盤外の英雄 (現魅 永純)
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英雄と正義

 

 

 ───英雄と正義は別物である。しかし英雄と正義が交わる時はある。英雄が正義を為そうとも、正義が英雄と成る事は無い。正義は理想を目指して実行し、()()()()()()行うもの。英雄は理想を目指して実行し、理想を叶えてしまうもの。正義など詭弁で、英雄は綺麗事だ。それでも正義は存在し、英雄は現れた。

 人々は願う。どうかこの地獄を塗り替える英雄を、と。でもそんなご都合主義は無く、世界の中心は穿たれ『暗黒期』は継続する。やがて終息する頃には、無数の人々と神々は天へと至った。

 

 だから、これもまた理想。ただの夢物語。()()()()()()()()()()()()という、淡い幻想。英雄に憧れた英雄(少年)による、絶望への冒険。

 

 ───では英雄(少年)に切符を渡そう。

 絶望しかなかった暗黒の時代で、君は英雄でいられるかな?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 人々の声はなく、神々の詠みもなく。だが多くの気配と音に、僕の目は醒めた。

 見渡せば、普段と少し変わった風景。でも雰囲気は決して変わらない、『オラリオ』の地。だが活気の無いその地に、酷い違和感がある。人々は哭き、落胆し、項垂れる『絶望』を表す光景。とてもオラリオにいるとは思えない、静寂。

 

 

「……オラリオ、だよね……?」

 

 

 疑問が口から溢れる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と酷似していた。その違和感と既視感には、疑問を抱かざるを得ない。

 いつもと違うオラリオ───それ以上の確信を、僕は抱けなかった。

 

 少し整理しよう。僕はいま、ダンジョンに向かっている途中だった。整っている装備を見ればそれは一目瞭然。が、覚えているのはホームを出る直前まで。ホームを出た後の記憶はなく。とどのつまり、外にいる現状は明らかにおかしいという事。リリやヴェルフ達は? 居ない。僕も多少の勘が磨かれたと思うが、少なくとも近くにいる気配はない。

 整理は完了した。僕が考えたところで何もわからないという事は理解した。リリか、それ以外に知り合いを探さなければ。

 

 もしリリ達が僕を探してるのだとしたら、動き回るのは下策だけど……。ここはダンジョンじゃない。いつもと違う現状を把握する為にも、今は動き回っていた方がいいだろう。

 イレギュラーが重なり過ぎて、多少のイレギュラーにはもう動揺しなくなってきた自分が怖い。慣れないダンジョン深層での五分とて油断できない事態に比べれば遥かにマシではあるが、イレギュラーには慣れたくないものだ。……戦闘での動揺が抑えられるのは有り難いから、一概には否定できないのだが。

 

 

「……何だろう。少し()()()()というか……年季?」

 

 

 感じる違和感に頭を回しても、思い当たることなんてない。一人になると露呈する頭の弱さ。こればっかりはリリに頼りっぱなしだ。

 やがてふらふらと歩いていれば───突如故意的な肩の当たり、()()()()()()()()()()()感覚。咄嗟に後ろへ手を回し腕を捕まえる。即座に反転して両腕で押さえ───捕まえた人物が冒険者ですらない事に気付いた。

 

 

「あ───……す、すみません! 痛くなかったですか!?」

 

 

 感覚的に、恩恵すら授かっていない状態なのが良く分かった。咄嗟とは言え力を入れて捕まえてしまった。その事実に慌てて謝罪すれば、目の前の男性は苦い顔をしながら悪態吐いた。

 

 

「くそ……()()()()()()()()()からなら盗めると思ってたのに……」

「え」

 

 

 スリについては……まあ自覚はなかったし当初は気付いてすらいなかったが、経験はある。だからそういう人も居るんだろうと理解はしていた。

 だからこそ張り付く違和感。僕の事を見た事がない? 僕は自分で言うのも何だが、良くも悪くもそれなりに有名だと思う。直接的なコミュニケーションでの関わりこそ少ないだろうけど、例の異端児(ゼノス)事件で大分噂は広まっていた筈だ。この目立つ白髪ともなれば尚更に。

 

 見た事がなくても、そんな僕を知らないという違和感。もしやオラリオではない地に飛ばされたのではないか?

 

 

「……あの、一つ訊いてもいいですか?」

「は?」

「答えてくれたら、今回の件は見逃します」

「……」

 

 

 沈黙と訝しむ様な視線。意図の探り、つまり考慮。ならこれはイエスと受け取っていいだろう。

 

 

「ここは、オラリオ……世界の中心、ダンジョン都市。……ですよね?」

「何言ってんだお前、そんなの当たり前だろ。このご時世に外から来たとでも言うつもりか?」

「このご時世……?」

「なんも知らねえのかよ……なら運がなかったな。この暗黒期に来ちまうなんてよ」

「───!」

 

 

 暗黒期……リューさんから聞いた、七年も前の……闇派閥が最も活性化していたという時期。()()()()()()()()()()? まるで今が暗黒期だとでも言っている様な───

 

 

「いやー私たちが捕まえようと思ったけどそんな暇すらなかったね! 何なら私たちよりも迅速だったわ!」

「ええ、盗られた直後に気づいた様にも思えます。反射速度も相当ですね」

 

 

 後ろから聞こえた声に振り返り、聴き慣れた声音に咄嗟に声を出す。

 

 

「リューさ───……ん……?」

「……私の事をご存知ですか?」

「そりゃあリオンは美人だもんね! 私と同じくらい!」

「やめてください、アリーゼ」

「でも、名前の呼び方には確かに違和感があるかな。まるで知り合いみたい。リオン、見覚えは?」

「……いえ、この少年を見て忘れる事はないでしょうから。私の記憶にはありません」

 

 

 髪が長く、僕の知っているものとは違う羽織り(ケープ)。雰囲気そのものは今と大きく変わってる様子はないけど……それでも僕の知っているリューさんと少し違う。

 そしてリューさんが放った『アリーゼ』という名前。彼女は死んだ筈の人物だ。言伝では、この暗黒期の終わりに……。

 まさか、時間が遡った? なら何で僕はここにいる? この時代の僕は7歳そこらの幼子だ。14歳の僕なんて存在する筈がない。───ただの夢? でも意識がある。干渉が出来る。神様が言っていた明晰夢というもの……?

 

 

「……リオン、なんかこの子固まっちゃったわよ。やっぱ知り合いなんじゃない? 忘れられたショックとか。リオンって結構ポンコツだし」

「ポ……! い、いえ。私は決してポンコツなどではありませんが……確かにこの少年の記憶はない」

「うーん、どうしたものかしら」

 

 

 いや、今は答えを考えなくていい。ない頭を振り絞ったって、出てくるのは雀の涙くらいだ。七年前の暗黒期に来てしまっている可能性……それだけ頭に入れておけば、それでいい。

 取り敢えず、この場の全員困惑してる状況をどうにかしないと……。

 

 

「えっと……あー……その、街中で以前見掛けたことがあって! 綺麗なエルフだなぁって、その後名前を知って……!」

 

 

 こういう誤魔化しは得意じゃない。リリやヴェルフ相手ならばあっさりとバレる程度だ。というかリューさん相手に駆け引きなど正気じゃない。

 

 

「良かったねー、リオン。綺麗なエルフだって」

「……何なのですか、貴方()は。褒めなきゃ死ぬ病にでも罹っているのですか……」

 

 

 ……あ、やっぱり僕の知ってるリューさんじゃない。彼女なら澄まし顔で「賛辞は不要です」とか言いそうだ。いや、比較的感情が見え易くなった深層帰還後ならば分からないが。

 

 

「……どうでもいいけど、人の上でくっちゃべってんじゃねえよ」

「あ、すっ、すみません!」

「そういえば居たわね、貴方」

「今まで口を開かなかったのは殊勝な心掛けです。その下賤な口から請われるのは耳が耐えられない」

「正義の派閥が酷いなおい!?」

 

 

 うん、酷い。存在そのものの忘却に、シンプルな罵倒。……神様達は「ほうちぷれい」とか「えむには堪らん」とか言いそうだけど。生憎と僕にそんな感覚はなかった。

 ……正義の派閥。かつてリューさんが所属していたという、アストレア・ファミリア。アイズさんの所のロキ・ファミリアとか、都市最強『猛者』有するフレイヤ・ファミリアに比べれば格は落ちるけど、この最悪とも言われた暗黒期の最前線で戦い続けた偉大なファミリアで───最後には壊滅した───

 

 いや、今は考えるべきじゃない。少なくともこの現状、壊滅していない事実だけを理解しろ。いま僕が「貴方は未来で死んでしまいます」なんて言ったところで信憑性がゼロだ。闇派閥の細かい情報を知ってれば信憑性は芽生えるだろうけど……そもそも「貴方は死ぬ」なんて言葉を放つ相手を信じる気など起きないだろう。それに僕の知識の中にある闇派閥の情報は、本当に少しだけ。暗黒期をどうやって乗り越えたのか、どういう壁があったのか、敵の戦力はどれほどのモノだったのか。その事を僕は知らない。

 『でりかしー』に欠けるモノだからとリューさんには聴かないでいたけど、それが仇になっちゃったな……。

 

 

「ま、取り敢えず貴方は逮捕よ泥棒さん」

「あ、すみません。その人は見逃してくれませんか?」

「……貴方は盗まれた側でしょう。甘さと善はイコールではありません。正しい制裁を行わねば、また同じ事を繰り返すだけです」

「あはは……確かに、間違いに対する罰というのは必要だと思います。ただそれ以前に、『教えてくれたら見逃す約束』をしてしまったので」

 

 

 約束してしまったからにはしょうがない。……で、当然済む話でないことも分かってる。しかし約束事を疎かにする事で信憑性を無くしてしまえば、それこそこの人の信用するべきモノがなくなってしまうだろう。他の人がどうであれ、僕は約束したのならそれを反故にする訳にはいかない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()という事で、見逃してあげてくれませんか?」

「……見逃す為の言い訳にしか聞こえません。そんなのただの」

「『偽善者』ですよね」

「……?」

「分かってます。でも、そう生きたい願いを抱いて、そう生きる覚悟を決めてしまいましたから」

 

 

 思わず苦笑が溢れる。自分の意思に殉じる。それは何もこの人生を偽善者で終えるわけじゃなくて、強くなり、また命を掛ける……そんな覚悟。英雄となる為に、あらゆる挫折を乗り越える為に決意した覚悟だ。

 ただの偽善だと分かっていても、少しでも良い方向にいける可能性があるならそれを選んでしまうから、悪くなる可能性があってもそれを見過ごすようなのは所詮偽善。でも信じる以外に方法はないから、つい苦笑してしまった。

 

 

「うんうん、やらない善よりやる偽善ってね! 確かに偽善で見逃して結果悪と化すなら、それはただの偽善。でも結果が善きと化すならば、それは間違いなき善となるのよ!」

「……!」

「あはは……」

 

 

 こういう意図は隠さねば重荷になるから、直接的な言葉は避けるようにしたんだけど……あっさりと踏み抜いてくなこの人。

 

 

「これはプレッシャーねー。まさか助けられた上に更生の期待もされて、これを裏切ればこの子(恩人)の名誉すら奪ってく。うんうん、そうなれば善人になるしかないわね!」

「……勝手に決めんなよ」

「でも悪事への意欲は失われた。違う?」

「……」

「ふふん、やはり正義は最後に勝つのよ! どんな偽善も結果次第ではただの善となるのだから!」

 

 

 でも、この人はこの人なりに純粋なんだ。この人なりの『正義』があって、それを貫き通している。芯がある人は簡単には折れないと身をもって知っているから、引くべき時に引く事を心得ている。だからこそリューさんが肌に触れることを許される数少ない一人に入っているのだろう。

 しかしリューさんに聞いていたけど、締めるべき時に締めず余計な事を言う癖は本当なんだ。……いや、まあ余計なお節介を掛けている僕も同類なのかな。

 

 

「さ、存分にこの子に感謝して行きなさい」

「……チッ」

 

 

 後ろめたい気持ちを秘めた舌打ちだ。この人は、きっと大丈夫。結果的にストーカー紛いになってしまったルヴィスさんとドルムルさんと同じで、根はきっと良い人だ。環境さえ整えれば、悪には染まらない。

 ……分かってる。これはきっと夢だ。でも助けられる人がいるのに、助けない選択をするなんて、僕には出来ない。だから、この暗黒期という僕がいなかった時代で───僕の出来る限りを尽くしたい。

 

 

「さて、兎君」

「………え、兎って僕の事ですか?」

「いやぁ、紅い瞳と白い毛を見るとついそれが連想しちゃうのよね。ね、リオン?」

「いえ、私は……その……」

 

 

 あ、これ思ってた。絶対思ってた。「確かに思ったけど彼にとってはショックなことかもしれないから肯定も否定も難しい」って考えだ。

 二つ名や名前呼びが当たり前だったから戸惑っているだけで、別に兎呼びは気にしてない。というか二つ名に白兎(ラビット)ってあるし。何なら僕、まだ名前教えてなかったから……。

 

 

「ベルです。ベル・クラネル」

 

 

 二つ名は浸透していないし、下手に名乗って『居ない筈の冒険者』の事を探られても困る。でも本名だろうが偽名だろうが知られてない名前を名乗る程度は平気だろう。幸いこの時期の僕は相当田舎に居たし。

 

 

「だってさ、リオン。私はアリーゼ。アリーゼ・ローヴェルよ!」

「……ええ。私はリュー・リオンです。宜しくお願いします、クラネルさん」

「……」

「なにか?」

「い、いえ、なんでもありません」

 

 

 うん、懐かしいってほどじゃないけど……聴き慣れた呼び名だ。何処かホッとする。

 

 

「で、そうそう、兎君」

「あれ、名前……」

「さっきの話、ちょっと聞こえちゃったんだけどね。君外から来たってことは身寄りがないでしょ? それともオラリオ内に知り合いでもいる?」

 

 

 あ、多分名前の修正してくれないな。うん、仕方ない。諦めよう。

 オラリオ内に知り合いがいるかって聞かれたら、当然居る。でもここは僕の知ってるオラリオじゃないだろう。もし時間が遡っているなら、僕の知っている人は全員僕のことを知らない筈。

 

 

「知り合いは、居ません。身寄りはないですね……」

 

 

 一応、なけなしではあるがお金はある。でも稼いでいかなければすぐに尽きてしまう程度だ。となれば、冒険者としてダンジョンに潜るのは必須となる……が、身寄りにできるファミリアが今はない。恐らく今の時代に神様……ヘスティア様は居ないから、僕の背中に刻まれた恩恵が万が一にでも見られる事態でもあれば見覚えのないエンブレムだと怪しまれる。何なら神様がこの時代に居たら居たで、与えた覚えのない恩恵を刻んだ人物がいると大騒ぎになることに間違いない。

 稼ぎが難しくては生きること自体に苦労しかねない。最悪の場合はダンジョンに篭りっぱなし……しかし食に関してはどうしようもできない。

 

 どうしたものかと悩む。

 

 

 

「じゃあさ、私達のファミリアに来ない?」

 

 

 

 

 



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第一級冒険者

※今作のベル君は『オリオンの矢』での経験をしている状態です。本当はアニメ二期&原作6巻以降の本編と繋がっていない部分ではありますが……まあその辺は追々。ぶっちゃけ緻密に組んでる訳じゃないから、回収できるかも怪しいので。



 

 

 

 

「じゃあさ、私達のファミリアに来ない?」

「え?」

「な───」

「行き場のない人を保護するのも、また正義! ……いや、それは別の所に届けるのが正しいのかな?」

「ま、待って下さいアリーゼ! 確かに私達のファミリアは女性限定という訳ではない! 訳ではないが……男性は所属していない。其処にこの少年を放り込んで仕舞えば、私達もこの少年も困惑するでしょう!」

「何事も前例は作られるモノよ!」

「それは───そうですが……!」

 

 

 僕の意見は聞かないのかな。いや、まあ正直に言うと、僕の事を知らないにしてもリューさんと一緒のファミリアに入れるというのはとても助かる。この人には幾度となく助けられたし、かなり心が落ち着く。

 

 

「それに、この子もこの子の『正義』がある。どんな経験を積んだかは知らないけどね。後は、オラリオの暗黒期に何か転機を齎してくれるという勘」

「……勘、ですか」

「えっと、僕としても身寄りが出来るのは嬉しいです。他の神様には話しづらい事もありますし……」

 

 

 僕の知る限り、自分の『面白さへの期待』を隠す神様というのは極端に少ない。それこそギルドにいるウラノス様や、僕の身を案じてくれるヘスティア様。何なら自分から戦闘に出てしまうアルテミス様……後は、どちらかと言えば“後押し”してくれるヘルメス様に、善神と言っていいミアハ様。純粋に子供達を鍛えるタケミカヅチ様と、職人系のファミリアを治めているヘファイストス様・ゴブニュ様。……くらいだろうか。知り合いの神様というのが少ないから、他にもいるのだとは思うけど。

 娯楽好きの神様達に『未来から来ました』なんて台詞を放ってしまえば、玩具にされる事に違いない。アポロン様の例もある。……悪神とは言わないけど、神様はそういう種だ。だからこそ善に寄り個を大事としてくれる神様のファミリアに身を寄せられるのは、とても有難い。

 

 

「お願いします、入れて下さいませんか……?」

「あ」

「──────」

 

 

 僕がリューさんの手を掴んで懇願すると、アリーゼさんは思わずといった風に声を洩らし、リューさんは固まる。

 何でだろう……って、あ……。

 

 

「す、すみません気軽に触れてしまって!」

「………い、いえ」

 

 

 あぁ……忘れてた……! リューさん……に限らずとも、エルフは他種族との肌の接触を嫌ってる。リューさんは腕まで覆っている手袋を装備しているが、素肌でなくともそれは同じはずだ。幾ら未来で……その、全裸という訳ではないが、裸に近い状態で包み込むような抱き合い方をしていたとは言え、それは未来の話。ギルドのブラックリストにまで載ってしまったリューさんの話で、今のリューさんではない。

 慌てて手を離すが、リューさんは暫く手を見つめると、首を振って「謝罪はいらない」と伝えた。

 

 

「私も、全般的に否定していた訳ではありません。それに、彼が軽率に邪な感情を抱く人物でない事も分かりましたから」

「え……?」

「うん、じゃあ決まりね! 早速アストレア様の所に行きましょー!」

 

 

 そういう判断をしてくれるのは嬉しいけど……この一瞬の間で僕の内情を理解した? エルフの事情とかには詳しくないから確信出来ないけど……肌に触れるとそういった気持ちとかわかるものなのかな?

 いや、うん。気にしてる場合じゃないな。アストレア・ファミリアに身を置く事を許された。なら今のうちに、アストレア様に伝えるべき事を考えておかないと……。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ただいまパトロールから戻りました!」

「あら……今日は早かったのね、どうかしたの?」

「用件があったので、済ませれば再びパトロールに戻ります!」

「少しくらいゆっくりしていっても良いのだけれど……そうね、貴方の頑張りを邪魔するわけにもいかないわ。それで用件は……その子かしら?」

「はい!」

 

 

 神様の中だと非常に珍しい、おっとりとした性格。雰囲気的には今まで出会った神様の中だと……ミアハ様が近い?

 

 

「えっと……初めまして」

「はい、初めまして。……ふふ、なるほどね。アリーゼ、内容は分かったわ。パトロールに戻って良いわよ」

「えーと……」

「気にしなくていいわ。この子は()()()()()()()()()()()()()()()()。私の勘もそれなりに当たるのよ?」

「分かりました! ではお任せします!」

 

 

 そういう事って……そっか。この暗黒期ってなると、闇派閥の最盛期。つまり、多くの人々と神様達が天に還った時代で……騙し討ちという可能性が考えられる。どれだけ僕が僕らしく振る舞ったところで、今までの僕を知らないこの人たちからしたら『ゼロから僕を知る状態』という事。信頼関係も何もない。

 他の神様には話しづらい事……って言葉は、他の人からしたら別の意味としても捉えられる。例え僕が純粋に『未来から来た』事の説明を行おうと思っていても、相手からしたらアストレア様だからこそ……つまり、この暗黒期の最前線で戦うアストレア・ファミリアの主神だからこそやれる事、という考えが出てきてしまうのだ。

 

 そう考えると、ちょっと軽率な思考だったかもしれない。見ず知らずの僕を受け入れてくれるという考えが甘かった。それでも正しく意図を理解して……というよりも信じてくれるこの(ひと)は、正義を司っているだけあるのかな。

 ……騙し討ちの類の事も頭に入れると、ちょっと無用心だとは思うけど。

 

 

「さて、貴方は……」

「ベル・クラネルと言います。えーと……少し失礼します」

 

 

 相手が信用を見せてくれた。ならば少しでも自分に敵意がない事を示す為にも、装備は外さねばならまい。刃は出さないように鞘ごと武器を取り、ポーションが入っているアイテムポーチを取り、防具を外し、インナーだけの姿となる。

 服を引っ張って武器を仕込んでいない事を見せ付ける。これなら、警戒心も多少は薄れるだろう。まあアストレア様は大した警戒はしてないけど。

 

 

「……別にそこまで疑ってないわよ?」

「あー、まあ……神様に嘘は吐けませんし、アストレア様の質問一つで証明出来るのは分かってます。ただ、他の人達は別ですから……」

 

 

 他の人達───今僕がいるアストレア・ファミリアの広間。その入り口からほんの少しだけ視線を向ける人達。詳しい容姿は聴いてないけど、多分刀を腰差ししてる人が“輝夜”って人かな。他の人達はちょっと知らない……かもしれない。名前を聞けば分かるだろうけど。

 

 

「あの子達……別にパトロールばかりしていて欲しい訳じゃないけど、私の心配ばかりされても困るわ」

「あはは……慕われているのは良い事だと思いますよ」

「そうね。えっと……ベル君。用件というのは、ここで話してもいい内容か、それとも他の人には聞かせてはいけない内容か……どっちかしら?」

「……他人にも他神にも聞かせられない内容です。人には、恐らく信じてもらえない内容で、神様には信じられてしまうからこそ伝えられない内容。アストレア様だからこそ伝えられる内容です」

 

 

 アストレア様は僕の瞳をジッと見つめる。僕が逸らさず見つめ返していると、やがて目を閉じた。

 

 

「それだけ荒唐無稽な事実、という事ね。確かに他の神に伝えられそうにない……。でも私も他の神々と一緒かもしれないわよ?」

「それも含めて、です」

「分かったわ。私の部屋は鍵付きだから、そちらに移動しましょう」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 鍵が閉まる音。足音がなかったし着いてきてる訳じゃないだろう。或いは───

 

 

「防音だから聞かれる心配はないわ。時折子供達の悩みを聞くときにも使うから、そういう設計にしてあるの」

「……神様って読心術でも持っていたりするんですか?」

「長年下界にいるとね、子供達の癖を覚えてしまうものなのよ」

 

 

 意識がドアに向いていたことに気付いたって事か。シチュエーションを考えれば、確かに考えている事は分かるかもしれない。それにしたって頭の回転が早い気はするけど……そこは『流石神様』って事なのかな。

 

 

「さて、貴方のお話。聴かせてもらっていい?」

「……えっと、その前に一つだけ良いですか?」

「なに?」

開錠薬(ステイタス・シーフ)って、持ってますか……? いえ、そのっ、非合法アイテムなのは分かってるんですけど!」

「……自分のステイタスを開示する、と?」

「僕の口から説明するよりは、早いし理解しやすいと思います」

 

 

 僕が知る限りでも、闇派閥に元冒険者が存在していたのは把握している。それを考えれば、最前線で戦うアストレア・ファミリアは相手の身元を暴くために開錠薬はそれなりに保有している筈。勿体ない気はするけど……僕の口からはうまく説明できそうにない。

 だからきっと、直接見た方が良い。

 

 

「……貴方自身がそうしろというなら、従う他ないわね」

 

 

 アストレア様は引き出しから一つ、クリスタル状の液体瓶を取り出す。神様の血(イコル)が混ぜられて作られた開錠薬。存在自体は知っていたが、実際に見るのは初めてだ。

 脱いではいないが、インナーを肩までたくし上げ、背中を露わにする。滴が一つ、背中に落ちる感覚があった。

 

 

「……()()()5()

 

 

 ───モス・ヒュージの強化種討伐に、ジャガーノートとの接戦、深層でのコロシアム、そして直ぐに訪れたオラリオの危機。見たことがなかった無数の食人花(モンスター)の撃破に加え、第七の精霊(ニーズホッグ)の討伐……それらによって莫大な経験値を得て、ランクアップの資格は既にあった。神様は『気がするかもってだけだし?』なんて言っていたけど。

 そして、更に一つ。腕が完治した後、18階層のリヴィラの街に用があった僕は、出来るだけ早く地上に戻る為にも単身でダンジョンに潜り。そして僕が初めて中層に潜った時と同じ様に、満身創痍の状態でゴライアスの部屋を通ろうとする四人パーティを見つけた。僕の時と同じように、途中でゴライアスを登場させて。

 咄嗟に助けたけど、腰を抜かした彼らは動ける状態じゃなかった。だから倒すしかなくなり───英雄願望のチャージ時間を稼げなかったから時間は掛かったものの────倒す事は出来た。17階層とは言え階層主の単独撃破はかなりの偉業で、アビリティ上昇の為の経験値は十分過ぎるほどに獲得出来た。敏捷SSに、器用・魔力がS、力と耐久がA評価だ。

 

 ともすれば、ランクアップは既にしていい状態で───寧ろ通常の冒険者ならば経験値を貯めすぎなレベルで───レベル5となり、その後レベル5になって初のダンジョン探索に向かうというところで、ここに来た。

 獲得した発展アビリティは『精癒』。マインドを使った側から即座に回復していくというレア・アビリティ。「君はレア物でないと気が済まないコレクターなのかい?」と神様に呆れられたほどだ。

 

 

「なるほど。レベル5なのに()()()()()()()()。オラリオで見てもトップレベルの実力を持っているのに、何一つ噂すら聞いたことない異常事態」

「その理由は、僕が未来から来たから……だと思います」

「……」

「正直、僕もちょっと困惑してるので確信は出来ないですけど……。この時代の風景が、聴いていた七年前と同じ状況でしたので」

「……一つだけ、聴いていいかしら?」

「はい」

「この『暗黒期』は、終わったの?」

 

 

 ……話さなくてはいけない。例えこれが、アストレア様にどれだけの苦しみを与えるのだと分かっていても。誤魔化してしまえば、それこそ更なる苦痛を与えるだけだ。

 

 

「……今から二年後に、暗黒期は終わったと聴いています。ただ、その終息する前に───アストレア・ファミリアは、壊滅します」

「そう……」

 

 

 アストレア様は目を閉じる。当たり前だ。自分の子供達が殺されると分かっては、穏やかな心境でいられるはずが無い。僕だって、未来から訪れた誰とも分からない人物に『ヘスティア・ファミリアが壊滅する』なんて伝えられたら、焦り散らす。

 

 

「なら、貴方という存在は“奇跡”なのかもしれないわ」

 

 

 たくし上げていた服を着直し、アストレア様から視線を逸らしていると、突如として放たれる言葉。思わず勢いよく顔を向けてしまう。

 

 

「それは今の時代に貴方という存在がいなかった未来。……本当は小さな子供にこんなお願いするべきではないのだけれど」

 

 

 アストレア様は少し後ろめたい気持ちを持っているかのように、目を閉じた。それは直ぐに開き、ゆっくりと頭を下げた。

 

 

「どうか、あの子達を守って欲しいの」

「───そ」

 

 

 アストレア様がわざわざ頭を下げなくても、僕は最初からそのつもりだ。だから「そんな事をしなくても当然」という言葉が出そうになる。でも、アストレア様の放った「小さな子供にお願いするべきではないのだけれど」という言葉が頭の中で反響した。

 そうだ。この(ひと)は僕の意思を理解している。僕の実力を理解している。アストレア様がこのお願いをしているのは、他ならない自分への戒めだ。僕に頼るしかないから、せめて全ての責任を自分にと、『お願いする立場』となっている。

 

 

「……はい。約束します」

 

 

 だから、ただ力強く頷いた。アストレア様は祈るように目を閉じて数秒、開くと同時に僕の背中に手を当てた。

 

 

「……貴方が開錠薬を使わせたのは、恩恵を更新して欲しい願いもあるのかしら?」

「あ、いえ。今の僕は改宗(コンバージョン)出来る状態ではないので……神様の許可もなく、恩恵を受けて一年の経過もしてませんから」

「ファミリアを移籍してそんなに経っていないの?」

「……? いえ、初めて恩恵を受けてからまだ半年で」

「は───」

 

 

 ……うん、そうだった。僕の成長速度、周りから見たら“異常”なんだった。時間を逆行している現在の異常性で頭から抜けていたが、身近に存在するイレギュラーの方が驚くに決まってる。

 

 

「……なるほど」

 

 

 アストレア様は僕の背中の一部をなぞる。何処か考え込む仕草で、恐らくスキル欄の一部を。

 

 

「えっと、アストレア様……?」

「いえ、何でもないわ。……絶対にフレイヤにバレるような事態は避けないと

 

 

 アストレア様は首を振り、開錠薬を引き出しに戻した。

 

 

「えっと……それで、教えて欲しい事が幾つかあって」

「敵の構成、現在の抗戦状況、今何をすべきか……ね」

「はい。未来から来たと言っても、僕は殆ど何も知りません。その……」

「気にしないでいいわ。過去を振り返り続けるような暗い未来じゃないと知れただけでも、私としては充分だから」

 

 

 酷く、申し訳ない。未来から来た人物が持てる絶対的な有利性たる『情報』が全くないのだ。

 

 

「判明してる情報は───」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 大体の説明は終えた。時間にして20分程の時間を掛けて。……体感的にはもっとあったような気がするが、それは情報の多さ故だろう。少ないよりは断然良いのだろうが、これは困る。僕は頭の要領が良いわけじゃないし、一回聞いただけだと全部は把握しきれなかった。こういう時にこそリリの有り難さが身に染みる……。

 

 

「……全部は覚えられないので、また聴いていいですか?」

「あらあら……ちょっと長く喋り過ぎたわね。もちろん構わないわ。でも、取り敢えず広間に戻りましょうか。長くなりすぎると、あの子達も心配するでしょうし」

「分かりました。……ところで僕の部屋って」

「部屋は余っているから、後で案内するわ。あ、でも浴場は一つなのよね……。入る時間にはしっかり注意してね? 覗きも厳禁。まあそんな事をする子には見えないから、大丈夫だとは思うけれど」

 

 

 肩が跳ねる。意図的ではない。意図的ではないが……結果として覗きになってしまった事例はある。18階層での水辺の件。こっちに関してはリューさんが関与しているから、絶対に二度としないよう注意。そして覗きを回避しようと思ったら覗きになってしまった、アルテミス様の件。

 意図的ではないものの、覗いた事はあった。だから少し後ろめたい気持ちが生まれる。

 

 

「……ハイ」

 

 

 ほんの少し、硬い声音で返事をした。

 

 




 今話は1話投稿時点で半分書き終えていた事もあって直ぐに投稿できましたが、次話以降は遅れると思われます。出来るだけ早く投稿出来るよう努力はしますが、ご了承願います。


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Welcome to アストレア・ファミリア

 

 

 広間に戻ると、数人の女性たちが集まって何かを見ていた。

 ……あ。

 

 

「パッと見た感じでは、切れ味さえないナイフの様ですが……この刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)をみるに、何らかの効果があるようですね」

「条件つきの武器という事だな」

 

 

 黒髪の、命さん達とよく似ている顔立ち。恐らく極東の人で、未来のリューさんが『輝夜』と言っていた人物と、小人族(パルゥム)の少女は喋る。

 無防備に置いとくんじゃなかった……。まあヘスティア・ファミリア以外の人物たちには扱えないモノではあるから危険性は皆無なのだが、神様が借金を背負ってまでヘファイストス様に作製してもらったものだ。おいそれと他人に渡せるものでもない。それはヴェルフが作った『白幻』も同じだ。純粋な武器性能で言えば第二等級上位、その上で毒を掻き消せる特殊効果付きの武器だ。貴重性は第一等級に並ぶと思う。

 

 

「すみません、その武器……」

「ああ、ごめんなさい。ヘファイストスロゴの付いた武器となると惹かれてしまい」

「まぁ主神様の万が一に備えて武器を取り上げていたんだがな」

「ライラ……」

「なんだよ、お前の提案だろうが。輝夜」

 

 

 すっと視線を逸らす、輝夜さん。ライラさんは悪びれもせずに「まぁ当たり前の判断だし」とヘスティア・ナイフを上に投げ、キャッチする。うん。騙し討ちの類を頭に入れると当たり前の判断だ。苦笑するしかない。

 

 

「ま、特に問題はなかったみたいだし、無駄な心配だったけどな」

 

 

 ヘスティア・ナイフ、及び白幻含め外した装備一式を渡してくる。僕は受け取り、直ぐに装備し始めた。

 

 

「しっかし、その黒いナイフを除けば分かりやすく良い装備だよなぁ。駆け出しだったら身の丈に合わないぜ?」

「あら、大丈夫よライラ。その子、ステイタス上ではアストレア・ファミリアの誰よりも強いもの」

「は?」

「……え?」

 

 

 ライラさんは突然の言葉に驚き、輝夜さんは少しの思考の後、呆けるように声を洩らす。

 曲がりなりにも最前線で戦うアストレア・ファミリアが弱いはずがない。確かに現状、第一級冒険者に届く人物はいない。それでも全員が上級冒険者で、殆どはレベル3。そんな中、全く噂すらもない見知らぬ人物が『自分たちよりも強い』などと言われて驚かない筈がない。

 

 

「彼はレベル5だもの」

「なっ!?」

「……」

 

 

 輝夜さん考え込む仕草を取る。……正直アストレア様の発言は止めたかったけど、目で制されてしまった。

 レベル5というのは、オラリオの中でも上位の存在だ。それは未来でも変わらず、ましてや七年前ともなれば未来以上の希少価値だろう。そんな人物の情報が広まらない筈がない。つまるところ、知らない筈がない人物という事であり、あり得ない存在だという事。どう説明するつもりなのかと待っていると、アストレア様はとんでもないことを言い出した。

 

 

「オラリオ外でのレベル5だもの。知らないのも無理ないわ」

「いえ、しかし……」

 

 

 そう。輝夜さんが困惑しているように、オラリオ外でのレベル5はそれだけあり得ない。何故なら外で暮らしモンスターから生まれたモンスターよりも、ダンジョン産のモンスターの方が紛れもなく強いから。

 

 

「外にもとんでもなく強い相手というのはいるわよ? 例えばゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアに少なからずダメージを与えた『三大冒険者依頼』の一つ、陸の王者が『ベヒーモス』。苦戦した理由の一つ、ベヒーモスの劣化モンスターの討伐……だったりね」

 

 

 レベル9有する過去最強派閥が苦戦した三大冒険依頼だ。当然その派生的モンスターが存在するならば、それは強敵だろう。……そもそもそんなモンスターが居たことすら初耳なのだが、なんとか表情を整えている。騙しているようで悪いけど、未来から来たなんて絵空事のような言葉と比べれば遥かに信じられる情報だ。

 流石神様というか……神様だからこそ有する膨大な情報の利用。子供が知らないであろうことだからこそ、輝夜さん達は信じざるを得ない。断言できる証拠がないのだから。

 

 

「もちろんそれだけでレベル5に至るとは思えない。でも、『未知』というのはダンジョン外だろうと適応される言葉よ」

 

 

 そこまで言われてしまえば言い返すことなど出来まい。輝夜さん達だって、色々な修羅場を乗り越えて上級冒険者となった筈だ。レベルアップの大変さは身を持って実感していると思う。

 ───だからこそ、納得のいかない部分もあるだろう。自分たちはこの暗黒期に於いて最前線で戦い続けた人物。そんな彼女たちがポッと出の僕より下認定などされて素直に受け入れるはずもない。『正義』を掲げていても、『感情の抑制』をしている訳ではないから。

 

 

「それは……大変興味が御座いますね。ええ、おいそれと信じられる話でもない。アストレア様、その物言いは()()()()という事で宜しいのですか?」

「否定はしないわ。私が見たのは表面上のモノだし、少なからず私も彼の『経験』には興味があるから。もちろん、彼───ベル君の了承は必須となるけどね」

「どうですか?」

 

 

 ……なんか凄いスムーズに話が進んでる。会話の内容からして、きっとアストレア様が意図してけしかけている……のだろうか? 確かに他の神様に比べれば善神も善神なんだけど、興味あるものに対しての行動を見ると、やっぱ神様なんだなぁ……。逆に安心したかもしれない。

 輝夜さんの微笑みと、そこから放たれる言葉。僕は頬を掻き、頷いた。

 

 

「分かりました」

 

 

 ───それに、僕としてもランクアップ後での戦闘は有り難い。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 アストレア・ファミリアのホームの庭。それぞれが鍛錬に励む為か、かなり広い。地面の凹凸はかなり少ないので『地形を活かした戦闘』は出来ないけど……僕としてはまだ地形の利用って戦闘に慣れてないし、有り難い要素だ。ただ、取れる選択は相応に減る。

 もちろんそれは相手にも同じ事が言えるけど。

 

 この戦闘で『魔法』は使えない。確かに僕の魔法は『速攻』なだけあって威力はそれほど高くないけど、それでもレベル5───しかも潜在能力は魔導士級───の魔法威力は馬鹿にならない。ステイタスを得ている冒険者ならば兎も角、建物や地面は簡単に破壊出来てしまうだろう。故に、今回は純粋な近接戦闘のみ。

 そして、もう始まって30秒が過ぎているが……()()()()()()()()()()。理由は明白。輝夜さんが……えっと、命さんがやっていたってヴェルフから聴いた、『居合』の構えをしていたから。下手に近付けば即座に斬られる絶技。それはレベル差があろうと、必ずしも防げるとは言えない。

 

 だから迂闊に近寄れない僕は警戒しているしかないし、近付くのを待っている輝夜さんはただ構えているしかない。

 

 

「……これを知っているという事は、極東の知り合いでも居たのですか?」

 

 

 輝夜さんから話し掛けられる。駆け引きかと一瞬思ったけど、輝夜さんの力みが薄れたのを見ると、単純な疑問だろう。だからと言って構えは解かないけど。

 

 

「はい、居ました」

「なるほど」

 

 

 輝夜さんは軽く頷くと、身体を瞬時に沈めて突進してくる。()()。レベル差というアドバンテージをハッキリと確認出来るほど、速さには差があった。

 居合の構えを解いていない。間合いに入った直後、流れるように刀身を剥き出し放たれる。右手に持つヘスティア・ナイフで受け流し、左手の白幻で寸止めして終了───

 

 

「っ!」

 

 

 という想定を覆される。ヘスティア・ナイフで受け流したまでは良かったけど、その後刀が直ぐに迫ってきた。足の踏ん張りが弱いとは思っていたけど、それはこの為。ナイフで受け流されるのを想定した上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。踏ん張れば確かに最大速度、最大威力の攻撃は放てるけど、“次”が数瞬疎かになる。

 放とうとしていた白幻を引き寄せる。真正面から完全に受け止めてしまっては流すのが難しい。でも───

 

 

「ふ……っ!」

「ぐっ」

 

 

 受け流さないなら弾けば良い。白幻に込める力を少しだけ緩めて輝夜さんの体勢を崩す。直後に刀にヘスティア・ナイフをフルスイングし、弾き飛ばした。

 僕は敏捷の値が一番大きいけど、それは何も非力とイコールではない。大体のアビリティはA超えだ。同レベル帯ならばトップクラスにある。力負けする理由がない。

 

 冒険者、並びに戦闘を主に行う人が容易く武器を手放す筈がない。もちろん手放すのも一種の駆け引きだけど、リーチのある武器を手放すのは間合いの変化を余儀なくされるから、そう簡単には手から離れない筈だ。

 輝夜さんは一度目の居合後は両手で持っていたから、ガッシリと握っている。弾いた時の力は刀だけでなく輝夜さんの全身に伝わっただろう。身体は浮き上がり、移動の自由が効かなくなる。ヘスティア・ナイフをフルスイングした勢いそのまま回転し、右脚蹴りを───

 

 

「………」

「……」

 

 

 顔の真横でギリギリ止める。風圧が襲うが、輝夜さんは微動だにしない様子で僕を見つめていた。

 

 

「……えっと」

 

 

 勝負アリ、でいいのかな……?

 

 

「う、わぁっぶなぁッッ!!?」

 

 

 危ない怖い怖い怖い怖い!? 気持ちが緩んだ直後に上げてた足の間に───つまり金的(男の弱点)しようとしてきたんですけどこの人!

 いや分かってる、確かに分かってるけど! 参ったなんて一言も言ってないし、ちょっとの油断が命取りなのも分かる! でも金的(それ)は流石に……!

 

 

「チッ、そっちのを再起不能にでもしてやれば可愛げのある男の娘にしてやれたのだが」

「へ……?」

「騙し討ちをするつもりがないのは分かっていた。が、()()()()()()()()()()。全員女のファミリアに男一人放り込めば、欲は溜まるだろう」

 

 

 な、何言って……え、あ!?

 

 

「し、しませんよそんな事!」

「うん? その反応はお前、童貞だな」

「どっ!?」

「そういう人物が一番危ないに決まっている。欲が爆発して一人を襲えば肉欲に溺れて他の者にも手を出すだろう。ましてやお前は()()()()()()()()()()

 

 

 あ……そ、そっか。抗えないって分かってるから、事実なのが逆に恐怖の対象となってしまってる……? いやでも僕にそんなつもりはない……いやうん、100%下心がないと言えば嘘になるかもしれないけど。

 ……というか輝夜さん、めっちゃ喋り方が変わってる。リューさんから「見た目は『大和撫子』だが、ガワが外れれば品のない女性だ」と言っていたから分かっていたけど……。ここまで変化がつくと、困惑してしまう。

 

 

「そもそもお前、なぜ蹴りを止めた?」

「い、いや、女の人を無為に傷付ける訳にはいきませんし……」

「はぁぁあ?」

「ぼ、冒険者ならばその程度の覚悟! って事なんでしょうけど……。いやまあもちろん大切なものに手を出すなら反抗はします! で、でも……仲間となる人の綺麗なお顔に傷を残しても……僕自身が嫌というか……」

「はぁぁぁああああ?」

 

 

 しどろもどろに答えていると、輝夜さんは「何言ってんだお前」という目で見てくる。なんかゴミを見るような目になってる気もする。痛い。視線が痛い。

 

 

「………」

「あ、あの……?」

「……はぁ。アストレア様、この少年はどうやら()()()()()()をされたようです。この少年自体はただのポンコツピュア」

「ポンコツピュア!?」

「まあ、害はないでしょう。その辺にいる虫の方が余程怖いです」

 

 

 な、なんか暗に虫以下と言われてる気がする。“怖さ”ではなく“存在”という意味で。気のせい……だとは思うけど。単に例えとして出しただけで……うん。そう思いたい。

 

 

「存分に頼りにします。この少年が“正義”足り得る限りは」

「……えっと」

「認めてくれている、って事よ。良かったわね、ベル君」

「そ、そうでしたか」

 

 

 ……の割には、めちゃくちゃ足をスイングしてて金的狙う気満々なんですけど……ってのは言わない方がいいのかな。

 

 

「ライラはどう?」

「どうって、対決しろって? 冗談はよしてくれよアストレア様、あたしはこのファミリアの中じゃ一番弱っちいんだぜ? 輝夜が勝てない相手に勝てる筈ないじゃんか」

「じゃあ、彼自身については」

「……そりゃ強いよ。言いたかないけど、あの蹴りの瞬間はフィンとダブって見えた」

「ふぃ、フィンさんと!? そ───」

「はん、あたしの愛しの『勇者』様を例えに出してやったんだ! 光栄に思え兎め!」

 

 

 ……ら、ライラさんとフィンさんの関係はよく分からないけど。フィンさんは全小人族(パルゥム)の憧れで、希望だって聞いた事がある。だからこれは、きっとライラさんなりの『最大限の称賛』なのだろう。だからこそ否定を嫌った。

 だとしたら、言うべきは。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「……こう真面目にこられると、逆に拍子抜けだな。威張るに威張れない」

「だから言ったでしょう、ポンコツピュアと」

 

 

 ライラさんは微妙な表情で、輝夜さんは澄まし顔で言う。酷いと思うべきか、この人たちなりに親しく接してくれているのだと思うべきか……。ポジティブ精神で後者と思う。そう願う。

 僕は苦笑し、右手に持つヘスティア・ナイフを見た。

 

 

「……やっぱり、まだ違和感があるなぁ」

 

 

 ───ランクアップによる急激な身体能力の上昇、それに伴う能力と精神のズレ。レベル4の時……いや、それ以前のレベルを含めたズレはイグアスとの戦闘で繋ぎ合わせたけど、この短い期間でレベル5となって再びズレができてしまった。

 レベル4の能力で行っていた戦闘が短かったので“慣れによる違和感”というのは非常に少ないから、普通の冒険者に比べれば遥かに楽な方だとは思う。けど、今の戦闘で直るほどではなかった。

 

 この暗黒期だと、ダンジョンの深くに潜るほどの余裕は恐らくない。だから対人で直るならそれが一番だったけど……それには『レベル5の能力値で戦える相手』が必要となるかもしれない。レベル5の能力を全力で活用するのが、このズレを直す最短手段だから。でも対人だとステイタスの差がある相手には無意識にセーブが働いてしまう。

 自主鍛錬だけで簡単に直るものではない。……このズレ、どう直すべきかなぁ。

 

 

 

 

 

 



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運命の決定権は『出会い』にて

 ダンジョンに限らずとも未知があるように、ダンジョンに限らずとも出会いはある。ヘスティア・ファミリアの元ホームは北西区画の路地裏。分かる人には分かったと思います。
 今話に関してはこうだと断定した上で話を進めていきます。二部以降に『違う』と判明してしまったらもうどうしようもないので、そういうオリジナル設定として組み込むか、潔く失踪します。

 ……まあわざわざ『北西区画』とか載せる必要ないし、意図的だと思うから、合ってるとは思うんですけどね。ぶっちゃけこれが外れてたら今後の展開がパァになるので困るのです。

-追加タグ-
 独自解釈



 

 

 

 惨殺。人々が殺されゆく。悲鳴。オラリオは火の海に包まれる。数多の建物は崩壊し、この世の終焉を告げる様な地獄絵図。そんな想像。

 その中に埋もれゆくだろう一つの教会を思い───()()は、密かに目を伏せた。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 この暗黒期に降り立ち、2日が経過した。昨日はギルドに冒険者登録をしにいき───受付人は訝しげに見ていたが───パトロールをしていた。多分エイナさんが居ないかと探ってたのがバレたんだと思う。エルフの人はいたけど、ハーフエルフらしき人は見えなかったし……容姿がどうの問題じゃなくて、単純にまだ配属されてないんだろう。

 エイナさん、確か19歳だったっけ……だから七年前の今だと12歳になる。……エイナさんが年下っていうのはあまり想像がつかないけど。僕にとっては『お姉さん』という言葉が一番しっくりくる人だから。

 

 昨日は特に問題もなく、パトロールは終えた。アストレア様が「目立つ装備は避けるように」って言ったから、渡されたローブを着て歩いてたけど……これ不審者扱いされないかすごい不安。アストレア様の神威に押されて無理やり着せられたけど、これどういう意図なんだろう……?

 そして今日。相変わらずローブは着けたまま、僕はパトロールから離脱していた。もちろんアリーゼさんに断りを入れてから。というのも、少し思い出した事がある。僕とヘスティア様が二ヶ月以上共に過ごしていた、かつてのヘスティア・ファミリアホーム───教会の地下。アポロン・ファミリアに壊されてしまった僕らのホームが、きっとあるのではないかと思ったから。

 

 もしかしたら何処かの人がこの教会で過ごしてるかもしれない。この教会を身寄りにしているかもしれない。シルさんが定期的に訪れる、あの孤児院の様に。それでも僕が過ごし、七年後の僕が過ごすあの教会に、少しでも祈りを捧げられたら……そんな、ただの感傷。

 市民の安全見回りを断ってまで訪れる事だろうか? きっと違うだろう。でも僕の足は、北西と西のメインストリートの区画に存在する教会へと向かっていた。()()()()()()()()()()()()

 

 やがて訪れた、教会の入り口。ほんの少しだけ扉が開いている。扉を開け───真正面に存在している人物に、目を奪われた。フードを被ってはいるが、“綺麗”というのはそう簡単に抑えられるものでもない。全身甲冑でもない限り、雰囲気は誤魔化せないから。

 垂れ流れる銀髪は、微かに輝いて見えた。

 

 

「……お前は」

「あっ、え、えっと……」

「何をしにここに来た?」

 

 

 ……かつてのファミリアの住処に祈りを捧げに来た、なんて言ってもきっと無駄だ。彼女はここに縁がある人物。ここにいる事になんの違和感もない様な、自然体の姿。何処か愛おしく見つめる様子を見ている限りでは、「いつお前がこんな場所で?」と返されるに違いない。

 

 

「……た、大切な場所なんです。正確には、ここの隠し地下というか……」

 

 

 言い訳が思いつかない。だから、あくまでも事実だけを伝える。

 

 

「……よほど入念深く調べなければ見つからないと思っていた場所か。なぜお前が知っている……と聴きたいが、嘘を言ってる素振りでもない。そうか。妹以外にもここを愛した者はいたか」

「えっと、貴方は……?」

「…………お前こそ、何者だ? その雰囲気、たかだか第三級でも第二級でもあるまい。お前の様な存在を、私は知らない」

「べ、ベル・クラネルです。レベルは5で……その、都市外から来たので」

「…歳は15より下に見える。それでここを大切な場所と称し、レベル5か。矛盾だらけ、信じられる話でもない。が、嘘を付いている様子もない。……そうか。お前の様な人物もいたか。多少ではあるが、『絶望』は薄らいだ。既に英雄に足る人物が居たのは朗報だ。……目的は変わらないが」

 

 

 彼女はフードをめくり、その奥から瞳をこちらに向ける。

 

 

ベル・クラネル(見知らぬ英雄)。お前の目的は知らないが、ここを好き勝手に動いて貰っては困る」

「あ、はい。もし掃除できたなら掃除しようと思っていただけなので、気にしないでください」

「………変なヒューマンだな」

 

 

 ……最近の僕はなじられる体質なのだろうか。輝夜さんのゴミを見るような目といい、この人の冷淡な目といい、僕にそんな趣味はないんだけど。そんなに変な事を言っているのかな? 自覚がないのは流石にマズい。『でりかしー』を守ると毎度の如く変な目で見られるから、もしやそれが原因……? いやでも話したくない事を無理やり話させても変な話だし……。

 ヴェルフが居てくれたら何か言ってくれそうなんだけど。人生経験はヴェルフの方が上だし。

 

 

「すみません、お邪魔しました!」

 

 

 ここはあの人の大切な場所みたいだし、そこを横取りしても仕方がないだろう。……でも七年後の『半教会の地下部屋』には、あの人の姿形が見えた事はない。もしかしたら、この暗黒期で───。

 だとしたら、なんとしてでも助けたい。奪われる悲しさ(悲劇)も、帰れなくなる後悔(惨劇)もいらない。あるのはみんなが笑顔の結末(喜劇)だけで充分だと思うから。

 

 

 

♦︎

 

 

 

「……本当に、変なヒューマンだ」

 

 

 女性は呟き、目を瞑り、想像(イメージ)する。頭の中の光景に、既に惨劇はなかった。脳裏にチラつくのは、少年(ベル)とツインテールの少女が笑って過ごすような───そんな、日常。

 ふと顔を上げ、教会の窓から差す光を見つめる。眩しさに片目を閉じ、口を開いた。

 

 

「吟遊詩人などという柄でもないが、一つ語り歌いたい気分だな」

 

 

 

♦︎

 

 

 

「魔石の調達……ですか?」

「そう、ギルド直々の強制依頼(ミッション)! 中層まででいいから、出来るだけ多くの魔石を集めて欲しいんだって!」

 

 

 ダンジョン都市オラリオ……この街は、魔石を資源として稼働する道具が殆どだ。冒険者という種はそれを集める為の仕事。魔石の純度が高ければ高いほど高値が付くし、例え上層程度でも魔石である限りはお金になる。

 でも冒険者蔓延るこの街で魔石調達の依頼って、相当珍しいんじゃ……?

