精霊龍、ウギン。ぶらり幻想郷観光の旅 (銅鑼銅鑼)
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忠誠度能力+0:貴方は精霊龍、ウギンになる

発端は実に単純にして明快だった。

 

それは私が大好きで大好きでいとおしくてたまらない。

MTG、ことMagic The Gatheringの基本セット2021のスポイラーを見ていた時のことだ。

【MTGについて、詳しく説明しようと思ったが、私ではこのゲームの魅力を伝えるには

あまりにも語彙というものが足りない。

ここでは「そういうTCGがあるのか」程度に受け止めてほしい】

 

2020年7月3日発売、大人気沸騰中のMTGの最新エキスパンション。

それが「基本セット2021」

その公開カードの一部を見つけた時。

私の手に握られていたスマートフォンは衝撃のあまり、震えた。

 

それは、ただ単なるたった1枚のカードの再録だった。

 

最初は思わず自分の目を疑った。見間違いだと思った。

けれど違った。

公式の間違いなのではないか。ジョークかとも思った。

だけど違った。

冷静になるために深呼吸をした。なんなら一度寝て。起きた。

違った。

違ったんだ。

 

「精霊龍、ウギン」が再録された。

 

ゼンディカーブロックで一部のカード名やストーリーには出てきたウギンが!

エキスパンション「運命再編」で初めてその姿を見せたウギンが!

破格の忠誠度能力!フィニッシャーとしての性能の高いウギンが!

そして!なによりも!!

 

かつての私の切り札だった!あのウギンが!

 

「精霊龍、ウギン」が再録されたのだ!!

 

瞬間、私は歓喜の咆哮をした!

あまりの嬉しさのあまり、身体が震えた!

手に握っていたスマートフォンは見るも無残な残骸になった!

猛禽類のような翼をはばたかせ、空に舞う気分だった!!実際なんか飛んだ!

白銀の鱗をその身に纏い、思わず叫んだ!!

それは爆音となり、山々の木々を揺らすだけに飽き足らず。山自体をも震わせた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

暫く、私はその歓喜のすばらしさに酔いしれた。

長く、しなやかな尾を震わせ。天にも昇る気分だった。実際なんか飛んでいた。

 

飛んでいた。

飛んでいた。

 

飽きるまで、空を飛んでいた。

 

……さて、聡明なる貴方なら、きっと違和感に気付くはずだ。

私は、単なる人間だ。

翼などないし、尻尾もない。空など自力で飛ぶ術は持ち合わせていない。

白銀の鱗など生えているわけもないし、

なんならスマートフォンを握りつぶすほどの握力も持ち合わせていない、ただの普通の人間だ。

付け加えることがあるとするのなら、それはMTGが大好きな人間だったという事だけだ。

それ以上はないし、それ以下でもない。

 

誠に恥ずかしながら。私がその異変に気付くのは、ある程度興奮が落ち着いてからで。

それまではなんの違和感も感じなかった。

 

それほどのことだったのだ。

私にとって「精霊龍、ウギン」が再録されたということは。

 

 

 

 

――さて。

そろそろ本編に移るとしようか。

 

まず疑問に思ったのは、ふと冷静になって辺りを見渡した時だった。

空には、真ん丸の太陽が昇っていた。そこまでは良い。

眼下には、どこまでも続く山々と樹木茂る山麓が広がっていた。

 

はて。首を傾げた。

私が住んでいたのはよくあるコンクリートジャングルであって。このようなリアルジャングルではなかったはずだ。

そもそも、ここは私の部屋ではない。部屋の中で熱心に自分のスマートフォンをのぞき込んでいたはずだ。

加えて、よぉく考えてみると、自分が空を飛んでいる事に気付いた。

もっと遅れて、自分が精霊龍、ウギンになっている事に気付いた。

【遅いと思われても仕方がないが、それ程興奮していたんだ。許して欲しい】

 

それから、落ち着いてとりあえず森の中に舞い降りたウギン(私)

その巨体に耐え切れずベキベキと音を立てて折れていく木々。

悪い事してるわけじゃないんだけど、なんか申し訳ない気分になる。

 

「ふむ……」

 

これは私の悪い癖なんだけど、よく私は分かったようで分かっていない時。

よく分かっているフリをする事が多々ある。

誰にも見られていないとしても、だ。

だって、そんなの格好悪いだろう。

 

そんなつまらないことで意地を張って、なんか納得したような感じで呟いた。

 

「もう良い」

 

何が良いのか知らんけど。まあ、夢でしょうな、これは。

だって私みたいなMTG大好きなこと以外はただの人間が唐突にこんなことになれば夢だって確信するさ。意識がハッキリしてるってことはあれだ、明晰夢という奴か。

まあ、なら夢なら覚めてくれー、覚めろー。

再録されたウギンを今のランプデッキにシュートしたいんじゃー!

 

ってな感じで念じたら。

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

って脳内に出てきた。

いや、普通はここで疑問に思うんだろうけど……

――精霊龍、ウギンの忠誠度+能力だコレ。

すぐ理解したわ。こりゃMTG脳ですね。ハハッ。

 

とりあえず目の前の木を対象に取ろうとしたら……んん?駄目っぽい?

非生物だからかな?生物じゃないといけないのかな?

確かにね、クリーチャーかプレイヤーってなってるもんね。いやプレイヤーってこの場合誰だよ。

 

夢なんだからもっと都合よくいかないもんかなぁ。

頭を捻りながら、ズシン、ズシン。と巨体を揺らして歩いていく。

 

足元に伝わる感覚。

鼻をくすぐる木々の匂い。

 

どれも現実としか思えない程リアルな感覚でありながら。

未だ私は、これが夢だと思うほどに鈍感で。

 

だからこそ、だろう。

私は、私を見る眼に気付けなかった。

いや、いや。気付けないのも無理はなかったのかも知れない。

 

それは、千里先をも見通す千里眼。

遥か遠く。遠くで。

 

ゆっくり、ゆっくりと。

此方へと近づく私の姿を。

顔面蒼白で、震えながらも、見る姿があった。



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忠誠度能力+1:貴方は勘違いされる

現実はクソッタレだ。

 

あれからどれくらいの間森を歩き続けただろうか。

一応。私の背丈は周囲の木々よりも少しだけ低く(周りの木々が高すぎる)

けれど、周囲の木々を押し倒しながら進むことで、ようやく私は真っ直ぐに進む事が出来ている。

 

いや、うん。

いくら私が鈍いからって、気付いたよ。

これが現実だって事。

 

現実はクソッタレだ。

 

思わず顔をしかめて私は歩き続ける。

途中、何匹も野生動物に出会ったりもしたけど、こちらの巨体を見るや否や逃げるわ逃げる。

まるで鬼にでも出会ったようさね。

 

まあでも、いくら現実はクソッタレだとしても(3回目)、ちょっとは良い事もあった。

せっかく私の大好きなプレインズウォーカー、ウギンになれたんだ。

ならウギンになりきって頑張ろうじゃあないか!と前向きに思ったわけなんだ。

 

さて、そこで問題になるのが私はどんなプレイヤーだったか?という話。

 

うん、結論から言おうか。

ウギンの背景ストーリーはちょっと見た程度で、口調とか、態度とか、よぐわがんにゃい……。

まあそれは口数少なければ良いかなって思ったんだけど、問題はストーリー!

 

辛うじてライバルはニコルボーラスで、なんか双子で、敵対してて……。

くらいは知ってるんだけど、基本カードとしての効果しか知らない。

 

それで、うん。何を言いたいかって言うとね。

 

ニコルボーラスに出会ったら負けるじゃん!!

 

「プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス」だったら忠誠度能力+3のクリーチャーでないものを1つ対象として破壊する、で速攻負けるよ!?

「王神、ニコル・ボーラス」でも忠誠度能力-4の7点ダメージで先手とられたら負けるよ!?

「龍神、ニコル・ボーラス」なら忠誠度能力-3で速攻こっちが破壊されちゃうよ!?

 

精霊龍、ウギンは好きだけど、死ぬのだけは絶対にヤダ!!

敵対しないでよウギン!!負けるじゃん!!負けるじゃん!!

 

決して顔には出さないようにしたけど、こればっかりは思う。

現実はクソッタレだ。

こんな事ならもっとストーリーとか読み漁るんだった……。

 

まあ。後悔先に立たず、人生(もう龍生なのか?)はこれからだ。

気付けるだけ良かったと考えよう。

例えニコル・ボーラスに出会ってしまったとしても、その時に備えておけばいい。

味方を作って、それで一緒に戦えばいいんだ。

知らないよりは、ずっと良いはず!

 

とかなんとか前向きに考えてたらさ。

目の前の草木がガサガサ言ってるわけよ。

また何度目かの野生動物との遭遇&逃亡かと思えば、今度は様子が違う。

 

暫くしても姿を見せる気配もなければ、逃げる気配もない。

思わず立ち止まって、じぃっと目の前のそれを観察してるとさ。

なんとなーくだけど。「この先に進むな」って警告してるっぽいってのが分かった。

それから少し遅れて、声がした。

 

「この先の山に何用だ」

 

おおう、第一村人?知的生命体発見!

いやうん、特にこの先に用事なんてないんだけどさ。

あえて言うなら味方探し?いや違うなぁ、観光……かなぁ……。

でもそのまま言うのって格好悪いよねぇ。

うーん。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……な、何用だと言っている!?」

 

再度警告してくる声の主。未だ姿は見えず。

心なしか草木のガサガサ度合いも増してきたように感じるね。

さっきのがレベル1だとしたらレベル5くらいのガサガサだね。

意味わかんねぇな。

 

「まさか……!!」

 

どうやって観光ってのを格好良く言おうかと悩んでたら

なんか向こうが察してくれたみたい!

やったね!人間と人間は言葉だけじゃなくて心でも通じ合うことが出来るんだ!

素敵だね!

 

「急いで皆に知らせ……」

 

「 待 て 」

 

あ!ちょっと待って!

せっかくだから自己紹介しようよ!

仲良くなるには名前を知ることから始めよう!

 

「ッッ!!やはりか!クソッ!!」

 

「……ふむ……」

 

……ふぇぇ。逃げられちゃったよぉ。

素直に観光って言った方が良かったのかなぁ。

でも格好悪いしなぁ。

ウギンが「あ、実は観光に来たんです~!」とか言う所絶対見たくないよ私。

 

でも確かに私にも落ち度があったかもしれない。

ウギンになってから初めての知的生命体との接触だったからちょっとテンション上がっちゃったからね。

ちょっと向こうがテンションについていけなかったのかも。

 

あ、でも居なくなったって事は先に行っても良いって事だよね?

じゃあ行こうか。この先に行けば村とかありそうだし!!

 

チュートリアルといえば村だよね!

ちょっとしたイベントとかあるといいなぁ。

 

 

 

 

――そんな風に思っていた時代が私にもありました。

 

「そこを、動くな」

 

「絶対に、動くなよ!」

 

「お願いしますから動かないでください!!」

 

なんでこうなったかなぁ……

現状を説明すると、見渡す限りの犬耳がたっくさん!!

やったね!わんちゃん天国だ!

 

さて、冗談はさておき

これって結構不味いよね。

MTG脳な私だけど、武器持ってるよ犬耳っ子達。

 

もしも仮に、私の初期忠誠度がMTGの紙面と同じだとすれば、忠誠度は7。

辺り一面に居る犬耳っ子達のパワーが1だとすれば……7回当たれば破壊される。

つまり――死ぬ。

これは楽観的な考えで、もしかしたらパワーは2かも知れないし3かも知れない。

 

ウギンの忠誠度能力+2は、3点ダメージを対象に与えるけれど。

相手のタフネスがいくつか分からない。これは非常に不味い。

 

情報が、情報が絶対的に足りない。

奥の手の忠誠度能力-Xで消し飛ばしても良いかもしれないけど。

それも結果として不確定要素が多すぎて切れない。

結果として、こうやって膠着状態になっているんだけど……。

 

向こうの犬耳っ子達、なんかやる気満々っぽいんだよねぇ。

段々とその数が増えているのが分かるし、もう数えるのが面倒臭いくらいには集まってきてる。

このままだと不味い。非常に不味い。

 

「ふふ……」

 

「……な、」

 

さて、私の悪い癖についてまた説明しようと思う。

こういうどうしようもない時、私は笑ってしまう癖がある。

 

「なにが可笑しい…ッ!!」

 

だからこそかな。

挑発と受け止めてしまったのか。

一人の犬耳っ子が切りかかってきたのを、私は冷えた眼で見つめていた。

脳裏に浮かぶのは。

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

 



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忠誠度能力+2:貴方は相棒を得る





ここまで言っていなかったことがある。

それはMTGでは切っても切り離せないもの。――マナだ。

 

マナがどんなものかといえば、それは魔力のようなものだとも言えるし。

自然自体が持つ力とも言い換えることも出来る。

プレインズウォーカー達(いや、正確には私達か)は、このマナを扱い、呪文を唱える。

それは時としてクリーチャーと呼ばれる生物を生み出すことも出来るし

アーティファクトやエンチャントのような置物、非生物を生み出すことも出来る。

時としてソーサリーやインスタントのようないわゆる魔法を編み出すことも出来る。

 

何故、唐突にこのようなことを言い出すのかと言えば、それは私自身の奥底に、あるいは、私の周囲から「マナ」と呼ばれるものを感じ取っていたからに他ならない。

 

ただし、感じる「色」は無色。

赤でも、黒でも、青でも、緑でも、白でもない。

ただ単なる、色のない無色。

 

さて。そろそろ現実に目を向けよう。

 

「あやややややや!!あややっややや!!

 もっと!もっと出せないのですか!?」

 

眼前にいるカラス少女が宝石まみれになって興奮してるんだよ。

いやほんと。どうしてこうなったんだろうね。

 

 

 

時を巻き戻して。

 

辺りがスローモーションになる。

目の前の犬耳っ子は、ゆっくり、ゆっくりと私にその武器の切っ先を振り下ろす。

 

死にたくない。

でも、犬耳っ子を「破壊」するのも嫌だ。それは、とても悲しい。

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

冷えた眼で、目の前の犬耳っ子を見つめて。

脳裏に浮かぶ、精霊龍、ウギンの忠誠度能力を――無視した。

 

このままではきっと痛いだろう。

いや、痛いで済めばいい。

もし、もし万が一。私の仮定が外れていたら。

仮に今の忠誠度が1しかない状態だったら。

あの武器がとんでもないパワーを秘めていたら。

 

――いや、それでもまあ、いいか。

 

あのウギンになれたのだ。

ほんの少しの間だけでも。

それでいいじゃあないか。

彼らは何もしていない。

 

……目蓋を閉じて、いずれ来る攻撃に身を任せていると。

 

「椛ッ!!やめなさいッッ!!」

 

悲鳴に近い声が辺りに木霊する。

驚いて目を見開くと、刃は私の身体の寸前で止まっていた。

 

「文さん!?」

 

「ここは私に任せなさい!貴方たちは下がっていること!!」

 

犬耳っ子達のまとめ役なのだろうか。

黒い羽根を生やした少女がそう言うや否や、犬耳っ子達は蜘蛛の子を散らすように、散り散りにその場を後にする。

残った一人。椛と呼ばれた犬耳だけがその場に残り。

 

「……ッ」

 

何かを言いたげにしながらも、飲み込んでその場を走り去ってしまった。

 

「はあ、まったく。面倒くさいことになる前で良かったです……」

 

とりあえずは助かったということだろうか。

目の前の黒い羽根の少女――ああ。面倒だからカラス少女で良いだろう。

 

彼女のおかげで助かったのか。そうか、ならば何か礼をしないといけないのだが。

 

「ふむ……」

 

参った。

持ち合わせがないぞ。

いや、そもそも礼といっても何が良いのだろう。

カラスだから光ものが良いだろうか……。

 

――ああ、あるじゃないか。

MTGにはとっておきの宝石が。

かつて、あまりにも強力な力を持つといわれたカード群、その一端を。

 

「――Mox Ruby」

 

「さて、と。それでは貴方は――」

 

果たして、効果は劇的だった。

私の三本の指の中に、パワーナインのひとつ、Mox Rubyは姿を現した。

赤く光る宝石のようなそれは、MTG史上もっとも強力だといわれたカード群の1枚。

 

いや、正直に言って上手くいけばいいな程度だったから、上手くいってくれて本当に良かった。

これで駄目だったら、私の白銀の鱗の一枚をプレゼントせざるを得ない状況だった。

それは流石に嫌だ。

 

カラス少女の目は、Mox Rubyに釘付けになっている。

ギラギラとした両目がじぃっと私の手の中に集中されている。

 

カラス少女にそれを差し出すと、ビックリした表情をした後、恐る恐るそれを手に取って。またビックリした。

 

「あややややや!!清く正しい射命丸様が!!こ、こんな宝石ごときに……!!」

 

チラッチラッとこちらを見る目は言外に「もっと寄越せ」と言っているようだった。

仕方ない。もう一度Mox Rubyを出そうとして無理だということを分かってもらうしか……。

 

「Mox Ruby」

 

私の三本の指の中に、パワーナインのひとつ、Mox Rubyは問題なく姿を現した。

カラス少女(射命丸と言っていたか)は恐る恐る手に取った。

 

「Mox Ruby」

 

私の三本の指の中に、パワーナインのひとつ、Mox Rubyはなんら問題なく姿を現した。

射命丸は慣れた手つきで宝石を手に取った。

 

「……Mox Ruby」

 

私の三本の指の中に、パワーナインのひとつ、Mox Rubyは当然のように姿を現した。

射命丸は興奮しながら宝石を手に取った。

 

「あやややややや!!あややっややや!!

 もっと!もっと出せないのですか!?」

 

オイオイオイ大丈夫か、この世界。

Mox生み出せるならギリ分かるけど、多分これ枚数制限ないぞ。

目の前の射命丸は大興奮してるし、ホントどうしてこうなったんだろうね。

 

 

【しばらくお待ちください】

 

 

「コホン。私の名は射命丸文です。貴方の名と目的を教えてください」

 

12個目のMox Rubyを手に取って。持ちきれなくなった所で射命丸はそう言った。

恐らくは、喜びが天元突破してからの一周回って冷静になったのだろう。

分かるよ。私も好きなカードが再録された時とかそんな感じになるもん。

 

「あ、目的に関してですが、私も同行させて頂きます。

 流石に貴方一人ですと色々勘違いされると思いますし。

 私が居た方が何かと便利でしょう。

 それに私、こう見えて幻想郷最速でしてね。

 何かと便利だと思いますよ!」

 

キリっとした表情で射命丸はそう言った。

めっちゃ早口で言い切った。決め顔で言った。

なんかスゲーうさんくさいセールストークを聞かされたような気分になったが……。

というかまだこちらは目的なにも言ってないんだけど。

それなのに急に同行するってお前……。

 

「清く!正しい!射命丸です!

 買収などされようものですか!」

 

再度早口で彼女はそう言い切った。

胸を張って言い切った。

後ろ手に持っているMoxがなければ多分信じたんだろうけどなぁ。

 

「……私の名は、ウギン

 暫くは情報を集めることが目的になるだろうな」

 

「あやややや!それでしたら私が最適にして最高にして最優ですね!!

 これはウギンさん!私を連れて行くしかありませんよ!

 それでですね、おいくらほどいただけるんで……?」

 

最後の一言に思わず頭を抱えた私を誰が責める事が出来ようか。

こいつ、事あるごとに宝石を請求するつもりだな?

顔をしかめた私に気付いたのか。射命丸は焦ったように。

 

「や、やだなぁ!ウギンさん!

 これはあくまでも同行する上で必要な資金集めとしてですね?

 決してこの私が持ち逃げなんてするはずがないじゃないですか!」

 

本当かな……?

なんか暫く経ったら居なくなる気しかしないんだけど……。

 

――さて、最後にふと思ったのだが、射命丸の持つMox Rubyからは赤色のマナを感じなかった。

単に私が無色のマナしか感じる事が出来なかったからだろうか。

他のMoxからも同じように固有のマナを感じることは出来ないのだろうか。

もしMox以外の0マナでない無色のアーティファクトを出した時、どのような負荷がかかるのか。

1ターンはどれほどの時間空ければいいのか。

そもそもカードゲームとの差異はないのか。

忠誠度能力は使えばどの程度の効果があるのか。

 

まだまだ試さなければいけない事は山積みだった。

その事に頭を抱えてため息を一つ吐けば。

隣のカラスが「うへへへへ」と鳴いた。

 

 



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忠誠度能力+3:貴方は調査をする

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結果として、私は無色のマナしか感じる事が出来ない・使えない事が分かった。

前提として、パワーナインは次のような種類がある。

 

Black Lotus

Ancestral Recall

Time Walk

Timetwister

Mox Pearl

Mox Sapphire

Mox Jet

Mox Ruby

Mox Emerald

 

そのうち、青色のマナが必要である

Ancestral Recall

Time Walk

Timetwister

は使う事が出来なかった。

知識としてそういったカードがある事を知っていても、マナが無ければ使用は出来ないということか。

 

逆に、その他のパワーナイン。MoxシリーズやBlack Lotusは問題なく出すことが出来た。

枚数制限なく、使用しても疲労感に近いものやマナを消費した感覚もない。

0マナのアーティファクトとはそういうものなのか。

 

特筆すべきことは

Mox Rubyの時と同じく、私はそのMoxの固有色のマナを感じることが出来なかったという事だ。

これには、相当ガッカリした。

青マナが出ないならMox Sapphireからマナを出せばいいじゃないかと考えていた私にとって

これは落胆のあまり、顔を大きくしかめてしまう程だった。

 

あと、どうでも良い事として

Moxシリーズを出した時、射命丸が大興奮のあまり天にも昇った(比喩ではない、実際飛び回った)ことだろうか。

 

「あややややや!!

 やはり貴方に付いていったのは間違いではなかったですね!!」

 

大丈夫か、射命丸。

目がMoxになりかけてるぞ。

 

さて、続いて太陽の指輪/Sol Ringを呼び出す事にした。

自身の無色のマナを1マナ開放する事をイメージすると、僅かな喪失感とともに

ぼんやりとした半透明のなにかが私から放出された。

 

燃えているようで熱くない。かと言って個体というわけでも、液体というわけでもない。

これが、マナか。

いちMTGプレイヤーとしてマナを生み出し、直接見るという無類の喜びに思わず眼がしらが熱くなった。

 

……さて、遅くなってしまったが、これが1マナだと仮定すると、あと7回くらいならこれを放出出来ると私の中の感覚が叫んでいる。

つまり、保有マナは無色8マナ。

精霊龍、ウギンのマナコストと同じだ。

 

マナ自体はどこかおぼろげで、すこし頼りないような感覚を覚えた。

フェイズをまたぐとマナは消えてしまうから、そのせいだろうか。

射命丸にも見えているのだろうか?

ふとそう思い、射命丸に何か感じないかと聞くと。

 

「そうですねぇ。

 それよりこの花の方が何か凄いものを感じますよ?」

 

Black Lotus片手にそんな事を言っていた。

流石はパワーナイン。私には良く分からないが、分かる人には分かるのだろう。

……私には分からなかったけどね!!

 

さておき、射命丸にはマナというものが見えないようだ。

魔法使い。あるいは魔女なら違うのだろうか。と思ったが、この世界にそれが存在しているか定かではないので、これは考えるだけ無駄だろう。

 

さて、ではマナが消える前に使ってしまおうか。

 

「太陽の指輪/Sol Ring」

 

私がその名を唱えるや否や、私の三本指のうち一本に指輪が嵌った。

直観で、この指輪には無色のマナが2マナ込められているということが、私にもわかった。

さて、次はこの2マナで何を生み出すかなのだが……。

ふむ、いくつも候補があって中々決めかねるな。

 

「ウギンさーん?」

 

「どうした、射命丸」

 

「いやですね、そろそろ何処を目指すか決めようかと思いまして。

 目的地が無ければ情報を集めるのもより効率的になりますし、ここでいつまでも立ち止まっているのもいかがなものかと思いますよ?」

 

気付けば、太陽は落ち始め、そろそろ夕暮れといった所か。

辺りも暗闇に飲まれ始めている。

 

宝石が絡まない限り射命丸は真面目そのものだ。

これは短いながらも私が実感したことの一つだ。

 

それにしても熱中し過ぎた。

そろそろ夜になる。夜になってしまえば移動も制限されるか。

何処を目指すか。というのも尤もだ。

それによって求められる情報も変わるし、ここで止まり続けていては何も始まらない。

 

「ふむ……」

 

「ウギンさんは、何をしたいんですか?」

 

何をしたいか。

難しい質問だ。

この場にウギンとして存在している限り、私は可能な限りウギンとして振舞いたい。

きっとこの場にウギンのフレーバーや設定について詳しい者が居たのなら、私はそれに従っていたに違いないだろう。

 

ただ、私はそれを知らない。

ゆえに、私は私が思い描くウギンとしての振る舞いをすることだろう。

私が思い描くウギン。それは。

 

「私は、自由でありたい。

 何にも縛られず、邪魔されず。

 様々な場所を見て回りたい」

 

口から零れ落ちたのは、そんな言葉。

フィニッシャーとして、かつてのデッキの相棒だったウギン。

そんなウギンには、誰にも邪魔されず、格好よく自由で居てほしかった。

射命丸は、それを聞くと

 

「なるほど、つまりは観光ですね!」

 

やっべぇ。速攻で主目的が観光だってバレたわ。

これは格好よくない。格好悪いな。でも射命丸の言う通り目的は観光だしなー。

あ、ニコル・ボーラスに対抗する手段忘れてたわ。

でも出会った時点で負けだしなぁ……。それまでは別に観光でもいいかなぁ。

 

「それでいい」

 

いや、ホントはそれで良いわけじゃないけどね?

ほら、なんか目的はあるんだよ?あのその、対ニコル・ボーラス的な何かがね?

 

あ!そういえば射命丸味方に誘えないかな!?

せっかく仲良くなれたし(宝石で釣ったとも言う)味方になってくれたら心強いんだけど!

 

あ、でもやっべー!!よくよく考えたら私、こんな可愛い子を誘う誘い文句とか皆無だったわ!

MTGトークなら無限に出来るんだけどなー、どーすっかなー。俺もなー。

 

「射命丸 文」

 

「はい、なんでしょうか」

 

やっべー、まじやっべー、声かけちゃったよ。

どうすんだよ私、もう後戻りもできないよ。

時間戻らんかなー、やっぱ今の無しってならんかなー。

ふふっ呼んだだけ(はぁと)とかウギンに言わせたくねえしどうしようもねえな。

てかなんか射命丸さっきと雰囲気違うくね?

なんか真面目モードになってるんですけどおおおおお!

もういいや!いったれえええ!

 

「いつか、誰かが私を打ち負かすだろう

 だがそれは今日ではないし、お前にでもない」

 

「ッ!?」

 

って頭に浮かんだの最後の言葉/Last Wordのフレーバーテキストやあああ!

なんかこれだと敵対してる感じになってるんですけどおおおおお!

訂正!訂正しないと!

 

「……それほど、大きな敵が現れるのですね。龍神様」

 

「……うむ」

 

あ!!

なんか納得してくれた顔になってる!!

セーフかな!?セーフでしょ!!

とりあえず頷いたし。なんとかなる!!

 

てか龍神様って誰だろ、まさか私の事かな?

いや違うな、龍神…龍神…。

 

あっ

 

ヤダ、もしかしてこの子、私のことニコル・ボーラスと勘違いしてる?

 

「分かりました。龍神様。

 この射命丸 文。この身をもって貴方を守りましょう」

 

あ、でもなんかこのままいけば射命丸仲間になってくれそう。

でもニコル・ボーラスと勘違いされるのやだな……ってかウギンって言ってるじゃん。

でもここで訂正したら、じゃあ仲間になるの止めるわ。って言われんかな……。

そしたら私立ち直れないよ?実は射命丸がニコル・ボーラス信者だとか。

 

「うむ」

 

まあいいや。とりあえず頷いとけ。

難しいことになったら、その時になって考えよう。



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忠誠度能力+4:貴方は喧嘩を売られる

感想頂けると嬉しいです


そうだ、守矢神社行こう。

 

発端は単純だ。今居るここは妖怪の山と言うらしい。

なら遠くの場所に行くよりも近場を攻めた方が良いとのこと。

ほかにもなんかいってたけど、よぐわがんにゃい。

 

なるほど、りくつはわかった。

 

良く分からないけどよく分かったようなフリをして、ウンウン頷いとけば、射命丸がどんどんと話を進めてくれる。実に楽なものだ。

話の途中で神がどうやらとか言っていたが、まあ、あれだろう。破壊不能とか持ってるんだろう。

我ながらMTG脳過ぎて救いようがねえな?

 

「という訳でウギンさん、ささっと飛んで行きましょうか」

 

「うむ」

 

羽根をバサバサとはばたかせれば、浮力が生まれ、自身の身体が地面から遠く離れていく。

まるで今までそうだったのが当然のように、何の違和感なく、私の頭の中に空の飛び方というものが入っているようだ。

詳しい事は何も分からないが、とりあえず飛べるならば何の問題もないね?

 

そこで、ふと気づく。

今まで歩いてたけど。普通に飛べば良かったのでは?

 

……いや、なんでもない。誰にでも間違いはあるさ。

だって人間だもの。ごめん嘘言ったわ。龍だったわ。

 

とにかく、私たちは文字通りささっと飛んで夕暮れに近付きつつある世界の空を飛行した。

射命丸の言っていた。最速という事は間違いなく本当のようだった。

私を置いて、既に山頂近くまで飛んで行ってしまっている。

 

……いやさ、速いのは分かったけどさ。私を置いていくのはどうかと思うよ?射命丸。

 

少し焦りながらも精一杯の速度で上昇し、ようやく私も山頂にたどり着いたとき、太陽は既に落ちていて。辺りはすっかり闇に染まっていた。

 

目の前には立派な神社があった。

ここが目的の場所で間違いないだろう。

たしか、守矢神社だったか。

 

ただ、建物の明かりはすっかり消えてしまっていたが。

もう寝てしまったのだろうか?

 

「おい、そこの龍よ」

 

不意に、そんな声が聞こえた。

辺りを見渡すが、どこにも声の主は見当たらない。

はて、空耳だっただろうか。

首を傾げていると

 

「おい!そこの龍!」

 

首を下に持っていき、目線を下に下ろすと、ようやく声の主の姿が現れた。

随分と小さい、奇怪な帽子を頭に乗せた。子供のような姿だった。

子供がこんな時間に何の用事だろう?危ないから早く帰らないと駄目じゃあないか。

 

「……帰ると良い」

 

「あ”ぁ”?」

 

少し要約して伝えたつもりが、何が気に障ったのか。子供はこちらに向けて威嚇してきた。

はて、何がいけなかったのだろう。

 

「もういい、アッタマきた」

 

そう言ったかと思えば、子供は急に宙に浮かぶ。

おっと、なんだか急に嫌な予感がしてきたぞ。

そう思ったのが早いか、遅いか。

それは、無慈悲に宣言された。

 

祟符「ミシャグジさま」

 

小さな、小さな光の玉。

それが交差し合い、子供の周囲から散開するように散らばっていく。

それはまるで花火のようで、私は一瞬それに見とれてしまった。

 

それがいけなかったのか。私はその光の玉に被弾してしまう。

 

「……ッ」

 

痛い。痛い。痛い。

ここに来て初めて味わう痛覚の感触。

 

同時に脳裏をよぎる、ある感触。

 

【忠誠度:7→6】

 

カチリ。とカウントダウンが進むように。

それは光弾に被弾する度に進んでいく。

 

【忠誠度:6→5】

 

光弾と光弾は交差し合っていて、僅かな隙間はあれども

それを避ける事が出来る程私の身体は小さくない。

 

【忠誠度:5→4】

 

もしも、もしもこのカウントダウンが0になれば。

どうなってしまうかは想像に難くない。

 

【忠誠度:4→3】

 

見る間に私の白銀の鱗はボロボロになって行き

次第に身体の節々から悲鳴が上がる。

 

【忠誠度:3→2】

 

切り札は――ある。

だが、それを使うには――。

 

「お前、なぜ攻撃しない」

 

ピタリと、光弾の嵐が止んだ。

慈悲、ではないだろう。

このまま行けば確実に勝てる、だからこその疑問なのだろう。

 

何でって、そりゃあ。

だって、だってそんなの。

 

「……子供相手に、本気になるなど、実に馬鹿馬鹿しい」

 

「な”っ!未だそんな口をっ」

 

子供相手に本気になる大人が、どこにいるだろうか。

もし仮に居たとするのなら。それはもはや大人などではなく、人でなしだ。

 

「私は、お前を傷つけたくない。

 ゆえに、これは」

 

これは、賭けだ。

未だ試したこともない、一か八かの賭け。

 

「ただの、遊びだ」

 

その瞬間、私の中からマナが噴出する。

太陽の指輪からも。

瞬間、太陽の指輪はぱきり、割れてしまった。

いち、に、さん。

 

合わせて、無色9マナ。

 

残ったマナを使った正真正銘の賭けにして、実験。

 

「虚空の杯/Chalice of the Void

 X=0

 虚空の杯/Chalice of the Void

 X=1」

 

「何をしようとしているのか分からないけど!これで終わり!

 祟符「ミシャグジさま」!!」

 

私が何かし出したのに気が付いたのだろう、再び光弾を発射しようとする。

 

「歪める嘆き/Warping Wail

 モード、ソーサリーの打ち消し」

 

果たして光弾は――発射された!

 

あれは0マナの呪文ではない。

あれは1マナの呪文でもない!

ソーサリーでもない!

宣言してから打ち出すのだから、恐らくはインスタントの類でもない!

 

――残り、無色7マナ。

 

ならば、エンチャントやアーティファクトの類か!

 

「厳かなモノリス/Grim Monolith」

 

目の前に盾として、モノリスを設置する。

本来、牢獄として使われていただろうそれは、攻撃の盾になるはずもなく。

あっという間にボロボロに成り果て、崩れ落ちそうになる。が。

 

「その前にマナは引き出させてもらおう」

 

――残り、無色10マナ。

 

「ダークスティールの板金鎧

 そして装備――チッ」

 

破壊不能を付与する装備品。

だが、いかんせん。私に装備するには、小さすぎた。

 

――残り、無色5マナ。

 

不味い。0マナ、1マナ域は自分で縛ってしまった。

光弾は――既に目の前にまで迫ってきている!

 

――ああ!クソ!

こうなれば――!

 

「Boompile / 爆積み」

 

コイン投げで勝つ事さえできれば、なんでも全て破壊する事が出来る。

必殺の一撃。

 

果たして――不発。

 

――残り、無色1マナ。

 

「残念だったねぇ。色々頑張ったみたいだけど――」

 

「……ああ、そうだな、まったく。ホッとした」

 

「……随分余裕そうじゃないか。ならその顔をズタズタに――」

 

「爆積みが起爆しなくて、本当に良かった。

 万が一、お前が破壊不能じゃなければ、破壊されてしまう所だった」

 

「ああ、仕方ない。仕方ない。

 こうなれば、奥の手。切り札。

 もよや、卑怯などと言ってくれるなよ?」

 

「金属ガエル/Frogmite

 親和(アーティファクト)=4」

 

突如、私の盾として現れたのはまるで骨だけになったカエル。

残りマナは、依然として無色1マナ

つまり、消費マナは0マナ。

 

ああ、つまりは。

 

「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」

 

「えっ、ちょっと!!待って!!」

 

「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」

 

詰みである。



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忠誠度能力+5:貴方は後処理をする

感想頂けると嬉しいです


私の眼前に広がる光景。

無数の金属ガエルの群体。

いや、統率され、私を守るように群れ従うのを見るに軍隊と呼んだ方が良いか。

 

夜中であるのに、眼前が昼のように見えるのは

目の前に広がる光弾のおかげか。それよりも多い金属ガエル達の反射によるものか。

あるいは、ウギン自体が夜目が効くのか。いや、そんなことはどうでも良い。

 

金属ガエル達、1匹1匹との間に見えない繋がりのような何かが感じられる。

これがクリーチャーを召喚するということか。

私がコントロールしているただのアーティファクト。それはこれといった繋がりは感じられなかった。

つまりは、意思のあるものに対してはこのような感覚が感じられるということか。

 

命令を待つかのように。

金属ガエル達は身を挺して、光弾から私を守ってくれている。

攻撃されているというのに、こちらから勝手に攻撃をしに行く様子は全く見られない。

実に健気なものだ。

 

「あややややや!!

 凄い光景ですね!!」

 

「射命丸、どこに行っていた」

 

「いやですねえ、言ったじゃないですか。

 ここ、守矢神社には神様が居ると。

 神様同士、何か思う所があるんじゃないかと思って、しばらく様子を見ていたんですよ~」

 

「……そうか」

 

いや、そうかじゃないが。

神とか聞いてない――いや、なんか言ってたな。

てか、出来れば助けに来てほしかったんだが。

あれ?もしかして暗くて見えなかっただけで案外近くに居たのか?……マジか。

あ、あっぶねー!爆積み起爆してたら射命丸も巻き込まれてた可能性あったのか!

格好いいかなって思って、色々実験とかしたり、一か八かの賭けとかやってないで。

Moxシリーズ、パパっと出して金属ガエル連打しとけばよかったわ!!

 

「さて、どうする?そこの――」「諏訪子様ですよ」

 

「――諏訪子だったか。こちらはこれ以上争うつもりはないのだが」

 

「……あーうー!

 分かった!分かったよ!これ以上は終わり!」

 

「そうか」

 

相手が神ということは、恐らくは破壊不能持ちだろう。

だったらせっかくだから忠誠度能力+2とか試してみたかったんだが……。

あ、良い事考えたわ。

 

「そこの、金属ガエル」

 

適当な所に居た金属ガエルに声をかけると。

スッと身をこちらに向けてこちらに顔を向ける。

なんかゲコゲコ言ってるが、何でしょうか、ご主人様。みたいな感じだろうか。

……うう、これからやることを考えるとちょっと良心が痛むなぁ……。

 

「すまない」

 

せめてもの謝罪とともにこめかみに力を入れる。

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

脳裏をよぎるのは、ウギンの忠誠度能力:+2。

意識をその金属ガエルに向けて。なるべく外さないように心がける。

これから何が起こるのか、分かったのだろうか。

金属ガエルは頭を下げて、ゲコ。と一言だけ告げた。

……ごめんな、本当にごめん。

 

「ちょ、ちょっと待った。何する気――」

 

【対象:クリーチャー……金属ガエル】

 

瞬間。目の前が真っ白になった。

それと同時に、まるで目の前に稲妻が落ちたかのような、爆音。

それに、ビリビリと身体が響く。

 

【忠誠度:2→4】

 

それと同時に、私の身体の節々の痛みが少し安らぐ。

ってかビビった。マジビビった。

3点ダメージかー、どんくらいのもんだろうなーって思ったけど、正直舐めてた。

ビビりすぎてちょっと身体ビクッてなったもん。

マジやっべーわ。

 

少しずつ目の前の光が収まっていき、白んでいた世界が再び闇の世界へと落ちていく。

かつて、金属ガエルの1匹が存在していた場所。

そこはポッカリと地面に穴が開いていて。しゅうしゅうと煙がたっている。

 

うん。威力にはビビったけど、忠誠度能力もちゃんと使えるみたいだ。

てかこの威力だと、椛って呼ばれてたあの子に使ってたら大変な事になってただろうなぁ。

実際、金属ガエルは跡形もなくなっちゃってるし……。

あの金属ガエルとの繋がりも、ぷっつり切れちゃっているみたいだ。

恐らくは、死んでしまったのだろうなぁ……。成仏してくれよ……南無。

 

「――お前……」

 

「はいはいはい、諏訪子待った!待った!

 これ以上は終わりなんでしょ!」

 

「諏訪子様!お気持ちは分かりますが!

 ここは抑えてください!!」

 

目の前ではなんだか騒がしくなっている。

見れば、女性二人が諏訪子を羽交い締めにして押さえ込んでいるようだ。

 

「離せ!神奈子!早苗!

 アイツ私の目の前で蛙を潰しやがった!!

 許してなるものか!!」

 

どうやら忠誠度能力+2で金属ガエルをやっちまった事に激怒しているらしい。

うーむ、確かになぁ、自軍のクリーチャーに使うのはちょっと違うよねぇ。

 

「すまない、諏訪子。

 本当であったのなら君に打てば良かったのだろうが

 私の傷を癒すにはこのくらいしか思い浮かばなくてな」

 

「ひゃうっ!?」

 

だって破壊不能持ちですよね、神なんだし。

だったらバンバン打っておけばよかったよね。

あ、そういや忠誠度能力は1ターンに1回までだけどまた打つのにどのくらい空けないといけないのかな?

マナも保有マナ全部使っちゃったし。回復するのってどのくらい時間かかるんだろ。

まだまだ分からない事だらけだ。

 

――あれ?

そういや今手持ちの金属ガエル以外保有マナ1マナしかないし、

0マナと1マナは虚空の盃で自分から封じちゃってるし、これってもしかしてピンチなのでは?

あくまでも目の前の3人が襲い掛かってきたらって前提だけど……。

 

あ、やべーわ。

アーティファクト破壊とかされたらなす術ないわ。

こ、ここは友好的にしないと……!

 

「射命丸」

 

「なんですか?ウギンさん?」

 

「彼女らと友好的にしておきたい、頼めるか?」

 

「おいくらほどいただけるんで?」

 

「……」

 

「じょ、冗談ですよ!冗談!

 はーい!じゃあ行ってきまーす!」

 

そう言うと彼女らの元へ飛んでいく射命丸。

思わず顔をしかめてしまったが、ひとまずはこれで大丈夫だろう。

さて、目下の問題は虚空の盃をどうやって破壊するか、なのだが。

実験する際につい出してしまったが、今となっては私の行動を縛る枷にしかならない。

 

無色でアーティファクト破壊をする呪文かぁ、しかもマナがいらない手段……?

……

…………

バキッゴリッ

 

暴力は何事も解決する。射命丸、暴力はいいぞ。

 

かくして虚空の盃は無事に破壊された。

これで0マナ、1マナの呪文も問題なく唱えられるはずだ。

さて、そろそろ射命丸の方も上手くいった頃だろうか。

 

「やあ!いらっしゃい!

 さっきは悪かったね!歓迎するよ!」

 

「さあさ、神社の中に……は入れないか。

 神内でよければゆっくりしていっておくれ!」

 

「わぁ、私ドラゴンさんって初めて見ました!火とか吹けるんですか!?

 あ、でもさっきのを見るに雷属性のドラゴンさんなんですかね!?」

 

めっちゃ歓迎ムードで出迎えられた。

もう一度確認しよう。めっちゃ歓迎ムードだ。

女性2人はともかく、さっきまでイケイケだった諏訪子まで態度が激変しているのはどういうことだ?

射命丸に目配せすれば、ニヤリ、と手持ちのMoxをチラリと見せた。

……あっ!?こいつMoxで買収しやがったな!?

 

一応、今のところのMoxやBlack Lotusの主な運用法は思いつかない。

これは、私が無色のマナしか扱えない事が大きく関係しているのだが、

それにしたってこの扱いはあんまりだろう。パワーナインが泣いているぞ。

 

「……射命丸」

 

「さあさ、ウギンさん!こう言って下さるようですし、

 今日はもう遅いですし!ささっと寝ましょう!

 観光はそれからですよ!」

 

……まあ、良いか。

寝る前に金属ガエル達に見張りを命じて、警戒するように念じておくと

彼らはゲコッ。と一言告げて散開して行った。多分、了解とかそんな感じなのだろう。

 

私は神内の外れで四つん這いになると、首を横たえる。

暗闇の中、目蓋を閉じれば、思ったよりも睡魔はあっという間にやってきた。

その微睡の中で、私はふと思う。

 

随分と長い一日だった。

日常が激変し、大好きなMTGのウギンになってしまった。

様々な呪文を唱えた。時には危ない場面も色々とあった。

 

(でも、たのしかったなぁ、明日ももっとたのしくなるといいなぁ。

 ああ、でも……まだまだ試したい事が……沢山……)

 

それ以上考える余地もなく、私は夢の中へ落ちて行った。

 



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忠誠度能力+6:貴方は歓迎される

あれから3日程経った。

特に変わった事は、あんまりない。

この身に起きた激変も、忠誠度能力も、金属ガエル達すらも。

 

強いて変わった事を挙げるとするのなら、それは私の忠誠度だろうか。

【忠誠度:10】まで回復した。むしろ元の忠誠度よりも高くなった。

 

忠誠度が0になっても良いのであれば、私はウギンの奥義こと忠誠度能力:-10を放つ事も可能になった。

……つまり、3体の金属ガエルが処されたということだ。南無。

 

そうそう、忠誠度は一晩経ってもリセットされないが、保有マナに関しては一晩経てば無色8マナまで回復することが分かった。

つまりは、1ターンは1日として考えられる。

 

だが、ここで一つ、疑問が生じる。

MTGでは初期手札は7枚だ。

つまりは、使えるカードは7枚まで、ということなのだが。

私の頭に浮かぶカード群、それらは7枚を優に超えてしまっている。

 

あくまでも決闘する場合のルール、ということなのだろうか?

しかして、その場合でも諏訪子と実験(向こうは争ったと感じているらしい)した時も初期手札の7枚という縛りは特に感じる事はなかった。

プレインズウォーカー同士での決闘に限られるのだろうか?

疑問は絶えない。

 

「ウギンさん!はやく!はやく!」

 

「分かった」

 

私を呼ぶ声、東風谷早苗の声だ。

あの時は暗闇の中だったから注視することはなかったが。

緑色の長髪に、白と青を基調にした巫女服、巫女服?をその身に纏っている。

そして、まあ何とは言わないがデカい。

 

「遅いぞ、ウギン」

 

続いて私の向かう先に居たのは、八坂神奈子。

青に紫を混ぜたような神の色、赤い服を着ていて。

背には大きなしめ縄が丸くつけられている。

そして、なによりも何とは言わないがデカい。

 

「あーうー!」

 

最後に諏訪子。

何とは言わないが小さい。

 

彼らの目的は何なのか。

それは、まあ。うん。あるカードだ。

なんてことはない。単なるカードなのだが。

 

「若返りの泉/Fountain of Youth」

 

「「「ワアアアア!」」」

 

出現する泉。

瞬間湧き上がる歓声。

ガッツポーズを掲げる神奈子。

ハイタッチをする早苗と諏訪子。

 

「早苗!早く泉の水を確保だ!」「はい!」

 

「早苗!今日のお風呂は!?」「もちろん若返りの泉のお湯です!」

 

やんややんやと盛り上がっている。

それはもう、私が入り込めない程に。

そして、あっという間に泉の水は枯れてしまった。

 

「ヘイ!アンコール!アンコール!」

「もう一杯!もう一杯!」

「あーうー!?」

 

やけにテンション高めに、それぞれがもう一度若返りの泉を要求するが。

 

「今日の分は終わりだ。約束だろう?」

 

私が若返りの泉を召喚するのは一日に一度だけ。

それが初めてこの世界に来て約束したこと。

世の女性はどんな時も若さを求めるらしい。

 

私の一言に。3人はそれぞれ愚痴たれながら解散していく。

これが最近、毎朝の習慣になっている。いや、勘弁してほしい。

 

「あやややや、滑稽なものですね」

 

そう言うのは私の相棒、射命丸。

一人だけ冷静な態度を取っているのだが、それには訳がある。

 

「そう言うな、射命丸。

 お前もこの泉の効果を知るまでは似たようなものだったろう?」

 

「あややややや?なんのことでしょう?」

 

全力でとぼけている彼女、彼女だけには、このカードの能力と、起動するための条件を伝えている。

若返りの泉、その効果とは。

 

【2マナを要求、それとカードをタップすることでライフが1点回復する】

それだけ。

 

「若返りの泉、とはよく言ったものだな」

 

「傷が治るだけ。

 まあ、確かに若い頃は傷が治りやすかったかも知れませんねぇ」

 

二人、いや、正確には龍とカラスの2匹か。

くっくっく。と笑みをこぼす。

 

そう、私は決して彼女らを騙しているわけではない。

若返りの泉というものを出せる。と真実を伝えているだけだ。

ただ、それ以上を伝えるつもりはないだけで。

 

「それで、ウギンさん。お次はどこを目指しますか?」

 

「もうここは良いのか?」

 

「えぇ。彼女達はあのままで居た方が幸せでしょうし。

 ここは神社以外あまり見る所もありませんからねぇ」

 

「そうか」

 

射命丸が言うには他の場所の方が、色々と楽しめるとのこと。

個人的にも色々な場所を見て回りたいので、異論はない。

さて、それでは何処へ向かおうか。

 

「山と森と来たからには、島が良い」

 

「うーん、島ですか、代わりに湖はいかがでしょうか?

 幻想郷には海はないので、あまり期待しないでくださいね」

 

「うむ」

 

そういえば、この場所は幻想郷と呼ばれているらしい。

MTGにはいろんな次元があるはずだが、そんな次元はあるのだろうか。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

「もう行くのか?せめて彼女らに別れの言葉でも」

 

「大丈夫ですよ。それとも若返りの泉を無数に出されたいですか?」

 

それは勘弁して欲しい。

疲労感は無いといっても、神社の境内は有限なのだ。

若返りの泉で埋め尽くされた神社の境内を想像して、少しげんなりした私は、射命丸の提案に素直に頷く事にする。

 

「じゃあ行きましょうか、ウギンさん」

 

「うむ」

 

両者、翼をはためかせ、空へと浮かぶ。

さて、次はどんな場所なのだろうか。楽しみだ。

 

あっやべっ金属ガエル達忘れたわ。まあ良いか。

 

 

 

 

 

―――――ある神の視点

 

「龍神が行ったか」

 

「行ったみたいだねぇ」

 

「始めは龍神が何の用かと思ったが。

 温厚な龍神で良かったな」

 

「ケロケロ。自分のカエルを稲妻でヤった時は邪龍のたぐいかと思ったけどね」

 

「そうは言うがな、諏訪子。最初にあの稲妻がお前に落とされていなかったのだから

 まだ温厚な方だと思うぞ」

 

「……まあ、貢物としてカエル達を置いて行ったのは評価してあげなくもない」

 

「素直じゃないやつめ」

 

くつくつと1柱の神が笑うと、もう1柱はぐぬぬ、と声をあげる。

 

「それにしたって、龍神も龍神だよ。

 急に来たかと思ったら若返りの泉とか言う紛い物を渡しやがって」

 

「それは確かにな、神を騙すなど実に許しがたい」

 

「――何か起こるのかな、神奈子」

 

「――むしろ龍神が来て何も起こらないと思うか?」

 

2柱の神々は、それから何も言わず。

辺りには沈黙が流れた。

 

「もし、なにか起こったなら――」

 

どちらの神が言ったのか。

その言葉の先は、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ある風祝の視点

 

「あれっ!?ウギンさんどこか行っちゃうんですか!?

 若返りの泉は!?明日からの若返りの泉は!?」

 

そんな声が代わりに木霊したと言う。

 



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忠誠度能力+7:貴方はトカゲになる

空は広く、どこまでも広がっていた。

眼下には霧に包まれた湖が広がっている。

世界は広く、私はちっぽけだ。

それは、身体の大きなウギンになってからも、何も変わらない。

世界は、広い。

 

「うおー!でっかいトカゲだー!」

 

「ち、チルノちゃん。トカゲさんに失礼だよ!」

 

そう、世界は広い。

目の前の子供達は、怯える事なく私を見上げて騒いでいた。

始め、この霧の湖というらしい場所に訪れた時、最初に会った彼女らの反応に、私の方が面食らった。

 

「君たちは、私が怖くないのか?」

 

少なくとも、私であったら巨大な龍が目の前に現れたらビビる自信がある。

それがトカゲであったとしても、余計にビビる自信があるくらいだ。

 

果たして、私が聞くのが早いか遅いか。

私の問いに、彼女らはそろって首を横に振る。

 

「お前よりも怒ったけーねの方がこわいぞ!」

 

「う、ううん。こわくは、ないです」

 

あっ、この子たち、ええ子や……。

純粋無垢で曇っていない目でそう答える彼女達。

思わず、手のひらを彼女達の前に広げた。

 

「Mox Sapphire。

 Mox Emerald。

 これを君たちにあげよう」

 

瞬間、ぱああと花開くように彼女らは笑顔を浮かべる。

青い子はMox Sapphireを。緑の子はMox Emeraldを手に取った。

気分は親戚のおばちゃんである。飴ちゃんいる?っていう感じ。

問題は、それがMoxだということ。実際そんな親戚のおばちゃん居たらビビるわ。

 

「おやおや?私には何かないのですか?」

 

「お前には充分にやっただろう?」

 

「あやややや、随分私も安く見られたものですね?

 やっちゃいますよ?離反?」

 

「……分かった分かった、後で好きなだけやる」

 

「やたっ!」

 

射命丸とそんな軽口を言い合い、私はため息を一つ吐く。

お前もこのくらい純粋だったらなぁ。私も喜ぶのだが。

 

「お、文だー!!」

 

「チルノさん、お久しぶりです」

 

ふむ、青い子はチルノと言うのか。覚えておこう。

純粋無垢な子供はいつも良いものだ。心が安らぐ。

というよりも

 

「知り合いなのか?射命丸」

 

「そうですねぇ、ちょっとした知り合いというか。

 ……ところでチルノさん、その石とこの石を交換しませんか?」

 

どうやら射命丸はチルノと知り合いらしい。

というか射命丸。そこらへんの石とMoxとを交換しようとするんじゃない。

あきれ顔になりながらも、軽く彼女の頭を摘まむ。

 

「あ、あやややや?ウギンさん?

 これはちょっとした出来心で……っ」

 

そしてそのまま宙に持ち上げて――ポイっと軽く投げる。

 

「あ、あややややゃゃゃゃゃぁぁぁぁ!!」

 

霧の湖の方に投げれば、深い霧のおかげか。射命丸はあっという間に見えなくなった。

少し調子に乗らせ過ぎたから、いいお灸になるだろう。

……だが、まあ。

 

「羽ばたき飛行機械/Ornithopter。

 ……一応様子を見に行ってやってくれ」

 

何かあってからでは遅い。0マナのクリーチャーを生成しておいて様子を見に行かせることにした。

一応、パワーは持たないが飛行を持つクリーチャーだ。

この霧の湖でも問題なく動けることだろう。

私の命令を聞いた羽ばたき飛行機械は、キュイン!と鳴くとすぐに霧の湖の方に飛んで行った。

これでひとまずは安心だろう。

 

「お、おお!お前凄いな!

 色んなもの出せるのか!」

 

ふと、足元から聞こえたそんな声。

傍から見ればそう見えるのか。まあ、確かに出せると言えば出せるが。

 

「制限はあるぞ。

 私の知識にあるものしか出せないし。

 出せるものにも制限がある。むしろ出せないものの方が多い。

 それに、私は全知ではない。知らない知識だらけで困っているくらいだ」

 

そう、私は無色の呪文しか唱えることが出来ないという制限がある。

いちMTGプレイヤーとして、様々な呪文やクリーチャー、アーティファクトなどを知っているが

それでも有色の呪文の方が遥かに多く知っている。

 

無色の呪文が1だとすれば。有色の呪文は10以上。

単純に言っても10倍以上の差があることになる。

 

だが、その中でも明らかに危険そうで、避けている無色の呪文も、もちろんある。(エルドラージなどがそれにあたる)

そう考えると、私が唱えることが出来る呪文というのは、存外に少なくなってしまう。

 

「へえー」

 

「まあ。難しい話だったな」

 

「ち、知識に関係することだったら、

 こ、この先の紅魔館の図書館に行けば、もっと何か分かるかもです」

 

「ほう、そこの。名前を教えてくれないか?」

 

「わ、わたしは……」「大妖精の大ちゃんだよー!」

 

「えっ、あ、あの」「ふむ、大妖精か」

 

天啓だった。知らないのならば知識を持つものから教えてもらえばいいのだ。

例え、MTGとしての呪文がなかったとしても、何か思い出すヒントになるかもしれない。

 

「礼を言うぞ。大妖精。

 私はこれからその図書館とやらに――」

 

「お?どうしたんだ?」

 

瞬間。

私の中の羽ばたき飛行機械との繋がりが、消えた。

つまり、私のコントロールから離れたか――破壊されたか。

それはすなわち射命丸の方向で何かが起こったという事。

 

「すまない。急用が出来た。

 また会おう」

 

急ぎ、私は翼を広げ、空を飛ぶ。

羽ばたき飛行機械とのつながりが消えた方向へと、全速力で、向かう。

 

「おーう!またなー!」

 

「ま、またー!」

 

飛び去る瞬間、後ろからそんな声が聞こえた。

しかして、私にとってはそれを気にする場合ではなかった。

急がなくては。ただ、それだけが思考を渦巻いていた。

 

 

 

はてさて、霧の湖は存外に狭かったようだ。

あっという間に湖は終わり、陸地が見えてきた。

 

そして射命丸の姿が見えた頃。同時に赤い館が姿を現した。

赤い。朱い。紅い。真っ赤な色をした館だ。実に趣味が悪い。

いや、黄金で出来たものよりかは幾分かマシか。

 

「射命丸。大丈夫か」

 

「大丈夫です!ですが」

 

射命丸の視線の先には、粉々に破壊された羽ばたき飛行機械の姿。

何があったのか。答えを聞こうとした瞬間。

なにかが、私を見ている感覚があった。

 

「きゅっとして」

 

「真面目な身代わり/Solemn Simulacrum」

 

「ドカーン!……ってアレ?」

 

寸での所で、私の居た場所に真面目な身代わりが現れたと同時。

それは粉々になって破壊された。

パラパラと自壊するように崩れ落ちていく、真面目な身代わり。

突然のことだったが、上手くいった。

真面目な身代わりはこんな使い方も出来るのか。

 

「……ほう、そこの、名前を教えてくれないか?」

 

紅い館の入り口。その暗がりから現れたのは、小さな子供。

不思議な形をした翼。真っ赤な印象を受ける子供らしく可愛らしい服。

けれども、けれど。その顔は実に狂気的で。

 

「私の名前は、フランドール!

 フランドール・スカーレット!

 ねえ、貴方は壊れないでいてくれる?」

 

泣きそうで、哭きそうな、複雑な笑みをたたえていた。

 



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忠誠度能力+8:貴方は他人に任せる

――相性が悪い。

直観的に、そう思った。

 

真面目な身代わりは確かに、耐久性はさほどでもない。

破壊された事も、あまり驚きはない。

だが、自壊していくように壊れた事を見るに、ダメージを受けての破壊では、恐らくは、ない。

アーティファクト破壊。あるいはクリーチャー破壊。

いや、もっと最悪なのが……。

パーマネント破壊。

 

もし、もしも仮にあれが何でも破壊出来るのだとしたら。

もし仮に、真面目な身代わりではなく対象が自分になっていたら。

――自分は、破壊されていたのではないか?

 

背筋に冷たいものが走る。

死、という一文字が頭の中を渦巻く。

 

「太陽の指輪/Sol Ring

 太陽の指輪/Sol Ring

 厳かなモノリス/Grim Monolith」

 

「アハ!面白い能力ね!

 何でも作りだせるの?」

 

手加減はしない。マナだけは枯渇しないように。

アーティファクトを次々と作り出す。

 

――だが。

 

「でも、私の能力も面白いの!

 なんでも壊せるの!!

 ほら!きゅっとして!ドカーン!」

 

マナを引き出した、と思った次の瞬間。

2つの太陽の指輪も、厳かなモノリスも、一瞬で自壊する。

 

――相性が悪い。

本来であれば、もっと余裕を持ってアーティファクトを並べられるのであれば。

諏訪子の時と同じように、金属ガエルの物量で押し切ることが出来るのだが――。

――いや、数で攻めるならこっちならどうだ!!

 

「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」「メムナイト/Memnite」

 

「アハハ!面白い!面白い!

 きゅっとして!ドカーン!」

 

羽ばたき飛行機械と同じく0マナ、しかし戦力として数えられるメムナイト。

それを大勢作成したのだが……たった一度。たった一度の能力ですべて破壊された。

 

不味い。破壊不能を持つクリーチャーを作るか?

それなら、一瞬でも意識を逸らすことが出来るかもしれない。

だが。今あるマナは……

――無色、7マナ。

全て、使えば行けなくはない……。

だが、「ダークスティールのガーゴイル/Darksteel Gargoyle」1体で果たしてあの子供を止められるだろうか。

 

ダークスティールの板金鎧を、射命丸に装備させるか?

後ろに居る射命丸に視線を向ければ、今にも突貫しそうになっている射命丸の姿。

一先ず「待て」とハンドサインを送る。

 

射命丸だけなら、それでもいい。

だが、それでは私が無防備になる。

ダークスティールの板金鎧は、私では装備することが出来ない。

 

もっとマナを出して……ウラモグを出すか?

いや、周囲の被害が想像出来ない。

なによりも、エルドラージを出してこの次元が滅茶苦茶になってしまっては……。

 

全てを塵に。駄目だ!近くに射命丸が居る!

次元の歪曲。違う。あれは攻撃ではなく能力だ!

 

どうする。

どうする。どうする。考えろ。考えるんだ。

 

 

「あら、もう終わり?

 ウフフ!だったらこれで終わりね!」

 

「――羽ばたき飛行機械/Ornithopter」

 

「アハハ!そんな小細工で何を!」

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

【対象:クリーチャー……羽ばたき飛行機械】

 

瞬間、稲妻が落ちたような爆音と、視界が真っ白になる程の光。

 

「きゃっ!?

 ――目つぶし?まさか逃げる訳じゃ」

 

「射命丸!!」

 

「はい!!」

 

真っ白だった視界が晴れていく。

私は、彼女の前に居るままだ。

 

「――フランドール・スカーレット」

 

「アハハ!逃げたんじゃなかったのね!

 でももう残念!おしまいよ!

 きゅっとして――」

 

「詰みだ」

 

とすっ、軽い音と共に背後から、射命丸が攻撃を加えた。

本当に、本当に軽い音。なにか、針がささっただけのような。

だからこそ、フランドールはそれに気付かず、破壊しようとして。

 

「ドカーン!」

 

不発した。

 

 

 

 

 

 

「あれ?

 あれ?

 あれ?」

 

「きゅっとして、ドカーン!

 きゅっとして、ドカーン!

 なんで!なんで壊れないの!?」

 

……ドッと疲れた。本当に疲れた。

まさかここまで相性が悪い相手が居るとは思わなかった。

ともかく、これで彼女は無力化した。

今回の功労者は射命丸だ、ねぎらおう。

 

「すまない、助かった」

 

「いえいえ~。それでは後でお代の方を頂きますので~」

 

彼女は、なんてことないような顔をして私の方へと近づいてくる。

全く、現金な奴だ。と思ったが、助けられたのは確かだ。

後で何でも言うものを渡してやろう。

 

「ねえ!どうして!どうして!?

 どうして私の能力が使えないの!?」

 

「言わん」

 

「秘密ですよ~」

 

泣きながら駄々をこねるように。

フランドールは私達に聞くが、答える訳がない。

こんな騙し手は1回限りだ。

 

使ったのは本当に簡単なアーティファクト。

「真髄の針/Pithing Needle」

 

相手の能力を封じるアーティファクトにして。1マナと非常に軽いカードだ。

まったく。私としたことが、破壊不能だけに目が行ってこれをすぐに思いつかなかった。

かと言って。これを使うのに迷いが無かったわけではない。

 

真髄の針を作成した瞬間に壊されたら?

相手に直接刺さなければ意味がなければ?

相手の本名を言わなければ効果がなければ?

 

万が一の為に、と。目つぶしをして何をしているか分からないようにした。

射命丸に渡して背後から気付かれないように刺せと言った。

目の前で本名を言って、効果が出るように尽力した。

 

きっと、満点の解答ではないだろう。

けれども、ベターな解答ではあったはずだ。

 

ぱちぱちぱち。

ふと、どこかから手と手を鳴らす音がした。

見ればそこに居たのは。

 

「お見事ね、そこの龍。

 私はこの館の主人。レミリア・スカーレット」

 

コウモリのような翼を付けた。子供。

はて。最近はどうも子供と縁がある。

不思議そうな顔をしていると。

 

「貴方が来る事は運命で分かっていたわ。

 ええ。歓迎しましょう。ようこそ。吸血鬼の住む館。紅魔館へ」

 

なんか運命とか言われた。

 



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忠誠度能力+9:Oops!ギャグパートだ!

