遊戯王~(GXの)アカデミアに転生~ (不可視の人狼)
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決闘者は事故ったくらいじゃ死なない

……なんて、いつから錯覚していた?

茶番はさておき、本作における主人公は決闘者歴こそ長いですが、アニメGXだけピンポイントで履修していません。有名なネタであったり、ざっくりとしたことは知っていますが、十代やカイザーと顔を合わせても誰が誰だか全く知りません。

……はい。言いたいことはわかります。自分でも都合良すぎじゃねとは思いました…すいやせん。
読まれる皆様には、何卒ご了承頂ければとおもいます。


「デュエルアカデミア入学試験を受ける者はこっちへ!受験票とデッキは絶対に無くさないよう気をつけること!それから──」

 

 デュエルアカデミア──今や世界的な文化となったデュエルモンスターズを更に発展させるため、日本各地から集まった腕に自信のある決闘者(デュエリスト)を育成する機関……要するにデュエルの専門学校だ。

 その入試が、ここ海馬ランドにて行われようとしていた。

 

 事前に行われた筆記試験にパスした者が、今回実施される実技試験を受ける資格を与えられるのだが、加々美昴(かがみすばる)はその限りではない。

 この場にいる以上、少なくとも書類上はキチンと筆記試験を合格したものとして扱われているはずなのだが、当の昴には筆記試験なんて受けた記憶がない。

 

 それもそのはず。何故なら昴は──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 この世界に来る前──生まれ育った世界での最後の記憶は、背中に大きな衝撃を受けたことだった。

 学校帰りに行きつけのカードショップで、見慣れたメンバーでデュエルをしようと約束していた。運悪く掃除当番だった他の面子を残し、昴は一足先に店に向かっていたところ、何かが後ろからぶつかってきて……そこで昴の記憶は一旦途切れている。

 

 

 

 

 

「――――はっ!!」

 

 次に目を覚ました昴の目には、只々底抜けに真っ白な空間が広がっていた。

 

「なんだここ……何が何だかさっぱりなんだが」

 

 起き上がって周囲を見回してみるが、どこを見ても果てしない真っ白な空間が続いているだけで、何かがあるようには見えない。

 

「ああ、お前さんは死んだんだよ。トラックに撥ねられてな」

 

「へー死んだのか………って、あんた誰?ってかなに、死んだの俺!?」

 

「私か?私は神だ。お前らで言うところの【オシリス】とか【オベリスク】とか【ラー】とかと同じ存在だよ」

 

「え?ドジリスとオベリスクとヲー?」

 

 決闘者に分かるように話したつもりなのであろう自称:神だが、まだまだ甘い。

 決闘者歴の長い者にとって"神"という称号は総じて、使いにくいカードorくっそ弱ぇカードといった認識があるからだ。

 

 特に彼の三幻神が1枚である【ラーの翼神竜】に関しては、アニメ・原作でこそチート性能を発揮したものの、OCG化されるにあたって大幅に弱体化してしまった。

 

 後になって誕生したサポートモンスターである【スフィアモード】の方が強いじゃん。とまで言われる始末。

 その為、歴戦の決闘者たちからは【ヲー】だとかライフコストが重いことから【ライフちゅっちゅギガント】という不名誉なあだ名をつけられてしまったのだ。

 

 残る2枚である【オシリスの天空竜】と【オベリスクの巨神兵】は相応の性能を誇ることからも、その不憫さが伺える。

 

「お前神のカードにそんなあだ名つけてんのな……まぁいいや。お前は暴走トラックに轢かれて死んだ。ここは…そうだな、天国行きのバス停とでも思ってくれ」

 

 自称:神が指を鳴らすと、突然ベンチとバス停の標識が出現する。

 

「おぉすげ…んで、自称ヲー様。俺が死んだのってほんとなのか?めっちゃ手の込んだドッキリとかじゃなくて?」

 

「ヲーじゃねぇよ神だよ。……質問に答えると、YESだ。お前さんの後ろから走ってきたトラックは、薬物中毒の男が警察から逃げる時に奪ったもんらしい。ま、お前を轢いたすぐ後にそいつも建物に突っ込んで逮捕されたんだけどな」

 

「へーそっか。逮捕されたんだなヨカッタヨカッタ──とでも言うと思ったか!」

 

 突然叫んだ昴は、ベンチに向かって額を打ち付ける。

 

「ざけんな!マジざっけんな!いくらなんでもタイミング悪すぎんだろ!よりにもよって新パック発売前日によぉ!!!」

 

 そう……昴が死んだのは、遊戯王OCGブースターパックの新弾発売前日だったのだ。

 

 注目していたカードがあっただけに、手に入れられなかったことが心残りでならない。

 

「こんなんじゃ満足できないぜ………!」

 

「あー、終わった?そろそろ本題に入りたいんだけど」

 

 鼻をほじりながらベンチにふんぞり返る自称:ヲーは、昴が一頻り喚いて静かになったところを見計らって話を再開する。

 

「お前さんの気持ちはよ~く分かる。だから、私がお前さんを"アカデミア"に転生してやろうと思ってな。どうだ?」

 

「"アカデミア"って………あの(AVの)アカデミア!?」

 

「おうよ、あの(GXの)アカデミアだ」

 

 融合次元のアカデミアだと思っている昴と、遊戯王GXに登場するデュエルアカデミアの事を言っているヲー。

 

「お前さんのデッキはバッグ(そこ)に全部入ってんだろ?残念ながら持ってけるデッキは1つだけだ。他は調整用でしかダメ。さ、デッキを選べ」

 

 そう言われてバッグの中からデッキを取り出す。持ってきていたのは全部で3つ。

 その中で、1番付き合いの長いデッキを選んだ。ケースに一緒に入っている調整用のカードも中身を確認して、汎用カードやサポートの枚数を整える。

 

「すまない…お前たち(他のデッキ)も連れて行きたかったが、この【ヲー】が狭量だから……」

 

「ヲーじゃねえっつってんだろ」

 

「……この【イレイザー】がショボい神だから……」

 

「お前マジで失礼なやつだな──まあいい、ほんじゃ頑張ってくれ。こう見えて私も忙しいから、こっち側からなんか手助けできるとかそういうのないから。いってらっしゃい!」

 

 またもやヲーが指を鳴らすと、今度は足元にポッカリと穴が開く。その底が見えない巨大な穴は、まさしく【奈落の落とし穴】。

 

「うわぁぁああああ――――!!」

 

 当然、それを回避できなかった昴は、その穴に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───と、事のあらましはこんな感じだ。

 

 奈落を使われて目が覚めたら転生済み。バッグの中には昴が選んだデッキと初期型(DM時代の)デュエルディスク、そしてデュエルアカデミアの受験票が入っており、こうして会場へ足を運んだというわけだ。

 尚、デュエルディスクを見て「アカデミアってこっち(GX)かよ」とツッコミを入れたのは想像に難くない。

 

「えと、受験番号10番、加々美昴です」

 

「……よし、進みなさい。時間までは基本自由にしていていいが、デュエルディスクは使用禁止だ」

 

 受付をしていた黒服の男に注意事項を説明され、昴は会場に足を踏み入れる。

 会場内には昴の他にも多くの受験者が集まっており、中には既にデュエルアカデミアの制服を着た者も散見される。

 恐らく上級生と、中等部からエスカレーター式で進級した生徒だろう。服の色は赤青黄色とあるが、圧倒的に青の比率が多い。

 

「(始まるまでは……1時間以上あるな。どうしたもんか)」

 

 前の世界ならスマホを弄るなりして時間を潰せたが、当然それも手元にない。あるのは正真正銘カードだけだ。こうなれば仕方ない、と、昴は人気の少ない通路の奥に陣取り、デッキを弄ることにした。

 

「(んー…エクシーズとかシンクロは入ったままか。でも使えない以上、構築からは外さなきゃだよなぁ……折角だし、純構築に近づけてみるか)」

 

 調整用カードを入れたケースを開いて、デッキの中身を入れ替える。

 このデッキは前の世界──以後前世と呼ぶ事にする──では登場当初テーマ単構築だと勝目の薄いファンデッキ止まりだったのだが、時代が進むに連れて相性のいいサポートカードが登場し、それなりの実用性を手にすることができた。

 

 真価を発揮するにはEXデッキの力を借りねばならないが、この時代はまだデュエルの速度が遅かった頃だ。冒険してみてもバチは当たるまい。

 

 ……一応言っておくと、決して舐めプをするつもりはない。本当だ。信じて欲しい。

 

「んと……まずコイツらは必須枠で、あとコレとコレ…うーん、コレは抜くか?けどそれだと火力が……そうだ、アレ入れてみよう」

 

 あーだーこーだとブツブツ呟きながらデッキを組み直していく昴の表情は真剣だが、どこか楽しそうだ。

 

「……うん、こんなモンか。あとは回してみてその都度調整ってことで」

 

 1人回しができるような構築ではなくなったため、相手がいない今ではどれほどのポテンシャルを発揮できるかは分からないが、とりあえず初手事故を連発するといった事態にはならずに済みそうだ。

 

 

「──あなた、受験生よね?」

 

 

「……そうだけど」

 

 不意に聞こえた女の声に、昴は顔を上げる。目の前に立っていたのは、デュエルアカデミアの制服を着た金髪の女子生徒だった。色は青──オベリスクブルーの生徒だ。

 

「もうすぐ実技試験が始まる時間よ。急いだ方がいいんじゃない?」

 

 そう言って彼女が指差す先には時計があり、長針は試験開始時刻の3分前を指していた。どうやら時間を忘れてデッキ構築に没頭していたらしい。

 

「──うわマジか!?悪い、助かった!」

 

 昴はデッキを手早く片付け、試験が行われるアリーナに走る。時折すれ違うアカデミアの在学生を器用に避けてアリーナに到着した頃には、開始まで秒読みとなっていた。

 

「ではこれより、デュエルアカデミア入学試験を始める!ここでは諸君らが合格した筆記試験の順位がそのまま受験番号となっており、実技試験は一番最後の番号から順に行っていく。呼び出されても来ない場合は特別な理由がない限り不合格となるため、会場アナウンスは聞き逃さないように。では、まず120番から──」

 

 番号3桁代でない者はゾロゾロと客席へ戻っていく。昴もそれに続いていたのだが……

 

「俺10番なんだからそんなに急がなくても良かったってことじゃねえか……」

 

 結果論とはいえ、あの全力疾走が徒労に終わってしまったことにゲンナリとする。

 

 気を取り直して客席の一番上から他の受験者たちのデュエルを観戦していたのだが、昔懐かしのカードに目を輝かせこそすれ別段盛り上がるわけでもなく、正直暇な時間だった。

 

 途中で間食を挟んで引き続きアリーナをボーッと眺めていると、何度目かのアナウンスが会場に響き渡る。

 

 

『受験番号10番、受験番号10番の生徒。デュエルエリアへ移動をお願いします。繰り返します──』

 

 

「大分待ったな……そんじゃ、いっちょ勝ってくるか。頼むぜ、マイフェイバリットデッキ」

 

 デュエルディスクに己のデッキをセットした昴は、大きく伸びをして試験場へ向かった。

 




アカデミアのカーストが上からブルー・イエロー・レッドなのは絶対に社長の私怨ですよね
OCG的に見れば絶対イエローが底辺。(最近強化もらって強くなったからわからないかな?)


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儀式召喚

「あっ…あの人──」

 

 天上院明日香は、たった今デュエルエリアに出てきた少年に見覚えがあった。試験が始まる前、通路の奥で1人デッキを弄っていた彼だ。

 

 時間ギリギリまでデッキに触っていたからつい声をかけてしまい、慌てて駆けていった時には大丈夫なのかと心配したが、その実彼は筆記試験10位と中々に優秀だったらしい。

 

「知り合いか?明日香」

 

「知り合いって程ではないんだけど、ちょっとね……」

 

 隣に立っていたブルーの生徒──丸藤亮も、明日香の視線を追う。

 

「珍しいな。お前が見ず知らずの男を気に止めるとは」

 

「そういうんじゃないわよ。ただ、人は見掛けに拠らないものだなって思っただけ」

 

「まあ、何はともあれここから上位10人のデュエルだ。有望な新入生がいるか、見ものだな」

 

 ざわめきの中、また新たな決闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「──君が10番の生徒だね」

 

「…はい、加々美昴です。よろしくお願いします」

 

「うむ。実技試験デュエルは君たちの実力を測るためのものだ。合格に勝利は必須条件ではないが、私を倒すくらいの気持ちでかかってきなさい」

 

「分かりました」

 

「先攻は受験生と決まっている。もし希望すれば後攻にすることもできるが、どうするね?」

 

「そのままで大丈夫です」

 

「そうか……では全力で来なさい!」

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 

 VS

 

 試験官:LP4000 手札×5

 

 

「(この頃は先攻ドロー有り、っと)……俺のターン、ドロー。……俺はモンスターをセット、更にカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 VS

 試験官:LP4000 手札×5

 

 

「慎重な滑り出しだな……私のターンだ、ドロー!…私は【ブラッド・ヴォルス】を召喚!」

 

 

【ブラッド・ヴォルス】

 ✩4 獣戦士族 ATK1900 DEF1200

 

 

「そして魔法(マジック)カード【手札抹殺】を発動!お互い手札を全て墓地に捨てて、同じ枚数だけデッキからドローする。私も君も、4枚捨てて4枚ドローだ」

 

 少し苦い顔をしながら手札を入れ替えた昴は、新しい手札を見てこれなら大丈夫だと気を持ち直す。

 

「バトルフェイズ!【ブラッド・ヴォルス】で裏守備モンスターを攻撃!」

 

 黒い鎧を身に纏った戦士が、巨大な斧で昴のセットモンスターに攻撃を仕掛ける。

 

「俺がセットしていたモンスターは【リチュア・エリアル】──リバース効果で、デッキから【リチュア】モンスターを1体手札に加える」

 

 

【リチュア・エリアル】

 ✩4 魔法使い族 ATK1000 DEF1800

 

 

 とんがり帽子を被った水色の髪の少女が、手にした杖で獣戦士の攻撃を受け止める。やがて力で押し負けた【エリアル】は破壊されてしまうが、守備表示のため戦闘ダメージは発生しない。

 

「初めて見るモンスターだな……私はこれでターンエンド。しかしこの瞬間、【手札抹殺】で墓地に送られた【暗黒のマンティコア】の効果が発動!【ブラッド・ヴォルス】を墓地に送り、自身を特殊召喚!」

 

 

【暗黒のマンティコア】

 ✩6 獣戦士族 ATK2300 DEF1000

 

 

「(【生還の宝札】が無くてよかった……まさか【エクゾ】は入れてないだろうが)」

 

 

 昴 :LP4000 手札×4

 伏せ×1

 VS

 試験官:LP4000 手札×4

【暗黒のマンティコア】

 

 

「俺のターン、ドロー!俺は手札から魔法(マジック)カード【ワン・フォー・ワン】を発動!手札1枚を捨てて、デッキからレベル1のモンスター──【鰤っ子姫(ブリンセス)】を特殊召喚!」

 

 昴の呼び声に応じて姿を現したのは、黄色い鱗を持った1匹の鰤。アクセサリーの珊瑚で頭を飾っており、試験官と周囲の人々にファンサービスの投げキッスを振り蒔く。

 

 

【鰤っ子姫】

 ✩1 魚族 ATK0 DEF0

 

 

 次の瞬間、方々から笑い声が聞こえてきた。その内容たるや、散々な言いようだ。

 

 

 ──「なんだよあのモンスター」「攻守ともにゼロなのに、わざわざ攻撃表示で出すとは」「何であんな弱いカード入れてるのかしら」──

 

 

 確かにステータスこそ低いが、このカードの真価はそこではない。打点至上主義の連中に目に物見せるべく、昴はデュエルを続行する。

 

「【鰤っ子姫】の効果!自身を除外することで、デッキからレベル4以下の魚族モンスターを1体特殊召喚する──【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

【鰤っ子姫】が渦潮で自身を覆い隠すと、その中から鮫の頭を持つ人型モンスターが姿を現す。

 

 

 リチュア・アビス

 ✩2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「【リチュア・アビス】は召喚成功時、デッキから守備力1000以下の【リチュア】モンスターを手札に加える事ができる。この効果で【シャドウ・リチュア】を手札に加え、効果発動!【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、デッキから【リチュア】儀式魔法を手札に加える」

 

「儀式魔法だと……!?」

 

「続けて(トラップ)カード【儀水鏡の瞑想術】を発動!今手札に加えた儀式魔法を相手に公開することで、墓地に存在する【リチュア】モンスターを2体回収する」

 

 俺の周囲に魔法陣が展開され、墓地に眠る【エリアル】と【シャドウ・リチュア】を手札に呼び戻す。

 

「さあ行こうか──手札から、儀式魔法【リチュアの儀水鏡】を発動!」

 

 カードをデュエルディスクにセットすると、ソリッドビジョンによって頭上に細やかな装飾の施された鏡が出現する。

 

「俺はフィールドにいる【リチュア・アビス】と、手札の【リチュア・エリアル】を墓地に送り、儀式召喚を行う──」

 

【エリアル】が淡い光を発する儀水鏡を捧げるように掲げ、【アビス】は自らの体を光に変えて鏡の中へ飛び込む。同胞の魂を内包した儀水鏡を【エリアル】が両腕で抱きしめると、鏡が一際眩く輝いた。

 

「──儀式召喚!降臨せよ、【イビリチュア・マインドオーガス】!!」

 

 光が収まると同時にフィールドに現れたのは、異形の怪物だった。上半身こそ【エリアル】の面影があるが、下半身はホウボウに似た六つ眼の魚類となっている。

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

 注視すればする程鳥肌が立つような姿に、会場の受験生・在校生だけでなく、昴の相手をしていた試験官までもが言葉を失った。

 

 そんなドン引き空気(フィール)をひしひしと感じる昴もまた、彼らに同情の意を禁じえない。

 正直に言えば、確かにかっこよくはない。どっちかっていうと気持ち悪い部類だろう。

 それでもアンデットとか昆虫とか爬虫類族よりは絶対マシだろと自分に言い聞かせ、プレイを続ける。

 

「…【マインドオーガス】の効果!儀式召喚成功時に、お互いの墓地からカードを合計5枚まで選んでデッキに戻す。──マインド・リサイクル!」

 

 昴と試験官の墓地に存在するカードが宙に浮かび上がり、その内3枚に明かりが灯された。

 昴の墓地から【サルベージ】と【儀水鏡の瞑想術】、試験官の墓地からは、放置しておくと厄介な【超電磁タートル】がそれぞれ持ち主のデッキに還っていく。

 

「更に【リチュア・チェイン】を通常召喚。効果でデッキトップ3枚を捲り、その中から儀式魔法か儀式モンスター1枚を手札に加える」

 

 

【リチュア・チェイン】

 ✩4 海竜族 ATK1800 DEF1000

 

 

 捲れたカードは【リチュア・ビースト】【イビリチュア・テトラオーグル】【浮上】の3枚。

 その中から【テトラオーグル】を手札に加えて、残りは好きな順番でデッキの上に戻した。

 

「バトル!【マインドオーガス】で【暗黒のマンティコア】を攻撃!──ハイドロ・ガイスト!」

 

【マインドオーガス】が手に持った杖を掲げると、先端の儀水鏡から湧き出た霊魂が屈強な獣戦士に襲いかかる。豪腕と尻尾で懸命に霊魂を振り払おうとする【マンティコア】だったが、実体を持たない魂に飲み込まれてしまう。

 

 

 試験官 LP4000→3800

 

 

「続けて【リチュア・チェイン】でダイレクトアタック!」

 

「ぐうっ──!」

 

 投げつけられた鎖が試験官を貫き(勿論ソリッドビジョンなので怪我はない)、更にライフが減算されていく。

 

 

 試験官 LP3800→2000

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

【イビリチュア・マインドオーガス】

【リチュア・チェイン】

 伏せ×1

 VS

 試験官:LP2000 手札×4

 

 

 

「──あの10番、やるな。【手札抹殺】で試験官の墓地に落ちたカードの中に、バトルフェイズを強制終了させる【超電磁タートル】があったことを即座に見抜き、あの儀式モンスターの効果で封じてみせた」

 

「ええ。それに儀式召喚は本来手札の消費が激しい上に、召喚までもっと時間がかかるはずよ。なのに、僅か3ターン目でもう儀式モンスターを召喚するなんて…何者なのかしら、彼」

 

「フッ……お前も中々いい勘を持っていたみたいだな、明日香」

 

「全くの予想外だけどね」

 

 昴のデュエルをジッと見つめる明日香は、不思議と目が離せずにいた。

 

 

 

 

「私のターン!手札から魔法カード【死者蘇生】を発動!更に【早すぎた埋葬】も発動し、墓地のモンスターを2体蘇生する!甦れ【暗黒のマンティコア】、【ブラッド・ヴォルス】!」

 

 試験官のフィールドに、2体のモンスターたちが並び立った。前世では強くて禁止カードだった【早すぎた埋葬】が、この頃はまだ現役だったことを思い出す。

 

 ……本当なら【蘇生】の効果を処理してから【埋葬】を発動しなければいけないのだが、デュエルディスクがちゃんと処理してくれているのか警告音も何も鳴らないのでスルーした。

 

「早くも私のライフを半分削ったのは見事と言う他ない。だがそれもここまでだ!永続魔法【一族の結束】を発動!私の墓地に存在するモンスターの種族が1種類だけだった場合、自分フィールドにいる同じ種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 試験官の墓地にいるのは【イグザリオン・ユニバース】と【ミノケンサテュロス】──どちらも獣戦士族のモンスターだ。よって、試験官のモンスターはどちらも攻撃力が上昇する。

 

「君のモンスターの効果を逆に利用させてもらった。これで攻撃力はこちらの方が上!バトルフェイズだ!行け、私のモンスターたち!」

 

「攻撃宣言時、罠発動!【狡猾な落とし穴】!フィールドに存在するモンスターを2体破壊する!」

 

 攻撃に踏み込もうとしていた2体の獣戦士は、突如ポッカリと空いた大穴に吸い込まれていく。

 

 

 

「──なるほどな。10番はこの為に」

 

「どういうこと?」

 

「あの儀式モンスターの効果で、10番が自分の墓地から戻したカードを覚えているか?」

 

「確か…【サルベージ】と、その前に使った罠カードよね」

 

「そうだ。【狡猾な落とし穴】は、自分の墓地に罠カードが1枚もない状態でなければ発動できない特殊なカード──奴は試験官の反撃に備え、あらかじめ下準備を終えていたわけだ。デッキが試験用とはいえ、デュエルアカデミアの教師のプレイングを先読みするとはな」

 

 

 

「……私はこれでターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

【イビリチュア・マインドオーガス】

【リチュア・チェイン】

 VS

 試験官:LP1200 手札×2

 

 

「(え、罠1枚も引いてないのか…?)俺のターン。メインフェイズをスキップして、バトルフェイズ!【マインドオーガス】でダイレクトアタック!」

 

 振り下ろされた杖が試験官を直撃し、残るライフポイントを消し去った。

 

「おめでとう。試験デュエルは君の勝利だ」

 

「…ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにあっさりと勝ち過ぎて釈然としなかったが、とりあえず合格は確実なのでそのまま客席に戻る。

 妙に周りからの視線が多い気がして、試験前にデッキを弄っていたあの場所へ退避しようと足を速めた昴の前に、2人の少年が立ちはだかった。服装からして同じ受験生だろうか。

 

「なぁお前!さっきのデュエル凄かったぜ!」

 

「あ、ああ…そりゃどうも」

 

「儀式召喚なんて僕初めて見たよ…あのデュエルキング・武藤遊戯が使ってた【カオス・ソルジャー】みたいで、かっこよかったなぁ…!」

 

「そ…そうか?」

 

「あ、そうだ!さっきお前が使ってた儀式モンスター、見せてくれよ!」

 

「いいけど……」

 

 デッキケースから【マインドオーガス】を取り出し、目の前の少年たちに見せる。

 

「こいつがお前のフェイバリットモンスターか!」

 

「うーん…でもやっぱり、ちょっと怖いよ……」

 

「ハハ……まあ、長く使ってるとそうでもないさ」

 

「そうだぜ。人のフェイバリットカードを悪く言うなよ」

 

「そ、そんなつもりじゃ…ごめんよ」

 

「別に気にしてない」

 

「俺、遊城十代!よろしくな!」

 

「ぼ、僕は丸藤翔っていうんだ。よろしくね」

 

「加々美昴。こちらこそ、よろしく」

 

 差し出された十代の手を取ろうとしたところで、昴の腕に何かがぶつかった。

 

「ああ、すまない。不注意だった」

 

 そう謝罪してきたのは、白い制服を着たオールバックの受験生だった。どうやら左腕につけているデュエルディスクが当たってしまったらしい。

 

「キミ、さっきデュエルしてた三沢大地君だよね?凄かったよ最後のコンボ!さすが筆記試験1位だね」

 

「まあな。だけど、そこの彼も随分早い内に決着をつけたようじゃないか。戻ってくる途中、皆噂してたよ。儀式モンスターを使ってノーダメージで勝った受験生がいた、ってね」

 

 そんなに注目されるようなことだっただろうか。少なくとも前世でのデュエルと比べれば至極真っ当に"デュエル"をしたつもりだったのだが。

 

「確かに、お前たちは受験生の中でも2~3番目くらいに強いと思うぜ?」

 

「どうして?だって三沢君は筆記1位なんだよ?」

 

「だって、1番強いのは俺だからさ。筆記試験だけで決闘者(デュエリスト)の実力が決まるわけじゃないだろ」

 

 自信有りげにそう言い切ってみせた十代は、アナウンスで自分の名前が呼ばれたのを聞いて意気揚々とデュエルエリアへ向かっていった。

 

「面白い奴だ。俺が本当に2番だとするなら、君は11番ってことになるが、いいのかい?」

 

「俺は別に筆記試験受け……るだけ受けただけで、順位とか拘りないしな。その点に関しちゃ、十代と同意見だ」

 

「やっぱり優秀な人は考える事が違うんだなぁ…僕なんか119位で落ち込んでたのに」

 

「……なあ三沢、筆記ってどんな問題出たんだっけ」

 

「覚えてないのか?デュエルのルールやカードに関する基本的な問題から、テキストや効果を答える問題が出たんだ。中には通常モンスターのフレーバーテキストを正確に答えないといけない問題もあったな」

 

 三沢が教えてくれた問題を実際に解くところを想像してしまい、昴は軽い目眩に襲われる。ルールやカードの種類ならまだしも、通常モンスターのフレーバーを一字一句間違えるなというのはさすがに玄人向けというか、意味があるのだろうか?

 

 ……いや、我らが【モリンフェン】様のフレーバーなら有りか。

 

「ってか、それ答えられたんだな。それだけでもすごいと思うぞ」

 

「決闘者として基本的な知識さ──それより、1番くんのデュエルが始まるみたいだぞ」

 

 三沢と翔は十代が立つデュエルエリアに目を向ける。その向かいには、デュエルアカデミア実技担当最高責任者クロノス・デ・メディチが仁王立ちしていた。

 クロノスのことを知っている者ならば、見逃す手はないと注目するところだが……

 

 

「(マジで?じゃあ俺決闘者じゃなかったのか……?あれぇ、決闘者って、なんだっけ)」

 

 

 十代が【フレイム・ウィングマン】でデュエルに大勝利するのを他所に、昴はそもそも決闘者とはどのような存在なのかという哲学染みたことを1人悶々と考えていた。

 




カイザーの解説とか、GX時代に言いそうな発言をちょこちょこ挟みましたが……自分で書いてて「こんなこと言うか?言う…のかぁ?」って気持ちになってました。
まあGX見てた頃コントロール奪取系の効果使ったらとりあえず「自分のモンスターで倒される気分はどうだ?」とか言う人多かった印象なんで、現状この路線で行きます。


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いざ行かん!デュエルアカデミア!

「―――っく~~~~~、着いた!やってきたぜデュエルアカデミア~!」

 

「寝起きで元気だなぁ…」

 

 デュエルアカデミアは、太平洋にポツンと存在する無人島に建設されている。

 十代や昴たち入試合格者は、専用のヘリで束の間の空の旅を楽しんできた。

 

「まずは校長挨拶だったな。俺の荷物は……あった」

 

 昴は自分の荷物を見つけると、人の波に乗って入学式の会場へ向かった。

 

 

 

 

『ようこそ、デュエルエリートの諸君。君たちはこの狭き門を実力で開いてやって来てくれました。未来のデュエルキングを夢見て、楽しく勉強してください―――』

 

 デュエルアカデミア校長の鮫島先生の挨拶は想像していたほど長くなく、只々長いだけの話が苦手な昴でもなんとか起きていられた。

 

「――では、各自自分の寮に向かってください。その後は自由行動とします。ただし、デュエリストとしての誇りを持って生活するように。くれぐれも、問題行為は謹んでください」

 

 こうして入学式を終え、初日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

「俺はイエローか……」

 

 各自割り当てられた寮に向かった昴が到着したのは、イエロー寮だ。

 レッド以上ブルー以下のこの寮は、ボロすぎず豪華すぎないといういい塩梅を保っており、部屋も1人1部屋と十分な高待遇と言えるだろう。

 

 デュエルアカデミアは絶海の孤島という性質上、完全寮制の学校で、生徒は成績により3つの寮に仕分けられる。

 

 青い制服を着たエリートが入る"オベリスク・ブルー"は唯一男女で寮が分かれており、いち学生には豪華過ぎるであろう屋敷が寮として与えられている。

 

 黄色の制服を着た者が配属されるのは"ラー・イエロー"

 入試の成績優秀者も最初はここに所属し、今後の頑張り次第でブルーに昇格できる。

 昴はここに所属することになった。

 

 そして残る1つ──赤い制服の"オシリス・レッド"だが……

 この学校におけるレッドというのは、レッドゾーンということを意味する。

 つまり、成績も何もかもが絶望的なドロップアウト必至の集団ということだ。割り当てられている寮もボロアパート同然で、少ない部屋数をシェアしているようだ。

 

 受け取った制服に袖を通し、軽く身だしなみを整える。

 窓に写った自分の姿を改めて見てみると、どうも昴は黄色があまり似合わない。前世で寒色系の色ばかり着ていたからだろうか。

 

 使っているデッキも真っ青なわけだし、早いところブルーに上がって青の制服を着たいものだ。

 

「──で、ぶっちゃけやること無くなったんだが…どうすっかな」

 

 そもそも荷物が無いに等しい昴はすぐ手持ち無沙汰になり、とりあえず何か面白いことでもないかと外に向かう。

 丁度寮を出たところで、外から戻ってきたらしい三沢とすれ違った。

 

「君も島を見て回るのかい?」

 

「まぁそんなとこ。お前はもう見てきたのか?」

 

「とりあえず校舎の中は一通りね。流石デュエルアカデミア、最先端の設備が揃ってるよ。──ああ、そういえば、例の1番くんとも会ったよ。オシリス・レッドに配属されたようだ。あのクロノス教諭に勝ったというのに、不思議で仕方ない」

 

「あー……まあ、色々あったんだろ」

 

 そう、色々なことが(筆記の順位にかこつけた私怨)

 

「暇をしているなら、デュエルアリーナに行ってみたらどうだい?もしかしたら、同じ新入生がデュエルをしているかもしれない」

 

「……それもそうだな。ありがとう、行ってみる」

 

 三沢に一言礼を言った昴は、校舎の中にあるデュエルアリーナへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと……ここか」

 

 配布された連絡端末(PDA)のマップを見ながら校舎を歩き回った末、昴は大型デュエルフィールドの方向を示す看板を見つけた。

 島に来る途中、機内で流し読みした学校のパンフレットによれば、ここは最新鋭のソリッドビジョンシステムを搭載したとにかくすごいフィールド…らしい。

 

「(そもそも俺のいた世界ソリッドビジョン無かったから、最新鋭とか言われてもよく分からんのだよなぁ……)」

 

 PDAをポケットに突っ込んで歩き出した昴は、前方にどこか見覚えのある姿を見つける。オベリスク・ブルーの制服を着た金髪の女子生徒…確か……

 

「──あら?」

 

 向こうも昴に気づいたらしく、こちら近づいてくる。

 よく見ればかなり容姿端麗で、スタイルもいい。これが所謂金髪美女というやつなのか。

 

「あなた、入試の実技試験で10番だった人よね?受験生で唯一儀式モンスターを使ってた」

 

「……そうだけど」

 

 どぎまぎしながらもそう返事をした昴だったが、突然金髪美女はクスクスと笑い出した。

 

「あの時と全く同じこと言ってるわよ?」

 

「あの時…?って、どこかで会ったっけか?」

 

 記憶を探ってみるが、それらしい記憶は見当たらない。

 

 

「──もうすぐ試験の時間よ、急いだ方がいいんじゃない?」

 

 

 見かねた様子の彼女が口にしたその言葉で、ようやく思い出した。

 

「あぁ、あの時の!──その節は本当に助かった」

 

「別に気にしないでいいわ。代わりと言ってはなんだけど、面白いデュエルを見せてもらったしね。私、天上院明日香。よろしく」

 

「加々美昴だ、こちらこそよろしく頼む──で、1つ聞きたいんだが…儀式召喚ってそんなに浸透してないのか?」

 

「そうね……改めて考えると、使ってる人はあまり見ないかも。プロでもほんの数人だし、この学園でもあなたを除けば1人しかいないわ」

 

「1人だけ……」

 

 道理でやたらと噂されるはずだ。

 確かに、この頃は儀式モンスターそのものが少ない上に全体的にパワー不足で、精々打点がちょっと高いくらいしかアドバンテージのないバニラモンスターがほとんどだった。

 そう考えれば、コンボに重点を置いた【リチュア】が皆の注目を集めるのは当然と言える。

 

「同じ学園にいるんだから、いつかあなたも会えるわよ。なんなら紹介して─「何だよお前たち!」──えっ?」

 

 何やら騒がしい声が明日香の話を遮る。デュエルフィールドの方で何かあったようだ。

 

「喧嘩でも起きたのかしら…行ってみましょう!」

 

 明日香と共にフィールドへ向かう。

 大きなドーム上になっているアリーナの中央には最新ソリッドビジョンシステムを搭載したデュエルフィールドが設置されており、その上に2人の男子生徒が仁王立ちしていた。制服の色は青――オベリスク・ブルーの生徒だ。

 

「ここはお前達みたいなドロップアウトの来るところじゃないぞ?上を見てみろ」

 

 そう言ってブルーの生徒が指さしたのは、背後にある彫刻。

 そこにはなにかの顔らしきものが彫られているのだが……

 

「(なぁにあれ……?)」

 

 ブルー生徒が言うには、どうやら【オベリスク】の紋章らしい。

 昴の脳裏にオベリスクの巨神兵のイラストが浮かび上がるが、この彫刻と比較すると随分簡略化されていることが分かる。

 本来ならもう少しゴツい顔なのだが、尖った部分が排除されたせいでどちらかというと【デーモン】にいそうな顔となってしまっている。不憫だ。

 

「う~ん…じゃあ俺とお前で勝負しようぜ!それなら問題ないだろ?」

 

 そう言いだしたのは、ブルー生徒2人組と睨み合っていたレッドの生徒──十代だった。

 

「はぁ?何言って……って、誰かと思ったら。万丈目さん!こいつ実技でクロノス教諭に勝った110番ですよ!」

 

 ブルーの片割れがフィールドを囲むギャラリーに向かってそう叫ぶと、新たに1人、ブルーの生徒が現れる。

 

「あぁ俺、遊城十代!…で、あいつ誰?」

 

 素でそう尋ねた十代に、ブルー2人は信じられないといった様子で目を見開く。

 

「万丈目さんを知らないのか!?同じ1年でも中等部からの生え抜き、超エリートクラスのナンバーワン!」

 

「未来のデュエルキングと名高い万丈目準さまだ!」

 

「いやいや、流石に尾ひれ付き過ぎだろ……あっ」

 

 壁に隠れて事の成り行きを見ているだけのつもりだったのが、口をついて出た言葉でその場の全員の視線が昴に向けられる。

 

「お前は……確か試験官にノーダメージで勝った10番!お前もこの110番の仲間か!?」

 

「いや、仲間ってほど交流もしてないんだが……まぁいいや。──んで?超エリート様らしいオベリスク・ブルーがこんなとこで何してる?」

 

「こいつ…!イエローの分際で身の程を弁え――「Be quiet(静かにしろ)!」っ!」

 

「あまりはしゃぐな。そいつら、お前たちより強い(やる)。レベルの低い試験官だが、10番の方はノーダメージで完封。それに110番は、手を抜いていたとはいえ、あのクロノス教諭に勝った男だ」

 

「まぐれだって言いたいのか?残念ながら実力さ」

 

「その実力とやら、ここで見せてもらいたいもんだな」

 

 一触即発の空気の中、十代と万丈目が睨み合う。

 そこへ、凛とした声が響き渡った。

 

「あなたたち!何してるの!?」

 

 俺の背後から出てきたのは、明日香だった。事態の悪化を防ぎに来てくれたらしい。

 長い金髪を揺らして立ち止まった明日香は、気丈に万丈目たちを睨む。

 

「天上院くん。この新入り共があまりに世間知らずなんでね、学園の厳しさを少々教えて差し上げようと思って」

 

「そろそろ寮での歓迎会が始まる時間よ」

 

 明日香の言葉を聞くなり、万丈目とその取り巻きたちはデュエルフィールドから引き上げていった。

 

「あなたたち、万丈目君たちの挑発には乗らないことね。あいつらロクでもない連中なんだから」

 

「…随分嫌ってるんだな」

 

「別に彼ら個人を嫌ってるわけじゃないわ。ただ、レッドとかイエローというだけで見下した態度を取るのが気に入らないだけよ」

 

「ま、それに関しては同感だな。心配してくれるのは有難いが、俺は大丈夫だ。舐めプする連中になんぞ負けてられないからな」

 

 そう言って嘆息する昴を見て、明日香は興味深そうに微笑む。

 

「面白いこと言うのね。…あなた、確か実技でクロノス教諭に勝った生徒よね?」

 

「ああ!俺、遊城十代。お前は?」

 

「天上院明日香よ。──それより、そろそろレッドとイエローでも歓迎会が始まるんじゃない?」

 

「そうだよアニキ!早く戻ろう!」

 

「……俺も戻るか。じゃあな、天上院」

 

 いつの間にか弟分になったらしい翔に急かされ、十代はフィールドを後にする。昴もそれに続いて寮に戻っていった。

 




この話を投稿した時点で、書きかけのストックが尽きました…以降、完全新規書き下ろしの話となります。

…なんか「完全新規書き下ろし」って言うと自分が売れっ子にでもなったかのような錯覚を覚えますね。


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青の洗礼

今更ですが、本作ではルール上の生贄→リリース、融合デッキ→エクストラ(EX)デッキという呼称で統一しようと思います。
(幻魔の扉とか、生贄って表現の方がしっくりくる場合はそっちを使うかもです)


 万丈目達と一悶着あった夜。アカデミアの各寮では、新入生の歓迎パーティーが行われていた。

 聞く所によれば、ブルー寮は御伽話の舞踏会も斯やという豪勢な食事を振舞われているらしい。

 

 一方、昴や三沢のいるイエロー寮でも──実際見ていないから他所と比較しようがないものの──十分なご馳走がテーブルに並んでいる。

 

「(万丈目達、変に突っかかってくるようなことが無きゃいいんだけどな……あ、コレ美味い)」

 

 黙々と料理を口に運ぶ昴は、日中のことを思い出していた。

 どうも昴と十代は入試デュエルで目立った結果彼らに目をつけられていたらしく、特に十代に至っては、彼らを煽るような発言をしたせいでいい印象は持たれていないようだった。

 

 見たところブルーの生徒はプライドの高い者が多く、最底辺のレッドは無論のこと、イエローの生徒も見下しているきらいがある。そんな彼らがポっと出の新入生に「1番強いの俺だから」と言われれば、機嫌が悪くなるのもまあ頷ける。昴が彼らの立場なら、程度の違いこそあれどカチンと来ただろう。

 

 決闘者である以上、リアルファイトという最強の盤外戦術で制裁を下すような真似はしないと思うが、今後しつこく付き纏うようなことになられてもそれはそれで困る。

 

「(……次に向こうからアクションを起こしてきたら、デュエルして諦めてもらうしかないか)」

 

 皿に乗っていたローストビーフ最後のひと切れを飲み込んだ昴は、きちんと手を合わせ、食器を下げてから食堂を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、久しぶりに湯船浸かった……ん?」

 

 そこから暫くして、風呂から上がった昴は、脱衣カゴに入れていたPDAにメッセージが来ていることに気づいた。着替えもそこそこに音声ログを再生してみると……

 

『よう10番。今夜0時、デュエルフィールドに来い。ベストカードを賭けたアンティルールで勝負しようじゃないか』

 

「……そう来たか」

 

 万丈目からの果たし状…というよりは、リンチのお誘いだろうか。

 

 アンティルール──早い話が"賭けデュエル"。

 昴も遊戯王を始めたばかりの頃、知り合いからよく持ちかけられた。デッキパワー的に絶対勝てないことは分かっていたので頑としてやらなかったが。

 

 万丈目は昴にデュエルで勝って、何かしらカードを巻き上げるつもりらしい。標的になるとしたら……【マインドオーガス】か【儀水鏡】あたりだろうか。いや、【リチュア】のアイドル【エリアル】という可能性もある。

 どれにしても大切なカードだ。負ける気はしないが、正直受けていいものか迷う。

 

「………」

 

 考えた末、一応呼び出しには応じることにした。

 この際ハッタリでも何でもかまして、とにかくアンティルールを諦めてもらえさえすれば…まあなんとかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして約束の午前0時──昴はやや急ぎ目にデュエルフィールドへ向かっていた。

 

「仕方ないよな。ほら、慣れないヘリとかで疲れてたんだよきっと」

 

 誰にでもなくブツブツと呟きながら歩く昴は、ついさっきまで普通に寝ていた。時間まで仮眠を取るつもりが、思いの外ガッツリと睡眠を取ってしまったようだ。呼び出し時刻は少し過ぎることになるが、多分大丈夫だろう。

 

 照明が殆ど落とされている校舎内で唯一明かりの灯るデュエルフィールドには、デュエルディスクを構えた万丈目とその取り巻き2人に、今まさに彼とデュエルを開始する十代の姿があった。

 

「……俺が呼ばれたなら、そりゃあいつもいるよな」

 

「あっ、昴くん!」

 

「──おや?ようやく来たのか10番。ビビって来ないのかと思ったぜ」

 

「…なあ万丈目、アンティルールはやっぱ止めないか?お互い大切なカードは失いたくないだろ」

 

「なんだ怖気づいたのか?入試が凄かったとはいえ所詮イエローか。お前の相手はこの僕だ。お前のベストカード……いや、何ならデッキごと頂いてやる!」

 

 そう言ってきたのは、万丈目の取り巻き──メガネをかけた方だ。

 

「取り付く島も無しか……!やってやる!」

 

 昴もデュエルディスクを展開し、十代達の横で新たな戦いが始まる。

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 

 VS

 

 取り巻き:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は僕だ、ドロー!僕はモンスターをセット!カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5 

 VS

 取り巻き:LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 

 

 昴が入試デュエルで取ったのと全く同じ盤面を作り上げる取り巻きのブルーは、明らかに何かを仕込んだ様子でニヤニヤしている。

 それがモンスターなのか伏せカード(バック)なのかは分からないが、動かないことには始まらない。

 

「俺のターン!──魔法カード【おろかな埋葬】を発動!デッキから【リチュア・アビス】を墓地に送る。そして【リチュア・ビースト】を通常召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ✩4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

「【ビースト】は召喚成功時、墓地にいるレベル4以下の【リチュア】を蘇生できる──さっき墓地に送った【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

【リチュア・ビースト】の雄叫びに応え、獰猛な獣の隣に鋭い牙を持つ鮫が並び立つ。

 

 

【リチュア・アビス】

 ✩4 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「【アビス】の効果で、デッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に。続けて【ヴィジョン・リチュア】を墓地に送り、デッキから【リチュア】儀式モンスターを手札に加える」

 

 昴はこの効果で、デッキから【マインドオーガス】を手札に加えた。

 

「見せてみろよ、お得意の儀式召喚を!」

 

「…ならお望み通り見せてやる。儀式魔法【リチュアの儀水鏡】発動!フィールドの【リチュア・ビースト】と【リチュア・アビス】を墓地に送り、儀式召喚!」

 

 光り輝く儀水鏡に、2体のモンスターの魂が吸い込まれていく……。

 

「──降臨せよ!【イビリチュア・マインドオーガス】!!」

 

 儀水鏡の中から現れたのは、少女の肉体を憑代にした異形の存在。召喚を終えた儀水鏡は異形の持つ杖と一体化し、【リチュア】の紋章を浮かび上がらせた。

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

【マインドオーガス】の召喚時効果は強制効果な上に必ず1枚以上のカードをデッキに戻す必要があるため、昴の墓地から【おろかな埋葬】をデッキに戻す。

 

「バトルだ!【マインドオーガス】でセットモンスターを攻撃!」

 

「掛かったな!僕はセットしていたリバースモンスター【人喰い虫】の効果を発動!お前の【マインドオーガス】を破壊だァ!」

 

 

【人喰い虫】

 ✩2 昆虫族 ATK450 DEF600

 

 

 鋭いカギ爪を持った虫が【マインドオーガス】の杖に貫かれるが、死の寸前に自らの体を破裂させて敵を道連れにする。

 

「ハハハハッ!見たか!お前らの入試デュエルを綿密に研究した天才万丈目さんのアドバイスで、対策は完璧なんだよ!ご自慢の儀式モンスターも、破壊されたら意味がないだろ!」

 

「………カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

「どうした?お気に入りの怪物ちゃんが破壊されて声も出ないか!」

 

 明らかに相手を馬鹿にするような言葉にも、昴は言い返す様子がない。

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

 伏せ×1 

 VS 

 取り巻き:LP4000 手札×4

 伏せ×1

 

 

 

「あわわ……どうしよう。アニキも昴君も大ピンチだ……!」

 

 十代の方はというと、エースカードである【フレイム・ウィングマン】が万丈目の罠カード【ヘル・ポリマー】によってコントロールを奪取されていた。アタッカーをほぼEXデッキのモンスターに依存している十代の手札には、【フレイム・ウィングマン】の攻撃に耐えうるモンスターがいない。

 

「──全く、だから挑発に乗るなって言ったのに……」

 

「明日香さん!」

 

 呆れた声でそれぞれの戦況を確認した明日香は、苦しげに顔を歪める。

 

「まずいわね……エースモンスターを奪われた十代は勿論だけど、昴も手札がたった2枚じゃ儀式召喚の為の素材が用意できるかどうか……」

 

 

 

「──僕のターン!ドロー!もう一度モンスターをセット!リバースカードを伏せて、これでターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

 伏せ×1 

 VS 

 取り巻き:LP4000 手札×3

 セットモンスター×1

 伏せ×2

 

 

「俺のターン、ドロー……」

 

 カードを引いた昴は、無言でジッと3枚の手札を見つめている。

 

「何をしたって無駄さ!デュエルは緻密な計算で勝利を導き出すんだ。エリートであるオベリスク・ブルーに敵うわけないだろ!」

 

「……それはどうかな?」

 

「何……!?お前の手札はたった3枚、こっちには裏守備モンスターにリバースカードが2枚もあるんだぞ!挙句の果てに儀式モンスターまで破壊されたこの状況で、何ができるって言うんだ!」

 

「お前が言ったんだろ、デュエルは計算して勝つもんだって。正直俺は数学とか苦手なんだが……生憎このデッキでならそういうのは大得意でね」

 

 手札から目を離した昴の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「【リチュア】の力──見せてやる!俺は墓地に存在する【リチュアの儀水鏡】の効果を発動!このカードをデッキに戻すことで、俺の墓地にいる【リチュア】儀式モンスター1体を手札に戻すことができる。これで【マインドオーガス】を回収──!」

 

「墓地で魔法カードを発動だと!?」

 

「そして手札の【シャドウ・リチュア】を墓地に送って、効果発動!デッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に!続けて、手札から魔法カード【サルベージ】発動!墓地にいる【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を回収し、この2体の効果でデッキから【ガストクラーケ】と2枚目の【儀水鏡】を手札に加える」

 

 目まぐるしく回転する昴の手札に、万丈目の取り巻きも、デュエルを見守る明日香と翔さえも目を丸くしている──当然だ。あれだけのカードを使用しておきながら、昴の手札は減るどころか、5枚に増えているのだから。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ガストクラーケ】を墓地に送り、【マインドオーガス】を儀式召喚!」

 

 再びフィールドに舞い戻った【マインドオーガス】が杖をひと振りすると、お互いの墓地に眠るカードが宙に浮かび上がる。

 

「召喚成功時の効果で、俺の【サルベージ】とお前の【人喰い虫】をデッキに戻す。──マインド・リサイクル!」

 

「っ……何度出てきても無駄なんだよ!罠カード【奈落の落とし穴】!今度こそお前のモンスターとはおさらばだ!」

 

「【奈落】にチェーンして罠発動【儀水鏡の反魂術】!俺のフィールドの水属性モンスター──【マインドオーガス】をデッキに戻し、墓地の水属性モンスター2体を回収する」

 

 これにより対象を失った【奈落の落とし穴】は不発となり、昴の手札にはまたも【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】の2枚が加わる。

 

「もう一度、墓地の【儀水鏡】の効果。自身をデッキに戻し【ガストクラーケ】を回収。【ヴィジョン・リチュア】でデッキから【マインドオーガス】を手札に」

 

「まさか、また……!」

 

「ああ、そのまさかだ──【リチュアの儀水鏡】を発動!【マインドオーガス】を墓地に送り、【イビリチュア・ガストクラーケ】を儀式召喚!」

 

【マインドオーガス】に代わり現れたのは、例の如く異形の姿をした少女だった。赤い髪の可愛らしい少女の下半身が、烏賊のような軟体動物となっている。

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ✩6 水族儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

「【ガストクラーケ】の効果。召喚成功時に相手の手札を2枚見て、どちらか1枚をデッキに戻す──ガスト・スキャニング」

 

 取り巻きの手札が2枚選択され、【闇魔界の戦士 ダークソード】と【二重召喚(デュアルサモン)】が露わになる。

 

「【二重召喚】はデッキに戻してもらうぞ」

 

「ふざけるなぁっ!罠カード【激流葬】発動!モンスターを全て破壊だぁ!」

 

 凄まじい勢いで放たれた水流が、取り巻きブルーのモンスターごとフィールドを一掃する。しかし発動されたハンデス効果は止められない上に、【ガストクラーケ】の道連れで破壊されたのは【スフィア・ボム 球体時限爆弾】だった。

 

「勿体無いな。ここは【激流葬】を使わずに攻撃させていれば、少なくとも次のターンまでの延命と俺のライフを半分以上削れたろうに。ブルーのエリート様がデュエル中に冷静さを欠いてプレイミスか?」

 

「うるさい黙れ!これでお前の手札はまた2枚に逆戻りだ!もう儀式召喚もできないだろ!」

 

「だから冷静になれって。もう終わりだと思うか?」

 

「嘘…だろ……?」

 

「残念、ホント。──墓地の【儀水鏡】をデッキに戻し、【ガストクラーケ】を回収。【シャドウ・リチュア】の効果で【儀水鏡】を手札に加え、再び【サルベージ】を発動!」

 

 再度手札を増やして儀式召喚の準備を進める昴を見て、取り巻きブルーは頭を抱える。

 その間も昴は着々とカードを回していき、手札に【テトラオーグル】と【リチュアの儀水鏡】が加わった。

 

「──【リチュアの儀水鏡】発動!舞い戻れ【イビリチュア・ガストクラーケ】!!」

 

 赤い髪をなびかせた【ガストクラーケ】の微笑みからは、「絶対に逃がさない」という意思すら感じる。

 

「【ガストクラーケ】の効果……は、さっき説明したとおりだ。止める手段は無いな?」

 

 先端に儀水鏡を付けた【ガストクラーケ】の杖がひと振りされると、取り巻きブルーの残る手札2枚が公開される。

 

 公開されたのは【死者蘇生】と、先程と同じ【闇魔界の戦士 ダークソード】。

 

「……【死者蘇生】をデッキに」

 

「あっ……!」

 

「バトルだ!【イビリチュア・ガストクラーケ】でダイレクトアタック!──イビル・テンタクルス!」

 

「うわぁっ──!」

 

【ガストクラーケ】の触手が一斉に襲い掛かり、取り巻きブルーのライフを奪う。

 

 

 取り巻き:LP4000→1600

 

 

「……メインフェイズ2。墓地の【儀水鏡】の効果で【マインドオーガス】を回収して、ターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×1

【イビリチュア・ガストクラーケ】 

 VS 

 取り巻き:LP1600 手札×1

 

 

「…僕の、ターン……」

 

 震える手でカードを引いた取り巻きブルーは、先程ピーピングされた【ダークソード】を召喚。絶望に満ちた顔でターンエンドを宣言した。

 

 

【闇魔界の戦士 ダークソード】

 ✩4 戦士族 ATK1800 DEF1500

 

 

 昴 :LP4000 手札×1

【イビリチュア・ガストクラーケ】 

 VS 

 取り巻き:LP1600 手札×2

【闇魔界の戦士 ダークソード】

 

 

「俺のターン。【リチュア・ビースト】を召喚して、効果で墓地の【リチュア・アビス】を特殊召喚。更にその効果で、デッキから【シャドウ・リチュア】を手札に加え、墓地に送って効果発動。【リチュアの儀水鏡】を手札に」

 

 流れるように次々とカードをサーチする昴の動きは淀みなく、あっという間に盤面と手札を整えた。

 

「──【リチュアの儀水鏡】発動。【ビースト】と【アビス】を生贄に、儀式召喚──【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 三度(みたび)現れた異形の少女は、その力で選別した【サルベージ】と【スフィア・ボム】をあるべき場所へと還していく。

 

「バトルフェイズ。【ガストクラーケ】で【ダークソード】を攻撃!──イビル・テンタクルス!」

 

 触手で手足を縛られ動きを封じられた漆黒の戦士は、異形の杖に貫かれ消滅する。

 

「くぅ……っ!」

 

 

 取り巻き:LP1600→1000

 

 

「これで終わりだ!【イビリチュア・マインドオーガス】でプレイヤーにダイレクトアタック!──ハイドロ・ガイスト!」

 

【マインドオーガス】の杖から大量の魂が解き放たれ、取り巻きブルーに襲いかかる。

 

「う…ぁ……うわああああああああ───っ!!」

 

 

 取り巻き:LP1000→0

 

 

 

 

 

 

 

「凄いや!昴君が勝った!」

 

 歓喜の声を上げる翔とは裏腹に、未だ十代とデュエルを続けている万丈目は憎々しげに口元を歪めている。

 

 

 十代 :LP1600 手札×1

【E・HERO スパークマン】

 伏せ×1

 VS

 万丈目:LP3600 手札×4

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

 伏せ×1

 

 

「ちっ…イエローに負けるとは情けない奴め。このドロップアウトボーイを叩きのめしたら、次はお前だ儀式使い!そこで大人しく待っていろ!」

 

「そう言うセリフは勝ってから言えよ。今お前の相手をしてるのは俺じゃないだろ」

 

「へへっ……その通りだぜ!」

 

「その空元気もいつまで保つかな?行け!【フレイム・ウィングマン】!──フレイム・シュート!」

 

 禍々しい姿に炎を纏わせた【フレイム・ウィングマン】が、同胞である【スパークマン】に攻撃を仕掛ける──!

 

「罠カード【異次元トンネル -ミラーゲート-】発動!」

 

【ミラーゲート】はモンスター同士の戦闘を行う時、互いのモンスターのコントロールを入れ替えるトラップ──これにより、十代のフィールドに【フレイム・ウィングマン】が舞い戻った。

 

「いけぇ!──スパークリング・ブレイカー!」

 

【フレイム・ウィングマン】と掴み合う【スパークマン】は、自らの電撃を逆流させられ破壊されてしまう。

 

「ぐぁ……っ!」

 

 

 万丈目:LP3600→3100

 

 

「──更に【フレイム・ウィングマン】の効果で、破壊した【スパークマン】の攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ!」

 

「がああああああぁぁぁ──っ!」

 

 

 万丈目:LP3100→1500

 

 

「流石アニキ!」

 

「これで十代が僅かにリード…このまま押し切れればいいんだが」

 

「クソっ…調子に乗るな、ドロップアウトのオシリス・レッドが!手札から魔法カード【ヘル・ブラスト】を発動!自分のモンスターが破壊されたターン、フィールド上のモンスター1体を破壊!その攻撃力の半分のダメージを相手に与える!」

 

 

 十代:LP1600→550

 

 

「【フレイム・ウィングマン】……っ!」

 

 互いにフィールドは更地。万丈目の場に伏せカードが1枚残るのみだ。

 

「更に罠カード【リビングデッドの呼び声】発動!墓地の【地獄戦士(ヘルソルジャー)】を特殊召喚。そして【地獄戦士】をリリースして、アドバンス召喚!【地獄将軍(ヘルジェネラル)・メフィスト】!!」

 

 

【地獄将軍・メフィスト】

 ✩5 悪魔族 ATK1800 DEF1700

 

 

「どう転んでも俺の勝ちだ!アンティルールでお前のベストカードを貰う!」

 

「そいつはどうかな?例えたった1%の運でも、俺はそいつに賭ける。俺のドローは奇跡を呼ぶぜ!俺のターン──ドロー!」

 

 引いたカードを確認した十代は、勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。

 

「(本当に引いたのか?逆転のカードを──)」

 

 その様子を固唾を飲んで見守る昴たちだったが…突如、明日香が廊下の方を振り返る。

 

「──ガードマンが来るわ!アンティルールは校則で禁止されてるし、時間外に施設を無断利用してるし…バレたら最悪退学よ!」

 

 彼女の言葉を裏付けるように、数人分の足音が反響して聞こえてきた。隠れようにもこの開けた場所では遮蔽物になるものが殆ど無い上に、この人数だ。やり過ごしてデュエルを続行するのはまず不可能だろう。

 

「や、ヤバイですよ万丈目さん!」

 

「ちっ……今日はここまでだ。俺の勝ちは預けておいてやる」

 

「ふざけんな!まだ勝負は決まってないだろ!」

 

「アニキ!このままじゃ見つかっちゃうよ~!」

 

 流石に退学にはなりたくない十代もここは逃げた方がいいというのは分かっているのだろう。だが消化不良で終わったデュエルに対する心残りが、彼の足をしつこくフィールドに縛り付けているようだった。

 

「ぐううう……嫌だ!俺はここを動かない~~~っ!」

 

「あーもう、ったく!行くぞ十代!」

 

 見かねた昴が十代を羽交い締めにして、翔と2人でフィールドから連れ出す。自分たちよりも学内の構造に詳しい明日香の先導もあって、ガードマンに出くわすことなく外に出ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

「──全く、世話の焼ける人ね」

 

「全くだ……」

 

 正門前までやってきた一行は、ようやく緊張感から解放される。

 

「ちぇっ……余計なことを」

 

「それで、2人共どうだった?オベリスク・ブルーの洗礼を受けた感想は?」

 

「正直、あそこからひっくり返される可能性もあっただろうな」

 

「え?でも昴君、今回もノーダメージで勝ったじゃない。そんなに謙遜しなくても……」

 

「謙遜じゃないさ。最後のターン──あいつが引いたカードによっては逆転負けも有り得たよ。モンスター1体出すだけで終わったのは運が良かった」

 

【ガストクラーケ】でピーピングハンデスできたのは2枚。強力な蘇生札である【死者蘇生】をハンデスできたのは良かったが、もしドローカードが【地割れ】だとか【ライトニング・ボルテックス】のような破壊系カードや、攻撃力を大幅にアップさせる装備魔法だった場合、【ガストクラーケ】を処理されてもっとデュエルは長引いていたはずだ。

 

 その上で勝てたかどうかは…正直断言しかねる。

 

「俺はまぁまぁかな!もう少しやるかと思ってたけどね」

 

「その自信はどこから来るのかしら…邪魔が入らなければ、今頃アンティルールで大事なカードを失うところだったんじゃないの?」

 

「いや──今のデュエル、俺の勝ちだったぜ!」

 

 そう言って十代が見せてきたのは、先程ドローしたカード──【死者蘇生】だった。

 

「そっか!これで【フレイム・ウィングマン】を特殊召喚して攻撃すれば!」

 

 戦闘ダメージとモンスター効果により、万丈目のライフを0に───

 

「──あー、残念ながらならないぞ。【死者蘇生】じゃ【フレイム・ウィングマン】を蘇生できない」

 

 遠慮がちな昴の言葉に、十代と翔、明日香までもが驚きの表情を浮かべる。

 

「何でだよ!?【死者蘇生】は墓地からモンスターを特殊召喚できるカードだぞ!」

 

「それは合ってるんだが、問題は蘇生対象の方だ。──ちょっとカード貸してくれ」

 

 十代から受け取った【フレイム・ウィングマン】のカードを見せながら、昴は解説を始める。

 

「ほら、テキストの上に【融合召喚でしか特殊召喚できない】ってあるだろ?これは言葉通り、【融合】でしか召喚できないんだ」

 

「んん……?つまりどういうことだよ?」

 

「……あっ!もしかして、()()()()()()()()()()()ってこと?」

 

 明日香の言う通りだ。

 通常召喚権を使わない融合召喚も、特殊召喚の1つであることは間違いない。しかし【フレイム・ウィングマン】はその特殊召喚の中でも、【融合】に類する効果による()()()()()()()フィールドに出すことができないのだ。

 

 つまり一度墓地に行ってしまうと、どうにかして墓地からEXデッキに戻して再召喚を狙うか、"墓地の融合モンスターを融合召喚する"というピンポイントな効果でもない限り再利用ができなくなってしまう。

 

 なまじ強力なモンスターだけに、大きな制限を抱えているのが【フレイム・ウィングマン】の欠点だろう。

 

「……じゃあ俺、あのままだと負けてたのか……?」

 

「そうとも限らないんだが……まあ、敗色濃厚だったかもな」

 

 一応、十代の墓地にいた【E・HERO クレイマン】を守備表示で蘇生しておけば、【メフィスト】の貫通ダメージもランデスも喰らわずに済んだのだが、その後のことは全くわからない。

 万丈目が装備魔法などで壁を踏み超えにかかるか、はたまた十代がまたも奇跡的なドローで逆転したのか……

 

「……ともあれ、今回はこれで良かったんじゃないか?万丈目とはまた戦う機会があるだろ。その時までとっておけばいいさ」

 

「むぅ……しょーがねぇ。今日はこの辺にしといてやるか。次戦う時は絶対に勝つ!」

 

「その意気だ。──今日はもう帰ろうぜ。頭使って疲れた……」

 

「そうね……それじゃあ、またね」

 

 別れの挨拶をしてから、各々の寮へ歩き出す。

 大まかな方向が同じ昴たち3人とは逆の方向に歩く明日香は、ふと振り返って昴の背中を見つめる。

 

「昴……あなたになら、頼めるかもしれないわね」

 

 とある決意を固めた明日香は、足早にブルー女子寮へ帰っていった。

 

 




リチュアのコンボ文章にするとくっっっそなげぇ件について。

まさかここまで大変だとは思ってませんでした…手札の回転が凄まじいんで枚数とか内容をちゃんと考えながら構成組み立てるの難しい……!

まあ自分で選んだデッキなんで、頑張って頑張る所存です。

感想・評価・お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!


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アカデミアの女帝

今回デュエル無しです。
代わりと言ってはなんですが、今回はあのキャラクターが登場します。


「──以上が、デュエルに於けるカードの分類になります」

 

「流石はオベリスク・ブルーのエリートナノーネ!シニョーラ明日香には易し過ぎましたーネン」

 

 デュエルアカデミアは"アカデミア"──つまり学校である以上、勿論授業がある。

 昴たち新入生のカリキュラムは、まずデュエルに関する超基本的なことの復習から始まった。

 座学を始めとする学内での授業は、ブルー・イエロー・レッドの寮の垣根を越えた合同で行われ、今は明日香が担当教師のクロノスから出題された質問に答えてみせたところだ。

 

「──それでーワ……シニョール加々美!儀式魔法と、ついでに儀式召喚についての説明をお願いしますーノ」

 

「あー、はい……」

 

 クロノスに指名された昴は、おもむろに立ち上がって回答文を頭から捻り出す。

 儀式に関する説明の模範解答など見たことがないし、そもそも【リチュア】を使うにあたって儀式召喚の仕組みを知った時も、「へーこんな感じかー」くらいにしか思っていなかった昴は、どう答えれば正解なのかが分からない。その結果、取り敢えず儀式に関する自分が知っていることを片っ端から言っていくことにした。

 

「えー…儀式召喚は、融合召喚とは違い、メインデッキ内で完結した特殊召喚法です。基本的には召喚したい儀式モンスターと、対応した儀式魔法、召喚の為の素材、これら3つの要素を手札に揃えることで、初めて召喚可能となります───」

 

 

 手順としては

 

 ①儀式魔法発動

 ②召喚したい儀式モンスターのレベルと同じになるよう、手札やフィールドからモンスターをリリースする。

 ③儀式モンスターをフィールドに特殊召喚

 

 というステップを踏む必要がある。

 

 特定のカードと素材モンスターが必要なところは融合召喚と似ているが、儀式召喚は融合召喚よりも要求されるパーツが1つ多いことから、融合以上に手札の消費が激しい召喚法として知られている。

 

 では融合の方が優秀なのかというと、そうではない。メリットは勿論ある。

 まず、儀式召喚の際に参照する要素は"レベル"であるため、特定のカード名を要求する融合モンスターと違い、素材の選択範囲がかなり広い。つまりレベルさえ揃ってしまえば、素材は何でもいいというわけだ。

 

 また、融合召喚には【沼地の魔神王】のような素材代替効果を持つサポートモンスターが存在するが、儀式召喚の場合は【儀式の供物】が持つ"1枚で召喚に必要なレベルを満たす"という効果がそれに当たる。その場合、召喚に必要な素材が1枚で済むため、手札を温存することができるのだ。これも先程の幅広い素材選択肢の中に組み込むことができる為、召喚難易度は融合よりもグッと下がる。

 

「反対にデメリットの話をすると──」

 

「ストップ、ストップ!そこまでで十分ナノーネ。流石、儀式デッキを使うシニョール加々美でスーノ」

 

 クロノスの制止で席に座らされる。

 そこで、自分が周囲の注目を集めていることに気がついた。

 

「(もしや…やってしまったか!?)」

 

 所謂"オタク特有の早口"的な……先生からの質問に教科書以上のことを答えてしまう的な。

 調子に乗ってるとか思われたりしないだろうか……「儀式召喚のことになるとめっちゃ饒舌になるよねー」とか変な印象持たれたら嫌だなと思いつつ、授業は終わりを迎えた。

 

 次の授業は体育。この学園ではデュエルのことばかりではなく、基本教科も軽くではあるが履修するらしい。数学では昴の苦手な確率論をやったり、国語では通常モンスターのテキストを使った文章の読み解きをしたり……大抵のことにデュエルを結びつけてくる辺りは、流石決闘者のための育成施設といったところか。

 

 更衣室に向かい、学校指定のジャージと運動用のシューズに着替える。

 とっとと着替えを済ませて体育館で授業開始を待っていると、同じく着替えを終えたらしい三沢が話しかけてきた。

 

「さっきの授業、驚いたよ。まさか昴があそこまで儀式召喚に精通していたとは」

 

「いや、別に勉強したとかそういうんじゃないんだが……」

 

「謙遜することはないさ。デュエルも知識も、負けていられないな」

 

「だから謙遜でもなくてだな……」

 

 何とか誤解を解こうとする昴を他所に、三沢は新たな話題を持ちかけた。

 

「──そうだ。儀式召喚と言えば、あの話は知っているか?」

 

「あの話?……って、どの話だ?」

 

「知らなかったとは意外だな。オベリスク・ブルーの"女帝"の事だ」

 

「女帝…?」

 

 三沢の話によると、中等部から上がってきた新入生の中に、相当なやり手の儀式使いがいるらしい。昴達と同じ1年生の女子生徒にも関わらず、男子をも寄せ付けない強さとその美貌から、いつしか付いた渾名が"女帝"なのだとか。

 

「でも何で"女帝"なんだ?普通そこは"女王"とかだろ」

 

「ブルーの女王は既にいるだろ?天上院明日香──件の"女帝"は彼女と2人でオベリスクの双璧とすら呼ばれているらしい」

 

「よくもまあそんなにポンポンと渾名がつくな……」

 

 "女帝"と"女王"に続いて"双璧"ときた。もう"神"とか呼ばれてる者が出てきても驚かない自信がある。

 

「それで、その儀式使いの"女帝"なんだが──っと、そろそろ授業が始まるみたいだな」

 

 変なところで話を切り上げられると、例え興味がない事柄であってもそれとなく知りたくなってしまうのが人の(さが)というもの。

 三沢にその気があったのかは定かでないが、授業中、頭の中のどこかしらに必ず"女帝"の2文字がちらつく程度には、昴の興味を惹いていた。

 

 

 

 

 

 

「──いたいた。昴、ちょっといいかしら?」

 

「あ、女帝……」

 

「誰が女帝よ!──でも、知ってるなら話が早いわ。あなたに頼みがあるのよ、その"女帝"のことでね」

 

「………?」

 

「ここじゃなんだし、場所を移しましょうか」

 

 その日最後の授業だった体育の終わりに、明日香に連れられて教室へ来た。

 

「…で、頼みってのは?」

 

「──あなたに、デュエルをしてもらいたい子がいるのよ」

 

「……まさか、それが例の"女帝"か?」

 

 もしやと思ったが、どうやら当たりだったらしい。明日香の話によると──

 

 中等部からの同級生であるその女子生徒は容姿端麗・成績優秀で、将来は女優になることを期待されており、おまけに当時から高いデュエルの実力を持っていた。それだけあって異性同性を問わず告白されることも多かったのだとか。

 しかし彼女は「自分より弱い相手と付き合うつもりはない」と、告白してきた相手を片っ端からデュエルで負かし続けた。

 中には彼女と同じ儀式召喚を使ってデュエルを挑んだ者もいたが、実力差は歴然──敢え無く敗北。しかし従来とは反応が少し違ったという情報が広まり、以降彼女に恋慕の想いを抱く者は、告白デュエルの際にこぞって儀式召喚を使い始めたらしい。

 

 これまで数多くの決闘者が彼女に挑んだが、付け焼刃同然の戦い方では歯が立たず、依然として勝利できた者はいない。

 

「──要するに、俺にその"女帝"を倒せ、と?」

 

「そうよ」

 

 何でも、彼女は「自分を満足させる相手がいないなら学園を辞めて女優の夢に専念する」とまで言い出したらしいのだ。明日香はそれを阻止すべく、こうして昴に声をかけた。

 

「無理に学園に縛り付ける必要もないだろうに。本人が辞めたがってるなら尚更だ」

 

「それは、そうなのだけど……でも、前にあの子がデュエルしてるのを見た時、すごく楽しそうにしてたのよ。だからきっと、デュエルが嫌いになった訳ではないと思うの」

 

 勝ち過ぎたが故に飽きがきた…といったところだろうか。つまり、昴がその"女帝"を打ち負かすことで、彼女の乾きを癒すことができれば、明日香の目的は達せられることになる。

 

「取り敢えず、お前の言いたいことは分かった。けど何故俺だ?ブルーには上級生も含めて強い奴がいるだろうし、それこそお前が相手すれば良いんじゃないのか?」

 

「それじゃあダメなのよ……元々掴み所のない子だから詳しいことは私にも分からないけど、あの子をただ倒すだけじゃダメみたいなの」

 

 歯切れの悪くなった明日香を訝しげに見つめる昴だったが、ここは渋々納得する。

 

「……分かった。とにかくやるだけやってみる。でも望んだ結果になるかは保証できないぞ」

 

「ありがとう。それで十分だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、夜──デュエルディスクを持ってイエロー寮を出た昴は、ブルーの女子寮へと向かっていた。

 

 本来なら男子禁制の場所なのだが、明日香直々の頼みとあって、今回は特例として入ることを許される…らしい。とはいえ通行証的な何かを渡されているでもなし、普通に入っていったら事情を知らない女子生徒に痴漢だのなんだので袋叩きにされる可能性も大いにあるのだが。

 

「(その時は天上院に責任とってもらおう。うん)」

 

 女子寮へ行くにはボートを使って湖畔を渡る必要があり、慣れないオールを漕ぎながら何とか到着した。

 以前万丈目に呼び出された時の教訓で時間に余裕を持って出たのだが、今度は逆に早く着き過ぎてしまったようだ。寮の入口で待っているはずの明日香の姿がない。

 

 何気に初めて訪れるブルーの寮を見上げると、他の寮とは大違いだ。イエロー寮も十分立派な建物だと思っていたが、アカデミアのエリートが揃うブルーはその比ではない。一学園にこんな施設があっていいのかと思うほどの豪邸だった。

 

 呆気にとられて周囲を見回していると、視界に謎の人影が映り込む。学園の生徒ならば制服の色でどこの者かわかるはずだが、チラと見た限りはどの色でもない──真っ黒な装いだった。

 

「まさか…よからぬことを考える輩じゃあるまいな?」

 

 ここはデュエルアカデミアの女子生徒が全員集まる──言わば島の紅一点だ。野郎連中との共同生活で欲望を膨らませた不埒者がここに忍び込んでくる可能性がゼロとは限らない。

 

 昴は意を決し、人影が向かった方向──女子寮の裏手へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「(にしても、わざわざ危険を冒してまで忍び込むとは命知らずな奴もいたもんだ)」

 

 そう言いながら、昴も昴で隠れて周囲を伺うという完全なる不審者ムーブをかましてしまう。

 弁明しておくと、一応大義名分があるとはいえ、あまり人目につくのは宜しくないだろう。無用な接触は避けて事を済ませられれば、それに越したことはない。という真っ当な理由からくる行動だ。

 

 茂みの中から慎重に周囲の様子を伺う昴の耳に、楽しげな声が聞こえてきた。

 

 

 ──「明日香さんたらスタイル抜群で羨ましいですわ」「そんなに見ないでよ。恥ずかしいわ」「ももえこそ、また胸大きくなったんじゃない?」「やだ、ジュンコさんたらどこ触ってますの~!」──

 

 

「(……え、なにこの会話。それに……水音?)」

 

 キャッキャしたやり取りに被って、大量の水が流れ落ちる音が聞こえる。今しがたの会話の内容と、この水音、そして目の前の建物から立ち上る白い湯気。

 

 これらの情報から導き出される答えは───

 

「まさか……女子風呂!?」

 

 思わず声を出してしまい、ハッと口を押さえる。……誰かに気づかれてはいないようだ。

 

「(まずい…この状況は非常にまずいぞ!)」

 

 これでは忍び込んだ不審者を取り押さえるために来た昴の方が不審者扱いされてしまう。冤罪だということを証明しようにも、その為の材料がそもそも見つかっていない。

 

 

 ──「ナーンデーストー!?」──

 

 

 この場を離れるべきか迷っていると、甲高いどこか聞き覚えのある声が耳に入る。侵入者のものだろうか。

 これはチャンスだ。ここで奴を取り押さえることができれば、少なくとも昴が痴漢容疑をかけられる可能性はグッと下がる。

 

「覚悟しろ……!」

 

 昴が茂みから飛び出そうとした瞬間──

 

 

「キャーッ!覗きよ!!」

 

 

「げっ──!?」

 

 バッドタイミングで今度は正真正銘、女子の悲鳴が響き渡る。覗きが出たという情報は瞬く間に伝播していき、建物の中からわらわらと部屋着の女子生徒たちが駆けつけてきた。

 昴の隠れている茂みに向かって来た女子たちだったが、予想外にも彼女たちはその横を通り過ぎていく。

 

 恐る恐る茂みから顔を覗かせて後ろを見ると、大勢の女子生徒に取り押さえられている誰かが居るようだ。人の隙間から見える制服の色は……赤。一緒に水色の髪も見えた。

 

「(レッドで水色の髪ってーと……翔!?)」

 

 驚愕に見舞われた昴は開いた口が塞がらない。なにせあの翔だ。気弱で十代のことをアニキと慕っているあの翔が、まさか覗き行為に及ぶとは誰が予想し得ただろうか。

 

 もう一度、見間違いではないか確認するために顔を出すと………

 

 

「……あなた、こんなところで何してるのかしら?」

 

 

 不意に、ものすごく聞き覚えのある声が背後から聞こえる。

 その正体が誰なのかを半ば察しつつ、ゆっくり振り返った先には、2人の女子生徒を引き連れたオベリスク・ブルーの女王、天上院明日香様が腕を組んでこちらを見下ろしていた。

 

「覗きが出たって聞いて来てみれば……まさか、あなたもそうじゃないでしょうね?」

 

「お、俺は違う!早く着きすぎたから寮の前で待ってようと思ったんだが、こっちに怪しい人影が見えてだな……」

 

「──明日香さん!この方、ラー・イエローの加々美さんですわよね!?素敵な殿方ランキングで三沢さんと同率ツートップの!」

 

 やや興奮気味に口を挟んできたのは、明日香の後ろにいる女子生徒の片割れ──黒髪の女子だ。

 

「殿方ランキング……?なんd─「あのっ!」っは、はい!?」

 

「私、オベリスク・ブルーの浜口ももえと申します。どうぞお見知りおき下さい」

 

「あ、ああ……よろしく」

 

 明日香達を押し退けて進み出たももえは、両手で昴の手を取って胸の前で握り締める。

 その目はキラキラ輝いており、心なしか物理的な距離もどんどん近づいてきている気がする。

 

「ちょ、ちょっとももえ!少し離れなさい」

 

「ああん……明日香さんズルいですわ、羨ましいですわ~!私たちより先に加々美さんと仲良くされてたなんて!」

 

「別にあなたが想像してるような関係じゃないわよ……彼は私が呼んだの。まさかこんな所にいるとは思わなかったけどね……?」

 

「俺は無実だ……信じてくれ……」

 

「はぁ……別に疑ってないわよ。覗き(こっち)はこっちで何とかしておくわ。ついて来て、案内するから」

 

「ねぇ~!僕と昴君でどうしてこんなに扱いが違うのさ~!?」

 

「翔……何があったかは知らないが、覗きは止めとくべきだったな」

 

「だから僕は覗きじゃないってば~~~っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ天上院。翔のことなんだが……」

 

「明日香でいいわよ。お互いそこまで他人じゃないんだし──翔くんのことだけど、あんな事をした理由は聞くだけ聞くつもりよ。それが納得できるものなら見逃すわ」

 

 逆に言えば、彼女たちを納得させられるほどの深刻な理由でもなければ翔は有罪(ギルティ)ということだ。せめて情状酌量の余地がある犯行理由であることを祈り、昴は明日香について行く。

 

 流石に寮の中へ入れるわけには行かず、明日香は昴を入口に待たせて件の"女帝"を呼びに行った。

 1人残された昴は、デュエルディスクから引き抜いたデッキを見つめる。

 

「強き者の悩みか……勝ちに拘って環境デッキばかり使ってた奴も、そんな気持ちだったのかもな」

 

 飽くなき勝利への渇望──環境が切り替わる度に使うデッキを変え、そして自分と全く同じデッキを相手にする。向こうの決闘者達も、"女帝"と同じような気持ちになったりしたのだろうか。

 

 大会に於ける環境デッキは往々にして展開パターンが一定になりがちだ。場面場面で柔軟に動くタイプのデッキであっても、最適解を突き詰める以上は誰もがその(ルート)を利用する。

 かつて、高すぎる汎用性故にあらゆるデッキを侵食したテーマがあった。そいつらを大会で相手して、尚且つ勝つためには、自身のデッキもまた侵食を受ける必要があった。

 

 勝つ為だけに自分の好きなデッキに異物を紛れ込ませるのが嫌だった昴は、次第に大会には参加しなくなっていったのだが、もう会うことが無いであろうあの顔馴染みたちは、どう思っていたのだろうか。

 

「"好き"と"強い"のどっちを取るか……昔の俺に聞いたら、どう答えるんだろうな」

 

 いや、答えは分かりきっている。きっとあの頃の昴なら───

 

 

 

「──私を潤してくれるというのは、あなた?」

 

 

 

 振り向くと、そこには初めて見る女子生徒の姿があった。

 藤色の髪をツインテールに結わえ、こちらをまっすぐ見据える赤いツリ目からはどこか無気力な印象を受ける。それでいて、立っているだけで妖艶な雰囲気を漂わせていた。

 

「お前がオベリスク・ブルーの"女帝"か?」

 

「フフッ……そうね、そう呼ぶ人もいるわ。本当は藤原雪乃(ふじわらゆきの)という名前があるのだけど」

 

「……なら藤原、俺はお前とデュエルしに来た。受けてくれるか?」

 

「これまで坊やみたいな子が何人も私に挑んできたけど……全員期待外れだったわ。坊やは違うのかしら?」

 

「さてね……正直期待に添えるか、やってみないことには。──けど、やるからには今出せる全力を尽くすさ」

 

「そう……なら精々頑張りなさい、坊や。これが最後かもしれない──私のデュエルをね」

 

 そう言ってデュエルディスクを構えるも、彼女の目には未だ火が灯っていないようだ。

 どうやら明日香の言うとおり、デュエルに対する熱が燃え尽きかけているらしい。最後というのも冗談半分ではないだろう。

 

 昴が彼女の心に火をつけるための着火剤となるかどうか……その答えは、デュエルを終えた先にのみある。

 

「行くぞ───!」

 

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 




どうやら本作がルーキーランキングに載っていたようです。
ユーザーさんに言われるまで全く気づきませんでした(だって通知もなにも来ないんだもん)
ランキングとか自分には無縁なものだと思っていましたが、予想以上に多くの方々に読んで頂けているようで…ありがとうございます。

さて、今回の話で登場しました。TFシリーズのキャラクターゆきのんこと藤原雪乃。
皆さんご存知、4~6にかけてとんでもないキャラチェンジ(?)を果たした女の子ですね。TFの人気キャラ筆頭です。

えーそして、GXの話の流れ的に「次は昴と明日香のデュエルか!?」と期待していた方がいらっしゃいましたら、裏切ってしまい申し訳ないっす……。


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異形と女神

 デュエルアカデミア、オベリスク・ブルー女子寮──表向きには女子風呂を覗いた不埒者が出た!と、ちょっとした騒ぎになっているが、その裏では、2人の決闘者によるデュエルが行われていた……

 

 

「先攻は俺だ──ドロー!……モンスターをセット、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

 昴:LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 VS

 雪乃:LP4000 手札×5

 

 

「私のターン、ドロー……手札から【マンジュ・ゴッド】を召喚するわ」

 

 雪乃の前に現れたのは、夥しい数の腕を持つ仏像。長らく儀式デッキにおける万能サーチャーとして重宝されてきたモンスターだ。

 

 

【マンジュ・ゴッド】

 ✩4 天使族 ATK1400 DEF1000

 

 

「召喚成功時、【マンジュ・ゴッド】の効果でデッキから【高等儀式術】を手札に──カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 

 昴:LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 VS

 雪乃:LP4000 手札×5

【マンジュ・ゴッド】

 伏せ×1

 

 

「(動いてこない…儀式体を引き込めて無いのか……?)俺のターン、ドロー」

 

 雪乃が手札に加えた【高等儀式術】は、条件こそあるものの儀式のネックである手札消費を抑えて召喚を行えるという強力な儀式魔法だ。それを使ってこなかったのは、単純に儀式モンスターが手札にいないか、もしくは昴の伏せカードを警戒しているかのどっちかなのだが……

 

「俺はセットしていた【リチュア・エリアル】を反転召喚。リバース効果で、デッキから【シャドウ・リチュア】を手札に加える」

 

 

【リチュア・エリアル】

 ✩4 魔法使い族 ATK1000 DEF1800

 

 

 姿を現したとんがり帽子の少女が杖をひと振りし、新たな同胞を昴の手札に呼び寄せる。

 

「手札から【シャドウ・リチュア】を墓地に送って、効果発動。デッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加える。続けて【ヴィジョン・リチュア】の効果、同じく墓地に送って、デッキの【リチュア】儀式モンスターを手札に」

 

 昴が手札に加えた【儀水鏡】と【ガストクラーケ】見て、雪乃は小さな反応を見せる。

 

「ふぅん……坊や、儀式使いなのね。それもこれまでとは違う、本物の……」

 

 どうやら微かにではあるが、図らずも彼女の興味を引くことには成功したようだ。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【マインドオーガス】を墓地に送り、儀式召喚!──現れろ、【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ✩6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

 儀水鏡の輝きより現れ出たのは、赤い髪の少女の下半身に烏賊を結合させた異形の存在。

【ガストクラーケ】が杖を振りかざすと、先端に取り付けられた儀水鏡から、雪乃の手札に光が照射される。

 

「【ガストクラーケ】は儀式召喚成功時、相手の手札を2枚確認して、そのうち1枚をデッキに戻すことができる。対象は右側の2枚だ」

 

 鏡から放たれた光が雪乃の手札を2枚捉え、その正体を暴き出す。

 露わになったのは【ソニックバード】と【デーモンの斧】──前者は儀式魔法のサーチ効果を持っており、後者は言わずと知れた攻撃力アップの装備魔法だ。

 

「あらあら…乙女の秘密を覗き見るなんて、イケナイ子ね」

 

「…【ソニックバード】をデッキに戻してもらう」

 

 クスクスと意地悪に笑う雪乃は、ピーピングハンデスをものともしていない様子だ。

 

「けれど、代償は高くつくわよ?──罠発動【狡猾な落とし穴】。これで【ガストクラーケ】とはさよならね」

 

「そうはさせない──!こっちも罠発動【儀水鏡の反魂術】!【ガストクラーケ】をデッキに戻し、墓地の【リチュア】を2体手札に戻す」

 

 3つの効果でチェーンが組まれ、昴の【反魂術】から処理がなされていく。

【狡猾な落とし穴】は【ガストクラーケ】を逃したが、【エリアル】を飲み込んでしまう、そして雪乃の手札が1枚デッキに戻された。

 

「残念。落とし損ねちゃったわね……それで?もう終わりかしら?」

 

「まさか。墓地の【儀水鏡】の効果発動、自身をデッキに戻して、墓地から【マインドオーガス】を回収する。もう一度【シャドウ】と【ヴィジョン】の効果発動!デッキから【儀水鏡】と【ガストクラーケ】を手札に加える。再び【リチュアの儀水鏡】を発動!」

 

 先程と同じように儀式召喚された【ガストクラーケ】により、さらにもう1枚、雪乃の手札が削られることに。

 

「次は左端の2枚だ」

 

 公開された手札は儀式モンスターをサーチする【センジュ・ゴッド】と、バーンかライフ回復のどちらか選んで効果を使える【ご隠居の猛毒薬】の2枚。

 

「一度だけじゃ満足できないのね。いたいけな少女の全てを覗き見ようだなんて…フフッ、案外欲望に忠実だったりするのかしら?」

 

「一々変な言い回しをするのは止めてくれ……戻すのは【センジュ・ゴッド】だ」

 

 5枚あった雪乃の手札はこれで残り3枚。できればもう1~2枚くらい抜いておきたいところだが、今の昴の手札ではこれが限界だ。

 

「【リチュア・チェイン】を通常召喚。効果でデッキトップを3枚確認して、その中に儀式魔法か儀式モンスターがあれば手札に加えられるが……このまま何もせず、好きな順番でデッキの上に戻す──バトルだ!【リチュア・チェイン】で【マンジュ・ゴッド】を攻撃!」

 

 

【リチュア・チェイン】

 ✩4 海竜族 ATK1800 DEF1000

 

 

【チェイン】が投擲した鎖により仏像はギリギリと縛り上げられ、やがて砕け散る。

 

「っん……!」

 

 

 雪乃:LP4000→3600

 

 

「続け【ガストクラーケ】!──イビル・テンタクルス!」

 

 雪乃の元へ殺到した烏賊の触手が叩きつけられ、直接雪乃のライフを削りにかかる。

 

「あん……ッ!」

 

 

 雪乃:LP3500→1200

 

 

 妙に扇情的な声でダメージを受けた雪乃が顔を上げると、端正な顔にはこれまでとは違う──妖艶な雰囲気はそのままに、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「フフフ……本当にイケナイ子。私を困らせないで?こんな攻撃受けたら…私もつい、熱くなってしまうわ……!」

 

 昴を真っ直ぐに見据える赤い双眸は、獲物を狙う狩人…いや、どちらかというと女豹を思わせる。

 妖艶さの中でも圧倒的な存在感を放つプレッシャーに、昴は思わず身構えてしまう。

 

「空気が変わった……」

 

 先程発動した【リチュア・チェイン】の効果はトップを確認して戻すのが強制、その中のカードをサーチするのは任意効果だ。

 結果から言えばハズレ。儀式魔法もモンスターもいなかったが、言葉回しで「無かった」ではなく「敢えて何もしない」という風に匂わせておいた、しかもカードを加えない場合は捲ったカードを公開する必要もないため、相当な実力者と謳われる雪乃ならばデッキに戻したカードに何かあるのではと勘繰ってくれる可能性はある。

 

 負けの濃い賭けとはいえ、少しくらい警戒してくれるといいのだが。

 

「(盤外戦術には盤外戦術…って程でもないが、何かしらのアクション起こしてくれよ…)──墓地の【儀水鏡】の効果で【マインドオーガス】を回収。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 1番手札から抜いておきたかった【高等儀式術】で出してくるモンスターは一体何なのか。それによって、昴が取る選択も変わってくる。

 

 

 昴:LP4000 手札×2

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・チェイン】

 伏せ×1

 VS

 雪乃:LP1100 手札×3

 

 

「いいわ…この感じ久しぶり……!明日香の話を聞いたときはどうせいつもと同じだとばかり思っていたから、全力のデッキじゃないのが残念だけれど…それでも──少しだけ本気、出したくなっちゃったわ」

 

「…お前、いつからだ──」

 

「何の事かしら?」

 

「いつからデッキを変えていた?まさかこのデュエルが初めてじゃないだろ」

 

「そうね……私に告白してくる男子たちが10人を超えたあたりだったかしら。それがどうかした?」

 

 ドローフェイズでカードを引きながら、なに食わぬ顔で答えた雪乃を昴は努めて冷静に諌めようとする。

 

「確かにお前にとっては退屈なデュエルだったかもしれない。それでも、向こうは一世一代の覚悟で告白してきてたんだ。お前はその想いに全力で向き合わなきゃいけないんじゃないのか」

 

「明日香から聞いてないのかしら?私は強い男が好きなの。でもあの子達は全員、全力の私には勝てなかった……途中からデッキを弱体化させたのは、ハードルを下げてあげたつもりだったのだけど?」

 

 雪乃からしてみれば、手加減をした自分にすら勝てないようでは論外だと言いたいのだろう。しかし当初本気のデッキと戦ったという10人前後の男子たちはともかく、その後に続いた者たちがそれを聞いたらどう思うだろうか?

 

 為人も知らない内から舐めて掛かられていたのだから、当然いい気持ちはしないだろう。

 例えそれでデュエルには勝てたとしても、それは自らの力で勝ち取ったのではなく、雪乃によって与えられた勝利に過ぎない。

 

 真実を知れば、男としてのプライドが大いに傷つけられるのは間違いない。

 

「……分かった。そういうことなら、お望み通り倒してやるよ。後で負け惜しみ言うなよ──!」

 

「あなたも熱が入ってきたみたいね…いいわ、私の攻撃を受け止めてご覧なさい。──儀式魔法【高等儀式術】を発動。デッキからレベル4の【デュナミス・ヴァルキリア】を2体墓地に送って、儀式召喚を行うわ──」

 

 両者の間に古びた祭壇が出現し、2体のモンスターの命が捧げられる。すると祭壇から青白い光が放たれ、視界を白く染め上げた。

 

 

「──おいでなさい、【破滅の女神 ルイン】!」

 

 

 光の中から現れたのは、赤いドレスを身に纏った貴婦人。視る者全てに畏怖の念を与える美しくも鋭い瞳は、どこか雪乃と似通っている。

 

 

【破滅の女神 ルイン】

 ✩8 天使族 儀式 ATK2300 DEF2000

 

 

「さらに装備魔法【デーモンの斧】を発動。【ルイン】の攻撃力を1000ポイントアップさせるわ」

 

 これで攻撃力は3300──昴のモンスターの攻撃力を大きく上回った。

 

「踊りましょう…激しく、ね──バトル、【ルイン】で【ガストクラーケ】を攻撃するわ」

 

 ルインが手に持った斧を振りかぶり、【ガストクラーケ】に襲いかかる。

 最初こそ応戦していた【ガストクラーケ】だったが、やがて身体を深々と割断され、その身を消滅させてしまう。

 

 

 昴:LP 4000→3100

 

 

「【ルイン】の効果発動、相手モンスターを戦闘で破壊した場合、続けてもう一度攻撃できる」

 

「くっ……!」

 

「フフッ。そんな顔しなくても大丈夫、痛いのは最初だけ……もう一度【ルイン】で攻撃よ。【リチュア・チェイン】にお相手願おうかしら」

 

 またも振るわれた不気味な斧の前に昴のモンスターが破壊され、フィールドが更地になる。

 

 

 昴:LP3100→1600

 

 

「更に手札から速攻魔法【ご隠居の猛毒薬】を発動。もう少しだけ頂くわね」

 

【ご隠居の猛毒薬】の効果により、昴のライフが更に800減少。あっという間にLPでも逆転されてしまった。

 

 

「はい、坊やのターンよ。ここから私を倒せるかしら……?」

 

 

 昴:LP800 手札×1

 伏せ×1

 VS

 雪乃:LP1100 手札×0

【破滅の女神 ルイン】+【デーモンの斧】

 

 

 状況はハッキリ言って劣勢だ。打開の糸口が見えていたこれまでのデュエルとは違う。

 装備魔法によって強化された【ルイン】の攻撃力3300──あれを越える方法は、結論から言えばある。

 だがその為には引かねばならない……デッキに1枚だけ(ピン差し)のあのカードを。

 

 現在昴の手札・フィールド・墓地にあるカードは合計8枚。逆算して、デッキの残数は残り32枚。

 その中からたった1枚のカードを次のドローで引き込まなければ、十中八九昴は敗北する。運良く生き延びれたとしても1ターンが関の山だろう。

 

「(くそ…ここに来て循環系コンボの欠点が…)」

 

 かつて昴が使っていたコンボデッキの代表格は、この【リチュア】の他に【インフェルニティ】がある。

 どちらも同じ、カードを高速回転させる所謂ソリティアデッキだが、今昴が使っているタイプの【リチュア】と比較した場合、前者と後者では小さな──しかし決定的な違いがある。

 

【インフェルニティ】は手札を0枚にして墓地を肥やし、リソースを増やしながら展開していくのだが、今の構築の【リチュア】では1ターン中にデッキから供給できる展開札が無いに等しい。だから少ないカードを循環させてコンボを繋いでいく必要がある。

 

 つまるところ、デッキの圧縮ができないのだ。ドローカードも入っているには入っているが、このドローで引いてしまうとぶっちゃけ逆に詰みかねない。目的のカードをピンポイントで狙わなければ……

 

「どうしたのかしら?あれだけの啖呵を切っておいて、まさか負けを認めるなんて無様な真似はしないでしょう?私にあなたの男を──強さを見せて」

 

 雪乃に促されるがまま、昴の右手がデッキに触れる。

 

 ここで負ければ、彼女はデュエルアカデミアを去る……つまり、もう二度と藤原雪乃とデュエルができないということだ。

 

 

 それは即ち──

 

 

「──勝ち逃げされるってことじゃねぇか……」

 

 デッキに触れた手が、指先が、次第に熱を帯びていくように感じる。前世じゃまず感じなかった感覚だ。

 

 後になって、昴はこの現象をこう解釈している。

 

 

 ──デッキが応えてくれた。と──

 

 

「俺の…ターン───ッ!」

 

 

 気合と共に引いたカードが何なのか、確認する必要はない。代わりに昴の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「墓地の【リチュアの儀水鏡】の効果発動!このカードをデッキに戻し、墓地から【マインドオーガス】を回収。続けて罠カード【儀水鏡の瞑想術】を発動!手札の【リチュアの儀水鏡】を公開し、墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を手札に回収。【シャドウ】と【ヴィジョン】の効果で、デッキから【リチュアの儀水鏡】と【テトラオーグル】を手札に──!」

 

「いいわ…ゾクゾクする……!そうよ、この感じだわ……!」

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ガストクラーケ】を墓地に送り、儀式召喚!」

 

 昴の頭上に現れた儀水鏡に魂が吸い込まれ、異形の力が産声を上げる。

 

「現れろ、【イビリチュア・テトラオーグル】!」

 

 儀水鏡より現れたのは、コートを纏った赤い髪の海竜。その身体に、バラバラになった白い正四面体が鎧のように装着されていく。

 

 

【イビリチュア・テトラオーグル】

 ✩6 水族 儀式 ATK2600 DEF2100

 

 

「【テトラオーグル】の効果発動!カードの種類を1つ宣言し、お互いのデッキから宣言した種類のカードを1枚墓地に送る。俺が宣言するのは魔法カード…これに対し、相手は手札を1枚捨てることで効果を無効にできるが──」

 

 今雪乃の手札は0枚、効果を止める術はない。

 

【テトラオーグル】の力で雪乃のデッキからは【大寒波】が、そして昴のデッキからは【リチュアの儀水鏡】が墓地に送られる。

 

「墓地に送られた【儀水鏡】をデッキに戻し、【ガストクラーケ】を手札に。そしてもう一度【リチュアの儀水鏡】を発動!手札の【ガストクラーケ】を生贄に──!」

 

 再び魂が捧げられた儀水鏡より光が放たれ、リチュアの紋章を浮かび上がらせる鏡面から異形の怪物が姿を現す──

 

「儀式召喚!【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

 フィールドに降り立った【マインドオーガス】は杖の先端にある儀水鏡を掲げ、互の墓地に眠るカードたちを呼び起こす。

 

「【マインドオーガス】の召喚成功時、互いの墓地から合計5枚までカードをデッキに戻す。──マインド・リサイクル!」

 

 この効果で昴は自分の墓地にある【儀水鏡の瞑想術】と【儀水鏡の反魂術】の2枚をデッキに戻した。

 

「あの状況から連続の儀式召喚…お見事ね。けれど、その子達には他に何ができるのかしら?攻撃力ならまだ【ルイン】の方が上よ」

 

「確かに【リチュア】の儀式モンスターたちは、各々できることが限られてる。だからこうするのさ──装備魔法【リチュアル・ウェポン】を【マインドオーガス】に装備!」

 

【マインドオーガス】の左腕に流麗な弓が装備され、攻撃力を1500アップさせる。

 この装備魔法はレベル6以下の儀式モンスターでしか装備できないという制約を持つ代わりに、1500ポイントという大幅な攻撃力アップの恩恵を齎すのだ。

 

「攻撃力4000……やっぱり、あなたが──」

 

「──バトルだ!【イビリチュア・マインドオーガス】で【破滅の女神 ルイン】を攻撃!──ハイドロ・ガイスト!」

 

 儀水鏡から発せられる力を込めた光の矢が、必殺の一撃となって破滅の女神を射貫く──!