 

 

「うんうん、その気持ちはよ〜く分かるわ。けどこのご時世だと、ダンジョンに出る冒険者もかなり減っちゃっててね。フリーのサポーターを雇ったら闇派閥でしたって例もあるから、出れる冒険者もかなり限られちゃってるのよ。その点私たちは総出でいけるし、レベルも申し分なし! ロキ ・ファミリアやフレイヤ・ファミリア程の重要視されるファミリアでもないから、こういった依頼は定期的にくるのよね」

 

 

 僕が疑問を抱いた顔をしたからだろう。アリーゼさんは頷いて肯定し、現在状況を説明した。

 そっか……初期の僕の様にソロで活動する冒険者は、フリーのサポーターを雇う事が多い。それが闇派閥でしたって例があれば、当然殆どの冒険者は警戒する。大半がレベル1───よしんばレベル2だとしても、闇派閥だってそんなに弱くないと聴いた。……僕が直接対面したのは、ジュラと呼ばれたあの男くらいだけど、あのマジックアイテムを見れば凶悪さは理解できる。深層級のモンスター(ワームウェール)をテイムできるアイテムを持ってる闇派閥が、小さい組織な筈がない。

 

 だとしたら、レベル3が揃っているこのファミリアに依頼されるのも納得だ。

 

 

「……ちなみに、17階層にいる階層主(ゴライアス)って現れてますかね?」

「ううん。つい最近にロキ ・ファミリアがぶっ倒しちゃったから、再度出現するまでは一週間以上はあるわ」

「そうでしたか…」

 

 

 ゴライアスを倒せば魔石が手に入り、依頼には沿った上で『強敵との戦闘』が行える。単身とは言えレベル4が一度の討伐で莫大な経験値を得れる程だ。ゴライアス相手ならばこの『ズレ』を直すのに最適だと思ったけど……悉く外れていくなぁ。

 アリーゼさんやリューさんの鍛錬に付き合って身体は動かしているけど、やっぱり何処か無意識にセーブが働いてしまう。レベル6が相手ならば見知った顔でも全力で打ち込めると思うけど……僕の鍛錬に付き合ってくれた『剣姫』のアイズさんはまだいない。フィンさん達だって忙しくて僕の相手をする暇などないだろう。そもそも僕の事を知らない訳だし……。

 レベル5やレベル6なんてそうそう出会えるものでもない。でも下層レベルの相手をする余裕も今はないからなぁ。

 

 

「兎君は出られそう? さっき言ってた用事とか」

「あ、はい。用件も済みましたので、いつでも大丈夫です!」

「ならみんなを集めてダンジョンに行きましょー!」

 

 

 ……こうして他のファミリアの団長を身近で見ていると、参考になることが多い。それぞれのファミリアによって性格は様々だと分かっているけれど、それでもやらない理由にはならないから。

 アリーゼさんは王道的な団長だ。精神的支柱であるけど、決して頭を使わない訳ではない。でも任せる時に任せ、かつ自分の意思は曲げない『正義』に相応しい団長。……余計な一言を除けば、だが。

 

 数十分後、アストレア・ファミリア総員が揃った。バベルの塔付近、下の広間。アリーゼさんは振り返り、強気な笑みで言葉を発した。

 

 

「さ、行きましょう」

 

 

 ───ああ、やっぱり『経験』の差は、そう簡単に埋まるものでもないようだ。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「ふ───っ!」

 

 

 疾走。武器を両手に、ミノタウロスの間を走る。刻まれた恩恵が身体を発熱させ、いつも以上に身体が動く。三匹のミノタウロスは瞬く間に魔石を残して塵と化した。

 

 

「ファイアボルト!」

 

 

 振り向きざまに魔法。かつてレベル1の頃は軽い威力で大して効いている様子もなかったが、レベル5に至り闘牛本能(スキル)が発動された身では、その2M(メドル)を超える巨体を覆い尽くす炎雷が放たれた。

 爆風と共に鋭い雷霆が体を貫き、ミノタウロスは容易く消滅する。

 

 

「……アリーゼさん達は」

 

 

 僕はソロだからこそステイタスを発揮できる。それに一緒に鍛錬したとはいえ、せいぜいが1日2日。連携するには経験が浅すぎるから、僕は遊撃として動いた。取り敢えず四匹のミノタウロスを引き連れて、三匹を向こうに任せたけど……。『精癒』の精神力(マインド)回復を感じつつ、視線を移した。

 アリーゼさんがミノタウロスの持つ天然武器(ネイチャーウェポン)を受け止め、輝夜さんがミノタウロスの首を斬り落とす。その輝夜さんに接近したミノタウロスをリューさんが蹴り飛ばし、アリーゼさんが素早く魔石の破壊。残りの一匹が狼狽えて三人を見ている間に、ネーゼさんやライラさんが串刺しにする。一人一人の対応が出来ないから、ミノタウロスはあっさりと塵となった。

 コンビネーションというよりは、一人一人が全力を振るい、それのカバーに入るイメージ。それぞれが実力を余すことなく使えているからすごく強い。

 

 

「よぉし、終わった終わった! 魔石回収! あ、兎君は私と見張りね! リオン、ライラ、魔石回収はそっちに任せるわ!」

「……」

「なにをジェラシー感じているのやら……あれは団長さんなりに気軽に接することが出来るようにしているだけでしょう。そっちの気でもあるのですか? 百合妖精ですね」

「か、輝夜はいちいちあだ名でもつけなければ気が済まないのですか? 別にそういう訳では……」

「ああ、それともベルですか? 一回手を握られてから凄く意識しているようですし。手を繋がれただけで意識するとかどこの男児ですか。それとも発情妖精?」

「その言い方を止めろぉ!」

 

 

 ……うん、アリーゼさんについていこう。ここにいては変な巻き込まれ方をする予感がある。もう確信に近いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「うわ、この魔石の純度凄いな……つかドロップアイテムもあるし」

「純度が高いの、全部あいつ(ベル)が倒したモンスターの魔石だよな……幸運の兎か」

 

 

 ライラとネーゼが話しながら魔石とドロップアイテムを回収しているのを端目に、リューと輝夜は拾った魔石を見つめ、話し合う。

 

 

「この魔石も気になりますが、それ以上に……。気付きましたか? 輝夜」

「あなたが気付いて私が気付かない筈がないでしょう。……あの短剣とナイフ。1、2回程度の切り込みでは、ミノタウロスを両断出来るほどの長さがありません」

「ええ。つまり彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。肉を断ちにくいミノタウロスを相手に」

 

 

 武器の性能もあるだろう。輝夜が一度刃のない武器として見た『ヘスティア・ナイフ』は、ベルが使うことで第一等級武装に等しい能力が付与されていると思われる。しかしそれ以上に、ベル自身の速さが、レベル5の中でも飛びぬけているように見えた。速さ、正確さ、技術……疑う余地もなく、第一級冒険者のそれだ。

 

 

「……お伽噺から出てきたような存在ですね。クラネルさんは」

「まったくです。都市外にあのような人物がいたなどとは、とても信じられませんね。アストレア様の言葉を信じない訳ではありませんが……アレはアストレア様が例として出しただけで、事実に迫るモノは何一つとして話していない」

 

 

 内通者なんて考えはもうない。それでもベルが不思議で強い人物だからこそ、その存在を気に掛ける。真実を知りたい訳ではないが、それでも興味が出てしまうのは、下界の子供の(さが)だろう。

 輝夜はそっと目を閉じ、開き、止めていた足を進め始めた。

 

 

「早く集めましょう。知れない事を考えても時間の無駄です」

「……ええ」

 

 

 リューは自分の手を眺めた後、同じように魔石を集め始めた。

 

 

(確信はないから輝夜には言わないが……クラネルさんの動き、このダンジョンに初めて来る人のそれではない……様に見えた。知識ではなく、体感として頭に入っていると言った方が正しいか。それに、外にいるであろうモンスターとの落差に全くの動揺がない)

 

 

 勘違いで済ますには違和感があり過ぎた。ベルの動きは、ダンジョン探索に慣れている人物の動きのそれだ。今日初めてダンジョンに潜った人物が行えるモノではない。

 

 

(……本当に御伽話から出て来たみたいだ)

 

 

 ───アーディが読んでいた『アルゴノゥト』という童話に、こんな人物がいたのだろうかと、ほんの僅かに興味を抱いた。

 

 

 





 アストレア・ファミリアの人物達の描写……アリーゼ・リュー・輝夜・ライラ・ネーゼ以外の行動描写がありませんが、こちらはアストレアレコードでも描かれていなかったので、同様に書いていません。一応戦闘はしています。
 流石に名前だけだと性格や喋り方を判断するのは難しいので……。なので、ノイン・リャーナ・アスタ・セルティ・イスカ・マリューは、出るとしても名前だけになると思います。ご了承願います


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最速の白兎


 前話にて、現在のステイタスでのベル君が魔法一発でミノタウロスを倒せないのはおかしいとの報告を幾つか頂いたため、少し編集しました。この辺りは自分もどちらにすべきか悩んでいた部分ですので、ご指摘助かります。

-追記-
 日間9位、ありがとうございます!



 

 

 

 駆ける。1秒でも短くする為に、1秒でも早くたどり着く為に、その足を地に叩きつけ、相手の行動を封じる。被害を出す訳にはいかない。食い止められるものは食い止める。僕の敏捷(あし)は何者よりも疾くあれと。逃げる為ではなく、すべてに追いつく為に。

 ここからは、一歩の遅れが一つの命を落とすと思え。救いたいならば、一歩でも早く辿り着け。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()───!

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

「───はっ……ゲフッ、ガフ……っんぐ」

 

 

 息を吸い息を吐く。短い間での呼吸の繰り返し。頭は酸欠で回らない。流れる汗は脱水症状も引き起こすだろう。無理やり水分を補給する。

 やがて心臓は落ち着きを取り戻していく。鼓動の音は遠くなる。一際大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。

 

 

「お疲れ様、兎君! やー参るなぁ、なんと被害は無し! 君の活躍で、四度目の襲撃は未然に抑えられたよ!」

「い、いえそんな……僕一人では流石に。アリーゼさん達の協力があってこそですよっ」

「うーん素直! 兎君って、『正義』というよりも『英雄』に近いのかな? まあ違いなんて特に気にしないけど!」

「あはは……」

 

 

 ……本当に、僕だけの力じゃ無理だ。フィンさんの“読み”は前提として、アリーゼさんの的確な指示とアストレア・ファミリア全体の対応が無ければ、この襲撃は防げていない。幾ら僕に疾さがあったとしても、僕は一人しかいないんだ。

 もっと頭も磨いていかなきゃ……構造の把握をしっかりと。適当か的確かで効率は段違いに上昇する。今の僕はまだ遅い。

 

 

「団長、逃げようとしていた連中はあらかた気絶させた。一応尋問はしたけど、魔石製品貿易襲撃の理由は知らねぇみたいだ。理由も知らずに襲撃してるこいつらも大概だけど、理由を知らせずに襲撃させる上の連中の徹底っぷりったらありゃしねぇぜ」

 

 

 ライラさんが近付いてきてアリーゼさんに報告する。僕はその情報を頭に入れつつ、自分の近くで倒れている闇派閥の一員に触れた。

 四度に渡る魔石製品工場の襲撃……偶然な筈がない。目的はオラリオの活動停止? でもそれが起こると分かっているなら、魔石製品工場各地に護衛を配置する事で未然に防ぐ事が可能だ。無差別でないなら、そんな事を続ける真似はしないはず。

 とすれば、他の目的……魔石製品で扱うアイテム? でも殆どは生活用品だ。闇派閥という種がそれを目的にするとは思えない。

 

 

「それと、ガネーシャ・ファミリアも到着した様だぜ」

「ぇうっ」

「……どうした、蛙みたいな泣き声出して」

「い、いえ、何でもないです」

 

 

 ガネーシャ・ファミリア……。未来でもこっちに来た時でも関わった機会はそれほど多くないんだけど、少し後ろめたい気持ちがある。というのも戦争遊戯(ウォーゲーム)後に大賭博場(カジノ)へモルドさん達と訪れた(に連れて行かれた)時に、シルさんの意図を汲み取って大暴れして、その場を追い出されてしまったから。

 僕が悪い事に違いはないので、後ろめたい気持ちが存分にある。……同時に異端児(ゼノス)の件で多少の仲間意識もあるけれど。まあ数少ない人にだけ教えていたらしいし、迂闊に話題に出す訳にもいかないだろう。

 

 

「すまないアリーゼ、待たせたな」

「ううん、いいのよ。調べ物をしながら来たんでしょ? 何かわかった?」

「ああ。被害ゼロで済んだから、すんなりとな。闇派閥の一人が胸元に隠し持っていた物と、施設から無くなった物が一致した。奴らが持って行ったのは『撃鉄装置』に間違い無いだろう」

 

 

 

 『撃鉄装置』って……魔石製品の『スイッチ』みたいなモノ、だったっけ。魔石製品に関する何かを作ろうとしている? 闇派閥が作りそうなモノ……。

 

 

「お姉ちゃーん、闇派閥達の捕縛は全員完了したよー。後は連れてくだけ」

「……アーディ、人前ではその呼び方をやめろと言っているだろう?」

 

 

 アーディさん。7年後には存在していなかった、シャクティさんの妹。リューさんから聴いていなかったから最初は名も知らない人物に戸惑ったけど……7年後に居ないという事は、即ち彼女も同じように……殺されたのだろう。

 どうやって、とか。どの時期に、とか。そんな事を全く知らない。でもジャガーノートの件で名前を出さなかったってなると、別の時期に亡くなったのだと推測できる。流石にこれっぽっちの情報で特定は難しいけれど。

 

 

「やあやあ、君がリオンの言っていた『クラネルさん』かな?」

「えっ、あ……べ、ベル・クラネルです」

「うん、じゃあ私はベルと呼ぼうかな」

 

 

 何処かふわふわしてる様な、それでいて芯は通っている様な……。天真爛漫とは違うのかもしれないけど、何処かロキ・ファミリアのティオナさんに似ているモノを感じる。常に笑顔を心掛けている様な、安心感を与える笑み。

 アリーゼさんとシャクティさんが話してる間に、アーディさんは僕に話しかけて来た。

 

 

「ベルはさ、『正義』をどう捉えてるの?」

「正義を、ですか?」

「うん。アストレア・ファミリアに入ってるなら、自分の『正義』は持ってるのだと思うし。アリーゼに認められた君の『正義』が知りたいなって」

 

 

 僕の、正義……。僕がなりたいと願う、なると誓う、『英雄』の理想像。昔はお祖父ちゃんが楽しそうに語ってくれる英雄に憧れを抱いて、なりたいと思っていただけだ。一騎当千の英雄にも、お姫様を助ける様な英雄にもなりたいって。

 でも、僕が積んだ経験。そこから貫く自分の意思は───。

 

 

「……全てを助けられる存在、だと思います」

「悪を裁き、他者に感謝される様な存在ではなく?」

「えっと。悪と言っても、根っからの悪人ってそれほど居ないと思うんです。僕達が語る悪にも、それぞれが経験した何かに囚われているのかもしれないから。時には……」

 

 

 異端児(ゼノス)の件を思い出す。モンスターたる彼らは、世間一般的に悪だ。でも喋り、理性があり、優しさがある。それを信じて彼らを救いたいと願い行動した時は……。

 

 

「───時には、自分が悪と言われるかもしれない。正しさは人が決めるモノで、悪も人が決めるモノだから。それでも自分が信じて貫いて、全てを助けるのを正義と呼ぶ……んだと思ってます」

 

 

 もちろん、絶対悪は必ず存在する。それを倒す『覚悟』も、正義の一つなんだって、僕は思う。

 

 

「ちょべりぐ」

「…………なんて?」

 

 

 唐突にキメ顔で親指を立てながら発せられた言葉に、思わず素の困惑が出てしまった。ちょべりぐ……?

 

 

「神様の言葉なんだって。以前道端で猫に虐められていた神様を助けたら教えてもらった言葉なの」

「言葉より神様のシチュエーションのインパクトの方が大きいんですけど。ね、猫? 猫人(キャットピープル)じゃなくて、普通に猫?」

「意味は『称賛・最高』なんだって。なんか響きがいいんだよね」

 

 

 ごめんなさい、神様のシチュエーションが気になり過ぎて言葉の意味が頭に入ってこないんです。……えっと、「良い解釈だった」という意味でいいのかな?

 

 

「私の解釈を他人に押し付けるつもりはないし、気に入らないからって潰す真似もしない。でも私、君の事が好きだな」

「どうぇっ!?」

 

 

 唐突にストレート過ぎる発言!? そ、そういう意味じゃないのは分かってるんだけど、アーディさんみたいな美人にそんな事言われて動揺しない筈がない! 近頃は「ポンコツピュア」とか「変なヒューマン」とか冷たい目で言われてたから尚更に!

 

 

「兎くーん、後はガネーシャ・ファミリアがやってくれるって! 私たちは帰ろっか!」

「ん、これ以上は引き止めちゃ悪いか。じゃあベル、また話そうね」

「あ、は、はい」

 

 

 ……なるほど、これが“天然”。恐ろしい。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「それじゃ、今日の報告といきましょうか!」

「一悶着起こした後に悪びれもなくよく始められんな、団長よ」

 

 

 ……帰ってきてすぐ、アストレア様の「ご飯にする? お風呂にする?」発言で興奮した団員達を後ろに、アリーゼさんは「お風呂でアストレア様を戴くわ! ついでに兎くんもどう!?」という爆弾発言をかまして一悶着があった。

 理不尽に頬を引っ張られた。痛い。いやまあ満更でもない顔をしてしまった僕も悪いのかもしれないけれど。

 

 

「今日は被害もなし! 一般人も工場も全てが無事だったわ!」

「あら、早速大活躍ね。本当にお風呂で労うべきだったかしら」

「アストレア様が発言すると冗談に聞こえないのでやめて下さい…」

 

 

 アリーゼさんどころかアストレア様まで爆弾発言をしてくる。多分僕の性格を理解して褒められすぎて萎縮しない様に揶揄い混じりで会話を進めているのだろうが、アストレア様が発言してしまうと子供達は真に受けてしまうだろう。実際視線が痛い。

 逃げる様に目を瞑って体を縮ませながら、アストレア様にその発言を止める様に提言した。

 

 

「魔石製品工場を狙っての襲撃は『撃鉄装置』の盗みが目的だったようです。アストレア様はどう思いますか?」

「魔石製品のスイッチよね? カモフラージュの可能性を入れるにしても……作製に必要な部分を盗んだのであれば、何かを作るのは間違い無いわね」

「その『何か』が分からないと、対策のしようも御座いませんが……」

 

 

 ……闇派閥が撃鉄装置を盗んだ理由。魔石製品に盗みに入って、撃鉄装置()()を盗んだのは、既に基となるアイテムを入手しているという事……になる。

 相手が持っていたアイテムで、僕の印象に残っているアイテム……で、最悪の……可能性……っ!

 

 

「あ、あの、アストレア様。過去三回の工場襲撃に於ける火災で、()()()()()()()って判明してますか?」

「……? 工場は爆発の原因となるモノはあるから、それで火が上がっていると判断しているけれど」

 

 

 ───────。

 実際に爆発の原因が工場にあるモノで、使わなかったからこそ()()()()()()()()()()()()()()()としてしかカウントされていないのだとしたら、この四度に渡る襲撃は『撃鉄装置』の盗みを目的にしてるのと同時に心理的誘導も含まれている!

 たまたま僕だけが強い印象を持っている、闇派閥が持つアイテム……『火炎石』を利用しているのだとしたら、スイッチを押すだけで火炎石を暴発させる自爆攻撃が出来てしまう……かもしれない。魔石製品の作りに詳しくないから、僕には判断がつかない。それはアストレア・ファミリアの団員も同じだ。アリーゼさん達は『撃鉄装置』自体が何かを理解していなかった。

 

 これを『可能性』として見るか、『最悪の確実』として見るか、それを判断出来る人物で、都市全体を動かせるだけの権力を有しているのは───ロキ・ファミリアしかいない。

 

 

「す、すみません! 僕ロキ・ファミリアに行ってきます!」

「え、ちょっと」

 

 

 この事は一刻も早く知らせなきゃいけない。自爆攻撃云々を抜きにしても、既に都市を囲うように火炎石が設置されている可能性だってある。直ぐに冒険者達に判断を仰げる人に知らせなければ手遅れになるかもしれない。

 だから、ロキ・ファミリアに。フィンさんに直接知らせなければ。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「だから、僕はフィンさんに話があって……!」

「ギルドを経由して下さいって、言ってるでしょう!」

 

 

 ダメだ、状況は違うけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)の時と同じように門番で返されてしまう。名が届いていないんじゃ、ここで押し返されるのも当たり前。

 無理やり飛び越えていくか? 今の自分のステイタスならいけるだろうが、でもそれでフィンさんが話に応じてくれるか……。

 

 

「なんの騒ぎだい?」

 

 

 ……ちょ、直接来るとは思わなかった。でもフィンさんが来てくれたなら都合がいい。

 

 

「あの、フィンさん! 闇派閥について話が……!」

「……なるほど、君か。ライラから報告は受けていたけど……とんだ暴れ馬だね。ああアキ、彼を通してやってくれ。大事な客人だ」

「しかし……」

「闇派閥に関する大事な話を持って()()。有利性が得られるならばそれを活用しない手はない」

「……わかりました。ラウル達にも話は通しておきます」

「うん、よろしく頼むよ」

 

 

 ……断言する様な言葉だ。多分、フィンさん特有の“勘”なのだろう。

 フィンさんの部屋に通された後、僕は火炎石と撃鉄装置についての話をした。暫く考え込む様子でいると、フィンさんは口を開く。

 

 

「君は、これをアストレア・ファミリアの誰かに伝えたかい?」

「い、いえ。爆発の原因について聞いた程度で、火炎石の事は何も」

「うん、偶然ではあるかもしれないが、良い判断だ。ベル・クラネル、この件については誰にも伝えるな」

「な……っ!?」

 

 

 なんっ、で……。

 

 

「火炎石を利用した都市爆発は想定の範囲内だ。そしてそれが仕掛けられていないのは、都市中に巡らせたガネーシャ・ファミリアが確認している。自爆攻撃は予想外だけどね」

「だ、だとしたら尚更……」

「知らせない理由は三つある」

 

 

 理由……?

 

 

「まず一つ。僕は───いや、この都市にいるほぼ全ての神・人は、君を信じていない。信じるに足る“過去”がないからだ」

 

 

 ……!

 そうだ。この四日間、僕がどれだけアストレア・ファミリアに尽力していようが、それより前の過去なんて存在しない。だって7年前にいるのは7歳の僕でしかなく、14歳のベル・クラネルなんて存在するはずもない人物なのだから。

 

 

「そして二つ目だが、これを知らせたところで意味がない」

「い、意味がないって、どうして」

「対策のしようがないからだ。自爆攻撃という手段を持たれた時点で、僕たちは“詰み”に近い。爆発される前に気絶・殺害するか、自爆アイテムを奪うことでしか方法がなくなる」

 

 

 ……対応策が出来たのなら、つまり。

 

 

「そして三つ目。対応策が出来たら、相手は同様に()()()()まで考えてくるだろう。多くの冒険者が知れば自動的に相手にも伝わる。情報という有利性を自ら手放すわけにもいかない」

「で、でも対応策がないなら、結局情報が無いのと変わらないんじゃ」

 

 

 都市に火炎石が仕掛けられていないのは事実を知れたから、落ち着きは取り戻せた。今すぐ対応策を練る焦りが無くなったからだ。だからこそ分かる。そのままだと、結末は変わらない。僕が微かに知る『暗黒期』と同じ道を辿るだけだ。

 

 

「そこで君だ、ベル・クラネル」

「僕……?」

「君は都市外から訪れたレベル5で、情報が全くない……言わば盤外の駒だ。つい最近まで居なかった君の存在は間違いなく相手にとっても想定外。情報が少ない限りは居ても居なくても気にされない人物だ。だから相手の『決定期』に仕掛ける」

 

 

 決定期……つまり、相手が自爆攻撃を仕掛けるだろうタイミング?

 

 

「敢えてこの場で言おう。僕は君を信用していない。裏切られる可能性も想定して今後を組み立てる。が、君のステイタスは信用している。君の活躍によっては、闇派閥の攻略は格段に違いが出るだろう」

 

 

 フィンさんは両肘を机に置いて、右手で左拳を包み込み、冷淡な瞳で僕を射抜いた。

 

 

「ベル・クラネル───敏捷(あし)に自信はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 





 前話の前書きで報告させていただいた追加タグの『独自解釈』ですが、これは今話のアーディにも適応されています。藤ノさんがTwitterで公表していた『アルゴノゥトに隠された正義の行方』についてアーディが気付いたとあったので、ベル君の正義についての考え=アーディの解釈という設定にさせて頂きました。
 ではまた次話で!


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ポンコツ英雄兎

 

 

 

「いいかい? 君は今まで通り闇派閥の襲撃を阻止してくれ。ただしこれまでよりも、『勇者(ブレイバー)の読みが当たった』という表向きの理由を曝け出すように」

「フィンさんの…?」

「ああ。君は全アビリティの中でも敏捷が飛び抜けていると報告を受けている。が、それを相手に知られる訳にはいかない。どんな襲撃、どの相手の策略を防いだとしても、()()()()()()()()()()()5()()()()()()と思わせる」

 

 

 フィンさんの言葉の意図は、まだ分からない。でもきっと最後には全てを繋げるだろうから、下手な質問は避けた。

 

 

「それと君には、短剣ではなく両手直剣を主な武器として使用して欲しい。相手には敏捷(あし)よりも膂力(ちから)が長けているレベル5と認識してもらいたいからね。扱いは?」

「だ、大丈夫です。短剣、直剣、両手剣……場合によっては拳までなら」

「わかった。武器は此方で用意しよう。それとベル・クラネル。アストレア・ファミリアでのパトロールが終わった後には毎回ロキ・ファミリアへと訪れてくれ。少しでも確率を上げたい」

「……?」

「正直、この作戦は賭けだ。仮にオッタルが決行したって無理な話として笑われるだろう。プレッシャーを与えるようで悪いけどね」

 

 

 ……と、都市最強ですら『無理』な作戦?

 

 

「君には────」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 ……正直に言って、無茶や無理を通り越して不可能だ。アレは作戦と呼べるのかも怪しい、ただの力押し。フィンさんが立てたとは思えないような荒唐無稽。でも裏を返せば、フィンさんでさえその作戦で行かざるを得ないという事。

 それに、筋は通る。後は僕がそれを遂行できるかどうかが全て。ならば僕は今まで通り、この敏捷(あし)で全てを守るだけ。

 

 

「はぁッ!!」

「むっ……!」

「流石……っ、フィンさん!」

 

 

 ……で、でも、こういう時の褒め方って良く分からない。いや、確かにフィンさんは凄い。まさか18階層でいきなり闇派閥が襲ってくるなんて思わないだろう。適当ではなく確信を以ての判断。そんなの僕……ましてやリリにも出来るかどうか。

 けど意図して褒めようと思った瞬間、言葉に詰まる。普段ならすんなりと口に出るから良いけど、『考えて褒める』という過程に慣れないんだ。こんなとこでボロを出したくないんだけど……。

 

 

「なるほど、勇者(ブレイバー)の読みですか……。それにしても私が吹き飛ばされるとは、大した力ですね。見掛けない顔ですが、随分お強いと見える」

 

 

 大丈夫……かな? 特に疑問は持たれてないみたいだ。元々のフィンさんの凄さが影響しているのだろう。

 死人は出ていない筈だ。この人が武器を取り出した瞬間に押さえた。避難誘導はアリーゼさん達に任せてある。僕はここにいる闇派閥を押さえればいい。……それにしても、短剣やナイフ程の慣れがないとはいえ、僕の一撃を防ぐなんて。あの表情が強がりだとしても、最低でもレベル3以上の力があるのは確実だ。駆け引きの差で負ける可能性もあり得る。決して油断はするな。万全の状態で捕まえるためにも、アリーゼさん達を待たないと……。

 

 

「ヴィトー様」

「……ええ。どうやらアストレア・ファミリアの一員のようですね。貴方だけでも厄介なのですが……正義の連中まで来られたら手に負えません。引きあげましょう」

「まっ……く!」

 

 

 視線の行き先を見られて、僕とアストレア・ファミリアの関係性を察したのだろう。

 僕は阻止する為に地面を踏みしめたが、闇派閥の一員に捨て身で殴り掛かられて一瞬硬直する。明らかに捨て駒。僕が切り捨てられないと確信したうえでの最善手。やられて嫌なことを熟知している。

 一度避けた後にもう一度向かってくる。体勢を整えて剣の柄で気絶させた。ヴィトーと呼ばれた男は───

 

 

「……遠い」

 

 

 今から追いかけても間に合うだろう。でもフィンさんの作戦のこと、そして彼が‟囮”である可能性も頭に入れると、無策に追うのは危険な判断だ。剣を鞘に納める。

 

 

「クラネルさん、ご無事ですか?」

「リューさん……すみません、捉えられませんでした」

「いえ、貴方が無事であることに越したことはありません。しかし、それほどまでに強い相手でしたか?」

「僕の能力を考えれば制圧が可能だったと思います。ただ、闇派閥のやり方にまだ慣れてなくて……」

「……捨て駒ですか。確かに奴らは狡猾だ。貴方のような人物が苦手とするのも理解できる」

 

 

 ある程度の避難誘導は終えたのだろう。リューさんが近づいてくる。

 

 

「私もまだ未熟の身だ。だから偉そうに言えた義理ではないですが……人は一人で出来ることが限られている。もう少し私たちを頼っていい」

「……」

 

 

 この時のリューさんは、随分と表情が豊かだ。正直に言えば、リューさんのコロコロと変わる表情を何度見つめていたか分からない。だから強く思う。このリューさんを守りたいと。

 でも『守る』ことに固執していたかもしれない。今ままでの僕が、全てを一人で成したことがあったか? 否だ。バックアップしてくれる人が居たから成せたのだろう。

 アーディさんとの会話を思い出す。正義は人が決め、悪も人が決める。そして英雄もまた、人々が称えるモノだ。自分の力だけで成せるものではない。

 

 目を瞑り、開き、笑みを浮かべて言葉を放つ。

 

 

「リューさん、僕は英雄に憧れています」

「……?」

「全てを守り、全てを助け、みんなが笑顔でいられるような───そんな英雄に」

「……貴方の理想ですか?」

「はい、理想です。今はまだ、それに憧れるだけ、願望を抱くだけの。でも何時かは叶えると、そう思います。だからリューさん」

 

 

 僕はリューさんの手を両手で包み、重なる視線を逸らさず、言い放つ。

 

 

「僕を支えてください。笑顔でいてください。僕は貴方の笑顔を守り続けます」

「─────た、頼っていいという言葉の返事がそれですか」

「へ、変ですかね?」

「普通はもっと……こう、「分かりました」とか、「頼りにします」とか、そういう返事になるでしょう! なぜ一人で成す覚悟となるのですか!」

「リューさんが笑顔でいることが、僕の力になりますから」

「ニャっ!?」

 

 

 凄い顔が真っ赤だ。というか珍しすぎる驚きの声。……発言を振り替えると僕も恥ずかしくなってきたけど、本心からの言葉だ。訂正はしない。

 

 

「……兎君、公衆の面前でプロポーズって大胆だよね!」

 

 

 へ? プロポーズ……?

 …………………。

 

 

「ち、違いますよッ!? アリーゼさんや輝夜さんの笑顔も守りたいって意図もあって、この場にいる人もっ、オラリオのみんなも守りたいって、そういう意味で……!」

「ふんッ」

「どうぇっ───輝夜さん、なんでまた金的!?」

「今のはどう考えても貴様が悪い! このポンコツ天然人たらし発情兎!」

「なんか以前より属性盛って───待って危なっ、危ないですって輝夜さん!」

 

 

 ───小一時間くらい、ニヤニヤとしたアリーゼさんと男性冒険者に囲まれながら逃げ回っていた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 今日もまた、街の巡回に徹する。今日はライラさんとだ。普段はアリーゼさんかリューさんとなんだけど……曰く、「この者は危険、無事だと確信できる人物と一緒に居させる」とのこと。何が危険で何の無事なのかはさっぱりだけど。

 

 

「……お前、ホントに分かってねーのか? わざととかじゃなくて」

「なにをですか?」

「なるほどこいつはダメだ。フィンは意図して避けてるけど、お前は天然で突っ込んで暴れまくってややこしくするタイプだな」

 

 

 フィンさんが意図して避けてること……あ、お嫁さん探し。小人族(パルゥム)に限定してるから、それ以外の種族の女性からの好意は受け取らない主義だって聞いた。純粋な小人族(パルゥム)の後継者を作るために。

 

 

「……そういえばライラさん、僕のことを褒める時にフィンさんを例に出してましたけど……お二人の関係って?」

「なんだ気になるのか? 流石に私までお前に惚れたりしないぞ?」

「別にそういう訳ではっ、というか“まで”って何ですか!?」

「冗談だよ。つくづく輝夜の『ポンコツピュア』が言い得て妙だと思うぜ」

 

 

 やれやれと言いたげにライラさんは首を振る。

 

 

「んー、強いて言うなら嫁候補か」

 

 

 ───フィンさんが七年後にお嫁さんを探していたのって、最も近かったライラさんを亡くしてしまったから……? 本当ならば一緒に居れた命を失って、その代わりを求めての行動?

 だとしたら、尚更この人達を失う訳にはいかない。

 

 

「……フィンさんの為にも絶対に守って見せますっ」

「おいポンコツすぎるだろお前。自分では言いたかないけど、あたしはフィンから大分避けられてるし、恋仲関係じゃねーよ」

「そ、そうなんですか?」

「真に受けすぎだろ……。なんで嫁になりたい私がフィンに好かれてない事実を話さなきゃならねえんだ」

 

 

 フィンさんが求めていた『最低限の人格』はあるだろうし、何より上級冒険者に至った『冒険への勇気』がある。対象にはなると思ってたからそう判断したんだけど……的外れだった?

 

 

「そーゆーお前はどうなんだ?」

「……憧れてる人がいます。追い付きたいと思う人が居ます。その人の隣に立てるような人物になりたいって、そう思います」

「ベタ惚れかよ」

「べっ……は、はい」

「なのに()()か……呆れて見限られないように気を付けろよ? いつか夜道で背中を刺されるだろうからな」

「ふ、防いでみせます」

「意図を汲み取れ……。言葉のままじゃなくて、間接的な表現だよ」

 

 

 ……?

 

 

「まあいいや。つかその言い分だとお前より強い女って事だよな? レベル6の冒険者って、フレイヤ・ファミリアに居た『小巨人(デミユミル)』くらいなもんだけど……まさか都市外の人物とかか?」

「そ、そうですね」

「マジか、都市外はどうなってんだよ……オラリオ並みの人外魔境じゃねーか。お前のステイタス的に魔法大国(アルテナ)って訳でもねーだろうし」

 

 

 ……実際は僕自身オラリオの冒険者であるし、アイズさん(憧れの人)もオラリオの冒険者だ。でも『白兎の脚(ラビット・フット)』も『レベル6の剣姫』も今の時代にはいないから、都市外だと言い張るしかない。事実を言ったところで「何言ってんだお前」ってなるのがオチだろうし……。

 

 

「……そういやお前、何で直剣にしたんだ?」

「え……あ、えっと……先日ロキ・ファミリアに赴いた時、フィンさんと話してたんです。ええと……ライラさんが伝えた通り、僕はステイタスが全面的に高い……ので、自分の強みを押し出すならこの方が良いと」

 

 

 ただの言い訳だ。フィンさんが「武器について訊かれたならこう答えていい」と教えてもらった言葉を思い出しながら口に出すと、ライラさんは訝しげに僕を見つめている。

 

 

「ほー……まあ短剣やナイフ程じゃないけど扱えてる訳だし、支障は無いけどな。フィンがそう言うって事は、何らかの意図はあんのか」

 

 

 フィンさんへの信頼が凄い。やっぱり“過去”を積み上げてきた人物とそうでない人物とではそれほどまでに違いがあるのだろう。疑わし気ではあるけれど、フィンさんへの信頼が優先された様だ。

 

 

「黒いナイフってどういう原理で刃が付与されてんだ?」

「これはナイフ自体にステイタスが刻まれてて、僕のファミリアの人だけが扱える───」

「じゃあこの防具は?」

「凄く硬い皮が防具を包み込む形で───」

「ならこの───」

「これは───」

 

 

 多分、探究心が強いんだろう。ライラさんが気になった事を問い掛け、僕はそれに答える。都市巡回中ではあるから周りへの警戒は解いていないけど、そんなやりとりを続けているうちに日が暮れていた。

 

 

 

 

 

 



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正義に問う

 

 

 

 

「では、正義とは?」

「───無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。そして悪を斬り、悪を討つ。それが私の正義だ」

「なるほどね。『巨正』をもって世を正すと。善意の押し売り……力づくの正義だね」

「ッ、そんなことは言っていない! 悪に立ち向かうには相応の力が求められる! でなければ何も守れないし、救えない!」

 

 

 ああ、そうだ。悪に立ち向かうには、それと同等以上の力が無ければならない。悪を討つ力が無ければ。私は間違っていない筈だ。なのに、何をそこまで動揺しているのだろう。

 今まで大事にしていた誇りを傷つけられたから? 価値観を狂わす言葉を放たれたからか? ……きっとそうだ。自分が信じ続けた()()()()()()()。それをひっくり返すこの神の言葉に動揺しないはずがない。

 

 

「ああ、ごめんよ。馬鹿にしてるわけじゃないんだ。君の言ってることは間違っていないし、それくらい単純な方がいいと俺も思う。哲学や倫理で小難しく包み込んでも、万人に届くとは思わない。ただ……『悪』が同じ論法を展開した時、興味が湧いたよ」

 

 

 ───私はこのとき微かに、自身の『正義』に疑いを抱いた。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……正義とは、なんなのでしょうか」

 

 

 パトロールが終わり、ロキ・ファミリアに訪れて、ホームに帰ってきた。晩ご飯を食べてお風呂に入り、その後アストレア様から頂いた『現在のオラリオに於ける闇派閥についての情報』が載っている資料を繰り返し見ていると、リューさんが僕の部屋に来た。

 てっきり部屋の明るさでも漏れていたのかと思ったけど、そうではないらしい。どこか自信がなくなった声音で入っていいかと聞かれ、答えると、俯いたまま部屋に入る。

 あまり淹れ方に自信はないけど、紅茶を用意して椅子に座るリューさんに差し出すと、「ありがとうございます」とお礼を言って口に含んだ。ほっと一息吐くと、質問をされる。

 

 正義とは何か。

 

 

「……アーディさんにも、似た様な事を聞かれましたね」

「アーディが?」

「あの時は『君の正義が知りたい』って。似ている質問で、凄く遠い。……僕の勝手な解釈になるんですけど、そのアーディさんの質問こそが、リューさんの質問の答えになるんだと思います」

「……質問が、質問の答えに?」

「はい」

 

 

 多分、アーディさんは分かってるんだと思う。悪とは何か、正義とは何か。『アルゴノゥト』を始めとした様々な英雄譚を読み漁ったのか、ただ他人の思考を誰よりも考え続けたのかは分からないけど、あの時アーディさんは僕の事を好きと言ってくれた。……思い返すとなかなか恥ずかしいけど、あの時の言葉は『気に入った』って事なんだと思う。

 きっとアーディさんと僕の解釈は同じだ。アーディさんは僕の考えを聞く前に、僕と同じ解釈を持っていた。だから『君の正義が』と言ったんだ。

 

 

「正義は一人一人で違うもの。正義は正しさ故の言葉ですけど……()()()()()()()()()()で、きっと見方は変わってきます」

「……!」

「悪く言っちゃうと、ただのエゴイストですから。過程(気持ち)がどうであれ、自分の意思を貫き通すエゴイスト」

 

 

 そう。だから偽善者と言われる。正義と悪は表裏一体で、()()()()()()()()をなし続けるのが正義だから。

 

 

「……悪が正義だと、そう言うのですか?」

「いえ。悪は『悪』です。失敗ではなく、道を踏み外す様な過ちや間違いは、悪に違いありません」

「ならば……」

「結果的に『悪』となっても、過程が『正義』という可能性もあり得るって事です」

 

 

 ……どれだけリューさんが僕を信用してくれているか。それを頼りにする質問になってしまうけど、例えを出した方が分かりやすいかもしれない。

 

 

「僕がリューさんに「これだけの血液を下さい」って言った時、リューさんはどう思いますか?」

「同胞への輸血か、或いはアイテム作成に必要な為かと思いますが」

「それはなぜ?」

「なぜ、と言われても……貴方が悪用する様なヒューマンには、とても思えませんので」

「ありがとうございます。僕も悪用する気はありません。……でも、『助け』が『悪』へと繋がる場合もあると思うんです」

「……?」

「仮に僕がリューさんの同胞に輸血を施して───輸血した相手が、悪だとしたら? それは結果的に悪の手助けをしています」

「!」

 

 

 倒れている見知らぬ人を見かけたら、僕はきっとそうする。

 

 

「しかし、それは……」

「もちろんモノの例えです。僕を知っているリューさんなら僕を信じてくれるかもしれない。ただ人を救っただけ、と。でもリューさん、()()()()()()()()()()()()()()()ですよ」

「……っ」

 

 

 うん、やっぱりリューさんは聡明だ。イメージではなく実際にあった出来事を即座に認識してくれる。そう。7年前の今、僕とリューさんの最初の出会いは『偽善』から始まっている。そしてリューさんは、僕に偽善という言葉を送ろうとしていた。……遮る形で僕が言ってしまったけど。

 あの言葉は、僕が信じる偽善をリューさんが信じられなかったから。僕の判断をリューさんが疑ったからだ。

 

 

「……そういう、事ですか」

「えっと……もちろん、これは僕の勝手な解釈です。僕の思う正義……理想を、リューさんがなぞる必要はないです」

「ええ。正義も悪も、全ては他人の評価で決まる。私がどれだけ誇りを信じても、周りの評価は周りの評価からしか決まらない。……悩む必要など、最初から無かったのですね。私の正義を信じられるのは私だけ───」

「すみません、それは否定します」

「え?」

 

 

 リューさんは多分、自分の意思を貫き通す為に自分が折れる訳にはいかないと思ってる。自分が自分の正義を信じなきゃ、今まで培ったものが全て壊れるから。

 間違ってはいないと思う。自分の経験は自分のもので、それを自分自身が信じられなくなれば、信じられるものがなくなってしまうかもしれない。でもそれは、あくまで『自分しか自分を信じられない人』であって、リューさんはそうじゃない。

 

 

「少なくとも、僕はリューさんを信じています。僕だけじゃなくて、アストレア様も……そしてアリーゼさん達も」

「……」

「リューさんが折れた時でも、僕はリューさんの『正義』を信じます。貴方が信じる正義を、貴方が貫いた意思を、僕が信じます」

「……貴方は酷い人間(ヒューマン)だ」

 

 

 ぅえ!? か、輝夜さんは兎も角として、ついにリューさんにまで……?

 

 

「諦めたいと思っても、私が私自身を貶めようと思っても、()()()()()()()()()()()()()()()()

「あ……あはは……」

 

 

 なるほど、確かに今回は僕が悪い。今の発言だと、リューさんに重荷を背負わせるような意味として取られるだろう。……でも訂正はしない。僕はリューさんが信じ続けた正義(過去)を信じたいから。

 

 

 

「クラネルさん」

「はい?」

「手を……右手を差し出して貰っても、よろしいでしょうか?」

 

 

 僕はそっと右手を前に出す。僕は立ち上がったまま、リューさんは座った状態。どこか騎士が誓いの為に傅く光景を脳裏に浮かべた。

 

 

「ああ……やはり、落ち着く。心拍が心地よい。……貴方は本当に人たらしだ」

「りゅ、リューさんまで……」

「ふふ、すみません。でも貶しているわけではない。……クラネルさんは、英雄になりたいと、そう言っていましたね」

「うぐ……や、やっぱりこの年にまでなって小さな子供の夢を抱くのは恥ずかしいですよね……」

「そ、そういう訳ではありません! 寧ろ幼き日から貫けるその意志には学ぶべきものが───」

 

 

 僕の英雄願望(初スキル)が発現した時の神様の慈愛の表情を思い出して縮こまっていると、リューさんは慌てた様子で訂正する。まあ僕自身あの時ほどの羞恥心はないし、なりたいという覚悟もなれるという自身も持った。

 だからこれは、ほんの少しの悪戯。コロコロと変わるリューさんの表情を見ていたいから、この『正義とは何か』という質問の報酬として勘弁してもらおう。

 

 

「……」

「リューさん?」

「クラネルさん、()()()ですね?」

「ぅえっ?」

「今微かに、肌に触れていることへの忌避感を覚えました」

 

 

 りゅ、リューさんに勘が芽生え始めてる……!?

 

 

「…まあいいでしょう。この時間帯に押し掛けた私も悪い」

 

 

 リューさんはティーカップを持ち、立ち上がる。

 

 

「洗い物は自分でやります。乾いた後に持ってきた方がよろしいですか?」

「あ、いえ。洗い場に置いといてください。後で持っていきますから」

「分かりました。ではクラネルさん、お休みなさい」

 

 

 リューさんはドアを引くと立ち止まり、僕が返事をする前に、振り返って口を開いた。

 

 

「先ほどの続きを忘れていました。クラネルさん、貴方は既に立派な英雄です」

 

 

 では、と。そう言って、リューさんは静かに扉を閉めた。

 僕は苦笑し、先ほどまでリューさんに握られていた右手を見る。……まだだ。僕が認められるのはまだ早い。リューさんに認められて嬉しい気持ちがある。でも真価を決めるのは───フィンさんが定めた『決定機』。それを成せるか、それとも果たせないかで全てが決まる。

 正直不可能だと思っている。でもリューさんは僕を英雄だと言ってくれた。ならばそれに応えよう。不可能を可能にしてこそ『英雄』だ。

 

 ───これが夢なのだとしても、みんなをとびっきりの笑顔にして、終わりにしよう。

 

 

 

♦︎

 

 

 

 さあ、絶望に染めてやろう。

 嗤い声。啼き声。多くの絶望はオラリオを包み込む。其れは確定された未来。神を殺せ、人を殺せ、オラリオを殺せ。あらゆる喝采は絶望を称える。もはや此れを乗り越える事など出来はしない。英雄の時代は終わった。神時代も終わりを迎える。それが終焉。

 

 希望は、完膚なきまでに叩き潰す。かつての希望の象徴を絶望と化して

 

 

 

♦︎

 

 

 

「ッ!」

 

 

 恐怖で心臓が素早く脈打つ。人の命が終えるかもしれない一瞬を垣間見た。冒険者ならばあり得る帰結、しかし一般人は別問題。ただ歩き、善人たる彼らの首に刃が刺さりかけた。

 

 

「ァア? テメェ……ヴィトーの言ってたガキか」

「ぐ……っ」

 

 

 直剣の刀身の根本で、流さずに受け止めている。力はしっかり込めているが押し返せない。相手が全力な事は感覚で分かる。間違いなく、この人はレベル5だ。桜色の髪に濁ったような金色の瞳。腹部すら隠せないボロボロのインナーに装備と呼べるかも怪しいコート。フィンさんが『ヴァレッタ』と呼ぶ闇派閥の一員……!

 

『ベル・クラネル。他の一員は兎も角、ヴァレッタ達幹部組は『絶対悪』だ。殺す事で快楽を得る破綻者。……君の信条を理解した上で伝えよう。最悪、彼女を殺す事を視野に入れてくれ』

 

 フィンさんから伝えられた、闇派閥の幹部達への対応。それは僕の心を揺るがすには充分な発言だった。人を殺す……なんて、とても考えられない。そうしなければならない時、選ばなければならない時───僕はどうするだろう。

 選択できない。だから僕は、問う事しかできない。

 

 

「……な、なんで、人を殺すんですかっ?」

「ハァ?」

「みんなに貴方と同じような命がある……! 大切な人がいる! それを奪う真似を───なんでッ!?」

「─────」

 

 

 ヴァレッタさんは僕の言葉を聞いて、酷く動揺した様子で手に込めている力を緩めた。力の行方を失った僕の身体は前のめりになるけど、すぐに地面を踏み締める。剣を振ってヴァレッタさんの武器に当てる。後退するヴァレッタさんの次の動きを警戒して構えるけど、攻め入る様子はない。

 

 

「……わ、私には大切な妹がいる。そいつを殺されたくなかったら、従え……って」

「……!」

「私だって抵抗した! でもアイツら、すげー強くて……従う他なくって……!」

「……分かりました。僕が助けます。妹さんも、必ず。だから闇派閥からは」

 

 

 構えを解いて、近付いた。安心させる笑みで、手を差し出しながら───

 

 

「クラネルさんッ!」

「っ、リューさ───ぐぅ!?」

 

 

 突如リューさんが目の前に現れて、近くの民家に吹っ飛ばされる。早すぎる登場からの退場。僕はリューさんの方に意識が持ってかれるけど、視界の端に光って映る刃に受けの姿勢を取った。

 咄嗟の行動だ。変な体勢で受け止めたから骨が軋む。まだ折れてはいないけど、それも時間の問題だろう。直ぐに右脚を振り上げて、ヴァレッタさんを吹き飛ばして距離を取る。

 

 ……騙し討ち。リューさんが攻撃を防いでくれなければ、きっと僕の身体はあの刃に貫かれていた。刃の重なる音が聞こえたから、民家にぶつかった時以外の負傷はないだろう。

 リューさんの事は気になるけど、それよりも。

 

 

「ちっ……甘ちゃんなガキを騙せたと思ったが、防がれちまったな。レベル5一人の排除は大きな戦果だと思ったんだがなぁ」

「う、嘘だったんですか……?」

「ァア? ったり前だろうか。家族愛の為に動く玉じゃねーよ私は。それこそ復讐や快楽の為にしかな」

 

 

 復讐や、快楽……。

 

 

「殺しが私の快楽だ。存分に罵っていいぜ? そっからテメェの四肢を切り落として、跨って上から見下ろしてやる。破綻者に犯され慰め者にでもされる兎は見ものだろうよ!」

「……っ」

「ふざけるなッ!」

 

 

 舌舐めずりするヴァレッタさんに悪寒を感じ、一歩後ずさる。アマゾネスの誘惑とは違う、ただただ相手を絶望に染め上げる為の言葉の数々。

 僕が思わず気圧されていると、瓦礫を退かして弾丸の如く突っ込んできたリューさんがヴァレッタさんの横から得物を叩き込む。どこか技の精彩さが欠けた力任せの一撃。当然ヴァレッタさんには防がれる。

 

 

「貴様にクラネルさんを渡してたまるか!」

「……ァア、そういう。でもそういった事はなぁ、もっと強くなってから言えよ!」

「っ、う」

「はぁッ!」

「チッ、邪魔すんなよガキが」

 

 

 リューさんの得物を片手で受け止め、ヴァレッタさんは足蹴でリューさんを吹き飛ばそうとする。が、それを僕が剣の柄で受け止めた。……今なら足を切り落とせたかもしれない。でも一瞬躊躇った。他人の肉体を斬り落とす一瞬の判断が出来ない。だから受け止めざるを得なかった。

 

 

「……快楽の為に、人を殺すんですか?」

「アァ? 私は私が高揚する手段を取ってるだけだ。他人が絶望する様は見ていて気持ちが良いからな」

「分かりました」

 

 

 僕は一瞬の溜めを作る。膝を曲げ、力を足に。そして一歩、踏み入る。この一歩でヴァレッタさんの懐に潜り込み、直剣を振りかぶった。

 

 

「っは、(あめ)ぇな!」

「……ッ」

 

 

 水平斬り。武器弾き。

 

 

「何度やろうが、テメェと私にそこまでの差は───」

「……」

 

 

 受け流し。回転斬り。

 

 

「ねえっつってんだろ───」

「…………」

 

 

 斜め斬り。斬り上げ。斬り下げ。

 

 

「───う、ぐ……っ!?」

 

 

 技を放った直後から為せる技を繋げていき、攻撃からの攻撃の最速を常に披露する。僕の基本的な攻撃戦術であるヒットアンドアウェイを捨て、ただ超近接での防御と攻撃を繰り返し、ただ最速の連撃を繰り返す。

 繰り返す動きは最適化されていき、徐々に速くなる。敏捷のアビリティが上昇した時とはまた違う、身体のズレがなくなっていくが故の速さ。僕のステイタスを理解しただろうヴァレッタさんだからこそ、()()()()()()()()()()が難しくなる。

 

 

「っそだろテメェ、特定動作によるアビリティ補正でも持ってんのか……っ!?」

 

 

 そんな筈がない。特定相手に対するアビリティ超補正はあるけど、動作による補正なんて持っていない。ただズレが解消されていってるだけ。完全に合わされば、僕の速さはそこで止まる。ステイタスの更新が出来ないのなら、それ以上は伸びないのだから。

 

 

「ッ───おいおい良いのかよクソガキ! テメェらが掲げる正義、私らが全部ぶっ壊しちまうぜ!? 私はただの誘導だ、本命は他の」

「僕達が掲げる正義は、そう簡単に壊れたりはしません」

「……っ!」

 

 

 火の上がりはなく、周囲の建物の破壊は、リューさんが吹き飛ばされた時に突っ込んだ建物と他数軒のみ。ましてや死人は一人もいない。今日このタイミングで仕掛けてくると、()()()()()()()()()()()()()

 読めた理由までは知らないけど……やっぱりあの人は凄い。僕が読めない二手三手先の出来事を容易く看過する。……駆け引きでは勝てそうにない。同じレベルなのに、十回やったら九回負けそうな予感すらある。

 

 それに比べれば、ただ他者を絶望に叩き落とす事しか考えていないヴァレッタさんの対応なんて、とても簡単だ。もう迷わない。僕はこの人を倒す。全てを救う喜劇の英雄(アルゴノゥト)にはなれないけれど、僕は僕なりに救える全てを、手の届く全てを救おう。

 僕の助けたいモノを、助けよう。

 

 

「チッ、おいテメェら!」

「……!」

 

 

 ヴァレッタさんは劣勢を認識した。僕の扱う直剣を受け止めて、連撃を停止させる。直後大声を上げた。出てきたのは闇派閥の一員。

 

 

「邪魔はさせません!」

 

 

 僕の戦いに入れば邪魔になると判断したのだろう。リューさんは静観していたけれど、闇派閥の一員達が僕を食い止めようと動いた直後、その速さを以って横槍を阻止する。

 が、出来るのはあくまで近距離対応。遠距離手段を持つ相手の対応までは難しい。

 

 

「なっ、魔剣!?」

 

 

 ───僕が知ってる『クロッゾの魔剣』に比べれば遥かに劣る威力だ。でも魔剣は魔剣。詠唱無しによって高速で放てる劣化魔法。それはダメージを負うには充分すぎる威力。

 が、幸い属性は炎だ。僕はリューさんの前に入り込み、『ゴライアスのマフラー』で振り払う。レベル5の力で繰り出される風圧は魔剣の威力を妨げ、ダメージを激減させた。微かな熱は感じるが、戦闘に支障はない。

 

 

「クラネルさん、奴を!」

「ッ!」

 

 

 ヴァレッタさんは逃走を開始している。でも速さはそれほどでは無い。培った経験値、貯蓄が、僕に強大な脚力を与える。速さは間違いなく僕の方が上。

 フィンさんの作戦に弊害が出るかもしれないけど、もう気にしてる場合じゃない! 恐らく闇派閥の中でもトップクラスの実力者を逃すのはリスクが大きすぎる! ここで捕縛しなくては……!

 

 

「──────ッ!!?」

 

 

 地面を踏みしめ、弾丸の如く───そんな動作を一瞬で停止させる悪寒。右足で地面を蹴った直後、即座に左足で身体を停止させる。直後、目の前に巨大な岩。僕のステイタスを考えれば、投石されたくらいでは死に至る事はない……が、今感じたのは間違いない“死”の予感。かつて深層で何度も死にかけたから、死に対してかなり敏感になっているから理解できた。今駆け出せば、お前の頭は吹き飛んでいたぞ、と。

 心臓が暴れまくる。限りなく近付いた“死”に呼吸が乱れる。それらを振り切るように、僕は岩が飛んできた方角へ視線を向けた。

 

 体躯。身体はもちろんだが、その存在感はオッタルさんを彷彿させるものがあった。都市最強の如き威圧。……敵には、まだこんな人が?

