 

 魔王は、目の前の光景が信じられなかった。チェインソーが砕かれていく。信じ続けた刃が粉々になる。極熱も極低温を叩きつけても拡散されて形をなさない。

 あらゆる手段が目の前の黄金の螺旋に負けていた。

 いつの間にか膝をついていた。腕が震える。ウィンターの攻撃を魔王が支えられなくなっていた。

 

 「私は、魔王エレオノーラ・チェイン・ピースメイカーだ……! 並み居る魔王候補を殺し尽くし、従わぬものを殺し、何もかもを壊し、壊す!! そして、平和を――」

 

 壊す――最初の私は、そう願ったのだっただろうか。魔王の思考に生まれたほんの小さな隙間に、疑問が浮かんだ。走馬灯のように、幼きあの日へ魔王の意識は、流れつき。

 

 「――――ぁ」

 

 怒りの向こう側に眠っていた喪失への悲しみを思い出した。今の今まで、忘れ果てた感情が魔王を鈍らせた――懐かしいメロディが彼女にだけ聞こえた。

 

 「さようなら」

 

 それこそが敗北への一歩となった――黄金の螺旋が魔王を呑み込んだ。氷原がついに粉砕された。ひび割れが海底深くまで届き、粉々に。高速でしかも細かな振動が氷を水へと帰す。海が蘇った瞬間だった。

 そして、黄金の螺旋は、その最中を一直線に突き進んでいった。深く、深く。海の底よりさらに深くへ。

 

 穏やかさが海に戻った後も勇者と魔王が海上へ戻ることはなかった。彼らは、海深くに消えていった。

 

 

 

 



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第二十五話 ウィンター・ツイーンドリルルの明日はこれからも続きますわよ!

最終話です。


 

 

 

 懐かしい――魔王は、内心で呟いた。どことも知れぬ場所。暗く、冷たい。しかし、どうにも込み上げるこの懐かしさ。まどろみが思考を停滞させ、暖かな懐古の腕の中で揺れている。

 私は、どうなった? 涙を流しそうなほどの懐かしさの中、魔王の中で、疑問が浮上する。

 記憶をたどる。いまいち上手く辿り着けない。私は、戦っていた? 眠っていた? 歌っていた? 食べていた? わからない。

 何より、ここはどこなのだろう。

 暗く、冷たい。けれど、懐かしく、暖かい。

 けれど魔王は、この場所の名を知らない。

 

 「やあ、我が魔王」

 

 ――ブラック、どこにいる。いや、いい。ここはどこだ。私はどうしてここにいる。答えろ。

 魔王の問を受けたブラックは、暫し沈黙した。

 

 「ふむ……。そうだね。一つずつ答えて構わないかな」

 

 ――構わん。

 

 「では、まずここはどこかだが……私の中だよ。魔王よ」

 

 ――……どういうことだ。

 

 「次の答えでわかるよ、我が魔王」

 

 ――…………続けろ。

 

 「貴女は、負けた。勇者に、敗北したのだよ」

 

 ――そうか。

 

 「……随分あっさりじゃないないか、我が魔王」

 

 ――負けてしまったものは、しょうがない。怒りも悲しみも無意味だ。

 

 「そうかい。それでは、どうする?」

 

 ――……暫く、眠ろう。どうしてかたまらなく、眠い。

 

 「ああ、ああ。いいとも。私が傍に居よう、我が魔王。瞼を閉じ、休むがいい」

 

 ――なんだ。導くだけじゃないのか。

 

 「矜持を曲げることも在るのだよ、我が魔王」

 

 ――ああ……。そうしよう。

 

 「我が名は、ブラック。我は、暗黒にして常闇。虚空にして無明。そこにあり、そこにない。我こそは、真なる黒」

 

 ――…………。

 

 「故に、我が腕に眠れ。またいつか目覚める時まで」

 

 ――おやすみ。

 

 「――ああ、」何か言葉に詰まり、「我が魔王。良い夢を」ブラックは、そう言った。

 

 そして、静寂が満ちた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ウィンター様が消息を絶って、一年となります。

 国内の復興。国境の整備。色々やることずくめで、気づけばもうこんなに時間が経っていました。私も探して回りたかったです。しかし、これでも姫で騎士団長。暇ではないです。各地の騎士や兵に捜索を任せ、私は、一足早く王都へ帰還しました。

 それからはもう復興作業、書類作業、復興作業、書類作業、復興作業、書類作業、復興作業、書類作業……とお仕事三昧の日々でした。いえ、不満は全くありません。これもまた王族としての騎士団長、一介の騎士としての責務。一つ一つ、大切な仕事です。

 だからといって、私の中からウィンター様が消えたわけではありません。

 日々送られてくる書類の一つである調査報告には、毎回、隅々まで目を通していました。

 芳しくない結果ばかりでした。騎士や兵の怠慢とはいいません。只々、生存の確認や何か手がかりがどんなに小さくても見つかればいいと思い、募る日々が続いていました。

 それももう一年経とうとしています。

 