 

 

 雪乃:LP1100→400

 

 

「とどめだ──【イビリチュア・テトラオーグル】!プレイヤーにダイレクトアタック!──カオス・ブラスト!」

 

 両肩の砲門から二条の閃光が放たれ、雪乃を飲み込んだ。

 

 

 雪乃:LP400→0

 

 

 光が収まり、デュエルの終了を告げるブザー音が鳴り響く。黙して佇む雪乃は、伏せていた瞳をゆっくりと開いた。

 

「決まりだな」

 

「ええ…私の負け──と言いたいところだけど、それは次に持ち越しね」

 

「えっ?何でだよ!?俺勝ったろ!」

 

「確かにこのデュエルでは負けたわ。でも言ったでしょう?本気のデッキじゃなかったのよ、私」

 

「なんだよそれ……って、さっき"次"って言ったか?じゃあ──」

 

 不意に、雪乃の細く白い指先が昴の口の動きを止めた。そのまま焦らすように指先を動かし、唇を艶めかしくなぞる。

 

「ウフッ、その程度の女心も分からないようじゃまだまだね。でも……久しぶりに楽しいデュエルだったわ。坊や──いえ、昴」

 

「え、なんで俺の名前……!?」

 

「野暮なことは聞かないものよ。──取り敢えず強さは及第点といった所かしら。あとは女心をもう少し理解できるよう調教すれば……」

 

 何やら最後に物騒なワードが聞こえた気がしたが、それも雪乃のとある行動で一気に吹き飛ぶ。

 

 

「これからも精進なさい。私の伴侶になるのだから、まだまだ学ぶべきことは沢山あるわよ」

 

 

 そう言って、雪乃は昴の口元から離した指先を自らの唇にそっと触れさせた。極めつけにウィンクを残して去っていく彼女の背中を見送る昴は、茫然自失として声も出ない。

 

 唯一、頭を駆け巡っていたのは、

 

 

「(い、今のって…か、かかかかかかか間接──!?)」

 

 

 という、彼女いない歴=年齢な年頃の男子学生にありがち(?)なパニックだった。

 




この話を書くにあたってTFのゆきのんボイスをめっちゃ聴きまくりました……
矯声とか書いたことないので上手く出来てますかね。

恐らく勘のいい方とか目聡い(失礼)は気づかれてるかもですが、今回のデュエル、無駄な行為が含まれてます。
最後のターンで昴が【テトラオーグル】を出してましたが、ぶっちゃけアレ出さなくても【ガスクラ】で事足りてました。わざわざ【テトラオーグル】を出したのは、単純にここらで出しとかないと永遠に出す機会無いんじゃないのと思ったからです。

……プシュケローネ?知らない子ですね。

しばらく更新が止まっていましたが、その間にもお気に入り登録や評価、感想を下さった方々、ありがとうございます。

次回更新を気長に待ってもらえればと思います。


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選ばれたのは、【モリンフェン】でした

長い腕とかぎづめが特徴の奇妙な姿をした悪魔


 以前も言ったと思うが、デュエルアカデミアは学校だ。

 デュエルの為の施設とはいえ、学校である以上は絶対に避けては通れない関門が存在する。

 

 

 そう……テストである。

 

 

「──月(いち)テストねぇ……授業じゃそんな難しいことやってなかったと思うけど、どんな内容が出るんだ?」

 

 とある日の朝、イエロー寮の食堂で朝食を取っていた昴は、向かいで単語帳を捲りながらサンドイッチを齧る三沢にそれとなく聞いてみる。

 

「それはその時になってみないと分からないさ。俺はどんな問題が来ても対応できるよう、昨日の内に要点を纏めておいたが、昴はどうだ?テスト勉強」

 

「一応教科書だけざっと読み返したけど、通常モンスターのフレーバーはいつまで経っても覚えられる気がしない……覚えてるの【青眼(ブルーアイズ)】と【真紅眼(レッドアイズ)】に【モリンフェン】だけだぞ?」

 

「その2体と並ぶのが何故【モリンフェン】なのか非常に気になるところだが…まぁ大丈夫さ。君ならブルーに上がりこそすれ、レッドに降格することはないだろうしね」

 

「……あそっか。この成績如何でブルーに行けるんだよな、俺」

 

 デュエルの世界は実力主義。このテストで平均を大きく落とすようなことがあれば、現在ブルーに所属する生徒でも一気にレッドへ転落する可能性がある。

 逆もまた然りで、レッドにいる生徒でもここでいい成績を残せば、一足飛びにブルーへ……は無理でも、イエローには昇格できるのだ。

 

 食堂でのやり取りで三沢からテスト範囲のヤマを聞けるかもと思っていたが、そう上手くはいかないものだ。

 

 ともあれ、昴のテストに対するモチベーションが少しだけ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「『高い攻撃力を誇る伝説のドラゴン。どんな相手でも粉砕する、その破壊力は計り知れない』──」

 

 筆記テスト開始2時間前──随分早い時間だが、教室では既に結構な数の生徒が必死に暗記を繰り返していた。窒息しそうな空気を嫌った昴は、新鮮な空気を求めて校舎の外でこれまたフレーバーテキストを呪文のように繰り返していた。

 

「『真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。』──『長い腕とかぎづめが特徴の奇妙な姿をした悪魔』……ダメだ。この3つが精一杯か」

 

 食堂を出る時に1つだけ、三沢が助言をくれた。

 曰く、通常モンスターのフレーバーは書き取りではなく、選択問題で出題される傾向が強いらしい。つまりはカードのイラストとセットで出題されるということだ。

 

 であれば、そのイラストから得た情報を選択肢と結びつけることで対抗できるかもしれない。片っ端から暗記をする必要はないのだ。

 とはいえ胡座をかいていては足元を掬われるのが世の定め。そうならないように、さっきの3枚のテキストをひたすら脳に刷り込んでいたところだ。

 

「──こんな所にいたのね、探したわ」

 

「ん?……あぁ、明日香。暫くぶりか?」

 

 昴の元へ現れたのは、そよ風に金髪を揺らした明日香だった。

 

「そんなに経ってないわよ。テスト勉強であまり顔を合わせなかっただけ」

 

「へぇ…やっぱりブルーでもちゃんと勉強するんだな」

 

「どういう意味よ?…どうせ万丈目君たちの事考えてたんでしょうけど、彼らも授業中は真面目だし、テスト期間中しっかり勉強してるのよ」

 

 思いっきり図星を突かれた昴は口篭もり、話題転換を図る。

 

「そういえば…探してたって何のことだ?」

 

 生憎明日香には胸の内を見透かされていたようだが、特に咎めるようなことはしてこない。実際そっちの用件の方が重要だったらしく、本題に入った。

 

「雪乃のことよ。この間はあなたたちを引き合わせて、その後は任せきりにしちゃったから…あの娘に勝ったんですってね?」

 

「ギリギリだったけどな……それに、彼女は本気じゃなかった」

 

「ええ…それも聞いた。私からも謝るわ、ごめんなさい。…でもね、あの娘凄く楽しそうな顔してたのよ。『次は本気で戦いたい』って──雪乃の心にもう一度火を点けてくれたのはあなたよ、昴。本当にありがとう」

 

「そんなに畏まらなくていいって……俺も途中からはただ彼女に勝ちたいと思って戦ってたし、運良く結果オーライに落ち着いただけだ」

 

 昴の脳裏に、雪乃とデュエルした後の記憶が蘇る──

 

 決着後の艶めかしくもどこか晴れやかな微笑み…昴の唇をゆっくりとなぞる白く細い指。

 

 そしてその指が雪乃の唇に──

 

 そこまで再生したところで、急に昴の顔が熱を帯び始める。自分では確認できないが、下手したら【キラートマト】並に赤くなっているのではないだろうか。

 

「……昴、どうしたの?なんだか顔が赤いわよ?」

 

「い、いやっ、大丈夫だ。気にするな」

 

「でも息も荒いし…熱でもあるんじゃ……」

 

 昴の額に、明日香の手がピタリと当てられる。初めて触れる同年代の女子の手というのは予想外に柔らかく、一瞬だけ冷静になった思考もすぐにぐちゃぐちゃになる。

 

「本当に、大丈夫だ。ほら、慣れない勉強したから…知恵熱が出たんだろ。顔でも洗ってスッキリすれば──」

 

 心の奥底では名残惜しく思いながらも明日香の手を払った昴は、いそいそと立ち上がってトイレに向かおうとするのだが……この時、昴は初めて女神だか妖精だかの悪戯というものを味わうことになる。

 

「テスト前で倒れられても困るし、途中まで私も一緒に行くわ」

 

 踏み出そうとした足の靴紐がいつの間にか解けており、そしてそれをもう片方の足で踏んでいることに気付かず………

 

 

「───えっ!?」

 

「ちょ、昴!?───きゃっ!!」

 

 

 盛大に足を縺れさせた昴は、そのまま前のめりに倒れていく。明日香は反射的に昴を支えようとしたが、年頃の男子学生の体重を支えるには姿勢がやや不安定で……

 

 

「「……………」」

 

 

 2人はそのまま倒れこみ──昴が咄嗟に身体を反転させたお陰で──気付けば、明日香が昴に覆い被さる形で密着状態になっていた。

 腕も足も地面に着いていない、完全な密着状態……昴の意思に反してどんどん鋭敏になっていく感覚は、明日香の体の柔らかさをこれでもかと伝えてくる。

 

 そして極めつけには……

 

「(前からスタイルいいとは思ってたが…まさか、こんな………っ!!!!!)」

 

 ブルーの制服に包まれた──年齢を考えればかなり発育のいい──明日香の豊満な胸が、昴の体とで挟まれて水風船のように形を変えていた。

 そういえば明日香に呼ばれて女子寮に向かった際に風呂場から聞こえた会話で、明日香の抜群のプロポーションについてももえが言及していた事を、昴の頭が頼んでもいないのに思い出させる。

 

 制服2枚を隔てているというのに、重力に従って押し付けられる2つの膨らみの感触が次第に思考を侵食していき、理性が危険アラートを鳴らす。このままではまずい、()()()()()まずい。

 

 

 ──と、ここまでの思考が時間にして約1秒弱で昴の脳裏を駆け巡っていることを知ってか知らずか、明日香は自分が昴を下敷きにしてしまっていることに気付き、すぐさま立ち上がる。

 

「ご、ごめんなさい!大丈夫!?」

 

「あ、ああ…そっちに怪我がないならそれで……」

 

 思考の侵食が止まった昴は足が覚束無いながらも立ち上がると、一目散にダッシュで男子トイレに向かう。

 そして水道の水をバッシャバッシャと顔面に叩きつけた。

 

「(煩悩退散悪霊退散心頭滅却プトレノヴァインフィニティサモサモキャットベルンベルン──!)」

 

 自分で言ってて訳のわからない呪文を出鱈目に念じながら(物理的に)頭を冷やす昴。暫くして口から出た第一声は

 

 

「………最低だ」

 

 

 という切ない一言だった。

 

 一方、1人残された明日香はというと……

 

 

 

「(い、今、私昴のこと……!)」

 

 明日香は客観的に見て、自分が昴の事を押し倒す形になっていた事実を認識する。

 事故なのだと頭では理解しているのだが、そうと飲み込めないのには理由があった。

 

「(昴の心臓、凄くドキドキしてた……それって私で、その…ドキドキしてくれた。ってことなのかしら……)」

 

 完全密着状態だったからこそ伝わった昴の鼓動……それが次第にどんどん激しくなっていくのを明日香は直接感じていた。

 

 元々明日香は色恋沙汰にはそこまで興味がない。雪乃と並んで女王・女帝等と呼ばれているが、そういった話が浮上するのは雪乃の方が断然多かった。

 そりゃあ勿論、小さい頃は白馬の王子様に出会いたいというメルヘンな夢を抱いたことはある。しかしそれも時が経つに連れて卒業したし、何よりデュエルに打ち込むようになってからはそれどころではなくなった。

 

 だから、自分の事を慕ってくれる者はいても、異性として魅力を感じる者がいるとは、思っていなかったのだが……。

 

「やだ、私ったら……」

 

 不意に、自分の体温が上がっていることに気付く。一度深呼吸してから、自分の胸にそっと手を重ねてみると、自らの心臓もまた、昴と同じようにトクン、トクンと早鐘を打っている。

 

「……流石に考えすぎ、よね」

 

 そう自分に言い聞かせ、校舎の中に戻る。そろそろ筆記テストの15分前だ。教室にいた方がいいだろう。

 

 道すがら、もう一度胸に手を当ててみる──胸の高鳴りは先程よりは落ち着いたようだが、それでもまだ、力強く拍動を続けていた。

 

「(…けど、もし叶うなら……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ぐぁ~~、終わったぁ」

 

 筆記テスト終了を告げるチャイムが鳴り響き、教室内の緊張が一気に解ける。

 これで肩の荷が1つ下りたと思った矢先に、周囲の生徒たちは我先にと教室から出て行ってしまう。

 

「起きろ2人共!試験はとっくに終わったぞ!」

 

 そう言って机に突っ伏して寝ている十代たちを起こしてるのは、今回も成績トップであろう三沢だ。

 

「三沢、何なんだ今の……トイレ争奪戦?」

 

「そうじゃない、皆購買に行ったんだ。今日の昼休みに新しいカードが大量入荷する予定になってるからな」

 

「ほう、新カード……」

 

「皆午後の実技試験に向けてデッキを補強しようと、血眼になってるんだよ」

 

「ままままじで!?うぁ~~っ!折角勉強した筆記は寝ちゃうし、新カードには出遅れるし、もうおしまいだぁ~~~!」

 

「泣くなよ翔…そんなことより、早く購買向かった方がいいんじゃないのか?完売するのも時間の問題だぞ」

 

「はっ!そうだよアニキ!早く行こ!」

 

 まだ寝ぼけ眼を擦る十代を引きずるようにして、翔は購買へと走っていった。教室には昴と三沢だけが残される。

 

「お前はいいのか?新カード」

 

「俺は今のデッキを信用してる。変に新しいカードを入れても、却ってバランスが悪くなるからね」

 

 三沢の言うことももっともだ。

 新カードは確かに魅力的だが、あの様子では恐らくラインナップが公開されていない。加えて入手方法は従来通りのパック開封なのだから、必ずしも使えるカードを引き当てられるわけではない。

 こと昴に至っては、九分九厘自分のデッキと全然噛み合わないカードが出てくるだろう。

 

「(この時に儀式で強いカードってーと…やっぱ【高等儀式術】か)」

 

 先日のデュエルで雪乃が使用していた儀式魔法は強力だが。残念ながら通常モンスターのいない【リチュア】には採用できない。

 

 よって今出来ることと言えば、デッキを手直しするくらいか。

 昴は一旦寮に戻り、自室でカードを広げた。

 

「今のままでも戦えてはいるが……どうすっかな」

 

 様々な戦闘スタイルを持つ【リチュア】の中で、現在昴が使っているのはコントロール寄りの構築になっている。今までは十分に戦えていたし、勝利も収めてきたが、この先ずっとこのままではいられないだろう。

 

 雪乃とのデュエルで彼女が使っていたのは【破滅の女神 ルイン】──であれば、その後ろに控えているのが何なのか、予想はつく。

 

 行く行くはそれを相手にしなければいけない以上、新しい戦力──具体的には儀式召喚後も場に残って効果を発動でき、アドバンテージを稼げる存在が必要だ。

 だがデッキタイプを完全に変えるにはカードが微妙に足りない。そういえば別のデッキに何枚か出張させていたのを思い出した。

 

 半端に混ぜて安定感を失うくらいなら、まだこのままで行こうかと思ったとき──

 

 

 ──大丈夫。僕達と、僕達が一緒に戦うマスターを信じて──

 

 

 と、謎の声が聞こえた。周囲を見回してみるも、当然誰もいない。部屋の中は昴1人だけ。

 

 だが今の声は不思議と胸に響いた。

 

「………やってみる価値はあるか」

 

 そう呟いて調整用カードのケースを開けた昴は、その中から数枚のカードを取り出すと、手早くデッキを組み替え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アーアー、マスカルポーネマスカルポーネ──それデワ、午後の実技テストを始めるノーネ!』

 

 クロノスのアナウンスで始まった実技テスト。体育館には新入生が勢揃いしており、各々緊張や不安に震えているようだ。

 

「よう昴!調子はどうだ?」

 

「十代…調子もなにも、いつも通りデュエルするだけだ。──そういや購買行ったんだろ?新カードは手に入ったか?」

 

「それが聞いてくれよ…なんかカード買い占めた奴がいたらしくてさ、俺と翔で1パックずつしか手に入んなかったんだ。──けど、俺のデッキはまた強くなったぜ!」

 

 パックの買い占め…前世なら大ブーイングしてやるところだったが、今回昴は関係ないのでスルー。だが十代も何かいいカードが手に入ったらしく、得意げな笑みを浮かべていた。

 

『早速始めますーノ。まずはブルーの生徒から。呼ばれた生徒はコートに下りて来るノーデス』

 

 1人、また1人とブルーの生徒が下りていくのを見送っていると……

 

『ドロッp──遊城十代、下りてくるノーネ!』

 

「えっ?なんで俺?──まぁいいや。行ってくる!」

 

「……クロノス教諭、また何か企んでるな」

 

 

 今回の実技テストは、基本的には同じ寮の生徒同士で戦う事になっているはずだ。人数の都合上ブルーとイエローの生徒が戦うことはあるかもしれないが、いきなりレッドの十代が呼ばれるのは明らかにおかしい。

 

 他の生徒も困惑する中、コートに出た十代の前に立っていたのは、不敵な笑みを浮かべた万丈目だった。

 

「何で俺が万丈目と!?」

 

「入試デュエルであれだけの成績を残したキミとオシリス・レッドの生徒では釣り合いが取れないーノデス。そこで、シニョール万丈目がキミの相手に相応しいと考えたーノデス」

 

 クロノスが持ちかけてきた条件は「ラー・イエローへの昇格」──筆記テスト全滅であろう十代を、実技の成績だけで昇格させようというのだ。

 

 明らかに何かを仕組んでいるのが透けて見えるが、そこはデュエルジャンキーの十代君。餌には微塵も興味がない様子で、挑戦を受けた。

 

「行くぜ万丈目──!」

 

「万丈目"さん"だ──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 十代 :LP4000 手札×5

 VS

 万丈目:LP4000 手札×5

 

 

「先行は俺だ!ドロー!……【E・HERO クレイマン】を守備表示で召喚!」

 

 

【E・HERO クレイマン】

 ✩4 戦士族 ATK800 DEF2000

 

 

 頑丈な粘土のボディを持つ屈強なヒーローが両腕をクロスさせ、十代を守るように現れる。

 

「ターンエンドだ」

 

 

 十代 :LP4000 手札×5

【E・HERO クレイマン】

 VS

 万丈目:LP4000 手札×5

 

 

「ッフフ……雑魚揃いのダメヒーローデッキめ、お前の脆さを見せてやる──俺のターン、ドロー!…俺は魔法カード【打ち出の小槌】発動!」

 

【打ち出の小槌】は、手札のカードを任意の枚数デッキに戻してシャッフル、その後戻した分と同じ枚数ドローする手札交換効果を持つカード。

 

 ただしアニメでは効果が微妙に異なり、手札だけではなく、発動した【打ち出の小槌】自身もデッキに戻る。その上、戻した【小槌】もドロー枚数にカウントされるというインチキ効果になっている。

 

 その効果で万丈目は計5枚の手札を交換。その中にあった【打ち出の小槌】を再度発動し、今度は2枚の手札を交換した。

 

 

「【打ち出の小槌】の効果もそうだが、引き直しで的確に次の【小槌】を引き当てる万丈目の引きも異常だな…3積しててもそうできることじゃないぞ」

 

 

「──いでよ【V-タイガー・ジェット】!攻撃表示で召喚!」

 

 

【V-タイガー・ジェット】

 ✩4 機械族 ATK1600 DEF1800

 

 

「更に永続魔法【前線基地】を発動!1ターンに1度、手札のレベル4以下のユニオンモンスターを1体特殊召喚できる!──来い!【W-ウィング・カタパルト】!」

 

 

【W-ウィング・カタパルト】

 ✩4 機械族 ユニオン ATK1300 DEF1500

 

 

 万丈目のフィールドに2体のモンスターが現れる。身構えた十代に、万丈目は更に畳み掛ける──!

 

「まだだ!フィールドの【V-タイガー・ジェット】と【W-ウィング・カタパルト】を融合合体!──この2枚をゲームから除外することで、EXデッキから【VW-タイガー・カタパルト】を合体召喚!」

 

 万丈目の手により、2体の戦闘機が変形合体──1体の大型モンスターへと姿を変えた。

 

 

【VW-タイガー・カタパルト】

 ✩6 機械族 融合 ATK2000 DEF2100

 

 

「融合モンスター…!【融合】を使ってないのに!」

 

「ククク…それが貴様の見ていた世界の狭さだ!【VW-タイガー・カタパルト】の効果発動!手札を1枚捨て、相手モンスター1体の表示形式を変更する!」

 

「なにっ──!?」

 

【クレイマン】の体が見えない力によって動かされ、無理矢理攻撃表示へと移行させられる。粘土の戦士が持つ攻撃力は僅か800…戦闘を行えばどうなるかは誰の目にも明らかだ。

 

「行くぜ十代!VW-タイガー・ミサイル発射!【クレイマン】を粉砕せよ──!」

 

 左右の砲門から大量のミサイルが発射され、クレイマンを爆炎で包み込んだ。守りでは強力なヒーローも、こうなっては為す術がない。

 

 

 十代:LP4000→2800

 

 

「カードを1枚伏せて、ターン終了」

 

 

 十代 :LP2800 手札×5

 VS

 万丈目:LP4000 手札×2

【VW-タイガー・カタパルト】

 魔法罠:【前線基地】

 伏せ×1

 

 

「なんの!まだデュエルは始まったばかりだぜ──!俺のターン!【E・HERO スパークマン】を守備表示で召喚!カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

【E・HERO スパークマン】

 ✩4 戦士族 ATK1600 DEF1400

 

 

 十代 :LP2800 手札×4

【E・HERO スパークマン】

 伏せ×1

 VS

 万丈目:LP4000 手札×2

【VW-タイガー・カタパルト】

 魔法罠:【前線基地】

 伏せ×1

 

 

「あれ、守備表示なんてアニキらしくない……」

 

 昴の横でデュエルを見守っていた翔がそう零す。

 

「攻撃力2000のモンスター相手ではああするしかない。逆転の手段があるとすれば融合召喚だが……恐らく、今十代の手札にはその為のパーツが揃っていないんだ」

 

 三沢の言うとおり、雷撃の戦士も今回ばかりは守りに徹するしかない。開幕での上級モンスター召喚は、それだけで戦況を大きくリードできるのだ。

 

「俺のターン、ドロー!【X-ヘッド・キャノン】を召喚!更に【前線基地】の効果で【Z-メタル・キャタピラー】を特殊召喚!」

 

 

【X-ヘッド・キャノン】

 ✩4 機械族 ATK1800 DEF1500

 

【Z-メタル・キャタピラー】

 ✩4 機械族 ユニオン ATK1500 DEF1300

 

 

「マズイ…XとZを出してきたということは──!」

 

「──リバースカードオープン!【リビングデッドの呼び声】!墓地から【Y-ドラゴン・ヘッド】を特殊召喚だ!」

 

 

【Y-ドラゴン・ヘッド】

 ✩4 機械族 ユニオン ATK1500 DEF1600

 

 

 赤いボディのドラゴン型メカが召喚されたことで、万丈目のフィールドにX・Y・Zの3体が揃った。

 

「XYZを合体させ──合体召喚!【XYZ-ドラゴン・キャノン】!!」

 

 

【XYZ-ドラゴン・キャノン】

 ✩8 機械族 融合 ATK2800 DEF2600

 

 

「攻撃力2000以上のモンスターが2体……!十代に勝ち目はないか……!?」

 

「それだけじゃない、まだ万丈目の展開は続くぞ…!」

 

「そんな!これ以上!?」

 

「これで終わりだと思うなよ!俺は【VW-タイガー・カタパルト】と【XYZ-ドラゴン・キャノン】を融合──合体召喚!【VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルト・キャノン】!!」

 

 戦闘機と大型戦車が更に変形合体し、巨大な人型メカとなる。V~Zまで全てのメカの力を総結集させた【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】は、その力を誇示するようにフィールドへ降り立った。

 

 

VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルト・キャノン】

 ✩8 機械族 融合 ATK3000 DEF2800

 

 

「【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】の効果発動!【スパークマン】を消し去れ!」

 

「…っそんな!【スパークマン】!」

 

 これが【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】の恐るべき能力。1ターンに1度、フィールドのカードを無条件で除外できるのだ。破壊ではないから墓地に行かず、再利用の手段も限られる。

 

「いけぇ!【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】でプレイヤーにダイレクトアタック──!」

 

「待った!罠発動【ヒーロー見参】!──このカードは俺の手札から1枚を相手に選ばせ、それがモンスターだった場合、フィールドに特殊召喚できる。さぁ選べよ万丈目!」

 

「万丈目"さん"だ!──一番右だ!」

 

 果たして万丈目が選択したカードは……

 

「……おっ、ラッキー!お前が選んだのは【バーストレディ】!守備表示で特殊召喚だ!」

 

 

【E・HERO バーストレディ】

 ✩3 戦士族 ATK1200 DEF800

 

 

「守備表示で出そうが無駄だ!【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】が戦闘を行う際、俺の意のままに相手モンスターの表示形式を変更できる!──やれ!VWXYZ(ヴィトゥズィ)-アルティメット・ディストラクション!」

 

 巨大メカの砲撃は炎を操る女戦士を打ち抜き、戦場から跡形もなく消し去った。

 

 

 十代:LP2800→1000

 

 

「フハハハッ!ターンエンドだ。これでまた丸裸…お前も守るモンスターはもう1体も居やしないぜ」

 

 

 十代 :LP1000 手札×3

 VS

 万丈目:LP4000 手札×0

VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルト・キャノン】

 魔法罠:【前線基地】

【リビングデッドの呼び声】

 

 

「十代の劣勢だな……」

 

「どうしよう、このままじゃアニキ負けちゃうよ!」

 

 確かに戦況は芳しくない。だが勝機はまだあると、昴は思っている。何故なら十代にはアレがあるからだ。

 

「俺は諦めない…!一緒に闘ってくれるモンスターたちがデッキの中にいる限り、絶対に諦めたりしない!行くぜ、俺のターン──ドローッ!」

 

 ──そう。アレとは即ち、土壇場で逆転の1枚を引き当てる奇跡のドローが!

 

「ヘヘッ!俺は【ハネクリボー】を守備表示で召喚!」

 

 十代がこの局面で呼び出したのは、羽の生えた【クリボー】だ。クリクリ~!と可愛らしく鳴くこのモンスターに、とても戦況をひっくり返す力があるようには見えない。

 

 

【ハネクリボー】

 ✩1 天使族 ATK300 DEF200

 

 

 その後も十代はこれといったアクションを起こすことなく、カードを伏せるだけでターンを終了した。

 

 

 十代 :LP1000 手札×2

【ハネクリボー】

 伏せ×1

 VS

 万丈目:LP4000 手札×0

VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルト・キャノン】

 魔法罠:【前線基地】

【リビングデッドの呼び声】

 

 

「俺のターン!──無駄だと言ったはずだ!戦闘ダメージを0にするその毛玉野郎がいたところで、バトルする前に【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】が消し去る!」

 

VWXYZ(ヴィトゥズィ)】の胴体から伸びた砲門が【ハネクリボー】に狙いを定めた瞬間、十代の口元に笑みが浮かぶ。

 

「この瞬間──速攻魔法【進化する翼】を発動!手札2枚を墓地に送ることで【ハネクリボー】を進化!【ハネクリボー LV10】を召喚!」

 

 光の力により【ハネクリボー】の背中の羽が巨大化し、竜を象った姿へと変わった。

 

 これこそ十代が手に入れた新しいカード…彼が人知れず行った善行の結果である。

 

 

【ハネクリボー LV10】

 ✩10 天使族 ATK300 DEF200

 

 

 脅威だった【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】の除外効果はチェーン処理の結果、目標を失い空撃ちとなり──しかし発動自体はしていたため、このターン中二度と使うことはできない。

 

「ちぃっ!だが進化したところで攻撃力は変わらん!【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】で消し飛ばしてやる!──アルティメット・ディストラクション!!」

 

「万丈目!お前に俺の相棒の力を見せてやるぜ!【ハネクリボー LV10】の効果発動!バトルフェイズ中に自身をリリースすることで、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊し、その攻撃力の合計分ダメージを与える!──全てのエネルギーをアイツに返してやれ!【ハネクリボー】!」

 

 眩く輝く翼に蓄積されたエネルギーが解き放たれ、【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】を呑み込む。

 

 爆炎と共に破壊された【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】の攻撃力分のダメージが万丈目に与えられた。

 

 

 万丈目:LP4000→1000

 

 

「ぐぅ……っ!ターンエンド……っ!」

 

 

 十代 :LP1000 手札×0

 VS

 万丈目:LP1000 手札×1

 魔法罠:【前線基地】

【リビングデッドの呼び声】

 

 

 これでライフは互角、モンスターはおらず、メインフェイズ2に何もしなかったことから万丈目の手札もモンスターカードではない。対する十代も手札は0枚、互いに攻撃の手段を持っていない。

 

 つまり勝敗を分けるのはドロー──"引き"の力。

 

 先にモンスターカードを引いた方が勝利を手にする。

 

「──なあ万丈目!ここで俺が攻撃力1000以上のモンスターを引いたら面白いよな?」

 

「何を戯言を!そう簡単に………っ!」

 

「でも引いたら面白いよなぁ──!?俺のターン、ドロー!」

 

 

 十代が引いたカードは………!

 

 

「俺はこのカード──【E・HERO フェザーマン】を召喚!プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 

【E・HERO フェザーマン】

 ✩3 戦士族 ATK1000 DEF1000

 

 

 彼の元に駆けつけたのは、白い翼を持つ風の戦士。

 その翼を羽ばたかせ飛び立った【フェザーマン】は、鋭い鉤爪で万丈目の体を切り裂いた。

 

「うわあああああぁぁあ───っ!!!」

 

 

 万丈目:LP1000→0

 

 

 なんとも熱い劇的な勝利に、デュエルを見ていた生徒たちも一斉に沸き立つ。

 こうなっては最早オシリス・レッドだろうが関係ない。手に汗握るラストターンを制してみせたのは、他ならぬ遊城十代なのだから。それを素直に祝福しない方が無粋というものだろう。

 

「やった!やったよ!アニキが勝ったー!」

 

 

「──ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ!」

 

 

「これで十代もイエローか……負けていられないな」

 

「ああ…あいつの変態ドローには本当に驚かされる。どんな引きしてるんだか」

 

 未だ興奮冷めやらない中、あからさまに不機嫌なクロノスのアナウンスが響き渡る。

 

『えー、テストの続きを行なうーノ。次は…ゲッ……おほん──ラー・イエローのシニョール加々美。下りてくるノーネ』

 

「ん、俺の番か」

 

 デュエルディスクを装着し、コートに続く階段を下りる。その途中で、戻ってきた十代とすれ違った。

 

「次は昴か。絶対勝てよ!熱いデュエル、期待してるぜ!」

 

「お前ほど熱いのは無理かもだけどな。まあ頑張るさ」

 

 十代と、真っ先に彼の元へ駆けつけた翔に見送られ、デュエルフィールドに立つ。

 

 そこで昴を待ち構えていたのは───

 

 

「──数日振りかしら。また会えて嬉しいわ、カワイイ昴」

 

「……藤原、雪乃」

 

 

 オベリスク・ブルーの藤原雪乃──先日昴と戦って敗北したものの、本当の実力を出していなかったアカデミアの女帝が今、再び牙を剥こうとしていた。

 




サブタイトルは超適当につけました。一応内容には掛かってるからいいよね!

今回のデュエルはアニメをほぼ完コピになってしまいました…たまには昴以外のデュエルも書いた方がいいかなと。
(じゃあ明日香のテスト戦とか書けば良かったんじゃないですかねぇ?)←仰る通りです

さて、その明日香ですが…どうだったでしょうか?
前回の雪乃が初対面にしては攻め攻めだったので、明日香もどうにかして追い上げというか、ヒロインムーブをどうにかせねばと思い、色々と提案を頂いたりしてこの形になりました。
所謂ラッキースケベ(?)です。

こう、「ムニュッ」っとさせようかなーとか思ったんですけど(何をとはry)
ごめんなさい日和りました…非力な私を許してくれ……

次回は雪乃(本気)VS昴になるかと思います。更新を気長にお待ちください。


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終焉の王

 デュエルアカデミアの月一で行われるテスト。

 筆記試験を乗り越えた昴が実技試験にて相手をすることになったのは、オベリスク・ブルーの女帝、藤原雪乃だった。

 

「何でお前が俺と?まだブルーの生徒は残っているはずだが」

 

「そうね…健全な交渉の結果、とでも言っておこうかしら」

 

 そう言って雪乃が横目で見ているのは、アナウンス室からこちらを見ているクロノスだ。雪乃の視線を感じたのか、ビクッ!と震え上がったクロノスはそそくさと部屋の奥に引っ込んでいった。

 

 一体どんな材料を使ったのかは不明だが、取り敢えず"対等"と呼べるようなものではない──交渉というより脅迫に近かったのでは?ということは伝わった。

 

「そんなことはどうでもいいじゃない。あの夜のように熱い一時をまたあなたと過ごせるのが、私は堪らなく嬉しいの──今度は本気よ。正真正銘、全力でお相手するわ」

 

 雪乃の言葉に、観覧席の最前列で昴を応援している翔や三沢、明日香を始め、周囲の生徒たちがざわめき始める。しかし昴の意識は既にそちらへは向いていない。

 

 目の前の雪乃は表情こそ笑っているが、全身から放たれるプレッシャーは前回の比じゃない。

 女帝と恐れられた彼女の本当の実力が如何程か…果たして勝てるのかどうか、正直不安はある。だが──

 

 

 ──信じて──

 

 

 あの時、そう語りかけてくれた誰かの言葉を、昴は信じようと思った。

 

 

「さあ始めましょう、昴。熱く、激しく──!」

 

「行くぞ、藤原──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 雪乃:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は私ね。ドロー…手札から【マンジュ・ゴッド】を召喚よ」

 

 

【マンジュ・ゴッド】

 ✩4 天使族 ATK1400 DEF1000

 

 

「召喚時効果で、デッキから儀式魔法【高等儀式術】を手札に加えるわ」

 

 ここまでは前回と同じ……だが油断はできない。その後雪乃はカードを1枚伏せ、ターンを渡した。

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 雪乃:LP4000 手札×5

【マンジュ・ゴッド】

 伏せ×1

 

 

「俺のターン、ドロー!…魔法カード【強欲なウツボ】を発動。手札の水属性モンスターを2体デッキに戻してシャッフル、その後デッキから3枚ドローする」

 

 やや事故り気味だった手札を交換し、改めて昴も動き出した。

 

「手札1枚をコストに魔法カード【ワン・フォー・ワン】を発動!デッキから【鰤っ子姫(ブリンセス)】を特殊召喚!」

 

 

鰤っ子姫(ブリンセス)

 ✩1 魚族 ATK0 DEF0

 

 

「【鰤っ子姫】の効果。自身を除外して、デッキからレベル4以下の魚族モンスター──【リチュア・アビス】を特殊召喚!」

 

【鰤っ子姫】の手品のような演出により、盛大な水しぶきと共に【リチュア・アビス】と入れ替わった。

 

 

【リチュア・アビス】

 ✩2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「特殊召喚された【アビス】の効果で、デッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に。──その後手札の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】の効果を発動させ、デッキから【リチュアの儀水鏡】と【ガストクラーケ】を手札に加える」

 

 昴の手札に儀式魔法と儀式モンスターが揃った。この戦いを見ている者は、この先昴が何をするのか、もう分かっている。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の同名カードを墓地に送り、【イビリチュア・ガストクラーケ】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ✩6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

 昴の呼び声に応じて現れた【ガストクラーケ】は、杖の先端に据えられた儀水鏡の光で雪乃の手札を見通す。

 

「【ガストクラーケ】の効果で、中央右側の2枚を公開してもらうぞ──ガスト・スキャニング!」

 

 暴かれた雪乃の手札は【儀式の供物】と【レッド・サイクロプス】。昴が標的としているカードではない。

 

「【儀式の供物】をデッキに戻す。──墓地の【儀水鏡】の効果で、【ガストクラーケ】を回収。魔法カード【サルベージ】発動!墓地の【シャドウ】と【ヴィジョン】を手札に!その効果で【儀水鏡】と【マインドオーガス】を手札に加える!」

 

 

 

「昴君、また儀式召喚を狙う気だ!」

 

「藤原雪乃が手札に加えた【高等儀式術】は、アレ1枚で強力な儀式モンスターに繋がる。出来ればこのターンで処理しておきたいところだが……」

 

「流石に開始1ターン目じゃ、儀式召喚の回数も限られるわね」

 

「大丈夫さ、昴の奴ならきっと当てる!」

 

 

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!素材としてフィールドの【ガストクラーケ】を墓地に送り──転生せよ!【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 転生を果たした2体目の【ガストクラーケ】は、もう一度雪乃の手札に手を付ける。

 

 それに対し雪乃は、手札を一度シャッフルした上で自ら透過の光に晒した。

 

「さあ、次はどれがいいのかしら?」

 

「……中央2枚だ」

 

 雪乃は昴の選んだ手札を抜き取り、見えるように表返す。

 

 

「──あっ!」

 

 

 客席の方から翔の声が聞こえる。

 露わになったのは先程もピーピングした【レッド・サイクロプス】と──

 

「……見つけたぞ──【高等儀式術】!」

 

「あら、見つかってしまったわ」

 

 雪乃の手札から1枚のカードがデッキに返される。枚数を削れたことも勿論だが、それ以上にあのカードをハンデス出来た事の方がアドバンテージとしては大きい。

 

「バトルだ!【ガストクラーケ】で【マンジュ・ゴッド】を攻撃!──イビル・テンタクルス!」

 

「いいわ昴、とても情熱的よ…!でもだぁめ──罠カード【攻撃の無力化】。【ガストクラーケ】の攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させるわ」

 

「っ……カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×1

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・アビス】

 伏せ×1

 VS

 雪乃:LP4000 手札×3

【マンジュ・ゴッド】

 

 

「そんな顔しないで、楽しみましょう?私のターン──」

 

 ドローしたカードを一瞥した雪乃は、ぺろりと小さく舌舐めずりする。それを見た瞬間、背筋にゾクリとしたものが走る。

 

「手札から──儀式魔法【エンド・オブ・ザ・ワールド】発動」

 

「っ……来る!」

 

 昴と雪乃の間にジオラマのような街並みが出現。その上空に特徴的な魔法陣めいた紋様が展開される。

 

「2体のモンスターの魂を捧げることで、絶対破壊の王が降臨する──」

 

 雪乃の手札から【レッド・サイクロプス】、フィールドから【マンジュ・ゴッド】の2体が供物として捧げられ、眼前の街一帯が青い光に包まれる。

 墓地に送られた2体のレベル合計は8──今から現れるモンスターの正体を予測していた昴は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「現れなさい───【終焉の王 デミス】」

 

 

 次の瞬間──青い光と、それに包まれた街全てを飲み込み、黒衣の悪魔が降り立つ。

 この世に破壊と終わりを齎す終焉の王は、手にした戦斧を音高く突き立て、自らの威光を知らしめた。

 

 

【終焉の王 デミス】

 ✩8 悪魔族 儀式 ATK2400 DEF2000

 

 

「…な、なにあのモンスター……!」

 

「わからない…【デミス】は確かに強力なレアカードだが、伝説の三幻神のような特別なカードではないはず……なのに、何なんだこの威圧感は……!?」

 

 翔や三沢と同じように、周囲の生徒も皆言葉を失っている。

 

「(雪乃……本当に本気なのね)」

 

 叫ぶでもなく、暴れるでもない。ただ黙して佇むだけで、その姿を目にした者を畏怖させる。

 そんな不思議な力が、雪乃の【デミス】には宿っていた。

 

「行くわよ昴…私の胸を熱くするこの想い、あなたに受け止めきれるかしら?【デミス】の効果を発動。ライフ2000を代償に──【デミス】以外のフィールドに存在するカードを全て破壊するわ」

 

 

 雪乃:LP4000→2000

 

 

 主の(LP)の実に半分を対価として受け取った【デミス】は、右手に力を集約させ、それを一気に解放する。解き放たれた青い光は放射状に広がっていき、凄まじい衝撃と共に昴のフィールドを余す所なく蹂躙していった。

 

 周辺の生徒たちも余りの威力に揃って顔を覆い、衝撃が止んだ頃には、フィールドに立っているのは【デミス】のみであった。

 

「くっ……!」

 

「あぁ…っこれ…この感じ、久しぶりだわ──全てを消し飛ばすこの快感──何度味わっても止められない」

 

 自分の肩を抱いて身震いする雪乃。そんな彼女を見た昴の顔には、ピンチだというのに笑みが浮かんでいた。

 

「……それが本当のお前か、藤原」

 

「ええ。私、ホントは悪い子なの──幻滅したかしら?」

 

「まさか。寧ろ嬉しいよ。これでようやく、本当の意味でお前と戦える」

 

「随分余裕ね?モンスターもいなければ、伏せカードもないこの状況…しかも私はまだ通常召喚権も残っている」

 

「そうだな。絶体絶命だ」

 

 無防備になった昴へ、雪乃は躊躇なく攻撃を命じる。

 

「バトル。【終焉の王 デミス】でプレイヤーにダイレクトアタック」

 

 主の命により、【デミス】は戦斧を振りかぶり、昴に振り下ろす──!

 

 

 

 

 

 

 ──が、その攻撃は見えない壁のようなものに弾かれた。

 

「お前が【デミス】の効果を発動した時、チェーンして【威嚇する咆哮】を発動させてもらった。このターン、お前は攻撃宣言を行うことができない」

 

「やっぱりね…あなたがこの程度で終わるはずがないもの。いいわ、あなたの番よ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×1

 VS

 雪乃:LP2000 手札×1

【終焉の王 デミス】

 

 

「何とかこのターンは凌いだな……」

 

「うん…でも昴君のピンチは変わらないよ」

 

「【デミス】の効果は発動に2000ポイントのライフを支払う必要がある。今の彼女では効果を使えないが……」

 

 三沢の予測では、恐らく雪乃はきちんとその所もケアしているはずだ。例え1ポイントでもライフが2000を上回れば、もう一度あの恐るべき効果を発動できる。

 

 そしてそのことは当然、昴も理解していた。

 以前のデュエルで彼女が使った【ご隠居の猛毒薬】──あの魔法はもう1つ、自身のライフを1200回復する効果を持っている。

 それだけあれば【デミス】の効果を撃つ準備が整うだけでなく、コストで発生したライフ差も縮められるというわけだ。

 

「つまり、昴が取れる戦法は1つだけ──」

 

 

 

「(またフィールドを吹っ飛ばされる前に、ライフを削りきるしかない…!)──俺のターン、ドロー!…よし、手札から【サルベージ】発動!」

 

 起死回生の【サルベージ】で墓地から【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を、更に墓地にある2枚の【儀水鏡】の効果で【ガストクラーケ】を2体回収する。

 

「【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、【リチュアの儀水鏡】を手札に──そして発動だ!手札の【ガストクラーケ】を素材に【イビリチュア・マインドオーガス】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

「【マインドオーガス】の効果!互いの墓地から合計5枚までカードをデッキに戻す。──マインド・リサイクル!」

 

【マインドオーガス】が杖をひと振りし、互いの墓地のカードが宙に浮かび上がる。

 昴の墓地から【サルベージ】2枚がデッキに戻された。

 

「バトル!【マインドオーガス】で【デミス】を攻撃!──ハイドロ・ガイスト!」

 

 掲げられた儀水鏡の鏡面から、無数の亡霊たちが【デミス】に襲いかかる。

 巨大な戦斧で亡霊たちを薙ぎ払い抵抗を見せた【デミス】だったが、物量で押し切られ、破壊されてしまった。

 

 

 雪乃:LP2000→1900

 

 

「ん……っ!」

 

「ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

【イビリチュア・マインドオーガス】

 VS

 雪乃:LP1900 手札×1

 

 

「いいわ…ゾクゾクきちゃう…っ!私のターン──!」

 

 

 

「雪乃……楽しそう」

 

「ん?どうしたんだよ明日香?」

 

 観覧席で2人のデュエルを見守る明日香は、雪乃の心底楽しそうな表情を見て安堵の笑みを零す。

 

「あの娘が最後にああやって笑ったの、随分前のように感じるわ。昴がいなかったら、雪乃ももうこの学園にはいなかったかもしれない……」

 

「へぇ…よく分かんねぇけど、何かすげぇ奴だよな、昴って。俺みたいにひたすらデュエルを楽しんでるのに、でもきっと頭ん中じゃ色んな事考えててさ」

 

「そうね……ある意味、十代と同じかも」

 

「それってつまり……俺頭良いってことか?」

 

「……ま、そういう事にしておこうかしらね」

 

 今十代が言った事は、全てでないにしろ彼自身にも当てはまるはずだ。

 もし十代と昴に違いがあるのだとすれば、デュエルバカの重症度合だろう。もっと言うなら、十代は感覚派。昴は計算型と言うべきだろうか。

 

 かと思えば、昴も昴で思いもよらない事をしでかす。今朝なんて【モリンフェン】のフレーバーテキストを必死に暗唱していたのだから。

 

「本当に…2人して面白い奴」

 

 

 

 ──場面は戻り、昴VS雪乃。

 

「手札から【マンジュ・ゴッド】を召喚。効果でデッキから【高等儀式術】を手札に加えるわ」

 

 しかし攻撃力で劣る【マンジュ・ゴッド】では昴の【マインドオーガス】を突破できない。雪乃はカードを2枚伏せ、ターンを終了した。

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

【イビリチュア・マインドオーガス】

 VS

 雪乃:LP1900 手札×0

【マンジュ・ゴッド】

 伏せ×2

 

 

「俺のターン!…墓地の【儀水鏡】の効果で、【ガストクラーケ】を回収。【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、今戻した【儀水鏡】を手札に加える」

 

 雪乃の伏せカード…2枚の内どちらか片方は間違いなく【高等儀式術】だ。

 自分のターンにしか発動できないあのカードを何故伏せたのか…それは、【ガストクラーケ】のハンデス効果から逃れる為。当然、昴が【大嵐】(当時まだ禁止になっていない)や【サイクロン】を引き当てたなら除去されてしまう恐れもある。

 

 しかし雪乃はたった1度のデュエルで、昴のデッキの構成についておおよその推測を立てていた。

 

【リチュア】はサーチや回収効果を利用して連続儀式召喚を行うというコンセプトを持っている以上、デッキの大半が展開・カードを回す為のカードに占められる。

 当然、いたずらにデッキ枚数を増やせば手札事故の可能性も高くなるから、いくつかの要素には目を瞑らなければならなくなる。

 

 そう、例えば──伏せカードの除去とか。

 

 この雪乃の予想は的中しており、昴のデッキは伏せ除去のカードが【大嵐】1枚のみ。他は大部分が【リチュア】や儀式関連のカードに占有されている。

 デッキを詰めに詰めてできた空き枠に入れた【威嚇する咆哮】を引けていたのは、めちゃくちゃ運が良かったくらいだ。

 

 つまり雪乃がセットしたカードは基本安全が保証されるということ。であれば、話は簡単だ。

 

「全く、やってくれるよ本当に──【リチュアの儀水鏡】発動!来い、【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 このデュエルで何度も登場している功労者である【ガストクラーケ】だが、今回はその力を発揮することができない。

 

 しかしこの場においては、フィールドに出るだけで十分役目は果たせる。

 

「バトルだ!【ガストクラーケ】で【マンジュ・ゴッド】を攻撃!──イビル・テンタクルス!」

 

「罠発動【ドレインシールド】──【ガストクラーケ】の攻撃を無効にするわ」

 

 襲い来る触手は全て半球状の障壁に防がれてしまう。だがこれだけでは終わらない。

 

「──更に、攻撃してきたモンスターの攻撃力分、私のライフを回復させてもらうわね」

 

 

 雪乃:LP1900→4300

 

 

「くっ!【マインドオーガス】──!」

 

【ガストクラーケ】に代わり、【マインドオーガス】が万の腕持つ仏像を粉砕する。戦闘破壊とダメージはきっちり通るが……

 

 

 雪乃:LP4300→3200

 

 

「っふぅ……残念ね。美味しかったわ」

 

「……ッターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×1

【イビリチュア・マインドオーガス】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 雪乃:LP3200 手札×0

 伏せ×1

 

 

「これが…アカデミアの女帝か」

 

 ライフポイントでも、ボードアドバンテージでもこちらが勝っているというのに、戦況をリードできている気が全くしない。

 

 それどころか、相手に逆転の手段を与えてしまった。

 

「このデュエルも佳境かしら…正直まだ続けていたいけれど……そうもいかないものね」

 

 そう言って雪乃がドローしたのは……

 

「【強欲な壺】を発動よ、デッキから2枚ドローするわ」

 

「ここで【壺】かよ……っ!」

 

 パワーカードの代名詞【強欲な壺】──無条件で2枚ドローという圧倒的強カードだ。前世では強すぎるということで禁止カード(豚箱)送りになっている。

 

 雪乃が壺から引いたカード……極論、その内容で勝負が決まる。

 

「……いい子ね。──私は伏せていた【高等儀式術】を発動するわ」

 

「まさかっ!」

 

「ええ、そのまさかよ──デッキから2体の【レッド・サイクロプス】を墓地に送って、儀式召喚──アンコールよ【終焉の王 デミス】」

 

 

 

「──嘘だろ!?あの状況で引くのかよ!?」

 

「雪乃さんのライフは3200…昴君のモンスターがまた破壊されちゃうよ!」

 

「流石の昴も、もうダメなのか…!?」

 

 皆口々に昴の敗北を予期する。「このまま押し切られる」と。

 

「昴………っ!」

 

 その中で1人──明日香だけは、両手をきつく握り締めて祈る。

 雪乃に負けて欲しいわけではない。それでも、彼が敗北する姿を見るのは、まだ早いと。

 

 

 

「──効果発動。全てを消し去りなさい、【デミス】」

 

 

 雪乃:LP3200→1200

 

 

 再び青い波動が放たれ、昴のフィールドを一掃する。

 

「まだよ──【デミス】に装備魔法【デーモンの斧】を装備。攻撃力が1000ポイント上昇するわ」

 

 巨大な戦斧が次第に醜悪な顔の埋め込まれた悪魔の斧に変貌していく。これにより、【デミス】の攻撃力が3000代に突入した。

 

「バトル──【デミス】でプレイヤーにダイレクトアタック」

 

 振りかぶった悪魔の斧が叩きつけられ、その衝撃が昴の体を叩く。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 

 昴:LP4000→600

 

 

「ターンエンド……これがあなたの最後のターンかしら。もっと足掻きなさい、あなたの男を私に見せて」

 

 

 昴 :LP600 手札×1

 VS

 雪乃:LP1200 手札×0

【終焉の王 デミス】+【デーモンの斧】

 

 

「(また捲られた……戦力差は歴然。手札も1枚じゃ……)」

 

 枚数こそ【儀水鏡】で増やせるが、それだけでは意味がない。あの【デミス】を踏み越えられるようなカードでなければ……

 

「……ふぅ……俺のターン」

 

 深呼吸をした昴の脳裏に、あの声が蘇る──

 

 

 ──大丈夫、僕たちを信じて──

 

 

「(頼むぜお前ら──!)──ドローーッ!」

 

 気合一閃、昴が引いたのは……

 

「手札の【ヴィジョン・リチュア】の効果!このカードを墓地に送り、デッキから【リチュア】儀式モンスターを手札に加える。そして──魔法カード【トレード・イン】発動!」

 

 昴がこの土壇場で引き当てたのは【トレード・イン】──手札のレベル8のモンスターを捨てることで、デッキから2枚ドローするカードだ。そのコストになるのは──

 

「俺は今手札に加えたレベル8の儀式モンスターを墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 更なるドローの結果は……昴の顔を見れば明らかだった。

 

 

「行くぞ藤原雪乃!魔法カード【サルベージ】発動!」

 

 

 本日3度目の【サルベージ】により、墓地から2体の【シャドウ・リチュア】が引き上げられる。

 

「更に墓地の【儀水鏡】をデッキに戻し、今捨てた儀式モンスターを回収。更にその【儀水鏡】を【シャドウ・リチュア】で手札に!」

 

 流れるような動きでカードを回していく昴。これで準備は整った。

 

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!レベル8の【ソウルオーガ】の素材として、手札の【シャドウ・リチュア】を墓地に送る──」

 

 

 

「どういうこと!?儀式召喚って、召喚する儀式モンスターと同じレベルにならないといけないんじゃ……」

 

 翔の言うとおり、昴が墓地に送った【シャドウ・リチュア】はレベル4。レベル8の儀式モンスター召喚には、もうあと半分足りない。

 

 しかし──

 

 

 

「【シャドウ・リチュア】は水属性儀式モンスターの召喚素材となる場合、自身だけで必要なレベルを満たすことができる──」

 

 光を発する儀水鏡を体内に取り込んだ【シャドウ・リチュア】の体が巨大化し、手足から胴体にかけて金属の鎧が纏われていく。

 

 

「──儀式召喚!降臨せよ【イビリチュア・ソウルオーガ】!!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

 猛々しい雄叫びを上げた【ソウルオーガ】は、冷たい目でこちらを見据える終焉の王を真っ向から睨みつけた。

 

「新しい儀式モンスター……確かに素敵だけど、まだ【デミス】を倒すには至らないわ」

 

「いいや、【デミス】にはその王座を下りてもらう!【ソウルオーガ】の効果発動!手札の【リチュア・エリアル】を墓地に送ることで、1ターンに1度、相手の表側表示のカード1枚をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

【エリアル】によって力を増幅された【ソウルオーガ】の咆哮が、フィールドを睥睨していた終焉の王をフィールドという玉座から引きずり下ろす。

 

 これでもう、雪乃を守るモンスターはいない。

 

「昴、やっぱりあなたは最高よ!──来なさい!」

 

「行け!【イビリチュア・ソウルオーガ】でダイレクトアタック!──リチュアル・ブラスト!」

 

 元術師でもある怪物は、胸元に埋め込まれた儀水鏡の力を球状にして撃ち出す。

 

 雪乃はその攻撃を、自ら迎え入れるように受け止めた。

 

 

「ああああぁ───っ!」

 

 

 雪乃:LP1200→0

 

 

 戦いを終え、その姿を霞のように消していくモンスターたちの中、昴は肩で息をしながら呟く。

 

「──か、勝った……」

 

 それを皮切りに、先程の十代を超える割れんばかりの歓声が体育館に木霊した。

 拍手喝采に口笛──皆様々な形で昴の勝利を称えている。

 

「何とか…なった……!」

 

 緊張の糸が切れたのか、急に膝が笑い、その場にへたり込む。

 そんな彼の元に、十代、翔、三沢、そして明日香が駆けつけた。

 

「やったな昴!すげぇデュエルだったぜ!」

 

「僕なんかまだ手が震えてるよ!」

 

「あの女帝に勝つとは、大した奴だ」

 

 賞賛の言葉と共に十代に背中をビシバシと叩かれる昴。痛みに内心顔を顰めながらも、その言葉はありがたく受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、体育館の屋内通路では──

 

「──雪乃、お疲れ様」

 

「明日香…私、負けてしまったわ」

 

「そうね。でも、それがデュエルというものよ」

 

 時に勝ち、時に負ける。そして次こそはと闘志を燃やす──そうやって挑戦を繰り返すうちに、仲間たちと絆を育んでいく。デュエルの持つ不思議な力。

 

 これまで飽きるほどの勝利を掴み、強者に飢えていた雪乃が久しく忘れていた感覚だ。

 

「明日香…あなたにはお礼を言わなければいけないわね。ありがとう、私を彼と引き合わせてくれて」

 

「あら意外。てっきり雪乃のことだから『別に頼んでいないけれど』って続くかと思ったのに」

 

「あなたね…私もそこまで恩知らずじゃないわよ。ちゃんと感謝してるわ」

 

 雪乃は少し照れくさそうにしながら明日香に手を差し出し、明日香もそれを握り返す。

 

「──ここにいたか。少し邪魔するぞ」

 

 そこへ、まだ少しフラついたままの昴がやってきた。

 

「いいデュエルだった。またやろう、藤原」

 

 そう言って雪乃に手を差し出す。小さく笑った雪乃は、その手をしっかりと握り返した。

 

「…ええ。その時の私はまた強くなっているでしょうから、負けないように精進なさい──それと、これからは雪乃と呼びなさい。だってあなた、明日香のことは名前で呼んでいるのでしょう?この娘だけズルいわ」

 

「…雪乃?あの、私と昴はそういう関係じゃ──」

 

「あら、違ったの?だってあなた、随分彼のことを熱弁してくるんだもの。てっきり"そう"なのかと思って、デュエルの後にあんな事までしたのに……」

 

 その瞬間、昴たち周辺の空気がビキッ!という音を立てて凍りつく。

 

「あ、あんな事……?昴、あなた一体この娘に何を……!?」

 

「いや待て!俺は何もしてない!ただデュエルして、勝って、それで……」

 

 と、ここで言葉が詰まってしまう。

 言えるわけがない。雪乃になんかいやらしい雰囲気で間接キスをされたなどと、どう説明すればいいのだ。

 

 問い詰める明日香と、たじろぐ昴。そんな2人を見てクスクスと笑った雪乃は、まだ握手したままの昴の手を引き──

 

 

 チュッ

 

 

 という音を昴の頬に残した。何が起こったのか、脳が処理落ちした昴は茫然とする。

 

「ゆっ…雪乃!?あなた何考えてるのよ!?」

 

 対する明日香は狼狽し、今度は雪乃に詰め寄った。

 

「本当は(コッチ)でも良かったのだけど、あなたの手前遠慮してあげるわ──明日香、優等生もいいけれど、もっと自分に正直になりなさい」

 

「だ、だからそういうんじゃ──っ!」

 

 すぐさま反論しようとした明日香の口元に、雪乃の指が当てられる。以前昴にやったのと同じように。

 

「私を見縊ってもらっては困るわね。これでも幼い頃から両親が生きる芸能界を見てきたのよ?そこの大人達と比べれば、あなたの胸の内なんか手に取るように分かるわ」

 

 最早これ以上取り繕ったところで通じないということを悟ったのか、明日香はヘナヘナと崩れ落ちる。

「別にそんなんじゃ……」と反論自体はまだ続けているものの、先程と比べれば風前の灯。今にも消え入りそうな声だ。

 

 

「フフッ……最大の敵は身内、とはよく言ったものね」

 

 

 そう言い残して去っていく雪乃。それに気づいた明日香は覇気を取り戻し「違うのよ雪乃!」と、めげずにもう一度向かっていく。

 

 そして残された昴が意識を取り戻すのは、たっぷり10分が経った頃だった。

 

 

 

 

 

 

 こうして、残る生徒たちのデュエルも恙無く進行し、昴達新入生最初のテストは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──余談──

 

 

 テストが終わり、昴が寮へと戻る道中。木々が茂った小さな林で、1人の生徒がひたすら木を殴っているのを見かけた。

 

「──クソッ!クソッ!クソォッ!……何故だ、何故エリートである俺があんなドロップアウトに……!?」

 

「…その声、万丈目か?」

 

「っ──!?なんだ貴様か…惨めに負けた俺を笑いに来たのか?」

 

「いや、偶然通りかかっただけだ。…随分荒れてるな」

 

「当然だっ!俺様は誇り高きオベリスク・ブルーのエリートなんだぞ!クロノス教諭に渡されたレアカードまで使って、戦術にも抜け目は……っ!……いや、原因は俺のプレイミスだ──あそこで【VWXYZ(ヴィトゥズィ)】を召喚せず、【XYZ】の効果で十代のリバースカードを破壊していれば勝てていた!なのに俺は……っ!」

 

 万丈目が召喚した【XYZ-ドラゴン・キャノン】は、手札1枚をコストに相手のカードを1枚破壊する効果を持っている。

 十代の伏せていた【ヒーロー見参】は相手の攻撃宣言時にしか発動できないため、メインフェイズで処理しておけば、そのまま2体のモンスターで攻撃しても良し、その後に【VWXYZ】を召喚しても良し、万丈目の勝利は揺るがなかっただろう。

 

「……気持ちは分かるが、取り敢えず落ち着けよ。手が酷い事になってんぞ」

 

 昴が通りかかるまで何度も何度も木を殴りつけていたのだろう。万丈目の手には血が滲んでいた。

 

「お前のプレイミスは確かにそうだ。けどそれは結果論だし、何よりあのデッキ、ほぼ初見だっただろ?事前情報も何もない新カードでデッキ組んで、調整かけて、ってのを2時間足らずでやって、その上であそこまでぶん回したんだ。素直にすごいと思うがな」

 

 十代の伏せていたカードはあの時点では何かわからなかった。勿論、万丈目が伏せカードを無視して【VWXYZ】への合体に移行してしまった事実は変わらないが、満足なテストプレイができていないデッキであそこまで戦えたのだから、そこは万丈目のセンスを賞賛すべきだろう。

 

 それに………

 

 

「それに【VWXYZ】は強い以前にカッコイイしな。変形合体は男のロマンだ」

 

 

「……なんだと?」

 

「自分じゃ分かってないかもだが、お前エンターテイナーの素質あるんじゃないか?」

 

「ふざけているのか貴様!」

 

「だから…プレミのことはあまり引きずるなって。要は次に活かしゃいいんだ次に」

 

 昴は最後に「手ェちゃんと消毒しとけよー」と言い残し、イエロー寮に戻っていった。

 

 その背中を見送った万丈目はもう一度木を殴りつけようとして、止める。

 

「昴め…この俺に上から物を言いやがって」

 

 そう吐き捨てた万丈目は、大股歩きでブルー寮へ戻っていく。

 その目には先程までの後悔の念はなく、十代を倒すという執念の炎が灯っていた。

 




やはり全体破壊と合体ロボはいい文明。「○○していたのさ!」はいい文明?

現時点では本作史上最もちゃんとしたデュエルだったのではないでしょうか。

前回の時点ではこの戦いで【リヴァイアニマ】を登場させる予定でしたが、どうしても綺麗に決着がつかないので【ソウルオーガ】に前乗りしてもらいました。

また昴のデッキに【大嵐】が入ってる件でジャッジー!と思った方もいるかも知れないので弁明をば。
当時は確か【羽箒】が禁止になっていた記憶があったので、箒と入れ替える為に現地調達したカードということになっています。

じゃあ壷なんで入ってないん?に関しては、まぁ、はい…この先入れると思うんで許してください。

そしてまだ始まって間もないのに雪乃が明日香に宣戦布告的なムーブをかましました。
どーすんだよまた明日香にラッキーSKBさせろってかぁ?(やるとは言ってない)

ゆきのんはアニメに登場しないキャラなんで書いてると段々暴走してくるというか…
私の文才が追いついていない……!?


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テスト結果と闇のゲーム

※今回の話を読む前に※

・長いです、デュエルに至ってはほぼアニメコピーなので退屈かもしれませんごめんなさい

・本作はこれまで、できる限りカード効果や処理をOCG準拠で書いておりました(万丈目の打ち出の小槌など例外有)が、今回一部カードをアニメ通りの効果処理にしています

・ちょっとアニメと展開変わります。その都合、気になる所が出てくるかもですがご了承ください




 先日の月一テストから数日後──結果が発表された。

 

 ラー・イエローのトップは、予想通り三沢。順調に行けば、間違いなくブルーへの昇格が約束されている。

 そして昴なのだが……イエローの成績順位には名前が載っていない。

 

 理由は明白、実技テストの相手が相手だったからだ。

 

 昴は終ぞ知ることがなかったが、実は雪乃はこれまで十代を陥れるために策を弄してきたクロノスにその証拠を突きつけることで脅迫。校長に公開しない代わりに、昴とのデュエルを取り付けたのだ。

 

 その結果、昴は万丈目に勝利した十代共々特例で昇格が決定。オベリスク・ブルーの所属となる運びになった。

 ……ただし、レッドを気に入っている十代はイエローへの昇格を蹴ったらしい。

 

 と、まあそういうわけで、1日の授業を終えた昴は自分の部屋の掃除を済ませ、ブルーの男子寮へ引越しをするところだ。

 

「──まさか、入学して早々にブルーへ上がるとはね」

 

「俺だって予想外だ。もしやとは思ったが、9割9分希望的観測だったしな。藤原と戦ってなけりゃこうはならなかったろ」

 

 部屋の中をピッカピカにした昴は、荷物を持って三沢と共に出口へ向かう。

 何とそこでは、イエロー寮の面々が昴の見送りをする為に勢揃いしていた。

 

「お前ら……」

 

「感動的な別れってやつだな」

 

「…なんかそれ俺が退学するみたいだから止めてくれ」

 

 

 ──「じゃあな!」「頑張れよー!」「おめでとう!」──

 

 

 イエローの生徒達からの激励の言葉を浴びながら外に出た昴は、最後に三沢と言葉を交わす。

 

「そんじゃまぁ、先に行ってるぞ」

 

「ああ。俺もすぐに追いつくさ」

 

 そう言って握手を交わした昴は、ブルーの男子寮へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

「うわー、すごーい(棒」

 

 夕暮れの中、いざ到着したオベリスク・ブルーの寮はやはりデカイ。

 既に女子寮のスケールを目にしている分受けた衝撃は小さいが、感想が超棒読みになるくらいの効果はあったようだ。

 

 中に入ってみるとその豪勢さは割増しになり、床に敷かれたシミ1つ無い絨毯は土足で踏むのを躊躇ってしまう。

 

「……豪華過ぎるってのも考えものだな」

 

「──待っていましたーノン!」

 

 入口で棒立ち状態になっていた昴の元にやってきたのは、ブルー男子寮の寮長を務めるクロノスだ。

 

「シニョール加々美。改めて、ようこそオベリスク・ブルーへ!まずは、栄えあるデュエルアカデミアのエリートの証である、この制服をお渡しするノーネ。白と青、どちらがお好みデスーノ?」

 

 クロノスが両手に持っているのは、ハンガーに掛けられた新品のブルーの制服だ。

 アカデミアの制服は寮ごとのカラーとは別に2種類のタイプがある。各寮の色をベースにしたものと、白ベースに寮のカラーが差し色で入ったもの。白ベースのタイプは明日香が着ている制服の男Verと言えばわかりやすいだろうか。

 

「こっちで」

 

 昴が選んだのは青ベース──万丈目達が着ているのと同じタイプの制服だ。

 

「それデーワ、部屋に案内するノーネ」

 

 クロノスに連れられ、これから昴が生活する部屋を訪れる。

 

「シニョール加々美の部屋はここなノーネ。基本的なシステムは他の寮と共通してルーノデ、他に分からない事があったら、いつでも聞きに来るノーネ」

 

 最後に部屋の鍵を渡し、クロノスは明日の授業の準備があるとかで去っていった。

 

 

 

 

 

 

「──にしても……落ち着かない」

 

 食事を終え、取り敢えず入浴までは済ませたが、エリート様の為の部屋はやはり1人で使うには広すぎる。実際に利用したことは勿論ないが、高級ホテルのスイートルームも斯やという内装設備だ。イエローやレッドでは共用だった風呂は何と部屋風呂が各部屋に設置。

 部屋はフカフカの絨毯が敷かれており、さぞ座り心地の良さそうなソファーにレトロチックな暖炉まである。天蓋付きのベッドなんか実物を初めて見た。

 

「……………」

 

 ベッドを見て童心が疼いた昴は数歩後ろに下がると──助走をつけて思いっきりベッドにダイブした。

 程良い反発力のマットレスは昴の体を優しく包み込み、こんなソワソワした気持ちでさえなければこのまま眠りにつけそうだ。

 

 逆に朝起きるのが大変になりそうな魔力を秘めたベッドから抜け出した昴は、窓の外を覗いてみる。

 ブルー男子寮は校舎のすぐ隣に位置しており、ここから湖畔を挟んだ先に女子寮が、逆に校舎の向こう側にはイエロー寮とレッド寮が建っている。

 

 窓からは海と港が一望でき、クルクルと回る灯台の光をボーっと眺めていると、小さな3つの明かりが目に入った。レッド寮の方からこちらに向かってくる。

 

 このままここにいても眠れそうにない。ブルーの制服に初めて袖を通した昴は、夜の島に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮を出て、明かりがあった方を見てみると………

 

「──お?なんで昴がこんなとこにいるんだよ?イエロー寮はあっちだぜ?」

 

「アニキアニキ!昴君はテストの結果が認められて、ブルーに昇格したんスよ!制服もほら!」

 

「寧ろ折角のチャンスを棒に振ってレッドに残る十代の方がおかしいんダナ」

 

 明かりの正体は十代と翔、そして彼らと同室だという大柄な男子生徒──前田隼人だった。

 

「俺はその辺をぶらつきにな。お前らこそ、こっちに何の用だ?」

 

「俺たちさ、この島にあるっていう廃寮に行くんだ!良かったらお前もどうだ?」

 

 聞けば、昔使われていた廃寮では"闇のゲーム"の研究が行われていたと言う。

 3人でやっていた怪談話から広がったその噂を確かめるべく、こうして寮を抜け出してきたのだそうだ。

 

「闇のゲームねぇ……」

 

「つ、作り話っすよねぇ?」

 

「どうだかな。行ってみればわかるだろ」

 

「流石昴!話がわかるぜ!」

 

 軽い気持ちで十代達に同行することになった昴だが、この後あんな事になるとは思ってもいなかった……。

 

 

「──にしても、隼人が付いてくるなんて意外だったな。いつもは授業に出るのもめんどくさがるじゃんか」

 

「そうなのか?」

 

「う、うん。俺、1度留年してるから……でも、別に出不精でも勉強が嫌いでもないヨ?ただ……」

 

「…ただ?」

 

「嫌なんダ……デュエルで勝つことだけの授業が」

 

「勝つ方法以外でデュエルで勉強することなんてあるの?」

 

「当然ある。俺がいたトコじゃ"不動性ソリティア理論"とか"満足学"とかあったぞ」

 

「えぇ……何それ。"満足学"ってデュエルに関係あるの?」

 

「あるに決まってるだろ。カードという無数の道がある中で、自分だけの満足を見出す…それを永久に追い求める学問だ。──お前らも、満足してみないか?」

 

「なんか怪しい宗教勧誘みたいだよ!」

 

 かつて一端の"満足民"であった昴が翔たちを勧誘していると、目的の廃寮が見えてきた。

 

「ここが廃寮……立派な建物だったんだな」

 

 苔生した門の前には一輪の赤い薔薇が手向けるように置かれており、古びた廃寮の雰囲気と噛み合って不気味さを放っている。

 

「ね、ねえアニキ。やっぱり止めましょうよぉ……」

 

「ここまで来て何言ってんだよ──」

 

 不意に、パキッ!という何かが折れる音が耳に入る。

 

 

「「でっ、出たああああああああぁ──ッ!!」」

 

 

 突然のことで隼人と翔が恐怖の叫びを上げる中、十代と昴はすぐさま音のした方へ懐中電灯を差し向ける。

 

 そこにいたのは──

 

「──明日香?お前何でこんなところに」

 

「こっちの台詞よ。貴方たちこそ、何してるの!?」

 

「ちょいと夜の探検にね」

 

「俺はなりゆきで……」

 

 呆れたように溜息をつく明日香は、優等生らしく昴たちを嗜める。

 

「貴方達知らないの?ここでは何人もの生徒が行方不明になってるって」

 

「そんなの迷信だろ?俺は信じないね」

 

「ここの噂は本当よ、遊び半分で来るところじゃないわ。それにここは立ち入り禁止になってるし、学校にバレたら騒ぎになるわよ」

 

「バレるのを怖がってちゃ探検なんてできないぜ」

 

「真剣に聞きなさい!」

 

「なんだよ?やけに絡んでくるじゃんか」

 

「明日香。そこまで言うってことは、ここについて何か知ってるのか?それにお前が何でここにいるのかも、まだ答えを聞いてない」

 

 いつも以上に厳しい明日香の様子を訝しんだ昴は、自然な流れで探りを入れてみる。

 正直に話すべきか逡巡する明日香だったが、考えた末に、ポツリポツリと語り始めた。

 

「……ここで消えた生徒の中には、私の兄もいるの。1年前、突然行方不明になって以来見つかってない……貴方達のことを心配して警告したけど、それでも行くって言うなら勝手にすればいいわ」

 

 明日香はそう言い残して立ち去る。

 今の話から察するに、門の前の薔薇は、未だ行方知れずの兄を思って明日香が手向けたものなのだろう。

 

「……どうする?今の明日香の話、作り話って雰囲気じゃなかったが」

 

「行こうぜ。噂のこともそうだけど、もしかしたら明日香の兄さんの手掛かりが見つかるかもしれない」

 

 十代を先頭に立ち入り禁止の鎖を跨いだ一行は、慎重な足取りで廃寮の中に足を踏みれる。

 

 その様子を少し離れた木の陰から心配そうに見ていた明日香の姿が突如掻き消えたことに、昴たちが気付くはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──へぇ…埃は被ってるけど、オシリス・レッドの寮とは大違いだな。いっそこっちに引っ越さねぇか?」

 

「嫌だよ!僕は絶対行かないからね!?」

 

 軽口を叩く十代たちを他所に、昴は懐中電灯で寮の壁を照らしていく。

 その一部分に、奇妙な模様の描かれた場所があった。近づいてよく見ると、解読不能の古代文字のようだ。その周囲には、見覚えのあるアイテムのイラストが彫られていた。

 

「千年アイテム……まさか本当に闇のゲームを?」

 

 千年アイテムというのは──

 

 ──人の心を操る千年錫杖(ロッド)、邪悪な魂を封じ込めた千年リング、人の心を見通す千年眼(ミレニアムアイ)、未来を予知する千年タウク、人の心の中に入ることができる千年錠、人の罪の重さを測る千年秤、そして古代エジプトの王の魂を内包した千年(パズル)──

 

 ──以上の古代エジプトを起源とする7つのアイテムの総称だ。

 

 このアイテムに選ばれた者は"闇のゲーム"を仕掛けることができ、敗者には"罰ゲーム"として魂を抜き取られたり、精神を崩壊させられると言われている。

 

「……ん?これは──」

 

 灯りを横にスライドさせていくと、壁に立てかけられた1枚の写真が。

 フレームに入れられたその写真にはオベリスク・ブルーの制服を着た男子生徒が写っており、その顔立ちはどこか明日香の面影があった。また、写真右下にはサインと思しき文字が書かれており……

 

「『FUBUKI 10 JOIN』……おい、これ──」

 

 手に持った写真を十代たちにも見せようとした瞬間だった。

 

 

 ──キャアアアアアアァッ!!──

 

 

「「「「!!!!」」」」

 

 突如、甲高い悲鳴が響き渡る。顔を見合わせた一行は、すぐさま声のした方へと走った。

 

「確か、こっちの方から──!」

 

 廊下を渡って広間に出た十代たちは、階段の上から懐中電灯で部屋の中を照らす。

 外の光も殆ど入らず薄暗い中で、昴は1枚のカードが落ちているのを発見した。

 

「こいつは………」

 

「【エトワール・サイバー】──明日香のカードだ!」

 

 つまり、さっきの悲鳴は明日香のものだということだ。寮に戻る途中で何者かに連れ去られでもしたのか、今はこの廃寮の中にいるらしい。

 

「何かを引き摺った跡があっちに続いてる!」

 

 そう言って隼人が指差す先には、壁をぶち抜いて作られた道──というより穴がある。

 どこかの炭鉱を思わせる洞穴の地面には、確かに何か大きな重い物を引き摺った跡がくっきり残っていた。

 

「急ぐぞっ──!」

 

 長い洞穴を走り抜けると、広い部屋に出た。

 岩山をくり抜いたような円形の部屋の床には幾何学模様が描かれており、部屋の奥には、無骨な棺桶に納められた明日香の姿が。

 

「明日香っ!」

 

 昴達が彼女の元へ駆け寄ろうとした時──

 

 

「ッハハハハ……この者の魂は、最早深き闇に没んでいる……」

 

 

 どこからか湧き出した白い靄と共に、何者かの声が反響した。声の主は、靄の中からユラリとした動きで姿を現す。

 

「ようこそ、遊城十代」

 

「誰だ貴様は!?明日香に何をした!?」

 

「我が名はタイタン──闇のゲームを操る、闇の決闘者」

 

 タイタンと名乗った大柄の男は顔の上半分を帽子と仮面で隠しており、人相は伺えない。

 黒ずくめの服装に──デュエルディスクの機能を持っているのであろう──物々しい機械を胴体と腕に装着している。

 

「ふざけるな!闇のゲームなんてある訳無いだろ!」

 

「ふふん…試してみれば分かるだろうよ小僧。ここは何人も踏み入ってはならん禁断の領域。我はその誓いを破る者に、制裁を下す」

 

「……十代、ここは俺が──」

 

「いいや、奴は俺をご指名だ。相手が誰だろうとデュエルを申し込まれた以上、俺は受けて立つ!逃げ出すような真似はしないぜ」

 

 闇のゲーム──あのタイタンという男がもし本物だった場合を考えて、実戦経験こそ無いものの多少の事前知識がある昴が戦おうとしたが、十代も譲らない。

 明日香も早く救い出さなければいけない以上、あまり時間をかけてもいられないだろう。

 

「……分かった。勝てよ十代」

 

「任せとけ。……万が一俺がやられちまった時は頼んだぞ」

 

「任された。行ってこい」

 

 隼人からデュエルディスクを受け取った十代は、デッキをセットしてディスクを展開する。

 

「ここでいなくなったっていう人たちも、全て貴様のせいだな!明日香を返してもらうぜ!」

 

「私に闇のデュエルで勝てたら、な。後悔するなよ小僧?もう後戻りはできんぞ」

 

 タイタンも左腕の機械からディスクを展開し、スタンバイ状態に移行した。

 

「そんなことするかよ──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 十代 :LP4000 手札×5

 VS

 タイタン:LP4000 手札×5

 

 

「先手は私が頂く──ドロー。…私は【インフェルノクインデーモン】を攻撃表示で召喚!」

 

 

【インフェルノクインデーモン】

 ✩4 悪魔族 ATK900 DEF1500

 

 

 

「奴が使うのは【デーモン】デッキか……」

 

「【デーモン】デッキは確かに強力だ。けどオッサン、そいつは場のモンスターを維持する為に、毎ターンライフを払い続けるっていうデッカイ代償がつくぜ!」

 

 十代の言う通り、タイタンが使う【チェスデーモン】達はその大部分がスタンバイフェイズ毎にライフを払わなければならないという共通効果を持っている。

 ライフ8000で戦っていた前世ならまだしも、その半分のライフで戦うこの世界では、ライフを払い続けるのは痛いデメリットだ。

 

「ほう…落ちこぼれにしてはよく勉強している。ではこのようなカードがあることも知っているかな…?フィールド魔法、発動──!」

 

 タイタンがディスクにカードを挿入すると、突如フィールドが光に包まれる。

 眩しさに目を瞑った十代達が次に目にしたのは、醜悪な魔物の石像がこちらを見下ろす悪魔の空間だった。

 

「なんだこれは……!?」

 

「さしずめ、地獄の一丁目とでも言っておこうか。──私はフィールド魔法【万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-】を発動した」

 

 このフィールド魔法は【デーモン】モンスターのライフコストを帳消しにする効果の他に、戦闘以外で破壊され墓地に行った【デーモン】のレベル未満の【デーモン】をサーチする効果を持っている。

 

 

 十代 :LP4000 手札×5

 VS

 タイタン:LP4000 手札×4

【インフェルノクインデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「さあ、お前のターンだ──おおっと、この娘が気になるなら、お前の目に入らないようにしてやろう」

 

 タイタンが左腕をサッと振ると、明日香の眠る柩が重い音を立てて閉ざされ、【万魔殿】の奥へと呑み込まれていく。

 

「明日香!」

 

「フハハハ…後ろの青い小僧、あの娘を助けようとしているのがバレていないとでも思ったか?残念だったな」

 

「ちっ……!」

 

「卑怯とでも何とでも言うがいい。これが闇のゲームだ──何なら後ろのお前らも消してやろうかぁ!」

 

「今の相手は俺だぜオッサン!要は俺が勝てばいいんだ…!ドロー!」

 

「スタンバイフェイズ時、【インフェルノクインデーモン】の効果発動!このモンスターがフィールドに存在する限り、場の【デーモン】モンスター1体の攻撃力を1000ポイントアップする!」

 

「何っ!?」

 

 チェスに於ける最強の駒"クイーン"の名を冠する悪魔が、その力で自身の攻撃力を大幅に引き上げる。

 

「(くそっ…攻撃力1900になっちまったら、もう【フェザーマン】で戦闘破壊できねぇ……だったら──!)俺は【フェザーマン】を攻撃表示で召喚!」

 

 

【E・HERO フェザーマン】

 ✩3 戦士族 ATK1000 DEF1000

 

 

 堂々とした出で立ちで十代の元へ降り立つ風の戦士だが、その攻撃力ではもう悪魔の女王には届かない。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 十代 :LP4000 手札×3

【E・HERO フェザーマン】

 伏せ×2

 VS

 タイタン:LP4000 手札×4

【インフェルノクインデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「私のターン、ドロー!スタンバイフェイズに【インフェルノクインデーモン】の効果が発動。攻撃力が更に1000ポイントアップ!」

 

「そいつ毎ターン攻撃力が上がるのかよっ!」

 

 今や【クインデーモン】の攻撃力は2900。最上級モンスターにも匹敵する値だ。

 

「更に【ジェノサイドキングデーモン】を召喚!」

 

 

【ジェノサイドキングデーモン】

 ✩4 悪魔族 ATK2000 DEF1500

 

 

 獰猛な唸り声と共に現れたのは、女王と対を成す"王"のデーモン。場に自分以外の【デーモン】がいなければ召喚できない制約を持つ反面、そのスペックはレベル4とは思えない程高い。

 

「食らうがいい、我が【デーモン】達の怒りを【インフェルノクインデーモン】で攻撃!」

 

「その瞬間を待ってたぜ!罠カード【異次元トンネル-ミラーゲート-】!」

 

【ミラーゲート】の効果により、戦闘を行う【フェザーマン】と【インフェルノクインデーモン】のコントロールが入れ替わり、【フェザーマン】が自爆特攻する形になる。そうすればタイタンに1900の反射ダメージが入るのだ。

 

「上手いぞ十代!」

 

「やっちゃえー!」

 

「いや、まだだ──!」

 

 これから起こる展開に意気込む翔と隼人だったが、昴だけは気が抜けない表情をしている。

 

「フン…貴様が雑魚モンスターを餌に罠を張っていることなどお見通しだ。この瞬間、【インフェルノクインデーモン】の効果発動──!」

 

 タイタンの言葉で、【万魔殿】の中心で煮え滾る溶岩の中から6つのボールが飛び出してくる。

 色とりどりのボールにはビリヤードの玉のように1~6までの番号が振られており、タイタンの右手の上で円の形を取る。

 

「【インフェルノクインデーモン】は相手の効果対象になったとき、サイコロを振って2か5が出た場合、その効果を無効にし破壊する。このデュエルでは、サイコロの代わりにこのルーレットを使用する──さあ地獄のルーレットよ、奴の運命を乗せ回り始めよ!」

 

 ルーレットの目の1つに炎が灯り、それが時計回りに巡回していく。

【クインデーモン】の効果が成功する確率は1/3。逆に言えば、2/3の確率で十代の罠の効果が通る。普通ならタイタン側が不利なこのダイスロールだが……

 

「……フッ、ルーレットの目は2だ。よって【インフェルノクインデーモン】の効果!【異次元トンネル】は無効だ!」

 

【クインデーモン】の口元から無数の百足が現れ、わらわらと【フェザーマン】に群がる。

 数匹がその体に取り付いたかと思うと、次の瞬間、百足達は自らの体を爆弾に変え、風の戦士諸共塵になった。

 

「くぅ……っ!」

 

 

 十代:LP4000→2100

 

 

「この瞬間、罠発動!【ヒーロー・シグナル】!自分のモンスターが戦闘で破壊された時、手札かデッキからレベル4以下の【E・HERO】を特殊召喚できる──来い、【クレイマン】!守備表示でデッキから特殊召喚だ!」

 

 

【E・HERO クレイマン】

 ✩4 戦士族 ATK800 DEF2000

 

 

【クレイマン】と【キングデーモン】の攻守は同じ2000。戦闘を行っても、ダメージも破壊も起こらない。

 

「フフフ…凌いだとでも思ったか?闇のゲームの恐ろしさ、とくと味わうがいい……」

 

 不気味に笑うタイタンがポケットから取り出したのは、金色の正四面体──正面には瞳のような模様が造形されている。

 すると、その四面体が突然眩い光を発した。眩しさに目を細める十代と翔、隼人。昴はあまりの眩しさに目元を腕で覆い隠した。

 

「消えていく…お前の身体が…ライフポイントに従い、徐々に消えていく……」

 

 謎の光が収まると……

 

「あっ──アニキっ!」

 

 翔の悲鳴で自分の身体を見下ろした十代は、驚愕に見舞われる。

 

「お、俺の身体が……っ!?」

 

「何?…どういうことだ」

 

 昴は意味が分からず、困惑する。あの光と何か関係があるのだろうか?

 

 

 十代 :LP2100 手札×3

【E・HERO クレイマン】

 VS

 タイタン:LP4000 手札×4

【インフェルノクインデーモン】

【ジェノサイドキングデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「言ったはずだ小僧。既に闇のゲームは始まっているとなァ……」

 

 いつの間にか、昴達の周囲には黒い霧が立ち込めている。

 

「立ち込めてきた…黒い霧が。重く黒い霧が貴様達を包む…苦しいだろう──」

 

 タイタンの言葉に従うかのように、翔と隼人は首元を抑えて苦しそうに息をしている。

 だが昴は何ともない。この霧で煙たくはあるが、普通に呼吸もできている。

 

「これが闇のゲームのプレッシャーだ。貴様達の足はもう動かず、誰もここから逃げ出すことはできない」

 

「ホントだ…足も動かないよ……!」

 

「おい、一体何が起こってる?俺は何ともないぞ」

 

「えっ?どういうこと?」

 

「……貴様は遊城十代の後に私と戦い、永遠の闇に飲まれる運命……その為に生かしてやっているに過ぎん。どの道、もう誰1人闇のゲームから逃れることは出来んのだ」

 

 本来、闇のゲームを行う為には千年アイテムが必要だ。それを持っていなければタイタンの闇のゲームはハッタリだと断言できるのだが、彼が手にしていた四面体──遠目でしか見えないが、あれは千年パズルに酷似している。

 

 どんな経緯か知らないが、あの男の手に本物のパズルが渡ったのであれば、これは正真正銘闇のゲーム。負ければその魂が永遠に闇に飲み込まれてしまう。

 

「これが闇のゲーム…確かにヤバそうだ。けど、こんなにゾクゾクするデュエルは初めてだぜ!俺のターン!」

 

 このような状況でも笑って見せる十代は持ち前のドロー力で引いた【強欲な壺】で2枚ドローする。

 

「行くぜ!魔法カード【融合】!手札の【スパークマン】と【クレイマン】を手札融合して、【E・HERO サンダー・ジャイアント】を召喚!」

 

 

【E・HERO サンダー・ジャイアント】

 ✩6 戦士族 融合 ATK2400 DEF1500

 

 

「【サンダー・ジャイアント】の効果!自身より攻撃力が低いモンスターを破壊する!──ヴェイパー・スパーク!」

 

「【ジェノサイドキングデーモン】の効果!再び回れ、運命のルーレット──!」

 

 ルーレットの火が止まったのは……5。

 

「ハハッ!運命のルーレットは、再び私に味方した!」

 

【キングデーモン】に向けて放たれた雷は180度反転し、雷の巨人の体を打ち砕いた。

 

「クソ…っ!永続魔法【悪夢の蜃気楼】を発動。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 十代 :LP2100 手札×0

 魔法罠:【悪夢の蜃気楼】

 伏せ×2

 VS

 タイタン:LP4000 手札×4

【インフェルノクインデーモン】

【ジェノサイドキングデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「結局、お前がこの2ターンで私に与えたダメージはゼロ……そろそろデュエルを終わらせる準備と行こうか──私のターン!」

 

「スタンバイフェイズに【悪夢の蜃気楼】の効果が発動!手札が4枚になるようドローする!」

 

「好きにするがいい。どの道お前は敗北することに変わりはないがなァ……やれ!【ジェノサイドキングデーモン】!──炸裂!五臓六腑ゥ!」

 

【キングデーモン】の胴体が裂け、その中から無数の羽虫がわらわらと十代に襲いかかる──!

【キングデーモン】の攻撃力はスタンバイフェイズに【クインデーモン】の効果で1000ポイント上がっている。この攻撃が通れば十代の敗北だ。

 

「攻撃宣言時、罠発動!【聖なるバリア-ミラーフォース-】!」

 

「よし!これなら!」

 

【ミラーフォース】は対象を取らない全体破壊効果──つまり【デーモン】達のダイスロール効果を踏むことなく破壊することができる。

 

 羽虫たちは鏡の障壁に行く手を阻まれる。その後、自分たちの体を破裂させて起こした爆風がタイタンのフィールドへと跳ね返された。

 

 炎の奔流は王と女王を巻き込み、フィールドを一掃する。

 

「ぬぅ…っ!しぶとい奴め──しかし、手札の【デスルークデーモン】の効果発動。【ジェノサイドキングデーモン】が破壊された時にこのカードを捨てることで、復活させることができるのだ!」

 

 加えて【万魔殿】の効果により、デッキから新たな【デーモン】2枚がタイタンの手札に加わる。

 

「まだバトルフェイズは続行中だ。復活した【ジェノサイドキングデーモン】でダイレクトアタック!」

 

「速攻魔法【非常食】!このカード以外の自分の魔法罠を破壊することで、その枚数×1000ポイントのライフを回復する!」

 

 十代が破壊したのは【悪夢の蜃気楼】──これによりライフは3100に回復した。しかし攻撃そのものは止められず、増やしたライフも大きく削られてしまった。

 

 

 十代:LP3100→1100

 

 

「私はこれでターンエンド……フッ、しかし貴様のライフが減ったことで、その体も消えていくのを忘れてわけではあるまい……」

 

 

 十代 :LP1100 手札×4

 VS

 タイタン:LP4000 手札×6

【ジェノサイドキングデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

 タイタンが再び取り出した四面体が光を発し、またも昴以外の全員が悲鳴を上げる。

 翔達が言うには、十代の体がダメージを受ける度に消えているそうなのだが、昴には何も起こっているように見えない。

 

 その上翔は右腕が、隼人は右足が消えた、と意見が一致しないことで、一層訳が分からなくなる。

 

「──俺のターン!魔法カード【戦士の生還】で墓地の【フェザーマン】を手札に加え、【融合】を発動するぜ!──現れろ【E・HERO フレイム・ウィングマン】!」

 

 

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

 ✩6 戦士族 融合 ATK2100 DEF1200

 

 

「効果で破壊できないなら直接バトルで破壊してやる!【フレイム・ウィングマン】!──フレイム・シュート!」

 

【フレイム・ウィングマン】の右腕から放たれた炎がデーモンの王を焼き尽くす。戦闘ダメージは僅か100だが、十代の狙いはそこではない。

 

「戦闘ダメージに加えて、【フレイム・ウィングマン】の効果ダメージも食らってもらうぜ!」

 

「ぬあああああぁ──っ!」

 

 

 タイタン:LP4000→1900

 

 

 ここで初めてタイタンのライフが減少する。そしてどうやら闇のゲームのルールはタイタン自身にも影響するらしく、翔達の目にはタイタンの手足が消えたように見えているらしい。

 

「ぬぅ……見事と言ってやろう。しかし私は再び【デスルークデーモン】を捨て、【ジェノサイドキングデーモン】を復活させる!」

 

 三度蘇った王のデーモン。小さく舌打ちした十代は、新たなモンスターを呼び出す。

 

「【ダーク・カタパルター】を守備表示で召喚して、ターンエンドだ」

 

 

【ダーク・カタパルター】

 ✩4 機械族 ATK1000 DEF1500

 

 

 十代 :LP1100 手札×1

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

【ダーク・カタパルター】

 VS

 タイタン:LP1900 手札×5

【ジェノサイドキングデーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「私のターン!貴様はこのターンで、更なる地獄を見る──【ジェノサイドキングデーモン】をリリースし、【迅雷の魔王-スカル・デーモン】をアドバンス召喚!」

 

 王の魂を礎に現れた魔王は、肉体に雷を纏わせ、産声というには猛々しい唸り声を上げた。

 

 

【迅雷の魔王-スカル・デーモン】

 ✩6 悪魔族 ATK2500 DEF1200

 

 

「目障りなモンスターを八つ裂きにしろ!──怒髪天昇撃!」

 

 頭部の角に雷を収束させた魔王は、その矛先を【フレイム・ウィングマン】に向ける。

 間髪入れず放たれた雷撃により、十代のエースは成す術なく破壊されてしまった。

 

 

 十代:LP1100→700

 

 

「最早お前のライフは風前の灯。さあ、お前の体も同じようになっていくぞ…全身の力が抜け、立つこともできない……」

 

 十代の体から力が抜け、次第に意識までもが霞んでいく。

 項垂れた身体がいよいよ倒れそうになった瞬間、十代の胸ぐらを掴み上げる者がいた。

 

「す、昴君!?」

 

「十代っ──!」

 

 突然のことに目を剥く翔の前で、昴は十代の頬に平手を叩きつけた。

 パンッ…!という乾いた音が響き渡り、十代の身体が力なく倒れる──が、寸でのところで意識を覚醒させた十代は両足で踏ん張り、踏みとどまる。

 

「痛ってて…サンキュー昴。いい一発だったぜ…もうちょい加減してくれても良かったけどな」

 

「アニキ!」

 

「グーパンチじゃなかっただけ有り難く思え。とっとと勝って明日香を連れて帰るぞ」

 

「ああ!──待たせたなタイタン、俺のターンだ!ドロー!」

 

 

 十代 :LP700 手札×2

【ダーク・カタパルター】

 VS

 タイタン:LP1900 手札×5

【迅雷の魔王-スカル・デーモン】

 フィールド魔法:【万魔殿-悪魔の巣窟-】

 

 

「【ダーク・カタパルター】の効果発動──!」

 

【ダーク・カタパルター】はスタンバイフェイズ時に守備表示だった場合、自身にカウンターを1つ乗せる。

 そしてそのカウンターの数と同じ枚数のカードを墓地から除外することで、除外した枚数分フィールドの魔法罠を破壊できるのだ。

 

「俺は墓地の【フェザーマン】を除外して、フィールド魔法【万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-】を破壊っ!」

 

【ダーク・カタパルター】の背中の双角からエネルギーが放出され、フィールドを塗り替えていた悪魔の住処を引き剥がす。

 

「更に魔法カード【死者転生】を発動。手札を1枚をコストに墓地の【スパークマン】を手札に加えて、これを守備表示で召喚!ターンエンドだ」

 

 

【E・HERO スパークマン】

 ✩4 戦士族 ATK1600 DEF1400

 

 

「フン!威勢はいいが、お前に出来る事などその程度だ小僧っ……!」

 

 

 十代 :LP700 手札×0

【ダーク・カタパルター】

【E・HERO スパークマン】

 VS

 タイタン:LP1900 手札×5

【迅雷の魔王-スカル・デーモン】

 

 

「私のターン…【万魔殿】が破壊されたことで、【スカル・デーモン】の維持コストとしてライフを500払う」

 

 

 タイタン:LP1900→1400

 

 

「更に【デーモンの騎兵】を召喚し、バトルフェイズに入る」

 

 

【デーモンの騎兵】

 ✩4 悪魔族 ATK1900 DEF0

 

 

「【スカル・デーモン】で【ダーク・カタパルター】を攻撃!──怒髪天昇撃!」

 

 魔王の雷により双角の機械獣は爆散。しかし主の身を守るという最後の役目は果たした。

 

「続けて【デーモンの騎兵】で【スパークマン】を攻撃!」

 

 馬に跨った悪魔の騎兵は、手にした突撃槍で【スパークマン】を貫く。これで十代のフィールドは再びガラ空きとなってしまった。

 

 

 十代 :LP700 手札×0

 VS

 タイタン:LP1400 手札×6

【迅雷の魔王-スカル・デーモン】

 

 

「俺のターン!…俺は【E・HERO バブルマン】を特殊召喚!」

 

 

【E・HERO バブルマン】

 ✩4 戦士族 ATK800 DEF1200

 

 

 十代がトップで引いたのは、背中にタンクを背負った水を操る【E・HERO】だ。ステータスこそ心許ないが、このモンスターの真価は効果にある。

 

「──【バブルマン】は手札が自身だけの時に特殊召喚でき、そして召喚時に自分のフィールドに他のカードが無ければ、デッキから2枚ドローできる!」

 

 昴の前世では"強欲なバブルマン"の愛称で親しまれていた効果により、十代は新たに2枚のカードを引き込む。その中に逆転のカードがあるかどうか…勝負の分け目だ。

 

「──俺は魔法カード【バブル・シャッフル】を発動!」

 

「ぬぅ…っ!?何をする気だ!?」

 

「【バブル・シャッフル】は、自分フィールドの【バブルマン】と相手モンスター1体を守備表示に変更するカード──俺が選ぶのは【デーモンの騎兵】だ!」

 

 互いのモンスターが守りの姿勢を取ったのを見て、タイタンは口元を歪める。

 

「しかし、守備表示にしたところで【スカル・デーモン】は破壊できん!所詮無駄な行為だ!」

 

 

「まだ【バブル・シャッフル】の効果は終わってないぜ!俺は【バブルマン】をリリース──来い!【E・HERO エッジマン】!!」

 

 

【バブルマン】に代わって十代の元へ駆けつけたのは、闘牛を思わせる角を生やした黄金の戦士。

 十代のメインデッキにいるHERO達の中では最強の攻撃力を持つモンスターだ。

 

 

【E・HERO エッジマン】

 ✩7 ATK2600 DEF1800

 

 

「それがどうしたぁっ!その程度で私を倒すことなど──!」

 

「いいや、このターンで終わりだぜ!【エッジマン】は守備モンスターを攻撃した時、貫通ダメージを与える!」

 

「なぁんだとおおぉ!?」

 

「行け!【エッジマン】!【デーモンの騎兵】を攻撃!──パワー・エッジ・アタック!」

 

 大きく跳躍した【エッジマン】は、両腕のブレードで敵を一刀両断する!

 

 戦闘相手の【騎兵】の守備力は0──【エッジマン】の効果で、攻撃力が全てタイタンへと貫通し……

 

 

「ぬおおおおぁぁぁ──っ!!!」

 

 

 タイタン:1400→0

 

 

「っしゃあ!」

 

「すごいよアニキ!闇の決闘者に勝っちゃった!」

 

「……いや、違う。こいつは闇のゲームなんかやっちゃいない」

 

「…どういうことダ?」

 

 倒れ伏すタイタンの手からこぼれ落ちた四面体を拾い上げた昴は、それを十代達に向かって放り投げる。

 闇のゲームのトリガーとなる曰くつきアイテムを渡され慌てふためく3人だったが、最初に違和感を覚えたのは十代だった。

 

「なんか、闇のゲームを発動させるアイテムにしちゃあ……ちゃちくないか?」

 

「当然だ。それは外見だけ似せたパチモンだからな」

 

 そもそも千年アイテムは全て貴金属で出来ている。本物の千年パズルは完成形が中身空洞とはいえピース1つ1つは密度の高い純金なのだから、それなりの重さになるはずだ。

 

 だが十代が持っているパチモン千年パズルは異様に軽い。片手で弄べるくらいだ。

 

「でも、その千年アイテムが偽物なら何でアニキの体が消えてたの?」

 

「それなんだが……本当に消えてたのか?俺には普通にデュエルしてるようにしか見えなかったんだが」

 

「間違いないよ!隼人君だって見たでしょ?」

 

「うん……」

 

 十代達3人だけに見えて、昴には見えなかった理由……考えられるものとしては1つある──"光"だ。

 先のデュエルで度々偽パズルから発せられていた怪しげな光……あれは催眠術などでよく用いられる手法でもある。

 

 あの光と、タイタンの妙に芝居がかった説明調の言葉──相手を催眠術に陥れる為だと考えれば、全て合点がいく。昴はあの光を浴びせられる度に腕でシャットアウトしていた為、催眠術にかからなかったのだろう。

 

「なぁんだ…じゃあアイツ、闇の決闘者って嘘ついてたんスね」

 

「そういうことだ。さっき偽パズル(コレ)拾った時にうめき声も聞こえたから、あの男も普通に生きてる」

 

 言った傍から、タイタンが目を覚ましたようだ。

 

「──さぁて。何でこんな事をしたのか、洗いざらい吐いてもらおうか」

 

「むぅ…私はプロだ。無意味なことはしない──そう、私の仕掛けが通用しないのならば、最早戦う意味はない。そして、キサマらに付き合う必要もな──」

 

 突如、視界が煙に覆い尽くされる。どうやら煙玉を隠し持っていたようだ。

 

「待て───!」

 

 十代と昴が逃げるタイタンを追う中で、部屋を囲むように配置されていた石像の口に光が灯る……

 全部で8つ灯された光は部屋の中央に集まり、床に不気味な瞳のマークを浮かび上がらせた。

 

 すると、突如昴達の周囲で瘴気が渦を巻き始める。どんどん大きくなっていく瘴気の渦は昴と十代、タイタンを飲み込み、黒い謎の球体となって3人を閉じ込めてしまう。

 

 残された翔と隼人は、ひたすら十代と昴の名前を呼び続けるしかなかった。

 




1万5千文字超えそうなんで流石にカット……

いや、配分下手くそか私。

このタイタン戦、最初から昴に戦ってもらうか迷った末にこのような形にしました。
自分でも今更何をと思いますが、オリ主と本来の主人公を上手く共存させるのってやっぱり難しいんですねぇ。

(AVのようにデュエル中断連発できたらなぁ)←おい

ともあれ、一旦ここで区切ります。次回は皆さん予想がついてるかと思いますが、タイタンVS昴です。
過去にコメントでも頂いた"アレ"をやろうと思います。
というか寧ろ"アレ"をやるから十代に戦って貰ったんですが…そのことに関してはまた次回。

お気に入りや評価、感想くださった皆さん、ありがとうございます。


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やっと会えたね

2連投じゃおらぁ!