 彼は一度視線を向けると、すぐに外して視界から消えた。

 

 

「クラネルさん、ご無事ですか!」

「……はい、なんとか。でもヴァレッタさんは」

「いえ、貴方の責任ではない。寧ろ同じレベル5を相手にあれだけ圧倒した貴方に感服する。……逃しはしたが、これで敵が注意すべきモノは増えた。そうすぐに対応策が浮かぶモノでもないでしょう」

「だと、いいですけど……。それよりあの人は」

「……以前の会議で、【猛者】が「敵には手練れがいる」と言っていた。もしかしたらその者かもしれません」

「対応策を浮かべるのは、僕たちも同じですね」

「仮に相対するのであれば【猛者】になるでしょう。心配しなくていい。彼が負ける所など、想像できない」

「……そう、ですね」

 

 

 そう、オッタルさんに任せればいい。なのに、何故だろう。()()()()()()()()()()()()()()()、そんな不思議な感覚があった。 

 

 

 

 

 

 

 





 感想欄で指摘されるかもなんで、予め言っておきます。
 ベル君の初スキルは憧憬一途ではありますが、ベル君自身が認識している初スキルは英雄願望です。アストレア様も察して憧憬一途についてはベル君に伝えていません


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運命回帰

 

 

 

「傷ついた者、弱き者を助けると、こんなにも心が満たされる!」

 

 

 目の前の神は高らかに叫ぶ。

 クラネルさんが闇派閥の一員、ヴァレッタを退けた後、勇者(ブレイバー)の的確な指示によって助力に走り回っていた。……クラネルさんは勇者(ブレイバー)に呼ばれ、助力を断念していたが。

 この襲撃を読んでいたからだろう。重傑(エルガルム)やアリーゼ達が防いでくれて、多くの冒険者がその助力に回り、死人は0だった。でもそれは怪我人が0という訳ではない。クラネルさんのお陰でヴァレッタが居た周辺の被害こそ建物の崩壊で済んだが、その他は別。魔剣による攻撃はそう簡単に防げるものではない。建物の崩壊に巻き込まれた一般人達は数多く、その手助けの為に私は動いている。

 

 私が回復魔法を掛けて回ってはいるが、それでも人手は足りない。焦燥感を抱いていると、以前私に正義の意を問いた男神───エレンと名乗る神が子供を助けているのを見た。

 お礼を言えば、神エレンは何処か高揚感を抱くように、演説するように言葉を発する。

 

 

「充足するよ、嬉しいね! これは病みつきになってしまう! ごめんね〜君たちの行いを無償の奉仕なんて言って。他者を助ける優越! 感謝される快感! 確かにこれは無償じゃない、ちゃんと代価はあった!」

 

 

 ──ああ、なるほど。神エレンがなぜ私に好意的に接してくれているのかが分かった。()()()()()()()()()()()()()()。全知故に、知識はあれど体験がない。だからこそ正義を成す私から正義を訊き、好奇心故に行動へ移した。神ならではの()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてその結果、神は己の解釈を見出した。

 

 

「……否定はしません」

「おっ?」

「世の中には、感謝される悦びを求めるからこそ他者を救う者もいるでしょう。……私も、どこか感謝される事に喜びを感じていたかもしれない」

 

 

 でも。

 

 

「しかし、私の信条はあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()。決して()()()()()()()()()()()()()ではない」

 

 

 結果と過程は違う。私は他者を救う事を目的とし、その結果として救われる者を見て安堵できる。喜びを感じられる。決して代価を求めているからこその結果ではない。

 

 

「貴方の考えは否定しない。だが私の信条は貴方の答えと同じではない。……神エレン、一つ覚えておいて下さい。()()()()()()()()()()。貴方のその考えが行動へ移した時に悪へと変わりゆくのであれば……私は貴方を討つ」

「……ふーん」

 

 

 神エレンは、どこかとぼけた表情を引き締めて───そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「染まった……というよりは、意志が強固になった感じかな? 不確かなものを確かとした。……ちょっと残念だなぁ。リオンちゃん、それって『他の者が掲げているだろう正義を討ち砕く』って意味になるよ?」

「ええ、その意味で言いました」

「へぇ……強固になったどころか、確立させたんだ。だとしたらガッカリするのは早計だったかな。……うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リオンちゃんがそうならないように、陰ながら願っているよ」

 

 

 ───じゃあ、邪魔したね。

 神エレンはそう言って去る。周りの者を助けながら意識を寄せてみたが、先程と変わらず人助けをしている。……何処か対抗心がある、ように見える。神エレンは「どう染まるか楽しみ」と言っていた。まさかとは思うが……いや、馬鹿な推測はやめよう。理由はどうであれ、あの神はあの神なりの正義を見つけ、人助けをしている。

 だが、一瞬だけ見えた瞳。最後の言葉を発する時に、神エレンは非常に冷たい眼をしていた。そしてそれを隠すように目を閉じた。……まるで正反対の事を願っているように。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「三日後だ」

 

 

 ───いつも通り、パトロールをこなした後。夕方となった時刻。ロキ・ファミリアに訪れると、フィンさんがそう言い放つ。

 三日後……? ……昨日は大規模な派閥、及び中堅層が厚いファミリアの召集があった日。情報を纏めたとなると……。

 

 

「『()()()』ですか?」

「ああ。()()()()()()()()()()()()、それこそが相手の決定期となる。君の真価を見届ける時だ」

「……重い、ですね」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう思うのも無理はない」

 

 

 急激に、脚が重くなる。都市最強(オッタルさん)ですら不可能だとフィンさんが言い切った事を、僕が為せるのか。そんな考えで自分の思考は埋め尽くされた。

 フィンさんはじっと僕を見つめる。やがて視線を逸らすと、何処か考える仕草を取り、そして再び僕を真正面から見つめた。

 

 

「ベル・クラネル。君は仲間からの期待をどう思う?」

「仲間からの……?」

「そう。君に期待を、信頼を寄せる。それは重圧になっているかい?」

 

 

 ───いいや。リリから、ヴェルフから、春姫さんから、命さんから。頼りにはするし、頼られる事にも当然と受け止める。それぞれが役割を担うのだから、責任感はあっても、それが重荷になることはない。

 でもそれとこれとは別だ。あまりにも規模が違いすぎるし、とてつもないプレッシャーがある。

 

 

「……僕はこの戦に於いて指揮官として動いているに等しいが、重荷に思ったことは無いよ」

「え……?」

 

 

 いや、言われてみれば確かにフィンさんの表情に気負いはない。引き締めてはいるが、それを背負う自信のようなもの。

 

 

「この極地で()()()()()()()。僕の目的のためには、この指揮官の立場としての成功が大きな一歩となるからさ」

「……!」

「さて、ベル・クラネル。今から言うのは分かってる上で放つ言葉だ。ほんの少しの取り繕いがある事、僕が自分の立場を理解していること、しかし間違いなき本心である事を覚えた上で聞いてくれ」

 

 

 フィンさんは決して視線を逸らさず、口を開いた。

 

 

「僕は君に期待しているよ、ベル・クラネル」

「───ッ!」

 

 

 背筋が伸びる。高揚感が襲う。かの勇者の言葉に、喉を鳴らした。

 重いプレッシャーを掻き消す魔法のような一瞬。

 数秒経つ。僕の高揚感が収まったのに気付いてか、フィンさんは再び喋り始めた。

 

 

「……さて、昨日の会議で決まったことを伝えよう」

「えっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ですよね?」

「うん。まあ最悪変更後の決定が内通者に知られるのはそれほど支障ない。要は君の行動が読まれなければいいからね」

 

 

 そう。フィンさんの指示のお蔭で、僕はただのアストレア・ファミリア一員としか思われていない。なるだけ単独行動は避けて、単独行動時はあくまでもレベルが上だからこその先行と思われるようにしていたから。

 

 

「闇派閥の本拠地は三つ。一つはロキ・ファミリア(僕たち)が、一つはフレイヤ・ファミリア(オッタルたちが)。そしてもう一つはアストレア・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして───」

 

 

 フィンさんが言葉を溜める。僕は頷いた。

 

 

「僕は、この掃討作戦に()()()()()……ですね」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「嘆きと絶望の時代は終え、英雄の時代は神時代へと引き継がれ───運命は回帰する」

 

 

 この声……アーディさん? 詩人のような詩で、そして神様のような神託。落ち着きを孕み、ただ語り掛けるように紡ぎ続けていた。

 

 

「嘆きと絶望の時代は再び訪れた。なれば運命は『英雄の時代』を望むだろう」

 

 

 アーディさんは言葉を切り、ゆっくりと振り返る。

 

 

「その最初の英雄は、意外にも盤外から訪れるやもしれない───なんてね」

「えっと……すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですが」

「別にいいよ、それよりこんな所に来てどうしたの? 市壁の上なんて滅多に来ない場所だと思うけど」

「……気に入ってる場所なので」

 

 

 アーディさんの視線は僕を射抜いていた。僕がいるのはバレていたらしい。謝罪して出ていくと、気にしなくていいと首を振られ、そして問われる。

 北西の市壁の上。元ヘスティア・ホームに近く、僕とアイズさんが修行していた場所。……かなり一方的にやられていた記憶しかないけど。

 でも、ここでの修業がなければ、僕の『冒険』はなかっただろう。だから時折訪れる。

 情報は極端に少なく、事実だけを。……誤魔化しが上手くなってきちゃったなぁ。

 

 

「アーディさん、今のセリフって『アルゴノゥト』の……?」

「ん、やっぱり知ってた? ……んっん。『嘆きと絶望の時代は終わった! これより始まるは英雄の時代! 人類反撃の狼煙を上げる、その時だ!』ってね」

「運命の回帰、ですか」

「うん。英雄の時代は終わって、恩恵(ファルナ)を授ける神時代が訪れた。でも過去最強と謳われたゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアは敗れて、八年前から暗黒期が───嘆きと絶望の時代が、再び訪れてる」

 

 

 ……そうだ。今が暗黒期の最盛期と言われているが、それでも暗黒期自体は八年前……僕が居た時代の十五年前から始まっている。

 一体どれだけの命が奪われたんだろう。どれだけの嘆きを与えたのだろう。どれだけの絶望に耐えてきたのだろう。僕が体験した絶望など、きっと比にならない。

 

 

「……私は英雄にはなれない。英雄の船として立ち上がって、英雄として在ったアルゴノゥトには」

「そ、そんなことは」

「なれないよ。だってなる気もないから」

「え?」

「アルゴノゥトは英雄に憧れて英雄に至った。でもね、私は英雄に憧れた訳じゃない。アルゴノゥトという物語に憧れたんだ。……まあなりたいからなれる、なんて思うほど驕ってはいないけどね」

 

 

 アーディさんはハッキリとした笑みで告げて、最後に苦笑気味となる。

 

 

「英雄になる気はないけど……でも、英雄達の船にはなりたい」

「英雄の、船に……」

「私はね、ベル。笑顔を届けたい。笑顔で溢れる世界にしたい。英雄になれなくても、アルゴノゥトを喜劇の英雄に駆り立てた『笑顔』の一人にはなれるんだから!」

 

 

 解釈は、きっと同じだ。でも在り方はまるで違う。僕は英雄に憧れて、アーディさんは英雄の船に憧れた。僕達二人ともアルゴノゥトに憧れている筈なのに、こうして違う願いを抱く。

 神様は、きっとこういう所を見て『下界は最高』なんだって言うんだろうな。

 

 

「アーディさん」

「ん?」

「僕は英雄に憧れています」

「うん」

「貴方を英雄の船として、僕は英雄になりたいです」

「───うん」

「必ず、護ります」

 

 

 ───7年後にはいないから。死ぬ人を救いたいから。そんな思いは、もうない。今を生きるこの人を。この人達を、僕は護りたい。

 

 

「……ず、ズルいな君は」

「へ?」

「そんな真っ直ぐ言われたら照れるよ……」

「そ、それを言ったらアーディさんだって───『君の事が好きだな』なんて、変に勘違いしますよ!」

「私は別にいいよ。意図的だもん」

「尚更悪くないですかっ!?」

「あっははは!」

 

 

 僕が今まで見てきたアーディさんの笑顔は、何処か達観してるというか……本心ではあるんだけど、どこか意図的な笑顔だった。でも今は子供が無邪気に笑う様に、腹を抱えて笑っていた。……いつかシャクティさんとこうやって笑い合える様にする為にも、必ず護るんだ。

 願いを抱こう。願いを増やそう。それこそが背負うプレッシャーを力と出来る。

 

 決戦の刻は、もう近い。

 

 



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掃討開始


 二部見ました。支障はないのでこのまま続けます



 

 

 

 

「……別行動、ですか?」

「はい。アリーゼさんにはもう伝えたので、後で知らされるとは思いますけど……」

 

 

 僕は帰ってきてすぐ、アリーゼさんとアストレア様に『フィンさんの作戦で自分は別行動』だという事を伝えた。レベル5の離脱は穴が大きい。少しは引き止められると思ってたけど……レベル3〜4の冒険者が集っているからだろう。「寧ろ今までが貴方に頼り過ぎだったわ」とアリーゼさんは胸に手を当て、自信満々にこちらは任せろと宣言する。

 アストレア様には───うん、見抜かれた。僕の発言は「フィンさんたち最強派閥との行動」と取られるように仕組んだものだったんだけど、そもそも作戦の内に入っていないものなのだと、アストレア様は気付いた。それ自体がフィンさんの策と気付いたからアリーゼさんが離れた後に問われて、内容について答えたら、絶句された。

 

 でも信じてくれた。僕が出来ると信じたものを、アストレア様も信じてくれた。

 そして部屋に戻り、何処か疲れた様子のリューさんが部屋に来たので、どうせならと二日後の作戦について語る。リューさんは少し戸惑っていたけど、一息ついて落ち着くと、すぐに笑みを見せる。

 

 

「問いは、しないでおきましょう。貴方がいない分の働きは全て私たちがこなします」

「すみません」

「謝る必要はありません。クラネルさんにも役目があるのでしょう。貴方は貴方がすべき事を、私は私がすべき事を。意思(ねがい)は違えど(おもい)は同じ。……ですよね、クラネルさん?」

 

 

 僕は、苦笑した。あの夜にリューさんから問いかけられた答え。アレが正しいのかは、()()()()()。僕は僕の率直な想いを、理想を答えただけだ。そうであって欲しいと思っただけだ。

 でもあの答えがリューさんの力になっているのなら、意思を貫く『正義への想い』を強固にしたのであれば、僕も嬉しい。

 

 

「はい」

「……」

「えっと……?」

「………」

 

 

 リューさんは自分の腰に差す武器に触れた。その意図は……あ、なるほど。

 

 

「…… 使命を果たせ。天秤を正せ

いつか星となる、その日まで

()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()

天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る

 

「「─── 正義の剣と翼に誓って」」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……なあ神エレンよ」

「オイオイ、下界の子供は黒歴史を抉るのが大好きなのか?」

「じゃあ邪神エレボスよ。エレンの時に“正義”への問いを繰り返してたのはなんだったんだ?」

「ただの興味」

「……だけとは思えないんだが」

「いいや? 興味である事に変わりはない。それを抱いた意味はお前の思ってるものとは別かもしれないけどな、ヴァレッタ」

 

 

 薄ら笑いで、邪悪さを隠そうともせず、だがヴァレッタの問いに好意的に答える神───邪神エレボス。かの神は答えはしたが、具体的な所までは話さない。ヴァレッタは肩を竦ませ、「これだから神ってのは」と悪態つく。

 

 

「なら、別の質問でもするか。エレボス様よ、この作戦がもしも失敗したらどうするつもりだ?」

「ン、疑ってるのか?」

「まさか。この作戦自体に疑いなんてない。寧ろ手際が良すぎて引くくらいだ。…………」

「え、マジで引いてる?」

「いや、戯れだ。子供の揶揄いくらい受け止めてくれよ、親なら」

「ははは、馬鹿を言うなよ。寝台の上で泣かすぞ」

「あーやだやだ。なんで神ってのは近親相姦に躊躇いがないんだか。自分の子供に躊躇なく手を掛けるのはマジで引くぜ」

「……それで、この作戦が失敗したら……だったか?」

 

 

 このやり取りを続けていても長引くだけで無駄だと判断したエレボスは、ヴァレッタの『別の質問』を振り返って聞き返す。ヴァレッタももうやり取りには飽きたように、そのエレボスの発言に頷いた。

 

 

「万に一つも失敗はない」

「……随分と言い切るんだな」

「当たり前だろう。俺がこの作戦にどれだけの戦力を注ぎ込んでいると思っている。どれだけの信者を集めたと思っている」

「だが、それはこのオラリオにいる面子を考えての作戦だろ? あたしと真正面からやり合ったあの兎野郎……見た事もねぇレベル5がポッと出で湧きやがった。その為の質問なんだが」

「……お前に直接言うのもアレだがな。お前を仕留められない程度の敵が一人二人加わった所で、抵抗される時間が微かに延びるだけだ。最初の前準備を成功させた時点で作戦は必ず果たせる。これは作戦を読んでもどうにかなる問題でもない」

「……なら、前準備を止められた場合は?」

「随分と弱気だな、ヴァレッタ」

 

 

 ヴァレッタの『億が一への問い』のしつこさに、エレボスも流石に顔を顰めた。ヴァレッタはこの作戦を信頼しているといったし、それが間違いない本心である事は神の瞳を以って理解している。

 でもそれ以上に、抱きたくも無い期待感がヴァレッタを貫いていた。それがヴァレッタの問いの理由。

 

 

「……チッ。ムカつくんだよ。あの『全てを救って見せる』と()()()()()()()()()()()()

「へぇ……さしもの勇者(ブレイバー)ですら与えなかったお前へのカリスマを、ポッと出のレベル5がねぇ」

「だから答えろ」

「神への態度が横暴すぎるな、ヴァレッタ。……そうか、万が一も無いと言ったところで、お前は億が一の可能性を頭によぎらせるか。ならば答えてやろう」

 

 

 エレボスは壁に寄り掛かり、薄ら笑いのまま、壮大に両手を広げて言う。

 

 

()()()()だ」

「は……?」

「前提から崩されたのであれば、作戦も何もあったもんじゃ無い。ならヤケクソになるしか無いだろう?」

「……真面目に聞いた私が馬鹿だったぜ」

「何を言ってる、これは大真面目だ。作戦が台無しになった。それは全てを読まれた上で対抗されたという事。ならば余計な雑念などいらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッハ、じゃあ作戦立てた意味がないじゃねーかよ」

「ああ、意味ないとも。これは可能性を上げる為の作戦に過ぎないのだからな。確率上昇のカモフラージュが消えただけだ。絶対悪に飾りは必要ないだろう、この身一つで悪は成せる」

「ハハ、作戦を読んだところで問題ねぇか……」

 

 

 ───流石邪神なだけはある、と。神故の知能、邪悪故の嫌がらせ。邪神故の、絶対者。全てを、この作戦を読んだところで、後手に回ってる時点で作戦の阻止なんて出来るはずがない。そんな作戦を組むエレボスの頭脳と悪辣さに、ヴァレッタは再び関心を持った。

 

 

「奴らが巨正を以て正すならば、巨悪を以て押し潰す。悪に誇りはいらない。全ては本能の赴くままに───壊すのみ」

 

 

 ヴァレッタは口端を吊り上げ、笑みを作る。もはやそこに正義への期待感はない。ただただ悪への信頼だけ。

 

 

「ああ、それとヴァレッタ。さっき言っていた『兎野郎』についてだが、特徴を教えろ」

「あ?」

「お前に微かでもカリスマを見せた男の“正義”には興味がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……もう一人くらいは玩具が欲しいからな」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「フィン、作戦準備は完了した」

「よし。……彼の様子は?」

「気負いなく、だが集中はしている。間違いなくベストコンディションだ。しかしフィン、あの少年は本当に信じていいのか?」

「………その為の作戦だ」

 

 

 フィン自身、ベルの事を信じ切った訳ではない。だが親指の疼きはなく、あの瞳を見ていると期待感に包まれる。同時に、嫉妬に似た何かも。

 裏切りならば『ベル・クラネルがいなかった今までのまま』で作戦を続行するだけ。だがベルが成し遂げたのであれば、フィンの全面的信頼を預けることが出来るだろう。()()()()()()()()()()

 

 都市全体に仕掛けられた人間爆弾───そんなもの、たかだか第一級冒険者の一人が収められるモノでもない。相手の警戒を避ける為に第一級冒険者は全て掃討作戦に繰り出しており、監視兼ベル側の作戦実行者は数人のレベル4、3のみ。

 これは如何に犠牲を減らせるかの作戦だ。犠牲は元より覚悟しなければならない。闇派閥を抑えるのは前提として、同時にどれだけの一般人の被害を抑えられるか。

 

 

(自分が嫌になるな)

 

 

 確率を高める為の作戦とは言え、犠牲を前提とした作戦など、ベルはきっと怒るだろう。そういう少年であるとフィンは知っている。そんなベルに犠牲を出す作戦の核として動く事を強要……ああ、嫌にならない筈がない。

 が、もう作戦の変更をする時間はない。今更絵空事を言う訳にもいかないだろう。

 

 

「さあ───突入だ」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……ァア?」

 

 

 突入して十数分か。何十もの闇派閥を切り捨て進めば、フィンはヴァレッタとの対面を果たす。

 

 

「どうした、ヴァレッタ? まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……チッ、そういう事か。テメェ、ギルドとは別の場所で再度作戦練ってやがったな」

「ご名答」

 

 

 フィンは腕を上げて、団員達に手出しの無用を指示する。もちろん今すぐにでも捕らえられるように警戒は解かないが、全員武器を構えながら足を止めた。

 

 

「君らの事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリアがそれぞれ別として攻めてくるのであれば、最も守り通せる可能性の高い拠点はアストレア・ファミリアを核とした中堅ファミリア集団」

「……」

「───そして、白髪の少年への因縁……もあるのかな?」

「ハッ、全部を見通した気でいやがるな。勇者気取りの小人風情が。まあ否定はしねぇよ? 同レベルの癖に私を圧倒したあの兎は気に食わねぇ」

「その君を圧倒した相手に勝てる気でいた、と……。見たところ、ここには君以外に幹部はいない。つまり君単身で勝てる手段があったという事だ。……なあヴァレッタ、()()()()()()()()()()()()()

「……ッ」

「ガレス!」

 

 

 フィンの嘲笑的な笑みと共に放たれた「お喋り」発言に、ヴァレッタは挑発的な態度を即座に引っ込めて退避を選択。しかしフィンの指示と共にガレスが飛び出し、天井を破壊。ヴァレッタが向かっていた出口に瓦礫が落ち、退路を塞いだ。

 もちろん、これは逃げ道を塞ぐと同時に別の逃げ道を用意している。が、当然ガレスも考えなしに行った訳じゃない。これもフィンの作戦の内だ。

 

 

「天井に空いた穴を通って跳んで逃げても空中にいる間は自由に動けず無防備になる。その状態で僕の槍が避けれるならば、是非とも見せてもらいたいな」

 

 

 立ち止まるヴァレッタに近寄り、フィンは槍の穂に近い持ち手部分で肩をトントンと叩く。そこで疑問の表情を出し、槍を一振り。苦笑した。

 

 

「なるほど、能力下降(ステイタス・ダウン)か」

 

 

 フィンは更に一振り。槍を担ぐ。

 

 

「マジックアイテム……いや、曲がりなりにも味方がいる場所で発動するのは下策だな。任意となれば、君の魔法か?」

「チッ」

「効果範囲内ならば全ての相手に対応。なるほど、強力だな。会話で時間稼ぎを試みた辺り時間経過……もしくは行動数による重ね掛けもあるのかな」

「テメェの頭には神の天啓でも降りてきてんのかよ……ッ!?」

 

 

 下手に動くのは下策。そう判断したフィンは一定の姿勢から決して身体を動かさないまま、鋭い眼をヴァレッタに向けた。

 

 

「さて、ヴァレッタ。君の魔法もあってこちらも時間が惜しくなった。迅速な答えを頼むよ」

「……ハハハっ、投降しろって? バーカ、誰がするかよ。テメェら足元に注意すべきじゃねーか?」

「っ、リヴェリア!」

「【───我が名はアールヴ】」

 

 

 ───辿ってきた道。何十もの闇派閥が倒れている後ろから、一つの光が見える。それは熱を伴い後方にいた全てを襲う……が、もちろん予測の範囲内だ。同時に可能性は確立する。闇派閥は自爆攻撃を仕込んでいた。なら、都市に張った警戒網は決して無駄にはならない。

 

 フィンはリヴェリアに声掛け、即座に防護魔法第三階位『ヴィア・シルヘイム』の展開を指示。既に詠唱完成状態にあった魔法は、爆発する直前に発動され、ロキ・ファミリア全員を覆う結界と化す。結界の外で爆風が競り上がるのを端目に、フィンはヴァレッタを見つめる。

 

 

「まーお前らなら防ぐわな。神フレイヤの眷属も各々で対応するだろうよ。けどなぁ、正義の連中はどうだッ!? テメェらは出来るだけ不殺を心がけてるが、場合によっては殺す覚悟もしてる! でもアストレア・ファミリア(アイツら)は違う! あんな年端もいかねぇガキ共が殺しの覚悟はできてるか!? 甘さを突かれて心中されるかもなぁッ!? 何よりこれは都市全域に配置されてる!! 正義どころかオラリオが破壊されるぜ!? ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 否定は、出来ない。フィンは都市への警戒を悟らさないためにも、フレイヤの眷属除く他のファミリアは疎か、ロキ・ファミリアの殆どにすら知らせていない。下手な不安を煽らないようにする目的もあったし、それ以上に多少の察知能力はあり、最悪でも重傷で済むように行動できると思っていたから。

 が、ここで一つ可能性が降りた。もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その子供が自爆を仕掛けてくるのだとしたら……隠し武器を警戒するよりも、保護を優先するかもしれない。

 

 フィンは己の見通しの甘さに唇を噛む。まずい、アストレア・ファミリア達が担う拠点掃討場所で一人でも死人が出れば、彼女達は動揺に足を止める。ライラや輝夜は兎も角として、まず間違いなくリューは折れる。アリーゼも危ない。何よりガネーシャ・ファミリアのアーディこそ、敵の思惑に嵌まってしまう可能性が高い人物だ。多くの仲間から好かれている彼女の死は同じ部隊の者達に致命的な動揺を与えてしまうかもしれない。

 ここまで見せていたフィンの神がかった“読み”が外れた。その様子を見て気持ち良くなったのだろう。ヴァレッタは更に邪悪な嗤いを続ける。

 

 

 

 

 

 

 ───フィンの親指は疼き、その耳に、小さな小さな鐘の音が届いた。

 

 

 

 

 



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最後の英雄は最初の英雄として

 

 

 

「……まさか、ここまでやってくれるとは」

 

 

 リィン───微かに耳へと届く、風鈴に似た鈴の様な鐘の音。一拍と置かずにその場から放たれる、地を蹴る音。その速さは風を切る音すら出さない。空気抵抗を無視してるかの様な身軽さで、ただただ加速し続ける。

 ヴァレッタは嗤いを止めない。顔を俯かせてるフィンに身体を高揚させており、フィンの耳に入る音が聴こえていないのだ。が、もちろん、五感すら強化するステイタスをレベル5に至らせているからこそ届く音。リヴェリアやガレス、また五感に優れる獣系の種族以外はその音が聴こえていない。故に、俯いているフィンの表情を見て驚くものが多数。

 

 

「ハハハハハ!! 都市全域の爆発となれば流石の勇者(テメェ)も絶望するかぁッ!?」

「ン……? ああ、すまない。集中してるのが絶望への期待を抱かせてしまったかな?」

「……ア?」

 

 

 苦笑するかの様な、呆れる様な。そして何処か羨望を見せるフィンの表情に、ヴァレッタは呆気を取られる。そして高揚した身体は平熱に、脳はフラットに。冷静となったヴァレッタの耳へ、フィンと等しく『鐘の音』と『空間を歪ませる様な破裂音』が届いた。

 リィン───ゴォッ───その音は繰り返される。時に一拍置きながら、時に連続して。その音は段々と近くなり、フィンの表情に驚きを覚えていた者達もその音に気付き始める。

 

 

「……ハハ」

 

 

 フィンは思わずと言った風に笑みを零す。嘲笑ではない。子供の様な無邪気な笑み。意図せず、仮面は被らず、ただただ本心からの笑み。

 

 

「ああ、負けた。潔く認めよう。君に感謝を。そして、僕の全面的な信頼を預けよう」

 

 

 フィンの言葉の意味を察したのだろう。この中で事情を知っているロキ・ファミリア幹部、リヴェリアとガレスは、周りとは別の意味で驚きを見せる。

 ああ、まさか───

 

 

「まさか本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()───ベル」

 

 

 一際大きく立つ、破裂音。否、()()()()()()()()()。その音が耳に届くと同時に、白い風でも吹いた様に颯爽と現れる少年。

 息切れ、大量の汗。血反吐でも吐きそうな程目を見開き、呼吸を繰り返して必死に息を整えている。不格好かもしれない。でも少年が成した偉業は、あまりにも大きすぎる。それは正に、英雄と呼ばれるに相応しいモノ。

 

 

「……ハッ、随分な姿じゃねーかよ兎野郎。ダッセェ必死な顔面(ツラ)して今更此処に何の用だ?」

 

 

 ヴァレッタは挑発する様な声音と言葉を出すが、その表情に嘲笑はない。彼女は曲がりなりにもレベル5だ。培った経験、磨かれた勘が『まさか』という思考を抱かせてる。それに、フィンが先程放った言葉が更に『まさか』の可能性を引き上げていた。

 ベルは呼吸を繰り返し、鼓動が落ち着いて来たのを感じると、()()()()()()()()()に右手を突っ込んだ。言葉の代わりと言わんばかりの行動。そして袋から出た右手に持っていたのは、簡易的に火炎石と撃鉄装置を繋げているモノ。即ち、爆弾。

 

 袋はその形状を思わせる凹凸を見せている。それはパッと見ただけでも十は余裕で超えるだろう。

 

 

「……おい、まさか」

「ああ、彼には『闇派閥が持つ自爆装置の回収』を命じた」

「っそだろオイ!? 袋に無造作に突っ込むなんざちょっとした扱いて吹っ飛ぶだろうが! そもそも一人から盗るのにどんだけ時間が必要だと思ってんだ!?」

「ベルの情報のお陰で、君達がこの決定期に自爆攻撃を仕掛けて来るのは推測出来ていた。自爆攻撃を仕掛けてくる可能性……意識から逸らす為に、襲撃してくる事もね」

「───ッ」

 

 

 なるほど、と。ベルは六日前の炊き出しの日にヴァレッタが仕掛けてきた理由、そしてフィンがそれを読めた理由を、回らない頭でぼんやりと理解した。

 

 

「となれば、後は簡単だ。掠め盗る『盗みの技術』と『手元を一切揺らさない技術』だけを磨き上げればいい。無数のパターンを必須とする戦闘技術に比べれば遥かに楽だ」

 

 

 フィンは密かに、心の中で「ベルに盗まれる側の感覚があったから更に楽だった」と付け加える。ある意味甘さの露呈、つまり弱点の提示と一緒になるので、それを考慮してだ。

 

 

(ありえねぇ……多少技術を磨いたから、でどうにかなるもんじゃねぇだろ! そもそもの前提、速さが致命的に足りない! ……速さを隠してた? いや、こいつは間違いなくレベル5だ。前回戦った時はいきなり早くなったが、恐らくアレはズレてただけだろ。潜在分合わせたところでどうにかなるもんでもない)

 

 

 つまり、なんらかのレベルを覆すスキルがあるという事。そしてそれは体力……と、精神力(マインド)の消費だ。ヴァレッタはそう推測する。技術を使うからには全速力は避ける筈。その割にはあからさまに体力が削れており、気絶も間近の様子だ。となれば推測は簡単。

 

 

(体力が無い今の内に───ッ)

 

 

 体力がなければスキルも出せないだろう。体力がなければ本気の戦闘は不可能だろう。流石に、前回の時の様な速さは出せないと判断。ヴァレッタは既にベルのスキル無しの最大速度を頭に入れている。

 負ける筈がないとか、今なら勝てるとかよりも、それ以上に()()()()()()()()()()()()()。その意思がヴァレッタを突き動かす。ロキ・ファミリア所属でもレベル2では感知すら出来ない速さ。レベル3でも反応できない速さ。レベル4では防ぎきれない威力を以て、ベルに襲い掛かる。

 

 ベルはもう満身創痍だ。息を整えなければポーションを飲む事すらできない。それを理解しているリヴェリアとガレスは守ろうと動くが、フィンに止められる。

 

 

「おい、フィン───」

「少し()()()

 

 

 この程度は乗り越える。それを前提とした言葉。仮にアビリティが上回ってるとしても、満身創痍の身で同レベルを相手にするのは厳しすぎる事だ。しかも能力下降(ステイタス・ダウン)はまだ発動状態にある。さしものリヴェリアでもフィンの正気を疑った。

 すぐにでも魔法を放てるようにと口を開き、詠唱を唱えようと───()()。眼がベルの姿を収めた直後、その意欲を失わせてしまう。

 

 一瞬だった。瞬く間すらなく、ベルのナイフの持ち手底がヴァレッタの喉に当てて地面押し付けていた。

 

 

「が、ハ……っ」

(あの時より、はえぇ……!?)

 

 

 能力下降。満身創痍。明らかにベストコンディションには程遠い状態───なのに、ヴァレッタとの初めての戦闘。そのズレの修正をそれなりに出来た時、()()()()()

 ありえない、バッドコンディションに等しい状態からベスト以上の動きをするなど。

 ヴァレッタはベルが手に持つナイフを見て、一つの可能性を頭によぎらせた。

 

 

(武器か……。振りが速い短剣に加えて、こっちがやり慣れた本命武器。クッソ、前提から駆け引きが仕込まれてやがったのか)

 

 

 忌々しい、これもフィンの策の内かとヴァレッタは顔を歪ませる。が、まさかそれだけでヴァレッタが一瞬でやられるはずもない。アビリティの差はあれど、あくまで同レベル内。いや、仮にレベルがひとつ上であったとしても、反応すらできずにやられるなどあり得ない。ベストコンディションならば兎も角、最悪に近いコンディションでは。

 それの答えを等しく探っていたフィンは、静かに呟いた。

 

 

「……なるほど、盗みの技術を応用したな」

「盗み?」

「盗みは『如何に相手の意識外から掏るか』が大きく影響する。つまり実際に速くなったのではなく、()()()()()()()()()()()()という事だ。……教えたとはいえ、同レベルを相手に成功させるとは思わなかったけどね」

 

 

 全く大した少年だと、フィンは目を閉じた。

 

 

「……なぁ教えてくれよ、兎野郎。爆弾の全回収、ホントにやったのか? そこにある袋の大きさじゃ明らかに入りきらねえだろ?」

「……溜まり切ったら協力者に渡して、新しい袋に変えて動きました。貴方の耳なら爆発してないことは分かる筈です」

 

 

 そう。ベルは文字通り全ての自爆装置を回収した。正確にはベルが8割、他数名が2割を。

 その記憶は、作戦開始時へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「火炎石に反応するペンダントです。一度認識した物には反応を示さなくなるので、混乱することはないでしょう」

「……ありがとうございます」

「正直、私は勇者(ブレイバー)の正気を疑います。貴方のような少年に都市中の命を預けるなど。……ヘルメス様が悪ノリするから受けましたが、本来であればこちらの作戦を取りやめたいくらいですよ」

 

 

 水色の髪に眼鏡。飛行する靴(タラリア)は装備していないようだけど、七年後とそれほど変化がないアスフィさん。相変わらず疲れた顔をしていた。

 

 

「僕がやめたら、なおさらオラリオの人たちが危なくなるだけです」

「ファミリアを集い止めればいい。闇派閥の捕獲は───」

「後回しにしたら、また同じことの繰り返しになる。……アスフィさん、ありがとうございます」

「……ッ」

 

 

 アスフィさんは信じられないから否定してるんじゃない。もちろんその気持ちも多少はあるのだろうけど、それよりも『僕の心』を守ろうとしてくれている。

 僕本人ですら成し遂げられるか分からない作戦。失敗すれば奪われるのは大量の命。その責任が僕に乗っている。未熟な僕がそれを体験すれば、間違いなく折れるだろう。それを心配してくれる言葉。

 だから、笑顔でお礼を言った。

 

 

「必ずやり遂げて見せますから」

 

 

 不可能を可能にするのが英雄で、その力を与えてくれるものこそが僕の英雄願望(スキル)だ。

 僕は即座にペンダントを付けて、振り向く。都市の端っこ、その屋根。ここから見える全てを把握。現れた黒い影へと迫るため、屋根から飛び降りた。

 それと同時に響く鐘。小さな小さな鐘の音。リン───と、一度鳴る。()()()()()()。足に集まった光を放出させるため、その足を地に叩きつけた。

 

 轟音。加速。レベル5の器には収まらない速さ。そしてもう一度───リン。鐘が鳴る。一歩、また一歩。足を地面に着けるたびに新しい鐘の音として響き続ける。やがて視界に闇派閥の一員が映った。ペンダントは、反応。

 チャージは終了。だが加速した速さは落ちない。やがてすれ違う。その際に懐に手を伸ばし、自爆装置を奪い去る。再びチャージを開始。発動。

 都市中を駆け巡る。本来ならば不可能に近い速度を体現していた。

 

 鐘は鳴る。多くの耳に届く。それは風のように。白く燃え上がる雷鳴のように。

 奮い立て、抗え、希望は在るぞ───僕はそう主張し続けるように、鐘を鳴らし続けた。

 

 

「マジですか───!?」

 

 

 やがて協力者として都市を巡るアスフィさんに近付く。僕は身体を急停止させて、左手に持つ袋をアスフィさんに渡した。

 

 

「新しい──……袋、お願いします!」

 

 

 既に息切れは始まっている。相殺とまではいかないけど、精神力(マインド)は『精癒』で回復出来ているものの、体力回復手段はポーションしかない。僕は重量を可能な限り下げる為にアイテムは最低限しか持ってなくて、体力回復用のポーションは限りがあるし、飲めるタイミングは袋を交換するときだけ。

 アスフィさんが袋を出す前にポーションを口に含む。一気に飲み込み疲労の回復。アスフィさんが袋を出すのを見て受け取り、すぐさま走り出す。

 駆ける。奪う。袋を交換する。ほんの十数分の全力疾走。都市全域を走りぬき───やがて、都市すべてに配置された闇派閥から全ての自爆装置を奪った。

 

 

「アスフィさん! アストレア・ファミリアが担当する拠点はっ!?」

「……西側です!」

「預けた自爆装置、切り離して火炎石だけを持ってきてください!」

「はい───はい!? ちょ、走りながらやるのは流石に無茶で」

「お願いします!」

「……ああもうやってやりますよ! 恥ずかしながら、貴方に当てられている私がいる!」

 

 

 アスフィさんの歓喜を含んだ悲鳴を耳に、僕は西側へと向かう。

 

 拠点に着いた。加速は止めない。倒れている闇派閥の懐から自爆装置を掠め取りつつ、奥の部屋へと向かった。

 やがて見えてきた大広間。その奥では───アーディさんが子供に近付いていた。

 僕側の作戦を誰にも伝えていなかった弊害。でも第二級となればその辺りの警戒はするだろうとフィンさんは言っていた。確かに僕も納得したけど、相手に10歳といかない子供がいるならば別だ。何も知らなかったら、間違いなく僕も手を差し伸べていたから。

 その手が触れかける。子供は懐に手を入れる。

 

 間に合うか──いや間に合わせる。足首から下に集中して集めていたチャージを()()するイメージ。地面を踏みしめる際に一番力を入れるつま先に集め、集束した分を放出。今までよりも飛躍的に上昇した速さに目を見張るが、直ぐに順応させる。これなら、間に合う。

 アーディさんと子供の間に割り込む形で体を差し込み、子供の懐から自爆装置を奪う。加速が収まらないから風圧で子供が飛んでしまったけど、アーディさんが咄嗟に抱えてくれた。助かる。

 

 

「ベル……?」

「クラネルさん、何故ここに⁉」

「話は後で! 僕はフレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアの助けに、幹部は任せます!」

 

 

 叫ぶと咳が出た。微かに体勢が崩れる。関係ない。すぐに英雄願望を発動して地面を踏みしめる。

 

 

「行かせるとお思いですか!」

 

 

 ───! 確か、ヴィトーと呼ばれていた闇派閥の幹部。マズイ。もう地面を踏みしめた。このまま加速するとぶつかる。斬られる。

 短剣を出すのは間に合うか。僕は腰に回す。が、直ぐに引っ込めた。

 

 

「兎君、後でたっぷり訊かせてもらうからね!」

「くっ……貴方たちにとっても予想外だったでしょうに」

「うん、でも信じてるから! 信頼に思考なんていらないわ!」

 

 

 ありがとうございます、アリーゼさん。

 ヴィトーさんが立ちはだかった場所はアリーゼさんが押し出した。躊躇いなく進んでいける。

 

 再び外に出て、フレイヤ・ファミリアの方へと向かった。入口に辿り着くと、僕よりほんの少しだけ身長が低い、槍を持つ猫人族(キャットピープル)の青年が一人。フレイヤ・ファミリアの女神の戦車(ヴァナ・フレイア)……アレンさんだ。立ち止まると話しかけられる。

 

 

「チッ……こっちはもう終わった。自爆装置も取り外してる」

 

 

 というか舌打ちされた。……シルさんから聞いた『可愛い』を暴露しようかな。いや、それは失礼か……。うぅ、仲良く出来ればそれに越したことはないんだけど。

 

 

「わ、分かりました」

 

 

 頭を下げて、直ぐにロキ・ファミリアの方に向かう。……背後で再度舌打ちされたような気がした。

 そしてロキ・ファミリアが担当する拠点に辿り着き───

 

 

 

 

 

 

「アァ、わーってるよ。現実逃避だ畜生が」

 

 

 思考は現在に巻き戻される。ヴァレッタは全身から力を抜いた。

 巨大な溜め息。

 

 

「……」

「フィン?」

「親指の疼きが止まらない」

「なに?」

「ベルが来た時には、てっきり予想外の朗報に対する疼きと思っていた。だが、ヴァレッタとの戦闘を終えて尚、疼きが止まらない」

 

 

 フィンの表情は固まる。先ほどまで見せていた子供のような也は潜め、ただ冷静の仮面を被って思考する。

 そんな冷徹な仮面の耳に、嗤いが届いた。

 

 

「ハハハ……ハハハハハハハハハハハハ……‼」

「ヴァレッタ……まさかまだ何か」

「ねーよチビ勇者。読み合いはテメェらの方が上だった、潔く認めてやるよ。でも勝ち負けは別だ」

 

 

 ヴァレッタは思う。ああ、あの時聞いておいてよかったと。()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 まさか本当に全てを救うなどとは思っていなかった。でも億が一の可能性を信じたおかげで、心の準備は済んだ。

 

 

「覚えておけよフィ~ンッ! こっから起こるのは作戦も何もねぇ、ただのヤケクソだ! 確実性を削いだ悪辣の絶望───教えてくれよ、エレボス様」

 

 

 ───爆発音。いや、破壊音。爆発にも似た強大な音は、震動を伴ってその場へ届く。

 明らかに地上で起きてはいけない揺れ。そう、これは幾度となく体験し、戦場で何度も聞き覚えのある───レベル7の力。

 

 フィンは驚愕の表情を隠すこともなく、破壊音の方角。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の方角へ、顔を向けた。

 

 

 

 




 アーディ救出のシーン、本当は三人称一元(アーディ寄り)視点でやる予定だったんですが……そうすると何度も視点変更をする必要があり、流石にクドいかと思った為、ベル一人称視点で通しました。
 良い感じの文章構成が思い浮かんだら編集しますので、その時はご報告させて頂きます。


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オリオン&アルゴノゥト

 ……そういやこれ、ベル君のお陰で暗黒期らしい暗黒期じゃなくなってるのよな。普通に英雄的逸話築いちゃってますし。英雄譚にするとしたら、どんな題名になるんでしょうね……?
 ……大鐘楼の英雄譚(グランド・ベル)



 

 

 

「今の音は……?」

 

 

 体力は未だに尽きる寸前。精神力(マインド)は徐々に回復中。心臓はだいぶ落ち着き、問題なく喋れるレベルは戻った。思わず呟くと、フィンさんはこっちを振り向いて叫んだ。

 

 

「ベル、避けろ!」

 

 

 ……ッ、気を取られた一瞬、ヴァレッタさんは唾を吐く様に口の中から何かを飛ばす。咄嗟に躱したけど、思わず拘束を解いてしまった。その一瞬でヴァレッタさんは逃げてしまう。

 今、光が反射する輝きが見えた。という事は針……刺さると毒系の液が流れるタイプ。対異常があってもどれだけ防げるか分からない。避けたのは正解だったけど、ヴァレッタさんの拘束を解くべきではなかった。

 

 

「すみませ───」

「謝罪はいらない、すぐに高等二属性回復薬(ポーション)を飲め! 今はヴァレッタ程度を気にしてる暇はない!」

 

 

 ……ヴァレッタさん、()()? 彼女だって曲がりなりにもレベル5の闇派閥一員、逃がすのは相当な痛手の筈だ。それを振り切ってなお僕に今すぐ別の準備をさせる理由。

 今の音が関係しているのか? 今の破壊音が爆発の類ではなく、破壊の類である事は僕にも分かった。振動ともなれば、地に叩きつけた様な音……が合ってるはず。

 

 ……僕に同じ事が出来るか? 英雄願望(スキル)のチャージ3分をハンマーに掛ける事で可能な範囲かもしれない。つまり相手は力特化に加えて力補正のスキル持ちと考えるのが妥当だ。方角から考えて住民が居ない場所で放たれたのは分かる。フィンさんがそこまで焦る理由が───

 

 ───もう一度、大きな破壊音が鳴り響く。先程の音から30秒も経たない間に、先程よりも大きな音が。それと同時に聴こえた、剣と剣が重なる音。

 

 今聴こえたのは紛れもない、()()()()()()()()()()()()()()。あそこにはフレイヤ・ファミリアが居たはず。オッタルさんが放った音? 今オッタルさんはレベル6だと聴いた。そこから力補正のあるスキルが発動されれば、出来るのかもしれない。

 

 ───更にもう一度、大きな音が鳴り響く。それは二回目の剣戟混じりの破壊音よりも大きく、そして大きく揺れ、今この場所の天井にすら亀裂が走るほどの破壊。

 

 もしオッタルさんが止めたのであれば、()()()()()()なんて出来事は起きない筈だ。仮にもオラリオ冒険者、オラリオの頂点。その身自らオラリオの破壊を思わせる行動は、必ず避ける。

 つまり今のは、オッタルさん以外の人物が、オッタルさんを倒した後に続けて出した攻撃……ッ!?

 

 

「フィンさんっ!?」

「ああ、分かってる! ここにいる全員耳を傾けろ! レベル3以上の者は僕の後について来い! ベルは単独先行、リヴェリア、ガレスは彼の後に! レベル2以下は住民の避難誘導をガネーシャ・ファミリア達と共に! 数名はアストレア・ファミリア達第二級冒険者を連れて来い! 避難誘導の指揮はシャクティに預ける!」

 

 

 フィンさんが指示を出している間に、僕は高等二属性回復薬(ハイ・デュアルポーション)を飲む。尽きかけていた体力は即座に回復したのを感じる。疲労が完全に消えた訳じゃないけど、スキルを使う余裕は出来た。

 急ぐべきか、余裕を残してスキルの使用は避けるべきか……この時点で悩むけれど、相手は三回目以降の破壊をするつもりはないようだ。当たり前か。あんな力を振る舞えば、自分の足場すら壊す。となれば、僕の素の敏捷(あし)だけで間に合う。それ以上に、アレだけの事を出来る相手に余力を残さないのは拙い。

 

 相手は、同レベルではないんだ。

 

 

「敵はバロール相当、レベル7と判断! 今の僕達に戦力を余す余裕はない! ()()()()()7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 ───一瞬だった。幹部を除く、この場にいる全ての冒険者の顔が絶望に染まったのは。

 当たり前だ。確かに階層主ならば最低条件を達成している数を重ねる事で倒す事は可能。でも地上にいるという事は、そのレベル7が人種という事だ。数の暴力で押し切れるほど甘くはないし、経験の差が歴然としている。

 

 冒険者が折れるのはダメだ。守るべき人達が絶望に染まるのは、守るべき者達の不安となる。なら、僕がすべき事は……。

 リン、と。3秒間の間、鐘の音が流れる。多くの視線は僕へと向いた。偽りでいい、装いでいい。表情を整えろ。笑みとまでは言わない。でも弱気な姿は見せるな。全てを救うと豪語した自分を思い出せ、強気な表情を見せつけろ。

 

 味方を鼓舞する僕の姿を、曝け出せ。

 

 

「──────」

 

 

 僕は地を蹴った。跳躍する。後の激励はフィンさんに任せよう。僕は僕のやれる事を。今のはあくまで鼓舞だ。これ以降は移動を補正する英雄願望(スキル)の使用はしない。

 

 

「リヴェリア、ガレス! 置いて行かれるなよッ!」

「そりゃちと無茶な相談じゃ……っ!」

「一体どれだけの貯金があるんだ、あの少年は……!」

 

 

 僕は跳躍し、誰かが空けたであろう天井から屋外へと出る。フレイヤ・ファミリアが担当していた拠点方角は身体を向け、被害が及ばない程度に足場を蹴った。

 英雄願望(スキル)1秒チャージを繰り返していた反動か、これでもかなり遅く感じてしまう。そのせいか、無意識に焦りが出始めた。疲れはある程度回復した筈なのに、冷や汗が止まらない。

 誰も死んでいない未来を、祈る。

 

 ───じゃ駄目だろ! 祈るんじゃない、叶える! 僕がこの身で! 弱気になるな! レベル7だろうと倒す気でいろ! 僕なら、僕達なら出来ると信じろ! 偉大な英雄へと至った彼らを信じろ!

 

 英雄願望(スキル)を使用。脚ではなく、腕でもなく、神様のナイフに。移動速度を高めての攻撃は防がれる。魔法では周りに被害が及ぶ。だから防がれる事を想定して、ナイフで押し切る。

 

 

「ベル・クラネル!」

 

 

 っ、アスフィさんから何かを投げ渡される。恐らく頼んでいた自爆装置の切り離し、火炎石が幾つか入った袋だ。闇派閥の残存兵力を一掃する為に頼んだ物だったけど……いや、使い方次第ではレベル7だろうと驚異になるだろう。

 タイミングを誤るな。

 

 

「ありがとうございます!」

「───何があったか把握しきれませんが、頼みます!」

 

 

 朧げだろうが、アスフィさんも振動を感じて『驚異』を認識したのだろう。僕の役割を理解して、託してくれた。

 加速する。もうアスフィさんの姿は見えない。破壊音もないから地上が壊されている感覚もない。相手は移動中か、それとも止まっているのか。止まっているのだとしたら、何か理由が? 

 ……いや、今考えている余裕はない。移動速度を緩めるな。速く、もっと速く走れ。

 

 リン───リン、と。鳴り続ける事数十秒。やがて見えてきた黒い影と、その側で倒れる巨躯。そして向かい合う数人の冒険者。

 今ならやれる。死に至る致命傷は避けて、腹部への一撃をかませば、幾らどれだけ頑丈でも決定的なダメージとなる。

 姿勢は低く。相手の視界から外れる様に。身軽さを持つ。鐘の音が鳴らないタイミングを見計らって……疾走。意識外からのレベル5の一撃は容易に防げるものではない。絶対に入った───

 

 瞬間鳴り響く、金切り音。音の発生源は爆風が吹き荒れる。僕は目を見張った。確かに防がれることは想定していた。想定していたけど……一歩の後退すらせずに受け止めるなんて、思えないだろ……!?

 

 

「……甘いな。喰らうには甘すぎる」

 

 

 鳥肌が立つ。寒気に襲われる。レベル7の眼光。その巨躯以上の強大な威圧を目の当たりにして、思わず喉を鳴らした。

 

 

「殺す気で放てば、吹き飛ばす程度は出来ただろう」

 

 

 殺す気で放って尚、吹き飛ばす程度に抑えられる……? まずい、判断を見誤った。今の一撃で英雄願望を使ったのは下策だ。威力よりも速さを重視すべきだった。体力は高等回復薬のお陰で余裕はあるけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)で仕掛けるべきだった。

 大剣とナイフを重ね合う現状、如何すべきかを悩む。刃を離して離脱する。駄目だ離した瞬間に殺される。蹴りを入れる。潰されるだけだ。もう一本の刃で攻め入る。腕を破壊されるだろう。

 

 死、死、死───僕の出来る手段が悉く死へと直結する。今せめぎ合えているのは、相手が対話を望んでいるからか。……考える余裕を持たす為にも対話に応じるしかない。

 

 

「……か、駆け引きだとしたら?」

「ほう、レベル7(オレ)を相手に小細工を仕掛けるか。ならば見せてみろ。神の脚本(シナリオ)を壊した貴様の器を」

 

 

 一瞬で神様のナイフが弾かれる。体勢が崩れた。後ろのめりに倒れていく僕の身体を貫く為に、その大剣は振り下ろされる。駄目だ、踏ん張りが効かない。受け流せない。───想定内。会話に応じた一瞬で判断はついた。

 左手は腰に回され短剣を取る。白幻の軽さは振り回す際の最速を披露する。でも防御には向かない。()()()()()()()()()()()()()

 

 腕を振るだけの猶予はない為、手首のスナップと指の力だけで白幻を投擲。最大速度ではないがただ振るうよりも圧倒的に早く攻撃が到達する。が、相手は体勢を崩しながらも首を捻って躱し、そのまま大剣は僕の方に向かってくる。

 想定内。体勢は崩していても、攻撃を止めないのは分かっていた。だからこの攻撃の目的は、あくまで込められた力を減らすこと。踏ん張る力が甘くなれば、“技”で逸らせ───

 

 

「っづぅ……ッ!?」

 

 

 おも、い……!? 体勢を崩して、踏ん張りが甘くなって……()()()()()()()()()()この重さ!?

 ……ギリギリだ。相手が体勢を崩したから、こちらの体勢も整えられた。こっちは万全。相手は不完全。それで尚ギリギリで捌ける威力。あまりにも馬鹿げている。こっちは速度重視の装備で相手は重さの大剣だから、一度捌けた後には離れる余裕が出来る。でも相手はレベル7。例え特化でなくても、全体のステイタスは軒並み高い。

 

 用心しろ。相手の移動速度はジャガーノート並、攻撃力はジャガーノート以上、経験値や駆け引きは格上だ。ジャガーノートの時は威力というより斬撃能力が高くて、だからこそゴライアスのマフラーでも受け流せた。でもこの相手は、完全な威力型。マフラーで受けようが構わず破壊する、そんな能力。

 ───アステリオスさんよりも、強い?

 ああ、間違いない。少なくとも僕が戦ったアステリオスさん(片腕なしの瀕死)より間違いなく強い。ただ仮定するなら、万全のアステリオスさんと同格だと考えるべきだ。

 

 だから強く思え。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 冒険への覚悟を、決めろ。

 武器を一つ失った。不完全な状態ですら僕を圧倒する威力。経験は明らかに上。勝てる要素は何一つ無い。

 

 ……リヴェリアさん達はまだ来ないか? あの人達が来てくれれば、この人の対応する幅が広くなる。モンスターの様にはいかないだろうけど、少なくとも対応するための脳の活用が多くなり、ダメージを与えられる可能性は増える筈だ。

 それまでの時間稼ぎ……。

 

 

「───」

「っ!」

 

 

 突如、槍が飛来する。僕ではなく相手に。彼は難なく大剣で弾いたけど、その瞬間に人影が、アレンさんが近付き、弾かれた槍を掴んで猛攻を仕掛ける。

 攻撃には転じさせない、流れる様な素早い攻撃。恐らく僕の事を警戒してるのもあるのだろう。相手は防御だけをして、アレンさんを攻撃しようとはしない。

 

 

「チッ、警戒すんのはあの糞兎だけかよスカシ野郎!」

「……あの淫縦女神に付き纏う得体の知れたクソガキに向ける警戒はない。貴様もそうだろう、女神の戦車(ヴァナ・フレイア)。未知に警戒するのは当然の事だ」

「あぁッ? 大した皮肉だな、よく言うぜ! 既に居ない存在とされたゼウス・ファミリアの眷属がよ! なぁ、『暴喰(ぼうしょく)』のザルド!」

 

 

 ───ゼウス・ファミリア……? ヘルメス様から聴いた、()()()()()()()()()()()。確か15年前……今から8年前の『隻眼の竜』討伐失敗をキッカケにロキ様、フレイヤ様から都市を追い出されたっていう、あの?

 いや待て、そうじゃない。存在してるのは問題じゃない。問題なのは、なんで元オラリオの冒険者がオラリオに仇なす闇派閥としてここにいる?

 

 

「一つ訂正だ。ゼウス・ファミリアだけではない」

「ア……?」

「ヘラ・ファミリアもだ」

 

 

 ザルド……と呼ばれた男性が『元最強派閥のもう一角』の名を出すと同時に、遠くから膨れ上がる魔力を感じる。方角的には、僕が走ってきた場所……つまりロキ・ファミリア達のいる場所からだ。

 そして魔力から発せられる、強大な冷温。凍結系統の音。流石に僕でも知っている、リヴェリアさんの第一階位攻撃魔法だ。仕留め損なった残党に放たれた……?