10話です。
忠誠度能力+10の時にするか迷いましたが。
記念としてちょっとギャグ成分多めです。


君は運命を信じるだろうか。

なんて、陳腐な問いかけはこの際どうでも良い。

私に必要なのは結果であり、過程はこの際どうでも良い。

私は結果として、紅魔館に招かれ、そして入館した。

たったこれだけの結果だというのに、1話丸々使ってしまいそうなのを、ここで謝らせて欲しい。

でも、必要な事なんだ。どうか、分かってほしい。

 

――あるプレインズウォーカーの戯言。

 

 

 

「どうした?龍?

 この私がわざわざ出てきて招待しているんだよ。

 なのに何もしないだなんて失礼だとは思わないかね」

 

紅魔館の主人、レミリア・スカーレットはそう言う。

そう、私はフランドールとの決死のお遊びの後、特に何をするでもなく、その場で思案していた。

いやまあ、言いたい事はわかる。確かに失礼だよね。

館の主人からのお誘いだもん。断れるわけないじゃないですか。

でもなー。でもなー。

 

「もしかして私の外見の事を気にしているのか?

 だったら気にすることはない。私とそこの妹は吸血鬼だ。

 外見はさほど重要じゃない」

 

そうなのか。

吸血鬼だったのか。

だったら日光とかあまり大丈夫ではないだろう。

付き従うメイドが日傘を差している事から、あまり外出には向いてないんだろう。

 

そう言えば。フランドールはどこに行ったのだろうか。と探してみると

何かを察したのか。自分だけささっと紅魔館の中に入っていく途中だった。

射命丸は、といえば。少し離れた所に居た。

うん、私も是非入館したい。したいんけど。でもなー、こればっかりはなー。

 

「――どうした?まさか恐れをなしたのか?

 さっさと入れと言っているんだよ?」

 

思案する私に痺れを切らしたのか。館の主人は言葉を強めて言う。

ヒェッ、こわい。

見た目が子供じゃなかったら即入館を余儀なくされていただろう。

それを押しとどめているのは、理性。

入館したら、絶対やべー事になるって!止めとけって!と叫んでいる。

どうすっかなー。私もなー。

 

「――最後通告だ。さっさと入れ」

 

あ、もう終わったわ。

レミリアの目が本気だ。

残り無色マナは、フェイズをまたいでしまったのか霧散してしまっている。

すなわち、残りマナは0マナ。

頼れる忠誠度能力は、使ってしまっていて。今日一日は使うことが出来ない。

絶体絶命のピンチだ。

 

「レミリア、その、なんだ。

 本当に入ってもいいんだな?」

 

射命丸は何かを察したのか遠くに離れた。

あの様子だと、フランドールも、入館してから走るか飛ぶかして離れているだろう。

 

「私が良いと言っているんだよ?

 誰にも駄目だという権利すら与えないよ」

 

メイドも何かを察したのか、そそくさと離れた。

でも、そっかー。館の主人公認ならしょうがない。しょうがないよねぇ。

 

「では、失礼する」

 

まず、右足から。

 

ドゴッ

 

瞬間、紅魔館の中央入り口は吹き飛んだ。

扉は吹き飛び、何かが割れる音がした。

 

「えっ」

 

では次に、右手を入り口だったものに突っ込む。

 

ドゴシャッ

 

館全体が揺れた。

入り口はもはや横穴と言っていいほどに広がり、もはや修復は困難な様に見える。

 

「えっ、えっ」

 

それでは、続いて全身を「ちょっと待ったぁああああ!!」

 

はい、ちょっと待ったコール入りました。

 

「えっ待って何してるの?

 もしかして館をぶち壊すおつもり?」

 

無論、そんなことはない。ただ入ろうとしているだけだ。

ちょっと入り口が小さいだけで、右手の感覚から、中は思った以上に広いのだろう。

 

「あっ、そっかぁ、入り口小さいわよね。ウフフ」

 

そう、小さいのだ。

勿論、紅魔館は大きい。

守矢神社と比較しても、その差は歴然だ。

これなら、全身が入ったとしても、もしかしたら全壊は逃れることが出来るかもしれない。

 

――では失礼して全身を「待って待って待って」

 

はい、二度目の待ったコール入りました。

 

「えっ何?そのまま入る流れなの?

 このままだと紅魔館が大変な事になっちゃうわよ?

 泣くわよ?私泣くわよ?」

 

泣きが入るそうだ。

とはいえ、館の主人本人から了承を得ている。

誰にも邪魔させる権利すら与えないという事は、つまりはそういうことなのだろう。

入館を許可してもらえるとは思っていなかっただけに。

本当に紅魔館は、懐が大きい。

 

「あ、そ、そう?

 それほどでも、あるわね?」

 

――では改めて失礼して「待って!ちょっと本当に待って!」

 

仏の顔も三度まで。このまま押し通す――。

 

「えっ、なんでそんな覚悟を決めた顔してるの。

 待って、待ってって!本当に待って!

 しゃ、しゃくやあああああ!!」

 

冗談のつもりが、本当に泣かせてしまった。

ちょっとしたジョークのつもりだったのだが。

従者のメイドの方からも、ちょっと怒られてしまった。

「めっ」って言われた。ペットか何かだろうか。

とはいえ、紅魔館を全壊させなかっただけ今回は大目にみてもらった。

 

「えっ待って。

 どうしてそんなで済んじゃうの?

 紅魔館の一大事だったんだよ?」

 

とはいえ。これは参った。

入館したくとも、館の主人がそれを許してはくれない。

レミリアの許可は得ているというのに、だ。

なんて不条理な。

 

一晩待って考えるという事も考えた。

そうすればマナは回復するし、何か良いアイデアも浮かぶかもしれない。

 

「あ、それ!それ良いわね!

 ちょっと休憩入りましょう?」

 

だが、私に良い案がある。

これならば紅魔館は無事なままだし、私は紅魔館の中に入ることが出来る、最高な案だ。

 

さて、そのために必要なことなのだが、果たして、紅魔館はアーティファクトだろうか?

無生物であり、土地やエンチャントでない限り、恐らくはアーティファクトだと思うのだが。

 

「え?何?あーてぃふぁくと?無生物?

 ……よく分からないけど、そうなんじゃないかしら」

 

曖昧な答えだ。だがまあ、多分アーティファクトだという事で間違いはないだろう。

次に、紅魔館内部は私が入ってもなお、余裕があるくらい広いだろうか。

 

「それならご心配なく。館内部は拡張済みですわ」

 

レミリアの隣の従者がそう答えた。

そうか。それなら問題はない。

 

「レミリア、少し離れて貰えるだろうか」

 

「良いけど……」

 

レミリアにも紅魔館から少し離れて貰った。

これで心配はない。

 

「溶接の壺/Welding Jar」

 

私は呪文を唱え、そしてそれを生贄に捧げる。

これで準備は万全だ!

 

さあ!いざ入館しよう!紅魔館へ!

 

「ん?あれ?ちょっと待ってなんか凄く嫌な予感がする!」

 

私は今度こそ躊躇することなく、全身を紅魔館へぶつけた。

無論、紅魔館も無事では済まない。館全体は大きく揺れ動き、若干崩れた。

続いて、紅魔館に身体を収めるべく。さらに足を進める。

 

「えっ」

 

当然の結果か。紅魔館は半壊し、所々崩れ落ちた!

しかし、これでは足りない。もっと派手にぶち壊さなければ意味がない!

 

私はさらに足を進めて、今度こそ館に入館することが出来た!

代わりに、紅魔館は全壊してしまったが。

これでいい。これで良かったのだ。

 

呆然として固まるレミリア。それを満足そうな表情で見つめる従者。

 

「……しゃ、しゃくやあああああ!!」

 

レミリアが本気で泣きに入ったが、何の問題もない。

むしろ破壊出来なければどうしようかと本気で迷っていた所だった。

ここからが、溶接の壺の本領発揮である。

 

まるで、時間が巻き戻るかのように。

全壊していた紅魔館がみるみるうちに「再生」されていく。

 

1分もたたないうちに。

紅魔館は元の姿を取り戻した。

入り口も元通りという、素敵な特典付きだ!

 

――かくして、私は紅魔館に無事に入ることが出来た。

館内部は――なるほど、広い。私が立ち上がってもなんら問題ない程には。

 

バァン!と音を鳴らして。入り口の扉が開かれる。

何事かと思えば、そこに居たのはレミリアの姿。

若干涙目だ。

 

「そこの龍!説教!」

 

何故だ。

 




紅魔館は無事。
爆破されることもなく、元通りという最高の結果に終わりました。


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忠誠度能力+10:貴方は敗北する

そう言えば、と。

ふと、私は思い出す。

紅魔館には、図書館があったのではなかっただろうか。

霧の湖で出会った、大妖精からの情報では、そのような場所があったはず。

 

「図書館?あるわよ?」

 

ひとしきりレミリアからの説教が終わった後で。

レミリアはフン、と鼻を鳴らしてそう言った。

心なしか自慢げだ。

 

そうか。図書館があるのか。それは良い事を聞いた。

ちなみにそこはアーティファクトだろうか。

 

「……まさかと思うけど。

 またぶち壊すつもり?」

 

そのまさかだが。

この身体では、それに見合う巨大な入り口があるとは思えない。

真顔でそう言えば。レミリアは少しげんなりした顔をした。

おやおや、また説教の時間だろうか。ちょっと勘弁して欲しいのだが。

またレミリアの視線に合わせるように這いつくばるのは、少し、疲れるのだ。

 

「咲夜」

 

「はい」

 

指を鳴らすと。レミリアの傍にはメイドの姿。

先程までは誰もいなかった空間に、唐突に現れないで欲しい。ちょっとビックリした。

 

「図書館への入り口を広げなさい」

 

「承知しました」

 

そしてまた、メイドの姿は虚空へと消えた。

ううむ?どういう事なのだろう。と首を傾げていると。射命丸がコッソリと私に耳打ちする。

……なるほど?どうやらあのメイドは時間を止めることが出来るらしい。

 

時間停止/Time Stop――青使いか。

と一瞬脳裏をよぎった、とんだMTG脳だな。と少し自嘲する。

あのメイドがプレインズウォーカーと決まった訳でもないのに。

 

それにしても、時間を止める事が出来ることと、レミリアの言う図書館の入り口を広げる事はまるで別の事柄に思えるのだが……。

まあ良いか。

 

「これで良いわ、咲夜の事でしょう。

 ついでに、貴方の行く先々の入り口は拡張されているはずよ」

 

なるほど。よく分からんがレミリアが言うのだ。その通りなのだろう。

もし仮に広がっていなかったら破壊するまでだ。

 

「射命丸、行くぞ」

 

「はいはいはーい」

 

 

【移動中……】

 

 

果たして、図書館の入り口は。私が通れる程の大きな扉が設置されていた。

その脇には、射命丸が通れるほどの小さな扉が。

なるほど、どうやったか知らないが、あのメイドは仕事をこなしたらしい。

 

「入るぞ」

 

そう言って扉を開くと。

目の前に広がるのは、広大な空間と。

どこまでも広がる。本棚の数々。

 

「……あら。随分と大きなお客さんね?

 さっきの騒音は、貴方のせい?」

 

不意に、足元から声がして、そちらに顔を向けると。小さな人影が見えた。

薄紫色の服に、長く深い紫の髪。――そして。

彼女の周囲を漂う、マナのようなもの。

どこか石のような見た目をした、淡い色をした、それ。

 

「――プレインズウォーカーか!?」

 

思わず、私は身構えた。

咄嗟に今のマナを――クソ!今現在の保有マナは0マナだ!

かくなる上は――ああ、畜生!忠誠度能力も今日の分は使ってしまった!

 

不味い。今の私は殆ど何もする事が出来ない。

逃げるか。それとも……。と思考を巡らせる中で。

 

「……プレインズ、ウォーカー?

 聞いたことのない言葉ね」

 

聞こえたその言葉に。私は思わず自分の耳を疑ってしまう。

プレインズウォーカー、ではない?

嘘……をついている様子はない。

 

「私は魔法使い、よ。

 ――これは、賢者の石」

 

そう言うと、自称魔法使いは、辺りに漂っていたマナのようなものに手を触れた。

……ふむ。冷静になってみれば、マナは手に触れる事は出来ない。固体では、決してない。

つまりは、私の勘違いだった、という事か。

 

「……すまない。勘違いだった。私の名はウギン。

 ここには魔法の知識を深める為にやって来た」

 

「あやややや、ご存知、射命丸です~」

 

魔法の知識を深める、という言葉に、自称魔法使いはピクリと、反応を示した。

 

「……パチュリー・ノーレッジ。

 貴方は魔法使い?」

 

「似たようなものだ。

 例えば、そうだな……Mox Pearl」

 

「……!?」

 

そう言って私はMox Pearlを手の内に生み出すと、パチュリーの目の色が変わった。

まるで獲物を見つけたライオンのように。まるで宝石を見つけた射命丸のように。

ぎらぎらとした目。

なんだろう、すっごい見覚えがあるんだが。

 

「何もない所から物体が?

 転移魔法?でも魔力を感じなかった。

 能力?でも魔法と似たようなもの……?

 ちょっとよく見せなさい」

 

手の中のMox Pearlは急速に動き出したパチュリーによって奪われてしまう。

 

「……魔力、のようなもの?を感じる……?

 こんな小さいのに、確かに何かを感じる

 どうやって魔力?を貯蓄しているの?

 いや、貯蓄しているわけじゃない?

 これ自体が魔力に似た何かを生み出している……!?」

 

めっちゃ早口だ。聞き取れないほどに。

 

「……Mox Sapphire」

 

「まだ出せる!?

 それも、さっきとは違う!?」

 

ぎゅるん、音が鳴る程の勢いでMox Sapphireも奪われた。

はっはっは、これ知ってるわ。この流れ知ってるわ。

 

「……もしかして、もっと出せる?

 もっと、もっと出して!!」

 

はい、ですよねー!知ってたわー!

ようし、こうなったら飽きるまで0マナファクトだしてやるぞー。

 

 

 

 

Moxシリーズを出した。まだ飽きない。

Black Lotusを出した。まだまだ飽きる様子はない。

羽ばたき飛行機械とメムナイトを出した。

どうやって動いているのか、動力は何なのか、すみずみまで見て回られた。

若返りの泉を出した。泉そのものよりも突然現れた建造物の造形に興味を示した。

……

…………

 

「まだ、まだまだ分からない事だらけ。

 もっと、もっと他の物を」

 

「射命丸、助けてくれ」

 

「あやややや、これは参りましたねぇ」

 

困った。これは困った。

アーティファクトを出せば出すほどに、パチュリーはそれに対して好奇心を示す。

止まる様子は、まるでない。こちらはそろそろ睡魔が襲ってきたというのに。

というのも、Mox一つにしてもパチュリーは暫くの間それに対し研究し、本にそれを書き記す。

――その間、暇なのだ。

かと言って離れようとすれば怒涛の勢いでパチュリーの方が迫ってくる。

黙って待っているのは、実に暇だ。暇過ぎるのだ。

 

「パチュリー、私はそろそろ眠りたいのだが」

 

「もうちょっと、もうちょっとだけ」

 

「あやややや、それ、さっきも言ってましたよね」

 

暇を持て余した私は、ふわぁ、と大きな欠伸をした。

ねみゅい。ろれつが上手く回らないほどだ。

なにか、なにかなかったかなー、好奇心を満たすような、なにか。

うーん……なんもおもいつかん。

ねむいからかなぁ……。

 

「ねむい、ねる」

 

「語彙が消失してますよー、ウギンさん。

 まあ、私も眠いのでお先に失礼しますね~」

 

「えっ、待って、まだまだ知りたいことがたくさん――」

 

こっくりこっくり、と船をこいでいた私は、カクン。と夢の中に旅立った。

いやはや。パチュリー・ノーレッジ、実に強敵だった。

だが私が敗北しても、いずれ明日の私が――

もうだめだ。ねむい、ねりゅ。

 

こうして、私はここに来てから初めての敗北を喫した。

 



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忠誠度能力+11:貴方は納得する

魔法とは、何か。

そう問われたのならば、それは私にとっては、不思議なことを起せる術を指す。

だが、呪文とは、何か。

そう問われたのならば、それは私にとってはMTGの呪文 (Spell)がそれにあたる。

 

呪文を知っているから、魔法を使える。

逆に、魔法はよく分からんが、呪文ならよく知っている。

文字だけ見れば意味が分からないが、今の私がそれだ。

 

本当に、ここまで来ると重度のMTG脳だ。

我ながら笑ってしまう。

 

さて、ここまで戯言を言ったが、魔法の知識を深める。

これは私にとっては容易なことではない。

なにせ、人間であった頃の常識とは、まるで外れた事を学ぶのだ。

順調に行くはずがない。

 

だからこそか、パチュリー・ノーレッジは先ず各々の魔法のスタンスを確認することにしたようだ。

冷静に、けれども瞳の奥には情熱の炎が静かに燃えているのが分かる。

 

「ウギン、貴方は私の知らない魔法を使うわ。

 知識さえあれば、魔力は要らず、

 そして知識にあるものを生み出すことが出来る」

 

「まあ、そうだな。制限はあるが」

 

「私にとっての魔法は、呪文によって精霊の力を借りて、様々な属性の力を発現する」

 

「属性か。私にとっての、赤・青・白・黒・緑・無色のようなものか」

 

「それは知らないけど、私のは、火水木金土日月の7属性よ」

 

「どの属性も使えるのか?それは、凄いな。

 私など無色だけしか扱えん」

 

「1属性だけでそれというのが驚きなのだけれど、まあ、いいわ。

 それで、貴方の魔法の知識を深める、ということなのだけれど

 ――ハッキリ言うわ。無理よ」

 

 

 

……どうして、とは思わなかった。

失望感よりも、脱力感よりも、納得の方が先に来た。

むしろ、だろうな。と思った。

なぜならば。

 

「貴方の魔法の限界が分からない。

 貴方の魔法の原理が分からない。

 貴方の魔法の根源が分からない。

 

 私の想像を超えたものを生み出したわ。

 全くもって動く原理が分からない機械を見たわ。

 そして、その共通点が全くもってみられない」

 

なぜならば、それは彼女がMTGの知識が無いからだ。

もし仮にMTGの知識があったのならば、私の存在はもっと早くに周知されていたはずだ。

それこそ、爆発的に、拡散されたはずだ。

プレインズウォーカー、ウギンが現れたのだ。ただ事で済むはずがない。

 

「ふむ」

 

と、なれば。

私のMTGの知識はこれ以上深める事は出来ないのだろう。

いやはや、本当に呪文のフレーバーテキストや小説をもっと見ておくべきだったと常々思う。

そうしたのなら、呪文の効果に頼らず、もっと色々出来たかも知れないが。

 

まあ、いいか。

それよりも今は、ここまで真摯に私の事を考えてくれたパチュリーに礼をしなければ。

 

「礼を言う。パチュリー・ノーレッジ。

 何か欲しいものはあるか?」

 

「あやややや!欲しいものと聞いて飛んできました射命丸です!」

 

「お前は呼んでない、が。

 そう言えばフランドールの時の礼がまだだったな」

 

そう言えばそうだった。

いつも素直にがめつい射命丸の礼もあったのだった。

素で忘れていた。

 

まあ、良い。一晩経ってマナは無色8マナまで回復した。

今なら大抵の事は大体出来るだろう、多分。

 

「はいはいはーい!Mox全種類が欲しいでーす!」

 

「……あとで好きなだけやる。

 それで、パチュリー。欲しいものはないか?」

 

いつも通り、射命丸の欲望に呆れ、パチュリーの方を見れば。

ぱちくりと目をしばたかせているパチュリーの姿。

 

「あの、私そこまで大したことした訳じゃないと思うのだけれど。礼なんて、いらないわ」

 

ぷいっとそっぽを向いてしまった。

……。

…………。

 

こうなると私の親戚のおばちゃんスイッチが入る。

いやいやいや!いらないから!って言ってる子程欲しいものがあるんだ。

おばちゃん知ってるぞ~。実はなんか欲しいものあるんじゃろ?言うてみ言うてみ。

 

「射命丸」

 

「はい」

 

「パチュリーの情報が欲しい。

 頼めるか」

 

「Mox Rubyを10個」

 

「100個でも良い」

 

「種族、魔法使いですね。

 紅魔館の図書館に引き籠っている魔法使いです。

 引き籠っている理由は本と髪が日光で痛むからだそうです。

 見た目は少女ですが年齢は100歳ほどですね、若造です。

 神経質な性格で、周囲の異変に敏感な所があります。

 火水木金土日月を操る程度の能力を持っていて、

 その数から「七曜の魔女」とか「一週間少女」とか呼ばれることもありますね。

 体が病弱で喘息持ちで、魔力は膨大ですが、身体能力は人間にも劣ります」

 

「えっ」

 

うろたえた声は果たして、私とパチュリーのどちらから発せられたのか。

射命丸は真剣な表情で目の前のパチュリーの情報を曝け出した。

急にやる気を出すな、ビックリするだろ。

 

「あと、最近の趣味は隠してある自作のポエムですね、内容は――」「分かった、もういい」

 

黒歴史まで暴かれそうになったパチュリー。

寸での所で止めたが、パチュリーの顔は既に真っ青だ。

さもありなん。自分の秘蔵の黒歴史を知られている事が分かったのだ。

その心境やいかに。

 

「む、むきゅ!むきゅ!!」

 

怒っている。大変怒っていらっしゃる。

言語中枢がいかれたのか、よく分からん言葉だが。

怒っているのはなんとなくわかる。わかるよ。

 

しかし、体が病弱で喘息持ち、か。

なら、これで良いか。これ以上ここに居ては、射命丸が何を言い出すか分からない。

それは、パチュリーに悪いだろう。

 

「万能薬/Panacea」

 

コトン、と軽い音を立てて目の前に現れたのは小さな瓶。

その中にはオレンジ色の液体がなみなみと入れられている。

 

すまん、大した効果はないとは思う。

なにせそれ、ダメージの軽減くらいにしか使えないアーティファクトだから。

これくらいしか思い浮かばなくて、本当ごめん、パチュリー。

 

「出るか。

 早く来い、射命丸」

 

「はいはーい」

 

「むっきゅ!むきゅうううううう!!」

 

急いでその場を後にした私と射命丸。

残されたのは、パチュリーと、本。あと万能薬。

 

「…ぜえ、ぜえ。ゴホッ、ゴホッ」

 

咳き込み、苦しそうだ。

そして、目の先にあるのは、得体の知れない万能薬。

果たして――パチュリーは正体不明のそれに手をかけた。

 

 

 

さて、どうでも良い話をしようか。

MTGのフレーバーテキスト。それは適用されるのか、否か。

未だ実験をしたためしが無いため、その真偽は分からない。

ただ、私は後から思い出すことになる。

万能薬のフレーバーテキストを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一滴で舌がしびれる。一すすりで心臓がはやがねを打つ。一飲みすれば体を鍛え直す。

 

 



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忠誠度能力+12:貴方は無色∞マナを得る

さて、どうしようか。

図書館に立ち寄ったことで、紅魔館の用事は殆どなくなった。

すなわち、今の私の目的は「観光すること」ただそれだけだ。

だからこそ、今現在、私は館内をぶらぶらとして、暇を潰しているわけなのだが。

 

「ふむ、どうするかな」

 

それだけだと、如何せん、退屈なのだ。

何かしらしていないという時間は、実に空虚だ。

この際、射命丸と他愛のない会話をしても良いかとも思ったのだが。

 

今現在、彼女は持ちきれなくなったMoxを、自分の住処へと運ぶ為、外出している最中だ。

すなわち、今私は、一人きりだ。

一人だけでは、やる事は限られる。

 

「なに?ドラゴンさん。お暇なの?

 だったらフランと遊びましょう?」

 

不意に、後ろから声をかけられた。

振り返ると。そこに居たのはフランドールの姿。

つい先ほどまでは泣き顔だったのだが、今はどこか楽し気な表情を浮かべている。

どんな心境の変化だろうか。

 

「さっきまでは能力が使えなくなったからムシャクシャしてたけど。

 まあ、あいつの泣き顔見てたらスッとしたわ」

 

聞いてみると、なるほど。そういうことらしい。

今のフランドールは、どこか憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしている。

 

さて、今更ながら、今現在フランドールには、真髄の針を刺している。

ゆえに、能力は使えないのだが。

 

実は真髄の針を、物理的に彼女の身体に刺しているわけではない。

一度ちくりと刺せば、あとは抜いても効果は持続するようだ。

恐らくは、針が壊れない限り。多分。

 

真髄の針自体は、射命丸に渡してある。

私では、ちょっとした拍子に間違って折ってしまいそうだったからだ。

 

「フランドール。

 私達が此処を去った後なら、再び能力が使えるようにしても良い。

 ……今すぐは、無理だが」

 

能力が使えないのは、不便だろう。そう思って提案してみたが。

フランドールは、むむ、と複雑そうな表情をする。

 

「別に良いわ。使えないままで。

 

 能力が使えないから、地下のあの、せっまい部屋に閉じ込められなくて済むみたいだし。

 むしろ能力が使えなくなって、便利になったわね。礼は言わないけど」

 

能力が使えなくなって便利になる、そういう事もあるのか。

不意に、もし仮に私が能力を封じられたら。と考えてみる。

……まっさきに射命丸が離反するな。主に報酬未払いで。

そう考えてみると、悪い事のような、良い事のような、複雑な感情が沸き起こる。

まあ、能力が封印されることなど滅多にないことだから、この思案は無駄でしかないか。

 

「さあ、ドラゴンさん、遊びましょう?

 何が良い?鬼ごっこ?かくれんぼ?」

 

「ふむ……」

 

フランドールからの提案に。私は頭を悩ませる。

実に可愛らしい提案だが、鬼ごっこもかくれんぼも巨体な私には不向きだろう。

なにか、面白いこと、か。

ああ、いや。面白い事を考えた。

 

「おもちゃで遊ぼうか」

 

「おもちゃ?」

 

「ああ、まずはその下準備だ。

 太陽の指輪/Sol Ring

 太陽の指輪/Sol Ring

 太陽の指輪/Sol Ring

 太陽の指輪/Sol Ring

 ――からマナを出して……。これで無色8マナか。足りるな。

 

 玄武岩のモノリス/Basalt Monolith

 ブライトハースの指輪/Rings of Brighthearth」

 

 

【所変わって紅魔館のとある一室】

 

 

瞬間、レミリア・スカーレットは、嫌な予感がした。

それは、丁度お昼時。おやつのプリンの時間だった。

丁度、一口目を口に運ぶ所だった。

――なんてタイミングの悪い。レミリアは歯噛みをする。

 

黄色く、柔らかく、とろりとした食感はまるで天界にいるかのような心地よさだ。

茶色く、甘く、どこか少し苦いカラメルソースは、チョコレートを彷彿とさせる。

今、まさにそれがレミリアの舌の上で、宇宙を生み出そうとしている。そんな瞬間の出来事だった。

 

とても、嫌な予感がした。

このままでは、とても不味いような気がした。

プリンは美味しい。

 

「――咲夜」

 

「はい」

 

「プリンのお代わりを貰えるかしら」

 

食欲には、勝てなかった。

 

 

【紅魔館、廊下にて】

 

ガション。

ガション。ガション。

 

辺りに聞こえるのは、機械の駆動音。

それを発しているのは、3つの機械達。

妖精メイド達は、それが怖いのか、それとも好奇心をくすぐられるのか。

遠目から、その様子をうかがっている。

 

だが、それよりも目に付くのは、機械から生み出される、無数の装置達。

それぞれが動き、ウギンの前に整列し、じっと主人の命令を待っている。

 

「わー!凄い凄い!!」

 

「活性機構/Animation Module

 抽出機構/Decoction Module

 製造機構/Fabrication Module

 ――と、こうすればマナの続く限り、霊気装置トークンを作り出せるということだ。

 わかったか?」

 

「全然分かんないけどすっごい!!」

 

気付けば、紅魔館の廊下は霊気装置によって埋め尽くされていた。

妖精メイド達は空を飛んで、事なきを得ている。

 

私は、というと。フランドールの反応にご満悦だ。

そう、無限コンボは、よく分からんけど凄いで伝わるのだ。

だが不意に、フランドールの顔が曇った。

 

「あ、でもこれ、あいつに見つかったら怒られるかも……」

 

「その心配はない」

 

自分でやったことだ。片付けくらい自分で出来る。

 

「電結の荒廃者/Arcbound Ravager」

 

瞬間、現れたのは、手のひらサイズの小さな生きた機械。

あまりに小さなそれに、フランドールは首を傾げた。

 

「これでなにをするの?」

 

「ああ、決まっているとも。お掃除だ。

 ――電結の荒廃者、霊気装置達と、そこのアーティファクトを全部食え」

 

 

【所変わって紅魔館のとある一室】

 

瞬間、レミリア・スカーレットは、嫌な予感がした。

先程よりも酷く、嫌な予感がした。

 

丁度、お代わりのプリンがやってきたところだった。

3個目のプリンは、口飽きさせないように、ホイップクリームと、新鮮な果実が乗っていた。

流石は咲夜だ、完璧だ。

 

これを食べ終わったら様子を見に行こう。そう思った矢先の出来事だった。

 

ズズン。と地面が揺れた。

いや、揺れたのは地面だけではない。紅魔館全てが揺れているのだ。

 

ハッとして手元のプリンの安否を確かめた。

――プリンは、倒れていた。

 

 

 

 

「ちょっと!!何してるのよ!!」

 

レミリアは激怒した。必ず、プリンの怨敵は倒さなければならぬと決意した。

そして、扉を開けた視線の先には――

 

「やり過ぎたな」「すごい!でっかーい!」

 

今にも館の屋根をも突き破りそうな程巨大な、怪獣の姿があった。

見れば、その足元には、あの龍とフランの姿があった。

 

「■■■■■■■―――ッ!!」

 

「……ッ!!」

 

怪獣が、吠えた。

 

瞬間。レミリアに緊張が走る。

――果たして、私一人であの怪獣を倒すことが出来るだろうか。

あの巨体から感じるパワーは、凄まじいの一言。

軽く手足を振るだけで、この紅魔館は木端微塵に吹き飛ぶことだろう。

 

フランに破壊させる――駄目だ。たしか能力はあの龍によって封じられていたはず。

まさか、あの龍は、初めから紅魔館を支配するつもりだったのか!?

だとしたら。だとすれば――。

 

――私が、あの怪獣を倒す。否、倒さなければならない。

紅魔館当主として。紅魔館を守らなくてはいけない。

あの得体の知れない龍が敵に回ったとしても、倒さなければならない。

 

「下がってなさい!フラン!!」

 

レミリアは――叫ぶ。

あの龍が図書館に寄ったということは、友人であるパチェの助力は望めないだろう。

きっと何か、害されたはずだ。

ぐっと唇を噛みしめて。

今ここに居ない、友人の姿を思い浮かべる。

パチェ、どうか、どうか無事でいて――。

 

「電結の荒廃者、自分で自分を食え」

 

聞こえたのは、龍の一声。

たったそれだけ。それだけで怪獣は。

 

バクン。と自分で自分を食べた。

それだけ。たったそれだけで全てが終わった。

 

後に残ったのは、私と、龍と、フラン。あとメイド妖精達。

 

――なんとも言えない静寂が、辺りを包んだ。

そして、しばらくして。

 

「……貴方達!!説教!!!!」

 

レミリアの怒声が響き渡った。

 



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忠誠度能力+13:貴方は遠足をする

「あやややや、そんな事があったんですか」

 

「うん!でも楽しかったなあ!」

 

二度目になるレミリアの説教に、げんなりとした私。

帰ってきた射命丸に話をすれば、たはは、と苦笑いをしながらそんな事を言った。

反対に、フランドールはまだまだ元気いっぱいなようだ。

姉のレミリアからの説教は慣れっこなのだろうか。よく分からん。

訳を聞くと。

 

「あんなの罰のうちにも入らないよ!

 私なんてあいつに、何百年も地下に閉じ込められてたんだから。

 あんなのへいきへっちゃら!」

 

そんなに。

明るいテンションとは逆に、その内容は暗く病んでしまいそうなものだ。

何百年も閉じ込められるしまうなんて、なんと辛いことだろう。

思わず同情してしまった。

 

さて。

 

「ウギンさん。次はどこに行きましょうか」

 

「そうだな」

 

思ったよりも長かったような、短かったような気がするが。

最早、紅魔館に用事はほぼ無いと言っていい。

レミリアに説教されたこととは関係ないが、これ以上私がここに居ても、迷惑になるだけだろう。

それならば、私はここを離れた方が良い。

新しい場所にも行ってみたい、というのもある。

未知に踏み出すということは、いつも恐ろしく怖く、そして恐ろしくも楽しみなものだ。

レミリアに説教されたこととは決して関係ない。

……目下の問題と言えば。

 

「どこか行くの?

 フランも行ってみたい!」

 

フランドールだ。

先程の件で、随分と懐かれてしまったようだ。

こんな私と一緒に行きたいなどと、実に酔狂な。

 

「特に何かするというわけではないぞ。

 見聞を深める為に、色々な場所に見て回るだけだ」

 

「要するに観光ですね~」

 

「絶対行く!」

 

やる気を萎えさせようと思い、そんな事を言ったが

余計にやる気を出させてしまったらしい。

思えば、何百年も地下に居たのだ。外に興味が無いわけがない。

 

だが、私と射命丸は良いが、フランドールは吸血鬼だ。

日光とか、雨とか、あと食事の血とかは大丈夫なのだろうか。

 

そんなことを言えば、フランドールは「あっ」と声をあげた。

何も考えていなかったのだな、わかるよ。私も大体そうだもん。

いつも行き当たりばったりだ。

 

とは言え。日光がさんさんと照らす日中に動けないのは困るし。

雨の日に何も出来なくなるというのもまた、困る。

そう急ぐ目的はないが、何もない日が出来るというのは、退屈なのだ。

 

「に、日光だったら少しは大丈夫だよ?

 血も、ちょっとだけなら我慢出来るもん!

 ……雨はちょっと」

 

「駄目だな」

 

はいアウト、駄目です。

ただでさえ子供は手がかかるのだ。

私の手は射命丸の手綱を握るので精一杯だというのに。

フランドールに回す手はない。

 

「やだー!!絶対に行くもん!!」

 

私の尻尾を両手に掴んで、フランドールは駄々をこねる。

困った。これは困った。

レミリアやパチュリーに意見を求めてみるか。

そうすれば諦めてくれるだろう。

 

 

【暫くして……】

 

 

「いいんじゃない?遠足みたいなものでしょ?」

 

「いいと思うわ。

 見聞を深めるというのは、とっても」

 

返ってきたのは、なんと、同意の言葉。

なんということでしょう。私の隣のフランドールがガッツポーズをとっている。

どういうことかと両者を見れば、なぜか感じる私怨の視線。

 

「お前のおかげで散々苦労させられたからね。

 その苦労を少しでも味わうと良いわ、いい気味よ」

 

「なにが万能薬よ。一すすりしたら、死ぬかと思ったわ。

 少しは話の分かる奴だと思ったけど、いい気味ね」

 

何故だ。

 

「ねえねえ!レミリアお姉様!パチュリー!

 遠足に行くのに準備をしたいんだけど!どうしたらいい?」

 

「そうね、それなら咲夜に頼んで支度をしましょうか」

 

「少しくらいの雨なら、私の魔法でなんとかしてあげられるわ」

 

私を置いて、フランドールが同行するものとして話が進む。

射命丸になんとかしてくれと目で訴えかけるが、ふいと目を背けられた。

ちくしょう。

 

みるみるうちに、フランドールが同行する準備が整っていく。

うむむ、こうなったら私も腹をくくるべきか。

後は野となれ山となれ、だ。

 

「射命丸」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「次は、人の多い場所に行ってみようと思う。

 村のようなものはあるか?」

 

「それなら、人里が良いかと思います」

 

人里、か。

勢いで言ってしまったが、大丈夫だろうか。

こちらは龍に烏天狗に吸血鬼だ。

妖怪化け物フルセットのような面子だが……。

まあ、なんとかなるか。

 

深く考えはせず、いつも通りにとりあえず行ってみよう。

駄目だったら、その時はその時だ。

 

「準備できたよー!」

 

元気の良い明るい声が聞こえてきた。

見れば、フランは小さなポーチバッグを肩にかけていた。クマさん柄だ。

それで本当に足りるのか、一瞬不安になったが、メイドがサムズアップした所で気が付いた。

あのポーチバックも、内部はとても広い空間が広がっているのだろう。

ドラ○もんかな?

 

そんなことを考えていると、トテトテとフランドールが歩み寄ってきた。

ふむ、もう出かけるのか。そんな事を考えていると、不意に視線を感じた。

何事かと思いそちらに目を向けると。そこに居たのはレミリアの姿。

 

(フランに何かあったらぶっ飛ばすぞ)

 

ヒエッ。こわい。

というのは冗談として、レミリアも姉として妹のフランドールの事が心配なのだろう。

良い姉妹愛じゃないか。

ちょっとだけ肝を冷やしながらも、ホッコリしていると。フランドールがちょいちょい、と私の翼を引っ張ってきた。

何事だろう?

 

「私、フラン。よろしくね」

 

なるほど、確かに遠足前の挨拶は大切だ。

私も挨拶をするべきだろう。

 

「ウギンだ。よろしく頼む」

 

「あやややや、皆さんご存知、射命丸です~!」

 

これがRPGゲームだったのなら、魔法職が2人(うち1人は戦力外)、盗賊が1人か。

随分と偏った編成だな、と一人苦笑した。

 

さて、そろそろ紅魔館を出るとしよう。

私向けの大きな扉に手をかけ、いざ私達は遠足に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【紅魔館にて】

 

咲夜に入れて貰った紅茶を飲みながら、私は友人と語り合う。

太陽はすっかり落ちてしまっていて。今では満天の星と満月が空を彩っている。

 

「行ったわね」

 

「そうね」

 

友人、パチェは珍しく本を読みながらではなく、私と面向かっている。

 

「何か言いたい事があるんじゃないか?パチェ」

 

「そうね」

 

そう言うと、パチェは窓の外に目をやった。

あの龍のことか。

 

「レミィ。あの龍、どう思う?」

 

「世間知らずで傲慢な力を持つ者。フランのようなものだね」

 

「そうね」

 

紅茶を一口、口元に運んだ。

香りが良い紅茶だったが、今はそれに集中は出来なかった。

 

「危ういわね」

 

「そうね」

 

今は良い。あの龍の性質はどちらかと言えば善性だろう。

だが、もしも、仮に、あの龍が敵に回ったのならば。

その力を止めるのに、どれほどの力が要る事だろうか。

 

「その時は、力を貸してもらえるか?」

 

「ええ」

 

即答だった。

あの魔法のようなものが、どんなものか。分かっているはずなのに。

研究しても、訳が分からないとぼやいていたのに。

それなのに、即答してくれた。

それだけで、私は満足して、紅茶に手をつけた。

 

紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

 



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忠誠度能力+14:貴方は絶望する

人里から少し離れた場所。そこで私達は集まっていた。

いわゆる、作戦会議という奴だ。

 

「さて、どうやって人里に入りましょうかね」

 

「?そのままで良いんじゃないの?」

 

首を傾げるフラン。

私もそう思う。何か準備をすることがあっただろうか。

なんて事を思っていると、チッチッチ。と射命丸は指を振る。

 

「私はともかく、フランさんは吸血鬼です。

 人里に居る人間に警戒されてしまうかも知れません。

 警戒されてしまえば、何か良くない事が起きてしまうかも知れません。

 なので、少なくとも、変装か何かしないといけませんね」

 

「そっかー」

 

そうなのか。言われてみれば、確かにその通りだ。

とは言え、フランに関しては奇怪な翼を隠すだけで良さそうだ。

彼女もそう思ったのか、器用に翼を折りたたむと、その上に上着を着た。

だぼだぼの赤いセーターか、メイドの意匠だろうか。

……暑くはないのだろうか?

 

「さて、次にウギンさんですね」

 

「ああー」

 

納得したようなフランの声。

ああ、言いたいことは分かる、分かるよ。

 

「人里に入るには、大きすぎますね」

 

「でっかいねー」

 

「そうだな」

 

大きいよなぁ、どう考えても。

この巨体では、もしかしたら誤って人を踏みつぶしてしまうかも知れない。

そう考えると、私も人里に入る事が憚られる。

 

と、なると。今回私は留守番だろうか。

別に私自身は情報を集められたら良いのだから、特段残念に思う事はない。

 

「美味しそうなお菓子とかあったらお土産に持ってくるね~」

 

……特段残念に思う事はない!

 

「まあ、何か情報があれば持ち帰りますよ」

 

同情するような目で、射命丸はそう言う。

何か、身体を小さくする手段があったら良かったのだが。

生憎と私の知識にそのような手段や呪文は思いつかなかった。

 

まあ、仕方がないか。

その間私が退屈になってしまうのが問題と言えば問題か。

 

「その間、私は何をしていようか」

 

「そうですねぇ……」

 

頭を悩ませる射命丸。

あまり遠くまで行ってしまうと、合流するのは難しくなるだろう。

かといって私を一人にさせると、まあ、何かして暇を潰すだろうが。

 

「下手をすると異変かと思われて、霊夢さんが飛んできそうなんですよねぇ」

 

「あぁ~、確かに」

 

そう呟いた射命丸。納得するフラン。

霊夢?誰だろう、知らない名前だ。

私が首を傾げていると

 

「ああ、丁度いい機会ですし、ウギンさんは霊夢さんに挨拶でもしてきますか。

 大丈夫です。困ったらMoxを渡せばなんとかなりますよ」

 

「霊夢はよく妖怪退治とかしてるから、退治されないようにね~」

 

射命丸が言うには、下手に情報だけで知るよりも会った方が早い、とのことだ。

そして、Moxを渡せばなんとかなる、というのはつまり――射命丸と同類か。

どうしようか。とても不安になってきた。

 

「この人里からあっちに飛べばすぐ博麗神社に着きますから、迷子になることはありませんよ。

 じゃ、行きましょうか。フランさん。手をつないで行きましょう」

 

「うん!」

 

そんな私を知ってか知らずか。射命丸とフランは人里に向けて行ってしまった。

一人、残された私は。ふむむ、と頭を抱えた。

 

もしも、仮に霊夢とやらが射命丸と同様、金にがめつかった場合、私の心労がまた増えてしまう。

最悪、射命丸と同じく、私のMox目当てについてくるかも知れない。

それは本当に勘弁してほしい。私の手は2本しかないのだ。

今でさえ射命丸とフランとで手が埋まってしまっている。

これ以上は流石に無理だ。

暫く思案したが……。

 

「まあ、なんとかなるだろう」

 

私は翼を広げると、射命丸に言われた通りの方向へ飛んで行く事にした。

行き当たりばったりは、いつものことだ。

 

 

【飛行中……】

 

深い森を眼下に飛び続け、

ようやく博麗神社らしき物が見えてきた頃。

 

どうでも良いことだが、里の人間達はこの距離を歩いて参拝するのだろうか。

それはとても大変な事なのでは?などとどうでも良い事を考えていた。

 

神社の境内を見れば、人間が一人、ぽかんとこちらを見ていた。

そこに着陸すると、いよいよもってその人間の全容が見えるようになった。

 

金髪の髪、白と黒と基調とした服。

片手には背丈ほどの箒。くりくりとした綺麗な目。

 

……これが話に聞く霊夢か。願わくば射命丸と同類でない事を願うのみだが。

 

「私の名は、ウギン。

 これはせめてもの手土産だ

 ……Mox Jet」

 

祈るような気持ちで、私は霊夢にMox Jetを手渡した。

果たして――反応は。

 

「うおおお!?ドラゴンだ!!

 しかも喋るドラゴンだ!!」

 

Mox Jetよりも、私の方に興味を示した!

私は心の中でガッツポーズを掲げた!

神は見捨てていなかった!霊夢はとても素直な子だ!

Moxに目をくれなかった時点で、既に私の中での霊夢の株は青天井だ!

 

「今日は挨拶に来た、ただそれだけだ」

 

「そっかそっか!!でもせっかくなんだ!

 お喋りしようぜ!!」

 

ええ子や……!霊夢ちゃんめっちゃええ子や……!

思わず目がしらが熱くなった私は、顔に手を当てる。

めっちゃ純粋やで、めっちゃ素直やで……!

 

最近はレミリアに説教されたり、射命丸にMox要求されたりで荒んでいた心が洗われるようだ。

やはり子供というものは純粋で素直であるべきだ。

フランも純粋で素直なのだが、会話の合間から見える闇が結構深くて辛い。

 

「ああ、お喋りしようか」

 

「そうだな!ああ、自己紹介がまだだったな!

 私の名前は魔理沙!霧雨魔理沙だぜ!」

 

……うん?

聞き間違いだろうか。

何か今、恐ろしい事が聞こえた気がする。

 

「――すまない、もう一度言って貰えるか?」

 

「うん?私の名前は霧雨魔理沙だぜ?」

 

……なるほど?わからん(思考消去)

つまり、魔理沙は霊夢だということだろうか?

いまいちよくわからないな?(頭の混乱)

 

「霊夢、とやら、は」

 

「ああ、それなら神社の方に居るぜ。

 おーい!霊夢ー!!」

 

「なによ。騒々しい――ってなにそのオオトカゲ」

 

「トカゲじゃないぞ!ドラゴンだ!!しかも喋る!!」

 

「へぇ、……って待ちなさい魔理沙。その手に持っているのは――」

 

「ああ!これならそこのドラゴンに貰ったぜ!!」

 

「ッ!!ちょっと!!そこのオオトカゲ!!

 私にもそれ寄越しなさい!!」

 

もう駄目だった。

現実を直視出来なかった。

神は死んだ。

私は膝から崩れ落ち、絶望した。

 



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忠誠度能力+15:貴方は人里に向かう

現実は残酷だ。

私は地面に横たわっていた。ダメージが大きい。

とは言え、身体的な傷があるわけではない。

心の傷の方が深刻だ。

 

「へへ、良いだろ霊夢。この宝石。

 黒くてピカピカしてるぜ~!」

 

「ええ、とってもいいわね!

 売ればどのくらいするかしら!?」

 

現実はクソッタレだ。

目の前の少女。魔理沙と霊夢が会話をしているのが聞こえるが、その内容があまり理解できない。理解したくない。

というか。目の前で龍が倒れているというのに、両者とも気に掛ける様子が見られない。

どうやら両者とも、相当に図太い性格をしているようだ。

ここで一言。「大丈夫ですか?」と優しい声を掛けられたら、即落ちする気がする程度には参っていた。

それこそ、なんでも願いを1つ叶えるために尽力しそうなくらいには。

 

だが、現実はそう上手くいかない。

少女達は倒れた私をよそに、各々がワイワイと騒いでいる。

 

「……霊夢、だったか?」

 

「あ、ようやく起きた?

 私は早く宝石が欲しいのだけれど?

 出来れば高そうな奴がいいわね?」

 

ハァー。と大きなため息を吐いた。

そろそろ現実を直視しなければいけないだろう。

黒く、真っ直ぐな髪。茶色の目。

赤と白とを基調とした服。早苗と似たデザインをしたそれは、恐らくは巫女服なのだろう。

赤く、大きなリボンがトレードマークのように目立っている。

 

金にがめつい所は、射命丸と同じ。いや、それ以上か。

片手を前にだして「はやく寄越せ」と要求してくる所を見るに、相当だ。

うむむ、そうだな。

 

「……すまない、実は、宝石はそれで最後なのだ」

 

「嘘ね」「嘘だな」

 

咄嗟に嘘を吐いたが、すぐバレた。何故だ。

 

「勘よ」「顔に出てるぜ」

 

……。そうか。

ハァァー。と再度大きなため息を吐いた。

仕方ない、仕方ないか。

 

「1つだけだぞ?

 Mox Pearl」

 

瞬間。私の手の中に現れる、Mox Pearl。

白く、きらきらと輝いている――すぐ霊夢に取られた。

 

「……ケチ」

 

そして暴言を吐かれる。駄目だ。心が折れそうだ。

癒しを求めて魔理沙に目を向けると。

 

「そう言えば、ドラゴンは何しに此処に来たんだぜ?」

 

「私の名はウギンだ。

 ……そうさな、実は」

 

これまでのいきさつを話した。無論、倒れたままで。こっちの方が楽でいい。威厳など知るか。

人里に入ろうとしたが、身体が大きすぎて入れないという事。

暇だったから立ち寄ったという事。

そうすれば、魔理沙は何か思いついたような顔をして。

 

「だったら、霊夢と一緒に行ったら良いんじゃないか?」

 

「はあ?」

 

どういうことだろう。

少し興味をそそられた私は、首をもたげて魔理沙の方に目をやった。

実は霊夢は、私の身体を縮める事ができるのだろうか?

 

「いやさ、ウギンが困ってるのは確かに身体の大きさだけどさ。

 それ以前に、いきなりドラゴンが現れたら、異変の類だと思われると思うんだ。

 そんな時、隣に霊夢が居たら、里の皆も安心するだろ?

 身体の大きさはどうしようもないけど、それはまあ、気を付けるってことで」

 

……なるほど。

この際、身体の大きさからは目を離して。

それ以外の問題を解決してしまおうという事か。

少し希望が見えてきたような気がして、私は全身を持ち上げようとして。

 

「いやよ、めんどくさい」

 

再び倒れた。

もうやだ、現実なんて最低だ。

この先の展開がなんとなく分かるだけに。もうやだ。もうやだ。

 

「……この宝石、もっと貰えたら考えてあげても良いわ」

 

だろうな。ああ、だろうな。

射命丸と同じタイプの奴は、いつもそう言う。

 

「10個でどうだ?」

 

「乗っ……!!

 も、もうちょっと欲しいわね……!!」

 

欲を出してきやがった。この巫女。

こういう所も射命丸と同じと来た。嫌になっちゃう。

 

「20個」

 

「……!!

 ま、まだ足りないわ!」

 

「30個」

 

「足りないわ!足りないわ!」

 

もうやだこの巫女。目が完全に銭になってる。

吊り上げられる所まで吊り上げようという魂胆だろう。

ならば、こちらにも考えがある。

 

「そうか、なら残念だが、この話はなかったということで――」「まってまってまってまって」

 

はい、待ってコール入りました。

 

「え?え?止めちゃうの?

 私の宝石達は?

 明日からの私の豪華な生活は?」

 

「知らん」

 

「30個!30個で手を打つわ!」

 

「もう終わった話だ、残念だが……諦めてくれ」

 

「……!!そ、そんな」

 

瞬間、ドサァァ、と音を立てて倒れる霊夢。

いい気味だ。そう思う私も地面に倒れているから、お互い様だが。

どうでもいいことだが、人は一度希望を見せてからそれを取り上げると、簡単に絶望する。

さっきの私がそうだったように。人は脆いものなのだ。

 

「あはは。

 ウギンー。いじわるは良くないぜ?」

 

魔理沙の笑い声と、そんな言葉。

そうだな、冗談だ。半分以上は本気だったが。

3割くらいは冗談だ。

私は自分の身体を持ち上げて、身体を起した。よっこいしょ。

 

「そうだな、霊夢。

 こちらとしても、先払いで持ち逃げされてしまえば、困る。

 だから、出来高制で報酬を払おうと思うのだが。

――そうだな、私が満足したら宝石を50個渡そう」

 

「良いわ!!!!」

 

瞬間、起き上がる霊夢。

現金過ぎると思われるかも知れないが

人は希望を見せてから絶望させて、再び希望を見せると簡単にそれに飛びつくのだ。

それこそ、藁にも縋るように。よく分かるよ。私も何度も味わったもん。

 

「さあ!!すぐ人里に向かいましょう!!」

 

「ああ、分かった」

 

「面白そうだな、私もついていくぜ~」

 

かくして、私達は人里に向かう事にした。

 

 

【移動中……】

 

ザワザワと群がる。人、人。

私から見たら小さなサイズのそれは、人間たちの群れ。

ここが、人里か。話に聞いていたよりも、随分と人が多い。

 

いや、私の事が珍しいのか。

だから人だかりが出来ているのだろう。

 

「はいはいはーい!さっさと散った散った!

 見世物じゃないわよー!」

 

霊夢は、というと、真面目に働いていた。

私の目の前に広がる人だかりを散らすために尽力していた。

 

「それで、どこに行くんだ?」

 

対して魔理沙は、私の身体に乗っている。

自分で歩けば良いと思うのだが、面倒なのだろうか。

そして、どこに向かうか、か。

割とどこでも良いと思うのだが、うむむ、それっぽい事を言えばいいか。

 

「里一番の知識人に話を聞きたい」

 

「となると、慧音だな。

 寺子屋に居ると思うから、そっちに向かうか」

 

適当に言ったのだが、知り合いに居るのか。

思ったよりも、魔理沙の人脈は広そうだ。

ゆっくりと、人里の建物に身体が触れないように。

誤って人を踏みつぶさないように歩いていると。

 

「あ!ウギンだー!」

 

「あやややや」

 

射命丸とフランの姿を見つけた。

両手に持っていたのは、大量の買い物袋と、お土産の数々。

旅行かな?

 

……おい、射命丸。

まさかとは思うが、情報収集と称して買い物を楽しんでいたのではあるまいな。

 

「フラン。射命丸は何をしていた?」

 

「一緒にお買い物してたよ~。お菓子屋さんとか。

 よく分からないけど、ぶらんど?の物とか、い~~~~っぱい買ってた!」

 

「あややややや」

 

そうか。そうか。

教えてくれてありがとう、フラン。

指先でフランの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「いえ、ウギンさん、これは違うんですよ。

 我々にもちょっとした休息が必要だと感じたというか。

 今から情報収集を始めようかと思っていた矢先だったというか。

 その、効率的な行動をするのには必要な事だと……」

 

「フラン、楽しかったか?」

 

「うん!すっごく楽しかったよ!」

 

早口の射命丸をわき目に、私はフランにさらに詳しく話を聞く。

真っ先に質屋に向かった事。

これだけあれば1日は豪遊できますね、と射命丸が意気込んでいた事。

他の烏天狗に自慢できるような人里の高価なものを買いあさっていた事。

次はカメラ屋に行ってみたいと話し合っていた事。

フランはそれについていくだけで楽しかったとの事。

 

「射命丸、楽しかったか?」

 

フランの時とは違い、少し声色を低くして。そう聞けば。

トサァァ、と綺麗な土下座を披露してくれた。

 



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忠誠度能力+16:貴方は脅す

さて。

土下座をしている射命丸だが、実は私はさほど怒ってはいなかった。

 

自分をほおっておいて、彼女達はお買い物を楽しんでいた、とのことだったが、

まあ、可愛らしい事じゃないか。別に許してやらんでもない。

 

その雰囲気を感じたのか、射命丸は土下座をしながら私の方をチラッと見た。

なんとなく、あ、このままだと駄目かな?と思ったので軽い罰を与える事にしようか。

 

「射命丸。今回は許そう。

 嘘を吐いた事も、私をほっといて豪遊していた事も。

 ……Moxを売り払っていた事も」

 

「本当ですか!」

 

「――だが、次は罰を与えるとしよう」

 

マナを捻りだして。生み出されたのは、私から見れば小さな兜のようなもの。

丁度、射命丸の頭の大きさにぴったりと合うくらいの大きさだ。

いやなに、ちょっとした罰だ。大したことではない。

 

「あややややや、これはいったい……?

 なんかすっごい見た目してるんですけど……?」

 

「精神隷属器/Mindslaver。

 というアーティファクトでな。これを被らせると相手のコントロールを奪う事が――」

 

「今後一切致しません!!!」

 

なんか必死に土下座をされた。

さっきよりも頭を地面に擦り付けまくっている。

近くに居た霊夢もビクってなって身を固くしている。

 

そこまでだろうか?私は首を傾げた。

コントロールを得る、と言っても1ターンの間だけだ。

確か、1ターンは1日だから。コントロールを得たとしても1日の間だけだ。

罰としては軽い方だと思ったのだが。

 

ちなみに、本気になって怒ったら。恐らくはもっと酷い事をしていた事だろう。

それを思えば、まだまだマシだと思えるのだが……。

 

「うわあ」

 

私に乗っている魔理沙も、ちょっと引いている。

フランだけは平気そうだ。ほえー。と良く分かってない顔をしている。

 

「そ、それじゃ寺子屋に行こうぜ?」

 

「そ、そうね。ちなみに私はMoxを売る気はないからね?」

 

「そうだな。ああ、そうだフラン。

 これはお前が持っておけ」

 

魔理沙からの提案に、私は素直に従うことにして、精神隷属器をフランに持たせた。

ちょっとびっくりとした様子で、それはクマさんポーチの中に仕舞われた。

 

「フラン、もし射命丸が何かやりそうになったら。

 遠慮なくそれを被せろ。任せたぞ」

 

「うん!分かった!」

 

「えへへぇ、フランお嬢様……。

 この射命丸、馬車馬のように働かせて頂きますので。

 どうぞご容赦のほどを……」

 

手もみしながら立ち上がった射命丸。

心なしかフランにも腰が低くなっている。

 

「駄目だよー、ウギンの言う事だもん!」

 

「そ、そんなぁ……」

 

ガックリと肩を落とす射命丸。

うーむ、罰としては重すぎたのだろうか。

よく感覚が分からないが、まあ、良いか。

 

こうして私、射命丸、フラン、霊夢、魔理沙の5人……いや、4人と1匹か。

私達は寺子屋に向けて歩き出した。

随分な大人数になってしまったからか。随分と目立っている。

 

人里の端を歩いていた薬売りにも驚かれた。

こんな暑い日なのに、ご苦労な事だ。と目を向けると脱兎のごとく逃げられた。

……なんだったのだろうか。

 

兎も角、私達は無事に目的地である寺子屋に到着した。

屋内をのぞき込むと、そこにはたくさんの生徒と、その視線の先に立つ一人の人間の姿。

不意に、私は慧音と呼ばれる知識人の姿形を知らない事に気付いた。

同じ轍は踏まない。私は霊夢に案内を頼むことにした。

 

「霊夢、慧音とやらを呼んできてはくれないか」

 

「ええ、分かったわ。ちょっと待ってて頂戴」

 

果たして、慧音とはどのような存在なのだろうか。

知識人、と言われると私の中ではパチュリー・ノーレッジがそれに当たる。

あの好奇心の塊のような存在が二人居るとは思いたくないが、またあのような目に合うのは、ちょっと勘弁してほしい。

 

「私を呼んだのは、お前か」

 

霊夢と一緒に現れたのは、

腰まで届こうかというまで長い、青のメッシュが入った銀髪。

頭には頂に赤いリボンをつけ、六面体と三角錐の間に板を挟んだような形の青い帽子を乗せている。

こいつが慧音か。

 

「そうだ。

 私は、ウギン。見聞を深める為に、この人里にやってきた」

 

「そうか……魔理沙。

 こいつはお前の使い魔か何かか?」

 

「いや、こいつは普通の野良ドラゴンだぜ。

 ドラゴンの背に乗ってた方が、格好いいだろう?」

 

「そうか、はあ……」

 

額に手を当てて、慧音はため息を吐いた。

なんだろう、彼女からは苦労人の気配を感じられる。

 

「とりあえず、場所を移そう。

 ここでは狭すぎるからな」

 

「そうか。そうだな」

 

 

【移動中……】

 

人里の外れに移動して、ようやく私が移動するのに気を使わなくなって済んだ頃。

小さな小屋のようなものが見え始めた。

 

「あれが、私の家だ」

 

慧音がそう言った。

随分と人里から離れているようだが、不便ではないのだろうか。

私が首を傾げていると、射命丸が私に耳打ちをする。

……なるほど、彼女はワーハクタクと呼ばれる半獣人だそうだ。

よく分からん。

とりあえずは人間ではないという事なのか。

 

「井戸水しかないが、良いか?」

 

「気持ちだけ受け取っておく」

 

とりあえず、今は喉は乾いていないから、水は遠慮しておこう。

あ、いや。せっかく気を使ってもらったのだ。飲んだ方が良かっただろうか?

などと考えていると、小さな小屋から物音が聞こえた。

まさか泥棒か?

などと考えていると。

 

「居たのか、妹紅」

 

「あ、うん。

 そろそろ戻ってくるかなーって思って。

 ……そっちの龍は何?」

 

「まあ、客人のようなものだ」

 

白く、長い髪にいくつものリボンを付けた、少女が現れた。

名前は、どうやら妹紅と言うらしい。

会話の様子から、どうやら知り合いのようだが。

 

「私の名はウギン。よろしく頼む」

 

「……。藤原妹紅。よろしく」

 

挨拶もそこそこに。慧音はこちらに向き合い、話を始めた。

 

「それで、ウギン。見聞を深める為にやってきたんだったか」

 

「そうだな」

 

「生憎と、この人里には龍が興味を持つようなものは特にないぞ。

 財宝も、特にないだろう」

 

「あやややや、そんな事はないでしょう?

 半獣人に、不老不死。たったこれだけでも人里に来た価値はあるかと」

 

「……不老不死か」

 

「ああ、それは私の事だね」

 

妹紅は、なんでもないことのように言った。

不老不死。なるほど、MTGで言う不死のようなものだろうか。

などと、MTG脳になっていると。

 

「何度死んでも、死んでも、死なない。死ねない。

 それが私。不老不死の竹林案内人、こと藤原妹紅だよ」

 

無限不死か。多分、+1カウンターが置かれない不死。

となると、除去するには追放除去が必要になるな、と考える。

 

無色の追放除去――ない事もないな。

などと、目の前の少女の事をMTGに置き換えて考える。

やはり、MTGプレイヤーとしては咄嗟に考えてしまう。

 

ついじぃっと見つめてしまったことがバレたのか。

妹紅は眉をひそめて。

 

「何さ。アンタ。

 私を殺してくれるっての?」

 

「いいや、そんなつもりはない」

 

出来ないことはないが、やろうとは思えない。

必要を感じないし、それをした所で利点を感じられない。

彼女がプレインズウォーカーだったのなら、敵か味方かを確認した後で検討したかも知れないが。

 

「あっそ」

 

妹紅はそう言うと、私から興味を失ったのか。視線を外した。

 

ただ、

――何さ。アンタ。私を殺してくれるっての?

その時にわずかに目に見えた希望の光。その目の光が消える瞬間。

一瞬だけ、悲しそうな目になったことが、私の頭から離れなかった。

 



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忠誠度能力+17:貴方は計略を図る

慧音から聞いた人里の話。

それは私にとっては興味深い話ではあったし、

私以外にとっては退屈な話であったのかも知れない。

 

人里の歴史から始まり、これまで起こった異変の話。

訪れた放浪者の話。様々な妖怪、賢者達の話。

 

その中でも特に私の興味をそそったのは、ある異変の話。

永夜異変と呼ばれたそれは、朝が来なくなるという不思議な現象の話。

 

「そんな異変があったのか」

 

「ああ、あの時は大変だったぞ。私も、そこに居る妹紅も」

 

「そうなのか」

 

「……まあね」

 

朝が来なくなる。そんな事が可能なのか。

不意に、私は「無限の日時計/Sundial of the Infinite」の存在を思い出す。

あれは、強制的に自分のターンを終わらせる能力を持っているが、

それを用いれば、似たような事が起こせるだろうか?

 

私は思案する。

例えば、1ターンの終わりが真夜中の0時丁度だとすれば。

昼からでも、夜中の0時まで時間を飛ばす事が出来るだろう。

 

そこからアンタップフェイズが、どれくらいの時間がかかるかわからないが、

再び「無限の日時計」を起動すれば、翌日の0時まで、さらに時間を進めることが出来る。

 

と、なれば、もしもの仮定の話だが、私も永夜異変を起こせるのだろうか。

しかし、それをするには、まだまだ実験が必要だ。経験も。

何が起こったとしても、対応出来るように、もっとカードの実験をしなければ。

 

と、ここまで考えた所で、何も私は異変を起そうとしているわけではない事に気付く。

あくまでも、もしかしたら異変を起せるのだろうか、という可能性の話だ。

一体私は、何を考えているのか。可笑しくて笑ってしまう。

 

「??