 デュエルアカデミアの廃寮にて、闇の決闘者を騙る男・タイタンとのデュエルに勝利した十代。

 

 しかし勝利の喜びに浸る間もなく、昴・十代・タイタンの3人は、謎の暗闇に飲み込まれてしまったのだった……。

 

 

 

 

 

「──おい、どうなってんだこれ?」

 

「タイタン、お前また何かしたんじゃないだろうな──!?」

 

「違う!私は何もしていない!」

 

 突然の事に困惑する3人。そんな彼らの周囲から、不気味な呻き声が……

 

「なんだよコレ──!?」

 

「さぁな…触らない方がいいってことだけは確かだろうさ……!」

 

 ねっちょりとした黒いスライムのような謎の物体は意思を持っているらしく、群れを成して真っ先にタイタンへ向かっていく。

 

 

「く、く来るな!やめろぉ…っ!あああぁっ!助け──ぅぐぅぁ──っ!」

 

 

 黒スライムはタイタンの巨体を瞬く間に覆い尽くし、助けを求めようと開いた口の中にまで侵入する。

 

「お、おい大丈夫か!?」

 

「十代、向こうの心配してる場合じゃないぞ!」

 

 昴の言葉で十代が足元を見下ろすと、2人の元にも黒スライム達が躙り寄ってきている。

 

 背中合わせになった昴達を追い詰めるようにじわじわと包囲を狭めてくるスライム達。もうダメかと思ったその時だった──

 

 

『──させないよ』

 

 

 ふと耳に入った澄んだ声。気付けば、青白い光がスライムの進行を塞き止めていた。

 

「これは……!?」

 

「すげぇ……!」

 

『感心してる場合じゃないんだけど…まぁいっか。───よっ、と』

 

 昴の後ろ腰あたりが何やらもぞもぞと動いたと思うと、デッキケースから小さな光球が飛び出してきた。

 その光球は昴の目の前で静止すると、一度強く輝く。

 

 至近距離の光に目を瞑った昴。光が収まり、目を開けると……

 

 

『ふう…初めまして、っていうのも変かな。──やっと会えたね、マスター』

 

 

「嘘だろ……」

 

 そこに立っていたのは──見覚えのあるとんがり帽子に、紺色のローブ、美しい水色の髪、そして先端に鏡が取り付けられた銀色の杖──見紛うことなき【リチュア・エリアル】だった。

 

『僕だけじゃない。後ろの彼のトコにもいるよ、ほら──』

 

『クリクリ~!』

 

「おおっ!【ハネクリボー】!」

 

 デュエルディスクにセットされた十代のデッキから飛び出てきたのは、曰く彼の"相棒"であるらしい【ハネクリボー】だ。

 

『色々聞きたいだろうけどそれは後で。伝えるべき事だけ伝えるよ──』

 

 エリアルが言ったことを要約するとこうだ。

 ここでは本物の闇のゲームが行われ、敗れれば今度こそ魂を持っていかれる。脱出するにはこの"闇"を打ち払う他ないが、その為には──

 

「──タイタン(ヤツ)を倒せってことか」

 

 未だに昴達の周囲には黒スライム改め闇が蔓延っているが、その大部分はタイタンの方へ向かったようだ。

 

 そしてそのタイタンはというと

 

 

「──私と戦え。闇のデュエルだ──」

 

 

 仮面に隠した瞳を赤く光らせ、虚ろな声でそう繰り返すだけ──人形同然の状態になっていた。

 

「十代、俺に代われ。偽の闇のゲームだったとはいえ、連戦はキツいだろ」

 

「んなこと……って言いたいけど、お言葉に甘えさせてもらうぜ」

 

「任せろ。速攻で終わらせる」

 

 十代から渡されたデュエルディスクを腕に装着し、腰から取り出したデッキをセットする。

 

『ハネクリ君、デュエル中僕が守れるのはマスターだけになるから、そっちはよろしく』

 

『クリィッ!』

 

 そうしてエリアルは姿を消したが、周囲の光は消えることなく昴のことを闇から守ってくれている。

 十代の方も、ハネクリボーが忙しなく飛び回って闇を撃退してくれているようだ。

 

「──私と戦え。闇のデュエルだ──」

 

「その台詞はもう聞き飽きた。お望み通り戦ってやるから、その口を閉じろ──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 昴  :LP4000 手札×5

 VS

 タイタン:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は俺だ──ドロー!…魔法カード【強欲な壺】発動。デッキから2枚ドローする」

 

 引いたカードを見て、昴は小さく笑う。

 そこに、幽霊のように顔だけ覗かせたエリアルが

 

『"ミーの勝ちじゃないか"ってやつだね』

 

 と、茶々を入れてくる。

 

「ま、そういうことだ……手札の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】の効果発動!この2枚を墓地に送り、デッキから【リチュアの儀水鏡】と【ガストクラーケ】を手札に加える。そして【リチュアの儀水鏡】を発動──来い【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 手札の同じ【ガストクラーケ】を素材として、もう1体の【ガストクラーケ】が儀式召喚される。

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ✩6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

「【ガストクラーケ】の召喚時効果発動!相手の手札を2枚確認、その内1枚をデッキに戻す──ガスト・スキャニング」

 

【ガストクラーケ】の杖から光が放たれ、タイタンの手札の正体を暴く。

 公開されたのは【デーモン】をサポートする魔法カード【魔霧雨(まきう)】と【ミストデーモン】の2枚。

 

「【ミストデーモン】をデッキに戻してもらうぞ──続けて墓地の【儀水鏡】をデッキに戻して効果発動、2体目の【ガストクラーケ】を回収。そして魔法カード【サルベージ】で墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を手札に加える──」

 

 その後、手札の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】の2枚を墓地に送った昴は、デッキから新たな【儀水鏡】と【マインドオーガス】を手札に加えた。

 

「もう一度、【リチュアの儀水鏡】発動!フィールドの【ガストクラーケ】を墓地に送り、転生儀式召喚──【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 再び現れた【ガストクラーケ】の効果で、またもタイタンの手札がピーピングされる。

 今度は【死者蘇生】と永続魔法【デーモンの宣告】──昴は手札か墓地のアドバンテージを稼げる【デーモンの宣告】をデッキに戻した。

 

「むぅ……」

 

 削られていく手札に対し何もできないタイタンは、心なしか不満げな様子だ。しかし絶対に負けられないこの戦いでこの手札なのだ。受け入れてもらう他ない。

 

「墓地の【儀水鏡】をデッキに戻し、【ガストクラーケ】を回収。再び【サルベージ】を発動し、墓地の【シャドウ】と【ヴィジョン】を回収する。そして【シャドウ】の効果で今戻した【儀水鏡】を手札に」

 

 淡々と、流れるようにカードを回転させる昴。その動きに一切の淀みは無い。ただ目標点を目指してルートを進むのみ。

 

「これで2枚目の手札破壊。しかもまた儀式魔法が手札に入ったってことは……」

 

 後ろで昴の目が回りそうな1人回し(ソリティア)を見ている十代は、彼のやろうとしている事を察する。同時に、苦笑いが浮かんだ。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【マインドオーガス】を墓地に送り、2体目の【ガストクラーケ】を儀式召喚──!」

 

 三度現れた異形の少女が、その力でタイタンの手札を見透かす。残る手札は3枚、ピーピングする2枚の内片方は既に公開された手札ということになる。

 

「【魔霧雨(まきう)】と【ジェネラルデーモン】か……戻すのは【ジェネラルデーモン】だ」

 

 3枚目のカードがデッキに送り返され、タイタンの手札は僅か2枚──しかもその内容も割れている。

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 昴  :LP4000 手札×0

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 タイタン:LP4000 手札×2

 

 

 長い時間を経てようやく渡って来たタイタンの第1ターン。

 

「…ここまで好き勝手やってくれたな。だがしかし、もう貴様の好きにはさせん。私のターン、ドロー──」

 

「──この瞬間、罠発動【水霊術-「葵」】」

 

「なんだとぉ……!?」

 

「俺はフィールドの【ガストクラーケ】を1体リリースして、お前の手札を全て見た上で1枚を墓地に送る。…さぁ見せろ、何を引いた?」

 

 タイタンの手札が完全公開される。そこには前のターンでピーピング済の【魔霧雨】と【死者蘇生】、そしてたった今ドローした【強欲な壺】があった。

 

「【死者蘇生】を墓地に送る」

 

「ぐぬぅぅぅ……!貴様ァ……フッ──バァカめ。貴様はたった今、大きなミスを犯したぞ!私は─「終わりだなんて誰が言った?」──」

 

「ここまで徹底的にハンデスしたんだ。俺の場に残った伏せが何なのか、薄々予想くらい付いてるんじゃないのか?」

 

「ま、まさか……ッ!?」

 

「これで最後だ──【マインドクラッシュ】!」

 

 この罠はカード名を1つ宣言し、相手の手札にそのカードがあった場合、全て墓地に送るという効果を持っている。

 通常なら非公開情報である相手の手札を言い当てなければならない中々使いにくいカード(しかし抜け道はある)だが、今の昴は【ガストクラーケ】達による3回のピーピングと【水霊術】でタイタンの手札を全て把握している。

 

「俺が宣言するのは、魔法カード【強欲な壺】だ」

 

「ふ、ふざけるなあああああああぁッ!」

 

 怒りに震えて発狂するタイタンに残された手札はたった1枚──それも単体では全く意味を成さない【魔霧雨】だ。

 

 文字通り何もできないタイタンは、そのまま昴にターンを渡した。

 

 

 昴  :LP4000 手札×0

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 タイタン:LP4000 手札×1

 

 

「俺のターン。【リチュア・エミリア】を召喚」

 

 

【リチュア・エミリア】

 ✩4 魔法使い族 スピリット ATK1600 DEF800

 

 

 現れたのは、隣にいる【ガストクラーケ】の憑代となった赤髪の少女。【エミリア】はどこか悲しげな目で異形と化した自分を一瞥した。

 

「バトル──【リチュア・エミリア】でダイレクトアタック!」

 

【エミリア】が杖を構えて呪文を詠唱すると、周囲に小さなシャボン玉が出現。それを勢いよく撃ちだした。シャボン玉は着弾すると大爆発を引き起こし、タイタンのライフを容赦なく削っていく。

 

 

 タイタン:LP4000→2400

 

 

「【ガストクラーケ】!──イビル・テンタクルス!」

 

 

【ガストクラーケ】の触手がタイタンの体を絞め上げ、思いきり横っ面を張り飛ばす。

 それを数回往復させたところで、タイタンのライフは0となった。

 

「今のは俺達と、巻き込まれた明日香の分だ」

 

 

 タイタン:LP2400→0

 

 

「ぅ……がぁっ!何をする!止めろォ!──まさか、本当に闇のゲームが存在していたとでm──っ」

 

 デュエルに敗北したタイタンの体を、また闇が飲み込む。さっきは彼の意識を乗っ取るのが目的だったようだが、今回はそうではないらしい。まるで獲物を捕食するかのような激しさだ。

 

「すげぇ…どうなってんだアレ?」

 

「すごいか…?いや、それより──出口はどこだ……!?」

 

『クリクリ~!』

 

「ナイスだ相棒!昴、こっちだ!」

 

 ハネクリボーが指し示す方に空間の裂け目がある。その向こうからは光が漏れており、外へと繋がっているようだ。

 

 ハネクリボーに導かれ走る昴と十代は、思い切って裂け目へ飛び込んだ。

 ドスン!と腰に衝撃を感じると、目の前には先程まで2人がいたあの石室が広がっており、昴達の帰還を待っていた翔と隼人がこちらへ駆け寄ってくる。

 

「……出られたのか?」

 

「みたいだな……」

 

「とにかく、2人共無事で良かったんダナ──ん?」

 

 隼人の背後で何やらバチバチと音が聞こえる。不審に思って振り返ると、昴達が出てきたあの黒い空間が周辺の物を吸い込みながら急速に収縮を始めた。

 

「──伏せろぉっ!」

 

 全員床に這い蹲って吸い込まれまいと踏ん張る。そんな中、昴の視界の端で何かが重々しい音を立てながら動く。

 

「──まずい!明日香っ!」

 

 柩で眠る明日香の身体がふわりと宙に浮く。吸い込まれそうになった明日香の手を、ギリギリで昴が掴んだ。そのまま彼女の体を引き寄せ、飛ばされないよう必死に抱え込む。

 

 やがて周辺の瓦礫や石をあらかた吸い込んだ黒い空間は、乾いた音を立てて消滅──弾け飛んだ。

 

「……全員、無事か?」

 

「ああ……」

 

「何だったの、今の?」

 

「わかんないけど、今はここを出た方がいいと思うんダナ」

 

 隼人の意見に賛成し、一行は廃寮の出口へと向かう。

 まだ目を覚まさない明日香は、昴が抱えて運ぶことにした。所謂お姫様抱っこというやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん──ここは?」

 

「目が覚めたか」

 

 空が微かに白み、夜明けの到来を告げる頃──

 

 廃寮から離れ、女子寮に程近い森で目を覚ました明日香は、今自分が置かれている状況に混乱を隠せない。

 一番新しい記憶では、確か謎の男に棺桶に入れられ、光を浴びせられ……そこで記憶は途切れている。

 

「昴……私一体……」

 

「まあ色々あってな。お前を連れ去った男はもういないから、安心しろ」

 

「十代達は?…一緒に居たわよね?」

 

「さっきまで居たんだが、夜通し外に居たのがバレるとまずいってんで先に帰らせた」

 

 昴と明日香のブルー寮はここから近い為、他の生徒達が起きてくるまでに部屋に戻ることは十分可能だが、レッド寮は島の真反対だ。立ち入り禁止の場所に入っただけでなく門限まで破ったとなっては、厳罰は免れないだろう。

 

「あ、そうだ──コレとコレ。お前に渡しとく」

 

 そう言って昴が差し出したのは、廃寮で拾った明日香の【エトワール・サイバー】と、例の写真だ。写真を目にした明日香は、ハッと目を見開く。

 

「兄さん……!間違いない、これは兄さんのサインだわ」

 

 明日香の兄──天上院吹雪は、サインを書く際に洒落で苗字の"天"を数字の"10"と表していたらしい。

 

 これを見つけた時の昴の予想は見事的中していたようだ。

 

「戻りがてら他にも何かあるか見てみたんだが、生憎見つかったのはこれだけだった……すまん」

 

「もしかして、その為に……?」

 

「まあ…半分は好奇心だったけどな」

 

 胸を張って「その通り!」と言えない自分に何とも言えない残念さを感じる昴。

 

 しかしそんな考えも、不意に鼻腔を擽った匂いで吹き飛んだ。

 

 

「ありがとう、昴……!」

 

 

 明日香の腕が昴の背中に回され、力いっぱい抱きしめられている状態だ。

 顔のすぐ横でふわりと舞った明日香の綺麗な金髪からは…シャンプーの匂いだろうか?とにかくいい匂いがする。

 

「っ……ど…どう、いたしまして」

 

 何とか平静を取り戻した昴は、明日香の瞳に薄らと涙が浮かんでいることに気づく。

 

 明日香からしてみれば、長い間消息不明の兄に繋がるかもしれない手がかりが見つかったのだから、それだけでも十分過ぎる事だ。

 

「私、頑張る。必ず兄さんを見つけてみせるわ」

 

「そうか……何か、手伝えることがあればいつでも言えよ。協力する」

 

 そう言って、昴は明日香の頭をそっと撫でる。

 2回、3回と明日香の頭を往復したところで、お互いに今何をしているのか自覚したらしく、驚異的な速さで体を離した。

 

 

「「…………」」

 

 

 気まずい空気の中、やっとの思いで口にした言葉は──

 

 

「……か、帰るか。立てるか?」

 

「え、ええ…そうね」

 

 

 という、何とも当たり障りのない言葉だった。

 

 ここから女子寮の前で明日香と別れるまで、お互いの顔を全く見れなかったのは想像に難くない。

 

 

 そして幸か不幸か…そのせいで、お互いに顔を真っ赤にしていることにも気付かなかった。

 




千年アイテムがなくたって、【マインドクラッシュ】でマインドクラッシュできるのさ。
そう、リチュアならね。

前置きに1話使うというとんでも構成になってしまったタイタン戦、如何だったでしょうか。
……いやまぁ「全ハンデスだー。わー!」位しか出てこないかと思いますが。

態々十代にもタイタンと戦ってもらったのは、この全ハンデスをやりたいが為でした。
先行1ターンでやる事全部やる以上、どうしても短いデュエルになってしまうので……
それで1話分使ってどうすんだって。

えー、はい。反省はここまで。
今回の明日香についてというか…あの、コメントを見る限りですね。

皆さんご自分の欲望にすごい正直でいらっしゃる…w

私的には露骨にラキSKBとかお色気シーンを連発してしまうと、もうそういう作品に変わってしまいそうな気がするんですよね。T○Loveるみたいな。

※以下、作者の語彙力が著しく低下した部分が見られます

なので、今のところ明日香は割と正統派ヒロイン(?)みたいな感じ、雪乃は攻め攻めな感じで行こうと思ってます。そいで雪乃に触発…じゃないですけど、まぁ対抗心を燃やす的なアレがあって、ちょっと大胆にいっちゃう!?みたいな……ことが、できればいいなぁって。

……未来の私に「てめぇ如きの文才で身の丈に合わない事言ってんじゃねーぞ!」って怒られそうです。
まぁ私は大抵勢いとノリで事を進めるので、そうなったら開き直るところまで予想できましたわ。

そしてそして、昴の精霊枠は当然【エリアル】となります。
これはもう書き始めた当初から決めてました。リチュアのアイドルですからね。勝ち確です。


イマイチ纏まりの無い後書きとなりましたが、今後も本作を読んで頂ければと思います。
お気に入り登録、感想・評価などくださった皆さん、ありがとうございます。


あ、それと。活動報告に一報載せましたので。よろしければご一読ください。


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タッグデュエル

 廃寮での一件を経た翌日……学園の授業が休みにも関わらず、昴はデュエルアカデミアの校長室を訪れていた。隣には明日香と隼人の姿もある。

 

「──あの夜、廃寮には俺達も居ました。ですから、十代と俺でタッグを組ませてください。当事者同士なら問題はないはずです。俺が駄目なら、明日香でも隼人でもいい──」

 

「そうです!それに、私は彼らを巻き込んでしまった責任があります!」

 

「お、俺、今まで自分がダメだって思ってましタ。でも十代のデュエルを見て、もう一度真剣にデュエルに取り組んでみようって思ったんです!十代は、この学園に必要な奴です!」

 

 必死に鮫島校長に掛け合う昴達だったが……

 

「君達の思いはよく分かった…しかし遊城君達のタッグは、査問委員会で決定したことだ。もう我々の一存ではどうにもできない。……力になれず、すまないね」

 

「……分かりました、失礼します。──行こう」

 

 まだ納得しきれていないが、学内の最高権力者である鮫島校長でもどうにもできないというなら、最早打つ手はない。

 

「……どうしましょう。あの2人で勝てるのかしら?」

 

「十代は心配いらないだろうけど、問題はタッグ相手の方なんダナ」

 

「ああ……十代が上手く説得してくれてりゃいいんだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、オシリス・レッド寮──

 

「ただいまー……」

 

「はやどぐううううん!僕なんかがタッグデュエルなんて、勝てるわけないよぉ!きっとボコボコにされて退学になるんだ!後生だよ!代わっておくれよぉ~~っ!」

 

 自室に戻った隼人に泣きついてきたのは翔だ。その後ろでは十代が困った様子で頭をガリガリと掻いている。

 

「そう思って頼んでみたけど、査問委員会で決まったことは変えられないって……」

 

「そ゛ん゛な゛あ゛あああああああ~~っ!」

 

 絶望の形相で大泣きする翔。そんな翔を何とか宥める隼人の後ろから顔を出したのは、一緒に付いてきた昴と明日香だった。

 

「いい加減にしろ翔。隼人も言ったろ、もう決まったことだ。お前も男なら腹を括れ」

 

「えぐっ…ひぐっ……退学になる覚悟しておけってことぉ……!?」

 

「そうじゃなくてだな………」

 

 翔がこんな事になっているのには勿論理由がある。

 昨夜、立ち入り禁止の廃寮に侵入したことがどういうわけか学校側にバレた十代と翔は、アカデミアの最高法規である倫理委員会に連行され、校則違反に対する処罰として退学を賭けた制裁タッグデュエルを受けることになったのだ。

 

「翔君。気持ちは分かるけど、そうやって逃げてばかりじゃ何も変わらないわ。私達も力を貸すから、ね?」

 

「──そうだぜ翔。要は勝ちゃあいいんだ、俺とお前なら大丈夫だって。早いとこデッキ組んでタッグデュエルの練習しないと、勝てるデュエルも勝てないぜ」

 

「アニキはそんな簡単に言うけど、タッグデュエルなんてやったことあるわけ?」

 

「ない。だから練習するんだよ。──それに初めてのタッグデュエルだぜ?ワクワクするじゃんか」

 

「で、でも……」

 

 踏ん切りがつかない翔を見かねた昴は、ベッドに置かれたデュエルディスクを翔に投げ渡す。

 

「習うより慣れろ──デュエルは実戦あるのみだ。こうなった以上、翔を徹底的に鍛えるしか方法はない。俺と明日香、隼人もできる限りの協力はする。だからお前も根性見せろ。十代の弟分だろ」

 

「うぅ……っ分かった!僕頑張るよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 レッド寮前の海に面した岸壁で、4人の決闘者達が向かい合っている。

 

 片方は十代と翔。その相手をしているのは、明日香と隼人だ。

 昴はというと、気になった点を書き込む為のノート片手に崖の上から全体を見下ろしている。

 

「(さっき見せて貰った翔のデッキは機械族の【乗り物(ビークロイド)】──機械族自体サポートも豊富だし、ちゃんと使いこなせば十分勝ちを狙えるだけのポテンシャルはある。なのに翔があそこまで自信無さげだったってことは……)」

 

 あまりこういう言い方はしたくないが、使っている翔自身に何か問題があるということだろう。

 

 考えている間にも進行しているデュエルの様子を確認してみると……

 

 

 

 十代 & 翔 :LP2100

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

【パトロイド】

 伏せ×1

 VS

 明日香&隼人:LP3100

【サイバー・ブレイダー】

【デス・コアラ】

 伏せ×1

 

 

「行けぇ!【リミッター解除】で攻撃力が倍になった【パトロイド】で【デス・コアラ】を攻撃!──シグナル・アタック!」

 

 手足の生えたパトカー型ビークロイドが腕のタイヤを高速回転させ、呑気な顔でユーカリをムシャムシャと食べるコアラに攻撃を仕掛ける。

【パトロイド】の攻撃力は【リミッター解除】で倍になって2400、対する【デス・コアラ】の攻撃力は1100だ。この攻撃が通ればライフをほぼ互角まで持ち込めるが……

 

「この瞬間、罠カード発動!【聖なるバリア-ミラーフォース】!相手の攻撃表示モンスターを全て破壊するんダナ!」

 

「えぇっ!?」

 

 光の障壁から放たれた閃光で、十代チームのフィールドが一掃されてしまう。

 

「そんなぁ……ターンエンド」

 

 

 十代 & 翔 :LP2100

 伏せ×1

 VS

 明日香&隼人:LP3100

【サイバー・ブレイダー】

【デス・コアラ】

 

 

 タッグデュエルのルールに則り、隼人に代わって明日香がターンを引き継ぐ。

 

「私のターン!──バトルよ!【サイバー・ブレイダー】でプレイヤーにダイレクトアタック!──グリッサード・スラッシュ!」

 

 地面を滑るように接近した【サイバー・ブレイダー】は、長い脚を駆使した必殺の蹴りを叩き込んだ。

 その攻撃力は2100──丁度、十代チームの残りライフと同じ。

 

「うわああああああ──っ!」

 

 

 十代&翔:LP2100→0

 

 

「うーん…負けちまったか。ドンマイだぜ翔!」

 

「アニキ……ごめんよ」

 

 しょんぼりする十代チームとは裏腹に、明日香チームは……

 

「今の罠、良かったんじゃないかしら。上手く翔君の攻撃を誘えてたわよ」

 

「【デス・コアラ】は攻撃力そんなに高くないから…【ミラーフォース】を発動させる為に、わざと攻撃表示にしておいたんダナ」

 

 対照的な両チームを見て嘆息した昴は、岸壁から下りてデュエルの反省を行う。

 

「えーそんじゃ、まずは明日香チームからだな。隼人、最後の【ミラーフォース】誘導はナイスだ。けど、ちょいと露骨だった気もするな…攻撃力が低いモンスターでも、前のターンで攻撃に参加させて、怪しまれないようにするって手もある。魔法やモンスター効果で補助してやれば、同じ下級モンスターなら殴り勝てるだろうからな」

 

「成る程…勉強になるんダナ」

 

「次、明日香。全体的に目立った問題点は無かったが、【ドゥーブルパッセ】の発動タイミングは工夫できるかもしれない」

 

「そっか…どうせライフに余裕があるなら、小さいダメージには目を瞑って、高打点モンスター同士の戦闘で発動するって手もあるのね。そうすれば、相手により大きなダメージを与えられる……」

 

「そういうこと。じゃあ次、十代チームだが──」

 

 ノートを見返しながら昴が振り向くと、

 

「ハハハ…やっちまった…アニキ、やっぱり僕じゃダメだよ。2人揃って退学するんだ……」

 

「おい翔、しっかりしろ!まだ時間はあるんだし、なんとかなるって!」

 

 岸壁に向かって縮こまる翔を、十代がなんとかフォローしているところだった。

 

「はあ……翔、確かに今回はお前のミスが原因で負けたが、じゃあそれがどんなミスか分かるか?」

 

「えっと……」

 

 翔の口から答えが出るのを待ってみるも、オロオロするばかりでその気配はない。

 

「【パトロイド】の効果、忘れてたろ」

 

 翔が召喚していた【パトロイド】は、メインフェイズに1度だけ相手の場にセットされたカードを確認する効果を持っている。その効果を使用していれば、少なくとも【ミラーフォース】を踏みに行くことはなかったはずだ。

 

 加えて、【リミッター解除】もセットカードを確認してから発動の是非を決めていれば、次のターン相手が【パトロイド】を攻撃してきた際にコンバットトリックで返り討ちにすることもできた。

 

「厳しい言い方をすれば、モンスターの攻撃力ばかりに目が行きがちってことだな」

 

「うぅ………」

 

 止めを刺され、一層落ち込む翔。少し言い過ぎたかと思った昴は、話題転換に取り掛かった。

 

「──そういえば、最後のターンにドローした時変な顔してたな。何引いたんだ?」

 

「えっ、あ、それは……」

 

 何故か言い淀む翔。その背後から、十代が翔の手札を確認した。

 

「えーっと……おっ、【パワー・ボンド】があるじゃねぇか!翔、何でコレ使わなかったんだよ?」

 

「いや、だって…ほら、伏せカードが……」

 

「お前俺のセットしたリバースカード確認しなかったのか……ほら──」

 

 十代がセットしていたのは罠カード【砂塵の大竜巻】。謂わば罠版【サイクロン】であるこのカードを発動していれば、【ミラーフォース】を処理した上で【パワー・ボンド】により手札の【ジャイロイド】と【スチームロイド】を融合させた【スチームジャイロイド】を召喚できた。

 しかも【パワー・ボンド】の効果で融合召喚したモンスターは攻撃力が倍になるため、【リミッター解除】も合わせれば一気にゲームエンドまで持って行けたはずなのだ。

 

「……【パワー・ボンド】は絶対に使えないんだ。お兄さんに封印されてるから……」

 

「兄さん…?封印って……」

 

 昴が聞き返す間もなく、翔は十代の手からカードをひったくるように取り戻す。

 

「やっぱり僕じゃダメなんだ!アニキみたいな強い決闘者とタッグを組むなんて、無理なんだよっ──!」

 

 そう言って、翔は十代の制止も聞かずに走っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

「──実は、翔君には本当のお兄さんがいるのよ。この学園にね」

 

 翔の兄である丸藤亮は、デュエルアカデミアの3年生──オベリスク・ブルーの生徒だ。

 非常に高いデュエルの実力から、付いた渾名が「アカデミアの帝王」──"カイザー"。

 

「カイザー……そいつと翔の間に何かあったのは確かなんだろうが……」

 

 肝心の翔は何も話さずに行ってしまった。隼人が後を追っているが、戻ってくる気配はない。

 

「十代。お前はどう思う?」

 

 海に向かって無言で佇む十代は、暫く考えると……

 

「──よっし!ならまずはそのカイザーとデュエルだ!人を知るにはデュエルが一番だろ!」

 

「流石デュエルジャンキー…でもま、カイザーと接触するならそれが一番か」

 

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と走り出した十代は、学園の購買部に向かう。そこでデュエル申請の書類を書いていたのだが……

 

「──くっそー!クロノス先生め、何も目の前で破ること無いじゃんかよ!」

 

「相当目の敵にされてるみたいだな……カイザーとデュエルする為には、正攻法じゃ無理そうだ」

 

 隠れて申請を通そうにも、ブルー男子寮の寮長も務めているクロノスの目には必ず止まるだろう。

 

「こうなったら殴り込みだ!待ってろカイザー!」

 

「え………マジで言ってる?」

 

 先に走り去ってしまった十代を遅れて追いかけた昴。

 ブルー寮前に到着すると、そこには十代とブルーの上級生2人がおり、何やら口論が繰り広げられていた。

 

「──身の程を知れ!オシリス・レッドのドロップアウトめ」

 

「お前のような奴がカイザーに近づくことなど、許されると思っているのか?」

 

「何だと──!?」

 

 負けじと食い下がる十代だったが、ブルーの上級生たちはバケツに汲んだ水を十代に向かってブチ撒ける。ずぶ濡れになった十代を嘲笑いながら建物に戻っていく上級生達。あまりの仕打ちにムッとした昴は……

 

 

「──じゃあ俺ならどうです?」

 

 

「あん…?」

 

「お前は確か…最近ブルーに上がってきた新人だったな」

 

「同じブルーの1年生がアカデミアの実力トップと名高いカイザーに下克上……中々面白い話だと思いませんか」

 

 口ではこんな事を言っているが、勿論昴は本気で下克上など狙っていない。全てはカイザーをこの場に引っ張り出す為の方便だ。

 

 自身満々にとんでもない事を言い出す昴を見た彼らは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメかぁ……」

 

「何なんだよあいつら!馬鹿にしやがって!」

 

「それだけカイザーは皆の憧れってことだろ。…流石に神格化し過ぎじゃないかとは思うが」

 

 結局──まるで【カイザー親衛隊】とでも言うべきあの上級生達は頑として譲らず、昴は水こそぶっ掛けられなかったものの、見事に追い返されてしまった。

 にしても…レッドだからといって水まで掛けるとは、この学園のカースト差別も行き過ぎではないだろうか?どうしてこんな状態になるまで放置していたのか──誰も問題とは感じなかったのだろうか?

 

「俺は諦めない!絶対にカイザーとデュエルしてやる!」

 

「……今日はもう無理そうだな。明日また、隼人とか明日香の意見も聞いてみよう」

 

 そう言ってレッド寮前で十代と別れた昴は、踵を返してブルー寮へ戻ろうとしたのだが……

 

「ん……明日香?」

 

 夕焼けの中、港に向かって歩いていく明日香の姿を見かけた昴は、カイザーに会うにはどうすればいいか相談しようと、その後を追った。

 

 

 

 

 港の奥──灯台の足元には既に先客がおり、腕を組みジッと夕陽に向かって佇んでいる。

 

「……明日香か。何か掴めたか?」

 

「ううん、いつもと変わらない1日。何事もなく過ぎ去っていく──兄の事も、波の中に消えていくよう……」

 

「焦るな。いつかきっと……」

 

「分かってる──そういえば、聞いた?あなたの弟のこと」

 

「制裁タッグデュエルのことか。それがどうした?」

 

「今日、当日に向けてタッグデュエルの練習をしたんだけど……その時のことで、遊城十代があなたと戦いたがってるわ、亮」

 

「遊城十代……ああ、入試でクロノス教諭に勝った……」

 

「受けてみる?」

 

「………」

 

 明日香の勧めに少し考えている様子の亮。そこへ割って入るように、彼の名を呼ぶ声があった。

 

 

「──あんたがカイザーだな。翔の実の兄だっていう」

 

 

「君は……翔の友人か?」

 

「昴…?どうしてここに」

 

「偶然お前を見かけたんでな。相談したいことがあったんだが……その必要はなくなった」

 

「加々美昴か……覚えている。入試でのデュエルは見事だった」

 

「そりゃどうも──だが今回はそんな話をしに来たんじゃない。翔のことだ」

 

 亮は一瞬眉を顰めたが、昴に話を続けるよう目で促す。

 

「もう明日香から聞いたかもしれないが、今日のデュエルで翔は【パワー・ボンド】を使わなかった。使えば間違いなく勝てる状況だったにも関わらずだ。その事について、話を聞きたい」

 

「なんだ、そんな事か──簡単なことだ。翔はまだ──「アニキ!?」─っ!?」

 

 不意に、翔の声が聞こえた。周辺を見回してみると、岸壁の隅で(いかだ)を浮かべている翔の姿が。そしてその後ろからは、彼を追ってきたのであろう十代の姿もあった。

 

「何してんだアイツ───!?」

 

 昴と明日香は翔達の元へと向かう。亮もその後に続いた。

 

 

 

 

 

 その頃……島を逃げ出そうとしていた翔は、追いかけてきた十代に捕まっていた。

 

「行かせておくれよアニキ…僕のことは放って、アニキだけでも退学を免れておくれよ……」

 

「だからつべこべ言うんじゃねぇ!俺は決めたんだ、パートナーはお前だって!」

 

「アニキ…でも僕が一緒じゃ……」

 

「──不甲斐ないな、翔」

 

 崖の上を見上げた翔と十代。そこには、鋭い目つきでこちらを見下ろすカイザー──亮の姿があった。隣には明日香と昴の姿もある。

 

「お兄さん……」

 

「兄さん…?ってことは、こいつがカイザー亮……!」

 

「逃げ出すのか?」

 

「ぼ、僕は……」

 

 責めるでも、引き止めるでもない。淡々とした言葉で問いかけてくる亮に、翔は何も答えることができない。

 

「……それもいいだろう」

 

「なっ……!?」

 

 そんな翔を見て亮が言い渡した言葉は、冷たいものだった。せめてもう一言くらいないのかと期待した昴だが、亮が口を開く様子はない。

 

 肩を落とした翔は、周辺に壊れて散らばった筏のパーツを集め始める。しかしその手もやがて止まり、波の音に混じって嗚咽が聞こえてきた。

 

「……おい!行っちまうってよ、アンタの弟」

 

「翔が自分でそう決めたのなら、仕方ないな」

 

 何も言葉をかけてやる様子のない亮に歯噛みした十代は、

 

「だったら!餞別でもくれてやろうぜ、俺とアンタのデュエルで!」

 

「ほう……いいだろう。上がって来たまえ、遊城十代」

 

 明日香の言ったとおり、自分に挑んできた十代に少し意外な顔をしながらも、亮はそれを承諾。

 

 港でのデュエルが始まった。

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 十代:LP4000 手札×5

 VS

 亮 :LP4000 手札×5

 

 

「俺の先攻!ドロー!…【E・HERO フェザーマン】を攻撃表示で召喚!」

 

 

【E・HERO フェザーマン】

 ✩3 戦士族 ATK1000 DEF1000

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンを終了するぜ!」

 

 

 十代:LP4000 手札×4

【E・HERO フェザーマン】

 伏せ×1

 VS

 亮 :LP4000 手札×5

 

 

 

「カイザーのターンか……アカデミアの帝王の力、見せてもらうぞ」

 

「言うまでもない事だと思うけど、亮は強いわよ」

 

 

 

「俺のターン、ドロー…手札から【サイバー・ドラゴン】を特殊召喚!」

 

 

【サイバー・ドラゴン】

 ✩5 機械族 ATK2100 DEF1600

 

 

 亮の背後に現れた銀色の機械竜は「相手の場にのみモンスターが存在する」という条件下でのみリリース無しで特殊召喚できる強力なモンスター。

 当時のデュエルにおいて長らく語られてきた「先攻絶対有利」の法則をぶち壊したことでも有名なカードだ。

 

「更に速攻魔法【サイクロン】発動!キミの伏せカードを破壊する!」

 

 十代が場に伏せていた罠カード【ヒーローシグナル】が破壊され、後続確保の手段が1つ潰されてしまう。

 

「【サイバー・ドラゴン】で【フェザーマン】を攻撃──エヴォリューション・バースト!」

 

 機械竜の口から閃光が放たれ、戦闘態勢を取る風の戦士を跡形もなく消し飛ばした。

 

「ぐぅ……!」

 

 

 十代:LP4000→2900

 

 

「メインフェイズ2──魔法カード【タイムカプセル】を発動。デッキからカードを1枚選び、発動から2回目の俺のターンが訪れるまで、カプセルに入れて封印する」

 

 選んだカードは非公開情報として扱われる為、類似効果を持つ【封印の黄金櫃】と違って対策を取れない。

 弱点として、カード回収前に【タイムカプセル】を破壊されてしまうと、その効果で除外していたカードは帰ってこないのだが、十代のデッキにはその手のカードが何枚入っているのか……

 

「俺はこれでターンエンド」

 

 

 十代:LP2900 手札×4

 VS

 亮 :LP4000 手札×3

【サイバー・ドラゴン】

 魔法罠:【タイムカプセル】

 

 

「俺のターン!──魔法カード【融合】発動!手札の【クレイマン】と【スパークマン】を融合し、【E・HERO サンダー・ジャイアント】を召喚!」

 

 

【E・HERO サンダー・ジャイアント】

 ✩6 戦士族 融合 ATK2400 DEF1500

 

 

「【サンダー・ジャイアント】の効果発動!──ヴェイパー・スパーク!」

 

【サンダー・ジャイアント】には自身よりも打点の低いモンスターを破壊する効果がある。

 機械竜は天から降り注ぐ雷撃の餌食となり、その身を爆散させた。

 

「ガラ空きの本陣突破だ!【サンダー・ジャイアント】でダイレクトアタック!──ボルティック・サンダー!」

 

 雷撃の力を宿す巨人の戦士は、両手に溜めた電撃を一気に放出する。常人ならソリッドビジョンだと分かっていても怯んでしまうその攻撃を、亮は眉ひとつ動かさずに受けきった。

 

 

 亮:LP4000→1600

 

 

「っし!今のは効いたんじゃねぇのか?──カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 先制攻撃で戦況をリードしたかに見えた亮だったが、そこは十代も譲らない。瞬く間に逆転してみせた。

 

 

 十代:LP2900 手札×1

【E・HERO サンダー・ジャイアント】

 伏せ×1

 VS

 亮 :LP1600 手札×3

 魔法罠:【タイムカプセル】

 

 

「俺のターン。再び【サイバー・ドラゴン】を特殊召喚。続けて【死者蘇生】を発動し、破壊された【サイバー・ドラゴン】を復活させる!」

 

 亮のフィールドに2体並び立った機械竜が咆える。しかし攻撃力ではまだ【サンダー・ジャイアント】の方が勝っており、このままでは延命にしかならないと思われていたが、亮は次なるカードを発動した。

 

「魔法カード【融合】──【サイバー・ドラゴン】2体を融合し、EXデッキから【サイバー・ツイン・ドラゴン】を融合召喚!」

 

 融合カードの作り出した異次元の渦に飲み込まれた2体の機械竜達は、巨大な双頭竜の姿となって舞い戻る。

 

 

【サイバー・ツイン・ドラゴン】

 ✩8 機械族 融合 ATK2800 DEF2100

 

 

 

「攻撃力2800……!?これじゃあ十代の【サンダー・ジャイアント】が破壊されちゃうんダナ!」

 

「それだけなら良かったが…【サイバー・ツイン】には2回攻撃を行う効果がある!」

 

 

 

「その通りだ。俺は【サイバー・ツイン・ドラゴン】で攻撃!──エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

 十代のライフは2900。【サイバー・ツイン】の連続攻撃を通せば、敗北が決定してしまう。

 

「させないぜ!罠発動【ヒーロー見参】!」

 

 自分の手札を1枚相手に選ばせ、それがモンスターなら即座に特殊召喚できるこの罠。

 十代の手札は1枚だけ…必然的に、亮はそのカードを選ぶしかない。

 

「俺の手札はモンスターカード!──【フレンドッグ】を守備表示で召喚だ!」

 

 

【フレンドッグ】

 ✩3 機械族 ATK800 DEF1200

 

 

 十代の元に機械の体を持つ犬が現れ、パートナーであるHEROと共に十代を守る。

 しかし放たれた2条の閃光の前には無力──敢え無く破壊されてしまった。

 

 

 十代:LP2900→2500

 

 

「けど、破壊された【フレンドッグ】の効果で、墓地から【クレイマン】と【融合】を手札に加える!」

 

「──ターンエンドだ」

 

 

 十代:LP2500 手札×2

 VS

 亮 :LP1600 手札×2

【サイバー・ツイン・ドラゴン】

 魔法罠:【タイムカプセル】

 

 

 

「すごいんダナ……どっちも全然退かない」

 

「亮の実力は勿論だけど、十代もなんとか食らいついてるわね」

 

「今のところはな。だが次のカイザーのターン、【タイムカプセル】で除外したカードが手札に加わる。奴が【サイバー流】使いなら、恐らく……」

 

【サイバー・ドラゴン】を主軸に据えたデッキである以上、間違いなく【あのモンスター】も入っているはず。そしてそれを最大限活かす為のカードが、【タイムカプセル】に封じられたカードである可能性が高い。

 

 十代はそれに対し、このターンで亮のライフを削りきるか、もしくは防御を固める必要があるのだが……

 

 

 

「俺のターン!…手札から【E・HERO バブルマン】を召喚!フィールドに他のカードが無い為、【バブルマン】の効果で2枚ドローする!」

 

 

【E・HERO バブルマン】

 ✩4 戦士族 ATK800 DEF1200

 

 

「………俺は【融合】を発動!手札の【クレイマン】と場の【バブルマン】を融合し──【E・HERO マッドボールマン】を守備表示で召喚!」

 

 水と土くれの戦士の力が合わさり、滑らかな球状のボディを持った泥団子の戦士が現れる。

 

 

【E・HERO マッドボールマン】

 ✩6 戦士族 融合 ATK1900 DEF3000

 

 

 守備力3000と最上級モンスターの攻撃にも耐えられる【マッドボールマン】での防御を試みたようだ。

 十代はこれでターンを終了した。

 

 

 十代:LP2500 手札×2

【E・HERO マッドボールマン】

 VS

 亮 :LP1600 手札×2

【サイバー・ツイン・ドラゴン】

 魔法罠:【タイムカプセル】

 

 

「俺のターン、ドロー!──この瞬間【タイムカプセル】を破壊することで、中に眠っていたカードが手札に加わる」

 

 地面より掘り起こされた柩が砕け散り、中に入っていたカードが露わになる。

 そのカードの正体を正確に予測できているのは、そもそものコントローラーである亮と、【サイバー流】デッキに関する知識を持つ昴。そして、亮の弟である翔だけだった。

 

「十代……このデュエルもいよいよ大詰めだ」

 

「ああ!一体どんな攻撃を仕掛けてくるのかワクワクするぜ!」

 

「そうだろうな……キミはキミの持てる力を存分に出し切っている。そんなキミに対して、俺も全力を出すことができた──キミのデュエルに敬意を表する」

 

 十代に向けられているようで、その実翔に向けたものにも聞こえる亮の言葉。

 決闘者たるもの、対戦相手への敬意を忘れてはならない──亮が翔に伝えたかったのはそういう事だ。

 

「行くぞ十代──!速攻魔法【融合解除】発動!【サイバー・ツイン・ドラゴン】をデッキに戻し、融合素材となった【サイバー・ドラゴン】2体を墓地から特殊召喚!」

 

 双頭竜がその体を2つに分ち、2体の機械竜に戻る。

 

「そして手札から魔法発動──【パワー・ボンド】!」

 

 これこそ、亮が【タイムカプセル】から発掘したカード──このカードが発動された瞬間、昴はこのデュエルの勝者を悟った。

 

 

「このデュエル───十代の負けだ」

 

 

「俺はフィールドにいる2体の【サイバー・ドラゴン】と、手札にいる3体目の【サイバー・ドラゴン】を融合する──現れろ!【サイバー・エンド・ドラゴン】!!」

 

 3体の機械竜が強力な電流による熱で溶接融合され、巨大な3つ首のドラゴンへと変貌する。

 首が増えただけ、と言えばその通りなのだが、先程の【サイバー・ツイン】と比べても圧倒的なまでのプレッシャーを放っていた。

 

「更に【パワー・ボンド】の効果により、攻撃力は2倍となる」

 

 

【サイバー・エンド・ドラゴン】

 ✩10 機械族 融合 ATK4000→8000 DEF2800

 

 

 

「攻撃力、8000……っ気張れぇ十代!このターンさえ凌げば、【パワー・ボンド】の効果でお前の勝ちだ!」

 

 隼人の言っていることは正しい。機械族融合モンスターに強力な殺意を与える【パワー・ボンド】だが、それ相応のデメリットもある。

 このカードを発動したターン終了時に、【パワー・ボンド】によって融合召喚されたモンスターは破壊され、その元々の攻撃力分のダメージを受けるのだ。

 

「だが【サイバー・エンド】は貫通効果持ちだ。いくら守備力が高い【マッドボールマン】でも、この攻撃は耐えられない……」

 

「バトルだ!【サイバー・エンド・ドラゴン】で攻撃!──エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 3つの(あぎと)から光が放たれる。圧倒的なまでの破壊の光は、守りに秀でた泥団子の戦士諸共十代を飲み込んだ。

 

 

 十代:LP2500→0

 

 

「十代が…負けた……!?」

 

 信じられないものを見たかのような明日香。その気持ちも分かる。これまでどのようなピンチに陥っても切り抜けてきたあの十代が、初めて地面に膝をついたのだ。

 

「へへっ…楽しいデュエルだったぜ。カイザー」

 

「フッ…ああ、俺もだ」

 

 そう言って去っていく亮。明日香がその後を追いかけたことで、昴もそれに続いた。

 十代と翔に付いていてやるべきかとも思ったが、今のデュエルで翔は何かを掴んだらしい。あの気弱な印象は鳴りを潜め、決意に満ちた表情をしていた。あの様子なら大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どうだった、亮?」

 

「翔はいいアニキを持ったな」

 

「いつかちゃんと腹を割って話してやれよ?兄弟なんだろ」

 

「…それはつまり、翔と戦えということか?確かに、決闘者同士が語らうにはデュエルが一番だが……」

 

「……あー、はいはい。十代となんか通じ合ってた理由が今分かった」

 

 要するに、亮も十代と同じデュエルジャンキーということだろう。言いたいことはデュエルで伝える類の人間というわけだ。

 

「それより、キミはこっちにいていいのか?十代や翔たちと親しい仲なんだろう?」

 

「別に問題ないだろ。翔も吹っ切れたみたいだし、後は本人達の方で上手くやるだろうさ」

 

「……キミはいい奴だな。明日香から聞いていた通りだ」

 

「はいはい、どうも──って、は?何故明日香が出てくる?」

 

「ちょ、ちょっと亮──!」

 

「何故もなにも、以前からあの灯台で明日香にキミの話を聞かされていたんだ。授業でキミが儀式について弁舌を振るったことや、この間のテストでのデュエルとか──そういえば、その時の明日香(おまえ)は随分と楽しそうにしていたな?」

 

「亮!お願いだから少し黙って!」

 

「明日香……お前、何か変なこと言ってないだろうな?」

 

「言ってない!この間の雪乃のことでちょっとだけ嫉妬したとか、そんなこと言ってないわ!」

 

「嫉妬?……何に?」

 

「あっ…!~~~~ッ!!!!わ、私もう帰るっ!また明日っ!」

 

 早歩きで女子寮に向かっていった明日香。去り際にチラと見えたのだが、端正な顔がすっかり赤くなっていた。

 

 少しだけ考えた結果、明日香が顔を赤くする理由がひとつ浮かんだものの、「ないない」とすぐに削除する。

 

「最近の明日香は少し明るくなった。もしキミのお陰だというなら、友人として礼を言わせてもらう」

 

「そんなに大した事してないと思うんだが…一応受け取っておく」

 

「今日はもう遅い。早く戻るとしよう」

 

 亮共々ブルー男子寮に戻った昴だが、不意に腹の虫が鳴き始める。

 

「──そういや夕飯まだだったな」

 

「ん……言われてみれば。時間的に夕食も終わっているな」

 

「しゃあない、明日朝一で購買行って何か買って来るか」

 

 この空腹を満たすには流石に朝食だけでは足りないだろう。

 

「俺の部屋に購買のパンの買い置きがある。もし君さえ良ければ、いくつか渡そうか?」

 

「え、いや悪いだろ」

 

「遠慮はいらない。何故か後輩や友人から色々と食べ物を貰う事が多くてな。このまま手を付けないでいる方が勿体無いだろう」

 

 そう言われ、迷った末に亮の厚意に甘えることにした。彼が自室から持ってきた購買部で売っているパンを4~5個程受け取った昴は、一言礼を言って自分の部屋に戻ろうとする。

 

 

「──いつか、キミとも戦いたいものだな、昴」

 

「……それはこっちのセリフだ、カイザー亮」

 

 

 別れ際に交わしたこの言葉が現実のものとなるのは、まだ少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、自室に戻った昴が早速パンを一口齧ってみると……

 

「……中身何も入ってないのか」

 

 所謂「具なしパン」。おしゃれな言い方をすれば「プレーン味」というやつだ。

 まぁたまには悪くないと思いながら具なしパンを食べ終え、2つ目に手を付ける。

 

「ん……これも具なし……?」

 

 ……嫌な予感がした。一先ず今開けた2つ目は置いておき、3つ目、4つ目のパンを半分にちぎってみると……

 

 

「──コレ全部具なしパンじゃねぇか!」

 

 

 昴は知らなかったのだ……実は亮は食べ物の好き嫌いが激しいということを。

 




マッドボールマンを「泥団子の戦士」と表すことにジワってしまう……w


それはさておき、制裁タッグデュエルどうしましょうね?
裏ではこんなことが起きていた…みたいな感じにするか、それとも制裁タッグの後日談にするか…いっそ日常回ってのも有りですかね?


そして…そしてそしてぇ!

やっと明日香にまともなヒロインムーブをさせられた気がする……っ!
ナイスだ天然カイザー!


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霊長類みな決闘者

 亮とのデュエルで十代が敗北を喫してから数日が経った。

 

 その間、隼人が父親によって退学させられそうになったりと様々なことがあったものの、無事に十代と翔は迷宮兄弟との制裁タッグデュエルを制し、退学を免れた。

 更にその後、紆余曲折を経て万丈目のイエロー降格と三沢のブルー昇格を賭けたデュエルが行われたのだが……

 

 

「──行け!【ウォーター・ドラゴン】!──アクア・パニッシャー!」

 

「ぐぅっ…ああああああぁっ!」

 

 

 万丈目:LP1000→0

 

 

 ……と、結果は三沢の勝利。ここ最近(主に十代に)負けが込んでいた万丈目は、皮肉にも自らが課した「負けた方が退学」という条件によってこの学園を去ることが決まったかに思われた。

 しかし、当の三沢は「十代を倒し、トップに上り詰めるまでブルーへは上がらない」と昇格の話を蹴り、万丈目はその穴埋め同然という屈辱的な形でこの学園に残ることが許されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──万丈目が消えた?」

 

「うん!」

 

 

 

──「今朝早く、荷物纏めて逃げ出したって話だぜ?」──

──「それってやっぱ、三沢に負けたからか?なんかだっせぇよなぁ。がっかりだよ」──

──「負け犬はとっとと出て行けって感じぃ?」──

 

 

 

 教室で授業開始を待っていた昴達の耳に飛び込んできた万丈目失踪の報せ。しかし彼の事を心配している者は少なく、数日前まで万丈目の事を崇拝していた取り巻き達でさえも、あっさりと彼を見限ったようだ。

 いくら実力主義のアカデミアと言えど、学友が姿を消したというのに出てくる感想が罵倒と嘲笑だとは思わなかった。

 

「ねぇアニキ、昴君…万丈目君、デュエルに負けたのを苦に崖から身を投げたりしないよね……?」

 

「馬鹿言うな!そんな事あるはずねぇだろ!──無い、よな…?」

 

「そこは断言するところだぞ十代……俺も同意見だ。あの万丈目だぞ?負けっぱなしで逃げ出すようなタマじゃない」

 

 テストの後、独り十代に負けた自分を痛めつけていた万丈目の姿を思い出す。あれだけの執念があるならば、また必ず十代に挑んでくるはずだ。

 とはいえ、心配なのも事実。十代は昴と翔を連れて、教室を離れた。

 

 

 

 

 

 

「──よし、大丈夫そうだ」

 

「……まさか、こんな抜け穴があったのか」

 

「アニキが授業サボるのによく使ってるんスよ……っと」

 

 教室を抜け出した十代達は、校舎の壁に空いた穴から這い出てくる。この穴はかつて十代が見つけた外への秘密ルートであり、抜ける場所も柱と茂みに隠れてバレにくい。

 制服に付いた土埃をはたき落としていると──

 

「──授業をサボってどこに行く気かしら?」

 

 と、3人を咎める声が。振り向いた先にいたのは、明日香を筆頭にしたオベリスク・ブルーの女子3人組だった。後ろにいるのは、明日香を慕っている枕田ジュンコと浜口ももえ。

 

「なんだ明日香か……万丈目を探しに行くんだよ。流石に心配だろ」

 

「そうだぜ。あっ、先生には言うなよ?」

 

 謹厳実直な明日香のことだ。大方自分達を止めにでも来たのだろうと思っていたのだが、明日香の返答は意外なものだった。

 

「別にいいけど、条件があるわ」

 

「条件……?」

 

「私達も一緒に行くわ。あなた達と同じで、万丈目君のこと放っておけないもの」

 

 そういうことならば話が早い。探し物は人手が多いに越したことはないし、昴達としても心強い。有り難く彼女達の力を借りることにする。

 

 メンバーも増えたことだし、手始めに森の方を探してみようということで出発しようとした一行だが、またもその背中を呼び止める声が──

 

「──私も、ご一緒していいかしら?」

 

「雪乃……!?」

 

「藤原…お前何でここに」

 

「嫌ね、名前で呼ぶように言ったでしょう?私のカワイイ昴──偶々そこを通りかかったら、何だか面白そうな話をしてるじゃない。是非私も混ぜて欲しいわ」

 

「俺は別に構わないが……」

 

 昴は明日香や十代の意見も聞こうと思ったのだが、

 

「ふふっ、決まりね。行きましょう」

 

 と、そんな暇も与えずに雪乃は昴を連れて森へ入っていってしまう。

 

「ちょっと雪乃!待ちなさい──!」

 

 一行は明日香を先頭にその後を追いかけ、万丈目搜索が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

「──おーい!万丈目ー!」

 

「まんじょうめくーん!」

 

「出てこい万丈目ー!」

 

 森に入って30分程──男性陣が呼びかけながら進んでいるが、万丈目が出てくる気配はない。

 

「万丈目の奴、どこまで行ったんだ……」

 

 探せど探せど見えるのは木ばかり。島の中で隠れるといえばこの場所くらいしか思いつかなかった為ここを捜索場所に選んだが、もしや見当違いだったりするのだろうか。

 そこへ、澄んだ声が語りかけてきた。

 

『どうやらお困りのようだね。マスター』

 

 つい先日会話ができるようになった【リチュア・エリアル】は手乗りサイズまで身体を縮めた上で昴以外に認識できないよう術をかけているらしく、翔や明日香達は勿論、同じく【ハネクリボー】と対話できる十代も彼女の存在に気づいていないようだ。本人曰く"コミュ障"なのだとか。

 

「ああ、めっちゃ困ってる。……そうだ、万丈目の居場所占いとかで分からないか?」

 

【リチュア】は異界の力を自らの体に取り込む禁呪を扱う集団だ。こういったオカルティックな儀式の代表である占いで万丈目の大まかな位置を割り出すことができるかもしれない。

 

『あー…悪いけどそういうのは僕苦手なんだ。【ディバイナー】だったら占い得意なんだけどね……』

 

「今デッキにいないんだよなぁ……」

 

 デッキに入っていない調整用カード達は自室で昴の帰りを待っている。流石に今から戻っていたのでは時間のロスだし、教師に見つかる危険性もある。

 

『──あ、一応僕にもできそうなやつが1つだけあるけど、どうする?』

 

「この際だ。とにかくやってみてくれ」

 

 昴の肩から下りたエリアルは道を少し進んだ先へ飛んでいくと、持っている銀色の杖を地面に突き立てる。そして何かを念じた後──

 

『ほっ──』

 

 突き立てた杖からパッと手を離す。浅く地面に立っているだけの杖は当然、支えを失ったことでバランスを崩し、パタリと倒れた。

 

『こっちにいる………かも?』

 

 エリアルが指し示したのは倒れた杖の先端が向いている方向──要するに今彼女がやったのは、迷った時にどっちへ進むかを決める古典的なアレだ。確かにこれなら特別な技能がなくても誰でもできる。何なら昴にすら。

 

「……うん。まぁその、なんだ…ありがとな。行ってみる」

 

『……役に立てなくてごめんね』

 

 心なしかショボンとしたエリアルはそのまま姿を消す。彼女の頑張りを無為にしない為にも、昴は皆をその方向へと導いた。

 

 だがやはりと言うべきか、探し人の姿は見当たらない。

 

「全く……」

 

 いつまでも出てこない万丈目に業を煮やしたのか、明日香は大きく息を吸い込むと……

 

 

「出て来なさーい!デュエルに負けたくらいで雲隠れなんて、情けないわよーっ!」

 

 

 力強い声が森に木霊し、驚いた鳥達が何羽か飛び去っていく。

 

「……ダメね。見つからない」

 

「前から思ってたけど、お前って結構キツいよな……」

 

 若干引き気味にそうこぼした十代。それを見たジュンコは得意げに口を開いた。

 

「当然よ!最近の男子は軟弱な奴らばっかりだもの!」

 

「でも、きっと万丈目さんは違いますわ。だってイケメンなんですもの~!」

 

「あなた前は三沢さんと加々美さんが素敵って言ってたじゃない…顔が良ければ誰でもいいわけ?」

 

 フォローと言うべきかイマイチ謎な理由で万丈目を評価するももえ。そういえば以前女子寮で昴と初めて会った時も"素敵な殿方ランキング"なるものを勝手に作り、男子生徒たちを格付けしていたのを思い出す。

 

「ももえ、男性の顔だけしか見ていないようではまだまだお子様よ。男ならまずは強くあることが最低条件……容姿や性格はその次で構わないわ」

 

「確かに…私よりデュエルが弱い殿方は幻滅ですわ……そういう雪乃さんは、好みの殿方はいらっしゃるんですの?」

 

「私?私は───この昴よ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた雪乃は、そう言って昴の腕に抱きつく。

 

「なっ──!?」

 

「ちょっと雪乃!?」

 

「あらぁ~!雪乃さんたら大胆ですわ~!」

 

 狼狽する昴と明日香。それとは裏腹に興奮気味のももえ。そんな彼女達を他所に万丈目搜索を続ける十代と翔は、完全に蚊帳の外だ。

 

「お、おいふじわ──雪乃!ふざけてる場合じゃないだろ!」

 

「私は本気よ?ほら、こうして触れているだけで私の胸がドキドキしてるの──分かるでしょう?」

 

 一層深く腕を絡めて密着してくる雪乃。すると、明日香に負けず劣らずの豊満な胸がこれでもかと押し付けられる。昴の腕に当たってマシュマロのように形を変える雪乃の胸は、以前の事故で昴の脳裏にしっかりと刻み込まれてしまった明日香のそれとはまた感触が違った。

 

「雪乃、くっつきすぎよ!昴も困ってるじゃない!」

 

「あら、どうしたの明日香?いつもより顔が赤いようだけど、熱でもあるのかしら?」

 

「そっ、そんな事……!」

 

「具合が悪いなら戻って休んでいてもいいのよ?万丈目君の捜索は私たちでやっておくわ」

 

「っ…そんなのダメに決まってるでしょ!とにかく一度離れなさい──!」

 

 昴の空いてる方の腕を引っ張って雪乃から引き剥がそうとする明日香。雪乃も昴の腕を引いて抵抗する。

 

「ちょっ……と待て!痛い!痛いって!」

 

 綱引きの縄状態の昴は、両腕に走る痛みを和らげようと力を込めて左右の引力に逆らう。しかしあまり力を込め過ぎると2人に怪我をさせてしまう恐れがある上に、制止の声は彼女たちの耳に届いていないようだ。

 

「明日香…っ!?嫉妬なんて可愛らしいところもあるじゃない…っ!やっと正直になってきたってことかしら……っ!?」

 

「し、嫉妬なんかしてないわよ!私は昴が困ってるから……と、とにかく!いいからその手を離しなさい……っ!」

 

 明日香が昴を引く手に一層力を込める。これが決め手となり、綱引き勝負は明日香が勝利を収めた。ようやく両腕の痛みから解放されたと思った昴だったが……

 

 

「あっ──!」

 

「うぉっ──!?」

 

 

 昴の腕を引っ張った勢いで、明日香は仰向けに転んでしまう。そして彼女に引っ張られる形で昴もバランスを崩し───

 

 

「っ………!!??」

 

「むぐ……っ!?」

 

 

 以前の事故とは立場が真逆──明日香の上に、昴が倒れこむ。

 当然昴は腕で踏ん張ろうとしたのだが、綱引きの痛みに耐えるためずっと力んでいたせいで腕が痺れており、それは叶わなかった。

 更に運の悪いことに──一概にそうとも言えないかもしれないが──今現在昴の頭は丁度明日香の胸の辺りに位置しており、傍目には……昴が明日香に対し不埒な行為を働いているように見える。

 

「あらあら昴ったら……少し妬けちゃうわ」

 

「まぁ…明日香さんも大胆ですわぁ……!──でも、このお2人が相手では私に勝ち目がありませんわね……」

 

 雪乃達の言葉で、自分がしでかした事の重大さに気付いた昴はバビュンッ!という音が似合いそうな俊敏さで明日香から離れると、地面に膝を付き、頭を擦りつけた。

 

 

「許してくれとは言わない。本当にすまないと思っている。この通りだ」

 

 

 誠心誠意の土下座を披露した昴。

 

「加々美さん…自分の非を潔く認めるなんて、男らしいですわぁ……!」

 

「結構付き合い長いけど、私あなたのツボがよく分かんないわ……」

 

 そんなジュンコとももえを他所に、体を起こした明日香は顔を真っ赤にして、制服を持ち上げる2つの膨らみを両腕で覆い隠す。今回も事故ではあるのだが、ただ倒れこむだけだった前回とはまた訳が違う。

 明日香が下で、昴が上、しかも胸に顔を埋められるという下手すれば絶交ものの大事故なのだ。

 

「故意じゃないとはいえ、お前に怖い思いをさせてしまったのは事実だ。俺に出来る事なら、なんでもする」

 

 明日香は変わらず無言のままだったが、彼女に代わって昴の言葉に反応を示したのはこうなった遠因でもある雪乃だった。

 

「へぇ…()()()()…ねぇ?明日香、───」

 

 何やらゴニョゴニョと明日香に耳打ちする雪乃。それを聞いている明日香は、とうとう耳まで真っ赤に染めていき……

 

「──なんて、どうかしら?これくらいのご褒美は許されると思うけど?」

 

「なっ…なっ…な何言ってるのよ!?あなた自分が何を言ってるのかわかってるの!?」

 

「勿論よ。──でももし明日香が良ければ、私も混ぜてもらえるかしら?」

 

「~~~ッ!!!!遊んでないで早く行くわよっ!ほら、十代達あんな遠くに居るじゃない──!」

 

 諸々限界に達したのか、明日香はズカズカと先を急ぐ。その様子をニヤニヤしながら見送る雪乃。そして未だに土下座したままの昴を、ジュンコとももえが立ち上がらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──遅いぞお前ら!何してたんだよ?」

 

「いや、まあ、色々とな……」

 

「何か元気ないけど、大丈夫昴君?」

 

「俺は大丈夫だ。……ああ、俺はな」

 

 どこか萎びた雰囲気の昴が一番最後に合流し、また全員が集まった。昴達があんなことになっている間も十代達は懸命な捜索を続けていたようだが、成果はゼロだったとのことだ。

 

 気を取り直して周辺を見渡していると、明日香の目が何かを捉えた。

 

「待って!……そこの茂みに何か居るわ」

 

 彼女が指さした茂みは、確かに不自然に揺れている。

 

「万丈目か?俺だ、遊城十代だ。他にも昴とか明日香もいるぜ。隠れてないで出て来いよ」

 

 茂みの向こうに居るのが万丈目だと考えた十代は、彼を励ます言葉を投げかけながら茂みに近づいていく。

 

「なぁ万丈目───」

 

 やがて至近距離まで一同が近づいた時だった。

 

 

「ウキーーーーーーッ!」

 

 

「んなぁっ!?」

 

 茂みから飛び出してきたのは、何やら物々しい機械を身につけた1匹の猿だった。

 飛び掛かって来た猿は一頻り暴れて一行をパニックに陥れた後、何かを抱えて去っていく。

 

「………な、何だったの?」

 

「猿……ってことしか……」

 

 嵐の様に過ぎ去っていった謎の猿。一先ず全員怪我は無いようなのだが……

 

「……ねぇ、ジュンコはどこかしら?」

 

 雪乃に言われて周囲を見回すと、確かに1人足りない──ジュンコが姿を消していた。戸惑う昴達の耳に、助けを求める声が遠くから聞こえる。ジュンコの声だ。

 

「とにかく追うぞ!」

 

 昴が先頭になり、一行はジュンコの声を頼りに後を追いかける。

 

 やがて辿り着いたのは、島の端に位置する断崖だった。攫われたジュンコは、猿共々断崖に1本だけ生えた木の上にいる。

 見たところ木が折れるようなことはなさそうだが、あの下は海だ。万が一落ちてしまえば無事では済まないだろう。

 

 何とかして彼女を助ける方法を考えていると、昴達とは別の集団がこの場に現れた。

 

「──やっと見つけたぞ!猿の分際で手間掛けさせやがって、麻酔銃で打たれたくなければ大人しく下りて来い!」

 

「ギギィッ!」

 

 突如現れた黒服の男達は、長銃型の麻酔銃を構えて猿に警告する。果たして猿に言葉が通じているのかは不明だが、この状況を理解したらしい猿はジュンコを海に突き落とすような仕草を取る。人質のつもりだろうか。

 

「イヤーッ!助けて明日香さーん!」

 

「おいあんたら、あの猿について説明しろ!」

 

「フフフ……よかろう。あれはただの猿ではない。我々が訓練を重ねて育て上げた、決闘者猿だ!」

 

 得意げに答えたのは、黒服達と一緒に猿を追っていたらしいスーツ姿の老人だった。

 デュエルをする猿などにわかには信じ難いが、それを裏付けるように、猿の左腕にはデュエルディスクが装着されている。老人が言うには正式名「Super Animal Lerning(スーパー アニマル ラーニング)」を略して「SAL」らしい。

 

「デュエルする猿!?おもしれぇ!なぁなぁ、俺に任せてくれよ!」

 

 十代はあのSALとデュエルすることでジュンコを取り戻そうと考えたらしく、その旨を伝えたのだが……

 

「……キキッ!」

 

「えっ!?」

 

 見事にそっぽを向かれてしまった。

 

「……もしかして、猿に見下されてるんじゃないかしら?彼」

 

 雪乃の冷静な一言で、十代を除く一行は思わず吹き出してしまう。幸い十代がそれに気づくことはなかったが、いきなり出鼻を挫かれてしまった。

 

「……ウキャ、キッキー!」

 

 だがデュエルで決着をつけるという意見そのものは採用したらしいSALは、その相手を自ら指名してきた。猿特有の長い指が指したのは──

 

「──え、俺か?」

 

「ウキッ!」

 

「ご指名よ昴。あのSALと戦って、見事ジュンコを助けてみせなさい」

 

 雪乃に背中を押されて前に躍り出た昴は、やや戸惑いながらもデュエルディスクを起動させる。

 

「SAL!俺が勝ったら人質を解放してもらうぞ。負けたら…──なぁ、負けたらどうする?」

 

「負けられたら困るのだけど……?あなたは私を猿以下に貶めたいのかしら?」

 

「……イエス、マム」

 

 冷ややかな雪乃の声が背中を突き刺す。絶対に勝たなければいけない理由が1つ増えた。

 

「…そういう事だ。全力で行くぞ!」

 

「キキッ!デュエル!」

 

 電子音ではあるが、全身に着けた機械を通してデュエル関連のワードは喋れるらしいSALとの戦いが始まる。先の会話を見ても、意思疎通は問題なさそうだ。

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 SAL:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は俺だ、ドロー!…手札から【リチュア・アビス】を召喚!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ✩2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「【アビス】の効果でデッキから【シャドウ・リチュア】を手札に。更にその【シャドウ】を墓地に送って、デッキから【リチュア】儀式魔法を手札に加える!」

 

 昴には珍しく初手がやや事故り気味だった為、カードを2枚伏せてターンを終了した。

 

 

 昴 :LP4000 手札×4

【リチュア・アビス】

 伏せ×2

 VS

 SAL:LP4000 手札×5

 

 

「キキッ!ワタシ ノ ターン!ドロー!…魔法カード【おろかな埋葬】ヲ 発動!デッキ カラ【暗黒の狂犬(マッドドッグ)】ヲ 墓地ニ!ソシテ【怒れる類人猿(バーサークゴリラ)】ヲ 召喚!」

 

 

怒れる類人猿(バーサークゴリラ)

 ✩4 獣族 ATK2000 DEF1000

 

 

「猿がゴリラを召喚……じゃなくて、こいつは獣族デッキか」

 

 名が体を表す激怒した巨大ゴリラを見て、SALの使用するデッキに当たりを付ける。獣族デッキというと【素早いモモンガ】のライフ回復とリクルートが厄介な印象があるが、このSALはどちらかというと攻撃的なスタイルらしい。

 であれば、警戒すべきは【グリーン・バブーン】を始めとした【バブーン】シリーズだろうか。思ったよりも慎重に立ち回る必要があるかもしれない。

 

「バトル!【怒れる類人猿】デ【リチュア・アビス】ヲ 攻撃!」

 

 巨大ゴリラは野生で培われた俊敏な動きで【アビス】に接近すると、握り締めた拳で叩き潰そうとする。

 

「罠発動【フィッシャーチャージ】!魚族である【リチュア・アビス】をリリースすることで、【怒れる類人猿】を破壊!その後1枚ドローだ!」

 

 ゴリラに殺られる寸前、【アビス】の足元が海となり、その中に姿を隠す。手応えが無い事を訝しむゴリラは、水面からミサイルの様に飛び出してきた数匹のコバンザメに胴体を打ち抜かれて絶命した。

 

「ウキィ!コノ瞬間、手札ノ【森の番人グリーン・バブーン】ノ 効果発動!ライフ ヲ 1000ハライ、手札カラ特殊召喚!」

 

「くっ……言った傍から!」

 

 

 SAL:LP4000→3000

 

 

 仲間の獣族が効果破壊されたことで、SALの手札から緑色の番人が姿を現した。ライフ1000のコストは大分重いが、攻撃力は2600と攻守共に活躍できる優秀なモンスターだ。

 

 

【森の番人グリーン・バブーン】

 ✩7 獣族 ATK2600 DEF1800

 

 

「【グリーン・バブーン】デ、プレイヤー ニ ダイレクトアタック!」

 

 木の枝をへし折っただけの粗雑な武器を振りかざして向かってくる【グリーン・バブーン】だったが、昴は冷静に対処する。

 

「罠カード【ガード・ブロック】!戦闘ダメージを0にして、更に1枚ドロー!」

 

 2度の攻撃を躱されたSALは悔しそうにしながらも、伏せカードを2枚伏せてターンを終了した。

 

 

 昴 :LP4000 手札×6

 VS

 SAL:LP3000 手札×1

【森の番人グリーン・バブーン】

 伏せ×2

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 昴が引いたのは【リチュア・エリアル】──先程ションボリして引っ込んでいった彼女は、やる気に満ちていた。

 

『さっきは情けない所を見せたからね、名誉挽回させてもらうよ──と言っても、僕自身が何か出来るわけじゃないけどね…ハハ』

 

「それでもお前の存在には助かってるよ」

 

『……ありがと。マスター』

 

「俺は【リチュア・ビースト】を召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ✩4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

「獣には獣だ──【ビースト】の効果発動!墓地の【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!その効果でデッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に加える。更に手札の【ヴィジョン・リチュア】2枚を墓地に送って、【マインドオーガス】と【リヴァイアニマ】を手札に!」

 

 海獣の咆哮ひとつから複数のカード効果を連鎖させ、どんどん手札を整えていく。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!場の【リチュア・ビースト】と【リチュア・アビス】を墓地に送り、儀式召喚──【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

「【マインドオーガス】の召喚時効果!互いの墓地から合計5枚までカードをデッキに戻す──マインド・リサイクル!」

 

 この効果でSALの墓地から【怒れる類人猿】と【暗黒の狂犬】、そして自分の墓地からは【ガードブロック】をデッキに戻す。

 そして魔法カード【サルベージ】を発動した昴は、墓地の【シャドウ】と【ヴィジョン】を回収。回収した【シャドウ・リチュア】の効果でデッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加えた。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ヴィジョン・リチュア】を素材に、【イビリチュア・リヴァイアニマ】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・リヴァイアニマ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2700 DEF1500

 

 

 儀水鏡の光から現れたのは、しなやかな身体を持つ竜人。手には儀水鏡を象った片手剣を携え、細い身体に反して力強い産声を上げた。

 

「バトル!【イビリチュア・リヴァイアニマ】で【グリーン・バブーン】を攻撃!」

 

 そして攻撃をトリガーとして、竜人がその力を発揮する。

 

「【リヴァイアニマ】の攻撃宣言時、デッキからカードを1枚ドローして、そのカードが【リチュア】モンスターだった場合、相手の手札をランダムに1枚確認できる──俺が引いたのは【リチュア・アビス】、よってお前の手札を見せてもらう!」

 

 SALの残された手札1枚、その正体は【森の狩人イエロー・バブーン】だった。

 このカードは自分の獣族が戦闘破壊された時に墓地の獣族を2体除外すると特殊召喚できる効果を持っている。最初にSALが発動した【おろ埋】は、この発動コストを確保する為だったのだろう。

 

 もっとも、それを警戒していた昴の【マインドオーガス】によって墓地を空にされてしまったSALはその効果を使うことができないのだが。

 

「行け!──リヴァイアス・ストリーム!」

 

【リヴァイアニマ】が口から水のブレスを吐き、森の番人を押し流そうとする。しかしSALとて何も用意をしていないわけではなかったようだ。

 

「トラップ発動──【幻獣の角】!【グリーン・バブーン】ニ 装備シ、攻撃力 ヲ 800ポイントアップ!」

 

【グリーン・バブーン】の側頭部に1対の鹿の角が生え、森の番人に力を与える。これで攻撃力は3400と【リヴァイアニマ】を上回った。水のブレスを棍棒で防ぎながら突撃し、強烈なショルダータックルで返り討ちにしてしまう。

 

 

 昴:LP4000→3300

 

 

「サラニ【幻獣の角】ノ効果!装備モンスター ガ 相手モンスター ヲ 戦闘破壊 シタコトデ、1枚ドロー!」

 

「ちぃ…っ!猿のくせにやるじゃねーの──墓地の【リチュアの儀水鏡】の効果で【リヴァイアニマ】を回収。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP3300 手札×4

【イビリチュア・マインドオーガス】

 伏せ×1

 VS

 SAL:LP3000 手札×3

【森の番人グリーン・バブーン】+【幻獣の角】

 伏せ×1

 

 

「ワタシ ノ ターン!バトルフェイズ!【グリーン・バブーン】デ【マインドオーガス】ヲ攻撃!」

 

 先程と同じように獲物目掛けて突進する【グリーン・バブーン】。防御姿勢を取る【マインドオーガス】だったが、攻撃力で劣る以上何をしても無意味──成す術なくその身を散らした。

 

 

 昴:LP3300→2100

 

 

 SALは【幻獣の角】の効果で1枚ドロー。これで攻撃は終了かと思われたが、これまで牙を剥いていたSALの口元に笑みが浮かぶ。

 

「トラップカード【キャトルミューティレーション】発動!フィールドノ【グリーン・バブーン】ヲ テフダ ニ 戻シ、同ジレベル ノ 獣族モンスター【森の狩人イエロー・バブーン】ヲ特殊召喚!」

 

 

【森の狩人イエロー・バブーン】

 ✩7 獣族 ATK2600 DEF1800

 

 

 緑の番人と入れ替わり現れたのは、弓矢を携える黄色の狩人。森を守護する獣達の1人だ。

 

「【イエローバブーン】デ プレイヤー ニ ダイレクトアタック!ウッキャー!」

 

 引き絞られた巨大な弓矢が放たれ、人間サイズに換算すると丸太のような矢が風を切って飛来する。

 この攻撃を喰らえば昴のライフはゼロ。ジュンコを助けることができなくなってしまう。

 

「罠発動──【儀水鏡の幻影術】!手札の【リヴァイアニマ】を特殊召喚!」

 

 突如昴の前に現れた竜人が、飛来する矢を剣で弾き飛ばす。【幻獣の角】による強化を受けていない森の狩人では竜人に一歩及ばず、攻撃を断念するしかない。

 

「ギギィ……!ターンエンド」

 

 ターン終了宣言がなされると同時に【リヴァイアニマ】の身体が霞のようにたち消えた。

【儀水鏡の幻影術】は手札からノーコストで【リチュア】の儀式モンスターを特殊召喚できるが、ターン終了時に手札へ戻ってしまう上に、自発的に攻撃することができない。一時的に幻を現出させる罠カードなのだ。

 

 だがそんな実体無き幻のお陰で、ターンは繋がった。

 

 

 昴 :LP2100 手札×4

 VS

 SAL:LP3000 手札×4

【森の狩人イエロー・バブーン】

 

 

「俺のターン、ドロー!…手札から魔法カード──『マスター、ちょっと』─っ、なんだ?」

 

 メインフェイズを開始しようとした昴を止めたのはエリアルだ。彼女が指差す方には背の低い岩があり、その向こうから複数の視線と甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 

『これって、もしかしてあのSALの仲間なんじゃないかな?マスターは全然気付いてなかったけど、あのSALは元々この森から連れてこられた実験動物だって、後ろで言ってたよ』

 

 つまりあのSALは仲間の元へ帰りたいがために脱走を図ったということだ。昴自身、何となく妙だとは思っていたが、これでスッキリした。

 

「成る程……勝ちを譲ってやりたいところだが、生憎ジュンコを返して貰わないといけない。悪く思うな──魔法カード【トレード・イン】発動!手札の【リヴァイアニマ】を墓地に送って、2枚ドローする!」

 

 SALを倒す決意を固めた昴は、このデュエルを終わらせるべく動き出した。

 

「墓地の【儀水鏡】の効果発動!このカードをデッキに戻し、墓地から【リヴァイアニマ】を回収。そして手札の【ヴィジョン・リチュア】を墓地に送り、デッキから【ソウルオーガ】を手札に加える──」

 

 昴は続けて、通常召喚した【リチュア・アビス】の効果でデッキから【シャドウ・リチュア】をサーチ。その【シャドウ・リチュア】を墓地に送って、【リチュアの儀水鏡】を手札に加える。

 

 これで準備は整った。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札からレベル4の【リチュア・エリアル】と【リチュア・チェイン】を墓地に送り、儀式召喚──【イビリチュア・ソウルオーガ】!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

「【ソウルオーガ】の効果発動!手札の【リヴァイアニマ】を墓地に送ることで、【イエロー・バブーン】をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

【ソウルオーガ】の咆哮により、森の狩人は強制的にフィールドから飛ばされてしまう。

 これでSALの場のモンスターはゼロ。伏せカードも無く、昴の攻撃を防ぐ手立てがない。

 

 唯一の望みは手札の【グリーン・バブーン】だったが、このモンスターを特殊召喚できるのは効果破壊でのみ……デッキバウンスはその範囲外だ。

 

「バトルだ!【リチュア・アビス】でダイレクトアタック!」

 

【リチュア】の魔術により足元を海に変えてSALの元へ潜行する【アビス】。海面から飛び出すと、鮫の尻尾をSALに叩きつけた。

 

「ウギャァッ──!」

 

 

 SAL:LP3000→2200

 

 

「【イビリチュア・ソウルオーガ】でダイレクトアタック──リチュアル・ブラスト!」

 

 球状に固められ撃ち出された儀水鏡のエネルギーは、守る術を失ったSALを音も無く飲み込んでいった。

 

 

 SAL:LP2200→0

 

 

 デュエルが終了し、モンスター達がその姿を消していく中、敗北したSALは項垂れていた。ヘッドギアのせいで表情がよく見えないが、その感情がどのようなものなのかは、容易に想像できた。

 

「約束だ。ジュンコは返して貰う」

 

「……キキッ、ウキャ」

 

 背後の木へ登っていったSALは震えるジュンコを抱え上げると、木から下ろして身柄を解放した。

 無事の再会を喜ぶジュンコだったが、その表情は浮かない。今しがた自分を下ろしてくれたSALの身を案じているのだろう。

 

「あの猿、また研究所へ連れ戻されちゃうのよね……」

 

 デュエルに集中していた昴は、あのSALがどのような仕打ちを受けてきたのかは分からない。

 だが野生動物を使った生体実験など、どうせ碌なものじゃないことは確かだ。

 

 背後から、SALを捕獲しようと麻酔銃を構えた黒服達が近づいてくる。少し考えた昴は、彼らとSALの間に割り込んだ。

 

「何だお前!?どういうつもりだ!?」

 

「勘違いしてもらっちゃ困る。俺達はあくまでジュンコを助けるのが目的であって、あんたらの為にSALを捕まえようとしたんじゃない。ジュンコが戻ってきた以上、どうしようがこっちの自由だ」

 

 最悪麻酔銃で撃たれる危険性もあったが、昴の予想ではこの男達の研究とやらは恐らく非合法。秘密裏に行われている実験だ。もしこの場の全員が彼らによって監禁でもされれば、学園が捜索に乗り出す筈。そうなれば、いずれ彼らの研究所とやらも発見されることになるだろう。

 

 だがそんなことお構いなしといった様子の黒服たちは昴を押しのけ、ネットでSALを捕獲しにかかる。

 挙句の果てにデュエルを見守っていた仲間の猿達まで捕獲しようとする男達だったが、そこへ現れたレッド寮寮長兼錬金術の講師である大徳寺先生によって、無事にSALの身柄は自然へ返されることとなった。

 

「──ああ、そうそう。万丈目君が見つかったんだニャ」

 

 大徳寺が言うには、万丈目は自分が見つけた時にはもう既に島を出ていたらしい。無事が分かっただけでも良かったが、もう彼はこの島にはいない。

 

「……でもま、退学処分にはなっていないんだろ?だったらいつか戻ってくるさ。『勝負しろ十代!』ってな」

 

「おおっ!その時が楽しみだぜ!」

 




【アクロバットモンキー】なんていなかった、いいね?

今回のSALデュエル、書き始めたときは取り敢えず【バブーン】ぶち込んどけという雑な考えでいましたが、途中で割と殺意高めのムーブが思いついたのでそちらに変更しました。

その結果アクロバティックなロボ猿も野生解放も登場しなくなったわけですが…。


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VSサイコ・ショッカー

※後の展開の為に今回の戦いはカットできないので、やります。
しかし、さる方より「ほぼアニメコピーなら要らんくね」とのお言葉を頂いたので、今回、サイコショッカー氏にはちょっと本気出してもらいます。
それを相手する都合、大人の事情が発生するので予めご了承頂きたく思います。

意訳:今後の十代のデュエルで「この時アレ使ってたじゃん。なんで使わんの!?」とか思っても言わないでね……orz


 季節は冬──完全寮制のデュエルアカデミア生徒も、年末年始のシーズンには実家へ帰る者が多い。勿論、中には学園に留まる者もおり、この世界に於いて自宅というものが存在するのか分からない昴も、その中の1人だった。

 

「すいません大徳寺先生。俺までご馳走になっちゃって」

 

「気にしないでいいのニャ。沢山余っていたお餅を腐らせずに済んで、寧ろありがたいくらいですからねぇ」

 

「……もうすぐ次のお餅が焼けるんダナ」

 

 そう言って隼人が見下ろす先では、火の灯った七輪の上で白い餅達がぷっくりと膨れている。鍋奉行ならぬ餅奉行よろしく食べ頃を見計らった隼人によって、3つの餅が取り分けられた。

 しっかりと火を通しつつ、かと言って柔らか過ぎない絶妙な硬さの餅を、大徳寺は砂糖醤油、昴はきな粉、隼人は海苔を巻いて口へと運んだ。

 

 その名に違わぬもっちりとした食感と、思い思いの味付けを楽しみながら餅を咀嚼する3人の後ろでは、十代と翔がデュエルを行っていた。

 普段は手狭になるこのレッド寮食堂も、冬休み期間中は貸切状態。このように、室内でソリッドビジョンを展開したデュエルだって行える。

 

「行くぜ翔!【E・HERO スパークマン】で【スチームロイド】をこうげ──なんだっ!?」

 

 十代がモンスターに攻撃を指示しようとした瞬間、彼の背後にある食堂の引き戸がけたたましい音を立てて破られた。

 

「うぅ……っ!」

 

「お前……確か高寺、だったか?」

 

 引き戸を押し開けて倒れ込むように入ってきたのは、昴と同じオベリスク・ブルーの生徒である高寺という男子生徒だった。

 

「高寺君、一体どうしたのニャ?」

 

「だっ…大徳寺先生!先生なら信じて下さいますよね!?」

 

「ちょ、高寺君落ち着いて!最初からゆっくり話してください」

 

 なんとか混乱を抑えた高寺は、震える声で事の経緯を語り始めた──

 

 

 

 元々、高寺は同じブルーの生徒である向田(むこうだ)と井坂の3人で【高寺オカルトブラザーズ】なる同好会のようなものを作って活動していた。活動内容は、名前の通りデュエルのオカルト面を研究すること。その中でもデュエルの起源と言われる精霊に興味を持った彼らは、様々な研究を行った成果を試すべく、ウィジャ盤を用いてデュエルの精霊をこの世界に呼び寄せようと試みたのだ。

 その精霊として白羽の矢を立てたのは【人造人間-サイコ・ショッカー】。彼らが文句を唱え【サイコ・ショッカー】の名前を呼びかけると、独りでに動き出したウィジャ盤が文章を紡ぎ始める。

 

「3体の生贄を捧げろ 然すれば我は蘇る」

 

 この言葉をデュエルにおけるリリースの事と安易に解釈した高寺達は「分かりました」と答えてしまった。

 それからだ。彼らの身に不可解な事が起こり始めたのは。まず、儀式を行った翌日に向田が姿を消した。その次の日には井坂が。2人共何の前触れもなく、忽然と消えてしまったのだ。

 

 冬休みが既に始まっていたことから、もしやと思い2人の実家に連絡してみたが、帰ってきていないと言う。脳裏を過ぎった嫌な予感に背筋を凍らせた高寺は、今日出航のフェリーで島を出ようとしたそうなのだが……

 

 

 

「港に着いた僕は、見てしまったんだ……船の上から僕を真っ直ぐ見下ろす【サイコ・ショッカー】の姿を……!」

 

「うーん……正直、私もにわかには信じられないのニャ」

 

「そんな!精霊を研究している大徳寺先生なら、どうにか出来ませんか!?こうしている間にも【サイコ・ショッカー】が僕のことを──!」

 

 突如、食堂の中を照らしていた電灯が一斉に消えた。冬の夜の寒風が吹き込む暗闇の中、パニックに陥る翔と隼人。そんな2人のジタバタに巻き込まれないよう少し離れた昴は、外の月明かりを頼りに周囲の状況を確認する。

 

「──高寺っ!」

 

 昴が見たのは、気を失った高寺を小脇に抱える長身の男──コートや帽子、スカーフで全身を覆い隠しているためハッキリとした人相が分からないが──高寺の話を信じるならば【サイコ・ショッカー】の姿だった。

 

「────。」

 

 サイコ・ショッカーは言葉を発することなく、高寺を連れて森の方へと逃げていく。十代と昴はすぐさま後を追った。

 

 

 

 

 

「待て!高寺を返せ!」

 

「はぁ…はぁ…っ…エリアル、奴がどっちに行ったか分かるか?……って、そういうのは苦手なんだっけか」

 

『いや、分かるよ。占いとかじゃなく、気配でね──あっちの方』

 

 先を走っていた十代もハネクリボーに導かれたのか、エリアルが指差す方向へ向かった。

 鬱蒼と茂る木々の間を走り抜けること数分……たどり着いたのは、周囲を金網に囲まれた場所だった。四隅には鉄塔が屹立し、様々な方向へ電線が伸びている。

 

 翔と隼人と共に少し遅れて追いついてきた大徳寺が言うには、ここは島全体へ電力を供給する送電施設らしい。エリアル達はここへサイコ・ショッカーが逃げ込んだと言っていたが……

 

「サイコ・ショッカー!高寺を返せ!」

 

 十代の声に応えるように、周囲の発電機から発せられた電気が凝集。半透明の人型を形作った。

 

「あれがサイコ・ショッカーの精霊……」

 

「出やがったな!お前が攫った人達を返せ!そんなに蘇りたいなら、俺を生贄にしろ!」

 

 いきなりとんでもない事を言い出した十代だが、その目は本気だった。これまで沈黙を貫いていたサイコ・ショッカーも口を──無論機械の、だが──開いた。

 

『よかろう……君から感じる力……私が蘇るための最後の生贄には、君の方が相応しい』

 

「ただし!俺が勝ったら高寺だけじゃなく、お前が攫った他の2人も返して貰う!」

 

『いいだろう!覚悟するがいい、我が最後の生贄よ。キミはもう逃げられない!』

 

「生贄じゃねぇ!俺は遊城十代だ──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 十代:LP4000 手札×5

 VS

 サイコ・ショッカー:LP4000 手札×5

 

 

『先攻は私が貰う、ドロー!…私は【魔鏡導士サイコ・バウンダー】を召喚!』

 

 

【魔鏡導士サイコ・バウンダー】

 ✩4 機械族 ATK1700 DEF1000

 

 

「【サイコ・バウンダー】……?何だあのモンスター、見たことも聞いたことも無い」

 

 敵フィールドに召喚されたモンスターを見て眉をひそめる十代だったが、その後ろでデュエルを見守る昴は驚愕に見舞われていた。

 

「【サイコ・バウンダー】だと……!?」

 

 あのモンスターはこの世界には存在しないはずのカードだ。何故なら、あのカードが生まれたのは昴の前世でも最近のことなのだから。つまりあのサイコ・ショッカーのデッキは、この時代には不釣合いなデッキパワーを秘めている事を意味する。

 

「気を付けろ十代!アレはお前の知ってる【サイコ・ショッカー】デッキじゃない!油断すると一瞬でやられるぞ!」

 

『【サイコ・バウンダー】の効果発動!召喚成功時、デッキから【人造人間-サイコ・ショッカー】を手札に加える。更に手札から速攻魔法【サイキック・ウェーブ】発動!今手札に加えた【サイコ・ショッカー】を墓地に送り、相手プレイヤーに600ポイントのダメージを与える!』

 

 サイコ・ショッカーの手から電撃が放たれ、十代のライフを僅かに削る。通常のデュエルならそれだけで済む筈だが、十代は胸を押さえて呻いていた。

 

 

 十代:LP4000→3400

 

 

『私はこれでターンエンドだ』

 

 

 十代:LP3400 手札×5

 VS

 サイコ・ショッカー:LP4000 手札×4

【魔鏡導士サイコ・バウンダー】

 

 

「クソ…今度はこっちの番だ、ドロー!…手札から【E・HERO エアーマン】を召喚!」

 

 

【E・HERO エアーマン】

 ✩4 戦士族 ATK1800 DEF300

 

 

「【エアーマン】の効果で、デッキから【E・HERO バーストレディ】を手札に加える。続けて魔法カード【融合】!手札の【クレイマン】と【バーストレディ】を融合し、【E・HERO ランパートガンナー】を守備表示で召喚!」

 

 

【E・HERO ランパートガンナー】

 ✩6 戦士族 融合 ATK2000 DEF2500

 

 

 現れたのは、地と火の力を合わせ持つ重戦士。頑強な鎧に守られた両足を踏みしめ、左腕のシールドを地面に打ち立てる。

 

「バトルだ!【ランパートガンナー】は与える戦闘ダメージを半分にすることで、守備表示のまま直接攻撃できる!──ランパート・ショット!」

 

 重戦士の右腕から数発のミサイルが発射され、サイコ・ショッカーを爆撃する。本来のよりも与えるダメージ量で劣るものの、守備力を活かした守りを崩さずに攻撃できるというのは、大きなメリットだ。

 

 

 サイコ・ショッカー:LP4000→3000

 

 

「続け!【エアーマン】で【サイコ・バウンダー】を攻撃!」

 

【エアーマン】は背中の翼に搭載されたローターを高速回転させ、その推進力を利用した強力な一撃を叩き込んだ。

 

 

 サイコ・ショッカー:LP3000→2900

 

 

『ぬう……っ!』

 

「カードを2枚伏せ、永続魔法【悪夢の蜃気楼】を発動!ターンエンドだ」

 

 

 十代:LP3400 手札×0

【E・HERO エアーマン】

【E・HERO ランパートガンナー】

 魔法罠:【悪夢の蜃気楼】

 伏せ×2

 VS

 サイコ・ショッカー:LP2900 手札×4

 

 

「やった!アニキが巻き返した!」

 

 歓喜する翔の隣で、昴は状況を分析にかかる。

 

 まず、十代が【ランパートガンナー】をダメージ優先で攻撃表示にしなかったのはナイス判断だ。

 敵のデッキは【サイコ・ショッカー】を出す速度が尋常ではない筈。何なら複数体並ぶことも考えられる。だがその反面、【サイコ・ショッカー】の素の攻撃力は2400──【リミッター解除】でも引かれない限りはこれで耐えることが可能だ。あわよくばこのまま【ランパートガンナー】でビートダウンできれば良いのだが……

 

『私のターン、ドロー!』

 

「スタンバイフェイズに【悪夢の蜃気楼】の効果で、手札が4枚になるようドローさせてもらうぜ!」

 

『フン、無駄な足掻きを……キミは私を追い詰めているつもりかもしれないが、私にとってはこの程度大した事ではないのだよ』

 

「何だと……!?」

 

『負け惜しみだとでも思うかね?ならばそれが真実だということを思い知らせてあげよう!私は手札から【名推理】を発動する!』

 

 魔法カード【名推理】は、発動後に相手は1~12のモンスターレベルを宣言。その後自分のデッキを特殊召喚可能なモンスターが捲れるまで墓地に送る。捲れたモンスターが宣言されたレベルだった場合はそのまま墓地に、違った場合は即座に特殊召喚することができる、一種のギャンブルカードだ。

 

 リリースを要求する高レベルモンスターもこれ1枚で出せる為強力なカードではあるのだが、1つ難点がある。

 

「…へへっ!残念だがサイコ・ショッカー、お前の狙いはお見通しだ!俺はレベル6を宣言するぜ!」

 

 そう……相手のデッキ内容がある程度分かっていれば、結構容易に対策ができてしまうのだ。この場合、十代は敵の狙いが【サイコ・ショッカー】の召喚と予想して、レベル6を指定した。

 

 サイコ・ショッカーのデッキが1枚ずつ捲られ、効果処理が始まる。

 

 1枚目──【聖なるバリア-ミラー・フォース-】、2枚目──【機械複製術】、そして3枚目──

 

『……フフフフハハハハ──3枚目は【人造人間-サイコ・リターナー】レベル3だ!【名推理】の効果によって特殊召喚!』

 

 

【人造人間-サイコ・リターナー】

 ✩3 機械族 ATK600 DEF1400

 

 

「くっ……確かに推理は外したが、そいつじゃ俺のモンスター達には敵わないぜ」

 

『ククク…それが浅はかだというのだ。私が【名推理】を発動したのはこの為だ!──私の墓地に罠カードが存在することで、手札から【脅威の人造人間-サイコ・ショッカー】をレベル6として特殊召喚!』

 

 

【脅威の人造人間-サイコ・ショッカー】

 ✩7→6 機械族 ATK2400 DEF1500

 

 

「で、出やがった……!」

 

 目の前に仁王立ちする人造人間を見上げ、ゴクリと生唾を飲み込む十代。しかしサイコ・ショッカーの展開はまだ終わらない。

 

『まだだ!これは所詮仮初の姿……【脅威の人造人間-サイコ・ショッカー】の効果発動!自身をリリースし、墓地に存在する【人造人間-サイコ・ショッカー】を特殊召喚──っ!』

 

 脅威の人造人間が全身から激しい電撃を発し、その眩しさに全員目を覆う。瞼を焚いた電撃が止むと、そこには先程とは違う……正真正銘の【サイコ・ショッカー】が高らかな笑い声を上げて十代達を見下ろしていた。

 

 

【人造人間-サイコ・ショッカー】

 ✩6 機械族 ATK2400 DEF1500

 

 

「あ、アレ…まさか復活しちゃったの!?」

 

「いや、十代はまだ生贄にされてない。あの姿はデュエル中でしか維持できないはずだが……十代が負ければ、その限りじゃない」

 

『リリースされた【脅威の人造人間】の効果により、キミの伏せカードを確認して罠カードを全て破壊する!』

 

 露わになった十代の伏せカードは【非常食】と【ヒーロー見参】。罠カードである後者はメインフェイズの今では発動することができない。

 

「なら──速攻魔法【非常食】発動!【悪夢の蜃気楼】と【ヒーロー見参】を墓地に送って、ライフを2000回復する!」

 

 

 十代:LP3400→5400

 

 

 何とかライフ回復でアドバンテージを得られた十代。

 

【脅威のサイコショッカー】が登場したことで【サイコ・ショッカー】デッキはエースである【人造人間-サイコ・ショッカー】を早い段階で出せるようになった。何より墓地からも蘇生出来るというのが本当に厄介だ。しかもここまで、奴は召喚権を使っていない。

 

『更に【サイコ・リターナー】をリリースし、もう1体の【サイコ・ショッカー】をアドバンス召喚!』

 

「マジかよ!?」

 

 場に並び立つ2体の人造人間。これだけならまだ【ランパートガンナー】で止めることができたのだが……

 

『食らうがいい!速攻魔法【電脳(サイバー)エナジーショック】!【ランパートガンナー】を破壊!』

 

【サイコ・ショッカー】の両手から電撃が放たれ、重戦士を跡形もなく消し去る。十代の守りが崩されてしまった。

 

『バトルだ!【サイコ・ショッカー】で【エアーマン】を攻撃!──電脳(サイバー)エナジーショック!』

 

「うぅ──っ!」

 

 

 十代:LP5400→4800

 

 

『もう1体の【サイコ・ショッカー】でダイレクトアタック!』

 

「ぐあああああああぁぁぁ───っ!」

 

 

 十代:LP4800→2400

 

 

 ライフを大幅に削られ、全身に走る衝撃と苦痛に顔を顰める十代。【非常食】で回復していたお陰でライフ差こそ僅差になっているものの、次のターンでどうにか対策を打つなりしなければ十代の敗北が決定──サイコ・ショッカーの生贄にされてしまう。

 

『カードを伏せ、ターンエンド……次がキミのラストターンだ、精々足掻くがいい』

 

 

 十代:LP2400 手札×4

 VS

 サイコ・ショッカー:LP2900 手札×0

【人造人間-サイコ・ショッカー】

【人造人間-サイコ・ショッカー】

 伏せ×1

 

 

「っへへ……ゾクゾクするぜ。おもしれぇ!」

 

『そんなことを言ってる場合かな?自分の体を見てみるがいい』

 

「は…?一体何を──って、何だこれ!?」

 

「アニキの身体が…消えてる!」

 

 十代の体の腰から下は、ノイズが走ったように霞掛かっている。これはまるで、フィールドに召喚される前のサイコ・ショッカーと同じ状態……

 

「間違いない……十代君!これは正真正銘、魂を賭けた闇のデュエルだ!負ければ君は本当に生贄として魂を抜き取られてしまう!」

 

 大徳寺の言葉を聞いた翔と隼人は息を呑んだ。十代もまた額を汗が伝う。

 本物の闇のデュエル──先の痛みやこの不可解な現象、以前闇の決闘者を自称するタイタンと行ったインチキ闇のゲームとは大違いだ。

 

「心配すんなって大徳寺先生。俺が勝てば済む話だ──ドロー!……行くぜサイコ・ショッカー!俺は手札から魔法カード【死者転生】を発動!手札の【ワイルドマン】を墓地に送り、墓地から【バーストレディ】を手札に加える!」

 

『それがどうした。融合召喚は手札枚数が少なければ力を発揮できない……その5枚の手札では融合を行えるのも1度が限界だ。私の布陣を突破できるわけがない!』

 

「それはどうかな?俺のHERO達はこんなところで止まりはしないぜ!──【融合】発動!手札にいる属性が異なる2体の【HERO】──【エッジマン】と【バーストレディ】を融合する!」

 

 地属性を司る黄金の戦士と炎を操る女戦士がその力を重ね合わせ、新たな戦士として再誕する。

 

 

「来い!──【E・HERO サンライザー】!!」

 

 

 フィールドに降り立った新たな【HERO】は、素材となった【エッジマン】の面影を残しながらも、黄金の体を赤く染め、溢れ出る力の奔流に濃紺のマントを靡かせた。

 

 

【E・HERO サンライザー】

 ✩7 戦士族 融合 ATK2500 DEF1200

 

 

「【サンライザー】は特殊召喚時、デッキから新たな融合カードを手札に加える事ができる──【ミラクル・フュージョン】を手札に加え、これを発動!墓地の【HERO】達を除外することで、融合召喚を行う!」

 

 十代はこの効果で【死者転生】のコストとなった【ワイルドマン】と【エッジマン】を除外する。

 

 

「現れろ!──【E・HERO ワイルドジャギーマン】!!」

 

 

【E・HERO ワイルドジャギーマン】

 ✩8 戦士族 融合 ATK2600 DEF2300

 

 

 人造人間と相対する2人の融合HERO達。そのどちらもが【サイコ・ショッカー】を凌駕する力を秘めていた。

 

「バトルだ!【ワイルドジャギーマン】で【サイコ・ショッカー】を攻撃!──そしてこの瞬間、【サンライザー】の効果が発動する!」

 

【サンライザー】は自分以外の【HERO】が攻撃宣言を行った際、場のカードを1枚無条件に破壊できる効果を持っているのだ。

 

 十代が指定したのは、サイコ・ショッカーの伏せカード──万が一突破された時の為に保険としてセットされていた【和睦の使者】だった。

 

「いけぇ!──インフィニティ・エッジ・スライサー!」

 

【ワイルドジャギーマン】の左腕に装備された黄金の籠手──そこから伸びる鋭い刃が、魂を求める人造人間を一刃の下に斬り伏せる。

 

 

 サイコ・ショッカー:LP2900→2700

 

 

「更に【ワイルドジャギーマン】は相手モンスター全てと戦闘を行える!もう1体の【サイコ・ショッカー】も破壊だ!」

 

 背中から引き抜かれた大剣が、場に残っていたもう1体の【サイコ・ショッカー】を叩き斬る。これでもう奴のフィールドはガラ空きだ。

 

 

 サイコ・ショッカー:LP2700→2500

 

 

『ぐぅぅぅ!こんな筈では……!私は何としてでも復活を──!』

 

 元の半透明な姿に戻ったサイコ・ショッカーは十代を諦めたらしく、手近な場所に倒れる高寺へ手を伸ばす。既に2人の生贄を得ている以上、高寺を渡してしまえば完全復活を許してしまうことになる。

 

 当然、それを許す十代ではない。

 

 

「【サンライザー】でダイレクトアタック!──シャイニング・バーン!」

 

 

【サンライザー】は自らが持つ光の力を両腕のブレードに纏わせ、実体無き精霊を一刀両断する。

 

 壮絶な断末魔を残して消えていくサイコ・ショッカーに自分の名を告げるかの如く、夜明けを告げる太陽がフィールドを照らした。

 

 

『こんな筈ではあああああああぁぁぁ───っ!!!』

 

 

 サイコ・ショッカー:LP2500→0

 

 

 デュエルに決着が着いた瞬間、辺りを眩い光が包み込む。何が起こっているのか確認する間もなく、十代達は気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──んんっ……一体、何がどうなったんだ?」

 

「さぁな……さっぱりだ」

 

 次に十代達が目を覚ますと、まだ薄暗かった空にすっかり日が昇っており、森に住む小鳥達の囀りが聞こえていた。

 

 翔達も続々と目を覚ます中、昴は鉄塔の足元で倒れている高寺達を発見する。駆け寄って安否を確認したところ、命に別状はないようだ。無事にサイコ・ショッカーの精霊を撃退することに成功したらしい。

 

「あれ、夢じゃないんだよね……?」

 

「少なくとも俺ははっきりと覚えてる。1から10まで全部な」

 

 それは昴だけでなく隼人や大徳寺も同様らしく、今回経験したことが夢幻の類でないことを裏付けている。

 何より実際にデュエルした十代は、記憶だけでなく体で覚えていた。

 

「(あの痛み…間違いない、精霊も闇のゲームも実在する…)──ま、俺は楽しかったぜ。あんなすげぇデュエルできて!」

 

 そう言って、十代は不穏な空気を払い除けるように笑い飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは後に昴がエリアルに聞いた話だが、デュエルの精霊は本来、あのように人の魂を欲するような存在ではないらしい。この世界とは別の──分りやすく精霊界とでも言うべき世界に住まうデュエルの精霊達は、デュエルを介さない限り、自分達のように実体無き思念体としてしかこの世界に現出できない。

 しかし、サイコ・ショッカーが行おうとした方法ではこの世界に実体化できないのかと言うと、そうとも言い切れない。何せ前例が無い事だ。だからもしあそこで十代が負けていた場合、本当にサイコ・ショッカーがこの世界に復活し、人知を超えた力で暴れまわっていた可能性も大いにあるという。

 

 どちらにしても、精霊を幽霊と同じ扱いで強引に呼び出そうとした高寺達に、エリアルは同じ儀式を執り行う者として多少なりともご立腹のようだ。

 

 曰く『彼らは精霊のことをカードの付録か何かとでも思っていたんだろうね。生贄のことを安直にリリースと捉えたのがその証拠だよ。そんな軽い気持ちで強引に呼び出された挙句、一度は承諾された筈の要求まで反故にされたんだから、僕はちょっとだけ同情するよ』

 

 最後に『せめて【サイコ・ショッカー】じゃなくて【白魔導士ピケル】辺りにしておけば、怖い思いはしなくて済んだかもね』と付け加えたエリアルは、すうっと姿を消す。

 

「要するに軽い気持ちで幽霊だの精霊に手を出すと、痛過ぎるしっぺ返しを食らうってことか……覚えておこう」

 

 それから数日の間、ちょっとした物音に敏感に反応してしまうようになったのは、昴とエリアルだけの秘密だ。

 




サイコ・ショッカーデッキって調整ムズ……

はい、少し久しぶりです。外界は夏らしくクソ暑くなってきましたね、皆さん如何お過ごしでしょうか?