 

 そんな疑問を抱いた瞬間、リヴェリアさん以上の膨れ上がる魔力を感じた。それはリヴェリアさんの魔法を飲み込む様に放たれて、やがてリヴェリアさんの魔力は消え去る。

 僕は目を見張る。一瞬にして消え去ったリヴェリアさんの魔法に、そして感じた事のある気配に。名前は知らない。でもこの時代に訪れて三日とせずに、未来のヘスティア・ファミリアの住処である教会にいた……あの女性。

 あの時は凄く印象的で、何か強迫観念みたいなものもあり、記憶の中に残っていた。

 

 ───なんで闇派閥(そっち)にいるのか、自分の妹が大切な場所だと言った思い出の場所すら破壊するつもりだったのか。頭の中に大量に浮かび上がる疑問。やがて僕の口は、問う為に開かれていた。

 

 

「……なんで、オラリオを?」

「……」

「なんで自分が育った都市を、そう簡単に壊せるんですか!?」

「……おい糞兎」

 

 

 そんな事を話してる場合かと言わんばかりに、アレンさんは苛立ちを隠さず僕の事をそう呼ぶ。アレンさんがアレンさんなりに事を終わらせようとしているのは分かるけど、これは僕がなんとしても聴きたい事だ。かつて都市最強派閥の名を有し、オラリオの為に尽力したファミリアの堕ちた理由。話して貰わなければ納得できない。

 いや、話したところで納得はいかないだろう。それでも、覚悟は決められる。『救う』か、願いを『打破』するか。

 

 

「今のオラリオに絶望した。オレが、そしてアルフィアが。他ならぬオレ達の意思。誰に定められ訳でもない、自分自身の意思だ」

「……貴方に考えがあっての事かもしれない。でも如何なる理由があったとしてもッ! それが僕たちを脅かすなら、その意思を僕は壊す!」

 

 

 ───他の正義を打ち砕く覚悟。リューさんにはアレだけ偉そうな事は言ったけど、僕は無闇矢鱈と敵を倒す事は出来ない。それが人相手だと、その人の考えを聴いてしまうから。もしかして洗脳されてるんじゃないか? 彼、彼女の意思ではないのではないか?

 そんな想いがあるから、問い掛ける。全てを助ける覚悟は出来ても、全てを倒す覚悟が出来ないから。

 

 でもここで定まる。ああ、この人は紛れもなく自分の意思で破滅を齎してるのだと。誑かされた訳でもない。ただ自分の意思で。

 なら覚悟は決まった。僕は、この人を倒す。

 

 

「一応言っておくが、アルフィアもレベル7だ。道化の眷属の手助けは来ない」

「……」

「ふ、関係ないか。その覚悟、本気と身受けよう」

 

 

 精神力(マインド)はほぼ全快。体力は変わらず。使用範囲はこの場のみ。なら、可能。

 ここからは、調()()()()()だ。

 

 リン───1秒。白き光が僕の足を包み、地を蹴ると同時に放出される。その勢いは今までの比ではない。が、この人は僕のこの移動速度を知っている。ならば対応されるだろう。

 だから次は加速ではなく、威力へと纏わせる。ナイフに白い光が収束。放たれた高速の斬撃は、されど受け止められる。直後に弾こうとした動きを見て、僕は再び足に光を収束。弾きに合わせて跳躍し、再びナイフにチャージ。最早1秒すら経たぬチャージの攻撃。短時間で繰り返される加速と攻撃の英雄願望。春姫さんが居ない今、擬似的な再現として披露できる強制階位昇華。

 

 その動きに、慣れさせる。僕も、()()()()

 僕の基礎能力はあくまでもレベル5だ。それはザルドさんも分かっている。だからこそ、現状の疑似レベル6の動きに対応する事しかできない。何せ決定的な場面で僕が英雄願望の使用をしなければ、一気に推測がズレる。そうすれば今度こそアレンさん達はザルドさんに止めを刺すだろう。

 ───けど、ザルドさんも分かってる。これがどれだけ無茶な行動かを。僕が基礎能力を強制的に引き上げてるのは、そうしなきゃ対抗のしようがないからだ。そうでもしなきゃ一瞬で叩き潰されるから。確かに未知、だが対応はできる。慌てる必要がない。ザルドさんはそれをわかって、ただ対応し続けている。攻撃に転じない。いずれ限界が来るのは目に見えている事だから。

 

 なんて冷静さ……未知への対応力の次元がまるで違う。ヤバい。既に体力は限界に近づいてきている。幾ら1秒程度のチャージでも、それを数十回と繰り返せば当然底は見えてしまう。寧ろ動き回る回数が多い分、こっちの方が体力消耗は激しい。

 そんな焦りも出て、僕は2秒のチャージを選択。白い光がリン───と鐘を鳴らした直後。

 

 

「まあ、粘った方だな。そこのクソガキとは違うと称賛してやる」

 

 

 ───あれ、そういえば白幻は何処に消えた? 投げ飛ばしたあの短剣は、建物の何処かに突き刺さっているものだと判断していた。でも視界の限りを見渡しても見つからない。

 一つの疑問を覚えた直後、僕の目の前は───暗闇で満たされる。

 

 

 

 

 

 

 

 




 アルゴノゥトってミノタウロスとの戦闘中に視力を失ったんですよね。ところでオリオンにも眼を失う逸話があったんですよ。いや、別にだからどうしたって訳でもないんですがね。


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大鐘楼Ⅰ

 

 

 

 

「ぐ、ぅ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?」

 

 

 痛い、痛い痛い。腕を切られた時みたいな、一瞬全身の重さが軽くなる感覚とは全くの別物。血肉が空気に触れた時の激痛とはまた別の、脳に直接響き渡る気持ち悪さ。

 何をされた? 眼球を斬られたのか? ヤバい、眼が開かない。視覚がザルドさんを捉えられない。

 

 

「……眼球を斬られて、呻き声は上げても泣き喚きはしないか」

 

 

 冗談じゃない。こちらは泣きたいくらいの痛みが襲っているのだ。でも涙が傷口に触れれば更なる痛みが襲うから、無理やり我慢しているだけ。

 ……クソ、想定外だ。相手は大剣、振りは遅い。だからこそ2秒の畜力(チャージ)も可能な範囲だと思っていた。でもザルドさんは僕の投げた白幻を避ける際に、()()()()()()()()()。それを2秒チャージの瞬間まで待って、大剣ならば間に合わない速さを短剣で間に合わせたのか。

 

 ふざけるな、冷静にも程がある。いま僕らが唯一対等なのは『情報の有無』だけだ。それをひっくり返す様な駆け引き……もはや僕に有利性の一つすら残してくれない。

 ……大剣での眼球破壊ではなく、短剣での浅い斬り込みならば、万能薬(エリクサー)で治せる範囲だ。高等回復薬(ハイ・ポーション)でも流れる血を止める事は出来て目を開くくらいならば可能になるだろう。でも今の僕は回復薬(ポーション)の一つすら所持していない。全てを体力の回復に使ってしまったからだ。

 

 つまり僕は、まともな視覚すらないままレベル7と対峙しなければならない。体力が尽きかけていて、武器の一つを奪われた現状で。

 

 

「糞兎一人居なくても俺がいるんだよッ!」

「……ああ、()()()()()()()()()()()

 

 

 大きく響く、金切り音。そして今の声から推測するに、アレンさんが仕掛けたのだろう。ザルドさんが受け止めて、その辺の転がってる石ころに気付いたかの様な声音で言葉を溢すと、衝撃波。恐らくアレンさんが武器ごと弾かれる音。

 そして、一閃。風を斬る音すらなく放たれる一撃。それはアレンさんに当たり、鈍く響く。

 

 

「先程はもう一人を警戒していたから貴様の攻撃を許したが、今は警戒も何もない。全力で叩き潰す」

「……ふざ、け……っな……」

 

 

 アレンさんの意識が途切れる気配。

 

 

「オラリオに害を成すならばフレイヤ様にも被害が及ぶ」

「ならどうする?」「決まってる」「当然だ」

「「「「ぶっ殺す」」」」

「待っ……!」

 

 

 ガリバー兄弟、【炎金の四戦士(ブリンガル)】の声が耳に届いた。ダメだ。これは連携の問題でどうにかなるものではない。それが分かっていたから彼らも今まで手を出さなかった筈。

 ……僕がやられたからだ。僕だけで足止めできていたからそれで充分だと思い、余計な手出しが足枷になると思っていたから手を出さなかったんだ。彼らはフレイヤ様を守る為なら必ず無茶をする。自分たちの女神のためなら、見知らぬ僕ですら利用する。でも僕がやられたから、彼らは自分で立ち向かった。

 

 

「四方向から攻撃しようと、それが届かねば意味もあるまい」

 

 

 強く、地面を踏みしめる音。強大な風圧が僕にも届く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直後に振り回される大剣で、全員が吹っ飛ばされたのを理解した。

 彼らが、都市最強派閥の一つが、まるで相手にならない。僕も視覚を失いまともに戦闘できる状態ではなくなった。

 

 

「……充分だな。折れろ、英雄の器。何もここで死に絶える事はないだろう?」

 

 

 ───酷く魅力的な、誘惑的な言葉。ザルドさんは僕達に“慈悲”を与えている。死に絶える事はないだろう。それは僕達を見逃すという言葉だ。

 ああ、その言葉に従った方がいい。死ぬというのはそれほどまでに怖いのだ。ザルドさんの言葉は僕らにとってそれほどまでに救済的だ。

 

 ふざけるな

 

 ここで僕らを見逃した後、ザルドさんはこの都市を破壊する作業に入るだろう。そうする確信がある。如何な理由であれ、彼らはオラリオに絶望をもたらす。例えどれだけの死者を出そうとも。

 死者を出してたまるか。この人を行かせてたまるか。この程度の絶望で折れると思うな。

 

 

「なぜ立ち上がる?」

「……『他人に意思を委ねるな』」

「……!」

「『精霊だろうが神々であろうが同じだ。ましてや儂は何も言わん』」

 

 

 祖父の言葉を思い出す。あの偉大な背中。多くの英雄達に抱いた気持ちを等しく抱いた、あの祖父の言葉を、思い出す。

 

 

「『誰の指図でもない。自分で決めろ。これは、お前の物語(みち)だ』」

「……貴様は」

 

 

 ザルドさんが驚愕する気配を感じた。立ち上がるのがそれ程までに意外だったのだろうか?

 

 

「貴方は優しい人だ」

「ッ……」

「僕達を絶望にこそ叩き落としても、何処か立ち上がるのを期待してる様に感じる。僕達に“成長”を促している様に思える」

 

 

 ……ザルドさん達のやろうとしていた事を思えば、優しい人……なんて的外れかもしれない。でも僕はそう感じた。感じてしまった。この人は完全な悪ではない。

 そう信じて、だからこそ立ち向かう意思を見せる。この人がどれだけ優しくても、僕の思った通りの人物だとしても、見逃す事なんて出来ないのだから。

 

 

「でも、僕の目的と貴方の目的は合致しない。貴方は目的の為なら死者を出すのを躊躇わないし、僕は全ての人を助けたいから」

 

 

 だったら、もう。

 

 

「立ち向かう以外ないだろ……!」

「……英雄への道を絶っても、か?」

 

 

 ザルドさんの言葉に、僕はニッと笑みを浮かべて答える。

 

 

「『もし英雄と呼ばれる資格があるとするならば。剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない』」

「……『己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ』」

「───もし僕がここで誘惑を受け入れれば、それこそ英雄への道を絶つ裏切りになる。折れても、挫けても、泣いたとしても、願いや想いを叫ぶ事は止めない。それが一番格好いい英雄(おのこ)だと教わったから」

 

 

 ……ああ、やっぱり懐かしい雰囲気がする。この絶望的な状況なのに、どこか親愛的な笑みが浮かんでしまう。でも懐かしむのはもう終わりだ。過去を思い出し、未来へと繋げよう。

 想い浮かべるは、傭兵王ヴァルトシュテイン。大英雄として数多の英雄譚に登場する偉大な人物。僕が愛読していた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に於いて、『冒険者の王』として名付けられた最強の英雄。様々な呼び方はあるけれど、かつてオラリオの冒険者として名を馳せたゼウス・ファミリアの一員に立ち向かうならば、冒険者の王で在ったこの名を強く想おう。

 

 ゴォン……ゴオォォン───と。鐘は鳴り響く。

 

 小さな鐘楼を鳴らして町中を駆け回る訳ではない。ただ大鐘楼が、町中へと鳴り響いた。

 

 

「この音は……限界突破(リミット・オフ)か。神の脚本(シナリオ)すら壊した貴様だ、今更驚きはしない」

 

 

 一秒、二秒、三秒。数えるたびに大鐘楼が響き渡る。暗闇の視界でも微かに入る、白き光。

 ザルドさんは二言零すと、地を揺らした。いや、移動したのかな。そうなれば当然攻撃をしているだろう。

 ああ、斬られるだろうなぁ。たった五秒の溜めでは、例え限界突破(リミット・オフ)の英雄願望でも弾き返すことはできない。

 

 

「───ァ」

 

 

 じゃあ、()()()()()()()

 

 

「ッッ───‼」

「……ッ!?」

 

 

 全身に伝わる衝撃。揺れる地面。でもその衝撃で僕の身体が壊れることはない。

 僕は、その攻撃を受け流した。

 

 相手からしたら止めの一撃だ。だから、アイズさんの言葉を思い出した。『止めの一撃は、油断に最も近い』と。それはレベル7の経験でも違わない。もしも僕がモンスターであれば、この人は一切の油断なく止めを刺しただろう。実際モンスターでなくとも僕への攻撃は決して油断しているものではなかった。ただ単調だっただけ。

 でも単調だったからこそ自分の真正面から叩き切る動作を読めたし、調()()の成果も出せた。

 先ほどの二分間の攻防が、素のステイタスでも受けるための調整などとはザルドさんも読めなかっただろう。確かに最初こそ英雄願望(スキル)の補助がなければ流せなかったが、剣を交える度にザルドさんの力を感覚的に理解し、逆算してどんなやり方が流せるのかを考えていた。……眼を失うのは予想外だったし、焦ったのは完全な僕のミスだけど。

 でもお蔭で、今の僕のステイタスでも十分にやり合える。

 

 

「ふっ!」

 

 

 僕はカウンターでナイフを振りかぶる。同レベルなら武器の差もあって絶対に防げない一撃だったけど、やはりレベル7。即座に引き戻して防がれた。

 ザルドさんは動揺の気配を見せる。当然だ。今まで()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大鐘楼は未だになり続ける。

 

 今まではあくまでも高速移動中での並列蓄力までが可能な範囲だった。しかしさっきまでの猛攻、そして都市中を駆け回った際に使用した一秒蓄力(チャージ)の繰り返し。何度も速攻で発動していたからこそ、発動する際の感覚が磨かれ、同時に発動しない感覚を手に入れた。

 今の僕は、高速戦闘中での並列蓄力を行うことが出来る。

 

 

「はぁぁあああ───ッ‼」

 

 

 動揺の色を見せたザルドさん。武器位置、視線、気配を感じ取って、その隙を逃さずに攻め入った。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「……所詮はこんなものか」

 

 

 時は僅かに一分前。銀髪の女性──アルフィアはつまらなそうに呟く。同時に遠くで響き渡る剣戟に、ほぅと息が漏れた。

 

 

「あちらは流石と言うべきか。私の眼もまだ衰えていない。やはり英雄の器だったか……」

「……英雄の器だと?」

「ああ、その通りだ。()()()()()。ベル・クラネルは至っていた。が、お前たちは足りない。お前が一番自覚しているだろう、騙りの勇者(ブレイバー)

「はは……また痛いところを突いてくるな。【静寂】のアルフィア」

 

 

 フィンは苦笑する。最早笑うしかないと言いたくなる惨状。倒れ伏せる幾十もの冒険者を見て、自分に似合わず「化け物め」と毒吐きたくなった。

 倒れ伏す冒険者の中には、フィンの盟友、リヴェリアとガレスもいる。アストレア・ファミリアも含め、全てレベル3以上の冒険者全てが倒れ伏している現状。フィン自身も見逃すことのできない怪我を負っている。流石のフィンでも勝機を見出せない。

 

 そして、静寂の一瞬。

 

 

「……ああ、終わったか」

 

 

 アルフィアの一言で、ベルすら倒されたことを知る。轟音が鳴り響かないという事は、四肢の何れかを失ったか、眼を失ったか。或いは心臓そのものを刺されたか。

 何れにせよ、最早絶望の言葉しか流れまい。都市最強(オッタル)はやられ、切り札(ベル)もやられ、最強派閥もやられた。残された戦力は神フレイヤの護衛にいるだろう何人かのレベル5と、ガネーシャ・ファミリアとレベル2以下の冒険者。対して相手は、精神力(マインド)以外消費していないアルフィア(レベル7)に、多少体力が削られたであろう無傷のザルド(レベル7)。こんな状況でどう守ろうと言うのか。

 

 

「一つ聞かせてくれないかい、アルフィア」

「……言ってみろ」

「君は、いや。君達は何故、ただの一人として殺さなかったんだい?」

「─────」

「ザルドも君も、その気になれば民の何人も殺せたはずだ。いや、民どころか僕たちも」

「……話は終わりか?」

「出来れば答えてほしいな」

「答えるとは言っていない」

「そうか、残念だ。───【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】!」

 

 

 これ以上の問いは無意味である。フィンはそれを理解し、倒れ伏す仲間達を見て指揮の必要は無いと判断。即座に魔法を発動させ、狂化状態へ至る。ステイタス強化と引き換えの理性削減。

 フィンは突進を始める。

 

 

「……【(ゴスペ)───」

「ァアアアッ!」

「ッ!」

 

 

 アイズ並みの超短文の魔法詠唱。それを防ぐ術はほぼ無い。だが“ほぼ”に入る術が一つ。フィンは己の槍をぶん投げた。

 自らの獲物を無くす愚行。だが弓やナイフなどの遠距離攻撃や投擲物とは違い、レベル5の全力投擲の槍は当たれば即死だ。あり得ないからこそ勝る一瞬の駆け引き。

 アルフィアが避けた一瞬でフィンは詰め寄り、拳を振りかぶる。だがそれは呆気なく避けられ、アルフィアは再び口を開く。瞬間フィンは飛びつき、蹴り一閃。確かにアルフィアの魔法は厄介だ。しかし詠唱させる暇を与えなければ、最大の脅威である魔法の発動を阻止する事ができる。

 

 やがて体術を続けて繰り出していると、アルフィアは壁まで追い込まれる。最早魔法を必ず使わねばならない理由もない。フィンのステイタスを考えれば、潜在値を合わせても力は余裕を持って勝てている。アルフィアは素手を構え───内心で舌打ち一つ、飛び退いた。

 知らず知らずのうちに槍が突き刺さっている場所まで誘導されていたのだ。理性がなくなっているはずなのに、戦術は完全に勇者そのもの。指揮が出せないだけで、単身ならばただただ能力を上げているだけだ。フィンも大概ふざけた戦闘能力。

 

 息つく暇もなく果敢に攻め入るフィン。だが種族特性やレベル差を思えば、先に息が尽きるのは間違いなくフィンだ。ならば避け続け、止めを刺せばいいだけ。

 アルフィアが方針を定めると───大きな大きな、鐘の音が耳に届いた。アルフィアは目を見開く。雑音と聞き流す事の出来ない、激励の大鐘楼。その音がこちらまで届くと同時に、フィンの動きは更に加速した。

 

 

「───ッ!」

 

 

 完全に近接戦闘に引き込まれた。話に応じず魔法を放つべきだった。アルフィアは己の甘さと傲慢さを恥じる。レベル4までならば体術でも圧倒できる自信はあったが、流石に強化されたレベル5の、駆け引きがオラリオ最強クラスであるフィンを圧倒するのは不可能だ。

 大鐘楼が鳴り響く。耳障りな筈の鐘の音は、何故かアルフィアは煩わしく思う事が出来ない。

 

 

「───【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

 

 

 そして届く、魔法の詠唱(うた)

 

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 

 どうするべきか。フィンが息切した時にはエルフ(リュー)の魔法が完成しているかもしれない。無理やりにでもリューを止めにいくか、それともフィンの息切れと同時に魔法の無効化を行うか。

 後者だ。アルフィアは即決。フィンの息継ぎなしの攻撃は、かなり大振りかつ高速だ。見れば既にフィンは動きが遅くなっている。リューの詠唱の長さを聞くに後数秒の余地はある。

 

 そして、その予感は当たる。

 

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

 

 

 リューの詠唱が終盤に差し掛かる。直後、フィンは膝が折れた様にガクッと転ぶ。呼吸を繰り返し、咳き込み、肺活の限界を表していた。

 最早魔法の無効化をする必要もない。このままリューを仕留めればいい。アルフィアはそう判断して地面を踏みしめる───が。

 

 

「レベル3を甘く見るなよ、糞淫乱(アマ)がッ!」

「ッ……!」

 

 

 倒れていた筈のレベル3達が立ち上がり、輝夜とアリーゼを筆頭に攻撃を仕掛ける。リヴェリアやガレスは最前線で喰らったが故にレベル3達ほど直ぐには立ち上がれないが、それでも手を着いて意地でも立ち上がろうとしていた。

 既に折れている筈なのに、絶望していい筈なのに、この大鐘楼が鳴り響いてから背中を押される様に冒険者は駆け出している。

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

 ───が、現実は非情だ。立ち上がろうとも、力の差は絶対。フィンの時は息継ぐ間も無く攻撃を仕掛けられたから押されていたが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()。たった一節、たった一言。その詠唱(うた)とも言えない詠唱(うた)で発動するは、音の嵐。

 

 

「〜〜〜〜!!?」

 

 

 全ての冒険者は一瞬で崩壊する。ギリギリの所でリューは範囲外へと免れていたが、他の冒険者は再び訪れた音の暴力に倒れ込む。

 

 

「───【星屑の光を宿し、敵を討て】!」

 

 

 だが、稼いだ時間は無駄にはならない。リューは武器を片手に、詠唱を完成させた。

 

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

「【魂の平静(アタラクシア)】」

 

 

 長文の詠唱によって漸く発動された魔法。それを一瞬で掻き消すアルフィアの魔法が発動。

 だがアルフィアは、リューの次の行動に驚く。アルフィアは魔法を発動した。が、それがリューの魔法を掻き消す事にはならなかった。何故ならリューの魔法が攻撃へと使われる事はなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「はぁあああッ!」

 

 

 激痛。当然だ、自分の足に魔法を発動するなど自殺行為に等しい。下手すれば回復するまで自分の足が使えなくなる程の誤った使い方なのだから。だがお陰で、リューのレベルや体重を思えばあまりにも速すぎる移動速度で飛ぶように駆ける。

 それは───虚を突かれたアルフィアでは対応出来ない程の速さ。

 

 

「───ッ!?」

 

 

 アルフィアは息を飲む。回避行動は取ったが、それでも避けきる事の出来ない速さの攻撃。レベル3がそれを成した事実に、驚愕を隠せない。リューは一撃を食らわせた後、直ぐにベルの下へと走る。元よりリューは止めを刺す為に攻撃した訳ではないし、少しでも時間を稼げれば最強派閥の幹部達が立ち上がると確信していたのだから。

 アストレア・ファミリア……8年前には存在していなかったファミリア。その眷属の実力を目の当たりにして、アルフィアは感嘆する。

 

 

「……英雄の器が目覚めたのか。それとも英雄の器が目覚めさせたのか。……なるほど、やはり()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 遠ざかっていくリューの背中を見つめ、言葉を溢す。そして起き上がる気配を感じ、アルフィアは視線を向けた。

 

 

「……どうした【静寂】、儂等はまだ死んではおらぬぞ……!」

「かつての最強派閥で天才と称された女……ふ、超え甲斐がある……ッ」

「ああ、全くだ……。行けるな? ガレス、リヴェリア」

「「誰にモノを言っている、クソ生意気な小人族(パルゥム)め」」

 

 

 軽口を叩いているが、アルフィアが詠唱を始めようとすれば即座に喉を掻っ切る程の集中を見せている三人。だが、アルフィアは分が悪いとは思わない。どれだけ早かろうが、先程の不意打ちは既に把握済み。動揺する術を彼らが持っているとは思えない。最早詠唱一つで全ては終わる。

 

 

「……飽きた」

「は……?」

 

 

 それはフィン達も覚悟していた事だ。だからこそ如何すべきかに全力で頭を回している中、届いた言葉に愕然とした。油断が狙いか。しかしアルフィアは本当に戦闘する気が失せた様に脱力し、背中を向けた。

 ガラ空きだ。フィンが槍を放てばあっさり刺さる程に油断している。あまりの自分勝手さに、さしもの第二級冒険者も、第一級冒険者も、余す事なく呆けた。

 

 

「なるほど、失望するにはまだ早かったと認めてやる。だから見逃すと言っているんだ」

「……僕達に負けるのが怖い訳ではないのかい? レベル7が随分弱気になったと見える」

「そうだな、()()()()()()()()()()()()()()()()。今のお前達を無傷で倒せる保証が何処にもない。例えレベル差があっても、それを覆せる術がある事を私は誰よりも知っているつもりだ」

 

 

 アルフィアは、そのレベル7の身で同じヘラ・ファミリアのレベル9を倒せる可能性を持つ人物だ。だからこそ絶対と言われるレベル差が絶対でない事を理解している。負ける可能性を考えたのは嘘ではない。順当に行けば必ず勝つ事は目に見えているが、神の脚本(シナリオ)すら覆されたのが現状だ。

 アルフィアにとっては『逃げる』や『見逃す』のどちらでもいい。最早栄誉など必要ない身。それで戦闘にならないのであれば自分(アルフィア)が逃げたことにしてもいいのだ。

 

 

「それ以上に、この鐘の音を私の雑音で消すのは不本意だからな」

 

 

 アルフィアはその言葉を最後に、屋根へと飛び乗って移動を始めた。

 

 

「……英雄の器、か」

 

 

 アルフィアに足りないと言われた事実。薄々感じていたが、認めるのは自分が子供の様で嫌だから、敢えて認めていなかった事実。

 ベルに、憧れと同時に嫉妬を抱いた。フィンはそれを受け入れて、大きく溜め息一つ。

 

 

「リヴェリア、僕の今までは間違っていたと思うか?」

「……お前がそう思うのであれば、間違いだったのだろう」

「ガレス、可能性が高い9:1よりも、可能性の低い10:0が正しいか?」

「お主がそう思うなら、正しいのだろうよ」

「……はは、酷いな君達は。少しくらい自分の意見を言ってもいいんじゃないか?」

「そっくりそのまま返してやる」

「ああ。どうせ儂等の意見など聞かんだろうが」

 

 

 よく分かっている。腐れ縁なだけはあるかと、フィンは苦笑一つ零した。

 

 

「そうだね。今までが間違いだったとは思わないし、可能性が高い方を選ぶのは当然だ。人は確実性を求める生き物だから」

 

 

 けど、まあ。

 

 

「確率なんて所詮は机上の空論か。低い確率が外れる訳じゃない。全てを助けるか全てを失うか(オール・オア・ナッシング)を選んで、全てを助ける方に賭けてみるのも悪くない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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大鐘楼Ⅱ

 そういえば前話で言い忘れてました。
 日刊五位! ありがとうございます!



 

 

 

 多くの動揺がある。多くの焦りがある。だが惑う事はなく、泣き喚くこともなく、一般人はガネーシャ・ファミリアの誘導に従っていた。

 

 

「ハシャーナ、殿は任せる! イルタ、お前はハシャーナを援護しろ! アーディ、他の団員達と一緒に一般人が道を違わぬ様に誘導だ!」

 

 

 シャクティは素直に従う一般人の様子を疑問に思いつつも、下手に無理やり行動させる手段を取らずに済んだと直ぐに割り切る。……正直に言ってしまうと、彼らが『逃げる』のではなく『一時退避』するだけの、ファミリア同士の抗争時の様な雰囲気と似ていて不思議に思っていた。しかし今は聞く間も惜しい。

 シャクティも実力者だ。例の揺れも、オッタルがやられた事実も理解している。故に一刻も早く彼らをこの場から離さなければと、口を開いて指示を出し続けた。

 

 

「……君のお陰かな、ベル」

 

 

 惑わない一般人に逆に惑う多くのガネーシャ・ファミリア眷属の中で、ただ一人『少年の姿』を思い浮かべるアーディ。彼女はベルが間に飛び込んで来た時には動揺したが、その手に持つアイテムを見て考えを巡らせていた。

 火炎石と撃鉄装置。アレが自爆装置としての機能を持っていたと考えが至った時、ゾッとした。自分が死んでいたかもしれないという事実、そしてそれを幼い子供に持たせるという事実に。だからこそ彼が飛び込んだのは助ける為だと気付いた。自分も、そして幼い闇派閥(こども)さえも。

 

 不殺で、妥協はなく、ただただ闇派閥すら余すことなく全てを助ける姿。もちろん一般人達がそれを見たかは定かでは無い。事前に「下手に外に出るな」と通告していた事もあるし、あくまで『駆け回る少年の姿』しか見えなかった者も多いだろう。

 でも、戦場に似合わぬ鐘の音。駆け巡る必死な顔。それらを見て聴いて、【英雄】の姿を連想した人は多い。ベルが自分達の為に何かをしているのだと確信した者が殆どだ。

 

 故にこそ「諦めるな」と、「自分に任せろ」と気概の見せたあの背中に託して安心する。味方だけでなく、守るべき人達にすら高揚感も鼓舞も与える姿。ああ、正しく英雄だ。リオンの言っていた通りだ。彼は既に英雄の道を歩んでいる。

 じゃあ、自分は何をする? ベルに啖呵を切った、「英雄達の船になりたい」と。何が出来る。何をしたい。英雄の為に自分が出来ることは?

 

 ゴォン……ゴオォォン───と、鐘が鳴り響く。

 

 音の発生場所は直ぐに分かった。発生源も分かった。ああ、ベルはまたも『激励』している。今度は次代の英雄達を。小さな鐘は都市を駆け巡り、一般人達を激励する。大きな鐘は都市中に轟かせ、英雄を激励する。

 じゃあ、自分は?

 

 

「……ごめんね、お姉ちゃんっ」

 

 

 テヘペロっ、とでも付きそうな程にあざとく舌を出して片目を閉じる。その声が聞こえたシャクティは、大鐘楼に驚く暇もなくバッと振り返った。何をするかは分からないが、実妹が何かを仕出かす予感。だがシャクティの声よりも先に、アーディの声がその場を支配した。

 

 

「─── みんな、この鐘の音が聴こえるかなッ!

 

 

 大鐘楼に聞き惚れる一般人達。当たり前だ。この音を聞き流す事はできない。だからこれはあくまでも、全員の集中を自分に向ける手段。

 

 

違いはあるけれど、皆んなもこれに至る鐘の音を聴いたと思う! そしてこの鐘の音の正体が一人の男の子が齎す【激励】である事を、もう気付いてる人たちも居るよね!

 

 

 全ての一般人は一人の少年の姿を連想する。白い光が走っている様にも見えた、あの光景を。

 

 

私達は逃げ惑うだけかな? 託すだけが全てかな? 人々が、神々が、私達が望んだ【英雄】は孤独の激励者かな!?

 

 

 否だ。助けてくれる存在、力ある存在、鼓舞する存在───されど、傍にいて欲しい存在。一生でも見届けたくなる様な、胸を熱くする存在だ。語り継がれたのであれば「俺は直に見たぜ」と自慢したくなる様な。

 

 

私達が待ち望んだ【英雄】の姿をその目に焼き付けて───そして『応援』しよう! 自分にだけは激励を送れない英雄の為に、私達が【英雄】の応援者(ふね)となろう!

 

 

 自分たちにも出来る事を。自分たちが返せる全てを。精神論でもいい、少しでも力になれるならば。

 これはアーディ個人の気持ちでもあり、少年の姿を目に焼き付けた多くの人々が同じ気持ちだろう。

 

 

「───俺は行くぞ!」

「わ、私も!」

「俺もだ! 闇派閥がなんぼのもんじゃい!」

 

 

 アーディは笑みを深める。ああ、やっぱり皆同じ気持ちだったのだと。自分の様な始まりの英雄(アルゴノゥト)フォロワーでなくとも、英雄を望み、英雄の時代をこの目で見届けたいのだ。そして英雄への架け橋を、自分達が築き上げる。

 多くの人々が【英雄】に魅せられたから。

 

 

「お、おいアーディ!?」

「後で存分に叱ってね、お姉ちゃん! 私はベルに、君のお陰でこれだけの人が笑顔になれてるんだよって教えたい!」

 

 

 唖然とし、やがて何をやらかしてくれたと非難の視線を向けるシャクティに、アーディは笑顔で「後でね」と約束する。シャクティが引き止める前に、アーディは一般人を引き連れて踵を返す。

 明らかな愚行。どれだけ強大な敵かを理解していない故の行いだ。しかしこの波を止める事は出来ない。シャクティは見送るしか出来なかった。

 

 

「ガネーシャ、参上!!」

「が、ガネーシャ! すまないが主神としての指示でアーディを───」

「む……いや、構うまい! シャクティは残った一般人の誘導をするのだ!!」

「なっ!?」

 

 

 シャクティの指示は間違っていない筈だ。判断や思考は決して外れたものでもない。それは神の俯瞰でも同じだろうし、『娯楽』への優先度が低いガネーシャならば尚更だ。

 にも関わらずアーディを止めない判断。一体どういうつもりだと詰め寄れば、ガネーシャはスッとアーディの後ろ姿を見て叫ぶ。

 

 

「神意に抗う者に魅入られた彼らを神威程度では引き止められまい! かくいうこのガネーシャも見惚れた! 神々しき光に!」

 

 

 ガネーシャは口元に大きく笑みを浮かべると、ドンと胸を張っていつも通りに言葉を発した。

 

 

「アレは───ガネーシャだ!!

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「───はは」

 

 

 一人の男神は思わず笑みを零す。待ち望んでいた光景。だが決して叶わないだろうと確信していた、英雄の姿を見て。金色の髪を包む様に乗せられた帽子に手を触れると、後ろから声を掛けられた。

 

 

「……貴方の差し金ですか、ヘルメス様?」

「んー……そうとも言えるし、そうとも言えない。正直オレ自身も半信半疑だったさ。……あんな存在を推測出来る奴は神にだっていないだろう。はいアスフィ、高等回復薬(ポーション)

「どうも」

 

 

 市壁の上。本来であれば神の単独行動に釘を刺していたところだが、ヘルメスにもヘルメスの考えがあるとアスフィは半ば諦めていた。……もう半分は完全に怒りと心配に振れていたが。

 アスフィは先ほどまでアルフィアとの戦闘に駆り出されていた。基礎能力が足りてるとは言え、アイテムも不十分の状態でレベル7の相手は流石に無理だ。魔法で速攻やられていたのだが、今も鳴り響く大鐘楼に背中を押される様に立ち上がり、ついぞ周りの冒険者と一緒に退けた。その結末のキッカケとなったのが友人のリューともなれば、さしものアスフィでも高揚するものだ。

 

 やがて痛む身体を無理やり動かしてヘルメスの下へ移動すると、念の為にと持っていただろうポーションをアスフィは受け取った。神を荷物運びの様な扱いにしてしまう罪悪感半分、ヘルメスが自分の事を気に掛けてくれる嬉しさ半分で。

 しかし質問への回答も同時に聞かされて、「どういう意味」と頭は疑問に埋め尽くされる。ヘルメスは少年の姿を目に映しながら、ポツリと呟いた。答えなぞ分かりきってると言いたげに。

 

 

「アスフィ、未来人の存在を信じた事はあるかい?」

「……未来人? 人という訳ではありませんが……神が神の力(アルカナム)を使用する事で未来を見通し、擬似的に未来的な神物となる……という意味であれば信じれます」

「ははは、下界でそんなバカな真似する(ヤツ)はいないけどね。未来を見た時点で強制送還だ。……そうだな、言い方を変えよう。アスフィ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……何を言っているかサッパリ分かりません」

「うん、だから言ったろう? 半信半疑だってさ」

 

 

 ヘルメスは道化を演じる様にヘラヘラと笑うが、その実話している内容についてはほぼ確信状態だ。

 

 

(……断言していい。彼は十中八九未来から来ている。都市外からの人物? 馬鹿を言うな。世界中飛び回ってるオレが聴いたこともないレベル5なんている筈がないだろう)

 

 

 だが、敢えて口には出さない。それがベルの為だと分かっているし、話したところで納得する眷族なんていないだろう。何より実際にベルから話を聞いたであろうアストレアに怒られる。……あの聖母の様な存在に怒られるのも一興だが。

 ヘルメスは戦い続ける少年を見て、なぜ彼がここにいるのかを推測する。

 

 

(まあ間違いなくオレが関与しているだろうな。英雄へと至った人物がいるなら、『対黒竜』か『地獄の様な惨劇が予想されたこの暗黒期』に送るだろう。オレならそうする)

 

 

 だからアスフィには「そうとも言えるし、そうとも言えない」と言った。恐らく未来の自分が送ったと推測できるが為のYES、だがこの時代の自分は一切関与してないと断言できる故のNO。全て嘘ではない。

 

 

「さて、この推測出来ない存在(正体不明の英雄)は貴方のお眼鏡に叶うものかな……神フレイヤ」

 

 

 この抗争に於ける最終手段、【魅了】を持つ女神フレイヤ。彼女が存在するバベルの塔に視線を向けると、ヘルメスは意外そうな顔をして呟いた。演技ではなく本心で。

 

 

「おや、これはまた珍しい。オレの視線を虫みたいに煩わしく思っていらっしゃる。そこまで食い入る様に見つめるとは思わなかったよ」

 

 

 おお怖い怖いと、ヘルメスは帽子を深く被って視線を切った。……アスフィは「煩わしいのはいつもの事では?」と思ったが、まあ神フレイヤが食い入る様に見つめているのは事実なのだろうと知り、苦い顔となった。

 

 

「何もお披露目する様な形にしなくてもよかったのでは? 最悪アストレア・ファミリアとフレイヤ・ファミリアの抗争になりますよ」

「あははー、流石のフレイヤ様もアストレアには手を出さないって。……いやうん、マジで手を出さないで。アストレアの所にまで手を出すものなら対策のしようがない」

 

 

 友人……まあ正確には『気の合う同士』という認識だが、そのリューが存在するファミリアと最強派閥との抗争は流石に思うところがある。私情もあって意見を出せば、ヘルメスは笑って思考。スンと表情を落として流し目になる。まるで「責任は取りたくないぜ」と言いたげに。

 やがて一息、帽子を被り直すと、再び視線をベルへと向けた。

 

 

「それに、オレもお披露目する気はなかったさ。勇者(ブレイバー)の作戦を聴いてからはね。ただ、ベル君はオレ達の予想以上に英雄だった。全てを助けるなんて有言実行を出来るはずがなかったんだから。……どうだいアスフィ、柄にもなく高揚しただろう?」

「……ええ」

「オレ達の望んだ英雄は、オレ達の想像なんか超えてくれる。神意に抗った者はこうまで光り輝くのだと。次代の英雄達を押し、あらゆる人々を歓喜させ、時には敵さえも純真な気持ちに駆り立てる」

 

 

 ヘルメスはふと柔らかな笑みを浮かべて、今はこの都市に存在しない過去最強派閥の主神(おや)がいるだろう田舎の方角へと視線を向けた。

 

 

「『ネタバレ』なんて真似は好みじゃないだろうけどね。ゼウス、貴方の義孫(まご)は……確かな英雄へと至っていたようだ」

 

 

 アスフィには聴こえない声量で、心に響かせるように呟いたヘルメス。内容は聞こえずとも、アスフィはその表情を見てどんな感情を抱いているのか察したのだろう。何処か拗ねるような、呆れるような声音で言い放つ。

 

 

「その様な表情(かお)を、自分の眷属に向けても宜しいのでは?」

「んー、嫉妬かいアスフィ? 可愛い奴め」

「わ、私じゃなくて他の眷族達にという意味です! 貴方のそんな顔を見た事無いから言ってるんですよ!?」

 

 

 ははは、と。そういつも通りの笑顔に戻ったヘルメスに、アスフィは顔を真っ赤にして怒った。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 一分が経過した。重なり合う大剣とナイフ。振り下ろされる大剣は段々と焦りが芽生えて力任せになり、ナイフは段々と精細さを高めていく。

 僕の全身に響き渡る痺れは弱くなり、動きは加速する。

 

 

「───まだ、速くなるのか……っ!」

 

 

 英雄願望(チャージ)は完全にナイフに集まっている。だから急な動きの加速など出来るはずがないのだが、刃が交わる度に速くなる僕に、流石のレベル7でも驚きを隠せないのだろう。

 ……自分で言うのもなんだけど、僕は成長が早い。アビリティの伸びなんて他に比べたら天と地ほどの差があるだろう。冒険者としての才がある命さんと比べてすら伸びすぎなのだから。だから僕が異常であることは自覚しているつもりだ。

 

 そして今回に至っては、ランクアップまでの早さどころかアビリティの伸びすらも世界最高並みだと言う。たたでさえトータル3400オーバーに加えて、そこからゴライアス単独討伐で更に1100オーバーのアビリティ加算。……正確には他のモンスターの経験値(エクセリア)もあるけれど。

 その伸びのお陰で、ランクアップのズレどころかアビリティ加算でのズレも生じてしまっていたのだ。同じレベル内での大きなズレなんて予想できないだろう。

 

 イグアスとの戦いでズレを直したばかりだったからこそレベル4での感覚は直ぐに捨てる事が出来たが、それは決して完全にズレを直したと同義ではない。徐々に合わせていて、それが今の今でも続いている。

 僕自身これほどまでに動きが速くなるモノなのかと驚いているところだけど、戦闘中での成長への驚きは相手の方が大きいだろう。レベル7ともなれば経験は豊富。その豊富さが、逆に成長し続ける動きへの対応に戸惑ってしまう。

 

 ───三つ、有利性を見つけた。

 でもこの内の一つの有利は直ぐにひっくり返る。体感で理解した。僕の速さはそろそろ一定となる。しかしもう一つの有利性。英雄願望(スキル)の発動タイミングだ。

 ザルドさんは元々僕のスキルが『発光部分を使用すれば強制発動するモノ』と思っていたし、実際にそうだからこそ僕への対応は冷静だった。しかし現状、使ったとしても発動されない状態。いつ発動されるかも分からない砲台火力に、ザルドさんは焦っている。

 

 最初に止めをさせれば問題なかったけど、“調整”による受け流しの最適化。更に戦闘内での成長に、ザルドさんは止めを刺しきれないまま1分間が過ぎてしまった。たった一秒の畜力(チャージ)でさえ素の時とは桁の違う動きが出来るのに、それが一分ともなればレベル7に打ち勝つ力さえ持つかもしれない。ズレがなくなったのなら尚更だ。そんな焦りで、ザルドさんは動きを単調にしている。

 でもまだだ。ズレが完全になくなっても、まだまだ溜め続けろ。技の精度を磨け。駆け引きを利用して更に蓄積させろ。打ち勝つだけでは足りない。限界突破(リミット・オフ)のスキル使用は発動して直ぐに倒れ込むだろう。打ち勝っても直後に倒されるのがオチ。

 

 ───カチリ。歯車と歯車が噛み合い回る様な違和感ない動作。完全にズレが無くなったのだと理解した。ああ、一つの有利性が消える。

 

 

 

 

「いっけぇぇええええっ、ベルッッ!!!!」

 

 

 

 

 直後、響き渡る声。見えない。でも聴こえる。アーディさんの声が。背中を押してくれる応援が。

 ───いや、アーディさんだけじゃない。多くの人の気配を、応援(こえ)を感じた。一般人の人たち。冒険者達。そして神々の。

 

 

「闇派閥なんかやっつけてくれ!」

「ここで終わるなよ! 酒を奢るから絶対に生き延びろ!!」

「私たちの家を守ってくれてありがとうっ」

 

 

 ……ああ、誇っていい。自分はこれだけの人を救ったのだと。重荷ではなく栄誉として背負え。英雄で在れたのだと、自分を認めていい。

 視線を感じた。他とは違う、フィンさん達の視線。

 

 ───助太刀は必要かな?

 

 そう言ってる様に思える。僕は即座に首を振ってNOサイン。確かにフィンさん達の力を借りればザルドさんを倒す事は可能だろう。でも偉業を成した報酬として我が儘を認めてもらいたい。ザルドさんは、僕だけで退けたいと。

 一瞬、呆れた様な雰囲気を感じる。でも直ぐに背中を押す様な“期待”へと変わった。

 

 英雄譚の英雄に憧れた。道化の物語(アルゴノゥト)の様に、みんなに笑顔でいて欲しいと思う。でもこれは僕の物語。(アルゴノゥト)の様な喜劇も憧れるけど、僕は僕の意思を貫きたい。

 ああ、今一度思おう。この程度を乗り越えなければ、あの好敵手に勝てるはずがないと!

 

 次に巡り合った時、一対一で僕達の決着を着ける為に!

 

 

「ァァアアア─────ッッ!!」

 

 

 乱舞。武器の差で勝る『速さ』を最大限に活用。そして大剣故の重さを『技』で退ける。一つ一つを丁寧に、最速で。

 盲目。武器はナイフ一本。体力は限界。ポーションは0。僕はレベル5に対し、相手はレベル7。さあ、ここからはミスれば僕の命は容易く消え去るぞ。身に付けた全部、余す事なく使え。

 

 ───二分

 

 斬り上げ、受け流し、横一閃、回避、回転切り、受け流し。攻撃と防御と回避を繰り返す。

 視覚と味覚と嗅覚の神経を消して他の感覚に回せ。空気の揺らぎを感知する触覚を、この領域を把握する聴覚を強化しろ。余計な情報を捌き切れ。集中しろ。もっと、もっと。

 

 ザルドさんの焦りが消えたのを感じる。何処か必死さ、夢中さを思わせる感覚。打算もない。ただ純粋にやり合いたいという意思。

 僕との戦闘を楽しんでいるのだと、そう思う。わからないけど確信があった。焦りが消えて集中する彼ならば、盲目の僕なんて殺せた筈だ。多分僕を()()()()()()()()()()()()()()()()()。ザルドさんの能力を知らないけれど、少なくとも純粋なスキル無しの能力だけで戦ってるとしか思えないから。

 僕も、懐かしさを思わせる様な雰囲気に思わず甘えていたかもしれない。

 

 ───三分

 

 でも、もう終わりにしよう。この戦いに、決着を。

 

 

「─────ッ!!」

 

 

 それを察知したのだろう。ザルドさんは両手で大剣を構え、純粋な能力値による全力を叩き込もうと力を貯めている。僕は一度距離を取り、加速の勢いを乗せるために地面を蹴った。

 白い光に包まれた黒の刃と大剣が重なり合う。一瞬の静寂と、一拍置いた後の爆音と衝撃。右耳の鼓膜が破れる。衝撃で右手の骨に(ひび)が入った。猛烈な痛み。当然だ。強化してるのはあくまで威力であって強度じゃない。僕の耐久では真正面からの衝突に耐えれないのは分かっていた。

 

 でも、それでも───押し切る!

 

 

「───ァ」

 

 

 骨の罅が広がる。

 

 

「───ァア」

 

 

 激痛が腕を駆け抜ける。

 

 

「───ァアアッ」

 

 

 それでも、意地を貫け。

 周りからの声援を、勝利の讃歌にする為に!

 

 

「ァァアアア───ッッ!!」

「……ッッ!?」

 

 

 光が、暴発する。集束された輝きは解き放たれて、この場の衝撃に終焉を告げる。

 一際大きい金切り音。その衝撃波は上に流れ、ザルドさんの体躯を弾き飛ばす。恐らくザルドさんも相当な痛手を負った筈だ。でも決して致命傷となる一撃じゃない。三分では足りなかったか? いや、そもそも三分が限界地点だった。それ以降の畜力は不可能だと断言していい。僕の身体がついていかなかったと。

 

 だから、()()()()()()()()を切ろう。

 

 僕はザルドさんを吹き飛ばした直後に左手を腰に回し、袋に指を突っ込む。一つの石を掴むと同時に更に英雄願望を使用。体力はとうに限界を迎えている。精神力(マインド)を多く消費する事で無理矢理発動させ、リン───と、三秒。

 動かない身体は地に膝をつく。好都合だ。ふらつく身体を直立させたままでは狙いが定まらない。

 

 ザルドさんも可能性は考えていた筈。【魔法】という不確かな情報を。僕はこの時代に訪れてから、対闇派閥に於いて一度も使った事がない。故に隠されてきた情報。二週間以上も仕込まれた、長期の駆け引き。

 だからこそ刺さる、圧倒的な利点。例え魔法を注意していたとしても───上空に飛ばされて身動きが出来ない身で、詠唱不要の速攻魔法を回避する事は出来ないッ!

 

 火炎石は範囲が広いけど、上空ならば周りへの被害はないだろう。だから、遠慮なく発動できる。

 英雄願望で強化された火炎石を上空に投げ、左手を掲げて固定砲台の如く構え、そして「まさか」という雰囲気を出すように呼吸を止めたザルドさんへと向けて、放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファイアボルトォォォォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




※このベル君、盲目状態です


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To be continued


 今回めっちゃ短いです。ただちゃんと続きますのでご安心を。いや暗黒期の続きとか安心しちゃダメなんですけどね



 

 

 ───少女は眼を見張った。

 賛美が舞い上がる。歓喜で包まれる。笑顔で、満たされる。オラリオの一箇所で異様な盛り上がりを見せる場所に興味惹かれ、女神(ロキ)の引き止めを無視して駆け出した。

 金の髪は揺れ、その身体は風を纏い、やがて辿り着いた先に、【英雄(ちち)】の姿を見た。……実際には全くの別人だが。

 

 真っ白な雪の様な髪に、白に近い灰色の軽鎧(ライトアーマー)にマフラー、白い光に包まれた漆黒の刃。対するは巨躯に大剣。

 一目見て理解した。ああ、あの男の子は巨躯の男に敵わないと。何も適当に見た目だけで判断している訳じゃない。仮にもレベル3に至った観察眼と勘は、相手の適切な実力を測るくらいならば訳もないだろう。だからこそ確信する。絶対に勝てないと。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 威圧も風格も巨躯の男の方が圧倒的。にも関わらず、白い光を携える男の子の姿に英雄を重ねた。もしかしたら勝てるのかもしれない。

 

 そしてその答えは、事実として表れる。大剣と短剣。本来であれば打ち合うべきですらない武器同士。受け流していた三分間とは違う、真っ向勝負。到底打ち勝てるはずもない差があった。……のに、男の子は打ち勝って見せた。右腕の骨を軋ませて、激痛に雄叫びを上げながら、小さな体躯で巨躯を吹き飛ばし───そして、勝利の咆哮を上げるが如く炎雷を轟かせる。

 爆風に揺れるマフラーと白い髪。威風堂々とは言えない情けない姿。でも不可能を可能にしたその英雄の背中を見て、少女は思う。

 

 

 ───どうしてもっと早く現れてくれなかったの?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 上空で猛々しく鳴り響く爆音。耳元で弾ける雷音。閉じてるが為の暗闇の視界に微かに入る光。決して一般人の人達に当たらないように、だが相手には必ず当たるように放たれた速攻魔法。パラパラと瓦礫が落ちる音を耳に、僕は確信した。

 

 ───()()()()()

 

 一般人の人達も、多くの冒険者も、強大な爆発が収まると同時に歓声を上げている。跡形も無く吹き飛ばしたと。でも第一級冒険者を筆頭に確信が頭を占めているだろう。確かに強大な威力、確かに脅威。しかしこの程度で跡形も無く消え去るはずがない。

 本来であれば未だ倒れないザルドさんの姿に驚異を見せていた筈の人達が歓声を挙げるなどあり得ないんだ。歓声が上がってるということはザルドさんの姿が無いということ。つまり爆発で全ての人の視界が眩む一瞬で逃げた事に他ならない。

 

 足音は聞こえない。もう遠くに行ったか。それだけの速さで動けるというのなら、満身創痍の僕に止めを刺すなど造作も無いはず。つまりこの一戦は()()()()()ものだと考えるべきだ。

 ……本当に、どんな目的があるのか。

 

 とは言え、仮にも勝った身が地に手を着いてばかりでは格好もつかないだろう。情けない勝利だし、一対一はあくまでも我儘。それでも勝った身であるなら、安心感を与える様にしなきゃ。

 そして誓おう。今度こそ勝たされるのではなく、勝ってみせると。

 また、越えるべき壁が出来た。

 

 

「……っ」

 

 

 意地で立ち上がるけれど、足がふらつく。当たり前だ。体力が尽きてる中で半ば無理やりスキルを発動させ、体力どころか精神力(マインド)も限界を迎えている。気絶していないのが奇跡だ。正直に言ってしまえば、もう眠りたい。

 近くに壁があるのを感じる。地面に頭から突っ込むよりはマシかな。僕は背中を壁の方に向けて倒れ込んでいく。ズルズルと身体は下がり、やがて座る形となった。

 

 

「お見事」

「────ッ!? ぅ……」

「ああ、静かにしていろ。気絶寸前を演じ、意識はこちらだけでなく周りに分散。安心しろ、今手を出すつもりはない。……アルフィア、勇者(ブレイバー)は?」

「……考え込んではいるようだが、我々の存在には気付いていない」

 

 

 この、声は……。

 

 

「……」

「罵倒されるくらいは覚悟していた。……何も言わないのだな」

「……ザルドさんも、貴方も、優しい人……にしか、僕には見えません。それに、誰も殺されてない……ですから。『女の悪戯くらい笑って許せるようになれ』って、教わりましたし……」

「……悪逆非道を『悪戯』で済ませるか」

「ははは、流石英雄は言う事が違う。……アルフィア、お前のお喋りのために俺はここに来た訳じゃないぞ。分かっているな?」

「……勝手にしろ」

 

 

 僕が寄りかかっている壁……恐らく民家。路地裏近くなのだろう。多くの人が見れない位置にいる二人。いや、一人と一柱。うち一人はザルドさんとの戦闘時にも感じていた通り、あの教会で出会った銀髪の女性。……アルフィアさん。

 そしてもう一柱は、男神。仮にも闇派閥の一員であるアルフィアさんと一緒にいると言うことは……闇派閥の主神、だろうか。

 

 

「さて、リオンの意思が定まったのはお前の影響だと勝手に判断させてもらう」

「……! まさか、神エレン……」

「ああ、それは偽名だ。正しくはエレボス。暗黒地下の神……まあ今は所詮人の身に過ぎないが」

 

 

 リューさんから『正義』について問われた時、あの人の意思がそう簡単に揺らぐとは思えなかった。だから原因を探り、輝夜さんとライラさんが推測混じりで話してくれて、『神エレン』が原因だろうと話してくれた。

 だから知っていた。二人はキナ臭い神だと言っていたけど……当たっていたようだ。

 

 

「……下手な問答をしなくて済むのは此方としても助かる。ここまで言えば分かるだろう、英雄。では問おう。お前にとっての“正義”とは何だ?」

()()()

 

 

 ───淀みはない。躊躇いはない。僕にとっての正義なんて、最初から決まっている。英雄になりたい意思。

 それでも僕の心に従う為に、僕自身すら偽る、そんな偽善者だ。偽善者(えいゆう)である事。それが僕の答え。

 

 

「……ふぅむ、なるほど。本心から“偽”を語るか。これは面白い」

 

 

 僕から答えを聞き出したのが満足なのか。でも何処か物足りない雰囲気というか……求めていたのとはまるで違うような、そんな声音。

 なぜ正義を語り掛けるのか。そうやって考えていると、フィンさんの声が聞こえてきた。

 

 

「っ、象神の詩(ヴィヤーサ)! 万能薬(エリクサー)は持っているか!?」

「えっと……一つだけなら! 幾つか必要なら私のファミリアの人達が持っていると思う!」

「いや、一つでいい! 僕達の傷より、先に彼の眼を!」

 

 

 フィンさんは深い思考に陥っていたのだろう。僕に視線を向けてから、慌ててそれどころじゃないという風にアーディさんへと問い掛けた。

 受け答えが終わると、アーディさんの気配が近付いてきた。

 

 

「おっと、流石にもう無理だな。……誇れよ英雄、お前は全てを救った」

「……待、て……!」

 

 

 ヤバい、意識が薄れている。呂律も回せるかギリギリだ。いや、それでもいい。倒れても構わない。でもこの一瞬だけは意識を保つ。その為に()()()()()()神エレボスを停止させる。

 

 

「はは……流石の俺でも、傷ついた眼で睨みつけられたのは初めてだぜ。こんな感じなのか……」

「……見た事ないのか?」

「ない。寧ろあるのかよ、流石の俺でも恐怖を覚えるぜ? ヘラ・ファミリア」

 

 

 空気が眼の傷口に触れる。ただでさえ感じていた気持ち悪さは倍増。でもこの痛みのお陰で、なんとか意識は保てていた。

 この一瞬で、問い掛ける。

 

 

「なんで、正義について……訊くんですか……?」

「絶対悪たる俺に対立する正義に興味が湧いただけだ。行くぞ、アルフィア」

 

 

 遠ざかる足音。開けた視界に映る黒髪の男神と銀髪の女性。意識が薄れる。視界が閉じていく。やがて眼は閉じ。深い眠りへと落ちた。

 

 ああ、丸一日は寝込むかなぁ……───

 

 

 





 ご拝読頂き、ありがとうございます。
 次回以降についてのご報告を。今回までの経緯を見れば分かると思いますが、ベル君による『エレボス作戦・作戦前提の阻止』が行われた為、アストレア・レコードの様な時間稼ぎの自爆特攻や神送還のカモフラージュが実行されません。
 とどのつまり、二部で本来やるべき内容全カットです!