 ウギン、どうしたの?」

 

「いやなに。

 自分の思考が可笑しくてな」

 

「なに考えてたのー?」

 

無邪気なフランは、私に問いかける。

まあ、良いか。フランならば、伝えても良いだろう。

私は、彼女の耳元に顔を近づけると、囁いた。

 

『実は、似たような異変なら、出来るんだ』

 

「えっ!?そーなの!?」

 

瞬間、ここにいる全員の視線がフランに集まる。

大声を出すからだ。あわわ。と口を塞ぐフラン。

私はフランに目だけで「皆には秘密だぞ」と伝えた。

果たして、正確に伝わったのか。フランはコクコクと首を縦に振った。

 

「なんだ?どうしたんだ?」

 

「あのね、ウギンなら同じこと出来るんだって!!」

 

――伝わらなかったらしい。

今度は私の方に全員の視線が集まった。

同時に、霊夢と魔理沙は臨戦態勢に入った。

私は手を前に出して、制止する。

 

「……待て、確かに、似たようなことは出来る。

 だが、それを起こすつもりはない」

 

そう言ったが、臨戦態勢を解くつもりはないようだ。

参った。これは参ったぞ。

ここで彼女らと遊んでいくつもりはないし、なんなら二対一は卑怯だと言わざるを得ない。

 

「あやややや、これは困りましたねぇ」

 

「えへへ、ごめんね、ウギン」

 

対してこちらも射命丸とフランとが立ち向かおうとしている。

待て待て待て、君らも何やる気になっちゃってるの。

 

「人の家の前でやり合おうなどと、良いご身分だな」

 

「……慧音がやるなら、私も手伝うよ」

 

慧音と妹紅まで参戦するつもりのようだ。

ちょっと待って。ちょっと待って欲しい。

三すくみとか本当に勘弁して欲しい。

 

亡霊の牢獄/Ghostly Prison。

プロパガンダ/Propaganda。

洗脳/Brainwash。

これらの攻撃制限カードを使えれば、

この場を上手く纏める事が出来るのかも知れないが。

生憎とこれらは青と白のカードだ。無色での攻撃制限カードは、知識にある限り無い。

 

さて、どうしたものか。

精神隷属器を出したおかげで、今の私の保有マナは無色2マナのみ。

いやはや。本当にどうしたものか。困ってしまった。

 

……こういう時は現実逃避をしよう。

 

状況は、2対2対3。多人数戦かな?

双頭巨人戦とも違うから、4対1・2のカジュアルな感じの魔王戦なのかも知れない。

見た目から。魔王はこちら側で、勇者側はあちらか。

 

……?

魔王戦?

そう言えば。魔王戦では、普段使うカードの他に計略カードという物があったな。

あれは果たして、色はあっただろうか。

いや。そもそも計略カードは特殊なカードだ。

呪文ですらなかったはず。

……まあ、実験してみるか。状況は変わらないのだし。

 

「……こうなると、こちらが魔王側のようだな」

 

彼女らに向けて。軽く声を掛ける。

要は「これって魔王戦でいいの?」という形式上の確認だ。

 

「はんっ!軽口を言えるのもここまでだぜ!」

 

「一度叩いてから訳を聞くわ」

 

「となるとこちらは勇者か。ふふふ。面白い事を言う」

 

「……」

 

ふむ、一人には無視されたが、おおよそこれで形式上は「魔王戦」という事になったはず。

後は、計略カードが使えるか、どうか、なのだが。果たして。

……まあ、駄目だったら駄目だった時だ。

行き当たりばったりは、いつもの事だろう。

 

「あやややや?」

 

「え?どうするの?」

 

私は手で射命丸とフランを制止させた。

 

「こっちから行くぜ!

 恋符!」

 

「ささっと終わらせるわ。

 霊符!」

 

「悪く思うなよ。

 産霊!」

 

「行くよ。

 時効!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全ての希望消え去るべし/Every Hope Shall Vanish」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……結果として。

上手くは行った。

だが、恐らくは満点とはいかなかった。

ベターな結果とも言えないだろう。

 

現に今。私達は逃げている。

追う者はいないはずだが。それでも逃げている。

 

「あやややや?一体何をしたんです?」

 

「そうそう、私も聞きたいな?」

 

 

「「いきなり皆、放心したのはどういうこと?」ですか?」

 

 

「……攻撃の手段を奪ったまでだ」

 

「全ての希望消え去るべし」は、各対戦相手の手札を捨てさせる。

いわゆる手札破壊系の計略カードだ。

 

それによって攻撃するための手段を奪った。感覚としてはそれだけなのだが。

結果として彼女達は一時放心するに至った。

その隙に逃げてきたのだ。

 

……願わくば、精神破壊まで為っていなければいいのだが。心配だ。

 

だからこそというわけではないが、この手段を扱うのはこれっきりにしたい。

というのも、計略カードが嫌い、というわけではない。

むしろ魔王戦は好きだ。友人とのロールプレイをしながらの魔王戦は、最高だ。

 

だが、ウギンが魔王側という事が、私は気に入らない。

そこはニコル・ボーラスが魔王になるべきだろう?

はあ。とため息を一つ吐いた。

 

射命丸とフランはなんとなく察したのか。

それ以上を聞く事はなかった。

コホン、と射命丸は仕切り直す。

 

「さて、このままですと、迷いの竹林にたどり着きますね」

 

「竹林かー、初めて見るわ!楽しみ!」

 

「そうか」

 

もう少し人里に居ても良かったかも知れない。

さっさと次に向かうのは、どこか勿体ないような気がしたが。

まあ、良いか。

いつも通り、行き当たりばったりで。

 



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忠誠度能力+18:貴方は気分が悪くなる

竹、竹、竹。

見渡す限りの、竹。

見飽きるほどの竹の森。

実際見飽きた感が否めない。

 

こうも竹だらけだと、今自分がどこに居るのか分からなくなってしまいそうだ。

なるほど。迷いの竹林とはよく言ったものだと、一人納得する。

 

「見飽きた!みーあーきーたー!」

 

「まあまあ、フランさん。

 ウギンさんも何とか言ってくださいよ」

 

「……」

 

「ウギンさん?」

 

ある感覚に、先程から私は苛まれていた。

それは気持ちの悪さ。単純に気分が悪いような。

あるいは違和感を感じるような。誰かから見られているような。

不快な感覚だった。

 

まさか、計略カードを使った反動だろうか?

いや、あれを使って暫くは平気だった。この竹林に入ってから、この不快さは続いている。

原因は一体何なのか。私は歩きながら思案していた。

 

「ウギン?大丈夫?」

 

表情に出てしまっていたのだろうか。フランにも心配されてしまった。

大丈夫では、ない。不快過ぎて気を抜けば嘔吐しそうな程には気分が悪い。

精一杯、心配させないように。穏やかな声色を心がけながら、私はフランの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「……大丈夫。大丈夫だ」

 

それはフランを安心させるように。あるいは、自分に言い聞かせるように。

どこか、医者でも居たら診てもらおう。

龍を診てもらえる医者は、居るか分からないが。

 

「無理はしないでくださいね?」

 

「無理しちゃだめだよー?」

 

ああ、かえって心配をかけてしまった様だ。

幸いなのは、この不快な感覚の影響が、彼女達には見られないことだろうか。

それだけは、安心だ。

 

外部からの干渉ならば、被覆や呪禁を得れば良い。

そのための装備品は、無いわけではない。装備出来るかは別として。

 

「……稲妻のすね当て/Lightning Greaves」

 

気力を振り絞って。残ったマナを使い、私は稲妻のすね当てを唱えた。

すね当て、とあるように。本来は足に履く為の装備品だが、今回は指先にはめた。

一応、これでも装備しているとは思われるのだが……。

――果たして、不快感は……晴れないままだった。

 

となると、私が能力や呪文の対象になっているわけではないのか。

そうなると、私が取れる手段は、あまり無……ううっ。

……ぐう、駄目だ。本当に気分が悪くなってきた。吐きそう。

 

「……すまん、少し席を外す」

 

「「いってらっしゃーい」」

 

元気な二人の声に見送られて。

私は足早に彼女らから見えない場所まで移動する。

情けない姿を見せないように。

 

……さて、十分な距離は取っただろうか。

ここでなら、大丈夫だと、思う。うぉえっ。駄目だ。ちょっと本当に駄目っぽい。

 

「不快だ」

 

思わず、そう一言漏らせば。

 

「気付いていらしたのですね。失礼致しました」

 

金髪ロングの美女が虚空から私の前に出現した。

ちょっと待って。君どっから出てきたの?

 

「私の名は、八雲 紫。

 この幻想郷の管理人をしております」

 

「……私は」「ウギン様ですね。重々承知しております」

 

それどころじゃないんですけど。と言おうとして、言葉を遮られた。

ちょっと待ってね。本当それどころじゃないの。

自己紹介とかせっかくの機会だからもっとタイミング良い時にしよう?

そして仲良くなろう?

 

「不快だと言っている」

 

だからちょっと後にしてくれないかな?と思ってそんな事を言えば。

 

「……これは失礼致しましたわ。

 私としたことが」

 

扇子を取り出して、口元を隠し。

ぱちん、と指を鳴らした。

ん?おお?なんか不快感があんまりしなくなったぞ。

目の前の八雲 紫?が何かしてくれたんだろうか。知らんけど!

知らんけどこれはありがたい!これならちょっと休むだけで何とかなりそうだ!

 

お礼になんかあげたいな、でもこいつも射命丸と同類だったらどうしよう。

……これ以上宝石たかられる奴が増えるの、やだよ私。

 

「……」

 

「……」

 

なんて、うんうん思案していれば。

私と彼女との会話は途切れ、無言の時間が流れることになる。

さて、本気でお礼は何にしようか。

今の保有マナは0マナ。あげるとすればMoxになるのだが。

前述の通り、これを渡すのは憚られる。射命丸タイプだったら困るしね。

 

となるとBlack Lotus?

でも目の前の紫って女性は花よりはもっと別のものの方が似合う気がする。

若返りの泉は……あれ設置式だからなぁ。あげても困るだろう。

かと言って、メムナイトやはばたき飛行機械なんて生物はもっと困るだろうし。

 

「……」

 

八雲 紫は私の様子を窺うように、何も言わない。

私は貴方の調子を整えてあげたのに、報酬はなにも無しですか?

心なしかそんな声が聞こえてくるようだ。

いや、扇子で口元隠されてるから表情読めんけど。

てか表情から心の声を聞き取るスキルなんて持ち合わせてなかったわ。

参ったなガハハ!

 

いやマジでどうしよう。

こんな時に射命丸が居たら話が進むんだけどなー。

いや絶対に良い方向に進む訳じゃないんだけど。それでも話は進む。

その辺り、私は奴を信用しているし、信頼している。

口下手な私に代わってくれる存在というものは大切だ。

 

「永遠溢れの杯/Everflowing Chalice

 X=0」

 

「……!」

 

とりあえず、永遠溢れの杯を出してみる。

X=0だからマナすら生めない。ただの置物だが。

これでお気に召さなければ。その時はその時だ。

 

 

「ウギンさーん、大丈夫ですかー?」

 

噂をすれば、というやつか。

射命丸がやってきた。声の方に顔を向ければ。そこには射命丸の姿。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「そうですか、それなら良かったです」

 

そうだ。射命丸が来たのなら、話を聞いてみてもいいか。

そう思って振り返ると。

 

八雲 紫の姿は居なくなっていた。

永遠溢れの杯も無くなっている。

あらやだ、ホラーかな?

 



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忠誠度能力+19:Ashnods Coupon

気付けば20話。早いものですね。
というわけで記念回。今回は題名はAshnods Couponです。
先に言わせて貰えると、このカードの効果はドリンクを買わせるというもの。
変わった効果を持つカードですね。
ただし、あなたはそのドリンクに必要なあらゆるコストを支払う事が必要です。

そして0コストです。
もう一度言います無色0マナのアーティファクトです。


 

竹林の奥のさらに奥。

まるで隠されたような場所に辿り着いた私達。

そこには一軒の建物があった。

射命丸が言うには。永遠亭という薬屋らしい。病院とも言う。

半分は興味から。半分は観光目的で立ち寄ろうと思い、近寄ると。

そこに居たのは1人の人影。

 

「あれ?うどん……さんじゃないですか」

 

「鈴仙・優曇華院・イナバ!変な省略の仕方は止めてよ!」

 

「覚えづらいんですよその名前」

 

足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪。紅い瞳。

頭にはヨレヨレのうさみみが付いている不思議なそれは。

れい…なんとか、うどんげ…なんとか。と言うらしい。面倒だからうどんげで良いか。

 

「急にドラゴンが現れたと思ったら、何の用?」

 

「いえ、ただの観光をしにここまで来たんですよ」

 

「……はあ?」

 

射命丸とうどんげは姦しくわちゃわちゃと会話をしている。

それにしても。

それにしても紅い目だ。まるで吸い込まれそうなほどに。

 

「ってよく見たら人里に居たドラゴンじゃない!?」

 

はて?私は彼女と出会ったことがあっただろうか。

首を傾げていると、うどんげの瞳の色がさらに紅く、深くなる。

 

「面倒ごとに巻き込まれる前に!

 さっさとここから離れなさい!!」

 

「あやややや、これは面倒なことになりましたね」

 

「あちゃー、面倒なことになりましたねー!」

 

「真似しないでください、フランさん」

 

 

 

 

「「……ウギン?」さん?」

 

紅い。紅い。紅い。実に魅力的で狂気的なそれを見ていると。

まるで自分が自分で無くなったかのような。

あるいは内なる自分が出てくるような奇妙な感覚に襲われた。

 

「あっ!不味いですフランさん!

 この兎は、狂気を操る程度の能力を持っています!!」

 

「えっ!?」

 

「アハハッ!気付いた所でもう遅いわ!

 そのドラゴンは既に私の狂気の虜よ!!」

 

狂気。なるほど、これが狂気か。

自分が自分でなくなるような。自分がより自分になるような。これが。

ああ、駄目だ。自分を抑えきれない。

私は、ある衝動に駆られた。

 

「……」

 

「不味いです!不味いですよこれは!!

 何が不味いって何が起きるか分からないのが不味いです!!」

 

「ウフフ、楽しそう、楽しそうね!」

 

「フランさん!?そんな呑気な事を言ってないで!

 早くウギンさんから離れて――」

 

「もう、遅いわ。何もかもが!

 ああ!ウギン!早く貴方の狂気が見たいわ!」

 

 

 

 

「Ashnod's Coupon」

 

 

 

果たして、私の手の中に現れたのは。

一枚のチケット。名を「Ashnod's Coupon」と言うそれ。

MTGプレイヤーの中でも知る人ぞ知る、有名なカードだ。

 

今までは理性で押しとどめていた。特殊なカード。

そのカードの封印を、今、解いた。

 

「射命丸 文」

 

「あやややや……!」

 

名前を呼んで。

ズシン。ズシン。射命丸の方へと足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、ちょっとジュース買ってこいよ。俺コーラな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ」「えっ」「えっ」

 

声が三つ重なったような気がした。

 

「あやややや!?

 身体が勝手に動きますよ!?

 あややややああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

瞬間。射命丸の姿は竹林から飛んでいなくなった。

コーラだ。コーラを買って来るまで戻ってくるな。

残された、呆然とする彼女達。

 

 

 

 

「Ashnod's Coupon」

 

 

 

 

まだだ。まだ足りない。

私は再び「Ashnod's Coupon」を生成すると。

今度はうどんげの方へと歩みを進める。

 

 

 

 

「鈴仙・優曇華院・イナバ」

 

「ぴぃっ!?」

 

名を呼ぶのが早いか、遅いか。

彼女は一目散にその場から逃げ出した。

だが――無駄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、ちょっとジュース買ってこいよ。俺ドクペな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああ!

 身体が勝手にぃぃぃいいいい!!」

 

彼女もまた、その場から飛んでいなくなった。

残るはフラン、そして私の二人のみ。

 

「フランドール・スカーレット」

 

「うん」

 

「一緒に留守番していようか」

 

「うん」

 

狂気は既に解けていた。

 

 

【暫くして】

 

 

「ぜえ……ぜえ……コーラです」

 

「うう……。

 探すのに苦労しましたよ……はい、ドクペです」

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

コーラをフランに渡し。ドクペを私が貰う。

 

「おや?ドリンクが2本足りないな」

 

「えっ」「えっ」

 

驚いた声をあげる二人。

思わず身を固くして。

 

「Ashnod's Coupon。

 Ashnod's Coupon」

 

「ちょ、ちょっと待って!もう狂気は切れてるでしょ!?」

 

「あやややや……こうなったら諦めましょう。

 私はお茶が良いです……」

 

「ちょっと!?」

 

 

【また暫くして】

 

 

「このコーラっての面白いわね。

 しゅわしゅわしてて面白いわ」

 

「そうか」

 

「あやややや、疲れた身体にお茶が沁みますねぇ」

 

「にんじんジュースおいしいわー」

 

我々はゆったりとした雰囲気の中に居た。

若干二名程目が死んでいるが、まあ、良いだろう。

 

「それで、何しに来たんだっけ、観光だっけ?」

 

「見聞を深める為に情報収集をだな」

 

「まあ、観光ですね」

 

のほほんとした陽気の中、我々は会話をする。

そういえば。と

 

「永遠亭には、何があるのだ?」

 

「特にないわよ、あるとしたら薬くらいかしら」

 

「いえ、不老不死が居ますね」

 

「そうか」

 

「あー、姫様のことね」

 

射命丸が言うには、蓬莱山輝夜と呼ばれる不老不死が居るとか。

そうか妹紅と同じ不老不死か。

 

「会ってみようか」

 

「うーん、会って貰えるかしら……」

 

頭を悩ませるうどんげ。

気難しい人なのだろうか。

そうなると無理に会う事は難しいか。

 

「いえ、その。あんまり外に出ない方で……」

 

どうやらそういう訳ではないらしい。

なら、取れる手段はある。

 

「どうするつもり?

 私が勝手に連れ出すのも難しいわよ?」

 

「なに、こうするんだ

 Ashnod's Coupon」

 

「あっ」「あっ」「あっ」

 

声が三つ重なったような気がした。

 

その後、人里でコーラを探すお姫様の姿が見られたとか、何とか。

 



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忠誠度能力+20:貴方は難題をかけられる

ストレートで、腰より長い程の黒髪。

前髪は眉を覆う程度の長さ。

服は上がピンクで、大き目の白いリボンが胸元にあしらわれている。

袖は長く、手を隠すほどで。

左袖には月とそれを隠す雲が、右袖には月と山が黄色で描かれている。

顔はまさしく美少女で。

人間であった頃の私であったのなら、思わず見惚れてしまうことだったろう。

 

そして、手にはコーラの瓶が握られていた。

 

「はい、コーラよ」

 

「うむ」

 

「それで、これは一体どういうこと?」

 

こてん、と音が聞こえたような気がするくらい。首を傾げた。

彼女の名は、蓬莱山輝夜。というらしい。

不老不死、らしい。

らしいというのは、あくまでも射命丸から聞いただけで、本人から聞いたわけではないからだ。

 

それにしても、怒らないのか。

レミリアだったら即説教されてもおかしくはないというのに。

 

「ひ、姫様。怒らないんですか?」

 

「怒らないも何も。

 気付いたら身体が勝手に動くんですもの。

 怒るよりも先にどういうことか訳を聞きたいわ」

 

目を細め、うどんげを見て。輝夜はそんな事を言う。

それに、と続けて。

 

「私、珍しいものには目が無いの。

 こんな大きな龍を見るのは初めて。ねえ、お名前を聞かせてくれないかしら」

 

にっこりとした笑顔を浮かべて、彼女はそう言った。

ああ、そういえば。自己紹介がまだだったか。

 

「私の名は、ウギン。

 是非とも不老不死に会いたくてな。

 悪いが、そちらから会いに来てもらった」

 

「私は蓬莱山 輝夜。

 貴方は、人を操る事が出来るの?」

 

「そういうわけではない。

 だが、結果としてはそう見えるか」

 

ふむ。「Ashnods Coupon」だけを見れば、

人を操る事が出来ると誤解されても仕方がないか。

私は、彼女の前に手のひらを広げて。なんと気は無しに聞いた。

 

「知識にあるものならば、生み出すことが出来る。

 ……そうだな、何か欲しいものを言ってみろ」

 

瞬間。うどんげがぎょっとした顔をした。

なんだろう。

まさか、こいつも金にがめついタイプなのだろうか。

 

「あ、あのー。ウギン、さん?姫様の前であまりそう言う事を言わない方が……」

 

「龍の頸の玉。

 龍の頸の玉が欲しいわ。

 貴方が本物の龍ならば、簡単なものでしょう?」

 

果たして、うどんげの制止が早いか、遅いか。

輝夜はそんな事を言い出した。

うどんげは頭を抱えて、あちゃー。と声に出した。

 

……たつのくびのたま?なんだそれは?

MTGにそのようなカードは……確か無かったはずだ。

思わず首を傾げると。輝夜は得意げな顔をする。

 

「あら、知らないの?龍なのに。

 龍の首元にある、五色に光る宝玉よ。

 貴方には、付いてないみたいね」

 

「……ふむ」

 

確かに、私の首元にはそのようなものはない。

思わず自分の首元をさすったが、そこには白銀の鱗があるのみだ。さもありなん。

 

「まあ、期待はしてなかったわ。

 だって難題ですもの、この私ですら、本物は持ってはいないわ」

 

失望した様子もなく、輝夜はやれやれ、と首を横に振った。

私も、流石に知らないものは出せない。これはしょうがないか。と考えていると。

射命丸がおずおずと手を挙げて、私の前にやってきた。

どうした射命丸。また金品が欲しくなったか?

 

「……あの。ウギンさん?

 ……それってこのMoxの事じゃないでしょうか?」

 

じゃらり。と射命丸は私にMoxシリーズを見せた。

Mox Pearl

Mox Sapphire

Mox Jet

Mox Ruby

Mox Emerald

なるほど。確かに5色だ。

だが、5色に光る宝玉ではないから違うだろう。

名前も違うし。

 

「……!??」

 

だが、輝夜の反応は劇的だった。

ぎゅん!と音が鳴る程の勢いで射命丸の前に接近すると。

 

「ちょっと見せて貰える!!??」

 

射命丸の手からMoxを奪い取った。

輝夜はMox一つ一つに目を光らせながら、じっくりと吟味している。

 

その間。私は思案する。ふむ、5色に光る宝玉。宝玉か。

宝玉はないが、宝球なら、まあ無いでもない。

「彩色の宝球/Chromatic Sphere」がそれにあたる。

ただまあ、悲しきことかな。名前が違う。

 

後はまあ、宝珠シリーズか。

しかし、これも龍の頸の玉という名前に近い物はない。

あと、今の保有マナは0マナだ。

宝球・宝珠シリーズは、総じて0マナではないから。今は出せない。

 

吟味が終わったのか。

輝夜は、私に話しかけてきた。

ただし、目はMoxに向いたままだ。

 

「ちょ、ちょっと違うわね?

 五色に光る宝玉ではないから!!」

 

何故か輝夜は必死だ。

欲しいのだろうか?なら射命丸のだし別に構わないが。

それを伝えると。

 

「ふ、ふーん?

 まあ!貰ってあげないこともないわ!」

 

「えっ私のなんですけど」

 

「またいくらでも渡してやる」

 

「……それならいいですけどぉー?

 ただ、私のを渡すのはこれっきりにしてくださいね?

 離反しちゃいますよ離反」

 

ぶー、と頬を膨らませた射命丸がそう言う。

Moxシリーズ片手に、チャリチャリと音を鳴らしながら、満足そうな顔をした輝夜。

対極ではあるが、Moxに関する執念は、どこか似たようなものを感じる。

違うのは、射命丸はより一層がめつい。と分かっているくらいか。

複数要求しない時点で、輝夜は射命丸よりはがめつくない。

 

そうそう、龍の頸の玉という名前ではないが、5色に光る宝球ならある。

そう輝夜に伝える事にしよう。違うとは思うが。

 

「あるの!?」

 

ただ、今は出せないが。

 

「そう……いつなら良いの?」

 

明日なら良い。

 

「明日!?早すぎない!!??」

 

仰天しては落ち込み、また仰天する。

輝夜は随分と感情の起伏が激しい人のようだった。

 

「あと!あとなんだけど!

 仏の御石の鉢!火鼠の皮衣!燕の子安貝!

 これらに聞き覚えはない!?すっごい欲しいんだけど!!」

 

残念ながら、どれも聞き覚えはない。

どのようなものか教えてもらえれば、それに近い物を知っているかも知れないが。

そう伝えようかと思えば、不意にうどんげが輝夜に近付いた。

 

「ひ、姫様。もうその辺りにした方が……

 もうそろそろ夜になりますし、師匠も心配してるかと」

 

「――本当よ。急に出掛けたかと思ったら、いつの間にか帰ってきてるし。

 どれだけ心配したと思ってるの」

 

「あっ、師匠!」

 

声がした方向に目を向ければ、そこに居たのは

左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている、女性。

腰よりも長い、銀色の髪の毛。うどんげが言うには彼女の師匠?らしい。

 

彼女は、はあ。とため息一つ吐くと。

私の前までやってきた。

 

「うちの姫がご迷惑をおかけしました。

 貴方は?」

 

「ウギンだ」

 

「そう、ウギンさんですね。

 私は、八意 永琳と言います。

 今日はもう遅いですし、また明日。という事に致しませんか?」

 

「それでいい」

 

見上げれば。太陽は既に傾き、夕暮れ時だった。

今日も色々あった気がする。やけに疲れた。

そう言えば、目の前の八意 永琳、だったか。彼女は私に驚かないのだな。

まあ、そういう人間も居るか。

 

そんな事を考えていると、不意にフランの事が頭をよぎった。

ああ、そうだ。私は別段、外で野宿でも構わないが、彼女にそれを付き合わせるのは酷だろう。

フランは、今までずっと紅魔館の中に居たのだ。

いきなり野宿させるのは、いくらなんでも可哀想だ。

射命丸は知らん。多分慣れてるだろう。

 

そんな事を伝えると、永琳は快く引き受けてくれた。

あとで礼でもしないといけないか。

 

「あやややや?私は野宿ですか?」

 

「なんだ、屋内の方がよかったか?」

 

「そうですね、どちらかと言えば」「……Mox」「断然野宿の方が良いですね!!」

 

射命丸。そういう所だぞ。

だからお前は扱いが雑になりがちなのだ。

 

そんな事を思いながら、私達は野宿の準備を始めた。

――途中「仲間はずれは嫌!!」と言ってフランが乱入してきたが。

まあ、そんなこともあるだろう。

 

こうして、我々の夜は過ぎ去っていった。

 



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忠誠度能力+21:貴方は思考を読む

繋ぎのお話。短め。


草木も眠る丑三つ時。

夜はすっかり更けて。

全てのものが寝静まったかのように辺りは静寂に包まれている。

 

射命丸もフランも眠っていて、起きているのは私だけ。

私だけが、起きていた。

 

何をしているのか、と言えば。ただ単なる見張りだ。

ここが迷いの竹林の端で。

永遠亭と呼ばれる建物の近くで、妖怪2人と龍1匹が居るとは言え。

野宿をする以上は、誰かが見張りをするべきだろう、と射命丸が提案したのだ。

 

「金品を盗まれる」「誘拐される」「命を奪われる」

危険はいくらでもある。警戒するに越したことはない。

私と射命丸の交代制で、見張りをするべきだ。

そう言った射命丸の案に、私は素直に乗った。

 

珍しくまともな事を言った射命丸にビビったのが5割。

その通りだと思い、賛同した気持ちが4割。

そして、残りの1割が。

 

「ウルザの眼鏡/Glasses of Urza」

 

あるカードの実験の為だ。

 

私は、可能な限り声を潜めて、ウルザの眼鏡を唱えた。

手の中には、私から見れば小さな大きさの眼鏡が現れる。

だが、限界まで顔に近付けてみれば、

それは問題なくレンズを通して世界を見る事が出来た。

 

『すぅ、すぅ……明日はもっと楽しいと良いな』

『ぐぅ~、Moxが……もっと欲しい……』

 

見れば、目を通して聴こえて見える。彼女達の思考。

なるほど、実験は成功したようだった。

 

さて、ウルザの眼鏡の効果だが、これは簡単に言えば相手の手札を覗き見するカードだ。

手札を覗き見する、というのは。現実ではどういうことになるのか。

 

これはかつて「全ての希望消え去るべし/Every Hope Shall Vanish」

で相手の手札を破壊した時に気付いた事なのだが。

 

どうやら手札、というのはその者の知識であり。思考であるようだ。

となれば、なるほど。手札破壊は相手の思考の一部を奪うという邪法であり。

攻撃する思考を奪われた、かつての彼女達が何をするでもなく。

ただ放心したことにも納得がいく。

 

話を戻そう。

相手の思考、知識を覗き見する。それはすなわち、心を読むということではないか。

と私は考えた訳だ。

 

果たして、結果は成功した。

無事に思考を読み取る事が出来た。という訳だ。

 

しかし射命丸。寝ていてもMoxが欲しいとは筋金入りだな。

思わず、私は笑ってしまう。

 

『さて、あの龍。どうするか』

 

不意に、視界の端で思考が聴こえて見えた。

射命丸でもフランでもない、思考。それは永遠亭の方角からしている。

 

『輝夜を操る事が出来た。これは別に良い。

 危険ではあるけれど、そこまでじゃない』

 

この声色は――確か、永琳か。

 

『問題は、あの龍がどこまで出来るか。という事。

 ……私の考えが正しければ――。

 

 あの龍は、不老不死を殺す事が出来る

 

 その為に不老不死である輝夜を見に来た。

 確実に殺す事が出来るのか、自分の能力が効くのか、確かめる為に。

 

 ――危険だ。あまりにも』

 

 

 

『あの龍。殺すか』

 

 

 

 

次々に、移り変わる思考の渦。

目まぐるしく変わりゆくそれに、目を奪われながら。

最後の一言に、思わず顔をしかめた。

 

永琳の思考は、おおよそ正しい。

私は恐らくは、不老不死を殺す事が出来るだろう。

それ以外の全てが間違っているという事を除けば、大体は合っている。

 

『どうやって殺す?

 弾幕ごっこと称して、事故死?毒殺?刺殺?それとも――』

 

そこまで見て、私はウルザの眼鏡を外し、ため息を吐いた。

見てらんないわ、もう。

思わず、射命丸の身体を揺らした。

 

「あやややや?もう交代ですかぁ?ふわぁ~」

 

呑気にあくびをして身体を伸ばす射命丸。

そっと、ウルザの眼鏡を彼女の顔にかけた。

そのまま、向こうを向いてみるように言い聞かせる。

 

「んぇ?眼鏡ですか?随分と変わった……め、がね……。

 ――なんですか?このギトギトした殺意マシマシは」

 

うへえ、とした顔をする射命丸。

それが相手の思考を読むことが出来る眼鏡だということを伝えれば。

 

「うっわー。マジですか、これ。

 誰でもさとり妖怪になれちゃいますね。

 というか、ウギンさん。永琳さんに何かしました?」

 

何もしてない。何もしてないのに殺されそうだ。

ちょっと勘弁してほしいからお前を起こした。

 

「……逃げます?」

 

魅力的な提案だが、却下だ。

逃げだしたら、何か感づかれたと思われて追って来そうだ。

 

「……えっと、じゃあ残ります?」

 

良い案だ。

高確率で私が殺害されるという事を除けば。

 

「……霊夢さんや魔理沙さん達に使った手段は取れないんですよね?」

 

全ての希望消え去るべし/Every Hope Shall Vanish の事か。

あれは多人数であったからこそ使えた奥の手だ。出来ればあまり使いたくはない。

 

「もっと、簡単に考えましょう。この殺意を取り除けばいいんですよ」

 

「……無色でハンデスか」

 

「まあ、ウギンさんの事です。何かあるでしょう?

 ――というか、既に思いついているでしょう?」

 

「無い事はない。だがなぁ……」

 

「はいはい、言い訳なら朝にでも聞きますから。

 私は眠いので交代の時間まで寝ますー!」

 

そう言うと、射命丸はさっさと寝てしまった。

はあ、と私はため息を吐く。

 

そう言えば、射命丸にウルザの眼鏡を渡したままだった。

まあ、別にいいか。

 

 



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忠誠度能力+22:貴方は憂鬱になる

朝になった。

ちゅんちゅんと鳥たちは鳴き出し。

朝日は私達を清々しい気分にさせてくれる。

 

私の気分は最悪だが。

なにせ、すぐそこに私を殺す気満々の奴が居るのだ。

憂鬱にぐらいなる。

 

「おはよう!よく眠れた?」

 

そんな私の事を知ってか知らずか。

輝夜は私達に向かって元気に挨拶をする。

その後ろに付いて来たのは、憂鬱の原因である永琳の姿。

 

「うん!たっくさん寝れたよ!」

 

「……ええ、まあ」

 

もしかしたら夜の事は何かの間違いだったのではないか。

そう思ってウルザの眼鏡を付けたままの射命丸に目を向ければ。

げんなりとした顔をしていた。

 

『殺る気満々ですよ』

 

こっそりと私に目でそう言う射命丸。

そっかぁ。夢とかなんかの間違いじゃないかぁ。そっかぁ。

思わず、私もげんなりとした。

 

「それで!龍の頸の玉を出して欲しいのだけど!」

 

「輝夜」

 

目をキラキラとさせて、私を見る輝夜を永琳が制止する。

 

「なによ?」

 

「昨日からウギンさんに無理難題を押し付けてばかりでしょう。

 ずっとご迷惑をおかけして、お疲れになっているはずです。

 私からもお礼をさせて頂きたいのですが。

 ――いいですね?」

 

無理難題をふっかけていた自覚はあったのか。

輝夜は、うぐっ、と言葉を詰まらせた。

永琳は言葉を続ける。

 

「それでは、ウギンさん。

 少し私に付いてきて来て貰えますか?

 夜の内に用意を済ませておきましたので」

 

そう言うと、永琳は宙に浮かぶ。

わあ、お礼かぁ。どんなお礼だろー、楽しみだなぁフフフ。

 

『私達と分断させるつもりですね、大丈夫ですか?』

 

お礼はお礼でも、お礼参りだった。まあ、そうだろうな。

輝夜の前で私を殺害する訳にはいかないのだろう。

離れた場所で私を殺すつもりか。

 

チラリ、私の方を見る射命丸に。大丈夫だ。と目で合図をする。

ああ、いや。考えていることが分かるのだから。合図をする必要はなかったか。

ならばこう思うとしようか。

 

大丈夫だ、問題ない。

 

ネタが通じなかったのか。射命丸はこてん、と首を傾げたが、

その後に頷いた。

そこはちょっとでも笑うかして欲しかったがまあ良いか。

 

「今、行く」

 

そう言って。私は翼を広げて、永琳の後を付いていった。

 

 

【移動中……】

 

永琳が降り立ったのは、迷いの竹林。その中心部に近い場所だった。

永遠亭とは随分と離れている。

なるほど、これならば確かに、助けは望めないだろうし、

輝夜に見つかるのも時間がかかるだろう。

人目に付きづらいのも、また利点か。

 

「さて、それでは――」

 

「それで、事故死。毒殺。刺殺――。

 どうやって私を殺すのかは、決まったのか?」

 

ため息を吐きながら、私は永琳に問いかけた。

果たして、彼女からの反応は見られなかった。

だが、彼女から感じられる雰囲気。それはガラリと変わった。

温厚なそれから、ギトギトした殺意へと。

 

「――気付いていたのね?

 聞かせて貰っても良い?いつから気付いてたの?」

 

「偶然だ。

 こちらからも聞かせて貰っても良いか?

 考え直して貰えないだろうか。」

 

「無理ね。

 貴方、不老不死を殺す事が出来るでしょう?」

 

「恐らく、出来ないことはない。試したことはないが」

 

「なるほどね」

 

思わず、私は顔をしかめた。

しまったな、馬鹿正直に言い過ぎた。

これでは和解は絶望的だろう。

 

ピリピリと肌に感じる感覚。

殺意と、警戒とが入り混じった、不快な感覚だった。

 

永琳から動く様子は見られない。

ただ、どこから取り出したのか、弓と矢を手に持っていた。

 

ふむ、向こうから動く気配がないのなら

その間。思案させてもらうとしようか。

 

無色マナから出来る手札破壊。

言い換えれば、思考の一部を奪いとる手段。

これは、私が思い浮かぶ限り、二通りの方法があった。

 

一つが「難題の予見者/Thought-Knot Seer」

相手の手札を見てから手札を破壊するという方法。

 

なるほど、これならば。永琳の殺意だけを狙って奪い取る事が出来るだろう。

問題は、これがエルドラージ(Eldrazi)だという事。

 

エルドラージというのは、確か、クトゥルフ神話をモチーフとしていたはずだ。

そして、強大過ぎるエルドラージは次元を滅茶苦茶にしてしまうということ。

 

私が持っている知識はこれだけだが、それだけでもこれを唱えるに躊躇するには充分過ぎた。

クトゥルフ神話をモチーフとしている以上、何が起きるか分からない。

幻想郷というこの魅力的な次元を壊すのは、あまりにも忍びなかった。

 

もう一つが「グリセルブランドの巻物/Scroll of Griselbrand」だ。

これは、これ自身を生贄にすることで相手の手札を破壊するというものだが。

問題は、捨てるカードを選ぶのは相手だということ。

つまりは、殺意だけを狙って取り除く事が不可能だということだ。

 

最悪の場合、永琳を再起不能の白痴にしてしまう事が考えられる。

いや、そもそも永琳の知識や思考がどれほどのものか分からないのだから、必要なマナの数すら分からない。

 

はあ。とため息を吐いた。

どちらも問題があり、どちらも解決策としては最低のものだ。

 

「……」

 

「……」

 

そして、両者とも動く気配は見られない。

戦況は完全に膠着していた。

さて、どうしたものか。

 

ああ、いや。

一つ。良いことを思いついた。

 

「ッ!」

 

突然、動き出した私に、永琳は持っていた弓に矢をつがえた。

いつでも矢を射る事が出来るように、私を狙っているが、私は特段それを気にする気はない。

地面に座り込むと、永琳の前に手を置き、頭を下げた。

いわゆる、土下座を、私はした。

 

「……どういうつもり?」

 

「一時休戦としないか?永琳」

 

頭を下げたまま、私は続ける。

 

「私は、確かに不老不死を殺す事が出来るだろう。

 だが、それをするつもりはないし、これからもするつもりはない」

 

「……その言葉を信じろ、と?」

 

「信用も信頼もして貰わなくても良い。ただの取引と取ってもらっていい。

 今、私を殺す事を見逃がして欲しい、というだけだ」

 

この次元を滅茶苦茶にするくらいなら。

目の前の永琳を白痴にするくらいなら。

私の威厳など実に小さなものだ。

そもそも、私に威厳などあっただろうか?

最近は射命丸にMoxを奪われてばかりのこの私に。

であるならば、私の頭を下げるのにさしたる敬遠の気持ちもない。

 

果たして、暫くの静寂が私達を包んだのち。

カチャリ、と音がした。

 

「はあ……。顔を上げてください。ウギンさん」

 

言われた通りに顔を上げると、そこには

弓矢を下した永琳の姿。

 

「散々警戒していたのに、こっちの方が馬鹿みたい。

 良いです。一時休戦としましょうか。

 輝夜も待っていることでしょうし」

 

「すまない」

 

「謝らなくて良いです。

 もし輝夜を害するのなら、その時こそ――」

 

その言葉を続けようとして。

がさり、と近くから物音がした。

見れば、そこに居たのは。

 

 

「……輝夜、どうしてここに」

 

 

「……永琳」

 

輝夜の姿。

どうして輝夜がここに居るのだろうか。

ふと、視線を外せば、そこに居たのは射命丸の姿。

 

……射命丸め。全て輝夜に話したな?

思わず、顔をしかめた。

 

「あやややや、見事な土下座でしたよ?ウギンさん」

 

うるさい。

……暫くはこの土下座で弄られることだろう。

憂鬱だ。

 

向こうでは永琳と輝夜とが何かを話している。

が、まあ今は聞かない方が良いだろう。

雰囲気的に。

 

「ウーギーンー?

 どうしてそんな大事なこと黙ってたのー?」

 

今はそんな事よりも目の前のフランの機嫌を直すことの方が先のように思えた。

仲間はずれは嫌と言った矢先に、仲間はずれにされたのだ。

機嫌が悪くもなろうものだ。

 

はあ、なんと言い訳したものか。

私はため息を一つ、吐いた。

 



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忠誠度能力+23:貴方は和んでしまう

今回はだいぶ短めです。ごめんなさい。


ひと悶着あった後で、私達は再び永遠亭の前にまでやってきた。

永遠亭に、ではなくその前に、と言うのは例のごとく私の巨体のせいで永遠亭の中に入ることが出来ないからだ。

流石に何もしないと宣言した後に、永遠亭を破壊してお邪魔する度胸は私にはなかった。

 

「うちの永琳が迷惑をかけたわね」

 

そんな事を言う輝夜。

顔にはくすくすとした笑顔があった。

昨日のお返しだ、と言わんばかりにそう言う辺り。

彼女は相当に良い性格をしているようだ。

 

「……すみません。ですが」

 

「ええ。分かっているわよ。

 ウギン、貴方。私を殺せるんですってね」

 

少し落ち込んだような永琳に、

なんでもない事のように言う輝夜。

 

瞬間。私の脳裏に妹紅の言葉がよぎった。

――何さ。アンタ。私を殺してくれるっての?

ほんの少しだけ、希望のあったその目。

まるで自分を殺せる者を望んでいたようなその言葉。

 

不老不死を持つものは、ひょっとして死にたがりなのだろうか。

けれども。

 

「恐らくは、出来るだろう。

 だが、そこに居る永琳にも言った通り、それをするつもりはない」

 

「ええ、約束していたものね」

 

「そうだな」

 

永琳と約束した通り。私はそれをするつもりはないし。

恐らく、それをする機会は永遠に訪れない事だろう。

じゃあ。と輝夜は口を開いた。

 

「じゃあ、貴方に難題。

 それで本当に私を殺せるのか。私にそれが有効なのか。

 私以外を使って試してみて?」

 

「輝夜」

 

瞬間、永琳が口をはさんだ。

輝夜を危惧しての事だろう。

もしも、それに巻き込まれたらどうするのか。

もしも、私が約束を守らなかったらどうするのか。

思考を読むことが出来なくとも。そのくらいは私にも分かった。

 

「なるほど、難題だな」

 

「あら、出来ないの?」

 

「ああ。少なくとも、私には出来ないだろうな」

 

まるで分かっていたように。輝夜はくつくつと笑いを漏らした。

ホッと、息を吐いた永琳を見て、笑みを更に深くした。

随分と意地悪な姫な事だ。出来ないと分かっていることをさせようとするなど。

 

実際、不死を持つ無色のカードを、私は知らない。

無限不死に出来る無色のカードを、私は知らない。

だから出せないのだが。

 

「まあ良いわ。

 それで、龍の頸の玉を出して頂戴」

 

コロっと態度を一変させて。輝夜はそう言った。

そう言えば、昨日はそんな事を言っていたな、と私は思い出す。

 

「たぶん、違うとは思うぞ。

 だから、あまり期待はするな」

 

一応の予防線を引いて。

私は輝夜の前に手のひらを出した。

 

「彩色の宝球/Chromatic Sphere」

 

そう唱えれば、当然のことのように「彩色の宝球」は姿を現した。

5色に光る、宝球。

果たして、輝夜の反応は――劇的だった。

 

 

「これよ!!!」

 

 

私が制止する隙をも与えず、輝夜は「彩色の宝球」を奪い取ると、

手の中で大事そうに抱え込んだ。

 

「龍の頸の玉!!

 それも龍が直々に出したなんて!!」

 

歓喜のあまり、顔はふにゃふにゃと緩んでいる。

 

「輝夜、はしたないわよ」

 

「ええ!分かっているわ!!

 でもしょうがないじゃない!しょうがないじゃない!!」

 

子供の様に、飛び跳ねて喜ぶ輝夜の姿。

私はその姿に、どこか既視感を感じた。

 

――ああ、なるほど。

好きなカードが再録された時の自分の姿と似ているのだ。

確かに、それは嬉しいだろう。分かる。分かるよ。

 

ただ

「仏の御石の鉢」

「火鼠の皮衣」

「燕の子安貝」

これらに関しては全く検討もつかなかった。

 

その時の輝夜の姿は、まるで再録を期待していたカードが再録されなかった時の自分の様だった。

対抗色フェッチとか。またスタンダードで刷られないかなぁ。

なんて、どうでも良いことを私は考えていたりもした。

 

ひとしきり、輝夜は龍の頸の玉(彩色の宝球である)を手の中で遊ばせていると。

思い出したかのように、不意に言い出した。

 

「そうそう。

 実は、私と同じ不老不死に妹紅って奴がいるんだけど」

 

「知っている」

 

「あらそう。だったら手っ取り早いわ。

 そいつ、殺して欲しいんだけど」

 

笑みを深くして。輝夜はそう言った。

まるで、邪魔者がようやく居なくなるような、邪悪な笑みだった。

 

ああ、なるほど。だが、駄目だな。

 

「駄目だ」

 

「あら、どうして?」

 

心底不思議そうな顔をして、そう言った。

コロコロと変わる表情に、私は和んでいた。

気が緩んでいた。

 

だからこそか、それを言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、取返しがつかないからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。辺りが静まり返った。

辺りには静寂と、ごくり、と唾を飲むような音。

それと、草木がさあさあと擦れる音だけが聞こえていた。

そして。

 

「ぷっ、くくく!!」

 

「あははは!!」

 

辺りは笑いの渦に飲まれた。

はて、私は何か可笑しなことを言っただろうか。

首を傾げると、永琳はくすくすと笑いながら。

 

「可笑しな事を言うのね。まるでそれ以外ならどうにでも出来るみたいな!」

 

「殺しちゃったら全部取返しがつかないのは当たり前のことじゃない。あはは!」

 

輝夜は腹を抱えて笑っているし、フランは素直にけらけらと笑っていた。

永琳でさえ、口元を抑えて身体を震わせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、射命丸だけは――笑っていなかった。

 



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忠誠度能力+24:貴方は宴会をする

例えば、「屍賊の死のマント/Nim Deathmantle」という装備品がある。

これを装備した者を強化し、ゾンビにするという装備品だ。

これを装備した者が死亡したとしても、マナさえあれば復活できる。

 

例えば、「婆カカシ/Scarecrone」というクリーチャーがいる。

これをマナを支払って起動すれば、死亡したアーティファクト・クリーチャーを復活させることができる。

 

例えば、「コジレックの職工/Artisan of Kozilek」というクリーチャーがいる。

これを唱えたのなら、死亡したクリーチャーを復活させることが出来る。

 

だが、追放除去だけは、駄目だ。

復活させる手段が、無色には皆無だ。

少なくとも、私の知る限りは。

 

その思考を読んだのだろうか。

ウルザの眼鏡をかけた射命丸は、皆が笑う中、決して笑うことはなかった。

 

「どうにも、常識外れと言うか。なんというか」

 

珍しく射命丸がため息を吐いた。

 

「死者の蘇生とはまた、厄ネタですねぇ」

 

私にだけ聞こえるように。彼女は言った。

事実、厄ネタであることには間違いないだろう。

 

マナさえあれば、私は死者の蘇生をすることが出来る。

マナすらなくとも、私は機械の大軍を創造することが出来る。

ほんの僅かなマナさえあれば、巨大な機械兵器を創造することが出来る。

何もかもを無視しても良いのなら――恐らくは、世界を破壊することが出来る。

 

「本当、厄ネタ。厄ネタですねぇ。

 ここまで出来るのに、やることは観光というのは、なんとも」

 

「そう言うな、射命丸。私は見聞を深める為にだな」

 

「そこは譲らないのですね。全く、頑固というかなんというか」

 

だって格好悪いだろう?

そう私が思えば、射命丸は呆れたような顔をした。

やがて、ウルザの眼鏡を顔から取ると、懐に仕舞う。

 

「どうにも、この眼鏡は私が扱うには、大変危険な物のようです。

 ここぞ、という時にだけ使うとしましょうか」

 

そうなのか。特段危険なアーティファクトではないのだが。

精々が相手の思考を読むことが出来るだけだ。

 

「あやややや、ウギンさんの常識に合わせていると感覚が狂ってしまいますよ」

 

再び呆れた顔をして、射命丸はため息を吐いた。

いつもとは逆の立場だからだろうか。調子が狂うな。

そうこうしていると、輝夜が私の前までやってきた。

 

「さて、そう言えばなのだけれど。

 貴方、不老不死に会いに来た以外に何をしに来たの?」

 

あっ。

 

そう言えば言ってなかった。

射命丸を見ると同じような事を思っていたのか。

あっ、って顔をしていた。そうだな、そういう顔になるよな。

 

「見聞を深める為に――」「観光ですね」「遠足よ」

 

言葉を遮られた。

うん、観光と遠足。修学旅行かな?

 

「あら、そうなの?だったら歓迎するわ。

 ……屋外でだけど」

 

私の姿を見て、申し訳なさそうな顔になる輝夜と永琳。

そうだね、この巨体だとそうなるよね。

 

「その代わり、お料理とか。お酒とかを用意させて貰うわ」

 

「宴会ですね!」「宴会だー!」

 

ガッツポーズをする射命丸とフラン。

私は、この巨体だ。ガッツポーズする訳にはいかないが。

そっとサムズアップした。

 

「宴会か」

 

「あら、そういえばウギン。

 貴方、お酒とか出せないの?」

 

こてん、と首を傾げる輝夜。

永琳も興味があるようだ。輝夜と一緒になって私を見ている。

お酒、お酒かぁ。

 

「酒となるとあまり無いな。薬ならそれなりにあるのだが」

 

「!!へえ、そうなの!」

 

意外なことに、永琳が食いついた。思わぬ事に身体がビクッとした。

永琳は私にぐいぐいと近付く。ちょっと近い。

 

「例えばどんなものがあるの!?」

 

「そうだな……。直接出した方が良いか。

 不死の霊薬/Elixir of Immortality

 薬草の湿布/Herbal Poultice

 万能薬/Panacea」

 

気付けば私の手元まで近付いていた彼女。

手のひらに出現した薬の数々に瞳を輝かせて。

 

「ちょっと貰うわね!!?」

 

私が止める暇もなく全て奪われた。

あっ、なるほど?永琳もそういうタイプです?

ちょっとまともそうだと思ったのに。

……いや、よくよく考えてみれば初見でいきなり殺しに来る辺りまともとは遠かったか。

 

「あらあら、永琳たら張り切っちゃって……」

 

お上品に口元を隠してそんな事を言っている輝夜。

実は笑っているでしょ貴方。声色で分かるからね?

 

さて、これで保有マナはたった1マナになってしまった。

こうなると出来る事は限られてしまうのだが。

 

「そう言えば、なんですけど」

 

不意に、射命丸が手を挙げた。

なんだろうか。また金品が欲しくなったか射命丸。

 

「永琳さんが行ってしまったんですが、誰が宴会の用意をするんですか?」

 

「あっ」「あっ」「あっ」

 

声が三つ重なったような気がした。

 

 

【暫くして……】

 

 

「ひ~ん、それでどうして私が駆り出されるんですかあ~」

 

「仕方がないじゃない。貴方以外誰も手が空いてないのよ」

 

うどんげが宴会のあちこちを走り回る姿があった。

 

「うどんげさ~ん!お酒が足りませんよ~!」

 

「いえ~い!お酒が足りませんよ~!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!!今すぐ取ってくるから!!」

 

酔っぱらい二人が次々と酒を飲み干していく。

そういえばフランは酒は飲んでも大丈夫なんだろうか。

いや、大丈夫なんだろうな。多分。吸血鬼は見た目は関係ないってレミリアが言ってたし。

 

「そういえば、永琳はどうしたんだ?」

 

「さあ?さっきから永遠亭の奥に行って帰ってこないわね」

 

その脇で、私と輝夜がのんびりと宴会の様子を見届けていた。

 

「ウギンさんも!手伝って下さいよ!」

 

「永遠亭がぶち壊れても良いなら良いが」

 

「畜生!そうだったわ!!」

 

よほど忙しいのだろうか。うどんげがそんな世迷い事を言って来たのでこちらも言い返した。

時折「師匠!早く帰ってきてください~!」などと言っているが、帰ってくる気配は見られない。

はて、何が永琳の琴線に触れたのだろう。

疑問に思って輝夜に聞いてみれば。

 

「不死の霊薬」と「万能薬」

恐らくは、これらに夢中になっているのではないか。とのこと。

 

なるほど、確かに永遠亭は薬屋だ。

薬を扱うのであれば、確かにこの二つは魅力的に思えることだろう。

実際はまるで効能が違うのだから、まさに詐欺と言って然るべきか。

 

「後からが怖いな」

 

「あら、やっぱりあれって偽物だったの?」

 

「名前からしてみれば。詐欺そのものだろうな」

 

「うふふ、だったら永琳はありもしない効能を確かめてみてるのかもね」

 

両者とも、くつくつと笑いながら、宴会の風景を眺める。

 

「うどんげさ~ん!!料理が足りませんよ~!」

 

「料理が足りませんよ~!」

 

「ええい!!ちょっとは加減してよね!!

 もう少しで出来るからちょっと待ってて!

 

 え~ん!ししょ~!!」

 

宴会場にはウサギの泣き声が響いていたという。

 



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忠誠度能力+25:貴方とこれからと

忠誠度+25という事と
基本セット2021プレリリース日という事で
私もプチ宴会をしながら書きました。
酔っぱらって読みづらかったらごめんなさい。


話をした。

 

射命丸とフランが宴会に夢中になっている間、

暇になった私は、輝夜と色々な話をした。

 

生み出せるMoxの数々の事。

ネタとしか思えないような、クーポン券の事。

いくらでも生み出す事の出来る、機械の大軍の事。

知識にある、未だ試した事のないカード群の事。

 

本当に、色々な話をした。

元々好きなMTGの話をして、それに食いつく輝夜の姿。

時にはケラケラと笑い。時には神妙な顔をして。時には驚いた様な顔をした。

 

輝夜は、まさしく聞き上手だった。

話をしている間。私は飽きる事が無かった。

私は心から楽しみながら、話をしていた。

 

「ねえ、ウギン」

 

不意に、輝夜は私の方に顔を向けた。

整った顔立ちは、少し前に思った様に、人間であった頃だったら見惚れていただろう。

さて、それでは、ウギンとなってしまった今はどうなのか。

少しだけ、精神が変わってしまった実感は、確かにある。

だが、雌のドラゴンに発情する様な特殊性癖に目覚めた感覚は全くない。

というか、そんなウギンを私は見たくはない。

 

「色々な事を話してくれたお礼に。今から真面目な話をするわ」

 

姿勢を正して。輝夜はそう言った。

対する私は、自然体のままだ。

 

「貴方は、色んな事が出来る。

 貴方は、誰も知らない様な知識がある。

 貴方には、――力がある」

 

最後の一言だけ、輝夜は少しだけ溜めた。

――そう、今の私には、力がある。

その気になれば、世界を滅茶苦茶にしてしまう程の力が、ある。

 

「貴方がこれからどこに行くのか。何をするのか。

 それは誰にも分からないわ。

 でも、これだけは。私に教えて欲しいの」

 

真剣な表情だった。

これまで見た事のないくらい、真剣な表情だった。

 

「ねえ、ウギン。

 貴方は、何の為に、その力を使うの?」

 

「……何の為に?」

 

思わず、私は聞き返した。

これまで行き当たりばったりで生きてきた私にとって、それは考えたこともないような事だった。

 

「自分自身の為?

 悪を滅ぼす為?

 ここの平和の為?

 自分を貫く為?

 それとも――」

 

ごくり。唾をのみ込んだような音がした。

 

「この世界を変えてしまう為?」

 

輝夜は、じぃっと私の目を見てそう言った。

真っ直ぐとした目だった。綺麗な目だった。

 

私は思案する。

この力を得てからというもの、私は行き当たりばったりで生きてきた。

 

射命丸と出会った時もそうだった。思い付きでMoxを出した。

諏訪子と出会った。この身体になって初めて感じた痛みに、躊躇した。

神奈子と早苗と出会った。欲深さに舌を巻いた。

チルノと大妖精と出会った。龍を見ても驚かない事に逆に驚いた。

紅魔館に訪れた。破壊した後で再生した。

フランと出会った。背筋を伝わる冷や汗と恐怖に、もう駄目かと思った。

レミリアと出会った。何度も怒られ、説教をされた。

パチュリーと出会った。知識の貪欲さに、思わずげんなりとした。

霊夢と魔理沙と出会った。どちらも面白い子だった。

慧音と妹紅に出会った。多人数で襲われ、かなり危ない所だった。

うどんげと出会った。ドクペを買ってもらった。美味しかった。

輝夜と出会った。キャイキャイと喜ぶ姿は、今とはまるで別人だった。

永琳と出会った。あわや殺されるかと思った。

 

そこまで考えた所で、ふと。思い至った。

これまでは、運が良かっただけなのだと。

 

どの出会いでも、失敗する未来があった。

どうしようもなく敵対して、相手を害してしまうような未来もあった。

もしかしたら、自分が死んでしまうような未来があった。

そうならなかったのは、運が良かっただけなのだ。

 

「ああ、なるほどな」

 

そう。なんとなくで生きているには。この力は強大過ぎるのだ。

何故この力を振るうのか、意味を持たなければいけない時が来たのだ。

何も目的を持たずに済む期間は、終わってしまったのだ。

 

「ウギン。目的を持ちなさい。観光でも、遠足でもない。貴方だけの目的を」

 

再び、私は思案する。

目的。目的か。

かつての私は、ニコル・ボーラスに怯えていた。

その為に、味方を作ろうとした。

ならば、私の味方を作る為だけにこの力を使うべきなのだろうか。

――いや。それは何か違うような気がした。

さて、では何を目的に据えるべきなのだろうか。

 

そこまで熟慮した所で。ふと、思い至った。

ああ、そうか。なんだ、簡単な事じゃないか。

 

私は、輝夜に身体を向けた。

かつて、カードで知っていたウギンがそうであるように。

尊大で、優雅で、格好良い姿で。姿勢を正した。

 

「かつて、射命丸が私に聞いてきたんだよ。

 『貴方は、何をしたいんですか?』とな。

 

 その時の私はこう言った。

 『私は、自由でありたい。

  何にも縛られず。邪魔されず。

  様々な場所を見て回りたい』、と」

 

「ならば、貴方は自由の為に力を使うの?」

 

真っ直ぐ、目を見る輝夜。

その目に動揺は見られない。

が、僅かに空気が強張ったような雰囲気を感じた。

 

「本当は、そうなのかも知れない。――だが」

 

私は、射命丸とフランの方へと顔を向けた。

そこには、ようやく宴会が終わったのか。

でろんでろんに酔っぱらった二人の姿。

辺りには、空き瓶やゴミが散乱していた。

その光景に思わず、頬が緩んだ。

 

「自由になるには、些か仲間が増え過ぎた。

 縛られる枷が、増え過ぎてしまったのだ」

 

「……」

 

辺りの空気が、重くなる。

けれども、輝夜の目は、変わらずに私の目だけを見ていた。

 

私は、言う。

 

「だが、枷を付けたままの状態というものも、存外悪くはない物だ。

 

 だから、暫くはこの枷を付けた、偽りの自由を楽しみたいと思う。

 だから、この枷の為に力を振るおう。この枷を守る為に、力を振るおう」

 

「……そう」

 

先程までの空気の重さが、無かったかの様に霧散した。

 

「もし、貴方が本心から言わなかったら。

 偽りの言葉を投げかけていたら。

 私は、貴方の敵になる所だったわ」

 

「そうか、それなら私は、

 お前を殺さなければいけなかっただろうな」

 

私と輝夜の両者は、くつくつと笑いながら。

冗談ではない冗談を言い合った。

 

「あら、そうしたら永琳が許さないわね?」

 

「ああ、そうしたら私は永琳も殺さなければいけなかったな」

 

「そうしたなら、今度は」

 

「ああ、敵対する者全てを殺さなければいけなくなっていた」

 

ああ、まったく。危ない所だった。

一歩間違えれば本当にそうなっていた事だろう。

そして。

 

「そうなる事は、決して私の望む未来ではない。

 皆が私の敵になっていては、自由どころではない」

 

「ええ、そうね」

 

私と輝夜は、静かに笑い合った。

 

「さて、私の仲間達が起きたら。

 私はここから出ようと思う」

 

「あら、もう行くの?」

 

「ああ、うっかり敵対されては、たまったものではないからな」

 

「今度は何処に行ったのか。何処で何をしたのか。

 また会った時に教えて頂戴な」

 

「良いだろう。とっておきの土産話を持って帰ってこよう」

 

私は約束をして。再び酔っぱらい二人の方に顔を向けた。

二人は重なり合うようにして、眠っていた。

どうやら、出発するのは、まだまだ時間がかかりそうだった。

 



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忠誠度能力+26:貴方は装備品を作成する

さて。輝夜の前でああ言った手前。

私は、仲間である射命丸とフランの安全を第一に考えるようになった。

 

「囁き絹の外套/Whispersilk Cloak

 外套と短剣/Cloak and Dagger」

 

その為の第一歩として、先ず私は彼女達に装備品を渡す事にした。

見慣れぬ物体に、パチクリと物珍しそうに目をしばたたかせる彼女達。

ついでに後ろに居た輝夜と永琳とうどんげも興味深そうにそれを見ていた。

 

「その外套は、片方は自分のパワーを上げるものだ。

 そしてもう片方は、ブロックされなくなるものだ」

 

私の説明が不十分だったのだろう。

彼女達は揃って首を傾げた。

まあ、身に着けてみれば分かる。私がそう言うと。

 

射命丸は囁き絹の外套をその身にすっぽりと被り。

フランは外套と短剣とを装備した。

ここで私は少しだけ驚いた。

装備するのにマナが要らないのか。それは知らなかった。

 

「あやややや?――なるほど。これは便利ですねぇ……」

 

「うーん?――ああ!なんかちょっと強くなった感じがする!」

 

装備したのも束の間。彼女達は直観的にそれの効果に気付いたのか。納得したような声をあげた。

ふむ、どのように変わったのか。興味がある。

 

「射命丸、フラン。どのように変わった気がする?」

 

「えっとね!なんかドッカーン!って感じに力が強くなった感じ!」

 

「……ええと、多分。今なら誰にも邪魔されずに動く事が出来る気がします」

 

フランの感覚的な感想はともかく。

射命丸のそれは、少しだけ私に驚愕を与えた。

ブロックされない、というのはそういう風に反映されるのか。

 

「ふむ、試してみるか。

 羽ばたき飛行機械/Ornithopter。

 羽ばたき飛行機械/Ornithopter。

 羽ばたき飛行機械/Ornithopter。

 ――私を守れ。

 そして……Mox Ruby

 射命丸。もしもそれが本当なら、このMoxを取ってみろ」

 

「――はい、頂きましたよ?」

 

果たして、全て言い終わるのが早いか。遅いか。

射命丸の姿は一瞬で消え。私の手の中にあったMoxを奪い取っていた。

私を守っていたはずの羽ばたき飛行機械達は何の役にも立てなかった。

なるほど。これは強力だな。なんて簡単に私は思った。

 

さて、次はフランの番だ。

 

「フラン。この羽ばたき飛行機械達を撃ち落として見せろ」

 

「うん!えいっ!!」

 

元気の良い声をあげて。手の中から発射されたのは、大きな。大きな光弾。

軽く私の身体の半分はあるであろうそれは、三体の羽ばたき飛行機械達に接触すると。

ドンッッ!!と破裂するような音とともに、爆発した。

果たして、羽ばたき飛行機械は――跡形もなく吹き飛んでいた。

 

軽く耳鳴りがする程の破裂音に、思わず耳を押さえたい衝動に駆られたが。

私はそれよりも今の光弾の威力がパワーを+2足されたものなのか。と一人考えていた。

パワーを+2足されただけでこれなのだ。

私の知識にある、様々なパワーを上げるアーティファクトの数々。

これらを安易に創り出すのは危険か。と一人思っていたりもした。

 

「ね!ドッカーンって!凄いでしょ!!」

 

「ええ、凄いですねぇ……弾幕ごっこだったら死人が出ますよこれ」

 

あんぐりとした表情をした射命丸に、まあ、そうだな。と返すと。

 

「まあ、私も人の事言えませんけど。

 これじゃ相手の弾幕に邪魔されずに近づけてしまいますね」

 

「遊びになりません」と、ため息一つ吐いた。

 

とは言え。これらの効果は副次的なものだ。

「囁き絹の外套」

「外套と短剣」

これら装備品に共通する、効果はただ一つだけ。

 

 

 

「射命丸にフラン。この装備品を身に着けている限り。お前達は全ての能力の対象にならない」

 

 

「は?」と最初に声をあげたのは誰だったのか。

射命丸だったのか永琳だったのか。それとも全員だったのか。それは分からなかった。

 

「……ウギン、分かってたけど貴方。過保護過ぎるでしょう?」

 

「そうか?」

 

輝夜はため息交じりにそう言ったが、私は首を傾げた。

クリーチャーの安全を第一に考えるのならば、呪禁や被覆は付けなければならないだろう。

それは当然の事だし、当たり前にしか思えないのだが。

少なくともMTGプレイヤーならそうするだろう。

過保護と言うのは、そこにさらに破壊不能を付けたり、さらにプロテクションを付けたりする行為だ。

この程度なら、まだまだ常識の範囲内だと思うのだが。

 

「??