今回のデュエルはカットすることもできたんですが、今後の展開でこのデュエルに触れるので、流石にバッサリカットしたデュエルを回想で引き合いに出すのはなぁと思い、このような形に仕上げました。
十代も十代でできる限り未来カードに頼らないようにしましたが、どうでしたかね?

多分、当分はエアーマンとか出さないです……嘘かもしれません。

次回はテニス回です。未来の私、楽しんでそうだなー。


そしてそして、なんと本作のお気に入り件数500&UA3万を達成いたしました。
ありがとうございます。ありがとうございます。


この間にもお気に入り・感想・評価等頂いた方々、ありがとうございます。


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フィアンセの座

 年が明け、冬休みも終わったデュエルアカデミアには、すっかり元の活気が戻っていた。

 相変わらず授業を受けて、時にデュエルして、寮に戻って眠る毎日──今日も今日とて学園に行き、体育の授業を受けている最中だ。

 

「──よっ、と!」

 

 ジャージ姿となった昴がラケットを振るい、黄色いボールを際どい位置に打ち返す。アウトになるかどうかを見極めていたせいで反応が遅れた相手は、何とかギリギリのところでボールを返した。

 

「ナイスだ昴──!」

 

 弧を描いて戻ってきたボールに走るのは、昴とダブルスを組んでいる三沢。勢いのない甘い球を見逃さず、見事なカーブショットでゲームセットに持ち込んだ。

 

「いい一撃だったな、流石文武両道の優等生」

 

「お前の方こそ。速度といい狙いといい、絶妙なレシーブだった。アレがなければ俺だって決められなかったさ」

 

 今日の体育はテニス。各自でペアを組んだり、シングルスで試合を行っている者もいる。昴は前者の中の1人で、三沢と組んで現在5連勝記録を打ち立てている。

 

 スポーツドリンク片手に5連続試合を終えた体を休めていると、体育館の一角で十代と翔が何やらワイワイと騒いでいる。傍らには先程まで彼らと試合をしていたジュンコとももえのペアがおり、今は昴達と同じく休憩中のようだ。

 

「──よっしゃあ!行くぜ翔!必殺、ダブルサーブ!」

 

 おふざけのつもりなのだろう。十代はボールを2つ一度にサーブする。宙に舞う2つのテニスボールを見事に捉えたまでは良かったのだが、ボールがラケットから離れた途端、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。

 

 嫌な予感を素早く察知した昴は、ラケットを持って走った。

 

 威力だけは凄まじい2つのボールが向かう先では、ジャージにショートパンツというラフな格好をした明日香が雪乃と試合をしており……

 

「──避けなさい明日香っ!」

 

「え──っ?」

 

 雪乃の声でボールの接近に気づく明日香だったが、今からでは間に合わない。そんな彼女とボールの間に割り込む影があった。

 

「───っく!」

 

 先んじて走り出していた昴は、時間差で迫る2発の内手前の1発をラケットで上に打ち上げた。残る1発も打ち落とせれば良かったが、間に合わないと判断した昴は空いた左手で叩き落とそうと試みる。

 

 しかしそれよりも一瞬早く、突然飛び込んできた昴とは別のラケットが左手を掠めてボールを打ち返した。

 呆然とする明日香の元へ、ジュンコとももえが駆け寄ってくる。

 

「明日香さん、大丈夫ですか!?」

 

「えぇ。私はどうとも……」

 

 そのまま昴とすれ違うように着地した何者かは何でもない様子で立ち上がると、やたら芝居がかった動きで明日香達の方へ振り向く。

 

「大丈夫?怪我しなかった?」

 

 その男は、イケメンであった。

 惜しげもなく晒された鍛えられた手足、整えられた茶髪。意志の強い眉と、その下で爛々と煌く瞳──絵に描いたようなさわやか系イケメンというやつだ。その証拠に、面食いなももえだけでなくジュンコまでもが目をハートにして黄色い声を上げている。

 

「あの、ありがとうございます。助かりました」

 

 礼を言う明日香を見たイケメンは彼女の美貌に見蕩れていたらしく暫く無言だったが、意識を取り戻すなり照れくさそうにはにかむ。

 

「いやぁ、失敬失敬。知らなかったよ、我がオベリスク・ブルーに君みたいな美しい人がいたなんて」

 

 会話にかこつけて明日香の手を取るイケメン。

 

「あっ!ごめんよ、ちょっとキザだったかな?いきなり女性の手を握るなんて……」

 

「いえ……あ、手と言えば──」

 

 イケメンの言葉で何かを思い出したらしい明日香は、踵を返して昴の元へ向かう。

 

「な、何だ急に……?」

 

「手、見せなさい。怪我してたら大変でしょ」

 

 反論する暇も与えず、ソっとではあるが無理矢理昴の手を取ってジッと見回す。男にしては比較的白い昴の手の甲には、うっすらと赤い跡が出来ていた。

 

「念の為に鮎川先生に診て貰った方がいいんじゃ……」

 

「ラケットが掠った程度で大袈裟だ。水で軽く冷やしとけば大丈夫だろ」

 

「いや、これは僕にも責任がある。テニス部部長として、不慮の事故とはいえ怪我をさせてしまった以上はキチンとした手当てを受けてもらうよ」

 

 会話に入ってきたイケメンと明日香の2人に詰め寄られた昴は、観念して鮎川の元へ行き、氷嚢を貰って来た。

 

「大事無いようで良かったよ。にしても君、良い瞬発力を持っているじゃないか。どうだい?我がテニス部に入部しないか!?」

 

「いえ、遠慮しときます……」

 

「そう言わずに!僕達と一緒に一度しかない熱い青春を謳歌しようじゃないか!」

 

 何度断っても退かないイケメンに根負けした昴は、今日1日だけという条件の下、テニス部に仮入部をする羽目に。

 

 

 尚、昴とイケメンが弾いたボールは不運にも全て、鮎川と共に現場監督をしていたクロノスに命中していたことを知る者はまだいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次いくぞぉ!───でやぁっ!」

 

「くっ──!」

 

「──まだまだ!」

 

「──はぁっ!」

 

 同日放課後──体育の授業が終わり、テニス部が使用するグラウンドで、一部のコートだけが一際熱を帯びている。

 

 コートに立っているのは、強引に仮入部させられた昴と、クロノスの顔に青痣を作った罰を受けている十代。そしてそんな2人を扱きに扱いているのは、例のテニス部部長──オベリスク・ブルーの3年、綾小路ミツルだ。

 コートの横には罰則を受ける十代を案じて様子を見に来た翔と、綾小路目当てで駆けつけたジュンコとももえの姿もある。

 

「ぜぇ…ぜぇ……くそぉ…クロノスの奴、覚えてろよ……!」

 

 肩で息をしながら悪態をつく十代の横では、同じく疲労困憊状態で荒い息をつく昴の姿が。

 

「まだ特訓は終わってないぞ2人共!この程度で挫けていてはダメだ!今頑張らなくてどうする!?今日という日は今しかないんだぞ!?」

 

「こんなキャラだったか……?」

 

「無駄に暑苦しい上に言ってること訳分かんねぇ……」

 

「そして"明日"とは"明るい日"と書くんだ!さぁ、明日の為にあと50球だ!どうだい、元気が出てきたろ!僕と一緒に頑張るんだ!汗と涙は明日の糧になる!美しき青春、万歳!」

 

「マジかよ……」

 

「明日の為を思うならこの辺にしとかないと筋肉痛がやばそうなんですが……!?」

 

「それもまた青春だ!行くぞぉ──!」

 

 グラウンドに昴と十代の悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

 

 それから数十分後──宣言通りキッチリ50球ずつを打ち終えた昴達は息も絶え絶えで大の字に倒れる。

 

「ぜぇ……っはぁ……お、終わった……」

 

「絶対明日ヤバイって……クールダウン追いつかないぞ……」

 

 激しい運動をした後はストレッチをすることで翌日残るダメージを軽減できると聞いたことがあるが、どれだけ入念に体を伸ばそうとどこかしらに痛みが出るであろうことは間違いないだろう。

 

 昴が最後に打ったボールがコロコロと転がった先には、遅れてコートへ到着した明日香の姿があった。

 彼女に気付いた綾小路は嬉しそうな爽やかスマイルで明日香を迎えようとするが……

 

「──やぁ明日香君!嬉しいなぁ、来てくれるなん……えっ?」

 

 当の明日香は、綾小路を無視してコートに入っていく。その視線は、未だに荒い息をつく昴達に向けられていた。

 

「──昴、十代。ちょっといいかしら」

 

 閉じていた目を開けると、真剣な面持ちでこちらを見下ろす明日香が目に入る──よりも先に、女子制服のやけに短いスカートの中が見えそうになり、昴は慌てて体を起こした。

 

「さっき大徳寺先生に聞いたんだけど、万丈目君を見たって人がいるらしいのよ」

 

「万丈目を?」

 

 数ヶ月前、三沢と一悶着あったことで学園を去った万丈目の行方は未だに分からないままだったのだが、ついに目撃証言があったらしい。詳しい話を聞こうとした昴らだったが……

 

「離れたまえ明日香君!あまりこういうことは言いたくないが……明日香君、オベリスク・ブルーの妖精のような君には、オシリス・レッドの生徒は似合わない!」

 

「……?あの、別に明日香と十代はそういう関係じゃ……」

 

「では君か!?君が僕の恋敵なのか!?」

 

「はぁ!?」

 

 突如会話に割って入ってきた綾小路によって、真剣な話は一転、訳の分からない話にもつれ込む。

 

「明日香君、君には僕のような男こそ相応しい!確かに昴君はテニスのセンスもあるし、この僕と共に君を危険から救った同志でもある──しかァし!所詮はブルーに入ってきたばかりの新参者!運動神経抜群、容姿端麗、成績優秀、将来安泰のこの僕の方が君を幸せに出来るに決まっている!」

 

「いや、どうしてそうなる!?そもそも俺と明日香は──」

 

「今更言い訳など見苦しいぞ!昴君っっっ!」

 

「だから言い訳とかじゃなくて情報整理をだな……」

 

 1人勝手にエキサイトしている綾小路をどうにかして落ち着かせようとする昴だが、当の本人に聞く気が全くない。

 

「そぉか、明日香君を呼び捨てか…もうそこまで深く関係が進展していたとは……!かくなる上は──昴君!僕とデュエルだ!」

 

「えっ?」

 

「君も決闘者なら、潔くデュエルで決着をつけようじゃないか!」

 

「決着って…何の?」

 

「決まっている!ズバリ──勝った方が明日香君の婚約者(フィアンセ)になるのだ!」

 

 とんでもないことを言い出した綾小路に、昴はいよいよ言葉を失う。一体ここまでのやり取りのどこをどうしたら昴と明日香が恋仲だと解釈できるのだろうか。

 

「あ、明日香!お前からも何か言ってくれ!」

 

 唯一綾小路に対抗できそうな人物がいるではないかと、明日香に助け舟を求める昴だったが、その希望はあっけなく塵と消える事になる。

 

 

「……まぁ、そうね。いきなり婚約というのは流石に一足飛びだと思うわ。こういうのは、やっぱりちゃんと交際を重ねて、お互いのことを深く知ってからじゃないと……」

 

 

「あ…明日香、さん?」

 

 頼みの綱の常識人、明日香も機能不全を起こしたことで、もう綾小路を止められる者はいない。結局、半強制的にデュエルをすることとなった。

 

 取り敢えずこの戦いに勝てば、少なくとも綾小路の暴走は止められるはずだ。

 

 腹を括った昴はデュエルディスクを装着し、デッキをセットする。

 

「行くぞ昴君!明日香君の幸せは僕が守る!」

 

「……もうややこしくなるから何も言わん!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 綾小路:LP4000 手札×5

 

 

 

 よく分からない流れで開始した2人のデュエル。

 その行く末を見守る十代や明日香達の元へ、新たな見物人が加わる。

 

「──これは一体どういうことかしら?」

 

「雪乃さん!聞いてくだい、綾小路先輩と加々美さんが明日香さんを巡って戦っているのですわ!」

 

 興奮気味なももえの説明は重要な部分が省かれていたが、雪乃は幸いにも事の大まかな経緯を察してくれたらしい。あのいたずらっぽい笑みを浮かべると、隣にいる明日香に耳打ちする。

 

「で、明日香。あなたはどっちに勝って欲しいのかしら?」

 

「べっ、別に興味ないわよ。ただ、綾小路ミツルのデュエルの腕はカイザー亮に匹敵すると言われているし、その実力を見せてもらいたいだけ」

 

「相変わらずお堅いわね──けど、そうやって誤魔化すのも今日が最後になるかもしれないわね

 

 最後にボソリと呟いた雪乃の言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

「先攻は僕だ!ドロー!先手必勝、魔法カード【サービスエース】発動!」

 

「何だアレ……知らんカードだ」

 

「このカードはね、ボクが手札から選んだカードの種類を君が当てるギャンブルカードさ。魔法・罠・モンスターカード──見事当てれば何も無し、だがもし外した場合、君はダメージを受けることになる」

 

「バーンカードか……面白い!」

 

 綾小路が手札から1枚のカードを引き抜き、昴の前に突き出す。

 現状綾小路のデッキがどのようなものなのかは分からない。魔法罠を使ったバーンカード主体のデッキであると仮定するならば、あのカードは魔法罠のどちらかである可能性は高いだろう。

 

「……魔法カードだ」

 

「ほう…本当にいいのかい?変えるなら今の内だよ?」

 

「それでいい。面倒な心理戦に付き合うつもりはないからな」

 

 ヒュウ、と口笛を吹いた綾小路が選択したカードを表返す。カードの枠の色は───黄色。

 

「残念!モンスターカードだ──【サービスエース】の効果で、この【メガ・サンダーボール】を除外し、相手プレイヤーに1500のダメージを与える!」

 

「なっ……1500だと!?」

 

 昴目掛けて光の球が勢いよく射出され、着弾と同時に大爆発を起こす。

 

 

 昴:LP4000→2500

 

 

15 - 0(フィフティーンラブ)──更に僕はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP2500 手札×5

 VS

 綾小路:LP4000 手札×3

 伏せ×1

 

 

「さしずめ向こうはバーン主体のテニスデッキってとこか──俺のターン、ドロー!…手札の【ヴィジョン・リチュア】を墓地に送って、効果発動。デッキから【ガストクラーケ】を手札に加える。続けて儀式魔法【リチュアの儀水鏡】を発動!手札の同名カードを墓地に送り、儀式召喚──【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ✩6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

「【ガストクラーケ】の効果発動!儀式召喚成功時に相手の手札を2枚確認し、内1枚をデッキに戻す──ガスト・スキャニング!」

 

【ガストクラーケ】が掲げる儀水鏡から光が照射され、綾小路の手札を透過させる。

 暴かれたカードは【メガ・サンダーボール】とこれまた初見の装備魔法【パワー・ガット】。

 

「……その装備魔法をデッキに戻してもらうぞ」

 

「へぇ…ハンデス効果か。さしずめ【サービスエース】の効果を警戒してのことかな?」

 

「分かってるなら話は早いな──!【ガストクラーケ】でダイレクトアタック──イビル・テンタクルス!」

 

【ガストクラーケ】の下半身から伸びる触手が綾小路に殺到する。

 

「罠カード発動──!【レシーブエース】!デッキを上から3枚墓地に送ることで、ダイレクトアタックを無効にして相手に1500のダメージを与える!」

 

「おい嘘だろ──ぐぅっ!?」

 

 凄まじい防風が綾小路を守る盾となって、異形の触手を阻む。その衝撃は昴の元へも届き、またライフを大きく削った。

 

 

 昴:LP2500→1000

 

 

「これで30 - 0(サーティラブ)──僕の勝利も見えてきた。明日香君は僕と一緒に幸せを掴むんだ!」

 

「……メインフェイズ2、魔法カード【儀水鏡との交信】を発動。相手のデッキを上から2枚確認し、好きな順番で元に戻す」

 

「……僕のデッキトップを操作する気かい。いいだろう」

 

 両者がセンターコートに歩み寄り、昴は綾小路のデッキから2枚を引いて確認する。だが特に順番を弄るわけでもなく、そのまま元に戻した。

 

「モンスターをセットしてターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP1000 手札×1

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 セットモンスター×1

 VS

 綾小路:LP4000 手札×2

 

 

 

「──昴君、大丈夫かなぁ?あっという間にライフが1000になっちゃったよ」

 

 ハラハラしながらデュエルを見守る翔達。そんな中、ワナワナと肩を震わせていた明日香は……

 

 

「ああもうっ……しっかりしなさい昴!私がその人のフィアンセになってもいいわけ!?」

 

 

 と、大きな声で昴に発破をかけた。そんな彼女を見て呆気にとられる翔達。その中で唯一、雪乃だけが口元を押さえて笑いを堪えている。

 当の明日香は感情のままに今の言葉を発したらしく「全く…」と嘆息していた。

 

「……なぁ翔。さっきから言ってる"ふぃあんせ"って何のことだ?」

 

「アニキそこからぁ……?」

 

 

 

 一方、デュエルは綾小路のターン──

 

「僕のターン、ドロー!行くぞ!魔法カード【スマッシュエース】発動!」

 

「またバーンカードか……!」

 

「その通り、生憎これが僕のスタイルでね。【スマッシュエース】はデッキトップのカードを捲り、それがモンスターカードだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与えるカードさ」

 

 勝ちを確信した様子の綾小路がデッキを捲る。そのカードは──

 

「──残念。魔法カードだ」

 

 表返されたカードを見て、翔達は安堵の息を漏らすが、昴は当然とでも言いたげな顔をしている。

 実際、前のターンに発動した【儀水鏡との交信】で綾小路のデッキトップ2枚は割れていた為、この効果が外れることは分かっていたのだ。

 元々は【サービスエース】対策で手札に入るカードを把握するために発動したのだが、これは嬉しい誤算だった。

 

「リバースカードをセット、僕はこれでターンエンドだ。やるじゃないか昴君!それでこそ我が恋敵でありライバル──好敵手と書いてライバルだ!ハッハッハッハッハ──!」

 

「え……いや…えぇ……?」

 

 昴の意思はガン無視で次々と称号が上塗りされていく。百歩譲って恋敵というのは……この戦いに勝てば誤解も解けるだろうからいいとして、昴と綾小路はライバルという間柄ではない。絶対にない。

 

 

 昴 :LP1000 手札×1

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 セットモンスター×1

 VS

 綾小路:LP4000 手札×1

 伏せ×1

 

 

「最早ツッコミするのも疲れる……俺のターン──セットしていた【リチュア・エリアル】を反転召喚し、リバース効果でデッキから【リチュア】モンスターを手札に加える。続けて【トレード・イン】発動!レベル8の【リヴァイアニマ】を墓地に送って、デッキから2枚ドロー。更に墓地の【リチュアの儀水鏡】をデッキに戻し、【ガストクラーケ】を回収する」

 

 

【リチュア・エリアル】

 ✩4 魔法使い族 ATK1000 DEF1800

 

 

 その後、昴は【エリアル】でサーチした【シャドウ・リチュア】の効果で【儀水鏡】をサーチ。儀式召喚の準備を整えた。

 

「まーた手札破壊かい?同じことを続けてばかりじゃないか」

 

「バーンしかしてないあんたが言うな!【リチュアの儀水鏡】発動!転生せよ【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 場に存在する同類を礎に生まれ変わった異形の少女は、綾小路に残された手札1枚をデッキに戻す。これで向こうは手札0枚──動きが大きく制限されるはずだ。

 

「バトル!【ガストクラーケ】でダイレクトアタック!」

 

「ぐああああ──っ!」

 

 

 綾小路:LP4000→1600

 

 

「続けて【リチュア・エリアル】でダイレクトアタック!」

 

【エリアル】が魔法陣を展開し、強烈な水流を放った。

 

 

 綾小路:LP1600→600

 

 

「くぅ……!僕のライバルたる者、そうこなくては!速攻魔法【フェアプレー】発動!自分のライフポイントが相手より下回っている場合、相手と同じになるまでライフを回復。その後、お互いのプレイヤーは手札が3枚になるようカードを捨てるか、ドローしなければならない!」

 

 今の状態だと、綾小路はライフを回復した上で3枚ドロー。昴も1枚引けるものの、得られるアドバンテージとしては向こうの方が大きい。

 

「条件付きとはいえ3枚ドローて……カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 

 昴 :LP1000 手札×2

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・エリアル】

 伏せ×1

 VS

 綾小路:LP1000 手札×3

 

 

「僕のターンだ、ドロー!…この瞬間を待っていたよ──僕は永続魔法【デュース】を発動!」

 

「デュース…って、あのデュースか?」

 

「そう!このカードはお互いのライフが同じ1000ポイントの時に発動できる永続魔法──発動すると、互いのプレイヤーはバトルフェイズ中に1体のモンスターでしか攻撃できず、以降ライフの数値に関わらず、先に2回連続で相手にダメージを与えたプレイヤーの勝利となる」

 

 勝利条件の変更……特殊勝利とはまた違う、昴も初めて見るタイプのカード効果だ。ライフが0になっても敗北しない代わりに、どんなに微々たる数値だろうと2回連続でダメージを入れれば勝ち。テニスや卓球のデュースと同じというわけだ。

 

 

「そしてこのデュエルはここで終わりにさせてもらう!【伝説のビッグサーバー】を召喚!」

 

 綾小路の前に、身体の随所を機械に改造された長髪の大男が現れる。大男は昴を威嚇するように、右腕と一体化したテニスラケットをひと振りした。

 

 

【伝説のビッグサーバー】

 ✩3 戦士族 ATK300 DEF1000

 

 

「このモンスターは相手モンスターを無視してダイレクトアタックが可能!行け!【伝説のビッグサーバー】!──ビッグサーブ!」

 

【ビッグサーバー】は刺付き鉄球をトスすると、明らかに人を殺せそうな威力のサーブを繰り出した。これぞ正に殺人サーブ──伝説の名は伊達ではないということだろうか。

 

 昴にはそのサーブを返す手段はなく、鉄球はコートにバウンドするなり大爆発を起こした。

 

「うあぁ……っ!」

 

 

 昴:LP1000→700

 

 

「フフン……アドバンテージ・綾小路──永続魔法【デュース】の効果で、もう一度君にダメージを与えれば僕の勝ちだ」

 

「ちぃ……だが、これでもう攻撃は終わりだ。次のターンで俺が攻撃すれば、デュースのポイントはリセットされる」

 

 昴の言う通り、【デュース】による勝利条件は"相手に2()()()()()ダメージを与えること"だ。つまり次のターン、綾小路は攻撃力僅か300の【ビッグサーバー】で自身を守り抜かねばならない。

 

「確かにそうだ。だがそれは、君に次のターンが来ればの話だけどね──【伝説のビッグサーバー】が相手に戦闘ダメージを与えたことで、効果が発動!デッキから魔法カード【サービスエース】を手札に加える──」

 

「……そういうことか!」

 

 2回連続でダメージを与えなければ勝利できない【デュース】だが、そのダメージの形態は問われていない。戦闘ダメージだろうが効果ダメージだろうが、とにかくどんな手を使ってでも2回連続で相手のライフを減らせばいいのだ。

 

 極端な話、【デュース】発動後に【火の粉】を2回撃つだけで勝ててしまう。

 

 綾小路はそれをダイレクトアタックによる堅実な戦闘ダメージと魔法カードのバーンダメージで達成しようとしているのだ。

 

「【ビッグサーバー】の効果で、君はカードを1枚ドローできるぞ。さぁ、引くといい」

 

 綾小路に流され、昴は静かにデッキから1枚をドローする。

 

「そしてこれが、この戦いに終止符を打つラストショットだ!魔法カード【サービスエース】発動!」

 

 綾小路の2枚ある手札の内1枚が選択され、昴の前に突き付けられる。これを外せば、昴は【デュース】の効果によって敗北してしまう。

 一見確率の勝負に見えるこの賭けだが、昴の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「この瞬間、罠発動──【水霊術-「葵」】!」

 

「何っ!?」

 

 このタイミングで昴が発動したのは、相手の手札を全て確認できるピーピング・ハンデス効果を持つカード。

 

「【リチュア・エリアル】をリリースすることで、相手の手札を全て見た上で1枚を墓地に送る。さぁ、見せてもらおうか」

 

「くっ……卑怯な!」

 

 公開された綾小路の手札は【神聖なる球体(ホーリーシャイン・ボール)】と装備魔法【デカラケ】。昴は迷うことなく装備魔法を墓地送りにした。

 

「……それで、確かお前が手札から選んだカードの種類を当てるんだったな?──モンスターカードだ」

 

「ぐぬぅ…っ正解だ……!」

 

 カードを当てた時の効果処理として、綾小路の【神聖なる球体】は墓地に送られる。手札をすべて失った綾小路には、もう出来ることがない。エンドフェイズを経て、昴にターンが渡った。

 

 

 昴 :LP700 手札×3 カウント:

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 綾小路:LP1000 手札×0 カウント:○

【伝説のビッグサーバー】

 魔法罠:【デュース】

 

 

「しかし!【デュース】の効果で君はモンスター1体でしか攻撃できない!僕の場に【伝説のビッグサーバー】がいる以上、僕にもまだ次のターンにチャンスがある!」

 

「確かにな。だがそれは、次のターンが来ればの話だ──俺のターン!俺は手札1枚をコストに【閃光の双剣-トライス】を発動!【ガストクラーケ】に装備する!」

 

【ガストクラーケ】は触手を使い、細身の双剣を構える。本来装備魔法は装備したモンスターの攻撃力を上昇させるものが多いが、【トライス】の場合はその逆──攻撃力を500下げる効果を持っている。

 

 だが、当然それだけではない。

 

「【トライス】を装備したモンスターは、攻撃力が下がる代わりに2回攻撃が可能となる──バトルだ!【ガストクラーケ】で【伝説のビッグサーバー】を攻撃!──イビル・ブレイドダンス!」

 

 目にも止まらぬ速さで振るわれた閃光の双剣が、【ビッグサーバー】を斬り刻む。

 

 

 綾小路:LP1000→0

 

 

 この攻撃でライフは0となったが、永続魔法【デュース】の効果により2連続ダメージが入らない限り勝敗が決することはない。

 

「これでゲームセットだ!【ガストクラーケ】でダイレクトアタック!」

 

「ぐああああああああ──っ!」

 

 

 ──Game won by Subaru. Game count 1Game──

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……勝ったか。これで後は誤解さえ解けば──」

 

「うっ…うぐうぅっ!僕が…この、僕がっ!負けるなんてええええええええぇぇぇ──ッ!」

 

 改めて対話を試みようした昴だったが、デュエルに敗北したのが余程ショックだったのか、綾小路は情けなく泣き叫びながらグラウンドから走り去ってしまう。

 これまでの熱血爽やかスポーツマンの面影を毛ほども感じさせずに遠のいていく彼の背中を、呆然と見送る。そこへ、観戦していた翔や十代達が歩み寄ってくる。

 

「やったじゃんか昴!おもしれぇデュエルだったぜ!」

 

「まぁ確かに、色々新鮮なデュエルだったよ──って、雪乃。いつの間に?」

 

「丁度デュエルが始まった辺りからよ。思ったよりも苦戦したみたいね?」

 

「仕方ないだろ…あんなカード見たことないし。バーンデッキって苦手なんだよ」

 

 この言葉に偽りはない。綾小路のテニスデッキは【サービスエース】等、手札を絡めたバーン効果だったからまだ付け入る隙があったが、もっと単純明快なロックバーン相手では一方的にやられていてもおかしくなかった。

 

「そうかしら?私は結構簡単に勝てたのだけど」

 

「……え?お前、あの部長と戦ったことあったのか?知り合い?」

 

「知り合いもなにも、私に告白してきた1人よ。確かに面白いデッキだと思ったけど、そんなもの全て吹き飛ばせば済む話だもの」

 

 ということは、綾小路は雪乃の【デミス】に立ち向かった数少ない決闘者というわけだ。確かに【デュース】を発動されようと、ライフさえ回復してしまえば【デミス】の効果で永続魔法諸共フィールドを更地にできる。書き換えられたルールごとぶち壊して勝利を掴むのは、どこまでも我が道を征く雪乃らしいと言うべきか。

 

「……でも、加々美さんが勝ったって事は──」

 

「そうですわ!明日香さんがフィアンセに!」

 

 ジュンコとももえが振り向いた先では、赤くした顔を俯けてソワソワしている明日香の姿が。

 

「ほら、行ってきなさい」

 

 雪乃に背中を思いっきり押され、たたらを踏みながら明日香の前に躍り出た昴。

 

「あー……一応、俺が勝った訳なんだが……」

 

「……ええ。そうね」

 

 デュエル中に発破をかけた時の威勢は何処へやら。途端にしおらしくなった明日香を見ている昴の方も、なんだか照れくさくなってくる。

 

「ま、まぁ何だ。あまり気にすることでもないだろ。勝手にフィアンセとかお前だって迷惑だろうし……」

 

「──ない─」

 

「ん?今何か……」

 

 

「──迷惑じゃ、ない……」

 

 

「っ………!?」

 

 ポツリと呟いたその一言に、昴は耳を疑った。

 

 迷 惑 じ ゃ な い?その言葉が意味することは一体何だろうかとやや現実逃避気味に思考を巡らせる。だが話の流れといい目の前の明日香の表情といい、もう完全に「そういう意味」としか脳が処理をしてくれない。

 

「……っ……ぁ…ぅ……っ!」

 

 とにかく何か話さねば息が詰まりそうだと口を開くも、声にならない掠れた空気が出るのみで、結果口をパクパクするだけという何とも間抜けな様を晒してしまう。

 

 そんな昴を見た明日香は──

 

 

「──ふふっ、ばか」

 

 

 小さな笑みと囁かな一言を残し、グラウンドを出て行く。

 そんな彼女を見送るジュンコとももえは揃って「キャー!」という黄色い声を上げており、翔は翔であんぐりと口を開けている。その横では未だにフィアンセの意味を理解していない十代が首を傾げている。

 

 そして雪乃はというと……

 

「……全く、本当に世話が焼ける親友ね。これでようやく同じラインに立てたかしら……?」

 

 誰にも聞こえない声でそう独りごちてはクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、昴の部屋───

 

『いやぁ~マスターも隅に置けないじゃん。このこの~』

 

「エリアル…頼むからもう止めて」

 

『あの時のあの子の表情といい、あの言葉といい……これはもう完全に脈アリだね。やったじゃん。これから安心してこれまでみたいな事できるよ』

 

「何だよ、これまでみたいな事って」

 

『ほほぅ…?マスターは覚えてらっしゃらない?僕はデッキの中からしっかり見てたよ…テスト前、人気の無い場所で天上院明日香の柔らかさを堪能してる現場を──具体的には彼女のおっ』

 

「アレは事故だったんだって!俺は悪くない!」

 

『しかも押し付けるだけでは飽き足らず、遂には顔を埋めちゃったもんねぇ~』

 

「それも事故……いや、悪いとは思ってるが!」

 

『しかも廃寮での一件では彼女の乙女心を擽るようなイケメンムーブまでかましちゃって……』

 

「……それは何のことだ?」

 

『うわ、これが無自覚系主人公ってやつ?……まぁいいや。ともかくおめでとう。天上院明日香と藤原雪乃──マスターに春が来て僕は嬉しいよ』

 

「春……か、やっぱりそうなのか?……って、今雪乃って言ったか?」

 

『言ったけど?マスターを取り合う2人の美少女』

 

「……えっ?」

 

『えっ……?』

 

 2人の間に暫し沈黙が流れる

 

「いや……雪乃のアレは単に俺をおもちゃにしてからかってるんじゃないのか?」

 

『…………嘘でしょマスター………』

 




皆さんに、お詫びしなければ、いけないことが、あります。
私は、この作品に、オリカを出さないと、決めたにも関わらず、今回、オリカを出してしまいました。誠に、申し訳、ありません。

……こうなるとは思ってなかったんです!本当なんです!信じてください!



はい、茶番おーわりっと。



明日香!ヒロインッムーブッ!やりました!やったぞー!イヤッフウウウウウウウ!
最後の明日香との会話をやりたいが為に書きました!



感想、評価、お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます。


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伝説のデッキ(前編)





 某日──デュエルアカデミア購買部にて、ある2人組がデュエルをしていた。

 

 片方は十代の弟分である翔、そしてもう片方は……

 

「──神楽坂?何でアイツと翔が戦ってるんだ」

 

 昴がイエローにいた頃、数回だけ話したことがある。確か成績はいい方なのだが、デュエルでの戦績が振るわなかった男子生徒だ。

 

「──アレだよ。カウンターの上を見てみろ」

 

「うぉっ!?驚かすなよ……いたのか三沢」

 

 死角から突然話しかけてきた三沢に言われた通り、購買部の奥の壁に目をやる。購買の従業員であるトメとセイコが立っているカウンターの上には、昴もよく知る人物の姿が描かれたポスターが貼り出されていた。

 

「"デュエルキング・武藤遊戯のデッキ展示"──マジか」

 

「マジだ。で、今はそのデッキを朝一で見るための整理券最後の1枚を賭けて、神楽坂と翔がデュエルをしている。もっとも、その1枚は十代の分なんだがな」

 

 なるほど、と改めてフィールドを見渡してみる。どうやら現状は翔がややリードしているようだ。

 

「俺のターン!…魔法カード【大嵐】!場の全ての魔法・罠カードを破壊するノーネ!」

 

「……ん?」

 

 今、なんだかすごくデジャヴを感じる語尾が聞こえた気がする。しかも肝心の魔法罠は神楽坂の場にふせてある2枚のみ──つまり自分の伏せを破壊するための【大嵐】というわけだ。

 

「この戦い方って……いや、まさかな」

 

「そのまさかさ。神楽坂が使っているのは、クロノス教諭のコピーデッキだ」

 

 三沢の言葉を裏付けるように、神楽坂の場に【大嵐】による破壊をトリガーとして2体の【邪神トークン】が出現する。確か入試で十代とクロノスが戦った際には、あの【邪神トークン】を使って──

 

「2体の【邪神トークン】をリリース!【古代の機械巨人(アンティークギア・ゴーレム)】召喚!」

 

 攻守3000の貫通持ち、更には攻撃時に罠の発動を封じる効果を持った強力モンスターの登場で、翔は一転して追い込まれたように見えた。

 しかし、神楽坂の使用するデッキが分かった時点で十代とクロノスの戦いを参考に対策を打っていた翔の機転によって、何と神楽坂は敗北してしまったのだった。

 

 

 勝敗が決し、最後の整理券が翔の手に渡ったことで、デュエルを見物していた人混みも解消されていく。その誰もが、口々に神楽坂への嘲笑を残していった。

 

 唯一その場に残った昴達2人。三沢は神楽坂の健闘を讃えようとするが……

 

「ドンマイ。まぁツイてない時もあるさ」

 

「三沢…それに加々美……っうるさい!さっさとブルーへ上がった加々美と、いつでもブルーに行けるようなお前に何が分かる──っ!」

 

 そう言って、神楽坂は走り去って行ってしまう。

 

「あいつ……何でまたコピーデッキなんか」

 

「知らなかったのか?神楽坂は記憶力が良過ぎて、自分で作るデッキは無意識に他人のそれに似てしまうんだ」

 

「なんだよそれ……」

 

 そう思いながらも、どうにか昴なりにわかりやすい解釈に落とし込んでみる。

 ……環境デッキの強い要素を自分のデッキに組み込もうとしたら、いつの間にか環境デッキそのものができてしまっていた……とか、そういう感覚に近いのだろうか。だったら昴としても身に覚えがある。

 

「ところで、昴は整理券を手に入れたのか?」

 

「いや、俺は適当に人が減った時間帯を狙うよ。……ってか知らなかったしな、そもそも」

 

 それに武藤遊戯のデッキは、現物ではないにしろ前世でも見たことがある。実際のデッキレシピがどうなっているのかめちゃくちゃ気にはなるが、そこまで執着するほどでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日の夜。風呂と夕食を済ませて、1人で初手全ハンデスチャレンジをやっていた昴のPDAに着信が入る。メッセージの送り主は明日香。

 

 

 ──『よかったら今夜、一足先に武藤遊戯のデッキを見に行かない?』──

 

 

 先日のテニス部での一件以降、心なしか明日香の物腰が柔らかくなった気がする。別にそれ以前がキツイ態度だったわけではないのだが、少なくともこのような誘いをしてくることは無かった。

 

 短く『行く』とだけ返すと、ものの数十秒で返信が来た。文面には、待ち合わせ場所が記載されている。

 昴は広げていたデッキを腰のホルダーにしまうと、ハンガーにかけてあった制服をとって待ち合わせ場所に向かった。

 

 件のデッキの展示会場が開くのは明日の9時。つまりデッキそのものは今夜の内に展示されているということだ。人のいない今の時間帯ならば、思う存分伝説のデッキを拝むことが出来る。

 

 当然バレたら大目玉を食らうこと間違いなしだろうが、そんなスリルもまた一興だろう。

 

 やがて明日香が待っているはずのアカデミア正門前に到着すると、そこには彼女の他に亮の姿もあった。

 

「カイザー……明日香もそうだが、こういうことをするとは意外だな」

 

「そうさせるだけの魅力が武藤遊戯のデッキにはあるということだ。──さあ行くぞ。あまり時間はかけられない」

 

 そう言って先頭を歩く亮の足取りはどこか楽しげで、彼もまた1人の決闘者なのだと改めて感じた。

 

 

 

 静まり返った廊下に、3人の足音だけが響く。やがて会場前に到着すると

 

 

 ──「マンマミーアーーー!?」──

 

 

 という甲高い悲鳴が扉を突き抜けて聴こえてきた。顔を見合わせた昴達は、会場へと走る。

 観音開きになっている扉を押し開けると、そこには武藤遊戯のデッキが──

 

「───無い!?」

 

 本来デッキが展示されているはずのガラスケースは派手に壊され、中にあったはずのデッキが持ち出されていた。そしてケースの傍には──

 

「クロノス教諭!?」

 

「これは一体どういうことですか!?」

 

 目の前の状況がすぐに飲み込めず困惑する亮と明日香。その後ろから、昴達と同じくフライング目的でここに来たらしい十代達と三沢が合流する。

 

「これは……!?」

 

「一体どうしたってんだよクロノス先生!」

 

「ノンノンノン!私じゃないノーネ!」

 

「とにかく、皆に知らせようぜ!」

 

「まままま待つノーネ!事が公になったら私が責任取らされるノーネ!」

 

「だったら早く犯人を見つけないと!」

 

「んぇっ……?」

 

 他の皆はどうだったか分からないが、少なくとも十代と昴はクロノスが犯人だとは思っていなかった。何故なら、ガラスケースが開けられていたのではなく、破壊されていたからだ。警備員からケースの鍵を受け取っていたクロノスが犯人ならば、音で誰かに気づかれるリスクを冒してまでケースを破壊する必要性が無い。

 

「まだ時間は経っていないはずだ。とにかく、全員で手分けして探すぞ!」

 

 頷きあった一同は、散り散りになって遊戯のデッキの搜索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探し続けること十数分……未だに誰からも連絡は無い。昴も校舎周辺を探し回ったが、犯人らしい姿は確認できなかった。小さく舌打ちした昴は、捜索ポイントをレッド寮のある島の西側へと移すことに。

 

「──十代!隼人!」

 

「昴!何か見つかったか?」

 

「いや、成果ゼロだ。そっちは?」

 

「全然なんダナ。怪しい奴はいなかったゾ」

 

 港に降りる桟橋前で十代達と合流を果たした昴。そこへ三沢もやってくるが、同じく手がかりは見つからなかったそうだ。どうしたものかと嘆息したところで、この場に居て然るべき人物がいないことに気づく。

 

「そういえば、翔はどうした?」

 

「翔?あいつなら確か岸壁の方を探してたはずだけど──」

 

 その瞬間───

 

 

 ──うわあああああああああああっ!──

 

 

 どこからか苦悶に満ちた叫び──翔の声が聞こえた。すぐさま声の聞こえた岸壁へ向かった昴達は、そこで倒れている翔の姿を見つける。

 

「翔!」

 

「ううっ…アニキ、皆……」

 

 起き上がった翔は、背後で海を背にし立っている人物を見やる。昴たちもその視線を追うと、その先にいたのは、制服を着崩した神楽坂だった。

 

「デッキを持ち出したのはお前か……そいつを返すんだ!今ならクロノス先生も大事にはしない」

 

「ふん……嫌だと言ったら?」

 

「……何だと?」

 

 不敵に笑う神楽坂は、昴の説得にも応じる様子がない。

 

「これこそ俺が求めていた最強のデッキだ……!俺なら──武藤遊戯のデュエルを徹底的に研究している俺なら、彼のデュエルを100%再現できる!もう俺は誰にも負けない!クロノスにも、カイザーにも、誰にもな!」

 

「あいつ……翔、デュエルディスクを貸せ!ここは俺が──!」

 

「いや、俺がやる」

 

 そう言って十代を手で制したのは昴だった。

 

「昴……分かった。遊戯さんのデッキと戦えないのは残念だけど、お前に任せるぜ。頑張れよ!」

 

 十代から翔が使っていたデュエルディスクを受け取り、起動する。

 

「悪いな──神楽坂、俺が勝ったらデッキは潔く返せ。それでいいな?」

 

「……お前、本気で俺に勝つ気でいるのか?」

 

「少なくとも負けてやるつもりはないさ。例えデュエルキングのデッキが相手だろうと、自分からやると言った以上は勝つ」

 

「いいだろう。相手をしてやる」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

  昴 :LP4000 手札×5

 VS

 神楽坂:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は俺だ、ドロー!…モンスターをセット。カードを2枚伏せてターンエンド!」

 

 

  昴 :LP4000 手札×3

 セットモンスター×1

 伏せ×2

 VS

 神楽坂:LP4000 手札×5

 

 

「俺のターン!魔法カード【融合】!手札の【幻獣王ガゼル】と【バフォメット】を融合させ、【有翼幻獣キマイラ】を融合召喚!」

 

 

【有翼幻獣キマイラ】

 ✩6 獣族 融合 ATK2100 DEF1800

 

 

「行け!──幻獣衝撃粉砕(キマイラ・インパクト・ダッシュ)!」

 

 3つの種族を併せ持つ合成獣は、獰猛な唸り声を上げながら昴のモンスターに突撃する。強靭な前足で踏みつけられて姿を現したのは、とんがり帽子の少女だった。

 

「セットしていた【リチュア・エリアル】のリバース効果!デッキから【リチュア】モンスターを1体手札に加える」

 

「フン!やはりか。お前の手の内は最初から気づいていたぜ!同級生の中で一番最初にブルーへの昇格を果たしたお前のデッキは、既に研究済みだ!」

 

 神楽坂はこれでターン終了。昴のターンとなる。

 

 

  昴 :LP4000 手札×4

 伏せ×2

 VS

 神楽坂:LP4000 手札×3

【有翼幻獣キマイラ】

 

 

「俺のターン!手札から【シャドウ・リチュア】を墓地に送って、効果発動。デッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加える。続けて【リチュア・アビス】を通常召喚。その効果でデッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に加え、効果発動。墓地に送ってデッキから【マインドオーガス】を手札に──」

 

【リチュア】お得意のサーチ効果で素早く儀式召喚の準備を終えた昴は、反撃に移る。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ガストクラーケ】を素材に儀式召喚──降臨せよ【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 下半身に魚の体を融合させた異形の少女が合成獣を真っ直ぐに見据える。儀式と融合というカテゴリの違いこそあれど、同じ異形の存在として何か思うところがあったらしい。

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

「【マインドオーガス】の効果で、お前の墓地から【ガゼル】と【バフォメット】をデッキに戻す!──マインド・リサイクル!」

 

【マインドオーガス】の力によって神楽坂の墓地に眠る2体のモンスターがデッキへと還される。

 神楽坂はその光景を見て、小さく舌打ちした。

 

「バトルだ!【マインドオーガス】で【キマイラ】を攻撃!──ハイドロ・ガイスト!」

 

 杖の先端に据えられた儀水鏡から夥しい数の霊魂が解き放たれ、異形の幻獣を飲み込む。抵抗空しく合成獣は力尽き、その身を爆散させた。

 

 

 神楽坂:LP4000→3600

 

 

「くっ……!」

 

「続けて【リチュア・アビス】でダイレクトアタック!」

 

 

 神楽坂:LP3600→2800

 

 

「メインフェイズ2で墓地の【儀水鏡】の効果発動。このカードをデッキに戻し、墓地の【ガストクラーケ】を手札に回収する。これでターンエンドだ」

 

 

  昴 :LP4000 手札×3

【イビリチュア・マインドオーガス】

【リチュア・アビス】

 伏せ×2

 VS

 神楽坂:LP2800 手札×3

 

 

「……ふん、やるな昴。俺の【キマイラ】の効果を発動させない為に、墓地のモンスターをデッキに戻すとはな」

 

「お前は俺の戦い方を知っている風だったが、それはこっちも似たようなもんだ。武藤遊戯のデッキにどんなカードが入っていたかくらい、完璧とはいかないまでも頭に入ってる」

 

 遊戯が使っていた代表的なカードとしては彼の【ブラック・マジシャン】を始めとした魔法使いに【バスター・ブレイダー】、そして今の【キマイラ】に【デーモンの召喚】と【カタパルト・タートル】辺りだろうか。

 

 魔法使い族の各種モンスター以外はどれも1体以上のリリースを要求する上級モンスターばかり。場にモンスターを残さなければ、基本的にこれらは出てこないと思っていいだろう。

 

 逆に言えば、警戒すべきは豊富なサポートカードを持つ魔法使い達だ。

 

「俺のターン!手札から【天使の施し】を発動!デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる。そして【マジシャンズ・ヴァルキリア】を召喚!」

 

 

【マジシャンズ・ヴァルキリア】

 ✩4 魔法使い族 ATK1600 DEF1800

 

 

「更に魔法カード【光の護封剣】発動!これでお前のモンスターは3ターンの間攻撃が封じられる!」

 

 上級から降り注ぐ9本の光の剣が昴のフィールドを囲むように突き立ち、モンスターの動きを封じる。

 

「バトルだ!【マジシャンズ・ヴァルキリア】で【リチュア・アビス】を攻撃!──マジック・イリュージョン!」

 

 女魔法使いの杖から光弾が放たれ、【リチュア・アビス】に迫る──!

 

「この瞬間、罠発動【フィッシャーチャージ】!【アビス】をリリースして【光の護封剣】を破壊する!」

 

「なにっ!?」

 

【アビス】の体が水面に沈み、代わりに大量のコバンザメ達が飛び出してくる。コバンザメ達は周囲を囲んでいた光剣に体当りすると、昴のモンスター達を封印していた光の檻が砕け散る。

 その後、【フィッシャーチャージ】の効果でデッキから1枚ドローした。

 

「くっ、あんなカードがあったとは……!カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

  昴 :LP4000 手札×4

【イビリチュア・マインドオーガス】

 伏せ×1

 VS

 神楽坂:LP2800 手札×1

【マジシャンズ・ヴァルキリア】

 伏せ×2

 

 

「俺のターン!【リチュア・ビースト】を召喚し、効果発動!墓地の【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ✩4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

「特殊召喚された【アビス】の効果で【シャドウ・リチュア】を手札に加え、効果発動。墓地に送ってデッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加える」

 

「お前が新たなモンスターを召喚するときを待っていたぜ!罠カード【黒魔族復活の柩】!──相手がモンスターを召喚した時、自分の魔法使い族モンスターと相手のモンスター1体を墓地に送ることで、墓地から闇属性の魔法使い族モンスターを復活させる!」

 

「墓地の魔法使い……【天使の施し】で捨てたカードか!」

 

「その通り!俺は【マジシャンズ・ヴァルキリア】と【リチュア・ビースト】を墓地に送り──いでよ、我が最強の下僕【ブラック・マジシャン】!!」

 

 

【ブラック・マジシャン】

 ✩7 魔法使い族 ATK2500 DEF2100

 

 

「【ブラック・マジシャン】……まさかこうして会える時が来るなんてな」

 

 目の前に現れた黒衣の魔法使いに、昴は感動を禁じ得ない。何せあの武藤遊戯の象徴とも言えるモンスターなのだ。例え敵としてだろうと、直接目にするだけで熱くなってしまうのが決闘者の性というものだ。

 

「俺は罠カード【儀水鏡の瞑想術】を発動。手札の儀式魔法を公開することで、墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】手札に戻す」

 

 その後昴は【ヴィジョン・リチュア】の効果でデッキから【リヴァイアニマ】をサーチし、それをコストに【トレード・イン】を発動。2枚ドローした後、更に【強欲なウツボ】で手札の【鰤っ子姫(ブリンセス)】と【ガストクラーケ】をデッキに戻し、3枚ドローした。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!場の【マインドオーガス】と【リチュア・アビス】を墓地に送り、【イビリチュア・ソウルオーガ】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

「手札の【リチュア・チェイン】を墓地に送り【ソウルオーガ】の効果発動!【ブラック・マジシャン】をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

 この効果が通れば昴の勝利は目前。【ソウルオーガ】の咆哮が黒衣の魔法使いを吹き飛ばす──ことはなかった。

 

「速攻魔法【ディメンション・マジック】!俺の【ブラック・マジシャン】をリリースし、手札から【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚!更に貴様の【ソウルオーガ】を破壊する!」

 

 突如出現した人型の棺桶が開かれ、その中から伸びる鎖に縛られた【ソウルオーガ】は棺桶に取り込まれてしまう。そして棺桶が反転し、裏面から現れたのは、黒衣の魔法使いの意志を継ぐ魔法少女だった。

 

 

【ブラック・マジシャン・ガール】

 ✩6 魔法使い族 ATK2000 DEF1700

 

 

「【ブラック・マジシャン・ガール】は、墓地に【ブラック・マジシャン】が存在することで攻撃力が300ポイントアップする」

 

「くっ……墓地の【儀水鏡】をデッキに戻して【マインドオーガス】を回収。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

  昴 :LP4000 手札×2

 伏せ×1

 VS

 神楽坂:LP2800 手札×0

【ブラック・マジシャン・ガール】

 

 

「行くぞ、俺のターン!…魔法カード【天よりの宝札】を発動!お互いに手札が6枚になるようドローする」

 

【強欲な壺】・【天使の施し】と並ぶ強力ドローソースであるこのカードは、昴の前世──OCGでは大幅に弱体化されて汎用性も何もあったものではない性能なのだが、これは所謂アニメ効果というやつだ。以前万丈目が使用していた【打ち出の小槌】と同じ、アニメだから許されるレベルのトンデモパワーカード。

 

 だがこの局面に於いて手札の補充ができるのは昴としてもありがたい。神楽坂に続き、デッキからカードを4枚引いた。

 

「そして【エルフの剣士】を召喚!」

 

 

【エルフの剣士】

 ✩4 戦士族 ATK1400 DEF1200

 

 

「更に装備魔法【魔術の呪文書】を【ブラック・マジシャン・ガール】に装備!これによって攻撃力が700ポイントアップする!」

 

 これで【ブラマジガール】の攻撃力は3000──【エルフの剣士】と合わせて、モンスターのいない昴のライフを削りきることが可能だ。

 

「貴様程度の決闘者が俺に勝とうなんて、1000年早いぜ!行け!【ブラック・マジシャン・ガール】!──黒・魔・導・爆・裂・波(ブラック・バーニング)!!」

 

 クルクルとステッキを回転させた【ブラック・マジシャン・ガール】は、蓄積させた魔力を一気に解放する。一気にライフの半分以上を奪い去るこの攻撃を、昴とて食らってやるつもりはない。

 

「罠カード【ガード・ブロック】!戦闘ダメージを0にして、1枚ドロー!」

 

「ちぃ…っならば!【エルフの剣士】でダイレクトアタック!──精・剣・斬!」

 

 強力な一撃を防いだ昴の元へ、素早い身のこなしで接近した【エルフの剣士】は、諸刃の剣で昴を斬り裂いた。

 

 

 昴:LP4000→2600

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 

  昴 :LP2600 手札×7

 VS

 神楽坂:LP2800 手札×3

【ブラック・マジシャン・ガール】+【魔術の呪文書】

【エルフの剣士】

 伏せ×1

 

 

 一気に戦況をひっくり返された昴は手札をジッと見つめ、小さく息をつく。

 

 

「俺のターン───ッ!」

 




後編に続く!



お気に入り・感想等頂いた方々、ありがとうございます


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伝説のデッキ(後編)

前回の続き!


  昴 :LP2600 手札×7

 VS

 神楽坂:LP2800 手札×3

【ブラック・マジシャン・ガール】+【魔術の呪文書】

【エルフの剣士】

 伏せ×1

 

 

 

「どうしよう……昴君大ピンチだよ!攻撃力3000の【ブラマジガール】なんて、倒せるわけ無い!」

 

「いいや!昴の【リチュア】は一度倒されてももう一度儀式召喚を狙える!きっとチャンスはあるさ!」

 

 不安に思う翔とは裏腹に、十代は昴がこの状況を巻き返すことを信じているようだ。そしてそれは、三沢も、隼人も同じだった。しかしその反面、三沢は神楽坂の実力にも舌を巻いていた。

 

「神楽坂の奴、デュエルキングのデッキを使いこなしている。流石の昴でも苦戦は免れないか……」

 

 

 

 そしてデュエルは、続く昴のターン──

 

「俺のターン──ドロー!魔法カード【サルベージ】発動!俺の墓地から【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を回収する。そして手札から【ヴィジョン・リチュア】を墓地に送り、デッキから【ガストクラーケ】を手札に加える」

 

 昴の手札はさっきのドローで8枚──【サルベージ】の効果も手伝い、これだけあればまず動けないという事はない。しかしあの【ブラマジガール】をどうにかしない限り、生半可なモンスターでは容易く突破されてしまうだろう。

 

 加えて、ただ目先の問題だけを処理していては、また別のモンスターが召喚される可能性も大いにある。相手のモンスターを処理しながら、後続を断つのがベストアンサー。

 ……とはいえ、相手の墓地と手札を空にでもしない限りそれは不可能に近いし、いくら手札が大量にあろうと流石に無理だ。

 

「考えていてもキリがないな……【リチュアの儀水鏡】発動!【ガストクラーケ】を墓地に送り、【イビリチュア・マインドオーガス】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ✩6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

 再び姿を現した昴のエースモンスター。その力で、昴と神楽坂の墓地のカードを宙に浮かび上がらせる。

 昴はその中から【ブラック・マジシャン】、【マジシャンズ・ヴァルキリア】、そして自分の墓地から【サルベージ】と【トレード・イン】の計4枚をデッキに戻した。

 

 墓地から師が消えたことで、弟子である【ブラマジガール】の攻撃力も2700にダウンする。

 

「更に墓地から【儀水鏡】をデッキに戻し、【ソウルオーガ】を回収!【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、今戻した【儀水鏡】を手札に加える。そして【リチュアの儀水鏡】発動!素材とする【ヴィジョン・リチュア】の効果により、このカード1枚で必要レベルを満たすことができる──再び現れろ【イビリチュア・ソウルオーガ】!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

 こちらも再び現れた屈強な半魚人は今度こそ自らの力を示すべく、大きく息を吸い込む。

 

「手札の【リチュア・アビス】をコストに、【ソウルオーガ】の効果発動!【ブラック・マジシャン・ガール】をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

 空気を震わせる強烈な咆哮を受け、【ブラマジガール】は堪らずデッキへと引っ込んでしまう。場に残された呪文書は使用者を失ったことでロックが掛かり、霧のように消滅した。

 

「だが、墓地に送られた【魔術の呪文書】の効果で俺は1000ポイントライフを回復するぜ」

 

 

 神楽坂:LP2800→3800

 

 

「バトルだ!【マインドオーガス】で【エルフの剣士】を攻撃!──ハイドロ・ガイスト!」

 

 放たれた霊魂達に飲み込まれ、【エルフの剣士】は成す術なく破壊されてしまう。

 

 

 神楽坂:LP3800→2700

 

 

「【ソウルオーガ】でダイレクトアタック!」

 

「罠カード【六芒星の呪縛】!この効果により、【ソウルオーガ】は攻撃できないぜ!」

 

【ソウルオーガ】の足元に光の軌跡が走り、巨大な六芒星を描き出す。魔法陣が完成すると、陣を囲むように光の壁が出現し、【ソウルオーガ】の動きを封じ込めた。

 

「っ……墓地の【儀水鏡】をデッキに戻し、【リヴァイアニマ】を回収。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

  昴 :LP2600 手札×3

【イビリチュア・マインドオーガス】

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 伏せ×1

 VS

 神楽坂:LP2700 手札×3

 罠カード:【六芒星の呪縛】

 

 

「俺のターン──言っただろ、お前程度が俺に勝つのは1000年早いってな。このターンで決めてやる!手札から【強欲な壺】発動!デッキから2枚ドローする!この瞬間、カード効果で手札に加わった【ワタポン】は自身の効果で特殊召喚される。更に【おろかな埋葬】でデッキから【ブラック・マジシャン】を墓地に送る!」

 

 

【ワタポン】

 ✩1 天使族 ATK200 DEF300

 

 

「更に【ワタポン】をリリース!【カース・オブ・ドラゴン】をアドバンス召喚!」

 

 白い綿毛を生贄に召喚されたのは、闇の力を宿す邪悪な竜。彼の暗黒騎士と共に戦場を駆けたとされるモンスターだ。

 

 

【カース・オブ・ドラゴン】

 ✩5 ドラゴン族 ATK2000 DEF1500

 

 

「まだ俺のメインフェイズは終了してないぜ!俺は墓地の闇属性モンスターである【ブラック・マジシャン】と光属性の【ワタポン】をゲームから除外!」

 

「光と闇……まさか!」

 

「生誕せよ!【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】!」

 

 混沌の渦から現れ出た青い鎧の剣士。相対するものを畏怖させる鋭い眼光は、昴だけでなく、後ろで戦いを見守る十代達へも強烈なプレッシャーを放っている。

 

 

【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】

 ✩8 戦士族 特殊召喚 ATK3000 DEF2500

 

 

「見せてやる、これがこのデッキの真のエース──デュエルモンスター界最強戦士の力!【開闢の使者】で【ソウルオーガ】を攻撃!──開闢双破斬!」

 

 目にも止まらぬ速度で繰り出される無数の剣戟が、【ソウルオーガ】を斬り刻む。

 

 

 昴:LP2600→2400

 

 

「更に【開闢の使者】は戦闘で相手モンスターを破壊した場合、続けてもう一度攻撃できる!消えろ【マインドオーガス】!──時空突刃・開闢双破斬!」

 

 剣から光の斬撃が放たれ、昴のエースモンスターである【マインドオーガス】が破壊されてしまう。これで昴のモンスターは全滅。対する神楽坂の場にはまだ攻撃していない【カース・オブ・ドラゴン】が残っている。

 

 

 昴:LP2400→1900

 

 

「これで終わりだ!【カース・オブ・ドラゴン】──ドラゴン・フレイム!」

 

 昴を焼き尽くさんと邪悪なる炎が放たれようとした瞬間、どこからか現れた細身の竜人が攻撃を妨げる。携えた剣を振るい呪われし邪竜を撃退した竜人は、静かに昴の傍へと降り立った。

 

「馬鹿な!?貴様のモンスターは【開闢の使者】が全て倒したはず!一体どこから……!?」

 

「罠カード【儀水鏡の幻影術】──この効果で手札の儀式モンスター【イビリチュア・リヴァイアニマ】を特殊召喚した。攻撃力は2700──【カース・オブ・ドラゴン】では突破できない」

 

「しぶとい奴め……!ターンエンドだ」

 

「ターン終了と同時に、【幻影術】の効果で特殊召喚された儀式モンスターは手札に戻る」

 

 

  昴 :LP1900 手札×3

 VS

 神楽坂:LP2700 手札×1

【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】

【カース・オブ・ドラゴン】

 

 

 何とか神楽坂の攻撃を耐えた昴だが、状況は芳しくない。前世に於いても強力な効果を持つことで知られている【開闢】を突破するには【ソウルオーガ】の効果によるデッキバウンスが最も安全且つ確実なのだが、それを前提にして動くのは手札的に些かリスキーだ。

 

 次のターン、昴はカードを1枚伏せるのみでターンを終了した。

 

 

  昴 :LP1900 手札×3

 伏せ×1

 VS

 神楽坂:LP2700 手札×1

【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】

【カース・オブ・ドラゴン】

 

 

「俺のターン!…いよいよ万策尽きたようだな!行け!【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】!──開闢双破斬!」

 

「バトルフェイズ移行時、罠カード【威嚇する咆哮】!このターン、相手は攻撃宣言を行うことはできない」

 

「昴……っ!いい加減諦めたらどうだ!お前が俺に勝つことなど不可能なんだよ!」

 

 

  昴 :LP1900 手札×3

 VS

 神楽坂:LP2700 手札×2

【カオス・ソルジャー-開闢の使者-】

【カース・オブ・ドラゴン】

 

 

「俺のターン!【リヴァイアニマ】をコストに【トレード・イン】発動!デッキから2枚ドロー!…続けて【強欲な壺】で更に2枚ドロー!」

 

 昴は神楽坂の言葉に耳を貸さず、立て続けに引き当てたドローカードにより手札を回復した。しかし……

 

「(やはり足りない……)」

 

 この手札では【ソウルオーガ】で【開闢】をデッキへ叩き返すに至らない。歯噛みした昴は、もう1つの手段へと移行する。

 

「墓地の【儀水鏡】の効果発動!自身をデッキに戻し【マインドオーガス】を回収。そして【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、今戻した【儀水鏡】を手札に加える。更に魔法カード【サルベージ】発動!墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を手札に加え、【ヴィジョン】の効果でデッキから【ガストクラーケ】を手札に加える!」

 

「ちっ……一体何回甦れば気が済む!」

 

「俺のライフが残ってる限り、お前を倒すまで、何度でもだ──!【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ガストクラーケ】を生贄に儀式召喚!──降臨せよ【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 三度現れた異形の怪物は、昴の墓地から【サルベージ】、【ヴィジョン・リチュア】、【ガストクラーケ】をデッキに戻す。

 

「そして装備魔法【リチュアル・ウェポン】を【マインドオーガス】に装備!攻撃力が1500アップする!」

 

「攻撃力4000だと!?」

 

「【マインドオーガス】で【開闢の使者】を攻撃!──ハイドロ・シューティング!」

 

 儀水鏡の力を宿した水の矢が、最強の戦士を射貫く。その攻撃を盾で防ぐ混沌の戦士だったが、力及ばずに敗北を喫してしまった。

 

「馬鹿な……俺の【カオス・ソルジャー】が……!」

 

 

 神楽坂:LP2700→1700

 

 

「メインフェイズ2で墓地の【儀水鏡】の効果発動。墓地から【ソウルオーガ】を手札に加える。そして永続魔法【水舞台(アクアリウム・ステージ)】を発動し、ターンエンド」

 

【水舞台】は自分の場の水属性モンスターが同じ水属性モンスターとの戦闘でしか破壊されなくなる効果を持っている。例え攻撃力で大きく上回られても、破壊さえされなければ追撃を防げるはずだ。

 

 

  昴 :LP1900 手札×3

【イビリチュア・マインドオーガス】+【リチュアル・ウェポン】

 永続魔法:【水舞台】

 VS

 神楽坂:LP1700 手札×2

【カース・オブ・ドラゴン】

 

 

「ま、まだだ……俺はデュエルキング……最強なんだ!ドローッ!……魔法カード【蜘蛛の糸】!前のターンで相手の墓地に送られたカードを1枚、俺の手札に加える!」

 

 神楽坂の手から光の糸が伸び、昴のデュエルディスクの墓地から1枚のカードを抜き取っていく。

 

「俺が選んだのは、前のターンお前が発動した【強欲な壺】!俺もこいつを使わせてもらうぜ!デッキから2枚ドロー!」

 

 緊張の面持ちで引いたカードを見た神楽坂は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……ハハッ、ハハハハハハッ──!やはり俺は最強だ!もう誰にも負けやしない!速攻魔法【魔法効果の矢】を発動!相手の表側表示の魔法カードを全て破壊し、1枚につき500ポイントのダメージを与える!」

 

 上空から無数の矢が降り注ぎ、昴の場にある【リチュアル・ウェポン】と【水舞台】が破壊される。そして【魔法効果の矢】によって1000のダメージを受けた。

 

 

 昴:LP1900→900

 

 

「っ…だが、【カース・オブ・ドラゴン】では【マインドオーガス】を倒すことは──」

 

「俺はっ!──手札から【カオスの儀式】を発動ッ!」

 

 神楽坂が発動したのは、昴が使っているのと同じ儀式魔法。フィールドの中央に2つの篝火と、剣と盾の祭壇が出現する。

 

「これは場と手札からレベルが8以上になるようにモンスターを生け贄に捧げることで、混沌の戦士を降臨させるカード──俺はレベル5の【カース・オブ・ドラゴン】と手札からレベル5の【ジャックス・ナイト】を墓地へ送る!」

 

 これで合計レベルは10──必要な生贄は満たされた。

 

 

「──ひとつの魂は光を誘い、ひとつの魂は闇を導く!やがて光と闇の魂は混沌(カオス)の光を創り出す!──【カオス・ソルジャー】降臨!!」

 

 

【カオス・ソルジャー】

 ✩8 戦士族 儀式 ATK3000 DEF2500

 

 

「お前が儀式モンスターを何度でも召喚するように、俺の【カオス・ソルジャー】も蘇る!やれ!──カオス・ブレード!」

 

 光と闇の力を纏った刃を振りかざし、混沌の戦士が眼前の敵を斬り伏せる。対する異形の少女も手にした杖で攻撃を受け止め、反撃を試みるが、装備魔法を失った今の彼女では攻撃力が足りない。鍔迫り合いは徐々に【マインドオーガス】が押し負けていく。

 

「まさかこの局面で【カオス・ソルジャー】を儀式召喚するとはな……だが、俺も大口叩いた手前、負けるわけにはいかない!ダメージステップ時──手札の【水精鱗(マーメイル)-ネレイアビス】を墓地に送って効果発動!」

 

「バトル中に手札からモンスター効果を!?」

 

「俺の場か手札にいる水属性モンスター1体を破壊することで、【マインドオーガス】に破壊したモンスターの攻守を加算する。俺が破壊するのは、手札の【ソウルオーガ】──よって2800の攻撃力が【マインドオーガス】に加わる!」

 

 これで【マインドオーガス】の攻撃力は5300──【カオス・ソルジャー】を大きく上回った。

 

 力を増した異形の少女は混沌の剣を弾き返し、下半身に融合している魚の牙で食いつこうとする。それを後ろに跳んで回避した【カオス・ソルジャー】に向かって、儀水鏡の杖が差し向けられた。

 

 

「迎え撃て───ハイドロ・ガイスト!!」

 

 

【カオス・ソルジャー】の足元が突如水面と変わり、その中から無数の亡者の手が伸びてくる。必死にその手を振り解こうと藻掻く【カオス・ソルジャー】だったが、やがて青い鎧に身を包んだ精悍な戦士の体は水面の中に引きずり込まれていった。

 

 同時に、神楽坂のライフも静かに減少していく。

 

 

 神楽坂:LP1700→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けた…この俺が……くっ!俺は、こんなに強いデッキを使っても勝てないのか!やっぱり俺には、才能が……っ!」

 

「──そうでもないさ」

 

 膝をつき、目に涙を浮かべる神楽坂にそんな声を飛ばしたのは、島の反対側を探していたはずの亮だった。傍らには明日香の姿もある。

 

「止めようかとも思ったが、そうするには惜しいデュエルだったからな──皆もそう思っているはずだ」

 

「皆──?」

 

 昴と神楽坂が周囲を見回してみると、岸壁の周辺には十代達以外にも大勢の生徒達がこの戦いを見ていたらしい。彼らの手から温かい拍手が送られる。そしてその賞賛の意は、昴だけではなく神楽坂にも送られていた。

 

 

 ──凄かったな!──

 ──驚いたぜ──

 ──勉強になったよ!──

 ──なんだよ本当は強いじゃねーか!──

 

 

「確かにデッキを盗んだのは許されないことだ。しかし、この場の全員がデュエルキングのデッキが実際に力を発揮している光景を見たかったのも事実──皆も大目に見るだろう」

 

 亮に同調するように、再び神楽坂を賞賛する声が飛んでくる。

 

「皆……けど、俺は負けた。一体どうして……?」

 

 その疑問には、昴が答えた。

 

「簡単だ。それはお前のデッキじゃないし、お前は武藤遊戯じゃないからだ」

 

「えっ……?」

 

「レベルの高いデッキってのは、作った当人にしか分からない色んなギミックが詰め込まれてる。それこそ、パッと見じゃ何で入ってるのか分からないようなカードまでな。で、戦いを経験する度に決闘者と一緒に成長していく。その過程で生まれるデッキへの信頼が、お前には無かったんだよ」

 

 エリアルというカードの精霊と実際に触れ合って確信した。デッキが決闘者に応えてくれるというのは、決して与太話等ではないと。確率なんかの数字で表すことのできない何か──言うなれば"運命力"が決闘者を窮地から救うことはままあるのだと。

 

 そしてその運命力は、デッキとそれを生み出した決闘者が揃って初めて発揮される。と、昴はそう思っている。

 

 確かに神楽坂は武藤遊戯のデッキを見事に使いこなしていた。だがデュエル前に本人が言っていたように、それはどこまで行っても武藤遊戯の再現でしかない。99%彼の戦いを再現できても、残る1%──武藤遊戯だけが持つ戦術眼、引きの強さやカードとの絆は、どれだけ過去の記録を漁ろうと神楽坂では絶対に埋めることはできないのだ。

 

「でも知ってるだろ!俺は無意識に他人と同じデッキを作ってしまうんだ!それじゃあ、結局俺は勝てないってことじゃないか!」

 

「それなんだけどな……お前もしかして、強いデッキを作ろうとしてるんじゃないのか?」

 

「えっ?そ、そりゃ当然だろ!弱いデッキなんか作ってどうするんだよ?」

 

「いや、そうじゃなくてだな。漠然と強いデッキを作ろうとすると、自然と誰かのデッキに似てきちまうってことだよ。強いデッキってのは大会とか、どこかしらで結果を残してるからな」

 

 Q.デュエルを始めたいんですけど、どんなデッキが強いですか?

 A.大会で優勝してるデッキ

 

 というやり取りを何度か目にしたことがある。

 昴自身、強いデッキが欲しいという考えを否定するつもりはない。勝負である以上勝ちたいと思うのは当然だし、デュエルの楽しさは勝って初めて実感できる。だがどうせなら、自分が一目惚れしたカード達を使って勝ちたいではないか。

 

「だから神楽坂、まずはお前が心に決めた1枚ってのを探してみたらどうだ?そのカードを中心にデッキを組んで、戦って、負けたらまた調整して──そうすれば、お前だけにしか使いこなせない、お前だけのデッキが作れるはずだ」

 

 カード達が過去に葬られていくOCGと違い、この世界に於いてデュエルは無限の可能性を秘めているというのなら、きっとその1枚と永遠に戦い続けることができると昴は信じている。

 

「心の1枚……俺だけのデッキ──ああ、そうだな。何だか、目が覚めた気分だ」

 

「──なぁなぁ!話は終わっただろ!?今度は俺とデュエルしようぜ!神楽坂!昴だけ遊戯さんのデッキと戦ってズリぃじゃんか!」

 

「何言ってんだ、このデッキは返す。もう1戦やってる時間はないぞ」

 

「そこをなんとか~~~~~~っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、無事に武藤遊戯のデッキは返還され、展示会は予定通り開催された。ある程度人混みが落ち着いた頃を見計らって会場を訪れた昴は、そこで明日香と鉢合わせる。

 

「あら、今回の陰の功労者のお出ましね」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどな……これ、レプリカなんだって?」

 

 これは昨夜の騒動の後に聞いた話だ。ここに展示されているデッキは神のカードを除いて武藤遊戯のデッキを完全再現してこそいるが、別に本人のデッキをそのまま持ってきたわけではないらしい。要するにこれもコピーデッキというわけだ。

 思い返せば当然だ。武藤遊戯は別に死んだわけではない、今も故郷である童実野町でデュエルを楽しんでいるはずなのだ。この学園のオーナーである海馬瀬人が彼からデッキを取り上げるような真似をするとも思えない。

 

「何かこう、俺の頑張りって一体……」

 

「いいじゃない。レプリカとはいえ、あのデュエルキングのデッキと戦って、しかも勝ったんだもの。少しくらい胸を張ってもバチは当たらないわよ」

 

「まぁな……クロノス教諭からも単位オマケしてもらえたし、頑張った甲斐はあったか」

 

「だからって授業をサボるのはダメよ?……ねぇ、さっきから気になってたんだけど、ソレ何を持ってるの?」

 

「ん?ああ、コレか───ほれ」

 

 昴が小脇に抱えていたのは、丸められた武藤遊戯のポスターだ。今回の一件を解決した報酬もとい、クロノスの監督不行届の口止めとして単位のオマケと一緒に渡されたのだ。

 

「後で十代に渡しに行くんだが、お前も来るか?」

 

「ええ、私は大丈夫だけど……折角貰ったのにあげちゃっていいの?」

 

「この先ずっとむくれてても仕方ないだろ」

 

 結局、遊戯のデッキと戦えなかった十代は、あれからずっとブーブー言っている。このポスター1枚でそれが解消されるなら安いものだ。

 

 昴は明日香と一緒に、十代がいるはずのレッド寮へと向かっていった。

 




クリボーを出せなかったのが悔やまれる……すまねぇ。

帳尻合わせの為に結構強引な展開になってしまった箇所もあった今回のデュエル、いかがだったでしょうか。
結局最後は現代遊戯王の利器である手札誘発による決着となってしまい、儀式カオソルの登場という盛り上がりそうな要素を活かしきれなかったかなと思っています。

※【水舞台】が【魔法効果の矢】で破壊された後、本来なら効果により墓地の水族が復活します。今回はポンコツ作者が持ってるカードにも関わらず効果を忘れていた為カットされてますが、勝敗には関与しないのでご容赦ください。



さて、次回なんですが……絶賛どうするか悩んでおります。
あの娘ですあの娘。あの娘の立ち位置をどうするかですね。


お気に入り・感想等頂いた方々、ありがとございます。


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恋する乙女達

非力な私を許してくれ……


『えー今年も、毎年恒例の北にある姉妹校──デュエルアカデミア・ノース校との友好デュエルが近づいてきました。昨年は2年生だった丸藤亮君が見事勝利し、本校の面目躍如となりましたが、今年の代表はまだ決まっていません。誰が選ばれてもいいように、皆さんよく学び、デュエルの腕を磨いておいてください』

 

 とある休日の朝──集会が終わり、教室からゾロゾロと出ていく生徒達。その流れに倣おうとした昴を呼び止めたのは、十代と翔だった。

 

「なぁ昴!お前も代表目指すんだろ?一緒に頑張ろうぜ!」

 

「代表戦ねぇ……俺はそんなに興味ない」

 

「えぇっ!?何でだよ?もしかして、ビビってんのか?」

 

「違う。こういうのは大体上級生が選ばれるのがセオリーだろ、どうせカイザー辺りが続投するだろうさ」

 

「ほら昴君だってこう言ってるじゃん!やっぱり今年もお兄さんが代表に決まってるんスよ」

 

 翔にそう言われて膨れる十代。その後ろに、見慣れない人物が1人いることに気がついた。

 

「──なぁ、後ろのそいつは?」

 

「ああ、昨日編入してきた早乙女レイ君。成績はいいんだけど、編入の生徒は全員レッドからのスタートなんだって」

 

「編入生か……オベリスク・ブルーの加々美昴だ、よろしく頼む」

 

「あっ……よ、よろしく」

 

 男にしては随分小柄なレイは、目深に被った帽子で目元を隠しながら、昴の差し出した手を握り返す。その感触に違和感を覚えた昴だったが……

 

「昴!先生が授業課題の件で呼んでるわよ」

 

「あ、ああ……今行く」

 

 入口から顔を覗かせた明日香に呼ばれ、その違和感について言及せず教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫し時は経ち、時刻は昼──

 

「はぁ……こないだのレポート、一部修正とはいえ全部書き直すのキツかった……」

 

 昴が呼び出された理由は、以前授業の課題として提出したレポートにOCG用語が紛れており、意味が分からないから修正するようにとお達しを受けたのだ。

 いざ返されたレポートには意味不明箇所がチェックしてあるでもなく、書いた昴自身内容もうろ覚えだった為、頭から読み返してOCG用語を見つけてはわかりやすい言葉に修正する作業がついさっき終わったのだ。

 

 正門を出たところで昴の消耗を知らせるようにぐぅ、と声を上げる腹の虫。それを宥める為に一度購買に戻って何か買ってこようかと考えていると、視界の端に何かが映った。

 

 茂みに隠れてコソコソと移動するグレーの帽子にオシリス・レッドの制服、そして翔をも超える小柄な体格──

 

「もしかしてさっきの──確か早乙女レイ」

 

 レイと思しき人影は、そのままブルー寮の方へと向かっていく。怪訝に思った昴は、その後を追った。

 

 

 

 

 

「確かこっちに……」

 

 昴がたどり着いたのは、ブルー男子寮の裏手。部屋に面して生えている大きな木の上に、レイが小柄な体を利用してよじ登っている。やがて3階の高さまで登ったレイは、枝伝いに木の正面にある部屋のベランダへ飛び込んだ。そのまま勝手に他人の部屋に入っていったレイを見た昴は、彼女を止めるべく自分も木を登ってベランダから部屋の中を伺う。

 

「ったく……ブルー寮に用があるなら言えば案内したんだが──って、何してんだあいつ」

 

 誰の部屋かは不明だが、レイはベッドの脇に設置されたサイドテーブルを物色していた。やがて中から1つのデッキケースを見つけ出すと、中に入っているカードを確かめる。そして──あろう事かデッキに頬擦りをし始めたではないか。

 

 レイの奇行に唖然としていた昴は、外からわいわいと話し声が近づいて来るのに気がつく。体を屈めて外を見ると、数人のブルー生徒を引き連れた亮が戻ってきていた。

 

「マズイな……」

 

 小さく呟いた昴は、自身も部屋の中に入ってレイを連れ出そうと試みる。

 

「お楽しみの所悪いが、すぐにここを出た方がいいぞ」

 

「お前……っ!」

 

 何が目的だったのかはよく分からないが、どっちにせよ他人のデッキを勝手に盗み見るような真似はマナー違反だ。加えて、編入してきた時期的にノース校のスパイと疑いをかけられる危険性もある。

 

「僕はスパイなんかじゃ……!」

 

「それは今どうでもいい。とにかくここを出ろ!家主が帰ってくる」

 

 昴の言葉を裏付けるように、ドアの向こうから楽しげな話し声が聞こえてくる。

 あの集団の中にこの部屋の利用者がいるかどうかは不明だが、ここから避難するに越したことはない。

 レイの手を取って走り出そうとした時、デッキケースが手から滑り落ち、中身が床に散らばる。そのカードを見た昴は、息を呑んだ。

 

「【サイバー・ドラゴン】に【パワー・ボンド】──ってことは、ここはカイザーの部屋か……!」

 

 ならば尚の事、今すぐここから逃げなくては。何せすぐそこまで亮は迫ってきているのだ。

 

 気を持ち直した昴はレイの方を向き直る。そこで、再びの驚愕に見舞われた。

 

 さっきデッキを落とした時、一緒にレイが被っていた帽子も落ちたのだが──その中から、紺色の長い髪が下りてきたのだ。この髪といい、帽子の下に隠れていた可愛らしい容姿といい、これではまるで──

 

「早乙女、まさかお前……!」

 

「っ──!」

 

 焦りの表情を見せたレイは、落ちた帽子を拾い上げると昴を押し退けて窓へ走る。そしてヒョイと身軽な動きで木に飛び移り、さっさと逃げていってしまった。

 

「……って、俺も行かないと──!」

 

 意識を取り戻した昴だったが、時既に遅し───

 

「おい!カイザーの部屋で一体何してる!?」

 

「お前確か──前に下克上とか言ってカイザーに挑戦しようとした1年!」

 

「あ、ああ……その節はどうも」

 

 どうやら以前の制裁タッグデュエルの折、亮に会おうとした十代に水をぶっかけた上級生だったらしく、彼らの中には昴の言葉も刻まれていたらしい。

 

「──おい見ろ、カイザーのデッキが!……貴様スパイだな!?」

 

「あーそうなるのか……!」

 

「最低な奴め!職員室に突き出してやる!」

 

「お前なんか一発で退学だ!仮にもオベリスク・ブルーのくせに、この面汚しめ!」

 

「いやこれは違うんだ。その、窓が空きっぱなしになっていたから閉めておこうと……」

 

 苦し紛れの言い訳をする昴だったが、当然聞き入れてもらえるはずもなく、両足を掴まれズルズルと引き摺られていく。

 

「おい!せめてもう少し人道的に連行して欲しいんだが……っ!」

 

 

「──離してやれ、デッキの中身も無事だ。昴、今度このようなことがあればブルー寮の管理人に伝えることだな」

 

 

「カイザー……悪い、助かった」

 

 拘束から解放された昴は、軽く制服をはたいて部屋を出る。

 

「ふぅ……とんでもない目に遭ったな。──それはそうと、早乙女の事…どうしたもんか」

 

 恐らく学校側も気づいていないのだろう。レイの秘密を知っているのは現状昴だけのはずだ。しかし事情を聞かないことには力を貸すこともできない上に、聞いたところでレイが素直に話してくれるかどうか……

 

「うーん……しゃあない。餅は餅屋、だ」

 

 昴は自分の部屋に戻ると、PDAでとある人物に連絡を取る。

 

「──あ、俺だ。唐突で悪いんだが、1つ頼まれてくれ。──いやお前口硬そうだからさ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──昴は明日香と共に、島の港へ向かっていた。

 

「──あなたから呼び出すなんて珍しいわね。亮」

 

「すまない明日香──ん?今日は昴も一緒なのか」

 

「まあ色々あってな。話してる間は邪魔にならないようにしとくから、気にしないでくれ」

 

「……いや、これはお前にも話しておいた方がいいだろう」

 

 亮はポケットから取り出した何か──女物の髪留めであるバレッタ──を見つめながら、ゆっくり語り始めた。

 

 

 

 

 

 それから暫く経ち、場所はレッド寮前の岸壁に移る。

 

「──あなたが早乙女レイね。私は天上院明日香。昴に頼まれて、あなたとデュエルをさせてもらうわ」

 

 海を横に向かい合うのは、帽子の下で髪を纏める為にオレンジのスカーフを巻いたレイと、昴の要請を受けた明日香だ。崖の上では昴が腰を下ろし、2人の様子を見下ろしている。

 

「何で僕がお前と……?」

 

「早乙女。お前が一体何の理由でそんな真似をしたのかは分からないし、多分聞いたところで話してくれないだろうから、女同士なら多少は気が楽になるだろうと思ってな」

 

「お前、まさか昼間の事を話したのか……!?」

 

「昴から詳しいことは聞かされてないわ。だから私としても、あなたから直接聞かせて欲しいの。その為のデュエルよ」

 

「……もし僕が勝ったら、何も聞かずに協力してくれるってことでいいんだな?」

 

「えぇ。デュエルすれば、事情を聴く必要もなくなるしね」

 

「……分かった」

 

 レイは明日香からデュエルディスクを受け取り、デッキを装填する。

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 明日香:LP4000 手札×5

 VS

 レイ :LP4000 手札×5

 

 

 

「──やっぱりレイって女の子だったのぉ……!?」

 

「今明かされる衝撃の真実なんダナ……」

 

「お前ら…来てたのか」

 

 デュエル開始を見届けた昴の後ろでは、レイの秘密に勘付いた翔と隼人が目を丸くしていた。そこへ少し遅れて十代が合流する。

 

「男のフリなんかしてる理由も気になるけど──それより、レイがどんなデュエルをするのか楽しみだぜ!」

 

「アニキ…そんなことよりもレイが男装してまでここに来た理由の方が重要じゃないっスか?昴君も、あんなことするより普通に話を聞けばいいんじゃ……」

 

「──いや、十代の言う通りだ。デュエルには決闘者の心の有り様までもが如実に現れるからな」

 

「お兄さんまで……デュエルって、そんなに奥が深いんだなぁ」

 

 と、翔や亮はこのような事を言っているが、実のところ昴もよく意味が分かっていない。

 デュエルするだけでその人間の為人や心の有り様まで分かるなんてそんなことが本当にあるのだろうか……その理論で行くと大会の環境デッキ使いたちは皆同じ心の在り方をしているということになるのだが…当然そんな筈はない。

 

 最終的に──この世界にはこの世界の法則的なアレがあるのだろう。寧ろこの戦いでその法則的なアレを掴めるかも知れない──と、半ば無理矢理に自分を納得させた。

 

 

 

 そして、肝心のデュエルはと言うと……

 

「──先攻は僕だ、ドロー!…【恋する乙女】を攻撃表示で召喚!」

 

 

【恋する乙女】

 ✩2 魔法使い族 ATK400 DEF300

 

 

 レイが召喚したモンスターは、お嬢様風のドレスに身を包んだ可愛らしい少女だった。ステータスも低く、攻撃表示で出すモンスターとは思えない。

 ということは、何かしらの効果を持っていると考えるべきだろう。

 

「これでターンエンドだ!」

 

 

 明日香:LP4000 手札×5

 VS

 レイ :LP4000 手札×5

【恋する乙女】

 

 

「私のターン、ドロー!…【ブレード・スケーター】を召喚するわ!」

 

 

【ブレード・スケーター】

 ✩4 戦士族 ATK1400 DEF1500

 

 

「【ブレード・スケーター】で【恋する乙女】を攻撃!──アクセル・スライサー!」

 

 まるで滑るような動きで接近した氷上の舞姫は、非力な乙女にも容赦のない攻撃を叩き込む。

 

 

 レイ:LP4000→3000

 

 

「くぅ……っ!攻撃表示の【恋する乙女】は、戦闘では破壊されない」

 

 攻撃を受けながらもなんとかフィールドに留まったか弱き乙女は、打ちひしがれたような目で相手を見る。

 

「更に、【恋する乙女】を攻撃したモンスターには【乙女カウンター】を1つ乗せる!」

 

 少女が胸の前で両手を握り締めると、手の中に小さなハートのマークが出現する。独りでに浮遊したそのハートは、【ブレード・スケーター】の左胸に刻み込まれる。

 

「【乙女カウンター】…?一体どんな効果が……私はこれでターンエンドよ」

 

 

 明日香:LP4000 手札×5

【ブレード・スケーター】(乙女カウンター×1)

 VS

 レイ :LP3000 手札×5

【恋する乙女】

 

 

「僕のターン!手札から【キューピット・キス】を発動!【恋する乙女】に装備する!」

 

 少女の周囲に弓矢を持った天使が現れ、【恋する乙女】の頬に祝福の口づけを残す。だがそれによって攻撃力が変動することはなく、一見すると何の効果もない装備魔法に見えるのだが……

 

「バトルよ!【恋する乙女】で【ブレード・スケーター】を攻撃!──一途な思い!」

 

 攻撃力の差が大きいモンスターに対する自爆突攻──いくら【恋する乙女】に戦闘破壊耐性があろうと得策とは思えない。

 

 一体レイは何を狙っているのかと首を傾げた次の瞬間、昴の視界が突如ピンク色の空間に変貌し、眼下には花畑が──

 

 

 

『はあ…はあ…【ブレード・スケーター】さ~ん!私の一途な思い、受け止めて!』

 

『えっ……?』

 

 花畑の中を嬉しそうな顔で【ブレード・スケーター】に駆け寄る少女だが、当の【ブレード・スケーター】は困惑した様子で少女を躱す。駆け寄る勢いのまま抱きつこうとしたのか、少女は躓いて転んでしまった。

 

『ううっ……酷い、酷いわ……!』

 

『えぇっ!?ご、ごめんなさい。私そんなつもりじゃ……!』

 

 途端に泣き出した少女を見て狼狽する【ブレード・スケーター】は、アワアワしながらもどうにか少女を泣き止ませようとする。

 

 ──それが罠だった。

 

【恋する乙女】は至近距離まで接近した【ブレード・スケーター】に投げキッスを飛ばすと、ハート型のオーラが氷上の舞姫の顔の前で弾けた。すると──

 

『ありがとうございます、優しいお姉さま。どうか謝らないで?どうしてもと言うなら…私のお願い、聞いてくださる?』

 

『…えぇ、勿論ですとも。今宵は貴女だけを想い、貴女の為に舞いましょう』

 

『じゃあ、明日香を攻撃して?』

 

『貴女の為ならば──っ!』

 

 

 

 そう言って、突然【ブレード・スケーター】が主である明日香にその刃を向けた。

 

「く──ぅっ!」

 

 

 明日香:LP4000→2600

 

 

「どういうこと?一体何が……!?」

 

「装備魔法【キューピット・キス】は、【乙女カウンター】の乗っているモンスターに装備モンスターで攻撃して、自分が戦闘ダメージを受けた時、その相手モンスターのコントロールを得られる!そっちがどれだけ強いモンスターを出してきても、キューピットの祝福を受けた【恋する乙女】には勝てないよ!」

 

 その後レイはカードを1枚伏せ、ターンを終了した。

 

 

 明日香:LP2600 手札×5

 VS

 レイ :LP2000 手札×4

【恋する乙女】+【キューピット・キス】

【ブレード・スケーター】(乙女カウンター×1)

 伏せ×2

 

 

「私のターン!──流石は恋する女の子かしら。とても真っ直ぐなデュエルね──でも、ただ真っ直ぐなだけじゃ意中の相手は振り向いてくれないものよ」

 

「……もしかして、お前も?」

 

「まぁね。私自身こういう気持ちは初めてだから、まだまだ勉強中だけど」

 

 当人達だけに聞こえる声で交わされているこの会話は、上にいる男子陣には届いていない。

 

「……ごめんなさい、話が逸れたわ。デュエルを続けましょう──私は手札から【エトワール・サイバー】を召喚!」

 

 

【エトワールサイバー】

 ✩4 戦士族 ATK1200 DEF1600

 

 

 新たなモンスターを召喚した明日香だが、攻撃力で勝っているのは【恋する乙女】のみ。しかもその【恋する乙女】は攻撃してきた相手に【乙女カウンター】を置き、次のターンには装備魔法の効果でコントロールを奪われてしまう。

 

 ならば、【恋する乙女】は無視してダメージを与えるしかない。

 

「バトル!【エトワール・サイバー】で【ブレード・スケーター】を攻撃!」

 

「えっ!?攻撃力は【ブレード・スケーター】の方が上なのに──!」

 

「──この瞬間、手札から速攻魔法【突進】を発動!【エトワール・サイバー】の攻撃力をこのターン中700ポイントアップさせるわ!」

 

 これでレイに奪われた【ブレード・スケーター】の攻撃力を上回った。ライフが既に半分削れているレイにとって、戦術的にも500の戦闘ダメージは軽視できない。

 

「無駄だよ!──罠カード【ディフェンス・メイデン】!更にチェーンして【攻撃の無敵化】を発動!」

 

 明日香の【突進】と合わせた3枚のカードでチェーンが組まれ、最後に発動されたレイのカードから効果が処理されていく。

 

「【攻撃の無敵化】によって、このバトルフェイズで僕が受けるダメージは0になる。そして【ディフェンス・メイデン】は、相手モンスターの攻撃対象を【恋する乙女】に移す罠カード!」

 

【ブレード・スケーター】に迫っていた攻撃は、彼女の前に身を投げ出した少女が代わりに受ける。戦闘ダメージこそ入らなかったが……

 

 

 

『エトワール・サイバー!こんな幼気な少女を傷つけるなんてどういうつもり!?』

 

『しかし…これはデュエルであってだな……!』

 

『そういう話ではないの!私たちはステージの上で舞い、見ている人を笑顔にするのが役目でしょう!?なのにあなたは……っ!』

 

『うっ…そ、そうだな。すまない、お嬢さん。私とて望んでやったわけでは……』

 

『自分を責めないで?戦うことは、宿命なのだから……』

 

『っ……!なんて、なんて健気な少女なんだ……!』

 

 

 

 というやり取りを再び見せられた昴は、半ば脳死状態でエリアルに語りかける。

 