 「……捜索隊の規模縮小、ですか」

 

 執務室のデスク。座りなれた椅子と使い慣れたデスクに挟まれて、私は、溜息を抑えきれませんでした。

 

 「いずれやってくる事ですが……流石に、受け止められないですね」

 

 今のこの国に欠乏しているのは、人材、資金。捜索というのは、実にお金がかかります。手もたくさん必要ですから人も駆り出されるわけです。それに、ウィンター様が消息を絶ったのは、かなりの沖合ですからそこまで魔導蒸気船を動かすとなるとそれはもう膨大です。魔法使いに、船乗り。更に、燃料、各種資材食料。もう上げればきりがありません。

 ただそこに関しては、私の方でどうにかしてましたが……底が見えてきました。

 

 「もう限界ですね……。これ以上いくとちょっと手を出してはいけない領域になってしまいます。それだけはいけません」

 

 縮小後の捜索範囲は、海流から予測された漂流先の海岸沿い巡回のみ。船もいくらか時間を開ければ出せないこともありませんが、その頃には、もっと範囲縮小されているでしょう。

 

 「当たり前です。海中に沈んだ人間を捜索すること自体がまともでないのですから……」

 

 生きている可能性を考えるのすら無駄です。あの時の海中は、とんでもない水温になっていたでしょう。その海に落ちてしまったとすれば普通なら海流に打ちすえられ、低音に藻掻き。最後には、海の藻屑となっているでしょう。熟達の魔法使いに、騎士。水泳やサバイバルのスペシャリストでも運命から逃れることはできません。

 そう、普通なら。

 

 「普通じゃないことに、これほど苦しめられる日が来るなんて……。本当に、思いもしませんでしたわ」

 

 本当に、全く……。私は、紅茶を口に含みました。

 

 「ん……冷めている。今、何時です……?」

 

 確か紅茶を入れたのが夜12時ですから……。

 

 「やってしまいましたね……。本当に、気をつけなければ……」

 

 時針の指したのは、6時丁度。溜息がまた出てしまいました。最近、書類に集中してしまうと時間を忘れてしまうのです。

 冷めた紅茶を飲み干し、ティーポットへ熱の魔法を。味は落ちますが就寝前の一杯ですから構いません。新たに注いだ紅茶を手にして、私は、椅子から腰を上げました。そのまま後ろのガラスドアを開け、テラスへ。

 夜明けの王都の景色が見たかったのです。

 この景色だけは、飽きません。紫と緋色に青。三色にグラデーションされた空、日と影のコントラスト。日差しに輝く街並み、川や森といった自然。動き始めた人々と動物。

 

 「綺麗……」

 

 言い表すのには、この一言だけで十分でしょう。

 

 「……結局、一緒に見れたのは夕日だけでしたね」

 

 ぽつりと呟いて、何故かぼやけた視界を拭いました。書類仕事のしすぎでしょうか? どんどんぼやけて、拭っても拭ってもどうにもならなくなった時。

 

 「………あれは?」

 

 何かが視界で光りました。空です。街ではありません。飛行訓練中の魔法使い? いえ、あんな高い所、飛べるはずが――。

 はっと気づいた時には、私の目の前へとやってきていました。私は、思わず両手を広げました。

 

 

 

 +++

 

 

 

 『それにしてもめちゃくちゃ寝坊しましたわね……』

 

 『ああ、まあ一緒になって海底で寝てた僕も悪い……。よく一年海底で寝て無事だったな……』

 

 なんで貴女が分からないんですの……。

 

 『それでウィンター。本当に、構わないのかい?』

 

 『何度も言ったでしょう? 構いません。ダメだと言えば、貴女の行く宛がなくなるじゃありませんか』

 

 『いや、そうだけどさあ……』

 

 『ブラックがまだ去っていないのでしょう? なら勇者が必要な時が来るかもしれません。この姿で居る意味があります』

 

 『それでも同化し続けるのを許可するのは、どうかと思うよ?』

 

 『……まあ、それはいずれどうにかする方法を見つければいいじゃありませんか』

 

 『本当に、君という人は……。君がいいのならお言葉に甘えさせてもらうよ』

 

 『では、これからもよろしくお願い致しますわね』

 

 『うん、よろしく。とりあえずほら、抱き締めてあげなよ。そうそう、元に戻ったら僕もお願いね? 盛大に頼むよ』

 

 『では、その時は、めちゃくちゃにして差し上げます! あ、ていうかわたくしもちゃんと元に戻してくださいね!?』

 

 『はいはい。分かってる分かってる』

 

 『本当に分かってますの……!? まったく……』

 

 零しそうになった嘆息を噛み殺して、わたくしは、降り立つとともに飛び込んできたオフェーリアを受け止めました。

 

 「おかえりなさい、ウィンター様……!!」

 

 海底にはなかった人の温もりを、匂いを感じながら、強く強く、彼女を抱き締めて。

 

 「ええ、ただいま。オフェーリア」

 

 

 

 

 



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