 これってそんなに凄いの?」

 

「ええと、そうね。簡単に言うとウチのうどんげに対しては無敵になったわ」

 

フランは私と同じように首を傾げていた。

輝夜は懇切丁寧にその装備品の効力について分かりやすく説明していた。

なるほど、確かに狂気を操る能力は対象を取ることだろう。

であるならば、被覆を持ったフランには能力は効かない。

 

「ひ、姫様!能力が封じられても私にはまだ弾幕が!」

 

「あの光弾の威力の前では無理よ」

 

「そ、そんなー!?」

 

悲鳴をあげるうどんげ。

何となく分かったような分からないような顔をしているフラン。

何となく分かったであろう射命丸は「あやややや」と言いながら震えていた。

 

「も、もしかしなくても。

 これって凄いものなんじゃ……?」

 

「そんな事はないんだがなぁ」

 

射命丸がそう言う中、私は思案する。

本当の本当に私が射命丸とフランとを守るのに全力ならば。

 

火と氷の剣/Sword of Fire and Ice

光と影の剣/Sword of Light and Shadow

肉体と精神の剣/Sword of Body and Mind

饗宴と飢餓の剣/Sword of Feast and Famine

戦争と平和の剣/Sword of War and Peace

 

のうち、どれか4本は必ず装備させ続けた事だろう。

そうしなかったのは、偏にやり過ぎだろうという一般常識によるものだし。

それをするにはマナが足りなかったというものもある。

 

要は私は「最低限は守る」というだけの装備を創っただけに他ならない。

射命丸はともかくとして。

フランが悪い影響を受けて、私にねだってくるようになるのは、ちょっと困る。

射命丸はともかく。

 

さて、装備品は整った。

となると次は何処に行こうか。

 

そう思った瞬間の事だった。

私の身に不快な感覚が襲った。

それは、いつしか感じた不快感と全く同じものであった。

単純に気分が悪いような。

あるいは違和感を感じるような。誰かから見られているような。

 

「――月に行ってみてはいかがでしょうか?」

 

その不快感が頂点に達した時。

目の前に、八雲 紫が現れた。

 



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忠誠度能力+27:貴方はラーメンが食べたい

目の前に夜食のラーメンを置きながら書きました。
急いで書いたので色々と間違っているかも。


ところで、君は月面旅行をしたことがあるだろうか。

きっとないはずだ。私だってない。

もし仮に月面旅行をしたことがある。という奴がいるのなら

それはソイツの頭がおかしいのか。それとも名の知れた宇宙飛行士のどちらかだ。

 

「月に行けばいいじゃないか」そう言い切った目の前の

八雲 紫は、果たして、どちらにあたる事だろうか。

私は前者と考えた。つまり、紫はちょっと頭がおかしいのだと思ったのだ。

 

「あやややや、お次は月ですか!」

 

「月かー!私は行ったことがないなぁ……行きたい!」

 

射命丸、フランは乗り気だ。

こんな頭のおかしい奴の提案に乗る気なのか。

ちょっと仲間の将来について思わず考えてしまう。

怪しい詐欺師に付いて行ったりはしないだろうか。おばちゃん心配だよ。

大体、そもそもの話、どうやって行けと言うのだろう。飛べと言うのか。

無理だ。無理だろう。そんな事は不可能だろう。

 

思わずため息を吐こうとして。顔をしかめた。

そう言えば、紫が現れる前に感じた不快感。

実は今もそれは続いていた。

まるで誰かに見られているような違和感。

同じことが二度も続けば何となく察した。

原因はこの頭のおかしい八雲 紫とかいう詐欺師の仕業だろう。と。

 

「不快だ」

 

「ッ……申し訳ございません」

 

ちょっと本当に止めて欲しい。

ウギンの格好で吐くとか。ちょっと情けなさ過ぎて泣けてくる。だからちょっと気を付けてね。

そんな軽い気持ちで言ったのだが、彼女はびくりと身体を震わせて謝ってきた。

 

……いや、なんかごめん。そんな怒ってないよ?

精々がラーメンに指を突っ込まれて出されて「えぇ……」ってなった程度の不快さだ。

ラーメンは何も悪くないし。店員もそこまで謝るほどのことじゃない。それにしてもラーメンが食べたい。最近は食べてないな。どうせならガッツリと油っぽいラーメンを食べたい。それで次の日にお腹がもたれて後悔することになるのだが、それでも食べたい。そう言えば、君はラーメンの味は何味がお好きだろうか?私は醤油でも味噌でも豚骨でも塩でもなんでも好きだ。ラーメンは素晴らしい、本当に素晴らしい食文化だと思う。特に麺をすする過程でスープが付いてくるのは天才だと言わざるを得ない。おまけにトッピングだ。私はメンマが大好きだ。あの食感がたまらなく好きだ。ほうれん草も好きだ。しなしなとしなびたそれを口に含むだけで幸せになれる。忘れてはいけないのがチャーシューだ、これは革命だ。スープと麺で口飽きした所に肉厚のチャーシューをほおり込む。これほどの幸せを感じる機会は果たしてあるだろうか。ちょっと変わり種だが麩も良い。あれは素晴らしい。スープを吸ってしなしなになった頃に食べると幸せになれる。思わず火傷しそうになるが、あれがいいのだ。だがしかし、この体格になってしまった以上、ラーメンを再び食べる事は絶望的と言わざるを得ない。とても、とても悲しいことだ。

 

ふと、私は遠い目をして思考をラーメンに飛ばしていた。

その間。紫は何を思ったのか私に向き直っていた。

どうかしたのだろうか。今はラーメンが食べたいのだが、もしかして貰えるのだろうか。

 

「お詫びの品として、こちらを」

 

「これは」

 

紫が差し出したのは、盃だった。

丁度どんぶりサイズの盃だった。

まさか、本当にラーメンが食えるのか。ありがとう紫。詐欺師とか言ってしまって本当にごめん!

 

期待を胸に、盃を受け取ると。そこに満たされていたのは。

スープと麺ではなかった。

なんかよく分からんけど、もやのようなものが溜まっていた。

 

よくも……

よくも裏切ったなあああああ!!??

 

私は激怒した。ラーメンが食べたいと思っていたら目の前で「今日はスープが売り切れなんだ」と言われたくらいに激怒した。落胆した。希望なんてなかった。現実はクソッタレだった。

 

私が震えている間、紫は何か言っていた様だったが、耳に入らなかった。

曖昧に相槌を打つマシーンに、私はなっていた。

 

そうか。うん。そうだな。ええ。そうだろうな。

 

心なしか紫の表情は自慢げだった。ちょっと胸を張っていた。

射命丸とフランが何かに驚いているようだった。

けれど、私はラーメンが食べたかったのだ。

アツアツラーメンが食べたかったのだ。

脂ぎったラーメンが食べたかったのだ。

スッキリとした醤油のスープでも良かった。

アッサリとした塩のスープでも良かった。

ちぢれ麵でもよかった。ストレート麺でもよかった。

なんなら最悪カップ麺でも良かった。

こんなもやの出た盃が欲しかったのではなかった。

 

「ウギンさん。その月夜隠れの盃を置いてもらえますか?」

 

不意に、射命丸がそう言った。

月夜隠れの盃?はて、何の事だろうか。

 

「……その手に持っている盃です。地面にそっと置いて下さい」

 

さては話を聞いてませんでしたね?と射命丸は目でそう言った。

察しの良い奴だ。ラーメンの事を考えていた。と返したが、伝わらなかった。

 

「ええと!もう一度確認させてください!

 この月夜隠れの盃は、ウギンさんから貰った盃を改造した物で!

 これを使えば、月まで行けるんですね!」

 

原理は全く分かりませんでしたけど。と付け加えて。射命丸は説明口調でそう言った。

ああ、そういえば永遠溢れの盃を紫に渡していたな。と私は不意に思い出した。

あのX=0の何もしないアーティファクトがこうなるのか。凄い。凄いな。

 

「凄いな」

 

「えぇ!そうでしょう!」

 

紫は胸を張ってそう言った。

そうか。でも私は出来ればラーメンが良かった。

もう最悪カップ麺にお湯をかける前のもので良いからラーメンが食べたかったのだ。

 

「はいはいはい!

 じゃあさっさと行っちゃいましょうか!いざ月へ!」

 

「いざ月へー!れっつごー!」

 

「ああ」

 

そうして、不意に盃から出るもやの量が一気に増えた。

具体的には、私の顔に届くくらいまで増えた。

このもやが晴れたら月に着くのだろうか。

もう麺類だったらなんでもいい、月見うどんでもいいから食べたかった。

もやが全身を包み込み、意識が遠くなるその瞬間。私は思った。

 

 

果たして、ラーメンは月にあるのだろうか。と。

 




月夜隠れの盃は完全に適当に考えたオリジナルアイテムです。
ご都合主義ですね、ごめんなさい。
ラーメンがのびる前に書きたかったのです。
ラーメンは美味しかったです。


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忠誠度能力+28:貴方は一人になる

感想数が話数よりも多くなりました。
ここまで多くの方々に見られるとは思っていなかったので
ビックリです。

皆様誠にありがとうございます。


果たして、月夜隠れの盃は真価を発揮した。

私の目の前に広がるのは、白く、どこまでも広がる大地と、暗い空。

そして青く光る地球の姿が、そこにはあった。

 

思わず息を止めてしまった私を、誰が責めることが出来るだろうか。

なにせ、ここは月面なのだ。空気などあるはずがない。

 

やがて息を止める事が限界になった私はたまらず呼吸をしてしまう。

呼吸は、出来た。何故だ?と頭の中が疑問で埋まる。

だが、その疑問も次の瞬間にはどうでも良くなってしまった。

 

「……射命丸?フラン?」

 

射命丸とフランの姿が見当たらないのだ。

ついさっきまで一緒に居たというのに。

まさかとは思うが、分断されてしまったのだろうか。

そこまで考えた所で、一つ。原因に思い至った。

 

被覆か。

射命丸とフランは、今は被覆を得ている。

月夜隠れの盃がどのような存在かは分からないが、その効果は対象を選ぶのだろう。

被覆は自身にメリットをもたらす能力の対象にもならない。

恐らくは、そのせいだろう。

 

さて、一人は久しぶりだな。

なんてことを思っていると。

 

「ワォ!大きなドラゴンだ!」

 

不意に背後から声が聞こえた。

振り返れば、そこに居たのは

金髪ロングヘアーの少女だった。

玉が3つ付いた紫色に水玉の帽子を被り、首元にひだ襟の付いた不思議な服を着ていた。

 

はて。何故こんなところに少女が居るのだろうか。

思わず首を傾げて、そんなことを思った。

兎も角。自己紹介するとしようか。

 

「私の名は、ウギンだ」

 

「喋るの!?凄い凄い!

 あたいはクラウンピースだよ!」

 

ぶいっ、とピースサインをかかげて。クラウンピースは言った。

 

「ウギン!あたいのペットになってよ!!」

 

「駄目だな」

 

目をキラキラとさせてそんな事を言ったが。即答で断った。

「えー、ケチー!」と言われたが。それはしょうがない。

今は一人だが、彼女のペットになってしまって帰れなくなってしまうのは困る。

 

「じゃあ奴隷!」

 

さっきよりも待遇が悪くなった。

しまったな、ペットで妥協するべきだったか。

などと戯言を考えていると。

 

「クラウンピース。何をしているのよ」

 

「あ、ご主人様!」

 

クラウンピースよりも背の高い女性がどこからかやってきた。

赤髪で、長さは肩らへんまで伸ばしたセミロング。

白い文字で「Welcome Hell」と描かれた黒いTシャツを着ている。

スカートは濃い色の緑・赤・青の三色カラーの、

チェックが入ったミニスカートで裾部分に黒いフリルと小さなレースがついている。

頭には黄色か白の球体が乗っていて。他にも青と赤の球体が宙に浮いていた。

首には鎖がそれぞれ繋がっている。

 

ふむ。

 

「随分と、お洒落な恰好をしているな。似合っている」

 

「あ、あらそう?見る目があるわね。ありがとう」

 

今まで見た中でもお洒落に気を使っているのだろう彼女の姿。

お洒落というものにさして興味が無かった私だが、なんとなく分かる。分かった。

僅かに顔が紅潮した彼女は、ニコニコ笑顔だ。

 

「私の名前はヘカーティア・ラピスラズリ。

 貴方の名前は?」

 

「私の名はウギンだ」

 

「そう、ウギン。貴方さえ良ければ私の眷属にしてあげてもいいわよ」

 

「ラーメンは出るのか?」

 

「……らぁめん?よく分からないわね」

 

「駄目だな」

 

即答だった。

理由は前述した通りだったが、ペットや奴隷と比べれば幾段マシにも思えた。

ラーメンが出るなら考えても良かったが、出ないなら駄目だ。駄目駄目だ。

 

「……そう」

 

ヘカーティアは幾分か残念そうな表情をした。

表情は先程よりも暗い。心なしか頭の上の球体の輝きも先程よりも暗く思えた。

だが、ラーメンが出ないのだ。そこは妥協出来なかった。

しかし、だ。

 

「友人では駄目だろうか?」

 

「いいわ、それで妥協してあげる!」

 

まずは友達から始めませんか?

という気持ちでそんな事を言えば、ヘカーティアは満面の笑みでそれに応えた。

 

「新しいご友人様だー!!」

 

クラウンピースも喜んでいるのか両手をあげてバンザイしている。

ふむ、どうやらペットや奴隷からは脱却出来たようだった。

そこまで喜ばれると、こちらとしても喜ばしい気持ちになる。

ラーメンが出ないのが残念で仕方ない。

 

「ヘカーティア・ラピスラズリ」

 

「ヘカーティアで良いわ。どうしたの?」

 

「ここは月面で間違いないのだな?」

 

「そうね、その通りよ」

 

確認の為に、ヘカーティアにそう聞けば。その通りだと答えが返ってきた。

そうか。ここは本当に月面なのか。

地球から外に出てしまうとは。遠くまで来てしまったものだ、と思ってしまう。

 

そういえば、帰る時はどうすればいいのだろうか。

月夜隠れの盃は手元にはないのだが。

最悪、「次元橋/Planar Bridge」で移動を。

――いや。確かあれは無生物のみの移動に制限されていたような。

駄目だな。どうも記憶が定かではない。

もっとMTGのストーリーや小説や設定を読み込むべきだった。

遠くに見える地球を見ながら。はぁ、とため息一つ吐けば。

 

「ウギン、貴方もしかして地球から来たの?」

 

「そうだ」

 

「あら、そうなのね。元の場所に帰りたい?」

 

「出来るならな」

 

月に来る事に期待はあったとは言え、帰れないのでは意味がない。

元の場所に帰る事が出来るなら帰りたいが

目の前のヘカーティアにそれを期待するのは酷だろう。

 

「出来るわよ」

 

出来るのか。

思わず私はヘカーティアの方を向いた。

ヘカーティアは得意げな表情をすると。

 

「そのくらい女神の私には簡単な事よん。

 それでどうするの?今すぐ帰っちゃう?」

 

そんな事を言った。

存外、簡単に出来るのだな、地球間移動。

と、言うか、女神だったのか。ヘカーティア。

少し意外に思いながらも、少し思案する。

 

このまま帰っても良いが、だがしかし。それで良いのだろうか。

元の場所に帰る手段は出来た。

しかしこのまま直ぐに帰ってしまうのはあまりにも味気ない。

となれば久しぶりの一人で観光しても許されるのではないだろうか。

 

「ふむ、そうだな。

 どこか観光出来る所はあるか?」

 

「観光?観光ねぇ……」

 

ヘカーティアは困ったような顔をして思案している。

確かに、月面に見るべき観光場所は少ないだろう。

クレーターの紹介などされても困るし、変わった形の岩を紹介されても困る。

少し酷な事を聞いてしまっただろうか。などと思っていると。

 

「あ、良い事思いついたわよん」

 

ニヤリ、と顔を笑みに変えて。

ヘカーティアは言い出した。

 

「月の都って所があるんだけど。

 そこに私の友人と一緒に遊びに行って欲しいの。

 暇はしないと思うわ」

 

 



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忠誠度能力+29:Time Vault

早いものでもう30話です。
1話を投稿する際は完全に見切り発車だったので
ここまで来れたのは読者の皆様のおかげでございます。
誠にありがとうございます。

30話という事で記念のネタ回、という訳ではないのですが。
今回のピックアップカードは「Time Vault」
コストは無色2マナで、タップ状態で戦場に出て。
アンタップステップにもアンタップしないという変わったカードです。

これだけだと何の役にも立たないカードですね。
そしてその能力とは

(T):このターンに続いて追加の1ターンを行う。

(T):とはカードをタップすることを指します。
つまりタップするだけで追加のターンを得られるというとんでもカードなのです。
こわいですね。

ちょっとですが残酷な描写があると思います。
ご注意ください。


友人と遊びに行くのは楽しい事だろう。

だが、友人の友人と遊びに行くのは意外と楽しむことは難しいものだ。

そんなことを思いながら、私はヘカーティアの友人と一緒に月面を歩いていた。

 

会話はまるで無かった。

共通の話題が無いためか。それとも両者ともに特に会話する内容が無いためか。

気まずい。私はそう思い、はぁ、とため息一つ吐いた。

 

私の隣を歩くのは、純狐という女性。

金髪で、ウェーブのかかった長髪に黒のロングスカートを穿いている。

そしてその背後には7本の紫色の尻尾のようなものが生えている。

 

どう見ても普通の女性、とは思えなかった。

というか、彼女も女神と友人なのだ。

なにかとんでもない存在であるに違いないだろう。こわい。

同じく友人である私?

私は普通のプレインズウォーカーだ。こわくないよ。

 

「月の都だが」

 

不意に、純狐が話し出した。うおっ、なんだよ急に話すなよビックリするだろ。

ビビり過ぎだ。と思われるかもしれないが。

ちょっと普通じゃないと思われる純狐が急に自分からアクションを取ったのだ。

というかこいつ、さっきから殺気が半端じゃないのだ。(ギャグではない)

ビビりもしようものである。

 

「単に襲撃するだけでは、返り討ちにあうだろう。

 策を立てなければ、いけない。

 策を立てなければ、打ち勝てない。

 策を立てなければ、嫦娥を殺せない――!!

 

瞬間、爆発的に増加する殺気。

肌を覆う白銀の鱗がピリピリする程だ。

 

分かりやすく言おう。コーラの炭酸が喉を通る時、しゅわしゅわぴりぴりするだろう?

あれが今、私の全身を襲っている。こわいわー。こわいわこの子。

 

「策か、ないわけではない」

 

急に言われたから特に何も考えてなかったが。

何かあるような意味深な事を言ってみる。

そうでもしなければ殺意がこちらを向きそうでビビったからだ。

 

さて、そんな時はどうでも良いことを考えよう。

どうでもいいことだが、つい先ほど地球に居た時私は保有マナを使った。

だが、ここに来た瞬間からか。保有マナは無色8マナに戻っていた。

と、いうか。この大地からも数え切れないほど無数の無色マナを感じた。

荒地だからだろうか?よく分からない。

よく分からないが、ここに居る間は無色マナには不自由しないように感じた。

 

「なんだ、言ってみろ」

 

こちらを向く、純狐。

その視線はちょっとこちらを向くだけでピリッと来るくらいには強烈だ。

やっべー、ごめんなさい特に考えてませんでしたとか言って済まされる雰囲気じゃないよこれ。

どうしようか。雰囲気的に冗談じゃ済まされ無さそうだから、あれを使ってしまうか。

どうなるかは知らんけど。

 

「Time Vault」

 

瞬間。私達の前に現れる大きな機械。

その機会に囲まれるように。真ん中に核となるのであろう何かがある。

核には黄色く光るマナのような、なにか違うものが渦巻いていた。

本物を見るのは初めてだが、これは新規イラスト版の方か。

 

「からくりを作り出す能力か」

 

興味なさげにTime Vaultを眺める純狐。

うむむ、からくりとはちょっと違うなぁ。あれは別のカードであるし。

 

「少し違うな。

 多用途の鍵/Manifold Key

 多用途の鍵/Manifold Key

 多用途の鍵/Manifold Key」

 

唱えた瞬間。手のひらの中に現れた、小さな鍵。

通電式キー/Voltaic Keyのほぼ上位互換であるそれ。

効果は単純だ。起動すればアーティファクトをアンタップする。それだけだ。

 

「使ってみろ」

 

「む。分かった」

 

多用途の鍵を純狐に投げ渡し、それを受け取った純狐はTime Vaultの方へと歩いていく。

さて、Time Vaultと鍵とが揃った瞬間。投了するプレイヤーも居る程強力なコンボだが

現実ではどうなることか。実験もしていないからどうなるか想定も出来ない。

3ターンも追加すれば充分だと思うが。さて。

まあ、最悪純狐に謝ればいいだろう。命までは取られまい。

 

「ここで良いのか?」

 

Time Vaultの核の部分まで近付き、鍵を片手に純狐はそう言った。

 

「それで良い。

 起動しろ、多用途の鍵」

 

瞬間。かちゃり。と音がした気がした。

純狐の方を見れば、鍵を片手によく分からない様な顔をしていた。

 

「Time Vault。起動しろ。

 そして同手順でもう2回起動しろ」

 

瞬間。Time Vaultの核から

黄色く渦巻いていたそれが一瞬激しく発光した。

と思えば、それはまるで嘘だったかのように光は消えた。

 

「……は?」

 

我々の間に流れる、沈黙。

重い。重い沈黙だった。

 

「嘘を吐いたのか?」

 

瞬間。爆発する殺意。

思わず、謝ろうとして。その前に高速の光弾が私の身体に直撃した。

いたい。

 

【忠誠度:12→11】

 

「純化」

 

【忠誠度:11→0】

 

何かを言おうとする間もなく。

何かをする暇もなく。

私の身体から力が抜けていく。

痛みはなかった。

 

ただ。   眠かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【追加ターンを処理します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

先程と同じ場所で。

先程と同じ抑揚で。

先程と同じ言葉を。純狐は吐いた。

 

だが、その後の反応は劇的だった。

 

「私は、あの後……単身で月の都に突撃したはずだが……。

 まさか、お前」

 

純狐は身体を震わせると私の方を向いた。

じぃっと私の方を見る彼女。

私は何が何だか分からないが、とりあえず分かったようなフリをしていた。

 

「与えたはずの死の匂いが、ない。穢れが、ない。

 時間そのものををやり直したとでも言うのか……?」

 

どうやら私は一度殺されたらしい。

あの忠誠度が無くなる感覚と、眠くなる感覚を考えてみるに、だ。

 

ちょっとマジで勘弁してほしい。

どうやら追加ターンを得る、という行為は、

現実では時間をやり直すように処理されるようだが。

そうでもなければ死んでいたままだった。

そうでもなければここで終わってしまっていた。

 

それを考えてみれば、ちょっと反省して欲しかったのだ。

痛みもなく死ねたのは不幸中の幸いだったが、ちょっとあの感覚は二度と味わいたくない。

 

「言っただろう?策があると。

 殺されるとは思ってもなかったがな」

 

はぁ、とため息を吐いた。

まるで最初から分かってましたよ感マシマシで。

割とマジで結果オーライでしかなかったのだが。

でもちょっとマジで反省してくれと思った。

 

「ごめんなさい」

 

純狐は自分自身の首を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

えっ、て思った。

目の前では純狐は自殺していた。

血が出ていた。見るも無残に死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【追加ターンを処理します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「こっちの台詞だ、馬鹿者」

 

先程と同じ場所で。

先程と同じ抑揚で。

先程と同じ言葉を。純狐は吐いた。

 

違うのは、私が口を挟んだと言う事だ。

ちょっとごめんなさいって言って土下座するくらいで勘弁してあげようと思っていたのに。

目の前で自殺されたのだ。

……あの後ヘカーティアに滅茶苦茶にされそうになっただけに。

本当に、本当に勘弁してほしかった。

 

「あらやだ。ちょっと謝っただけじゃない」

 

「自殺をしろと言った覚えはない」

 

そして、ヘカーティアの様子を見るに、時間が巻き戻っていると実感しているのは

私と、そして純狐の二人だけの様だった。

くすくす、とお上品に口元を隠して笑いながら、純狐はそんな軽口を言ったが。

私はため息を吐いた。

 

「さて、貴方は素晴らしい策を用意してくれたわ。

 これならば、月の都を落とせるかも知れない」

 

「そうか」

 

残された追加ターンは1ターン。すなわち1度だけしかやり直せないという事を

純狐は分かっているのだろうか。その事を伝えれば。

 

「あら、だったらもう10回程やり直せるようにしましょうか」

 

「……そうか」

 

私は今日、今日?何度目になるか分からないため息を吐いた。

 

 




純狐さんマジ純狐さん。
静かな狂気ってこわいですね。


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忠誠度能力+30:貴方は追加ターンを得る

果たして、何度繰り返したことだろう。

追加ターンを得ては、それを消費して、また繰り返す。

それを何度も繰り返した。

精神が擦り切れないのは、ウギンになって良かったことか。

そうでもなければ、私は廃人になってしまったことだろう。

それと、良かったことがもう一つある。

 

「ねえねえ、ウギン。

 次はどうやって月の都を潰す?

 78回目の時の精神隷属器を使って、月の民を洗脳した時は楽しかったわね。

 100回目の記念の時は派手にエムラクールを出して月の表面ごと削り取った時は痛快だったわ。

 108回目の時には私が色々な装備品を使って月の民相手に無双した時は最高だったわ。

 でも、128回目の全てを塵にを使って私諸共月の都を塵にした時は私、ちょっとだけ傷ついたわ」

 

それは、純狐と距離が近くなったことだ。

最初の会話が無かった頃が何だったのかと思う程に、純狐と仲良くなった。

会話は弾み。笑顔を見る機会が多くなった。

まあ今でもたまに殺されるが。最初よりはマシになった。

 

始めこそ月の都を潰すのに躊躇を感じて私は何もせずに傍観していたが。

60回を越えた辺りから純狐が「貴方も参加しなさい」と言われてしまい、

殺気に耐えられず月の都を潰す為に、嫌々ながらも参加してしまった。

 

そこからはもう、一方的な実験場でしかなかった。

果たして、エルドラージは召喚しても平気なのか。

果たして、クリーチャーの大軍はどの程度まで召喚出来るのか。

果たして、戦場はどこからどこまでなのか。

 

月の都を潰す度、時間は巻き戻されて、やり直す。

私はうんざりしたが、純狐は笑顔で私を褒めたたえた。

 

いやはや、この光景を輝夜に見られたら、さぞ怒られる事だろう。失望される事だろう。

だが、滅ぼさなければこちらが殺されるのだ。どうか分かって欲しい。

止めようと思って盛大に喧嘩をしたこともあった。

純狐が勝って私を殺す事もあれば、私が純狐を倒した時もあった。

大体私が殺された。死ぬ感覚は慣れないが。

 

わが身可愛さに負け、月の都を滅ぼし続けた私。

だが、そろそろそれも終わりだ。

 

「純狐」

 

「なぁに?ウギン」

 

「今は何回目だったか?」

 

「今は158回目ね。巻き戻しは、もう無いわね。

 また「Time Vault」で増やさないといけないわ」

 

「もう、そろそろ止めにしよう」

 

「え?」

 

瞬間。純狐の顔から全ての感情が抜け落ちた。

これはいつもの喧嘩のパターンだ。何回も繰り返したからよく知っている。

ただ、いつもと違うのは、もう追加ターンは無いということ。

殺されたら、ここで終わりだ。後はない。

 

ただ、これ以上月の民を虐殺するのは流石に私の精神が持たない。

つらいし、かなしいことをいつまでも続けるのは、とても嫌な事だ。

死ぬのも、とても嫌な事だが、親しくなった純狐の手で殺されるのなら、まだマシだ。

痛みもなく逝ける。

 

「月の都は充分に堪能したし、実験ももう充分だ。

 そろそろ私は、戻らなければならない」

 

私は、言葉を続けた。

きっと私は殺される事だろう。

唯一の心配事は、射命丸とフランの事か。

今となっては昔の事に感じられるが、時間的にはさほど経っていないはずだ。

だから心配はかけていないはずだが、私が死ねば射命丸とフランはどうするのだろうか。

 

そこまで考えた所で、ふと思い至り、くつくつと笑ってしまった。

私が居なくなった所で、射命丸とフランは何の問題もない事だろう。

がめつい射命丸の事だ。手に入れたMoxを売り払って、楽しく生きていくことだろう。

感情的なフランの事は心配だが、それでも遠足を楽しむ事だろう。

なんだ、なんの心配もないじゃないか。

 

「だから、これで終わり。終わりなんだ」

 

瞬間。動きを見せる純狐。

私の目の前まで接近して、そしてそのまま。

 

抱きついた。

 

……一瞬、意識が飛んでいた。

今回はどのように殺されるのか、そればかりに気を取られていた私は

意外な事が起きてしまい、身体が動かなかった。

 

「楽しかったわ。ウギン。

 これまでに無いくらい。とっても」

 

純狐は語る。心なしか、声は震えていた。

 

「貴方の力が無かったら、きっと月の都は滅ぼせなかった。

 貴方が居なかったら、この夢の様な時間もなかったでしょう」

 

いや、騙されてはいけない。多分、ここから無慈悲に殺される事だろう。

純狐のことだ。騙し討ちくらい平気でやる。

 

「いくら月の都を滅ぼしても、滅ぼしても、嫦娥は殺せなかった。

 それが分かったもの。それは、それで良いわ」

 

騙されないぞ、多分ここからだ。ここからぶすーって殺る、殺されるぞ。

 

「でも、貴方が居なくなるのは、とっても辛い、辛いの。

 ここに残って居てくれないかしら、やって欲しい事だったらなんでもするわ」

 

「駄目だな」

 

ここで無慈悲に断ります。すると「じゃあ死ね!」って言われる。言われるだろう。

 

「……そう、そうなのね」

 

ほら言うぞ、そら言うぞ、絶対言うぞ。

 

「今まで、ありがとう。ウギン

 とっても、とっても楽しかったわ」

 

……あれ?

 

 

 

【移動中……】

 

 

 

「あらウギン。

 ……随分純狐に懐かれたわね?何をしたの?」

 

「色々な事をしたわ。ヘカーティア」

 

結局、私は殺される事はなかった。

依然として、私は抱き着かれたままだったが。

ヘカーティアはジト目でこちらを見つめられたが、特になにもしていない。

いや、嘘を吐いた。本当は月の都を滅ぼしまくった。それはもう何度も。何度も。

 

「まあ、色々あったな」

 

「……まあ良いわよ、別に」

 

「あー!ご主人様拗ねてるー!」

 

「拗ねてない」

 

ぷいっとそっぽを向くヘカーティア。

何が気に入らなかったのだろうか。

思わず首を傾げたが、理由はよく分からなかった。

 

「まあ良いわ。ウギン。

 もう地球に帰るのね?ちゃちゃっと済ましちゃいましょう」

 

そう言うと、ヘカーティアは私に顔を向ける。

その顔はどこかあきれ顔だ。

 

「はいはい、ささっと送るわよ、純狐。離れなさい」

 

「ええ。……じゃあ、また会いましょう。ウギン」

 

いや、ちょっと勘弁して欲しい。

いつ殺されるか分からない環境にまた身を置くと思うと凄い胃が痛くなる。

ここは返事を返さないでおこう。黙っていよう。

 

「はい、じゃあ送るわよ、目を閉じてー」

 

黙って目を閉じると、不意に周りの空気が変わったような気がした。

不思議に思って目を開ければ。

 

「あ、ウギンだー!」

 

「あやややや、意外とすぐ帰ってきましたね」

 

そこに居たのは射命丸とフランの姿。あと輝夜に永琳とうどんげも。

実際の時間はそれ程経ってはいないのに、随分と久しぶりに感じた。

 

なんだろう、凄く安心する。

ああ、そう言えば、紫の姿が見えないがどこに行ったのだろうか。

 

「八雲 紫なら、ウギンさんの姿が見えなくなった瞬間に居なくなりましたよ。

 盃と一緒に。

 ……まさかとは思いますが、ウギンさんを月に置き去りにしようとしたのでは?」

 

顔をしかめて射命丸はそんな事を言っていたが。

私はどうだろうな、とだけ言っておいた。今はこの安心感に包まれていたかった。

 

 

 

 

「ところで、後ろの女性はいったい?」

 

は?

 

振り返れば、そこに居たのは。

金髪にロングヘア、後ろには7本の紫色の尻尾のようなもの。

 

 

 

 

 

 

 

「ついさっきぶりね、ウギン。

 我慢出来なくて来ちゃったわ」

 

 

 

 

 

 

純狐がそこに居た。

 

 

ちょっと、本当に、本当に勘弁して欲しかった。

 

現実を直視できなかった。

 



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忠誠度能力+31:貴方は思考を投げ出す

どうして現実はこうも残酷で無慈悲なのだろう。

目の前の光景に、そう思わずにはいられない。

 

私の目の前に居るのは、純狐と呼ばれる女性。

つい先ほど別れたはずの女性が、そこにいた。

 

「……何をしに来た」

 

「さっきも言ったけど、我慢出来なくなって来ちゃったの。

 貴方、私が頼んでも残ってくれないんだもの、

 だったら私が行くしかないじゃない?」

 

「帰れ」

 

「あら、傷ついちゃうわ。

 いいじゃない。私と貴方の仲でしょう?」

 

ニコニコしながら笑顔で私に近付く純狐。

やめろ近付くな、近付かないでください。本当に勘弁してください。

いや、本当の本当に勘弁してほしい。仲と言っても殺し殺されの仲だ。

これ程嬉しくない仲はそうそう無いだろう。

 

「お姉さんは、どこから来たのー?」

 

「あら、可愛い子ね。

 私はとっても遠い所からやってきたのよ」

 

フランが興味津々で純狐に話しかける。

こら、やめなさいフラン。危ないから近寄っちゃ駄目です。

私が引き止めようとした時。

 

「ええと、ウギンさんとはどのような関係で?」

 

射命丸がそんな事を言い出した。

 

「そうね。語れば長いわ。

 何度も何度もやったし、やられたわ」

 

瞬間。周りの私を見る視線が冷たくなった。

おい止めろ。止めて。誤解です。

ちょっと殺し殺されの仲っていうだけです。

 

「純狐」

 

「あら、何を恥じる必要があるの?

 あんなに情熱的な日々を過ごしたというのに。

 とっても気持ちよかったわ」

 

そう言って純狐は私に抱きついた。

周りの視線の温度が絶対零度まで落ちたような気がする。

止めて、止めて。本当に誤解なんです。もうちょっと言葉を付け加えてください。

 

純狐は、指先をぺろりと舐めて妖艶な雰囲気をかもしだしていた。

ちょっと笑っている。

 

こいつ、分かってやってやがる。

思わずぶん殴って黙らせようと思ったが、そうしたら私は殺される事だろう。

何度も何度も繰り返したのだから、こいつの事はよく分かっているつもりだ。

私は思わず、ため息を吐いた。

 

「純狐お姉さんはウギンと仲良しなんだ?」

 

「ええ、そうね」

 

「じゃあフランと一緒だね!

 私もウギンと仲良しだよ!」

 

そう言うとフランも私に抱きついた。

純粋なフランに、少しだけ癒された。

両手に花とはよく言ったものだが。純狐は劇毒だ。

棘のあるバラどころか、トリカブトの類だろう。

対するフランはちょっと棘のあるバラか。可愛らしい。

 

「~~~!!

 ウギン!この子可愛いわ!可愛いわ!

 ウチの子にしちゃって良い!?良いわよね!!」

 

果たして、純狐がどう思ったのか知らないが、純狐はフランに抱き着いた。

その慎重差から抱き着くというか、抱え込むような姿勢になっていたが。

 

「駄目だ」

 

「ずるい!ずるいわ!!

 純化しようにも出来ないし!!」

 

おい純狐。さらっと何をしようとしている。

思わず私は純狐にあきれ顔をしてしまう。

被覆を持たせていなかったら大変なことになるところだった。

 

「フランは私の大切な仲間だ。

 また殺し合いをさせるつもりか?」

 

少しだけ威圧感を込めてそう言えば。

純狐はふふっと笑った。あ、やっべこれ殺されるか?

実際、純狐と私との対戦成績は1:9で私が負けている。

つまりは10回やりあってようやく1回殺せる程度でしかないのだ。

それなのにこちらから喧嘩を売る事を言ったという事は。まあ、大体死ぬな。

 

「もう貴方と殺し合うつもりは無いわよ。

 楽しかったけど、でも今は取返しがつかないじゃない」

 

セーフ。セーフだった。

逆に言えば取返しが付く状態なら殺し合ってもいいという事だったが。

そこは「Time Vault」を封印すれば済むことだ。

 

そう言えば、永琳達は何をしているのだろうか。

そう思ってそちらの方を見れば、そこには臨戦態勢のうどんげの姿。

 

「あら、この前の」

 

私の視線の動きに気付いたのか、純狐もうどんげの方を見ていた。

純狐の言葉を聞くに、うどんげと知り合いなのか。ちょっと意外だ。

 

「永遠亭に何の用事ですか?」

 

対するうどんげは――ピリピリとした雰囲気を纏っていた。

その背後には、永琳と輝夜の姿。

うどんげはそれを守るように、純狐と対峙していた。

絶対に、退かないという覚悟が、その瞳には見て取れた。

 

「あら、特に用事はないわよ」

 

「その言葉を信じられる訳が」

 

「だって私、ウギンに着いてきただけですもの。

 ヘカーティアとクラウンピースには心配かけてるかも知れないけど。

 私、我慢が出来なかったの。あの素晴らしい日々を味わった後に、

 空虚な日々を味わう事を考えたら、とてもとても我慢なんてできなかったわ。

 それだけ私、あの日々が楽しかったのよ。本当に、楽しかったの。

 見たこともない物の数々を見るのが楽しかったわ。

 知らない知識の数々を教えてもらうのが楽しかったわ。

 どうしようもない効果があることを知るのが楽しかったわ。

 殺すことが楽しかったわ。

 殺されることが楽しかったわ。

 唐突に日々が終わってしまったのは、とても。とても悲しかったわ。

 だから、私、ウギンに着いてきたの」

 

「あ、はい。そうなんですね」

 

うどんげの瞳から覚悟がみるみる消えて行って。

最後に至る頃には、うどんげの瞳は虚ろな目になっていた。

対する純狐は、恍惚とした顔をしていた。

 

「じゃあ行きましょうか、ウギン」

 

そう言って歩き出した純狐。

 

待て待て待て。え?本気で付いてくる気ですか?

私の手は射命丸とフランとの2本でいっぱいいっぱいなんですけど。

 

「はぁ、まあ仲間が一人増えるだけですし、そうそう問題にはならないでしょう」

 

そう言うと射命丸は純狐の背を追って行く。

あれ?もしかして本気ですか?多分問題だらけだと思うんですけど。

大丈夫じゃないと思うんですけど。

 

「それじゃ!れっつごー!」

 

元気よくフランもまた、彼女達の背を追って行く。

あ、本気なんですね。本気で純狐が仲間に入るんですね。

大丈夫だろうか。いや多分大丈夫じゃないだろう。大丈夫じゃない気がする。

最悪、ヘカーティアに頼めば連れて帰ってくれるだろうか。

いや、ヘカーティアが今どこにいるか分からない以上期待は出来ないか。

 

ああ、いや。まあ。なんとかなるだろう。

私は思考を投げ出して、彼女達の背を追って歩き出した。

 




永琳とか輝夜とかに対する純狐の反応を書こうと思いましたが
複雑になり過ぎると考えて敢えて無視させました。

あるいは、今の純狐にはウギンしか映っていないのか。
狂気的だなぁと思いました(小並感)


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忠誠度能力+32:貴方は驚く

果たして、これからどうなる事だろう。

もしかしたら「いきなりですが皆さんにはここで死んでもらいます」

とか言って純狐が皆殺しを始めないか心配していた私だったが。

 

その予想は裏切られ、私達の旅は平和そのものだった。

道すがら何か面白いものは無いかとフランがトテトテと迷いそうになるのを

純狐がそれを止めて、一緒に手を繋いで歩いたりもした。

唐突に獣の妖怪のようなものが現れた時は、純狐が一瞬もしないうちに排除したりもした。

フランはそれを見て目を輝かせて「凄い凄い!」と言ってはしゃいでいた。

射命丸はガクブルと震えていた。分かる。分かるよ。

何度も食らったもん。

あの獣も、痛みもなく逝けた事だろう。

 

さて、目的もなく我々は歩いていたのだが。

不意に歩く先に何か建物が見えた。

 

はて。あれはなんだろう。

私は首を傾げて、射命丸の方を見た。

 

「あれは命蓮寺ですね、人里の近くにあると言う話でしたが。

 どうやら私達は、遠回りをして戻ってきたようです」

 

なるほど。そうなのか。

とりあえず頷いた私に、純狐がくすくすと笑った。

 

「その頷くだけ頷く癖、治らないわね。

 よく分からないなら、言葉にしてそう言いなさいな」

 

「あ、ウギンも分かんなかったんだ!

 フランといっしょー!」

 

私は思わず天を仰いだ。

そうだった。純狐が居たんだった。

これでは得意の「良く分からんけど分かったフリ」が出来ない。

 

というのも、こいつ。妙に勘が鋭いのだ。

頭も切れるし、私とは正反対と言ってもいい。

ああ、その残虐性も私とは正反対だ。

「こんにちは!死ね!」を地で行くこいつとは、相手をしていて非常に疲れるのだ。

 

「射命丸、もう少し詳しい説明を頼む」

 

「おいくらほどいただけるんで?」

 

「……Mox Jetを10個」

 

「まあ、いいでしょうかね」

 

「あら、随分とがめつい烏だこと」

 

「あやややや、情報を渡すには対価が必要なんですよ~」

 

今も一瞬だけ、射命丸を見る純狐の目が冷たくなるのを感じてヒヤッとした。

大切な仲間を殺されるのは、流石に勘弁して欲しい。

その際はこちらも全力で守らざるを得ない。

 

「純狐、仲間同士で争うな」

 

「はいはい。分かりました」

 

だが、私の(何度も何度も殺された)経験則から、

純狐の目が冷たくなるだけなら、まだマシだ。

ヤバさで言うところの初期段階の所だからだ。

 

次の段階になると、目が虫けらを見るような目になる。

こうなると赤信号だ。とっても危険だ。マジで。謝るならここだ。まだ間に合う。

 

最終段階になると、顔から感情が抜け落ちる。

笑う訳でもなく、怒る訳でもない。無表情になる。

こうなるともう終わりだ。辺りは更地になるし、最悪全てを殺すまで終わらない。

願わくばこの段階まで行かないで欲しい。

この幻想郷が更地になるのは流石に心が痛む。

 

「さて、命蓮寺の情報ですが。

 人間の里の外れの空き地に建てられたお寺です。

 最も里から行きやすい宗教施設ですね。

 争いを望まない妖怪や、

 不当に身分の低い妖怪などの救済を目的に動いています。

 代表者は、聖白蓮。

 住職ですね。

 魔法を使う程度の能力を持ちますが、その性質はウギンさんとはまるで違います。

 肉体の強化や能力の上昇などがメインになりますね。

 聖白蓮の目的は、人妖の平等。というなんとも理想的なものです。

 他にも、まあ命蓮寺には沢山信者が居るのですが、ここでは省略しましょう」

 

なるほど。なるほど。分からん。

とりあえず頷くと、純狐と射命丸がくすくすと笑っていた。

どうやら無意識のうちにまた頷いてしまったようだ。思わず手で顔を覆った。

 

「要するに、危険な場所ではない。という事です」

 

「敵対するとしたら、よほど残酷な人間や妖怪じゃないといけないくらいにね」

 

なるほど。

なるほど。

分かった。

 

つまり純狐はアウトではないか?

 

そう私は思わざるを得なかった。

私がそう思ったのが伝わったのか。純狐は「大丈夫よ」という顔になった。

いや。何が大丈夫なのだろうか。

ちっとも良くないと思うのだが。

 

「敵対するなら、誰が一番厄介だ?」

 

「聖白蓮ですね」

 

思わず私がそう言えば。射命丸は当然の様に答えた。

 

「聖白蓮の魔法が肉体の強化、能力の上昇に特化されているのは先程の通りですが。

 強化幅がえげつないです。

 普通なら非力な人間と同等程度なのですが、もし強化されれば一変します。

 気合でなんでもやって来ますし、移動する速度も――まあ、私程ではないですが速いですね」

 

そうか。そうか。なるほど。

――ここは命蓮寺を避けて通るのが得策ではないだろうか。

お互いの為にも、幻想郷の為にも。

そう思ったのだが。

 

「えー!お寺なんて行くのはじめて!!

 行きたいなあ……」

 

おめめを期待でキラキラと光らせるフランの姿を見ては、その考えは無くなってしまった。

ああ、もうどうにでもなれだ。行けば良いんだろう、行けば。

 

「純狐」

 

「なぁに?ウギン」

 

「先に言っておくが、私はやり直しを好まない。

 あの時の様なやり直しは今後はしないと思え。

 どんな気に入らない事があったとしても、だ」

 

「はいはい、私ってそんなに信用ないかしら?」

 

暗に絶対に暴れるなよ!フリじゃないからな!?と言えば。

こてん、と純狐は首を傾げた。

面白い冗談だ。信用なんてある訳ないじゃないか。

 

私は鼻で笑ってそれに応えた。

 

 

 

さて、白い石造りの長い階段を登ったその先に。

賽銭箱が置かれた緑灰色瓦の大きな本堂が現れた。

本堂の右には鐘撞き堂があり、

左には赤布がかかった大量の地蔵が並べられている。

 

ここが命蓮寺か。果たして、どうなる事か。

私がそう思っていると。

不意に後ろから「チョイチョイ」と尻尾が引っ張られる感覚があった。

 

なんだろう。と思って振り向けば。

 

 

 

 

「ばあ!おどろけ~!」

 

 

 

なんか紫色の何かがあった。

人間くらいの小さな大きさの、傘?傘だった。

その背後には小さな女の子の姿があった。

 

「ねえ、驚いた?驚いた?

 ……むう!全然驚いてない!」

 

一体何なのだろう。

不意に「こうなったら!」と言って私の白銀の鱗をぺしぺしと叩く。

ハハハ、こやつめ。ちょっと痛いぞ。

 

【忠誠度:12→11】

 

あ、忠誠度減った。これでも減るのか。気を付けないといけないな。

などと考えていたら。

 

 

 

 

 

 

 

――純狐が虫けらを見るような目で女の子を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

ヤバイ。本当にヤバイ。

 

 



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忠誠度能力+33:貴方は頭を下げる

さて、ここでおさらいしよう。

私の(ぶち殺された)経験則から、純狐の目が虫けらを見るような目になった。

これは大変に危険な状態である事には間違いはない。

マジで切れる5秒前くらいだ。

 

問題は、そのトリガーが良く分からんという事。

本当に些細なことでブチ切れる事もあれば、意外と切れないこともある。

今回は恐らく、私が攻撃されたと勘違いした事が原因と思われる。

純狐さんや、ちょっとばかりトリガーが軽すぎやしませんか?

 

さて、これを解決するには機嫌が直る原因を取り除くか。

それともひたすらに謝るという手段が考えられるのだが。

……流石に目の前の紫傘の女の子を排除するのは良心が痛む。

だってこの子、ぺしぺしと私を叩いただけなんだもの。

 

あ、ちなみに逃げるという手は一番の悪手だ。

さらに機嫌が悪くなる可能性が経験則から非常に。非常に高い。

だからこそ、私は。

 

「どうか純狐に謝ってくれないか」

 

目の前の少女に向けて頼む、いや懇願した。

 

「え、えぇ……?」

 

少女は困惑していた。さもありなん。

対する純狐は――あ、やばいなこれ。虫けらを見るような目が変わっていない。

このまま行くと最終段階に行くかも知れない。

そうなれば目の前の少女の危機、ひいては幻想郷の危機だ。

困る。それは非常に困る。

 

「頼む。この通りだ」

 

私は頭を深く下げて懇願した。

どのくらい下げたかと言うと、地面すれすれにまで頭を下げた。

土下座一歩手前である。

 

「え、えっと。純狐さん?ごめんなさい……?」

 

疑問形だ。これはいけない。

誠意が足りない。

 

「もっとだ。もっと誠意を込めて」

 

「ご、ごめんなさい!何か良く分からないけどごめんなさい!」

 

身体を90度程曲げて、彼女は謝った。

よし、いいぞ。これなら、と私は純狐の方を見る。

――目は冷たくなっていた。

 

いよっし!状態は軟化した!

思わず私は心の中でガッツポーズをとった。

 

「土下座よ、その子の土下座が見たいわ」

 

純狐の言葉に、挙げた拳を地面に叩き付けたくなった。

畜生、どうして現実はこうもクソッタレなんだ。

見ろよ目の前の女の子の顔をよぉ!ちょっと涙目入ってるじゃないか!

可哀想だとは思わないのか!

心の中でそう叫んだ。現実で叫ぶ勇気はなかった。

だって純狐が怖いもん。

 

「さ、さでずむ……?」

 

女の子がそう言う。

違う。決してそういう趣味嗜好ではない。

ただ君の行動の一挙一動に幻想郷の安否がかかっているというだけだ。

どうか分かって欲しい。

 

「すまん、頼む」

 

「ぴ、ぴぇぇ」

 

可愛らしい悲鳴をあげた後、彼女はそっと地面に手を付き。頭を下げた。

土下座だ。誰が見てもまごう事なき土下座だ。

ちょっと良心が痛む。

こんな素直でいい子なのに、初対面から私は何をしているのだろうという気分になった。

 

「――まあ、良いわ。今回の所は許してあげる」

 

果たして、純狐の機嫌が直ったのか。

そんな事を彼女は言った。

しかし、このまま名も知らぬ女の子を土下座させるだけさせて帰すというのは、

どうにも私の良心が痛む。ああ、そうだ。

 

「すまん、すまんな。これでも良ければ機嫌を直して欲しい」

 

女の子の前に手のひらを広げる――女の子は依然として土下座をしたままだ。

いや、もう大丈夫だよ。顔を上げて欲しい。

 

「Mox Sapphire。

 ……顔をあげてくれ。これを君にあげよう」

 

「ぴぇ?……わぁ!青い綺麗な宝石!ありがとうございます!」

 

「あやややや?土下座をすればMoxを頂けるんで?

 いくらでもしますよ?土下座?」

 

射命丸はそんな事を言う。

その顔から冗談とは分かってはいるが

思わず私はため息を吐いた。

 

「馬鹿者、そんな事をしなくても後で渡してやる」

 

「やりました!」

 

「え~フランも欲しい!」

 

「あら、じゃあ私も欲しいわ」

 

他の面子もねだってきた。ちょっと勘弁して欲しい。

いくらでも出せるが、いくらでも出せるのだが。

他の面子まで射命丸くらいがめつくなるのは本当に勘弁して欲しかった。

 

「おや?何か騒がしいと思えば、小傘と……龍か」

 

本堂の前でそんな事をしていたからか。

今度は別の女の子が姿を現した。

クセのあるダークグレーのセミロングに深紅の瞳。

どこかネズミを彷彿とさせる頭の上に着いた耳。

手にはかぎ型をした棒を二本持っていた。

 

「私の名前はウギンだ」

 

「喋る龍とはレア物だね。

 おっと、私の名前はナズーリンだ。

 よろしく頼むよ」

 

互いの自己紹介もそこそこに。

私の仲間達も続いて次々と自己紹介をしていく。

思えば、私の仲間も多くなったものだ。

純狐は想定外の出会いだったが。それでも今は仲間だ。

 

ふと、今ならニコル・ボーラスにも勝てるのではないか?と一瞬考えが過ぎった。

だが。いや。駄目か。

「プレインズウォーカー、ニコルボーラス」の

忠誠度能力-2で純狐のコントロールを奪われてしまったらなす術がない。

 

と言うか、勝てると思ったのも純狐が居るからであるし

どうにも私達は彼女の居る居ないで、戦力が大きく変わってしまう。

そう思えば、彼女が居る事は良い事もあるのか。

悪い事ばかりではない。

 

「そう言えば。君たちは聖に会いに来たのかい?」

 

私が思案していれば、ナズーリンはそんな事を言った。

いや、そういう訳ではない。どちらかと言えば避けたい相手だ。

 

「いや。こちらのフランが寺に寄ってみたいと言っていてな」

 

「お寺のおっきな鐘!あれ!あれゴーンってやりたい!!」

 

「寺院の鐘/Temple Bellなら出せるが」

 

「やだー!あの鐘がいいのー!!」

 

「だろうな」

 

フランに話を振れば。そんな事をフランは言う。

鐘か。私も小さい頃は鳴らす事に憧れたが、あれは勝手に鳴らしてもいいものなのだろうか。

確か場所によっては勝手に鳴らしてはいけなかったような気がするが。

本堂の右の鐘撞き堂を見ながら、そんな事を思っていた。

 

「ふむ、それは聖に聞かないといけないな。

 ちょっと待っていてくれるかい?その巨体で寺に入られても、その、困る」

 

さもありなん。

私はいつもの恒例行事になった外でのぶらぶらタイムを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

「ほれ、Mox Ruby。

 射命丸。取ってこい」

 

「あやややや!!」

 

「馬鹿者、投げる前から盗る奴があるか」

 

「えっと、何をなされているのですか?」

 

犬のフリスビー投げのごとく。Mox投げを楽しんでいると。

不意に声を掛けられた。

 

見れば、そこには。

金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブ

白黒の変わった服を着た女性がそこに居た。

 

どこか困ったような顔をしている。

はて。この女性はどなただろうか。

首を傾げていると。

 

「失礼いたしました。

 私は聖 白蓮。ここ命蓮寺の住職をしております。

 ナズーリンから、仲の良い妖怪達がやってきたと聞きまして」

 

お、おう。一番避けたい人がやってきた。

思わず純狐の方に目を向けた。……大丈夫のようだ。

少なくとも「邪悪な存在め!滅する!」という展開は避けられた様子だ。

 

「そうか。私の名はウギン。

 この幻想郷の観光をしている」

 

「!

 ナズーリンから聞いてはいましたが。本当に喋るのですね。

 失礼いたしました。喋る龍は初めて見たもので」

 

丁寧に頭を下げて謝罪をする聖。

いや、そんなに気にしてない。いつも言われているし。

 

「そう、それで先程は何をなされていたのですか?」

 

「ああ、ちょっとした遊びをしていた。

 ほれ行け射命丸」

 

「わんっわんっ」

 

犬の真似事をしながら全速力で飛んで行く射命丸。

お前は烏天狗だろうが。それでいいのか射命丸。

そう聞けば「威厳で飯は食えないんですよ?」と素で返されそうで困る。

 

帰ってきた射命丸の手にあるMoxを見て。

 

「えっ」

 

聖は声をあげた。

 

「えっ。これ宝石じゃ……?」

 

宝石だが。何か問題があっただろうか?

思わず首を傾げる。

 

「ウ、ウギンさん!物を粗末にしてはいけません!」

 

なんか怒られた。

何故だ。

 



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忠誠度能力+34:貴方と宝石と

私にとってのMoxとは何なのだろう。

 

思案すればするほど、価値のない物のように感じた。

無色マナは出せないし、親和系アーティファクトの数増しにはなるが、

それなら他の0マナファクトでも事足りる。

いくらでも出せる点、換金出来る点から一定の価値はあるのだろうが。

それでも私にとって金などあってもなくても別にどうでもいいものだ。

飢えない程度の食糧があればそれで良いし。

衣食住のうちどれかに執着を持っているわけでもない。

野宿にも慣れたし着るものなど、この巨体だ。期待も出来ない。

唯一の使い道と言えば、射命丸などの金にがめつい者への礼くらいか。

それももはや、形骸化しているような気もするが。

そう言えば。射命丸はMoxの数々を何に使うのだろうか。

 

「確かに、仏教には物への執着を断つことを説いています。

 ですが、それとは別に、一般常識として宝石を投げる行為は如何なものかと」

 

「そうだな」

 

聖白蓮に説法を説かれている間。

私はそんな事ばかりを考えていた。

射命丸もフランも純狐も、私の後ろで一緒に説法を聞いている。

退屈ではないのだろうか。そればかりが心配になる。

 

「しかしな、聖白蓮」

 

「聖と呼び捨てして頂いて構いません」

 

「そうか。

 私にとってこの宝石は、そこの石ころとさして価値が変わらんのだ。

 ――いや。数に限りがある分、そこの石ころの方が魅力的だな」

 

「はい?」

 

聖白蓮の顔が、何を言っているのか良く分からない、という顔になった。

いや、正確に言うのならば、言葉の意味は分かるがそれを理解したくないのだろう。

この際だ。もっと分かりやすく言おう。

 

「私は、恐らく。

 無限に宝石を生み出す事が出来る」

 

私にとっては無価値だが。と言葉を飲み込んでそう言えば。

 

「……なるほど。なるほど。よく理解出来ました」

 

頭に手を当てて。聖はため息を吐いた。

どうやら分かってくれたらしい。こちらも一安心だ。

説法の時間がこれで大きく短縮されたことだろう。実に喜ばしい。

 

ふと、くすくすと笑う声が聞こえて。

背後を振り向けば、そこには純狐が袖に口を当てて上品に笑っていた。

何か可笑しい事があったのだろうか。などと考えていると。

不意に、純狐の声が耳に届いた。

 

『今、貴方に届く声だけを純化して話しかけてるわ。

 

 この宝石を使えば、経済の崩壊。貨幣の暴落。

 なんて大混乱は簡単に招けるわね』

 

ふむ。そうなのか。良く分からん。

とりあえず頷くと、純狐はまたくすくすと笑った。

 

『もっと簡単に言いましょう。

 貴方の価値観を世界に押し付ける事、出来るわよ。

 それこそ。貴方の言った石ころの方が宝石より貴重な世界にすることだって』

 

なんと。そんな事が出来るのか。

我ながら馬鹿馬鹿しい事を言い出したと思ったが、まさか現実のものに出来るとは。

 

いや、特にそれをしたいとは思わないが。

純狐はどうして突然そんな事を言い出したのだろう。

思わず首を傾げてしまう。

 

『貴方のことですもの、そんな事はしないのでしょうね。

 でも、目の前の聖とか言うのは、どう思うかしら?

 簡単に混乱を招くことが出来る存在、そんな存在を放っておくと思う?』

 

ハッとして、聖の方へと顔を向けた。

顔色は、あまり良くない。表情は、どこか強張っているようにも見えた。

 

なるほど。

なるほど。

つまり私が悪い奴だと勘違いされているという事か!