「……なぁエリアル。あの乙女の技名って"一途な思い"だったよな?」

 

『あ~。だねぇ……』

 

「で、次のターンになったらあの乙女は【エトワール・サイバー】に攻撃するんだろ?」

 

『だろうねぇ……その結果、またコントロールが奪われちゃう』

 

「……それって二股では?どこが一途なんだ」

 

『あぁ……アレなんじゃない?所謂サークルクラッシャー』

 

「……なるほどねぇ」

 

 

 

「──私はカードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

 

 明日香:LP2600 手札×2

【エトワール・サイバー】(乙女カウンター×1)

 伏せ×2

 VS

 レイ :LP2000 手札×4

【恋する乙女】+【キューピット・キス】

【ブレード・スケーター】(乙女カウンター×1)

 

 

「僕のターン、ドロー!…魔法カード【至高の木の実(スプレマシー・ベリー)】!自分のライフが相手より少ない場合、ライフを2000回復する!」

 

 

 レイ:LP2000→4000

 

 

 ここまでの【恋する乙女】の戦闘によって発生したダメージがこれで帳消しになり、明日香が徐々に押され始める。

 

「女の子は恋をすれば強くなる……不可能なんて無いんだから!バトルよ!【恋する乙女】、天使の祝福を受けた貴女の思いを届けて──!」

 

 胸にハートを刻まれた【エトワール・サイバー】へ、魔性の乙女が迫る。先のターンの舞姫と同じ結末を辿るかに思われたが、それを許す明日香ではなかった。

 

 

「罠カード、オープン!──【ドゥーブルパッセ】発動!【恋する乙女】の攻撃は私が受けるわ」

 

 

 誘惑を振り切った【エトワール・サイバー】が自分をヒラリと躱したことに頬を膨らませた乙女は、自らを祝福しているキューピットに明日香への攻撃を命じる。

 

 小振りな矢に射抜かれた明日香のライフが、僅かに減少した。

 

 

 明日香:LP2600→2200

 

 

「【ドゥーブルパッセ】は、相手モンスターの攻撃を自身への直接攻撃に変えることで、攻撃対象になったモンスターの攻撃力分のダメージを与えることが出来る。【エトワール・サイバー】の攻撃力──1200ポイントのダメージを受けてもらうわ!」

 

 

「きゃぁっ──!」

 

 

 レイ:LP4000→2800

 

 

【恋する乙女】の効果はモンスター同士の戦闘でしか発動しない。明日香の【ドゥーブルパッセ】は、図らずもレイのデッキに対するメタカードとしての役割を果たしたのだ。

 

「だったら!【ブレード・スケーター】で【エトワール・サイバー】を攻撃!──アクセル・スライサー!」

 

「罠発動──【強制脱出装置】!【ブレード・スケーター】は返してもらうわよ」

 

 再び明日香に刃を向けた氷上の舞姫は、突然地面から出現した砲台に詰め込まれて上空へと射出される。落下してしてくる頃には、その姿はカードとなって明日香の手に戻った。

 

「うう……っターンエンド」

 

 

 明日香:LP2200 手札×3

【エトワール・サイバー】(乙女カウンター×1)

 VS

 レイ :LP2800 手札×4

【恋する乙女】+【キューピット・キス】

 

 

「私のターン、ドロー!……確かに、恋をした女の子は強くなれる。どんな困難も乗り越えられるような気さえするわ。けど、だからといって何をしても許される訳ではないのよ」

 

「な……何が言いたい!」

 

「言ったでしょう。ただ真っ直ぐなだけじゃ誰も振り向かせられない…時には回り道をすることも必要なのよ──手札から【ブレード・スケーター】を召喚!」

 

 フィールドに揃った明日香の【サイバー・ガール】達。その美しくも堂々とした姿に、レイと【恋する乙女】は気圧されている。

 

「バトル!【ドゥーブルパッセ】の効果で、【エトワール・サイバー】はこのターン直接攻撃できる──アラベスク・アタック!」

 

 自らを惑わした乙女を飛び越え、レイに肉薄する踊り子。その効果によって、ダイレクトアタック時に攻撃力が500アップ。しなやかな体から1700のダメージが繰り出される。

 

「くうっ──!」

 

 

 レイ:LP2800→1100

 

 

「更に手札から速攻魔法【瞬間融合】発動!フィールドの【エトワール・サイバー】と【ブレード・スケーター】を融合するわ──!」

 

 2人の踊り子が手を取り合い、目の前に出現した力の渦へと飛び込む。やがてその渦は2つの力を混ぜ合わせ、新たな姿を形作った。

 

 

「──来なさい!【サイバー・ブレイダー】!!」

 

 

 明日香の元に降り立ったのは、長い髪を靡かせた美しきプリマ。【サイバー・ガール】達の象徴と言うに相応しい存在感を惜しげもなく放っている。

 

 

【サイバー・ブレイダー】

 ✩7 戦士族 融合 ATK2100 DEF800

 

 

「これで終わりよ!【サイバー・ブレイダー】で【恋する乙女】を攻撃!──グリッサード・スラッシュ!」

 

【サイバー・ブレイダー】の両足に履かれた流麗なブレードが、【恋する乙女】を斬り裂いた。硝子のように散っていく乙女の後ろで、レイもその攻撃を余波を浴びる。

 

「キャア──ッ!」

 

 

 レイ:LP1100→0

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃で帽子とスカーフが脱げたレイは、顔の横から紺色の髪を垂らして膝をつく。

 

「デュエルは私の勝ちね。面白いデュエルだったわ」

 

「明日香…さん、僕は……」

 

「言わなくても分かってるわ。あなたを騙す形になってしまって悪いけど、実はあなたのこと、全部聞かされてたのよ。あなたが初恋の相手を追いかけて、難関と言われているアカデミアの編入試験をクリアしてまでここに来たって事を。亮からね」

 

「亮様が……?」

 

「──レイ」

 

 目を丸くするレイの元へ、上で観戦していた男子陣がやって来る。その先頭に立っていた亮は、戸惑いながらもレイと正面から向き合う。

 

「亮様…昼間、寮に忍び込んだのは僕だったんだ。昴はそれを止めようとして……」

 

「……ああ、分かっている」

 

「亮様がデュエルアカデミアに進学なさってから、逢いたくて逢いたくて……やっとここまでやって来たの。デュエルには負けたけど、亮様への想いは誰にも負けない──お願い、乙女の一途な想いを受け取めて!」

 

 亮へ思いの丈を伝えるレイに、【恋する乙女】の姿が重なり──なるほど、デュエルが人柄を表すというのはこういうことか。と納得する昴。

 

 長年の疑問が解消されたことでスッキリした笑みを浮かべた昴は、ここぞとばかりに亮を弄る。

 

「おやおやァ?アカデミアの皇帝・カイザー亮といえど、色恋沙汰にはタジタジですねェ?」

 

「からかうのは止せ……」

 

 そんな2人を見て笑う十代も、会話に加わった。

 

「にしてもすっげー迫力だな。上で見てたけど、デュエルの時と同じだぜ!」

 

「恋はデュエルじゃないもん……!」

 

「そうね。さっきも言ったけど、デュエルと違って、本物の男性を振り向かせるにはウインクや投げキッスじゃダメなの。デュエルにせよ恋にせよ、お互いの心が繋がって初めて実るものなんじゃないかしら?」

 

 深い格言を残した明日香だったが、ここからレイの反撃が始まる。

 

「さっきから何なの!?まさかあなたも亮様が好きな訳!?」

 

「そ、そんなんじゃないわよ……」

 

「じゃあ誰が好きなのさ!?それともデュエル中のあの言葉は、私を言い包める為の嘘だったの!?」

 

「違うわよ!そんな嘘つくわけないじゃない!」

 

「じゃあ誰なのさ!」

 

「それは……えっと」

 

 執拗に問い詰めてくるレイに気圧され、明日香はつい視線を左に向けてしまう。その先にはタジタジの明日香を見て楽しんでいる昴と十代の姿が。

 

「……ふーん。なんだかんだ、あなたも恋に迷ってるのね」

 

「な、何のこと……?」

 

 レイの猛攻でたじろぐ明日香を見かねたのか、亮がその会話を打ち切って本題に戻す。

 

「レイ。今の俺にはデュエルが全てなんだ。お前の気持ちは嬉しいが、それに応えることはできない──お前は明日の船で、故郷に帰るんだ」

 

 レイが部屋に落としていったバレッタをそっと握らせた亮は、この島を出るよう言いつけた。失恋してしまったレイは目尻に涙を浮かべている。

 

 彼女に代わって亮に食い下がったのは、十代だった。

 

「おい、そこまで言うことないだろ!レイだって、ちゃんと女子寮に入れば……!」

 

「レイはここにはいられない。その理由があるんだ」

 

 男に扮していた以外にもまだ彼女には秘密があるというのか。「男のフリをした女と見せかけて実は男」という見当違いの予想をする十代に皆揃って「そんなわけあるか」と苦笑いしたところで、亮の口から衝撃の真実が語られる──

 

 

「レイはまだ11歳──小学5年だ」

 

 

 小 学 5 年 生──その言葉を聞いて、ブルーの3人を除いた全員が驚きの声を上げる。

 

「じゃあ明日香は小学生に苦戦してたってことか?」

 

「何よ?デュエルに年齢も性別も関係ないでしょ!」

 

「お、おう。そうだな……じゃあレイ、次は俺とデュエルしようぜ!」

 

「十代と……?」

 

「ああ!明日にはもう帰っちまうんだろ?戦うなら今の内じゃんか!」

 

「流石はデュエル馬鹿……荷造りの時間もあるんだ、1戦だけだぞ。早乙女、いいか?」

 

「……うん、やろう!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日──港では、朝一のフェリーの出航時刻が迫っていた。亮、昴、明日香の3人がレイの見送りに来ている。

 

「レイ。忘れ物はないな?」

 

「大丈夫です。亮様……無茶なことして、ごめんなさい」

 

「済んだ事だ、気にするな」

 

 そこへ、寝坊した十代達3人も合流した。

 

「レイ。昨日のデュエル、すげー面白かったぜ!」

 

「うん。僕も楽しかった!」

 

「また会えたら、その時は俺ともデュエルしてくれ」

 

「うん。……昴も、色々とありがとう。迷惑かけちゃってごめん」

 

「ま、お陰で面白いもん見れたからいいさ。──お前がカイザーのデッキにあわやキスしかけたことは黙っておいてやる

 

「ほ、ホントに黙っててよ……!?」

 

 亮達との別れを済ませたレイは、最後に明日香の前に立つ。

 

「明日香さん。昨日のデュエルは負けちゃったけど、今度は僕が勝つから!」

 

「えぇ、またいつか戦いましょう。私も負けてあげるつもりはないから」

 

 暫し火花をバチバチと散らしたレイは、思わず小さく吹き出した。

 

「ふふっ、デュエルって楽しいね!」

 

「そうよ。昨日はあんなこと言っちゃったけど、デュエルも恋も本質は同じ──お互いに心と心でぶつかり合えば、きっとレイちゃんの恋も実る時が来るわ」

 

「うん。頑張る!……明日香さんの恋も実るといいね」

 

 港に出航数分前を告げる汽笛が響き渡る。最後に「またね!」と告げたレイは、船内へと乗り込んでいった。

 

 

 

 やがて船が出航する中、デッキから顔を覗かせたレイは、昴達に向かって手を振る。

 

 

「来年卒業したら、またテスト受けて入学するからねー!」

 

 

「だってよカイザー?」

 

「その時俺は卒業して、学園にいないがな」

 

 流石に耐性がついたのか、十代の弄りを上手く躱してみせる亮。その横で、昴は素朴な疑問を口にする。

 

「来年入学と言っても……中等部って確か島外じゃなかったか?」

 

「この学園には飛び級制度があるからな。求められる水準は非常に高いが、中学生以上で諸々の条件を満たせば高等部に進学できる」

 

「かなり難しい編入試験を合格したレイちゃんなら、間違いなくここに来るでしょうね」

 

 

 恋の力、恐るべし。

 

 

「絶対にまた会いに行くから!だから待っててね──十代、昴ーっ!」

 

 

「「「………えっ!?」」」

 

 

 その言葉を聞いて、3人の口から同じ言葉が溢れる。

 

 1人は十代、もう1人は昴。そしてもう1人は……

 

「……良かったわねー。あんな可愛い子に好かれたみたいで」

 

 と、小さく頬を膨らませる明日香だった。

 

「ちょっと待て、おかしくないか!?おかしいだろ!」

 

 十代はまだ分かる。昨日のデュエルで彼に惚れたのだろうという立派な理由があるからだ。しかし昴はどうだ?彼女から好意を向けられるような理由が一切見当たらない。

 

 いやそもそもそれ以前にだ。これはLoveではなくLikeの可能性だってあるではないか。よって十代にはLove、昴にはLikeという式(?)が成り立つ。これでQ.E.D(証明完了)

 

 言葉の真意はもはや本人にしか分からない闇の中だが、取り敢えず今ひねり出したものを正解として脳内に処理した昴は、十代共々ぎこちないながらもレイに手を振り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、当のレイはというと……

 

「デュエルも恋も、お互いの心を通じ合わせるもの──十代とのデュエルはすっごく楽しくて素敵だった。またやりたいって思った。昴は…結局戦えなかったけど、何だか話してると落ち着くっていうか……よし!恋もデュエルも、もっともっと勉強して強くならなきゃ!」

 

 尚、レイは明日香の恋の相手が昴と十代のどっちなのかは分かっていない。もし自分と同じ相手を好きになった暁には、今回のリベンジも兼ねてデュエルで勝ち取るつもりでいる。

 果たして彼女(レイ)が恋の矢を立てるのは十代と昴のどちらなのか……それが分かるのは、もっと先の話である。

 




デュエルは人の心を写す鏡──であれば、コントロールという結構いやらしい部類のデッキを使う昴がレイと戦った場合、一体彼女は何を思うのか……

それはさておき、結局レイの処遇は十代に寄せつつ保留という形になってしまいました。私の中の「話としてスッキリさせたい欲」と「レイをヒロインにしたい欲」が戦った結果です、非力な私を許してくれ……(二度目


そして皆さんお気づきでしょうか。今回明日香の初デュエルでした。
早く【機械天使】出したい…その為にもまずはセブンスターズ編まで書き続けなくては。


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代表決定戦

「代表戦──?」

 

「そうなのにゃ。十代君、三沢君、そして昴君の3人総当りでデュエルして、勝利数が1番多かった人が代表としてノース校との戦いに出場してもらうにゃ」

 

 某日。授業終わりに大徳寺に呼び止められた昴達は、ノース校との戦いに出場する代表候補に選ばれたことを聞かされた。

 

「俺達3人で……」

 

 十代、三沢の2人と顔を見合わせる。

 

「案外早く戦う時が来たな。三沢、昴」

 

「ああ。俺は日夜、お前達のデッキを研究している。お前達の【E・HERO】と【リチュア】に勝つ為の7番目のデッキをな」

 

 三沢はこの世界では珍しく、複数のデッキを使い分けるタイプの決闘者だ。以前行った万丈目との寮移動を賭けたデュエルでは、全6属性分あるデッキの中から【ウォーター・ドラゴン】をエースに据えた水属性デッキを使用していた。

 

 だが今回の戦いに於いて、彼は昴と十代を倒す為の新たなデッキ制作に着手しているらしい。

 

「もしかして、もうできたのか?」

 

「いや、残念ながら。けど当日には間に合わせるさ」

 

「楽しみにしてるぜ!」

 

 十代と拳をぶつけ合わせた三沢は、教室を出ていく。恐らく自分の部屋で引き続きデッキ構築をするつもりなのだろう。

 

「昴、お前と戦うのも初めてだな。今から楽しみで仕方ないぜ」

 

「そう言えばそうか…確かに、いい機会かもな」

 

「昴君、前は興味ないって言ってた割には楽しそうだね?」

 

「嘘は言ってない。大体誰が好き好んで学校の看板背負うのに手ぇ挙げるんだよ……けど、こうして頼まれた以上は勝つさ。代表だの何だのは置いといてな」

 

「へへっ、そうこなくちゃ!」

 

 そう言って差し出された十代の拳に、昴も自分のそれをコツン、とぶつけ合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、その日の夜──昴は明日香に付き添い、廃寮を訪れていた。

 明日香は以前やっていたように一輪の薔薇の花を門の前に手向ける。

 

「──結局、あの写真は有効な手がかりにならなかったか」

 

「けど、見つけてきてくれたことは感謝してるわ。アレが無かったら、今もこうして兄さんの無事を信じていられたかどうか……」

 

「そうか…そう言ってくれるとありがた──っ……?」

 

 不意に謎の気配を感じた昴は、振り返って背後をジッと見つめる。

 

「そこにいるんだろ。誰だか知らんが出てきたらどうだ」

 

 昴の呼び声で、茂みの中からオシリス・レッドの制服を着た長身の男が姿を現す。

 月明かりを背にしてるせいで昴の位置からは顔がよく見えないが、背格好から見ても中高生には見えない。

 

「やぁ、お2人さん。ここで何人もの生徒が行方不明になってるって話を聞いてね。察するに、君達は消えた生徒の関係者ってところかな?」

 

「……誰かしら、そんなこと聞いてどうするつもり?」

 

「なぁに、ちょいと興味があってね」

 

「何をする気か知らないけど、余計な事はしないで。関係ない人に引っ掻き回されると迷惑なの。さっさと自分の寮へ帰りなさい」

 

 それだけ言って踵を返す明日香。ズンズン進んでいく彼女の後を昴も追おうとすると

 

「君は何か知らないか?さっきのお嬢さん、何か思わせぶりな言い方だったけど?」

 

「……さてね。知っていようがいまいが、人にベラベラと吹聴するような話じゃない。それと、これ以上嗅ぎ回るのは止めといた方がいいぞ?そういうオカルト番組的なノリで幽霊呼ぼうとして、痛い目に遭った連中を知ってる」

 

 以前オベリスク・ブルーの生徒が【サイコ・ショッカー】の精霊を呼び出そうとした時の事を思い出しながら男に忠告した昴は、小走りで明日香について行った。

 

「──おい、さっきのは少し失敗だったんじゃないか?あいつ怪しんでたぞ」

 

「前のあなた達みたいに、面白半分でああいうことをされるのはいい気分じゃないわ」

 

「……あの時は悪かったよ。お前に聞かされるまで知らなかったとはいえ、浅慮だった」

 

 この言葉でピタリと足を止めた明日香は、自らを落ち着かせるように空を仰いで深呼吸する。

 

「はぁ……ごめんなさい、少し頭に血が上っちゃったみたい。あの時のことは気にしないで。お陰で兄さんの写真も見つかったんだし、本気で止めなかった私にも責任はあるわ」

 

「明日香……」

 

「──それより、あなたが気にすべきは代表戦でしょ。十代と三沢君に勝てるの?2人共強いわよ」

 

「知ってる。学園代表に拘る気はないが、やる以上デュエルには勝つつもりだ」

 

 最早チートとすら呼べる驚異的な引きを持つ十代は言わずもがな、それ以上に警戒すべきは三沢だろう。一体どんなデッキを作ってくるのか、【リチュア】で対抗できるのか。全くの未知数だ。

 

 

 

 

 一方その頃──三沢も十代と昴に対抗する為の手段を考えているところだった。

 

「難しいな……十代の融合HEROは多種多様だし、昴の儀式モンスターも1度や2度破壊する程度じゃすぐに再召喚されてしまう。そもそも個々のモンスターに対処していたんじゃ、肝心の俺のデッキが回らなくなる。もっと根本から奴らの戦術を封じ込めないと……」

 

 暫し考えた三沢は、とあるカードの存在を思い出す。すぐさま目の前のキーボードに指を走らせると、画面に表示された1枚のカードを見て勝利を確信した。

 

「コレだ……!これなら十代だけでなく、昴相手にも優位に戦える!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後──デュエルフィールドには多くの生徒達が詰め掛け、熱気に溢れていた。

 理由は明白。間違いなく1年生最強と名高い2人+1人が一堂に会するからだ。

 

 

『シニョール&シニョーラ!お待たせしましたーノン!只今より、学園代表決定戦を始めるノーネ!まずはラー・イエローから三沢大地!…そしてオシリス・レッドから遊城十代のデュエルなノーネ』

 

 

 クロノスの進行で最初に壇上へ上がったのは、三沢と十代。

 

「その顔じゃ、できたんだな?」

 

「ああ。お前と昴を倒す7番目のデッキの力、楽しみにしていてくれ」

 

「へっ!俺だって負けないぜ──!」

 

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 

 

 

 

 ──もう十代と三沢の戦いが始まったのだろうか。会場から一際大きな歓声が聞こえてくる。

 

 控え室で1人デッキを握り締める昴は、ボーッと虚空を眺めていた。

 

『もしかして緊張してる?マスター』

 

「かもな……正直よく分からん」

 

 意識も呼吸もスッキリ落ち着いているが、デッキを握る手がさっきから小刻みに震えている。これは武者震いというやつなのか、それとも無意識に緊張してきているのだろうか。

 

「思えば、こんな大勢に注目されながらデュエルするの初めてだしなぁ……」

 

『それじゃ、同じ陰の者の(よしみ)でちょっとしたおまじないをしてあげよう──』

 

 ふわりと目の前に移動したエリアルは、今までのミニマムサイズから元の人間大に姿を戻し、文字通り透き通った手を昴の頭に添える。

 一体何をする気かとドギマギする昴を他所にそっと瞳を伏せると、エリアルの手から青白い光が発せられた。

 

 涼しげでありながらどこか暖かい……そんなエリアルの光を浴びた昴は、気付けば手の震えが嘘のように治まっていた。

 

「すごいな……何したんだ?」

 

『言ったでしょ、ちょっとしたおまじないだよ。高度なのは無理だけど、緊張を和らげる程度なら出来るからね』

 

「そうか……ありがとう」

 

 昴が礼を言うと、帽子を深く被り直したエリアルはまた掌サイズに戻って姿を消す。彼女が最後に残した「頑張ってね」という言葉を胸に刻むと、フィールドの方からまたも大きな歓声が聞こえてきた。

 

 どうやら初戦が決着したようだ。

 

「……っし、行くか」

 

 デュエルディスクを左腕に装着し、デッキをセットする。最後にひとつ深呼吸をした昴は、確かな足取りで会場へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十代と三沢の戦いを制したのは、やはりというべきか十代だった。歓声に見送られながらステージを下りる彼と、通路ですれ違う。

 

「勝ったみたいだな」

 

「おう!次は昴だろ?熱いデュエル、期待してるぜ!」

 

 肩を叩いて控え室へ向かう十代を見送った昴は、入れ替わる形でフィールドに足を踏み入れる。

 

 

『ではデーワ!続けて2戦目を開始するノーネ!引き続きシニョール三沢と戦うのは…我らがオベリスク・ブルーより加々美昴!』

 

 

 クロノスによる選手紹介を経て、壇上で睨み合う昴と三沢。

 

「連戦で疲れてようがお構いなしで行くぞ。悪く思うなよ?」

 

「まさか。寧ろこっちは元気が有り余ってるさ。十代には不覚を取ったが、今度こそ勝たせてもらう!」

 

 双方闘志は十分。デュエルディスクが展開され、戦いの幕が上がる。

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 三沢:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は俺だ!ドロー!…俺は【マスマティシャン】を召喚!その効果で、デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地に送る」

 

 

【マスマティシャン】

 ✩3 魔法使い族 ATK1500 DEF500

 

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 三沢:LP4000 手札×4

【マスマティシャン】

 伏せ×1

 

 

「俺のターン、ドロー!…【リチュア・アビス】を守備表示で召喚!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ✩2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「召喚成功時、【アビス】の効果でデッキから守備力1000以下の【リチュア】モンスターを手札に加える」

 

 昴はこの効果でデッキから【シャドウ・リチュア】を手札に加え、元々いた【ヴィジョン・リチュア】共々効果を発動。儀式召喚に必要な【儀水鏡】と【ガストクラーケ】を手札に加えた。

 

「行くぞ!儀式魔法【リチュアの儀水鏡】発動!手札の同名モンスターを素材に、儀式召喚──」

 

 いつも通り、儀式召喚を行おうとした昴。その瞬間、三沢の口元が不敵に歪んだ。

 

「この瞬間を待っていた!──カウンター罠【封魔の呪印】発動!手札の魔法カード1枚をコストに、相手の魔法カードを無効にし破壊する!」

 

「魔法の無効化……要は【マジック・ジャマー】か?」

 

 確かに昴の儀式魔法を無効化するには有効な手段だが、豊富なサーチ手段を持つ【リチュア】からしてみれば然したる痛手ではない。

 

 だが三沢の狙いはその先にあった。

 

「それだけじゃない──【封魔の呪印】は、自身の効果で無効にした魔法カードだけでなく、その同名カード全てをこのデュエル中使用不能にする!」

 

「なっ……!?」

 

 これこそ三沢が見つけ出した秘策。

 封印されてしまった【リチュアの儀水鏡】は、昴のデッキの中枢を担う重要なカードだ。これを失っては【リチュア】お得意の連続儀式召喚どころか、そもそも儀式モンスターの召喚ができなくなってしまう。

 

「お前のデッキは儀式モンスターを召喚できて初めて力を発揮する。ならばそのキーとなる【リチュアの儀水鏡】を封じてしまえば、後は俺の独壇場というわけだ!」

 

「……やってくれたな三沢。カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×3

【リチュア・アビス】

 伏せ×2

 VS

 三沢:LP4000 手札×3

【マスマティシャン】

 

 

「例え優勢になっても油断はしない。一気に畳み掛けさせてもらう!俺のターン!【ハイドロゲドン】を召喚!」

 

 

【ハイドロゲドン】

 ✩4 恐竜族 ATK1600 DEF1000

 

 

「バトルだ!【ハイドロゲドン】で【リチュア・アビス】を攻撃!──ハイドロ・ブレス!」

 

 水素を司る元素の竜が放つブレスが【アビス】を飲みこもうとした瞬間、【アビス】の姿が掻き消えた。

 

「罠発動【フィッシャー・チャージ】!魚族の【アビス】をリリースすることで、【ハイドロゲドン】を破壊する!」

 

【アビス】の体が沈み込んだ水面から、数匹のコバンザメがミサイルの如き勢いで飛来する。着弾と共に大爆発を起こしたことで、【ハイドロゲドン】は破壊されてしまった。昴はその後、【フィッシャー・チャージ】の効果で1枚ドローする。

 

「ならば、【マスマティシャン】でダイレクトアタック!──バトル・カリキュラム!」

 

 

 昴:LP4000→2500

 

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

「っ……エンドフェイズに永続罠【神の恵み】を発動する!」

 

 

 昴 :LP2500 手札×4

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP4000 手札×3

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン!【神の恵み】の効果で、俺がデッキからドローする度にライフを500回復する」

 

 

 昴:LP2500→3000

 

 

「【リチュア・ビースト】を守備表示で召喚!その効果で、墓地から【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ✩4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

 海獣の咆哮に応じ、再び姿を現した鮫の魚人。その効果によって、昴の手札に【シャドウ・リチュア】が加わる。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

 

 昴 :LP3000 手札×4

【リチュア・ビースト】

【リチュア・アビス】

 永続罠:【神の恵み】

 伏せ×1

 VS

 三沢:LP4000 手札×3

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン!手札から【オキシゲドン】を召喚!更に装備魔法【リビング・フォッシル】で墓地の【ハイドロゲドン】を復活させ、このカードを装備する!」

 

 

【オキシゲドン】

 ✩4 恐竜族 ATK1800 DEF800

 

 

 三沢の場に2体の元素竜が並び立つ。いずれも攻撃力は必要十分──昴のモンスターを上回っている。

 

「やれ!【オキシゲドン】で【リチュア・ビースト】を攻撃!──オキシ・ストリーム!」

 

 放たれた風のブレスが海獣を吹き飛ばし、残された魚人にも追撃が襲いかかる。

 

「更に【マスマティシャン】で【リチュア・アビス】を攻撃!──バトル・カリキュラム!」

 

 連続攻撃で壁モンスターがいなくなった昴。対する三沢はまだ【ハイドロゲドン】での攻撃が控えている。

 

「【ハイドロゲドン】でダイレクト・アタック!──ハイドロ・ブレス!」

 

「罠発動【ガード・ブロック】!──戦闘ダメージを0にして、1枚ドローだ!」

 

 戦闘ダメージが消えただけでなく、ドローしたことで【神の恵み】の効果により昴のライフが回復した。

 

 

 昴:LP3000→3500

 

 

「凌いだか……先程から手札補充を行っているということは、何かを狙っているのか……?」

 

 場のモンスターの数で優っているとはいえ、万が一昴が逆転の一手を待っているのだとしたら……

 

「……俺としたことが、熱くなり過ぎたな。ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP3500 手札×5

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP4000 手札×2

【オキシゲドン】

【ハイドロゲドン】+【リビング・フォッシル】

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 昴:LP3500→4000

 

 

 何とかライフを互角に持ち込んだ昴は、手元にある6枚の手札を見て思考を巡らせる。

 

「(まだだ……まだアレは使えない……三沢はどこまで勘付いてる?)」

 

 さっきの戦闘で【ハイドロゲドン】をモンスター攻撃に使用しなかったのは、ターン終了時の一言を聞くに恐らくプレイミスだ。だがそれを自覚した以上、もう同じミスはしないだろう。

 

 事実、三沢の予想通り昴はこの状況をひっくり返す──とまでは行かずとも、対抗する為の望みはある。

 が、重要なのは動くタイミング。事を急いてしまえば、更に思考を巡らせた三沢がオーバーキル火力で一気に擦り潰しに来る危険性があるからだ。

 

 今必要なのは三沢に思考をさせないようとにかく耐えること。耐えて耐えて、逆転の機を逃さないことだ。

 

「……モンスターをセット。永続魔法【水舞台(アクアリウム・ステージ)】を発動してターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 魔法・罠:【神の恵み】

      【水舞台】

 VS

 三沢:LP4000 手札×2

【オキシゲドン】

【ハイドロゲドン】+【リビング・フォッシル】

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン!魔法カード【強欲な壺】!デッキから2枚ドローし、バトルだ!──【ハイドロ・ゲドン】でセットモンスターを攻撃!」

 

【水舞台】は、自分の水属性モンスターが同じ水属性以外との戦闘で破壊されなくなる効果を持っている。それを見越した三沢は、同じく水属性である【ハイドロゲドン】で攻撃を試みたが……

 

「俺がセットしていたのは【リチュア・エリアル】──守備力は1800だ」

 

「……なるほど上手いな。【ハイドロゲドン】は水属性だが【エリアル】の守備力を越えられず、かといって【オキシゲドン】では攻撃力と守備力が互角──仮に超えたとしても、風属性だから戦闘破壊できない」

 

「そういうことだ──【エリアル】のリバース効果で、デッキから【リチュア】モンスターを手札に加える」

 

「ならばメインフェイズ2──もう1体の【ハイドロゲドン】を通常召喚し、魔法カード【ボンディング-H2O(エイチツーオー)】発動!」

 

 三沢のフィールドにいる2つの【ハイドロゲドン(水素分子)】と1つの【オキシゲドン(酸素分子)】が化合し、H2o()が生成される。

 

 

「いでよ!──【ウォーター・ドラゴン】!!」

 

 

 三沢の呼び声に応じデッキから現れたのは、激しく渦巻く水の体を持つ竜。現状三沢が召喚したモンスターの中では最大の攻撃力を持つ水竜は、猛々しく咆吼した。

 

 

【ウォーター・ドラゴン】

 ✩8 海竜族 特殊召喚 ATK2800 DEF2600

 

 

「如何にお前でも、儀式召喚を封じられた状態で【ウォーター・ドラゴン】の攻撃力を超えることはできまい!これでターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

【リチュア・エリアル】

 魔法・罠:【神の恵み】

      【水舞台】

 VS

 三沢:LP4000 手札×2

【ウォーター・ドラゴン】

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン、ドロー!…魔法カード【強欲なウツボ】発動!手札の水属性モンスター2体をデッキに戻しシャッフル、その後3枚ドローする」

 

 昴が戻したのは2体の【ガストクラーケ】。その後、カットしたデッキから3枚のカードをドローした。これでドローフェイズと合わせて2回のドローが行われ、昴のライフも合計1000ポイント回復したことになる。

 

 

 昴:LP4000→5000

 

 

「魔法カード【海竜神(リバイアサン)の激昂】を発動。デッキから【激流葬】を手札に加える。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP5000 手札×5

【リチュア・エリアル】

 魔法・罠:【神の恵み】

      【水舞台】

 伏せ×1

 VS

 三沢:LP4000 手札×2

【ウォーター・ドラゴン】

【マスマティシャン】

 

 

「俺のターン!手札から【オキシゲドン】を召喚!」

 

「召喚時、罠発動──【激流葬】!互いの場のモンスターを全て破壊する!」

 

 虚空から凄まじい勢いの激流が押し寄せ、昴と三沢の場のモンスターを全て流し去る。水の引いたフィールドには何も残らないはずだったが、昴の【エリアル】だけが生存していた。

 

「墓地の【海竜神の激昂】は、自分の水属性モンスターが効果破壊される際に除外することで、身代わりとなる。これで俺のモンスターは破壊されない」

 

「こちらとてただでは終わらない!破壊された【ウォーター・ドラゴン】の効果発動!墓地から化合元となった2体の【ハイドロゲドン】と【オキシゲドン】を復活させる!」

 

 三沢の場にも3体のモンスターが蘇り、戦況は先程と同じ膠着状態に戻る。三沢はわざと【激流葬】を踏み抜くことで昴の場を片付け、復活させた3体で総攻撃を仕掛けるつもりだったのだが、【エリアル】が生き残ったことでそれも叶わなくなってしまった。

 

「……ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP5000 手札×5

【リチュア・エリアル】

 魔法・罠:【神の恵み】

      【水舞台】

 VS

 三沢:LP4000 手札×2

【ハイドロゲドン】

【ハイドロゲドン】

【オキシゲドン】

 

 

 大きな動きを見せないまま渡った昴のターン。ドロー時に【神の恵み】でライフが回復する。

 

 

 昴:LP5000→5500

 

 

「(耐えるのはもう限界…【ボンディング】を引かれる可能性を考えれば、動くなら今!)──俺は手札の【ヴィジョン・リチュア】と【シャドウ・リチュア】の効果発動!この2枚を手札から捨てることで、デッキから【リチュア】の儀式モンスターと儀式魔法を手札に加える!」

 

「無駄だ!【リチュアの儀水鏡】は【封魔の呪印】によってこのデュエル中発動できない!」

 

「【リチュア】に伝わる魔導具は【儀水鏡】だけじゃない──俺は儀式魔法【リチュアの写魂鏡】を発動!」

 

「何っ!?」

 

 昴の目の前に出現したのは、【儀水鏡】とは似て非なる魔導鏡──丸みを帯びていた【儀水鏡】と対照的に、牙のような刺々しい装飾がなされている。

 

「【写魂鏡】は儀式召喚の際に必要なモンスターのリリースを行わない代わりに、召喚する儀式モンスターのレベル×500のライフを払う必要がある。俺が召喚するモンスターはレベル8──」

 

 よって昴が払う代償は4000ポイントもの大量のライフだ。

 前世ならいざ知らず、ライフが4000スタートのこの世界ではまず発動すら難しいこの儀式魔法を発動する為に、昴は【神の恵み】でじわじわとライフを回復させていたのだ。

 

 

 昴:LP5500→1500

 

 

「俺のライフを生贄に、儀式召喚!──降臨せよ【イビリチュア・ソウルオーガ】!!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

「まさかこんな手を隠していたとはな……!」

 

「【ソウルオーガ】の効果発動!手札の【リチュア・アビス】をコストに、【オキシゲドン】をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

 昴の生命力(ライフ)を取り込んだ【写魂鏡】を内側から割り砕いて現れた【ソウルオーガ】は、溜め込んだ鬱屈を晴らすように咆哮した。

 

「バトル!【ソウルオーガ】で【ハイドロゲドン】を攻撃!──リチュアル・ブラスト!」

 

 水の波動が【ハイドロゲドン】を直撃し、爆風が三沢を襲う。

 

 

 三沢:LP4000→2800

 

 

「くっ……!」

 

「これでターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP1500 手札×3

【リチュア・エリアル】

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 魔法・罠:【神の恵み】

      【水舞台】

 VS

 三沢:LP2800 手札×2

【ハイドロゲドン】

 

 

「俺のターン、ドロー!……やるな昴。しかしまだお前を倒すための計算式は残っているぞ──魔法カード【トレード・イン】発動!手札のレベル8モンスターをコストに、デッキから2枚ドローする!」

 

 昴も愛用しているドローソースで引き当てたカード──それを見た三沢は、勝利を確信した。

 

「俺は手札から【儀式の下準備】を発動!デッキから儀式魔法を手札に加え、更にその儀式魔法に名前が記されている儀式モンスターをデッキか墓地より手札に加える。俺が手札に加えるのは【リトマスの死儀式】──そしてそのテキストに名が記されている儀式モンスター──【トレード・イン】で墓地に送った【リトマスの死の剣士】を手札に加える!」

 

【儀式の下準備】──儀式召喚を大幅にサポートしてくれる心強いカードだが、昴の【リチュア】では使えないカードだ。その恩恵を受けた三沢は、ここで王手をかけに来た。

 

「行くぞ昴──!儀式魔法【リトマスの死儀式】発動!」

 

 フィールドの中央から祭壇がせり出し、怪しげな光を放つ。三沢はそこへ儀式の生贄を投入した。

 

「俺が召喚するのはレベル8の闇属性儀式モンスター──よって、手札の【儀式の供物】の効果が発動できる」

 

【儀式の供物】は【シャドウ・リチュア】らと同じく、闇属性儀式モンスターの素材になる場合、1体で必要レベルを満たすことができる効果を持っている。

 

 

「現れるがいい!【リトマスの死の剣士】!」

 

 

【リトマスの死の剣士】

 ✩8 戦士族 儀式 ATK0→3000 DEF0→3000

 

 

「攻撃力0なら恐れることはない……なんて思っているわけじゃないだろう、昴?」

 

「……当然。だがどの道、【水舞台(アクアリウム・ステージ)】がある限り俺のモンスターは水属性以外との戦闘じゃ破壊されない」

 

「ああ、その通りだ……だが、これならどうかな?速攻魔法【サイクロン】で【水舞台】を破壊だ!」

 

 これで【リトマスの死の剣士】は【水舞台】の影響から解放され戦闘破壊が可能となる。加えて、場に表側表示の罠カード──【神の恵み】が存在することで、【死の剣士】は自身の効果で攻守共に3000アップするのだ。

 

「バトルだ!【リトマスの死の剣士】で【イビリチュア・ソウルオーガ】を攻撃!──死剣一閃(しけんいっせん)!」

 

 ギラリと光る二刀を構え飛び出した【死の剣士】は、【ソウルオーガ】を一刀両断した。

 

 

 昴:LP1500→1300

 

 

「ターンエンド──これがお前の最後のターンだ。さぁどうする昴──!」

 

 

 昴 :LP1300 手札×3

【リチュア・エリアル】

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

【ハイドロゲドン】

【リトマスの死の剣士】

 

 

 小さく深呼吸した昴は、緊張の面持ちでデッキに手をかける。

 

「俺のターン──!」

 

 

 昴:LP1300→1800

 

 

【神の恵み】でライフを回復させた昴。引いたカードを一瞥するも、その表情は険しい。

 

「この状況を逆転する為のカードは……引けなかったようだな」

 

「ああ……残念ながらこのターンでお前を倒すことはできない──倒すことは、な」

 

 含みのある言葉に、三沢の表情が引き締まる。

 

「墓地に存在する【リチュアの儀水鏡】の効果発動。自身をデッキに戻し、墓地の【ソウルオーガ】を回収」

 

【封魔の呪印】は発動した魔法の効果と同名カードの発動を封じるが、幸い予め墓地に存在し、墓地で発動する効果は問題なく使用できる。

 

 

「続けて儀式魔法発動──【リチュアに伝わりし禁断の秘術】」

 

 

「まだ儀式魔法があったのか……っ!」

 

 フィールドの床にリチュアの紋章が浮かび上がり、邪悪なオーラが溢れ出る。

 

「この儀式魔法は発動ターンのバトルフェイズを放棄することで、自分だけではなく、相手フィールドのモンスターも素材として儀式召喚を行える──俺は【リトマスの死の剣士】を素材として墓地に送り、【ソウルオーガ】を攻撃力を半分にして守備表示で儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800→1400 DEF2800

 

 

「手札の【ヴィジョン・リチュア】を捨てて【ソウルオーガ】の効果発動!【ハイドロゲドン】をデッキに戻す!」

 

 三沢のフィールドを更地にできたものの、昴はこれ以上できることがない。そのままターンエンドを宣言した。

 

 

 昴 :LP1800 手札×2

【リチュア・エリアル】

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

 

 

「そうか……追い詰められた時というのはこういう気持ちになるんだな。確かにこれは──燃えるぜ!」

 

 優等生の三沢らしからぬ言葉遣いでデッキからカードをドローする。ここで何を引いたかによって、このデュエルの勝敗が決まる可能性が高い。

 

「……なる程、本当にデュエルというのは面白い──!俺は墓地に存在する【リトマスの死儀式】のもう1つの効果を発動!このカードと墓地の【リトマスの死の剣士】をデッキに戻すことで、1枚ドローできる!」

 

 墓地のカード2枚がデッキに戻り、シャッフルされたデッキから新たにカードが引かれる。

 

「更に【トレード・イン】を発動!今引いた【リトマスの死の剣士】をコストに、2枚ドロー!」

 

「おいおい……お前も大概引きが良すぎやしないか」

 

「俺もこんなことは初めてでな、敢えて十代風に言うなら──俺は今、猛烈にワクワクしている!俺は墓地に存在する2枚目の【リトマスの死儀式】の効果で、再びデッキから1枚ドロー!」

 

 2枚目の【死儀式】は恐らく【封魔の呪印】のコストとして墓地に眠っていたのだろう──ここに来ての連続ドローで引き込んだ3枚の手札。その中身は果たして……

 

「魔法カード【クロス・ソウル】!俺がこのターンリリースを行う時、相手モンスターを使用できる──俺が対象に選ぶのは【ソウルオーガ】だ」

 

 守りの姿勢を取る【ソウルオーガ】の体から魂のような靄が抜き取られ、宙を漂う。

 

「そして昴!これが俺の最後の一手だ!【リトマスの死儀式】発動──っ!」

 

 三沢が取ったのは、先ほどの昴と同じ行動──相手モンスターを素材とした儀式召喚だ。

 

 

「レベル8の【ソウルオーガ】を素材に、今一度降臨せよ!──【リトマスの死の剣士】!」

 

 

 宙を漂っていた【ソウルオーガ】の魂が祭壇に取り込まれ、再び死の剣士がフィールドに降り立つ。昴の場に【神の恵み】が健在なことで、その攻撃力は3000となった。

 

「【クロス・ソウル】を発動したターンはバトルフェイズを行えない。これでターン終了だ」

 

 

 昴 :LP1800 手札×2

【リチュア・エリアル】

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

【リトマスの死の剣士】

 

 

「くっ…俺のターン!」

 

 

 昴:LP1800→2300

 

 

「っ……モンスターをセットしてターンエンド」

 

 悔しいがデッキのメインエンジンである【儀水鏡】を封じられ、残る2枚の儀式魔法も使い切った昴にはこれくらいしかできない。

 

 

 昴 :LP2300 手札×2

【リチュア・エリアル】

 セットモンスター×1

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

【リトマスの死の剣士】

 

 

「俺のターン!【オキシゲドン】を召喚し、バトルだ!【リトマスの死の剣士】で【リチュア・エリアル】を攻撃!──死剣一閃!」

 

 剣士の二刀が青髪の少女に襲いかかる──初撃を杖で受け止め一時は抵抗した少女だったが、死の剣士は目にも止まらぬ速さで背後に回り込む。そして峰に返した剣で【エリアル】を気絶させ、無力化(破壊)する。

 

「続けて【オキシゲドン】でセットモンスターを攻撃!──オキシ・ストリーム!」

 

 セットされていたのは【シャドウ・リチュア】──僅か1000の守備力では太刀打ちできず、破壊されてしまった。

 

 三沢も手札0枚ではこれ以上の行動を起こせず、ターンは昴に渡る。

 

 

 昴 :LP2300 手札×2

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

【リトマスの死の剣士】

【オキシゲドン】

 

「俺のターン──」

 

 

 昴:LP2300→2800

 

 

「【リチュア・ビースト】を守備表示で召喚!効果で墓地の【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

【アビス】の効果で後続の【リチュア】を手札に呼び寄せるが、この苦し紛れの防戦も保ってあと1ターンだろう。

 

 

 昴 :LP2800 手札×3

【リチュア・ビースト】

【リチュア・アビス】

 永続罠:【神の恵み】

 VS

 三沢:LP2800 手札×0

【リトマスの死の剣士】

【オキシゲドン】

 

 

「俺のターン。…【ハイドロゲドン】を召喚──これがラストターンだ!【オキシゲドン】で【リチュア・ビースト】を攻撃!──オキシ・ストリーム!」

 

 強力な風のブレスが海獣を吹き飛ばす。

 

「【ハイドロゲドン】!──ハイドロ・ブレス!」

 

 続いて放たれた水のブレスが差し向けられたのは、サメの頭を持つ魚人。こちらも成す術なく破壊されてしまった。

 

 

「最後の一撃を受け取れ、昴!──死剣一閃!」

 

 

 自身を守るモンスターのいなくなった昴へ、二刀が振り下ろされる。深々と袈裟斬りにされた昴はがくりと膝を突き、ライフが減少していく。

 

 

 昴:LP2800→0

 

 

 暫しの沈黙の後、会場が割れるような歓声に包まれる。

 何せ今まで負け無しだった昴に初めて土を付けたのだ。しかもそれが今さっき十代に敗北を喫した三沢なのだから、こんなに熱い展開はない。

 

 

「──楽しいデュエルだったぜ。昴」

 

「ああ……負けたよ。見事にやられちまったな」

 

 差し伸べられた三沢の手を取り、立ち上がる。

 

「とはいえ、お前も予想以上だったさ。正直、最後は俺も運任せだった。十代は計算で測れない奇跡を起こすが、お前はその計算を乗り越えて俺に抗った。素直に脱帽する──次の戦い、頑張れよ」

 

「ふっ……そう言ってもらえるとありがたい限りだ」

 

 改めてガッチリと握手を交わした両者に、惜しみない拍手が送られる。そこへ、クロノスのアナウンスが割って入ってきた。

 

 

『えー、それデーワ……次が最後のデュエルですーノ──』

 

 

 呼び出しを待ちきれなかったのか、アナウンスに先んじてフィールドを駆け上がってきたのは十代だ。

 

「すっげぇデュエルだったな!俺も早くお前と戦いたくてウズウズしてるぜ!」

 

「生憎、このデュエルはくれてやらないぞ。こっちも流石に2連敗は堪えるからな」

 

「やる気だな昴……!早速始めようぜ!」

 

 司会進行完全無視で始まった昴VS十代のデュエルだったのだが……

 

 

 

 

「バトルだ!【イビリチュア・マインドオーガス】でダイレクトアタック!──ハイドロ・ガイスト!」

 

「うああああああ──っ!」

 

 

 昴 :LP3500 手札×0

【イビリチュア・マインドオーガス】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 十代:LP0 手札×0

 

 

 

『やったノーネ!勝者は栄えあるオベリスク・ブルーのエリート、加々美昴!ドロップアウトボーイを見事コテンパンにしてくれたノーネ~!』

 

 

「痛ってて……ぐぁ~っ!負けちまった!」

 

「派手に吹っ飛んだな……大丈夫か?」

 

「サンキュー……前にも見たけど、流石に開幕1ターン目で手札1枚だけはキツ過ぎるって!」

 

「ハハッ……ま、今回ばかりは運がなかったな」

 

 そう……熱狂の中幕を開けたこの2人の戦いは、先攻を取った昴の1ターン目で既に勝敗が決していたと言っても過言では無かった。

 

 蹂躙された手札に対し、十代は持ち前のドロー力を発揮して抵抗を見せるも、補充した傍からどんどんデッキに返されていく手札。苦労して肥やした墓地も片っ端からデッキに返されていく。

 

 結局、展開らしい展開もできずに十代のライフは削られてしまったのだ。

 

 

 その結果、何が起こるかというと……

 

 遊城十代:1勝1敗

 三沢大地:1勝1敗

 加々美昴:1勝1敗

 

 と、見事に3人の戦績が並んでしまった。

 

 

「おやおや。これは困った事になってしまいましたねぇ、校長?」

 

「こうなる事を予測してなかったわけではありませんが……うーむ」

 

 困った顔をする大徳寺と鮫島。そこへ

 

「でしたーラ。ここは成績優秀なシニョール加々美とシニョール三沢の2人を改めて戦わせては如何でスーノ?」

 

 と、悪い顔をしたクロノスが入れ知恵をするも、大徳寺が抱えていた猫のファラオによって妨害される。

 

 そんなクロノスに代わって──というわけではないが、新たな提案をしたのは昴だった。

 

「じゃあドローで決めましょう。自分のデッキを上からモンスターが2枚出るまで捲って、その合計レベルが一番大きい奴が代表ってことで」

 

「それは名案だ!3人共実力は十分。それはこの戦績と、彼らのデュエルを見た皆が証明しています。ならば、最後にモノを言うのは勝利を引き込むドローです──っと、すみません。どうやら電話のようです──」

 

 そう言って鮫島は端末片手にそそくさと会場を出ていく。

 何はともあれ無事に了承も得られたことで、昴達3人は早速ステージ上に置いたデッキを上から捲っていく。

 

 結果はこうだ──

 

 十代:✩7【エッジマン】+✩5【ネクロダークマン】=合計レベル12

 三沢:✩3【カーボネドン】+✩8【ウォーター・ドラゴン】=合計レベル11

 昴 :✩6【マインドオーガス】+✩6【ガストクラーケ】=合計レベル12

 

 ……またも昴と十代で並んでしまった。

 

 もうこの際じゃんけんにでもするかと悩んでいた所へ、電話を終えたらしい鮫島が戻ってくる。

 

 そして……

 

「たった今、連絡がありました。どうやらノース校の代表は2人だそうです。従って、こちらからも代表をもう1人選出することとなりました」

 

「って事は……」

 

 このドロー勝負で数値が並んだ十代と昴の2人が本校代表としてノース校との戦いに挑むこととなる。

 

「やったな昴!一緒に頑張ろうぜ!」

 

「あ、ああ……」

 

 戸惑う昴は思っていた。

 

 ──自分で言い出した方法とはいえ、こんな安易に2人目の代表を決めてしまっていいのだろうか──と。

 

 実はこのドロー勝負、これならばほぼ100%十代が持ち前の引きで勝つだろうと思い提案したのだ。だが蓋を開けてみれば何ということか、三沢を差し置いて昴がツートップになってしまったではないか。

 

「十代君、昴君。2人共、当日はよろしく頼みましたよ」

 

 だがここまで来てしまっては「嫌です」とも言えず……

 

「はい……」

 

 と答えるしかできない昴なのであった。

 




優秀過ぎるが故に空気にされた男、三沢大地ッ!デッデデー♪

はい。今回は代表決定戦をお送りしました。
昴を最初に負かすのは誰にしようか考えていたんですが、三沢にその役目を任せました。彼普通に強いですからね。

いやぁ、【封魔の呪印】は儀式(リチュア)の天敵ってはっきり分かんだね。
ワンサイドゲームにならないように書いてたんですが「あるぇ~?コレどーすんの?」と何度も頭を悩ませました……。

それと「十代戦カットしちゃうの?」と思った人もいるかもですが、今回書きたかったのはあくまでもVS三沢なので、ご了承頂きたく。つまりそういうことです。


さて私ぃ。まーた勢いで代表戦2対2とか馬鹿なことやったぞお前ぇ。震えて眠れぇ?

あと本作のUAが5万人突破したり、お気に入りが800超えたり、色々ありました。


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帰ってきたあの男

リチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイリチュアシンキコイ…………


 デュエルアカデミアノース校との戦いを翌日に控えたある日──教室の一角で、ウンウンと唸り声が渦を巻いていた。

 

「どうするかな……コイツを入れたらこっちは要らないし、逆にコイツを入れたらコイツは要らないし──」

 

「魔法罠の比率、少し見直した方がいいか……?いや、必要なのは新しい戦力か……えーっと、調整カード調整カード──」

 

 紆余曲折あって学園代表に選ばれた十代と昴は、ここ数日デッキ調整に明け暮れている。基本的にモンスター達を魔法罠でサポートして戦う十代は勿論、昴も三沢との戦いを教訓に新たな戦力の投入に踏み切るかどうかを悩んでいた。

 

 そしてそんな彼らの周囲では……

 

 

「──ねぇねぇアニキ、昴君。僕の【パワー・ボンド】入れてみない?」

 

「いやいや、ここは俺の【ウォーター・ドラゴン】だろう!炎属性相手には効果抜群だぞ!」

 

「昴、私の【エトワール・サイバー】なんてどうかしら?ダイレクトアタック時の威力も高いわよ!」

 

「【デス・コアラ】もおすすめなんダナ」

 

 

 と、外野たちが挙って自分たちのカードをデッキに投入するよう売り込みをしていた。

 当然入れるわけがないのだが、デッキを弄り始めてからずっと耳に入ってくる彼らの言葉に昴と十代のイライラも際限なく上昇している。

 

「あーもう、うるさい!お前ら邪魔すんなよ!」

 

「いや、何も邪魔をしているわけじゃ…ノース校との戦いは、学園の名誉を賭けた重要な戦いじゃないか。だから俺たちも一緒に闘おうと──」

 

「ああ…その気持ちはありがたいさ、気持ちはな?でもな三沢、一度冷静になって考えるんだ。お前らがやっている事の無意味さが分からないか?」

 

 普段常識人な三沢や明日香までもがこんな状態になってしまったことに、昴は内心で頭を抱える。

 

「……ったく、百歩譲って代表になったはいいとしても、何でこんな事になっちまったんだ」

 

「昴の言うとおりだ!大体、俺は学園なんかの為に戦うんじゃない!自分の為に楽しいデュエルがしたいんだ!」

 

「分かるぞ、デュエルは人の為にするものじゃない。自分の為にするものだもんな。──だが!俺の【ウォーター・ドラゴン】も入れてくれないか?ほら、昴なら同じ水属性で相性もバッチリじゃないか!」

 

「なら私は【ブレード・スケーター】も付けるわ!」

 

「アニキ!やっぱり【パワー・ボンド】だよ!」

 

「【デス・コアラ】──」

 

 再びやいやいと始まったカードの押し売りにしびれを切らした昴は、ガタッと音を立てて立ち上がる。

 

「……三沢、お前の【ウォーター・ドラゴン】、入れるなら当然【オキシゲドン】と【ハイドロゲドン】と【ボンディング】も入れなきゃいけないんだぞ。そんな枠が俺たちのデッキに余っていると思うか?」

 

「う……それは……」

 

「明日香、お前の【エトワール・サイバー】と【ブレード・スケーター】も、正直言って俺のデッキと噛み合わ無さ過ぎる。儀式素材が関の山だし、手札事故率が上がるだけだ」

 

「そ、そうね……」

 

「翔。俺達のデッキには機械族融合モンスターが入っていないのに【パワー・ボンド】なんざ入れてどうする?」

 

「うぅ……」

 

「隼人。【デス・コアラ】はこの中じゃ1番まともだが、適当に突っ込んでいい働きができるとは思えない」

 

「その通りなんダナ……」

 

 静かに4人を論破してみせた昴は、しょんぼりする明日香達を見て嘆息する。

 

「あのな、ただ強いカードをデッキに入れるだけじゃダメなんだぞ?シナジーを考えたり、それを活かす構築をしなきゃ事故の元だ。それはお前らだって分かってるだろうに」

 

「だが、俺達も何か力になりたいんだ!」

 

「じゃあとりあえず、ここから出て行け。集中させろ」

 

 ぴしゃりと言い放った昴は、再びデッキ調整に戻る。少し言葉が強すぎたかと思いつつも、今はとにかく目の前の事に集中することにした。

 

 

 

 

 

 数時間後──デッキの調整を終わらせ十代と別れた昴は、ブルー寮の自室で独りテストプレイをしていた。

 

「んー…ま、こんなところか。新しく入れたコイツも、俺のデッキなら腐ることもないだろ」

 

 何度か1人回しをしてデッキの動きに問題がないことを確認すると、広げていたカードを纏めて一息つく。

 明日の対抗戦、一体どんな相手と当たるのか皆目見当がつかないが、とりあえず勝ちを目指して戦うだけだ。勝てど負けれど、結果は神のみぞ知るといったところか。

 

「ふあ……ぁ……寝よ」

 

 大きな欠伸をした途端に眠気が押し寄せてきた。机の卓上灯を落とした昴は、目が冴えてしまわない内にベッドへと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──昴は島の西側にある港に立っていた。

 前方では学園の責任者である鮫島とクロノスが並び立っており、ジッと海を見つめている。後方に大勢の生徒達が控えている様は、さながら大きな合戦の幕開けを予感させた。

 実際この印象は間違っておらず、昴達アカデミア本校の面々は、対抗戦の相手であるノース校の出迎えに赴いているのだ。

 

「……で、あのドロップアウトボーイは一体どこで油を売ってるノーネ?」

 

「さあ…?翔が探しに行ったみたいですし、まぁその内来るでしょう」

 

「む……どうやら来たようですね」

 

 鮫島の声で海に視線を戻すが、そこには波打つ海面が広がるだけで、船らしきものは見えない。訝しむように眉をひそめた瞬間だった──

 

 突如海面が盛り上がり、中から黒い何かが浮上してくる。丸みを帯びたフォルムのそれは、中型の潜水艦だった。船頭にはぎらりとした眼が描かれており、恐らく【要塞クジラ】でもイメージしたのだろう。

 

「遥々ようこそ。市ノ瀬校長」

 

「暫しウチの悪童らが世話をかけます」

 

 開かれたハッチから現れたのは、ノース校の校長である市ノ瀬。鮫島とは旧知の仲らしく、互いに握手を交わしていた。

 何もせずずっと立ちっぱなしだった事もあり、昴が襲いかかってきた欠伸を噛み殺したところで、後ろから人混みを掻き分けて前に出てくる人影が……

 

「なぁなぁ!話はその辺でいいだろ?早く俺の相手紹介してよ!」

 

「十代…そう思うならせめてもう少し早く来い。流石に行儀悪いぞ」

 

「でもさぁ…早く対戦相手に会いたいじゃんか。昴は気になんないのか?」

 

「まぁ気にならないわけじゃないが……」

 

「──おお、君が遊城十代君か。話は聞いているよ」

 

「よろしく、オッサン!で、俺の相手は誰なんだよ!?」

 

 礼儀も遠慮もなく十代にオッサン呼ばわりされた市ノ瀬はガクッと肩を落とす。鮫島も流石に語調を強めて窘めたが、当の十代はお構いなしだ。デュエルバカ此処に極まれり。

 

 そんなイマイチ締まらない空気を切り裂くように、何者かの声が飛んできた。

 

 

「──貴様の相手は俺だ」

 

 

 どこか聞き覚えのある声。潜水艦のハッチへ目を向けた先には、数人のノース校生徒を従えた男──万丈目の姿があった。

 

「ま…万丈目!万丈目じゃんか!」

 

「万丈目"さん"だ」

 

 今や懐かしく感じるこのやり取り…間違いなく万丈目だ。思いもよらぬ彼の登場に、昴も驚きを隠せない。

 

「まさか、俺の対戦相手って万丈目か!?」

 

「万丈目"さん"だっ!」

 

「てめぇ、さっきからサンダーさんのことを呼び捨てにしくさって!いっちょシメてやろうか!」

 

 万丈目の新たな取り巻き──というより子分や舎弟という方がしっくりくるか──が十代にガンを飛ばすが、万丈目本人によって制止される。

 

「意外な巡り合わせ…ってこともないか。まあいい──それで、俺の相手は誰だ?見た感じあんたがNo.2っぽいが」

 

 ノース校の生徒全員を打ち負かして代表の座を勝ち取ったというなら、恐らく万丈目の近くにいる連中は全員上級生と思っていいだろう。名実共にノース校最強である万丈目が十代と戦うのなら、昴の相手はその次点っぽそうな大柄な生徒──先ほど十代にガンを飛ばしていた男と考えるのが自然だが……

 

 

「……何だと?どういうことだ」

 

 

 万丈目から返ってきたのは、疑問形だった。

 一体どう言うことなのか。そもそも昴が代表になった経緯が、ノース校側が代表を2人選出したからだ。であれば、万丈目がそのことを把握していないはずはない。

 

 お互いに戸惑いを隠せない中、唯一事情を知っていたらしい市ノ瀬が口を開こうとした瞬間だった──

 

「──うわ……っ!?なんだ急に!?」

 

 突然、港周辺を強風が吹き荒れる。同時に、バタバタバタという喧しい音が十代達の耳を叩いた。何事かと上空を見上げると、港に設置されたヘリポート上に2機のヘリが滞空してるのが見える。

 

 外観こそ見慣れた一般的なヘリコプターだが、機体の腹にはでかでかと「万」の字が。

 

「アレは……万丈目グループのマーク!」

 

「え、だs……万丈目ってことは、つまりそういうことか?」

 

 ……あのマークを見て一瞬「ダサい」と思ってしまったのは、昴だけの秘密だ。

 

 着陸したヘリから降りてきたのは、万丈目長作(ちょうさく)と万丈目正司(しょうじ)──いずれも万丈目の兄だ。

 

「久しぶりだな準。元気にやっているのか?」

 

「何しに来たんだ兄さん達!」

 

「お前の勝利を祝福しに来たのさ。手土産も持ってきてやったぞ!」

 

「手土産だと……?」

 

 その答えを示すように万丈目兄弟に続いてヘリから降りてきたのは、学ラン風の服に身を包んだ大柄な男だった。その姿はさながら喧嘩番長を彷彿とさせる。

 

「あの男…確か重村武蔵(しげむら むさし)。短期間だがプロリーグに出場経験もある、元プロデュエリストだ」

 

 三沢が言うには、自己流デュエルを貫き過ぎたせいでスポンサーとの契約を打ち切られ、そのまま引退に追いやられてしまった過去を持つらしい。

 

 愕然とする万丈目に、市ノ瀬が小声で耳打ちする。

 

「…すまない万丈目君、もっと早く伝えておくべきだった。君が我が校の頂点に君臨して間もなく、どこからか情報を掴んだらしい君のお兄さん達が、あの男を代表にするよう無理を押し通して来てね。私も説得を試みたんだが、代表を君と合わせて2人にするのが精一杯だった」

 

「お前の勝利を確たるものにする為に態々雇ってやった実力者だ!わかっているな準!?必ずこの戦いに勝利し、万丈目グループの名を天下に知らしめるのだ!」

 

 そう言い放った万丈目兄達の正面には、リフトに乗ってカメラを構える撮影スタッフの姿が。気が付けば、港には中継車をはじめとする諸々の撮影機材を乗せた車や人でごった返していた。

 どうやら、これも万丈目兄達の差金らしい。万丈目が勝利する光景を全国ネットで生中継することで、万丈目グループの名をアピールしようとしているのだ。

 

「……なんか、いつの間にかとんでもない事になってきたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう、どうすんだよ!テレビ中継するなら先に言っといてくれなきゃ困るぜ!はっ、そうだ!寝癖とか直してこねーと!」

 

 控え室でギャーギャーと慌てふためく十代は、整髪スプレーとブラシを持ってトイレにダッシュしていく。そんな彼を見て呆れ混じりのため息を漏らした昴もまた、試合前のトイレを済ませておこうと控え室を出た。

 

 最寄りのトイレを目指して廊下を歩いていると、トイレの入口で立ち止まった十代が目に入る。

 

「どうした?まさか全部使用中とかじゃ──っと……?」

 

 話しかけた瞬間、十代に静かにするよう指を立てられる。行動の意図を測りかねた昴だったが、それもすぐに分かった。

 

「くぅっ…勝て!勝て、勝て、勝てぇっ!…あの男を呼んだ時点で、兄さん達が端から俺に期待などしていないのは分かっている!だがっ……それでも俺は!兄弟の落ちこぼれなんかじゃない!勝ってそれを証明するんだ!俺は…勝たなきゃならないんだっ!」

 

 兄達から都合よく向けられるプレッシャーと戦いながら、無人のトイレで独り嘆いていた万丈目。十代はそこに鉢合わせたのだろう。

 

「……別のとこ行くぞ十代」

 

「……ああ」

 

 万丈目に気づかれないよう足音を殺してトイレを離れた昴は、十代と別れて別のトイレに向かう。時間を見て足を速めた昴は、程なくして無事にトイレに到着したのだが……

 

 

「…………」

 

「(……き、気まずい……!)」

 

 

 その中で、今度はあの元プロデュエリスト──重村と鉢合わせてしまった。今は沈黙の中、便器数個分の距離を空けて用を足している。

 

 特に何をしたわけでもないのだが、服装と外見がマッチしすぎて近くにいるだけで威圧感がすごい。

 とっとと控え室に戻ろうと、用を済ませた昴が手を洗っていると……

 

「……今回のデュエル。よろしく頼む」

 

「えっ…!?あ、ああ…こちらこそ」

 

 いつの間にか自分の横で同じく手を洗っていた重村から渋い声で短く発せられた言葉は、思いの他友好的なものだった。人を見た目で判断してはいけないとよく言うが、その通りかもしれないと反省した昴は、試合前の交流を図る。

 

「あー…重村、さん?は、どうして今回のデュエル、引き受けたんですか?」

 

「深い意味はない。俺はただ雇われただけだ。報酬として、勝てば俺をプロモートすると言うのでな」

 

「あー、そういうことですか……」

 

 邪な理由、とは言うまい。詳しいことは知らないが、一度は立ったプロの舞台に復帰したいと思うのはおかしいことではないのだから。

 

「えー……と、知り合いから聞きました。色々あったみたいですけど、これまでは何を?」

 

「……故郷の町で、子供達にデュエルを教えていた」

 

 その見た目で!?と思いこそすれ、口と表情には出さなかった昴を誰か褒めて欲しい。

 

「……今回の戦い、手加減など不要だ」

 

「は……?」

 

「どのような事情があろうと、デュエルは真剣勝負が常。俺は貴様を全力で倒しにかかる」

 

 その一言で、空気が張り詰めるのを感じた。

 

「…分かりました。なら俺も、あなたを倒すことでそれに応えます」

 

「……言うまでもないことだったな。失礼する」

 

 カラカラと下駄を鳴らして自分の控え室へ戻っていった重村。1人になった昴は、今しがた用を足したばかりだというのにもう一度催す錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ訪れた、試合開始時刻。前哨戦として最初に行われるのは、昴VS重村のデュエルだ。

 

 見慣れたデュエルフィールドの周囲には中継カメラがスタンバイしており、この戦いが始まる瞬間を今か今かと待ちかねている。

 

 ──時は来た。

 

 

「「それでは!これよりデュエルアカデミア本校・ノース校の対抗試合を始める!!」」

 

 

 客席に並ぶ両校の校長の号令によって幕を開けた対抗戦。進行を務めるクロノスによって、決闘者の紹介が行われる。

 

『まず紹介するノーハ、本校期待の新星!オベリスクブルーの加賀美昴!』

 

 昴の名が呼ばれた瞬間、本校側の客席から激励の声が投げかけられる。

 

 

「昴君がんばれー!」

 

「気張レー!」

 

「頑張れよ昴!」

 

 試合開始ギリギリまで十代と共にフィールドの外で応援する翔と隼人。そして客席の中段では、明日香、雪乃、亮、三沢の4人が固唾を飲んで見守っていた。

 

 

『その相手を務めるノーハ、なんと元プロ決闘者!重村武蔵!』

 

 

 またも歓声が沸き起こるが、昴の時と比べると些か熱量に欠ける。本来なら行われるはずのなかった戦いである上に、片方はデュエルアカデミアの学生ですらないのだから、当然といえば当然ではあるのだが。

 

『尚、この戦いは2対2なノーデ、勝敗が並んだ場合、双方で白星を上げた決闘者同士で最終戦を行うノーネ!』

 

 クロノスの説明が終わると、昴と重村はデュエルディスクを起動する。

 

「……先程、1つ言い忘れていた。俺に敬語は不要だ。決闘者たる者、デュエルフィールドでは対等なのだからな」

 

「……ならお言葉に甘えさせてもらう。行くぞ、重村武蔵──!」

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 重村:LP4000 手札×5

 

 

 デュエルディスクが判定した結果、先攻を取ったのは重村だった。

 

「俺のターン、ドロー!俺は【超重武者ワカ-O2(オニ)】を召喚!」

 

 姿を現したのは、青い金属質の装甲に身を包んだ機械武者。特徴的な両腕は江戸時代の傘を模した巨大なガントレットで固めている。

 

 

【超重武者ワカ-O2】

 ☆4 機械族 ATK0 DEF2000

 

 

 

「攻撃力0のモンスターを攻撃表示で召喚するなんて…あの人、ホントに元プロなんスか?」

 

「実力は確かだったはずだ。プロとしての活動期間が短かったから、俺も正確には覚えていないんだが……」

 

「一度でもプロの道を歩んだ決闘者だ。意味の無いことはしないだろう」

 

「ええ。思い出してみて翔君、昴だって攻撃力0のモンスターを使っていたでしょう?」

 

 亮と明日香の言葉を受け、翔は昴のこれまでのデュエルを思い返してみる。だが、2人の言わんとしてることは理解できていないようだ。見かねた雪乃が、翔に代わって答える。

 

「──つまり、攻撃力が低いモンスターは往々にして特殊効果を持っている傾向が多いということよ」

 

 

 

「──【ワカ-O2】の効果発動。召喚成功時、守備表示となる。更にコイツは戦闘では破壊されない。俺はこれでターンエンドだ」

 

 雪乃の言った通り【ワカ-O2】を始めとする【超重武者】達は、その大部分が召喚後に表示形式を変更する効果を持っている。

 この場合、守備力2000の戦闘破壊耐性というだけでも中々に厄介なのだが、これは【超重武者】本来の力ではない。そのことを昴は理解していた。

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 重村:LP4000 手札×5

【超重武者ワカ-O2】

 

 

「まさかここで【超重武者】と戦うことになるとはな……俺のターン!」

 

 重村の使用する【超重武者】相手に長期戦は愚策。できる限り早く決着をつける必要がある。

 

「手札から【リチュア・アビス】を召喚!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ☆2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「召喚成功時、デッキから守備力1000以下の【リチュア】を手札に加える。そして今手札に加えた【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、デッキから【リチュア】の儀式魔法を手札に!」

 

 続けて【ヴィジョン・リチュア】の効果でデッキから【ガストクラーケ】をサーチしたことで、儀式召喚の準備は整った。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札にいる同じ【ガストクラーケ】を素材に、儀式召喚──【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ☆6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

 水飛沫と共に姿を現した異形の少女は手にした杖を掲げ、先端の儀水鏡から怪しげな光を重村の手札に照射する。

 

「【ガストクラーケ】の効果発動──ガスト・スキャニング」

 

 重村の5枚ある手札の内、両端の2枚が昴にも見えるように透過される。暴かれた重村の手札は【超重武者装留ダブル・ホーン】と【超重武者テンB-N】。昴は【ダブル・ホーン】をデッキに戻した。

 

「墓地の【リチュアの儀水鏡】をデッキに戻し、その効果で墓地から素材となった【ガストクラーケ】を手札に戻す。カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

【リチュア・アビス】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 伏せ×2

 VS

 重村:LP4000 手札×4

【超重武者ワカ-O2】

 

 

「手札破壊か…なるほど、急遽とはいえ学園代表の座を掴んだだけのことはあるようだ。俺のターン!【超重武者ダイ-(ハチ)】を召喚!」

 

 

【超重武者ダイ-8】

 ☆4 機械族 ATK1200 DEF1800

 

 

 大量の荷物を載せた荷車を引き、小型の機械武者が現れた。外見は強そうに見えないが、その実非常に優秀な効果を持っている。

 

「【ダイ-8】は自身の効果で守備表示となる。──バトルだ。【超重武者ダイ-8】で【リチュア・アビス】を攻撃!【ダイ-8】が守備表示で攻撃する場合、守備力をそのまま攻撃力として扱う!」

 

 

 

「──ええぇっ!?守備表示のまま攻撃なんてできるのぉっ!?」

 

「十代の【ランパートガンナー】も似た効果を持っているが、重村のモンスターは召喚に掛かる手間が殆どない。まさか、あんなモンスターが存在していたとは……」

 

 客席でデュエルを見守る翔達は驚きが隠せない。「モンスターは攻撃表示でなければ攻撃できない」というルールを破ってきたのだから、無理もないだろう。

 これこそが【超重武者】の強みの一つである、高い守備力を生かした攻防一体の戦術だ。

 

 

 

【リチュア・アビス】は疾走する荷車に轢き潰され、1000のダメージが昴を襲う。

 

 

 昴:LP4000→3000

 

 

「メインフェイズ2、【ダイ-8】の更なる効果を発動!自身を攻撃表示に変更することで、デッキから【超重武者装留】を手札に加える。俺が引き込むのは【超重武者装留イワトオシ】だ」

 

「っ……面倒なのが入ったな」

 

【超重武者】は、特殊な効果発動条件を持つが故に全てモンスターで構成される稀有な一団だ。魔法罠に代わって、多彩な誘発効果を持つモンスターや、ユニオンのように装備カードとしても利用できる【超重武者装留】を有している。

 今重村がサーチした【イワトオシ】は、装備した【超重武者】に貫通効果を与える他、場から墓地に送られるとデッキ内の【超重武者】をなんでも持ってこれるという超広範囲サーチカードなのだ。

 

「そして俺は、手札の【イワトオシ】を【ダイ-8】に装備!ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP3000 手札×2

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 伏せ×2

 VS

 重村:LP4000 手札×4

【超重武者ワカ-O2】

【超重武者ダイ-8】+【超重武者装留イワトオシ】

 

 

「俺のターン、魔法カード【サルベージ】!墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を回収し、効果発動!デッキから【リチュアの儀水鏡】と【ソウルオーガ】を手札に加える。更に罠発動【儀水鏡の瞑想術】──手札の儀式魔法を公開し、墓地から2体の【リチュア】を回収。もう一度【ヴィジョン・リチュア】の効果で、デッキから【リヴァイアニマ】を手札に加える」

 

 初見ならまず目を剥くであろう【リチュア】デッキの高速回転を見ても、重村は動じない。丸太のような両足で床を踏みしめ、堂々と仁王立ちしている。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【リヴァイアニマ】を墓地に送り、儀式召喚──【イビリチュア・ソウルオーガ】!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ☆8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

 現時点の昴のデッキでは最大の攻撃力を誇る【ソウルオーガ】の登場で、アカデミア本校側の応援組から歓声が上がる。

 

「墓地の【儀水鏡】の効果で【リヴァイアニマ】を回収し、【ソウルオーガ】の効果発動!【リヴァイアニマ】を墓地に送って、【ワカ-O2】をデッキに戻す──ハウリング・ソウル!」

 

 青武者が海竜の咆哮によってデッキに追いやられ、残るは弩弓を携えた荷車引きのみが残される。

 

「バトル…っ【ソウルオーガ】で【ダイ-8】を攻撃──リチュアル・ブラスト!」

 

 

 重村:LP4000→2400

 

 

 打ち放たれた儀水鏡のエネルギー弾は、機械仕掛けの荷車を跡形もなく破壊する。モンスターを撃破し、戦闘ダメージも与えたに関わらず、昴の表情に勝ち誇ったような笑みは見られない。

 

「…自分の墓地に魔法・罠が存在しない状態で戦闘ダメージを受けた時、手札の【超重武者ココロガマ-A】の効果発動!守備表示で特殊召喚し、このターン【ココロガマ-A】は破壊されない」

 

 

【超重武者ココロガマ-A】

 ☆3 機械族 ATK100 DEF2100

 

 

「更に、装備されていた【イワトオシ】が墓地に送られたことで効果発動。デッキから【超重武者】を手札に加える!」

 

「……ターンエンド」

 

 

 昴 :LP3000 手札×3

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 伏せ×1

 VS

 重村:LP2400 手札×4

【超重武者ココロガマ-A】

 

 

「俺のターン、ドロー!……加賀美昴、貴様は確かに腕のある決闘者だ。このような場ではあるが、貴様と戦えたことを誇りに思う──行くぞ!手札の【超重武者装留チュウサイ】を【ココロガマ-A】に装備!」

 

「【チュウサイ】……来るかっ!」

 

「【チュウサイ】の効果発動!装備モンスターをリリースし、デッキから【超重武者】を1体特殊召喚する!──我が戦いに刃は不要(いらず)!最強の盾こそ最強の矛也!【超重武者ビッグ・ベン-K】!!」

 

 

 重村が呼び出したのは、太い手足と巨大な体躯を持つ機械仕掛けの僧兵。刺股を携えてこそいるが、重村はこれを守備表示で召喚した為、その先端は昴達に向けられていない。

 

 

【超重武者ビッグ・ベン-K】

 ☆8 機械族 ATK1000 DEF3500

 

 

「バトルっ!【ビッグ・ベン-K】で【イビリチュア・ソウルオーガ】を攻撃!」

 

「やはり狙いはこっちか!」

 

「まだだ!その身に刻むがいい、貴様に手向ける一撃の重さを!──ダメージステップに、手札から【超重武者装留バスター・ガントレット】の効果を発動!自分の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、戦闘を行う【超重武者】の守備力を2倍にする!」

 

守備力(攻撃力)7000……っ!」

 

 僧兵の左腕に無骨な籠手が装着され、一層巨大となった拳が大地を打つ。豪腕から繰り出される一撃は地を割り、その衝撃が【ソウルオーガ】に襲いかかった。この攻撃を通せば、昴のライフが例え全快であったとしても一撃で消し飛んでしまう。

 

 だが昴とて、当然それを許すはずもない。

 

「罠発動──【ガード・ブロック】!戦闘ダメージを0にして、1枚ドローだ」

 

「だがモンスターは破壊させてもらうぞ!」

 

 致命の一撃を退けることには成功したが、【ビッグ・ベン-K】に対処する力を持っていた【ソウルオーガ】が破壊されてしまった。【バスター・ガントレット】による強化はこのターンで終了するが、残された【ガストクラーケ】では素の状態の【ビッグ・ベン-K】にも及ばない。

 

「メインフェイズ2。手札から【超重武者装留グレート・ウォール】を【ビッグ・ベン-K】に装備する」

 

 これにより【ビッグ・ベン-K】の守備力が常時1200上昇。守りをより磐石にした重村は、ターン終了を宣言した。

 

 

 昴 :LP3000 手札×4

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

 重村:LP2400 手札×2

【超重武者ビッグ・ベン-K】+【超重武者装留グレート・ウォール】

 

 

「俺のターン!…っ、これは──」

 

 この局面で昴が引き当てたのは、この対抗戦に備えて新しく投入したカードだった。そしてこれこそ、この局面を打開する力を秘めた1枚──

 

「──【リチュア・ビースト】を召喚!召喚時の効果で、墓地の【リチュア・アビス】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ☆4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

「そして復活した【アビス】の効果で、デッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に。更に手札の【シャドウ】と【ヴィジョン】を墓地に送って効果発動。デッキから【マインドオーガス】と【リチュアの儀水鏡】を手札に加える」

 

 このターンで決めに行くにはまだ足りないカードが1枚だけある。そのカードを引き入れる為、昴は相棒を召喚する。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!──場の【ガストクラーケ】を素材に儀式召喚!──【イビリチュア・マインドオーガス】!」

 

 

【イビリチュア・マインドオーガス】

 ☆6 水族 儀式 ATK2500 DEF2000

 

 

 万を辞して登場した昴のエースモンスター。その力で、昴と重村の墓地に存在するカード達を人魂のように浮かび上がらせる。

 

「【マインドオーガス】の召喚時効果。あんたの墓地に存在する5枚のカード全てをデッキに戻してもらう!──マインド・リサイクル!」

 

 重村の墓地に眠っていた【ダイ-8】、【イワトオシ】、【ココロガマ-A】、【チュウサイ】、【バスター・ガントレット】がデッキに還される。

 

「更に墓地の【儀水鏡】をデッキに戻し、墓地の【リヴァイアニマ】を回収。これをコストに【トレード・イン】を発動!デッキから2枚──ドローするっ!」

 

 このドローで全てが決まる。昴の右手にある2枚のカードは──

 

「……来た!俺は魔法カード【カード・アドバンス】を発動!デッキトップ5枚を確認し、好きな順番で戻す」

 

「何をしようと、貴様のモンスターでは【ビッグ・ベン-K】の守備力を超えられん!残った手札も僅か2枚では、さっきの様な搦手も使えまい」

 

 今の【ビッグ・ベン-K】は【グレート・ウォール】の強化もあり、守備力4700。昴のデッキにその守備力を上回るモンスターは存在しない。

 

「今更搦手なんか使わないさ。正々堂々、正面から押し通らせてもらう!【カード・アドバンス】にはもう1つ効果がある。このターン、俺は通常召喚に加えて、1度だけアドバンス召喚を行える!──俺は、場の【マインドオーガス】、【リチュア・アビス】、【リチュア・ビースト】の3体をリリース──!」

 

 水の力を宿す3体のモンスターが上空で混じり合い、鮮やかな蒼い光球を作り出す。

 

 

「蒼の光芒と共に来たれ、冷然たる水星の使徒──!」

 

 

 音もなく胎動する光球は表面に亀裂を走らせ、内部から眩い光を溢れさせる。

 

 

「アドバンス召喚──【The tripping MERCURY(ザ・トリッピング・マーキュリー)】!!」

 

 

 光球を内側から割り砕き現れたのは、二振りの剣を携えた水星からの使徒。マントに覆われた体は女性的なラインを描いており、口元の笑みから見て取れる妖艶さの中にも気品のようなものが感じられる。

 

 

The tripping MERCURY(ザ・トリッピング・マーキュリー)

 ☆8 水族 ATK2000 DEF2000

 

 

「レベル8にも関わらず3体のリリース…面白い。ならば見せてもらおう、そのモンスターの力とやらを!」

 

「【MERCURY】の効果発動!アドバンス召喚成功時、相手モンスター全てを攻撃表示へと変更する!」

 

「なにっ!?」

 

「同時に2つ目の効果!モンスター3体のリリースでアドバンス召喚された【MERCURY】が存在する限り、相手モンスターの攻撃力は元々の数値分ダウンする!──Atmospheric Disseverance(アトモスフェリク ディサフェランス)

 

 ここまで不動の守りを貫いてきた【超重武者】が立ち上がり、攻撃態勢を取る。機械仕掛けの武者達はその性質上守備力に秀でている反面、攻撃力は総じて低い。いくら強固な守備力を持っていようと、表示形式を変更されてしまってはそれを発揮することもできない。

 

 挙句の果てには攻撃力すら0となり、無防備を晒してしまう。

 

 

「バトルだ!【tripping MERCURY】で【ビッグ・ベン-K】を攻撃!──Temperature Change(テンパラチャーチェインジ)!」

 

 

「させん!【超重武者装留グレート・ウォール】の効果!装備モンスターが攻撃対象となった時、装備状態のこのカードを墓地に送ることで、その攻撃を無効にする!」

 

【ビッグ・ベン-K】の左腕に装備された大盾が、背面のブースターの推進力を利用して打ち出される。凄まじい勢いで飛来した大盾を水星の使徒は豆腐のように斬り裂くが、その刃は本命には届かない。

 

「これで貴様の攻撃は終了だ。次のターン、【ビッグ・ベン-K】が再び守備表示になった瞬間、貴様の敗北は決する!」

 

【MERCURY】の効果は召喚時のみで、相手を攻撃表示のまま固定しておくことはできない。素の打点で劣っている以上、次の重村のターンで再び守備表示に戻されてしまえば、一転して昴が追い詰められてしまう。

 

 ……だが、昴はそこも織り込み済みだ。

 

「【tripping MERCURY】の更なる効果!一度のバトルフェイズ中に、2回攻撃できる!」

 

「っ…しかし!俺のライフは400残る!」

 

「ダメージステップに手札の【水精鱗-ネレイアビス】を墓地に送り、効果発動!手札の【リチュア・エリアル】を破壊し、その攻守を【MERCURY】に加算する!」

 

 ふわりと重力を感じさせずに着地した【MERCURY】は、間髪入れずに再び【ビッグ・ベン-K】に向かっていく。もう攻撃を防ぐ盾は持っておらず、攻撃力も0。正真正銘、丸裸も同然だ。

 

「これで最後だ、行け!【MERCURY】──!」

 

 振り下ろされた双剣の片割れを、【ビッグ・ベン-K】は刺叉で弾き飛ばす。返しの反撃を繰り出すも、上空に跳んで軽々とそれを回避した【MERCURY】は、逆手に持ち替えた剣を突き下ろす。

 

 手札誘発によって上昇した攻撃力は3000──青白く光る刀身は僧兵の胸を深々と貫き、その躯体を爆散させた。

 

「ぐ……ぬうぅ……っ!!」

 

 

 重村:LP2400→0

 

 

 爆発の衝撃が収まった後にはモンスターたちの姿は無く、無言で向かい合う昴と重村の姿だけがあった。

 

「……見事。このデュエル、貴様の勝利だ」

 

 重村のこの一言を皮切りに、客席から歓声が湧き上がる。

 

 これでアカデミア本校側の1勝。次の十代が万丈目に勝利すれば、ストレート勝ちとなる。逆に万丈目が雪辱を晴らすことに成功した場合、昴は万丈目と戦う事になるのだが……

 

 

 

 

「──いけぇ、【フレイム・ウィングマン】!【アームド・ドラゴン Lv7】を攻撃!──フレイム・シュート!」

 

 放たれた爆炎が、万丈目のモンスター──十代の罠カードによって攻撃力を下げられた【アームド・ドラゴン Lv7】を焼き尽くす。

 500の戦闘ダメージに加え、【フレイム・ウィングマン】の効果による1600のダメージが万丈目に襲いかかった。

 

「ぐあああああああぁぁぁ───っ!」

 

 

 十代 :LP300 手札×0

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

 VS

 万丈目:LP1600→0

 

 

「ガッチャ!」

 

「やったな。これで2勝…俺達の勝ちだ」

 

 勝利のハイタッチを交わした十代と昴の元へ、重村がやってくる。

 

「加賀美昴。改めて、いいデュエルだった。見事な勝利だ」

 

「あんたこそ。ライフでは勝っちゃいたが、【超重武者】の前じゃいつ削り取られてもおかしくなかったさ」

 

 差し出されたゴツイ手を握り返し、しっかりと握手を交わす。

 

「あんたとはまたいつか戦いたいもんだ」

 

「いや。恐らくもう会うことはないだろう」

 

「…どういうことだ?」

 

「俺はこれまでずっと、プロ決闘者に対する未練を捨てきれずにいた。今回この場に来たのも、その踏ん切りを付ける為だった」

 

 勝てばもう一度プロとしての道を歩み始めることができ、負けたとしてもそれはそれでいい幕引きになる。

 お互いに全力で戦った末の結果であるなら、重村としてはどちらに転んでも受け入れるつもりでいたのだ。

 

「これからは、本格的に子供達にデュエルを教えようと思う。俺のような出来損ないのプロでも、未来を担う若者達に伝えられることがあるはずだ」

 

「そうか……正直残念ではあるが、あんた自身がそう決めたなら無理には止めない」

 

 そう言って手を離した瞬間だった──

 

「──準!貴様何をやっているんだ!自分が何をしてるか、分かっているのか!」

 

「万丈目の名に泥を塗りおって!」

 

 そんな罵詈雑言を万丈目にぶつけているのは、彼の兄達だった。その足元では、悔しげに歯を食い縛る万丈目の姿が。

 

「すまない…兄さん達……っ」

 

「俺たちが渡したカードはどうした!?何故使わなかった!?あの大量のレアカードを使っていれば、もっと強いデッキが作れたはずだ!」

 

「俺は…自分のデッキで勝ちたかったんだ……!」

 

 怒りのゲージが振り切れたのか、次男・正司は万丈目の胸ぐらを掴み上げる。

 

「こっ…の馬鹿弟がァ!!そんなくだらん理由で俺達に恥をかかせたのかっ!」

 

「だからお前はいつまで経っても落ちこぼれなんだ!一族の恥曝しめ!」

 

「──その辺にしておけ。実の弟相手にそこまで言うこともあるまい」

 

 万丈目兄達を制止したのは、意外なことに重村だった。

 

「負けた貴様が口を挟むな!元とはいえ腕のあるプロだと聞いたから貴様に声をかけてやったんだぞ!だというのにあのザマだ!」

 

「大体、何なのだあの巫山戯たデッキは!我々とてデュエルのルールくらい理解している。そして貴様のデッキがデュエルに於いて必須である魔法・罠カードの入っていない欠陥デッキだということもな!」

 

 あくまで兄弟の問題だからとここまで不干渉を貫いてきた昴だったが、長男・長作のこの言葉を聞いて、流石に我慢が限界に達する。

 

「おいあんた達、いい加減に──!」

 

「──万丈目長作。今の言葉、訂正を願おう」

 

 食ってかかろうとした昴を制止したのは、またも重村だった。声音こそ落ち着いたままだが、その内側には確かな怒気が見て取れる。

 

「訂正だと?事実ではないか!準だけでなく、貴様にもレアカードを渡してあったはずだ。なのに貴様もくだらんプライドでそれを使わなかった!あんな欠陥デッキでは勝てる戦いも勝てないはずだ!あのような学生程度、我らのカードを使っていれば造作もなく──」

 

 

「──黙れッ!!」

 

 

 言葉を遮って放たれた重村の怒号に、あたりはシンと静まり返る。

 

「俺自身の事は何とでも言うがいい。俺のデッキに対する悪態も、負けた手前飲み込んでやろう。だが!俺と戦い、勝利した彼を侮辱するような物言いは断じて許さんっ!!」

 

 先程昴と話していた時とは大違いの剣幕に、さしもの長作もたじろぐ。

 

「大体、レアカードを使えば勝てるなど笑止千万!デュエルはそのような浅いものではない!決闘者のデッキは、自分の手で組み上げた戦略と信念の結晶であり、己が魂も同然!その在り方をも否定する事は、例え実の兄弟といえどあってはならん事だ!」

 

「そのオッサンの言うとおりだぜ!万丈目…サンダーは、持てる力の全てを出して戦った!どうしてそんな風に扱えるんだ!」

 

「我々は過程になど興味はない。結果を問題にしているのだ!」

 

「そうだ!我々兄弟にとって結果こそが全て!勝利こそ全てなのだ!大体、たかが一学園の一デュエルの為に、どれだけの金をつぎ込んだと思っている!?」

 

「それでも!…それでも、サンダーはアンタ達には勝った!アンタたちが向けてくる下らないプレッシャーと戦った!アンタ達の手は借りずに、最後まで自分自身の手で戦い抜いたんだ!」

 

 

「──止せ、十代……これ以上、俺を惨めにしないでくれ」

 

 

 俯いたまま十代を制止した万丈目は、口元を歪めながら続ける。

 

「兄さん達…帰ってくれ……っ!」

 

 搾り出すように発せられたこの一言は、大きさに反して会場内の全員に伝わったらしく──

 

 

 ──「そうだー!」──

 

 ──「帰れー!」──

 

 ──「万丈目サンダー!よくやったぞー!」──

 

 ──「さすがサンダーだー!」──

 

 

 ──万丈目サンダアアアアアアアアアアアァァァ!!!──

 

 

 止まないサンダーコールに居心地を悪くした万丈目兄弟は「見損なったぞ」という捨て台詞を残して去っていく。万丈目がその背中を見送ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ノース校に帰らない?」

 

「ああ。俺はまだやり残したことがあるからな──そういうことだ校長、また世話になる」

 

 場所は港へと移り、ノース校のメンバー達が潜水艦に乗り込んだ所。残すは市ノ瀬と万丈目だけだったのだが、万丈目はこれを拒否。再びデュエルアカデミア本校に身を置くことに。鮫島もこれを快諾した。

 

「……重村(アンタ)も、兄さん達の勝手に巻き込んですまなかった」

 

「気にするな。俺の方こそ、助けになれずすまなかった」

 

「それこそ気にするな。元々アンタにそんな義理はないからな」

 

 最後に「頑張れ」という一言を残し、重村は故郷行きの船に乗って島を出て行った。

 

 その様子を少し離れた場所で見ていた昴の元へ、亮、明日香、雪乃の3人がやってくる。

 

「お疲れ様。昴」

 

「いいデュエルだった」

 

「お前ら──って、何で雪乃は不機嫌なんだ?」

 

 普段通りな亮と明日香とは逆に、雪乃はさっきから腕を組んで目を伏せたままだ。ムスっとした表情からは、いつものようなイタズラっぽい笑みの欠片も見られない。

 

「実は雪乃、自分が代表戦に出られなかったのが悔しいんですって」

 

「悔しいとは言ってないわ。ただ、百歩譲って対抗戦には出られないにしても、代表選抜デュエルにすら出られなかったのが納得いかないだけよ」

 

「仕方ないじゃない。レッスンとか、色々重なっちゃってたんでしょ?」

 

 雪乃は決闘者であると同時に、人気俳優を両親に持つ女優の卵だ。将来は女優としての活躍も期待されている彼女は、定期的にオンラインで演技やポージングのレッスンを受けており、そのことは学園側も把握している。

 何かとスケジュール調整の難しい芸能界に配慮し、特例で進級・卒業に必要な出席日数が多少免除されていたりするのだが……レッスン続きで雪乃に疲れが溜まっているのを、ブルー女子の寮長である保険医・鮎川は見逃さなかったのだろう。彼女の体調優先で、代表に推薦するのを反対したらしい。

 

「完璧に隠していたはずなのに、まさか鮎川先生に見破られるとは思ってなかったわ……」

 

「気持ちは察するが、無理して出るようなもんでもなかったろ。コレ──っと!?」

 

「分かってないわね昴。今日、あの会場にはテレビカメラが来てたのよ。つまり、私があの舞台に立っていれば、未来の女優決闘者として世間から注目を浴びることができたの。芸能界において、知名度が大きな影響力を持つことくらいわかるでしょう?」

 

 ズイと至近距離まで肉薄してきた雪乃は、余程悔しかったのかいつもと比べて饒舌になっている。

 

「あー、そういうことか……言ってくれりゃ全然代わったんだが」

 

「それはダメよ。あの場に立ちたかったのは事実だけど、その権利を譲り受けるのは私の主義に反するわ。私は──」

 

「──"欲しいものは実力で勝ち取る"…だろ。段々お前の考えることが分かってきたぞ」

 

 彼女の思考を先読みすることで普段の意趣返しでもしてやろうかと思った昴だったが……

 

「っ……!そっ、その程度で私の心を見通した気になられては困るわ。…でも、いい傾向よ。精進なさい」

 

 そう言ってそっぽを向く雪乃だが、突然の反撃に照れが隠せていない。

 いつも昴を振り回す妖艶でイタズラ好きな彼女とは打って変わり、年相応の可愛らしい一面を垣間見た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──尚、この対抗戦を制した学校には褒美が与えられるらしいのだが、その褒美は勝った学校の校長がトメさんから頬にキスをしてもらえる。という、なんともガッカリなものだった。

 昴も十代も、こんなものの為に戦わされたのかと肩を落としたのは想像に難くない。

 

 そして……

 

「あー、そうそう。万丈目君は3ヵ月間授業に出ていないので、出席日数と単位、その他諸々の不足でオベリスク・ブルーでは進級できないのにゃ」

 

「な、何だとぉ……っ!?」

 

「進級したければ、出席日数の関係ないオシリス・レッドに入るしかないのにゃ」

 

「こ、この俺がっ…オシリス・レッドに……!?」

 

「よーっし!それじゃ、万丈目の入寮を祝して───!」

 

「おい、勝手に決めるな──!」

 

 

『一!』

 

『十!』

 

『百!』

 

『千!』

 

万丈目サンダー!