 ……はい。三部公開まで進展ほぼ無しです。
 と言っても更新停止という訳ではなく、恐らく少しは投稿するかと思われます。ほぼ繋ぎ回みたいな形になりますが、それでも良ければこれからも宜しくお願いします。

 ではまた次話で!


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“りそう”への未練


 一週間、お待たせしました。
 今回は輝夜の話になります。ロリアイズやロリシルとの話を期待された方には申し訳ありませんが、次話以降となります。



 

 

 両目に浅い傷、体力・精神力(マインド)の許容量オーバーによる脳と身体の過度な疲弊。右腕の骨に(ひび)。そして()()()()()

 僕が目を覚ました時に12歳の小さな医師(アミッドさん)から告げられた、今回の戦いに於ける僕の症状の全てである。……怖かった。僕より遥かに小さいはずの女の子なのに迫力が段違いだった。まあ、遠征帰還後とその後の無理矢理動かした時ほどの怖さではなかったけど……。いや、怒られる事に優劣とか着けちゃダメなんだけどさ。

 

 両目の傷と右腕の骨はやられてから十分と経たない間に万能薬(エリクサー)で治したから平気だったけど、一度限界を超えた体力と精神力に関してはポーションの類でどうにかなるものではない。僕の予想通り丸一日寝転んで、漸く目が覚めたというところだ。

 そしてもう一つ、五感のズレ。戦闘中に奪われた視覚、戦闘に必須では無い味覚と嗅覚に回していた神経を無理矢理聴覚・触覚に回していた影響……なのかな。それが原因で、視界が微かにボンヤリと。鼻から感じ取れる匂いは鈍く、食事を摂っても味が薄く感じてしまう。逆に耳はちょっとした音にも反応してしまい、身体中敏感になっている。……変な意味じゃなくて、空気の感じ方だったり、暑さ寒さに対する感覚が別物なのだ。

 五感の一部がない代わりに他の感覚が鋭くなる、という例は割と多いらしいんだけど、意図的に一部を無くし他を強化するっていう手段を取るのは事例が少なくて……どうも医療系のファミリアでもどう扱うべきか悩んでいるらしい。

 

 とはいえ、意図的に弱化・強化したなら意図的に戻す事も出来るだろうと結論が出て。実際に何十回と集中して繰り返せば、元に戻った。

 眼の傷、右腕の骨、五感に関してはこれで元通りだ。後は───

 

 

「すみません、リューさん。折角の休息日にマッサージをやらせてしまって……」

「気にしないで下さい。あの抗争に於いて、貴方は最たる功績を残した。その反動を看病する程度は、苦ではありませんから」

 

 

 体力が減るにつれて疲労が蓄積していった筋肉……主に脚のマッサージを、現在リューさんにして貰っている。もちろんアストレア・ファミリアとなると働き。フィンさん、及びギルドからの命令は多い。回復も前衛も出来るリューさんばかり休ませるわけにもいかないので、ローテーションで其々が休息を取っている形だ。そして、休息中の人にマッサージを担当して貰っている。

 ……と言っても、目が覚めてからまだ二日目。初日はディアンケヒト・ファミリアの人が付きっきりで固まった筋肉を解してくれて、今日はちょっとしたケア。後1日もすれば問題なく動けるようになるだろう。

 

 

「レベル7を単独で抑えるのは、流石の一言です」

「ある意味、幸運が重なったと言わざるを得ませんが……」

 

 

 多分あの時に目を失ってなければ、単調な攻撃ではなく読み辛い動きを加えてきて最後の調整が終わらず叩き潰されていただろう。抗争前に闇派閥に対して魔法を放てる状況下があれば、ファイアボルトの情報が相手に伝わっていた。火炎石による都市中爆破という手段を相手が取らなければ、攻防を繰り返しながら蓄力(チャージ)する感覚を得ていなかった。

 その上でザルドさんが僕に止めを刺さずに逃げたから、今の状況が出来ている。本当に幸運と呼ばなければ何と言うのか。

 

 ただまあ、何と言うべきか……。目が覚めてから、ほぼずっと視線が付き纏っているのだが。いや看病されてるからとかじゃなくて、遠くの方から自分の場所をピンポイントに打ち抜く視線が二つあると言うか。不幸とは言わないけど……なんだろう。監視下に置かれている様な感覚と、獲物として目をつけられている様な感覚。

 多分……多分だけど、一つはフェルズさんだ。まあ得体の知れないレベル5がこの時期に急に現れてレベル7を退ける、なんてウラノス様からしたら疑う存在だろうし、まだ分かる。もう一つが未来で僕がオラリオに訪れた時、暫くしてから感じていた視線だ。つまりバベルの塔上層から感じるもので……そうなると、フレイヤ様からの視線……だろうか。

 

 昨日は文字通り一日中見られていたし、今日は多少マシになってるけど……やっぱり見られてる。リューさんが気付いてないという事は、僕にだけ向けてるのだろう。

 ……美の女神に目をつけられる様な事、したかな……。いや、してる。フレイヤ・ファミリアの方々を悉く一掃した相手を退けてる。よくも面子を潰してくれたなという圧……? いやそれにしては好意的な視線だけど……。

 

 

「……そう言えばクラネルさん」

「? はい」

「言い忘れていました。アーディを助けてくれて、ありがとうございます。本人から伝えてくれとの事でしたので」

「……あー、えっと……あの後どうなりました?」

 

 

 アーディさんは僕の事を応援しに来てくれたけど、よくよく考えてたら戦いの場に一般市民を連れて来た危ない行為だ。都市中の警護に一番当たっているガネーシャ・ファミリアの団員ともなると……。

 

 

「シャクティから随分とお叱りを受けた様で、今は謹慎中との事です。幸いと言いますか、不幸にもと言いますか……現在は人手が足りてるので」

「……それだけで済んだんですか? 僕のイメージ的には、シャクティさんってこう……『規律を重んじる!』って、そんな感じでしたが」

「曰く、神ガネーシャの語りと……貴方が示した“結果”が影響した様です」

「あはは……」

 

 

 喜ぶべきなのだろうか。

 

 

「何より、落ち着いたとは言えまだ闇派閥を全員捕まえたわけではない。下手に罰を与えるよりは、余力を残して貰った方がいいとの事で……つまり、完全に平和が訪れた時への貯金……との事です」

「それは……怖いですね」

「ええ、それはもう」

 

 

 思わずアーディさんに向けて合掌してしまった。アーディさんが怒られる原因を作ってしまった加害者的な気持ちである。

 

 

「それと更に一つ、此方は勇者(ブレイバー)からの伝言です」

「フィンさんから……?」

「『ベル、体調が良くなり次第『黄昏の館(ロキ・ファミリア)』へ再度訪れてくれ。此度の抗争に於ける報酬を払う』……と」

「……報酬?」

 

 

 今回の抗争は、言わば『オラリオの無事』が総員の報酬みたいなモノだ。僕も違わない。なのに報酬……? ……まあ、断ればいいかな。言伝だと失礼だし、会ってから答えよう。

 

 

「……そうだ、リューさん。一つ聞きたいんですけど」

「はい?」

「僕、輝夜さんを怒らせる事しましたか?」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 気不味い。それが翌日の感想だった。

 腕はほぼ問題ないが、やはり未だ重い僕の脚。それを無言でただ揉み続ける輝夜さん。僕から話し掛けるべきなのだろうか……いやでも下手に会話を振って地雷を踏んでも輝夜さんを困らせるだけだし……。

 

 

「……貴様の技は」

「は、はい」

「まだ無駄がある」

「……?」

「戦闘時に於いて視界から外れる行動……特に身体を沈める時は、反動を使うより力を抜く動作の方が良い。筋肉酷使の時間が長いから現在こうなっている」

「いづっ!?」

 

 

 れ、レクチャーされてる? 僕の脚を叩いたのは、こうなるのは未熟だからという言葉の代わり?

 

 

「えっと……輝夜さん、怒ってます?」

「……」

「あの、僕が何かしたなら謝ります」

「………はぁぁああ……」

 

 

 凄く長い溜め息。表情を整える為なのだろうか。輝夜さんは何処か呆れた様な顔へと変わり、同時に申し訳なさそうな声音で話し始めた。

 

 

「すみません。ただの八つ当たりです」

「へ?」

「原因は貴方様に当たりますが、大部分は私の未熟な精神のせい。心配をお掛けしました」

 

 

 八つ当たり? 僕の行いが原因……。輝夜さんが不機嫌になったタイミングを考えると、あの抗争の時にした何か……?

 

 

「……えっと、聴いてもいいですか?」

「相変わらずのお人好しですね。普通八つ当たりなどと言われれば、殿方であれば憤慨でもしそうなものですが」

「そ、そうですか?」

「……まあ、貴方からしたらそれが『当たり前』ですか。ええ、だからこそ話そうとも思える。……聴いてくださいますか?」

「もちろんです!」

 

 

 輝夜さんの話……この人から話すというのは凄く珍しい。マッサージされながらというのは聴く姿勢としてはちょっとアレだが。

 

 

「私は現実主義者です」

「……そう、ですね」

 

 

 輝夜さんの『正義』は聴いたことがある。あくまで力を振りかざす為の武器だと。大義名分、正当化させる為の武器。言い方は不味いけど、輝夜さんなりに『悪』を倒す為の言葉なのだと知っている。

 そして、彼女が目指すのは実行できるか全く不明な全てを救う理想よりも、確実に救える手立てのある現実だ。

 

 

「ただ、本心では全てを救う理想を捨てきれないのです」

「……」

「未練、と呼ぶべきでしょう。私は現実に裏切られた。それでも理想を、英雄(りそう)を、現実(りそう)を……見限れない、ただの子供の夢」

 

 

 ……ああ、なるほど。輝夜さんは今回の抗争でも犠牲を前提にしていた。いや、多くの冒険者は犠牲者を覚悟していたのだろう。輝夜さんの様な意思を定めていないだけで。

 だからこそ、僕の行動が原因となった。冒険者も、一般人の一人も、ましてや闇派閥すら残さず生存させて抗争を終わらせたから。

 

 

「子供の頃に裏切られたからこそ、今更抱いているのでしょうね……」

 

 

 ……あれ。そういえば輝夜さんの名前って、『ゴジョウノ・輝夜』……聞き覚えがある様な……。いや、未来のリューさんから聴いてとかじゃなくて、似ている名前を聴いたことがあるというか。……ゴジョウノ……ジョウノ……サンジョウノ……? 春姫さん?

 

 

「あ、あの、輝夜さん。サンジョウノ・春姫って名前を聞いた事は?」

「春姫? その名は知りませんが……サンジョウノという家名は、極東中央政府『朝廷』に仕える神事担当の家系です。もしや極東出身の知り合いというのは」

「あ、いえ。輝夜さんの“技”に関してはまた別の極東の人で……」

「……なるほど。しかしそうでしたか、極東の知識もあるのですね。という事はゴジョウノ家が暗部担当である事も知っているのでしょう」

 

 

 ……え? 暗部担当?

 

 

「まあ、予想通りです。極東はそのものがファミリアと呼んでいいほど大きなものです。恐らくファミリア規模で言えば世界的にみても最大級かと。しかしそれ故に島国内での争いが絶えず……私の考えはその頃から確立されていったのです」

 

 

 すみません知りません予想もしてません知らない事が多いです。

 春姫さんがかなり高貴な生まれだって聞いてたし、時折見せる振る舞いは高貴のそれだからこそ輝夜さんも似たような立ち位置なんだなって思ってただけで、極東がどういう状況で輝夜さんがどんな役割だったのかは知らないんです。

 

 

「だからこそ妥協していた。ただ……貴方の行動と結果で、私の意思は揺らいでいる。……ああ、考えれば考えるほど苛ついてきた。所詮は男一人でひっくり返る程度の思想を持っていた私に怒りが止まらん。チッ、争いなぞ下らん。なぜ血に塗れるのが楽しいのか。やはり闇派閥なぞ滅ぼすべき……」

「輝夜さん、止まって。あの力入ってて脚がいたたたたたッ!?」

「……申し訳ありません。要は『勇気を出せばひっくり返ったかもしれないのに勇気を出さなかった私に怒りを抱いている』ということです。勇気を出さない正義……そんなものに助けられる存在が、哀れで仕方がない」

 

 

 ……過去から植え付けられた価値観。僕でいう、英雄願望みたいなもの……だろうか。僕のは前向きな憧れだけど、輝夜さんは失望したが故の妥協……って考えるべきかな。

 

 

「……じゃあ、これから叶えて行きませんか?」

「は?」

「確かに、昔からの価値観というのは簡単にひっくり返るものじゃないと思いますが……輝夜さんは理想を捨ててない。それを自覚してるなら、きっと叶えられると思うんです」

「……ぶぁあーかめ。叶えられるなら疾うの昔に叶えているわ! だからこそ……私にできる範囲に妥協しているのだろう」

「僕が居ます」

 

 

 輝夜さんに今必要なのは、成功させた実績による自信だ。なら、実際に救った僕が宣言しよう。……あまり堂々と放つのは照れくさいけど、誇りを以て救って見せたのだ。ならば胸を張っていい。

 

 

「この抗争で全員を救った、理想を叶えた僕が居ます。僕一人で叶えられたなら、僕と輝夜さんの二人でならもっと沢山の理想を叶えられると思うんです」

「……貴様という奴は、本当に……!!」

 

 

 あれ、また怒った……?

 

 

「も、もちろん僕と輝夜さんだけじゃなくて! アストレア・ファミリアの皆も、ロキ・ファミリアの人達も一緒にって事で!」

「……ふぅ。そうでした、貴方はそういう人でしたね。本当にお人好しで……しっかりと英雄をしていらっしゃる。ただ時々ポンコツですね。そんなポンコツ英雄様には、寄り添う仲間も必要でしょう」

 

 

 輝夜さんは顔を真っ赤にして怒ったと思ったけど、直ぐに落ち着いた表情となり、僕もドキッとする様な晴れやかな笑顔で口を開いた。

 

 

「言質、頂きます。責任とって下さいね?」

 

 

 





 三部始まるまでに少なくとも二話は書きたいところ……。具体的には『アイズたん“ママ”と“父”で葛藤』と『美神の猪人、思い出の言葉』の二つを……!


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七年前の憧憬

 

 

「さて、先ずは礼を述べるとしよう。ベル、都市防衛への多大な尽力、感謝する」

 

 

 僕がロキ・ファミリアに訪れると、既に話が通っていたのだろう。僕の姿を見た門番の人は二人のうち一人が黄昏の館内に入っていき、もう一人が僕を外で引き止める。まあ僕が来るタイミングを完璧に読むのは……うん、多分無理だと思う。来たら知らせるようにと伝えて、その間はギルドからの要請に対応していたのだろう。

 黄昏の館に来て数分、館内に入って行った一人が戻って来て、中に入って良いと知らされた。一応五日前(抗争前日)まではホームに訪れていた時と同じ対応だ。案内の必要がないとでも言われたのか、門番の人が着いてくる気配はない。

 

 やがてフィンさんの部屋に辿り着くと、挨拶から始まり、そして礼を言われた。

 

 

「すまないね、どれほどの損傷状態かは別ファミリアの僕達には知らされていないんだ。調子は大丈夫かい?」

「少し身体は重いですが……後1日もあれば万全の状態に戻ると思います」

「それは何よりだ。じゃあ報酬の件なんだけど」

「それなんですが、僕としては自分だけ特別扱いされても……他の人には出てないんですよね? だとしたら、報酬は頂けません」

 

 

 全員に行き渡る報酬であれば、アストレア・ファミリアの財産事情も考えて受け取ってはいたけど……リューさんの話し方的に、この報酬は僕だけに渡されるモノと予想できる。皆んなが都市を守っていたのだから、僕個人にだけ充てられる報酬は受け取れない。

 フィンさんは苦笑した。

 

 

「だろうね、君ならそう言うと思った」

「……?」

 

 

 そう言うと思っていたのなら、そもそも報酬を渡そうとしなくても良かったんじゃ……? 一応今回の件はフィンさんからお願いされたモノとはいえ、あくまでファミリア同士都市を守る為に結託しただけだ。事前に約束していたなら兎も角、今回のは報酬がある無しで関係上に亀裂が走るものではない。

 ならフィンさんが態々僕を呼んだ理由は……別件でもあるのだろうか?

 

 

「別件は無いよ」

「……フィンさんって他人の思考でも読めるんですか?」

「あはは、よく言われる。けど僕のはただの推測と勘だよ。君の性格を考えると、()()()()()の考えには行き着かないと思っていたし」

 

 

 そっち方面?

 

 

「ではベル、君の『他人から見た経歴』を逆算で思い返そう。君は都市の全てを救った。アストレア・ファミリアとして動き始めた。これがこの二週間少しの君の動き。さて、ではその前は?」

「……あ」

 

 

 そ、そっか。幾ら実績を作ったからって、僕が一ヶ月すら経たない間に現れたレベル5だというのは変わってない……。つまり今回のこの報酬って、ロキ・ファミリアからの感謝ってよりは、ギルドからの……。

 

 

「うん、ギルドからしたら君は救世主で、同時に未知数な存在だ。急に現れたなら、急に何処かへ行ってしまう危惧がある。だからどうしても繋ぎ止めておきたい……と、そんな裏事情があるんだよね」

「な、なるほど」

「ちなみに支給金は3000万ヴァリス」

「3000万!?」

 

 

 ぼ、僕一人にそれだけの予算を……?

 

 

「……ベル、君はもう少し自分の価値を正しく認識するべきだな」

「へ?」

「正直、この予算は低すぎる。君の戦績、及びこれからの期待値を思えば、この倍は欲しいところだ。バロールクラスを単身で退けた実力を考えれば、その気になれば3000万は一ヶ月としない内に集められる額。……全く、ロイマンには参ったものだな。交渉した結果が3000万だ。リヴェリア(ハイエルフ)から文句の一つでも出れば変わるものか……。後で提言する。すまないね」

「い、いえ充分です!? そんな高予算で欲しいモノって僕にはありませんから!」

 

 

 き、危惧してた『白幻』だって僕の手元に戻って来てた訳だし……。既に直剣を貰っちゃってるのもある。魔法スロットの数を考えれば魔導書を貰えるのが一番だけど、ステイタス更新が出来ないと意味ないし……。

 実際、今の僕が欲しい物というのは中々ない。レベル5となって新調した防具は第一等級にも劣らず、武器は特性を考えて使えば通用する。下手に魔道具を貰っても使う機会がないだろう。3000万を直接貰ったとしても、使い道は装備整備の依頼や食事くらいになる。

 

 

「だが、建前は必要だ。君が要らないと言っても、ギルドからしたら保証が無い。つまり不安な訳だ」

「え……う……ん〜……うぅ……欲しい物……欲しいモノ……」

「娼婦と一晩過ごすかい? 強き者を好むアマゾネスは歓迎してくれるかもね」

「しょっ!?」

「冗談だよ」

 

 

 ふぃ、フィンさんってこんなに下ネタ言う人だったっけ?

 

 

「さて、保証品が無くては僕としても困ったな。ギルドが君への信頼を築けないとなると、組める作戦も狭くなる。全面的信頼が置かなければ重要部分が任せられなくなるからね」

「う、ぐ……? ……あの、フィンさん」

「うん?」

「まさかとは思うんですけど、僕を揶揄ったりしてます?」

「……ははは、まさか?」

「揶揄ってますよね!?」

 

 

 なんか妙に僕を追い詰める会話だと思ったら、意図的かこの人! 苦笑でも満面の笑みでもない、愉悦を感じているかの様な笑みの仕方になってるんだけど!

 

 

「いや、なに。アレだけの実力を持つのに、めっぽう弱い部分を見るとね。はははっ」

「ほ、本当は保証品とか」

「ンー、それはあるべきだね。今までの会話は意図的ではあるけど、決して嘘ではない」

「……こ、壊された建物とか地面とかの修繕費に回すとか」

「それは別途で送られているし、君個人への品ではなくなってしまうかな」

 

 

 ……今度は真面目な顔だ。愉悦とかじゃなくて、実際あるべきなのは確かなのだろう。でも欲しい物って言われても……。

 

 

「……何もないのであれば、僕から一つ提案しようかい?」

「提案?」

「短剣の製作依頼だ」

「……えっと、武器はもう充分に揃って───」

「本当に充分かな?」

 

 

 ……直剣に短剣・ナイフ。流石に槍は使えないけど、長距離に対応できる魔法はあるし、中距離ではゴライアスのマフラーを振り回す武器として利用できる。充分に揃ってるとは思うけど。

 

 

「君との共闘はした事がないから、アストレア・ファミリア程の理解は及んでいないけど……。ベル、君は遊撃向きの戦闘スタイルだ。だからこそその武器構成で満足しているのだと思う」

「はい」

「でも同時に単身で強い能力を持っている。要はどのスタイルにも対応出来る潜在を持ってるんだよ。だから基本戦術を捨てた真正面からの戦闘でザルドにも対抗出来た」

 

 

 ……確かに、一撃必殺を出す為の溜めを作る動作を抜きにしても、イグアスとの戦闘などを思い返せば分かりやすい。一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)じゃなくても、僕は充分にやり合えている。基本戦術はあくまで効率がいいし、連携時もバランスが取れるから行っているだけで、場合によっては他のやり方も出来る……と思う。

 

 

「けど僕の見立てだとね、君はもう少しザルドに優勢な立場を保てたと思う」

「え?」

「短剣やナイフは、相手の武器と離れすぎない性能さえあれば逸らす為の武器としては優秀な装備だ。幅が狭いからこそ精細な動きを可能と出来る。ザルドの攻撃を君が防げた理由だね。だがもう三つほど優秀なところがある。内二つは君が実践済みだ」

「……持ち手が狭いから、自動的に双剣スタイルになる事。後は……投擲、ですか?」

 

 

 小さい武器だからこそ高速且つ精細な動きを可能として、二つある事で選択肢を広げる事が出来る。それ以外の実戦した事となれば、投擲以外はないだろう。

 ……そっか。確かにザルドさんと戦った時は、ナイフ一つで戦っていた。白幻を装備したところで耐久値が足りないと思っていたから頭から離れていたけど、ヘスティア・ナイフで受けるのが基本だと見せれば、相手を白幻の持つ方へと誘導できる。それを先読みしてヘスティア・ナイフで逸らし、直後に白幻を放てば……明らかにナイフ単体で戦うよりも優勢に持っていけた。

 

 

「うん、その通り。もう一つは分かるかい?」

「……フィンさんの提案から察するに、他の武器とは違って多く装備できる事……ですか?」

「そう。短剣やナイフは、刀身が40C以下のものが基本。僕の様な小人族(パルゥム)なら兎も角、ヒューマンである君なら身体の何処にでも装備し放題だ。かさばらないように抑えたとしても、両足両腕一本ずつの四本、腰二本、脇に二本……計8本の装備が出来る。鎧に仕込めば更に装備できるだろう」

 

 

 ……なるほど。僕はきっと読み合いならばフィンさんには勝てない。けど8本の武器を装備すれば、それだけで充分な駆け引きにできる。見せるが故の駆け引き……そんな事もあるのか。秘匿してたから刺さった魔法とは逆の発想だ。

 

 

「さて、どうする? 僕としては君にとっての最善がこれだと思う。しかし魔道具などの補助装備、或いは武器の種類そのものを変えるという選択肢もあるだろう。僕の考えに従う理由は何処にもないけど……」

 

 

 ……ステイタスが更新できない現状で、強くなるという手段が存在するならば、それは技や駆け引きの上達に他ならない。その為に選択肢を広げる手段があるというなら、それこそ乗らない理由はないだろう。

 

 

「是非とも、短剣でお願いします」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 き、気不味い……。これが、アレか。神様が言う『でじゃぶ』っていう奴か。

 昨日の輝夜さんと似たような気不味さ。……目の前に凄く小さなアイズさんがいる故だ。いや、あくまで偶然だ。偶然ダンジョンから帰ってきたアイズさんと会ってしまっただけ……。ふぃ、フィンさんに短剣の形状や刀身サイズの要望は話したから、後は帰るだけ……なんだけど……。動けない。アイズさんが凄く僕を見てくるから全然動けない。

 

 初対面の筈だから、何かをしたって訳でもない。何だろう……。

 

 

「……ねぇ」

「は、はい?」

「戦って、欲しいな」

「はい!?」

「いくよ」

 

 

 あ、今の驚きが肯定に聞こえたのか!? いやでも待って、ここロキ・ファミリアの館内だから無闇に戦闘とか出来ない……!

 い、今すぐに引き抜けるのはヘスティア・ナイフ。館を壊さないように僕の内部で力を受け止めるしかないか?

 

 

「───阿呆」

「あうっ」

 

 

 杖……と、この声は、リヴェリアさん?

 突進の構えを取ってたアイズさんは突然頭に落とされた杖を避けれず頭を押さえている。……杖って、素材によっては鈍器としても扱えるからなぁ。今のアイズさんって確かレベル3だから……そのアイズさんでさえ痛がってるってなると、一体どんな素材を使ってるのだろう。

 先の件でフィンさんに「魔力補正型の魔道具を短剣に加えることって出来ますか?」って聴いたら、「出来るけど凄く高いね」って言われたし、それを付けてる魔導士の杖って……一体どれだけ高いのか。それを容赦なく鈍器として扱ってる事にちょっと怖くなったかもしれない。

 

 

「オラリオを救った者に対する態度ではなかろう、アイズ。彼の事を気に掛けていたのは分かるが、いきなり戦いを挑むな」

「むぅ……」

「えっと……僕、アイズさんと会ったことありましたっけ……?」

 

 

 僕が問うと、リヴェリアさんはほんの少し疑問を覚えたような顔になるが、「ああ」と思い出したように呟いた。

 

 

「確か君は眼をやられていたな。であれば視界に入らなかったのは無理もない。この馬鹿者、主神(ロキ)の命令を無視してあの場に赴いていたのだ」

「なるほど……」

「コイツは強さへの貪欲さがあるからな。大方、レベル7をレベル5の身で退けた実力に興味があるのだろう」

 

 

 ……アイズさんに追い付きたいからです、なんて馬鹿正直に話しても、このアイズさんからしたら「なんのことだ」ってなる。絶対に。

 

 

「違う」

「ん?」

「違わないけど、違う」

 

 

 ……?

 

 

「……取り敢えず、お前は頭を乾かせろ。帰ってくる前に血を流してきたのは成長と見るが、まだ濡れているぞ」

「乾かして」

「お前のそれは甘えなのか、それとも戦闘以外の惰性なのか……。まあ良い、私の部屋に来い」

 

 

 アイズさんの言葉の意味は分からなかったし、多分リヴェリアさんも理解していないだろう。未来でのアイズさんも口数が多かった訳じゃないけど……このアイズさんは、凄く言葉足らずというか。幼いからだろうか……?

 ま、まあいっか。これで気不味い思いはしなくて済む。今のアイズさんに見つめられるのは、色々な意味で気不味過ぎる。

 

 

「リヴェリアじゃない」

「……は?」

「えっと……名前、なんだっけ?」

「ぼ、僕ですか? ベル・クラネルです」

「ベル……うん。ベル。ベルに、して欲しい」

 

 

 ……へ?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 命さんから聴いたことのある慣用句の一つに、『二度あることは三度ある』という言葉がある。他の言葉は意味を汲み取らないものもあるけれど、これは言葉通りの意味であり。そして事実その通りの事が起こっていた。

 三度目の気不味い場面。アイズ(むすめ)に何をしたと言わんばかりの視線に、僕は眼を逸らすことしか出来ない。怖い。都市最強魔導士の眼圧が怖い。

 

 ……というか、今の状況ってすごく事案な気がする様な……いや、大丈夫大丈夫。僕が憧れてるのは未来のアイズさんであって、このアイズさんに邪な感情を向けるのは……ない……ないと、思いたい……。

 ……そう! 10歳の妹的な存在を膝の上に乗せて髪を乾かしてると思えば大丈夫!!

 

 

「へた」

「ぐっ……」

 

 

 ふ、拭き方が雑だったかな……?

 

 

「髪、梳って」

「はい……」

 

 

 髪はある程度乾いた……。後は未来によく見たサラサラの金髪にするだけ……。

 

 

「……ちょっと痛い」

「ご、ごめんなさい」

 

 

 ……家だとお祖父ちゃんと二人で過ごしてたから髪の手入れをした覚えなんてないし、神様やリリに対しては頭を撫でるくらいが限界で……髪の手入れの経験なんてないから……。

 

 

「……なあアイズ? 無理にベル・クラネルにやらせずとも、いつも通り私がやるぞ?」

「ベルが、いい」

「えっと……アイズさん。僕もリヴェリアさんがやった方が、手慣れてて早く終わると思うんですけど……」

 

 

 何で僕に拘るのだろうか。

 

 

「……確かにリヴェリアの方が上手」

「うぐっ」

「ベルは下手」

「うぅ……」

「……でも、嫌じゃない」

 

 

 情けなく項垂れる。リヴェリアさんのドヤ顔が目の端に映る。……この顔、是非ともリューさんに見せてみたい。

 しかし、最後に放たれたアイズさんの言葉を聴いて、僕は疑問符を浮かべた。リヴェリアさんの方に視線を移すと、何処か驚いた様な顔を見せて、やがて「仕方ないな、世話が焼ける」と言いたげな笑顔で息を吐く。

 

 

「ベル・クラネル。髪を梳る時は、根元からではなく毛先からだ」

「こ、こうですか?」

「ああ。梳る際には髪が少し濡れた状態がいい。無理やりとかすのは髪が痛むからな」

「んぅ……」

 

 

 アイズさんが心地良さそうな声を洩らしてる。なんか、僕も嬉しい。

 いつもアイズさんに膝枕されてたし……奉仕する側に回るのも良いような……。どうしよう、変にハマりそう。凄く癒される。あの時のアイズさんもこんな気持ちだったのかな。

 

 

 

 

 





 三部まであと少し……。三部が配信されたら見てくれる人が増えますかね?
 今までで一番書いてて楽しい作品だから、なんとしても完結させます!


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ウェスタ

 

 

 

 ───最強は最強故に最強である。

 頂点を示せ。決して揺るがない強き意志を。己が至るは過去最強。例え今が最強であれ、今までの最強では在らず。やがては己に追いつくモノが現れるだろう。そんな漠然とした思想は、追い越した者が現れる事で破壊される。

 やがて? そんな思想をするから負けたのだろう。一体何を驕っている。まだ過去最強にすらなっていない身で、(おまえ)は最強のつもりなのか。

 

 動揺? 言い訳にもならん。己より強いから? 冒険者としての意思が揺らいでる何よりの証拠だ。冒険者は冒険する事でしか強くなる事はできない。己より強いからなど、それを乗り越えてきた自分への、そして多くの者達への侮辱。

 そんな事では見限られるぞ。いや、もう見限られているのかもしれない。かの美神(めがみ)は、この抗争を不殺で終わらせた“英雄”に魅入られている。かの女神は己の欲する者の為ならば止まらない。それこそ、己を見限ってでも手に入れたい何かであれば、己は見限られるだろう。

 

 ……主神の為であれば、それも良いか。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「何たる惰弱……何たる脆弱……」

 

 

 ……どうしよう。いま凄くこの場から逃げ出したい。今日はアストレア・ファミリア組の皆がちょっとした遠征……と言っても、明日には帰ってくるものではあるが、取り敢えず今日はホームにいない。アストレア様は何処かに出掛けているし、夕飯は外で済ませようと思って、『豊穰の女主人』に来たんだけど……この声って多分……。

 

 

「───あ、英雄様! この店にいらしてくれたんですか?」

 

 

 ……ちょっと小さいけど、シルさん……かな? 店の前で立ち止まってたらそりゃ気付かれるよね……って“英雄様”?

 

 

「あの、その英雄様っていうのはやめて頂けると……」

「あはは、あの場に居たらつい見惚れてしまったので。それに皆さんも褒め称えていますよ? あの姿はまさしく───」

「べ、ベル・クラネルです! 嬉しいんですけど、そう大っぴらに言われるのは恥ずかしいので……!」

 

 

 ああ、シルさんもアーディさんの誘導であの場に居たのか……。嬉しい、嬉しいんだけど……未来でかなり近しい関係だった自覚があるので、“英雄様”って呼び名は少し距離感があって……。

 

 

「では……ベルさん?」

「は、はい」

 

 

 ほっと一息。凄く聴き慣れた言葉だ。やっぱりこっちの呼び名の方が安心感がある。

 

 

「シル! 客なら直ぐに案内しな!」

「はーい! ではついでに自己紹介を。私はシル・フローヴァです。ベルさん、お好きな席にどうぞ」

 

 

 ……ん、店員さんが少ない? リューさんはまあ、今はアストレア・ファミリアにいるから分かるけど……黒の猫人(クロエさん)とか茶髪の人族(ルノアさん)とか、見知った顔が少ない様な……。茶の猫人(アーニャさん)はいるけど、雰囲気が違うというか。……まあ七年前ってなると、雰囲気が違う人も居ない人も多いか。

 開店してるとは言え、今は夕飯にはまだ早い時間帯だ。人数は少ない。けど一人客で席を取るわけにもいかないし、初めて豊穰の女主人に訪れた時と同じカウンター席に座ろう。

 

 ……どうしよう、すっごい見られてる。店員さんからじゃなくて、店に入る前に危惧してた声の主……オッタルさん。離れてるとはいえカウンター席だし……。なんでミアさんあの人と真正面から向き合えるの。

 僕が冷や汗垂らしながらシルさんに注文を頼むと、急に肩を叩かれる。

 

 

「よぉ、少年! お前さんもここで食事か?」

「え? えっと、はい」

「ははは、そう固くならんでいい。……ん? 酒頼んでないのか? ミアさーん、酒一つ追加!」

「ええっ!? いや、悪いですよそんな!」

「気にすんな気にすんな! あん時「酒奢るから生き延びろ」つったろ? 俺はただ約束したもん払うだけだ!」

 

 

 あ……あの時の声の人。

 

 

「こうして闇派閥退けて、五体満足で生き延びてくれたんだ! そりゃ祝うしかないだろっ! おいお前ら! 【オラリオの英雄に酒奢った男】って称号は俺が貰っちまうがいいかぁ!?」

「おい抜け駆けは許さんぞ! だったらオレは【オラリオの英雄に肴を奢った男】の称号を頂く!」

「わ、私は【オラリオの英雄に接待した女】の称号を貰います!」

 

 

 ……なんか大変な事になってる。というか取り敢えず【僕に〇〇した男女】と付けて盛り上がる展開というか……。どうしよう、乗りについていけない。おい誰だ【僕の胸板に触った男】とか言った人。待って最初の人、「だったら俺は【不意打ちで肩を叩いた男】」で張り合わないで。

 

 

「では私は、【オラリオの英雄の伴侶になった女】という称号を頂きましょうか?」

「シルさんッ!?」

「おっ、嬢ちゃん大胆だな! こりゃ男の俺達は手を出せねぇっ!」

「……いや、オレはワンチャンいける」

 

 

 ゾッとした。

 

 

「……しっかし、本当にアンタのお陰だ。今の時代、闇派閥がこぞって襲い掛かるような事はザラにあった。こんなに呑気に酒を飲める余裕は無かったからな。だから、まあ……ありがとよ」

「……? あの、もしかして」

「よぉし盛り上がれ! ガンガン酒飲むぞぉ!」

 

 

 ……この人って、多分この七年前に訪れた最初の頃の……。髪型も雰囲気も変わってるから分からなかったけど、間違いない。そっか、うん。良かった。改心出来たのだ。

 話を逸らしたって事は、触れて欲しくはないのだろう。ならそうしよう。

 

 お酒は酔わない程度に抑えないとな。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ベル・クラネル」

 

 

 豊穰の女主人での食事を済ませてアストレア・ファミリアホームへと帰る道で、オッタルさんに話しかけられる。……まあ無視出来る筈もないか……。僕としてもオッタルさんの主神であるフレイヤ様からの視線は気になってたし、聴きたい。

 酔わない様に抑えて正解だった。

 

 

「えっと……何か用ですか?」

「フレイヤ様がお前に会いたいと言っている。……無理に連れてこいとは言われていない。貴様の是非は訊こう」

 

 

 あの女神様に会うのはちょっと怖いかな……。

 

 

「まあ貴様の主神が直接フレイヤ様に釘を刺しにくる程だ。会う気はないだろう」

「え……アストレア様が?」

「……なるほど、どうも大切にされているらしいな。先までの店での状況を見ても、貴様は周りに好かれる才もある」

「いや、そんな……」

「元よりそれは目的ではない。一つだけ貴様に要望がある」

 

 

 要望? 僕に対するお願い……。せ、戦闘でも挑まれるのかな?

 

 

「ザルドとの戦闘を俺に譲れ」

「……へ?」

「奴が生きているのは知っている。貴様が奴と衝突した瞬間、目が覚めたからな。……俺が奴を倒す。だから譲れ」

「それは構いませんけど」

「……随分とあっさりしてるな。貴様とて不完全燃焼だろう」

 

 

 まあ確かに、あの時に逃げられて「この壁は越えるべきだ」と思っていたけど……。最終的な目標は定めている。あの一勝一敗の決着の約束を果たす為。それだけは決して譲らないが……ザルドさんとの戦闘は、この我が儘を通すつもりはない。

 

 

「確かに決着をとは思いますが……。僕の目指す先は其処じゃない。オッタルさんが目指すべき場所が其処であるなら、譲ります」

「……!」

「あ、ゆ、譲るっていうか、元々約束してた訳ではありませんし……あくまで誰がぶつかるのかの決定事項がオッタルさんになるだけで、何も僕が必然的にザルドさんとぶつかるって訳じゃなかったですから……!」

 

 

 どうしよう、都市最強に凄い偉そうな言葉を吐いた気がする。全身に冷や汗が流れてきた。怖い。オッタルさんが今無言だからこそ凄く怖い。放つ言葉が変になってる自覚もある。

 

 

「……目的外に執着してどうする、阿呆め

「へ?」

「いや、何でもない。久しく忘れていた言葉を思い出しただけだ。……そうだな。すまないがもう一つ、懇願していいか?」

 

 

 要望じゃなくて、懇願?

 

 

「俺と戦ってくれ、最初の英雄」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 ああ、全くだ。目的外の事に執着してどうする。俺の目的は『最強としてフレイヤ様の側に寄り添う』こと。ザルドとの戦闘はただの糧だ。

 認めてやる、俺は未だ乳離れ出来ないガキだと。だからこれをキッカケに己を変えるとしよう。女神至上主義の俺を、俺の為の俺に。仮にフレイヤ様が見限ろうとも関係ない。俺は女神に寄り添いたい自分の意思を貫く。

 

 そしてフレイヤ様が「愛を注いで良かったわ」と思ってくれる様な存在となる。その為ならば、利用出来るものは全て利用しよう。

 勝ちも負けも過程の全てだ。貴様から学べる全てを学んでみせよう、ベル・クラネル。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 少年のドン引く姿が視界に入る。……無理もない。ファミリア内での殺し合いなど、他ファミリアでは想像できないだろう。最近までは疑問にも思わなかったが、道化の神の所を見ていると、俺達の強さの秘訣とはいえどうかと思い始めた。

 フレイヤ様が止めないのが理由の一つなのだが……まあこれで強くなっているのだから、止める理由もあるまい。

 

 

「あっ、テメ兎野郎! ここに来たって事はそういう事だなッ!? ぶっ殺す!」

「えぇっ!?」

「───落ち着け、アレン」

 

 

 気が早過ぎる。しかし警戒していて正解か。重症とまではいかないが怪我で休んでいた癖に、起きたら戦闘漬けだ。ベル・クラネルを連れてくればこうなるのは予想していた。

 

 

「あくまで俺の事情に付き合っているだけだ。フレイヤ様への謁見ではない」

「ァア? ……よし、じゃあ個人的に殺し合う」

「俺が先だ」

「うるせぇ俺がやる」

「……先に飯を食え。今日は何も食べてないだろう? それではすぐに倒れる」

「オカンかテメェは!?」

 

 

 ……叫んだ割には従うのか。まあベル・クラネルが強い事は、あの戦闘でアレンも知っている。挑むなら万全に、という事か。

 これからはベル・クラネルの名を出せば従う場面が多くなりそうだな。

 

 

「すまないな、勝手に決めてしまった。貴様がアレンとまでやるつもりがないなら、俺が抑える」

「あ、いえ……。武器種が違うとはいえ、僕と同じ『速さ』を主にした戦闘スタイルの人と戦えるのは有り難いです。……フィンさんが忙しいから槍を主にした人と戦った事はないので、この際だからじっくりと確認したいですし」

 

 

 ……上昇志向が常に現れている。聴けばこの者も俺と同じ万能型のステイタスだったか。俺は体格が故に力をフルに活用するスタイルだが、ベル・クラネルはそれに拘るつもりはない様だな。倣うべきか。……短剣は合うまい。使うにしても単純な防御用、或いは投擲用。戦闘スタイルはせめて直剣二刀といったところだ。後で製作を依頼しよう。

 とりあえず今は、ザルドのスタイルで戦う。そしてベル・クラネルの対応から、このスタイルの攻略法を暴いていくぞ。

 

 

「……さて、やるとしよう」

「はい!」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 自動使用されるスキル以外……つまり能動的(アクティブ)スキルの使用は禁止。武器は自由。純粋な身体能力だけの戦闘。

 この条件で、戦闘は始まった。

 

 オッタルさんは開始と同時に詰め寄り、大剣を振り下ろしてくる。……ザルドさんと被る攻撃。これは既に受けた事がある、ただ逸らせばいい。

 ステイタス上でのスキルの使用は禁止されたけど、技術的な部類に入るモノは禁止されていない。僕は五感の神経を視覚のみに集中させ、視界に入るモノへの認識速度を上昇。視界の中での動きが遅く感じる。オッタルさんの力の入れ方・振り方を見るに、大剣の先に当てて逸らすべき。

 

 ヘスティア・ナイフを大剣先に当てて逸らした。……やっぱりレベル7とレベル6では力の差がある。僕の能力値でも、オッタルさんが不完全な力且つ僕が万全なら受け止められると思う。

 いや、でも……次の攻撃、その次の攻撃といい、ザルドさんの攻撃と被る部分が多い。つまりこれは、僕の対応からザルドさんの弱点を探る為?

 

 だとしたら受け止める事はしない。攻撃への対応は“逸らし”だけだ。後は攻撃する時にどうするべきか……。

 

『貴様の動きは無駄が多い』

 

 輝夜さんの言葉を思い出した。確かに、純粋な技だけで考えると僕は輝夜さんに劣るだろう。

 無駄を減らす。この実践の中で磨き上げろ。ファミリア内では行う事が出来ない『格上』との戦闘だ。ここで習得出来る全てを習得しろ。

 

 ……視界から外れる時は、反動で姿勢を低くするのではなく……膝から力を抜いて、沈める。余計な筋肉を使わない。この動作を自然に。

 

 

「くっ」

 

 

 ダメだ。力を抜いて沈めると次の動作が遅くなる。慣れてない影響か。……上等! 最初から出来るなら苦労しない。磨け、磨け。何十回、何千回でも繰り返せ!

 今の僕に出来る全てを試す。オッタルさんは僕から学ぼうとしている。なら僕はそれに沿った上で、僕が学べる事を。

 

 ───【燃え続ける聖火(ウェスタ)】を途絶えさせない為に、技術(そざい)をこの身に与え続けろ!

 

 

 

 

 





 新PVのオッタルさんの武装状態見てこれは上手いこと繋げられると思いましたね。ええ。
 【ベル君を初めて暗黒期に放り込んだ男】の称号は私が頂きます。


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顔無し

 

 

 

 

「ベル君、球形(オーブ)の魔道具について知ってる事はある?」

 

 

 オッタルさん───及びフレイヤ・ファミリアの何人かの冒険者と訓練を(一部殺されそうになりつつも)終わらせた後、アストレア・ファミリアホームに戻るとアストレア様が居間に居た。

 訓練で負った怪我はポーションで治したけど、汚れなどはそう簡単には落ちない。僕の姿を見てビックリしていたアストレア様に断りを入れて先にシャワーを浴び、居間に戻ると、僕に問いが投げられた。

 

 球形の魔道具……?

 

 

「『D』という文字が刻まれている……そして眼球の様な形、くらいしか情報はないのだけど」

「! し、知ってます」

 

 

 そっか、この時代だとまだ判明はしてないのか。僕自身、闇派閥の対応をって思考に持っていかれてたから、すっかり忘れていた。……元々(それ)が無ければ情報があったところで無駄だったけど、見つかったのなら伝えても大丈夫だ。

 

 

「えっと、ダンジョンにはもう一つ入り口があるんですけど」

「……え?」

人造迷宮(クノッソス)と呼ばれる場所があって、ダンジョンとはまた別の人工的な地下世界……って言うべきなんでしょうか。僕も詳しくは知らないんですけど……そこからダンジョンに繋がる道が幾つもあって」

「ま、待ってベル君。追いつかない。情報処理が追いつかないわ」

 

 

 ……あ、うん。だよね。基本的にダンジョンへの入り口は一つで、それはバベルから降れる場所。それが絶対であって、神々の知らないもう一つの入り口なんて信じれたモノじゃない。僕としては受け入れた身だからこうして話せてるけど……千年もの間バレなかったもう一つのダンジョン。そんなもの一瞬で受け入れられる筈がない。

 

 

「だから、その……闇派閥の拠点が其処という事でして」

「……バベルのダンジョン入り口を見張らせても闇派閥(イヴィルス)が現れない訳だわ。別の入り口があるなら関係ないもの。……その『人造迷宮(クノッソス)』についての情報も未来の?」

 

 

 僕は肯く。

 

 

「だとしたら、今まで話さなかったのも無理ないわ。無知の状態な筈がオラリオの人物達よりもオラリオに詳しい……なんて、それこそ疑われる存在だもの」

「け、けど、この情報はどう伝えるんですか? 僕から聴いたと言っても、抗争の日は監視がついてる様な状態でしたし……見つける暇なんて無かったです」

「……そうね。ベル君、覚悟を決めなさい」

「え、僕ですか?」

「ええ。貴方が未来から来た事、私の子供達全員に話すわ」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「───つまり」

 

 

 翌日の昼。僕からの言葉ではないが、アストレア様が概ね僕についての出自を伝える。僕から伝えるよりは、アストレア様から伝えた方が信憑性が出るだろう。なによりそれが理由で、恩恵(ファルナ)を更新しないのにアストレア・ファミリアに身を置いているのだから。

 アリーゼさんが口を開く。どんな言葉が飛び出してくるだろう。信じられないか。それとも信じてくれるのか……。

 

 

「御伽噺から出てきた様な存在! って事ね!」

 

 

 変な自己解決にいき着いていた。

 

 

「……えっと?」

「アリーゼ、それでは言葉不足です」

「全くだ、団長様。つまりベル、貴様は本来この時代では『あり得ない筈の存在』だという事。御伽噺から人が飛び出るなんてあり得ないだろう? そういう事だ」

「な、なるほど?」

 

 

 あれ、なんか思ってた反応と違う。もうちょっとビックリするとか、あり得んわと返されると思ってたんだけど……なんか凄く受け入れられてる? 未来人ってそんなポンポン現れるもの?

 

 

「……まあ、信じられん気持ちも確かにある。だが事情を聞けば辻褄も合うものだ。都市外から来たよりは遥かに信じられる」

「あら……私ってそんなに嘘下手だったかしら?」

「ってよりかは、単純に知識の差だよ。アストレア様からしてみりゃ都市外の第一級も可能性としてはあり得るんだろうけど、あたしらからしたら外のモンスターなんて雑魚の認識がある。今後騙すなら“認識の差”ってのも頭に入れるべきだぜ?」

 

 

 あ、ああ……僕からしても、都市外に『古代種(アンタレス)』の存在が在る事を知ってるから、アストレア様の意見自体には納得してたけど……そっか。ダンジョン産と外のモンスターとで比べる機会の多いオラリオの冒険者ともなれば、そういう固定観念があるのか。

 アストレア様も思わず苦笑してる。

 

 

「何よりクラネルさん、貴方はダンジョンに対して慣れ過ぎです」

「うぐっ……」

 

 

 ……ですよねー。

 

 

「14歳でレベル5ってのも余程の密度がなければ無理だ」

「都市外に凶悪がいるにしても、そんな連続して現れるもんならオラリオに依頼が来ているしな」

 

 

 もうやめて! わかった、如何に僕が隠すのが下手だったのかが分かったから、やめて!