マジか、マジか。私自体は無害なただのプレインズウォーカーだと言うのに。

害意などこれっぽっちも持っていないと言うのに。

どうしたら目の前の聖にそれを分かってくれるだろうか。

助言を求めて、再び純狐の方に顔を向ければ

 

「フランちゃん、ちょっと向こうで遊んできましょうか」

 

「うん!行くー!」

 

一緒にフランと手を繋いで歩いていく所だった。

 

畜生、純狐はこういう奴だった。

意味深な事を言っては決断を相手にゆだねるのだ。

一見すれば優秀なアドバイザーの様に見えるが、

その実自分が楽しければそれでいいという刹那主義であるだけだ。

……しまったな、どうすれば聖を説得することが出来るだろうか。

すっかり困り切ってしまった私は、射命丸へと顔を向けた。

 

射命丸はニヤリとした顔で私を見つめ返した。

『おいくら頂けるんで?』暗にそう聞こえたような気がして。

私はそっと射命丸から顔をそらした。

 

駄目だ。頼れる仲間が居ない。

ああ、こうなったら私が行くしかないのか。

仕方ない、仕方ないか。

 

「ウギンさん」

 

ため息を吐いていると。

聖は何か意を決したような顔をしていた。

なんだ。一体どうしたというのだろう。

もしかしてアレか。もう敵認定されたのだろうか。

早すぎないだろうか。こっちは無限に宝石が出せると明言しただけなのに。

 

こわい。こわすぎる。

わたし、こわいプレインズウォーカーじゃないよ。ぷるぷる。

 

「命蓮寺に入信してみませんか?」

 

「……なんだと?」

 

「短い間でも構いません。入信してみませんか?」

 

違った。

自分の耳を疑って聞き返してみたが。

どうやら「ここで死んでみませんか?」と言われた訳ではないようだ。

いかんいかん。どうも純狐に出会ってからというもの、思考が殺伐になりがちだ。

とりあえず、死ぬ事は無さそうなので、私はホッと一息ついた。

 

それにしても、急に入信しろとはどういう心づもりだろうか。

私は特に仏教に興味はないし。特段これから知りたいとも思わない。

――まさか。まさかとは思うが私の宝石目当てだろうか。

入会料と称して宝石を。修行料と称して宝石を奪うつもりだろうか。

だとしたらちょっと勘弁して欲しいのだが。

 

「ウギンさん。

 私は人妖の平等を目指すように皆さんに説いています。

 貴方はそのバランスを、大きく崩してしまう危険性がある。

 妖怪側の方が有利になり過ぎてしまうのです。

 だと言うのに、貴方は人間側の常識をあまり知らない。

 貴方には、修行と言うよりも人間側の常識を学んで欲しいのです」

 

「ふむ。

 ……すまない。仲間と相談しても良いか?」

 

「勿論です」

 

そう言って、私は射命丸の方へと顔を近付けた。

はて、どうしたのか。という顔をしている射命丸。

それから、ああ。なるほど。という顔になった。

うん。そういう事だ。察しが良いな。射命丸。

聖には聞こえないように。コソコソと私達は会話をする。

 

『すまん、よくわからん。一行で頼む』

 

『貴方、とても強い、でも常識ない、常識学べ』

 

何故か射命丸は片言の言葉で私に説明してくれた。

なるほど、良く分かった。そう言う事か。

 

……こう見えても元々は人間だったのだが。

そうか。常識がないと思われたか。

ちょっぴり悲しい。

 

「分かった。短い間だがよろしく頼む」

 

私がそう言うと、聖はぱぁっと花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「はい。これからよろしくお願いしますね!」

 

さて、これから大切な話をしなければいけない。

とても、とても大切な話だ。避けては通れまい。

 

「ところで、入信料は宝石で足りるか?」

 

私のその言葉に、聖は頭を抱えてため息を吐いた。

 



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忠誠度能力+35:貴方は安らぐ

気付けばお気に入りが100件を越えました。
皆様誠にありがとうございます。
記念になにかしたかったのですが、今回はただの日常回です。
ごめんなさい。


命蓮寺での修行はさほど苦しいものではなかった。

というのも、私の場合一般常識を知るだけなので座って話を聴くだけだったからだ。

私の身体の大きさ上、屋外での座学となったが。

命蓮寺に通う信者の数々が私を見ては腰を抜かしそうになったのはここだけの話。

ただ、その中でも驚かない妖怪がいくつか居たりもした。

 

幽谷響子は、その一人だ。

 

「おはよーございます!」

 

「ああ、おはよう」

 

朝、誰よりも早く寺の掃除をしている彼女に挨拶をする。

これは私が命蓮寺に通ってからと言うもの、習慣となっている。

 

ウェーブのかかったショートボブ。

茶色に薄く斑点模様の入った大きな垂れ耳が印象的な彼女。

彼女が掃除をしている所を眺める所から、私の一日は始まる。

 

「ふわぁ~あ。おはよー。ウギン」

 

「おはようございます、ウギンさん」

 

「ああ、ムラサと一輪か、おはよう」

 

続いて、村紗水蜜と雲居一輪が顔を出す。

 

大きな欠伸をした方の村紗水蜜は、いつも仲間からは「ムラサ」と呼ばれているので私もそれに習っている。

ウェーブのかかった黒のショートヘアー。

本来の意味での海兵としてのセーラー服を着用している彼女は

話し上手な為、暇がある際には私と一緒に話している。

寺の面子だと一番話す機会が多いのが彼女だ。

 

丁寧な口調で私に挨拶したのが、雲居一輪。

髪色は空色で、頭には尼を思わせる紺色の頭巾を被っている。

真面目な彼女は、私に対してどこか一線を引いている。

私としては、もっと仲良くなっても良いとは思っているのだが、そう上手くはいかないようだ。

それと、こっそり飲酒をしているという噂を聞いた。

気になって「ウルザの眼鏡」を装着してみれば……これ以上は彼女の威厳の為に秘密にしておこう。

 

さて。太陽もそろそろ完全に顔を出して登り切った頃。

この頃になると人里からの信者の皆さんも命蓮寺に集まり始める。

初めて私を見て腰を抜かす者。

何度か会って慣れたのか軽く礼をして行く者。

何故かありがたがって手を合わせる者と様々だ。

 

前者はともかくとして。後者は私の事を神か何かと勘違いしているのだろうか。

ちょっと心配になる。

 

そして彼らは総じて命蓮寺の中に入っていく。

残されたのは、私と響子だけだ。

 

中では何をやっているのだろう。

恐らくは座禅や経本でも読んでいるのだと思われるが

中に入る事の出来ない私には想像する事しか出来ない。

 

とりあえず、手でも合わせておこう。

こうやって手を合わせると、龍王オジュタイを想像とさせるな。

あれも強力なクリーチャーであったし、当時は色々とお世話になった。

可能なら召喚したかったが。オジュタイは無色のクリーチャーではない。

本当に、本当に残念だが、諦める他ないだろう。

 

続いて、始まるのは住職が自ら私の前に出てからの説法だ。

とは言え、私は難しい事はさっぱり分からないので聞き流すのだが。

周りの信者の皆様は総じて説法に聞き入っている。

そんなに素晴らしい話なのだろうか。

 

最後に、私に向けた人間の一般常識。

人を殺してはいけない。だとか。

物を粗末にしてはいけない。けれど過度な執着は駄目。だとか。

元人間であった頃の私にとっては至極当然の事だ。

意外な事に、信者の皆様はこれも真剣に聞き入っていた。

そんなに変わった話だっただろうか。

 

そうして説法が終わった後。私の前に現れたのは寅丸星。

虎の体色のような金と黒の混ざった髪を持ち、頭の上に花のようなものを乗せている。

 

「聖のお話は分かりましたか?」

 

「ああ」

 

良く分からんが、とりあえず頷けば。

始まる聖トーク。あの説法の意味は何だとか。

人妖の平等な暮らしは何だとか。

難しい話ばかりをしている。

あまり難しい話をするな。私がついていけない。

それと、どうでも良い話なのだが。

時折、手に持っているはずの宝塔が無くなっていることがある。

大丈夫なのだろうか。

それを指摘すれば、慌ててどこかへ走り去っていく。

本当に大丈夫なのだろうか。

 

さて、そこから先は私は自由な時間が訪れる。

今までが自由な時間でなかったのか。と指摘されれば

聖の説法以外は自由な時間だったと言わざるを得ない。

 

そう言えば、私の仲間達は全く仏教というものに興味がないのか。

仏像を見に観光したり、隙あらば鐘を鳴らして遊んでいたり。

命蓮寺の周囲を観光して自由にしていたりもしている。

常に私に付いているのは、射命丸くらいか。

暇ではないのか?と聞けば「何かやらかしそうで心配です」と返された。

そんなやらかす事はそうそう無い。大丈夫だ。問題ない。

 

純狐を一人にさせておくことは……。

本当に、本当に心配だから射命丸にはそっちの方に付いて行って欲しかったのだが。

「あれを私一人でどうにか出来るとでも?」と返されて何も言えなくなった。

そうだな。私も無理だもん。

 

「ウーギーンー!」

 

「ぬえか」

 

そうそう、無理と言えばこいつだ。

私の目の前に黒い雲の様なものを作り出し。

何も見えなくさせてから私にタックルをかましてくるのは封獣ぬえ。

黒髪のショートボブ。

背中からは赤い鎌のような三枚の右翼と、青いグネグネとした矢印状の左翼が三枚生えている。

 

毎日ではないが、頻繁に私の事を構ってくるこいつは、どうしようもない悪戯好きだ。

射命丸からの話を聞けば、どうしようもない悪戯好きで。そのくせ強大な妖怪だという。

 

「ねえねえ、今日はどんな悪戯をする?」

 

爛々ときらめく目をしてそんな事を言う彼女を見ていると

どうも断る気力というものが削がれる。

 

「そうだな、今回は何をしようか」

 

「前回はメムナイト達に正体不明の種を仕込んで魑魅魍魎の群れを作ったわね!」

 

「あの後聖から怒られて大変だったんだぞ」

 

「あはは!ごめんごめん!」

 

からからと笑う彼女を見ていると、どうにも幼い子供を相手している様な気持ちになる。

まるで悪戯好きなフランのような印象を受けた。

そう考えると、嫌がりながらも手を貸してしまうのも仕方がない、仕方がないか。

しかし、悪戯ということもあって害のある物を生み出すことは決してしない。

精々がメムナイトを使うか、羽ばたき飛行機械や他の0マナファクトを使うのみだ。

 

流石の私も、普通の人間が居る場で紅魔館の時のような無茶はしない。

紅魔館の時はあれだ、ちょっとテンションが上がったからな。

あと館を壊しても再生出来るし。丁度いい実験場だった。

 

しかし、なんとも平和な日々だった。

前回が前回だっただけに、死なないということがこんなに平和に感じるとは思わなかった。

ふと気を抜けば命が散るような環境に居続けるということは、こんなにも精神を使うものだとは思わなかった。

気を抜いても死なないという事がこんなにも心が安らぐものだとは思わなかった。

久方ぶりの、休息を味わっていたところで。

その休息はある日突然終わることになる。

 

「ウギン!飽きた!飽ーきーたー!」

 

それはフランの一声によってだった。

 



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忠誠度能力+36:貴方は十分安らいだ

私は命蓮寺の外に居た。

それ自体はいつもと何も変わらないのだが。

目の前に居るのは、命蓮寺の面々。

 

聖白蓮。寅丸星。村紗水蜜。雲居一輪。

ナズーリン。封獣ぬえ。幽谷響子。

の計七名がそこに居た。

 

対してこちらに居るのは

私。射命丸。フラン。純狐。の四名。

要するに、自分の仲間達全員だ。

 

フランが「飽きた!」と言った事を聖に伝えれば。

今夜命蓮寺の前に集まってください。と言われた。

素直にそれに従えば、そこに居たのは命蓮寺の信者勢ぞろい。

なんだろう。パーティーでも始めるのだろうか。

それともまさかとは思うが、殺し合いでもするのか?

勘弁して欲しい。短い間とは言え顔見知りの面々なのだ。

いくらなんでも、良心が痛む。

 

「ウギンさん」

 

静寂を破ったのは、聖の一声。

次の言葉次第では、私がとれる行動が決まってくる。

「ここに残りませんか?」とでも言われた時は、無論断るつもりだ。

そこに一切の迷いは存在しない。

私の大切な仲間が他の所に行きたいと言っているのだ。

それ以上に尊重することなど、存在はしない。

「頑張って旅を続けてください」と言われた時は、喜んでその言葉を頂くのみだ。

激励の言葉を貰ったのだから、その通りに動く以外にない。

「ぶち殺すぞ」とでも言われた時は、その時だ。

争いにはなるだろうが、命蓮寺を後にするだろう。

 

と、そこまで考えた所で、

私はどの道フランが飽きたと言った時点で命蓮寺に残るという選択肢が消えたという事に気付いた。

ああ、なるほど。聖が何を言った所で。そこは何も変わらないじゃないか。

 

「命蓮寺は楽しかったですか?」

 

そうして長い沈黙の後。聖は言葉を続けた。

果たして、命蓮寺での生活は私にとってどうだっただろう。

一日は命のやり取りもなく終わり、平和そのものだった。安心できるものだった。

他の信者の方々に驚かれた。けれど恐れられも畏れられもしなかった。

聖に良く分からん説法の数々を説かれた。良く分からんが、他の方々はありがたそうだった。

ムラサと一輪とは色々な事を話したし、知る事が出来た。酒の事については告げ口するか迷った。

寅丸星とは主に聖の事について色々な事を話した。宝塔については見つかったようで良かった。

ぬえとは色々な悪戯をした。無害なものを中心にしていたが、ぬえは満足そうだった。

――なるほど。この命蓮寺での日々は、私にとって有意義なものであった。

 

「ああ、楽しかったし、安らいだ」

 

「そうですか」

 

聖は、ホッと一息つくと。キリっとした表情になった。

ここからが本題か。

 

「ウギンさん。貴方さえ良ければ。ここに残っていただいても――」

 

「無理だな」

 

言葉を遮るようにして。私は言葉を紡いだ。

聞かれる前から分かっていたことだった。

私は、言葉を続ける。

 

「私にとって、仲間の目的は私の目的だ。

 フランが飽きたと言うのなら、私もまた、この場所に留まるつもりはない」

 

フランがピクリと反応した。

自分の話になったからか。

それとも自分が重荷になっているとでもと勘違いしたのかは分からないが。

私はその手の指先でフランの髪を撫でた。

大丈夫だ。何も心配することはない。

 

「次はどこへ向かわれるおつもりですか?」

 

「それは分からん」

 

実際、次は何処に向かうかは私の知る所ではない。

この命蓮寺にたどり着いたのが偶然であったように。

どうとでもなることだろうし。きっとどこへでも行けるだろう。

 

存在しているか知らないが、地獄にでも、天国にでも。

月にすら行ったのだ。もしかしたら行けるかも知れないだろうさ。

 

「ええ、そう言われると思いました」

 

まるで分かっていたかのように、聖はそう言うと。

一通の手紙を差し出した。はて、何だろう。

射命丸に受け取らせると、聖は言葉を続けた。

 

「貴方さえよければ、その手紙に書いてある場所に行ってみてください。

 私の知り合いが居る場所です。そう悪いことにはならないことでしょう」

 

「……すまん、助かる」

 

実際の所、どこに向かうか分からない旅と言うものは精神が思っている以上に擦り切れるものだ。

善性である聖がそう言うのだ。その実地獄とかではないだろう。

不意に、この手紙に呪いでもかかっていたら。と悪い考えが頭をよぎったが。

まあ杞憂だろう。呪いはエンチャントだし、エンチャント程度なら除去のしようもある。

……駄目だな、どうも考えが物騒になりがちだ。

 

そんな事を考えて、くつくつと笑っていると、不意にぬえが

 

「短い間だったけど、楽しかったよ!」

 

と言い出した。

続いて、ムラサが、響子が、他の面々もそれに倣うように我々に激励や別れの言葉を投げかける。

ああ、いい子達だ。本当に。

思わずMoxの一つでも別れの土産にと思ったが、聖の前だ。何を言われるか分かったものではない。

だから代わりに私は。

 

「Black Lotus」

 

花を一つ出して見せた。

手のひらの中に現れたのは、小さな小さな花。

乱暴に扱えば壊れてしまいそうなそれを、そっと聖に手渡した。

 

「少しは常識を分かっていただけたようで何よりです」

 

にっこりとした笑顔を浮かべた聖。

これには私も思わずにっこりとしてしまった。

Black Lotusは、言わずと知れたパワーナインの筆頭である。

現実では、Moxなどよりも高額で取引されていることを知らなければ、ただの花にしか見えない事だろう。

価値を知らないという事は、実に可笑しなことだ。

してやったり。ぬえの悪戯好きが移ってしまったのか。思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

「さて、それでは行くか」

 

「ええ、行きましょう」

 

「れっつごー!」

 

「あやややや。悪戯好きですね」

 

私が話した為に、Black Lotusの価値を射命丸だけが分かっている。

何か言い出す前にこの場を去ろうと思い、我々は命蓮寺を後にした。

 

 

 

【移動中……】

 

 

 

「それで、次の目的地はどこだ?」

 

「はいはい、今手紙を開けますから」

 

そう言って射命丸は渡された手紙を開ける。

万が一、万が一呪いの類が付けられていた時の事を思い、私はエンチャント破壊の呪文を脳裏に浮かばせた。

エンチャントの破壊は、主に白や緑の役割ではあるが、無色にもまあ、無いわけではない。

少々コストが高めになってしまうが。

 

手紙を開けると――呪いの類は発生しなかった。

まあ、そうだろうな。と一人ホッとしていると。

 

「はて?」

 

射命丸が一人、首を傾げていた。

どうしたのだろうか。と思い聞いてみる事にしたのだが。

 

「いえ、次の目的地なのですが、異空間にある。と書いてありまして。

 豊聡耳神子という人物を探せとしか書いていませんね」

 

「あら」

 

「あらー?」

 

どうやって行けば良いというのだろうか。聖。

もしかして天然が入っていたのかも知れない。

 

と全員でそう思わずにはいられなかった。

 



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忠誠度能力+37:貴方は思案する

目的地の場所は神霊廟というらしい。

 

私達は。神霊廟と言うらしいその場所を探す事は早々に諦めて。

豊聡耳神子という人物を探す事に尽力することに決めた。

 

その為には情報が必要となってくるのだが。

その為の射命丸が役に立たないと来た。

聞けば、豊聡耳神子は何処にでも現れる神出鬼没で、具体的なその場所は分からないという。

神霊廟は、どうやらその話の彼女が作り出した異空間にあるらしく。その場所は分からないという。

 

詰んだな。これは。

 

ぶっちゃけて言うと、詰んでいる。

このままだとまた当てのない旅になることだろう。

豊聡耳神子なる人物を探しても良いが、それならば放浪した方が早く感じる。

 

とんぼ返りをして命蓮寺に戻って聞くという手もあるが。

いや、それはちょっと格好悪い。格好悪いだろう。

 

さて、本格的にどうするべきだろう。

私は熟考する。このままこの場に立ち止まっているのは無駄でしかない。

だが、だからと言ってもこのまま進んで本当に良いのだろうか。

 

「しかし、異空間と来ましたか」

 

「どうしようね?

 飛んで行くにも歩いていくにも遠そうだよ」

 

「くすくす。

 フランちゃん。多分飛んでも歩いても行けないわよ」

 

熟考していると、聞こえている仲間達の他愛のない会話。

無邪気なフランの言葉に、思わず和んでしまう。

歩いていけるなら良いのだが。

 

ん?歩く?

不意に頭を過ぎる、ある知識。

プレインズウォーカーと呼ばれる、その理由。

Planeswalk。次元渡りが可能である、その存在。

それを利用すれば、異空間移動も出来るのではないか?

 

そこまで考えた所で、頭を振る。

駄目だろう。あれは多元宇宙の行き来を可能にする手段であって

異空間へ渡り歩く手段ではない。そもそもの話、試した事がない。

 

よしんば異空間に渡り歩く事が出来たとしよう。

それで渡り歩けるのは私だけだ。仲間達はどうなる。

取り残されるだけだろう。それでは私達の目的は達成とならない。

 

さて、どうしたものか。

豊聡耳神子という名前は知っているのだ。

どうにかならないものだろうか。

 

「ねぇ、ウギン。

 私、()()()()()()

 

不意に純狐がそんな事を言い出した。

そうか、もうそんなに時間が経っていたか。

私は自分達の持ち物の中から水を探し出すと

純狐に差し出すが、彼女は首を横に振ってそれに応えた。

 

「そうね、私。コーラが良いわ」

 

どうしたのだろうか。今日の純狐は。

随分と可愛らしい我儘ではあるが。熱でもあるのだろうか。

だがそんな事を言われても、今手持ちにコーラは無い。

我慢して貰うしかないだろうか。

 

「いいえ、今飲みたいの。どうしても。

 ()()()()()()()貰えないかしら?」

 

「あっ」「あっ」

 

「「Ashnod's Coupon!!」」

 

純狐の声に、声を揃えてそれだ!と顔を見合わせる射命丸とフラン。

いや。まあ、確かにあるし。出せるが。

誰が買いに行くのだろうか。射命丸。買いに行くか?

顔を彼女に向ければ、彼女は叫んだ。

 

「違いますよ!アレさえあれば!!

 豊聡耳神子を呼び出す事が出来ますよ!」

 

「そうそう!

 あ!ついでに私もコーラが良いな!」

 

「あやややや、じゃあ私もコーラで」

 

なるほど。名前は知っているのだからそうすれば良いのか。

どうでも良い事だが、私も無性にコーラが飲みたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

【しばらくお待ちください……】

 

 

 

 

 

 

少し待つと、ある人物が私達の目の前に現れた。

獣耳かと見紛うほど2つに尖った金髪ないし薄い茶色の髪。

ノースリーブの薄紫に、紫色のスカート。

手に四本の瓶コーラを持っている辺り、どうやらこの女性が豊聡耳神子らしい。

 

ただ、凄く警戒している様子だった。

鋭い眼光をこちらに向けて、何かしらの構えを取っているようだった。

両手は四本の瓶コーラで埋まっているから、何をしたいのかは分からなかったが。

 

「くっ、このっ!身体が勝手に!」

 

必死に抵抗している様子だが、残念だがおつかいは渡すまでがおつかいだ。

みるみるうちに、私と彼女との距離は近付いていく。

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

「……!!身体が自由に!」

 

おつかいが終わるとともに。推定豊聡耳神子の姿はすぐに虚空に消えた。

おや、逃がしてしまったか。

これでは、仕方ない。仕方ないな。

 

「さて、諸君。次は何のジュースが飲みたい?」

 

私がにやけながらそう言うと、私の仲間達は揃って笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

【しばらくお待ちください……】

 

 

 

 

 

 

「このっ!また君達か!いい加減にしろ!!」

 

口だけは自由が利くようで。彼女は再び私の前に現れるや否やそんな事を言い出した。

よく分からないが怒っているらしい。何故だろう。逃げなければ良いのに。

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

「何が目的だ!」

 

「いやなに。神霊廟と言う場所に行きたくてな?」

 

「フン!勝手に行けば良い!行けるものならな!!」

 

そう言って彼女の姿は再び虚空へと消えてしまった。

はて、参った。これは参ったぞ。聖からの手紙を渡しそびれた。

これはしょうがない。しょうがないな。

 

Ashnod's Coupon(おかわりだ)

 

 

 

 

 

 

 

【しばらくお待ちください……】

 

 

 

 

 

 

三度目となると、彼女の目は死んでいた。

手には天然水が握られている。少し時間がかかったのを考えるに、探すのはとても大変だったのだろう。

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

「……いい加減にしてくれ」

 

心なしか、元気のない声で彼女はそう言った。

獣耳かと思う程にとがっていた彼女の髪も、どこかへこたれている。

 

「まだ三度目よ?月の民だってもう少し根性があったわ」

 

純狐はくすくすと笑いながらそんな事を言った。

ああ、確かに遊びで月の民のお偉いさんにAshnod's Couponを使い続けた事があったか。

あの時は手持ちの金が無くなるまで遊んだものだった。

純狐は爆笑していた。

最初こそ反抗的で高圧的な態度を取っていた奴が

後半になればなるほど目が死んでいくのが非常に愉快だった。

そうして最後には必ずこう言うのだ。

 

「……勘弁してくれ」

 

今度は逃げずに、彼女はそう言った。

どうやらやっと話が出来るらしい。

 

「なに。神霊廟に行く手段さえ分かればそれで良い」

 

「……神霊廟に何の用事だ?」

 

「ただの観光だ」

 

「ハッ。戯言を」

 

憎々しげに、彼女はそう言った。

腰に差した剣に手をかけて、いつでも抜けるように身構えている。

おや、これは困った。またジュースを買いに行かせてあげようか。

そうしてやる気を、削いで、削いで。最後に何でも言う事を聞く木偶にしようか。

幸い手持ちの金はある程度ある。十分可能だろう。

そんな事を考えていると、不意に目の前の彼女がげんなりとした顔をした。

 

「いや、何だその欲は。勘弁してくれ」

 

「心が読めるのか」

 

「……まあ、似たようなものだ。

 そっちの二人の欲は、何故か聞こえん」

 

射命丸とフランの方を向いて、彼女はそんな事を言った。

ああ、被覆を得ているからな。無理だろう。

 

「それで、観光だったか。本当だろうな――ああいや。分かった分かった。

 分かったからまた操るのだけは勘弁してくれ」

 

一瞬だけ訝しげな表情を見せたが、私の顔を見ると彼女はすぐに両手を挙げた。

一体人の事を何だと思っているのだろう。

 

「神霊廟だったな、行かせてやろう。ついてこい」

 

そう言って私達に背を向ける彼女。

それに続いて、フランが、射命丸が、純狐が。付いて行く。

私は最後尾だ。

 

不意に、最前列に居た推定豊聡耳神子の姿が消えた。

それに続いて、フランが、射命丸が、純狐の姿が消えていく。

そして、最後に私の姿が消えて。

 

気付けばそこは先程の場所とは別の場所だった。

 

全体的に中華風の外観に。

屋根に龍・鳳凰などが飾られた立派な門が見て取れる。

足元には石畳が敷いてあって、随分と立派なのだな、という印象を受けた。

 

「さて、豊聡耳神子だったか。これは一体どういう事だ?」

 

私の声に、彼女は何も言わずに此方を振り向いた。

私と、私達の周りには、数々の人影に取り囲まれていた。

各々が手には武器を持ち、我々に向けてその切っ先を向けている。

随分と豪勢な歓迎だ。

 

「私が何も考えずに招くと思うかい?悪いが罠を仕掛けさせてもらった」

 

推定豊聡耳神子はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

 



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忠誠度能力+38:貴方は罠に嵌められた

さて、どうしたものだろう。

 

我々の周囲には、無数の人の姿。

その全てが私達に向けて武器を向けている。

数は、軽く数えて五十か、それ以上だろうか。大した数だ。

数で攻めるエルフデッキでもそうそうここまで数が並ぶことはないだろう。

 

その人だかりから少し離れて、推定豊聡耳神子が立っている。

まるで私達の様子を眺めるかのように。品定めをするかのように。

そこに優雅に佇んでいた。

 

「彼らはここの修行者達だ。

 私が操られていると聞くや否や喜んで参加してくれたよ」

 

聞いてもいないのに、彼女はそう言ってどこか自慢げな顔をした。

なるほど、彼らはそういう関係でこの罠に参加したのか。

よほど彼女に対して忠誠心が高いのだろう。

 

どうでもいいな。

 

要は私達の敵だ。

私だけならともかくとして、私の仲間にも武器を向けた瞬間から私の敵だ。

何をされても、ぶち殺されたとしても文句は言えないだろう。

まさかとは思うが、無事に帰れると思っているのだろうか。

彼らの一人一人は自分たちが負けるはずはないという顔をしている。

なんと哀れな事だろう。

 

「くすくす」

 

「……そこの女、何が可笑しい」

 

「いえ、とっても可笑しくて」

 

純狐が笑った。私も内心笑いたい気分だった。

ああ、そう言えば、月の都に攻め入った時も同じような事があったな。

と、不意に思い出した。あの時はこの数の比ではなかったな。

数百はいただろうし、絶望的な状態だった。実際ちょっと絶望したのだが。

 

「数の利なんて、ウギンの前では無意味よ」

 

あるカードの存在が、それを解決した。

 

「狭い空間/Crawlspace」

 

私は無色3マナを使い、呪文を唱えた。

瞬間――何も起こらなかった。

 

「……ハッ、虚勢か」

 

「いいえ、これで良いの。これが良いの」

 

推定豊聡耳神子は笑ってそう言った。

だが、純狐が言うように、これで良いのだ。こうでなくては困るのだ。

 

「射命丸、フラン、蹴散らせ」

 

「諸君!奴らを打ち倒せ!」

 

両者の声が重なり合う。

瞬間、動き出した射命丸とフラン。

対するあちらは――2人だけ動き出した。

 

「なっ!?どうした!!」

 

「そ、それが……身体が動きません!!」

 

悲鳴に近い声を上げる彼ら。

「狭い空間」は攻撃制限をかけるカードだ。

その効果は、戦闘で、2体までのクリーチャーしか攻撃出来ないというもの。

 

現実での効果もまた、それに近いものだった。

ただし、本当に空間自体が狭くなるわけではない。

空間自体はそのままに、攻撃する者以外は――棒立ちになる。

 

月の都に攻め入った時は、常にこれを用いた。

これさえ使ってしまえば、私と純狐は自由に動けるが、

向こうは先兵の2人以外のすべてが行動不能状態に陥るのだ。

いわゆる無双状態である。

これを初めて使った時、純狐は感激のあまり私に抱き着いて来たことを覚えている。

 

「さて、射命丸。フラン。私達も動くことが出来ない。

 守ってはくれないか?」

 

「あやややや、任せてください!」

 

「じゃあ攻撃は私に任せてー!」

 

向こうは混乱状態そのままに。こちらは蹂躙を始めた。

射命丸は、私と純狐に襲い掛かる――たった2人の攻撃を片手間に防ぎ。

フランは私達を取り囲む――棒立ちの集団をちぎっては投げ、ちぎっては投げと一人頑張っていた。

ああ、一応言っておくが。本当に身体をちぎっている訳ではない。

 

「くっ!撤退を……私も動けないのか!?」

 

目の前の惨状に、思わず逃げようとする彼女だったが。

自分も戦闘に参加していることを忘れていたのだろうか。わたわたと混乱していた。

知らなかったのか、プレインズウォーカーからは逃げられない。

 

あっという間に私達を取り囲んでいた集団は居なくなった。

残るは、動けない推定豊聡耳神子だけだ。

 

「あやややや、残るは一人だけになりましたね?」

 

「えー?もう終わり?

 でも楽しかった-!」

 

ニヤニヤしながら動けない彼女に近付いて行く射命丸。

久しぶりに身体を動かせて満足げなフランもまた、彼女に近付いて行く。

 

「ちょっ!ちょっと待ってくれ!話し合いで和解しよう!!」

 

あわあわと錯乱しながら、彼女はそう叫ぶが。

どうするかは射命丸とフランが決めることだ。

動けない私と純狐ではどうしようもない。

それにしても、勝手に襲い掛かってきて勝手に和解しようなどとは、

随分と勝手の良い話だ。笑わせる。

 

「それじゃあ賠償金の相談を――」

 

「あ!仲直りだね!はい、握手!

 これでもう大丈夫だね!」

 

「あ、はい」

 

悪い笑顔をして手もみをしながら射命丸はそう言ったが。

対するフランは握手をして勝手に和解してしまった。

……いやまあ、射命丸の言う賠償金で解決するのもどうかと思うが。

それでいいのかフラン。ちょっと良い子過ぎておばちゃん心配になっちゃうよ。

 

瞬間。私と純狐。それと推定豊聡耳神子の身体は自由に動くようになる。

「狭い空間」は月の民で散々実験した結果。1度の戦闘で効果がなくなるらしい。

この辺りは、カードの時の効果と大きく違う所か。

カードの時は「狭い空間」が破壊されない限り、効果は永続していた。

アーティファクトというよりはソーサリーやインスタントに近いな。

などとMTG脳に浸っていた。

 

「フランちゃん可愛い!可愛いわ!

 もし私だったら■■■して■■■って■■■■■■してやるのに!

 本当に純粋で良い子だわ!!ウチの子にならない!!??」

 

純狐はその間にフランの頭を撫でまわしていた。

おい純狐、やめろ。フランの教育に悪いだろうが。

後でレミリアに何か言われるのは私なんだぞ。

うんざりとした表情になっていると、不意に推定豊聡耳神子がため息を吐いた。

 

「ああ、分かった。良く分かったよ。

 ……罠に嵌めて悪かった。私の名前は豊聡耳神子。神子でいい」

 

「そうか。私はウギンだ」

 

「うん、よろしくね。

 ……そっちの女性に捕まらなくてよかったよ」

 

ああ、と私は同情したくなった。

そう言えば神子は心が読めるのだったか。

ならば純狐が本当に本気でやるつもりだったのが分かったのだろう。

私もそれを見越して純狐を動かさなかった。

いやごめん嘘言ったわ。なんとなくだったわ。

 

「……君は随分と行き当たりばったりで動いているのだね」

 

なんかげんなりとした表情でそんな事を言われた。

心外である。私だって考えて動くことくらいたまにある。

 

「ともかく、観光だったね。存分にして行ってくれ。

 私は彼らの無事を確認してこよう」

 

そう言ってフランに投げ飛ばされた修行者の安否を確認しに歩いていく神子。

ちょっと心配そうにしているフランだったが、なに、気にすることはない。

彼女自身がそう言ったのだ。我々は存分に観光していくことにしよう。

我々は神子をそのままにしてその場を後にした。

 



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忠誠度能力+39:貴方は親和(アーティファクト)を得る

40話です。早いですね。
ここまで来れたのも皆様のおかげです。
感想を頂ける方も、いつもありがとうございます。
励みになります。

今回のテーマは
「親和(アーティファクト)」
アーティファクトの数の分だけコストが減るという強力なテーマです。
本小説では既に出ましたが金属ガエルがそれにあたりますね。

MTGでは黒歴史の一つとして良く語られます。


私達は神霊廟を観光していた。

 

中華風の豪華な作りをしたその趣向は、私達の興味を引くには十分だった。

途中、フランが「皆で写真を撮ろうよ!」と言って門の前で集まったりもした。

この巨体で写真に写れるのだろうか。と思いもしたが、顔さえ写れば問題はないか。

そう言えば吸血鬼は写真に写れるのだろうか。と他の事を考えたりもしていた。

 

私は顔をフラン達の下へと下ろすと、フランがその隣へ。

純狐は私の顔を挟んでフランの反対側へと移動した。

 

「はーい、撮りますよー!」

 

そんな事を言って写真を撮ろうとする射命丸。

いやいや、何をやっているんだ。お前も写るんだよ。

そんな事を言えば、射命丸はどうやら撮るのは慣れているが

撮られるのは慣れていないという事でどこか気恥ずかしそうにしていた。

 

「駄目だよー!一緒に写ろう?」

 

そうして抵抗していた射命丸であったが。

とどめはフランの一言だったのか。

最後には「仕方ないですねぇ」と諦めた様子で私の頭の上に乗った。

ちょっと待って欲しい。どうしてそこに乗る。

 

「だって、ここくらいしか場所が空いてないんです。

 見切れちゃいますよ」

 

もう少し反論したかったが、恐らくは既にカメラをセルフタイマーにしていたのだろう。

ジー。という機械音が聞こえてきた。そろそろシャッターが切れる頃だろう。

 

「はい、行きますよ~!」

 

「「「はい、ちーず!」」」

 

ぱしゃり。とぴったりのタイミングでシャッターが切れた。

思えば、私達の集合写真というものは今まで撮った事がなかったか。

きっと記念になるだろう。楽しみだ。

いつ頃写真は出来上がるのだろうか。射命丸に聞けば。

 

「そんなにすぐには出来上がりませんよ。

 ひとまずここから帰って私の住処に戻ってからですね」

 

そうか。ちょっと気が早かったかも知れない。

一人で盛り上がってしまっていた事を少し恥ずかしく思った。

 

「写真出来るの楽しみだね!」

 

フランがそう言えば、私も大きく頷いた。

楽しみだ。実に楽しみだ。

さて。そうして門の前でワイワイとやっていた頃だっただろうか。

 

「なんだ君たち、まだここに居たのか」

 

神子が戻ってきてそんな事を言い出した。

彼女は確か、フランが投げ飛ばした修行者の安否を確かめていたはずだ。

随分と早かったが、大丈夫だったのだろうか。

 

「傷を負っている者は少数だったし、傷も大したことはなかったよ。

 そもそも、ウチで修行しているんだ。

 卑怯な手を使われなければ、さぞや手こずったことだろうさ」

 

自信満々にそんなことを言う彼女。

卑怯な手とは言うが、いきなり罠に嵌めて数の暴力で押すのは卑怯ではないのだろうか。

 

「……あれは策というんだよ」

 

「良かった~!死んでる人はいなかったんだね!

 人間ってすぐ壊れちゃうから心配だったんだ!」

 

目を泳がせながら、そんな事を言った彼女に。

笑顔で安堵するフラン。

まあ、今は能力を封じているから平気だっただろうが

もし仮に能力を封じていなかったら人間などひとたまりもないだろう。

というか、死ぬて。壊れるて。時折見せる闇の深さにおばちゃん泣きそうだよ。

 

「さて、こうして合流出来たんだ。私から神霊廟を案内させて欲しい。

 勝手に動かれ回られるよりもそっちの方が私も安心だしね」

 

見て回れる場所は限られるだろうけど。と私を見ながら言葉を付け足した。

まあ、この巨体だからな。門はギリギリ通れるかも知れないが。それでも狭い。

一応聞いておきたいのだが、この門はアーティファクトだろうか。

 

「あーてぃふぁくと?なんだいそれは?」

 

こてん、と首を傾げる神子。

要は無生物かどうか。という事だ。と私は答えた。

紅魔館がそうだったように。もし壊してしまっても再生すれば元通りになる。

破壊してしまっても、結果が良いならそれで良いのだ。

 

「……壊すつもりだね?」

 

私がそんなことを思っていれば、彼女は私をジト目で見た。

いや、壊すかもしれないというだけだ。結果的には元通りになる。

仮にアーティファクトで無かった場合は……まあ、逃げるしかあるまい。

 

「駄目だよ」

 

駄目らしい。私は門を通ることも許されないようだ。

なんと心の狭いことだろう。紅魔館はいくら破壊しても許してくれたというのに。

なんとなく私の心の中でレミリアの株が上がった。

 

「そうそう、ところでなんだけど。

 ウギン、君は随分と変わった術を使うんだね。

 人を操る術に、人の行動を制限する術。他にも何か使えたりするのかい?」

 

興味深そうに。神子は私に対してそんな事を聞いて来た。

まあ、出来なくはないし、大抵はなんでも出来る。制限はあるが。

そう言葉だけで伝えたのが悪かったのだろうか。

神子の興味をさらに惹いてしまったようで、

直接見せてくれないか?と言われてしまった。

 

私は仲間達を見た。

ちょっと観光遅れるかもだけど、大丈夫?という感じで。

すると。

 

「あ!もしかして練習相手になれば良い?

 丁度暴れ足りなかったんだ~!良いよ!」

 

「まあ。先程はちょっと歯ごたえが無さ過ぎましたからね。

 この射命丸の実力って奴を見せてあげますよ」

 

何を勘違いしたのか知らないが。そんな事を言い出した。

ちょっと待って。ちょっと待って欲しい。そんなつもりじゃないんだ。

たまらず、私は純狐に助けを求めて視線を向けると。

 

純狐が震えて笑っていた。

あ、助ける気ないなコイツ。

 

はあ、仕方ない。仕方ないか。

 

「分かっているとは思うが、私はお前達を傷つけるつもりは一切ない。

 それに今の射命丸相手では相手に有効打を与える事など朝飯前だろう。

 勝負にならないな」

 

「なら、私が君たちの練習試合を見て満足した所で終わってもらっていいよ」

 

「ふむ、ならばクリーチャーを召喚して、それを破壊して遊ぶか」

 

「わーい!遊ぼう!」

 

「ちょっとは歯ごたえをお願いしますよ?」

 

遊ぶ内容はおおよそ決まった。

私対射命丸とフランの1対2だ。

内容としては、私がクリーチャーを創り出し続けて、

射命丸とフランがそれを壊し続けるという、至極単純なもの。

時間制限は設けない。ただし、神子が満足した時点で終了する。

なるほど、単純だな。

 

純狐はどうやら、見物にまわるようだ。

助かった。こいつまで相手側に移ったらどうしようもなくなるところだった。

 

私は、射命丸とフランから十分に距離を取って。

そして。お遊びは開始された。

 

「メムナイト/Memnite

 メムナイト/Memnite

 メムナイト/Memnite

 メムナイト/Memnite」

 

先手は私が取った。

先ず先にメムナイトを、4体。

これだけでは物足りないだろう。

だから。かつて使ったこの手を使おう。

 

「金属ガエル/Frogmite

 親和(アーティファクト)=4」

 

「!」

 

ここで、何をするのか察知した射命丸がすぐさま動いた。

フランは、そう言えば見たことがなかったか。なら丁度いい。こんなことも出来るぞ。

 

「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」「金属ガエル/Frogmite」

 

瞬間、私の目の前に現れた20体の金属ガエル。

フランもここでようやく動き出した。とても遊びがいがあるという事に気付いたのだろう。

その表情は、喜々としている。楽しんでいるようでなによりだ。

 

まあ、だが。

フランは「外套と短剣/Cloak and Dagger」を装備している為、パワーが+2足されている。

これでは、タフネスが2しかない「金属ガエル」では遊び相手には向かない。

私の予想が当たったのか、フランは「金属ガエル」相手に無双状態だ。

一度攻撃を与えれば、壊れてしまう。ああ、これではいけないな。

 

もう少し、手ごたえを作ってやらねば。

 

「マイアの処罰者/Myr Enforcer

 親和(アーティファクト)=10」

 

金属ガエル達を早々に半分以上潰した射命丸とフラン。

その合間に、私は次の1手を打つことにした。

 

「マイアの処罰者/Myr Enforcer」

「マイアの処罰者/Myr Enforcer」

「マイアの処罰者/Myr Enforcer」

 

「おや、それは初めて見ますね!」

 

青く丸い、ゴーレムのような見た目をしたそれを。とりあえず4体生成した。

 

マイアの処罰者は、本来ならば7マナのクリーチャーである。

だが、今回はアーティファクトを10個コントロールしている為。

かかるコストは、0マナで済む。

タフネスは、さっきの「金属ガエル」の倍の4だ。

 

「ここからは、棒立ちではないぞ。

 攻撃を避けるように動け。マイアの処罰者」

 

「思ったよりも、動きが早いですね!っと!」

 

「アハハ!しかもさっきよりも固いね!」

 

互いが互いを補うように、射命丸とフランは立ち回る。

動きの速い射命丸がマイアの処罰者の動きを制限し、

それに対して隙が出来たところをパワーの高いフランが一撃、二撃入れて倒す。

なるほど、良いチームワークだ。感動的だな。

 

「なら、これならどうだ?

 マイコシンスのゴーレム/Mycosynth Golem

 親和(アーティファクト)=11」

 

思ったよりも射命丸とフランの息が合った動きで、マイアの処罰者は早くも3体が潰された。

さて、ここからは私も楽しませて貰おう。

 

私が召喚したマイコシンスのゴーレムは、両手に刃物のようなものを持ったゴーレム。

タフネスは5だ。それ自体は大したことはない。

しかし、マナコストは驚愕の11だ。よほどアーティファクトがなければまともに召喚も出来ない。

それでもこいつを召喚したのには、理由がある。

それは、このゴーレムの効果だ。

 

私がプレイするアーティファクト・クリーチャーは親和(アーティファクト)を得るのである。

 

全て。アーティファクト・クリーチャーであれば。全てだ。

 

ゆえに。

 

「古き石の偶像/Ancient Stone Idol

 親和(アーティファクト)=12」

「ストラタドン/Stratadon

 親和(アーティファクト)=13」

「金属製の巨像/Metalwork Colossus

 親和(アーティファクト)=14」

「ドラコ/Draco

 親和(アーティファクト)=15」

 

調子に乗って、マナコストの高いアーティファクト・クリーチャーを並べてしまったのも、また仕方ないということで。

ちょっと調子に乗り過ぎてしまったということも、確かなことで。

 

 

 

 

「やりすぎよ、ウギン。可哀想だから私も参加するわ」

 

 

 

 

純狐が相手側に回ってしまったのは、想定外だった。

 



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忠誠度能力+40:貴方は焦る

そこからはもう、蹂躙されるだけだった。

 

「古き石の偶像」も「ストラタドン」も「金属製の巨像」も「ドラコ」に至るまで。

純狐が軽く攻撃を入れるや否や即純化して致死ダメージまで持っていくのだ。

タフネスがいくつだろうが関係ない。

片手間にメムナイトや金属ガエル、マイアの処罰者やゴーレムは処理された。

やだ、この人ガチだわ。こわい。

 

蹂躙される最中。不意に月で純狐と喧嘩をした事を思い出す。

そう言えばその時もこんな感じだったなぁ。

いくらクリーチャーを並べても、強力なのを出しても、1発で終わるんだもん。

接死ティムかよ。とちょっとMTG脳に浸ったりもした。

 

純狐に対抗するには、クリーチャーを並べてはいけない。

周囲の地形を破壊するつもりでエルドラージを出して押し潰すか。

全てを塵に、などのリセットカードで周囲全てを吹き飛ばすか。そうするしかない。

なお、周りの地形は大きな被害を被ることは間違いない。

 

そこまでしてようやく10回に1回勝てるかどうかなのだ。

本気になった純狐とは、もう二度と相手にしたくなかった。

 

「ふう、こんなものかしらね」

 

散々暴れまくった純狐は、私の召喚したクリーチャー群を一掃した所でそんな事を言った。

射命丸もフランも、神子に至るまで皆顔をポカンとしている。

そういえば、本格的に純狐が暴れるのを見るのは、皆初めてだったか。

まあ、そういう反応にもなるだろうな。

 

「凄い!凄い!

 純狐お姉さんもフランみたいな事出来るんだ!」

 

「あら、フランちゃんも同じ事出来るの?」

 

その中でいち早く復帰したフランは、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。

どうやら似たような効果を持つ者として親近感が沸いたらしい。

あ、いや待て。これちょっと嫌な予感がするぞ。

 

「うん!今はちょっとウギンに封印してもらってるんだけど」

 

「ウギン?」

 

瞬間、こちらを見る純狐の顔が笑顔になった。

笑うという行為は本来攻撃的なものであり――云々。

ともかく。これはまずい。ちょっと純狐の笑顔から感じる圧がやばい。

選択を間違うとここでぶち殺されそうだ。

 

「いや、今はフランに頼まれて封印しているだけだ。

 いつでも解ける」

 

「そうそう!」

 

「あら、そうだったの!偉いわね。フランちゃん」

 

そう言うと純狐はフランの頭を撫で繰り回す。

傍から見ると微笑ましい光景だが、どちらも私を殺しそうになった奴らだと考えると

とたんに物騒に感じる。これってトリビアになりませんか?

 

さて。練習試合もといお遊びは終わった。

神子は満足できただろうか。そちらの方を見てみると。

彼女は立ったままピクリともしない。どうしたのだろうか。

表情もポカンとした表情のまま復帰していない。

 

「神子、どうした?」

 

「ふぇ!?ああいえ!!別に!別になんでもないです!」

 

「あ、そう言えばおっきいの出た時に石畳割っちゃったね……ごめんなさい」

 

フランは滅茶苦茶になって割れてしまった地面を見てそう言った。

しまった。そう言えば高コスト帯のクリーチャーを呼び出した後の事を考えていなかった。

フランに謝らせてしまったが、ここは私が謝るべきだろう。

すまん、フラン。でもちゃんと謝れて偉いぞフラン。

 

「すまない。気が利かなかった。申し訳ない」

 

「大丈夫です!!全く問題ありませんから!!」

 

手をわたわたと振りながら神子はそんな事を言った。

はて、先程から何をそんなに慌てているのだろうか。

いまいち要領を得ない。

思わず首を傾げてしまった。

不意に、純狐から声が届いた。いつぞやの様に、私にしか聞こえない声で。

 

『単にビビってるだけよ。

 私達と敵対したら、って事を考えてたんでしょうね。

 力量を見る為の練習試合という面もあったんでしょう』

 

なるほど、そうなのか。

どこか申し訳のない気持ちになるが、仕方ない事だろう。

それに、さっきの私も、純狐もまるで本気ではなかった。

本気の純狐だったらあの程度、一瞬で片づけていただろうし。

私もまた本気だったら親和を持たせた「荒廃鋼の巨像」を並べていただろう。

荒廃鋼の巨像は「破壊不能」を持っているし、純狐相手でもそこそこ持つ。

それに「感染」という毒を持っている事から、純狐もまた手を出しづらい。

この程度で驚いて貰っては困る。

 

「驚いてなんていませんよ!

 でも本気を出すのは止めてくださいお願いします!」

 

そんな事を思っていれば、神子は必死な顔をしてそう言った。

そうか、そう言えば心を読めるのだったな。

心を覗き見されるのは、特段何も思わないし、不快でもない。

話が早くて済むから、寧ろ良い事だとさえ思っている。

 

さて、神子の用事が終わったのだから、観光に戻ろう。

何か面白いものや人物は居るだろうか。

そのように、神子に伝える。心に思うだけではなく。声に出して。

 

「そうですね……絶対に合わせてはいけない人物は居るのですが……。

 面白い人物ですか……そう言われると難しいですね」

 

うんうんと考えながら、神子はそのような事を言った。

合わせてはいけない人物?はて、そのような事を言われたのは初めてだ。

寧ろ興味が沸いた。是非、是非会ってみたい。

 

「どのような名前をしているのだ?」

 

「……名前だけですよ?霍青娥と言います」

 

「……あちゃー」

 

ニヤリ、と思わず頬を吊り上げてしまう。

そうか、そうか。霍青娥という名前なのか。それは良い事を聞いた。

射命丸だけは、私がこれから何をするのか分かったようで、頭を抱えた。

 

「言っておきますが、青娥がどこにいるのかは私にも分かりませんよ?」

 

「いえ、あの。……関係ないんです」

 

「ねえねえ、何か飲みたいものはある?」

 

「え?ええと、じゃあお茶を?」

 

「くすくす」

 

最早全員が気付いたのだろう。

神子以外の全員が様々な表情を浮かべている。

そう、どこに居ようが、何をしていようが、関係ないのだ。

 

「Ashnod's Coupon」

 

そう、Ashnod's Couponならね。

 

 

 

 

 

 

 

【しばらくお待ちください……】

 

 

 

 

 

 

果たして、霍青娥は私達の前に現れた。

神子の時とは違い、顔は満点の笑顔だ。

手にはお茶を持っている辺り、彼女が霍青娥で間違いないだろう。

 

「はい、見知らぬ龍さん。お茶です」

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

髪、目から服まで全身、名の通り青で統一されている。

髪の一部を頭頂部で∞の形に結い、結い目にはかんざしのような何かを刺している。

 

「それで、豊聡耳様。何の御用でしょう?」

 

「いや、青娥。私が呼んだわけではありませんよ。そちらのウギンが呼びました。

 お茶はありがたくいただきますね」

 

ふむ。これが合わせてはいけないと言われていた青娥か。

見た感じ普通の女性に見えるが、どこか可笑しな部分があるのだろうか。

純狐の様に快楽主義で刹那主義なのは勘弁して欲しいのだが。

 

と、そこまで来て。不意に純狐が

 

「……嫦娥?」

 

とつぶやいたのが耳に入った。

顔からは感情が抜け落ちていた。

 

あっ。やべえ。

これマジでやべえわ。

 



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忠誠度能力+41:貴方はガチで焦る/激怒する

誰しもが、踏んではいけない地雷というものを抱えている。

それは、私が仲間を傷つけられることを嫌うように、だ。

 

純狐の場合「嫦娥」という人物を酷く、酷く憎んでいる。

ちょっと似たワードでも、反応するのだ。勘弁して欲しい。

他人が「嫦娥」に似たワードを発すると発狂するのだ。

ただ自分が言うのは良いらしい。基準が良く分からん。マジで勘弁して欲しい。

 

一度。一度だけ月に居た頃。

「嫦娥とはどんな人物なのだ?」と聞いてしまった事がある。

今でも鮮明に思い出せる程、苦々しい記憶だ。

表情からは全ての感情が抜け落ち、私の方を見て。

「嫦娥?」とだけ言って即ぶち殺された。訳も分からなかった。

 

ともかく、今私は猛烈に焦っていた。

今、純狐の顔から感情が抜け落ちた。

これは相当にヤバい。

赤信号どころではない。眼前にトラックが迫ってきているレベルだ。

 

このままでは死人が出る。

私は確信していた。

 

「Ashnod's Coupon!!

 純狐!!コーラを買いに行け!!」

 

周囲の目も気にせず。私は叫んだ。

ギリギリ間に合ったのか。まだ死人は出ていない。

 

「嫦娥、嫦娥、嫦娥」

 

私が言うのもなんだが、カードの効果は絶対だ。

「破壊不能」は絶対に破壊されないし。

「破壊する」効果は回避することは出来ない。

「被覆」はあらゆる効果や能力の対象には取られない。

そして「Ashnod's Coupon」は絶対に飲み物を買いに行かせる。

 

――しかし。

ぎちぎちという音をあげながら、純狐は未だその場に立っている!

カードの効果に抗っているとでも言うのだろうか!

 

「ウギンさん!?」「ウギン!?」

 

射命丸とフランの声が聞こえる。

見なくても分かる。酷く困惑した声だった。

 

「射命丸!フラン!この場からすぐに逃げろ!!

 出来るだけ遠くにだ!!

 そこの二人も早く逃げろ!!」

 

私は叫んだ。この場に居たら、恐らくは誰かが死んでしまう。

それだけは避けたかった。

 

残りの保有マナは――無色4マナか。

「Time Vault」「多用途の鍵」を切れない訳ではない。

だが、切ってしまえば保有マナは0マナになってしまう。

そうなってしまえば、次の追加ターンは得る事が出来ない。

「多用途の鍵」を使うには、1マナが必要になるのだ。

 

つまり、追加ターンを。やり直しを得たとしても。1回のみ。

この1回だけで純狐は平常に戻るだろうか。再び発狂することはないだろうか。

私には、その自信がなかった。

 

私は、ひたすらに最善手を探していた。

何をすれば純狐の発狂は収まるのか。

また殺し合いをするしかないのか。

それだけを考えていた。

 

だからだろうか。私はその存在に気付けなかった。

私の必死の叫びも聞かず、その場に残った人影を。

 

「いやですわ。呼ばれたと思ったら逃げろ、だなんて」

 

「何をしている、いや。何をしていた。早く逃げろ」

 

霍青娥だった。

彼女は初めと変わらぬ笑顔をたたえて、その場に居た。

いや。その笑顔はさらに深くなって不快さを感じる程だった。

 

「初対面の私でも分かりますわ。貴方は、とってもとっても、強い。

 そんな貴方がここまで焦っているんですもの。これほどに面白いものはないですわ」

 

考える時間が欲しかった。

ともかく、何か策がなければ。純狐を元に戻すことなど出来ないだろう。

だからこそ、私はこの女の言葉を一切聞き入れない事にした。

それでも、嫌でも耳に入ってくる、女の言葉。

 

「嫦娥!ああ嫦娥よ!見ているか!不俱戴天の敵!嫦娥よ!」

 

「あらあら、こんなに正気を失ってしまって。

 可哀想、可哀想だわ」

 

幸いなことに、カードの強制力は相当なものなのか。

純狐が私達に襲い掛かってくる事は、今のところはない。

彼女はその場で身体をガタガタと震わせながら、立っているのみだ。

本来であれば、ぶち殺されていた事だろう。

 

私は、意を決した。

 

「Time Vault

 多用途の鍵/Manifold Key

 ――両方、起動しろ」

 

私は、封印を解く事にした。

たった一度。たった一度のやり直しに。全てを賭ける事にした。

これで保有マナは0マナ。どんなに後悔しても、それは変わらない。

 

「あら、不思議なからくりね。

 どんな効果があるのかしら?」

 

「答えるつもりはない」

 

「あら、嫌われちゃったわ。

 くすくす。ねえ、この女性。なんとかしてあげましょうか」

 

「何?」

 

意図せず、声が出た。

霍青娥がどんな人物かは知らないが、もし善意でここに残ったのだとしたら。

純狐を正気に戻す様な能力を持っていたとしたら。

そんな希望が頭を過ぎる。

 

「何をする気だ?」

 

「簡単な事よ。この女性を殺して、死体にするの。

 そうして操れば、ほら簡単――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔力の墓所/Mana Crypt

 魔力の墓所/Mana Crypt

 魔力の墓所/Mana Crypt

 魔力の墓所/Mana Crypt」

 

 

 

「存在の一掃/Scour from Existence」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭頂部で∞の形に結われていた髪が消えた。

女性のかんざしのようなものが一瞬にして消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度言ってみろ。”私の仲間に”何をする気だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

自分でも信じられない程冷たい声だった。

目の前の女性がまるで虫けらか何かにしか思えなかった。

意図して封印していた「魔力の墓所」を四つ出してしまう程。

不老不死をも殺しうるであろう「存在の一掃」を使ってしまう程。

 

ハッキリと言おう。この女性は私の地雷をぶち抜いた。

私は、ブチ切れていた。冷静な思考ではなかった。

 

「あら、まあ」

 

大した驚きもなく。目の前の女性はパサリ、と結われた髪が解けるのを眺めていた。

そうして自身の背後を見れば、底が見えない程深い穴が、ぽっかり開いていた。

 

「存在の一掃」はあらゆるパーマネント。つまりなんらかの物体を対象として

それを追放してしまう無色の万能除去だ。

コストこそ7マナと高いが。なんでも追放出来るというのは、大きい。

 

「魔力の墓所」は無色0マナで無色2マナを生み出せるという、まさに夢の様なカード。

だが、アップキープにコイン投げをして負けたら3点を受けるというものだ。

私は、この3点がどこに飛ぶのか分からなかった。

もしかしたら、仲間に飛ぶのかもしれない。

そう思うと、使うのは躊躇われた。

しかし、今は追加ターン中である。

やり直しは一度残されている。何の問題もあるものか。

 

……ふう。MTGの事を考えていると少し気持ちが和らいだ。

ただ、忠告はしておこう。

 

「次は当てるぞ」

 

先程よりかは幾分か感情を込めた声で。

私は霍青娥に向けて声を掛けた。

 

「えぇ。ごめんなさいね。

 さっきのは本当に冗談だったのよ」

 

随分あっさりと、彼女は謝罪して頭を下げた。

顔には変わらず笑みを浮かべたままだ。

 

「でも策があるのは本当よ。

 とっても簡単な話」

 

「それを信じろと?」

 

「他に策があるならそれでもいいわ」

 

ふむ。と私は考える。

まあ、どの道一回はやり直しがあるのだ。

それに賭けてみるのも良いか。

 

「構わん。

 だがおかしな真似をしたらその時は」

 

「分かってるわよ」

 

随分と軽い様子で、彼女は純狐に歩み寄る。

そうして、何かぼそぼそと呟き始めた。

 

暫くして、果たして純狐は正気に戻った。

いや、戻ったのだが。

 

「ウギン!私の為にそこまでしてくれたのね!

 感激!私感激したわ!!」

 

発狂が解けてすぐにそんな事を叫んだ。

おい、何を吹き込んだ。

 



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忠誠度能力+42:貴方は訝しむ

発狂が解けた後、純狐はコーラを買いに行った。

 

すっかり忘れていたが「Ashnod's Coupon」を使っていたのだった。

今の今まで忘れていた。

本当にどうでも良い事なのだが、どこでコーラを買うのだろうか。

ここと幻想郷とは異空間によって隔たりがあるはずなのだが。

神霊廟にはコーラが売っていたりするのだろうか。

まあ、特段別に気にする事ではない。

 

残されたのは、私と霍青娥の二人のみ。

一度ブチ切れて殺しかけただけに、ちょっと気まずい。

何か話題はないだろうか。

 

「そういえば」

 

不意に、霍青娥が口を開いた。

首をこてん、と傾げて顎に指をあてている。

視線の先にあるのは、「Time Vault」

ああ、そう言えばこれも出していたのだった。

すっかり忘れていた。

 

「こちらのからくりには、どんな意味があったのですか?」

 

「ああ、追加ターンを得るだけだ」

 

「?」

 

私の言葉に、反対側に再び首を傾げる彼女。

しまった、ついMTG脳になってしまった。

これでは彼女には全く伝わらないだろう。

 

「いやなに、簡単な事だ。一日だけやり直す事が出来る」

 

「ええっと……?」

 

反応はあまり芳しくない。

言葉にすれば簡単なものだが、どうやら彼女には上手く伝わらなかったらしい。

こればかりは、実際に体験してもらうしかないのか。

そう言えば、一日のやり直し。そんなカードもあったな。

まあ、あれは青だから私には何の意味も関係もないが。

 

「ものはついでだ。実際に経験してみるか」

 

丁度マナは1マナだけ浮いている。

このまま消してしまっても良いが、それでは味気ない。

どの道「魔力の墓所/Mana Crypt」も出してしまっている。

4枚も5枚もさして変わりはないだろう。

 

「魔力の墓所/Mana Crypt」

 

「無限の日時計/Sundial of the Infinite」

 

私は「魔力の墓所」からマナを捻出して、無色3マナにすると。

「無限の日時計」を出した。

丁度いい。ターンの強制終了をする日時計の実験も兼ねるか。

 

「無限の日時計、起動しろ」

 

――果たして、効果は劇的だった。

先程まで空高く昇っていた太陽が、ぐるり。と音を立てるかのように沈み。

代わりに月が昇りだした。あっという間に、辺りは真っ暗になる。

 

霍青娥は、目を見開いて空を眺めていた。

そうして。午前0時を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【追加ターンを処理します】

 

【Crypt Check:コインの裏で3点ダメージ】

 

【〇〇×〇×】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫦娥!ああ嫦娥よ!見ているか!不俱戴天の敵!嫦娥よ!」

 

瞬間。太陽は再び空高く存在していた。事になった。

つまりは、追加ターンは問題なく処理された。という事だ。

 

ただ、問題は。

【忠誠度:11→5】

 

「魔力の墓所/Mana Crypt」のデメリットが思った以上に大きかったという事か。

今、私の周りには「魔力の墓所」は存在していない。

だというのにコイン判定が出た、という事は。

どうやらカードの時とは違い、存在していなくてもコイン判定は行われるらしい。

願わくば、この判定は今回これっきりにして欲しい。でなければ冗談抜きに死ぬ。

朝目覚めると冷たくなったウギンが発見されてしまう。

ただ、不幸中の幸いとして、どうやらダメージは私自身に与えられるらしい。

仲間に与えられることがなくて、本当によかった。

 

さて、目の前には再び正気を失った純狐が居た。

このままでは埒が明かない。再び彼女の手を借りるしかないのだが。

 

「――素晴らしいわ」

 

霍青娥は空を見上げながらそんな事を呟いた。

はて、何の事だろう。と思っていると。

 

「一日をやり直す。というのはそういうことですのね。

 なんて、なんて素晴らしいことでしょう」

 

瞳をギラギラと輝かせて。彼女はそんな事を言い出した。

 

「これなら、何をやっても元通り。何をしても元通り。

 うふふ。夢のよう。夢のようね」

 

なんだろう。すっごく嫌な感じだった。嫌な予感どころではなかった。

例えるのなら、悪人に対して銃器の類を渡したような。いや、それどころではない。

核兵器の発射スイッチを赤子に与えたような、凄いやべえ感じがした。

 

「霍青娥、すまないが純狐を再び正気に戻してくれないか?」

 

「あらやだ!ウギン様。私の事は気軽に青娥。いえ。娘々とお呼びくださいな」

 

急にすり寄ってきた。いきなり距離を詰められたような気がした。

その顔は笑顔だった。笑顔だったけどこわかった。

 

「……娘々、純狐を頼むぞ」

 

「はい!」

 

仕方がなく呼べば、ニッコニコ笑顔だった。でもこわかった。

彼女はるんるんとした足運びで純狐に近付いて、再び何かをぼそぼそと呟き始めた。

 

……心なしか先程よりも長いような気がする。本当に何を喋っているのだろう。

さて、暫くして。再び純狐は正気を取り戻した。取り戻したのだが。

 

「あら、ウギン。そこの女とは随分お楽しみだったようね?」

 

「うふふ、そんなぞんざいに扱わないでくださいな」

 

なんか純狐の目がちょっと冷たくなっていた。

本当に何を吹き込んだんだこの女。さっきと反応がまるで違うぞ。

 

「ふんっ。まあ良いわ。どうやら私はコーラを買ってこないといけないようだし」

 

「あらまあ、行ってらっしゃいませ~」

 

「ウギン!そこの女に誑かされちゃ駄目よ!!」

 

純狐から厳重に注意を受けた後、コーラを買いに出かけた純狐。

そうして姿が見えなくなるや否や、娘々は私にすり寄って来た。こわい。

 

「それでウギン様!先程のからくりが私、凄く、すっごく欲しいんですが……。

 私に出来る事ならなんでも、なんっっでも!致しますわ!」

 

お、おう。そうか。

じゃあとりあえず、射命丸とフランと神子を呼んできてはくれないだろうか。

そしたら別に構わないから。あげるから。と言えば。

娘々は「朝飯前ですわ!」とぶっ飛んで行った。

さながら目の前にMoxを吊り下げられた射命丸のように。

……何故だろうか。すっごい嫌な予感がした。

 

 

 

【暫くして】

 

 

 

無事に私達は合流した。

射命丸とフランはもちろん。神子と娘々も居る。

純狐も、どこから買って来たかは知らないがコーラを手に持っていた。

本当にどこから買って来たのだろう。異空間のはずだろう、ここは。

 

「そうしますとウギン様……約束のこのからくりを持って行ってもよろしくて?」

 

「まあ、別に構わないが」

 

多分それ、コントローラーである私以外だと使えないよ。

と言おうとしたら、娘々は既に持ち去って行ってしまった。

……見た目から結構な重量があると思うのだが、凄いな。こわい。

 

「……何か厄介なことにならなければ良いが」

 

「あらあら、やだやだ。これだから短気な女は嫌われるのよ、ねぇウギン?」

 

神子はため息を吐き。純狐は手をパタパタと煙たがっていた。

純狐に至ってはこちらに目を向けて来たので「そうかな……そうだな」とだけ返した。

 

まあ、多分大丈夫だろう。なんか余計な改造をして動かない限り

「Time Vault」は基本ただの置物でしかない。大丈夫。大丈夫のはずだ。

 

「さて、観光だったね。なんだかどっと疲れた気がするけど。

 まあ一番の懸念事項がなくなったと前向きに考えようか」

 

神子は私達にそう言うと、目の前の門をくぐるように言われた。

……なんとかギリギリくぐり抜けられることだろう。多分

 



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忠誠度能力+43:貴方は味方を得る

日間ランキング28位に載ってました。

工工工エエエエエエェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェェエエエエエエ工工工

マジでビビりました。
皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。


果たして、門は無事にくぐり抜ける事は出来た。

 

途中胴体がギリギリだったので無理に通り抜けようとすれば

メキメキと嫌な音が鳴った時は本当に危なかった。

神子の顔が死んでいた。ちょっと申し訳のない気持ちになる。

 

さて、苦労してくぐり抜けたその先。

そこにはこれまた中華風の建物があった。

 

「ここは私達が住んでいる場所だ。

 まあ、観光して貰っても構わないが、面白いものはないよ?」

 

なんだ、そうなのか。それは残念だ。

と言う我々ではない。なにせフランの目的は遠足である。

どんな場所であったとしても、私が特に興味がないとしても

私の仲間が興味を示したのならば。それは私がここに居る理由にもなる。

逆を言えば、フランが興味を無くした瞬間、ここには用は無くなるのだが。

 

さてはて、肝心のフランはと言えば。

キッラキラの目で建物を見ていた。興味津々である。

 

「見ていくか?フラン。行ってきていいぞ」

 

「うん!!」

 

フランにGOサインを出せば、リードから解き放たれた犬のようにそちらへ走り去っていった。

それに続いて純狐が、フランを見守る為にそちらへ歩いていく。

残されたのは、私と射命丸。あと神子だけである。

 

「君たちは良いのかい?」

 

「建物が壊れるからな」

 

「ウギンさんが残るならこの射命丸!残りますとも!ええ!