 

 

 ──万丈目サンダアアアアアァァ!──

 

 万丈目の帰還を喜ぶ生徒達の中、しゃがみこんで頭を抱える万丈目本人は、

 

 

「クッソーーーーーっ!」

 

 

 と、その思いを夕焼けの空にぶつけることしかできなかった。

 




お久しぶりです。生きてました。
リアルが忙しかったのと、スランプ気味だったこともあり、約2ヶ月ほど更新止まってました。まだスランプ抜けきってないかもですけどね…

さて、オリキャラ重村武蔵についてです。
デッキは未来テーマである【超重武者】を【ベン-K】軸にすることで登場させました。
他にもキャラとデッキの候補は色々考えてみたんですが、最終的にこのような形に落ち着きました。

この場を借りて、バックボーンの解説をしておきましょう。
短期間とはいえ元プロの重村は、【超重武者】という初見ではまず対応が難しかろうなデッキを使っていますが、逆に過去に対戦経験があったり、前もって対策をされてしまうとあっさり負けてしまうことがありました。
スポンサー側としても勝ってもらわなければ困るので、魔法罠を入れられるデッキに変えるよう掛け合ってみましたが、重村はそれを聞き入れず、【超重武者】を使い続けました。結果、スポンサーに見切りをつけられてプロの世界から姿を消した……
という過去を持っています。

この先再登場するかは…正直わかんないっすね。出たとしてもデュエルするかどうか。
一応「出るならこんな感じかなぁ(デュエルするかはともかく)」っていう構想はあるにはあるので、その時はその時で。


更新が止まっていた間もお気に入り登録や評価をしてくださった方々がいるようで、思いの外たくさんの方々が読んで下さってるんだなと、正直意外でした。

今後の更新ペースはどうなるかわかりませんが、気楽に読んで頂ければ幸いです。



お気に入り登録・評価等くださった方々、ありがとうございます。


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墓守の儀式(前編)

 以前も言ったように、デュエルアカデミアは学校であり、授業がある。その内容は国語や数学等といった基本教科に始まり、デッキ構築論であったり戦術等、デュエルに関する授業も多くある。

 

 ではその中でも一際異彩を放つ科目は何かと問われれば、ここの生徒は全員こう答えるだろう。

 

 

 ──錬金術──と。

 

 

 

 

 

 

 

「──このように、古代の錬金術師達は、薬品同士を調合させることで金を生み出していたと言われているんだにゃ」

 

 某日。デュエルアカデミアの教室では、大徳寺が受け持つ錬金術の授業が行われていた。

 生徒達の大部分が退屈そうにしている中、大徳寺は手にした薬品入りフラスコにオレンジ色の液体を流し入れ、軽く容器を揺すって中身を混ぜ合わせる。チャプチャプと音を立てて混ざる液体はやがて光を発し始め……

 

 

「に゛ゃああああああああ──!?!?」

 

 

 ……科学実験のお約束である爆発を起こした。規模こそ小さいものの、顔の前で起これば怪我の一つでもしてそうなものだが、幸いにも大徳寺の顔を黒くしただけで済んだようだ。

 

「ケホッ……でも、普通に考えて作れる訳ないんだにゃぁ……!」

 

 そう言って大徳寺が倒れると、試合終了を告げるゴングのようにチャイムが鳴り響く。昼食を求めて、ただでさえ少ない受講者達が続々と席を立っていく中、フラフラと立ち上がった大徳寺は、唯一教室に残っていた昴や十代達にプリントの束を差し出した。

 

「なんだよこれ、宿題かぁ?」

 

「違うのにゃ。今度の日曜日に、島に眠る遺跡を訪ねるピクニックを計画してるんだにゃ。希望者は挙って参加して欲しいんだにゃ」

 

 試しに1枚手にとったプリントには、課外授業として島の古代遺跡を見学する旨が書かれていた。どうやら特別単位も出るらしい。

 

「…ねぇ昴。あなたはどうする?」

 

「まあ…特に予定は無いが」

 

「私は行くわ。この遺跡は曰く付きで、闇のデュエルにも関係があると言われてるの」

 

 もしかしたら明日香の兄の手がかりも見つかるかもしれない、ということか。

 確かに、かつて廃寮で昴と十代がタイタンとデュエルした石室も、どことなく遺跡めいた雰囲気を漂わせていた。

 

「そうか…分かった。俺も行こう」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日──学園の校舎裏には、主催者である大徳寺の他に5人の姿が見られた。

 オシリス・レッドの義理で半ば無理矢理に連れてこられた十代、翔、隼人。そして、兄への手がかりになるかもしれないと参加した明日香に、その付き添いの昴だ。

 

「さあ皆、出発だにゃー!」

 

 大徳寺を先頭に出発した一同。その中で、翔だけがどこか不安げな表情でトボトボと付いて来た。

 

 今回一同が目指している遺跡は、島の北側に位置する。火山に近い場所にあることから、普段は何人も立ち入り禁止となっている場所であり、一説では古代人の亡骸を埋葬する墓だとされているようだ。

 

 険しい断崖や急流の川を超え、鬱蒼と茂る森の中を歩き続けること数十分──

 

「おお!着いたのにゃ!」

 

 辿り着いたのは、古代遺跡の入口。目の前では半壊状態のドーナツ型のアーチが口開けて昴達を迎えており、神秘的な空気を漂わせている。

 

「ここから更に奥へ行くと、古代のデュエル場と言われてる遺跡や、お墓の遺跡もあるんだにゃ」

 

 大徳寺の話もそこそこに、手近な建造物を矯めつ眇めつ見ていると、十代の腹が盛大に音を上げる。

 

「なぁ先生。本格的に遺跡探検する前に、昼飯にしようぜ!」

 

「し、しょうがないのにゃ…それじゃ、ここでお昼ご飯にするのにゃ」

 

 遺跡入口の広場にレジャーシートを広げた一同は、各々の昼食を取り出す。十代達レッド組はおにぎり。明日香は上品にサンドイッチ。昴は購買で買ってきた惣菜パンを食べようとしたところ……

 

「ふっふーん。私はトメさんに作ってもらった特製弁当があるんだにゃー」

 

 シートの外に腰を下ろした大徳寺は、そう言ってウッキウキの表情でリュックの中を探る。耳聡くそれを聞きつけた十代が自分たちにも分けてくれと頼むも、大徳寺はこれを拒否。翔や隼人からもブーブーと言われながら弁当箱を取り出したのだが……

 

「ファ、ファラオ……ッ!?もしかして、全部食べちゃったのにゃ?!」

 

 楽しみにしていた弁当は、荷物と一緒にリュックの中に入っていた猫のファラオによって一つ残さず平らげられていた。その事実にがっくりと肩を落とした大徳寺は、十代達に擦り寄ってくるのだが……

 

「嫌なのにゃ!先生に分ける弁当は無いのにゃ!」

 

 と、完璧な意趣返しを食らってしまう。見かねた昴がパンを半分分け与えた時には、

 

「先生の味方は昴君だけなのにゃ~~~!」

 

 と泣きつかれ、昴も内心で引いていたのは想像に難くない。

 

 そんなこんなで昼食をとっていた一同を他所に、一足先に腹を満たしていたファラオは近くをブラブラと歩いていたのだが……

 

「───ニャッ!?」

 

 ファラオが何の気なしに掘り返した地面から、突如として緑色の閃光が発せられる。

 異変に気づいた昴達も何事かと立ち上がるが、緑の光は足元の石畳の隙間から漏れ出すようにして、あちこちに光芒を引いている。やがてその光が周辺を埋め尽くしたと思えば、次の瞬間、何もなかったかのように光は消え去る。

 

「い、一体どうしたのにゃ……!?」

 

 戸惑っていられたのも束の間。光が収まった代わりに、今度は上空で光り輝く太陽が3つに分裂した。どのような映像・文献でも目にしたことのない超常現象を目の当たりにした一同は言葉を失う。

 

 更には頭上に広がる青空がシャボン玉のように歪み始め、不気味ながらも幻想的な光景を眺めていると、昴の傍らにエリアルが姿を現す。

 

『マスター。景色を楽しんでるとこ悪いけど、今すぐ逃げた方がいい』

 

「…あの現象について何か知ってるのか?」

 

『いや全然。けど、なんだか嫌な感じがする。危険ってことだけは確かだよ』

 

 エリアルの警告を聞いたと同時に、突然雷が鳴り響く。空のどこにも雷雲はないどころか、曇ってすらいないというのに。

 

 大徳寺の先導で手近な場所にあった遺跡の中に身を隠した一同だが、そもそも遺跡が小さいことと隼人が大柄なこともあり、避難するのは4人が限界のようだ。

 

 頷き合った昴と十代は、こことは別の場所を探して走り出す。背後から明日香の声が聞こえたが、今は振り向いている余裕はない。後ろから虹色の光が押し寄せてくるのを確認する暇もなく、全速力でとにかく走る。

 

 やがて、横手に先程よりも小さい洞穴のような遺跡が目に入った。昴は勢いのまま通り過ぎようとした十代をその中に突き飛ばし、自分も中に入ろうとするが……

 

「く……っ!」

 

「昴ッ──!」

 

 一歩間に合わず、昴の体は虹色の光に飲み込まれた───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅっ、ん──ここは……?」

 

 昴が目を覚ましたのは、ギラギラと光る太陽に照らされた遺跡──先ほどまでいたのと同じ場所、のはずなのだが……

 

「あのアーチ……俺たちが来た時は間違いなく半壊してたよな?それに、この建物──」

 

 昴が見上げる石造りの建造物は、遺跡の中央に位置していたものと外観はほとんど同じ。違いといえば、昴が最後に見たあの遺跡は所々苔むしたり、ひび割れていたのに対し、この遺跡はそれらが見られない。建てられて間もない新品のような状態であるという点だろう。

 

 上手く状況を飲み込めない昴の元へ、周辺を探索していたらしいエリアルが戻ってくる。

 

『起きたんだね。無事で良かったよ、マスター』

 

「エリアル…今、どんな状況だ?」

 

『僕にもさっぱり。強いて言うなら、ここは僕たちがいた世界とは違う場所だってことくらいかな。その証拠に、ほら──何か気付かない?』

 

「何か、と言われてもな……全体的にボリューム増したか?」

 

『そりゃあ今は実寸大の大きさだからねぇ…?ところでマスター?もう少しデリカシーある発言はできなかったのかな?僕一応女子なんだけど。天上院明日香とか藤原雪乃には優しいのに、どうしてかな?もしかして、僕女の子として認識されてない?そりゃそうだよね、こんな地味な格好して怪しい儀式とか使ってる陰キャ女子なんて、女子じゃないよね。というかそもそも人ですらないか。だって僕はモンスターだもんね、二重の意味で。アハハハー』

 

 昴の頬をムンズと掴んで引っ張るエリアルは、自虐的な言葉をつらつらと垂れ流す。

 

「むぐぐ…わらった(わかった)わるはったからはらせ(わるかったからはなせ)──ってて…えーと……」

 

 小さく頬を膨らませるエリアルを真剣な目で凝視する昴だが、答えにたどり着けないようだ。見かねたエリアルは小さくため息をつくと、昴の手を取って軽く握る。小さくて柔らかい手の感触に昴もようやく彼女の言わんとしている事に気付いた。

 デュエルの精霊は原則、実体のない思念体でしかこの世に現出できない。なのにこうして、エリアルは昴に触れることが出来ている……この事実が、エリアルの推測を何よりも強力に裏付けていた。

 

 ここが具体的にどこなのかはさておき、次なる問題は他の皆がどこにいるかだ。十代を突き飛ばした遺跡は蛻の殻だったし、それは他の4人が避難した場所も同様だった。

 

 どうしたものかと考えていたところへ──

 

 

「──あなた達、ここは部外者が立ち入ることを禁じている神聖な場所。早く立ち去りなさい!」

 

 

 昴達の前に現れたのは、黒装束に身を包んだ美しい褐色肌の女性。その細身の腕からこちらに投げ渡されたのは、隼人が背負っていたリュックだった。

 

「…学園の関係者…じゃないよな。アンタ何者だ」

 

 思わず身構えた状態で女性に正体を問うた昴だったが、その返答はない。代わりに、エリアル共々女性に肩を掴まれて、近くの壁際に押しやられてしまう。

 

「あなたも他の者達のように、墓守の衛士に捕まりたいのか……っ!」

 

「衛士…?捕まったってのは……?」

 

『マスター、誰か来る…っ!』

 

 エリアルの声とほぼ同時に、どこからか地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。数は恐らく3人以上。情報を得るためにも、今は彼女の言うとおりにすべきと判断した昴は、ジッと息を殺して衛士たちが頭上の階段を通過していくのを待った。

 

「…助けてくれたことは礼を言う。だが俺1人でここを出るわけにも行かない。さっきの言葉を聞く限り、俺の連れは皆捕縛されたってことだろ?詳しく話を聞かせてくれ」

 

 自らをサラと名乗った女性は少し考えた後、一先ず身を隠せる場所へ昴とエリアルを案内しながら、事情を説明し始めた。

 

 ここは神聖なる王家の墓であり、外界から足を踏み入れた者は墓荒らしとして、生きたまま埋葬されてしまうのだという。そして昴以外の5人は既に奴らに捕まっている。

 何故彼女が昴達を助けたのかも聞いてみたが、返ってきたのは沈黙のみだった。

 

 やがて、サラに案内されて到着した小部屋で待つように言い渡された昴は、時間が惜しいと感じながらもそれに従う。この墓は思ったよりも広大らしく、土地勘のない昴が歩き回った所で見つかる可能性が高くなるだけだろう。

 

 時折周辺の様子を伺いながら待つこと十数分──風の吹き抜ける音に混じって、

 

 

 ──たすけてにゃあ~~~!──

 

 

 という間の抜けた声が耳に入る。非常に聞き覚えのあるその声に思わず立ち上がった昴は、小部屋に空いていた窓から外を覗き込んだ。

 部屋の外では地面に深く大きい穴が掘られており、その上に──どのような原理か不明だが──5つの柩が浮いていた。蓋こそ完全に閉じられてないものの、中には包帯で簀巻きにされ横たわる面々の姿が。

 

「マズイな……時間の問題か」

 

『うん……マズイね。もっとも僕らは時間切れ、ってとこだけど』

 

 昴の後ろで聞こえたエリアルの言葉に疑問符を浮かべた昴は窓から顔を引っ込める。何の気なしに振り向いた先では、5人の衛士達が槍の穂先をこちらに向けていた。背後から一突きにされなかったのは、エリアルが衛士との間に立ち塞がり守っていてくれたからだろう。

 

『たまたま通りかかったにしては随分物騒なもの持ってるね。この一族はお偉いさんも見回りに参加するわけ?』

 

 緊張の面持ちでそんな軽口を叩いてみせたエリアルに、衛士達の構える槍が一層近く突きつけられる。

 

「……エリアル、この包囲を突破できるか?」

 

『残念ながら無理。攻撃系の魔術もあるにはあるけど、攻撃力1000相応の威力だよ』

 

 それならば仕方ない。と、昴はエリアルを下がらせて前に出る。急に動きを見せたことで衛士達が警戒するも、昴は臆することなく気合で平静を保った。

 

「俺たちは墓荒らしじゃないし、ここには偶然迷い込んだだけだ。あの柩に入れられた5人…と1匹を、元の世界に帰して欲しい」

 

 話し合いによる和解を試みたものの、衛士達がそれに応じる様子はない。

 

「……まさか、言葉通じてないのか」

 

 衛士達の外見は見たところエジプトやインド系に見えるが、当然その方面の言語は未習得。対話による解決は絶望的かに思われた時、後方で衛士を率いていた男が口を開いた。

 

「お前の言葉は通じている。お前と、お前の仲間をここから帰す事はできない。この墓に許可なく足を踏み入れた者は、生きたまま石棺の中に埋葬されるのだ」

 

「こっちの事情はお構いなしか……!」

 

「……だが過去に1人だけ、処刑を免れた者がいる」

 

 前に進み出ると衛士達が槍を下げたことから、どうやら一族の長であるらしいこの男が言うには、以前にもスバル達と同じようにこの世界に迷い込んだ者がいたらしい。その人物はどうやってか、石棺に閉じ込められることなく生還したというのだ。

 

「仲間共々生きて帰りたくば、儂と"試練の儀式"を行い、勝利せねばならない」

 

「儀式、だと?」

 

 昴に答えを示すように長が懐から取り出したのは、カードの束──デュエルモンスターズのデッキだった。

 

「……アンタとデュエルして勝てれば全員無事に生還出来る。そういう解釈で構わないな?」

 

 条件を確認しながら、昴は足元にある隼人のリュックからデュエルディスクを取り出す。

 

「ほう、試練に挑むか。勇気ある若者だ。試練に敗北すれば、貴様は生きたまま臓物を抜かれ、ミイラにされるというのに」

 

 長の一言で、腰のケースからデッキを引き抜こうとした昴の動きが止まる。

 

「それ聞いてないぞ……いや、()るけどさ──」

 

 こうして、皆の生死をかけた負けられない戦いが幕を開けるのだった。

 




思いの外長くなったので今回は前後編!


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墓守の儀式(後編)

 遺跡を見学する課外授業のはずが、どういうわけか命懸けのデュエルを行う運びとなった昴は、今はこの墓の中で最も高い建物の上で長と向かい合っている。

 中央が四角く吹き抜けになっているその建物の下には明日香や十代が閉じ込められた例の柩があり、もし敗北すれば昴もあの仲間入りというわけだ。しかも生きたまま内臓を抜かれるという超嬉しくないおまけ付きで。

 

 何はともあれ、この戦いは絶対に負けられない。なんとしてでも勝たねばならない。

 

「──準備はいいな?」

 

「ああ……待ってろ皆。必ず助ける──!」

 

 

「「儀式、開始(デュエル)!」」

 

 

 昴:LP4000 手札×5

 VS

 長:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は儂だ。ドロー」

 

 独自の形状のデュエルディスクからカードを引いた長は、手馴れた様子でターンを進めていく。

 

「モンスターを裏守備表示でセット。ターンエンドだ!」

 

 

 昴:LP4000 手札×5

 VS

 長:LP4000 手札×5

 セットモンスター×1

 

 

「俺のターン、ドロー!…手札の【リチュア・ビースト】をコストに、魔法カード【ワン・フォー・ワン】を発動。デッキからレベル1の【鰤っ子姫(ブリンセス)】を特殊召喚!」

 

 

【鰤っ子姫】

 ✩1 魚族 ATK0 DEF0

 

 

「召喚時効果で自身を除外し、デッキからレベル4以下の魚族モンスター【リチュア・アビス】を特殊召喚!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ☆2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

【アビス】の効果によって昴はデッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に加え、 効果でデッキから【リヴァイアニマ】をサーチ。更にそれをコストに発動した【トレード・イン】で、2枚ドローした。

 

「【リチュア・チェイン】を通常召喚。召喚時効果で、デッキトップ3枚を確認し、その中から【マインドオーガス】を手札に加える」

 

 

【リチュア・チェイン】

 ☆4 海竜族 ATK1800 DEF1000

 

 

 残った2枚をデッキの上に戻し、昴は先生攻撃を仕掛ける。

 

「バトル!【リチュア・チェイン】で裏守備モンスターを攻撃──!」

 

「甘いわ!セットしていたのは【墓守の番兵】──守備力1900だ!」

 

 

【墓守の番兵】

 ☆4 魔法使い族 ATK1000 DEF1900

 

 

【チェイン】が投擲した鎖は【番兵】によって弾き返され、鎖の先端が昴を掠める。守備表示モンスターとの戦闘であるため戦闘破壊はされないが、僅かながらの反射ダメージを食らってしまった。

 

 

 昴:LP4000→3900

 

 

「更に、【墓守の番兵】のリバース効果発動!【リチュア・チェイン】を手札に戻す──墓守の結界波動!」

 

【番兵】が放った赤い衝撃波を受けた【チェイン】が昴の手札へと叩き返されてしまう。昴の場にはもう攻撃可能なモンスターがおらず、ターンを終了した。

 

 

 昴:LP3900 手札×6

【リチュア・アビス】

 VS

 長:LP4000 手札×5

【墓守の番兵】

 

 

「儂のターン!【墓守の暗殺者(アサシン)】を召喚!更に【墓守の番兵】を攻撃表示に変更!」

 

 

【墓守の暗殺者】

 ☆4 魔法使い族 ATK1500 DEF1500

 

 

 

「あんたは……!」

 

『………』

 

 召喚に応じフィールドに現れた女暗殺者──フードと覆面で顔を隠しているが、背格好や目つきがサラと酷似している。まさか、隠れていた昴達が見つかったのは彼女が…?そんな憶測が脳裏を過る。

 

「行け!【墓守の暗殺者】で【リチュア・アビス】を攻撃!──暗殺刃(アサシンブレード)!」

 

 投擲され、風を切って襲いかかる短剣が【リチュア・アビス】をいとも簡単に破壊し、昴の場をガラ空きにする。

 

 更にモンスターを突破した【暗殺者】の刃が、昴にもダメージを与えた。

 

 

 昴:LP3900→2900

 

 

「──ぐっ!?ぅ……っ!」

 

 突然脇腹に走った痛みに、顔を歪ませる。思わず右手で押さえた脇腹(そこ)は、今しがた長のモンスターに斬りつけられた場所だった。

 

「続け【墓守の番兵】!──番兵旋風撃!」

 

 間髪入れず、無防備になった昴の体を三叉槍が貫く。再び走った激痛に、食いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れ出た。

 

 

 昴:LP2900→1900

 

 

「…っはぁ…ッ!この痛み…ソリッドビジョンじゃない……ッ」

 

 昴や十代が行ってきたこれまでのデュエルでは、ソリッドビジョンによる体感システムで衝撃を感じたり、鈍い痺れを感じることはあったが、ここまで明確な痛みは発生してこなかった。

 

 これと似た事例として思い起こされるのが、冬休みに起きた十代とサイコ・ショッカーのデュエル。あの時、十代はダメージを受ける度に苦しそうな呻き声をあげていた。

 

「……なるほど。これも闇のゲームの1つってわけだ」

 

「怖気付いたか?余計な苦しみを味わいたくなければ、敗北を宣言しても良いのだぞ?」

 

「まさか。丁度、こんなデュエルをしてみたかったところだ。サレンダーなんて勿体無いだろ」

 

「フン…その空元気がどこまで保つか、見ものだな。見るがいい──!」

 

 長が指し示した先で、明日香達が閉じ込められた柩の蓋が少しずつ閉じていく。どうやらあの柩は昴のライフと同期しているらしく、昴がダメージを受ければ受けるほど柩も閉ざされていくようだ。当然空気穴など用意されているはずもなく、蓋が完全に閉じれば中の皆が窒息死してしまうだろう。

 

「面倒な真似を……!」

 

「これは儀式だと言っただろう。儀式には生贄がつきものだ。ターンエンド」

 

 

 昴:LP1900 手札×6

 VS

 長:LP4000 手札×5

【墓守の番兵】

【墓守の暗殺者】

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 正直この戦い、昴は分が悪い。

 

 先ほどはあんな事を言ってみせたが、ダメージを負う度にあのような激痛が走るようでは、最悪デュエル中に意識を失う可能性も考えられる。

 加えて、長の使うデッキは【墓守】──あのデッキは【リチュア】との相性がよろしくない。ガンメタとまではいかないが、三沢が以前使った【封魔の呪印】と同じように、【リチュア】の強みを打ち消すことのできるデッキだ。

 

 加えて、そのキーとなるカードを処理する方法も昴には限られている。しかも運の悪いことに今現在の手札では速攻を仕掛けるのにカードが足りないのだ。

 

「──魔法カード【強欲なウツボ】を発動。手札の水属性モンスターを2枚デッキに戻してシャッフル。その後3枚ドローする」

 

 デッキに戻したのは【リチュア・チェイン】と【リチュア・ビースト】。新たに引いた3枚を確認した昴は反撃に出る。

 

「手札の【シャドウ・リチュア】を墓地に送って効果発動、デッキから【リチュア】の儀式魔法を手札に加える。そして【リチュア・ビースト】を通常召喚!」

 

 

【リチュア・ビースト】

 ☆4 獣族 ATK1500 DEF1300

 

 

【ビースト】の能力で先程破壊された【アビス】が守備表示で墓地から復活。昴の手札に新たな仲間を呼び込んだ。

 

「儀式魔法【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【マインドオーガス】を素材に【イビリチュア・ガストクラーケ】を儀式召喚!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ☆6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

「【ガストクラーケ】の効果発動!相手の手札を2枚見て、内1枚をデッキに戻す──ガスト・スキャニング」

 

 儀水鏡が変じた杖から怪しげな光が発せられ、長の手札を透過させる。暴かれた長のカードは【墓守の司令官】と【ネクロバレーの玉座】。どちらも【墓守】のフィールド魔法をサーチすることができるカードだ。

 

「……戻すのは【玉座】だ」

 

 手札を1枚削られた長だが、さしたる損害とは見ていないようで、表情にはまだまだ余裕がある。

 

「バトルだ!【ガストクラーケ】で【墓守の暗殺者】を攻撃!──イビル・テンタクルス!」

 

 迫り来る触手が【暗殺者】の華奢な体を縛り上げ、そのまま握り潰すようにして破壊する。

 

「ぬぅ……っ!」

 

 

 長:LP4000→3100

 

 

「続け【ビースト】──!」

 

 牙を剥いた海獣は、獰猛な唸り声を上げ【番兵】に飛びかかる。三叉槍で何とか応戦した【番兵】だったが、【ビースト】の鋭い爪と牙の前には力及ばす、体を引き裂かれ破壊されてしまった。

 

 

 長:LP3100→2600

 

 

「これでターンエンドだ」

 

 

 昴:LP1900 手札×3

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・ビースト】

【リチュア・アビス】

 VS

 長:LP2600 手札×4

 

 

「儂のターン!──ライフポイントこそ私が上回っているが、フィールドの状況を覆して見せたことは賞賛しよう。だが!我々墓守の一族の力はこんなものではない!私は手札の【墓守の司令官】の効果を発動!」

 

 先ほど昴が【ガストクラーケ】でピーピングした長のカード【墓守の司令官】は、昴の【シャドウ・リチュア】のように手札から捨てることで、デッキから【墓守】達のホームグラウンドたるフィールド魔法を手札に加える事ができるのだ。

 

 

「これこそが、我々墓守の一族の聖地!自らの愚かさを悔いるがいい!──フィールド魔法【王家の眠る谷-ネクロバレー】発動!」

 

 

 地鳴りと共に、地の底から無数の岩がせり上がってくる。岩々はやがて巨大な渓谷を作り上げ、辺り一帯を冷ややかな空気で満たした。

 

「魔法カード【強欲な壷】を発動し2枚ドロー!更に【墓守の霊術師】を召喚する!」

 

 

【墓守の霊術師】

 ✩4 魔法使い族 ATK1500 DEF1500

 

 

「【霊術師】……まさか!?」

 

「【墓守の霊術師】の効果発動!王家の聖地たる【ネクロバレー】より力を授かり、融合の儀式を行う!」

 

【墓守の霊術師】は自分の場に【ネクロバレー】がある場合、魔法使い族融合モンスターの素材として【霊術師】自身と手札・フィールドのモンスターを墓地に送ることで、融合召喚を行うことができるのだ。

 無論、素材に必ず【霊術師】を含む必要があったり、他の素材も召喚する融合モンスターの素材指定に従う必要があるが、普通に融合するよりもカード消費を少なく済ませられるのは大きなアドバンテージだ。

 

 

「儂は場の【霊術師】と手札の【偵察者】、2体の墓守モンスターを墓地に送り、融合召喚──いでよ【墓守の異能者】!!」

 

 

 力の渦の中より現れたのは、膨大な力を纏った1人の青年。手にした杖を音高く地面に突き立て、昴達を鋭く睨みつけた。

 

 

【墓守の異能者】

 ✩7 魔法使い族 融合 ATK2000 DEF2000

 

 

「【墓守の異能者】の攻撃力と守備力は、融合素材となったモンスターの元々のレベルの合計×100ポイントアップする」

 

 素材となった【霊術師】と【偵察者】の合計レベルは8。よって【異能者】の攻守は共に800ポイントアップするが、これで終わりではない。王家の聖地たる【ネクロバレー】が、この場所を守護する【墓守】の一族に力を与える。

 

「更に【ネクロバレー】の効果により、儂の場に存在する【墓守】モンスターの攻撃力と守備力が500ポイントアップだ!」

 

 これで【異能者】の攻守は3300。彼の【青眼(ブルーアイズ)】をも上回る攻撃力を獲得した。

 

「【墓守の異能者】よ!【リチュア・ビースト】を消し去れ!──波動封滅陣!」

 

【異能者】が杖を媒介に術を発動させ、【ビースト】を文字通りフィールドから消し去ってしまう。大きく開いた攻撃力の差分、昴のライフが削られていく。

 

 

 昴:LP1900→100

 

 

「エンドフェイズ時に【墓守の異能者】の効果が発動する。デッキから【墓守の呪術師】を手札に加え、ターンエンドだ」

 

 

 昴:LP100 手札×3

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・アビス】

 伏せ×1

 VS

 長:LP2600 手札×3

【墓守の異能者】

 フィールド魔法:【王家の眠る谷-ネクロバレー】

 

 

 第6ターン目にして追い込まれてしまった昴。

 このターンで決着をつけるか、せめてライフを回復しなければ、次のターンに長が召喚するであろう【墓守の呪術師】の効果によって500ポイントのダメージを受け敗北が決してしまう。

 幸いにも現在長の場に伏せカードは無い。ドローするカードによっては一気に勝負を決めることもできるだろう。

 

「……俺のターン!」

 

 引いたカードを確認した昴の顔は浮かない。歯噛みしながらもやれる事をやる。

 

「モンスターをセット。【ガストクラーケ】を守備表示に変更。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 昴:LP100 手札×3

【イビリチュア・ガストクラーケ】

【リチュア・アビス】

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 VS

 長:LP2600 手札×3

【墓守の異能者】

 フィールド魔法:【王家の眠る谷-ネクロバレー】

 

 

「万策尽きたといったところか。儂のターン!【墓守の呪術師】を守備表示で召喚!」

 

 

【墓守の呪術師】

 ✩3 魔法使い族 ATK800 DEF800

 

 

「召喚成功時に効果発動!貴様に500ポイントのダメージを与える!──衰弱の呪文!」

 

【呪術師】が昴には意味不明な呪文を紡ぎ、風前の灯となったライフを削りにかかる──!

 

「罠カード【神の氷結】!俺の場に水属性モンスターが2体以上存在する場合、相手モンスター1体の効果を無効にし、攻撃不能にする!」

 

 詠唱を続けていた【呪術師】の体は一瞬で氷漬けになり、昴の首筋に手を伸ばしていた敗北もその動きを止める。だが依然として昴が不利なのは変わらない。

 何せ【ネクロバレー】の効果によって、墓地に干渉するカードの効果が一切封じられているのだ。お得意の【サルベージ】によるループコンボも、【儀水鏡】による儀式モンスターの回収もできない。

 更にその【ネクロバレー】も、【異能者】の効果によって守られ破壊できない。と、ないない尽くしだ。

 

「無駄な足掻きを──【墓守の異能者】!【ガストクラーケ】を攻撃しろ!」

 

【異能者】の攻撃で為す術もなく破壊される【ガストクラーケ】。守備表示故にダメージは入らないが、やはり3000を超える攻撃力を抑え込むことはできない。

 

「最早貴様のライフは虫の息。さしずめ、貴様には【墓守の異能者】を超える攻撃力を持つモンスターがいないと見た。儂は再び【異能者】の効果で【呪術師】を呼び寄せ、次のターンに貴様のライフを削り取る算段がついておるぞ」

 

 そうでなくとも【月の書】などで一度【呪術師】を裏守備表示にしてしまえば情報がリセットされ、反転召喚でもう一度効果を発動できる。ゲームエンドのトリガーを握っているのは長だ。

 

「これが命とか掛かってないデュエルなら潔く負けを認められるんだが……生憎俺だけじゃなく皆の命もかかってるんでね。諦めるわけにはいかない」

 

「そうか…ならば精々死の淵で藻掻いてみせるがいい。ターンエンドだ」

 

 ターン終了と同時に長の手札へ2枚目の【呪術師】が加わる。昴のカードでは凌げてあと1ターン。どうにかしなければ……!

 

 

 昴:LP100 手札×3

【リチュア・アビス】

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 VS

 長:LP2600 手札×4

【墓守の異能者】

【墓守の呪術師】

 フィールド魔法:【王家の眠る谷-ネクロバレー】

 

 

「俺のターン!……魔法カード【強欲な壷】発動!デッキから2枚、ドローする!」

 

 前世では使えなかった禁止カードの強さを身に染みて感じながら引いた2枚。このカード達が勝負を分ける。

 

「これなら…!──セットしていた【リチュア・エリアル】を反転召喚!リバース効果を発動する」

 

 

【リチュア・エリアル】

 ✩4 魔法使い族 ATK1000 DEF1800

 

 

【エリアル】の効果で手札に呼び寄せたのは、この状況を打開できる存在──【ソウルオーガ】だ。

 

「続けて手札の【シャドウ・リチュア】を墓地に送り、デッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加える!」

 

【ネクロバレー】の影響下にある限り、墓地に送られたカードは再利用できない。よって長に手札誘発系のカードで妨害されてしまえば、今度こそ昴に勝ち目はなくなる。

 だがそれを恐れていてもどのみち敗北してしまうのだ。ならばここは突き進むのみ──!

 

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ガストクラーケ】と場の【リチュア・アビス】を素材にして儀式召喚──降臨せよ!【イビリチュア・ソウルオーガ】!!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2800 DEF2800

 

 

 猛々しく咆哮する【ソウルオーガ】を興味深そうに見る長だが、まだ危機感は抱いていないようだ。自身の召喚した【墓守の異能者】の効果によって【ネクロバレー】が存在する限り、長の場のカードは効果で破壊されない。しかもその要である【異能者】は3300と最上級クラスの攻撃力を誇り、戦闘での正面突破は困難を極める。おまけに守備表示の【呪術師】も【ネクロバレー】の効果で守備力が上昇しており、【エリアル】では戦闘破壊できない。

 

 だがそんな状況を突破するだけの力が、この【ソウルオーガ】には秘められているのだ。

 

「【ソウルオーガ】の効果発動!手札の【リチュア・チェイン】をコストに、相手の場の表側表示のカードを1枚デッキに戻す!俺が選ぶのは──【ネクロバレー】だ!」

 

「何だとッ!?」

 

【ソウルオーガ】の咆哮が、周囲に聳える渓谷を跡形もなく吹き飛ばす。辺りに元の光景が戻ってきたと同時に、【ネクロバレー】がバウンスされたことで【異能者】の攻撃力が2800にダウンする。

 

「これで墓地のカードに干渉できる──墓地の【リチュアの儀水鏡】の効果発動!こいつをデッキに戻し、墓地の【リヴァイアニマ】を手札に加える!更に魔法カード【サルベージ】発動──!」

 

【サルベージ】で墓地の【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】が引き上げられ、【シャドウ】の効果で新たな【儀水鏡】が昴の手札に加わる。

 

 

「再び【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【ヴィジョン・リチュア】を素材に、儀式召喚!──降臨せよ【イビリチュア・リヴァイアニマ】!!」

 

 

 屈強な【ソウルオーガ】の横に並び立った、対照的に細身の体の竜人。腰の剣を抜刀し、両翼を大きく広げ雄叫びを上げる。

 

 

【イビリチュア・リヴァイアニマ】

 ✩8 水族 儀式 ATK2700 DEF1500

 

 

「バトルだッ!【ソウルオーガ】で【墓守の異能者】を攻撃!──リチュアル・ブラスト!」

 

 球状となって撃ち出された儀水鏡の波動を、【異能者】は結界を張ることで受け止める。

 攻撃を受け止められたと見るや、【ソウルオーガ】は巨体に似合わぬ俊敏さで敵に接近し、握り締めた拳で波動弾を殴りつけた──!【異能者】の結界が限界を迎え、表面に罅が入る。

 次の瞬間──儀水鏡の波動弾が爆発を起こし、【ソウルオーガ】共々【異能者】を飲み込んだ。閃光と爆風が収まった後には、両者の姿は影も形も無くなっていた。

 

 呆然とする長を待たず、昴は次なる攻撃に移る──!

 

「次!【リチュア・エリアル】で【墓守の呪術師】を攻撃──!」

 

 杖を構え念じた【エリアル】の前に、青い魔法陣が出現。その奥から凄まじい勢いで水流が放たれる。【エリアル】も【呪術師】も、お互いに正面戦闘は不得手だったが、ここは僅かに攻撃力で勝る【エリアル】に軍配が上がった。

 

「ダイレクトアタックだ!【リヴァイアニマ】!──リヴァイアス・ストリーム!!」

 

 竜人は剣の鍔に据えられた魔導鏡の力を刀身に収束させ、それを振り抜くと同時に解放する──!

 

 青と赤の入り混じった力の奔流は長を飲み込み、残っていたライフポイントを余すことなく奪い去った。

 

 

 長:LP2600→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──長っ!」

 

 デュエルが終了し、モンスター達が姿を消していく中。墓守の面々は膝をつく長の元へ駆け寄った。

 ダメージが現実のそれとなって襲いかかる闇のデュエルで受けた痛みだ。残りライフ僅か100まで追い詰められた昴も、その凄絶さは身を持って実感している。

 

 だからこそ、安否を確認しようと昴も長達の元へ向かったのだが……

 

「貴様ッ!長に近づくな!」

 

 と、兵たちが武器を突きつけてそれを許してくれない。どうしたものかと思っていると、彼らを制止する長の声が飛ぶ。

 

「止めろ、お前たち。──少年よ、見事な儀式(デュエル)だった」

 

「あんたの方こそ。とても面白いデュエルだった」

 

「……魂を賭けた闇のデュエルが面白かった、だと?」

 

「あー、まぁ流石に命を懸けるのはできれば勘弁して欲しいが……それはそれとして、本物のデュエルの精霊達とこうして戦うのは初めてだったからな。他じゃ得がたい、とても貴重な経験をさせてもらったよ。礼を言う」

 

 最後の感謝の言葉は長ではなく、その傍らに佇む【墓守の暗殺者】──サラに向けた言葉だ。

 先程から申し訳なさそうにしてこちらを見ようとしてなかったことからも、デュエル冒頭の昴の推測は当たっていたようだ。

 

「これまでにこの試練を乗り越えたものはただ1人……その者でも、お前のように礼を言える程の余裕はなかった……」

 

 そう言いながら、長は懐から取り出したある物を昴に渡す。受け取ったのは、円形と思しきペンダント──その片割れだった。中央部には赤い石がはめ込まれている。

 

「これは……もう半分はどこに?」

 

「言っただろう。お前の前にもこの世界を訪れ、儀式に勝利し生還した者がいる。と…もう半分はその者が持っている。これから先、お前が再び闇のデュエルを戦わざるを得なくなった時、そのアイテムがきっと力を与えてくれるだろう」

 

「……そういうことなら、ありがたく貰っておく」

 

 昴がペンダントに首を通したのを見届けると、長はフィールドの奥底──明日香や十代が閉じ込められていた石棺に手を翳す。すると重い音を立てながら柩の蓋が開き、皆の顔が見えてきた。同時に拘束も解けたようだ。

 残りライフ100ポイントとなっては、柩はほぼ閉まっているも同然。その中に身動き出来ない状態で閉じ込められていた彼らの気持ちは筆舌に尽くしがたいものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヤヒヤさせないでよ昴君!棺の中、めちゃくちゃ怖かったんだからね~!?」

 

「悪かったって翔……」

 

「でも、今こうして話せるのはあなたのお陰よ。ありがとう、流石昴ね」

 

 王家の墓の前で棺から解放された一同と合流した昴は、肝心な事を質問する。

 

「この世界から戻るには、具体的にどうすればいい?」

 

「──天の3つの光、1つに重なり 光の幕が現れる前に、王家の墓の門よりいでよ──」

 

「門……あのアーチか」

 

「さあ、仲間達と共に元の世界へ帰るがいい」

 

 最後に一言礼を言って帰ろうとした昴達だったが、その行く道を墓守の兵士達が遮った。

 

「お前達、何をしている──!?」

 

「王家の墓を暴きし者には、裁きを!」

 

 

 ──裁きを!──

 

 

「止めろ!この者は掟に従い、儀式を乗り越えたのだ!」

 

 どうやら長の意思に反し、この兵士達はあくまでも掟を遵守するつもりらしい。昴が勝利したデュエルも、その掟のひとつだった気がするのだが……

 

 

 ──裁きを!──裁きを!──

 ──裁きを!──裁きを!──

 

 

 長の言葉も最早聞く耳を持たない兵士達は、一斉に武器を構えてこちらへ迫ってくる。

 槍の穂先が昴の頬を掠めようとした瞬間──鋭い音と共に槍がはね除けられた。

 

 思わず閉じてしまった目を開くと、そこには両手に短剣を携えたサラの後ろ姿があった。

 

「貴方達の世界に帰ったら、そのアイテムの半身を持っている人にこう伝えて──サラは、例え異世界にいても貴方の事を忘れません。またいつかお会いできる日を信じています──と」

 

 その言葉の真意を確かめるよりも早く、サラが言葉を続ける。

 

「──長の言葉が聞こえなかったか!この少年は儀式に勝利したのだ!神聖なる墓守の誇りを忘れたかッ!彼らに手を出すならば、私が相手になる!」

 

 サラの言葉に気圧された兵士達は、不承不承といった様子で道を開ける。

 

「さあ早く!行って!」

 

「助かる、ありがとう──!」

 

 左右の兵士達を警戒しながら、一同は門に向かって走り出した。上空では、3つの太陽が既に重なり始めている。急がなければ帰るタイミングを逃し、場合によっては二度と帰れないなんてことも考えられる。

 

「急げ──っ!」

 

 時間がないという事を察した他の皆も走るペースを上げるが、最後尾を必死に追い縋っていた隼人が段差に躓き転んでしまう。

 

「隼人!大丈夫か?」

 

「うぅ…大丈夫じゃ、ないんダナ……」

 

 どうやら足をやってしまったようだ。これでは歩けても走るのは無理だろう。歯噛みする昴達の頭上では、太陽が完全に1つに重なり、周囲に光の幕が現れ始めているところだ。

 

『ちょっとどいてマスター。痛みを和らげるから』

 

 実寸大の大きさに体を戻したエリアルが、隼人の足に手を翳して淡い光を発する。きつく顰められていた顔はすぐに落ち着きを取り戻した。だが完全に痛みが取れたわけではないらしく……

 

「俺のことはいいから!早く逃げるんダナ!」

 

「そんな訳にいくか!ほら立て!」

 

 十代と昴が肩を貸し、隼人の巨体を協力して支える。立ち上がることはできたが、移動速度は牛歩の如く落ち込んでしまう。

 それでもとにかく進まなければ……その時だった。隼人の腰のデッキケースから光が。やがてその光は大きさを変え、隼人のお気に入りのモンスターである【デス・コアラ】が姿を現した。

 突然の事に唖然とする皆を尻目に隼人をおぶったデス・コアラは、コアラらしからぬ速度で走り始める。

 

『──急いで!もうすぐ門だよ!』

 

 ようやくたどり着いた墓の門。一見出口のようなものが出現しているようには見えないが、昴たちが近くに足を踏み入れた瞬間、石畳の隙間から、ここに来た時と同じように緑色の光が。

 どんどん激しさを増していく光はすぐに全員を飲み込み、昴達の意識はホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──不意に、そよ風が頬を撫でる。

 

『起きて、マスター。マ~スタ~、お~い』

 

 澄んだ声で目を覚ました昴は、古びた遺跡に背中を預ける形で意識を失っていたらしい。隣には昴に凭れるようにして明日香が眠っており、周りには十代達や大徳寺の姿もある。目の前のアーチが半壊していることから、どうやら無事に元の世界へ戻ってこれたようだ。

 

 足元に落ちていた【エリアル】のカードを拾い上げた昴は、果たしてアレは現実に起こった事だったのかと思考を巡らせる。

 

「王家の墓での出来事は全部夢……なわけないか」

 

 墓守の長との闇のデュエルで受けた痛みの感覚は今も鮮明に覚えているし、何より昴の首からぶら下がるペンダントが、あのデュエルは現実のものであることを裏付けていた。

 

「……墓守の長は、俺がまた闇のデュエルを行う時、このアイテムが力を貸してくれるって言ってたよな」

 

『うん。そしてそのアイテムの半分は、マスター達よりも前にあの世界を訪れた誰かが持ってる』

 

 言葉だけを見るなら、このペンダントは記念にもらったお守りくらいに思える。だが昴は長の言葉の真意に1つの推測を立てていた。

 

「……つまり、闇のデュエルは精霊達だけのものじゃない。こっち側の世界にも存在する。ってことか」

 

 胸の内に一抹の不安を遺した今回の騒動。

 その不安が現実となる時は、そう遠くないのかもしれない。

 




みなさんお久しぶりです。そして、明けましたねおめでとございました。

今回の話でGXストーリーの中では一応1区切りがついた感じになります。次回からはいよいよセブンスターズ編が始まりますが…次の更新はいつになるか不明デス。



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七精王-セブンスターズ

セブンスターズ編、スタートです
正直不安しかありません!頑張ります


 この間に引き続き、錬金術の授業を受けていた昴達。

 例の如く居眠りをしている者もいる中、教室に授業終了のチャイムが鳴り響くと、待っていましたとばかりに伏せていた頭を起こす生徒がいた。言わずもがな、遊城十代だ。

 

 トメさん印の特製弁当を満面の笑みで開ける十代だったが……

 

「──遊城十代君。お昼はちょっと待ってください。先に私と校長室へ行くのだにゃ」

 

「んぇ?校長室?」

 

「十代、お前また何か怒られることしたのカ?」

 

「いや、んな記憶ないんだけどなぁ……」

 

「フン。お前のような万年デュエルバカの頭じゃ、自分がしでかした事も覚えられないようだな。短い付き合いだったが、これでサヨナラだ」

 

 と、後方の席から野次を飛ばしたのは最近本校に復学した万丈目。かつてはオベリスク・ブルーだった彼も、今や出席日数の関係で十代達と同じオシリス・レッドの一員となっている。

 

「万丈目君。あなたも来て下さい」

 

「えぇ…っ!?」

 

「それから三沢君に昴君、明日香さんも」

 

「俺たちも……?」

 

 何かと教師(主にクロノス)の悩みの種となりがちな十代だけならいざ知らず、成績優秀な模範生である三沢や明日香までもが一緒に呼び出されたということは、少なくとも退学だなんだという話でないのは確かだ。

 

 他の生徒たちが教室を後にする中、昴達は大徳寺に連れられ、校長室へ向かった。

 

「あの、大徳寺先生。このメンバーが呼び出された理由は何なんですか?」

 

「さぁ…?実を言うと、私も詳しくは聞かされてないのにゃ」

 

 訝しみながらも大徳寺の後について行った昴達。校長室の前に到着したところで、向かいから歩いてきたクロノスと亮の2人と鉢合わせた。

 

「カイザー…まさか、お前も校長室に?」

 

「ああ、呼び出された。理由はクロノス教諭も知らないようだが」

 

 いよいよもってキナ臭い事になってきた。ここに集まっているのは、学園でも指折りの実力者達だ。そんな彼らを集めて、鮫島校長は一体何を考えているのだろうか?

 

「何はともアーレ、校長の話を聞けば分かることでスーノ……しかし、これは間違い探しか何かデスーノ?1人だけ場違いな仲間はずれがいるノーネ」

 

 クロノスの視線は明らかに十代に向けられているが、当の十代は

 

「気にするなよ、サンダー」

 

「お前の事だ!」

 

 と、素なのかよく分からない反応で見事に躱してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな茶番を経て、いざ校長室に集まった8人。

 席を立ちジッと外を見ていた鮫島は、このメンバーを招集した理由について、ゆっくりと語り始めた──

 

 この島の地下深くには、【三幻魔】と呼ばれる古より伝わりし3枚のカードが封印されている。

 島に伝わる伝説によると…三幻魔が世に放たれれば世界は魔に包まれ、混沌が世を覆い、人々に巣食う闇が解放され、やがて世界は破滅し無に帰す…そんな力を持ったカードなのだそうだ。

 

「──その三幻魔の封印を解こうと、挑戦してきた者達が現れたのです。七精王──セブンスターズと名乗る7人の決闘者達が」

 

「どこの誰かはわかってるんですか?」

 

「いいえ。名前も容姿も、素性が一切知れない謎の集団ですが…既にその1人がこの島に足を踏み入れています」

 

 三幻魔が封印されている地下の遺跡──そこでは「七精門」という7本の巨大な石柱が、カードを守っている。封印を解く為には、7つの鍵によってロックされた七精門を全て開かなくてはならない。

 

「そしてコレが、その7つの鍵です。セブンスターズはこの鍵を奪おうと我々に挑んでくるでしょう。そこで──あなた達にこの鍵を守って頂きたい」

 

「守るも何も……三幻魔の封印を解かせたくないなら、いっそその鍵を破壊してしまえばいいのでは?」

 

 昴の言うことも尤もだ。話を聞いた限りでは、三幻魔はどのような状況化であっても解き放たれてはならない、永久的に封印されるべき存在。その門を開くための鍵が失われれば、封印が解かれることはないはずだ。

 

「そういう訳にも行きません。この鍵は、七精門の石柱から削り出されたものです。この鍵を壊すことは、門を壊すことと同義。正規ではない方法で無理矢理目覚めた三幻魔の力がどのような影響を及ぼすか分からない以上、セブンスターズ側としても、あくまで鍵を奪いに来るでしょう」

 

 そしてその方法は──

 

「勿論──デュエルです」

 

 鮫島の言葉を聞いた一同は、ハッと目を見開く。

 

「七精門の鍵を奪うには、デュエルで勝ち取る他無い…これも古より、この島に伝わる約定。だからこそ、学園でも屈指の決闘者であるあなた方に集まってもらったのです。──まぁ、約1名程数合わせに呼んだ者もおりますが」

 

 鍵の数は7個。ここに集まった人数は8人。その内生徒である昴達6人は確定として、アカデミアの実技担当最高責任者であるクロノスも、デュエルの実力は非常に高いが……まさか彼が数合わせだろうとは言わぬが花だろうか。

 

「セブンスターズは鍵を持つ者に挑戦してきます。いつ、どのような状況で襲って来るかわかりません。あなた方に、セブンスターズと戦う覚悟を持って頂けるなら……どうか、この鍵を受け取って欲しい」

 

 デスクに置かれた小箱。その中には、パズルのように分割された7つの鍵が収められていた。

 

 

「………」

 

 

 余りにも突飛な話過ぎて、三沢も明日香も万丈目も、すぐには決断ができないようだ。亮も昴も、慎重に考えた上で答えを出そうとしている。そんな中、十代だけは真っ先に鍵を手に取った。

 

「おもしれえじゃん。やってやるぜ!」

 

「ふっ…そうだな。デュエルを挑んでくるというなら、返り討ちにするだけだ」

 

 十代に続き、亮も鍵を受け取る。そこから更に三沢、明日香、万丈目と鍵を取り、残りは2つ。

 正規メンバー最後の1人である昴が、意を決して鍵に手を伸ばした瞬間──

 

 

「──その話、私も混ぜてもらおうかしら?」

 

 

 不意に背後から聞こえた妖艶な声。振り返った先には、腕を組んで佇む雪乃の姿があった。

 

「雪乃……どうしてここに?」

 

「あなた達が校長室へ呼び出されたと聞いたものだから。興味本位で来てみれば……随分と楽しそうな話をしてるじゃない。私を除け者にするなんて酷いですわ、校長先生?」

 

「しかし……君には芸能界の事もあるでしょう。ご両親に何も言わず、危険な戦いに巻き込むわけには──」

 

「それは私に限った話ではないでしょう。まさか、昴や明日香は巻き込んでもいい…なんて仰るつもりかしら?」

 

 ただでさえノース校との学園対抗戦で戦えなかったことを根に持っているのだろう。頑として譲らない雪乃の弁舌に鮫島も反論できない。

 

「それに、私を外したから数合わせの先生が入ったのでしょう?それが元に戻るだけ…何の問題もないはずよ」

 

 学内の実力者を集めたならば、自分がいなければおかしい。そう言い切れる大胆不敵さ。これこそが藤原雪乃という女だ。

 

「むぅ……分かりました。藤原雪乃くん。あなたにも、セブンスターズとの戦いに力を貸して頂きたい」

 

「ええ。もちろんですわ校長先生」

 

 満足げに笑みを浮かべた雪乃は、残った2つの鍵の内1つを手にした。最後の1つを改めて昴が受け取ったことで、鮫島が当初予定していたメンバーに七精門の鍵が行き渡る。

 

「ちょちょちょ!ちょっと待つノーネ!?それデーワ、私が呼ばれた意味がなくなりまスーノン!?」

 

 クロノスが受け取るはずだった鍵が雪乃へ渡ったことで、数合わせだったクロノスは完全にお役御免となってしまった。少し考えた鮫島は、クロノスと大徳寺に新たな役目を言い渡す。

 

「先生方には、セブンスターズとの過酷な戦いに身を投じる彼らのサポートをお願いします。生徒達のことを支えてあげてください」

 

「そういうことなら、お任せアーレ!しかし校長、変に生徒達を脅かすのはいけませんノーネ。要するに、学園の看板を道場破りが奪いに来ると考えればいいノーネ!」

 

「まあ……()()そう考えて貰っても構いませんが」

 

「道場破りかぁ……俺だったら一番強い奴から戦うだろうな──俺ってか?」

 

「それは断じて違いますノーネ!実力から言えばこのワタクシーか、或いはカイザーことシニョール丸藤亮ナノーネ!」

 

 冗談めかして自分が一番強いと言った十代の言葉を一蹴したクロノスだが、彼自身は鍵を持っていない為セブンスターズの標的には成り得ないはずだ。

 

「それに遊城十代!私の調べによれば、あなたは以前の学園代表選抜デュエルでシニョール加々美にコテンパンにされただけでな~ク、カイザー亮にもボコボコに負けているノーネ!」

 

 痛いところを突かれた十代は、ギクリとする。

 

「そういうクロノス(あんた)は十代に負けてるだろ……」

 

「ギクッ!そ、それとこれとは別問題なノーネ!?」

 

 万丈目からの思わぬ意趣返しを食らったことで、これ以上クロノスの十代いびりが続くことはなかった。

 

「──ありがとう。今この瞬間から戦いは始まっています。どうか、いつでもデュエルのスタンバイをしておいてください。そして必ずや【三幻魔】のカードを──七精門の鍵を守りきってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ってなわけで…その鍵を守る7人に俺と昴が選ばれたんだ」

 

 その日の夜──夕食を終え、早い者はベッドに潜り込む時間に、昴はレッド寮にある十代達の部屋を訪れていた。

 

「アニキも昴君も凄いよ!あの校長先生から直接頼まれたんでしょ!?」

 

「でも俺は、その三幻魔のカードに興味があるんダナ。一体どんなカードなのか、一度見てみたいんダナ」

 

「ああ、どんなスゲーカードなんだろうな……昴も気になるだろ?」

 

「──ん?あ、ああ…そうだな」

 

 ここにいる面子の中では、唯一昴だけが三幻魔のカードの詳細を知っている。

 それぞれ単体で強力な効果を持つ反面、召喚が中々難しく、3体の幻魔を同一デッキ内に共存させることはほぼ不可能と言われていたのはよく覚えているが……確か、昴がこの世界に来る少し前に三幻魔の強化があったはずだ。しかし身内で【三幻魔】使いがいなかったこともあり、肝心の内容を覚えていない。

 

「……どうかしたのか?さっきから黙ってばかりだけど」

 

「いや、何でもない。それよりセブンスターズだが、最初は誰の所に来ると思う?」

 

「さぁな。一番強い奴の所に行くんじゃないかってのは変わんないけど、クロノスが言うには一番強いのは俺じゃなくてカイザーらしいし。あー、俺んとこに来ねーかなぁ」

 

「どうだかな……案外来るかもしれないぞ」

 

「え?なんで?」

 

「それってやっぱり、俺が一番強いってことか!?」

 

 昴の言葉に、十代は期待に満ちた顔で詰め寄る。

 

「誰が一番強いかはともかく、だ。今現在、七精門の鍵が一番多く集まっているのはどこだ?」

 

「えっと……」

 

 現在鍵を持っているのは昴、十代、亮、万丈目、三沢、明日香、雪乃の7人。

 その中で、三沢はイエロー寮におり、万丈目はレッド寮の下の部屋。亮はブルー男子寮。明日香と雪乃は女子寮。昴と十代はこうしてレッド寮にいる。

 現在鍵が多く密集しているのは、明日香や雪乃のいる女子寮と、昴と十代、万丈目がいるこの寮。そして2つの鍵がすぐ手の届く距離にある場所は、この部屋だけだ。セブンスターズにとって、これほど狙うのに好条件な場所は無い。

 

 敵としても学園に実力差カーストがあることくらいは調べているはず。であれば、外部の人間から見て最も弱い十代がいて、しかも上手くいけば鍵が一気に2つ手に入るこの部屋こそ、セブンスターズの刺客に襲撃される可能性が最も高いということだ。

 

「……何か俺しれっと馬鹿にされてないか?」

 

「気のせいだろ。ま、あーだこーだ言っても実際どうなるかはその時にならないと分からんさ。──そうだ、十代。少し話がある」

 

 小首を傾げる十代を連れて、昴は寮の廊下に出る。

 

「何だよ急に?」

 

「これは、めちゃくちゃ外れて欲しい俺の予想なんだが……七精門の鍵を巡る戦い、その中で行われるのは、闇のデュエルかもしれない」

 

「闇の、デュエル……」

 

 十代の脳裏に、冬休みに行われたサイコ・ショッカーとのデュエルが思い起こされる。あれは十代の体が透ける現象といい、ダメージを受けた時の痛みといい、通常のデュエルとはかけ離れたものであったことは確かだ。

 

「俺がここに来たのも、それが理由だったりする。多分、鍵を持ってる決闘者の中で闇のデュエルを経験したことがあるのは、俺とお前だけだからな」

 

 一切の情報が不明なセブンスターズとの初戦。万が一闇のデュエルであった場合でも、事前にそうと構えておけば精神的な面で多少は違うはずだ。

 

「そういうことだったのか……でもまあ、そんなに気にしなくても大丈夫だと思うぜ?あいつら全員、強いんだしさ。まっ、俺程じゃないけどな!」

 

 眠いし早く戻ろうぜ。と、大きな欠伸をしながら部屋に戻っていった十代。昴は

 

「……俺の杞憂で済めばいいんだけどな」

 

 と、独りごちた後に、十代の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、深夜──来客用の布団など無い為、壁に背中を預けた状態で座って眠る昴の耳元で、澄んだ声が聞こえた。

 

『マスター起きて!マスター!』

 

「ん……っエリアルか?一体どうし……っこれは…!?」

 

 目を覚ました昴が見たのは、部屋の中に出現した光のドームだった。

 

「──うおっ!?なんだこれ!?」

 

 十代もハネクリボーに起こされたらしく、この状況を見て驚愕の声を上げる。

 

「おい翔!起きろ!隼人も!」

 

 セブンスターズの刺客が本当にやってきたのだと察知した十代は、翔と隼人を逃がそうと布団の上からビシバシ叩くが、寝息が聞こえるばかりで全く反応がない。

 

 十代の代わりに周囲を警戒していた昴は、首に下げたペンダントが光を発していることに気づく。墓守の長は、昴がまた闇のデュエルを行う時にこのペンダントが力を発揮すると言っていた。つまり……

 

「油断するなよ十代!向こうが何をしてくるかわからないぞ!」

 

「くそ……ああ!」

 

 

 

 

 

 

 一方──ほんの少し時は遡る。

 

 深夜に1人女子寮を抜け出した明日香は、レッド寮へ向かっていた。

 

「(十代はああ言ってたけど…やっぱり普通は倒し易い者から潰していくのがセオリーだわ)」

 

 寮を出る前に昴にメールで連絡してみたが、返信がない。もしや、十代の予想通りに……そんな嫌な予感が頭を過るが、昴ならば大丈夫だと自分を納得させる。

 

 目的のレッド寮がすぐ前に見えてきた時だった。部屋の1つから、怪しげな光が漏れ出ているのが目に入った。

 

「あの部屋は……十代の!」

 

 危機を察知して走り出す。階段を駆け上がり、十代達が寝ているはずの部屋のドアを勢いよく開ける。

 

「──無事なの十代っ!?」

 

「明日香!」

 

「お前なんでここに…!?」

 

「昴…!あなたこそどうして──!?」

 

 明日香がドームの中に足を踏み入れた瞬間──昴達の視界は白く埋め尽くされた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が晴れると、そこは灼熱だった。

 今の今まで昴達がいたレッド寮の部屋とは似ても似つかぬ、熱風渦巻く地獄の入口──ここは島にある火山の火口だ。その上に昴、十代、明日香の3人は立っている。

 

 不意に、煮え滾る溶岩の中から炎が噴き上がった。その炎は長い身体の竜を形作り、昴達の前に舞い降りる。燃え盛る炎の中から、仮面で顔を隠し、漆黒のロングコートに身を包んだ人影が現れた。昴は身構えながら口を開く。

 

「──お前がセブンスターズからの刺客か」

 

「察しがいい──我が名はダークネス。セブンスターズの1人。私の最初の相手はお前だ」

 

「へぇ…!やっぱり俺が一番強いってことか!相手になるぜ!」

 

「違う」

 

「えっ──?」

 

 意気揚々と進み出た十代だが、ダークネスの仮面の下の視線は最初からまっすぐ1人だけを捉えていた。

 

「加々美昴。お前が私の相手だ」

 

 そう言って、ダークネスは首に下げたペンダントを握り締める。すると、七精門の鍵と一緒に昴の首に下がっているペンダントが光を発し始めた。ダークネスのペンダントも同様に。

 

「これは……」

 

「何故だか分からんが、このペンダントの光に導かれた。妙な縁もあるものだ──だがそんな事はどうでもいい。私が欲しいのは、お前の首に揺れる七精門の鍵!お前からそれを奪ってみせよう…闇のデュエルでな!」

 

「やはり闇のデュエルか……っ!」

 

「そうだとも。そして闇のデュエルは既に始まっている」

 

 どういうことかと聞き返そうとした矢先──

 

 

 ──アニキー!明日香さーん!──

 ──十代!昴!──

 

 

 どこからか、翔と隼人の声が聞こえた。十代と明日香も辺りを見回すと……

 

「──あっ!あそこよ!」

 

 明日香が指さした先では、溶岩に浮かぶ岩の上に取り残された翔と隼人の姿があった。

 

「今はまだ光の檻で守られているが、時が経つに連れて檻は消えていく。デュエルが長引けば、彼らはマグマの中だ」

 

「戦いに無関係な者を巻き込む気か!」

 

「生半可な事を言うな。七精門の鍵を賭けたこの戦い、お前には骨肉の一片、血の一滴に至るまで力を絞り尽くして戦ってもらう。これはその為に態々用意した舞台だ」

 

「そんな事をせずとも、俺は──ッ!」

 

 昴の言葉を無視し、ダークネスは続ける。彼の手には、禍々しいオーラを放つ1枚のカードがあった。

 

「更に、このデュエルに敗北した者はその魂をこのカードに封印される。お互いの魂──文字通り命を賭けて、我々はこの戦いに臨むのだ。それこそが私の闇のデュエル!」

 

 ダークネスの言葉を後ろで黙って聞いていた明日香は愕然とする。デュエルで命のやり取りをするなど、今まで聞いたことがない。

 

「ねぇ十代…コレは現実なの?」

 

「……もしかしたら、夢や幻かもしれねぇ。けど、俺や昴は以前にもこんな戦いを経験したことがあるんだ。もし負けていたらどうなったのかは分からない。でもデュエルそのものは間違いなく現実だった!だから今回も……!」

 

「そんな……っ!」

 

 息を呑んだ明日香は、目の前でダークネスと対峙する昴を見る。まさかとは思うが、以前見た異世界に迷い込んだ夢──あれも現実だったというのか。

 

「昴……っ!」

 

「──いいだろう。このデュエル。受けて立つ!」

 

「ほう、思っていたより決断が早いな。勇猛なる決闘者は私としても好ましい。──ならば始めよう!お互いの命を賭けた、血湧き肉躍る闇のデュエルを!」

 

「待ってろ、翔、隼人…絶対に助ける!来い、ダークネス──ッ!」

 

 

「「決闘(デュエル)ッ!!」」

 

 

 幻魔を封じる七精門の鍵と、熱き決闘者達の命を賭けた戦いの火蓋が切られた──。

 



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真紅眼vsイビリチュア '

ナントカ、ナッ、タ……?



 デュエルアカデミア北部に位置する火山。その火口部でデュエルを行う者たちがいる。

 

 片や、世界を滅ぼす三幻魔を手に入れようと目論むセブンスターズが1人──ダークネス。

 片や、幻魔を封じる七精門の鍵を守る為に選ばれた7人の1人──加々美昴。

 

 人質に取られた翔と隼人、そしてお互いの命を賭けた闇のデュエルが、今始まろうとしていた。

 

 

 昴:LP4000  手札×5

 VS

 ダークネス:LP4000 手札×5

 

 

「先攻は私だ、ドロー!…私はモンスターを裏側守備表示でセット。カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

 

 昴:LP4000  手札×5

 VS

 ダークネス:LP4000 手札×4

 セットモンスター×1

 伏せ×1

 

 

「俺のターン!…【リチュア・チェイン】を召喚し、効果を発動!デッキを上から3枚確認し、その中から儀式魔法か儀式モンスターを手札に加える」

 

 捲った3枚の中にあった【リチュアの儀水鏡】を手札に加える昴だが、残念ながら今回の手札は事故り気味。初動から儀式召喚を行うことはできない。

 

 

【リチュア・チェイン】

 ✩4 海竜族 ATK1800 DEF1000

 

 

「バトル!【リチュア・チェイン】でセットモンスターを攻撃!」

 

【チェイン】が投げた(モリ)に反応し、ダークネスのモンスターが姿を現す──

 

 

黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)

 ✩1 ドラゴン族 ATK600 DEF600

 

 

「お前が攻撃したのは【黒鋼竜】──戦闘では破壊されるが、フィールドから墓地へ送られたことで効果を発動させてもらうぞ」

 

「【黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)】……!」

 

【黒鋼竜】は、場から墓地へ行くとデッキより【レッドアイズ】カードを手札に加える効果を持っているのだ。即ち、ダークネスが使うデッキは……

 

「【真紅眼(レッドアイズ)】か……!」

 

 早くもダークネスのデッキを看破した昴はカードを4枚伏せ、全力防御の姿勢を取ってターンを終了した。

 

 

 昴:LP4000 手札×1

【リチュア・チェイン】

 伏せ×4

 VS

 ダークネス:LP4000 手札×5

 伏せ×1

 

 

「その程度か?あまり私を失望させてくれるなよ──私のターン!私は魔法カード【レッドアイズ・インサイト】を発動!コストとしてデッキから【真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)】を墓地に送り、魔法カードの効果でデッキから【レッドアイズ】の名を持つ魔法・罠カードを手札に加える」

 

【レッドアイズ・インサイト】でサーチするカードの候補として真っ先に挙がるのは間違いなく「あのカード」だ。この後のダークネスの動き如何では……昴は敗北する。

 

「更に魔法カード【ワン・フォー・ワン】を発動!手札の【真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)】を墓地に送り、デッキからレベル1モンスター【伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)】を特殊召喚!」

 

 

【伝説の黒石】

 ✩1 ドラゴン族 ATK0 DEF0

 

 

 ダークネスの前に現れたのは、赤黒い光を明滅させる黒竜の卵。その卵は、明滅と同時に脈動していた。

 

「【伝説の黒石】の効果発動!自身をリリースすることで、デッキからレベル7の【レッドアイズ】モンスターを特殊召喚できる!──現れるがいい!【真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)】!!」

 

 卵が割れ、中から姿を現したのは真紅眼の血に名を連ねる1体──両翼に炎を纏った漆黒のドラゴンだった。

 

 

【真紅眼の黒炎竜】

 ✩7 ドラゴン族 ATK2400 DEF2000

 

 

「続けて永続罠発動【真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)】!墓地より甦れ!【真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)】──!」

 

 

【真紅眼の黒竜】

 ✩7 ドラゴン族 ATK2400 DEF2000

 

 

 これこそが、全ての真紅眼の始祖たる黒竜。一切の光を通さぬ黒き体の中で唯一異彩を放つ真紅の眼が、昴の身体を真っ直ぐに貫いた。

 

「アレが…伝説の【青眼(ブルーアイズ)】と対を成す赤き眼の竜……!」

 

「すげぇ……!」

 

 後ろで昴のデュエルを見守る十代と明日香も、敵ながらダークネスのモンスターに目を奪われる。

 

「まだだ!私のドラゴンの力はこんなものではない!私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「はぁ!?一体何言ってんだアイツ?」

 

「ククク…学園の中でも落ちこぼれの十代(キサマ)は知るまい──」

 

真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)】は、【デュアル】という特殊な効果を持つモンスターだ。

 デュアルモンスター共通の効果として、手札や墓地に存在する限りは通常モンスターとして扱われる。ただ召喚しても基本的には効果を発揮しないが、通常召喚権を消費して「再召喚」することで、【デュアル】モンスター達は効果モンスター扱いとなり様々な力を発揮するのだ。

 1ターンに1度しか行えない通常召喚を2度──単純に考えて召喚してから効果を発揮するまでに2ターン待たなければいけないのがネックだが、その分効果は強力なものが多い。

 

「バトルだ!【真紅眼の黒炎竜】で【リチュア・チェイン】を攻撃!──ブラック・フレア!」

 

 炎を纏った【真紅眼】が灼熱のブレスを放つ。発生するダメージは軽微だが、この攻撃は防がねばならない──!

 

「罠発動──【ドレインシールド】!攻撃を無効にし、【真紅眼の黒炎竜(ブラックフレアドラゴン)】の攻撃力分ライフを回復する!」

 

 

 昴:LP4000→6400

 

 

「ちっ……やれ!【真紅眼】!──黒炎弾!」

 

 漆黒の竜が放った黒き炎は、【リチュア・チェイン】を跡形もなく焼き尽くす。その熱量は、後ろにいる昴の肌をも薄らと焦がした。

 

「罠発動【ガード・ブロック】!戦闘ダメージを0にして1枚ドローする!」

 

 強大なドラゴン2体の猛攻を防ぎ切った昴に、ダークネスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「まだライフは全快だというのに【真紅眼の黒炎竜(ブラックフレアドラゴン)】の攻撃を防ぐとはな、いい読みをしている。だがお前のライフが増えることは、この闇のデュエルで味わう苦痛が長引くことを意味する。そして……」

 

 ダークネスの視線が翔と隼人の方へ向けられる。自分達を守る光の檻の中、固唾を飲んでこちらを見守る2人だが、手をついていた壁が突如として消え去る。檻の外に転げ落ちそうになるのを何とか耐えた翔達だったが、既に2人を守る壁は消滅を始めているようだ。

 

「フッ…彼らの身も危険だぞ?」

 

「そうなる前にお前を倒す」

 

「その意気や良し。私はカードを1枚伏せる。さぁ、お前のターンだ」

 

 

 昴:LP6400 手札×2

 伏せ×3

 VS

 ダークネス:LP4000 手札×3

【真紅眼の黒竜】

【真紅眼の黒炎竜】(D(デュアル))

 永続罠:【真紅眼の鎧旋】

 伏せ×1

 

 

「俺のターン!【リチュア・アビス】を召喚!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ✩2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「【アビス】の効果でデッキから【ヴィジョン・リチュア】を手札に!その【ヴィジョン】を墓地に送って効果発動。デッキから【リヴァイアニマ】を手札に加える!」

 

 ダークネスの永続罠【真紅眼の鎧旋】は、毎ターン墓地の【真紅眼】を復活させられる厄介なカード。後続を断つために、まずはこれを処理する。

 

「儀式魔法【リチュアの儀水鏡】発動!手札の【リヴァイアニマ】を素材とし、儀式召喚!──現れろ【イビリチュア・ソウルオーガ】!」

 

 

【イビリチュア・ソウルオーガ】

 ✩8 水族 ATK2800 DEF2800

 

 

「墓地に存在する【リチュアの儀水鏡】の効果!こいつをデッキに戻して、墓地の【リヴァイアニマ】を回収。そして【ソウルオーガ】の効果発動!今手札に加えた【リヴァイアニマ】をコストに、【真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)】をデッキに戻す!──ハウリング・ソウル!」

 

「ならばその効果にチェーンし、【真紅眼の鎧旋】の効果を発動!墓地の【真紅眼の黒炎竜(ブラックフレアドラゴン)】を特殊召喚!」

 

 ダークネスの罠がフィールドから消え去る直前に、墓地から3体目のドラゴンが復活する。

 

「そう来るのは分かっていた──!罠カード【つり天井】!お互いの場に4体以上のモンスターが存在する場合、表側表示のモンスターを全て破壊する!」

 

 突如出現した刺付きの天井に押し潰され、ダークネスのモンスターが全て葬られる。しかし……

 

「ちぃ…ッ!私のレッドアイズを破壊する為とはいえ、態々召喚した攻撃力2800のモンスターを道連れにするとはな」

 

「まだだ!続けて罠発動──【激流蘇生】!」

 

「何ッ!?」

 

「自分フィールドの水属性モンスターが戦闘・効果で破壊された時、破壊されたモンスターを全て復活させる!」

 

 昴の場に残っていた激しい水の奔流から、【ソウルオーガ】と【リチュア・アビス】が姿を現す。

 

「更に、この効果で特殊召喚されたモンスター1体につき500ポイント、相手のライフを削る!1000ポイントのダメージを受けてもらうぞ──!」

 

「ぬぅ……っ!」

 

 

 ダークネス:LP4000→3000

 

 

「バトルだ!【ソウルオーガ】でダイレクトアタック!──リチュアル・ブラスト!」

 

 儀水鏡の力を圧縮して放たれた水の波動が、ダークネスを直撃する──!

 

「ぐっ…おおおおぉぉぉ──っ!」

 

 

 ダークネス:LP3000→200

 

 

 この闇のデュエルのルールはしっかりとダークネス自身にも働いているらしく、苦悶の声を上げたダークネスは、食いしばった歯の隙間から荒い息を漏らした。

 

「トドメだ!【リチュア・アビス】でダイレクトアタッ──」

 

「──この瞬間ッ!【レッドアイズ・スピリッツ】発動!再び甦れ!【真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)】!」

 

 罠カードの効果によりダークネスの元へ舞い戻った黒竜相手では【アビス】は太刀打ちできない。やむ無く攻撃は中断され、ターンはダークネスへ渡った。

 

 

 昴:LP6400 手札×0

【イビリチュア・ソウルオーガ】

【リチュア・アビス】

 VS

 ダークネス:LP200 手札×3

【真紅眼の黒竜】

 

 

「ハァ…ハァ…ッフフフ。見事だ、加々美昴。この私をここまで追い詰めるとはな。だが、これで勝った気になって貰っては困る!私のターン!」

 

「来るか……っ!」

 

 

「私は魔法カード【真紅眼融合(レッドアイズ・フュージョン)】を発動!」

 

 

 眼下の溶岩から赤と黒の炎が舞い上がり、ダークネスの頭上で渦状に絡み合う。

 

「私はデッキからレベル7の【真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)】と、レベル6である【真紅眼(レッドアイズ)の凶星竜-メテオ・ドラゴン】を墓地に送り、2体のドラゴンを融合させる──!」

 

「デッキのモンスターで融合だって!?」

 

 同じ融合を主軸にした戦いをする十代は、これまでの融合召喚の常識を覆す【真紅眼融合】に驚きを隠せないようだ。

 

 

「その身に燃え盛る流星(ホシ)を纏い飛来せよ!──【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】!!」

 

 

【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】

 ✩8 ドラゴン族 融合 ATK3500 DEF2000

 

 

 全身をゴツゴツとした岩肌に変質させ、その上から更に炎を纏った黒竜。【真紅眼】の系譜たる証の真紅の瞳は健在だが、その眼の奥では灼熱の炎が激しく滾っていた。

 

「【流星竜】は融合召喚に成功した時、場かデッキから【レッドアイズ】モンスターを墓地に送り、そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。私はデッキの【真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)】を墓地に送り、その攻撃力の半分──1200のダメージをお前に与える!」

 

【流星竜】が空に向かって咆哮すると、どこからか小さな隕石郡が昴目掛けて飛来する──!

 

「マズい──離れろッ!」

 

 昴は背後にいた明日香を十代に押し付け、その十代ごと2人を横に押し退ける。次の瞬間、昴の周囲に大量の小型隕石が降り注いだ──!

 

「ぐ…ううぅ……ッ!」

 

 

 昴:LP6400→5200

 

 

「この程度では終わらんッ!魔法カード【黒炎弾】!フィールドにいる【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】の元々の攻撃力──3500のダメージを受けろ!」

 

「っ…ぐあああああぁぁぁ──ッ!」

 

 黒竜の放った黒い炎が昴の身体を包み込む。実際に身を焼かれる感覚とは恐らく違うものの、それでも想像を絶する程の苦痛が昴の全身を駆け巡った。

 

「どういうことだよ!?【黒炎弾】は【真紅眼の黒竜】の攻撃力分のダメージを与えるカードだぞ!」

 

「【真紅眼融合】で召喚されたモンスターは、【真紅眼の黒竜】の名を受け継ぐのだ!」

 

 同時に【黒炎弾】の制約によってこのターン攻撃ができなくなるデメリットも抱えているが、それでも一撃で3000を超えるバーンダメージは脅威だ。

 同じ闇のデュエルとはいえ、墓守の長の時とは痛みのレベルが違う。文字通り身を焦がす炎と衝撃に耐えかねた昴の体は、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「昴──ッ!」

 

「やべぇ──ッ!」

 

 足場に叩きつけられ、そのまま溶岩の海に落ちそうになった昴の腕を明日香が、脚を十代が掴んだお陰で、何とか体の半分が足場からずり落ちる程度で済んだ。

 

「昴!しっかりして昴!」

 

「おい昴!」

 

 必死に呼びかけるも引っ張り上げられた昴からの返事は無い。まだ息はあるようだが、その意識は判然としていなかった。

 

 

 昴;LP5200→1700

 

 

 その様子を下から見ていた翔と隼人も、必死に昴の名を呼びかける。

 

「昴ーッ!返事がない…もしかして、死──」

 

「そんなわけないだろっ!昴君はアニキと同じくらい強いんだ!こんなところで倒れるわけない!」

 

 昴の身を案じる2人だが、彼ら自身の身もまた危険に晒されていた。光の檻には既に3つ程の穴が空いており、足元に至っては土台の岩が徐々に溶岩の中へ沈み始めているのだ。最初は心強かったこの檻も、グツグツと煮え滾る溶岩の中に入って尚翔達を守ってくれるとは思えない。

 

「立て、加々美昴。お前の力はこんな程度ではないはずだ」

 

 先も言ったように、【黒炎弾】の制約により【真紅眼の黒竜】及び、その名を持つ【流星竜】はこのターン攻撃を行うことができない。よってダークネスの攻撃はここで終了するが、このまま昴が意識を取り戻さなければデュエルに敗北してしまう。

 

「っ……もう止めて!このデュエルを中止して!」

 

 昴は意識を失い、翔と隼人は溶岩に沈みつつあるるこの状況。意を決した明日香は、ダークネスに交渉を持ちかける。

 

「……お前は?」

 

 ダークネスはまるで今気づいた、とばかりに名を尋ねる。

 

「私は天上院明日香──私も鍵を持ってるわ。これをあなたに渡すから、昴と十代、翔くん達を助けて!」

 

「無理だな。一度始まった闇のデュエルは、敗者の魂を封印するまで終わらない」

 

「だったら……私が──私がカードに封印されるわ!」

 

「何言ってんだ明日香!──ダークネス!俺とデュエルだ!昴のデュエルは俺が引き継ぐ!俺が相手になってやる!」

 

「ダメよ十代!危険だわ!」

 

「けどこのままあいつに鍵を渡す訳にはいかないだろ!」

 

 言い争う十代と明日香。そんな中、ダークネスは明日香のことをジッと見つめていた。

 

「天上院……明日香………」

 

 その名前を呟いたと同時に、十代と明日香の言い争いにもピリオドが打たれる。

 

「──まったく…人の横で、ギャーギャー騒ぐな……やかましい」

 

「昴……!」

 

「明日香、馬鹿な事を言うもんじゃないぞ。デュエルは続いてて、俺はまだッ……負けてない」

 

 ふらつく足で何とか立ち上がった昴だが、正直かなりしんどい。火事場の気合と根性で何とか意識を繋ぎ留めている状態だ。

 

「昴…お前、大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫に決まってんだろ。お前こそアタマ大丈夫か?これは俺の戦いだ。そこに割って入ろうとするなんざ、お前らしくもない」

 

 息も絶え絶えの状態で元の場所に戻った昴は、デュエルディスクを構え直す。

 

「待たせたなダークネス。デュエルを続けよう……!」

 

「それでいい。お前の力を見せてみろ!私は【真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)】を守備表示に変更し、ターンエンドだ」

 

 

 昴:LP1700 手札×0

【イビリチュア・ソウルオーガ】

【リチュア・アビス】

 VS

 ダークネス:LP200 手札×2

【真紅眼の黒竜】

【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】

 

 

「俺のッ…ターン!──魔法カード【強欲な壺】発動!デッキから2枚ドローする!」

 

 土壇場で引き当てたドローカードで新たに昴の手に入った2枚。このカード次第で、このデュエルの勝敗は決せられると言っていい。

 

「手札の【シャドウ・リチュア】の効果!デッキから【リチュア】の儀式魔法を手札に加える……ッ!」

 

 残りライフは1700。一気に回復を見込める【ドレイン・シールド】は既に使ってしまった。更にダークネスの場にいる【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】は攻撃力3500と、昴のデッキにいるモンスターの中にこれを超えられる者は存在しない。

 

 だが、それでも諦めるわけにはいかないのだ──

 

 

「魔法カード……【リチュアの儀水鏡】発動──ッ!」

 

 

 昴の頭上に、光を発する儀水鏡が出現する。本来ならここで儀式召喚の素材を指定するところだが……

 

「(くっそ…大事な時に……!意識が……ッ)」

 

 昴の気力も限界に近づきつつあるようだ。徐々に朦朧としてくる意識を手放してなるものかと、必死の抵抗を見せる。

 

 そんな時──フィールドに立っていた【ソウルオーガ】と【リチュア・アビス】が、ひとりでに儀水鏡へ手を翳した。昴の指示が下されてないにも関わらず、だ。

 2体のモンスターの魂を取り込んだ儀水鏡が一際強い光を放つ。その光が、昴の意識を現実へ引き戻した。

 

 聞こえる──音はせずとも、昴に向かって語りかけるデッキ(仲間達)の声が。

 その声に応えるべく、昴は吠える。【リチュア】が誇る「最強」の名を───!

 

 

 

「儀式…召喚ッ!───ジールギガァァァァァァァァァァス!!!!

 

 

 

 昴の呼び声で、儀水鏡に巨大なリチュアの紋章が展開される。その中から這い上がるように、巨大な4本の腕が伸びてきた。巨木の様な腕を使って飛び上がり、フィールドに降り立った剛力無双の巨人は、背中の両翼を大きく広げ、星が瞬く夜空へ猛々しく咆吼した。

 

 

【イビリチュア・ジールギガス】

 ✩10 水族 儀式 ATK3200 DEF0

 

 

【リチュア】の中で最高の攻撃力を持つ【ジールギガス】でさえも、ダークネスの【流星竜】には一歩及ばない。だが昴とて、無策でただ【ジールギガス】を召喚したわけではない。

 

「まさかこれほどのモンスターを隠していたとはな……だが!私の【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】の攻撃力は3500!そのモンスターでは私を倒すことはできない!」

 

「【ジールギガス】の効果発動!1000ポイントのライフを払い、デッキから1枚ドローする!この効果でドローしたカードは、お互いに確認しなきゃならない──俺が引いたのは【水精鱗(マーメイル)-ネレイアビス】だ」

 

「……どうやら、お前の望んでいた結果にはならなかったようだな」

 

「残念ながらな。でもこれで勝利への道は繋がった!」

 

 昴は墓地の【儀水鏡】の効果で【ソウルオーガ】を回収し、バトルフェイズに突入する。

 

「【ジールギガス】で【流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン】を攻撃──!」

 

「血迷ったか!攻撃力はこちらが上だ!」

 

「──ダメージステップ時、手札の【水精鱗-ネレイアビス】を墓地に送って効果発動!」

 

「手札からモンスター効果を……ッ!?」

 

「俺は手札の水属性モンスター【ソウルオーガ】を破壊することで、その攻守の値を【ジールギガス】に加える!これで攻撃力は6000だ!」

 

「バカな…ッ!私の【真紅眼】が……!」

 

「行け!【ジールギガス】!──ギガントマキア・インパクト!!」

 

 胸に埋め込まれた儀水鏡の力を拳に込めた巨人は、渾身の一撃を叩き込む──!

 

「ぐぉおおおおおおおぁぁぁ──ッ!」

 

 

 ダークネス:LP200→0

 

 

 壮絶な断末魔と共に、ダークネスのライフは0となった。

 膝をついたダークネスの体が、渦巻く炎に包まれる。同時に、気力が限界に達した昴もまたその場に崩れ落ちた。

 

「昴──!」

 

「しっかりしろ!」

 

「十代…あいつらは無事、か──」

 

 翔と隼人の身を案じる言葉を最後に、昴は意識を手放す。そこへ駆け寄った十代と明日香は、突如昴を包み込んだ炎の渦に巻き込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ここは…?」

 

「アニキ!明日香さん!」

 

「無事だったんダナ!」

 

「お前らこそ!無事で良かった」

 

「2人とも怪我はないのね?」

 

 明日香と十代が目を覚ましたのは、火山の麓だった。一足先に起きて2人の事を心配そうに見下ろしていた翔と隼人の無事を喜ぶのも束の間……

 

「──昴は?」

 

 辺りを見回すと、少し離れたところで倒れている昴の姿が。慌てて駆け寄った十代達によって、昴の体が助け起こされる。

 

「昴ッ!」

 

「昴!しっかりしろ!」

 

 何度か呼びかけてみるも、反応はない。明日香が脈を測ったところ命に別状はないようだが、体中ボロボロだ。

 

「俺たちが敵に捕まったりなんかしたから……」

 

「止めろ隼人。お前達は何も悪くねぇ!俺や昴にだって、どうにもできなかった……」

 

 昴が傷ついたことに胸を痛める隼人達。そんな中、明日香は傍らに1枚のカードが落ちてるのを見つける。拾い上げてみると、そこには暗闇の中で鎖に縛られたダークネスの仮面が描かれていた。

 ダークネスは闇のデュエルに敗れた者の魂がカードに封印されると言っていた。という事は……

 

「……これが、ダークネスの魂」

 

 立ち上がった明日香は、そこから更に歩を進める。向かう先には、先の昴と同じように倒れ伏すダークネスの姿があった。

 

 慎重に近づく明日香は、遠目に見えたダークネスの顔に驚愕する。

 

「そんな……ッ!」

 

 仮面の下に隠されていたダークネスの素顔……それはずっと行方を眩ませていた明日香の兄である、天上院吹雪だった。体を支配していたダークネスの魂がカードに封印されたことで、元の吹雪の魂が目覚めたのだ。

 

 こんな形ではあるが兄との念願の再会を果たした明日香は、涙ながらに吹雪の身体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、十代達の元へは戦いの気配を感じ取った亮達が駆けつけていた。

 

「やはり、闇のデュエルか……話は聞いたことがあったが」

 

「あぁ…すげぇ戦いだったぜ」

 

「でも、昴は勝ったんダナ!」

 

「話は後になさい。今は昴を保健室に連れて行くのが先決よ」

 

 雪乃の言葉を受け、隼人は十代の助けを借りて昴を背負う。同じく意識を失っている吹雪は亮が背負い、2人の身柄は保健室へと運び込まれた。

 

 七精門の鍵を巡る戦い──鮫島から話を聞いた時はまだ半信半疑だった面々は、この戦いの恐ろしさを目の当たりにしたのだった。

 




さて、次の戦いはどうしたものか
やりたい事はあれど色々議論を呼びそうではある…A案とB案、どっちを取るかなぁ…
まあ、なんとかなるでしょう。多分


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吸血鬼の恐怖、開かれし幻魔の扉






 三幻魔のカードを解放する為、七精門の鍵を狙うセブンスターズ。その第1の刺客であるダークネスとのデュエルが行われた後日──目を覚ました昴が最初に見たのは、保健室の天井だった。

 

「ここは……」

 

 徐々に視界が鮮明になっていく。壁の時計を見ると、時刻は夜中を指していた。

 一体どれだけの時間こうして眠っていたのか。体を起こそうとした昴がベッドに手を付くと……

 

「──ぁんっ」

 

「──ん?」

 

 妙に扇情的な嬌声と、手元にベッドとはまた違った柔らかい感触が。

 

「んっ、もう……いけない子ね、いきなり鷲掴みにするなんて。でもそうやって情熱的に求められるのも悪くないかも……」

 

 中途半端に捲れた布団の下には、見覚えのある藤色の髪が覗いている。その時点で、大方の状況は察せた。

 

「お前、何してんの……?」

 

「見て分からないかしら?体温を分け与えていたのよ。未来の伴侶だもの、当然でしょう?」

 

 ベッドに潜り込んでいた雪乃は、昴の身体を跨ぐ形で覆い被さると、妖艶な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。

 

「頑張ったいい子には、ご褒美をあげないと──」

 

「ご褒美、って……」

 

「男と女が同じベッドで寝てるのよ?この状況でする事なんて、1つしかないじゃない」

 

 雪乃の白く柔らかい手が昴の頬を撫でる。均整のとれた美貌が近づいたかと思えば──

 

 

 チュッ

 

 

 と、額に柔らかい感触。思わず目を瞑ってしまっていた昴は、恐る恐る目を開く。

 

「ふふっ、相変わらず可愛い反応ね──冗談よ。ここから先はまた今度、ね」

 

 流石の雪乃も、いつセブンスターズの襲撃を受けるか分からないこの状況をしっかり認識しているらしい。曰く、こうして昴の傍にいたのも、次なる刺客に寝込みを襲われる危険性を鑑みてのことだったようだ。……尤も、ベッドの中にまで潜り込む必要があったのかは疑問だが。

 

「それより、あれから──俺がダークネスと戦ってからどれだけ経った?」

 

「丸3日ってところかしら」

 

「その間、誰か奴らと戦ったか?」

 

 昴の問いに、雪乃は神妙な面持ちで閉口する。まさか、昴が寝ている間に誰かが闇のデュエルを……?

 

「……結論から言えば、イエスよ。そして──クロノス先生が敗北したわ」

 

「なっ……おい待て、何でクロノス先生がデュエルしてるんだ!?あの人は鍵を持ってないだろ!」

 

 確かにクロノスは鮫島校長が当初集めた、鍵を守る7人の内の1人だった。しかし乱入してきた雪乃がその椅子に座った事で、クロノスは大徳寺共々生徒達のサポート役に回ったはずだ。

 

「ええ、その通りよ。けれど──ここからは、順を追って話しましょう」

 

 昴がダークネスに勝利したその翌日からだ。学内では「夜中の湖に吸血鬼が出た」という噂が囁かれていた。タイミング的にも、これはセブンスターズの次なる刺客であると睨んだアカデミア陣営は夜中の湖に出向き、噂の吸血鬼──カミューラと対峙。彼女本人の指名で、当初は亮が相手を務めるはずだったのだが……

 

 

 ──ストップなノーネ!私は闇のデュエルなんて眉唾を信じるつもりはありませンーガ、シニョール加々美がああなった以上、君達生徒に危険なデュエルをさせるわけにはいきませンーノ!

 

 

 と、名乗りを上げたのがクロノスだったというのだ。頑として譲らないクロノスに、カミューラは渋々ながらこれを承諾。前哨戦とも言えるデュエルが行われた。

古代の機械(アンティークギア)】を駆使した巧みな戦術で善戦するクロノスだったが、何度倒しても蘇るカミューラのアンデットデッキの前に惜敗を喫してしまう。その結果……

 

「……クロノス先生は、魂を人形に封印されてしまったわ」

 

「……ある意味、俺が原因か。俺がこんな無様な姿を晒してなければ……」

 

 闇のデュエルが危険なものであることに変わりはない。だからこそ、経験者である自分か十代が矢面に立ち続けるべきだと昴は予てより思っていた。その点ではクロノスと同じ考えだったと言えるだろう。……セブンスターズ側が相手を指名するケースを考慮していなかった事もあり、楽観的な考えとも取れるのだが。

 

「必要以上に自分を責めるのは止しなさい。それに、少しは私達のことを信用して欲しいものね。あなたとダークネスの戦いを経て、私達は闇のデュエルがどれほど危険なものかを知った。それでも、誰ひとりとして怖気づいた者はいなかったわ──カイザー亮もね」

 

「……まさか」

 

「ええ。今夜カミューラと戦うのは、丸藤亮よ」

 

「カイザーが……」

 

「アカデミアの帝王の実力は、あなたも理解してるはずよ」

 

 直接目にしたのは1度だけだが、亮のデュエルは見事だった。魂を賭けた闇のデュエルともなれば、手加減など一切ない本気で臨むはずだ。亮の使用するサイバー流の本気……それがどれ程強力かは、昴とて骨身に染みている。

 

「そうだな……ッと」

 

「……まさか、行くつもり?」

 

「当然だ。せめて見届けなきゃな」

 

 嘆息した雪乃はベッドから出ようとする昴の身体を支える。保健室の出口に向かう途中、別のベッドに目が止まった。

 

「こいつは……」

 

「そういえば、まだ知らなかったわね。彼は天上院吹雪──明日香が探していた、実の兄よ。ダークネスに憑依されていたのを、あなたがデュエルに勝利したことで解放されたようね。命に別状は無いそうよ」

 

「そうか……なら、ボロボロになった甲斐もあったな」

 

「明日香も心配してたわよ。後でちゃんと挨拶しておきなさい」

 

 そう言って、昴と雪乃は戦いの地──吸血鬼の居城へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島の中に広がる大きな湖──その湖面に敷かれた不思議なレッドカーペットを渡った先に、その城はあった。廃墟同然の古ぼけた城の広間には、デュエルを見守る明日香や十代達の姿が。

 

「──昴!あなた、身体は大丈夫なの!?」

 

「まぁな。心配かけて悪かった──それで、カイザーのデュエルは?」

 

「これから始まる所だ。吸血鬼カミューラ……あのクロノス先生を破った実力は確かだが」

 

「なぁに、カイザーなら勝つさ!なんたって、俺を倒した決闘者なんだぜ!」

 

「フン、貴様のようなドロップアウトを倒した程度、自慢にもならんだろ──だが今日のカイザーは一段と気迫がある。あの吸血鬼、終わったな」

 

 万丈目が目を向ける先でカイザーと向かい合う相手──肩を大きく露出した赤いドレスを身に纏う美しい女。アレが話に聞く吸血鬼カミューラなのだろう。

 

「どうやら観客も揃ったようね。改めてルールを──勝者は次なる戦いへ、敗者はその魂をこの愛しき人形に封印される──覚悟はよろしくて?」

 

「御託はいい。始めるぞ」

 

 双方デュエルディスクにデッキをセットし、戦いの準備が完了する。

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

   亮   :LP4000 手札×5

   VS

 カミューラ:LP4000 手札×5

 

 

「先行は頂くわ。ドロー!私は【ヴァンパイアの幽鬼】を召喚!」

 

 カミューラが召喚したのは、ボロボロの黒装束に身を包んだ怪しげな吸血鬼。その姿は名前の通り幽霊の様に霞んでおり、赤い双眸が存在感を放っている。

 

 

【ヴァンパイアの幽鬼】

 ☆3 アンデット族 ATK1500 DEF0

 

 

「召喚成功時、手札の【ヴァンパイアの眷属】を墓地に送って【ヴァンパイアの幽鬼】の効果を発動するわ。デッキからレベル4以上の【ヴァンパイア】を手札に加え、更にレベル2以下の【ヴァンパイア】を墓地に送る」

 

 アンデット族はとりわけ墓地を利用した戦術を得意とするデッキだ。サーチに加え、2枚の墓地肥やしは大きなアドバンテージと言える。

 

「続けて永続魔法【ヴァンパイアの領域】発動!」

 

 突如として、城の中に怪しげな光が差し込む。ひび割れた壁の隙間から空を見上げれば、今まで優しい光で地上を照らしていた月が赤黒く変色していた。その色は正しく、カミューラの操る【ヴァンパイア】の瞳と同じ血のような赤──

 

「【ヴァンパイアの領域】の効果!ライフを500払い、私はこのターンもう一度だけ【ヴァンパイア】を通常召喚出来る。よって【ヴァンパイア・ソーサラー】を召喚!」

 

 

 カミューラ:LP4000→3500

 

 

【ヴァンパイア・ソーサラー】

 ☆4 アンデット族 ATK1500 DEF1500

 

 

「更に魔法カード【ヴァンパイア・デザイア】!場の【幽鬼】を墓地に送り、墓地の【ヴァンパイアの眷属】を守備表示で特殊召喚!」

 

【幽鬼】の身体が無数のコウモリとなって立ち消え、再凝集したコウモリ達は元とは違う、4足歩行の獣の姿を形作った。

 

 

【ヴァンパイアの眷属】

 ☆2 アンデット族 ATK1200 DEF0

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンド──さ、あなたのターンよ」

 

 

   亮   :LP4000 手札×5

   VS

 カミューラ:LP3500 手札×1

【ヴァンパイア・ソーサラー】

【ヴァンパイアの眷属】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 伏せ×1

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを一瞥した亮は、すぐさま動き始める。

 

「魔法カード【エマージェンシー・サイバー】を発動!デッキから【サイバー・ドラゴン】を手札に加える。続けて魔法カード【おろかな埋葬】でデッキから【サイバー・ドラゴン・ヘルツ】を墓地へ。墓地に送られた【ヘルツ】の効果で、デッキから2枚目の【サイバー・ドラゴン】を手札に加える。そして手札から【サイバー・ドラゴン・コア】を召喚!」

 

 

【サイバー・ドラゴン・コア】

 ☆2 機械族 ATK400 DEF1500

 

 

 亮が召喚したのは、全ての【サイバー・ドラゴン】の(コア)となる素体。装甲も武装も持たない機械竜は戦闘能力こそ低いものの、通常の【サイバー・ドラゴン】には無い力を秘めている。

 

「【サイバー・ドラゴン・コア】は召喚成功時、デッキから【サイバー】及び【サイバネティック】と名のつく魔法・罠カードを1枚手札に加える事ができる」

 

「あら。沢山カードを使った割に、出てくるのはその可愛らしいおもちゃだけかしら?【サイバー・ドラゴン】は自分の場に他のモンスターが存在しない場合しか特殊召喚ができない──順番を間違えたわね」

 

「黙れ。クロノス教諭の魂を封じ込め、あまつさえそのデュエルを踏みにじった貴様とのデュエルを長引かせるつもりはない。サイバー流の力を思い知らせてやる──【パワー・ボンド】発動!」

 

「出た、カイザーの最強融合魔法!」

 

「早くも勝負を決めに行くつもりか!」

 

 後攻1ターン目にして早速の【パワー・ボンド】──1枚でデュエルを決着させる力を秘めたキラーカードの発動に、十代や三沢達も色めき立つ。

 

 

「俺は手札にいる2体の【サイバー・ドラゴン】と、フィールドの【サイバー・ドラゴン・コア】を素材に融合召喚!──現れろ!【サイバー・エンド・ドラゴン】!!

 

 

【サイバー・エンド・ドラゴン】

 ☆10 機械族 融合 ATK4000 DEF2800

 

 

 満を辞して現れた、サイバー流の頂点に君臨する三つ首の機械竜。その威光は闇のデュエルの中にあっても尚健在であり、猛々しい咆哮が古城に木霊する。

 

「お兄さん……」

 

 広間から亮の姿を見上げる翔は、驚きと感動を隠せずにいた。普段の亮のデュエルスタイルはリスペクトデュエル──相手を尊重し、その戦術を全て受け止めた上で倒すというものだ。しかし今回は違う。カミューラが布陣を整えるより先に【パワー・ボンド】で王手をかけた。

 先程の亮の言葉──「デュエルを長引かせるつもりはない」──こそが、リスペクト精神を排した「倒す為だけのデュエル」の証左……クロノスとのデュエルを踏みにじったカミューラに対する、亮の怒りの程を表している。

 

「確かに攻撃力4000のモンスターは強力だけど……少し勝負を急ぎ過ぎではなくて?【パワー・ボンド】が抱える大きなリスクは、あなたもよく知っているはずよ」

 

【パワー・ボンド】のデメリット──発動したターンのエンドフェイズに、このカードで融合召喚したモンスターの元々の攻撃力分ダメージを受けてしまう。そして【サイバー・エンド】の攻撃力は4000、未だ全快状態の亮のライフでさえ一撃で消し飛んでしまう。

 

「言われるまでもない。俺より先に、貴様のライフを削りきればいいだけの話だ──【パワー・ボンド】の効果で融合召喚した【サイバー・エンド】は、攻撃力が2倍の8000にアップする」

 

 

【サイバー・エンド・ドラゴン】

 ATK4000→8000 DEF2800

 

 

「【サイバー・エンド・ドラゴン】は守備モンスターを攻撃した場合貫通ダメージを与える──この意味が分かるな」

 

 亮が睨む先にいるカミューラのモンスター ──守備表示の【ヴァンパイアの眷属】は守備力0。【サイバー・エンド】の攻撃を受ければ実質ダイレクトアタックとなり、その一撃で亮の勝利が決定する。

 

「バトルフェイズ──!」

 

「勝負を急ぎ過ぎだと言ったはずよ──ッ!メインフェイズ終了前に、私の墓地に眠る【ヴァンパイアの幽鬼】の効果発動ッ!」

 

「何ッ!?」

 

「【ヴァンパイアの幽鬼】は、お互いのメインフェイズにライフを500ポイント払い墓地の自身を除外することで、【ヴァンパイア】を1体召喚することが出来る。私は場の【眷属】と【ソーサラー】をリリース!──目覚めの時間よ!【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】ッ!!

 

 

 カミューラの呼び声に応じて現れたのは、怪しくも可憐な女吸血鬼。カミューラが残していた手札の最後の1枚だ。

 

 

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

 ☆7 アンデット族 ATK2000 DEF2000

 

 

カミューラ:LP3000

 

 

「……確かに、相手ターンに召喚してきたのは驚いたケド、それでも攻撃力2000なら【サイバー・エンド】の敵じゃないんダナ!」

 

「ああ!生半可な壁モンスターで止められる程、カイザーの最強モンスターは甘くないぜ!」

 

 新たな【ヴァンパイア】の出現に面食らいつつも彼我のステータス差に安堵する隼人と十代だったが、その隣でただ1人、昴だけが切迫した表情を浮かべていた。

 

「ここで【ヴァンプ】だと……ッ!?カイザーッ!」

 

「ふふっ。生半可かどうか、教えてあげるわ──ッ!【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の効果発動!この娘は召喚成功時、自身よりも攻撃力の高い相手モンスター1体を魅了し、その力を我が物にできるのよ!」

 

 今亮の場に存在するのは【サイバー・エンド】のみ。その攻撃力は8000と【ヴァンプ】を大幅に上回っている。このままでは【サイバー・エンド】が吸血鬼の魅了の力で、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の装備カードとなってしまう──!