 

 

「それでアストレア様、兎君の事情を話して何をするんですか?」

「ええ、ぶっちゃけると皆に伝えたのはついで。情報共有に過ぎないわ。主にはライラ、貴方よ」

「あたし?」

「貴方は抗争に於いて、拠点を攻め落とした後の行動にアリバイが()()。レベル3以上の子達はアルフィアの方に行ったけど、それ以外は避難誘導先に行ったものね。つまり───」

「ああ、『人造迷宮(クノッソス)』の発見はあたしがした事にしろと。……おい、其処で項垂れてる兎」

 

 

 ……あ、僕の事か。普段クラネル呼びだから直ぐには反応できなかった。

 

 

「お前、拠点殲滅の時にロキ・ファミリアの方で【殺帝(アラクニア)】に逃げられてたよな?」

「ご、ごめんなさい」

「いや、別にいい。主要幹部一人の行き場所なんざ決まってる。顔無しの奴は捕まえたしな、逃げられたのが分かってる幹部は寧ろ都合がいい」

 

 

 ……なるほど。

 

 

「【殺帝(アラクニア)】の尾行をした事にする。……そういう事ね?」

「ああ、あたしだったらそうする。あたしはそういう小人族(パルゥム)だ。フィンはそう思うよ」

 

 

 確かに、それなら一切の違和感なく全てを繋げる事が出来る。……いっそのことフィンさんにも僕の事をバラした方が動きやすいかな? でもアストレア・ファミリアの人達の様に信じてくれるかどうか……。フィンさんは僕の事を信頼するとは言ってくれたけど、僕の言う事を信じてくれるとは限らない。

 それに、僕は人造迷宮(クノッソス)が闇派閥の拠点である事……くらいしか情報はない。今更言ったって得するものはないだろう。人造迷宮(クノッソス)の事もどのみち(オーブ)が無ければ意味がなかった情報だ。

 

 ……態々言う事はないか。バレそうなら言おう。別に隠す事ではないけど、わざわざ言う必要はないだろうし。元々オラリオには身元不明な人が訪れる事も多いしな。

 

 

「……それと、これはベル君だけに訊きたいのだけれど」

「? はい」

「貴方は本当に『救える全てを救いたい』と願っているのよね?」

 

 

 ……? 何で今その質問をするのだろう。ただまあ、正義の派閥内でやりたい事、正義について問うのはよくあることだ。僕は頷いた。

 

 

「はい」

「……分かったわ。それじゃあこれは貴方だけへの依頼。ベル君、ガネーシャ・ファミリアへ行ってらっしゃい。象神の詩(ヴィヤーサ)に話は通しているから、直ぐに入れる筈」

「アーディさんに……?」

「例の人造迷宮(クノッソス)の鍵の所有者。生まれてから“悪”にならざるを得なかった人物。……ライラが言う【顔無し】との面会よ」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「こんにちは」

「おぉ……これは英雄様ではありませんか! お聞きしましたよ。闇派閥の自爆装置全てを回収した後、なんとあの【暴喰(ぼうしょく)】すらも退けたと! レベル5の身でありながら!」

「……どうも」

 

 

 闇派閥にすらそういった伝わり方になってるのか……。いや、この人が特別なのかな。闇派閥の筈なのに、『英雄』という存在を憧憬しているとか何とか。

 

 

「ヴィトーさん、貴方は何で闇派閥に?」

「おや、貴方の隣に居られる少女にある程度は話したと思うのですが……お聞きになっておられないので?」

「知ったかで貴方を説得しても意味がないと思いますので」

「説得……? もしや私を闇派閥から切り離すとでも? ははは、冗談が厳しい。私は“悪”だ。曲がりなりにも“正義”の一員である貴方達に与するとでも?」

 

 

 ……確かに無理だと思う。だからこそ問い続けよう。無理だと諦めるのは、可能な全てを試してからでも遅くはない。

 

 

「ふふふ……まさか英雄様に私の身の話を語れる日が来るとは。ええ、ええ。是非ともお聴きください。その結果貴方が何をするのか、大変気になる。……ああ、しかしすみませんね。残念ながら闇派閥の内部について語る事はありません。悪は悪なりの道理がある。成す事を定めた以上、その裏切りになる行為は無理なので」

「構いません。元より僕は貴方の話にしか興味はありませんから」

「……ああ───ああッ! なんと身に余る光栄! 貴方様が私程度の存在だけに興味を示すなど! ふふふ……ええ、是非とも語りましょう。ではお聴きください。私の話を」

 

 

 そこから先の話は、それほど長くはなかった。自分には生まれついての欠陥があった。視覚、聴覚、嗅覚、味覚……触覚以外の全ての機能に誤りがあったと。

 それだけならばただの障害だと乗り越えられた。しかし、他人の流す血は、他人が負の感情を抱いて流した血だけは、色があり、匂いを感じ、“人間(ヒト)”でいられたという。……言葉が出なかった。だってそれは、僕が感じる事のない光景だから。

 

 アストレア様の、「悪にならざるを得なかった人物」という言葉の意味を理解した。生まれながらの欠陥があって、その欠陥を塗り替えられる唯一の手段が“悪”の行いだったのだ。僕には、何も分からない。今の僕は、目も鼻も匂いも味も、人が感じられる全てを感じる事が出来るから。

 僕は、彼に何をしてやれるだろう。

 

 

「ベル……?」

 

 

 今まで黙って聞いていたアーディさんは、初めて声を出す。仕方ない。それほど僕の行動は奇妙に映っただろう。これから行う事は、アーディさんの目を汚す行為かもしれない。でも許してほしい。

 僕は、ヘスティア・ナイフを鞘から抜き取り───腕を浅く斬る。

 

 

「っ……」

「ちょ、何して」

「すみません、アーディさん。暫く見守ってて下さい」

 

 

 微かな痛みが走る。浅い傷ではあるが、戦闘中ではないと気になる痛みだ。

 

 

「……何を」

「ヴィトーさん、この血の色は見えますか?」

「───なるほど、試しているのですね。しかし残念ながら、その血に色は見えません。香りも全く。期待的な気持ちがあるのがいけませんね」

「そうですか……」

 

 

 血を見れば気が済むのであるなら、幾らでも僕の血を見せてよかった。でも駄目か……。取り敢えずポーションで傷を治そう。

 なら次は、()()()

 

 視界の色覚を、聴覚を薄く、味覚を狂わせ、嗅覚を無くす。……単純に弱化させるのではなく、狂わせる。初めてやるけど出来るみたいだ。凄く気持ち悪い。

 

 

「アーディさん、あそこにあるランプは何色に光ってますか?」

「え? ……ひ、光は光だよ。明るさで照らしてるだけで……」

「……なるほど。当たり前に見えるものが見えない……声も若干ノイズがあるみたいで阻害されてる。……中々にキツいですね」

「……まさか貴方、意図的に五感を?」

「あはは……ザルドさんと戦った時、眼をやられまして。その時は視覚に回してる神経が余計だなって思って、そしたら他の神経に回す事が出来ました」

「もしや、私の残った触覚を他の神経に回せと?」

「いえ、多分それは無理です。僕は元々の五感が全部あったから出来ただけ……。知らないものを再現するなんて、無理だと思います」

「……おや、英雄様とあろうものがマウントでも取っているのですか? ふふふ……私の憧憬への評価が下がりそうですね」

 

 

 僕の評価が下がるのは構わないけど……勘違いされたままっていうのは嫌だな。

 

 

「確かに、こんな中で初めて見れた色に魅了されるのは分かると思います。何度も見たいと思うのは、仕方ないかもしれない。……でも本当に“負の血”だけですか?」

「……なに?」

「貴方が見れたモノ……いや、見れるものが“負の血”だけと、そう思いますか?」

 

 

 ヴィトーさんが困惑……してるのかな。この眼の色だと感覚が鈍い。判断するのに少し迷う。

 でも言葉に迷いはない。ヴィトーさんが初めて見れたものが“負の血”である事は間違いが無いのだと思うけど、それでも()()()()と決めつけるのは違うと思う。本当に、負の血だけなのか。

 

 

「自分はこの欠陥を抱えて生きていくしか無いのだと、普通になる時はないのだと、そう諦める方が簡単だからそうしてるだけじゃないですか?」

「……」

「諦めない……っていうのは、確かに口で言うほど簡単じゃない。あるかも分からない“未知”を信じて探すのは、辛く苦しい道かもしれない。でも冒険者は、そんな未知を探して冒険するんだ」

 

 

 すみません、ベートさん。貴方の“矜恃”を借ります。幾らでも僕を嫌ってくれ。それを礎に、立ち上がってくれる人が居ると信じているから。

 

 

「貴方は悪なんかじゃない。未知(それ)を探す事を諦めて、未知(それ)を探す人の脚を引っ張るだけの───ただの弱者だ」

「……ッッ!」

「ただ逃げるだけの弱虫で良いんですか?」

「…………」

「僕は探しますよ。背負います。貴方の欠陥を覆す何かを。他人に背負わせるだけの弱者で良いなら、貴方は其処で黙って見ていて下さい。正真正銘、誰にも託せず諦めた『顔無し』として」

 

 

 眼を閉じる。五感の神経を集中させて、狂った感覚を全て元に戻す。……脳がグラグラ揺れ、眼を開いたら視界が一瞬ボヤけた。やっぱり、意図的に五感を変化させるのは危険だな。これからは本当に戦闘外で試すのはやめるべきか。

 僕はヴィトーさんのいる檻から目を晒して、アーディさんに視線を向ける。もう面会は充分だという意思表示。アーディさんは正しく受け取ってくれたのだろう。歩き始めた僕の隣に着いてくる。

 

 

「……君、ドSだね」

「へ?」

「顔無しの人生を全否定する真似をしながら、自分だけは探しますって……依存させる様な言葉だよ、それ。かなりサイテーな発言」

「えぇっ!? いや、僕はただ発破を掛けるつもりで言っただけで、別にそんなつもりは……!」

「天然って怖いなぁ……」

 

 

 あ、アーディさんにもドン引きされるほど最低な行為だった……? ど、どうしよう。今すぐにヴィトーさんの所にまで戻って、極東出身命さん直伝『土下座』をしながら釈明するしかないかな。

 

 

「アハハ、でも最善だと思うな。顔無しは確かに初めて見れたモノに依存してたんだ。それが“悪”に直結してるなら、それ自体を打ち壊すしかない……。他でもない『英雄様』の君がね」

「う、うーん……大丈夫、ですかね?」

「知ーらない」

 

 

 えぇ……少しくらい安心する言葉を投げ掛けてくれても。いや確かに紛れもなく僕の責任なんだけどさ。

 

 

「それよりも!」

「はい?」

「君、躊躇なく自分の腕を斬ったよね?」

「あー……いや、まあ……」

「誰かの為に頑張るのは良い事だと思う。でも誰かを助ける事で自分が傷付いたら、それは自分自身を捨ててるのに等しい。本末転倒だよ」

 

 

 反論出来ない。

 

 

「『全てを救う』の“全て”には、ちゃんと“自分”を含めてね? ボロボロになるだけの英雄になんて、英雄の船(わたし)は許しません」

「……はい」

「守られた一般人達は感謝だけを伝えてると思うから、せめて私だけは君の身を案ずるからね」

「ありがとう、ございます」

 

 

 ……ボロボロになるなって約束を果たせるかは微妙だけど。でも、そうだ。己を賭すのに、賭す己を無くしたら自分は何も為せない。

 

 

「うん、説教はここまで! さあ笑顔で出よう!」

「───良い台詞と褒めてやるが、謹慎中にホーム外へ出ようとするのは感心せんな。アーディ」

 

 

 あ、シャクティさん。……そういえばナチュラルに会話しながら歩いてたけど、もうファミリアの出入り口前まで来てる。アーディさんって今謹慎中だったっけ……。そりゃ外に出ようとすれば止められるか。

 

 

「う、お姉ちゃん……や、やっぱりダメ? 久し振りにジャガ丸くん食べたいなぁ……って」

「ほう、なら丁度いい。つい先程ジャガ丸くんを買って来た所だ。外に出る理由は無くなったな」

「あ、小豆クリーム味が……」

「それも買ってある」

「……外に出たい!」

「素直か。しかし駄目だ。後で叱れと言ったのはお前自身だからな?」

「うぅ〜、お姉ちゃんの頑固者!」

 

 

 ……さっきまで凄く大人っぽく感じたけど、やっぱり僕と離れてない歳だから、子供っぽい所もちゃんとあるんだなぁ。

 

 

 

 

 





 -報告-
 今話から暫く、感想への返信を控えます。詳しくは下から飛べる活動報告で。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=244266&uid=182563

 活動報告では今日の投稿は無理かもと言ったものの、普通に投稿出来ました。紛らわしくてすみません。


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合理的無茶振り

 

 

 

 ───その日、一つの光が天空を貫いた。

 それは地下から現れ、地を貫き、天へと至る光の柱。身体を震えさせる程の圧を、只人程度では屈する神威を持って舞い上がる。

 人々は悟った。ああ、アレは神が天界へと還る証だと。その神威は何処から現れた? 地下深くからだ。つまりそれは、ダンジョンの禁忌。ダンジョン内に於ける神威の解放。ダンジョンは許さないだろう。自分を戒める神々を。その絶対禁忌は悪魔を、絶望を呼び起こす。

 

 神は悟る。自分らを喰らう天敵が現れたと。人々は思う。一時の平和は破られるのだと。

 そして、『絶対悪』は嗤った。

 

 

さあ終焉の刻だ、オラリオ。始めよう。絶望(ヤケクソ)

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「偵察隊、報告を」

「ダンジョン27階層、『巨蒼の滝(グレートフォール)』に謎の黒いモンスターが出現! 再復活直後のアンフィス・バエナの魔石を喰らい、現在は25階層から27階層までの『巨蒼の滝』の間を()()()()()()()ようです!」

「……叩き落とす事は出来ないか。下手すれば此方に被害が及ぶ。アンフィス・バエナを倒したという事は、レベル6のポテンシャルを想定すべきだな。いや、階層主の魔石を喰らった強化種(イレギュラー)……レベル7と見るべきか」

 

 

 ダンジョン内での神威発動がキッカケで産まれるモンスター……覚えがある。18階層の時に神様が神威を使って、安全地帯のはずの場所に黒いゴライアスが落ちて来ていた。

 多分、今回は意図的だ。神エレン……いや、神エレボスか、或いは他の闇派閥の神様が意図的にダンジョン内から黒いモンスターを産まれさせた。多分、あの時より強力なモンスターを。

 

 

「……参ったな、巧妙なタイミングで仕掛けられた。ヤケクソとは言え、工夫はあるみたいだ」

 

 

 フィンさんは先ほどまで、人造迷宮(クノッソス)内の闇派閥を捕獲する作戦を建てていた。もちろん中に何があるかも分からない初見状態、大人数では罠に嵌りやすいから、少数精鋭での突入。地上での指揮が必要だからフィンさんは置くとしても、レベル7のアルフィアさんやザルドさん達と対抗するには相応の戦力が必要となる。ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリアからそれぞれ指揮を執れる第一級冒険者を一人ずつ地上に残し、それ以外が突入。

 僕とアレンさんの脚で闇派閥全員の捕獲をし、他はアルフィアさんを、オッタルさんがザルドさんを……という、シンプルな作戦。万が一の場合はザルドさんにも総当たりで行けるという、最も成功確率の高い作戦だった。

 

 しかし、ここで一つの問題点。更なるレベル7の存在。闇派閥と関連しない筈がない、凶悪モンスターの出現。従わせる事は不可能だとしても、少なくとも利用は考えてる筈だ。となれば、多少なりとも抑えられる人物は必要となる。

 もしかしたら、そちら方面にアルフィアさんかザルドさんがいるかもしれない。もし人造迷宮(クノッソス)ではなくダンジョンに居るのだとしたら、主戦力を無くしたオラリオは容易く潰される。

 

 つまり、作戦変更を余儀なくされるという事。いやそれだけじゃない。人造迷宮(クノッソス)についての情報が全くない今では、どれだけの人数で仕掛けるべきかが判断できない。短期決戦が望ましいからこそ殆どの主戦力を掛けたのに、それが分けられたとなれば未知数への対応力がグンと下がる。

 もちろん確率の問題だ。でも二箇所に強大な戦力が存在しているとなると、どう攻めるかは悩みもの。……どころか、下手すればまた地上のオラリオを舞台に戦闘することになる。

 

 

「フィンさん」

「……今回の作戦は『奇襲』を掛ける事が前提だった。でも人造迷宮(クノッソス)の存在に気付いた僕達に気付いた……いや、違うな。彼女(ヴァレッタ)は鍵を奪われた時点で人造迷宮(クノッソス)に気付く事を前提としたんだ」

 

 

 何処がヤケクソなんだか、完全に作戦を組み立てれてるじゃないかと、フィンさんは溜め息を吐く。

 

 

「これだと迂闊に人造迷宮(クノッソス)内へ入る事は出来ない。奇襲が通じないとなれば、ザルド達からこっちに攻めてくるかもしれないからね。まだ僕達が把握出来ていない人造迷宮の出入り口から……」

「あの、フィンさん」

 

 

 フィンさんが何に悩んでいるのかは分かったし、考えているのは分かる。問題点も把握した。しかし僕にも僕の用事がある訳で……。

 

 

「僕、何で呼ばれたんですか?」

 

 

 迂闊に攻め入る事が出来ないのは分かった。さっきロキ・ファミリアの伝達係の人から人造迷宮(クノッソス)内の闇派閥制圧作戦は取り消しだと伝えられた訳だし……。ただもう一つ伝えられた、僕だけ呼ばれた件については全く触れられてない。

 考えている所に水を差すのは悪いと思うけど……一応現状はアストレア・ファミリアの一員な訳で、作戦決行出来ないとなればファミリア内での決まり事を行いたい。現在の状況だと街の巡回とか。

 

 だから用件は早めに済ませて欲しい。そう思って訊いてみれば、フィンさんはハッとして目を伏せる。

 

 

「いや、すまない。この期に及んでヴァレッタに踊らされるのは癪でね、つい。……それで君への用件だけど」

 

 

 フィンさんは机の下に手を伸ばすと、一つの木箱を持って机の上に置いた。……いや一つじゃない。同じ動作を後二回繰り返して、計三つの木箱が置かれている。

 

 

「これは……?」

「開けていいよ」

「は、はい」

 

 

 フィンさんに言われるまま開けてみると、中には水色の刀身をした短剣と鞘が入っていた。もしやと思い他二つの木箱を開けてみれば、一つは赤色の、そして最後の一つは純白の短剣だった。

 僕が思わず見入っていると、フィンさんは苦笑して話し始める。

 

 

「残念ながら装備依頼が立て込んでて銘を付ける暇はなくてね、付けるなら自分で付けてくれとの事だ。取り敢えず武器性能を軽く説明する。赤色と純白の短剣はどちらも第一等級武装。特殊武装(スペリオルズ)という訳ではないけど、どちらも頑丈で良く切れる。そして水色の短剣が、不壊属性(デュランダル)の第二等級武装だ」

不壊属性(デュランダル)……」

 

 

 特殊武装の一種、絶対に壊れない装備。もちろん切れ味とかを保つ為に整備する必要はあるけど、絶対に壊れないというのは防御面に於いてかなり有利になる特性だ。それ故に武器性能が落ちるとは言われてるけど……充分すぎる。

 しかもそれに加えて第一等級武装が二つって、神様のナイフが2億ヴァリスだった事を考えると予算的に足りないんじゃ……?

 

 

「うん、ぶっちゃけ第一等級武装二つで予算オーバーしたね。幾らかは僕のポケットマネーから出した」

 

 

 ひえっ……。

 

 

「別に返せと言うつもりはないけど……まあそうだね。相応の活躍を期待してる、とだけ言っておこうか」

「……えっと」

「うん、そうだ。その活躍の為の作戦を今練ってる所だった」

 

 

 「全く厄介な女め、血祭りにしてやろうか」と、普段のフィンさんからでは聴くことのない台詞が耳を差す。聞かなかったフリをした方がいいかな? なんかこの人、あの抗争の後からやたら怖い部分が出てる気がする。

 

 

「……オッタルさんがザルドさんを抑えるのは確定、ですよね?」

「ああ、現状ザルドを抑えられるのは【猛者】か君くらいだしね。ただ二人をザルドに当てるとなるとアルフィアや正体不明のモンスターが疎かになる」

「じゃあ、オッタルさんをザルドさんに、正体不明のモンスターは対階層主の様な、数で押す形にするのは……?」

「いや、それだと人造迷宮(クノッソス)に掛けられる人数が少なくなってしまう。気付いているかい? そもそもの話、抗争の時に使われた闇派閥の数が()()()()()()()

 

 

 え……? 少ない?

 

 

「アレはあくまで前座だった。つまり元々この正体不明のモンスターの召喚は確定事項で、恐らく地上で殺した神の送還に合わせてカモフラージュを───いや、それはいいか。過ぎた話だ。要は本来掛けられる人数を減らしていたということ。あの抗争以上の闇派閥の団員……或いは信者が、人造迷宮(クノッソス)に潜んでると思っていい」

 

 

 ……今とんでもなく壮大な「もしもあの時止めていなかったら」の話が聞こえてきた気がするけど、まあいいや。つまりフィンさんの言いたい事は、「正体不明のモンスターに人数を掛けたら人造迷宮(クノッソス)に潜んでいる自爆特攻隊が地上に攻め入るぞ」という事……かな?

 確かに最初の少数精鋭ならば、僕とアレンさんの脚があれば制圧可能だったろうし、仮に別の出入り口から地上へ上がられても大人数の冒険者がいた。しかし正体不明のモンスターに人数を掛けたとなると、元の作戦で埋もれていた筈の穴が現れてしまう……という事か。

 

 確かにそう考えると、フィンさんが悩むのも理解出来る。頭の弱い僕が口出しするものじゃなかったな……。

 

 

「……あ、いや。そうか。一つ賭けてみるのもアリだな。ラウル!」

「は、はいっす! 何ですか団長!?」

万能者(ペルセウス)の所に行って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「了解っす!」

 

 

 対アルフィアさん用の装備……えっと、アリーゼさん達から聞いた『音』に対する耐性だっけ? それがあるなら間違いなく有利に持っていける魔道具の筈なんだけど……。

 

 

「たった今作戦は完成された。ベル、君に一つ無茶振りをしよう」

「無茶振り……?」

 

 

 抗争での自爆装置回収での例があるので分かる。この人の無茶振りは本当の意味で無茶振りだ。一体今度はどんな無茶振りをしてくるのか。

 

 

「恐らくアルフィアが誘導するだろう『正体不明のモンスター』の相手を、()()()()()()()()()()

 

 

 ……アルフィアさんと正体不明のモンスター、レベル7一人と一体を僕一人だけで相手しろという事でしょうか?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「クラネルさん、お帰りなさい」

「……」

「クラネルさん?」

「あっ、いや、その……装備、新調したんですね……?」

「ええ。……変でしょうか?」

「いえそんな! に、似合ってます! 凄く!」

 

 

 ホームに帰ると、新しい装備をつけているリューさんが立っていた。この七年前に訪れた時もロングヘアという、七年後とは違う姿だからビックリしたけど、今回はケープで身体を覆う様なスタイルとは全く違う。髪は纏めて、身体は動きやすく、ケープでも酒場の制服姿でもない、新鮮な見た目。思わず見惚れる様な姿だった。

 リューさんが「変だろうか」と首を傾げるから慌てて褒めると、はにかむような笑顔でお礼を言う。

 

 

「おんやぁ? リオンにばっかり見惚れて隣にいる 美 少 女 に気付かないなんて!」

「アリーゼさんも装備を新調したんですね。似合ってます」

「あれなんか冷たい反応!?」

「でもそれ防御面落ちてません……?」

「しかもダメ出しされた!?」

 

 

 一番大事な胸部の鎧が無くなってるんだけど……大丈夫なのかな、防御面。

 

 

「あ、リューさん。その木刀って」

「ええ、私の故郷の『大聖樹の枝』から作られた武器です」

「二刀も?」

「……本当は一刀だけ、アーディから頂いたものを素材に作る筈だったのですが……どうもアストレア様が大量に、闇派閥から回収した大聖樹の枝をガネーシャ・ファミリアから買い取った様でして」

「なるほど」

 

 

 ただの木刀とは侮る事が出来ない第二等級武装。……大賭博場(カジノ)での一件の後のリューさんとの稽古で威力は身を持って知ってる。

 

 

「……そのアストレア様は?」

「昨日からずっと動き回っているわ。護衛もつけず声も掛けずだから凄く心配してるのだけど」

「前々から思ってたんですけど、アストレア様って実はやんちゃだったりします?」

「……否定は出来ません。かなり無茶をする女神(ヒト)ですので」

 

 

 行動力が凄いって言い換えた方がいいのだろうか。まあ実際のところ、フレイヤ様からの視線は減ってるし……いきなり攫われるって事態がないし、何よりソワソワとした視線は受けるけど何処か自重した雰囲気の人が僕の周りに多いから、多分アストレア様が注意してくれてるんだろうな。文句は全く言えない。

 もう少し自分の身を安全にしてもらった方が安心出来るけど……。

 

 

「私としても今朝の神送還の光柱、それと召喚されたモンスターについて聞きたかったから、ちょっともどかしいわ」

 

 

 確かに、結局ダンジョンと神様の関係性って何なんだろう。最強と呼ばれたゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアでも到達出来なかったダンジョン最下層の攻略。……異端児(ゼノス)との共存にはそれが必須となる。最下層に存在する、誓約と決着。

 うーん……いや、それを知る為のダンジョン攻略だ。フェルズさんが敢えて仄かした意味を察して、考えない様にしないと。

 

 今はただ、この暗黒期を誰も死なない喜劇にする為に自分が出来ることを、考え続けよう。

 

 

 

 



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バーニング

 

 

 

「決行日は明日の夜明けだ」

 

 

 多くの冒険者が集い、多くの冒険者が耳を傾けるギルド本部。彼らの視線の先にいる小さな勇者、フィン・ディムナは堂々と言い放つ。

 

 

「此度の戦いでは、此処に存在する全ての冒険者の力が必要となるだろう。勇者(ブレイバー)の命令ではなく、一人のオラリオに所属する冒険者として懇願する。どうかオラリオを守る為に、君達の力を貸して欲しい」

 

 

 フィンは頭を下げる。一族の英雄となる為に常に上を見上げてきた勇者の見せる初めての行動に、全冒険者に動揺が走った。……フィン自身不思議だった。絶対的な自信と自負。それを掲げる自分が頭を下げて懇願するなど。

 でもこれから放つ言葉を思えば、必ず全員が漲る確信がある。ペテン師としての言葉ではなく、実感を以て知ったものだから。

 

 

「そして約束しよう。君達が僕の言葉に答えるのであれば、僕も君達の言葉に答えて見せると!」

 

 

 フィンは、下げていた頭を上げ、またも堂々とした姿で宣言する。

 

 

「僕の指揮下にある内は、君達の一人も死者を出さない! その胸に刻め! 此度の戦、その結末は『完全無欠の勝利』であると! 過去最高の英雄譚の一人に君達が至るのだ!」

 

 

 とびっきりの笑顔で、無邪気な子供の様に、『使命』ではなく『夢』を語った。

 ───ただ一人の死者も出さない。それは、今までのフィンが一度も口に出したことのない言葉。当然だ。だってそれは理想で、とても現実的ではないのだから。冒険者達はそれに突っ込む事はなかったが、それは当然だ。冒険者は時としてあっさりと死ぬ。この暗黒期で『冒険』し、偉業を達した上級冒険者は、その事実を当然の様に胸へ刻んでいる。

 事実、これまでの『暗黒期』では、何人もの死者が居ただろう。

 

 だがその事実があり、理解しているからこそ───かの勇者の『一人も死者を出さない』という発言に信頼が寄せられる。

 その宣言を受ければ、どんな冒険者も奮い立つだろう。立ち向かう事が出来るだろう。この場の士気は、かつてないほど盛り上がった。

 

 

「では、作戦内容を伝える」

 

 

 そんな中、とても大きくない声が耳を駆け抜ける。盛り上がりが落ち着きを見せたわけではないが、その声は当人のスキル【指揮戦声(コマンド・ハウル)】による効果で全員の耳へと入っていった。

 

 

「まず住民だが、こちらは数カ所に一纏めにする。伝えた通り人造迷宮(クノッソス)の出入り口は未知数だ。その存在に気付いていると相手が想定している以上、使わない選択肢はないだろう。故に一般人は守りやすい位置へと置く。それを主に担ってもらうのが……」

「我々だな」

「ああ、ガネーシャ・ファミリアだ」

 

 

 シャクティが同調する様に答えると、フィンは頷く。

 

 

人造迷宮(クノッソス)の存在は未知数。よって内部に侵入するのは殲滅力の高い少人数だ。今は不在だがフレイヤ・ファミリアの【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】、僕のファミリアからリヴェリア───」

 

 

 恐らく指揮を執るだろうハイエルフと駆け巡る戦車の名を代表格とし、並行詠唱を可能とする魔導士達(万が一に備えてリヴェリアのスキルを活用する為にエルフのみ)が何人か呼ばれ、同時に脚の速い冒険者も呼ばれた。前回の作戦時では少数の精鋭……つまりレベル5を超える冒険者達が集っていたけど、今回は単純に『範囲が広い魔法を動きながら使えるエルフ』と『脚が速い人物』だけが呼ばれている。

 

 

「今回の作戦で第一級冒険者の登用を最小限にしたのは、人造迷宮(クノッソス)にモンスターがいる可能性を考慮してだ。闇派閥という組織内での実力は既知であるものの、モンスターがいる場合はどの程度の強さかは把握できない。だから人造迷宮(クノッソス)に突入させる第一級冒険者は二人のみ。他の第一級は地上の各域に配置する。それぞれの配置先は───」

 

 

 人造迷宮の出入り口の数が分からない以上、最善策に違いあるまい。フィンは第一級冒険者の配置場所、それ以外のファミリア単位での指定場所を話すと、白髪の少年へと目を向ける。

 

 

「召喚されたモンスターへの対処は、ベルに任せる」

 

 

 ベルは肯いた。

 

 

「そして───」

 

 

 最後まで作戦を言い終えると、手を挙げるエルフが一人。リューが質問があると視線で訴えれば、フィンは「だろうね」と思いながら苦笑して質問を許可する。

 

 

勇者(ブレイバー)、貴方の作戦を疑っている訳ではありませんが……クラネルさん一人に【静寂】も【正体不明(アンノウン)】も任せるのは些か酷ではありませんか?」

 

 

 【正体不明(アンノウン)】。召喚された姿も能力も未知のモンスターに神が名付けた名前だ。強化種ならば原型となるモンスターがいる筈だが、今回は神の力によって召喚された、正真正銘の未知。

 ただでさえ27階層の迷宮の孤王(モンスターレックス)を単体で倒すレベル6級のポテンシャルに加え、その階層主の魔石を喰らう事による強化種状態。推定レベル7のポテンシャル。それを制御する為に近くに配置されているだろうレベル7の【静寂】。レベル7を同時に迎え撃つのは、幾ら【暴喰(ぼうしょく)】を退けた実力があると言っても無茶だ。

 

 そう思ったリューが問えば、フィンは少し悩む素振りを見せると、目を細めて真剣な声音となり、ハッキリとした声で話し始める。

 

 

「いや、寧ろ逆だ。僕の憶測が正しければ、ベル以外に一人でも連れて行けば更に酷となる。ベル一人で行く方が確率が高いんだよ」

「……?」

「さて、これで作戦内容は伝え終わった。各々準備を済ませ、明日の夜明けまでに配置に着け」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「───リューさん一歩遅い! 周りの判断が一歩遅れる事に注意! 視野は常に広く、やるべき行動を染みつけて!」

「ぐっ……」

「アリーゼさん、味方の邪魔になってる!」

「うぐっ」

「輝夜さん、今は納刀するタイミングじゃない! どのモンスターも地面にある石で投擲してくる可能性はある! 周りのフォローを期待できるタイミングがベスト!」

「チッ……」

 

 

 ───アストレア・ファミリアの庭。鍛錬できるだけのスペースが確保されているその場所で、僕はアリーゼさんとリューさんと輝夜さんの3人を同時に相手していた。

 前まではそれぞれの能力向上を期待しての鍛錬……だったんだけど、今回は完全に『連携』を重視した鍛錬になっている。というのも、以前オッタルさんにフレイヤ・ファミリアへ連れて行かれた時、オッタルさんとアレンさん。そしてガリバー兄弟と訓練したからだ。

 

 オッタルさんやアレンさんは兎も角、ガリバー兄弟からは『連携』について多く学んだ。もちろんほぼアイコンタクト無しに合わせる様な流れる連携なんて、兄弟で育ってきた故のものだろうから無理だとは思うけど……それでも、アレだけの連携を組める相手と戦った後ならば、こうして連携を組む戦闘での穴を発見しやすい。

 多数対一を学べる良い機会だった。……オッタルさんにもアレンさんにもガリバー兄弟にも負けたのは凄く悔しいけど。

 

 幾ら能動的スキル及び魔法の使用が無いと言っても、技と駆け引きに差があるのは明確だった。ザルドさんとの戦闘では本当にハマった結果なのだと思わせられる。

 やっぱり僕には引き出しが必要だ。技を磨き上げるのは短時間だと難しいが、駆け引きは別。その為にフィンさんが用意してくれた複数の短剣を使い熟す鍛錬が今回の目的……だったんだけど。ガリバー兄弟の連携を見た事によってアストレア・ファミリアの連携の穴を見つけてしまい、こうして熱が入ってしまった。いや、結果的には僕の駆け引きの鍛錬にもなってるんだけど……。

 

 

「───うん、強い。強すぎ。っていうかステイタス更新出来ない筈なのに抗争前より成長してない? し過ぎじゃないっ!?」

「アリーゼ、口を回す暇があれば頭を回して下さい!」

「貴様ら少しはフォローに回る気を見せろ! 白兵戦ならば私が上だ、次はそれを軸に回す!」

 

 

 僕以上に、三人に熱が入ってる。

 

 

「……おいお前ら、作戦決行日は明日だからな? 武器の整備の事を考えて鍛錬を終わらせろよ?」

 

 

 ライラさんが声を掛けてくる。……三人は反応しない。多分声が届いてないんじゃないかな。高速戦闘中だし、金属音響き渡ってるし、頭フル回転させてるしで、遠くからの声が聞こえてないんだと思う。どうしよう、僕の責任かなこれ。今回ばかりは逃れようもなく僕の責任だな、うん。

 取り敢えず、全員を止めよう。

 

 

「あっ……!?」

 

 

 アリーゼさんの剣は簡単に抜けない様地面に押し込み、リューさんが持つ木刀は弾き飛ばし、輝夜さんの刀を挟み込む形で受け止めて手首を掴み拘束。全員が碌に仕掛けられない状態になって、漸く戦闘は終わった。

 

 

「調整、付き合ってくれてありがとうございます」

 

 

 長く息を吐く。うん、大分複数の短剣を扱うのにも慣れてきた。実戦形式でも問題なく使えるだろう。こういう場所では扱えなかったが、魔法やスキルを交えればもっと幅が広がる。体調も万全だ。大丈夫、きっと勝てる。

 後は体力を温存して───

 

 

「まだだ」

 

 

 ……額に筋を浮かべて苛立っている様な笑顔を向けながら、輝夜さんが言う。え、まだ?

 

 

「いやでも、武器の整備とか……」

「模擬刀でもいい、まだやるぞ。負けっぱなしは性に合わん。おい糞雑魚妖精、貴様は黙って見ているだけでいいのか?」

「……糞雑魚などと呼ぶな、輝夜。負け続けの貴方も同類でしょう。私もちょうど身体が温まってきたところだ。次こそ攻撃を当てます」

「えぇ……あ、アリーゼさん……?」

 

 

 止めてくれません? と期待して視線を向けてみれば、無言でとびっきりの笑顔を見せながら剣を構えていた。この人もやる気満々だと止める人居なくない?

 

 

「はいはい、そこまでよ」

 

 

 あ、良かった居た。ここ最近は出掛ける事が多くて会うタイミングがなかったけど、良いタイミングで戻ってきてくれたな……アストレア様。

 

 

「ベル君だけじゃなくて貴方達も明日は働くのだから、体力は万全にしましょう? その欲求不満は作戦が終わった後に解放するべきだわ」

「……そうね。ちょっと熱くなり過ぎたかもしれないわ。火属性(バーニング)だけに!」

 

 

 …………。

 

 

「戻りましょう」

「ええ、意識したら疲れが出てきました。ベル、以前マッサージしたのですから今度はしてくれませんか?」

「か、構いませんけど」

「……輝夜、マッサージならば私がしますが」

「素肌の接触を嫌う貴方には頼めません。素手でされる方が好きなものでして」

「くっ……」

「あれー……? どうしよう、絶望的に滑ってるみたいだわ。旅人っぽい帽子を被った神様には大受けしたのに……」

 

 

 アリーゼさん、それ多分わざと笑って他の人に披露させて滑らせる目的だと思います……。いや、全員冷静になったから、僕としては寧ろ有難い結果だけど。

 アストレア様でさえ取り繕っているのが丸わかりな苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 今話から感想への返信、再開させて頂きます。
 前々話の後書きに載せた活動報告を見てない人の為に説明しますが……元々感想への返信を控えたのは、『返信ない方が感想書きやすい人も居るのではないか。だとしたら返信考えず、その分を執筆に回せるからWin-Winだよな。先の展開予想されても誤魔化すような返信にならずにスルーできるし』という目的あっての事です。
 しかし前話に関しては質問には返信しますと言ったからか質問が複数来ており、その一つの返答の為に800文字弱……合わせると1000文字は超えるだろう文字数で答えて、元も子もない状態なんですよね。感想数も以前に比べれば減ってましたし……いやこれはその時の話の問題や読者様の気分もあるからなんとも言えませんが。

 まあつまり、質問多く来て返信するなら、返信控える必要もないかと。なので今話からまた返信させて頂きます。
 長くなってすみません。


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英雄達の都市


 普段とは違う時間帯での投稿ですみません。今日は午前中の用事だったり昼時に爆睡していたりで、時間が間に合いませんでした。基本的にはいつも20時投稿です



 

 

 

「胸に刻め。これは犠牲なくして終わる戦だ」

 

「理想を叶える英雄であれ」

 

「僕の指揮下で死ぬ事は許されない」

 

「───ここに紡ぐぞ、英雄譚を!」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 人造迷宮(クノッソス)の存在に気付いた以上、オラリオは地上での防衛戦という手段を必ず取る。フィンでなくとも、バベル以外でのダンジョン出入り口というイレギュラーが発覚した時点で、別の場所での同じイレギュラーを考えるからだ。ただし何処にあるかは分からない。言い換えれば、防衛戦という手段を取らざるを得ないのだ。

 その上で召喚したモンスターという存在を大っぴらにする事で、防衛と討伐の二つに意識を向けさせる。階層主を喰らった正体不明のモンスター、存在を知るからこそ強烈に意識する。

 

 となれば後のシナリオは簡単。召喚したモンスターに対する討伐隊と防衛に回された戦力のバラつきを考えれば、ただ攻め入るだけでジ・エンド。何せレベル7のモンスターを倒せる戦力と考えれば都市にいる第一級冒険者の大部分を必要とするし、ザルドという存在を抑えるのにも人数がいる。ベル・クラネルという存在が“悪”にとってのイレギュラーであれ、ザルド一人を抑えるのに気絶する現状を見る限り同等存在の連戦は不可能。

 つまり、敢えて情報を与える事でその対応をさせる。発覚した情報に対応するだけで、オラリオは終わるのだ。無論策は講じるが。

 

 全勢力を掛けた正真正銘の決戦だ。さてどう行動してくる───そうやって考えを巡らせる殺帝(アラクニア)は、オラリオの対応に目を剥いた。

 

 

「……都市中に配置されてる?」

 

 

 可笑しい。召喚されたモンスターに対応するなら、都市中に冒険者を配置出来るほどの数を置く事は出来ない。つまり召喚されたモンスターに対しての戦力がないという事?

 いやそんな筈はない。レベル7というイレギュラーを放置する判断など勇者(ブレイバー)はしないだろう。フィンの勘が桁外れな事は承知している。上層まで侵入を許せば、地上を貫く攻撃を放つだろう。恐らくそれまでに掛かる時間は半日もない。フィンの勘ならば、イレギュラーを排除する事こそが最も必要な判断だ。

 

 仮に地上での対応を済ませてから怪物の相手を出来ると思ってるなら───見通しが甘い。

 

 

「……予定通りに進めるぞ。ザルドをバベルの塔に送れ」

「はっ!」

 

 

 ザルドを相手にするならば、取れる手段は二つ。対階層主の様に一定以上の質の冒険者を数十人集めるか、或いはかの抗争でザルドを退けた張本人のベル・クラネルに対応させるか。だが後者ならば愚行。レベル7が同じ格下に二度も手間取るとは思えないし、よしんば対応出来たとしても倒す事は絶対不可能。何せ今のザルドは、本気(ガチ)本気(ガチ)だ。

 人造迷宮に用意していたモンスターの幾らかを喰らい、能力値を上昇させている。抗争時に結局倒せなかったベル・クラネルでは、勝つ事は出来ない。少なくともヴァレッタはそう思う。

 

 ───いや、どうかな。あのイレギュラーはやりかねない。喰らってなかったとしても、不可能だと考えていたレベル7の退けを単身で行った奴だ。この短期間に対応策を考えていれば結果はわからないだろう。

 

 もしもの可能性を考えた。でもやる事は変わるまい。ベル・クラネルという少年がザルドの対応をしたならば、予定通りに事を進めるだけだ。

 この時代に於ける冒険者の最大の弱点は()()の存在。これは人の可能性を飛躍的に拡大化させる、神が下界で使用する事を許された唯一の神の力(アルカナム)。神自身の力は人間のそれと変わらないが、それを託された子供は強力となる。しかしその力は、神が死ねば消え去るもの。つまりザルドの役割は、バベルの塔に潜む多くの神の排除。

 

 

「───団長、バベルの塔にザルドが単身で向かっています!」

「ああ、()()()()()。陣形は変えない、後は彼に任せよう」

 

 

 神の排除───オラリオにいる冒険者にとっての致命傷は、当然フィンも読んでいる。それについての対応は二通りあった。

 まず一つは、相手が人数を掛けて仕掛けてくる可能性。これはバベル付近に配置した冒険者に時間稼ぎをさせ、第一級冒険者を何人か集めさせて侵入を防ぐ手段。どれだけの人数を掛けてくるかは未知数のため、フィンとしてはこちらの方が嫌な策ではあった。

 

 そしてもう一つが───

 

 

「頼んだよ、オッタル」

 

 

 オッタルの要望とフィンの作戦が噛み合ったので成り立つ、【猛者】によるザルドとの一対一の戦闘。

 

 

「ヴァレッタ様! バベルの塔に一人の冒険者が!」

「あ? 一人だと? ……あの糞兎か?」

「い、いえ。その……【猛者】が」

「ァア? は、ははは! フィンの野郎勝機をぶん投げたか!? あの抗争時に一撃で叩き潰された奴に相手させんのかよ! はは、いいぜ。このまま作戦を進めろ。都市中に配置されてんなら寧ろ都合がいい。人造迷宮(クノッソス)にいるモンスター共で【猛者】を倒すまでの時間稼ぎを───」

「それともう一つ!」

 

 

 遮られる形で放たれた言葉にヴァレッタは顔を顰めるが、それどころじゃないと焦った風に闇派閥の一員は言葉を紡いだ。

 

 

「例の白髪の男が、たった一人でダンジョンの下層へと向かっています!」

「……は? 何考えてんだフィンの野郎。召喚されたモンスターが神を狙ってんのは知ってる筈だろうが。その制御の為に【静寂】が居るのも承知してる……マジで勝機をぶん投げたか?」

 

 

 嗤い、狂い、ただ絶望を放つヴァレッタでさえ、この時ばかりは真顔となった。そう、それだけこの選択はあり得ない。確かに時間稼ぎを目的として対応させるのは判断としては間違っていない。だがこの選択はそれ以前の問題だ。

 レベル7一人と一体。その両方を相手取るのに配置された戦力は、レベル5が一人。確かにそのレベル5はレベル5の枠に当てはめてはいけないイレギュラーではあるものの、厄介さで言えばザルドよりも上なアルフィアと、同じくイレギュラーと呼ぶべきレベル7のモンスターを相手にさせるなど、正気の沙汰じゃない。

 

 一体何が目的か───そうやって指揮を放棄して思考するヴァレッタの答えは、遠くで指揮を取るフィンが口にする。

 

 

「全体の動きが遅くなった。ベルの行動に考えを巡らせているかな? ……ヴァレッタ、君は優秀な指揮官だと認めるが……仲間の“状態”と“考え”を頭に入れた上で策を講じるべきだったな」

「あの、団長。そろそろ教えてもらってもいいっすか? 正直自分もレベル5一人だけじゃ、団長達を含め第二級冒険者の殆どを単身で相手していた【静寂】と、それに加えた未知のモンスターを同時に相手だなんて、勝てるとはとても……」

「ンー? そうだね、ぶっちゃけこれは唯の賭けだ。確証はない。ただ可能性としては充分にあり得るから下した判断だ」

 

 

 フィンはアルフィアが口にした『失望』の正体と、彼女が求めているモノを推測し、口に出す。

 

 

「アルフィアが【正体不明(アンノウン)】と共にいるのだとしても、ベルが一人で向かって発生するのは、アルフィアと正体不明(アンノウン)との二対一での戦闘ではない。正体不明(アンノウン)との一対一だ」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……はぁ。参った。人工の英雄などと断じたが……()()()()()()()()()()()()鹿()人工の英雄(賢いヤツ)と呼ぶべきではないな」

 

 

 唸る咆哮。揺れる迷宮。身体を震えさせる圧。そんな中、銀髪の女性……アルフィアさんは、僕を見つめながら溜め息を吐く。

 

 

「まさか的確に私を抑える手段を取れるとは思わなんだ。ああ、その英断を称賛してやる……本物の勇者(ブレイバー)

「……フィンさんの考えは、正しかった……んですね?」

 

 

 全てのモンスターを無視して、ダンジョンの正式な下りる道ではなく下の層に繋がる穴から飛び降りて、最短で巨蒼の滝(グレートフォール)に辿り着いた。そこで待ち受けていたのは、滝が流れる大穴を見つめているアルフィアさんと、恐らく抗争の終わりで僕に話しかけてきた男神……エレボス様。そして、姿は見えないけど咆哮を上げる【正体不明(アンノウン)】。

 アルフィアさんが魔法を放とうとすれば、同等以上の速度で放てる僕の魔法で牽制しようとする為に構えていたけど……魔法を放つ事にはならなそうだ。

 

 

「……なあ英雄、参考までに聞かせてくれ。【勇者(ブレイバー)】はどういう意図を以って、アルフィアがお前を相手に出来ないと判断した?」

「えっと……第一に挙げられたのが、アルフィアさんの持病です。二日前の朝から一定間隔を保ちながらでも正体不明(アンノウン)の制御をしていたなら、身体が万全ではないから易々とは動けない」

「ふむ」

「ただそれは建前で、一番の理由は……僕がアルフィアさん()の求めている人物である、と。だから僕を殺す事は出来ないって、そう言われました」

 

 

 ……求めている人物。その詳細はフィンさんから聴かされなかったけど、ザルドさんと直接戦った僕なら分かる。ザルドさんは僕を鍛え上げる様な素振りを見せていた。いや正確には、直接鍛えるのではなく、強くなってほしいという意思だ。

 つまり彼らが求めているのは、脅威を退けられる人物。もっと踏み込んで言うなら……【英雄】の様な人物である。自分で言うのはアレだけど。

 

 

「はは、結構見破られてるなぁ。その神すら超えるような推測と勘には参るぜ、勇者(ブレイバー)……。あ、ただ一つ訂正するなら、ザルドは本気でお前と殺し合いをしたかったようだぞ」

「え」

「アルフィアは個人的にお前を気に入ってるだけだ。まあザルドも気に入ってるっちゃ気に入ってるが……アプローチの仕方は別物だな」

 

 

 ……つまり、正体不明(アンノウン)の制御をしていたのがザルドさんだった場合、ザルドさんの時間制限が短くなるだけで本当にレベル7一人と一体を相手にしていた可能性が……?

 思わず顔が引き攣ってしまった。そうだとしてもなんとかする……という気概は見せたいけど、流石に無茶が過ぎる……。良かった。アルフィアさんで本当に良かった。

 

 

「……別に気に入ってるわけではない」

「はは、照れるな照れるな。「あの大鐘楼が耳に残る。アレを雑音とは判断できない」って言ってたのはお前だろ? いやぁ、遅れてやってきた思春期って奴か? ヘラとゼウスの時代では体験出来なかった乙女の感覚が───」

「……【(ゴス)───」

「おい待て、悪特有の弄りすぎは謝る。反省はしないが」

 

 

 ……空気感。どうしよう、もっと重い空気を想定してたんだけど……神様の存在って凄い。一瞬で肩の力が抜ける。ヘルメス様でも真面目な時は真面目なのに。

 い、いや。ちゃんと警戒はしとかないと。

 

 

「まあ勇者(ブレイバー)の読みは見事だと称賛するが……分かっているのか? ウラノスが感知しているだろうから知っているとは思うが、俺達が召喚した災厄……お前が言う【アンノウン】は、本当に災厄だ。階層主を喰らった階層主と言っていい。アルフィアが手を出さないのは、【アンノウン】一体で地上を滅ぼせるだけの力があるからとも言える。それを単身撃破するなんて、不可能と言っていいレベルだぞ?」

「……それを乗り越えるからこそ、英雄は英雄と呼ばれるんでしょう」

「ああ、違いない。ではその真価を見届けるとしよう」

 

 

 神に反応するモンスター。その特性を利用してか、エレボス様は『神威』を機能させる。神の力には届かない、神という存在を示すための威光を、召喚したモンスターに反応させる為に。

 再び地面が揺れる。咆哮が轟き、()()()()()()()その存在は現れる。

 

 ───それは、“竜”と呼ぶにはあまりにも醜悪だった。黒く光る鱗を背に、そこから広がる蝶々の様な四つの羽。四つの脚と腹の至る所に現れている、無数の口。

 無数の口から垂れ流れる液は水を蒸発させ、動かす羽は水を割る風を発生させ、前脚の爪がダンジョンの地へ振り下ろされると───この広間(フロア)の地面全てに亀裂が走る。

 

 一度相対した事のある神威に反応して召喚されるモンスター、黒いゴライアスとは格の違う風格を纏う竜に、僕は息を呑んだ。

 

 

「さあ、終焉(決着)の刻だ。真価を見せろ、英雄の都市(オラリオ)

 

 

 

 

 

 





 元ネタはダクソリマスターの貪食ドラゴン!
 腹部の大きな歯はないし二重構造でも無いけど、ぶっちゃけこっちはこっちで相当気持ち悪い見た目な気が。
 アストレア・レコードとは違って深層ではなく下層での召喚なので、この辺も少し改変してます。強さ的には階層主の魔石喰った強化者だから同等だとは思いますが。


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朝焼けの夜

 

 

 

 

 ───駆け抜ける。未知だろうが関係ない。ただ走り続ける。自分の役割は戦車として敵陣を回る事。モンスターが現れようが轢き殺す。闇派閥の一員、信者がいるならば最速で気絶させる。

 ああ、ムカつく。自分をこんな脇役みたいな場所に当て嵌める勇者に憤慨を募らせる。自分は女神の戦車だ。女神の為に全力で動く事はあれど、こんな児戯みたいな、子供の駄々を叶える為に全力を尽くすのは馬鹿らしい。

 だが、一つの言葉がそれらの怒りを塗り替える、更なる怒りを表した。

 

『ベル・クラネルの真似事は、君には荷が重かったかな?』

 

 自分の内情を全て見通すかの様な眼で、揶揄うように放たれる言葉。それは戦車の───アレンのエンジンを暴発させる様な言葉で、事実アレンは槍に手を掛けた。

 しかしフィンの動じない真っ直ぐな視線を受けたアレンは深く思う。フィンから放たれた作戦の内容。『モンスターは倒せ。だが人間は一人として殺すな』という、子供の願望とも言えそうなソレは、つまるところ神フレイヤが夢中になっている少年……ベル・クラネルが事実成し遂げた偉業であり、誰よりも英雄たらしめた行動だ。

 

 つまるところ、この程度を成し遂げられない限りは永遠にベルに勝てないままこの生を終える事となる。巫山戯るな。人の身でありながら神の試練でも与えているつもりか?

 だがその試練、受けて立とう。神フレイヤの寵愛を受けるが為、今ばかりは女神の戦車である事を捨て、英雄(ベル)を超える英雄となってやる。

 

 その為には───ベルの成した偉業を超える偉業を成し遂げるしかあるまい。かの少年は何も一人だけで全てを救ったわけではない。確かに大部分は一人で担ったが、サポートを努める人物、少なからずの協力者が居たからこそ遂げた偉業なのだ。

 ならばその偉業、自分一人で成し遂げた偉業として塗り替えてやろう。

 

 

「見てやがれ……糞兎、糞勇者。テメェらの内で収まる男じゃねぇぞ、俺は!」

 

 

 ───そして、吠える。獣の様に、男の“意地”を吐き出して。

 

 

「……フィン、発破が強過ぎだ」

 

 

 そんな獣の如き戦車の動きを見るリヴェリアは、今は地上で指揮を執るフィンに向けて愚痴を零す。確かに良い選択、良い挑発だ。気にしてる部分を刺激すれば驚く程に人は動く。

 だがこれは、効果が出過ぎである。

 

 

()()()()()()()()()()。流石のお前も感情と意地までは計算しきれないか?」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ヴァレッタ様! 人造迷宮(クノッソス)女神の戦車(ヴァナ・フレイア)が単身で、かなりの損害が!」

「……ああ、そっちは別に良い。割れてる出入り口の近場には大したモンスターも団員も置いてねぇよ」

 

 

 ヴァレッタはそう言うが、実際アレンの脚は驚異だ。ベルの前例がある以上、時間さえ掛ければ本当に人造迷宮内の殆どが殲滅されてもおかしく無い。となれば、手段は一つ。

 

 

「ただ、予定より少し早めるぞ。【九魔姫(ナインヘル)】が人造迷宮に来るなら地上の殲滅力は落ちてる筈だ。配置してるモンスター共を放て」

「はっ!」

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴというハイエルフが持つ魔法の強さは知っている。攻撃・防御・回復の三種を持ちながら、その全てが三段階で分けられて9つの魔法を使うことが出来る異端の魔導士。そしてその不在は、殲滅力はもちろんサポートが手薄となる。

 幾ら都市中に冒険者が配置されてるとは言え、純粋な数だけでは対応できない“質”というのがある。ましてや全勢力を置いているのであれば、その多くはレベル1。経験も駆け引きも何もかもが不足しているだろう。

 

 数を減らせば恩恵を受けていない信者も動き易くなる。住民は今殺さなくても良い。冒険者の存在さえ消せば後で幾らでも殺せる。

 

 

「相手に動揺は見えない。つまり対応出来る何かがあるか」

「団長、捕獲している闇派閥以外の全てが退いています! まるで巻き込まれない為に逃げてる様子で!」

「……ああ、読み通りだ。やはりモンスターを使用してきたな。そのまま陣形を持続させろ。作戦通りにやるぞ」

 

 

 現れたモンスターに対し、フィンは動揺の色を見せない。当然だ。人造迷宮という存在が顕になった以上、モンスターの出現は最も危惧すべき可能性。本音を言えば地上に出さず人造迷宮内で倒せるのが最善ではあったが、判明してる出入り口が一つだけではあまりに危険な判断となる。

 だから次善の策として、都市中に冒険者を張り巡らし、発見を逸早くさせる作戦。勝てないと判断したモンスターならば無理に倒す必要もない。報告さえすれば、必ず近場にいる第一級冒険者が反応して倒す様に出来る。その為の時間稼ぎアイテムは、対アルフィア用アイテムの依頼をキャンセルして時間が空いた【万能者(ペルセウス)】に再度依頼してある。

 

 位置把握の為の煙弾。レベル2のポテンシャルまでならば倒せ、それ以上でも充分なダメージを与えられる爆薬。視界を遮る為の煙幕。

 数多く作られたそのアイテムのお陰で、例え強化種が来ようとも第一級冒険者が倒すまでの時間を確保出来る術を、配置された全ての冒険者が有している。

 

 

「ヘルハウンドが近づいて来てる! 炎の威力も体躯も段違いだ! レベル3以上の冒険者を!」

「こっちはダークファンガス! 強化種じゃないが、対異常持ちの冒険者を!」

「マンモス・フール、しかも通常よりデカい強化種だ! レベル2を複数人頼む!」

 

 

 ───確かにレベル1。確かに未熟。未だ冒険を乗り越えられない臆病と捉えられるかもしれないだろう。だがこの暗黒期で生き延びて来たレベル1が、ただのレベル1と同格な筈がない。臆病故に、生き延びる為の対応力という経験だけは、上級冒険者にも決して遅れを取らない。

 存分に頼れ。足りないモノは補おう。各々、生き延びる為の術を取れ。……フィンからの言葉だ。冒険を乗り越えた上級冒険者に比べて格下であるレベル1の彼らは、そんな言葉に勇気を抱く。生き延びる為に立ち向かえる勇気を。

 

 

「……こちらの対応は任せろ。だから君は、その意地を貫いて勝って見せろ。オッタル」

 

「───ああ、任せる」

 

 

 フィンの指揮でもない呟きは、決して届くはずの無い言葉だ。しかし周りの冒険者の働きを見てか、オッタルはフィンの言いたい事を……いや。全冒険者の気持ちを理解して、呟いた。

 

 

「……お前一人か?」

「不満か、ザルド」

「ああ、不満だ。あの夜一撃で叩き潰した、女神の尻を追い掛ける糞ガキを再度相手しろだと? 装備を整えた程度では俺は止まらんぞ、糞ガキ」

「……敗北を刻んだ」

 

 

 オッタルは剣を構えながら、ザルドの不満げな表情を見つつ言い放つ。まるであの夜楽しませてくれた【英雄】を期待していたかの様な顔を見て、静かに己を滾らせる。

 

 

「先の事だけでは無い。今まで紡いだ敗北を、この胸に刻んだ。振り返り、考え、煮え滾らせて来たこの激情。全ては貴様という糧を得る為だ。ザルド」

「……糧だと?」

「貴様を超える事はただの過程で、目的では無い。暴喰(きさま)を喰らい、俺は最強へと至ろう」

 

 

 ここで初めて、ザルドの顔に喜悦が走る。

 

 

「ほう、暴喰(おれ)を喰らうか!? 獲物の分際で、この俺を! 良いだろう、見せてみろ! 今までの全てを糧として俺を超え、この戦いを糧にして見せろ! 糞ガキ!」

「……一つ、伝えておこう」

「なんだ?」

「【英雄】は、己が役割を果たしに行った」

「───ははは! なるほど、良い事を聴いた! アルフィアめ、この事を想定してモンスターに対応したな?」

 

 

 負けられない理由が()()()と獰猛な笑みを見せるザルドに、オッタルは鼻を鳴らす。まるでその前に俺を倒して見せろと言わんばかりの態度に、ザルドは更に笑みを深めた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! そうでなくては期待外れだった!」

「……英雄再誕、その願望は未だ尽きないか?」

「気付いていたか、糞ガキ。ああ、どうせアレを乗り越えなければ、この地上は終わる。オラリオどころか世界そのものが。だったら今この場で終わらせる。それを乗り越えたのであれば期待できる。単純な話だ」

「……英雄自身が言っていた」

「……?」

「英雄とは、孤独な存在ではないと」

 

 

 何を当たり前の事をと疑問の表情を示すザルドに、オッタルは二つの剣を構える。これ以上の問答は不要だと示すその態度に、ザルドは疑問を覚えながらも頭から消して、同じく剣を構えた。

 

 

 

「「───ォォォオオオオオッッ!!」」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「くっ、ルー・ガルーの強化種!? 深層モンスターまでテイムしてたのかよ、コイツら!」

 

 

 地上に進出して惨事を齎したモンスター代表格とも言えるモンスターの知識程度は蓄えているレベル2の冒険者は、目の前に現れたモンスターに悲鳴を上げる。レベル1では判断が間に合わずに死んでいたかもしれない。だが幾らレベル2でも、単身で深層モンスターの相手は不可能だ。爆薬も限りがあるし、倒せるダメージを与えられるかは不明。強化種ともなれば当然のように耐えてくるかもしれない。

 死ぬのか?