 決してそろそろMoxが欲しい訳ではありませんとも!」

 

分かりやすい。分かりやす過ぎるぞ。射命丸。

はぁ、とため息を吐けば。神子が首を傾げていた。

 

「もっくす?」

 

ああ、そう言えば彼女は知らなかったか。

ものはついでだ。知っていて損はないだろう。得もないが。

 

「Mox Pearl」

 

呪文を唱えて、手のひらを開けば。そこには白く輝く宝石が一つあった。

神子は目を見開いてそれを眺めている。なんだ、もしかして君も射命丸タイプか。

 

「!!

 これは驚いた。君は宝石も創り出す事が出来るのか」

 

違ったようだ。彼女は私に対して興味を示した様だった。

私が頷けば、ふむ。と思案をし始めた。何を考えているのだろう。

とりあえず「Mox Pearl」は射命丸に渡しておくとしよう。

 

「まさかとは思うが、雨や台風、洪水なども制御出来たりもするのかい?」

 

はて。彼女は私をなんだと思っているのだろうか。

他の色さえ使えるのならば、それらは朝飯前で使えるだろう。

だが、生憎と私が使える色は無色のみだ。

無色だけでそれを制御するのは、いささか無理がある。

 

「それは無理かも知れないな」

 

「……そうか。私はてっきり君が海の向こうにあると言われる国の。

 伝説の龍神か何かだと思っていたよ」

 

なんと、人違いならぬ龍違いをしていたらしい。

神子はホッと一息吐いた。どこか私に対する態度も軟化したように感じる。

具体的には距離だろうか。先程よりも一歩程近くなったような気がする。

まあ、誤差と言えば誤差か。

すると、射命丸は首を傾げた。

 

「? ウギンさんは龍神様ですよ?」

 

神子との距離が一歩遠ざかったような気がした。

いや、気がした。というのは違うな。実際に一歩退いているもん。

ちょっとだけ悲しい気持ちになった。

 

そう言えば、射命丸と一番最初に話した時、龍神か何かと勘違いされたことを思い出した。

今でも射命丸は私を龍神と思っているのだろうか。

ああ、この際だ。ハッキリとさせておこう。

 

「射命丸。私は龍神ではない」

 

「えっ」

 

射命丸は信じられないものをみるような目で私を見た。

 

「えっ、でも宝石とか出せますよね?」

 

確かに出せる。出せるがそういうカードを知っているというだけだ。

龍神と言えばニコル・ボーラスがそれに当たる。私は精霊龍だ。

などと射命丸に伝えれば、射命丸はとても難しそうな顔をした。

 

「ううむ、なるほど。

 つまり似て非なるものということですね。

 ちなみにその言葉だと龍神を知っている様子ですが、どんな龍なのですか?」

 

龍神がどんな龍か。それはニコル・ボーラスがどんな奴なのか。ということになる。

ふむ、そうなると存外に私が知っている情報と言うものは少ないものだ。

最も古くから存在する龍の一匹であり、それは私と同じプレインズウォーカーだということ。

とても凶悪で、狡猾で、多くの知識を持っているという事。

そして何よりも、私とは敵対しているという事。

そこまで伝えた所で、射命丸の顔が引きつった。

 

「あ、あやややや、龍神が実は凶悪な存在だとか厄ネタでしかありませんよ……。

 ウギンさんはそれと敵対しているのですね」

 

「本当は敵対などしたくはないのだがな」

 

「というと?どういう事だい?」

 

あまり話したい内容ではなかったが、私は語る事にした。

もし仮にニコル・ボーラス(龍神)と出会った場合、絶対に敵対するであろうという事。

こちらがその気が無くとも、向こうが敵対してくるであろうという事。

そして、一対一で戦えば。絶対に私の方が負けるという事。

 

最後の一言を聞いた瞬間。射命丸と神子の顔が蒼白になった。

 

「ウギンさんが負けるとか、本当ですか?」

 

「……それはちょっと想像がつかないな」

 

残念ながら、本当の話だ。

特に龍神と言われるニコル・ボーラスの場合、忠誠度能力:-3で一発で負ける。

対するこちらは、周り全てを巻き込むつもりで忠誠度能力:-5をしない限り必ず負ける。

特に、今の忠誠度は丁度5だ。何をどうしたとしても負けるだろう。

 

「嘘は、吐いていないようだね」

 

「うわー、本当なんですね……」

 

信じられないような顔をした二人。

特に射命丸はショックが大きいようだった。

私が本当の本気で戦った姿を見た事がないからだろう。

純狐辺りは「あら、そうなのね」くらいで済ませそうだ。

だって本当に何度も何度も殺されたもん。

 

「……幻想郷にはその龍神は現れるでしょうか」

 

深刻そうな顔をして、射命丸はそう言った。

さて、どうなのだろうか。私はストーリーや小説を読む派ではなかったので

その辺りの知識は全くない。だが、少なくとも。

 

「全くない、とは言い切れないな」

 

そう、プレインズウォーカーである限り。

ここが多元宇宙の一つである限り。

ニコル・ボーラスが突然侵略してくる可能性は、ゼロではない。

 

「なるほど、あの時の言葉は、そういう意味でしたか」

 

射命丸は一人納得する。

はて、私はあの時何を言っただろう。よく思い出せない。

だがまあ、そこまで酷い事は言っていなかったはずだ。多分。

 

「ま、その時は味方して差し上げますよ。ウギンさん」

 

本当に、本当に何でもない事のように。射命丸はそう言った。

本当に良いのだろうか。相手はあのニコル・ボーラスだ。

決して勝てる相手だとは思ってはいないし、可能なら戦いは避けたいとすら思っている。

戦いになったら逃げても良いと思ってさえいるというのに。

それは、かつての私が欲しかった言葉の一つでもあった。

 

「本当か?」

 

「まあ、ちょっとした付き合いもありますからね

 ――ああ、それと」

 

思い出したように、射命丸は付け加えた。

 

「お代はおいくらいただけるんで?」

 

その言葉に、安心感すら覚えた。

 



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忠誠度能力+44:貴方は地獄へ行く

気付けば、フラン達は帰ってきていた。

楽し気な表情で、帰ってきた辺り。充分に満足したのだろう。

フランと純狐は一緒に手を繋いでいた。

 

「フラン、楽しかったか?」

 

「うん!」

 

フランは大きく頷いて、私に応える。

よほど楽しかったのだろう。その顔は興奮のあまり紅潮していた。

本当にどうでも良い事だが、隣の純狐もまたニッコニコ笑顔だった。

一体何があったのだろう。いや、気にする程でもないか。

 

こうして我々は無事に合流する事が出来た。

さて、次は何を見に行こうか。と思った所で。

不意にフランが。

 

「ねえねえ、ウギン!次は地獄に行ってみたいな!」

 

急にそんな事を言い出した。

なんだ。一体どうしたというのだろう。

まさかとは思うが、死にたくなったとでも遠まわしに言っているのだろうか。

ちょっと流石に勘弁して欲しい。

仲間殺しは本当の本当に、嫌なのだ。

純狐も殺し殺されの仲ではあったが、今では仲間だ。

もし彼女が私と本気の殺し合いを望んだとしても、私がそれを断るだろう。

なので私は、フランの提案を断ろうと思ったのだが。

 

「あやや、次は地獄ですか。

 まあ良いですよ」

 

思わず私は射命丸の方を見てしまう。

仕方ない、なんて顔をして頭を掻いているところを見るに冗談ではないらしい。

マジか。射命丸。

ついさっきまで味方だと思っていた射命丸の突然の裏切りに動揺が隠せない。

しかも会話の内容から射命丸も地獄へ行くつもりなのだろう。

仲間を二人も殺すのは、流石に勘弁して欲しい。本当の本当に。

それに、射命丸が地獄に行くのは何となく分かるのだが。

フランが行くのは地獄とは限らないだろう。もしかしたら天国かも知れない。

 

「あら、二人とも地獄に行くのね?

 だったら私とウギンも地獄行きね」

 

くすくす笑いながら、純狐はそう言う。

どこか冗談めかした言葉だが、こちらとしては冗談ではない。

確かに私の仲間の目的は私の目的だが。流石に死ぬつもりは毛頭ない。

ちょっと本気で止めさせようと口を開いたところで。

 

「ああ、地獄に行くのならすぐ近くまで送ってあげようか」

 

神子までそんな事を言い出した。

ちょっと待って。本当にちょっと待って欲しい。

つまり神子は「半殺しにしてやるぞ」と言っているのだ。

流石にこちらも抵抗するぞ。ちょっと本気になって抵抗してやるぞ。

 

「あやや?でも妖怪の地獄の行き来は確か駄目だったような?」

 

「えー!?そうなのー!?」

 

「まあ、既に形骸化している決まり事ですけどね。

 自由に行き来している妖怪も居ます」

 

……うん?どういう事だろう。

ここで私は疑問を持った。妖怪の行き来が出来ない決まりの地獄とは?

もしかして、地獄という地名なのだろうか。随分と変わった地名だ。

名物は恐らく温泉だろう。血の池風呂とかありそうだ。針の山つぼマッサージとか。いや、何も分からんが。

とりあえず黙って居よう。そう思っていたのだが。

 

「うふふ、ウギン。分からないならそう言えば良いのよ」

 

純狐には見透かされていた様で。少し笑いながらそう諭された。

ふむ、参った。純狐はこういうところで鋭いから困る。

恥ずかしさを紛らわす為、顎に手を当てる。

こうすると何か考えてる感じがして格好良さそうなのだ。

 

それはさておき。射命丸がなるほど、という顔をして私に説明を始めた。

 

「そう言えばウギンさんは地獄は初めてでしたね。

 正式な名称は旧地獄と言います。旧都とも呼びますが、ここでは地獄で統一しますね。

 地獄は幻想郷の地底に存在していて。妖怪の山の麓から行けます。

 そこにある穴から旧街道を抜けて、その先にあるのが地獄になりますね。

 ――そういえば、フランさんはどうして地獄へ行きたいのですか?」

 

「えっとね。地獄には悪い事をしたら駄目って怒る鬼が居るって聞いたの!

 だからフランが地獄に行く前にフランだけは怒らないでね。ってお願いしに行くの!」

 

射命丸の説明を流し聞きしながら。

フランの言葉にほんわかふわふわとした気持ちになった。

地獄に行く前提なのは闇が深いが、なんとも可愛らしい理由だろう。

 

「あら、それなら私もお願いしなきゃね」

 

「この私は地獄に落ちるつもりは毛頭ないのですが。

 まあ、お願いくらいは聞いて貰えるでしょうか」

 

私の仲間達もそう思ったのか、にこにこ笑顔だ。

しかし、なるほど。ここの地獄には歩いて行けるのか。

なんとも距離が近いというか。実際近くて怖いというか。

 

「なるほど、となると次は地獄が目的地か」

 

死ぬ前に事前に地獄へお願いをしに行く。

何ともおかしな文章だが、実際今回の目的はそれなのだから何もおかしくはない。

 

「ふむ、となると妖怪の山の麓へ送れば良いのかな?」

 

神子の声に頷く私達。

用意は出来た。

 

とは言え、用意する荷物は極めて少ない。

基本私達が野宿するのだから色々と必要になるのではないか。と思われるかも知れないが。

基本、かさばる荷物はフランのクマさんポーチの中に突っ込んでいる。

だからもしフランが迷子になりでもしたら我々は非常に、非常に困るのだ。

本当にドラ〇もんじみてるな。

 

「それでは、またね」

 

その神子の声が届くや否や。

気付けば、私達は森の中に居た。

つい先ほどまで中華風の建造物が立っていた場所には、無数の木々。

そして、もう一つ、どうしても目に付く人物がそこに居た。

 

白髪の短めの髪。

山伏風の帽子を頭に乗せて。

手には剣と紅葉が描かれた盾を持っている。

そして頭には犬耳が生えていた。犬耳っ子だ。

 

どうやら食事をする直前だったようで。

傍の切り株にはおにぎりがいくつか置かれていた。

 

「!?」

 

突然の事に驚いたのか、彼女は私達に視線を向けて身構える。

だがしかし、私はその見た目にどこか既視感を感じていた。

はて、どこかで会ったような?

疑問に首を傾げていると。

 

「あやや、椛ではないですか」

 

「文さん!?」

 

射命丸と犬耳っ子が名前を呼び合った。

なんだ。射命丸の知り合いか。となるとこいつも金にがめついのだろうか。

ちょっと勘弁して欲しいのだが。

 

兎に角、知り合いならば話は早い。

丁度お昼時だったし、ここらでお昼休憩に入ろう。

私がそう提案すれば、フランはクマさんポーチから様々なものを取り出し始める。

そうすれば、出てくる出てくる食べ物や調理器具の山。

フランが同行する前は「魔女のかまど/Witch's Oven」でメムナイトから食物トークンを生成すれば良いか程度に考えて居ただけに、マナを使うことなく食べ物が出てくるのはありがたい。

 

「あ、あれ?ここは戦闘する場面では?」

 

椛と呼ばれた犬耳っ子は一人戸惑っているが。

知ったことではない。我々はお昼休憩に入る所なのだ。

根が真面目なのであろう彼女は、どこか納得をしていない様子だったが。

自身も空腹であったのに気付いたのであろう。

黙って自分のおにぎりに手を伸ばした。

 

対して私達は、調理器具と豊富な食材を使ってバーベキューを楽しむ所だった。

じうじうと油が滴る音がする。ぷんと辺りに漂う肉の匂い。

この巨体でも分かる、大きな肉の塊。これは私用だ。

無論、野菜も忘れてはいけない。ピーマンに玉ねぎ。しし唐に芋のスライス。

ああ。なるほど。紅魔館のメイドは完璧な仕事をしていた。

 

「あ、あの。ちょ、ちょっとだけいただけませんか……?」

 

椛がたまらずそう懇願するのに、そう時間はかからなかった。

 



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忠誠度能力+45:貴方は肉を食べる

肉のおいしさの要素は、柔らかさ、うま味、風味である。

 

誰かがそんな事を言ったのを思い出した。

だがしかし、その表現は正しかったのだと私は知る。

先に塩をコショウをまぶした肉を、そっと鉄網の上に置く。

鮮烈な赤色をした肉がじうじうと焼けていき、トロリとした琥珀色の汗をかきだす。

やがて、唾液を誘うその匂いが辺りを充満して、思わず顔が綻ぶ。

そろそろだろうか。いいや。まだだ。まだ慌てるような時間じゃない。

炭火で焼いているから、こんがりと香ばしい。こうすると肉のうま味が増すのだ。

ひっくり返す。良く焼けた肉の色。けれどもそれは所々がまだ赤い。

だがこれで良い。これが良いのだ。こうでなくてはいけないのだ。

あまりに焼き過ぎると、焦げてしまう。そうなってしまえば、どんな肉も、

ゴムを噛むような食感になってしまう。これではいけない。

 

レアだ。レアが良い。私はレアが好みだ。

MTGのカードはレア度こそが絶対ではないように。肉の焼き加減また、千差万別だ。

神経を使って、慎重に焼き上げる。決して焼き過ぎないように。けれども火が通るように。

ついでに、一緒にたっぷりの野菜を焼く。

私はどちらかと言うと、しなしなになってしまった野菜を口に運ぶよりかは、

シャキシャキとした植物の繊維を噛みしめるような食感を楽しむ派だ。

ここは流派が大きく分かれる事だろう。

 

ああ、しまった。そろそろ肉が焼ける頃だ。

私は大急ぎで肉と向き合った。肉を焼く、という行為は真剣勝負だ。

一瞬の油断が、取返しのつかない事態になる。

一対一の真剣勝負。こういうところは一般的なMTGとよく似ている。

無論、カジュアルに遊ぶMTGも私は大好きだ。EDHなどが筆頭にあがるだろう。

気の知れた友人と一緒に笑いながら遊ぶ、それも良い。

だが真剣になって相手と向き合うMTGもまた、良いものだ。

 

――今だ。

私は分厚い肉塊を摘まみ上げると、口の中に運んだ。

気味が悪いほどの柔らかさで、甘い。それでいて癖のない肉が口の中に溶け込む。

美味い。じゅわあ。と肉汁が、うま味が、風味が、口の内部全てに染み渡る。

焼き加減はレアだった。だというのに肉の繊維の抵抗がしっかりとあって。

ああ、私は今肉を食べているのだという、何か、非常に満足な気持ちになった。

幸せだ。

 

けれども、幸せな時間は長くは続かない。

まるで溶けてなくなるように、あっという間に私の口内から肉が無くなった。

後に残ったのは、肉の油特有のコッテリとした感覚。

これに浸るのも、もちろん良い。それも良いのだが。

私は敢えて焼いておいた野菜を口の中にかっこんだ。

ピーマン特有の苦みが心地よい。玉ねぎのピリッとした辛みが素晴らしい。

こうすると、口の中が一度リセットされるのだ。まっさらになる。

ここでようやく。一息吐く。美味い。美味かった。

さて、それでは次の肉を焼こう。

 

「ウギンさんは本当に美味しそうに食べますよねぇ」

 

ここで、射命丸が呆れたような声を出した。

なんだ、そんなに欲しかったのか。一枚やろうか。

そう聞けば、彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「いえいえ、結構です。

 それにウギンさんに任せると”一枚”ではなく”一塊”になりますよ。

 もうお腹いっぱいです」

 

「フランもお腹いっぱいー!」

 

射命丸とフランはリタイアか。

そうなると、残るは純狐に椛の二名。

純狐は基本的に今まで皆の肉を焼く係になっていたようで。

今頃食べ始めたようだった。

お母さんか何かだろうか?これほど怖いお母さんを私は知らないが。

たまに怒ってぶち殺すお母さんを未だ私は知らない。

 

対する椛は――なるほど。ウェルダン派か。しかも野菜をしっかり火に通すタイプだ。

ウェルダンというのは、レアとは反対位置に存在する派閥と言っていい。

外側まで焼いて中を生のまま味わうのがレア派で。

中までしっかりと火を通すのがウェルダン派だ。

ちなみに私はレア派ではあるが、ウェルダンもまた、良い物だ。

だが、ウェルダンの弱点として、焼き加減が非常に難しいというものがある。

ほんの少し、ほんの少し焼き加減を間違えただけで、肉はパサパサになってしまう。

 

そうなってしまえば最悪だ。

ソースでもなければ、食べるのが非常に苦痛になってしまう。

果たして――椛は目を光らせて肉と向き合っていた。

それも一枚の肉ではない。複数の肉と向き合っていた。

上級者だな。よほどの自信がなければ、出来ない所業だ。

肉汁は、まだ出ている。だが、そろそろだろう。見逃してはならない。

 

「――今だっ!!」

 

驚くべきことに、椛は複数の肉をほぼ同時に自分の皿に運んだ。

そして取り出すのは――これはやられたな。

紅魔館のメイド自作のソースだ。これは一本取られた。

ウェルダンの弱点として、前述の通り、焼き加減を間違えると

肉汁がすっかり抜けていてパサパサになってしまうというものがある。

 

しかし、そこにソースが加わると。パサパサになった食感がしっとりとした食感に様変わりする。

柔らかい肉の感触と、味わいを取り戻すのだ。

そしてこのソースは絶品だ。こんなの美味いに決まっている。

パクパクとソースをまぶした肉を口に運ぶ椛。そしてその片手には。

 

おにぎりがあった。そう、米だ。

米と焼き肉との相性は、説明するまでもないだろう。絶品だ。

私が野菜で口の中をリセットした役割を、椛は米としっかり焼いた野菜とで補っている。

なるほど、よく考えたものだ。だが、それには弱点がある。

 

「……しまった」

 

椛は、おにぎりを先に食べつくしてしまった。

そう、配分が非常に難しいのだ。なまじ肉と米との相性が良すぎる分、ペース配分が非常に難しいのだ。

 

「椛」

 

私は一言だけ言うと、椛に向けておにぎりを差し出した。

先に言っておくと、これもメイド自作のおにぎりだ。

どういうことか、フランのクマさんポーチの中は時間が止まっているらしく、いつでも新鮮な状態で食材が扱える。

だからこのおにぎりも、出来立てほやほやだ。少し温かみを感じる。

 

「……いいのか?」

 

「ああ」

 

一瞬躊躇した後、椛はそのおにぎりを受け取った。

早くしないとせっかく焼いた焼き肉が冷えてしまうからだ。

冷えてしまえばどんな肉も台無しになってしまう。

彼女は一通り。肉も、野菜も、おにぎりも食べ終わった後。私に向けて頭を下げた。

 

「すまない!

 私は貴方の事をずっと敵だと認識していた。

 この妖怪の山を侵略する敵だと思っていた

 だが、……どうやら違うようだ。

 流派こそ違えど、同じく肉を愛する者同士。どうして争う必要があるものか!」

 

「頭をあげてくれ。椛」

 

「しかし!」

 

「同じ肉を愛する者同士。どうして上下関係が生まれようものか。

 対等でいよう。友人でいよう。かけがえのない仲間でいよう」

 

「……そう、だな」

 

そう、同じ釜の飯を食った者同士。

同じ苦楽を分かち合った者同士。

どうして謝らなければいけないのだろう。

どうして互いを差別し合わなければいけないのだろう。

 

私が手を差し出すと、椛もそれに応じて手を差し出した。

私達は――握手をした。

ここにレア派とウェルダン派との和解が成ったのだ。

 

「なーにやってるんだか……」

 

「わーい!仲直りー!」

 

「あら、このお肉美味しいわね。フランちゃん、これ何のお肉?」

 

「えへへ、秘密ー!」

 

時刻は夕暮れ。

遠くでカラスが一匹「アホー」と鳴いたような気がした。

 



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忠誠度能力+46:貴方は日常を過ごす

バーベキューの後片付けをしていると。あっという間に日は落ちて辺りは真っ暗になる。

このまま地獄へ向かっても良かったのだが、椛の提言で私達はここで一夜を明かすことにした。

見張りは椛がしてくれるらしい。ありがたい。

私達は焚き火を囲んで、他愛のない会話を楽しんでいたりもした。

 

「ねぇねぇ、文は地獄に行ったことがあるんだよね。

 どんな所だったの?」

 

「あやや、行った事があるのは確かなんですが、

 あの時は通信越しでしたからね。直接行くのは私もこれが初めてなんです」

 

「鬼は居るの?」

 

「まあ、いっぱい居ますよ。ちょっと苦手ですけど」

 

そう言って苦笑いを浮かべた射命丸。

意外だ。射命丸にも苦手なものがあったのか。

世渡り上手な射命丸だ。苦手なものが存在するとは思ってもいなかった。

ふと、興味がわいた。

 

「鬼、というのは厄介なのか?」

 

「雑魚はさして厄介ではありませんよ。

 ただまあ、なんというか。お一人だけとんでもない鬼が居まして」

 

曰く、竹を割ったような性格であるという事。

曰く、力強い者、正直な者が好みであるという事。

曰く、とんでもなく力が強く、怪力自慢の鬼であるという事。

名を、星熊勇儀と言うらしい。

 

なるほど。星熊勇儀と言う名前なのか。

ちなみになのだが「Ashnod's Coupon」で呼び出したらどのような反応をするだろうか。

 

「間違いなく、ぶち殺されますね。

 そういう狡い行為は好まないお方なので」

 

そうか。ちょっと会ってみたかっただけに残念だ。

道中で会う事を祈るのみだ。真正面から会えば機嫌も良くなるだろうか。

 

ふと、もしもその件の鬼と戦闘になったら、と思案する。

向こうは怪力自慢らしいから、ともかくパワーが高いのだろう。

対するこちらはそれを妨害する手段をもって応じることだろう。

 

狡い行為は好まれないということだから、私にブチ切れることだろうな。多分。

となると、ああ。どの道私は彼女とは相性が悪いのかも知れない。

戦闘は避けた方が良いのかも知れないな。などと思ったりもした。

 

「戦闘にならなければ良いが。

 私と射命丸とフランでは相性が悪い」

 

「あら、私は蚊帳の外かしら?」

 

不意に、純狐が会話に参加してきた。

私はため息を吐いて。頭を抱えた。

 

「お前では相手が可哀想だろう」

 

「そう?案外いい勝負になるかも知れないわよ」

 

なるか馬鹿。

一発喰らったらそこでアウトなのに。

もしくは傷を負っていたらその時点で駄目だというのに。

戦闘というよりも一方的な虐殺にしかならないだろうが。

 

「純狐お姉さんはそんなに強いんだ?」

 

フランが不思議そうな顔をしてそう言った。

射命丸も首を傾げている。

 

ああ、そうか。彼女達は純狐の本気を見たことがなかったか。

戦闘という戦闘は今まで避けてきたし、雑魚妖怪や獣相手にしかその実力の一端を見てはいない。

何より、彼女達は月での一件を知らない。

決して怯えさせる事がないように。私は努めて語ることにした。

 

「強いぞ。本気で私と純狐がやり合えば、10回に1回程度しか私は勝てない」

 

「あら、懐かしい話ね。でもあの時、貴方手を抜いてたでしょ?」

 

「お前一人を潰す為に月を潰しても良いなら、いくらか手はあったんだがな。

 そんなの馬鹿馬鹿しいだろうが」

 

再び私はため息を吐いた。

確かに、エムラクールや全てを塵に、など。絶対に勝てる方法はいくつかあった。

だが、実験の結果。それをすれば、月自体が駄目になるという事で。

その手段諸々は封印している。

それは今も同じだ。幻想郷自体が吹き飛んでしまっては駄目だろう。

 

さて、努めて「殺し殺され合った仲」だったという事はぼかした。

これなら怯えることはないだろう。と射命丸とフランの方を見れば。

二人は「ほぇー」と分かったような分からないような顔をしていた。

まあ、ともかく純狐は強い。それだけ分かってくれれば充分だ。

 

「さて、そろそろ良い時間だ。明日寝坊したくなかったら寝るぞ」

 

「はーい!」

 

「あやや、もう少し話を聞きたかったんですが」

 

「明日一番早く起きた奴にはMoxをやろう」

 

「はい!寝ます!起きました!」

 

「阿呆」

 

「くすくす」

 

そうして、私達の夜は更けていった。

 

 

 

【翌朝】

 

 

 

ちゅんちゅんと鳥達の鳴き声が耳に入る。

木々の葉から漏れる朝日が眩しくて。私は目が覚めた。

 

「はい!清く正しい射命丸が一番乗りで起きましたよ!!」

 

まず目に入ったのは満面の笑みを浮かべた射命丸の顔だった。

フランは未だ寝ているが、純狐はすでに起きている。

純狐は、ニコニコと笑顔で私に挨拶をする。

 

「おはよう、ウギン。

 実は私が一番乗りだったんだけど、そこの子が聞かなくってね?」

 

「純狐さん!それは秘密というお約束だったはず!?」

 

くすくすと笑みを浮かべながら純狐はそう言った。

焦る射命丸の顔を見て、私も顔を綻ばせた。

その騒音がうるさかったのか、フランも起き出した。

 

「う~、おはよ~。ウギン」

 

「ああ、おはよう。フラン」

 

今更なのだが、夜寝て朝起きる吸血鬼とはどうなのだろう。

ちょっとした昼夜逆転をしているような気がするのだが。まあ良いか。

 

我々は軽く挨拶を交わした後で、純狐にMoxを渡した。

射命丸の顔がぐぬぬ、と歪んでいた。

可哀想なのでMoxを渡せば「一生付いていきます!」とか言われた。

一生たかられるのは勘弁して欲しかった。

 

さて、椛に礼を言わなければ、と思い辺りを見渡したが。

既にその姿はない。帰ってしまったのだろうか。お礼をしたかったのだが。

 

「ああ、あの子なら先に帰るとか言ってたわよ」

 

純狐がそう返す。

そうか。残念だ。報酬に何か渡そうと思っていただけに。

 

ともかく。準備は揃った。保有マナは無色8マナまで回復したし。

残り忠誠度も5と少し心もとないが大丈夫だろう。

 

「それでは、地獄旅行と行こうか」

 

「しゅっぱーつ!!」

 

元気なフランの掛け声とともに、私達は地獄へとつながる深い深い縦穴の入口へと入っていった。

中は思った以上に広く、私が立って歩いてもなんら問題ない程だった。

所々鍾乳石が頭や足に当たって煩わしかったりもしたが

幸いにも忠誠度が減る程のダメージを受けたわけではなかったらしい。

これには、本当に助かった。もし仮に忠誠度が減っていたら私は地獄へ向かう途中で死んでいた事だろう。

嫌だよ。死因が歩いてたら石に当たって死んだとか。

 

そうして歩いて行けば。

途中で何者かが私達を見ているような違和感があった。

ふむ、誰か居るのだろうか。不思議に思ってそちらを向けば。

 

金髪のポニーテールに茶色のふっくらとした服を着ている少女の姿があった。

それともう一人。

桶に入った、としか言えない見た目をした緑髪の幼子の姿。

こっそりとこちらの様子を伺うようにして、じぃっと見つめていた。

 

「そこの」

 

「わ!見つかった!!」

 

「逃げろー!」

 

ちょっと声を掛けようとしたら逃げられた。

なんだろう。ちょっぴり傷ついた。

気分は近所の子供に飴をあげようとしたら逃げられたおばちゃんの気分だ。

いや、飴は持っていないのだが。

 

他の面々も気付いていたのだろう。

私が声を掛けるや否や逃げ去っていった彼女達の姿を目で追っていた。

 

はて、彼女達は何だったのだろう。

私達は首を傾げながら、奥へ奥へと進んでいった。

 




裏話
純狐さんが一番に起きれたのは一晩中ウギンの寝顔を見ていた為。
途中それに気付いた椛は厄介事に巻き込まれる前に逃げた。


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忠誠度能力+47:貴方は屑になる

洞窟を下り続けたその先。

そこには巨大な地下空間が、広がっていた。

 

上を見上げると、空こそ見えないが、太陽のような明りがあった。

さながら太陽のように眩しいそれは、人工太陽と言っても差し支えない程に眩しい。

遠くには、何か建物が乱立していて。まるで都市部のように感じられる。

地獄は想像した以上に発展しているのだな。などと一人思ったりもした。

 

ふと、目の前を見れば立派な橋があった。

人の行き帰りこそないが、立派な橋であった。

ともすれば、私が乗っても問題ないほどには立派であった。

その中間に、一人、人影が見える。

おや、誰だろうか。などと私が思えば、その人影はひたひたと歩いて近づいてきた。

 

近付くほどに、明らかになるその容姿。

金髪のショートボブ。耳の先は尖っていて。どこかエルフを彷彿とさせる。

――ああいや。MTGのエルフはこんなにも可愛らしくはないが。

緑色の目を光らせて。どこか、しかめっ面をしながら私達のもとに来た。

 

地獄に来てからの第一住人との接触だ。

まずは挨拶だ、挨拶をしよう。挨拶は大事だ。

 

「私の名は、ウギンと言う。君はこの地獄の住人か?」

 

「妬ましい。妬ましいわ。地上からの住人が妬ましい」

 

なんだろう。急に妬まれた。

確かに地上からやってきたが、地底の環境はそれほど悪いのだろうか。

見る限り、地上よりも発展している。とても妬ましいと思われる謂れはないのだが。

 

「この先に居る鬼に会いたいのだが、通っても大丈夫か?」

 

「地上の光が妬ましい、巡る風が妬ましい。とってもとっても妬ましいわ」

 

ふむ。参ったぞこれは、会話にならない。

助け舟を求めて射命丸に顔を向ければ「そんな時はこれですよ!」

と銭マークのハンドサインを送られた。買収か。買収しろと言うのか。

とは言え、背に腹は代えられないか、ここは通行料として我慢しよう。

 

「Mox Emerald」

 

私の言葉とともに、私の手のひらには緑色に輝く宝石が現れた。

目の前の住人はそれを見て、手の親指を噛むそぶりをした。

 

「妬ましいわ、どうせそれを見せびらかすつもりでしょう。ああ妬ましいわ」

 

「これをやる」

 

「えっ。

 

 

 えっ?」

 

果たして、効果はてきめんだった、のだろうか?

目の前の住人は戸惑い、混乱している様子だ。

まあ、冷静に考えてもみれば通りすがりに宝石を渡されたのだ。

一般的に考えて混乱することだろうな。などと一人納得したりもした。

 

「あ、あの。こんなの困るわ。私達会ってすぐだもの。

 いきなりこんな宝石を渡されても、その。反応に困るわ」

 

困っているらしい、そうか。それは残念だ。

ならば倍プッシュだ。「Mox Emerald」

 

「2つも!!??

 えっ!?何?一体私は何を求められてるの!?」

 

とりあえずは挨拶だろうか。こちらの名前は伝えたはずだが。

そちらの名前はまだ知らない。

とりあえず倍プッシュだ。「Mox Emerald」「Mox Emerald」

 

「水橋!!パルスィ!!

 これで勘弁して!!これ以上私、宝石を持てないわよ!!」

 

涙目でそう叫んだのは、どうやら水橋パルスィと言うらしい。

彼女は両手に大事そうに4つの「Mox Emerald」を抱えている。

はて、そんなに大事そうに持たなくても大丈夫だろうに。

射命丸ならとりあえずポケットに突っ込む。そしてまたねだるだろう。

 

「実は、私達は地獄の鬼に用事あってな。

 案内を頼めると助かるのだが」

 

「!」

 

パルスィの目の色が変わった。

どこか辺りの雰囲気も変わったように感じる。

 

「……私に勇儀を売れって言うのね。ふんっ、無理よ。

 どんなに宝石を積まれても断るわ」

 

「そうか」

 

そうか。それは残念だ。

きっと彼女は勇儀とは親しい関係なのだろう。

それだけに、情報を得る事が出来なかったのは惜しい。

と、ここで射命丸が私に目配せをした。ハンドサインは依然として銭マークだ。

ああ、なるほど。そういう事か。なるほど。

 

「Mox Emerald」

 

じゃらり。と宝石を創れば、パルスィの目が釘付けになった。

そしてそれを――パルスィの足元に投げ捨てた。

 

「えっ!あっ!」

 

瞬間、パキリと小気味いい音を立ててひび割れるMox Emerald。

パルスィは信じられないものを見るような目で私を見た。

 

「今から君の案内賃の報酬だったはずの宝石を、1個1個割っていく。

 何個目まで我慢出来るか、私に見せてくれないか?」

 

瞬間、彼女の目が死んだ。

もし彼女が射命丸だったらば、これは耐えられないことだろう。

きっと1個目で音を上げる。そんな確信が私にはあった。

 

ぱきり。ぱりん。ばきん。ぱりん。

これで5個目だ。どうやら目の前のパルスィという女性は随分と意志の力が強いらしい。

ただ、手の中の宝石だけは必死に落とさないように、抱えていた。

 

――10個目。

彼女の身体が震え始めた。少なくとも案内賃で10個、宝石が貰えるはずだったのに。

それがなくなってしまった衝撃からだろうか。心なしか手の中の宝石を抱えた手が震えていた。

 

――30個目。

パルスィ選手の息が大きく乱れ始めた。

きっと、彼女の中で報酬と友情とが揺れ動いているのだろう。

手の中の宝石は、気付けば心もとないように見えていることだろう。

本当にどうでも良い事だが、射命丸は悪い笑顔をしていた。

 

「分かったわよ!!案内するわよ!!」

 

――48個目で、彼女は音をあげた。

記録は48個、凄いな。新記録だ。パルスィ選手に拍手を。

Congratulations(おめでとう)……Congratulations(おめでとう)……!

 

さて、友情よりも報酬を取ったパルスィ選手。

今の気持ちを教えて欲しい。

 

「最っ低よ!!貴方って本当に最低の屑ね!!」

 

罵詈雑言を私に投げかけるパルスィ選手。

あと、言っておくが、この方法は私が考え出したものではない。

射命丸がもしも宝石を要らないと言う相手が居たら、こうすれば良いと言った方法の一つだ。

流石は射命丸だ。相手の心を折るのにここまで手間が要らないとは恐れ入った。

 

「そ、それで。報酬なんだけど」

 

「100個だ」

 

「えっ、ひゃっこ……!」

 

瞬間、パルスィ選手の目が銭マークに変わった。

明日からの自分の生活を夢見ているのだろう。

素晴らしい。感動的だな。だが(私にとっては)無意味だ。

 

「た、単純に考えても52個……それだけあれば……!

 うふふ、明日からの私が妬ましい、妬ましいわね……!」

 

フラン、よく見ておくんだよ。時として友情は儚く散る。

親愛だろうと、盲信であろうと、変わらずに散ってしまうのだ。

 

ものの価値をはき違えてはいけない。

本来であれば友情というものはかけがえのないものだ。

こんな大人になってはいけないよ。

 

と、そんな気持ちでフランの頭をそっと撫でた。

 



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忠誠度能力+48:貴方は鬼と対峙する

さて、私達はパルスィに連れられて旧都と呼ばれる場所にやってきた。

一見すると繁華街にも似たその外観は、様々な施設が立ち並んでいた。

時折、通りすがる人影は、おおよそ人間の姿ではない。

妖怪にとっての里のようなものか、と納得したりもした。

 

「そう言えば、勇儀に何の用事なの?」

 

途中、道すがらパルスィは私達にそんな事を聞いた。

今更だな。と私は思ったが、まあ過程が過程だっただけに聞く合間は無かったか。

フランが、いきさつを説明すると。パルスィはくすくすと笑った。

 

「あら、可愛いお願いね」

 

「そうだな」

 

「でも、本当に良かったの?

 そのくらいのお願いで宝石をあんなに貰えるなんて」

 

「構わんよ」

 

パルスィは不思議そうな顔をして首を傾げた。

あの後「Mox Emerald」は無事に100個渡された。

52個を越えた辺りから驚きが一周して逆に冷静になった彼女は

「ちょっと金庫に預けてくるわ」と言ってその場を立ち去った。

持ち逃げされるだろうか。と不安になった私だったが、なんとパルスィは無事に戻ってきた。

なんと義理堅い奴なのだろうか。射命丸だったら確実に持ち逃げしていた事だろう。

間違いない。

 

「金庫番の奴も仰天していたわ。

 ああ、そうそう。勇儀にはあんな事しちゃ駄目よ?

 あいつ、本当に根が真面目なんだから」

 

言わずもがな、こんな手は使いはしない。

ただお願いするだけなのだ。Moxは必要ないだろう。

しかし、根が真面目なのはお前もだろうに。と思わず返しそうになった。

射命丸に聞けば、パルスィは地上と地底とを行き来するものを見定める役。

つまりは番人をしているらしい。

本人に聞けば、暇な時間はずっとあの橋に居るそうで。

私ならそんな役割はすぐに投げだしてしまうな。などと考えたりもした。

 

パルスィが立ち止まると、目の前にあったのはひときわ大きくて立派な建物。

はて、どうしたのだろうか。と思うと「勇儀の奴を呼んでくるわ」とのこと。

どうやら、星熊勇儀という人物はこの地底では権力者か何かであるのか。

それとも有名人であるのかは分からなかったが、随分な豪邸に住んでいるようだ。

 

暫くして、現れたのは一人の女性。いや、この場合は鬼か。

金髪ロングで、頭には赤い角が一本生えている。

目の色は赤く、どこか動きやすい服装にロングスカートを履いていた。

 

「アンタかい。私に用事があるってのは」

 

そう言って私の目を見る勇儀。いや、違うが。

用事があるのは私ではなくフランだ。

トテトテと一生懸命に勇儀の前まで小走りしてくるフラン。

勇儀は、はて。と首を傾げたようで。その様子を見ていた。

 

「地獄の鬼さん!フランと皆が地獄に落ちても、フランと皆だけは怒らないであげて!」

 

「あ、うん」

 

さりげなく我々も地獄に落とされる前提にされた。

しかし、そんなことが気にならない程、私達はほんわかふわふわとした気持ちになった。

なんて可愛らしいお願いだろう。

勇儀はなんのことか分かっていない様子だが、まあ良いだろう。

 

「さて、用事は済んだな」

 

「うん!」

 

「じゃあ帰ろうか」

 

そう言って踵を返して帰ろうとする私達。

だが、不意に尻尾をつかまれた。

凄い力だ。アイタタタ。尻尾がもげちゃいそう。

ついでに忠誠度が減っちゃいそうだ。

 

たまらず振り向けば、そこには勇儀の姿。

心なしかその顔は怒っているように見えた。

 

「おいおい、そりゃあないよ。龍。

 鬼と龍とが揃ったんだ。やることは決まっているだろう?」

 

なんだろう。もしかしてMTGで遊ぶのだろうか。

もし仮にそうだとすればこちらも乗らざるを得ない。

生憎とデッキは無いが、知識はある。準備をする時間さえ貰えればデッキは組める事だろう。

さて、なんのデッキで行こう。MUDが良いだろうか。茶単はいいぞ。

それともワークショップが良いだろうか。どちらにせよ茶単だが。

 

「力比べだ」

 

「断る」

 

違った。ならどうでも良い。

再び帰ろうとするとまた尻尾を引っ張られた。痛いなあもう。

 

「待て待て、そう釣れない事を言うなよ。

 この際だ、弾幕ごっこでも良いよ」

 

本当にどうでもよかった。

MTGでも良いよって言われたら「望むところだ」となっただろうに。

どうやらそうはならなかったらしい。

 

「MTGでは駄目か?」

 

「えむてぃーじー?なんだいそれは?新しい地上の遊びかい?」

 

試しに提案してみれば、勇儀は首を傾げた。

なんてことだ。地底にはMTGが存在していないようだ。

単に勇儀が知らないという可能性も捨てきれないでもないが。ちょっと悲しかった。

となると、本当に後は地底に用はない。さっさと帰ろう。

 

「まあまあ、そう邪険にするなよ。

 ああ、それなら後腐れなく真剣勝負と行こうじゃないか」

 

「断る」

 

「だったら飲み比べをしようじゃないか」

 

「断る」

 

「なら賭け事をしよう」

 

「断る」

 

「だったら何が良いのさ」

 

「MTGだ、MTGが良い」

 

「だからそれは良く分からないって~」

 

駄目だ、話にならない。話は平行線のままだ。

助け舟を求めて仲間達に目をやるが、射命丸は目を合わせてはくれなかった。畜生。

その代わりに純狐がニコニコ笑顔だ。違う、お前じゃない。座ってろ。

 

「良いじゃないウギン。相手をしてあげなさいな。

 地底の穢れた鬼程度、貴方の相手じゃないでしょう?」

 

ほらこれだ。純狐はいつも余計な事を言い出す。

 

「がんばれー!ウギン!応援してるよ!!」

 

フランまで乗り気だ。ちょっと勘弁して欲しい。

でも応援してくれるのはおばちゃんちょっとだけ嬉しいよ。

 

私はため息を吐くと、勇儀の方へと顔をやった。

 

「……良いだろう。だが、争い事になるなら、もっと広い場所が良い」

 

「よし!決まりだね!アタシに付いてきな!」

 

意気揚々と歩き出した勇儀。ふと視線を逸らすとパルスィがそこに居た。

その顔は「やっぱりこうなったか」と若干苦々しげだった。

こちらとしても戦闘は避けたかったのだが、まあ仕方ないだろう。

適当なところで勘弁して貰えれば幸いだ。

 

「勇儀の事だからこうなるとは思ったけど……。

 はぁ。私も付いて行くわ。こうなったのも私が原因でもあるし」

 

なんだか責任を感じているようで、パルスィはそんな事を言い出した。

別に気にしなくても良かったのに。なんとまあ義理堅いというか真面目というか。

 

 

 

【移動中……】

 

 

 

果たして、勇儀に連れて行かれた先は、旧都のはずれ。

空地や廃墟などが立ち並ぶそこは、どこか寂しげな感じがした。

だがまあ、なるほど。ここならば私も自由に動く事が出来るだろう。

 

「さあ!龍よ!何で私と勝負する?」

 

勇儀は振り返り、私の目を見てそんな事を言い出した。

目は爛々と輝いていて「やっぱりやめよう」とは言えない空気だ。

 

何で勝負か。本当ならばMTGで楽しく勝負がしたかったのだが、それは叶わないだろう。

となれば、賭け事か。いや、こちらはMoxをいくらでも出せるのだから対等ではない。

力比べ。いいや、これも駄目だ。彼女が力自慢なのは知っている。

対する私は、ただの龍だ。精霊龍だ。あまり力には自信がない。

弾幕ごっこ?いや、これは私がルールを良く知らない。あとで反則とか言われても困る。

飲み比べ?私はどちらかと言うと量より質に重きをおいている。

となれば。仕方がない。仕方がないよなぁ。

 

「真剣勝負で勝負しようか」

 

途端、それを聞いたパルスィの顔が青ざめた。

対する勇儀は、とても、とても面白そうな顔をしていた。

 



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忠誠度能力+49:エルドラージ(Eldrazi)

50話となりました。
めでたいですね。今夜は宴会だ。

さておき、ここまで来れたのもひとえに読者の皆様のおかげでございます。
この場を借りて感謝をさせていただきます。

さて。50話のテーマは「エルドラージ(Eldrazi)」
かつて本作でも語らせて頂きましたが、そのモチーフはあのクトゥルフ神話でございます。
どうなるかは見てのお楽しみ。
開けてビックリパンドラの箱です。

どうでも良い事ですけど、地底の管理者はさとりんなんですよね。
どうなるか楽しみですね(ニッコリ)


油断していた訳ではなかった。

だが、心のどこかで甘く見ていた節があったことは否定できない。

 

真剣勝負と言うことで、なんでもありの両者、完全に本気で挑む勝負。

勇儀と私は、それを望んだ。

彼女は、くつくつと笑っていた。

 

「ええ?いつぶりだい?アタシに真剣勝負を挑むなんて馬鹿と出会うのは」

 

「馬鹿とは随分な物言いだな」

 

「いや、決してお前の事を馬鹿にしてるわけじゃあないよ。

 嬉しくて、嬉しくってねえ」

 

瞬間、彼女の身体が一回り程大きく見えた様に感じた。

いや、違う。筋肉が隆起して、本当に大きくなっているのだ。

危険を察知して。思わず私はあるカードの2枚を切った。

 

「玄武岩のモノリス/Basalt Monolith

 ブライトハースの指輪/Rings of Brighthearth

 ――起動して無色マナを生み続けろ!!」

 

「準備は良いね?それじゃあ、行くよッ!!」

 

瞬間、消える勇儀の姿。

どこへ行ったのか、と探せば。私の懐に彼女が居た。

――不味い。

 

「オラッッッ!!」

 

「真面目な身代わり/Solemn Simulacrum」

 

瞬間――。轟く轟音。近くで稲妻でも落ちたのではないか。

そう思う程の爆音だった。むしろ、爆発だった。

 

「へえ?身代わりも使えるんだね。まんまと引っかかったよ」

 

咄嗟に「真面目な身代わり」で躱したが、あれに巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。

忠誠度5など、一瞬で消し飛んでいたことだろう。

久方ぶりの、死の予感が私の背を伝っていた。

幸いなのは、彼女がトランプルを持っていなかったということ。

貫通ダメージがあったのならば、私は今頃――。

 

「さあ!次行くよッッ!!」

 

なんてこった。考える合間すら私には与えられないらしい。

またも彼女の姿が消えて――。

 

「真面目な身代わり/Solemn Simulacrum」

 

「二度も通じると思うなッッ!!」

 

「ッ!!」

 

咄嗟に「真面目な身代わり」を出したが、今度は通用しなかった。

拳の軌道を無理矢理変えて、その拳は私の――羽をかすめた。

瞬間、感じる痛みと衝撃。

 

【忠誠度:5→3】

 

そして減る忠誠度。

かすめただけでも忠誠度が2減るのには、私は驚きだった。

直撃だったらどうなってしまうのだろう。背筋が冷たくなった。

 

これだけのパワーがあるのなら、「罠の橋」が有効だろうか。不意に私はそう思い至るが

駄目か。MTGならともかく、今の私の手札――知識は無数にある。

罠の橋は、自信の手札よりもパワーが大きいクリーチャーの攻撃を止められるカードだ。

彼女のパワーが100ほどでもない限り、攻撃は止められないだろう。

 

「どうした?さっきから避けるだけじゃあないか?」

 

「Mox Pearl

 Mox Sapphire

 Mox Jet

 Mox Ruby

 Mox Emerald」

 

「今更宝石を出したところで――」

 

「マイアの処罰者/Myr Enforcer

 親和(アーティファクト)=7」

 

「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」「マイアの処罰者/Myr Enforcer」

 

「!?

 へえ!やっとこさやる気を出したってことかい!!」

 

一瞬の隙に「マイアの処罰者」を10体。生成した。

これならば、少しは安心出来るだろうか。そう思っていた所で。

 

「ほら、次はどうするんだい?」

 

星熊勇儀は、私の目の前に居た。

「マイアの処罰者」達は、既に全て潰されてしまっていた。

参った。これは参った。

 

「――ふむ、参ったな」

 

「おいおい、今更降参は無しだよ?」

 

「いいや、違うさ。違うとも」

 

ここまで追い詰められたのは、月で純狐と喧嘩した頃ぶりだろうか。

そう考えるとごく最近に思えるのが不思議だ。

私自身は戦いを避けているというのに。どうにも殺し合いというものが頻発する。

さて。そろそろ良い頃合いだろう。無色マナも、困らない程度には溜まった。

 

「玄武岩のモノリス/Basalt Monolith

 ブライトハースの指輪/Rings of Brighthearth

 が壊されないで、本当に良かった。真っ先にあれらを壊されていたら。

 私はどうしようもなくなってしまう所だった」

 

「?

 何を言っているんだい?」

 

「いやなに。簡単な事さ」

 

私はくつくつと笑った。

この広大な地下空間を見上げて。ふと思う。

「アレ」以外は果たして。ここに収まりきるだろうか、と。

月での実験の結果。「アレ」以外は出してもさして問題はないと結論付けたが。

それでも少しだけ不安が残る。もし仮に入りきらなかったら、と。

 

まあ、良いだろう。真剣勝負なのだから。

 

「手加減はもう出来なくなったというだけだ」

 

「!!」

 

瞬間。私のもとに集まる、無数の無色マナ。

勇儀も、マナは見えないだろうが私が何かをすると察したのか。

すぐさま、構えて、そして。

 

 

 

「無限に廻るもの、ウラモグ/Ulamog, the Infinite Gyre」

 

 

 

果たして、それは姿を現した。

勇儀の目の前に。その一部はあった。

そう、一部だけしか目に収める事が出来なかった。

巨大過ぎるその身体は、赤黒くのたうつ触手がぐちゃぐちゃになっていて。

気持ちが悪い。気味が悪い。

思わず、退こうとした勇儀を誰が責めることが出来ようか。

 

「ウラモグ。私を守れ」

 

■■■(なんで)

 ■■■■■■(あばれたいよ)!?」

 

「言うことを聞け。消すぞ」

 

■■■■■■■■■■■■(いやだあばれたいよおおお)!!」

 

「はぁ」

 

そうして。全貌が見える。見えてしまう。

顔の無い頭蓋骨からヘラジカの角の如き物体が生えた様な形状の頭。

むき出しの筋肉のような色と肘から先が二又になった青い腕。

胸には肋骨を思わせる部分があり、両肩からは牙か鉤爪のようなものが突き出ている。

下半身には足のかわりに、タコかイカ、のような触手、触腕がいくつも生えている。

それぞれは大蛇の胴のように太くて長い。「脚」にはサメの歯のような三角形のトゲがいくつもついている。

そのどれもが赤黒く濁った色をしていて。

なんて冒涜的な姿なのだ。と思わざるを得ない。

 

思わず、勇儀はえずいてしまいそうになる。

口の奥が酸っぱい感覚に襲われる。

なんて気持ちが悪いんだ。

なんて気味が悪いんだ。

 

握っていた拳から力が抜ける。

思わず口を押えてしまう。

足が、震えてしまう。

歯が震えてガタガタと音を立てているのが耳障りだ。

これではまるで生娘のようではないか。

 

違う、私は鬼だ。気高い鬼だ。

ぐっと拳を握りしめて。再び立ち向かおうとして。

足が動かない事に気が付いた。

まるで、その場に縫い付けられたかのように、動けない。

 

このままでは、

 

このままでは。

 

ああ、このままでは!!

 

 

 

「存在の一掃/Scour from Existence」

 

 

 

不意に、目の前の異形が姿を消した。

まるで夢であったかのように。まるで嘘であったかのように。

巨大だったその姿は居なくなっていた。

 

「……よかった」

 

口から飛び出した言葉に勇儀は思わず口を押さえた。

今のは私の声だったのか?分からない、分からないが。

心の中には安堵の感情だけが渦巻いていた。

自分で自分が信じられなかった。

 

「なにごとですか!?」

 

自分の嫌っていた、さとり妖怪がその場に現れてもなお。

勇儀は気にならない程度には錯乱していた。

 

 



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忠誠度能力+50:貴方は想像する

参った。

月の都に居た時は存分に暴れさせたウラモグが言うことを聞かなかった。

あの時は従順で私の言う事を何でも聞いてくれる良い子だったのに。

これには参ってしまった。

気分は大切に育てた娘がグレてしまった父親の心境だった。いや知らんけど。

 

私も勇儀も、まだ立ったままだ。このままでは勝負は終わらないだろう。

幸いにも無色マナは無限コンボの都合上、無数にある。

もし仮に勇儀が再び突っ込んできても何とかなるだろう。多分。

 

ふと視線を仲間達に向ければ、射命丸が泡を吹いて気絶していた。

何をやっているんだお前は。顔をペシペシと叩いてやれば。

 

「天仰げ 空高く 今宵 星が戻る 目覚めよ 我が主よ 封印は 既に無く」

 

なんか良く分からない事を喋り出した。

いや、歌か?

一定のリズムを刻んでいるそれは何かを歌っているようにも聞こえる。

まあ、よく分からん。首を傾げていると。

 

「ちょっと狂ってしまったみたいね。ウギン、ここは任せなさいな」

 

はて、どうするのだろうか。それを見届けていると。

 

「えいっ!」

 

チョップを射命丸の頭に当てた。

ごっすん。と良い感じの鈍い音が聞こえて。

 

「痛っ!?あれ、私は何を!?」

 

「文、おかえりー!」

 

「正気に戻ったみたいね」

 

どうやら射命丸は無事に正気を取り戻したらしい。

 

はて、発狂する何かがあったのだろうか。私は再び首を傾げた。

ウラモグは、まあ違うだろう。あんなの「アレ」と比べたら可愛いものだ。

勇儀の戦闘に驚いたのだろうか。いや、正気を失う程ではないはずだ。

となると、何が原因で射命丸は発狂してしまったのだろうか。

ふと、純狐が私に向けて話しかけた。

 

「ええとね。ウギン。

 一般的に見たら、ウラモグも「アレ」も、あんまり人前に出しちゃ駄目よ?

 私やフランみたいに、最初から狂ってるならともかく。

 心の弱い子が見たら今みたいに発狂しちゃうのよ?」

 

「モグモグ可愛かった~!」

 

「ウラモグよ。フラン。確かに可愛かったけど」

 

そうなのか。と私は一人衝撃を受けた。

月の都でエルドラージを初めて出した時、妙に月の民の反応がおかしいと思ったら、そういう事だったのか。

道理で気絶する奴らが多かったり、大声で何かを叫んでいたりしていておかしいと思った。

となると、エルドラージ三柱は封印した方が良いのだろうか。

いや、それだと切り札の一つ、いや。三つが無くなってしまう。

ここぞ、という時まで使わないで置くのが最善か。

 

「いや、そこは封印しましょうよ。それが幻想郷自体の為です」

 

不意に、そんな声が聞こえた。

視線を向けると、そこには小さな幼子の姿があった。

やや癖のある薄紫の髪に赤い目。

フリルの多くついたゆったりとした水色の服装をしていて。妙に袖が長く見える。

もっとも目に付いたのは、胸元に浮いている目のような何かだろうか。

はて、彼女は誰だろう。

 

「おや、失礼いたしました、私は古明地――ああいや。

 貴方に本名を晒すと危険ですね?ジュースを買いに行かされますね。

 しかもいつでもどこでも貴方の前に呼び出されるとか勘弁してください。

 ふむ?なんだか私の事を不思議そうに思ってますね?

 そうですね。私は心を読む事が出来ます。さとり妖怪、と言えば分かるでしょうか。

 ……分からないようですね。良いです、そう言う妖怪という事を知っていれば」

 

なんだかよく分からんけどそうらしい。

会話をせずに済むから楽だな、などと思っていると。はぁ、とため息を吐かれた。

どうした、ため息を吐くと幸せが逃げていくぞ?

 

「良く分からない龍ですね、ああいえ、貴方の名前は知っていますよ。

 ウギンさんですね。ようこそ、旧都へ。それで聞きたい事があるんですが。

 そこの勇儀に何をしたんですか?」

 

瞬間、ぎらりと胸元の目が光ったような気がした。

 

「ああ、なるほど。そこの勇儀と真剣勝負を――なにやってるんですか!!??」

 

馬鹿じゃないのかと言う顔をされた。ちょっと傷ついた。

 

「ちょっと間違えたら旧都がまっさらになりますよ!?更地になっちゃいますよ!?

 そうなったら私泣きますよ。ガン泣きしますよ?覚悟の用意をしてくださいね?

 え?というかむしろどうして旧都は無事なんですか?無傷とか奇跡ですよ?

 ……はあ?まだ真剣勝負の真っ最中ですって?

 いやいや無理ですよ。あの子の心ぽっきり折れちゃってますもん。

 何をしたらそんな事に――旧都を壊しても良いつもりでウラモグを出した!!??」

 

本当に馬鹿じゃないのかという顔をされた。だいぶ傷ついた。

 

「ウラモグって何ですか!?え、くりーちゃー?生物?

 良く分からないんですけど、え、あ。ちょっと待ってください。

 そんなイメージを出されても、ぴぇ。なんです。これ。ちょっ。待っ、うぇっ」

 

ウラモグと言えば、あの赤黒い触手だろう。

顔の無い頭蓋骨だろう。

むき出しの筋肉のような色をした青い腕だろう。

軽くイメージをした所で、そう言えば、大きさをイメージしていない事に気付いた。

ここは一つ。目の前のさとり妖怪を比較対象としよう。

 

「……待って、本当に待って!?」

 

待ってコールが入ったが、妄想は急には止まらない、止まれない。

仮にウラモグの触手に彼女が絡まれたとして――。

 

「はい!おねえちゃんガード!!おねえちゃんガードです!!

 それ以上はガードします!!」

 

彼女は両目をつむって胸の前で手を交差させてガードの姿勢をして見せた。

だが妄想は止まらない。止まれない。再び想像しようとして。

 

「こら、ウギン。駄目でしょ虐めたら」

 

純狐に声を掛けられた瞬間。私の想像の中に純狐が現れた。

瞬間。ウラモグは爆発四散する。まあ、そうなるな。実際そうなった。

破壊不能など無視された。マジかお前って顔になった。

 

苦い思い出に浸っていると、どうやらおねえちゃんガードは解除されたらしい。

酷く疲れた顔になった彼女は「分かりましたからもういいです」とか言われた。

おばちゃんちょっと傷つくわ。

 

そう言えば、と私はここで勇儀の存在を思い出した。

つい先ほど真剣勝負の真っ最中だった彼女は心がぽっきり折れたと言っていたが

大丈夫だっただろうか。と思った所で。さとり妖怪は「ああ」と声をあげた。

 

「よっぽどショックだったんでしょうね。もう帰っちゃいましたよ。

 付き添いのパルスィと一緒に旧都まで戻りました」

 

そうか。パルスィと一緒なら問題はないだろう。

あの子は義理堅い良い子だ。何も気にすることはない。

そしてもう一つ。目の前のさとり妖怪に聞きたいことがある。

 

「おや?どうしました?

 ……観光に向いた場所はないか?

 ああ、それなら良い場所がありますよ。

 ――私達の家、地霊殿です」

 

後に、さとり妖怪はこの発言をしたことを酷く後悔することになる。

 



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忠誠度能力+51:貴方と地霊殿前で

さとり妖怪に案内されて、私達は地霊殿と呼ばれる場所までやってきた。

見れば、そこにあったのは巨大な建物。

西洋風の外観をしたそれは、しかし煌びやかな飾り付けは控えている。

一般的な洋館をグレードアップされたような感じ。と言えば分かりやすいか。

 

「ようこそ地霊殿へ。

 え?入って良いのかって?もちろん良いですよ。

 あ、ちょっと、ちょっと待ってください、流石にウギンさんは駄目ですよ?

 館がぶち壊されるのは勘弁してください。中には私のペット達が居るんです。

 再生出来るから大丈夫?いやいや何言ってるんですか、馬鹿なんですか貴方は。

 自分の館が破壊されて良いと言う人が居るとでも?

 ――レミリアは許してくれた?いや知りませんよ。駄目ったら駄目です。

 これ以上駄々をこねるなら、アレですよ?泣きますよ?」

 

どうやら私は入ってはいけないらしい。

レミリアは許してくれただけにちょっと期待したのだが。

まあ、仕方ないと思おう、ちょっとだけ残念だが。

 

「じゃあ、ウギン!行ってくるね~!」

 

「滅多にない機会なので私も付いていきます」

 

射命丸とフランは行くらしい。

彼女達は手をつないで、さとり妖怪に連れられて一緒に地霊殿に入っていった。

残されたのは、私と純狐。はて、どうしたものかと考えていると。

不意にバタン、と館の扉が開いた。そこに居たのはさとり妖怪だ。

随分と早いお帰りで。

 

「え?え?何ですかあの子達。心が読めないんですけど……。

 被覆?え?能力が効かない?なにそれこわい。

 さとり妖怪として何も出来ないじゃないですか、ちょっとアイデンティティの危機なんですけど。

 兎に角そんな装備没収ですよ没収!」

 

仕方なく射命丸とフランを呼び戻すと、外套をそれぞれ脱いでもらった。

帰る時には返してもらえるそうなので、ひとまずは安心だ。

 

さて、再び入館した彼女達。

残されたのは、私と純狐の二人きりだ。

二人きりになっちゃったね……。どうする。殺っちゃう?とか言われたらどうしよう、などと考えていると。

不意にバタン、と館の扉が開いた。そこに居たのはさとり妖怪だ。

また随分と早いお帰りで。

 

「え?ちょっと待ってくださいね?なんかあの射命丸とか言うのに心を読まれたんですけど。

 ウルザの眼鏡?付けると相手の心が読める?

 なんですかその便利アイテムは!!誰でもさとり妖怪になれちゃうじゃないですか!

 ちょっと本当にアイデンティティの危機なんですけど!!

 そんな装備没収です没収!!」

 

仕方なく射命丸を呼び戻すと、ウルザの眼鏡を渡してもらった。

一応帰る時には返してもらえるそうなので、まあ良いだろう。

 

さて、再び入館した射命丸と純狐。

残されたのは、私一人きりだ。うん?今回は純狐も行ったのか。

珍しいこともあったものだ。何か興味があったのだろうか。

そんな事を考えていると。

不意にバタン、と館の扉が開いた。そこに居たのはさとり妖怪だ。

またまた随分と早いお帰りで。

 

「あれ?ちょっと待ってくださいね。あの女性は何者なんですか?

 すっごい怖いんですけど。入ってすぐに殺意マシマシで私を見て来たんですけど。

 心を読むまでもないくらい怖かったんですけど。

 すぐ傍で睨んできたんですけど、勘弁して欲しいんですけど!!」

 

「あら、だってウギンの邪魔をするんですもの、殺されても文句は言えないわよね」

 

「ああ言ってるんですけど!!ちょっと本当に止めてもらっていいです!?