 

 しかし亮もただ無策で【サイバー・エンド・ドラゴン】を召喚したわけではない。彼はこのデュエルアカデミアの頂点に君臨する帝王(カイザー)だ。当然、カミューラが何かしらの抵抗を見せてくるであろう事は予測済みだった。

 

「速攻魔法【融合解除】!──【サイバー・エンド】をEXデッキに戻し分離。融合素材となった2体の【サイバー・ドラゴン】と【サイバー・ドラゴン・コア】を攻撃表示で墓地から特殊召喚する!」

 

 本来、【サイバー・エンド】の融合素材は【サイバー・ドラゴン】を指定している為、派生モンスターである【コア】や【ヘルツ】といったモンスターは素材に出来ず、また【融合解除】で呼び戻すことも出来ない。しかしサイバー流のモンスター達はその大部分がフィールド・墓地に於いて【サイバー・ドラゴン】として扱う効果を有しているが故に、こうして自由自在に融合と分離を行うことが可能となっているのだ。

 

 

【サイバー・ドラゴン】

 ☆5 機械族 ATK2100 DEF1600

 

【サイバー・ドラゴン・コア】

 ☆2 機械族 ATK400 DEF1500

 

 

「──上手い!これで【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の効果対象から外れた!」

 

「しかも【サイバー・ドラゴン】の攻撃力はあの【ヴァンパイア】を上回ってる!」

 

「このまま総攻撃すれば、2600の大ダメージなんダナ!」

 

 カミューラの反撃を躱してみせた亮は、忌々しげに口元を歪める吸血鬼を指し示す。

 

「バトルだ!【サイバー・ドラゴン】で【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を攻撃!──エボリューション・バースト!!」

 

 亮が攻撃宣言をした瞬間──歪んでいたカミューラの口元が不敵な笑みに変わった。

 

「罠カード【ヴァンパイア・シフト】発動!その効果でデッキからフィールド魔法【ヴァンパイア帝国(エンパイア)】を発動するわ!」

 

 カミューラの発動したフィールド魔法によって、周囲の景色が塗り替えられていく──廃墟同然だった古城は在りし日の姿を取り戻し、吸血鬼の城を現代に蘇らせた。

 

「【ヴァンパイア・シフト】は私の場に存在するモンスターがアンデット族のみの場合、フィールドゾーンにカードが存在しなければ【ヴァンパイア帝国】を発動出来る罠カード──ついでに墓地の【ヴァンパイア】を復活させることも出来るけど、それはしないわ──必要ないもの」

 

【サイバー・ドラゴン】の放つ高出力レーザーが、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】に襲いかかる──!

 

「【ヴァンパイア帝国】は、場のアンデット族モンスターが戦闘を行うダメージ計算時のみ、攻撃力を500ポイントアップさせる──おもちゃのドラゴンを返り討ちになさい!【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】!」

 

 放たれた閃光をひらりと躱した女吸血鬼は、その細身からは想像出来ない怪力で【サイバー・ドラゴン】の身体を真っ二つに引きちぎってみせた。無造作に投げ捨てられた機械竜の残骸は爆散し、亮に僅かながらも反射ダメージを与える。

 

「永続魔法【ヴァンパイアの領域】の効果で、私の【ヴァンパイア】達が戦闘で奪ったあなたのライフは、全て私のものとなる」

 

「ライフの吸収……なる程、吸血鬼らしい」

 

 

 亮:LP4000→3600

 

 カミューラ:LP3000→3400

 

 

「私のカウンターに対する【融合解除】を使ったタクティクス、褒めてあげる。流石、この中で1番タイプなだけあるわ──もっとも、この攻撃を凌いだ時点で私の勝ちは決まったようなものなのだけど」

 

「悪いが、俺にも好みくらいある。それと勘違いするな、デュエルはまだ終わりはしない──魔法カード【一時休戦】を発動し、お互いにカードを1枚ドローする。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

   亮   :LP3600 手札×1

【サイバー・ドラゴン】

【サイバー・ドラゴン・コア】

 伏せ×1

   VS

 カミューラ:LP3400 手札×1

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 フィールド魔法:【ヴァンパイア帝国】

 

 

「【一時休戦】で【パワー・ボンド】のデメリットを帳消しにすると同時に、次のターンも耐え凌ぐことは出来るが……正直、手詰まりだな。あのフィールド魔法がある限り【サイバー・ドラゴン】の高い攻撃力も意味を成さない。そして永続魔法でライフを吸収され続ければ、それだけ逆転も難しくなる」

 

「何言ってんだ三沢!カイザーはこんな程度で怯むような決闘者じゃないぜ!なぁ、翔!?」

 

「う、うん!お兄さんはあんな奴なんかに絶対負けない!」

 

「その通りよ。【サイバー・エンド・ドラゴン】は、なにも無敵のモンスターというわけじゃない。これまでのデュエルでも破壊されることはあったわ。それでも亮はアカデミア無敗の帝王として君臨し続けている──」

 

 明日香の言葉の続きは、各々の胸の中に自然と浮かび上がってきた。

 カイザー亮のエースモンスターは紛れもなく【サイバー・エンド・ドラゴン】だが、そのエースを失わせたからといって、亮に勝利できるわけではないのだと。

 

 明日香達と考えを同じくしてか否か──カミューラのターンが始まる。

 

「私のターン!──墓地の【ヴァンパイア・ソーサラー】を除外して効果発動!このターン中、私はレベル5以上の【ヴァンパイア】を召喚する際、一度だけリリースを無視できるわ」

 

「リリース無しで高レベルモンスターを……!」

 

 

来なさい!【竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア】!!

 

 

 魔術師の助力を受けてフィールドに現れた、竜を従えし吸血鬼の公爵。手にした三叉槍から滴る赤黒い血を舌で舐めとる様は、これまで登場したどの【ヴァンパイア】よりも吸血鬼らしい獰猛さの中に、どこか気品を感じさせた。

 

 

【竜血公ヴァンパイア】

 ☆8 アンデット族 ATK2800 DEF2100

 

 

「【竜血公】の効果!召喚時にあなたの墓地のモンスターを2体、私のフィールドに守備表示で特殊召喚出来る!」

 

「そんな!お兄さんの【サイバー・ドラゴン】が!」

 

「それだけじゃないわ!【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の効果は、他の【ヴァンパイア】が召喚された時にも発動する──フィールドに残っている【サイバー・ドラゴン】も頂くわよ!」

 

 カミューラの効果が全て通れば、亮の場に残るのは【サイバー・ドラゴン・コア】のみ。墓地から復活する2体は守備表示な為戦闘に参加することはないが、【竜血公】と【ヴァンプ】だけでも亮のライフを削りきる事が可能だ。加えて【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】は、自身の効果で装備したモンスターの元々の攻撃力を自らに加算する効果も有している。一転して高打点のモンスターが2体並ぶという劣勢も劣勢な状況が出来上がってしまうのだ。

 

 そしてカミューラは恐らく、バトルフェイズをスキップする筈。【一時休戦】でダメージが通らないのも勿論だが、迂闊に攻撃して亮のフィールドにモンスターが居なくなれば、【サイバー・ドラゴン】の特殊召喚条件を満たすことになる。【大嵐】など発動されようものなら【ヴァンパイア帝国】だけでなく、【ヴァンプ】の効果で折角装備したモンスターも消えてしまう。

 

──全ての効果が通れば、の話だが。

 

「罠発動──【サイバネティック・オーバーフロー】!」

 

「なんですって!?」

 

「アレは……前のターンに【コア】でサーチしたカードか!?」

 

「俺は墓地に存在するレベル5の【サイバー・ドラゴン】とレベル1の【ヘルツ】、そして場にいるレベル2の【コア】──異なるレベルの【サイバー・ドラゴン】達を3体除外。除外した数だけ、相手の場のカードを破壊する!」

 

 荒れ狂う3体の【サイバー・ドラゴン】達を以て亮が破壊したのは【竜血公ヴァンパイア】【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】【ヴァンパイアの領域】の3枚。

これにより、魅了した相手を装備できなくなった【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の効果は不発。墓地の復活対象を失った【竜血公】の効果も不発。効果未使用の【ヴァンパイアの領域】を失った今、【竜血公】に次ぐ2度目の通常召喚も行えない。

 

「カミューラの戦術も敵ながら見事だったが、カイザーはその更に上を行っている……!」

 

「やっぱお前の兄ちゃんすげぇな、翔!」

 

「うん!」

 

 たった1枚の罠カードでカミューラの戦術を崩壊させた亮の戦術に皆が舌を巻く中、カミューラは忌々しさを隠そうともせず亮を睨みつけていた。

 

「やってくれたわね……!」

 

「俺の【サイバー・エンド】を上手く躱したつもりだろうが、その程度で勝った気になられては困る──サイバー流の力を思い知らせてやると言ったはずだ」

 

「っ……カードを伏せてターンエンドよ!」

 

 

   亮   :LP3600 手札×1

【サイバー・ドラゴン】

   VS

 カミューラ:LP3400 手札×0

 フィールド魔法:【ヴァンパイア帝国】

 伏せ×1

 

 

「俺のターン!【強欲な壷】を発動し2枚ドロー!……【異次元からの埋葬】で前のターンに除外した【サイバー・ドラゴン・コア】と【ヘルツ】を墓地に戻す。そして【サイバー・リペア・プラント】を発動!デッキから【サイバー・ドラゴン・コア】を手札に加え、これを召喚!」

 

 再び召喚された機械竜の素体の効果で、亮はデッキからサイバー流魔法・罠を手札に加える。

 

「俺は今加えた魔法カード【サイバーロード・フュージョン】を発動!」

 

「また融合召喚するつもり……ッ!?」

 

【サイバーロード・フュージョン】は、フィールド及び除外されている【サイバー・ドラゴン】達をデッキに戻すことで融合召喚を行う。先程の【異次元からの埋葬】で【サイバー・ドラゴン】を1枚だけ墓地に戻さなかったのは、この効果で融合素材にする為──サイバー流最強のドラゴンを、再びこのフィールドに呼び寄せる為だったのだ。

 

 フィールドにいる【サイバー・ドラゴン・コア】、そして同じくフィールドと、除外されている2体の【サイバー・ドラゴン】──3体の機械竜が融合し、亮のエースモンスターが再び姿を現す──!

 

 

舞い戻れ!【サイバー・エンド・ドラゴン】!!

 

 

 帰還した【サイバー・エンド】の行く手を阻むモンスターは存在しない。このまま攻撃力4000のダイレクトアタックが通れば、亮の勝利となる。

 

「バトル!【サイバー・エンド・ドラゴン】でダイレクトアタック──!」

 

「させないわッ──!罠カード【ヴァンパイア・アウェイク】!デッキから【ヴァンパイア・フロイライン】を守備表示で特殊召喚!」

 

 突如として古城に響く鐘の音。目覚めを告げる時の音に連れられ、どこからともなく現れた無数のコウモリ達が現れる。コウモリ達はやがて形を成し、傘を持った吸血鬼の令嬢となった。

 

 

【ヴァンパイア・フロイライン】

 ☆5 アンデット族 ATK600 DEF2000

 

 

「ならば【ヴァンパイア・フロイライン】を攻撃!──エターナル・エボリューション・バースト!」

 

「【ヴァンパイア・フロイライン】の効果!私はライフポイント3000を払い、【フロイライン】の攻守を3000アップする!」

 

 

 カミューラ:LP3400→400

 

 

【ヴァンパイア・フロイライン】

 ATK600→3600 DEF2000→5000

 

 

「守備力5000だと……ッ!?」

 

【ヴァンパイア・フロイライン】は、自分を含めたアンデット族が戦闘する際、ダメージ計算時に1度だけ発動できる強力な効果を持っている。100の倍数のライフを払うことで、払ったライフを戦闘を行うモンスターに分け与えることが出来るのだ。カミューラはこの効果で強化出来る上限値──3000ポイントものライフを【フロイライン】に与え、【サイバー・エンド】の攻撃力を上回る守備力を獲得。貫通ダメージを防いだ上で亮に1000ポイントの反射ダメージを与えることに成功する。

 

 

 亮:LP3600→2600

 

 

「くっ……まだこんな手を隠し持っていたか──カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

 亮がターンを終了すると同時に、カミューラを救った令嬢は姿を消す。【ヴァンパイア・アウェイク】で特殊召喚されたモンスターは、エンドフェイズに破壊されるのだ。

 

 

   亮   :LP2600 手札×0

【サイバー・エンド・ドラゴン】

 伏せ×1

   VS

 カミューラ:LP400 手札×0

 フィールド魔法:【ヴァンパイア帝国】

 

 

「はぁ…ッ…はぁ……ッ──本ッ当に、憎たらしい……可愛さ余って憎さ百倍とはこの事ね……!私のターンッ!」

 

 吸血鬼の本性を現したということか、美貌を歪めて牙を剥き出しにしたカミューラは、ドローしたカードを見て笑みを浮かべる。

 

 

「フフフ……おしおきよ──魔法カード【幻魔の扉】発動──ッ!」

 

 

 カミューラの背後に禍々しい巨大な扉が出現する。ただならぬ気配を感じた亮は身構えた。

 

「【幻魔の扉】……?あんなカード知らねぇぞ」

 

「俺もだ……」

 

 十代を始め、万丈目や明日香、三沢、教師である大徳寺すら初めて目にするという謎のカード。当然、昴もあんなカードは見たことがない。

 

「【幻魔の扉】は、発動時に相手フィールドのモンスターを全て破壊するわ……!」

 

「くっ……!」

 

 扉が開かれ、内より溢れ出た邪悪なオーラによって、亮のフィールドを守っていた【サイバー・エンド・ドラゴン】が破壊される。

 

「これだけじゃなくてよ?【幻魔の扉】の更なる効果──お互いの墓地にいるモンスターの中から1体、あらゆる召喚条件を無視して私のフィールドに特殊召喚できる!」

 

「馬鹿なッ……フィールドの一掃に加えて無条件の蘇生効果だとッ!?」

 

「嘘みたいな効果よね?でも本当よ──勿論、その代償は高くつくけど」

 

 不意に、邪悪な光を発する扉を背にしたカミューラの姿が2つに分かたれる。突如現れたもう1人のカミューラは、本物と揃って不敵に笑う。

 

「このカードの発動条件──それは、私自身の魂を三幻魔に預ける事──このカードは発動したが最後、デュエルに敗北すれば、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「魂を捧げるカード……そうまでして鍵が欲しいというのか」

 

「うふふっ、やっぱりそう思うわよねぇ?ええ、私としても鍵は欲しいわ。けど、その為にいちいち命なんか賭けてられない──だからね、私考えたの。折角揃った闇のデュエルと闇のカード、最も相応しい使い方を……!」

 

 視線を下げたカミューラの視界には、このデュエルを見守っている昴達の姿がある。更にその中の1人と、バッチリ目が合った。

 

「決めたわ──カイザー(あなた)の弟に、私の身代わりになってもらいましょう!」

 

 

「っ──逃げろ、翔──ッ!!」

 

 

「えっ……?」

 

 突然名を呼ばれた翔は、反射的に兄の方を見上げる──その背後に忍び寄る吸血鬼の分身に、気づくのが遅れた。

 

 

「──ぁぐッ!?」

 

 

「翔ッ!」

 

 カミューラの分身に首筋を噛まれた翔は気を失い、助けようとした仲間達の手をすり抜けて本体の元へと連れて行かれてしまう。

 

「さぁ、三幻魔!差し出す生贄はこの子の魂よ!──【幻魔の扉】の効果で、あなたの墓地から【サイバー・エンド・ドラゴン】を特殊召喚──ッ!!」

 

 無理矢理墓地から呼び起こされた【サイバー・エンド】は、3つの(あぎと)を亮に差し向ける。サイバー流継承者である亮の心強いエースが、一転して彼を敗北へ追い込む脅威へと変わってしまった。

 

「バトル!【サイバー・エンド・ドラゴン】でダイレクトアタック!──エターナル・エボリューション・バースト!!」

 

「ッ──罠カード【次元幽閉】!攻撃してきた相手モンスター1体を除外する!」

 

 虚空に開かれた次元の裂け目が機械竜を飲み込み、亮は生きながらえることに成功する。

 

「ちっ、中々しぶといじゃない──でも忘れないことね?私がデュエルに敗北すれば、大事な大事な弟の魂が犠牲になるという事を」

 

 そう。【サイバー・エンド】を処理したところで、大勢は変わらない。翔の魂を人質に取られている以上、亮はカミューラにトドメを刺すことが出来ないのだ。加えて……

 

「──やはり妙だ。いくらなんでもおかしい」

 

「三沢……?」

 

「カミューラの使うデッキだ。以前クロノス先生とのデュエルで使用したカードが、ここまで全く見えていない。ただの1枚もだぞ?」

 

「それってつまり……あの時とは違うデッキを使ってるって事?」

 

「ああ、その事ね──」

 

 三沢と明日香の会話が耳に入ったらしいカミューラは、興味なさげに淡々と語る。

 

「デュエルとは情報戦──相手がどんなカードを使い、どんな戦い方をするか。それをいち早く掴んだ者が勝負を制するのよ。カイザー(本命)との戦いの前に手の内を晒すなんて馬鹿な真似、この私がする訳ないじゃない。たかが学校の教師程度、あのデッキで十分だったわ」

 

「待って……それじゃあなた、事前に私達のデッキを盗み見てたっていうの!?」

 

「あら、うっかり口が滑ったわ。別に隠す必要もないけれど──ええ、そうよ。私の可愛いコウモリ達が一生懸命働いてくれたお陰でね」

 

「くっそ──卑怯だぞカミューラ!何で正々堂々とデュエルしないんだッ!」

 

「正々堂々なんて言葉、聞くだけで虫酸が走るわ。そんなものに拘るから、ダークネスは負けたのよ。けど私は違うわ──さ、ターンエンドよ。あなたに何ができるかしら?」

 

 

   亮   :LP2600 手札×0

   VS

 カミューラ:LP400 手札×0

 フィールド魔法:【ヴァンパイア帝国】

 

 

「俺のターン──……っ!」

 

 亮がドローしたカードは【マグネット・リバース】──自分の墓地及び除外されているモンスターの中から、通常召喚できない機械族か岩石族のモンスターを特殊召喚する速攻魔法。

 このカードを発動すれば、前のターン【次元幽閉】で除外した【サイバー・エンド・ドラゴン】を復活させ、ダイレクトアタックでカミューラの残り少ないライフをゼロにできる。

 

「(だがっ……そうなれば俺の勝利と引き換えに、翔の魂が……ッ!)」

 

「どうしたの?何か出来るならやってご覧なさい!大事な弟の魂がどうなってもいいのならねぇ!」

 

「くっ……!」

 

 勝利か、翔の魂か──天秤に揺られ歯噛みする亮の耳に、小さな声が届いた。

 

おにい…さん……

 

「翔っ!」

 

「かっ…て──僕なんかの為に、負けちゃだめ──」

 

 翔にとって亮は憧れであり、目標であり、自慢の兄だ。アカデミアの皇帝(カイザー)として頂点に君臨する兄のことを、誰よりも誇りに思っている。一方で、そんな兄の弟である自分は最底辺のオシリス・レッドで腐るばかり。十代に亮との兄弟関係を明かしていなかったのだって「あのカイザーの弟がドロップアウト必至のダメダメ決闘者」という醜聞が付くのを嫌ったから──輝かしい皇帝の道に、自分という汚点がシミを残すことを拒んでいたからだった。

 

「大丈夫…どうなったって、僕はお兄さんを恨んだりなんか、しない……だから──っ」

 

「……あの制裁タッグデュエル以来──お前は、良いデュエルをするようになった。あの頃と見違えるようにな」

 

え……?」

 

「お前はもっと自信を持っていい。卑屈になるな。胸を張って前を向け──そうしなければ、勝てるデュエルも勝てない」

 

「おにい、さん──」

 

 ああ。兄はきっと、自分に最後の餞別を手向けてくれているんだ──そんな翔の思いは、最も最悪の形で裏切られる。

 

 

「──これからも、頑張れよ」

 

 

「ぇ──ダメだ、にいさんッ!!」

 

 

 翔の制止も空しく、亮は何もせずターンエンドを宣言した。

 

 

   亮   :LP2600 手札×1

   VS

 カミューラ:LP400 手札×0

 フィールド魔法:【ヴァンパイア帝国】

 

 

「ふふっ──アハハハハハハッ!そうよねぇ!大事な弟を犠牲にして勝つことなんて出来ないわよねぇ!」

 

「そ、そんな……!」

 

 絶望を滲ませる翔を尻目に、カミューラはカードをドローする。

 

「魔法カード【生者の書-禁断の呪術-】発動!あなたの墓地の【サイバー・ドラゴン・コア】を除外し、私の墓地から【竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア】を特殊召喚!」

 

 アンデット族専用の蘇生カードで【ヴァンパイア】を復活させたカミューラは舌舐りをして亮を見据える。

 

「何か言い残すことはあるかしら?」

 

「………」

 

 亮は何も答えない。ただじっと黙するのみ。つまらなさそうに舌打ちしたカミューラは、自らのモンスターに攻撃を命じた。

 

「バトル!【竜血公ヴァンパイア】でダイレクトアタック!──ブラッディ・カズィクル・ベイ!」

 

【竜血公】の三叉槍が地に突き立てられたかと思えば、亮の周囲に血溜りが出現──その中から生えるようにして出現した血濡れの槍が、アカデミアの皇帝の身体を深々と貫いた──

 

「カイザーッ!!!」

 

「おにいさぁぁぁぁぁん──!!!」

 

 

 亮:LP2600→0

 

 

 デュエルが決着し、敗北に膝をついた亮の首から七精門の鍵が消失──カミューラの手に渡る。

 

 同時に──亮の瞳から光が消え、怪しげな光に包まれる。光はカミューラの持つ人形へと流れて行き、やがて亮を模った小さな人形へと形を変える。

 

「鍵と人形は確かにいただきましたわ──安心なさい、この子は私のコレクションとして、大事に大事に可愛がってあげる」

 

「カミューラ……ッ!」

 

 卑劣な手段で亮を倒したカミューラへ怒りを抑えきれない昴達は、揃って同じ言葉を口にしようとする──「次は自分が相手になってやる」と──しかしそれに先んじて、カミューラの前に進み出る者がいた。

 

「………」

 

「……へぇ、いい目ね。いたぶり尽くして全裸で土下座させたくなるくらい生意気な目だわ」

 

 静かにカミューラを見上げるその瞳が一切揺らぐことはない。ただただ真っ直ぐ、目の前の吸血鬼を捉えていた。

 

「いいわ。次の相手はあなたにしてあげる。でも今日はここまで……また次の夜に会いましょう──っふふ、アハハハハハハッ──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2戦目にしてセブンスターズへ初めて敗北を喫したアカデミア陣営は、揃って沈痛な面持ちでいた。

 自分達の中でも一二を争う──最強だとすら思っていたアカデミアの皇帝が敗北してしまったのだから、無理もない。

 

 何より1番傷ついているのは翔だ。亮のラストターン──あの目はきっと、勝利を掴む方法があったに違いない。にも関わらず、勝利よりも自分という重荷を優先させてしまった。その結果、魂を封印されてしまったのだ。自責の念に堪えないだろう。

 

 皆が気を落ち込ませる中で尚、湖に浮かぶ古城を見据える者がいた。昴はその者に声をかける。

 

「……本気、なのか?」

 

「ええ。皇帝が敗れたのなら、次に戦うべきは女帝……でしょう?弔い合戦なんて柄じゃないのだけれど」

 

 

 アカデミアの女帝──藤原雪乃は、来る戦いを待ち望む。必ずやあの吸血鬼を倒して見せると、心に決めるのだった。

 

 




いやはや…マージでお久しぶりです。死んだかと思ってたでしょう?私は思ってました。
最後の更新以降「私に書けるのか…?やれんのか?」とちょっとナイーブになりまして。
時間に任せてのほほんとマスターデュエルしたり読み専になっておりました。

更新が継続できるか、ハッキリ言って保証出来ませんが「気分が乗ったら書くかぁ」程度の気楽なスタイルで行こうかなと。


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誇りある敗北

 セブンスターズ第2の刺客、吸血鬼カミューラ。

 闇のカードである【幻魔の扉】を用いた卑劣な策略によって、七精門の鍵が1つ奪われてしまった。

 

 カミューラの次なるターゲットは、自ら相手を名乗り出た雪乃。

 帝王を謀殺した吸血鬼に鉄槌を下すべく、アカデミアの女帝のデュエルが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──逃げずによく来たわね」

 

「逃げる?一体何から逃げる必要があるというのかしら」

 

「フン、そういきがってられるのも今の内よ。闇のデュエルの恐ろしさに震えるあなたを見るのが楽しみだわ」

 

 昨日に続き、再び古城に足を踏み入れたアカデミアの生徒達。以前亮が立っていた場所には、雪乃が静かに佇んでいる。

 

「そうねぇ……3回連続で同じルールというのも芸が無いし、1つルールを追加しましょう。あんたが負けたら、仲間達の前で服を全て脱いで私に土下座してもらうわ。昨日私に生意気な目を向けた罰よ、徹底的に辱めてから人形にしてあげる」

 

「……いいわ。受けてあげる」

 

「あら、意外と素直ね。勝って私にさせたい事でもあるのかしら?」

 

「私がこのデュエルで求めるのは勝利だけ。あなたを倒して、人形になった2人を元に戻す。それ以上は望まないわ──芸も無ければ品も無いあなたと一緒にしないでもらえるかしら、()()()()?」

 

 雪乃のこの言葉で、場の空気が一瞬凍りつく。下で成り行きを見守る昴達も揃って苦笑い──皆一様に難しい表情をしていた。

 

「この小娘……誇り高きヴァンパイアに喧嘩を売ったこと、後悔させてあげるわッ!」

 

 淡々と言葉を返す雪乃にカミューラは苛立ちを隠そうともしない。デュエルディスクにデッキをセットし、双方スタンバイが完了する。

 

「命乞いをする準備はいいかしら、小娘!」

 

「………」

 

 雪乃は眼下で勝負を見守る昴に目を向ける。対する昴も、目線と一緒に頷きを返した。それを見て小さく笑った雪乃は視線をカミューラに戻し、

 

「──始めましょう」

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

  雪乃 :LP4000 手札×5

   VS

カミューラ:LP4000 手札×5

 

 

「私の先攻、ドロー ──【マンジュ・ゴッド】を召喚」

 

 

【マンジュ・ゴッド】

 ☆4 天使族 ATK1400 DEF1000

 

 

「召喚時効果でデッキから儀式魔法【エンド・オブ・ザ・ワールド】を手札に加えるわ。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

  雪乃 :LP4000 手札×5

【マンジュ・ゴッド】

 伏せ×1

   VS

カミューラ:LP4000 手札×5

 

 

「あらあら、威勢のいい啖呵を切っておいて随分消極的じゃない──私のターン!魔法カード【ワン・フォー・ワン】発動!コストとして手札の【馬頭鬼】を捨てて、デッキからレベル1の【ヴァンパイアの使い魔】を特殊召喚!」

 

 

【ヴァンパイアの使い魔】

 ☆1 アンデット族 ATK500 DEF0

 

 

「【使い魔】は特殊召喚された時にライフを500払う事で、デッキから【ヴァンパイア】を1体手札に加える事が出来る──【ヴァンパイア・ソーサラー】を手札に」

 

 角を生やした小さなコウモリの導きによって、カミューラの手元に新たな同胞が加わる。

 

 

 カミューラ:LP4000→3500

 

 

「【ヴァンパイアの幽鬼】を召喚し効果を発動!コストとして手札の【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を捨て、デッキからレベル2の【ヴァンパイアの眷属】を墓地に送り、更にデッキからレベル8の【竜血公ヴァンパイア】を手札に加えるわ」

 

 

【ヴァンパイアの幽鬼】

 ☆3 アンデット族 ATK1500 DEF0

 

 

「折角のエースモンスターを墓地に送ってしまっていいのかしら?アドバンス召喚しておけば、私のモンスターを奪えたはずよ」

 

「あらやだ、小娘はこれだから困るわ。この学園じゃ青い服の子は優秀だって聞いていたけど……戦略を理解出来ないような小娘が優秀だなんて、世も末ね──墓地の【馬頭鬼】は、自身を除外することで墓地にいるアンデット族を1体復活させられるの。だからわざと捨てたのよ」

 

 まるで授業を行うかのような口ぶりで、墓地から【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を復活させる。

 

 

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

 ☆7 アンデット族 ATK2000 DEF2000

 

 

「まだ終わらないわよ。永続魔法【ヴァンパイアの領域】発動!当然効果を発動するわ!」

 

 

 カミューラ:LP3500→3000

 

 

 ライフを500払った事で、カミューラはもう一度【ヴァンパイア】の通常召喚が可能となった。フィールドにはエースである【ヴァンプ】の他に、モンスターが2体……そして先程手札に加えたのは──

 

「【使い魔】と【眷属】をリリース──【竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア】をアドバンス召喚!」

 

 

竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア】

 ☆8 アンデット族 ATK2800 DEF2100

 

 

「バトルよ!【竜血公ヴァンパイア】で【マンジュ・ゴッド】を攻撃!──ブラッディ・カズィクル・ベイ!!」

 

【竜血公】の攻撃力は2800と【マンジュ・ゴッド】の2倍だ。このままでは1400のダメージを被るだけでなく、【ヴァンパイアの領域】の効果によってカミューラのライフが回復する。【ヴァンプ】の直接攻撃も合わせれば、攻撃後のライフは雪乃が600に対しカミューラは6400と大幅に差をつけられてしまう。

 

 だが雪乃とて、それを警戒していなかった筈がない──!

 

「カウンター罠【攻撃の無力化】を発動──【竜血公ヴァンパイア】の攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了するわ」

 

「チッ…生意気──カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

  雪乃 :LP4000 手札×5

【マンジュ・ゴッド】

   VS

カミューラ:LP3000 手札×1

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

【竜血公ヴァンパイア】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 伏せ×1

 

 

「凌ぎはしたが……現状、藤原の方が分が悪いか」

 

「えっ?でも雪乃さん、まだ儀式召喚もしてないし……」

 

「確かに藤原雪乃の儀式モンスターは強力だが、その攻撃力は2400だ。戦闘を挑むのを躊躇いそうになる、絶妙な間合いと言えるだろう」

 

 雪乃のエースである【終焉の王 デミス】は強力なモンスターだ。しかし翔は万丈目や三沢の考えが上手く掴めず、疑問符を浮かべる。

 

「攻撃力2400なら、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】には勝てるんじゃ……?」

 

「お前、昨日のカイザーのデュエルを忘れたのか?あのドラキュラ女が使っていた罠カードの事だ」

 

 万丈目に言われて、翔は彼らが言わんとするところを理解した。

 亮とのデュエルでカミューラが発動していた【ヴァンパイア・シフト】──正確にはそれによって直接発動されるフィールド魔法【ヴァンパイア帝国】は、戦闘を行うアンデット族モンスターの攻撃力を500アップさせる効果を持っていた。例え儀式召喚を行った所で、不用意に戦闘を挑めば返り討ちにされる危険性があるのだ。

 

「で、でも!だったら【デミス】の効果で全部破壊しちゃえば……!」

 

「確かにそれなら、ダイレクトアタックを決めることが可能にはなるだろう。しかし……」

 

「逆にそれで決めきれなければ、藤原はライフを2000失った状態で追い込まれることになる──あのインチキカードでな」

 

「あっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り──日が完全に沈み切ろうかという夕刻。

 デュエルアカデミアの保健室で、昴と雪乃が真剣な表情で話し込んでいた。

 

「──とまぁ、カミューラが使う【ヴァンパイア】デッキの厄介な点は、俺が知る限りじゃこんな所だ」

 

「注意すべきはこちらのターンに召喚してくる【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】によるモンスター奪取と、【竜血公ヴァンパイア】の蘇生効果ね。【高等儀式術】で墓地に送った素材がそのまま使われてしまう」

 

「加えて、あのフィールド魔法【ヴァンパイア帝国】には、相手のデッキからカードが墓地へ送られると場のカードを破壊する効果がある。【高等儀式術】を使う時は警戒してくれ。それと──」

 

 カミューラとのデュエルはできる限り短期決戦を心掛けたい。特にライフ消費の激しい雪乃の場合"あのカード"を発動されると巻き返しはほぼ不可能と言っていいだろう。

 

「──問題は【幻魔の扉】ね」

 

 発動時に使用者の魂を三幻魔に預けることで、相手のモンスターを全滅させた上で好きなモンスターを蘇生できる【幻魔の扉】──雪乃の場合、切り札である【デミス】を奪われると極めて厄介だ。【幻魔の扉】の効果範囲外にある魔法・罠カードまで焼き払われてしまう。もっと言えば、カミューラのデッキは【ヴァンパイア】──あのデッキは【デミス】の効果で払ったライフを回復することもできる。

 

「……まぁ効果以前に、あのカードは使われたら詰みだ。また誰かの魂を身代わりにされれば、手出しが出来なくなる。見た感じ、幻魔に魂を預けるのは発動コストだから、仮に【マジック・ジャマー】なんかで無効にしたとしても、一度払ったコストは帳消しにならない」

 

【幻魔の扉】──もといカミューラの戦術の最も厄介な点がそこだろう。例え効果が無効になろうとも、発動の為に払った代償は戻ってこない。あのカードを使った時点で、カミューラは仲間の魂という強力な盾を手に出来るというわけだ。

 

「あのカードを発動される前にとっとと倒せればいいんだが……」

 

「そう上手く事が運ぶとは思えないわね」

 

 全く同意見だった。最も理想的なのは後攻ワンターンキルだが、【ヴァンパイア】には強力な妨害罠が存在している。いずれのデュエル展開でも必須となる【デミス】の効果を止められてしまえば、一転して雪乃の不利になるだろう。

 

【王宮の勅命】

【魔封じの芳香】

【魔法族の里】

 

 魔法カードの発動を根本的に封じるこれらのカードは、儀式デッキを使う雪乃自身の首をも締めてしまう。新しいデッキを一から組む時間も無い。

 

「くそ……どうすりゃいい?何か無いのか……!」

 

 頭を悩ませる昴と雪乃。そんな2人を少し離れた場所で心配そうに見つめているのは、同じく保健室で眠っている兄 吹雪に付き添う明日香だった。

 

「(ようやく兄さんが帰ってきたのに、今度は亮が犠牲者になってしまうなんて……このままじゃ、雪乃も──)」

 

「う…ぐ──」

 

「えっ……?」

 

 不意に聞こえた呻き声。その主は、目の前で眠っている吹雪だった。まさか目を覚ましたというのか?

 

「兄さん……!?」

 

 切迫した明日香の声を聞きつけ、昴と雪乃も吹雪のベッドに向かう。

 

「何かあったのか?」

 

「分からない、けど──」

 

 微かに目を開いた吹雪は、酸素マスクの下で必死に口を動かしているようだった。同時に──

 

「っ──これは……!?」

 

 吹雪が身に着けているペンダントが淡く光を発している。そして昴の首にあるものも同様に。2つの光はまるで共鳴し合うように明滅を繰り返していた。

 

「兄さん……何か、言いたいのね?」

 

 明日香は吹雪の着けていたマスクを外す。口元が自由になった吹雪は、弱々しくも懸命に、言葉を紡ぎ始めた。

 

「っ……カミューラは、セブンスターズの中でも…特に凶悪な闇のデュエリスト──奴は、闇のアイテムを使った卑劣な術を仕掛けてくるだろう」

 

「闇のアイテム……闇のカードじゃなく?」

 

 あまり無理をさせたくはないが、今は少しでも情報が欲しい。昴の疑問にも吹雪は答えてくれた。

 

「カミューラの…人の魂を盾にする術は……奴が身に着ける、闇のアイテムによるものだ──」

 

「……破る方法は、あるのかしら?」

 

「………ある」

 

 小さく、だがハッキリと聞こえた。意識こそ眠っていたとはいえ、吹雪は元セブンスターズとして闇の勢力に身を置いていた人間だ。憑依されていた間の記憶が朧げながら残っていたのだろう。

 

「闇のアイテムを使った、闇のデュエル……それを破れるのもまた、闇のアイテム……」

 

 吹雪は震える手でペンダントを外し、昴に差し出した。

 

「コレを……君が持つ半身と合わせれば、カミューラの術に対抗出来るはずだ……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面はデュエルへ戻り、雪乃のターン──

 

「私のターン、【センジュ・ゴッド】を召喚。効果でデッキから儀式モンスターを1体手札に加えるわ」

 

 

【センジュ・ゴッド】

 ☆4 天使族 ATK1400 DEF1000

 

 

 黄金の仏像によって雪乃の手札に齎された儀式モンスターを見たカミューラは、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「ようやくお出ましね……」

 

「儀式魔法【エンド・オブ・ザ・ワールド】発動。場と手札からレベル合計が8になるよう素材をリリースし、儀式召喚──」

 

 雪乃のフィールドの【センジュ・ゴッド】はレベル4、足りないもう半分は手札のモンスターが賄い、雪乃のエースモンスターが姿を現す──!

 

 

「現れなさい──【終焉の王 デミス】!」

 

 

【終焉の王 デミス】

 ☆8 悪魔族 儀式 ATK2400 DEF2000

 

 

 フィールドに降り立った黒衣の悪魔は、赤い月夜に飛び交うコウモリ達を煩わしく思ったのか、手にした戦斧を横薙ぎに振るう。その衝撃で辺りの空気を大きく揺るがせた。

 

「あ~ら、怖い。でも攻撃力2400じゃあ、私の【竜血公ヴァンパイア】には勝てないわよ?」

 

「それはどうかしら?【デミス】の効果発動──ライフを2000払い【デミス】以外の全てのカードを破壊するわ──ッ!」

 

「甘いのよッ!──カウンター罠【ヴァンパイアの支配】ッ!」

 

 この瞬間を待っていたとばかりにカミューラが発動した罠カード。吸血鬼の領域を示す赤い満月から無数のコウモリが現れ、終焉の王に飛びかかる。

 

「これは……ッ!?」

 

「驚いたかしら?【ヴァンパイアの支配】は、私の場に【ヴァンパイア】がいる状態で相手の魔法・罠・モンスター効果が発動した瞬間、その発動を無効にして破壊する罠カードよ──」

 

 コウモリ達は王の身体の随所に牙を立てる。抵抗する【デミス】だったが、圧倒的な数の暴力を前に終焉の力を発動させることも出来ず、破壊されてしまう。役目を終えたコウモリ達は闇夜に飛び散っていくかに思われたが──

 

「──さぁおいで、私の可愛い下僕達」

 

 コウモリ達がカミューラの元へ集まったかと思えば、頭上で凝集して大きな黒い塊となる。大きくなり続けた塊はやがて、限界を迎えた風船のように弾けた。その中から、真紅の粒子がカミューラに降り注ぐ。

 

 

 カミューラ:LP3000→5400

 

 

「あいつのライフ、回復してるよ!?しかもあんな大量に!」

 

 驚愕する翔と心を同じくしている様子の雪乃に、カミューラは嘲るような視線を送る。

 

「【ヴァンパイアの支配】は、無効にしたのがモンスター効果だった場合、そのモンスターの攻撃力を一滴残らず吸い上げて私に捧げる効果を持っているの──流石は世界を滅ぼす王様ってところかしら、悪くない味だったわ」

 

「っ……魔法カード【死者蘇生】で、墓地の【デミス】を特殊召喚……ッ!」

 

 雪乃もやられたままでは終わらない。即座に【デミス】を復活させ、反撃を試みるが……

 

「どうしたの?ご自慢の終焉の力は使わないのかしら?──あぁ、ごめんなさい!使いたくても使えないんだったわねぇ」

 

【デミス】の力は、2000ポイントもの膨大なライフを払って発動させる諸刃の剣──例え無効にされたとしても、払った代償は戻ってこない。

 

 

 雪乃:LP4000→2000

 

 

「……バトルよ──【デミス】で【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を攻撃ッ!」

 

 

 王の戦斧が、吸血鬼の身体を深々と切り裂く。その余波がカミューラにも届いたが、今しがたライフを大量に摂取した彼女にとってはたかだか400のダメージ、かすり傷に過ぎない。

 

 

 カミューラ:LP5400→5000

 

 

「……【マンジュ・ゴッド】を守備表示に変更。カードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 

  雪乃 :LP2000 手札×0

【マンジュ・ゴッド】

【終焉の王 デミス】

 伏せ×2

   VS

カミューラ:LP5000 手札×1

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

【竜血公ヴァンパイア】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 

 

「ああ、楽しいわ……!デュエルなんて所詮は望みを叶える手段としか思っていなかったけど、こうやって屈辱に歪む相手の顔を眺められるのなら、捨てたものじゃないかもしれないわね」

 

「ふざけんな!デュエルはそんな事の為にあるんじゃねぇ!もっと真っ向からぶつかり合うもんだろ!」

 

「お黙り坊や!私は一族の誇りと悲願の為に戦っているの。あなた達が夢中になってる子供のお遊びと同列に語らないでいただけるかしら!」

 

「あら……昨日、その子供のお遊びで負けそうになっていたのはどこの誰かしら?」

 

「追い込まれてるのに口の減らない小娘ね……!ドロー!この私に生意気な口を聞いたこと、後悔させてあげるわ──ッ!」

 

 口元を釣り上げたカミューラは、たった今引いたカードをデュエルディスクに装填する。

 

「魔法カード【幻魔の扉】発動──ッ!」

 

「っ……!」

 

 カミューラの背後に巨大な扉が出現する。あれこそが、アカデミアの帝王をも下す決定打となった闇のカード──

 

「このカードの発動後、デュエルに敗北すれば自身の魂を三幻魔に捧げなければならない……でも私は慎み深いから、その役割は他の誰かに譲ってあげる──ほら、選ばせてあげるわ。誰の魂を身代わりにするのかしら?」

 

 扉が開き、中から禍々しい瘴気が溢れ出る。じっとりとまとわりつく様な瘴気は、デュエルを見守る十代や明日香達の体に悪寒と息苦しさを齎した。

 

「──1人に選べないというなら、いっそ仲間達全員でも構わないわよ?そうすれば残りの鍵も全部手に入って楽だわ」

 

「………」

 

「……あくまで自分から仲間を差し出す真似はしたくないってこと。いいわ、今度の身代わりは──」

 

「──勘違いしないでちょうだい」

 

 カミューラの言葉を遮った雪乃は、制服のポケットからあるものを取り出す。

 

「私が身代わりを選ばないのは、その必要がないからよ──力の代償は、あなた自身が背負いなさい」

 

 雪乃の手にある2つのペンダント──分たれていた闇のアイテムが合わさり、その力を発揮する──!

 

「何よこれ!?こんなの聞いてな───アアアアアアァァァッ!!!」

 

 ペンダントの発する眩い光が【幻魔の扉】の瘴気をかき消し、カミューラへと殺到する。光は彼女のチョーカー ──闇のアイテムの力の源であったらしいウジャト眼に大きな亀裂を入れた。これでもう、生贄を捧げる行為を誰かに押し付けることはできない。

 

「ッ……やってくれたわね──いいでしょう、どの道デュエルは私の優位。勝てば何も問題はないのだから──私は、誇り高きヴァンパイア一族の魂を預けて【幻魔の扉】の効果を発動!相手フィールドのモンスターを全て破壊する──ッ!」

 

 再び開かれた扉から瘴気の奔流が雪乃のフィールドを飲み込む。

 

「これでアンタの【デミス】を奪い、効果で全てのカードを吹き飛ばして終わらせてあげる!自分の力で敗北するがいいわ──ッ!」

 

 果たして、瘴気が収まったフィールドには──

 

 

【終焉の王 デミス】

 ATK1800 DEF2000

 

 

「なっ……!?どうして破壊されてないの!?」

 

 更地になっているはずの雪乃の元には、未だ【デミス】がその両足でフィールドを踏みしめていた……よく見れば、王の手に何か布のようなものが巻きつけられている。それを起点に発生している結界が、【デミス】を守ったようだった。

 

「──あなたが【幻魔の扉】を発動した時、速攻魔法【禁じられた聖衣】を発動したわ。これで【デミス】は攻撃力が600下がる代わりに、相手の効果の対象にならず、破壊もされない」

 

「こッ…の小娘がァ……!私は墓地の【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を特殊召喚!更に手札の【ヴァンパイア・ソーサラー】を召喚ッ!」

 

 

【ヴァンパイア・ソーサラー】

 ☆4 アンデット族 ATK1500 DEF1500

 

 

 本来、仲間の【ヴァンパイア】が召喚されたことで【ヴァンプ】の効果が発動し、雪乃の場の【デミス】を装備カードとして奪うことが出来たのだが、現在の【デミス】は【禁じられた聖衣】によって対象に取れず、また攻撃力も【ヴァンプ】のそれを下回っている為、それは叶わなかった。

 

「バトルよ!【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】!【デミス】を八つ裂きにしてやりなさい──ッ!」

 

 妖艶な吸血鬼は主の命令通り、力の弱まった終焉の王を手刀のひと振りで切り裂いてみせた。同時に永続魔法【ヴァンパイアの領域】の効果で、雪乃に与えたダメージ分、カミューラのライフが回復する。

 

 

 雪乃:LP2000→1800

 

 カミューラ:LP5000→5200

 

 

「更に【ヴァンパイア・ソーサラー】でダイレクトアタック!」

 

 雪乃の残りライフを考えれば【竜血公】のダイレクトアタックで勝利には事足りたはずだが、怒り心頭のカミューラはあくまでも雪乃を嬲り殺しにするつもりらしい。

 

「っ……!」

 

 

 雪乃:LP1800→300

 

 カミューラ:LP5200→6700

 

 

「これでトドメよ!【竜血公ヴァンパイア】でダイレクトアタック!──ブラッディ・カズィクル・ベイ!!」

 

【竜血公】の血濡れの槍が、雪乃に迫る──!

 

「罠発動──【ドレイン・シールド】!【竜血公】の攻撃を無効にして、その攻撃力分ライフを回復するわ」

 

 

 雪乃:LP300→3100

 

 

「いい加減しつこいのよ!このターンを生きながらえた所で、アンタの手札はゼロ!何も出来やしないわ!」

 

 

  雪乃 :LP3100 手札×0

   VS

カミューラ:LP6700 手札×0

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

【竜血公ヴァンパイア】

【ヴァンパイア・ソーサラー】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 

 

「雪乃さん、ピンチだよ……!」

 

「【幻魔の扉】は破れたが、依然としてカミューラの優位に変わりはない……」

 

「このままじゃジリ貧で負けちまうぞ……!」

 

「(雪乃……!)」

 

「(それでも、お前なら……!)」

 

 彼女と親交の深い明日香と昴は思わず手を握り締める。2人の目に映る藤原雪乃の目は、まだ死んでいなかった。

 

「私のターン。【強欲な壷】を発動して2枚ドロー ──カードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 

  雪乃 :LP3100 手札×0

 伏せ×2

   VS

カミューラ:LP6700 手札×0

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

【竜血公ヴァンパイア】

【ヴァンパイア・ソーサラー】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 

 

「(あの小娘……この期に及んでまだ諦めてないって言うの?)──私のターン!」

 

 雪乃が伏せたカードは2枚。アレが果たして攻撃反応系の罠であるかどうかだが……当然、カミューラに攻撃を躊躇わせるブラフの可能性もある。【強欲な壷】で引いた2枚のカードが両方とも──例えば【ミラーフォース】のような一発逆転を狙えるカードであるとは考えにくい。仮にまた攻撃を防いだところで、雪乃の手札は0枚。儀式モンスターを召喚するには圧倒的にカードが不足している。

 

「(ここはこのまま押し切る!)──バトルよ!【ヴァンパイア・ソーサラー】でダイレクトアタック!」

 

 攻めを選んだカミューラだが、それでも伏せカードが【魔法の筒(マジック・シリンダー)】のようなカードであった場合を考え、攻撃力の低いモンスターから攻撃する。これに対して雪乃は──

 

「罠カード【和睦の使者】──このターン私が受ける全てのダメージはゼロになる」

 

 舌打ちしたカミューラは、メインフェイズ2に移行して思考を巡らせる。

 

「(こうもしぶとく踏み止まるってことは、何か逆転のチャンスを待っているという事……?もしまた何かの手札補充カードを使って、その狙いのカードを引かれたら厄介ね……でも──)」

 

 カミューラがこのターンにドローしたのは2枚目の【ヴァンパイアの支配】──自分の場に【ヴァンパイア】がいる限り、このカードで相手のあらゆる効果を潰すことが可能だ。

 

「(念には念を、やれる事はやっておきましょう──)私は墓地の【ヴァンパイアの使い魔】の効果を発動。場の【ソーサラー】を墓地に送って自身を特殊召喚。続けて【使い魔】のもう1つの効果、ライフを500払ってデッキから【ヴァンパイア・レディ】を手札に加える。カードを1枚伏せてターンエンドよ」

 

 

 カミューラ:LP6700→6200

 

 

 これで【ヴァンパイアの支配】に加え、例え強力なモンスターが出てきたとしても、墓地の【幽鬼】の効果で手札の【レディ】を召喚すれば【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の効果で相手のモンスターを装備することが出来る。備えは万全だ。

 

「ターン終了時、罠発動──【裁きの天秤】」

 

 ここで雪乃が伏せていた2枚目のカードが発動。【裁きの天秤】は、相手の場のカードの数が自分の場と手札の合計数より多い場合、その差分だけカードをドロー出来る。雪乃の手札はゼロで、場には発動中の【裁きの天秤】が1枚あるのみ。対するカミューラの場には【ヴァンプ】【竜血公】【使い魔】【領域】そして伏せカードが1枚の合計5枚──よって4枚ドローが成立する。

 

 

  雪乃 :LP3100 手札×4

   VS

カミューラ:LP6700 手札×1

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】

【竜血公ヴァンパイア】

【ヴァンパイアの使い魔】

 永続魔法:【ヴァンパイアの領域】

 伏せ×1

 

 

「【裁きの天秤】で大量に手札を増やしたのは驚いたけど、それでこの場を突破できるのかしら?」

 

「このままでは無理ね──けれど知ってるかしら吸血鬼さん?女神は、諦めなかった者に微笑むのよ」

 

「フン!事ここに至って神に縋るなんて、みっともないわね。私はそんなものとうに見限ったわ!──そうよ、我ら一族を見捨てた神なんて……!」

 

 

 ──カミューラ達ヴァンパイアは、かつて中世ヨーロッパにて栄光を極めた誇り高き一族だった。寓話や伝承に伝えられているように、不用意に人間を襲うことはせず、距離を保って孤高に生きていたヴァンパイア達だったが、人間達はヒトならざる力を持つ彼女らを恐れ、戦争を仕掛けたのだ。

 ヴァンパイア達は当然応戦したが、そこは伝承通り──日光や聖水、杭等弱点も多く、何より総数で劣っていた彼女らは次第に追い込まれ、遂には滅亡してしまう。唯一生き残ったカミューラはひとり孤独に棺の中で永遠の眠りに就いていたのだが……彼女を目覚めさせ、人類へ復讐するよう嗾けた者がいたのだ。

 どれだけ抗おうと、どれだけ懇願しようと、一族への迫害は止まらなかった。神に祈ろうと、その声を聞き届けてはくれなかった──ならば自分の手でやるしかない。闇のデュエルで集めた敗者の魂を用いて一族を復活させ、人類への復讐を果たすのだ──!

 

 

「これは言うなれば、人類とヴァンパイアの時を越えた戦い。人間如きが我ら一族に勝てるはずがないのだと証明するのよ!」

 

「……なる程、そういうこと。ようやく分かったわ──私がなぜ、あなたに挑もうと思ったのか」

 

「なぜ……?仲間の仇を討つ為じゃないのかしら?」

 

「私、そういうのは柄じゃないのよ。だから正直、自分でも驚いていたのだけど……私、あなたが気に入らなかったのね」

 

「……なんですって?」

 

「確かに、あなたの境遇には同情するわ。一方的に怪物だなんだと指を差されて迫害され、挙句一族は滅びてしまった……生き残りであるあなたの人類に対する怒り、それは凄まじいものなんでしょう──けれど復讐の為に、一族の品格を落とす様は見ていられないのよ」

 

「何が言いたいのッ!」

 

「思い出しなさい!あなたは誇り高きヴァンパイアの貴婦人なのでしょう。一族の為にその身一つで復讐に身を投げる程、一族を愛していたのでしょう。負ければ魂を奪われる闇のデュエルと、闇のカード──それを使うのはいいわ。けれどそのリスクを背負わず他者に擦り付ける今のあなたに、誇り高き一族の面影はあるのかしら?」

 

「っ……たかが十年そこらしか生きていない小娘に何が……ッ!」

 

「わかるわよ。私も同じだもの──」

 

 世界的に名の知れた俳優を親を持つ雪乃にとって、自分の一挙手一投足はそのまま親の評価に繋がる。逆もまた然り、両親が何か不祥事を起こせば、その娘である雪乃にまで飛び火しかねない。だから雪乃と彼女の両親は、互いの為にある約束を交わしていた。

 

 即ち「欲しいものは娘/両親に頼らず、自分の実力で勝ち取ること」──学校の成績、映画の配役、欲しいカード、そして想い人──姑息な真似はせず真っ向から掴み取る。その為の力なら既にあると、彼女の両親は言った。

 

 

 ──だってあなたは、藤原雪乃(私たちの娘)だもの。

 

 

 以来この言葉は、雪乃の胸に深く刻み込まれている。勝つ事が重要なのではない。例え負けるにしても、両親/娘の顔に泥を塗らない負け方を。胸を張って報告できる、誇りある負け方を。

 

「──復讐に目が行く余り、愛する一族の誇りを自ら貶めていくあなたを、これ以上看過することは出来ないわ」

 

「っ……もう遅いわ。私はもう、引き返せないのよ……ッ!」

 

【幻魔の扉】を発動した時点で、カミューラの魂は既に三幻魔の手の中にある。払った代償を帳消しに出来ない以上、彼女を救うならば雪乃が敗北する他ないが……それは出来ない。

 

 このデュエルで雪乃が求めるものは勝利のみ──すぐそこにある勝利へ伸ばす手を、途中で下ろすわけには行かなかった。

 

 

「──だから、私が終焉(おわ)らせてあげる。私のターン──ッ!」

 

 

 流麗ながら力強い雪乃のドローが空気を揺らし、カミューラの頬を撫でる。

 

「魔法カード【天使の施し】を発動!デッキから3枚ドローして、手札を2枚捨てる──続けて【ソニック・バード】を召喚して効果を発動、デッキから儀式魔法【高等儀式術】を手札に加えるわ」

 

 

【ソニック・バード】

 ☆4 鳥獣族 ATK1400 DEF1000

 

 

「速攻魔法【儀式の下準備】──デッキから【エンド・オブ・ザ・ワールド】と、墓地の【デミス】を手札に加える」

 

 これで必要なカードは揃った。ここまでひたすら耐えに耐えてきたアカデミアの女帝の反撃が始まる──!

 

「儀式魔法【エンド・オブ・ザ・ワールド】発動!私が素材にするのは場の【ソニック・バード】と、墓地に存在する2体の【儀式魔人】──」

 

「墓地のモンスターを儀式召喚の素材に……ッ!?」

 

【儀式魔人】モンスターは儀式召喚を行う際に墓地から除外する事で、儀式素材として使用することが出来る。雪乃が【天使の施し】で捨てた2枚──【儀式魔人デモリッシャー】と【儀式魔人ディザーズ】はそれぞれレベル3と1。レベル4の【ソニック・バード】と合わせ、王の降臨に必要な生贄は満たされた。

 

 

「今こそ、果てなき戦いに終焉(ピリオド)を──【終焉の王 デミス】──!」

 

 

 再びフィールドに降臨した終焉の王。その双眸には、まるで確固たる雪乃の意志が反映されたかのように蒼い炎が滾っていた。

 

 雪乃LP:3100→1100

 

「【デミス】の効果発動。全てを終焉(おわり)にしましょう──終焉の嘆き!」

 

「それでも私はッ……一族の復活の為に、負けるわけにはいかないッ!──【ヴァンパイアの支配】発動ッ!」

 

 赤い月からまたも無数のコウモリ達が【デミス】に群がり、その身体に牙を突き立てる。これではまた以前のターンと同じ結果になると、そう思われたが……

 

「──そう、それでいいのよ。足掻きなさい。例え誇りが欠けていようと、あなたの一族に対する想いは紛れもない本物なのだから。ここで折れることはこの私が許さない、最後の最後まで戦い抜いて、あなたの誇りを示してみせなさい──!」

 

 雪乃の想いに呼応するように、【デミス】が吼える。握り締めた戦斧に己が力を集約させ、一気に振り抜く──!

 

 次の瞬間、辺りは蒼炎の嵐に包まれていた──。

 

 世界の全てを焼き尽くし、一切合切を根絶する終焉の嘆きは、群がっていたコウモリ共々カミューラの場に存在した【ヴァンパイア】達を痕跡の1つすら残さずに消却する。

 

「馬鹿な……何故!?【ヴァンパイアの支配】を逃れたというの!?」

 

「いいえ……言ったでしょう、逃げる必要なんてない──あなたの全てを受け止めて、燃やし尽くす。ただそれだけよ」

 

 今の【デミス】は召喚の素材となった【儀式魔人ディザーズ】の効果によって相手の罠カードが通用しない。同じカウンター罠でないとチェーン出来ない【ヴァンパイアの支配】だろうと、決意を新たにした王を止める事はできないのだ。

 

「我らヴァンパイアはこの程度では終わらない!──墓地の【ヴァンパイアの幽鬼】の効果!ライフを500払い【幽鬼】を除外することで、手札の【ヴァンパイア・レディ】を守備表示で召喚する!」

 

 

 カミューラ:LP6200→5700

 

 

【ヴァンパイア・レディ】

 ☆4 アンデット族 ATK1550 DEF1550

 

 

 全てが滅ぼされて尚フィールドに立ち、終焉の王と相対する吸血鬼の貴婦人──その様は、まさに今の雪乃とカミューラそのままだった。

 

「例えフィールドが全て破壊されようと、ライフはまだまだ私の方が上!たった1人の王に根絶やしにされる程、ヴァンパイアは甘くないわッ!」

 

「1人じゃないわ──(わたし)には、私を支えてくれる人がいる。私を信じてくれる人がいる……ええ、そうよ。今の私は──もう孤独(ひとり)じゃないッ!」

 

 その言葉と共に発動された【高等儀式術】により、雪乃のデッキから2体の【デュナミス・ヴァルキリア】が墓地に送られる。2つの勇敢なる天使の魂を礎として、今ここに破滅の女神が降臨する──!

 

 

「王と共に並び立ちなさい!──【破滅の女神 ルイン】──ッ!!」

 

 

【デミス】の横に降り立った赤いドレスの女神。ひたすら苛烈な王のそれに対し、女神はどこか慈悲を感じさせる目をしていた。

 

 

【破滅の女神 ルイン】

 ☆8 天使族 儀式 ATK2300 DEF2000

 

 

 曰く、世界の終焉とは2種類存在する──文字通り、蒼き炎を以て全てを破壊し根絶する終焉の王。

 

 そしてもう1つ──歴史が正しき道を外れる以前まで時を巻き戻し、全てをやり直す破滅の女神。

 

 2つの終焉(おわり)を統べる女帝がこの戦いに幕を引く役目を授けたのは──

 

 

「私は手札の【巨大化】と【ビッグバン・シュート】を──【ルイン】に装備──さぁ、フィナーレよ!」

 

 

 雪乃のライフは【デミス】の効果コストも相まってカミューラより大きく下回っている。【ルイン】の攻撃力は【巨大化】によって元々の攻撃力の倍──4600となり、そこへ重ねられた【ビッグバン・シュート】が更に攻撃力を400上乗せする。

 

 

【破滅の女神 ルイン】

 ATK2300→5000

 

 

「……来なさい!私は誇り高きヴァンパイアの貴婦人、カミューラ!最後まで戦ってみせるわ!」

 

 カミューラの言葉を聞いた雪乃は、小さく笑みを浮かべた。

 

「バトル!【破滅の女神 ルイン】で【ヴァンパイア・レディ】を攻撃!──R(ルイン):ジェネシス!!」

 

 

 破滅の女神が錫杖を差し向けると、貴婦人の周囲の時間が急速に巻き戻されていく──やがて【ヴァンパイア・レディ】は、安らかな表情でその体を霧散させた。

 加えて【ビッグバン・シュート】の効果で、カミューラに3450の貫通ダメージが与えられる。

 

 

 カミューラ:LP6200→2750

 

 

「【破滅の女神 ルイン】の効果!相手モンスターを戦闘で破壊した場合、もう一度続けて攻撃出来る──誇り高きヴァンパイアに捧げる終焉の一撃、受け取りなさい!──Re:ジェネシス!!」

 

 

 その一撃に、痛みは無い。女神の齎す優しき終焉は、ただ静かに、カミューラのライフポイントをゼロにした。

 

 

 カミューラ:LP2750→0

 

 

 戦いを終え、女神と王が姿を消すと同時に、辺りを渦巻いていた蒼炎も立ち消える。残された雪乃は、敗北して膝をつくカミューラをジッと見つめていた。

 

「ふふ……この時代で目覚めてから、私は何よりも敗北する事を嫌っていた。同胞達の為にも、負ける事は許されないと──けれど、こんなに気持ちのいい敗北というものも存在するのね。知らなかったわ」

 

 どこか憑き物が取れたような顔で敗北を受け入れたカミューラは、懐から小さな人形を取り出す。

 

「──約束よ、この子の魂を解放しましょう」

 

 古びた絨毯の上に横たえられた人形が怪しげな光に包まれ、中に封じられていた亮の魂と肉体を解放する──同時に、万丈目が回収していた人形も元のクロノスの姿を取り戻した。

 

「──そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね」

 

「……藤原雪乃よ」

 

「雪乃……あなたには、お礼を言うべきかしら。復讐に囚われ忘れていたヴァンパイア一族の誇りを思い出させてくれた事、そしてその誇りを最後まで貫かせてくれた事、感謝するわ──こんな形で出会ってさえいなければ、案外あなたとは気が合ったのかもしれないわね」

 

「………」

 

 雪乃が返す言葉を選んでいると、突然カミューラの背後に巨大な扉が現れる。

 

「これは……ッ!?」

 

「【幻魔の扉】──!」

 

「そう……もう時間という事。思っていたより、三幻魔というのは空気が読めるみたいね。お陰でお礼も言えたわ──……ぅッ!」

 

 扉が開き、中から白いモヤのようなものが現れる。それはやがて悪魔の手を形作り、カミューラの首を掴み上げた。

 

「カミューラッ!」

 

「いいのよ……っ、これは本来、私が負うべきだった闇の力の代償……ッ!私はもう、逃げも隠れもしないわッ!」

 

 そんなカミューラの言葉を聞き届けてか、悪魔の手はカミューラの身体から「何か」を抜き取っていった。

 扉が閉じられ、姿を消す。再び訪れた静寂の中で、「何か」が抜き取られたカミューラの身体は、塵となって崩れ去った。

 

 衝撃的な光景に驚く暇も無く、今度は地響きが──主であるカミューラを失ったことで、この古城が崩壊を始めているようだ。

 

「早く逃げるわよ──雪乃、皆!」

 

「行くぞ、雪乃──!」

 

「……ええ」

 

 昴に手を引かれ、雪乃は皆と共にこの城を脱出するのだった。

 

 城が崩れ去り、湖を取り巻いていた濃霧が晴れる──どうやらもう日が昇っていたらしく、暗闇に慣れていた目を朝日が灼いてきた。

 

「見届けたわよカミューラ……私が保証するわ。あなたは間違いなく、本物のヴァンパイア──その誇りを取り戻した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍵こそ1つ奪われてしまったものの、無事に亮とクロノスの魂を取り戻せた事でその場を良しとし、一同は解散。亮は念の為検査を受けに行くということで、翔と明日香と共に保健室へ。昴は雪乃をブルー寮まで送り届けてから保険室に戻ることにした。

 

 その道中──

 

「──それにしてもヒヤっとしたぞ。かなりギリギリだったろ」

 

「あら。そう見えたなら、私の()()()も中々のものということね」

 

 カミューラとのデュエル前、保健室で吹雪から闇のアイテムを受け取った後の事だ──

 

 

 ──カミューラを倒すなら、今までみたいな少しずつライフを削って攻めてく方法じゃダメだ。

 

 ── 一気にライフを削りきれるだけの火力を手札に揃えなきゃならない。

 

 ──その為にだ、とにかく耐える。攻撃封じ、ダメージカット、攻撃吸収なんでもいい。

 

 ──とにかく耐えて、待つんだ。少なくとも奴が【幻魔の扉】を発動するまでは。

 

 

 実際、カミューラはやり手の決闘者だった。遅まきながらも雪乃が手札にカードが揃うのを待っている事を見抜き、それに対する備えを施せる判断力が序盤から発揮されていては、雪乃は速攻を仕掛けられて負けていただろう。

 

 そこで雪乃は「追い詰められる演技」をすることを提案した。露骨過ぎても、余裕が見え過ぎてもいけない。今まで培ってきた女優の卵としての全てを注ぎ、全力で「カミューラの手の上で転がされる獲物」を演じきった。明らかに誘導されていた【デミス】の効果を【ヴァンパイアの支配】で無効にされたのも、その一環だ。

 

 これが実を結んだのは、正しく【幻魔の扉】が発動したターン。あの時カミューラには【幻魔の扉】を発動する前に攻撃するという選択肢もあった。そこで雪乃が精一杯の虚勢を張り(という演技)、カミューラを煽ることで視野を狭め、雪乃を更なる絶望に突き落としてやる、という嗜虐心めいたものを引き出す事に成功。闇のカードをやり過ごすことが出来た。

 

「──【強欲な壷】でドローしたカードが【和睦】じゃなければあのターンで負けてたし、【裁きの天秤】だってドロー枚数は相手依存だ。ここまで来ると、運が良いなんてレベルじゃないぞ」

 

「そうね……でも私からしてみれば、やっぱりあれは必然だわ」

 

「……その心は?」

 

 足を止めた昴に、少し先を歩く雪乃は振り返り──

 

 

「だって、信じていてくれたでしょう?必ず私が勝つって──あなたがそう信じてくれたのなら、()()ならない訳がないわ」

 

 

 思わぬ返答に、昴は目をパチクリさせる。

 

 

「だって──私は藤原雪乃なのだから」

 

 

 何故だか不思議と、納得できた。

 

「それより昴、覚えているかしら?」

 

「……何を?」

 

「私、言ったわよね。"頑張ったいい子にはご褒美を"──私、とても頑張ったわ。ご褒美をくれてもいいと思うのだけど?」

 

「ご褒美、って言われてもな……」

 

 天下の女帝様のお眼鏡にかなうものなどあっただろうか……と考えていると、気付けば目の前に小さく頬を膨らませた雪乃の顔が。

 

「……わざとやっているのなら、随分と意地が悪いわね──」

 

 そう言って、昴の前で瞳を伏せ、口を小さく突き出してきた。

 この行動が一体何を意味しているのか、流石に分からないということはない。命をかけた闇のデュエルを戦い勝利したのだ、確かに褒美の1つくらい要求して然るべきだが……

 

「(いや、いいのか本当に!?もしまたからかわれてるだけだったら滅茶苦茶恥ずかしいんだが……ッ!)」

 

 葛藤に続く葛藤の末、昴は──

 

 

 チュッ

 

 

 緊張で身体を強ばらせながらも、雪乃の額に軽く口づけを落とした。

 

「昴……」

 

「だっ……だって前に言ってたろお前。"自分は実は悪い子だ"って──悪い子にはそれで十分だ」

 

 ふと脳裏に過ぎった実技テストでの雪乃とのデュエル。その時の彼女の言葉を思い出した昴は、出だしから噛みつつも小粋な返しをすることに成功。我ながら悪くないのでは?等と思っていると──

 

 

「ん──ッ」

 

「ッ……!?」

 

 

 不意に顔をむんずと掴まれたかと思えば、下へと引き寄せられ──昴の唇に、雪乃のそれが重ねられた。

 触れていたのはほんの1秒程度、すぐに昴は解放される。突然のことで呆然とする昴に雪乃は、

 

「──悪い子だもの、これくらいしてもいいわよね?──明日香には内緒よ」

 

 と、昴の口に指を立てて口止めする。

 

「ここまででいいわ。あなたも早く保険室に戻りなさい」

 

 女子寮に程近い場所で別れた雪乃は、今しがた触れ合った唇──ではなく、額をそっと撫でる。

 

「(初めて、彼からしてくれた……!)」

 

 

 ──雪乃は1つ、嘘をついた。

 

 カミューラとの闇のデュエル。ああも事が上手く運んだのは必然だった、と彼女は語ったが……心の底では、常に敗北の恐怖と戦っていた。カードの巡りが悪ければ、自分は間違いなくここにはいなかっただろう。

 

 それでも……それでもだ。

 自分を頼りにしてくれる仲間の──親友の──想い人の前では、誰にも負けない気高き女帝でいようと、そう決めているのだ。

 




ゆきのんのヒロイン力が限界突破しております、計測不能です。
…あの、明日香さんがここから巻き返すにはどうすればいいですかね?


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補習の時間/昴先生のちょこっとデュエル学

1話で2部構成、サザエさんっぽい方式でお送りします


 ☆

 

 しつこいようだが、デュエルアカデミアは学校だ。

 授業もあればテストもある。そして授業をサボったり、成績不振によって単位が足りないなんて事が起きれば、当然補習を受ける必要が出てくる。

 

 そしてそれは、セブンスターズとの闇のデュエルのダメージが抜けずに数日間保健室暮らしをしていた昴も例外ではなかった。──学内でもエリートとされるオベリスク・ブルーの生徒は進級に必要な単位やら出席日数が中々シビアで、本校に復帰した万丈目がブルーでは進級できない為レッドに異動したのは記憶に新しい──回復するなり目の前に積み上げられた補習用のプリントやら小テストやらで目が眩みそうになった。

 

「"Q.モンスターの種族は全部で何種類存在する?"──え~っと……サイキック族っていないよな?…いないよな?学内に使用者がいないだけで存在はしてるとかやめてくれよぉ…──あー、19……いや待て、幻神獣は?三幻神は込みなのかコレ?…くそ、注釈も何も書いてねぇし……考えろ、ここのオーナーは誰だ?そう、あの海馬瀬人だ。だったらオベリスクを回答からハブるような真似は……いやでもあの人が問題作ってるわけじゃないしなぁ……」

 

 補習2日目──今日も今日とてウンウン唸りながら回答欄を埋めていく最中、教室の扉が開く。

 

「──お疲れ様。調子はどう?」

 

「ん?──あぁ、明日香……ィや正直しんどい」

 

「確かここの授業、そんなに難しい事はやってなかったはずよ。授業を休んでたとはいえ、あなたならそう躓くような所じゃ……」

 

「あぁ、問題はそんな難しくないんだ、それは違いない。けど量が量だし偶にやたらニッチな問題入ってるしもうくっそ眠いし腹は減るし……はぁ」

 

 デュエルをしていれば日常である活字とのにらめっこも、脳みそフル回転で6時間ぶっ通しともなれば気も滅入る。そんな昴を見かねたのか、

 

「──はいコレ。購買で適当に買ってきたから、少し休憩しましょ」

 

「ありがてぇ……」

 

 ペンを置いた昴は、女王からの賜り物(サンドイッチ)ををありがたく拝領するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁふ……」

 

「本当に眠そうね……夜更しでもしてたの?」

 

「あー、まぁそうだな……でも遊んでたわけじゃないぞ」

 

「何してたのよ?」

 

「家庭教師……的な?」

 

「家庭教師って、他のブルーの生徒に?」

 

「いや、早乙女に」

 

 さらりと出てきた聞き覚えのある名前に、明日香は数秒首を傾げてから、その人物に思い至った。

 

「早乙女って……早乙女レイ!?」

 

「そう。小5の身でアカデミアに乗り込んできた恋の暴走列車みたいな、あの早乙女レイだ」

 

「何であの子が?っていうか、どうして連絡先知ってるのよ?」

 

「ほら、帰ってった時に"卒業したらちゃんと入学する~"的なこと言ってたろ?アレ、本気で目指してるっぽくてな。もっと強くなりたい。って事で、今から勉強を始めようと思ったらしい。相当な気合の入り様だな──急に連絡してきた時はマジで驚いたけど」

 

 絶海の孤島であるデュエルアカデミアだが、オンラインならば本土と繋がることが出来る。レッド寮はともかく、ブルー寮であればその為の設備にも事欠かない。ここ最近──セブンスターズとの戦いが始まる少し前から、それを使って家庭教師の真似事をしていたのだ。

 向こうから声をかけてきた以上、知っていなければならない昴の連絡先に関してだが…PDAを返却する前に、履歴からIDをメモなりしていたのだろう。……そう考えると、レイはあの時点で既にこうするつもりだったという事になり、どこかゾクリとしたものが走るのだが。

 

「本当に大丈夫なの?こんな調子で家庭教師なんて。それにセブンスターズとの戦いも……」

 

「だから一応、俺の都合優先って事にはしてもらってる。まぁ家庭教師つっても毎日じゃないし、この眠気は主に昨日今日と続く補習のせいだからな。こいつらさえやっつけちまえばなんて事ァないさ──ごちそうさま。さぁて、もうひと踏ん張りだ」

 

 サンドイッチを完食した昴は今一度机に向かう。その間、明日香は集中する昴の横顔をじっと眺めていた。

 

 

 それから1時間弱が経過し……

 

 

「──終わったぁ……!」

 

 明日香の差し入れによる休憩が良い気分転換になったのか、ラストスパートは思っていたよりもスムーズに運んだ。全ての補習を制覇した昴は、椅子にもたれて天井を仰ぎ見る。

 

「お疲れ様」

 

「ああ。明日香も悪かったな、差し入れだけじゃなく、詰まった所手伝ってくれて。本当に助かった」

 

「気にしないで。兄さんの件のお礼もちゃんと出来てないし……」

 

「それこそ気にするな。明日香の兄さんが戻ってきたのは良い偶然の結果だ。自分の運を褒めてやれよ……俺…デュエルでかっただけだし──」

 

「それでもよ。あなたがあのデュエルで勝っていなければ、兄さんの魂は今もダークネスに囚われたままだったかもしれない。兄さんだけじゃない──あなたの身にも、もしもの事があったらって思うと……だから、私に出来ることなら──!」

 

 俯けていた顔を上げた明日香が見たのは、天井を見上げたまま寝落ちした昴だった。至って真剣な話をしていたつもりだったが、本人はあくまで気にしていない──それよりも補習との戦いの疲れから来る睡眠欲の方が勝ったらしい。呆れたように小さく笑った明日香は、聞こえていないと分かった上でそのまま言葉を続ける。

 

「──私ね。兄さんが戻ってきてくれたのは勿論だけど、それと同じくらい、あなたが無事でいてくれた事が嬉しかったわ。あなたにはずっと助けられてばかりね」

 

 明日香の脳裏に思い起こされる過去の記憶──雪乃をアカデミアに引き留めてくれた事、廃寮で謎の男に攫われた自分を助けてくれた事、決闘者猿に攫われたジュンコを助けてくれた事、墓守の一族に捕らわれた自分達を助けてくれた事──。

 

 他にも数々の思い出が浮かんでは消えていく中で、何故かやけに強調されたものがひとつ──定期テスト直前の出来事だった。

 

「(なっ、何であの時の事なんか思い出しちゃったのかしら……!?)」

 

 もっと他にあっただろう。と振り返ってみるが、どうにも例の記憶が頭の中から離れてくれない。それどころか、どんどん鮮明に思い出していってしまう。

 

 

 ──密着する2人の身体、すぐ近くで感じる彼の息、早まる心臓の鼓動、熱を帯びていく自分の身体──

 

 

「~~~~ッ!」

 

 半ば無理矢理に思考を打ち切る。ひとまず深呼吸して気持ちを落ち着かせた明日香は、自分の胸に手を当てて鼓動を感じる。思考は至って冷静だが、それとは裏腹に心臓は早鐘を打ち続けていた。

 

「(今──今、なら……)」

 

 周囲を見回す。教室には自分達以外誰もいない。誰かが廊下を歩いている気配も無い。正真正銘、2人きり。

 

 

 ──()なら──

 

 

 小さく息を呑んだ明日香は、眠りこける昴の顔を見つめる。無意識に足音を殺しながら1歩、2歩と近づき、無防備な寝顔をまじまじと見つめる。そして──

 

 

「っ…───」

 

 

 恐る恐る、昴と自らの唇を重ねた。初めて感じた微かな弾力に驚いてすぐ口を離した明日香は、つい先程まで触れ合っていた自身の口元を押さえる。

 

「(私…ッ、なんて事……!こんなのいけないわ、こんな──)」

 

 寝込みを襲うも同然な自らの行いを諌める明日香の脳裏を、再び過去の記憶が過ぎる──今度は、親友の声で。

 

 

 ──優等生もいいけれど、もっと自分に正直になりなさい。

 

 

「(こんな、の……)」

 

 自分に正直に──そんな親友の声が、明日香の理性を少しずつ、しかし着実に溶かしていく。

 

「(ダメ……ダメよ。こんなの、昴に悪いわ)」

 

 

 ──なぜ?

 

 

「(こんな、私の、か…勝手な欲求で……!)」

 

 

 ──じゃあ、どんな理由ならいい?

 

 

「(理由──り、ゆう……)」

 

 それは欲求に従いたい本能の囁きか、または溶けかけの理性が本能に同調した結果なのか──見つけた。

 

「(お礼……そう、よね…これはお礼、なんだもの──)」

 

 もう、天上院明日香は自分を止める事が出来ない。

 出来る事といえば、先程よりもしっかりと唇に伝わった感触を堪能する事。そして、このまま昴が目を覚ますまで唇を離したくないという欲求を抑え込む事だけだった。

 

「──…っはぁ、はぁ……!」

 

 心の奥底では名残惜しさを感じつつ口を離した明日香は、そのまま早足で教室を出て行く。幸か不幸か、昴が目を覚ましたのは、丁度明日香が教室を出て行った後だった。

 

「……エリアル、何ニヤニヤしてんだ?」

 

『べっつにぃ~?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 ──某日の夕方、昴の部屋にて。

 

「──よし。それじゃ始めるか」

 

『うん、よろしくお願いします!』

 

 昴が向かうモニター越しに聞こえてくる可愛らしくもやる気に満ちた声は、昴の生徒である早乙女レイ。今日も今日とて昴先生の授業が始まる。

 

「さて、前回でデュエル初心者が学ぶような超基礎基本をさらい終わった訳だが……うん、全く問題ないな」

 

『当然!これでも1回アカデミアの編入試験受かってるんだから!』

 

「そう、俺はその事実をはっきり言って忘れていた。すまん。さぞ退屈な授業だったろう」

 

『……まぁ正直、うん。今更攻撃表示と守備表示とか、カードの種類教えられてもなぁ…って。あ、でもチェーンとかスペルスピードについてはいい復習になった』

 

「いや本当にすまん……まぁ終わった事は置いといて、だ。ここからはお前が俺に家庭教師を頼んできた日に言ってた言葉──もっと強くなりたい──という部分に焦点を当てていこうと思う」

 

『待ってました!で、何を教えてくれるの?強いデッキの作り方?それともすごい戦術とか?』

 

 

「まぁ落ち着け、そう慌てるな。今回のテーマはこれだ──"強さと上手さ"」

 

 

 モニターにでかでかと表示されたテーマに、レイは首を傾げる。

 

『……どういうこと?』

 

「まずは質問だ。早乙女、お前は強くなりたいと言ったが、具体的に()()強くなりたい?」

 

『どう、って……そりゃあ勿論、デュエルで勝てるように……えっと、あれ……?』

 

「うん。気づいたかもしれないが、今のお前はただ"強くなりたい"という漠然とした目標を打ち立てただけに過ぎない状態だ。その具体性──()()()()()()()()()()()()()()()()が不明瞭なままデッキや戦術の話をしても、十分な効果は期待出来ない。だから今回は、そこんトコを明確にしていこうと思う」

 

『なる程…分かった。──でも、それがこのテーマとどう関係する訳?』

 

「そうだな……まず大前提として、"強さ"と"上手さ"は広義の上じゃ同じものだ。どっちも目指すのは勝利だからな。それじゃあどう違うのかって話だが──ズバリ、(パワー)(テクニック)だ」

 

『パワーと、テクニック……あ、ちょっと分かって来たかも』

 

「流石、理解が早い──各地で行われてる大会の入賞者のデッキレシピをざっと見てみたんだが、やっぱり攻撃力の高いモンスターを並べて高火力で押し潰すパワーデッキが傾向として多い」

 

『つまり、その人達は強さ──モンスターの攻撃力を重視してるってこと?』

 

「そういう事だな。でも、だからといって技を重視するタイプが弱いなんて事はない。寧ろその逆──パワーデッキが幅を利かせる程、テクニック系のデッキは光ると、俺は思ってる」

 

『んー…でも、結局のところ相手のライフを削るのはモンスターなんだし、攻撃力の高いモンスターが多いパワーデッキの方が有利っぽいけど』

 

「よし。じゃあまずはパワー型の大まかな戦い方を見てみよう──」

 

 ──このタイプの戦い方は至ってシンプル。

 デカいモンスターを出して殴る。邪魔なカードは魔法・罠カードで破壊する。そしてデカいモンスターを出して殴る。この繰り返しだ。無論、今のはわかりやすさ重視の説明だが、究極的にはこう表していいだろう。

 

『これは分かり易いね』

 

「うん。別名"ビートダウン"──デュエルの1番ベーシックな戦い方だな。パワー型デッキの利点は、やる事がスッキリしてるからとにかく扱いやすい。サポートカードも選びやすいしな」

 

『攻撃力の高いモンスターで戦うから、相手の邪魔な伏せカードを破壊するカードとか、上級モンスターを早く出す為のカードを入れるんだね』

 

「その通り。じゃあ次は、テクニック型のデッキだ──」

 

 ──こちらはパワー型と違い、ゆっくりじっくり戦うスタイルと言えばいいだろうか。

 まず、基本的にモンスター同士の戦闘にはそこまでこだわらない。多彩なカード効果を駆使して、徐々にリソース差を広げて勝つデッキだ。

 

「"コントロール型"とも呼ばれるこのタイプの特徴は、デュエルの進捗に応じて戦い方を変える事にある」

 

『戦い方が変わる…?』

 

「まずデュエルの序盤は、相手のライフよりも()()()()()()

 

『カードを…って、それじゃ勝てないんじゃ……?』

 

「デュエルをするには、まずカードが無ければ始まらない。相手が召喚するモンスターや伏せカードといったものを、まずは処理していくんだ」

 

『でも、パワー型は強いモンスターを出す為のカードを多く入れてたりするんだよね?』

 

「そうだな。1体で2体分のリリースとなる所謂ダブルコストン効果だったり、カードの効果で特殊召喚してくることもあるだろう。テクニック型はそれにも対処していかなきゃならないし、当然押し切られる事もある」

 

『なんか、考えること一杯で大変そう……』

 

「実際その通りだ。特に、用意できる妨害の数が少ない序盤は、相手にとって"どこを妨害されたら嫌か"って部分を的確に見抜く必要がある。相手が苦労して召喚した上級モンスターを潰したり、手札を増やすカードを無効にしたりな。そうやって相手の使えるカードを削りながら、自分はカードを増やしていく。攻勢に転じるタイミングも見極めなきゃいけないから、正直言って玄人向けの戦術だな。上達までの道は長いが、その分ハマれば鬼のように強い。何より、その過程で得た知識と経験、戦術眼は、デュエルを続ける限り必ず役立つ──個人的には、決闘者人生で是非1度は触ってみて欲しいデッキタイプだ」

 

 勿論、これら2つのデッキタイプも各々で細分化することが出来る。魔法・罠で相手を抑えながらリリースを必要としない下級モンスターでさっさとライフを削りきる速攻デッキや、強力な1体のモンスターをひたすら維持して戦うデッキ等、戦い方は多岐に渡る。

 

『なる程…ただ"勝つ"ってだけでも、こんなに違いがあるんだ』

 

「さて、ここまで話した上でだ──早乙女、お前はどう強くなりたい?」

 

 画面の向こうで暫し考えるレイ。

 

『……これって、パワーとテクニック、どっちかに振り切らなくてもいいんだよね?』

 

「勿論。ただ、どちらか主軸にする戦術があった方が、作るデッキのイメージもし易くなると思う」

 

『──正直、まだ固まりきってはいないんだけど…でも、なんとなく見えた気がする』

 

「ま、何もこの場で全部決める必要は無いさ。言っちまえば好みの問題だからな、後からどんどん変わっていく事だってある。好きな戦術からカードを選ぶか、好きなカードを活かせる戦術を選ぶか──全ては早乙女次第だ。じっくり考えてみるといい」

 

『うん──実は、ちょっと気になってるカードがあるんだ。そのカードを中心に考えてみる。ありがとう、昴!』

 

「参考になったなら何よりだ。──そろそろいい時間だな、今日はここまでにしよう」

 

『ありがとうございました!』

 

「ああ、お疲れさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──本日の授業を終え、通信を切ったレイは、とあることに気づく。

 

「あ、昴のデッキ、どんなのか参考に聞いとけば良かったかな…?──ううん、次会った時デュエルするんだもん、楽しみは取っておかないとだよね」

 

 机の脇に広げられた数枚のカードの中から、1枚を手に取る。

 

「これから一緒に頑張っていこう、よろしくね!」

 

 そう言って小さな卵の描かれたカードに、レイは笑いかけるのだった。

 




今の時代じゃ速度の問題で敬遠されがちですが、コントロールデッキはマジで1回は触ってみて欲しいですね。規定ルートで先攻展開からの制圧では得られない栄養があると思ってます。オススメは閃刀姫、オルターガイスト、使い易いところでラビュリンスでしょうか。
環境デッキ相手に戦うのはもう厳しいでしょうが、エルドリッチも良さそうです。


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見せろ、雑魚の底力!VS万丈目兄弟(前編)

 その報せは、ある日突然やって来た──

 

「──学園の買収だって!?」

 

「うむ……なんとも唐突な話だが、そんな話が先方とオーナーの間で勝手に進められていたらしい」

 

 休日の昼間からデュエルアカデミア校長室に呼び出された万丈目と昴、そして呼び付けついでに付いて来た十代と翔は、突然出てきたとんでもない話に耳を疑う。

 

「じゃあ、もう買収は決定したってことですか?」

 

「いえ、流石に変わり者のオーナーとて二つ返事で了承した訳ではありません。我が校の代表生徒と先方のデュエルで、買収の可否を決める事となりました」

 

 鮫島曰く──買収相手にデュエルの条件を持ちかけられた学園のオーナーは、

 

 ──よかろう、デュエルアカデミアに貴様ら如きに遅れを取るような決闘者は必要ない。その様な軟弱者しか育てられん学園なら、こちらからくれてやるわ!

 

「──とかなんとか、好き放題言っちゃったらしいんだにゃ」

 

「そりゃあなんともまぁ勝手な話で……」

 

「全くなのにゃ……」

 

「この学園を買収なんかさせてたまるか……!そのデュエル、俺がやるぜ!」

 

 勝負を買って出た十代だったが、鮫島は首を横に振る。

 

「そうもいかんのだ。デュエルの相手は、既に先方が指名してきている」

 

「指名……じゃあ、万丈目と昴が呼び出されたのは──」

 

「ま、そういう事なのにゃ」

 

 そこへ、備え付けの電話機から着信を告げる電子音が鳴り響く。どうやらテレビ通話らしく、鮫島の了承を得た大徳寺は壁の大型モニターへ映像を飛ばした。

 

『──暫くぶりだな、準』

 

「なっ……兄さん達!?」

 

 モニターに映し出された顔は、万丈目の兄達──かつてノース校との交流試合を行った際、弟の活躍を全世界へ広めようと勝手なお膳立てをしてプロ決闘者まで雇った挙句、本校側の完全勝利という形で面目を潰された因縁を持つ相手だった。

 

「じゃあ、今回の買収の相手は万丈目グループってことォ!?」

 

「そういう事になるな……」

 

「でも、何で万丈目の兄ちゃん達が急に買収なんて……?」

 

 もっともな十代の疑問に、長男の長作が答える。

 

『知っての通り、我ら万丈目グループの野望は政界・財界・カードゲーム界を席巻することだ』

 

「だが、俺はもう兄さん達の言いなりにはならないと言ったはずだッ!」

 

『フン!誰がお前のような落ちこぼれに期待などするものか!』

 

「なんだと……ッ!」

 

 長作の言葉を、次男の正司が引き継ぐ。

 

『我らは自らの手でその学園を手に入れ、カードゲーム界への足がかりとする事にした!』

 

「──あんた達の野望とやらは分かった。だが"自らの手で"ってのは、勘違いにも程があると思うが?大方、また金に物を言わせてプロに泣きついたんだろ」

 

 そんな昴の言葉を受け、2人の表情が険しくなる。

 

『……あまり我々を舐めないでもらおう。万丈目一族たるもの、同じ轍を踏む愚は犯さない。正真正銘、我ら自身の手でお前達を倒し、学園を手に入れる!』

 

『その通り!準、そして加々美昴!お前達2人には、学園を賭けて我ら兄弟と戦ってもらう。準は兄者と。そして加々美昴、お前の相手はこの私、万丈目正司だ』

 

「待ってくれ兄さん達!俺達の問題に(コイツ)は関係ないはずだ!」

 

『いいや、多いにあるとも。我らの面目を潰してくれたという因縁がな。万丈目グループに泥を塗った事、後悔させてやる!』

 

 万丈目の言葉に聞く耳を持たない2人。こうなればお望み通り、デュエルで彼らを打ち負かす他ない。

 

「けど無茶だぜ。万丈目の兄ちゃん達はデュエルの素人だ。対して万丈目も昴も、学園じゃ指折りの実力者──勝負になるとは思えねぇ」

 

『ハッハッハ──当然、ハンデは付けさせて貰うとも。これを見ろ』

 

 万丈目兄弟は画面の前でアタッシュケースを開いてみせる。その中には、大量のカード達がギッシリと詰め込まれていた。

 

『コレはあの時、準と重村が使うのを拒んだレアカードだ。我々はこいつを使ってデッキを組む。準、お前はハンディとして、()()()5()0()0()()()()()()()()()()()()

 

「なに……!?」

 

『そして加々美昴。仮にもプロデュエリストを破った貴様には、もう1つハンデを追加させてもらう──貴様のデッキに入れられるモンスターカードは3種類だけだ』

 

「そんなの無茶苦茶だ!」

 

「ンなあからさまに不利な条件、飲めるかよ!」

 

 当然の反応を見せる十代と翔だが、万丈目兄弟が言うには、このハンデも既にオーナーとの間で許可が出ているとの事。鮫島も同じ話を聞かされているらしく、彼らが嘘を言っているわけでもないようだ。

 

『最後に、最も重要なルールだ。そちらの2人の内、どちらか一方でも敗北すれば我々の勝ちとさせてもらう。こちらは素人だ、問題あるまい?──デュエルは3日後、楽しみにしているよ』

 

 高笑いを残して通話は終了。校長室に静寂が訪れるなり、

 

「……用が済んだなら、俺は失礼する」

 

 と、万丈目は1人部屋を出ようとする。その背中を十代と翔は呼び止めた。

 

「俺達も力を貸すぜ、万丈目!」

 

「そうだよ!いくらなんでもあんな条件じゃ……!」

 

「──断る。デュエルをするのは俺だ、部外者の助けは必要無い」

 

 十代達の協力をすげなく蹴った万丈目は、黙って出て行ってしまった。

 

「……さて、どうしたもんかね」

 

 そう呟く昴もまた、校長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 噂とは、得てして広まるのが早いものだ。一体どこから聞きつけたのか、ものの数時間もしない内に学園は買収騒動の話で持ちきりになっていた。

 

 

 ──なぁ、今度の買収の話。

 ──聞いた聞いた。万丈目兄弟の策略だぜ、きっと。

 ──じゃあ、万丈目はわざと負けるつもりなのか…!?

 ──だってここが万丈目グループの物になるって事は…なぁ?

 

 

 皆口々に根も葉もない憶測を垂れ流す中、渦中の人である万丈目は心底居心地が悪そうにしていた。

 

 

 ──きっとレッドに落ちた腹いせだぜ。

 ──学園を買収したら、権力使ってブルーに戻るつもりなんだろ。

 ──マジかよ。元々ブルーだったんだし、自力で戻れるだろ。

 ──いや、もしかしたら裏金渡してブルーに居ただけかもしれないぜ。

 ──下手すりゃ中等部の頃からって事か…最低だな。

 

 

「っ……!」

 

 所詮は有象無象の妄言だと流してきたが、流石に限界に達したらしい。反論すべく踵を返す──

 

 

「──お前達、いい加減にしろッ!」

 

 

 ……が、本人より先に声が飛ぶ。万丈目を心配してついて来ていた十代だ。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、そんな言い方無いだろ!万丈目はここの生徒だぞ?1回でもデュエルしたことがあれば、そんな事する奴じゃないってわかるはずだ!」

 

「……でも今回の件、加々美だって巻き込まれてるんだろ?万丈目のせいで」

 

 生徒の1人が昴の名前を出したことで、万丈目は密かに拳を握り締める。少なからず思う所はあったという事なのか。しかしその言葉にも、すぐさま反論の声が上がった──他ならぬ本人の声で。

 

「確かに、俺は一方的に巻き込まれただけだが──それで万丈目を責めるのはお門違いってもんだろ」

 

「……全く、揃いも揃って余計な真似を。キサマらの助けは必要無いと言ったろうが」

 

「お前まだそんな事言ってんのかよ!」

 

 この期に及んで啀み合う万丈目と十代。そこへ昴共々、仲裁に入る者達がいた。

 

「話は全部聞いた──今は学園の危機だ、喧嘩してる場合じゃないぞ」

 

「そうよ。私達に出来る事があれば言って?」

 

 三沢と明日香、雪乃も協力を申し出るが、万丈目は頑として譲らない。あくまでも1人で対処すると言う。そこへ、更なる助言が……

 

「そう尖るな。デュエルに負けるならまだしも、今のままじゃ、そのデュエルすら出来ないんじゃないのか?」

 

 こちらも状況は知っているらしい亮の言葉は図星だったらしく、万丈目は苦い顔をする。

 

「デュエル出来ないって、どういう事?」

 

「簡単な話よ──」

 

 翔の質問に、雪乃が答える。

 

「──条件である攻撃力500未満のモンスターを持っていないんでしょう。昴も、彼もね」

 

 見事に問題点を言い当てた雪乃。それを肯定するように、昴も頷いた。

 元々、万丈目のデッキは【アームド・ドラゴン】や【XYZ】を始めとする高火力モンスターで敵を打ち負かすパワー型。採用されているモンスターの平均攻撃力からして高く、最低でも1000前後といった所だ。昴も同様、儀式モンスターで戦う以上、その攻撃力は総じて高い。

 

 唯一、今回の条件に当て嵌っている攻撃力500未満のモンスターといえば……

 

「──コイツだけだ」

 

「俺もコレだけ」

 

 そう言って2人が出したのは【おジャマ・イエロー】と【鰤っ子姫(ブリンセス)】──前者に至っては効果すら持たない通常モンスターである。昴の場合、調整用カード達の中を漁ればもう何枚かは出てくるかもしれないが、追加ハンデの事を考えると、何がどうなるわけでもない。

 

「そもそもデッキが組めないって事かよ……!」

 

「まぁ、最悪モンスター無しでもやりようはある。何とかなるさ」

 

「でも、今回の場合は2人分のデッキを作らないといけないのよ?単純計算でも80枚はカードが必要になるわ」

 

「どちらか一方でも負ければ終わりな以上、ただカードをよせ集めただけじゃ意味がないぞ」

 

 カードの事も勿論だが、三沢の言う通り、そこがある意味最大のネックだ。

 条件を満たすカードをどうにか掻き集めたとしても、どちらかが負ければ向こうの勝ちとなるルールがある以上、それらのカードで「勝てるデッキ」を作らないといけないのだ。それを2つというのだから、難易度は一気に跳ね上がる。

 

 頭を悩ませる一同の元へ、思わぬ助け舟が──

 

「あくまでも、噂で聞いただけなのですが──この島に一箇所だけ、カードが手に入るかもしれない場所があるのにゃ」

 

「大徳寺先生……?」

 

 大徳寺が言うには、島に広がる広大な森の奥に古い枯れ井戸がある。その昔、ここの生徒達が余った弱小カードをその井戸の中に捨てていたというのだ。

 

「──勿論、決闘者としてカードを捨てるような真似は決してしてはいけませんが……今回ばかりは、ありがたく使わせてもらうといいですにゃ」

 

「早速行こうぜ!その枯れ井戸ってやつに!」

 

「ただし。井戸に近づく者は、捨てられたカード達の怨念によって呪われる──なんて話もありますよぉ」

 

「構わん!例え呪われようと、今の俺にはカードが必要なんだ。この学園を、守らねばならんからな!」

 

「案外、そういう所にいいカードが眠ってたりするもんだしな。ありがたく使わせてもらおう」

 

 善は急げ。手早く準備を済ませた万丈目と昴は、件の枯れ井戸目指して出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大徳寺にもらった地図を頼りに森を進むこと暫く──万丈目と昴は、地面にポッカリと空いた穴を発見する。

 

「──ここか」

 

「みたいだな。正に枯れ井戸って感じだ」

 

「見たままの事を言ってどうする──降りるぞ」

 

 地面に杭を打ち込み、そこに引っ掛けるようにして固定した縄梯子を井戸へ投下。万丈目を先頭にして、3()()()恐る恐る井戸の中へと降りていった。

 

「おお、ここがカードの墓場か……!」

 

「ふむ……確かに、雑魚としか言いようのないカードばかりだな──というか、何故キサマが付いて来てるんだッ!?」

 

 反響する万丈目の怒号は、ワクワクした目で辺りを見回す十代へ向けられたものだ。このカードの墓場に興味を持って、ここまで付いて来たのだ。

 

「でもまぁ、結果的に来てくれて正解だったかもしれないぞ?この量を全部回収するのは2人じゃ骨が折れそうだ」

 

「フン……とにかく、とっととカードを集めて引き上げるぞ。十代、来たからにはお前も働け」

 

「まかしとけ!」

 

 手分けしてカードを回収する傍ら、万丈目と昴は使えそうなカードがないか逐次目を通していく。

 

「うーん……悪くないのもあるけど、どれもあと一歩って感じだなぁ」

 

「仕方あるまい。そうでなければこんな所へ捨てられていないだろうからな」

 

 そんな中──

 

 

『──やいやいやい!テメーら何しに来やがったァ!?』

 

『何しに来やがったァ!?』

 

 

 突然聞こえた謎の声──昴でも万丈目でも、勿論十代でもない──に、3人が辺りを見回すと……いた。

 

『まさか、捨てられた俺達の恨みを忘れたわけじゃねーだろうな!?』

 

『ねーだろうな!?』

 

「知るか。俺が捨てたわけじゃない。」

 

 鋭い牙を剥き出しにしてこちらを威嚇するずんぐりとした体型の謎の生物と、緑色の体色をした一つ目の生物──昴はこの2体に大いに見覚えがあった。

【おジャマ・ブラック】と【おジャマ・グリーン】──言わずと知れた【おジャマ・トリオ】の2体だ。彼らもまた、使えない雑魚カードとしてこの井戸に投棄されていたらしい。

 

『馬鹿にしやがって!やろうってんなら相手になるぜィ!』

 

「来るなら来い。攻撃力0に何が出来る」

 

 万丈目が余裕なのは、この井戸に着く直前に遭遇したカードの怨霊が理由だ。見た目こそ幽霊らしかったが、如何せん元になったモンスターの攻撃力がゼロな為、何かダメージを与えられるわけでもない。そしてこの【ブラック】と【グリーン】もまた攻撃力はゼロ……正真正銘の雑魚モンスターを、万丈目が恐るはずもなかった。

 

『くっそ~!こんな奴らを脅す事も出来ないなんて、俺達ャやっぱ落ちこぼれよォ~!』

 

『せめて弟がいれば、もう少し何とかなるかもしれないってのにィ~!』

 

「だぁ~!泣くな見苦しい!雑魚は雑魚らしく、大人しくしていろ!」

 

 現実を突きつけられ泣き喚く2体。ここが狭い井戸の中ということもあって泣き声は大きく反響し、3人は堪らず耳を塞ぐ。そしてこの2体の泣き声に触発されたのか、ここに捨てられたカード達も同様に自らの非力さを嘆き始める。

 カードの精霊──十代の【ハネクリボー】や昴の【リチュア・エリアル】と同様に、このカード達にも意思が宿っていたのだろう。しかしカードを手にした決闘者達と心を通わせるに至らず──そんな暇すらも与えられずに、この井戸へ捨てられてしまった。

 

 そして今、こうして【おジャマ】達と会話をしている万丈目もまた、カードの精霊を認識する力を有しているという事に、昴はつい先程気づいたところだ。思いの外世界は狭いということか。

 

「……あれ、万丈目。そういえばお前が持ってたカードって──」

 

『どこにいるんだよォ~!おジャマ・イエロー~~~!』

 

『──誰かオイラのこと呼んだァ?』

 

 ひょっこり姿を現したのは、【おジャマ・トリオ】最後の1体──万丈目が持つ唯一の攻撃力500未満のカードである【おジャマ・イエロー】の精霊だった。

 

『お、弟よ~~ッ!』

 

『兄ちゃ~~ん!』

 

 再会を喜ぶおジャマ三兄弟。一方、「見苦しい再会シーンだ」と呆れ果てた万丈目は、立ち上がるなり梯子へ向かい始めた。

 

「どこ行くんだよ、万丈目?」

 

「帰る」

 

「帰るって、カードはどうするんだよ?まだこんなにあるぜ」

 

「ひとまずこれだけ集まれば十分だ。少なくともそこの雑魚共よりは使える奴がいるだろう。──拾いたいなら勝手にしろ、二度と地上に上がれなくなってもいいならな」

 

 言外に「梯子を外す」と告げた万丈目に、十代も昴も従わざるを得ない。正直、昴としてはもう少しカードを漁っていたい気分ではあるのだが。

 

『ほら、兄ちゃん達もお願いしてッ!この人ならここから出してくれるから!』

 

『マジかッ!?』

 

『だったらお(ねげ)ェしてやる!──他の奴らは放っといてもいいから!』

 

『俺達だけでも出してくれ!』

 

 井戸暮らしが長かったせいか、すっかり根性も卑屈になっていた【おジャマ】達。共に暮らしていたカード達への仲間意識は特にないらしい。そんな【おジャマ】達に続いて、他にも助けを求めるカード達の声が──

 

 

 ──頼むよォ!