 

 

「リオン左方向から速攻、輝夜は相手を誘導!」

「「了解!」」

 

 

 そんな思考は、背後から現れた三人の気配によって霧散する。

 リューはその速さで移動してたが故のスキル効果、力の向上による特攻でルー・ガルーを弾き飛ばす。体勢を崩した隙を見て、輝夜は白兵戦。至近距離による連続攻撃でルー・ガルーの意識を完全にリューと輝夜だけに移し、そしてアリーゼが【魔法】を発動して上空から舞い降りた。

 

 

「ハァッ!」

 

 

 炎を纏う刃はその首を跳ね、ルー・ガルーは黒い塵と化して消滅した。

 

 

「うん! 深層モンスターとはいえ、兎君に比べたらやり易くて助かるわ!」

「す、すまん。ありが───」

 

 

 エンチャントを解いてドヤ顔に胸を張るアリーゼへと感謝の言葉を送ろうとする。が……。

 

 

「リオン、体勢の崩しが甘い! そんな攻撃ではベルに通じんぞ!」

「それを言うなら貴方は白兵戦を挑む事が間違いだ、輝夜! 一撃離脱で追い込む事も出来た筈です!」

「はいはーい、お二人さんの兎君対応策は聴き飽きたからさっさと───」

「「そもそも貴方がトドメを刺すパターンも通じないだろう、団長(アリーゼ)!」」

「清く正しい私がトドメを刺すのがそんなに羨ましい!? ごめんなさいね貴方達よりも兎君に高い評価を受けちゃってて! 単身能力だとこの中じゃ私が一番だもんね! ふふーん!」

「ええ……?」

 

 

 助けた事など気付いてもいない様子で、この状況にも関わらず言い合う『正義』の眷属達にドン引いた。戦が終わった後ならば兎も角、まさか戦の真っ只中で仲間同士言い争うとは思うまい。

 レベル2の冒険者を置いて言い争う三人の冒険者は、そのままモンスターの撃破を続けていた。

 

 

「……悪いな、なんかウチらのみっともない所見せちまって。これ追加の爆薬な」

「あ、ああ……」

 

 

 その後を追従する様に現れた小人族(パルゥム)、ライラから追加のアイテムを受け取ったレベル2の冒険者は、呆然と返事を返す。

 死を間近に感じた身だから、こういった“いつも通り”の様な雰囲気を見せられて肩の力が抜けたのは幸いだと言うべきだろうか。

 

 ───そんな安心も一瞬だけ。絶望は地上に牙を向く。

 現時刻は朝。作戦開始から暫く経っている為、既に陽は昇っている。朝焼けの太陽が照らされている。

 

 

「……何だ、この疼きは」

 

 

 フィンの親指は疼いた。しかも、かつて無いほどの警鐘を鳴らすが如く。何かを読み違えた? それとも自分の知らない“未知”が、この場に災厄を齎す?

 何が来る、何が来る───直ぐにでも対応してやると注意を向けるフィン。

 

 モンスターを狩り、闇派閥の一員を捕獲し、最強同士の攻撃で都市が揺れる。そんな光景が数分も続いていると───()()()()()

 

 

「……は?」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「くっ、はぁあッ!」

 

 

 口から垂れ流れるのは溶解液の類だと判断出来る。アレには決して触れない様にするのは前提。攻撃を当てる際は必ず口に当たらない様避ける事。水色の短剣、この不壊属性(デュランダル)武器に限れば例外。

 前脚の振り下ろしは、レベル7のポテンシャルとしては鈍足だ。常に動く事を意識すれば当たる事はない。あの破壊力抜群な脚は決して受けない様に注意する。ただ───。

 

 

「っづ、ぅ……!」

 

 

 4本の羽から発生する強大な風圧。僕の重量では吹き飛ばされるそれに耐えるには、しっかりと地面を踏み締めるしかない。ただそうすると、僕の動きは止まってしまい……あの前脚の振り下ろしを避けれるかが危うくなる。

 幸い今は一度も攻撃に当たらず攻め入れているけど、このモンスター……やっぱり再生能力持ちだ。傷付けた側から傷が癒えて、碌なダメージにならない。

 

 一度無数にある口へ幾つもの火炎石を放り込んで、それを起爆するために魔法を発動してみたけど、身体の一部が消し飛んだだけで直ぐに再生していた。火炎石の数を増やしたところで、この巨大を吹き飛ばす火力は望めないだろう。となると、やっぱり……一撃必殺。それもただの斬撃ではなく、魔法と斬撃の二重蓄力(デュアル・チャージ)による【聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)】で斬り裂くしか方法はない。

 フルチャージ5分、チャージを維持する事は出来るか……? いや、悩んでる暇はない。やるしかないだろう。

 

 魔法を放つタイミングと英雄願望を放つタイミングを合わせる為に意識すると、後方から神威を感じた。エレボス様の神威。最初はこのモンスターを此処まで呼ぶ為のものだった。じゃあ今回の意図は? 分からない。

 いや意識するな、ただ目の前の相手に集中しろ。……待て、神威が途切れない。違う、()()()()()()()()

 

 バッと振り向く。エレボス様が神威を機能させながら近付いているのが見えた。……ヤバい注意を逸らされた! 早めに防御の体勢を取れ、これは避けれな───

 

 

「ぅ、ぐ……〜〜〜ッ!?」

「……全く、別にこっちに視線を向ける必要はなかったってのに。善意が過ぎるぜ、英雄。悪神(おれ)まで助けるつもりだったか?」

 

 

 ……レベル7のポテンシャルを持つモンスターの一撃をまともに食らった。幸い防げて、力を少し流せて受けたから折れてはいないけど……身体が痙攣してる。立て直すまでに時間が必要だ。近付くエレボス様を止める事が出来ない。

 

 

「一つ教えてやろう。アルフィア、いいな?」

「……構わない」

「アルフィアが手を出さないのは、確かに持病の影響もある。お前だからというのもある。だが一番の理由は、強力な“個”、()()()()()()()()()だ」

「……ぜつ、ぼう?」

「こいつはレベル7のポテンシャルで再生能力持ち、そのままでも充分強いだろう。だがな、黒竜はこの程度じゃ無い。でも俺達で絶望を顕すにはこの程度が限界だった。……一つの手段を除けばな」

 

 

 ───! まさか、この男神(ヒト)!?

 

 

「待てっ、待ってください、エレボス様! ()()は……!」

「何だ、知ってるのか? なら話が早い。そう……(おれ)()()()()()()()()()()()。これを乗り越えるかどうかを見届けたい……それがアルフィアの望みだ。まあ曲がりなりにも悪だしな、この身一つ捧げるくらいはしてやる」

 

 

 ……ッ!

 

 

「まだ、間に合───」

「一歩遅かったな」

 

 

 目の前で、神がモンスターに取り込まれる。同時に【正体不明(アンノウン)】は、正真正銘【神の力】を扱う災厄へと至った。

 そしてその神の力は、地上へと伝播して……ッ!

 

 

「アルフィアさんッ!」

「……すまない。失望が解けたところで、私の絶望を拭える希望に変わる事はないんだ。だから、未来を見るのであれば、(わたし)すらを助けようと言うのなら───あの災厄を倒してくれ、英雄(ベル)

 

 

 

 

 



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悪神の恩恵

 

 

 

 ───夜?

 否だ、あり得ない。今の時間帯をなんだと思っている? ついさっき朝が訪れたばかりだ。急激に夜へと変化するなどあり得るはずがないだろう。そもそもこれを夜と呼んで良いのか? あまりにも暗過ぎる。夜ならば月明かりの一つでもなければ可笑しいだろう。

 夜と認めたくはないが、単純に陽が雲に覆われるだけでは判断できない暗闇。しかし夜として認識しようにも、月明かりの一つとしてない深淵の闇とも言える暗さ。

 

 神の恩恵を受けて視覚が優れていること。そして都市に配置された街灯魔道具の光が照らしているからこそ、見えない訳ではない。しかし、当たり前に存在していた光の唐突なシャットダウンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 フィン達冒険者はもちろん、神々も目を見張り、そして闇派閥の一員でさえ、この異常事態に順応する事は出来ない。

 

 そんな中ただ一人、神すら超える勘を持つ一人の勇者は思った。

 

 

(……凡そ仁智に及ばない異常事態。モンスターであったとしても、恐らく不可能。下界では及ぶ事の出来ない、()()()()()()()()

 

 

 フィンがその考えに至ると同時に、多くの神々も悟った。これは神の力だと。少なくともオラリオ側は何柱かを除き、一般市民達と同じ場所に集められている。故にそれぞれが感じ取れる限り、地上側……言わば冒険者側の神々が使ったとは到底思えない。

 つまりこれは、“悪”側の力。

 

 

「……」

「ウラノス、この神の力はダンジョンから発生されてるものだ! 感知しているならば即刻天界へ送れるだろう!」

「……出来ない」

「なに?」

 

 

 ベル・クラネルの監視を続けていた黒ずくめのローブを被る男……フェルズは、作戦が作戦だからこそ今は離れている。ギルドの奥にいるウラノスに自分が理解している限りの情報を発せば、ウラノスは「無理だ」と断言した。

 何故? 下界での神が行えるルールを定めている以上、その規定内にある神の力の使用は送還対象となる筈。肩入れをするはずも無い神格のウラノスが悪側に寄り添うはずも無い。一体どんな理由あっての事かと問い詰めれば、ウラノスは苦い顔を見せながら言い放つ。

 

 

「紛れもなく神の力、しかしこれを発動しているのは神では無い。『神が神の力を使う規則違反』ではない故、送還しようと思おうが出来ないのだ」

「なっ……ウラノス、一体なにが見えている!? 神以外に神の力を使用する者など……、……っ」

「ああ、神が喰われた」

 

 

 ウラノスの断じる言葉に、フェルズは絶句する。

 

 

「……ヘファイストスを呼べ。神創武器の召喚を行ってもらう」

「待てウラノス、それは下界のルールに抵触する行為だ! 他の神が止まらなくなる! 理由はどうであれ、相手の神の力は下界の規則に触れてないんだ! 此方からルールに抵触したとみなされるぞ!?」

「だが、神の力に対抗出来るのは同等の神の力のみ。子供の可能性を広げるだけの恩恵では対抗出来ない」

 

 

 そう。恩恵はあくまで恩恵。可能性を広げ、才を明確にし、冒険した分の経験値を能力値として昇華させる……言わば対価が当たり前に現れるだけの力に過ぎない。

 もちろんレベルを上げれば上がるだけ、神の存在に近付くとも言われる恩恵だ。それこそ前代未聞の10にまで届けば、単身で相手出来る程の能力があるかもしれない。しかし今の世界に於ける最大レベルは7。更にそのレベル7は敵に回っており、オラリオ側の戦力ともなれば6が限界地点。

 

 ウラノスは冷静だ。冷静故にその思考を素早く回し、成すべき事を正確に判断出来る。

 このままでは世界そのものが滅びるだろう。ならばその前に、原型程度は保つ為に神の力を使用してなんとしてでも止める。それが最善。それはフェルズも理解している。しかしフェルズは、手をギュッと握り締めると、ウラノスを真剣に見つめた。

 

 

「……少し、少しだけ待って欲しい。30……いや15分でいい。どうか判断を待ってくれ、ウラノス」

「なに?」

「私は一つ賭けを行いたい。神の力を使って下界に混沌を齎すのであれば───神の力を使用せずに災厄を倒す、その可能性を信じる気にはならないか? 下界の子供の可能性に賭ける、その勇気を見せてくれないか? ウラノス」

 

 

 自分でも無謀な賭けだと分かっている。その15分を無為に振り、無駄に破壊をばら撒く最悪の可能性へと成り果てる可能性の方が高いのは承知の上だ。

 それでもフェルズは信じたい。

 

 

「……フェルズ、あの白い少年に何を見た?」

「特別なものは何も。私が見たのは、当たり前に【猛者】に負け、当たり前に笑い、当たり前に願望を語る……ただの人間だ」

「……ならば」

「だからこそだよ、ウラノス。神々(キミたち)が見たいと思った『変化する下界の民』は、時に神の力をも超える【想いの力】を見せるんだ」

 

 

 何処までも平凡。レベル5という、冒険者の中でも指折りの実力者でありながら、そのステイタスを除けば特別な力なんて何もない。その平凡さで英雄へと成り上がった“想い”は、決して蔑ろにしていいものではないのだと。

 だから賭ける。賢者(フェルズ)ですら見通せない、人の想いという力に。

 

 

「私は信じたい。下界の可能性を」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ァア───ッ!!」

 

 

 ヘスティア・ナイフを一閃。斬った手応えはあり、しかしすぐに再生される。皮膚の硬さ、敏捷、力……確かに多少の変化があるのは感じられる。でも基礎能力値(ポテンシャル)はあくまでレベル7の枠に当て嵌まってる状態に過ぎない。

 攻撃が通じるなら、迷ってる暇はない!

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

 ヘスティア・ナイフに向けて魔法を発動。タイミングを見極めて、ヘスティア・ナイフに魔法が着弾すると同時に英雄願望を発動させる。

 リン、リン───鐘の音と雷音が重なり合い、収束する炎雷は猛りを募らせていく。チャージは何分にすべきだ? 5分以外はあり得ない。生半可な攻撃が通じるとは思うな。威力・範囲の両方が水準を満たしていない限り、再生するモンスターは決して倒せない。ゴライアスの時にそれは体験しているはずだ。

 

 ……恐れるな、成長しろ。強くなる為に、何度でも自分の概念をぶち壊せ! 英雄願望収束部位の使用しながらの維持を可能とした今なら出来る筈だ! 時間を稼ぐ為に、恐れず挑戦しろ!

 僕は、英雄願望を発動させ魔法と斬撃のチャージを行なっているヘスティア・ナイフを、迫ってきた爪に対して振るう。

 

 

『グルァアアアアアッ!』

「───! いけ、る……っ!」

 

 

 赤い炎の跡を空中に描きながら振るったナイフのチャージは、尽きていない。その上ナイフ自体の威力は段違いに飛躍している。今まで攻撃しても弾かれるだけだった爪が、さっきの炎を纏ったナイフでは焼き切るように切断出来た。

 擬似付与。通常のエンチャントの様な身体付与や通常武器への付与は難しいけれど……魔力伝導率の高いミスリルを素材にして作られている装備に限れば、通常のエンチャント同様に武器の常強化が可能になる。一撃一撃の威力を上げる短時間での英雄願望発動ではなく、英雄願望の蓄力(チャージ)時間を稼いだ上での武器強化。これなら充分にやり合える。

 

 振るう。雷速に劣らない炎刀を何度でも振るう。再生しようが関係ない。幾ら神殺しのモンスターでも、神の力を有しているモンスターだとしても、無限再生なんて出来るはずがない。その能力を扱うためのリソースは必ず存在するはず。ならばそのリソースを極限まで少なくした上で、必殺の一撃を放つ。

 ───? 気のせいか。今速さが増した……違う気のせいじゃない。速さも、力も、硬さも、明らかに能力値の向上が図られている。なんで今更っ、神が取り込まれた直後にリソースを回していたならもっと早い段階で強くなっていたはずだろ!?

 

 神の力のリソースを此方に回していなかった? 別のところに回していたから、此方に回す余裕がなかった? じゃあ一体、その神の力は何処に……、……っ! 地上への伝搬! アルテミス様の時と同じだ、地上での展開が行われている!

 でもそこにリソースを使っているなら、【正体不明(アンノウン)】に回す神の力のリソースなんて残ってる筈が……いや違う、考えろ。もしこれが神の力によって展開された権能の効果によるものだとしたら、神のリソースを直接【正体不明(アンノウン)】に回す必要なんてない!

 

 エレボス様の司るモノは───暗黒地下。あの男神自身が名乗った時に聴いたから覚えている。という事は、神の力の作用で地下世界そのものがエレボス様の支配下となって……あの地上への神の力の伝搬が、()()()()()()()()だとしたら?

 そして【正体不明(アンノウン)】の強化が続いている現状を思えば、エレボス様の権能は、支配下にある地下世界から生まれた生命の強化……! だとしたら不味い、地上にいる全てのモンスターが強化種となる程の変化があるかもしれない! 一体一体の強さが1レベル上のモノだと仮定すると、今まで間に合っていた補助が間に合わなくなる……!

 

 速く、速く溜まれ! 時間が固定概念だと分かっている、それでも速く5分の時が過ぎて欲しいと願ってしまう。アルテミス様の時は一撃で滅ぼせるだけの威力を一定時間まで溜める猶予があったけど、今回は超高域補正の乗用化だ! 一定時間なんて余裕はない!

 下手したら、もう陣形は崩壊し始めてる───

 

 

「───ッ」

 

 

 ダメだ、まだ放つ訳にはいかない。フィンさんを信じろ。自分は万全の準備を済ませた上で、必ずこのモンスターを討つ!

 残り───1分。

 

 右手に持つヘスティア・ナイフは決して離さず、左手に二つの短剣を装備する。握れはしないから指と指の間で挟み、二つの内の一つ、水色の短剣を眼に投擲。もちろんモンスターはそれを弾くけど、水色の短剣に付けられた煙幕が発動してモンスターの姿を覆う。

 同時に僕は聴覚・味覚の二つを極限まで薄れさせ、その分の神経を触覚に回して強化。左手をアイテムポーチに回して、アスフィさんが作成してくれた音響魔道具を投擲。モンスターの付近で発動されたそれは聴覚を塞ぐ。これで相手が使用できる五感は嗅覚と触覚と味覚のみ。

 

 僕は強化された感覚と、先ほどまで居た場所の記憶を頼りに飛躍。左手の純白の短剣を突き刺し、右目を潰す。同時に回転、左手を右腰に回し、左目にも勢いそのまま突き刺す。

 どうせ時間があれば再生するだろうけど、少なくとも突き刺さった状態ならば多少の引き伸ばしはできる筈。そして顔に乗ってる状態から背中へと移動。背中にも口と歯があるからそれを踏まない様に注意し、羽の下に移動し───ヘスティア・ナイフを振るった。

 

 

「かっ、たい……!」

 

 

 徐々に硬さが増している。元々柔らかい装甲ではなかったけど、このモンスターの特性か。速さは兎も角、力と硬さは最初に比べて全然違う。下手すればレベル8のポテンシャルに届きかねない。これ以上強化されるなら、もう打つ手がなくなる。

 でも───溜まった。

 

 この位置では自分まで巻き込まれる。跳躍してモンスターの真正面に移動。ナイフを構える。

 煙が晴れると同時にモンスターは僕を襲ってくる。流石にこのナイフを脅威と判断したか。でも遅い。僕は触覚の強化を視覚へと移し、動体視力を極限まで強化する。このナイフの威力を最大限ぶつける為に、ギリギリまで引き寄せて───ナイフが当たるタイミングで、振るった。

 

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)ァァアアッッ!!

 

 

 白い炎、白い雷。収束された炎雷と斬撃は、正体不明(アンノウン)を飲み込む波として放たれる。確かな手応え。触れた側から消滅していくモンスターの身体。

 それを見て僕は目を見張り、そしてポツリと呟かれた言葉を拾った。

 

 

「ああ───」

 

 

 それは、アルフィアさんの絶望の声。

 

 

「やはりダメだったか」

 

 

 ───間違いなく倒せるだけの威力はあった。恐らく、神の権能で耐久力が強化されてなければ、魔石だけを残して外殻の全てが消滅していた。

 でも強化された硬さが、炎雷の波が数十センチ進む毎に一瞬だけ塞き止めて、消滅した部分の再生する猶予を作る。結果現れたのは、万全な状態……いや、それどころか、この短時間で更に強化された、正真正銘()()()8()()()()()()()として、この場に立っている。

 

 

「嘘だろ……ッ!?」

 

 

 唯一の勝機、一撃必殺のフルチャージでさえ、このモンスターを倒すには至らなかった。

 そして一瞬で訪れる、体力と精神力の超消費。まだ限界は来ていない。けど急激な落差に耐えきれず、片膝が地面に着く。

 

 手を着いて直ぐに立ち上がろうとするけど、そんな暇は与えないと言わんばかりに正体不明(アンノウン)は爪を振るい───吹き飛ばされた。

 

 

 

 



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英雄に憧れた人間

 

 

 

「陣形を変える! 第二級以下の冒険者は五人組で行動しろ! 今は街の被害よりも命を優先! 住民がいる場所に決して近づけさせるな!」

 

 

 ───これもヴァレッタの作戦の内か? 否である。フィンは一つの可能性を思考し、即座に否定した。幾らヤケクソとは言え、これが予定調和であれば作戦がお粗末すぎる。確かに全モンスターの一斉強化は予想外だった。

 しかし自分であれば、このモンスターの一斉強化に生じて対応が難しくなった冒険者の一瞬の隙を突き、モンスターに自爆装置を装着して混乱を齎すだろう。強化されて急に動きが変化したモンスターだ。そうすれば予想してても止められない。

 

 つまり、ヴァレッタでも予想外の悪神単身の暴走と捉えるべきか。どういう訳か神が送還されていない。現在は理由の追求よりもその事実を認識するべきだ。

 フィンは息を飲み、冷静に場を認識する。

 

 

(だが、作戦がお粗末とは言え、被害が甚大だ。元々対モンスターに備え、基本二人以上での行動が可能な範囲に人を配置していて、その上で勝てないと少しでも思ったら逃げる事を優先させている為に死者は居ないが、それでも何れは……)

 

 

 死者が出る。その可能性は高い。どうする、どう立て直す。そうやって考え続けるフィン。

 自分も戦いの場に出るか? 戦いながらでも十分に指揮は出来る。しかし俯瞰視点から戦場を見ることが出来ず、作戦立てが上手く回らなくなるリスクが大きい。

 

 

「……アパテー、アレクトの方の対応はどうなっている?」

「此方が優勢を保てているっす。ただモンスターの狂乱に巻き込まれて、お互いトドメまで攻め入る事は……」

「フレイヤ・ファミリアの応戦は難しいか……」

 

 

 フィンは俯瞰から多くの戦闘を眺め続け、やがて倒さずにいるパーティーを見つけて、疑問を抱く。本来であれば一体のモンスター相手にする場合、時間が経つほど優勢になるのは冒険者だ。慣れへの適応力は、間違いなく冒険者の方が高いから。

 でもそのパーティーは、時間が経つに連れて苦しんでいる様に思える。一体なぜか。

 

 

「……基礎能力値が上がり続けているのか……?」

 

 

 ───警鐘。指が疼く。ただでさえ厄介な強化種モンスターが更なる強化を重ね、そこから常に強化補正が掛かり続けている状態。フィンはその異常事態を察知すると、バッと上を見上げた。

 

 

「神の権能にしては()()()()()()()()()()が……時間が経つに連れて強化されていく───いや違う、正確には……!」

「せやな、この権能がダンジョンに順応しとっとるんや」

 

 

 背後から聞こえた声に、フィンは一度目を見開くが、「この神なら不思議ではないか」と判断して余計な問答は避ける。本音を言えば何故この場にいるのかと問いたいが、その思いは必死に我慢した。

 

 

「この権能、間違いなくエレボスの奴やな。地下世界の神たるアイツにとっちゃあ、ダンジョンとの相性は最強っちゅー事や。その世界から生まれた生命の無限強化。……まー無限ゆーても、リソースが持たへんし、多分展開されてる()()から分け与えられてるだけやから、精々レベル1の増加が上限になるやろうが」

 

 

 全モンスターのレベルブースト。……モンスターの暴走故か、一体に縛られた強化では無かったのにホッとするべきなのだろう。だが最終的にワンランク上のブーストが掛けられるのは不味い。

 現状でさえギリギリの対応なのに、更に強化されるのは、死者無しで切り抜けるにはあまりに重過ぎる───

 

 

「……んで、ウチがここに来たのはウラノスの考えを伝える為や」

「神ウラノスの……?」

「『下界の子供に判断を任せる。神の力を必要とするのであれば、すぐにでも使おう』やと」

「……ロキ、この場合でも此方側からルールに抵触したと見做されるかな?」

「なるやろな」

「なら保留だ。全モンスターにレベルブーストが掛けられても、最悪僕が動けば20分は保たせられる。神の力を使うのは、誰かが死んだ時だ」

 

 

 ───フィンの意思は揺るがない。やると決めたらやる。この戦はあくまでも『完全無欠の勝利』であって、『犠牲を出しての勝利』ではない。だからこの戦の結末は、誰一人として死なずして終える勝利か、犠牲を出したが故の敗北のどちらかのみ。

 迷いはない。英雄となるのであれば、憧れたのであれば、その理想くらいは叶えて見せよう。

 

 

「なんでそんな信じられるんや?」

「……」

 

 

 この言葉の意図は、なぜベルが神を取り込んだモンスターを倒すと信じる事が出来るのかという事だろう。フィンはベルとの会話を思い出し、その時にベルから問われた事をそのままロキへと伝える。

 

 

「『もし感情や思考などの人間と同じ“心”を持つモンスターが居て、彼らが人類との共存を望んだ時、フィンさんは仲良く出来ますか?』」

「……?」

「ベルから問われた事だよ。ロキ、君ならどうする?」

「そりゃ、()()()()

 

 

 1000年もの間いがみ合い、ましてや現在進行形で人類の脅威となり得ているモンスターとの共存? あり得ない、無理だ。

 ロキが何の躊躇も思考もなく、ただ当たり前の答えとしてそれを口にすれば、フィンは頷いた。

 

 

「だろうね。僕も同じだ」

「それがどうしたんや?」

「ベルはこう答えたよ。『僕は救います、その手を取ります』……って」

「……言葉だけちゃうんか?」

「どうだろうね? まずそんな可能性を浮かべる事自体が異常だ。確かに用意していた答えを出していたのかもしれない。ただ僕には、既にそれを成した事がある眼に見えた」

 

 

 モンスターに感情? 思考? まずそんな事を浮かべる人間なんていないだろう。

 でも考えたこともなかったその可能性を描いて、覚悟を見て、フィンは理解した。

 

 

「全てを救うなんて大それた事を宣言したとしても、モンスターは絶対悪だ。奴らを救う可能性自体除外する。が、彼はそんな存在すらも、分かり合えるなら手を伸ばすと言ってみせた! ……喜べよ、ロキ。彼は本物だ。神々(キミたち)が求める、最高に優しい英雄(にんげん)だよ」

 

 

 あらゆる未知、あらゆる下界の可能性。だが『絶対存在』として確立される存在の内の一つ、『絶対悪』。それすら救って見せると言う、未来の読めない未知の英雄だ。

 フィンが憧れる理由もわかる。嫉妬する気持ちも分かる。何処までも理想の体現者で、叶え続けるお伽話の様な英雄。そんな存在になりたくて勇者(じぶん)を作り出したフィンからしたら、成りたかった人物そのものがベル・クラネルという人間なのだから。

 

 

「フィンが信じる理由は分かった。けどあの子兎一人でどうにかなるもんやないと思うで?」

 

 

 子兎。ベルの事を指しているだろうその呼び名と、その彼の出来る範囲を見極めた言葉を聞き、フィンは苦笑した。

 

 

「誰も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「おいアイズ、待て!」

「いや!」

 

 

 脚の速い冒険者の一人として参加していたアイズと、アレン単身の能力を見て出番がない事を悟ったリヴェリア。現在その二人は、ダイダロスオーブ……Dが刻まれた鍵を手に、扉を開けながら下へと向かっていた。

 正確には、下からの脅威を察知したアイズが、リヴェリアのアイテムポーチに仕舞われていた鍵を盗んで単独で向かおうとしている所を、リヴェリアが追いかけているという事情だが。

 

 リヴェリアは理解している。下へと進む度に、アイズの“風”が強くなっているのを。憎悪の丈による効果向上ではない。アイズ自身が認知していなくてもスキルが反応して自動的に発動されている、対竜種への更なる補正。

 そしてもう一つの理解。

 

 

「恨むぞ、フィン……!」

 

 

 恐らくフィンは想定していただろう。人造迷宮(クノッソス)からダンジョンへと侵入するルートの可能性。リヴェリアもそれは把握していたが、まさか自分とアイズを人造迷宮(クノッソス)に配置した理由がダンジョンに最短で向かわせる為だとは思っていなかった。

 フィンからしてもアイズの暴走は予想外だろうが、万が一単身で動く可能性を想定して一緒にした可能性は否めない。というか間違いなくそれが理由だ。リヴェリアは顔を歪めつつ、アイズの後を追う。

 

 

「ここ」

「……18階層か。特に変わった様子はない。ベル・クラネルは塞き止めていると思っていい───」

 

 

 その瞬間に訪れる、神威。いや、神の力(アルカナム)の気配。明らかに神の威光を示す神威とは位が違う圧に、二人は目を見開いた。

 

 

「……継続している? 神ウラノスは送還させる気がないのか? それとも送還できない理由が……っ、おいアイズ!」

 

 

 リヴェリアが感じる神の力に推測をしていると、アイズはそんな事知らないと言わんばかりに下層へと向かう。リヴェリアはハァっと息を溢し、呟いた。

 

 

「……後でロキから教わった『お尻ぺんぺん』でもしてやろうか」

 

 

 一瞬だけ立ち止まる気配を感じた。

 数分の走行。本来であれば数十分と移動に掛かるだろうが、リヴェリアは兎も角としてアイズは“風”を利用し、ダンジョンの“穴”から降りて最短で道を通る事で短時間の階層間移動を成す。

 やがて下層の巨蒼の滝(グレートフォール)へと辿り着いたアイズは、壁に激突した白い少年に襲い掛かるように前脚を振り被る黒い醜悪な竜を見て───憎悪を募らせる。

 

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 

 吹き荒れる、黒い風。それを纏った剣が前脚を突き刺すと、黒い竜は哭く。

 それはレベル差を無視する、『特攻』故のダメージ。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「くっそ……ッ!」

 

 

 回避、回避。回避回避回避回避回避回避回避。この一瞬で『速さ』すら巨躯に似合わぬ速度となり、その範囲と力が相まって攻撃を仕掛ける事が出来ない。僕に出来ることとすれば、精々が火炎石を口に放り込んで爆発させる事。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

 幾ら外殻が化け物染みていると言っても、内部はそれほどではない。爆発という手段は確実にダメージを与えられている。でもその傷は一瞬で再生されるもの。

 思わず歯軋りさせながら思考を加速させていると、アルフィアさんの声が聞こえた。

 

 

「もういい、ベル。()()()()()()()()()()()()()()()()? 下手に分散させず、魔石だけを穿つ収束のさせ方ならば、このモンスターも倒せていただろう?」

「でも、エレボス様は死ぬ! 神の力のリソースを完全に開放したエレボス様は、この場で死んだら再生が出来ずに神としての死を迎える!」

「……絶対悪には、似合いの末路だろう」

 

 

 ……正しい。アルフィアさんは正しい。僕は意固地になっているだけだ。確かに魔石の破壊だけに意識を注げば、他ならぬ“モンスター”である【正体不明(アンノウン)】は例に漏れず消滅していただろう。

 でもその場合、エレボス様も死ぬ。天界に送還されるのではなく、神として。

 

 それは正しいのだろう。エレボス様が導きたい結末なのだろう。僕はそれを裏切って、結果最悪の末路を辿っている。僕の責任だ。

 でも、それでも───もう二度とあんな想いはしたくない! 妥協して、諦めて、従って、ただ運命に導かれるように1万年の時を誓う様な、待ち続ける真似は嫌だ! 泣いてる女の子を救うなんて綺麗事で終わらせるような物語なんて、もう紡ぎたくないから……ここで乗り越える選択を取るしかないだろう!?

 

 何の為の英雄願望。誰一人として犠牲にしたくないと想いながら、結局誰かの死が誰かの力となる───そんなお約束(ぜつぼう)を僕は認めない!

 

 

「僕たちの憧れた英雄は、貴方たちの求める英雄はっ、犠牲を是としたんですか!? 誰かにとっての悪だから、物語として悪に位置していたからと、犠牲にしたんですかっ!?」

「……ッ」

「100を救う英雄と1を救う人間、それが連鎖しあって犠牲なくして終わる喜劇の結末に僕は憧れた! 僕は101を救う英雄となりたい! 1を切り捨てるくらいなら、101全てを切り捨てる悪人にでもなる!」

 

 

 ───けどそうなりたくないから、何としても101を救える英雄になるんだろう!

 

 

「……っ、ベル!」

「ッ!? ぅぐ……ッ!?」

 

 

 気が逸れた。レベル8のポテンシャルを持つモンスターにそれは致命的だ。一瞬にしてこの場に吹き荒れる暴風。振るわれた翼によって僕の動きは止められ、逸れた上半身が地面に叩きつけられる。直撃はしなかったけど、またも壁にぶつけられた。

 ヤバい、エレボス様の時とは違う。あの時はエレボス様の神威に視線が集められていたけど、今回の標的は僕だけ。直ぐに立たないと……っ。衝突した衝撃で崩れた壁が、僕の脚を埋めている。すぐにヘスティア・ナイフで破壊するけど、流石に間に合わな───

 

 

「アイズ、さん……っ!?」

 

 

 振るわれた爪をガードしようと何とかヘスティア・ナイフを構えると、上から降ってきた“風”が脚を突き刺して、その動きを停止させる。

 一体誰だろう。黒い風が晴れると同時に姿が現れる事で、その答えは出る。見たことのある風とは違う、黒色の風。

 

 その雰囲気は、かつて『エダスの村』で感じた事のある、憎悪の塊だった。

 

 

 

 

 

 

 




 1だけを切り捨てるくらいなら101全てを切り捨てる。だからこそ101全てを救う。こういう暴論好き……


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巡る

 

 

 

(どうする……どうする。着実にモンスターは減ってきている。だが徐々に上がっていく基礎能力が厄介だ。現在対応出来たとしても次の攻撃を防げる保証がない。どのタイミングで離脱すべきか、本来ならば戦う中で見つけられる攻略法が見つからないんだ)

 

 

 誰も彼もが格上殺しの術を持っている訳ではない。ましてや全てがモンスターとの対一なんて状況でもないこの乱戦で、目の前だけに対応しては思わぬところから不意打ちがかまされる。

 それは何もモンスターに限った話ではなく───

 

 

(モンスターが減るという事は、ヴァレッタ達からしてもイレギュラーが排除されている事になる。モンスターが減れば減るほど、闇派閥(イヴィルス)の危険度が増すだろう)

「モンスターを倒しても決して警戒は解くな! 常に次の最悪を想定しろ!」

 

 

 とは言え、モンスターを倒さない訳にもいかない。放置すれば自分の首を絞める事になる。

 

 殺しを許可すれば楽になるぞ?───黙れ

 犠牲を是とすれば確実な勝利が掴める───黙れ

 最高の希望を夢見るから最悪の絶望が訪れる───黙れ

 

 この期に及んで、『愚者として名を残す』事への忌避感が誘惑を囁く。ああ、仕方あるまい。後十分程度でこの神の力を止めなければ、必ず死者が訪れる。冒険者が逃げ出せば市民から。市民を守ろうとすれば冒険者から。この神の力の事をヴァレッタが知らなかったのは唯一の救いだ。でも最悪に変わりない。

 どうする、どうする───見つからない。作戦ならば潰せているが、これは純粋な能力による暴力。ヤケクソだ。対抗策は同等レベルの冒険者が担当する事。でも少なくともレベル2以上と化しているモンスター達を相手にするとなると、数が足りない。一体を倒す為に使い過ぎれば、他に被害が及ぶだろう。

 

 

「……ッ、しまった、オッタル!?」

 

 

 最初はバベルに被害が及ばないよう、そしてモンスターを近づけさせないように、多数の魔導師を集めて結界を張らせていた。だがモンスターが強化されていく現状戦力を余らせる余裕はなく、結界を解かせてモンスターの殲滅に当てた。

 ザルドとオッタルが互いに万全の状態ならばモンスターを近付かせたところで塵を払う様に倒せただろう。でも十分以上続く格上との戦闘で万全などあり得ない。

 

 傷だらけになりながらザルドの攻撃を受けて膝を着いたオッタルの下へ、一体のバグベアーが突進を繰り出す。普通に考えればレベル2のポテンシャル程度の攻撃、食らったとしても大きなダメージにはならない。

 だが強化種であり、同時に神の権能で強化されているあのモンスターは、フィンが遠目で見る限りでもレベル4のポテンシャルはある。ボロボロのオッタルがそれをくらえば、流石に───

 

 ───衝突音。吹き飛ばされるのではなく、受け止めるかのような音。だがバグベアーの受け止められた場所は、オッタルから少し離れている。受け止めたのはオッタルではない。

 じゃあ誰が。バグベアーの身体に隠れて姿が見えない。一体誰だ。その答えは、ラウルからの報告で察する事になる。

 

 

「団長っ、ノアールさん達が飛び出してっ!? 危険に陥ってるパーティーを助けて───」

 

 

 ノアール、及び何人かの中堅冒険者には、市民達の周辺を担当する様に伝えた筈だ。バグベアーの突進を止めたのがノアールだとしたら、一体バベル付近に辿り着くまでにどれだけのモンスターを狩ってきた?

 幾ら熟練の冒険者でも、本来の能力値とは異なった強化種を疲弊した状態で倒すのは無理がある。レベルが下であれば倒せただろうが、同等レベルとなると……。

 

 

「ッ……」

 

 

 槍を手に取る。もう動くしかない。ノアールの意図は察している、アレは『勝手に指揮官の命令を無視して特攻した結果、フィンの意思とは関係なく死んだ老兵』を演じるのだろう。フィンは誰一人として犠牲者を出したくない願いを諦めないまま、ノアールが勝手に死んだだけ。

 ───ふざけるな。僕の指揮下にある内は死者を出さないと言ったが、指揮下から外れて死ぬ者を許容するなんて言った覚えはない。

 届くか? いや届かせる。ラウル達に槍を大量に用意させれば、ノアールと同じ様に自らを犠牲にしようと動く老兵全てを救える……筈だ。その後どう攻め込んでくるか、そしてその対応はどうするのか。それを暫く考えられなくなるが、駄目だと察して諦める結果だけは認めたくない。

 

 

「ラウル、槍を大量に用意しろ! 【魔槍よ、血を捧げし───」

 

 

 詠唱。戦意向上魔法。強力なステイタス補正。理性や思考を対価にしてレベルブーストに等しい力を掛けるそれは、モンスターを倒す意識を持って発動される。ただモンスターを殺戮する為の獣として発動させれば、例え理性を失っても狙い撃つ事は出来るだろう。穿った後はどうなるか分からないが。

 二つの槍を直ぐにでも放てる様構えを取って詠唱を完成させようとし、やがて───その瞳に、灰色と青を映す。詠唱は止まり、振りかぶっていた腕を停止させた。

 

 

「【象神の詩(ヴィヤーサ)】……?」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「おいロキ・ファミリアの爺っ、あまり無茶すんな!?」

「するとも。今守るべきは次に繋げる命。安心しろ、フィンの名声に傷をつける死に方はせん」

 

 

 指揮下にある内は───ならばその指揮から外れて死ねば、フィンの誓約の反故とはならない。だから大丈夫だと伝えるノアールに、助けられた冒険者は苦い顔となる。

 そうじゃない、勇者(ブレイバー)は……そうやってフィンの望みを伝える様な顔になりながらも、全ての冒険者が理解している。フィンからの作戦変更がなく、停滞している以上、打つ手がないのだろう。このままでは死人が出るのも理解している。だから何も言えない。

 

 

「儂らに残された時は後三年程度! 奴らが成りたい者になるには遅すぎた! ならばここで使い果たす!」

 

 

 そうやって再び駆け出すノアールを、冒険者は見送る事しか出来ない。ポーションもアイテムも尽きた今では、その補助すら出来ないのだ。

 歯軋りする冒険者。呆然と立ち尽くすそんな彼の頬が、やがて叩かれる様に両手で挟まれる。

 

 

「ぅぐっ……?」

「ノアールさん、何処に行った!?」

「ぇ……ば、バベルの方に……」

 

 

 息切れしながらも問う、その青みの入った灰色の髪をした少女の姿に気圧されて、冒険者は答える。灰色の髪の少女───アーディはお礼を言うと、アイテムポーチに仕舞った高等回復薬(ポーション)を冒険者に押し付ける。

 

 

「諦めないで、戦い続けて! この絶望の連鎖は必ず終わる! 英雄の一撃が、必ずそれを終わらせてくれるから!」

 

 

 そう告げて、アーディはノアールを目指して駆け出した。

 そうしてバベルに着いて目にしたのは、細くも直剣とは呼べない、頭身の長い両手剣でバグベアーの攻撃を抑えるノアールの姿。その背後ではオッタルがボロボロになりながら、ザルドと戦っている。

 疲弊してるとは言え、レベル4にも至っているノアールに反撃の余地を残さないバグベアーの力。まず間違いなくアーディが相手を出来る様な能力ではない事は確かだろう。

 

 しかし、一切の躊躇なく切り掛かった。

 

 

「───シャクティの妹、か?」

 

 

 バグベアーはノアールを押さえ込んでいた腕を振るい、その剣を弾く。持っていればアーディは吹き飛んでいただろう。その手を離し、剣を上空に飛ばし、アーディは装備していた予備の短剣でその腕を斬り裂く。

 溢れる血。青の服を汚しながら、アーディは身軽さを利用して果敢に攻める。とは言え、バグベアーは元々俊敏性に優れたモンスター。三撃も入れば、それ以降の攻撃は通らない。

 

 やがて爪で防がれ、アーディは弾かれる。

 

 

「う、ぐ……っ!」

 

 

 身体は地を転がり、ノアールの横まで移動すると停止。目の前に弾かれた剣が突き刺さる。直ぐに立ち上がると、ノアールは両手剣でアーディの前を塞ぎ、睨み付けた。

 

 

「何のつもりじゃ、若い才能。何の為に儂らが動いていると思っている?」

「……皆を、英雄の資格を持つ人達を生かす為……だよね。分かってるよ」

 

 

 分かってる。でも「はい分かりました」と従う程利口じゃない生意気な人達というのを、ノアールも理解している筈だ。

 

 

「でもそれは、自分を、そして他人の心を傷付ける。確かに人はいつか死ぬよ。でもさ、死んで託すのは駄目だよ。世界の記録に残らず誰かの心に傷を付けるなら、世界の記録に残して誰かの勇気となろうよ」

「……」

「三年? 未来に終わりがあるのは、誰もが平等に持つものだよ。まだあるじゃん。それは目指す理由には充分過ぎる!」

 

 

 アーディは目の前に突きつけられた剣を掴み、手から血を流しながらそれを退かす。

 

 

「正義は巡る! 英雄の意思は途絶えない! でも全ての人が成れるわけじゃないと、知ってる。もし心の底から諦めたのなら───」

 

 

 託したから諦める。死んで終わらせる。そうしたもっともらしい理由で終わりではなく、ただ自分には無理だと、そう諦めたのであれば。

 

 

「その時は“傷跡”じゃなくて、応援者(ふね)となろう」

「……ッ」

「私達は冒険者。戦いに身を投じ、冒険する者。命を賭しても、決して命を投げ打つ事はしない、未知を求める者。成れるか分からない者を求め続ける私達が、短い未来を理由にそれを諦めるなんて……さいっこーにカッコ悪いと思わない?」

 

 

 目の前に突き刺さっている剣を引き抜き、構えを取る。言葉を終えると、満面の笑顔をノアールに見せ、駆け出した。

 ノアールから見れば、時折稚拙な行動がある。予想外への対応が少々甘い。視野が狭くなっている。間違いなき負け戦───でも時としてノアールの予想を上回る様な駆け引きを演じ、希望を持たす。

 

 視界を遮るための煙幕を放出する魔道具をバグベアーの口の中に突っ込んで呼吸を乱したり、ノアールの刃に触れて出た血を目潰しに使い。そしてその華奢な両手で剣を支え───バグベアーの首を切り落とした。

 

 

「私は正義の味方じゃないし、英雄でもない。けど冒険者。英雄譚の物語に憧れて、その応援者(ふね)になりたいと強く願う冒険者なんだ。だからその為に冒険して、()()()

 

 

 ───貴方はどうですか? たった一人でレベルが一つ上のモンスターを倒す偉業を成した事を意にも返さず、生きるのだから乗り越えて当然だと、そう言わんばかりの眼を向けるアーディに、ノアールは息を飲む。

 

 

「だが……老兵共に発破を掛けたのは儂だ。一人生き残る様な真似は───」

「問題なし!」

「……?」

「そういう時こそ、【正義の味方】の出番でしょっ?」

 

 ───くたばるなら面倒残さず片付けてからくたばりやがれ。

 ───誰一人死なない物語にするのだと英雄が言ってるのだから従え、戯け。

 ───清く正しく、そして我儘に欲張って死者なし! これぞ私達の正義よ、ふふーん!

 

 本当に正義かと言わんばかりの真顔で振り返るノアールに、アーディは思わず苦笑。

 

 

「あはは、彼女達はまあ……でも、うん。誰かを助けるのに、もっともらしい理由なんて飾りに過ぎないから。それなら、自分たちの心に従って誰かを助ける。巡る正義だもん。自分自身を拠り所にしてる方が、自分にも出来るんだって勇気が湧くよ。それに」

 

 

 ───悪を討ち、正義の道へ誘おう。英雄が100を救うのであれば、それを支え、取り零した一を救える様に。理想を叶える正義で在りたい。それが今の私の願いだ。

 

 

「ああいう純粋な正義と、ちょっと捻くれた正義。その両方があっても良いんじゃないかな?」

 

 

 ノアールは眼を大きく開き、細め、思考し、己の懐に手を入れて闇派閥が持っていた自爆装置を取り出す。アーディはギョッと眼を剥いて驚いた。持っていた意図を察してジト目になるアーディを見て、ノアールは首を横に振り投げ捨てる。

 バグベアーに勝てないと察した瞬間に腹の中にでも入って爆発してやろうと思っていたけど、これを聞いては『逃げ』を意味する人生の諦めなんて出来はしない。

 

 

「はっ、違いない。在り方なぞ個人で違うからの。……この短い三年、英雄への道に賭けてやるぞ」

「じゃあノアールさんの英雄人生は、私が語り継いであげる」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 ───今からでも遅くない。

 ───悪を討ち、正義の道へと誘おう。

 直ぐそばで聞こえた正義の語りに、ザルドは動揺した。無論その動揺は隙となる。絶対的に力量差が有りながらも食らいつくオッタルは、その隙を見逃さずに二刀を振るった。

 舌打ち一つ。剣を盾にして直撃は避けたが、やはりレベル差があるにしてもレベル6の全力を受けるのは危険だ。ザルドは手の痺れを感じながら歩幅五歩程度の距離をとって一息吐いた。

 

 

「随分と動揺しているな、ザルド」

「……」

「安心しろ、俺は悪の貴様を生かす気など更々ない。それともわざと手を抜いて負けるつもりか? ならば貴様なぞ糧にもならん。さっさと尻尾巻いて逃げろ」

 

 

 鼻笑い一つ。挑発的に言葉を零すオッタルに対し、ザルドは大剣を構えながら挑発を返す。

 

 

「はっ、挑発など似合わん真似をする。俺が逃げて、それで自分が勝ったと誇るつもりか?」

「勝ち続けてきた相手に逃げた臆病者と言いふらす程度はするかもしれんな」

「ははは」

「ははは」

「ははははははっ」

「「ぶっ殺すッ!!」」

 

 

 二刀と大剣は重なる。衝撃波は地下と化している地上全体に揺れ渡り、ザルドは押しながら。オッタルは片膝を着きながらなんとか受け止め、一刀を離れさせ首を狙う。両手で抑えてやっとの力を片手で防ぐのは難しいが、一瞬ならば耐えれる。その一瞬があれば片手剣はその首に届くだろう。

 ザルドはベルと戦った時と同じように首を逸らして躱しつつも、決して力は緩めない。だが力の入り方は別だ。オッタルは受け止めている片手に力を込めて大剣を逸らし、すぐに立ち上がる。

 再び交える。もう一度。更にもう一度。何度も、何度も。

 

 

「一つ訊かせろ、クソガキ」

「なんだ」

「英雄とは孤独な存在ではない。英雄が言ったとお前は言ったな。その意味はなんだ?」

「……下らん結論だぞ?」

 

 

 まあ主観に過ぎないか。そう判断し、ザルドの質問に答える。

 

 

()()

「……なに?」

「関わった存在、倒したモンスター、あらゆる装備。英雄とは()()()()()()()()()()()。……少なくともベル・クラネルが目指す英雄はな」

 

 

 どんな怪物でもやっつけ、沢山の人々を笑顔にして、悲劇のヒロインなんて居ない。それは孤独な存在では決して成し遂げられない、喜劇の英雄譚。故に孤独ではない。

 ()()()()()()()()

 

 

「そして、一人では倒せない敵を二人で。二人で無理ならば三人で。他人に頼り、協力して倒す。そんな当たり前の意味に過ぎない」

「───はは、はははっ……そうか。当たり前の人間か……! 特別強い訳ではなく、その英雄願望を背に駆け上がり資格を手にしただけの、()()()()()()()()()()()なのか!」

「……?」

 

 

 何がツボに入ったのか分からない。オッタルは困惑を見せ、ザルドは笑い続ける。

 そんな笑い声と重なる様に───

 

 大鐘楼が、鳴り響いた。

 

 

 





 https://note.com/fujinoomori/n/n629829ac3fe4
 大森 藤ノ先生直々に書かれたアルフィアIFのショートストーリーです! アストレア・レコードは読んでいる方が殆どだとは思いますが、Twitterをやってる人は全員という訳ではないと思いますので……。
 載せておいてアレですが、アルフィアIF SSの感想を此方で書くのはお控え下さい。感想を送る際の規約の中の『作品以外についての投稿』に当たる可能性が高いです。

 Twitterで呟いている人も居ましたが、本当にアルフィアとベルのツーショット絵欲しいですね……即保存不可避。


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英雄達と正義達

 

 

「あぶな……ッ!?」

 

 

 周りが見えていない。直情的な特攻。幾ら幼く未熟な頃と呼べるアイズさんでも、ここまで無謀な攻撃をする人じゃない筈だ。あの鱗の件といい、竜種に対する何かの憎悪が……?

 いや、今は考え込んでいる余裕はない。先程は正体不明(アンノウン)がアイズさんの攻撃に怯んだから、僕への意識が逸れて自由に動け、アイズさんを抱いて避ける事は出来たけど……次からは配慮して広範囲の攻撃に切り替える。何度も庇えるものじゃない。

 

 

「離して! 私がっ、私があの怪物を……殺す!」

「……ッ」

 

 

 明らかにレベル3の力じゃない。風の補助があるとは言え、僕を軽く吹き飛ばせる程の膂力は異常だ。多分、何かしらをトリガーにしてステイタスに補正を齎しているか……或いは風の効果を上昇させる何かがある。

 でも、憎悪で思考を失ったら本末転倒だ。同等レベル程度のモンスターなら兎も角、明らかに格上な相手にその攻撃は無謀。

 

 でもどうする? あの暴走を止めるには、アイズさんを気絶させるかモンスターを倒すしか術はない。しかしアイズさんの攻撃は明らかに有力だ。僕が完璧な補助をすればダメージを与えられるだろう。僕の通常攻撃なんかよりもよっぽど効いている。けど暴走状態のアイズさんを補助するなんて、僕一人じゃ流石に無茶だ。いや、人が幾ら居たところで、正体不明(アンノウン)の動きを完璧に抑えられる事が出来なければ……。

 ならモンスターを倒す? それが出来なかったのが現状だ。フルチャージの全力一刀。僕の最大火力で尚、倒す事が出来ない。殺す事、なら───

 

 

「ハァ……ハァ……ッ」

 

 

 動悸が早まる。かつて『泣いてる女の子を救う物語』と称した神殺しが蘇る。エレボス様は親しい訳じゃないし、現状を自らの意思で招いた張本人。情けを掛ける理由なんてない。でもここでエレボス様を殺す選択を取れば、もう二度と立ち向かえなくなる。同じ状況になった時、もし神様が取り込まれた時……僕は絶望するしかできない。助ける事が出来ないと諦めてしまう。

 だから、もう……。でも僕ではそれが出来ない。どうする、どうする。

 

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 

 っ、リヴェリアさんの魔法。凍結系統の……いや、でも効いてない。一瞬の行動停止はあったけど、リヴェリアさんの魔法ですらダメージにならないのか。

 まずい、アイズさんに攻撃が向かってる。ギリギリ間に合うか。でも避けるのは出来ない───しかし弾ける。5秒のチャージ。真正面から受ける事は出来ないけど、側面から弾けば何とか逸らせるだろう。

 

 

「ぅ、ぉおおッ!」

 

 

 雄叫びを上げ、モンスターの爪を逸らす。爆発的な膂力の上昇。無理矢理攻撃を逸らし、アイズさんが攻撃を当てる。やっぱりダメージは大きい。再生するとは言え、一度全身を吹き飛ばしたんだ。これを続けられれば必ず───

 

 

「アイズ、その力を使うな! 憎悪を抑えろ! お前の身体が保たない! 下手すれば死ぬぞ!?」

 

 

 ───保たない?

 じゃあ、あの黒い風は自分自身にダメージを与える程の、憎悪をトリガーにした強力過ぎる風という事? そりゃ何の対価もなく強い力を使えるとは思ってなかったけど……あの黒い風は、アイズさんの命を脅かす力。なら止めないと。

 ……どうやって? アイズさんを気絶させたら、本当に倒す手段なんてなくなる。殺す以外の手段が取れなくなる。どちらかを選ばないと、このままではアイズさんが死んでしまう。

 

 選べ───嫌だ

 選べ───嫌だっ

 選べ───嫌だっ!

 

 死なせたくないし、殺したくない。でも願望に能力が追いつかない。

 エレボス様を覆う外殻の全てを吹き飛ばせる火力が必要となる。理を捻じ曲げるだけの力が。アイズさんの特攻は入る。僕の英雄願望が貫ける。でも外殻全てを吹き飛ばす火力は、ない。

 

 僕にもっと力があれば! アイズさんの心を動かせるだけの信頼があれば!

 なんで無い! 救えない結末となるなら、どうして……僕はこの時代に訪れた!?

 

 ……選択しよう。アイズさんを気絶させてエレボス様を殺すか、アイズさんを使い潰してモンスターを倒すか。この二択なら僕は、前者を取る。悪よりも身近な誰かを。それが定めだ。

 身の丈に似合わない夢を抱いて、勝手に絶望して勝手に諦める。そんな滑稽な物語。

 

 結局、僕には全てを救うなんて───

 

 

「ベル君!」

 

 

 アス、トレア様……? なんでこんな所にっ、いや、ヘルメス様とアスフィさんの姿も見える。アスフィさんだけ何故か凄く身体中ボロボロだけど。神威を発動してないからか、神の存在への認知は働いていない。だから正体不明(アンノウン)は反応してないけど……それを抜きにしても、神様達がダンジョンに訪れるのはマズい。

 僕が呆然と立っていると、アスフィさんが背中に背負ってる大剣を投げつけてくる。なんか凄い恨み込められて投げられたのか、避けなかったら僕を貫いてたと思う。……位置的にギリギリ脚に突き刺さるくらいだろうか。どうして。

 

 

「恨みますよベル・クラネル……貴方の発言で私がどれだけ振り回されたか……っ」

「ぇ……?」

「だから責任とって倒しなさい! かつての英雄、【暴喰(ぼうしょく)】の大剣……神ヘファイストス自らがそれを加工し、ミスリルの素材を加えて完璧に整備した正真正銘の一級品です!」

 

 

 ……! じゃあ、あの日の「救える全てを救うのか」って問いは、僕の補助をする為の最後の問い? 自分が用意できる全てを用意するという、意思表明。

 僕がアストレア様に視線を移すと、少し隈の出来た顔で笑った。……ああ、凄い泣きたい。僕の全てを救いたいなんていう夢物語を全力で応援してくれる、アストレア様に。神様と似た優しき神格者に、最大限の敬意を。

 

 そして、全てを救う結果を!