 あとなんですか!心を読んだら嫦――あいだっ!?」

 

咄嗟にさとり妖怪にデコピンを食らわせた私を誰が責める事が出来よう。

純狐の方に目をやるが――その顔は平常そのものだった。

セーフ、セーフだ。危ない所だった。あのままだと冗談抜きで地底が平地になる所だった。

白マナが出てしまう。(プレインズウォーカージョーク)

私は額を押さえてうずくまっているさとり妖怪に「それはNGワードだ」と伝えた。

 

「ぴぇ……分かりました。二度と、嫦――あいだぁっ!!??」

 

今度はチョップだ。段々と罰は強くなっていくから覚悟をして欲しい。

 

「いたたた……確認するのも駄目ですか!?」

 

駄目だ。似た言葉もNGワードだ。生姜も紅しょうがもアウトだ。

城ケ島とか場外とかももちろんアウトだから覚悟して欲しい。

NGワードを言った瞬間地霊殿どころか地底そのものが吹き飛ぶだろう。

 

「ひぇ……ぼ、没収です!!そんな危険な女性没収で、す……」

 

なるほど、なるほど。

私の目の前で仲間を奪うつもりなのだな。

そうか、つまり君はそんな奴だったのだな。

久方ぶりに、私は敵意を覚えた。仲間を害する者は、私の敵であり、排除しなければいけない。

幸い、無限マナは未だ供給されている。ウラモグでもコジレックでも「アレ」でも。

好きな三柱を選ぶと良い。今ならセットがお得ですよ。

 

「じょ!ジョークですよ!!ジョーク!

 嫌ですねぇ!冗談に決まってるじゃないですか!」

 

「嫦……?嫦……?」

 

「違います!!!止めてください言葉狩りをするのは!!!

 今のはセーフ!!セーフですから!!

 ウギンさんも拳を構えるのはやめてくださいしんでしまいます!!」

 

大丈夫だ。分かっている。こちらも冗談だから許して欲しい。

純狐は冗談では済まないと思うが、「嫦娥」と言わない限りセーフだろう。

 

「あれ!?今ウギンさんNGワード言いませんでした!?

 え!?なんでセーフなんですか今の!納得いかないんですけど!?」

 

実はなぜか私はセーフだ。

具体的には月での一件があって以来セーフになった。

本当に基準が良く分からない。

 

「え、でもデコピンくらいはさせてくださいよ!!

 じゃないと納得がいきません!!」

 

別に良いが。と頭をさとり妖怪の近くまで近付けると。

彼女は可愛らしいデコピンを私に打ち付けた。

 

ぺちっ。

 

【忠誠度:3→2】

 

嘘だろおい。

今ので減るのは流石に冗談だと思う。

全然痛くなかったぞ。どうなっているんだ私の判定は。

 

「あら、あら」

 

ふと、純狐の声が聞こえて。

そちらに目をやれば。

純狐のさとり妖怪を見る目が虫けらを見る目に変わっていた。

あっやっべえぞこれ。

 

「えっえっ?なんですか?

 急にバリバリの殺意が飛んできましたよ?NGワード言ってないですよ?

 え?純狐に謝れ?どうして急に、危険?赤信号?

 あっ!分かりました!これもジョークですね!!

 いやですねえもう!私をからかって!

 ――へぶしっ!!」

 

――いいから謝れ!まだセーフ!セーフだから!!

そう思って私は完全な善意からさとりの頭を軽く掴んで地面に軽く叩きつけた。

本当に軽く叩きつけただけだったのだが、地面は軽くえぐれていた。

頭を地面につける、ではなく頭を地面下まで下げていた。

これならどうだ!

 

「……まあ、良いわ。今回のは許してあげる」

 

純狐からのお許しが出た。

セーフ。セーフだったらしい。

純狐の地雷は本当にどこにあるのか分からない。

だからこそ怖いのだが、たまに頼りになるから困る。

私の仲間全員に言えることだが、仲間達は全員根は良い奴ばかりだ。

たまに争ったりしたり喧嘩したりもするが……ん?これ純狐だけでは?

不意にそんな疑問が頭をよぎったりもしたが、そこでふと手元からささやかな抵抗を感じた。

手を避けると。

 

「ぷはぁ!!し、死ぬかと思った……」

 

さとり妖怪が地面から顔を出す所だった。

よかったな。君は地底を救った英雄だ。

君が頭を下げなければ本当に危ない所だった。助かった。

 

「しゃ、釈然としない!!」

 

さとり妖怪はむすっとした土まみれの表情でそんな事を言った。

 

 

 

ちなみにフランは元気に地霊殿を観光していた。

後から聞いた話だが、動物が沢山いて動物園のようだったと言う。

 



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忠誠度能力+52:貴方は探す

「無意識の存在」というものを、君は信じるだろうか。

いや。なにも精神分析学や分析心理学の話をしようと言うわけではない。

小難しい話ではない。とても簡単な話だ。

 

例えば、君が生きている中で「意識の領域」というものが必ず、ある。

要は、視界や聴覚などの「感覚的に把握出来る領域」だ。

もしくは「直観や勘」などの「第六感による領域」とも言えるだろう。

 

さて、ここで話を戻そう。

「無意識の存在」とは、どのようなものか。

精神分析学や分析心理学によれば、形のない物と形容せざるを得ないそれだが。

私が言いたいのは、そう言う事ではない。「形のある無意識の存在」だ。

 

「無意識の存在」というものがもし「ある」のなら。

それは「意識の領域」から外れた存在だという事である。

「感覚的に把握できない」「第六感にも把握できない」ような存在である。

 

果たして、そんな存在は実在し得るのか。

長々と話したが「そんな存在を君は信じるのか」という話である。

 

私は、無いと思って「いた」、これはそんな話である。

 

 

 

「私の妹を探して欲しいの」

 

先程まで土まみれになっていたさとり妖怪がそんな事を言い出したのは。

フランが地霊殿を探索し終えて、暫く経った頃の事である。

おねえちゃんガードと叫んでいた事から、妹か弟が居る事は想像出来たが。探して欲しいとはどういうことだろう。迷子にでもなってしまったのだろうか。

それか、行方不明になってしまったのだろうか。

 

「ウギンさん、貴方ならそれが出来る。

 貴方のAshnods Couponなら、それが可能よ」

 

「お代はおいくらいただけるんで?」

 

不意に、射命丸が私の前に割り込んだ。

別に無償でも良かったのだが。射命丸が言うのだ、何かあるのだろう。

会うだけでも難しい存在なのだろうか。となると、本格的に行方不明と言う事になる。

物理的に遠い場所に居るのだろうか。となると、妹さんの負担が不安になる。

 

「そうね――これくらいでどうかしら?」

 

「ふむ、まあ良いでしょう」

 

私の心配をよそに、射命丸がさとり妖怪の依頼を受領してしまった。

まあ良いか。射命丸なら悪いようにはしないだろう。

今更だが、射命丸はMoxが絡まなければ本当に真面目だ。

物の相場や食物の具合なども正確に見極めてくれるし、説得や言いくるめも。必要な時と場合をわきまえている。

とても意外に思われるかも知れないが。彼女は常識人なのだ。Moxが絡まなければ。

 

「それじゃあ、名前を教えるわね」

 

ごくり。と、さとり妖怪は喉を鳴らした。

そんなに緊張する事だろうか。

ああ「Ashnods Coupon」で妹を連れまわされる事を危惧しているのだろうか。

だったら問題ない。よっぽどの場合でなければ連れまわしたりはしない。

そのくらいの常識は持ち合わせている。

 

「古明地こいし。それが私の大切な妹の名前よ」

 

「Ashnods Coupon。

 古明地こいし。コーラを買ってこい」

 

さとり妖怪が言うが早いか。私はAshnods Couponを使用した。

さて、これで一先ずは依頼は達成出来ることだろう。

少なくとも、カードの効果は絶対だ。ある程度抵抗出来る場合もあるが。

よっぽどの場合でなければ、問題ないはずである。

それと、ずっと気になっていた事がある。

 

「こいしは、行方不明なのか?」

 

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ。

 ちょっと放浪癖があって、最近戻ってきてくれないの」

 

ふむ、つまりは心配になったからそろそろ顔を見せて欲しい、と。

なんとも可愛いお願いじゃないか。これならば無償でも良かったのではないか。

と射命丸を見ると、首を横に振った。

はて、どういうことだろうか?

不思議に思って首を傾げたが、射命丸は何も言わなかった。

まるで、見れば分かる、とでも言うような反応だった。

 

私はコーラ瓶を受け取ると。

さとり妖怪に向けて顔を向けた。

この際、直接話を聞いた方が早いだろうか。

 

「?」

 

気付けば手にはコーラ瓶が握られていた。

はて?何故私はコーラ瓶を持っているのだろうか?

つい先ほどまでこんなものは持ってはいなかったはずだが。

私は首を傾げた。

 

「!!

 こいし!そこに居るの!?」

 

そのコーラ瓶を見るや否や。さとり妖怪の様子が急変した。

キョロキョロと辺りを見渡して、妹の姿を探している。

見渡す限りこいしらしき姿は見えないのだが。

果たしてどういうことだろうか。

 

「さとりさんの妹さんは、無意識を操る事が出来るんですよ」

 

「? どういうことだ?」

 

射命丸はそう言うが、私は依然として良く分からなかった。

無意識を操る事と、今のさとり妖怪の行動とが上手く結びつかなかったのだ。

 

「ええとですね、無意識を操るという事は、我々の無意識に忍び込む事が出来るという事です。

 音も姿も気配もない。透明人間とでも言った方が分かりますか?」

 

そんな存在があり得るのか、と私は驚愕した。

つまりは前述した通り「意識の領域」をくぐり抜けてそこに居る、という事だ。

「感覚的に把握できない」「第六感にも把握できない」、そんな存在が居るという事だ。

にわかには信じ難かった。

 

ふと、私は気になって「ウルザの眼鏡」を取り出した。

そのまま眼鏡を掛けて周囲を見渡すが、何の思考も知識も見えなかった。

本当に存在しているのだろうか?

もしかしたらさとり妖怪の想像上の妹が居ると勘違いしているという線はないだろうか。

 

「居ますよ!こいしは実在しています!!」

 

瞬間、さとり妖怪から怒声が聞こえた。

申し訳ない、ちょっと疑ってしまった。

心の中で謝ると、ふと一つの手を思いついた。

 

目蓋を閉じる。そして脳裏に力を込める。

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

随分と久方ぶりにこの文面を見たような気がする。

すっかり忘れていたが、これならば目にも音にも聞こえなくても、察知が出来る。多分。

 

【対象:クリーチャー……射命丸 文・フランドール スカーレット・純狐・古明地さとり・古明地こいし】

Please decide the target(対象を決めて下さい)

 

居た。

信じられない事に、古明地こいしは、存在しているらしい。

 

目を見開けば。そこには

薄く緑がかった癖のある灰色のセミロング。

鴉羽色の帽子に、薄い黄色のリボン。

服は、黄色い生地に、緑の生地のスカートを履いた少女が立っていた。

 

「んー、動けないなー?どうすればいいんだろ?」

 

私の「意識の領域」に入ったのだろう。

気付けば、姿も、音も、気配もする。

さとり妖怪は依然として妹の姿を探しているが。私には見える。

左胸に閉じた目のようなものがあるのが印象的な幼子だった。

 

とりあえず、おつかいを終わらせなければならない。

そうしなければ、おつかいは終了しないからだ。

 

「ご苦労、これは駄賃だ」

 

「! 貴方、私の姿が見えるの?」

 

「! こいし!そこに居るのね!?」

 

瞬間、見当違いの方向に向かって走るさとり妖怪。

いや、偶然にも名前は分かった、さとりと言うのか。そのまんまだな。

 

「むだだよー、私が無意識を解かない限り、私の姿も音も分からないんだから」

 

「だが、私には見えるようだな。

 まあ先程は全く見えなかったのだが」

 

「なんでだろーね?分かんないや」

 

両者、首を傾げた。

どういう理屈で私の彼女の無意識が解けたのだろうか。

「意識の領域」に入ったのがトリガーになったのならば、納得だが。

それだと私が話しかけて会話が成立した時点で周囲の「意識の領域」に入らなければ道理が合わない。

一体どういう理屈なのだろうか。

 

「まあ、いいか」「まーいいや」

 

どうでもいいか。要は姿が見えたのだから。

私は、さとりに姿を見せるようにこいしに伝えたが。こいしは苦い顔をした。

 

「えー、やだよ。おねえちゃんちょっと過保護すぎるんだもん。

 一回姿を見せたら監禁とかされちゃうとおもうなー」

 

「なんと」

 

「それよりもさー、貴方私の姿が見えるんだよね。すごいね。

 一緒に付いて行ってもいい?いいよね?はいけってーい!」

 

私は何も言っていないのに。勝手に話が進む。いや、困るのだが。

今私の仲間は射命丸にフランに純狐の三人だ。これ以上は流石に無理だ。

 

「あやや?どうしましたウギンさん。さっきから独り言ばかり言って?」

 

「いやな、古明地こいしは見つけたのだがな……」

 

「付いてきたいって言ってるんですね。良いですよ」

 

いつの間にかさとりが戻ってきていた。

息が切れていて肩で息をしているが大丈夫だろうか。

というか、勝手に連れて行っても大丈夫なのだろうか。大事な妹だと思っていたのだが。

 

「むしろ誰かの傍に居るってだけで安心します。

 これまで妹が一人で放浪するとか、気が気じゃなかったので……はぁ」

 

さとりはため息を吐いた。

これまで余程心配だったのだろうか。

その心の中を読む事は出来なかったが、そんな感じがした。

 

「新しいお友達?透明で変わった人だね!」

 

「あらあら、まあまあ」

 

いつの間にか、同行する前提で話が進んでいた。

私の意思に関係なく、だ。

なんだか純狐と同じ雰囲気を感じた私は、その場の雰囲気に流されることにした。

 

まあ、いいか。四人も五人もさして変わりはないだろう。

こいしは私の気を知ってか知らずか。「たいへんだねー」と声を掛けてくれた。

 

ちょっとだけ癒された。

 



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忠誠度能力+53:貴方は地雷を踏む

地霊殿にはもう用事は何ひとつない。

となると向かう先は再び地上になる。

そうなるのだが、地上の何処に向かうかをまだ決めていなかった。

 

さて、次は何処に行こう。

風の吹くまま気の向くままに足を運んでも良いが、それはそれで疲れるのだ。

何か目的があった方が、多少気晴らしにはなる。到着したという達成感も得られる。

目的地を作るという事は、ちょっとだけお得なのだ。

 

「ねえ、ウギン。今度は本当の地獄に行ってみない?」

 

不意に、純狐がそんな事を言い出した。

本当に急だったので、本当、マジでビビった。

遠まわしに「いっぺん死んでみる?」と言われてるのだと確信するくらいにはビビった。

私のその反応を見て何が可笑しかったのか、純狐はくすくすと笑いだした。

 

「違うわよ、賽の河原を越えて、三途の川を越えて、本当の地獄に行ってみたいのよ。

 ここは地獄にしてはちょっと、生ぬる過ぎるわ」

 

にっこりとした笑顔で純狐はそう言った。さっきと何が違うのだろう。

丁寧に「殺してあげる」と言われているようにしか感じられないのだが。

そもそも地獄という所は気軽に行けるような場所とは思えない。

賽の河原も、三途の川も、同様だ。

なんとか言ってやってくれと射命丸に助け舟を求めると。

 

「ああ、いえ。行けますよ。地獄。生きたままで」

 

突然後ろから刺されたような衝撃を受けた。

なんと、行けるのか。地獄に。生きたままで。

 

ちょっとこの幻想郷という次元自体が特殊なのか、死生観が気になった。

生前から地獄を見て回れるというのは、確かに善行を積む上で効率的なのだろうが。

そんな気軽に行ってしまって大丈夫なのだろうか。

というか死との距離が近すぎないだろうか、この幻想郷は。

少し次元自体の心配をしながらも、まあ行けるならそこに行ってみるか。という気持ちになった。

 

「今度は本当の地獄に行くんだね!」

 

「わーい!地獄にいくぞー!」

 

ワイワイと騒ぎ立てるフランとこいし。

その姿はとても子供らしく、可愛らしく、和ませる。

それに、ここが地獄というには「生ぬる過ぎる」のも事実だ。

妖怪が多いと言うだけで、旧都という里のようなものがあるだけで、

特別な地獄らしさを感じられなかったのも確かだ。

もっと殺伐としたものを想像していただけに、ちょっと拍子抜けした感は否めない。

いや、別に殺伐とした所に積極的に行きたいのかと言えば、全くそんな事はないのだが。

 

改めて目的地を決め、歩き出した私達。

後ろではさとりが軽く手を振って見送りしてくれていた。

ちょっとだけ嬉しかった。

 

 

 

【移動中……】

 

 

 

さて、地霊殿も越えたし旧都も過ぎた。

再び縦に長い洞窟に足を踏み入れた私は、ふとある事に気付く。

そう言えば、こいしの無意識を解くのを忘れていた。

私はこいしの存在を感知出来ているから問題ないが、

他の仲間達はそうはいかないだろう。何かしらの問題が発生するはずだ。

ここはひとつ、自己紹介をするべきだ。と思った。

 

「こいし、無意識を解除してくれないか?」

 

「えー?うーん?」

 

「どうした?」

 

「うんとね、解けないみたい!」

 

あっけらかんとそう言うこいしに、思わず私は絶句した。

能力を上手くコントロール出来ていないのだろうか。

 

それならば、と。

私は、完全な善意から彼女に言葉をかけてしまった。

 

「その能力、封印してやろうか?」

 

「――え」

 

瞬間、こいしの表情は、真っ青になった。

足をガタガタと震わせて、息もどこか荒い。視線も合っていないように見える。

 

「――や、やめて。お願い。それだけはやめて。

 もう嫌なの、目を開くのは嫌なの。心を読むのは嫌なの」

 

豹変したこいしのその様子に、思わず私は苦虫を食い潰したような表情になる。

やってしまった。これは彼女にとっての地雷だったのだろう。

やってはいけないことを、提案してしまったのだろう。これは失敗した。

彼女からは、今や私に対する恐怖がありありと見える。

 

「他人から嫌われるのが嫌。他人から注目されるのが嫌。期待されるのが嫌。

 比較されるのが嫌。恐怖されるのが嫌。避けられるのが嫌」

 

ぶつぶつと独り言を呟くように。錯乱状態になるこいし。

可哀想だ。これでは、あまりにも可哀想だ。

顔を覆って私を見ないようにする姿は、あまりにも痛々しい。

 

「すまない、今のは失言だった。許してくれ」

 

私は、深く深く頭を下げた。なんなら地面に擦り付けた。

じゃり。という音が頭に響いた。

 

突然の事に、私の仲間達は唖然として私を見ているが。

威厳などは知るものか。

そんなもの、子供の曇り顔を晴らすのに必要ならば投げ捨ててやる。

 

「もう、そんなこと言わない?」

 

「誓おう」

 

「もう、誰かに私の姿を見せようとしない?」

 

「勿論だ」

 

「もう――私を独りぼっちにしない?」

 

「当然だ、私を誰だと思っている。

 精霊龍、ウギン。私はウギンだぞ?」

 

いくつかの問答を経て、ようやくこいしの雰囲気が変わった。

先程のような恐怖の感情は感じられない。

明るい声で、前と同じような感情で、彼女は言った。

 

「――じゃあ許してあげる!!」

 

先程の言葉に嘘はない。

MTGのストーリーや設定におけるウギンは全くと言って良いほど知らないが。

少なくとも、私の中の「精霊龍、ウギン」は子供に嘘を吐いて良しとはしない。

誰かが嫌がるような事は決してしない。約束を破ったりはしない。

それが、私の中の「精霊龍、ウギン」だ。

 

ストーリーや設定と違う?知るものか。

私の中の「精霊龍、ウギン」は誇り高きプレインズウォーカーだ。

たまに私のせいでミスをする事はあっても、決して格好悪い所は見せない。

卑怯な真似など、するものか。仲間を見捨てることなどあるものか。

 

……いや無限にカードを使えるのは若干卑怯かも知れないな。

と、私は不意に思って笑ってしまった。

 

「顔を上げて。ウギン!」

 

こいしに言われるがままに顔をあげて。

トテトテとこいしが私の顔の頬のすぐ横までやってきた。

そして

 

 

ちゅ。

 

 

なにか、微かな柔らかな感覚を頬に感じて。

思わず私はこいしの方を向いてしまう。

 

「えへへ!これで仲直り!」

 

凄く、凄くどうでも良い事なのだが。

古明地さとりは妹にどういう教育をしたのだろうか。

不意に、凄く気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【地底のある場所にて】

 

「ひぇぇ。帰ってきた所に罠を張ろうと思ってたけど。

 やっぱり怖いよぉ……ヤマメ。やっぱり止めにしない?」

 

「そうだねぇ。ちょっと無理だねぇ……。

 龍を罠にかけたら凄いと思ってたけど、ちょっと無理そうかも。糸が持たないよ」

 

「じゃ、じゃあ一緒に帰ろ?ね?」

 

「まあそうだね。今回は大人しく帰ろうか」

 

なんて、会話が聞こえたとか。なんとか。

 




こいしの能力制御の云々に関しては完全に独自設定。
実際どうなんでしょう。無意識に悩んでいる描写も見られるので、
無意識をコントロール出来ないのでしょうか。
謎です。


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忠誠度能力+54:貴方は親友を得る

ひと悶着あった後、私達は無事に地上まで戻ってきた。

空を見上げれば、月が頭上高くまで登っていて、思っていた以上に時間が経っていた事が伺えた。

今日はここで一休みするか、と私が提案すれば、仲間達はそれに賛同してくれた。

各自が野宿の準備を始める中、ふとこいしの事を気にすれば、彼女はポツンと立ち尽くしていた。

野宿は初めてなのだろうか。

ワクワクとした表情で仲間達の様子を見ている彼女は、どこか新鮮なものを見るような目でそれを見ている。

 

放浪癖があるとは聞いていたが、こうして野宿するのは初めてか。

私は、射命丸を呼ぶと、野営道具の一つを用意して貰った。

ここで寝るように。とこいしに伝えれば、彼女は元気な声でそれに応えてくれた。

これで大丈夫だろう。

 

さて。夜も更けて来た頃。

私は、いつも通り射命丸と交代で夜の見張りをしていた。

異常はこれと言って見られない。いつも通りだ。

 

ふと、物音が聞こえて、そちらに目を向けると。

フランが起き出してきた所だった。どうしたのだろう。まだまだ朝には早いが。

 

「えへへ、起きちゃった」

 

照れたような顔をしてそう言うフランに、思わず私は和んでしまう。

とは言え、翌朝に響いてはいけない、早く寝るようにと言おうとして。

 

「ねえ、ウギン。一緒にお喋りしようよ」

 

それを遮るように、フランはそう言った。

私としては断る理由はないのだが。静かにだぞ。と指を口の前で一本立てた。

騒いでしまって他の仲間達が起きてしまっては迷惑だろう。

フランは頷くと、私の隣まで歩いてきた。そして、地面に座り込む。

 

「色んな場所に行ったね、色んな事があったよ。

 帰ったらあいつに自慢してやらないと」

 

空にある星々を眺めていると、フランはそんな事を言い出した。

その顔は、どこか満足げだ。

不意に、帰ったら、という言葉に思う所があって、聞いてみる。

 

「フラン、そろそろ紅魔館に帰りたいか?」

 

「ううん。まだ暫くはウギンと一緒に居たいな」

 

彼女は首を横に振ってそう応えた。

 

「せっかく友達になれたんだもん。もっと一緒に色んな所を見て回りたい。

 一緒に遠足を楽しみたい。一緒に色んな事を体験したいよ」

 

友達か。フランが望むような友達になれただろうか。

ふと私は考える。私の思う友達という存在は、本当に簡単に出来るものだ。

話をして、話が合えば、ご飯を一緒に食べたら、それはもう友達だ。

そう考えると、なるほど。フランと私は友達同士であると言えた。

無論、大切な仲間であることに変わりはないが。

その事をフランに伝えれば。フランはニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「そうだね。友達同士だね」

 

でも、とフランは言葉を続ける。

 

「ウギン、親友になる条件って知ってる?」

 

はて。フランにしては珍しく謎かけのような事を言って来た。

私は思案する。さて、親友になる条件とは何だろう。

好きなものを熟知していることだろうか。

嫌いなものを熟知していることだろうか。

楽しい事を共有できることだろうか。

 

考えれば考えるほどに難しい質問だった。

私は答えるのに苦労していると、フランはくすりと笑った。

 

「あいつに聞いた時があるんだ。親友ってどんなもの?って。

 その時はあいつ、”私とパチェみたいなもの”って答えたけど。

 本当は、もっと具体的な答えが欲しかったんだ」

 

思い出を振り返るように、フランはつらつらと言葉を並べた。

その顔は、どこか得意げだ。けれど、それは一瞬にして寂しそうな顔になる。

 

「私にも、あいつみたいに親友が欲しかったんだ。

 その為の、親友になるための条件を、ずっとずっと考えてた。

 一緒に居て安心出来るなら親友なのかな?

 秘密を共有出来たら親友なのかな?

 一番仲がいい友達は、それは親友なのかな?」

 

とても難しい疑問だった。

熟考しても、その答えがすぐに浮かぶとは思えなかった。

幻想郷のあらゆる人物に聞いたとしても、その答えがすぐ得られるとは思えなかった。

それほどに、難しい疑問だと思った。

 

「でもね、さっき思い付いたの。親友になる為の条件。

 聞けば良かったんだ。真剣に、直接相手に向き合って……ねえ」

 

不意に。フランは立ち上がった。

さあさあと、風が心地よかった。

満天の星空が、彼女を照らしていた。

彼女は私の目をじぃっと見つめた。彼女の目は赤く、綺麗だった。

Moxなどよりも、ずっと、ずっと綺麗だった。

 

「ウギン、私と親友になりませんか?」

 

真剣な彼女の表情に、思わず私はくすりと笑みをこぼしてしまった。

フランは茶化されているのかと思ってか、ちょっとむすっとした表情になったが。

いいや、違うさ。違うとも。決して可笑しくて笑ったわけじゃない。

こんなに簡単な事に気付かなかった私に笑ってしまったのだ。

 

「ああ、フラン。親友になろう」

 

「……ほんと?」

 

「本当だ、嘘など吐かない」

 

「一緒に楽しい事を共有しようね」

 

「ああ」

 

「一緒に美味しいものを食べようね」

 

「ああ」

 

私は、頷いた。フランの他愛のない会話が楽しかった。

彼女の可愛らしいお願いが嬉しかった。

だからこそ。だからこそ、次の言葉に私は返答に詰まってしまった。

 

「ウギン、フランはいつでも貴方の味方だよ」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

不思議そうな顔をするフランに、さてなんと言ったものかと私は考えた。

けれど、親友同士秘密は無しか。と思い直して。心の内を暴露した。

 

実は、ニコル・ボーラスという宿敵が居るということ。

実は、それと私とは絶対に相容れない関係にあるということ。

それと戦えば、絶対に私は負けてしまうだろう、ということ。

 

「ウギン」

 

「なんだ?」

 

「――私の封印を解いて?」

 

突然のフランのお願いに、私は躊躇した。

どういうつもりだろう。どういう心境の変化だろう。

私がその答えを見つける暇もなく、フランは言葉を続ける。

 

「私なら、もしそれが現れたとしても壊せるよ。

 例えどれだけ強くても、強大でも」

 

良いのだろうか。かつてフランが言ったように、

能力を封印していなければ、彼女は紅魔館に戻っても地下行きになってしまう。

それは、私個人としても、親友としても見過ごせなかった。だが。

 

「良いんだよ。ずっとウギンに付いて行けばいいもん。

 それに、親友が困ってるんだもん。味方になってあげなきゃ」

 

ニッコリとした笑顔をたたえて。フランはそう言った。

かつて出会った時のような悲しそうな笑みではなかった。純粋な笑顔だった。

 

私は、そっと射命丸の荷物から「真髄の針」を取り出すと。

フランの前に差し出した。これがフランの能力を封じているものだ。

これを壊せば、能力は戻るだろう。

 

「ウギン、貴方の手で壊して欲しいな」

 

「良いのか?」

 

「うふふ、親友の頼み事を断るって言うの?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて。彼女はそう言った。

私は、手に「真髄の針」を持って、そのまま力を入れた。

ぱきり、と至極当然に「真髄の針」は折れてしまった。

これで、能力は戻ったはずだ。

 

「これからもよろしくね。親友のウギン」

 

「これからもよろしくだ。親友のフラン」

 

互いにそんな事を言い合って。

私達はくすくすと笑い合った。

夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、フランは寝坊した。

 



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忠誠度能力+55:貴方は難敵と出会う

「地獄」は彼岸にあるらしい。

彼岸とは、つまりはあの世のことである。

あの世とこの世とは「三途の川」を越える必要があり、

そこに至るには、「中有の道」を通る必要があるそうだ。

 

つまり、目的地の「地獄」にたどり着く為には「中有の道」にたどり着かなければいけない。

問題は、その中有の道が何処にあるのか、なのだが。

なんと妖怪の山の裏側にあるらしい。

今居る位置は妖怪の山の真正面に当たる場所なので、反対側にぐるりと回れば良い訳だ。

 

随分と都合の良い場所にあったものだ。

これならば、ゆっくり歩いて行っても一日とかからないだろう。

目的地の「地獄」にたどり着くのも、時間の問題だろう。

私はそんな事を思っていた。

だが、現実はそこまで甘くは無かったのだ。

 

「わ!金魚掬いだ!

 ウギン!ちょっと寄ろうよ!」

 

「私もやりたいな~。あ、でもあっちの人魂ボンボンも面白そう!」

 

中有の道の道で、フランとこいしが大きく足止めを喰らってしまったのだ。

というのも、中有の道には沢山の出店が立ち並んでいて、賑やかな場所であった。

お祭りの出店を彷彿とさせるそれらは、年端のいかない少女達の足を止めさせるには充分過ぎたのだった。

こっちの出店に立ち寄っては、また別の出店に立ち寄る。

それが終わればまた次の、それが終わればまた次へと。

ちょっとしたら「やっぱりあれがやりたい」と言って前の出店に戻る。

 

一歩進んで二歩下がる。という訳ではないが、大きく足止めを喰らった。

しかし、まあ。急ぐ用事でもない。これもまた良い思い出になるだろう、と思った。

そうして、気付けば夜になって野宿をして。また朝になって出店を楽しむ。

 

それを何度か繰り返すうち、射命丸と純狐は近くの酒場に行って酒を楽しむようになる。

思ったよりもそこの酒と料理は美味かったらしく。彼女達はそこに入り浸るようになった。

私もそっち側に行きたかったのだが、流石に少女二人をそのままにしておくのは気が引けるし。

なによりこいしの姿を見ることが出来るのは今現在、私だけだ。

気付けば迷子になってしまった。なんてことも充分にあり得るだろう。

そういう意味もあって。私は中有の道で足踏みをしていたのだ。

 

決して羨ましかったわけではない。

射命丸と純狐が、やれあの酒と料理が絶品だっただの、肉料理が最高だっただの。

フランとこいしが、あそこの射的屋はどうだの、金魚掬いのコツがどうだの言っていたとしても。

決して、決して羨ましかったわけではないのだ。

 

でも、肉料理だけはお土産で持ってきて貰った。

食べきれないたこ焼きやお好み焼きも食べたりした。

とても美味しかった。

 

――そうして。さらに数日が過ぎた。

 

「ウギン、ここは危険だわ~」

 

ある日の夜。

純狐が今までにない顔をしてそう言った。

その顔は緩み切っていて。最初に出会った頃のような剣吞さは欠片も感じられない。

両手には、お土産の料理と酒が握られていて。吐く息はどこか酒の匂いがした。

とりあえず酒と料理を受け取ると、純狐をちょっと座らせて落ち着かせた。

ふらふらと千鳥足をしていて危なかったのだ。

 

「新メニュー、最高でしたよ~。特にお肉とか、じゅーしぃ?って言うんですかあ?

 ソースと口の中で混ざり合って、は~もに~がですねぇ~」

 

射命丸もまた、顔が緩み切っている。

ニヤニヤしながら私の顔を見上げてそんなことを言っている。

お前は知らん。転んでいろ。

 

「そうそう、あのお肉、最高だったわよね~。

 その子が頼んで、お土産にちょっとだけ貰って来たのよ~」

 

前言撤回だ。よくやった。射命丸。

私はニコニコ笑顔になって彼女の身体を支えると、そっと地面に座らせた。

怪我でもしたら危ないだろう?

さて、それで純狐は何が危険だと感じたのだろう。

 

「このままじゃ~一生地獄に辿り着けないわ~」

 

「あそこの酒場の料理が美味しいのが悪いんですよ~」

 

「間違いないわね~」

 

ふにゃふにゃになりながらの彼女達、それを見て私は、ちょっとだけ危機感を覚えた。

このままだと一生ここに居続けるというのは、流石に勘弁して貰いたい。

いつもは真面目な射命丸と純狐ですらこの調子なのだ。フランとこいしはどうなっているのだろう。

と、見れば。二人はスヤスヤと遊び疲れたのか先に寝てしまっていた。

思わず和んでしまった。

 

まあ、辿り着けない時はその時だろう。諦めて帰ればいい。

目的地など、簡単に決めることが出来るのだ。

時には休憩も必要だし、仲間の為ならいくら金を使っても問題はない。

金ならあるのだ。何も、問題はない。

 

「いやーん!ウギン愛してるわ~!」

 

「素敵です!一生ついてきます~!」

 

そう言うと。二人揃って私に抱き着いた。

ちょっと酒臭かったがまあ良いか。それよりも私は噂の肉料理を食べたかった。

 

 

 

――そうして。さらに十数日が過ぎた頃。

 

 

 

「飽きたな」

 

「飽きたわね」

 

「飽きたねー」

 

「飽きましたね」

 

「飽きたよー」

 

この頃になると、私達は変わらない毎日というものに飽きてきた。

今まで刺激の強い毎日を過ごし続けた反動だろうか。

最近は惰性になっているこの日々に、飽きてきたのだ。

 

フランとこいしも。最近では射的や金魚掬いで遊ぶことは少なくなったし

たこ焼きやお好み焼き、焼きそばを食べる事は少なくなった。

何事も、程々が良いということなのだろうか。

 

射命丸と純狐も。最近では酒場に入り浸る事はなくなった。

美味しいことは美味しいそうなのだが、なんだか毎日食べると飽きてくるのだと言う。

ステーキは特別な時に食べてこそ美味しいのと似たような理論だろうか?

 

ともかく、私達は中有の道をようやく抜ける事になった。

何日もかけてようやく抜け出したこの罠。なんと強敵だったのだろう。

 

「ようやく先に進めるな」

 

私がそう言うと。皆どこか焦ったような感じで首を縦に振った。

いや、別に責めるつもりはない。前述の通り、たまには休みがあっても良いと思っていたし。

なんならもう少し居ても別に責めるつもりは一切なかった。

 

「手ごわい罠でしたね。流石は地獄の道、一筋縄ではいきませんか」

 

「そうね、未だかつてない難敵だったわ」

 

「でもフラン達、皆一緒だったから越えられたんだよ!」

 

「これからも頑張ろー!」

 

皆決め顔で色々と言っているが、つい数日前まで夢中になっている事を知っているだけに、滑稽だったのが残念だった。

私がため息を吐けば、皆がビクッと身体を硬直させた。

いや、怒ってないからね。

本当に。

 




中有の道は生きているものを夢中にさせる何かがあるとか。
そんな独自設定。


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忠誠度能力+56:貴方は宝石を渡す

仕事に疲れて寝ていたらいつの間にか日をまたごうとしていたので焦りました。
ちょっと短めです。


中有の道の通れば、あっという間に河原に辿り着けた。

目の前には霧深い川のようなものが流れており、向こう岸を見ることは出来ない。

どれほど大きな川なのだろうか。想像もする事が出来ない。

 

ここが三途の川か。生きているうちに見ることが出来るとは思わなかった。

などと思っていると、ふと足元の河原に沢山の石が積まれていることに気付いた。

賽の河原という奴か。親よりも先に死んだ者が科されるという、石積だ。

一般的に「永遠に終わらない」「無駄な努力」の例えとして用いられるそれだが。

これも本物を見るのは初めての事である。

まあ、生きている者が見る機会は、ほぼ無いに等しいのだから当然のことなのだが。

 

「……」

 

何か思う所があるのだろうか。

純狐はその石をじぃっと見つめていたかと思えば、すぐに目を逸らした。

一体何だったのだろう。

ここで詳しく話を聞いても良かったが、なんだか強烈に嫌な予感がした。

地雷原でタップダンスを踊るがごとく非常に嫌な感覚だった。

そう言えば、月に居た時に一度、彼女は息子が居たと言っていた事があった。

その後すぐに顔から感情が抜け落ちて大喧嘩になったのだから、

この話は聞かないでおくのが吉なのだろう。

踏まなくて済む地雷は踏まずにしておくのが一番なのだ。

 

さて、この濃霧だ。どうしたものだろう。

三途の川と呼ばれる程なのだ。きっとその大きさは並ではないだろう。

ここは誰か案内役が欲しい所ではあるのだが、生憎と誰も道は知らないのだと言う。

一度ここに来た射命丸すらも、とてつもない大きさの川。ということしか知らないそうだ。

 

困り果てていると、不意に人影を発見した。

三途の川の周辺で人に出会えるとは思っていなかっただけに、ちょっと困惑した。

向こうもこちらに気付いたらしく、ゆっくりと近付いてきた。

 

癖のある赤髪をツインテールにした髪型をしており。

服装は半袖にロングスカートの着物を着用している。

そして何よりも大きな鎌を持っている。

 

「やあやあ、珍しいお客さん達だね。

 龍に天狗に吸血鬼と来た。随分と濃い面子じゃないか」

 

「あやや、小町さんじゃないですか、今日はサボってはいないので?」

 

「あたいだって、たまにはちゃんと働くさ」

 

どうやら射命丸の顔見知りらしい彼女。

小町という名前らしいが、それだけでは何も分からない。

私も会話に入るべきだろう。今は情報が出来るだけ欲しい。

ああ、それと出来るだけ親密になっておこう。

仲が良くなれば得られる情報の質や量も増える。

さて、その為には何を渡すのが最適だろうか。

 

「私の名はウギンだ。

 この通り、ただのしがない龍だ」

 

「喋る龍ってだけで相当だと思うけどね。

 おっと、あたいの名前は、小野塚小町。しがない死神さ」

 

「確かにそうだな。あとは、そうだな。こんな事も出来る。

 Mox Pearl Mox Sapphire Mox Jet

 Mox Ruby Mox Emerald」

 

「!!これは……宝石かい!?」

 

「まあ、そうだな。これを君にあげよう」

 

「う、うわあ、ほ、本当かい?後で返せって言われても返さないからね?」

 

困った私は、いつものようにMoxを差し出す事にした。

いかん、いかんな。いくら私には無用の長物とは言え、Moxの扱いがぞんざいになってきている。

しかし、効果は確かにあったようで、小町は目を輝かせて喜んでいるようだった。

これならば、いくらか情報を聞き出す事が出来るだろう。

 

「ところで、小町。

 私達はこの三途の川を越えたいのだが。何か知っている事はないか?」

 

「知っているも何も、ここはあたいの仕事場さ。庭みたいなもんだよ。

 三途の川を越えて、何をしに行くつもりだい?」

 

「なに、ちょっと地獄に観光をしに行くんだ」

 

「はあ?」

 

小町の顔が「何言ってんだこいつ」という表情になった。

とは言え本当に観光に行くだけなので、言葉の直しようがない。

嘘ではない事を悟ったのか、小町はどこか難しそうな顔をしている。

何か問題があるのだろうか。

 

「ううむ、そうか。観光かー。

 あたいは別に構わないけど、四季様と久侘歌の奴が許すかなあ」

 

「?」

 

「ああ、四季様はあたいの上司にあたる人物でね。閻魔様なんだ。

 久侘歌の奴は地獄とかの関所の番人なんだけど……。

 両方とも反対しそうでねえ」

 

私が首を傾げると、小町はつらつらと情報をくれた。

なるほど、閻魔に番人か。それは厄介そうだ。

思わず私も難しい顔になってしまうが。

 

「ま、いいか。直接聞きに行けばいいと思うよ」

 

それでいいのか。小町よ。思わずつっこみそうになった。

随分と簡単に物事を決める性分なのかは知らないが、もし私達が害意を持っていたらどうするつもりだったのだろう。

ちょっと心配になった。

 

「それで、三途の川を渡るんだったね。

 丁度いい。あたいは距離を操る事が出来てね。

 とんでもなく長いこの三途の川も、ほら、この通り」

 

小町の声とともに、今まで先の見えなかった三途の川の先が、薄っすらとだが見えるようになった。

なるほど、三途の川を仕事場にしているのはこういった能力を有しているからか。

随分と便利な能力だと感じた。

しかし、良かったのだろうか。ここまで色々として貰うと、こちらも申し訳なくなってくる。

 

「良いんだよ、むしろさっきの宝石の礼としては足りないぐらいさ」

 

あっけらかんとそう言って笑う小町に、私は思わず

大丈夫なのだろうか。と思わずにはいられなかった。

どうにもここに来てから善性の者としか会っていないような気がする。

純狐などは除く。

 

ともかく、私達は一緒に空を飛んで三途の川を越える事にした。

後ろには手を振ってそれを見送る小町の姿。

少しだけ嬉しく思った。

 

さて、小町の言っていた通り、あるいは先が見えていたことからあっという間に彼岸に辿り着いた私達。

ここまで生きたままで辿り着けるとは本当に思っていなかったので、ちょっとびっくりだ。

問題らしい問題は今のところ起きていないし、私達の観光は今のところ順調であると言えた。

 

だが。

 

「あ!そこの貴方達!ここは生きた者が来るところではありません!

 今すぐに帰りなさい!」

 

そう言って一人の人影が飛んできた。

オレンジのワンピースに白のボレロ。胸元には赤いスカーフタイがある。

髪は黄色がかった白に赤色のメッシュ。

 

私は直観した。

こいつが小町の言っていた久侘歌という門番なのだろう。と。

まだまだ地獄への道は遠そうだった。

 



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忠誠度能力+57:貴方は懇願する

「駄目でございます!」

 

無事に彼岸にたどり着いた私達を待っていたのは、久侘歌と思わしき人物だった。

彼女は私達の前に立ちふさがると、このまま帰るように促してきた。

この先の地獄に観光する為にここを通りたいのだ、と言えば。

彼女は顔の前でばってんを作ってそのように言った。

どうしても通っては駄目だろうか?

ただ単なる観光なのだが。

 

「駄目ったら駄目でございます!」

 

駄目らしい。

私が頭を下げても彼女の顔色は変わらない。

となるとフランとこいしによるおねだりだ。

 

「この先に行きたいの!久侘歌おねえちゃん!お願い!」

 

「おーねーがーいー!」

 

まあ、こいしの姿は見えないのだが。

それでもその威力たるや。思わず私なら通してしまいかねない。

目の前で手を合わせてお願いしている。ポイントは目を潤ませる事らしい。

 

「駄目でございます!

 というよりもこんな小さい子を連れて地獄に観光とか何を考えてるんでしょうか!」

 

駄目らしい。

むしろ機嫌を悪くしてしまったようだ。

フランとこいしは戻ってくるなり「駄目だったー」「ごめーん」と私に抱き着いて来た。

こんなに人を和ませるのに、何が駄目だったのだろうか。本気で分からない。

こうなると次に取れる手段は決まっている。

射命丸、行け。

 

「手間賃はおいくらいただけるんで?」

 

がめつい。ホントがめついな。

私は仕方なくMoxを10個程渡すとぴょんと跳ねて、るんるんと彼女のもとへ歩いて行った。

 

「久侘歌さん、今日の所はこれで見逃してはいただけませんか?」

 

「宝石でございますね!

 とっても綺麗でございます!わーい!!

 ……とでも言うとでも思いましたか!賄賂!立派な賄賂ですよこれは!

 この久侘歌!決して賄賂は受け取りませんとも!ええ!」

 

駄目らしい。

むしろさらに機嫌を悪くさせてしまったようだ。ぷんぷんだ。ぷんぷん久侘歌だ。

射命丸は戻ってくるなり「駄目でしたね。ところでこのMoxは頂いても?」と聞いてきた。

まあ、良いけど。本当に君は変わらないな。

しかしこうなると本当に久侘歌は厄介だと言わざるを得ない。

おねだりもMoxによる買収も効かないとなると、取れる手は限られてくる。

 

「次は私の番ね」

 

不意に純狐が立ち上がる。

いや待て待て。何をする気だ。

引き止めると、さも当然のように純狐は言い出した。

 

「暴力よ。暴力で訴えかけるしかないわ。

 何事も暴力で解決するのが一番よ」

 

「暴力!信じられません!こちらはか弱い女だというのに!」

 

「五人で囲んで叩けばきっと彼女の気も変わるでしょう」

 

「ちょっと!ちょっと勘弁して頂けないでしょうか!

 せめて一対一で平等にやりあいましょう!」

 

そうか。それならば私が出よう。

射命丸にさっきのMoxを返してくれないか、と頼めば、渋々ながらも返してくれた。

「後でちゃんと返して下さいよー!」と言われた。もとはと言えば私のものなのだが。

まあ別にいい。

 

「おや、暴力で解決する気ですね?

 相手は貴方ですか。ふふ、この久侘歌。決して手加減は致しませんので。

 どうかご容赦くださいませ」

 

「そうか。

 マイアの処罰者/Myr Enforcer

 親和(アーティファクト)=10」

 

「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」「マイアの処罰者」

 

「ちょっとタイムをお願い致します」

 

大体20体程「マイアの処罰者」を出したところで、ちょっと待ったコールが入った。

どうかしたのだろうか。まだ戦いが始まる前だというのに。

ちなみに「マイアの処罰者」は久侘歌の周りを取り囲むように配置してある。

逃げられたりして増援を呼ばれても困るからだ。

 

「え?ごめんなさい。私一対一と言いましたよね?

 なにいきなり増援を呼んでるのでございますか?

 あ、そういう能力なのでございますね。うふふ。

 ……あの、選手の交代をお願いしたいのですが」

 

なんと、私では駄目だと言外に言われてしまった。

となれば、誰が良いだろうか。

いや。ここは平等に久侘歌に決めてもらうとしようか。

 

「え、ええとじゃあ。先程賄賂してきた女性でお願い致します」

 

ご指名は射命丸だった。

ちょっとやる気が無さそうだったので、

勝てたらMoxを渡すと言えば、目の色が変わった。

そうそう、ちなみに外套は装備したままである。

 

「では行きますよ――」「はい。一本取りました」

 

つまりは、今の射命丸はアンブロッカブルであり、何者にも邪魔されない存在である。

瞬く間もなく、射命丸は久侘歌の額に一発、軽くデコピンを与えてやると、

一瞬で私達のもとに戻ってきた。まさに神速と言うべきか。目では追い切れなかった。

 

とりあえずMoxを渡すとしよう。色を付けて20個渡すと。

「さっすがウギンさんだ。違うなぁ」と言って来た、いや何が違うんだ。

 

「ちょっと今のは無しでお願い致します!!

 え?ちょっと何が起こったのかすら分からなかったんですが!?

 今のは!今のは無しということでなんとか!!」

 

頭を下げてそう懇願する久侘歌。

とは言え、今のは間違いなく一対一だった。

卑怯も何もないと思うのだが。まあ良いか。

それで次は誰と対戦したいのか、また久侘歌に決めてもらうとしよう。

 

「え、えっとじゃあ。そこの女の子で」

 

ご指名はフランだった。

「大丈夫か?」と聞けば「大丈夫大丈夫!」と返してくれた。

まあ、本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

やる気は満々のようだ。そうそう、こちらも外套は装備済みである。

 

「卑怯とは思わないでくださいね、流石に幼子相手なら勝て――」

 

「きゅっとして!ドカーン!」

 

瞬間、久侘歌のすぐ隣にいた「マイアの処罰者」が破壊された。

彼女の目の前で、爆発四散する訳でもなく、自壊するように、バラバラになった。

フランは「あちゃー!間違っちゃった!久しぶりだからなあ……」とちょっとしょぼくれていた。

射命丸は「あやや。封印解いたんですねぇ」などと言っていた。

久侘歌の顔は真っ青になっていた。

 

「それじゃ!今度は間違えないよ!きゅっとして――」

 

「タイム!タイムでございます!」

 

三度目のタイムが入った。

仏の顔も何度までと言うだろう。流石にここは諦めて欲しいのだが。

 

「まだ!まだ一人居るではありませんか!そこの女性が!」

 

「あらあら」

 

指さされたのは純狐だった。

おいばかやめろ。そいつには手を出すな。

殺すなよ。絶対に殺すなよ。フリじゃないからな?と伝えると。

純狐は分かったような分かってないような顔でそれに応えた。

大丈夫なのだろうか。久侘歌が。

 

「フフフ、流石にただの女性に負ける久侘歌では――」

 

「純化」

 

瞬間、久侘歌を取り囲んでいた「マイアの処罰者」達は一瞬で塵になった。

久侘歌は、無事だった。危ない所だった。塵になったらどうするつもりだったのだろう。

安堵のため息を吐いてると、彼女は何かを悟ったような顔になった。

 

「降参でございます!なので何卒お命だけはお許しくださいませ!」

 

腰から九十度に上半身を曲げて、彼女は頭を下げた。

勿論だ。許すとも、命なんて取りはしない。

そう言うと、彼女は安心しきったような顔になった。

最初こそ不安になったこの番人との会合も。

蓋を開けてみれば、誰も傷付くことなく無事に通り抜ける事が出来た。

これで良かったのだろう。と思っていると、不意に久侘歌が。

 

「あ、閻魔様に報告しなければいけませんね」

 

という声に全員が反応した。

そう、あの世と言えば、閻魔である。閻魔を直接見なければ、

観光は完遂し得ない。この際だ。地獄に行く前に閻魔に会ってから行きたいのだ。

 

「閻魔の所まで案内してくれないか?

 いやなに、観光したいのだ」

 

「えぇ……いやまあ、構いませんが。

 丁度地獄にありますし、まあ……良いでしょうかね」

 

久侘歌はちょっとだけ困ったような顔をした後で、そんな事を言った。

地獄まで、もうすぐである。

 



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忠誠度能力+58:貴方と傍観者と

地獄には「是非曲直庁」という組織があるらしい。

らしい、というのは久侘歌から聞いた話であって、直接見たわけではないからだ。

件の閻魔、こと「四季映姫」はここに所属しているらしく(名前は久侘歌から聞いた)

直接会う事は死後の人や妖怪の魂を裁いたりしている時は難しいらしい。

 

まあ、閻魔だから忙しいのも当然の事だろう。

だがちょっとだけ覗いて行くのは駄目だろうか。

雰囲気だけ味わいたいのものだが。

 

そんな事を言えば、久侘歌から無言の圧力を感じた。

どうやら駄目らしい。残念である。「地獄行き」とかちょっと生で言われてみたかった。

そう言えば、名前は知っているのだから「Ashnods Coupon」で呼べば良いのではないだろうか。

「Ashnods Coupon」の効果を伝えた上で

そう彼女に提案したが、彼女は冷えた目で「地獄に行きたいのならどうぞご勝手に」と丁寧に言われた。

ほう。なら丁度良いんじゃないだろうか。

今の目的地は地獄であるし、閻魔直々に地獄に行く許可が貰えるのなら万々歳だ。

そう伝えると、彼女は必死になって「お願い致しますから止めてくださいませ!」と言われた。何故だ。

 

「あら、良い事を思い付いたわ。

 ヘカーティアを呼べば良いんじゃないかしら」

 

手をポンと叩いて、純狐はそんな事を言い出した。

はて、何故ここでヘカーティアの名前が出てくるのだろう。

首を傾げる私に、純狐はくすくすと笑いながら話し出した。

 

「あら、知らないの?ヘカーティアは地獄の女神なのよ。

 地獄の女神からの紹介なら、閻魔くらいは会えても良いと思うのだけれど」

 

なるほど。そういう事か。知らなかった。

女神である事は知っていたが、まさか地獄の女神だったとは。

偶然の出会いだったが、何が功を奏すか分からないものだとつくづく実感した。

さて、問題はどうやってヘカーティアを呼び出すか、なのだが。

まあ「Ashnods Coupon」しかないか。そう思っていた矢先。

 

「呼んだかしら、純狐にウギン?」

 

ヘカーティアが虚空から姿を現した。

表情は柔らかく、ニコニコ笑顔である。何か良い事でもあったのだろうか。

思わず気になって聞いてみれば。

 

「いえ。()()()貴方達の事を見ていたのだけど。

 随分と面白そうな事ばかりしていると思ってね。

 

 純狐が心配になって付いてきたのだけれど、無事に仲間になれてホッとしたわ。

 命蓮寺なんて場所でくつろいでいた時は、こっちものんびりしたわ。

 「Ashnods Coupon」を使って人を呼んだ時は、ビックリしたわ。

 それで罠に嵌められた時は、どうやって抜け出すのかハラハラしたわ。

 「Time Vault」なんて出鱈目な機械を使った時は、ワクワクしたわ。

 神霊廟で怒った貴方を見た時は、思わずこっちも怖くなっちゃったわ。

 お肉を食べている貴方を見た時は、とっても幸せそうで、素敵だったわ。

 地底でウラモグとか言う化け物を見た時は、こっちも寒気がしたわ。

 そこに居るフランと親友になる所なんて、夜空も相まって最高だったわ。

 中有の道の屋台でワイワイしている時は、とっても楽しそうだったわ。

 そこに居る地獄の番人をビビらせる時は、大笑いしちゃったわね」

 

「そうか」

 

私は思わず思考を投げ出した。

この女神、知らず知らずのうちに付いてきていたのか。

私の知覚外に居たのか、全く気が付かなかった。

 

「純狐が楽しそうでなによりだけど。

 ウギン。私、やっぱり貴方の事が気になっちゃうわ。

 一体どこまで何が出来るの?

 まるで本気になっていないようだけど、本当はどれ程強いの?

 ただ観光しているだけなのは、見て来た私がよく分かっているけど。

 それで何かを為そうとしないの?野望や野心はないの?」

 

目をキラキラと光らせながら、まるで新しい玩具を見つけた子供のような目をして。

ヘカーティアは私に問いかけた。色々な事を急に問いかけるんじゃないよ。

おばちゃんは三行までしか分からないよ。

 

「知らんよ」

 

「ああ、だから貴方って素敵だわ。素晴らしいわ。

 可能性を感じるわ。行く末が気になるわ。なんて輝かしいのかしら」

 

駄目だこの女神。何を言っても話が通じない。

何か言ってやってくれと純狐に目を向けるが、純狐もくすくすと笑っていた。

 

「ヘカーティア。そのくらいにしてあげなさいな。

 私も同感だけど、今は私達、地獄の閻魔に会いたいの。

 だからこそ貴女の力が必要なのよ」

 

「ええ!ええ!そうね!

 貴方達の物語に関わる事が出来るなんて、私はなんて幸せ者なのかしら!

 映姫ちゃんのつまらない裁判なんてさっさと中断させて、私はまた傍観者に戻るわ!

 それが一番楽しみですもの!それがなによりも面白いのですもの!」

 

そう言うと、ヘカーティアはまた虚空に消えた。

本当に嵐のような女神だった。前に会った時はあそこまでではなかったのだが。

あれが彼女の本性なのだろうか。ちょっと頭を抱えたくなった。

 

見れば、久侘歌はその場で硬直していた。

地獄の番人と地獄の女神。その立場にどれだけの差があるのかは知らないが。

少なくとも同等ではないだろう。閻魔をちゃん付けする程だ。

それなりの格差がある事が伺えた。

 

「ええと、女神様とはお知り合いでしたでしょうか……」

 

恐る恐る、といった具合に。彼女は私に問いかけて来た。

いや、まあ。知り合いと言えば知り合いなのだが。

 

「友達わよん!」

 

また虚空からヘカーティアが顔を出してそう言ってまた消えた。

急に出てくるのは止めて欲しい。ちょっとだけビックリした。

ほら見ろ、久侘歌を。ビックリし過ぎて目が死んでるだろうが。

 

「め、女神様のご友人とはつゆ知らず……失礼な事をしてしまいました!!」

 

急に頭を地面に擦り付けて、土下座された。

いや。大丈夫だって。ちょっと仲良くなっただけだから。大丈夫だって。

 

「へ、ヘカーティア様のご友人が来られたと聞きました!!」

 

ほらもう、なんか緑髪ショートヘアの方まで駆け足でやってきたではありませんか。

多分あれ閻魔様だって。見た事ないけど、多分絶対そう。

だって片手になんか閻魔様が持ってる棒っぽいの持ってるもん。

 

初のご対面がなんかこうごちゃごちゃになってしまって。

本当に友人の女神がすみませんでした。と物凄く謝りたい気持ちで一杯になった。

 

ちなみに射命丸やフランはいつも通り平常運転だった。

「まあウギンだもんね」なんて言いそうな感じの顔をしていた。

 

こいしだけはちょっとビックリしていた様子だった。

ちょっと和んだ。

 




どうでも良いことなのですが。ヘカTが一番好きなキャラです(戦争勃発


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忠誠度能力+59:梅澤の十手

60話です。思えば遠くまで来たものですね。
100話まで残り半分を切りました。驚きです。

さてさて、今回のテーマカードは
「梅澤の十手/Umezawa's Jitte」です。
名前だけでは分からないでしょうが、ぶっ壊れカードの1枚です。

”戦闘ダメージを与えるたび”蓄積カウンターが2個置かれ、
蓄積カウンターを1個取り除くことで以下の能力から1つを選べます。

・装備しているクリーチャーは、ターン終了時まで+2/+2の修整を受ける。
・クリーチャー1体を対象とする。それはターン終了時まで-1/-1の修整を受ける。
・あなたは2点のライフを得る。

知らない方にはなんのこっちゃです。しかしその凶悪性は確かなもの。
本作でその一端を垣間見る事が出来れば幸いでございます。


散々な目にあった。

というのは私達ではなく、閻魔である映姫や久侘歌が言うべき言葉だろう。

突然やってきたかと思えば、それは地獄の女神の友人で、観光をしたいと言い出すのだ。

私だったらちょっと勘弁して欲しいな、と思う所である。

 

ぺこぺこと頭を下げる映姫が言うには、地獄には特に観光に向いた場所は無いという事。

むしろ度重なる地獄の財政難により、その整備は不十分なものであるという事。

見たところで地獄の女神の友人である私達には見せるに見せられないという事だった。

 

ちょっと可哀想だと思ったのでMoxを50個程渡せば、映姫はぴょんと跳ねあがった。

私としては先程の詫びとして渡した。そこまで深い意味は無いのだが。

映姫はそうは思わなかったらしく「ぴぇぇ」と小さな鳴き声をあげていた。

何と勘違いしたのだろうか。

 

さておき。地獄にはあまり見どころはないらしい。

これでは観光の魅力は半減だ。

廃墟を見て回るのも楽しいが、どうせならアトラクションがある遊園地を見た方が楽しいのと理屈は似ている。

問題と言えば、純狐か。

地獄に行きたいと言っていたのだから彼女の意見を尊重したいのだが。

そう思って彼女の方に顔を向ければ。

 

「あら、別にいいわよ。このまま帰っても

 ……残念だけど、仕方がないわよねえ」

 

そう言ってため息を吐く純狐の姿。

後半を強調した辺りで

なんだか演技臭さを感じた私だったが、何が目的なのだろうか。

 

「せっかくここまで苦労して来たのに、残念ねえ」

 

「お、お待ちください!せっかくここまでご足労おかけしたのです!

 畜生界を見て行ってはいかがでしょうか!?」

 

そう言って慌てふためく映姫と、ほくそ笑む純狐。

なるほど、これが目的か。

それにしても、畜生界か。寡聞にして聞いた事が無い。

どのような場所なのだろうか。

 

「ええと、はい。地獄の隣にある、動物霊達が送られる場所になっております。

 こちらは高いビルが建ち並ぶ都市のような景観が見られるので、観光にも向いているかと。

 ただ、こちらは完全なる弱肉強食の世界となっておりまして。

 「勁牙組」「鬼傑組」「剛欲同盟」などの巨大な組織が毎日争乱が起こっております。

 この点では、あまり観光には向いていません。

 最近異変が起きて、色々とあったのですが……今では元の混沌に戻っていますね。

 私個人としては、平和が何よりなのですが、致し方ない事なのでしょう」

 

「ふむ」

 

とりあえず頷いた私。よくわからんので、いつものように射命丸に顔を寄せる。

 

「5文字で頼む」

 

「ぶちこわせ」

 

なるほど、なるほど。非常に分かりやすい。

オーダーはシンプルだ。サーチアンドデストロイ。サーチアンドデストロイだ。

幸いなところ、戦力はある。過剰なほどに。

ただ、心配なのがこいしだ。彼女は今、装備という装備を持っていない。

元から誰からも見ることも聞く事も出来ない彼女にとって回避能力持ちの装備品は必要ない。

と、なると。だ。必要な装備はただ単純に強力な装備品という事になる。

ああ、あれだ。あれが良い。

 

「こいし」

 

「どしたの?ウギン?」

 

「これから渡す装備品は、二つとない装備品だ。

 いや、違うな。二つと存在することが出来ない装備品だ。

 それを分かった上で、扱って欲しい」

 

「分かった!!」

 

「梅澤の十手/Umezawa's Jitte」

 

そう言って、私の手の中に現れたのは、小さな小さな十手。

思わず私は、「F○ckin Japanese Weapon!」と叫びたくなった。

それは過去のトラウマによるものなのだが、まあ、それは良い。今は関係ない。

 

伝説のアーティファクトであり、装備品であるそれ。

戦闘ダメージを与える度に、カウンターが蓄積されていくというそれだが。

実は私は、初見ではこのカードの真の強さを理解することは出来なかったりもした。

それは勘違いによるものではあったのだが、苦い思い出である。

 

こいしは手に取ると、ぶんぶんと振り回したりして遊んでいた。

そう、この装備品、装備しただけでは効果は全くないのだ。

その為に、私は誤解していたのだが……。

 

「メムナイト/Memnite。

 こいし、これを十手で殴って見ろ」

 

「分かった!!えいっ!」

 

ぽこん、と言う可愛らしい音を立てて、メムナイトに当たる梅澤の十手。

さて、真価はここから発揮される。

キュイン。と機械的な音を立てて、それは瞬き出したのだ。

蓄積(charge)カウンターが2個、十手に置かれたのだろう。

この時点で、ぶっちゃけ当時の思い出を想起して身体が震えそうになる。

 

こいしは不思議そうな顔をして瞬く十手に目を奪われていたのだが。

それは次の一瞬で困惑の顔に変わった。

 

「え?ごめんね、よく分かんないんだけど。

 3つの選択肢が出て来たんだけど」

 

「ああ、それで良い。それが梅澤の十手の効果だ

 メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite

 こいし、1つ目の選択肢を選んで、メムナイトを殴ってみろ」

 

「わ、わかったよ!えいっ!!」

 

戸惑うこいしをよそにそう指示して、こいしは先程と同じように十手でメムナイトを殴った。

瞬間、ドゴン。と破壊的な音を立てて、メムナイトは吹っ飛んで行った。

先程とはえらい違いだ。正直ビビる。+2/+2修正を得たのは分かるが、これ程強力になるのか。

そして、再びキュイン。と機械的な音を立てて瞬き出す十手。

これでカウンターは3個、十手に置かれた事になる。

 

さて、ここで1つ目の選択肢。こと

・装備しているクリーチャーは、ターン終了時まで+2/+2の修整を受ける。

について解説しよう。

 

月で実験して分かったことだが。+2/+2修正とは要はパワーアップだ。

ターン終了時まで。つまりこの一日が終わるまで、こいしはパワーアップしたという事だ。

だがムキムキに筋肉が膨張したりはしない。ちょっと小突くだけで相手が吹っ飛ぶ程度で済む。

 

「次は2つ目の選択肢だ、こいし。次のメムナイトに向けて十手を空振りしてみろ」

 

「う、うん!!」

 

ぶん。と空を切る十手。その先に居るのはメムナイトが一体。

勿論当たるはずはない。そのはずなのだが。

メムナイトは自壊するようにして破壊された。

これで1個カウンターは使用したから、残りは2個、十手に残されている。

 

さて、ここで2つ目の選択肢。こと。

・クリーチャー1体を対象とする。それはターン終了時まで-1/-1の修整を受ける。

についての解説だ。

 

これも月で実験して分かったのだが、要は相手の弱体化をする事が出来る。

そして、限界を越えて弱体化された場合、対象は死ぬ。本当にあっけなく死ぬ。

幸いなのは、これで蓄積(charge)カウンターが置かれない事か。置かれたら冗談抜きでヤバかった。

 

 

「ふう、ウギン!凄いねこの装備!