 ──出してくれヨォ!

 ──俺たちを、ここから出して!

 ──ワイトもそう思います!

 

 

「……なぁ、万丈目」

 

「万丈目"さん"だ──ったく、分かった。コイツらは全部俺が預かる」

 

 精霊達の悲痛な声に根負けした万丈目は、井戸の中のカード達を再び拾い始める。それを見て嬉しそうに笑った十代と昴も手伝い、カードの墓場は1日にして、ただの枯れ井戸へ戻ったのだった。

 

『ありがとう!万丈目サンダー!』

 

『ありがとうー!』

 

 

 ──ありがとう!万丈目サンダー!!

 

 



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見せろ、雑魚の底力!VS万丈目兄弟(後編)

最近数年ぶりにPSPを引っ張り出してTF3を遊んでるんですが、やっぱりいいですね。なんかもうCPUのおバカ加減すら愛しく思えてきます。一方、マスターデュエルのUIが如何に洗練されているのかもよくわかります


「明日香、雪乃。ちょいとお願いがあるんだが──」

 

「何かしら?」

 

「お前達の持ってる使わないカードの中に、コレとコレがあったら、貸して貰えると助かる──あぁ、あとコレもあったら」

 

「えっと……確かこっちのカードなら持ってたはずよ。それとコレはももえが余らせてたはずだから、後で聞いてみるわね」

 

「なら私はコレを貸してあげる。使えそうだったけど、イマイチ合わなかったのよね」

 

「悪いな。時間ある時に渡してくれればいいから」

 

 去っていった昴の背中を見送りながら、明日香は安堵の息をつく。

 

「良かった。デッキ作り、順調みたいね」

 

「ええ──ところで明日香。最近、昴の前だと少し落ち着きがないようだけど?」

 

「えっ?そ、そんなこと……気のせいじゃないかしら?」

 

「言ったはずよ、あなたの気持ちは手に取るように分かるって──何をしたのかは聞かないでおいてあげる」

 

「も、もう雪乃……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し前──レッド寮に戻り、枯れ井戸から回収したカードを確認していた時に遡る。

 

「──本当にいいのか?」

 

「構わんと言っている──お前は俺よりも余計にハンデを負っているんだ、デッキのモンスターが3種類だけとなれば、重要なのはその組み合わせになる。だからお前が先に選べ。俺は余ったカードでデッキを組む」

 

「……分かった。そんじゃありがたく」

 

 ひとまずカードの束をざっと広げ、その中に効果モンスターがいれば能力に目を通していく。万丈目の言う通り、昴のデッキに採用できるモンスターは僅か3種類のみ。どうせならモンスター同士でシナジーのあるものが望ましい。並んだカードを流し見していく中、昴はあるカードに目を止めた。

 

「こいつは……待てよ、確か……!」

 

 昴は急ぎカードの束を遡り──目的のカードを見つけた。

 

「──見つけたぞ万丈目。これならいけそうだ……!」

 

 主軸になるカードを見つけた昴は、差し当たって必要になった魔法・罠カードを集めるフェイズへ移行し、勝負を翌日に控えた今に至る。

 

「えー…っと、コレが3枚揃って、こっちは2枚でよくなったから──よし。後は明日香達に頼んだカードが入れば一旦完成か」

 

 三沢や隼人、亮など──所持していないカードは持てる限りの人脈を使ってかき集めた。貸してくれた皆には枚数1枚につきブースターパック1つを渡すべく、カードの持ち主のリストを確認していると……

 

「──いたいた。昴、頼まれてたカード、持ってきたわよ」

 

「助かる。手間をかけて悪かったな」

 

「学園の未来が掛かってる以上、私達だって無関係じゃないわ。協力するのは当然よ。──さ、あなたも渡しなさい」

 

「ん──?」

 

 明日香と雪乃からカードを受け取った昴の前に、3つ目の人影が飛び出してくる。その人物は昴の空いている手を取り、胸の前で握り締めた。

 

「──加々美さん!明日香さんからお話は伺いましたわ!なんでも私のカードが必要だとか…!私のカードでよろしければ是非使ってくださいまし!なんなら2枚だけと言わず、10枚でも20枚でも──!」

 

「落ち着きなさい、ももえ!──ごめんなさい。カードの事話したら、直接渡すって聞かなくて……」

 

「だって、明日香さんと雪乃さんばかりズルいですわ!確かに、日頃のお2人と加々美さんの蜜月な関係の中に加わるには、私では実力不足です。だからこそ、素敵な殿方とお近づきになれるこのようなチャンスを逃す手はありませんでしょう!?」

 

「みっ、蜜げ…ももえあなた、自分が何を言ってるのか分かって──!?」

 

「──えぇ、そうよ。私達は昴と連日連夜、情熱的な夜を過ごしているわ」

 

「「雪乃ッ……!?」」

 

 これには明日香だけでなく、ももえの迫力に圧倒されて言葉を失っていた昴も声を上げた。

 

「ちょっと、状況をややこしくする様な事言わないでよ……ッ!」

 

「そういう冗談はもっと冗談と分かるように言え!信じたらどうするんだ!?」

 

「あら、十分分かり易いと思ったのだけど」

 

「あなたは雪乃で、相手はももえなのよ!?この子、あなたの言う事は驚く程あっさり信じちゃうんだから!」

 

「えっと、浜口。今の雪乃の言葉は全部冗談だから、くれぐれも真に受けるなよ?」

 

「加々美さん、私のことは他人行儀な苗字ではなく、是非ももえとお呼び下さい!」

 

「よし、聞いてなかったらしい。明日香、こっちは取り敢えずオーケーだ」

 

「昴、一応万丈目君とデッキの相談した方がいいんじゃないかしら?」

 

「そ、そうだな──カードありがとう、ももえ。今度お礼はさせてもらう」

 

「きゃ~!加々美さんにお礼を言われてしまいましたわぁ~!」

 

 益々混沌と化していく状況から逃げるよう提案してくれた明日香に感謝しつつ、昴はレッド寮へ向かう。万丈目の部屋をノックすると、中には真剣な表情でデッキを確認する万丈目の姿が。

 

「──デッキ、出来たのか?」

 

「む……なんだお前か。ノックもせずに」

 

「いやノックはしたんだが……余程集中してたらしいな」

 

「フ、俺様の手にかかれば、雑魚カードでデッキを組む程度容易い事だ──それより、お前の方は大丈夫なんだろうな?」

 

「ああ、上手いこと形になったよ。皆の協力のお陰だ」

 

「よし、見せてみろ。この万丈目サンダーが出来を見てやる」

 

「そうだな…折角だ、頼む。──俺もお前のデッキ見ていいか?」

 

「好きにしろ」

 

 昴は万丈目とデッキを交換し、互いに互いの作ったデッキを確認することにした。

 

「ふむ……悪くない。だがいくらなんでもピーキー過ぎる、この構築で、攻め込まれたら守りきれるのか?」

 

「その為のコレとコレだ。向こうはデュエルの素人で、態々こっちに低ステータスオンリーって縛りをつけてくるからには、攻撃力というアドバンテージをフル活用してくるはずだ。そうなれば、このカードなんかぶっ刺さるだろ」

 

「確かに有効に働くだろうが、伏せカード破壊ですぐ瓦解するぞ。こいつを頼りに戦うなら──コイツを使ってみろ」

 

「……いやでもコレも大概だろ。【サイクロン】とか【砂塵】には無力だ」

 

「だったらコイツも貸してやる。俺のデッキには枠が足りなくて入らなかったカードだ。終わったらちゃんと返せよ」

 

「なる程、コレなら……ありがたく使わせてもらう──それはそうと、お前のデッキだけどな──」

 

「なんだ、俺様の完璧な構築に文句をつける気か?」

 

「重箱の隅をつつくようで悪いが、【サクリファイス】入れるならちゃんと出せる様にしてもいいんじゃないのか?除去とアタッカーを両立できる優秀なカードだろ。手札に引いて腐らせるのは勿体無い」

 

「バカ者、【マンジュ・ゴッド】が使えないんだぞ?いつ手札に来るかもわからない儀式魔法なぞ入れられるか」

 

「ははーん。さてはお前【下準備】持ってないな?俺から雪乃に言って借りてきてやろうか」

 

「キサマも持ってないんだろうが!大体、レディにカードをたかりに行くなど、そんな恥知らずな真似出来るか!」

 

「……今言外に俺の事ディスったか?」

 

「自覚があったとは驚きだな」

 

「よしデュエルだ、試運転がてら捻ってやる!」

 

「フン!いいだろう、このデッキの錆にしてくれる!」

 

 流石にソリッドビジョンを使うのは時間的に憚られた為、ベッドの上でテーブルデュエルの準備を始める2人だったが……

 

「……よく考えりゃ、泥仕合になる予感しかしないな。このデッキじゃ」

 

「……そうだな。俺もお前も対兄さん達用にカードを選んでいる。弱小デッキ同士で戦った所で、弱点を洗うことも出来ん、か」

 

 急に頭が冷えた2人は、そそくさと片付けを始めた。

 

「……【下準備】、三沢も持ってたはずだから、借りて来てやろうか?」

 

「要らんといったはずだ!」

 

 斯くして、夜は更け──デュエルアカデミア買収を賭けた勝負の日がやってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負当日──デュエルフィールドには、大勢の生徒達が戦いの行く末を見届ける為に集まっていた。

 中央で皆の視線を集める昴と万丈目。そんな2人と相対する万丈目兄弟──次男の正司が前に進み出る。どうやら初戦は昴と、ということらしい。

 

「……言うまでもないだろうが、万が一キサマが負ければ、その瞬間終わりだ。俺の努力を水の泡にしてくれるなよ」

 

「……そこは素直に"負けるなよ"でいいだろ」

 

「うるさい。とっとと行け!」

 

 何ともひねくれた激励を背中に受け、フィールドに上がる。

 

「兄者が出るまでもない。この戦いで貴様を倒し、この学園は万丈目帝国の礎となるのだ!」

 

「気が早いぞ兄さんよ。俺達はあくまで前座だ。前座は前座らしく、真打の為にさっさと舞台を空けてやろうじゃないか」

 

「フン!その余裕がいつまで持つか、見ものだな」

 

「デュエルの前に1つだけ──アンタ達が俺に課した2つのハンデだが、先に宣言しておくよ。俺のデッキにはモンスターが2種類しか入っていない。勿論、攻撃力は500未満だ」

 

 昴の宣言に、会場がどよめき始める。

 

「なんだ、予め宣言しておけば手心を加えて貰えるとでも思ったか?」

 

「是非そうしてくれ。こっちも楽出来ていい」

 

「減らず口を──捻り潰してくれる!」

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

 正司:LP4000 手札×5

 

 

 いよいよ幕を開けた万丈目グループとのデュエル。先攻を取ったのは昴だ。

 

「俺のターン、ドロー!──俺は、カードを4枚伏せる。ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

 伏せ×4

 VS

 正司:LP4000 手札×5

 

 

「やはりモンスターの数を制限されている以上、ああする他ないか……!」

 

 客席でデュエルを見守る仲間達。三沢の言葉に、亮も頷く。

 

「だが、昴もその程度の事は理解した上でデッキを組んだはずだ。となると、あの伏せカード達は……」

 

 昴の出方を予測する中、正司のターンが始まる。

 

「私のターン、ドロー!──私は【メカ・ハンター】を召喚!」

 

 

【メカ・ハンター】

 ☆4 機械族 ATK1850 DEF800

 

 

「──ねぇ、あのモンスターなんか変じゃない?」

 

 翔の言う通り、正司が召喚した【メカ・ハンター】は姿形こそ普通だが、妙に煌びやかな虹色のオーラを纏っていた。

 

「恐らくだが……あの2人のデッキは全てパラレルレアのカードで構成されているんだろう」

 

「金にものを言わせただけあるなぁ……」

 

 ゲンナリとする観客達。一方の正司は光り輝くモンスターを従えてご満悦の様子だ。

 

「やれ!【メカ・ハンター】でダイレクトアタック!」

 

 剣と槍で武装した球体型のメカが昴に攻撃を仕掛ける──!

 

「永続罠発動──【グラヴィティ・バインド-超重力の網-】!」

 

 昴の発動した罠カードにより、フィールド全体に大きなネットが出現。その下の空間に発生した強力な重力が【メカ・ハンター】の動きを止めた。

 

「何……ッ!?」

 

「【グラヴィティ・バインド】は、お互いにレベル4以上のモンスターの攻撃を封じる永続罠──あんたのデッキに、この網をすり抜けられるモンスターはいるか?」

 

「小賢しい真似を……私はターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

 永続罠:【グラヴィティ・バインド-超重力の網-】

 伏せ×3

 VS

 正司:LP4000 手札×5

【メカ・ハンター】

 

 

「俺のターン、ドロー!カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

 昴 :LP4000 手札×2

 永続罠【グラヴィティ・バインド-超重力の網-】

 伏せ×4

 VS

 正司:LP4000 手札×5

【メカ・ハンター】

 

 

「私のターン!…フフフ、先程言っていたな、私のデッキに貴様の網を抜けられるモンスターがいるのか、と──」

 

「まさか……!」

 

「私は【機械王-プロトタイプ】を召喚!」

 

 正司が呼び出したのは、試作状態のロボット。そしてそのレベルは……

 

 

【機械王-プロトタイプ】

 ☆3 機械族 ATK1600 DEF1500

 

 

「レベル3のコイツならば、問題なく攻撃できる!──ダイレクトアタックだ!」

 

「ぐッ……!」

 

【機械王-プロトタイプ】は、自身以外の場にいる機械族1体につき攻撃力が100上昇する。正司の場に【メカ・ハンター】がいることで、昴は1700のダメージを受けることに。

 

 

 昴:LP4000→2300

 

 

「ターンエンドだ!」

 

 

 昴 :LP2300 手札×2

 永続罠:【グラヴィティ・バインド-超重力の網-】

 伏せ×4

 VS

 正司:LP4000 手札×5

【メカ・ハンター】

【機械王-プロトタイプ】

 

 

「俺のターン、ドロー!罠カード【活路への希望】を発動!──自分のライフが相手より1000以上低い場合、更にライフを1000払う事で、ライフ差2000につき1枚、ドロー出来る」

 

 

 昴:LP2300→1300

 

 

「自分のライフを削るとは血迷ったか!これで次のターン、私の攻撃で勝利が確定したぞ!」

 

「俺は【活路への希望】にチェーンして【強欲な瓶】を発動!」

 

「チェーンだと…何をするつもりだ!」

 

「まだまだ!【強欲な瓶】にチェーンして【無謀な欲張り】!更にチェーンして──【積み上げる幸福】を発動する!」

 

「罠カードの連続発動……ッ!?」

 

 昴が発動したカードは4枚──チェーンの逆順処理によって、最後に発動した【積み上げる幸福】から効果が処理されていく。

 

「チェーン4以降に発動出来る【積み上げる幸福】の効果で2枚ドロー。続いて【無謀な欲張り】の効果──俺は以降2ターンに渡ってドローフェイズを放棄する代わりに、2枚ドロー。そして【強欲な瓶】で1枚、最後に【活路への希望】で1枚ドローだ」

 

 引いたカードを確認した昴は、尚も手札を増やしにかかる。

 

「魔法カード【マジック・プランター】発動。俺の場にある永続罠【グラヴィティ・バインド】を墓地に送り、2枚ドローする」

 

 現状、昴の生命線とも言える【グラヴィティ・バインド】だが、【活路への希望】でライフを払った事と、正司の場にはレベル3の【機械王-プロトタイプ】がいる。出せる壁モンスターがいない以上、ドローのコストにして選択肢を増やすべきだと判断した。これで手札は10枚。初期手札を含めて合計16枚、デッキを掘っている訳なのだが……

 

「(これだけ引いてまだ揃わないか……ッ!)──俺はカードを2枚伏せ、魔法カード【手札抹殺】を発動!お互いに手札を全て捨てて、同じ枚数分ドローする」

 

 追加の7枚ドロー。これで22枚──デッキ40枚の内、半分は引ききった事になる。

 

「……もう2枚、カードをセットしてターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP1300 手札×5

 伏せ×4

 VS

 正司:LP4000 手札×5

【メカ・ハンター】

【機械王-プロトタイプ】

 

 

「自分で自分のライフを削るだけではなく、生命線すら断ち切るとはな!これでこちらは総攻撃を行えるようになった。一気に畳み掛けさせてもらうぞ──私のターン!」

 

 ドローしたカードを一瞥した正司は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「まずは、その邪魔なカードを片付けるとしよう──魔法カード【大嵐】発動ッ!貴様の伏せカードを全て吹き飛ばしてくれる!」

 

 フィールドを強烈な風が吹き抜け、昴の前に並んだカード達がガタガタと震え始める。

 

「そうはさせないッ──カウンター罠【大革命返し」!」

 

 フィールドのカードを2枚以上破壊する効果に対してのみ発動し、それを無効に出来る【大革命返し】は、防御面を【グラヴィティ・バインド】を始めとする魔法・罠に依存せざるを得ない昴のデッキに、【マジック・ジャマー】等と違いノーコストで使えるカードとして万丈目が採用を促した1枚だ。同時に──

 

「ならば【サイクロン】発動!伏せカードを1枚破壊するッ!」

 

「させないと言った!カウンター罠【魔宮の賄賂】発動!【サイクロン】を無効にし、相手は1枚ドローする」

 

 ──このように、単発除去カードには無力だという昴の意見も踏まえて、【魔宮の賄賂】も採用してある。同じ効果でありながらバーンダメージも狙える【アヌビスの裁き】も候補だったが、魔法にしか対応できないという点で惜しくも採用が見送られたのは余談である。

 

「──悪いな、そう来るだろうってのは予想してたんだ」

 

「ちっ…ならば、こちらも総力を以て攻め入る!私はもう1体【機械王-プロトタイプ】を召喚し、魔法カード【二重召喚(デュアルサモン)】を発動!これでもう一度、モンスターを召喚出来る──私は【メカ・ハンター】をリリース、【機械王】をアドバンス召喚ッ!」

 

 

【機械王】

 ☆6 機械族 ATK2200 DEF2000

 

 

「更に【死者蘇生】で、墓地からこのモンスターを蘇らせる──いでよ【パーフェクト機械王】ッ!!

 

 

【手札抹殺】で墓地に送られていた中から正司が復活させた、彼のデッキの最強モンスター ──数多の機械族を従える機械王の真の姿である。

 

 

【パーフェクト機械王】

 ☆8 機械族 ATK2700 DEF1500

 

 

「見るがいい!そして慄け!これこそが、万丈目正司の光り輝く機械兵団だ!」

 

「うおぉ……かっけぇ……!!」

 

 並び立つ4体の【機械王】──中でも虹色に輝く【パーフェクト機械王】を見て、それに負けず劣らず瞳を輝かせる昴。そこへ、

 

「おいキサマァ!感動しとる場合か、デュエルに集中しろォーッ!!」

 

 と、セコンドの万丈目から檄が飛んできた。

 

「わ、分かってるって……仕方ないだろ、ロボットとドラゴンに血が騒ぐのは男の性だ

 

「なんだ、話が分かるではないか──それに免じて、一撃で終わらせてやろう」

 

 正司がバトルフェイズに移行した事で、昴も思考のスイッチを入れ直す。

 相手の場にいる4体の機械王達は、どれも自身以外の機械族モンスターの数だけ攻撃力をアップする効果を有している。これにより【プロトタイプ】は1900、素の【機械王】は2500、そして1体につき500アップの【パーフェクト機械王】は攻撃力4200と、王を名乗るに相応しい攻撃力を獲得していた。

 

「やれ、【パーフェクト機械王】!──エレクトリック・ブラスター!!」

 

 両の拳を突き合わせ発生させたエネルギーが、ビームとして放たれる──!

 

「罠発動──【ホーリーライフバリアー】!手札を1枚捨て、このターン俺が受ける全てのダメージはゼロになる!」

 

 昴の周囲を青白い障壁が囲い、敵の攻撃を一切シャットアウトする。これにより、正司は残るモンスターで攻撃を重ねようと昴を倒す事は出来なくなった。

 

「まだ耐えるかッ……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 昴 :LP1300 手札×4

 伏せ×1

 VS

 正司:LP4000 手札×1

【パーフェクト機械王】

【機械王】

【機械王-プロトタイプ】

【機械王-プロトタイプ】

 伏せ×1

 

 

「昴君…防戦一方だけど、大丈夫かなぁ……?」

 

「昴のデッキに入っているという2種類のモンスター達……それは恐らく、この状況を打開する力を秘めたモンスターのはずだ」

 

「ああ。そしてそれは、単体では力を発揮することが出来ないんだろう。だから昴は、大量のドローソースでデッキを回していた」

 

「だけど逆転に必要なカードはまだ揃っていない──【無謀な欲張り】のデメリットで、昴はこのターンまでドローフェイズが来ないわ。あの4枚の中に、まだ手札を増やす手段が残っていればいいけど……」

 

 三沢と亮、そして明日香の見立てはいずれも的を得ている。昴が描く逆転のコンボには、必要なカードがまだ1枚足りない状態だ。全てしっかり3枚投入しているはずなのだが、こうも揃わないとは思っていなかった。

 

「俺のターン──罠カード【アポピスの化身】を発動。コイツは発動後、罠モンスターとして俺のフィールドに特殊召喚される」

 

 

【アポピスの化身】

 ☆4 爬虫類族 ATK1600 DEF1800

 

 

「そして魔法カード【馬の骨の対価】。俺の場にいる通常モンスター ──【アポピスの化身】を墓地に送り、2枚ドローする」

 

 昴がこのターンに切れるドローソースはこれだけ。そして手札にある防御札は最早意味を成さない【グラヴィティ・バインド】のみだ。このドローで必要な最後の1枚が揃うか、せめて【和睦の使者】辺りを引けなければ本格的にマズい。緊張の面持ちで昴が引いたのは──

 

「──やっと来たか……!」

 

 逆転のカードが揃ったのだという事を察した明日香達も、顔を輝かせる。

 

「俺は手札の【アンブラル・ゴースト】の効果を発動!」

 

「手札からモンスター効果を発動だと……!?」

 

「俺はこのターン、通常召喚が出来なくなる代わりに、手札から【アンブラル・ゴースト】ともう1体──レベル4以下の悪魔族モンスターを特殊召喚する」

 

「デッキに入っているという2体のモンスターか……なんだろうと、攻撃力1000にも満たない弱小モンスターで私の機械兵団を破れるものか!」

 

「やってみせるさ!手札から【アンブラル・ゴースト】を特殊召喚!」

 

 

【アンブラル・ゴースト】

 ☆2 悪魔族 ATK200 DEF200

 

 

 ボロ布を纏った影の幽霊は、その力で手札にいるもう1体の仲間を連れてくる。

 

 

「来い!──【マスクド・チョッパー】!!」

 

 

【マスクド・チョッパー】

 ☆1 悪魔族 ATK100 DEF100

 

 

 満を辞してフィールドに現れたのは、両手に肉切り包丁を携えた小太りなマスクマン。しかし悲しいかな、攻撃力は100と泣ける程低い。隣の幽霊にすら劣っている。

 

「ハ…ハハハハハッ!何が出てくるかと思えば、そのようなデブに何が出来るというのだ!」

 

「出来るさ──これからアンタを、ぶった斬る!!」

 

 これこそ、昴の逆転に必要だった最後の1枚──!

 

「魔法カード【ミニマム・ガッツ】を発動ッ!」

 

「【ミニマム・ガッツ】……?」

 

「これは散々ゴミだカスだと足蹴にされてきた雑魚カード達の底力──1人じゃ何も出来ないコイツらも、力を合わせれば王様だって倒せるという事を証明してやる!──【ミニマム・ガッツ】は俺の場のモンスターを1体リリースすることで、相手モンスター1体の攻撃力をこのターン中ゼロにする!」

 

 その対象は勿論【パーフェクト機械王】──究極の【青眼(ブルーアイズ)】にも勝る力を有していたはずの機械王は、コストとなった【アンブラル・ゴースト】の怨念に取り憑かれて急速にエネルギーが抜けていく。やがて電池が切れたように動かなくなった。

 

「【マスクド・チョッパー】!【パーフェクト機械王】を攻撃!──ブレード・チョップ!!」

 

 大きく跳び上がったマスクマンは肉切り包丁を振りかざし、すっかり意気消沈した機械王を力任せに叩き斬った。

 

 

 正司:LP4000→3900

 

 

「だ、だがッ!攻撃力がゼロになった所で私が受けるダメージはたったの100!次のターン、残った【機械王】達がその雑魚を踏み潰すぞ!」

 

「そんなものは来ないさッ!【ミニマム・ガッツ】によって攻撃力の下がったモンスターが戦闘で破壊された場合、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 真っ二つにされた【パーフェクト機械王】の残骸が正司の上に崩れ落ち、その攻撃力分──2700のダメージが発生する。

 

 

 正司:LP3900→1200

 

 

「ぐぬぅ…ッ!しかし、私のライフはまだ……ッ!」

 

「【マスクド・チョッパー】の効果発動──」

 

「ハ……ッ!?」

 

 気づけば、正司の背後に目を血走らせたマスクマンが佇んでいた。両手の包丁を頻りに擦り合わせる嫌な金属音が、正司の背筋に冷たいものを走らせる。

 

【マスクド・チョッパー】は戦闘で相手モンスターを破壊した場合、相手に2000ポイントのダメージを与える事が出来る──さながらホラー映画の如き悲鳴を残し、正司のライフはゼロになるのだった。

 

 

 正司:LP1200→0

 

 

「正司ィィィィ──!!」

 

 大歓声の中、白目を剥いて倒れた弟を助け起こす長男の長作は、喝采を浴びる昴を恨みがましい目で睨む。

 

「弟の仇、必ずや──準!私とデュエルだ!」

 

「いいだろう。来い、長作兄さん──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そうして始まった万丈目vs長作のデュエル。

 開幕から融合召喚した【キング・ドラグーン】の効果により、ドラゴンの大量展開で最初こそ優位に立っていた長作だったが……

 

 

 万丈目:LP1600 手札×5

 VS

 長作 :LP4000 手札×2

【竜魔人 キング・ドラグーン】

【エメラルド・ドラゴン】

【ダイヤモンド・ドラゴン】

【サファイア・ドラゴン】

 

 

「──俺は魔法カード【魔の試着部屋】を発動!デッキを上から4枚めくり、その中にいるレベル3以下の通常モンスターを全て特殊召喚出来る」

 

 果たして、万丈目のデッキから公開された4枚は──

 

「ふっ──対象外の【強欲な壷】はデッキに戻し、おジャマ三兄弟を特殊召喚!」

 

 

『『『どうも~ッ!』』』

 

 

 試着室から飛び出してきた【おジャマ】達は、肩を組んで長作に挨拶する。しかし返って来たのは、やはりと言うべきか嘲笑だった。

 

「何かと思えば、そのような雑魚に私のドラゴン達を倒せるわけがなかろう!」

 

「正司兄さんと昴のデュエルから、何も学んでいないんだな──コイツらを馬鹿にする事は、この俺が許さんッ!」

 

『ア、アニキ…ッ!』

 

『俺達のことをそこまで…!?』

 

「確かにコイツらは、攻撃力も低けりゃ特殊能力も無い。挙句見てくれと性格すら最悪な、救いようのない雑魚共だ!」

 

 歯に衣を着せぬ万丈目の物言いを受け、怒りに肩を震わせるおジャマ三兄弟だったが……

 

「だが、俺はコイツらに教えてもらった──!」

 

「そんな弱小モンスターから何を学んだというのだ!?」

 

 長作の問いかけに、【おジャマ】達は胸を張って答える──

 

『兄弟の絆を、さ!』

 

『力を合わせれば!』

 

『何だってでき──』

 

 

「──下には下がいるという事をッ!!」

 

 

 ズコー!という効果音が聞こえそうな勢いで、おジャマ三兄弟は盛大にコケる。

 

「見ろ!コイツらに比べたら、今の俺なんか全然マシだッ!」

 

「黙れ準ッ!何をしようと落ちこぼれは落ちこぼれ、エリートには敵わんのだッ!」

 

「ならばその身を以て知るがいい!落ちこぼれの意地ってやつを──!」

 

 そんな言葉と共に、万丈目は1枚のカードをデュエルディスクにセットする──!

 

「魔法カード発動!行けェ雑魚共──ッ!!」

 

 

『『『うおおおおおおぉぉぉ──ッ!!』』』

 

 

 最早ヤケクソ気味に気合を発しながら、おジャマ三兄弟は大きく跳び上がる。

 

 これこそ、【イエロー】【ブラック】【グリーン】──3体の【おジャマ】達が尻を突き合わせる事で繰り出される必殺技──!

 

 

『くらえー!』

 

『必殺!』

 

 

『『『おジャマ・デルタ・ハリケーン!!!!』』』

 

 

 3匹の弱小悪魔達によって引き起こされた巨大な竜巻が、長作の場にいた煌びやかなドラゴン達を飲み込み、大爆発を引き起こす。

 

「馬鹿な…ッ!私のドラゴン達が、全滅だと……ッ!?」

 

「見たか、これが落ちこぼれの力だ!──【おジャマ・デルタ・ハリケーン】は、3匹の【おジャマ】達が場に揃うことで相手フィールドのカードを全て破壊出来るのだ!」

 

『その通り!』

 

『あ、俺たちがいる限りィ…!』

 

『万丈目サンダーはむてき──』

 

「魔法カード発動──【サンダー・クラッシュ】!!」

 

 見栄を遮って発動された新たな魔法カード。後ろを振り向いた【おジャマ】達は、その効果に目を通す。

 

『えー、なになに──"自分フィールド上の全モンスターを破壊する。破壊した数×300ポイントのダメージを相手プレイヤーに与える"──自分フィールドってこたァつまり……』

 

 

『『『俺達ィ~~~!?』』』

 

 

「攻撃力ゼロの役目は終わりだ!──くらえ、【サンダー・クラッシュ】!!」

 

 否応なしにコストとしてくべられた【おジャマ】達。それを燃料として放たれた3つの雷が、ここまで無傷だった長作のライフを削る。

 

「ぐおおぉぉ……ッ!」

 

 

 長作:LP4000→3100

 

 

「くっ…いい気になるなよ。モンスターが全滅したとて、私の優位に変わりはない!」

 

「──何を勘違いしているんだ?」

 

「なに……ッ!?」

 

「俺のターンはまだ終了しちゃいないぜ!──いでよ、【カオス・ネクロマンサー】!!

 

 このターン未使用だった通常召喚権を用いて呼び出された死霊術師。このモンスターこそ、今回万丈目が作り上げたデッキに於ける切り札──!

 

 

【カオス・ネクロマンサー】

 ☆1 悪魔族 ATK0 DEF0

 

 

「【カオス・ネクロマンサー】は、俺の墓地に存在するモンスター1体につき、攻撃力が300ポイントアップする──今、俺の墓地には11体ものモンスター達が眠っている。よって攻撃力は3300だッ!」

 

 無残にも葬られてきたモンスター達の魂が呼び起こされ、死霊術師に力を与える。

 

 

【カオス・ネクロマンサー】

 ATK0→3300

 

 

「なん、だと……!?」

 

「バトルだ!【カオス・ネクロマンサー】の攻撃──ネクロ・パペットショー!!」

 

 墓地に眠る怨霊達が次々と長作に突撃していき、ライフがみるみる削られていく。最後におジャマ三兄弟がパンチ、キック、ヒップドロップをお見舞いしたところで、長作のライフはゼロになった。

 

 

 長作:LP3100→0

 

 

「やったな万丈目!」

 

「フン、当然だ」

 

 

 ──万丈目!万丈目!──

 ──加々美!加々美!──

 

 

 大きなハンデをものともせず勝利してみせた万丈目と昴に、会場中からコールが響き渡る。

 

「──おい皆。気持ちは嬉しいが、名前を間違えてるぞ!」

 

「そうだ!しっかりとその胸に刻み込め!俺の名は──!」

 

 

 

一!

 

 

十!

 

 

百!

 

 

千!

 

 

 

「「万丈目──サンダーッ!!!」」

 

 

 

──サンダー!──

──サンダー!──

 

 

 

万丈目サンダァァァァァ!!!!

 

 

「準……」

 

 壇上で万来の喝采を浴びる万丈目の姿は、兄達の目にとても大きく映っていた。

 

 斯くして、無事にアカデミア買収の話は取り止め。万丈目兄弟達も弟の実力を認め、今後は落ちこぼれ呼ばわりしないということを約束したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──昴は、デッキ構築にあたってカードを貸してくれた生徒達へ、返礼品の最新カードパックを渡して回っていた。

 

「えー、残りは……三沢とカイザーはさっき渡した。ももえはさっき見かけた時に渡して、雪乃には1番最初に渡したから……あとは──」

 

「──あら、昴じゃない」

 

「お、丁度良かった──明日香、これ。借りてたカードと、そのお礼だ」

 

「ありがとう。わざわざお礼まで……」

 

「なぁに、ほんの気持ちだ──改めて、本当に助かった。こちらこそありがとな」

 

「少しでも助けになれたなら、良かったわ」

 

「──そうだ、万丈目を見なかったか?」

 

「万丈目君?放課後になってからは見てないけど……もう寮に戻ってるんじゃないかしら」

 

「分かった、行ってみる。またな明日香」

 

 明日香と別れた昴は、校舎を出てレッド寮へと足を向けた。

 

「万丈目、いるかー?」

 

 ノックしても返事がない。そっとドアを開けてみると……

 

 

「ぐああ~~!うるさいぞキサマら!ただでさえ部屋が狭いんだ!少しは大人しくしろ~!」

 

 

 枯れ井戸にあったカードを一手に引き受けた万丈目の部屋は、今や精霊達の集合住宅となっていた。ましてや雑魚カードである自分達を用いて強力なモンスター相手に打ち勝ってみせたのだ。本人達としても鼻高々、といった心持ちだろう。

 

「……随分大所帯になったな」

 

「昴!キサマまたノックせずに──いやもうそれはいい!とにかく、コイツらを半分持って行け!」

 

「いや、でも皆万丈目に懐いてるみたいだし……なぁ?」

 

 そう呟く昴の傍らには、無言で頷きまくる【マスクド・チョッパー】と、同じく無言で親指を立てる【アンブラル・ゴースト】の姿が。デュエル後に万丈目にカードが渡った彼らも、ここで暮らしていた。

 万丈目としてはせめて昴が使っていたこの2体だけでも押し付けたいところだったのだが、困った事に精霊達の中で1番静かなのもこの2体。望み通り静かにしている者を他所へ追いやり、結果騒ぐ者だけが残るのも御免だった。

 

「ちっ、まぁいい……それで、何か用か?」

 

「あ、そうそう。パック(これ)、カード貸してくれたお礼な」

 

「殊勝で結構だ。用が済んだらとっとと出て行け」

 

「へいへい──じゃあな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃──昴と別れてから自室に戻った明日香は、貰ったパックを早速開封していた。

 その中に、気になるカードが1枚──

 

「このカード……」

 

 明日香が引き当てた【機械天使の儀式】──このカードが彼女にとっての大きなターニングポイントになるのは、もう少しだけ先の事である。

 




専ら月鏡の盾&オートクレールとセットで使われるマスクド・チョッパーですが、4000ライフならこうしてワンパン火力を叩き出す事も可能です。マスクド・チョッパーデッキを組んでる方は結構いますが、アンブラル・ゴーストあまり使われてないんですよね…アームズホールとの噛み合いもよくていいと思うんですが。そもそもガチるデッキじゃないですし。

次男の正司のデッキは、重村のデッキが超重武者ということもあってまず機械族に、そこからなんかいい感じのモンスターをということで、パーフェクト機械王に白羽の矢が立ちました。どうせならゲットライドでヘビーウェポンとか付けたかったんですが、アニメの長作兄さんのデュエルを見るにそんなテクい真似してこないだろうということでボツになりました。


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第3の刺客

 セブンスターズとの戦いが始まってから暫く──既に2人の刺客を退けた今、七精門は1つが解放された。

 以降、特に目立った動きを見せていないセブンスターズ達だが、鍵を巡る戦いに連敗を喫した事で三幻魔の解放を諦めたということでもないだろう。必ず次の刺客はやって来る。その時に備えて、特訓は欠かせない。

 

「──アン・ドゥ・ドロー!アン・ドゥ・ドロー!」

 

 とある早朝。レッド寮の近くにある岸壁に顔を揃えた十代、翔、隼人、そして昴の4人。右腕にデュエルディスクを装着した彼らの前では、同じくデュエルディスクを装着した三沢が一心不乱にカードをドローしていた。

 

「なぁ、どうして急に特訓なんて言い出したんだよ?こんな朝っぱらから……」

 

「(来るんじゃなかった……)」

 

 思い返せば30分程前──珍しく早くに目が覚めた昴だったが、二度寝を決め込もうとした瞬間PDAに着信が入った。見れば、鍵を有する決闘者全員に一斉送信された三沢からのメッセージ──「デュエルの早朝特訓を実施するので、起きている者はレッド寮前の岸壁まで来られたし」──という旨が。

 …正直、めんどくせー。と感じたものの、もし他のメンバー達が揃う中で昴だけが不参加となった場合非常に気まずい。たまには早起きもいいだろうと自分を納得させ、いざ指定された場所へ向かってみればこの有様だ。昴を除けば参加しているのはレッド寮の面々のみ──翔と隼人に至っては鍵を巡る戦いに参加しておらず、十代共々、三沢に無理やり叩き起されたのだと言う。

 

「──ドローを制する者はデュエルを制する。ドローを制する為にはまず素振りだ!美しいフォームでドローしないと、デッキは応えてくれないぞ!」

 

 曰く、ストレッチなどにも用いられるヨガには「心・技・体を高次のモノと結びつける修行法」という語源がある。その為に正しいポーズを取る必要があることを踏まえると、正しいドローのフォームを取ることで自分のデッキ──そこに宿っているカードの精霊達と心を通わせ、運命力を引き寄せられると解釈すれば、一応、三沢のこの特訓も全く無意味ではないように思えるのだが。

 

「……十代。お前フォームとか気にした事は?」

 

「あるわけねぇって……大体、そんなの気にしてたらデュエルに集中できないだろ」

 

「──だからこそ!無意識に正しいドローを行えるよう、こうして身体に覚え込ませるんだ!さぁ、もう30本!」

 

 いつになく熱血な三沢にどこかデジャヴを感じつつ素振りを繰り返していると、隼人が翔のドローしたカードに目を留めた。

 

「あれ?そのカード──【雷電娘々(らいでんにゃんにゃん)】なんダナ!」

 

「えへへ、僕のアイドルカード!実はデッキに1枚だけ入れてあるんだ」

 

「分かるんダナ。実は俺も……」

 

 コアラデッキを愛用する隼人が見せてきたのは【治療の神 ディアン・ケト】。自分のライフを1000回復する至ってシンプルな魔法カードだ。

 

「……随分年上好みなんだね!」

 

 ──丸藤翔、諸々を飲み込んだ最大限のフォローである。

 

「これ見ると、田舎の母ちゃんを思い出してナ。お守り代わりに入れてるンダ」

 

 

「喝ァ~~~ッ!」

 

 

 同好の士を見つけて嬉しそうに笑い合っていた翔と隼人へ、三沢の一喝が飛んでくる。

 

「お前達、何がアイドルカードだッ!女の子にかまけていて、セブンスターズとの戦いに勝てると思っているのか!?」

 

「いや、俺達はセブンスターズとは戦わないシ……」

 

「真剣にデッキを組んでいれば、そんな不純な理由でカードを入れることはない…はずだッ!」

 

 途中、不自然な間を挟んだ三沢は、自分の意見が正しい事を証明するべく、昴達にも矛先を向ける。

 

「2人を見ろッ!戦略と魂に満ちた彼らのデッキには、アイドルカードなんか1枚も入っていないぞ!」

 

「そんな事ないっスよねアニキ!?」

 

「お気に入りのカードくらい、誰だってあるんダナ!」

 

 話を振られた昴達は、

 

「そりゃあ、俺にだって好きなカードくらいあるさ!──まず【フレイム・ウィングマン】だろ。【フェザーマン】に【バーストレディ】、【スパークマン】もカッコイイよなァ……!」

 

「いや、そういう事じゃなくて……昴君はッ!?」

 

「俺は……そうだな。やっぱりコイツだ」

 

 そう言って昴が見せてきた1枚は【リチュア・エリアル】だった。

 

「あれ、【マインドオーガス】とか【ジールギガス】じゃないんだね?ちょっと意外かも」

 

「強さと思い入れは必ずしもイコールじゃないってことだ。十代だって、好きなカードの中に入ってるんだろ?【ハネクリボー】」

 

「当然!俺の大事な相棒だからな!」

 

「──これではっきりしたね、三沢君!」

 

 昴と十代もデッキにお気に入りのカードが入ってるのを確認したことで調子付いた翔は、得意げに胸を張って三沢に向き直る。

 

「いいや。十代のデッキには【進化する翼】を始め、しっかりと【ハネクリボー】を活かす為のカードが入っているし、昴の【リチュア・エリアル】だってしっかりデッキとシナジーを持ったカードだ。隼人の【ディアン・ケト】はまだしも、機械族の【ビークロイド】デッキに漫然と入れてあるだけの【雷電娘々】と一緒にするべきじゃない!」

 

「う…だ、だって機械族は可愛いモンスターいないし……」

 

 それを聞いた昴が機械族のモンスターをざっと想像してみるが……

 

「(……確かに。【閃刀姫】が存在してない以上、女の子的な可愛さを持ってる機械族って1人もいないんじゃ……)」

 

 一応、綺麗系で通せそうな数少ない機械族として【ナノブレイカー】、変わり種として【レアメタル・レディ】等が存在しているものの、恐らく翔の好みには合わないだろう。前者なら可能性もあるが……「カード名を冠してるのは武器の方」とは言わぬが花だろうか。

 

「そ、それに!こういうカードがあると、ピンチの時も癒されるでしょ?」

 

「心頭滅却すれば、ピンチもまた涼し!邪念を払えば、いつ如何なる時も平常通りにデュエルを進めることが出来るものだ。さ、練習を続けるぞ──アン・ドゥ・ドロー!」

 

「三沢君、女の子に興味ないのかな……?」

 

「どうだかな。案外、過去に女絡みで何かあったのかもしれん」

 

「きっとアイツは、ラストサムライってやつなんだよ!」

 

「なんだか、よくわかんないんダナ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝特訓を経て、始業時刻──教室ではいつものように授業が始まったのだが……

 

「うーん……これは一体、どうした事ですにゃ?」

 

 授業を受け持つ大徳寺の困った声。その原因は、生徒たちが腰を下ろす座席にあった。

 デュエルアカデミアは、各学年ごとに寮の垣根を越えて同じ授業を受ける。必然、教室には全ての寮の生徒が所狭しと一堂に会しているはずなのだが、今日は随分と空席が目立つ。風邪などで体調を崩して欠席というには余りにも数が多かった。

 

「突然これだけの数の生徒が一斉に無断欠席なんて……ただ事じゃないぞ」

 

「となると……やっぱりそういう事か?」

 

 同じ考えに行き着いたらしい三沢と昴が顔を見合わせる、そこへ、学園の職員がどこか急ぎ足で教室へ入ってきた。その手にはボストンバッグが抱えられている。

 

「コレが、森の中で発見されたそうなんですが……」

 

「このバッグは……レッド寮の川田君の?」

 

 姿を消した生徒達と、その1人である川田のバッグが発見された事。これらを踏まえた結果、やはりセブンスターズ絡みの事件と睨んだ大徳寺は今日の授業を自習とし、鍵を持つ者達を集めてバッグが発見されたという森へ向かうのだった。

 

 失踪した生徒達の身を案じながら捜索を続けること暫く──突如として森林が開け、一行はその先になんとも奇妙なものを目にした。

 

「なんだアレ……?」

 

「……見た感じ、闘技場っぽいが」

 

 切り拓かれた森の中で異彩を放つ建造物は、確かに中世ローマで剣闘士達が戦ったとされる闘技場(コロッセオ)そのものだった。状況的に、あの場所に何かがあるのは明白だ。一行は注意を払いながらも、闘技場へ足を踏み入れた。

 

「これは……どういう状況だ?」

 

 闘技場の中でまず最初に目にしたのは、デュエルアカデミアの制服を着た生徒達が建築作業に勤しむ光景だった。石切り場から石材を運搬し、工具で形を整え、表面を均す。そうして整形された石が積み上がり、この闘技場を形作っていた。

 生徒の中には件の川田を始め、見知った顔がいくつも見られることからも、突然姿を消した生徒達は全員ここで働かされていたという事で間違いないようだ。

 

 尚、生徒達に混じって教師であるクロノスも労働力として徴用されていたらしく、そういえば数日姿を見ていなかった事を大徳寺は今更のように思い出したのは余談である。

 

「とにかく、早くあいつらを連れ戻そうぜ!おい皆──って、うぉッ!?」

 

 生徒達の元へ駆け寄ろうとした十代だったが、その前に巨大な虎が立ちはだかった。鋭い爪と牙を剥き出し、獰猛な唸り声で威嚇する虎は右目に大きな傷跡が残っており、大自然の生存競争を生き延びてきた強者なのだという事実が見て取れる。

 

「これは流石にやべぇ……逃げろ──ッ!」

 

 十代に続き、皆一目散に虎から逃げ回る。当然追いかけてくる虎から逃れようと、揃って闘技場の柱によじ登るが、やがて体力が限界を迎えれば下でガリガリと柱を引っ掻く虎の餌食になってしまうだろう。

 

「クロノス教諭!一体どういうことですのにゃー!?」

 

「ここにいる全員、その虎に連れてこられたノーニャ!それ以外は分からないノーニャ!」

 

「その通り──」

 

 突如として闘技場に響き渡った凛々しい声。声のした方に目をやると、そこには逞しい体をした精悍な女が佇んでいた。

 

「者共、感謝するぞ!お前達のお陰でこうしてコロシアムは完成した!」

 

 女は虎──どうやらパーズという名前らしい──を十代達の元から退かせると、働いていた生徒達を周囲に集める。

 

「皆さん。ありがとうね、協力してくれて。お陰で立派なコロシアムが出来たわ!──これほんの気持ち」

 

 迫力ある風体とは裏腹に、にこやかな笑みを浮かべた女は、生徒1人1人に感謝の言葉をかけながら小さなぽち袋を渡していく。強制的に連れて来られたにしては誰一人嫌な顔をしてないと思っていたが、その理由はこうしてきちんと対価を受け取ることが確約されていたからだったようだ──ただし、クロノスだけ気色悪いという理由でタダ働きとなってしまったわけだが。

 

「──さて、待たせたな。勇敢なる戦士達よ。私はタニヤ、偉大なるアマゾネス一族の末裔にして長──そして、セブンスターズの1人でもある」

 

 アマゾネスといえば、ギリシャ神話等にも登場する女性だけで構成された部族だ。先の吸血鬼カミューラといい、セブンスターズはこの手の出自を持つ者が多いのだろうか。

 

「これより貴様達には、このコロシアムで七精門の鍵をかけた神聖なる決闘を行ってもらう──ただし、私と戦えるのはただ1人。漢の中の漢だけ……さぁ、我こそはという漢はいるか!?」

 

 この時点で女である明日香と雪乃は対象から弾かれ、残るは十代、万丈目、三沢、昴の4人なわけだが……

 

「だったら俺が!」

 

「いや、俺だ!」

 

「いいや俺だろ!」

 

「待て、闇のデュエルなら俺が!」

 

 タニヤは前に進み出た4人を品定めするように眺める。

 

「ふむ…全員面構えは悪くないが…よし、お前に決めた!」

 

「ふっ、いいだろう!」

 

「ちぇ~」

 

「三沢、気をつけろ」

 

「心配には及ばない。任せておけ」

 

 指名された三沢は意気揚々とコロシアムのフィールドに向かう。

 

「──ねぇ見てお姉さま!タニヤがデュエルをするんだって!私もやりたいわ!」

 

「グレース!勝手に出歩くなとタニヤに言われてるだろ!」

 

 両者が向かい合う中、どこからか可愛らしい声が聞こえてくる。見れば、客席へと通じる通路からこちらを覗くように2人の少女がいた。

 

「グレース、グロリアと2人で部屋にいるよう言っておいたはずだぞ」

 

「ごめんなさい。でも、私だってアマゾネスの末裔だもの、未来の旦那様とデュエルしたいわ!」

 

「だ、旦那様だと……!?」

 

 タニヤの元へ駆け寄ってきた金と銀の髪をした少女達。どうやら姉妹の妹らしい銀髪の少女は、デュエルをしたくて仕方ないようだ。

 

「そう──私が行うのは、闇のデュエルではない。魂など奪った所で、何の意味もないからな」

 

「どういうことだ!?」

 

「私が欲するのは()()()()──つまり、私が勝てばお前を婿として村へ連れて帰るッ!」

 

「むッ婿だとォッ!?訳の分からんことを……!」

 

「そんなことないわッ!私達アマゾネスは、昔からこうやって仲間を増やしてきたんだもの!」

 

「そうだ!神聖なる決闘を否定するのは許さないっ!」

 

 姉妹の言葉に尚更困惑する三沢を他所に、タニヤは膝をついてグレースと目線を合わせる。

 

「グレース。グロリアが言ったように、これは神聖なるアマゾネスの決闘。幼いお前にはまだ早い」

 

「やだやだやだ!私もデュエルするのー!相手だってもう決めてるんだから!」

 

 そう言ってグレースが指をさしたのは──

 

「あなた!私の旦那様はあなたに決めたわッ!」

 

「えっ……俺?」

 

「そう、あなたよ!」

 

 グレースの指名を受けた昴は、三沢以上に困惑する。どうすればいいのか?という助けを求めてタニヤを見る始末だ。

 

「はぁ……こうなっては、もう取り消すこともできん。グレース、デッキは持ってきているな?」

 

「もちろん!タニヤとお姉さまと一緒に練習したデッキよ!」

 

「グロリア、グレースについてやれ。グレースはまだまだ未熟だ、何より、お前達姉妹は2人で1つだからな」

 

「わかった……グレース、頑張るぞ!」

 

「うん!」

 

「これはつまり……どうなるんだ?」

 

 昴の疑問に、タニヤが答える。

 

「少々予定変更だ。このデュエルはバトルロワイヤルルールで行う」

 

「バトルロワイヤル……?」

 

「そう。2対2のタッグデュエルとは違い、複数のプレイヤー達がお互いを敵として戦うのだ。もちろん、協力するもしないも個々の自由となる」

 

 1つのフィールドを2人で共有するタッグデュエルとは違い、このバトルロワイヤルルールでは各プレイヤーが独立して戦う。言わば1vs1vs1vs1の戦い──言葉にしてしまえばそれだけだが、単純なように見えて奥の深いルールだ。

 タニヤが言ったように、結託して特定のプレイヤーを集中攻撃することもできるし、2対2の変則タッグデュエルを行うこともできる。しかしルール上はあくまでも自分以外は全員敵扱いな為、例えば【サンダー・ボルト】のような一掃系カードを発動すると、協力関係にあるプレイヤーのカードまで破壊してしまうのだ。加えて、タッグデュエルと違いプレイヤー間の意思疎通も難しくなる。バトルロワイヤルルールに於ける共闘というのは、言葉以上に高度なプレイングを要求されるという訳だ。

 

「闇のデュエルでないとはいえ、鍵を賭けた戦いであることに変わりはない。この戦いに敗北すれば、お前達の持つ七精門の鍵を頂いていく。そこは問題ないな?」

 

 三沢も昴も、タニヤの確認に首肯を返す。斯くして、戦いの舞台は整った。

 

「それでは始めるぞ!我らアマゾネスの神聖なる決闘を──!」

 

 

 

「「「「決闘(デュエル)!!」」」」

 

 

 




古より続くテーマ故にカードが多く、私の頭ではアニメでタニヤがやってたように2種類の性質の違うデッキを考えるのはできなかったので、やや強引かなと思いつつデュエル自体は次回の1度で決着となります。その都合タッグ相手としてシレっと登場してもらったロリタイラー姉妹。歳はレイの1つ下(小4)くらいをイメージしてます。
タイラー姉妹、あなたはどちら派?私はグレース派。

そしてArc-Vから引っ張ってきたバトルロワイヤルルール。当然乱入なんて出来ません。

…にしても十代、中々デュエルの機会が訪れませんね。下手すりゃアムナエルまでお預けコースですわコレ。


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婿取りデュエルロワイヤル!

「お前、名は──?」

 

「三沢大地だ!」

 

「旦那様、あなたのお名前も聞かせてちょうだい!」

 

「まるで確定事項みたいな言い方だな……俺は加々美昴だ」

 

「私はグレース・タイラー!隣にいるのはグロリア姉さま、私達双子なのよ!」

 

「こ、今回は私も一緒にデュエルをさせてもらうから。よろしく頼む」

 

 グレースの横に並び立つ金髪の少女、グロリアは、やや緊張の面持ちながら挨拶をしてくる。アマゾネスと聞くとどこか粗暴なイメージがあったが、グロリアは礼儀正しい性格のようだ。

 

「互いの名も知った所で、始めるとしよう。我らアマゾネスの神聖なる決闘──バトルロワイヤルを!」

 

 

 

「「「決闘(デュエル)!」」」」

 

 

 

 三沢:LP4000 手札×5

 VS

タニヤ:LP4000 手札×5

 VS

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

グレース:LP4000 手札×5

 

 

「俺から行かせてもらう!ドロー!──俺は【電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)】を召喚!」

 

 三沢が召喚したのは、両肩のコイルから電流を散らす磁石の戦士。彼のデュエルキングも使用していた【磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)】の系譜に連なるモンスターだ。

 

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)

 ☆3 岩石族 ATK800 DEF2000

 

 

「【γ】は召喚成功時、手札から自身とは異なるレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】を1体、特殊召喚できる!──この効果で【電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)β(・ベータ)】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)β(・ベータ)

 ☆3 岩石族 ATK1500 DEF1500

 

 

「更に【β】の効果を発動!デッキから自身とは異なるレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】──【電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)α(・アルファ)】を手札に加える!」

 

 モンスター効果を駆使して2体のモンスターを並べた三沢は、カードを1枚伏せてターンを終了。ターンはタニヤへと渡る。

 

 

 三沢:LP4000 手札×4

【電磁石の戦士γ】

【電磁石の戦士β】

 伏せ×1

 VS

タニヤ:LP4000 手札×5

 VS

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

グレース:LP4000 手札×5

 

 

「私のターン、ドロー!──【アマゾネスペット(タイガー)】を召喚!」

 

 タニヤの元に現れたアマゾネス一族の頼もしい仲間である虎。その姿は、先ほど十代達を追い掛け回していたバースという虎に酷似している。

 

「【ペット虎】は自分の場にいる【アマゾネス】モンスター1体につき、攻撃力が400アップする」

 

 この効果は自身もカウントする為、【ペット虎】は現在攻撃力が400アップして1500となった。

 

 

【アマゾネスペット虎】

 ☆4 獣族 ATK1100→1500 DEF1500

 

 

「私はカードを3枚伏せ、ターンエンド」

 

 

 三沢:LP4000 手札×4

【電磁石の戦士γ】

【電磁石の戦士β】

 伏せ×1

 VS

タニヤ:LP4000 手札×2

【アマゾネスペット虎】

 伏せ×3

 VS

 昴 :LP4000 手札×5

 VS

グレース:LP4000 手札×5

 

 

「俺のターン!──魔法カード【ワン・フォー・ワン】発動!手札の【リチュア・アビス】を捨てて、デッキからレベル1の【鰤っ子姫(ブリンセス)】を特殊召喚!」

 

 

【鰤っ子姫】

 ☆1 魚族 ATK0 DEF0

 

 

「あら、かわいいお魚さんね!美味しそう!」

 

 昴の召喚したモンスターに反応を示すグレース。しかしアマゾネス的に魚は食料としてのイメージが強いらしく、【鰤っ子姫】もやや苦笑いといった様子で手を振り返していた。

 

「【鰤っ子姫】は召喚時に自身を除外することで、デッキからレベル4以下の魚族モンスターを特殊召喚出来る。来い、【リチュア・アビス】!」

 

 

【リチュア・アビス】

 ☆2 魚族 ATK800 DEF500

 

 

「【アビス】の効果!召喚成功時、デッキから守備力1000以下の【リチュア】を1体手札に加える──そして今手札に加えた【ヴィジョン・リチュア】を手札から捨てて効果発動!デッキから【ガストクラーケ】を手札に加える」

 

「青いカード……儀式モンスターか!」

 

「儀式……ああ、思い出したわ!確か、魔法カードの効果で召喚するのよね!」

 

 どうやらグロリアもグレースも儀式モンスターを直接目にするのは初めてらしい。アマゾネス界隈でもマイナーなカテゴリーのようだ。

 

「更に【リチュア・ビースト】を通常召喚!効果で墓地に存在する【アビス】を特殊召喚し、再び【アビス】の効果が発動する──もう一度、デッキから【ヴィジョン】を手札に加え、その効果で【マインドオーガス】を手札に加える」

 

 続けて【シャドウ・リチュア】の効果を発動した昴は、デッキから【リチュアの儀水鏡】を手札に加え、儀式召喚の準備が整った。

 

「【リチュアの儀水鏡】を発動!手札の【マインドオーガス】を素材として、儀式召喚!──降臨せよ、【イビリチュア・ガストクラーケ】!」

 

 

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 ☆6 水族 儀式 ATK2400 DEF1000

 

 

「わぁ、見て姉さま!上半分は可愛いのに、下半分はなんかウネウネしてて気持ちわるいわ!」

 

「あ、あんな生物見たことないぞ……!?」

 

「【ガストクラーケ】の効果発動!儀式召喚成功時、相手の手札をランダムに2枚確認し、1枚をデッキに戻す──ガスト・スキャニング!」

 

【ガストクラーケ】が杖を差し向けたのはグレース──暴かれたのは【アマゾネスの格闘戦士】と装備魔法【アマゾネスの秘宝】。昴は少し考えた末、【格闘戦士】をデッキに戻した。

 

「私の手札が……」

 

「大丈夫だグレース。この程度大したことじゃない!」

 

 あからさまにシュンとするグレースと、彼女を励ますグロリア。その様子を見ていると、なんだか悪い事をしている気になってくるが、生憎これはデュエルだ。心を鬼にするつもりで臨むべきだと、気を入れ直す。

 

「墓地の【儀水鏡】をデッキに戻して効果発動。儀式素材になった【マインドオーガス】を手札に回収する──そして魔法カード【海竜神(リバイアサン)の激昂】を発動し、デッキから【激流葬】を手札に加える。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 三沢:LP4000 手札×4

【電磁石の戦士γ】

【電磁石の戦士β】

 伏せ×1

 VS

タニヤ:LP4000 手札×2

【アマゾネスペット虎】

 伏せ×3

 VS

 昴 :LP4000 手札×1

【リチュア・アビス】

【リチュア・アビス】

【リチュア・ビースト】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 伏せ×2

 VS

グレース:LP4000 手札×4

 

 

「──昴君、なんでタニヤの手札を削らなかったんだろう?手札の少ない方に効果を使った方が良かったんじゃ……?」

 

 4人のデュエルを見守る仲間達の中で、翔が疑問を口にする。その疑問に、万丈目が答えた。

 

「確かに残った手札を削ることで、次のターン相手を思うように動けなくするのはハンデス戦術の常套手段だ。だが昴は、あえてあの娘の手札を削る事を選んだ──理由は恐らく、この戦いがバトルロワイヤルルールに於ける変則タッグデュエルだからだ」

 

「ああ。昴は手札を減らして相手の行動を狭めると同時に、グレースの手札を公開させることで、三沢にもその情報を伝えようとしたんだ」

 

 言葉を引き継いだのが十代であったことに少々ムッとしつつ、事実、十代と万丈目は同じ推論に至っていた。

 

 昴がデュエル序盤に【ガストクラーケ】によるハンデスを行うことが多いのは、相手の手札を減らして行動範囲を狭める事も勿論だが、同時に、ハンデスに伴うピーピング効果を利用して相手のデッキを把握する狙いがある。手札を削りつつ、暴いたカードから相手のデッキや戦術を予想しながら戦うのが、昴のスタイルという事になるだろう。

 

 この情報アドバンテージはデュエルに於いて非常に大きな意味を持つ。前情報の少ない相手ならば尚の事。

 例えば相手の手札に何か妙なカードが紛れ込んでいた場合、何か別の戦術を組み込んでいるかもしれない。と事前に警戒することが出来るし、例えば手札からアンデッド族のモンスターが大量に出てくれば、【マインドオーガス】で相手の墓地を徹底的に空にする戦術へシフトする事も出来る。

 

 そしてそれらの判断を行うには、一定以上の戦術理解とカードの知識が必要だ。その点、三沢ならば申し分無い。昴の行動の意図を汲み、齎された情報をしっかりと活用してくれるだろう。

 

 一見普段と同じに見えても、見えない部分ではこのバトルロワイヤルならではの戦いが始まっているのだ。

 

 

「──今度はこっちの番よ、ドロー!…えっと──」

 

 カードを引いたグレースは、ジッと手札を見て思案する。

 

「確か、まずはこのカードを召喚するのよね──【アマゾネス王女(プリンセス)】を召喚!」

 

 

【アマゾネス王女(プリンセス)

 ☆3 戦士族 ATK1200 DEF900

 

 

「【アマゾネス王女】は召喚に成功したら、デッキから【アマゾネス】の魔法・罠カードを手札に加えるの。どれにしようかしら──」

 

「──このカードがいいんじゃないか?」

 

 デッキを眺めて迷うグレースを見かねたグロリアが助け舟を出す。その言葉を受け、グレースは速攻魔法【アマゾネスの叫声(アマゾネスコール)】を手札に加えた。

 

「更に私は、永続魔法【アマゾネスの闘志】を発動!」

 

「えっ……待てグレース!」

 

 驚く様子のグロリアと同様に、三沢と昴、そしてタニヤまでもが唖然としている。

 

「どうしたの姉さま?【アマゾネスの闘志】は、自分よりも強いモンスターとバトルする時、攻撃力が1000アップするじゃない。これで、あの【磁石の戦士(ゴツゴツしたモンスター)】を倒せるわ!」

 

「そこからか……グレース。バトルロワイヤルルールでは、全てのプレイヤーが1ターン目は攻撃できないんだぞ?」

 

「あら、そうだったのね。さっきのターン、タニヤが攻撃しなかったのは何でかしらって思ってたのよ」

 

 おそらくグレースは通常のデュエルと同様に攻撃できるつもりで【アマゾネスの闘志】を発動したのだろう。しかしグロリアの言った通り、バトルロワイヤルのルール上それは出来ない。しかも【闘志】は自分から攻撃する時にしかパンプ効果を発揮しない為、1ターン目で発動する意味も無い。

 

 タニヤはグレースをまだまだ未熟と言っていたが、やれやれといった顔をしているのを見るに、その言葉は嘘も誇張も無かったようだ。

 

「うーん、攻撃できないんじゃあ仕方ないわね。速攻魔法【アマゾネスの叫声(アマゾネスコール)】でデッキから【アマゾネスペット(タイガー)】を手札に加えるわ。私はカードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 またもシュンとしたグレースがターンを終了する直前──エンドフェイズに、三沢が動いた。

 

「俺はここで【電磁石の戦士γ】の効果を発動!相手ターンに自身をリリースすることで、デッキからレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】を特殊召喚できる──俺は【電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)α(・アルファ)】を特殊召喚!」

 

 

【電磁石の戦士α】

 ☆3 岩石族 ATK1700 DEF1100

 

 

「【α】の効果!召喚成功時にデッキからレベル8の【磁石の戦士】を手札に加える!──そして【α】と【β】も同様にリリースし、効果を発動だ!」

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)】達が持つ共通効果により、三沢の場に更なる2体のモンスターがリクルートされる。

 

 

磁石の戦士δ(マグネット・ウォリアー・デルタ)

 ☆4 岩石族 ATK1600 DEF1400

 

磁石の戦士ε(マグネット・ウォリアー・イプシロン)

 ☆4 岩石族 ATK1300 DEF1500

 

 

「【δ(デルタ)】の効果で、デッキからレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】──【電磁石の戦士β】を墓地に送り、【ε(イプシロン)】の効果で、自身とは異なる【マグネット・ウォリアー】──【電磁石の戦士γ】を墓地に送る。そして【ε】はこのターン中、自身の効果で墓地に送った【マグネット・ウォリアー】と同じ名前となり、俺の場に存在しない【マグネット・ウォリアー】を1体、墓地から復活させる!」

 

 現在、三沢の場には【δ】【ε】の2体がおり、【ε】は自身の効果で墓地に送った【電磁石γ】扱いとなっている。よって墓地から特殊召喚できるのは──

 

「【ε】の効果で、墓地の【電磁石の戦士β】を特殊召喚!その効果で、デッキから【電磁石の戦士γ】を手札に加える」

 

 ここで展開は止まり、グレースのターンが終了。一巡したターンが三沢へと戻ってくる。

 

 

 三沢:LP4000 手札×6

【磁石の戦士δ】

【磁石の戦士ε】

【電磁石の戦士β】

 伏せ×1

 VS

タニヤ:LP4000 手札×2

【アマゾネスペット虎】

 伏せ×3

 VS

 昴 :LP4000 手札×1

【リチュア・アビス】

【リチュア・アビス】

【リチュア・ビースト】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 伏せ×2

 VS

グレース:LP4000 手札×2

【アマゾネス王女】

 永続魔法:【アマゾネスの闘志】

 伏せ×2

 

 

「きゃー!三沢っちカッコイイ~!その冷静なカード捌き、惚れ惚れしちゃ~う!」

 

「っ……急になんだ、あの女──俺のターン!俺は【磁石の戦士δ(デルタ)】を召喚!その効果で、デッキから【電磁石の戦士α】を墓地に送る!そしてフィールド魔法【マグネット・フィールド】を発動!」

 

 三沢の背後に磁力を発する巨大なマシンが出現し、彼のフィールドが磁気を帯びる。

 

「【マグネット・フィールド】は1ターンに1度、俺の墓地にいるレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】を特殊召喚できる──先ほど【δ】の効果で墓地に送った【電磁石の戦士α】を特殊召喚だ!」

 

 背後のマシンに装着された磁石によって、盾とコイルの棍棒で武装した磁石の戦士が三沢のフィールドに引き上げられ、その効果が発動する。

 

「【α】の効果で、デッキからレベル8の【磁石の戦士】を手札に加える──タニヤ、お前のその陳腐なお色気作戦など、俺には通用しないという事を見せてやるぜ!」

 

 三沢の雰囲気が微かに変わった事で、タニヤも身構える。

 

「俺は、場の【β】そして墓地の【α】と【γ】──3体の【電磁石の戦士】達を除外し、このモンスターを特殊召喚する!」

 

 身体に埋め込まれたコイルが激しい火花を散らし、【電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)】達は自らを細かいパーツへと分解。それらは磁力によって互いに引き合い、或いは押し合うことで、全く別の姿へと組み変わっていく。

 

 

「変形合体!──【電磁石の戦士 マグネット・ベルセリオン】!!」

 

 

【電磁石の戦士 マグネット・ベルセリオン】

 ☆8 岩石族 ATK3000 DEF2800

 

 

「僅か2ターンで攻撃力3000のモンスターを……流石三沢っち!惚れ直しちゃう~!」

 

「三沢っちは止めろッ!くそ、その余裕も今の内だ!」

 

【ベルセリオン】は、自分の墓地にいる【マグネット・ウォリアー】を1体除外することで、相手の場のカードを1枚破壊することができる。この効果でタニヤの【アマゾネスペット虎】を破壊出来れば、ダイレクトアタックが可能となるが……

 

「行くぜ、【ベルセリオン】の効果をはつど──」

 

「──私は罠カード【トゥルース・リインフォース】を発動!デッキからレベル2の戦士族モンスター ──【アマゾネス・スカウト】を守備表示で特殊召喚!」

 

 タニヤのフィールドに現れたのは、偵察を得意とする2人組のアマゾネス。その姿を見た三沢は、発動しかけていた効果を止めた。

 

「私の場に【アマゾネス】が増えたことで、【ペット虎】の攻撃力も1900にアップするわ──その様子じゃ、【アマゾネス・スカウト】の効果は知っているようね?」

 

【アマゾネス・スカウト】はフリーチェーンで自身をリリースすると、そのターン中、自分の場にいる【アマゾネス】達に対象耐性及び効果破壊耐性を付与することが出来る。このまま【ベルセリオン】の効果を発動したとて、【スカウト】の効果で守られてしまうのだ。

 

「だが、【アマゾネス・スカウト】の効果が及ぶのはモンスターだけ。伏せカードまでは守れない!──墓地の【電磁石γ】を除外し、タニヤ、お前の伏せカードを破壊する!」

 

 三沢が対象に取った伏せカード。しかしタニヤは不敵な笑みを浮かべると、そのカードをチェーンして発動した。

 

「速攻魔法【アマゾネスの秘術】!私は手札の【アマゾネス女王(クイーン)】と、場の【ペット虎】を融合する!」

 

「融合召喚だと……!?」

 

 一族を統べる女王は、友である獣と力を重ねることで、過去の自分を超える──!

 

 

「融合召喚!──【アマゾネス女帝(エンプレス)】!!」

 

 

【アマゾネス女帝】

 ☆8 戦士族 融合 ATK2800 DEF2400

 

 

「くっ、厄介な……!」

 

【女帝】となったアマゾネスの女王がいる限り、自身以外の【アマゾネス】達へ永続的に破壊耐性が付与される。ならば【ベルセリオン】の効果で【女帝】を破壊したいところだが、その穴を埋めるように【スカウト】の効果が立ちふさがる。

 

「だが、まだ突破口はある!俺は再び【ベルセリオン】の効果を発動!墓地の【電磁石β】を除外し、残った伏せカードを破壊する!」

 

「だったらこちらも、再びチェーンして罠発動──【メタバース】!デッキからフィールド魔法【アマゾネスの里】を発動する!」

 

 タニヤの場にフィールド魔法が発動されたことで、上書きされた三沢の【マグネット・フィールド】が墓地へ送られる。

 

「【アマゾネスの里】の効果で、私の【アマゾネス】モンスター達は常時攻撃力が200ポイントアップするわ──ひと足先に、三沢っちを里に連れてきちゃった♥」

 

「ふざけるなっ!こうなったら……」

 

 これで【アマゾネス女帝】の攻撃力は【ベルセリオン】と同じ3000──この状況に、三沢は小さく歯噛みする。

 本来なら、【ベルセリオン】で伏せカードを除去してから戦闘で【女帝】を破壊するつもりだったのだ。【女帝】の効果によって墓地から素材となった【女王】が復活するが、その程度ならば大した問題ではなかった。当然、破壊する伏せカードをチェーンされることも予想はしていたが、よりによってフィールド魔法を直接発動する【メタバース】だったとは。

 

 例え攻撃力が同じでも、相打ちには持ち込める。

【ベルセリオン】は破壊され墓地に送られると、除外されている3体の【電磁石の戦士】達を特殊召喚出来るのだが、現在三沢のフィールドは全て埋まってしまっている。この状況では【ベルセリオン】の分離効果を発動できない。攻撃回数を稼ぐ為に場の【電磁石α】を合体素材に使わなかったのが裏目になってしまった形だ。

 

 対するタニヤ側。先も言った通り【女帝】の破壊時効果で墓地の【女王】が復活するだけでなく、【アマゾネスの里】には、破壊されたモンスターのレベル以下の【アマゾネス】をリクルートする効果がある。これで【王女】をリクルートすれば、タニヤは初動札を確保した上で自分のターンを迎えられるのだ。

 

 ならば、必然的に三沢がとる行動は1つだけ──

 

「悪く思うな──バトルフェイズ!【マグネット・ベルセリオン】で【アマゾネス王女】に攻撃!」

 

「えっ──私!?」

 

 ──タニヤではなく、グレースを攻撃すること。

 電光を纏う鉄棍を振りかざし、電磁石の戦士が幼き王女へ襲いかかる。

 

「グレースッ!」

 

「くらえ!──ガウスティック・ブレイク!」

 

「きゃ──ッ!」

 

 王女は為す術なく破壊され、グレースのライフが削られる。

 

 

 グレース:LP4000→2200

 

 

 そのまま【電磁石α】で追撃を加えようとした三沢だったが──

 

「よそ見しちゃダメよ、三沢っちィ!──【アマゾネスの里】の効果発動!フィールドの【アマゾネス】が破壊されたことで、破壊された【王女】以下のレベルを持つ【アマゾネス】をデッキから特殊召喚するわ」

 

「っ……しまった!」

 

 実は【アマゾネスの里】のリクルート効果は、条件さえ満たしていれば自分のモンスターでなくとも発動する。基本的には【アマゾネス】同士のミラーマッチか、【強制転移】等でモンスターを送りつける以外に役立つことはないが、自分以外全員敵のバトルロワイヤル──尚且つタニヤと同じデッキを使うグレースがいるこの状況に於いては極めて強力だ。

 

「私は同じ【アマゾネス王女】をデッキから特殊召喚!その効果でデッキから【アマゾネスの叫び声(アマゾネス・コール)】を手札に加える!」

 

「俺としたことが……!くそ、【電磁石α】でダイレクトアタックだ──ッ!」

 

「きゃあああ──ッ!」

 

 

 グレース:LP2200→500

 

 

「カードを1枚伏せる。これでターンエンドだ」

 

「しっかりしろグレース、大丈夫か!?」

 

「え、ええ…大丈夫よ、姉さま。──永続罠【アマゾネス拝謁の間】を発動するわ…っ、その効果で、墓地から【アマゾネス王女】を手札に……!」

 

 

 三沢:LP4000 手札×4

【磁石の戦士δ】

【磁石の戦士δ】

【磁石の戦士ε】

【電磁石の戦士α】

【電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン】

 伏せ×2

 VS

タニヤ:LP4000 手札×2

【アマゾネス女帝】

【アマゾネス・スカウト】

【アマゾネス王女】

 フィールド魔法:【アマゾネスの里】

 VS

 昴 :LP4000 手札×1

【リチュア・アビス】

【リチュア・アビス】

【リチュア・ビースト】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 伏せ×2

 VS

グレース:LP500 手札×3

 永続魔法:【アマゾネスの闘志】

 永続罠:【アマゾネス拝謁の間】

 伏せ×1

 

 

「私のターン!──私の想いに気づいてくれてるみたいで嬉しいわ、三沢っち」

 

「黙れ!状況的にああするしかなかっただけだ」

 

 タニヤが言っているのは、三沢が前のターン、グレースを倒しきらなかった事だ。三沢はもう1体、モンスターを攻撃表示にしていれば、グレースのライフを削りきれていた。しかしそれをしなかったのは、タニヤの存在が大きい。

 三沢の知る限り、【アマゾネス】はモンスターの戦闘を魔法・罠でサポートしながら戦う、典型的なビートダウン型のデッキだ。相手ターンにリリースして逃がすことの出来る【電磁石α】や、攻撃力の高い【ベルセリオン】はまだしも、攻撃力も低く、また自力で攻撃を躱せない【δ】や【ε】を攻撃表示で残してしまえば、貫通能力を持つ【女帝】と合わせて、そこから一気に突き崩される危険性があった。負ければ鍵を奪われてしまう以上、目指すべきは三沢と昴、2人揃っての完全勝利。ここは勝負を急がず、機を待つのが最善だろう。

 

「んもう、三沢っちってば素直じゃないんだからっ」

 

「っ~~いい加減にしろォ!さっきから何なんだお前は!?俺達は敵同士なんだぞ!?俺達は今、世界の破滅を賭けた戦いをしてるんじゃないのか!?」

 

「世界の破滅が何よ、恋は不滅よ!──【強欲な壷】発動!デッキから2枚ドローする!」

 

 手札を増やしたタニヤの猛攻が始まる──!

 

「手札から【アマゾネスの戦士長】を特殊召喚!」

 

 

【アマゾネスの戦士長】

 ☆5 戦士族 ATK1900 DEF0

 

 

「【戦士長】は、私の場にモンスターがいないか、【アマゾネス】のみの場合特殊召喚できる──そして召喚時の効果で、デッキから【アマゾネス】の魔法・罠か【融合】をセットする」

 

 タニヤはこの効果で【融合】をセット。

 

「セットした【融合】を発動!場の【戦士長】と【王女】を素材に、融合召喚──【アマゾネスペット虎獅王(キングライガー)】!!」

 

 

【アマゾネスペット虎獅王】

 ☆9 獣族 融合 ATK2900 DEF2800

 

 

「【虎獅王】がいる限り、相手は【虎獅王】以外を攻撃出来ず、【アマゾネスの里】の効果で攻撃力は3100となる」

 

 これで三沢の【ベルセリオン】は超えられた。ならば──!

 

「──この瞬間、罠カード【激流葬】を発動!」

 

「ッ……!?」

 

「昴!──ならばそれにチェーンし、俺も罠発動!【岩投げアタック】!」

 

 ここまでジッと息を潜めていた昴が、予てより伏せていた【激流葬】を発動。そこへチェーンされた三沢の【岩投げアタック】から処理が始まる。

 

「俺はデッキの岩石族モンスター ──【磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)】を墓地に送り、相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与える!」

 

 勿論、三沢が対象に選んだのはグレース──投石器から繰り出された巨岩がグレースへ降り注ぎ、残っていた丁度500のライフを削り取った。

 

「キャアアアアア──ッ!!!」

 

 

 グレース:LP500→0

 

 

「グレースッ!」

 

 倒された味方を心配するタニヤ、しかしそんな暇は与えられない。間髪入れずにフィールドを激流が駆け抜ける。

 本来なら、全てのプレイヤーの場が一掃されるが……

 

「俺の墓地にある【海竜神(リバイアサン)の激昂】は除外することで、破壊されるモンスターの身代わりになる」

 

「ならばこちらも、【アマゾネス・スカウト】の効果を発動!リリースすることで、このターン私の【アマゾネス】は効果で破壊されない」

 

 昴とタニヤがそれぞれ対応したことで、残った三沢のモンスターだけが破壊される。一見、敵に塩を送る行為にも見えるが、三沢の表情は逆だった。

 

「ナイスだ昴!──破壊された【マグネット・ベルセリオン】の効果を発動!除外されている3体の【エレクトロマグネット・ウォリアー】達を守備表示で特殊召喚する!」

 

 フィールドが空いた事で、【α】【β】【γ】の3体がフィールドに舞い戻る。しかもそれだけではない──

 

「続けて、墓地に送られた【δ】の効果!墓地から【δ】以外のレベル4以下の【マグネット・ウォリアー】──【ε】と【電磁石α】、そして【岩投げアタック】で墓地に送った【α】を除外することで、この3体を合体させる!」

 

 三沢はデッキから1枚のカードを抜き取り、モンスターゾーンにセットした。

 

 

「緊急合体──【磁石の戦士 マグネット・バルキリオン】!!」

 

 

【磁石の戦士 マグネット・バルキリオン】

 ☆8 岩石族 特殊 ATK3500 DEF3850

 

 

 三沢が呼び出したモンスターを見て、戦いを見守る仲間達の間から感嘆の声が漏れる。あの伝説のデュエルキングも使用していたモンスターを目の当たりにしたのだから、それも当然か。

 

「どうだタニヤ!これでお前の攻撃も怖くないぜ!」

 

 攻撃力で上回る【バルキリオン】がいる限り、【女帝】の貫通効果を加味してもタニヤは三沢を倒し切るには至らない。しかし──

 

「……いいわ、だったら見せてあげる。私の三沢っちへの想いを!──速攻魔法【アマゾネスの叫声(アマゾネス・コール)】発動!デッキから【アマゾネスの剣士】を手札に加え、これを召喚!」

 

 

【アマゾネスの剣士】

 ☆4 戦士族 ATK1500 DEF1600

 

 

「バトル!【アマゾネスの剣士】で【マグネット・バルキリオン】を攻撃!──首狩りの剣!」

 

「自爆攻撃だと……!?」

 

「……いや、違う!」

 

「ハッ……そういう事かッ!」

 

 昴と三沢がたどり着いたタニヤの行動の意図──それはすぐ明らかになった。

 果敢にも磁石の戦士へ飛びかかる【女帝】だったが、敗北を喫し破壊されてしまう。無意味にも見えるこの行為には、しっかりと意味があった──このターンで、三沢を倒しきれるだけの意味が。

 

「【アマゾネスの剣士】が戦闘を行う際に発生するダメージは、全て相手プレイヤーが受ける──ッ!」

 

「ッ──!」

 

 数回剣を打ち合った後に敗れ去る【剣士】──しかしその戦闘ダメージ1800は、三沢のライフから差し引かれる。

 

 

 三沢:LP4000→2200

 

 

 この【剣士】による自爆突攻と【アマゾネスの里】のリクルート効果を用いた連続攻撃は非常に強力なコンボなのだが、現在タニヤの場にいる【女帝】によって、【アマゾネス】達は戦闘で破壊されない。必殺とも言えるコンボこそ発生しないが……

 

「更に【アマゾネス虎獅王】で【電磁石の戦士α】を攻撃!」

 

 通常ならスルーするところだが、【女帝】が仲間達にもたらすのは耐性だけではない。【アマゾネス】全てに与えられた貫通効果がある。

 

【虎獅王】の攻撃力は【里】を加えて3100。対する【電磁石α】の守備力は1100。この攻撃を受けるわけには行かなかった。

 

「【電磁石α】の効果!リリースして、デッキから【電磁石γ】を──いや、【磁石の戦士ε】を特殊召喚!効果で、デッキから【磁石の戦士β(マグネット・ウォリアー・ベータ)】を墓地に送り、その名前をコピー!そして俺の場に存在しない【磁石の戦士】──【マグネット・ベルセリオン】を墓地から復活させる!」

 

 苦し紛れの三沢の行動により、攻撃力3000以上のモンスターが並び立つ。しかしこの一連の行動の中で、三沢が今どのような状況にあるのか、タニヤと昴は即座に理解していた。

 

「(くそ、まずい……!)」

 

「フフフ……デッキの中の磁石も残り少ないようね。いくら岩石族といっても、その守備力では我ら【アマゾネス】の攻撃には耐えられない」

 

 三沢がリクルート出来る【マグネット・ウォリアー】の中で、最も守備力が高いのは【電磁石γ】だが、そのカードは既にデッキから枯渇してしまっている。ダメージの軽減は期待できない。

 

「ならば、【虎獅王】で【磁石の戦士ε】を攻撃!──密林の獣皇牙ッ!」

 

「ぐぅ……ッ!」

 

【ε】の守備力1500に対し、【虎獅王】の攻撃力は3100──1600の貫通ダメージが三沢に襲いかかる。

 

 

 三沢:LP2200→600

 

 

「さぁ!私の想いを三沢っちへ届けて──ッ!」

 

 タニヤの気持ちをその剣に乗せ、【女帝】が【電磁石β】に牙を剥く。三沢の伏せていた【マグネット・フォース】ではそれを防ぐことは出来ず──

 

「ぐッ……あああああぁ──!」

 

 破壊された磁石の破片を浴び、三沢のライフはゼロとなった。

 

 

 三沢:LP600→0

 

 

「三沢ッ!」

 

「くっ……すまない、昴……!」

 

「三沢っちのハート、頂きィ!」

 

 自分を倒した喜びでぴょんぴょん跳ね回るタニヤ。

 

「馬鹿な……俺の戦術にミスは無かったはずだ……!」

 

「ええ、ミスは無かったわ。でもだからといって勝てるわけじゃないのがデュエル。そしてそれは恋も同じ──時にはミスを恐れず、猛アタックをかけるのも大事なのよ!」

 

「タニヤ、お前……ッ」

 

 結果的に良い仕事が出来なかったとはいえ、三沢の場には伏せカードがあった。もしアレが攻撃を反射する【魔法の筒】のようなカードだった場合、タニヤのライフが風前の灯となっていた訳だが、彼女はそれを恐れずに攻撃を仕掛けた。

 全ては、三沢へ自分の想いを伝える為──「恋する乙女は強い」という言葉が、ふと脳裏を過ぎった。

 

「タ…タニヤっち──ッ」

 

 見事に篭絡されてしまったらしい三沢は、どこか幸せそうな顔で倒れてしまう。残された昴は、いよいよ絶対に負けるわけに行かなくなった。

 

「──すごい!すごいわタニヤ!」

 

「流石アマゾネスの長だ!」

 

 一方、敢え無く敗北してしまったグレースは、自分の仇を取ると同時に意中の相手を射止めてみせたタニヤに感激している様子だった。

 

「ねぇタニヤ!このまま昴もやっちゃって!」

 

「それは無論だが──グレース、私があの男を倒したとて、お前の婿にはならんぞ」

 

「えっ!?じゃあタニヤがお婿さんを2人とも貰うってこと!?」

 

「ふむ、悪くはないが……アマゾネスの婿は己自身の手で掴み取らねば意味がない。──だからお前に決闘はまだ早いと言ったのだ」

 

「グレース、ここはタニヤの言う通りだ。今回は諦めよう」

 

「うぅ……だったら、せめて勝って頂戴!里に連れて帰れば、またいつでも決闘出来るもの!」

 

「全く、仕方のない奴──そういう事だ。お前も里に連れ帰らせてもらうぞ」

 

「勝手に話を進めないでくれるか……!?」

 

「それが嫌ならば私を倒すことだ。尤も、これを生き延びることが出来ればな──速攻魔法【瞬間融合】!フィールドの【虎獅王】と【剣士】を融合する!」

 

【アマゾネス】の融合モンスターと、【アマゾネス】モンスター。この素材指定で呼び出せるアマゾネスはただ1人。

 

 

「──君臨せよ!【アマゾネス女帝王(カイゼリン)】!!」

 

 

【アマゾネス女帝王】

 ☆10 戦士族 融合 ATK3200 DEF2800

 

 

「【女帝王】は融合召喚された時、デッキから【アマゾネス】モンスターを特殊召喚出来る──2体目の【アマゾネスの剣士】を特殊召喚」

 

「……いよいよマズいな」

 

 ダメージ反射効果を持つ【剣士】と貫通付与の【女帝】だけでも厄介なのに加え、新たに召喚された【女帝王】に関する情報を昴は一切持ち合わせていない。恐らく【女帝】や【女王】のように他の仲間への耐性付与はあるだろうという事が予測出来る程度。もし完全耐性など持っていようものなら昴には最早打つ手が無い。

 

 ──が、しかし。タニヤの言葉を聞く限り、そこまで厄介な耐久性は持っていないようだ。

 

「【剣士】で【リチュア・アビス】を攻撃!──首狩りの剣!」

 

 振り下ろされた剣によって【アビス】は3枚におろされ、【女帝】の加護で1200の貫通ダメージが昴を襲う。

 

 

 昴:LP4000→2800

 

 

「【女帝王】でもう1体の【リチュア・アビス】を攻撃──ッ!」

 

 攻守の差は歴然。これが通れば昴の敗北が決定する──しかし、【女帝王】の大剣は突如として地面に突き立った巨大な三叉槍(トライデント)に阻まれた。

 

「──罠発動【ポセイドン・ウェーブ】!」

 

「むッ──!?」

 

 昴の伏せていた【ポセイドン・ウェーブ】は、相手の攻撃に反応する罠カード。

 その攻撃を無効にすると同時に、発動時点でプレイヤーの場にいる魚族・水族・海竜族モンスター1体につき800ポイントのダメージを与えるバーン効果も有している。

 

「攻撃対象になっていた【アビス】は魚族、そして【ガストクラーケ】は水族──よって1600のダメージを受けてもらう!」

 

 昴の背後に現れた海神が三叉槍を引き抜くと、どこからか大津波が押し寄せる。波は巨大な手の形を取り、タニヤを頭上から押し潰す様に降り注いだ。

 

 

 タニヤ:LP4000→2400

 

 

「ほう、耐えたか。どうやらグレースの目は確かだったらしい──カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 三沢:LP0

 VS

タニヤ:LP2400 手札×1

【アマゾネス女帝】

【アマゾネス女帝王】

【アマゾネスの剣士】

 フィールド魔法:【アマゾネスの里】

 伏せ×2

 VS

 昴 :LP2800 手札×1

【リチュア・アビス】

【リチュア・ビースト】

【イビリチュア・ガストクラーケ】

 VS

グレース:LP0

 

 

 本来、【瞬間融合】によって融合召喚されたモンスターはターン終了と同時に破壊され、また【アマゾネス・スカウト】の効果は発動後に召喚されたモンスターには作用しない。現在タニヤの場には【女帝】と【女帝王】が並び立っている。この2体が互いに効果破壊耐性を付与し合うことで、タニヤは強力なモンスターの維持が可能となる。

 もし仮にタニヤが【女帝】を素材に【女帝王】を召喚していた場合、【女帝王】は自身の効果で2回攻撃が可能となっていたが、それでは万が一相手の生存を許した場合、残るのは【剣士】と【虎獅王】のみ。相手方の残っている手札こそ1枚と少ないが、もし三沢の【磁石の戦士】に匹敵する展開力を有すると仮定するなら、次のターンに守りを固められても貫通ダメージで突破出来る手段を確保するという狙いもあり、タニヤは【女帝】を場に残す選択をしたという訳だ。

 

 

「──昴の奴、本当に大丈夫カナ……?」

 

「ええ……手札に残っている1枚は【マインドオーガス】、次のターンで、せめて何か新しいモンスターを儀式召喚できないと、状況の打開は難しいわ。仮に罠カードを引いたとしても、時間稼ぎ以上の効果は望めないでしょうね」

 

「それに、あの伏せカード──妙に計算高い彼女のことよ、2枚ともブラフということはないでしょう」

 

「全ては次のドロー次第、か……チッ、見てるこっちまで心臓に悪い」

 

「俺は昴を信じるぜ。あいつのドローだって、俺に負けちゃいない!」

 

 仲間達が固唾を飲んで見守る中、実質的な昴のラストターンが始まる──

 

 

「俺のターン、ドロー!──魔法カード【サルベージ】!墓地から【シャドウ・リチュア】と【ヴィジョン・リチュア】を回収し、2枚ともそのまま効果を発動。デッキから【リチュアの儀水鏡】と、【ジールギガス】を手札に加える」

 

 ダークネスとの戦いで決め手となったモンスターが手札に加わった事に一度は安堵する仲間達だが、状況はそう単純ではない。例え【ジールギガス】を召喚したとて、その攻撃力は3200──【アマゾネスの里】の効果を受けた【女帝王】には敵わない。よしんば攻撃力で優ったとしても、耐性付与によって事実上攻撃誘引の役割を果たしている【女帝】を破壊すれば、墓地からは【女王】が、更には【里】によってデッキから更なる【アマゾネス】の増援がやって来る。実質的に突破は不可能と見ていい。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!レベル6の【ガストクラーケ】とレベル4の【ビースト】を素材に、儀式召喚!」

 

 2体のモンスターの魂が儀水鏡の中に取り込まれ、鏡は一際眩い光を発する──!

 

 

「──降臨せよ!【イビリチュア・ジールギガス】!!」

 

 

 宙に展開された巨大なリチュアの紋章より現れ出た豪腕の巨人。その威圧感を前にしても尚、アマゾネス達は恐ることはない。

 

 

【イビリチュア・ジールギガス】

 ☆10 水族 儀式 ATK3200 DEF0

 

 

「【ジールギガス】の効果!ライフを1000払い、1枚ドロー。それが【リチュア】モンスターであれば、フィールドのカードを1枚デッキに戻す」

 

「なる程。対象を取らないバウンス効果か……それならば【女帝王】と【アマゾネスの里】の効果を両方掻い潜る事が出来る──いいだろう、時に戦いは運によって左右される。お前は勝利を掴み取れるのか、見せてもらうぞ!」

 

 

 昴:LP2800→1800

 

 

 昴がデッキから引いたカードは──

 

「【リチュア】じゃ、ない……!」

 

 翔の絶望に満ちた声の通り、昴は【リチュア】モンスターを引き当てることは出来なかった。ドローしたカードはそのまま手札に加わる。

 

「まだ終わっちゃいない!──魔法カード【貪欲な壺】を発動!」

 

 たった今ドローしたカードを使い、墓地の【シャドウ・リチュア】【ヴィジョン・リチュア】×2、【リチュア・ビースト】【リチュア・アビス】の5体をデッキに戻し、2枚ドローする。

 

「──墓地の【儀水鏡】の効果!デッキに戻して【ガストクラーケ】を回収。そして【強欲なウツボ】を発動!」

 

「……ほう」

 

「手札の【ガストクラーケ】と【マインドオーガス】をデッキに戻し、3枚ドロー──ッ!」

 

 引いたカードを一瞥した昴は、小さく深呼吸をする。

 

「行くぞ──タニヤッ!」

 

 その目は、紛う事なく戦う漢の目をしていた。

 

「【リチュアの儀水鏡】発動!場の【ジールギガス】を素材に儀式召喚──転生せよ、【ジールギガス】!」

 

 先に召喚した同名モンスターを素材とした儀式召喚──よく【ガストクラーケ】の連続ハンデスで用いられるこのプレイングを【ジールギガス】で行う。これが意味するところを悟ったタニヤは、不敵ながらも楽しげな笑みを浮かべる。

 

「【ジールギガス】の効果発動ッ──!」

 

「勝利の為なら自ら死の淵に立つその覚悟──気に入った!」

 

 

 昴:1800→800

 

 

「ドロー──ッ!!」

 

 気合一閃、昴は引いたカードをタニヤへ突きつける──

 

「俺が引いたのは【リチュア・エリアル】!よってタニヤ、お前の伏せカードを1枚、デッキに戻させてもらうぞ!──ジール・オブ・リグレッション!」

 

【ジールギガス】が拳を打ち合わせると、凄まじい衝撃が辺りを駆け巡る。それによってタニヤの伏せカード──【アマゾネスの急襲】がデッキへと返された。

 

「よもやこれで終わりではないだろう!?見せてみろ、お前の持てる力の全てを──!」

 

「魔法カード【死者蘇生】!墓地の【ジールギガス】を特殊召喚!」

 

 攻撃力3000超えのモンスターを2体並べても、まだタニヤの喉笛には届かない。まだ、一手足りないのだ──!

 

「俺は場の【アビス】と、2体の【ジールギガス】をリリース──!」

 

「リリースだと!?」

 

 3体のモンスター達が1つの光球となって合わさり、蒼く美しい輝きを放つ。

 

 

「蒼の光芒と共に来たれ、冷然たる水星の使徒──!」

 

 

 これこそが、その一手──!

 

 

「アドバンス召喚ッ!──【The tripping MERCURY(ザ・トリッピング・マーキュリー)】!!」

 

 

The tripping MERCURY(ザ・トリッピング・マーキュリー)

 ☆8 水族 ATK2000 DEF2000

 

 

 2振りの剣を携えた水星の使徒──図らずもこのデュエルの幕引きは、女モンスター同士の戦いとなった。

 

「【MERCURY】は3体リリースでアドバンス召喚された場合、相手モンスター全ての攻撃力を元々の数値分ダウンさせる!──Atmospheric Disseverance(アトモスフェリク ディサフェランス)

 

 これにより、タニヤを守るモンスター達は【アマゾネスの里】がもたらす僅か200の攻撃力となる。

 

「バトル!【MERCURY】で【アマゾネス女帝王(カイゼリン)】を攻撃!──Temperature Change(テンパラチャーチェインジ)!!」

 

「この瞬間、罠発動【アマゾネスの弩弓隊】!相手モンスター全ての攻撃力を500ポイントダウンさせる!」

 

 

【The tripping MERCURY】

 ATK2000→1500 DEF2000

 

 

【女帝王】の背後から無数の矢が降り注ぐ。それを難なく捌く【MERCURY】だが、矢の処理に意識を割いた分、攻撃力が下がってしまう。しかしそれでも尚宇宙(ソラ)からの来訪者には力及ばず、破壊こそされなかったものの【女帝王】は敗北を喫してしまった。

 

 

 タニヤ:LP2400→1100

 

 

「【MERCURY】は、1度のバトルで2回攻撃を行える──もう一度、【女帝王】に攻撃!」

 

 膝をつく【女帝王】を長く苦しませまいと、水星の使徒はひと思いに剣を振り下ろす。同時に、タニヤのライフもゼロへ至った。

 

 

 タニヤ:LP1100→0

 

 

「ふっ……実に心躍るデュエルだった。願わくば、お前のような強き者をこそ、一族に迎えたいものだ」

 

「生憎、俺はまだ結婚だのには関心が無いんだ。──でもまぁ、アマゾネスの長にそこまで言ってもらえたなら、光栄だ」

 

 昴の言葉を受け取ったタニヤの体を、何やら怪しげな光が包み込む。タニヤは「これは闇のデュエルではない」と言っていたが、やはり何か仕掛けが──彼女達ですら知らない内に、闇のデュエルを行っていたのだろうか?

 そう思った矢先──光が収まった場所には、1頭の白い虎が佇んでいた。傍らには何やらグローブのような物が転がっており、グロリアがそれを拾い上げる。

 

「こいつは一体……?」

 

「……少し前に、部族間での争いがあったんだ。それで先代の長──私達の母は、命を落とした」

 

「本当ならその娘の私達が長にならないといけないんだけど、見ての通り、子供の私達じゃまだ何も出来なくって……そんな時に、このアイテムを付けたタニヤが現れたのよ。私達と同じ、人間の格好で」

 

 バース共々先代の近くで長い時を過ごしてきたタニヤは、幼い姉妹が成長し、立派に一族を率いていける様になるまで、長の役割を代行することに。その一環として、デュエルを教える等していたというわけだ。

 

「……あの、昴」

 

「ん?」

 

「あの、あのね……タニヤとのデュエル、すっごくカッコよかった!勿論タニヤも凄かったけど、昴も同じくらい凄かった!流石は私の旦那様ね!」

 

「まだ諦めてないのか……」

 

「当然よ!だって私、あのミサワって人に負けたんだもの。昴に負けてないんだから、諦める理由なんてないわ!」

 

 明らかに屁理屈だが、所詮は子供の言うこと、と昴は苦笑いで返す。

 

「だから、もし──いつかまた会ったら、その時は私とちゃんとデュエルしてくれる?」

 

「──ああ。また会えたらな」

 

「やった……約束よ!?昴のこと、私達の大人の魅力でメロメロにさせちゃうんだから!」

 

「……()!?おい待てグレース、それ私も入ってるのか!?」

 

 突然巻き込まれたグロリアを尻目に、グレースはタニヤの背に跨る。グロリアも同じようにバースの背に乗った。

 

「じゃーねー!絶対、また会いましょーっ!」

 

 コロシアムから走り去っていった2頭の虎の後ろ姿を見送った昴達。三沢の行く末も一時はどうなる事かと思っていたが、タニヤが元の虎の姿に戻ったからなのか、一族の里に連れて帰るという話は立ち消えになったようだ。

 自分は危うく虎と結婚することになっていたのかと落ち込む三沢と、笑いながらそれを慰める仲間達。愉快で賑やかなムードの一方で、三沢の持っていた七精門の鍵は跡形もなく消失していた。2つ目の門が開放されてしまったと言う事実に気が付くのは、これより少し後の事であった。

 




もうバトルロワイヤルなんか、こりごりだぁ~!

…いやホントに。ムズいし長いし大変なのなんの。出来ればグレースにも見せ場作ってあげたかったんですけど、力及ばず…


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