 

 

「───ッ!」

 

 

 アイズさんに降り注ぐ爪の攻撃。リヴェリアさんの魔法が大したダメージにならないからか、標的は完全にアイズさんだけとなっている。

 アイズさんの動きに合わせた位置へ爪は振り下ろされている。ならアイズさんの動きを止めれば、その攻撃は当たらない。

 

 

「う、ぁっ……、ふぅ、ふぅ……!」

「……」

 

 

 アイズさんの攻撃を大剣で止めて、直ぐには動かさないようにしたからか。邪魔だと言わんばかりの形相で僕を睨みつけてくる。

 さあ、どうする英雄(ぼく)。かつての英雄はどんな選択を取った。僕は、どんな選択を取る? この人の暴走を止められる術は何だ。僕はこの人に何を差し出せる。

 

 僕は、何を選択出来る。

 この絶望を乗り越えて、全てを助ける術は?

 一つ、意地を思い出した。

 

 ───もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられる訳にはいかないんだ!

 

 ただの、男の意地。でもあの意地を、冒険を始めに、僕は強くなれた。格好いい姿を見せれた事は無いかもしれないけど。でも、うん。きっと追いついて、並び立てるくらいには強くなれたと思う。

 だからこの時代のアイズさんを、今度は僕が助ける番だ。……なんて格好つけられれば、良かったんだけど。僕一人じゃ無理だから。

 

 

「アイズさん」

「ッ……」

「力を貸して下さい」

「……?」

「僕一人ではダメです。情けなくて、格好悪い話だけど……僕一人だとあの怪物を倒せる英雄にはなれない。だから、貴方の力を貸して下さい」

 

 

 どんな怪物もやっつけて、沢山の人を笑顔にして、悲劇のヒロインなんていない───どれだけ叶えられるかは分からない。でもこの人の闇を少しでも晴らせたらいいと、僕は思う。

 だから、先ずはこの物騒な“黒”を、光に変えて輝かせよう。それがこの人の救いになると信じて。

 

 

「【ファイアボルト】」

 

 

 大剣に向けて魔法を放つ。そして収束。炎雷を───そして、黒い風を。

 リン、リン。響く鐘の音。燃え上がる炎と鳴る雷、吹き荒れる風。全ては白い光に包まれ、一体化する。

 

 

「───」

「憎悪は、否定しません。僕には想像つかない何かがあったのかもしれない。絶望があったのかもしれない」

 

 

 目を見開くアイズさんに、僕は語る。

 

 

「もし、あのモンスターが……それとも別の何かが、その絶望の象徴なのだとしたら───」

 

 

 リン、リン───小さな鐘楼は奏でられ。

 ゴォン……ゴオォォン───と、やがて大鐘楼の音へと、変化を告げた。

 

 

「今度は僕とアイズさんで倒しましょう。貴方は、一人じゃない」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「何だ、何なんだっ、この耳障りな鐘の音はァッ!?」

 

 

 ヴァレッタは叫ぶ。明らかに格上のモンスターを倒し始めたアストレア・ファミリアのメンバーと、突如として聴こえてきた大鐘楼。そしてそれらをキッカケに加速する、モンスターの討伐。

 それらに疲弊したところを残った信者や団員を仕掛けて自爆攻撃───する筈だったのに。

 

 

「英雄の粋な演出……と言ったところかな?」

 

 

 第一級冒険者に頼ることもなく多くの冒険者が格上のモンスターを倒し始めた事で、第一級冒険者に余裕が出来た。レベル5を超えてるともなれば、対人戦の慣れも桁外れている。しかも闇派閥の中でも多く戦力を有するアパテー、アレクトのファミリアも敗れ、抑えていたフレイヤ・ファミリアも参入。

 そして何よりも───

 

 

「テメェ……何でっ、クソ!」

「ガレスは回り込め。決して都市外に行かせるな。恐らく外にも人造迷宮(クノッソス)の入り口がある」

「何でテメェ、魔法(それ)発動しながら頭回せんだよッ!?」

 

 

 目が紅くなり、理性を失う狂化魔法を発動しているのがよく分かる。にも関わらず、冷徹な眼で思考するレベル6相当の動きをする最強格の冒険者に、ヴァレッタは思わず叫んだ。

 フィンは槍を投擲して脚を貫く。悲鳴を上げ血を撒き散らしながらも止まらないヴァレッタ。しかし一瞬の停止の内にガレスは追いつき、壁にぶつける。フィンはその瞬間に追いつき、二つの槍を交差させて壁に突き刺し、ヴァレッタを拘束。そこまで完了すると、フィンはヴァレッタの問いに首を傾げ、答えた。

 

 

「……誰も殺さずこの戦いを終わらせる。その想いを強く抱いたから……かな? どうも感情が神の力で収まるモノで無ければ、スキルの枠で収まる所の異常(デバフ)なんて無くなるらしい」

「は……?」

 

 

 誰も殺さないなら、自分が獣と成り果てる訳には行かない。それを繋いでくれたアーディや正義の姿を見て、『最後まで考え続けろ』と強く思いながら魔法を発動したからだろう。そうやって答えるフィンに、ヴァレッタは呆けた声を洩らす。

 その声の正体は明白。誰一人として犠牲者を出さずにこの戦を終わらせる。そんな事、この勇者(ブレイバー)は絶対にしないと思っていた一つだ。フィンは出来る限り最小限の被害で切り抜けようとする。だが限りなく低い可能性、『犠牲無し』なんて手段は取らないのだから。何せそれを成そうとすれば、必ずより多くの犠牲が生まれるから。

 

 それは逆手に突いたとか言える問題では無い。そんなの駆け引きでも何でもないのだから。

 

 

「君に気付かれなかったのは幸いかな? 君にバレたらきっと、作戦の成否を問わず死人を出す事だけに執着したと思うから」

「〜〜〜ッ」

「君が騙りの勇者(ぼく)を信じてくれて助かったよ、ヴァレッタ」

 

 

 フィンは目を閉じ、瞳の色を戻して、即座にヴァレッタを気絶させた。

 槍を引き抜き、息を吐く。

 

 

「フィン、ザルドの方はどうする? 女神の戦車(ヴァナ・フレイア)人造迷宮(クノッソス)の方から戻ってきて単身で闇派閥共を気絶させとるお陰で、儂等は手が空いとる。手を貸せるが……」

「ンー、今手を出したら僕達がオッタルに殺されそうかな」

 

 

 ヴァレッタの両腕を拘束する魔道具を掛け、近くにいる冒険者に監視を頼みつつ、ガレスとフィンは会話する。未だに響き続ける剣戟。オッタルとザルドの戦いの件を問えば、フィンは苦笑しながら答えた。

 そりゃ面倒だとガレスが残念げに呟くと、フィンは慰める様に言葉を紡いだ。

 

 

「まあ、君がお酒の事で再戦したい気持ちは分かるけどね。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ォォオオオオッッ!!」

「ウォォオオオオッッ!!」

 

 

 ぶつかり合う。一刀を交える度に()()()()()()()()剣戟。それはオッタルが力の調整を上手く働かせ、受け流す事を体感的に覚えたからに他ならない。

 魔力を除いた全てのアビリティがカンストに近く、獣化する事でステイタスを補正する獣人特性のスキル【戦猪招来(ヴァナ・アルガンチュール)】を発動しているオッタルが、押される事なく対等に斬り合う術を学んだ。

 

 そして何より───

 

 

「ぐぅ……ッ」

 

 

 ザルドの嫌な攻撃を何度も仕掛けている。最初こそそれを仕掛けた所で、ステイタスの差もあり簡単に防がれた。しかし対等に斬り結ぶ手段を手に入れた今、一瞬の隙を突ける様になり───簡単に言えば、オッタルが優勢を保っている。

 無論ほんの少しの差。油断すれば一瞬で押し負かされる程度。だが確かに迫っている。

 

 やがて。

 

 

「ォ───」

 

 

 オッタルは二刀を重ね。

 

 

「ォォオ───」

 

 

 ザルドの大剣の上から叩きつけ。

 

 

「ォォオオオオオ────ッッ!!」

「ぐぅ……ッ!?」

 

 

 壊し、ザルドを打ち負かす。

 呻き声を洩らしながら地面に背から叩きつけられるザルド。まだ意識はあるし、身体は動く。だが気力がない。動かそうとすれば猛烈な怠さが身体を襲うのだ。

 ザルドが目を閉じて、やがて首を跳ねるだろう剣の感触を想定して待てば───ピチャリ、と。

 

 

「……?」

 

 

 ザルドが疑問を浮かべ目を開くと、真上には何かしらの瓶を傾けるオッタルの姿。

 

 

「……何のつもりだ。お前は俺を殺すつもりだったのだろう?」

 

 

 身体が軽い───とまではいかないが、確かに怠さが消えた。しかし怪我は癒えていない。この感覚は体験した事がある。症状を抑える程度ではあるものの、唯一ザルドの肉体を侵す“毒”に効く解毒剤。

 それを察してザルドが睨みつける様に問えば、オッタルは不満げに答えた。

 

 

「ああ、無論だ。()()()()()()

「……はっ、そういう事か。全く舐め腐りやがって、糞ガキが」

「俺は元々殺すつもりだった。毒を持ってる貴様が長生きするなど、どの道あり得んと思っていたからな」

 

 

 オッタルは解毒剤を掛けた後、ザルドが寝っ転がる横に座り、バベルを眺める。

 自身の女神に勝利の報告を。そして視線を下へと移し、鳴り響く大鐘楼の発生源。ベルを忌々しく思うように、呟いた。

 

 

「悪である貴様を殺すにしても俺の手で、そう思っていたが……結局ベル・クラネルにやられたな。一体何が貴様を晴らした?」

「……思い出だ」

「なら、深くは問うまい。……ああ、そうだ。貴様にはもう一つ伝える事があったな」

「なに?」

「貴様が死の灰の砂漠*1に置いていった愛剣……再度鍛え直し、今の英雄に届けられているだろう」

「……ふはっ、そうか。悪に堕ちた俺を、英雄の架け橋の一つにしてくれたか」

 

 

 ザルドが嬉々し笑えば、オッタルも「ああ、お人好しにもな」と笑って答えた。

 フィンが近づいて来たのを感知したオッタルは立ち上がり、勝利を示すように剣を突き上げる。フィンは笑みを浮かべると、屋根へと飛び乗り、確実な優勢を保つ冒険者達に向けて言葉を放った。

 

 

多くのモンスターは伏し、最強は至り、犠牲なくこの場を迎えた! 聴け! この鐘は勝利の讃歌! この鐘の音が終える時、我々は勝利が約束される! 讃えろ! 誇れ! 我々は最高の英雄譚を紡ぐ一人であると!

 

 

 雄叫びを上げて答える冒険者達に、フィンは続きを紡ぐ。

 

 

さあ剣を取れ! ここが最後の正念場! この鐘の音を背中に乗せ、生きる為に抗い続けろ!

 

 

 その多くの雄叫びは、オラリオを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

*1
ベヒーモス討伐の戦場




 〜今回のアスフィの功績〜
・様々な道具を、製作可能な人達の協力ありきとは言え、オラリオ中の冒険者に配布できる量を製作。
・決行日四日前に突如死の灰に存在するザルドの愛剣と薬草を取りに行けと言われ、時間的に自分の脚だけでは難しいので即興の加速型ブーツ(制御不能)を作成して丸二日半不眠不休で何とか行き来する。
・打ち直しが完了したクッソ重い大剣と神二柱を抱えながら最速でダンジョン下層に向かう為に即興製作した加速ブーツを再使用し、ダンジョンに身体が打ちつけられそうになる度に神を庇い(身体中ボロボロになってた理由)注文通り手遅れになる前に移動を完了させる

 尚ヘスティア・ナイフだとアイズの黒い風を収束するにはリーチが足りず、ベル君の腕が切り落とされていました。
 最初は没案になり掛けてたけど、もう一つの理由もあってアスフィさんを酷使しました。ありがとう万能者……。


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英雄の一撃

 

 

 

「なん、だ……アレは……!?」

 

 

 リヴェリアさんが驚いているのが耳に届いた。……ダフネさん達も見たことがないモノを見た様な驚きをしていたし、確かに付与魔法とは全くの別種だから、当然と言えば当然なのだろう。

 魔法と斬撃の同時蓄力。ミスリルを素材にした魔力伝導率の高い武器のみ使用できる必殺の一撃。再生されたとは言え、僕単身の魔法だけの二重集束でさえレベル8間近のポテンシャルを保有するモンスターの全身を吹き飛ばせるだけの威力が秘められた必殺技だ。

 

 これ単体で見ても初見なら驚く。今回はその上で更にアイズさんの風を集束していた。

 炎と雷と風。アイズさんが使用していたモンスターへの特攻能力さえも吸収し、それが斬撃と魔法に集束され、英雄願望による蓄力で更なる威力へと変化する。

 

 

「私の、風……?」

「……はい。貴方の風です。貴方の風が、僕に力をくれる。()()()()()()()()()()()、優しくて暖かい風です」

「……っ!」

 

 

 強力さは制御も難しくなる。先程まで以上に神経を使わなければ、一瞬で魔法が吹き荒れ、この集束は解けるだろう。大剣という特性もあり、先程のようなスピード感ある動きは出来ないと考えていい。

 でもこの暖かい風が、加護の様に僕の全身をリラックスさせる。必要な力量を正確に認識させてくれる。

 

 だから、大丈夫。

 

 

「────ッ!」

 

 

 駆ける。完全蓄力(フルチャージ)五分の時を稼ぐため、全力で。

 爪が振るわれる。大剣で薙ぎ払う。翼による暴風が吹き荒れる。大剣で風を斬り裂く。尾を振るわれる。跳躍して尾に飛び乗り、深く切り込む。切断と再生の繰り返し。爪を切断しようとも、腕を斬ろうとも、腹を裂こうとも、目を潰そうとも、無限に再生し続けるモンスターを相手に、何度も何度も。

 

 もう、小細工は使い果たした。僕に出来るのは全力一刀での真っ向勝負での時間稼ぎ。アイズさんが来たタイミングで高等二属性回復薬(ハイ・デュアルポーション)を飲んで回復したからポーションは使い果たし、【聖火の英斬(アルゴウェスタ)】使用までの時間稼ぎでアイテムも使い果たした。

 ならば真っ向勝負をするしかない。大丈夫。アイズさんの風があるお陰で───ザルドさんとの勝負、抗争時の為に学び、輝夜さんからの助言で鍛え上げた技のおかげで、しっかりと渡り合える。

 今までの全て、何も無駄にはならない。

 

 

「ァァアアアッ!」

 

 

 想い浮かべるは【アルゴノゥト】。英雄に憧れた道化の喜劇。

 友人の知恵を借りて、精霊から武器を授かり、なし崩し的に王女様を助け出し───そして、最後には皆を笑顔にした、始まりの英雄。

 初めて読んだ時、お爺ちゃんから大まかな内容を聴いた時、僕はダサいって思った。カッコ悪いと思った。僕が知る英雄は、もっと力強くて、たった一人で全てを切り開ける、敵なんてあっという間に倒してしまう様な最強だったから。

 

 でも違うんだ。この物語には、他にはない『喜劇』があった。僕もここに至り、そう思える様になってる。皆を笑顔にできる様な道化は僕にはなれないし、誰一人として死者を出さないなんて、言葉で言うほど簡単なモノじゃないと実感した。

 だから───

 

 

「うっ、ぐ……ッ!?」

 

 

 モンスターの爪の振るわれるタイミングがズレる。全力を乗せて放つ一刀は空振り、ガラ空きの腹をその爪が貫こうとした。

 

 

「リル・ラファーガ!」

 

 

 その一瞬、凝縮された白い風が爪を破壊する。

 しかしモンスターはそれに終わらず、踏み込んで腕を伸ばし、そこから生えている無数の口で僕に噛みつこうとしてきた。その口から流れる溶解液は、レベル5の僕の身体さえも溶かすだろう。

 腕一本程度は覚悟するつもりでヘスティア・ナイフを構え。

 

 そして、リヴェリアさん以上の強力な魔力を感じた。

 

 

「【福音(ゴスペル)】───【サタナス・ヴェーリオン】!」

 

 

 アルフィアさんの“音”。僕の鐘の音を後押しする様に発動された、超速攻で強力な音の嵐。破壊とまではいかないものの、僕へと向かっていた攻撃を押し出し逸らせる程の高威力。

 僕は、溜まらず笑みを浮かべる。

 

 ───だから、周りに助けられてでも、カッコ悪くても、道化を続け、笑顔で居たあの偉大な英雄はカッコいい!

 助けられていい! 存分に泣き喚け! 騙されてもいい! 信じ続けろ! 其処に善も悪もない。信じたいと思ったその果てに、叶えたいと足掻き続けたその先に、“奇跡”はきっとある! 諦めない所に奇跡は舞い降りる!

 

 

「どうした、年増のハイエルフ。貴様は突っ立って見ているだけか?」

「ッ、悪に堕ちた癖に貫かず、今更寝返る尻軽女は黙れ!」

「……そうだな。全く、自分が嫌になる」

「あ、いやっ、尻軽女は流石に言いすぎた……すまない。……【集え、大地の息吹――我が名はアールヴ】、【ヴェール・ブレス】」

 

 

 リヴェリアさんの防護魔法が僕とアイズさんを包み込む。お陰で多少のミスなら即座にカバー出来るだろう。

 

 

「【ルナ・アルディス】」

 

 

 更に、回復魔法。大剣での薙ぎ払いや暴風を受け止めるときに生じた全身の痛みや硬さが解れる。防護、回復。仮に攻撃が効かないとしても、二種三段階計六つのサポート魔法を的確に放つ。

 これは、動き易い。リヴェリアさん自身に指揮能力があるからか、サポートの判断能力が桁違いに高く、動き易さも相応に上昇していた。これが第一級冒険者との共闘……!

 

 

「アイズさん、カバーお願いします!」

「任せて……!」

 

 

 基本的には僕が前線で張り、隙があればアイズさんが飛び込んでいくスタイル。特攻能力が落ちたのかダメージは先程とまでいかないものの、アイズさんの表情に鬼気迫るモノはない。僕と同じで、何処かリラックスしている。

 僕が言うのもなんだけど、ポテンシャル的に五つもレベルが上の相手によく緊張しないものだ。幾らダメージが通ると言っても、僕の判断が一瞬遅ければ簡単に叩き潰されるだろうに……僕の事を信頼してくれたと思ってもいいのかな。だとしたら、嬉しい。

 

 リヴェリアさんが巧みに魔法でサポートし、アルフィアさんは身体に異常が出ない程度に攻撃を仕掛け、アイズさんが不意打ちにダメージを与え、僕は三種の属性が混合するザルドさんの大剣で真正面から打ち合った。

 気分が高揚する。気持ちが軽くなる。想いが、伝搬する。背中は燃え上がる様に熱くなり、今一度、鐘の音が大きく鳴った。

 

 ───五分

 

 さあ、終わりを告げよう。全てを救ける、聖火を放つ!

 

 

「───ォ」

 

 

 僕が踏み込んだその意図を理解してか、正体不明(アンノウン)はその巨大ながら前へと踏み込み、僕の全身を包み込む様に腕を振るう。この攻撃が自分にトドメを刺せる程の物だと察知したのだろう。これも神を取り込んだが故の勘か。或いはモンスターの反応か。

 このままじゃ放つ直前に抑え込まれる。

 

 ───リヴェリアさんの僕を呼ぶ声が、アイズさんの焦燥の声が、アルフィアさんが魔法を発動しようとして膝を着く音が、聞こえた。

 ヘルメス様も、アスフィさんも焦りの表情を浮かべる中───この戦に於いて真逆の立ち位置に居た二柱の神は、僕に期待を寄せる。正義の女神は「貴方なら出来る」と。悪の男神は「多少はお膳立てしてやる」と。

 

 僕の動きにはまだ無駄がある。単純な技で言えば桁外れている極東の、その中でも僕が見る限りでも洗練された動きが出来る輝夜さんからの助言。技となると、1日2日で磨けるものではない。それこそ極致とも呼んでいいタケミカヅチ様の領域なんて、一生掛けても届くかどうか。

 けどあの言葉を受けた日から、愚直にこの動作を磨き上げた。

 

 膝から力を抜き、身体を落とし、一瞬で地面を踏み締める姿勢に。肩から先の腕全体に余計な力を乗せず、肘を曲げ、反動ではなく全ての力を乗せて加速させる様に───振るう!

 ほんのコンマ数秒の差。だが確実に今までの一刀より速くなったその一撃は、()()()()()()()()()()()()()()正体不明(アンノウン)に直撃する。

 

 

聖火の英斬/吹き荒れろ(アルゴウェスタ・エアリエル)】!!

 

 

 ───それは一瞬にして、神を包み込む外殻のみを消滅させる。再生する余地など与えるはずも無く、外殻は全て塵と化し。落ちていくエレボス様の身体をフラつく身体で受け止めた。

 常人の体重さえ持てないほど体力も精神力も限界か。エレボス様に衝撃を与えることはなかったけど、受け止めた瞬間に膝を着いた。

 

 意識が霞む。

 けどその前に一つ、アルフィアさんに……。

 

 

「アルフィアさん」

「……ああ」

「その病が、先天的なもので……スキルにすら現れる様な、もの……だとしても……諦めないで下さいっ」

「ああ」

「想えば、きっと現れる。人の可能性を、信じて下さい」

「───ああ、確かに魅せて貰った」

 

 

 伝わったなら、良かった。

 僕の意識は───ここで絶える。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……んぐぇッ」

 

 

 汚い洩れ声。腹を叩かれて目を覚ましたエレボスは、目の前にいる正義の女神の青筋を浮かべた満面の笑みを見て、引きつった表情を浮かべる。

 ほんの少しの思考。エレボスは表情改め、口角を吊り上げ嘲笑する様な悪い笑みとなり、言葉を紡ぐ。

 

 

「ふっ、わざわざ悪を裁きにダンジョンまで来るとは、流石正義の女神と言った所か。どうする? 斬首か? 心臓を抉り取るか? 別にいいぜ、悪への処罰に遠慮なぞ───」

「貴方を天界に帰すことはしないわ」

「……なに?」

「ああ、アストレアの言う通りだぜエレボス。お前の事だ。悪の最後は正義に処される事……なんて言うつもりだったんだろうけど、生憎とそれじゃあ英雄の無駄苦労でね」

 

 

 其処でエレボスはやっと気付いたか。アストレアとヘルメスがナチュラルに話し掛けてきたから意識していなかったが、ここは間違いなく下界。もっと言えば意識がある内に認識していたダンジョンの下層である。

 殺されて天界に還ってるか、或いは神として死んで新しい命として生まれ変わってるのが当たり前だ。自意識がある異常。それを漸く認識し、エレボスは自分の体を見つめ、下半身に目が行くと全身を隠す様に三角座りする。そう、何せ服が溶けていた。神友の前での全裸は流石に羞恥心があったのだろう。

 

 或いは。

 

 

「おやおや、エレボス〜? 人間的な感情に釣られたかい? ()()()()()()()()()()お前は正真正銘人の身だ。神威すら発動出来ないんじゃそれが宿っても仕方ないかなぁ?」

「あー、なるほど。処せんのは俺が神の力を有してないからか。再生できねーもんな、天界待った無しにあの世行きだ」

「それはどうでもいいのだけど」

「……アストレア、なんか厳しくね? 正義の女神様〜? その膝の上で寝たい聖母女神ランキング一位のアストレア……?」

 

 

 天界に還るか神として死ぬかは正直どうでもいい。そう言い切ったアストレアに怯えるエレボスは、思わずヘルメスに視線を移す。ヘルメスは本心からの苦笑を表しつつ、その視線から逃げた。

 

 

(ベル君、君ってば神様キラー過ぎるぜ……? フレイヤ様の時といい、この女神二柱がここまで感情的になるのは珍しい……)

 

 

 まあ俺もだけどと密かに思うヘルメスを横に、アストレアはニコニコと笑顔を崩さず喋る。

 

 

「エレボス、貴方は大罪を犯した。規則に触れてないとは言え、本来で有れば天界に還して労働1万年くらいは必須の大罪を」

「ひえっ……」

「でも今天界へ還せるリソースが残っていないし、このまま死んだとしたら本当に神としての死を迎えてしまう。彼の願いとは違う結末が訪れてしまうから……貴方には、正義の神の下に、別の罰を与えます」

「別の……?」

「歴史に名を刻んだ悪神として、この下界で生きなさい」

 

 

 アストレアは真剣な目つきとなり、神としての意思を交え、エレボスに命じる。今はウラノスが祈祷を捧げているから神威で目覚めるモンスターは居ないだろう。

 その神威を受けたエレボスは息を呑み、引きつった笑みで問う。

 

 

「正気か?」

「ええ。リソースを取り戻したとしても、絶対に天界には還らないよう監視します」

「はは、24時間監視監禁ヤンデレムーブはヘラがゼウスにする分で事足りてるぜ……? そもそも、誰かが俺を殺しかねんだろ」

「あら、大丈夫よ。ベル君の意思は浸透している。誰も殺さない、死なない未来。子供達はもちろん、ベル君の成した偉業に目を見張り、神達も一目置く。ほら、優しい世界でしょう?」

「……冗談厳しいぜ、俺にとっちゃ精神的ベリーハードだ」

「ルナティックな難易度さえ乗り越えたのだから、それくらいの対価は必要よ。何なら『神エレン』として生きていい」

「黒歴史は引っ張り出さないでくれ……」

 

 

 エレボスは長く溜め息を吐くと、参ったと言わんばかりの笑みで了承した。

 視線を移せば、真後ろでアルフィアがベルに膝枕をしている姿。エレボスは立ち上がり、彼女の近くへと寄って行った。

 

 

「さて、お前の願いを叶えたお陰で正義の女神にコテンパンにされた男神に何か一言?」

「邪魔するな」

「うわ辛辣ぅ……。……結局伝えるのか?」

「……いや、コイツには伝えない」

「良いのか? 唯一の肉親だろ?」

「この子は、あくまで私を知らないまま生きたベル・クラネルだ。なら知らない方が良い」

 

 

 アルフィアはベルがメーテリアの、アルフィアの妹の息子である事に気付いている。もちろん最初は半信半疑だった。だからこそ出会った当初に「お前の様な存在(14歳のベル・クラネル)を私は知らない」と告げたのだから。しかし戦う姿を、あの鐘の音を聴き、確信へと至った。それがあの抗争の日。

 ザルドとエレボスにだけはそれを伝えているため、エレボスもそれを知っている。とは言え、周りがそれに気付いているかと言われれば定かではないので、核心に触れる様な言葉は出さないが。

 

 

「神アストレア、大聖樹の枝から煎じた薬……感謝する」

「……ええ。かつての英雄である貴方が、生きる選択を取ってくれるのは、とても嬉しいわ」

「えー、俺の時と全く違う対応じゃんか。コイツも悪だぜ?」

「貴方は反省してない神だもの。反省してる愛しい子供とは別だわ」

 

 

 アルフィアは神同士のやり取りに笑みを浮かべ、視線をベルに移す。

 

 

「英雄譚で例えるならば……そうだな。私はヒロインだった。それだけの話だ、エレボス」

「……甥のヒロインは業が深くないか?」

(おまえ)が言うか」

 

 

 確かに、近親相姦やら眷属との淫行やら、そういった噂の多々ある神が放つ発言ではないかとエレボスは頷いた。エレボス自身、自身の妹と子を成してる訳だ。突っ込める立場ではなかった。

 アルフィアは呆れた様にエレボスに首を振り、ベルに視線を移して微笑むと、ベルの額に唇を触れさせる。

 

 

「ありがとう、英雄(ベル)

 

 

 

 

 





 友人の知恵(技の無駄を無くす方法)を借りて、精霊から武器(風)を授かり、なし崩し的に王女様(エレボス(???))を助け出すような、滑稽な英雄の物語。

 ……アリア的に考えると、最終的には手助けしてる訳だから……王女様はアルフィアの方かな……?


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役目の終わり

 

 

 

 大きな戦を終えた後は、宴が相場と決まっている。……もちろん開く開かないを選ぶのは自由だけど、一度ダンジョンを潜り終えた後に酒場へ赴く事。遠征後にファミリア単位で宴を開催する事。これらは多くの者達が行う“お約束”みたいなものだ。

 そして、今回もその例には漏れず───。

 

 

「さて、今夜は無礼講と行こう。都市全域で開かれる祭りの様なものだ。各々好きに食べ、飲み、勝利の祝杯を挙げるとする」

 

 

 フィンさんが音頭を取れば、冒険者一般人を問わずして盛り上がりを見せる。やがて「乾杯」の言葉が耳を通り抜ければ、都市全域の者達がその手に持っているカップを掲げた。……なんでこの騒動でフィンさんの声が聞こえるんだろう。フィンさんのスキルの効果だろうか?

 

 

「やー太っ腹ね勇者(ブレイバー)! 今夜の祭りの費用は殆どロキ・ファミリア持ちだって! 遠慮なく飲み食いするわよ……! ささっ、アストレア様も!」

「ええ、折角のお祭りだもの。存分に楽しみましょう」

 

 

 アリーゼさんがアストレア様の腕に抱きつきながら「あっち」「こっち」「そっち」と忙しそうに屋台を巡っている。……何というか、本当に子供と親みたいな関係? でも大丈夫かな。アストレア様の独り占めって、他の人達から反感買いそうな気もするけど。

 

 

「……まー今日の所は譲ろっか」

「うん、地上での戦闘じゃ第一級冒険者並みに働いてたもんね。ランクアップ祝いと考えれば良し」

 

 

 ……レベル3の身で第一級冒険者並みの働き? え、っていうかランクアップって、レベル4になったって事?

 

 

「リューさん、アリーゼさんのランクアップって……」

「ああ、貴方は寝ていましたからね。知らないのは仕方ありません。アリーゼは自分に付与を施して、単身で深層の強化種……の、更に強化された状態の【ペルーダ】を倒したようです」

「……マジです?」

「ええ、私も聴いた時は驚きました。恐らくレベル5級のポテンシャルに匹敵するでしょうから……アリーゼは半ば不意打ちみたいなモノと言っていましたが」

 

 

 ペルーダ。深層の竜種モンスター。背の毒針を飛ばし、灼熱のブレスを吐く……だったかな。深層域のモンスターをテイムしてた事にも驚きだけど、それの単身撃破はそれ以上に驚愕すべき事実だ。

 確かにアリーゼさんは魔法を発動すれば一つ上のレベルに匹敵するって言ってたけど……それでもレベル5級のポテンシャルを持つペルーダを単身撃破って……。

 

 

「ちなみに私と輝夜、ライラも今回の戦いでランクアップしました」

「……おめでとうございます?」

「確かアーディもでしょうか。……今回の戦いで殻を破る者は数多い。恐らく第三級冒険者は前代未聞の数となるでしょう。私としては、神が二つ名に迷って無難なモノを選ぶと思うと、気が休みますが……」

 

 

 あ、リューさんはあまり二つ名に頓着のない人か。……どうしよう、地上での戦闘が凄い気になる。こんなに一斉ランクアップすること自体が前代未聞だろうし、本当に何があったんだろう。

 闇派閥が捕まえていたモンスターが更に強化されて、それを死者0で乗り越えた……って、それだけでも充分偉業であることは理解出来るんだけど、どんなモンスターが居たとか、こんな戦闘があったとか、細かい内容が凄く気になる。

 

 

「ベル……!」

「う、わ……っと、アイズさん?」

「ベル……おはよぉ……?」

「えっと、今は夜ですけど……」

「……随分好かれていますね」

「ひっ、りゅ、リューさん? 何でそんなジリジリと怖い顔で迫ってくるんですか!?」

「こわ……? す、すみません。考え事をしていただけです」

 

 

 ……「甘える方が良いのか甘えられる方が良いのかどちらなのだろう」とブツブツ言ってるのが聞こえる。何に悩んでるの……?

 それよりアイズさんの方……なんか、凄く表情が蕩けているというか……可愛い……じゃなくて、酔ってる様な……? 流石に冒険者とは言え、10歳そこらのアイズさんにお酒を飲ますとは思えないんだけど……。

 

 

「ベル・クラネル、すまない。アイズは此方に……居る様だな」

「えっと……」

「……私も初めてで困惑している。酒など触れさせる機会は無かったからな。だが恐らく、匂いで酔ったのではないかと」

「そんな事、本当にあるんですね」

「ああ、あった」

 

 

 子供でも流石に匂いで酔うまではいかない。多分アイズさん、体質的にお酒の成分に弱いんだ。……こういうのって恩恵の適応外なのかな? でも一応人族(ヒューマン)の部類に入ってるザルドさんがガレスさんにお酒で勝つなんて話も聴いたし……よく分からない。

 

 

「……? リューさん、何で顔を下げて……」

「リヴェリア様の御前です。無礼な態度は取れません」

 

 

 あ……そっか。リヴェリアさんは王族(ハイエルフ)で、リューさんはエルフ。根本的に敬う対象だからか。

 

 

「あまり気にし過ぎるな、【疾風】。フィンも言っただろう? 今夜は無礼講だ。畏まりすぎると、逆に無礼に当たるかもしれんぞ?」

「え、と……敬い……無礼……く、クラネルさん、私はどうすれば……!?」

「あはは……」

 

 

 リューさん、根が真面目だからなぁ……。リヴェリアさんの言葉には従いたい、けどエルフの習性も無視出来ない。そんな状態だから目を回してしまっている。オロオロしている姿は珍しい。もう少し見てたい気持ちもあるけど……折角の祭りを楽しめないのもアレだしな。

 

 

「リヴェリアさん、アイズさんを連れて行きますか?」

「……いや、どうも君に懐いてしまっているからな。よければ一緒に居てやってくれ。私は他に回る所もある」

「分かりました。後で僕が黄昏の館まで連れて行きますね」

「……送り狼には」

「なりませんよッ!?」

 

 

 クククと喉を震わせて笑うリヴェリアさん。天然なのか、意図的なのか……。オラリオに染まったのか……。リューさんの珍しいモノを見たと言わんばかりの表情を見ると、最後者だろうか。

 そうして去っていくリヴェリアさんを見つめて、リューさんは息を吐く。

 

 

「うにゅ……」

「……眠りましたね」

「人肌は暖かいと言いますし、仕方ありません。何処か座れる場所を探しましょう」

 

 

 リューさんの言葉に従い、座れる場所を探そうとするけど……やっぱり人が多い。みんな食べ物や飲み物を手に持っているから、大抵の座れる場所は埋め尽くされてる。

 どうしたモノかと悩むけど、一つ思い当たる所はあった。祭りをやってる今なら、多分それなりに空いてるはず……。

 

 

「リューさん、こっちに行きませんか?」

「西地区……? 大抵の酒場は埋められていると思いますが」

「少し融通を効かせてくれる……かもしれないお店を知っているので」

 

 

 あの時は神様が倒れたから貸してくれただけかもしれないけど……空いてる部屋とかがあれば、ミアさんが貸してくれるかもしれない。取り敢えず探してもない以上、頼りにしよう。

 豊穣の女主人に辿り着くと、アイズさんを背負う僕を見て察したのか。やっぱり酒場の席は埋まっていたけれど、シルさんが空き部屋に案内してくれた。

 

 

「ベルさん、凄くモテるんですね?」

「へ?」

「このお方、剣鬼などと呼ばれるくらい強くなることへの執着が凄いんです。エルフの方にしてもそう。本来であれば肌を触らせる事や、それどころか下手に近い距離を保つのを嫌う種族ですので……そんなお二人の表情をここまで和らげるなんて、流石と思い」

「わ、私は別に……!」

「ふふ、そうでしたか。でも私、貴方と仲良くなれる気がします。今後も会ってくれませんか?」

 

 

 ……この時からシルさんって凄くシルさんって感じだ。なんか馬鹿みたいな感想になるけど、そうとしか言えない。

 シルさんは手を前に差し出す。リューさんが戸惑いながら僕を見たから、ふと微笑んだ。大丈夫だと、僕は知っている。リューさんがそっと手を差し出すと、シルさんは両手で包み込んだ。リューさんは目を見開く。

 

 やがて、戸惑いの表情は消えて、優しい笑みだけを浮かべていた。

 

 

「ふふ、ではベルさん、お料理をお持ちしますね?」

「え? いや、悪いですよ。下にもお客さんがいるでしょうし……」

「少しくらいは平気です。寧ろお客様もベルさんの姿は見たでしょうから、“英雄様”を少しくらい優遇しないと、私の方が怒られちゃいます」

 

 

 ……そういえば、僕の姿を見て席を開けようとしてくれた人達も居た。アイズさんに更にお酒の匂いを嗅がせるわけにはいかないから断ったけど……。うん……そう言われると弱いな。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい、お待ち下さい」

 

 

 シルさんがパタパタと下に降りて行き、静寂な時間が訪れる。暫くすると、リューさんは僕の手の甲に指を当てた。

 

 

「リューさん?」

「……クラネルさんは、これからどうするんですか?」

「え?」

「未来から訪れたと貴方は言った。でも来た手段はわからない。……そうなると、突然と帰る日があるかもしれない。それまでの間、貴方はどうするのですか?」

 

 

 ……突然と帰る日。それは当然の疑問だ。ベル・クラネルという同一存在が二人もいるなんて、本当ならあり得るはずがない事象。何がキッカケで帰るかも分からない。今、この瞬間に帰る可能性もあるのだろう。

 帰るまでの間……。

 

 

「……」

「後悔、してませんか?」

 

 

 本来であれば、沢山の人が死んでいた七年前の暗黒期。本来辿っていた筈の未来を切り崩し、あらゆる可能性を排除する行為。暗黒期の先にあったかもしれない誰かにとっての幸せすらも拒絶するその行為を、後悔してないか。

 きっと、そんな質問だろう。でも僕の答えは決まってる。

 

 

「後悔なんてしてません。未来の誰かの幸せを削ることになっても……僕は今死ぬ人を見捨てる事なんて、出来ませんから」

「……ええ、私も同じ選択を取る」

 

 

 ここで後悔してる、なんて言ったら、僕が必死に足掻いた事への侮辱だ。

 

 

「貴方の意思は、私達の正義が引き継いだ。……安心して下さい。英雄の意思は途絶えない。英雄(あなた)が居なくなっても」

「……はい。宜しくお願いします」

 

 

 僕は目を閉じる。祈る様に、願う様に。正義を問い続けるのではなく、自分達の定めた正義を貫く、そんな正義の未来を。

 死者を出さないのは難しい。手の届く範囲にいないかもしれない。僕の脚を知らない人は多いだろう。それでもどうか、正義を巡らせられる様に。そんな思いを抱きながら、やがて目を覚ませば───

 

 僕は、ベッドの上で天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 





 次話、最終話です。
 既に執筆は終了しているのですが、諸事情で今日は投稿できません。恐らく明日には投稿出来ると思いますので、お待ち下さい。


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願望

 

 

「ふ……っ!」

「え───ぉおおっ!?」

「あ、すっ、すみません命さんッ!?」

 

 

 一刀交える。その瞬間吹き飛んでいく命さんに、僕は慌てて謝罪した。

 元アポロン・ファミリア、現ヘスティア・ファミリアホームの部屋で目を覚ました僕は、未来……というか、元の時代に戻ったのだと察する。半日ほど都市を見て回り、一切変わらない現代を見て、あの光景は夢だったのかと疑問を覚えた。

 で、その為に命さんを鍛錬に誘って、件の『並列蓄力』をやってみたんだけど……全然出来ない。幸い吹き飛ばされた命さんは壁に当たる事はなく、しっかりと受け身を取っていたので怪我はしてないけど……。

 

 

「い、いえ……しかし珍しいですね、ベル殿から鍛錬のお誘いなど」

「えっと……あはは。ちょっと試したい事があったので」

 

 

 僕は苦笑しつつ、手を握って開く動作を繰り返し行う。……うん。やっぱり感覚のズレが()()。ヴァレッタさんとの戦闘、ザルドさんとの戦闘で完全修正した筈のズレ。

 磨いた筈の技に身体が追いつかず、覚えた筈の技もこうして霧散する。……やっぱり夢だったのだろうか。それにしては随分とリアルだった気がするけど……。

 

 

「まだやりますか?」

「いえ、今日は止めておきます」

 

 

 夢の中での出来事を現実に反映しようとして、失敗する。たった今行われたそれを省みると、今日明日は探索を休みにした方がいい。今日はもう夕方近いのもあるし、鍛錬は止めておくべきだろう。

 頭の中での自分と実際の身体能力に差異が生じてる以上、無茶をしてピンチになる可能性がある。取り敢えず明日は鍛錬に専念して、自分が出来ることをしっかりと確認した方がいいだろう。

 英雄願望の攻撃時並列蓄力、技術……恐らく磨けば可能になるモノは大半だと思う。でもあの緊張感の中で成長したこれらは、一朝一夕で可能に出来るレベルのものじゃない。あのレベルまで鍛えるには、同じ事をするか、或いは地道に訓練する。それに限られるな。

 

 ───どうしてあの夢を見たのか。僕はホームから出たタイミングで記憶を失っていたから、その時に一緒にいたヴェルフに何があったのかを訊いた。返事は「突然倒れるから何かと思ったら寝ただけ」と。

 別に疲れていた訳じゃないし、変に疲労が溜まっていた感覚もない。何か日常とは別の何かがあったのではないか。そうやって思い返していると、一つの問題に行き着いた。

 

 鍛錬で怪我をしたから、ポーションを飲んだ。基本的にナァーザさんのお店で買うけど、このポーションはアスフィさんが作成したポーションだ。そうやってヘルメス様に渡されて……。いやしかし、アレは普通にポーションの効力を発揮していた。怪我は癒えていたし、色も普通のモノと変わりはない。

 あ、でも……甘くなかったな。普通のポーションは甘くて飲み易く出来てるんだけど、それぞれの舌の好みに合わせた味にしてある……それがアスフィさんがポーションの試作目的だって聴いたけど……。

 

 ……うん、それ以外に思い当たる節はない。ヘルメス様の所に行こう。でも何処にいるのかわからないな……取り敢えずギルドに行って、ヘルメス・ファミリアの人達が来るのを待とう。この時間帯だとダンジョンから帰ってくる人も多いだろうし。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「あ」

「ん……」

 

 

 ギルドに行くと、アイズさん……と、リヴェリアさんが居た。リヴェリアさんは変わりないけど、アイズさんの幼い姿を見ていたから……なんか、凄く違和感がある。

 

 

「……装備付けてないの、珍しい……ね?」

「あー、えっと……今日は別の用事が。アイズさんは……依頼ですか?」

「うん……別の用事って……なに?」

「ちょっとヘルメス様がいる場所を───っと、アイズさん。髪乱れてますよ」

 

 

 互いの用事について話していると、アイズさんの後ろ髪が跳ねているのが見えた。多分ダンジョンを最速で駆けていたのだろう。自分からは見えない位置だから気付かないのも無理はない。

 僕が手で軽く解すと、アイズさんは目を見開いている。リヴェリアさんは驚いた様に固まってて……って、あっ!?

 

 

「す、すみません! 何というか反射的に───じゃなくて記憶が───でもなくて!?」

 

 

 どう言い訳する。夢の中でも同じ事しちゃっててつい〜なんて気持ち悪い以外のなんでもない! 夢って人の願望がほにゃららとか神様から聞いた覚えがあるし、そんなの見たって知られたら絶対嫌われる!

 僕がバッと離れてグルグル目を回していると、アイズさんは呆けながら頭に触れて考え込み、コテンと首を傾げた。可愛い。

 

 

「ベル・クラネル、神ヘルメスならば先程北西の市壁で見掛けた。移動してなければ其処にいる筈だ」

「あ、ありがとうございます!?」

「あ……」

 

 

 取り敢えずこの失態からは逃げ出したい。リヴェリアさんの言葉に甘えて撤退しよう。元々僕の目的はヘルメス様と最初に伝えた筈だし、不自然ではない筈。……どっからどう考えても不自然だ。

 まあでも理由付けは出来るから……大丈夫?

 

 

 

♦︎

 

 

 

「……びっくりした」

「ああ、私もだ。あの少年がキザな行動をするとは思えなかったからな」

 

 

 リヴェリアとアイズは、先ほどのベルの行動を振り返って話し合う。アイズはリヴェリアの“キザ”という言葉に首を傾げつつ、「其処じゃなくて」と訂正する言葉を放つ。

 リヴェリアが疑問符を浮かべると、アイズは答えた。

 

 

「今の、リヴェリアの撫で方にそっくり」

「……私の?」

「髪を梳る時のリヴェリアの撫で方だった」

「ふむ……そうか」

 

 

 リヴェリアは口下に人差し指の関節部分を当てると、何処か眼を逸らして考え込む。

 

 

(……これも、()()()()のオマケという事か)

「一体()()()()()()()()()()

「……?」

 

 

 リヴェリアの呟きに対し、アイズは再度首を傾げた。

 

 

 

♦︎

 

 

 

「やあやあベル君、どうしたんだい? そんなに息を荒げて……って惚けても無駄か。何が訊きたい?」

「……取り敢えず、あのリアルな夢について」

「ふむ、けど生憎と君が見た夢の内容がオレは分からない。これは本当だ。よければ聴かせてくれないかい?」

「……七年前の、暗黒期を」

「そっか。因みに聞いておきたいんだけど、君は動けていたかい?」

「はい。動いて、感じて、成長出来ました」

「だとしたら予定通りだ。君が訊きたい事を教えてやれる」

 

 

 ヘルメス様は微笑んで、語り始めた。

 

 

「人が睡眠時に見る夢は願望が反映されるって事は知ってるかい?」

「はい」

「正確にはそれは間違っててね。人が夢で見るのは、記憶から作られる仮想の物語なんだ。例えば君は、夢の中で自分の知らない人物と出会った事はあるかい?」

 

 

 もちろん今回の夢は除いての話だと付け加えるヘルメス様。僕は暫く考え込んで、今まで見たことのある夢を思い返す。殆どはそもそも夢の内容自体を覚えてないけど……少なくとも知らない人物を見た事はない筈だ。

 僕が首を横に振ると、ヘルメス様は頷いた。

 

 

「だろうね。人の姿形は、記憶にあるものからしか形成されない。……ただ、今回は違った。そうだろう?」

「……はい」

「実はミアハが以前『ユメミール』なんて代物を作った事があってね」

「ゆ、ユメミール……?」

「これは正真正銘、人の願望を夢として形にする薬だ。飲んだ時に強く願いを抱くと、その願いが夢として反映される。で、今回使ったのはこれを弄った薬でね」

 

 

 唐突に告げられるミアハ様の作った薬の説明に困惑したけど、つまりそれを基にした薬を僕が飲んだ……で、怪我した時のソレがそのポーションだったという事……だろうか。

 でも、弄った?

 

 

「『ユメミール』は願望が反映されるからリアルさはないけど、今回はもう一つの世界と呼べる程にリアルな願望を映し出していた。名付けて『ユメミール・ツナガール』だ」

「……ふざけてるんですか?」

「いやいや大真面目だよ!? ネーミングに関しては考える時間がなかったんだ、許してくれ。……ただ、本当にそう呼ぶべき代物でね。この薬は飲んだもの同士の記憶を繋げ、一つの脳に集束させる。一人を除けばただの回復も出来る睡眠薬。ただその一人だけは、あらゆる人々の“記憶”と“願望”から映し出される世界を体験するんだ。……『挽歌祭(エレジア)』が最近あった以上、人々の思い浮かべる光景はただ一つ」

 

 

 ……! 多くの犠牲者を出した、暗黒期。

 そして願望は、その暗黒期に『英雄』が現れる事。英雄を生んだ最大最悪のシナリオだったけど、最初から英雄が居たという事はなかったから。

 多分、集束させる場所は指定出来るんだ。人々の記憶と願望を束ねる薬を僕に渡し、授ける為の薬を色々な人に渡した。

 

 

「いやー、大変だったぜ? 一般人はもちろん、あの暗黒期を生きた冒険者達にポーションを渡す口実を作るのは。本来なら『挽歌祭(エレジア)』当日に行いたかったけど、ちょっと時間が経って漸くって所さ」

「……感覚とか、成長を体現出来ないのは」

「そりゃタダの夢だからね。直接的に身体を動かしていない以上、体感的なモノを頼りにする動きは出来ない。とは言え、限りなく君をトレースした夢だ。成長は成長、君の潜在的なものに違いはない。君が夢で遂げた成長は、いずれ現実でも出来る様になる」

 

 

 なるほど。そりゃそうだ。夢の中での成長を現実に反映しようものなら、この薬はあまりに有能すぎる。多分死そのものの反映はされないだろうから、夢の中でいくらでも冒険が可能になってしまう。現実で一歩も動かずランクアップする事すら可能になるだろう。

 僕が考え込んでいると、ヘルメス様はその考えの内容を察知したのか。笑いながら言葉を紡いだ。

 

 

「ベル君、ヘスティアに頼んで恩恵を更新してみようぜ?」

「え……けど、経験値として反映される事は無いんじゃ……」

「いいからいいから」

 

 

 ヘルメス様の押しが凄い。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「どうしたんだい、ベル君? 幾ら君が成長期だからって、ダンジョン探索も無しに実感出来るほどのアビリティ変化が訪れる事なんてないぜ?」

「あはは……取り敢えずお願いします」

「……まさかまた魔導書(グリモア)を読んだとは言わないよな。いやでもベル君の部屋にそんな本は無かったはず……」

 

 

 なんで僕の部屋の本の内容を知ってるのだろう。大抵はダンジョンに関するものだったり、英雄譚だったりするから、特別やましいモノはないけど……。

 神様はピタリと身体を停止させて数秒。共通語に翻訳したステイタス内容を僕に押し付けてくる。

 やっぱり基礎能力値に変化はない。けど───一つのスキルが追加されていた。

 

 ……可能性や想い、経験値を基に構築される【スキル】という項目は、意外な所から現れるかもしれない。

 ヘルメス様が更新を催促した理由を理解した。夢の中での経験は全くの無駄という訳じゃなくて……想いとして、ちゃんと昇華されていたんだ。

 僕が思わず微笑みながらそのスキルを見ていると、横から異様な圧。思わず肩を跳ね上げながら隣を見ると、ニコニコとしながら微かな神威を発揮する神様の姿があった。

 

 

「さぁてベ〜ル〜く〜ん〜? 何があったのかをきっぱりと吐いて貰おうかなぁ?」

「ヘルメス様の責任です」

「よぉし準備するぞ! ヘルメスを捕獲しに行く! ヴェルフ君ロープを用意したまえ! 命くん、遠慮なく重力魔法を使用していいぜ! ボ・ク・の! ベル君にちょっかい掛けまくるあの優男風ブラック上司覗き魔ロクでなし神はそろそろ懲らしめてやる!」

 

 

 ……神威に押されて思わず黒幕を言ってしまったけど、まあいいか。今回は僕も被害者だし。……あれ、異端児(ゼノス)の時といい歓楽街の時といい、僕って結構被害被ってるのでは……?

 よし、僕も捕まえに行こう。

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

「……さて、ベル君に少し嘘を吐いちゃったなぁ〜」

 

 

 ヘスティア・ファミリアのホームへと向かったベルの姿を見送り、ヘルメスは市壁の上でポツリと呟いた。基本的には嘘は吐かず誤魔化しを入れながら真実を語らない……それがヘルメスの話術だけど、今回に限ればほんの少しの嘘がある。

 『ポーションを渡す口実を作るのは大変だった』。まるっきり嘘だという訳ではないが、これには少し語弊がある。一般人達に渡すのが大変だったのは紛れもなく本当だ。しかし冒険者で言えば、実は全く苦労せずに渡せている。

 

 理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確にはヘルメスも望んでいた事ではあるけど、踏み出さず静観していたモノ。

 そう、これの提案者は───【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。何処でミスったか……というか、確実にアイズ・ヴァレンシュタインが誘導されて明かしてしまっただろう『レベル詐欺』の件を出されて、ヘルメスの「貸しにしてくれ」という懇願の元「じゃあ早速払って貰おうかな」と条件に出されたのが、ベル・クラネルの暗黒期入り。

 

 もちろん直接過去に送るなんて真似は出来ない。だから過去にミアハが『ユメミール』なるものを作っていたことを参考にし、アスフィに頼んで作成したものをフィンに預け、多くの冒険者に行き渡った。あのフィンの配布だ、変に疑う者はいない。

 一部フレイヤの派閥とリヴェリアやガレスは疑問を浮かべていたけど……リヴェリア、ガレスにはフィンからの説明で、フレイヤの派閥にはヘルメスが直接説明しに行って行き渡らせる事が出来た。フレイヤもその光景を想像して愉しみにしたのもあるだろうが。

 

 

「神威すら跳ね除け、恩恵の限界を超越する彼が、かの暗黒期で成し遂げた“想い”。さてさて、どんな形で昇華されているのかな」

 

 

 

 





正義の記憶(アストレア・レコード)
・常時『器用』の高補正
・戦闘時、周囲に戦意高揚を齎す


 ───夢は所詮夢だ。誰かの記憶から作られる空想の物語。でもあらゆる人々が浮かべるだろう『もしも』の先に生まれる物語に、終わりはない。終わりがあるとすれば、それは夢を見る誰かがいなくなった時だけ。
 目が覚めたら誰かが引き継ぎ、その夢の続きを見るだろう。これは泡沫の夢を見るだけの物語。故に、望む者には願望を叶える権利が与えられる。

 あり得ざるIF。そんな泡沫の夢の続きを───貴方は望みますか?


はい
 もう一周する






Q.なんでエレボス黒のモンスターが神を食って力にできる事知ってんの? 特典小説によればアルテミスが初だしウラノスやヘルメスですら予想すらしてなかったみたいなのに。

A.今回の夢は限りなくリアルに当時の事情を再現し、且つ変化があればそれにしっかりと適応した世界ではありますが、『七年後の記憶』を基に形成されている為、当時に起こらない確証がないものもカウントされます。
 穢れた精霊や怪人の登場がないのは、当時では出ないという確かな記憶がある為。例えば怪人なんかは、当時オリヴァスが間違えようもない“人”だったから。穢れた精霊とニーズホッグの使用が無いのは、ディオニュソスが暗黒期七年後で漸く都市全域を破壊出来る供給が済んだ……まあつまり、七年前の時点では使えないと知っている為。
 神を喰うことでモンスターが神の力を得る事を知っていたのは、ヘルメスが「エレボスの目的は英雄の誕生であって、下界崩壊ではない。知っていたかもしれないが敢えてやらなかっただけ」という認識をしており、エレボスが知らなかったという確かな記憶がないからです。
 くたばっていたと思われていたザルドとアルフィアを見つけ出したからこその疑心暗鬼ですね。この神なら知ってる可能性もある、と。


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