 でもちょっとだけ疲れちゃった!」

 

「そんな時は3つ目の選択肢だ」

 

「え?う、うん?」

 

困惑しながらも、十手の最後の効果を使うこいし。

瞬間、私には分からなかったがこいしの顔色が急激に良くなった。

これで残りのカウンターは1個か。

 

「……本当に凄いね、この装備。疲れも取れるんだ」

 

「それは1個しか出せないからな、まあ。裏技もあるが」

 

そして、最後の選択肢。こと。

・あなたは2点のライフを得る。

についての解説だ。

 

先程の通り、月で実験をしていた時、やはり疲れてしまうことがあった。

そんな時にこれを使えば、あら不思議。傷どころか疲れも取れてしまうではありませんか。

まさしくぶっ壊れ装備である。だが、回避能力を持っていないのが弱点か。

それも、こいしが持てば回避能力は何も必要なくなる。なんと素晴らしいシナジーだろう。

 

さて、これで準備は万端か?

いいや。そんな事は無いさ。無いとも。

 

「さあ。こいし。使い方は分かったな?」

 

「うん!」

 

「それなら、畜生界に行く前に、軽く準備をするとしようじゃないか」

 

「うん!うん?」

 

「メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite。メムナイト/Memnite【省略】

 

さあ、蓄積(charge)カウンターを乗せる作業に入ろうか?」

 

「あっはい」

 

死んだような目をしてメムナイトを殴り続けるこいし。

そして時折自身を強化して、またカウンターを乗せる。そんな作業だった。

大体蓄積(charge)カウンターが100個を越えた頃だろうか。

 

「射命丸。フラン。外套を脱げ。

 そしてこの十手を持って10回程自分を強化しておけ。

 ……純狐は、一応やっておくか?」

 

「あら、こんなか弱い女をそのままにしておくつもり?」

 

「ハハッ」

 

この装備品の最も恐ろしい所をまだ伝えてなかった。

それは、装備品自体に蓄積(charge)カウンターが乗る事だ。

つまりは、受け渡しが可能なのだ。ぶっ壊れも程々にしろと叫びたくなった。

現実のこの世界では、ターン終了時。すなわち一日が終わるまで、強化が切れない事は月で実験済みだ。

仲間達は大体皆+20/+20のパワーアップを果たしている。

今ならエルドラージもぶん殴って倒せそうだ。正直に言って十手が壊れすぎて震える。

ちなみに、私は強化は出来ないようだ。クリーチャーではないからか?

 

「ええと、これから私達は魔王にでも立ち向かうので?」

 

これから畜生界に向かおうとする際に、射命丸はそんな事を言っていた。

もしかしたら魔王が居るかも分からんだろう。多分。

 



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忠誠度能力+60:貴方は暴れる

無事に畜生界にやってきた私達。

それを出迎えたのは大勢の動物霊達だった。

その種類はまさに多種多様としか言いようがなく。

土の中から奇襲してくる者も居れば、暗闇からの奇襲をしてくる者も居た。

脚力と牙による強靭な肉体を武器に襲い掛かる者も居た。

どれもかしこも厄介そうだったのだ。

まあ、「だった」のだ。

 

「大体終わりましたかね?」

 

「えー、もう終わりなのー?」

 

「ゆびさきひとつで~ダウンさ~」

 

「うふふ、懐かしいわ。月の民も同じ様な感じだったわね」

 

つまるところ、私達は襲い掛かってくる動物霊の数々をパワーの暴力で解決した。

+20/+20の修正を受けた私の仲間達は大変、大変頼もしく。

殴れば、相手は爆発四散し。

蹴れば、相手はミンチよりひでえ状態になり。

撫でれば、まるでそこから衝撃が伝わるかのように吹き飛んだ。

 

暴力は良い。何事も暴力で解決するのが手っ取り早い。

だが、加減というものがあったのかも知れない。

見ろよ。残った残党を、まるで私達が怪物か何かを見るように怯えているじゃないか。

これでは可哀想だ。あまりにも可哀想だ。

私はちょっと哀れに思って交渉を試みようとしたのだが。

 

「そこの。少し良いか?」

 

「ヒャ、ヒャッハー!死に晒せぇ!」

 

【+2:3点のダメージ。対象、クリーチャーorプレイヤー?】

 

【対象:クリーチャー……動物霊】

 

バチュン。

 

やはり畜生共は駄目だな。言葉が通じない。

一瞬でも哀れに思った自分が馬鹿馬鹿しい。

はあ、と私はため息を吐いた。

こちらはただ単純に観光を楽しみたいだけなのに、向こうから襲い掛かるのでは仕方がない。

残った残党も、逃げる気配はまるで感じられない。

……これでは安心して観光を楽しむ所ではない。

仕方がない。仕方がないな。

 

「皆、注文(オーダー)だ」

 

「「「「ご注文(オーダー)は?」」」」

 

「見敵必殺。サーチアンドデストロイだ」

 

瞬間。鎖から解き放たれたように四散する仲間達。

あちこちで悲鳴や罵声が聞こえるが、まあ、気のせいだろう。

衝撃音や、何かが潰れたような音も聞こえたが、まあ、そういうものだろう。

地獄とは、そういった所だろう?

 

暫くして。私達が立てる物音以外何ひとつ聞こえなくなった頃。

すなわち、ようやく観光が楽しめるような状態になった頃。

私達は動物霊達が積みあがった山の頂上に居た。

 

亡骸とも呼べるような状態になったそれもピクピクと僅かに動いている辺り。

まだ生きてはいるのだろう。いや、霊なのだから死んではいるのだろうが。

対する仲間達は、無事な様子だった。少なくとも怪我は見られない。

もし仮に怪我をしていたら、更地にしていたかも知れない。

いや、十手で回復すれば良いだけの話なのだが。気分の問題だった。

仲間を害する存在は許し難い。

 

辺りを見渡せば、廃墟や、廃墟や、目立つ所に廃墟があった。

いや、本当は高いビルが立ち並んでいたのだが、先程色々あったおかげで軒並み廃墟になった。

どれだけ暴れたのかと聞かれたら、某野菜人の戦闘くらいと言えるだろう。

まあ、廃墟になるのもやむなし。と言えた。

 

さて、これから何処に行こうか。

暫くこの畜生界に居ても構わない。まだまだ廃墟になっていない所は多いし。

そこを見て回るのも良いだろう。これから廃墟に変わるかも知れないが。

とりあえず、中央を目指して歩いて行こう。

そう仲間達に伝えれば、皆私の周りを囲むようにして歩き出した。

 

うん。ここで、情けない話をしよう。

現状、この中で一番弱いの、私なんだ。

残りの忠誠度こそ4点は残ってはいるが、いかんせん火力と防御力がない。

今現在、私の仲間達は+20/+20のパワーアップを得ているから、ちょっと追いつけない。

姫をしているわけではないが、防衛される側に回らざるを得なかったのだ。

それに気づいて、ちょっと悲しかったのはここだけの話だ。

あまりに悲しかったから、よーし頑張っちゃうぞ~。とエルドラージでも一つ出してやりたくなった。

まあ、冗談なのだが。

 

「生身の妖怪が、畜生界に何の御用でしょうか?」

 

金髪のショートヘアの女性と出会ったのは、

三つか四つ目に辿り着いた場所を廃墟に変えている最中だった。

紅色の瞳をしていて、服装は右胸に水色のリボンが付いた衣類を着ている。

 

「!」

 

そして何よりも私を驚かせたのは、亀の甲羅を背負っていた事と、角が生えていた事だった。

〇ッパだ。クッ〇だこれ。大魔王は畜生界に居たのか。

女性だとは思わなかったが、魔王が居た事には変わりはない。

よくそれを注視していると、気に障ったのだろうか。ちょっと嫌な顔をされた。

 

「いやなに、観光をしていてな」

 

「その割には、随分と荒らしまわっているようですが……」

 

「必要な犠牲という奴だ。襲い掛かってくる方が悪い」

 

「そうですか……しかし”あまり暴れないで欲しいです”ね」

 

「ふむ?そうなのか?それは申し訳ないことをした」

 

うん?とここで私は内心ちょっと首を傾げた。

先程まで別にどうでも良いと思っていたはずの建物を壊してしまった事が、なんだかちょっとだけ申し訳なく思えて来たのだ。

思わず謝ってしまったが、これはどういう事なのだろう?

疑問に思っていると、傍にある建物の壁を突き破って、フランが飛び出してきた。

どごん、という轟音を立てて戻ってきたフランは、どこか楽し気だ。

 

「あ、亀さんだ!」

 

「……亀ではありませんよ。貴方も”暴れないで欲しい”のですが」

 

「え?やだよ?もっと暴れたい!」

 

「は?」

 

「うん?」

 

ここで初めて、推定ク〇パ大魔王の顔から余裕というものが消えた。

その顔は困惑と言うか、焦りに近い物だった。

 

「あ、”暴れるな””近寄るな””ここから出ていけ”

 

「え?嫌だけど?」

 

「!!??」

 

そしてその顔は驚愕に染まる。

どういう事だろうか。ちょっと話に付いて行けないのだが。

 

「あらあら、変わった話術を使うのね」

 

私の背後から聞こえて来た声に振り向くと、そこには純狐の姿があった。

どういう事か話を聞こうと思って彼女の方に顔を寄せると。

 

「純化」

 

いきなりの純化に、ちょっと身を固くした。

冗談抜きにぶち殺されたと思った。だが、忠誠度が減る感覚も、強烈な眠気もやってこない。どういう事だろう。

困惑する私が可笑しかったのか、くすくすと純狐は笑うと。

そっと私に耳打ちする。

 

「今、貴方の意思を純化したわ。

 どうやらあの娘。私達の意思に影響を与えるようね」

 

なんと、精神に直接攻撃してくるタイプか。

ちょっとそう言うのは苦手だ。ハンデスにちょっと苦手意識があるのと似ているだろうか。

まあ、それは別にどうでも良い話だ。

 

今、私の頭を巡っているのは、この大魔王の処遇だ。

精神攻撃とは言え、未遂だとは言え、彼女はフランに対して「暴れないで欲しい」と言った。

仮に未遂ではなく、「暴れないで欲しい」ではなく。

フランを害するつもりだったのなら……それは言うまでもないことだが。

彼女はあくまでも私達の迷惑行為に対して注意を促しただけだ。

だからこそ、彼女に頼みたい事があった。

 

「少し、良いか?」

 

”近寄るな!!””私を傷付けるな!!””話しかけるな!!”

 

「ここの案内を願いたいのだが」

 

「……は?」

 

彼女は、再び困惑だらけの顔になった。

 

 



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忠誠度能力+61:貴方は話し合う

なんと、彼女はク〇パ大魔王ではなかったらしい。

背中に甲羅を背負っていて角が生えていたからてっきりそうだと思っていただけに、ちょっとした衝撃だった。

彼女の名前は吉弔八千慧と言うらしく、どうやら鬼傑組の組長であるとか。

はて、鬼傑組?どこかで聞いた事があるような、

と思ったが映姫に説明された際にそんな事を言っていたような気がする。

残りはなんだっただろう。わすれた。

忘れるという事はさして大事ではないということだろう。

 

さて、そんな鬼傑組の組長である吉弔八千慧との話し合いは、難航を極めた。

こちらとしては観光の案内をして欲しいだけなのに、向こうは首を縦に振ってくれない。

何故だろうか。と首を傾げていたが、彼女は自分たちの行動を顧みてみろとしか答えてくれなかった。

ふむ。と私は思案する。

 

畜生界に来てからというもの。私達は暴れに暴れまくった。

それもこれも、向こうから襲い掛かってくるのが悪い。先に手を出したのは向こうだ。

私達は何も悪くない。

などと図太い神経は私は持ち合わせてはいない。

ぶっちゃけた話、並んでいたビル群を崩壊したのが悪かったのだろう。

それは悪かった。賠償金なら払おう。宝石払いで良いだろうか。

と八千慧に話しかけると、彼女は呆れたような顔をして私を見た。

違ったらしい。

 

「建物なんてどうでも良いんですよ。

 いくら倒壊した所で動物霊達に建て直させれば良いのです。

 問題は貴方達です」

 

私達に問題があったらしい。はて、思い当たる点は無いが。

再び首を傾げる私。純狐は何か思い当たる節があったのか、ニコニコ笑顔だ。

こういう時、素直に教えてくれないのが純狐だ。

いつも意地悪をする。すっごい良い笑顔で。

 

「貴方達、相当暴れまわったでしょう。

 動物霊など意にも介さない程の武力を個々が持ち合わせているでしょう?

 それを野放しにしていて。私達鬼傑組や、他の組織が良い顔をするとでも?」

 

「ふむ」

 

なるほど。分からん。

別に良いじゃないか。としか思わなかったのは私の学が足りないせいか。

こちらは観光に来たのであって、別に喧嘩を売りに来た訳ではない。

ぶっちゃけ組織がどう思おうと関係ないのだ。

 

「別にどうでも良いわよ?

 貴方達が良い顔をしない所で、私達は”今まで通り”観光をするだけですもの」

 

私の考えをその通りに純狐はくすくすと含み笑いをしながらそう答えた。

うん、そうだな。ちょっと廃墟が増えてしまうのは残念だが、まあ仕方がないだろう。

それを聞いた八千慧は、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

はて?何かおかしなことでも言っただろうか。

 

「……悪い事は言いません。”私の組に所属する”ことをお勧めしましょう」

 

ふむ?八千慧がそう言った瞬間、なんとなくどこかの組に所属していた方が良い気がしてきた。

なんらかの組織が背に居た方が、楽に観光が出来るような気がする。

知らんけど、とりあえず頷こうとして。

 

「純化」

 

純狐の声で思い直した。

いや、別にそんな組のいざこざに巻き込まれた所でなんら面白い事はないじゃないか。

私達はあくまでも観光をしに来た訳であって、どこかの組織に所属しに来た訳ではない。

本当にどうでもいいな。と思い直して首を振ろうとしたところで。

 

”私の組に所属すれば”相応の報酬を支払うことを約束しましょう」

 

八千慧の声で再び思い直した。

考えてもみれば、どこかに所属するという経験は今までにない。

いい刺激になるのではないだろうか。分からんけどそんな気がする。

報酬はどうでもいいが。本当にどうでもいいが。まあ悪くはないか。

とりあえずまた頷こうとしたところで。

 

「純化」

 

再び考え直して。

 

「さらに今なら相応の地位を約束しましょう”私の組に所属すれば”いいのです」

 

またちょっと揺らいで。

 

「純化」

 

「……幹部の地位を約束しましょう。”私の言う事を聞けばいいのです”

 

「純化」

 

「…………”鬼傑組に入れ”

 

「純化」

 

それをもう何度か繰り返した所で、ようやく気付いた。

これ、純狐と八千慧に遊ばれてるだけだな?と。

はぁ、とため息を吐いた。

ちょっと人を玩具にして遊ぶのは勘弁して欲しい。

純狐の様子を見るに楽しいのは分かるが、自分の意図を変えられ続けるのは、精神的に疲れるのだ。

自分が何を考えているのが正しいのか、よく分からなくなってくる。

見れば、純狐はくすくすと笑っていて、八千慧は顔をしかめていた。

 

「そこの龍と話をしている最中に”邪魔をしないでいただけますか”?」

 

純化。まあ、こわいこわい。今度は私を傀儡にするつもりかしら」

 

「くっ、どうやら性根が腐った貴女と話し合いをしても埒が明かないでしょう。

 ここは少し”彼女から離れたところで話し合いをしませんか”?」

 

純化。あらやだ、ウギン。私を置いていくって言うの?」

 

私の両脇に純狐と八千慧がひっついて、そんな事を言い始めた。

やめて!私の為に争わないで!とでも言いたい気分だった。

気分はお姫様だ。正直勘弁して欲しかった。

どうやら八千慧は自分の組に私達を引き込みたくて。

純狐はそれを妨害し続けているらしい。

となると、どうするべきか。ふむ。と私は思案する。

 

「別にいいんじゃないか?鬼傑組とやらに入っても」

 

瞬間、純狐の顔から笑みが消え、

代わりに八千慧は勝ち誇ったような顔になった。

うん?何か問題でもあったのだろうか。

私は言葉を続ける。

 

「どうせそんな組織、飽きたら勝手に抜けるだけだ。私達の目的は観光だからな。

 まあ、気付いたら抜けているだろうな」

 

今度は純狐が笑いをこらえきれずにブフゥと音を出して笑った。

反対に八千慧は歯を食いしばるような表情になった。

 

「……もういいです!それで!!

 貴方達は一時的にでも鬼傑組の一員と言う事をお忘れなく!!」

 

「ええ!プフー!

 いいわねそれ!面白いわ!!ブフゥ!」

 

珍しく純狐が爆笑している。何か良い事でもあったのだろうか。

まあ何かあったのだろうなあ。純狐がこんなに笑うなんて本当に珍しいことだ。

月の都で散々暴れまわった時はこの比ではなく爆笑していたのが懐かしい。

 

という訳で、私達は鬼傑組の一員となった。

さて、改めて行き先を案内して欲しいのだが。

 

そう言うと、八千慧はどこか酷く疲れたような表情になって行き先を告げた。

 

「貴方達の行き先は、勁牙組の本拠地です」

 



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忠誠度能力+62:貴方は友達を得る

二段攻撃です。
ちょっと短め。


「勁牙組の本拠地」を目指すように言われた私達。

とりあえずの目的地が出来たのは、まあ良いだろう。

私達は歩き出した。

八千慧は案内役としてカワウソ霊なるものを私達に預け入れた。

ふわふわとした緑色のマナのようなそれ。それがどうやらカワウソ霊なる存在らしい。

時折喋るし、どこか日和見主義な性格をしているそれは、私達にとって邪魔という訳ではなかった。

 

「え、えっとですね。この先は勁牙組の本拠地ではないのですが……」

 

「そうか」

 

私達は歩いている。「勁牙組の本拠地」とはまるで別方向を。

カワウソ霊は時折しょぼくれた声でそれを注意するが、まあ気にしない。

何故、人に指示された通りに動かなければならないのだろう。

ちょっとした寄り道も観光には必要なのだ。むしろ寄り道こそが観光の醍醐味だ。

それを言うと、カワウソ霊はちょっとだけしょんぼりとした、気がする。

 

少し気の毒に思って、手持ちの食料を使って休憩を取る事にした。

大きなピクニックテーブルを用意する。人数は6人用だ。

勿論、カワウソ霊も含めての食事だ。旅は道連れとはよく言うだろう。

 

今日は軽い軽食としてサンドイッチを食べる事にした。

パンとパンとの間に挟まった具材は、新鮮なレタスとチーズ。それにカリカリのベーコンだ。

ちなみに、私の分のサンドイッチは特大サイズだ。非常に大きい。食べ応えがありそうだ。

一見すると非常にシンプルに見えるそれ。

だがしかし、口に含むとパンと具材との相性に驚かされる。

特大サイズだからといって、手は一切抜いてはいない事が伺える。

パリパリ。シャキっとしたレタスの食感が心地が良い。

カリカリに焼かれたベーコンの油分がジューシーで旨味が凄い。

間に挟まったチーズがそれを上手く両者を手に取って更に上の美味さを引き出してくれる。

美味い。とても、とても美味い。

思わず一口目で半分以上食べてしまった私を、一体誰が責められる事だろう。

口の中では美しいハーモニーが奏でられている。素晴らしい。

サンドイッチとは、ここまで美味く作れるものなのか。と一人感動していた。

 

「あやや、とっても美味しいですね」

 

「咲夜のご飯はとっても美味しいんだー!」

 

「うわー!ほんとうにすごい美味しい!」

 

私の仲間達も、その美味さに思わず声をあげている。

さもありなん。純狐だけは黙々と食べて最後に一言「美味でしたわ」と言って締めくくる。

お前はどこの美食家だ。と思わず言いそうになった。

さて、カワウソ霊の反応は、と言えば。

サンドイッチを目の前に、ちょっと困った反応を示していた。

一体どうしたと言うのだろう。

 

「あ、いえ。あのあの、私、このままだと食べられないんです。

 誰かに憑依させて貰えれば、疑似的に食べられはするんですが」

 

「そうなのか。なら私に憑依すれば良い」

 

「え?い、良いんですか?」

 

「構わんよ」

 

こんな美食を前にして、食べられないなんてどんな地獄だ。

匂いだけでも構わないと遠慮気味にカワウソ霊はそう言ったが、

無論、それを許す私ではない。食はあらゆる生物に平等に与えられた権利だ。

それを侵害するだなんてどんな罪深い事をしたらそうなるのだろうか。

……いや、カワウソ霊は死んでいるから権利はないのか。なんてことだ。なんてことだ。

 

まあ、嘆いていた所で何も始まらない。私は半ば強制にカワウソ霊を私に憑依させると。

残っていた特大サイズのサンドイッチを口の中にほおり込んだ。

瞬間。口の中で広がるハーモニー。一つの楽曲を奏でるかのような完璧なそれ。

 

「あっ、なにこれ美味ッ!?えッ!こんなに油があるのにスッキリしてる!?

 あ、パン自体も美味しッ!!うま!!うまッ!!

 でも量が多いッ!!??」

 

私の口を借りて、カワウソ霊は驚愕していた。良かった。上手く食べられたらしい。

そして直ぐぽしゅん、と音を立てて。彼は私の身体から抜け出した。

どうやら私の食べる量は彼にとって十分に満足でき過ぎる量だったらしい。

ほんの一噛み、ほんの一飲みで。満足してしまったのか。

少し残念に思う。食べ始めた時と食べ終わる時とで感覚は全く違うものになるのに。

それを体験出来ないだなんて、なんと勿体ないことだろう。

 

「お、美味しい食事でした!皆様はいつもこんな食事を?」

 

「そうだな」

 

「~~~!!なんて羨ましい!!」

 

まるで身をよじるかのような動きを見せたカワウソ霊。

そこまで美味しかったのか。そうか。そうか。

それならば。

 

「なら、一緒に来るか?」

 

「えっ」

 

「同じ飯を食べたのだ。これならばもう君と私達は友達同士だ。

 どんな危機が君を襲おうと、どんな敵が現れようと、私は君の味方になろう」

 

「で、でも吉弔様がなんて言うか……」

 

「おや、それでは八千慧の奴を倒せば、君は自由になれるのか?」

 

「えっ、えっでも……」

 

「あやや、今度は幽霊が仲間ですか。

 ついに来るところまで来ましたね」

 

「わーい。冷たくてきもちいー!」

 

「プフー!ウギン!!こんなに直ぐ裏切るのね!!

 面白いわ!面白いわ!!是非やりましょう!!」

 

「ゆーれいさんだー!私は見えるかな?こいしだよー?」

 

「ふむ、仲間がこう言うのでは仕方がない。

 半ば強制だが、君を私達の仲間にさせてくれないか?」

 

おどおどとした態度を取り続ける彼に。私はつい頭を下げてしまう。

そう言えば、仲間を勧誘したことなど、ただの一度もなかったか。

だとすれば、これはとても貴重な経験になることだろう。

きっと良い思い出になることだろう。

私はにっこりと笑みを浮かべると、カワウソ霊に向けて手を差し出した。

カワウソ霊は、それの手を、ゆっくりとだが。取ってくれた。

 

「さて。それでは八千慧の所に戻るとしようか」

 

「いえーい!出戻りだー!!」

 

「あやや、ビックリするでしょうねえ」

 

「ブフゥ!プフー!!」

 

「わーい!いくぞー!」

 

「……わ、わぁい」

 

私達の今回の観光では、仲間を増やす事が出来た。

後は彼の親玉に「説得」するだけだ。

なあに、真摯に言えば断られはしないさ。

 

などと、彼に言えば。彼はどこかはにかんだような気がした。

 

 



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忠誠度能力+63:貴女は悩む

貴女こと、吉弔八千慧は非常に悩んでいた。

 

と、いうのも、あるカワウソ霊の処遇についてだ。

話を聞くに、鬼傑組を抜けてウギンなどという龍のもとに付いて行きたいのだと言う。

それ自体は、何の問題もない。ある程度のケジメは必要だが、引き止める余地はない。

 

問題は、そう、ケジメのつけさせ方だ。

指の一本でも落として貰おうかと思ったが、貴女が思うに、そうすると非常に不味い気がした。

具体的に言うと、目の前の龍との溝が壊滅的に深まるような気がした。

特段、この龍との仲を深めようと思ったわけではない。ないのだが。

そうした場合、何をしでかすのかまるで見当がつかないのが問題だった。

 

いきなりやって来たと思ったら畜生界を好き放題に暴れまわったり。

能力を用いて引き入れようとしたら謎の手段によって妨害されたり。

上手く鉄砲玉として勁牙組の本拠地へ送り込んだと思ったら戻ってきたり。

この龍を相手にすると、まるで何もかもが上手くいかなかったのだ。

 

もしも仮に目の前の龍が激怒した場合、どうなるか。貴女は算段を始める。

まず間違いなく、暴れまわるだろう。

鬼傑組がある程度の被害を被る事は、想像に難くない。

あの龍の仲間達は、非常に強力な力を持っている。それ自体を持ってして暴れることだろう。

 

だが、あの龍がどう動くか?と考えた時、貴女はまるで見当がつかなかった。

貴女から見たあの龍は、仲間をまとめ上げるだけで直接暴れようとはしていなかったのだ。

龍がこの一行のリーダー格なのは、間違いない。

あの龍はこの一行の中で最弱なのか?温厚なのか?日和見主義なのか?

いや、それはあり得ないことだろう。

 

仲間を暴れさせて良しとする辺り。

あれ程の力を持つ者共を仲間にしている辺り。

少なくとも、温厚な性格であるとはまるで思えなかった。

少なくとも、仲間達に準ずる程度。もしくは、それ以上の力を持っていると思われた。

 

……正直に言おう。貴女にはあの龍の力の底がまるで見えなかった。

 

あの騒動の中、私の能力に違和感を感じてなお、龍はまるで動揺してはいなかった。

それはすなわち、過去にそう言った経験があるか。

もしくは――その程度どうとでもなるほどの力を持ち合わせているか。

 

前者ならまだ良い。経験からそう言う能力だと察したのかも知れないのだから。

後者なら、最悪だ。鬼傑組は”ある程度”の被害では済まないだろう。

あの龍が激怒した場合、壊滅的な被害、もしくは組そのものが消滅する危険性がある。

いや、もしかすると。畜生界そのものが被害を受ける可能性すらあった。

 

一つの世界そのものが被害を被るなど、自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが。

だがしかし、この嫌な予感はどうにも的中しているような予感がしてならなかったのだ。

あの龍を絶対に怒らせてはならない、と貴女は直観的にそう思ったのだ。

 

では、カワウソ霊を何のケジメもつけさせずに渡すかと言われると、それも駄目だ。

そうすると、組としての形が保てなくなる。来るもの拒まず去る者追わずでは、組織としてのていが成り立たなくなる。

組は仲良しこよしの場所では決してないのだ。

さて、では。目の前のカワウソ霊をどうしたものか。と貴女は大いに頭を悩ませた。

 

単に拒絶するのはどうだろうか。

このカワウソ霊は実は幹部クラスの精鋭で、渡す事など出来ないとでも言おうか。

一瞬、それは名案のように感じられた。だが、それは無理があるように感じられた。

単に龍が疑問を持って追求する程度なら、まだどうにでもなる。

だが、問題は金髪の女性だった。

この女性。どうやら私の能力を妨害することが出来るらしく、その上中々頭も切れると来た。

厄介なことこの上ない存在だった。この存在さえいなければ事はもっと単純に済んだのだ。

 

……ここは一つ、賭けに出るか。貴女は決心した。

 

「なるほど、分かりました。

 そこのカワウソ霊は鬼傑組を抜けたいと言うのですね」

 

「そうだな」

 

「しかし、タダで抜けさせる訳にはいきません。

 そのカワウソ霊は実は幹部の者でして」

 

「えっ、そ、そうだったんですか?」

 

おい馬鹿、余計な口を挟むなカワウソ霊。

目で牽制すれば、カワウソ霊は口をつぐんだ。それで良い。

代わりに龍の目がギョロリと私を見た。あ、これ不味い。不味いですね。

 

「ああいえ、本人はそのつもりはなかったようなのですが。

 腹心と言っても良い存在なのです。それなりの信頼もあります」

 

「あらまあ、そうだったのね。

 そうしたら、どうしましょうか。ウギン。暴力で解決しちゃう?」

 

「……そうだな」

 

そう言って頷いた龍。その周りの仲間も何がおかしいのか少し笑っている。

戦闘狂か何かなのだろうか。本当に勘弁して欲しい。

こちらとしては暴力では決して打ち勝てないのは分かっているのだから、こうして頭を使っているのに。

目の前の龍の一言でこちらの命運を分けるだけに、少し胃が痛くなってきた。

こうなったら金額を提示してこれだけ支払えば素直に渡しますとでも言おうか。

ああ、それが良いかも知れない。それが一番楽だ。

 

「いえ、暴力は何も生み出しませんよ。

 ここは穏便に、そうですね。……この程度の金額でなら――」

 

「ほう、なるほど。なるほど。

 つまり君は金で仲間を売るような奴だったのだな?」

 

瞬間、私を見る龍の視線が氷点下まで落ちたような気がした。

やばいやばいやばいやばい。

 

「――嫌ですね、崩壊した建物の賠償金の話ですよ」

 

「そうか、随分と安いな」

 

危なかった。本当に危なかった。

あの目は本当に危ない目だった。

一つ受け答えを間違えれば私の組は大損害を受けていた事だろう。

いや、本当に胃が痛い。ちょっと本当に勘弁して欲しい。

 

「射命丸」

 

「はい」

 

「Moxを50個程渡してやれ」

 

「あとで渡した倍は頂きますよ?」

 

「構わんよ」

 

そんな会話を交わしてから、龍の脇から出てくる女性の姿。

手には大きな大きな風呂敷包みを持っている。

カラスのような見た目をしているが、何を出してくる気だろうか。

 

次の瞬間、ジャラジャラと音を立てて私の目の前に広がる宝石。いや。宝石の山。

思わず吹き出しかけた。え?何ですかこれ。ちょっと意図が分からないんですけど。

 

「あやや、これはうっかり。間違えて100個程 渡してしまいました」

 

「……まあ良い、後で倍だな」

 

「やたっ」

 

会話が耳を素通りする。目の前の龍は一体何をお望みなのだろう。

崩壊した建物を本当に全負担して建築しても軽くお釣りが来る程度の量なのだが。

胃がキリキリする。これで組を買収するとか言われてもおかしくない量だ。

 

「気持ちだ。とっておけ」

 

龍の一言に、一瞬気を失いかけた。

これだけあれば何が出来るだろう。気分は有頂天だ。

 

「それで、彼の、カワウソ霊の話だが」

 

現実に引き戻された。分かってました。分かってましたよ。

でも正直、私としてはこの宝石の山を貰った時点で十分だと思った。

ケジメとかどうでも良くなる位だった。もう動物霊の1匹程度、別に良いのではないだろうか。と思い始めた。

 

「私は、彼の気持ちを尊重したいと思う」

 

「えっ」

 

「そうですね、私としても彼がどうしても行くと言うなら引き止めませんよ」

 

「えっ」

 

「あらまあ!先程とは随分と態度が違いますのね?

 宝石に釣られたのかしら!?プフー!」

 

また龍の視線の温度が急降下した。

なんでそうなるんですか!?そういうつもりで渡したんじゃないんですか!?

 

「あははいえいえそんなまさかあるわけないじゃないですか。

 鬼傑組は深い絆で結ばれたアットホームな組ですよ。

 これだけの資産がある貴方になら大切な腹心を預けてもいいとおもっただけですよ」

 

出来るだけ早口で反論の余地も与えないほどにまくし立てた。

……ちょっと苦しいが、これならどうだ。

 

「……そうか」

 

セーフ。セーフだった。

龍は頷くと私見る視線が通常のものへと変わった。

龍を見る仲間達もなんかちょっと笑っている。なんなんですか!本当に!?

 

「え、えっと。僕は、ウギンさん達と一緒に行きたいです……」

 

呟くようにしてカワウソ霊の言葉がその場に響き渡った。

暫くして、龍はカワウソ霊の手を取ると「決まりだな」とだけ言って私に背を向けた。

その仲間達もそれにつられてぞろぞろと歩き始めた。

 

最初こそ不安でしかなかったが、結果として見れば数え切れない量の宝石が手に入った。

なんて素晴らしい日だろう!今日は枕を高くして眠れるような気がした!

 

 




フラグ【ピコーン】


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忠誠度能力+64:貴方はパーティがしたい

晴れて私達の仲間となったカワウソ霊の彼。

めでたい。実にめでたい事だ。今夜はパーティでも開くべきだろう。

そう提案すれば、当の本人以外の仲間達はそれに賛同してくれた。

彼自身はおどおどとした感じで少し遠慮気味だったが。

親戚のおばちゃんスイッチが入った私の前ではそれは逆効果だった。

こう言うちょっと日和見主義の者ほど、実はパーティを開かれると嬉しく思うものなのだ。

 

さて、となるとまずはパーティ会場を作らなければいけないだろう。

何か丁度いいカードはなかっただろうか。と熟考したところで、ふと良い事を思い付いた。

何も自分で会場を作る必要はないのではないだろうか。場所を借りれば良いのだ。

となれば、まずは畜生界に詳しい彼に話を聞いてみないと。

 

「え、えと。畜生界で一番美しい場所ですか?

 それなら、霊長園が一番美しい場所だったと思います」

 

ふむ。なるほど。だとすればそこでパーティだ。

だが、問題はまだある。

 

諸君はパーティは好きだろうか。私は大好きだ。

では、パーティをする上で欠かせないものはなんだろう?

クラッカー?それも良い。派手な飾り付け?それも素敵だ。

豪華な食べ物?プレゼント?人によってそれぞれ違うことだろう。

 

私にとってのパーティをより素敵なものにさせる為のそれ。

それはすなわち、ケーキだ。ケーキが無くてはパーティの魅力は半減されてしまうと思っている。

勿論、それを子供臭いと鼻で笑われる方も居るかも知れない。

けれど、子供で結構。いつだって心は子供でありたいものなのだ。

 

「ケーキはあるか?」

 

フランにそう尋ねるが、彼女は首を横に振った。

どうやらないらしい。残念だ。ちなみに私はイチゴのショートケーキが好きだ。

 

「え、ええと」

 

それを聞いたカワウソ霊の彼が、何かを言いたげにしている。

どうしたのだろうか。まさか……サプライズパーティの方がお好みだったのだろうか。

そうすると最悪だ。彼の目の前で作戦会議をしている時点で破綻してしまっている。

不味いな、どうしたものか。

 

「……埴安神袿姫なら。覚えがあります」

 

違ったらしい。どうやら彼はケーキのある場所を知っているそうだ。

しかし、はにやすしんけいき?聞いた事のないケーキだ。

どのようなケーキなのだろうか。出来れば甘いケーキが好みなのだが。

 

「どこにある?」

 

「霊長園に、居るかと……」

 

ふむ?ケーキを作る職人がそこに居るという事だろうか。

まあそうか。ケーキが自然発生しているなんて場所は考えにくい。

となると都合が良い。霊長園に行けば場所とケーキの確保が同時に行える。

美味い話があったものだと思わず、にやけてしまった。

 

「ではそこまで行って場所とケーキを確保するとしようか」

 

「袿姫を!?霊長園を!?確保する!?」

 

彼は天地がひっくり返ったような顔をしたかと思うと。

ぴょん、と飛び跳ねた。どうかしたのだろうか。

ちょっとした違和感を感じて彼を見れば、わなわなと震えている。

何か不安事でもあったのだろうか。ここは安心させてあげるとしよう。

 

「なあに、パーティをするだけだ」

 

「ぱ、パーティってそういうパーティ(戦争)のことだったんですか……!」

 

ひとまずこれで良い。後は道案内を頼めるだろうか。と彼に聞けば「ひゃい!」と裏返った声をした。

大丈夫なのだろうか。調子が悪いのならおばちゃんに遠慮なく言うんだよ。

どんな怪我も不調も十手があればすーぐ回復しちゃうんだもん。

道すがら、彼にこういったパーティは初めてなのかと聞くと。

「これほど大事になりそうなパーティ(戦争)は初めてです……」

と返してくれた。はて。なんのことだろう。

 

 

【移動中……】

 

 

無事、私達は彼の言う通りの道を通って、霊長園の前までやってきた。

途中で出会った数々の動物霊達に関しては省略させてもらおう。

正直今日中であれば私の仲間達は、酷くパワーアップをしているだけに戦いにならないのだ。

一方的にこちらが蹂躙しているだけの物語はもはや語るまでもないことだろう。

大体の動物霊がミンチよりひどいような状態になったが。まあ私達は無事だ。

何の問題もない。

 

さて、話を戻して、霊長園の前までやって来たのだが。

湖に囲まれた前方後円墳の様な形の建造物が目の前に立っていた。

彼によれば、霊長園はこの内部にあるらしい。

ふむむ。入れるのだろうか。入り口は広いが、ぶつかってしまって崩れてしまう危険性もなきにしもあらず。

どうしたものか、考えていると。

 

「おいお前達、何をしている?」

 

不意に、前方の建物から出て来た人物に話しかけられた。

遠い昔に着こまれていたような鎧の姿を身に纏い、両腕に籠手を装着した女性だった。

あと、お団子ヘアーだった。

 

どうでも良い事だが、最近お団子を食べていない。

この巨体なのだから当然なのだが、つい食べたくなる瞬間があるだろう。

私は、餡子で包まれたお団子が好きだ。非常に、好きだ。

まわりをとろけるような甘味の餡子で包まれたお団子が、大好きだ。

いや。特に関係は無いが、目の前の彼女を見ているとお団子が食べたくなった。

 

「……というか、お前達。生身の妖怪か!?

 最近生身の人間が来た後ばかりだと言うのに!何の用だ!」

 

「いやなに、そこの霊長園に用があってな。

 場所を借りてもいいか、と聞きに来たのだ」

 

「……はあ?」

 

ひどく困惑した表情になった彼女。

しまったな。言葉が足りなかったか。

 

「あとだな、ケーキを貰いに来た」

 

「袿姫様を貰いに……!?」

 

ハッとした表情になった彼女。

ようやく伝わったのか、と思えば、

手に持っていた仕込み刀を抜いてこちらに向けて来た。

 

「この場所を、畜生界を支配するつもりか……!」

 

「ふっふっふ。ここに居るウギンさんの仲間達はとても強い。

 ……ちょっと引くくらいに強い。ヤバくてビビりそうになるくらいには強い。

 お前達では決して勝てはしない!!」

 

なんか得意げな顔をしてカワウソ霊の彼はそんな事を言い出した。

はて。なにがどうしてこうなったのだろう。首を傾げる。

熟考していて特に動かない私に代わって、射命丸とフランが前に出た。

 

「まあ、いつもの事ですね。

 戦いではなくお金で解決して頂いても構いませんよ。

 もちろん、こちらが頂く側ですが?」

 

「降参するなら今のうちだよ?

 ちょっとおねえさんだとフランには勝てないと思うな」

 

「ほざけ!!埴輪兵士に後退の文字は無い!」

 

自身を鼓舞するように女性は叫ぶ。

その周りには無数の埴輪が現れていた。

おや、どうやらあちらはやる気満々らしい。

と、なると。だ。まあ仕方がないか。

 

私は純狐とこいしにもハンドサインを送った。

遊んであげようじゃないか。存分に。

 

「あらまあ、随分とえげつない戦力差だこと」

 

「うーん、逆にどうやったらあのおねえちゃんが勝てるかわかんないなー」

 

「5対1だが、卑怯と思ってくれるなよ?遊ぼうじゃないか」

 

「……甘く見やがって!!行くぞ埴輪兵士達――」

 

「きゅっとして、ドカーン!」

 

瞬間、彼女の周りを囲んでいた埴輪達は無残にも破壊された。

一瞬、呆気にとられる彼女、そして。

 

「2手詰みですか、まあ。そんなところでしょうか」

 

その隙を逃す射命丸ではない。額にかるーくデコピンを食らわせてやると。

女性の身体は面白いように吹っ飛んで行った。

 

「ぐっ、うう……つ、強い……!!

 だがまだ……!!」

 

咄嗟に受け身を取って、立ち上がろうとする女性。だが。

 

「はい、3手目のお遊び」

 

「あちゃー、やっぱり駄目だったかー」

 

既に目の前には純狐とこいしが居て。それぞれが既に必殺の間合いに入っていた。

このままだと殺してしまうな。見た感じ彼女は動物霊程丈夫ではないだろう。

私はそれを止めようとして。

 

「そこまでだ」

 

「そこまでよ」

 

声が二つ、重なった。

片方は私の声で、もう片方は知らない女性の声だった。

 

「よくもまぁ。私の大事な磨弓を虐めてくれたこと。

 活きが良くて結構だけれども――そこの龍よ、覚悟は出来てるんだろうな」

 

「袿姫様!」

 

「埴安神袿姫ッ!」

 

彼がそう言って彼女を見る。

そして埴安神袿姫という名前。

 

なるほど。

どうやらケーキはケーキでも袿姫違いだったらしいな。はっはっは。

どーしようか。

 



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忠誠度能力+65:貴方は謝罪する

鮮やかな青いロングヘアーに赤紫色の瞳。

緑色の頭巾を被り、エプロンのようなものを身に着けた女性。

 

埴安神袿姫、それが彼女の名前であり、私に向けて敵意マシマシな女性の名前だ。

理由は簡単だ。彼女の仲間を傷付けたからだ。

もう何をどう考えても全面的に私が悪い。

 

勘違いをしてしまった事も悪いし、磨弓と呼ばれた彼女を傷つけてしまったのも悪い。

私達はもっとよく話し合うべきだったのだ。そうしたのならば戦う必要も無かったのかも知れない。

 

素直に謝ったとして、袿姫は許してくれるだろうか。

袿姫の立場を、私に置き換えて考えてみる。

 

ぶらりと立ち寄った怪しい集団に、大切な仲間がボコボコにされた。

怪しい集団が「ごめんなさい」と平謝りした所で、私は許すだろうか。

 

絶対に許さないだろう。何をどうしても。

金品の類を渡されたとしても、土下座されたとしても、許さないだろう。

少なくとも、半殺しか、1回は死んでもらって心から反省してもらう誠意が欲しい。

 

そう考えると、私と袿姫との間に出来た溝は絶望的なものに感じた。

諦めて戦った方が手っ取り早いと感じる程に絶望的なものだった。

 

だが、本質的に私達の目的は観光である。

相手から仕掛けられない限り、交戦する理由はこれと言ってないに等しい。

私は基本的には平和主義なのだ。信じられないかも知れないが。

ああ、動物霊の件は除く。あれは必要な戦いだった。

 

さて、どうしたものか。

考えに考えた結果として、ある事を思い付いた。

保有マナは残り無色4マナ。丁度あれが1回出来るか。

 

もっと私の頭が良かったのなら、別の手段も取れたのかもしれない。

だが、生憎と私の頭は絶望的なほどに悪い。だからこの手段しかとれない。

これで許してくれなかったら、もう素直に諦めて戦う他にないだろう。

 

「Time Vault

 多用途の鍵/Manifold Key」

 

「!」

 

袿姫は身構えた。これで何かをしでかすつもりなのか、と。

反対に純狐はにっこりと笑った。きっと楽しいことになるだろう。と

両者の考えはあっているようであっていない。

これで何かをする事は確かだが、本質的には何もしない。

純狐にとっては楽しいのかも知れないが、私は全く楽しくない。

 

「――両方、起動しろ」

 

瞬間、眩いばかりの光が「Time Vault」からあふれ出し。そして消えた。

これで追加ターンを得る事は出来た。これで準備は出来た。

はぁ、と一つため息を吐いた。

仕方がないとは言え。あまり取りたい手段ではなかったのだが。

和解するには、少なくともこれくらいはしなくてはいけないだろう。

 

「純狐」

 

「えぇ。どうしたの?ウギン。

 何をしてやりましょうか?何をして遊びましょうか?」

 

「私を殺せ」

 

「……は?」

 

ニコニコ笑顔だった純狐の顔から感情と言うものがすべて抜け落ちた。

危険信号MAXだが、もう関係ない。追加ターンを得たのだから。

他の仲間達も私が何を言っているのか、まるで分からないような顔をしている。

ああ、そうか。何も言っていなかったものな。

こういう所が私の悪い所だ。何も相談せずに決めてしまうのだから。

袿姫も戸惑ったような顔をしている。まあ、そうだろうな。

私は覚悟を決めて、袿姫に向けて話しかけた。

 

「すまない。私の勘違いで。君の大切な磨弓を傷付けた。

 詫びとして1回死ぬ。だからそれで許してくれないか。私の仲間達は何も悪くない」

 

「待ってください、ウギンさん!」「待ってよ!ウギン!」

 

私の言葉を遮るようにして、射命丸とフランとが叫ぶ。

その顔はどこか必死そうで、私に向けて走り出そうとしていた。

 

「来るんじゃない!!」

 

その言葉に縫い付けられたように、射命丸とフランの動きが止まる。

 

「今回は明らかに私達が悪い。

 どう考えても磨弓を傷付けたのは私の判断ミスだ。

 ただ、平謝りした所で、袿姫の気も晴れないだろう?」

 

「え、えぇ……?」

 

そう言って袿姫の顔を見る。

その顔はどこかまだ困惑したままで。呆けているようだった。

 

「待ってよ!!」

 

不意に、こいしの声が聞こえた。

見れば、こいしは私の姿をじぃっと見つめていた。

その顔は、どこか泣きそうな子供のような顔だった。

 

「もう私を独りぼっちにしないって言ったじゃない!!

 あれは嘘だったの!?」

 

「嘘じゃないさ。また戻ってくるとも」

 

「そんなの信じられる訳ないじゃない!!」

 

そう叫ぶと、彼女は私に向けて走り出した。

ふむ、そう言えばこいしにも追加ターンの仕様を話していなかったか。

まあ、それもこれも私が悪い。何もかも失敗してしまったか。

 

「純狐、私を殺せ」

 

「……そう」

 

こいしの姿は、もはや私のすぐ近くまで迫ってきている。

だが、もう遅い。遅いのだ。

 

「おやすみなさい。ウギン」

 

「おやすみ。純狐」

 

 

 

「純化」

 

 

 

【忠誠度:4→0】

 

ああ、また眠くなってきた。

月に居た頃は何度も何度も経験したが、未だ慣れない。

慣れないのは死というものの宿命なのだろうか。

全身から力が抜けて。私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【追加ターンを処理します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めるとそこは、変わらずに畜生界だった。

湖に囲まれた前方後円墳の様な形の建造物が目の前に立っていた。

こいしは先程とは違い、磨弓の近くに居るし。射命丸とフランは走り出そうとはしていない。

全てが元通りに戻った。まあ、追加ターンはもう得られないのだから、全部が全部という訳ではないが。

保有マナはもはや0マナだ。これでも袿姫が許してくれないのならば、もはや戦う他にないのだが。

と考えた所で、射命丸とフランとこいしが私に向けて走り出してきた。

そしてそのまま、全員私に向けてタックルを仕掛けてくる。いや、抱き着いたのか。

ああ、そうそう。追加ターンを跨いだのだから十手のパワーアップはもう切れている。

そうでも無ければ私は再び死んでいただろう。

仲間に殺されるとか、もう勘弁して欲しい。

 

「なんで元に戻るって言ってくれないんですか~~!!」

 

「よがった、よがったよ~~!!ウギン生きてる~~!!」

 

「また戻ってきてくれた~~!!」

 

皆は口々にそんな事を言い始めた。

その声はどこか泣き声だ。心配をかけすぎてしまったかも知れない。

 

純狐を見れば、少し笑っていた。

袿姫は……どこか安心したような表情をしている。何故だろう。

 

「あのねぇ。あの後大ッッ変だったんだからねぇ?」

 

袿姫のその一言に、私は首を傾げた。はて?何かあったのだろうか?

 

「ええ、まず最初に。貴方を殺した私が、その子達に殺されかけたわ」

 

何気ないことのように言う純狐に、思わず私に抱き着いた三人を見た。

三人は身体をビクッと震わせると、それぞれがそっぽを向いた。

おい、どういうことだ?

 

「その後は私が殺されかけたわねぇ……いえ。敢えて半殺しで止められたのかしら。

 主人を無くした猟犬みたいな顔をして、大変だったわぁ……」

 

「射命丸とフラン、こいし」

 

「「「ひゃい!」」」

 

「デコピンの刑だ。

 安心しろ、頭は割らない程度にしてやる」

 

「「「ぴぇっ」」」

 

あの後は大変だったらしい。

謝るつもりが、むしろ面倒をかけてしまった。

申し訳ない気持ちで一杯だった。

 



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忠誠度能力+66:貴方の死後と

ゼンディカーの夜明けのプレリリースが近付いてまいりました。
皆さんは注目のカードはあるでしょうか?
私は「当惑させる難題」を注目しております。
ランプデッキに対する回答にもなりますし、キャントリップが付いているのが偉いですよね。

あ、空白期間が空いたのは単に忙しかったからです。
ごめんなさい。

ちょっと急いで書いたので誤字あるかも!


デコピンの刑が処された後のこと。

三人は一様に額を抑えて悶えているのだが、気にしない。

よそ様に迷惑行為をしたのだ、この程度で済んでむしろ感謝して貰いたかった。

 

さて。

私が殺された後の事を聞こうとして、カワウソ霊の彼を見た。

彼は、呆然としていた。

口を大きく空けて。虚空を眺めていた。

何かショッキングな出来事でもあったのだろうか。

不安になった私は、彼に話しかけようとした。

 

「……あわわ」

 

ふむ、会話にならなさそうな雰囲気を感じて。

私は「ウルザの眼鏡」をかけた。これならば、思考を読み取る事が出来る。

ああ、このお話は、彼の記憶から見た私が死んだ後の追体験になる。

その事を許して欲しい。

 

 

 

――ウギンさんが死んだ。

身体を横たえて。ピクリとも動かない。

僕は、その一連の流れを見ていることしか出来なかった。

 

ウギンさんが自身を殺せと言った時、何かの冗談かと思った。

詫びで死ぬような馬鹿がどこにいるだろうか?いいや。目の前に居るとも。

そう言うかのように。

それほど自然に、ウギンさんは何でもない事のように言ったんだ。

驚く暇もなく、純狐と呼ばれる女性が、彼を。ウギンさんを、殺した。

僕には、とても信じられなかった。現実味がまるでありませんでした。

まるで夢の中にいるかのような出来事でした。

 

そして、それは唐突でした。

 

 

 

「ねえ、ねえ。なん で殺し たの?

 

 フランに教えて 欲しいな?

 

 ウギンは大切な 私の 親友で、大切な 仲間なのよ?

 

 それなのになんで 壊したの?

 

 もっと沢山の ことを一緒に 知りたかったんだよ?

 

 もっと楽しい ことを一緒に 経験したかったんだよ?

 

 それなのになんで殺した の?

 

 フランに教えて?ねえ、教えて?

 

 なあ、教えろよ」

 

 

「どうして 殺したんですか?

 

 ウギンさんの 事です、何か策があったのかと 思いましたが。

 

 貴方は ウギンさんを 殺しました。

 

 私は 彼の 味方です。

 

 彼のもと にいつか現れる敵を 倒さなければならない。

 

 敵を 倒して、もっと倒して、もっと楽しい 観光の 旅になるはずだったのです。

 

 味方を増やして、もっともっと、安全に行く はずだったのです。

 

 順調だったの です。これまでは。

 

 まさか、仲間に敵が紛れ込んでるとは。

 

 この射命丸、一生の不覚です」

 

 

 

あまりに唐突でした。

今までに感じた事のないほどの殺意が、敵意が、噴き出したのは。

支離滅裂な言葉の羅列が、私の耳を叩きました。

対する、純狐と呼ばれる女性は、まるでなんでもないような顔をしています。

気が触れている、狂っているのでしょうか。

どうして、そんな顔が出来るのでしょうか。

僕には、まるで見当がつきませんでした。

 

「あら、あらあら。

 私はあくまでもウギンの言う事を聞いただけ。

 それなのに――。ああ、いえ、いいえ。

 これ以上は言っても無粋かしら。

 もはや争う他にないのでしょうね。どうせ巻き戻るのだもの。

 ここは一つ、徹底的にやり合いましょうか?

 どちらかが倒れるまで、徹底的に。

 

 ――ああ、違うわ。

 違うのね。違ったわね。

 それじゃあ駄目ね、私達はもう仲間だったものね。

 仲間同士で争っても、ウギンは悲しむだけね。

 なら、私はその怒りを純化しましょう。その嘆きを純化しましょう。

 大いに悲しみましょう。大いに怒りましょう。私は、そのすべてを受け止めるわ。

 いらっしゃい。射命丸。フラン。こいし。彼の大切な仲間達よ。

 ウギンの死を。一緒に嘆きましょう。

 

 ――ねぇ。ウギン、これで良かったのよね?」

 

そう言うと、純狐さんはフフッと笑いました。

そして一言。

 

「純化」

 

その一言が切っ掛けだったのでしょうか。

まるで縄から放たれた獣のように。

フランさんと射命丸さんとが一斉に純狐さんに攻撃を仕掛けました。

いえ。いいえ、攻撃とは呼べないものでした。

余りに荒削りで純粋に相手を殺す事だけを考えたそれは。

僅かな防御をも取ろうともしないそれは、まさに不俱戴天の仇を見つけた際のそれ。

フランさんも射命丸さんも。両方が両方目が血走っています。

 

そして、無意識外からも攻撃が飛んできている辺り。こいしさんも攻撃に参加しているのでしょうか。

生憎と僕にはこいしさんの姿を見ることは出来ませんが、それでも放たれる殺意はバシバシと肌で感じる事が出来ます。

 

対する純狐さんは――。一切抵抗らしい抵抗をしようともしませんでした。

嵐のような突風に身を任せ、身体のあちこちが爆発しても。

切り傷が身体中に走っても。何もしませんでした。

やっぱり彼女は狂っているのでしょう。

僕にはそうとしか考える事が出来ませんでした。

 

そうして、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。

純狐さんはもう既に死に体で。無事である場所を見つけるのが困難なほどにボロボロになっていました。

身体のあちこちからは血が流れ出ていて。このままだと間違いなく死んでしまうことでしょう。

なのに。

 

「なぜ、わらって いる のです?」

 

「ねえ。どうして わらうの?」

 

顔だけは、どれだけ傷付こうとも、口を円弧状に広げていました。

 

「……くって」

 

不意に、純狐さんの口から言葉が漏れました。

聞き取れず。私は聞き耳を立てました。

 

「これをみている。うぎんのことをかんがえると。おかしくって」

 

狂っています。彼女は。

だって、ウギンさんはもう――。

 

 

 

――そこまで見たところで。私は「ウルザの眼鏡」をそっと外した。

純狐め。ここまで考えて道化になったのか。頭が痛い。

カワウソ霊の彼が思っている通り、純狐は間違いなく狂っている。

だがそれと同時に頭が切れるのが非常に厄介なのだ。

 

不意に、純狐の方に顔を向けると「プフー」と吹き出しそうな顔をしていた。

めっちゃ苛ついたが、まあ良い。

純狐が思っている通り、私は仲間同士での喧嘩を良しとしない。したくない。

だからこそ、私は今もなお頭を抱えて痛がっている仲間達に罰を与えたのだが。

だからといってそれで純狐が傷つく理由にはなりはしない。

私はため息を一つ吐いて。

 

「純狐」

 

「なーに?ウギン?」

 

「すまん、迷惑をかけた」

 

「ええ、とーっても迷惑がかかったわ?」

 

「……」

 

「そうね。と~っても痛かったわ。

 それにあの後も大変だったのよ?

 理性を無くしたあの子達が暴走してね?」

 

「……うむ」

 

「そうねぇ? 何か、お詫びが欲しいわね~?」

 

んっもう!

ほらもうすぐこれだ!

分かってはいたが、純狐は狂人だ。

だがそれはそれとして変な所で計算ずくだ!

射命丸といい、私の仲間達は強欲が過ぎるような気がする!

 

私は再びため息を一つ吐いた。

 

「……分かった。一度だけなんでも言う事を聞こう」

 

「へぇ~?なんでも?」

 

「なんでもだ」

 

「へぇ~?」

 

ああもう凄い悪い笑顔してますよ奥さん。

これから埴安神袿姫にも詫びを入れてこないといけないって言うのに。

頭が痛くなってきた。

 



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忠誠度能力+67:貴方の仕事

更新遅くなり申し訳ございません。
仕事に追われておりました。(言い訳)

さて、久しぶりの投稿ですが。いつも通りの見切り発車です。
それでもよろしければどうぞよしなに。


 

さて、一度死んだ所で、埴安神袿姫は許してくれるだろうか。

貴方は純狐にからかわれた後でそんな事を考えていた。

 

一度死んで、心を入れ替えたとは言えど。

それは外面上そう思わせるだけのパフォーマンスに過ぎない。

などと思われてしまってはお終いだ。

 

今の保有マナは0マナ。

仲間達の強化もターンが終了した事で切れた事だろう。

戦うにしてはあまりにも心許なく。

出来る事は、誠心誠意謝るだけである。

 

埴安神袿姫は、目の前に居る。

表情からは、その心を読む事は出来ないが、果たして、彼女の心は激昂しているのか、否か。

 

「埴安神袿姫。

 君の仲間を傷付けた件は、本当にすまなかった。

 それに加えて、私のせいで迷惑までかけた。

 一度死んで、全てが元通りになったから許してくれ。

 ……などとは言うつもりはない。

 

 君の仲間の傷を治す事は簡単だが、そういう問題ではないだろう。

 今、私に出来うる事は、こうして頭を下げる事だけだ」

 

私は頭を下げて、彼女の言葉を待った。

しかし、待てども待てども袿姫からの言葉は無かった。

 

やはり、激怒しているのだろうか。

仲間を傷付けられて。その上勝手に死んだと思えば仲間から報復され。攻撃され迷惑を掛けられた。

 

分かりやすく置き換えれば、フランが虐められて。射命丸が死んだと思ったら純狐が襲い掛かってくるようなものか。

自分の立場に置き換えて考えてみると、実に分かりやすい。

……なんという不条理なのだろうか!?

「ごめんなさい」と言って許してくれるとは到底思えない!

 

ちなみにこいしと私とカワウソ霊の彼は謝る役目である。

決して配役に意図はない。射命丸が一度死ぬ役目なのも、特に意図は無いったら無いのだ。

 

「――はぁ……。よくもまあ、頭を下げられるもんだねぇ?」

 

長い沈黙を破ったのは袿姫の声。

その声色は激怒しているという訳でも、朗らかなものでもない。

ただ単に困惑しているような。呆れているような声色だった。

 

見れば、袿姫は珍妙な生き物を興味深く見るような顔をしていた。

要するに、「なんだコイツ」って顔だった。

 

「私の大事な磨弓を傷つけたのは。まあ、許せないよ?

 どんな理由があれ、この手で殺してやる。

 そう、なんだけどねぇ……」

 

彼女は、私をじぃっと見つめた。

 

翼の先から、私の爪先まで、舐めまわすような目で。

赤紫色の瞳は、私だけを映していた。

 

「先に死なれちゃあ、手の出しようがない。

 どうしようかと思えば、そこらの子達に襲われて。死にそうになった。

 ……かと思えば、時間が巻き戻る?どんな出鱈目よ?」

 

彼女の口は、絶えず動いている。

言葉を、紡いでいる。

だが、彼女はまるで違う事を考えている様子だった。

 

「全部お前が原因で、判断で、能力で。

 何もかも引き起こしたのに、今度は頭を下げて謝ると来た!」

 

段々と彼女は語気を強める。

 

「それほどの力であるってのに!!

 お前にはプライドってのが無いのかい!?」

 

ううむ、参った。彼女は挑発するような顔と言葉を出しているのに。

まるで目がそうとは言っていない。

フランとこいしは、ちょっとムカッとしたのか、袿姫を攻撃しようとしている。

私は彼女達に手を向けて、それを制する。

 

純狐は先程の一件でご機嫌なのか。

それとも全てを知った上でなのかは知らないが。

今はニコニコ笑顔だ。

 

「ウルザの眼鏡」をかけた射命丸だけは

「うへぇ」と顔をしかめっ面を浮かべているが。袿姫は一体何を考えているのだろうか。

 

とりあえず。考えても分からん馬鹿な私は、馬鹿正直に答える事にした。

 

「プライド。

 そんなもの、知らんよ。

 仲間を助ける為なら。私は何だってする。

 土下座でもするし。足を舐めろと言われたら、迷わずするだろう。

 仲間を第一に考える事が私の目的で。手段で。行動だ。

 そこに私のプライドは関係無いし、仲間が迷惑をかけたのなら。そんなもの必要ない。

 

 この力がいくら強大だとしても、この力は――。

 かつて、全て、仲間の為に使うと決めたのだ 」

 

かつて、輝夜と共に決めた約束を、私は改めて口にした。

 

……そう言えば、仲間達の前で言うのは初めての事だったか。

なんだか妙に気恥ずかしい。

 

「――だからお前は面白い、ああ。面白いねぇ」

 

袿姫の顔は怪訝そうな顔から一変し、不敵な笑みへと変わった。

 

「仲間の為なら、仲間の為だけに全てを捧げるような馬鹿は久しぶりに見た。

 人間らしい、面白い龍だねぇ。お前は」

 

「褒め言葉か?」

 

「違います。龍らしくないって、からかわれてるんですよ」

 

首を傾げた私に、射命丸がツッコミを入れた。

そうなのか。まあ、一般的な龍がどんな性格をしているのか分からないからどうしようもない。

どの道私はこの考えを改める事は無いし、変える事もまあ、無いだろう。

月での一件のように、実験が出来るのならまだしも。私が私の為だけに力を振るうことは、まあ。無いだろう。

 

「そんなお前だからこそ、私が相手をしようじゃあないか。

 私の大事な磨弓を虐めてくれたこと。許しちゃあいけない。

 言葉の謝罪なんて要らないよ。一対一の真剣勝負で決めようじゃあないか。

 

 お前が勝ったら、私はお前と仲間の全てを許そう。

 ただ、私が勝ったら……そうだねぇ。一生私の下で働いて貰おうか?」

 

くつくつと、笑みを浮かべて、彼女はそう言った。

 

ふむ、そうか。一生か。

それは困る。私の観光はまだ終わってはいないし、フランの遠足もここで終わっては味気ない。

射命丸や純狐が素直に従うとは思えないが、こいしも、さとりの下から一生離れるのは嫌だろう。

カワウソ霊の彼も、ずっと縛り付けるのはよろしくない。

ああ、なるほど。仲間の為に負けられないな。これは。

 

「そうか。

 だが、一日だけ待ってはくれないか」

 

「仕方ない、仕方ないねぇ。良いよ。

 ただし、逃げるんじゃないよ?」

 

「ああ、その心配はない。

 ただ。そうだな。もう一つだけ」

 

今更になってしまったが、私は袿姫に頼み事をした。

 

 

「今ここでパーティーを開きたいのだが、場所を借りても良いか?」

 

 

それを挑発と取ったのかは知らないが。

袿姫は笑みをさらに深くした。

 

 



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